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[43110] ディス・パーダ ー因果応報の戒律ー
Name: のんど◆2901f8c9 ID:c0f89988
Date: 2024/11/07 15:03
───世界の多様な文明、言語の壁が瓦解する程の"分極化世界大戦"終結から二百年余りが過ぎた頃。
未だ平和とは無縁な日々が続く世界で、辺境に住まい生き抜く1人の傭兵が居た。
ある日、彼は大戦の勝国陣営である"共和国"政府から非正規の依頼が持ち掛けられた。
それは腕の立つ優秀な傭兵ばかりを集めて行われるという特別軍事作戦であり、破格の報酬金が提示されていた事も相まって、特に断る理由のなかった彼はその依頼を受諾する事になるが……。
その作戦行動中に遭遇したある"存在"によって彼の人生は大きく一変してしまう。



[43110] あの日、みたもの
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2025/01/09 13:31
 ―――作戦開始。

 傭兵達によって抵抗の術なく散って逝ったであろうこの施設関係者の人物たち。

それらの死体は無惨にも、そこらの通路に無秩序に散在している。

 しかし、雇われのプロの傭兵達はそんな事には気を止めず、仮に疑問を抱いても任務の遂行を優先する。
そしてこの、所属不明オブジェクトである衛星軌道要塞の内側を颯爽と駆け巡るのだ。

「―――そこだ……あれが中枢センターだ……」

「―――ここが概要にあったコントロールモジュールだ。これを引き抜いて施設解体プログラムの埋め込み作業を開始する、そこのお前とお前!通路を警戒してろ」

 忠実に与えられた任務を遂行する傭兵達だが。
 ここにいた施設職員の様子からして、プロの傭兵達でさえも、さすがに疑念の念を抱かずにはいられなかった。

 彼らは武装をしてろくに抵抗してこないどころか、警備兵の1人や2人くらい居てもおかしくはなかろうに、そんな人影すらそもそも見当たらない。
 
 感情を押し殺し、ただ彼らを始末する。

やがてしばらくすると、一人の断末魔が通路から聞こえてきた。

「―――何事だ!?」
 
 その場の傭兵達は一斉に元来た道を振り返る。

「―――どうした?!状況を報告しろ!」

 侵入口の警戒を担当していた傭兵部隊から一切の応答がない。

「くそっ、何が起きてる!?各隊通路を警戒しろ!なにか来るぞ!」

 その傭兵達の視線の先、行き当たりの通路から大柄の人影のようなものが現れる。

「―――なんだアイツは…」

 暗闇の中から現れたそれは、重装甲を思わせる装甲服と、それを包むように大柄のローブを体に羽織っていた。
 緋色に輝くフェイスアーマーから覗かせた瞳のようなそれは、まさしく人の命を容易く刈り取る死神のようだ。
 
 その手には実用性を感じさせない巨大で重厚な大鎌、その得体の知れない漆黒の人影に対し、傭兵達はその存在の推察を直ちに中止して直感する。
 
 傭兵達の下した判断は長年の傭兵稼業の経験から選定された迅速な判断だった。

「―――各個距離を取れ!間合いに近づけさせるな!」

 ローブを纏ったその漆黒の存在は、傭兵達に向けて、装甲に包まれたその手をかざす。

「―――なんだ……なにをする気……ぬぁあっ?!」

 前に出ていた数人の傭兵達の上半身が蒸発でもしたかのように消えていく、その有様に後ろの傭兵達は為すすべもなく、絶望に打ちひしがれ地面に倒れこむ。

 その場に居合わせていた一人の傭兵レオ・フレイムスは、その惨状を見届けるこの場の傭兵たちの一員として、同様に立ち尽くす事しかできなかったのだ。
 
そして最後に、その死神はレオに告げる。

「レイシスの子」と。






 ―――世界は争いの絶えない日常で混沌としていた。
 つかの間の平和は訪れず、世界のどこかで常に戦いが起きている。

 車窓の外を見れば大破した機械軍の無人兵器が散在しているし、民間人や共和国兵士の死体も見かけるのが普通というもの。
 まぁそれもそのはず、今この列車が走行しているここらの地域一体は機械軍と国境を接する共和国南部戦線【バスキア戦線】の迎撃城塞が立ち並ぶ外側の領域、未だ共和国軍による手が及んでいないのも仕方がないというもの。

 だがここはもう紛争跡地、時期的には死体処理や大破した機械軍の兵器の清掃もだいたい終わっていてもいいはずだが、この惨状を見る限りに置いてここが片付くのは当面の間まだまだ時間がかかるだろうに思えた。
 
 耳障りの悪い機械の軋み音が列車内の空気を伝わる。
 今乗っている砲塔付の列車、いわゆる装甲列車は元々軍事的利用の為に使われる予定の代物だったが、この地域での戦闘が予想以上に早く終結した為にただの一度も実戦に使われることなく、こうして民間の強靭な輸送手段となる盛大なギャグを披露している。
 
 ふと列車の車内からは興味深い会話が聞こえてくる。

「―――ふぅ、こりゃすげぇ有様だわぁ」

「―――ここまで機械軍は攻め込んできていたのかね、南部で聞いてた話とはまるで違うな」

「―――居住区もかなり被害を受けたようだしの。ここらの復旧にはしばらく時間がかかるだろうなぁ」

「―――てか、聞いたか?住民の何人かがあの機械どもに拐われたんだとよう」

「――あん?うそだろぉ?今更とっ捕まえて何しようって気なんだかね」

「―――だよなぁ、人を拐ったところで今更なにかメリットがあるとは思えないなぁ、人質にするにしても共和国政府様には通用しないことはもう分かりきってるはずだしな」

(ほう…機械軍が人拐いか。)
 今までそんな話は聞いたことがなかった。
 今更人体の解析でもしようとしてるのか?そんなはずがない。
 なぜなら機械軍は元々共和国の兵器であり、尚且つ統括プロトコルサーバーを管理していた連中だ。
 人体の弱点や有効な毒ガスなどを今更調べる必要がない。それと捕虜にするなど人間相手ならありえなくもない話だが、機械軍がそんな事を今更するとは考えにくい。
 なぜなら機械軍は共和国を独立してから数百年余りの時が流れているからだ、今になって何を人間側に求めると言うのか。

 


 ―――しばらくすると共和国第7セクター中央ステーションに到着した。砲塔列車の荷物保管室から自分の荷物を受け取ると、事前の打ち合わせにあった作戦会議センターに向かった、そこが目的地だ。
 ステーションの外に出ると街並みが見えた。いくつもの想像を絶する高層の建物が立ち並び、自分が元居た辺境と比べてその余りに発展した風景からは、まるで戦争などなかったかのような確かな平穏がそこにはあった。

 その光景はどこまでも美しくいつまでも見ていたいと思わせる程に豪奢である。これはある種のカルチャーショックとでも言えようか。
 この都市部だけでも人口は恐らく数億人はいるだろうか、このステーション自体が高層の位置にある為、下の街を一望することができた。見るとこ全てに人が居てとても賑やかだ、自分がこれまでに見てきた光景とは裏腹に人の温もりを感じる事ができる。大都市とはなんとも温かい場所だ、往々にして文化の発祥地であり、ここに人が集まりたがるのも分かる。

 しばらく歩き会議センター付近に到着すると、入口に同じ生業らしき人の集りができていた。傍から見ると随分と不衛生な印象を抱く連中だ、まぁ自分もそんな連中と同じ部類の人間ではあるのだろうが。

 施設に近づくと見張りの共和国兵士が声をかけてきた。

「正規採用の傭兵か?所属組織コードと作戦コードの提示を」

「あぁ…分かった」

 作戦参加用に事前に支給されていた端末を提出する。
 すると、その兵士は手に持った自前の大型の端末に提出した端末をはめ込んだ。

「作戦コードの認証が完了した、このまま先に進み、上層の会議室に向かえ」

「どうも。あぁそれとあの人集りはなんなんだ?俺と同業者のように見えるが?」

「ん?あぁ、あれは先日不採用になった傭兵達だ。高額な報酬故に引き下がらないんだよ、馬鹿な連中だ」

 その兵士はやれやれとした様子ではめ込んでいた端末を取り出し、それを返す。

「ふーん、そうなのか。じゃあ俺はらっきーって事かな」

 そうわざとらしく声を大きくして言うと、彼らに睨めつけながら会議室の方へと向かった。

 ―――会議室に着いた。
 会議室は広々としていた。特に座席の指定もなさそうなので、そこら辺の席にとりあえず座る。

(しかし思ったよりもステーションから距離があってけっこう疲れたな......)
 
 しばらくして作戦に参加するであろうガラの悪い傭兵達がかなり集まって来た、ようやく会議を始まりそうだ。。
 以前の打ち合わせはあったが、作戦概要はその場では話されなかった。その為作戦内容は初めて聞くことになる。

 しばらくすると、年端も行かないような風貌の少女が前の壇上に立った。

「ほう……これはなかなか……」

 作戦概要を聞きに来ていた傭兵たちが騒めく。
 二つに結んだ白髪の髪を靡かせ、少女のように幼い顔立ちはまるで子供そのもの。

(こんな女の子が何故こんなところに……)

 前に立った少女は一息おいて胸をはり、口を開く。

「初めまして諸君。私はレイシア・アルネート、少佐だ。まずはこの作戦に参加してくれた諸君等に敬意を表す。本作戦が非常に危険な任務であるのは事前に承知の通りだが、もし作戦を離脱するならば今の内だ。本作戦の概要を聞いた者は如何なる事があろうと作戦から離脱する事を許可できない、もちろんこの作戦を限られた者たちに持ち掛けたのは諸君等の実績があってこそだが、心変わりした者がいるのなら退くとしてこのタイミングを置いて他にはない」

 彼女がそう言い放つと周りが騒めく。

「少佐だと.....あれでか?」

「あの年端もいかなさそうな女の子が?軍部も落ちぶれたもんだ」

「あの見た目で随分物騒な事を言うねぇ」

 部屋のだれもが少女が弁舌するその状況に動揺しはじめるが、その場去る人物は居ない。
 まぁ当然のことだろう。
 彼らはまがりなりにも数多の戦場を生き残り、場数を踏んできた歴戦のプロフェッショナルなのだろうから、そもそも生半可な気持ちで依頼を受けてはいない。

「うむ、勇敢な諸君等に敬意を表す。では話を続ける」

 ―――その少女から作戦内容は話された。
 それは突如として現れた共和国領上空120㎞付近の衛星軌道上に停滞するように現れた所属不明の衛星光学兵器と思わしき巨大な旧世代オブジェクト。
 それが現れてから数週間が経っている。
 任務はそのオブジェクトに我々傭兵部隊はわざわざ乗り込み、その施設を無力化するという単純明快なもの。

 その大きさ故に夜間などは僅かに残った太陽の光で反射されたそれが目視でそれを見る事が出来るが、それを見た国防に無知な国民達はすっかり怯えてしまってちょっとした騒動になっている。
 先程も言ったようにあのような衛星砲とも呼べるようなオブジェクトは旧世代の遺物と化している、今となってはそのような兵器でさえも現代の国防システム【エイジスシステム】にかかればなんてこともないものだ。

 ―――作戦の全容を明かされた後も、傭兵たちは一人も離脱することなく後日の作戦開始日に備える事となった。










[43110] 世界は未知領域
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2025/01/09 13:31
 ーーーあれから3ヶ月程が経っただろうか。

 気づけばもう夕暮れだ。目覚めたのは約1時間くらい前。

 生活リズムが完全に乱れきっていた。

 重い体を起こし、部屋の隅に置かれた冷蔵庫に手を伸ばす。
冷えきったアルコール飲料を取り出すと、近くのシーツが無惨に剥がれたボロボロのソファーに腰を掛ける。

(そういえば、最近寝てばかりだな)

 いまのところあれが、俺の傭兵家業で最後の任務だ。
それからは何もせず、ただ呆然と日々を過ごす。素晴らしきかな新しい日常だ。
 あの作戦、生き残ったのは俺だけらしい、他の傭兵はみんな死んだとか。

 俺たちは反撃する暇もなく理不尽に殺されて、俺だけが生き残っていた。
摩訶不思議な話だ。今となっても何故生き残れたのかは分からない、確かなのは俺はあの後、与えられた施設の自壊プログラムを始動させ、他の傭兵達と共にあの黒づくめのアイツに立ち向かったという事だけだ。

そして、奴は自分が意識を失う前の最後にこう言っていた。

「レイシスの子......」

 俺がその言葉を思い出しながら口にその言葉を出すと、何の因果か玄関のドアがタイミングよく叩かれた。
品のあるノックが室内に響き渡る。

(なんか、頼んだっけな)

レオの住居は、共和国南部戦線『バスキア戦線』の更に向こう側。
共和国の経済圏からしてみれば、辺境に位置している。
宅配など、頼んだところで届くのは数か月後がザラだ、故に過去に頼んでいた発泡酒やらのネット注文が今頃届いたのかもしれない。

しかし、これだけ世の中が便利なって身の回り品の確保など不自由しない時代になっていながら、何故未だに辺境からの注文に関してだけは進捗がないのか。

いや、そうではない。進捗は確かにあった、だが同時に《《衰退も》》したのだ。
それは機械文明とのある種の決別が、今の歪なハイテクノロジー社会を生み出した。
ハイテクノロジーでありながら、どこか原始的な人類社会。
随分過去にあった人工知能による、アステロイド配送サービスなど、レオが生まれる以前にしか存在していない伝説の宅配サービスだ。

今となっては、しっかりと人の手から人の手へと、その荷物は紡がれていく。

レオはドアを外側に押して、扉をゆっくりと開ける。

「はい......どちらさま......?」

恐る恐る声を出しながら、その訪ねてきた人物を目視する。
すると、そこには軍服と軍帽を身に着け、白銀の髪を靡かせた見覚えのある『少女』がそこに立ち澄んでいた。
その少女は、こちらを軍帽をあげながら視認すると、整然と言葉を放った。

「こんにちわ、私は共和国軍参謀本部から特任で参った【レイシア・アルネート】少佐だ。貴殿は【レオ・フレイムス】......で合ってるかな?夕暮れ時にすまないが、以前の君が遂行した任務について確認したいことがあってね」

(共和国軍参謀本部だと?わざわざそんな所から......今更何用だ?)

「あっあぁ......えぇと......」

 ドアを開けきると、そこにはもう1人、ショートヘアの茶色の髪をした女性軍人が居たことに気づいた。レオは思わずその女性をまじまじと見つめる。

「―――あの、なにか?」

レオが見つめていたその女性は、そう言葉を放つ。

「あっ、いや......」

 久しぶりに女性を見たからか、つい惚けてしまっていた。
 その光景をみて、隣に居たレイシア少佐は微笑している。
レオは見覚えのある少女の方へと目を向け、頭を軽く抱えながらその少女の事を思い出す。

「えーと......たしか貴方は......」

レイシア少佐はレオと目が合うと、軍帽を両手でゆっくりと外す。

「憶えているだろうか?」

その問いに、健気さを感じ取ったレオは思わず反射で言葉を出す。

「もっ、もちろん!えぇーと、あれですね、確か【星屑作戦】の時の......」

レオは最後に共和国第7セクターに訪れた時の事を鮮明に思い出した。

「覚えていてくれたか、それは結構。ところで、中に上がらせてもらっても?」

レイシア少佐はそう言うと、ひょいと背伸びをしてレオの背後の部屋の中を少し覗こうとする。

「えっ、あっ!!!ちょっーとまってください!!!今少し片付けるんで!!!」

 そうレオはこの場に言残すと、扉を閉めすぐ様部屋に飛び戻る。
缶類の飲みかけや、いわゆる如何わしい本等をまとめてゴミ袋に突っ飲み、奥の部屋隅に放り投げた。

やがてレオは簡単に清掃を終えると、再びをその扉を開け彼女たちを招き入れた。
レイシア少佐は部屋にはいるなり、辺りを見渡す。

「かなり時間がかかったようだけど、なにか見つかったらマズいものでもあったのかな?」

レイシア少佐は、ややにやけた様子でそう言った。

「いやいや!そんなことはないですけど!ただ、人が我が家に上がるのは随分と久しぶりなものでして......とても人に見せられないほどゴチャゴチャしていただけですよ」

レオはそう言うと、レイシア少佐に連れ添っていたもう一人の女性がレオの前へと出てくる。

「―――どうやら我々が思っていたよりも元気そうですね......、あなたが最後に帰還したあの時は、会話も出来る様子ではありませんでしたから......」

その女性はそう言うと、レオは妙に勘繰り触った。レオはとっとと話を済ませようと、単刀直入に彼女たちの本題へと切り込む。

「―――それで......。俺の様子を見にきたにしても、約三ヶ月近くも期間をあけて来るって事は、どうも単純な聞き取りってわけじゃなさそうだが......?」

レオはそう言うと、レイシア少佐ともう一人のその女性は目を合わせる。

「さて、どうかな......?まずは席にでも着いてから、ゆっくり話そうじゃないか」

レイシア少佐はそう言うと、近くにあった手頃な椅子に小さな体を乗せる。
レオはそう言われると、とりあえずその場にあったテーブル椅子に座る。

「ただの『よろしくやってるかどうかの』挨拶だとでも?あなた方はわざわざ何をしにここへ来た?」

レオはあくまでも鋭く、彼女たちに問い詰める。

「ふむ、そうだね......。逆に君こそ、なにか私達に聞きたいことがあるんじゃないかな?」

レイシア少佐は軍帽をテーブルに置いて、そう話す。

「んん......?」

(心当たりがない……)

 するとレイシア少佐は意外そうな顔をする。

「ほう、君はあの作戦の事について何も思うところはなかったのか?」

 ―――忘れかけていた屈辱と絶望。そして引っ掛かる数多の出来事。
何故、今の今まで忘れていたのか。
レオは何か記憶の封印でも溶けるかのように、あの時の鮮明な記憶が蘇る。

「―――あの要塞......見かける職員は全て非戦闘員だった。武器の一つも持っていなかった、だが俺達は任務に従って抹殺した。あなた方は、あそこには非戦闘員しかいない事を知っていたのか?」

 レオはそう聞くと、一呼吸。間を空けて少佐は答えた。

「知らなかった」

レイシア少佐は短くそう答える。

「そう、か……。あそこには……、暗いローブに身を包んだ、とても大きな鎌を持った奴が急に現れたんだ……。あれに他の傭兵はみんな殺された」

 何度もフラッシュバックするあの光景はやはり信じられないものだった、あれは一個人の生命体が保有するには余りにも強大過ぎる。

「アイツは最後に俺だけを殺さずにある言葉を言い残していった……『レイシスの子』と」



[43110] 理に触れざる手
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2025/01/09 13:31
「―――レイシスの子.....か......」

 レイシア少佐は怪訝な顔をしながら、小声でそう復唱する。

「あれは......一体なんなんだ?培ってきた経験や知識が通じないような......、何かが生物として根本的に違う。奴と俺にある、明らかな壁......。そんな感覚を、俺はあそこで味わったんだ......」

 少佐はうつむいたまま、レオの抽象的な語りを静かに聞き届けた。

「―――あれは、この世に居てはいけない存在だ。あんなものが存在していいわけがない、あんな理不尽なことがあっていいはずがない......!あんた達はアレについては何か知っているのか!?」 

 レオの張った声に動揺する素振りもなく、一間置いてレイシア少佐が口を開いた。

「君が求めている答えを、我々は知っている」

 あんなものが本当に実在するというのか、せめて幻覚であって欲しいと、レオはそう願っていた。
 かの存在に対してまるで無力であったという印象を強く抱いていたレオは、傭兵としての矜恃を、奴が存在するだけで踏みにじられているように感じていた。

 レオはかつて、国際的な民間軍事会社である【センチュリオン・ミリタリア】の地方傭兵組織支部にて【戦略傭兵隊】に抜擢されるほどの腕前と実績を持つ、ベテランの傭兵だった。
 彼がベテランの傭兵である由縁は、その優れた身体能力もさることながら、現場での戦術レベルの思考能力に非常に長けていたからだ。
 その彼の戦術立案における大前提として、如何なる人間であろうと、例え世界一の兵士だろうと撃てば死ぬ。
 それが全てだ、それはどうしたって覆らない大原則のはずだった。

 だが、現実は。実はそうではなかった。
 レオの中の大原則は、たったひと時であっという間に全て崩れさった。
 その身に秘めていた傭兵としての絶対的な自信は、虚像の上に成り立っていたものだと知った。

 レオを支えていた哲学は、その時に崩壊したのだ。

「知っているのか......奴はなにものなんだ......?あの力は一体なんなんだ……?」

 レオは答えを急かすように話す。

「まぁ待て、まずは我々のところに来てくれないか?」

 レイシア少佐のその言葉に、レオは一瞬困惑する。
 この子は何を言っているのだろうかと。

「君が聞きたがっている話は、我々の所に来てくれさえすれば、いくらでも話してやる。その気があるならばついてくるといい」

 レイシア少佐はそう言うと席を立ち、そのままあっさりと外へ出ていった。

「いっ、一体いきなり来るなり何なんだ......?」

 レオがそう言うと、もう一人の付き添いで先程からずっと立ちっぱなしだったその女性軍人は、長らくの沈黙を破り、レオの目を見て話しをかけてきた。

「―――えーと、そういえば私の自己紹介がまだでしたね。私はミーティア・ミルクォーラム中尉です、以後よろしくお願いします」

 ミーティア中尉はそう名乗ると、レオに対して礼儀正しくお辞儀をする。

「あっ、あぁどうもこれは丁寧に......自分はレオ......レオ・フレイムスです」

 レオもそう名乗り返すと、ミーティア中尉は突如目を輝かせた様子でレオを見つめる。

「はい!それでレオさん!是非うちのところにきてくれませんか?あなたのような英雄が来たらきっと大騒ぎです!!!」

 ミーティア中尉の、先ほどとの態度の変わりようにレオは目を見開く。

「え、英雄??……それにうちのところってどこ……あっ、ちょ、ちょっと!」

 ミーティア中尉はレオの手を無理やり掴みながら外へ連れて行くなり、彼女たちが乗って来たと思われる重甲な装甲車両に、レオは押し込められた。

(おいおい......、ほとんど強制連行みたいなもんじゃないか、てか俺普段着だし......しかもこの人......見た目からは想像もつかないほどの握力だ......)

 ミーティア中尉の手を振りほどくのは困難だ。
 なにか特別な訓練でもしているのかと疑ったが、ここは変に抵抗するよりは大人しく従った方が身のためになりそうだと、レオは判断する。
 そんな思考を巡らせているうちにレオを乗せた車両は目的地も聞かされないまま、すぐに走り出した。

「あ、あの。これから一体どこへ?それに英雄って一体なんのことなんだミーティア中尉殿?あまり身に覚えがないのだが……」

 そう言うと、ミーティア中尉はすぐ様に反応する。

「あれ?知らないんですか?巷では未知の空中要塞の脅威から都市を守ってくれた英雄としてちょっと前に話題になってたんですよ!」

 ミーティア中尉はウィンクをしながらそう言うと、レオの手を遂に放す。

「え、嘘でしょ......?」

 まさかそんな事になっていたとは。

 ―――ここ三ヶ月。レオはずっと自宅に引きこもっていたというのと、ネットは映画や何かしらの動画を見るに時間を膨大に割いていたので、ここ最近のニュース等の外の情報は殆ど知りえていなかった。
 引きこもっていた理由として、例のあの星屑作戦以来、精神的に無気力状態になっていたというのもあるが、単純に外に出る必要がなかったからだ。
 あのあと事前の契約通り、莫大な報酬がレオの口座に振り込まれていた。
 レオの哲学が通用しない存在と、金には暫く困らない実情のダブルパンチにより、レオは鬱にも似た無気力状態になってしまったのだ。

 彼女たちは、俺がここ三ヶ月の間も精神的に深刻な状態だったとでも思っているのだろうか、そんなことは余りなく、確かに帰還直後の記憶はあの覚醒者野郎にかけられたプレッシャーのせいか曖昧で、精神的な異常を抱える日もあった。だがそんなものは無気力の精神状態のせいか初めの数週間で消え失せた。
 英雄だのなんだの、褒められるようなことは何もしていない。俺は唯、任務とは言え無抵抗の職員を殺して雑に生きて帰ってきただけの凡人だ。
 行ない自体は子供に出来るような事であって、俺である必要はない。

(まぁ、労ってくれていることだしそれは別にいい。しかし、まさか世間で英雄扱いされていたとは割と驚きだ。傍から見れば、俺の成し遂げたことはそれなりの偉業であるようにも見えるんだろうか?それに俺以外の選りすぐりの傭兵達が生きて帰ってこなかったことを考えれば、確かに英雄っぽくも見える)

「えぇ、ですからうちのところの子もきっと大喜びすると思うんです!あぁーもう今からでも反応が楽しみですぅ!!!」

 ミーティア中尉は一人で勝手に盛り上がっている。

「えぇと、うちのところってどこのことなんだ......、貴方達は俺をどこへ連れて行く気なんだ?」

 その問いに対して返答であるかのようにミーティア中尉は満面な笑顔をレオに見せるが、答えてはくれることはなかった。

 ふと分厚い装甲車両の網が掛かった窓から景色を見ると、この辺は既に都市部近くに来ていることが分かった。
 そこはただただ、広大に広がる住居区と格差を表すかのような高層ビル郡とメガストラクチャー。
 住居区には南部戦線から逃れてきた人たちで溢れて定員を遥かに上回っている。
 南部戦線は長らく機械軍の脅威に晒されており、機械軍が共和国を離反してから数百年が絶った。
 大きな戦争はないものの、その間もずっと紛争が続いている。
 つい最近までは、バスキア戦線の迎撃城塞に小規模の機械軍部隊が進行してきていたが、迎撃城塞が容易く撃退していた。
 今となっては、軍事力を着実に増し続けていると言われている機械軍に対して、これといった対抗策が立案される事はなく、潜在戦力を鑑みて、機械軍の現在は共和国軍と拮抗状態にあるとも言われている。
 それ故か共和国を含めた人類圏は、いまだ機械軍に取られた領域を取り返せずにそのままでいる。

 ―――共和国は東西南北の脅威に対して備えなければならなかった。
 南の機械軍アステロイド、東西のアルデラン卿国、そしてかつて世界の全てを侵略する一歩手前まで迫ったガンレイ大帝国の継承国家、北のレジオン帝国。
 卿国とアステロイドに関しては、元々自国軍自国領であったのだから、この惨状で敵国に囲まれているなど実に皮肉な話だ。

 レオはそんな事を考えていると、気づけば目的の場所についたようだった。
 場所的には第七セクター都市圏からはそんなに離れてはいないだろうが、樹木が生い茂る自然に溢れた静かな場所だ。
 車両から降り、しばらく歩くと賑やかな子供たちの声が聞こえてきた。
 するとやがて、遊具で遊ぶ子供たちが視界にはいってくる。

「ここは……?」

「そうだな、児童施設に併設された我々の隠れ家みたいなところだ」

 レイシア少佐は子供たちの世話係に軽く会釈をする。
 レオはレイシア少佐の後にそのままついて行くと、今ではお目にかかることのないような形式の古い門を開け、施設の中に踏み入る。
 中は外観とはイメージのことなる近代的な内装で、ミーティア中尉は窓張り近くに椅子を引き、外の子供たちを眺められる位置に座った。
 そしてミーティア中尉にこのテーブルの近くに座るよう手招れる。
 全員が座ってからしばらくして、レイシア少佐が最初に口を開いた。

「さて、まずは【レイシス】について話すとしようか」



[43110] 決断と日々
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2025/01/09 13:32
 ―――少佐はレイシスと呼ばれる存在についてレオに口を開く。

「君が要塞で会った『レイシスの子』とやらと意味深な事を言い残したその人物についてだが、おそらく我々が認知している人物と同一のものだろうと考える」

「はぁ、あれは......幻じゃなかったか」

レオは愕然且つ疲弊とした様子で体の力を抜き、上体を脱力させ前傾させると、その後手を額に当てる。

「まぁそういうことになるかな、そのような存在をご存知の通り覚醒者と呼んでいる。それは一般的な呼び名だが、我々の業界ではそれをディスパーダと呼称している。もう少し詳しく言えば、それらは何らかのきっかけ、もしくは先天的に未知数の粒子である『ヘラクロリアム』を司る者達だ」

「―――前から噂に聞いていたとは言え、未だに信じられないな……あれが、とても人間に操れる力とは思えない......」

「貴殿の言う通り、たしかに人の身にとっては余りにも強大すぎる力だ。まぁだが、そこまで卑屈に考えることもない」

そういうと少佐は足を組み直す。

「なぜだ……?人の身ではとても敵わないような存在がこの世に実際に存在しているんだぞ?」

「まぁ考えてもみろ。そのような奴らが古来から跋扈していたとして、何故今になってもお前たちの間では噂レベルの存在でしかないのかをな」

少佐のその言葉に、レオはハッとさせられる。

(たしかにそうだ......。そんな超常の力を操る連中が昔から存在していたのだとしたら、今頃普通の人類は滅ぼされていてもおかしくないはずだ。いや、そもそも今こうして俺達が武器に頼って戦っていること自体おかしい……)

「簡単な話だ、遍く全てのディスパータ達が悪者とは限らないということだ。古来より正と負、両極の均衡がお互いで相殺し合うように保たれてきた」

「つまり、奴と対なる存在がいて、それに俺たちはずっと守られてきたってことか?」

「まぁ、概ねそんな感じだ」

レオはそれを聞くと、再び頭を抱える。

「そうか、それもまた信じ難い話しだが......」

レオが言葉に詰まっていると、少佐は話を切りだす。

「そこでだが、君に頼みがある。我が共和国軍独立機動部隊・レイシア隊に入隊してほしい。君のようなディスパータとの交戦経験を持つ傭兵は貴重だ。私はそういう人人材を積極的に採用している」

少佐に部隊への勧誘の話が突如持ち出される。

「おぉ、こりゃまた随分唐突な」


 ―――少佐は俺を都合のいい手ゴマか何かにしようとしているのか、目的は分からない。分からないが、自分の中の失われていた戦闘意欲的好奇心が再び叫んでいるのも事実としてある。
何故だが分からないが、少佐にその勧誘の話を持ち出された瞬間、俺の体はあのレイシス。奴との再戦を望みはじめていた。
結局どこまでいっても俺は生まれながらの戦闘民族なのだろう。

過去にレオが居た辺境の孤児院、機械軍の斥候部隊の襲撃に為す術のなかった孤児院で、幼少だったにも関わらず、大人たちが怯え隠れる中で俺は唯一抵抗し、倉庫に居た一体の軽装機械兵を傍にあったトラックに乗り込んで咄嗟にアクセルを踏み押しつぶした。
その後すぐに、通りがかりの共和国軍が駆けつけてきて、孤児院は救われた。そこで出会った共和国軍兵士との交流を経て、その姿に憧れ。俺はいつしか共和国軍の軍人を目指しはじめた。

その為に地方傭兵組織に加入してミリタリア社のプログラムである基本傭兵訓練課程をこなし、簡単な任務を着実にこなしては実績を溜めていった。
組織の推薦でそのまま共和国軍への正式採用を経て順風満帆に共和国軍人になろうした、が。
傭兵の任務をこなしていく内に、共和国が如何に腐敗し、乱立した軍閥同士での内戦が繰り返されてるかを知っていった。
何故なら斡旋される任務の内容はいつも企業紛争や軍閥の内戦に関するものばかりだったからだ、そうして俺は共和国軍人を志す事をやめた。
この時、俺は戦線から離れた内地のセクターに異動して安寧の日々を過ごすことも出来た。だが、そうはしなかった。
青年期を傭兵稼業で過ごしてきた弊害か、日々の安全な日常が退屈で仕方がなかった。自分の考えた戦術や会得した体術が有効に作用するか、そんなことばかり考えてろくな娯楽すら知らない体になってしまっていた。

 金の有り余る生活は俺には合わず、所詮自分は泥沼な戦場に己の存在価値を見出してきたどうしようもない人種、そうせざるをえなかった人間。
俺にとって戦いのない日常など、それこそが非日常ですらある。
だから、この少佐の誘い話は願ってもない話だ。
未知の世界に踏み込み、俺はその世界を見たい。新たなる戦場を。

「―――しかし大きくでたな少佐、言っとくが生き残ったって言っても、別に奴と互角に戦ったわけでもなく奮闘したわけでもない。ただ、何の間違いか奴に生かされた。それだけだ。俺にできる事と言えば、今まで通り戦うことくらいだぞ」

「それは問題ではない、これは意志の問題だ。君からは奴と再び交えたいという意思を明確に感じられる。それに、傭兵業じゃ随分色んな作戦で戦果を上げていたようじゃないか。そんな人物が来れば我々も尚更心強いよ」

 レオにとって特に断る理由もない、ないが。レオはもう少し探ろうとする。

「それで、俺が入るとしても、メリットはなんだろうか?」

「メリット?、そうだな……」

 少佐は頭を悩ませるようにしばらく間を空けてから答えた。

確かに俺は端的に言って戦いを求め、傭兵稼業をしている。だがあくまでこれは俺の為の戦いなのであって、共和国軍のような崇高な使命をもって戦いに挑む兵士とは訳が違う。これは、兵士とは区別してもらいということを示唆した問いだ。

「独立機動部隊レイシア隊は、軍とは別個の独立した私の為の部隊だ。私設部隊だから規則は緩いし、福利厚生も特段手厚いぞ。あとは......食料に困らず、寝床もあって。崩れ切った生活リズムを正すことができる。武器弾薬には困らないし、うむ、悪い話ではないだろう」

 なんとも魅力的なお誘いだ、俺が無知な人間でなければあっさり鵜呑みにしていた事だろう。はたまた、地方の人間だと馬鹿にでもされているのか。これは、聞いたところではただの国家公務員の待遇だ。

「いや......」

「ん、不満なのか?」

 不満ではないが現状のその話に乗ることのメリットと言えば、然程ない。なぜなら提示した例の殆どは既に自前で謳歌している事だ。

「それは、メリットとは呼べないでしょ」

少佐は唖然とした顔をする。

「ん。いや、問題ない。どうせろくな生活をしていないんだろう。なに、深く考えることもあるまい。新たな新生活をスタートさせると思えば、な?どうせなら充実した戦場ライフを送りたいのだろう?孤独な生活はやめて、我らと共に歩もう」

 偏見まみれの言葉を羅列し、そういって少佐は今までの落ち着いた表情からは想像のつかないような笑顔で手を差し伸べた。
となりのミーティア中尉も「さぁ」と言わんばかりに見つめてくる。

(ハニートラップにもで会っているかのようだ)

 家族の顔もろくに覚えていないし、仲間意識など要らないと思っていた。
だが、三ヶ月にも及ぶ無職期間を経て、久しぶりに組織の一員として共に歩んでみたいとも思った。
少しは俺の人生にも華が咲くなら、乗ってみるのも悪くないかもしれない。安易な考えだ、だが複雑に考えるような人生でもない。これでいい、どうせ碌な人生などでは鼻からないのだから。

「まぁそうだな......俺でいいのなら、その話に乗りますよ」

 そう言って、彼女の手を取った。

「交渉成立だ」
 
レイシア少佐は俺の手を軽く握り優しく離すと、振り返って歩き出す。

 そして。

「―――あぁ、そうだ」

「ん、なんだ?」

少佐は少女早々の眩しい笑顔でこちらに顔を向かせる。

「君の膨大な報酬金、喜んで我が部隊の資金として活用させてもらおう」

 一回立ち止まった彼女はそう言ってまた振り返って歩き出した。
 見たことのないような笑顔で。

「もしかして、俺って金目当て……?」

レオはそう言うと、ミーティア中尉が慌てて取り繕うとする。

「そ、そんなことないですよ!あなたの実績や経歴をちゃんと考査して我が部隊に迎え入れたんです!お金目当てなんてととととんでもない!!」

 ミーティア中尉は必死の形相でそう答える。

 その後、レオはこの施設に泊まることとなった。
ミーティア中尉に部屋を案内されると、そこは思っていたよりも快適な空間が広がっていた。
ダブルベッドに、小さめの個人用冷蔵庫に最新機種のホログラムTVまであった。このホログラムTV、元は軍用の作戦指令室にでも置かれていたような代物であったが、それが最近になって民間にも流れ出てきた目新しい技術だ。
網膜投影型の仕組みであり、専用のコンタクトを取り付けて実際の景色と連動した立体感のある映像を楽しむことが出来る。
軍事的な場面では、高級将官のような人物達がリスク無き現地偵察の手段としてや、兵士たちの仮想実地訓練等で使われた。

「まるでそこら辺のホテルの一室だな」

レオがそう言うと、ミーティア中尉は安心したような顔で胸に手を当てる。

「気に入っていただけたようでなによりです!では早速、業務の方明日からよろしくお願いしますねレオさん!では失礼します!」

「あっ、ああ。ではまた明日......」

 彼女はそう言うと、さっさと部屋を出て行っていった。
 
 聞きたいことはまだあったが......まぁそれはいい。
今日はいろいろ突飛な事があって流石に疲れた。早めに寝て明日の業務とやらに備えるとしよう。

レオはそんなことを考えながら、ベットに横たわった。



―――レイシア隊の隠家を周囲する謎の部隊の姿があった。

「―――作戦指令室より各隊通達。当該施設に標的の存在を観測手が確認、作戦をフェーズ2へシフト、また正面入り口は施錠されている。ブリーチングを行われたし」

「―――了解。待機中突入部隊は作戦行動を開始、施設にブリーチングで速やかに突入する」

「―――後方支援部隊、配置完了。ガンシップ待機中、次の指示を待つ」



[43110] 襲撃
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/07/04 22:12
「―――レイシスの子よ」

 頭の中でその言葉が永遠と鳴り響いている。

 漆黒のローブにその身を包み、人の形を彩った悪魔のようなアレが語りかけてくる。

 なんども、なんども、それだけを言っては。また消えていくのだ。

 それに対して何故だか異様に惹かれる心の鼓動が、いつか止むのを待ちながら。

 妙に魅了されているのが分かる、ただしそれは負の感情を伴いながら。

 ―――怒り、悲しみ、絶望。そして復讐心。

 だがしかし、もしかしたら。

 そこに求めていたような力の奔流が、そこにあるような気がしてならなくて。

 ただひたすら、それについて人は考えるのだ。




「―――んあ……」

 多少の頭痛を味わいながら目を覚めると、見覚えのない見新しい洒落た天井がそのぼやけた視界に見えはじめる。

「あぁ、そういえば……」

 廊下からノック音が聞こえてきた。

「―――レオさん?おめざめですかー?」

 ミーティア中尉の明るい声がドア越しに響いてくる、朝から実に心地よい声量で。

「あっ、あぁ......いま丁度おきたところですよ......えぇーと、中尉殿」

「ふふっ、そうですか!それじゃここにお召し物を置いておきますね~。支度が終わったら、ロビーの方にいらしてくださいね」

 ミーティア中尉はそれだけを言い残すと、すぐにそこを去ったようだった。
 レオはお召し物とやらを取りに、体を起こしてドアを開けに行く。するとそこには、軍服らしき物が置かれていた。

「まじか、軍服着るのか。なんだかそれっぽくなってきたな、こんな着替えまで用意してくれるとは随分親切なことで」

 今までのレオの服装と言えば、黒とか灰色。茶色の汚れの目立たない傭兵相応のカジュアルな服装をしていたばかりで、明るい色の服の格好というべきか、こういった正装には目が慣れず、これを着たところを想像したレオは、自身の見た目について不格好だろうなと感じていた。

 服を取るとまずは洗面所で顔を洗う、そこで鏡面を見上げたレオは自身の髭の伸び具合を酷く気にする。

「あちゃー、こりゃキツイな。さすがにここに身の回り品の完備とかないよな......後で髭剃りとジェル手配してもらおう、あわよくば家庭用の髭剃りレーザーカッターの最新機種だな。あれはネット広告で見たが随分便利そうだった、いやていうか普通に出る時に支度の準備をさせてくれりゃ困る事もないんだが、それくらいの要望は応えてもらわんとな」

 家庭用髭剃りレーザーカッター、通常のレーザー脱毛とは違い、単純に人体に傷がつかない出力のレーザーで毛を短くするだけのものだが、顔面をスキャンすれば自動で指定範囲を勝手に剃ってくれる優れモノだ。

 お召し物を順当に羽織っていき、最後に軍人らしい分厚いコートを羽織り終えると、レオはロビーに向かうことにした。

 ロビーにやってくると、そこには私服のレイシア少佐とミーティア中尉がふっかふかのソファーに座って待っていた。

「―――やぁ、軍服がなかなか似合ってるじゃないか」

 レイシア少佐にそう挨拶を受ける。

「どうも、ていうか少佐達は私服ですか」

「まぁ、そりゃ私達はオフだからね。でも、君もなにぶん先日と同じ服で過ごすのもアレだろ?その軍服は別に強制させてるわけじゃないよ。それは官給品だが、君に十分な支度の時間を確保させられなかったせめてもの償いという奴だ、別に後で要らなくなったら闇市場にでも転売すればいいさ。その豪華な装いは共和国セントラル努めのエリート軍人を象徴するものだ、言い値が張るかも」

 少佐はそう言うと、レオは呆れたような顔つきで少佐を見る。

「軍人が官給品横流しを容認とはね......」

「冗談だよ」

 レイシア少佐はやや不機嫌そうな表情でそう言うと、レオを近くの椅子へと手招く。
 レオは招かれるままに椅子に座ると窓に目をやる。
 少佐はレオが席に着いたことを確認すると、早速話題を切り開く。

「さて、まずは昨日の続きについてだな。簡単に説明するとだが、我が共和国にも彼らのような覚醒者をのさばらせない為の組織が当然あるわけだ。それを我々はイニシエーターと呼称し、今この時もさまざま戦地に趣き彼らと戦っている。敵国、レジオン帝国にはそんなならず者のような覚醒者による軍事組織が存在し、それらに所属している覚醒者はレイシスと呼ばれている。君が要塞で会ったという人物は、恐らくそのレジオン帝国のレイシスだろうと思う」

 少佐は一通り言い終えると、コーヒーらしきものを上品に口に運んで一口飲む。

「なるほど?戦場の裏側の世界では、超人的な覚醒者達がお互いにしのぎを削って今の今まで拮抗して繰り広げてきたと」

「裏側というほど裏側の存在でもないがね、昔ほど一般にその存在は浸透していないのだ。なにせ我々が活躍していた全盛期の時代から数百年の時も流れたし、その世界大戦全盛期の時代と現代を比べれば、今の人類は余りにも平和を享受しすぎている」

「そうか、ん......?我々......?」

 レオはその少佐の使った一人称の言葉に引っ掛かる。

「あぁ、言ってなかったな。私もそのイニシエーターの一人なんだ」

 レオはその言葉に衝撃を受けた、ただでさえ少佐は軍人をまともに務められるとは思えないような幼い容姿をしているだけでなく、人外的存在の覚醒者でもあったのだ。

「少佐はイニシエーター......だったか」

 少佐がそのイニシエーターだった、これが何を意味するのか。
 それは、目の前の少女が俺なんかとは比べ物にならない程に戦闘の場数を踏んでおり、そしてあの例のレイシスとやらの化物を何人も相手にして来たということ。そして、今この場に普通に人と接して日常を送っているのだという事。

「恐れ入ったな......、本当は身近にありふれて居たのか。覚醒者は......」

 少佐はレオの言葉に微笑しながら、再びコーヒーを一口、その口に運ぶ。

「それじゃあ、これも見せてあげよう。ディスパータの持つ武器は特殊でね、このソレイスと言う武器を我々は使うんだ」

 そういうと彼女の手のひらから一本の剣が、空間から粒子を集めて形作っていく様に虚空からそれが突如生成される。
 その剣は一級芸術品のように美しく煌めかせ、少し触れただけでも切り裂かれてしまいそうなほどに鋭い刃をしている。
 そしてその剣を構える少佐の姿は、金色の豪華な装飾に相応しく美しい。

「この剣は、イニシエーターの扱う武器の中でも最も一般的な部類の武器だ。この剣の刃は非常に鋭利で、どんなに重装甲な鎧でも容易く切り裂く。我々覚醒者に流れる力『ヘラクロリアム』の力を余す事なく発揮することができる代物なんだ」

「―――驚いたな......こりゃもはや魔法だな。ふーん、ヘラクロリアム粒子ねぇ......、教養のない俺ですら知っているごくごく有り触れた目に見えない空気みたいな物質だろ?よく分からんが、俺達が生命活動をする為にはなくてはならないものなんだとか、だがなんでそんなものが急に剣の形になったりするんだ?」

 レオは少佐の生成し顕現させたそのソレイスを見つめながら、ふと疑問を投げる。

「ヘラクロリアムは、我々の精神的観念と密接な関係にあるのだ。かつてヘラクロリアムを研究した血のつながりのない我々の先祖とも呼ぶべき覚醒者達が、何かしらの身体的特異性を持つ自らの人体について調べ上げるにつれて、同時にこの特異性が人類の迫害対象にもなりえることを悟った。そこで、自らの自衛手段として確立させるものとして、先祖達は哲学的な様々な極限的思想。正と負の両面思想に行き着いた、正と負の極限的思想は、元々ヘラクロリアムが持ち合わせていた性質である精神感情的なエネルギーとの同調に強く結びつき、やがてヘラクロリアムとの驚異的な同調によって生じたエネルギーはより高次元のものへと昇華されていった。ヘラクロリアムのそのエネルギーは、その思想に適合するようにその姿を変えていった。自己を防衛するための観念、即ち武器だ。このソレイスは、人間が元来原始的に持ち得ていた防衛観念そのものの顕現なんだ」

 少佐がそう長々しく語る姿に、見た目は人そのものだが。やはり人間とは根本的に違う生物なのかもしれないと、レオは良くも悪くもそう印象を強く受けた。

「小難しい話だが......要は原始的な防衛観念としての武器......、それが即ち当時の人にとっての一般的な剣という存在だったってわけか、だからヘラクロリアムはその覚醒者達の願いに応えるようにその身を剣に変えていったと」

「まぁ、そんなところだ。その精神は今の我々に引き継がれて、今も尚その姿を変質させている。だから、現代の今となっては剣だけとは限らず、様々なソレイスの形態が存在する。私の場合は普遍的な剣状のものだったというわけさ」

 そういって少佐は、ソレイスを手の中に収めるようにその剣は姿を消していった。

「―――まぁ、我々の武器がソレイスだけとも限らんがな」

 少佐はそう言うと、鋭い目つきでレオを見つめる。

「まぁそれはさておいて、本題に入るとしようか」

 少佐がそう言うと、ミーティア中尉が軍隊専用モデルのモバイル端末を取り出し、それをレオに手渡す。

「―――北方のヌレイ戦線から独立機動部隊宛てに救援要請が来ています。まずレオさんは着任後初任務として、北方に居る我がレイシア隊の本体と合流し、ヌレイ戦線にて合流して頂きます。その後我が独立機動部隊は、その機動性を活かす形で前線のアンバラル条約機構共和国軍参加し、前線の共和国軍を支援致します」

 ミーティア中尉が簡単に作戦の説明を終えると、初回からいきなりごってごての戦場に派遣される事について思わずレオは苦い顔をする。

「うわ......すごいな。初任務から早速前線行きとはね......さすがですねぇ......いやぁこれじゃあ先が思いやられる......」

 レオはその作戦要項が書かれた端末のディスプレイを見て唸る。

「れっ、レオさんならきっと大丈夫です!なんたって英雄の傭兵さんなんですから......!」

 彼女は笑顔でそう言い放つ。

「あはは......、まぁ独立機動部隊?とかいう大層な名前なだけの事はあるって感じか......、具体的な運用は全く知りませんけど、身に染みて味わうしかなさそうだ」

 傭兵業は企業紛争や軍閥闘争でよく起用されるその性質上、がっつりとした国単位での正規兵同士の戦場には余り参加する機会はない。というか、紛争はあれど軍戦略単位での戦闘が行われることは近代に入ってからは滅多になくなった。
 なので今回の戦線での任務とやらもそこまでエネルギーを消費するモノではないと思うが、如何せんほぼ未経験の地。腕前には自信があるとはいえ、正規兵を侮らないようにしなければならない。



 ミーティア中尉による初の作戦説明の会議は終わり、さっそく三日後には戦線に向けて出撃することになった。
 初任務から戦場送りとは鬼畜極まるが、これも自分が選んだ道だ。
 当然、最後までやり通す。
 出撃の間までは特にやることもないので、ブランクの穴埋めをすべく、リハビリでもして過ごすことにした。

「しっかし広いなぁここは......ここが隠れ屋ねぇ。それに、児童施設と併設とは、なんというか。色々な思惑を感じれてなんだか、悪趣味だ」

 この施設の外回りに取り付けられているバルコニーからは、第7セクター、ステーションの巨大な建造物が見える。
 下部構造には共和国全土へとアクセスするいくつもの列車の路線が張り巡らされていて、一日中輸送列車が稼働しつづけ都市を騒音で満たしている。
 上部構造には空港ターミナル、軍の空軍施設も併設で存在していて、そこから放たれ活発に出入りする航空機の航行灯がどこからでも拝められる。
 かつての共和国領から流入した数億人にも及ぶ下町セクターの巨住民。
 あそこはいつも賑やかだ、こんなところに戦火の火が灯ることなんて事はきっとあってはならないのだろう。


 ―――各都市には人口の流入限度が決められ、それ以上の人数が入ろうとすると規制がかかり、その都市にそれ以上の民間人が入ることができなくなる。そのためここセクターが管轄する区画に逃げ込めなかった、レオのような人々は戦線の外側に住み着くしかなくなる。
 なので、付近の戦線から逃れてくる民間人の中には轟音の鳴り響く迎撃城塞のすぐ外で暮らしている者もいる。
 そんな現状に中央共和国政府は関心すらもたず事実上の放置、見かねた軍の将官達は次々に企業の如く軍閥を設立し、やがてはアンバラル第三共和国のような巨大軍閥も生まれたのだ。

「秩序保全が入れ乱れるこのご時世。こんな平和そうな都市部が、いつ戦場になっても、実際おかしくはないんだな......」

 広大な都市の人工物が放つ美しき夜景を見ながら、レオは一人でそう呟く。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 謎の部隊が展開し施設を取り囲んでいる。
 本部とのやり取りからは配置の完了と、現場部隊突入の合図が待たれていた。

「―――合図をしたら突撃する。傭兵レオ・フレイムスは、発見次第最優先で確保。それ以外は排除しても構わない」

 少佐達の静寂な夜が、乱されようとしていた。



[43110] 残酷な灯り
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/07/12 01:48
 ―――都市の放つ壮大な人工光の夜景を後にし、レオは部屋へ向かう。

「明日からはどんな生活が始まるのやら、できればミーティアさんに直接起こしに来てもらいたいものだが」

 いい歳してくだらないことにうつつを抜かす事、それが今は何とも心地よく感じた。そんな矮小な期待を胸に秘めた時だった。

 突如、かつて聞きなれたものとよく似た大きな爆破音が施設内に響き渡る。

「......な、なんだ?!この短い爆音......ブリーチングチャージか......?音は......施設を囲むようにほぼ同時に衝撃と音が伝わってきた。まずいな、このタイミングで敵襲とはね、しかもかなり手際が良さそうだ。正規兵かねこれは......とりあえずまずは、少佐達との合流が先決か」

 爆発音が聞こえた後、すぐさま階段を駆け下りロビー階の少佐たちがいるであろう思われる所に向かった。
 ロビー階の中央廊下を挟んだ向かい側の通路へ渡ろうとしたその時、目の前を深青の弾道が横切った。

「うっわあぶねぇ、当たりそうだった......」

 壁を背にしてロビー内の状況を伺う、すると視線の先のロビー階入り口付近は、既に敵が統率の取れた様子で散開していた。
 こちらの存在に気付いている敵兵はフラッシュライトを壁越しに当ててこようとする。

「―――そこにいるのは分かっている!!!直ちに武装を解除し、ゆっくり前に出てこい!!!」

 敵の様子を見るにどうやら殺す気はまずは無さそうだが、この襲撃にはまるで心当たりはない。
 何かの間違いだろうとは思うが、かといってこのまま出て行くのは愚策中の愚策でもあるだろう。
 敵の目的が全くわからない以上、下手な真似はできそうにない。

「クソ、何人いんだこりゃ......」

「―――レオ・フレイムス!無事か!!!」
「ご無事ですか!?」

 先程渡ろうとした向かい側廊下から、少佐達の声が聞こえてる。そちらを見ると息の荒くなった少佐とミーティア中尉の姿があった。

「少佐!いったいこれはなんなんですかねぇ......!身に覚えないですけど」

「話はあとだ!まずはここから離れるぞ、地下に武器庫がある。君がいま来た道をそのまま戻って階段を更に降りろ、その先で合流できる!」

「ふぅ、了解です少佐!」

「レオさん!ご無事で!」

 敵兵の投降を呼びかける声で少佐達の声が所々掻き消される中、なんとか言われた通りの来た道を戻る。
 近くに慌ただしい敵兵と思われる足音が聞こえてくるが、意に止めないまま振り切って先程の階段をそのまま下っていく。
 すると、やがて頑丈そうな扉のついた部屋に行き着き、そこの手前には別ルートからやって来た少佐達の姿があった。

「来たか、中に入るぞ」

 そう言った少佐がIDカードのようなものをパネルに翳し扉を開ける、中は真っ暗だったが急いでその場の全員は部屋に入り込む。
 扉が閉められロックするような音が鳴り響くと、ほぼ同時に部屋の明かりが手間へから奥側へと順々に点灯していく。
 灯りに照らされたその空間の様子は、まさしく少佐が言った通りの武器と弾薬の宝庫である武器庫だった。

「武器は共和国製だが最新式のAEシリーズは取り揃えている、好みは分からんが好きなものを持っていけ」

 少佐の言う通り、ここにある武器は全て共和国正規軍の使用する武器種ばかりが揃えられていた。
 共和国軍の採用しているAEライフルAE-64は、AE弾と呼ばれるカプセル型プラズマ弾を使用する。
 このAE弾は穿孔性能が極めて高く、高性能な防御機構が存在しない軽歩兵の着用する対物理の複合アーマー程度なら容易く着弾時のプラズマ化で無効化してしまう。
 更には瞬間的に発生する熱によって空気が膨張し、その衝撃波によって臓器を壊滅ささせる事が出来てしまう。
 こんな代物が歩兵に平気で大量に持たせられている、旧時代の装甲兵器系を大量にお蔵入りさせた張本人だ。
 他にも軍規格のコンバットナイフ、マシンピストル等があり、防AE弾特殊電子線装甲チョッキなんてものもあった。
 これはVIPですら滅多に着用する事が出来ない最新型の対AE弾用チョッキであり、内部の磁器発生装置によって着弾するプラズマ弾を偏向させ威力を減衰させるものだ。ただしこの装置は精密機械である上に衝撃波は防げないので、数発撃たれれば簡単に耐久性能が限界を迎える。
 だがそうは言っても気休め程度であっても断然ないよりはましであることは確かだ、レオやミーティア中尉はそれらを一通り拝借して身に着け、装備を整える。

「さてここからのプランだが、まずは当然足がいる。ここには地下ガレージに緊急時用の装甲機動車が止めてある。それを使うしかないが......」

 少佐がそう言ってる最中に、ミーティア中尉のぼやいた声が聞こえてくる。

「子供たちがいない時でよかった......」

 ミーティア中尉は安堵の息を吐く。

「たしかに?ガキどもが居たら奴らから逃れるのはキツかったな。まぁなんでこんところに併設する形で隠し基地があるのかは聞かないでおくが」

 レオはそれに便乗して嫌味混じりの言葉を放った。

「えっ、えぇと......」

 ミーティア中尉が言葉に詰まるが、少佐が中尉の肩を叩いて彼女の前にでる。

「別に好んで我々もここに基地を構えたわけじゃない、あの子供たちは孤児だが事情が特殊なんだ。いつしか覚醒者として覚醒する可能性を秘めた潜在孤児として集められている、我々はそのついでの制御的監視者でしかない。我々に予算をあてがう上層部だって馬鹿じゃない、このご時世ではこのような基地を構える事とは、常に複合的な要因と目的や戦略が付きまとう。独立機動部隊とてその例外ではないのだ」

 ミーティア中尉を庇うように少佐がそう言うと、レオは静かに頷いた。

「で、話の続きだが。装甲機動車ならこの先のガレージにある、ただ当然敵も手を回しているだろう、つまりは道中の交戦は避けられないと考える。準備はいいか?」

 少佐がレオやミーティア中尉に目線を送り、そう聞く。

「当然」
「いけます!」

 タイミングを同じくして二人は返事をすると、少佐はガレージのある方向の扉を開ける。
 二人がガレージに続く通路へと出るのを確認し自らも出て、外側の扉に付いているスイッチを押した。
 すると扉が自動で閉じるのと同時に、武器内に突如炎が燃え盛り始める。
 武器自動廃棄システムのようだ。

 武器庫からガレージに続く通路を抜け、ガレージにつく......。だが、そこにはやはり少佐の読み通り敵兵が既に配置され、ガレージ内は占領されていた。
 その様子を恐る恐る忍び足で確認しにいった少佐とそれに付いていくレオと中尉だったが、こちらを不意に見た敵兵によってその行動が気づかれてしまう。

「見つかった!一旦遮蔽になる通路まで戻れ!!!」

 遮蔽の無いガレージへの一方通行の通路を銃弾の雨に晒されながら来た道を戻る、弾道が頬をかすりレオは九死に一生を得た。

「ちょっ!なにやってんすか少佐!?敵にバレるなんて!?」

「す、すまない。ガレージの浅い警備だった故に穏便にいけそうだと思ったんだが......」

「なにを今更穏便などと......」

 レオがそう言うと、少佐は複雑そうな感情を持ち得た表情を受かべていた。

(敵は見た感じ、少佐達と同じ共和国軍の兵士のようだ。少佐はそれに躊躇しているのか?)

「―――大人しく手を挙げてゆっくり出てこい、武装解除が認められれば命は保証する!!!」

 こちらに気づいたガレージの敵兵達は、説得力のない降伏勧告を告げてくる。

「これは出てったら間違いなく撃たれますよね......」

 ミーティア中尉も同様に複雑そうな表情をしながら、レッグホルスターから抜いた武器を構える。

「少佐、さすがにこの道じゃ蜂の巣にされる。挟み込まれる前に別ルートで脱出できないか?」

 レオは少佐に提案する。

「いや、それは無理だ。ほかに道はない」

「じゃあどうする?やるってなら足掻くが」

「いや、その心配はいらない。私が先陣を切る、中尉達は援護を頼む」

「......いけるのか?少佐」

「まぁ、見ていろ」

 少佐はそう言うと、突如右手の手の平を上向きに出す。
 レオはその光景を何事かとみるが、その動作の後すぐに空気がそこに収束するような風の流れを周囲から感じた。
 周囲のそれを目で追うと、それは少佐の先ほどの手のひらに向かって行っているのが分かった。
 そして徐々に、その風の流れは可視化されていきやがてハッキリとした像が見え始める。
 その像は両刃の細身のつるぎのような姿を見せ始め、その具体像は手のひらから切っ先へと順に具現化されていく。
 気づけば僅か数秒の内に、手品のように剣をその虚空とも言えるような場所から出現させた。
 その光景にレオは思わず目を見開く。
 少佐は、その剣を片手に掴み凄まじい速度で敵集団に突っ込んでいく。
 それに思わずレオは手を指し伸ばしそうになるが、それをミーティア中尉が手を伸ばしレオの手を静止させた。

「大丈夫ですよレオさん。少佐は強いんですから」

 ミーティア中尉がそう言ってほくそ笑む。
 敵集団に突っ込んでいった少佐は、常識では考えられないような軌道を描き、その並外れた身体能力で敵の放つ弾丸の雨の中を華麗に通り抜ける。
 弾丸はただの一発も当たることなく、その光景はまるで銃弾が少佐という存在を避けていくかのようだった。
 少佐はそうやってあっという間に次々と敵の間合いに入りると、容赦なくその剣を振りかざし、敵兵。本来であれば友軍の立場であろうその兵士を迷いなく切り捨てる。

「―――き、距離を取れ!!!間合いに入れるなぁ!!!」

 敵兵たちは少佐から距離をとり包囲しようとするが、少佐はその隙を与えなかった。
 目に追えぬ速さで剣を捻り、回転させて周りの敵を刺し込んで切り刻む。
 気づけば、少佐はガレージ内の敵をレオが息もつかせぬ間に制圧していた。

「な、なんてことだ......これが覚醒者の力なのか......?」

 決して人の身では到達することのできないその領域を、まじまじとレオは見せつけられた。
 少佐のその圧倒的な実力はレオにただ傍観する事を強制させるかのようなものだ。
 援護など、まるで必要がない。
 開いた口がふさがらないとはまさにこのことであり、改めてかつてのあの光景は幻想ではなかったとレオは確信した。

 レオはいつまでも少佐の事を唖然とするように見続けていた。
 それに気づいた少佐は思わず溜息を吐く。

「はぁ、見惚れるのもいいが......まずはこれを見てほしい」

 そういって少佐は、死んだ敵兵士のアーマーを持ち上げる。

「それは、やはり共和国軍のアーマーか......?」

 レオは持ち上げられたその見覚えのあるアーマーについて答えた。

「そうだ、我々を現在襲っているのは敵国の特殊工作部隊や傭兵、ましてやテロリストでもない、同胞たる友軍だ。申し訳ない話だが、先ほどの私は彼らを倒すことに躊躇していた。すまない」

 少佐はそう短く謝罪すると、その持ち上げたアーマーをその場に放して落とす。

「まぁ察しはついてたが、こんな秘密基地のお手本じみた急襲。ただのテロリストや傭兵なんかにできるとは思えなかったよ、やり方が明らかに俺達と違うからな。これはあまりにも上品すぎる」

 レオはそう言うと、ミーティア中尉が頷く。

「少佐、これは......いったいどういう事なんでしょう......。我々を襲うにしても少佐の存在は掴んでいたはずですし......」

 ミーティア中尉の問いかけに、少佐も顎に手をやって考えに耽る仕草をする。

「中尉、言いたいことは分かる。明らかに敵の戦力不足は否めない、だが今は詮索している時間がない。何が起きているのか分からない以上、とにかくここから出るのが先決だ」

 そういって少佐は振り返り、装甲機動車の様子を見に行く。

「やつらの工具が取りついているが......、まだ無力化される前だったようだ。動かせるぞ、中尉。運転を頼む」

「了解です少佐!」

 少佐は装甲機動車の車輪に取り付けられていたロックをその剣で手際よく破壊すると、ミーティア中尉は運転席頭上のハッチから乗り込む。
 すると装甲車の後ろのハッチが開かれレオはそのまま乗り込んだ、すると運転席の方で何やら焦る様にミーティア中尉がパネルを必死に弄る姿が見えた。

「少佐!認証が書き換えられてます!このままではシャッターが開きません!」

 どうやらガレージシャッターが応答しないようだった。

「では無理矢理にでも開けるまでだ」

 少佐はそう言って、閉じた出口に向かって手をかざす、すると少佐は何かをその手に込めるように目を閉ざした。
 次の瞬間、重厚そうなガレージシャッターに装甲車が丸々通れるくらいの円状の穴が突如空く。

「......なんでもありって感じか?」

 レオはそう言葉を漏らす。

「さすがです少佐!」

 ミーティア中尉がそう言った後、少佐はレオと同じように装甲車に急いで乗り込む。

 そして装甲車は少佐が開けた穴を通りガレージを颯爽と出た、その瞬間入れ替わるようにして出口付近の追っ手の車両を追い抜く。

「ふぅ、なんとか......」

 ミーティア中尉はそう束の間の安堵する。

「中尉、セクターターミナルに向かってくれ。今からゼンベルと連絡を取り今すぐガンシップを動かせるように連絡する」

「了解です少佐ー!!!」

 ミーティア中尉はそう言われて装甲車のギアをあげると車両は急加速し、慣性に従って少佐とレオは背を壁にぶつける。
 少佐は「やれやれ」と言いつつ、通信機器端末を胸ポケットから取り出した。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ―――同刻。

「―――アウレンツ大佐!!!ご報告いたします!裏口の警戒に当たっていたフィアットC分隊が全滅、装甲機動車に乗ってターミナル方面に逃走した模様です」

 その兵士はある男、アウレンツ大佐の前でそう報告を上げる。

「―――ふぅむ、やぁはりこの程度では仕留められんか。さすがレイシア少佐と言った所かねぇ。コードCを発動する、アストレア級ガンシップで追撃しなさい。市街地区画での兵装使用を許可する、ここは徹底的に追い込まんとねぇ......」

 その男はにやけ顔でその兵士に命令を下した。
 兵士たちはその上官の命令と振る舞いに普段との違和感を感じつつも、兵士たちはただ忠実に与えられた役割をこなしていくのみだった。



[43110] 偽りの追跡者
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/07/12 18:21
 ―――雨音に混じりながら少女の声が聞こえてくる。
 昨日は徹夜で酒を盛ったせいか覚醒しようとすると、重たい頭痛と睡眠に常に襲われる。
 そんな風にボーッとしながらも、声がやってくる方へと耳を辛うじて傾ける。

「―――おい!!!聞こえるかゼンベル!!!おいゼンベル!!!応答しろ!!!」

 少女、いや。少佐のどなり声だ、その華奢な声音はガンシップ内に鳴り響いていく。
 少佐からの連絡だと分かると、急いで端末を焦った手つきで手に取る。

「―――んあぁ......どうしたんですかい少佐......予定時刻よりまだ随分早いですぜぇ......あっレフティア大尉みたいなおつかいとか勘弁ですよ......ふあぁ......」

「寝ぼけてる場合じゃないぞゼンベル。目的不明の共和国軍部隊の強襲を受けた、敵の所属は分からない。とりあえず緊急事態だ、ヘリをいつでも飛ばせる状態にしておけ、今そっちに向かってる」

「な、なんですと!?一体なにがあったんですかい!?」

「詳しい話は後だ、追撃されている。ターミナル上層停留所で合流だ」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「少佐、後方からガンシップ来ます!」

 ミーティア中尉はサイドミラーで後方から迫りくる近接航空支援機VTOLガンシップの存在を目視で確認する。

「フル装備のガンシップを市中によこして来るとは、随分手間をかけてくるじゃないか。このまま逃がさせてはくれなさそうだな。レオ、ハッチを開けろ。私があれを落とす」

「正気か!?ガンシップだぞ!?」

「大丈夫だ、任せろ」

 少佐からレオに向けられたその眼差しからは、日常茶飯事の如くこの程度の困難は乗り越えてきたかのように、強者特有の自信に溢れんばかりで、その姿勢はレオの身にもしみじみと感じとれる。

「まじかよ、ほらよ」

 レオはハッチを開けると、そこから少佐が身を乗り出し、走行中の装甲車の上に堂々と立つ。
 そのまま少佐はガンシップを迎え撃つ為の姿勢を構える。

「......おいおい、ほんとうに大丈夫か?いくらイニシエーターとやらといっても近代兵器のガンシップ相手には無謀なんじゃないか......」

 レオは運転席のミーティア中尉に聞こえるようにそう言う。

「大丈夫ですよレオさん、少佐の力を信じてください」

 後方よりガンシップが少佐からはっきり見える距離に現れる。
 ガンシップは武装に誘導型対地ミサイル、対人AE機関砲を標準武装としている。
 その機関砲の威力は大戦時由来の規格を受け継いでおり、対人を想定していたとは思えない火力を誇る。
 軽装甲の車両なら数十発で原型を失うに足るだろう。
 対地ミサイルもこれまた穿孔性能の高いミサイルを採用し、重装甲車両であっても直撃すれば特段対策を行っていない金属装甲には簡単に穴が空き、そのまま内部に直進したミサイルは火花を散らしながら内側の人間を焼き殺す。
 また同時に対象物体に限定して強力な電磁波を発生させる爆薬発電機を備えた電磁波爆弾との融合型でもあり、大抵の車両は直撃すれば電子機器系統の基盤が破壊され致命傷となりうる。
 大戦時代からの古典的な兵器でありながら未だ最強格の武装だ。



「―――フェーズ1、標的補足。対地ミサイルを使用する、ロックオン完了。発射」

「―――フェーズ2、発射」

 追撃に来た2機のガンシップからそれぞれミサイルが発射される。

「やばいって!当たる当たる!!!」

 レオはこちらに真っ直ぐ直進するミサイルをその視界に捉えると、思わず目をつぶった。
 しかし、何かが破壊される衝撃波が外から伝わってきた。
 慌てて後方を見るが、飛来して来ていたはずのミサイルの姿がない。

「ど、どうなった......少佐は無事か?」

 レオは急いでハッチをよじ登り、すぐに少佐の安否を確認する。
 だがそれは杞憂であった。
 そこには平然とした無傷の少佐の姿があり、改めて生物としての次元の違いを見せつけられる。

「......ミサイルはどうなった?」

「普通に弾いた。直撃でなくても付近に着弾するのはマズイからな、あとは目障りなガンシップを落とすだけ。友軍機を落とすのは少々気に障るが、まぁやらねばこちらが死ぬ」

 少佐はガンシップに向けて手をかざす。

「おい、まさか......」

 少佐が手をかざしたとき、2機のガンシップの周りの空間が歪むように辺りの光が変化する。
 歪んだ空間は綺麗な円を描き、まるで絵の中の空を丸く切り取るかのよう。
 その円によってガンシップの両脇に抱えている推進補助スラスターが綺麗に取り外され、推進力が不安定になった2機のガンシップはゆらゆらと高度を下げていく。

「その技、強すぎでは?」

「そうか?まぁ応用がかなり効くし便利ではある」

 少佐はそう言って、ハッチを通じて装甲車内に戻った。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ―――同刻。
 少佐達の隠し基地付近に臨時設置された司令部のテント内にて、アウレンツ大佐は追撃状況の各種情報をオペレーター達から受けていた。

「―――追撃にあたっていたガンシップ2機が航行不能、撃墜されました」

「―――他分隊が装甲機動車で現在追跡中、しかしこのままでは先にターミナルに到着されます」

「ほう、では現地のSUPRA隊を出動させろ。奴らは空港に待たせてるガンシップと合流してここから逃げるつもりだろう。都市から逃せばそれ以上は追えん、機体は撃墜して構わん」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「少佐!空港が見えてきました!」

「もうすぐだな、この先の要人用連絡道路を曲がってくれ」

 ターミナル上層へと続く要人連絡道路のフェンスゲートの前にやってきた。
 警備兵達が近づいてきたが、少佐達は顔が利くのかそのまま特に検査を受ける事無く通過することができた。
 通り抜けた先はいくつもの要人専用機と思わしき機体がいくつも並んであった。
 どうやら民間が使用する飛行機の区画はここからは遠く離れているようだ。
 すれ違う多くの要人やその護衛達がこっちを不信そうに目を追ってこちらをみている。
 それもそのはず、こんな厳つい軍事車両が要人エリアに踏み込んでいたら誰しも不安になるだろう。
 
 しばらくすると追撃しに来ていた先ほどのガンシップと同様の形状をした機体の前で、こちらに手を振っている大柄の男が車内から見えてきた。

「少佐!ゼンベルさんです!」

「よし、近くに止めてくれ」

 ガンシップの近くに乗ってきた車両を止め、少佐たちが降りると大男が大声で寄ってくる。

「少佐ァ!!!ご無事でぇなにより!!!ガッハハハ!」

「あぁ、なんとかな」

 むさ苦しい第一声を終えると、その大男は冷静な態度に急変し、レオの方に歩み寄ってくる。

「こちらが例の傭兵ですな?」

 そのゼンベルと呼ばれている大男に、レオは声を掛けられる。

「あっ、あぁ。俺はレオ・フレイムスだ、数日後から本格的にお世話になる予定だったんだが......」

「おお!!!レオ・フレイムス!歓迎するぞ!俺のことはゼンベルと呼んでくれぇ!!」

 いきなり静かになったと思った矢先、ゼンベルは大笑いしながら元気よく手を差し延ばしてきた。
 ゼンベルは大声通りの大柄で体格が良い大男だ。
 どうやら軍服を着ておらずかなりラフま様子で、一枚きりのシャツのような上着に作業服のようなズボン。
 傍から見ればヒゲの生やしたただのおっさんに見えるが、本当に軍人なのかは分からない。

「挨拶は終わったか?ここを離れるぞ」

「了解したぁ!!!いつでも出せるぜぇ!乗ってくれぃ!!!」

 ゼンベルはそう言って颯爽に操縦席へと着く、そして少佐とレオも乗り込むが、ミーティア中尉は搭乗しなかった。

「どうした中尉?行かないのか?」

 レオがそう聞くと、少佐が横からそれに答える。

「ミーティア中尉には、彼女なりの役目がある。私の部隊の一員でもあると同時に共和国防衛省の直轄諜報部をも兼任しているんだ。今何が起きているのか、その真相を探る為の要員は残しておかなければならない」

 レオは少佐にそう言われるが、素直には納得し難いものだった。

「いやいや!さすがにこの状況で一人置いてくのはまずいでしょ少佐!」

「―――レオさん」

 レオの言葉に被せるように、ミーティア中尉がそうレオの名を言う。

「私なら大丈夫です、少佐たちと早く行ってください」

 ミーティア中尉にそう言われ、レオは言葉を失う。

「そう、か......」

 ミーティア中尉は真剣な眼差しで、レオの手を取る。

「私には私なりの部隊での役目があります。どうか行ってください。そしてまた向こうで会いましょう。大丈夫です、どうか信じて。他の部隊のうちの子達ともよろしくやってくださいね」

 そうミーティア中尉は言い残していくとレオの手を離し、ガンシップから駆け足で離れていく。

「おーい?もういいか?早く出ねぇとマズイことになりそうだぜ」

 入ってきた通路側の出入り口から軍事車両が入ってくる。間違いなく先ほどの追っ手だろう。

「ゼンベル、発進だ」

 少佐のその号令と共に、ガンシップは勢いよく停留所から飛び出していった。
 開いた窓からは俺たちを見送る中尉が見え、彼女はこちらに軽く手を振った。

 やがて航空機発着場を出ると......。

「おい、おいおいおい待てよ!?嘘だろ......、どういうこったよありゃ......」

「どうしたんだゼンベル」

 ゼンベルの声に少佐はすぐに駆けつける。

「少佐、アレ。見てくだせぇ......、敵さんのパフォーマンスにしちゃ少々過激すぎやしませんかねぇ......」

 ゼンベルはその方向に指を指し、少佐もそれを見る。

「......ゼノフレームか?」

 黒色の独特のシルエットデザインを見せるゼノフレームが、滑走路離陸地点付近で待機していることが目視で確認できる。
 ゼノフレームは平均して全高約10メートル前後の二脚又は四脚等の多様な形態を持つ汎用型高機動戦車であり数百年前の大戦中に開発された通称・戦略決戦兵器である。
 かつてゼノフレームは、古の戦場に置いてその戦術的優位性が極めて高いことから、大戦時に大量生産された主力兵器であり、非常に猛威を振るった戦略兵器である。
 現在となっては、その運用コストが小国の国家予算が軽く蒸発するほど悲惨なことから、次なる大戦に備えるという名目でほぼ全てのゼノフレームが凍結され、仮に運用を開始するにしても二週間にわたる複雑な凍結解除作業を行わなければならない。
 そして、その弊害として長年全く使われなかったゼノフレームに関する超高度技術者が不足しはじめ、その極めて複雑な機構兵器である事からロストテクノロジーとなりつつある側面が現れ始めている。
 ゼノフレームの中にはヴァルランド砲とよばれる兵装が存在し、強力な何かしらのエネルギー弾である事は分かっている物の、着弾後の数週間にわたる致死性の高い未知の物質が拡散されている事から使用が禁止され、遂には解明されないまま今に至っているようなものまである。
 大戦時の人々の生活を犠牲にし、それで得た熱狂的な技術革新が齎した負の遺産の一つだ。

 基本武装としてプラズマキャノン砲や高度自動迎撃レーザー、対ゼノフレーム近接戦用ブレード等があるが、そのどれもが汎用的に通用しうる一線級の代物。
 仮に広域対空砲が換装されていた場合は、離脱する前にほぼ間違いなく撃墜される。

「まずいな、あれが本当に噂通り動くってんなら。ここから出るのは不可能だぜ......」

 深刻な表情をゼンベルは浮かべる。

「どうすんだ?一回もどるか?」

「......いや、このまま対空網を突っ走る。ゼンベル、頼んだぞ」

 一瞬神妙な顔を見せた少佐だったが、即座に強硬突破する手段を選んだ。

「よし!承知したぁ!!!!」

 ゼンベルが活きのいい返事をするが、状況についていけないレオはただ絶句をする。

「......ゼノフレーム。いままで封印されてたって代物が急に元気よく動作するのかね?あれは俺達をここから逃がさない為の時間稼ぎかなんかなんじゃないか?」

「当然、その可能性はあるが。事態を楽観的に捉えるのは危険だ、あれは正常に動作すという前提で決行するぞ」

「任せとけぇ少佐!要は当たらなきゃいいんだよなぁ?」

 ゼンベルは自信満々にそう言う。

「おい、さすがにそんな事は無茶だと俺でも分かるぞ。当然磁気誘導性ミサイルの一つや二つは飛んでくる。操縦云々で解決できる話だとは思えないが?」

 レオはそう言って少佐の方をみる。

「当然、私が防衛を担当するのさ」

 少佐はそう言った後、ガンシップはスラスター出力を全開にし、勢いよく空域外へ向かおうとする。
 しかし案の定、火器管制レーダーの警戒警報が鳴る。

「くるぞぉ~!!!」


 ゼノフレームは正常に起動していた、それからミサイル第1波がゼノフレームから飛来する。

「ちっ、よりによって対空特化装備かよ......!」

 ゼンベルはそう言いながら、ガンシップは全速力でゼノフレーム頭上から地面すれすれの低空で駆け抜け、ガンシップは軽快に不規則回避運動をし、発射されたミサイルをタイミングよく回避させる。
 ガンシップに当たらなかったミサイルはそのまま滑走路地面に着弾し第一波を華麗に捌く。

「撹乱チャフを使わずにこのミサイルの量を避けたのか?信じられない腕前だな」

 レオはゼンベルの航空操縦の尋常ではない腕前に関心する。

「当然、パイロットの実力を舐めるなよぉ?」

 第一波を回避すると直ちにゼノフレームからは第二波対空ミサイルが発射される。その数はおよそ倍であるため、回避行動だけでは間違いなく直撃する。

「チャフとフレアを使う!!!」

 ―――もはやこの状況は最悪だと思っていた。
 だが、今までにはなかったような強力な仲間たちと出会い、レオは最後の最後まで味方の腕を信じた。
 今までの傭兵生活から考えらないような味方を頼るという行為を、レオは無心の内に行っていたのだ。

「どうしたレオ・フレイムス!怖気付いたか?」
 
 少佐は少女らしい微笑みを浮かばせながらこちらに問うた。

「ま、まさか。楽しくなってきたところですよ」

 レオはそう全然楽しくなさそうに無表情でそう言う、実のところ心では強がっていてもこの圧倒的な緊迫感の迫る恐怖に体は抗えていなかった。

 ガンシップはミサイルの大波に飲まれそうになる。
 ゼンベルが撹乱チャフ、フレアを放出し、ミサイルの機動があらゆる方向に逸れていく、しかしその最中に更なるミサイルの追撃がゼノフレームから行われる。
 第三派だ。

「どんなに急いでも第三波からは逃れられねぇ!!!少佐ァ!後はたのんます!!!」

 少佐はゼンベルにそう言われると、ガンシップの扉に手をつける。

「出番だな。君は手すりに掴まって放り出されないようにしろ」

「えっ、それはどういう......」

 ガンシップの側面扉が少佐によって開かれる。
 強い雨風が吹き荒れている中、少佐は身を乗り出し後方から迫り来る第三波を視認する。

「さてと」

 少佐は航行中のガンシップの上部に登り、手の平から剣を顕現させる。そして第三派ミサイル群に狙いを定めるかのように剣を大きく掲げる。

「【アンセル......!】」

 その剣からは真っ白な閃光がガンシップをも包み込むとばかりに周囲に放たれる。
 その閃光は強大な剣のように切っ先を伸ばし、ミサイル群を振り払うようにその閃光は放たれた。
 それに触れたミサイル群は次々に破壊されていき、やがて第三派ミサイル群は消滅する。

 レオはそれによって視界を奪われるが、しばらくすると閃光は止み周りが徐々によく見えるようになった。
 機体には異常がなく、衝撃波も感じなかった。

「一体なんなんだ......?」

 レオがそう口にすると、心底疲弊した様子の少佐がガンシップ内に戻ってきた。

「まぁ、ちょっとした飛び道具だよ......」

 少佐はそう言うと、ガンシップ内の床に背を倒す。
 その様子を見たレオは急いで駆け寄った。

「おい少佐!大丈夫か!?」

「平気だ......、ただ。少し頑張りすぎた......」

 息の荒い少佐の様子に、レオは少佐の額に手を当てる。

「すごい熱だ......!ゼンベル!少佐の様子がおかしい!どうすればいい!?」

 少佐は意識を朦朧としていたようだった、レオは操縦席の方に向かって声を挙げる。

「ヘラクロリアムを放出しすぎたんだ!、とりあえず飲み物かなんかで体を冷やしてやれ!」

 ゼンベルが大声でそう返す。

「あぁ!分かった!」

 そう言ってレオは、救急キット近くに置かれていた小型冷蔵庫を開け、大量の冷えた缶飲料を取り出す。

「んだこれ!全部ビールかよ!?」

 そう言いながら缶を少佐の体中に当てるように配置する。

「とりあえずこれで......、にしても絵ずらが犯罪級だなこれは」

 すると、少佐は徐々に目を開ける。

「くっ......、すまない。意識を失ってしまったようだな」

 少佐はそう言うと、身体を起き上がらせる。

「おいおい、あんま無理しないでくださいよ少佐」

 レオはそう言うと、少佐は近くの缶ビールを見つめそれを手に取る。

「大丈夫だ、こう見えても私達の体はかなり丈夫だ。ちょっとしたことではどうということはない」

 少佐はそういうと立ち上がる。

「さて、ゼンベル。少し早いが、予定通りに北方戦線に向かってくれ。私は今から今回の襲撃について何が起きてるのか本部に状況を確認する」

「了解です、少佐ァ」

 こんな危機的状況を過ごしたすぐ後にも関わらず勝利の余韻に浸らない少佐を見て、どんな世界を生きてきたのか想像がつかなかった。
 価値観とか、住む世界が違うなんてものではない。
 少佐とレオとの間には明らかに壁がある。

 それは、決して超えることの出来ない生物としての隔たりなのだ。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ―――同刻。

「まさかあのゼノフレームの対空網から抜け出すとはねぇ~、少し予定と違うが、まぁいい。何れにしろ彼らはヌレイ戦線へと向かうだろう。面倒だがそこで直接、奴を回収できればそれでよい......。もうこの体に要はない」

 アウレンツ大佐はそう言って、司令部からは姿を暗ました。




[43110] 侵攻の兆し
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/07/19 19:49
 ―――セクター7の空域から飛び出た少佐達のガンシップ。
 落ち着きを取り戻したその船内では、少佐が友軍に強襲された一連の出来事について船内の通信機から上層部と連絡を取り合っていた。

「―――なるほど......我々を襲った部隊は、アウレンツ大佐のとこの連隊規模の部隊ですか......。実に信じ難い話です。今回の騒動での指揮系統は判明しているのですか?指揮官は?アウレンツ大佐が直々に指揮を?さて、彼の恨みを買った憶えはないですが......」

