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[4474] GS横島 リリカル大作戦 (GS × リリカルなのは )※本編更新
Name: 矢崎 竜樹◆e3cad9d9 ID:dabfac1e
Date: 2012/11/21 13:44
 はじめまして。チラシの裏でコソコソ投稿しておりました矢崎 竜樹です。

 いろいろと思うところがあり、とらハ板への移動となりました。

 かといって、特に投稿の早さが上がるものでもないのですが………

 まだ早いというご意見があったら、再びチラ裏に戻ろうかと思います。

 未熟者の稚拙な作品ですが、よろしければご覧ください。



 それでは、プロローグからお楽しみください。



 追記

 レス返しについての質問がありました。

 基本的に疑問に対する応答のみレス返しさせて頂いています。

 感想はすべて読ませていただいています。


11/25 プロローグ Ⅱ誤字修正させていただきました。

1/3 括弧のスペースを修正。 問題ないようでしたらこのままスペースは以降空けないようにします。

 1/29 早速頂いた誤字報告部分を修正。 誤字報告ありがとうございました。 

 同上 メタル・ソウルをメタ・ソウルに変更。 マリアの人工霊魂に名前が付いてたのを知りませんでした。 本当に有難うございます。(原作39巻に出ているのを確認しました)

 2/28 チラシの裏からとらハ板へ移動。
 
 10/17 外伝、感想を参考に一部改定。 一部矛盾した部分を修正。 

 10/18 設定に《高町なのは》《アリサ・バニングス》《月村すずか》《なのは魔法少女化推進委員会》を追加。



[4474] GS横島 リリカル大作戦 プロローグ Ⅰ 『 魔神大戦終結 』
Name: 矢崎 竜樹◆e3cad9d9 ID:dabfac1e
Date: 2009/01/03 10:19

「くそっ、きりが無いなこりゃ………」

 肩で息をしながら油断無く辺りを睥睨する父、横島大樹と自分を抱きしめながら周囲を警戒する母、横島百合子に守られる横島はやての心の中には恐怖は無く、ここに居ない兄、横島忠夫とその恋人、ルシオラ、ルシオラの妹、パピリオの安否だけが心配だった。

 思えば、ここ最近の兄は無茶をしてばかりだ。 連絡もせずに帰ってこないと思ったらTVで突然、《人類の敵》として登場。 唖然と特撮の悪役の様に ── 微妙に三流やられキャラの様だったのを覚えている ── 高笑いを上げる画面の向こうの兄を眺めていたら、兄の雇用主である美神令子と兄の知り合い ── 非常に仲は悪いが ── 西条輝彦が押しかけてきて、必要最低限の荷物だけ持って都庁の地下にある秘密基地の様な場所に連れて行かれ、そこで今回の事に対する説明をされた。

 見習いでバイトの兄に敵のスパイをしろなどと無茶苦茶もいいところだと憤慨しているうちに、心配している自分を余所にひょこりと兄が帰ってきた。 何処か雰囲気が変わった兄に奇妙な違和感を感じていると、何やら騒ぎの後に今度は南極に向かうと知らされた。 兄に感じる違和感に胸騒ぎを覚え、何とか引き止めようとしたが結局は出発してしまい不安に押し潰されそうになったが、今度も兄はひょっこり帰ってきた。 恋人だという女性とその妹という自分とそう背格好が変わらない女の子 ── 人間ではないらしいが兄の非常識は今更なので軽くスルー ── と共に。

 トラブルは色々あったものの、兄と恋人とその妹との共同生活が始まり、騒ぎを心配して両親が帰国してきて、やっと騒がしくも楽しい日常が帰ってきたと思ったら、突然胸騒ぎを覚えて跳ね起きる羽目になる。

 兄も胸騒ぎを覚えたらしく、慌しく自身の雇用主の元へと向かい、その騒ぎで起きた恋人とその妹も文字通り飛び出していった。 胸騒ぎで落ち着けない自分と騒ぎで起きてきた両親の三人で兄達の帰りを待っていると、突然、悪霊が大量発生し周囲が大混乱に飲み込まれる。

 そして、霊能力者でもないのに素手で悪霊を撃退できる父と、同じく霊能力者でもないのに睨み付けるだけで悪霊を撃退する母に守られながら今に至る。

 胸騒ぎは横島達三人が出掛けて行ってから強くなる一方で、正直悪霊に対する恐怖よりこちらの方がはやての心を蹂躙している。

「なぁ、お母ちゃん………」

「ん? なんだい、はやて?」

 ポツリと漏らしたはやての声に、兄や父のお仕置きの時に向ける鋭い眼差しを和らげ安心させるように問いかける百合子の腕を、ぎゅっ、と掴む。

「アンちゃんとルシオラさんとパピリオちゃん ── 戻ってくるよね? なんでもあらへん様に笑いながらまた帰ってくるよね?」

「ええ、帰ってくわよ。 あの馬鹿息子も、ルシオラさんも、パピリオちゃんも。 あの馬鹿息子もやる時はやるからね」

 力強く肯定する百合子の言葉に頷こうとした時 ──  その声、いや、慟哭は、はやての心に響いた。

 ── どうせ後悔するなら………てめぇがくたばってからだ!! アシュタロス!!! ── 

「── アンちゃん!」

「はやて?」

 はっ、と顔を上げここではない何処かを見るよなはやてに怪訝そうな顔をする百合子を余所に状況は進む。

「な、なんだ?」

「悪霊が、消えていく………」

 突然消えていく悪霊に、唖然と周囲を見回す二人を余所に、はやての心はここには居ない横島達へと向いたままだ。

 ── ヨコシマ……ありがとう ── 

 ── ルシオラぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! ── 

「ルシオラさん? アンちゃん? なんや! 何があったん二人とも!」

 心に響くルシオラと横島の声に、混乱しなが叫ぶはやてに、百合子は大樹と顔を見合わせはやての肩に手を置く。

「はやて?」

「なんで? 何で泣いてるんアンちゃん!」

「── はやて?」

「ルシオラさんになんかあったんか? 答えて? 答えてやアンちゃん!」

「はやて!」

 虚空を見つめたまま混乱して叫ぶはやてに、声を荒げる百合子。その声に、びくりっ、と体を振るわせたはやては震えながらゆっくりと百合子に目を向けた。

「お…かぁ…ちゃん…」

「── 落ち着きなさいはやて…何があったんだい?」

 自分を見つめるはやての目に、怯えと焦燥を感じた百合子は鋭かった目を和らげると落ち着かせるようにはやての頭を撫でる。 呆然と百合子を見ていたはやては徐々に瞳から、ぽろぽろ、と涙を零す。

「分からへん…だた…アンちゃん…アンちゃんが泣いてる。 いつもとちゃくて、苦しくて…悲しくて…泣いてて…ほんで、ほんで…ルシオラさんが…ルシオラさんが…」

「── ルシオラさんが?」

「── ルシオラさんが…アンちゃんに…あ、ありがとうって ── もう、もう、会えへんみたいにっ!」

 はやての言葉に、百合子と大樹は息を呑んだ。 短い付き合いであるが二人にとってルシオラは ── 無論、パピリオもだが ── たとえ人間ではなくとも自身の娘も同然となっていた。 ルシオラが一般的には《悪》と称される魔族であっても、横島との仲を祝福し、あらゆる事から護ろうと思うほどに ── 

「あの馬鹿息子 ── まさかっ!」

 大樹の声に、びくりっ、とはやては体を震わし、呆然と拳を握り締めて振るわせる大樹に目を向ける。

「黙らんかい宿六っ! 帰ってくるっ! あの馬鹿息子と可愛い娘達は、帰ってくるっ! ここにっ! 私らのところにっ! 絶対にっ! 絶対に帰ってくるっ!」

 はやてを力強く抱きしめ、まるで自分に言い聞かせるように叫ぶ百合子を、涙を流すはやてと、拳を握り締める大樹は見つめる。

「── そうだな。 何があっても俺達が信じてやらんとな。 特にうちの馬鹿息子は仲間にも信じてもらえんだろうしな」

「せや、帰ってきてくれる。 アンちゃんも、ルシオラさんも、パピリオちゃんも、三人とも帰ってきてくれる」

 苦笑し、茶化して少しでも空気を軽くしようとする大樹に、自身も百合子を強く抱きしめるはやて。 それでも ── それでも、はやての涙が止まることは無かった。




  GS横島 リリカル大作戦 プロローグ Ⅰ 『 魔神大戦終結 』




 歴史の表舞台には上がらず裏舞台で語られ続ける一つの大戦があった ── 

 魔界の六大魔柱の一柱でありソロモンの七十二柱の魔神の一柱。 地獄の大公、恐怖公とも呼ばれる大公爵《魔神アシュタロス》が世界の為に虐げられた嘆きと、悪として弱きモノを踏みにじらねばならない悲しみに、三界に住まう総てを、自身が属する宇宙を相手取り、総てを滅ぼさんと、総てを創造せんと挑んだ大戦。 歴史の表舞台では《大霊障》と呼ばれ、裏舞台では《魔神大戦》と呼ばれる大戦があった。

 この大戦で本来、矢面に立たなければならなかった神族、魔族の両陣営は早々に敗退し、本来、矢面に立つはずの無い、そして、立つことのできない人類がその存亡を賭けて必死に戦いを挑んだ。

 GS《ゴーストスイーパー》と呼ばれる彼らは、圧倒的な戦力差を覆し勝利を収めた。

 しかし、勝利には犠牲が伴った。

 アシュタロスの切り札、宇宙処理装置《コスモ・プロセッサ》により復活した魔族、妖怪、悪霊が世界中で暴れまわり、多くの建物が傷付き、多くの人々が傷付き、多くの人々が亡くなった。

 関係者の敵味方含めて、最初に敗退した神族、魔族を含めなければ死亡したのはたったの二柱。 敵方の首謀者、魔神アシュタロスと、アシュタロスを人類の ── 否、たった一人の男の為に裏切ったアシュタロスの娘にして、造魔である蛍魔ルシオラ。 三界を巻き込み人界に多大な被害を与えた大戦としては非常に少ない犠牲者であった。

 数の上 ── ではあるが。

 人の心は数では計れず、また、人の思いも数で計れない。

 この二柱の死亡は、関係者に ── 否、一人の男に癒えることの無い深い傷痕を残した。

 男の名は横島忠夫。 大戦終結の立役者にして、人類史上類を見ない英雄。 伝説に埋もれた奇跡の結晶《文珠》を現在に蘇らせた霊能力者。 一人の女を愛し、一人の女に愛された男である。



「── 言いたい事は終わったんかい………」

 俯き、静かに呟く百合子の前には、息子の雇用主、美神令子の母親で、大戦中ICPO超常現象対策課・通称《 オカルトGメン 》の隊長だった美神美智恵がソファーに座ったいた。 新たな命を宿し随分と目立つ腹部にマタニティドレスという何処にでもいる妊婦のような格好だが、その顔は妊婦が浮かべそうな穏やかさや喜びとはかけ離れた裁きを待つ罪人を思わせる。

「── はい」

 百合子の呟きに答えた美智恵は、視線だけ百合子の隣で腕組みをして背凭れに体を預ける大樹に向ける。 静かに目を瞑るその表情からは何も伺えず、俯いている百合子と合わせて嵐の前の静けさ、噴火前の活火山の様相を思わせる。

 隊長を勤めた自身が過去へ帰り、人前に姿を現せるようになり娘への挨拶を済ませた美智恵は、大戦の最大の功労者であり、関係者最大の被害者、横島忠夫の両親へ大戦の詳細な説明と謝罪の為に横島兄妹が住み現在その両親が滞在しているマンションの一室を訪れていた。

 正直、妊娠中の自分が話すには礼を失する内容かもしれないが、指揮官の責任として部下には任せず自分で訪れたのだが ── 

「── そか…………」

 小さく呟く百合子に視線を戻す美智恵。 百合子はまだ俯いたままで、大樹も目を瞑ったままだ。

「率直に言わせていただくと ──」

 瞑っていた目を開け大樹が鋭い視線で美智恵を見据える。

「── さっさと失せて頂きたい。 貴女を殺したくないんだ。 貴女のお腹にいる子供も」

 今まで抑えていたのだろう。 とても素人とは思えない、玄人でも出せるかどうか怪しい濃密な殺気が大樹から、そして、百合子から放たれ美智恵だけに向けられる。

 美智恵の細い喉が音を鳴らした。 小さな音であったはずだが美智恵には静かな室内に鳴り響いたような錯覚を覚えた。 経験豊富なGSであり、魔族との戦いでも殺気に飲まれず毅然と立ち向かっていた美智恵も、その殺気に気を引き締めるまもなく飲まれた。 まるで冬空の下軽装で大雪原に立っているかの様に体は震え、顔は一気に血の気を失い、驚愕に目を見開く。

 大戦終了後、未来から戻った美智恵は横島の周囲を調査した。 それ故に、百合子が《村枝の紅ユリ》と呼ばれ引退した今尚政財界に強力な人脈を持つスーパーOLであった事も、大樹が超が三つも四つも付く有能な商社マンである事も知っていたが、していたが予想外にも程があった。

(あの子にして、この親ありといった所かしら ── 出鱈目にも程があるわ)

 冷や汗で盛大に濡れた衣服がいやに重く感じるなか美智恵は口を開こうとするが、百合子の声がそれを制した。

「── うち等はな、殺人犯になるつもりも無ければ、家ん中をアンタの血ぃで汚したいわけでもあらへんねん。 コンマ一秒でも早よ失せ ── うち等がまだ抑えれてる内に…………」

 殺気を押し殺そうともしない百合子の声に、びくりっ、と体が震えた。 美智恵はその瞬間はっきりと認識した。 此の侭では娘の大恩人とも呼ぶべき横島の両親を殺人犯にしてしまう事を。 自身が抵抗も許されず目の前の二人に宿した新たな命共々驚くほど簡単に殺されてしまう事を。 目の前の二人の怒りが自身が予想していたよりも遥かに強烈だったことを。

「わ、分かりました。 し、失礼させていただきます」

 一々声が震えてしまうが、喋れるだけ上等だと思いたい。 それ程までに目の前の二人に恐怖していた。



 静かな室内に玄関の扉の閉まる音が響いたが、二人にそれを気にする余裕は無かった。

「茶番もいいところだ………ふざけた話だ。 俺達の子供達は世界を救う出来レースに巻き込まれたわけだ ── いや、美神親子を救うと言った方が良いのか?」

 殺気を霧散させ ── それでも、まだ滲み出てきているが ── 大樹がやりきれない思いを吐露した。

「── どっちでもええ……あの女には同じ事なんやろ。 世界を救うんも、娘を救うんも…………」

 殺気を霧散させる事もせず、する事も出来ない百合子が呟いた。握り締めた拳は震え、今にも砕けるのではないかと思える程歯をかみ締めている。

 二人にもある程度は美智恵の事情は分かる。 同じ立場なら自分だって子供が死ぬのを黙って見ていられないだろうし、助ける為には打てる手は総て打つだろう。 しかし、二人には美智恵が打てる手を総て打った様には思えなかった。

 過去から来た何も知らない美智恵は兎も角、五年前に逆行してきた美智恵には、人前に出る事も、介入する事も禁止されたとはいえ、やれる事もあった筈だし、やるべき筈だった。

 一度会社の事情で帰国した大樹も、国内情勢が不安定な単身赴任先であるナルニアにはやてを連れて行くわけにもいかなく月一で帰国して様子を見に来る百合子も、息子がGSの荷物持ちのアルバイトを始めた事も、ひょんな事からGSの資格試験に合格して見習いGSになったことも知っていた。 そして、GSとしての実力が半人前もいい所で、たいした訓練も、教育も受けていないであろうことを察していた。

 そう、人一倍痛がりで、人一倍臆病で、人一倍女好きで、分かり難く優しく、分かり難く勇気を持ち、分かり難くフェミニストな大切な息子は半人前だったのだ。

 そんな、人としても、GSとしても、戦士としても、あらゆる意味で未熟な息子は投入されたのだ。 人では抗う事も許されないであろう圧倒的な存在《魔神》という正真正銘のバケモノとの戦いに、その最前線に。 稀有な才能を持つ存在だからという理由で。

 そんな息子にあの美神美智恵という女は何をした? 何もしていない。 人として成長させる事も、GSとして育てる事も、戦士としての心構えを教える事も、何も、何もしていない。 ただ、あの女は総てが終わるまで隠れていただけだ。 あまつさえ ── 

「来月出産ということは、大体八ヶ月ぐらい前か? お盛んなことだ。 世界消滅の危機が迫っているというのに。 世界が救われると知っているとはいえ、どんな神経をしてるのやら ── 俺には理解出来んし、したくも無い」

 呆れた様に溜息をつき煙草を咥えると火を点けて紫煙を大きく吸い込んで吐き出す。 「こんな不味い煙草は始めてだ」と呟いた大樹は、どうせだったらあのふざけた女の前で吸ってやるんだったと思った。 副流煙? 妊婦の前? 知ったことか。 親子共々癌になって死ねと言ってやりたい。

 子供が誕生するには長い時間が要る。 そう、長い時間だ。 プロであるはずの自分の娘が弟子であるはずの他人の息子にたいした教育をすることも無く、まだ成人もしてない色々な意味で子供な他人の息子が、恋人が自分の代わりに死に、世界を背負わされ、自身の手で恋人に止めを刺す。 そんな境遇になる事を知っていながら、あの女は、他人の息子に手を差し伸べる訳でもなく、自分の夫とイチャついていた訳だ。 子供が生まれる ── 生まれてしまう程の時間がありながら。 五年という長い時間がありながら。

「── あの子等が何したんやろな……ただ、好きな人と一緒に居たかった、暮らしたかっただけやのに……それすら許されへんのか ──」

「── ああ、まったくクソッタレだ。 俺達の子供達を犠牲にしなければ救えない世界なんて ── 滅んでしまえ」

 子供一人、女一人。 《その程度の犠牲》等とは言わせない。 その子供も、女も、自分達の大切な大切な息子であり、血の繋がらない新しい娘なのだから。 神だの悪魔だのという超越した存在ではなく、只の人間である自分達では漠然としか想像出来ない《世界》となんて比べられない程大切な大切な子供達なのだから。

「あの馬鹿な息子には何かしてやらんとなぁ。 俺達で出来る《何か》を ── それぐらいしてやらんと馬鹿な息子を助けてくれたルシオラ君顔向けできん」

「せやね ── うち等の大切な馬鹿な息子の為に、大切で可愛かった娘の為に出来る《何か》を…………」

 紫煙を吐き出し呟く大樹に、百合子が泣いているのか震える声で答える。 自分の横で俯き静かに涙を流す妻を見ないようにして抱きしめた大樹は、美神親子を破滅させてくれとか願ってくれんかね、と馬鹿な息子が絶対に言い出しそうにない事を考えながら静かに紫煙を吐き出した。

 因みに ── そんな事を横島が言い出した場合は、百合子も、大樹も、自身の使える総ての手札を切って、美神親子を、何の責任もない新しく誕生するだろう子供共々、徹底的に破滅させただろう。

「ああ、煙草が不味い」

「なら吸うな、宿六」












[4474] GS横島 リリカル大作戦 プロローグ Ⅱ 『 私とアンちゃん 』  (誤字修正)
Name: 矢崎 竜樹◆e3cad9d9 ID:dabfac1e
Date: 2009/01/03 10:18
 あの《大戦》が終わった後 ──

 帰ってきたのはアンちゃんとパピリオちゃんだけやった。

 俯いて涙を流すパピリオちゃんと、その手を取って帰ってきたアンちゃんを見たときの最初の気持ちは ── 否定やった。

「忠夫……ルシオラさんは ── ?」

 お母ちゃんの言葉をどこかぼんやりと聴きながら、わたしは声には出さず必死に否定し続けとった。

 びくりっ、とパピリオちゃんの体が震え、アンちゃんが何も持ってへん方の手を、ぎゅっ、と握り締めた。

「── 死んじまった。 俺が………俺が、殺しちまった ──」

「── 違いまちゅ! ヨコシマは悪くありまちぇん!!」

 ぽつりっ、と零れたアンちゃんの声に目の前が真っ暗になりよった。 死んだ? 殺した? それって ── それってどういうことなん?

「殺したってお前………一体何があったんだ? あ、いや、お前は喋るな忠夫。 すまんがパピリオ君、知っている範囲でいい。 説明してもらえんか?」

 アンちゃんに詰め寄ろうとしたお父ちゃんが、その足を止めてパピリオちゃんと目線を合わせる為にしゃがんで問いかけとるのが遠くに見える。

 この後、わたしはショックで気絶してしまう。 せやから、こっから先は後で聞いた話。

 気を失ったわたしを其のままにしとかれへんと、お父ちゃんがベットに運び、改めて話を聞いたお母ちゃんとお父ちゃんに、パピリオちゃんは、ぽつり、ぽつり、と知っていることを話したそうや。

 行方が掴めへんかったアシュタロスがまだ生きとった事。 《コスモ・プロセッサ》の事。 復活しよったメドーサの攻撃でアンちゃんと別行動になってしもうた事。 べスパさんにやれそうになったルシオラさんを庇ってアンちゃんが死にそうになってまった事。 そのアンちゃんを助けるためルシオラさんが自分の霊基構造 ── 魂の事らしい ── をアンちゃんに分けて死んでしもうた事。 《コスモ・プロセッサ》やったらルシオラさんが生き返れるとアシュタロスに取引を持ち込まれた事。 《世界》と《ルシオラさん》の二者択一でアンちゃんがアシュタロスを倒すために《世界》を選んだ事。 ルシオラさんに負けたべスパさんの使い魔、妖蜂がアンちゃんの中に移された以外の散ってしもうた霊基構造を集めたんやけど復活には僅かに足りへんかった事。 アンちゃんの中のルシオラさんの霊基構造は使えへん事。

 そんな話を聞いたわたしの頭に浮かんだのは ── 疑問やった。

 なんでアンちゃんがこんな目に遭わなあかんの? なんでルシオラさんがこんな目に遭わなあかんの? なんでパピリオちゃんがこんな目に遭わなアカンの?

 なんで、なんで、なんで ── わたしの大切な人達が傷つかなあかんかったんや?

 誰も答えられへんし、答えもない疑問が解決するわけもなく、パピリオちゃんは保護観察ゆう形で妙神山に連れてかれてもうて………

 わたしの新しい家族はバラバラになってしもうた。



  GS横島 リリカル大作戦 プロローグ Ⅱ 『 私とアンちゃん 』



 はやてという名の少女がいる。

 幼いころに生みの両親を事故で失い、その両親の友人である育ての両親と養子縁組し、『八神』から『横島』へと姓が変わった、生みの両親の事は幼いころの不鮮明な記憶以外は写真や育ての両親からの話でしかよく知らない、正体不明のオカルトアイテムの霊障で脚が麻痺してしまっている為車椅子生活を余儀なくされてしまっている少女である。

 そのはやてには最近一つの悩みがあった。

 それは、兄、横島忠夫の事である。

 《大戦》が終結して以来、兄の様子がおかしいのだ。

 はやては横島の笑顔が好きだった。 いつまで経っても子供の様に笑う彼の笑顔ははやてにとっては暖かい太陽でも、闇夜を照らす月でもあった。

 だが、最近の横島の笑顔はどこか継接ぎだらけで見ているだけで胸が痛くなる。 酷い時は、まるで道化師の人形のように笑っている筈なのに妙に感情を感じさせないような笑顔を浮かべる事もある。

 お得意 ── と言うのも疑問だが ── のセクハラも精彩を欠きどこか白々しく、かつての全力セクハラをされるより怒りが増すらしく、雇い主である美神令子の制裁もかなり過激になってきている。

 呆けていると思ったら突然はしゃぎ出したり、やたらハイテンションかと思ったら突然テンションが素に戻る等、ひどく情緒が不安定なときもある。

 はっきり言ってしまえば、はやては横島が好きだ。

 無論、それはLOVEでは無くLIKE。 家族愛と言うものだと本人は思っている。
 
 だからこそ、今の横島に思い悩む。 あの、明るく、女好きで、色々と自分を偽れない良い意味でお馬鹿な男が苦しんでいる。 まるでおぼれているかの様にもがき苦しんでいる。

 理由は ── 分かる。 あの《大戦》だ。 たった一人の女性の死。 されど、横島家にとっては一万人よりも遥かに重い一人。 ルシオラの死が横島を苦しめている。

「── せやけど、わたしに何ができるんやろか………」

 自室のベッドに仰向けに寝転んだはやてが大きく溜息をついた。 横島の様子がおかしい事には直に気付き、その原因も直に察したはやてであったが、その思考は、何とかしたい → 何ができる? → 分からない → でも何とかしたいと、完全にループしていた。 そのせいか、最近趣味の読書もしていない。 出来ない。 ぼんやりと最後に本を手に取ったのはいつだったかと考えたはやては頭を振って思い出すのをやめた。 ただでさえ悩み事で知恵熱が出そうなのに、他の事を考えていたくない。

「あー、何しとるんや?」

「へ?」

 再び思考の海へダイブしようとしたはやての目に映ったのは、どアップの悩み事の原因、横島だった。 顔が紅潮するの感じながら、はやての頭は真っ白になった。 そして、しょっちゅう制裁を受ける横島を見ているせいかもしれないが、はやての小さな手は拳を形作り、容赦なく、全力で、覗き込んでいる横島の顔 ── 顔の中心である鼻に向けて振るわれた。

「何でわたしの部屋に居るんやアンちゃん!!!!!」

「うごっ! 鼻っ! 鼻ガッ!! 鼻ガァァァァァァァァッ!!!!」

 拳を突き出した体勢で息を整えるはやてと、鼻を押さえても七転八倒する横島。

 たとえ、年齢一桁台とはいえ、車椅子生活と普段の家事ではやての腕力は結構あったりする。 人外のタフネスを持つと言われる横島もその腕力を無防備な状態で鼻に叩き込まれたのは効いたらしい。 まぁ、それでも一分も経たずに復活するのが横島だが。

「うううっ、何故に行き成り?」

「そんなん! 断りも無く部屋に入ってきたからに決まってるやん!」

 うう~~~、と唸り声を上げるはやてに、横島は鼻を押さえながら涙を流す。 それはもう盛大に。 具体的にはジェット噴射の如く。 正直、涙腺壊れるのではなかろうかと思う。

「ノックもしたし、声もかけたやん!! 待ってても返事があらへんから断ってから入ったんやん!!!」

「はい?」

 はやての米神の辺りからたらりと大きな汗が一滴流れる。

 沈黙が室内を包む。 はやてはゆっくりと体を起こし、横島は涙をぴたりと止めた。 涙をコントロールできる男、横島。 それなりにすごい事なのだろうが正直どうでも良い。

「ほんま、ごめんなさい」

「や、慣れてるからええんやけど」

 土下座しそうな ── 脚が麻痺しているから出来ないが ── はやてに素のテンションで人間としてどうかと思う回答を返す横島。 日常的に殴られる事になれている人間など、ぱっと思いつく限りボクサーと軍人ぐらいなものだ。 少なくとも、普通のGSは殴られなれてなんていないと思う。

「それもどうかと思うんやけど……まぁ、アンちゃんやし。 わたしに用でもあったん?」

「ああ、それなんやけどなはやて。 散歩でもいかへんか?」

「へ? 散歩?」

「ん。 最近、陽に当たってへんやろ? まぁ、ワイもぶらぶらしたかったし。 ちょうどええかなって」

「あ、うん。 ほんなら着替えるから待ってて」

「りょうか~い」

 手をひらひらと振って出て行く横島の背中を見送りながらはやてはポツリと呟いた。

「アンちゃんのことで悩んどるのに一緒に散歩て………」

 ある意味チャンスなのだろうか? そんな事を考えながら部屋着から外出用の衣服に着替えるために動き出すはやてだった。



 久しぶりに出る外は快晴で、最近は両親が居る事もありあまり家事をせずに部屋に篭る事の多かったはやては久しぶりの遮蔽物の無い太陽の光に眩しそうに手を翳す。

「まぶしなぁ。 なんや、本当に久しぶりに外に出たんやなぁ」

「最近篭っとったからなぁ。 適当に陽に当たらんとカビるぞ」

「わたしは布団やないで」

 苦しみもがき最近は行動のおかしい横島と、思い悩み最近は篭ってばかりなはやての会話は驚くほど自然に出来た。 血が繋がらなくとも自分達が兄妹であると自然と思え、はやてはくすりと微笑んだ。

「どっか行きたいところはあるか?」

「んー……アンちゃんに任せるわ」

「ほなまぁ、適当に歩きますか」

 ぐっ、と押される車椅子。 力強く押される久しぶりの感触にはやては目を細めた。

 父や母とはどこか違う、横島が車椅子を押してくれる感触がはやては好きだった。 力強さなら父の押し方も負けていないし、さり気ない周囲への気の配り方は母のほうが一段上だ。 それでも、横島に押して貰えるのは何かが違う。 その力強さでも気遣いでもない《何か》がはやては好きだった。

(なんや、あれだけ悩んどったのに、わたしも現金やなぁ)

 散歩を始めるまで沈んでいた気持ちが浮き上がっていくのを感じはやては苦笑を浮かべる。 ただ、散歩をしているだけだというのに現金なものだと。

 降り注ぐ暖かい日の光、流れていく静かな住宅街。そして ── 《大戦》の爪痕とも言うべき工事現場を見て横島の足は止まった。 何となく、二人ともその工事現場に視線が向かう。

 あの《大戦》で暴れまわった妖怪、悪魔の数は知れないが、何より多かったのが悪霊の数である。 あまりの多さに数え切れずに推定一千万以上という曖昧な数字でお茶を濁した形となった。 その悪霊もピンからキリまであり、弱いもは物理的な破壊能力を持たなかったが、少し強くなると物理的な破壊能力を持っていた。 そんな悪霊がどの程度出現したかわからないが、あちらこちらで悪霊による器物破損は行われ、それを修復するための工事が行われている。 その被害の多さを表すかのように、特別補助金の支給案が異例の速さで国会を通り近々支給される手筈となっている。

「ここでもか………」

 ポツリと零れた声。 どこか沈んだ横島の声にはやては顔を上げた。

 そこにあるのは普段のどこか締まりのない顔でもなく、《大戦》の時のような真摯で真面目な顔でもなく、どこか遠くを見る様な、もう戻ってこないものを必死に見つめている様な顔だった。

 悲しみ、悔い、憎しみ等、様々な感情が見て取れるその顔は見たこともない顔だった。 だから思う。 兄にこんな顔をさせるルシオラは ── 

「ほんま、愛されとったんやなぁ」

「何や突然」

 零れたはやての声に横島は怪訝そうに眉を顰めた。 そんな横島の様子に気づいたはやては苦笑して「ルシオラさんのことや」と口にすると、横島は驚いたように目を見開き、再び工事現場に目を向ける。

「なぁ、はやて………」

「ん~?」

 この後、横島の口から出てきた科白にはやては驚愕する。 それこそ、声が出せないほどに。

「俺は本当にルシオラを愛しとったんかな?」

 驚愕に見開かれるはやての目が、苦しそうな、悲しそうな横島の顔を捉える。

 ちょっと待て、今、アンちゃんはなんと言った? 愛していたのか? ルシオラさんを? 何を当たり前のことを ── そう口に出そうとして、はやてが止まる。

 そういえば ── 

「アンちゃんちょっと聞くんやけど」

「ん?」

 視線はこちらを見ない。それでもはやては横島の顔を、目を見る。

 心臓が煩いほど脈打つのを自覚しながらはやては横島に尋ねる。

 そういえば ── わたしは一度も聞いたことがない。

「ルシオラさんに《好き》とか《愛してる》とか言った事あるん?」

「── 察しがええなぁ」

 苦笑する横島の目に映るものは、後悔か、自嘲か ── 

「一回もあらへん。 気が付けばそんな当たり前のことを一度も言ってへんかった」

「── っ!!!」

 虚ろな横島の目を見た瞬間、はやては横島の腕を掴んでいた。 精一杯、力強く、何処にも逃がさんとばかりに。

「ん? どうしたはやて?」

「どうしたじゃ ── あれへんやろ。 ちょ、話し聞かせてもらうで、アンちゃん。 拒否権はあらへんよ」

 真剣なはやての目に何かを感じたのか、横島は苦笑すると「こんな場所じゃなんだから、公園にでも行くか」と提案してきた。

 その提案に賛成し、公園に向かう中はやては考えていた。それは ── 兄の苦しみはもしかしたら自分の思っていたより遥かに深く、複雑なのではないかと。



 マンションの近くにある公園は、子供達で賑わう近所の憩いの場であったが、時間帯が早い為か、人の姿は疎らでとても物静かだった。

 公園の東屋にあるベンチに座った横島と向かい合う形になったはやては此処に来て悩んだ。

 はたして、自分が無遠慮に踏み込んで良い問題かどうか。 事は、横島とルシオラの問題である。 例え片方が故人であったとしても、否、故人であるからこそ、踏み込めば横島の心を踏み荒らしてしまうのではないかと………

 しかし ── 

「アンちゃん、ここの所ずっと悩んでたみたいやけど、もしかして、さっきの言ってた事なん?」 

 踏込まなければ始まらない。 そして、何かが決定的に狂ってしまう気がする。 その直感に従い、はやては一歩踏み出した。

 それに、ルシオラについては自分もまるで無関係ではないという思いがはやてにはあった。 横島にとってルシオラが《恋人》であったように、はやてにとってルシオラは《姉》であったのだから。

「悩んでた、か ── 分かり易いんやろか、ワイって?」

「分かり易い難い云々の問題やないとおもうよ。 最近のアンちゃん本当に変やったから」

 真っ直ぐ見つめてくるはやてに、横島は苦笑する。 この分だと、職場の雇い主や同僚、同級生の仲間達、そして、両親にもバレバレなのだろうと。

 そして、自虐的な雰囲気も在る。 そう、自分は、あの時誓ったはずなのに、なにをしているのだと。

「俺は俺らしくないと、ルシオラががっかりしちまうよな………」

 ポツリと横島の口から零れた言葉に、はやては怪訝そうな顔をする。

「アンちゃんらしくって ── なんやのそれ?」

「なんやのって、ほら、さっきも言ったやろ、結局ワイは、あいつに何も言ってやれへんかったって。 せやから、せめて、あいつの好きだったワイらしくいてへんと、あいつが悲しむやん。 全てじゃあらへんけど、あいつは此処に居るんやから」

 そっと横島の手が自分の胸に当てられる。 はやては知らないが、そこには、べスパの攻撃を受けた傷痕が生々しく残っていた。

 どこか儚げに、そして、虚ろに笑う横島に、はやての顔が歪む。

 どうしようもない、悲しみと ── 怒りで。

「── なんやそれ…………」

 膝の上で握られた掌に力が篭る。 目頭が熱くなる。 目に映る驚愕した横島の輪郭が歪む。

 ああ、わたし泣いてるんやと、頭の片隅の冷静な部分が他人事のように考えた。

「お、おい、どないしたんやはやて?」

「どうしたやあらへんやろ!!!」

 叫ぶと同時に、はやての手は心配そうに顔を覗き込む横島の頬を平手で叩いていた。

 ぱぁんっ、という音が公園に響き、横島は呆然と目を見開いた。

 ワカラナイ。ナンデハヤテハオコッテル?

「アンちゃんらしくって何やそれ! そんなこと言うこと自体アンちゃんらしくないやん!」

 ソンナコトハナイ。

「確かに、アンちゃんはどんな時も芸人みたいにおどけてたかもしれへん」

 ソウ、ソレガ《ヨコシマタダオ》ダ。

「かっこよく決めて欲しい所でボケるのなんか何時もの事やったかもしれへん」

 ソウ、ソレガるしおらガスキタドイッテクレタ《ヨコシマタダオ》ダ。

「でも、でもそれは! それは! 自分らしくいようなんて考えてへんやったろ!」

 ………………………

「ボケるんも、泣くんも、怒るんも、優しくするんも、戦うんも、勇気もだすんも、全部全部アンちゃんが自然とやってたことやん!」

 アア ── 

「苦るしいんやろ? 悲しいんやろ? 泣きたいんやろ? せやったら ── せやったらそうしたらええやん!」

 アあ ── 

「無理やり笑って、ボケて、おどけて、それがアンちゃんらしくて、そうしてるんがルシオラさんの為や言ったら ──」

 あア ── 

「そんなん ── ルシオラさんがアンちゃんを苦しめてるみたいやんか!!!」

 ああ ── 

「そんなことあらへんのに、そんなこと絶対にあらへんのに ── ルシオラさんを、わたしの《お姉ちゃん》の名前を理由に使うなぁっ!」

 ワイは ── 俺は……… 

「アンちゃんがただ、ルシオラさんが死んでしもうたことに向き合えへん言い訳に、《お姉ちゃん》を使うなぁっ!」

 ルシオラ ── 俺は………俺は………

「俺は ── 泣いてええんやろか?」

 零れた呟きに、はやては袖で涙を拭いて言い切る。「ええんや」と。

「ルシオラを死なせた俺が、あいつの為に泣いてええんやろか? 許されるんか?」

 呆然とこちらを見る横島に、はやては笑みを浮かべる。 先ほどまで泣き叫んでいた怒りの形相ではなく、本当に、本当に、優しく、諭すように。

「あたりまえやんか。 アンちゃんが悲しいんも、苦しいんも ── アンちゃんが、ルシオラさんを大切に、大切に思っとったからなんやから」

 再び横島の目が見開かれ、その目尻から一滴涙がこぼれる。 それは始まりの一滴。 後は止め処なく涙は流れる。

 そこにいる横島は普段から考えればあまりにも静かだった。

 膝を着き、項垂れ、静かに涙する様子は普段とは違ったが ── どこまでも自然だった。

 はやては静かに横島に近づき、その頭を抱え込むように抱きしめる。 手は自然と頭を撫でていた。

「ごめんな、アンちゃん。 キツイこと言うて」

「ええんや。 俺が馬鹿やった。 はやてに言われるまで気づかんかった。 確かに俺の誓いはルシオラを侮辱しとった。 こんな俺を見たらルシオラは悲しむ ── 前に怒るやろな。 ホンマ………馬鹿やった」

 嗚咽を漏らすことなく、静かに涙する横島をはやてはいつまでもいつまでも撫で続けた。

 少しでも、その傷ついた心が温まるように、癒すように。



 泣き止んだ横島は今まで極力避けていたルシオラの話を、まるで鬱憤を晴らすようにはやてに話した。

 はやても、自分の知らない話があったので、合の手を入れたり、呆れたりしながら聞き続けた。

 そうして気がつけば、時間は黄昏時となり、二人は紅く染め上がった街をゆっくりと進んでいた。

「昼と夜の間一瞬の隙間 ── 短い時間しか見れないから余計に美しい」

「── アンちゃん。 まだ変なこと考えてるん?」

 沈んでいく夕日を眺めながら呟いた顔を据わった目で見上げるはやてに、横島は思わず苦笑した。 俺じゃ似合わんわなと。

「シオラがな、言ってたんだよ。 知ってるだろ? あいつ夕焼けが好きだったんだ」

「ちっ、ちっ、ちっ。 甘いでアンちゃん。 ルシオラさんはな、朝焼けも好きやったんやで。 わたし一緒に見たことあるもん」

 微妙に胸を張りつつ人差し指を振るはやての言葉に、むっ、と眉を顰める。

「なんやそれ。 ワイだけ仲間はずれなんて酷いやないか」

「なんや、覚えてへんのアンちゃん? わたしもルシオラさんも、アンちゃん起こそうとしたんやで一緒に見ようと思って。 全然起きへんかったけど」

「むぅ。 覚えとらへん。 パピリオは?」

「パピリオちゃんも起きへんかったんや。 せやからわたしとルシオラさんの二人で見てたんやで。 まぁ、ベランダからやけど」

「いまいち風情が無かった気がするわ」と、呟いたはやてに、「それはそれで。 朝日を眺めながらのモーニングコーヒーは男の、否、漢の夢の一つや」と返す横島。 もっとも横島的には隣に美女・美少女のオプションがつくのだろうが………

 静かに二人は進む。 

 はやてはそっと横島を見上げた。

 そこには愛しそうに夕焼けを見つめる顔があった。

 どこか無理をしている痛々しさや、無理に自分を演じる不自然さは無く、自然に微笑む顔があった。

 それが嬉しくて、視線を戻したはやても自然に笑みを浮かべた。 何時もの騒がしくコロコロと変わる表情も嫌いではないが、時々見せる静かで真摯な兄の顔が結構好きなことは自分だけの秘密だ、などと思いつつ。

「ありがとな、はやて」

「ん~?」

 静かに感謝の言葉を発した横島をニコニコと微笑んだままはやては見上げた。

「直ぐには無理でも ── 俺は向き合えると思うんや。 進めると思うんや。 折角ルシオラが助けてくれた命やからな ── ルシオラに恥じない男になってみせるわ、俺」

 静かに、新たな誓いを立てる横島に、はやては一つ溜息をついた。

「分かってへんなぁ。 ルシオラさんにとってアンちゃんは、十分自慢できる人や。 絶対に」

 そんなはやての言葉に、横島は苦笑を浮かべる。

「せやったら嬉しいけど、自分で納得できへんからな。 まぁ、がんばってみるよ」

「ほんならがんばらな。 アンちゃんならきっと出来るんやから」

 力強く肯定するはやてに横島は微笑みを浮かべた。

 それは、力強い微笑み。

 前を見据え、見つけた道を進み続ける覚悟を決めた、《男》が浮かべた笑み。


「ああ、 まかせとけ」






[4474] GS横島 リリカル大作戦 プロローグ Ⅲ 『 魔導書 』
Name: 矢崎 竜樹◆e3cad9d9 ID:3f76fc13
Date: 2009/01/03 10:56

 横島百合子には二つの懸念材料があった。

 一つは息子である横島忠夫。

 馬鹿で手が懸かるが、人としてはマシな部類に入る息子は気が付けば世界の危機に巻き込まれ、ふざけた女に利用され心に深い傷を負った。

 しかし、その懸念も自慢の娘が晴らしてくれた。

 何があったかは知らないし、知ろうとも思わないが、自慢の娘はこちらが手をこまねいている内に息子の心を救ってくれたらしい。 やはり教育の賜物だろう。

 そして、もう一つの懸念材料はその自慢の娘、横島はやてである。

 自身の嘗ての部下であり、自身も彼女も寿退社した後も目を掛けてきた可愛い後輩の遺児。 養子ではあるが、間違いなく自分の娘であるはやては、脚が麻痺していた。 医者も匙を投げるその麻痺の原因を探っていくとどうもオカルト絡みである事が判明した。 著名なGS等に依頼しても原因が昔から娘と共にあった《本》である以外何も判らないままであったが、意外な事に息子が活躍をして根治には至らなかったものの、治療の目処はたった。

 しかし、それよりも自分の第六感を、《村枝の紅ユリ》と呼ばれた自分の六感に警鐘を鳴らす懸念がある。

 ギル・グレアム。 はやての生みの両親の友人と名乗るイギリス人がどうにも気になる。 はやての母親である後輩とは浅くない付き合いを続けてきたつもりだ。 そんな自分が破片も知らない男。 実際にこの目で見た感想は老紳士と言った風体だったが、何か気に入らない。 うちの宿六が浮気を隠そうと必死になっているような様が重なって見えると言うか………とにかく腹の内で何を考えているか判らない男であったように思う。

 そもそもにおいて、はやての面倒を見ると言いながら、養子にするわけでもなくただ財産管理をして生活費だけ出すというやり方は、世の中と子育てを舐めているとしか思えない ── その場でシバキ倒そうと思ったのは秘密だ ── ハッキリしない後輩の親戚達や似非老紳士 ── 舐めた真似をしようとしている男はこれで十分 ── に可愛い後輩の遺児を任せるわけにもいかず、自分の持てる伝と交渉術の全てを出し尽くしてはやてを養子にしたが………それが決定したときのあの似非老紳士の顔は、焦燥を押し隠していた。

 しばらくは警戒していたものの、特にこれという事件も無いので忘れていた存在から、先日連絡があった。 あの《大戦》ではやての身に何か無かったか確認ととってきたのだ。

 怪しい。 怪しすぎる。 あの似非老紳士は、はやてに何らかの利用価値を見出している可能性がある。

 そう、あの女が息子を利用したように、あの似非老紳士も娘を利用しようとしている可能性があるのだ。

 そんなふざけた話しを黙って見ているつもりは無い。 一度は後手に回ったが、二度と私達の大切な子供達を他人の都合で利用させるつもりは無い。

 故に動き出さなければならない。

 あの似非老紳士を徹底的に調べ上げる。

 ただの善意なら良し。

 しかし、違った場合は ── 

 その日、横島百合子は一本の電話を掛けた。

 相手の名はクロサキ。 まだ、百合子の姓が紅井だった頃の優秀な部下。 退職した今も付き合いがある一人である。

「── もしもし、クロサキ君? 今、大丈夫かしら ──」

 そんな穏やかな調子で始まった会話の内容は、当人達以外には知る由も無かった。

 ただ、判る事は一つ。 かつて、《村枝の紅ユリ》と呼ばれたスーパーOLが、引退した今も政財界に強力な影響力を持つ女傑が、我が子達を守るために動き出したという事実だけだ。



  GS横島 リリカル大作戦 プロローグ Ⅲ 『 魔導書 』



 横島はやては現代医学では治療不可能な麻痺を抱えている。

 最初は足の指先、それが徐々に広がり、現在では脚を動かすことが不可能になっている。

 この症状を診察した某病院の医師は相変わらず取り乱し、笑気ガスを吸って落ち着こうとしたがかなりどうでもいいことだ。

 はやての麻痺の原因は《霊障》である。

 《霊障》とは ── 

 オカルト関連の道具、現象により起こされる障害で、軽いものであるならば少々の運気の低下等で済んでしまうが、重いものになると命に関わるどころか、一族、来世等にまで影響するものがある。

 因みに、横島の後輩である花戸小鳩の家に取り付いている貧こと、貧乏神 ── 現在は福の神だが ── が長年一族に齎して来た運気の低下はわりと重いほうに分類される霊障である。 一族を《殺す》霊障ではなく《不運》にする霊障だったので直接的に命にこそ関わらなかったが、長年一つの一族に貧乏神が取り付くなど早々あることではない。

 そして、はやての霊障であるがこれは重いほうに分類される。 何しろ、このまま霊障が進行すれば確実に命を落とすだけではなく、霊基構造すらも傷つき最悪の場合は転生すらも不可能になる可能性が高いのである。

 この霊障を齎しているのが、気が付けばはやてと共にあった《本》であった。

 鎖で厳重に封印され、様々な霊視をもってしても中を窺い知ることの出来ない《本》は正体こそ不明だが、それが何をしているかという事については比較的早い段階で判明していた。

 オカルトパワーの略奪。 これこそ、《本》がはやてに齎している行為であり、霊障の原因でもある。

 はやてと《本》の間には、式神と式神使いの間に結ばれているようなラインが存在した。 《本》はこのラインを通してはやてのオカルトパワーを略奪し、その略奪行為により経絡 ── オカルトパワーの通り道 ── やチャクラ ── オカルトパワーの発生源 ── が傷つき、それが癒されることがないので霊的な面だけではなく肉体的な面まで影響を及ぼしているのだ。

 そして、経絡やチャクラは霊基構造に綿密に関係している。 今現在は致命的な影響はないものの何れは、霊基構造を深く傷つけ《大戦》中に横島がベスパの妖毒により齎された症状、魂の死が訪れる可能性がある。 もっとも、はやての命がそれまで続けばであるが………

 ならば、はやての霊障を取り除くにはそのラインを切断すればいいのだが、《本》の正体が不明である為何が起こるかわからず、下手にラインを切断できないのだ。

 それでなくてもラインの切断にはフィードバックが伴う。

 はやてと《本》の間に結ばれているラインは強固にはやてに絡みつき、そのフィードバックもかなり強力になることが予想されていて、結局誰も手が出せなかったのだ。

 《本》とのラインを切断できず、オカルトパワーは略奪され続け、日に日に経絡やチャクラの傷は増えていく。

 そんな八方塞の状態を打開したのが、《ヨーロッパの魔王》こと、嘗ての生きる伝説である大錬金術師、現在の大ボケ錬金術師ドクター・カオスである。

 妙神山での修行により《文珠》の生成という、有史以来片手で数えることしか出来ないほどの能力を得た横島はふとした時に、カオスを《若》《返》らせ、全盛期のカオスによるはやての診察及び治療を思いついた。

 物は試しとカオスに話を持ちかけると、正体不明の《本》に興味を持ったカオスは《本》の研究とうまくいった時の報酬を条件にそれを承諾。 すぐさま《文珠》により《若》《返 》り診察を開始した。

 診察ではやての状態を確認したカオスは、傷ついた経絡やチャクラを癒すための霊薬を自身の知識と《現代の魔女》と呼ばれる魔鈴めぐみの協力により作成、その霊薬の定期的な投薬によりはやての傷ついた経絡やチャクラを治療し、《文珠》を使用した強力なオカルトアイテムを作成することにより、ラインを切断する事無く弱体化させることに成功し、はやての霊障の進行を停滞させた。

 これに喜んだのは、はやて本人や横島以上に、その両親、大樹と百合子であった。

 息子としては大事であるものの、可愛いということからはかけ離れている横島よりも、整った顔立ちで可愛らしい大事な娘であるはやては横島夫妻に(表面上は)横島よりも愛を注いでいた。

 そんな可愛い一人娘の人生や命を脅かしていた霊障が停滞したことに大変喜んだ両親は、カオスに多額の報酬を払い、同時に、今後のはやての診察と治療も依頼した。

 これに狂喜乱舞したのはカオスと、カオスの住むアパートの大家である。 不謹慎とは分かっていてもカオスは家賃滞納でお仕置きされることもなく、また、大家も大量に滞納された家賃を払ってもらったのだから、二人ともすごい喜びようだった ── あの凄過ぎる両親が軽く引くぐらい。

 早速はやての主治医として活動を開始したカオスの行ったことは、自身のボケの治療であった。

 肉体的なことはともかく、健忘症や痴呆症等の治療をしないことにはとてもではないが主治医をしていられないからである。

 ここで活躍したのが横島である。 まず、カオスを《文珠》を用いて《若》《返》りさせ、さらに、それを《維》《持》させる。 その間にカオスが自身に処置を施そうとしたのだが、霊薬作成において足りない材料がいくつか出てきた。 中世ヨーロッパでは簡単ではないものの入手できたそれらの材料は現在では入手が酷く困難だった。 それを聞いた横島は妙神山へと駆け込み、斉天大聖や小龍姫、ワルキューレやジークフリートといった神魔族の面々に、鍛え抜かれた見事な土下座を敢行し事情を話して材料入手を頼み込んだ。 材料が神界や魔界では比較的簡単に手に入る物だったことと、《大戦》終結の立役者からの頼みということもあり、それらの材料はすぐに集められカオスの元へと送られた。

 結果、肉体的には若返ってはいないものの、畏怖を込めて《ヨーロッパの魔王》と呼ばれた生きる伝説偉大なる大錬金術師ドクター・カオスが復活した。

 実に凄まじきは、カオスの技術と横島の人脈である。

 なお、その事実を知った某オカルトアイテム専門店店主が欲に目を眩ませ、横島に様々な物資の入手を頼み込んだが素気無く断られたのは激しくどうでもいいことである。



 その日、横島家には横島、はやて、カオスそして、カオスの娘にして最高傑作たる人造人間のマリアの四人が集まっていた。

 大樹と百合子は状況が落ち着いたこともあり、既にナルニアへ渡っていて既に家にはおらず、はやての診察が終了した面々はマリアの淹れたお茶を飲みながらまったりしていた。

 そんなまったりしていたカオスに話を切り出したのは横島だった。

 横島曰く、「はやての霊障の根治は出来ないのか?」という問いに、カオスは難しい顔をしながら緑茶(お客様用の上物)を一口啜り、口を湿らすと語りだした。

「不可能ではないの。 やろうと思えば今からでも出来る。 じゃが、その処置をしてしまえば別の霊障をはやて嬢ちゃんが患ってしまう公算が高いことは小僧が知っている通りじゃ」

