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[4492] あかりの碁(ヒカ碁逆行モノ)
Name: Kei◆4db8a14a ID:e8c5ac92
Date: 2008/10/19 10:30
プロローグ「思いがけぬリターン」

佐為「私の声が聞こえるのですか?」

秀策を馬鹿にした高永夏と戦うため、ヒカルは韓国戦の大将を買って
出たが、激戦の末、半目負けを喫して悔し涙にくれた。その時、
とても懐かしい声が聞こえたような気がした。

ヒカルは後ろを振り返ろうとしたが、次の瞬間、周囲が暗闇に包まれ
何も見えなくなり、一瞬気を失ってしまった。

ヒカル「うーん、いったい何が起きたんだ?」

ヒカルが気がついて周りを見直すと、そこはどうやら平八じーちゃんの
蔵の中のようだ。フラフラと立ち上がったヒカルは、蔵の中に誰かが
倒れていることに気がついた。

ヒカル「誰だ?」

ヒカルが近づいて見ると、倒れていたのは、あかりちゃんだった。

ヒカル「えー、あかりが何でこんなに幼いんだよ?まさか・・・
もしかして、時間が戻っちゃったのか?おっと、そんなこと
言ってる場合じゃないよな。早く助けなきゃ。」

しかし、あかりを抱き起こそうとしたヒカルの手は、あかりの身体を
すり抜けてしまった。

ヒカル「どうなってるんだ?これ。」

下のほうから階段を上がってくる足音がした。それは、まだ小学生の
ひかるくんだった。

*(逆行したのはヒカル、小学生の方は「ひかる」くんと書いて
区別しますね。)

ひかるくん「あっ、あかりが倒れてる!おじーちゃん、あかりが
大変だよーーーっ!」

あかりは救急車で病院に運ばれた。






Keiと申します。はじめて投稿します。

ヒカルの碁が終わって5年が経ちました。一時の囲碁ブームは、
碁を打つ子どもが減って元どおりです。ヒカルに後を託して消えた
佐為も、さぞ無念に思ってることでしょう。

ヒカ碁ブームに付き合ったみなさんには、お正月とか年に一度ぐらい
碁を打ってほしいものです。碁を打たなくても、せめてヒカ碁を
読み返してほしいですね。

ジャンプで「報われないヒロイン」として有名だった、あかりちゃんに
頑張ってもらおうと思います。登場人物の性格が捏造されてますけど、
どうかご理解とご容赦ねがいます。

どう完結するのか考えてません。本編再構成みたいな形でやりたいと
思ってますけど、脱線するかもしれません。



[4492] あかりの碁(ヒカ碁逆行モノ)第1章第1話
Name: Kei◆4db8a14a ID:e8c5ac92
Date: 2008/10/19 10:31
救急車の中(この辺の展開はアニメ版を参考にしております。)

あかり「誰なの、あなた?」
ヒカル「俺はヒカルだよ。」
あかり「ヒカル!?嘘でしょう。」
ヒカル「嘘じゃねえよ。正真正銘の進藤ヒカルだぜ。」

あかり「ヒカルは背が低いし、第一そんなに格好良くないわ。
あたしを騙す気ね?」
ヒカル「あのなあ、俺は5年後の未来からやって来たヒカルなの。
5年も経てば背が伸びるし、格好だってよくなるだろ?」

あかり「へえー、ずっと小さいままかもって思ってたから安心したわ。
でもそれなら、どうして未来から戻ったりしたの?目的は何?
もしかして、あたしとやり直すためとか。」
ヒカルは、向きになって否定した。「んなわけねえだろ!」
あかり「何よ。判るように説明してよ。」

ヒカル「それが、どうして戻って来ちまったのか、俺にもさっぱり
判らねえんだ。でも、きっと囲碁と関係があるんだ。」
あかり「えーっ、囲碁と関係!?じゃあ、もしかして、お蔵の碁盤、
とうとう売っちゃったのね?それで・・・タタリに遭った?」
ヒカル「タタリぃ・・・!?それ有り得るかも?」

あかり「ねえ、未来のヒカルってさ、死んじゃったの?」
ヒカル「死んでねえよ!国際試合で碁を打ってたんだ、俺が大将で。」
あかり「ヒカルが囲碁?国際試合で大将!?」

ヒカル「そうだよ、俺、中学生で囲碁のプロになったんだ。」
あかり「へー、囲碁のプロにねえ?そういえば、平八じーちゃんは
昔囲碁が強かったって聞いたことがあるわ。ヒカルにも
素質があったのね。」
ヒカル「すごいだろう。」

あかり「でもさ、碁を打ってて、急に過去に戻って来ちゃったから、
ヒカルが神隠しに遭ったって、未来の世界じゃ大騒ぎに
なってるんじゃないかしら?」

ヒカル「俺、心だけ過去に戻ってきちゃったみたいなんだ。」
あかり「えーっ、心だけ。」
ヒカル「未来の世界から魂だけ抜け出してきて、お前に取り憑いた
みたいなんだ。」
あかり「ちょっと待ってよ。どういうこと?」

ヒカル「俺が元の世界に帰るまで、お前の心の中にちょこっと
住まわせて、あかり、お願い。」
ヒカルは両手を合わせて、あかりを拝んだ。

あかり「冗談じゃないわ!何がちょこっとよ。あたしが、お風呂
入ったり着替えしたりするときは、どうすんのよ!?
ちゃんとあたしから離れてるんでしょうね?」
「無理!」ヒカルは即答した。

あかり「きゃーっ!エッチ・痴漢・変態・信じられないわ!!」
ヒカル「そんなこと言ったって、俺たち海水浴に行って、帰りに
一緒のお風呂入って、体の洗いっこしてたじゃねえか?」
あかりは顔を赤らめた。「それ、一体いくつの時の話よ。」

ヒカル「心配いらねえって。俺がお前のことちゃんと責任とって、
お嫁にもらってやるからさ。」
「えーっ、それ本気なの?」あかりは嬉しそうだ。
ヒカル「本気さ。」

あかり「未来に戻ったら、ちゃんと向こうのあたしにプロポーズ
するの。約束よ。」
ヒカル「ああ、約束する。俺がタイトル取れたらな。」
あかり「それじゃあ、いつのことになるのか、判らないじゃない!」
ヒカル「馬鹿にすんなよ!俺は『塔矢アキラのライバル』って
言われてんだぜ。」

あかり「塔矢アキラ?誰それ?」
ヒカル「塔矢名人の息子、中1でプロになったんだ。新人なのに
負けなしで26連勝の新記録を作ったんだぜ。
本因坊リーグに入ったりさ。」
あかり「ふーん、よく判らないけど、強そうね。どんな人?」

ヒカル「指が長くて瞳がきれいで、ちょっと王子様みたいな感じかな。
髪型はおかっぱなんだ。」
あかり「おかっぱで王子様なの?何か変な感じ。」
ヒカル「変じゃねえよ。はまり過ぎっていうか、あいつ似合うし。」
あかり「わー面白そう。あたしも一度見てみたいな。」
ヒカル「いつも駅前の碁会所にいるんだ。いけば会えるぜ。」

あかり「あたしが元気になったら連れてって。ヒカルがいつまで
こっちにいるか判らないんだし。」
ヒカル「ああ、いいぜ。明日さっそく連れてってやるよ。」



[4492] あかりの碁(ヒカ碁逆行モノ)第1章第2話
Name: Kei◆4db8a14a ID:e8c5ac92
Date: 2008/10/19 10:33
社会のテスト

ひかるくん「あかりー、もう大丈夫なのか?」
あかり「ひかる、おはよう。もうすっかり元気になったわ。」

ひかるくん「あの後、俺ん家とお前ん家の親が集まったんだ。
俺がお前に何かしたんじゃないかって責められて、
碁盤を売ろうとしたことつい喋っちゃってさ、
大目玉だぜ。当分お小遣いなしだって。
じーちゃんのお蔵も出入り禁止だってさ。」
あかり「自業自得よ。当然よね。」
ひかるくん「何だよ。俺、お前のこと本気で心配したんだぜ。」

ヒカル「なあ、あかり、碁盤にシミのようなアトが見えなかったか
聞いてくれないか。」
あかり「判ったわ。」
あかり「ひかる、碁盤にシミのついたアトみたいなの見えなかった?」
ひかるくん「シミ?そんなの全然なかったぜ。埃がついたまんまだと
高く売れないと思ったから、よくこすったんだけどな。」

ヒカルは動揺した。どういうことだろう。過去に戻ったと思われた
この世界に佐為はいないのだろうか。佐為を消してしまったヒカルに、
囲碁の神様が試練を与えたのだろうか。

あかり「シミって何なの?」
ヒカル「後で話すよ。それよりあの碁盤は、江戸時代の最強の碁打ちが
使ってた、すごいレアなお宝なんだ。タタリがあると怖いから
触らないように言っといて。烏帽子をかぶったお化けを、
見た人がいるって、昔じーちゃんが言ってた。」
「えー、お化けが出るの!」あかりは思わず声に出してしまった。

ひかるくん「な、なんだよ、急におどかすなよ。」
あかり「あ、あの碁盤のことなんだけどさ、烏帽子をかぶったお化けが
出るって平八じーちゃんが言ってたよ。タタリが怖いから
触らないほうがいいと思うよ。」

ひかるくん「じーちゃんも下手なこと言うよな。お化けなんて、いるわけ
ねーじゃん。でも、それだけ触ってほしくないっていうのは、
きっと大事な碁盤なんだろう?どうせお蔵は出入り禁止だし、
いいぜ。俺もう触ったりしない。」
あかり「うん、ありがとう。」

ヒカルはこの後、社会の抜き打ちテストがあることを話した。
あかり「あら、それは大変ね。」
ヒカル「ひかるの奴、お小遣い止められてるし、手助けしてやってよ。」
あかり「いいけど、どこが出そうなの?」

ヒカル「えーと、何とかっていう人がどこに来たんだったかなあ。」
あかり「頼りないわねえ、まあヒカルが覚えてるわけないか。たぶん
幕末の歴史ね。1833年頃天保の飢饉が起きたの。一揆と
打ちこわしが起きて、1837年に大阪の町奉行所の与力、
大塩平八郎が叛乱を起こしたの。平八っていったら、ヒカル
のおじーちゃんと一緒よね。」