 船内からは少佐の更なる上官か、又はそれ以上に匹敵する関係者と思わしき人物との会話が聞こえてくる。
 少佐の反応を見ている感じでは、アウレンツ大佐とやらの独断作戦という事らしい。それにしても物騒な世の中になったものだ、今となっては軍の内部抗争など珍しくもない話になってしまったが、まさか自分自身がそれに巻き込まれる立場になるとは。

 肥大化した軍事力を持て余す利己主義な指揮官達が己の軍閥を潤わす為の下部機関となり下がり、こうして度々軍内部での抗争が勃発する。
 その度に各勢力とは利害関係が浅い地方傭兵達はよくこき使われ雇われたものだ。
 こんな欠陥だらけの悲惨な軍事態勢のまま既に数百年が経とういうのだ。
 正に世は乱世とでも言うべきか、よくこんな国が未だに成り立っているものだと心底不思議に常思う。
 だが、少佐の言う『覚醒者』なるモノたちの存在と、周辺国との取り巻く環境を考慮すれば、一見無秩序のように見えるこんな現状でも、なにかどこかで合理的な側面があったとして不思議ではない。
 まぁ結局のところ、如何に崇高な文句を垂れた所で世界の状況を高い所から見渡せない以上、複雑な世界機構を考慮できない素人見解など、何の生産性もない私的な戯言ではあるのだが。

 しばらくすると、連絡を終えた少佐は座り込んだレオの方へと静かに近づいてくる。

「......我々を襲った部隊の指揮官、アウレンツ大佐だが......彼の遺体が先ほど自宅オフィスで確認されたのだそうだ......。それも、死亡推定時刻約三日前......、作戦決行日には既に彼は生きていない。だが作戦に関わった連隊の聞き取り調査によれば大佐は現場で指揮を取られていたと言うのだ」

「―――え、えぇと、つまり......成りすまし、ということですかね......?」

 レオはそう歯切れが悪そうにそう言う。

「―――ふむ、話によれば。大佐は部下たちとの交流は深かったと聞いている、そんな慣れ親しんだ隊員相手に気づかれない変装など、そう簡単にできるものだろうか。姿や声まで似せていたとなると非常に高度な芸当だ」

「いやぁ、その。ぶっちゃけ覚醒者の能力って線はないんですか少佐、俺みたいなそっちの事情に詳しくない素人からしたら、真っ先にそれを思いついてしまうが」

「まぁ、否定はできないな......。なにせ覚醒者の中には我々の理論で体系化できない不可思議な力を持った存在の例も、私の管轄外故に噂程度だがたまに聞く事がある。だが、さすがにそうなると尚更非現実的、不可能かもしれないな」

 ―――非現実的......?俺から見れば、少佐の能力だって非現実的なモノの類のように思える。
 それを踏まえてなお不可能に近い能力というものがあるという、いくら覚醒者といってもなんでもありというわけでもないのか。

「なぜ、尚更不可能だとお思いで?少佐」

 レオはそう少佐に問う。

「なぜ?か......そうだな。我々覚醒者と言っても、その能力の殆どは似通ったものばかりで、思う程個体別による多様性は余りあるとは言えない。そんな覚醒者すら先天的に人類の中から生まれてくる確率はずっと低く、その中でも更に特殊個体が出現する可能性は極めて低い。単純に確率的な話だ、それにそんな特異存在は上層部の組織が全土に張めぐされた地域ごとのヘラクロリアム濃度を測定する監視網によってすぐに目をつけられる。そうなったら早急にイニシエーター協会に回収されるか、イレギュラー要素であればどこかへと幽閉されるか。まぁ後者のは噂程度の話で本当にそうしているかは私でも分からないのだが」

 少佐がそう話をしていると、背後の通信機が着信音の如く鳴り響く。
 それに気づいた少佐は振り返ると、再びその通信機を手に取る。

「独立機動部隊本部からか。―――はい、レイシア少佐です。閣下でしたか......。えぇ、我々は全員無事です。それより今回の件、実に不可解ですね。そちらでも調査部隊を回して頂けると助かります、我々も一人諜報要員を置いてきましたので、そちらの方で協力して頂ければと。えぇ、あぁいえ、我々はこのまま北上してアンバラル第三共和国に向かい、前線の救援要請に応えようかと」

「―――なに、それは本当か!?ならいますぐ引き返すんだ少佐」

「......?なぜですか閣下......?」

 少佐はその通信機を手に取ったまま怪訝な顔を見せる。

「―――ヌレイ戦線は帝国軍の大規模侵攻による今しがた崩壊したとの報告が入っている。ヌレイ戦線のアンバラル北部統合方面軍は現在、第3セクターまで撤退している。前線基地は既に陥落し、非常事態宣言が何れ発令されだろう。貴様たちは一度中央セクターに帰還し、再編成の命令を待つんだ」

「そ、それは、本当なのですか閣下!?......しかし......お言葉ですが閣下。我々はこのまま北部第3セクターに向かいます。向こうに部下を置いてきています故、みすみす部下たちを見殺すような真似は、できますまい」

「―――そうか、ではそうするといい。私は止めんよ、何かと戦い続きのようだが、今は幸運を祈るとしよう。くれぐれも死んでくれるなよ少佐」

「はい、閣下」

 そう言って通信が切れると、その場には静かな空気が数秒続く。少佐の表情からは重たい空気が船内に伝わり、それは直に見ていないゼンベルですらそう感じさせた。

「......少佐?なにかあったんですかぃ?」

「ふっ、あまり驚くなよゼンベル......ヌレイ戦線が崩壊したとさ」

 少佐がそう言うと、ゼンベルは言葉にならないような声を出す。

「......うぇ?......えっ???いや、えっ?へっ?少佐。いや、えっ?えええええええええええええええええええ!?!?!?!?」

 ゼンベルは急に馬鹿でかい大声を出すと同時に機体も揺れた、レオはゼンベルのその大声に思わず耳を塞ぐ。

「うるさいぞゼンベル、とにかく今は部隊と合流する為にもこのまま第三セクター、現在の帝国軍との最前線基地に向かう」

 少佐にそう言われたゼンベルは小声で謝ると、黙々と操縦桿を握り直す。

「さて、一度や二度のトラブルで終われないのがこの職業のいいところだぞレオ?とはいっても、こんなタイミングでの帝国軍による侵攻なんてな......、まさか私が生きている内に大国同士の大戦争を拝む事ができるとは、いやはや、完全に想定外だ」

 少佐はレオの方をみながらにやにやとそう語る。

「嬉しそうだな......、少佐。しっかし、まぁまさか北方の戦線が破られるなんて、ましてや世界最強の軍団規模を誇る共和国軍に限ってそんな事があろうとはねぇ......、平和ボケってやつですかねぇ?常日頃から闘争心を燃やし続けてきた帝国の咄嗟の侵攻に対応できなかったとはね、まぁ非国民の俺からしたら別にどうでもいい話って感じだが、地方傭兵時代の俺だったら仕事が増えるつって飛んで大喜びしてたかもな」

「まぁレオ、初任務からいきなり大戦争に突入した兵士などそう居るもんじゃないぞ?こんな経験滅多に出来ないんだ、せいぜい心待ちにして欲しいものだがな」

 少佐の純粋な善意なのか、少女特有の無邪気な笑顔を振りまくその姿と、そのような皮肉かどうかすら分からない言動は、レオを悉く悩ませるが、同時に静かに胸の内で覚悟を決め始めていた。

 気流に揺れる船内で不安に煽られながらも、レオ。
 そして少佐達は戦火真っ只中であろう最前線基地、少佐の部下たちが待つ、第3セクターへと向かって行った。



[43110] ヌレイ
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/07/19 23:04
 ―――共和国北部。アンバラル領第3セクター、その中央に聳え立つメガストラクチャーの外観が航行中のガンシップの窓から垣間見え始め、いくつかの黒煙がその先で発生しているのが見えた。
 かすかだが、現地の無数の轟音がここまで聞こえ始める。

「―――もうすぐ到着だぁ〜、降りる準備をしておけぇ」

 ゼンベルが眠そうにそう船内アナウンスをする。
 総航行時間で言えば途中立ち寄った燃料補給も合わせて実に約七時間程度。ゼンベルはぶっ続けで操縦をしていた。
 南から北まで一夜に横断したのだ、交代もせず一人で担っているというのだから相当な負担になっているはずだ。

「大丈夫かゼンベル」

 レオは操縦席側の方へとより、そう声を掛けた。

「あぁ?まぁべつに苦じゃねーが、ちょっと眠みぃな......」

 そう言って大あくびをかますゼンベルとは対照的に、少佐の方に疲れている様子はまるでなかった。昨晩あれだけのことがあったにも関わらずだ。
 むしろ、これからの戦闘により真摯に備えるかのように窓外を見つめる。
 しかし、その人間離れした様子からは、ただ疲労が少ないというより、|疲労そのものがない《・・・・・》ようにもみえた。

(単純に慣れているからあんなにピンピンしているのか、それともそういう覚醒者の体質なのか。どっちなのかねぇ)

「―――ん?どうしたレオ、私の顔になにかついているか?」

 少佐はレオから向けられていた視線にそっと気づく。

「あぁ、いや。そういえばミーティア......中尉は大丈夫だろうか?」

 レオはまるではぐらかすかのようにミーティア中尉の話題を口にする。

「ん。中尉なら大丈夫だろう。彼女とは部隊創設以来の長い付き合いだが、何かと裏工作のようなヒソヒソとした活動が得意な奴だ。今回もそれなりの情報を集めて後に合流できるだろうさ、フィジカルも強靭だしな」

「あぁ......、確かに。中尉は見た目からは想像の付かないような筋力をお持ちの様で......。その、もしかして......?」

「いや中尉は人間だ、それと彼女の前でその話は余りしない事だ。存外気にしているようだからな」

「ほう......。了解」

 乗ってきたガンシップは第3セクターの軍用ターミナルに、誘導灯を持った兵士達によって場所を案内され到着した。
 レオ達はガンシップから降り発着場を見渡すと、そこには多くの前線から撤退してきたであろう共和国軍兵士達の大量の負傷兵達が、ありとあらゆる場所に簡単なシートが引かれたその上で寝かされていた。
 この状況を見る限りではかなり悲惨な様子だ、ここの展望デッキからヌレイ戦線を一望できるはずの景色は戦闘による黒煙によってその状況を視認する事は困難。
 このセクターから少し離れた戦線側の高層ビル群のある場所では、たびたび閃光がちらついて発生し、戦闘は未だ続いていることが良く分かった。

「―――レイシア少佐お待ちしておりました。セクター管理長官が臨時司令室にてお待ちです。既に作戦会議室は開かれています、お急ぎを」

 到着した瞬間、少佐の方へ駆け寄ってきたその共和国軍兵士はそう言った。

「了解した、直ちに向かう」

 そう言った少佐の後に付いていこうとするレオとゼンベルだが、少佐は手を振りかざしてレオ達を静止させる。

「ここは私だけでいいだろう、君たちはここで他のレイシア隊を探し出して合流しておくんだ」

 少佐は簡単にそう言い残してレオ達の前から姿を消していった。

「今更だがレイシア隊ってどうなんだ?まんまじゃねぇか......」

 レオはゼンベルにそう言う。

「あぁ?どこもそんなもんだぜ。わかりやすい名前ならなんでもいいだろぉ」

「......で、そのレイシア隊。肝心の隊員は何人くらい居るんだ?」

「俺らをふくめて9人。つまりお前さんが会ってない隊員はあと5人ということになるなぁ」

「その残りの5人はどこにいるんだ?連絡は?てかまずここにいるのか?」

「分からん、まぁ多分ここにいるだろ。連絡はさっきから試してだが、ダメだ。どいつもコイツもでねぇ」

「おい、そんなんでいいのかレイシア隊......」

 残りの隊員の捜索をするにしても、このセクターと呼ばれる巨大構造物はその名の通りとてつもなく広く巨大な構造物だ。
 片っ端から探しまわるのは現実的ではない。

(とりあえず聞き込みでもするかね)



 ―――レオ達は手当たり次第に、手の空いてそうな職員や兵士に聞き込みをする。しかし、有力な目撃情報が手に入る様子はなかった。

「んあぁ、こりゃだめだなぁ」

 ゼンベルが嘆く。しばらく時間が経つと、手の空いてそうな外壁沿いの通路の警備兵達を見つけ、レオは再び声をかける。

「あの、ちょっといいか。えぇと、レイシア隊を見かけなかったか?」

「―――なんだ?レイシア隊?あのいかれビッチの所属している独立機動部隊のことだっけか?」

「い、いかれビッチ!?!?それってレイシア少佐のこ―――」

 レオがそれを言いかけるとその警備兵に口を勢いよく塞がれる。

「おいおい黙れよ!ちげーよ!!!あの女に聞かれたら殺されるぞお前!」

 そう言ってその警備兵は手をレオの口から離す。

「―――ん、すまない。早とちりしすぎた。それでなんか知ってるのか?」

「さぁな、詳しい事は分からん。だが流れてくる通信機での話じゃあ、何かしらの機動部隊が前線逃れの兵士のしんがりを務めてたっぽいような事は聞いたが、多分それかもしれないな」

「......そうか、いや十分だ。感謝する」

 レオはそう言って手を挙げて軽く会釈すると、その警備兵達から離れる。
 仲間を逃がすための時間稼ぎをしていたとするなら、まだここには居ない可能性がある。負傷兵の様子をみてもまだ撤退してきた部隊が到着してからそんなに時間が経っているとは思えない。

「おい、レオ。さっきの話だが......」

 ゼンベルはよそよそしくレオにそう話しかける。

「あぁ、俺も丁度気になってたところだ。そのいかれビッ―――」

「うおぉおい待て待て!いちいち最後までいわんくて言い!まじでアイツはおっかねぇからな、いつどこで聞き耳を立てられているかもわかんねぇからよぉ、死んでもその言葉をアイツの前で口にしちゃならんぞぉレオ」

 ゼンベルは慌てふためく様子でレオに言葉を被せる。

「あっあぁ......。そんなにおっかないのか......?俺はもう今からでも不安を感じ始めてるよ......」

「いいかレオ、その女は確かにおっかねぇが部隊の中でも戦闘能力だけはずば抜けて優秀なんだ。ただ、その。そう罵り文句を言われるだけの事は確かにあるんだなこれがぁ、まぁお前も見れば分かる......」

「そ、そうか。肝に銘じておこう......」

 レオは心に重い将来的不安を抱えながらも、話を本題に戻す。

「まっ、まぁそれでだゼンベル。肝心のレイシア隊だが、もしかするとここにはまだいないのかもしれないぞ」

「あぁ、あの警備兵の話を信じるんでありゃ、あいつらまだ戦ってるかもなぁ......」

 ゼンベルは黒煙の渦巻く戦線の方へと視線を向ける。

「少佐に指示を仰いだ方が良いかもな」

「あぁ、確かにな」

 ゼンベルは携帯通信機をその場で取り出し、少佐に連絡を図ろうとする。

 ―――しかし、その時。セクター上層階からの複数の爆破音が建物内に突如響き渡った。

「―――な、なんだっ?爆撃?!」

 その爆発音が全体に響き終えた後、すぐにセクター全体に緊急警報とオペレーターによるアナウンスが響き渡る。

「―――第二区画、及び第三区画にて帝国軍の強襲突撃機による歩兵部隊の侵入が確認されました。その他襲撃位置、共に詳細戦力は未知数。周辺区画のセクター駐屯部隊はこれを直ちに迎撃してください。民間人の避難を最優先、動けるものは直ちに負傷兵の後方輸送を迅速に開始。繰り返します……」

「強襲突撃機だとぉお!?接近に気付かねぇとはアンバラル軍も落ちたもんだなぁ?」

 ゼンベルは煽り口調でそう言葉を放つ。

「どうすんだゼンベル」

「ふーむ......、緊急事態だ。お前さんは迎撃に参加したほうがよさそうだな、言われてた通り負傷兵の後方輸送を手伝う」

「分かった、やっと俺の出番ってわけだ」

 ここでゼンベルと別行動を取ることになった。
 セクターで強襲突撃機による襲撃があったのは、上層の第二、第三区画。
 発着場のここは第七区画、民間人の避難所になっているところが第八、第九区画。
 荷物用エレベーターで上層まで上がれるが、問題は想定される敵部隊の規模だ。
 強襲突撃機、揚陸能力を保有する小型航空機での直接突撃。突撃後は施設内で部隊を展開するという力技極まった捨て身覚悟の戦術兵器だが、これがかなり厄介な代物だ。おそらく大隊規模かそれ以上の帝国兵がセクター内に既に流れ込んで来ている可能性がある。

(てか、武器はゼンベルのガンシップに置いてきてしまっている。とっくにゼンベルは出ているだろうし、武器は現場調達だな)

「おーい!ちょっと待ってくれー!」

 上層に向かうであろうと駐屯部隊にレオは声をかける。

「俺はレイシア隊......独立機動部隊の隊員だ、俺も迎撃に参加する。武器庫は近くにあるか?」

「―――レイシア隊だと?あのいかれビッチで有名なレイシア隊か!?マジかよ!おいおい助かるぜあんた!武器庫は丁度こっちだ、ついてきてくれよブラザー!」

 レオは苦笑いでその場を切り抜け、その共和国駐屯兵の後を追って航空機の貨物搬送用大型エレベーターに共に搭乗する。
 エレベーターは上昇し始めると、突然隣の共和国兵士の一人がレオに話しかけてくる。

「―――貴方、レイシア隊の人なんですか?そういえば他のレイシア隊も先ほど帰還したばかりだと言うのにもう上層に向かったって話を聞きましたよ。さすがですね独立機動部隊のエリートさん達は、憧れますね全く」

 通常はヘルメット等で兵士の中身を見る事ができず傍から見るだけでは性別などの区別がつかないが、その兵士の声音で女性の共和国軍兵士である事が分かった。彼女はそう言って部隊を褒めているようだが、妙に皮肉じみたニュアンスをも感じ取れた。

「なにっ!?それは本当か!?」

「えぇ、先ほど仲間の部隊からそう報告する内容の話を聞きましたよ」

「そうか!良かった。このまま順調に合流できるといいが......」

 貨物用エレベーターは、第四区画に設置された仮設武器・補給庫にたどり着く。

「―――よし、着いたぞブラザー。武器と弾薬はその辺にあるから好きなだけもっていってくれ。んじゃ、我々は先に向かうんで」

「分かった、感謝する。健闘を祈る」

 レオにそう言われその兵士は手を挙げて去ろうとしたが、なにかを言い忘れたのかすぐ引き返してきた。

「―――おい、例のレイシア隊。あそこに居るじゃねぇか、すげぇなブラザー。あんなのと仲良くできるなんてよ」

 その兵士の指を指す先に、5人の人影があった。その人物達は明らかに周りの兵士達とは雰囲気や装備の異なる風貌した人物達だった。
 彼らは一つの弾薬箱を取り囲み、装備を整えながら何やら談笑でもしているようだ。

「あっ、あれか......?」

「あぁ、仲良くしろよブラザー。それじゃあな」

 そう言ってその兵士は去って行った。
 レオはその兵士を見送ると、再びその五人のレイシア隊の人物達に目線を向ける。
 その五人の醸し出す風格や恰好はまさに戦場のプロを思わす......。
 ―――と、レオはそう思っていた瞬間。

 少佐と同じ、一人のある白銀髪の女性の姿が目に映った。

「あ、あの人......布面積が......!」

 確かに、その女性以外の周りの人物達は、共和国軍兵士とは異質の圧倒的なオーラを纏っていた事は確かだ。
 他の共和国軍兵士とは別規格の装備を纏っており、防具も異なっている。明らかに特殊な兵士達だ。
 しかし、その中でもずば抜けて特殊な人物の姿、全体の布面積が肌に比べて10%にも満たないようなその女性の存在は、極めて強烈にレオの脳に印象付けられてしまう。

(―――なるほどな、ゼンベルの言ってたこと。理解したぜ)
 
 軽く赤面をしたレオは目を瞑りながら、そんな風に心の中で思うと、残りのレイシア隊達と合流すべくその五人の集団へと憂えげな様子で近寄っていったのだった。



[43110] 部隊との会合
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/07/25 20:58
「―――あ、あのぉ......」

 レオは恐る恐る、その五人の輪に声をかける。するとその全員が示し合わせたかのようにギロリとこちらを同時に見る。

「―――んぁ?どうしたんだい兄ちゃん、なんか用か?」

 珍しい顔立ちをした男が最初に反応する。その男は改造に改造を重ねたと思われる正規品からは程遠いごっててごての改造狙撃ライフルを背負っていた。そしてその人物の両方の脚部にはシースナイフを二本装備している。
 風貌を見る限りでは明らかにスナイパー職の兵士だが、接近用のナイフを二本も装備している辺り、恐らくはマークスマン型の前衛職と考える。

「超接近型のマークスマン、と言ったところか?珍しいなあんた」

 レオはその男に対して、粋なコミュニケーションを図るべく突如そう言った。
 そう言われたその男は、君が悪そうに微妙な薄い反応をレオに返す。

「―――へぇー、すごいすごい。マドの戦闘スタイルを見抜くなんて、よくわかったね」

 その男の背後でなんとも甘い声でそう賞賛したその人物。
 白銀の髪を靡かせ、長さはセミロングといったところ。宝石のように美しい真紅の瞳に、前髪には奇妙な髪飾りをした例の『いかれビッチ』とも呼ばれるその対象と思わしき女性。雰囲気そのものはレイシア少佐と酷似しているが明確な関係性は不明、姉妹か何かだろうかとレオは思う。

「あっ、あぁ!まぁ以前にそんなスタイルのやつを見た気がしてな。すぐに死んでた気がするが......」

 レオは若干無理をして強気な態度を取って見せる。

「あっはっは!そいつは間抜けだなぁ!」

「―――ところで、君は何者なのです?」

 マドと呼ばれていた男が大笑いをしていると、すぐ隣にいたもう一人のその女性。気品ある二十代半ばと思わしきその人物がそう口を開いた。
 腰には何丁ものハンドガンや滅多にお目にかかれない軍用規格のハンドキャノン等、そんなに必要なのかというぐらい身につけている。

「すまない紹介が遅れた。レイシア隊に最近入る事になった元傭兵のレオ・フレイムスだ。少佐の方から聞いてると思うが......」

 レオはそう言うと、一同はレオをジロジロ見る、そして一瞬間を置くと「おぉ~」と言って声を合わせた。

「なるほど、君が例の少佐が言ってた傭兵さんですか......」

「あらぁ!あなたが私たちの新しいお仲間だったの!?」

 先ほどの甘い声の持ち主がグイグイとこれでもかというくらいレオに迫る。彼女の生暖かい体温による身体的接触と、真紅の瞳に見つめられ少し動揺を見せるが、彼女を優しく突き放してレオは態勢を整える。

「そ、そうだ(ちかい、ちかい......)」

「―――っつーことは、少佐やゼンベルも一緒なのか?」

 その場に居た大型の重火器を背負った大男が初めて口を開いた。見た目どうりの重火器使いといったところで、それ相応の筋肉が彼の体を強固に包んでいた。

「あぁ、ゼンベルはさっき負傷兵の輸送を手伝いに行ったところだ。少佐は臨時司令部とやらに向かわれたよ」

「なるほど、状況は分かった。少佐達との合流をしたいのは俺たちも山々だが、まずはここを守らないといけない。詳しい話やらはここを凌いだ後......といきたいが。簡単な自己紹介ぐらいは済ませておこうか。俺はルグベルク・ドナーだ、よろしくな。さっきのマークスマン野郎はマド・ササキだ」

 ルグベルクにそう紹介されたマドは「うっす」と軽くレオに会釈する。すると先ほどの真紅の瞳の女性が「はいはーい!」と急に前に出る。

「私はレフティア。こう見えても立派な戦士よ?多分薄々気づいてると思うけど、私もレイシアと同じイニシエーターなの。あとそれと、彼女はホノル・リディね。口下手だから私から紹介しておくわ!彼女とはレイシア隊創設からの仲よ」

 ホノル・リディは「よ、余計なことを......」と言いながら、いきなり話題に出され戸惑っているのかワタワタする。

「よ、よろしく......」

「どうも......」

 レオはそうホノルと軽い挨拶を交わす。彼女とレオ、お互いに年齢は近いように見えるが、彼女からは特殊な軍人らしからぬよそよそしさをレオは感じとる。その様は何だか小動物のようでもあった。

「―――さて、僕が最後に回されちゃいましたかね」

 メンバーの中で最後まで沈黙していた爽やかな青年の雰囲気を纏うその男はそう話した。見た目の装備では他の特殊な武装を身に着ける他メンバーとは違い、共和国軍の普遍的な装備一式を採用しているようだ。

「僕はフィン・ホンドーと言います。以後お見知りおきを」

「どうも、フィン。見た様子じゃ他のメンバーとは違って、奇抜じゃないんだな」

「えぇ、まぁ。これらが結局一番肌に合うんでね」

 フィン・ホンドー。彼は爽やかな笑顔でレオとの挨拶を済ます。
 一通りメンバー全員との挨拶を済ませると、ルグベルクが現在の知り得る戦況について話し始める。

「―――よーし新入りもきたところだし、軽く状況をおさらいするぞぉ。俺たちが駐留していた北部のヌレイ前線基地は、たった約十五時間前に突如として陥落した。帝国はそれまで兆候の無かった膨大な戦力でいきなり進軍しはじめ、当然なんの対策もとれてなかった我々を含むアンバラル同盟軍は撤退戦を強いられた。っつーわけでこのステーションまで退却、そして今に至る。俺達は数多くの負傷兵や遺体をここまで運ぶのを援護してきたが、どういうわけか間髪を入れずにこのセクターにまで攻撃を仕掛けてきやがった。帝国軍は本気でアンバラル領を奪いに来てるようだ、この帝国軍の膨大な戦力相手に、正直このセクター単体で守り抜くのは、本国からの援軍や救援物資が延々と到着しない限りほぼ不可能だろう。現状セクター1の駐屯軍は壊滅的状況。他のセクターからの援軍もおそらく間に合ってない。臨時司令部からはまだ通達はないが、何れまた後方のセクターまで退却し、動ける俺達は友軍撤退支援の為の遅滞戦闘に努める事になるだろう事は容易に推測できる。っつーわけでだ、できるだけ我々で下に居る民間人やら負傷兵連中が避難しきるまで時間を稼ぐ。この階層以降には帝国軍連中を一歩も踏み入れさせちゃあいけねぇ!!!」

 ルグベルクの気合いを入れた状況説明に、一同は「―――了解」という冷静的な熱量の釣り合わない返事をする。やがて戦闘準備を整えたレオはレイシア隊と共に、戦闘地区になっているセクター上層区間に向かう事となる。
 先ほど乗ってきたエレベーターは上層への通路が封鎖されているため、別の運搬用エレベーターを使う。
 少し広めの空間があるその運搬用エレベーターに、レイシア隊は多数の共和国兵と共に乗る。

 そしてやがて上昇していくエレベーターの中で、一際目立つ白銀の存在。レフティアが意図せずして視界に写りこむ。
 その余りにも戦場にそぐわない容姿と恰好は、これから共に戦う事を想像することすら罪悪感を覚えるほどのものだった。
 レイシア少佐の時もそうだったが、戦場へ赴くには余りにも彼女たちは若すぎるだろうと、そうレオは違和感を感じていた。
 だが、だとしても。
 それでも彼女たちは自分なんかよりよっぽど強くて、それでいて多くの生命を殺してきたはずだ。罪悪感を覚えるなどと、彼女達に対して失礼というものだろうか。
 一体どういう経緯で彼女たちはここにいるのか、レオにはまだ知る余地もないが。

 そんな事に気を取られている前に、レオは目先の戦いに集中する事とした。










[43110] 補給ルート
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/07/26 22:04
 ―――レイシア隊を乗せた運搬用エレベーターは、上層第三地区に向け上昇し続ける。エレベーターは積荷用ではあるものの、それなりに頑丈な作りになっていた。
 扉が閉じた以降、外のエレベーターを吊り上げるロープが軋む様な雑音は殆ど聞こえないほどに壁は厚い。しかし、エレベーターが上昇して行くにつれ上層の方角からは激しい戦闘の衝撃音が壁伝いに直に伝わってくる。
 エレベーターは幾度となくその衝撃によって左右に揺れ、中に閉じ込めた兵士たちの不安を掻き立てる。

(まさか俺が国家間の戦いに関わる日がやって来こようとはね......、寿命の間でもそんな事ありえねぇと思ってたぜ。まったく、何が起きるか分かったもんじゃねぇな人生っつーのは)

 まさにここは夢に見たような本物の戦場そのものと言っても過言ではない。今までの薄汚い利権を巡った根源たる人間的渇望に基づく、たかが知れた地域規模の抗争や紛争なんかじゃなく、かつて世界の覇権を巡って大戦争を繰り広げた。その後継国かつ強大な国家同士、互いの大正義を掲げた真剣真っ向勝負。
 最新鋭の兵器が使いつぶされる日常、桁違いの数の敵と、そして味方。
 その規模故に決して絶えることのない銃声、そして鳴った分だけ並ばされていくような見たことのない数の名誉死体。

(はぁ、そう考えると如何に今までの己の人生が甘ったれていた世界だったのか身にしみて分かるってもんだ、これが。本物の闘争の世界......、かつての先祖達が体験したような死に際の世界。本当に、始まるのか......。―――いま、ここから)

「「―――総員、戦闘態勢!!!」」

 かつてないほどに響き渡る銃撃音と爆発音が寸前に迫りつつ、どこからかそのような掛け声が聞こえてくる。
 それを合図にしてかルグベルクは背中に背負っていた携行用に調整された重火器、チェーンガンを正面に構え、どデカいマガジンを装填する。その面構えからは不安や恐怖を思わせない、まさに戦場のプロを想起させる。

「―――なぁレオ?」

 自分の名を呼ぶ方へ顔を向けると、マドは脚部のシースに入れていたコンバットナイフを左手で取り出した。

「せっかく隊に入ったんだ、こんなところで簡単に死んでくれるなよ?」

 マドはそう、へらへらとさせながらそう言った。

「......当然だ」

 エレベータは激しく揺れながらとうとう遂に、上層第三地区に到達する。他の共和国兵や隊の仲間は一気に身構えた。
 ここから先は正真正銘の地獄であると伝えるかのように。
 エレベーターの扉は徐々に開き始める、先ほど乗る時に扉が閉じた時よりも、開くときはとても長い時間が過ぎてるように感じる、生命の純粋接続。
 やがて扉が人一人通れる広さまで開くと、環境の音圧が切り替わる。外壁の損傷によって外の光が入り込んできており、その光は人工光なんかよりも真っ先にエレベーターの中を照らし始めた。他の共和国兵達は外へとなだれ込むかのように狭い隙間から我先にと飛び出していく。

「さてさて、お手なみ拝見といこうかな」

 マドはそう言い残すと、レオより先にエレベーターから出ていった。
 レオはこの状況に多少の興奮を憶えると、ライフルを握りしめそれに続いた。


 ―――震える地面、鳴り響く砲撃が共鳴してセクター内は、隣の仲間との声を通じての会話が困難な程に爆音に満ち溢れる。
 だが、予め渡されていた片耳に嵌めるイヤーピースタイプの無線通信機には外界のノイズを軽減する機能が備えられている、ゆえに各主要部隊間の通信、そしてルグベルクからの指示も正確に聞き取れる。

「―――ちっ、どんだけ入り込んでやがる......レイシア隊各員に通達する。敵の戦力規模は想像以上だが、この区画を一度押し返さなければ、我々の撤退の時間を稼ぐのは極めて困難だ。敵の詳細戦力は今尚不明、イニシエーターのレフティアが先陣を切る、マドとリディはレフティアの後に続け。後のものはそのまま後方から支援、まずは敵の先鋒部隊を崩すぞ!」

 レイシア隊一同の「了解」の掛け声と共に、レオはルグベルクの後に続いて既存の後方支援部隊に合流する。後方の仮拠点にはあらゆる障害物やコンテナを移動させた軽要塞が築かれていた。前に出ていた負傷兵が次々とここに運び込まれ、到着する援軍と入れ替わりに負傷兵や死体が先程とは別ルートの運搬用エレベーターに運び込まれていく。

「ルグベルク、この部隊において俺の役割は何だ?何をすればいい。前には三人だけでいいのか?」

「まぁまて、あいつらは近接戦闘に慣れた小回りの利く連中だ。戦況維持はやつらに任せ、俺達は俺達なりの役割を果たす。既に別働隊が敵の空中経由の補給線に回り込んでいる、奴らの怒号の侵攻を可能にしている補給路を破壊しにいくのが目的だ。俺たちはそれをしに行く、その為にも更にセクターの上層に上がる」

「まぁ、分かった。それは構わないが、だがどうやって上がる?」

「―――裏ルートですよ、ソレを持って付いてきてください」

 フィンに指された先には肩掛け式のランチャーが置かれていた。
 言われた通りレオはそれを抱えると、ルグベルクはランチャー二丁程を軽々しく両腕に抱える。
 そしてフィンの後を降り注ぐ銃撃戦の中で追っていくと、やがて施設内の非常階段に辿り着く。

「まさか非常階段を登っていくつもりか?」

「いやまさか、至る所の天井が既に崩落していて使えませんよ、そこ。後ろを見てください」

 少し振り向くとその先には、人為的に作られたかのような空洞が上へ回り込むように掘られていた。洞窟の壁は補強されていて、その先はどうやら上層まで繋がっているようだ。

「すげぇなこれ、いつのまにできたんだ?」

「施設科別働隊の類い稀な補強技術によるものです。彼らはその気になれば構造物に自由に独自の道を即興で作り上げられます。しかしそうは言っても応急的な補強です、道はこの揺れの中じゃあそう長くは持ちません、急ぎますよ。別働隊が先で待ってくれているはずですから」

 空洞の中は急斜面が多く、足掛けもその場限りの不自由な位置にあり非常に登りづらい。まるでクライミングでもしているかのようだ、だが建造物内での自然崩落的なクライミングなど実に斬新な体験であることは違いないので貴重な経験だ。
 登り始めて数十分が経つ頃、遂に出口と思わしきものが見えてきた。
 しかしその出口付近は飛び出たパイプや鉄線が飛び出ており、強引に登ろうとしたレオの腕は傷だらけになる。
 そうしてこうしてようやく登りあがると、敵が上層ターミナルの富裕層向け免税店エリアに築いた補給基地が見下ろせる天井作業用通路に出る。
 そしてその先には密かに息をひそめ、なにやら作業をしている別働隊の姿もあった。

「うぉまじか、ここからなら敵を一掃できるな」

「そうしたいのは山々ですが、そうもいきません。このランチャーは補給基地そのものを破壊するのではなく、補給ルートを崩すのに使います」

「よし、そうと決まれば......」

 そう言ってレオは、傭兵時代に支給品で使い慣れたその量産型ランチャーを肩に掛ける。

「待ってください!ランチャーは撃ちませんよ!こんなとこ居場所がバレたら蜂の巣ですって、使うのはその中身とランチャーに搭載された遠隔爆破機能です、残念ながらランチャーは即席爆弾の為の材料ですよ」

 フィンはそう言って背負っていたランチャーを地面に置き、手慣れた様子でランチャーを解体し始めた。ランチャーに装填されていたミサイル弾頭を取り出し、ランチャーから操作パネルを強引に引き剥がす。

「へぇ。前線で働く凄腕エンジニアって訳か」

 レオはフィンに向かってそう言う。

「まぁ役割としてはそんなとこですよ、さて。この取付用に改造したミサイル弾を所定の位置に取り付けてきてください。遠隔機能で爆破して層の地盤を部分的に崩壊させます、これで補給ルートを数か所手っ取り早く潰すのと同時に、発着している敵の輸送船の足場も限定的ですがなくしてやります」

 フィンにそう指示され、指定位置に改造されたミサイル弾を取り付けに行く。ルグベルクは主に第二地区の地盤を支える補給ルートと発着場にあたる所の支柱に取り付けに行き、レオは補給ルートの天井に当たる位置に取り付けに行った。
 全体としての構図は、補給ルートを上下で挟み込むような爆弾の配置だ。

「―――取り付け完了したぞ」

「ご苦労です、別働隊は既に退避しました。僕らもここを離れます」

 レオ達は元来た空洞を辿り後方基地に戻ると、先の別働隊と合流した。別働隊の一人が手頃なモニターを取り出すと、そこには先ほどの補給基地の様子が見れる映像が流れていた。

「有線モニターを設置しました、映像良好ですね」

「分かりました、さて。これより盛大に爆破しますよー?最新の補給部隊が向かってくる様子があったら教えてください。それに合わせて起爆しますんで」

 フィンは四つのランチャー分のパネルを無造作に合体させたような装置を取り出し、ミサイル弾を任意的に爆破させる管理画面を表示させる。
 フィンと別働隊の兵士はお互いの顔を見合わせ、その兵士はフィンに合図を出す。そしてフィンは起爆の準備を完了させる。

「なにせ即席の作戦ですからね、上手く起動できるといいですが......」

 フィンはそう言った後、改造ミサイル弾を起動するスイッチを切る。
 だが、数秒経っても爆破の衝撃が伝わってこない。

 ―――一瞬不穏な空気が流れ込み、フィンがモニターを確認しようとした次の瞬間、とある爆音が非常階段の方から盛大に鳴り響いた。
 モニターを改めて確認すると、あれほど広かった第二地区の補給ルートが瓦礫の雨に埋め尽くされていた、しばらくするとモニターの通信も徐々に途切れ始める。

「―――作戦はなんとか成功したようだな」

 安堵の息と共にルグベルクはその場で座り込み、別働隊とフィンも作戦の成功を盛大に祝い合う。
 補給ルートの大々的な崩壊と、発着場の一部崩落によって帝国軍歩兵部隊によるセクター侵攻は大幅に遅れを取ることになるだろう。
 これで駐屯軍や負傷兵達が撤退する時間を確保することができる。

 この瞬間から第三層地区で鳴り響いていた銃声は穏やかになり、敵帝国部隊の指揮系統の乱れが発生しているのか、戦闘地区では後方に引いていこうとする帝国軍部隊が散見され始める。

 ―――その時、フィンの通信機にとある報告が入ってくる。

「......なるほど、分かりました。下層の民間人の避難は概ね完了したとの報告です、そろそろ我々も撤退の準備を」

 フィンからのその報告を聞き、ルグベルクは「よしっ」と頷くとレイシア隊にも通信機で撤退準備を呼びかける。
 近くに築いていた臨時基地からも次々と共和国兵は撤退の準備に取り掛かっていく。

 ルグベルクからの撤退の呼びかけに、レフティア達と共に切り込んだホノルは「撤退ルートを塞がれて混乱した敵歩兵少数部隊の殲滅を完了次第撤退する」と応え、ルグベルクとの通信を終了する。

「おお、相変わらずおっかないねぇ。さて、先に我々は引くとするかね、すまんなぁレオ、あんまり出番なくてな」

 ルグベルクはレオの肩を軽く叩いてそう言った。

「気にしてねぇよ、出番がないのはある意味いい事だ。それに、初任務がホワイトで助かったよ」

 レオがそう答えると、ルグベルクは「がはは」と笑って見せる。その風貌はゼンベルとよく似ていた。
 驚く程静かになった前線辺りの銃撃音は、度々銃声が発せられるとはいえ戦闘の一時的な終焉と膠着を感知させられるものだった。
 レフティア達より先に撤退することになった残りのレイシア隊は、数多くの負傷兵と共にセクターを下層に向けてエレベーターで下っていく。

「レフティアさん達は大丈夫だろうか......?やはり援護しに行ったほうがいいんじゃないか?」

 レオはそう言うと、ルグベルクの軽い笑い声がエレベーター内に鳴り響く。
「何か変なことを言ったか?」といったニュアンスの目線を送ると、笑いを緩やかに止めたルグベルクが真剣な表情で見つめ返す。そして部隊のシンボルマークのようなものを胸ポケットから取り出す。

「我々はお互いの絶対的な信頼をもとに成り立っているのさ、彼女たちがこんなところで死ぬような奴らじゃないってのは我々が一番分かっている。レオ、我々が常に一番の理解者でなくてはならない。命を賭けた仲間というのはそういうものだろう?」

 ルグベルクの取り出したそのボロボロのシンボルマークからは、レイシア隊と共に戦ってきた戦場の数々が、そこからは何となく読み取れた気がした。
 絶対的信頼、それは今までのレオにはなかったものだ。

 ゼンベルや少佐と訪れた最初の区画に戻ってくると、そこにはこちらを見つけたゼンベルが「おーい!」とこちらに向け手を振ってくる。
 どうやらレイシア隊が来るのを待っていたようだ。

「うぉおいゼンベル!無事だったかよぉ!」

「うおぉ!ルグベルク!それにフィン!元気だったかぁ!?ひっさしぃなぁ!?」

 ゼンベルは彼らに近づくとフィンの肩を壊す勢いで強烈に平手で叩き、そのフィンのゼンベルを見る目つきと表情は実に険しいものとなっていた。

「まじでやめてください......」

 フィンがそのように伝えるもゼンベルは無視。
 ルグベルクとゼンベルは再び目が合うや否や、お互いに手を差し出し何か身振り手振りを繰り広げている。
 北方系出身の人々によくみられる挨拶だ。

「―――やぁ諸君、元気そうだね」

 その幼い声にルグベルクとフィンは突如背筋をただし、声のする方を振り返る。
 その先には白銀髪の美しい紅眼の少女、レイシア少佐の姿があった。
























[43110] なれ果『ネクローシス』
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2024/11/07 15:32
 ―――ルグベルクとフィンは少佐の方に向けて素早く敬礼すると、少佐は手で安めの合図をする。

「簡単にだが話には聞いている。君たちのおかげで友軍は順当に退却を行えているようだな、よくやってくれた。さてと、我々も後方セクターまで撤退するとしよう。戻ったらレオ・フレイムス。君の入隊祝いだ」

 ゼンベルは「よっしゃぁ!」と叫ぶと、傍のフィンはやれやれと言いたげな表情でその大男に視線を向ける。

「ゼンベルさんは何かとつけて酒が飲みたいだけでしょ......」

 フィンがそう言うと、ゼンベルはその言葉にうろたえる。フィンの言葉に更にルグベルクが便乗し、ゼンベルを追撃する。その様子を見ていたレオは、その瞬間。この部隊に対するアットホームな感情を密かに抱き始めた。

(なんだか、仲良くやれそうだな......)

 ハッキりとした根拠があるわけでもなかったが、その光景から連想される部隊員との日常にレオが加わり、和気あいあいとするような慎ましやかな妄想をする。
 今までに体験する事のなかったような欠如した環境、家族愛にも似たような絆を、この部隊に無意識に求め始めているかのよう。
 そんな妄想をしている自分に気づいたレオは恥ずかし気な様子で自分の頭を軽く叩く。

(ったく......らしくねぇな......)

 その後、レオや少佐達はその場からしばらく移動し、脱出ターミナルに指定された区画にまでやってきていた。
 付近にガサツに建てられていた幾つもある臨時通信基地に寄ると、その場の通信オペレーター達と少佐達は上層のレフティア達の戦況を知る為に情報のすり合わせを行った。

「なるほど。敵の補給・侵攻ルートを的確に塞いでくれたおかげで、突出しすぎていた敵突撃部隊の孤立化が随所に起きているのか、追手の戦力削ぎと時間を稼ぎには十分すぎる功績だな」

 少佐はテーブル上の崩落したルートにバツ印が示された地図上を指さしながら、そう言った。

「―――レフティア大尉は行き場の失った帝国軍部隊を殲滅次第撤退を開始するとおっしゃっていましたが......、どうやらこの襲撃に不自然な点があるようで、必要以上に上層に立ち止まっているようなのです」

「ん?どういうことだ?」

 そのオペレーターに少佐は追加の説明を求める。

「それが......、『レイシス』が見当たらないと......」

「......!それは、本当か......?」

 少佐は目を見開く様子で、何やら不穏な予感を得る。

「はい......、大尉に言われて襲撃以降の兵士達の通信記録をずっと解析しているのですが、今のところ推定ディスパーダ戦力の報告例が確認できないのです」

 少佐は顎に手をやりしばらく考え込む。

「......嫌な予感がする、すぐにここを発つんだ。交戦中の部隊に告げろ、遂行中の任務を放棄し直ちにこのセクターから離れるようにと、貴殿らもそれをしたら直ぐに撤退しろ」

「―――了解」

 少佐はそう言い残すと、すぐにその場から離れる。そしてそれにレオは訳も分からない様子でただ追従した。

「ゼンベル、船の準備は?」

「いつでも飛べまっせぇー!」

「よし、お前達は先に行け。私はレフティア達に加勢しにいく」

 少佐はそう言ってレオ達から離れようとする、ルグベルクやフィンは特に異論を唱える様子もない。
 レオは「ちょっと待ってくれ!」と少佐に言い放つ。

「いっ、いったいどういうことなんだ......?なぜ俺達を追いやるような事を急に言い始めるんだ......?さっぱりわからないですよ......。少佐」

 レオはそう言うと少佐は無言でレオを一瞬振り返る、すると隣に居たフィンがレオの肩に手を置く。

「レオさん、さっきの通信基地で言ってた通り。帝国軍のディスパーダ戦力、レイシス部隊がここに来ていないということはですね、このセクターの攻略が敵の主目的でないという事なんですよ。敵は我々を何かしらの謀略に陥れようとしている可能性がある......」

「―――そうだ。我々やレフティアが友軍が撤退する為の遅滞戦闘を行うこと自体が今逆手に取られている可能性がある。私は今そう判断した、それだけの事だ。レオ」

 少佐はそうフィンに被せるようにレオに言う。

「へっ......、まじかよ少佐。俺は戦うためにここに来たんだと思ったんだけどな......、今の俺は、なんだか介護でもされてるような気分だぜ......」

 ―――レオはそう言うと、少佐は特に何も言い返すことなくその場から離れていく、そしてレオ達は大人しく少佐の指示に従った。
 
 大勢の共和国軍兵達が次々と兵員輸送用ガンシップを使い、このセクターから飛び立っていくのが見える。
 今回の戦いだけで何万人にも及ぶ兵士が死んだのだろうか、突如として侵攻してきた帝国軍に迎え撃った兵士たちは、レオが見てきた様な金に目の無い傭兵部隊とは比べ物にならないような勇敢な者達ばかりに感じる。
 士気。それ自体は傭兵のそれとは桁違いだろう、ましてや負傷した兵の為に命を張るなど、かつての傭兵時代には考えもしないような行為。
 よくもまぁお国の大義の為にここまで尽くせるものだと、次々とセクターから飛び立っていくガンシップを見ながらレオはそう感心する。
 戦場は人を狂わせるのだろう、過酷な兵士の生き様からは美しさすら感じる。

 ―――しかし、なんということか。
 現実とは残酷で理不尽、滅びの象徴は突然とやってくるのだ。

 ゼンベルのガンシップに乗り込もうとした直前、それらはやって来た。



「―――な、なんだ!?何が起こった!」

 ルグベルクはそう声を挙げた。

 レオ達やその場に残存している共和国兵達の視線は、壮絶な落下音が発生したいくつかの運搬用エレベーターの方へと一斉に向けられた。
 上層から降下中であったであろうエレベーターリフトは、最終地点であるこの区画の床に見る影もなく打ち付けられるように粉砕され、その場に居合わせていたであろう共和国兵達の無惨な姿がそこにあった。

「な、なんだぁ!?ワイヤーをやられたのかぁ?」

 ゼンベルはそう言う。

「封鎖されていたはずの直通エレベーターまでリフトが落下してきている......。何層にも渡る封鎖壁があるはずだ、ワイヤーが仮にちぎれても、ここまで落ちてくることは、ありえないぞ......」

 ルグベルクはそう言い頭を唸らせ、その場から少し先の少佐は落下現場を睨み続けながら沈黙を続ける。
 事態の真相は瓦礫と煙の中から黒いローブを纏った人物が歩いて現れると、同時に全てが判明する。
 その人物から放たれる常軌を逸した殺気は、少佐を委縮させた。
 黒いローブの下には金色の豪華な装飾のなされたフルプレートに、規格外の大きさの大剣を片手で構え、ずっしりと重い足運びでこちらの方に着実に向かってくる。
 その姿を見たレオは、あの星屑作戦で出会ったレイシスとの既視感を得る。しかし、あの禍々しい雰囲気はあの時のとはまるで別物だ。

「―――おいおい、なんだありゃ......。一人でやったってのかぁ......?」

 強固な肉体を持つゼンベルやルグベルクでさえ体は硬直し、その場でたち尽くしていた。
 しかし、何とかしてルグベルクとフィンはその敵性存在を一点に見つめ続け、いつでも交戦できる姿勢を辛うじて取る。
 そして二人は少佐の方へと駆け足で近づいていく。
 そして、それに遅れを取りつつもレオも続いた。

「この尋常ならざる殺気に重圧感。明らかにただのレイシスじゃねぇな......」

「どうします......?やつ一人なら少佐と連携すれば何とか倒せるのでは?少佐?少佐......?」

 ルグベルクとフィンは思考を巡らせ具体的な案を少佐に提示しようとするが、少佐の様子がおかしい事に二人は気づく。

「どうだ少佐?いけるか......?」

 ルグベルクが話かけるも少佐からは返事が帰ってこなかった。様子を伺い顔を覗いてみると、視線の先は大剣を構えたその存在の遥か後方に向けられていた。

「まさか......まだ、なにかいるのか少佐......」

「―――三人だ、合わせて三人......。奴の後方に後、同じようなのが二人いる......」

 ルグベルクは目を細め、言われた通りその後方に目をやると、別々のリフトからやってくるその存在に気づいた。
 上層へ行くための三つの別々のエレベーターの扉手前、遂にリフト落下時に発生した崩落の煙の中から金色の装飾が施されたフルプレートが更に二体、ゆっくりと姿を現した。一人は剣を二本背負っており、もう片方はガントレットのような装備を両手に填めていた。
 それぞれの装備は非常に酷似しているが、明確に頭部に辺る装備の造形に違いがあった。

「......ま、まじかよ。あんなのが三体も......、それに上層からって、レフティアさん達はどうなって......」

 レオがそう言うと、少佐は彼にむけて軽く手を挙げる。

「落ち着けレオ・フレイムス。今はもはやそんな事を考えてる暇はない、私が時間を稼ぐ。その間に君たちは速やかに離脱してくれ、何分持つかは分からないが」

「まっ、まってくれ!あんたの腕ならあんな奴等容易いだろ?ここは協力して奴等を倒すことが先決じゃないのか?」

 ―――レオはそう会話を続けようとした瞬間。

「―――レオ!!!よ゙げろ゙ぉ゙ー゙!!!」

 ルグベルクのそんな声が聞こえてくる、しかし体は不思議と動かない。
 それが人の身では察知することのできない程の速さだったからなのか、気づいた時には、既に巨大な人影が背後にそびえ立っていた。
 振り返ろうとすると、真っ先にその視界にはこちらを掴もうとする手甲に包まれた手に平がこちらに寸前に迫っていた。
 しかし、次の行動で片方に握り締めていた大剣を突如、レオを目掛けて振り下ろそうとしてくる、明らかにそれが生身で避けられる速度でないことをレオは直感した。

「―――これは......やばい......」

 死を覚悟したその瞬間、自らの間合いに少佐が現れている事に気づいた。その振り下ろされていた大剣は、少佐の方へと向けられて振り下ろされていたものだった。

「貴様!真っ先にレオを狙ったな。この私がいるにも関わらずな!」

 間合いに入り込んだ少佐はソレイスを瞬時に生成すると振り下ろされた大剣を受け止めた。刃と刃がぶつかり合う瞬間の現実離れした凄まじい衝撃によって、その存在の間合いの外にレオは吹き飛ばされる。

「うぉおおあぁああ!!!」

 ルグベルク達がいる方へ吹き飛ばされ、背中から地面に着地する。するとすぐにフィンが駆け寄ってくる。

「大丈夫ですかレオさん?」

「いてててぇ……いやぁ、痛いなぁこれは。久しぶりに死に直面した感触を味わったよ......、しっかしあいつらなにもんだよ、やっぱレイシスか?」

「レイシスであることは、まぁ間違いないでしょう。しかし......、どうも僕らが今まで見てきたのとはまるで格が違うように見受けられます。あの少佐ですら手こずっている様ですし、我々が今出て行ったところで足でまといでしょう、あのような存在と対峙する為の戦術は我々にはありません」

 フルプレートのその存在が大きく振りかぶった大剣は、凄まじい連撃速度で少佐を圧倒する。最後の一撃と言わんばかりに放たれたひと振りは、少佐をレオの方へ吹き飛ばした。

「大丈夫か少佐!?」

 レオはそう声を掛ける。

「はぁ、はぁ......。まずいなこれは、私一人では、手に負えない......」

「そんな......」

 そう言った瞬間、背後から何やら大勢の足音が近づいて来る。
 振り返ると撤退していたはずの共和国兵達が現場の異変に気づいたのか、再び発着場に舞い戻って来ていた。
 救急キットを持ってきた複数の衛生兵がレオの軽い手傷の処置を迅速にし始め、少佐には色の異なる救急キットが渡された。
 その中から少佐は注射器のようなものを取ると、それを首に注射する。

 異彩を放つレイシス、フルプレート三人の存在に気づいた他の共和国兵達はそれを包囲するように陣形を取る。

「待て......それはお前たちが歯が立つような敵じゃない」

 少佐のかすれた言葉はその兵士たちには届かなかった。



「―――動くな!貴様らは取り囲まれている!武装を放棄しろ!」

 そう警告する共和国兵に、そのレイシスは聞く耳を持たなかった。すぐさま大剣を振り回し、辺りの共和国兵を真っ二つに両断していく。
 それに対抗するように共和国兵は一斉射撃を開始するが、それは不可視の障壁によって寸前で弾かれていく。

「―――なんだこいつはぁ!?障壁が硬すぎる!」
「―――馬鹿な!?AE弾だぞ!?この一斉射撃に耐え得るレイシスなどいないはず......!」

 次に、二本の剣を構えるレイシスに対し、取り囲んだ四人の共和国工兵は背負ってきた拘束用ワイヤー射出機をそのレイシスに目掛け射出する。
 そのワイヤーはレイシスの腕に絡みつき、身動きを封じようと試みる。

「―――腕を封じた!!!グレランをお見舞いしろ!」
「―――飛び散れこの怪物がぁ!」

 共和国兵によって放たれた数発のグレネードは双剣のレイシスに全弾命中し、ワイヤーがゆるんだ。

「―――やったのか!?」

 ルグベルクはその光景を見てそう言うが、希望的観測は容赦なくその思惑を外す。爆煙が晴れると、依然としてその双剣のレイシスそこに立っていた。
 まるで水風船でもぶつけられたかのように平然としている。

「―――ば、ばかな……」

 瞬時にそれぞれの工兵の間合いを詰めた双剣のレイシスによって、グレネードランチャーを放った兵士の首が先に地に落ち、やがて一秒足らずで取り囲んでいた共和国兵士達は全滅した。



「―――クソッ!なんでだ!?なんで銃が使えない!?」

 ガントレットを填めたレイシスに対し、取り囲んでいた共和国兵達はトリガーを引くが、ライフルが正常に作動しない。
 銃口をかのレイシスに向けた途端、ライフルはその機能を消失した。

「―――こうなったら接近戦だ!いくぞ!!!」

 銃を放棄した数人の兵士がコンバットナイフを片手に奴に突っ込んでいくが、軽く受け流されガントレットの一撃を食らった兵士の胴体は見る影も無く大破していく。
 大破した肉片が付近に飛び散ると、戦意を消失した他の兵士達は使えなくなった銃を捨てその場から逃げようとするが、それを拒む様に地面が盛り上がり、ドーム状に地面の壁が現れ、その兵士達を自らを丸ごとドーム内に閉じ込めた。
 そのドーム内からは無数の兵士達の悲鳴が鳴り響く、しばらくするとガントレットのレイシスは、ドームの中から壁を引き裂割くように血まみれの姿で再び姿を現した。
 彼らを襲撃した共和国兵達があらかた片付けられ、場に一定の落ち着きが見られ始めると、突如。
 大剣のレイシスは、少佐達の方を見ながらその剣を地に突き刺し両手を柄頭に乗せる。

「―――我々は皇帝陛下直属の近衛騎士団『ネクローシス』である、取引に応じる気はあるか、そこのイニシエーターよ」

 籠ったように禍々しく加工されたような声で、そのレイシスは少佐に突然取引を持ちかける。
 それを聞いた少佐は、驚愕したような表情をする。

「レイシスが......、イニシエーターと取引だと......?」

「―――そうだ。貴様が現在庇っているそこの男。レオ・フレイムスをこちらに差し出すのだ、さすればこの場に居る遍く全ての命を保証してやろう。捕虜にすることもない、そのまま去るが良い」

 そのレイシスはそのように少佐に手を差し伸べながらそう言うと、レオの周囲では張り詰めたような空気が流れ始めた。



















[43110] なれ果『ネクローシス』②
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/08/16 21:26
「―――何を言っているんだ貴様......?連れて行ってどうするっていうんだ......?彼は唯の新兵だぞ......?」

 少佐はそう返答する。

「―――この場で議論をする気はない、取引に応じるどうか。それだけだ、そのものを差し出すか、もしくは遍く死か。だが、我々とてなるべく事を穏便に済ませたい。賢明な判断を貴殿らに期待する」

「ふざけた事まぁぺらぺらと平然に要求できるものだな『ネクローシス』とやら......!!!」

 怪我の処置をする共和国兵を退け、中途半端に巻かれた包帯をぶら下げながら少佐は立ち上がる。

 ―――共和国兵がぞんざいに扱われながらも処置の続きを試みようとするが。

「もういい!下がってろ!お前たちもだ!さっさとこの場を離脱しろ!!!!これで分かっただろう、足でまといだ。お前たちが寄って集って勝てるような敵じゃない」

「―――しかし......」

 そう言い寄ってくる共和国兵を「これは命令だぞ、次また言わせるようなら切る」と少佐は言い放つ。

「おい、いつまでいるつもりだ。命令だと言ったはずだが......?」

 少佐の背後に立ち続ける四人の部下は、その場から微動だに動こうとしなかった。それどころか交戦の意思を示すように武器を構え始める。

「―――まぁ、所詮僕たちは正規兵とかじゃなくて、少佐の私設部隊ですから。上官の命令に従う義務は......まぁあまりありません。よね......ですよね......?皆さん?」

 フィンはそう言った。

「その通りだァ!何が何でもここから離れないぜぇ!俺たちは最後まで少佐と共に戦う!!!」

 そう言ってゼンベルは近くの共和国兵からライフルを奪うように取り、構えた。

「落ちぶれた元第一師団候補生の俺を拾ってくれた少佐には、まだまだ恩を返し切れてないですしねぇ......。ここで逃げてちゃあ、これから先も隊長には何もお返しはできませんでしょうよ」

 ルグベルクは少佐にそう頑固たる恩人への意思を見せつけた。少佐はこれ以上言っても聞かないと悟ったのか、何も言い返すことなく微笑み返した。

「馬鹿な奴らだ、上官の命令を聞かない部隊などあるものか。これはまた部隊採用基準を見直す必要があるな」

 少佐はそう言った。

「さて、レオ・フレイムス。君は別にここで我らと共に戦う義務も義理もない、他の部下達は頑固野郎共で私の命令をちっとも聞こうとしないが......。優秀な君は違うな?レオ」

「少佐も随分酷いことを言ってくれる......。入隊して日の浅い新人とは言え、俺も立派な部隊の仲間だ。そうだろう?少佐。たしかに初任務からこれはちとキッツイものがあるがぁ、だが。最後まで皆と戦わせてほしい。俺はこの戦いで、今までの傭兵稼業にはなかった絆のようなものを、やっと感じ始める事が出来ている気がするんだ.....。いさせてくれよ、少佐」

「......いい決意だな。私が見込んだだけのことはある。そうだな、いずれにせよ出し惜しみしてられるような状況ではない事は確かか。奴らはどういうわけか君を差し出せと言っている、まるで意味や目的が分からないが。まぁ細かい事はあとでいい、倒してしまえばそれまでなのだから......なぁネクローシスとやら?......今は目前の脅威に全力を持って対処する......!!」

 少佐は取引を持ち掛けてきた中央の大剣を持った敵、その人物だけを一点に見つめながら答える。
 レイシア隊の結束が今ここに極まると、大剣のレイシスはこちらの答えを察したかのように、地に突き刺した大剣をゆっくりと引き抜く。

「―――どうやら答えは決まったようだ。愚かな者達だ。イニシエーターが一人、そしてその他有象無象の非力な人間ごときが本当にこの状況を覆せると思っているのか?では仕方ない。お望みどうり、勇敢で非力な諸君等を称え。この場を一瞬で終わらせてやろうか」

 大剣のレイシスがそう言う。
 しかし、背後の双剣とガントレットのレイシスには特に動く気配がなかった。どうやら大剣のレイシスが一人でこの場の共和国軍全員を相手取るつもりのようだ。

「―――さぁ、かかってくるといい」

 大剣の矛先をこちらに真っ直ぐ向ける、その重圧に思わず怯みそうになるが体を何とか持ち直す。

「一人でやる気かァ?アイツ。大した自信だなァ......」

「ついでに傲慢です、後悔させてやりましょう」

 ゼンベルとフィンはそう言った。

「どういう訳か後ろの二人は動かないようだ......これは好都合だな。いいかレオ。私が近接戦を仕掛ける、それで何とか奴の弱点を探り隙を狙う。先の戦闘から考察するに、奴の展開する空間障壁が尋常ではない強度を誇っている事は確かだ、そのライフルに取り付けられているグレネードランチャーを近接戦を仕掛けている途中の私の合図で、適当に打ち込んでみて欲しい。それで障壁に隙がないか伺う、フィンとルグベルクは奴が自由に動けないように奴の予測退路に弾幕を張れ、大して意味はないかもしれんが......。背後に隙がないという事が分かるのならそれでいい。ゼンベルは落ちてるワイヤーガンを再利用できるようにし、これも私の合図で打てるようにしろ。物理的な手法も選択肢に入れる。ではいくぞ、各自作戦行動開始!!」

 各自の「了解!!」の合図と共に少佐は目にも止まらぬ速さで真っ先に大剣のソレイスに正面から突っ込む。
 そのまま少佐のソレイスを瞬時に腹部へ突き刺そうとするが、その図体からは想像がつかないような速度で大剣を振り回し少佐の刺突をいなす。

「―――しっかし......貴様の体は一体どうなってるんだ......?こんな質量のある大剣をよく片手で振り回せる......」

「―――なに。ちょっとした訓練を積んだけだ」

「へぇ......それがちょっと......ねぇ!!」

 少佐は自身の小柄な体を活かし、小回りの利いたソレイスは絶え間なく上段、中段、下段の突きをランダムに繰り返す。そうやって奴の防御の動きを上下に徐々に大きくさせることで隙を作ろうと試みる。
 だがしかし、奴は体の中心軸をほとんど動かさずに、大剣を持った片手だけで少佐の剣戟を凌いでいた。

「このままではらちがあかない......。なにかアクションが必要だ......。フィン!!ルグベルク!!」

 ルグベルクの放つ改造チェーンガンとフィンの大容量マガジンライフルの弾の嵐が、その大剣のレイシスに注がれる。
 しかし、先程と見た光景と同様に銃撃は本体に着弾する前に一定の距離で寸前に弾かれる。

「クソ、通常兵器が通用しない......!こいつはもはや反則なんてもんじゃない......完全に打つ手なしだぞ......」

「あれだけの銃撃をを防ぐなんて、一体どんなからくりですかね?如何に強度な障壁だろうと、無限の耐久力があるわけではないはず......」

 フィンとゼンベルは、その状況に唖然すると共に絶望感に襲われる。

「奴に通常兵器は意味を成さないことが改めて分かったが......、だからと言って果たしてどうしたものか......。仕方ない、思いつく限りのことをするしかない!!ゼンベルいけるか!?」

「こっちは準備万端ですぜェ!!」

「よし、合図を待て。レオ!!ランチャーを二発ぶち込め!!」

 そう言われたレオはすぐさまランチャーでグレネードを二発発射する。
 そのままグレネードは大剣のレイシスに直撃し、爆煙がそのレイシスを包み込む。爆発のよるダメージなど鼻から期待せず、レイシスの視界を奪う目的で少佐はグレネードランチャーを使用した。そして少佐は爆煙が巻き上がると共にその方を目掛けて再び突っ込む。

「―――ゼンベル!ワイヤーを私に目掛けて射出しろ!」

「了解でっせぇ!!」

 ゼンベルの放ったワイヤーは少佐に直撃しそうになる。

「離すなよゼンベル!!」

 そう言うと少佐はワイヤーをソレイスで絡め取りレイシスの足元に滑り込む。
 少佐は小さな体で奴の全身を駆け巡り、ソレイスに括りつけたワイヤーで全身の関節を括り付けるように物理的に拘束する。

「さぁ貴様がどの程度の化け物っぷりなのか......私に見せてくれ!!」

 少佐はそう言うとそのレイシスからは少し距離を取る。
 そして周りの兵士や部隊員達はその光景に目を疑う、あの豪腕っぷりを披露していた大剣のレイシスは、その得物を振りかざせず、物の見事に動けずにいるのだ。

「遂に奴の動きが......止まった!?」

(奴の障壁は何のことはない、強力な慣性に反応する我々の物と殆ど同様のもの。特殊なものでないと分かればこちらのものだ......!!)

「―――レオ!ゼロ距離だ!!」

 少佐はそうレオの方に向かってそう言い放った、それを聞いたレオはすぐに少佐の意図を汲み取りその大剣のレイシスに急速に接近する。
 そして手元のグレネードランチャーの付いたライフルの先を、レオは奴の腹部に強引に押し当てる。

「―――これならどうだ!!」

 レオはそう言いながら直に数発発射する。そのグレネードランチャーによって辺は更なる爆煙に包みこまれ、レオや少佐の姿も見えなくなった。少佐はともかくとして、さすがにあの距離で発生した爆風ではレオ無傷では済まないと、誰しもがそう思った。そして......その爆煙が晴れ始めると、少佐がレオを自身の空間障壁で庇う姿が見え始め、両者共に深手を負っている様子はなかった。
 しかし、更にその先の光景に不気味なものが現れる。人型をなぞるように煙が残されたのだ。

「......どうなってんだこれは?」

 レオはそう言うと、少佐から返答がやってくる。

「......簡単な話だ。奴の不可視の障壁は二重壁だ......。そして外側の障壁は内側からの力にも対応している」

「えぇと......?」

 レオは少佐のその説明に、軽く首を傾げる。

「そのままの意味だ、奴は二重の空間障壁をどうやってか展開している......。我々がいま近距離で突き破ったと思ったほんの一部の外側障壁の更に奥には別の障壁が、それが奴の体を形どる様に用意されていた。そして爆煙は収束する外側の障壁と内側の障壁によって逃げ場をなくし、このように煙が人型を形作った」

「―――ご名答」

 障壁に閉じ込められていた煙が一気に吹き出し、大剣のレイシスが再びその姿を現した。

「―――しかし惜しい。実に惜しい。あと一歩足らなかった、仕組みを暴くまではよかったものの、結局それ以上はどうする事もできない。弱者の限界だ」

 煙が完全に晴れると、その身に届いていたはずの他の数発のグレネード弾は寸前に止められ宙に浮いているのが見えた。
 内側からの障壁の圧力と外側からの障壁の圧力により、そのグレネード弾はつまみあげられているかのように宙に浮かされていた。

「馬鹿な......、こんな芸当が......」

「―――さて、お遊びもここまでとしよう。中々楽しませてくれた、【シュベルテン】、奴らの武器を封じろ」

 大剣のレイシスはそう言って後方の双剣のレイシスに手を挙げて合図を送ると、途端に周囲の部隊員達の銃は重量を増し、誤作動を起こしたかのようにトリガーが引けなくなる。

「どっ、どうなってんだ一体!?チェーンガンが急に作動しなく......!?」

「僕のライフルも......反応しませんね」

 フィンとルグベルクはこの謎の現象に動揺を隠せずにいる。

「【シュベルク】、レオ・フレイムス以外の有象無象を跪かせるのだ」

 再びその大剣のレイシスはそうガントレットのレイシスに合図を送ると、レオ・フレイムス以外の隊員や兵士達は突如地に崩れ落ちるように手をつけはじめる。その様子は、見るからに動くことも喋ることもままならないようだった。
 困窮に渦巻く中、少佐はただこうして跪くだけにはいくまいと思考を全力で巡らせた。

「―――どうすればいい......!?何が出来る!?なにかほかには!!レフティアは......レフティアはどうした!?本当にやられてしまったのか!?あとは!?あとは何が!?考えろ、考えるんだ!!」

 考えてる暇も迷ってる暇もない。弱者はただ非力にあがらい、戦う。それしかないのだ。

 少佐は、シュベルクによって跪かせられていた強力な重力から足を破損させ、いさましい叫び声をあげながら抜け出した。
 そのまま大剣のレイシスを目掛け渾身の一撃をくらわそうと己のソレイスを振るう。しかし、その間合いに双剣のレイシス【シュベルテン】が現れた。その双剣を手前に構え、強力な電磁波を発生させるとパルスエネルギーを作り出しはじめる。
 そのエネルギーは球状に収縮し、眩い閃光を帯び始める。

「―――彼方へと消え去るがいい、イニシエーター」

 その閃光はやがて破壊力を伴い、レイシア少佐を包み込むようにしてその閃光は放たれた。

「―――あぁ......私は終に、部下の一人も守ることができずに敗北したのか」

 視界は閃光に包まれ、何も見えなくなった。パルスエネルギーにより全身は重度の火傷に覆われ、様々な身体障害が発生し始める。
 そんな状況に少佐は為すすべもなく、ただ破壊力を伴った閃光によって吹き飛ばされていく。
 部下たちやレオ・フレイムスの、レイシアという少佐の名を叫ぶ声が聞こえてくる。
 そんな事にすら気が回らない程、少佐の意識は思考が焼き切れるように遠くなっていく。

 やがて、少佐は閃光の中で目を閉ざしていった。










































[43110] 休憩
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/08/22 22:41

「―――んっ……あぁ……ここはぁ……」

 見慣れない天井。瞼越しに感じる眩しさは、かつて目を閉じる直前に浴びた攻撃性を帯びた光とは違う、緩やかに空間を照らす室内の照明達。
 そんな当たり前の現象にすら穏やかに感じる程、目覚めて身が感じる光には新鮮さが伴っている。

「―――あら、やっとお目覚めになったわね。うちのお姫様が」

 少佐は重たいまぶたをゆっくりと開ける。
 その視界から入り込んできた光は随分久しぶりに浴びるような気がしていた。
 背中側からは柔らかくもふもふとした感触、それは少佐の身の両脇には包み込まれるように配置され、それは少佐が見たことのない動物を模った手作りらしき人形。
 室内を見渡し、少佐はベッドの上で寝かされていた事を始めて自覚する。
 少佐はその場で顔上げると、心配そうにレフティアが上から顔を覗き込んでくる。

「大丈夫?レイシア。まだ痛むところとか、ある?」

 そう慈愛に満ちた口調でレフティアは少佐に言葉を投げ掛ける。

「あっ、あぁ。大丈夫だ......それより......」

「分かってるわ。二週間よ、レイシア。貴方が寝ていたのは。ここ、セントラルの中央病院でね」

 予め察していたのか、聞こうとした内容は事前にレフティアが答えてしまった。まるで少佐が目覚めて最初に発する言葉の内容を事前に知っていたかのように。
 少佐とレフティア、部隊創設以前からの長い付き合いなだけあって、ある程度の性は理解している。

「中央だと......!?そこまでのこのこと引き返してきたのか......私は......」

 少佐は前線に友軍達を置いて、先に自らが安全なセントラルにまで移送されてきたことに深い哀傷を憶える。

「レイシア、貴方がそのような反応する事は分かっていたわ。どうせ味方を見捨ててきたとでも思って自分を責めているいるのでしょうけど、私達独立機動部隊は何れにせよ危機事態のプロトコルに従って中央に招集される事は自明だったし、いつまでも前線をうろついてはいられなかったわ。それにねレイシア、あなたは大量のパルス放射能を浴びて身体に深刻な障害を負ったのよ。そんな傷、如何にディスパーダといえども自然治癒ではどれほどの時間がかかるかも分からない、これを早急に癒せるのはセントラルの医療設備くらいのもの。だからこうして僅か二週間程で貴方は目覚める事が出来た、これは合理的な判断よ、貴方が悔やむ事なんて何もないわ」

 レフティアはそう少佐に畳み掛けるかのように言い放つ。

「......そうか。確かにレフティアの言う通りかもしれん。だが、現に私の実力が至らず、かのレイシス共を退けなかったことは事実として受け止めなければならない事だろう......?レフティア。それにレオ......、そうだ。レオはどうなった......!?他の者は!?」

 閃光に包まれる以前の記憶が少佐の中で徐々に蘇り始める。
 強大過ぎる力を持ったレイシスと繰り広げた死闘は、今でも尚鮮明に頭に刻み込められている。
 鮮明になっていく記憶と共に、結果に危惧する感情も強まり始めていく。

「みんなは......まぁ無事よ。今頃ゼンベル辺りは昼間っから飲んだくれてるでしょうね......。でも、その。レオくんの事は......ごめんなさい。奴らに連れ去られてしまったわ......、私は間に合わなかった」

 レフティアは遺憾の表情で、病室の窓を見つめながらそう言った。
 その光景を見た少佐は、思わず子供じみた悔しさを抱き拳を握りしめる。
 なぜ彼女が謝るのか、彼女はなぜそんな顔をするのか。今回の責任は全て私にあるというのに、まるで彼女は少佐にとっての保護者だ。ただ非力な私が、彼を救えなかった。それが全てであるはずなのに。

「全て私の責任だ。非力な私のせいでレオは連れ去られた」

「......あなただけの責任ではないわ、あの時。私達も逸早くあの場から撤退していれば、こんな事にはならなかった。あの『ネクローシス』とかいう鎌持ちの不気味な奴さえ倒せていれば......!!」

 レフティアは怒りを募らせた様子で手を振りかざしながらそう言った。

「レフティア達の元にも現れていたのか......。道理でな。あのレイシス共、一体なにものなんだ......今までのレイシス連中とは明らかに別口だった。レフティアですら手をこまねいていたなると......」

「新たな『枢爵』、もしくはそれに準ずるオールド級の者の可能性が極めて高いわね......。あの莫大なヘラクロリアム濃度に加え、イニシエーターであるレイシアを大きくを凌駕する身体能力。そしてあれだけの火力を叩きこまれても平然としていられる程の高硬度な防壁能力。どう考えてもただのレイシス連中じゃない事はたしかね」

「しかしもっとも問題なのは、枢爵クラスのレイシスともあろうものが何故わざわざ前線へ赴き、元々ただの雇われであったレオをさらったのかだ。これが全く分からない、なぜあの場にレオが来ることを知っていたんだ?奴らにとってレオは、一体どういう存在だというんだ?」

 ―――その時、病室のドアがノックされ少佐とレフティアの会話は中断される。「失礼しまーす、入りますよー」と聞き覚えのある声が聞こえてくると、その声の持ち主が室内に入ってくる。

「―――少佐!!お目覚めになられたんですねー!よかったぁ!!」

 それまで物静かで物々しかった室内は、彼女によって一気に賑やかさが足されていく。

「中尉......。君も来ていたのか......」

「えっ!なんでちょっと嫌そうなんですか!?!?」

 ミーティア中尉は強いショックを受けた様子で、しくしくと近くの席に着く。

 ミーティア中尉が持ってきたカゴの中には毛玉のようなものが何種類か入っていた。その後、少佐は自らの腕に横たわる可愛らしい動物の人形に目を向けると、ミーティア中尉が持ち運んできたその毛玉が、何の為に運ばれたものなのかを瞬時に理解した。すると、少佐は笑みを浮かべる。

「ふふ、この人形。レフティアの仕業だな?相変わらずだな全く、中尉もレフティアにまんまと加担するんじゃない」

 少佐はそういって傍の人形を手に持ち上げる。

「えぇ?いいじゃないですかぁ!やっぱ少佐にはこういうメルヘンチックな雰囲気がお似合いなんですよぉ!」

 ミーティア中尉はそう言って、毛玉を両手で持ち上げて自らの顔の前に並べるような仕草を取った。

「どうレイシア?結構練習したのよ。手を傷だらけにしながらね?まぁ直ぐに治っちゃうからよくある不器用な女の努力的の一面は見せられないんだけど!まぁそれにしても、レイシアはやっぱり可愛い物がよく似合うわね!というより、レイシア《《ちゃん》》が人形みたいだから、なのかなぁー?」

 レフティアはそうからかうように人形を手に持って少佐に近づける。

「よしてくれ、もうそんな年じゃないよ。私は」

 冗談をほのめかすレフティアを少佐は軽くあしらう。
 そしてミーティア中尉はクスクスと笑いながら「本当にお人形さんみたいですよ少佐~!」と少佐の頬をモチモチと触ってくる。
 少佐は深いため息をつきながら、顔を伏せてしまう。

「まっ軽い挨拶はこの辺にして。それで、ミーティアちゃん。『ネクローシス』について何か情報は集まったかしら?」

 レフティアが話題を切り替え、室内には再び物々しい空気が舞い降り始めた。

「あぁ......。それなんですがレフティアさん......。すみません、大した情報は仕入れられませんでした......。ですが、基本的な情報と興味深い話はありました。情報源は枢騎士団高級幹部の身辺に潜伏している密偵からのですので、信頼性はあると思います」

「続けて」とレフティアは話を続けさせる。

「『ネクローシス』。表向きは皇帝直属の近衛騎士隊にして、枢騎士団屈指の精鋭部隊。のようなのですが、彼らは選抜されたエリート騎士というわけでもないらしく、組織内に何の前触れもなく突然現れたのだとか......。それでいて上位枢爵の隷下組織でもある事から、他の枢騎士団は彼らの扱いを元に物議を醸しているようで......、軍内で対立が起きているなんて話もあるそうです」

 ミーティア中尉はそう手元の端末の資料を見ながら一通り言い終えると、少佐達の方に視線を向ける。

「ほう......。ぽっと出の上司に反感を抱き仲間割れとね。レイシスらしいじゃないか、それが本当ならとっとおっ始めて、早々に自滅してもらいたいところなんだがな」

 少佐はそう言うと、訛った体をほぐすようにベッドから上体を起こす。

「ほかには?何かあった?」

 レフティアはミーティア中尉に追加の情報を求めた。

「すみません、これ以上は探っても情報は出てきませんでした。レオくんに関しても何も出来ず終いです......申し訳ありません」

 ミーティア中尉が深く頭を下げると、少佐は慌ててその頭を上げさせる。

「よせよせ!!この政治状況で敵方から情報を早急に手に入れられただけでも十分な成果だ。見事な手腕だミーティア中尉、よくやった」

 そう評価されたミーティア中尉だったが、特に喜ぶ様子を見せることもなく短い返事を小声で少佐に返した。

「さて、どうしたものか......。私も個別でなんとか探るとしよう、他のイニシエーター達なら奴らとの遭遇事例があるやもしれない。早急に手を打たなければ―――」

 そう言って少佐はベッドから立ちあがり、コート掛けにかかっていた制服を着ようとする。

「だーめっ!」

 しかしそれをレフティアがそれを阻止し、レフティアは少佐をベットに押し戻した。

「な、何をするレフティア......」

「またまたぁー、そーやって病み上がりなのにすぐ動こうとする。それもうキーンシ、身体の傷は癒えても心の傷までもが癒えているとは限らないのよ!」

「しかしだなぁ......」

「焦る気持ちも分かるけど、奴らがレオくんをわざわざ拐うってことは目的はどうあれ殺すつもりはまだないってことでしょ?それなら今はとにかくレイシアは療養が最優先!ゆっくり休んでね、勝手にフラフラしたら承知しないからね?いい?少佐といえど女の子なんだからね?体には気を使うこと!」

「あっ、あぁ。はい......」



(こうなったらもうレフティアには逆らえんな......。無理やり出ていこうにも彼女に敵うはずもない......)