 カオスの答えに横島は唸りながら頭を掻く。

「いや、それはわかっとるんだけどよ。 千年ボケの爺さんならともかく、今の爺さんならそれもどうにか出来るんじゃないのか?」

 疑っているわけではないが、カオスが敢えて処置をしていないと横島はそう感じていた。 それに、ホンの少し、極々僅かだが安定した収入先を確保するため敢えて処置をしていない可能性も感じていた。

 ちなみに、「千年ボケ言うな!」というカオスの主張は、はやて、マリアを含めて全員でスルーである。

「まぁ、小僧が疑うのも分からんでもないが………危険がまったく無い訳でもないからの。 早々冒険は出来ん」

「ん? せやったらカオスお爺ちゃん。 冒険すればどうにかなるん、私の脚?」

 カオスの答えに聞き逃せない部分があったはやてが口を開く。 はやてとしては大博打はお断りではあるが、自分の足が根治するのなら少々の冒険は望むところである。

「む………まぁ、確実ではないが手段は無くは無い」

 お茶を濁すような発言と共に、カオスは再び緑茶で口を湿らす。

「そもそもにおいてじゃ、一番の問題はこの《本》なのじゃ」

 カオスの言葉に、一同の視線はテーブルの上に置かれた《本》に集まる。

「この、正体不明の《本》が何であるか、どういう物なのか、それが分からんから安全な処置が出来ん。 裏を返せば安全性を無視すれば処置は可能ということじゃ。 ここまではいいな?」

 横島とはやては視線を本に向けたまま頷く。 マリアは静かのカオスの後方に立ち成り行きを見守っている。

「さらにじゃ、この《本》は人一人から略奪するには随分と大き過ぎるオカルトパワーを略奪しておる。 まぁ、そこも、危険と判断する材料の一つなんじゃが………とにかく、この《本》はワシに言わせてもらえればちょっとした火薬庫 ── 否、地雷原のようなものじゃ」

「つーことは何か? 安全性を無視して処置をしたとしてもちょっとでもミスれば ──」

「どっかんちゅうことかいな ── 大丈夫なん、コレ?」

 どこか引きつった表情で二人は《本》を見る。 心なしか禍々しさに磨きがかかった様に見えるのはきっと気のせいだと思いたいと横島は思う。

「コレだけ略奪して大した反応が無いところを見るとそこまで警戒することも無いかもしれんが………まぁ、警戒しておいて損はあらんじゃろうて。 それにのう ──」

 ちらりと、カオスの視線がはやてに向く。 それに気付いたはやてが首を傾げる。

「私がどうかしたん?」

「うむ………いつか話そうとは思ってはいたんじゃがな、はやて嬢ちゃんから略奪されているオカルトパワーは霊力ではない。よく似ておるから間違えもするじゃろうが、確実に別物じゃな」

「「は?」」

 呆然と目を見開く横島とはやて。 そんな二人を眺めながらカオスは話を続ける。

「そもそもにおいてじゃ、何故人間は霊力を持つのか、何故妖怪は妖力を持つのか、何故魔族は魔力を持つのか、何故神族は神力を持つのか、小僧知っておるか?」

「いや、知らんぞ。 人間だから、妖怪だから、魔族だから、神族だからとちゃうのか?」

 即答だった。 あまりにも早い即答だった。 その、全然考えてませんという発言にはやては苦笑する。

「や、アンちゃん。 それはアカンやろ、見習いGS的に」

「そうでもないわい。 何せそれが正解だからの」

「「は?」」

 再び呆然となる横島とはやて。 特に発言者の癖に驚いている横島は滑稽だ。

 くっくっとのどを鳴らして笑うかオスは思う。 知識も経験もすっ飛ばして直感のみで答えを導く。 コレが所謂《天才》が往々として見せる才能《ひらめき》だと気付かず、また、周囲も気付けないのはある意味才能の無駄遣いだと。

 もっとも、気付いているカオスは教えるつもりはない。 何故なら面白くないからだ。 それに気付いた横島など詰らない。 天性の道化であるからこその才能。 無駄遣いしてなんぼの才能。 カオスは横島こういったの才能をそう位置づけしているからだ。

 閑話休題

「よいか、そもそもにおいて生物から発生するオカルトパワーは、魂を元にチャクラが練り上げ経絡を通り発生される。 そして、魂とは先ほど挙げた四つの種族に他の種族を含めても本質的には同じなのじゃ。 正邪、強弱等の違いはあるがの」

「「ほ~」」

 ふとマリアは思う。 なんとなくカオスが楽しそうだと。 自身の知識を開陳するのは学者として楽しいのだろうと、まるで授業の様相を見せ始めた三人を静かに眺めながら。

「ん? てことは何か、チャクラや経絡がなんか違うから別々のオカルトパワーになるのか?」

「その通りじゃ小僧。 前述した四つの種族はチャクラや経絡が別物なのじゃ。 やったことはないがの、心霊医療で妖怪のチャクラや経絡を人間のそれと交換できれば人間が妖力を発揮することが出来る筈じゃ。 また、混血のもの達が両親から受け継いだ其々のオカルトパワーを使えるのは、経絡やチャクラが二つの力を使用できるよう遺伝的になっているからじゃ。 それにの、オカルトパワーに全てマイトという単位が用いられている理由も性質や基本的な強弱の違いはあれ大元は同じ力の為じゃ」

「んーーーーーせやったら、私って人間じゃないちゅうことなん?」

 あっけらかんとして問いかけるはやて。 あの兄にしてこの義妹あり。 自身が人間では無いかも知れないという事にたいしての不安は見られない。

 事実はやてにとって、自身が人間だろうと別の何かであろうと結構どうでもいい事だ。 伊達や酔狂で魔族の姉妹が要る訳ではないのである。

「くくくっ、ここからが面白いことなんじゃがの。 結論から言えばはやて嬢ちゃん、お主は人間じゃ。 まぁ、ある意味亜種とも言えん事は無いかもしれんがの」

 低く笑うカオスに「「マッドだ(や)」」と呟く二人。 ぶっちゃけ、身長が二メートル近くある洋装の老人が緑茶片手に低く笑う姿はユーモラスである前に酷く不気味である。

「チャクラも経絡も紛れもなく人間と同じものでありながら、はやて嬢ちゃんが外に放出するオカルトパワーは霊力に似た別のものになる。 気付いたときには驚いたもんじゃ。 ワシも随分長いこと生きとるがこんなことは初めてじゃからな」

「おい、爺さん。 それじゃ、さっきの説明と違うぞ。 チャクラと経絡が違うから他のオカルトパワーになるんだろ?」

 怪訝そうな横島に、「そのとうりじゃな」と答えるカオス。だが「しかしな ──」と続きを語り始める。

「もし、もしもじゃ、チャクラや経絡以外の霊的器官があったとしたら? そこを通るが故に霊力が変質するとしたらどうじゃ?」

「その流れからするとあるん? 私には?」

「そう、その通りじゃ!」

 唐突にカオスは立ち上がり腕を広げる。 カオスの突然の奇行に、横島兄妹は揃ってびくりと引いた。 内心『すわっ! ボケの再発か!?』と思ったのは二人の大したこと無い秘密である。

「はやて嬢ちゃんにはあるんじゃよ! チャクラや経絡ではない別の霊的器官が! そして、発生するのじゃ! 霊力でも、妖力でも、魔力でも、神力でもないオカルトパワーが! ワシは発見者としてこのオカルトパワーを霊力の亜種《魔法力》と名付ける!」

 ヒートアップするカオスのそれは演説だ。 それが、マンションの一室であろうと、拝聴しているのが煩悩少年と関西弁少女だけだろうと、拝聴している二人が限りなく引いていても、カオス的には演説だった。

 そして、脱線し、ヒートアップして演説する老錬金術師を止めるのは、鋼の乙女、何気に常識人なマリアである。

「ドクターカオス、近所・迷惑です」

「ぬぅ」

 冷静な突っ込みにカオスは唸ってソファーに座り直す。 「拍手ぐらいしてくれてもいいじゃろうに」等とぼやいているところを見ると実は褒め称えて欲しかったらしい。

「軌道・修正を・お願いします」

「むぅ。 まぁよい。 兎に角じゃ、はやて嬢ちゃんから略奪されておるのは霊力ではなく、魔法力なのじゃ」

「何か、爺さんの演説に引いてて忘れてたけど、それが何か問題あるのか? 略奪して溜め込んどるのが霊力だろうと、その魔法力?だろうとあんまり関係ないんじゃないのか?」

 横島のもっともな疑問に、カオスは演説して渇いた口をお茶で湿らせて眉を顰める。

 何か重大な問題があるのかと、横島兄妹は身を乗り出す。

「マリアや、茶が冷めてしもうとる。 淹れ直して来てくれ」

「── イエス・ドクターカオス」

 だぁっ、と綺麗にこけた二人を尻目に、マリアは淡々と緑茶を淹れなおす為に台所に向かった。



 普段から耐性があるためか、早々に復活した横島兄妹もマリアに緑茶の淹れなおしをお願いし、淹れ直された湯気の立つ緑茶が三人の前に静かに置かれる。

「さて、略奪しているのが魔法力である事にたいする問題点じゃが、ワシは言ったな? 『長いこと生きてきたがこんなこと初めてじゃ』と。 そう、初めてなんじゃよこのオカルトパワー《魔法力》を観測するのはのぅ。 千年以上生き、様々なオカルト技術や呪術等に触れてきたわしがのぅ。 これから考えられる幾つかある」

 淹れたての熱いお茶で口を湿らせ間を作るカオス。 律儀にも横島兄妹は再び身を乗り出す。

「茶が ──」

「ノー・ドクターカオス。 同じ・ボケは・要りません」

 ボケ倒す老錬金術師を見る三対の瞳はどこまでも冷たい。 「老人はもう少し労わらんか………」というぼやきも全力スルーである。

「おほん、でじゃ、可能性のまず一つ、純粋にワシが見つけられなかったということ。 まぁ、コレは無いじゃろう。 ワシが見つけられずとも、他の誰かが見つけていてもおかしくないしの。 似ているがあくまで別の力じゃからな」

「二つ目、観測はされていたが隠匿されていた場合。 じゃが、コレもない。 千年生きていて話にも聞かんということはあるまい。 念のためマリアにも確認したがマリアも記憶にないからの」

「そして、三つ目じゃが、何らかの要因で近年発現した場合。 ワシはコレが怪しいとおもっとる。 世界的に観測せんとなんとも言えんが、コレが一番ありえる可能性じゃろうな」

 三つの可能性を開陳したカオスは、緑茶を一口飲むとお茶請けの羊羹を一切れ口に入れる。

「じゃが、そうすると分からんことが出てくる。 この《本》じゃ。 調べてみたんじゃがコレは結構年季の入ったものじゃ。 とてもではないが近年の作品とは思えん。 また、コレはかなり完成度の高いものと予想される。 これほどの完成度を誇る《本》がまったくの無名というのもありえん話じゃ」

「意外に異世界のモンだったり」

 ぽつり、と零した横島の科白に室内は静まり返った。 はやては呆れたように、マリアは冷たく(実は普段と変わりない。ただ単に横島は後ろめたいからそう見えただけ)横島を見つめる。 しかし、カオスは我が意を得たりとばかりににやりと笑った。

「あ、あれ?」

「もしかして、もしかするん?」

 そのリアクションに二人は唖然としている。 そんな二人を尻目にカオスの持論の開陳は続く。

「まぁ、ありえん話ではないわな。 そもそも、コレが異世界からこの世界に来たことが原因で魔法力が発生した可能性もある訳じゃし」

「おいおい ──」

「なんや、話が大きなってきたなぁ」

 どこか楽しそうなカオス。 呆れる横島。 呆然とするはやて。 マリアは静かにそんな三人を見つめる。

「そう、《本》に対して一番の懸念は、この《本》が異世界の物である可能性じゃ。 さすがのワシも異世界の物を何の資料もなしでは手が出せん。 ワシがコレを地雷原と表現したのもそのせいじゃ」

 持論の開陳が終わったカオスは静かに緑茶を啜る。 横島とはやては疲れたといわんばかりに深くソファーに身を預けた。

 カオスが如何に天才であれ、観測されたこともないオカルトパワーを略奪し、何をするのかも分からない、異世界の物である可能性があるオカルトアイテムは早々に弄くれない。 何せ何が起こるか分からないのだから。 まさにどこに地雷が埋まっているか分からない地雷原である。 しかも、性質の悪いことに地雷探知機は存在していないのだ。

「つまりだ。 爺さんの言う安全性の無視ってのは、明らかにヤバ気な《本》を無視してラインを切るなり、《本》を消滅させちまうって事か」

「後一つは強制的に覚醒させてしまうといったところかのう。 小僧の《文珠》なら、不可能ではない。 まぁ、コレだけ厳重な封印がしてあるんじゃから何らかのリアクションはあるはずじゃ」

 疲れたように呟く横島の言葉に、カオスが補足する。 確かにそれらは冒険だ。 早々出来るものではない。 そう、早々出来るものではないのだが………

「── 覚醒させてみぃへん?」

 ぽつり、とはやてが呟く。

 その呟きに怪訝そうな顔をして横島とカオスは顔を見合わせ、視線をはやてに向ける。

「私の勘なんやけどね。 コレ、そこまで危ないものやないと思うんよ」

 横島は視線をはやてからカオスに移す。 正直な話、判断が出来ないからだ。 視線の意味を正しく理解したカオスは考え始める。

 その間もはやては語り続ける。

「それにな、アンちゃんの《文珠》なら、《覚》《醒》させた後、危険やったら《再》《封》《印》なり、《封》《印》出来るわけやし」

「む、何気に頼りにされとる?」

「そらするわ、アンちゃんやもの。 それに、ルシオラさんも言うとったけど期待されればどうにかするんがアンちゃんやろ? こんな将来楽しみな美少女が期待しとるんやからどうにかできるやろ?」

 クスクス笑うはやてに、横島は黙り込む。 正直そんなに期待されても困るという気持ちが半分、期待してくれるならがんばってみるかという気持ちが半分である。

 カオスはそのはやての科白に、ふむ、と頷いて横島を見る。

「この処置は正直小僧頼みじゃ。 ワシは賭けてみるのも面白いと思うがどうする?」

「面白いて爺さん………あー、マリアはどう思う?」

 にやり、と本気で楽しそうに笑うカオスからその後ろに立つマリアに視線を移す。

「── 類似状況で・横島さん・が・成功させる可能性・は高いです。 マリアは・はやてさんが・問題・ないなら・賛成です」

 少し間を老いてマリアが答えた。 コレで横島以外は賛成したことになる。

 横島は考える。 正直、正直に言ってしまえば一瞬ルシオラの顔が頭に浮かんだ。 眼前に直接的な世界の破滅はなくとも、状況は《大戦》の時に似ていた。

 あの時は、ルシオラとの約束を守る為、そして、家で待つはやてを守る為、決断を下した。 後悔は終わってからだと思い本当に後悔した。

 でも、間違ったとは思っていない。 何故なら、あの決断をしなければきっとルシオラは笑ってくれなかったから。

 ルシオラを取って世界を見捨てれば、ルシオラはきっと泣いた。 怒った。 そして、どんなに悲しくても自分の為に全てを許してくれた ── そう思う。

 だから、今回も ── はやての笑顔の為に決断しよう。 結果に後悔しても、間違っていないと思える決断をしよう。

 何しろ自分は ── 

「しゃーない。 ワイは美女と美少女の味方やからな。 はやての為に頑張ってみますか」


 この日、一つの決断が関係者の間で決まった。 結果はまだ分からない ── 






[4474] GS横島 リリカル大作戦  プロローグ Ⅳ 『 終わりと始まり 』
Name: 矢崎 竜樹◆e3cad9d9 ID:4795a84e
Date: 2009/01/03 11:56
 もう一年近く経ったあの日。

 アタシらは目覚めた。

 正直、アタシは主を好きになったことはあまり無いんだけど、はやては大好きだ。

 はやてはアタシらを物扱いしたりせずに《家族》といってくれる。 

 そして、信じられないことにその日のうちに戸籍まで用意してくれた。 どーやったらこんなに早く用意できるんだよ、ってその時は思ったけど、今は考えない。 そーいうもんだって考えないとやってけないぐらい家の《家族》は色々と出鱈目だから。

 はやてはアタシらの主だけど、アタシのおねーちゃんでもある。 アタシの方が年上なんだけど甘えられるから別にいいやと思う。 優しくてギガ旨い飯を作ってくれるし。 怒ると怖ぇけど。

 百合子かーちゃんははやてとアタシらのかーちゃん。 血はつながって無いって言うけど嘘じゃないかと思うほど時々はやてとそっくりだ。 あれ、はやてが似てるのか?  まぁ、いいや。 優しいしギガ旨い飯作ってくれるし。 やっぱり怒ると怖ぇけど。

 大樹とーちゃんははやてとアタシらのとーちゃん。 すっげー女好きで、始めてあった時は速攻でナンパしだして、速攻でかーちゃんに血の海に沈められた。 非殺傷設定でもないのに何であそこまでされて生きてるかな? ちなみにナンパされたのはアタシじゃない。 アタシの方が年上なのに………

 そして、忠夫にーちゃん。アタシとはやてのにーちゃんで、他三人の弟。 とーちゃん並の女好きで、始めてあった時のことは今でも忘れられない。 普通ならトラウマもんだと思う。 色々と凄い一家の中で一番非常識なのは多分にーちゃんだと思う。

 あの日から一年近く経った今でもあの日のことは忘れられない。

 あの日、アタシらは《闇の書》から覚醒した。

 いつもと違って突然放り出されたような感覚に呆然と戸惑っていたアタシの体に影が差したのは、覚醒したと認識してから直ぐだった。 多分一秒とか経ってないかもしれない。 

 自分に指した影に驚いて頭上を見上げたアタシの眼にしたものは、パンツ一丁で掌と足の裏をぴったり合わせて跳躍していた男 ── にーちゃんだった。

「生まれる前かr ── うぼらっ!!」

「ロック・オン。 マリア・狙い・撃ちます」

 次に見たのがワイヤーにつながって飛んできた腕。 その腕は正確ににーちゃんの頭を撃ち抜いて、にーちゃんを壁にたたきつけた ── と思ったんだけど………

「なんとー!」

 何か叫んだと思ったら、壁に四肢を付いて、叩き付けられた反動を利用してまたこっちに飛び掛ってきた。 こー、放物線を描いて。

「ワイかて成長しとるんじゃー!!!」

「そない成長はイランわー!!!!」

 でも、放物線が頂点に達した時、はやてが投擲したハリセン ── あたしの見間違えじゃなきゃ、鈍く輝く鉄製 ── の柄が顎をかち上げて、そのまま天井ににーちゃんを叩き付けた。

 アタシらは自慢じゃねぇけど、実戦経験は豊富で突発的な自体でもそれなりに対応できると自負してる。

 そんなアタシらがまったく反応できずに行われた訳分からない攻防戦は、天井に叩きつけられたにーちゃんが落ちてきたところを狙い済ました拳 ── マリアのロケットアームがにーちゃんの鳩尾を抉って終わった。

 呆然と佇むアタシらを無視して、はやてとマリアの二人はにーちゃんに説教を始め、にーちゃんはやたら堂に入った土下座で米搗きバッタ?見たいにヘコヘコ謝ってた。 アタシ米搗きバッタ見たことねぇけど。

 コレが一年ぐらい前のあの日。

 アタシらと横島家の出会いってヤツだ。

 うわぁ、今思い出してもすげー非常識。 ありえねぇよこんな出会い。 印象には残るけど。

 まぁ、兎に角、あの日アタシらは《闇の書》から覚醒した。 色々と非常識な覚醒だったけど。

 ── でも、アタシは感謝してる。

 この出会いが無かったらアタシらは変われなかった。 知れなかった。 進めなかった。

 ん? アタシの名前?

 よし、しっかり聞いとけ。

 アタシの名前はヴィータ。 横島ヴィータ。

 横島家の末っ子で、《闇の書》の守護騎士《ヴォルケンリッター》の一角《鉄槌の騎士》。

 相棒は《鉄(くろがね)の伯爵》グラーフアイゼン。




 GS横島 リリカル大作戦  プロローグ Ⅳ 『 終わりと始まり 』



 
 《大戦》から一年以上過ぎたこの日、横島忠夫は高校を卒業した。

 この一年という時間の中でも、横島はトラブルに愛され続けた。

 《ひのめ暴走事件》《白面金毛九尾の大妖狐事件》《お子様人狼居候事件》《デジャブーランド事件》等様々な事件があったが、その中でも一番の事件は、《闇の書覚醒事件》と関係者の間で呼ばれる事件だ。

 事件の発端は、はやての霊障の原因である《本》を《文珠》で《覚》《醒》させる事により、《本》の謎を探りはやての霊障の根治を試みた事にある。

 《覚》《醒》の《文殊》の使用により光を発した《本》は溜め込んでいた魔法力(カオス命名)と、横島の《文珠》の霊力を使って、四人の男女を召還 ── 否、誕生させた。

 一人は、ピンクにも見える薄い紅色の髪をポニーテールした女性。

 一人は、赤い髪を二房の三つ編みにしたまだ幼さを感じさせる少女。

 一人は、金髪を肩の辺りでそろえている女性。

 一人は、先が白く染まった紺色のイヌ科の尻尾と耳がある褐色の鍛え抜かれた体の男性。

 突然現れた四人に、はやてはもちろん、流石に非常識に慣れているカオスやマリアも唖然としたが、さらに非常識な男がその場に居た。

 横島である。

 ここで一つ先に述べなかった事に触れよう。

 《四人の服装》である。

 横島にとってイヌ科の尻尾と耳を生やした男と、赤い髪の少女は眼中に無かったであろうが、四人全員に共通してきていたのは《体のラインが良く判る黒いインナーウェア》であったのだ。 そう、《体のラインが良く判る黒いインナーウェア》である。 重要なので二度述べました。

 そして、ポニーテールの女性と金髪の女性は、普通に美女だった。

 さらに、スタイルも良かった。 《おっぱいソムリエ》を自称するはやてが思わず身を乗り出す程。

 これに暴走しない横島ではない。

 周囲が混乱しているうちに、その無駄に鍛え抜かれた眼力(スカウター)は二人のスリーサイズ正確に計測 ── ここで0.2秒経過。 一人0.1秒の計算である。

 スリーサイズ、身長、顔付き、骨格、肌の色艶や張りから、年齢を予測しストライクゾーンであることを確認 ── ここで0.4秒経過。 やはり、一人0.1秒の計算である。

 幼女と野郎に飛び掛るわけには行かないので射出角度、並びに、射出速度を計測。 シュミレーション終了 ── ここで0.6秒経過。

 周囲を視線だけで見渡し、自身が注目されていないことを確認 ── ここで0.7秒経過。

 脳内会議にて、今まで得た情報を元に議論。 満場一致でGoサイン ── ここで0.8秒経過。

 そして、放たれる男達 ── 否、漢達の《〇い幻想(〇ーブルファンタズム)》。 《放物線描く大怪盗の飛翔(ル〇ン・ダイ〇)》 ── 全工程終了時間0.9秒。

 突然の事で茫然自失の周囲を他所に、一秒に満たない間、誰もが動けない刹那の時間を完璧に使い切り、横島は行動した。

 どういう原理か本人も理解していないが、空中で衣服を脱ぎ ── 脱いだ後の衣服が綺麗に畳まれていた ── 両手の掌と両足の裏をピッタリとくっ付けて、放物線を描き飛翔した。

 だらしなく歪んだ顔と、荒い鼻息にはっきりと引き攣る二人の女性の顔。

 突然の横島の奇行に、唖然とした顔で横島を見る少女と男性。

 そして、ツッコミ魂が着火(イグニッション)し、すぐさま得物を構える義妹と鋼鉄の乙女。

 結果、珍しく足掻くものの見事に撃墜され、二人がかりで説教を貰い、御決まりの「堪忍やー!! 仕方なかったんやー!!」の言い訳と共にヘコヘコ土下座する横島と、そんなの何時もの事とスルーして、興味深そうに四人を見るカオス。 突然の騒動に呆然とする四人の男女という、なんとも混沌とした空間が作り出された。

 どうにか収拾がつき、互いに自己紹介をした二組、八人の男女は、やっと現状が理解できた。

 そして、《本》について幾つかの事実が判明した。

 《本》の正体が、《闇の書》と呼ばれる異世界 ── 曰く他の次元世界 ── の古代の遺産 ── 曰くロストロギア ── であったこと。

 《闇の書》から現れた四人の男女は《闇の書》とその主を守るプログラム、異世界の魔法を使う戦士、守護騎士《ヴォルケンリッター》であること。

 《闇の書》とはカオスがその存在を推測したチャクラ、経絡以外の霊的器官《リンカーコア》を吸収することでページが埋まっていき、六六六頁の全ての頁が埋まると主に絶大な力をもたらす事。

 主に重要なことはこの三つであった。

 特に、三つ目にカオスは注目し、はやての魔法力が《闇の書》に略奪され続けていたのは、リンカーコアの吸収行為 ── 蒐集というらしい ── を全く行っていなかった為、《闇の書》が《覚醒》に必要なエネルギーを完全にはやてに頼っていた事が原因と推測した。

 その推測を聞いてはやてと横島が「封印してあるモンでどないせっちゅうんや」と異口同音に突っ込み、カオスも「微妙にいい加減じゃのぅ」と呆れていた。

 さて、互いに情報交換を進めてきた一同であったが、これから四人はどうするかということになった。

 自分達はプログラムだから気にしないで良いと言う、ポニーテールの女性 ── ヴォルケンリッターの将・剣の騎士シグナムに、はやては「そんなことは関係あらへん」と反論。

 さらに、「わたしを守ってくれるっていうんやったら、今日から四人はわたしの家族や」と発言し、ヴォルケンリッターたちを困惑させる。

 個別に自我を有していてもプログラムである彼女らは、今までの主に《人》ではなく《道具》として扱われてきたので、新たなる主であるはやての発言には正直どう対応して良いか判らなかった。

 四人が困惑しているうちに話はトントン拍子で進む。

 美女・美少女の味方を公言する横島としては、寧ろ、シグナムや金髪の女性 ── 湖の騎士シャマルが家族になるのに反対はないどころか、諸手を挙げて賛成である。

 カオスやマリアは「横島家で決めるべき事」とノータッチを貫いている。

 そして、兄が賛成したことに気を良くしたはやては、善は急げとナルニアに居る両親へと国際電話をかけ、事情を説明。

 はやての説明に、まだ見ぬ四人は(一応)信用に足ると判断した百合子は、滅多に頼み事をしない娘のお願いに答えるため精力的に活動した。

 具体的に何をしたかは不明だが、四人の戸籍はその日の内に作成され、四人は正式に横島夫妻との間に養子縁組が行われ、夫妻の養子となった。

 長男 ── イヌ科の尻尾と耳を持つ男性 ── 盾の守護獣ザフィーラこと、横島ザフィーラ。

 長女 ── 横島シャマル。

 次女 ── 横島シグナム。

 次男 ── 横島忠夫。

 三女 ── 横島はやて。

 四女 ── 赤毛の少女 ── 鉄槌の騎士ヴィータこと、横島ヴィータ。

 新生横島家誕生の瞬間であった。 流石にパピリオ達は戸籍を作れなかったのでここには入っていないが、横島家的には満場一致で彼女達も家族として迎え入れている。

 なし崩し的に決定していく事柄に、困惑と戸惑いでイッパイイッパイなヴォルケンリッター達は言葉を挟めず、ただ成り行きを見守るしかなかった。

 ── 因みに、長男となったザフィーラは自身がペット扱いされなかったことに、平行世界から電波でも受信したのかほんのり嬉しそうだった。 具体的にはしっぽフリフリ。


 そんなこんなで新しい《家族》を迎えた横島家は騒がしくも、穏やかな日常を過ごしていく。


 そして、はやての周囲の状況が動き出したのを同じくして、横島も自身の将来を見据え行動を開始した。

 
 横島はGS見習いである、

 しかし、素人のまま成長を続け、妙神山修行場の最難関修行コースすら修めてしまった横島は、全くといって基礎を知らなかった。

 冗談抜きに基礎を知らない横島は霊力を意識的に練る事すら出来ないのだ。

 そんな横島が霊能力の基礎を収めるために選んだのが、《成長に伸び悩んだ完成された霊能力者》達の修行場、妙神山修行場であった。

 相談に訪れた横島に、管理人である竜神して武神・小龍姫、居候的立場のパピリオ、最高責任者のハヌマンこと、斉天大聖又は闘戦勝仏・孫悟空は、盛大に横島とその周囲のGS達に呆れ、そんな状態でアシュタロス達との戦いで生き抜いた横島の才能に興味を抱き、本来はすることの無い基礎の修練を認めた。

 さらに、GSとしての知識不足を、雇い主である美神令子や、その師である唐巣神父、はやての主治医であるドクターカオス、その他知り合いのGS達の協力を得て蓄え始める。 もっとも、美神から得る知識は基本的に実践 ── 仕事中が主であったが。

 こうして、一人前のGSを目指し横島は動き出した。

 平日は極力授業を受け、一般常識等の知識不足を補い、放課後はGSとして必要な経営や手続き、オカルト知識を蓄え、ヴォルケンリッター達の協力の下戦闘訓練に励み、休日は妙神山修行場で霊能力や戦闘術の基礎鍛錬を続け、実力の底上げを図った。

 結果、一年と言うある意味短期間で、横島忠夫はある程度完成した ── 少なくともGSとして活動できるだけの霊能力者としての実力を得た。 これには彼に協力した面々も呆れていた。 横島は本当に今までしてこなかった《基礎》を修めただけだというのに、実力が一段、二段は上に上がったのだ。

 横島は事ある毎に自分が『鷹の両親から生まれた鳶』だの『両親の悪性遺伝子だけ受け継いだ』だの発言するが、彼の才能が非凡であることが周囲に認められた瞬間でもあった。


 そうして卒業を迎えた今日、横島は一つの決意を胸に美神除霊事務所へと向かった。


『いらっしゃい、横島さん。 それと、ご卒業おめでとうございます』

「おう、ありがとな人工幽霊壱号。 元気か?」

『ええ、調子は良好です。 美神所長達は中でお待ちですよ』

 玄関で美神の事務所兼自宅である、渋鯖人工幽霊壱号と挨拶を済ませて横島は美神達の元へと向かう。 

 服装はまだ学生服のままであり、高校の卒業式を終えてその足で事務所へとやってきたのだ。

「おはよーございまーす」

「「ご卒業おめでとうございます!(でござる!)」」

 扉を開けた横島を迎えたのは、美神除霊事務所の所員であり、除霊助手、そして、居候である氷室キヌこと、おキヌちゃんと、横島の弟子を自負する人狼族の少女犬塚シロの元気な声と、クラッカーの発砲音だった。

 予想もしない歓迎に横島は目を見開き、キヌとシロは嬉しそうに驚いて立ち止まっている横島を室内へと引き込む。

 室内には、白面金毛九尾の大妖狐の転生体タマモと、所長である美神令子の姿もあった。

 二人はどこか興味なさ気にクラッカーを持っていることから、キヌとシロが二人に半ば無理やりクラッカーを持たせたらしい。

 その証拠に、驚いている横島が二人に視線を向けると、一様に興味ありませんといったどこかお座成りな態度で祝いの言葉をかけてくれた。 もっとも、どこか気恥ずかしげに少々頬を赤らめているところを見ると、『ナイスツンデレ!』と言いたくなってしまうが。

「── いや~、まさかこんな風に歓迎されると思わなかったっすよ、美神さん」

「あんたねぇ、私がこんな事しようって言うわけ無いでしょ? おキヌちゃんとシロに感謝なさい」

「ホントよ。 メンドクサイわね」

 見るからにやる気の無いようにしているくせに、きちんとタイミングを合わせてクラッカーを鳴らしたツンデレな二人である。

「もう、二人とも。 折角おめでたいことなんですからしっかりとお祝いしてあげてくださいよ」

「そうでござるよ。 特に女狐はこの間、先生に助けられたでござるから、もっと心から祝うでござるよ」

 キヌとシロの言葉にもやる気の無い二人。 そんな二人に横島は苦笑する。 今までの付き合いでそれなりに祝ってくれているのは判っているが、相変わらず素直じゃないなと。

「ありがとうな、おキヌちゃん、シロ、タマモ。 美神さんも、ありがとうございます」

 深々と頭を下げる横島に、四人は、しんっ、と静まり在りえないものを見るような目で横島を見る。 キヌにいたっては顔面蒼白で、口に手を当て微かにだが震えている。

「何か変なものでも食べたの? 例えば、あの、シャマル?とか言ったっけ? アレが作った料理とか?」

 怪訝そうな表情でタマモが尋ねる。 ちなみにタマモは以前シャマル謹製のお揚げ料理を食べて以来、彼女を敵と認識している。 

「よ、横島さん!! どこかおかげん悪いんですか? あ、あの! 救急車呼びますよ?」

 顔面蒼白のまま、おろおろと取り乱すキヌ。 ちなみに、震える手で受話器を握りボタンをプッシュしようとしているが、指が震えている為かボタンがうまく押せないようだ。

「た、大変でござる!!! 先生が! 先生がぁ! だ、駄目でござるよ! 拙者を置いて先に逝かれては!!! 確り、確りするでござるよ先生!」

 横島の胸倉を掴み、ガクガクと力強く揺さぶるシロ。 本気で心配しているのか涙目なのが特徴だ。

「── ここまで、ここまでなのか? ワイはシリアスしちゃいかんいうんか」

 シロに揺さぶられながら、目の幅と同じ幅の涙を流す横島。 シロを振り払って床にのの字を書きたい気もするが、そうする気力もないほど凹んでいる。

「あんたね、普段の行い鑑みなさいよ。 反作用かなんかで世界の物理法則でも狂ったらどうするのよ?」

 唯一取り乱していない美神がジト目で辛辣な意見を放つ。 それを聞いた横島が「そこまで言われなアカンのかーーっ!!」とジェット噴射の如く涙を流すがスルーしているあたり、伊達に長い付き合いではない。

「はいはい、おキヌちゃん電話かけない、シロもいい加減横島クン放しなさい、タマモ取り合えず臨戦態勢を解きなさい彼女は来てないから」

 手を叩きながら、三人に声をかけて落ち着かせると、美神は苦笑を浮かべて横島を見る。 その瞳は今までに無く優しく、どこか憂いを秘めていた。

 そんな、いつもと違う美神の態度に、怪訝そうな表情を浮かべ顔を見合わせる四人。

 そんな四人を気にすることも無く、一度身を深く背もたれに預けた美神は、天井を見上げるように顔を上げると目を瞑る。

 怪訝そうに見守られる中、顔を戻し目を見開いた美神は、引き出しを開き一つの封筒を取り出す。

「横島クン。 正直、しょーもない煩悩小僧のあんたがここまで成長するなんて上出来通り越して奇跡だと思うけど ── 良くやったわ。 仮にも師としてこれぐらいはさせて貰うわよ」

 すっ、と差し出される封筒を横島は受け取ると、その中を覗き込み ── 驚愕に目を見開く。

「ちょ、ちょっと美神さん!! なんすかコレ!?」

「なによ、不満だっての? 生意気ね」

 あたふたと慌てながら封筒の中の中の物を取り出そうとする横島に、してやったりと笑みを浮かべる美神。 普段驚かされるほうが多い美神はどこと無く嬉しそうだ。

 慌てつつも封筒からそれを取り出す横島。 怪訝そうにそれを後ろから覗き込む、キヌ、シロ、タマモ。

 そして、後ろから覗き込んだ三人の目が見開かれる。

 横島の手にあるもの、それは ── 対心霊現象特殊作業免許、通称GS免許であった。

「おおっ! 先生の免許でござるか?」

「おめでとうございます横島さん!」

 純粋に喜ぶキヌと城を無視して、タマモは静かにGS免許を見つめる。

 そして、そこに書かれているランクに目を見開く。

「ねぇ、ミカミ」

「ん? なによ、タマモ?」

 GS免許を見つめたまま問いかけるタマモに、美神は視線を向ける。

「これ、ランクがBになってんだけど、普通はEじゃなかったっけ?」

 タマモの科白に、ぎょっとしたキヌとシロがマジマジとGS免許を見つめる。 そして、確かにランクがBになっているのを確認して美神に視線を向ける。

 本来、GSのランクは見習いをFとし、そこからE、D、C、B、A、そして、最高ランクSと人類規模で優秀な者に贈られるSSと段階的に上がっていく ── ちなみに歴史的偉人に贈られるSSSというランクもある ── 本来なら横島の免許はEランクの筈なのだが ── 

「難しい顔してるわね、タマモ。 素直に喜んであげたら?」

「素直に ── ね。 何にも思惑が無ければ喜んであげてもいいんじゃない? 流石に人間ね、やる事がセコイわ」

 ふん、と鼻を鳴らし、美神を見つめる ── 否、睨み付けるタマモ。 その視線に、美神は苦笑を浮かべる。 タマモが横島のGS免許の裏事情を読み違えていることに気付いたからだ。

 タマモは ── シロもだが、《大戦》での横島の活躍を知っている。 シロは唯単に感心し、横島の悲劇に悲しんだだけだが、タマモは違う。

 白面金毛九尾の大妖狐 ── かつて、中国、日本で最高権力者の庇護下にあったタマモには、権力者の考えが厭になるほど判った。

 暗部 ── 世間には公表できない《大戦》の裏側。 絶対に評価されない功績。 一歩間違えば権力者達に《消される》危険性すらある活躍。 タマモは横島の《大戦》での活躍をそう判断した。

 まぁ、《消される》危険性はほぼ皆無なのだが………何故ならば《村枝の紅ユリ》がその目を光らせているからだ。 その威光を恐れ権力者達は手が出せない。 かの女傑を敵に回した者の末路を彼らは厭というほど知っている。 彼らとて自身の権力は大事だが、人間を辞めたくはないのだ ── 過去に何をしたんだろうか? 《村枝の紅ユリ》は?

 そんな《大戦》の裏事情は読めたものの、裏の裏の事情は読めていないタマモからすれば、このGS免許のランクは口止め料に見えるのだろう。

 ── 実際は、《村枝の紅ユリ》に対するご機嫌伺い、献上品のようなものなのだが。

「安心しなさいタマモ。 そんなのじゃないから」

 美神は苦笑を浮かべタマモの懸念を否定する。 普段は気にしていないフリをしているのに、こうして横島を心配しているあたりタマモも随分と絆されてきたなどと思いながら。

 対するタマモは怪訝そうに眉を顰めるものの、ふと、自分の行動の意味に気付いたのか、頬を赤く染めて美神から視線を外し明後日の方向へと向ける。

「まぁ、私にはどうでもいいけど」

「って、俺はどうでも良く無いっすよ美神さん! どういうことなんすかコレ?」

 呆然としていた横島の頭がやっと動き出したのか、猛然と美神に食って掛かる。 

「あんたは気にする必要ないの。 それは、正当な評価なんだから」

 しかし、美神は取り合わない。 横島はありありと顔に納得いかないという表情のまま言葉を紡ごうとするが、それより早く美神が口を開いた。

「それに、独立するつもりなら、それぐらい必要よ?」

「「「は?」」」

「っ!」

 ポロリとこぼれた爆弾発言に、キヌ、シロ、タマモは揃って唖然とした表情をし、横島は息を呑んだ。

「何? 気付かれないとでも思った? だとしたら、この美神令子を嘗めすぎよ」

 くすり、と笑みを浮かべる美神に横島は、はぁ~、と大きく溜息をついた。

「そうっすよねぇ~、俺に美神さんが出し抜けるわけないっすよね~」

「ちょ、ちょっと待ってください! ど、独立って ── この事務所を辞めちゃうんですか、横島さん?」

 慌てて会話に入ってくるキヌに、横島は困ったように頬をかき、目は言葉を探すように彷徨う。

「ど、どーしてでござるか先生!」

「黙って辞めるつもりだったわけ?」

「あー、いや、そのな?」

 さらに、詰め寄ってきたシロとタマモに、言葉を詰まらせる横島。

 そんな四人を止めたのは、美神の手を叩く音であった。

「はいはい、騒がないの。 私の知ってる限りで説明を始めるから、三人は黙って聞きなさい。 横島クンはきちんと補足するのよ」

 三人を見回した美神は、ぴっ、と人差し指を立てた。

「まず、横島クンが独立の準備を始めたのは半年前」

 その科白に、「さ、最初っからばれとったんか」と、力なく呟き肩を落とす。

「簡単に独立って言っても、色々と準備が必要なのよ。 で、その書類を作成し始めた横島クンの話が私の耳にも入ってきたわけ。 現在その作業は完全に終わっていて、後は正式にGSになればOKの状態まで行っていたわけ」

「な、なんもかんもバレてるじゃないっすか………」

 もはや横島に言葉は無い。 横島としても、ある程度ばれる覚悟はあったもののまさかここまでばれているとは思わなかったのだろう。

「百年早いって言っておくわ。 それと、横島クン、あんたの保証人、唐巣先生と私に代わってるから」

「── って、美神さん!? 俺、魔鈴さんに頼んだんすけど!!」

 美神の発言に横島は驚く。

 保証人というのは、GSが開業するに当たり、その人物が開業するに値する実力があるかどうかを保障する人物だ。 無論、保証人はそれなりの責任を伴い、保障した人物が何か問題を起こせば連帯責任を負わされる可能性が非常に高い。

 そして、開業には二人の保証人が必要で、横島はその二人を唐巣神父と魔鈴めぐみに頼んでいたのだ。

 その一人が、本人も知らぬ間に美神に変わっていたのだ。 流石の横島も驚くだろう。

「あんたね、保証人の一人は師匠がやるのが通例なのよ? それとも何? 私は師匠じゃないって言いたいわけ?」

「い、いや、そんなことないっすよ?」

 ジト目で睨んでくる美神に横島もタジタジである。

「大体、GS免許の発行を私に頼まず、ママに相談したのも気に食わないのよ。 そっちの情報も掴んだから私のほうで申請しておいたけど」

「し、仕方なかったんやー!! 堪忍やー!!」

 さらに鋭くなる美神の視線に横島は、土下座を敢行。 もはや見慣れたその光景に、美神は溜息をつく。

「まぁ、そんな事はいいのよ。 それより、何で辞めるのかを聞きたいんだけど?」

「そ、そうですよ!! 辞めなくてもいいじゃないですか!!」

「まぁ、あの給料じゃ辞めたくなるのも判るけどね」

「タマモ、お主どっちの味方でござるか!!」

 再び騒ぎ出した三人に、横島はどう説明しようかと唸り始めるが、横島が口を開く前に美神が口を開いた。

「その前に聞いておきたいんだけど ── 横島クン、あんた私やママを恨んでる?」

 しんと静まる室内。 

 美神の口から紡ぎ出された言葉は、暗黙の了解でタブーとなっていた言葉であった。

 シロもタマモも、そして、キヌや人口幽霊壱号ですら一度は考えてしまったこと。

 横島忠夫は美神親子を恨んでいるのではないか?

 恋人を助けられたかもしれないのに見捨てられ、自分達は新しい家族の誕生に喜ぶ。 確かに、美神親子は横島忠夫に ── 横島家の家族達に恨まれる要素があった。

 ただ、居心地の良いこの事務所の雰囲気を誰も壊したくないので確かめることのできなかった。

 そのタブーが美神の口から破られたのだ。 シロ、タマモ、キヌの三人 ── 美神を含めた四人はじっと横島の言葉を待つ。

「── 時間移動能力は因果律を覆す究極の能力の一つ。 しかし、その実態はたいした事はない」

 ぽつり、と横島の口から零れたのはそんな言葉だった。

「カオスの爺さんに聞いたんすけど、なんか、時間移動能力で覆せる因果は、それこそ大した事ない事らしいんすよ。 時間移動能力を使っても死ぬ人間は死ぬ。 余程特殊な状況ではない限り因果は覆せない。 例の宇宙意思の修正力が働くらしいんす」

 カオスがはやての主治医として頻繁に自宅に足を運ぶようになったとき、横島はふと尋ねたことがある。 「隊長はルシオラを救えなかったのか?」と。 その答えが横島の口から語られる。

「本来、無限の可能性を有する未来でも、時間移動能力者が未来から過去へ飛ぶと状況が変わるらしいんす。 現在から派生した未来という結果の情報を持つ人間がいると、その情報に引っ張られるように未来が確定する《因果の逆転》が起こるんだってカオスの爺さんは言ってました」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよヨコシマ、それって ──」

 いち早く横島の言いたい事を理解したタマモが唖然とした表情で横島を見る。 横島はただ苦笑を浮かべるのみ。

「そう ── 隊長が《大戦》が終わったあとに過去に帰った瞬間、《因果の逆転》は始まっていた 」

「── ママが過去に時間移動した瞬間、未来は確定されたって事ね」

「厳密には全てが全て未来の情報のままになることはないらしいんすけどね。 どうも、そうらしいんす」

 美神美智恵が《大戦》終了後、過去に時間移動した瞬間、《因果の逆転》は始まる。

 それに導かれるように ── あるいは、前世からの因果か、横島忠夫は美神令子と出会い、GS見習いとなり、《文珠》の生成能力を会得し、ルシオラと出会い、愛し合い、そして、別れた。

 これを証明することは難しいだろうが、カオスが持論として横島に語って聞かせたのだ。 かなり自信があり、また、信憑性が高いのだろう事が伺える。

「だからって ── あの結末を理由に隊長や美神さんを恨めませんよ」

 横島が浮かべたのは苦笑。

 その穏やかな表情に、美神達は目を見開く。

「あの結末は、俺とルシオラが ── 他の沢山の人達が必死に戦って、足掻いて、悩んで掴みとったんすよ。 それを全部隊長の責任にはできないし、美神さんの責任にもできないっすよ」

「先生は ── 先生は、本当にそれで良いのでござるか?」

 ぽつり、と零れたシロの声に横島は苦笑する。 シロは実の父親を殺されている。 同族の、父の親友に。 だから、思うことがあるのだろう。

「あの時な ── ルシオラがベスパに追い詰められていた時《コスモ・プロセッサ》は起動してたんだよ」

 怪訝そうな表情を浮かべる一同。 

 横島はそれに構う事無く続ける。

「コレも爺さんが話した事なんすけど、《コスモ・プロセッサ》が起動しているのならば、因果の逆転を覆せる可能性はあったっぽいです。 何でも、《コスモ・プロセッサ》が起動している状態なら、様々な法則 ── それこそ、因果率も修正力もある程度狂う可能性があったらしくって、《大戦》中、あの結末を回避できる可能性があったのはあの時らしいんす」

 《コスモ・プロセッサ》それは、宇宙そのものを演算し、あらゆる法則、理を書き換え、使用者の望む結果を確実に実現する、おそらくあらゆる世界に二つとない、いかな望みも叶えるアシュタロスの最高傑作たる兵鬼。

 それが起動し、少なからず使用された状態だったのならば、ある程度 ── それこそ、全体から見れば一匹の蟻よりも小さい程かもしれないが、宇宙の法則が狂っていた可能性があった。 《因果の逆転》という、宇宙意思の修正力が覆せる可能性があった。

 しかし、自分は覆せなかった。 戦い方は自己流と経験のみに頼って、霊能力者としての基礎すら知らなかった自分には覆せなかった。

「あの時 ── 俺がベスパの前に出たとき、サイキックソーサーの一枚でも張れていればベスパの妖毒を軽減できたかもしれない。 多重展開できれば防ぐ事も出来たかもしれない。 結局、その場にいた俺が何も出来なかったのが責任ですから」

 「今ならある程度できると思うんやけどなぁ」と呟く横島に、美神は苦笑を浮かべた。

 それにしたって、手を打たなかったのも、修行をさせなかったのも、全て、自分達なのにと。

 結局、人として成長しようと、GSとして成長しようと、横島クンはお人好し ── 否、優しい男なのだと。

 だったら、自分も ── 美神令子も成長しなくては。

 何せ美神家の女は最後には勝って笑うのだ。 此処まで成長をした弟子に負けたままではいられない。

「ありがと、横島クン ── それで、どうして独立するのかしら?」

 真摯に見つめてくる美神に、横島も表情を引き締める。

 これは決意表明のようなものだから。 きちんと伝えないといけないと思ったからだ。

「あいつが ── ルシオラが凄い奴って言ってくれた俺に、俺が自信を持てるように。 あいつの目が確かたっだって証明する為に。 あいつに恥じない男になる為に。 いつか………いつかまた、あいつに会えたときに胸を張って向き合う為に。 俺は、独立します。 ── いつまでも、美神さんに甘えてられないっすから」

 最後に照れたように微笑む横島に、四人の女性人は、むっ、と押し黙り、ほんのりと頬を赤らめる。

 普段、自分をモテない顔が悪い男呼ばわりするくせに、シリアスになると何気にいい顔をするのが横島だが自覚はない。

「そ、そう。 あんたにしてはいい決意ね。 応援してあげる」

 どもりつつ、こほん、と咳払いをしてから美神は再び、引出しを開けて封筒を取り出す。
 
 その茶封筒を見て、横島は怪訝そうに眉を顰めつつも、美神から封筒を受け取り、断りを入れてから中を確認する。

 そこにあったのは一つの通帳。 東京でもそれなりに有名で信用がある銀行の普通預金の通帳である。 何故か横島には見覚えがあるが。

「な、なんすかコレ?」

「なにって ── 通帳よ、あんたの」

 その言葉に、ぴし、と空間が凍る。

 そんな空気に、美神は怪訝そうな顔をすると、横島とキヌとシロが一気に美神に詰め寄った。

「アンタ何してるかーーーーーっ! お金好きだとは知ってたけどここまでするなんて酷いやないかーーーーーっ!!」

「ひ、酷いですよ美神さんっ!!! お金なら沢山持ってるじゃないですかっ!!!」

「先生は毎月お小遣いが少ないって困ってるんでござるよっ! そんな先生から毟り取ったんでござるか!!」

 あんまりと言えばあんまりな言葉に、美神の顔が引き攣る。 ── 微妙に自業自得っぽいが。

「── 鬼ね。 此処まで徹底的にやられると、逆に感心したくなってくるわ」

 タマモの言葉にさらに美神の顔が引き攣り、米神に青筋が幾つも浮かび上がる。

「ひ ──」

「「「「ひ?」」」」

「人を何だと思ってるかぁっ!」

 ばん、と勢い良く机に手をついて立ち上がり、美神が吼える。

 横島、キヌ、シロは揃って、驚いて身を引き、タマモは、ぼわっ、と自慢のナインテールを膨らます。

「横島クンのお金なんて取ってないわよ!!! いいから中を確認しなさい!!!」

「は、はいぃぃぃぃぃぃっ!」

 びしっ、と敬礼(陸軍式)をした横島が、ばっ、と通帳を開くと、そこには ── 横島的に見たこともない数字が入金されていた。

「── あの、美神さん?」

「なによ?」

 脂汗をダラダラと垂らす横島と不機嫌そうな美神の視線がぶつかる。

「なんすか? このありえない数字」

「あんたの退職金」

 沈黙があたりを支配する。 横島の退職金と聞いて興味が湧いたのか、キヌ、シロ、タマモが、後ろからそっと通帳を覗き込み、息を呑む。

「にっ、二億とかいてあるように見えるのですか?」

「そうね。 ああ、それ、《究極の魔体》の懸賞金よ。 半分は私がもらったから」

 《究極の魔体》 ── それは《コスモ・プロセッサ》を失い、暴走したアシュタロスが自身の魔力を起動させた文字通り究極の戦闘兵鬼である。

 最上級神魔クラス上位レベルの霊波砲を三百六十度全方位に放てる副砲。

 神魔最高指導者の全力の霊波砲すらも超える出力の主砲。

 ほぼ、全方位を包み、触れるもの全てを平行世界の宇宙へと受け流すバリア。

 目立つ機能はたったの三つだが、あまりにも凶悪なその性能。

 唯一の弱点とも言えるバリアの穴と、主砲へとエネルギーを流すエネルギーパイプの欠損をついて《文珠》により同期合体した横島と美神がからくも撃破したそれには、実に四億もの懸賞金がかかったのだった。

「── い、嫌じゃーーーーーーーーっ!!!」

 美神からの一言で、固まっていた横島は頭を抱えるとその場に膝を突く。

「ちょ、横島クン!?」

 さすがの美神もこのリアクションには驚いたらしい。

 確かに、普通ならこれほどの大金を貰って嫌などと叫ぶリアクションは想像できない。

 しかし、相手は美神令子なのである。

 そう、公務員をしたらストレスで入院してしまう程お金が大好きな美神なのである。

 つまり ── 

「── イタリアマフィアは殺す相手に油断を誘う為贈り物をするらしいわね」

「ワイが何を、何をしたっちゅーんですか! 確かに、風呂を覗いたり、下着をガメたりしましたが、此処までするこっちゃないでしょー!!! 最近はして無いんすから、もう、時効っすよ! 時効!」

 ポツリと零したタマモのどこで仕入れたか不明の薀蓄に、横島は過剰反応して弁明を始める。

「あ、あんたらね、私を何だと思ってるのよ」

 やっと横島が取り乱した理由を察した美神が、頬を引き攣らせながら呟く。 それを見たタマモが溜息をつく。

「普段の行いを鑑みなさいよ、ミカミ」

「い、言ってくれるわねタマモ」

 つい先ほど自分で言った科白で返された美神は頬を引き攣らせながらも、自分でも思い当たることがあるのか反論ができない。

 ちなみに、「先生、大丈夫そうでござるよ。 よかったでござるなぁ」「さ、流石に美神さんもそこまでしませんから落ち着いてください」「ホンマか? ホンマに殺されへんのか?」などと展開されている会話はスルーしている。

「とにかく!! まぁ、それは独立費用の足しにしなさい」

 咳払いをひとつして、強引に話の軌道修正をする美神。

 横島はどこか戸惑ったように「はぁ」と返事をするのでやっとのようだ。

「── 独立すれば色々と大変でしょうけど、それも経験よ。 頑張ってみなさい」

「── はい。 今までありがとうございました、美神さん」

 苦笑するように、それでも真摯な目で語りかける美神に横島は力強く頷き、頭を下げた。

「本当に ── 辞めちゃうんですね、横島さん」

「せ、先生、拙者も、拙者も連れて行ってくだされ!」

「連れてける訳ないでしょ、バカ犬。 アンタ仮にも美神に預けられてるんだから。 それに ── 今生の別れって訳でもないでしょ。 生きてれば会えるんだから」

 別れを惜しんでくれる同僚 ── 元同僚達一人一人に語りかける横島を、美神は静かに眺める。

 思えば、最初はただの助平なガキだった。

 どんなに酷く扱っても、色仕掛け一つでころりと態度を変え、どんな死線にも気がつけば着いて来てくれた。

 ここぞという時に大金星の活躍をし、《文珠》という伝説の霊具を生成できるようになり、 気がつい時には少なくとも戦闘では自分と同じぐらいの実力者にまでなっていた。

 何時からだろうか? 横島クンが(色々と)便利な荷物もちではなく、自分を支える除霊助手になったのは。

 何時からだろうか? 横島クンが私を支えるのではなく、横に並び、背中を預けられるある意味《相棒》になったのは。

 GS見習いになってから? 妙神山の最難関修行コースを修めてからか? ── アシュタロス一派との戦いの最中か、終わったあとであっただろうか?