ヒカル「詳しいなあ。」
あかり「だって授業で習ったばっかりだもん。浦賀でモリソン号事件、
中国でアヘン戦争が起きるわ。幕府そのものが傾いていって、
老中の水野忠邦が改革を試みたんだけど、反対する人が多くて
結局失敗するの。4隻の黒船を率いてペリー提督が来たのが
1853年、勝海舟がオランダに咸臨丸を造ってもらったのが
1860年よ。」

ヒカル「お前記憶力いいのに、どうして俺に教えてくれなかったんだ?」
あかり「だって、ひかるに教えても右の耳の穴から左の穴へ、全部
抜けちゃうじゃない。せっかく親切に勉強教えてあげたのに、
時間の無駄なんだもん。」

ヒカル「・・・そうだっけ?」
あかりは、口をとがらせた「もう、全然覚えてないわけ?」

あかりは歴史の教科書を開いて、ひかるくんにテストに出る場所を
教えたが、すぐ休み時間は終り、先生が来てしまった。

ひかるくんは、テストのことを早く教えなかったとあかりをなじり、
放課後そそくさと帰ってしまった。今日はジャンプの発売日なのだ。

ヒカル「あの様子じゃ、囲碁の道に引っ張り込むのは大変そうだぜ。
弱ったな。」
あかり「ねえ、囲碁って面白いの?」
ヒカル「面白いよ。難しいけど、命賭けで打つ人もいるほどなんだ。」

あかり「塔矢アキラって言う人は?」
ヒカル「すげえ真剣だぜ、バカって言葉が付くぐらい囲碁のことしか
考えてねえよ。」
あかり「ふーん、じゃあ早速会いに行ってみましょうか。」

ヒカル「待てよ。お前、囲碁のルール知らなかったよな?」
あかり「判んない。ヒカル、教えて。」
ヒカルは、基本的なルールと、碁石を打つ場所を指示する方法を伝えた。

あかり「やっぱり説明を聞くだけじゃ、判らないわ。」
あかりは通り道のミスドに入り、空いてる席に座った。

あかり「ヒカル、場所取っといてね。」
ヒカル「お前、無理言うなって。」
「もう、使えないわね。」あかりは、ノートを机の上に伏せた。

ヒカル「フレンチ◎◎とチョコ△△とスイート××パイって、お前、
もしかして俺の分まで注文したのか?俺、食べらんないんだぜ。」

あかり「判ってるわよ。1人で食べるの。」
ヒカル「よく食うな、太るぜ。」
あかり「余計なお世話よ、さっさと始めなさい。」

あかりはドーナツを片付けながら、ヒカルの説明を聞いてノートに
石を書いたり消したりした。

「グーッ!」不意に大きな音がした。

あかりは思わずお腹に手をやり周りを見回した。お腹の大きな音は、
幸い誰にも聞かれずにすんだようだ。不思議に思ったあかりは、
ヒカルが少し赤面していることに気がついた。

あかり「今のヒカルね?変な音出さないでよ!ビックリしちゃった。」
ヒカル「うー、だって○○ファッションは、俺の好物なんだぜ。
これから俺、お前が美味そうなもの食うたび、こんな我慢
しなくちゃいけないんだ。」

ピザ・チョコレート・すき焼きといった、江戸時代にない食べ物を、
ヒカルが美味しそうに食べると、佐為は興味のない振りをしていた。

そんな佐為の興味を引こうとして、ヒカルはチーズをうーんと長く
引き伸ばして見せたりした。佐為は、はしゃいで喜んでくれたが、
本心では、ヒカルと一緒に食べられない寂しさを感じていただろう。
ヒカルは心無い仕打ちをしたと反省した。

あかり「いつも、半分こしてあげるのに。やだ、ヒカル泣いてるの?」
ヒカル「泣いてなんかねーよ!ほら、続きやるぞ!」

あかりがドーナツを平らげる間、ヒカルのお腹はさらに2回も鳴った。
あかりは心底から同情した。あんまり美味しそうに食べるのは、
当分やめにしようと誓うのだった。しかし、美味しいものを食べると、
すぐに忘れてしまうあかりちゃんであった。



[4492] あかりの碁(ヒカ碁逆行モノ)第1章第3話
Name: Kei◆4db8a14a ID:e8c5ac92
Date: 2008/10/19 10:40
碁会所

あかり「本当だ、じーちゃんばっかりね。」
ヒカル「そういう事いうと、北島さんの血圧が上がるって。」
あかり「北島さんて誰?」
ヒカル「塔矢アキラをひいきにしてて、俺のことはいっつも目の敵に
してるんだ。」
あかり「そんな人、血圧を上げちゃえばいいのよ。」

市川「女の子が来るなんて珍しいわ。あなた、ここ初めて?」
あかり「まるっきり初めてです。誰でも打てるんですよね。」
市川「打てるわよ。名前書いてください。棋力はどれぐらい?」

あかり「よく判りません。あたしまだ人と対局したことがないんです。
でも当人は『塔矢アキラのライバル』だって言ってます。」
ヒカル「あかり、余計なこと言うなって!怪しまれるだろう。」

「ぷっ!」市川は思わず噴き出してしまった。よりにもよって
『塔矢アキラのライバル』を名乗るとは。ここが、塔矢名人経営の
碁会所ということを知らないのだろう。

あかり「あっ、あの子、あの子と打てますか?」
市川「あ、うーん、あの子は。」
アキラ「対局相手を探してるの?いいよ、ボク打つよ。」
市川「アキラくん、でもこの娘・・・」

アキラ「奥へ行こうか。ボクは塔矢アキラ。」
あかり「あたしは藤崎あかり、6年生よ。」
アキラ「ボクもだよ。」

市川「ちょっと待ってよ。お金がまだよ。」
あかり「入り口の案内で見ました。子どもは、500円ですよね。」

ヒカル「お金忘れたって塔矢に頼めば、あいつタダにしてくれるぜ。」
あかり「何言ってんの!ひかると違ってあたしは、お小遣いちゃんと
もらってるんだからね。」
市川「え、何?」
あかり「いえ、何でもないです。はい500円、ここに置きますね。」

2人は席についた。
アキラ「棋力はどれぐらい?」
あかり「よく判らないけど、本人は『最強の初段』って言ってます。」
ヒカル「だから、余計なこというなって。」

アキラ「よく判らないけど『最強の初段』なの?じゃあ置き石は、
とりあえず5子ぐらいにしようか?」

プロの初段とアマチュアの初段の間には、普通はそれ以上の差がある。
既にプロレベルの実力があるアキラは、適当に手加減して互角の碁に
するつもりだった。でも、女の子相手だからと言って、負けてあげる
つもりはサラサラなかった。

あかり「置き石ってハンデのことよね?ヒカル、どうするの。」
ヒカルはアキラの顔を見た。5子はそれなりに大きなハンデだが、
普通のアマ相手には余裕である。アキラは涼しい顔をしている。
そんなに無茶な手は打たないだろう。

ヒカル「ちょうどいいかもな。」
あかり「では、それでいいです。始めましょう。お願いします。」
アキラ「お願いします。」

5子というのは60目に相当する大きなハンデである。上手は、
黒石を殺して白地を確保しなければ勝負にならない。しばらくして
アキラは、違和感を持った。

切り結んでも黒の応手には乱れというものが、まるで見当たらない。
地合いの差は詰まっているが、大きく黒石を殺してのものではない。
アキラの攻めは、巧みに交わされしのがれている。黒が囲える所を
大きく囲わず、手を緩めている。

「もてあそばれてる。」そう感じたアキラは、あかりの表情を見つめた。

アキラの視線に気付いたあかりは、あわてて顔を伏せた。彼女は
盤面よりボクの顔色ばかり窺っているようだ。ニコニコと笑顔を
見せながらどんな手にも動じない。手つきはまるで初心者なのに。

「そっちがその気なら、ボクにも考えがある。」
アキラは気合を入れ直した。

彼女の様子は、上気して頬に少し赤みが差しているものの、
相変わらず微笑みを浮かべ余裕の表情だ。

アキラは時間をかけて30手先まで読み切り、逆転する手を考えた。
黒が正しい応手を打てば逆転はないが、必死で考えなくては、
複雑な変化が最後まで読みきれるものか。

しかし彼女は一手の間違いも犯さず、最後まで完璧に打ち切った。
2目差で敗れたアキラは呆然として、彼女が席を立ったことにも
しばらく気がつかないほどだった。

碁会所を出るあかりに、市川は『全国子ども囲碁大会』の
チラシを渡したのだった。

「えっ負けた・・・?」「アキラくんが負けたのかい!?」
「2目差で」「置き碁だったんだろう?」「女の子に5子で。」
「じゃあアキラくんが手加減したんだろう?」

アキラ「2目差とか・・・そんなレベルじゃない・・・
置き碁なんて関係ない。あの深い読み・・・
彼女には、高段のプロに匹敵する棋力がある。」

市川「アキラくんが負けたってホントなの!?だってあの娘、
今まで人と一度も対局したことがないって言ったのよ。」
アキラ「一度も・・・対局したことがない?なんなんだ?あの娘は。」



[4492] 登場人物紹介
Name: Kei◆4db8a14a ID:e8c5ac92
Date: 2008/10/25 22:30
おことわり

本作品をお目に止めて頂き、まことにありがとうございます。

せっかく多くの方々に見て頂いたのに恐縮ですが、原作知識を
持たない人に読んで頂けるとは思わず、説明を大幅に省いたため
今のところチンプンカンプンなお話になっております。
申し訳ありませんでした。

いずれ、全面改訂版を発表して、ヒカ碁を知らない人が読んでも
ご理解頂ける形に改めたいと思いますが、当面はパイロット版と
いうことで、続けます。

製作意図の一つは『スパあか』です。

原作のあかりちゃんは、ヒカ碁のメインヒロインなのに、
プロを目指すヒカルが囲碁部を去った後は、チョイ役になり、
出番が減って見せ場もほとんどありません。

そこで逆行モノを思いつきました。原作の北斗杯編の最後に
最初の佐為編の頭にループするかのような表現があります。

多くの逆行モノでは、逆行者が未来の知識を元に大活躍します。

しかしこの作品では、逆行したヒカルは霊体に過ぎず、自分で
碁石を持つことさえ出来ません。取り憑いたあかりちゃん以外には、
姿も見えず声も聞こず、碁の能力以外には無力な存在です。