 レフティアは私と同じイニシエーター、この身がいつしか成長を止めてからは戦場であろうとずっと彼女と一緒だった。
 共に戦い、共に助け......いや、助けられているのは一方的に常に私のほうだ。いつだってレフティアが私を救ってきた。
 私ができないことは全てレフティアがこなしてきた。今となっても実力で言えばレフティアは私の数倍、いや数十倍の差はあるだろうか。
 それほど彼女と私には明確な能力の差があった。しかし無欠のように思えた彼女でさえもマネジメント能力や学問においては何故か私の方が協会からの評価が高く、暫定階級では私が先に越す事になってしまった。
 これは決して彼女がそういった能力がないからだというわけではない、何といえばいいのか。彼女は少し、我々の知る倫理からは外れた所にいるのだ。
 実力は確かだが、指揮官には向いていない。そういった側面においてはお互いに同じ部隊に所属する事で補完しあっているとも言えるかもしれない、少し奢りがすぎるかもしれないが。
 そんな彼女に私はいつまでも借りを返せずにいる。
 非力で無力な自分を思い返す度たまらなく自分が憎くなる、誰よりも強くならなければと、日々自分に言い聞かせてきた。
 そしていつしか、彼女のこうした勝手に逆らえるその日まで、粛々と己の無力と付き合っていくのだ。

「あっそうだ!体調がよくなったら、久しぶりにホノルも誘ってさぁ!女子組だけでショッピングに行きましょ!気分転換も大事ってね!」

 レフティアは華麗にウィンクをキメながらそう少佐に言い放った、あのウィンクからは何が何でも少佐を連れて行くという信念が明確に伝わってくるようだった。

 こういうレフティアの圧倒的な熱量に圧倒される少佐は時々、どちらが上官なのか分からなくなってしまうのだ。





























[43110] レジオン帝国『ブリュッケン』
Name: のんど◆2901f8c9 ID:668bcde0
Date: 2022/09/12 20:07
 ―――この倦怠感に伴う吐き気、鎮静剤の影響か。
レオは体を動かそうとするが、手が思うように動かない。
朝を迎える時のような瞼の重さ、視界を徐々に確保していくとやがて周囲の状況が把握できるようになってくる。
薄暗い部屋の中、先に自らの身体の状況を確認すると、その手首は椅子に拘束具で固定されていた。

「―――やぁ少年、体の方は大丈夫そうかねぇ」

 その渋い声のする主の方へと凝った首で重々しく向くと、想像通りの葉巻を吸う中年真っ只中の風貌の男が少し距離を置いて目の前に座っていた。
その男をよく見ると、羽織っている軍服仕立てのようなコートには様々な勲章の様な物がわんさか飾られていて、そこそこ上位の将官であることが直感的に分かる。
さらにその男の背後には見覚えのある装甲服を着込んだ二人の兵士が立っていた。とある軍旗を肩部に刻まれたその装甲服は、紛れもなく先のセクターでの戦闘でレイシア隊と弾丸を交わした敵のシルエットそのもの。

帝国軍兵だ。

「......へっ、俺を捕まえた割には随分好待遇なんだな。それにここ、居心地がよすぎて実家に帰って来たのかと思ったよ」

 レオは呑気そうにそう言うと、目の前の男は特に反応することなく一服する。
そして背後の兵士が持っていた灰皿に葉巻を擦り付け、まじまじとレオを見つめた。

「先に誤解を解いておくが、別に君をこれから拷問に掛ける気もなければ、殺す気もこっちにはない」

「そうかよ、で。何が目的だ?なんだって俺を攫う必要があったんだ?だれかと勘違いしてんじゃねぇーのか。おれは傭兵上がりのぺーぺーなんだぞ」

レオはそういうと、その男は深い呼吸を行った。

「それは......、ちょうど我々も知りたいと思っていたところだ」

男はレオの目を見ながらそう言った。

「......はぁ?」

レオはその男の意図が読めずに困惑していると、その男の背後の扉から突然ノックもなしに三人目の帝国軍兵士がずけずけと入りこんでくる、気が知れてる間柄なのか目の前の上官と思わしき男はそれに特に気にするそぶりもない。

「―――大佐、憲兵隊がここを嗅ぎつけました。すぐこちらに向かってきています」 

 やや周りに聞こえる程度の声量で、その男に耳打ちをした。

「ふむ。やれやれだぁ、護送車の偽装がもうバレたのかよ。勘の鋭いやつらにある程度見張らされてたかねぇー」

その男は頭を抱えながらそう言う。

「何が何だか分からないが......、どうにもあんた等からは敵意を感じられない。それにその憲兵隊とやら。俺にワザと聞こえるように言ったのかどうか知らんが、それに取っ捕まるのは、あんたらに捕まってる以上に悪い事になる気がするな、どうせ俺に出来る事は何もない。俺を帰す気があるなら素直に協力するが?」

レオはそう言うと、目の前の男は目を緩やかに見開く。

「おや、話が早くて助かるよ。だがまずはこっから移動しないとなぁ。君の為にもねぇ」

 その男が立ち上がると背後の兵士二人はレオの方に寄ってくる。
レオの手首の手錠にそれぞれの兵士が手を掛け丁寧にそれが外されると、レオからは速やかに離れていく。そしてレオは手首を労りながら立ち上がった。

「裏に車両を用意してある、それでここからとんずらする。付いてこい少年」

 言われるがままにこの部屋を出て、寂れた廊下をその男の背を追ってしばらく歩く。
すると広けた空間に差し込んで来た陽光を浴びると共に出た、そこには多数の船舶の機材や備品が散在しておかれている様子が見られる。ここは民間の造船施設の様だ、先ほどの部屋はその施設の一室に過ぎなかった。
この空間を過ぎていき、やがて施設の外へと出た。
そこで最初にレオの目に映りこんだ光景は、まさに絶景の街並みであった。

思わずこの光景にレオは息を呑んでしまった。

―――レジオン帝国首都『ブリュッケン』。長い年月をかけて形成された伝統と風格と調和のある街並みがこの都市の各地に残されていた。共和国が良好な景観や環境を求めるよりも経済性が優先されているのに対し、レジオン帝国は古来より伝わる古き良き伝統を受け継いだ古風な街並み。帝国は景観法が施行されてから何百年と経つものの、この街並みの調和は巨大な芸術品放つ威光そのものだ。強固な近代建築と古風建築のハイブリットが生み出す活気は、共和国の持つ発展した経済活動による利便性だけを追求されたそれとは違う方向性のものが宿っていた。

大都市でありながら街と共に人があるように。

レオは目の前の巨大湖の向こう側に広がる古風な街並みに気を取られ、足が立ち止まっていた。
先程まで目の前に居た男は少し離れたところで車両に手を掛け、もう既に乗り込もうとしている。

「―――大佐......、憲兵隊はもう武力行使は辞さない様子です。お気をつけて」

「あぁ。後は頼んだぞ」

その男と兵士がそのように簡単に会話を終えると、男は一瞬レオを探すようなそぶりをして、後ろの方で立ち止まっていたレオの方へと振り向く。

「うぉーい!なにそこでボーッとしてやがる。さっさと乗っておくれや」

その男の呼ぶ声に気づいたレオは、車両の方に近寄りそのまま乗り込んだ。
後部座席にレオが乗り込んだことを確認したその男は、そのまま車両にエンジンをかけるとハンドルに手をやり走らせた。

しばらくして窓を見つめるレオの顔を男はバックミラーで確認すると、口を開いた。

「少年よ、ここの街並みにでも見惚れたかねぇ?」

その男にそう言われたレオは、男の方に目をやると素直に首を縦に振る。

「あぁ......。その、確認だが......ここは帝国......なんだよな?」

「......そうだ、ここは首都の『ブリュッケン』。ようこそ少年、帝国へ」

その男はそう言うと車両の速度を上げる。
 勢いよく加速した事によってレオは背中をシートに軽く打つ。

「もうちょっとお気遣いのできる運転をしてくれると助かるよ」

「すまないねぇ少年、今は呑気に観光してる場合じゃないもんでねぇ」

 そう言うその男はバックミラーを見ている、それにつられてレオも後部窓の方を振り返ると、荷台の付いた軍用車両の様な車両が後方から三台迫ってきていた。
しかしその搭乗者の風貌は明らかに帝国兵のそれではなく、スーツのようなものを着ている人物達だった。

「あの挙動はどう見ても追っかけれてるって感じか?あれが憲兵隊?どうみても素行の悪そうな連中だが......」

「あぁその通り、やつらは憲兵隊ではない。だが我々を襲撃しようとしている。少年、その座席の下に武器が格納されてる、そいつを使って撃退してくれや」

「マジかよ、まぁ撃ち合いは望むどころだが」

 レオは座ってた席から一旦退き座席のカバーを取り外す。するとその中には数丁の帝国軍正式採用の銃火器やそのマガジンが複数収納されていた。

「これか。だがいいのか?おっさん、あいつら撃っちゃって。一応味方なんじゃねぇのか?」

レオはそう言いながら銃器を組み立て、マガジンを付ける。

「もう味方じゃない、それに奴らは手先のマフィアだ。直接関与したくない諜報部連長が良く使う手口だ。多少殺したところで問題はない。あぁそれと、俺はおっさんじゃなくてアイザック、アイザック・エンゲルト・バッハ大佐だ。覚えとけぇ少年」

「わったぁよおっさん」

「ちっ、クソガキが」

 アイザックがそう言うが、レオはそんなこと気にも止めずにライフルを構える。

「やれやれ、こんな映画の素人の真似事みたいなことしたくなかったが......窓、開けるぞ」

 窓を限界まで引き下げ、レオは窓の外に上半身を乗り出す。ライフルに取り付けた等倍サイトを覗き込み、ひどい揺れの中で追っ手の車両の運転席に狙いを定める。

「当たるか......なっ」

 あの車両の窓は防弾機能を施しているのだろうかと疑問を残したままレオは引き金を引く。放たれた一発のプラズマ弾は狙いを定めた弾道をなぞりそのまま窓ガラスを分解させ運転席に命中する。
運転手を射抜かれた先頭に横転した。それに続いていた二台の車両は、横転する車両に巻き込まれることなくそれを避けてこちらを追ってくる。

「おぉ、当たった。おいおっさん、取り敢えず一台は始末したぞ」

レオは等倍サイトを覗き込んだままアイザックにそう言う。

「ほう?なかなかいい腕前だな。さぞここに来る前までは優秀な部隊に所属してたのだろうな少年」

「まぁ......そうだな。優秀な部隊に数日だけ居たな」

そう言うとレオは次の車両に狙いを定める。しかし車両は工場地帯を抜け市街地の方へとそろそろ差し掛かろうとしていた。

「市街地にはいるぞぉ、間違っても民間人にあてんなよ」

「マジかよ、さすがに自信ねぇな」

レオはそう言うと一旦車両の中に引き戻る。

 しかし、追っ手の車両から身を乗り出した黒服達がこちらに目掛けて軽粒子マシンガンを乱射し始める、その弾道が車体を擦り、道中の一般人に被弾する。

「おいおいマジかよあいつら!!街中だってのに!!」

「あの黒服仮面の薄気味悪い奴らはあの『エターブ』だ、目的の為なら何でもやる。取り敢えず人気のない方へいくが、お前ならパパっとさっきみたいに撃ち抜けるんじゃねぇのか」

「馬鹿言え、さっきのは緩やかに動く的を丁寧に当てただけだ。こんなに動き回られて正確に撃てるわけもねぇ、やろうと思えばこっちも乱射だ。だがおっさん達が命を賭して守って来た国民に弾が当たらない保証はねぇ、良いのならやるが?お前達にとって人々の命がその程度の価値しかないならな」

レオはそう言うと、アイザックは目を細める。

「ほう、なかなか言うな少年。んじゃ運悪く弾があたらんよー祈りながら頭引っ込めてろ」

 そして都市はずれの別の工業地帯の方まで再びやってくる。
アイザックの運転によって追っ手からの距離は大分離したはずだったが、相変わらず二台の追っ手が追っかけてきている、しかし見失っているようで真っ直ぐこちらにはやって来ない。

「うーし、じゃ。そこらで少し待ち伏せすっかな」

 倉庫近くの暗い細道にアイザックは車両を止める。

「待ち伏せって言ったって、一体どうすんだ?この車を盾にでもして交戦する気か?あんま無茶したくねーんだが」

「ふーん、まぁ見てろ」

アイザックはそう言うと、レオの方へと手のひらが見えるように掲げる。
その手はまるで拳銃でも握るかのように形を取ると、突然紅い光りがその手から漏れ出す。やがてアイザックは、大型サイズの拳銃をその手に顕現させた。

それを見たレオは、絶句し目を見開いた。

「おっさん......レイシスか......」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「―――奴らはどこにいったぁ!?」

「―――さがせぇ!まだ近くにいるはずだ!」

「―――報告します!『印』が逃走に使用していたと思われる車両を発見しました!近くの倉庫に逃げ込んだようで」

「―――よーし、分かった。ほかの搜索に当たってる戦力をこちらに全て回せ!『印』を直ちに確保し、連れ去った連中は皆殺しにするのだ!」





















































[43110] アルフォール&セドリック
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2023/12/11 04:43
「―――これ、持ってみるか?」

 レオ達は付近の倉庫の中に身を寄せるように侵入すると、アイザックは躊躇なく己のソレイスをレオに手渡す。

「……うぉ…これは、銃……なのか?」

 レオがそう言うと、アイザックは顔を縦に無言で振る。
 そしてレオはその手渡された銃型ソレイスをまじまじと手中で観察した、一般に使うようなプラズマ弾方式やイオンバーストライフルとはまるで異なる類似モデルの思い当たらない線形的で美しく重厚なフォルムをした銃だ。

「……って、おっも!てかオッサン……、あんた覚醒者だったんだな……」

「まぁな、ところで少年。お前はなにができる奴なんだ?」

「……えっ?」

 アイザックに突如としてそう聞かれ、レオは困惑する。

「なにがって、なんだ……?俺は元傭兵だ。さっきも見てただろ、俺は対人戦闘専門の傭兵だよ」

 レオはそう言うとアイザックは首を少々傾げる。

「いや、そうじゃない。おまえの正体はなんだと聞いている」

「えっ、はっ?……おかしなことを言うおっさんだな」

「それはこちらのセリフなのだが」

「いやいや、待ってくれ。話が見えてこないぞ、おっさんは一体何を俺に聞いてるんだ」

 アイザックとレオがそう問答を繰り返していたその瞬間、閉じられていた倉庫の隔壁が突如としてこじ開けられる。

「「この辺りに隠れているはずだ!!!くまなく探せ!!!」」

 先ほど市中でレオ達を追いかけ回していた黒服仮面の連中、エターヴの人員がゾロゾロとこの倉庫内に入り込んでくる。
 それに合わせてレオとアイザックも物陰に身を隠す。

「あーあぁ、もう目星をついてるのか。やっぱ案の定鼻の利く連中と手を組みやがってるな、一度ここで撃退するのがよさそうだなぁ」

 アイザックは敵が侵入してくる傍らでそう言いながら頭をポリポリとかく。

「ど、どうすんだ?追っかけてきてた時より数が多くないか!?」

 レオは敵の手勢をみて身を引き目に身構える。

「......?なにを怖気付いてるんだ?そりゃおめえ。皆殺しだろうがよ」

「いやぁ、即決……」

 (そうだった、彼らと俺のような常人とでは戦闘志向に大きな差異がある。今ここで普段の思考を持ち込むべきではなかった。通常これ程の人数差があれば即座に身を引いているところなのだが......かといってこちら側に覚醒者がいるにしても、これほどの敵をはたして本当に相手取るなんて可能なのか......ましてやおっさんだぞ?)

 レオはアイザックの方へと無理だというアイコンタクトを送る。

「なんだぁ?」

 しかしアイザックはレオの意図を汲み取らない。

「……おっさんはそれでも大丈夫なんだろうが、こちとらアンタらと違って生身なんだよ。無茶言われても困る」

「生身だぁ?まぁいい、とりあえずお前の力を見せてみろ」

「力……って、それはもちろん俺の戦闘技能のことを言ってるんだよな……?」

「なにをすっとぼけてやがる、お前にはあるんだろ。枢爵に目を付けられる程のなにかがよぉ」

 アイザックは穿ったような言い方でそう言う、レオはそれに対してまるで理解が追い付かない様子でいる。

「―――すまないが、あんたが何を言ってるのか少しも理解できない……」

「少年......。その反応は、マジな奴なのか?ったく……」

 アイザックは腕を鳴しながら、レオに渡した銃型のソレイスに指を指した。するとレオの手元の銃型ソレイスは謎の光に包まれながら形態を少し変化させる。

「それで普通に敵を狙って撃て、誰でも使えるように最適化してやった。ある程度の自衛システムも組み込んだ、それを使ってる間ならとりあえず多少の戦いで死ぬことはなかろう。んじゃ、俺はお先に失礼するよっ。敵の注意を引いてやる、その間に俺を援護でもしてなぁ。あと、間違っても俺を狙うなよ」

 そう言うとアイザックは颯爽と敵の包囲陣形にと向かって身を乗り出し、レオをあっという間に置いてけぼりにした。

「あっ、っておい!そんなザックリした仕様説明があるかよ!!」

 アイザックはレオの嘆きに目もくれず、こちらの居所にまだ気づいていない敵集団に対して、ソレイスどころか武器も持たずにアイザックは走り込んでいった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「―――隊長、先遣部隊の三個小隊がアイザック大佐とb-22地区第二倉庫にて接敵。現在交戦中、どうやら『印』と行動を供にしているようです」

「―――そうか、付近の包囲網の戦力も全てそちらに回せ。もうすぐで例の『尋問枢騎官』が到着するはずだ。それまで奴の足止めをしろ、時間を稼げ。それさえすれば俺達の仕事は終いだよ」






「ふぁ〜」

 アイザックは軽粒子弾の嵐の中を退屈そうに立ち尽くしていた。

「―――ちっ、ダメだ。まるで銃が効かねぇ!!!」

「―――落ち着けぇい!これは想定通りだ!奴はレイシス、マニュアル通りでいくぞ!包囲陣形をとれ!!!」

 黒服仮面の兵士たちは、アイザックを取り囲み隙を伺っている。

「なんだぁ?もうおしまいかぁ?お前たちじゃ話にならないだろうがよ、早く増援とやらを連れてきなぁ、いるんだろぉ?お前たちはそのための時間稼ぎなんだろうが、心配しなくても逃げたりしねぇよ。久しぶりに暴れてぇからな!」

「―――なにっ!?どこいった!?」

 目の前にいたはずの男をエタ―ヴの手下達は一瞬の内に見失う、包囲していたにも関わらず男を見失った黒服仮面たちは必死に周りを見渡した。

「―――マヌケだなぁ!」

 手下達は一斉にその場で見上げると、上空に男が舞い上がっていた。
 その男のあまりの速さにその場から消えたように見えたが、アイザックはただ真上に飛び上がっただけなのだ。

「―――上だぁ!!撃てぇ!!」

「だぁから効かないっての学習しねぇなぁ......」

 アイザックは瞬時に一人の手下の背後に周り込み、豪腕な手刀でその体を容易く切り裂く。

「―――ひっ、ひぃ……い、無理だぁ!!にげろぉ!!」

 黒服仮面の手下たちは銃を投げ捨てその場から退散しようとするが、両手で銃型ソレイスを構えていたレオ・フレイムスがそれを逃さなかった。

「取り敢えず普通に使ってみるか、っておぉなんだこりゃあ!!目前にサイトが現れやがった、すっっっげぇ......。目視で捉えた敵をそのまま自動でロッキングしてくれてるわけか、便利だなこれ。俺もこういう高度なサイトシステム欲しいな」

 逃げゆく黒服仮面を全員標的に収めたレオは銃型ソレイスのトリガーを引いた。

 ―――すると、放たれた一発の弾丸らしき飛来物は標的の数だけ分散していき、直線上に飛び放っていった。その様は一見ショットガンバレットのようにも見える。

 結果は、百発百中。恐るべき精度で狙った敵は全て地に伏していった。

「すげぇ......オッサンの銃型ソレイスすげーわ......」

 感動の余りに声が漏れ出る。



(俺のソレイスを使わせても、特に変な様子は見受けられない。コイツには一体なにが秘められてるというのだ、枢爵共よ)



 数十人の敵を殺害し、これ以上敵がいないのを確認するとレオはアイザックの元に駆け寄る。

「......で、こっからどうすんだオッサン。今の奴らはまだ先遣隊だろ、これからもっと数が増える」

「まぁ落ち着け少年。まずこの都市一体から敵の追手を振り切って逃げるにはなぁ、先にある面倒な二人の人物をどうにかしないと、どの道逃げ切れないんだよねぇ」

 アイザックはそう言いながら、胸元から葉巻を取り出し倉庫の外へと出ていく。

「......具体的にはどうするんだ?」

「ここで待つんだよぉ。わざわざこっちが赴かなくても、勝手にあちらから出迎えに来てくれる」

 そう言った後、アイザックは咥えた葉巻に火をつけ深く煙を吸った。

「......だ、だが。いくらなんでもこのままじゃや状況は不利になっていく一方だろ!!」

「―――来たねぇ」

 アイザックはレオの言葉に被せるようにそう言い放ったその瞬間、突如周囲を照らしていた陽光が遮られた。
 ここに来た時には快晴だったはずと、レオは陽光を遮った存在を確認すべく空を見上げた。

 陽光を遮り、周囲の闇を生み出したその正体は、アイザックとレオが見上げると同時に直ぐに判明した。
 空に浮遊する巨大な質量をもった人工物体、その正体は旧時代の産物。全長約300mの一隻の帝国軍元主力兵器、【エアー級空中戦艦】だった。

「あれがここでお目にかかれるとは、随分大掛かりだな......」

 レオがそう呟いた後、目を細めると戦艦から落下する小さな人影が二つ見えた。
 その影は次第に大きくなり、やがて人影がはっきり見え始めた頃。それは超速で目の前に落下し、あたり一面の車両や構造物を軽く吹き飛ばしたが、アイザックの背に隠れるように居たレオはその暴風の影響を受けずに済んでいた。



「―――いやぁ、慣れないですねぇこれは相変わらず」

「―――そうだな、これを使うのはもう勘弁だ。久しぶりに玉ひゅんがキツイぜ」

 聞こえてきた声と共に落下した付近の砂埃が晴れると、空中戦艦からの落下物の正体が暴かれ、そこからは二人の人影がその姿を遂に露わにした。

「おぉ、久しいじゃねーかアルフォール、そしてセドリック。よぉ」

「―――あ、アイザック大佐。お久しぶりです、お会いしたかったですよ。セドリックもすごく先生に会いたがってました」

 細身、高身長、蒼眼。金髪の長髪で髪を結んだ凡そイケメンの持ちうる理想像であろう全ての要素を兼ね備えた方のやつをアイザックはアルフォールと呼んだ。

「―――別に会いたがってねーだろうがよ!!アル!!。でも、まぁ。先生とは一度本気で戦ってみたかったんだけどな、なぁ?アイザック先生???」

 もうひとりの粗い口調をした方がセドリック。褐色の肌に青みがかった黒髪の男、印象は悪い男だが見てくれは隣のアルフォールと遜色のないレベルだ。
 どうやらディスパータなる連中は揃いも揃って美男美女の集まりらしい、アイザックとかいうオッサンもよくよく見れば渋い顔をしたロマンスグレーって感じだ。これには何か因果でもあるのだろうかとレオはそう心の中で思う。

「先生だなんてよしてくれやぁ、久しぶりに言われると照れるだろうがよ馬鹿垂れ共」

 アイザックはそう言うとアルフォールは軽く微笑む。

「......んで、先生。そっちの後ろの奴は新しい弟子か何かですかぁ?先生のソレイスなんか持たせて連れ回しちゃって......、先輩弟子の身としては少々複雑な気分ですよ」

「そうだよなぁアル、まずは筋を通して貰わないとなぁ先生?」

 セドリックとアルフォールは同調してアイザックに挑発じみた口調でそう言う。

(先輩弟子だと......?こいつら、元々このおっさんの弟子だったやつらか)

「やれやれ困った弟子達だ、ここは先生の顔の免じて黙って見逃してくれると助かるんだがなぁ、ここは一つ。見て見ぬふりをしてはもらえないかねぇ?」

 アイザックは師弟繋がりの関係を利用して穏便に済ませようとしているのか、隣からその表情を鑑みるに戦意が見受けられなかった。

「それはできねぇ相談だなぁ先生」

 セドリックは一息つく余地もなく即答した。

「アイザック大佐、何も僕たちだって争うために来たんじゃありません。大人しく後ろに居る『印』を引き渡してください、そうすれば僕たちは事を構えずに済みます。先生だって僕たちと本気で殺し合いなどしたくないでしょう」

 アルフォールは、アイザックと同様に穏便に済ませたがっているようだ。しかし、その眼から戦意は消え去っていなかった。返答次第では容赦はしない、といった意志を明確に感じ取れる。

「はぁ、残念だねぇ......少年。下がっていなさい」

 アイザックは今までとはまるで別人のような口調でそう言って前に出る。そのような振る舞いは、まるで一人の立派な教育者のようにも思えた。
 彼らがアイザックと敵対しても尚、彼らがアイザックに対して一定の礼節を弁えているのには納得する風貌だ。

「おっさん......こいつはいいのか?」

 レオはアイザックから渡された銃型ソレイスを見せる。

「んなもんなくても素手であいつらは倒せる、それに。それは念のためお前が持っていた方がいい。あいつらがお前を直接狙ってこないとも限らないからな」

 そう言ってアイザックは袖を丁寧に捲る。

「......わ、分かった。化け共の相手を任せるぞ。おっさん、いや。アイザック......」

「へっ、やっとおっさんお呼ばわりをやめたか。やっぱいざって時頼れる人間ってのは痺れるかねぇ」

「ま、そんなとこだ」

 アイザックはアルフォールとセドリックを前にしてソレイスも持たずに彼らに立ちはだかる。それに対してセドリックは明らかに怪訝そうな表情をする。

「先生には随分舐められたもんだなぁ、そんなことして後悔するぜぇ先生」

「残念です、僕たちは本気なのですよアイザック大佐。例え丸腰だろうと手は抜きません。尋問枢騎官として職務を全うします、お覚悟を」

 セドリックとアルフォールはソレイスを目に見えぬ速さで顕現させると、一秒も経たぬうちにアイザックの懐にに入り込んだ。そして各々のソレイスを一心にアイザックに対して振るう。

 レオは覚醒者による別次元の戦いの光景を、ただ臆病に銃を構えながら彼らを射程に捉えつつも傍観する事しかできなかった。























[43110] 諸刃の力
Name: のんど◆2901f8c9 ID:c0f89988
Date: 2023/02/20 13:00
 「一体、今……何が起きたんだ?」

 レオの目はその一連の動作を捉えきることができなかった。明らかに無防備であったアイザックに確殺の一撃を加えたはずのアルフォールとセドリックのソレイスは、アイザックの素手で雨粒を振り払うかのようにあっけなく受け流されてしまった。慣性を受け流された二人は、そのまま減衰することなくアイザックの後方に軽く吹き飛ぶ。

「―――ちっ、なんだァ!!いまのはよぉ!」

 己のソレイスを軽くあしらわれた事に腹を立てたのか、セドリックは大声を荒げながら再びアイザックに真正面から切り込もうとする。

「やれやれ、全く。お前は相変わらずだなぁ」

 アイザックに再び向けられ猛攻する切っ先は寸前にしてその動作を急激に停止させ、間合いを詰めながらアイザックの周りを急速周回する。

「ほう、少しは頭を使うようになったかセドリック。えらいぞぉ~」

 アイザックはそう言いながら自身の周囲を駆け回るセドリックに注視し続ける。

(ちっ、一々口調がムカつく奴だぜ。だが、それがアイツのレイシス連中に対する戦略なのは俺も知っている。散々やられたことだ、俺でも分かっている。レイシスはキレやすいからな、俺の動きを単調にしようと考えているんだろうが、さすがにもうその手には乗せられねぇよ!)

 アイザックはセドリックへの注視を一旦やめて動きを見せないアルフォールの方へと一瞬目線をやると、その隙を見たセドリックは突如急速周回を気づかれない位置で静穏にやめる。セドリックが足を止めたその位置はドンピシャでアイザックの背後であり、死角だ。そのまま周回によって得ていた加速エネルギーを切っ先に伝達させ、アイザックの背後に目掛けて常人では到底視認することのきない速度で地に一足ついて刺突を繰り出す。

「......セドリックよぉ、お前はまだ真理に気づいていないのか」

 背後をついていたはずの渾身のセドリックの一撃はアイザックの素手で軽く受け止められその剣を素手で掴まれていた。ただ一つのかすり傷もなく。

「―――クソがっ!いみわかんねぇ......」

 セドリックがそう言った後、アイザックは掴んでいたソレイスを離す。そしてセドリックはアルフォールのいる位置まで瞬時に身を引いた。

「―――相変わらずお強いですね先生、さすがの『オールド』というだけある。無駄に長生きしてるわけじゃないんですね。しかし、先生。バカのセドリックはともかくとして、そうやって僕のことも侮らないで欲しいですねぇ』

「あっ!?!?アルてめ......!」

 アルフォールはセドリックの反応に気にする素振りを見せずそのまま話を続ける。

「先生、かつてあなたは僕に言いました。力の根源を負の感情に頼り、恩恵を得るレイシス。それは何とも愚かで、邪の道であると。レイシスの力など所詮見かけだけの紛い物に過ぎぬと。しかし、僕はあの時より学び、そして理解しました。純粋な力の前に人道や倫理など無意味であることを。先生?だとしたら聖なる倫理は弱気人々や愛する人を救えるのですか?先生、あなたは間違っている。やはり力だけがこの世の真理であり、その拠り所に善悪などない。それを僕が証明しますよ」

 アルフォールの顕現させたソレイスは美しい金銀色の施しを受けた槍状のシンプルなソレイス。その美しさはレイシア少佐のソレイスを初見で見た時と同じほどの衝撃を受ける。あれほど精密で美しいものが人体から生成される歪な現象に、未だレオは慣れる事ができない。
 そして、アルフォールは負の感情を象徴するかのように空中で腕を振ると、その軌跡に沿って可視化された漆黒のベールが現れる。
 やがてそのベールは膨張するとアルフォール自信と槍のソレイスを丸ごと飲み込んだ。

「......はぁ、アルフォールよ。お前はセドリックよりバカだ、その力を使うくらいなら無知である事の方が余程幸せな生き様だ。お前達は不幸な生命体だ、そいつに心を売るなアルフォール、その力は真理ではない」

「お、おい......。アル、その黒いの......それはどういう......?そんなの聞いてないぞ......」

 セドリックは変貌しはじめるアルフォールに対して疑念と恐怖心を抱きながら少し距離を取った。ベールに包み込まれたアルフォールは黒き繭の中でもがき苦しみながら、やがてその殻を破る。

「黙れよ、先生......。真理が何かは自身で決める事だろ......なぁ......はっはっは」

 先ほどの清楚な青年のイメージからかけ離れた言動や獣じみた動作は、その力の狂気を伺うことができた。アルフォールは黒い繭から槍を引きずりだし、正面に突きたて、アルフォールは静かに苦し紛れに言い放つ。

「―――我が道を、切り開いてくれ......」

 その冷徹な呼び声と共に周囲に纏っていた漆黒のベールは一気に空間に離散し、アルフォールの体に対してまるで包帯を誰かの手によって巻かれるかのように糸状に巻きついていく。その包帯状の帯には読解不可能な象形文字列が下半身から上半身にかけて刻まれ、槍のソレイスにもそれが巻きつきはじめる。

 やがて謎の形態変化を遂げたアルフォール。その風貌はまるで病院に入院している重病患者のようだ。しかし、それまで旺盛であったはずのアルフォールはその場から一歩も動かずに居た。というより動けずに居たという方が適切なのだろうか。その力を完璧にコントロールできていないようである事は素人目のレオにもあからさまだった。

「『レナトゥス・コード』か......。アルフォールよ、一体何がおめぇをそこまでさせたんだ。教会の連中は一体何をお前に吹き込んだ......」

 アルフォールのもがき苦しみ変わり果てた姿を見て、アイザックは頭を抱える。

「......いいかアルフォールよ。その術を使うには、余りにもお前は優しすぎるのだ。お前の捨てきれない人情の分だけ、その禁忌の術はお前に代償を払わせる。愚かな弟子よ、道を踏み外したな......。はぁ、なんと不甲斐ないことか」

 アイザックはアルフォールに聞こえてるかも分からない言葉を連ね、その隙間にレオは銃型のソレイスをアルフォール方へと向けながらアイザックに静かに駆け寄った。

「おっ、おい!これどういう状況だよ......。よく分からんがいまのうちに逃げれるんじゃないか?あいつらから」

「ふ~む......」

 レオのその言葉に、悩ましいような太い唸り声をあげながら応えるとアイザックは変貌したアルフォールを見据えながら腕を組んで立ち尽くす。

「―――なぁ……嘘だろアル……なんだよその黒いのはよぉ……なんで何も言ってくれなかったんだ……アル……」

 セドリックは言葉を失っていた、彼にとってアルフォールのしたことは余りにも予想外の出来事であったようだ。

「......お、おいアイザック。マジでどうすんだ?俺にはこの状況があんたらの身内ノリ過ぎてとてもじゃないが飲み込めねぇよ、俺の勘が正しけりゃ今が絶好の逃げ時だと思うんだがねぇ……。弟子が心配で動けねぇってんなら俺一人でこの場を引かせもらうが?」

 レオは冷や汗をかきながらアイザックへそう言って銃のソレイスをアルフォール達へと絶えず向け続ける。何かを永遠と悩み込むアイザックだったが、突如として腕組を外した。

「そうだな、じゃ。逃げっか」

「......いいんだな?同情するわけじゃないが、一応あいつらアンタの元弟子とかなんだろ?見るにかなり苦しそうだが」

 アイザックは答えを詰まらせ。強く握り拳を作り、そして手のひらに跡を残すと踏ん切りがついたように脱力させる。

(オールドでありながら、俺もまだまだ甘い......。)

「はぁ......まぁ、あれはほっといてもまだ大丈夫な段階だ。空撃ちとでも言うべきか、アイツにはあれを使うだけの器量が元来備わっていない......。それ故にあれを発動させた代償をその身をもって償わなければならん。あの尋常ならざるであろう苦しみはその代償だ、しばらくは動けんだろうが、それをもって反省することを師として俺は期待するのみだ」

「あぁ、わかったよ。じゃあずらかるぞアイザック」

 変貌の代償で苦しもがくアルフォールと、それに寄り添うように見守り続けるセドリック。念のためレオは銃口を彼らに最後まで向け続けるが、アイザックが彼らに背を向けてもその者達が追撃してくる様子はなかった。

 そのままアルフォールとセドリックの帰還を待ち続ける空中戦艦を背にして、その影を浴びながらアイザックとレオは倉庫区画を後にした。その後、エターヴの増援はせっせと倉庫区画包囲網を構築していたが、それがアイザックの手によって不毛な労力と化す事は想像に難くない。しかし、されどエターヴは卿国の支援下にある訓練されたテロ組織とされる。訪れた時に乗車した車両に乗り込んで、そのまま数ある包囲線を突っ走って逃走するのはさすがに難しい。

 ―――はずだが、それでもアイザック達は車両に乗り込んでは堂々と。張めぐされた包囲線でエターヴの警告通り丁寧に降車をし、真正面からエターヴをそのまましばき倒していく。はなから彼らに対してエターヴの包囲線など殆ど意味をなさない。そうしてアイザック等はそのままブリュッケン都市郊外へと脱出するのだった。




[43110] いにしえの呪縛
Name: のんど◆2901f8c9 ID:c0f89988
Date: 2023/02/20 15:10
 ―――都市部の倉庫街から車両で随分離れた。ブリュッケン都市圏からは既に外れている頃だろう。
アイザックがレオを乗せてしばらくが経った頃、静穏の車内が続く中、レオはアイザックにふと言葉を切り出した。

「―――なぁ、差し支えなければ"先生"に是非教えて頂きたいんだが。さっきのあんたの弟子?アルフォールとか呼ばれた奴。あいつの身になにが起きてたんだ?堂々と俺達の前に現れた割には、なんかその。変な力でも使ったのか勝手に自滅していって外野の俺は置いてけぼりな訳だが」

レオのその問いにアイザックはしばらく黙り込むが、道路の夜間街灯が数度アイザックの顔を照らし過ぎた頃。アイザックから冷ややかな空気感と共に言葉が放たれる。

「......アイツは我々が最も禁忌とする心理の深層領域。レナトゥスに足を踏み入れた」

「―――れ、レナトゥス......?」

レオはその聞きなれない発音の単語に対して首を傾げる。

「ま、要するに性格の捻じ曲がった奴しか使えねぇ裏技みてぇーなもののことだな」

レオにそれ以上踏み入れさせまいとするような、簡単な物言いでアイザックは答えた。

「ふーむ、そんなものがあるのか。あんたらも大変だな」

レオの簡素な反応にアイザックは眉をひそめる。

「ほう、聞く割にはあんまり興味がなさそうだな」

アイザックのその言葉にレオは一間おいて口をゆっくり開いた。

「......まぁな。あんたもそんなに深堀して語るつもりもなさそうだし、なによりあんたらは複雑すぎる。いっちまえばめんどーな生き物だ。興味がないというよりは、関わりたくないのかもな」

「ふっ。まぁ間違っちゃあいないその見方は」

アイザックは少し笑ってそう言いながらハンドルを横にきり、郊外の森の方へと車両の進路を変える。

「お前さんの言う通り。俺達『覚醒者』......ディスパーダは複雑でめんどくさい生き物だ。特に我々のような『レイシス』わな。お前も知ってるかもしれねぇが、レイシスっつーのは負の感情を根源として力を顕現させている。故に、生物としては余りに好戦的すぎる種族なんだよ。憎悪や絶望、嫉妬のような強力な感情がそのまま力に直結する。そんな世界だ。だが、そういったものを糧にする種族だからと言って、当人が必ずしもその感情を吐き出し続けることが出来る人間性とは限らないわけだ。お前さんがさっきみたあの光景は、そんなような奴が負の深層領域に無理やり踏み入れた者の末路というわけだ。その領域に踏み入れたものは己に苦痛という名の呪刻印を刻みこみ、その生物的ストレスによって個体としての次の段階への進化を試みる。通常の人間では到底その苦痛ゆえに到達することの出来ない深層領域『レナトゥス・コード』へと至る為の秘儀。と言ったところだ。だがあれでは器量が足りず不完全形態となっていた、あらなら本格的な精神汚染が始まる前に外装が剥がれて元に戻るだけだ」

アイザックはアルフォールの行なったレナトゥス深層領域に関してそう物悲しい様子でそう語った。

「んーまぁ、なるほど?要するに、あのアルフォールとかいう心優しき人物はあんたに勝つために無理して自爆した。そういうわけだな」

「ま、そういう認識で問題ねぇよ」

そう放った言葉を最後に、再び車内に静寂が訪れる。


 森の山の方に入った車両はとある一軒のボロ屋の前に停められた。辺はすっかり暗くなり、ブリュッケンから放たれる都市光の明かりだけが周囲の情報を照らしてくれる。夜の帝国都市は、まさしく景観法によって維持されたアンティークにふさわしい都市全体の造形美を誇る。まるで何千年も前から構造物だけが時を歩のを止めたかのような光景に再びレオは目を奪われる。

「綺麗な都市だ」

「だろ」

「街灯りはこんなにも暖かいのに、よそでは血みどろの戦争をしているなんて何とも歪な感じがするな」

「ハハァ、感想が思想家のそれだな。とりあえず車は捨てて、こっから徒歩でサッサっとクライネちゃんとの合流地点に向かうぞぉー」

「......クライネちゃん?」


 ボロ屋前に車両を乗り捨ててから、山を下り道沿いに出る。ここら一体は森だらけだが小さな住宅街でもあり、交通量もそこそこあるため隠密性は低い。
 道沿いの外れの道路でしばらく立っているとアイザックが「おっ、きたきたぁ」と言うと、一台の変哲もない一般車両が目前に停まった。すると勢いよく運転席のドアが開かれ、そこから一人の女性が飛び出すように現れた。

「―――ちょっとたぁ~いさぁ!!探しましたよぉ!!なんで予定時刻の合流地点にいないんですかぁ!?」

 そうアイザックに対して声を荒げたその人物は、服装はコートとワンピースの服を重ね合わせたような物を着ていた。クールな雰囲気で端正な顔立ちの女性であった。

「ごめんごめん、クライネちゃんの怒ってる顔が見たくてさぁ!ついつい、ね?」

「う~っわ、キモいです大佐」

「いや嘘嘘冗談だって!そんなに怒んないでよクライネちゃん......ちょっと厄介な連中に絡まれちゃったんだよ。仕方ねぇだろぉ~?」

「はぁ、もうそういうのいいんで早くお二人方お乗りください」

 クライネと呼ばれていた人物が乗ってきた車両に、アイザックとレオは乗り込むとクライネは颯爽と車両を出発させた。

「......えっと、彼女は?」

レオは車内の後部座席、隣席するアイザックにそう尋ねた。

「ん?あっ~クライネちゃんはねぇ―――」

「あっ!自分で言うので結構であります大佐!」

アイザックが説明をしようとしたところにクライネは食いつくかのように遮って自身の口から自己紹介を行う。

「私は元『ヒットマンの英雄小隊』直属。帝国中央作戦局第一課所属のオペレーターを努めていました!『クライネ』と申します!以後宜しくお願い致します。レオさん!」

「ど、どうも」

(『ヒットマンの英雄小隊』......聞き覚えがあるな)

レオはクライネとの簡単な挨拶を終えた。

「あのぉ、それで大佐。ここまでに乗って来た車両はどうされたのでしょうか」

「いやぁ、いつもんとこに置いてきたよ」

「えぇぇぇ!?またウチで回収させる気ですかぁ!?護送車の時といい動かせる工作部隊にも限りがあるんですから雑に指定ポイントを使用しないでくださいよ!」

「悪いねぇクライネちゃん。ま、結果オーライということでね」

「はぁ......!」

クライネは大きなため息をあからさまについてみせた。

 クライネとアイザックの会話から察するに、裏でつながった協力関係なのだろう。どうやらクライネは非正規的に実働部隊を動かすことのできる役職に居るらしく、アイザックのむちゃぶりの散々付き合わされてきたようだ。クライネがアイザックとの会話の中でアイザックに関するありとあらゆる愚痴を吐き終わると、レオは本題に切り込む事にした。

「随分仲がよろしいようで何よりだが。まず俺は今後どうあんたらに扱われるのかお聞きしてもよろしいですかねアイザック大佐殿」

「ま、それは追々に話す。いまは別にどうこうするつもりはねぇから安心しなぁレオ」

「はぁ、まぁ少なくとも敵対的な理由で俺を捕まえにきたって感じではなさそうだな。今はあんたらの指示に従うとするよ、なにせ俺は囚われのしがない傭兵なんだからな」

 レオはそう言って眠りにでもつくかのように両手を頭の後ろに回して瞼を閉じた。

「......あぁ、そうしな」

アイザックはそう、怪訝な表情でレオを横目で見流しながらそう言った。




[43110] 瀟洒なカフェテリア
Name: のんど◆2901f8c9 ID:c0f89988
Date: 2023/05/01 20:14
 ―――しかし、これはどういうことなのだろうか。

 気づけば俺は、少し洒落なお店で見かける様なウェイトレススーツを着用し、いわゆるカフエテリア等と言われる珈琲やお茶の類を提供するお店の中で客からのとある命令を待って立ち竦んでいた。
 客の注文を聞き、そのオーダーを持って厨房へ伝える。つい前日まであらゆる国内の紛争地帯に趣き、人を何人と殺してきたと言うのに我ながら呑気なものだ。気づけば共和国独立機動部隊に入り、その後の任務では敵に拐われて、拐われたと思ったら今度はまた拐われた。そして、よくわからないままここに配属されたわけだ。

「―――俺は一体こんなとこでなにしてんだ……」

 冷静に思いつめてみると数日のうちに盛大なイベントが起きすぎているのだ。感情の整理が追いつかない。そんなことを思いながらも、今はとにかくやったこともない目の前のサービス業務に務めることにした。気を取り直した途端、さっそく客席の方からオーダーの要請が来る。それに応じてレオは馳せ参じた。

「えー、あー。えっと、お。お待たせしました。注文どうぞ」

「あの、すみませーん。コレとコレ。一つずつくださーい。あっ、氷少なめクリームましましで、あぁあとお水もらえます?」

その若い客人達はメニュー表を指で示しながらオーダーを完了させ、目の前に空のコップを差し出してきた。よほど喉が渇いていたのか、来客時にお出ししたお冷は既に中身が消失していた。

「えーっと、ご注文を承りましたぁ。あぁ、あと、お代わり用のお水はセルフってやつなんで、向こう側でご自分でお取りくださいマセ」

かったるい敬語を気力を保ちながらそう話す。

「はぁ?なにこの店員、そんくらい持ってきてくれたっていいじゃん、ねぇ?」

 その少女はそう蔑むような目つきで、こちらを下から上と舐めかかったような視線を流してそう言った。最近の若者というのは、異国の地とはいえ見ないうちに随分とガラが悪くなったものだ。

「そ、そうですよぉー、そんくらい良いじゃないですかー?」

 先に悪態をついた少女の向かい側に座っていたもう一人の少女が、上目遣いでこちらを見て重ねてそう言った。少女たちは同じ制服を着ており、恐らく御学友だろう。
年頃の子っていうのはこういう洒落たお店が好みがちで、憧れを抱く物ってのは一応知っている。なぜなら嫌でもよくネットのトレンドになるからだ。だが、映えを気にする余りに人使いが粗いとなっては如何なものだろうと、そんなことは少女だからといって許される行為なのだろうか?そんな扱いを受ける道理はこちら側にはないはずだが、サービス業というのはこういうものなのだろうか。俺が世間知らず過ぎるだけで、これが当たり前のことなのか。その真偽はこの場では分かりかねる。

「ちょっと、お兄さーん?聴いてるぅー?」

「えっ、あぁーすみません。では、いまお持ち致しますね」

 普段はこういった社会経験がないのでつい考え込んでしまった。
俺が生まれてこの方、接客どころかまともに社会的に関わった事すらなかったのだ。常識や価値観が多少異なっているのは重々分かっていたつもりだが、ここまで差異があったとは思わなんだ。接客の対応と、まともに生きることの辛さに改めて思い知らされた様だった。結局のところ、自分にないスキルを問われる場所であったり、戦場かそうでないかに限らず辛いという感情そのものは等しく平等なのだと思う。どっちが辛くてどっちが辛くないなんていう主観に頼った話はあまり意味がないのかもしれない。しかしあの子達、なぜかさっきから上目遣でこちらを見ている気がする、冷たく接してくると思えば次はあぁいう視線を送ってくる。一体どういう情緒なのだろうか。

「おいアイザック、オーダーだ」

 厨房のキッチン前にその風貌に似つかわしくないアイザックの姿がある。その服装は高級レストランなんかでよく居そうなコック・コートとスカーフを首に巻いており、見た目だけは一流だ。

「おい!料理長ってよべっつってんだろうが。ぶち飛ばすぞ」

「おっと、悪りぃな。こっちの国では冷凍食を解凍するだけの奴を料理長と呼ぶんだったな。以後気をつけますよ、ウィーシェフ?」

 アイザックは呆れたような視線を向けながら頭を抱えた。

「もーちょっと二人とも〜、話してないで手を動かしてくださいよぉ。ていうか結局私が下準備して用意してるじゃないですかぁ〜」

 厨房からでてきたクライネは先程オーダーした物をアイザックと言い合ってる内に手慣れた仕草で作ってくれていた。
 クライネは最初に会った時とは髪型が変わっており、サイドで編んだ三つ編みを後ろで一つにするように髪を纏めていた。

「おお!クライネちゃんさすがだねぇ〜、じゃあこれ運んでってもらえるかな新入りくん」

 クライネは用意してくれた二つのドリンクをお盆の上に乗せ、レオの目の前にそれを差し出した。
 クライネからお盆を手渡しで受け取り、レオは先程のオーダーをした少女たちの席へとお水と共に運んでいく。


「お待たせしました」

 注文の品を少女達の前に速やかに置くと注文の確認をせずにその場を早急に離脱した。なるべくこれ以上なにも言われたくないし、言わせないためだ。



「───あのぉ、ちょっと店員のお兄さーん?あれー?ちょっとー!?」

「あ、行っちゃった……」

「あれ絶対聞こえないフリしてたよね、ちょっと鹹かっただけなのに」

 いじけるように目の前に置かれた体に悪そうなクリームマシマシドリンクを手に取り、あの店員に聞こえるように音を立てながら啜ったが、先ほどの店員は少したりともこちらを気にする素振りを見せない。

「あぁーあぁーやっちゃったねぇ」

 一緒にお店に来ている目の前の女の子はイザベルタ・マリアンナ。アンナは私と同じ『ラス・アルダイナ帝国学院』の生徒で同級生である。アンナは私を茶化す様にそう言うと、目の前の飲み物を手に取った。

「えぇーいまのダメぇ???」

「ちょっとアプローチが過激すぎるんじゃないかなぁレナちゃん。今のを付き合った私がいうのもアレだけど、どこでそんな特殊プレイみたいな方法覚えて来たわけぇ?」

「ちょっと!特殊プレイって変な言い方しないでよっ!そんな如何わしいものじゃないって!おかしいなぁ……えーとねぇ……」

 呆れ混じりにそう言うアンナを前に、私は携帯していた今時女子必須と謳われる人気女性用雑誌を手にとってそれを見せる、そしてこれで先程のアプローチを知ったことを話した。

「ええ!?その最後のコラムのところのやつ間に受けちゃったわけぇ!?そりゃーないよぉーレナちゃーん……」

「えぇ……でもぉアンナ。あれには最近の男性は草食系とかいうから、ヤンキーの如く食らいついていけーってコレに書いてあったんだよぉ?そしたら男性は喜ぶって、それにこれいつもみんなが持ってる奴じゃん!」

 アンナは雑誌を手に取り中身をペラペラと眺める。すると「はぁー」というため息を捲るたびに吐き、呆れたような目線をこちらに飛ばしてきた。

「あのねぇレナちゃん、全ての男性がここに書かれてるように単純ってわけじゃないのよー。それにこれって最初に相手を選んでるじゃない、ほら」

 アンナの指し示すところを注目すると、そこには『M系男子攻略編』と小さくページの見切りに書かれていた。

「え、えむ系……?ねぇアンナ、これってどういう……」

「意味もわからず読んでたの!?これだからお嬢様は……分からないならいいわよ」

 アンナはすぐさま雑誌を閉じて雑誌を私の方返すと、疲れきったかのように飲み物に手をかける。

「ふぅ、いいこと。レナストロ・ヴェローナ、よーくお聞きなさいな」

「どうしたのアンナ、急にフルネームで呼ぶなんて……」

 アンナは「シーッ」と私の唇を抑えながらどこから取り出したのかメガネを出すとそれを自らに装着した、普段はかけないのに。

「たしかに並大抵の男ならあのわけのわからんテクでも落とせるかもしれないよ?えぇ、そうとも、というかレナちゃん自体超絶可愛いからそんなのあまり関係ないと思うんだけどね」

「えっー?」

「おっほん、まぁそれは置いといて。私が分析する限りだと、あれは中々厄介よ。てかレナちゃんを前にしてあの冷め切った態度は普通ありえないわ、並大抵の普通の男性ならね。あの男、尋常ではないわね」

「アンナ、さすがにそれは褒めす……ひゃっ!!」

 私の言葉を遮る様にアンナは机を軽く叩くと、鋭い目つきで私を見た。

「あのねレナちゃん、今ここでお決まりの『そんなことないよー、レナちゃんはかわいいよー』って言ってあげてもイイんだけどね、そんなことに時間を割いてる暇は、な・い・の!」

「ご、ごめんアンナ。それじゃあ私、これからどうするべきなのかな。印象最悪だと思うし……、でもあの人……やっぱり気になるし……」

 俯く私をアンナは肩を叩き、笑顔で言い放った。

「うん、諦めればいいと思うよ」

「アンナぁぁぁぁーーー!!」



 先ほどの少女達は帰り、その後何人かの接客を終えると、お店は閉店時間を迎えていた。朝から動きっぱなしだったが、やっと一息つくことができる。更衣室のベンチに座り込み、凝り固まった体を伸ばした。

「はぁ疲れた」

「こんなことで一々弱音を吐くな、これからしばらくはこれが日常なんだからよ」

 更衣室に帰ってきていたアイザックはそう言った。

「そうはいってもな、接客なんて初めてなんだよこっちは!いきなりこんなことに付き合わせられる身にもなってくれ」

 そう言ってレオはアイザックに支給された私服に着替え終えると、閉店後の定例ミーティングに参加すべくスタッフルームに向かうことにした。











[43110] 目に映る偽りの安寧
Name: のんとみれにあ◆93341667 ID:c0f89988
Date: 2023/11/28 18:10
 

 ―――レオは表での業務を終えると、定例ミーティングの行われるクライネの居る部屋へ赴いた。そこで現在のレオ達を巡る状況の説明を受ける。これは度々行われていた。この場の外に出る機会の少ない者にとって唯一の情報源だ。

「―――では定例ミーティング始めます。状況を再確認致します。現在、帝国は共和国との開戦から凡そ157時間が経過。戦力差を考えれば数に劣る帝国軍の殆ど、特にここ都市ブリュッケンを中心とした付近の駐屯軍が前線に回される頃合となります、それに伴い指揮系統の上位機関のリソースは前方に回され、後方国内の諜報能力が著しく低下します。具体的に言うならば、貴重な戦力であるレイシス、尋問枢騎官等を駆り出している現状であり、レイシスの諜報感知から逃れやすいのはむしろ相手拠点のど真ん中であるというのが今我々がここでこうしてることへの説明です。事前に開戦する事を知っていた我々はこの隙を活かす為に特殊なコーティングを施した拠点を都市内に数個築きました。その内の一つがここというわけです、ここなら感応に優れた尋問枢騎官に見つかることもなく、あなたを匿うことができるというわけですね。まぁその辺の話はいつも通りですが、外の戦況は以前説明した時と比べてたった数刻で大きな変化を遂げました」

 クライネによってテーブルに広げられた帝国本土付近の戦況地図には、帝国軍拠点の部隊配置や、数多の防衛ライン。推測される戦力規模を示した地図が広げられていた。そして、今後の侵攻計画の予定までが記されていた。

「こんなものまであるんだな」

 レオは関心した素振りでそう言い放つ。

「まぁこれは地図に書かれた私的なメモみたいなものですけど、英雄小隊諜報部から得た確実な情報です、今後もリアルタイムで情勢を把握しつつ我々も対応していくつもりです」

 ―――英雄小隊、たしか先日にも彼女はそのようなことを言っていた。『ヒットマンの英雄小隊』直属のなんたらとか。

「ところでその、英雄小隊というのはなんなんだ?」

 クライネはその発言に面食らったかのような表情をし、瞳孔を開かせレオを見る。

「......え?ご存知ないんですか?あの英雄小隊ですよ?ドラマ化もされて世界的に配信されていたやつです!!!ほら、『愛の小隊』の元ネタになった帝国軍部隊ですよ!」

 クライネは机がバシバシ叩きながらそう言った。

「あっあぁ......悪いがそっち方面の情報には疎くてな、あまりそういうのは見てないんだわ......」

 レオはクライネの熱量に気圧され、目線を彼女から外す。

「まぁ......そうだったのですか。えっと、まぁ。簡単に言うと、英雄小隊というのは過去に暗躍したとされる部隊の由来でそう名付けられ、帝国枢騎士評議会からは独立した部隊でもあり、レイシスの少数精鋭部隊として活躍していた有名な部隊なんですよ!とまぁ名前に小隊ってついてはいるんですけど、全然規模は大隊くらいはありましたね。それで私はその直属の支援オペレーターだったというわけなんです」

 自慢げに語るクライネだが、その語り方に少々の疑問を覚えた。クライネの言い方ではまるで部隊が今では存在してないか、既にオペレーターをやめているかのような言い方だ。

「だった、というのは?その部隊に所属していなければ情報なんて手に入らないだろう」

 クライネはそう言われて、恥ずかしげな態度をとる。

「えぇ、まぁその......表向きには帝国軍最強を謳われた部隊ではあったんですけどぉ......その......お恥ずかしながら......先の開戦時に共和国のイニシエーター部隊に早々と全滅させられてしまったんですよねっ!それにともなって組織は解体の後に再編成されて、私は諜報本部務めになる予定だったんですけど、なんの因果か大佐のもとに配属されちゃってて......。でも英雄小隊諜報部の秘匿回線はまだ機能しているんですよね。それで外部の色の付けられていない生の情報を手に入れられる訳です。国内で流される情報はその情報操作によって、例え軍人であっても歪曲された情報を渡されています。とてもこの戦況的事実を脚色なしで国民や兵士達の耳に届ける事等できませんから......」

 クライネは机に広げられた地図を眺め、指で自軍の配置をなぞりながらそう言った。

「―――なるほど。まぁ見る限りの現状の大体のことは分かったよ。どう考えても今回の戦争、帝国軍の惨敗だ。様々なアンバラル領の軍事的要所に侵攻を繰り返してはいるが、どれもこれも最初だけ。すぐバックアップの共和国軍に奪還され殲滅させられている。とても仕掛けた側の戦果とは思えないな、そもそもなぜ帝国軍はこんな無茶な軍事作戦を展開しているんだ......?それにこの地図上で見る限りの作戦単位上、一見同程度の戦力比に見えるが、帝国軍一個師団と共和国軍一個師団とでは文字通り戦力の桁が違うだろ......あんた達の上層部は正気なのか?」

 レオにそう言われたクライネは、そっと何かを考える素振りで顎に手を当てると、すぐさま元に戻す。

「私たちにもまだ上の思惑などについて詳しいことはあまり分かってません......なぜこのような侵攻作戦を展開し始めたのか、それを扇動する枢爵達はなぜ狂い始めたのか、私達には何も分からない。しかしまぁそれは追々わかることです。とりあえず、今日はもう疲れたでしょう?いったんミーティングは終わりにしましょう。もしまだ気になるようなら大佐にでもまた聞くといいです。今の我々の中でもっとも上層部と近いコネクションを持つ存在ですから」

 そう言ってクライネは天井に向けて腕をグッと伸ばした。











[43110] 一人の考古学者として
Name: のんとみれにあ◆2901f8c9 ID:c0f89988
Date: 2023/11/28 18:16
 ―――夕暮れ時。様々な車両や人々が行き交うかつての懐かしい街道を眺めながら、約束の場所へ向かう一人の人物がいた。その彼女にとって、この場所に訪れるのは数年振りの帰郷となる。


「おぉ!ひっさしぶりだなぁー!わが学びの地よ!私はもどってきたぞー!......っていっても、強引にスケージュルを開けて来たわけだし、少しはゆっくりしていきたいけど、そういう訳にもいかないかな」

 彼女はそう呟きながら、腕の時計を見る。


 ―――ここはかつて私が通っていた学び舎。ラス・アルダイナ帝国学院がある街、そして帝国の首都であるブリュッケンだ。ここには随分久しぶりに来ることになる、帝国本土自体は何度も踏み入れているけど、如何せん首都にはアイツ等が多い。
 あまりアイツ等に目立ちたくもなかったので、積極的にここへ足を運ぶことは普段からない。アイツ等というのは主に尋問枢騎官の事だ。だが、今日は学院時代にお世話になっていた歴史科の教授と会う約束をしている。それに、アイツ等はお国が戦争状態の今なら首都近郊には殆ど居なくなる。先生とお話をするには絶好の機会であるという訳だ。

「たしか中央公園のセンタークロックタワー......のよく見える街灯の近くのはず......あっみつけた、ディーク教授!」

 待ち合わせ場所の街灯に立っていた一人のご老人、見覚えのある風貌に学院時代にもずっと被っていたハンチング帽。間違いなくその人物であった。

「おぉクロナくん、しばらくだねぇ。元気してたかい」

 ディーク教授はそう言ってハンチング帽を脱いで上品に一礼する。

「はい教授、おかげさまで」

 彼女、クロナも同様に挨拶を返す。

「あぁそうかい、それにしても......」

 教授が目を細め、自分の全身を舐めるように見渡すと、何かを納得したかのように満足げな顔を作っていた。

「随分見ないうちに綺麗になったものだねぇ、それに少し背も伸びたかな」

 教授のその発言に、露骨にクロナは気持ち悪がる様子を見せる。

「背は......伸びてないですね、後その視線の後から放たれるその発言は少し気持ち悪いですよ教授。もしかして普段からそんなことばっか生徒に言ってるんじゃないでしょうね?」

 クロナはしかめっ面で教授を見つめる。

「いやいや、すまない」と教授は帽子を深く被し直すと、うしろに振り返って前に歩き出した。

「もちろん冗談じゃよ、ナイスバディになったものだと関心していただけじゃ」

「ちょっと......」

 その発言を残し歩き出した教授に、多少の腹立ちを抱きながらクロナは教授の背を追いかけた。



 ―――教授と並んでしばらく歩いていると、かつての学院がある近くの街道までやってきていた。見慣れた制服を着た生徒たちが学院から出てくるのを懐かしみながら眺めていると、このまま少し学院の方にも寄りたいとも心の内側で抱く。しかし、そんな時間は当然、今の自分にはないことを自身に言い聞かせ、そろそろ本題を持ち出す事とした。

「さて、教授。私がここに来たのは郷愁に浸る為ではありません。教授に少し見てもらいたいものがあるのですが......ってまぁここらで立ち話ではあれですし、どこかお店でも入りましょうか」

「うむ、そうだな」

 すると教授は腕を高く上げ、一つの方向に指を示した。

「なら、この先にあるカフェテリアにでもどうかね。どうやらそこのお店は我が学院生徒達の間でも好評のようでね。最近できたらしくての、僕も少し気になっていたんだ」

「えぇ、お誂え向きですね。ではそこにしましょうか」


 そう言って訪れたそのお店の名前は『タロット』。外の看板は控えめに飾られていた。教授と共に店内へ入ると、そこはアンティークを模様したような古い味わいのある帝国風土らしい室内だった。歴史的な物に趣を置くこの国では、実に風情のあったお店であるといえる。少し奥へ行き、教授の腰でも労わる名目で席選びにふかふかのソファーにでもしようとしたが、よく見るとどうやら学院の生徒の先客がいるようなので出入口付近の窓側の席に座ることにした。

「さて、何を頼もうかと思ったけど。結局僕は甘いものは好まないからね、普段飲んでるものとそう変わらないものを頼むことになりそうだよ」

「あら、じゃあなんでわざわざここへ来ようと思ったんですか?」

「あはは、いやぁね。やっぱり雰囲気っていうのは大事なんだと僕は思うんだ、自室で飲む珈琲とこういったお店で飲む珈琲とでは格別なものがあると思ってね」

「ふーん、そういうもんですか」

「......というのは建前でね、本当は若い子に人気のお店にくれば、若い子をたくさん眺められるからいいよねって思うわけだよね」

「はいキモイですねと」

「冗談じゃが」

 そんな問答を繰り広げ、席についてしばらくすると一人の店員がメニューを持ってやってきた。

「いらっしゃいませー、ご来店ありがとうございますー、こちらメニューとなっております。ご注文がお決まり次第お声がけください、ではごゆっくりどうぞー」

 こなれた風に接客をこなす店員、少し態度が気になるが妙に体つきがよく、腕に傷が多いように思える。よく見れば顔にも数多の極細の傷が見え、明らかにここらの者でないことは容易に推察することができる。戦場上がりの......恐らく元傭兵か、軍人あたり。いや、待って。それよりもっと気掛かることが......。このお店......。

「どうしたねクロナくん」

「あっ、いえ。お店の雰囲気に少し見惚れてしまっていたようです」

「うーむ、気になるかね?あの男のことが」

「......ッ!」

 考えていたことを見事に言い当てられてしまい、動揺のあまりに椅子から落ちそうになったが体制を立て直した。この色ボケ教授はすぐに勘違いをするので直ちに訂正しなければならない。

「いえいえいえ!ち、違いますよ!そういうんじゃないですよ!」

「あぁ大丈夫大丈夫、ただこの店が好評なのには、ここの店員に秘密があると僕は思うのさ。あのいかにも戦いから帰ってきたかのような風貌というかね、見事にうちの学生たちの心を射抜いてしまっているようでねぇ」

「......えぇ、まぁ。確かに。このような繁盛した区画では珍しいタイプの男性ですね、ねんていうか。あぁいうアウトローな雰囲気を放つ人ってここらであまり見かけませんし」

 あの店員。たしかにこの辺りで平和に慣れ親しみ、ここに住まう者たちからすれば変わり映えした人物に映るのだろう。顔は比較的端正で、体格も筋肉質。あれで異性から人気が出ないとういうのは少々無理があるという程か。
 だが、私は知っているのだ。あぁいう顔つきがいい者たちが歩んできたあまりにも過酷で残酷な道のりというものを。
 顔つきがいいというのは少々語弊があるか、あの男は常に周りを警戒しているのだ、そして世間をあまり理解していないような。そんな感じ、幼少の時から染みついたものなのであろう。戦いの中を生き抜いてきた者の証明、実に人の目には凛々しく映るのだ。
 そして。きっと彼は、この国の外からきたはず。それももっと辺境で、平和とは無縁な原始に住まう、そのような場所から。

「さて、注文はどうするかねぇ。んー、ここはやっぱり若い者受けがいいのかゴージャスなものが多いねぇ。僕は無難なブラックにしよう。クロナくんはどうするかね?ここはひとつ僕のおごりだ、なんでも頼んでくれていいよ」

 ディーク教授はそう笑顔で腕を振るうと、クロナは瞳を輝かせる。

「あら、本当ですか?ではお言葉に甘えて、んーそうですねぇ。じゃあこのとびっきりゴージャス盛りなスペシャルトリアーテグランデセットでも頼みましょうかしら」

「おぉ?おぉ。高いとこ突いてくるねぇクロナくん」

 しばらくして、お互いに注文したものがテーブルに出ると、いよいよ本題に移るために私は何枚もの写真が挟まったファイルを教授に手渡した。

「ディーク教授、見てもらいたいものはこれです」

「うむ、では拝見させてもらおうかの」

 教授は受け取ったファイルを手に取り、一枚ずつそのファイルに挟まれていた写真を確認していく。

「これは......うむ......」

 教授は驚きながらも興味深々な様子でファイルを次々とめくっていく。やがて見終えると付けていた眼鏡をはずし、顎に手をやり少し悩む素振りをみせた。

「こんなもの......見たこともないねぇ。クロナくん、これは一体どこで?」

「はい、これらはアルデラン卿国領土南西に位置する場所。ギリア領域付近、ヴァイロン平原にて発見された遺物です。そこに写っている遺物とされるものは、年代測定では凡そ8000年程前のギリア災害の時期と一致するのですが、この世界のかつての救世文明と照らし合わせても該当しうるものは存在しませんでした......やはり、これは未知の文明の遺物と考えてもいいでしょう」

「......周囲の地質調査、遺物の構成元素の分析はどうだった」

「この遺物の構成元素についてですが、我々の知っている物質とはどうやら異なった物のようではあることは分かっています。我々の知るところの鉄物質に近いようですが、どうにもこの遺物には不純物が多すぎるようで、正確には何とも。もしかすると我々の知らない未知の物質が含まれているのかもしれませんが、スキャナーがこの遺物から放たれる特有の磁気によって故障してしまうので、今のところは何も分からないというのが正直な話です」

 教授はその後も写真を再びいくつか見続けると、一つの写真を私にも見えるように指で指しながらこちらに差し出してきた。

「この形状はどうだ、何に用いられていたと考える?」

「これは恐らく武器の類......間違いなく武器としての剣のようなものだとは思いますが、我々の知る文明の物とは違い、刃が外側にしか取り付けられていないようですね。刺突や切り裂く事に重点を置いた形状ではあるようですが、柄が長く湾刀です。これ程特徴的で美しい武器があらゆる機関の書物に記録として残っていないのは、むしろ不自然です」

「ほう......」

 その後も教授は未知文明の遺物達に夢中になっていた。テーブルに差し出された珈琲が冷めきるほどに。

「もしかしたら教授ならと思いましたが......」

 クロナはそう言って飲み者を手に取り、その余りに豪華で膨張した飲み物のクリームで教授の顔を自らの視線から遮った。

「いやぁすまないねぇ、これは全くの未知だ。私の手に余るものだったよ、力になれずにすまないねぇ......」

「......いえいえ、それなら大丈夫です。より未知の遺物に関して興味がそそられます」

 教授は手に取っていたファイルをそっと閉じるとくたびれた様子でこちらに差し出し、クロナにファイルを返還した。

「はぁ、すっかり珈琲も冷めてしまったようだね。いやぁ面白いものを見せてくれてどうもありがとうクロナくん」

「ご満足いただけたようで何よりですよ、さて。私もそろそろ時間ですね、このファイルのコピーは後程教授の方に送らせて頂きます。ではこの辺でお開きとしましょうか」

「あぁ、そうだね。感謝するよ、しかしクロナくん。あれだけのモノをよくまぁ一人で平らげたねぇ、飲み物ていうかスイーツだよねこれ」

「えぇ、まぁ。これくらいは別腹ですのよ教授」


 ―――気づけばすっかり外は暗くなり、店内には私と教授とだけになっていた。席を立ち、お店の出口に構えられたキャッシュレジスターの前まで行く。教授はおごると言っていたが、さすがに悪い気がしたので私がキャッシュカードを出そうとしたところ、教授に手で制止された。

「いや、いいんだよクロナくん。お礼料、にしては安すぎるものだが気にせんでくれ。ここはひとつ、この老人にいい顔をさせておくれや」

「......そうですか、では再々。お言葉に甘えて」

 支払いを終えると、教授は先に外に出て扉を開けて待っていてくれた。だが、まだ私は気掛かることがあったため、その扉を潜らなかった。

「教授、すみません。私、もうちょっとゆっくりしようかなって」

 そう言われた教授は意外そうな顔をする。

「む?おや、そうかね?クロナくんってそんな食いしん坊キャラだったけね、気づかなくてすまないねぇ......」

「えっえぇ、まぁそんなところです」

 クロナは苦笑いをしながらそう答えた。

「まぁ、今回は久しぶりに会えてよかったよクロナくん、ではまたそのうちにね。じゃっ、お先に失礼するよ~」

 教授は開けていてくれた扉から手を放し、やがてその扉はひそかに閉まっていく。物静かな店内から教授を見えなくなるまで見送った。

「―――さて」

 私は両手をポケットに勢いよく突っ込みながら店内に向けて勢いよく振り向いた。振り向いた先には先ほど注文を承ってくれた男性と、調理室に居る一人の壮年の男性。そしてもう一人のウエイトレスの女性がこちらを険しい眼差しでこちらを見つめながら、ただ佇んでいた。

 私がこの店内に訪れた時から抱いていたある違和感が、ここにはあった。それは、この場がヘラクロリアム粒子の感応が極端に阻害されている空間であるということ。そして、その空間のせいで私は彼を誤認していたのだ。
 先程のウェイトレスの男、この場に似つかわしくないその男からはヘラクロリアム粒子の残存性を微塵も感じ取れなかったのだ。それは余りにもありえないことだ。
 この世の万物には全て、必ず有機体の構成要素として必ずヘラクロリアム粒子のエネルギーが《《観測する限り》》の構成要件とされているからだ。つまりこの場にいる彼は、この世の生物ではないか、あるいは何か他のからくりがあるのか。なんにしても彼以外からはこの空間で合っても微量に感応することが出来る。
 この空間に、異様な彼の存在。最近の枢爵共の行動と辻褄を合わして考えるのなら、彼は最近巷を騒がせている『特異点』そのものだろうと私は推測した。
 この場においてその特異点という大層な名称は、果たしてただのコードなのか。それとも文字通りの存在なのか。それはまだ分からないけれど。だが、明らかに彼を意図的に匿う為の場所なのだろうと、直観的にも私はそう感じるのだ。ここは一つ。カマをかけてみるとしよう。

 そして、私は勢いよく振り返った。


















[43110] セラフィール『人類史上世界最強のディスパーダ』
Name: のんとみれにあ◆2901f8c9 ID:4b424fe2
Date: 2023/11/28 18:19
「―――ひょっとして……ですけど。最近、枢爵の老人方を騒がせている噂の”特異点”とやらって、貴方のこと……ですよね?」

 彼女はそう厨房の方へ向かって言い放った。
 どう反応するのが正解か分からず、思わず苦い顔をしながらアイザックの方を見てしまった。
 その様は図星であることを彼女に対して明確に指《さし》示してしまう。

 アイザックやクライネと目が合うが、アイザックはその事に対して特に動揺するような様子はなかった。

「―――はて、なにを仰っているのか私目には分かり兼ねますな」

 アイザックはそうとぼけてみせるが、彼女は全てを見通し、全てを知っているかのような不快かつ毅然とした態度を、この場の人間に対して終始変えることは無かった。

「……まぁいいでしょう、私も驚きましたから。まさか偶然入ったお店で帝国中が血眼になって探し出そうとしてる存在と、まさかまさか遭遇するなんて。それでついでに、オールドレイシス、“アイザック・エンゲルト・バッハ”大佐にもお会い出来るとは……あれ、たしか今は失踪中ですよね?しかも懸賞金付きの。あら、私ったら見つけてしまいました。あれあれ、これはどうしましょうね〜」

 彼女はそう挑発的な物言いで言うと、アイザックはそれに応えるように厨房カウンターの板をコンコンとノックする。

「茶番はいい、要件を言いな」

 アイザックはそう冷静に彼女の言動をいなした。

 彼女はどういう訳か俺たちの状況を見通しているようだった。
 あらゆる誤魔化しは彼女の前では意味を成さない、そう言われているかのような威圧感だ。
 それにアイザックの事だ、いきなりこの場で戦闘になる事も十分ありえるだろう。

 ―――レオはそう考え、体を無意識に引き締める。
 その様子を見たクロナは慌てて両手を前の方で振る。

「いやいやいや!!、そんなに警戒しないでくださいよ。私はあなた方の敵ではありませんよ、ほんとうに……まぁ味方という訳でもありませんが」

「―――で、何が目的だ」

 アイザックは更に鋭い口調で彼女に先ほど投げかけた趣旨と同様の言葉で問いかける。

「いやぁまぁ......目的というか。さっきも言ったでしょう、偶然だって。それに本当にあなた方の敵ではない、なにせ私は帝国連中とは心底仲が悪いのですから、仮にあなた方とこの場でこれから敵対したとしても、あなた方に関することで帝国に協力する気はないのですよ」

 彼女は両手をあげ、まるで降参でもしているかのような仕草でそう言い終えると、アイザックは胸ポケットにしまっていたタバコを取り出し、それを一服した後長い溜息を吐いた。。

「ふぅ……、目的がないんだったらよ、なんでわざわざ突っかかってきたんだかねぇ?本当に用が無いだったらよぉ、いちいち関わらずにとっととこの場から去れば良かった話じゃねぇの。俺たちは今ナイーブなんだよ。ちょっかいをだすのはやめてくれんかねぇ~」

 アイザックは普段の調子を取り戻してそう言った。

「まぁ......それもその通りですね。ただ、ちょっと。噂の”特異点”とやらが気になっちゃいまして、あ、いや。卿国関連組織の方では”印”、共和国関係では“座標”でしたか?まぁなんでもいいですが、それにしても随分若い方なんですね。てっきりオールド系列の方かと思ってましたが......とまぁ、そんな感じの興味本位からで、まだ気になることがありましてね......そこの彼。特異点からは、全くヘラクロリアムの残滓を感じられないのですよ。どういう事なんでしょう?このカフェテリア......この施設にはある程度外部からのヘラクロリアム感応を阻害する仕掛けがあるようですが、どうやら今私が目の前で目撃している現象はこの設備とは関係なさそうです。なにせ、この私を前にし、今まで一度としてヘラクロリアムの残存性を隠し遂せた者など存在しないのだから。それがましてやあなた方レイシスのような凶悪なエネルギーを用いるもの達なら猶更......彼のような特異体質の人間を使って、枢騎士評議会は何をしようと言うのでしょう?」

 彼女の言葉の羅列からは真意を汲み取る事は難しく、レオはアイザックの方へ(どうにかしてくれ)という意味を込めた熱い目線を送る。

「......おーいアイザック、ちょっと解説してくれよ」

 レオにそう言われたアイザックは頭をポリポリと掻きながら、厨房から彼女の方へとゆっくりとした歩みで近づく。

「随分高飛車でお喋りなお嬢ちゃんだぜまったく......」

 アイザックが彼女に近づく間でも、興味津々な目付きで彼女はこちらを眺めてくる。その様子からは、彼女の言う通り全く敵意は感じられなかった。

「お、おい。アイザック......丸腰の相手に手を出すのはさすがに......」

「わーってるよ、そんなことは......」

 アイザックは彼女を目前にすると、突然言葉を詰まらせ、冷や汗でもかいてるかのように酷く動揺した様態を突如見せ始める。

「ど、どうしたんだよアイザック!?」

 アイザックは右手で口元を隠し、軽く顔面を床の方へとうつ伏せた。明らかにアイザックが動揺を隠せずにいることに、レオとクライネは絶望感をヒシヒシと一帯に漂わせる。まだ何もされていない、しかしこの中で一番の強者であるはずのアイザックが見せたその姿は、レオとクライネに絶望を与えるには十分過ぎた行動だった。

「――――――あぁ、全く。これは本当に、最悪だな......。戦闘すらさせてくれる暇もないやもなぁ......、まさかとは思ったが、そのまさかか......このようなところでお目にかかれるとはな......」

 アイザックは口元を震えさせながら、そう言った。

「......どういうことなんだ?アイザック」

 レオはそう恐る恐るアイザックに問いかける。

「いいかレオ......今俺たちの目の前に立っているこの存在は......ディスパーダ最上階級......『セラフィール・ディスパーダ』だ......。かつての枠組みでは彼女をオールドやマスタリード、プレデイト級。といったような古来の既存クラスで推し量ることが出来なかったイニシエーター協会は、彼女専用の新たな最上級の枠組みをわざわざ設けさせ、唯一のセラフィール級ディスパーダとして彼女を認定し、最上階級に君臨させ......」

 レオはアイザックのその説明に、首を軽く傾げながら口を挟む。

「えーっと......ようするに?」

「......要するにだ。今、目前に相対してるこの存在は、”人類史上世界最強のディスパーダ”ってことなんだよ。レオ」





[43110] 第23話 独立機動部隊総会議
Name: のんど◆2901f8c9 ID:4b424fe2
Date: 2023/11/29 18:16
 ―――同刻。共和国第一セクター中央都市セントラル・イニシエーター協会第二議会館執務室にて。

 共和国軍イニシエーター協会直轄独立機動部隊『レイシア隊』は、拉致された隊員レオ・フレイムスの捜索、及び奪還を目的とした作戦行動要項を上層部に申請。その形式上の承認をただ待つのみとなっていた。

「―――申請してからもう1週間が経つわ、上層部お抱えの事務連中は一体何をモタモタしているのよ!!」

 レフティアは執務室に置かれたソファーに、だらしなく横たわりながらそう言った。

「まぁそう急いても仕方がないだろう、状況が状況だ。帝国軍の侵攻に合わせて各省庁や軍閥との国内における戦備調整やらで膨大な手続きの対応に追われているのだろう。一端の独立部隊の申請書など、未だ目を通してすらいないかもしれない......おっ、この最新型の軽装甲機動車X-A改良型って奴いいな。今まで使って奴は最近の戦闘でも使って損耗が激しかったからなぁ......今度セーフハウスに配備してもらえるか取り合ってみようかな」

 レイシアはそう怒りを露わにするレフティアを静するように、てきとーな地方軍閥向け軍事雑誌を読み漁りながらそう言った。

「......でもレイシア?さすがにこれ以上は私待てないわよ、レオくんの安否。相手の意向はわからないけれど、楽観的に汲み取って推察したとしても、レオくんの生存に期待するのはそろそろ現実的でなくなってきたもの。この間に合わせるかのような帝国軍の侵攻に、あの奇妙なレイシス達の出現......いろいろタイミングが最悪過ぎるのよ......」

 ―――奇妙なレイシス、すなわち先日の『ネクローシス』と名乗っていた連中の事だ。今までに敵対し、この目で見てきたどの下っ端レイシスとも異なる、明らかに異質で強力なネガヘラクロリアムの加護を持ったレイシス達だ。
 ネクローシスの名を冠する通りに生者の面影を見せず、純粋な負の力の集合体のような重厚的なヘラクロリアムをその身に宿していた。
 これは憶測の域を出るものでは無いが、肉体的な質量を持っているのかすら怪しい連中であった。一例として、我々ディスパーダの中には『死傷特殊戦士』と呼ばれる、あえて自らの身体を損傷させ意図的にその部位のヘラクロリアムによる再生活動を阻害し、その分のリソースを別の部位に分配し特定の加護を強めるという行いをする者達がいる。そのようなディスパーダは特に局地戦地域においてよく見られる行為であり、実際に数人の死傷特殊に会った事はあるが、ネクローシスの纏っていたあれらの感じは、それらに近い印象を受ける。
 とはいえ実際にソレイスを交えた身としては、そもそもあれらは我らとは根本的に異なる仕組みで駆動しているかのようにすら思えたのだ。
 例えるなら、そう。まるでゾンビだ。
 肉体はとうに果てているのにも関わらず、生命活動から由来しない干渉で強制的に動かしているかのような、見えない糸で引かれた操り人形のような。そんな違和感だ。
 まぁあくまでフィーリングでそう感じたというだけであって、実際のところ重装甲に覆われたやつらの正体など皆目見当もつかないのだが。

「―――ふむ、そうだな。少将閣下殿にもう一度承認を早めてもらうよう改めて請うてみよう。まぁ私としては最終手段としてこの隊の独立性を利用し、承認を待たずに我々単独で動いてしまっても構わない......と普段ならそう考えるが、今のこの戦時下に置いて連邦議会の意向を無視するような蛮勇を振るうような試みは出来ればしたくはないな。それに私とレフティアに限ってはイニシエーター協会と連邦政府が取り決めた緊急事態条項に従って共和国部隊に暫定的に再編される可能性も大いにある。別の部隊を任される可能性がある以上、この現状では下手に動けまいよ」

「......それもそうね、その場合。レイシア隊は私達抜きで帝国に向かってもらうことになるわけね......。まぁそれは絶対無理よねぇ」

 言わずもがな。これは決してイニシエータの力がなければそんな部隊など敵地ではただの人間なぞ戦力にならない、というような意味ではもちろんない。独立機動部隊が独立機動足りえるのは、イニシエーター協会の強力なバックアップがあってこそであるからだ。例えば、帝国国内への侵入ルートや、それに要する共和国軍特務機体の手配。現地における情報部隊の支援など、これらは全てイニシエーターが所属する独立機動部隊においてはイニシエーター協会の支援がなければ為し得る事ができないものばかりだ。そしてこれらの作戦行動の権限は全てイニシエーターに付与されるものであり、部隊そのものには何ら権限は存在しない。
 むしろ存在してはならないということになっている。共和国軍、とりわけ第一セクターの中央共和国軍はイニシエーターに対して主体的な行動規範を求めており、イニシエーターが独自の指揮系統で部隊運用することを好ましく思っていないからだ。しかし、これに関しては実に用意周到な心掛けでもあると思う。
 これらは彼らなりのイニシエーターに対するリスクヘッジなのだろう、ゆえに作戦概要を承認する協会と、更にその申請を管理、審査する共和国政府側はイニシエーターが同行しない独立機動部隊の作戦行動は基本的に承認しない。つまりは無理な話であるという訳だ。

「......やはり承認を待たず、部隊単独で動いてしまうか?」

 レイシアはそっと雑誌を棚に戻して静かにそう言う。

「うーん、確かにこのまま上層があえてこの案件を先送りにしているのなら、時間の無駄だしね。その閣下といえど連邦議会の意向には楯突けないのでしょうし」

 レフティアはそう言いながら腕を組んで困り顔で天井を見上げると、何かを思い出しかのように腕組みを崩し、寝そべっていたソファーに体を起こして座る。

「......そういえばミルちゃんは今どこにいるのかしら」

「あぁ中尉か、中尉なら今は国防省作戦局で我々を襲撃したアウレンツ大佐の件について追ってもらっている。この後の独立機動部隊総会議にも私に同伴して出席する予定だ、あと数刻もすれば何れここにも来るだろう」

「ふーん......なるほどね」

 レフティアは何やら悪巧みを企む子供のような表情で考え込んでいる。

「よし!ねぇレイシア?ミルちゃんを会議が終わったら少〜し借りたいんだけど〜、どうかな?!」

 レフティアは勢い余ってソファーを立ち上がり、レイシアの両手をぎゅっと掴む。

「ど、どうかなって。一体何がだ、本人が了承するなら別に問題はないとは思うが、特別私に確認することでもないだろう、まぁ一応聞くがそれはどのくらいだ」

 レフティアは言いにくそうに口をすぼめて視線を逸らす。

「そのぉ......、まぁ。半年......?くらいかな?上手くいけばだけど......」

「―――はっ、半年!?」

 レフティアがそれを口にした時、私は思わず頭を抱えた。
 レフティアが何を考えているのかは長年付き添っている身として、ここからは容易に想像することが出来る。

「―――はぁ、レフティア。概ね中尉を帝国内に仕込ませるつもりなのだろうが。それは我らにとっても中尉にとっても危険過ぎる行動だ。ただでさえ戦時下なのだ、想定できる状況は通常とは異なる。それに共和国軍の作戦局が中尉を黙ってそのような事に使わせてはくれまいよ?」

「もちろん、そんなの分かってる。だからレイシアにこうしてお願いしてるの」

 レフティアはその時、普段の陽気な雰囲気とは違う冷気のような威圧を漂わせた。レフティアが私にこのような態度を取るのは珍しい事だ。

「はぁ、あんまり無理頼みできる立場でもないんだがなぁ......」

「うんうん、てことでよろしくねレイシア!さて私もそろそろレオ君救出計画!本格的に行動に移していくわよー!」

「やれやれ......無茶をする気だな。これは」

 こうして上機嫌なご様子でレフティアは、議会館の執務室に私を置いて出て行いくと、その後私はすぐに試案を巡らせる。
 作戦局にミーティア中尉長期不滞在の言い訳か、中尉はたしかに我が独立機動部隊の一員ではあるが、同時に作戦局諜報課にも所属している人材だ。ミーティア中尉に関していろいろと勝手に連れまわすのは私とて実に難しい。

 中尉は元々作戦局の人間ではなかったが、レイシア隊での対外情報戦における仕事ぶりを買われ作戦局にスカウトされた。
 当初中尉は拒否したのだが、部隊内の協議により、こちらは中尉を人材提供する代わりに、作戦局で展開される各方面の軍事作戦ロードマップ等概要を、他の独立機動部隊よりもより詳細な情報で提供して貰えることになっている。
 これにより、共和国軍の主要な軍団の軍事行動を先読みし、今日に至るまで様々な作戦行動を難なく遂行してきたという経緯がある。
 共和国軍とて一枚岩の組織ではない。様々な軍閥が台頭し、多くの紛争、内戦を軍閥同士で現在に至るまで引き越してきた。そのような国内軍事体制の中で正確な情報を手に入れるのは極めて困難であり、身内間ですら情報戦を繰り広げなければならない。特に軍閥に属さない独立機動部隊のような立場にとっては、より中尉のような情報戦に長けた存在は貴重なのだ。そしてそれは防衛省作戦局も同様という訳だ。