 ママから横島クンの両親の話を聞いたとき、もう、あいつはこの事務所を辞めると思ったけど、翌日にはいつもの様にやってきた。

 そして ── 気がつけば、積極的にオカルトについて学ぶようになり、自分にも様々な質問をするようになっていた。

 気がつけば、週末には必ず妙神山で修行するようになっていた。

 気がつけば、その実力は知識の少なさを差し引けば、プロと呼んでもよいGSになっていた。

 その全ての努力が ── あるいは全てではないかもしれないが、ルシオラの為というのは、微妙に腹立たしいが、横島クンは立派に成長した。

 だから ── もう、横島クンに甘えるのは辞めよう。

 ああ、認めよう。 美神令子は横島忠夫に甘えていた。 どんなに酷い扱いをしても、なんだかんだで自分を慕ってくれた横島クンに甘えていた。

 横島忠夫が美神令子に甘えられないというのなら、美神令子も横島忠夫に甘えられない。

 これからは対等の同業者だ。

「まぁ、どこで開業するか知らないけど、これからは同業者だから手加減なんてしないわよ」

「あれ、知らないんすか、美神さん? 俺 ──」

 横島の口から言葉がつむがれた数秒後、外に聞こえる程の絶叫、打撃音、悲鳴が響き渡った。



「た、ただ………いま」

「おかえりー ── って、にーちゃん! ど、どうしたんだよそれ!」

 玄関から聞こえてきたヴィータの声に、はやては首を傾げると車椅子を操作して玄関に向かう。

 同様に気になったのか、シグナム、シャマル、ザフィーラも後に続く。

「ああ ── ルシオラ………待ってろよ、今そっちに ──」

「いっ、逝くなぁー!!!!」

 四人の目の前に広がったのは、おそらく突いてきたのであろう棒を傍らにヤバげな笑顔で笑うボロボロの横島と、その横島を必死に揺さぶるヴィータの姿であった。

「ええっと ── はやてちゃん、とりあえず治療したほうが良いかしら?」

「ごめんな、シャマルお姉ちゃん。 頼むわ」

「ええ。 お願いクラールヴィント」

 力なく笑うシャマルの問いに、はやても力なく笑いながら返す。 その後ろでシグナムはこめかみに指を当て軽く揉み、ザフィーラは「どうしてあそこまでされて生きていられるんだ?」とポツリと零した。

 ちなみに、シャマルの相棒たるデバイス ── 魔法を使用する際の補助機械 ── クラールヴィントの動きというか、輝きというかが、弱々しくどこか呆れていたような雰囲気があったことをここに記す。

「んで、アンちゃん。 単刀直入に聞くけど何したん?」

「ぐっ、何故に正座なんや、ワイは」

 一通り治療を終えた横島達は、場所を玄関からリビングに移し、各々ソファーなどに座り横島に問いただしていた。

 ただし ── 横島のみ、フローリングの上に正座だったが。

「まぁ、なんだ。 包み隠さず話すことを勧める」

 横島以外の唯一の男性、ザフィーラは短く忠告を入れる。 正直に言えば傷付いて ── などというレベルは超越していたかもしれないが ── 帰ってきて早々、冷たい女性陣の視線に晒される横島が治療されているとはいえ少しだけ哀れに思ったからであった。

「今回は何もしとらんぞー、ワイ」

 しくしくと、目の幅と同じ幅の涙を流す横島。 真実を告げた以外何もしていないのだから当たり前である。

「今回は ── か。 一応自覚はあったんだな」

 烈火という二つ名を持つものと思えないシグナムの冷たい声に、びくっ、と横島の体は震える。 横島にとってシグナムは《苦手なお姉さん》に分類される。 何せ彼女は横島が苦手とする友人、伊達雪之丞と同じ人種《バトルマニア》なのである。 美人との戦闘なら喜んでしそうな横島であるが戦闘中のセクハラを理由にボコられ続ければさすがに学習する。 それでもセクハラは止めないが。

「んで、結局にーちゃん何したんだよ?」

 どこか呆れたような視線を向けるヴィータ。 その呆れが、また何かしでかしたことに対するものか、逝ってしまう寸前まで追い詰められておいてあっという間に回復したことに対するものかは微妙に判断に迷う。

「怒らないから、ね? 本当のことを言ってみましょうか、忠夫くん」

 優しく問いかけるシャマル。 ただし、目だけは冷たい。 そんな優しさに思わず流れる涙が増量してしまう横島。

「ホンマに何もしとらんのに………ただ、美神さん達に引っ越す話をしただけやぞ」

「── 話、しとらんかったん?」

 怪訝そうに聞いてくるはやてに、横島はただ頷いた。

 沈黙が部屋を支配する。 耳に痛いほど秒針が時を刻む音だけが部屋に響いた。

「── うん。 ザフィーラアンちゃん。 悪いんやけど押入れにある御仕置き用石抱かせセット持ってきてくれへん」

「── 了解。 自業自得だな」

「それは御仕置きやない!!! 日本の伝統的な拷問道具ぅぅぅぅぅっ!!!!!」

 流石の横島も石を抱かされるのは嫌らしい。 ほぼ生身で大気圏を突破し、某国の永久凍土に激突した男の言葉とは思えないが。

「それは怒るんじゃねぇか、やっぱり」

「── 確かにな」

「いきなり引っ越しますじゃぁねぇ」

 ザフィーラの足に光速タックルをかまし必死に引きとめようとする横島を横目に、女性陣の会話は続く。 石抱かせセットなる御仕置き道具(一般的には拷問道具)が普通に押入れに仕舞われている事に疑問を挟まないところを見ると、彼女たちも良い感じに横島家に馴染んだらしい。 幸か不幸かは知らないが。

「う~ん。 アンちゃんは石を抱くんは嫌みたいやけど、どないしようか?」

「はーい。 アイゼンの頑固な汚れにする!」

 人、それを撲殺と呼ぶ。

「レヴァンティンの錆にする ── というのは?」

 人、それを惨殺と呼ぶ。

「こー、心臓をキュッと。 《旅の扉》を使えば何とか………いけるかしら? 」

 人、それを心停止と呼ぶ。

「って、人を殺す気かーーーーーーーっ!!!」

「「「それぐらいじゃ死なないじゃん(だろ)(でしょ)」」」

 もがくザフィーラを蟹バサミで捕らえた横島の叫びに、無常にも即答が帰ってきた。 現在、執拗な妨害工作を受けるザフィーラから「哀れな………」という呟きが帰ってきて、その優しさに思わず心の汗が目から零れ落ちそうになる。 もっとも、ザフィーラは哀れんでいるだけで優しさなぞ一ナノグラムも含まれていないが。

「なんや、どれも嫌やったら………ザフィーラアンちゃん相手にサンドバックの刑?」

「── やっても良いか?」

「う、裏切るんか!!親父みたいに裏切るんか!! 肩身の狭い男同士助け合っていこうというあの日の誓いを!!!」

 ちなみに大樹はその誓いを五分とかけず破り、幼い頃の横島少年の心に《親父は敵》という刷り込みを成功させている。

「む、ザフィーラアンちゃんはアンちゃんの味方なん?」

「「「むっ!」」」

 四対八つの目が、ザフィーラに突き刺さる。 こめかみを流れる一筋の汗。 歴戦の戦士《ヴォルケンリッター》の一角《盾の守護獣》をして、思わず後退りしてしまいそうになるプレッシャーを感じるザフィーラ。 

 故に彼が取れる手段は一つだけだった。

「── 石を抱かされるか、サンドバックか、選んでくれ」

「裏切った!! さっくり裏切りよった!!」

「何、これも助け合いだ。 私を助けてくれ、真剣に。 盾の守護獣たる私もただでは済みそうにない」

 これも確かに助け合いである。 ただし、この瞬間に横島青年の心に《家の犬は敵》という言葉が刷り込まれたとか刷り込まれなかったとか。

「くっそぉっ! こうなったら貴様も道連れじゃぁ!!!」

「なっ! そう来るかっ!! しかし、筋力強化で ── バカなっ! 振り払えないだと!!」

「ぬははははっ!!! 大阪名物蟹バサミを嘗めるなぁっ!」

 ── 本家本元はわりと簡単に振り払われるが ── 

「何か盛り上がってるわね」

「ああ、見てるだけで疲れてくるほどにな」

「つーか、やる気なくなってきたんだけど。 どうする、はやて?」

「しゃあない。 ほら、アンちゃん。 今日は許したるからええ加減ザフィーラアンちゃん開放しい」

 ぴたっ、と二人が止まり、ザフィーラは横島に目で『早く離せ』と訴えかけ、横島は目で『もう少し様子を見させろ』と訴える。

 そんな見苦しい男性陣に、溜息をついたはやては一度だけ手を拍手のように大きく叩く。 びくりっ、と体を振るわせた二人は、ぱっ、と離れる。

「んで ── アンちゃん。 しっかり、挨拶はしてきたん?」

「おう。 最後はフルボッコやったけどな」

 へへっ、と鼻の下を人差し指でこする横島。

「何でそこはかとなく得意げなのかしら?」

「もう突っ込むなよシャマル。 疲れるから」

「鍛えなおしが必要だろうか?」

 呆れたように呟く女性陣。 ザフィーラも呆れて溜息をついている。

「まったく、最後くらいきちんとしてこなアカンよ」

 はやても溜息をつくと、何処からともなく取り出したハリセンで横島の頭を叩いた。

「いだっ! ── んで、引越しの準備はどうなっとんのや?」

「ん? 殆ど終わったんやけどね。 後は明日にしよって話になったんよ」

「おいおい、カオスの爺さんたちが先行しとるんやろ? ええんか?」

 横島の問いにはやては「聞いてみたらええって。 色々とせなアカン事もあるからちょうどええ言うとったわ、カオスお爺ちゃん」と返す。

 

 横島一家は、横島の卒業、独立開業と同時に引越しが決定していた。

 理由は、違う土地できちんと一から独立するという事と、用意できた事務所が、かつてはやてが生みの両親とともに暮らしていた家ということである。

 さらに、カオスも共に引っ越す事になっている。 《闇の書》について様々事が判明した今、本格的にそちらの研究とはやての治療に乗り出すためである。

 そして、カオスは(霊的な意味で)一般住宅である新宅に、結界や自身の研究室設置等の処置を施すために一足先にマリアと共に先行して現地入りしているのである。

 引越し自体は《ヴォルケンリッター》達の転移魔法により、比較的簡単に終わるため余裕があり、仕上げは明日にして今日はこの家での最後の夜を過ごす事にしたのだ。

 「新生横島家が出会った思い出の家やからね。 最後の夜くらいのんびりとしよ思うんよ」とは、はやての弁である。

 無論、家族達に反対はなく、新しい門出を祝うということで今日はご馳走を並べてささやかなパーティも決定した。

「ほな、今日はうんとおいしいもん作るから期待しっとってね」

「あ、はやてちゃん私も手伝いますよ」

「「「「いや、シャマル(さん)は手伝わなくて良いから」」」」

「み、皆 ── 酷いわ………」

 がっくりと項垂れるシャマルに、それぞれのリアクションを返し賑やかに時は過ぎる。


 そして、明日には新しい生活が始まる。

 新天地 ── 海鳴市でのGS横島忠夫とその家族達の新しい生活が ── 






[4474] GS横島 リリカル大作戦  リポート Ⅰ   『 飛来する輝石 』
Name: 矢崎 竜樹◆e3cad9d9 ID:4795a84e
Date: 2009/01/29 16:46
 横島除霊事務所 ── 

 高卒と同時に独立した新人GS横島忠夫を所長とする業界注目の新進気鋭の除霊事務所である。

 所長横島忠夫は世間への露出こそ少ないが、業界内では近年稀に見る大型新人として注目の的である。

 曰く ── 業界ナンバーワンと名高い美神令子、妙神山修行場管理人・小竜姫、妙神山修行場最高責任者・斉天大聖を師とする実力者。

 曰く ── 三界の様々な有力者、実力者との人脈を持つ男。

 曰く ── 《魔神大戦》を終結させた《魔神殺し》の英雄。

 曰く ── 伝説の霊具《文珠》を現在に蘇らせた文珠使い。

 曰く ── スーパーOL又は最キョウ(好きな字を当てはめて良し)の女傑《村枝の紅ユリ》の息子。

 曰く ── 神魔族を凌駕するタフネスさを持つ奇跡の人類。

 曰く ── 底無しとも無限ともいわれる霊力を有する霊能力者。

 曰く ── 只の素人から僅か数年で一流霊能力者まで駆け上がった天才。

 真偽の程は不明だが、業界に流れる彼の噂はどれも凄まじいものばかりである。

 また、所員を全て親族で固めていることから、業界に新たな勢力を築かんとする野心家とも見られている。

 横島ザフィーラ ── 高い霊的格闘能力と鉄壁の防御力を誇る、人間と人狼族のハーフ。

 横島シャマル ── 戦闘能力こそ低いが、後方支援としては破格の能力を有する女性。

 横島シグナム ── 発火能力者(パイロキネシスト)であり、剣術の達人。 また、伝説の魔剣《レーヴァテイン》の名を冠する霊剣の担い手。

 横島ヴィータ ── 幼い少女でありながら、様々状況に対応するオールラウンダー。 

 さらに、かの《ヨーロッパの魔王》ドクターカオスが強力なバックアップをしているという、新設除霊事務所としては信じられない状況である。


 ── そんな事を言われている横島除霊事務所ではあるが………


「ええいっ! 素直にレヴァンティンの錆となれ忠夫!! 白刃取りなどするなっ!! 」

「む、無茶言うなぁ!!! 死んでしまうやろがーーーーっ!!!! って、ちょっ! 体重かけて強引に斬ろうとすなっ! 事故! 事故ですよお姉様!! お風呂上りの麗しい女体の神秘を見てしまったのはっ!!!」

「でも、しっかり目に焼き付けたんでしょシグナムのは・だ・か♪ 忠夫くん鼻血が出てるものね♪」

「そりゃもう! 最高画質で脳内HDに記憶させていたd ── はっ! これは孔明の罠かっ!!!」

「斬る! 斬る!! KILLっ!!!」

「いやーーーーーっ!!! 最後字が違うぅぅーーーって、さらに身体強化までっ!? う、腕がもうもたんっ!! ヘルゥゥゥプ、ザッフィお兄様ぁぁぁぁぁっ!!!! 今こそ盾の守護獣の威光を見せ付ける時ですよぉぉぉぉっ!」

「 ── 断らせてもらう。 迂闊な己を呪え。 それと、ザッフィと呼ぶな」

「裏切った!! また裏切りよったあの犬畜生!!! くそっ! 憶えてやがれっ!! 食事に玉葱を混ぜちゃる!!!」

「つーか、レヴァンティンに触れてるなら普通に燃やせないか?」

「その手があったかっ!!! でかしたっ! ヴィータっ!!!!」

「ちょ、お前まで裏切るのか妹よぉぉぉぉぉっ!!!!」

「そろそろ止めた方がええやろか?」

「ノー、はやてさん。 横島さんまだ・大丈夫・なので・反省の為・まだ続行・するべきです」

「おー、マリア、もう少し右を揉んどくれ」

「レヴァンティン!!! ロードカードリッジ!!!!」

『Explosion』

「あああっ!!! 素直なあなたが憎いですよ、レヴァンティン!!! って、ぎぃぃっやぁぁぁぁぁぁっーーーーーーーー!!!」

「ほなシャマルお姉ちゃん。 治療よろしくな~」

「はい♪ 任せちゃってくださいな」


 ── 実情なんてこんなもんである。




 GS横島 リリカル大作戦  リポート Ⅰ   『 飛来する輝石 』




 海鳴市中丘町。

 横島一家の新たな家はこの街にある住宅街の一角に、騒がしく存在した。(間違ってもひっそりではない。 住人的に)

 元々は、はやての生みの両親である八神夫妻の建てた広い家であったが、現在、大家族となり、住宅兼除霊事務所となるには少々手狭になってしまう。

 しかし、横島家が世界に誇る女傑・百合子がそのような事に気付かぬわけはなく、八神邸の増改築に乗り出した。

 そして、それに便乗したのがカオスである。 カオスは、八神邸の増改築に積極的に参加し、自身の持ちうる様々な技術を投入した。

 結果、外見的には除霊事務所部分のみが増築されたように見えるが、強力な結界、家主に設定された者のオカルトパワーを使用しての破損の修復、マリアのカオス式人工霊魂《メタ・ソウル》から枝分かれした簡易人工霊魂《Em(エム)・ソウル》名称《エヴァ》の搭載等、美神除霊事務所である《渋鯖人工幽霊壱号》とほぼ同等の性能を有する、八神邸改め横島邸が完成したのである。

 ── 因みに、これをどこかから聞いた強欲エセ中国人がカオスに商売を持ちかけたが、素気無く断られトボトボと帰っていった。

 ── さらに、完成した横島邸を見た横島の「パクリだな」との評価に、カオスが「人工幽霊壱号に挑戦したかったんじゃよ」とぼやきつついじけていた。

 また、周辺住民がGSが除霊事務所を構えることに不安を覚えるだろうと考え、百合子とカオスは横島と対策を相談した結果、周辺住民宅に簡易結界の無料設置と周辺住民の相談を無料化することを決定した。

 これにより、周辺住民との軋轢もなく、横島一家はよい近所付き合いをしている。

 ── もっとも、最初のうちは、毎日の様に起きる騒動に周辺住民も驚いていたが、一週間も経たないうちに、ご近所の名物面白一家になっていた。 一応これも人徳なのだろう、主に天然お笑い芸人横島の。





 騒がしくも穏やかに新たな日常を過ごす横島一家。 しかし、トラブルは突然舞い降りた。 それが、トラブルに好かれる次男、横島忠夫を有する横島一家の運命だったのかもしれない。

『御寛ぎ中のところすいません、オーナー』

 そんな、エヴァの声に横島は視線をTVのモニタから、天井へと移した。

「どうしたよ、エヴァ?」

「── 隙ありっ!」

「って、のわっ! ちょい待て! ヴィータ!」

「へへん! 誰が待つか!」

 夕食後の一時、各々に好きな事をしていた一同。

 横島とヴィータ、そしてはやてはTVゲームに興じていた。 ちなみに、現在は格闘対戦のゲームをしていて横島とヴィータが対戦中である。 遊びでは無類の強さを誇る横島と何かと熱くなり易いヴィータは中々に良い勝負をしていた。

「よっしゃ! アタシの勝ちっ!」

「あちゃ~」

「なんや卑怯な気もするけど、真剣勝負やからしょうがあらへんか」

『── よろしいですか?』

 ヴィータにモニタから眼を離した瞬間にあっという間にコンボを決められて敗退して肩を落としていた横島は、エヴァの声に視線を上げる。

「ああ、悪い。 それで、何かあったのか?」

 はやてにコントローラーを渡しつつ、横島はソファーに移動する。 ソファーに座った横島の前にはシャマルの煎れた緑茶が置かれた。 ちなみに、緑茶は茶葉のものではなくティーパックのものである。 以前茶葉から煎れたお茶で横島とザフィーラの意識を断ち切って以来、ティーパック以外で煎れるのを禁止されているシャマルであった。

『ご報告です。 全てトレースできませんでしたが、なにやら強力な魔法力を内包すると思われる物体が海鳴市全域に飛散しました』

「なに?」

 シグナムの声を上げると同時に、一同の視線が天井に向かう。 因みに言っておくと天井にエヴァの本体はない。 なんとなく自然にエヴァに話し掛ける際にはこうなってしまうのだ。

「ふむ。 興味深い話しじゃのう。 詳しく頼めるかの」

 マリアの煎れた茶葉のお茶を飲むカオスの一言に、『はい、ドクター・カオス』と答えるエヴァ。

『海鳴市上空に空間の歪みが発生。 それと時を同じくして、歪み内部から二十一個の魔法力内包体が海鳴市全域に落下。 一部は海の方にも落下したようです』

「んだよ、それ。 どっかの馬鹿がばら撒いたってことか?」

 不機嫌そうなヴィータの声に、シグナムは眉を潜める。

 シグナムは確かにその可能性もあると思ったが、もっと最悪の可能性を考慮していた。

「次元犯罪者がばら撒いたという可能性もあるな」

 ぽつり、と零したザフィーラの声に、ヴィータが、うげっ、と呻き声を上げる。

「或いは、次元犯罪者が時空管理局との交戦中に意図せず撒いてしまったか………どちらにしろ、あまり面白くない話だな」

 シグナムの言葉に、おずおずと、そうであって欲しくないといった感じでシャマルが声を上げる。

「そういった線でいくと、飛散したのはロストロギアの可能性もあるわよね………」

「ああ、可能性はな」

「非常に厄介な話だが………ありえる話だ」

「めんどくさ………何処の馬鹿だよ、ほんとに………」

 非常に重い雰囲気のヴォルケンリッターの面々にはやてが眉を潜めながら切り出す。

「よう分からんところが多いんやけど ── 取りあえずロストロギアってなんなん?」

「あ、ごめんなさいはやてちゃん。 私達だけで話を進めちゃって」

「うん。 それはええんやけど………」

「ロストロギアについてですね。 ロストロギアは失われた高度な文明の遺物で、現在の技術では到達不可能な高度な技術で作られた物の総称です」

 シグナムの説明をシャマルが引き継ぐ。

「その能力も色々とあるのだけど ── 危険なものになると世界そのものを破壊する可能性もあるの」

 シャマルの説明にカオスは興味深そうに笑みを浮かべ、横島とはやては盛大に顔を引き攣らせた。

「ず、随分物騒やな………」

「物騒どころやないやろ、ホンマに」

「んで、たぶん疑問に思ってるんだろうけど、時空管理局ってのが次元世界の軍隊ってゆうか、警察みたいなもんで、次元犯罪者ってのは色々な次元世界を跨いで犯罪を犯してる犯罪者だな」

 最後にヴィータが締めると、室内が沈黙に包まれる。

「あー、話を纏めると ── この街にヘタこくと世界が滅びるようなものがばら撒かれた可能性があって、しかもそれを追って警察っぽいのやら、犯罪者やらが異世界からやって来る可能性もあると」

「ああ、概ねそれで問題ない」

 顔を引き攣らせながら言った横島の科白に、シグナムが答える。

 室内に、カオスがお茶を啜る音だけが空しく響く。 ことり、と音を立てて湯飲みを置いたカオスが、ぽつり、と呟いた。

「とことんトラブルに愛されとるの、小僧」

「破片も嬉しくねぇ………どうせ愛してくれるなら、美女か美少女がいい………」

 力無く突っ伏した横島に、カオスはからからと声を上げて笑う。

「とは言え、放って置く訳にもいかないよなぁ ── エヴァ、分かっている落下地点で一番近いところ教えてくれ」

『了解しましたオーナー。 マリア御姉様に情報を転送します』

「イエス・エヴァ ── 情報・転送終了を・確認。 横島さん・マリアが案内・します」

 マリアに頷きひとつ返すと、横島は座っていたソファーから立ち上がる。

 その顔には既に普段のどこかひょうきんな雰囲気は無い。 引き締まった戦士のそれになっている。 これは、妙神山の修行の成果の一つである意識の切り替えである。

 妙神山での修行において斉天大聖や小龍姫は、戦場での心得をまず横島に教えた。 理由は簡単である。 いくら一大決心をしても横島は横島であったのか、普段の調子で修行をしていたからだ。 真面目に聞いているのかいないのか今一つわからない態度の横島に、二人は訥々とその危険性を説いた。

 確かに、如何なる時でも普段の調子 ── つまり、自然体で居られるのは横島の強みの一つである。 しかし、それは油断や慢心に繋がる危険性も孕む。 また、横島の能力がどこか不安定なのもこれに起因している。

 その心身の不安定さを危惧した二柱は、徹底して横島に意識の切り替えを仕込んだ。

 結果、普段の自然体を失わず、けれど、戦闘時等のときは冷静に、冷徹に思考出来る様になり、心身共に安定するようになった ── なったのだが………それでも、以前の横島らしい裏技やアホな態度で敵を惑わす部分は残っている。

 いくら意識の切り替えが出来るようになっても、所詮、横島は横島でしかない、と苦笑して漏らしたのは斉天大聖であり、もう少し真面目に出来ませんか、と疲れたように溜息をついたのが小竜姫だったりする。

 閑話休題 ──

 立ち上がった横島は、真剣な顔をしている一同を見渡す。

「シグナムさんと、シャマルさんは俺と一緒に来てくれ。 ヴィータとザッフィーは待機。 何かあったらすぐ動けるようにしておいてくれ。 カオスの爺さんは解析の準備を。 状況次第で情報はオカGの方にも回すからそのつもりで」

「了解した」

「わかったわ、忠夫くん」

「りょ~かい。 こっちは任せておいてくれよ、にーちゃん」

「了解した ── が、ザッフィーと呼ぶな」

「ふむ。 楽しみにしているからの、早くもってこいよ小僧」

「………こ、このジジイは ── 」

「横島さん・ドクター・カオスの・それは・もはや病気の・領域です。 言う・だけ・無駄」

「ひ、酷い言われようじゃのう………」

 自分の娘とも言えるマリアの科白に、部屋の隅でいじけだしたカオスを一同はスルー。 もはや見慣れた光景である。

「ほんなら、わたしは簡単な夜食で作って待っとるよ。 アンちゃんたちも気ぃつけていかなあかんよ」

「おう。 それじゃ、横島除霊事務所 ── 「行動開始や!」って、それ俺のせりf ── 」

「応っ!」「はいっ!」「おうっ!」「はっ!」「ちょ、スルーですかっ!」

 はやての声に普通に答えるヴォルケンリッターを尻目に、横島はズルズルとマリアによって引きずられていく。 そこに、所長としての威厳とかは破片も存在しなかった。





 いち早く現地に着くために遠慮なく飛行する横島除霊事務所の面々。

 シグナムとシャマルは、騎士甲冑 ── 彼等の魔法力で構成される防護服を身に纏い、マリアはいつものコート姿。 横島は最近新調したカオスが色々と弄くったスーツを纏っている。

「つーか、これ格好つかないよなぁ」

 ポツリと漏らしたのは横島。 彼は文珠を使わなければ単独飛行が不可能なのでマリアに両脇から吊るされるような形で運んでもらっている。 その姿は確かに格好がつかなず何処か、捕獲された宇宙人かUMAのような様相である。

「仕方ないわ。 出来るだけ忠夫くんの文珠は取っておきたいのだもの」

「ああ。 モノがロストロギアであった場合、いくつ必要になるか分からんからな」

「あ~、そりゃ分かってるんすけどねぇ~………所長の立場というか威厳というか、ねぇ?」

「「「元々無いだろう(でしょう)(です)」」」

「三人揃って否定せんでもエエやん!!!」

 盛大に涙を噴出させる横島に、三人は苦笑する。 これから向かう場所はかなり危険な可能性もあるというのに、リラックスした雰囲気に包まれている。 そんな雰囲気を生み出している横島は素でしているのか、計算しているのか分からない。 おそらく前者ではあるだろうが………

「── 判明・している・落下地点に・到着・しました。 これ以上は・詳しく・トレース出来て・いません」

 マリアの声に、横島を含め一同の顔が引き締まる。 程よい緊張感が一同を包む。

 四人は眼下に広がる森にゆっくりと着地すると、油断無くあたりを見渡し、気配を探る。 次元犯罪者が潜んでいる可能性も有るので気が抜けないのだ。

 マリアの高性能センサーまで駆使して何者もいないことを確認すると、ほっと息をつく横島。 それなりに緊張していたらしい。

「よし。 んじゃ、シャマルさん。 よろしく」

「ええ。 クラールヴィント ── お願い、導いて………」

 シャマルの掲げた指輪から、宝石の部分が抜け出し、宝石と指輪の本体の部分が光る糸で繋がれる。

 これが、シャマルの相棒でありデバイス、補助機能に特化した振り子型アームドデバイス ── 風のリング《クラールヴィント》である。

 瞳を閉じたシャマルは探査魔法を使い周囲の探査を開始する。 それに合わせて横島は左手に意識下から文珠を具現化し、右手に霊力の盾サイキック・ソーサーを具現化する。 マリアはセンサーを起動させたまま右腕に仕込まれているマシンガンのギミックを起動し周囲を警戒。 そして、シグナムも自身の相棒でありデバイス、剣型アームドデバイス ── 炎の魔剣(対外的には霊剣)《レヴァンティン》を油断無く構える。

「── 見つけたわ………」

 そして、しばし時間を置いてシャマルの探査が終了するが、その顔はあまり晴れてはいない。 寧ろ、嫌そうに歪んでいる。 その表情を見たシグナムは溜息をつく。

「── その表情からすると、懸念は ──」

「多分当たりだわ ── この魔力反応からすると、恐らく、ね」

「── 本当に面倒なことになったな………とにかく、すぐに封印、確保を済ませてしまおう」

「ええ。 皆、こっちよ」

 シャマルを先頭に、横島、マリアと続き、殿をシグナムが務め、四人は森の中を進んでいく。

 暫く進んだ先にあったのは、ぽっかりと開いたスペース。

 その中央にソレはあった。

 深い青色の、猫科の動物の瞳を思わせる菱形の拳で握れる程度の宝石。

 静かに地面に横たわっているというのに、神秘的とも取れる雰囲気をかもし出す宝石。

 それが、横島たちの探す魔法力内包体であった。

「── アレがそうね」

「なんつーか、ご都合主義っちゅうか………よくこんな分かりやすいところに落ちたな」

「横島・さん、その科白・は禁則・事項・突っ込んでは・いけません」

 馬鹿なやり取りをしながらも、横島は慎重に近づく。 近づきながらも左手にもう一つ文殊を具現化すると、《封》《印》の文字を刻む。

「取り合えず二個で《封》《印》する。 駄目なら、《完》《全》《封》《印》する」

「ええ、お願いね。 ただ、今は半ば休眠中のようだから気をつけて。 発動した文珠が刺激になって活性化するかもしれないから」

「了解」

 慎重に近づく横島に助言をするシャマル。 そうこうする内に横島は宝石を間合いに捉える。 因みに、現在の横島の文殊の最大制御数は四文字。 《完》《全》《封》《印》は正しく切り札である。

「《封》《印》する。 フォローよろしく」

「ええ」

「ああ」

「了解」

 三人が見守る中、横島は文珠を発動する。 横島の霊力の色たる翠色の輝きが宝石を包み込む。

 ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が響く中、翠色の輝きは収まり、とりわけ変化の見れない宝石だけが残された。

「── シャマル………」

「── 封印、成功よ」

 クラールヴィントで宝石を探査したシャマルの科白に、横島達の肩の力が一気に抜ける。

「あ゛~、緊張した」

 横島の漏らしたなんとも緊張感の無い声に苦笑を漏らすと、シャマルは宝石を手に取る。

「綺麗な宝石だけど………活性化したときのことは考えたくないわね」

「まったくだな。 しかし、流石のカオス殿もこれの詳細は探れないのではないか?」

「分からないわね。 あの人は本物の天才だもの ── 本物だけに想像の斜め向こうを全速力で行ってしまうことがあるけど」

「── 微妙に心配だな………」

 シャマルの言葉に、苦笑を浮かべるシグナム。

 事実、カオスは天才だ。

 現在も、慣れていないどころか、つい一年ぐらい前までは存在すら知りもしなかった古代ベルカ式の術式で作られている闇の書を、ヴォルケンリッターの面々から話しを聞きながらでも解析を進めている。 まともな資料も無しに。 しかも、解析スピードが徐々に上がってきているのだがら驚きだ。 これで、時空管理局等の組織の力を借りられればカオスは闇の書を完全に解析してしまうのではないかとさえ思う。

 もっとも、時空管理局が手を貸してくれるわけはないだろうが………

 そんな事を考えながら、へばっている横島に手を貸し、一路我が家へと向かうシグナムであった。





 特に問題もなく自宅に帰還した横島達は、隠しきれない好奇心でマッドな笑みを浮かべるカオスに件の宝石を渡すと、マリアを引き攣れて年甲斐もなくスキップするカオスの背中を乾いた笑みを浮かべながら見送った。

「── なぁ、大丈夫だよなぁ」

「── 信じるものは救われるらしいぞ、ヴィータ」

「いや、答えになってねぇから」

 なんともいえない顔で答えたザフィーラにヴィータは本気で心配そうな顔をする。

 一年近い付き合いでドクター・カオスという人物をしっかりと把握しているヴィータからすれば、こういう時には凄く頼もしいのだが、同じぐらい心配にもなる。

「── どちらにしろ、我々はカオス殿を信用する以外手はない。 それより、今日はどうする?」

 心配なのは心配なのだろうが、どうしようもない事と切り捨てたシグナムは、今後の方針を尋ねるために視線を横島へと移す。 視線を向けられた横島はその意味を正確に読み取り頷く。

「取りあえず、何かあった時の為に俺とシグナムさんが寝ずの番だな。 シャマルさん達は今日は休んでくれ。 特に、シャマルさんは何かあったら動いて貰わなきゃならんから、休めるときにしっかりと休んでくれ」

「── そうね。 今回の事が終わるまでは私の補助能力はどうしても必要になるだろうし、お言葉に甘えて休ませて貰うわね」

「明日はどうすんだよ、にーちゃん」

「カオスの爺さんの解析待ち ── と言いたい所だけど………どうも後手に回るとヤバそうな雰囲気がするんだよなぁ。 取りあえず明日も今日のメンバーで例の宝石の回収だな。 解析が終わり次第帰宅ってことで」

「またアタシは留守番かよ………はやてと一緒なのは良いんだけどよ」

 何処かつまらなそうなヴィータに、一同は苦笑を浮かべる。

 しかし、ヴィータを連れて動くわけにはいかない切実な理由が存在する。

「いや、流石に昼間っからヴィータを連れて歩いてると、職質されそうだからな、特に俺が」

「── 悪かったな、チビで………」

 据わった目で睨んでくるヴィータに、乾いた笑みを浮かべる横島。 しかし、実年齢は兎も角として、外見的には小学校に通っている少女であるヴィータを連れて歩けば横島は、リアルケードロ in 海鳴を開始しなければならなくなってしまうだろう。 恐らく逃げ切れるだろうが。 嘗て、GS資格試験の折に大勢の警官から逃げ切ったのは伊達では無いし、なにより、アレからだいぶ実力も上がっているのであるのだから。 間違っても自慢できる事ではないが………

 そんな遣り取りを苦笑しながら眺めていたシグナムが、ヴィータを嗜める。

「ヴィータ。 はやてを御守するのも立派な仕事だ。 あまり、忠夫を困らせてやるな」

「── うっせい、おっぱい魔神め」

「おっ! ── ヴィータ!」

 思わず悪態をついたヴィータに、シグナムは声を荒げるが、説教は御免だと、ヴィータは身を翻して自身の部屋 ── はやてと共同 ── へと一目散に逃げ込む。

「んじゃ、アタシはもう寝るな~♪」

「っ! 待て!」

「待たねぇよ~♪」

 立ち上がってヴィータを追おうとするシグナムであったが、はやての「近所迷惑になるからあんまり騒いじゃあかんよ~」という声に、渋々ソファーに身を沈める。

「まぁ、シグナムお姉ちゃんも落ち着いて。 ヴィータも皆の役に立ちたいだけなんやから」

「── はぁ、分かりました。 取りあえずは、それで納得します」

「うんうん。 それでこそお姉ちゃんや」

 湯気が立ち昇るコーヒーを横島とシグナムの二人分運んできたはやてはそれを二人の前に置く。

「取りあえず、オニギリ用意しておいたから、お腹減ったら二人で食べてな」

「了解。 ま、はやても早めに寝るんやぞ。 何があるか分からんし」

「うん。 取りあえずわたしももう寝るな。 アンちゃん達も無理したらアカンよ」

「俺ももう休ませて貰おう。 何かあったら遠慮なく起こせよ、二人とも」

 そう言って、はやて、ザフィーラ、そして、シャマルが居間から出て行くと、シグナムと横島だけが部屋に残された。

 暫くは、コーヒーを啜る音と秒針が時を刻む音だけが静かな室内に響く。

 先に口を開いたのは、シグナムだった。

「さて、忠夫、先に仮眠を取って置け。 シャマルの補助能力もそうだが、お前の文珠も今後必要になる。 お前も休めるときは休んでおけ」

「ん~、一日徹夜ぐらい問題もないんだけど………お言葉に甘えて少し休ませてもらいますか」

「そうしておけ。 ああ、それと、毛布ぐらいは持ってこいよ。 春とは言えまだ夜は冷えるからな」

「へ~い」

 ソファーから立ち上がり、自室へと向かう横島の背中を何と無しに眺めながら、シグナムは一人誓う。 誰にでもなく、己自身に。

 ── この騒がしくも穏やかな日々を絶対に壊させはしない ──

 ── 暖かで優しい家族を絶対に奪わせはしない ──



 ── ベルカの騎士の、ヴォルケンリッターの将の名に賭け ──



















[4474] GS横島 リリカル大作戦  リポート Ⅱ  『 出会うものたち 』
Name: 矢崎 竜樹◆e3cad9d9 ID:4795a84e
Date: 2009/02/06 15:40


 横島邸の庭の片隅にそれはあった。

 『百人乗っても大丈夫』を売り文句にするイ〇バ物置。

 廃棄されるところを偶々居合わせたカオスが無償で貰い受けたものである。

 所々歪み、錆びたソレを修繕し、使用可能な状態に戻したカオスは、内部に空間歪曲の術式を刻み、膨大なスペースを確保。 以降、この〇ナバ物置はカオスの工房兼研究室となった。 ボケてた時分、燃えないゴミをリサイクルして発明を続けていたが、すっかり趣味になりつつあるカオスであった。

 ちなみに、空間湾曲の術式を維持しているのは地脈エネルギーであり、カオスの負担には一切なっていない。 無駄に高性能なイナ〇物置である。

 現在、カオスの工房兼研究室には一つの宝石 ── 横島達の回収した魔法力内包体があった。

 薄い緑色のゲル状の液体に浸され、子供でも抱えられるほどの円筒状の容器に収められたソレは、色とりどりのコードが延びた機械に設置されている。

「ほほうっ、これは面白い結果が出たのう」

 くっくっくっ、と声を殺しながら笑うカオスは、楽しそうに宝石の検査結果を眺めていた。

 そんなカオスを背後に佇み静かに見守っていたマリアは、ふと、ある事を思い出しカオスに声を掛けた。

「ドクター・カオス、《例・の・モノ》は・いかが・なさいますか?」

「うん? おお! 《アレ》か。 ふむ。 今回の件では必要になるかもしれんのう。 マリア、お前は検査結果を小僧に伝えろ。 ワシは、《アレ》の仕上げに入る」

「イエス・ドクター・カオス」

 カオスから資料を受け取ったマリアは、静かに歩き出す。 向かうのは横島の元。 恐らく寝ずの番をしていたのだろうから、コーヒーぐらいは淹れようか………。 そんな事を考えながらマリアは工房兼研究室を後にした。

 一人残されたカオスが向かったのは工房スペース。

 様々なオカルトアイテムが散乱するそこに、白い布を被せられた《ソレ》はあった。

 カオスが白い布を剥ぎ取ると、《ソレ》の全貌が明らかになる。

 光沢のある銀色のボディは鋭利で滑らかな流線型。

 固定台に支えられ、静かに佇んでいるものの、まるで意思を持つかのような存在感を持つ。

 《ソレ》を目にしたカオスは、にいっ、と顔を歪ませる。

「くくくっ、《コレ》を目にした小僧の驚く顔が眼に浮かぶわい」

 あ~ははははっ、とカオスの高笑いが工房兼研究室に響き渡る。

「── はははは、っ! げほ、げほ………む、咽てしまったわい………」

 微妙に格好のつかないカオスであった。




 GS横島 リリカル大作戦  リポート Ⅱ  『 出会うものたち 』





 魔力内包体が飛来した翌日、特に問題もなく一夜明かした横島とシグナムは、早朝からマリアに渡された報告書に目を通していた。

「微弱ながら思念に反応して魔法力を放出する、か………封印状態での検査ということを考えれば、覚醒状態ならもっと強い反応を示すんだろうが………これだけでは良く分らんな」

 マリアの淹れたコーヒーを一口飲んだシグナムが呟く。

 その横で報告書を読んでいた横島は、ふと、それがあるモノに似ている事に気付く。

「それって、文珠と似てるってことだよな? ほら、文珠も思念で文字を刻んで発動するわけだし」

「む、確かに似てはいるな」

 その考えに思い至らなかったシグナムが頷く。

「という事は、アレは魔法力版の文珠と言う事か?」

「ノー・シグナムさん。 魔法力・内包体は・文珠と違って・不安定・です」

 シグナムの言葉はマリアによって否定される。 マリアは静かに言葉を続けた。

「文珠・は百%力の・ベクトルをコントロール・しますが・魔法力内包体・は凡そ五十%・程度しかコントロール出来ないよう・です。 その余剰・魔法力・は力場・となり空間に・干渉する・よう・です」

「なに? それは本当か?」

「イエス・シグナムさん。 また・魔法力・内包体・に内包されて・いる魔法力は・膨大で完全開放・された場合・空間に・何らかの異常・をきたす・可能性・もあります」

 マリアの答えにシグナムは腕を組んで考え込む。 押し上げられた豊満な乳に思わずがぶり寄りしそうになった横島だが、流石にシリアスな場面と押しとどまる。 この男もそれぐらいの分別はついたようだ ── もっとも、その視線は乳から離れていないが………

「── まずいな………」

「はっ! な、何がまずいんすか?」

 シグナムの呟きに、横島は視線を乳から顔に移すが、シグナムの目は何処までも冷たく据わっていた。

「── 何処を、見ていた?」

「い、いや、押し上げられた乳なんて見てまs ── はっ、孔明のわn、ぶべらっ!」

「自爆だ、馬鹿者」

 振りぬかれた拳におもいっきり顔面を殴られた横島は、その勢いのままソファーから転げ落ちる。 そんな横島に溜息をつきつつ、シグナムは立ち上がる。

「追い・打ち・ですか?」

「いや、その馬鹿者を構っている暇がなくなった。 シャマル達を起こしてくる」

 そのまま人中(人体の急所の一つ)を殴り飛ばされ、倒れ伏せる横島をスルーしてリビングを出て行くシグナム。

 マリアも横島をスルーして、静かに佇む。

 リビングに動くものは、静かに時を刻む時計と、ピクピク、と痙攣する横島だけになった。





 リビングに一同が集まり、カオスの報告書についての報告が静かになされていた。

 報告書を読み進めるシャマル、腕を組みシグナムの話に耳を傾けるザフィーラ、眠たげに時折舟を漕ぎつつも話しを聞くヴィータ。 そして、ヴィータと共に起きてきてホットミルクを作りつつも話に耳を傾けるはやて。

 ちなみに、シグナム達がリビングに集まる前に復活した横島は、罰としてソファーではなく、絨毯の上に正座である。

「── 空間に干渉か………やはり時空震か?」

「おそらく、な」

「本当に大変な事になってきたわね………」

「うう、眠い~~~~」

 一人だけ微妙に違うが、ヴォルケンリッター達の表情は硬い。

 それを見ている横島とはやては嫌な予感を、ひしひしと感じていた。

「あ~、時空震とか分らん単語が出てきてるけど ── もしかして、一歩間違うと地球滅亡コース?」

「まだ、あのロストロギアの詳細がハッキリしないが、そうとってもらって問題ない」

「ちなみに、時空震は、そうね、次元の震え、歪み、そういったものと思ってもらえばいいわ。 この時空震の規模が大きいと最悪、次元断層が発生するの。 次元断層は、その名の通り次元の亀裂ね。 世界を飲み込み崩壊させてしまうの。 時空震だけでも十二分に危険だけど ── 次元断層が起これば、この世界だけではなく、隣接する次元世界もおそらく………」

「勘弁してくれ………世界の危機なんてもうお腹いっぱいだぞ、こっちは」

 頭を抱える横島に、はやては悲しそうな顔をした。

 思い出されたのはほんの一年程前の戦い《魔神大戦》。

 視線の先に居る兄は世界の行く末を左右するその戦いに身を投じた。

 結果、兄の最愛の人は ── 自分の大切な姉は死んだ。 魔族にとって死は永遠の別れではないとは言え、それでも、生きているうちに姉には会えないだろう。

 会えたとしても、それは生まれ変わりであり、厳密な意味で姉であって姉でない存在。

 出会えるのならそれは嬉しい。 でも、同時に悲しく、辛いと思う。

 兄はそんな戦いにまた赴くのだろうか?

 あの、自分の事にはとことんヘタレでも、他人の為には平然と無茶をする兄は ──

「安心しろ、忠夫。 私たちが居る」

「ああ。 お前一人ではないのだ」

 ふと、そんな事を考えていたはやての耳に、シグナムとザフィーラの声が届く。

 ああ、そうだ。

 はやては思う。 兄は一人じゃない。

 心強い味方が、頼りになる家族がいる。

 だから、今度こそ ── 

「── 今度こそ、皆無事に帰ってきてほしいわ………」

「ん? なんか言ったか? はやて」

「うんうん。 何でもあらへん。 ヴィータ、ホットミルクや。 熱いから気をつけるんやで」

「ん~~~、あんがと、はやて」

 呟きは兄に聞かれなかったようだ。 

 それでいいと思う。 自分が心配してると知れば、兄はあまり良い顔をしないと思うから。 きっと悲しむと思うから………

「あちっ!」

「ヴィータ、気をつけなアカン言うたやん。 大丈夫か?」

「うううっ、だ、大丈夫だ、はやて」

 強がりながらも息を吹いてミルクを冷まそうとするヴィータに、はやては苦笑を浮かべた。





 話し合いの結果、ヴォルケンリッターの面々も封印自体は可能なので、午前中はザフィーラとシャマルが探索をし、寝ずの番であった横島とシグナムは睡眠。 昼を挟んだ午後からは横島とヴィータ、シグナムとシャマルの二組に分かれて探索となった。

 なお、本来であれば横島とザフィーラで探索に向かうはずだったのだが、いい加減自分も探索に加わると言い出したヴィータにザフィーラが譲る形で交代となった。

 そして、昼食を済ませた横島一家は行動を開始した。

 横島は仕事着でもあるスーツ姿、ヴィータはミニスカートにハイソックス。足元はロングブーツで固め、上着は白のプリントTシャツという様相である。

「しっかし、あれか、ヴィータ達の居た世界にはあんな危ないもんがゴロゴロしとるんか? だったら絶対に行かんぞ、俺は」

「流石にゴロゴロってほどはねぇよ。 管理局の連中も危ないヤツは積極的に回収するだろうし。 でもさ、言ったと思うけど《闇の書》だって分類上はロストロギアなんだぜ」

「ああ、そんな事も言ってたような気もするな。 シグナムさんとシャマルさんがあんまりにもエロっぽかったんで聞き流してたかもしれないけど」

「はぁ? つったく、にーちゃんは直ぐにそれだよな………まぁ、確かに二人ともスタイルいいと思うし、シグナムはおっぱい魔神だけどさー ── なんかムカツク」

 「アタシだって設定年齢が高ければ、シャマルぐらいには………」等とぶつぶつと呟くヴィータの声は横島に届いてはいない。

「おお、此処だな。 それにしても公園内かよ、危ねぇなぁ」

「ん? あ、本当だ。 って、子供が拾ったりしてねぇだろうな?」

 自身も見た目は子供だというのにそんな事を呟くヴィータに横島は苦笑をもらす。 まぁ、実際、子供が拾っていたら危ないのだろうが………

「どうする? 封時結界張った方がいいか?」

「ん~、止めてこう。 あのロストロギア?を追って犯罪者が来てたらそれでバレるかもしれないし。 最悪は文珠で修復すりゃ良いだろ」

「なんか勿体無い気もするけどな、それ。 まぁ、いいや。 にーちゃんの言う事にも一理あるし、なんかあっても極力周りを壊さないようにすりゃ良いだけだし」

 ヴィータは目の前の公園内の林を見据えると、待機状態のグラーフアイゼンを握る。

「行くぞ、グラーフアイゼン」

『Anfan』

 ヴィータの声に反応してグラーフアイゼンが、待機状態から鉄槌状の起動状態へと、そして、ヴィータの服装も私服から赤いゴスロリ風の騎士甲冑へと変わる。

「うっし、さっさと片付けようぜ、にーちゃん」

「おう」

 グラーフアイゼンを肩に担いで進むヴィータ。 左手の中に文珠を具現化させ、右手にいつでもサイキックソーサーを展開できるようにした横島もその横に続く。

 まだ日が沈むには時間があるが林の中は少し薄暗く、横島の霊感はトラブルの匂いを嗅ぎ取ったかのように静か警鐘を鳴らしていた。




 時は遡り、私立聖祥大付属小学校の屋上。

 そこには三人の少女がいた。

 一人は、母親譲りの栗毛の可愛らしいという形容詞がとてもよく似合う少女 ── 高町なのは。

 一人は、親譲りのブロンドと勝気な雰囲気の少女 ── アリサ・バニングス。

 一人は、さらさらとした長い髪を持つお嬢様的なおっとりとした雰囲気の少女 ── 月村すずか。

 聖祥大付属小学校では、三大美少女等と呼ばれている彼女達はお喋りをしつつも昼食を取っている途中であった。

 お喋りの内容は先程授業で出た話『将来、何になりたいか』ということ。

「アリサちゃんは、お父さんの仕事を引き継ぐんだよね」

「そのつもりよ。 その為にはしっかり勉強しなくちゃいけないけど」

 何処か誇らしげに自分の将来のビジョンを語るアリサ。

 アリサの両親、バニングス夫妻は実業家である。

 日本とアメリカに複数の会社を経営する富豪であり、一人娘の通学用の為だけにリムジンを購入してしまうほどである。

「すずかちゃんは何かあるの?」

「う~~ん、私は機械系が好きだから、その関係に就くのも良いかな~」

 アリサほど明確ではないものの、自身のビジョンを話すすずか。

 すずかの両親は工業機器の開発・製作をする企業の経営者である。

 また、彼女の姉、忍もそういった方面に非常に強く、その影響を受けすずか自身も機械系には強く、興味もある。

 そんな親友二人の答えに、なのはは考える。

 はたして、自分は将来、何になりたいのかと。

 正直、体を動かすのは苦手 ── 人に言わせると運動神経が切れているらしい。

 勉強は嫌いではないが、特別、得意というほどでもない。

 好きな事は ── 家電機器等は好きな分野だが、その関係の仕事に就きたいとも思えない。

 自分にあまり自信も持てず、親友達ほど明確なビジョンもないなのはは、憂鬱そうな表情で自身の弁当を突付く。

 そんなのはに意見を述べたのはアリサであった。

「なのはは喫茶翠屋の二代目じゃないの?」

「うん、それも候補の一つだとは思うんだけど………」

 なのはの両親は、喫茶店翠屋を経営している。 駅前商店街の中ほどにある翠屋は、パティシエの母、桃子が作る数々のスイーツと、マスターの父、士郎の淹れる自家製焙煎のコーヒーが自慢の店だ。

 思い浮かべたのは兄、恭也と姉、美由希。 二人は翠屋を継ぐのだろうか?