ですから、あかりちゃんに活躍の機会が回ってくるわけです。




登場人物紹介

藤崎あかり
葉瀬小学6年生。幼なじみのひかるくんとは、いい遊び友達だが
異性ということを意識する年頃である。なにげに料理が得意。

本作品では、ひかるの祖父である進藤平八の蔵で古い碁盤を
見つけた時、出てきた進藤ヒカルの生霊に取り憑かれてしまう。


進藤ヒカル
日本棋院所属のプロ棋士、『最強初段』の異名を取る。前髪だけ
金髪なのが大きな特徴。小学6年生の時、平安時代の囲碁棋士、
藤原佐為の霊に取り憑かれて碁を覚え、2年間でプロ棋士になる。

2年半の間、共に過ごした佐為はやがて消えてしまい、史上最強の
天才棋士であった佐為に打たせなかったことを、ヒカルは後悔した。
今は立ち直り、佐為に代わって『神の一手』を極めんと日夜研鑚を
重ねている。本作品では北斗杯の韓国戦の後、逆行してしまう。


進藤ひかる(ひかるくん)
葉瀬小学6年生、元気一杯のやんちゃ少年。体は小さいが運動が得意。
礼儀作法を知らずに育ち、口が滑りやすい。ジャンプは、毎週欠かさず
読んでいるようだ。学校の成績はかなり悪い。


藤原佐為(ふじわらのさい)
千年前の囲碁指南役。一条天皇の御前対局において、不正行為の
汚名を着せられ、失意の内に入水するが成仏できず囲碁幽霊となる。
(誰ですか?怨霊になった、なんて言ってるのは。)

800年後『本因坊秀策』に取り憑き、秀策との共同研究により
『秀策流』を完成、12年間に渡り御城碁19連勝の記録を打ち
立てた。秀策が早死した後は、秀策の愛用した碁盤で140年の
眠りにつき、進藤ヒカルによって見出され取り憑いてしまう。

碁を覚え成長したヒカルは、自分の考えた手を打つようになる。
佐為はなかなか打たせてくれないヒカルに対してわがままを言い、
宿願の塔矢名人との対局をネット上で果たし、勝利を収めたが、
自分の千年がヒカルのためにあったことを悟り、消えてしまった。


本因坊秀策(ほんいんぼうしゅうさく)
史上最強の棋士として知られる幕末の棋士。幼名は桑原虎次郎
瀬戸内の因島の出身。500枚近い棋譜が残されている。

名人の名跡を継ぐ本因坊家の次代の当主として、跡目に指名され
師匠の本因坊丈和名人の娘、お花と幼なじみ婚をしたが、子を
成さぬうちにコレラにかかり、34歳の若さで夭折してしまった。

ヒカ碁の原作では、秀策の棋譜は全て佐為が打ったとしているが、
本作品では、タイトル戦に相当する『御城碁』以外は、秀策本人が
打ったものもあるとする。秀策もまた、優れた天才的な打ち手で
なければ、『秀策流』の完成はなかったと考えられるからである。
佐為の弟子であるヒカルは、秀策の弟弟子にあたる。


塔矢行洋名人(とうやこうよう)
『神の一手』に最も近いとされる現役最強棋士。本因坊以外の
七大タイトルを総なめにしたことがあり、現在は名人、天元、
碁聖のタイトルを持ち、名人は4連覇中である。囲碁の研究に
打ち込んだため結婚が遅れ、妻子と年齢が多少離れている。


塔矢アキラ
ファンと関係者の期待を一身に集める、塔矢名人自慢の一人息子。
囲碁界の次代のホープ、小学6年生。2歳の時に碁を覚え、名人に
毎朝一局打ってもらうのが日課である。

将来、プロになることは既に決めているが、プロ試験を受けるのを
ためらっている。おかっぱ頭がトレードマーク。


市川晴美
塔矢名人の経営する碁会所、囲碁サロン「紫水」の受付嬢。
年の差も鑑みず、アキラくんに憧れるミーハーなお姉さん。
多少は碁が打てる。


北島さん
囲碁サロンの常連客。広瀬さんとはいい碁仇である。ヒカルに
厳しいのは、礼儀にうるさいためであるらしい。


広瀬さん
丸顔メガネの常連客、碁の実力は北島さんより落ちる。原作では、
市川さんにお見合い相手の世話を申し出たことがある。






[4492] あかりの碁(ヒカ碁逆行モノ)第1章第4話
Name: Kei◆4db8a14a ID:e8c5ac92
Date: 2008/10/25 23:47
帰り道

イチョウ並木を抜けて、家に帰るあかりの上に、黄色く染まった
枯れ葉が降り注いだ。ヒカルと会話しながら歩く姿は、傍目には
独り言を喋っているように見える。

あかり「慣れない事したから疲れちゃったわ。ヒカルが
『塔矢くんのライバル』って、本当のことだったのね。」

ヒカル「お前、疑ってたのかよ?」

あかり「ちょっとだけね。それでヒカル、満足した?」

ヒカル「ああ、俺が完璧に寄せきったからな。でも、ぜってー
負けたくないって、最後に来たらあいつすげー厳しい手を
連発してさ・・・小学生でも、塔矢は塔矢だったな。
ま、あいつらしーけど。」

あかり「ヒカル、すごくいい手を打ったんでしょう?塔矢くん、
途中から目つきが変わってたわよ。」
ヒカル「俺、集中してたから、あいつの顔あんまり見てないんだ。」

ヒカルは、あかりが目を細めたのを見て警戒した。

あかり「塔矢くん、優しい笑顔もよかったけど、真剣な表情で
あたしのことジッと見るの。ドキッとしちゃった。」
あかりは、うっとりとして頬を赤らめた。

ヒカル「まさかお前、塔矢に惚れたのか!?」
あかり「本当『囲碁の王子様』って感じよね。憧れちゃうわ。」
ヒカル「うー、浮気者ぉ!」

あかり「ヒカルは未来の世界のあたしと結婚するんでしょうけど、
こっちのあたしが、誰を好きになっても自由じゃない!」
ヒカル「ちぇっ、勝手なヤツ。」

あかり「塔矢くんとまた打ちたいな。ヒカもル協力してよ。囲碁のこと、
もっと教えて。」
ヒカル「お前、囲碁教室に行けよ!初心者に教えるのって面倒なんだよ。
大体俺は石に触れねーんだし。」

あかり「教室に通って碁を覚えたら、あたしも塔矢くんと打てる?」

ヒカル「舐めてんのか、塔矢はプロ並なんだぜ。大体お前、素質ないし。」
あかり「あたしって素質ないのかなあ?」

ヒカル「お前、さっき打った碁を碁盤の上に全部並べられるか?」
あかり「覚えてるかっていうこと?そんなの無理よ。」
ヒカル「プロなら4面同時に打って、4面全部並べられるんだぜ。」

あかり「ヒカルの意地悪。あたし、もう塔矢くんと打てないの?」
あかりは、泣きそうな顔になった。

ヒカル「あかり・・・判ったよ。手は俺が考えるからさ。
俺だって塔矢と打ちたいし・・・でも、俺が未来に戻ったら
お前、塔矢に本当のこと話すんだぞ。」
あかり「心配しないで、ちゃんと謝っとくから。」

ヒカル「俺はお前が塔矢と打てるようにするから、代りにお前は、
ひかるがプロになるの協力してくれよな。」

あかり「いいわ、これで協定成立ってわけね。」
あかりは手を伸ばしたが、ヒカルの腕をすり抜けてしまった。
ヒカルは、手を軽く握って形ばかりの握手を完成させた。

ヒカル「でも、俺いつまでこっちにいるか、判んないんだぜ。」
あかり「そんなの困るわ。早く塔矢くんと打つ方法を考えてよ。」

ヒカル「その前に、子どもの囲碁大会を見に行こうぜ。お前、チラシ
    もらっただろう。あの熱気を見たら、お前だって絶対感動もんだぜ。
    その後で、塔矢を待ち伏せするんだ。」

ヒカルがいつ元の世界に帰るのか、気が気でないあかりちゃんは、
早速マグネット式の碁盤を買って、毎晩碁を教わることにした。
教室に通うより手っ取り早く、囲碁に取り掛かったのである。

ヒカルが教えてみて意外だったのは、あかりちゃんが素直で
物覚えがよく、まだレベルは低いものの、筋は悪くないことだった。

ヒカル「あかりのこと、俺いつも『ヘボ』なんてバカにしてたけど、
戻ったら謝らなくちゃいけないよな。」

振り返ってみれば、未来の世界のあかりちゃんの周りにいたのは、
詰め碁ばかりやってる囲碁部長と、いきなりズルを教えようとした、
サボりがちなネコ眼の部員だった。彼らは、楽しく碁を打つ仲間
であったが、指導者としては不足であった。

そんな環境にかかわらず、あかりちゃんがそこそこ打てるように
なったのは、ひとえに偉大な愛の力の成せるわざであろう。

ヒカルは、あかりちゃんに碁を教えながら、佐為が鍛えてくれた
日々を懐かしく思い出していた。そうして、想い出に浸りながら、
あかりちゃんに手ほどきするのも、悪くないと感じていた。

1週間が過ぎても、ヒカルが急に消えてしまうようなことは
起こらず、無事に『全国子ども囲碁大会』の日を迎えたのだった。



[4492] あかりの碁(ヒカ碁逆行モノ)第1章第5話
Name: Kei◆4db8a14a ID:e8c5ac92
Date: 2008/10/25 23:27
全国子ども囲碁大会

一方、塔矢名人の経営する碁会所の一角では、塔矢アキラの周囲に
異質な空間が出現していた。連日碁会所に来ては、あかりちゃんと
打った碁を、何度も並べ直しているのだ。もしかしたら、藤崎さんが
再び姿を現すかもしれないと、淡い期待を抱いていたのである。