 ―――レフティアが議会館から去ってからしばらくが経つと、レイシアの居る執務室に軽く息を切らしたミーティア中尉がやってくる。室内に入ったミーティア中尉は、執務室を見渡し、やがてレイシア少佐を見つけると、彼女の元へと急いで駆け付けた。

「―――はぁ、少佐~お待たせしました~!」

 ミーティア中尉は息を切らしながら、少佐の前に現れた。

「ん、きたか中尉。そろそろ時間だな、では会議室に向かうとしよう」

「はい!少佐!」

 向かう会議室はこの議会館の最上階にあり、この議会館において最も広く、多くの人数を収容できる大会議室だ。
 一部ガラス張りになった天井を囲むように円卓の席が並べられる。ここはよく中央共和国軍に付随するイニシエーター関連部隊や師団長クラスの定例会議に使われる。
 今回開催されるのは独立機動部隊総会議であり、主な議題は戦時下における連邦評議会の要請による独立機動部隊武力行使権の自主凍結、及びそれに伴う部隊の臨時的解体と共和国軍への編成について話合われる予定だ。

 ―――数時間に及んで会議は進行し、やがて大まかな戦時下における独立機動部隊の方向性が、隊長間での書面による合意形成にて決定された。

「んっーーーはぁ。.....ま、おおよそ予想通りの内容だった」

 レイシア少佐はそう背と腕を伸ばしながら言葉を漏らした。

「少佐殿~。今回あまり口を挟まなかったみたいですけど、大丈夫なんですか?」

 ミーティア中尉はそう耳打ちするように言う。

「あぁ......まぁ私がなにを言ったところで覆せることは少なかろう、部隊の再編制は、やむなし。今後我々は独立機動部隊としての性質を失う事となる。バックアップはもう期待できないな」

「バックアップ......?少佐。これから何かレオさんに関しての行動を起こそうとお考えですか?」

 ミーティア中尉はその言葉に引っかかると、つかさず真剣な面持ちでレイシア少佐にそう問う。

「まぁな、正確には私ではなくレフティアが何かをしたがっているようでね。彼女のことだ、なにか妙案があるのだろう。ミーティア中尉、彼女を手伝ってあげてはくれないか?」

 レイシア少佐はミーティア中尉の方へと顔を向け、視線を合わせてそう言った。

「ははぁん、なるほど。そのバックアップを私が請け負うというわけですか......、これは色々と一悶着ありそうですね......」

 ミーティア中尉はそういって眼鏡をくいっと持ち上げる。

「......しかし少佐、どのみち独立機動部隊の武力行使権はいずれ凍結されますよね。どのようにして部隊を運用するおつもりですか?勝手に部隊を動かせばいくら少佐といえど上層部からのお咎めを避けることは難しいのでは......」

 ミーティア中尉は不安げな表情で、席の前の方を向きながらそう言った。

「あぁ、だから部隊を”完全私設化”することにした」

 レイシア少佐のその言葉に、ミーティア中尉は思わず身を固めた。

「えっ......?えっ???それって......たぶん反逆ざ.....」

 レイシア少佐はミーティア中尉の口元を手で優しく抑える。

「まぁ待て、中尉。いまは部隊をのことは気にしなくていい、それは私に任せておけ。中尉はレフティアに協力し、彼女の思惑をサポートしてあげるんだ。やってくるか、中尉」

 レイシア少佐はそういって彼女に儚げな視線を送った。

「えぇ、まぁそれは......、構わないのですが、作戦局がどう反応するか......」

「彼らには対外活動時に収集したアンバラル第三共和国辺りの機密情報でもリークさせて私が黙らせておく、どの道しばらくは私の部隊を全面的には動かせないが、中尉達の必要に応じて、その時までに如何なる手段を用いても何とか部隊を動かせるよう手配をしておく。それまでにレフティアと共に事に当たってくれ、中尉」

「―――了解致しました、少佐......あのぉ、それはいいとして......」

「どうした中尉、やはり何か引っ掛かることでも?」

「いえ......あの。おトイレに行ってもよろしいでしょうか......」

 ミーティア中尉のあまりにも気が抜けた発言に、思わずレイシア少佐は唖然とする。

「......はっ、あっ。いや、そ、そんなことわざわざ私に聞くんじゃない!!勝手にいけばよかろう!」

「す、すみません!実は議会館に来る前からずっと、あの我慢してまして......!タイミングを見計らっていたのですが、少佐が何やら思わせぶりな話をし始めるし......なかなか切り出せず......!」

「分かった!分かったからさっさと済ませて来い!」

 涙目になり始めたミーティア中尉を見て、少佐は席を立ち慌ててそう言い放った。その行動により周囲から一瞬の間視線を集める。

「申し訳ありません!直ちに済ませて参ります!!失礼いたします!!」

 ミーティア中尉はそういうと豪速で会議室から去っていった。その様子を見送ったレイシア少佐は大きなため息をついて再び席につくと、周囲の視線は緩やかに消失する。

「はぁ......、全く。中尉は極めて優秀な人物ではあるが、意外と気が抜けている奴でもある......。だがまぁしかし、おかげで私も思わず気を緩めることが出来た。正直中尉やレフティア達を向こう側に送り出すのには迷いがあったが、中尉は私の話に素直に同調していた。過酷な使命を言い渡しているのに等しいはずなのだがな......彼女の潔さにはどうにも調子を狂わさられる。はぁ......どうにか思考の中にある迷いの突っ張りを跳ね除けられそうだ......。―――早速行動を起こすとしよう」

 レイシア少佐は小声の独り言を終え会議室を去ると、大会議室外廊下沿いの化粧室の前でミーティア中尉の帰還をその場で密かに待つ事とした。


























[43110] 中尉の決断
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2023/12/02 20:16
 ―――化粧室から出てきたミーティア中尉を、レイシア少佐は廊下で迎える。

「―――まったく......君というやつは......」

 呆れ気味にレイシア少佐は、頭を抱えながらそう言った。

「あっはっはぁー、すみません少佐ぁ......」

 すごい量の汗でもかいたのか、ミル中尉は疲労した様子を見せる。よほど切迫した状態だったのだろう。

「はぁ、まぁいい。話の続きをしよう......場所をプライベートハウスに移すぞ」

 レイシア少佐は略帽を軽く手直ししながら、そう言って廊下を歩きだす。

「あっ、はい!」

 それにミーティア中尉は慌てて彼女の後ろへと続いた。

 レイシア少佐等はやがて議会館を出ると、イニシエーター協会管轄区の兵舎エリアへと訪れる。そこには数多の独立機動部隊等が身を寄せるプライベートハウスエリアが存在し、規模に応じたプライベートハウスが割り当てられる。概ね、共和国中央セクターにおける拠点のような場所であり、この場所を通じて協会や共和国軍は独立機動部隊に様々な要請を行い、兵站関係の支援物資も指定がない限りここへと運び込まれる。

 レイシア隊に割り当てられている比較的中規模サイズなプライベートハウスに、レイシア少佐とミーティア中尉は帰還すると、リビングには普段通りにだらしなくソファーに横たわるレフティアの姿がそこにあった。

「お、帰ってきた帰ってきた~やっほー!ミルちゃんとレイシアァ~~~」

 レフティアはソファーから大きく身を乗り出すようにして手を振りながら二人を迎える。

「なんだ、急に議会館から居なくなったと思えばここに戻っていたのか、どうりでこのハウスから怪訝な粒子の乱れが感じ取れるわけだ」

 レイシア少佐はそう言いながら上着のコートを脱ぎ、近くのポールハンガーにそれを掛けると、レフティアの座るソファーから低いテーブルを挟んだ向かい側の席へと腰を掛けた。

「まぁね~、私のワクワク感が伝染しちゃってたか~。まぁちょっと野暮用を済ませてからここに帰ってきたんだけど、多分レイシア達もくると思ったから、先にここで待ってたわよー」

「ワクワク......ですか?」

 ミーティア中尉はそう言いながら、リビングに訪れてから特に着崩すこともなく、背筋を伸ばしながら姿勢正しくレイシア少佐の隣へと座った。

「そっ、ワクワク。ワクワク任務だよ~。さてミーティア・ミル・クォーラム中尉。君に重大な任務を言い渡します‼」

 レフティアは調子づいたような大きな声をあげながら、人差し指を天井に向けて決めポーズを取りながらそう言い放った。

「はっ、はい!なんでしょうか⁉」

 ミーティア中尉はその威勢に思わず気圧され、その場で勢いよく起立してしまう。

「―――これより!帝国領へと潜入し!レオ・フレイムスくんドキドキ救出作戦を実行しま~す!参加メンツは~?私とミルちゃんの二人でーす‼いぇ~い!どんどんどん!ぱふぱふぱふ~!」

 レフティアはそう言ってミーティア中尉を置き去りにするような盛り上がりを見せつける。

「りょ、了解です......その命。謹んで拝命致します」

 ミーティア中尉は少し言葉を詰まらせながら、レフティアに対して敬礼をする。

「......して、作戦期間は如何程なのでしょうか」

 ミーティア中尉は恐る恐るした様子でそうレフティアに問う。

「理想は半年以内、場合によってはそれ以上......かな」

 レフティアの代わりにレイシア少佐がそう答える。

「......半年ですか......戦時下において、しかも協会の支援がない中での潜入任務ってわけですね。これは中々骨が折れそうですね......」

 私は恐れを包み隠すこともせずに、率直な不安を発露する。

「あら?珍しいわね。諜報任務がお得意のミルちゃんがこの手の任務で嫌そうにするなんて、いえ。嫌というよりも、怯えていると言った方がいいのかしら?」

 レフティアは再びソファーへと座り込むと、足を組み直してそうミーティア中尉に鋭い視線でそう指摘する。

「―――えぇ......まぁその、正直に言ってしまいますと。今回の場合って戦時下じゃないですか、そういうのって私初めてですし......。それにレオさんの救出が主な計画なわけですけど、帝国側の思惑を全く把握出来ないまま行くことになると思うので、なんというか。今までに感じたことのない恐怖や懸念のようなものを感じるんです......。協会の助けも受けられないとなると......私......その......すみませんレフティアさん、うまく伝えられそうにありません」

 ミーティア中尉は今その身が感知する恐怖にも似た何かを言い表せるような言葉を持ち合わせてはいなかった。
 その言葉を聞き、レイシア少佐とレフティアは顔を見合わせる。

「―――中尉。無理強いするつもりはない、私とレフティアは貴官の判断を尊重する......だから―――」

「いえ、そうではありません」

 ミーティア中尉はレイシア少佐の言葉を遮った。

「あくまで今の話は指摘に応じて私が率直に感じ取った感情の言語化を試みたまでの事です。ですが、それは私の望みとは異なります、私はレオくんを救いたい。そして、このかつて経験したことのないような任務をやり遂げ、少佐のご期待にお応えしたい。それが私の本懐です。己の体が発する警鐘など、こんなのは私の意思とは反するただの生理的な現象です。任務を拒否する理由足りえません、是非この任務を全うさせていただきたく存じます」

 ミーティア中尉はレイシア少佐の方へと全身を向け、力強くそう言い放った。

 ―――少佐の言葉は、願ってもない言葉のはずだった、今の私は最高に気分が悪い。今にでも辞退したいと心のどこかで本当はそう思っている。なぜなら、明らかにこの状況を取り巻くあらゆる情報は不足しているし、あくまで私の評価された能力というのは、協会や作戦局の強力なバックアップを前提とした立ち回りにおいて、たまたまピースが上手く当てはまってきたというだけの話。
 私は1から100の情報を知るのは得意だが、0から1を知ることは不得意な人間なのだ。見せかけだけの能力しかないことを誰よりも自覚している。ゆえに、特に今回のような事前の情報が不足している任務の場合、私は実際不向きな人材なのだ、しかし、それでも―――。
 私は少佐から承った強力な使命感をも同時に感じ取っていた。
 私は、この任務を遂行できないかもしれない不確かな未来そのものに恐怖している、けれど、任務を受けて失敗する未来よりも。
 できたかもしれない可能性を残したまま、任務を放棄することの方が私にとってが遥かに苦渋な行いだ。私は未来に可能性を残さない恐怖には従わない。故に、任務の拒絶など、最初からありえない。

「―――了解した、ではレフティア。こっちの事はしばらく私に任せるといい」

「おっけー隊長!!じゃあミルちゃん!!今から30時間後に出発するわよー!詳しい作戦内容は移動してるときにね!!」

 レフティアはウキウキとした様子でソファーから勢いよく再び立ち上がると、その衝撃の余波がレイシア少佐達の体に伝わった。

「......そういえば帝国領に行くのは分かったのですが、移動方法は何でしょう?戦時下だとセクターターミナルは恐らく機能しないでしょうし、どのように手配いたしましょうか」

 ミーティア中尉の口からそれを聞いたレフティアは、待ってましたと言わんばかりに彼女向けて指を振る。

「ちっちっち!その必要はな~し、なぜなら既に私が手配したからであります!じゃあここでミルちゃんに問題でーす!どんな時にでも国境渡れちゃう~便利な乗り物ってな~んだ??」

 そんな乗り物があるのかとミーティア中尉は軽く考えて見せると、直ぐに彼女はそのようなことが可能なとある組織の存在について思い出す。

「―――いや、まさか......『センチュリオン・ミリタリア』ですか......!」

「わぉ!大あったりー!!!!!!」

「はぁ......なんとも......レフティアさんらしいお考えです......」

 ミーティア中尉は呆れ気味にも、感心する様子でそう言った。

 センチュリオン・ミリタリア。それは第二級戦術武装を保有することを共和国政府に正式に認可を受けた民間軍事会社であり、他国政府がその働きに免じて国境を越えて活動することを黙認している組織である。主に紛争地帯の救護活動や戦争跡地の遺体捜索など多様な人道的支援を行う企業だ。

「でもレフティアさん......それってちょっとマズすぎるのではないですか?いくらなんでも民間企業を利用するなんて、それにもし、そのことが公にでもなりにしたら部隊の存続所ではないような......」

 レフティアは少々顔が引きつるような表情を作るが、すぐに普段の笑顔に戻る。

「だ、大丈夫よぉ!別に表立って協力するってわけじゃないしー、ていうか私たちが乗り込むこと自体知らないしぃー!」

 ―――まさかとは思ったけど、そのまさか。この人、アポなしで勝手にセンチュリオン・ミリタリアの機体に乗り込むつもりなんだ。

「はぁ、まぁ大体察しはつきます。とりあえず何があっても大抵のことは、レフティアさんが居てくれれば何とかなりそうではあるので心配はいりませんね」

「で、でしょー!!!」

 素直に頼られるのが嬉しかったレフティアは、照れくさそうににそう言った。

「......ということでレイシア少佐、我々もしばらくは別行動、ですね」

「あぁ、しばらく苦労をかける。アウレンツ大佐の件は私の方で一旦引き継ぐ、今回の任務に全力で事に当たってほしい。レオ・フレイムスが無事帰還を果たしたのなら、改めて隊の皆でも集めて、迷惑をかけられら腹いせに派手な新人歓迎会で虐めてやるとしよう。それでは諸君。健闘を祈る」

「―――了解!!」
「―――えぇ!もちろん」

 こうして、ミーティア中尉とレフティアはレイシア少佐の元を離れ、潜入任務を実施すべく敵国の地へと赴く事となった。
 









[43110] 特異。
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2023/12/12 06:20
 「―――世界......最強......?ははっ......そんな冗談みたいな話......ある......かよ......」

 レオはアイザックの語った内容を鵜呑みにし、彼女の方へと再び視線を向けると、先ほどまでの彼女から受けていた印象とはまるで異なる像がそこに見え始めた。
 体の闘争本当はいつしか逃走本能へと置き換わる。
 微粒子レベルで感じとれるような、圧倒的な無力感。あのアイザックですら口元を震わすような存在、それが今。
 彼らの前に立ちはだかっている。彼女の意思で、この場の運命、全てが定まる。そんな予感をレオに思わせる。

 彼女はアイザックとレオの一連の会話を経て、怪訝な表情を彼らに示した。
 
「......おっと、なにか怒らせちまったかね......?」

 アイザックは冷や汗を掻きながら様子を疑う様にそう言うと、彼女は一間をおいて深い溜息を吐いた。

「はぁ......、いえ。そういう化け物にでも出くわしたかのような言い草。昔から好かなかったもので。それに、世界最強だなんて......、そんな恥ずかしい呼び名では呼ばれたくありませんでした。いや、ほんとに。どうかお願いですから、私の事は以後『クロナ』とお呼びください」

 クロナはそっぽを向きながらそう言った。

「そうかい......んで、”世界最強のディ”―――」

 アイザックがクロナの言葉に構うことなくそう言いかけた瞬間、テーブルから下げられカウンターに置かれていた珈琲用の小さなカップが、突如。クロナによって予備動作なしに放たれた何かによって勢いよく小皿ごと砕け散る。

「はぁ......あの。私は別にこんな典型的で短期そうな小物がしそうなこと。したいわけじゃないんです......が!?!?!?」

 彼女はそう言いかけてる間に、アイザックの銃型ソレイスによってつかさず一撃の反撃を受ける。アイザックの放った高圧粒子弾はクロナの寸前で障壁に相殺されるかのように打ち消され、その後。アイザックがソレイスを持っていた右側の腕が刹那の瞬間にクロナの放つ自動的なカウンターによって切断される。
 そして、アイザックの右腕は木目の床に転がり落ち、手に持っていた銃型のソレイスは床に衝突すると同時に消失する。
 アイザックは左手で己のその傷口を塞ぎ、大量の血を流しながら苦しんだ様子で座り込んだ。

 クロナはその一連のアイザックの行動を見て、彼のとったその行動の異常性に、思わず我が目を疑う。

(―――え?うそでしょ?なぜ......?コイツ今、私に反撃を......?このタイミングで?なんで......?わたしは......傷つけるつもりなんてなかったのに......)

 クロナはアイザック大佐に対して傷害を与えてしまったことに、呵責に苛まれた。

「―――ちっ、やはりダメか......。いまのは最大出力だったはずなんだがな、傷一つねぇどころか、Sフィールドにすら損傷は......なさそうだな。爪痕を残せず......こりゃお手上げだなぁ。いやぁ、参った参った......」

「ちょ、ちょっとー!!なんでぇ!?なんでいま反撃したんですか!?今のは大佐が明らかにおちょくる様な真似したのが悪いのにぃ‼さいてぇーです!!」

 クライネはそうアイザック大佐に向かって叫んだ。それに対してアイザック大佐は「まぁまぁ」と言いながら事なきを得ようとする。

「......彼女の言う通りです。人をおちょくっといて反撃してくるなんて、本当にいい度胸です。私を前にしてそのような行動出た人物は、無知蒙昧な連中を覗けば貴方が初めてですよ。ですが、貴方のような。仮にも帝国連中の高官が、考えもなしにこのような行動を取るとは考えにくい。様子を見るからに、この中の誰よりも私を知り、恐れる人物が私に攻撃を仕掛けるなど、普通に考えて意味不明。安易な挑発に乗った私も私ですが、貴方の行動にはまるで理解が出来ません、一体どういうおつもりなのですか。アイザック大佐、私と本気で事を構えたいと......?」

 クロナは自らの腕を抑え、儚げな様子でそのように言った。クロナは己の好奇心から取った行動が、彼らに対し余計な警戒心を抱かせてしまったという事について深く自省した。

「お、おい!大丈夫か⁉アイザック⁉」

 目の前で起きた一連の風景に呆気にとられたレオはすぐに意識を戻すと、そういってアイザック大佐の元に駆け寄った。

「あぁ......平気だぁ。この程度の損傷、すぐに治る。いちいち慌てるこたぁない」

 アイザック大佐はそう言って転がり落ちた自らの右腕を左手で拾い上げると、それの切断面同士をくっつけ始めた。
 本当に平気なのかとレオはクライネの方を見るが、彼女に慌てるような様子はなく、むしろ平常の様子だった。それを鑑みるに、このような事態はディスパーダやそれに付き従う者たちにとって日常茶飯事的なものなのだろうと、レオは新たな認識を得る。

「ふぅ......、よし。くっ付いたなぁ」

 アイザック大佐はそういって右腕をぐるぐると振り回す。

「―――では改め、クロナ殿?貴殿の疑問にお答えするとしよう。どの道我々では貴殿を実力でどうこうすることは不可能だ。そこで、本当に我々の敵でないのなら、私が反撃したところで?格上の貴方様が過剰な防衛反応をお示しになることはなだろうと、私目は考えたのですよ。故にこうして、まだ私は貴殿の前で息をすることを許されている。ということは、貴殿に本格的な敵意はないと判断できる。これで我々は、ようやく貴殿が敵対的な存在でないと身をもって知ることが出来た。これで信頼関係が気づけましたなぁークロナ殿」

 アイザック大佐はほくそ笑みながらたそう言い終えると、クロナは大きなため息をつく。

「......なんと愚かなことを......やはり貴方もレイシスの端くれというわけですか。考えや発想、思想そのものがレイシスの持つ負の感情性を彷彿とさせられる。まぁ分かっていた事ですが、あなた方がそういうやり方ばかりをする属性というのはね。だから私は貴方方が嫌いなんですよ......まぁなんにせよ。これで私に敵対心がないことは知ってもらえたとのことで、なによりです。......それと、大佐の腕を損傷させてしまったこと、誠に申し訳ありません。これは私の周囲に展開された、見えない刃である”刃空片”に予め組み込まれた反撃機能のようなもので、思わず発動させてしまったようです。どのような形であれ、私はあなた方の身を傷つけるつもりなどありませんでした。ご容赦を......」

 クロナはそういってアイザック大佐の方に向けて綺麗なお辞儀をする。

「それで......少しは私とお話に付き合ってくれる気にはなったのでしょうか?」

 クロナはそういうと、アイザック大佐は静かに頷いた。するとクロナは目を輝かせるように前のめりになると、レオ達の方へと近づき、近くのテーブル席へと座った。アイザック大佐もそれに付き合うように向かい席と座る。その背後ではクライネが割れたカップと小皿の掃除を粛々と行っていた。

「ずばり......彼をどうしようと考えているんですか?あなた方は」

 クロナはアイザック大佐にそう問うた。

「―――簡潔に言わせてもらえれば、枢騎士評議会......というよりは四大枢爵の連中が、レオの何かしらの特性......『特異性』とやらを軍事転用しようと企んでいるようでな。それを阻止するために俺達は途中で彼を保護した、まぁ現状我々においてはそれ以上の目的を持ち得ていない」

 アイザック大佐はそう語ると、クロナはふむふむと頷く。

「―――俺の、特異性だと?」

 レオはそう疑問を差し挟んだ。

「そうだ。枢爵共が漏洩した作戦データには一部そういう繰り返された記載があったんだが、それ以上の詳細は我々も知らん。解読する前に解析班が全員抹消されたからな。で、お前に何か特殊な素養でもあるのかと最初は思ったが。俺が知る限りではそうでもなさそうなんでな。すまんが特異性とやらの詳細は俺達にも分からん。ただハッキリしているのは、一連の作戦計画が発動してから近衛騎士団『ネクローシス』とかいう連中が陰で蠢き始めた、そいつらに何か関連してるのかもしれんが......」

 そう言ってアイザック大佐は顎に手を当てると、何かを思い出したかのようにクロナの方へと視線を向ける。

「そういえば......あんたはさっき"残滓"がどうのこうのと言っていたな。それはどういう意味だ?言っていたように、ここにはヘラクロリアム感応を阻害する為の設備が備わっているから感じられなくて当然だと思うが......?」

 アイザック大佐にそう言われたクロナは、腕を組んで口を開いた。

「言葉通りの意味ですよ。彼にはヘラクロリアムの"残滓"がない。それは、このカフェに備わった感応阻害機能に関係なく、彼そのものにヘラクロリアムは宿っていないんです」

 それを聞いたアイザック大佐とクライネは驚愕した表情を見せる。

「い、いや。さすがにそれはありえないだろ。それは特異性云々の前にこの星の生命として破綻している。ヘラクロリアムは遍く生命活動の根幹に関わる存在だ。それに俺は尋問枢騎官程ではないにしろ、コイツからは人並みのヘラクロリアムを普通に感じ取れているぞ」

 アイザック大佐はレオの方を親指で指すようにしながらそう言った。

「―――まぁ、貴方方程度の感応能力では表面上からはそうとしか受け取れない事は確かでしょうね。それは仮に尋問枢騎官であっても、恐らく彼から感じ取れる感応には然程差異はない。一般的な覚醒者の感応能力では、彼の真髄。即ち""を特異性"を計る事はできないでしょう、今の彼を正確に言い換えるなら......そう。"生きたふりをした屍"と言ったところでしょうか?」

 クロナは微笑みながらそう言った。

「馬鹿馬鹿しいな......」

 アイザック大佐は思わずそう言葉を漏らす。

「まぁ何を言った所で今の貴方達に理解されるとは思っていません......、見えている世界が違いますから。あっ、別に嫌味などではありませんよ、事実ですから。私は特別感応力に自信があるので。そもそも彼の正体を知りたいのなら、然るべき高度検査設備のある場所でもなければ無理な話ですよ」

 クロナにそう言われたアイザック大佐は、舌打ちをして彼女の言動に反応し、以後黙り込む。
 一連の会話についていけなかったレオは、その隙をついて話題を差し挟む。

「......特異がなんだか知らねぇけどよ。生憎な事に俺は今までの長い傭兵業の間、自分に特別な何かを感じたことはなかったぞ?そんなに秘められた何かがあるってんなら、あんた達覚醒者みたいにブンブンと武器を振り回したいものだね、それにあんた達みたいに傷の治りが早い訳でもない。救急キットやらの人様の英知の産物がなきゃ、とっくの前にどこかの戦場で死んでたろうし。俺個人としては至って普通の用途不明の人間様だと思うんだけど」

 レオはそう言うと、クロナは「確かに......それを一先ず特異性だとして、奴らは何に利用しようというのか......ふむぅ」と言いながら考え込むように額を下に向ける。

「......とまぁそれはさておいてだ。結局その『ネクローシス』とかいう連中は何なんだ。ヌレイで遭遇した時に同行していた俺の部隊は、奴らとの戦いで相当苦戦させられていたが......」

「―――あぁ、そりゃそうだろうな。我々の調査でも奴らネクローシスは並のレイシスとは常軌を逸した実力を誇ることが分かっている。しかし等級は不明、完全にぽっと出の連中だ。データもなく正体は分からんが、恐らくは何かしらの強化改造を施した元枢騎士辺りだろうと推測している。だが用いるソレイスは完全に特殊でな、当人とソレイスの放つ色相が一致しないどころか、極めて超高圧高密度のネガヘラクロリアムが感知された。我々の世界でこれらが意味する事は、そのソレイスの古さを意味する。そして古ければ古いほどより個体として強固になる。ざっと年代換算にして、最低でも二千年以上も前からそのソレイスが存在してなければありえない代物だ。オールド級を遥かに凌駕しているんだよぉアレらは......」

 アイザック大佐はそう言い終えると、クロナはなにやら険しそうな表情を見せ始める。

「......そのぉ、ネクローシスとかいう奴ら使ってたソレイスって......多分『黒滅の四騎士』の遺物でしょ......こう、かなりおっきい感じの。四種類あるやつ」

 クロナはそう小声気味に言いながら、大剣の素振りをするようなジェスチャーを披露する。

「―――ほぅ?妙だな。なぜ、嘗ての『黒滅の四騎士』の遺物だと貴女は断言できるんだね?」
「いやぁ。それはもう......その遺物は私達の発掘隊が入手したものですもの。それはもう心当たりしかありません」

 それを聞いたアイザックは眉をしかめる。

「......というと?あんた達が奴らに与えたのか?あれを?」

 そう言われたクロナはまさかと言いたげな身振りで否定する。

「いやいや、そうではないですよ......これは情けない話ですが、つい最近。ギリア領域で発掘した遺物が移送中に待ち伏せられていた帝国軍に奪われてしまったのですよ。まさかアレをソレイスとして再起動させるとは......帝国もなかなかやるようですね」
「......いや感心している場合ではないんだがな、あんた達のせいだったか。枢爵共を調子付けさせたのは、おかげで何かをしでかそうと躍起になっておいでだぞうちの御老人方は。何かのピースがハマったかのように国内での動きが活発になりやがったしな。丁度第三共和国への侵攻を始めたのも、ネクローシスが発足されてから直ぐに評議会で枢爵の意向だけで大規模軍事作戦が可決された。もう無茶苦茶だ」

 アイザック大佐は心底呆れたような様子でそうクロナに言葉を放った。

「ちょっと大佐......」

 クライネはアイザック大佐を叱るかのように声を掛けた。

「いえ、まぁ......、そこは我々の不手際です。それについては素直に謝罪致します。そうですね......あまり帝国のいざこざに関与したくないのですが、不干渉のあまりにこのまま帝国が共和国の軍勢に滅ぼされても困りますし、何かしらの対応を我々の方でも検討させて頂きますよ、アイザック大佐」
「へぇ......?あんたが直々に枢爵共を片付けてくれればそれで済む話なんだがなぁ?」
「―――ふふっ、さすがにそれは出来ませんよ。私にも立場というものがあるので、それに......私は争いを好まないので」

 クロナはそう言うと、その場で席から離れた。

「さて、少し長居し過ぎました。ご迷惑をお掛けしてすみませんね、お開きにしましょう。機会があればまたお邪魔させて頂きます、このお店。普通に美味しいので」

 クロナがそういうと、奥側に居たクライネは照れたような様子を見せる。

「あんたみたいな大物、次からはしっかりとアポイントを取って欲しいものだな」

 アイザック大佐はそう言いうと、それを聞いたクロナは鼻で少し笑った後、颯爽と店内から去ろうとする。それをアイザック大佐やレオ達は、固唾を飲んだ様子で彼女を最後まで見送った。






[43110] ツァイトベルンの麓
Name: のんとみれにあ◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/04/15 22:20
 ―――帝国首都ブリュッケン。
その中央区にはレイシス教会の大聖堂が存在する。
レオとクライネは、アイザック大佐から言い渡された任務を引き受け、大聖堂を取り囲むように均等に配置された3つの巨大建造物、その一つの時計台【第一ツァイトベルン時計台】に向けて足を運ぶ。

 その任務とは、時計台内に存在する禁書指定エリアに赴き、アイザック大佐が指定した禁書の電子データを専用チップで抜き取ってくるというものだった。

 ―――レイシス教会。この組織は一般的な呼称として教会という言葉を用いてはいるが、実態としての宗教的な側面は殆ど存在しないと言っても良い。
そこにあるのは力のみを追い求める純粋経典的な信念だ、だが名目上においては国教的な性質を持ち合わせ、他国の国際認識上は実際そうなっている。
 しかし、共和国領内僻地で地方軍閥、企業ばかりを相手にしてきたレオ・フレイムスにとっては、こういった北方方面の一般的知識は完全に蚊帳の外の情報でもあったことから、帝国領でレオ・フレイムスが目にする光景や情報は目新しい新鮮さそのものだった。
 この情報化社会全盛の御時世、本来であれば嫌でも他国情勢関係の話など勝手に目に入ってくるようなものだが、彼がいた辺境の地域では当該区域の検閲関係で知れる情報にも限りがあった。
 まさしくこの地においても、彼は世界の広さ知らない井の中の生き物なのだ。

 ―――たかだか時計台であるはずのこの構造物。なぜそのような建物がこれだけのスケールを誇るのか。理由は、その付属された図書施設にある。この建築物の大半は開架式の図書空間であり、そこは由緒正しき帝国国民で賑わう公共スペースでもあるからだ。特に学院育ちの多いブリュッケンの人間は極めて読書家な気質があり、この場はある種の洒落た娯楽施設とも言え、それ故にこういった施設はどこも人で溢れかえる。その事からもこれだけのスペースが必要なのだ。

 街から時計台に続く道は、時計台を囲むように存在している人工湖を越えるために四方から巨大な架け橋が掛かっている。そしてその橋を渡ろうとするある二人の姿があった。

「―――でっかい橋だな、それに往来も滅茶苦茶多い。あの時計台の麓にテーマパークでもあるってのかぁ?」

 レオは背伸びをしながらそう言って、冷えた白い息を体内で温まった澄んだ空気と共に吐きだす。

「そうですねー、大半は慎ましやかな図書施設なんですけども。この辺りは勤勉な国民の方々が特に多いですからね。こういう休日の日とか、あぁいう場所は特に人気なんですよーあぁさむっ......、あと子連れも多いですね。まぁ大半の子供たちはこの場所にきても本なんて読まずに公共スペースの噴水ではしゃいでいるか、てきとーに敵性国家産マンガでも読んでいますけどねぇー」

「......それって問題ないのかよ?」

「......?敵性国家産マンガのことですか?まぁたしかにあの手のものが子供たちに人気なのが、本来我が国としては面白くない話なのでしょうけど」

「ならなぜ野放しに?」

「......簡単な話ですよ。他の創作物に揺るがされるほどの脆弱な国家の体《てい》ではない。ということを多くの政治家や枢騎士たちが信じているからです。それほどに伝統としての帝国主義を心酔し、同時に文化や知性によって人々が育まれてきた事を共に重んじる。そういうお国柄ってやつなんですよ、元来帝国主義を掲げるためには、自由を重んじるような文化との交流は相性の悪い行為のはずですが、文化や伝統、そして帝国としての理念。その全ての内どれかが欠けても、帝国の望む世界を制する帝国ではなくなってしまう、上の彼らは本気でそう考えている。まったく......愚かな話ですよ」

「......ふーん。なんだか難しい話だ」

 そのような会話を交わすレオとクライネ。濃淡のある黒髪を靡かせ、彼女は両手を口元に当てて息を吐きかけ手を温めた。

「理念......ねぇ......」
「......何か言いたそうですね?」

 余韻のある発言をするレオに対し、クライネは深堀るようにそう言った。

「いや、別に。ただ、そんなに立派な理念を抱えておきながら何故このお国のお偉いさんは戦争をおっぱじめてしまうのかなってね、不思議に思っただけさ」
「......レオさんの疑問はごもっともですね。私達も同じ感想をこの国に対して抱いていますから......」
「ほぅ?」
「......そろそろ目的地に着きますよ」

 何気ないやり取りを終えて橋をしばらく渡った後、時計台のある麓の人工島に数分ほどで辿り着く。入り口はオープンな作りになっており、辺り一面様々な箇所で極彩色のガラスが使われ、そのガラス越しに本棚が陳列している様子や読書を勤しむ人々が窺えるといった開放的な空間となっている。

「思ってたより静かな場所......って訳でもないんだな」

 中央の建物の方へと向かうレオ達の進路の前に、子供たちが駆け巡って進行を一時的に遮る。お堅い図書施設、というよりはまるで憩いの場である公園のような印象をレオ・フレイムスは受ける。

「ところで......なんでアイザックは俺にこの任務を引き受けさせたんだろうか。俺って一応あんたらの保護対象みたいなのなんじゃないの、こんな迂闊に外をうろついてもいいんですかねぇ」
「......さぁ、大佐の事です。何かお考えがあるんでしょう。それに、今の時期のこの辺りは尋問枢騎官の予定巡回航路からも外れていますし、そこまで警戒する事はありませんよ。まぁ......もしかするとただの人手不足で駆り出されてるのかもしれませんけど」
「そ、そうか。そういうもんか」

 クライネは、レオの質問に素っ気なくそう答えると、やがて時計台の中へ入り、中の階段を警備員の目を気にしながら、背筋を伸ばし、由緒ある国民らしさを装って二人はゆっくりと上がっていく。
 やがて上層の方に着くと、下層のようにオープンに陳列していた本棚達は消え、代わりに電子コンソール台が陳列し始めていた。
 窓ガラスもなくなり、日の光が入り込まなくなると、上方の方に進むに連れて、部屋は全体的に暗くなっていく。明らかに読み物をするには最悪の環境である。
 そして気づけば人気は完全に失せはじめ、物静かな空間が広がり始める。

 上層階に辿り着き、奥の方に進むと頑丈なコンソールが付いた両開きドアが現れた。
 しかし上層階に警備員らしき面影が見当たらなかったことから、レオはこの状況に疑心を抱き始める。

(妙だな......、重要な禁書指定エリアのはずなのに、警備員が一人も見張ってないなんてことあるのか?)

 そんな疑問を遮るようにレオはクライネに声を掛けられる。

「―――いいですかレオさん、ここから先は例の禁書指定エリアです。手筈通りお願い致します。入室記録と監視ドローンカメラはこちらで偽装しておきますが、室内を管理しているセキュリティシステムの強制再起動が15分置きにやってきます。その段階で施した偽装工作は一時的に無効化されるので、長居は不可能です。システム改竄ログの形跡が発見されれば、直ぐにでも治安維持部隊が急行してきますので、室内作業はざっと......10分内で済ませてください」
「......あぁ、分かってる。まぁ予め指定してもらってた端末にこれ。ぶっさすだけだしな。なんの難しいことはない。余裕だ」

 レオはそう言いながら渡されていたデータを抽出するための専用チップを懐から取り出す。

 「そうですか、ではやりましょうか。私はこれから管理室に向かいますね」

 クライネはそう言うと、壁に穴をあけるための道具と思われるリペアツールのようなものを鞄から取り出しゴーグルを顔に取りつけた。

「レオさんはここで待って、扉が開くまでの間少し待機しててください。管理室は無人ではありますが、認証を通さなければ入室できないので、ダクト壁に穴をあけてちょっと入ってきます」

 クライネはそう言うと、荷物をまるごと持って元来た道を走って戻っていった。

「そこは物理で解決するんだな......」

 クライネが去ってから約5分後。目前の大門が開かれる。

「よし、やるか」



 ―――門が開かれ、禁書指定エリアの中に入る。
 中はドローンタイプの監視カメラがいくつも浮遊していて、青白く光るデータサーバーと思わしき無機質な物体が大量に陳列していた。
 クライネの話によれば、映像系のセキュリティは偽装されているので、一先ずドローンのことは気にしなく良い。

 更に室内の奥側に進み、この専用チップが刺さりそうな場所を探していると、やがてぽつんと孤立したサーバー管理ターミナルと思わしき機械を見つける。

「分かりやすいな」

 レオはその端末の元へと赴き、すぐにICチップを指定のハブに突き刺した。あとは自動で抽出してくれる。

「楽勝だな」

 ハブに接続させてから約5分が経過しようとした頃、突如クライネから耳元の通信機に緊急回線からの連絡が入った。

「―――ノイズ......?緊急回線?クライネさんか?まだ時間的に余裕はあると思うが」

 レオはそう言うが、すぐにはクライネからの返事がなかった。その間を不思議に思えたレオは、つかさずクライネに呼びかけようとした。だがその時、クライネの声が通信機に入り始める。

「......レオさん、かなりまずいことになりました......」
「......どういうことだ?」
「2つの熱源反応がそちらに向かっています......」

 クライネからそう連絡を受け、携帯していたAEタイプピストルを取り出し、近くのサーバー代に身を隠した後、すぐさま入り口の方を警戒する。

「警備兵か?どうする?始末すればいいのか?」

「......いえ、それは......」

 クライネの歯に衣着せぬ言葉に、レオの脳内では嫌な予感が巡り始める。

「......クライネさん......」

 その通信からしばらく間が空いて、クライネは震え声で返事を返す。

「2つの生態反応は......警備兵などではなく......。枢騎士"レイシス"です......」





























[43110] ツァイトベルン時計台の戦い
Name: のんとみれにあ◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:05
ダグネス・ザラが構えた二本の深紅に輝く刀身は、レオを真っ正面に捉え、そしてそのまま走り込んでくる。

「真っ正面からとはなんて親切な、いい的だぜお嬢さん......!!!」

 レオは真っ正面に突っ込んでくるダグネスに向けて三発の圧縮弾を直線上に放つ、その後の回避行動を予測、回避予測軌道を読みながら着地地点に照準を構える。

「……?。私の回避行動を読んでいるのか。優れた目を持っているようですね、ですが。そんなものではまだ私に届きませんよ」

 初弾に放った三つの弾はダグネスの半径約1.5m以内に近づくと直ちに白煙を上げて消失した、これは当初の見立て通り。
 彼女もまた空間障壁とやらの能力を保有していて、簡単な銃撃はそれで防がれる。
 故に回避行動は取らない。

「だろうな......!じゃあコイツならどうかな!」

 レオは先ほどのもう一人のレイシス、ファルファを開幕一撃で戦闘不能にさせたものと同等の圧縮弾を回避行動予測地点に発射する。
 彼女からすれば銃撃は明後日の方向に突き進んでいるように見える。
 だがこの銃型ソレイスには追跡機能、要するにホーミングがある。少女がそのことに気づかず、このまま障壁頼りにこちらに突っ込んで来てくれれば、死角からの直撃を狙えるはずだ。
 回転を交えた圧縮弾が彼女の横を通り過ぎてから、あからさますぎないホーミング侵入角50付近。ぎりぎり弧を描いて背後をつける。
 その間に、気をこちらに使わせば勝機はある。

「さぁ…このままこい…!」

 ダグネスのヘイトをこちらに集中させるために、銃型ソレイスを直線状に連射する。
 彼女はレオの意のままに直進を続けた、そしてやがて弧を描いて戻ってきた圧縮弾が彼女の背後をついた。

 凄まじい爆風と熱風を前にレオは目を腕でガードした、腕の隙間からダグネスの様子を伺うと、目を疑う光景がそこにあった。

「……はぁ、危ないですね」

 防がれていた、先程のファルファという枢騎士を一撃で屠った一撃を。彼女は進撃を止めはしたものの、全くの無傷だ。
 そして一瞬の瞬きの出来事だった、彼女は視界から消えていた。

 おかしい、微かに漏れた彼女の吐息が背後から聞こえる。レオは死を悟るような、そんな感覚に襲われる。

「まじ……か、おわったか……これ……」

 一息溢れたそんな言葉、それをすぐに押し殺し、すぐさま銃を背後の彼女へと向けた。
 しかし体はある違和感を覚える。そっと下に目を向けると、自分の体が背後から深紅の剣で貫かれていた。それを認識した脳は徐々に痛みを増幅し、やがてレオは激痛に見舞われ声にならない叫び声が空間に鳴り響くと、レオは地面にひれ伏した。

「……ぐうぅ......、くそっ!!!見えなかった……!!!こんなの!!!人の手に負えるわけがない!!!むちゃくちゃだ!!!」

 レオは激痛に苛まれる中、自身への戦闘の敗北と、理不尽なこの世界へ激しい怒りを覚えた。

「……。貴方の怒りは理解できます。だからこそ、貴方はこんな所に最初から来るべきではなかった。己の腕が通用する世界で、留まっていればよかったのに。あぁ、それと。確かにあなたのそれは我々の障壁をいとも簡単に破壊できる代物なのでしょうが、あなたの放ったエネルギー体には脆弱性がありました。まとまりのない力の奔流は流体の際を不安定にさせてあげるだけでバラバラになります。言っておくと、特別に私が強靭な障壁を持っている。という訳ではありません、むしろその強度は他者に劣ります。私のような劣等者がこの世界で生き残る為には、力に頼らない、別の力学で克服し、強者達と渡り合う必要があるのです。アナタ、相手が悪かったですね。私でなければやられていたでしょう。人の身でよくここまでやれたものです。賞賛しますよ、あなたを。……あと、それ。どこかで見たようなソレイスですね……人の身でソレイスを扱っているというのも不思議ですが、なぜそれが貴方のようなところに……?まぁまず、それは置いておきます」

 ダグネスは引き抜いていた剣を莢に収め、そのまま話を続けた。

「お見受けしたところ、あなたはこちら側の戦いに慣れていない。というか何も知らないようですね、それか知らされていないのか?あなたのバックの組織が何者なのかは知りませんが、こんなところに忍びにくる以上は我々に関する知識はあったはずですが……」


 確かに少女の言う通りだ、アイザック達が彼女らの存在を知らなかったわけがない。相対した時の対処法のひとつくらい教えてくれていてもいいはずだ。こんなリスクの高いことを俺にやらせた理由が分からない……、いや。ワザと接触させるように俺をここに仕向けたのか?だとしたら目的はなんなんだ?クライネさんは、このことを知っていたのか......?
 
 はぁ、分からないことだらけだ。俺の意思などまるで関係ない、介在する思惑だけが俺を突き動かしている。まさに傀儡人形か......、俺はただの、そこそこ稼ぐ、はしくれこ傭兵だったんだがなぁ......。

 レオは冷たさで静かに目を閉じると、そのまま意識を失った。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「観察対象レオ・フレイムス。同伴のレイシス一名を戦闘不能にさせるもレイシスロードとの戦闘に敗北。その後意識を消失、その後の反応は見られず。どう致しますか、アイザック大佐」

「……そうか、分かったよクライネちゃん。特別な何かを、彼から観測出来るかと思ったんだけどなぁ……、残念だ。待機ポイントから現場に急行する、レオの死体を回収のち、帰投する」








[43110] ツァイトベルン時計台の戦い②
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:06
「ーーー死にましたか」

 ダグネス・ザラは血に伏したレオに近寄ると、伏せていた上体を上向きになるように蹴り上げる。

「我が同胞に銃口を向けておきながら、呑気な死に様ですね。こんな綺麗な死に方をして、幸運ですよ貴方は」

 ダグネスは莢に収めていた人工ソレイスを片方だけ引き抜き、レオの喉元を捉える。

「来世は、私と出逢わない世界に産まれると良いですね」

 ダグネスが注意深く、確実に。何を警戒したのか、死んでいると判断したはずのそれに、その切っ先でレオの喉元が貫こうとした。しかしそこで、ようやくダグネスはある違和感に気づく。

 ダグネスは先ほど自らのソレイスで貫いたレオの胸部に注視する。

「......?コイツ......急所を貫いた割には、やけに出血が少ない……綺麗すぎる」

 違和感を察したダグネスは、速やかにレオの喉元を貫こうとした。
 だがその時、大門の入口から重い足運びの音が響いてくる。
 ダグネスは振り向くと、そこには見覚えのある男が立っていた。

「ーーーやぁー!ザラちゃんひっさしぶりぃー!大きくなったねぇ」

 そこにはレイシス教会屈指のオールド級であるアイザック大佐の姿があった。
 ダグネスにとって彼は特に思い入れのある仲柄ではなかった故に、フレンドリーな接し方に嫌悪感を抱いた。

「あなたは、たしか……オールドの。そういえば、最近話題になっていましたね。真偽は分かりませんが、帝国を裏切ったのだとか?すると、そこの彼もあなたと関係がありそうですね?彼が使っていた独特の銃型ソレイスは確か……あなたのでしたよね」

 アイザックは『さぁ?』と言わんばかりに両手を横に広げる。

「おぉおぉ。一応そこまでは知っていてはくれたんだねぇ?おじさんは嬉しいなぁ。だけどさぁ?君みたいな小さな女の子を相手に力を振るうのは、気が引けちゃうんだよなぁ。大人しくそこで倒れてる重症のファルファくん連れて今は引いてくれない?」

 そうとぼけたような発言をするアイザックに対し、ダグネスは憤怒にも似たような感情を抱く。

「あまり調子のいいことばっかり言わない方が身のためですよアイザック大佐、現に私は仲間を一人やられていて気が狂いそうな想いなんですよ、それに大佐?あなたこそ私と事を交えるのが怖いんじゃないんですか?」

 挑発じみた発言をアイザックに言い放つ。

「お、威勢がいいねぇ。オールドだからって舐めれちゃこまるよぉ?お嬢さん。しょうがないねぇ、ここは少し分からせるしかありませんな」

 アイザックはそういうと、直ぐに片手を上げる。上方ダクトでアイザックの合図を待っていたクライネがダグネスに向かってAE散弾式スナイパーライフル弾で斉射する。

「これは!?上方に狙撃者!?」

 彼女の気配と銃撃に気づいたダグネスは、後方に高速で後退して狙撃をかわす。
 そして再び人工ソレイスを両手に携え、構える。

「君のスタイルは知っているよ~ザラちゃん。君は近接空間障壁と、絶対知覚を小柄な体を使って自由自在に動き回り、高速接近する刺突剣士だ。防御には手薄いよねぇ、俺みたいなのにはさっきの彼みたいな小手先のテクニックは通用しない。俺のソレイスの障壁破壊能力も知っていれば、今の狙撃も障壁には任せられずによけるしかないよねぇ?」

 本来であれば波長の関係でソレイスは他人には讓渡できず使用できない、本人のみが使えるものが、こうして第三者の手に渡っている辺り、ダグネスは上方に居た狙撃手もまたアイザックの武器を扱えている可能性も捨てきることはできなかった。

「ちっ、厄介な。ブラフだったとしてもあまりに厄介です。あの狙撃手が持っている武器があなたのそれと同等の能力を保有しているとしたら戦術的に私が討たれるのも時間の問題と言ったとこでしょうか」

 ダグネスは思案を巡らせるが、考える暇も与えられることなく、スナイパーからの狙撃の雨を浴び、まともにアイザックに近づけずにいた。

「やはりスナイパーがやっかいですね、先に貴方から始末します」

 ダグネスはサーバー棚を蹴り上げ狙撃手めがけて中高く飛びあげた。

「それはさせないねぇザラちゃん?」

 突如空中のダグネスの目の前にアイザックが現れると、アイザックはその拳を振り下ろす。
 対応できなかったダグネスは展開されていた障壁ごと地面に叩きつけられる。

「うぐぅ......、ソレイスも持たずに私の間合いに近づいてくるとは、思い切りのいいことをする」

「俺を差し置いておけるとでも思ったのかい?つれないねぇ」

 地面に着地したアイザックはつかさずそのままダグネスに目掛けて突っ込む。
 構えられていた右手がストレートにダグネスの腹部目掛けて放たれたが、ダグネスはそれを華麗にくぐり抜けてかわすと、右手に持ったソレイスでアイザックの右手を切り下そうと振りおとす。
 当然それに気づいたアイザックは手は引っ込めぬまま体ごとダグネスに体当たりをした。
 振り下ろすよりも早く体当たりされたダグネスは体制を崩しそのまま吹き飛ばされる。

(ぐっ、まずい!スナイパーの斉射二秒前、体制を戻して回避、そのままアイザックに反撃をする!)

 ダグネスの読み通り、スナイパーのクライネは体制が崩れた瞬間を見逃さなかった。
 三発のAE弾が同時に放たれたが、その弾道を絶対知覚領域で読み取れるダグネスは、狙撃の弾をかわしながらアイザックに接近する。

(未だにアイザックがソレイスを使わないのは、やはり複製して持てているわけではないのか、それとも油断させるための罠ですかね)

 アイザックに間合いを詰めたダグネスは高度な姿勢を繰り広げながら、アイザックの周りを跳ねまわり斬撃を繰り出す。
 アイザックは障壁を展開するも、ダグネスの繰り出す斬撃に圧倒されて生身が傷つけられていく。
 アイザックの展開できる空間障壁はダグネスが常時周囲に展開するものとは違い、部位的な物であるため、斬撃を受け流すので手詰まり、反撃の余地がなかった。

「うぅ、こりゃきついねー......、クライネちゃんもこれじゃあ援護は難しそうだなぁ。しゃーねぇ、使うしかねぇかこりゃ」

 アイザックはついに潜めていたソレイスを片手に生成し、連射射撃で間合いに詰めていたダグネスを追い払う。

「強がり発言ではなかったですか、これは一気に形勢不利になりましたね」

 ダグネスはアイザックから距離を取るがすぐさま斬りかかろうとアイザックにめがけて走り込む。
 アイザックは走り込んできたダグネスに容赦なく撃ち込もうとするが、ダグネスはそれをすり抜け、アイザックに一撃だけ加えるとそのまま大門入口の方向に走り抜けていった。

「アイザック大佐。あなた方が何を企んでいるか知りませんが、次に見かけるようであれば容赦しませんよ」

 ダグネスはそれだけを言い残すと、横たわってたレイシスを速やかに回収し、この場から去っていった。

「はいはい肝に銘じておくよぉ、ったくおっかねぇ。ご老体にはあの手の敵はキツイぜまったく、……クライネちゃんも無理言ってごめんねぇありがとねー」

 天井から垂らされたロープをつたってクライネはアイザック達の下に降りた。

「いえいえ、騙しの通じる相手がどうかは不安でしたが……それより、本当にソレイスを扱えているんですねレオさんは……」

 クライネは横たわっているレオの元へ近づいた。

「……しかもこの傷でほとんど出血はなしですか……。流石に死んだのかと思いましたが......これは気絶、というか寝ているっぽいですね......、傷口は塞がっていないようですし、ヘラクロリオムの再生能力が関与してる訳でもなさそうですが……これ。どういうことなんですか大佐」

 クライネは目の前で起きている現象に、不機嫌そうにそう言い放った。

「……しらねぇーよ、それを調べるためにこいつにこんな事をさせたんだ。とりあえずだ、どういう訳かこいつは特殊な性質を持っていて、それを枢爵連中は何かに使おうとしてんだろ。しらばくコイツは基地の方で預かってドクターに調べさせる。コイツがなんでこんなタフなのかな」

 アイザックはそう言って、レオの体を持ちあげて担ぎ上げる。
 そして、クライネと共にツァイトベルン時計台を後にした。




[43110] レジスタンス
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:06
「―――今回は、まぁ随分と無理な手に出ましたね、たぁいさ」

 時計台の一件を終えたアイザックとクライネは隠れ蓑であるカフェテリアに戻ると、レオを地下にある救護室に運び込み、彼に最低限の手当てを施した。その後、すぐに声を掛けられる位置で、しばらく様子を伺っていた。

「まぁねー、ていうか。ずっと不機嫌だね〜クライネちゃん」

 アイザックは後悔にも似たような表情でクライネを見る。

「えぇ、まぁ」

「あはは~こりゃしばらくは気軽に話しかけられそうにないねぇ」

 クライネは軽蔑の眼差しで、アイザックの近くにあったカップに自家製のコーヒーを差し入れる。

「ありがとうねぇクライネちゃん、付き合ってくれてさぁー、まっ、とりあえず状況を整理するとしようかね」

 アイザックはそういうと腕に装着されていた端末から、付近の情報がまとまったロードマップのホログラフィックを空間に展開する。

「ーーーうーん、やっぱ当初の想定していたよりかなり深刻なことになってそうなんだよねぇ。一体この"特異点"に関する計画にどこまでの人間が関わっているのか、我々はあまり把握出来ていない。便宜上、そう呼称しているのか。それとも本気でそういう扱いをしているのか。それすら分からない。例のダグネス・ザラ。隊長格のレイシスロード階級の人達にすら、彼の存在は知らされていないみたいだね、あくまでネクローシスに関することまでなのかね」

 アイザックは腕を組み、クライネに手振りで意見を求める素振りをする。

「……ですねぇ、現在彼を指すコードネームには特異点、座標、印。などが確認されていますが、それぞれに勢力が異なっています。ひとつはレイシス教会の中枢、『枢爵』それと指定ファミリアのエターヴですか。彼らに直接的な目的があるとは思えませんし、裏には恐らく彼らを実効支配できる別の組織が関わっているのでしょうけど、そこまでは分かりませんよね。それに最後は......」

「共和国軍。いや、イニシエーター協会か。レオを意図的にこちら側に接触させた張本人達だ。エターヴと枢爵はそれぞれ手は組んでいるようだが……」

 クライネは怪訝そうな表情で、そのワードに反応する。

「まさかイニシエーターとレイシスが......、彼らが裏で手を取り合っていると?」

「いやぁ、流石にそれだけはないと思いたいがね。とすると我々の敵は世界そのものだと言うことになる。まぁそれと、帝国と共和国の開戦したタイミングに合わせて事は動き出し始めた、そもそもネクローシス共がピンポイントで、全員レオの居る前線に出動しているというのも変な話だ。建前上は、強引に推し進めた上位部隊の創設、その批判の緩和剤として新部隊の初披露、実戦投入ということだが、だとしても不自然過ぎるだろう……。枢爵どもは何をしたがっているんだかね、これに関わってる勢力が多すぎて真意がみえてこんのよ」

 アイザックは己に何度か問いかけると、クライネが何かを思い出すかのように口を開く。

「ーーーちょっと早いですが……レジスタンスに戻りましょう大佐。計画を早めるべきではないですか、こうして彼の特異性とやらも垣間見えたことです、彼を使って中枢が何をしたいのかは分かりませんが、きっと恐ろしいことです。明日にでもこの国は枢爵に滅ぼされてしまうかもしれませんよ」

 クライネの提案にアイザックは驚きを露わにするが、一理あると見るや顎に手を当て思案を巡らせた。

「ふむ......、あまり急かすのも良くはないとは思うがな......。彼が今こちらの手にある以上は大きくはでてこないと思うがね?どうやら奴らは目立ちたくないようだしなぁ。それにこれで奴らの動きが大きくなるようなら、それこそ奴らにとってレオの立ち位置というもんが知れるわけだしな」

 アイザックは具体的な知見をクライネに問う。

「確かにそうですが、中枢は既にネクローシスという未知の戦力を手にしています。こうしている今も奴らは着々と精鋭を従えて準備を円滑に整えているはず。その最後のパーツにレオさんが必要なのだとしたら、もはやこうしてもいられませんよ、いま本気で取り返しに来られたら我々だけではどうしようもありません」

 自体を憂慮し重く受け止めているクライネは、言動に不安を漏らしていた。

「ふむ、それはあるかもねぇ……。よし、計画を早めちゃおうかクライネちゃん。レオに関してもこのままここで保護しておくわけにもいかないしねぇ」

「はい、大佐」

 2人の会話が区切りよく終えると、ベットの上に横たわっていたレオの右手がピクリと微動する。


「ここは……」

 状況を理解出来ていないレオはベットの上であたふたと周りを見渡し、アイザックとクライネの存在を確認すると辺りを模索する。

「俺は、たしか……レイシスの少女と戦って……それで……」

 気を失う前の記憶を着々と思い出したレオは、自分の体をみて異様な状態であることに気づくと、クライネ達に向けて視線を飛ばした。

「ーーーあの傷は、致命傷のはずだった……!まず生きていることそのものがおかしい……、あの致命傷をどうやって……?」

 クライネはレオがこちらに視線を飛ばし、状況に誤解を覚えていることを察すると、レオの傍に近寄った。

「レオさん……、あなたにまず言わなければならない事と、謝罪をすべき事が幾つか私達にはあります。まずその傷ですが、私が施したものは応急処置程度のもの、本来致命傷で会った損傷の殆どは、臓器を始めレオさん自身が修復してしまったようなんです」

 クライネが告げた事実に、レオは混迷するが、やがて今まで自分が歩んできた、あまりに都合のいい、上手く行き過ぎていた傭兵人生に照らし合わせていると、直ぐに冷静さを取り戻していった。

「あぁ……、ははっ、なるほどな……、通りでねぇ……」

 その言葉を聞いたクライネは疑問の表情を浮かべる。

「というと、やはり今までに何か心当たりが?その特別な回復力について」

 クライネの問に、レオは静かに頷いた。

「今まで何回か、そういう事はあったんだ、よくあんな状況で俺は生き残れてたなぁってな、あん時の俺には、眠るように記憶がなくて、ちっとも気づかなかった事だが、今となっては全てが繋がったような気分だよ……」

「具体的にはどんな?」

 クライネは、レオの未知の能力の真髄を鑑みえると見るや、調子の上がった様子でレオに話の続きを促そうとするが、レオは『その前に』と言いながらベットから起き上がる。

「俺がそれを語る前に、まずはクライネさん、アイザックのおっさん。あんた達の全てを俺は知りたい、それを教えてくれるなら俺はあんた達に全面協力するぜ」

 アイザックとクライネは、その突然の提案に困惑する様子を見せ、2人が目線を交した。

「それは願ってもない話だが、けどいいのか?薄々勘づいてるとは思うが……」

「……あぁ。もう今更だよ、俺を嵌めたってわけだろ?だが、そんな事はもういい。俺の中では負ったリスクよりも知れた情報が勝ったんだ、俺みたいな奴がなぜ狙われているかね。この、変にタフなこの体が、やつらの目当てなんだろ」

 レオは鋭利な眼光をアイザックに突きつける。

「ほう、やけに踏ん切りがいいな。自分で言うのもアレだけどよ、よく信用しようと思えるな。おまえを試す……いや、殺そうと画策した連中をよ?」

「信用……か、それは少し違うな。敵の敵は味方、ってやつだ。俺の記憶が正しけりゃ、あの少女は俺を本気で殺そうとしていた。しかも並ならぬ実力者だ、そんなやつを前にして、のうのうとここまで連れて帰れるとは思えない。要するに、あんた達もこの国の中で、孤軍さながら、帝国を相手取ってるんだろ?勇ましいことじゃないか。俺はその勇ましさに同調する。そういうことだよ、アイザック」

 アイザックはその言葉に感銘した様子で目を見開いた。

「……ふむ、ガンギマリってわけか。ちょうど君のような人材を、我々。『レジスタンス』は追い求めていたところだよ。その覚悟に私は敬意を示す。我々、レジスタンスの全てを、これから君に開示しよう」





[43110] 抵抗の枢軍者
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:07
「―――レオ・フレイムス。我々の目的、ズバリそれは......」

 アイザックはワザとらしく一息を置いた。

「―――それは......?」
「現帝国政権、及びレイシス教会の滅亡だ」

 アイザックがその言葉を語ると、レオはその事の壮大さに瞳孔を見開く。

「......要するに、この国を滅ぼしたいと......?」

 レオは息を呑むようにそう言った。

「まっ、そういうこったな」

 アイザックはさざ簡単に、そういう返答をする。

「―――それは、なんていうか。崇高な目標だな。だが理解は難しいなアイザック。俺には国に世話になった経験ってのはないから分からねーが、少なくともあんた達は国に仕え、愛国をもってその地位に就いてるわけなんだろ。いいのか、そんなことして。背後には引き入れたもっと沢山の部下や家族がいるだろ」

 レオはそう、鋭い眼光でアイザックに視線を放つ。

「ふっ......だからだよ、このまま教会の我儘を放置していれば、何れ我々が何もしなくても勝手に滅びる。最悪の形でな、だからせめて、我々の手で終わらせてやろうってことなんだよ。だがこれでも、大分手遅れになりつつあるような状況だ。もう既に無謀にも共和国軍相手に戦争をおっぱじめ、もう既に滅亡まで片足を突っ込んでいるような状況だ。そしてそんな状況でも、この戦争を始めた中枢の思惑を把握できていないんだよ、もうやるしかねぇーだろよ。俺達が」

 アイザックは、諦めたように国を亡ぼす道を選んでいた。

「......難しいな。それが愛国心ってやつなのかね」

 レオは俯き、掴み所のない思想に共感できぬままその言葉を冷ややに受け入れる。

「まっ、一先ずそれはいいとして。一応聞いておこうとは思うが、俺の威力検証、あの少女の戦いを経てどこまでわかったんだ?」

 そのことについては、アイザックの背後にいたクライネが口を静かに開く。

「......具体的な事は特にはなにも言えません......。現象だけをみれば、いわゆるディスパーダ生体個体における特有の再生活動だとも言えますが、詳しいことは専用の施設で調べる必要があるかなと。なにせあのレイシス教会の中枢、枢爵達が直属の部隊を運用してまで確保しようとした程です、レオさんの体には他にも何か秘密があるのかもしれません……、あとソレイスのことも」

 クライネは率直にそう答えた。

「そうか、人よりちょっと丈夫......。ということで終わってくれるといいんだけど......。ソレイスに関してもよくわかんねぇしよ。それにしても、いつから俺はそいつらに、知られ、目をつけられていたんだかね......」

 レオはそう返答をすると、寝台から立ち上がった。まるで、体に傷などあったことがないかのように。








[43110] 帝国へ向かう灰色
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:08
「―――ちょっとー!ミルちゃーん!おっそーい!!!」

 日がすっかり沈み込み、人々の活気がすっかり落ち込んだ共和国第七中央ステーション。普段は別区画へ移動するために旧装甲列車や民間航空機が盛んに往来が行われてるが、夜間は交通量が激減するために、環境音がまるで朽ちたように静寂に陥る。
 そんな中、レフティアの茶化したような音色の言葉が、大声でステーション中に鳴り響いていた。
 その声に驚いた僅かな周囲の人々が、何事かと、私服に着替えていたレフティアとミル中尉に視線を集める。

「......ちょ!ちょっとー!レフティアさん!声が!声がデカいですよ......!確かに若干遅刻したのは詫びますけども......!機密行動中なんでしょう......!?」

 ミル中尉はレフティアにそう注意を諭すと、レフティアは自らの口に必死に手を当てる。

「あら!そうね、取り乱していたわ。ごめんなさいねミルちゃん、ついついワクワクしちゃって......」

 レフティアは申し訳なさそうにソワソワと自分の手を絡める。

「ワクワクって......、これから敵地に行くって時になんて浮かれたことを......。それよりも、例のPMCとはちゃんと裏はとれてるんですかー?土壇場交渉とかやめてくだいよぉ?」

「そ、それはさすがにないわよ!ちゃんと事前に連絡してあるっての!さぁ、行きましょ行きましょ」

 合流を終えたクライネとレフティアは、レオ・フレイムス救出作戦を行うべく、帝国領へ向かう民間軍事会社センチュリオン・ミリタリアの輸送機へと、その足を運んでいた。



 レフティアと一歩遅く肩を並べて歩いていたミル中尉は、レフティアにこの作戦についてのとある疑問を問いかけた。

「ところでレフティアさん、よくこんな時に国際PMCの輸送機を手配できましたよね、どういうコネなんですか?」

「え?んーそうね、まぁ昔ちょっと向こう方のお偉いさんの命助けちゃったみたいな感じかな、それ以来は何かあったら連絡くれって言われてたのよね」

 レフティアは少々気分の沈んだ表情を浮かべながらそのことを語った。

「そうなんですね、まぁ何があったのかは聞きませんけど」

「それは、助かるわね。あまり自慢げに語れる話でもなし~」

 レフティアはミル中尉を見て軽い笑みを浮かべると、そのまま搭乗エリアへと向かった。

 共和国第七中央ステーション、帝国との開戦が繰り広げられて以来、多くの地方に滞在していた民間人達が後方へ後方へと疎開していった。
 ヌレイ戦線に配置されていた北部第三ステーションは当初の急襲と呼べるような猛攻によって陥落し、現在は引き下げられた戦線を囲むように第四、第五、第六ステーションが前哨基地として機能している。
 ここ、第七ステーションでは既に民間の大移動は落ち着きを迎え、現在のステーション内の大多数の人間は軍関係者や勤務者に限られていた。
 代わりに、後方から送られてくる補給物資を前線に送り届けるための兵站機能、その中間地点の総合的な役割を担い、大量の物資を最前線に運ぶべく多数の民間仕様の装甲列車、数多のガンシップが日夜往来していた。
 その姿で埋め尽くされる夜の空景色は、ある種の人工的な流星のようでもあった。

「民間人の避難が終わっても、ここは夜も騒がしいままよね。嫌いじゃないけど」

 予定地の搭乗エリアに向かう途中、レフティアは装甲列車に積み荷作業を行う作業員達を横目で見流す。

「......まぁ、そうですね。前線維持には何よりも大事な補給を担っているわけですからね、手を休めている暇などないのでしょう。非番の方々も駆り出されていると聞きます。彼らには頭が上がらないですね」

 ミル中尉の言葉を片耳に入れると、作業場から視線を放した。

「戦争って、良くないわねーほんと。戦うのは、私たちみたいな人外だけで十分だわ」

 レフティアのその呟きは、哀しみを帯びながらミル中尉に放たれた。

「それは......、違うと思います」

 ミル中尉の言葉に、思わずレフティアはその足を止める。ミル中尉に向けられたその視線は、真意を問う眼差しであった。
 ミル中尉はその眼差しに少々動揺するも、すぐに平静を取り戻す。

「わ、私は......、事の責任を、あなた達だけに背負わせたくありません、多分それはこの国が成り立ってから今に至るまで、多くの人間が平和を願い、一丸となって見届けてきたんだと思います......。いくらレフティアさん達がどんなに強くたって、レフティアさん達に守られなければ何もできないほど人間は弱いわけじゃない......、とか思っちゃったりします......、だからもう少し、私たち、ただの人間も少しは頼って欲しいです」

 レフティアはミル中尉の言葉に一驚するも、笑みを浮かべる。

「あら、ミルちゃん。そんなことが言える子だったとは思わなかったわ!関心よ関心、たしかにあなたの言う通りね!私たちは、なにもかもを背負い過ぎたのよ、その言葉......」

 ミル中尉は安堵の表情で再び歩き出した。

「デュナミスの連中に聞かせてやりたいわね......」

 一間を空けて、レフティアは小声で囁く。

「今なんか言いましたか?」

「いいえ!さぁ行くわよ、予定の搭乗エリアはもうすぐそこよ」

 ミル中尉はレフティアの最後の言葉に特に気を止めることなく、先に駆け出したレフティアの後を追った。



 予定の搭乗エリアに着くと、二人の目の前には航空機まるまる一機納まりそうな隔壁と、一人の作業服を着た人影があった。

「あの人が、そうですかね......?服がぴちぴちですけど......」

「きっと間違いないわね、あのマッチョよ」

 二人はその人影に近づくと、その人影はこちらを見るや軽く会釈をする。

「―――聞いてた通り、"べっぴんなお嬢さん"二人だな?待ってたぜあんたらをよ」

 口を開き作業服を着たその男は、格好はステーションの作業員そのものではあるものの、その男の体つきが明らかに先ほど見た作業員達とは風格を逸していた。

「あら、お目が高いじゃない?おじさん?」
「いや、ただの合言葉なんだが......」

「でっ、あなたがミリタリアの回し者ってわけね?その作業服、カモフラにしてはあなたには随分無理がありそうよ?」

 即席で用意したのか、その男の作業服は明らかにサイズが体格と一致しておらず、ぴちぴちに張り詰めていた。

「あーん?そうかねぇ、体にぴっちりしてるのがいいんだがなぁ!」

「おっとっと、あえてそれを着ていたというわけね......同類なのかしら」
「はっ、はぁ」

 ピチピチのその男は一通りのやりとりを終えると、二人を隔壁に手招く。

「さーて、仕事の話だァ!あんたらを帝国を連れていく機体はこの中だぁ、あくまでこの機体は輸送機って体だ、座席はねぇから尻を痛めんようになぁ!ガッハッハッ!」

 ミル中尉は思わず自らのお尻に手を当てる。

「クッション持ってくればよかった......」

 二人は手招かれたまま、隔壁の側面に立つと中へ入るための出入口が姿を現す。中に入ると、そこにはセンチュリオン・ミリタリア社の国際輸送機が格納されていた。

「んーで、フリーパスのこいつに乗って行くのはいいが、契約によれば到着先の保証まではされてない用だがァ、これは何かの間違いでもないよなァ?いくらコイツでも貨物検査位は受けるぞ?厳重のやつな。どうするつもだ~アンタらは?」

 多国籍企業センチュリオン・ミリタリア社の輸送機は、人道上の救護活動や遺体捜索をするに辺り、その活動を認め円滑に行われるために、帝国は黙認ではあるもののフリーパスで一部の国境を渡ることのできる権利をミリタリア社に与えている。しかし、円滑に行われていたのは戦前までの話であり、この戦時下では状況は異なる。
 いくら人道的支援活動の為とはいえ、国を唯一安全に行き来出来るミリタリア社の輸送機は、厳重な保安検査の対象である。如何なる輸送機も国境検査を避けることは出来ない。

「それについてはノーコメントよ、上手くやるわ。当然あなた達にも迷惑は掛からない」

「だといいけどよォ、もしなんかあったら機密とはいえ、関わってる以上は干されるのは明白なんだァ、くれぐれもヘマはしないでくれよォ」

「もちろんです!」

 具体的な手段を知らされていないミル中尉が自信満々に答えた。



 レフティアとミル中尉が先に搭乗し、最後に作業服を着た男が乗ると機体のハッチを内側から閉め始めた。

「あなたも来るのね。そういえば、あなたの名前はなんていうのかしら?」

 レフティアは作業服の男に名前を聞くと、長い髪を纏めそのまま機体の地べたに腰を下ろした。

「俺か?俺はブルズアイだ、短い旅だがよろしくなお嬢さん方」

「へー、ブルズアイさん?よろしくね。私はーーー」

 レフティアが名前を語ろうとすると、ブルズアイは『待った待った』と手を振る。

「いざって時の事を考えるとよォ、知らない方がいいってやつじゃねぇかい?名前は教えてもらわんくていいぜェ、俺はそんなに口が堅いタイプじゃねぇんだ」

 レフティアはそう言われると、ミル中尉共に語ることはなかった。

「それもそうね、あなたも護衛監視役に選ばれただけのミリタリア社の社員さんだものね」

「そういうこったァ」

 レフティア達を乗せたミリタリア社の輸送機は、しばらくして格納庫から出ると、離陸レーンの順番待ちに誘導され、輸送航空団の隊列からは外れた軍用ガンシップのレーンに回されていた。

「ブルズアイ殿!ちょっと操縦室に来てもらえませんかー!」

 機内アナウンスを通してブルズアイは、ミリタリア社のパイロットに呼び出された。

「おぉ、なんだァ。なんかトラブルかねェ」

 そう言いながら地べたから立つと、ブルズアイは操縦室へ向かった。すると、微振動していた機内は静まり返る。

「―――何か、嫌な予感がしますね」

 ミル中尉は懸念を呈すると、レフティアの様子を伺った。

「えぇ、妙に外が殺気立っているわ」

「何かあったんでしょうか?」

「そうね。この補給線を止めるという事は、よっぽどの事だし」

 レフティアは『ヨイショ』と立ち上がると、ブルズアイが向かった操縦室に足を運ぶ。
 ミル中尉もそれにレフティアに続き地べたから立ち上がった。

「機体が止まってるようだけど、なにかあったの?」

 操縦室に入ったレフティアはブルズアイと二人のパイロットに声を掛ける。

「おぉ、ちょうど呼ぼうと思ってたとこだぜェ。つい数分前この事だ、秘匿通信でこの機体は管制から停止勧告を受けている。それと前の機体を見ろぉ、本来であれば俺らは輸送航空団に紛れて離陸するはずなんだが、軍のガンシップが並んでやがる、後ろもだぁ」

「まさか、包囲されている......?」

 ミル中尉は不穏な表情を浮かべると、それはレフティアに伝達した。

「その、まさかっぽいわね......」

 しばらくして前方から武装した集団、警備隊約14名が輸送機に近づいてくるのが操縦室から窺えた。

「前方から国境警備隊が直接保安検査を理由に本機にシグナル、接近してきています。ハッチを開けますか?」

 操縦室のパイロットはブルズアイに指示を仰いだ。

「待て、開けるな。管制と繋げろ」

「いいえ、開けてもらえますかパイロットさん」

 レフティアはブルズアイの言葉を遮りパイロットに話しかける。その横でブルズアイは驚愕する。

「アンタ正気か?調べられりゃ間違いなく全員とっ捕まるぞォ?なんか妙案でもあんのかァ?」

「えぇ、ここは立場の使い所ね」

 レフティアは真っ先に後方のハッチへと向かう。

「えっ、まっ待ってくださいレフティアさん!」

 ミル中尉は思わずレフティアの腕を掴んだ。

「あっごめんなさい。でもやはり先に管制と話をした方がいいんじゃ......?」

 掴んでいた腕を放すと、申し訳なさそうに顔を下に向ける。

「無駄よ、これは国境警備隊の独断先行。直接話をつけるわ、ハッチを開けるようパイロットさんに伝えて」

 レフティアはそういうとミル中尉を置いてハッチから出ていこうとする。

「んん、どうする嬢ちゃん?」

「ハッチ、お願いします。でないと機体に穴が開きますよ」

 ミル中尉の言葉を聞いたブルズアイはパイロットにハッチ解放の指示をする。



 輸送機のハッチが開き、レフティアは完全に開ききった輸送機の後方ハッチ上に威風堂々と仁王立ちをすると、こちらに銃口を向けた武装国境警備隊14名と面と向かって対峙する。

「一体、何用か!!!」

 レフティアは警備隊に向けて、空間に響き渡るような大声でプレッシャーを放つ。









[43110] 帝国へ向かう灰色②
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:08
ーーーレフティアは、こちらに近寄る警備隊に対して、轟くような第一声を浴びせた。その声は瞬く間に周囲の人間の耳を震わせる。

「先に名乗っておくけど、私はレフティア。イニシエーターよ?わーざわざ!こんなとこであたし達の足を止めさせるなんて、いい度胸してるじゃないあなた達、それなりの理由がなければ~?あなた達をまとめて懲戒免職に処すこともできるのよ???」

 レフティアはその挑発めいた口調で、国境警備隊に言葉を投げかける。それを聞いた警備隊達は一瞬戸惑い、お互いの顔を見合わせる仕草をみせるも、警備隊達は直ちに冷静さを取り戻した。
 すると、警備隊長と思わしき人影。周りとは装備や服装の異なる人物が隊列の一歩手前に現れる。

「えぇ、存じておりますレフティア大尉。しかしお言葉ではありますが、なぜこのような民間の貨物機に貴女のような方が搭乗して居られるのでしょう?この貨物機の行く先は、出航リストでは帝国本土に向かうことになっておりますね。しかしレフティア殿、独立機動部隊総会議の決定を、いやはやお忘れではありませんかな?そう、確か貴女はレイシア隊とやらのご所属であったはずですねぇ、臨時解体中の今となっては、評議会の意向を無視して勝手な行動はできますまい?」

 レフティアは言葉を詰まらせるが思慮を巡らせる。

「いいえ、私は特務で帝国に向かうのよ。ましてや部隊とは関係ないわ、いいかしら?この特務は急用を要する案件です、直ちにこの機体に対する拘束状態を解除しなさい。これは上官命令よ?」

 しかしそのレフティアの言葉を持ってしても、警備隊は銃口を向けたままだ。

「ふむ、いけませんなぁレフティア大尉。いくら上官命令といえど、我々も仕事ですので」

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 一方、ミル中尉とブルズアイはレフティアを貨物室の中から静観していた。

「これはマズいことになりましたね......、あのレフティアさんの前でも堂々としてるし、一体この輸送機の何を悟られたのでしょうか?」

 ミル中尉は震え声でうずくまるような姿勢を取っていた。

「あーん?というか何でもいいがこれって俺たち面倒ごとに巻き込まれてるじゃねーかよ、約束と違うじゃねぇか!がっはっは!」

「ははっ、全く冗談じゃねぇよな......」

 ブルズアイの笑い声に、同じく静観していたパイロット二名は思わず苦笑する。

「と、とにかく!ここはレフティアさんが上手く切り抜けてくれるはずです。信じましょう」

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 包囲網を形成していた警備隊は、武器を向けながらレフティアへ徐々に距離を詰めていく。
 彼らには、元からレフティアの話を聞く気など更々なかったようだ。

(まずったわねぇ......もう......こればっかりは仕方ないか......)