 大学生の兄にその気は無いようだし、姉は ── 色々と継いでしまうのは危険な気もする。

 では、自分は?

 翠屋で働く自分を想像してみるも、何かしっくりこない。

 何か、そう、何か ──

「何か………何かやりたい事がある気はするんだけど、まだそれが何だかハッキリしないんだ。 私、特技も取り柄も無いし………」

「そんなこと言っちゃ駄目だよなのはちゃん。 きっと、なのはちゃんにしか出来ない何かがあると思うよ」

「そうよ、このバカチン!! 大体、理数系は私より得意なのに、そんなこと言う口はこの口かー!」

 なのはのネガティブな発言を、すずかとアリサが嗜める。 アリサは頬をつまんで引っ張っているが………

「いふぁい、いふぁいよ~、ふぁりはちゃん~」

「む、柔らかくて気持ち良いわね………」

 涙目で講義するなのはをスルーして、その頬の弾力を楽しむアリサ。

 そんな親友二人を見て、すずかは、くすくす、と笑みを零した。




 時は進み、放課後。 三人は塾に向かう為に公園の中を進んでいた。

「ここよ、ここを抜けると塾への近道になるの」

「こ、ここなんだ」

 アリサが指差すのは公園の中の林に設けられた遊歩道。

 まだ昼だというのに、木々の陰で仄かに薄暗く、特に舗装されていない道は微妙に不気味であった。

「ま、道は悪いけど、ね。 ほら、行きましょう」

「う、うん」

 アリサとすずかが進み、その後ろになのはがつく。

「って、さっきから黙ってるけど、何かあったのなのは?」

「── え? な、なんでもないよっ!」

「そう?」

 首を傾げるアリサに、にゃはは、と苦笑を浮かべるなのは。

 再び、すずかとお喋りを始めたアリサを見ながらも、なのはは焦燥に駆られていた。

(ここに入ってから ── 嫌な予感が止まらない………何だろう、コレ)

 視線だけで思わず周りを見渡すなのは。 嫌な予感は止まらないどころか強くなる一方で、煩いほどに心臓は早く脈を打つ。

 そんな時だった。

 《何か》が、脈打つような感覚をなのはが感じたのは。

「え?」

 驚いて俯いていた顔を上げるなのは。 そんななのはに気付いたアリサとすずかが振り返り、何かに驚いているなのはを見て首を傾げる。

「どうしたのよ、なのは」

「── なのはちゃん?」

 声をかける二人を無視するような形でなのはは生い茂る枝葉しかない虚空を見つめる。

 また、《何か》が脈打つ。

 膨れ上がる危機感。 加速する焦燥。

 なのはの行動は、普段とは見違えるほど早かった。

 首を傾げる二人の手を取ると、一目散に嫌な感じのしない方 ── 先程まで歩いてきた道程を戻り始める。

「な、なのはちゃん!?」

「ちょ、どうしたのよ!? なのは!!」

「── 走って! 二人ともっ!!」

 思いのほか力強く引っ張られる二人は怪訝な表情をするが、なのはは立ち止まらずひたすら走る。

 怪訝そうに顔を見合わせる二人だが、なのはの顔を見て目を見開く。

 なのはの顔は真っ青で、何かを恐がるように唇が僅かに震えていた。

「なのはちゃん! どうしたの!? 顔真っ青だよ!?」

「具合悪いのなのは!?」

「── 分らない………良く分らないけど、何か恐いものがこっちに来てるの!! 二人とも急いで!!」

「「はぁ?」」

 再び怪訝そうに顔を見合わせる二人だが、なのはが悪ふざけでこんな事をする人間ではないと思い至り、加速してなのはを追い越し先程までとは逆になのはを二人係で引っ張る形になる。

「に、にゃっ!」

「なのはちゃんの方が足が遅いからね、二人で引っ張った方が早いよ」

「まったく、落ち着いたらきちんと説明しなさいよ、なのは!」

「う、うん!」

 突然、理解できないであろう行動を取った自分を信用してくれる親友二人に、そんな状況ではないだろうになのはの胸は暖かくなる。 少しだけだが、血行がよくなったのか顔色も回復してきている。

 しかし、そんな暖かさ直ぐに凍える。

 三人に大きな影が差し込む。 頭上を大きな《何か》が通り過ぎたのだ。

 思わず足を止める三人の目の前に着地したのは、あえて言うなら犬だった。

 まだ、幼い三人より遥かに大きく、成人男性より大きいであろう全長。

 黒い体は、それ自体が何か靄のように揺らぎ不安定で、まるで鮮血のように赤い瞳だけが無気味に光っている。

「な、なによ ── あれ………」

 普段の勝気さがなりを潜め、理解できない眼前の脅威に思わずじりじりと後退するアリサ。

「── い、犬のオバケ?」

 自分の理解できる範囲で眼前の脅威を理解しようとするすずかも、やはりじりじりと後退する。

「あ、ああああ ──」

 なのはは一人震える。 脚がすくんで動かないのか、立ち止まった場所からは一歩も動いていない。

(駄目だ ──)

 なのはは思う。 自分が危険を感じたのは、眼前の脅威であると。

(もう、逃げられない ──)

 そして、追いつかれた以上、自分達は逃げられないと。

 頭の中を埋め尽くすのは絶望。

 眼前の脅威にとって自分達は言うなれば餌。 何ら障害にも脅威にも足りえない哀れな獲物。

「やだ……やだよぅ………」

 そんな呟きが、なのはの口から小さく零れる。

 自分達の未来が見えてしまう。

 そう ── 死という未来が………

(助けて ── お父さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん………)

 自分の知る最も強い人達。

 ここには居ない人達。

 それでも ── 助けを求めずに入られない人達。

「誰か………助けてっ!!!」

 答えるものは居ないと知りつつも、叫んでしまうなのは。

「はいよっ!!!」

「ブッ飛ばせ!! シュワルベフリーゲン!!!」

 しかし、答えは返ってきた。

「「「── えっ?」」」

 後ろから聞こえた声に思わず振り返る三人。 その三人の横を鮮やかな翡翠色の回転する板と、輝く銀色の鉄球が通り過ぎ、黒い犬に激突する。

 そして、鳴り響く爆音。

「「「きゃぁぁぁぁぁっ!」」」

 突然の爆音に思わず座り込み、爆風から守るように頭を抱える三人の上を二つの人影が飛び越え、三人を守るように黒い犬の前に立ち塞がる。

「怪我は ── ねぇ、な」

 肩越しにこちらを見るのは赤いドレスのようなものを纏う少女。 三つ網にされた赤毛が風でゆれる。

「── もう大丈夫、俺達が来たからな」

 同じく肩越しに振り返ったのはスーツ姿の青年。 にっ、と笑った子供のような笑顔は不思議と安心感を三人に与えた。

 なのはの瞳から涙が知らず知らずのうちに涙が零れる。

 先程から心の中を蹂躙していた恐怖はもう無い。

 自分たちが助かったのだと ── もう、恐がる必要は無いと、広く力強い背中を見ながら、何故かなのはには分った。




 時は遡り、雑木林の遊歩道に入った横島とヴィータは、早速魔法力内包体の探索を開始した。

 ヴィータが隠蔽魔法を使用しつつ、探査魔法を使用し、場所を特定して周囲を警戒しつつ場所に向かう。 居るかどうかは分らない敵対者。 しかし、居ないと断定して行動する程、二人の経験は浅くない。

 そして、程なくしてそれを感じた。

 脈動するかのように、湖面を波立たせるかのように広がる魔法力の波動。

 それが意味する事は ──

「なっ! 覚醒しやがったかっ!!」

「くそっ!! 急ぐぞ! ヴィータ!!」

 走り出した二人の目にそれが飛び込んできたのは直ぐだった。

 動物霊にも良く似た黒い犬。

 その前に居る三人の少女。

 そして ── 聞こえてきたのは、必死に助けを求める声。

 美女と美少女の味方を自称する横島と、面倒見のいい一面を持つヴィータがそれに反応しないはずが無かった ── 正直、横島的には少女達はストライクゾーンから大きく離れてたアウトゾーンだが、シリアスな今は気にしている余裕は無い。

「はいよっ!!!」

「ブッ飛ばせ!! シュワルベフリーゲン!!!」

 左手に具現した六角形の霊力の盾 ── サイキック・ソーサーが投擲されるのと、誘導型射撃魔法の銀色の鉄球 ── シュワルベフリーゲンがグラーフアイゼンにより打ち出されたのはほぼ同時だった。

 こちらを振り返った三人の少女達の横を通り抜け、サイキック・ソーサーとシュワルベフリーゲンが、黒い犬に激突し、盛大に爆発する。

 爆風から身を守るようにしゃがんだ三人を飛び越え、黒い犬が居るであろう盛大に土埃が上がる爆心地を見据えながら着地する二人。

「怪我は ── ねぇ、な」

「── もう大丈夫、俺達が来たからな」

 肩越しに振り返り、三人を安心させる。 青い顔色に徐々に赤身が指すのを見て、内心安堵の溜息をつく横島。 しかし、心のうちは直ぐに怒りが満ちる。 涙ぐむ少女達。 特に一人は、ぼろぼろ、と涙を零している。

(つったく、将来が楽しみな可愛い女の子を泣かせんじゃねぇよ!!)

 怒りの形相で、目の前の黒い犬を睨みつける横島。 以前の横島なら怒りに任せて戦っていたであろう。

 しかし、妙神山で習得した意識の切り替えは、横島の思考を冷静に保つ。

 そして、怒りに燃える心とは逆に、冷静に冷えている頭は、ある違和感を感じる。

 それは ──

「なぁ、ヴィータ」

「ん? 何だよ、にーちゃん」

 二人の視線は黒い犬が居るであろう土煙から外れない。

「あの犬って動物霊っぽいんだが、どうも体を構成してるのが、霊力じゃなくて魔法力っぽいんだが、なんか心当たりはあるか?」

「んー、良く分らねぇけど、ロストロギアを取り込んだが、取り込まれたか………多分、この場合取り込まれたんじゃねぇかな。 動物霊の意思がロストロギアに取り込まれて、んで、ロストロギアを核に魔法力で再構成されたとか………シャマルとか、カオスのじーちゃんなら分るんだろーけど」

「なるほどな ──」

 横島の感じた違和感、それは、黒い犬が以前見た事のある動物霊に似ているに関わらず、その体を構成しているのが魔法力であるということだった。

 そして、ヴィータの憶測を聞いた横島は直感的に、それが正解であるように感じた。

 そして、それは新しい疑問を生み出す ──

「んじゃ、対処法は? 動物霊と同じって訳には行かないんだろ?」

 対処法である。 ロストロギアを核とし、魔法力で再構成されているあれはもはや幽霊ではない。 そうなると、まったく別の対処法が考えられるのだが ──

「いや、何時もと同じで大丈夫」

 ヴィータがそれを否定する。

 二人の視線の先、晴れて来た土埃の向こうに、唸り声を上げる黒い犬が徐々に見えてくる。

「手っ取り早く、霊力なり魔法力なりでブッ飛ばす。 んで、弱ったところを封印。 分り易いだろ?」

「そりゃ、分り易い」

 黒い犬が四肢を撓ませ力を溜める。 それに合わせて、ヴィータの膝も撓み力を蓄える。

 横島は具現化していた文珠に《護》の文字を刻むと、座り込んでこちらを見ている三人に放る。

 呆然と文珠を目で追う三人の頭上で文珠は展開し、翡翠色のドーム状の結界となって三人を包む。

「そこから出ないようにな」

 肩越しに三人を見て微笑むと、黒い犬に視線を向けサイキック・ソーサーを両手に展開して、腰を落とす。 さらに、両手に展開されたサイキック・ソーサーは回転を始める。

 数秒の睨み合い。

 動いたのは同時だった。

 黒い犬とヴィータは同時に距離を詰める。

 黒い犬はもとより、外見上は少女のヴィータもかなりの速さで距離を詰める。

 同時に横島はサイキック・ソーサーを投擲。

 残像で円形に見えるほど高速回転するサイキック・ソーサーはあっという間にヴィータを追い抜き、黒い犬に迫る。

 これは、横島が修行中に生み出したサイキック・ソーサーの発展系、サイキック・スライサーである。

 高硬度の盾と小型爆弾がサイキック・ソーサーならサイキック・スライサーは高速度、高速回転による斬撃。

 その切れ味は ──

 黒い犬に迫るサイキック・スライサー。 それは、黒い犬に反応させる暇も与えずその四肢を斬断する。

 ── 凄まじいものがある。

「ぐぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!」

 断たれた四肢の痛みに咆哮を上げる黒い犬。 そして、その隙を見逃すヴィータではない。

「ブッ潰れろっ!! テートリヒシュラークっ!!」

 足元に展開される特徴的な三角形の魔方陣。

 振り下ろされたグラーフアイゼンは、黒い犬の鼻面を叩き潰し、地面に縫いとめる。

 鼻面を潰された為叫び声を上げる事も出来ず、四肢を両断された為芋虫の様にもがく黒い犬。

 さらに、横島に操作され戻ってきたサイキック・スライサーがその胴体を両断する。

 黒い粒子になり消えていく黒い犬の体。

 大分弱ったと判断したヴィータが飛び退くと同時に、同じ判断を下した横島が文珠を二個、具現化しながら走り寄る。

「極楽へ──」

 文珠を持つ手を握りこみ拳を作ると、大きく振りかぶる。 弱った黒い犬は反応できない。

「── 行って来いっ!!」

 黒い犬の残った頭部へ振り下ろされる拳。 文珠に刻み込まれた文字は無論《封》《印》である。

 文珠の効果で翡翠色の輝きを放つ拳。 その輝きは黒い犬の残った部分を吹き飛ばし、蒼い宝石 ── ロストロギアを露出させる。

 暫く淡い光を放って浮いていたロストロギアは、地面に落ちるとその輝きを失う。

 それと同時に、先程の凶暴な面構えとは似ても似つかない中型犬の動物霊がから抜け出て、天に上りながら消えていく。

 ヴィータが前に出てロストロギアを手にとると、調べるように眺めて頷く。

「うし、封印完了」

「おー、お疲れさん、ヴィータ」

「にーちゃんもな」

 互いに手を出し合いハイタッチをするヴィータと横島。 そんな二人を呆然と眺める三人の少女達。

「よぉ、大丈夫か?」

 ヴィータが近づくと同時に、文珠で作られた結界はその役目を終えて消える。

 声をかけられた三人はあまりの展開に答える事も出来ずに、こくこくと頷く。

「もうおっかないのは居なくなったからな、大丈夫だ」

 そう言いながら三人の視線に合わせるようにしゃがんだ横島は、一人の少女にハンカチを差し出す。

「ふぇ?」

 差し出されたハンカチを不思議そうに眺める栗毛の少女。 そんな少女に苦笑しながらも、横島は優しく語り掛ける。

「ほら、涙で凄い事になってるから」

「え゛っ?」

 横島の科白に、慌てて自分の顔を触って、自分が泣いていた事を知る栗毛の少女。

 そんな栗毛の少女を眺める二人の少女。

「な、なのはちゃん………」

「なのは、アンタ、本当に凄い事になってるわよ………」

「に、にゃーーーーーっ!!」

 猫のような叫び声を上げ、慌ててハンカチを手にとり顔を拭く少女。

 そんな少女のように、横島は苦笑し、二人の少女は笑みを浮かべる。

 そんな微笑ましい雰囲気は ──

「んで、何時までじゃれついてんだよ、にーちゃん」

「うおっ!」

 不機嫌な鉄槌の騎士により霧散する。

「な、なに睨んでんだよ、ヴィータ」

「睨んでねーです。 コレは生まれつきですー」

 思いっきり不機嫌そうに睨みながらも、自分は怒ってないと主張するヴィータに苦笑する横島。

「ところで、にーちゃん気付いてるか?」

「ん? 何に?」

「そいつの事」

「は?」

「ふぇ?」

 ヴィータがグラーフアイゼンで指し示したのは、栗毛の少女。

 横島も、指し示された本人も、訳が分らず疑問符を浮かべる。

「そいつ、結構スゲー魔法力持ってるぞ」

「はぁ?」

「ま、魔法力?」

 首を傾げる少女を怪訝そうに眺めて、横島は噴出す。

 ヴィータの言っている事は事実だったからだ。

 何の隠蔽もされていない魔法力が栗毛の少女から滲み出ている。

 それは、中堅どころのGSの霊力と比べても遜色のないレベルだった。



 後の世に ──

 《魔神殺し》《文珠使い》《人界のワイルド・カード》《動く非常識》《煩悩大魔王》等の二つ名で呼ばれる人類屈指の霊能力者 ── 横島忠夫と ──

 《魔砲使い》《砲撃の戦乙女》《要塞人間》《天空の覇者》《不屈の乙女》等の二つ名で呼ばれる人類屈指の魔導師 ── 高町なのはは ──

 ── 此処に出会った。





 その頃 ── 別行動中のシグナム・シャマル組はというと ──

「紫電 ── 一閃ッ!!!」

 振り下ろされた炎を纏うレヴァンティンは、少年に襲いかかろうとした不定形な黒い靄の集合体 ── 横島がいればきっと祟り神と呼んだ ── を縦に両断した。

「気を付けてシグナム!! ソレはおそらく、ロスロトギアを取り込んでるわ」

「ふっ、問題ない。 我々、ベルカの騎士に ──」

 両断され弱っているソレとの間合いを一気に詰めるシグナム。

「── 一対一で負けはないっ!!」

 反応する暇を与えず今度はレヴァンティンを横に振るう。

 横にも両断された黒い靄は、一度震えると一気に霧散し、ロストロギアである蒼い宝石が露出する。

「くっ!」

 先程まで黒い靄に襲われていた少年は腰のポーチから赤い珠を取り出すと、ソレを掲げる。

 展開されるのは緑色の魔方陣。 シグナム達の使うものとは違い、円を描く魔方陣は少年の手に収束していく。

「── ジュエルシード………封印っ!!!」

 魔方陣から放たれた光は、蒼い宝石を包み込む。

「ミッド式!? やっぱりあなたは………」

 少年の使った魔法を見て、シャマルは少年が魔導師であると確信する。

 そして、今回のロストロギア飛散に何らかの形で関与していると ──

 光に飲まれた蒼い宝石は淡い光に包まれ、 少年の持つ赤い珠に吸い込まれていく。

 ソレを確認した少年は安堵の息をつくと、シグナムとシャマルに目を向ける。

「どなたか………存じませんが………ありが………とう、ござい………ました」

 途切れ途切れに礼を口にすると少年はそのまま倒れこむ。

「むっ」

 素早く近づいたシグナムが、その少年を抱える。

 シャマルも慌てて近づくと、クラールヴィントを使って少年を診察する。

「どうだ、シャマル?」

「── 魔法力の使いすぎと、疲労ね。 休めば大丈夫よ」

「そうか………それにしても、これで何らかの事情が判明するな」

「ええ。 この子言っていたものね、《ジュエルシード》って」

「ああ。 少なくとも、ロストロギアについて何か知っているのだろう」

 そう言うと、シグナムは少年を抱えて立ち上がる。

「さて、家に帰るとしよう」

「ええ。 それにしても ── 可愛らしい少年にお姫様抱っこだなんて、シグナム羨ましいわよ」

「── 馬鹿を言っていないで行くぞ、シャマル」

「あ、待って、シグナム」

 呆れたように溜息をついて帰路につくシグナム。 その後ろを慌てて追うシャマル。





 この二つの出会いが、事件にどのような影響を与えるか ── まだ誰も知らない。











[4474] GS横島 リリカル大作戦  リポートⅢ  『 煌く災厄の種 ── ジュエルシード 』
Name: 矢崎 竜樹◆e3cad9d9 ID:3f76fc13
Date: 2009/02/27 09:02

 それは、突然の出会いだった。

 日常に割り込んできた非日常。

 突然に舞い降りた命の危機。

 悲しくて、怖くて、助けて欲しくて ──

 誰も助けてくれないと思っていたのに、その人は助けに来てくれた。

 スーツ姿がちょっと似合わない、赤いバンダナを巻いた人。

 背中越しに笑った顔は、多分お兄ちゃんと同じぐらいの年の人なのに、子供みたいな笑顔だった。

 その背中はとても大きく見えて、とても頼もしかった。

 不思議と、助かったんだって思えて、思わず泣いちゃう位に。



 そんな風に思ってたんだけど ──



「はじめましてっ! 僕、横島ッ! 眼鏡が似合うキュートな貴女のお名前はッ!!」

「えっ? ええと、高町美由希ですけど?」

「── 新手の押し売りか何かか?」

「ちょ、恭ちゃんっ!! それ真剣だよねっ!? 殺気も凄いしっ!!」

「あん? ── 見るからに美形………しかも、モテ臭がプンプンと………敵かっ!?」

「ちょ、横島さん?もっ!! てゆーか、手から光る剣がっ!? ラ〇トセイバー!?」

「っ!! 面妖なっ!」

「いきなり銃刀法違反犯す奴に言われたないわっ!!」

「この場合どっちもどっちだよねっ!? それとさっきから私、ツッコんでばかりだよっ!!」

「「確信した、貴様は敵だっ!!」」

「会話らしい会話もしてないのに確信しちゃうの!?」

「いい加減話し進めろよにーちゃん」

「おごっ!! ちょ、ヴィータ!! 流石の俺もグラーフアイゼンの不意打ちはっ!!」

「いいから、とっとと進めねぇと、今度はラケーテンでぶっ潰すぞ?」

「ちょ、突然ハンマーがっ!? 何っ!? これ一体どういう状況~~~~~!?」


 ── わたしの気のせいだったのでしょうか………


「何なのよ、このカオス………」

「は、ははははっ」

「にゃははははは」


 と、とにかく、GS横島 リリカル大作戦 始まります ── 初めてなのにコレは無いよ(ボソっと)






 GS横島 リリカル大作戦  リポートⅢ  『 煌く災厄の種 ── ジュエルシード 』






 ロストロギアの回収を完了した横島とヴィータは、巻き込まれた三人の少女 ── 高町なのは、アリサ・バニングス、月村すずかの三人を家に送ることにした。

 塾に行く途中だった三人だったが、流石にオカルト事件に巻き込まれた後では行く気にもなれず、持っていた携帯電話で塾に連絡を入れ横島も交えて事情を説明すると、とりあえず一番近いところにあるなのはの家に向かうことになった。

 なのはの家族には、色々と話をしないといけないので横島もヴィータも特に反対しなかった。

 高町家は喫茶店を経営しているので、両親は家には不在で家にいたのは、なのはの兄の恭也と姉の美由希の二人だった。

 そして、話は冒頭へと繋がる。

 自他共に認める煩悩青年・横島が暴走。

 それに呼応するかのように、生真面目な恭也も暴走。

 いきなりナンパされたり、兄弟子で師匠的ポジションの恭也が暴走したり、ペンダントがいきなりハンマーに変形と、美由希は大混乱。

 そして、先程までのシリアスな雰囲気が一気にギャグなカオスに変わり、呆れる三人。

 騒ぎが収拾したのはそれから数十分経った後だった。





「オカルト事件に巻き込まれたっ!? ちょ、三人とも、大丈夫だったの!?」

「うん、その ── 横島さんとヴィータちゃんが助けてくれたから」

 リビングに移り、説明を受けた美由希が思わず身を乗り出すが、なのはの答えに視線は二人の客 ── 横島とヴィータに向く。

 視線の先では、横島と恭也が睨み合いで火花を散らし、出されたジュースを飲みながらもその横で呆れる、なのは達と年が変わらないように見えるヴィータ。

 一般的な感性の持ち主なら疑う話である。

 しかし、高町美由希 ── というか、高町家の人間はちょっと一般的ではなかった。

「う~ん。 確かに、立ち居振る舞いが普通じゃないとは思ったけど………横島さんって、GS?」

 古流剣術を学ぶ美由希は横島とヴィータの動きをそれとなく観察していた。 それにより、見た目 ── 方や貧弱坊や、方や幼jではなく少女 ── に反して実力者であること感じていた。

 もっとも、突然ナンパしたり、連れの頭を鉄製のハンマーで殴り、鉄製のハンマーで殴られても平然としていられる等、特に観察しなくても普通じゃないとは分かるだろうが………

「ん? そうそう。 俺GSなんだよ美由希ちゃん。 はいこれ、名刺。 何かあったら連絡してね、美由希ちゃん見たいな可愛い子ならサービスするから♪」

 自分が話題に上った途端に睨み合いを止め、美由希に名刺を渡す横島。 証拠に免許を出すのも忘れない。

 そんな横島に呆れてため息をつくヴィータと、乾いた笑みを浮かべるなのはとすずか。 アリサと恭也は胡散臭そうに横島の出した免許を見る。 と、いうか、何気にアリサは助けられたというのに失礼である ── 無理も無いかもしれないが………

「んー、横島除霊事務所、所長って………所長!? えっ!? 横島さんって恭ちゃんと年が変わらないように見えるのに!?」

 美由希の声に、視線が横島に集まる。 とてもではないが注目されて「いや~、はははっ」といい感じに舞い上がっている横島が、所長などという重要なポジションについているように見えない。

「所長ということは ── 既に独立しているということか………人は見かけによらないというが………」

「全然っ、そう見えない」

 恭也に続くアリサの科白に横島は、かくり、と項垂れる。 家族を貶されたのだから少しは怒るかと思われるヴィータであるが、良い薬になるとでも思ったのか沈黙を保つ。 それでも、一瞬だけ眉が動いたが………

 その時、横島とヴィータを除く全員の心が一つになった。

 ── 色々と大丈夫なのか? その除霊事務所は? ──

 しかし、事実は異なり、横島の所長としての能力はそれなりに高かったりする。

 以前、美神事務所を任された際は見事黒字を出す商才を持ち、元々、様々な雑用をこなしていた事に加え、独立する前の一年で意図的に美神が回した仕事により、事務所運営のノウハウを学び、更に、あの両親から経営について学習し、助言まで貰っているのである。

 これで、駄目だった場合、おそらく横島の命は既にない。

 もっとも、現在は大きな仕事はなく、GS協会から細かな仕事を斡旋してもらった程度ではあるが………

 そんな状況でこんな利益に繋がらない事件に巻き込まれている辺り、横島のトラブル吸引体質も大概である。

 閑話休題 ──

「しかし ── なのはを送り届けてくれたのは感謝するが、本当にそれだけか?」

 恭也の鋭い視線が、項垂れる横島に向けられる。

 その視線を感じたのか顔を上げる横島、そこにはシリアスな表情 ── 愛嬌ともいえる軽薄さのない表情だった。

 それを見て、恭也は心の内だけで感嘆の声を上げる。 こんな表情も出来るのかと。

 突然シリアスになった雰囲気に戸惑うなのは達。 ヴィータは小さく溜息をついた。 やっと話が進むと声には出さずに心の内で思うのも忘れない。

「正直、なのはちゃんの御両親も交えて話さないといけない事なんだが………単刀直入に言うと、このままじゃなのはちゃんは危険だ」

「何っ!?」

「ええっ!!」

「ちょ、どういう事よっ!」

 可愛い妹が危険と言われて驚愕に目を見開く恭也と美由希。 親友の危機に憤慨し、身を乗り出すアリサ。 そして、驚愕し息を呑むなのはとすずか。

「単刀直入に言い過ぎだ、にーちゃん ── まぁ、直ぐどうこうって事じゃないから、落ち着けよ、アンタ等も」

 そして、義兄の単刀直入すぎる言いように、呆れつつもヴィータはフォローを入れる。

「簡単に言うと、そこの ── なにょはは才能があるんだよ、GSの。 それも結構凄い」

「にゃっ!? なにょはじゃないよっ! なのはなのっ!」

「うっせぇ! 言い辛いんだよ、お前の名前!」

「ぎゃ、逆切れっ!? 酷いよ、ヴィータちゃん!!」

 何となく、シリアスな雰囲気が霧散する光景に、乾いた笑みを浮かべる一同。

 何とか気を取り直し、咳払いをして周囲を置き去りにして口論するヴィータとなのはに注意を促す横島。

「あー、あれだ。 ヴィータが言うようになのはちゃんには才能がある。 ただ、厄介な事にそれが、霊力じゃなくて魔法力の才能なんだ」

 そう言うと、お茶でのどを潤す横島。 そんな横島に、真剣な表情で疑問を投げかける恭也。

「その、魔法力か? それの何が問題なんだ? いや、そもそも、本当になのはにGSの才能があるのか?」

「そうそう。 こう言っちゃなんだけど、家のなのはは運動苦手だし」

「ひ、酷いの、お姉ちゃん………」

 恭也に便乗した美由希の科白に、がっくり、と落ち込むなのは。

 そんななのはに苦笑する横島は、話を続ける。

「運動能力はあんまり関係ないんだよ、GSには。 実際、俺の知ってるGSには運動が苦手な人もいるし。 低いよりは高い方がいいけどね運動能力。 仕事 ── というか、命に関わる場合もあるし」

「大体は、霊力使って身体能力を底上げしてるけどな。 にーちゃんもそうだし」

「まぁ、遊撃担当だからな、俺は」

 とは言え、横島の身体能力は霊力での強化をしなくても素で高い。 なにせ、霊力に目覚める前から、美神の除霊道具一式を担いで現場を縦横無尽に走り回っていたのだ。 一見貧弱坊やの外見からは想像できない身体能力がある。 もっとも、身体能力が高くなければ、とっくの昔に死んでいるような環境でもあったが………

「話が逸れているな………本題に戻ってくれ」

 恭也の一言に、一瞬、嫌そうな顔をするが、話を続ける横島。

「それで、魔法力の説明なんだけど ── 魔法力は霊力の亜種だと思ってくれていい。 殆ど似たようなものなんだけど、少しだけ性質が違う。 魔法力は霊力よりもより、術式との相性がいい。 才能があれば、思いつきで編んだ術式で術が発動しちゃうぐらいに」

 これが、霊力と魔法力の最大の違いである。

 術式を思考し、力をその通りに流せば術として発動する。

 霊力の場合は、霊符、言霊、魔方陣等の補助が無ければ術として発動しない。 これは、現在の魔女である魔鈴や失われた古の術式すら知るカオスとて例外ではない。

 逆に、力を術式などを通さず純粋に使うのに適しているのが霊力である。 無論、魔法力でも同じことは出来るが、効率的には霊力の方が遥かに良い。

 この違いをカオスは、魔法力所有者のみが持つ霊的器官《リンカーコア》の特質ではないかと考えているが、実証はされていない。 

 また、魔導師の杖とも言うべきデバイスが発達したのは、科学技術の違いだけではなくこの性質の違いも関係しているのだろう。

 ちなみに、霊力と魔法力の両方の性質を持っているのが、妖力、魔力、神力だったりする。 魔族や神族、妖怪が、補助も無しに強力な術を発動させる背景にはこういう理由があったのだ。

 再び、閑話休題 ──

「えっと、もしかしたら、わたしは魔法が使えたりするんでしょうか?」

 ちょっと期待したように聞いてくるなのは。 やはり、彼女ぐらいの年齢だと憧れるものがあるのだろう、魔法に。

 答えたのは、横島ではなくヴィータだ。

「使えるけど、使おうとか考えるなよ。 適当に術式組んで暴走させたら冗談抜きに死ぬ事だってあるんだぞ」

「えっ、ええええっ! そ、それ、本当なの、ヴィータちゃん!?」

「ああ。 ただ死ぬだけならまだマシだ。 下手すりゃ周りまで巻き込んで ── ボン、だ」

 そう言って、握り拳を、ぱっ、と広げるヴィータ。

「ぶっちゃけ、現状のなのはちゃんは生きた爆弾だな」

「爆弾ッ!?」

「わりと冗談抜きでな」

 横島とヴィータの科白に、本気で落ち込むなのは。

 恭也や美由希、アリサ、すずかの顔色も悪い。

「加えて、なのはちゃんぐらい力が強いと、悪霊だの、妖怪だのに狙われる可能性も出てくる。 この辺りは、霊力だろうと、魔法力だろうと関係ないけど」

 紡がれた横島の言葉に、なのは達の顔色は更に悪くなる。 なのはにいたっては目尻に涙が溜まり始めている。

「どうにかならないのか?」

「それを話し合いに来たんだよ。 最初に言っただろ、御両親が居た方が良かったって」

 恭也の鋭い視線を物ともせず、横島は本題を切り出す。

「なのはちゃんには選んでもらいたい。 その力を封印するか、制御する為の訓練をするか。 ちなみに、現状維持は無し。 もう、魔法力は覚醒している。 眠っているままならそれでも良かったんだけど、さっきの騒ぎできっちり覚醒しちまってる」

 そう言って横島はお茶を一口飲んだ。 沈黙が辺りを支配する。

 先の騒動で、黒い犬 ── ロストロギアに取り込まれた犬の動物霊と接触したなのはであるが、その際に感じた命の危機は魂に圧力を掛けた。 そして、高町なのはの魂はその反動で自身の内に眠れる力、魔法力を覚醒させた。

 こうなっては、もはや力を封じるか、使う術を学ぶかしかない。 現状維持を続けた先に待っているのは ── おそらく破滅だ。

「ちなみに、訓練を見てくれるのはヴィータだ」

「って、ちょっと待てにーちゃん! 何でアタシが!?」

 横島に突然話を振られたヴィータは立ち上がって抗議する。

「何でって、そりゃ、なのはちゃんに一番年が近いのがヴィータだからだろ」

「それ関係ねーよ! シャマルとか、ザフィーラでもいいじゃん! なにょは「なのはなのっ!」ぐらい力が強けりゃ、シグナムだって嬉々として鍛えるだろうしっ!」

「ってもなぁ、ザフィーラじゃなのはちゃんが萎縮しちまうだろうし、素人のなのはちゃんにバトルマニアのシグナムさんてのもなぁ。 シャマルさんは ── ほら、アレだ、色々と心配だし………」

「む、まぁ、シャマルは確かにそうだけどさ………」

 二人のシャマルに対する認識が良くわかる会話である。

「それに、俺には無理だしな。 霊力ならまだしも魔法力の訓練なんかサッパリ分らん」

「ええっと………それでいいの横島さん?」

 あまりにも堂々と言い切った横島に、汗を一筋流しつつ美由希が突っ込む。

「まぁ、俺は霊能力者なんで。 それに、家にはヴィータを始めとして頼りになる魔法力所持者もいますし」

 そういって、ヴィータの頭を少し乱暴に撫でる横島。 不満そうにしながらも、頬を少し赤らめさせて受け入れるヴィータ。

「ヴィータちゃん、てれてるの」

「てれてるわね」

「てれてるね」

 そんなヴィータを微笑ましそうに見るなのは、アリサ、すずか。 ヴィータは顔を一気に赤くすると、「うっせぇ!」と睨みつける。

「まぁ、そういう訳なんで家族できちんと話し合ってくれ。 あ、それとコレ、御守みたいなもんなんで持っててくれ、なのはちゃん」

 そう言って意識下から具現化させた文珠を一つ差し出す横島。

 刻まれている文字は《護》である。

「はい ── あ、綺麗なの………」

 受け取った文珠を眺めるなのは。 淡い翡翠色の球体を様々な角度で見るが、その中に刻まれた《護》文字の角度は変わる事はない。

「へぇ、文字の角度変わらないわね、不思議ね」

「うん。 それに、宝石みたいで本当に綺麗だね」

 なのはの受け取った文珠をその左右に座るアリサとすずかも観察している。

 そんななのは達を尻目に、ヴィータは横島を見る。 その視線が少しキツイのは何も目付きの悪さだけではないだろう。

「いいのかよにーちゃん。 結構大盤振る舞いじゃねーのか。 昨日も使ったんだろ?」

「まぁ、最近大きな仕事も無かったしな。 結構ストックはあるから、一つぐらいなら無問題だ」

「いや、何で中国語? ── その一つが命取りになる場合もあるじゃんかよ」

「それを言ったら限が無いだろう」

 自分を心配してくれるヴィータに苦笑しつつも、頭を撫でる横島。 ヴィータは一瞬それを受け入れて、慌てて「何度も撫でるなっ!」と払いのける。

「む………それは貴重なものなのか? だとしたら、流石に貰うわけには………」

「貴重といえば貴重なんだろうけどな。 別に金が掛かってるわけでもないし、作ってるのは俺だから気にする事は無いな」

「ふむ。 ならば、好意は受け取っておいた方がいいな」

 恭也の疑問に、横島が答える。

 現在、横島は一日毎に文殊の生成が可能になっている。 その為、一つぐらいなら譲れる余裕もあるのだ。 ただ、現在巻き込まれた事件のことを考えると、あまり余裕が無いのも確かなのだが………

 そこは ──

「まぁ、俺は美女と美少女の味方だからな。 将来が楽しみななのはちゃんの為なら、何の問題もない」

「ふ、ふぇ!?」

 突然、将来が楽しみといわれたなのはは、恥ずかしさで顔を赤くする。 そんななのはの様子に、恭也とヴィータの機嫌が悪くなり、むっ、とした表情で横島となのはを見る。

「さて、それじゃ、さっき言った事はきちんと考えてくれ。 考えが纏まったらその名刺の番号に連絡してくれれば言いから」

「あ、はい」

 赤い顔のままで、コクコク、と頷くなのは。 そんななのはに苦笑して横島は立ち上がる。

「それじゃ、そろそろ俺達は御暇しますか………ああ、参考までに一言、なのはちゃん」

 立ち上がったなのはを見る横島の目は真剣だった。

「GSになるつもりが無いんだったら、その力は封印した方がいい。 霊力にしろ魔法力にしろ、普通に生きていくにはまったく必要が無いどころか、時には邪魔になる力だから」

「え?」

 怪訝そうな顔をするなのはに、横島は続ける。

「それでも、選ぶのはなのはちゃんだ。 考えて、相談して、流されないように、きちんと自分の頭で、心で考えて答えを出した方がいい」

「── はいっ!!」

 真剣な目の横島に力強く頷くなのは。 そんななのはに微笑むと、なのはの頭を軽く撫でる。

「それじゃ、連絡待ってるよ」

 部屋を出て行く横島。 それに続くヴィータ。 なのは達も見送る為にその後に続く。

 横島が高町家を出るとき、なのはが声を掛けた。

「あ、あの、今日は本当にありがとうございましたっ!」

 頭を下げるなのはに、横島とヴィータは異口同音に「気にするな」といって出て行った。

 そのときの横島の微笑を見て思う。

 突然、お姉ちゃんをなんぱしたり、お兄ちゃんと喧嘩したり、助けてくれたり、アドバイスをくれたり、よく分らない人だけど、とっても良い人だと。





 横島とヴィータが高町家に居る頃 ── 件の少年を連れてシグナムとシャマルの二人は帰宅していた。

「ん~、ホンマに大丈夫なん? なんや、全然起きへんけど」

 客間 ── 帰国した百合子達が泊まれるように用意した部屋に寝かされている少年を見て、はやては疑問をシャマルに投げかけた。

「ええ。 魔法力を大分使っている上、かなり疲労していたから暫くは起きないと思うわ。 ただ、回復魔法も使ったから大丈夫よ、はやてちゃん」

「そんならええんやけど………雑炊でも用意しとったほうがええかな?」

「ん~、今日中には起きると思うけど、何時起きるかは分らないから作るのは後にして、直ぐに作れるようにしておいた方が良いかしら」

「せやね。 それにしても、一人で頑張っとったんかな? わたしとそう年が変わらんように見えるけど………」

 少しだけ悲しそうに少年を見るはやて。

 はやては、横島家に引き取られてから基本的には一人で居る事はなかった。

 何時も騒がしいながらも楽しい家族に囲まれて、本当に孤独など感じた事はなかった。

 ただ、両親が外国へ赴任し、横島との二人暮しが始まると事情が変わった。

 学校やバイトで家を空ける横島。

 その間、はやては一人家に居た。

 普段が騒がし過ぎるほど騒がしく、本当に毎日楽しい暮らしが続いたせいかもしれないが、一人で居るとはやては途端に寂しさを覚えていた。

 無論、そんなはやてに気を使い、時折、美神除霊事務所に連れて行ったり、付喪神であり同級生の愛子を家に招待したりと、横島も色々とやっていたが、それでもはやてが一人で居る時間が出来てしまった。

 だからだろうか、はやては孤独に敏感だ。

 そして、はやては少年から孤独さを感じていた。

「そうかもしれないわね………きちんと話しを聞かないと分らないけど」

「そうやったら………ちょっと悲しいな………」

「大丈夫よ、はやてちゃん」

 落ち込むはやてに、シャマルは微笑む。 そんなシャマルを見上げるはやては首を傾げる。

「ほら、家には忠夫くんも居るし、寂しさを感じてる暇なんてないぐらい、騒動だらけだもの」

「── ぷっ、せや、せやな。 家にはアンちゃんもおるしな」

 シャマルがウインクをしながらおどけて言う様子に、はやては小さく噴出す。

 そして、今の横島一家が寂しさだの孤独だのから遠くはなれた存在だという事を思い出す。

 家族が増えたということもあるが、その中心に居る横島からしてトラブル吸引体質であり、自身が騒動の中心になるような男である。

 そんな家に居て孤独を感じるような人間は、よっぽどネガティブな人間だけだろう。

 そう思うと元気が出てくるはやてであった。

「ほな、わたしは準備の方を ──」

「うっ………」

 車椅子を操作して部屋を出ようとしたはやての耳に、少年特有のボーイズソプラノの小さな呻き声が届く。

 はやてとシャマルが声のした方 ── ベットに眠る少年に目を向けると、固く閉じられた瞼がゆっくりと開いていた。

「こ、こは………?」

「ありゃ、もしかして、煩かったんやろか」

「そ、そうかもしれないわ」

 苦笑を浮かべるはやてとシャマルを尻目に、少年は上半身を持ち上げようとするが、はやてとシャマルにより止められる。

「ちょ、寝てなアカンよ。 さっきまで気絶しとったんやから」

「はやてちゃんの言う通りよ。 此処は安全だから寝てて、ね?」

「えっと……はい ── あ、あなたは………」

 再び横たわった少年はシャマルを見て軽く目を見開く。 そんな少年にシャマルは微笑む。

「わたしの事はきちんと覚えてる?」

「はい………助けていただいた上に、休ませてもらったみたいで………ありがとうございます」

「いいのよ。 わたし達もあのロストロギアについて聞きたい事もあったし。 まぁ、それは後でも良いから、今は休んで」

 シャマルの科白に、少年の目が少し険しくなる。

 そんな少年の警戒を和らげるようにシャマルは微笑んだ。

「安心して、私達はあのロストロギアを利用したい訳じゃないわ。 ただ、このままだと危険だから封印、回収していただけ。 正直、あのロストロギアが何なのかもよく分ってないの。 分かっている事といえば、アレが強大な魔法力 ── あなたには魔力といった方が良いわね。 とにかく、アレが強大な魔力を内包している事と、人の思念に反応する事。 あとは、空間に干渉する事だけ。 もっとも、あなたが戦っていたアレの事を考えると、人の思念だけじゃないのかもしれないけど」

「そう………なんですか?」

 まだ少し警戒しているものの、少年の警戒心は少し和らいだようだ。

「ええ。 直ぐには信じられないと思うけど、今は休んで。 話はその後よ」

「………そう、ですね。 すみませんが、今は休ませてもらいます」

「ええ。 あ、そうそう。 自己紹介をしてなかったわね。 私はシャマル、横島シャマルよ」

「あ、わたしははやて、横島はやて。 はやてでええよ」

 横たわる少年に自己紹介するシャマルとはやて。

 その自己紹介に、少年は微かに笑みを浮かべて答える。

「ユーノ ── ユーノ・スクライヤです。 ユーノで構いません」





 横島とヴィータが帰宅したのは、ユーノが再び眠りに就いた頃だった。

 居間でお茶を飲みつつ、今後の事を話し合っていたシグナムとザフィーラから説明を受けた横島とヴィータは、二階の客間の方へと視線を向ける。

「《ジュエルシード》ねぇ………宝石ってのは分かるけど、種ってのはどういうことだよ」

 封印を施したロストロギア ── ジュエルシードを眺めながらどうでも良い事を呟く横島。 その頭の中では、ジュエルシードから、ニョキニョキ、と以前とある事件で戦った植物の大妖怪《死津喪比女》の花が生えてくるところを想像して ── 止めた。 現在この家には三つのジュエルシードがあるのだ。 正直、そんな事になったら洒落ではすまない。 馬鹿な想像もする気になれない。

「んで、結局まだ詳しい事は判ってねぇんだよな」

 ヴィータの確認に、シグナムとシャマルが頷く。

 現状はあまり良くはない。 その最大の原因は横島達が遭遇した黒い犬であり、シグナム達が遭遇した黒い靄だ。

 どちらか一方だけなら楽観的に偶然と片付けられたかもしれないが、双方に現れたところを見ると、アレはジュエルシードの特性の一つなのかもしれない。

 しかも、横島達が遭遇した黒い犬 ── ジュエルシードに取り込まれ再構成されたと思われる犬の動物霊は、元が大した力を持たない動物霊だったに関わらず、大幅にパワーアップしていたのだ。 これが強力な悪霊だった場合、かなりの被害が出るのではないかと考えられる。

「これからどうする忠夫? 今現在確認できている落下予測地点は全てあたったぞ」

 シグナムの言葉に腕を組んで考える横島。

 海鳴市に飛散したジュエルシードは全部で二十一個。 しかし、回収出来たのはたったの三個。 他は全てハズレだったのだ。 しかし、上記のような現象が起こる可能性がある以上、あまりのんびりとしても居られない。早急に回収する必要があるのだ。

「とはいえ、手が足りんのも事実だしなぁ ── しゃぁない。オカGを巻き込むか………」

 横島がポツリと零した言葉に、シグナム達は顔を顰めた。

 オカG、正式名称をICPO超常現象対策課。 通称はオカルトGメン、オカGはその略称である。

 この組織をヴォルケンリッターの面々はあまり好きではない。

 色々と理由はあるが、最も大きな理由は二つ。

 それが、幾度となく自分達の前に立ちはだかった時空管理局を髣髴とさせる組織である事と、横島を散々利用して大したフォローをしていない事。

 特に、二つ目の理由でヴォルケンリッター達はオカGを嫌っていた。

 無理もないかもしれない。 横島はやてと横島忠夫は、気が遠くなるような長い時間、道具として扱われ、苦しんできたヴォルケンリッター達に、騒がしいながらも穏やかで暖かな日常をくれたのだ。 どれだけ切望しても手に入らなかった平穏をくれたのだ。

 ヴォルケンリッター達にとって護る対象は、もはや主であるはやてだけではない。 この横島家とそれに深く関わる者も含まれるのだ。

 それ故に、ヴォルケンリッター達はオカGを嫌う。

 もっとも、自身達が公には秘密にしている色々な事がバレるのを嫌っているということもあるのだが。

 しかし、ヴォルケンリッター達がそんな事を考える一方、横島はというと ──

「相変らず、隊長達が嫌いみたいだなぁ」

 あんまり気にしていないのである。

 もっとも、横島とて思うところが全く無い訳ではない。 それでも、判ってしまうのだ。

 大切なものを護りたいと思う気持ちが。

 美神美智恵が美神令子を護ろうとした気持ちが。

 彼自身、恋人を、ルシオラを護ろうとしていたから。 護りたかったから。

 美神令子を、氷室キヌを、他の仲間達を護りたかったから。

 だから、あまりに気にしないことにした。 何より、あの《大戦》で何かを失ったのは自分だけではないのだから、と。

 そんな横島の思いを知るヴォルケンリッターの面々は、苦笑する横島を見て溜息をつく。

 実際、現在人手はなりいない。

 そして、オカGは曲がりなりにも、超常現象を専門とする警察組織である。

 その組織力は正直喉から手が出るほど、現状では欲しいのである。

「………シグナム、ザフィーラ、ヴィータちゃん、色々納得できない出来ないでしょうが、ヴォルケンリッターの参謀として、忠夫くんの案に賛成よ」

 熟考したシャマルの言葉に、シグナム達はシャマルの顔を見る。

 理解したのだシャマルの言葉の裏を。 その言葉に込められた意味を。

 それはつまり ── 横島家の一員としては嫌だけど、主を、家族を護る守護騎士ヴォルケンリッターとしては容認せざる得ない。

 そんなシャマルの思いを汲み取った三人は、溜息をついて納得した。

「しゃーねーか」

「そうだな」

「ああ」

 どう見ても嫌々ですという三人の態度に、横島は苦笑する。

「んじゃ、そういうことで。 取り合え資料を纏めて隊長たちに話を通しておくよ」

 そう言って、横島は立ち上がり、準備をする為に仕事部屋に向かうのであった。





 結局、ユーノが目を覚ましたのは、夕食後。

 横島がオカGに話しを通し、協力体制を築き、これからの事を話し合っていた。

 ちなみに、美神美知恵と西条輝彦の指揮官組みは、一足先にこちらにくるそうだ。

 そんな中、よほど空腹だったのか、雑炊を綺麗に平らげたユーノから得られた情報で分かった事は、状況が更に悪くなったという事だった。

「やはり、次元干渉型か………」

「しかも、願望に反応するロストロギア………」

 苦々しい表情で呟くシグナムとシャマル。

 次元干渉型エネルギー結晶体ロストロギア ── 《ジュエルシード》 

 遺跡発掘を生業とする一族スクライアの一員であるユーノが発掘したロストロギア。

 本来であれば、今頃、時空管理局に回収され、調査、封印されるはずのソレは、輸送中何者香の襲撃を受け、海鳴市に飛散した。

 無謀とも言える責任感でそれを回収しようとしたユーノであったが、起動したジュエルシードの暴走体 ── シグナム達が遭遇した黒い靄 ── に追い詰められ、結局、シグナム達に助けられた。