心なしか青ざめた表情でブツブツと何事か呟きながら、同じ棋譜を
並べ続けるアキラの姿は、近寄りがたい陰鬱な雰囲気を漂わせていた。

アキラ「この一手も、この一手も、読みきった上で緩めている・・・
まるで指導碁だ。これが本当に彼女の実力だとしたら・・・
いや、そんなはずがない。そんな女の子いるわけがない。」

アキラの脳裏に、柔らかい笑みを浮かべて、拙い手つきで碁石を運ぶ
あかりちゃんの姿が浮かんだ。


市川「変わったわね、アキラくん。」
広瀬「そう言う市川さんも、変わりましたねえ。」
市川「え?私が?」

広瀬「アキラ先生に、ついに恋人候補が現れたんだから、そりゃあ
変わりもしますよ。今まで市川さんに、恋敵(ライバル)
らしい恋敵なんかいなかったんだもの。」
市川「広瀬さんっ!!」

言われてみればこの一週間というもの、市川の化粧は丁寧になり、
髪の手入れにも時間をかけるようになっていた。碁会所に、いつ
あかりちゃんが現れても、簡単には引きたくない女の意地がある。
しかし、アキラくんとの年の差を、少しは考えてほしい。

広瀬「それにしてもアキラ先生、気の毒ですなあ。いつまでも
ここで待つしかないなんて。『○みん』じゃあるまいし。」

市川「あ、そうだ!私あの娘の帰りぎわに、今日棋院でやってる
『全国子ども囲碁大会』のチラシをあげたんだわ。」

アキラ「市川さん、それは本当ですか!!」
いつの間にか受付の近くに来ていたアキラは、強い口調をぶつけた。

市川「さして興味もないようだったけど、もしかしたら彼女、見に
行ってるかもしれないわ。」
アキラ「市川さんお願い、ボクのいない間に彼女が来たら
引き止めておいて!」

市川から情報を聞いたアキラは、いつもの目の輝きが戻り、鉄砲玉の
ように勢いよく碁会所を飛び出して行った。



その頃あかりは、日本棋院を訪れ『全国子ども囲碁大会』の会場を
覗いていた。一つのフロアの数百席あるテーブルの上には、整然と
碁盤が並んでいて実に壮観である。季節は初冬と言うのに、会場は
碁を打つ子供たちの熱気で溢れていた。

あかり「へー、こんなにいっぱい、碁を打つ子どもたちがいるんだ。」
ヒカル「驚いたか。俺もこんな世界があるなんて知らなかったんだぜ。」
あかりは会場の奥のほうへ歩いていった。

ヒカル「あ、これ打ち間違えると黒が死ぬぜ。」
あかり「え、どこどこ?」

ヒカル「ほら、左上隅の攻め合い、複雑だろう。1の二が急所だぜ。」

囲碁の格言では「2の一に急所あり。」と言って、隅の攻め合いで
1の二、あるいは2の一が急所になることは、時々起こるのだ。

あかり「よく一目見ただけで判るわね。」
ヒカル「なんたって俺はプロだからな、うん。」

黒の対局者は、しばらく考えて2の二に石を置いた。ヒカルは、
佐為が死活の急所を教えたことを懐かしく思い出していて、
あかりに注意することを忘れていた。

あかり「あーっ!惜しい。その横なのに。」
ヒカル「あっ、あかりのバカっ!声に出すな。」

すぐに係員が飛んできた。あかりは別室に連行され、柿本九段から
ありがたいお小言を頂戴する羽目になってしまった。会場では
立ち会いの緒方九段が、あかりに打ち手の間違いを指摘された
子ども達に、対局をはじめからやり直すように指示を出した。

柿本先生に平謝りして開放されたあかりが、事務室を出ると通路で
和装に身をまとった塔矢名人とすれ違った。

ヒカル「あかり、頭を下げろって。」
しかしあかりは通り過ぎて、そのまま棋院を出た。
あかり「誰だったの?」
ヒカル「塔矢名人だよ。『神の一手』に一番近いって言われてる人。」

あかり「えーっ、塔矢くんのお父さん!?なんで早く教えないのよ?
渋いわ!なんて格好いいの。」
ヒカルは呆れた。「今度は親父趣味かよっ!」
あかり「何よ、格好いい人を格好いいって言って、何が悪いのよ!」

アキラ「藤崎・・・藤崎あかりさん?」

そこに声を掛けたのは、地下鉄で駆けつけてきた塔矢アキラだった。

あかり「すごいわ!ヒカルの予言した通りだわ。」
ヒカル「やっぱり来たか。」

あかり「こんにちは塔矢くん、あたしは子ども囲碁大会を、ちょっと
覗いた所なの。塔矢くんは棋院にご用件でも・・・?」
アキラ「違うんだ藤崎さん、ボクが用があるのは、キミになんだ。」

あかり「え、あたしに!?」
ヒカル「どういうことだよ!塔矢!?」

アキラ「ボクとの対局、キミは、本気を出してないんじゃないかと
思ってね。藤崎さん、キミはプロに興味はないの?ボクは
囲碁のプロになるつもりなんだ。いや、きっとなるよ。」
あかり「え、あたしがプロなんて・・・?考えたことないけど。」

アキラ「手を見せてくれないか?」
あかり「手?」

アキラはあかりの手を取り、爪が磨り減っていないことを確かめた。

ヒカル「バカ!塔矢、手を離せ!!あかりに何てことするんだよ!」
「あたしは・・・」あかりは真っ赤になった。

アキラは、あかりの手を取ったまま続けた。
アキラ「爪がちっとも磨り減ってないんだね。それなのにキミは
あれだけ打てるんだ。キミには碁の才能がある。今から
ボクと打ってほしい。ボクは、キミの才能を確かめたい。」

あかり「あたしとまた打ってくれるのね。いいわ、喜んで。」
ヒカル「塔矢、いい加減あかりの手を離せ!いつまで握ってんだよ!」
いくらヒカルがわめいても、アキラには全然聞こえていない。

しかも良く見ると、あかりがアキラの手を握りかえして、離さない
ようにしているのだった。あかりとアキラの2人は手をつないだまま
碁会所に向かった。さすがのアキラも、ちょっと照れている。

ヒカル「おい、あかり、いい加減にしろよ!」
あかり「相互協定でしょう。ひかるが、碁を打てるようにする前に、
あたしが碁を打てるように、協力する約束だったわよね。」

未来の世界で佐為を消してしまったヒカルが、この世界のプロ棋士
ひかるくんまで消してしまうわけにはいかない。今は、あかりの
言う通りにするしかないようだ。

ヒカルは、泣き笑いの表情だ。「こいつー。」


間もなく雷鳴が轟き、碁会所に向かう2人の上に激しい雨粒が
落ち始めた。あかりは一本しか用意して来なかった傘を開いて、
アキラの腕を取った。いわゆる相合傘の体勢である。

ヒカル「おいあかり!そんなに塔矢とくっつくなよ!」

あかり「もっと寄らないと濡れちゃうわ。」
アキラ「ありがとう、藤崎さん。」

ヒカルの抗議は、あかりに完全に無視されてしまった。アキラは
照れながらも笑顔を返して、ピッタリとあかりに身体を寄せた。

ヒカル「・・・俺、失着しちゃったのかな。」



[4492] あかりの碁(ヒカ碁逆行モノ)第1章第6話
Name: Kei◆4db8a14a ID:e8c5ac92
Date: 2008/11/18 17:08
2度目の対局(前編)

 《アキラ》
「奥の空いてるところ借りるね。」

アキラに続いて、あかりがにこやかな笑顔で碁会所に入ってきた。

 《あかり》
「こんにちは、また来ちゃいました。」

 《市川》
「いらっしゃい、よく来てくれたわね。アキラくん、あなたのことを
ずっと待っていたのよ。」

市川は、あかりに少し引きつった笑顔で挨拶した。アキラくんを応援
しているとは言え、恋敵の出現には複雑な心境である。碁会所の奥に
向かう2人の背中を、少し寂しそうに見送った。

 《市川》
「今までアキラくんの友達が来た事だってなかったのに・・・
女の子を連れて来るなんて・・・」


 《広瀬》
「アキラ先生、久しぶりに活き活きした顔してますよ。」

 《北島》
「ちゃんと見つけてくるとは、さすが若先生。やっぱりこうでなくちゃ
いけねえ。若先生の沈んでるところなんざ、見たくないもないからな。」

古参の常連である北島は、アキラがいない間に碁会所に姿を現し、
広瀬と市川から事情を聞いていた、そして、いつもどおり碁仇の
広瀬と打ち始めたところだった。

一番奥の席にアキラが座り、碁盤をはさんだ手前のイスにあかりが
座った。奥の席の同じ並びには、3面離れた場所に北島と広瀬が
陣取っている。奥が広瀬で、手前が北島だ。他の席は空いている。


席についたアキラは、にこやかな笑顔で呼びかけた。

 《アキラ》
「互い先でいいよね、ボクが握ろう。」

 《あかり》
「えっ!?こんなところで・・・?」

あかりは真っ赤になりながら、もじもじと手を差し出した。そして
アキラの手を取りギュっと握ったのである。不意にあかりに手を
握られ、アキラは困った顔をした。

 《アキラ》
「ふ、藤崎さん!?ちょっと、手を離してもらえないだろうか?」

 《ヒカル》
「バカっ!あかり、何考えてんだ。塔矢の手を握るんじゃねーよ。
対局を始める時のやり方、ちゃんと教えただろう!塔矢が白石を
握ったら、お前は黒石を一つか二つ出すんだよ!」

 《あかり》
「なーんだ、そうなの。そう言えば、聞いたような気がするわ。」

あかりは、ちょっと残念そうにアキラの手を離した。

 《ヒカル》
「対局する前に、相手の手を握るヤツがどこにいるんだよ?」


将棋では『振りゴマ』で先番を決めるが、囲碁の場合は『握り』で
ある。白石を持つプレイヤーが石を握り、黒石を持つプレイヤーが
奇数か偶数かを当てるのである。アキラは気を取り直し、右手を
碁笥に入れて白石を握りこんだ。