 数人の警備隊はレフティアをすり抜け、輸送機内へと入り込んでいく。やがて警備隊は無抵抗のミル中尉とミリタリア社のパイロット二名、護衛監視役のブルズアイを機外に連れ出し、拘束した。

「レフティアさん......」

 ミル中尉がレフティアに助けを求めるような音色で、彼女の名を呼んだ。
 やがて残りの警備隊はレフティアを包囲し、拘束しようとする。
 すると、突如。レフティアは己のソレイスを発現させた。それを見る周りの者たちは、その余りに美しい刀剣の有り様、その一瞬の間。見惚れていた。近接格闘戦闘を主体とするような武器が、彼方の昔に人間の世界から廃れた頃から、その美しさや眩しさに、今となっては慣れた者は少なかった。

「ごめんなさいね部隊の皆さん、恨むなら。あなた達の上司を恨んでね」

 ソレイスを携えたレフティアは、均一な弧を描くように、その場で体をくねらせる。
 気づけば、白く輝きを放っていたはずのソレイスは、深紅に染まり、レフティアの周りには、無惨に儚く散りゆくように数人の警備隊が地に伏せていった。

「な、なっ......!?しょっ、正気かッ!貴様!!!」

 先ほどからレフティアと問答を繰り返していた国境警備隊隊長は、このあまりの事態に膝をふるわせて、腰に携帯していた拳銃をレフティアに突き出すように向ける。

「き、貴様ッ!気は確かなのか!!!各員、対ディスパーダ戦闘用意!!!」

 その掛け声が放たれると、ミル中尉等を拘束していた警備隊はその場を離れ、前方の警備隊と合流。
 警備隊はレフティアに対し一定間隔で距離を取りながら陣形を組み始める。

「対ディスパーダ戦闘......?あら、貴方方。ディスパーダとの戦闘経験はないのかしら」

 警備隊は輸送機を背にするレフティアを、完全包囲すると隊長と思わしき男の指示を待っていた。

「各員、レフティア大尉を無力化せよ!!!」

 警備隊は装備していたAEライフルでレフティアに一斉射撃を開始する。その瞬間、レフティアはわずか一歩で中央位置の警備隊員の間合いに入り込む。
 レフティアは手にしていたソレイスを振り下ろし、後方の数人を巻き込みながら同時に五人の胴体を斬り下ろす。
 側方に三名ずついた警備隊も続けて射撃するが、レフティアの人知の限界を超えた移動速度に照準が追い付かない。
 また一人、また一人、警備員はバラバラに切り刻まれていく。

 気づけば、輸送機の入り口には血の溜池が出来上がっていた。

 壊滅した警備部隊。その中でも、特に事情を知っていそうな、先ほどの問答を繰り返した隊長と思わしき人物を、レフティアはみねうちで仕留めていた。

「……さて、なんでウチらのとこわざわざ目に付けてやってきたのか、説明してもらおうかしら」

 レフティアはその男の髪を掴み、顔を引き寄せると、感情を剥き出しにしたような形相で男を尋問する。

「邪魔をした以上は、どっちみち生かさないけど、とっとと答えてくれるなら楽に殺してあげるわよ?」

 男は口から血を吹き出すなり、まともに喋れるような状態ではないようだった。

「あら?手加減ミスったかしら?喋れないなら......」

「まっ、マテ......」

 レフティアがソレイスを振り下ろそうとした瞬間、男は口を開く。

「わ、我々は......誰からの指示もうけていない......、本当、だ......。私は、ただ職務を遂行しただけだ......、保安検査の完全性をタカメルために......、私らの隊は抜き打ちでよく輸送機の検査を、していたんだ......その一環で軍用機に不自然に紛れ込む民間機を見つけたんだ......、そこで出航リストに干渉し離陸時間を遅らせた......、それだけだ......!ホントウに......」

 男は全ての力を捻りだしたかのように経緯を語った。

「ふーん、軍用機のレーンに合流させたのは貴方たちじゃないの? 」

「なっ……ナン…の…ことだ……?」

「……そう、それ以上答えられないなら……」

 レフティアは再びソレイスを振り上げる。

「マッ!まってくれぇ!私には娘がいるんだ......!み、見逃してくれぇ......!たのむぅ!!!」

 男性にしては甲高い声で、その男は最期を感じたのか、必死に命乞いを繰り返す。

「レフティアさん!いくらなんでもやりすぎです!その人も、他の警備の人たちも。同じ共和国の同胞でしょう!!!同じ国を憂う味方のはずです......!その人の命、本当に奪わなければだめですか?」

 ミル中尉は、その男の情を買ってしまったのだ。人として、生まれもって持つ、当たり前の感情、そして慈悲。
 しかし、それをレフティアに求めるには、余りにも無謀で無知な訴えであった。

 ミル中尉の言葉に安堵したのか、先ほどまで喚いていたその男は急に静まり返る。
 レフティアは、ミル中尉の言葉を聞き届けると振り上げていたソレイスを静かに下ろした。

「レフティアさん......!」

 ミル中尉は、レフティアの矛を納めることが出来たのだと、わずかながらの安心感と感嘆な思いを一瞬の間だけ抱いていた。

 すると、ソレイスを納めたレフティアはミル中尉の前に聳え立つかのように立つ。

「ミルちゃん?そんな甘い考えじゃ、大事な人や仲間なんて、すぐ死ぬのよ。特に貴方みたいな人間は」

 そう言ってミル中尉の目の前から去っていくレフティアの影から、先程の男の体が伺えた。
 レフティアが完全に目の前から消え去り、ミル中尉を背後に彼女が輸送機に向かっていくと、ミル中尉の目の前に広がったその光景の残忍さに、腰を地面に落としてしまった。

「どう、して......」

 ミル中尉が涙ぐんだ視線の先には。

 その男の頭部が無くなった肉体が、綺麗に地に朽ちていたのだった。



[43110] レフティアの倫理
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:11
ーーー私はレフティアさんの残虐な一面を、片鱗は見れど、真に受けて見るのは初めてのことだった。
 レフティアさんが手を掛けた彼ら、国境警備隊の皆さんはわが祖国の戦友達であり、共に国を憂う仲間たちのはずだった。
 警備隊総勢十四名の命は、レフティア。たった一人の彼女、その圧倒的かつ生物的強者の手によって、容易く屠られてしまったのだ。
 この世界はどこまで行っても、弱者に残酷なのだと改めて感じざるを得なかった。

 レフティアさんは、手にかける前に先の警備隊の一人に向かって、密かにとある言葉を投げかけていた。

『あなた、センシティブだったのね』

 あの言葉がどういう意味だったのか、当時は分からなかったけど、今思えばある結論に至れることが分かった。
 センシティブというのは内面的なものを指していたのではない、レフティアさん言っていたのは、あの男は直観という形で感じ取れる何れかの器官が、より感度良く機能したのだろうということ。
 要は、嫌な予感の的中率が高い人間なのだと。レフティアさんが曰く、それはヘラクロリアムが関係しているのだと、以前にも私はそういう事を言われたことがあった。
 時にヘラクロリアム粒子は、人間の感情に強く作用し、またその反応を部分的に適合者に匹敵する形で引き起こす。
 今回の場合、ヘラクロリアム適合者であるレフティアさんの接近を、かの男はどういう形でまあれ、感知したと言ったところなのだろうか。
 いずれにせよ、私にはディスパーダという存在に未だ完全な理解を得られていない。
 その感知というものが、どれほどに彼女達にとって根拠を指し示す言葉であるのかを。

 特にレフティアさんという人物に対しては、あらゆる疑念が拭えずにいる。伊達に数百年の時を生きているわけではないのだろう、私はこの人の過去を、そしてディスパーダという存在をより知らなければならないと確信した。

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 十四名の警備隊を殺害した後、こちらの様子を遠くから窺っていた管制塔室内の職員達は慌てふためいていた。

「た、大変だ......!輸送機の確認しにいった警備隊が皆殺しにされたぞ......、ど、どうする......?」

 しがない一般管制官は隣の同僚に判断を促した。

「知らねぇよ!こんな時にぃ!厄介毎は御免だわ、上に連絡だけして後はノータッチだよ、それに仕事がまだまだ山積みだ」

 その管制塔職員の男は直ちにターミナルの離陸シーケンスを再開させようとする。

「まぁ、待て。とりあえず上に連絡いれてから判断を仰ごう......」

 後ろにいた職人が据え置きの電話機に手を掛ける。

「ーーーえぇ、こちら第四管制室。緊急事態発生、不審な輸送機に向かった警備隊が輸送機から現れた人物によって全滅させられた。HQに対応を請う」

 それから数分後に返答が来る。

「ーーーこちら本部、対応を指示する。現時点で追撃部隊の派遣、及びターミナルシークエンス停止は不要。非常事態宣言につき緊急事態条項を適用、離陸した当該する航空機をセーフゾーンにて撃墜する。あとはこちらで引き取る」

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 警備隊の死体を道路の端に寄せ集め、ミル中尉とミリタリア社の傭兵達は再び輸送機内に出戻った。

「結構派手にやった気がするんですが……どうやらシークエンスを再開したみたいですね」

「そのようだなぁ、なんだぁ共和国って国は目の前で仲間が死んでても無視ってのが多いのかねぇ?」

 ブルズアイは最初に座っていた位置に再び立ち戻ると、ミル中尉と同タイミングで座り込んだ。

「まぁ……、今は軍閥の対立が苛烈に増してて、首を突っ込みたくない人も増えている……国内事情というところですかね」

 ミル中尉は、自身から若干の距離を取って機内の地べたに座っているレフティアを見ながら、暗澹の息を吐く。

「んあ、国内事情っつーのはあれだよな?国内紛争がヒドイって話の奴だろん?権威を持て余した老人共が暴走してるだのなんだのってな、俺ら傭兵はよくそれに振り回されてるしなぁ。なるほどな、そう考えるとアイツらの塩対応も納得がいくってわけだ?がっはっは!」

 ブルズアイは呆れる様子もなく大声で笑う。

「えぇ、まぁ概ねその通りですよね。このご時世の中ではいつどこで権力者が絡んでくるのかわかりませんからね、下手なことをすれば地域社会的に抹殺されると。ある程度のポジションに就いた者なら誰でも保守的にもなりますよ、これはあくまで社会的に正しい行為でしかない。こんな状況が共和国家創立以来数百年も続いている......、その結果が、かの『卿国』を産みだしたきっかけでもあるわけですから。強大な共和国連邦制度であるにも関わらず実効的な自治権を握りしめ、腐敗した軍部が......っと、すみません余計なこと喋り過ぎました。つい......」

 思わず関心事に口が回ってしまったミル中尉は、職務に就いてから密かに抱いていた思いが彼の前で溢れ出した。ミル中尉が強く願う理想の世界と、正義感から作り出された想いが露呈する。

「がっはっは!なーに、随分面白い話をしてくれるじゃねぇーか嬢ちゃん、なぁそうだなぁ。正直驚いたぜ、まだ嬢ちゃんみたいな人間がちゃーんと共和国軍にもいるんだなってな!俺たちならず者や国に捨てられた連中にはそんなこと、なーんも分からんが、国が好き、いや。祖国が好きだってのはよく伝わってくる。さて、そろそろ離陸だろうよ、何かに座るか捕まっとけぃ」

 ブルズアイはその場から立ち上がると、レフティアに軽い会釈をしながら前を通り、そのまま操縦室の方へと向かって行った。

「はぁ、ブルズアイさんみたいな人も、意外と世の中には居るんだなぁー。私って、本当に外のこと何も知らない...」

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 前方の軍用機が全て離陸を終え、順番が回り輸送機はいよいよ離陸準備に差し掛かっていた。
 パイロット達は準備に取り掛かる。

「よーし、上がるぞー。管制塔から何か特別な指示は来てるかー?」

 操縦室に入ったブルズアイは、パイロット達に指示を出し始める。

「いえ、今のところは通常のシークエンスを正常に続行中。このまま手順に従い離陸可能です」

「よーし、スロットルを入れて滑走路に侵入しろ」

 輸送機は道路を進行し開けた屋外へ出ると、航空機を射出するためのカタパルトが姿を現し、輸送機はカタパルト上まで移動した。
 すると、突如通信機から管制塔の機会音声のアナウンスが流れ始める。

「機体のカタパルトへの接続を確認---機体認証開始---センチュリオン・ミリタリアCM-1011輸送機を承認---カタパルトシステム正常---推力正常----進路に障害物はありません、発進シークエンスを開始してください」

「こちらCM-1011、発進を開始する」

 パイロットが管制塔のアナウンスに応答すると、機体は急速に発進する。出口付近に差し掛かると、輸送機は正常に離陸した。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「こちら在第七中央ステーション第一航空防衛隊より本部へ伝達、指令概要にあった当該する航空機体がステーションを離陸した。これより指令に従い撃墜に向かう、セーフゾーンにて撃墜するため対領空侵犯措置を適用し、当機はカタパルトの優先権を得たい。オーバー」

「ーーーこちら本部、要請を承認する」


 指令を受けた二機の戦闘機が、ステーションから緊急発進していく。それをステーションの傍らから覗き見ていた一人の人物『レイシア少佐』の姿がそこにはあった。

「やはり飛んでしまったか、友軍機を落とすのは心苦しいが、仕方あるまい。私なりにレフティア達をサポートしてやるか」

 レイシア少佐は手首に装着されたウェアラブルデバイスを、顔付近に持ち上げるとデバイスが起動する。

「レイシア第3プロトコル、コード『ゼロ・ミッション』を発令。当該ゼノフレームをオートパイロットモードで始動運転開始。凍結解除、目標を思念選定、反映後直ちに撃墜」

「ーーー上位検査項目を省略、プロトコル緊急承認」

 レイシア少佐の通信の掛け声と共に、ステーションの倉庫内に保管されていた、長らく運用されることのなかった大金食い虫。埃被りの旧時代の産物、嘗て莫大な運用コストを理由に凍結されていた戦略決戦兵器ゼノフレーム。それは禍々しい超機関エンジン音と共に、蒸気に塗れながら起動した。
 その起動に伴い倉庫のハッチが徐々に自動展開、一体のゼノフレームは倉庫の外へと出る。
 それを目撃した第一管制室は、そのあまりの事態に動揺する。

「......おい!?なんでだ!保管庫からぜ、ゼノフレームが出てきているぞ!!!なにをしている!!!すぐに戻せ!!!」

 第一管制塔の向かい側に、鑑賞目的で作られていたゼノフレーム保管庫から、起動したゼノフレームが自前の武装を展開しながら姿を現す。
 ゼノフレームは元々対空戦闘に特化している機動兵器だ。これに搭載されている二門のAE高射砲は、出撃したばかりの二機の戦闘機を既に自動照準で直ちに捉えていた。
 照準システムがロックオンを完了すると、ゼノフレームは間髪入れずに高射砲を戦闘機に目掛けて連続で射撃する。

 ステーションから離れたばかりの二機の戦闘機達は、背後に気を取られる暇もなく藻屑となって空へ散って逝った。

「……80年前に仕込んでいた起動プロトコルは何とか起動……したか。一先ずはこれで、見えざる力が彼女達に及ぶことを阻止したが……やはりこの一件……、共和国軍内部に協力者がいるとみるか。レオ、君は一体何に目をつけられているんだ」





[43110] 再会の時を望んで
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:11
「……?今なんか爆発音みたいなの聞こえませんでしたか?なんかこう……、近くで機体が撃墜されるような……」

 ミル中尉は激しく揺れる機体の中で、屈む姿勢を取りながら外に耳を傾けていた。

「……あーん?荷物が擦れた音だろうん」

 それに応えた大男のブルズアイは、機体の後方で発進した戦闘機が爆炎を撒き散らしながら墜落していく姿を横目で眺めながら、安堵した様子でそう答えた。

「んー?近くで領空侵犯でもあったのでしょうか」

「……がっはっは!もしかしたらそのまま戦闘機の一機や二機くらい俺達のこと追っかけて来てるかもしれねぇなぁ!!!」

 ブルズアイは冗談交じりの口調で言うと、大声の笑い声を機内に鳴り響かせた。

「え、縁起でもないことを……」

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ミル中尉とレフティアを乗せた民間軍事会社センチュリオン・ミリタリアの輸送機は、無事に帝国への旅路へとついた。
 この輸送機の目的地は、帝国首都ブリュッケンにある多国籍企業オート・パラダイム社が管轄する空港である。

 オート・パラダイム社とは国を股にかける多国籍企業の製薬会社であるが、その技術力の高さから製薬に留まらず、ありとあらゆるIT製品の生産・開発も行う一流の国際大企業だ。

 センチュリオン・ミリタリアとも提携を取っており、国家間を超える医療物資等の物流はセンチュリオン・ミリタリアの持つ最大の側面、条約によって確立された特別非戦闘指定部隊【永計字輸送大隊】を利用している。
 人道支援を主目的とするこの部隊は、条約に加盟しているあらゆる国軍からの干渉を受けることなく、またその活動が保証されている。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーー

(ちょっと、ちょっとだけやりすぎ。だった......かもしれないわね......)

 レフティアは第七セクターで自ら繰り広げた惨劇を思い返していた。

(私が殺害した国境警備隊十四名、計画の邪魔者とはいえど、同じ国に住まう戦友達である事には変わりない、余りに残酷すぎるやり方だったのではないかと。
 きっと彼女、ミルちゃんはそう思っているのでしょうね、でもそれは……とても甘い考え方なのよ。
 不老の肉体を持つ多くのディスパーダにとって、その価値観とはあまりにも剥離している。
 例えば、今まで敵に情けをかけて息の根を止めてこなかったとする、そしたらどう?人の寿命で計り知れない多くの人間が恨みつらみを募らせ、ある一つの執念をもった群衆が誕生する。
 その連鎖が、余りにも長い時を生きるディスパーダにとっては、それはとても恐ろしいものなのよ。私は百年以上前にそれを痛感した、あれ程おぞましい出来事はなかった。力を持たない愚かな群衆が、圧倒的力量差のある敵に向かって突っ込んでくるなんて、それこそ地獄よ。だって、その地獄を作りあげるのは強者としての私自身なのだから。儚き人間を憂い、弱き者を救うために戦っていたはずが、なぜ弱き者をまた大勢殺さなければならないのか。……そんなのは二度と御免なのよ)

 レフティアは離陸してからしばらく、ミル中尉から離れて地べたに座っていたが、ようやくと重い腰を上げ、ミル中尉の方へと静かに足を運ばせた。
 近づいてくるレフティアに、ミル中尉は緊張を隠さずにはいられず、思わず顔を両腕で集めた膝にうずくまらせた。
 パイロット室から離れ、ミル中尉の傍にいたブルズアイは、それを見ると空気を察するようにその場から離れた。

「ねぇ、ミルちゃん。怒ってるの......?」

「どうでしょう、レフティアさんなら分かるんじゃないですか?私の内心のことなんて」

 ミル中尉はその気もないのに、つい嫌気な態度を取る。それは自己正義と背反する結果からなのかは本人も理解してはいなかった。

「ふふっ、そうねぇー。んー、どうやらちょっと嫌われちゃったみたいね。まぁ当然よね、ミルちゃんは何も悪くないもの。すべてはこんなやり方しか知らない、無力なわたしのせい、よね」

「そっ、そんなことは......」

 いつも活気なレフティアが見せる涼しげな態度にミル中尉は思わず戸惑いを露わにする。レフティアがミル中尉の傍に座り、しばらく間を空けるとミル中尉は口を先に開いた。

「あっ、あの。レフティアさんの事が嫌いになったとか、多分そういう事じゃないと思うんです」

 口を開いたミル中尉を、レフティアは何を言われても動じないような儚い眼差しで見つめていた。

「なんというか、その。怖かったんです、多分。私はレフティアさんの過去の事なんて殆ど知らないし、今までレフティアさんが乗り越えてきた試練など私の知るところでないとも思います。
 だからきっとそこには、今までレフティアさんが歩んできたキャリアが、その卓越した価値観を作っているんですよね。
 尊敬します......、私はどうあっても情けをかけてしまうと思いますし、そういう意味では全てレフティアさんが合理的だと思います......」

「あらあら!……何を言われるのかと思いきや、随分大層な言いこなしをしたものねぇ。ふふっ、ミルちゃんが言うほど私は崇高な考え方を持っているわけではないのよ、なんというか。教訓というべきかしらね、私だって怖いのよ人間がね。時にかけた情けが味方を殺す因子になる事もある。私はただそれが本当に嫌だった。ほんとそれだけよ」

「そう、ですか......」

「そうよ」

 レフティアは薄暗い輸送機の貨物室で、ミル中尉にライトアップで照らされた怪しげな微笑みを贈った。

 ―――――――――――――――――――――――――――――

 離陸から数時間後。

「―――当機はまもなく国境線を越えて帝国領空に侵入、約一時間後にはブリュッケンのオート・パラダイム社の空港に着陸します。お二方スタンバイをお願いします」

 突如流れた機内アナウンスを聞き、この機体が、もう帝国のすぐそばまで来ていることをミル中尉は知ると、ある素朴な疑問が思い浮かぶ。

「ところでレフティアさん、帝国に向かってここまで来ているのはいいんですけど、空港に着いたとしてそこからどうやって空港の外に出るんです?いくら条約に保護されている機体とは言っても、さすがに厳重な生体情報の検査は免れないと思いますよ?」

 レフティアはその疑問に対して、きょとんとした表情でミル中尉の方を向く。

「え、そんなの決まってるじゃないの」

 レフティアはおもむろに予め輸送機に仕込んでいたと思われるバッグからゴーグルを二つ取り出した。

「え、そっ、そんなまさか。あ、ありえない!そんなありえない!!!レフティアさん!!!なんですかそれはっ!もしかしてそれって......!?」

「何って、これからエアボーンするんだけど?」

 ミル中尉はその言葉を聞くと、深く絶望したのか泣くように膝を崩した。

「きーてないですよー!そんなのぉー!!!」

 ―――――――――――――――――――――――

 帝国の地より遥か上空の空で、輸送機のハッチが大音量のブザーを大気に響かせながら徐々に開き始めていく。
 隙間から流れ込む大気が、ベルトで強固に固定されている貨物を激しく揺らす。

「じゃあそろそろ行くわよーミルちゃんー?大丈夫だって私も何回か飛んでるし、それに結構たのしいわよ?」

 そう言って彼女は振り返ると、ミル中尉はレフティアの背後で酷く震えながら、何やら泣き喚いていた。

「いやホント勘弁ですマジでマジでマジでしぬしぬしぬぅホントヤバいですって―――」

 手すりに掴みながらそれを見ていたブルズアイは、思わず大声で笑いあげる。

「がっはっは!最後まで面白れぇー嬢ちゃんたちだなぁおい!さぁいったいった、あんま長いしてっと帝国軍の奴らに気づかれんぞー?」

 ブルズアイは、レフティアとミル中尉達に向けて大きく手を振っていた。

「あらぁごめんさいね、もう行くわ。短い間だったけどあなた達には世話になったわ。こんな無茶振りに付き合ってくれてありがとうねー!上司さんにもそう伝えといてねぇー!それじゃあまた、我々に因果の巡りがあらんことを!」

 その言葉を最後に、ついにレフティアはミル中尉の手を取ると、遥か上空の輸送機から同時に飛び降りた。
 その瞬間、ミル中尉のゴーグルの中にはありとあらゆる液体で溢れかえっていた事は、レフティアとミル中尉だけの秘密となった。












[43110] 枢騎士評議会①
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:13
ツァイトベルンの一件を経たレイロードであるダグネス・ザラ。彼女は首都にあるレイシス教会の本拠地。
 アンビュランス要塞へと帰還を果たしていた。
 負傷し入院した自身の部下であるファルファの元へと赴く最中、ある細い影の男が話を慌ただしい様子で彼女に掛けてくる。


「ザラ様!御身にお怪我はありませんでしたか!?」

 騒々しい物言いで声を上げるこの人物は、私が側近に仕えさせる直属部下の一人、ベルゴリオだ。
 見た目は細身だが、過去に何人のもイニシエーターを屠ってきた実力者の一人だ。そして同時に私を年齢と見た目の偏見で見ることのない数少ない理解者でもある。彼らに対しては、私は慣れない上官としての威厳を飾っている。

「あぁ、私は無事だが。それよりファルファが……意識不明の重体だ」

 ベルゴリオはそれを聞くと、あからさまな様相で怪訝な表情をする。

「チッ、あの役立たずが!ザラ様の護衛役でありながら何たる無様を......!やはり私もお供させていただければ良かったのですが......」

「よせ、ファルファは身を呈して私を不意打ちから防いでくれたんだ。責められる言われもなかろう。余り言い過ぎるなよベルゴリオ」

 ベルゴリオのファルファへの不甲斐なさを怒る様は見ていられないので、制することにした。私の言葉を聞いたベルゴリオは彼に対して責める発言を自制するように静かになった。

「……失礼致しましたザラ様......それで例の要請は、やはり誤報……いえ、罠だったと?」

 ベルゴリオは改めて畏まる姿勢を取ると、私と共にファルファの元へと足を運ばせる。

「あぁ、完全にハメられた。あの書庫には最初から一人の男が待ち構えていたんだ、一見すると普通の一般人のように見えたが、ソレイスを持っていた。それでファルファは門を開けた瞬間、眩い光線と共にそれにやられた」

 ベルゴリオは考え込むような仕草で腕を組みローブを羽ばたかせながら顎を上げる。

「ふむ、それはおかしいですな。あの無......じゃなくてファルファには、中距離空間障壁があったはずです。それを一撃で貫いたというのですか?いくらソレイスと言えど、それほどの性能を持ち得たソレイスなど限りがあるでしょう。それに現在は戦時下です、そんな戦力を遊ばせている余裕など、我が軍はもちろんのこと、かの共和国軍にもありませんでしょう?」

 ベルゴリオの疑問は最もだ、ただそんな状況すら納得のしうるモノを私は見てしまったわけだ。

「あぁ、だがあの場にはアイザック大佐が後から駆けつけた。あと奴の部下と思われる女性が一人。それであの男が持っていたソレイス、あれは完全にアイザック大佐の持っていたものと同一のものだ」

 それはありえない、とベルゴリオは言って退けた。

「アイザック……なるほど。オールド級ですか、確かにそれなら破壊力の説明は付くでしょうが、そもそもの原則として、ソレイスは所有者以外の人間には扱えないはずです。ザラ様の扱ってらっしゃる人工ソレイスとは訳が違いますよ?」

「それはもちろん分かっている、だが私の目が確かならば。あれは二つあった......ことになるな、そう。まるで奴がソレイスを複製させたかのようだ......」

 しばらく歩いたベルゴリオと私はファルファの病室にたどり着き、軽くノックをしてから扉を開け、中へと足を静かに運び入れる。
 すると部屋に置かれていた柔らかさとは無縁そうなベッドにファルファは横たわっていた、これは決してレイシスに対する当て付けという訳では無い、身体の形状を記憶しているネガヘラロリアムの再生機関を、柔肌と誤認させない為の措置でもある。

 私たちの存在に気づいたファルファはその場からすぐさまに上体を起こし、足をベッドから出して体を立たせようとしていた。

「よせファルファ、そこで寝ていてくれ」

「―――しっ、しかし......」

 ファルファは申し訳なそうに酷く戸惑うが、再びベッドへと体を下ろした。

「申し開きもございませんぬザラ様、私が不甲斐ない余りに御身に手間を負わすなど......」

 ファルファが酷くうなだれる様子を見たベルゴリオは、嫌悪な視線で何かを言いたげであったが、私が視線で諭すとベルゴリオは顔をゆっくりと下へと向けた。
 再びファルファの方を見ると、酷く体を震えさせていたのが見えた。

「いいんだファルファ、あまり思いつめないでほしい。これは余りにイレギュラーな事態だ。仕方ないだろう、私もこの状況はよく分かってないが。とにかくこの特命の真意を上に伺う必要があるだろう。果たして我々は、ナニにいいように使われたのかをな」

 ファルファは震えは止まり、落ち着きを見せると口を開く。

「はい、ありがとうございます......。それで、上に真意を伺うと申されましたが、私の推察だと今回の件、ネクローシス絡みではないのかと睨んでおります。となると、特命を課したのはやはり......四大枢爵の何れかではないかと……」

 ファルファの推察を聞き、私も最初はそう考えた。枢機士の連中が最近遠方より捉えた重要人物の特異点やら、印やらの複数の呼称ネームを持つ存在を移送中に逃がしたと騒ぎ立てていたが、その特異点とやらが私たちが対峙したあの男なのではないかと軽率だが簡単な推察が立つ。しかし、だからといって奴の捕獲命令なのであれば、何故私たちに赴かせたのか。これが不可解だ。

「ファルファ、お前の推察はもっともに思えるが、それでは余りに疑問に率直すぎる」

 背後にいたベルゴリオは、ファルファに向かって口を開く。

「どういうことだベルゴリオ?」

「そもそも今回のこの特命、四大枢爵の御方々が下したものと限らんだろ?確かに普段からこういった特命は枢機士評議会は介さずに枢爵直々に下される事が多いが、他にも同様の権限を持っているオールドレイシスの線についても十分に考慮せねばならん。こんなに分かりやすいことはない。対峙したアイザック大佐、奴が今回の特命を要請した可能性は極めて高い」

 ベルゴリオの意見にファルファは唸る様子を見せるが、実際私も大方そうだと思っている。
 今回の特命を枢爵と結び付けるにしても、そこには特異点にご熱心であったということでしか私たちは関連性を知らない。

「ふむ、私もこの特命は枢爵が出したものではないと思う。だがアイザック大佐が自らを身が割れるような特命を出して、一体なんのつもりなのかの方が余程分からないのではあるけど」

 確かに特命には現地へ赴けという以外、なんの文言もなかったが。戦闘にならないとは限らないという事はアイザック大佐も重々承知のはずである。

「であるとしても、報告通りであるなら彼が特異点とやらを庇ったのはなぜだ......まさかとは思うが……」

 私の頭にはある一つの回答が得られていた。

「ワザと特異点に私たちを、接触させたのか......?」

 ベルゴリオとファルファは、私の発言に困惑を隠せずにいる。

「しかしそうだとして一体なんの為に......?」

 ベルゴリオは疑問を投げかけてくる。

「噂であった……アイザック大佐が、移送中の特異点を奪った張本人というのは本当なのかもしれません。彼は特異点を使って何か実験をしているのでは......?それで何かの経緯で我々と接触させたなら筋は通る気はしますが」

 ファルファは、ベルゴリオの問いに答えるように返した。

「ともかくだ、これから枢機士評議会が招集される。そこで私たちの仮説が正しいのか探りを入れてみるとしよう。これで何も得られないようなら大佐に直接お会いするまでだ」

 ファルファはとベルゴリオはそれに頷くと、私はベルゴリオを連れて枢機士評議会へと向かった。




[43110] 枢騎士評議会②
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:14
───アンビュランス要塞、回廊にて。
 
───私とベルゴリオは枢機士評議会が定例的に開かれる会場地へと足を運んでいた。
その場所はファルファが居た病棟からはそう遠くはない、ここアンビュランス要塞はレイシス教会の中央拠点でありながら多機能かつ効率的に設計された側面がある、なので大抵の施設内の移動は手短なルートで済ます事ができる。
 大通りの方へ出ると、会場へと向かうレイシスの騎士の人並が一本道で合流されていく。

 聳え立つ門を潜り抜けた先には、長細い円卓状とそれを囲む十二の座席が置かれている。
 その座席に座れるのは、十二のレイシス枢騎士団各々の最高指揮官の地位に就くもの、十二人の枢騎士団長のみである。
 枢騎士評議会はこうして彼らを招集し、皇帝の最高顧問組織として意見を取り決め、皇帝に提示する。
 それが承認されれば、晴れて帝国全体の最高意思決定となる。
 ……のだが、この意思決定プロセスには最近になってとある問題が発生し始めた。
その問題は一部を除く枢騎士団長達にとっても大きな悩みの種でもある。
 それは、第一から第四の枢騎士団の最高指揮官で構成される上位組織、四大枢爵の権威性、その存在が、意思決定プロセスを捻じ曲げてしまっているからだ。

「───これはこれは!幼く、そして美しき第十一枢騎士団の団長殿ではありませんかー?またお会いできて幸栄ですよザラ団長殿」

 円卓。私の席の座り際に話を掛けてきたのはある黒髪の男、彼は第七枢騎士団の団長であるリディックだ。彼は人当たりはいいが、彼の表情には感情の揺らぎが存在しない、偽りの表情で人々を接している真意の読めない男だ。印象としては別に悪い人ではないけども、いちいち接する度に幼いことを強調してくるのはムカつく要素でもある。

「……お久しぶりですねリディック殿、前回の評議会以来ですか。あぁ……噂は聞き及んでいますよ。かのヌレイ戦線、その陥落作戦の先駆けになられたのだとか?」

そう言うと、リディック団長の表情が少し硬くなる。

「───えぇ、まぁ。ですが、私としてはあまり褒められた戦いではなかったのでねぇ。あの戦いでは英雄小隊を死なせてしまったのですからね、あまりいい戦果とは言えませんよ。……おっと、そろそろ始まりますね、ではザラ殿。またの機会に」

 リディック団長は爽やかな笑顔を披露すると、速やかに指定の席へと向かって行った。
 しばらくすると、四大枢爵が円卓の間に物々しい所作で入室する。彼らが着席するのと同時に、遂に名ばかりの協議が開始された。最初の一声はいつも、第一枢騎士団長から始まる。

「栄光ある十二の枢騎士長達よ、招集に応じここに馳せ参じた事にまずは深く感謝する。では早速手始めに、現状の戦況を第七枢騎士団のリディック団長、南部戦線統括総司令官に報告してもらおう、それではリディック団長、報告を頼む」

 そう言われたリディック団長は、速やかに座席から起立する。

「───ご報告致します。我が帝国第七、及び第九、第十枢騎士団の混成師団はヌレイ戦線へ全軍を持って強襲、【陥落作戦】によって共和国戦線は崩壊。その後、アンバラル領セクター1、セクター2まで侵攻し、引き続きそれらを撃滅、主要都市一体を陥落させました。現在はセクター3への侵攻に備えて三個枢騎士団は戦備を整えています。しかし、共和国軍側も第三セクター後方に戦力を集結させており、推定される戦力は約数百個師団規模、恐らくは統合方面軍に総再編するものと見込まれます。更には後方セクターからの後方支援も継続して受けるものと見られ、侵攻する際には史上最大規模の総力戦になるとの戦略会議室からの見方が出ています。各団長に共有すべき報告事項としては、既に既知の事かとは思われますが、先のヌレイ戦線において、【ヒットマンの英雄小隊】は壊滅した為、専属の作戦局は先日解散致しました。これにて私からの報告を終了致します」

 リディック団長は発言を終えると速やかに着席する、今の報告を受けてもこの会議室の雰囲気はあまりいいものとは言えなかった。
 特に、私を含む八人の団長は。

「うむ、ご苦労リディック団長。まずは英雄小隊が壊滅したとの報告、改めて心を痛めるものだ。だが彼らの死は無駄にはしない、我々が新たに創設した皇帝陛下の近衛部隊『ネクローシス』が彼らの仇を討つであろう!」

 帝国軍最高戦力、その第一枢騎士団の団長にして、枢騎士評議会議長の【ガイウォン】がそう言うと他の四大枢爵を除く凡夫な枢騎士による御世辞に塗れた、なんとも間の抜けた拍手が会場内の空間に響き渡った。

「しかし議長、貴殿のご自慢の部隊を持ってしてもさすがに百、いや三百個師団はくだらない途方もない大軍を相手にするのは現実的に不可能でありましょう?共和国連邦議会の連中は、機械軍の脅威に戦力を割く中でこちらの想定を遥かに上回る戦力をこちらに集中させてきて参りました。かの第三セクターをこのまま陥落させる為に、我が軍の戦力をこのまま差し向けるのは、些か不毛というものでしょう」

 そう声を上げたのは第九枢騎士団の団長、イデラだ。彼は議会の中ではいつも反対論者的に立ち回る男だ。

「では、何か代案はあるのかね?イデラ団長。常に良質な議論とは、建設的であるべきだろう?」

 イデラの進言に突っかかったのは第二枢騎士団の団長、四大枢爵のハレク。

「代案ですと?もちろんありますとも。こんな馬鹿げた軍事作戦は直ちに凍結し、前線の枢騎士団を引き揚げさせるのです。かの国の要塞を二つも落とせばそれで十分かと、それで我が方の威光は示せたはず。次は共和国軍の大規模攻勢に備えて戦線を構築し、守りを固めるのが寛容です。ロジスティクスを十分に構築してからまた進撃すればよろしいのです。なにも焦ることないでしょう」

「愚かな、まだそんなことを言うてるのか貴様は!」

 ハレクとイデラの言い合いはしばらくの間続き、そしてあらかた近況の会議がなされると、ある雑談の中で気になる話が飛び掛かった。
それは第三枢騎士団の団長、ゼーブから放たれたものだった。

「───そういえば、最近レナトゥスコードに試みたレイシスが居たとか聞きましたなぁ、アルフォール......でしたかな?さすがあの略奪の嫌疑がかけられているアイザックの旧弟子であるな。なにをしでかすか分かったもんじゃない、それに例の特異点も取り逃がす始末。未熟なやつらよのう」

 アイザック大佐の旧弟子......と。どうやら最近の彼らの間で接敵があったらしいが、話の感じでは四大枢爵の連中には、どうやら私がアイザック大佐とツァイトベルンで会っていることは知られていないようだ。
 それにアイザック大佐が略奪って、もしかして例の特異点の事だろうか......?
やはりそれらが結びつくのか。
 しかしダメだ、決定的な情報が足りない。枢爵が我々の近況を知らないように、彼らもまた私たちとでは十分な情報共有がなされていない、殆ど彼らの独断即決で物事が進んでしまっている故に、管轄外と言えどお互いに知りえない。
 だが今はなかなか、帝国内部はきな臭いことになっているようだ。

 私の隣に座っている女性の第十二枢騎士団団長、レフィーエに私は質問を投げ掛ける。

「レフィーエ団長、少しいいですか?」

「あら、どうしたのザラちゃん?」

 レフィーエは気さくに返事を返す。

「あの、話題に出ていたさっきのアルフォールって名の人物は、その後どうなりましたか?」

「───あぁ。ええとねぇ、彼は確かレナトゥスコードの反動で全治一か月くらいの怪我を負ったらしいわよ?だから今は入院中とかなんじゃない、今は一緒にいたセドリックくんが面倒を見てるんじゃなかったかしらね」

 その時、現場にいたのはアルフォールともう一人、セドリックという人物か。まずはセドリックという人物に接触してアイザック大佐の情報を集めてみるか。

「なるほど、ありがとうございますレフィーエ団長」

「なになに〜お安い御用よ」


 ――――――――――――――――――――――――

 長い会議が終わった、といっても私は殆ど会議に参加していたわけではないが。
 連れのベルゴリオをと共に会場の外へと出た。

「ザラ様、なぜ先ほどの会議で特命の件を伺らなかったのですか?」

 ベルゴリオは外へ出た瞬間に私に疑問を投げた。

「ふむ、話を大人しく聞いてた感じではだが。この特命の事は枢爵達は認知していなさそうだった、それにあの人たちは特異点を奪ったと思われてるアイザック大佐をかなり目の敵にしているようだった。気に食わない連中の為にワザワザこちらから下手に貢献してやるものでもない。それにこれは私の思い込みかもしれないけど、アイザック大佐は私たちをおびき寄せるようにあえて餌を巻いた……気がする」

 ザラの言葉にベルゴリオは動揺する様子を見せる。

「おびき寄せたと......?なんの為に、目的は?」

「さぁ、それは分からない。あの時、特異点の力でも試す為に、実験台に選ばれたと考えるのが自然なのかもしれない。だとしたらかなり癪だけど、今はとにかくセドリックに会いに行く。彼からアイザック大佐に関する情報が得られるかもしれない、ベルゴリオは話題に上がっていたアイザック大佐に関する資料を集めてくれる?」

「承知いたしましたザラ様、直ちに」

 ベルゴリオはそう言うとすぐさまこの場から離れていった、そして私はセドリックという人物に接触するために再び病棟へと足を運んだ。




[43110] 枢騎士評議会③
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:14
───かつてのアイザック大佐の弟子という。アルフォールという人物が入院しているという部屋まで私は足を運ぶ。

 ノックをするが、中からは反応がない。
 一声掛けて恐る恐る扉を開けると、そこにはベッドに横たわる美しい金色の髪をした青年が横たわっていた。
 傍まで近づくが、ピタリとも動く気配がない。まるで死んでいるかのように静かだが、彼の生命反応を示す電子機器の表示系は彼がまだ生きていることを証明している。

「セドリック殿は……いないのですか」

 病室を見渡しても彼の気配はない、聞いた話では彼が介護をしていると聞いたが。
 肝心のアルフォールとは話せそうにないので、出直そうと部屋から出ようとすると外から扉がゆっくり開かれる。
 その扉から入ってきたのはアルフォールとは対照的な見た目をした黒髪の男性だった。その男は私の存在に気づくと、入った手前で立ち止まった。

「―――ん?、その礼服はレイロードお方......?あなた様は……これはダグネス・ザラ様。失礼致しました。なぜ閣下がこのようなところに?」

 そういうと、彼は至って落ち着いた身のこなしでアルフォールの傍に行き、置かれていた五色の花が入った花瓶の手入れをし始めた。

「───突然押しかけて申し訳ありません、少しアルフォール殿かセドリック殿に、あるお話を聞かせて頂きたく参りました。貴殿は、セドリック殿でよろしいですか?」

 黒髪の男は花瓶をもとの位置に戻すと、近くに置かれていた椅子に座り込む。

「はい、そうです」

 セドリックは短く返事を返した。

「セドリック殿、貴方は先日の任務かでアイザック大佐と直接対峙していましたよね?その件について詳しく伺いたく。それは元々彼を追ってのものですか?」

そう聞くと、セドリックは一息置いて話し出す。

「いや、そうじゃないです。俺たちは元々空中強襲揚陸艦の非常勤の艦長補佐で、都市圏巡回中にアンビュランス要塞からある通信が入ってきたんっすよ。それが移送中の重要人物、作戦上の呼称は『印』。それが強奪されたという連絡で、近くに居た俺たちが即応で対応しにいったら、たまたまそこにアイザック大佐がいて、何故か奴を庇っていたというわけです。なんでそんな事をあの人がしてたのかまでは、俺らにも分からんすよ」

 セドリックはまるで何度も同じことを説明してきたかのように、流暢に当時の状況を語ってくれた。

「なるほど、状況はよく分かりました。それを踏まえて少し気になってることが」

「なんです?」

 私は度々、特異点やら印という呼称を聞くたび、呼び名が所々で異なっている事を気になっていた。

「なぜ、その例の特異点やらは印やらと呼び名が異なっているのですか?」

「あぁ、それは彼を探している勢力がそれぞれに別の呼称を用いているってだけですよ。例えば『印』なら、いわゆる卿国の傀儡組織って言われてるエターブの連中がそう呼んでますし、特異点なら主に我々が使っていますしね。まぁ連絡を受けた時は要塞の連中は『印』と呼んでましたけどね、恐らくはエターブ経由の仕入情報だったって事なのでしょうけど、俺たちに命令を与えている指揮系統が異なっているんですよ」

『エターブ』。最近世間を騒がせていた過激武装組織だ、表向きは地域マフィアという事になっているようだが。たしか帝国に潜むかの卿国の傀儡組織だとか、噂程度のそんな話は以前から聞いていたけど、もしそれが本当ならこの案件は卿国絡みの話でもあるということになる。

「傀儡組織の噂、それが本当なら特異点は世界中から追われる身の人物だって事になりますね。世界の勢力が必死に特異点を追い求めてるなんて、何者なんですかね、その特異点というのは......」

「さぁ、俺も分かりませんよそんなこと......」

 セドリックは心底興味なさそうに受け答えると、涼しげな眼差しで横たわるアルフォールに目線を向ける。

「そういえば、彼。アルフォール殿は例の“禁忌術”を?」

 セドリックは静かに頷く。

「───神人へと至る道と言われ、憧れ、焦がれてきたレナトゥスコード。あれを産みだした古代のレイシス達は何とも罪深い、あれができるのは現代でも枢爵達くらいのものです」

 アルフォールの体は、酷く焼けただれたような、皮膚に纏う黒い流体の物質が揺らめき、近づくことすら躊躇する禍々しい装いをしている。
 レナトゥスコードの達成者、すなわち神人化はこれが全身を纏り尽くすというのだから恐ろしい話である。
 原則としてヘラクロリアム適合者であるディスパーダ達は、“古ければ古いほど”より強力な性質を示す事が分かっている。
 しかしそんな中のオールド達でも神人化に至れるのは極わずか、その適格者たるが枢爵達だ。
 ハッキリ言って規格外の存在にしか、お目のかかれぬ領域だ。

「そんな事はアルにも分かってたことっすよ。目先の敵が今の自分では到底敵わないとかそんなことを思ったんでしょうねコイツは、普段からコイツは合理的に判断する奴だったけど、そんなコイツも先生の前では非力なんです......、ただ、それだけの事だったはずなのに」

 セドリックは酷く落ち込むように顔を下に向ける、アルフォール殿と現場に一緒にいた彼もまた同じように、彼が言うようなことを反復するように思っていたことなのだろう。
 これ以上彼達から聞けるようなことは余りなさそうだ。

「ふむ......いや、長居してすみませんでした、そろそろお暇とさせて頂きます。アルフォール殿が目覚めたら、挨拶を申し伝えておいてください。それでは......」

 私は軽い会釈をした後、静かに病室から退室した。

「ふむ、彼らは旧師弟と言えど先の件では特に意図ある接触ではない、と」

 アンビュランス要塞を後にした私は、後のベルゴリオとの待ち合わせ場所であるレイシス教会官邸地区へと向かった。

 ベルゴリオと合流すると、先に彼の方から口が開かれた。

「―――アイザック大佐についてなのですが、大佐は例の強奪事件以来、帝国内では消息を絶たれているようですね。指揮下にあった旅団は現在は運用を停止中、代替の者が来るまで待機しているようではあるのですが......不可解なことにこちらも例の時期と同時期に、旅団構成員も消息が絶たれているようです」

 ベルゴリオから告げられた事実に、私は思わす驚愕する。

「なんだと......!?旅団規模の人員が姿を消したのか?少なくとも五千人はいるぞ......、一体どこに消えたというんだ。外国にでも亡命したのか?」

 ベルゴリオは一息置くと、「それはありえないでしょう」と言って退けた。

「どうやって姿を眩ますにしても、国外にあの規模の人間が移動すれば入国管理局の包囲網にどうあがいても止まります。あまり現実的ではないのですが、恐らくは帝国内のどこかに潜んでいるのではないかと。しかしそんな施設をどうやって用意するのかって話でもありますが」

 ベルゴリオから得られた情報を整理して見えてくることは、アイザック大佐は特異点をも利用し何かを企んでいるのだろうと言う事だ。
 しかもそれは大佐個人だけでなく、旅団......いやそれ以上の規模で進行している。

「大佐は、この非常時にクーデターでも引き起こす気なのか?」

「まぁその気であるなら、むしろこのタイミングの方が都合がいいのかもれませんが......」

 そもそも今回の共和国との開戦は、四大枢爵によって引き起こされたといっても過言でないものだった。
 枢騎士評議会が事前に開かれてたとは言え、反対する我々の意見を押しのけ、四大枢爵達のみで初期の軍事作戦は強行された。
 当然帝国の大半の最高戦力を占有している彼らに敵うはずもなく。
 彼らの言い分はただの一文、ただひたすらに“世界統一の為に”と。このままではいけないという思いは同じだが、しかし......。

「ベルゴリオ、彼らを見つけよう。彼らを見つけて、何を企んでいるのか私も聞きたい」

「それは……本気ですかザラ様?その事が枢爵に知れれば、ザラ様も嫌疑に掛けられるやも分かりませぬぞ」

 ベルゴリオは真摯な眼差しで私に強い目線を注いだ、しかしその目線からはどうにも反抗の意思がないように思えた。彼も心のそこからまるで、私の行いを肯定したいかのように。

「あぁ、やるぞ。だがベルゴリオ。お前や枢騎士団にまで迷惑はかけたくない。もし、重大な決断が迫られるその時が来たら、……どうか私を見捨ててほしい」

 私のその言葉に、ベルゴリオは緩やかに微笑み返す。

「ふふふっ、それはありえないですよ。ダグネス・ザラ様」






[43110] 特異性
Name: のんとみれにあ◆35f2648f ID:00bef74a
Date: 2023/11/28 18:13
「なぁなぁ、これ今どこ向かってんだ?」

 レオはアイザック達と共に、人目の着かない薄暗い裏路地を目的地も分からないまま、都市の中を随分歩き続けていた。

「ん?秘密基地だよ」

 アイザックは一瞬振り向いてそう答える。

「秘密基地?あのおしゃれなカフェテリアは違うのかー?」

「違いますよレオさん、あれは何重にも掛けたダミーの一つです。私たちはこれから本当のアジトに向かうんです。私たち抵抗者の最初で最後の砦に」

 クライネは重々しい物言いで答えた。

 レオはあのカフェテリアでの出来事をふと思い返す、実に短い期間ではあったが色んな人物達と触れ合えたことに新鮮さを覚えていた。
 特に、あの例の訪問者クロナに関してはすごい美人だったのを感動していたのを思い出した。

「じゃあ、あのカフェテリアはどうなるんだ?」

 レオは頭の後ろに腕を組みながら空を見上げる。

「とうぜん廃業だ、廃業。スタッフには悪いけどな、最初はいい計画だと思ったんだがな、どうもレオの入れるコーヒー並みに甘かったらしい。計画が何段階もすっ飛んだよ」

 アイザックはだるそうな口調で言うと大きなため息をつく、レオは苦笑いで返した。


 しばらくの間歩いたレオ達は、首都の中心からかなり離れた大通りの広場まで出ていった。

「レオはクライネちゃんとここで少し待っててくれや、本部連中と少し話してくる」

 アイザックがレオ達を置いて広場から離れていった後、なにやら遠くの方から誰かの綺麗な歌声がここまで聞こえてきていた。

「なんか向こうの方でライブでもやってんのか?」

 歌声が響き渡ってくる方向に視線を向けると、明るい光と人だかりが出来ているのが見えた。

「少し見に行っても?」

 レオが人だかりに指を指す、クライネは指の刺された方向に視線をやると少し驚いたような様子で直視する。

「えぇ、まぁ。私もちょっと気になりましたし付いていきますよ」

 レオとクライネは人だかりが出来ている歌声がやってくる方へと足を運ぶと、中央の小さなステージ上に一人の少女が居るのが見えた。銀色に輝く長い髪と、可憐な体つきを思わず目を凝らして見てしまった。

「彼女は帝国の誇る歌姫、エクイラ様です。あなたもどこかの衛星放送で見たことがあるのでは?彼女の人気は国境を越えていますから」

「あぁ、まぁ確かに。彼女の事は知ってる、こんなところでお目にかかれるとはツイてるな」

 レオは嬉しそうに彼女の方を見ながらそう言った。

「さて、そろそろ戻りましょうか。心配しなくてもまたエクイラ様に生で会えますよ」

「マジでか、まだここらへんでライブしてんのかな」

 レオは先に行ったクライネを追うように振り向いたその瞬間、一瞬だけエクイラと目があったような気がしていた。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――

 アイザックと合流すると、先ほどの広場からそう遠くないある建物の中へと入る。
 中には帝国軍の兵士と思わしき軍服を着た二人の人物が立っていた。

「アイザック大佐、お待ちしておりました。こちらです」

 兵士の手招くままに、従業員用と思われるのエレベーターへと乗せられる。ここがなんの建物なのかは分からないが、確実にアイザックの言っていた秘密基地へと向かっているのだろうと直感した。

 かなり深く下がっていくと、エレベーターはついに止まり扉が開かれた。
 開いた先には通路が続いていて、そこには一人の男性が居た。

「やぁ、諸君。待っていたよ、ようこそ我が最初で最後の砦・対アンビュランス要塞へ」

 その男は両手を大きく広げ歓迎していた。

「おぉ、メイン中佐。久しぶりだなぁ?」

「アイザック大佐、待ちかねてましたよ。それにクライネさんも。そちらの人が例の“特異点”の方ですか?」

 メイン中佐はぐいぐいとこちらへ近づいてくると、俺の体を下から上へと隅々まで見回した。

「あ、あぁ。どうも......ええと......」

「あぁ、すまない!見た感じ普通の青年だと思ってね。おっと、自己紹介が遅れた。私はメイン・オルテ。一応中佐でここの戦闘部の統括係だ、よろしく頼むよレオくん。さて、君に関してだが。君に会いたがっている人物が居るから、是非会ってほしい、主に君の特異性についての事だよ」

 メイン中佐がそういうと、俺は静かに返事をした。

「ありがとうレオくん!それじゃあクライネさんと共に彼の研究室へと向かって欲しい、場所は部下に案内させよう。それとアイザック大佐、メイ・ファンス少将が作戦室でお待ちですので至急向かっていただきたい」

「あぁ、分かってる。すぐに向かう、それじゃレオ、クライネちゃんまた後でな」

 アイザックはメイン中佐共に作戦室へと向かうと、俺たちに会いたがっている人物が居るという研究室へと案内された。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 案内されたエレベーターに乗って地下へと更に潜っていくのが振動で分かった。
 自分の背後にいるクライネに話を掛ける。

「その会いたがっている人物っていうのは、研究室に居る辺り博士とかそんなところか?」

「えぇ、ドクター・メルセデスです。ヘラクロリアムの応用生物工学等を研究なされています。帝国にとって偉大な方です」

「ほう?そんな人がレジスタンスと協力的だとは心強いこったな」

 エレベーターの揺れが止まり扉が開くと、一本の廊下が続いていた。

「さぁこちらです」

 メイン中佐の部下に招かれるままついていくと、廊下続きの正面の部屋の中に入った。

 部屋の中はそれ程広くなく、想像していたものよりは簡易な設備だった。
 部屋の隅の方にはデスクに座って画面を見つめている一人の初老に差し掛かっているであろう男性が居た。

「ドクター・メルセデス。例のお方がお見えになりましたよ」

「おぉ、来たか!どれどれ」

 こちらの存在に気づいたメルセデスはレオに近づくきじろじろと眺めると、なにやら幾つかの機器を持ち運んできた。
 するとすぐさまレオの体に触れようとする。

「ちょ、ちょっと待ってくださいドクター・メルセデス!さすがにいきなりそれは!」

 クライネがメルセデスとの間に割って制止してくれた。

「うーん?話は通してないのかね?」

「えぇまぁ彼はまだドクターの事も詳しくは知りません」

「ふむ、そうかそうかすまないねぇ。では気を取り直して自己紹介?するか。私はメルセデスだ、以上。ではそこのベッドに横になってくれたまえよ」

「おいおいドクター・メルセデスさん、俺を実験動物か何かと勘違いしてんじゃないだろうな?」

「ん?何を言うかね。例を見ない貴重なサンプルでしょうよ」

 メルセデスは両手を使って奇怪な動きを披露する。

「いやぁ参ったこれは、クライネさん大丈夫かー?これ。解体されちゃったりしない?」

「いえ、今日はまだ顔合わせだけの予定です。はぁ、いいですかドクター・メルセデス。確かに我々は貴方に彼の検査と解析を依頼しましたが、くれぐれも丁重にお願い致します。彼に何か施すときは必ず我々を通してくださいいいですか?ドクター・メルセデスいいですね?」

「あぁあぁそれは重々承知のうえよ、大佐の報告の通りなら彼は我々にとって未知の存在。粗末にはしないさぁ、だが我々には時間がなかろう?すぐにでも彼の解析をしたいのだがね?どうだろうかレオ・フレイムスくん?君とて自分の謎と向き合いたいだろーん???」

 またもや奇怪な動きをしながら急接近するメルセデス、レオはあることを確信する。

(あ、この人いわゆる変人なんだろうな)


「あぁ、まぁそれはそうだが。検査って痛くないよな???」

 ――――――――――――――――――――――――――――

 レオは検査室に設置されたカプセル状の入れ物に軽装で入りこむ。

「いやぁレオ君早期検査ありがとねー。調べることはたくさんある早速始めよう!粒子検査照射準備、180秒に設定。各自用意ね」

 メルセデスの指示のもと周りのスタッフはてんやわんやしている。

「あのぉメルセデスさん?痛くないですよねこの検査」

「あぁもちろんまだ痛くないさぁ、まずは君のヘラクロリアム濃度を調べるだけだ」

「ま、まだ?ってそれ痛くなる......」

「照射開始!!!」

 レオの声にかぶせるように号令が出された。

 しばらくすると、メルセデスは感歎の嘆きを空間に響き渡らせる。

「すっばらしい!すごいゼロだゼロ!!!ヘラクロリアム濃度!!!ぜーろぉぱーーーー!!!」

 カプセル内に居るレオはメルセデスの嬉しそうな叫び声に若干の恐怖心を抱く。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

「で、どうだったんですか俺の体は?」

 カプセルから出たレオは軽装から普段着に着替えていた。

「まさしくこれは前代未聞!!!この検査結果のおかげで残りの検査は全て意味を成さない!パーだ!パー!予定は組み直し!素晴らしい!!!」

「はっはっは、ご期待に添えてなによりだ」

 クライネは検査結果を見るためにデスクの画面に顔を近づける。

「そんな......、ありえない。だとしたら彼はどうやって今もこうして生命活動を全うしているのですか......?」

「なんかヘラクロリアムってのが体にないとまずいのか?」

「......ヘラクロリアムと人体はこの世で最も普遍的な共生関係です。ヘラクロリアムを有さない生物などこの世には存在しない、それが常識でした。」

「クライネくんの言うとーーーーり!ヘラクロリアムと生命活動は表裏一体の関係、だと言わているものの実際ヘラクロリアムを有さない生物が発見された事例は確認されておらん。つまり有さない生物は生きては行けないというのが通説になってるわけだ、裏付けにも生命活動を停止した個体からはヘラクロリアムは確認されておらぬ。つまりレオくん、全時代に渡っても君は世紀の大発見というわけだ!」

 メルセデスの周りのスタッフには動揺や感動するもの等様々な感情が渦めいていた。

「なるほど?まぁこの手の話はよく分からないが何やらすごい事になっているというのは分かったよ」

「ところで君、アイザック大佐のソレイス。出せるんだろ?披露してくれたまへ」

「いやあれは借り物だよ。さっき荷物と一緒に置いてきちまったから持ってくるわ」

 席から立ち上がるレオをメルセデスは肩を掴んで引き留める。

「そうではない、“生成”させろと言っている」

「―――一体何を言ってるんだ?生成......?あれは借り物だぞ?」

 肩を掴まれたレオは再び席へと戻る。

「いいや、まずはやってみるといい。君は自分の力の特異性を理解すべきだろう」

「そうは言われても、どうやるんだ?」

「簡単だ簡単、手の平に記憶から呼び起こすだけでよい。あとは周りのヘラクロリアムが勝手に導いてくれる、力の根源は常に己の中にある。ヘラクロリアムが通るためのレールを用意してやるだけでいいのだ、さぁ思い出せ」

 目を閉じると、レオは言われた通りに記憶からアイザックに渡されたソレイスを呼び起こす。すると、呼び覚まされた精神は手の平に形状、質量、温度を再現する。

「これは......」

 目の前の光景にクライネは思わず声を出す。

「素晴らしい......、一体どうなっておるのだ。なぜ周囲のヘラクロリアムは、彼の意思に付き従うのだ......?」

 目を見開いたレオは、眼前で行われる現象に目を疑った。

 レオの手のひらには、アイザックの銃型ソレイスの姿があった。

「これ......俺がやったのか......?」

「えぇ、間違いなく。レオさんがソレイスを生成しました。しかも、アイザック大佐のものをです」

 レオは思い出したかのように席を急に立つ。

「俺がさっき荷物と一緒に置いてきたソレイス!あれはどうなってるんだ!?」

 荷物を置いた場所に掛けたレオはアイザックから借りたソレイスを探し出す。

 すると、レオは恐る恐ると荷物の中からゆっくりと腕を持ちあげる。
 それを見たこの空間に居る全ての人間は、その異様な光景にメルセデスでさえ言葉を失った。

『全く同じ見た目をしたソレイスが......もう一つここにある』








[43110] 不死性
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:17
「───ほぁああああ、これはすごいぃ!すごいなんてものじゃない!レオくん。君の力は他人のソレイスを複製するものだったのか!!!」

 メルセデスは歓喜のあまりに涙を流していた。

「なんだ、そんなに珍しいものなのか?これ」

「あぁあぁ!もちろんだとも!君のような特殊な力を持っている生き物は私が知る限り……君を除き16人程度しか知らん!」

「少ないんだか多いんだか微妙なとこだなそれ......」

 突然、扉の方からノックをする音が聞こえてきた。

「―――博士、エクイラが参りました」

 なんとも上品な聞き覚えのある声質が空間を満たしていった。

「おぉ!きたかエクイラ様。どうぞお入りください」

 あのメルセデスですら一度かしこまるような人物、扉が開きその人物が入ってくる。上品な佇まいに合わせてあまりに美しく金色に輝く長い髪。あまりに端正な顔立ちは、見るものを狂わしてしまうような印象を植え付ける。まさしく、その人物は先ほど地上で垣間見た、あのライブ上で歌声を披露していたあの張本人だった。

「あっ、あなたは......!本当にあの......エクイラ、様......」

 少々照れくささを覚えつつも、人生で初めて人を様付けで呼んだ。

「ふふふ......そんなに畏まらなくても大丈夫ですわレオ様。どうぞエクイラとお呼びください、そういえば先ほどステージに見に来てくださっていましたね、ありがとうございます」

「いえいえそんな。あっ、じゃあエクイラ......さん。えーと、俺の事を知ってるんですか?」

 初々しさが抜けないまま話をつづけた。

「えぇそれはもうちょっとした話題になっていましたから、博士も大層プレゼントを待つ子どものように、レオ様をお待ちしていたのですよ」

 エクイラは口に手を当てながら優しく微笑んだ。

「……ところでエクイラさんは……何故このようなところに?」

レオはそう聞く、代わりにクライネが答える。

「エクイラ様は、レジスタンスの総司令官補佐で居られるのですよ」

 背後にいたクライネが答えた。

「まじか」

クライネの答えに続くように、エクイラは言葉を綴る。

「えぇ、それと私《わたくし》も博士の研究に協力していますの。私の力が少しでもこの組織においてお役に立てればと思いまして」

「へぇ研究に協力を......って力?エクイラさんにも何か特別な体質が?」

「えぇ、それはもう。とてもとても、大変不幸な恩寵なのですわ」

 エクイラは寂しげな眼差しでそれを言った。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 エクイラが実験室へと入っていく様子を傍から見守っていた。

「なぁメルセデス、彼女には一体どんな力があるんだ?もしかしてあんたが言ってた16人のうちの一人なのか?」

「うむ、そうだ。エクイラ様のディスパーダとしての力は、いわば世界との拒絶とでもいうべきか。ディスパーダとしては珍しく一切の攻撃性を有さない、そして原理不明の展開性のある干渉不可領域を限定的に身の回りに常に張り巡らせておる。少なくとも現地点では彼女に対する有効な兵器は存在していないと言えよう。それに兼ねての実験で分かったことだが、エクイラ様に如何様の武器を持たせても彼女の干渉不可領域がそれを使うことを許していないように振る舞うのだ。あの力は何やら意志のようなものを持っていて、かつコントロールができない。更に言えばどうやら、生命維持に必要なエネルギーは彼女の内側だけの世界で完結しているようで、つまりは仮にこの星がなくなろうとも、彼女だけが唯唯一、生きているというわけだ。なんとも、人知を超越するような素晴らしい力であろう?」

 メルセデスは満面の笑みでこちらに顔を向けた。

「……あぁ、まぁ要するに。聞いてる限りでは単純に無敵ってとこか?そんなすげー力なのに、エクイラさんはなんであんなに......、なんというか寂しそうなんだ?」

レオはそう言うと、珍しいメルセデスですは低いテンションで口を開く。

「それはレオ君、後にきみが直接聞いてやるといいだろう。君の噂が広がってからだろうか、なにも君の到着を待ちかねていたのは私だけではない、エクイラ様も同じくそうなのだ。エクイラ様は君に何か可能性を感じておられる、少しだけ寄りそってあげてくれたまへよ」

 メルセデスの語り口調は先ほどまでの狂気に満ちていた面影が消え去り、まるで家族か何かのようにエクイラを大事に思っているような様子だった。

「ところでレオ君、君は自分の不死性と、いわゆるディスパーダの不死性との違い。理解しているかね?」

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 一通りの検診を終えたのか、エクイラが実験室から出てくる。

「それでは、私は今日はこの辺で失礼致しますわ博士。レオ様もこの度はお疲れ様です、レオ様のご協力に総司令官様に代わって感謝の意をここに捧げます。今度機会がありましたら是非レオ様の事について個別にお伺いしたいですわ。それでは」

「あっ、あぁ。こちらこそ……それじゃあ」

 エクイラは最後まで上品な佇まいを崩さずに、何人かの護衛を連れて研究室から退出していった。

「あのエクイラさんから個別のお誘いもらっちゃったよ、やばくねクライネさん?」

「えぇ、ある意味やばいですねレオさん。あまりそう言うことは言い振らすものじゃないですよ、エクイラ様は多くの者に慕われております故、その関係を揺るがすような立ち振る舞いだけはしなようにお願いしますねレオさん」

 クライネは鋭い目つきで釘を刺すような目線をレオに贈る、それを感じ取ったレオは得体のしれない恐怖に襲われる事となった。

「なんだね、急にいちゃいちゃするでないよ。これだからわかもんは……」

 メルセデスは心底あきれた様子で言う。

「ちげぇよ!」
「違いますよ」

 二人は同じタイミングでメルセデスの言葉を否定する。

「あぁあぁ仲がいいね君たちはねぇ、さてさてレオ君さっきの話の続きだがね?改めて聞くが君は自分の不死性が如何様にして特異的であるのか理解しているのかね?」

「―――いや、あんまり」

「ふむ、そうだわな。では簡単に説明してやろう」

 メルセデスはそういうと奥に置かれていた電子ボードを勢いよく引っ張ってくる。
 そこには二人の人間の図が描かれる。

「まず、こっちが君。んでこっちが一般的なディスパーダとして事象を整理して比較する。君は最後に自分が死んだときの事を覚えているかね?」

「───あぁ、それは覚えている。確かツァイトベルン時計台のときの事だろ?あんときに俺はレイロードとか名乗ってた少女に刺されて死んだ、多分」

「だが、当時の君にとってそれは気を失った時と大して差がなかった事なんじゃないかね?」

「……えーと、というと?」

 メルセデスは電子ボードに何やらを書き込むと、そこには一方の人体図の周りに複数の人間を配置し目線代わりの矢印を周囲の人間の頭部から線を引いていた。

「では質問を変えよう、そもそも君は何故自分が死んだと思ったのだね?」

「それは、明らかに致命傷を負ったからと......、いや。というより周りの人間に、お前は死んだと聞かされたからか?」

「その通---り!!!」

 メルセデスは大声で叫ぶ。

「君は死という体験を第三者の観測を経て初めて実感したのだ!でなければ君は実際には死んだと感じなかったかもしれない。そして、君の不死性というのは......死んで初めて自覚できるものだということなんだ!それが他のディスパーダと比べても全く異質であるという点なのだ」

 メルセデスは再び電子ボードに向かい、もう一方の人体図に何やらを書き込む。

「通常ディスパーダの生体というのはね、こうやって人体に損傷を背負うとすぐ様に人体の再生が開始される」

 そういいながら電子ボードでディスパーダの人体損傷を表現する。

「ディスパーダはいわゆる不死性を持つが、重傷を負うと回復が間に合わずに死亡する。特にココ、首を刈り取られてしまっては復活はかなり難しいねぇ、復活するケースもあるが充分なヘラクロリアム濃度がなければ不可能だ。基本的に切断された部位は、近くに切断された先の本体があれば引き寄せるように繋げようとする。余りに遠すぎものは一から新しく作られる、しかしその場合は濃度によってはかなり時間がかかるのだ。そもそも再生が追い付かない場合は、出血過多によって死亡する。これが一般的なディスパーダの死因だわな、生命を維持できないレベルにまで損傷すると再生が止まってしまい、ヘラクロリアムが体内から離散する。要するにだ」

 メルセデスは大きな文字を描くと最後に電子ボードを手で叩きつける。

「ディスパーダは、再生よりも体へのダメージが上まる場合に死亡する!そしてレオ君!君はね、いくら傷ついても《《死なないんだよ》》」






[43110] 不死性②
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:18
「いくら傷ついても死なない......?」

 レオは博士の言葉にピンと来ない様子で首をかしげる。

「そうだ、君は死をもって初めて再生する! まったく異質の構造なのだ。まぁ今はそれだけのことを理解しておれば十分であろう。だがそれだけの事しか分かっていないにしろ、お前さんを枢騎士の連中がどのように利用するつもりだったのか私にもわからんがな。たしかに君は特異的だがその力の性質は殆ど謎。それをあの連中が知っているとも到底思えない、誰かの入れ知恵かもしくは『黒滅の預言書』のいいなりか......」

 博士から放たれる聞きなれない言葉の連なりにレオは頭を抱える。

「はぁ、預言書......?、まったくついていけねぇ。そろそろ終わりにしてもいいか?さすがに疲れたぜ......」

 レオはぐったりした様子で椅子に深くもたれかかる。

「ふむ、まぁよかろう。クライネ、彼を帰してやってくれ」

「分かりましたメルセデス博士、さぁレオさん行きましょうか」

 レオはクライネに連れられては博士の研究室を後にした。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 レオはクライネの後を追うように要塞内の廊下を辿っていた、博士の話を思い返しながら怪訝な表情で静かに歩き続ける。
 クライネと会話一つせずに、気づけばある扉の前にレオは立っていた。

「さぁレオさん、一応ここがレオさんの部屋です。幸運な事にこの部屋は以前までエクイラ様が利用されていた部屋ですよ。よかったですね」

 クライネは冷たい口調と目線でレオに言葉を放つ。

「別にそんな趣味はねぇよ、でもちょっと嬉しいかも」

「キモッ......」

 クライネはより冷淡な目つきでレオを見る。

「ところでクライネさん。あの博士が言ってた預言書? ってのはなんなんだ?」

「───うーん、そうですね。ちょっと散歩でもしながらお話しましょうか」

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 クライネとレオは微妙な距離を置きながら要塞内を巡っていた。

「あんまり閉鎖的なとこが多いから実感がわかないけど、この基地って結構広い感じなのか?あとなんか要塞......にしてはなんというか不格好な内装だよな」

「まぁ規模自体はそこそこ、大体数万人くらいは収容できますね。ここ対アンビュランス要塞はその名の通り、アンビュランス要塞を陥落させる為だけに設計された攻撃要塞で、ここを構成するパーツは本来前線へ送られるはずだった仮設構造物の流用で構成されています。故に見ての通り内装もいびつで機能性も無視されていますしね、閉鎖的な空間が多いのもそのためです」

 レオは廊下内に露出した複雑に絡み合った巨大なケーブルを眺めながら廊下を歩む。しばらく歩くと巨大な窓ガラスが表れ、その向こう側の光景を露わにしていた。

「これは......なんだ?砲台か?」

「あれはAE高射砲です、いまは地下に格納されています」

「すっげぇな......」

 レオとクライネは一通り要塞を巡ると、一息つくようにスタッフルームへ向かう。複数の平凡なデザインで座り心地の悪そうなソファが丸い机を囲むように置かれて、二人はそれに向かい合うように腰を掛けた。

「それじゃあ、本題ですね。預言書の事でしたったけ?」

「あぁ、それって何なんだ?」

「正確には『黒滅の預言書』、ですね。まぁまずは簡単に言うとちょっと歴史の話にはなりますけど、はるか昔。黒滅の四騎士と呼ばれた古代のレイシスが居ました。近大レイシス教会の始祖と呼ばれたそのもの達は三人の男性とリーダーである一人の女性によって構成されていました。災害をもたらすもの『アベル・ウルドゥルガン』、道徳を与えるもの『ヴェイサムル・エラゴ』、闘争を呼び覚ますもの『ガルデネーデ・アメスフィラ』、そしてリーダーである勝敗を支配するもの『アーマネス・ネクロウルカン』。彼らがもたらした大帝国思想であるレイシスオーダー。それが書き記された書物の事がその黒滅の預言書の事です。枢騎士団の中では預言書が神聖化され、枢爵達の指針になっています。悪く言えばそれの言いなりと言ったとこですね、彼らはレイシスオーダーに囚われた哀れな老人たちなのです」

「なるほど、それが俺をつけ狙う理由かもしれないってことか......。今の話を聞いて、なんだかアイザック達の動機も分かるような気がしてきたよ」

 数秒の沈黙が続くと、再びレオは口を開く。

「クライネさんは......」

「えっ?」

「クライネさんは何でこの組織に参加したんだ?アイザックの言いなりってわけでもなさそうに見えるから」

「そう、ですね......。私はただ、この国がいつまでも美しくあれば、それでいいと思ったから......ですかね! ちょっとかっこつけちゃいましたけど」

「ふふ、なんだよそれ」

 レオとクライネはお互いに静かに笑いながら、その場で二人は別れてレオは部屋へと戻った。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 レオはクライネに教えられていた部屋の前まで戻ってきていた。

「はぁ、やっと落ち着きが得られるなぁ。あのエクイラさんが使ってたってんだから楽しみでしょうがねぇ! 」

 レオは昂った様子で勢いよく扉を開け、真っ暗な部屋の中へと入る。

「えーと、灯りは灯りはっと......。どこにあんだ?」

 レオが入り切ってからしばらくすると、背後の扉が突然勢いよく閉められた。

「――えっ?なにこれ......」

 レオは一人真っ暗な部屋も空間へと取り残された。

「お待ちしておりましたわレオ様」

 上品な美声が部屋の中に鳴り響くと、灯りはつけられた。するとそこにはベットの上に座った軽装のドレスのような服に身を包んだエクイラが目の前に現れた。

「エっ......えっ! エクイラさん!? こんなところで一体なにしてるんですか!?」

「レオ様を待っておりましたの、以前私が使わせて頂いた部屋をレオ様がお使いになさるということで、簡単なお掃除と、軽いご挨拶と、そしてお願いをと思いまして」

 エクイラはベットから立ち上がると、レオに急接近する。

「でもレオ様ったら全然この部屋に来ないものですから、ちょっとサプライズをと思いまして......うふふ。申し訳ありません戯れが過ぎましたお許しを......」

 エクイラはドレスを軽く持ちあがて頭を深く下げる。

「あぁいやそんな、その. ......あはは。挨拶はともかくとして、その。お願いっていうのは?」

 レオは若干照れた様子でエクイラに聞く。

「それは......また機会を改めてお話をしますわ、こう言ってはあれですけれど、少々待ちくたびれてしまって......。今はそういう機会では無い気がしますの。勝手ながら、今宵は失礼致しますわ、またお会いしましょうレオ様。ここに居られる間は、お会いすることも多いでしょうから」

 エクイラはそういうと部屋の外へと向かっていく。

「それではレオ様。またの時に。ご機嫌用」

 エクイラは廊下に出ると、いつのまにか外で待っていたボディガードのような人たちと共にこの場を去っていった。

「色々と不思議な人だ......、それに人気者にお願いされるとか、我ながら幸せ者になったもんだな」

 エクイラの言う願いとは何なのか、レオはそれを脳内に巡らせながら、柔らかい生地のベッドにゆっくりと身を預けた。










[43110] 早すぎる再会
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:19
 ───レオはふと目を覚ませて体を起こすと、少量の汗が寝具のシーツに滲んでいることに気づく。

「はぁ、蒸し暑すぎだろこん中」

 レオは体を起すと普段着に着替え、そのまま廊下の方へと出る。
 廊下は相変わらずの歪な構造と見た目で、今にも崩れ落ちそうな天井に見る側の不安感を煽っている、やがてそのまま廊下を辿り人声のする方へと導かれる。
 導かれるままに着いた先は、昨晩利用したスタッフルームだった。
 スタッフルームには、数十人ほどの機械等を扱う際の作業着と思われる服を着た人たちが各々のスタイルで自由に過ごしていた。

「思ったよりも人気はあるんだな」

 立ち尽くしていたレオに作業着を着た一人の男が近づいてくる。

「やぁ御目覚めかな」

 その男は首に巻いたタオルで汗を拭きながら軽やかな口調で話しかけてくる。

「えぇまぁ、えっとあなたは......あっ」

 その男の身なりが以前と様変わりしていた為にレオはしばらく気づけなかった。

「あれ、メイン......中佐?昨日の?こんなところで何を?けっこういいご身分そうに見えたんですが......」

 その男は何かを納得したかのように手を叩く。

「なるほど、聞いてたよりもフランクな少年だね! がっはっは! いや失礼、そうだな、まずは改めてちゃんとした自己紹介か」

 その男、メイン中佐はかしこまる用に背筋をただす。

「改めて、私はメイン・オルテ中佐。前にも言った通り戦闘部の統括係だ、まぁここでは三番目くらいに偉いよ~。それとここは常にエンジニア系は人手不足、だから私も普段はこうして作業に加わるね、まっ難しい事はよくわからないからさ、あんまり手の込んだことはしてないがね」

 メイン中佐がそういうと、それを聞いた周りの作業着を着た人たちで軽く笑いが巻き起こる。

「結構慕われてそうですね中佐殿、こういう組織なのになかなかのアットホームじゃないですか」

「───まぁね、ここにいる者たちは須らくして真の愛国者達だ。枢騎士共のお門違いなお堅い雰囲気にはみんなもうゴメンなのさ」

 メイン中佐は作業員たちの顔をゆっくりと見渡す。

「さて、早速で悪いんだが、レオ君はアイザック大佐に会いに行ってくれ。君の今後について話すそうだよ」

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 レオはメイン中佐に言われてアイザック大佐が居るとされる作戦室へと向かう。要塞内は基本的にエレベーターで移動し、階層ごとにそれぞれの役割が大ざっぱに分けられていた。
 そしてその作戦室は、この要塞の最深部にあった。

 数分掛けて目的地に着いたエレベーターから外へ踏み出ると、その空間をぎっしり敷き詰めるように配置された精密機器達の電子光がその姿を現した。
 上層とは打って変わった秩序的な光景は、この要塞の存在意義を感じさせる様だった。
 奥の方まで進むと、電子版を取り囲む人影の中にアイザック大佐の姿が見えた。

 アイザック大佐はレオに気づくと周りにいた人たちを解散させる。

「来たかレオ、ちょっとついてこい」

 レオはアイザックの後を追いながら作戦室の更に奥の方へと向かう。

「いいかレオ、これから向かう場所はここの大半の者にも知られていない極秘の特訓場だ。まぁ特訓場っつても本来はディスパーダとかを幽閉するときに使う場所だがな」

アイザックは中笑いでそう言い放った。

「おいおいそりゃどういうこったよ、今更俺が怖くなったのかぁ?隔離するとかそういう精神修行みたいな話じゃないだろうな?」

「ちげーよ、いいか?お前は未知数の力を確かに持っていてそれは恐るべきものだ。だがな、今のお前を戦力にするには危うい。それと、レイロードの一匹も相手できないんじゃあこれから任せる大役に任命できん。だから、お前の予測のつかない事象にも、いざって時の為の設備がある場所を特訓場にするってわけだ。まぁディスパーダ用の幽閉施設だ、滅多な事じゃ壊れねぇとは思うから安心しな」

「いや、俺は施設がぶっ壊れそうになるような状況ってのを聞いてまず自分の身を案じてるけど?何をさせるつもりだアイザック?」

「なに、簡単だよ。戦って戦って、奴に勝て。ただし期限は一週間以内だ、それを過ぎるようなら悪いがお前を幽閉させてもらう」

「なっ、なんだよそれ......」

「まぁお前がどっちに転んでも俺たちのクーデターが成功すりゃ無事に解放してやるよ、今後を退屈せずに過ごせるかどうかはお前次第だ」

 アイザック大佐とレオはこちら側と向こう側を仕切る巨大な隔壁の前に立っていた。アイザック大佐が手を上げると、頑丈に閉じられていた隔壁は徐々に開かれていく。
 開かれた先にはある程度の広々とした空間が広がっており、そしてその中央にはかつての見覚えのある一人の少女と黒い重厚なローブ纏った見知らないもう一人の人影が表れる。

「あッ......、あいつってあん時の......!!」

 隔壁が完全に開かれると、レオは確信する。そこにはかつてレオと対峙したレイシスの姿があった。一人は見覚えのない細見の男だが、黒いベースに豪華な金修飾された重厚なローブを羽織る金髪赤眼の少女。
 間違えようがない、あの少女こそが自分自身を殺した張本人、そして見紛うことなきレイロードだ。



 ――――二日前。


 ダグネスはベルゴリオと共に第11枢騎士団専用のルームでアイザック大佐と消えた旅団について資料の精査と調査を続けていた。

「ベルゴリオ、例の旅団について何か分かったか?」

 深く椅子に座りこむダグネスは地に届かない足をぶらつかせながらベルゴリオに問いかける。

「それが、やはりある日を境にしてから旅団及びアイザック大佐に関する一切の情報がないようなのです。ですが、一つ奇妙な事を見つけました」

「ほう?それはどんなだ?」

 ベルゴリオは一つの資料をダグネスの前に差し出す。

「これは、ラス・アルダイナ学院の周辺地図か?しかもそれの飲食店の分布など......、何か意味があるのか?」

「はい、実はスケジュールの飛び入りで先日この学院の方へ教会に関する講演を開く機会がありまして訪れていたのですが。学院近くの最近出来たという、その。洒落たカフェテリア。とやらが女子学生の間で話題になってましたので私の方で私的に調べて......」

「おいおい、こんな時になんの話だベルゴリオ。前から言ってるが私に流行を興じる趣味はないといっているだろう! 」

「いえ、今回はそれとは別で。いや、でも確かにザラ様には近頃の少女らしい営みに興じて頂きたいところですが今回はそれとは別です。結果的には。実はこの店、出来てから数週間以内に廃業しているのです、しかもその時期は丁度ファルファとザラ様が時計台で例の男と接敵していた時期と当たります。これは私の勘ではあるのですが、もしかするとこの店。やつらの隠れ蓑だった可能性はありませんか?」

 ダグネスは渡された資料を手に取るとまじまじと見つめる。

「隠れ蓑だと?しかしよりによってカフェテリアとはな。偶然じゃないのか?接客業だろこういうのは、隠れ蓑にしては少々派手過ぎる」

ダグネスは呆れたように資料を軽く叩く。

「そこは私も引っかかるところなのですが、もしかするとあえて隠しきってないのかもしれません」

 ベルゴリオは顎に手をやりながら下に俯く。

「ほう、するとなんだ。まるで誰かに居所を見つけてほしいみたいじゃないか」

 ダグネスは背もたれにのたれかかるように背伸びをする。

「はいその通りです。ザラ様に対する意図不明の特命に合わせて飛び入りの講演会、そして共通するそれぞれの事柄の時期の一致、アイザック大佐に関して何も情報が得られない現状においては、十分調査してみる価値はあるようには思えますが、いかがでしょうか?勘ではございますが……」

ベルゴリオは真摯な眼差しでそう答える。

「ふむ、どうかな。まぁここまで情報が出揃わない中での一見間柄のなさそうな事柄同士の時期の一致......、赴いてみるか。どうせ手掛かりは無いに等しい、その勘に頼ってみようか。あながち感応者の勘は当たらずも遠からずということも多いにある。この偶然を仕込まれた可能性も、無いわけではないだろうしな……」




[43110] ダグネスの小さな反逆心
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:19
───ベルゴリオとダグネスは、例の廃業となったカフェテリアへとやって来た。

「――――ここですザラ様、中はすっかり片付けられているようですな」

「ふむ、外からは特段変わった様子はないな。作業は完全に終了しているみたいだし、既に他のテナント待ちと言ったところか」

 ダグネスはその店の中へと足を踏み入れると、ベルゴリオもそれに続く。

「何かわかるかベルゴリオ?」

「いえ......もう少し奥の方を見てみましょう」

「分かった、私は上の方を見てみる」

 ベルゴリオは調理室として使われていた思われる部屋の更に奥、恐らくは更衣室だったであろう場所へと踏み入れる。

「うーむ、何もない。残留したヘラクロリアム粒子の気配もない、後処理を済ましたのかそれとも本当に無関係であったか......」

 やや落胆するベルゴリオに上の階からベルゴリオを呼ぶダグネスの落ち着いた声が聞こえてきた、その声にベルゴリオは早急に駆けつける。

「いかがなさいましたかザラ様?」

「……あぁ、少しこの部屋を見てくれ。この店はすっかり片付けられていたはずだが......、何故かこのテーブルだけこの空間に孤独に残されている。どういうことだと思う? 」

 ダグネスが言うその机は傍から見れば特に変哲もない普通の机のように見えた、その机はその部屋の中央でポツンと存在していた。

「はぁ、単に片付け忘れ......ということでもなさそうですか。あえてこの机はここに残されていると考えるべきですかな? とりあえず調べてみましょうか」

 ベルゴリオがその机を調べると、一角に凹みがあるのを確認する。

「これは......、引き出しか? こんなところに」

「どうやら訳がありそうな机だな、よし開けてみよう」

「はい」

 ベルゴリオがその引き出しのような構造をした凹みに指を引っかけて、一気に引いた。すると、その何も入れられていなかった引き出しから、ベルゴリオはその五感に即座に伝わった情報に思わず手を放す。

「これは......残留粒子!!!しかもかなり最近、いや数秒前!ザラ様警戒を!」

 ベルゴリオがそういうとダグネスは姿勢を低くして態勢を構える。

「あぁ、ヘラクロリアムのこの感じ......。あの時のと同質だが......すまない、私は奴の気配を感じられない......。お前はどうだ?」

「はい、私目にも。一体どうなって......」

 二人が残留したヘラクロリアム粒子に困惑する中、部屋のすぐ外からある男の重い声が中の二人へと響き渡る。

「───やぁどうもどうもお二人さん、よくぞここまで来てくれましたなぁ」

 その男はダグネス等が追い求めていたその男、アイザック大佐そのものであった。

「アイザック……大佐……」

「馬鹿な、どうやってヘラクロリアムの残留気配を消している!」

 ベルゴリオとダグネスは即座にアイザック大佐に対して武器を構える。

「こんばんわ第11枢騎士団長のダグネス・ザラ殿。あぁ最初に言っておくが敵意はないですよ、そんなに構えないで頂きたいお二方。あーあとこの部屋は特別性でしてね、ちょっとしたサプライズですよ。そもそもこの建造物事態、我々が長年に渡ってカモフラージュさせた拠点のその一つ。諜報部と連携して完成させた、いわば都市の死角のようなもの。いざとなればレイシスだろうとイニシエーターだろうともここに幽閉できる代物だ。外部からのヘラクロリアムを察知できないのも納得でしょう~?」

 アイザック大佐は壁にもたれながら軽快な態度で話す、突如姿を現したアイザックにベルゴリオとダグネスは戸惑うが、二人は冷静を少しづつ取り戻す。

「よくもまぁそんなペラペラと......。敵意がないのは分かりましたが、なぜこんなにも諄い真似を?それほどの事までして我々になんの用ですか?アイザック大佐、貴方の目的はなんなのです! よりによってオールド・レイシスでもあろうものがクーデターを画策しているとでも言うのですか?」

 ベルゴリオはやや感情的にその言葉をアイザック大佐へとぶつける。

「なら一つ聞くが、お前たちは今の帝国がこのままでいいと本気でそう思っているのか? 俺達は、この国が滅びずに済む為には内側から自らに切り開く以外手段はないと思っている。外部の共和国や卿国、そして人類の敵である機械軍アステロイドに対抗し、生き残るためには枢爵共が勝手に切望する。世界統一、負の遺産であるレイシスオーダーそのものをまずは完膚なきまでに撃滅させなければならない! 今おっぱじめてる共和国とのこの戦争も多くの者は望みもしていない、勝手にたかだか数人の老人の意見で始めやがったんだ。今の帝国があの共和国に本気で勝てると、上の老人共は本気でそう思ってるんだ。ありえんだろ、あんたら枢騎士がそんなこと一番わかってるはずなんだがな。戦って死ぬのはいずれは俺たちや、お前たちの部下共だぞ。このまま戦争を続ければレイシスそのもの、そして偉大で誇りある我らが帝国が!歴史から姿を消すことになる!それだけは避けなければならんのだ、ということでな。これが前置き、我々は枢騎士の中でも比較だって反レイシスオーダー思想派であると思われるものをリスト化し、こちら側に引き入れようとしている。その中でも特に重要な人物、それが貴方だダグネス・ザラ。枢騎士団長の中では、我々にとっては貴殿しか頼り先がない、どうかその能力を貸していただきたい」

