「…えっと、何だコレ…?」
俺が最初に口にした言葉。
端的に言って訳がわからない。
「…どーなってるの…?」
疑問型の言葉しか出てこない。それ位、気が動転していた。
…んーと、落ちつこう。
とりあえず自分の行動を思い返してみる
俺は確かいつも通りに勤務明けに友人たちと飲み会。そこそこ飲んで日付が変わる前にお開き。
タクシーで自宅に帰ってきて、風呂に入って、風呂上がりのビールを堪能して、疲れてたのか、そのまま居間で眠りこけて…。
「…うん、俺は家で寝てたはず。」
自分の行動を反芻してみたが、どうにも今の状況に至る経緯がわからない。
どうやらココは森の中。しかも人が立ち入った気配のない深い森の中。太陽もはっきり見えない薄暗い、鬱蒼と茂る森の中。
「…夢遊病にしちゃぁ、ちっと派手すぎやしないかい…?」
もともと俺は夢遊病の経験なんてない。
だがしかし辺りを見回してみても森、森、森…。どう見ても森の中。
「…あー、なんだ、ドッキリ?」
なんてことはない。
「…よなぁ…。」
ひとまず立ち上がろうとして、自分の格好が普段と違っていることに、ようやく気づく鈍い俺。
「…え?…何コレ?…盾?…え?…ぅえ?」
やけに左手が重いと思ったら、盾を握っていた。ゴツイやつ。
「おいおい…。本格的にどーなってんの?」
と、ふと足下を見ると剣も落ちている。
「……………。」
……固まってしまった。見覚えのあるその剣に。
「…やっぱりコレ、ドッキリだろ…?」
落ちていた剣は、俺の記憶が確かなら、「雷神の剣」だ。ドラクエの。
剣を拾い上げ、ズシリとした感触を確かめながら、まじまじと見つめる。
「……………。」
ドッキリにしても、まぁ、素人がやるにしちゃ手が込んでる。どう見ても本物にしか見えない質感、重厚感。
この左手の盾にしてもそうだ。やたら頑丈そうだ。コレは発注して作ってもらったらスゲェ金かかりそう。
「あ、よく見りゃコレ「力の盾」だ。」
そこでまた新たに気づいたことが。
「しかも鎧は「魔法の鎧」かよ…。」
この鎧もまぁ、良くできてる。質感はさることながら、至る所にあるひっかき傷や凹みなど、まるで実戦を経験したような風格すらある。
改めて剣と盾も見てみると、剣は刃こぼれこそないが、柄には使い込んだ染みや汚れがついているし、盾にも細かいとは言えないような傷も付いている。
腰には剣を納める鞘まで。おいおいホントにイイ出来だな。
本格的だなぁ。ホンキでドラクエの世界かと思っちゃうわ。
しかし詰めが甘いな。
兜がないのだよ、兜が。
この装備に見合った兜なら、そうだなぁ、「ミスリルヘルム」が欲しいところだねぇ。
なんて思ってたら、少し離れたところに落ちてました。ええ。
「ここまでするなら、ちゃんとかぶせておけよな、もう。」
なんていいながらミスリルヘルムを拾い上げると、これまた良い出来。
しかし、少し血糊みたいなのが付いてるのが、ややヤリ過ぎな気もするが。
「えーっと、ここまでされると、ちっとばかしホンキでだまされないと気が引けるな…。」
一通り装備品やら道具をチェックしたところ、薬草やら毒消し草やら満月草、はては世界樹の葉らしきものまであった。
しかも腰袋には金貨(ゴールドなのか?)も入っていた。結構ぎっしり。
「ホント、どこまで作り込んでるんだか。」
正直呆れる。
素人だますにゃ金がかかりすぎてる。だれがこんな手の込んだことを?
友人達が…? いや、たかだか一人騙すのには手間暇がかかりすぎてる。
そこまでするような連中じゃない。結構長い付き合いだから、それ位分かる。
となると職場か?
…あり得なくもない。やたらと良い意味でも悪い意味でもノリの良い連中が集まった職場だ。
悪ノリが過ぎたのかもしれない。
何かの記念なのかと思ったが、特に心当たりはない。誕生日でもない、ましてや入社記念日などであるはずもない。
「んー、まぁ、いいか。ここまでやってくれるなら、気持ちよく騙されないとな。」
ひとまず何処からか監視されているだろうから、まずは冒険者らしく振る舞わないとな。
といっても何をすればいいのやら。
うーん。とりあえず移動するか。
しかしイイセレクトだ。俺がドラクエが好きだと常日頃から公言していたからだな。うん。
装備品から察するに、設定はドラクエ3か。それも尚良し、だ。
ドラクエは3が一番はまったからなぁ。FC版・SFC版を夜通しプレイした頃が懐かしい。
そんな事を考えつつ歩くこと暫し。少し先の森の茂みが揺れている。
モンスターの出現か?