握った石が少ないと、自分がいくつ石を握ったのか大体判るので
公平を期すため、多めの石を握るのがマナーである。といっても、
石をたくさん握り過ぎて、碁笥から手が抜けないと間抜けである。
みっともないし、第一に相手からなめられる。絶対やめよう。

あかりは、碁笥から黒石を一つ取り出した。それからアキラは、
握った石を碁盤の上に広げ、相手に判りやすく二個ずつ組にして
ずらして数えた。碁石は1子2子と数える。全部で15子あった。

 《あかり》
「当たった!あたしが黒ね。」

握った白石の数と、出した黒石がどちらも奇数だから、この場合は
そのままあかりが黒を持つ。もし奇偶が合わない時は、お互いの
碁笥をそっくり交換する。近代囲碁の決まりでは、黒石が先手になる。


 《アキラ》
「コミは5目半」

 《あかり》
「ごもく御飯!?」

 《ヒカル》
「あかり!お前、判っててわざとボケてるだろう?」

 《あかり》
「えへ、バレちゃった。」

囲碁は先手の黒番が有利である。コミ5目半というのは、勝負を
公平にするため、白番にあらかじめ与えられる計算上の有利である。
たとえば、盤面で50目対50目なら、白の5目半勝ちになる。

 《あかり》
「塔矢くん、ごめんなさい。緊張をほぐそうと思って。」

あかりは、にこやかなに謝罪した。意表を突かれたアキラも笑顔で
返した。アキラは、彼女が前に一度も対局したことがないと市川に
言ったことを思い出した。そんなことがありうるのだろうか。

 《アキラ》
「ちょっとビックリしただけだよ、藤崎さん。もう始めていいの?
キミの本当の力が知りたいんだ。今日は真剣に打ってほしい。」

 《あかり》
「ヒカル、どうするの?」

 《ヒカル》
「望むところだぜ!あの時オレは、石を置くだけで精一杯だった。」

未来の世界のヒカルは、囲碁と棋士のことをほとんど知らぬまま
佐為に取り憑かれ、行きがかりからアキラを怒らせる発言をして、
対局する破目になった。

囲碁初心者だったヒカルは、佐為の示す通りにただ石を置くしかなく、
対局を味わう余裕はなかった。だから小学生時代のアキラと真剣勝負
できることに、ヒカルはワクワクする気持ちが隠せなかった。

 《あかり》
「いいわ、じゃ・・・お願いします。」

 《アキラ》
「お願いします。」

2人は、対局前の挨拶を交わした。


 《あかり》
「ねえヒカル、どんな作戦で行くつもり?」

 《ヒカル》
「三連星で行く。」

三連星は、初手右上隅星、3手目右下隅星、5手目右辺星と星に
三連打して黒が右辺に陣を張る布石である。この作戦の別名を
『ジェットストリームアタック』と言って、この布石を打ち破るには、
ニュータイプ的な囲碁センスが要求される。

真面目な話をすると、現代の布石を取り入れたとは言え、佐為は
初手を小目から打ち始めることが多かった。プロになったヒカルは、
師匠である佐為と異なる打ち方を模索した。

棋士が超一流になるには師匠の単なる模倣ではなく、ひたむきな
研究によって、自分独自の戦法を完成しなければならない。
三連星は、ヒカルのそうした地道な努力の一つの現れであった。

ヒカルはプライベートな対局とは言え、ヒカルの翌年プロになった
学生三冠の門脇を、三連星の布石で負かしている。一色碁だったので、
盤面が白石ばかりで判りにくいが、ヒカルが倉田六段を苦戦させた
布石が、同じく三連星であった。2度目の対局が始まった。


 《ヒカル》
「おっかしいな、俺たちの対局を誰も覗きに来ないぜ。さっき
市川さんが、ケーキとコーヒーを運んできただけだ。」

未来の歴史では、アキラが強引にヒカルを連れて来て対局した時、
2人の周りを大勢のギャラリーが取り囲み、厚い人垣ができたが、
今回は、そんなことにならなかった。人の恋路を邪魔する奴は、
馬に蹴られて何とやらである。

 《あかり》
「判らないの?気を利かせたつもりなのよ。」

アキラがどんな碁を打つのか、興味津々で近づこうとする者は、
振り向いて後ろを見張っている北島さんが睨みつけ、シッシっと
手で追い払うしぐさをして、みんな追い返していたのだ。


 《北島》
「若先生の様子はどうなんだ?」

 《広瀬》
「とってもいい雰囲気ですよ。さっきなんか、2人で手を取り合って
見つめあってました。微笑ましくていいですねえ。」

 《北島》
「うーん、そこまでやるとは。さすが若先生、足が速い。でも、
市ちゃんには見られなかっただろうな?」

 《広瀬》
「市川さんですか?ちょうどコーヒーを運んで来ましたからね。
しっかりと見てたんじゃないですか?」

北島たちが受付のほうを眺めると、コーヒーカップを黙々と並べる
市川のうつむきがちな姿に、どこか哀愁が漂っていた。

 《北島、広瀬》
「・・・・・・・・・」






15Note

コミ5目半の条件では黒が若干有利ということで、ヒカ碁の連載が
終わる2003年から、6目半に増やすことになりました。ヒカ碁の
作中では5目半で統一されています。

この変更によって理論上は、白がわずかに有利になります。歴史上
囲碁は今まで長い間、黒番に有利な条件で打たれてきましたが、
はじめて白番が有利な時代が来ました。これはきっと囲碁に新たな
進化をもたらすでしょう。ちなみに中国は、もっと過激で、コミを
7目半に増やしてしまいました。

江戸時代はコミがなかったので、両者の実力を見定めるため、白番と
黒番を交代して何度も戦わせました。ハンデなしの対局を『互い先』と
呼ぶのは、お互いに、先手で、繰り返し対局したことから来ています。
しかし多忙な現代では、一回の対局で勝負の決着をつける必要があり、
コミをつけて公平にした対局を『互い先』と呼ぶようになりました。


江戸時代、『棋聖』あるいは『碁聖』と呼ばれた人物が2人います。

『後聖』と呼ばれた幕末の『本因坊秀策』と、その130年前の
『前聖』と呼ばれた『本因坊道策』は「黒番で負けたことがない」と
言われるほど強く、道策に至っては、黒番で負けた棋譜が一枚も
残っていません。コミのない江戸時代、黒番は6目ほど有利ですから、
先手のハンデをそれだけもらえば、もう負けなかったということです。

もっとも、本因坊家を継いだ道策の弟子『本因坊道知』が、道策が
黒番で負けた棋譜を残らず廃棄させた可能性があります。ただし
道策が、死ぬほど強かったのは間違いありません。

道策が御城碁で敗れたのは、相手に石を置かせた最後の2局だけで、
それも僅差でした。道策は碁が強かっただけでなく、段位と置き石、
定石と布石など、近代囲碁の基本を作りあげた偉大な功労者なのです。



[4492] あかりの碁(ヒカ碁逆行モノ)第1章第7話
Name: Kei◆4db8a14a ID:e8c5ac92
Date: 2008/11/19 01:23
2度目の対局(後編)

アキラは、右上隅の黒石に両掛かりして、右辺を荒らしにかかった。
黒に眼を作る根拠を与えず浮き石にするためだ。アキラの攻めで、
序盤からはげしい攻めあいが始まった。

 《ヒカル》
「さすがに小学生でプロ並って、言われるだけのことはあるよな。」

未来の世界のヒカルは、アキラとは碁会所でよく打ち合う間柄である。
研究の成果を披露しようと、三連星で何度も挑んだが、ことごとく
返り討ちに遭い一度も勝てなかった。成長したアキラは、囲碁界に
おける「連邦の白い悪魔」と化していたのである

ヒカルが北斗杯の予選と本戦を通じて得意の三連星を封印し、一度も
使わなかったのは、アキラに通用しない完成度では、韓国と中国の
若手棋士たちに通じないと思ったためだった。

小学生のアキラにリターンマッチを挑むのは、いささか小ズルい
と思ったが、対局の経験が多いだけにアキラの手が読みやすい
作戦であった。加えてヒカルは囲碁歴が短く、十分な打ち込みを
して実戦レベルまで練り上げた布石の種類が、少なかったのだ。


あかりたちが碁会所に来る前に降り始めた雨は、一層勢いを増した。
風雨が窓を叩き、雨水が窓ガラスに流れを作っている。


アキラが打ち込んだ白石は、ヒカルの反撃で2線に追いやられ、
黒地を大きく荒らすことは出来なかった。黒は十分な厚みを築き、
白は中央に顔を出すのがやっとである。

 《アキラ》
「つ、強い、これほどとは・・・まさかと思ったけど、前の時、
30手先まで読みきったのは、マグレじゃなかったんだ。」

一方ヒカルには、アキラの攻め手が面白いように読めていた。

 《ヒカル》
「塔矢の打つ手は、小学生の頃からそんなに変わってないんだ。
じゃあ、俺が塔矢に勝てなかったのは、経験の差だったのか。」


毎朝一局、塔矢名人と置き碁で打つのがアキラの日課だった。置き碁
では黒石を星の場所に打つため、名人の三連星への攻めを受けた
経験がアキラには豊富にあり、三連星の打ち方には自信を持っていた。
しかしアキラの攻めは巧みにしのがれ、逆に黒模様を広げられた。

塔矢アキラは、佐為をして「彼は、ただの子どもではありません。
未熟ながらも輝くような一手を放ってくるのです。成長したら
獅子に化けるか、龍に化けるか。」と言わしめたほどの俊英である。
このまま、簡単に終わるわけにはいかなかった。

アキラの顔つきが変わった。口を真一文字に結び、鋭い眼光を放ち
神経を集中し、一手一手に決意と気迫を込め、反撃のチャンスを
狙って感覚を研ぎ澄ましている。アキラが、牙を剥いているのだ。