 アイザック大佐は一息ついたかのように、肩を落とす。

「───ふむ、随分大層な意義をお持ちのようでアイザック大佐。よりによって私が頼り先とは驚きだ、だが私が一体何を知っているというのだ?正直ここまでの事ができる貴方たちにこれ以上の戦力は過剰とまで私は見るが? 確かに私は枢爵共を気に入ってはないが、これ以上国を混乱に陥れる必要性も私は感じない。ましてや仲間同士で殺し合うなど、それでは肥大化し軍事力を持て余した共和国の現状と同じではないか。例え国が滅びの道を歩もうとも、それでも内戦の道など歩むべきではない。ほかの方法は考えつかなかったのか?アイザック大佐」

 ダグネスは悲観の眼差しでアイザック大佐をじっと見つめる、それを受け取ったアイザック大佐は深いため息をつきながら二人との距離を縮める。

「我々は、長きに渡って既得の守旧派と政治的手段をもってあらゆる形で意思決定機関の改善をしようと戦ってきた。だがついに、近代の人類史上最も過酷であったと言われる最大の大戦の終結から200年余りが経ち、その沈黙も。今では破られてしまった。今、帝国は栄光を手放さなければならない時にまで追い込まれてしまっている。長すぎる安寧の時が深すぎる根を世界中に伸ばしてしまったのだ、レイシスオーダーは聖域化され、もはや枢騎士評議会を撃滅する以外に道は残されていない......」

 アイザック大佐はダグネスの紅の眼に語り掛けるように語った。
 そしてダグネスは、目を見張らき、感銘を受けた様子でその言葉を受け取る。
 まだこの国にも、思いを同じく同志がいたのだと、思想の孤独で満たされていた心の底から、共感できる同志を得ることが出来たのだと。レイシスになった幼き時より、この国に抱いていた違和感、不平や不満は、この時のために蓄えていた負の感情としての、エネルギーなのだと。

「アイザック大佐、奇遇だな。枢爵に関して私も同様の結論に既に辿り着いていた。だが、貴方方のその計画は現状以上に混乱を招くものでないと断言できるのか......?」

 ダグネスは静かな口調でアイザック大佐に問う。

「我々に協力して頂けるのなら、全てを話す。俺はこの計画と抵抗がこの国を変革し最小限の犠牲で事無きを得る事を保証する。今は我々を信用するか、そうでないかで決めてほしい」

 ベルゴリオはダグネスの傍らで何かをダグネスに語り掛けようとするも、言葉が出ずに表情が困窮する。

「なぁベルゴリオ、お前はどう思う?どうしたいと思うのだ?」

 ダグネスはこの問いの答えのヒントを、ベルゴリオに求めるようでもあった。

「私は......。私は......」

 ベルゴリオはかつてダグネスに見せたことが無いほど言葉に困った。しかし、ある忠誠が導いた決心が定まるのにそう時間はかからなかった。突如片膝を地につけて、頭を垂れる。

「ザラ様。例え他の枢騎士が、評議会が、帝国全土が貴方の敵になろうとも。私はザラ様にお供させていただく所存であります、私はこの枢騎士団に忠誠を捧げ、そしてそれは団長であるザラ様にも捧げたものです。いかなるザラ様の行ないに対しても、私だけでなく、多くの同じくする枢騎士達は貴方に付き従うでしょう」

 ベルゴリオの言葉にダグネスはただ「そうか、すまないな」と答える。

「では、私の答えはこれだアイザック大佐! 」

 ダグネスはアイザック大佐に向けて余りに若く儚い怒号とも呼べるような少女の声で、第11枢騎士団長ダグネス・ザラは意思を告げる。

「これより我々第11枢騎士団は現刻をもってレジオン帝国軍、及び枢騎士評議会より離脱する!!!」









[43110] 力の自覚
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:20
「――――ってことがあってだなぁ」

 と、アイザックは目の前に、レオを殺した張本人であるレイシスが存在する経緯について、簡易的にレオに語る。

「いやいや、唐突すぎないか!? だいたいそうは言っても本当に信用できるのか!? 」

 レオは怒鳴りつけるかのように声を張る。

「あぁ、まぁな。そもそも俺たちの計画は、彼女が寝返ることが前提のものだ、その為に入念な調査を長年かけてやってきた。抜かりはない、そんでレオ。お前については保険だ。お前を計画に戦略的に組み込みたい」

 アイザックは一息置いてから語った。

「だが、如何せん実力が足らないと見た。あぁーもちろんお前は一般戦力では優秀な人材だが俺たちのような感応者の戦い。すなわちディスパーダ戦では正直言ってまだまたま雑魚なんだよ」

 アイザックはきっぱり言い放つ。

「ざ、雑魚って......。いくら俺が不死身に近いとは言え、標準スペックは普通の人間だ。当然だろ」

「まぁな、だがお前には可能性を感じる。後天的なヘラロリアムの加護を得られる可能性もゼロではないはずだ、なんせ俺のソレイスを使えるくらいなんだからな。適性はある、しばらくは奴らとの戦いを通じて、己の力の本質と向き合え」

 アイザックはそういうとこの場を立ち去ろうと背を向ける。

「ま、せいぜい頑張りぃな。あれくらいのレイロードは倒せるようになってくれや、俺はお前に賭ける、力を自覚せよ。レオ」

 背を向けながら離れていくアイザックは片手を上げて軽い別れの挨拶をすると、巨大な隔壁の外へと姿を消していった。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 改めてその場には三人の人影だけが残されていた。しばらくの沈黙後、先に口を開いたのはレイロードの少女、ダグネスだった。

「───ご機嫌用、レオ・フレイムス。先日の一件では部下が世話になったな。部下をよくもまぁあんな重症体にしてくれたものだ」

 レオは話しかけられると口先を震わせながら思わず身構える。

「おいおい?そんなに怖がらないでくれたまえよ、こんな子供相手に......さ。別に君を殺そうってわけじゃないんだ、まぁ殺せないらしいんだが。死にはするのか?まぁいいが、確かに私の大事な部下を痛めつけてくれたのは未だ許せずにいるのも事実ではある、しかし君側の事情も、これでも十分把握したつもりだ。しっかしまぁ、拉致から労働と忙しい日々日々を過ごしたものだな......。だからレオ・フレイムス、ここはひとまず一時休戦といこうじゃないか」

 ダグネスは片目を閉じ口元に人差し指を当てながら無邪気な表情でそう言った。

「一時......休戦?まぁそれはいいが、俺はお前を倒せるようになれと言われてるんでね、とりあえず手合わせ願うぜ。子供相手に手を出すっつうのも癪だが、レイロードっていうんだから手は抜けねぇな。なんせあんたは俺を一度殺してるんだからなぁ?」

 レオの挑発めいた発言に反応してか、ダグネスの隣にいた長身の男が身を一歩前へと出す。

「黙っていれば偉そうにザラ様に話しかけよって......! 口には気を付けるのだな小童が。ザラ様、私が先にアイツのお相手を務めてもよろしいでしょうか?」

「かまわないが......、あまり油断するなよ。あれでも一応ファルファを倒している。銃のソレイスも恐らくまだ扱えるだろうし、十分警戒しろ」

「──承知いたしましたザラ様」

 その長身の男はダグネスから了解を得ると、レオから3メートルはなれた地点まで近づく、するとすぐ様に前方上の空間から独特の形状をしたソレイスを生成し始める。ダグネスは長身の男を見送ると、戦いを静観するように最も壁に近い後方まで下がった。

「小僧、私は名をベルゴリオと言う。ザラ様と獲物を交える前にまず私を倒せてからゆくがいい。事を構える決心はついたかね? 」

 レオは密かにアイザックのソレイスを複製し始めながら答える。

「あぁもちろん、だけどアンタは彼女より弱いんだろ?俺に瞬殺されないように気を付けるこったな」

「口先だけはオールド級の小童だ、その自信に見合うだけの実力を見せてみろ!」

 ベルゴリオはそう言うと、瞬時にレオとの間に距離を詰めながらソレイスを上向きから一太刀振るう。
 しかし、レオはそれを見切るように一歩身を引きながらその一太刀を寸前でかわした。

「ほう?初撃はかわしたか。だが......!」

 ベルゴリオは振り切ったソレイスを今度はそのまま空中で逆手に切り替え、二撃目へと軽やかに繋げた。
 その転じた斬撃にレオはそのまま対応できずに胴体を切り裂かれる。

「ぐぅああああ!!!!......ぐぅ。くそぉ......クソいてぇ......」

 レオは処置しなければ確実に死に至るような出血をしながら、そのまま自らの血の海へと倒れる。
 もがき苦しむ姿のレオをみながらベルゴリオは倒れ込んだレオに近寄る。そしてそのまま苦しむ姿を目から背けるように静かに急所へとソレイスを刺し込む。

「ふむ、一見ここまでは普通の人間が無謀にもレイシスに立ち向かって死んだだけの構図だが......。果たして話は本当か?アイザック」

 ダグネスは目の前で繰り広げられた光景に、アイザックから聞かされていた彼の特異性について一瞬懐疑的になるも、その疑いが晴れるのにそう時間はかからなかった。

 レオがベルゴリオの手によってとどめを刺されてから数秒後、レオの地に伏していた血肉は異様な光景と変化を徐々にと周りに見せつける。
 絶え間なく流れ続けていた血は、時を逆行するかのように体内へと戻りながら注がれていき、レオの肌色はその元の血の通った姿を再びに露わにする。
 辺り一帯の血の海がなくなり、傷口が塞がられると再びレオの意識は覚醒する。

「あの話が本当だったとは......中々に信じ難い光景だ、異様すぎる」

 ベルゴリオは声を震わせながら目の前の光景に驚愕する。

「───なんと残酷な......、こんなことがこの世に起こってしまっていいのか。死んでから初めてやっと生に回帰するなど、あまりに残酷だ。これは彼の精神がどこまで持つか分からないぞ、アイザック大佐」

 ダグネスは内心でそう抱いた。

 レオは意識が覚醒しきると、再びその地に血反吐を吐きながら足をつき立ち上がる。

「───ぐはぁっ!!!……ふぅ、えーと今のが殺された?改めて自覚すると、なんかめっちゃ苦しいな。だが、感覚が遠い昔だったかのようにぼんやりする……。まぁいいか、けど思ってたよりはこの死に戻りはキツい……。えーと、じゃあ俺がアンタを倒せるまで、何度でも付き合ってもらうぜベルゴリオ?さん。期間は一週間しか残されてないんだからな!!!」

改めてこの死後再生の力を自覚し、その性質をレオは理解し始める。
この死後再生、意識が覚醒するまでの期間が短ければ短いほど死する直前の痛覚は保たれたままであるということ。つまりは、短期間での覚醒の繰り返しをする中、ずっと肉体的は痛みは続いている。再生が完全でないからだろう。
そして先日のツァイトベルンの時のように、死後再生を行ってから覚醒までに十分な休息とも呼べる期間がなければ、精神肉体ともに疲労が受け継がれる。正直、かなりハードだ。

「───お前......本当に分かっているのか......」

 ベルゴリオはレオには聞き取りにくい小声で呟く。

「───え?なんて?」

 レオは聞き返す。

「お前、お前は本当に今置かれている運命の過酷さに気づいているのか?」

 ベルゴリオのその言葉に、場にはしばしの沈黙が残る。

「過酷さ......?そりゃあまぁ何度も死ぬのは大変だが......」

 ベルゴリオはレオのあまりにも拍子抜けた様子に絶句する。

「どういう原理でお前がそういう状況になったのかは知らん。ただお前のその状況は言い換えてしまえば、生身の普通の人間でありながら覚醒者と戦いそして死による救済が訪ずれぬまま苦しみを繰り返す。要は私たちに比べて大きなハンデをお前は背負っているといいたいのだ。お前の死をトリガーとする遅効性の再生能力はただ単に死を先延ばしにしているだけとも取れる、お前はヘラクロリアムに恩恵を受けられず生身で我々のような覚醒者と渡りぬかなかればならない。そのことの残酷さを、お前は分かっているのかと私は問いたい」

 ベルゴリオのその言葉に、レオは考え込むような仕草でその問いを思考の中で模索する。

「ま、確かにあんたらのように身体能力は人間の限界止まりなのかもしれない。けどこれでも一応はソレイスは使えるんだぜ、数うちゃあそのうちあんたも倒せるかもしれないだろ?」

 ベルゴリオはその言葉に軽く頷くと、再びソレイスを構えた。

「潔い良いな、よかろう。貴公のそれがただの蛮勇で無いことを祈る。だが、我々が国を作り替える過程には申し分のない逸材だ。存分に挑んでくるがよいレオ・フレイムス。何度でも殺してやる」

 またもや間合いを詰めようとするベルゴリオに、レオはついに複製した銃型ソレイスを空間に顕現させるのだった。




[43110] 力の自覚②
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:20
幽閉施設を監視するモニタールームから、レオとレイシス達を眺める複数人の監視人と、二人の将官の姿がそこにはあった。

「―――アイザック、本当に彼が僅か一週間で枢騎士を倒せるまでの成長ができるとおもっているのですか?しかもただの枢騎士でなく、枢騎士団の団長クラスを相手にして」

 艶めかしい女性の問いかけが、アイザックに囁かれる。

「はい少将、彼が我らの切り札となりうるかもしれません。彼が枢爵達が期待する様な真の力のようなもの、それに目覚める事ができたのなら、唯一懸念の種であるネクロ―シスの対抗策となるでしょう。その為にも彼の早急な覚醒が必要です」

 アイザックに相応しくない堅苦しい口調を纏わせた言葉の羅列が事の重要性を主張する。

「ふふ、あなたがそんな言い方をするなんてね。よっぽどの事なんですね大佐、予備コードの有用性は認めましょう。しかし、貴方の言葉を信じるという事だけで彼に一週間丸々投資し続けるのはやはり無理があります。アンビュランス要塞撃滅作戦施行予定日まで後二週間しかありません、彼の過程において四日以内に成長因子を感じられない場合は即座に私の独断で幽閉します。それでもよろしいですね大佐......?」

 少将の大人びた口調と微笑みが重圧なプレッシャーを生み出し、アイザックの表情を引きつらせる。

「マジですか少将......、ここはよしみという事でもうちょっと猶予が欲しいんですがね」

 アイザックのその言葉に少将はため息をつく。

「駄目ね、貴方も分かってることだと思うけど。例のレイロードのお嬢さんから得た情報では第二のエイジスシステム機構の事もある。要塞内に解除コードプロトコルを仕込むのにも、工作期間は少なく見積もっても一週間は掛かる見通しよ、その作業は要塞全体のマンパワーを注いて作戦フェイズ移行する。その為にもイレギュラー要素を考慮している猶予はない」

「ふぅ相変わらず手厳しいねぇ、メイ・ファンス少将?」

「あら、それは一体誰のせいかしらねぇ。アイザック大佐......?」

 メイ少将がアイザック大佐の口調を真似るかのように言い返した。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 ――――幽閉施設にて一日が経った頃。

「私はもう何回貴公を切り殺したのか覚えていないよ......、50回以上は死んだかね?」

 ベルゴリオは、地面の血の海に触れ伏したレオを眺めつつ剣の汚れを拭き取りながら整然と立ち尽くしていた。

「ぐうぅ......」

 血の海がレオの体内に逆流していく異様な光景を何十回も繰り返しながら、この訓練という名の殺し合いは行われていた。

「わっかんねぇ......、何をどうしたらお前に勝てるんだ。一ミリもわからねぇ......」

 レオは何度も交える戦いの結果を悔み嘆きながら再び立ち上がる。

(ここまで何度もぶっ刺されて分かったことって言えば、まずはやはり傭兵時代の対人ノウハウはまるで通用しない。つまりはゼロの状態から全く別の戦略を組み立てなきゃいけないって事だ、だがそれだけじゃない。その上で速度も腕力も全てが規格外の人外を相手にして尚勝てと言われてるわけだ。現状俺にはこの複製できるソレイスの銃しか明確な対抗手段がない、不意打ちが通用しないこの状況で俺が見いだせる活路とはなんなんだ......。それに覚醒を繰り返す事にどんどん覚醒までのスパンが短くなっている……、精神的な疲労が回復しない……あとファントムペイン……これがキツい、脳が焼けるようだ……)

 一方で、レイロードの少女ダグネスはベルゴリオとレオの戦いを傍らに、何時ぞやに置かれていた円形の机と脚の長い椅子に座り、足を揺らしながら書籍と少量の菓子を嗜んでいた。

「───ふむ、巷の同年代で人気のある本とのことでしたけど私にはあまり理解できない話ですね......」

 ダグネスは一人でぶつぶつと呟きながらその書籍を一旦閉じる。

「おーいアンタ!!!なに人が死にまくってる傍でそんな呑気なぼっちパーティ開催してんだ!どんな神経してんだよ!?そんな暇あるんならなんかアドバイスの一つや二つでもないのかよ!?」

 突然レオから話かけられたダグネスは書籍を落としそうになるも、間一髪のところで拾い上げる。

「おっと......えっ?あ、あぁ。アドバイス、アドバイスか。駆け出しの覚醒者に対してならまだしも仮初めの人間相手にアドバイスなんてしたことないからな。どうせこちら側の理論なんて常人には理解できんだろうし......」

 ダグネスはその書籍をはたきながら机の上に置くと、考えるような仕草で天井を向く。

「でも、そうだなぁ。君も無策に挑んで勝てぬ相手って事くらいは身をもって十分理解しただろう?まぁ策を講じても勝てる相手ではないけど、単純に戦略やテクニックで解決が出来ない事もある。まず必要なのは純粋な力の奔流だ、己の力の性質を再認識して見つめ直す。そうして力の使い方を解析してみろ、まぁ今の君伝えられる事はそのくらいのものだ。次のアドバイスはベルゴリオを倒せるようになってからだな」

 そういうとダグネスは、少量の菓子を口に頬張ると再び書籍を手に取る。

「己の力の性質を......再認識して見つめ直す......訳わかんないね」

 レオは座り込むと、自ら複製した銃のソレイスの向きを度々変えながら見つめる。
 その様子を見たベルゴリオは戸惑いながらも剣状のソレイスを虚空に納めた。

「ふん、まぁそうやってしばらくは見つめ直しておくがいい」

 ベルゴリオはそういうとダグネスの方へと足を運んでいき、ダグネスの向かい側に立つ。

「ん、その椅子使っていいぞベルゴリオ。その為に用意したものだ」

「はっ、ご厚意に感謝致します。失礼致します」

 ベルゴリオは席を引いて着席する。

「ふーむ、浮かない顔をしているなベルゴリオ。そんなに奴が信用ならないか?」

「はい、確かに通常の人間にしては基礎能力は高いのでしょうがあそこからディスパーダとして覚醒するなど想像出来ませんぬ。アイザック大佐の言葉を愚直に信じていいものなのやら......、このまま撃滅作戦施行日まで奴を切り刻み続けても私は一向に構いませんが、ザラ様のお時間をお使いになられてまでお付き合い頂く程の事なのかと疑問を覚えます」

「そうか、別に私も構わないがね。どうせならついでに奇跡でも拝めて行こうかってくらい軽い気持ちでここにいる、正直期待はしていないさ。この国を変えるにはどんな無茶振りでもそれに縋らないといけないくらい要素は必要な気もする、ただ......それだけだ」

 ベルゴリオとダグネスは俯くレオを眺めながら、そのままその日の訓練を終えた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 あれから部屋に戻ったレオはベッドの上で仰向けに横になると、ふと今日一日の出来事をを思い返す。

「そういや俺、今日ずっとあの幽閉施設で殺され続けてて外の景色を一度も見てないんだな」

 しばらく横になっていると、部屋のインターホーンが鳴った。ベッドが起き上がり、重い足運びで玄関の方へと向かう。
 鍵の掛からない扉を開けると、そこにはクライネの姿があった。

「クライネさん、なんか用か?」

「───レオさん、ひとまずはお疲れ様でした。幽閉施設の出来事で聞きたいことがあるので、その。いいですか......?」

「あっ、あぁ。もちろん、どうぞ」

 レオはクライネを部屋に通そうとするも、クライネは中に入ろうとはしなかった。

「あっ、いえ。その......、良ければ外に出ませんか?」

「外ってのは、地上の事か?」

「はい、監視スタッフから聞いた話だとレオさん施設でかなり壮絶な経験をされたでしょうし。気分転換が必要かと思いまして」

 レオは丁度今日一日外の景色を見ていない事に思いはせていた事もあって、その提案に快く応じた。

 時間的には夕方程なので軽く服を着こみ着替えを終えると、クライネと共にメインエレベーターの方へと足を運ぶ。

「外はどんぐらい寒いですかねクライネさん?」

 そう聞かれたクライネは手元の端末で外の気温を調べる。

「結構寒いですね、まぁやはり北の帝国という事もあってこの時期はどこも寒いですけどね。レオさんは慣れてないでしょうからちょっと大変かもしれませんが」

 クライネは薄笑いしながらそう言った。

「はは、それは確かに」



 メインエレベーターに乗って地上へと上がっていくと例の建物の中へと着く、エレベーター内から出ていくと手前の入り口には来たときは別の見張りが二人立っていた。
 特にコミュニケーションを交わすこともなく、目線だけで片方の見張りが建物の扉を解錠する行動を取った。

 外へ出ると、空はうっすらと明るいが寒い風が吹き込んでいる。

「うぅ、寒い。だけど、久しぶりに外の光を見てなんだかホッとするよ」

「ふふ、それは良かったです。それじゃあ裏道の方を少し歩きましょうか」

 広場の方から外れた道をクライネと共に歩いていると、先にクライネの方から口を開く。

「それじゃあ散歩がてらレオさん、ドクターメルセデスから預かった質問シートがあるので答えられるものがあったらそれから教えてください。えっとまずは、死ぬことを繰り返えしていく内に何か精神的な変化は起きましたか?」

クライネはそういうと胸元から端末を取り出した。

「……そうだな、多分死ぬという事に、少し慣れてしまったのかもしれない。恐怖心というか、そういうのが少し薄れているかもな」

 レオのその答えを聞くと、クライネは手元の端末に指を弾くような動作で文字を入力していく。

「なるほど、痛みに対する感覚はどうですか?なにか後遺症などは?」

 その質問を聞いたレオは、手を自分の胸に当てて何かを探るように手をゆっくりと回す。

「痛みは、まぁとても慣れるものじゃない。これから先慣れる気もしないけど、なんだろうか。あのレイシス、ベルゴリオって呼ばれてたレイシス。あいつの殺し方がスマートっていうか、安らかな死って感じなんだよな、痛い時間が少なくて痛みが残りにくい、もし相手が雑な殺し方をするレイシスだったら、今こうして歩けてすらいないような気がする......。俺は一度死なないと傷を癒せないから、敵によっては本当に辛い目にあいそうだな……全く」

「なるほど。ドクターメルセデスも精神面へのダメージを懸念なされていましたが、でも思っていたよりは余裕そうですねレオさん」

クライネはレオの顔をまじまじと見つめる。

「ふぅ、それはどうかな。ぶっちゃけこれを今後しばらく続けるってのはめっちゃしんどい、絶望感がね、今すぐにでも逃げ出したいくらいだよ」

 レオは軽快な口調でそういうと、大きく背伸びをする。

「とてもそういう風には見えないですけどね。でも、まぁレオさんのその特殊な再生能力をもってしても心の傷は癒せないわけですか。人間離れし過ぎているという訳でもないってこと何ですかね、心の健康には気をつけてください。心が壊れてしまったら元も子ありませんから」

 クライネは質問シートを一通り終えたのか、端末をコートのポケットにゆっくりと仕舞う。

「さてレオさん、お腹すいてませんか?何か食べていきません?」

 クライネは手を自分の後ろへ回すと意気揚々とした表情でレオを見つめる。

「えっ?いや、別にいいけどセキュリティーは大丈夫なのか?あんま出歩くのはまずいんじゃ......」

「それは大丈夫ですよ、ここ一帯の管轄は既に我々のものですから。コソコソするよう事は何もありません、そこら中に設置されたカメラもここを監視する衛星も既に我々の管轄です。なにせこの下には要塞が埋まっているわけですからね、一帯そのものがちょっとした軍事施設ですから」

 それを聞いたレオはその用意周到さに少しを体を震わせる。

「じゃあ行きましょうか、近くにおススメの店があるんですよ」

 クライネに連れられてお店に向かおうとしたその時、背後から見覚えのあるプレッシャーをレオは咄嗟に感じ取った。



「───どこに、行くんですって?レオ君」



 その聞き覚えのある声にレオは思わず振り向くと、そこには見覚えのある白銀の髪を靡かせ、布面積の少ない恰好をした佳麗な女性がそこには立っていた。

「───れ、レフティアさん!?」




[43110] 力の自覚③
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Date: 2024/11/07 15:21
───突如として背後から声をかけてきたその佳麗な女性は、鋭い視線をこちらに突き刺してくる。

「───随分楽しそうにしていたのねー、ねぇ?レ・オ・君?」

レオはその見知った人物を視界に捉えると、鼓動が激動する。
再会出来たという喜びと、この状況に対する誤解によって、感情の落差が発生する。

「───えぇと……レフティアさん......?、何故ここに......?」

 レフティアは右手で軽く髪を靡かせると、そのままこちらにゆっくりとした歩みで近寄ってくる。

「なぜって......?そうね、君をここで見つけたのは偶々。本当の用事はその後ろの子の組織にあったんだけど、でも。その必要は今無くなったけどね」

 レフティアはクライネをじっと見つめるが、肝心のクライネは一言も発さずレフティアを前にそのまま静止していた。

「にしてもレオ君、前とは少し雰囲気変わったかな?なんていうか、少し強くなった?」

 レフティアの物理的な距離感の近さに慣れないレオは、レフティアから少し距離を取ると息を落ち着かせる。

「えぇ、まぁ......。色々あって......」

「ふーん、そうなんだ?まぁいいや。とにかく帰るわよレオ君、貴方が無事なら隊のみんなも安心するわ。ミーティアちゃんもここには居ないけど一緒に来てるのよ?貴方を連れ帰るためにね」

 レフティアに腕を掴まれ、勢いにそのまま連れ去られてしまいそうな瞬間。

クライネがレオの反対側の腕を掴む。

「───まっ、待ってください!あなたがどこの誰かは存じませんが、彼は我が組織の保護下に置かれています!おいそれと彼をこのまま引き渡すことは出来ません!!!」

 レフティアの圧倒的な実力者としての格圧に当てられたクライネは言葉と体を震わせながらも、レフティアに立ちはだかる。

「ふーん、貴方見た目のわりに結構勇敢なのね。でも勘違いしてるわよ、レオ君は元々こちら側、共和国軍独立機動部隊の一員なの。勝手に連れ去っておいて道理の分からない事を言うのはやめてほしいわね」

 レフティアがそう言った直後、レオはレフティアの手を優しく振りほどく。

「すまないレフティアさん、今は状況が変わったんだ。俺はまだそっちには戻れない」

「……?どういうことなのよレオ君?」

レフティアは心底怪訝そうな表情で2人の顔を見る。

「確かに俺は攫われたが、でもそれを救い出してくれたのは彼女たちの組織だ。 このままじゃ帰れない、なぜ俺が狙われたのかもわからなきゃ、今もどっても意味がない」

レオはそう言うと、レフティアは頭を抱えてもがき苦しむように唸らせる。

「うーん?んー。ふーん?……まぁそうは言ってもだね、タダでさえ私は共和国を出るのに何人かの同胞の命を奪ってここに来てるから『はいそうですか』って言って引き下がるわけにもいかないのよね。まぁいいわ、元々ここにはレジスタンスの外交ルートをつたって来たわけだし、それならそれで本来の用事を為す事にしようかしらね」

「というと……?レフティアさんは元々何をしに此処へ......?」

「もちろんそれはレオ君の手がかりを掴む為だったんだけど、建前はレジスタンスへ向けた第三共和国からの外交官?って感じかしらね。共和国軍の極秘介入ってネタで、ミリタリア社を通じてミーティアちゃんが上手く関係者を釣ってくれた、私自身は一ミリもレジスタンスなんかに興味ないし、この事を共和国は認知すらしてないけど。まぁ帝国の抵抗勢力なら何か知ってるかもしれないと思ってここに来たんだけど、まさかの当の本人がレジスタンスの協力者になっていたとは思わなくてね」

 レフティアがそういうと、レオの腕を掴んでいたクライネは前のめりにレオの前に出る。

「という事は。も、もしかして貴方が例のアンバラルの協力者!?話には聞いてましたが、まさかレオさんの奪還が主な目的だったなんて......」

 レフティアは呆れたような様子でため息を吐く。

「まっ、そうね。本当は微塵も貴方たちの事なんで考えていなかったのだけど、でもレオ君の言葉を聞いて確かにそれも一理あるとは思ったわ。なんで帝国、いや恐らくは枢騎士団の思惑なのだろうけど。枢騎士団がレオ君を狙ったのか、それを確かめる必要がありそうと私は今判断した。つまりは、当初の予定通り貴方達の話を聞いてやろうと思ったのよ。レオ君に関してにも詳しい話聞きたいし?」


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 レフティアとの意図しない邂逅により、レオとクライネの食事会の予定は急遽変更された。レオはレフティア、クライネと共に再び地下要塞へと出戻るのであった。

 レフティアは要塞職員に事前の話があったのか、滞りなく出迎えられると、そのままドクターメルセデスの研究室へとレオ等と共に向かった。

そしてそこで、枢騎士達から追われる理由と考えられるレオの特異的な性質について、メルセデスからレフティアに話された。

「───へっー!まさかレオ君にそーんな力があったなんて驚きねぇ!でも再生力の根源たるヘラクロリアムに依存していないなんて、これは確かに気になるよねぇ……なんでこんなことになってるのか貴方にはわかっているの?えーと、むせるです?博士」

 とぼけた様子でレフティアはメルセデスの名前を間違える。

「───ゴホッ、いえ。メルセデスですぞレフティア殿。しかしまぁ、まさか貴方がここに来られるとは思ってもいませんでしたなぁ。敵ながら貴方の戦果はこちら側にまで伝わってくる、例のネクローシスとの戦闘ですら対等に渡り合っていたのだとか?あの黒滅の四騎士の武具を不完全とは言え引きつぐ者たちを相手にしながら」

メルセデスはレフティアに感心する様子でそう言い放つ。

「馬鹿言うんじゃないわよ博士さん?本来の四騎士達はあんな出来損ない達とは比べ物にならないでしょ」

 メルセデスは何度か咳払いすると、レフティア達に背を向ける。

「ふむ、ところで先ほどの貴方の問いだが。レオ君の力に関しては、現時点の我々の知見では全くもっての未知数、少なくとも我々の保有するデータでは彼をはかり知ることは出来ない。なにせヘラクロリアムを有さない人生物なんて、まるでピースの欠けたパズルBOXのようなものなのだからね。ただ確かなのは、彼の力は我々人類が科学的に目指すとこの真の不死性に最も近い存在と言えような」

 レフティアは軽くうなずくと、レオの方を見ながらメルセデスに同調するような態度を示す。

「……確かにね、私たちディスパーダは言ってしまえば単純に死ににくいってだけで実際は深手を負ったら死ぬ。でもレオ君の場合は如何なるダメージを負っても結果としては死ぬことはない。それが恵まれたことであるのかは別にしてね、どういうエネルギー源に起因しているのかしら?もしかすると回数制限みたいなのもあるのかもしれないけど、それを確認する術は……なさそうだしね」

 メルセデスとレフティアが折り入った話を続けると、ノック音が室内に数回響き渡る。しばらくすると、アイザックともう一人の女性。勲章を山程身につけ、アイザックと同齢程と思われる女性が研究室に入ってくる。
 その女性の軍服はアイザックと比べても余りに豪勢で、その人物を知らない者ですらその人物が如何なる立場の人間なのか直感で理解する事が出来た。

「───レオさん、それとアンバラルイニシエーターの使者であるレフティアさん。初めまして、私はここレジスタンスの総司令官を務めています。メイ・ファンス少将です、以後お見知りおきを」

 艶めかしい気品のある声質がレオに動揺を与えつつも、イメージとはかけ離れたその人物に若干の親近感を覚えていた。

(こんな人がレジスタンスの総司令官だなんて、エクイラさんに件にしろ、想像もつかないなぁ普通)

「どうもー総司令官さん?会って早々悪いんだけど第三共和国の極秘介入ってのは全くのガセネタなのよね!!!本当はそこのレオ君を連れ戻しに来ただけなんだけど、どうやったらすんなり引き渡してくれるのかしら?」

 その言葉にメイ・ファンス少将は特に驚く様子もなく、落ち着いた態度でレフティアの問いに答える。

「あら、そうでしたか。確かに極秘介入な割には随分柄の悪い使者だなと思っていたところですよ。強者故の傲慢、余りに滲み出ている。レフティアさん、貴方の場合はそれもまた美徳として成立する実力の持ち主なのでしょうね」

「なーにをゴチャゴチャ言ってるのかわからないけど、あんま訳の分かんない事言うんだったら実力行使もいとわないわよ?」

 メイ・ファンス少将とレフティアの生み出す歪んだ空気感に、周りの者は耐え難い緊張感を覚えていた。
 特にメルセデスは何かを守るかのように壁に張り付く。

「あのぉ、少将とレフティア殿。お仲が良いのは宜しいがこの研究室でおっぱじめるのだけはご遠慮頂きたいところですな......」

 メイ・ファンス少将は笑いを堪えるかのように口元を抑える。

「ふふふ、いや失礼。レフティアさん、貴方は本当に面白い方ですね。まぁとりあえずこの場で争うのは私どもとしても本意ではありません、それに私では逆立ちしたって貴方には敵いっこないものね。隣のアイザックですらそれは難しいかしら?まぁまずはお話をしましょうレフティアさん?私たちの計画と、レオ君の扱いについて。ね?」

 メイ・ファンス少将とレフティアのやり取りにアイザックは苦笑しながらその場を密かに過ごした。



[43110] 力の自覚④
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Date: 2024/11/07 15:21
 ───その後、場所を移す。

 レフティアはメイ・ファンス少将自らによって作戦司令室へと導かれると、用意されていたソファにそのまま腰を無礼に掛けた。
 その部屋にいるのはアイザックとレオを合わせた四人だけで、クライネは表で待機する事となった。

「───で、あなた達はレオ君をどうしよっての?」

 メイ・ファンス少将が人数分の茶を入れている最中、レフティアは大柄な態度でおもてなしに応じた。

「……そうね、ハッキリ言ってしまえば彼を私たちの戦力として採用したい。という事かしらね、枢爵の思惑が定かではない以上は私たちも彼を簡単には手放せない。けど彼には枢騎士団と対峙する意思があるようだし、彼をただここに閉じ込めておくのではなく、枢騎士団に対する戦略的なカードとして起用しようと。そう思ったのですよ」

 メイ・ファンス少将は席に着くと、各々の手前に淹れた茶を腕を伸ばしながら差し出していく。
 そしてそのまま茶を受け取ったアイザックは口を開く。

「───まぁあくまでもこのことに関してはレオの自由意志を尊重する、一応現時点ではコイツに戦略的価値はないが、その気がないのなら事が済むまで保護させてもらう。終われば元よりすぐ解放するつもりだ。だが、現時点においてのレオの意思は、我々と共闘する満ちを選んだと捉えているが……彼女と出会ってそのことに変化はあるのかレオ?」

 アイザックは静かにレオへと視線を送る。

「───あぁ、そうだな......。レフティアさん、正直俺はレフティアさん達が俺を助けに来てるなんて思っちゃいなかったんだ。でもこうして来てくれていたことに凄く感謝している、だけどレフティアさん。今、俺はこっから離れる事なんて出来ない。俺のこの体質と、枢騎士団が俺を攫った狙い、それが分かるまでは。すまないが戻るつもりはない」

 レオはレフティアに顔を合わせながら視線を合わす、それを聞いたレフティアは気だるげそうに背伸びをすると足を組む。

「なるほどねぇー、肝心の当人がそういうスタンスなら私たちもここで強引に連れ帰っても意味はないものねぇー。はぁーそうねー、分かった!じゃあ……私たちも貴方のやりたいことに改めて協力させてもらおうかしら!!!」

 レフティアのその言葉にこの部屋にいるレフティア以外の者たちは驚愕した。

「───なっ、それは本気なのですかレフティアさん」

 メイ・ファンス少将は思わず言葉を詰まらせる。

「えぇそうよ?そっちにとって願ってもない話なんじゃない?って言っても、本音はせっかく遥々ここに来たってのに何もしないで帰るのは退屈だからなんだけど、てか帰ってもまた面倒事がありそうだしね。それにレオ君の力の事、すごく気になるし別にいいでしょう?」

「まぁ......。俺としては有難い話だが......」

 レオは向かい側の席の方を伺う、するとアイザックとメイ・ファンス少将はお互いに顔を合わせると、何かに納得したかのように頷く。

「えぇ、そちらからそのような提案をして下さるとは、幸栄の限りですよレフティアさん。ただしこちら側に就く以上は……もちろん概ねの行動等の守秘義務を課す事になるけれど、よろしいのかしらね?」

「えぇ、どうぞ。あと元々の計画を第三共和国にリークするって話だけど、全部が嘘って訳じゃなくて、その事なら一応は可能よ。具体的な事は私のアンバラルのツテがそれを実行できるポジションにいる。貴方たちの計画次第では彼ら共和国軍を介入させる隙を作ってあげる事も、可能かもしれないわよ?まぁ全ては貴方たちの計画とやらが上手く言った後の話なんだけど」

 レフティアはレジスタンス側との事前の計画について意気揚々と話したり

「───とりあえず詳しい話はまた後の機会にしましょうレフティアさん。貴方が協力して下さるのでしたら、我々の計画がより確実なものとなりますでしょう。感謝致しますわ」

 メイ・ファンス少将は深々と行儀の通った礼をする。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 メイ・ファンス少将等との話を終えたレオとレフティアは陽気に話し合いながら司令室から出ると、表で待っていたクライネと会う。

「その様子だと、話は穏便に済んだようですね......。良かったです」

 クライネは安堵の表情でレオとレフティアを迎える。

「あぁ、まぁ何とかな。レフティアさんの理解あってのおかげだ、ここで改めて礼を言いますレフティアさん」

 レオはレフティアに向けて深い礼をする。

「もーやめてよそういうの、結局私の気まぐれ事なんだから感謝されるような覚えはないわよ。それよりさぁ......!」

 突然レフティアはクライネとレオの手を取ると、それを自らの方へと優しく引きずりこんだ。

「二人はどこまでやったのよ?」

 その質問にレオとクライネは一瞬思考が追い付かずに間が空くも、直ぐに戸惑いを隠せぬ様子でクライネはあたふたする。

「なっ!ななななっ!意味深な事を聞くのやめてください!!!」

 クライネは思わずレフティアの手を振りほどくと、少し距離を置いた。

「わーお!冗談だって!そんなに警戒しなくてもいいのに、貴方って結構ピュアな子だったのね~、可愛くて無垢そうな子ってすごくちょっかい出したくなっちゃう......!」

 レフティアは何やら不思議な手つきでクライネに近づこうとする。

「もう!本当にからかうのはやめてください!!!」

 そういうとクライネはレオとレフティアのいるその場から勢いよく去って行った。

「あらら~、からかいがいのありそうな子ね~」

「はぁ、レフティアさん。そういうのは程々に頼みますよ、彼女も暇じゃないんですから」

 レオは呆れ交じりにため息をつく、その様子にレフティアは軽くじゃれながら笑い過ごす。

「ふふ、それじゃあレオ君。そろそろ君の特異的な体質とやらを拝ませに行かせてもらおうかなー?普段はどこでやってるのよ?」

 レフティアは和気藹々とそう話す。

「えーと、ここの一番深い所に幽閉施設がって、そこで……」

「幽閉施設......、そんなものまでここにあるのね」

 レオとレフティアは中央エレベーターへと続く廊下へと出た、そしてその廊下の要塞施設内部が垣間見える窓からはレオとクライネがいつしか見た光景がレフティアの目に映る。

(ディスパーダを閉じ込めておく幽閉施設なんて並みのそこらの組織じゃ到底用意のできない代物......、それに、あれは......巡航ミサイル、AE高射砲?一体何門あるのかしら、本軍に見つからずにこれだけの兵装を格納しているなんて只者の組織じゃないよーねここ。それこそ要塞化された首都一個丸々滅ぼせるほどの火力はありそう、本気で枢騎士団を相手取る気なのね)

 レオとレフティアは中央エレベーターに乗ると、幽閉施設へと向かう中央エレベーターは真っすぐ深層へと動き出した。

 やがてエレベーターは幽閉施設へと着き、レオとレフティアは降りると幽閉施設に至るまでの巨大な門へと差し掛かる。

「この先が幽閉施設、そして俺が越えなくてはならない二人のレイシスが俺を待ち受けている場所です」

 レオはレフティアにそう言うと、徐々に開かれていく巨大な門の前で整然と立ち尽くす、それを後ろから眺めるレフティアはどこか期待に胸を弾ませながらレオの背中を見ていた。

 門が完全に開かれレオとレフティアは冷たい空気の中へと入っていく。
 
 二人の新しい人影がレフティアの瞳に映り込む。

 そして同時に、レオとは別の存在の気配に、その二人のレイシスは凄まじい警戒心でレフティアを捉えていた。

「───そちらの可憐な女性はどなたかなレオ殿?」

 ベルゴリオは瞬時に顕現させたソレイスを片手にレフティアを注視し続けるが、レイシスの少女ダグネスの方は特に警戒する様子もなく席に着いている、だがしっかりと右手で腰の人工ソレイスの柄に軽く手を掛けている事は分かる。

「まぁ待て、警戒するのは分かるがこの人は協力者だ。敵じゃない」

 レオはベルゴリオに説得を試みるも一向に警戒を解く気配はない。

「先ほどから妙に空間がざわつくと思えば、貴様がその原因か。それにこのトゥルヘラクロリアムの気配、間違いようがない。我らと対を為す存在イニシエーター、それも只のイニシエーターではあるまいな。相当の手練れと見る、何用でここに参ったのかイニシエーターよ」

 ベルゴリオが武器を構えるも、その様子をレフティアはソレイスを顕現させる事もなく、無防備ともいえる状態で、只々不気味な笑顔で彼を見ているだけだった。



[43110] 力の自覚⑤
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Date: 2024/11/07 15:22
───ベルゴリオとレフティアの視線の対立に、レオは腕の素振りで静止を試みようとするも、その組織や存在その物の因縁の関係に彼が踏み込む余地はなかった。

「あぁ。レイシス......、ね。お望みとあらば死なない程度には相手してあげてもいいんだけど、……まずあんたじゃ遊び相手すらならなさそうじゃない???」

 彼女はそう言うと、ベルゴリオは血管を浮き立たせる。

「───チッ、なめよってからにぃ!!!」

 ベルゴリオは思わず自らの獲物を振り上げ、彼女の間合いを詰めようとする。

「やめるんだベルゴリオ」

 ダグネスは直前まで読んでいた本を閉じると、ベルゴリオにソレイスを納めるよう身振で諭す。

「───はっ」

 ベルゴリオは短くそう答えると潔くソレイスを納めた、その表情の変わり様は葛藤の様子を見せる事無く清々しさに満ちていた。

「悪かったねイニシエーターのお方、でもいきなりで私たちも驚いているんだ。これまたぶっ飛んだお客が来た、とね?」

 ダグネスは席から立ち上がると、そのままレフティアの方へとベルゴリオの前を過ぎて近寄っていく。

「あら?別に良かったのよ?戦いは嫌いじゃないもの」

 レフティアは挑発めいた言動でそう言う。

「ふふ、冗談はよしてくれよ。君はソレイスにすら手を掛けていないじゃないか、仮に私たち二人を相手取っても素手で勝てる自信があるんだろう?そんなおっかない態度を取る人にわざわざ戦いを吹っ掛けたくはない。……まぁ当然私としても負ける気は毛頭ないが、お互いに技量を見誤るほど浅はかではないはずだ。その挑発に乗るつもりはないよ」

 レフティアはダグネスの発言に対して面食らった様な表情をする。

「あら!驚いたわ、そっちの突っ立ってる奴とは違って、あなたは随分落ち着ているのね。感情バカのレイシス連中の中でもこんな個体が居るなんて驚きよ」

 レフティアはまるでレイシスを人個人として扱っていないような態度と言動をあからさまに示す。

「───ふむ、確かに君の言う通り。私たちは負の感情を力の根源としている以上はそう思われててもおかしくはない。自分で言うのもあれだが、その中でも私のようなものは少数派でしょうね」

 ダグネスはレフティアと相対しても平然としていた、その様子にレオは多少の安堵を得る。

「へぇ……???本当にすごいと思うわ。でも不思議なもんね、だってこんな。ねぇ?あなた達レイシスのお仲間を何人殺してきたかも分からない存在を前にじっとしてられるなんて、いきなり協力者だって出てきて納得できる方がおかしいって思うのに。まぁでも貴方みたいなその幼さに加えて、その豪勢な礼装と不相応な視座が、貴方の今の立場や度胸を形作ったってことなのかしら?おどろき。少しレイシスというものを見直したわ。貴方方のような組織には勿体ない人材ね」

 レフティアはさぞ感心した様子でそう語った。

「イニシエーター様からご褒めの言葉を預かり幸栄の至り。けど残念ながら与太話をしている時間は我らにはないはずだ。そろそろそこの彼の覚醒を急がなければね、私たちにとっても。彼の目的にとってもね」

 レフティアはその言葉に素直に頷くと、レオの方を向く。

「そうね、じゃあまずは見せてもらうとしますか」

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 その後、ベルゴリオとレオは普段通りの手合わせを行った。しかしその光景は以前と然程代わり映えはなく、一方的にレオが刺殺されては死後再生を繰り返すだけの光景が永遠と繰り返されていた。

「えぇ......、こんな血腥いやり方でずっとやってきたの?どう考えても並よりちょっといいくらいの身体能力の人間がディスパーダの戦士相手に敵うわけないじゃない、あほなの?」

 レフティアはレオに厳しい言葉を投げかける。

「いや、そうは言っても何かいい方法があるなら教えてください......」

 レオは切実にそう問う。

「知らないわよ、でもこんなのは無茶振りもいいところね。よくこんなのを続けさてるわねここの連中も。───でもレオ君。その死に続けられるメンタルだけは一線級よ」

「ははは……それはどうもです。でもこんなのは慣れるもんじゃないですけど……」

 レオはその場に座り込むと、対面していたベルゴリオは矛を納め姿勢正しく立ち戻る。

(くっ、俺はこのまま一撃も浴びせられないままなのか......?アイザックのソレイス、それを俺が使っても所詮は初見殺しの出来損ない。ベルゴリオのような奴を相手取るにはもっと実践的なフィジカルが必要だ。だが、俺の体術や身体能力では、根本的な身体の性能からして到底彼らを上まる事はない、何か。何か手はないのか)

 レオは現状の具体的な打開策も見当たらないまま、呆然と時だけが過ぎていった。

「───今日はここまでだな」

 ベルゴリオはそういうとレオの前から去って行った。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 幽閉施設を後にしたレオは、レフティアと共に自室へと戻っていた。
 レフティアが堅いベッドの上に座り、向かい側のイスにレオは座ると先にレオが口を開く。

「……そういえばミル中尉は今どこでなにを?」

「ミルちゃん?彼女なら都市近辺で情報収集中ね、今は色んなコネに手回ししてるとこよ」

「そう、ですか」

 レオはどこかソワソワとした様子で、気まずそうに座っている。

「それでねレオ君」

 呼びかけられたレオは、それに短く返事をする。

「───アドバイスってわけじゃないんだけど、私たちディスパーダっていうのは人間で言うところの感情の力ってのを拠り所にして、ヘラクロリアムの振る舞いを現出させているの。例えばレイシスならネガヘラクロリアム、イニシエーターならトゥルヘラクロリアムと言った感じでね、正と負の真反対のエネルギーをぶつけ合ってる。そう言う感じのヘラクロリアムの加護を受けて、私たちは様々な力を発現させている。つまりはもしかするとレオ君の今に足りてないのは拠り所とする感情の部分なんじゃないのかなって思うの。なんていうのかな、レオ君の今の強靭なその精神性が反って力の源流と相反しているのかもしれない、現状のレオ君そのものの生命活動はヘラクロリアムに依存してないとは言え、その手に携えるのは正しく私たち覚醒者のもの。ヘラクロリアムをソレイスから自らへの体内へと逆流させてみてれば、もしかするとレオ君の身体との親和性が後天的に発言するかもしれない。でも普通の人間がディスパーダになった例なんて一部を除いて私は見たことないから、何とも言えないけどね」

「なっ、なるほど?」

 レオは頭を抱えながらも、レフティアの言葉に必死にしがみつこうとしていた。レオにとっては途方もない道の中での唯一の活路であったからだ。

 レフティアはベッドから立ち上がると部屋の玄関の方へと足を運ぶ。

「それじゃ、私はここの司令官さんに纏まった話をしてから、とりあえずここを去るわね。第三共和国軍へリークさせる情報の信頼付けにはイニシエーターの立ち会い、つまり私が必要だから。てことでそれじゃレオ君も頑張ってね。上手くいけば近いうちにまた会うことになるだろうし、その時レオ君がすごーく、なんか強くなってる事に期待してるね」

 そういうとレフティアは爽やかな笑顔を見せながらレオの前から去って行った。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 次の日の幽閉施設にて、レオは以前とは違う顔持ちでこの時を臨んでいた。
 ベルゴリオはその事に気づきつつも、特に気にすることもなくいつも通りに顕現させていたソレイスを構える。

「それじゃ、やるぞ」

 レオはそういうと、アイザックの銃型のソレイス二丁を両手に顕現させる。その次の瞬間、ベルゴリオは瞬時にレオの間合いに詰める。
 ここまでは普段と変わりのない展開だった、しかしレオは依然として両手にソレイスを携えたまま、そのまま棒立ちでベルゴリオの鋭利な一突きを受けいれた。
 ベルゴリオはその事に戸惑うもそのまま深くレオの胸を貫く。

「何をしている、遂に自暴自棄になったか」

 ベルゴリオがレオの耳元でそう囁くと、レオは薄ら笑いで応える。

「ぐっ……、いーや……」

 苦し紛れの表情で、レオは両手のソレイスを自らの体を貫くベルゴリオのソレイスに添えるように触れさせる。

「レフティアさんの言葉から得た発想だ……どうなるかな……」

 すると、レオの当てた銃型の二丁のソレイスは、突然ベルゴリオのソレイスと同じ外見へと急速に変質する。

「───これは!?なぜ私のソレイス!どういうことだ!?」

 レオは両手に変質させたソレイスで、そのままベルゴリオの片腕を勢いよく切り落とす。
 それに為す術なくベルゴリオは大きく後ろに仰け反ると、何とか右足で態勢が崩れるのを踏み耐える。

(俺がアイザックのソレイスを出す度に感じ取っていた、この手にジンジンするような違和感と気持ち悪さ。ひょっとしたらと思ったが……、俺はずっとこいつとどちらに染まるかをせめぎ合っていたのか、レフティアさんの言葉。彼らは感情のエネルギーをトリガーとしてヘラクロリアムに作用させるという、つまりは。俺にはコイツらを受け入れるためのトリガーがなかったんだ、それをする前に常に死んでいたからな。そりゃあ常人が到れる道じゃないわけだ。死を彷彿とさせる様な強力な負のエネルギーがなければ、体内にそれを受け入れることなんて出来ない。だが、死を体感として記憶している俺ならば……できる!!!)

「ぐうぅ......、まさかそんな使い方が出来るとはな......これは言葉通り、一本取られたな」

 ベルゴリオは切り落とされた腕を左手で拾うと、そのまま傷口に当てて固定し小煙をあげながら元通りに再生、くっつけさせる。レオの胸に突き残されたベルゴリオのソレイスは、そこから煙になって散るように一度姿を消すと、再びベルゴリオの手元へと顕現する。

「───貴公から、今までなかったヘラクロリアの源流の巡りを感じる。互いのソレイスを通してネガヘラクロリアムを体内に交流させたのか。面白いことを考える」

 その様子をみていたダグネスも、思わず目を見張る。

(あれは……体内にヘラクロリアムの生体回路が構築……?)

 ダグネスはその瞳からレオの体内に巡り始めたヘラクロリアムを透視する。

(今まで微塵も彼から感じる事のなかった負のエネルギーが、彼の手元のソレイスを発生源として体内に逆流している!?人間の根源的な恐怖、痛感で変化を促進させる為のエネルギーを使い、ベルゴリオのソレイスを起点として体の性質を急速に変質させているのか……?そんな事が、果たして人の身に可能なのか……?)

「……ベルゴリオさんよぉ、改めて手合わせを頼むぜ」

 レオは二本の剣のソレイスを構えて足を踏み込み、ベルゴリオと真正面から対峙する。

「はっはっは……あぁ来い、お前に齎された我が負の真髄を私に見せてみろ」

 そう言うと、同じタイミングで両者は互いの間合いに踏み込み互いのソレイスを激しく交じり合わせ、空間を嘗てないほどに震撼させるのだった。



[43110] 力の自覚⑥
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:22
───レオは嘗てないほどの血の巡りの向上と昂りに思わず心を躍らせる。
 マイナスの力。そのネガヘラクロリアムの加護から染みる圧倒的な力の奔流と膨大な感情の負のエネルギー、まるで超越者にでもなったかのような。異形の感情。
 それを持ってしてレオは己の刃を震わせた。

「───すごい!!!すごいぞこれは!!!これが、お前たちが見ていてた光景なのか!?」

 一度ネガヘラクロリアムと融和し始めたレオの体は以前の生身の人間の体のそれとは大きく変質しはじめていた。 目は破裂せんとばかりに赤く充血し、腕の皮膚からは血管とその表皮を破って血が流血。人としての体の構造を辛うじて保っているような、そんな状態だった。さらに、ソレイスの硬度も身体の質量も、彼と唯一対峙していたベルゴリオだけがその上昇値に以前との歴然たる差を感じ取っていた。

 レオは本能をむき出しにした様子でベルゴリオに瞬発的に襲いかかる。

「───くっ、速いな。だが......!」

 しかし、レオの高機動的身体速度だけではベルゴリオを圧倒するには至らなかった。
 レオの乱雑な斬撃にベルゴリオはそれを丁寧に一つ一つ見切ると、斬撃をかわしながら鋭いカウンターの一撃を再び胸部へと突きつける。

「馬鹿め、その身体能力を持て余しよって!隙だらけだ!」

 しかし、その一撃は以前の様にレオの体を突き抜けることはなかった。

「なっ!?我が一撃が!?」

 ベルゴリオのソレイスはレオの体を突き抜く以前に傷をつけることすら敵わず、その肉体は鋭利なソレイスを弾いた。

「───あ、ありえん......。コイツ一体何をした......?」

 レオは瞬時に呆然と立ち尽くすベルゴリオの両腕を二本のソレイスで容易く切り裂く、腕を失ったベルゴリオは抵抗する様子もなく、地に落ちた腕と己のソレイスを眺めながら後ろに身を引いていく。

 ───すると、ベルゴリオと入れ替わるようにレイシスの少女ダグネスは、紅に発光する人工ソレイスを展開しながら前へと出た。そして、瞬時にレオの間合いへと詰める。

「ようやく、私の出番というわけだ」

 そう短く告げると、レオの首元にダグネスの人工ソレイスの刃が寸前に添えられるように接近する。レオの首はその一撃の一振で確実に持ってかれたと、誰しもが思った。

 しかし、レオは赤目の眼光でそれを捉えると、獲物に食らいつく獣のように、その一撃を口元で咥えて受け止めてしまう。するとそのまま人工ソレイスを噛み砕いてしまった。

「コイツッ!?」

 ダグネスは砕かれた人工ソレイスを手放し、距離をとると、レオは噛み砕いたソレイスを捕食するかのように空中に散らばるそれを、口元を盛大に傷つけながら食い貪る。

「……お前、食っているのか、私のソレイスを。まるで獣でもなったような、……まさか『感情の井戸』に堕ちているのか?」

 気づけばレオからは理性の欠如が見え始め、彼女達が放つ言葉にすら反応する様子がない、人の姿をした高慢な獣の姿がそこにあるようだ。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 幽閉施設で起きている様子をモニター越しで眺めるアイザックは一つの推論を独り言の如く唱える。

「彼の特異体質、その能力はヘラクロリアムの捕食?捕食の形態は問わない様だが……そうして捕食したその能力の発現……?取り込んだヘラクロリアムの性質に応じて肉体や精神に変化を齎す?……ダグネスの純粋なネガヘラクロリアム構造体である紅玉の人工ソレイス・イレミヨンを経口吸収したことでより純粋なレイシスとして近づいたということなのか?もしくは『カロマ』か?───まぁなんともそれはそれは、とても。レイシスの誰よりもレイシスらしく、より暴力的で感情的、そしてより高慢な生き物となった訳か......。かくもこんなに美しいものなのか、理性から開放された純粋なレイシスというのは」

 それを静かに聞いていたメイ・ファンス少将は、アイザックに言葉をつづけるように静かに言う。

「並みのレイシスですら辿り着く事の無い人的感情の閾値マイナスの領域。『レイシスの獣』、より肉体は闘争に特化し、その硬度はダグネスの一撃すら防いだ。これは、とんでもない逸材を引き連れてきたものね、アイザック......。彼がこのまま『カロマ』ににでもなったら、どう後始末ををつけるつもりなのかしら……?」

 アイザックは無言を貫く。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「目が怖いな君、もしかして我でも忘れているのか?力の奔流に流されているようではまだま......」

 ダグネスが言葉を言い切る前に、レオの2本のソレイスがダグネスの体を上下に両断するかの如く振りかざす。
 その一撃に瞬時に反応して見せたダグネスはレオから再び大きく距離を取る。

「まずいなこれは......」

「ダグネス様、助太刀いたします!」

 ベルゴリオは切断された腕が完全に再生しきった様子で千切れた袖を震わせながらダグネスを守るかのようにソレイスを構えながら前へ踏み出る。

「あぁ助かる、イレミヨンを片方失った私だけでは手が余るところだ。私がゼロ距離で奴の頭部に枢光《ヘイテンロア》を発つ、何とか私が奴の間合いに踏み込めるように隙を作ってくれ!」

「───承知!」

 ベルゴリオは戸惑う事もなくレオに向かって突き進む、そのまま足を狙うように姿勢低く踏み込むもレオは浅く飛び上がると落下する勢いでベルゴリオに向けて右手のソレイスを振り下ろす。

 ベルゴリオはそれを寸前でかわすも振り下ろされた風圧で左方へ吹き飛んでしまう、吹き飛ばされたベルゴリオは空中でレオに瞬時に詰められると、レオは体を回転しながら刃をしならせてベルゴリオの四肢を瞬時に奪う。

 そして次の一撃がベルゴリオの首元を狙っていることを見たダグネスは、させるかと言わんばかりにレオの体を横から蹴り飛ばす。

「ダメだ……!我々の空間障壁が何故か中和されている。接近戦は危険だ、私一人のフィジカルで奴を抑えるしか......!」

 ダグネスは積極的にレオの間合いに踏み込むと乱雑な斬撃を受け流しながら、ゼロ距離で枢光を打ち込む隙を探す。

 しかし、レオの殺人的な重い一撃をいつまでも受け流せる程ダグネスにも余裕があるわけではなかった。

「いつまでもこんな防戦一方のやり合いをしても先に尽きるのはこっちの方だ......、何か起点はないか......」

 すると突然、レオの右手側のソレイスは変質させて銃型のモノへとその姿を変えた。

「コイツ......!ソレイスの変質も自在だったていうの......!?」

 レオの左手側のソレイスによってダグネスのソレイスが弾かれると、右手の銃型ソレイスの銃口の先にあるダグネスは完全に無防備の状態となってしまう。

「マズイ......!やられるッ......!」

 ダグネスがそう思い込んだ瞬間、幽閉施設の設備が瞬時に稼働する。あたり一帯が壁面に埋め込まれていた照射装置によってレオだけが赤く照らされると、レオは苦しむ様子を見せながら突如動きを止める。

 やがて、手に携えていたソレイスが消失する。

 その隙を逃さなかったダグネスはレオの頭部に片手を被せるように腕をもっていく、その手は先ほどの照射装置によって放たれていた紅く眩い光よりも、より強力に輝かせ丸く、球状にそのエネルギーは形作られる。

「―――枢光《ヘイテンロア》」

 ダグネスの放った冷徹な一撃によって、レオの頭部は跡形もなく消し炭となった。

 頭部を失ったレオの肉体は、安らかに地へ落ちた。

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

「───申し訳ありませんダグネス様......」

 ベルゴリオは満身創痍の面目ない様子でダグネスに頭を下げる。

「よせ、私とてギリギリだった。まさか彼があそこまでのポテンシャルを秘めていたとは思わなんだ。まさに奇跡だな」

 しばらく後、レオの消し炭となっていた頭部はやがて死後再生されていく。
 だが、彼はその場で目覚めることはなかった。

 後に幽閉施設へとアイザックと共に踏み込んできた特殊救護班によってレオは集中治療室へと運ばれていく。

 その様子を見届けたアイザックは、タバコを手に持ち一息吹かすと、ダグネスたちの方へと視線を向けた。

「───あなた方のご協力には感謝する、レオの秘められた力を見出してくれたことになぁ。アレは、我々と同じ負のエネルギーが定着した状態。レイシスとして、目覚める事ができたのやもしれん。目覚めてからは多少の経過観察と心的中和剤で感情均衡を保たせたのちに、本格的に戦略利用出来るか検討する。戦闘部の皆にも伝えておく、これからの戦場を共にする新たな仲間の誕生かもしれんしな」

 アイザックはそう言うと、救護班の後を追うように去ろうとする。

「……ふふ、ちゃんとあのじゃじゃ馬を抑制して頂きたいところだアイザック大佐。あれは、生誕した野良レイシスよりも酷い。会話くらいはしっかり成り立つように、頼みますよ。彼は、あのままだと、エグい」

 アイザックの去り際にダグネスはそう言うと、アイザックは一瞬足を止めるも、特段反応する様子もなくその場を去って行った。




[43110] 枢騎を滅する計画
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:23
 ───レオ・フレイムス。彼が覚醒者としての芽が出始めていた頃。
 アンビュランス要塞撃滅作戦決行日まで、レジスタンスに残された時間は少なかった。

 メイ・ファンス少将を始めとするレジスタンスの高級将官は、着々と各々の立場を利用し計画の準備を着実に整えていく。
 ある者は前線に送られるはずだった兵器の横流しを、ある者はアンビュランス要塞の警備配置、当日の枢爵クラスの所在を把握する者。
 この計画は意志ある内部者たちによって、確実に枢騎を滅するものへと成していった。

 ───特設作戦司令室にて。
 メイ・ファンス少将は計画の進捗状況を各部隊長と共に確認し始める。

「メイン中佐、おまかせしたダグネス枢騎士団長の率いる第十一枢騎士団の扱い、戦闘部への編成は現在どうなっていますか?」

 メイ・ファンス少将は中央台座の通信機で状況の確認を取る。

「───いやぁ……彼らのダグネス団長に対する忠誠心はすごいもんですよ。国に逆らうって時に、部隊離脱者が全体のたった四割程!よく鍛えられているようですねぇ。枢騎士団そのものは後方待機で枢騎士掃討作戦第二段階で投入しようかと。特化装備付つきで、我らが率いる三個戦闘団が要塞南西方面から進行、混乱に乗じて順次掃討の後、第十一枢騎士団がブリュッケン第二駐屯地から第一段階の飽和攻撃完了後に要塞跡地を同時に挟撃予定。現在は駐屯地との独自ルートを連携を密に構築していますよ」

「なるほど、分かりました。そのまま彼らとの連携を強固のものとしてください。通信は以上です。次、システム班に繋げて下さい」

 メイ・ファンス少将の指示を聞いた付近のオペレーターが、通信機のチャネルをシステム班に繋げる。

「システム班。第二のエイジスシステム機構の対応はどうなっていますか?」

「───はい、例のやつですが……。こちらの算出ではどうにも外部からの操作では第二エイジスシステムに干渉出来ないようで、第一エイジスシステムとは違って全く別の技術で成り立っているようです。更にこちらは有効範囲がアンビュランス要塞主要部を対象にかなり限定的に作用してます。このままでは飽和攻撃後も主要陣に致命的なダメージを与えられない可能性が。やはりセキュリティルーム及びサーバーの直接占拠が急務かと」

 システム班の通信は切羽詰まったような様子でそう話していた。

「我々がここまで用意してきた過剰とも呼べる火力を持ってしても、ですか?」

 メイ・ファンス少将は改めて現状の不足を確認するように、そう聞き返す。

「───はい……。恐らく如何様な攻撃を受けても枢爵が管轄する地区だけは存続するように出来ているものと思われます……」

 システム班は悲壮感を漂わせながらそう話す。

「なるほど……彼等の居住地だけはよく出来ているという訳ですか。……色々と検討します。引き続きよろしくお願いします」

「───分かりました」

 システム班の言葉を最後に通信は終了する。するとメイ・ファンス少将はため息をつきながら司令官専用座席に腰を下ろす。

「アイザック、貴方の情報がなければ作戦は完全に破綻していたとこですね。枢爵をやれねば唯の無意味な虐殺となるところでした。感謝します」

 司令官専用座席の後ろに立っていたアイザックは軽く相槌を打つ。

「比較的中枢に居た俺やクライネですら不確かな情報としか認識出来ませんでしたが、まさか本当に二段構えの防衛構造になっていたとは、保身に関しては枢爵の連中も用意周到な事だ。わざわざ目星つけて枢騎士団長に接触し引き入れた甲斐があったってものですよ。まさかあの幼き枢騎士が枢爵のお気に入りで、爵位継承候補者、いずれは懐刀となる予定があったとは、こればかりは枢爵にも見る目があったと言いたいが、結果的には見る目がなかったとも言えるか。これを知るのは枢爵と僅かな側近達だけとは、いやいや。秘匿主義もここまで来ると恐れ入る。彼女がこちら側ににつき、齎した情報は偉大だ」

 アイザックはそう語った。彼は普段とは異なる改まった言動と態度で少将と接している。

「えぇ、本当に。それで今の前線の状況はどうなっているのでしょうかね」

 メイ・ファンス少将はそうアイザックに問う。

「愚かな帝国軍は追加派遣された数個枢騎士団を以てしても、未だアンバラル領第三セクターを攻め落とせず、ぐだぐだ〜と戦力を損耗しながらゆらりゆらりと攻めあぐねていますよ。アンバラルの共和国軍が未だ大規模攻勢に転じてない事が温情とすら感じる程にね」

 アイザックは再び帝国に対する盛大な呆れみの感情を詰め込んでそう話す。

「……まぁそれはもちろん多国籍企業絡みってのもあるのでしょうけどね。帝国は各地に世界中の大企業の支社やファクトリーヘイヴンがあるもの。上手い事帝国も企業を利用しているわよねぇ~、にしても風呂敷を広げ過ぎだけども。あれだけの広大な戦線を三つの枢騎士団だけで維持できるはずもなく、追加動員すら不透明な戦力。今の枢爵達にはこの戦況が明るく脚色されて見えてしまうのかしらね、人を死なせることだけの作戦に見えて仕方がないのだけど。このままでは地方部隊に動員が掛けられるのも時間の問題......、そうなったらいよいよね。はぁ……枢爵共は一体何を企んでいるというのかしら、まさか本気で共和国を討つ気でいるんじゃないでしょうね」

 メイ・ファンス少将は無自覚に崩れた口調に変わり始めていた。

「あぁ、未だ我々の諜報網を以てしても枢爵身辺の目的は把握できていない。レオの事も何に利用するつもりだったのかすら分からず終いだ、結局奪還時以降は捜索部隊の表向きの気配も殆どなくなってしまったしな。ネクローシスもだ、西側勢力のエターブ絡みの組織も今は沈黙している。統率でもとれているかのようだ。何か背後にもっと強大な意図でもあるかねぇ......」

 それ聞くと、メイ・ファンス少将は小笑いな吐息を漏らす。

「そんな映画の脚本みたいなこと、複雑に複雑を重ねるような社会でこのご時世有り得るのかしらね。まぁ目的が何であれ……我々には彼を利用せずにこの作戦を遂行出来るほどの戦力に余裕はない。使えるものは何でも利用しなければ、例え彼と枢爵を鉢合わせる事がリスクなのだとしても。まずはどんな形であれ、都市が灰と化してでも。この国を私たちの手で取り戻す。全てそれからなのよアイザック、もう私たちには時間がないわ」

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ───幽閉施設にて。

 あれから傷を死後再生し、意識を取り戻したレオは、その肉体に興味津々なドクターメルセデスの執着的な付き纏いから何とか逃れると、再び幽閉施設へと訪れ、レイシスと再び剣を交わす日々へと回帰していた。

「───大分腕を上げたね君、もうベルゴリオでは相手出来ないほどだ。覚醒者としての体は随分馴染んできたのか?」

その言葉を聞いたベルゴリオは、俯く。

「あぁ、まぁな。感覚が拡張されたような感じだ。見える世界も以前とはまるで違う、体も知覚も何もかも、特に反射神経だな。これは以前と比べ物にならないほど研ぎ澄まされているのがわかる……。脳で負えない処理は、体が担うという原理というか、本質的な感覚だ」

 レオは、自身の身に起きた変化を着々と言語化していく。

「ふーん、覚醒者としての本質。両義性を理解できるとはね……恐れ入る。それに、精神面の方も大分安定しているようだし、これはかのドクターメルセデスのおかげかな?」

 メルセデスのその名を聞いて瞬間、レオの体は一瞬微動する。

「あっ、あぁまぁな......。メルセデスが作った均衡中和剤のおかげで大分安定はしている......、だけど必要以上に体を調べてこようとするのは本当に勘弁してもらいたいところだが......」

 レオは研究室での出来事を思い出しながら、メルセデスへ恐怖心を抱く。


───均衡中和剤とは、メルセデスが試作した体内ヘラクロリアム粒子の極性を均衡状態にする為の血清のようなもの。
元来は極度のマイナス領域『カロマ性』に陥るレイシスの為に、その覚醒者の体液を用いて開発されていたものだが、レオに投与する為に特注でチューニング、試作されたものだ。


「……まぁあの手の優秀な科学者にはそういう変態が多いものだよ」

(私もそうだったなぁー、今よりもっと幼い頃はよく見ず知らずの科学者に囲まれていた。でも私がソレイスを顕現させることが出来ないと知ると、浅い科学者共はすぐ様見切りをつけてどっかに去って行ったけど)

 ダグネスは、ふと自信の過去を振り返えながらそう答える。

「そういえば、私のこの人工ソレイス、イレミヨンは彼の先人たる研究グループが発明し受け継いできたものだったはず。私のようなレイシスの出来損ないにとっては、その変態性も有難い存在だ」

 ダグネスは手元のイレミヨンを静かに眺めながらそう言う。

「そうなのか、すごいんだなあの人。……その、差し支えなければ教えてほしいんだが、人工ソレイスってのは......?」

 レオは好奇心からそうダグネスに聞いた。

「うん?その名の通りだよ、私が使うこれは人工的に作られたソレイス。自分で言うのもあれだけど、私は生まれつきレイシスとしての才覚に恵まれていながら、ソレイスを顕現させる事のできない出来損ないなのさ」

 ダグネスはイレミヨンをレオに向けて大きく振って見せる。

「ソレイスを、顕現出来ない......?そんな事もあるのか。体はヘラクロリアムに適応してても、ソレイスを顕現出来るかはまた別問題......、俺の境遇と少し似てるんだな」

「似てる......?何がだ?」

 ダグネスは顔つきを変えてそう言った。

「あっいや。お前は体は適応しててもソレイスを顕現出来なかった。そして俺はソレイスを顕現できても体は適応出来てなかった、ほら反対だけど似てるだろ俺達?」

 レオは軽い笑顔でそう言ってみせると、ダグネスは思わず笑いだしそうになるも微笑して堪える。

「ぷっ、ふふふふ。なんだーそれは皮肉かー?だとしても結局君は体も武器も手に入れられて、私は未だ出来損ないのままだ。私たちは、似てないよ。それに君の場合そもそも順序がおかしい、ヘラクロリアムの加護あってのソレイスだ。君が覚醒者にとっての、呼称通りの特異点であることは違いないさ」

 そう言うとダグネスは2本のイレミヨンを構える。

「だけど、君はソレイスの扱いがまだまだだ。ベルゴリオくらいのレイシスを雑に倒せたとしても私と同じ地位を有する者にその刃は届かない。もっと剣技を高めなければならないね、奇しくも今の君は私と同じ二刀流、その体に教えられることは沢山ある」

「あぁもちろんだ、もう一度頼むぜ。ダグネスさん、いや。師匠......かな?」

 レオもダグネスと同じように、だが不格好に、二本の剣を構える。
 そしてまた再び二人はソレイスを交わし合うと、その日のマンツーマンでの訓練は終わった。





[43110] 世界に愛されている
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:23
───レイシスの少女、ダクネスとの稽古を終えたレオは地下要塞の自室でゆっくりと身を休めていた。

「俺は、以前とはまるで変わっちまったみたいだ」

 レオはどこか自分が自分でないような感覚に苛まれていた、急激に変革した己の肉体や特異な力に精神的な領域が置き去りになっているようだった。
 特に負の領域であるレイシス側の力は、精神面に多大なマイナスの影響を及ぼす。
 均衡中和剤のおかげでレオは精神を安定させているが、本来ネガヘラクロリアムを極度に取り込んだ人の精神は極めて不安定のものであるはずだったと、ドクター・メルセデスは語っていた。

 そんな過去の言葉に思い耽る中、レオの自室に数回のノック音が響き渡る。

「ん?クライネさんかな。またメルセデスの診断書か何かだろ」

 レオは気だるげそうにベットから上体を起こし、そのまま立ち上がると訪問してきた人物に会いに玄関の方へと向かう。

 ドアを開けるとそこにはエクイラの姿があった。

「えっ......?エクイラさん!?」

 そこには清廉に佇んだ女性の姿があった。その美しさに見慣れないレオは目が焼けるようだった。

「───御機嫌ようレオ様。少しお時間の方を宜しいでしょうか?」

「えっ、あぁもちろん。どうぞ......」

 レオは固い身動きで中へとエクイラを手招きする、廊下で他に人がいないか辺りを見るも、どうやら今回は付き添いの人物はいないようだった。

 エクイラが部屋に入りきると、そのままレオは丁寧にドアを閉める、中へ通されたエクイラは、迷う様子も無くレオが寝ていたベッドに上品に座り込む。

 レオはそれを見て思わず声が出そうになるも、強く推し留めた。悪意や他意はきっとないのだと、彼女はお嬢様なのだから。

「えーと、そう言えば前に話したいことがあるとか言ってましたよね......その件のこと、ですかね......?」

 レオは部屋の中で立ったまま、エクイラに話を振る。

「えぇ、そうですわ。その前にどうぞこちらの方に」

 エクイラは優しい手振りで自らの横に座るようレオを誘うが、レオはそれに強く動揺する。

「あぁいやそういうのはさすがにマズイっていうか......」

「あら、どうしてですか?」

「いやぁ......、それはまぁ......。そのエクイラさんは有名人ですから......、スキャンダル的な?近い距離というのはマズいでしょう......」

 レオの思わぬ言葉に、エクイラは上品に手を口に当てて微笑む。

「そんな事を気にしてくださるなんて、レオ様は優しいですね。でもここは見ての通り、閉ざされた2人だけの狭き世界です。どうか私の願いを聞き入れてはくださいませんか......?」

 エクイラは上目遣いのような表情でレオを見つめる、それに対してレオは照れた様子で思わずエクイラに背を向けて目線を逸らす。
 すると、レオは参った様子で大人しくエクイラの隣にゆっくりと少しだけ空間を設けながらベッドに座る。

「ありがとうございますレオ様」

 エクイラは隣に座ったレオに朗らかな笑顔を向ける。

「えぇ、まぁこれくらいは......。それで肝心の話って......」

 エクイラは静かに頷くと、エクイラのドレスの様な変わった衣服。その懐辺りから何か無機物的な人工物を取り出す。

「え、それって......」

 レオはエクイラが取り出したモノに対して、息を呑みながらそれを見た。
 取り出されたのは帝国軍の標準装備に採用されているAE型のハンドガンだ。

「少し、見ててください」

 エクイラはそう言うと、そのハンドガンを自らの頭部に向ける。

「えっ、エクイラさん......!?一体何をし───!!!」

 エクイラはそのままトリガーに指を掛けると、躊躇する様子もなくその引き金をあっさり引いてみせた。

 しかし、その瞬間。

 エクイラが持っていたそのハンドガンは内部から放射エネルギーが暴発し、眩い光を辺りに照らしながら破損した。

 その光景を眩い光に阻まれつつも熟視を続けていたレオにすら、何が起こったのかは理解できなかった。

「一体何が......?銃が勝手に......?」

 エクイラは破損した銃を膝元に置くと、儚げな様子で正面に視線を向ける。

「私は、生まれた時からこの方。一度も体に傷が出来た事がありませんの。自分でこのように傷つくことすら許されず、勝手に物が自己崩壊を引き起こすのです」

 エクイラは視線を、膝元に置かれた破損したハンドガンに向けるとそれを優しく撫でる。

「そんな事が......。で、でもエクイラさん、さすがに今のはこっちが死ぬほど驚くのでマジで勘弁してもらいたいところです......」

「ふふ、ごめんなさい。私のこの恩寵の使い道、こうやって披露して魅せることしか思いつかないものですから......」

 エクイラは、どこまでも儚げな様子でそう話す。

「……そんなこと。───要するに……無敵ってことですか?」

 レオが軽い口調でそういうと、エクイラは俯く。

「ふふっ。無敵……ですか、純粋に無敵ならばお役に立つ事も出来ましたでしょう。しかし、正確にはそうではありませんの。私のこの恩寵は誰の役にも立つことはありません、誰かを守ることも出来なければ、誰かのために他者を制する事も出来ない。本当に唯、私が私でいる為だけの力。純粋に私という存在を守る為の力。どこまでも独り善がりで孤独な恩寵なのです。そしてそんな巡りあわせの中で私が抱いてしまった唯一つの願い。きっとレオ様になら叶えてもらえるかもしれないと思ったのです」

 レオは固唾を飲んでそれを聞く。


「そのただ一つの願い、というのは......?」

 それを問うと、エクイラはレオに近づき手を取る。
 そして、顔を近づけながら答える。

「―――レオ様、私を殺してください」

 レオはその耳元で囁かれた言葉に、思わず絶句する。
 なぜ彼女のような優しき人がそのような願望を持つのか。巡り巡る思いがレオの中で乱れ打つ。

「なぜ......そのような事を......。仮に俺にそんな力があってもそんな事......」

「私は怖いのです、親しき者たちを置いて、いつしか私一人しかこの世界にいなくなってしまうんじゃないかって。私はこの力が嫌いです、私しか生き残る事が出来ないから、誰も守れず、愛しい人すら我が身で未来に繋げることすら叶わず。そして……私の体は……老衰がどんどん緩やかになっていっているとドクター・メルセデスに言われました。このまま行けば、やがては本当に不死に成りかねない、そんな事になってしまったら......私は......」

 レオの手元に、クライネは涙を零した。

 エクイラの話にはレオにとって同情する余地はなかった、難解な境遇である事に加えここでその話を否定すべきか肯定するべきなのか。
 つい最近まで唯の人であったレオには、その形而上学的な答えを導き出すことは出来なかった。

「俺には、なぜ貴方がそこまで生きる事に絶望してしまってるのか分かりません。エクイラさんのその願いに応えることが、果たして本当にエクイラさんにとって救いになることなのかも。でも貴方がその力で生きていてくれたおかげで、俺はこうして貴方の透き通るくらい綺麗な声を聴けて、そしてその声を、貴方の歌を心待ちにしている人たちがいる。それだけで、そうやって貴方が貴方らしく居るだけで嬉しい人達もいる。十分じゃないですか……それで。俺が拙い言葉で言えるのはこれくらいだけど、俺はエクイラさんの願いの為に殺す方法を探すより、貴方が生きていたいと思えるものを探したい」

 レオがそう言うと、エクイラが流す涙は緩やかになっていった。

「───まさか、そんな事を言ってくださる方が居るなんて......、ごめんなさい。思わず感極まってしまって......、本当にごめんなさい。はしたない姿をお見せしてしまって……」

 エクイラは流れ落ちた涙を、裾のポケットから取り出したハンカチで優しく拭き取る。

「い、いえ......」

 レオは、自分の発言をふと思い返すと、余りに飾ったような言い回しにある種の羞恥心のようなものを覚えていた。

(うっ、エクイラさんの前だからってさすがにかっこつけすぎてしまった......!恥ずか死ぬなぁ......)