心憎い演出だ。これは後でしっかりとしたお礼をせねば。
そんなことを考えつつ茂みを眺めていると、案の定というかゲームで見慣れた物体が現れた。
「わお!マジか!マジで『スライム』かよ!」
スゲー!スゲー!と俺が一人で興奮していると、そのスライムはぷるぷると左右に揺れだした。
「おい、スゲェな。ホントに半透明じゃねぇか。」
どういう素材で作られたのか、そのスライムは見事に青い半透明の物体に愛嬌のある目と口が付いていた。
それが自然に、あまりに自然にぷるぷると動いている。
「…うーむ、しかし良く手来ている。どういう作りなんだ?」
俺がそのスライムに触ろうと近づくと、スライムは身体を揺らす速度を速めた。
「うわ、ホントにスゲェ。なんだこれ、動力はなんだ?」
好奇心から手を差しのばしたその時、
「ぉうわっ!」
スライムは俺めがけて体当たりしてきた。完全に無警戒だった俺はモロに受けてしまった。
が、
「あー、ビックリした!何だよ!マジで動くのかよ!」
腹辺りに体当たりをくらったのだが、特に痛みはなくビックリしただけだった。
俺のその様子をみたスライムは、怯えたような顔をして一目散に林の中に消えていった。
「…え? 逃げた? …え?」
俺は呆然とスライムが逃げていく様を見ていた。そのあまりに自然な逃げ方が、あまりに不自然で。
「…作り物…だよ…な?」
ふいに過ぎる不安。
「……………。」
今の今まで、何て言うことないただの森。そう感じていたはずの森が急に別のものに思えてきた。
鬱蒼と茂る木々。光もあまり届かない。風もほとんどなく淀んだような空気。
冷静になってみればこの状態は異常だ。
俺は誰に、ここに連れてこられた?
いつ?
どうして?
どうやって?
何のために?
それに変にリアルな武器防具類。
そしてついさっきの不自然なくらい自然なスライム。
今になって嫌な予感がする。
そして、ふと浮かんだこの考え。
いや、そりゃない。あり得ない。あるはずがない。
が、否定できない。否定したいがしきれない。
先ほどのスライムがある意味決定打か。
あんな自然にあんなものを動かす技術を俺は知らない。
いや俺が知らないだけで、あーいう技術はあったのかもしれない。
だが、こんな森の中で?
足場の悪いこんな所で、あれ程自然に動き、茂みの中に逃げ隠れできるものを?
中身は何も入っていないような半透明の物体を作って操作する?
ありえない。少なくとも身近な人間に、あんなものを作れる技術を持った奴はいない。
「……………。」
やはりこれは…。
いやいや、いくら俺の妄想が逞しくても…。それは流石に…。だがしかし…。
「……これってトリップ……なのか…?」
口に出してはみたものの、自分自身信じられない。そんな夢物語が俺に…。
まぁ、正直な話、憧れはあった。あったよ。
でもそれは起こるはずがないことに対する憧れであって、実際起こって欲しいことではなかった。
冗談じゃない。トリップなんてあってたまるか。俺は現実に生きているんだ。ふざけるんじゃぁない。
「おいっ! 誰かいないのかっ!? 悪ふざけはもうやめろ!」
しかし待てど暮らせど帰ってくるのは木々のざわめきだけ。
「…おい!いい加減に…」
その時だった。またもや茂みから何かが俺に体当たりしてきたのだ。
「ぅおぁっ!」
とっさに盾をかざしてそれを防ぐ。今度の衝撃は先ほどスライムの比じゃなかった。
がしかし、やはりこの装備のおかげなのかダメージはさしてなく、尻餅をついた程度だった。
「なんだってんだ! くそっ!」
悪態をつきながら身体を起こした時、俺は固まってしまった。
「…うわぁ、団体様のお着きだぁ…。」
そこに居たのは、いっかくうさぎ×2、ああおりくい×1、おおがらず×1だった。
これは…。
普通に死ねるんじゃないか? ホンキでそう思った。
だって人間サイズの、しかも角の生えた凶悪な面のうさぎに、これまた人間以上のサイズのアリクイ、鷲なんて目じゃないカラス。
これがトリップ、ドラクエの世界なんだと強制的に実感させられた。
「…いやいや、こりゃ覚悟きめてかねぇと、あっという間に死ぬ?」
こちとら平和な日本で、平和な生活を送ってきたんだぞ?
そりゃケンカはしたことあるが、命のやり取りとは無縁の人生だったんだ。
人間相手じゃないとはいえ、自分が生き残るために他の生き物を殺すってのは…。
ま、虫くらいは殺してきたさ。ただ犬猫その他を手にかけたことはない。
「…あー、手が震えてるなぁ…。」
武器に手をかけようとした時、手が震えてることに気がついた。
情けねぇ。でもしゃーねぇわな。ここで死ぬわけにゃいかねぇんだ。
自分が生き残るために、殺す。
相手の命を奪う。奪わなければならない。
悪いな魔物諸君。俺は何としても生き残らにゃならんのだ。
これが現実なのか、何なのか。
分けも分からないまま縊り殺されるなんてまっぴらゴメンだ。
覚悟を決める。
そして鞘から、雷神の剣を引き抜いた。
すると、
「うお! なんだ、こりゃ!?」
雷神の剣が帯電?している。パリパリと火花なのか電気なのか…。
原理はさっぱりだが、何だか強そうである。
「そいえば、雷神の剣つったらかなり強い部類だったなぁ。」
今更ながらその事実に気づく。
というか、トリップでこの装備ってよくよく考えたら破格の扱いだな…。
雷神の剣、魔法の鎧、力の盾、ミスリルヘルム…。
それと俺のレベルっていくつなんだ?