 ジュエルシードはシグナム達の予想通り、次元に干渉し、時空震を発生させる次元干渉型。

 しかも、何らかの《願望》に反応し、それを叶える力を有する。

 つまり回収の際に、願望により起動したジェルシードにより生み出された暴走体という敵と、時空震を発生させない為の時間制限がついたようなものだ。

 しかも、然程力の無い犬の動物霊の暴走体ですら、かなりパワーアップしていたのだ。 力のある妖怪などの暴走体は何処までパワーアップするか判らない。

「あ゛ー、状況が悪くなる一方だな、おい」

「しかも、これってタダ働きやろ? ── オカGから幾らか出へんかなぁ?」

 状況の悪さに頭を抱える横島と、お金の心配をするはやて。

 何かと個人営業は大変なのである。

「あの、助けていただいたのに、こんな事を言うのもなんですが………回収は僕がします。 皆さんに御迷惑は ── 」

「掛けられないってか? あのな、迷惑なんてそのジュエルシードが飛散した時点で掛かってるってーの。 どの道、次元震なんか起こさせるわけにはいかないんだよ、こっちだって」

 ユーノの科白に割り込んだヴィータは不機嫌そうである。

 基本的に必要の無い戦いを嫌うヴィータは、文字通り騒動の《種》をばら撒かれて機嫌が悪い。

 しかし、それはユーノに対してというより、ユーノの乗る次元航行船を襲撃した何者かに向けているのだろう。

「まぁ、ヴィータが言う通り、こっちとしてもあんな危ない物、無視するわけにはいかんのよ。 て、訳だから、ユーノっていったか坊主?」

「は、はい」

「こっちに協力してくれ。 正直、猫の手も借りたいし、今んところ坊主が一番詳しいんだろ、ジュエルシードには」

「え、ええ。 僕が発掘したものですから」

 横島の問いに、ユーノは頷く。

「こっちでも、調査してるんだが、まだ全部済んでるわけじゃないんだ。 悪いが手伝ってもらうぞ」

「ちょ、調査っ!? 危険ですっ! すぐに中止して ──」

「ほう、聞き捨てならんな、小僧」

 そんな言葉とともに、リビングに入ってきたのは食事をせずに今まで篭っていたカオスと、マリアの二人。

 にやり、と笑みを浮かべたカオスの老人と思えぬ眼光に射抜かれ、びくり、とユーのは震えた。

「この《ヨーロッパの魔王》ドクター・カオスをあまり舐めるでないぞ、小僧。 まぁ、取り合えず文句は見てから言ってもらおうかの。 それより ── はやて嬢ちゃん」

 静かに、はやてに視線を移すカオス。 そのシリアスな雰囲気に、思わず姿勢を正すはやて。

 誰かが喉を鳴らした、ごくり、という音が沈黙に包まれた部屋に響いた。

「飯はまだかのぅ? 腹が減って調査どころではないわい」

 ぎゅごごごごー、とカオスの腹が盛大に鳴るのと同時に、すてーん、とコケる一同。

「ど、どうせこんなこったろーと思ったよ………」

「色々・台無し・です」

 全く持ってマリアの言う通りだった。





 愉快な横島一家のボケ担当が、オチを付けている頃 ──

 一人の少女が、その決意を堂々と、宣言していた。

「私 ── 魔法を習いたいですっ!」






「ま、魔砲少女キター!!!!」

「うおっ!! ど、どうしたんやはやてっ!!」

「な、なんや急に叫びたくなったんや、アンちゃん………思わずカッとなってやったんやけど、反省も後悔もせえへんよ」

「いや、した方がええやろ。 あと、魔《砲》って ──」

「そこはツッコんだらアカン」
















[4474] GS横島 リリカル大作戦  Interludeリポート  『 動き出した物語 』
Name: 矢崎 竜樹◆e3cad9d9 ID:3f76fc13
Date: 2009/07/11 14:17

「それにしても、呆れるほど騒動に巻き込まれるわね、アイツも」

 横島より届いたジュエルシードの報告を受けた美神美智恵は、海鳴市への出動の準備を部下の西条輝彦に任せ、横島の師の一人でありかつての上司、そして、美智恵の娘である令子の下を訪れていた。

「まだ独立して一年も経ってないのに、ね。 そういう星の元に生まれたのかしら横島くんも」

 苦笑を浮かべる美智恵の視線の先には、氷室キヌが淹れた紅茶を優雅に飲む令子の姿がある。 もっとも、その表情は盛大に『私、呆れ果ててます』と言わんばかりで、溜息もついているが。

「大丈夫なんでしょうか横島さん………」

 何処か心配そうに呟くキヌ。

 丁度三時の休憩中にやって来た美智恵の前に紅茶を置くと、少し離れたところにあるソファーに身を沈める。

 眉を顰めるキヌの顔を、チラリと、横目に見たタマモの表情には心配そうな様子は窺い知れない。

「心配するだけ無駄よ、おキヌちゃん。 横島なら、泣いて、喚いて、文句を言いながらどうにかするでしょ」

「先生は強いでござるからな。 拙者もお手伝いをしたいでござるがって ── ひ、ひのめ殿っ! 髪を引っ張らないでほしいでござるよっ!」

「わんわ! わんわ!」

「い、犬じゃなくて狼でござる~~~~~!」

 タマモに続いて自称・横島の一番弟子の犬塚シロが口を挟んだが、腕に抱いた美神ひのめの無垢な暴虐に涙目になる。

 そんな従業員の様子を見ながら、令子は苦笑を浮かべると美智恵の持ってきた資料に改めて目を向ける。

 霊力の亜種である魔法力の高密度結晶体。

 異世界より漂着した、生物の『願望』に反応し、時にはその生物に寄生し暴走するマジックアイテム。

 その上、次元震と呼ばれる災害を引き起こす可能性もあるらしい。

 そんな事に関わることになるなんて、本当に騒動に愛されてる男だと思う。

「まぁ、横島くんなら大丈夫か………ママと西条さんも行くんだし」

「そうね。 正直、今の横島くんとは戦いたくないわね」

 横島は歪なGSである。

 知識等の面では、GSとしては二流程度。 しかし、戦闘面で見れば、その実力は一流 ── 条件次第ではそれすら上回る実力者。 知識と戦闘力。 この二つが非常に偏っていて、総合的に見てどうにか独立できる程度のGS。 それが、横島というGSである。

 無論、そういったGSが世に存在しないわけではない。 横島の友人である伊達雪之丞も同じようなタイプのGSだ。 寧ろ、横島よりも雪之上の方が歪さが目立つ。 もっとも、彼は今だ独立していないGSではあるが。

 そんな横島の知識面を補っているのがカオスの存在である。

 魔王の名を冠する彼の老錬金術師は、ボケと言う致命的な欠陥が除かれたせいか、かつての全盛期の頃 ── 否、年齢を重ねた故にそれ以上の能力を持って、横島をサポートしている。

 そこに、現在日本に居る霊能力者の中でもTOPクラスの実力者である美智恵と西条の二人が加われば、世界的に見てもかなり強力な布陣といえる。

 これでどうにもならないとなれば、それこそ神魔族に介入してもらうしかない。 曲がりなりにも弟子である横島からの要請なら、妙神山修行場の管理人である小竜姫や最高責任者の斉天大聖も動き易い。

 美神親子はそこまで考えて大丈夫だろうと結論付けている。 無論、油断は出来ないが。

「それに、横島くんのところに居る《例の四人》も居るしね」

「彼女達ね」

 令子の言葉に思い出されるのは、見た目以上の実力を持つ四人の男女。 一年程前に紹介された横島家に養子に入った面々である。

「例の魔法力を使う霊能力者だっけ? 四人ともかなり出来る方だから心配ないでしょう」

「そうね………ところで、令子。 彼女達について何か知らない?」

「何かって………何? 何か疑ってるのママ?」

「疑っていると言うほどでもないんだけどね。 あからさまに怪しいじゃない」

 眉を顰める美智恵に、令子は肩を竦める。

「ママ、疑うな、とは言わないけどほどほどにね。 あんまりやり過ぎると、横島のおば様を敵に回しかねないわよ。 そうなったら私は一切関わらないからね」

 据わった目で宣言する令子に、美智恵は苦笑する。 美智恵とてあの横島百合子を敵に回すつもりはない。

 しかし、件の四人が怪しいのも確かなのだ。 自分達にも秘密にしている何か、その《何か》が妙に霊感に引っ掛かる美智恵は情報を収集していた。 もっとも、先に述べた通りに百合子を敵に回すつもりは毛頭ないので、極秘裏 ── というより、細々とした、例えば今のように令子に尋ねるなど、横島の知り合いに時々尋ねる程度ではあるが。

 因みに、ヴォルケンリッターの面々の真実を知るのは、人界では横島家の面々とカオス、マリア。 後は、はやての治療に協力している魔鈴めぐみ、シグナムの同類であり、何気に仲の良い伊達雪之丞ぐらいだったりする。 他は、神魔族の面々 ── つまり、横島の師である斉天大聖と小竜姫。 横島家の一員認定を受けているパピリオとベスパ。 後は、ヒャクメ、ワルキューレ、ジークフリート。

 彼らは横島家から緘口令が出ているので、例え相手が美智恵であっても喋る事はないので、結局美智恵が真実を知ることはない。

「大事になる ── 事はないでしょうけど………少し気になるのよね」

 余談ではあるが美智恵が真実を知るのは大分後の話。

 その時、もっと早く知って居れば色々と動けたのにと零したが、百合子に鼻で笑われたのは割とどうでもいい話である。






 GS横島 リリカル大作戦  Interludeリポート  『 動き出した物語 』






 オカルト事件に巻き込まれたり、親友の意外な才能を知った翌日、通学路の道筋でアリサ・バニングスと月村すずかは困惑していた。

 原因は親友の高町なのは。

 オカルト事件に巻き込まれた事により、GSとしての ── 或いは魔法使い、若しくは魔導師としての ── 才能があることが発覚したなのはは、朝から何か分かり易いほど不機嫌であった。

 何しろ、特に何もなければ可愛らしく笑っている事の多いその顔は、現在、頬を膨らまし眉を顰めていた。

「えっと ── なのはちゃん?」

「ふぇっ? 何? すずかちゃん?」

 困惑しながらもどうにか声を掛けたすずかに、なのはは顔を向けた。 その顔に不機嫌さは微塵も感じられず、首を傾げる様子は何時ものなのはである。

 もっとも、だからこそ違和感がどうしようもなくあるのだが。 何せ先程までかなり不機嫌そうだったのだから。

「何? じゃないわよ。 どうしたのよ? さっきからかなり不機嫌そうだけど」

「うっ」

 アリサの追求に、なのははばつが悪そうにうめき声を上げる。 そんななのはの様子を見た親友二人は、顔を見合わせると同時に、ずいっ、となのはに詰寄った。

「で?」

「何かあったのなのはちゃん」

 方や据わった目のアリサ。 方や本気で心配げなすずか。

 なのはが白旗を揚げるのにそう長い時間はかからなかった。






 なのは達三人が、オカルト事件に巻き込まれた当日の夜。

 夕食後、高町家は家族全員が揃った家族会議を開いていた。

 なのは、恭也、美由希の三人の子供達からの報告を聞く、高町夫妻こと士郎と桃子の顔色はあまり良くない。

 士郎は嘗てボディーガードの仕事で生計を立てていた。 そして、ボディーガードの仕事で数回ではあるがGSとの共闘経験もあった。

 士郎、恭也、そして、美由希の修める古流剣術 ── より正確に言えば古流の総合武術 ── 《永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術》こと《御神流》はその筋ではかなり有名であり、完成された御神流の剣士は重火器で完全武装した兵士すら打倒し得る実力を有する。

 そんな御神流を修めている士郎をしてオカルト関係では無力なのである。 基本的に妖怪や神魔族は人間より圧倒的に基本スペックが高く、悪霊等の実体を持たない存在はそもそも物理攻撃が効果がない。 ましてや、呪い等の呪術はその存在を感知することすらできない。 最も銀製の武器や霊剣等の強いオカルトパワーを有する武器を持てば士郎でも戦えるのであろうが、GSが使うよりそれらの武器による効果は薄い。

 GSという一般人には理解できないオカルト専門の仕事が世間に認められている理由は、彼等しかオカルトに対抗できないからに他ならないのだ。

 そんなオカルト事件に、巻き込まれたのが少しでも逃げられる可能性のある恭也や美由希ではなく、逃げられる可能性が無いといっても過言ではないなのはなのだ。

 士郎や、士郎から話しを聞いたことのある桃子が心配しないはずが無い。

「それにしても、運が良かった………その、横島君には後で礼を言いに行かないとな」

 深々と安堵の溜息をつく士郎に、桃子も賛同する。 

「父さん、母さん、済まないがまだ続きがある」

 しかし、士郎の安堵も恭也の科白に掻き消される。

 恭也から伝えられたなのはの持つ才能。 オカルトパワー《魔法力》の説明。

 一般人から逸脱したオカルトパワー《魔法力》を有するなのは。

 このままでは、破滅しか道がない事。

 取れる手段は二つ、完全に封印するか、制御法を学ぶか。

 そんな話しを聞いた夫妻の顔色は悪い。 荒事に耐性のある士郎より、そういったものに耐性のない桃子の顔色は特に悪い。

「なのはが生きた爆弾か………」

「ううっ、爆弾は酷いよ………」

 士郎の呟きに、落ち込むなのは。 そんな様子を見ながら、恭也は思い出す。

 実は恭也は、件の話し合いの後一度横島に連絡をとっている。

 話し合いの場ではあえて尋ねなかったが、一つ気になったことがあったのだ。

 それはヴィータが零した言葉。 『下手すりゃ周りまで巻き込んで ── ボン、だ』と言う科白。

 最悪の事態でどの程度の規模になるのか? そんな恭也の疑問に返ってきた答えは、『街が一つ消える』であった。 無論、それは最悪を想定した場合であり、必ずしもそうなるわけではないが、しかし、可能性はあるらしい。

 正直そこまでとは考えていなかった恭也はそれを聞いた瞬間、呆けてしまったほどだ。 そして、恭也が出した結論は ──

「で、だ。 俺としてはなのはの力は封印するべきだと思うんだが………父さんと母さんはどう思う?」

「ふむ ──」

「そうね ──」

「お、お兄ちゃん!?」

 恭也の科白に、考え込む夫妻。 そして、驚愕の声を上げるなのは。 声こそ上げていないが、美由希も驚いているようだ。

「お兄ちゃん!? わたs ──」

「なのは」

 なのはの抗議を遮り、恭也は静かになのはを見つめる。

「今回ばかりは、俺は絶対に反対だ。 あの男も言っていたじゃないか、GSになるつもりがないなら封印した方がよいと」

「そ、そうだけど………でも! 横島さんは私が決めなさいって言ったよっ!」

「周りの意見をよく聞けみたいな事も言っていたな」

「で、でも! 流されちゃ駄目だって、自分の心と頭で考えて答えを出しなさいって言ってたもん!」

「ああ。 だが、なのはは今きちんと頭でも考えているか? 心だけで考えた答えではそれこそ流されているのと同じだぞ」

「ううっ~~~」

 なのはを見据えて話す恭也に、なのはは唸り声のような声を上げて恨めしそうに見ている。 何よりも家族、特になのはを大事にしている恭也であれば、折れることもあるのだろうが、恭也自身、今回はかなり本気なようで微塵も揺るがない。

 そして、突然始まった口論に置いていかれた形になった士郎、桃子、美由希はそんな様子を、内心驚いて見ていた。

 士郎は今でこそ喫茶店のマスターだが、以前はボディーガードの仕事をしていた。 そんな士郎はある仕事で意識不明の重傷を負うことになる。

 今でこそ何でもないように振舞っているが、当時は命も危ぶまれるほどで、桃子、恭也、美由希達は其々忙しく動いていた。

 そんな中、今以上に幼かったなのはは一人で居る事が圧倒的に多くなり、結果として誰にも迷惑を掛けないようにする《良い子》になった。

 そんななのはに高町夫妻は ── 恭也や美由希も負い目がある。

 一見すると子供らしいが、子供らしさを押し殺し、周囲の反応を気にするなのはの姿に心を痛めることもある。

 だからだろうか、高町家の人間は基本的になのはが何かしたいと言えば、注意をする事はあっても反対はしなかった。 

 もっとも、なのはもなのはで、特に無茶な事をする訳でもなかったのだが。

 しかし、そんななのはと、高町家の中で士郎と共になのはに甘い恭也の口論に驚いていたのだ。

「はいはい、とりあえず二人とも落ち着いて」

 口論を続ける二人を、手を叩きながら止めに入ったのは桃子であった。

「恭也、なのはが心配なのは分かるけど、なのはの気持ちもきちんと汲んであげないと駄目よ」

「しかし、母さん ──」

「しかしも案山子も無しよ、恭也。 まずは、なのはの話を聞いてあげましょう」

「そうだな。 なのはが如何したいか。 まずはそこを聞かない訳にはいかないだろう」

 桃子の提案に士郎も賛同すると、渋々と恭也は話しを聞く体制になる。

「それで、なのはは如何したいの?」

「うん ── あのね………」

 美由希の問いかけに、先程まで不機嫌そうだったなのはは、何かを躊躇うように俯き、言葉を切る。

 そして、顔を上げたときには決意に満ちた表情で言葉を続けた。

「私 ── 魔法を習いたいですっ!」

「── 俺は反対だ」

そんななのはを見据えたまま、恭也は言葉を紡ぐ。

「なんで! 魔法を習いたいのっ!」

「なのはがそんな危険な事をする必要はない」

「危険じゃないもん!」

「そんな事がどうs ──」

「二人とも止めなさい」

 再び口論を始めた二人を止めたのは、今度は士郎だった。 二人とも不満そうな顔で口を噤む。

 そんな二人を見て溜息をついた後、士郎はなのはの目を見ながら口を開いた。

「まず確認なんだが、なのはは魔法が習いたいのであって、GSになりたいわけじゃないんだね?」

「── うん。 私、まだ良くGSの事とか良く判らないし」

「じゃあ、何で魔法を習いたいんだい?」

 士郎の言葉になのはは考える。 ここで適当な事をいってもきっと納得してもらえないから。

 どうして自分は魔法を習いたいのか ──

 それは ──

「私、特技も取り得もないから ── だから、だから、本当に魔法の才能が私にあるなら………私は魔法が習いたいです」

「特技も取り得もないなんて、そんな事言っては駄目よ、なのは」

 桃子の言葉に、ううっ、と呻き声を上げて素直に謝るなのは。 どうやら、アリサ達との遣り取りを思い出したらしい。

「それで、魔法を習ってなのはは何がしたいんだい?」

「え?」

 士郎の言葉に、なのはは、きょとん、とした顔をする。

 そんななのはの顔を見て、士郎は苦笑を浮かべる。

「いいかいなのは。 人は何か学ぶときには目的があるものなんだ。 母さんが料理を覚えたのも、父さんたちが剣術を学んだのも、何かしら目的が、学んだその先があるからなんだ。 学ぶ事が目的 ── それが一概に悪いとは言うつもりはないが、それだけじゃ中途半端になってしまうことが多いんだ。 だからなのは、なのはが本当に魔法を習いたいなら、まず『学んだ先』にあるものを見つけなさい。 そうすれば父さんは、反対するつもりはない」

「っ!! 父さん!」

 士郎の言葉に、恭也が声を荒げるが、その先を士郎は手で制する。

「ただし、それはきちんと自分で見つけなさい。 それを見つけられないなら、父さんは反対する」

「うん………」

 士郎の言葉に頷くなのは。 それを見た士郎は桃子に視線を向ける。 その視線の意味を正確に読み取った桃子は、真っ直ぐになのはの目を見る。

「お母さんはなのはが魔法を習いたいなら反対はしないわ。 ただ、お願いだから危ないことはしないでね」

「うん!」

「母さん!!」

 止めてくれると思っていた両親の言葉に、恭也は声を荒げる。 そんな恭也の様子に、士郎と桃子は苦笑を浮かべた。

「恭也、お前の言いたい事も分かるけどな。 俺たちは親だからな、時にはやりたい事はやりたい様にやらせる事も必要だと思うんだ。 もっとも、危ないと思えば口も出すし、きちんと見守るけどな」

「── 父さんの言いたい事は俺にも判るが………」

「だったら今は見守ろう。 本当に反対するのはなのはの答えを聞いてからでも遅くはないさ」

「ぐっ………分かったよ、父さん」

 何処か不満そうな恭也を同じく不満そうになのはは見ていた。






「── という訳なんだけど………」

「なるほどねぇ」

「う~ん。 恭也さん、なのはちゃんのこと大切にしてるから」

 結局、説明は昼休みに行う事になり、なのはが語った家族会議の内容に、考えるように食事を摂る手を止めるアリサとすずか。

「まぁ、普通は止められるわよ………」

「そうかもしれないね」

「ええっ!? どうして!?」

 アリサとすずかの言葉に驚くなのは。 そんななのはの反応に、二人は顔を見合わせると、アイコンタクトで何かを確認すると、なのはに向き直る。

「なのはちゃんは、その ── 恐くなかった?」

「え?」

「だから、昨日の事。 あの、犬の幽霊?の事。 恐くなかった?」

 すずかとアリサに言われて、なのはは思い出す。

 ゆらゆらと揺らめく漆黒の巨体。

 ぞろり、と映え揃った鋭い牙。

 まるで生有る者全てを憎悪するかのような燃えるような赤い瞳。

 その姿を思い出して、ぶるりっ、となのはの体は震えた。

「うん ── 恐かった………」

「でしょ? 私も恐かったし、昨日はそのせいでよく眠れなかったわ」

「私も………一人じゃ眠れなかったから、ファリンと一緒に寝たんだ」

 ちなみに、魔法の事があり軽い興奮状態だったなのはは、すっかりジュエルシードの暴走体の事を忘れていたので結構ぐっすりと眠れてたりする。

 二人に悪い気がしたのでなのははそのことについては喋らなかったが………


 閑話休題


「なのはが魔法に関わるって事は、昨日の犬の幽霊みたいなのにも関わる可能性があるって事よね?」

「昨日は、横島さんとヴィータちゃんが助けてくれたけど、必ず助けてもらえるわけじゃないし。 だから、心配なんじゃないかな恭也さんは」

「── うん。 きっとそうだと思う」

 すずかの言葉に、なのはは空を見上げる。

 そして、静かに「だけど………」と言葉は続けられた。

「私は ── 魔法が習いたいんだ………」

 遠い眼でそう語るなのはの顔は、普段は年齢以上に幼く見える雰囲気とは違い、少し大人びて見えた。

 そんななのはを見たアリサとすずかの二人は、互いに顔を見合わせて苦笑を浮かべた。

「まったく………なのはは頑固よね」

「そこがなのはちゃんの良い所で悪い所だよね」

 呆れたように溜息をつくアリサと、くすくすと笑うすずかに、疑問符を浮かべるなのは。

「私達だってなのはに危ない真似はして欲しくないけど………なにを言っても無駄みたいだし ──」

「私たちも協力するね。 何か力になれる事があったら遠慮なく言ってね、なのはちゃん」

 アリサとすずかの言葉に、花咲くようになのはの顔に笑みが浮かぶ。 アリサとすずかはそんな様子を見ながら苦笑を浮かべていた。

「ありがとうっ!! アリサちゃん! すずかちゃん!」

「── ただしっ!」

 ぴしっ、となのはの鼻先にアリサの指が突きつけられる。 頭を下げようとしたなのはは、「にゃっ!」と猫の鳴き声のような声を上げて驚く。

「絶対に危ないマネはしないことっ! 怪我なんかしたら絶対に許さないからねっ!」

「う、うん」

 こくこく、と頷くなのはに、「ん、素直でよろしい」と腰に手を当てたアリサは満足そうに頷く。 その横で微笑ましそうに見守るすずかは小さく笑みを浮かべた。

 こうして、なのは、アリサ、すずかの三人による『なのは魔法少女化推進委員会(命名アリサ)』が、穏やかな日差しの下結成されたのであった。






 オカルトGメン、高町家、なのは魔法少女化推進委員会が、それぞれ動き出した頃、何気にその中心に居る、愉快な横島家の面々は ──

「ええっと………い、良いんですか横島さん?」

「あ? 何がだ? っと! ええいっ! 南無三っ!」

「っ! なんとーーーーっ! まだやっ! まだやられへんよっ!」

「くそっ! シャマルのワリに良く動くっ!」

「ちょっ! 何気に酷いわよ、ヴィータちゃんっ!」

 ── 困惑するユーノを他所にTVゲーム(某機動戦士の対戦アクション)をプレイしていた。

 因みに二対二の対戦プレイで、横島・ヴィータ組と、はやて・シャマル組の対戦である。

 ── 色々な意味でそれで良いのだろうか?

 一歩間違えば世界の危機と言う状況の最中、暢気にTVゲームをプレイする横島達に、ユーノは頭痛を耐えるように米神に指を当てて揉む。 というか、本気で頭痛がするユーノ。

「ですから、ジュエルシードを探さなくて良いんですか?」

「こっちで分かってる落ちたと思われるところは全部当たったからなぁ。 正直、手詰まりなんだよこっちも。 それに、一応、シグナムさんとザッフィーが見回りに出てるからな、俺とヴィータは待機だ」

 モニターから目を離さず、横島は語る。 その様子に、むぅ、とユーノは唸り声を上げる。 一応は筋が通っているからだ。

「まぁ、後手に回るのは仕方ねーって。 発動しないとサッパリ見つけられねーしな」

 同じくモニターから目を離さないヴィータ。

「── ですけど、見回りに出た方が………」

『残念ですがミスター・ユーノ。 この方が効率が良いのです』

 何とか反論しようとしたユーノの言葉は、エヴァの言葉に遮られる。 突然響いたエヴァの声に、ユーノは、びくりっ、と肩を震わせてから慌てて天井に目を向ける。

 昨夜、横島達からエヴァを紹介されたユーノであるが、当初は魔導師が持つデバイスに搭載されている高度なAIと思っていたのだが、エヴァがカオス謹製の人工霊魂 ── 言い方を変えれば人工的な幽霊であると知ると、酷く驚いた。

 もともと、ユーノ達の常識では、幽霊等のオカルトは存在しないとされている。 だというのに、横島邸には人工的なものとはいえ、その幽霊が居るのだ。

 慌てふためき、『大丈夫なのか?』とか『本当にAIじゃないのか?』と次々に質問をするユーノを、横島とはやては生暖かい目で見守り、ヴォルケンリッターの面々は自嘲気味に苦笑した。

 ちなみに、初めて渋鯖人工幽霊壱号と接触した時のヴォルケンリッターの面々も似たような反応をしたらしい。

 結局、安全と分かっても、未知なる存在にどうも落ち着かないユーノは、声を掛けられるたびに肩を震わせている。


 閑話休題


『海鳴市全域でしたら、地中や海中等で発動しない限り私の探査範囲内です。 ジュエルシードが発動すれば即座に座標を割り出せます ──』

「そして、その座標を頼りに私が転送魔法で忠夫くん達を現場に送って ──」

「アタシとにーちゃんでブッ潰して終わりだ」

「見回り中のシグナムさん達が近ければ、二人が向かえば良いし、同時に二つ以上発動したら手分けする事も簡単に出来るって訳だ」

 エヴァ、シャマル、ヴィータ、横島の順で説明されたユーノは、はぁ、と気のない返事を返し、頭ではそこまで深く考えていたんだと、呆然と思っていた。

「ん~、せやけど、最初の方は探せてたやん。 何で今は駄目なん?」

 今まで黙っていたはやての疑問はもっともだ。

 何せ、横島達は昨日まで発動していないジュエルシードを一つと、探索中に発動したジュエルシードを二つ回収しているのだ。

「それはさはやて、大まかな位地をジュエルシードが飛来した時にエヴァがきちんと調べておいてくれたからだよ」

 はやての疑問に答えたのはヴィータ。 その後をシャマルが続く。

「近くにあると分かっていれば探査魔法で調べられるのよ、はやてちゃん。 そうやって調べられるところは調べたのだけれども、結局見つかったのは三つだけなの」

「なんや難儀やなぁ………あれ? せやけど、アンちゃんのアレやったら探せるんやないの? わりと問答無用で」

 怪訝そうに首を傾げるはやて。 でも、モニターから視線ははずさない。

「それなんやけどなぁ、やってみても範囲が狭いんや。 範囲を広げようとしたら、えらく数を食いよるし」

「そうねぇ、忠夫くんの切り札は今回は本当に切り札だから、出来るだけ温存しておきたいわ」

 横島とシャマルの言葉に、ユーノは怪訝そうな顔をする。

「あの………アレとか切り札ってなんですか?」

 その言葉に、四人はモニターから目を離し、お互いに目を合わせる。 そんな四人にユーノは怪訝そうな目を向けるだけだ。

 暫く、アイコンタクトだけで会話をする四人。 最初のうちは念話を使っているのかと思ったが、横島が魔導師ではないことを思い出し、その考えを打ち消すユーノ。

「悪いなユーノ。 それは秘密だ」

 四人の中で結論が出たらしく、横島の言葉に残りの三人も頷く。

「ちょっと色々と複雑な事情があるの、ごめんねユーノくん」

「まぁ、あれだ。 一応言っておくと、下手すりゃ次元震をどうにかできる可能性があるもんだ」

「ええっ!? 次元震をですか!?」

 ヴィータから出た言葉に、驚くユーノ。 流石に一個人で次元震をどうにかできる可能性があると言われれば驚かざるをえない。

「あくまで可能性だけどな。 だから温存しておきたいんだ」

「まぁ、流石に次元断層はどうにもならない ── よな? にーちゃん」

 断言しようとして、自身の義兄の出鱈目さを思い出したヴィータは横島に視線を向ける。 そんな義妹の視線にじっとりとした半眼を向け、横島は肩を竦める。

「見たことないからなんとも言えんと言いたい所だけど、話しを聞くだけでもあきらかに人間が如何こう出来るレベルじゃないだろ、それは」

「だけど、忠夫くんなら………シグナムがセクシーなショーツ姿でお願いすればどうにかしそうよね」

 シャマルの言葉に、横島は座ったままで器用に、すってーん、と転ぶ。 そんな無駄な器用さを見せ付けた横島は、凄い勢いで立ち上がると、シャマルに詰め寄った。

「アンタ人のことなんだと思っとるんや!」

「せやな、煩悩魔神。 エロで世界を救う男やないかな?」

「うぉい!!」

「あ、大体そんな感じかしら」

「絶望した!! 人を非常識扱いする家族に絶望した!!」

 見事なorzの体制をとり嘆く横島。

 その瞬間、はやての目は怪しく輝いた。

「隙ありや!」

「な、なんやと!」

 モニターの中で、横島の操作していた某機動兵器は、はやての操作する某機動兵器の攻撃で爆発四散する。

 それと同時に、拮抗していた勝負に決着がつき、モニターにははやて・シャマル組の勝利を示す表示が示される。

「ああああっ!!! なにやってんだよにーちゃん! もうちょっとでシャマルを仕留められたのに!!」

「本気ですんませんでしたーーーっ!」

 立ち上がって気炎を吐くヴィータに、orzの姿勢から鍛え上げられた見事な土下座に移行する横島。

 その横では胸を張って高笑いを上げるはやてと、それを褒め称えるシャマル。

 そんな、何処か暢気な横島達を眺めながら、ユーノは乾いた笑みを浮かべる。

(ほ、本当に大丈夫なのかな………この人達………)

 実際に見たカオスの技術力や、間近で感じたシグナムの実力を知って尚、ユーノは目の前の光景に不安にならざるを得なかった。






 役者は揃い物語は動き出す。

 舞台に上がった悲しみを乗り越えより強くなった道化師とその心強き家族達、幼き魔導師(予定)、法と秩序の守り手たる者 ── そして………


「── これでやっと一つ………」

 発動前のジュエルシードを回収した黒き衣装に身を包む少女は、ふぅ、と溜息をつく。

 その背後に控えるのは、オレンジ色の自身の髪の毛と同じ色の獣の耳と尻尾が生えた女性。

「発動する前のを見つけられて良かったよ」

「うん、そうだね………それじゃ、次を探そう」

「あいよ。 でも、あんまり無茶はしないでおくれよ」

「うん、分かってる。 でも、早く見つけたいから………」

 何処か儚げに微笑む少女に、何とも言えない困ったような表情で笑みを浮かべる女性。 そうして二人は動き出す。 片や、悲壮な決意を胸に。 片や、そんな決意に胸を痛めて。


 ── まだ、誰も知らない役者が、静かに、舞台に上がろうとしていた。

 物語の結末はまだ誰の目にも見えない。
 









[4474] GS横島 リリカル大作戦  リポートⅣ  『 舞い上がる翼たち ── 前編 ── 』
Name: 矢崎 竜樹◆e3cad9d9 ID:dabfac1e
Date: 2009/10/28 09:01
「くっ! 携帯用結界機の使用開始! 少しでも被害を抑えるんだっ!」

『了解!』

 街中に広がる幹、枝、根。

 それらを鋭い視線で見据えるのは、仕立ての良いスーツを纏った長髪の青年、ICPO超常現象対策課・通称オカルトGメンの日本支部前線部隊隊長の西条輝彦。

 手にもった聖剣ジャスティスで、迫りくる木の根を切り裂きながら、周囲の一般隊員と無線の向こうの一般隊員に指示を出す。

「西条隊長! あれを!」

「っ! 別の結界! 横島君達かっ!」

 ある一点から始まり、被害範囲を包み込むよう展開する結界に、西条は援軍の素早い到着を感知する。

『西条隊長! 一般市民が消えましたっ!』

「か、隔離系の結界!? こんな短時間で無茶苦茶な………まぁ、いい。 一般市民は後方支援のせn ── 美神顧問に任せろっ! 各員、被害の拡大防止に全力で当たれっ!」

『了解っ!』

 頼もしい返事をイヤホン越しに聞いた西条は、改めてジャスティスを構え直し、迫り来る根に向かって振り上げる。

「はっ!!」

 迫り来る根をサイドステップで回避すると、すぐさま腰を据え、横から根を両断する西条。 両断された根には見向きもせず、西条は前を見据える。 そこには既に次の根がアスファルトを砕きながら西条に迫ってきていた。

「完全に後手に回ったかっ! くっ、彼に頼るのも癪だが………頼むぞ! 横島君!!」

 そんな様子を、必死に登ったビルの上から見る一人の少女が居た。

「街が ── 私に ── 私に何か出来る事は ──」

 その小さな手を握り締め、住み慣れた街の変貌した様子に心痛める少女 ── なのはは、静かに、しかし、焦燥した様子で呟いた。



 手にしたのは魔法の力。

 授かったのは銀の翼。

 GS横島 リリカル大作戦 始まります ──






 GS横島 リリカル大作戦  リポートⅣ  『 舞い上がる翼たち ── 前編 ── 』






 穏やかな日差しの下結成された、なのは魔法少女化推進委員会ではあったが、いきなり、難問と言う名の壁に盛大に激突していた。

「問題はどうやっておじ様やおば様、恭也さんを説得するかなのよね~」

 放課後、特に用事もないのでアリサの家に集まった、なのは、アリサ、すずかの三人は、目の前の難問に唸り声を上げていた。

 そもそもにおいて、この難問 ── 『学んだ先』を見つける事 ── は、なのはが自身で見つけなければいけないことであり、言い方を変えれば、なのはだけしか見つけられないものでもある。

 小学三年生という幼さを感じさせない聡明さを持つアリサでも、読書家で多彩な知識をもつすずかにもやれることは少ない。 というか、ほぼ無い。

「こればかりは、なのはちゃんが自分で見つけないといけないしね」

「うん………」

 すずかの言葉に、なのはが元気なく頷く。 そんななのはの様子に、アリサは小さく溜息をつく。

「── とは言え、こんな調子のなのはじゃ難しいわよ」

「ううっ~~~~」

 唸り声を上げるなのはに、苦笑を浮かべるすずかと、溜息をついて肩を竦めるアリサ。

 その後も、三人でウンウン唸っていたが、結局いい案が出ず、今日はこれまでかと思われたが、ふと、ある事を思いついたアリサが、ぱちん、と綺麗なフィンガースナップを響かせて立ち上がる。

「そうよ! 聞けばいいのよ! そうすれば参考になるじゃない!」

「ふえ?」

「え?」

 一人で納得するアリサを怪訝そうに見上げるなのはとすずか。 そんな二人を置き去りにして、アリサはテーブルに手をつき身を乗り出す。

「だから聞くのよ、横島さんに! 参考になるでしょ? 現役GSの話なら!」

「ああっ!」

「なるほど~」

 アリサの言葉に頷くなのはとすずか。 確かに、同じオカルト ── 厳密に言えば、魔導師はある意味オカルトではないが ── のそれも、プロの話をきれば何かの参考になるかもしれない ── もっとも、その相手が横島と言う時点で何かが致命的に間違えているような気もしないでもないが。

「横島さんから名刺貰ってたわよね? それで電話番号調べればアポも取れるでしょ?」

「あ、電話番号なら分かるよ! 私、携帯に登録してあるから!」

 急いで電話を取り出すなのは。 三人の間にあった先程までの重苦しい雰囲気は無い。 五里霧中とも言うべき状況に一筋の光が差したからだ ── くどいようだが、その相手が横島である時点で、致命的な間違えにも思えなくもない。

「えっと、流石に今日は無理だろうから ── 明日かな?」

「そうね。 幸い、明日は日曜だし ── って、確か、サッカーの試合の応援があったわね」

「あ、そうだった………う~ん、試合が終わった後にする?」

 電話を掛けるなのはの傍らで、アリサとすずかは自分達のスケジュールを確認しあう。

「あ、もしもし! あの、私、高町なのはって言います!」

 電話が繋がったのか、何処か弾んだ声で話すなのはの声を聞きながら、これで少しでも良い方へ進んでくれればいいと思う、アリサとすずかであった。





 その頃、横島邸のリビングでは、先に現場入りした美神美智恵と西条輝彦の二人と、横島一家の会議が行われていた。

「やれやれ、送られてきた資料は読ませてもらったが………君も騒動に好かれるね、横島君」

「ほっとけ、道楽公務員」

 肩を竦ませる西条に、不機嫌そうに返す横島。

 二人の間にある雰囲気は限りなく悪い。 が、これが、二人のデフォルトなので、周りの人間は余り気にしていない。

 何しろ、出会って数日で決闘紛いの真似をして、互いに命を奪いかねない攻撃 ── 西条は、至近距離からの拳銃発砲。 横島は、美神の事務所からくすねてきた手榴弾を使ったトラップ ── をした仲だ。 最高に相性の悪いこの二人が揃って、殺し合いに発展しないだけマシというものだ。

「次元震に次元断層、ね。 ユーノ君で良かったかしら?」

「は、はい」

 美智恵に声をかけらたらユーノは、上擦った声で答えた。 見るからにやり手のキャリヤウーマンという雰囲気を纏う美智恵に対して、ユーノはまだ幼い少年だ。 緊張するなというのは酷なことだろう。

「これは確実に起こりうる事なのかしら?」

「えっと………僕の知識とカオスさんの調べたジュエルシードの情報からなので、確実とはいえませんけど ──」

 一度言葉を切ったユーノは真剣な面持ちで、一同を見る。

「ジュエルシードは《願望》に反応する、次元干渉型エネルギー結晶体というタイプのロストロギアです。 故意に暴走させるのではないのでしたら、下手に刺激しなければ問題ないとは思いますが………ただ、カオスさんの調べたところによると衝撃に弱いそうですので、物理衝撃ならよほどの事がなければ問題ないとは思いますが ── 皆さんの言う霊力という力や、魔力 ── 此方では魔法力と呼んでいるらしいですけど、それらの強い衝撃になると、おそらく ──」

「暴走するというわけね」

「はい」

 美智恵の確認に、頷くユーノ。

 そんなユーノを視界の端に捕らえ、西条は小さく溜息をついた。

 報告書で読んだ以上に、状況は切迫している。

 対外的には声を大きくしていえないが、オカルトGメンの一般隊員達は、有能とはいえない。 それは、無能という意味ではなく、良くも悪くも霊能力者としては平凡という事だ。

 そんな平凡といえる霊能力者達を、厳しい訓練で鍛え上げ、民間ではおいそれとは使えない強力な装備を与え、突出した霊能力者が指揮官として統率するのが、オカルトGメンである。 言ってしまえば、個人としての技量が問われる民間とは違い、組織としての技量を問われるのがオカルトGメンなのだ。

 しかし、そこに問題がある。 大いに潤沢とはいえないが、一部の例外を除いた一般的な民間GSより潤沢な予算から支給される強力な装備。 厳しい訓練と若手でも有能な部類に入る西条と、古参の実力者である美智恵という二人の指揮官によって統率される隊員たち。 問題は、その隊員達が、他国のオカルトGメンの支部より、更に質がよくないということである。

 日本は長く民間GSの天下であった為、有能な人材ほど民間GSとして開業してしまう。 オカルトGメンに入隊する者の大半が、民間GSとしては食べていけない、根本的に霊能力者としてGSになれるギリギリラインにいるもの達ばかりである。 それでも今年は大型新人としてピートこと、ピエトロ・ド・ブラドーが入隊したが、新人故に只今研修中の為、今回の出動は見送っている。

 そんな状況下なので、今回の事件は少々荷が重いと言わざるを得ない。 何しろ、完全に未知の物質を発見、封印しなければならない上に、取り扱いが非常に難しいのだ。 溜息の一つもつきたくなるのも仕方が無いかもしれない。

 こんな事なら、今からでもピートを呼び出すべきかと西条が考え出した頃、横島が口を開いた。

「ああ、そう言えば、カオスの爺さんからこれをオカGに渡しておくように言われてたんだ」

 そう言って横島は懐から一つの紙束を取り出す。

 大凡百枚程度の長方形の紙束を美智恵に差し出す横島。

 横島以外の視線はその紙束に注がれる。

「これは ── 霊符かしら?」

「そうらしいっす。 なんでもそれでジュエルシードを封印できるらしいっすよ。 急いで作ったらそれで全部らしいっすけど」

「それは………正直ありがたいわね」

 受け取った霊符をマジマジと観察する美智恵。

 形式は日本というか、東洋系に近いが、かかれている文字は完全に西洋系である。

「珍しい形ね。 これを発見したジュエルシードに張ればいいのかしら?」

「後は、一応暴走体にも効果はあるらしいっすね。 流石に生きた動物を取り込んだ暴走体を殺すわけにはいかないっすからね」

「なるほど。 それにしても生物すら取り込むとなると、この数じゃ少し心許無いかしら」

 一応と言う言葉を入れる以上、それほど効果があるようには思えない美智恵。 事実、この霊符はジュエルシードを封印するのには絶大な効果があるが、暴走体相手ではそれ程の効果は望めない物であった。

「爺さんは急いで増産するって言ってるんすけど、材料が尽きたらしくって、今、大急ぎで厄珍堂にとりに言っているところっすよ」

 因みに、移動手段はマリアだったりする。 あの、お馴染みのマリアに襟首を掴まれた状態での飛行で大急ぎで厄珍堂に向かったのが、朝食が終わってすぐの頃だから、既にこちらに向かって帰ってきているかもしれない。

「状況はあまりよくないけど、最悪ではないわ。 私達のほうでも早速、探索・回収を始めます。 回収した物は横島君 ── というより、ドクターに管理してもらう事にするわ。 あれほどの隔離結界なら、もしものことがあっても大丈夫でしょうし」

 そう言って美智恵が目を向けたのは、庭の隅に鎮座するイ〇バ物置。 高度な技術 ── 現在では間違っても個人では作れないような複雑で強力な隔離結界 ── が使われているのに、見た目は何処か草臥れた物置という物体に、頭が痛くなるような思いだが、そこはカオスの作品ということでスルーである。

 と、言うより、スルーしないとオカルト業界は生きてはいけない。

 主に、カオスや横島という、オカルト業界でずば抜けた才能を持つ人間相手には。

 ああ、そういう意味では家の娘も ── と、美智恵の思考が迷走 ── 或いは、現実逃避とも言う ── し始めた頃、おずおずとユーノは手を上げた。

「あ、あのッ! ジュエルシードは最終的には如何するんですか?」

「え? ── ああ、御免なさい。少し考え事をしていたわ。 それで、ジュエルシードがどうかしたかしら?」

 ユーノの疑問を聞き逃した、美智恵にもう一度同じことを言うと、美智恵、西条、横島の三人は顔を見合わせた。

 管理外世界ということで、正直、魔法関連で侮っていた部分が合ったユーノではあったが、そんな認識は初日に覆されている。

 自分では理解できない、或いは、理解できてもごく一部だけという術理で行使される魔法(っぽいもの)や、リンカーコアを持たない非魔導師でありながら、魔法にも似た現象を起こす霊能力者。 更に、管理世界では否定されているオカルトという現象はこの世界では当然のように肯定されている。

 部分的には、この世界は、管理世界よりも進んでいるのだ。

 そんな世界の警察組織が、ジュエルシードのようなロストロギアを果たして手放すかどうか………ユーノはそこが不安であった。

 何せジュエルシードは、管理世界の警察組織 ── というには随分と規模も権限も違うが ── である《時空管理局》に輸送途中だったのだ。 下手をすれば、二つ組織間での政治的な問題になりかねない。 それも、かなり大きな。

 自分のせいでそんな事になったら、助けてくれた横島家の人達に申し訳がたたないと、ユーノは考えていた。

 しかし、それは、否、それも簡単に覆された。

「ああ、それなら自分の世界にもって返ってもらって結構よ。 勿論、此方で封印処置はさせてもらうけど」

「は?」

 さらりと、発言された美智恵の言葉に、思わず口を開けて呆けた表情をしてしまうユーノ。 そんなユーノに苦笑する美智恵と西条。

 かなり揉めると思っていたユーノは、あっさりとジュエルシードの所有権を手放すという発言は予想外の物だった。

 しかし、それにはきちんとした理由が存在した。

「正直に言うと、ジュエルシードは騒動の火種にしかならないのよ。 それも、火薬庫の中に火炎放射器を発射するような」

「は? へ?」

 いま一つ理解の追いついていないユーノに、苦笑を浮かべながらも丁寧に説明を続ける。

 そもそもにおいて、現在人間界の情勢は不安定だ。

 《大戦》における世界規模での大霊障。

 そして、《大戦》で僅かに崩れた神魔族の戦力バランス。

 一年以上経ったとは言え、それらの問題はまだ完全に解決できてはいない。

 人間界では、大霊障からの復興。 《大戦》の影響で世界規模で疲弊してしまったオカルトGメンの人員。 《コスモプロセッサー》で蘇った後、現在でも一部生き残ってしまった強力な、妖怪や魔族の探索、及び再討伐。

 神魔界では、アシュタロスの活動により大きな一石が投じられた《デタント》。 最上級神魔族を縛る世界維持システム《魂の牢獄》から開放された魔神・アシュタロスの後釜。 破壊された人間界での拠点の復興と、新たな人員の派遣。

 一般人には知らされていないが、問題は山済みなのだ。

 そんな状況下では、ジュエルシードのような物は何処に行っても騒動の火種にしかならない。

 故に、そんな物は早々に在るべき場所に持って帰ってもらったほうが良いのである。

 分からないところを所々聞きながら、一通り説明を聞いたユーノの心境は、もうお腹一杯であった。

 大戦? 大霊障? 神魔族?