「レオ様、ありがとうございます。その言葉に私の濁った心の中が少し和らいだ気がします。でもそんな事を言われしまっては尚更......」

 エクイラはそう言うと、レオの腕に抱きつくかのように腕を絡める。そして恍惚つした表情で彼女は言う。

「より一層、レオ様に殺していただきたくなりました」

(まじかー)

 エクイラはレオから離れてベッドから立ち上がると、近くの机に破損したハンドガンと先ほど涙を吹くのに使ったハンカチを添える。

「……これらはレオ様にお預け致します。これからはレジスタンス全体がいよいよ忙しくなりますでしょうから、そんな傍らでもこれで私の事を思い出して頂ければ、このエクイラは嬉しいです。特にこの小銃は皇帝より授かった国宝です、その手の物に渡せば高値が付くでしょう。お困りになりましたらご自由になさってください。そして……いつか……私を殺せる方法が見つかった時には、このハンカチをお返しに来てください。それが私にとって……至高の終わり方です。……では私はそろそろこの辺りで失礼いたしますわ」

 レオは無言でそれを聞き届けると、エクイラを玄関前まで送り届ける。

「それではまた会う日までご機嫌用、レオ様」

 笑顔でレオにそう言って背を向けると、エクイラはどこかへと帰っていった。
 去って行くエクイラを見届けると、レオは自室へと戻る。
 机に置かれていた破損したハンドガンとハンカチにふと目をやる。

「『いつか私を殺せる方法が見つかった時には、これをお返しに来てくださいね』か。エクイラさんさんに呪いをかけられたな」

 そして再びレオはベッドに着くと、重い瞼を閉じてその日を終えた。




















[43110] アンバラル第三共和国軍
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:24
───前触れもなく始まった帝国軍によるアンバラル北方領土ヌレイ戦線大規模侵攻。
 意図しない戦線の崩壊によって帝国国境付近、アンバラル第三共和国領の数個のセクターは帝国軍によって陥落させられていた。
 陥落したセクターの都市防衛軍はセクター3まで撤退を余儀なくされると、セクター3ではギルゼ・ルラード中将の指揮のもと、北部統合方面軍に再編成された。
 セクター3の上階層、頂上付近にある臨時作戦司令室にはギルゼ・ルラード中将。
 そして、共和国統合方面軍総括指揮官として派遣されたムハド少将の姿がそこにあった。

 アンバラル第三共和国は共和国内部から幾つか分離した中の筆頭の大軍閥であり、共和国中央本土側とは内戦関係にあったが、アンバラル条約機構、共和国全土共通の共同体意識を元に現在は停戦している。
 ムハド少将はそんな関係性の中で、東側から派遣された『エイジャー26(トゥーシックス)北方連合議会・第九次アンデロン軍会 』の代表者でもある。
 
 ギルゼ中将は時代錯誤のシガーを一服すると、柔軟なソファーに腰を下ろした。
 一方でムハド少将は姿勢を正したまま近くで立ち続けている。
 彼はセクター3地区のビル群を一望できるその作戦司令室の窓から、壮大な人工物の景観を眺めていたのだ。

「───ふはぁ、それで。前線の状況は?」

 ギルゼ中将がムハド少将に重々しい声音でそう投げかける。

「あぁ、思ってたよりは酷くないぞ。構築した防衛ラインは以前堅牢だぁ。帝国の陸上戦力はその場で足ふみしているし、こちらも各地の戦力が整えば包囲殲滅戦を仕掛けられる。セクター奪還の日も近かろう。結局、帝国の奇襲的な侵攻とはいえ奪われた主要拠点のセクターはたったの2箇所だぁ。当初、ここは地政学的にも防衛ラインを築くのは難しいとも思われてたが、如何せん奴らは兵の動かし方が下手らしい。圧倒的に動員数が足らんわ、数百年ぶりの大戦争の再来かと肝を冷やしたが、いやぁやれやれ。昔と比べればこの程度、歴史に準えれば唯の紛争に過ぎないなぁ。これは、《《我々》》の出番はないかもなぁ」

 ムハド少将はそう言って振り返ると、ギルゼ中将の対面に置かれたソファーに着き、机に置かれていたワインに颯爽と手を出す。

「ふっ、我々と言っても。お前たちの軍が一方的に、だろう?どうせこの戦いは殆どアンバラル軍が負担する事になる。お前は統合陸戦条約に従ってここに赴いているに過ぎない、気楽でいいなお前達は」

 ギルゼ中将はそういって腕を組み、深いため息を吐く。

「ふははっ、随分な言い様じゃないかぁ。立場は違えど元は同じ国土を有する仲間だ。こんな時くらい因縁は忘れて、目の前の敵に共に立ち向かう姿勢を堂々と兵たちに示そうとは思わんかね」

「……少なくともお前の前では仲良しごっこをする気にはなれんな、それにその言葉。そっくりそのまま卿国や機械軍の連中にも言ってやれバカタレめが」

 その返答にムハド少将はワインを飲みながら鼻で笑う。ギルゼ中将は一息つくと、手元の端末に目をやる。

「しかし帝国軍の狙いが依然として分からんな、報告ではかなりの損害と死傷者を出していると聞いているが......。我々が攻勢に転じない事を良いことにつけあがっておるのか」

「さぁな、あの枢騎士共の事だ。どうせ内部議会で上層部がまた暴走しているんだろうよ、古いものを大切にしすぎるのがあの国の大きな弱点だぁ。あのままでは自ずと滅びるのも時間の問題よ」

 会話を一通り終えた直後、司令室に一人のアンバラル兵が入ってくる。すると、その兵士はギルゼ中将の方へと駆け寄った。

「中将、失礼いたします」

「なんだね」

「―――はい、それが……先程帝国方面からやってきたミリタリア社の輸送機からレフティアと名乗るイニシエーターが中将に面会を求めておりまして......、如何いたしましょうか?追い払いますか?」

「……ん、レフティアか。また昔のような面倒な話を持ってきたんじゃなかろうな......。まぁよい、私の執務室に通せ」

「―――承知致しました」

 そう言うと、その兵士は直ちにその場から退出する。

「ということだムハド少将、すまんが私は席を離れるぞ」

「あぁ、ごゆっくり」


 臨時作戦指令室から離れたギルゼ中将は自室の執務室へと向かった。
 部屋に入り自分の車輪付きの高級イスに着こうとすると、その席が突然こちらに振り返る。
 ギルゼ中将はそれに驚いた様子を見せ、シガーを落としそうになる。
 そこには既にレフティアの姿があり、自分の椅子に座り込んでいた。

「ったく。レフティアか......、来るのが早い、会うのは……久しぶりだな」

 ギルゼ中将はそう言うと、手前に乱雑に置かれていた簡素な椅子に腰を掛ける。

「えぇ、こうして会うのは久しぶりねギルゼ。少し老けたかしら?」

 レフティアは彼の顔をまじまじと見つめる。

「あぁ、少し所ではないがね。にしても君はまだそんな露出魔のような恰好を続けておったのかね、いい加減懲りないものか」

 ギルゼ中将は彼女の得体をまじまじと見ることはせず、俯きながらシガーをふかす。

「何よ、若き肉体を長く堪能し謳歌するのは私たちの特権よ?どうせ将来は乾いた体を若き時の何倍のも時を過ごさなきゃいけないんだから今だけなのよ!!!……なのよ!!!」

 レフティアは突如席から勢いよく飛び立つように立って、体を見せつけるように両手を振り挙げる。

「はぁ、もう良い。それで、こんな所にわざわざ戯言を垂れ流す為にやってきた訳じゃなかろうよ。それに帝国方面からミリタリア社の輸送機でやってきたという話じゃないか、今の時期は君たちのような独立機動部隊の活動は確か……制限されていたはずだがね?ミリタリア社が私的に君に関わっているのだとしたら、重大なコンプライアンス違反だな」

「そんなことはどうでもいいのよ中将さん?だってもうじき今の帝国は終わるんだもの」

 レフティアのその言葉に、ギルゼ中将は顔をしかめる。

「どういうことだね、レフティア」

「そのまんまの意味よ」

 レフティアはそう言うと、机にレジスタンスの作戦要綱が取りまとめられた重圧な資料を叩きつける。
 その資料を手に取るためにギルゼ中将は席から立って机に近寄る。そして手に取ると、その作戦名を読み挙げる。

「アンビュランス要塞撃滅作戦......だと。帝国内部に反乱組織が結成されていたのとはな。噂程度でこちらの諜報機関でも実態は掴めていなかったが......、よもや本当にあったとは。大物を釣ってきたなぁレフティアよ、これを精査するのに時間をくれ」

 ギルゼ中将は顔つきが変わる。

「ダメよ、分析を待っている時間なんてない」

「───何だと?」

「その作戦が決行されるまでもう数日しかない、今この瞬間貴方に問われているのは、この作戦が上手くいくことを信じた上で私の話に乗るかどうかというだけよ」

 レフティアのその言葉に心底呆れた様子でギルゼ中将はふらつくような素振りをする。

「……無茶を言うな、私の独断でアンバラルの軍は動かせんよ」

「無茶は百も承知、けどこの話を逃したらあなた達アンバラル第三共和国が一方的に損害を引き受けたまま何れは終戦を迎える、私の本国と卿国に挟撃されて分割併合の隙を与えることになるわよ。これは発揚を示すチャンスなのよギルゼ中将、分かっているでしょ。ここに派遣されている本国の連中は貴方達の動向を監視しているということくらい」

 ギルゼ中将はその場で頭を抱えながら再び席に着く。

「君はどっちの味方なんだレフティア、本国の共和国か?我々アンバラルか?」

「……どっちでもないわよ、私は唯......レイシスの敵ってだけ」

 レフティアは髪を片手で靡かせながらそう言い放つ。

「ふむ、そうか......。そういう奴か、それで君の考えを教えてくれるかねレフティア」

「あら、素直に聞いてくれるのね」

「あぁ、旧知の好だ。一通りは聞いてやる」

 ギルゼ中将は改まった様子でレフティアの話に関心を見せる。

「そうね、先に言っておくと。そもそもこの話はあなた達にとっては低リスクハイリターンの役柄だわ。だって大概の仕事はレジスタンスの人たちが終わらせてしまうもの、あなた達の仕事は簡単。撃滅作戦決行後、即ち要塞の枢騎士団が壊滅後、アンビュランスを失った帝都ブリュッケンの政治機能を司る議事堂と中枢組織関連施設の直接制圧。レジスタンスの戦力ではここまで手が回らないからそこをお願いしたい。もちろんその時点では対空戦力は掌握している予定、そのまま首都にあなた達お得意の空から攻め込めるって訳ね。これで指揮系統を完全に失った帝国軍はアンバラルセクターへの侵攻を停止するわ。仮にレジスタンスの作戦が上手くいかなかったとしても、あなた達は遠くから見ていればいい、参戦するかどうかを決める時間は十分すぎるほどあるもの」

 レフティアは自慢げにそう語る。

「お得意の《《空》》だと......?まさか、我々の空挺部隊を使えというのか?」

「その通り、しかも大規模なやつをね」

「まぁ簡単に言ってくれる」

 そう言ってギルゼ中将は頭をしばらく抱える。

「だがまぁ、なかなか面白い。幸いにも退屈そうに控えている余剰戦力はふんだんにある、臨時編成でなら評議会の合意がなくとも2個師団程度の戦力はギリギリ用意出来るだろう。それと、『レヴェナス装備』の調達か。大規模な作戦範囲での使用となると些か数が足らんが……まぁそれは何とかこちらで解決しよう。これは、アンバラル独立以来最大の大規模侵攻作戦ってやつだな。特殊作戦を除いたこの規模の『レヴェナス装備』の使用は独立以来初めての事だ。これが上手くいけば帝国や東側共和国に対しても一定の影響力を示せよう。上手く行けば向こう数年はお隣の『エイジャー26北方連合議会』からの領土割譲圧力に牽制する事も期待できる、議会を説得させる材料としては割に合っておるわ。───乗ったぞレフティア」

 ギルゼ中将は鋭い眼光でレフティアの話に合意した。

「話に乗ってくれて助かるわギルゼ中将、共にこの戦いを終わらせるとしましょうか」

 レフティアはギルゼ中将に対して片目を愛らしく閉じながら右手を差し出すと、ギルゼ中将もまた、慣れない様子で片目を閉じながら握手を交わした。




[43110] クロナの失脚
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:24
―――セラフ財団本部秘匿財団委員会にて。

 クロナ。
 彼女の真の名は【リ・イリーナセラフ・オレリア】。彼女が当主を務めるセラフ財団は、世界有数の多国籍企業である製薬会社【オート・パラダイム】や軍需産業を営む民間軍事会社【センチュリオン・ミリタリア】を傘下に収める大財団である。

 しかし、表向きに彼女は考古学者であり、その活動もこの手の学会では若いながらの有名人だ。
 彼女は自らが率いる精鋭揃いの発掘隊チーム、兼私設警備部隊である【オレリアンクレイツ】と共に世界中のあらゆる古代遺跡や古の遺物達を発掘し、保管してきた。
 こういう活動も相まって多忙である彼女が、これまでの財団の事業に殆ど関わることはなかったが、度々私的な目的で財団権力を振りかざし、対外的な軋轢を生むことは多々ある事だった。

 そういった事の積み重ねが、彼女が主要財団委員会からの不評を募らせていく今日迄の原因となっている。

「───ここ最近のクロナ様の行動には目を見張るものがありますぞ、そろそろ我々も彼女の処遇について再検討すべき時なのではー?」

 財団委員会による共和国侵攻に伴った緊急招集の集まり。
 その中で最初に言い放ったのは、財団委員会の副委員長。改め、セラフ財団副当主である男、セリマンだった。

「───セリマン殿の言う通りだ!!!いくら先代から引き継がれたものとは言え……我々が彼女の振る舞いに付き合わされる合理的な理由などない!一体どれだけのツケを払わされてきたことか!ギリアの利権の為、交渉に使われる我が身にもなってもらいたいものだ!!!」

「───そうだ!!!我々の更なる野心の前に彼女の存在は不要!!!排斥だ!!!」

「───当主権限を解体し、委員会に分配することで真の財団運営を!!!」

「───帝国側とのギリア領域でのいざこざも結局後始末もせぬままあの方は、まったく......」

 他の委員会メンバーもセリマンの意見に大いに賛同していく、だがその流れを一人の委員会メンバーの1人の女性はその流れを遮った。

「───さて、それはどうだろうかセリマン殿」

 彼女は、センチュリオン・ミリタリアの代表者【グゥリア・グレイス】、委員会の話の流れに歯止めをかけようとする。

「どういうことだねグレイス代表?何が言いたい」

 セリマンは威圧するような態度と口調でグレイスに問う。

「いや、先に言っておくと概ねあなた達の意見に賛同はできる。あのお嬢様にこの財団が適切に運用なされているかは疑問を抱きざるを得ないこの上のない事実だ。しかしだ、彼女を排斥した先に今以上の未来があるとも、私は思えないのだ」

 彼女はそう言うと、委員会は鎮まり始めた。

「……なるほど?グレイス代表は我々委員会が信用に値しない存在といいたいわけか」

 セリマンは挑発と受け取ったのか、イラついた態度を見せ始める。

「そうではないさ、私が言いたいのは。彼女に当主権限の存在が担われている事によって、組織全体の秩序が保たれている一つの要因ではないのかと提唱しているのだ。彼女の人柄があってこその今があるとも否定は出来んだろう。我々が強大な覇権国家達の壁を超え、こうしてまとまれているのには訳がある。そうは思わんかな」

 そのグレイスの発言にただ一人、首を縦に振る人物がいた。オート・パラダイム社代表のクレージュ・ミラーだ。

「───確かに確かに!グレイス代表の意見は魅力的だ。当主権限という財団や関連企業の殆どの意思決定権を有するような権力がこれだけ彼女に一極集中していても、未だ組織の秩序は保たれている。これに手を加えるなんて私も疑問を呈するね。独裁的であるのに、独裁の張本人たる当主は殆どの決定において干渉せず、ただ私的で小規模な都合でのみ独裁として振る舞われる。独裁の実態はないにも等しい組織としての未知の権力構造。我々の先祖達がこの組織構造を裏側の世界で残してきたのには訳があるはずさ。それともなにか、それ以上の理由をもってして当主を排斥したい理由でもあるのかねぇ」

 クレージュ・ミラーの発言に委員会は更に静まり返る。しかし、セリマンはそんな雰囲気の中でも血相一つ変えない様子でほくそ笑んでいた。

「ふっ、これはこれは。大企業代表お二方の貴重な意見を賜われて幸栄の限りだ。……しかし帝国の現体制崩落まであまり時間もない事だ、いま手を打たねば主要な我々のファクトリーヘイヴンを失うこととなる。配置転換する余裕も各所稟議を通していてはとても間に合わんよ。ここが共和国関連軍閥に落とされれば、セラフ財団全体の経済損失は計り知れぬ。奴らの台頭は塞がねばならん!財団保全の為にも、ここは副当主としての権限を行使し、臨時決を宣言する。───現財団当主、クロナ様の排斥に賛同する者は挙手を」

 そうセリマンが強引に投げかけた臨時決。財団委員会十二人のメンバーの内、二名を除いて全員が挙手をした。

(なるほど、私の関知しないところですっかり彼らもセリマンに染まっていた訳か。……私が危惧するよりも早かったですよ。先代方、セラフの血統は今宵をもって終わりとなりました。やはりこの資本の世界では、資本だけが彼らを制する事ができますのでしょね。悲しいことです)

 グレイスはそう胸の内でそう抱いた。

(あちゃー、やはり当主利権に目が眩んでいたか。権限が分割、競争原理が苛烈にならない生産ラインの分配で保たれていた聖域。即ちファクトリーヘイヴンへの資本干渉がなされれば二流企業の代表者共は共和国軍閥とのマーケット争いの前に、自前の生産能力が低い企業による生産能力獲得争いで身内同士競い合う事になる。我々と……本気で対等する気でいる様だな。この世界でただ企業だけは、彼女の元で纏まっていられると思っていたんだがなぁ)

 ミラーは内面でそう語る。

「───おや、お二方を除いて。概ねの代表者達は賛同されているご様子。大手大企業の代表者の意見を無下にするわけではありませんが、ご容赦くださいな。ここは財団委員会の既存方針として、当主不在の今。私が舵を取らせて頂く。これより現当主、リ・イリーナセラフ・オレリア。改めクロナ様の除籍案を、委員会過半数以上の賛成を以て可決とする。現時刻を以てして当主権限を解体、及び隷下組織の指揮系統凍結と元当主クロナの拘束。同時に組織倫理違反部隊である私設警備部隊オレリアンクレイツに対して規定処遇法を採択。アライアンス混成部隊による部隊殲滅を執行する!!!」

 ───セリマンがそう言うと、会議室内には盛大な拍手が鳴り響いた。
 最初から議論の必要などなく、全ては定まっていた事だった。


 ―――オート・パラダイム社CEOオフィスにて。

 一方、クロナは帝国領にあるオート・パラダイム社本部。そのCEOオフィスに数人のオレリアンクレイツの隊員を連れて訪れていた。

「グレイス遅いわねぇ、速くギリア領域に行く為の輸送機手配してもらいたいのに。ミリタリアは戦時中でどこも空きはないし、ディーク先生に早く遺物の実物を見てもらいたいのに......。はぁ……そういえば帝国の調査隊に奪われた四騎士の遺物も、あれいつ取り戻そう......。めんどーねー」

 クロナはそう囁きながらオフィスの椅子をぐるぐる回しながら贅沢に座りこなしていた。
 ───その時。
 オフィスの外の様子が少し騒がしい事にクロナは気づく。

「ん、なんだろう。なんか物騒な感じねー」

 クロナは他人行儀な様子でそう言うとそのオフィスの窓から外を覗く、すると外には数両の装甲車が停まっていて、周辺の社員が騒めついているのが伺えた。

「───不審者でもいたのですかね」

「───内部流通者の摘発でもしに来たんじゃないですかー?」

 オレリアンクロイツの隊員達が冗談めいた口調でそう言い合う。

「ふーん......」

 興味が薄そうな様子でクロナはオフィス内に視線を戻すと、壁を一つ挟んだ向こう側の社内から先ほどの外であったような騒めきが伝わってくる。

「うーん、なんかこれ。私の方に近づいてきてない?」

 困り顔でクロナがそう言うと、オレリアンクレイツの隊員の一人がライフルを構えてオフィスから出る。
 すると、大量の装備が摺れる音や重厚な歩行音が迫ってくると共にその隊員は戻ってきた。

「───クロナ様、武装した財団の私兵がこちらに近づいてきています。いかがなさいますか?」

「えぇ!?なんで?」

「───もうすぐそこまで迫っております」

「待って待って!争いはなしなし!まずは話をしてみましょ!」

 そういうとクロナはオフィスの外へと自ら出ていくと、オレリアンクレイツの隊員もそれに付き従いオフィスから出ていく。
 オフィスから出た先は、数十人の武装した財団私兵に取り囲まれており、周りにいた社員達全員いなくなっていた。

「───クロナ様、委員会当局より貴方に拘束命令が出ています。このまま我々と同行してください」

 財団の私兵がそう言うと、オレリアンクレイツの隊員はライフルを構える。
 それに合わせて財団の私兵もお互いに突きつけ合うかの様に銃を構えるが、クロナがそれを手振りで静止する。

「待って待って、なんでなの?理由は?」

「……委員会はクロナ様の当主権限を解体し、その隷下組織の運用の凍結も可決されました。併せてクロナ様には倫理違反の疑いが掛けられております。調査のため、このまま我々とご同行を願います」

 財団の私兵に言い渡されたその内容に、クロナは頭を痛めたかのように頭に手をやる。

「なんてこと......、これじゃあ......、これじゃあ......」

 クロナが言葉を溜める中、財団の私兵はクロナを急かすように触れようとする。

「これじゃあ......、これからどうやって世界中を飛び回ればいいって言うの!?!?」

 クロナのその言葉に財団の私兵は思わずその場で硬直する。

「はっ、はぁ。とにかく委員会からは貴方を可及的速やかに拘束するよう命じられています。今すぐ同行願えますか」

「嫌よ」

「えっ、しっ、しかし。拒否されるというのならこちらもこの場での実力行使もやむを得ません、どうかお考え直しください」

 財団の私兵はそう言うとライフルの銃口をクロナへと向ける。

「嫌なものは嫌、そんなもの。私へ向けても何の解決にもならない」

 クロナのその言葉に財団の私兵は鼻で笑うと、無理やりクロナを連れて行こうと手をクロナの腕に掛けようとする。

「―――本当に、愚かね」

 財団の私兵がクロナに触れようとした瞬間、その財団の私兵の腕は突然姿を暗ましたかのように消える。

「えっ......?」

 財団の私兵が気づいた頃には消えていた部位の腕は、血しぶきの円を描きながら宙を舞っていた。

「───ぐああああああああああああ!!!」

 腕を吹き飛ばされた私兵の絶叫を掻き消すかのように、財団の私兵達が一斉にクロナへ向けてライフルを絶え間なく撃ちだす。
 しかし、その全ての銃撃はクロナに対して効果的であるとは言えなかった。クロナの寸前で不可視の障壁に阻まれたエネルギー弾は空中で硝煙を発生させていた。まるで水分の玉が蒸発していくかのように。

「───ど、どういう事だ!聞いてないぞこんなのは!」

「───か、覚醒者だったのか!?」

「───ど、どうする!?俺達の武装じゃあ覚醒者は……」

 財団の私兵達が慌てふためく中、クロナは固有障壁である【刀空片】を一帯に展開する。
 大気の層で形成される刃はあらゆる場所に張り巡らされ、無数に作り出される。そしてその刃達が財団の私兵達を目掛けて次々と突き刺していく。私兵達の断末魔がフロアに響き渡る。

 かつて人々が居た生活感の温かみのあったその空間は、やがて私兵達の血で赤く黒く染まっていった。
 その場にいたクロナを綺麗に避けるように飛び血は広がり、その避けられた先にいたオレリアンクレイツの隊員達は飛び血で酷く汚れていた。

「あっ、ごめん。服、すごく汚しちゃったね」

 クロナは申し訳なさそうに隊員達に顔を向ける。

「───いえ、それよりも財団委員会への対応はどういたしましょう?」

 オレリアンクレイツの隊員達は汚れに気にする素振りもなく、クロナの指示を忠実に待つ。

「そうね、オレリアンクレイツの本隊に委員会を捕縛するよう通達してください」

「―――了解」



 ―――クロナより勅命を受けたオレリアンクレイツの本隊は、すぐさまに委員会の設置されている財団施設本部へと急行していた。

「―――オレリアンクレイツ総員傾注。クロナ様の勅命により、これより財団施設本部へと赴きクロナ様を欺いた財団委員会共を捕縛する。この指令を阻まれるような事態が発生した際は各自の裁量での無差別武力行使が認められている、速やかに指令を遂行せよ」

 財団施設本部の閉ざされた門を強行突破し、敷地内へとオレリアンクレイツは侵入した。
 施設内の警備兵を度々無力化しながらオレリアンクレイツは施設内の丁度中央区画付近に位置する委員会大会議室を目指した。
 会議室の扉前まで来たオレリアンクレイツは、合図を以て突入する。
 しかし、そこには委員会メンバーどころか誰一人して人の気配はなかった。

「───どういう事だ?なぜ誰もいない」

 会議室内の隅々を隈なく確認するも、そもそも人のいた形跡はなかった。
 しばらくすると、外を見張っていた隊員から連絡が入る。

「―――大変だ隊長......。こっちに来てくれ」

 言われるがまま駆け足で入り口の方まで走り戻ると、そこには前触れもなく現れた財団私兵とセンチュリオン・ミリタリアによる混成一個大隊規模の部隊が、施設を包囲するように展開されていた。
 クロナ自らによる選りすぐり精鋭部隊相手とは言え、現着隊員30名に対する戦力としては過剰とも言えるような戦力だった。
 目視で確認できるだけでもミリタリア社製対人特化戦車4両に、ミリタリア社製ガンシップが3機、対人装備が主装備となるオレリアンクレイツにとっては絶望という言葉でも言い表せないほどの窮地だった。
 そして降伏勧告もないまま敵は施設もろとも
 、遠慮することのない様子でオレリアンクレイツに対し攻撃を始める。

 それに対し、施設の遮蔽に身を隠して応戦するオレリアンクレイツ。攻撃が始まった時点で既に数人の隊員が死亡した。

「───ちっ、偽の情報掴まされてたか……もしくは指揮所に裏切られたのか。鼻っから待ち伏せで俺達を皆殺しにするつもりだったわけだ……」

 隊長である彼は、拳を固く握り締め、地を叩く。

「へへっ、まぁこう考えりゃいいんですよ。こうでもしなきゃ俺達を倒せるとは思えなかったって、これはもう実質俺達の勝ちみたいなものですよ隊長」

 陽気な隊員は、そう言った。

「……あぁ、そうだな。これは所謂、勝負に負けて戦いに勝つってやつかねぇ......、とまぁどの道、俺達はここで最後の足掻きって奴をあいつらにお見舞いすることになる。俺たち相手に一個大隊規模じゃ採算が合わんという事を財団のビジネス畜生共に教えてやろうか......。いくぞぉ!おまえらぁ!!!クロナ様の今回の指令は果たせそうにないが、今まで散々無茶振りに付き合って来たんだ!たまにはこんな時もあっていいよなぁ!!!最後まで華々しく飾ってやろうか!!!」

 隊長はその声掛けをオレリアンクレイツの通信チャネルに向けて言うと、それを最後に通信が切断される。
 オレリアンクレイツの隊員達は雄たけびを上げながら、敵の地上戦力へと突撃していった。


 ―――その後、現場到着後にしばらく連絡のないオレリアンクレイツを案じたクロナは、共にしていた数人のオレリアンクレイツと共に財団施設へと急いで足を運んだ。
 その途中で、財団施設本部区画から立ち上がる複数の黒煙が見え始める。
 通常の歩兵戦力で引きこせるような規模のものではない光景だった。

 やがてクロナは財団施設に辿り着き、破かれた門を通過、そしてその先に見えた光景。
 およそ半壊したと見られるミリタリア社と財団私兵混成一個大隊の姿があった。
 ガンシップは全て撃墜されており、戦車車両の何台かは撃破又は破損されて行動不能となっていた。
 遺体の回収作業を財団私兵達が行っていた辺りを見ると、自ずとこの場で奮闘したオレリアンクレイツは全滅したのだと直ぐに分かった。
 クロナは近くにあったオレリアンクレイツの制服を着た遺体に近づき、通信機を優しく拾い上げる。
 その通信機を開くと、隊長が最後の通信として残していたログの音声が残されており、クロナはそれを再生した。

 それは隊長の言葉だった、彼の言葉をクロナは耳に当てる。

「───うん、確かに。財団はこの規模の部隊を用意して正解だったみたい、この光景をみれば一目瞭然だよ。たった30名の部隊が約500人近く居た一個大隊とタメ張ったわけだからね、……君たちは私の誇りです」

 クロナはそう言うと、その場で無数の刃空片を展開する。
 不可視の刃はこの場のあらゆる敵対勢力の生き残り、負傷者や救護者。それを問わず遍くに目掛けて豪速に放たれた。やがてこの場には、都市部にはにつかわない死者の静寂が訪れたのだ。

「───我々はこれからどういたしますか?クロナ様」

 傍に居た隊員は、クロナにそう聞いた。

「……そうだね、しばらく卿国領にある別荘にでも行って大人しくしてようかな。世の中色々ときな臭いし、落ち着いてからまた彼等と向き合えばいいよ」

 クロナはどこまでも寂しげな表情で、氷の息を吐くような、そんな声調でそう話した。

「―――分かりました」

 クロナ率いるオレリアンクレイツ総勢32名の内、30名がミリタリア社と財団私兵による混成一個大隊との戦闘によって戦死。
 そして、生き残りの隊員二名とクロナは卿国の別荘へと赴こうとした。


 ―――財団委員会にて。


「───ば、ばかな!?一個大隊だぞ!?全滅なわけあるか!!!生き残りはおらんのか!?」

 セリマンは会議室内で有線の受話器を用いて先の殲滅作戦の報告を受けていた。

「……いやはや、恐れ入ったね。選りすぐりとは聞いていたが、たかだか数十人の部隊に内の参加させた兵士までもが完膚なきまでにやられちゃうなんてね。それに内の観測手によればクロナ様は覚醒者。セラフの血を継ぎ、かつ世界に唯一の【セラフィール級ディスパーダ】、その手の噂じゃあ人類最強とも臆されるような存在だ。そんなことは知る余地もなかったよね〜。上手いこと身分を使い分けていたもんだね、そりゃどれだけ並みの兵を積んでも敵わないわけだ。彼女自身が今まで好き勝手やってこれた理由やその自信にも納得だよ〜」

 クレージュ・ミラー代表はそう言うと大きなため息をつく。セリマンがそれに合わせるかのように受話器を机に叩きつける。

「呑気なことを言ってる場合かミラー代表!!!我々はクロナによって滅ぼされるのやもしれんのだぞ!!!」

 セリマンは心底怒り狂った様子でそう話す。

「知ったことですか、我々は事を見誤った。ならば滅ぼされるのが摂理ってやつでしょうよ。内は製薬会社なんでね、荒っぽい事は分かり兼ねますな。さて、あなた方はここからどうされるおつもりで?」

 クレージュ・ミラーは机に上に足を組むと素っ気ない態度を取る。

「ちっ!グレイス代表!!!なにか考えはないのか!?」

 セリマンに急に話を振られたグレイスは、呆然した様子だった。

「おっと……失礼。なにか、とは?」

「ぬううッ!貴官の組織にクロナに対抗しうる戦力はないのかと聞いておる!!!」

 そう聞かれたグレイスは即答する。

「ある」

 呆気に取られていたセリマンは、その即答に驚いて言葉を一瞬詰まらせる。

「……な、なんだと!?それは本当か!?それは何だ!?」

 セリマンが凄い剣幕でグレイスに顔を向ける。

「企業DP。秘匿のディスパーダ傭兵部隊を使う、覚醒者に対抗するにはやはり覚醒者しかない。我々の領域で彼女に対処できる次元はとっくに超えている」

「だ、だが並みの雇われディスパーダ程度では話にならんのではないか!?」

「当然だ、なので既存のチームは使わない。これから新しく雇う、あぁ。もちろん、彼女と張り合えるだけの逸材ですよ」

 グレイスがそう言った瞬間、クレージュ・ミラーの表情が曇る。

「グレイス代表、まさかアイツを使う気か......?」

「そのまさかだ、それしかなかろう」

 グレイス代表の発言内容に、クレージュ・ミラー以外の代表者達はついていけずに黙々とする。

「それはいっ、一体何なんなんだねグレイス代表」

 セリマンはその存在の答えを急かした。

「───かのデュナミス評議会にすら手を焼かせる程の人知を超えた人外達。そのリストの中でセラフィールに次ぐ階級でもあります。【エンプレセス】……ですよ」
















[43110] アンビュランス要塞撃滅作戦第一段階
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:25
「―――という事でね、一応ツテがあるアンバラルの指揮官さんに計画の話は通したわよ。でも正直、本当に介入してくるかどうかは確約できないからね?そこんところよろしくメイ・ファンスさん」

 対アンビュランス要塞作戦指令室にて、メイ・ファンス少将はレフティアと通信機を用いて連絡を取り合う。

「―――えぇ、分かってますよレフティアさん。後ろ盾の儚い希望があるだけでもありがたい。特に我々のような、ほんのひと時の間しか存在しない矮小な組織にとってはね」

「―――ふーん、まぁいいけど。私はこれで一旦身を引くわ、後はあなた達次第ね。幸運を祈ってるわぁーレオ君によろしくー」

 レフティアがそう言うと一方的に通信が切断される。

「やれやれ、お転婆なお嬢さんだこと。長く生きる人の中でも珍しいタイプよね……」

 通信が切られた後、メイ・ファンス少将そう言葉を漏らす。

「しかし確約されない援軍に期待してこの作戦に臨まなければならないとは、何とも嘆かわしい話だな」

 メイ・ファンスの傍にいたアイザック大佐はそう言う。

「仕方ないですよアイザック大佐。いつの時代も国を変革するのに必要なのは、ほんの一握りの蛮勇たる者達の存在。後先考える者が変革を起こすことは余りない、私たちには後ろ盾があろうとなかろうとはなから関係ない。どういう結末を迎えようと、これは民に向けての壮大なメッセージなのですから」

「……やれやれ、そんなもんですかねぇ」

 アイザックは俯きながらそう答える。

「ところで、レオ君の戦闘部の編成はどうなりましたか?使えますか、彼は」

 メイ・ファンスはアイザックにそう聞く。

「彼はヘレゲレン少佐が率いる第三戦闘部に編成しました。当初の予定通りに残党狩りに参加させますよ、訓練の成果を見るに彼くらいの力になれば枢騎士団長クラスを相手にしても問題なさそうとの評価です」

「そうですか」

 メイ・ファンス少将はそう短く答える。


 ―――同刻、地下要塞幽閉施設にて。
 ダグネスによって、レオは引き続き対ディスパーダ用の戦闘訓練を行っていた。

「随分身のこなしがそれらしくなってきたじゃないか、もはや大抵のレイシスでは君には敵わんな。やはり君の肉体はヘラクリアムとの驚異的な親和性を誇っている事は間違いなさそうだ」

「そうか?これなら何とかあんた達に迷惑をかけずに済みそうだな......」

 レオはそう言うとその場で座り込み体力を養う。すると、幽閉施設の入り口からベルゴリオが現れる。

「ダグネス様、そろそろです」

「ん、もうそんな時間か。やれやれ、訓練はもうお終いだ。作戦が始まる、私たちはしばらくここからお暇させて頂くよ」

 ダグネスはそう言うと、人工ソレイスであるイレミヨンを収めて入り口の方へと向かう。

「そうか......あの。ダグネスさん!」

 レオの呼びかけにダグネスはゆっくり顔だけ振り向ける。

「えっと、俺を鍛えてくれて助かった。その、感謝してる。ベルゴリオあんたにもだ、あんた達がいなけれゃ俺はずっとこの世界じゃ役立たずだったかもしれない......」

 レオは若干照れたような様子でそう言った。

「なんだ貴様急に気持ち悪い事を言いよって」

 ベルゴリオがそう言う。

「なっ!?感謝してるって言ってるだけだろうがよ!?」

 レオはそう言うと、ダグネスはそれを見て微笑む。

「ふふ、感謝されるいわれはないぞ。遅かれ早かれお前はその領域に達していただろう、私達は唯。君の成長の傍らに居ただけだ」

 ダグネスはそう言うとレオを残してその場から去って行った。



「ベルゴリオ、彼をどう思う?」

 作戦指令室へと向かう道中、ダグネスはベルゴリオにそう問う。

「はっ、彼は我々の常識からは逸脱しています。正直後天的なディスパーダ類というよりは、もっと別の何かのように感じました」

「そうだな、彼は我々とは根本的に本質を違えている気がしてならない。彼の存在がこ作戦において裏目に出ないことを祈るよ」

 ダグネス達は作戦指令室と着くと、メイン中佐が撃滅作戦第一段階のブリーフィングを行っていた。
 その内容は、撃滅作戦を本格的に始動させるための前段階、アンビュランス要塞防空システムであるエイジスシステムの期日無効化である。
 その為にはエイジスシステムを管理している要塞内のセキュリティルーム直接占拠を極秘裏に実行する事が急務であった。
 その為のレジスタンスのエンジニアチームと、ダグネス率いる第十一枢騎士団が主な役割を担う事になる。

「エンジニアチームは当日入れ替わりのセキュリティスタッフを控室で制圧、その後扮装してセキュリティルームに侵入してもらう。偽造IDを使って認証を潜り抜けてセキュリティルームに入る。その後は直ちに室内の全スタッフを排除して作業に取り掛かる、作戦時間は入室後六時間以内だ。第十一枢騎士団はアンビュランス要塞の固定レーダーを無効化するための工作を行う、場所は全部で八か所ある。こちらも期日無効化だ、悟られないようにな。では各自配置につけ」

 メイン中佐が第一段階のブリーフィングを一通り行うと、満を持してダグネス達やエンジニアチームは行動を開始する。



 エンジニアチームはアンビュランス要塞へと向かい、入り口でのID認証を潜り抜けてセキュリティルームスタッフが利用する控え室へと訪れる。
 そこには当日入れ替わり予定のセキュリティスタッフ達が居た、エンジニアチームは予定通りに手際よく隠密にスタッフを消音性のハンドガンで無力化していく。
 遺体はそのままロッカーに隠し、エンジニアチームはセキュリティスタッフに扮装するとそのままセキュリティルームへと向かう。

 ダグネスが率いる枢騎士団の高官達はその身分を利用し、難なくと厳重なセキュリティの敷かれる固定レーダー区画へと踏み込む。

 エンジニアチームはセキュリティルームに到着すると、そこで警備兵による再ID認証を受ける。
 ID認証を無事すり抜けると、セキュリティルームへの入り口が開かれる。
 エンジニアチームはセキュリティルームに入って扉が完全に閉め切るのを確認すると、それぞれに対応した持ち場へと向かい既存のセキュリティスタッフを全員速やかに排除した。
 そしてエンジニアチームはエイジスシステムの無効化工作を開始する。

 一方、ダグネスはファルファを要塞内病棟から近くの駐屯基地に移送する為に数人の枢騎士を連れてファルファの病室へと訪れていた。

「ファルファ、話は聞いているな?」

「はい、ザラ様。ついに始まろうとしているのですね、革命が」

「そうだ、ではファルファを頼む」

 ダグネスがそう言うと、周りの枢騎士達は軽くダグネスに向かってお辞儀をする。その後、枢騎士達の手によってファルファは第十一枢騎士団管轄の駐屯基地へと運ばれた。

「一通りの事は済んだ、後は......」

 ダグネスはセドリックとアルフォールの事をその境遇から気にかけていた、真に改革された帝国で彼らには生きていて欲しいとそう思っていた。
 そう思っていた矢先、廊下の方からある男の声がした。

「その方を連れてどこへ行こうとしている」

 廊下の方へ向かうと、ファルファを移送しようとしていた枢騎士達がレイシスであるセドリックに呼び止められていた。

「ファルファ様には第十一枢騎士団駐屯基地への移送命令が出されています」

 枢騎士達の一人がそう言うと、セドリックは怪訝そうに表情をする。

「ふむ、おかしいな。なぜこのタイミングで移送を?」

「それは......命令受けている過ぎませんので我らにはわかりかねます故......」

 枢騎士達が言葉を詰まらせる様子を見てセドリックは不信に思う。そのままセドリックの傍を通過しようとする。
 そして再びセドリックは呼び止める。

「待て、確認を取らせてもらう。その方はまだ完治して居られない、駐屯基地の設備でどうこうなるとも思えない、何かの間違いだろう」

 セドリックがそう言うと、枢騎士達は足を止めてしまう。

「いや、確認などしなく良い。私がそう直々に命じたのだ、行け」

 病室から出てきたダグネスがそう言うと枢騎士達はすぐ様にその場から去った。

「どういう事ですか、ダグネス様。彼はまだ万全ではないでしょう?どうしてこのような事を......?」

「セドリック、そうではないのだ。そうでは......」

「ダグネス様、一体どうなされたというのですか?貴方だけは他の枢騎士団長とは違うと思っていましたが、どうやらそうではなかったようで」

 ダグネスは様々な葛藤で思いつめていた。

「私は......、私は......。くっ、やはりセドリック。君のようなレイシスを見殺しにすることは出来ない......」

 ダグネスのその言葉にセドリックは困惑する様子を見せる。

「見殺し......?一体何の話を......?」

「私と共に来いセドリック、詳しい話は出来ないが......。とにかくここに居てはいけないのだ!どうか私の言葉を信じてほしい!!!」

「さっきから何を妙な事を言っておられる!すみませんが尋問枢騎官として貴方をここで拘束させて頂く!一連の行動、看過できるものではない」

 セドリックはソレイスを顕現させて矛先をダグネスへと向ける。

「くっ、センシティブって奴か......。気取られ過ぎた、これだからヘラクロリアム感応者は嫌なんだ」

 尋問枢騎官は枢騎士の中でも特にヘラクロリアム感応に優れた者がなれるセンシティブ能力が備わった者たちで構成されており、主な役割は枢騎士やレイシスの秩序保安である。普段はエアー級空中戦艦などに在中し、国中を巡ってその優れたヘラクロリアム感応を使って、不穏な動きをしているレイシスやその他覚醒者を取り締まっている。

 ダグネスは腰に据えた片方のイレミヨンを取り出しブレードを展開する。
 そして、セドリックは密かにエアー級空母に在住する対ディスパーダ戦に特化した帝国軍特殊部隊『ラーク』に腕に取り付けられた緊急救援要請用装置で救援要請をすると、セドリックはダグネスに勢いよく切りかかる。

 ダグネスがそれを難なく受け止め鍔迫り合いになる。

「セドリック、分かっているだろう。君では私に勝てない事くらい」

「もちろん分かってますよダグネス様!身の程くらい、ねぇ!!!」

 セドリックは勢いよくダグネスのソレイスを押し放つと、一旦距離を取る。

「ですから、俺は時間稼ぎです。とても俺一人で貴方を捕まえる事は出来ないのでね」

「まさか......、『ラーク』か......!随分面倒な連中を呼んでくれたなセドリック......」

 セドリックとダグネスはそのまま剣戟を交わし続け、いくつかの病室を破壊しながらそのまま外へと身をお互いに放り出す。
 身を放り出した先は病棟区画のあまり人目のつかない雨の降り注ぐ中庭だった。
 セドリックは辛うじてダグネスと剣戟を交わし続けるが、体中の腱を狙われたセドリックは体制を崩しそのまま膝を着く。

「クソ......」

「セドリック、本当に今の帝国に未来があると思うのか?傀儡皇帝を担ぎ上げ、枢爵の支配制度の言いなり。このままではこの国はいずれ滅びてしまう。今の戦争でさえそれを代弁するかのような勝算のない虚勢の戦争だ!本当に国を憂い命をとして戦う帝国軍人や枢騎士達がこれでは報われない!これからもだ!私は変えたいんだセドリック、君はどう思うんだこの国を、枢騎士を!」

 セドリックはダグネスのその言葉に静かに耳を傾け、しばらく沈黙する。

「貴方の言う通りですよダグネス、確かにこの帝国に未来はない。だからといってどうればいいっていうんですか!?帝国主義を掲げ、独裁体制の体裁が取られてしまったこの国でどうやって我々のような存在が強大な枢爵に立ち向かえるというのですか!?」

「だからこそ、革命を起こすんだよセドリック。我々にはその用意がある、だから私を信じて欲しいんだセドリック、禁忌術に身を滅ぼしてしまったアルフォールの為にも」

 ダグネスはセドリックに手を差し伸べる。

「ダグネス......様......」

 しかしその時、突如上空にガンシップが現れダグネスを二基のサーチライトで照らす。ラぺリングで降下してきた兵士にダグネス達は囲まれた。

「―――ラークか!」

 対ディスパーダ戦に特化した兵装を身につける特殊部隊であるラークは、ダグネス程の実力者であっても戦いは困難を極める。
 装甲面積の破壊に重きを置くスタンダードAEポイント弾とは異なり、ヘラクロリアム組成を一時的に反転させてしまう細胞消滅性の高い特殊なAE弾を使用する。
 この為、ディスパーダの特性である人体再生系が損なわれるのでディスパーダにとっては治癒困難の致命傷となる。
 それだけでなく防具も最新鋭であり、大抵の物を切り裂くソレイスの斬撃であっても一定の防御能力を有する為、レイシスにとっても、イニシエーターにとっても同様に、対峙するには厄介極まりない純粋な人間による特殊部隊だ。

「―――要請者、尋問枢騎官セドリック及び、第十一枢騎士団長ダグネス・ザラを確認。指示を待つ」

「尋問枢騎官セドリック状況を説明しろ」

 駆け付けたラーク隊の隊長はセドリックに説明を要求する、そしてラーク隊は銃口をダグネスに向けたまま隊長の指示を待っていた。

「......いや、誤要請だ。俺の勘違いだった」

「なんだと......?そんな馬鹿な話があるか!病棟施設が損壊しているのを確認している、尋問枢騎官セドリック及び、第十一枢騎士団長ダグネス・ザラをこの場で拘束する」

 ラーク隊の隊長はラーク隊に指示を出すと、ディスパーダ用拘束具を取り出し、セドリックとダグネスに拘束具を掛けようとする。
 しかし、セドリックは拘束具を振り払い、持ち前のソレイスでその隊員二名の首を跳ねた。

「―――セドリック!!!」

 ダグネスがそう彼の名前を叫ぶと、その刹那。セドリックはダグネスの方へ振り向く。

「ダグネス様、アルフォールを。アルを頼みます」

 刹那にその言葉をダグネスへ放つと、セドリックはラーク隊から銃撃を受ける。
 セドリックは中距離空間障壁を展開しそれを一時的に防ぐが、障壁の隙間を通った弾幕によって左肩部に命中し、左腕が吹き飛ぶ。
 そしてその隙を見逃すまいとラーク隊の隊長は、人工ソレイス・イレミヨンを取り出しセドリックの首を狙う。
 しかし、それに反応したセドリックは何とか態勢を取り戻し、隊長と鍔迫り合うとそのまま隊長を吹き飛ばす。
 再び銃撃を受けそうになったセドリックは、空間障壁を再展開しつつ、ソレイスを空中のガンシップに目掛け投擲する。
 投擲したソレイスはガンシップの操縦電気系統に命中し、制御を失ったガンシップは地上のラーク隊を何人か巻き沿いにして墜落した。

 一瞬安堵するセドリック、その瞬間。
 背後からイレミヨンによって刺突される。

「この裏切り者が......!高くつくぞセドリック!」

 そう言って刺突したイレミヨンをセドリックの体から足を使って引き抜くと、隊長はハンドガンを取り出しセドリックの頭部に狙いを定める。

 しかしその瞬間、瞬時に距離を詰めたダグネスが隊長の腕を、装甲の薄い関節部を狙って切り落とす。

 そのまま流れるように一連の動作で心臓部位を狙い、彼女の体内を巡るネガヘラクロリアムを華奢な腕に一時的に一極集中させる。
 生物の限界を越えた代謝活動によって生み出された一撃は、彼女の腕の皮膚を爛れさせながら装甲を容易く貫いていた。
 心臓を貫かれたラーク隊の隊長は、そのまま倒れ込み絶命した。

 ───ダグネスはセドリックに駆け寄る。

 セドリックの体は酷く損傷し、特殊なAEポイント弾で破損した肩部は未だ再生がなされない。これらは損傷付近のヘラクロリアム組成が反転してしまっている為に、再生機能系が一時的に麻痺しているからだ。
 その間に流れた大量の出血が、セドリックの生命活動を保つための必要量を大幅に失わせていた。

 故にセドリックの生存は絶望的であった。

「セドリック、意識はまだあるか?」

「えぇ、まぁ。でも......ボーっとしちゃって......。もう俺は無理です、流れた血が多すぎる......、体が再生を始める前に俺の命は無くなる......。ダグネス様、どうかアルを......、未来ある国へと、連れ出してやってください......」

 セドリックはそう言うと、首飾りのような形見をダグネスに渡した。やがて彼はそのまま眠るように意識を失い、死んでいった。

 ダグネスは彼からそれを受け取り、握りしめる。

「セドリック……貴方の思いは無駄にしません」

 ダグネスはそう言うと、その場から立ち上がる。イレミヨンを手に持ちながら、ラーク隊のまだ息のある負傷兵の元へと向かう。ラーク隊の負傷兵に止めを刺して周った。

 その後、通信機を用いてベルゴリオに連絡を取る。

「ベルゴリオ、病棟で入院中の尋問枢騎官アルフォールの移送も頼む」

「―――はっ、仰せの通りに」

 ベルゴリオはその通信を、通信の向こう側から聞こえてくる何やらと助けを乞う声を聴きながら、ダグネスの指示を受ける。
 ラーク隊の負傷兵に止めを刺し終えたダグネスは、第十一枢騎士団駐屯基地へと速やかに帰還した。





[43110] アンビュランス要塞撃滅作戦第二段階『総攻撃』第三段階『残党掃討作戦』
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:26
 ───撃滅作戦決行日。

 第二区に存在する対アンビュランス地下要塞作戦指令室にて。それぞれのチームからの準備報告がひっきりなしに総司令官に告げられる。

「―――エンジニアチーム物理領域の工作完了。固定レーダー停止コードプログラム確認、外部からのフルアクセスを拒絶、ダミーシステムサーバーへ誘導開始。固定レーダー及びエイジスシステム周辺防御施設、機能停止予定時刻まで残り300秒ジャスト」

「―――全施設員第一種臨戦態勢に移行。三個戦闘部隊、既定位置にて作戦配置完了。第十一枢騎士団、駐屯基地にて待機中。作戦指令室からの指示を待っています」

「―――要塞全設備、全砲撃システム、オールグリーン、全て異常なし。付近の民間人の避難誘導完了、いつでも砲撃システム始動可能」

 要塞システム、実行部隊に関する報告をレジスタンス総司令官メイ・ファンス少将は黙々と受けとっている。
 作戦指令室にはメイ・ファンス少将の他にアイザック大佐、エクイラ副総司令官。メイン・オルテ中佐、ドクター・メルセデスの姿がそこにあった。

「ついに、始まるのですね......」

 この場で誰よりも命を慈しむエクイラは、哀しみに満ちた様子でそう言った。

「えぇ!!!これから沢山の命が失われますぞぉ!!!」

 彼女の慈悲満ちた雰囲気とは正反対に、メルセデスは興奮気味にそう言葉を放つ。

「───残酷かつ荒療治な作戦ですが、これらもまた、帝国の因果応報とも言える結末でしょうよ。枢爵の時代に、終止符を」

 アイザック大佐はそう言うと、葉巻を灰皿に擦り付けた。

「……戦闘部諸君、武運を……祈る」

 メイン・オルテ中佐はそう言うと、信仰の欠片も無いはずの帝国のその人は、この時ばかりは何かを拝むように両手を合して見せた。

「───我々レジスタンスが、発足からこれまでに枢爵の暴虐を許してきたのは、今この時この瞬間に、その全ての一切合切を撃滅する為である。この作戦によって、耐え忍んだ全ての同志達はこの時をもって報われるだろう。革命を、革命を始めるのです。『我らにヨハペロネの加護があらんことを』───全ての対要塞攻撃システム始動開始!全AE火砲、長距離ミサイル展開!目標!!!『アンビュランス要塞』!!!」

 メイ・ファンス少将はそう威勢よく言い放った。その言葉に鼓舞された同志達の瞳に、殺意の波動を募らせると、その感情の昂りが戦闘部のレイシス達をより強固な枢騎士へと開花させていく。

 メイ・ファンス少将は、アンビュランス要塞が大画面に映し出された観測モニターに向かって、その指をさす。

「エイジスシステムの無力化をもって『アンビュランス要塞撃滅作戦』第二段階を発動」

 やがて、要塞を全方位防御するエイジシステムの無効化時刻となった。

「―――エイジスシステム予定無効化時刻、シールドチェック。偵察レーザーを発射」

 作戦指令室のオペレーターがそういうと、数秒の間が空く。

「……レーザー有効!エイジスシステムの無効化確認!!!」

「───全砲門解放、砲撃開始!!!」

 レジスタンスは、アンビュランス要塞撃滅作戦を開始した。




 その頃。アンビュランス要塞では定例枢騎士評議会会議に出席するために、各枢騎士団の団長が集められていた。

 枢爵もまたその会議室へと向かっていた。
 他の枢爵と共に会議室へ向かう道中、第一枢騎士団長である枢爵ガイウォンは、自らに迫る危機を瞬時に悟った。

 そしてその予感は、他の枢爵も同様に感じ取っていた。

「───な、なんじゃぁこれは......これはいかん!!!」

「───この場に危機が迫っておる、何者かが仕掛けてくるぞぉお!!!」

 ガイウォンの言葉に第二枢騎士団長、枢爵ハレクはそう言う。

「……膨大に生まれゆく死の柱が見えるわい......、世界が予告しておる。多くの負のエネルギーが、この場に満ちるとな……」

 第四枢騎士団長、枢爵ラゴフォンはそう言った。

「マズイのう……ここはもうダメだ!!!直ぐに指揮系統を地下シェルターに緊急移行させるのだ!早く!儀式を早める、ネクローシスも向かわせい!!!」

 第三枢騎士団団長、枢爵ゼーブは側近の部下にそう伝えると、枢爵達は瞬時に悟った生命の危機から逃れるべく、他の枢騎士団に危機を知らせる事もせず、我先へと要塞地下シェルターへと避難した。

 地下要塞からのAE火砲、長距離ミサイルによる飽和攻撃第一波が始まった。
 アンビュランス要塞付近に常駐していたエアー級空中戦艦は、突如大きな飛来音と爆発音と共に要塞上空から墜落していく。

 地下要塞からの砲撃が命中しているのだ。

 その様子を見た刹那、アンビュランス要塞に居る全ての帝国軍人達は、この地に迫る危機の予兆を知り、一斉に雨降る夜空を見上げるも、幾千に輝く星々とは異なる暖色の輝きに、帝国軍人達は目を見開いた。
 その正体をやがて知るも、絶望に浸る暇もなく、アンビュランス要塞は───。

 慟哭する砲撃の響きと共に、火の海と化したのだ。

 第一波の時点で何百発と砲撃打ち込まれたアンビュランス要塞は、まだ辛うじてその見る影を保っていた。辺り一面には、首都住まいの軍人達にとっては見たこともないような飛び散る遺体の数々、そして彼らが聞いた事もないような響き渡る甲高い女性帝国兵士の悲鳴、アンビュランス要塞は前線さながらの地獄へと変わり果てた。

 その中でも人一倍の生命力を誇る枢騎士団長達でさえ、その大半は死に絶えていた。死因は決まって再生が間に合わない事による出血死である。如何に屈強な彼らとて不意に喰らった火砲による体の損壊を癒す手立て等存在しない。

 第一波が終わると、生き残った帝国軍人達は負傷兵の移送と臨時司令部の設置を急いだ。

 ───しかし火の海に住まう彼らの上空には、状況を整理する暇も与えぬ光が再度満ちる。
 第二の光の雨達がこの地を火の海から、血の海とせん為に、火砲の光はこの地に再び降り注がれた。



 アンビュランス要塞からは少し離れた場所に配置された戦闘部は、第一波の砲撃の様子を見届けていた。レオや戦闘部の枢騎士達は、その余りの光景に言葉を失い、非道さながらの思いからか、涙を流す枢騎士すらその中にはいた。

 アンビュランス要塞撃滅作戦は、ただ1人として生存者を許すものでは無い。あの地に御座す全ての生命を刈り取る事によって、レジスタンスの宿願は果たされるのだ。

 ───かつての同志、かつての友人、恋人。

 ───その全てと、彼らは決別した。

「これが......、俺達のやっていることなのか......」

「想像以上だな......、これならあの枢爵もさすがにおっちんでるだろうよ」

 レオの背後で戦闘部のレイシス達は、そうガヤを放っていた。




 ───第二波が放たれる数刻前。

「第一波終了、続いて第二派装填開始」

「間髪いれずに、彼らに再生と逃げる隙を与えないでください」

 メイ・ファンス少将は、正面に映し出された燃え盛るアンビュランス要塞を見ながら、そう慈悲なき指示を伝える。

「これで枢爵、やりきれるといいんだけどねぇ......」

 アイザック大佐は腕を組みながら、メイ・ファンス少将と同じように正面モニターを見つめる。

「いやぁー!いくら枢爵といえど大量のAE火砲をもろに喰らっちゃあ生きてはいないでしょう!点ではなく、面の制圧ですからな!肉片すら残りもしないやもしれませんぞぉ〜!」

 ドクター・メルセデスは調子の良い口調でそう言う。

「何事もなくこのまま終われれば良いのですが......」

 エクイラがそう言うと、その発言を能天気に感じとっていたアイザックは、エクイラに冷ややか視線を一瞬送った。

 ───地下要塞からの飽和攻撃によって一通りの波状攻撃を終えると、アンビュランス要塞はかつての立派な建造物群の見る影も無く、防衛設備や通信施設、兵舎や政府施設、内部病棟や軍事関連倉庫。

 その全ての一切合切が滅亡した。

 その要塞の様子をモニター越しに観測したメイ・ファンス少将は、アンビュランス要塞撃滅作戦を最終段階である第三段階に移行させようとする。

「第三段階、最終フェーズへ移行。残党掃討作戦を開始、戦闘部は第十一枢騎士団と挟撃に当たり、残党及び可能な限り枢爵達の遺体を捜索、確保してください」

 メイ・ファンス少将は、そう指示を伝える。

「―――了解、最終フェーズへ移行。各班戦闘部戦闘配置、第十一枢騎士団へ通達、残党掃討作戦開始。枢爵の遺体を可能な限り確保せよ」
「―――こちら戦闘部、了解。作戦行動を開始する」
「―――第十一枢騎士団、こちらも了解した。挟撃にあたる」

 第十一枢騎士団団長、ダグネス・ザラは直々に通信を取った。レジスタンス戦闘部とアンビュランス要塞後方に位置する、ダグネスが掌握した駐屯基地。その方面からの挟撃残党掃討作戦が開始される。

 レジスタンス三個戦闘部は南東方向より侵攻し、ダグネス率いる第十一枢騎士団は北西方面からアンビュランス要塞残党を挟撃する。




「───ぐうぅ......、誰か......。誰か居らんか......、クソ......」

 周りの部下は全滅し、その中で唯一人生き残っていたのは、第七枢騎士団団長のリディックだった。
 リディック団長は地面を這いながら、周囲に人影を探す。

 すると、見覚えのある姿をした集団を、その瞳にぼやけながらも捕えた。

「おぉ......!助けが来たか......!おいこっちだ!手を貸してくれ出血が酷いのだ......、傷が塞ぎきらん......!皮膜キットを……」

 振絞った声でその集団に呼びかけるリディック、その声に気づいたその集団はリディックにすぐさま駆け寄ってくる。
 その集団の一人がこちらまで十分に近ずくと、リディックは手を差し伸べた。

 しかし、差し伸べた手は突然。

 その者の紅いブレードによって切り落とされた。

「ぐぁっ!?……な、なぜ......?」

 リディックは目をしっかりと見開くと、そこに立っていたのは第十一枢騎士団団長、ダグネス・ザラ。

 彼女は、リディック団長の腕を切り落とした。

「ど、どうしてだあああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 声にならない声でそう叫ぶリディック団長。

「すまないリディック殿、貴殿は議会の中でも穏健派だったな。しかし、ヌレイ戦線を崩壊させ、ヒットマンの英雄小隊を死なせた張本人でもあるか。……貴殿の事は別に嫌いではなかったが、何れにせよ。覇権主義思想持つ貴殿等には、これからの我らの時代に生きるにはそぐわない存在だ。良き時代を繋ぐためにも、貴殿等にはここで滅んで頂く」

 そう言うとダグネスはイレミヨンをリディック団長の首へと当てる。

「ははっ、そうかい......。この惨状も貴様らの仕業というわけだ……。ふっ、我々は淘汰されるべき存在......ってか」

 リディック団長は燃え盛る中、周りの遺体に止めを刺して確認し周るダグネスの部下たちを横目に見ながら、そう言った。

「余程この国を恨んだ連中が、裏で糸を引いているようだな......、ははっ、一歩間違えればダグネス。お前も滅ぼされる側だったのではないかね......?いいなぁ、お前は運が良くて」

 リディック団長は息を切らしながらダグネスにそう言った。

「……そうだな」

 リディック団長は、ダグネスのその短く返された言葉に笑って返すと、ダグネスはそのままリディック団長の首を刎ね飛ばした。

 その後も掃討作戦はしばらく続き、戦闘部も生き残った瀕死の枢騎士団長と対峙していた。

「なぜ貴方達......、祖国を裏切るの......どうしてなの......」

 対峙する戦闘部に向かってそう言うのは第十二枢騎士団長、レフィーエ団長だった。そしてその隣には第九枢騎士団長、イデラの姿もあった。

 二人とも瀕死の様子で戦闘部と剣を交えようとしていた。

「俺達は別に裏切ってなどいない、先に違えたのはそちらなのだ。レフィーエ団長閣下」

 そう言うのは第二戦闘部の隊長、ヘレゲレンだ。

「……過去の栄光を求めた事が、お前達にとっては滑稽だったとも言いたいのかな?」

 第九枢騎士団長、イデラ団長はそう言う。

「そうだ。過去の遺産に囚われた枢爵に、貴方方もそれぞれの立場に多少の違いがあろうとしても、最終的な姿勢は一貫している。破滅的帝国主義の思想はここで途絶えさせなければならない、負担を強いられている同志を解放するのだ」

 ヘレゲレンがそう言うと、数十人の枢騎士達が顕現させたソレイスで、一斉にレフィーエ団長に切りかかった。

 レフィーエ団長の容態対し、比較的軽症かつ余力のあるイデラ団長は、彼女に切りかかる枢騎士を枢光《ヘイテンロア》を放って数人を葬った。だが数人の枢騎士のソレイスがそれを回避すると、レフィーエ団長に刺突の数撃をお見舞する。

 その勢いで体勢を屈したレフィーエだったが、ヘレゲレンの隙を見たレフィーエ団長は、彼の首を刈り取ろうと片手を使って急速に立ち上がる。

 そうして彼女はソレイスを振りかざしたが、その行動は、その場に駆け付けていたレオのソレイスの一刀によってパリィされる。

「───っへぇ!?あんた何者よ!?」

 そう言ってレフィーエ団長は、レオを蹴りで押し離す。

「くっ……いつのまに私の間合いに......、しかも異様なエネルギーの流れね……ソレイスから逆流……?こんなレイシス見た事ないのだけど?」

 レフィーエ団長の言葉に、イデラはレオをじっと観察する。

「……いったいなんだこいつは?」

 レフィーエ団長とイデラ団長は、レオを異様に警戒し始めた。

「おっと、異様に警戒されてるな……」

 レオはそう言うと、二本目の剣状ソレイスを展開させる。そして、そのままイデラ団長の方へと突っ走った。

「お前が何者なのかは知らんが、あまり我々を舐めない事だ」

 イデラ団長はそう言うと、向かってくるレオに対して枢光を放つ。
 しかし、レオはそれを容易く避けるとそのままイデラの腕を切り落とした。

 間合いに入り込まれたイデラはレオを蹴り飛ばし、なんとか距離を放そうとするが、レオが吹き飛ばされたと同時に投擲したソレイスによってイデラは体ごと壁に突き刺ささる。

 彼は身動きを封じられた。

 その後、レフィーエ団長はレオに対して仕掛け始める。あえて、間合いに入り剣術の質で彼女は勝負しようとするが、レオはその狙いを見破ると、彼女に対して距離を跳躍で瞬時に取る。

 するとレオは、空いた手の方からアイザックのソレイスを顕現させた。
 そしてそのままレフィーエ団長の方に目掛けてつかさず高出力の銃撃を放つ。
 ただでさえ瀕死の身であったレフィーエだったが回避行動を取ろうとする。しかし、いつの間にか彼女の傍に居たレジスタンス側の枢騎士によって、逃げ足をソレイスで切り落とされる。当然回避するための瞬発力も発生せず、彼女はそのまま空振るように空中を舞い、やがて心部を撃ち抜かれた。
 レフィーエはそのまま地面に勢いよく倒れ込むと、そのまま絶命した。

「いやはや、見事な事だ。我が枢光も避けられるとなると......今の我々には、打つ手無しとな……如何にレイシスだったといえど……こうなってしまえば非力なものだなまったく」

 壁に突き刺されたまま身動きの取れなくなっていたイデラは、レオに向けてそう言った。

「いや、あんた達は確かに強い。あんた達が瀕死の状態じゃなかったら、きっと俺達はこんな風には倒せなかったはずだ。正々堂々と正面から戦って勝てる訳もない、これが。この光景はそのための作戦なんだ.....非力なのは。俺たちの方だからな」

 レオは先ほど行われた地下要塞からの飽和攻撃の光景を思い出しながら、そう言った。

「ふっ、過程がどうあれ結果的に我らが敗北したのであれば、それまでの事だ。申し開きのしようもあるまい、大人しく朽ちるとしよう......先の帝国を……民を頼んだぞ……」

 イデラ団長はそう言うと、静かに息を引きとった。
 戦闘部と第十一枢騎士団の挟撃掃討作戦により、アンビュランス要塞の大半の残存帝国兵は駆逐された。
 残すのは、枢爵に関わる者たちとなったが、依然としてその者たちに関する発見報告はもたらされていなかった。




「―――作戦指令室へ通達......、枢爵、及びその近辺部隊と思わしき遺体や装備品が発見できず!!!繰り返します!!!発見できず!!!」

「───現在確認できる限りの遺体の部隊照合を進めていますが、上位枢騎士団所属の兵士が見当たらず……」

「なんですって......」

 その通達を受けたメイ・ファンス少将は思わず言葉を見失う。そして地下要塞の作戦指令室には、不穏な雰囲気が漂い始めていた。







[43110] 黒滅の四騎士
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:26
 ───レジスタンスによる撃滅作戦の要塞総攻撃から逃れた枢爵とネクローシス達は、枢爵近辺の者達しか知らない要塞地下シェルターへとその身を寄せていた。
 枢爵を筆頭とする指揮系統を地下に緊急移行させ、そこを臨時司令部とした枢爵達は敵の攻撃拠点の捜索を試みようとする。

「えぇい......、どこからじゃ!どこから撃ってきておるのだ!」

 枢爵ガイウォンは通信オペレーターに怒声で問う。

「――はっ......、それが付近の接続範囲のレーダーは全て無効化されていて……詳細な状況は不明です。外部との通信チャネルも回線網が不安定で連絡がつきません。ですが……砲撃空間波系をN次元サンプリング、地区情報でシュミレートした結果おおよその攻撃地点は判明。第二区画中央市街地東南方面ポイント752-232地点と推定、勢力不明。共和国からの声明も直前時点までは何も確認されておりません」

「───第二区じゃと......?あそこに何がある......?」

 枢爵ガイウォンはそう言って首を傾げる。

「分からんが、防御システムの無効化といい、アンビュランス要塞を陥落させる程の火力兵器や工作員を用意できる組織はそうあるもんでない。共和国関連の線が薄いとすれば、恐らくはどっかの枢騎士団勢力によるクーデターと見るべきだろうな。兵器は前線送りの横流しだろうて、粗方壊滅された事になっておる方面軍のモノだろな」

 枢爵ハレクはガイウォンにそう返す。

「───ここを起点に安全保障業務提携を発動する、センチュリオン・ミリタリアに緊急用の直通回線で救援要請じゃ急げ。他、動ける者に片っ端からあたれい」

 枢爵ゼーブはそう指示すると、オペレーター達は即座に作業を開始する。

「我らの定例会議を見計らって一気にここを落とすとはな、エイジスシステムを無効化させる用意周到ぶりに加え、第二のエイジスシステムの事まで知っているとなると……、嘆かわしい限りじゃな。奴らの狙いは本格的な国盗りのようじゃ、ハレクの言う通り。これは枢騎士団勢力によるクーデターで間違いないのう……」

 枢爵ラゴフォンはハレクの言葉に賛同するようにそう言った。

「となると、奴らは我らを抹殺する事が真の目的だろう。我らの存続が気づかれるのは時間の問題じゃ、他に手を打ってくる前に我らは儀式を早急に執り行なわなければなるまい。依り代が足りぬが……この際致し方あるまい。あのお方に趨勢を図って貰うのだ。我らは地下祭壇へ向かうぞ」

 ガイウォンはそう言うと、他の枢爵とネクローシス達を連れ、地下シェルターである臨時司令部を去った後、さらなる地下。

 地下大祭壇へと向かった。


 ―――レジスタンス、地下要塞にて。
 枢爵達が丸ごと生き残っている予想外の事態に、メイ・ファンス少将は頭を悩ませていた。

「そんな、彼らは一体どこへ......」

 メイ・ファンス少将はうろたえながら視線をアイザック大佐に向ける。
 アイザック大佐はそれを受けると一息置いて応える。

「……我々は枢爵の居所を完璧に把握していた。間違いなくこの日、あそこに枢爵達は居たはずですよ。遺体等が見当たらないとなるとぉ……木端微塵になるまで体が吹き飛んだのか……、我々の感知していない空間に潜んでいるのか」

「っいやはや!これは逃げられてますなっ!」

 ドクター・メルセデスはそう言うと、妙な雰囲気になる。

「―――メイ司令......、戦闘部が作戦司令室の指示を待っています......」

 作戦司令室のオペレーターがメイ・ファンス少将にそう言うが、メイ・ファンス少将は頭を抱えながらしばらく沈黙する。

「......そのまま枢爵の捜索を続行、引き続き残党掃討作戦を継続してください。追って指示を出します」

「―――了解、そのように伝えます」

 オペレーター達とメイ・ファンス少将がやり取りを終えた瞬間、傍にいた副司令官であるエクイラは何やらを感じとったかのように表情をはっとさせる。

エクイラには自らに迫る攻撃的な危機に対して、感応者と似たヘラクロリアムの共振や人々の殺意を、遠くからでも感じ取れる性質があった。

「......た、大変です!ここに危機が迫ってます!!!」

「───なんですって!?」

 エクイラの言葉にメイ・ファンス少将が反応すると同時に、要塞内に警報が響き渡る。

「―――識別、北西方向よりミリタリア社の航空戦闘団が攻撃編隊で接近中。帝国空軍の爆撃機も確認!要塞領空内に数秒以内に侵入します!」

「航空戦闘団!?このタイミングで......?居場所が知られた……!?」

 レジスタンスの予想をはるかに上回った展開に、作戦司令室にいた幹部達は言葉を失っていた。しかし、そんな中でもメイ・ファンス少将は冷静に立ち振る舞い、判断を下す。

「コードRED警報発令、短距離防空システム作動、戦闘機全機発進」

「―――了解、コードRED警報発令中。AE高射砲全門解放、戦闘機全機発進、敵航空機を須らく撃墜せよ」

 ミリタリア社の航空戦闘団が領空内に侵入してから、わずか数秒で攻防戦が開始される。
 帝国空軍の爆撃機による衝撃波が、作戦司令室にまで響き渡る。

「状況を報告してください」

 メイ・ファンス少将はオペレーター達に状況を問う。

「―――第三エリア帯水層、及び付近の上層通路破損。運搬通路壊滅」

「―――同エリアの地対空ランチャーが破壊されました」

「……妙だな、あそこには何もない」

 オペレーター達の報告を聞いたアイザック大佐は敵の標的がおかしい事に気づく。

「―――第三エリア、更に数十機の爆撃編隊が接近中」

「えぇ、敵は見えてるものしか狙ってきていない。つまりこちらの正確な情報は向こうには知られていない......。まともにやりあってはこちらが持ちません、全ての高射砲を格納してください。戦闘機には戦域から離脱するように伝えて、ここで爆撃編隊をやり過ごします。こっちは十層の特殊装甲に守られた要塞です、間違ってもここが墜とされる事はない」

 メイ・ファンス少将がそう言うと、全ての高射砲は格納された。
 こうして地下要塞には爆撃の衝撃波に怯える長い夜が訪れようとしていた。



 ―――撃滅作戦施行後、アンビュランス要塞にて。

 残党掃討作戦を続行するよう命じられた戦闘部は、引き続き枢爵の遺体の捜索、確保と残党掃討を続けていた。

「───お、おい......。あれ、レジスタンスの拠点が……攻撃されてるんじゃないか......!?」

「あぁ......、だが中央エリアのある所からは少し外れてるな」

 爆撃で燃え盛る第二区エリア方面を見ていたレジスタンス兵達はそう言った。

「なぁ、隊長さん......拠点は無事なのか?けっこうヤバそうだが」

 レオ・フレイムスは第二戦闘部の隊長であるヘレゲレンにそう聞いた。

「地下要塞は十層にも及ぶ特殊装甲に覆われている、大概の攻撃に対しては無類の防御力を誇る。あぁ見えて堅牢な要塞だ、しかしそうは言ってもあれだけの爆撃に晒され続ければ、さすがに長くは持たんだろう。 早く枢爵共を見つけ出さなければな……」

 ヘレゲレンがそう言った直後、彼の元に通信が入る。

「―――隊長、見取り図には存在しない地下空間へ通づる入り口をソナーで発見しました。しかし、入り口は頑丈な作りでこちらの装備では突破出来ません」

「なんだと!?分かったすぐそちらに向かう」

 ヘレゲレンはすぐさま入り口を見つけたレジスタンス兵達の方へと、周りの枢騎士を連れ走り出す。そしてレオもそれに続いた。

 報告にあった入り口に辿り着くと、そこには全戦闘部の枢騎士、レイシスや一般歩兵達が集結し始めていた。
 到着したヘレゲレンに向かって、一人のレイシスが戦闘部集団の前へと踏み出る。
 その人物は第一戦闘部の隊長であるロベリアであった。

「ヘレゲレン、私達はもうこの崩落した要塞内をどこもかしこも探し尽くした。だが、どこにも枢爵の一人のその一欠けらすら見つけられなかった。後はここだけなんだ......ヘレゲレン......」

 ロベリア隊長はヘレゲレン隊長に、緊迫した様子でそう言う。

「それが本当なら、枢爵達は一人残らずこの下で生き残っている可能性が高い......。とすると、枢爵共と真っ向勝負ってわけか......」

「覚悟なら決まっている、ここでやらねば全てが水泡に帰す」

 ヘレゲレンの言葉にそう返したのは、第三戦闘部の隊長であるリョージスだ。

「あぁ、もちろんだ。やるぞ......殲滅戦だ」

 ヘレゲレンがそう言うと、それを聞いたロベリア隊長は無言で頷き、右手を手前に差し出すとそのまま入り口の方へと向けた。

 その後、そのままロベリアが手を翳した方向の入り口を蹴りつけると、まるで丸く切り取られたかのように円状に穴が開けられる。

 空間障壁の応用だろう。

 穴が開けられた先には、薄暗く灯りが灯されており、地下への階段が延々と続いていた。
 ヘレゲレンは穴が開けられたと同時に、真っ先に飛び込んだ。
 他の者達もそれに続き、レオもまた共に飛び込んでいった。

 しばらく下り続けると、やがて再び扉が現れた。

 地上の入り口の時と同様に、ロベリアがその扉を破壊し突入する。
 突入した先には作戦司令室のような電子機器の空間が広がっており、そこには第一枢騎士団の腕章をつけたオペレーター達が居た。
 その突入に気づいたオペレーター達は、ハンドガンを取り出し突入してきた戦闘部に応戦するも、あっという間に制圧されてしまう。

 戦闘部の隊長たちは辺りを見渡すも、枢爵の姿を見つける事は出来なかった。

「ここにも居ないのか......?」

「───いえ隊長、更に地下に続く通路があるようです」

 そう言った戦闘部の一般歩兵は、この部屋に置かれていた見取り図な様なものをヘレゲレンに見せる。

「これは......、アンビュランス要塞の地下にこんな地下空間が?これを知るのは枢爵達だけってわけか。間違いなくここに枢爵達はいるはずだ、ここに行くぞ。何人かはここに残り、この部屋で行われた情報を収集して本部に連絡しろ。恐らく先ほど見えた爆撃機の編隊もここから要請されたものだろうからな」

 ヘレゲレンはそう言うと、何人かの一般歩兵を残し、他のもの達は地下に存在する更なる謎の大空間へ向かう。


 ―――アンビュランス要塞、地下儀式祭壇にて。

 儀式祭壇の置かれたその大空間はまるで何かの聖堂のように、複雑な文様が刻まれた重厚な柱が祭壇に向けて平行に立ち並ぶ。
 その最奥の祭壇には、多くの布に覆われた四つの巨大な棺のような物が置かれ、それを崇めるかのように枢騎士達は整然といくつかの列を成す。
 そして枢爵の一人、ガイウォンは黒滅の預言書と呼ばれるその巨本を中央の棺に向けてかざし、何やら不可解な言葉を連ねる。
 それと同時に、ネクローシスの一人であるレノーカスはその棺に近づき自ら装備していた大剣をその棺の前で両手を掲げた。

 ───しかしその瞬間。

「全員動くな!妙な動きをすれば撃つ」

 その声がこの地下空間に響き渡る。

 それを聞いた枢爵やネクローシス達はその場から振り返ると、儀式祭壇と列を成していた枢騎士達を包囲するように一階とその二階から、戦闘部の枢騎士やレイシス達、一般歩兵が周りを取り囲んでいるのを見た。

 彼らは、銃口やソレイスを枢爵達に一斉に向ける。

「───ふはははは!!!貴様たちか、大いなる帝国に刃向かう愚か者たちは!?お前達のやり口には実に恐れ入ったぞぃ、……ふーむ。だが見たとこ、貴様らは枢騎士団ではないようだが……一体誰の手引きなのかね?」

 枢爵ハレクは戦闘部にそう問う。

「無駄話をする気はない!そのまま大人しく手を頭の後ろに回して後ろを向け!」

「馬鹿が」

 ヘレゲレンの投げかけた言葉に、枢爵ゼーブはそう返す。すると彼の隣に居たレオは突然、ヘレゲレンの前へと出る。

「よぉ、枢爵さん方。俺が誰か分かるか?」

「……おい待てレオ!!」

 ヘレゲレンはレオを止めようとするも、全ては遅かった。レオを見た枢爵達は、少し動揺した様子でお互いに顔を見合わせる。

「おぉ……レイシスの子よ。まさか反乱分子に捕えられていたとはのぉ、だが……もう遅いぞレイシスの子よ。儀式はもう始まっておる、貴様の処遇は後に我らが主、黒滅の四騎士の御方が1人。『ネクロウルカン』様がお決めになるだろう……」

 枢爵ラゴフォンはそう言った。

「おい!!!そのレイシスの子っていうのは何なんだ!?なぜ俺はお前たちに狙われる!?答えろ!」

 レオは必死に問い掛ける。

「……お前は依り代だったのだレイシスの子よ。我らが偉大なる神話の戦士、黒滅の四騎士『アーマネス・ネクロウルカン』様のな。だが全てはもう遅い、こうなっては完全な状態での復活は避けられぬ。───やれい!!!レノーカス!!!」

 枢爵ガイウォンがそう言うと、棺の前に立っていたレノーカスはその両手に持っていた大剣を棺に突き刺した。

 それを見たヘレゲレンは射撃の号令を出すも、棺から突き刺したと同時に放たれた衝撃波によって戦闘部の部隊は勢いよく後方へ吹き飛ばされ、陣形が崩れる。

 ───大剣を突き刺したレノーカスは、禍々しい光を放ちながら棺から伸びる黒帯状のものに巻きつかれていき、やがて完全にレノーカスをその帯が蛹のように取り込むと。

 レノーカスの形状を変質させていく。

 その光景を見たレオは、依り代とはどういうことなのかを直感的に理解した。

 その禍々しい光が徐々に落ち着き、レノーカスの形状の変質が終わると、やがて帯の塊の中から、まるでそれを喰い破るかのように荒々しく破られた。

 その中から姿を現したそれは、以前のレノーカスの姿とは似ても似つかない全く別の人物像だった。

 美しい光沢を放ちながら腰まで緩やかに伸びたこがね色の毛髪と紅い瞳を覗かせ、そして絵画の様に美しく、あまりに端麗な顔立ちは、見る者を揺るがせた。
 それに似つかわしくない屈強な鎧と、棺に突き刺された大剣を身に着けたそれは。

 ───正しく。黒滅の四騎士『アーマネス・ネクロウルカン』の顕現であった。

「はぁ......、我らが神話よ。ネクロウルカンよ……この時をどれほど待ち望んだ事でしょう......」

 枢爵ガイウォンがそう言うと、他の枢爵やネクローシス、周りの枢騎士達はただただ、ネクロウルカンに対して静かに膝まづく。

 ネクロウルカンの言葉をただ待ち続けた。

 そしてその光景にレオや戦闘部は、立ち尽くすばかりだった。

「───余は......、体が、重い......。ここは、どこだ......」

 ネクロウルカンは、頭を抑えながらゆっくりと前へと、1歩。足を運び出す。

「ここは地下の儀式───......ぐぁっ‼」

 枢爵ガイウォンの言葉を遮り、ネクロウルカンはガイウォンの心臓を右手で突然貫いた。
 そのままガイウォンの体を片手で持ち上げると、ガイウォンの体はみるみるうちに萎れていくようだった。

「───足りぬ......、足りぬ......」

 ネクロウルカンはそう言いながら、ガイウォンの体をどこかにと投げ捨てる。

「……なっ!?一体なにをっ!?!?」

 枢爵ハレクはそう言うと、ソレイスを顕現させその矛先をネクロウルカンに向ける。

「貴方が遺された預言書と話が違うではないか!我らは共に世界を制すもののはずだ!」

 ネクロウルカンはハレクの言葉に聞く耳を持つ様子もなく、ネクロウルカンはハレクを見ると、目にも留まらぬ速さで彼へ近づき、左手を用いてハレクの心臓を瞬時に貫いた。

 それを見た枢爵ゼーブと、ラゴフォンは即座にソレイスを顕現。ネクロウルカンに対して同時に斬りかかる。
 ネクロウルカンはハレクの体から左手を引き抜き、それぞれの二人の枢爵の一撃を素手で受け止めた。

「───なっ!?馬鹿な!!!」

「ぬうぅ......、まだ顕現は不完全なはず......!」

 枢爵ゼーブとラゴフォンは、その一撃を容易く手で受け止められた現実に声を唸らせた。

 すると、ゼーブとラゴフォンはネクロウルカンから跳躍して距離を取る。
 そして、それぞれのソレイスを突然自らの胸に突き刺した。

「「───レナトゥス!!!」」

 二人の枢爵は同時にそう言うと、その突き刺した部位から黒い帯状のものが溢れ始め枢爵達の体を包み込み始める。

「……あいつら急に何を!?」

 レオがそう言う。

「あれは......、『レナトゥス・コード』の禁術か、初めてお目にかかるな......」

 ヘレゲレンは目を見開きながらそう言った。

「レナトゥス・コード......、あの光景は以前見たことがある。アルフォールとかいう奴のとそっくりだ......。だが、これは......まるで禍々しさが違う......」

 二人の枢爵の体を包み込んだ黒い帯は、やがて衣服のような形態をとり始め、裾の部位はまるでスカートのように伸びる。
 黒い帯に巻かれたその姿は、まるで包帯を巻いた病人のようだ。
 二人の枢爵の背の左側からは禍々しい光が弧を描き、まるで片翼の翼のようにエネルギーが放出されている。
 その放出された禍々しい光に触れた周りの物質は、見る見るうちにその姿を粒子状に昇華させられていった。

 レナトゥスをやり遂げる枢爵の姿を見ても尚、ネクロウルカンはそれに動揺する様子はなかった。
 それから彼女は大剣を、その刀身を右肩に預けた。
 ゼーブは人知を凌駕する速度で間合いを瞬時に詰め、ネクロウルカンの首を狙いに行く。

 だが接近したゼーブは、まるでフレームレートが異なる世界に住まうように、ネクロウルカンによって、容易く首を大剣で跳ね飛ばされてしまった。

 一瞬の事だった。

 頭部を失ったゼーブの体を左手で掴むと、そのまま何かを吸収されるかのよう、ゼーブの体であったそれもその前と同様に萎れていく。

 ラゴフォンは左背から放たれていた禍々しい光を自らの体の前に出し、それを両手で溜めこむかのように構える。

「時空が歪むほどの枢光《《ヘイテンロア》》を喰らうがいぃ!!!!!」

 高質量の禍々しい光の集合体がネクロウルカンに向けて放たれた。
 しかし、それを避ける様子もなく真っ向からそれと向き合った。

 彼女に激しい衝撃波と土煙を撒き散らしながらそれは直撃する。

「えぇぃ......、さすがにやれたじゃろて......」

 しかし土煙が晴れると、そこには傷一つ負った様子のないネクロウルカンがそこに立っていた。

「ば、馬鹿な......」

 ラゴフォンがそう言った直後。

 ネクロウルカンから放たれた枢光によって上半身が瞬時に消し飛び、ラゴフォンの下半身はそのまま地に落ちた。

「な、なんて事だ……あの枢爵を......あんなにいともたやすく葬るなんて......」

 第一戦闘部隊長のロベリアは、声を震わせながらそう言う。

「余の良き腕慣らしとなった、感謝するぞ我らが同胞よ」

 ネクロウルカンは、先ほど見せていたたどたどしい口調からは一見変わって流暢に話すようになっていた。

「……この時代の枢爵はどこにおるか」

 ネクロウルカンは付近の枢騎士達にそう聞いた。するとネクローシスであるテイラー・クアンテラがネクロウルカンの前に出る。

「───ネクロウルカン様。この時代の枢爵は先ほど貴方様が戯れられた四人のレイシスたちで御座います」

 そう答えられたネクロウルカンは、心底軽蔑するような視線でかつて枢爵だったもの達を見た。

「……なんだと?この脆弱なもの達が枢爵を務めていたのか。……まぁ良い、預言書通りに事を運ばせておったようだが……、この有様は性急過ぎるな。余がこの時代に身を保持させ続けるには、余りに多くの人間が生き過ぎておる。この地には、負のヘラクロリアムが……枯渇している」