北島たちは、そんなアキラの様子を横目で窺っていた。

 《北島》
「いけないなあ、若先生。女の子に、あんなに怖い顔しちゃ。」

 《広瀬》
「加減が難しいんですかね?勝ち過ぎたらいけないと思って・・・」

そこに、気持ちを落ち着かせた市川が、北島と広瀬にコーヒーの
お代わりを運んで来た。

 《市川》
「さっきアキラくんたちが始める時に見たら、互い先だったわよ。」

 《北島》
「若先生相手に置き石なし?とんでもない娘っ子だな・・・」

 《広瀬》
「アキラ先生も大変ですねえ。」

市川は、女の子が相手でも真剣に打つアキラの様子を見て、どこか
ホっとしていた。2人が対局そっちのけで談笑していたら、さぞ
イライラが募っただろう。アキラくんは、やっぱり囲碁バカがいい。

一方あかりは、アキラの気迫に満ちた真剣な表情を、怖がるどころか
うっとりとして眺めていた。

 《あかり》
「白くて長い指で石を打つ塔矢くんって格好いいな・・・澄んだ瞳が
とってもきれい。あんな眼で見られたらあたし、ゾクゾク来ちゃうわ。
あたしのことも、もっと見つめてくれたらいいのに・・・」

 《ヒカル》
「あかり!塔矢の顔ばっかり見てんじゃねーよ。怪しまれるだろう!
盤面をしっかり見ろよ。お前が打ち間違いしたら、せっかくの対局が
台無しになるんだぜ。」

 《あかり》
「ヒカルのけちんぼ、少しぐらいいいじゃない。判ったわよ。気を
つけて打つから大丈夫よ。」

 《ヒカル》
「けちじゃねーよ。それよりホラ、俺が教えた形が出てきただろう?」

 《あかり》
「へー、こんな形本当にあるんだ?」

 《ヒカル》
「石の形が風車に似てるから『弥七』って言うんだぜ。面白いだろう。
たまにしか出ないけどな。」

ただヒカルの指示どおりに石を置くだけでは、面白いはずがない。
あかりが盤面よりも、アキラの表情に夢中になるのも当然だった。
ヒカルは、あかりに実地の囲碁教室をしながら打たせることにした。

 《ヒカル》
「塔矢が今ツケを打ったよな。その場合はどうするんだっけ?」

 《あかり》
「囲碁の格言ね。『ツケにはハネよ。』でしょう?」

 《ヒカル》
「正解。端っこに追い立てるには、こっちからハネる一手だぜ。」

 《あかり》
「塔矢くんの石がノビたわ。格言の『ハネにはノビよ』ね。」

 《ヒカル》
「また正解。ハネにハネる場合もあるけどな。今度教えてやるよ。」

ヒカルから習った知識が、実戦に出てくることが判ったあかりは、
アキラの顔ばかりでなく、盤面にも注目し始めた。

 《あかり》
「黒石の斜めの場所に掛かって来たわ。たしかこれ、『肩ツキ』って
言うんでしょう?」

 《ヒカル》
「あかりも判ってきたじゃん。こういう時は『スベリ』って言って、
低いほうにケイマで逃げるのが普通だけど、俺はもっと大きな手を
考えたんだぜ。見てろよ、あかり。」


ヒカルの次の一手は、肩ツキに手抜きをして、天元に打つものだった。
天元とは碁盤のちょうどド真ん中、座標で言えば10の十にあたる。

まったく想定していなかった意外な手を打たれたアキラは、衝撃を
隠せずクチビルをグっと噛みしめ、あかりの顔をジっと見つめた。
あかりは笑顔を絶やさず、楽しそうに碁盤の中央を見つめている。

 《アキラ》
「これは!!ボクがどう打ってくるか、試している一手なのか?
キミには、ボクの力量を測るほど余裕があると言うのか!?」

雷鳴が鳴り響き、窓ガラスを伝う雨水の影が碁盤の上に差した。


2人の対局を、横目でチラチラと窺う北島と広瀬の手は、ほとんど
進んでいなかった。盤面がよく見えない2人は、正反対のまるで
見当違いの心配をしていた。

 《広瀬》
「とっても楽しそうですよ、彼女。アキラ先生よかったですねえ。
でも、心配ですよ。女の子を一刀両断にしたりしないかと・・・」

 《北島》
「若先生の性格なら、そりゃありうることだな。そいつはまずい。」

 《広瀬》
「手加減してうまくやるように伝えられませんかね。負けてあげても、
いいのになあ。」

よもやあの塔矢アキラが、同い年の女の子に互い先で苦戦している
などとは、北島たちには思いもよらなかった。アキラをよく知る
碁会所の他のお客さんたちも、同じ意見である。


アキラは反撃の隙を狙うどころか、一瞬の緩みも見せないヒカルの
手厚い打ち回しに、すっかり翻弄されていた。上辺を荒らされ、
固めようとした左辺にも侵入された。アキラは、冷たい汗を流した。

ヒカルはあかりに初心者指導をしながら、小学生のアキラの手を
読みきってしまった。未来の世界でアキラと数多くの対局をこなした
ことに加え、佐為に頼ることが出来ない北斗杯の経験を通じて、
ヒカルがまた一段と成長していからだった。

 《アキラ》
「ボクの手を完璧に読んで先回りしてくる。研究会に来た女流棋士
なんて問題にならない。まるで緒方さんに匹敵する手応えだ!」

アキラは右上隅の三三に打ち込む勝負手を放った。しかしヒカルの
受けは完璧で、アキラが打ち込んだ9子は、ほとんど死に石となった。
後は、コウ争いの材料として使うぐらいしか役に立たないだろう。

 《あかり》
「この9子は、後でアゲハマになるのよね。じゃあ、もう楽勝?」

 《ヒカル》
「そうだな、ここまで来たら俺の有利な形勢は動かない。でも・・・
少し勝ちすぎたかな?」

 《あかり》
「え、勝ちすぎた?」

 《ヒカル》
「俺この布石で塔矢に勝ったことってないからさ、小学生の塔矢にも
負けるかもしれないと思って、手加減なんか全然しなかったんだ。」

 《あかり》
「手数が進んじゃったもん、今から手加減なんて無理よね?」

 《ヒカル》
「そんなことしたら塔矢のヤツ、きっと怒るぜ。」

 《あかり》
「ヒカル、どうしたらいいの?」


あかりの横顔を注視していた広瀬は、その変化を見逃さなかった。

 《広瀬》
「あっ、女の子の表情が、急に変わりましたよ!」

 《北島》
「どうした!?」

 《広瀬》
「今まで楽しそうに打ってたのに、何だか悲しそうな表情に・・・」

 《北島》
「言わんこっちゃない。だから若先生、やりすぎちゃ駄目だって、
こっちは心配してるっていうのに・・・こういうときは市ちゃんだ。
コーヒーを運んで、その間に若先生に助け舟を出すんだ!」

北島は立ち上がり、あわただしく受付に小走りした。


逆転勝ちを狙うアキラは、下辺中央の黒石を攻め反撃を試みた。
しかし、ヒカルは3子を捨て石にして、アキラの大石から眼を
奪ったのである。

アキラはこのまま攻めあえば、下辺の白21子が丸ごと召し取られる
と悟り、北島が市川と相談する間に投了していた。ヒカルが天元に
配置した石が見事に働き、白の大石から逃げ道を遮断していたのだ。

真剣勝負を終えたアキラはいつもの笑顔に戻り、晴れ晴れとした
表情で、熱い口調であかりちゃんに語りかけた。

 《アキラ》
「すごかったよ、藤崎さん。同年代でボクに勝てる子なんている
わけがないって思っていたけど、それはボクの思い上がりだった。
絶対に女の子に負けるはずがないと思い込んでいた。それも間違い
だった。済まない、藤崎さん。キミを侮ったことを謝るよ。」

 《あかり》
「あたし・・・本当は・・・」

実際に手を考えたのはヒカルである。あかりは、アキラを騙して
いるようで心苦しくなった。しかし、アキラは下を向いたあかりの
顔を真剣な表情で覗き込んだ。あかりは、ドキンとした。

 《アキラ》
「藤崎さん、キミには是非、ボクと一緒にプロになってほしいんだ。
キミのことを父に紹介させてくれないか?父のことを知ってるかい?
ボクの父は、名人を4連覇しているトッププロなんだ。キミには、
父の、名人の研究会に参加してほしい。」

 《ヒカル》
「塔矢名人の研究会だって!!一度は行ってみたいよなあ。」

未来のヒカルは、塔矢門下の出世頭である緒方九段の誘いを、
アキラへの対抗心から断わってしまったが、本心では第一人者で
ある塔矢名人の、生の意見を聞いてみたかったのである。

 《あかり》
「あたしは・・・・・・行きませんっ!!」

 《ヒカル》
「あっ、あかりー!?」

 《アキラ》
「なぜだっ!?キミの実力は本物だ。このボクが言うんだから、
間違いはない!キミの才能を、一緒に活かしてほしいんだ。」

あかりは目に涙を溢れさせた。

 《あかり》
「あ、あたしは、本物じゃないから・・・ごめんなさい。」

あかりはイスを蹴飛ばすように立ち上がり、駆け出した。受付の
近くにいた北島を押しのけ、碁会所を飛び出して帰ってしまった。
一番奥の席にいたアキラは、立ち上がったもののテーブルが邪魔に
なり、あかりを追い駆けることが出来なかった。

 《アキラ》
「キミのどこが・・・本物じゃないと言うんだ・・・?」


立ち尽くすアキラを残して、広瀬は受付に向かった。

 《広瀬》
「やっぱりアキラ先生、やり過ぎちゃったのかなあ?」

 《市川》
「どうしてこうなったのか、アキラくんに事情を聞いてみるわね。
相談にも乗ってあげたいし。」

 《広瀬》
「女の子の気持ちは、正直我々には難しい所がありますからね。」

 《北島》
「市ちゃん、相談なんて本当は乗りたくないんじゃないのかい?」

 《市川》
「北島さんっ!!」


アキラが女の子に逃げられたという噂は、塔矢門下の芦原三段から
同期の冴木三段経由で森下門下に伝わり、院生の和谷くんがアキラの
ことをプレイボーイと誤解するのは、また後日の話である。





15Note

互い先の初手は、どこに打つのが有利なのでしょう。囲碁格言で
『左右同型中央に手あり』とあります。対象性から考えれば、
初手は天元打ちが有利なはずですが、実際はほとんど打たれません。