 もしかして僕は、とんでもない所に来てしまったのではないのか? ってゆうか、神様? 幽霊やオカルトだけじゃなくて神様が普通に認識されて、存在しているんですか、この世界は? 何で管理外世界なの? 管理局じゃ管理できないから? あ、ありえそうだなぁ………

 ユーノ・スクライア。 九歳で遺跡発掘のリーダーを任せられる考古学一族スクライアの将来有望な少年。

 覆されつづける自身の常識に、ちょっと涙目になって現実逃避してしまっても、きっと許される。 彼は、そんな事を考えていた。






「少し、刺激が強すぎたかしら?」

「なんつーか、懐かしい光景っすね。 若い頃は自分もこうだったな的な」

 横島の科白に、「まだ若いでしょうに」と突っ込みつつ、涙目で茫然自失状態のユーノを眺める美智恵。

 美智恵がユーノに話した説明は、間違ってはいないが、多少誇張がある。

 その理由は、横島の報告で予め知った時空管理局という組織にある。

 日本 ── というか地球規模で見ても非常識な権限を持つこの組織が、下手に介入されると神魔族や妖怪という存在を刺激しかねない。

 彼等の常識ではオカルトは否定される存在であるらしい。 《魔法》という文化が発展していながら何ともアンバランスな事だが、それ故に、彼等は神魔族や妖怪を正確に認識できるか不安なのだ。

 神魔族や妖怪は、人間から見れば高いポテンシャルを持つ種族である。 特に、高位の妖怪や中位以上の神魔族と人間との力の差は比べるのも馬鹿馬鹿しいほど離れている。

 例えを上げるなら、神魔族なら、妙神山修行場の管理人である小竜姫や、魔界正規軍少佐(以前は大尉だったが、《大戦》で出世した)ワルキューレ。 妖怪なら霊剣・八房を持った人狼族の犬飼ポチや、おキヌが楔となり封印していた大妖怪・死津喪比女。 彼等は人間が正面から当たれば敗北必死の相手である。 横島の《文珠》等の伝説級の霊具や、美智恵の《電力の霊力への変換》用いたブースト、相手の弱点をつく戦術等を用いてやっと対等になれるか、抵抗できる程度などである。

 そんな彼等を刺激されれば、《大戦》で疲弊した人間界は大打撃を受けるのは必死である。

 美智恵としては、一人の霊能力者としても、オカルトGメン日本支部の非常勤顧問としても、そんな事態だけは避けたいのである。

 だからこそ、布石の一つとして異世界の住人であるユーノに、少々脅しを掛けるような事を言ったのだ。

 しかし、それは ──

(子供相手に少し大人気なかったかしらね)

 苦笑を浮かべる美智恵。 美智恵の気持ちを理解している西条も苦笑を浮かべている。

 そんな、大人の都合に子供が翻弄される横島除霊事務所内に、電話の音が響く。

「んあ? 電話か?」

 腰を上げようとした横島だが、「はいは~い、今、出ますから待とってなぁ~」と言うはやての声に、再び腰をおろした。

「はやてさん、環境が変わっても元気そうで良かったわ」

「そうっすね。 ただ、あんまり外に出れないから同年代の友達が少ないんすよ。 余計なお世話かもしれないけどそこだけが心配で………」

「まぁ、君と違って確りした子だから、そこ以外は心配になれないのは分かるがね、そればっかりは、はやてちゃんの状況では仕方がないだろうさ」

 はははっ、とわざとらしく笑う西条の言葉に、横島の額に青筋が浮かぶ。

 普段は落ち着いた大人としての態度をとる西条も、常に自然体の横島相手では自身のペースが崩されるのか、少々大人気ないというか、子供っぽい事が多い。 そんな西条に思わず溜息をついてしまう美智恵であった。






 時間は少し遡り、横島達が会議を開始した頃 ──

「くっ、くくくっ、ザフィーラぁ~、随分似合ってんじゃん」

「………」

 笑いを噛み殺すヴィータに、ザフィーラは無言を貫く。

 そんなザフィーラの姿は、いn ── ではなく、青い体毛を持つ狼の姿である。

 そして、その背には、健やかに成長する美神家の末娘、ひのめの姿があった。

 ちなみに、その手には手綱の変わりの紐が握られ、その先は当然、ザフィーラの口に繋がっていたりする。

「わんわ! わんわ!」

「犬ではない、狼だ」

 上機嫌で手綱代わりの紐を引っ張るひのめの言葉に、何ともいえない憮然とした表情で呟くザフィーラ。

 しかし、悲しいかな彼の敵はひのめではなく ──

「違うぞ~、ひのめ。 ザフィーラはわんわじゃ無くておうまだぞ~」

 ── 身内に居た。

「ヴィータ………」

「子供の為だ、耐えろよザフィーラ」

 ニヤニヤと笑うヴィータに、思わず鋭い視線を向けるザフィーラだが、現在の状況では滑稽にしか写らず、余計にヴィータの笑みを深めるだけだった。

「そこまでにしときヴィータ。 せやないと、今度はヴィータにひのめちゃんの相手してもらうで。 ヴィータもお姉ちゃん達みたいになりたいんか?」

 ヴィータを嗜めるはやての科白を聞いて、ヴィータとザフィーラの視線は同じ所へと向かう。

 そこには、ソファーにぐったりと身を預ける、シャマルとシグナムの二人が居た。

 最初、ひのめの相手をしていたのはシャマルだったのだが、子供の、それも幼児相手の経験など余りないシャマルは、元気に動き回るひのめ相手に翻弄され疲労困憊になり、ジュエルシード探索に出ていたシグナムとザフィーラが帰ってきると、ひのめの相手をシグナムへと丸投げした。

 シャマル以上に幼児相手の経験等ないシグナムは、シャマル以上に振り回され、あっという間に疲労困憊となり、この後、横島と共にジュエルシード探索へと出かけるヴィータではなく、ザフィーラへとひのめをたくして力尽きた。

 ただの幼児相手ならもう少しもったかもしれないが、相手はあの美神家の末娘であるひのめである。 母と姉に良く似て行動力のあるひのめに翻弄された上、彼女は何故かシャマルとシグナムの胸に異常な興味を示した為、余計に疲れてしまったのだ。

 ── 余談だが、ひのめが胸に興味を示したのには理由がある。

 ひのめは横島に良く懐いている。 横島自身の子守りの巧さもあるが、彼の年下に好かれる気質も関係しているかもしれないが、ここでは然程重要な事ではないので此処までとする。 重要なのは、ひのめが横島忠夫に懐いているという事実。 そして、子供は大人を良く見ていると言う事である。 横島忠夫と言う男は、女体の神秘に興味津々な煩悩の塊である。 そんな横島に懐いているひのめは必然的にそんな横島を良く見ているのである。

 もう御判りだろう。 ひのめは大好きな横島が興味を持つ女体 ── しかも、自身が良く触れる胸に興味を持ってしまったのだ。

 げに恐ろしきは横島の煩悩。 本人の知らぬところで幼児すら汚染してしまっている。

 ── 因みに、この事が美智恵から美神に伝わり、暫くぶりに再会した美神に横島は出会い頭に問答無用でシバかれた上、シャマルとシグナムから数時間に及ぶ説教をされる事になる。


 閑話休題(それはともかく)


 まさに死屍累々と言った状態のシャマルとシグナムを視界に収めたヴィータとザフィーラは、その視線をひのめへと移す。

 急に注目されたひのめは「う?」と可愛らしく首を傾げるが、それに何らリアクションを返す事無く、ヴィータとザフィーラはお互いに視線を合わせる。

(不慣れとは言え、ヴォルケンリッターの二人がああも簡単に ── 美神家の末娘は化け物か?)

(頑張れ、超頑張れ、盾の守護獣。 アタシはもうからかわない。 応援する)

 念話で会話をする二人。 何気に保身に走ったヴィータに色々と思うところもあるが、これからジュエルシード探索に出かけるヴィータの事を思えば仕方がないと諦めたザフィーラであった。

 何やら悟ったような表情をした青い狼が、幼児を背に乗せ室内を闊歩する様子は傍から見ると何ともいえない。 事実、ヴィータは微妙な表情でそれを見ていた。

 ── もっとも、はやてはそれをニコニコと微笑ましそうに見ていたが………

 そんな時 ──

「ん? はやて、電話なってない?」

「んあ? ホンマや。 ほんなら、ちょっと行ってくるな」

 器用に車椅子を操作するはやて。

「アタシが行こうか?」

「ええって。 こっちでひのめちゃん見ててな」

「ん。 わかった」

 背中越しにヴィータが頷いたのを見て微笑むと、「はいは~い、今、出ますから待とってなぁ~」と意味もなく電話に呼びかけながら部屋を出るはやて。

 そんなはやてに苦笑を浮かべるヴィータ。

 その姿は、彼女が外見とは不釣合いなほど長い時を生きてきた証のように何処か大人びていた。

 ── もっとも、視線をザフィーラとひのめに戻した途端、外見相応の微妙な物を見る生暖かい視線に戻っていたが。






 横島家には、二つの電話の親機がある。

 一つは普通に使っている物だが、もう一つは業務用 ── つまり、横島除霊事務所で使用しているものだ。

 今回は、事務所の方の親機がなっていたため、其方に向かったはやて。

 事務所内は、行動予定表用の小さなホワイトボードと、会議などに使う大きなホワイトボード、そして、金属製の机が五つ並んでいる。 内四つは、左右に別れ向き合うように並べられ、そこに横付けするかのように五つ目の机が並んでいる。

 この奥にある横付けされた机が横島のデスクであり、電話もそこに設置されている。

 受話器を取ったはやては、ゆっくとした声で話し始めた。

「お待たせしました、横島除霊事務所に御電話ありがとうございます。 本日はどのような御用件でしょうか?」

 イントネーションが訛ってまうけど、標準語やしええやろ等と考えていたはやての耳に届いたのは ──

『にゃっ! え、えっと ──』

 ── 何やらテンパった少女の声だった。

(なんや? 声の様子からすると同い年っぽいんやけど………)

 除霊事務所に用事があるとは思えない年代の少女の声に、疑問を覚えるはやて。

 しかし、ふと、横島とヴィータがであった少女達の話を思い出す。

(確か、三人の内一人がわたしと同じ魔法力所持者で、名前が ── )

「もしかしたら ── 高町なのはさんやろうか? 先日、アンちゃんとヴィータが助けたって言う」

『は、はいっ!』

「んー、緊張せんでもええよ。 多分やけど同い年やし。 あ、わたし横島はやて言います。 横島忠夫の妹や」

 緊張しているなのはに、苦笑を浮かべながらも優しく声を掛けるはやて。 「ほな、落ち着く為に深呼吸でもしよか」と、提案すると電話の向こうから息を吸ったり吐いたりする音が聞こえる。

『お、お待たせしました。 ごめんね、はやてちゃん』

「気にせんでええよ。 ほんで、今日はなんやろか? アンちゃんに用事やろか?」

『う、うん』

 はやての言葉に肯定の言葉を返すなのは。

 詳しく話を聞くと、どうもなのはは、横島がどうしてGSになったのか聞きたいらしい。

(アンちゃんの話を聞いて、なんかタメになるんやろか?)

 等と、妹としてそれはどうよ?と言いたくなるような事を考えつつはやては、なのはの言葉に耳を傾ける。

「ん。 話はわかったわ。 ほな、明日の午後は時間取るようにアンちゃんに言うとくな」

『えっと………横島さんの予定は聞かなくていいの?』

「ええねん。 関わったのはアンちゃんなんやから、最後まで面倒みなアカンしな」

 『いいのかなぁ』と呟くなのはの声に、はやては小さく笑みを浮かべる。

 横島とヴィータの話を聞く限り、感じの良い子とは思っていたが、本人と話してみると、何処か、おっとりというか、のんびりとした印象をもつが、確かに感じの良い子といった印象がもてる。

 なにより ──

(わたしと同じ、魔法力所持者やしな。 良い友達になれそうな気がするわ)

 そう、はやてとなのはは、同じ魔法力所持者。 これから何かと接点があるかもしれない。 そんな相手がなのはなら良い関係が築けそうだと、はやては嬉しそうの微笑んだ。





 はやてと明日の予定を確認しあった後、なのはは携帯の通話をきると、安堵の溜息を一つ漏らした。

「明日、大丈夫だって」

「良かったじゃない。 これで一歩前進ね」

「そうだね」

 嬉しそうに微笑むアリサとすずかに、なのはも嬉しそうに微笑む。

「場所は、翠屋でってことになったよ」

「それじゃ、試合の応援が終わった後ね。 それじゃ、色々と質問の内容を考えましょ」

「うん」

 早速、ノートを取り出し、あれこれ考え始めるアリサとすずか。 そんな二人に頷くながらも、なのはは、明日が楽しみで仕方がないと言わんばかりに、ウキウキした雰囲気で話し合いに加わるのであった。



 明日が、高町なのはにとって第二の人生のターニングポイントになる大事件が発生するとは知らずに ──













[4474] GS横島 リリカル大作戦  リポートⅣ  『 舞い上がる翼たち ── 中編 ── 』
Name: 矢崎 竜樹◆e3cad9d9 ID:8e51dfbc
Date: 2010/07/18 15:56


 その日、低血圧なのか寝起きの良くないなのはには珍しく、すっきりとした良い寝起きであった。

「お父さん、お母さん、おはよー」

「おはようなのは───珍しいな、休日なのにこんなに早くに起きるなんて」

「おはようなのは───あら、本当ね」

 リビングにいた両親に挨拶をすると、士郎は読んでいた新聞から顔を上げ、桃子は料理の傍ら顔を向けて挨拶を返す。

 その二人の視線が、挨拶の後壁にかけてある時計に向かったのは、普段のなのはの寝起き具合から見て、特に不思議ではない。

 ───不思議ではないが、なのはとしては不満なのか、ぷうっ、とそのほほが少し膨らむ。

 そんななのはの様子に、微笑ましそうに笑みを浮かべた高町夫妻。

「今日は色々と用事があるんだから、なのはだってしっかり起きますっ!」

 腰に手を当て、不満だということアピールするなのはに、異口同音に「ごめん、ごめん」と謝る夫妻であったが、微笑ましそうな笑みはより深くなった。

「あれ、なのは。 おはよーって───今日は随分早いね。 日曜なのに」

「ん? おはよう、なのは。 今日は早いな」

 因みに───朝の鍛錬を終えてリビングに入ってきた美由希と恭也の上記の科白に、なのはの頬は更に膨らんだ。






「そう言えば、今日は例の横島君と会うんだったな、なのは」

「うん。 サッカーの応援が終わった後、翠屋に来てもらえる事になってるの」

 朝食のオムレツを飲み込んだのを見計らった士郎の言葉に、なのはは頷いて答える。

「なのはを助けてもらったからな。 きちんとお礼を言っておかないと」

「そうね。 なのはの命の恩人だもの」

 優しく微笑む高町夫妻に、なのはも嬉しそうに微笑む。

 なのはの中で、横島は『時々困った事になるけど、面白くて頼りになるお兄さん』という事になっていて、結構信頼している。

 ぶっちゃけ過大評価っぽくもあるが、概ね合ってはいる。ただ、『困った事』になるのは『時々』ではなく『かなりの割合』ではあるが。

 そんな横島を両親も好意的に接してくれるのが、なのはには嬉しかった。

「あ、それとね。 横島さんの妹さんも一緒に来るんだって」

「横島さんって妹さんが居たんだぁ」

「うん。 なのはと同い年なんだって」

 へぇ、と声を上げる家族達に、なのはは先日電話で話した少女を思い出す。

 横島さんもそうだったが、はやてちゃんも関西弁───詳しい地域は判別できないが───だったので、二人は関西から引っ越してきたのだろうか?

 そんな事を考えながら一口サイズに切り分けたオムレツを口に入れるなのはだった。

 因みに、一言も発言をしていない恭也は、横島がなのはに悪さをしないようにとばれない様に見張る事を決意していた………横島が聞いたら血涙流して否定しそうではあるが。

 

 ───と、こんな風に、なのはが横島との再会に思いを馳せている頃───



「ねぇ、シグナム。 私、こんな時にどうすればいいか判らないわ………」

「う、うむ。 以前忠夫が言っていたのだが───笑えばいいと思うぞ?」

「あー、アタシは怒ればいいと思う」

「シャマル、早く治療してやってくれ。 さすがに不憫だ」

 腰に手を当てて溜息をつくシャマル。

 そんなシャマルの前に正座して、まったく温度が感じられない視線に晒されるシグナム。

 呆れたように溜息をつき、肩を竦めるヴィータ。

 なんとも哀れんだ視線をしたザフィーラ。

 そして───

「あ、あああああ、あのっ! だっ、大丈夫なんですか!?」

「まぁ、大丈夫やと思うけど………分かり辛いけど随分幸せそうなしまりのない顔やな。 まぁ、事故とはいえモロに掴んどったからなぁ、シグナムお姉ちゃんの胸」

「それで、流すだけのはずかコレか───何でここまでされて生きておるかのぅ。 相変わらず出鱈目な生命力じゃわい」

「スキャニング・終了。 横島さん式・リジェネイト正常作動・確認しました」

 一人慌てるユーノを尻目に、落ち着いた様子のはやて、カオス、マリア。

 その視線の先には、モザイク無しには見られないような状態の横島。

 朝の鍛錬を、ジュエルシードの事もあるから準備体操がてら流してしていた横島とシグナム。

 事件はその鍛錬終了後に起きる。

 鍛錬が終わり、ふと、横島の気が抜けた瞬間、思ったより疲れていたのか横島がうっかりこける。

 それに気づいた前を歩いていたシグナムが、支えようとして横島の方を向く。

 そして、慌てて何かに掴まろうとした横島は、振り向いたシグナムの自己主張の激しい胸を、ガッツリと、力強く、両手で両方握ってしまったのだ。

 何とかこけずに済んだ横島と、胸をつかまれたシグナムの視線があう。

 朝食が出来たので呼びに庭に出たはやてとヴィータは後に語る。

『空気が凍るってああいうことを言うんやろうね』

『なんつうか、あそこまで表情がないシグナムを暫くぶりに見た気がする』

 後はお約束通り、横島はしこたまレヴァンティンで殴打され(峰の方を使う程度には理性が残っていた模様)、シグナムはあまりにもやり過ぎた為シャマルから説教されているのである。

(し、暫くこの手は洗わんぞ………)

 そんな事を思っている横島が復活を果たしたのは、煩悩が活性化されていた為か一分も掛からなかった。

 横島家の面々がさも当然としている中、一人だけ驚愕して開いた口が塞がらないユーノであった。








 GS横島 リリカル大作戦  リポートⅣ  『 舞い上がる翼たち ── 中編 ── 』








「んぐ───それで爺さん、霊符の量産はどうなってるんだ?」

「ずずっ───ふむ。 術式さえ出来てしまえばそう手間の掛かるものではないからの。 一応百枚程度は完成しとる」

 白米を飲み込んだ横島の問いに、豆腐と若布の味噌汁をすすったカオスは答える。

 さらりと流してしまいそうだが、普通は実質半日程度で、つい最近見つかったばかりの異世界のマジックアイテムを封印する事が出来る霊符をこれほど大量に作る事は出来ない。 カオスの非凡さが窺い知れる会話である。

 ───もっとも、横島家は全員スルーして、ユーノもそのままスルーする寸前で気付き、激しく咽ていたが。

「ところで忠夫、今日は用事があった筈だが、たしか、午後からでよかったか?」

 たまたまユーノの隣に座っていたシグナムが、咽ているユーノの背中を撫でる。 何気に面倒見のいいシグナムであった。

「そうっすね。 とりあえず、はやてとヴィータは連れて行くんで」

「───って、アタシもかよっ!」

 まったく行く気がなかったヴィータは、塩鮭の身を解しつつ横島たちの話を聞き流していたが、聞き流せない一言に顔を上げた。

「ん? そりゃ、なのはちゃんたちを助けたときに居たのが、俺とヴィータなんだしな」

「そや。 きちんと最後まで面倒見んとあかんよヴィータ」

 横島とはやての言葉に、「えぇー」と、不満の声を上げるヴィータであったが、続く科白で態度を変えることとなる。

「場所は確か翠屋とか言う喫茶店やったっけ?」

「そや。 結構有名なお店でなぁ、特にシュークリームが有名なんよ。 お土産買ってくるから楽しみにしててな」

「───シュークリーム………し、仕方ねぇな。 アタシもにーちゃん達と行くよ」

 食べ物に釣られたヴィータ。 嘗ての主達の下では見ることのなかったヴィータの態度に、ザフィーラとシャマルは微笑ましそうに苦笑を浮かべ、シグナムは情けないと、溜息を漏らした。

「ふむ。 ならば、今日の探索は午前中は忠夫とヴィータ。 午後は私とザフィーラで動こう」

「それが妥当かしらね。 私とユーノ君は、いつでも動けるように待機「あ、あのっ!」して───?」

 シャマルの言葉に割り込んだユーノに、一同は怪訝そうに視線を向ける。

「僕も探索に加えてもらえませんか? 封印術式もありますしっ!」

「ふむ───そうだな。 だったら、午後から加わってもらおう。 私やザフィーラも一応封印魔法が使えるが、得意分野というわけではないしな」

 ユーノの言葉に、シグナムは少し考えて、視線を横島に向け小さく頷いたのを確認してから答える。

 本来なら子供であるユーノを働かせるのはGS的にNGである。 ましてや、今回はオカルトGメンが既に動いているのだからなおの事である。

 しかし、横島家に保護されていらいユーノはどこか焦っていた。 その焦りのせいで暴走する危険性もあると判断したシグナムは、せめて自身の監視下に置こうと思ったのだ。

 横島もGSとしては反対しなければいけない立場だが、特に意見はない様子でのんきな顔で食事を続けている。 もっとも、のんきなのは顔だけでその胸の内ではユーノのことを考えていた。

 横島は今のユーノの様に燻る様に焦っている状態が良くない事を、経験として身をもって知っている。

 ぶっちゃけてしまえば、ルシオラを喪ってからはやてに救われるまでの間の自分と瓜二つなのだ。

 本人に焦っている自覚は無く、周囲も焦り始めているぐらいに思っているのだが、それは、焦りが燻っているだけ。

 ちょっとした刺激で燻った焦りは大火へと変わる。 自身を、周囲を焼き尽くすような大火へと。

 自分は運よく大火になる前に焦りを鎮める事が出来た。

 だが、ユーノはどうだろうか?

 正直に言えばユーノの焦りは静まりそうに無い。

 暇を見ては態と馬鹿な事を(素でもあるが)しているというのに、あまり笑わない。 余裕が無いのか息抜きの間もどこか緊張している。 

 ユーノ・スクライアという少年は良くも悪くも“真面目すぎた”。

 横島が同じ年の頃と比べ物にならないほど真面目すぎた。

 だから、無駄に追い詰められている。

 状況は良くは無い。 しかし、悪くも無いのだ。

 だから、適度に力を抜いて何が起こっても冷静に対処できるように余裕があった方が良いというのに、ユーノは無意識に焦り、無駄に力んでいる。

 本来ならばそんな状態の人間を(年齢云々は抜きにして)動かすのは躊躇われるのだが、先に述べたように無駄に焦っているので放っておくわけにも行かない。

 そんな訳で、ユーノのジュエルシード探索への参加は決定した。

(飯食い終わったら隊長に伝えておかんとなぁー)

 味噌汁を啜りながら横島はそんな事を考えるのであった。






 河川敷にあるサッカー場では、高町士郎がオーナー兼コーチを勤める翠屋JFCの試合が行われようとしていた。

「さて、なのは。 横島さんに質問する事は纏めてきたわね」

「うん。 大丈夫だよ、アリサちゃん」

 観戦用のベンチに腰をかけたアリサの問いに、その横に居るなのはは頷いて答えた。

「なのはちゃんの事なのに私まで緊張してきちゃったよ」

 なのはをアリサと挟むように座るすずかの科白に、「すずかが緊張してどうするのよ」と、アリサは苦笑を浮かべた。

 なのは達がアレコレと話をしていると、ホイッスルが鳴り、試合が開始される。

 とたんに応援に精を出す三人。 特に、威勢の良いアリサの応援がサッカー場に響く。

 そんな時、ふと、なのはは何かを感じで辺りを見回す。

 それは、以前───あの、犬の動物霊を取り込んだジュエルシードの暴走体と対峙する前に感じたものに似ていたが、以前ほど強く感じる事は無く、周囲にも特に異変を感じない事から、なのはは首を一つ傾げてから応援へと戻るのであった。






「はあっ!」

 西条が気合と共に投げつけたカオス謹製の霊符は、犬に取り込んだ───あるいは憑依した───ジュエルシードの暴走体に激突し、あたりに爆音を響かせる。

「グオオオオオオオオオオオォォォォォォォッ!」

 巨大化し、凶暴化した犬の暴走体は、ダメージに咆哮を上げ素早く西条から間合いを開け体勢を低くすると、低く唸り声を上げながら飛び掛らんと力を溜める。

 そんな暴走体と真正面から対峙する西条は、左手に霊符、右手にジャスティスを構え、油断無く敵を見据えながら相手の出方を覗っている。

 本来なら一気に勝負をつける為に仕掛けたいところなのだが、西条の後ろには気絶した犬の飼い主と、その飼い主を守るように布陣したまだ入隊して日の浅い一般隊員の姿がある。

 それ故、守勢に回らざる得ない西条は小さく舌打ちをした。

 確かに、暴走体は強い。

 しかし、倒せないほどではない。

 西条とて歴戦のGSであり、魔神大戦では圧倒的な戦力差のあるパピリオ相手に、GSチームを見事な指揮で勝利に導いた事もある。 横島や雪之丞、美神親子といった面々が目立つだけで、決して戦闘能力の低いGSでは無いのだ。

 だが、流石に守勢に回らざる得ない現状では、どうしても『負けない戦い』をするので精一杯であった。

 しかし、風向きは一気に変わった。

 援軍が到着したのだ。

「ハァァァアアアアアアアアアッ! 紫電ッ!」

 西条の頭上から影が掛かる。

 思わず見上げた西条の目に映るのは、薄紅と赤の強い紫の衣装を身に纏ったシグナムの姿。

 そして、手にした長剣から迸る赤い炎。

「グオオオオオオオオオオッ!」

 西条から乱入したシグナムへと標的を変えた暴走体が咆哮を上げ飛び掛る。

 しかし、シグナムは動揺することなく、すべてを斬り裂くと言わんばかりに大上段に構えた長剣───レヴァンティンを振り下ろす。

「一閃っ!」

「ガァァァァアアアアアアアアアッ!」

 シグナムの裂帛の気合と、暴走体の咆哮が重なる。

 シグナムと暴走体の衝突により轟音と共に衝撃波が発生し、粉塵が巻き上がる。

「くっ!」

 衝撃波と粉塵から顔を守るように腕を上げた西条と、隊列を組みつつ、衝撃波から一般市民を守る一般隊員達。

 轟音の余韻が消えるか消えないかという所で、粉塵の中からレヴァンティンを鞘に戻しつつシグナムが現れる。

「うまく気絶した。 封印を頼むユーノ」

「は、はいっ!」

 凛とした佇まいのシグナムに声をかけられたユーノが若干上ずった声で答えながら、首からぶら下がる紅玉を手に取る。

 そして、粉塵が落ち着くと泡を吹いて白目を剥く暴走体の姿が現れる。

「すごい………一撃で───って、それど頃じゃない! ジュエルシード───封印っ!」

 思わず感心してしまったユーノが慌てて封印を開始する。 掲げる両手の前から緑色の魔方陣が現れ回転を始めると、魔方陣から発生した光が暴走体を包む。

 光が収まると、そこには気絶した犬と封印が完了したジュエルシードの姿が現れる。

 其れを見た西条は、ふっ、と肩の力を抜くと、隊員に気絶した女性を念のため病院に送るように指示を出す。

「ご苦労様です西条殿。 お怪我はございませんか?」

「いや。 僕も隊員達も怪我は無いよ。 ちょうど攻め込めなくてね、助かったよ」

 声をかけてきたシグナムに答えると、それにしてもと西条は続けた。

「見事な腕前だね。 いや、話に聞いていた以上だ。 僕では敵いそうも無いよ」

「ご謙遜を───西条殿も中々の腕前と見ました。 機会があれば一手お相手頂きたいものです」

 肩を竦める西条に、ふっ、と微笑むシグナム。

「そうかい? 其れは嬉しいね。 まぁ、女性からのお誘いだから、機会があればお相手願うよ」

 そんなシグナムに、何処か軽薄な雰囲気で答える西条。 お互いに微笑を浮かべると、そこにシャマルが近づいてくる。

「あのワンちゃんは気絶しているだけで怪我は無かったわよ、シグナム」

「そうか。 すまないな、シャマル」

「いいのよ。 みんなの補佐が私の仕事ですもの」

「ああ、シャマルさんもいらしてましたか………それにしても、本当に良いタイミングで来ましたね」

 少し疑問に思っていた事を口に出すと、ああ、と二人は声を上げた。

「ああそれは、エヴァがこちらの異変を察知しましたので。 ですが、忠夫達は少し離れた場所にいたので、待機していた我々が転移で来たのです」

「て、転移かい? それはまた………もしかして、ドクターの作品かい?」

 普通、転移を行えるのは、神魔族を除けば高位の妖怪ぐらいである。 横島の文珠なら十分に可能なのだろうが、アレはある意味人間の力を超えたところにあるオカルトアイテムである特殊な能力だ。 それ以外となると、魔鈴が限定的な条件化で可能なぐらいである。

 少なくとも、西条の知る人脈の中では其れが可能なのは先に述べた二人ぐらいである。

 そして、しいて言うならカオスの作品ならば可能性があるといったぐらいだろう。

 しかし、西条は予想外の言葉を聞く事になる。

「いえ───転移は、シャマルの魔法でです」

「は? ま、魔法かい?」

 今まで謎に包まれていた横島家の養子組───ザフィーラ、シャマル、シグナム、ヴィータが自身の秘密の一部というカードを切ってきたのだ。

「ええ。 今までは特に言う必要もないと黙っていましたが、我々───私、ザフィーラ、シャマル、ヴィータはユーノの使う魔法に類似した魔法が使えます」

「それは───詳しく聞いても?」

「申し訳ありませんが、“まだ”話せません」

 緊張した面持ちの西条の問いに、緩やかに首を横に振る事でシグナムは答える。

 ちらりっ、とシャマルへと視線を向ければ、同じように首を横に振る事で返され、西条は体の力を抜いた。

「“まだ”ね───分かった。 これ以上はこの件はこちらからは聞かないようにしよう」

「察していただき感謝します西条殿」

 “まだ”話せない。 その言葉の裏───いずれ話す時がくるという事を正確に読み取った西条の言葉に、シグナムとシャマルは頭を下げる。

 今回の事件に関して、横島達はユーノからの通報でやってくる時空管理局を警戒していて、できれば彼らが来る前に事件を終結させようとしているのだが、その為には、守護騎士一同も総動員する必要がある。

 そうなると、今まで霊能と誤魔化していた守護騎士一同の魔法の事が疑問に思われる可能性もある。 何せ、ベルカ式とは様式は違えど次元世界で広く使われていて、何かと共通点も多いミッドチルダ式の魔導師であるユーノが居るのだから。

 守護騎士一同がその正体を秘密にしているのは彼等は人間ではないから───ではない。

 はっきり言えば、横島家にとって彼等が人間ではないなんてことは、全く関係ない国の天気が晴れだったというぐらいどうでも良い事だ。

 しかし、そこに《闇の書》というファクターが加われば別だ。

 現在、カオスが解析しているといっても、他者のスキルを蒐集する能力や、完成すれば主に強大な力を齎すという点はあまり広まっていい話題ではない。 故に、横島一家はその事を必要以上に広めようとしない。

 だが、今回の事件で下手に疑われて芋蔓式に《闇の書》の事がバレるのは拙いと考えた横島一家は、いっそのこと魔法のことをバラす事にしたのだ。

 必要最低限のことは教え、それ以上踏み込ませない。 其れが横島家がとった方針だ。

 だが、此処に時空管理局が加わるならば方針の転換もありうる。

 最悪の時は、神魔族のテリトリー───第一候補は妙神山───に逃げ込む心算である。

 もっとも、カオス謹製オカルトアイテムの効果で、守護騎士一同はプログラム体ではなく、生体と誤認するようにしてあるのでこっちがぼろを出さなければ大丈夫だとは思っているが。

 そんな理由があり、魔法の事は話されたのだが、今の所は横島達の思惑通りに進んでいる。

 しかし、油断はできない。

 美智恵が細々とではあるが、守護騎士一同について調べている事を知っているからだ。

 その事を百合子経由で知らされているシグナムとシャマルはまだ油断はしていない。

 秘密にしているのはこっちだし、色々と怪しいのは分かるのだが、何も調べる事もないだろうと思うシグナムとシャマルだった。

 それにしても───村枝の紅ユリ、真面目に凄過ぎる。 そして、何気に死亡フラグを立てている美智恵に幸あれ。






(それじゃ、またな)

(ええ。 気を付けてねヴィータちゃん)

 シャマルから送られてきた念話を切り、ヴィータは緊張した面持ちの横島を見上げる。

「無事封印終了だってよ、にーちゃん」

「そっか。 そりゃ良かった。 コレでええっと───四つ目だから、残りが十七個か………先は長いなぁ、おい」

「だよなぁ。 っつったく。 本当に何処の馬鹿だよ、こんな真似した奴は………」

 ほっ、と息をついて愚痴る横島に、ヴィータも賛同する。

 正直、今回の事件は横島一家にとっては厄介事でしかない。

 何せ、放って置く訳にはいかないのに、関われば色々と拙くなる可能性があるという、嫌過ぎる状況なのだ。

 お互いに顔を見合わせた横島とヴィータは揃って溜息をついた。

「しっかし、見つからないよなぁ」

 手を頭の後ろで組んで歩き出すヴィータ。 その後に続きながらも、霊視をしながら辺りを見回す横島。

「なぁ、にーちゃん。 いっその事、カオスのじーちゃんに何か機械を作ってもらって探さねぇか?」

「んー、レーダーみたいなのを作ってもらうってのは良いかもしれないな。 文珠組み込めばどうにかなりそうだし」

「どうせ作ってもらうなら、手に持ててカチカチできるボタンが上についているやつにしようぜ」

「其れは何処のド〇ゴン〇ーダーやねん」

 思わず何もないところを裏手で突っ込む横島。

「流石にーちゃん。 すぐ分かったな」

「うむ。 何故か無性にカ〇ロ〇トと叫びたい俺が居る」

「無駄に似てるよな、にーちゃんのベ〇ータの物真似。 んで、にーちゃん、アタシ等はどうすんだ?」

 見上げるヴィータの問いに、横島は自分の腕時計で時間を確認する。

「んー、ボチボチ時間だから帰るか。 なのはちゃんとの約束もあるし」

「ん、了解。 あー、めんどくせぇ~」

 頭の後ろで手を組んで歩き出すヴィータ。 なのはとの約束は乗り気じゃないという風体を装っているが、件のシュークリームが楽しみなのか顔が微妙ににやけている。

 そんなヴィータの様子に苦笑しながら横島もその後に続くのであった。






 時間は過ぎ、昼食時を過ぎた頃。

 なのはの両親が経営する喫茶『翠屋』では、翠屋JFCのメンバーが、2対0という勝利を祝い食事会を終えようとしていた頃。

 勝利の余韻で明るく活気のある店内とは違い、オープンテラスに陣取るなのは、アリサ、すずかの三人は、緊張による重い空気に包まれていた。

「そろそろ約束の時間ね。 大丈夫なのは?」

「う、うん。 大丈夫だよ、アリサちゃん」

 緊張した面持ちのなのはに、アリサとすずかは、苦笑を浮かべる

「緊張したって仕方ないでしょ。 此処まで着たら当って砕けろよっ!」

「───砕けちゃだめなんじゃないかなぁ………」

 勢いで言ったアリサの言葉に、ぼそり、とすずかは苦笑しながら突っ込む。

 あまり大きな声でなかったものの、しっかりとその声を拾ってしまったアリサは、呻き声を一つ上げて視線を泳がせ、言葉を捜す。 その横では、「砕ける───ううっ」と緊張を高めてしまったなのはが居る。

「あー、アレよアレ。 人生、塞翁が馬ってやつよ」

「───サイ王? サイの王様の馬?」

「あ、あはははははは………」

 小学三年生では知っているのも珍しい言葉で緊張を解そうとするアリサであるが、文系が大の苦手のなのはは、ずれたどころか明後日の方向に大暴投するような事を言って首を傾げる。

 そんな二人の様子に様子に引きつった苦笑を浮かべるすずか。

 疑問に首を傾げるなのは。

 なのはの頓珍漢な言葉に頭痛を耐えるようにこめかみに指を当てるアリサに、こまったようにくしょうをうかべるすずか。

 そんな中、なのはが小さく声を上げる。

 そんななのはの視線を辿った二人の視界には、車椅子に乗る少女とその車いすを押すスーツ姿の青年、そして、手を頭の後ろで組んで歩く少女の姿が映った。

 ぶっちゃけ、はやて、横島、ヴィータの三人である。

「こんにちわー。 いやー、悪いね、なのはちゃん、アリサちゃん、すずかちゃん。 待たせちゃったみたいで」

「にゃ、にゃ。 だ、だ、大丈夫ですよ?」

 ははは、と笑顔で挨拶をする横島に対するなのはの言葉は色々とテンパっていた。

 それは、思わず横島達が顔を見合せ、アリサとすずかが、天を仰いだり、引き攣った笑みを浮かべてしまう程度には。

 自分のテンパり具合に自覚のあるなのはが、あわあわと、慌てだした時、横島達は一つ頷き合うと───

「こんにちわー。 いやー、悪いね、なのはちゃん、アリサちゃん、すずかちゃん。 待たせちゃったみたいで」

「わりぃな。 ちょっと仕事だったんだよ」

「本当にごめんな。 ああ、わたし、横島はやていいます。 よろしゅう」

 それぞれに挨拶をすると、何もなかったように椅子に座った。

「やるわね。 見事に無かった事にしたわね」

「あ、あははは………」

 一糸乱れぬ空気を読んだ横島一家の行動に、無意味に感心するアリサと乾いた笑いを浮かべるすずか。 その横で落ち込んでいるなのはは、全員揃ってスルーである。

 そのまま、初見のはやての自己紹介を続けるが、その間も微妙に落ち込んでいるなのはに、アリサは溜息をついて、耳元に声をかけた。

「なのは、おじ様とおば様呼んで来なくていいの?」

「ふぇ? あ、そ、そうだった! あ、あの、なのははちょっとお父さんたちを呼んで来ますっ!」

 慌てて宣言すると、逃げるように翠屋店内に向かっていくなのはを見て、一同は苦笑を浮かべたり、呆れたりとそれぞれのリアクションをとる。

「まったく───此処まできたら緊張してもしょうがないでしょうに………」

「なのはちゃんだからね………」

「つーか、何であんなに緊張してるんだよ、高町なにょはは」

 相変わらずなのはと発音できないヴィータの問いに、アリサ達は苦笑しながら答えた。

「詳しい話はなのはから聞いてもらいたいんですけど、実は、なのは魔法を習いたいらしいんです」

「ん? もう決めたのか? あんまり時間を上げられんけど、きちんと考えて欲しいんだけどなぁ」

 腕を組み、空を眺めながら眉を顰める横島。 そんな横島を、珍しく考えて発言しとるなぁ、等と結構酷いのか自業自得なのか良く判らないことを思っているはやて。

「なのはちゃんて、自分には特技も才能もないって思い込んでるんです。 それで───」

「ああ、それでか───まぁ、才能の有無が左右されるモノではあるんだけどなぁ………」

 すずかの言葉に、眉間の皺がさらに深くなる横島。

 オカルト関係というものは、はっきり言ってしまえば個人の才能が左右される部分が強い。

 が、才能があれば大成するというものではない。

 嘗ての横島や、六道冥子等の才能があっても、其れを伸ばす努力を疎かにした故に大成できない面々もいれば、鬼道政樹の様に才能の低さを努力で補い、大成したとは言いがたいがそれでも一定の成功を収めたものもいる。

 横島がなのはによく考えて欲しいと思っているのもこういう事が関係している。

 “覚悟”とも言えばいいのか、そういったものの有無がオカルト関係では重要である。

 まだ小学生のなのはに覚悟を決めろというのは酷な話ではあるが、中途半端な気持ちで関われば手痛いしっぺ返しが待っているのがオカルト業界なのだ。

 そう───“あの頃”の自分の様に大切な───

「君が横島君かい?」

 声をかけられ、思考の海に沈みかけていた横島の意識は一気に覚醒する。

 声のほうに視線を向けると、なのはとエプロンを付けた男性と、同じくエプロンをつけた年若い女性がこちらに向かって歩いてきていた。

 その瞬間、横島の(女性限定で無駄に)鍛えられた観察眼はすぐさま年若い女性を観察する。

 年齢───ストライクゾーンど真ん中の二十代前半。 此処まで0.2秒。

 容姿───なのはちゃんと同じ栗毛。 ロングヘアーと柔和な顔立ちが相乗効果を生み、思わず「おねえっさ~ん」と呼びたくなるような美女。 此処まで0.5秒。

 スタイル───シグナムさんクラスには劣るものの、シャマルさんクラス。 つまるところ、良いスタイル。 此処まで0.6秒。

 総評───漢達の《〇い幻想(〇ーブルファンタズム)》。 《放物線描く大怪盗の飛翔(ル〇ン・ダイ〇)》発動承認───したいが、流石に昼間の野外でやるほど人間は捨てていない為、接近してからの《伝説の∞描く拳技(デ〇プ〇ー・ロ〇ル)》の如きナンパで妥協。 此処まで0.7秒。

 周囲の確認───ちみっ子達の視線はない。 隣にいるおっさんが邪魔だが、そんなの関係ねぇーーーーっ! 此処まで0.8秒。

 最終確認───行きますか? 行きませんか? 聞くまでも無し。 行かねば男では───否、漢にあらず。 此処まで0.9秒。

「はっじめまして、お嬢さぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

 横島が年若い女性を認識してから一秒にも満たない間。 誰もが声をかけてきた男性に目を向けて居た瞬間。

 横島は己が出せる最速をもって年若い女性の両手を握り、ずいっ、と顔を寄せる。

(おおっ! なんちゅう、細くてスベスベの手なn───)

「ヴィータッーーーー!!」

「任せろっ! 打っ潰せアイゼンッ!」

《Tödlichschlag》

「ぼkっ!!!」

 そのまま自己紹介をしようとした横島は、すぐさま反応したはやての声に、最速で反応したヴィータとグラーフ・アイゼンのコンビの前にアスファルトに罅を入れるほどの力で叩き潰される。

 因みに、握っていた年若い女性の手は、自身の頭にグラーフ・アイゼンのハンマーヘッドが当たった瞬間に横島は巻き込まれて怪我をしないように放している。 無駄にフェミニストなところを発揮しているが、まず気付く人間はいない。

「い、行き成り何するんやーーーーーっ! 死んでまうやろうがーーーーーーっ!」

「コレぐらいじゃ死なねぇだろ、にーちゃんは。 それよりも───」

 減り込んでいたアスファルトから顔を上げ大声で文句を言う横島だったが、ヴィータがグラーフ・アイゼンで指し示し方向に目を向けると、「げっ───」と呻き声を上げた。

 横島の視線の先。 グラーフ・アイゼンの指し示した先。

 そこには、車椅子に座りにっこりと微笑むはやてが居た。

 そう、それは綺麗な“殺す笑み”を浮かべ、グレートなマザーの影法師(シャドウ)【Ver.仁王立ち】を背後に従えるはやてが居た。

「人にそないなもの向けちゃアカンよ、ヴィータ」

「ご、ごめん、はやて」

 にっこりと微笑んだままのはやての科白に、ヴィータは慌ててグラーフ・アイゼンを待機モードに戻す。 グラーフ・アイゼンがいつもよりも早く待機モードに戻ったのは見間違いだと思いたい。

「んで───アンちゃ~~~~~ん?」

「は、はっ! 何でありましょうか、サー!」

 くりんっ、といった感じで顔だけ横島の方を見るはやて。

 横島は最速で立ち上がると、海軍式の見事な敬礼をする。

「んー? わたしは、女の子なんやけどなぁ? そない男の子に見えるんかぁ?」

「し、失礼しました、マム!」

「うん。 せや。 それでえぇ。 取りあえず───正座や」

「イエス! アイ、マム!」

 にっこり、と微笑むはやてに、横島は踵を打ちつけ見事な敬礼を披露した。






「な、なんなのよ、一体………」

「あ、あははははははははっ………」

 鳥肌の立った腕を仕切り撫でるアリサと、乾いた笑みを浮かべるすずか。

 その視線の先には、にっこりと、微笑んだまま訥々と、正座───というか、既に土下座に移行している横島に説教をするはやてがいる。

 先程から聞こえる「堪忍やーっ! 仕方なかったんやーっ!」という情けない声や「いっつもそれ言えば許されるって思ってへんか? なぁ、アンちゃん?」という静かだが背筋の凍る様な迫力のある声は、極力聞こえない振りをしている。

 本来ならこの集まりの主役であるはずのなのはは、恐怖の為に父である士郎の足に掴まる様に隠れ、恐る恐るとはやての様子を盗み見ては、「ひっ!」と小さく悲鳴を上げてまた士郎の足に隠れるという事を繰り返している。

 そんななのはにバリヤー的に扱われている士郎だが、先程から引きつった笑みを浮かべ「桃子に匹敵するのか───あの歳で?」とか「あの子の後ろに何か見えるような───」等と、呟いている。

 そして、ナンパをされた張本人である女性───なのはの母、桃子は「あらあら。 しっかりした頼もしい子ねぇ」等と、一人微笑ましそうに横島とはやてを見ている。

 家族であるヴィータですら我、関せずとばかりに視界に入れないように出されたケーキを必死にぱくついているというのに、何とも豪胆な人物である。

「さて、残りのお説教は帰ってからって事で───」

「まだ、続く!?」

「ん? シャマルお姉ちゃんと、シグナムお姉ちゃんと、わたしのエンドレスでループするお説教のほうがええの?」

「はやて様、お一人でのお説教でお願いいたします」

 深々と土下座をする横島だが───

「だが、断る」

 と、一言で切り捨てられ土下座のまま崩れ落ちる?という器用な真似をしている。

「まぁ、さっきのは冗談やから、早くあのおねぇさんに謝ってくるんや」

「ううっ、ホンマに冗談なんやろなぁ」

 ぶつぶつと呟きながら立ち上がると、桃子の前まで進み、がばりと、土下座に移行する横島。

「ホンマにすんませんでしたーーーーーっ!」

「綺麗な土下座ねぇ~」

 年季の入った見事な土下座に頬に手を当て思わず感心してしまう桃子。 そんな妻の様子に苦笑を浮かべる士郎と、引きつった笑みを浮かべるなのは。

 横島の後ろでは、はやてとヴィータが、うんうん、と頷いている。

「横島君───だったかしら? 私みたいなおばさんをナンパしてくれるのは嬉しいけど、私には夫がいるの。 だから、こんな真似二度としちゃ駄目よ」

「はいっ! 畏まり───はぁっ!」

 米搗きバッタの如く、へこへこ、と頭を下げていた横島が、がばり、と顔を上げて、桃子と士郎を交互に見て、いまだに士郎の後ろに隠れていたなのはに視線を向ける。

「ま、んましゃか………なのはちゃんのお母さんで?」

「? ええ。 なのはの母の高町桃子よ。 先日はなのは達を助けていただいてありがとうございました」

「んっ! なのはの父の高町士郎だ。 横島君、俺からもお礼を言わせてもらうよ。 本当にありがとう」

 わなわなと震える指で指差された桃子が、軽く首を傾げながらも頭を下げ、咳払いをした士郎もその後に続いて頭を下げる。

 しかし、横島の耳にその言葉は届いていなかった。 何故ならば───

「あ、アホな───ワイの………ワイの眼力《スカウター》が誤認───やと………あ、ありえへん………」

「取り合えず、眼力をスカウターってルビるアンちゃんの方がよっぽどありえへんからな」

 土下座からorzの形態へ移行した横島に、静かにツッコムはやて。 その隣ではヴィータが、うんうん、と頷いている。

「取り合えず───話し進めない?」

 カオスな様相へと陥ったその場の雰囲気を払拭するように、アリサは、ぽつり、と呟くのだった。






 取り合えず仕切り直しとばかりに各々の椅子に座る一同。

 士郎と桃子は店があるということで、もう一度横島とヴィータに丁寧に礼をすると、店内に戻っていく。 もっとも、これからなのはが色々と相談するだろう事を感じ取っていたので、邪魔にならないよう席を外したというのもあるが。

「成るほどねぇ───きちんと考えてるんだなぁ、士郎さん」

 なのはから大凡の説明を受けた横島は、感心するように何度か頷くとコーヒーを口にしつつ、ヴィータが横目で見ていた自身の前に置かれているケーキをさり気なくヴィータの前へ移動させる。

「───あんがと、にーちゃん………」

「どういたしまして───てことは、俺に聞きたいことっていうのは………」

 ぽつり、と呟いたヴィータに答えて、横島は視線をなのはに向ける。

「えっと、横島さんがどうしてGSになったか参考に聞かせてもらえないかと───」

 おずおず、といった調子で尋ねるなのはに、横島は、がしがし、と頭を掻き毟って「んーーー」と言葉を濁す。

「もしかして、言いづらいこと聞いちゃいましたか?」

 すずかが申し訳なさそうに聞くと、横島の横で話を聞いていたはやてが、「あー、そういう事やないんや」と顔の前で手を左右に振った。

「ぶっちゃけ、アンちゃんがGSになったのって流された結果ちゅうか───惰性やねん」

「「「は?」」」

「いや、そうなんやけど、もうちょっと言い方を考えてくれへんかはやて………」

「事実やんか」

 唖然とするなのは達の前で、がくり、と頭を垂れる横島。 はやてはそんな横島に容赦なく突っ込むと、ケーキを切り分けて口にする。

「まぁ、そうなんやけどなぁ」

 項垂れたまま恨めしげに、満面の笑みでケーキを味わうはやてに視線を向ける横島。

「ほ、本当にそうなんですか?」

「ん、まぁ、本当だな」

 唖然としたままのなのはに、横島は頭を上げて頷く。

 そのまま、唖然としていたなのは達だったが───

「ちょっとっ!」

 ───気炎を上げてアリサが身を乗り出す。

「それじゃ、ぜんぜん参考にならないじゃない!」

「んー、まぁ、俺の場合は色々特殊だからなぁ───」

 ぼやきつつ、コーヒーを口に含む横島。

 確かに、横島の事情は色々特殊だろう。 

 何せ、色香に迷ってバイトとして足を踏み入れたオカルト業界だったが、才能やら前世の因縁やらで気がつけば荷物持ちのアルバイトがGS見習いとなっていたのだ。

 まさしく、流れ、流されて、辿り着いた先がGSだったのだ。

(まぁ、其れだけやないんやけど───話がヘビー過ぎるしなぁ………)

 さて、どうするかと頭を悩ませる横島。

 別に、自身の事を話すこと自体は吝かでもない。

 確かに、ほいほいと流されてオカルト業界にかかわった横島だが、ワルキューレの叱責、魔神大戦、ルシオラの死、はやての励まし等、様々な要因が横島に本当の“覚悟”を持たせたのも事実なのだ。

 しかし、今その話をしても余計に悩ませるだけかもしれないとも思う。

 まぁ、悩む分にはいいのだが下手に『取り合えず、なぁなぁでもどうにかなる』と思われても困るのだ。

 なにせ、何だかんだでどうにかなってしまった自分という実例がいるわけだし───

「取り合えず、俺の事は横に置いておいて───俺の知り合いの話でよければしようか? 結構、色々な人がいるから」

「え、良いんですか?」

「まぁ、あまり詳しくは言えない人もチラホラ居るんだけど、さわりと言うか、軽くなら問題ないし」

「それなら───よろしくお願いします」

 頭を下げるなのはに、おう、と答えると横島は唸りながら腕を組んで誰の事から話すか悩み始める。

「───GSになる理由で代表的なのが、やっぱり、元々そういう家系だからってのが多いな。 実際、俺の師匠の美神さんも霊能力者の家系だし」

「そうなんですかー」

 へぇ、と某無駄知識番組のボタンを押しそうな声を上げるなのは。 アリサも落ち着いて話を聞く体制をとる。

「特に有名な家系なんかは、問答無用で小さい頃から跡取りとして教育されるって言うし。 ただ、其れだけじゃなくてなのはちゃんみたいに、偶然、霊能力が発現してGSを目指したって子も勿論居る。 昔の同僚に六女───六道女学院っていうGSの育成を目的とした学科、霊能科っていうのがある学校に通っている子が居るんだけど、その子のクラスメイトが、まぁ、所謂不良ってやつだったんだけど………喧嘩の途中で悪霊に乱入されたことが切欠で霊能力者として目覚めたらしいぞ」

「不良に、喧嘩って───」

「い、色々あるんですね」

 引きつった笑みを浮かべるアリサとすずか。 流石に想像外の事だったらしい。

「元々、霊能力者の家系だったけど、霊能力者として育てられた理由が父親の復讐の為って言うやつも居たな。 まぁ、その父親も復讐って言っても九割がた逆恨みな上、自分達の不利を悟ったら、あっさり隠居して逃げるようなヤツだったけど」

「ああ、鬼道さんかー、そういえばそんな理由やったね」

 ああ、居た居たと、軽い感じで相槌を打つはやてに、顔を引きつらせるなのは達。

「まぁ、鬼道も今じゃ六女の教師として真面目に未来のGSの卵達の育成をがんばっとるしなぁ」

「人に歴史ありやね」

「黒歴史もいいところじゃない───」

 どこまでも軽く言う横島兄妹と、げんなりと呟くアリサ。 だいぶ温度差が出てきた。

「後は、霊障───オカルトの障害だと思ってもらえれば良いけど、それが切欠でGSを目指したっていうのもある。 さっき話した昔の同僚や、俺のクラスメイトが一応これに当たるかな」

「───そんなこともあるんですか?」

 障害という言葉に、沈んだ声を出すなのは。 想像していたよりも重い話が多いので徐々に元気がなくなってきている。

「後は、若くして死んだ母親に強くなるって誓ったからってGSになったマザコン戦闘狂が居たり、生きていくためにGSになったって人もいるな。 その他には、中世の魔女狩りで失われた技術を復活させて今を生きる人の為に使う為って人や、破門されても霊障に苦しんでる人たちの為にGSを続けている元神父の人もいる」

