停滞前線
「おらっ、おらっ」
「……」
高野くんは、そこにいる子供に小石を投げつけた。
他の3人も、高野くんに続くように、石を投げた。
「ほら、瀧野くんもさ」
高野くんは、俺の方を見た。
その目は、キラキラしていた。
「……」
「あれ? どこ行くの、ちょっとー」
「……」
ふざけるな。
俺は誰も傷付けずに生きていたいんだ。
だが、高野君は……どうやらそういうことが平気な子らしい。
今日は残念だ。
「……」
その夜、俺はまたーーーふりだしに戻った。
結局、俺は「誰にも傷つけられたくない」だけなのだろう
でも、この先高野君たちといるより、一人でいる方が、ずっと楽な気がした。
「……」
いいじゃないか、俺はあいつらより「道徳」がある。
「倫理」がある。
俺だけの「哲学」がある。
きっと、俺は優しい。
きっと、時代が悪いのだ。
きっと、そうだ。
「……」
「お悩みかな?」
「出てってくれ」
「……えっ」
「このタイミングで聞こえてくる声ってのは、たいてい人を陥れる罠だろ」
「いや、違」
「嘘をつくな。俺は騙されないぞ」
「……」
「ほら、とっとと姿を現せ」
「……」
バチバチバチバチッ。
すると、空気中に火花が走った。
「……」
「私はプラズマ生命体の「ウィスパー」です」
バチバチバチバチバチバチ。
人の頭部くらいのサイズの火花の塊が、宙に浮き、喋っている。
「そのプラズマが、俺になんのようだ」
「はい、あなたには、人を傷つけられるようになってほしいのです」
「……は?」
「そもそも(あなたにとって)「人を傷つける」とはどういった意味なのでしょうか?」
「言葉通りの意味だが」
「言葉通りって?」
「……」
こいつはいったい、何を言っている?
「そもそも、今日、あなたも人を傷つけましたよね」
「え……だ、誰を」
「高野君ですよ」
「……た、高野くん?」
「高野君、悲しんでましたよ。あなたが急にどこかへ行ってしまうから」
「……」
「今頃、「何がいけなかったんだろ」って、反省してると思いますよ」
「いや、そんなことは……」
「……」
「ない、とも言い切れないな……」
「やろ?」
「……ははん、だいたいわかったぞ」
「なにが?」
「俺を慰めようとしてんだろ?」
「いいえ」
「……」
「私は、この国のある機関によって使わされた、「更生装置」です」
「更生装置……?」
「はい」
「するってえと、あれかい? 俺は国に「頭がおかしい」って判断されたのか」
「そういうことです」
「……そうか、じゃあ、死ぬしかないな」
「その必要はありません」
「……なんで、生きててもしょうがないだろ」
「いえ、あなたは受け取り方を直せば充分社会に通用します」
「……」
「えっと、あなたは、考え方を変えれば、幸せになることができます」
「なんかうさんくさいな」
「……じゃあ、あなたは、“極端“を直せば、人間として充分生きていくことができます」
「……馬鹿にしてんのか?」
「ああっ、もう、どうすりゃいいんですか!! 私は!!」
バチバチバチバチバチバチバチ。
「……」
「あなたの定義に当てはめるなら、今私、傷つきましたよ」
「……そうか、それはすまん」
「……まあ、要するに、あなたは人を傷つけるのが嫌なわけではなくて、「そういう状況に置かれる」のが嫌なのではないですか?」
「……どういうこと?」
「あなたで言うなら、剣道の大会に出たり、他人に石を投げたり、テストで高得点を取ったりだとか……」
「……」
「要は客観的な「勝ち負け」が明白になる状況が嫌なんですよ、あなたは」
「……」
「要は見栄っ張りなんですよ」
「なんだと!!」
「やっぱり、怒ると思いました」
「……」
「まあ、それだけならまだいいんですよ」
「……」
「問題は、あなたが「自分の力を出すことを遠慮している」ってことなんです」
「……え?」
「つまり、あなたは本気を出せば勝てるはずなのに、自主的に「負け」を選択している……」
「いやいやいや、そんなことはない……」
「ありますよ、今日だって、高野くんから逃げたじゃないですか」
「……」
「本当に人に石を投げるのが嫌なら、あなたは高野くんを説得するべきでしたね?」
「……」
「あなたは「高野くんと、高野くんに石を投げられる子」という図式が成立する状況に身を置くのが嫌だった……だから、その場から去ったんです」
「いや、違う……」
「……」
「俺は人を傷つけるのが嫌で……」
「……」
「……いや、そうだな」
「……」
「別に人を傷つけることは嫌いじゃない。むしろ好きだね」
「……」
「でも、俺が人に傷つけられるのは、話が別だーーー」
「……」
「俺は、昔から……男女問わず、いじめられていた」
「……」
「男には顔蹴られるし、女には頭叩かれるし、大人には階段から突き落とされるし、親には放っておかれるしで、もう散々だった」
「……」
「そうだな、今思えば、俺は「負け」ていたんだ。それも、他ならぬ、自分の意思で……」
「……」
「他人の攻撃に対して、「どうすればいいか」っていう考えが、無かった……今だって、そうだ」
「……」
「……教えてくれよ、俺の性根はもう、直んないのか?」
「直ります」
「……」
「そもそも、あなたは「負け」ていないからです」
「……」
「あなたがされたことに対して、「負けた」という判断を下したのは、あなたです」
「……」
「あなたは、彼らに“やり返した“のですか?」
「……いいや」
「じゃあ、あなたは「勝って」いるじゃないですか」
「……ど、どうして……納得できない……」
「あなたは「攻撃性の無さ」という面では、その人たちに「勝って」いるじゃないですか」
「……」
「……あなたは、自分を攻撃することで、自分の「負け」を清算しようとする傾向があります」
「……」
「ですが、そもそも「負け」ていないのだとしたら、そんなことをする必要はないのではないですか?」
「……」
「「自分」を攻撃しても、時間が失われるだけですよ?」
「……そ、そうだな」
「……」
「よくわかった……でも、次は何をすればいいんだ?」
「……」
「俺の世界に、やりたいことなんて、何も残ってない……」
「生きてください」
「えっ……」
「生きて、教育を受けさえすれば、あなたは自分でやりたいことを見つけます」
「……」
「そうすれば、あなたは自分を「傷つける」ことも、他人を「傷つける」ことも、なくなりますよ」
「……そうか」
「……」
「生きててもいいのか……」
「当然です。そのための「国」ですから」
「……」
「では、私はこれで」
「待って!!」
「……」
「……あのさ、俺、すげえこと考えちゃった」
「なんでしょう」
「今あんたが言ってたこと……そもそも、俺が「人を傷つけたくて仕方がない奴」だったら、全然成立してなくないか!?」
「……」
「頼むよ!! 教えてくれ!!」
ピピーッ。
「えっ」
「「死刑、執行ーーー対象:瀧野洋一」」
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ
おわり