現在のプロの対局では7割以上が小目、残りが星で、合わせると
ほぼ100%になります。天元、五の五、三三、目はずしに
打たれることは、極めて稀です。他の手は、まずありません。

江戸時代は、たまに目はずしに打たれましたが、大半が小目から
打たれ、星から打ち始めることはありませんでした。

江戸時代の家元の1人である、7世安井仙知の棋譜を研究した
木谷実と呉清源は長野県の地獄谷温泉にこもり、昭和8年に
『新布石』を発表しました。2人はすぐ大手合の1位と2位を
独占し、その威力を見せ付けました。

木谷は新進打ちきり戦で10連勝するなど、低段者に容赦なく勝ち
まくり、五の五や天元打ちを見せた呉も、時事新報主催の勝ち抜き
戦で18人抜きを果たしました。

ちなみに、ヒカ碁を監修された梅沢由香里先生は、木谷実の孫弟子に
あたります。

Wikipediaによると、『新布石』とは「それまでの小目を中心とした
位の低い布石に対し、星・三々で隅を一手で済ませて辺や中央への
展開速度を重視し、中央に雄大な模様を構築することを主眼とする。」
作戦です。

近年最もよく打たれるのが、小目と星を組み合わせた布石です。初手は
絶対に小目しか打たない先生も、結構いらっしゃいます。初手星打ちは、
三三に打ち込まれる弱点があり、最近は減少傾向にあります。小目の
人気が復活すると佐為が喜びそうですね。






[4492] あかりの碁(ヒカ碁逆行モノ)第1章第8話
Name: Kei◆4db8a14a ID:e8c5ac92
Date: 2008/12/17 23:25
雨宿り

 《市川》
「本当なの!?アキラくんが本気で打ったのに、負けたって言うのは。
だって相手は、女の子なのよ?」

アキラに事情を問い質した市川は、対局の勝敗を聞いて驚いた。

将棋ほどではないが、囲碁にははっきりと男女差がある。女流棋士
で三大タイトルのリーグ戦に入った者は、まだ一人としていない。
他の大きなタイトルの本戦入りも、まだ数えるほどしかない。

 《アキラ》
「海外には、男性のトップ棋士と互角に渡り合える女流棋士がいます。
日本には、それほど強い女流棋士はまだ現れませんが、もし藤崎さん
がプロになったら、囲碁界に革命が起きますよ。」

 《市川》
「アキラくんにそこまで言わせるなんてすごい娘ね。でも、それなら
どうして急に出ていっちゃったの?」

 《アキラ》
「それが、よく判らないんです。ボクは彼女に、プロを目指してほしいと、
それで父の研究会に参加するように誘ったんですが・・・」

 《市川》
「ちょっとアキラくん、彼女にいきなりプロになるように勧めたの?」

 《アキラ》
「ええ、そうです。いけなかったんでしょうか?」

 《市川》
「当り前よ!!人には、人それぞれの事情があるの!アキラくんは、
決心がついてるから普通に感じるでしょうけど、碁の素質のある子
が、みんな必ずプロになるわけではないの。」

 《アキラ》
「彼女の素質は特別なんです。ボクが言うんだから、間違いありません!
藤崎さんほどの才能の持ち主が、プロにならないなんて、そんなことは
考えられません!!」

アキラの彼女への思い入れを聞いた市川は、深くため息をついた。

 《市川》
「とにかく、もう一度彼女に会って、話を聞いてみるしかないわね。
プロの世界のことをよく説明して、家の都合とか事情を尋ねて、プロに
誘うのは、それからよ。彼女の住所とか連絡先は聞いてないの?」

 《アキラ》
「ええ、聞きませんでした。」

 《市川》
「駄目ねえ、アキラくん。人と末永く付き合う基本でしょう?」


一方、碁会所を飛び出したあかりは、地下鉄の駅の通路で雨宿りして
いた。碁会所に傘を置き忘れたことに気がついたが、戻るわけには
いかなかったからだ。

 《あかり》
「なんて勝ち方したのよ、ヒカル!前は、上手に2目差で勝ったのに!
これじゃ当分、塔矢くんに会えないじゃない。」

 《ヒカル》
「ごめんな、でも、お前だって悪いんだぜ。塔矢に何も言わずに
逃げたりしてさ。」

 《あかり》
「だって、プロにならないか、なんて簡単に言われても困っちゃうわよ。
あたし、ヒカルにいろいろ教えてもらったけど、そんな才能ないし。」

 《ヒカル》
「お前、意外と素質は悪くないと思うぜ。」

 《あかり》
「今さら、おだてないでよ。木に登っちゃうから。」

ヒカルは、○ロンボー一味を思い出した。


しばらく待ってみたが、雨は一向に止みそうになかった。家に電話
して姉のかおりに迎えに来てもらうことになった。

高校受験を控えるかおりは、今が書き入れどきだが、ずっと缶詰に
なるのは性に合わず煮詰まっていた。あかりは、外出するいい口実
が出来たと、電話口でお礼を言われた。

迎えを待つ間、あかりは対局の素直な感想をヒカルにぶつけた。

 《あかり》
「中押しって言うの?この間の対局の半分くらいしか打ってないのに
随分あっさりと勝っちゃったわね。」

 《ヒカル》
「俺も不思議なんだ。塔矢の手が面白いように読めてさ。こんな
一方的に、アイツに勝ったことって今までないんだけどな。」

 《あかり》
「ヒカルってそんなに強いの?塔矢くんは、プロ並なんでしょう?」

ヒカルにとって、塔矢アキラは常に雲の彼方の遠い目標であった。

ヒカルは知らなかった。小学生のアキラは、父と緒方さんの後を漫然と
追いかけていたが、明確な目標を見出せず、芦原三段に負け越すような
レベルに留まり、プロ試験の受験を躊躇していた。

アキラが強くなったのは、ヒカルと言うはじめてのライバルに出会い、
父とは違う新しい道を、自力で切り開く覚悟ができたからだ。


 《ヒカル》
「結果は俺の中押し勝ちだけど、塔矢の反撃だって厳しかったんだぜ。
下辺で俺がツケた手、すごくいい手だっただろう?あれで塔矢の石が
ツブレたんだ。小学生であれが読めたら化け物だぜ。」

 《あかり》
「じゃあ塔矢くん、あたしのことをお化けみたいに思ってるの?あたし
なんかにコテンパンにやられて、ショック受けてないかしら?」

 《ヒカル》
「大丈夫じゃねーの?お前のこと、名人の研究会に誘うくらいだから。
大体さ、負けるのイヤがってたら、碁なんて打てねーじゃん。俺なんか
毎晩、イヤっちゅーほど佐為のヤツにやられて強くなったんだぜ。」

 《あかり》
「ねえ、今『さい』って言った?誰なの?ヒカルの師匠?」

ヒカルはギクっとしたきり、押し黙ってしまった。

 《あかり》
「ヒカルったら、隠し事してるの見え見えなんだから。進歩ないわね。
ヒカルがどうやって碁の勉強したのか、そろそろ白状しなさいよ!」

 《ヒカル》
「白状って、何だよ?」

 《あかり》
「思うんだけど、ひかるはあの通りジっとしてられない性格でしょう。
今のままじゃ、碁に興味を持つなんて永久にありえないわ。絶対変よ。
何があったの?洗いざらい全部喋りなさいよ。ひかるをプロにする気
なんでしょう?2人で考えようよ、きっといいこと思いつくから。」

ヒカルは逡巡したが、あかりに全てを打ち明ける覚悟を決めた。

 《ヒカル》
「・・・そうだよな。判った、お前には全部話す。長くなるけどな。」


さて、佐為自身が知らず、ヒカルにも伝えられなかった平安当時の
状況を説明しよう。

平安時代中期の天皇、一条帝は広く文芸、音楽、技芸に理解を示した。
帝の2人の正妻の一方である中宮の定子には清少納言が仕え、もう1人
の皇后である彰子には紫式部が仕え、文芸サロンの様相を呈していた。
雅な王朝文学が花開いたのだ。

彰子の父であり一条帝の摂政となった藤原道長も同様で、紫式部の元に
押しかけては、宮廷で絶賛大ヒット中の長編恋愛歌物語『源氏物語』の
新しい原稿を催促するほどであった。

当時の宮廷人の間では、和歌と並び囲碁も持つべき素養の1つであった。
既に先任の『碁師』として菅原顕忠があったが、藤原佐為の碁の腕前を
一条帝が聞き及び、2人目の囲碁指南役とした。

帝のお墨付きを得た佐為は、喜び勇んで貴族の家を次々と訪れ、
新しく出会った人々と、囲碁三昧の楽しい日々を送った。

碁が強いだけでなく、見目麗しく優しく和歌がうまく教養に溢れ、
笛や琵琶の演奏も上手い『佐為の君』はモテモテ。貴族の姫たちが、
佐為を家に呼ぶよう父にねだる有り様だった。

当時は通い婚の時代だった。佐為とて生身の身体をもつ健全な男性、
碁の指導に訪れた家で父娘に強く引き止められ、美しい姫君と囲碁
とは別の楽しいことをして一夜を過ごしたことも、しばしばであった。

佐為は、摂関家である藤原北家に連なる高貴な血筋の持ち主だった。
もし、佐為に娘が生まれ、一条帝の皇子に嫁いで男児を産み、次代の
天皇として即位することにでもなれば、『佐為の君』が『関白太政大臣』
に出世する可能性さえあった。貴族達が佐為を家に呼んで娘に会わせ、
佐為を婿に取ろうとする背景には、そんな事情があったのだ。


佐為のそんな振る舞いを、快く思わない者があった。内大臣である。

囲碁バカの佐為には、出世や栄達の関心は全くなく、碁を教えたり、
強い人と競うのが、楽しくて仕方なかった。だが、内大臣の目には、
有力貴族の間を渡り歩いて人脈を広げる、佐為の政界工作と映った。

一条帝と佐為と、時の摂政道長の弟である内大臣には血縁関係がある。
当時の権力闘争というのは、親戚とか兄弟同士のドロドロした醜い
派閥争いなのだ。佐為には、到底理解のできないことである。