レベルとか強さってどうやって調べるんだろうか…。
ま、ひとまずそれは置いておいて。
冷静に考えると、この装備なら例え低レベルでも何も問題なし、だよな。
このモンスター達から考えるに、ここはアリアハン周辺のはずだからな。
「んじゃぁ、いっちょやってみますか!?」
剣を構えてモンスターの様子を見る。
うーん、見れば見るほど凄い。ゲームがリアルになるとこんな感じなのか。
あんなのに生身で襲われたら呆けなく死ねるな。リアル日本人は。
っていうか銃でもあれば対抗できる、のか? あんなのに。
長物でもなければ対抗できないんじゃなかろうか。
まぁ、銃を持ってても、できればお会いしたくはないが。
なんてことを考えていたら、おおがらすが飛びかかってきた。
嘴で攻撃してきたんだが、待て待て。そんなの生身で食らったら身体に穴が空くぞ?
「うぉっと!」
その攻撃を自分でも驚くように簡単に盾で受け止める。
俺ってば何でこんなに冷静に動けるんだ?
そんな自分に戸惑いつつ、おおがらすに剣を振り下ろす。
「おりゃっ!」
いなした態勢からおおがらすを上から真っ二つ。
何の抵抗も感じさせずに両断されるおおがらす。
怖ろしいくらいの切れ味だな。これ。
そして真っ二つになったおおがらすはグロテスクなことに……はならず、宝石になった。
…アニメ版か、おい。
その宝石を確認したかったのだが、続けざまにいっかくうさぎとおおありくいの波状攻撃。
だがしかし、いっかくうさぎの体当たりを盾で防ぎつつ、躍りかかってきたおおありくいの喉元を一突き。
それでおおありくいもまた宝石になった。
「いやはや、雷神の剣さまさまだな。」
そんな感想を漏らした時ふと頭に浮かんだことが一つ。
「…雷神の剣って道具でベギラゴンの効果があったよな、確か…。」
お誂え向きにいっかくうさぎはABの2匹。
こりゃちょうどいいって事で試すことに。
悪いな、いっかくうさぎ。実験台になってくれ。
雷神の剣を構え、いざベギラゴンの効果を
「…って、道具で使うってどうすんだ?」
そんな固まった俺を見てチャンスと思ったのか、二匹のいっかくうさぎは同時に突進してきた。
道具として使うのがどういう原理かわからない俺は一旦防御態勢に。
がやはり、というか突進程度でダメージは受けないようだ。
盾ではじき飛ばし、いっかくうさぎたちとの距離がまた離れる。
態勢を整えた後、俺は剣を見つめて
「うーん、気合いを入れて振るえばいいのか?」
漠然と呟いただけなのだが、まるで剣が呼応するかのように電気というか火花が迸る。
「おいおい、ホントかよ?…ま、いいか。OK、やってみよう。」
まるで剣に促されように構え直し、そして気合いと共に
「だぅりゃー!」
何とも適当な掛け声で振り下ろす。
そして俺は見た。
火炎なんて言葉じゃ表しきれない、現実世界では見たこともないような、炎の濁流、迸りがいっかくうさぎに向かっていくのを。
いっかくうさぎたちは逃げる間もなく、あっと言う間に炎に飲み込まれ、蒸発してしまったかのように、その姿をかき消した。あとに残るは焼け焦げた木々と宝石だけ…。
「……すげぇ。」
やった本人が一番驚いているかもしれない。
全く予想外だった。リアルで見るベギラゴンってこんなにスゲェんだ。
こんなの持ってりゃ、敵なしなんじゃないのか。
ひとまず初の戦闘が終わった。
肉体的にはそれほど疲れはないんだが、精神的に疲れた。色々な事が一片に起きすぎた。ゆっくり整理する時間が欲しい。
ここがどこなのかもはっきりと分からないし。
それ以前にホントにトリップしたドラクエ世界なのか。
まぁ、あんなのが居るんだ。もう疑う余地もないのかも知れないが。
出現した魔物から考えるに、ここは多分アリアハン付近で間違いないだろう。
ただ、町がというか、この森の出口がどっちなのか。それすら見当がつかない。
「……ひとまず宝石を回収して、町を目指すか。」
しかし勘を頼りに町を探すしかないのが辛い。いきなり森で遭難なんてまっぴらゴメンなんだがなぁ。
あー、こんなのでちゃんと現実世界に戻れるのか。というか戻る方法はホントにあるのか。
早くもホームシックになりそうだった。