「そ、そうなんですか………」

 自分の境遇と比べ、『実は自分は我儘なだけなのでは?』と考え始め微妙に凹み始めるなのは。

 そんななのはの様子を気にする事無く、呑気にコーヒーで口を湿らす横島。

「ただ───誰にも共通しているのは、誰も後悔はしてないって事だな」

 その横島の一言に、えっ、と声を上げ顔をあげるなのは。

 その視線に入ったのは、微笑ましそうな苦笑を浮かべる横島。 その目は此処ではない何所かを見ている。

「正直、GSなんてヤクザな商売で、命懸けなんてざらだし、一般人からは理解されにくいし、しんどい事が多いんだよ。 それでも───」

 一拍置いて、子供の様な笑みを浮かべ、なのはに向き直る横島。

「それでも続けるのは、誰もが譲れない“何か”があるんだよ。 家の為、理想の為、生きる為、誓いの為───お金の為って人もいるな」

 最後のお金の処で、かつての上司であり、師の一人を思い浮かべて苦笑する横島。

「まぁ、結局は好きなんだろうな、GSって職業が。 理由は人それぞれだろうけど」

「───横島さんもですか?」

 上目使いで問いかけるなのはに、横島は苦笑を浮かべる。

「───戦うのも、しんどいのもあんまり好きじゃないんだけどなぁ」

 苦笑を浮かべる横島。

「不思議と止めようとは思わないんだよな。 これが」

 GSという職業に関わり、様々な出会いを経験した横島。 良い出会いも、悪い出会いも、悲しい別れもあったが、GSという職業を嫌うことはなかった。

「なのはちゃんがどうして魔法を習いたいのかは俺は知らないけど───気付いてないだけできっとなのはちゃんにも譲れない“何か”があるのかもしれないな」

「───譲れない“何か”───」

「ああ。 他の誰の為でもない自分の為に譲れない“何か”がさ」

「───自分の為の───譲れない“何か”───」

 呟き、考え込むなのはを微笑ましげに見て、コーヒーを飲み干すと横島は立ち上がる。

 それを見て、ヴィータも立ち上がり、はやては車椅子を操作してテーブルから離れる。

「あんまり詰め込みすぎてもしょうがないから今日は此処までということで───また、何かあったら遠慮なく連絡してくれていいからね、なのはちゃん」

「あ───はい。 分りました。 あの、今日は本当にありがとうございました」

 頭を下げるなのはに、「気にせんとええって。 所詮アンちゃんなんやし」と何故かはやてが答える。 割と酷い答えで。

 一人凹む横島を余所に、はやてとヴィータはお土産を買って行こうと話し合っている。 どうも、実際に食べて美味しかったケーキ類にするか、有名なシュークリームにするかで揉めているらしい。

 そして、その結果───

「と、いう訳で───にーちゃんの小遣いから、ケーキとシュークリーム両方買うことになったから」

「ちょっ!」

「器量の見せ所やな、アンちゃん♪」

「ううっ、良心的な値段であってくれよ………ホンマに───」

 ───横島の財布が少しだけ薄くなった。







 ちょうどその頃、翠屋から少し離れたとある歩道を一組の少年、少女が歩いていた。

 二人は、翠屋JFCに所属しているゴールキーパーとマネージャーであり、まだ幼い少年少女ではあるが、互いに思い合う所謂、彼氏彼女の関係であった。

 そんな少年のポケットの中には一つの石がある。

 一見すると“宝石”にも見える奇麗な“蒼い”石が一つ。






 ───後に、《P.T事件》や《ジュエルシード事件》と呼ばれる事件において最大級の被害を齎した大規模霊障が静かに始まろうとしていた。 一人の男と一人の少女に、再会と決意を齎した事件が───









[4474] GS横島 リリカル大作戦  リポートⅣ  『 舞い上がる翼たち ── 後編 ── 』
Name: 矢崎 竜樹◆e3cad9d9 ID:3f76fc13
Date: 2012/11/21 20:00
 ───それは、幼く、淡い、恋心が齎した悲劇。



 彼は、特別というほど目立つところのある少年ではなかった。

 近所のサッカーチームのレギュラーであり、信頼されているゴールキーパーであったが、優れた資質を持っているわけではなかった。

 努力に努力を重ね、チーム内での信頼を得た少年だった。



 彼女は、特別というほど目立つところのある少女ではなかった。

 近所のサッカーチームのマネージャーであり、チーム内で信頼されていたが、特に何かが優れているわけではなかった。

 失敗しても挫けない姿勢と、精一杯の気遣いでチーム内での信頼を得た少女だった。



 故に───自信が持てず、互いに恋心を抱いていながら、一歩踏み出せない関係だったのかもしれない。

 だからこそ少年は思った。 自分が偶然拾った“蒼い宝石”の様な石を彼女に贈り、告白しようと。

 だからこそ少女は思った。 今日、応援に来ていた同じクラスの可愛らしい容姿の少女達ではなく、自分と一緒に居て欲しい。 “いつまでも”。



 少年少女に罪はなく、この街にも罪はない。

 強いて何が悪かったかといえば───“運”が悪かったとしか言いようがないだろう。











 GS横島 リリカル大作戦  リポートⅣ  『 舞い上がる翼たち ── 後編 ── 』










 高町なのはは、一人自室で悩んでいた。

 横島に聞かされた話、告げられた言葉、そして、困ったような、悲しいような、それでいて、嬉しそうなそんな感情が混ざり合った苦笑。

 正直な所、成り行きでGSになったと聞かされたときは茫然自失となってしまったが、結果的には色々とためになったと思う。

 ただ、自分に横島の言うとおりの“何か”があるとはどうしても思えなかった。

 良くも悪くも高町なのはという少女は良い子であり、良く言えば控えめ、悪く言えば後ろ向きな少女であった。

 だからこそ、自身に横島の言うような、譲れない“何か”があるように思えないでいた。

 もっとも、これは横島が悪い部分がある。

 なのはは横島の言葉を重く受け止めているが、横島は軽く言ったつもりでいたのだ。

 譲れない“何か”などと言った横島のそれは、それほど重いものではない。 少なくとも本人の認識の上では。

 何せ、横島はルシオラとの事があったにせよ惰性でGSになった男だ。今更、GSという業界から抜けて折角知り合った美女・美少女達との縁を切りたくもないし、何だかんだとGS向きの能力を持った家族が多いのだ。だったら、GSを続ければいいかなぁ、それにこれからも美女・美少女との縁も出来るかもしれないし。と、これぐらいの事しか考えていない。

 ルシオラとの事云々はGSとは関係ない所で横島の決意となっている。それ故に横島がGSを続ける理由など、上記の事ぐらいでシリアスな時とそうでない時の格差が激しい、ルシオラが好きだった“自然”なままの横島忠夫である。

 もっとも、だからと言ってGSという職業を甘く考えているわけではない。

 いくら横島が自虐気味なギャグ体質の持ち主でもそれ位の分別はあるのだ、流石に。

 というか、最低限その程度の分別が無ければ“あの”美神令子や、“あの”横島百合子がGSとして独立を許すはずが無い。

 と、まぁ、そんな感じで横島としてはそんな重いことを言ったつもりではない。無論、真剣には考えて欲しいが、真剣に考えた結果が他人から聞けば軽い理由となる事もあるという事が往々にしてある事を経験的に知っている横島はともかく、良くも悪くも生真面目でまだ小学生で人生経験の浅いなのはは無駄に重く捉えて悩んでしまっているのだ。

 この辺りは横島がまだまだ“若い”証拠である。これが百合子ならもっと上手な手を使ったはずである。

「譲れない“何か”かぁ………」

 ベットに横になり、はぁ、と溜息をつくなのはの懊悩はまだまだ続きそうである。







「う~ん、もうちょっと言い様があったやろうか………」

「ん? どないしたんアンちゃん?」

「ん?」

 帰宅途中に呟かれた横島の言葉に、自分の乗る車椅子を押す横島を振り返るはやて。

「いや、ほら、譲れない云々言ったやろ。正直、もっと言い方あったんやないかなぁ、と」

「あ? そんな悪くないと思うけどにーちゃん」

 ヴィータの言葉に、「せやけどなぁ」と、今一つ不満そうな横島。

 しかし、ヴィータから言わせればアレぐらいがちょうどいいのだ。

 良くも悪くも魔導師の敷居は低い。それこそ、GSとは比べ物にならないくらいに。

 非殺傷設定、時空管理局の万年人材不足等、色々な理由はあるが一番は霊能力者と魔導師の特性の違いだろう。

 才能云々も関わってくるが、魔導師の魔法は霊能力者の霊能より簡易性は高い。

 そして、なのはは霊能力者の卵ではなく魔導師の卵なのだ。

 半端な覚悟はなのは自身も、周囲の者たちも容易に傷つける。

 それを正確に認識しているヴィータは必要以上に重く考える事も必要だと思っていた。

 その事を横島に伝えるヴィータだがそれでも横島は唸るのをやめない。

「いや、ヴィータの言いたい事も分かるんやけど───なのはちゃんってなんか見てると考えすぎて迷走した挙句とんでもない暴走をしそうというか、なんというか………」

「あー、何となく言いたい事は分かる。まぁ、あれだユーノみたいに無駄に責任感が強いって言いたいんだよな」

 ヴィータの言葉に横島は頷く。

 横島が危惧しているのはなのはの暴走である。

 何せこの海鳴市には今現在ロストロギアであるジュエルシードが地雷の如く存在しているのである。

 なのはにジュエルシードの事は一切話していないが、力と力は良くも悪くも惹かれあうものである。なのはという魔法力の原石がジュエルシードという破滅の宝玉と惹かれあうのではないかと横島は危惧している。

 ド素人のなのはがジュエルシードの事に関してできる事は今のところ一切無い。

 しかし、なのはの正義感というか、義務感というか、そういったものが暴走してこの件に関して首を突っ込んでしまうのではないかと横島の霊感は訴えかけているのだ。そう、霊力の高さだけなら日本でも上から数えたほうが早く、世界規模で見てもトップクラスの範疇に入る霊能力者横島の霊感が。


 ───横島はこの時点ではまだ知らないが、 なのははその地雷と既に接触している。横島の霊感も捨てたものではない。


「まぁ、言い出したら限がないしな、なのはちゃんの様子を見つつ柔軟に対応していきますか………」

「アンちゃん、それは出たとこ勝負いうんや。褒められる事ちゃう」

 はやての言葉に横島は苦笑をこぼした。

 はやての言葉は正しかった。どこまでも正しかったが、一つだけ忘れていたことがあった。

 比べるのが馬鹿馬鹿しくなるほどの力の差を持った魔神の策謀。

 それを打ち破ったのは、時を越えた女傑の計画でもなく、神魔をして悪魔よりも狡猾と言わしめる上司でもなく、横島忠夫の出たとこ勝負であった事を。

 横島は苦笑を浮かべながら言う。

「まぁ、いつもの事やな」










 なのはと横島がそれぞれに悩んでいる頃、海鳴市内のとある交差点に小学生の男女が居た。

 信号待ちなのだろうか、横断歩道の前で談笑に花を咲かせていた。

 お互いにお互いを意識しつつ、ふと、少年はポケットに入れていた偶然拾った“蒼い宝石”のような石を取り出す。

 どこか照れたような様子でそれを少女にプレゼントしようとする少年に、少女は驚きながらも嬉しそうに“ソレ”に手を伸ばす。

 少年の手の中にある“蒼い宝石”のような石に少女の手が触れた瞬間───それは起こった。

 少年と少女の誰にでもあるほんの少しの不安と“願望”。

 それに、ただ無機質に、己に刻まれたままに、“蒼い宝石”───ロストロギア・ジュエルシードは反応し、その力を解放した。










「「んなっ!」」

「あれ?」

 ───横島が、ヴィータが、はやてが………

『ッ! 緊急事態ですっ!』

「これは───ッ!」

 ───エヴァが、シャマルが………

「なんだとっ!」

「どうやら───面倒な事が起きたようだな」

「そんな───」

 ───シグナムが、ザフィーラが、ユーノが………

「西条君っ!」

「はいっ! すぐに対応に当ります!」

 ───美智恵が、西条が………

「ふむ───マリア、すぐに“例の物”の準備を」

「イエス。ドクター・カオス」

 ───カオスが、マリアが………


 ───そして───


「これって………」

 ───なのはが、その膨大な力の奔流を感じて、視線をその発生源に向ける。

 そこには、巨大な───本当に巨大な樹が、突如その姿を現していた。

「っ! 行かなきゃっ!」

 そして、幼い正義感と間違った義務感は、一人の少女を、なのはを、横島が危惧したように暴走させた。










「おいおいおいおいおいっ! どーなってんだありゃっ!」

 横島の視線の先には一本の巨木───いや、その規模は驚異的な速さで広がっていて、このままでは森と呼ばれる規模になるのも時間の問題だろう。

「この感じ───ジュエルシードかよ!」

 言うやいなや、ヴィータはバリアジャケットを身に纏うとすぐさま浮かび上がり横島に振り返る。

「にーちゃんははやてを頼む! アタシは一足先に現場に行くっ!」

「お、おう! ヴィータ! まずは被害の拡大を防ぐため結界を張るんだぞ!」

「了解! 念話で他の連中にも伝えとく!」

 返事をしたヴィータは手に持ったグラーフ・アイゼンを力強く握り締め振り向くことなく飛び去っていく。

 それを見送った横島ははやての車椅子のグリップを力強く握ると凄まじいスピードで走り始める。

「ちょ、わたしは一人で戻るからアンちゃんはヴィータと───」

「アホ! 家族を放って置けるか! 安心せぇ! 家の家族は強いんや! ワイがちょっと遅れるぐらいどうとでもなるっ!」

 振り返るはやてに視線を向けることなく、横島は前だけを真っ直ぐ見据えて走り続ける。

 その言葉に息を呑むはやて。

 脳裏に浮かぶのは、自身の騎士であり家族である守護騎士ヴォルケンリッター。

 脳裏に浮かんだ頼もしい面々に、はやては一つ頷く。

 心配ではある。心配ではあるが、同時にその頼もしさに安心もできる。

「───ほな、安全第一で全速力でお願いするわ」

「おう! 任せとかんかい!」

 にっ、と笑う横島に非常事態だというのにはやての胸は温かくなった。










 ヴィータが現場に駆けつけた頃、既に結界───現実空間から位相のずれた空間へと対象を取り込む封時結界───が張られ被害のの拡大は取りあえず抑えられていた。

 もっとも、このままジェルシードが暴走を続ければ、結界を食い破り外へと被害は拡大し、最終的には時空震、そして次元断層と世界規模を通り超えた次元規模へと規模を拡大し続けていくわけだが。

『シャマル! 現場に到着した! 状況は!』

『拙いわ───油断していたわけじゃないけど、まさか此処までとは………いえ、それこそ油断だったんでしょうね』

「『反省は後回しだ! ジュエルシードは!』」

 思わず念話と同時に声を上げて怒鳴りつけるヴィータ。その声にシャマルも気持ちを切り替え、サーチャーから送られてくる情報を吟味する。

『今のところ発見できていないわ。と、言うか、どんな願いでこんな事態になったのか分からないのだけど、ジャミングされてるみたいなの』

『ハァ!? ジャミングだぁ!?』

『生い茂っている葉の一枚一枚、幹や枝の一本一本が、ジュエルシードと同じ魔法力波動を発していてその波動に隠れて本体がまだ特定できないのよ。その上、飛ばしているサーチャーも葉や枝が破壊してくるし───偶然ならいいんだけど、これが偶然じゃないとなると………』

『封印を邪魔しに来るって事かよ、この森全体が………』

 自身の視界の下に広がる既に森と言うべき様相を見せたジュエルシードの暴走体を見て、ヴィータは、ごくりっ、と唾を飲み込む。

『シグナムとザフィーラはもう別々の場所から中央を目指して進行して言っているんだけど、暴走体は二人を脅威と認識したのかオカGより二人への攻撃が過激になってきているわ。それで、申し訳ないけどヴィータちゃんはその位置から進行してちょうだい』

『───おう』

 グラーフアイゼンを握るヴィータの手に更なる力がこもる。

『───気をつけて』

「ふんっ」

 その言葉にヴィータは鼻を鳴らすと、腰溜めにグラーフアイゼンを構える。

「上等!! アタシの鉄槌が森程度で止められないって事を思い知らせてやる!!」

 吼えると同時に森に向かって急降下を開始するヴィータ。

「自然破壊みたいで気は乗らねぇけど───景気付けだ一切合財、打っ潰すぞ!! アイゼン!!!!」

「Jawohl.GigantForm !!」

 ヴィータの声に応じ、グラーフアイゼンから景気良く爆発音と共に数個の空薬莢が排出される。

 そうして、ヴィータのグラーフアイゼンの形状が変化していく。

 ヴィータの身体に合ったサイズから、明らかに合わない巨大な形へと。

「轟天爆砕っ!!!!」

 それを慣れた様子で振りかぶると、柄が延び、ハンマーヘッドはさらに巨大化する。

 予め探りを入れて、人の居ない安全な場所は確認済み。

 故に遠慮なく放てる。

 仰ぎ見よ! これこそ、ヴォルケンリッター 鉄槌の騎士が誇る最大級の破壊力を持つ一撃!

「ギガントォシュラァァァァァァァアアアアアクッ!」

 振り下ろされた巨大なハンマーヘッドは、結界内の建物も、暴走体たる森林も区別無く一切合財を文字通り粉砕して見せた。

 それはまさに、天に轟く爆音と共に粉砕する巨人の一撃であった。

「オォォォォォオオオオオオッ! 止められるモンなら───止めてみやがれぇぇぇぇぇぇっ!」

 咆哮と共に突貫するヴィータに、葉が、枝が、根が、森が襲い掛かっていく。










「えっと────さ、西条隊長………」

「───ひ、非常識な………」

 離れた位置からヴィータの一撃を見ていたオカGの隊員と西条が呻く様に呟く。

 無理も無い、彼等が同じ事をしようと思えばどれだけの装備が必要か分からないのだから。

 しかし、そんな一撃を見た目ゴシックでロリータなドレスを身に纏う少女が成し遂げたのだ。

(彼女には───彼女等には間違っても喧嘩は売れないな───)

 そんな事を思う西条の視線の先では、鞭の様に撓るワイヤーで繋がった刃───連結刃が、森林伐採よろしく盛大に森を斬り開いている様子が見えた。










『ふ、ヴィータめ、猛っているな』

『の様だな』

 念話を繋げながら、手を休めることなく進行を続けるシグナムとザフィーラ。

 二人の眼前には夥しい数の葉が、枝が、根が迫ってきているが、縦横無尽に暴れ狂う連結刃が、魔法で生み出された鋼鉄の軛が、逆にそれらを蹂躙する。

『しかし───今までとは随分と規模が違うな』

『ああ、これが特別なのかそれとも───』

『今までが偶然小規模だっただけか、か? 気になる所ではあるがそれは後で調べればいいことだ。今はこの暴走体を止めるのが先決だザフィーラ』

『了解した。油断するなよ、シグナム』

『ふっ、これ以上、無様は晒さんさ』

 お互いに苦笑を浮かべ、眼前の森を見据える。

 剣を握る手に、拳を握る手に、力が篭る。

「烈火の将、シグナム。そして、炎の魔剣レヴァンティン───推して参る!!」

「盾の守護獣、ザフィーラ───我が拳、我が牙、止められるとは思わないで貰おう!!」

 お互いに気合を入れなおすように名乗りを上げると、その進行速度を速めていくのであった。










「す、凄い───」

 周囲に飛ばしたサーチャーからの情報を調べる手を休めることなく───いや、情報を調べているからこそ、今までにない大規模な暴走体に対して、逆に蹂躙するが如く進行する三人の情報に驚愕の声を上げるユーノ。

 そんなユーノの様子に、隣で同じように集まる情報を調べているシャマルは不謹慎と思いながらも自分の仲間が、家族が頼もしく思い微笑を浮かべた。

 もっとも、集まる情報の内容にその笑みもすぐ消えてしまうが。

「正直───今までの暴走体の規模から考えても想像出来ない規模ね、今回の暴走体は………」

「───多分、人間がジュエルシードを発動してしまったんだと思います」

 誰にともなく呟いたシャマルの言葉に、ユーノは苦しげな表情で答えた。

「如何いう事、聞いてもいいかしら?」

「はい───動植物の暴走体より、人間が発動させた暴走体のほうが強大になるのは発掘した資料で示唆されていたんですが───僕もまさかここまで規模が変わってくるとは思ってなくて………御免なさい、僕がもっと速くこの事を伝えておけば───」

 唇を噛み締めるユーノの様子に、シャマルは小さく溜息をつく。

 確かにユーノの言うとおり、予め聞かされていれば何かが違ったかもしれない。しかし、ロストロギアというものはその名が示すとおり古い時代の遺物である。幾ら資料があろうとも、所詮は机上の空論。実際の効果はその効果が現れてからではないと確実には分からない。

 ましてや、ユーノは年の割りに確りしているとはいえ、まだまだ幼く、未熟な少年だ。

 ミスを起こすのは当たり前。むしろ、そのフォローが出来なかった大人である自分達こそ責任があるのだが───

(また、責任を抱え込んじゃってるわ………如何したらいいのかしら)

 もう、無駄に強いと言い切ってもいい気がするユーノの責任感にシャマルは軽い頭痛を覚えるのであった。

「あれ?」

「どうかしたの? ユーノ君」

「いえ、今何か人がサーチャーに映ったような───って、えぇぇぇぇぇっ!」

「嘘っ!」

 怪訝そうに空中に展開されたモニター───空間モニター───を見ていたユーノと、そのモニターを怪訝そうに覗き込んだシャマルは同時に声を上げた。

 そのモニターには、必死の形相でビルの非常階段を駆け上る少女───高町なのはの姿が映し出されていた。










「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 ビルの屋上まで上りきり、肩で息をするなのはの目に映ったのは、見慣れた町の見慣れぬ姿。

 巨木に蹂躙された街の様相に、なのはは悲しげに顔を顰める。

「こんな───どうして………」

 呆然と呟くなのはは、自分に何か出来ないかと辺りを見た所で気が付いた。

 気が付いてしまった。

 自身に何も出来ない事に。

 横島やヴィータの言葉を信じるなら、自分には力がある。きっと、今この時に何かをする事ができる力が。

 しかし、力があるだけで自分が只の小学生だと言う事を───力があるだけでは何も出来ない現実を、蹂躙される自分と家族の住む街を目の前にして思い知らされた。

「嫌だ───嫌だよ、こんなの………」

 目に涙を浮かべ、思い知らされた現実からくる胸の痛みに耐えるように胸元を握り締め、何か出来ないかと辺りを見回す。

 しかし、此処は言わば戦場で、無力な者に戦場は何処までも非情であった。

「え?」

 大きな質量を持つ何かが風を切る音と、迫ってくる圧迫感に、なのはが目を向けたときには巨大な根が天を目指すように伸びてきたところであった。その長さはなのはがいる屋上を越え、さらにさらに伸びていく。

 暴走体には、単純ではあるものの学習能力があった。 

 それ故、暴走体は霊力を持つ者より魔法力を持つ者がより脅威であると学習していた。

 そして、この暴走体は“いつまでも少年少女が一緒に居たい”と言う願いが暴走した形で顕著したのである。

 だからこそ暴走体は、自身の本体に近づく脅威に敏感だ。

 これらの事情が重なり合い、凄まじい勢いで自身を蹂躙する三つの力とは別に、その三つの力と比べても遜色のない力を感じた暴走体は、根の一本を放ったのだ。

「あ───」

 呆然と根を見上げるなのはに向けて、根は轟音を上げ振り下ろされる。

 泣く事も、祈る事も、逃げる事もなく、ただ呆然と自身を害する脅威を見上げるなのは。

 このままでは、なのははビルと共に崩れ落ちる運命しかない。

 しかし、そんな運命に割り込み、殴りかかる者が居た。

「うおぉぉぉぉぉおおおおおおっ!」

「Raketenform」

 なのはを押し潰さんとする根に踊りかかる赤い影。その手には陽光を反射する鉄槌。

 鉄槌の騎士ヴィータとその相棒、鉄の伯爵グラーフアイゼン。

 守護騎士ヴォルケンリッターが攻めの双璧が一枚。

 その一撃が放たれた。

「ラケェェェェテンハンマァァァァァァッ!」

 円錐の突起とは逆位置にある噴射口から火が噴出し、その勢いを殺さず一回転、更なる加速を得た一撃が根を抉りながら切り裂き吹き飛ばす。

 呆然と立つなのはの前に勢いを殺すように滑り込みながら着地したヴィータは、素早くなのはに近づくとその襟首を掴み上げる。

「テメェ! このバカッ! どういう了見で此処に居やがる!」

 ヴィータの叱責になのはの体が、びくっ、と振るえ目に怯えの色が浮かぶが、ヴィータは構わず叱責を続ける。

「どれだけ迷惑かけてんのか分かってんのかお前っ!」

「わ、私、私にも何か出来る事が───」

「ふざけんなっ!!」

 なのはの科白を遮って、ヴィータの怒声が飛ぶ。

「ちょっと力があるからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

 ヴィータは本気で怒っていた。

 なのはの行動は横島が危惧していた通りの行動であった。それ故に、魔法力の事で相談を受けていた横島に今回の責が来る可能性がある。

 一度、悪霊ともジュエルシードの暴走体とも呼べる存在に命を脅かされ、横島にも色々と言われたのだから無茶な真似はしないだろう等と気楽に構えていた過去の自分をヴィータは全力でぶん殴りたくなった。

 なのはに対する怒りと、自身に対する怒りで、ヴィータの頭は完全に煮えたぎっていた。

 だからこそ、対処に遅れた。

「なっ!」

「えっ?」

 二人を分断するかのように突然床が弾け、その下から根が飛び出してきた。

 建物の中を通しての直下からの奇襲に、怒り心頭だったヴィータは気付けづ、そのまま根に弾き飛ばされてしまう。

「クソッ!」

 悪態をつきながら慌てて空中で姿勢を制御したヴィータの目に飛び込んできたのは、根に弾き飛ばされ呆然とした顔で空に身を躍らせこちらを見るなのは。

「なのはぁぁぁぁぁぁっ!」

「──────!」

 なのはの名を叫びながら急加速でなのはを救おうとするヴィータ。声にならない悲鳴を上げて落ちていくなのは。

 このままであったならヴィータは間に合ったであろう。

 しかし、ここでも現実は非情であった。

「っ! 邪魔すんなっ!」

 ヴィータを急襲した根は枝分かれするように数を増やし、ヴィータの行く手を阻んだ。

 グラーフアイゼンでその根を薙ぎ払うが根は執拗に数を増やし中々突破が出来ない。

「邪魔すんじゃねぇぇぇぇぇぇっ!」

 再び、グラーフアイゼンのハンマーヘッドが変形し、一気に根を薙ぎ払うが───悲しいかな、もう、ヴィータの手はなのはに届かない。










 風を切る轟音が耳朶を打つ。

 空が刻一刻と遠くなっていく。

 死に繋がる落下感に全身の血の気が引く。

 なのはは死の恐怖に怯え、涙を流しながら強く目を閉じた。

 脳裏に浮かぶのは、どこか疎外感を感じるがそれでも愛おしい家族達───士郎、桃子、恭也、美由希。

 最初こそ喧嘩で始まったがとても大切な親友達───アリサ、すずか。

 気が強いが優しさを感じさせる少女───ヴィータ。

 同い年でありながら自分よりしっかりとした印象を持った少女───はやて。

 そして、どこか頼りないのに、頼りになるそんな矛盾を持つ青年───横島の笑顔が脳裏に浮かんだ時、なのはの喉から声が漏れた。

「───けて」

 それは小さく。

「───すけて」

 か細く。

「───助けて………」

 消えてしまいそうだったが───

「助けて───横島さん………」

「おまかせぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 美女と美少女の味方を自称する横島忠夫に届かない筈がなかった。










 時は遡り、横島が安全第一でありながら最速ではやてを家に送り届け、いざ出発しようとした所でエヴァに呼び止めれた。

「カオスの爺さんが呼んでるって?」

「はい」

 一瞬無視して現場に向かおうと思ったが、ふと、横島は思い直す。

 カオスはマッドだ。言わばサナダ的な。

 それはつまり───

「ふふふっ、良く来たな小僧。ワシがこんな事もあろうかと、こんな事もあろうかと! 製作していたモノを持って行くがいい!」

 ───こういう事である。

「って───カオスフライヤーじゃねーか!」

 横島の目の前にあるのは、一言手言えば車輪周辺が無く後ろから箒が飛び出しているバイク。

 美神が中世ヨーロッパで見たカオスの作品、カオスフライヤーを元に製作させた一品。

 カオス式飛行機械カオスフライヤーであった。

「ふふふっ! これを只のカオスフライヤーだと思うなよ! 小僧!」

 ハイテンションで語りだすかオスに、時間が無いのにとげんなりとなってしまう横島。

 目の前にあるカオスフライヤーは、美神の赤と違い銀色の塗装を施され、バイク特有の流線型が特徴的であった。

 見たところ、美神所有のカオスフライヤーとの違いはないように思える。

 が、カオスの次の言葉に、横島は度肝を抜かれた。

「聞いて驚け小僧! これこそは新世代カオスフライヤー、その名も横島忠夫専用デバイス一号機じゃ!」

「へぇ───って、待てっ! 爺さん! 今デバイスって言ったか! しかも、俺専用って!」

 聞き流そうとした横島が、聞き流せない一言に声を荒げる。

 無理も無い。

 カオスはとんでもない発明をしたのだ。それこそ、横島が話で知る管理世界の人々が大金を叩いて知りたがる発明の第一歩を。

「如何にも! はやて嬢ちゃんや闇の書、そして、ヴォルケンリッターを調べて手に入れたデータでこのドクター・カオスが発明した渾身の一品! これがあれば霊能力者にも魔導師やベルカの騎士同様の魔法が使えるといった一品じゃ!」

 個人に限定されているとはいえ魔導師やベルカの騎士でない者が、リンカーコアと呼ばれる霊的器官を持ち得ない者が魔法を使えるようになる。

 まさに管理世界が喉から手を出しても知りたがる非魔導師でも魔法が使えるようになる技術、その雛形目の前にあるのだ。

 非常事態が現在進行形で発生しているというのに横島があんぐりと口を開けて呆けてしまうのも無理も無い。

 今、歴史に名を刻む大錬金術師“ヨーロッパの魔王”ドクター・カオスが再び、そして、ひっそりと歴史にその名を刻んだ。

「マジかよ………」

 カオスがリンカーコアの存在を知ってまだに五年も経ってない。経ったとしていても二年である。

 今でも管理世界で───規模の大小は置いておいて───研究されているリンカーコア。その仕組みを個人限定とはいえカオスは再現して見せたのだ。まさに偉業である。

 もっとも、これは、以前に人工霊魂“メタ・ソウル”と簡易型人工霊魂“Em・ソウル”の開発に成功しているカオスだからこそともいえるが。

 カオスが唖然としている横島を楽しげに眺めながら、ぽんぽん、とカオスフライヤーを叩いてみせる。

「さらに、こやつには小僧をサポートする人格をインストールしてある。なに、相性は抜群だ。安心するとよい。なぁ?」

「───ああ、任せてもらおう………久しいな、横島。あの頃から随分と成長したようだ。私も鼻が高いぞ」

「んなっ!」

 カオスフライヤーから聞こえてきた声に、さらに愕然とする横島であった。










「頑張りや───アンちゃん」

 カオスフライヤーに跨って急速に遠ざかる横島の背中。

 その背中を眺めながらはやては、ぽつり、と言葉を紡いだ。

「安心せい。東京二十三区中の悪霊が集結した霊団からも、ほぼ生身での大気圏突入からも、六大魔柱が一角アシュタロスからも生き残った小僧じゃ。この程度の苦境、死ぬような目にあっても『あ~、死ぬかと思った』で済ませて帰ってくるじゃろうて」

 そんなはやての肩に手を置き、かかかっ、と快活に笑うカオスとその横でカオスに同意するように頷くマリアに、はやては苦笑を浮かべる。

 そう言われれば不思議と心がが軽くなるはやて。

 そして、心が軽くなればおのずと何かやろうと思えるのが人である。

「ほな、ちょっと早いけど夕ご飯の準備を始めよか。マリアさんはお風呂の用意をお願いな」

「イエス、はやてさん」

「さて、ワシは一休みしてからジュエルシードの受け入れ態勢を整えておくかの」

 三人は非常事態が起きているというのにまるで日常の延長であるかのようにそれぞれに動き出した。

 そこには、自身の家族に対する信頼が確かに存在した。










「オオォォォォォォォッ!」

 雄たけびを上げ、カオスフライヤーを加速させる横島。

 視界に捕らえたのはどういう訳かビルから落下しているなのはの姿。

 耳にしたのはか細い助けを求める声。

 これで滾らない横島ではない。

 もっとも───でも、煩悩的な意味じゃないからね! 俺はロリじゃないしペドでもないからっ!───等と、脳内で誰かに言い訳しているあたり、いつもの横島である。

 そうして、なのはを救出しようとしている横島にビルから飛び出した根───横島を脅威と捉えたジュエルシードの暴走体が飛び出して撃墜せんとする。

 しかし、暴走体は知らない。

 この男の、横島忠夫には最も得意とし、使い慣れている技術がある。

 それは“文珠”ではない。

 それは“栄光の手”ではない。

 それは“サイキック・ソーサー”ではない。

 それは土下座ではない───けど、同じぐらい使い慣れた技術。

 神族でも屈指の実力者猿神を感嘆せしめ、神剣の使い手小竜姫の頭痛の種。

 魔族の正規軍に所属する軍人ワルキューレを呆れさせ、その弟のジークフリートに乾いた笑みを浮かばせる。

「はいだらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 謎の叫び声と共に握り締めたハンドルを本能の赴くまま動かせばカオスフライヤーは操縦者たる横島の意を汲み取り、彼の思い通りの軌道を描く。

 カオスフライヤーは目の前に広がった根を迎撃しない。そんな時間はない。

 だからすべてを避ける。

 弾幕系シューティングゲームの弾幕を彷彿とさせる様に展開された根の包囲網を、自分が通り抜けられる限界ギリギリの隙間を、初見では歴戦の戦士でも見つけることが難しい僅かな隙間を鼻で笑いながら、するり、ではなく、ぬるり、と通り抜けていく。

 ───横島忠夫が未だただの荷物持ちだった、何の霊能もたいした霊力もない頃から使い慣れている技術。

 それは、避ける、逃げるといった回避、逃走技術。

 神魔族をして人間離れした非常識と言わしめるそれを、高々ジュエルシードの暴走体程度では捕らえられる道理はない。

 あっという間に根の包囲網を突破し、なのはに向かってアクセル全開で突っ込む。

「なのはちゃん、腕を広げてっ!」

「は、はいっ!」

 横島の声に、なのはは腕を精一杯広げる。

 空気抵抗が増えたことに、ほんの少しだが落下速度が弱まる。

 その瞬間、横島は自分の腕の中になのはを抱きとめ、抱きとめたのとは逆の手でブレーキを全力で握りこみ、ハンドルを持ち上げるように動かす。

「ファイト───いっぱぁぁぁぁぁぁぁつ!」

 横島のアレな咆哮に答えるように、カオスフライヤーは地面ギリギリで減速、停止、その機首を空へと向ける。

 横島の視界に写るのは、取り逃がした獲物を追う根の群れ。

 視界いっぱいに広がるそれを見ても、横島の顔に浮かぶのは不敵な笑み。

「ふっ、俺を止めたければ───その三倍、否、十倍は持って来いっ!」

 無駄に格好つけても、やることは避ける、逃げるといったいちょっぴり情けない行動。

 しかし、不慣れな飛行という状態で、掠らせもせず回避、逃走を完遂するのは確かに凄い。凄いのだが、何だかなぁ、と思わなくもないのは横島が横島たる所以なのだろう。

 根から逃げ切り、一息ついた横島は腕の中のなのはに視線を向けた。

 そこには、嗚咽を上げて泣く一人の少女がいた。

 確かに、なのはには才能があるだろう。強い力があるだろう。

 しかし、まだ小学校低学年の少女なのだ。

 突然振って沸いた命の危機を救われて、横島の服を握り締めながら泣いてしまうのも無理もない。

 助けられたことに、ほっ、と息を漏らしつつ嫌な予感が当たった頭痛に顔を顰める。

「にーちゃん!」

 そんな横島に近づいてきたヴィータも、なのはが助かったことに安心するものの、その顔はすぐに怒りに染まる。

「このバカっ! お前何処まで───!」

「落ち着けって、ヴィータ」

「落ち着いてられるかっ!」

 ヴィータの声に、ひっ、と悲鳴を上げたなのはを安心させるように背中を撫でながら横島が宥めようとするが、頭に完全に血が上ったヴィータにはあまり効果はないようだ。

 そんな二人の耳に、ふうっ、という溜息が届く。

「そこまでにしたらどうだヴィータ殿。今は事件の解決が先であろう」

「へ?」

 聞き覚えのない声に視線を向ければ、カオスフライヤーの前面、そこに大きな目が開いた。

「うわっ!」

 縦に裂けた金色の瞳孔を持つその目は、明らかに人の目ではない。もっとも、バイクの様な銀色の車体に開いた時点で人の目とはいい難いが。

「始めてお目にかかるな。私はカオスフライヤー型横島専用デバイス一号機の管制人格、心眼という以後よろしく頼む」

「あ、ああ───てか、カオスのじーちゃんが作ったのか?」

「ふむ。機体はカオス殿の作ったものだが、私自身は横島の内に眠っていたのだがな。まぁ、詳しい事は後回しにして事件を解決してしまおう。そちらの少女、確かなのは殿だったか? 彼女への説教も後回しだ。私としても一言言いたいしな」

 そういって、機首をジュエルシードの暴走体である森の中心部に向ける心眼。

 彼(あるいは彼女)こそ、カオスが用意した管制人格であり、横島の最初の師とも言える心眼。

 嘗て、横島のバンダナに宿った横島の精神の未使用領域を小竜姫の竜気により活性化して誕生した式神の様な擬似生命体であり、横島を守って死んだはずの存在。

 しかし、心眼は死んだのではなく自身が本来いるべき場所、横島の精神領域へと永遠の眠りについていたのだ。

 それをカオスが(横島に無断で)再活性化し、カオスフライヤーへと組み込んだのだ。

 横島としては最初の師であり、自分を守って逝ったというルシオラを思い起こさせる者の復活は嬉しいし、相性が良いのはあのGS資格試験で実証済み。まったくもって心強い味方である。

「ふん───木を隠すには森の中とはよく言ったものだ………だが、この私の目を誤魔化すにはまだまだ温いぞ」

 あざ笑う様な雰囲気を醸し出す心眼が、くわっ、とその瞳を力強く見開く。

 心眼の探査能力は高い。だがしかし、敵も然るもの。寸分違わず同じ魔法力波動を出せばジュエルシードを特定するのは確かに心眼でも難しい。

 だが、だがっ! その程度では温い!

 元を質せば非常識、出鱈目が服を着て歩いているような男、横島忠夫の内から生まれたのが心眼である。

 これ程度の妨害は妨害足りえない。

 心眼が今調べているのは魂魄の波動、つまり、霊波。

 ジュエルシードを発動させたのが人間の可能性が高いと言うのは、現場に到着する前にシャマルから聞いている。

 ならば、その人を探せばいい。

 いかにジュエルシードを魔法力で隠せても、人の霊波までは隠せない。

 そうして、ジュエルシードの発見に四苦八苦するシャマルとユーノより早く、心眼は目標を補足する。

「ジュエルシードとそれを発動させたと思わせる少年と少女を捕捉した。一気に封印するぞ横島」

「よっしゃっ───って、どうやってだよ?」

「無論、魔法をつかってだ。忘れたか? 今の私はデバイスでもあるのだぞ」

 ふふんっ、と得意げに笑うと心眼は機首をジュエルシードへと向ける。

「不慣れなお前に代わって私が魔法を使おう。横島、霊力を練り上げろ!」

「お、おう」

 何時に無くヤル気を出している心眼に戸惑いつつも、横島は嘗ての───GS資格試験の頃とは比べ物にならない霊力を練り上げる。

 感じる霊力に、横島の成長を見た心眼は、ふっ、と小さく笑うと、自身の、横島忠夫専用デバイスの肝とも言えるそれを起動する。

 人工リンカーコアシステム。

 天才錬金術師、魔王の二つ名を冠するカオスが開発したそれは、周囲に漂う魔力素を吸収、練り上げられた横島の霊力と混ぜ合わせ、人工的に魔法力を生み出す。

 見開いた心眼の目の前にエメラルドグリーンの魔方陣が現れる。

 それは、ヴィータ達の使う三角形で形成されたベルカ式でも、ユーノの使う正式名称ミッドチルダ式ことミッド式の円で形成された魔法陣でもない。

 円の中に破邪や五行相克を意味する五芒星。

 所々に浮かぶのはサンスクリッド文字。

 これこそが、横島が、心眼が使う魔法の魔方陣。

 敢て名を付けるのならば“横島式”と言ったところだろうか。何せ現在の使い手は横島忠夫ただ一人のなのだから。

「って、おい! まさか砲撃魔法か!? 拙いだろ! 居るんだろ、人が!」

 心眼が使おうとしている魔法に思い至ったヴィータは慌てて叫ぶが、心眼は、ふふん、と得意げに笑うのみ。

「黙って見ておれ。横島の霊力を元に生み出される膨大な魔法力と、私の制御力が組み合わさればどれ程の事ができるか見せて進ぜよう───思えば、私は無能であった。小竜姫様より横島の教育と補助を受け賜わっておきながらたいした教育も出来ずに散る体たらく。小竜姫様は元より横島にも申し訳ないことをしたものだ。私が確り教育を、補助を出来ていれば或いは“あの悲劇”を回避できたかもしれないと言うのに………」

 心眼の独白に、横島とヴィータの視線が心眼に集まる。

 横島の腕の中のなのはは、その独白の意味は分からないが悔恨と決意を湛えたエメラルドグリーンの輝きに目を奪われていた。

「心眼、お前───」

「だが、過去を悔やみ続けても意味なぞ無い。そんなものはただの自傷行為だ。ならば私は汚名を返上しよう。今度こそ、今度こそ、横島を助け、己が使命を全うしよう! これは! その! 始めの一歩だっ! くらえいっ!」

 膨大な魔法力が魔方陣から膨れ上がる。

 そして、放たれるのは終止符を打つ一撃。

 即ち───

「心眼ビィィィィィィィィムッ!」

「「名前、格好悪っ!!」」

 思わず突っ込む横島とヴィータ。

 心眼が横島の内より生まれた何よりの証拠かもしれないそのネーミングセンスの無さは置いておいて、その効果は絶大だった。

 放たれた砲撃魔法は従来の砲撃魔法からは考えられないほど収束され指一本程の太さしかなく、しかし、その内包する魔法力は砲撃魔法の名に恥じない膨大な量である。

 突き進む砲撃魔法“心眼ビーム”は立ちふさがる根、枝、葉、幹を物ともせずに貫通し、少年少女ごとジュエルシードを守る防御結界をも容易く突破、ジュエルシードをピンポイントで打ち抜いた。

 封印効果を付加された“心眼ビーム”により封印されたジュエルシードはその機能を停止。広がり続けていた森はその動きを止める。

「すっげぇ………けど、名前が格好悪い」

「信じられねぇ………ネーミングセンスも含めて」

「ええい! 素直に褒めんか!」

 光の粒子へと変わっていく森を呆然と眺めながら口々に褒めつつも貶す横島とヴィータ。

 そんな二人に語気を強めて抗議する心眼。

 そんな二人と一体の元に念話が届く。

『こちらシグナム。封印されたジュエルシードを回収完了した』

『こちらザフィーラ。少年と少女を保護した。気絶はしているが負傷はしていない。シャマル、すまないが精密検査を頼む』

『分かったわ』

 念話を聞き終えた横島とヴィータはハイタッチ。そして、心眼というか、カオスフライヤーを、ぽん、と叩く。

「とりあえず、終わったな」

「っつったく、面倒かけやがって」

「ふむ。では、落ち着けるところでなのは殿とお話だな」

「「ああ(おう)」」

「あう………」

 心眼の言葉に同意の返事を返した横島とヴィータ。

 その言葉に落ち込むなのは。

 しかし、ふと、顔を上げ周りを見渡したなのはは、ぽつり、と言葉を零した。

「綺麗───」

「あん?」

「ん? ああ、夕日か………」

 怪訝そうな声を上げるヴィータ。視線を向き合う形で抱き留めているなのはに落とし、その視線の先を見た横島は納得したように呟いた。

 空を飛んでいるために良く見えるようになった夕日が、海を、空を夕焼け色に染め上げていた。

「昼と夜の間一瞬の隙間………」

「え?」

 ぽつり、と呟かれた言葉になのはは顔を上げる。

 そこには、眩しそうに、愛おしそうに、悲しそうに、夕日を見つめる横島の顔。

 胸が苦しくなるようなその顔をなのはは黙ってみていた。

「短い時間しか見れないから余計に美しい───良い言葉だろ? なのはちゃん」

「ふ、ふえっ! えっと、えと………」

 そう言ってなのはに視線を向けて、にかっ、と笑う横島に、なのはは慌てて言葉を探そうとするが───

「素直に似合わないって言ってやれ」

「まったくだ。お前には似合わんよ、横島」

「にゃ、にゃははははは」

 やれやれ、とアメリカンなリアクションを取るヴィータと溜息をつく心眼に、乾いた笑みを浮かべるのだった。










「───終わったわね」

「はい。ですが、被害も大きいですし、負傷者も多く出てしまいました………」

 ふうっ、と溜息をつく美智恵に西条は口惜しげに言葉を漏らす。

 良くも悪くも責任感の強い西条らしさではあるが、ある意味では仕方の無い部分もあり、また、“この程度”の被害ですんで良かったとも言えると、美智恵は考えていた。

 被害をもたらした物が異世界の、それも、自分達の使う霊力とは異なるオカルトパワーで構成された物。

 横島の生成する“文珠”より不完全とはいえ、近い性質を持つ物。

 その力を完全解放すれば世界すらも崩壊させかねない物。

 そんな物を相手にしているのだ。後手に回るのは仕方が無いし、被害はある意味最小限とも言える。

 だが、そんな理由を言い訳と切り捨て、自分達の責任と恥じれる事が出来るのはきっと良いことで、今回のことを教訓により良い方向に向かえるだけの若さも強さも西条が持っていると、信じている美智恵であった。

「先生、所で横島君は何処に?」

 気持ちを切り替えた西条は辺りを見渡して横島を探す。

 しかし、その視界に移るのは被害者とオカGの隊員ばかり。

 西条としては、最後に空から放たれた閃光について問いただしたかった。

 霊波砲にも似た一撃であったが、力の収束に特化した横島が放出系の技術である霊波砲を苦手としていることを西条は知っていた。

 そして、魔法力とそれを用いた魔法の存在を知る西条は横島が放ったと思われるアレが魔法ではないのかと思っていた。

 それ故に事情が聞きたかったのだが、肝心の横島の姿が見えない。

 そんな西条に、美智江は苦笑を浮かべながらある方向を指差した。

「横島君も成長しているってことよね」

「あれは───まったく、自分だって人のことを言えないだろうに」

 美智江の指の先を見て、西条も苦笑を浮かべた。

 自分だって散々犯罪者紛いの事をしてきたくせに、と胸中で呆れながら。

 美智江の指の先、西条の視線の先では、自分の家族達と共になのはに説教をする横島の姿があった。











「───という訳で、これに懲りたらもう軽率な真似は控えるように。いくら才が有ろうと力が有ろうとなのは殿はまだまだ未熟な子供であるのだからな」

「ううっ………ごめんなさいなの」

 ふよふよと浮いている心眼の説教を受けて、アスファルトに正座しているなのはは深々と頭を下げた。横島の神々しささえ感じるソレと比べればまだまだ未熟なではあるものの、誠意の篭った土下座はなかなかなものだった。

 もっとも、誰も横島の様な土下座など目指さないだろうが。

 それにしても浮遊するバイク(の様なもの)に説教される小学生と言うのもシュールな光景である。

 事実、色々な意味で説教される光景を見慣れている横島家の面々はともかく、少し離れた位置で見ていたユーノや比較的軽症な被害者の皆さんは何とも言えない微妙な表情でその光景を見ていた。

「ん? 真打が登場したみたいだぞ、なのはちゃん」

「ふえ?」

 横島の言葉に後ろを振り向けば、此方に向かって必死に駆け寄ってくる家族───士郎、桃子、恭也、美由希の姿。

 その姿を目にしたなのはは、立ち上がることなく俯いてしまう。

 そんななのはを見た横島は首を傾げる。

 家族に怒られると分かり落ち込むのとは、なのはの様子が違ったからだ。

 何せこの男、必要以上に母親に怒られて育ったようなアンポンタンな男だ。だから、自然と怒られる側の心理は理解してしまえる。

 そんな横島から見て、なのはの様子は落ち込んでいるというより、怯えているように見えた。

 はて? と内心首を傾げる横島。付き合いこそ短いが、高町家の面々がなのはの為を思って説教ぐらいはするだろうが、虐待などをするようにも思えない。なのに、なのはは怯えている。

 ───こりゃ、なんか根の深い問題でもあるのか?