やがて有力貴族の姫が佐為の娘を産み、美しくて賢いと評判が立った。
一刻の猶予もない。内大臣は先任の囲碁指南役、菅原顕忠を呼んだ。

 《菅原》
「大君、囲碁指南役は1人で十分、対局にて雌雄を決し、勝者のみを
お召しくだされ。」

内大臣から直々の密命を受け、一条帝から御前対局の許しを得たものの、
菅原は大きな不安を持っていた。腕をあげた今の佐為と、まともに勝負
したら、上手で後番の菅原は、返り討ちに遭う危険性がある。内大臣と
相談して佐為の動揺を誘う手はずを整えることにした。


対局当日、佐為は屋敷でくつろいでいた。有利な先番であり、負ける
怖れなど万に一つも考えていない。どんな手を打つか、どんな手で
応えるか、ウキウキしながら考えていた。

そこに内大臣の配下の者が押しかけてきた。対局の始まる時間はとっく
に過ぎ、帝がしびれを切らしているというのだ。佐為には、誤まった
開始時刻が伝えられていたのだ。

内大臣の手のものにより無理やり牛車に押し込まれ、着替える間もなく
内裏に連行された佐為は、咎人のように対局場に引きずり出された。

 《内大臣》
「くっくっく、かようないでたちで御前の対局に臨まれるとは笑止な。」

佐為の衣装は狩衣(かりぎぬ)といって、普段着である。宮中に参内
する時には相応しくない。居並ぶ他の貴族からも失笑が聞こえてきた。
いたたまれなくなった佐為は、恥ずかしさの余り顔色を失った。

そこに、佐為を救う言葉を投げ掛けたのは、御簾の影に隠れた一条帝
であった。帝は、碁をたしなむ時いつもしているように、今日も愛猫
の『命婦殿』を膝に抱えていた。猫を抱いていれば、対局が長時間に
なっても冷えずに済む。『湯たんぽ』ならぬ『猫たんぽ』である。

 《一条帝》
「よい、世と佐為殿の仲である。気楽にするが良い。対局を始めよ。」

帝に声をかけられ、対局を始めた佐為であったが、心の動揺は納まら
なかった。屋敷で考えておいた作戦は、どこかへ飛んでしまった。
先番でありながら中盤まで形勢は互角、いつもと違って足取りの重い
碁を打つ佐為の苦戦である。


その時、秋風に吹かれた紅葉が二葉、ひらりと碁盤の上に舞い落ちた。
佐為は手前の一葉を取り除け、菅原は自分の側の葉を取りあげた。

佐為は見逃さなかった。黒の陣地で働きを失い、無駄になっていた黒石
1子を菅原が紅葉と一緒に取り上げ、とっさに口の中に入れるのを。
佐為は、声をあげようとした。

 《佐為》
「そなた、今・・・」

しかし佐為が声を出すより先に、菅原が荒げた声を発した。

 《菅原》
「おいキサマ!今、盤上にあった石を取り上げ、口に入れたな!!」

 《佐為》
「何を言う!それは今、そなたがやったことではないか!」

 《菅原》
「ハっ!これはなんとつまらぬ言い訳、さあ、飲み込んだ石を早く
吐き出すのだ。」

立ち上がった菅原は、碁盤を回り込んで佐為に掴みかかり、口の中に
手を突っ込もうとした。

 《佐為》
「何をする!そなたこそ。」

佐為も菅原の身体を掴み返し、口をこじ開けようとした。いかんせん、
佐為は体格で劣る上、日頃碁笥より重いものは持ったためしがなかった。
菅原にのしかかられて首元を押さえつけられ、息がつまりそうになり、
完全に抵抗する力を失ってしまったのだ。

佐為の細い腕が、がくりと力なく下がった。こうなっては、菅原の
なすがまま、やりたい放題である。強く首をしめつけられた佐為の
意識は混濁して、走馬灯のように景色が浮かんできた。


 《菅原》
「さあ、吐け!吐くんだ。お前がやったんだな!ネタは上がってるんだ。
正直にゲロ(白状)したらどうだ。」

 《佐為容疑者》
「・・・それでも、私は・・・やってません。」

 《菅原刑事》
「お前には家族はいないのか。いるんだろう。早く楽になりたいよな。
なあ、すっかり白状したら、カツ丼を食わせてやるぞ。脂が乗って
ジュ-ジュ-いってる分厚いカツが乗ってるんだ。美味いぞお。」

佐為は、あふれそうな涙をこらえきれなくなった。

 《菅原刑事》
「お前がやったんだな?そうだな?さあ、吐いてしまえ。楽になり
たいだろう。早く白状した方が罪が軽くなるんだぞ。」

 《佐為容疑者》
「刑事さん、私が・・・私が・・・やりま・・・し・・・」

冤罪事件は、このように作られるものらしい。


陥落寸前の佐為を救ったのは、又しても一条帝の一声であった。

 《一条帝》
「見苦しい!静まれ!!」

佐為の首をガッチリとしめつけていた、菅原の腕の力が緩んだ。
意識が戻った佐為は、ここが御前対局の場であることを思い出した。

 《一条帝》
「世の前で、そのような下卑た行為が行われるなど、考えたくもないわ。
そのまま対局を続けるが良い。」


しかし、首を強くしめられた直後である。佐為は口がカラカラに乾き、
呼吸は乱れ、精神的にも動揺して、正しく打ち続けるのは無理だった。

御前対局に敗れた佐為は、さかしい誤魔化しをしたと汚名を着せられ、
内大臣一派によって都を追われてしまった。佐為の追放を知り、女御、
更衣、女房衆一千人の嘆き悲しむ声が都に響いた。

佐為は、屋敷に立ち寄ることさえ許されなかった。半ば咎人のように
都落ちする途上、失意の余り、自ら宇治川に入っていった。

 《佐為》
「この世に囲碁の神と言う者があるのなら、どうか私の嘆きをお聞き
ください。『神の一手』を極めんと日々精進していた私に、いったい
どんな罪があるというのでしょう。この若さで死ぬのは、あまりに
御無体。私は、もっと碁が打ちたい!まだ死ぬわけには参りません。」

一度は死を覚悟した佐為だったが、水から上がろうと、もがき始めた。
しかし、季節は晩秋である。水温は冷たく、冷え切った佐為の身体は
たちまち身動きが取れなくなってしまった。平安時代最強の天才棋士、
藤原佐為は、はかなくも悲しい最期を迎えたのだった。


当時、自ら命を絶つことは大罪とされた。佐為の屋敷では、なきがら
もないまま病死と偽り、葬儀が執り行われた。佐為を死に追いやった
張本人の内大臣は、タタリを怖れて怯え、屋敷中に香をたき込めた。

内大臣は、佐為の地位を奪い、失脚させるつもりであっても、まさか
入水するとは考えもしなかったのだ。もし佐為が、本当に権力のために
碁を打っていたのなら都落ちの屈辱に耐え、捲土重来を期したであろう。

内大臣の摂政になる野望は叶わなかった。佐為のタタリに怯え、道長
より10年も早く病死したのだ。道長は、一条帝崩御の後も政治の
中心に留まり、娘の妍子(きよこ)を三条帝の皇后として嫁がせ、
さらに威子(たけこ)を後一条帝の皇后にして権勢を誇った。

菅原は、内大臣の狼狽振りを見て頼りにならないと見限り、指南役の
職を辞して出家してしまった。

一条帝は、タタリや物の怪の存在など信じない現実派であった。入水
という当時の大罪を犯した佐為の存在を、記録から全て抹消させた。
佐為の残した和歌の数々も、詠み人知らずとされた。


佐為のなきがらは、川べりの榧(かや)の大樹の根元に引っかかり
朽ち果て、樹木の滋養となった。その大樹から生まれた榧の若木が、
数百年の後に大樹となって切り出され、碁盤に姿を変えた。

数世代に渡って打ち込まれ、幾多の人の間を渡って使い古された碁盤
は瀬戸内に伝わり、因島の桑原家のカメという女性の嫁入り道具となる。
やがてカメは長男、虎次郎を産んだ。後の本因坊秀策である。

尚、佐為の娘は成長して中級貴族に嫁ぎ、子を産んで後世に天才棋士
の血脈を伝えた。カメは、その末裔の1人である。





15Note

平安時代の囲碁は、白と黒が対角線上の星に2子ずつ置いて、白番から
打ち始めます。佐為が白を持ったのは、相手より若輩の下手だったから
です。佐為が先番なのに盤上互角ですから、菅原は相当な打ち手です。

原作で行われた不正は、自分の碁笥に相手の石を1子隠しておき、それを
アゲハマの石に混ぜて、終局したとき相手の陣地を1目減らす『寝浜』と
呼ばれる手口でした。(三谷も使ってます)先番が6目ほど有利ですから、
1目程度の不正では、佐為の断然有利は変わらないはずなんですが。
精神的な動揺が、よほど激しかったんでしょうか。

石を飲み込む不正は、天平奈良時代の学者政治家、吉備真備を主人公に
した平安末期の説話集『江談抄』の『吉備入唐の間の事』にあります。

遣唐使として唐に渡った真備は、次々と無理難題を吹っかけられますが、
物語では超人的な天才ですから、必ず解決します。囲碁を知らない
真備は、唐の名人と対局して勝たないと殺される勝負を挑まれます。

真備が幽閉された部屋は、鬼が出るという噂でしたが、現れたのは
唐で亡くなった阿倍仲麻呂の霊でした。仲麻呂は、桝目に区切られた
天井を碁盤に見立て、真備に即席で囲碁を教えます。天井には碁石が
置けませんから、ほとんど目隠し碁のようなものです。

唐の名人と互角の勝負をする真備ですが、どうしても勝てません。
ここで負けたら殺されてしまうのです。そこで使った最期の手段が、
自陣の石を飲み込んで、陣地を1目広げる不正手段でした。

『初心者』に『幽霊』が『目隠し碁』で、碁を教えて、『名人』と『命がけ』
の勝負、決め手は『碁石を飲む』。平安人の想像力には驚かされますね。
(ほった先生が、ヒカ碁の構想を練る参考にされた一冊でしょう。)


原作の佐為が狩衣姿で御前対局したのは、小畑先生が知らずに描いたの
でしょうけど、それも内大臣の陰謀だったことにしました。




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