 ネクロウルカンはふらふらと歩き始める、列を成した枢騎士達はそれを祝福するように膝を着き頭を垂れ、ネクロウルカンの行く道を示すかのように列を成す。
 残ったネクローシス達はそのままネクロウルカンに付き従った。

「奴をこっから先にいかせるなぁぁぁ!撃てぇぇぇ!!!」

 ヘレゲレンは祭壇内に響き渡る声量でそう言うと、一斉にネクロウルカンに向けて発砲された。

 しかしその攻撃は、ネクロウルカンに届くことはない。全てはネクロウルカンの作り出す障壁によって無意味に終わるからだ。

 そしてその質も、物量でどうになる問題を遥かに超えたものだった。
 そんな事は枢爵とネクロウルカンの戦いとも呼べない戦いを見て、この場にいるレジスタンス達が分かりきっている事だった。

 ネクロウルカンは歩きながら右手を出し、そのまま何かを握りつぶすかのような動作をすると、レオを含む戦闘部全員がもがき苦しみながら地にひれ伏した。

 その後、レイシス達を除く人の身の一般歩兵はそのまま地に触れしたまま、再び起き上がることはなかった。

「グぅ......、今。心臓を潰された......」

 ヘレゲレンはそう言うと、ソレイスを再び構える。レオもしばらくして血反吐を吐きながら起き上がると、自らの膨らんだ胸部に手を当てた。

「余の糧となるのだ……」

 ネクロウルカンはそう言うと、今度は左を出し何かを切りつけるような動作をする。
 すると、レオやレイシス達の心臓部が、突然顕現した槍のような物で貫かれる。

 それに貫かれたレイシス達は、まるで魂が抜け落ちたかのように体が崩れ落ちていった。

 それによって地にひれ伏したレイシス達は、二度とそこから立ち上がることはなかった。

 ネクロウルカンは、レジスタンス達の屍を通り過ぎていく。

 しかし、誰も立ち上がらぬその中で。
 ただ一人立ち上がれるものが居た。

「いってぇな......、これ......。あんた一体どうなってんだよ」

 ネクロウルカンは歩みを止め、レオの方を振り返る。

「───貴様、どうなっている。余の『勝敗を制す槍《デアスエラーテ》』を受けてなぜ生きている」

 そう言われたレオは、きょとんとした様子で首を傾げる。

「さぁな......そんなのは俺にも分からねぇよ。ただ、今分かってんのはお前をここから地上に出すのは考えうる限りの最悪だってこと......!」

 レオは二本のソレイスを構えて、ネクロウルカンと対峙する。

「……ふむ、いや待て。貴様、レイシスの子……なのか?だとしたら惜しいな」

「だーかーら!それはなん───......ってなんだこりゃー!?」

 レオの体が鎖のような物で足から巻きつけられ、レオの身動きが封じられた。

「貴様、興味深いな。生命的な死がトリガーになっているタイプか、珍しい。おい、こやつを連れていく」

 ネクロウルカンは後方に控えていた者達にそう命じると、ネクローシス達がレオを取り押さえた。

 そして、ネクロウルカンとネクローシス達はレオを連れ、レジスタンスによって浄化された地上へと歩み始めた。









[43110] 第九の人外終局者
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:27
 レジスタンス地下要塞にて。

「―――爆撃第四波、引いていきます」

「―――第三エリア、機能大破」

「───高射砲弾倉エリアの複数が誘爆、ダミーエリアの対空防御陣地が壊滅」

 地下要塞のオペレーター達がメイ・ファンス少将に舌を噛み切る勢いで戦況を伝える。

「……やっと切らしましたね......。これでしばらく空襲はないはず、念の為攻撃システムに再起動をお願いします」

 メイ・ファンス少将が安堵を着いたその瞬間、再び警報が要塞内に鳴り響く。

「ちっ、またなの!?」

「―――第五波接近中、しかしこれは……。帝国空軍所属の爆撃機は確認できず」

「構成は?」

「―――13機の輸送機のみです、その全てミリタリア社所属機体。接敵予測ルートでは要塞直上付近を通過します」

「こちらの高射砲が死んでると踏んだのかしら、狙いは何......?」

 ミリタリア社の輸送機達が地下要塞直上に差し掛かる頃、そのうち12機の輸送機後部ハッチが解放された。

「―――ハッチを解放した複数の輸送機から何かが投下された模様!識別します。―――識別、ミューター『パプラヴァノア』を確認!群体です!!!」

『パプラヴァノア』。
 それは、帝国軍が有する異邦生物兵器の一種。この生物の出自は不明であり、帝国の有力研究では生体的な構造が従来のモノとまるで異なる点と、特異的な性質、有機的な構成のルーツをギリア領域に持っている事からも別の世界からやって来た生物とも言われている。その為、呼称としても異邦生物『ミューター』と呼ばれていた。

「ミューターまで持ってきているなんてさすがに.....。意地でもここを探し当てに来てるってわけですか......」

「メイ・ファンス少将。奴らは装甲層を簡単にすり抜けてくる。戦闘部は全部出払ってんだ、早く上の連中に武装するよう指示を出すんだ急げ!俺は上に行って奴らに対処する!!!」

 アイザックはそう声を荒らげた様子でそう言うと、この場から去って上層へと向かう。

「……え、えぇ分かってますアイザック大佐。要塞内に緊急のアナウンスを口頭で繰り返し流してください」

 メイ・ファンス少将は近くのオペレーターに口頭アナウンスと、室内人数分の非常武器を持ってくるよう指示を出す。

「―――緊急事態発生、全施設員は直ちに非常武装。襲来するミューターに備えてください。繰り返します―――」

 要塞内のレジスタンス要員達は想定になかった事態に見舞われ、緊急放送で要塞内にアナウンスを何度も響き渡らせる。



「 ───パプラヴァノアだってよ、ったくついてないねぇ」

「───パプラヴァノアってあの異邦生物兵器か?名前は聞いたことあるが……実際に拝むのは今回で初めてだな」

「───そいつらって唯の生き物じゃねぇーんだろ?銃でちゃんと殺せんだろうなぁ?」

 要塞内の攻撃システムメンテナンスを行っていた上層の作業員達は、各自の控室に赴き非常用の武装を整える。

 そしてそこには不安を隠せぬ様子のクライネの姿もあった。

「おーいおめぇら、グチグチ言ってんじゃねぇ。奴らは素早いぞぉ〜、タイミングを見誤ったら闇に喰われっからな」

 その場の控室にそう言って突如姿を現したのはアイザック大佐だった。

「た、大佐!!!」

 彼の姿を見たクライネは、少し心が緩引た様子だった。

「おいテメェらいいかぁー?要点だけ言う。奴らは普段、自らの影の中に身を隠していやがる。影に向かって撃っても壁面を傷つけるだけで何の意味もねぇ、実体を得て出てきたタイミングをしっかり狙わんと奴らにダメージが入らんからな。頭に入れとけぇ、んじゃ準備が出来たやつから配置につけぇい!!!」

『───了解!!!』

 クライネや作業員一同は、声を合わせてそう了承する。



 武装を整え彼らは控室を出ると、アイザック達は銃を構え、防御隊形を維持しながら上層メイン通路へと向かう。
 その場所は最後に上階層からの通信が途絶えた場所でもある。

 通路は爆撃の衝撃波によってか、電灯が不安定に灯らせている。

「……最後の接敵連絡はこの辺のはずだがぁ……、だれか他の上層の奴らと連絡が着く者は?」

 アイザックはそう聞いたが、それに対する返事はなかった。

「ったく、終わってんなぁこの状況。ホラー映画さながらだぜ」

 アイザックはそう言葉を漏らす。

「チッ......、その先から地面に警戒しろ。不自然な影に注意するんだ」

 そう言いながら、メイン通路をゆっくりと前進する。

「た、大佐......!この先でいま何かが蠢きましたよ......!?」

 クライネは前進方向に指をさしながら、アイザック大佐にそう伝える。

「ウェポンライトで照らせ」

 アイザック大佐にそう言われたクライネは、その方向へとアタッチメントの灯りを向ける。

 ───その瞬間、大量のパプラヴァノアの群体が視界の前、通路いっぱいに現れる。

 大きく開いた口に四つの耳と四つの目をつけ、生物としては余りに不気味過ぎる構造をしているのが伺え、見る物に恐怖心を抱かせた。

 そして、その姿は影のように漆黒で、一瞬の間に目をやるだけでは影なのか、それとも本体なのかの識別が難しい程だ。

「───ひいぃぃぃ......!」

「怯むんじゃねぇ!所詮は生き物だ!撃ちまくれぇ!!!撃てばやれる!!!」

 アイザックはそう言って作業員達を鼓舞させる、その間のクライネは腰を抜かしそうになるも、何とか態勢を整える。

 作業員達も応戦するも、すぐに影に姿を隠してしまうパプラヴァノアに対して、有効打を打てずにおり、1人。また1人と影に飲まれていく。

 アイザック大佐は自前の銃型ソレイスで手早くパプラヴァノアを処理していく。影の中の核を破壊されたパプラヴァノアは、塵のように姿を消す。

「クソ、数が多い......!ここじゃ抑えきれん......!」

 アイザック大佐は腕の通信機を起動する。

「おいメイ・ファンス!ここじゃこいつらを抑えきれん!そっちに奴らが行くぞ!!!」

「―――えぇ、分かったわアイザック。こっちはこっちでなんとかする」

 そう言ってメイ・ファンス少将は通信機を切る。



「ここにパプラヴァノアが来ます、備えて」

 メイ・ファンス少将がそう言うと、室内のエクイラを除く全ての人間が銃を構える。

 ───やがて、しばらくすると作戦司令室と中央エレベーターを繋ぐ通路から警備兵の悲鳴が聞こえ始める。

 それを聞いた作戦司令室の人間は、一斉に通路側の入り口に銃口を向けた。

 外の悲鳴が止んでから一間置くと、直ぐに扉の隙間からパプラヴァノアの影が雪崩込むように作戦司令室内に侵入し始めた。

 その瞬間一斉に彼らは撃ち始めた。

 しかしその中でも唯一人、未だ佇む人影がある。

「こんな時ですら......、私は何の役にも立たない......」

 エクイラは周りがパプラヴァノアと交戦する中、只々その場で立ち尽くす。銃を持てばそれは自壊し、その身を盾にする事も儘ならない。
 エクイラは、その身の権能を盾のように振舞おうとすると、自らの権能によって足の自由が利かなくなってしまう。
 それによって只々、彼女は立ち尽くし彼らを見守る事しか出来ない。

 唯一匹のパプラヴァノアもエクイラに興味を示す事もなければ、襲い掛かることもなかった。それは、彼女に近づく事が出来ないと本能で理解しているからなのか、もしくは識別することが出来ないからなのかは、周りや彼女にとっても分からないままだ。

 ただただ抵抗虚しく飲まれゆく人々は、エクイラに妬ましさと悲嘆の表情、その視線を彼女に預けながら、闇に消えゆくのだ。

 メイ・ファンス少将は何体かのパプラヴァノアをハンドガンで仕留めつつも、数の暴力による鋭利な一裂きによって胸部に致命傷を負った。

「───メイ・ファンス少将!!!」

 そう言いながらメイン中佐は周りのパプラヴァノアを撃ち殺し、駆け寄る。

「今手当を......!」

「......中佐......うしろ......」

 その瞬間、更に数体のパプラヴァノアがメイン中佐達に襲い掛かる。
 しかし、それは瞬く間にある男によって跳ね除けられる。

「───他のミューター共はここに来た奴らで最後だったかね。遅くなっちまったなぁ......。すまないメイ・ファンス少将......」

 それは上層から、武装したクライネや作業員達を連れたアイザック大佐だった。彼らは作戦司令室に踏み入ると、他のパプラヴァノアを制圧し始める。どうやら他のパプラヴァノアは彼らの道中で全て倒されたようだ。

「そんな少将......」

 クライネはメイ・ファンス少将の様態を見て唖然とする。

「ぐっ......、無理、ダメね。意識が……しゃべれなく……なるまえに……私……。現時刻を以て……すべての権限を……エクイラ副総司令官に、委譲します......。後は任せました、エクイラさん......」

 そう言うと、メイ・ファンス少将は腕の長たる証、腕章を取り外してエクイラへと預けた。

「……拝命。致します。すべてを成し遂げて見せましょう。貴方のように、全てを憂う、優しい世界の為に……」

 エクイラはそういって、腕章を受け取るとその繊細な左腕に身につけた。

 そしてエクイラはメイ・ファンス少将に近づき、手を取る。

「───ドクター・メルセデス......。メイン中佐......。後の事、お願い致します......」

 メイ・ファンス少将はドクター・メルセデスとメイン中佐にそう告げ、瀕死の身で自らの頭を下げる。

 彼らは静かに頷き、そして彼女は、緩やかな視線でアイザック大佐に顔を向けた。

「はぁ......アイザック......、貴方とはすべてが終わった後にでもゆっくりお茶がしたかったわ......。その似合わない髭について......もっと議論を......重ねないと……いけないのにねぇ……」

 メイ・ファンス少将はそう言って瞳から涙を一滴。頬を伝って流すと、そのまま穏やかに息を引き取った。




「───メイ......。全てはお前の考えから始まった事だったな......。お前の思想に賛同したエクイラ様や俺達がこうしてここに集えたのは、全てお前が舵を取ってきてくれたおかげだ......。ありがとう......メイ・ファンス......。お前の望む世界に、できる限り近づけて見せるさ」

 アイザックはそう言いながらメイ・ファンス少将の手を取り、自らの額に優しく当てた。



 ―――レジスタンス地下要塞直上。高高度上空のミリタリア社所属輸送機にて。

「―――パプラヴァノアの斥候が活動を終了。パプラヴァノアの浸透データを元に地形情報及び地下要塞の立体構造を解析中......解析完了。詳細な地形データを送信……完了。『エンプレセス』の出撃許可を……確認。後部ハッチを解放」

 地下要塞直上で待機していた唯一機の輸送機。その後部ハッチが開かれると、凄まじい高高度の強風が機内に流れ込む。
 その風は、機内後部に居た一人の少女の華やかな装束を煽り立てた。
 そして後部ハッチが完全に開き切ると同時に、腰に据えた刀に手を添えながら、彼女は手元の端末でマップデータを確認すると、戸惑う様子もなくそこから飛び降りた。

 やがて飛び降りてから、彼女が要塞直上に到達しようとする頃。鞘から、黄金に輝く刀身を短く引き抜いた。そして、それを完全に抜ききる事無く、またそれを納める。

 そうすると、この一連の意味もないような所作の後に、彼女の周囲は刀身から発せられた銀色の眩い光によって、莫大かつ破壊的なエネルギーと共に包み込まれた。


 ―――数刻前。作戦司令室にいたレジスタンス達は、メイ・ファンス少将の損失に悲観する暇もなく、再び警報が要塞内に鳴り響いた。

 その警報を聞いたエクイラは、かつてメイ・ファンス少将が組織を取りまとめていた指令席のポジションに足を運ぶ。

「状況を報告してくださいますか」

 エクイラは、そこで初めて代替指揮官としての職務を遂行し始める。

「―――は、はい。領空内の高高度上空より急速にこちらに接近する熱源体を感知......。落下速度から推察するに……恐らく人程度の重量?......約九十秒後、直上に到達するものと思われます」

「こんな時に身投げした人間が降ってくるとでも?対象のヘラクロリアム濃度を測定しろ」

 メイン中佐はそのオペレーターに指示を出す。

「───測定開始......、そ、測定不能!?!?あらゆる外部測定機器の波長を拒絶!!!識別不能です!!!」

「っんな!?そんな馬鹿な話があるか!もう一度やり直せ!!!」

 ───メイン中佐がそう言った瞬間。
 要塞内にこれまでの爆撃とは比べ物にならない、桁違いの爆撃音と衝撃波が響き渡る。

「い、今のはなんだ!?なにが起きてる!」

 アイザック大佐がそう言う。

「―――要塞直上の三層分の特殊装甲が全て昇華しています!!!し、信じられない......まるで『核』でも打ち込またかのような……」

「あ、ありえん馬鹿なことを言うな......そんな『核』などという時代錯誤の代物を例に出すなど......。何かの間違いだろう……大方、液状化した地層が雪崩込みでもしたんでしょう……」

 ドクター・メルセデスは戦慄した様子でそう言う。

 そして再び、先ほどよりも一回り大きい爆発音と衝撃波が要塞内に伝わる。

「今のは......?先程よりも近い!?」

「―――続いて六層分の特殊装甲全て昇華......!!!あと四層のみです......!!!」

「ば、ばかな!!!アクチュエータ層センサーの誤作動だろう!!!」

 ドクター・メルセデスはそう声を張り上げる。

「このまま、特殊装甲がやられれば要塞が丸見えになっちまう。何人か連れて俺が直接出向く」

 アイザック大佐は、そのオペレーターの報告に偽りはないと判断していた。上で起きていることは、アイザック自身で感じ取っている、得体の知れないものと対峙する時の感覚そのものの感覚、即ち現実であると。

「......い、いやいやいや。よした方が良い、分かるだろう〜?アイザック大佐?」

 ドクター・メルセデスは心底焦った様子で、アイザック大佐を呼び止めた。

「……分かってんだよメルセデス、アンタの事だ。あれの正体くらい検討がついてるんだろ。だが......、行くしかねぇだろ......」

 アイザック大佐はそう言うと何人かを引き連れ中央エレベーターへ向かい、特殊装甲層へと向かった。

 エレベーターに乗っている最中にも、再び爆撃音と衝撃波が発生し、エレベーターは動きを停めるも、再び再起動して動き出す。

 やがてアイザック達は、特殊装甲層に辿り着く。

 ───妙だ、肩に雨粒がぶつかる。

 そうしてアイザックは上を見上げると、その層から先の特殊装甲層には、大きな穴が開けられ、広大な夜空へと通じていた。

 その穴の直下、目で追う。

 ───その先には剣の鍔《つば》の部位に手を添え、白く可憐な装束に身を纏った少女の姿があった。

 長く白銀に輝きし髪を左右に高く、二つに纏めあげた少女。その姿はイニシエーター圏の女性ディスパーダに見られる外見的特徴と似ていた。

 だが、その本質は全くの別物であるとアイザック大佐は悟る。
 その少女は閉じていた瞳を開け、こちらを紅い瞳で見つめる。彼女は、特に言葉を発する事もなく、ただ見つめてくる。

「これ、お嬢ちゃんの仕業なのか......?」

 アイザック大佐は震えだしそうになる声を堪えて、いつもの調子でその少女に言葉をかける。

「......あなたは?」

 その少女は儚い声音でそう返す。

「俺はここに住んでるおじさん......、って言ったところかねぇ。お嬢ちゃんがどんな立場の人間なのは分からねぇが、これ以上住まいを破壊するのはやめて欲しいんだがなぁ......?」

 アイザックはそう言うと、少女は少し悩んだような様子を見せる。

「───ごめんなさい、私は仕事でここにいます。無駄な殺生は致しません、どうかそのまま降伏してください」

「……それは絶対に出来ない相談......だ」

 アイザック大佐は銃型のソレイスをその少女へと向ける、それに合わせて周りの武装した作業員もその少女へと銃口を向ける。

「……では、仕方がありませんね」

 その少女はそう言うと、その剣の鍔の部位から手を放す。アイザック大佐はその動作と同時に銃型ソレイスで射撃した。
 やがてそのエネルギー弾が彼女の胸部に命中しようとしたその瞬間、そのエネルギー弾は彼女の素手によって容易く振り払われた。

「……?なんだ今のは、そんな水鉄砲をあしらうみたいな仕草……傷つくねぇ……!」

 周りの武装した作業員が、それを合図とするかのように次々とその少女へと撃ちこむ。

 少女は迫りくる弾を素手で払いながら、急速に作業員達へ接近した。

 少女はそのまま素手で彼らの体を斬りつける。

 そうしてあっという間に作業員全員が峰打《みねう》ちで無効化されると、アイザック大佐の方へとその少女が顔を振り向かせる。

 すると、振り向いた先にアイザックの銃が至近距離で少女に向けられていた。

「フルチャージだ、この距離じゃさすがにキツイだろ」

 引き金を引き、それが放たれた。しかしそれと同時に、その少女は腰に据えていた剣状の武器に手をかけていた。

 彼女は瞬時にそれを引くと、刀身から放たれた銀色の眩い閃光が、またその周囲を包み込む。

「なっ......!?嘘、だろ......」

 彼女の放つ規格外に膨大なエネルギーの奔流に、アイザック大佐は撃ち破られる。
 彼の放ったチャージ弾はどこかへと消失し、アイザック大佐は手足を吹き飛ばされたのだ。

「───ちっ、やられちまったか......」

 その放たれた力の勢いで、そのまま最後の特殊装甲層に穴が空いた。

 少女はそのままアイザック大佐を放って、そのまま降下する。
 
 立ちはだかるレジスタンスの作業員を度々無力化し、やがてエレベーターのメインシャフト経由で作戦指令室へと辿り着く。

 少女を視認したメイン中佐やオペレーター達は、1度躊躇うも、少女の放つ異様な風格から適性として認定し、少女に向けて発砲する。

 だがそれらも、その少女の前では何の意味をなさず、それらを容易く避け切る少女によって、手早く素手による峰打ちで無力化されていく。

 ───やがてその要塞内で、二本足で立っている存在はドクター・メルセデスとエクイラ、そしてその少女の三人だけとなった。

「───ふふ......やはりか。やはりそうなのか……。かのオールド・レイシスであるアイザック大佐ですら足止めする事も叶わない......。疑いようがない、人知を凌駕するその力。あなたが、あなたがあの!!!『エンプレセス』、何番目かの人外終局者......。だとして、なぜ貴方程の人物が帝国軍などに手を貸しておられるのか……、甚だ疑問ですけどもな」

 ドクター・メルセデスは怯えた様子で少女にそう言うと、彼女は感心したような様子を魅せた。

「……私を、存じ上げているのですね。私を雇った人たちは、私を『第九の人外終局者』と呼びます。しかし、その呼び名は不本意です。私には名前がありますから、あっ。名乗るのはこの地に置いても礼儀とされている事なのでしょうか?……何れにせよ、そのような呼び名は好きません。私は『ツクヨノ=イナバ』と言います。イナバとでもお呼びください。それと、私があなた方と敵対する事については、別に深い意味はありません。ただ仕事でここに来てるだけですので……恥ずかしながらちょっとお金に困っていましてね。まぁ、そんな事より......」

 イナバはエクイラの方へと視線を移す。

「先ほどから貴方に異様な力の気配を感じますね、この世界特有の、『へろくらりあむ』?とかというのとは、どうやら違うようですし、少し試してみたくなりますね」

 そういうとイナバはその剣に手を掛けた。

 それを見たエクイラは身構え、メルセデスは隅っこへと駆ける。

 少女は、刀身を引き抜き差し戻すと、膨大なエネルギーの奔流をエクイラへと真っ正面からぶっぱなす。

 やがてその光が晴れると、そこにはエクイラを含む一定周囲の物体が無傷のまま姿を現した。

「ふむ、小手調べとは言え。無傷ですか」

 そう言って、イナバは再び柄に手をかける。

「おやめくださいイナバ様、私達は貴方に敵意はありません」

 エクイラはイナバにそう言う。

「そうですか……でも申し訳ありません。私はあなたのその力に、興味が御座います......。他の皆様には申し訳ありませんが、この内なる衝動止めるのには困難を極めるのです。どうか、どれほどまでに、私の『顕藝』に耐えられるのか試させてはくれませんか......」

「そ、そんな......」

 イナバは柄に手を添え、ゆっくりと刀身を引き抜く。たちまちその黄金の刀身から銀色の閃光が放たれるが、先程までに見せていたものとは様子が異なった。
 完全に刀身が切っ先まで引き出され、膨大な銀色の閃光が、更に強さを増していく。
 イナバは再び鞘へと、刀身の先を置くと、これを勢いよく差し戻そうとする。

「───顕藝《けんげい》......」

 少女が技を放とうとする瞬間、耳元に通信が入る。

「―――イナバ様、撤退命令です。直ちににご帰還ください、我社はこの戦域から撤退します」

 イナバの動きが止まる。

「そうですか......、分かりました」

 イナバはそう言うと、銀色の閃光が緩やかに静まり、ゆっくりと刀身を鞘へと引き戻す。

「残念です、腕慣らしに丁度いい相手が現れたと思ったのですが......。仕方がないですね、帰りの乗り物がなくては困ります。……何れ、またお会い出来る日が来ることを心から願っています。それでは」

 イナバはそう言うと、静かにその場から姿を消した。

 その後、作戦指令室の周囲モニターにノイズのような物が走り出す。

「―――通信が一時的にジャック、これは……。通信元が公開されています。オート・パラダイム社の代表者から通信が入っているようです......」

 イナバによって負傷させられていた一人のオペレーターが、地面から這い上がるように傷を押さえながら、席に着いてそう言った。

「代表者......ですか?」

 エクイラがそう言うと、通信機からノイズ混じりの落ち着いた女性の音声が流れる。

「―――レジスタンス諸君。君達がこの戦いに何を求めていたのか、それを我々は理解する事が出来なかった。この帝国秩序を打ち壊す事に、一体なんの意味があるというのか。君たちが望むものは、その程度で望める物なのか。しかし、我々は君たちを起点とした大いなる潮流に、逆らう事はできない。ならば行くがいい、大国は動き出した。君達が為したことを世界に示し、そしてそれを自身で見届けるがいい」

 ───通信機からの冷淡な音声は、それで流れ終わる。

「―――通信は以上です......」

 そういうと、そのオペレーターは再び地面に倒れ込んだ。

「はぁ……ボロボロですね、私達」

 エクイラはそのオペレーターに駆け寄る。

「そう、ですね……」

 隅っこにいたドクター・メルセデスは、イナバによって無力化されていたオペレーター達の傷の具合を診始めた。

「全て、みねうちか......命に別状はなさそうだが……神経系全体に衝撃を与えて無力化したのか。多少の後遺症は出るにしても、丁寧に処理したものだな……、感服ものだ」

 メルセデスはそう囁く。

 エクイラとメルセデスはふと正面モニターの方を見た。そこには、昇り始めた朝日に当てられ、浄土と化したアンビュランス要塞。

 そしてその上空を取り囲むように、第三共和国軍の大規模航空団の姿がそこにあった。

「……来てくださったのですね。レフティア様......、感謝いたします」

 エクイラはそう言いながら、メルセデスと共に負傷人の処置にあたった。








[43110] アンバラル第三共和国の襲来
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:28
―――アンビュランス要塞跡地。

 地下の隠し儀式祭壇。

 ネクローシス達に捕らえられたレオ・フレイムスは、アーマネス・ネクロウルカンに連れられて、地上へと赴く。

 道中、レジスタンス戦闘部の隊員達が彼女達の行く手を何度も阻むが、その儚き脆弱な命はアーマネス・ネクロウルカンによる御業。
『勝敗を制す槍《デアスエラーテ》』によって残酷なまでに容易く葬られていく。

 彼女の存在は、完全な依代による顕現でないだけでなく、彼女を満たすだけの負のヘラクロリアムが周囲から不足していた。それ故に彼女は不完全体であり、周囲から彼女の表情を伺うと、どこか息苦しそうな顔つきをしている。

 だが、そんな状態でも尚。
 彼女は人々を圧倒した。

 もはや人の力では、かの帝国神話に謳われる者の歩みを遅らせることままならない。

 ───やがてそれは地上へ出た。

 ネクロウルカンは久方ぶりに浴びる眩い陽光に、己の手をかざした。
 徐々にそれに目が慣れていくと、ネクロウルカンは自らを取り囲む様に待ち受けていた、人ならざる異様な存在達に気づく。

「―――そこから動くなレイシス!お前達は完全に包囲されている、無駄な抵抗をする事なく投降せよ!」

 薄暗く煙のような物を纏い、実態が希薄そうで異様な雰囲気を放った第三共和国軍の兵士。彼らはネクロウルカンにそう告げる。

 その兵士たちの周りには、第十一枢騎士団の面々の姿もあった。

「───なんだ......。そいつは……?彼女は、尋常じゃない……。枢爵クラスを全部合わせても到底及ばないような......まるで暗黒の領域だ」

 ダグネス・ザラはネクロウルカンを見ると、その高みに畏敬の念を抱いた。傍にいたベルゴリオは、言葉を失う様子でただ沈黙する。
 言葉を放つことが、今この時において生死を分かつかもしれないと感じるからだ。

「───ふーん?あれが裏ボスー?何者なのかは知らないけど、随分偉そうね。とっとと終わらせましょー。……それに、私が前に取り逃がした鎌持ちとかも居るじゃない!!!これを機にあの時の借りも一緒に返させて貰うよー!……てかレオ君もなんかちゃっかり奴らに捕まっちゃってるし……」

 ネクローシスによって捕えられているレオの方へと人差し指を伸ばし、調子よくそう言い放つのは、第三共和国軍の空挺部隊と共にやって来ていた、レフティアだ。

「───あぁそうだなレフティア。彼とは久しぶりの再会だが、今は目の戦いに集中するとしようか。……だが、あの時のネクローシスとは数が合わないな……?」

 そう言うのはレフティアと同様に、第三共和国空挺部隊と共に訪れていたレイシア隊の隊長、レイシア少佐だ。
 そして彼女の周りには、レイシア隊に所属する隊員達の顔ぶれがあった。

「───どんな面して帝国小旅行してやがるんだろうなぁと思ったらよぉー、随分元気そうじゃねぇかレオ。まだ捕まっちまってるみたいだがな」

 そう言ったのは重火器を背負った大男のルグベルク・ドナーだ。

「───ったく面倒をかけさせやがってよ」

 続けてそう言った男は、対装級スナイパーライフルを背負ったマド・ササキ。そのライフルの一撃は、如何なる覚醒者の障壁も貫くという。その大きな口径を、彼はネクロウルカンへと向けている。

「……それで、あのレイシス達に僕たちは一度負けているわけですけど、何か勝算はあるんですかね......」

 フィン・ホンドーは、見るからに怖気付いた様子でそう言った。

「さぁね......。報告に寄ればレジスタンスの攻撃の時点で大抵のレイシス達は倒されているはずよ、最後に……特大級のメインディッシュだけがあるって感じね」

 ホノル・リリィもそう言って見せるが、フィンと同様の様子を見せる。



 ネクローシスによって肩首捕まれているレオは、この場に駆け付けた第三共和国軍やレイシア隊の面々を見て安堵した。

 彼らなら、この状況を打破できる。イニシエーターであるあのレイシア少佐と、レフティアがここにいる。

 そう期待を抱くと同時に、彼は地下祭壇での光景がフラッシュバックすると、突如として大きな不安感を抱き始める。

 それは、冷静になって考えた事だった。先ほどのネクロウルカンの力を見て、とても通常戦力でどうこうなるとは思えない。

 この場のイニシエーターと思わしき人物を数えてみても、レフティアやレイシア少佐を含めて十数人わずかと言ったところだった。

 それにダグネス・ザラが率いる枢騎士団を合わせても、ネクロウルカンという圧倒的な存在の前では、如何なる戦力も心もとのない物のように思えて仕方がない。

 ───ネクロウルカンと彼らとでは、戦いのスケールが異なっていると。




 地上を出てしばらくすると、数人のイニシエーターがネクロウルカンを拘束しようと近づいてくる。

 レオは近づいてくるイニシエーターに対し大声で警告しようとした。

「───よせ!!!迂闊に近づくな!!!」

 レオがそう言い放った瞬間。

 そのイニシエーター達は地下祭壇で見た惨状と同様の現象をその身に引き起こした。
 どこからか現れた謎の槍、それによって心臓部位を貫かれていく。

 彼女に近づいたイニシエーター達は、瞬く間に地に倒れ伏す。

 まるでそれが合図でもあったのように、ネクローシス達はレオを後方へ放りだし、それを枢騎士達へ預けると、第三共和国軍に対し牙を剥いた。
 次々と薄暗い煙のような物を纏った第三共和国軍空挺兵をなぎ倒していく。
 その兵達は、ネクローシスによる一撃を受けると、まるで塵にでもなったかのように姿をたちまちと煙散していく。

 どうやらその兵士達の現象は、何れかのネクローシスによって成されている物ではないようだ。

「───ちょ、ちょっと!『レヴェナス・デュプリケート』された空挺兵がどんどんやられていってますよ!?」

 フィンがそういうと、レイシア少佐はソレイスを顕現させてそれを構える。

「彼らがここに戻ってくるまでに少し時間がかかるな、私たちもやるぞ!!あの双剣のフルプレート野郎にリベンジといこうか」

 レイシア少佐は笑みを浮かべながら双剣のネクローシス、シュベルテン・ハウグステンを見つめる。
 彼女の動作に合わせて、レイシア隊の面々も武器を構える。

「レイシア達にあれは任せるわ、私もあの鎌持ちネクローシスに再戦を申し込んでくるから!!!」

 レフティアはそう言うと、レイシア隊から単独で離れた。

「じゃあ我々は、あのガントレットを嵌めたネクローシスのお相手でもするか」

 レフティアの言葉に続くように、ダグネス・ザラはそう言うと、二本のイレミヨンを引き抜いた。



 ネクロウルカンはネクローシス達が戦いに身を投じる中、地形操作でもするかのように器用に空間障壁を操り、ガレキの塊から玉座のような自らの席を作り出した。

 かつての枢爵の部下達であった枢騎士達に囲まれながら、彼女はそこに腰を下ろした。
 ネクロウルカンは振り返りレオを見ると、ネクロウルカンによって生み出された謎の鎖状の物によって彼を再度拘束する。

 その後、彼女の座るすぐ傍まで枢騎士達によって連れていかれると、レオはその場で膝を着かさせられる。

「……奴らが余に遍く死を献上し、蓄えられるのをここで待つ。貴様は、我が取り込む体力を取り戻すまで、依代としてただ、生きよ。───何もする必要は無いのだ、世界は、ただそこにあるのだから。なにも焦る必要は無い……、そう。焦る必要は無いのだ……。不完全では、意味が無い……『ヨハペロネ』は……我々を救ってくださるのか───」

 ネクロウルカンは焦燥感にでも駆られるかのように、しばらく言葉を連ねる。それを聞く周りの枢騎士達は、彼女の言葉の羅列を理解することが出来ず、互いに顔を見合わせる。

 彼女はそうして右手で頬をつきながら、ネクローシスの働きをただその場で待ったのだ。








[43110] 共和国イニシエーター協会最高意思決定機関デュナミス評議会
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:28
―――共和国領中央セクター・セントラル、デュナミス評議会堂にて。


 そこには共和国二大評議会の1つ、共和国イニシエーター協会最高意思決定機関【デュナミス評議会】。その評議会のメンバーが評議会堂に集っていた。

「───危惧すべき事が起きたようだ」

 最初にそう言ったのはデュナミス評議会の議長【unknown】。議長の座につくものは、以前の名を失うため、彼を呼称する名前はない。それは、己の肉片一片から己をなす概念そのものまで、一切の要素を捧げる故に、その証として名を亡くすのだ。

 かつては【シュデーゲン・アルブルノ】と名乗っていた。

 年相応の貫禄に相応しい白い髭を生やし、その瞳はどこか生気のない印象を周りに抱かせる。

「───えぇ、かの力を放置しておくのは余りに危険すぎますな。あれが人組織相手に実力を行使したのだとすると、あまりに品がないことで」

 議長の隣の席に座るその男、【アタランタル・シフト】はそう言った。

「───エンプレセス指定。第九の人外終局者『ツクヨノ=イナバ』。かの存在は今日において人類圏に侵入した痕跡はあったものの、マギの発見、ファーストコンタクト以来その足取りすら掴めずにいたが……。ようやくその活動の一端が確認された。直ちにESM特務機関を緊急招集し、事に当らせる」

 議長はそう言うと手元の端末を操作し、とある人物をこの場に要請した。

「ネクロウルカンについてはどうすんだいじぃさん?ほっといていいのかー?対処するなら俺にやらせてほしいんだけどなぁ......、神話に謳われるような強さ……是非味わってみたいねぇ〜」

 議長にそうお調子良く言ったのは、後ろ髪を一つに結んだ金髪の男、【デイマン・ヴォーガン】だ。

「───許可しない、ネクロウルカンの対応は全て【ミナーヴァ】に一任する。それに、そやつの出現は、我々が直に当たるほどの重大な事態ではない。その他のことについての諸問題は【ベルセクス】を行かせる。お主の出番はない」

「へぇー。わざわざベルセクスに何させるってんだぁ?随分本気じゃないの」

 デイマンはそう言うと、全身を鎧に包み、頭部の十字バイザーから紅い光を放つその巨体の存在。『ベルセクス・ディーアナイト』に視線を集めさせる。

「───今回の紛争。枢騎士評議会と結託して引き起こし、レイシスオーダーに加担した裏切り者がおる。衛星事件やネクローシスの一件、その全てを裏で糸を引き、我々を混乱に陥りさせようとした。デュナミス評議員【サイード・ボルトア】の粛清だ」

 議長がそう言うと、デイマンは口笛を鳴らした。

「───あの男は卿国に亡命しようとしている、その前に仕留めなければな」

 黒いサングラスをしたオールバックのその男、【エスタノール・ハインケイン】はそう言った。

 ハインケインの発言の後、室内に司法機関の制服を着た女性が入ってくる。

「───招集に応じ、馳せ参じました」

 その女性は姿勢正しく一礼し、イニシエーターの指導者達を前にしても気圧される様子もなく、ただ彼らの前に佇んだ。

「ESM特務機関特別司法事官【マギ】よ。第九人外終局、その収容の特命を追加で言い渡す。引き続き世界の為の保全に務めよ」

「───承知致しました議長、直ちにESM特務機関は行動を開始します」

 そう言い渡されたマギは、可憐な所作で速やかに室内から退出する。その彼女の後姿を、ハインケインとデイマンは怪訝な視線で追った。

「───あんな奴が共和国司法機関中枢に居座っていると思うと、中々に肝が冷えるな」

 ハインケインはそう言葉を漏らした。


「ではミナーヴァよ、あとの始末は任せる」

「───はい」

 議長の言葉にそう短く返答した女性は、議長席の反対側に席を置き、白銀髪の長髪と、禍々しい紅眼の瞳を持っていた。
 頭にはティアラのような装飾品があり、靴は履いていない。
 そして風もない場所で常に靡く白銀のドレスを纏う姿は、まるで一見すると一国の女王のような風貌をしていた。
 その人物は【ミナーヴァ・テレサテレス】と呼ばれる人物だ。

 こうしてデュナミス評議会は、エンプレセスの活動の活性化に伴い、各々の行動を開始する。




[43110] 決戦。
Name: のんど◆2901f8c9 ID:00bef74a
Date: 2024/11/07 15:30
───レフティアは鎌を装備したネクローシスの一人。テイラー・クアンテラとの再会を果たし、図らずしも再戦の組み合わせとなった。

「あぁん時は取り逃しちゃったけど、今回はちゃんと殺してあげるからね〜!!!まったくもー弱いからって今回は逃げないでよ〜?」

 レフティアはそう煽り立てると、俊敏な走り込みでクアンテラに接近戦を颯爽と仕掛ける。

「……愚かな女だ、あの方を見てまだ我々に勝てる気でいるのか」

 テイラー・クアンテラの言う「あの方」、ネクロウルカンを横目で見るようにしながら鎌を構える。

「えぇ?関係ないじゃない。なんで今その親玉の事なんて気にしないといけないのぉ〜?今は〜とにかくあんたに『夢・中・な・の』他人の力に期待してないで自分の力で私を畏怖させてみたら?」

 クアンテラはその剛腕で強大な鎌を振りかざし、レフティアを間合いから追い払おうとするが、彼女が剣先で矛先を転じて受け払う。

 鎌を受け払われ、障壁も素手で同時に中和されたクアンテラは、それに気づくと蹴りでレフティアの腹を突き、彼女と距離を大きく放す。

「───フッ、中々に不快な女だ。あの時より更に煩わしさが増しているようだな。貴様の前ではこの障壁は無いのも同然ということか」

「……そりゃーね。波長の解析もなしにあんた達に挑む訳が無いでしょ。まぁ滅多に対策なんてしないんだけど一応ね、それに障壁の中和は元々私の得意分野なの、純粋なフィジカルタイマンで蹴りをつけましょう~」

 レフティアにそう言われたクアンテラは、その言葉を素直に聞き入れ、鎌をずっしりと引きづるように構え直した。

「潔いいいわね。……ところで……その鎌。今更だけど、それって貴方のソレイスじゃないわよねぇ......?それが例の強奪された『四騎士の遺物』って奴なのかしら?───貴方って、きっとあの親玉にとっては捨て駒なんでしょ。よくノコノコとついていけるわよね」

 彼女がそう言葉を口にすると、クアンテラは鎌の先を地に下ろした。

「なぜだか気になるか。なに、簡単な事だ。我々には......。生まれ時から何も持ち得なかったのだ、人並みの在り方。家族も友人も愛も知らない。極々有り触れた、不幸せな存在だ。ただ、その中でも唯一我々が知り得ているのは、負の感情を司るレイシスであるという事。人に仕える兵器として生まれたことを教わり、正しく訓練された力はカロマに陥らず、やがて負の加護に恵まれた我々が最後に成せるのは、この身を捧げ、恩師たるレイシスに尽くす事だ。それが例え、自己の破滅であろうとも、我々にはこの他に目的を持って生きる理由はない。───どの道不可能な話なのだ。元より世界に祝福された者同士、どのような形であれ、1度戦う場に身を賭した以上後戻りは出来ぬ。今は唯、貴様と同じように……新しい秩序を齎す為に……」

 クアンテラはそう言うと鎌を再び構え、次は彼からレフティアに仕掛け始めた。

 クアンテラは障壁の斬撃を放つ。

「出来損ないの癖に心掛けだけは色々と立派なようね」

 レフティアは放たれた斬撃を華麗に避けると、至近距離に再接近する。その場で振られた鎌を右に回り込むように回避すると、クアンテラの鎌の持ち手をソレイスで切断した。

「でも所詮は一億万流なのよネクローシス、貴方達はその遺物の純粋な力の側面だけに振り回されて、その在り方の本質的な使い方を知らないのよね。他人のソレイスを、一体どうしてそこまで信用出来るというのかしら、この『ディスパーダもどき』。鬱陶しいから半端な雑魚は消えなよ」

 ───レフティアはそう言うと、クアンテラの首を豪快に刎ねる。

 クアンテラが瞬時に展開した、奥の手。二重目の空間障壁。そのSフィールドすらレフティアの腕力によって打ち砕かれていた。
 クアンテラは、体から黒い煙を散らせながら地に平伏し、意志なき肉体は慣性に従い武器を放り投げた。

「───呆気ない、不運な孤人達。貴方達に孤独なディスパーダの道は似合わない。……とっとと世界に還元されて楽になってよね……」



 ───一方。ダグネス率いる第十一枢騎士団は、ガントレットを装備したネクローシスの一人。シュベルク・ドッチェランテと対峙していた。

 ドッチェランテのガントレットの力。黒滅の四騎士『ガルネーデ・アメスフィラ』の『闘争を呼び覚ますもの』によって、周囲の電磁気に作用し一定範囲の歩兵と見なされる存在の持つ銃火器系統が使用不可能になる。

 それによって無力化された通常歩兵は、枢騎士達の戦いを観戦するが如く、ただ離れた場所から彼らの剣の対話を外野から眺める事しか出来なかった。

 ドッチェランテの繰り出すヘラクロリアムの重力子化地形操作によって足元の地盤が緩み、ドッチェランテの方向へと姿勢を崩された枢騎士達が次々と倒れ込む。その隙を跨るように飛びかかるドッチェランテの拳によって、枢騎士達の頭部を尽く粉砕していく。

「───こいつは地形を有利に操れるのか......。厄介だな、あまり魔法みたいな事するなよ」

 ダグネスはドッチェランテから一定距離を置いてそう言いつつ、彼の様子を伺った。

「ダグネス様、これでは近づこうにも埒が明きません!!!」

 ───ベルゴリオがダグネスにそう言った瞬間。

 ダグネスの周囲がドーム状に変形した地形によって密閉空間の中へと閉じ込められる。

「ダグネス様......!」

 しかし、ダグネスは枢光を使ってドーム内から直ちに穴を開けると、すぐ様にその場から脱出した。

 ドームを破壊したその枢光は、そのままドッチェランテの方向に向けられていた。だがドッチェランテはそのガントレットによって枢光を反射させる。

 反射した枢光は、ダグネスの左腕を吹き飛ばした。

「───ぐっぅぅ......!!!」

 ダグネスは気を失いそうになる前に、瞬時に右手のイレミヨンを投げ捨てると、ポーチから取り出した救急止血剤で吹き飛ばされた左腕部位に振りかけて素早く止血した。

「───しまった!枢光を受けられたか!!!しばらくダグネス様は動けんぞ!!我々で奴の動きを止める!」

 ベルゴリオはそう言って周りの枢騎士達に呼びかけると、枢騎士達は再びドッチェランテに対して接近戦を連携度外視に仕掛ける。
 地形を歪まされ上手く踏み込めずにいたベルゴリオだが、周りの枢騎士達がドッチェランテの気を引き、障壁を損耗させている内に、何とか懐に踏み込んだ。

 そのまま障壁ごと足を狙い斬りかかるも、それに気づかれて投げられぶつけられた枢騎士の遺体によってベルゴリオは大きく跳ね飛ばされる。
 しかしドッチェランテのその動作で左側に隙が生じ、その隙を見計らった数人の枢騎士が障壁を破壊し、関節を斬りつけ、ダメージを与える。

 個で敵わない枢騎士達は、連携のない攻撃の畳み掛けでドッチェランテの体に傷を負わせる事に成功する。

 ドッチェランテはそれらを左拳で振り払うも、足にしがみついていた枢騎士がソレイスを左足に突き刺し、そのまま振り払われると同時にドッチェランテの左足を持っていった。

 それによって、大転倒したドッチェランテは、とうとう地面に背広なその背を激突させた。そのまま枢騎士達によって両腕、右足などの稼働部位を地面に突き刺され身動きを封じられる。だが、そんな状態でもドッチェランテは無我夢中に上体を起こし、枢騎士達を振り払おうとする。

 ───しかし、傷を癒したダグネスが舞い戻っていた。彼の胸部を彼女は踏みつけ、再びドッチェランテの背を地につけさせた。

「お前ひとりの力でどうにかなるほど、我々枢騎士は甘くないぞ......」

 ダグネスは息の上がった様子でそう言うと、右手をシュベルクの頭部にかざし、至近距離で枢光を放った。

 それによって彼の頭部は直ちに消失する。

 頭部を失ったドッチェランテの体からは、徐々に力が抜けていき、やがてその肉体が再び起き上がることはなかった。



 一方レイシア隊は、双剣のネクローシス。シュベルテン・ハウグステンと対峙していた。

 ハウグステンは双剣を重ねる。
 以前彼女に喰らわせた時と同じ構えだ。
 ソレイスに伝導させ増幅されたパルスエネルギーを、レイシア少佐に向けて放出する。

「───いくぞぉ少佐!!!」

 それはルグベルクがレイシア少佐の正面に投擲した自動展開型物理シールドによって防がれる。
 するとハウグステンは、この状況下でレイシア少佐に接近戦を仕掛けられることを恐れ、距離を取ろうとする。

「───逃がさねぇよ」

 マドはつかさず中距離射程でレイシア少佐を援護できるポジションに着くと、ハウグステンに対し対装級ライフルから放たれる準徹甲強穹圧AE弾を撃ちこんだ。

 対装級ライフルは、ヘラクロリアムが一定の気体に干渉して生じるディスパーダの防壁。その空間障壁を気圧のアプローチから突破する為に用いられる専用の対物系統のライフルだ。
 設計思想試験段階のライフルだが、以前の戦いから並の武装では太刀打ちできないと考えていたマドは、元警察特殊部隊エルエスに属していた頃の影響力を使い、センチュリオン・ミリタリア共和国セクター支部技術研究機構から独自入手し、人体で扱える用にカスタムした。

 その効果は空間型障壁に対しては絶大であり、特殊な加工AE弾は着弾時のエネルギーによって周囲の一定周囲の空気を瞬時に圧縮。それにより引き伸ばされる形で僅かに障壁が脆弱になる、そこにプラズマ化した指向性エネルギーを加え、安易に破壊できるという物。理論上は如何に強固な結合を施された空間障壁であっても突破する事が可能とされるが、その実現には理想的な環境要因を必要とする。
 また、実際に運用されたことは記録上ない為、彼で初の試作運用という事になる。

 やがてそれは撃ちこまれ、障壁に着弾する事にその絶大な衝撃が障壁内の気体に伝わり、ハウグステンの上体が大きく仰け反る。
 その様子は、まるでガラスでも叩き割るかの如く、容易く空間障壁に次々と穴を開けていった。
 ハウグステンは磁場を展開し、銃火器を無効化しようとするも、レイシア少佐がその隙を与えないように常に接近して立ち回る。
 ハウグステンは脆弱な防御体勢となってしまった為に、集中砲火を受けないように動きまわるが、包囲するように陣形を取りつつ追いついてくるレイシア隊の前に苦戦を強いられていた。

「───ぬぅぅ、あの時とは中々違うようだな......」

「当然だ、レイシスなど何人も相手にしてきている。お前らの手の内など直ぐに分かることだ。如何にお前が特別でも、所詮はレイシス。我々に狩られる内の一体でしかない」

 レイシア少佐とハウグステンは至近距離で啀み合う中、そう言い合った。

 包囲戦でポジション移動の際に、一時的に孤立するライフルマンのフィンやホノルの行動を見極めたハウグステン。それらを各個撃破しようと、ハウグステンはレイシア少佐に対しパルスエネルギーを小刻みに放射、彼女を躱してライフルマンポジションに急接近する。

「「うわこっち来た!!!」」

 フィンとホノルは同時に声を挙げた。
 しかしそれは、常にハウグステンを追い掛け回すレイシア少佐が許さなかった。
 距離を取られても、瞬発力に長けたレイシア少佐は直ぐにハウグステンに背から追いついた。ライフルマンへの接近を辞めたハウグステン、レイシア隊による対ディスパーダ包囲戦術によって、ハウグステンは対応しきれずにいた。次々と穴の空いた障壁からやがてその身に被弾する。

「───これでも喰らいなぁ!!!」

 ハウグステンの身動きが鈍くなるタイミングを見計らっていたルグベルクは、バッテリーと共に背負っていたAE型チェーンガンを構える。

 そしてそれを、かの者に乱射し始めた。

 空間障壁を損耗していたハウグステンはそれを双剣で何とか防ぎながらも、双剣に覆われなかった体の部位に凄まじい損傷を負った。
 やがて両腕部が破損すると、双剣をその両手から手放してしまう。

 完全に防御ががら空きとなってしまったハウグステン、背後に近づいていたレイシア少佐は颯爽とその頭部を装甲と共に切り払った。

 頭部を失った体は、血の代わりと言わんばかりに黒い煙を辺りに散らせ、地面にひれ伏していった。



「……すげぇ......。これならこいつにも......届きうるのか……?」

 レオは拘束されている傍らでレイシア隊やレフティア、ダグネス達の繰り広げた戦闘を鑑み、ネクロウルカンに対して多少の勝算を感じ始めていた。

「───愚かだ」

 ネクロウルカンはそう言うと大剣を担いだ。

 彼女の前には見渡す限りの敵対者、一定時間の変わり身を生み出すレヴェナス・デュプリケートから復帰した第三共和国軍空挺部隊。独立機動部隊レイシア隊。第十一枢騎士団。陣営の垣根を超えたレイシスとイニシエーターが入れ乱れた利害関係による戦力が集結していた。

 しかし、そんな光景を目の当たりにしても尚、ネクロウルカンに動揺する気配は微塵もない。その姿は正しくレイシスの神話に謡われる伝説の枢騎士。

 黒滅の四騎士、その人だ。

 彼女に付き従っていた第一枢騎士団の枢騎士達は、気づけばいつの間にかその場から姿を消していた。
 逃走したのか、彼女に気を使って去ったのかは分からない。ただ、今となってはこの領域で唯一人の敵対者、彼女で構成された孤軍のみが残された。

「───この戦いにはなんの意味もありはしないのだ。貴様達が如何にこの世界でつけあがった存在なのか、余が直々に教えてやろう」

 彼女がそう言った瞬間、復帰していた空挺部隊による一斉射撃を受ける。
 しかしネクロウルカンが周囲に張り巡らせた堅牢な障壁は一切の損傷を色褪せない。

「通常兵器でやり切れたら苦労しねぇ、オレがやるぜ」

 マドはネクロウルカンに狙いを定め、そして準徹甲強穹圧AE弾を轟音と共に打ち込んだ。
 しかし、障壁と接触した途端にそれはあらぬ方向へ跳弾し、不発になる。

「は......どういうことだ?」

 ネクロウルカンは地下祭壇で行った時と同じ、右手を掲げ、何かを握り潰すような所作をし始めた。

「───あ、あれは、マズイ......!!!お前らさが───!」

 レオのその言葉がレイシア隊の面々に届こうとしたその時、レオが想定した通りの悲劇が目の前で引き起こされる。

 ───ネクロウルカンを前にした全ての生き物たちは例外なく平等に、鳥類、昆虫、微生物に至るまで、あらゆるものが足並みを揃えてその活動を停止した。

 次々に、一切の言葉を発することなく、胸を抱えながら味方が倒れ込んでいくその様子に、レオは絶句する他なかった。

 しかし、そんな絶望的な状況の中でも立ち上がる者の姿はあった。その者たちは、当然として全て《《ディスパーダ》》である。

 レオは、地下祭壇の時と同様に繰り広げられたこの虐殺。これに人が足掻くことも出来ずに繰り返されるだけの光景に、儚い希望すら打ち砕かれ、唯絶望する事しか出来なかった。

 人々は死に、一定の耐性のあるディスパーダ達だけがその場で立ち上がる。そのもの達はその身に起こった現象に体内から押し出される血反吐を吐きながら、必死に現状理解を努めようとする。

 起き上がったレイシア少佐は、周りをゆっくりと見渡し、倒れ込んだまま動かなくなった戦友達の亡骸を見て言葉を失う。

「え、なに。なんなの……。まさか、僅か一瞬の内に全ての視界内の人間を殺害したっていうの......?」

 レフティアは、体を自分の血で汚しながら辺りの亡骸に視線を回し、立ち上がってそう言った。

 残された共和国陣営はレフティアやレイシア少佐、そして空挺と共にやってきた第3共和国の数人のイニシエーター達。そしてレジスタンス陣営のダグネスやベルゴリオ、数百人の枢騎士達だ。

「───あ、ありえない......。こんな力が存在していいわけがない......」

「......我々には認知できない力の領域か......」

 傷を癒し、立ち上がったダグネスとベルゴリオは辺り一面をウロウロと見ながらそう言った。

 そしてネクロウルカンは、やがて左手を差し出し始めた。

「───や、やめてくれ!!!これ以上やる必要はないだろ!!!」

 レオはそう呼びかけると、ネクロウルカンはレオに対して口を開いた。

「……余は、生きるために、存在の為に殺戮をしなくてはならない。それはまるで、人が活動の為に息を吸うような自然の行いだ。それに加え、不完全な依代だ。負の領域が満たさなければ、自身の存在を保つ事も儘ならない。誰でも生きる為に、生き物を殺すだろう。それと変わりない事だ。余が世界にレイシスオーダーを示さなければ、過去の英雄たちにも示しがつかない。受け継がれてきた重みを呪いながら、余は殺生する事を肯定する他ないのだ」

 彼女はゆっくりと翳した左手を、何かを描くように降ろし始めた。
 その大胆な隙に、ネクロウルカンの間合いへ詰め寄る枢騎士達やイニシエーター。
 レオの叫びを聞き、彼女のその動作の危険性を
 悟ったディスパーダ達は、何としてでもネクロウルカンのその所作を阻止しようとする。

 だが、彼女の障壁を一向に突破できない。

「───いくら何でも剣先に手応えが無さすぎる!!!……これは、まさか……『次元型障壁』か!?!?」

 レイシア少佐はその障壁の正体に勘づくが、理解したところでその対処法は存在しない。

 やがてネクロウルカンの左手が振り下ろされると、受け継がれた『勝敗を制す槍《デアスエラーテ》』が発動する。

「───憎しみの連鎖は、余を持って最終着とする」

 彼らは、槍に貫かれた。

「……全て、終わりかよ。こんなので……」

 レオは、深層心理の深くへと意識が落ち銷魂する。レオが短期間の間に手に入れた居心地は、たった一時の間に殆どが失われた。

 メルセデスによって授けられていた均衡中和剤の効力も切れ始めた頃に訪れた、深くて大きい人としてのマイナスの感情。やがてレオの中の混在していた負のヘラクロリアムは、それを原動力として次第に増幅し始め、人としての感情の器を決壊させ始めた。

 ネクロウルカンは背後で発生し始めたレオのの変化に瞬時に気づく。

「貴様、一体......」

 突然レオは、ネクロウルカンが生み出す鎖の中でその人体の形状を変質させる。

 白く禍々しい羽のような物が彼から生え初めた、両腕から白い液体が溢れ、やがてそれが形作るように蠢くと、腕を増設するかのように形態変化を遂げる。やがて彼は四本の腕を持ち、その下段の手には剣のソレイス二本を、上段にアイザックの銃型ソレイスを二丁持っていた。
 顔面は白い液状の物質で覆われ、それはあたかも、彼の増幅された人としての弱さを覆い隠す為の仮面、それを取り繕うように作られ始めたのだ。

 その形態変化の過程でネクロウルカンの鎖は浸食し、腐食して破壊される。

 かつてレオだったそれは、ネクロウルカンの拘束から解放された。

「……これは『カロマ』なのだろうか。しかし、過去に余が生きた1700年の間の中でも、お前のような『カロマ性レイシス』は見たことが無い。ふふっ、正しく。レイシスの子と言える、素晴らしいな。貴様を使えば……余も『救世時代の旧神』に手が届きうるやもしれん。この上ない手土産を最後に枢爵共は用意してくれたようだ。……いや、奴らにこれが用意出来るとはおもえんな。───貴様は、何処から来たのだ」

 ネクロウルカンの問いかけは、今のレオには届かない。彼は手に持っていた4つのソレイスをその場で投げ捨てた。

 そして、ネクローシス達が装備し放られていた遺物を磁石のようにその手に引き寄せ、それぞれのソレイスを構えた。

 双剣を下段の腕に持った。そして上段の腕、両手にガントレットを装備すると、それを嵌めたまま最後に右手で鎌を持つ。

 大剣以外の黒滅の異物が、彼の元に吸い寄せられるように結集した。

 すると突如、紅く鈍い閃光を放ちながらレオはネクロウルカンに急接近する。

 彼は、鎌で障壁を容易く切り裂いた。

 その斬撃がそのまま身体にまで到達したネクロウルカンは、一気にレオから距離を取る。

「余の障壁を破るとな......座標直接干渉か」

 己の左肩に手をあて、その血を眺める。
 彼の猛攻は止まらず、ネクロウルカンの背後に瞬時に彼は現れた。

「──僅かな残像がない!?貴様......!!!『表象跳躍』を使うのか!?」

 背後に意表を突かれたネクロウルカンは、下段の双剣で両腕を切り落とされた。
 そして空いた手のガントレットで彼女の顔を掴み、地面に叩きつける。
 そのまま追撃するように鎌を振り下ろす。

 しかし、既に腕の再生を果たしていたネクロウルカンが空中落下の大剣を拾い、それを受け止めた。体勢を立て直し、レオを突き放して起き上がるネクロウルカンは、レオと凄まじい亜音速の斬撃を繰り広げる。

 だが、ネクロウルカンは徐々にその圧倒的な手数に圧倒され、再び両腕を失う。彼女の再生は、繰り返される損傷に耐えられず、傷口が塞がらなくなっていた。

「───くっ、ネガヘラクロリアムが足りない。……仕方ない、世界への負担は大きいが……『渇望する趨勢剣 |《テンデーシア・デルアンヘロ》』を局所解放する他あるまい」

 ネクロウルカンは右腕だけを集中的に再生させ大剣を拾うと、人並外れた脚力で空高く飛翔した。
 
 そしてその大剣を、自らの胸部に突き刺した。

「───余が、この世の勝敗を制する」

 突き刺した瞬間、濃紫に輝く稲妻が周囲の大気に伝導する。やがて黒い布状の物体が体を包み込む。そしてそれを、地に留まるレオは何をする事もなくそれを静観する。

 やがて稲妻が落ち着き、黒い布状の塊からネクロウルカンはその姿を現す。
 濃紫に輝く光子の輪を背に形成し、破損していた鎧は構造が変化し、体の一部であるかのようにそれは修復されながらその威厳を宿した。
 そしてネクロウルカンは、区画一帯そのもの覆い尽くさんとばかりの枢光をその手に集積させ始める。
 それは、一目で一帯の文明を原初へと帰す光であると、自ずと理解する事すら出来るものだった。

「───貴様を構成せしめる哀れな構成核の奴隷達を解放する。……惜しい存在だが、仕方あるまい」

 それを放とうとした時、突然と共和国首都のある方角から、淡い光がやって来た。

 ───その光線は、あっという間にネクロウルカンを貫いた。

「───うっ……なっ……にが……!?」

 ネクロウルカンは自身の身にに起こったことに理解が及ばない様子だった。
 胸部を貫かれた彼女はそのまま行動不能になると、地に堕ちた。
 その絶好の隙を伺ったレオは、ネクロウルカンのゆったりと正面に移動すると、大きく振りかざした鎌で、その首を丁寧に刈り取った。

 ネクロウルカンの体は、他のネクローシス達と同じ運命を辿り始めていた。
 黒い血飛沫にも似た煙を上げながら、その依り代と共に、やがて消滅した。


 ───数刻前。

 ミナーヴァは、その華奢な指を遥か彼方の大空。ブリュッケンの方角。その空へと向けていた。

 彼女は蒼い輝きを、その凍てついたように白い指先から一瞬と放った。

「……ミナーヴァ、本当に良かったの?」

 綺麗に整えられたもみあげと、美しいキューティクルを輝かせる黒髪のその女性。
 デュナミス評議会メンバーである『ブライトレア・キシズカ』は、中央セクターデュナミス評議会堂屋外大テラスにおいて彼女の放った光を見届けると、柱にその背を預けながらミナーヴァにそう話をかける。

「───はい」

 常に浮遊するように足を浮かせるミナーヴァは、短くその問いに答えた。
 彼女のありとあらゆる動作は、決して地にその足を着けることはなく、その在り方は水流の如く心地よく、見るものを癒し、深く儚い印象を抱かせた。




 ───レフティアは目を覚ました。
 胸元に貫かれて居たはずの槍の姿はなく、傷口も塞がっていた。
 辺りを見渡すとレイシア少佐やダグネス達の倒れ込んだ姿もあった。
 彼女たちの傷は治されており意識は失ったままであったが、深い呼吸を繰り返している様子を見るに、命に別条がある様には見えなかった。

 それを見たレフティアは、嬉々として儚い希望を抱きながら、レイシア隊創設以来の仲であったホノルの元へと駆け寄った。

 だが、彼女の傷が治されていた様子はなく、以前として静止し、全ては冷たいままだった。

 どうやらこの場で傷が治っていたのは、直近に倒されていたディスパーダのみのようであった。

 やがて、彼女は辺りを散策していると、要塞跡地の中央に、この世の生き物とは思えない造形をした生物を発見する。
 そのおぞましさにレフティアは思わず身構えるが、その生物から放たれていた気配に見覚えがあった。

「───この感じ……まさか、レオ君なの?」

 レフティアはそれに駆け寄ると、かつてレオだったモノに触れようとした。
 だが、その気配に気づいたレオは、凄まいじい速さで彼女に振り返ると、手にした鎌をそのままレフティアへ向けて、迷わず振りかざそうとする。

 レフティアはレオが繰り出したその攻撃に、無警戒だった故に反応する事ができず、そのまま彼に切り裂かれようとされていた。

 ───しかし、レフティアの前を見慣れない人影が過ぎると、それが寸前にレフティアへ繰り出されていた危害を阻止した。

「───レオ君......。君は少し休んだ方がいい」

 ───そう言ってその場に現れたのはクロナだった。

 彼女は彼の放った鎌を左手の素手で受け止めると、レオの額を右人差し指で優しく突いた。

 すると、みるみるうちにレオの体を覆っていた白い液状の物質は剥がれ落ちていき、レオの本来の顔貌が取り戻された。

 生身の上半身が露わになる頃、そのままレオはクロナの方へと倒れこみ、クロナは躊躇する様子もなく体全体で彼を受け止めた。

 レフティアはその規格外の彼女の力を見て、ある確信を得るとクロナに問いを投げる。

「もしかして貴方が私達を治して......?」

「───まぁ……正確には違うけど、大体そう。あの黒滅の四騎士の力は、命を純粋に奪うのではなく、槍に貫かれた生命の命を可逆的に操る事ができる。だからその主導権が無くなってから僅かの間でなら、その命の在り方を私が導いてあげる事が出来る。けど……それは命に曖昧なディスパーダだけの話。最も原始的な人々の生命は……どう足掻いても干渉する事は出来ない。ごめんなさいね……」

 クロナはそう言うと、抱えていたレオを、膝から崩れ落ちていたレフティアの膝元へと置く。

「───まさかデュナミスのお姫様が干渉してくるなんてね……」

 クロナはそう言いながら、共和国首都のある方角へとその顔を向けた。



 ―――中枢機関を失った帝国は、共和国陣営との講和会議を経て「レジオン戦役」と呼ばれたこの戦いは終結した。
 第三共和国の助力により、枢爵の傀儡であった皇帝をレジスタンス主導の新政府機関が解任し、代わりに即位したエクイラがレジオン帝国の新皇女として君臨した。
 枢騎士評議会は組織形態をそのままに枢爵位を廃止、準議会制に移行した枢騎士評議会にアイザック・エルゲートバッハは議長として就任する。
 レジスタンス政府との取り決め通り、積極的に介入したアンバラル第三共和国による独立保証によって、レジオン帝国は主権を保護されると、他の共和国軍閥による併合を逃れた。




「───それじゃあ......、セントラルに帰りましょうか......!!!」

「えーやだやだ!ミルちゃん、絶対私達とっ捕まるって!」

「いや、そうとも限らんかも知れないぞレフティア。戦争終結に貢献した重要貢献人として───」

「いやいや!私の場合ホントに色々やっちゃってるから!ある意味勲章もんだから!!!」

「あぁ、それはまぁ......。私も擁護する術を知らないが……まぁなるようになれ。だろう……いずれにせよレイシア隊は壊滅してしまった上に独立機動部隊方針からの逸脱諸々。軍事審問への招集も覚悟せざるをえまい。だが……、お役所に付き合う前に我々はまだやり残した事がある」

「え、なんだっけ」

「レオの入隊祝いだ。こいつの気が覚める前に、とっとと連れ帰ってやろう。先に逝った戦友達も、我々の悔やむ姿を見るのは余り望んでいないことだろうしな。ぱーっといこうか」

「あぁ、たしかにたしかに!賛成!!!置いてきたゼンベルもセーフハウスで待ってることだろうしね!!!戦勝祝いも兼ねて~!!!」

「……まったく……つくづく生命力に溢れてお元気な方々なんですから……仕方ないですね」



【第一部・帝国争乱編完】



[43110] 『人外終局』
Name: のんど◆2901f8c9 ID:c9c93935
Date: 2025/01/09 13:33


「―――あぁ......、クソっ……。ひどい頭痛と耳鳴りだ……。まるで塹壕陣地みてぇな体のコンディションだよ……。てか……ここは......どこだよ」

 極めて不愉快な倦怠感からの目覚めに、レオは唸り声を上げながら上体を起こした。徐々にその目に自然光とは異なる鋭い光がその瞳刺し込み始める、やがてその視界には周囲の景色が晴れて映し出された。

 ドーム状に高い天井。その円状に張り巡らされた見覚えのある機械設備。
 それは確か、レジスタンスの地下要塞にあった幽閉施設の時の物と酷似している。

 一瞬、地下要塞に運び込まれて帰還したのかと思ったが、その後にやってきたとある感触によって、その思考は閉ざされた。

 下半身には何やら暖かい感触

 まるで布団の中にでもいるかのような居心地の良さ。レオは視線を下半身の方に向けるとそこには机がある。正確には机に布団のような物が被せられており、その布団の中に足を突っ込んだような状態だ。

 レオは布団のような机の集合体に下半身を入れた状態で横たわっていたのだ。

 そしてその机には、それを取り囲むかのように独特な装い、民族衣装と言った所だろうか。そのような装いをした数人の人物達が居た。何れの人物達もレオと同じような姿勢をした状態で横たわっていたのだ。

 レオから見て左側の位置に居るその人物は、その中でも飛び切りに幼い姿をしていたが。

 あからさまに異常であった。

 何故ならば、その人物は異邦生物のような獣の耳を生やしていたからだ。その耳が僅かな微振動を繰り返す所を見るに、作り物には見えなかった。通常の人間で言うところの耳の部位は髪の毛で隠されてはいるが、恐らくそこに人の耳は存在していないのだろう。

 その人物をまじまじと観察していた所、その人物はレオの視線に気づいたかのように、上体を起こして目覚め始めた。

 少女の様に儚い様子で、何やらと珍しがる様子で逆に視線をジロジロと返してきた。

「───なんじゃ」

 何かの聞き間違いだろうかとレオは思った。幼き声で年老いたような口調のその人物、レオは唖然としていたが、その少女はレオに話しかけてきた。

「───ふーむ、生男か。生男が来るのは珍しいのぉ。ふぅ……お主は外世で一体何をしでかしてからにここにぶち込まれおったんじゃ?」

 この状況と光景に、頭の整理が追い付かずにいた。

「───あっ、えっ……と」

 レオは上手く発声が出来なかった。

 その様子を見た少女は、ニッコリと笑みを浮かべる。

「ゆっくりで良い。ここは楽園じゃ、何も急ぐことはない」

「───ら……らく……えん……?おれは……しんだ……のか?」

 レオは徐々に声の調子を取り戻し始めた。

「……あーそういうんじゃなくての。まぁよい……。ところでお主、その戸惑いようの様子を見るに近々の記憶がないと見えるが。そうかの?」

「あっ、あぁ。ここに居る経緯に心当たりがない……」

 ゆっくりとそう喋りながら、直近の記憶を探ろうとするレオ。だが、最近の記憶……それどころか最後の時の記憶すら殆ど保持しておらず、それはまるで夢だったかのようにあやふやのものであった。

「……まじか。何も思い出せない」

 レオはそう言うと、ふと視線をその少女の頭部に移す。

「───ところで......」

「なんじゃー」

 その少女は体を机に少し登らせ、レオの方へと前のめりになる。

「その頭に付けてる獣か何かの耳みたいな奴、それヘアバンド的なやつか......?」

 その少女はそう言れると、特に話すこともなくその獣の耳をレオへと近づける。

「───確かめて見ると良い」

「……えーとじゃあ、少しだけ......」

 レオはその耳に軽く触れると、その耳はピクっと震える。

「本物っぽい......な」

「本物じゃわ。まぁワシのような余所者は珍しかろう。疑うのも無理はない」

 その少女はそう言うと、机の上に置かれた湯気の出た飲み物を手に取ってそれを啜った。

「……君は一体......その、何者なんだ?なぜ俺は君達と一緒にこんな所にいるんだ?」

「ふーむ......。そうじゃな、『異邦生物』と言うのを聞いたことぐらいはあるじゃろ?ワシらはその中の一種みたいなもんだと思ってくれればえぇかの」

 異邦生物。

 確かそれは西側にあるアルデラン卿国領、アーデバント王国の僻地。そこにある特区指定のギリア領域とやらを通じてこの世界にやってくる生き物だと聞いたことはある。
 生物兵器として軍事転用されている個体もあるらしいが、実際にそういった兵器は今の所見たことが無い。それ故に、迷信のようなものだと思っていた。

「そしてお主がここに居る理由じゃが、それは知らぬ。お主がここに現れたのは数日前のことじゃが、気づいたらお主が部屋にほっぽり出されておっての。寒かろうと思ってコタツ枠を一つ潰してこの中に入れてやったんじゃ」

 その少女はこの集合体を『コタツ』と呼称し、机部分を軽く叩きながらそう言った。

「そう、か......。コタツ......?とりあえず感謝するよ。君のお陰で体がポカポカしている気がする」

 レオはこの机に布団を掛けたかのような家具をコタツと呼ぶことを知った。

「──おい、いい加減『君』と呼ぶのはやめんか、そんな歳ではない。少なくともお主よりは長い時を生きておる、敬意をこめんか敬意を。ワシの名は『セツギン・ヒメジイネル・ヨリヒメ』と言う。長かろうから『セツギン』で良い」

「えっ、あ。そうでしたか……、すみませんセツギンさん……色々とありがとうございます」

「そこまで急に畏まらんでも良いわ、調子が狂う。名前だけ呼んでくれれば後は好きにせい、それに……、感謝するのはワシの方じゃの」

 そう言うとセツギンは、突然レオの体を舐めまわすかのように視線を巡らせた。

「......?それはどういう?」

「───なーに。ここは見ての通り、ある程度のものならなんでも揃う楽園ではあるが、如何せんだっっらしない女だらけのむっっさくるしい環境でのぉ。ワシとしては飽き飽きしていた所だったのじゃ、誰かが来るたび女ばかり。そう言えばお主の一個前の奴も女じゃったわ」

「お、女ばかり!?」

 レオはそう言われて血眼な様子で改めてコタツに入った他の二人の人物をしっかり見ると、ちゃんと女性の得体であった。そのどちらもこちらに関心はなく、気力のない様子で、寝っ転がりながら雑誌やらタブレットを眺めながらで菓子類を食べ散らかした痕跡が見て取れる。
 レオの反対側に位置する女性は二本の形状の異なる槍を抱きつくように抱えながら横たわり、右側にいる女性は大きく豪勢な装飾が施された盾を傍に置いていた。

「まぁそういう事じゃ、久方ぶりに会う生男、ワシにとってはここ最近至上の保養……いや、幾百年ぶりの癒しなのじゃ......。『マギ』とやらもたまにはいい仕事をする。若くて麗しく、かいらしぃ顔をしとる......」

 セツギンはそういうと、徐々にレオとの距離を物理的に埋め始める。

「いや、あの……ちょっと……!!!」

 ───肩と肩が触れそうになる瞬間、その間に突如として一人の黒い装束を纏った女性が割り込んだ。そうしてレオの席の左側に強引に陣取る。

「───やぁやぁやぁ!!!君が新人さん!?初めまして!!!」

 その少女は非常にご機嫌且つ太陽の様に眩しい笑顔でレオとセツギンの間に割り込んだ。

「あの、ちょっと......。狭いのですが......」

「んー?だって仕方ないだろう。他は埋まっちゃってるし、それに彼女たちはおっかないんだー。迂闊に近ずくと殺されちゃうかもしれないから気を付けてね、あ僕は『ブラックエマ―』って言うんだ。フルネームは『ライヴァラリー・ブラックエマ―シェン・コミュバレン』!まぁ馬鹿みたいに長いから『エマ』って呼んでね。元々は西側諸国の旧剣聖なんだよ!!!分かるかな?卿国なんだけど、まぁいいやそれで君はなんて名前なの?」

 テンポよく話すエマは、目を輝かせながら興味津々な様子でレオと接していた。

「名前は『レオ・フレイムス』って言うんだが......」

「ほうレオくん!これからよろしくねー!」

 エマがそう言いってレオの手を握り激しく上下に振り終えると、セツギンはやれやれと言わんばかりの表情をする。

「───おいエマよ、ワシが先に話しておったんじゃぞ節度を弁えよ。まだ名前もちゃんと聞いておらんかったわ」

「うるさいなぁメロついてんなよー婆さん~、名前なら今聞いたからもういいでしょ。それにそっちこそ節操なさすぎなんだよーキツイよーそういうの!ほらーそんな怖い顔するから彼も引いてるよーやだねーこわいねー!向こうで僕と二人きりでお話ししよっか!若い人は若い人同士でやっぱつるまないといけないよ!!!」

「───お主なぁ......『ライン超え』ってしってるかぁ!!!???」

 セツギンはエマの後ろから襲い掛かり、二人は取っ組み合いをする。そしてその光景を目の前にしても、やはり他の二人の女性達は興味どころか反応も示さず。
 飲料が飛び散ろうと軽く拭き取る程度で無関心を貫く。

「この小娘......!お主はここで一回分からせておく必要がありそうじゃなぁ!!!」

「望むところだよコスプレおばあちゃん!!!無理して若い子言葉とかしなくていいよーにしてあげるから!!!」

 セツギンは複数の尻尾のような物を威嚇するように大きく広げてみせ、エマは腰に添えられた剣のグリップに手を掛ける。

「ちょっとやめてくれよこんなところで!!!あんたらいつもそんなことしてんか!?!?」

 レオは二人の仲介に入ろうとしたその時、どこからか重厚な数人の足音がこちらに近づいてくる音が響き始めた。

 足音がする方向を一斉に全員が見る。

 そこには二人の重鎧兵士を連れた1人の人物、計3名の姿があった。中央のその人物は、左目に共和国の紋様が入った眼帯をした明るい髪色の人物だった。

「───皆さんこんにちわ、そしてレオ君。目を覚ましたんですね、良かったです。どうやら賑やかなご様子。仲良くやっているようで良かった。……おやおや、でもこの様子じゃあレオ君の取り合いになっちゃってたのでしょうか?男冥利に尽きますねレオ君、この状況は言うならそう。黒一点とでもいうんでしょうかね?」

 左目眼帯を身に着けたその人物の凛々しい立ち振る舞いから一瞬性別が判明しなかったが、透き通った高音と儚げな挙動、驚く程に体のラインが整った見た目から女性であることが一息ついて分かった。

「なんのようじゃマギ」

「ふふふ、セツギンさん、今回はレオ君に少しお話がありましてね。お二方に申し訳ないのですけど、少しお借りしてもよろしいですか?」

「やだ!!!」

 マギの言葉にエマは一間置くこともなく拒絶の言葉を投げかける。

「うーん......困りましたね」

 マギがそう言うと後方に居た重装兵士が前に出る。そして銃口をエマに向けた。
 更に天井の機械達が起動したのか、動作音が室内に鳴り響く。

「───やめておくのじゃエマよ、ここで暴れたところでそんなにいい事なんてないのじゃぞ」

 セツギンはエマを諭すように言葉をかける。

「そんな事は一々言われなくても分かるっての!僕はただあの女が誰よりもいけ好かないってだけ」

 エマはそう言うと、レオを置いて別の部屋へと颯爽と姿を消した。

「良かった、平和的に解決できて。それじゃあレオ君、行きましょうか」

「え、あっ......。はい......」

 レオはそう言うとコタツから離れ、二人の重鎧兵士に挟まれながらマギの後を追う。セツギンは特に何かすることもなくコタツに戻り、レオの背を見送った。



 マギに連れられ扉の前に着く、マギがそれを開けると酸素の薄い強い風が隙間から入り込み、レオの体を緩やかに冷却する。
 その扉から外に一歩踏み出るとテラスのような場所に出た、外はもう夕暮れ時であった。
 そこから覗かせた光景は、辺境のセクターより遥かに発展した無数に光り輝く高層ビル群達。そしてレオがいるこの建物自体が、かなり高層な建物である事を外の景色から理解する。
 かつての『星屑作戦』参加の為に訪れたあの街並みの時よりも、心に深く刻まれるような強い衝動を抱く。

「では、ここからは私とレオ君で行くから。あなた達はここで待っていて」

 マギは後ろを振り向いて付き添いの兵士にそう告げる。

「───しかしマギ司令、彼はあまりに危険すぎます」

「大丈夫、私が見ているのだから」

 マギはそう言うとレオに近づいてくる。

「じゃあレオ君、少し散歩でもしましょうか。申し遅れました。私は『マギ』と申します。以後お見知りおきを」

 そう言うとレオは静かに頷き、彼女はレオに先行するように先を歩んだ。レオは少し間隔を開けて風景を眺めながら彼女についていく。
 やがてマギは足を止め、テラスの柵に軽く腕を掛け景色を眺める。

「どう?綺麗でしょう。ここは私のお気に入りです、やはり巨大な人工物群というのは何とも形容し難い美しさがありますよね」

「そう、ですね。あの、ここって......?」

「ここがどこかという事?ここは『共和国中央セクター』セントラル区画。正しく共和国全土の中心地です」

 マギは大きく手を広げて見せてそう言った。

「……その実は俺、最近の記憶が全くなくて......。帝国のレジスタンスに参加していたのは覚えているんですが……、最後にあやふやに覚えてるのは......、確か敵のヤバい奴に捕まってしまって、そこからの記憶が殆ど飛んでて……それと何で俺がここに居るのかも分からないんですが……って。そうだ!!帝国は……あの後どうなったんですか!?!?」

 レオは忘れかけていた関心事を思い出した。

「───帝国はあの後、アンバラル第三共和国の介入で共和国軍閥の併合を逃れ、枢爵位が廃止されて準議会制へと移行。議長に『アイザック・エルゲート・バッハ』が就任。新帝国政府が発足し、帝国のていを為したまま新たに皇帝を迎えたのです。旧来の『レイレシオン』皇室を受け継ぎ、新たに『エクイラ・レイレシオン』皇帝陛下が即位なされました。ふふ、驚きですよね。帝国の歌姫として世界に名を馳せていた彼女が、まさかのまさか。レジスタンスに参加していて、そこから皇帝にまで担ぎあげられるだなんて。でもまぁ、世界に愛される彼女が継ぐことによって帝国内外の反発は最小限に留めておけるでしょうし、素晴らしいアイデアですよね。"今のところは"ですが。とまぁ大きなニュースで言ったらそんな感じでしょうか。どうかな?把握できましたか?」

 マギはレオに端的に記憶を失った間の事柄を語ってくれた。

「そう、ですね......。非常に分かりやすかったです。ありがとうございます……。そうか、計画は成功したのか、それは良かった......。ダグネスやベルゴリオ、メイ少将やクライネさん。そしてエクイラさん......、レジスタンスの人たちは、今頃国務に励んでるのかな......」

 レオは一先ずと安心した様子で、レジスタンスの面々との出来事を思い出していた。
 そのレオの姿を、マギは一瞬怪訝な視線で彼を見ていた。

 視線に気づいたレオは冷りとした様子でマギの方を見るが、特に変わらない様子でマギがこちらを見つめ続けていた。

「───それでレオ君。私は君にお願い事があるんですよ」

 マギはそう言うと、携帯型ディスプレイ端末をレオに差し出す。

「レオ君、再びレイシア少佐達と共に自由を謳歌したいのなら、この任務を引き受けてくださいませんか」

 そう言われそれを受け取ったレオは、画面に顔を覗かせる。

「内秘の少数作戦『アステロイド領域辺境調査』だと......?」

 レオはマギの顔を伺うように視線を戻すと、マギは優しい笑みをこちらに向けて浮かべていた。







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