 そんな事を考えている横島の前で、まず、母である桃子が正座したまま俯いているなのはを抱きしめる。

 その格好は、高町家が経営する喫茶店翠屋であった時のまま。おそらく、横島から連絡を貰ってからそのまま駆けつけたのだろう。

 士郎や恭也、美由希の衣装も所々乱れているところを見ると、よっぽど慌てて駆けつけたようだ。

「ご、ごめ「良かった………」え?」

 なのはが謝ろうと声を上げようとすると同時に、抱きしめる力を強めて桃子が、ぽつり、と言葉を零す。

 その両目からは静かに涙が零れていた。

「本当に、なのはが無事で………」

 横島から怪我はないときかされていても心配だったのだろう。止め処なく流れる涙を拭うこともせず、まるで腕の中のなのはをもう離すものかと力強く抱きしめる。

 そんな桃子の様子がよほど意外だったのか、ぽかん、とした表情をするなのは。

 しばらくそうやってなのはを抱きしめていた桃子であったが、士郎が肩に手を置くと抱きしめていたなのはを離して士郎の隣に立つ。

 士郎はそうしてしばらくなのはを見つめていたが、何かを決意したかのように目を閉じると、静かになのはに立つように促す。

 そして、なのはが立ちがった時、士郎の手が動きなのはの小さな頬に士郎の掌が当たった。

「え?」

 呆然とビンタされた頬を押さえる。そんななのはを厳しい視線で見下ろしながら士郎は口を開く。

「なのは、母さんとの約束は忘れたのかい?」

「それは───」

 その言葉に俯くなのは。先ほどまで横島達(特に心眼に)に如何に自分が無謀で危険な事をしたかと叱られたばかりなのだ。父が怒っている事も、母との約束を破った事も、しっかりと分かっていた。

「───どうやら横島君が色々と話してくれたようだね」

「いや~、俺っていうか、こいつなんですけど」

 なのはの様子に横島達が説教をした後だという事を察した士郎が視線を向けると、横島は困ったように頭を掻き、心眼のボディに、ぽん、と手を置く。

「お前は女子供に甘すぎる。少しは叱るという事を憶えんか。まったく、こういう所はまったく成長しておらんな」

 はぁ、と深い溜息をつきながらぼやく心眼。

 突然喋りだしたバイクのようなものに、ギョッ、と驚愕に目を向く高町家一同だが、士郎は咳払いをして直ぐに立て直る。これも経験の差かもしれない。

「とにかく………なのは、約束が守れないようなら父さんは魔法を習う事を、オカルトに関わる事を反対する」

「まっ───」

「あー、その事何ですけど………」

 なのはが抗議の声を上げる前に、横島が困ったように頭を掻きながら割って入った事で視線が横島に集まる。

「なのはちゃんがこうも向う見ずだと、流石にこのままだと心配なんで………」

「───封印しようと?」

「いや、逆に確りと修行を付けた方がいいかと思って………」

 横島の言葉に、なのはの顔が、ぱあっ、と晴れ、逆に横島に問いかけた恭也の顔が曇る。

 そんななのは達の様子に心眼は深い溜息をつく。

「はっきりと言わせてもらえれば、封印とて絶対ではない。無論、生半可な封印を施すつもりは私達にはないが、なのは殿が今回の様な行動を起こしたとき強引に封印を破ってしまう可能性も万に一つ以下だがない訳ではない。なのは殿にはそれだけの才能がある。そうなった時、無事でいられる保証はないどころか周囲に被害が出る可能性もある。ならば、確りと修行をつけて今回のような馬鹿な真似をしないように躾けた方が早い、ということだ」

「し、躾………」

 心眼のオブラードに包むどころか、「オブラード? 何それ? 美味しいの?」と言わんばかりの建前の全くない言葉に、晴れやかななのはの顔が深く沈み、がくりっ、と肩を落とす。

 そんななのはの様子に横島は苦笑を浮かべる。見れば、士郎達も苦い顔をしながらもしょうがないとばかりに笑みを浮かべているところを見ると心眼の言い分に一定の理解を示しているのだろう。もっとも、恭也は一定の理解示せても納得は言っていないようだが。

「さて、この様な、なぁなぁ、な結果に不満もあるだろうが、如何なさる士郎殿」

 心眼の言葉に士郎は腕を組んで目を閉じる。高町家の面々からは何も声が上がらないところを見ると、家長である士郎に一任するという事なのだろう。

「───なのは、新しく一つ約束をしよう。その約束を守れるなら父さんはもうこれ以上反対しない」

「は、はいっ!」

 嬉しそうに笑みを浮かべるなのはに、心眼は溜息をつく。

「何を嬉しそうにしておるか、なのは殿。既に約束を破った身なのだからもう少し姿勢を正さんか」

「だな。あんな真似しでかしたんだからもっと反省しやがれ。もう一回説教逝くか? アァン?」

「ご、ごめんなさい!」

 ヴィータの再説教の言葉に、なのはは体を九十度曲げて綺麗な謝罪を慣行。よっぽど説教が効いたのかと、高町家の面々は苦笑を浮かべた。あの、不満そうであった恭也も。

「もう一度父さんと約束しよう。なのははどうして魔法を習いたいのか、魔法を習って何をしたいのか、それを、どれだけ時間がかかっても良い、その答えを今度は横島君達を含めたみんなに教えてほしい」

「───はいっ!」

 確りと頷いたなのはに笑みを浮かべて頭をなでると、士郎は真剣な面持ちで横島と向き合う。

 そんな士郎の様子に姿勢を正した横島に、士郎は深々と頭を下げる。

「なのはを───娘をよろしくお願いします」

「頭を上げてください───俺みたいな若造に安心しろなんて言えませんけど………全力を尽くします。任せてください」

「そう言える君だからこそ、なのはを任せられるんだよ、横島君」

 横島の言葉に頭を上げて笑みを浮かべ、手を差し出す士郎。その手の意味を理解した横島は『男と手をつなぐ趣味はないんやがなぁ』等と、いつもなら考えそうな阿呆な事を考えることなくその手を握り返す。










 こうして、一人の少女はまだ拙く小さな翼を、一部では英雄と呼ばれる青年はかつて共に歩み、生まれ変わった頼もしい翼を手に入れる事になる。

 それは、後の世に名を刻む二つの翼が始めて揃った時であったが、今はまだ誰もそのことを知らなかった。











[4474] GS横島 リリカル大作戦  リポート Ⅴ  『 不屈の卵と不屈の心が出会うとき 』
Name: 矢崎 竜樹◆e3cad9d9 ID:515d56b1
Date: 2014/01/19 09:45



 横島家の庭。

 普段は横島やザフィーラ、シグナムの自己鍛錬の場等に使われる結界も展開可能なその場に、静かに目を瞑ったなのはが立っていた。

 動きやすい格好と指定されていたなのはは、白いジャージ姿。そして、その額には赤いバンダナが巻かれていた。

 このバンダナは横島のバンダナであり、現在、横島専用カオスフライヤー型デバイス管制人格である心眼が宿っている。

 横島のサポートとしての本分を全うする為、カオスに要請しバンダナに術式を刻んでパスを開通した心眼はデバイスとバンダナの間を自由に行き来出来るようになっていた。

「さて………なのは殿、初めて感じる魔法力の感想はどうだ?」

「───暖かい、です」

 うっすらと桃色の魔力光───この世界では魔法力光と呼ぶべき光を発し、どこか、ぼうっ、とした雰囲気で呟くように言葉を紡ぐなのはに、心眼は目を細めて感心する。

(感覚を掴むのが速いな───潜在的な魔法力量も高く、これでまだ成長期にすら届いていないのだから末恐ろしいものだ)

 かつて、煩悩で集中して霊力を練り上げるという非常識をやからしていたものの、その潜在能力“だけ”は小竜姫の御眼鏡に適ったまだ見習い未満だった横島という主の元で短い時間ながら過ごした経験のある心眼からしても、なのはの才能は当時の横島と同等かそれ以上のモノを持っていると思わせるほどであった。

「よいか、なのは殿この感覚を忘れるな。これこそがなのは殿の魔法力を練り上げている状態だ。当面の目標は私のサポートなしで魔法力を練り上げることだ」

「───はい」

 ふっ、と魔法力光が消え、大きく息をつくなのは。まだまだなのはの修行は始まったばかりだ。



 そんななのはの修行を眺めているのは居残り組みである、横島、ヴィータ、ザフィーラ、ユーノ、そして、家事がひと段落ついたはやてである。

「───すごい………全力じゃないだろうから魔力光は大人しかったですけど、AAAはあるんじゃないんですか?」

「AAA? なんやの、それ?」

 はやてが聞き慣れない言葉に首を傾げる。それに答えたのはザフィーラだ。

「それは、魔法力のランクです。簡単に言えば上から四番目で、高町の年齢を考えればかなり稀有な才能かと」

「っても、はやての本来のランクは推定でSだからアイツより高いんだけどな」

 ザフィーラの説明にヴィータが補足する。もっとも、はやてのランクは“闇の書”に略奪されている分を考慮しての暫定的なモノなので、それらが収まった場合は変動する可能性がある、もっとも、“闇の書”の主に選ばれているのだからどうあってもAAA以下にはならないだろうというのがヴォルケンリッターの面々の見解だ。

「なんや、そない言われても実感わかんなぁ」

 苦笑を浮かべるはやてに、そりゃそうだ、と横島が呟く。

「それにしても………」

 横島の視線は、魔法力を練り上げる訓練を続けるなのはに向く。

 横島の視線の先では魔法力を練り上げるのに四苦八苦するなのはの姿がある。

「やっぱり、デバイスが無いと面倒みたいだな、魔法力を練り上げるのも」

「普通はデバイスの補助で簡単に覚えられるからなぁ。実際なのはも心眼の補助で簡単に練り上げてたし」

 ヴィータの言葉に思うところがあるのか、横島は腕を組んで思案顔だ。

「どうにかしてやりたいけど、カオスの爺さんも忙しいからなぁ」

「見たところ武道の心得がある様にも見えん。そうなれば皆と同じベルカ式アームドデバイスと言う訳にもいかん。それに、私見ではあるが高町はミッド式に適正があるように見える」

 横島と同じく腕を組んでいるザフィーラの言葉に、「アタシもそう思う」とヴィータが続ける。

「アイツの無鉄砲さを考えれば、AIがサポートしてくれるインテリジェンスデバイスが一番なんだけどなぁ」

「流石に用意できんか───いや、カオス殿なら時間さえあれば或いは………」

 頤に指を当て、ふむ、と呟くザフィーラ。

 確かに、デバイスも魔導師の使う魔法も知らない状態から僅か一年程度の時間で、新機軸のデバイスと魔法を開発してみせたカオスなら、話に聞いたことしかないインテリジェンスデバイスの開発も可能だろう。

 しかし、裏を返せばカオスはデバイスの開発に一年程度の時間を要したのだ。

 ジュエルシードが起こす事件の真っ只中であり、カオスも忙しい今、インテリジェンスデバイスの開発している時間がない。

 だというのに横島達の総意としては、早急になのはにデバイスを与え最低限の自衛行動が取れるように仕込みたいのだ。

 どれだけ横島達の中で、なのはの(無駄に高い)行動力が危険視されているのが理解できる。

「あの───インテリジェンスデバイスなら心当たりがあるというか、ここにあるんですけど───」

「「「はい?」」」

 おそるおそるといった感じで手を上げるユーノに、横島、ザフィーラ、ヴィータの視線は自然と集まった。



 授けられたのは、思いを力に換える杖。

 出会ったのは、不屈冠する友人。

 GS横島 リリカル大作戦はじまります───






 GS横島 リリカル大作戦  リポートⅤ  『 不屈の卵と不屈の心が出会うとき 』






「はじめまして、高町なのはです。なのはって呼んでね」

「ユーノ・スクライアです。スクライアは部族名ですのでユーノと呼んでください」

 ある平行世界では、魔法との出会いをもたらした高町なのはとユーノ・スクライアの出会いは自己紹介から始まった。

 リビングのソファーに対面で座るなのはとユーノ、ユーノの隣には横島、なのはの隣にはヴィータとはやてが座り、ザフィーラは離れたところで壁に身を預け、腕を組んで成り行きを見守っている。ちなみに、シャマル、シグナムの二人は現在ジュエルシードの探索の為に街に出ている。

 最初に口を開いたのは横島。

 なのはに教える魔法が、横島達の知る魔女狩り以前に魔女や魔法使いと呼ばれる人々が使ったオカルト的な魔法ではなく、魔法力を科学的な見地で行使する広く次元世界と呼ばれる世界で魔導師や騎士と呼ばれる人々が使う使われる魔法であることの説明から始まり、ベルカ式、ミッド式等の魔法の種別の説明、デバイスと呼ばれる魔導師や騎士の使う補助機械の説明が、ザフィーラやヴィータが所々捕捉しながら続いていく。

 この時点でなのはは混乱気味だった。

 ついこの間まではオカルトどころか、荒事からも無縁に育った普通の小学三年生には無理からぬことである。

 ちなみに、同い年のはやての場合は説明を受けても「へぇ~、凄いんやねぇ」で済ませてしまったあたり、横島関連での非常識体験で感覚が麻痺している事が窺える。あるいは、順応力が非常に高くなっただけともいえるが。

 伊達に神様やら魔族、妖怪が知人にいたり、魔族と義理姉妹の契りを交わしていないのである。

「───で、俺たちとしてはなのはちゃんに、この補助機械であるデバイスを早急に渡したいわけだ」

「えっと、どうしてですか? まだ、訓練も始まったばっかりなのに………」

「なのは殿、お主がそれを言うか───」

「テメーが、しでかしたことしっかり思い出してからそういうセリフは言いやがれ、バカなのは」

 呆れたように、半眼でなのはを見据える定位置に戻った心眼と、ヴィータ。自身の所業を思い出し「ううっ」と呻くなのはに、横島兄妹とユーノは苦笑を浮かべる。

 この問題については横島一家になのはの味方がいないことが良く分かる光景である。

「こっからが今日の本題なんだけど───ユーノ」

「はい」

 横島からの目配せで、ユーノは首に下げていた赤く小さい宝石のようなネックレスを外し、テーブルの上に静かに置く。

 なのははそれを目で追い、テーブルの上に置かれたネックレスを、じっ、と見つめる。

 心が引かれる。

 赤い、小さな球状の宝石のようなそれに、意味も分からずなのはは目を引き付けられていた。

 ここに、平行世界でのなのはとユーノの出会いを知る者が居れば、したり顔で言うだろう「これこそ、運命だ」と。もっとも、この場にそんな人間はいないし、「運命? なにそれ? 美味しいの?」「運命? 知ったことかボケェ!」を地で行く美神除霊事務所出身の横島率いる横島一家しかいないこの場では意味のないことではあるが。

「この子は、祈祷型インテリジェンスデバイス、“レイジングハート”といいます」

「Nice to meet you」

 ネックレス───レイジングハートから発せられる涼やかな女性の声に、わっ、と驚いて目を見開くなのはと、へぇ、と感心するはやて。

「なのはさn「む、ユーノ君、なのはって呼んでって言ったよ、私」え、えっと、なのは。実は、レイジングハートを君に託したいんだ」

「え?」

 ユーノの科白に、なのはの視線はユーノから再びレイジングハートに視線を向けるなのは。

「この子を、私に?」

「うん」

 自分を指さすなのはに、ユーノは確りと頷く。

 それを見て、呆然とユーノとレイジングハートの間で視線を行ったり来たりさせるなのは。

「まぁ、そうなるわな」

「せやね。これで、頂きぃぃぃぃっ! とか言われたら怖いわ」

 うんうん、と頷く横島兄妹。もっとも、二人の頭には某現世利益最優先なGSがあっさり「くれるの? なら貰うわ」と貰ったうえ、絶対に返す気はありませんという顔をしている様子が浮かんでいた。

((まぁ、あの人なら、な………))



 その頃───



「っ!!!」

「み、美神さん? 如何したんですか? 突然ペンを折っちゃって………」

「横島ぁ───」

「え? 美神さん? 横島さんがどうかしたんですか?」

「───今度会ったら問答無用でシバく………」

「ちょ、美神さん!? よ、横島さはぁぁ~ん!!! 逃げてっ! 逃げてくださぁぁぁぁーいっ!!!」

「どうしたんでござるか? 美神殿とおキヌ殿は??」

「………ほっときゃいいのよ───何言ったんだか知らないけど迂闊すぎるわよ、あのバカ………」



 ───以上、東京某所の光景でした。



「うっ!!!」

 ぶるりっ、と震え上がる横島を不思議そうに見るはやてとヴィータに何でもないと返しつつ、今度、美神に会ったらなんだか良く分からないけど全力全開で土下座して許しを請わければいけない等と考えている横島。

 そんな、微妙に死亡フラグをおっ立てた横島をよそに、話は続いていく。

「あ、預かれないよ!」

 慌てて両手を前に突き出し掌を振るなのはに、ユーノは真剣な面持ちで言葉を紡ぐ。

「このレイジングハートは、僕にとっても大切なものなんだ」

「なら余計に───「でも」」

 預かれないとつなげようとしたなのはの言葉を遮り、ユーノは、そっと、レイジングハートに触れる。

「僕じゃレイジングハートを十全に扱えない」

 ユーノの言葉に、なのはは押し黙る。感受性の強いなのはは、その言葉にユーノの悔恨を感じ取ったからだ。

 ユーノとて無能な魔導師ではない。補助機械であるデバイスの補助無しに、結界魔法、捕縛、回復等の補助魔法を得意とする彼は、非常に有能な魔導師である。

 しかし、それでもレイジングハートを十全に扱えない。相性が良くないのか、魔法力が足りないのか、あるいはまったく別の理由か、とにかく、その性能を十全には発揮させる事ができない。

 もし、ユーノがレイジングハートを十全に扱えれば、横島家の世話になることなく個人でジュエルシードの探索を続けていたかもしれない。

 そんなユーノの前に現れたのは高町なのは。

 世話になっている一家の弟子であり、その身に自身とは比べ物にならないほどの才能を有する少女。

 そして、ジュエルシードが起こした事件に巻き込んでしまった(厳密には巻き込まれもしたが、巻き込まれにもいった)少女。

 故に───ユーノは決断する。

「デバイスは───レイジングハートは、飾っておくだけのアクセサリーじゃない。使われる為の、使う為の道具でもあるんだ」

 レイジングハートから、なのはに視線を戻し、真っ直ぐになのはの目を見つめる。

「僕よりもレイジングハートを扱える、その可能性のあるなのはに託したい」

「なぁ、ユーノ」

 ユーノに見つめられ、姿勢を正すなのは。そんなやり取りを見ていた横島が口を開く。

「もし、家に恩返しなんて考えてるならそんなこと考えなくても良いんだぞ。お前のおかげでこっちも情報が手に入っている訳だし」

「───それを考えなかった訳じゃないですが、それでも、僕の本心はさっき言った通りなんです」

 そういって、レイジングハートに視線を落とすユーノ。

「レイジングハートが生まれた理由である魔導師の補助機械としての役目を全うさせてあげたいんです」

「Thank you.Yuuno」

 ユーノの言葉に、レイジングハートから感謝の言葉が掛けられる。

 そして───

「Please use me」

 レイジングハート自身の言葉で、なのはに語りかけられた。

 一人と一機の意思を受けて、なのはは───

「───私は、まだ、未熟で、子供で、きっと迷惑をいっぱいかけると思うけど………よろしくお願いします!」

 ───そういって頭を下げるなのはに、嬉しそうに、だけど、どこか寂しげな笑みを浮かべるユーノと、まるで、「こちらこそ」と言うかのように煌くレイジングハートであった。









「んじゃ、早速セットアップしてみるか」

 再び横島家の庭。

 レイジングハートを首にかけたなのはの前には、何故か仁王立ちするヴィータとそんなヴィータに苦笑を浮かべるユーノ。

 他の面々は縁側に座ってその様子を見ている。

「エヴァ、すまないが結界を張ってくれ。無用な騒動を避けたい」

『承知しました』

 ザフィーラの言葉にエヴァが答えて結界が張られる。

「セットアップちゅうのすると、何か起こるん?」

「───高町の資質を考えると、膨大な魔法力反応が起こる可能性があります」

「ふむ。そうなると確かに余計な騒動に発展しかねないか………横島、一応此方でも結界をはる。霊力を借りるぞ」

「おう。まぁ、転ばぬ先の杖っていうしな」

(その慎重さをもう少し普段から発揮できんものか)

 物分りの良い横島に内心溜息をつきながら、横島から汲み上げた霊力をパスを通して本体に送り封時結界を展開する。

 そんな横島達を尻目に、ふんす、と鼻息も荒く気合を入れるなのはにユーノは苦笑を浮かべたまま声をかける。

「落ち着いて。緊張しなくても大丈夫。僕の言葉の後に続いて」

「え、あ、うん」

 自分が空回りしている事に気づいたなのはが頬を赤らめる。そんななのはの純朴さに好感を抱いて笑みを深くするユーノと、呆れた様に溜息をつくヴィータ。

「我、使命を受けし者なり」

「───我、使命を受けし者なり」

 ユーノの言葉に、深呼吸を一つ。なのはは幾分か落ち着いてその言葉を口にする。

「契約のもと、その力を解き放て」

「───契約のもと、その力を解き放て」

(不思議───すごく………落ち着いてくる)

 ゆっくりと瞼を落とすなのは。その佇まいから徐々に余分な力が抜け自然体に近づいていく。

「風は空に、星は天に、そして不屈の魂はこの胸に」

「風は空に、星は天に、そして不屈の魂はこの胸に」

「これは───いや、あの年で大した物だ」

 ユーノに続くなのはの言葉の間隔が短くなり、なのはは完全に自然体となる。

 そんななのはの様子に、心眼は感心したように声を上げた。心眼の目にはなのはがトランス状態に入り完全に自己に集中しているのが見て取れたのだ。

 ちなみに、まだ、見習いだった頃の横島は煩悩を高め妄想する事でこの状態に入り、数々の奇跡的な行動を起こしてきた。正式に修行していない十代の青年としてだけ見れば大した物だが、そのやり方はなんとも横島的で感心するより呆れてしまう。

「「この手に魔法を。レイジングハートセットアップ!!」」

 すっ、となのはの目が半ばまで見開かれる。

 ユーノとトランス状態のなのはの言葉は完全に重なり、レイジングハートを持つ手が掲げられる。

「Stand by ready. Set up」

 レイジングハートの涼やかなマシンボイスが響き、なのはの足元に円で構成されたミッドチルダ式の魔法陣が浮かび上がる。

 次の瞬間───

「うおっ!」

「おおっ!!」

「───なんと………」

「才能豊かだとは思っていたが───これほど、か」

「───凄い」

「けっ」

 なのはの魔力光、桃色の光が長大な柱の如く吹き上がる。

 その光景に各々が反応する中、一人毒づいていたヴィータが声を上げる。

「騎士甲冑───バリアジャケットを思い浮かべろ! お前の身を守る鎧となる服だ!」

「鎧──服───」

 ヴィータの言葉に再びなのはの瞼が閉じられる。

(私の服───私の鎧───)

 なのはの頭に、当然のように浮かんだ普段から良く身に纏う服。

 しかし、それ其のままでは鎧足りえない。

 所々重厚な戦う為の、守る為の装束。

 高町なのはの───高町なのはだけの装い。

 光の柱が収まると、なのはの装いは変わっていた。

 身に纏うのはなのはの通う私立聖祥大付属小学校の制服をベースにしたと思われる服。

 肩やスカート等の衣装は異なり、袖や胸の部分等には金属パーツがある。

 そして、手には機械的で赤い宝玉のような物をあしらった杖。

 全体として青と白の配色されたなのはを見て、横島は苦笑を浮かべる。

 横島はなのはの服───バリアジャケットをみて唐突に空を思い浮かべた。

 初めて本気で好きになった女性───ルシオラの好きだった夕焼け空。

 初めての弟子になった少女───なのはの身に纏う青空のようなバリアジャケット。

 自分に似合わないというのにやけに空に縁がある等と思い浮かべたのだ。

 そんな横島の内心を聞けばはやては笑いながら言うだろう。「アンちゃんに空はよう似合うやんか。ふわふわして、定まらない雲は空に映えるもんやで」等言うかもしれないが。

「よし、なんか問題あるか?」

「ふえっ? え? ふっ、服が変わってるっ!」

「って、何で驚くんだよっ!」

 生まれて初めてのトランス状態だった為、自身の状態を正確に把握できていなかったなのはは、自身の視点で唐突に替わった衣服に驚いて声を上げる。

「Condition green. No problem」

 ツッコミを入れられて慌てるなのはに代わりレイジングハートがなのはのコンディションを確認する。そんなレイジングハートにヴィータは感心したように頷く。

「へぇ、気の効くデバイスだな」

「Thank you」

「ありがとう、レイジングハート」

 幼い(一名外見だけ)少女達のどこかほのぼのとしたやり取りを尻目に、横島と心眼はこれからの修行の予定を組んでいる。

「取りあえず、作戦名『いのちをだいじに』ってことでいいよな?」

「下手に攻撃魔法等を教えてまた現場に乱入されても面倒故に、な」

 そして、もし乱入してきても自身の身を守ることだけは出来るようにする為。

「飛行系も教えた方がいいな。空を飛べれば逃走経路が広がるし」

「適正にもよるがな」

 う~ん、と腕を組んでどうしようかと悩み始める横島。基本、無駄に高い人外並みの動体視力と反射神経、そして、霊力に目覚めてからは霊感を頼りに回避、逃走をこなす彼には人にそれらを教えるというのが苦手だ。教えようとしても他人には理解されないことが多い。というか、他人に理解できるわけがない。

 何せ横島はその平凡そうな見た目に反して天才的といっていい回避、逃走技術は天性の才能とヤバ過ぎる経験則からくるのだ。

 一つの依頼で億単位の金が動く美神除霊事務所においてド素人の頃から壁役、囮役、偵察役をやらされてきた男、横島忠夫。その経験値を事細かく詳らかにすればその“ヤバさ”に、歴戦の騎士集団ヴォルケンリッターをしてドン引きする事間違えなしである。そんな経験則から来る回避、逃走技術を説明されて理解できるほうがある意味ヤバい。それに、横島個人の霊感を含めた危機感地能力。幼少期のアレ過ぎる両親の元で育ったが故に培った空気を読む能力が加われば───理解できる他人が居てたまるかという話だ。

「気配の消し方も練習させないとなぁ」

「「少なくとも今考える事ではない」」

 まだ修行を始めたばかりで、言ってしまえば準備運動中のなのはにやらせる修行ではないのは確かである。

 もっとも、物心ついて、気が付いたら母親から逃げようとしたら出来てましたという大馬鹿者、横島忠夫には理解できない感覚ではあるが。

「まぁ、兎に角、なのは殿の自衛手段の目処もついた。これからは私とレイジングハート殿中心に基礎固めから初めて、自衛手段の確立、そこから本人の才能に合わせた修練といったところか」

 心眼の言葉に、横島、ザフィーラ両名も頷く。

「念の為、シグナムさん達を交えて綿密な育成計画を後で立てて士郎さん達には説明するとして───今日はこのまま基礎訓練かな」

「そうだな」

 三人(あるいは、一人と一匹と一個)は子供達の(くどい様だが一名のみ外見だけ)様子を見守りながら、そう締めくくるのであった。










 追記

 後日、横島が高町なのは育成計画(詳細版)を高町家に持ち込んだところ、思った以上に士郎、恭也、美由希から好感触だった上に、身体関係の訓練は恭也と美由希の二人で面倒を見る事が(なのはの知らないところで)決定した。



 追記の二

 そんな様子を見たはやてが、「何処の最強の弟子やねん」と突っ込みを入れつつ、自分の霊障が回復し、魔導師を目指すと強制的にこのコースに入るのでは?と戦々恐々としたのは、彼女と顔色からそれを正確に読み取った心眼だけの秘密であったりする。











[4474] GS横島 リリカル大作戦  anotherリポート  『 ショート・ショート 』  (一部改定&修正)
Name: 矢崎 竜樹◆e3cad9d9 ID:3f76fc13
Date: 2009/10/17 14:28
 これは、ヴォルケンリッター達が覚醒し、横島が高校卒業と同時に独立するまでの間にあった日々の物語。

 なんだかんだと騒動が絶えない横島一家のわりと普通な日々の断片。

 さぁ、喜劇の幕が上がる。





 GS横島 リリカル大作戦  アナザリポート  『 ショート・ショート 』






 その一 『 ファン 』



 夕食後のまったりとした一時。

 それは、横島一家でも変わる事無く訪れる光景の筈なのだが ──

「今日こそは………今日こそは渡さねーぞ!!」

「ふふっ ── 認めたくないものね、若さ故の過ちというものは」

 対立する二人の騎士。

 片や、幼い外見ながらも様々なレンジで戦える遊撃手として信頼厚き、鉄槌の騎士・ヴィータ。

 片や、高い補助能力と広い視野で参謀役として活躍しつつ日常生活を致命的なうっかりで台無しにする、湖の騎士・シャマル。

 下から警戒心を最大にして睨みつけるヴィータに対して、まるで王者の余裕を見せ付けるかのように悠然とその視線を迎え撃つシャマル。

 ── しかし、本日はとある理由により闘争の空気が漂っていた。

「てか、シャマルお姉ちゃん、その科白はどちらかと言えばヴィータの科白やん」

「赤いしな」

 緊張感を高めるヴィータとシャマルを他所に、はやてと横島は静かにお茶を啜りつつ呟く。

 その横では仲間たる騎士達を完全に無視して将棋を指すシグナムと、その相手をするザフィーラ。

「渡さねぇ ── 今日は絶対に見るんだ! あのドラマを!!」

「そうはいかないわ! 今日は剛一君が出演する番組があるんだもの! ファンとして見ないわけには行かないわっ!」

 闇の書の守護騎士・ヴォルケンリッターが参謀、湖の騎士・シャマル。

 最近はTVで見かけて惚れ込んだアイドル、横島の幼馴染の銀ちゃんこと近畿剛一のファンとして、はっちゃけまくっている横島一家の若奥様である。

 ── 因みに、このリモコン争奪戦は、ヴィータが背中に隠したリモコンを、極小展開した旅の扉を隠しながら使用したシャマルの勝利に終わった。

「ちっくしょ~~~~~~!!」

「きゃーーーーーーっ!! 剛一く~~~~~ん!!」

 泣き崩れはやてに慰められるヴィータを他所に、モニターの前に陣取ったシャマルは大人気なくはしゃいでいた。










 その二 『 一緒 』



 まだ早朝の横島一家が住むマンションの玄関前。

 そこに四つの人影があった。

 一人は、エプロンを身に纏い車椅子に座る少女、はやて。

 一人は、眠たげに自転車に跨る少年、横島。

 一人は、自転車から伸びたリードを腰のベルトに繋ぐ少女、犬塚シロ。

 そして ──

「それでは、暫し先生とザフィーラ殿をお借りするでござるよ、はやて殿♪」

「ん~~、朝ご飯までには戻ってきてな、シロお姉ちゃん」

「委細承知でござる!!」

「あ~~~~~、眠い………」

「── いや、待て。 普通に話しを進めないでくれ。 何事なんだこれは」

 最後の一人は、シロ同様に自転車から伸びたリードを腰のベルトに繋げるザフィーラであった。

「「「散歩(でござる)」」」

 なにを当たり前の事をと言わんばかりの返答を返され、言葉に詰まるザフィーラ。 無論、この場で一番常識的な反応をしているのはザフィーラである。

「それでは行くでござるよっ! 先生、ザフィーラ殿!」

「おぉ、あんまり飛ばすなよ」

「ほな、逝ってらっしゃーい」

「お待ちをッ! 字が違いますはやて!」

 普通に対応する三人に困惑したままのザフィーラ。

 しかし悲しいかな ──

「そうなんやけどね。 多分、こっちの字の方が正しいと思うんよわたしは」

「は? って! ヌオッ!」

 ── 横島の(自称)弟子であるこの人狼娘の辞書に、自重という言葉は余りなかった。

「あはははっ! 久しぶりの先生との散歩でござる~~~~!!」

「── あー、あれだ。 ザッフィー、大丈夫か?」

「そういう事を言うなら少しはゆっくり走るように言えッ! そして、ザッフィーと言うなッ!」

「うん。 無理」

「即答かっ! それと、あきらかに散歩ではないだろうこれは~~~~~~~ッ!」

 走り出したシロに引っ張られる形で加速する横島とザフィーラ。 因みに、ザフィーラのリードは自転車の後部の台座に繋がっているので、シロ、横島、ザフィーラの順で走っている。 車顔負けの速度で ──

「うん。 やっぱり間違ってへんかったな~」

 遠ざかっていくザフィーラの叫び声に、一人頷くはやてであった。

 闇の書の守護騎士・ヴォルケンリッターが一人。 盾の守護獣・ザフィーラ。

 同じ狼として、人狼娘シロが起こす騒動に何かと巻き込まれる運命を背負った男。

「── 生きてるかザッフィー?」

「── ザッフィーと………呼ぶな………」

 疲労困憊の状態で帰宅したザフィーラは二度とシロと横島の散歩には付き合わないと心に誓った。 が、結局は巻き込まれる運命にあることを、まだ、彼は知らなかった。










 その三 『 アイドル 』



「あれ、ヴィータちゃん。 こんにちは」

「うん? おう、おキヌじゃねぇか」

 道端でばったりと出会った二人。

 片や、学校帰りの氷室キヌ。

 片や、買い物袋をぶら下げたヴィータ。

 何処かアンバランスな二人を見て、おキヌの家 ── というか、この場合、美神除霊事務所に勉強をしに行こうとしていた、一文字魔理と弓かおりは怪訝な表情をした。

「なぁ、おキヌちゃん。 こいつ知り合いか?」

「ん?」

 魔理の言葉に、怪訝そうな表情で二人を見上げるヴィータ。

「はい。 横島さんの妹のヴィータちゃんです」

「へ? アイツの?」

「あら? 確か、妹さんのお名前ははやてさんではなかったかしら?」

 あまりにも似ていない二人に怪訝そうな表情をする魔理に、以前、小耳に挟んだ名前と違う事に、疑問を覚えるかおり。

「アタシは養子なんだよ。 気にすんな」

 ぶっきらぼうに言うヴィータに、二人は気まずそうな顔をする。 四人の間に何やら重い雰囲気が立ち込め始めたところで、おキヌが慌てて話題を変えようと声を上げた。

「そ、そういえば、ヴィータちゃんはお使いの帰りなの?」

「ちげー。 今日はじーちゃん達に会いに行くところ」

「え? 皆さんに?」

 キョトンとするおキヌに、ヴィータは頷く。

「そ。 んじゃ、急いでるから」

「あ、ごめんね、引き止めちゃって。 皆さんによろしく言っておいてね」

「おー」

 手を振って別れを告げ、小走りに去っていくヴィータの背中を見つめる三人。

「アタシが言えた事じゃないけどさ、口悪いなアイツ」

「本当に貴女の言えた事じゃありませんわね、一文字さん」

「んだと!」

 口論を始めた二人を宥めながら、おキヌは最近会いに行ってなかった知り合いの老人達に近い内に会いに行こうと考えていた。






「わり、じーちゃん達。 少し遅れた」

「おお、ヴィータちゃんか。 構わんよ。 時間は腐るほどあるからの~」

 小走りに駆けつけてきたヴィータに、見るからに好々爺といった風体の老人は、笑みを浮かべて答える。

「あんがと。 それと途中でおキヌに会ってさ、よろしくだって」

「そうかそうか。 まぁ、おキヌちゃんも学校が忙しいじゃろうし、元気にやってるならそれでええんじゃが」

「元気そうだったよ。 んじゃ、例のヤツ持ってきたから、すぐ用意するな」

 そう言ってヴィータが買い物袋から取り出したのは、線香の束と百円ライター。

 火の付いた線香に、「ありがたや、ありがたや」とか「毎回悪いの~」と答える老人たち。

 闇の書の守護騎士・ヴォルケンリッターが一人。 鉄槌の騎士ヴィータ。

 元気の良い彼女は、ご近所の老人達のアイドルである。

 しかし、それは ──

「それにしても、じーちゃん達ってさ何でこんな高架橋の下って言うか、裏で集会するんだ? まぁ、アタシは飛べるから良いんだけど」

「ほほほっ、ワシ等は浮遊霊じゃからの。 普通に集まっても詰まらんじゃろ?」

「ふーん。 そんなもんか」

 ── 生者だけとは限らなかったりする。










 その四 『 そんな彼女のある一日 』



 午前五時 ── 起床。

 同じ部屋で眠るシャマルを(朝食の準備をさせない為)あえて起こさないように静かに着替え、横島とザフィーラと共に早朝訓練をする為に近くの公園へと向かう。

 午前六時半 ── 早朝訓練終了。

 既に起床して朝食の準備をするはやてと、慌てて起床したシャマルに挨拶をした後、シャワーで軽く汗を流し(チチシリフトモモ的な)煩悩と(最近美神並に成りつつある御仕置きの)恐怖の間で懊悩する横島を睨みつけて黙らせ、はやての淹れたコーヒーを飲む。 因みに、本人はブラック派だが、胃に悪いとはやてがミルクのみ入れている。

 午前七時 ── 朝食。

 眠たげに目を擦り起床してきたヴィータが洗顔を終えた頃には朝食の準備が済み(シャマルは結局たいした手伝いはできなかった)、はやての「いただきます」という声で朝食開始。 因みに、ザフィーラは獣人形態での食事である。

 午前七時半 ── 朝食終了後、新聞に目を通す。

 食後の緑茶をゆっくりと楽しみつつ新聞に目を通す。 一通り目を通すと一番楽しみにしている詰め将棋のコーナーに没頭。

 午前八時 ── 横島登校。

 横島の出かけの挨拶に生返事を返しつつ、詰め将棋のコーナーに没頭。 本日の詰め将棋は中々に難易度が高いらしい。

 午前九時 ── 詰め将棋終了。

 本日は一時間半をかけて詰め将棋を解く。 どこか満足げな表情で(本人は隠しているつもりだが)新聞を折りたたみ、所定の位置に戻す。 因みにこの頃、はやてとシャマルは洗濯、ヴィータは食器洗い、ザフィーラは布団干しを終えている。

 午前十時半 ── TV鑑賞。

 ぼうっと、庭を見ながら緑茶を飲んで過ごしていたが、時代劇の再放送が放映される時間になると、TVのチャンネルを(一応)断りを入れてから変え、興味深げに時代劇の鑑賞。

 正午 ── 昼食。

 はやてが手早く作った昼食を食べ、のんびりと食後の緑茶を楽しむ。

 午後一時 ── 将棋。

 詰め将棋の本を片手に詰め将棋を開始。 はやて、シャマル、ヴィータは昼ドラ鑑賞。 ザフィーラは食後の散歩に出かける。

 午後五時 ── 横島帰宅。

 本日は仕事がない横島の帰宅を確認すると将棋を片付け、庭に出てアップを開始。 少し時間を置いて横島、ザフィーラ、ヴィータが庭に出てくると、午後の訓練を開始。

 午後七時 ── 午後の訓練終了。

 午後の訓練終了後、ゆっくりと一番風呂を楽しみ(また横島は煩悩と恐怖の間で懊悩)、夕食まだの合間、TVから流れてくる音に何となく耳を傾けつつ緑茶を楽しむ。

 午後七時半 ── 夕食開始。

 朝食同様、はやての声と共に始まる夕食。 はやて監視下の元作成したハズのシャマル謹製のおかずと言う名の地雷に悶え苦しむ横島、ザフィーラを横目に静かに食事を続ける。 因みに、ザフィーラは拒否したが無理やり食べさせられた。

 午後八時 ── 夕食終了。

 夕食後の緑茶を飲み終え、将棋をしながらまったりと過ごす。 因みに、本日の対局相手は横島。 奇抜な作戦に苦戦しながらも楽しむ。

 午後十時半 ── 就寝。

 対局相手をザフィーラに代えるなどしながら将棋を楽しんでいたがはやてとヴィータが就寝した為、それに併せて対局を切り上げ就寝。






「── アレやな、休日のお父さん的な日常やな。 うん」

「つーか、ちっとは家事を手伝えって話だよな」

「ザフィーラでさえ自分から手伝ってくれるのに………」

「男の俺では手伝いにくいこともあるんだが………」

「訓練と将棋、後はお茶ばっかりやな、おい」

 こっそりと観察したシグナムのとある一日の行動記録を読んだ家族たちはこのようなコメントを残す。

 闇の書の守護騎士・ヴォルケンリッターが将にして、剣の騎士、シグナム。

 彼女の将来が微妙に心配な家族であった。




 数日後………

「あ、あの、お母上?」

「ん? 何だい、シグナム?」

 にっこり、と笑う百合子の前で、全力で姿勢正しく正座をするシグナムは冷や汗を滝の如く流す。

 正直、フローリングの床が冷たいやら硬いやら、普段の横島の立ち位置に居るのが悲しいやらで助けてほしいと必死に視線を送るが、関わりあうのは御免で御座るとばかりに家族達はそんな視線はスルーである。

 ── 一人、アイスをたべながらニマニマと笑うヴィータとは視線が合うが、絶望的に助けてもらえそうにない。

「さて ── 色々と説教をしなくちゃいけないみたいだね。 主に普段の生活態度について………」

「ひゃ、ひゃい!」

 そんなシグナムの様子に気づかない訳がない百合子の静かなプレシャーに、呂律が回らずで可愛い返事が出てしまうシグナム。

 百合子の後ろでは、食べていたアイスを噴出して、笑いを必死に噛殺しながら腹を抱えるヴィータ。

「いいかい、シグナム ──」


 一時間後、百合子の説教から開放され足の痺れに悶え苦しんだシグナムが、生活態度を鬼気迫る勢いで改めたのは言うまでもない。

 因みに、痺れた足を指で突付いて遊んだヴィータは、さり気無くシャマル謹製の地雷クッキーを食べさせられるというシグナムの報復に悶え苦しむこととなる。













[4474] 設定 09/10/18時点
Name: 矢崎 竜樹◆e3cad9d9 ID:3f76fc13
Date: 2009/10/20 13:24


横島 忠夫

横島家次男であり、横島除霊事務所、所長。 Bランクゴーストスイーパー。

高校卒業と同時に美神除霊事務所から独立し、まだ未成年でありながら事務所を構える。 同年代のGSと比べれば破格の能力を有するが、同年代のGS自体が極めて僅かしかいないので、比べる事自体あまり意味はない。 GSとしての実力は、個々の能力にばらつきはあるが総合的には中堅程度。 ただし、戦闘能力となると、一流レベルである。

日本屈指のGS、美神令子。 妙神山修行場管理人、竜神にして武神、小竜姫。 妙神山修行場最高責任者、神仙にして猿神であり闘神、斉天大聖孫悟空という、三人の師匠の弟子。

様々な神魔族や人間の有力者が関係者に居て、さらに、自身も伝説の霊具《文珠》の生成者でもある為、業界内での横島への関心は高い。 が、本人はそんな事関係無しに、日々騒がしくも穏やかにすごしている。




横島 はやて


横島家の養子で三女。 小学三年生ではあるが、現在霊障を煩っている為、学校へは通わず自宅での通信教育。

血こそ繋がっていないが、GM(グレート・マザー)横島百合子の影響を受け、日々逞しく育っている。 横島一家の料理番であり、何気に金庫番でもある。

霊力の亜種である魔法力の保持者であり、その資質は一流GS並にあるのだが、その大半を《闇の書》に略奪されているので、一般人とそう変わりはない。 ただし、時々、予知夢や霊感等が働く事がある。

現在、忠夫が《闇の書》の封印を解いたことにより、霊障の根治の可能性が高くなり、また、家族も一気に増えたので、以前にも増して明るくなってきている。

また、あの兄と父の影響か乳好きが正史よりパワーアップしている。 大きくても小さくても、さらに、ノンケでもいけちゃう人です。

横島一家の小さなオカンとして、縁の下の力持ちとなり、一家を支えるGG(グレート・ガール)。




守護騎士ヴォルケンリッター


はやてを蝕む霊障の原因、《闇の書》の封印を文珠で解除した際に現れた防衛プログラムであり、古代ベルカ式と呼ばれる魔法を使う騎士。

主であるはやてお願いで、家族として生活する事となる。

なお、横島百合子がいかな手段を使ったかは不明だが、法律的にも不可能な養子に、時間的に不可能な現れたその日のうちになっている。

また、横島一家の関係者でもヴォルケンリッターの面々の事を知っているものは極僅かで、対外的には色々と誤魔化している部分もあり、プログラムである事をバレないようにする為、カオス謹製の認識阻害用オカルトアイテムを身に付けている。


以下、ヴォルケンリッターの面々の説明


横島 ザフィーラ


横島家の養子で長男。 対外的には人狼と人間とのハーフということになっているが、本来は守護獣と呼ばれる使い魔。 横島除霊事務所、除霊助手。

《闇の書》より現れた守護騎士ヴォルケンリッターの一人。 盾の守護獣。

盾の守護獣の名に恥じぬ、高い防御能力とタフネスさを持ち、また、高い格闘能力も有する。

寡黙で泰然とした雰囲気の持ち主で、何処か一歩引いて家族を見守っている。 が、次男・忠夫と絡むとそういった部分がぶっ飛ぶ。 

女性が強大な権力を持つ横島一家においては横島と共にヒエラルキーの最下層にいる為、二人の仲は悪くは無いのだが、事ある毎に足を引っ張り合う事もしばしば。

カオス謹製認識阻害オカルトアイテムはネックレス。




横島 シャマル

横島家の養子で長女。 横島除霊事務所、除霊助手。

《闇の書》より現れた守護騎士ヴォルケンリッターの一人。 湖の騎士。 相棒であるデバイスは振り子型アームドデバイス、風のリング《クラールヴィント》。

ヴォルケンリッターの参謀役であり、補助、治療、後方支援を得意とする。 その能力はかなり高い。

はやての家事の手伝いを率先してするが、その若奥様風の外見とは裏腹に家事能力破綻者である。 ヴィータ曰く「ホーム・ヘルパーならぬ、ホーム・ブレイカー」。 そのあたりは本人も自覚があるくせに、必死に否定している。 はやてや時々様子を見にくる母・百合子の指導を受け、少しずつ改善しているものの、破滅的なうっかりで台無しにするドジっ子。

横島やはやてには、本当の弟、妹のように接していて、事ある毎に横島をからかって楽しんでいる。

カオス謹製認識阻害オカルトアイテムはイヤリング。




横島 シグナム


横島家の養子で次女。 横島除霊事務所、除霊助手。

《闇の書》より現れた守護騎士ヴォルケンリッターの一人。 剣の騎士。 相棒たるデバイスは片刃の長剣型アームドデバイス、炎の魔剣(対外的には霊剣)《レヴァンティン》。

ヴォルケンリッターのリーダー。 剣を使った高い近接戦闘能力を持っているが、レヴァンティンには連結刃形態《シュランゲ・フォルム》や弓矢形態《ボーゲン・フォルム》がある為、中距離、遠距離での戦いも一応はこなせる。

自他共に厳しい性格で、主とは呼ばないもののはやてには敬語で話し、忠夫には普通に地で話す。 これをはやては、ほんの少し寂しく思っている。

また、バトルマニアな一面も持ち、積極的に横島の鍛錬に付き合ったり、妙神山修行場についていった際には、特別な計らいで小竜姫とも剣の打ち合いだけだが鍛錬をしている。 また、 時折、ひょっこり現れる自他共に認めるバトルジャンキー・伊達雪之丞とは、嬉々として決闘する決闘仲間。

風呂好きで、妙神山修行場の露天風呂は彼女の楽しみでもある。

率先して横島を弄る事は無いが、便乗や皆に混じって弄るフランクな一面も持ち合わせている。

カオス謹製認識阻害オカルトアイテムは髪留め。




横島 ヴィータ


横島家の養子で四女。 一応、横島除霊事務所、除霊助手。

《闇の書》より現れた守護騎士ヴォルケンリッターの一人で、鉄槌の騎士。 相棒たるデバイスはハンマー型アームドデバイス、鉄の伯爵《グラーフアイゼン》。

近接、中距離、遠距離とあらゆる間合いで戦えるオールラウンダーであり、その小さな体を駆使して、戦場を駆け回る。 ある意味では、横島に近い戦闘スタイル。

実年齢は兎も角として、外見が幼い為、積極的に現場には出れないものの、除霊助手にはなっている。 が、本人としてはそれに対して微妙に不満を感じている。 最近では変身魔法を使ってどうにかしようと考えているが、一応保留にしている。

外見どおり何処か子供じみた所があり、基本的に素直ではない。 はやては「美神、タマモに次ぐツンデレ」等と言っている。

熱くなりやすい割には必要以上の戦闘を嫌い、横島と共に妙神山修行場に行く場合は、自己鍛錬のみで済ませている。 寧ろ、パピリオや斉天大聖とのゲーム勝負の方が本命だったりする。

本気でキレると瞳孔が開き、瞳が蒼くなる特徴がある。

ヴォルケンリッターの中では一番横島家に馴染んでおり、普通に忠夫やはやてには、家族として、妹として接している。

アイス、特にバニラアイスが好物で、魔法料理店《魔鈴》のオーナーシェフ魔鈴めぐみ謹製の特製バニラアイスは彼女の大好物。 ヴィータ曰く「テラうま」であるらしい。

カオス謹製認識阻害オカルトアイテムはリボン。


なお、これはヴォルケンリッター全員に言えることだが、横島との鍛錬により、魔法力を用いた霊能力 ── 魔法能力とも言うべきものも其々身に付けている。




ドクター・カオス


横島一家の居候であり、はやての主治医。 千年の時を生きた伝説の大錬金術師で、擬似的な不老不死の体現者。 《ヨーロッパの魔王》の二つ名を持つ。

忠夫の協力により、健忘症や痴呆症を治療し、能力的には全盛期のそれになっているが、肉体的には老人のまま。 以前は若返りを画策していたが、本人的に何か思うところがあった様で現在は若返りにはそれほど執着していない。

はやての主治医として、様々な治療用オカルトアイテムの開発や、《闇の書》の解析をする傍ら、積極的に横島除霊事務所に協力している。

横島一家の中でのスタンスは、はやての主治医と言うより、居候のお爺ちゃん的なスタンスである。

現在、工房を以前のおんぼろアパートから、横島邸の庭の一角にあるイ〇バ物置へと変えている。

因みに、イナ〇物置は中の空間を弄ってあるので見た目より圧倒的に広かったりする。

カオス脅威の技術力である。




マリア


横島一家の居候であり、カオスの助手。

カオスが七百年程前に作成した人造人間であり、現在では技術的にも、材料的にも完全再現は不可能な程の完成度を誇る。 ある意味マリアもロストロギアと呼べるかもしれない。

忠夫やはやてとの交流により、マリアの魂や心は大きく成長し、現在では突っ込み、弄り等も淡々とだがこなせるようになってきている。 はたして、それが魂や心の成長と言って良いかどうかは別問題だが。

何気に家事能力も高く、シャマルにとっては(一方的な)好敵手。

最近一番嬉しかった事は、妹とも娘とも呼べる《エヴァ》の誕生。




エヴァ

横島達が住む自宅に設置(憑依とも言える)していある人工霊魂。

正式名称は、カオス式簡易人工霊魂《Em(エム)・ソウル》初号機《エヴァ》。 Emはイージ・メタ・ソウルの略であり、カオスがマリアの人工霊魂《メタ・ソウル》から枝分けさせて作成した。

カオスが渋鯖人工幽霊壱号にチャレンジした結果生まれ、現在は横島邸の維持管理や、周辺探査、住人のフォロー等を仕事としている。 強力な霊能力者が維持に必要なあたりは、人工幽霊壱号と同じである。

オーナーを忠夫、アナザオーナーをはやて、グランドオーナーを百合子に設定してある。 因みに、一番命令権が強いのはグランドオーナーだったりするあたり、忠夫にとっては理不尽である。

マリアを御姉様と呼ぶが、関係は姉妹というより親子といったほうがより正しい。

しばらく出番は無いだろうが、強力な結界、レーダー等様々な能力を持つ。




高町 なのは

海鳴市に暮らす普通の小学三年生『だった』少女。

ジュエルシードの暴走体と出会い自身の内に眠っていた魔法力に目覚める。

魔法力の総量自体ははやてよりも少ないが、それでも高い資質を持つ。

幼少の出来事が切っ掛けで『良い子でいなければいけない』『人の役に立たねばいけない』という軽い脅迫観念を持ってしまっている。

現在は魔法を習うべく『魔法を習った先』を見つけるべく、親友のアリサ、すずかの協力を得て鋭意行動中。

正史では、時空管理局のエースとして活躍した彼女ではあるが、横島との出会いでどのように成長するかは未だ分からない。




アリサ・バニングス

なのは、すずかの親友で、勉強、運動共に優秀な才女の卵。 小学三年生。

日本とアメリカで有名な実業家で、将来は自分が跡を継ぐつもりでいる。

なのは、すずかとともにジュエルシードの暴走体と出会い、オカルトの世界を体験する。

なのはに魔法の才能があることを知り、協力するべく『なのは魔法少女化推進委員会』を立ち上げる。 因みに、委員長はアリサ。

リーダーシップがあり、ぐいぐいと周りを引っ張っていくタイプ。

実は、両親から《村枝の紅ユリ》の逸話を聞いていて、密かにファンだったりするのだが、その息子が横島だとは気付いていない。




月村 すずか

なのは、アリサの親友で、おっとりした気性に似合わぬ高い運動能力を有する少女。 小学三年生。

両親が工業機器の会社を経営している為か、機械関係に強く、将来はそちらの道に進むのもよいと考えているが、アリサほど明確なビジョンは無い。

なのは、アリサと共に、ジュエルシードの暴走体と出会い、オカルトの世界を体験する。

『なのは魔法少女化推進委員会』のメンバーとして、なのはに協力している。 因みに副委員長。

興奮すると視野が狭くなりがちになるアリサのサポートなど、さり気なく周りの人間をフォローするのが上手い。

《夜の一族》設定が出るかどうかは、今の所不明。



なのは魔法少女化推進委員会

アリサが立ち上げた、なのはをサポートする為の委員会。

委員長はアリサ、副委員長はすずかだが、そもそもこの委員会、会員がこの二名しか現在は居ないのであまり肩書きに意味は無い。

なのはは、自分を助ける為にアリサがこの委員会を立ち上げたと思っているが、実は時に平然と無茶をするなのはを監視する意味もある事を知らない。





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