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[4602] こちらリリカルどーぞ      後日談更新
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2011/05/17 01:32
『注意』

・キャラクタの性格が変わっています。
・百合とかあります。
・独自設定とかあります。

頑張ります。よろしくお願いします。



[4602] nano01 リリカル
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/02/10 14:46





最初に感じたのは異臭だった。臭い。それもとてつもなく。
いや、これほどの異臭を感じたのは大学一年の頃に生ごみを捨てずに帰省してしまったお盆以来だよホント。
もう玄関に立った時点でワイルドスメルが鼻腔に直☆撃♪ だったからね。


「それにしても何処よここ……?」


辺りを見回すも薄暗くて何にもわからない。

いやいや、ホント、もう何これ~。いきなり異臭の中に叩き込むなんてドッキリにしちゃタチ悪すぎだよ。おらー、主犯さっさと出てこーい。
なんて事をぶつぶつ呟きながらちょいと辺りをうろついてみる。しかし目新しい物何もなし。つかさっきからなんか声おかしい。妙に高いし子供みたいな声だ。


「……いやいやない。それは無い」


ないないあるわけ無いじゃんHAHAHA☆
ちらりと身体確認。


「いやね、もうほんと……なんでやねーん」


小さく呟いた。
ホントは気付いてたよ。異臭に起こされた時から俺にはないはずのながーい髪の毛がばっさばっさ顔面に降りかかってくるしさ。それがパッキンだしさ。つか全裸だしね。そーですよその辺に落ちてた布で股間隠してますよ。マイサンも恐怖以外の理由で縮んでますよ。要するにですよ、


「子供になっちゃった☆」


しかもパッキンとか。オレ将来イケメンじゃね? キタコレー! HAHAHAHAHA☆





………にぎゃー。





01/~リリカル~





一時間経過。
いや適当だけどね。だって時計とか持ってないし。
つかなんか起きないわけ? 異臭のおかげで食欲なんて全くわかないですけど、人間ってのは喰わなきゃ死んでしまうんですよ? こんなとこで餓死とか洒落になんないってマジで。


「あ~もぉ、何でもいいからイベント起これやイベントー。もう分かっちゃってますから。あれでしょ、よくネットとかであってる憑依系とか転生物とかその辺でしょ。加減にしてよマジで。憑依なら憑依で自堕落に過ごして人生終わるからさー。
 凄いよおれの自堕落っぷりは。トイレ行くの面倒くさっかたから友達に行かせたんだけどサー俺の尿意はびんびんな訳よ。そんでもーいっかってことになってそのまま友達の部屋のコタツで漏ら―――『Please call my name』ぎょぇうぅぅっ!! ごめんなさいごめんなさいイベントなんて起きなくていいです助けてください!」


ど、どこ!?
なんか声聞こえたってマジで。
思わず頭を抱えガクブルですよ。
だって……こえーよ超こえーよ、今ちょっと漏ら―――、


『Please call my name』

「―――ひぃっ」


すげー近い。
まじ耳元すぎんだろ。耳たぶ噛めるくらいの距離だったって絶対。


「こえーよこえーよぜってーなんか憑いてるよ俺。
 ……いや、よく考えたら俺が憑いてんのか。HAHAHA☆ こりゃ一本取られちゃったなーおにいさん♪
 そーだよね。こんだけ不思議現象起きてんだから今更声が聞こえたぐらいでなに動揺してんだっての。あーもーホントもうちょっとで漏ら―――『Please look at a wrist』ほぎゃぁぁぁああ!……じゃないじゃない。このパターンはもういいや。ん、りすと、リスト…手首か?」


俺は意を決して手首を見たっ!
そこまでいくのに十秒間の瞑想と18回の腹筋を経てっ!
この身体筋肉ないから凄い疲れたっ!
声が何度か催促してきたけど俺には集中が必要だったんだっ!
そして今、俺は声の主と遭遇するっ!


バッ!


力いっぱい手首を返してみた。なな、何とそこには―――


「きも。何これ宝石?」


こう、なんていうか、金色の石?みたいなのが埋め込まれていた。
もとの身体の持ち主ろくなヤツじゃねぇな。身体に異物入れるのはピアスまでにしとけって。
それとも何か?宇宙人にさらわれて埋め込まれたんか、ん?


『Please call my name』


やっぱり喋りやがった。
もう大体分かったや。


「お前デバイス?」

『yes』

「英語わかんないから日本語しゃべってください」


いやいや、イエスくらいなら分かるよ?
けどほらやっぱ日本人だしさ。世界で一番英語がしゃべれない国とか言われてるこっちとしちゃリスニングなんて出来ねー訳で。
つか劇中は皆日本語しゃべくり倒してるくせになんでデバイスは外国語起用やねーん! みたいな。


『これで・よろしい・ですか?』

「うん」

『私の・なまえ・呼んでください』

「いや知らんしw」


さすがに失笑を禁じえなかった。
馬鹿かこいつ。
自己紹介も何も無いのに名前呼べて。


『…それなら・なまえ・ください。わたしに・なまえ・つけてください』

「え、いいの? おれってば猫拾ってきて三日間くらい名前悩んでてその間、おい、おいって呼んでたんだけど、なんかやっぱ捨て猫だったらしくて病気してたんだよね。それでまぁ病院連れて行ったんだけど名前は何ですかって聞かれて『おい』ですって答えるような男ですぜ?」

『……かかかかまいません』

「かかかかまいませんか。そうですか。
 ん~、何にすっかね。急に名前なんていわれてもなー」


考える。考える。手首に付いてるからリスト……ってのは安直過ぎるよな。
もっとこう、はっちゃけ感が欲しいね。

ゴールド・リスト。―――だめ。なんか語呂悪い。
むしろ日本語で、金手首。―――だめ。さすがにダメ。金手首、セットアップ!……言えね。
やっぱゴールド欲しいな。
ゴールド……いやゴールデン・リスト……いやいや……。
ゴ、ゴ…ゴールド・エクスペr―――、


『わたし・嬉しいです。本当なら・ここで廃棄・でした。マスターが・生きてて・良かったです』

「……ん、なに? 今考えてんだから黙っててくんない?」

『……もうしわけ・ありません』


なんだよコイツ。せっかく今すごいネーミングの神様が降りてこようとしたのに。
いつもは温和な僕でも怒っちゃうぞ。ぷんぷん。

それにしても手首と会話してる人って傍から見てどうなんだろ。
俺だったらぜってぇ生暖かい目で見るな。

うふふ、脳がやられてしまったのかい?
―――うん。僕の脳みそもうだめぽ!
あはっ☆ 大丈夫さ。そんなときの為に君の手首はついてるんじゃないか。
―――うん。僕の手首いっぱいお話聞いてくれるんだよ!
あはは。そうだねぇ、手首はいっぱいお話聞いてくれるよね。
―――うん。あはは☆

みたいな事を脳内再生しながら見守る。


『……マスター?』

「え゛あ、はい。ちゃんと考えてるようん」

『そう・ですか』

「えーと……君ってさ、融合型の、ユニゾンデバイスになるのかな?」


実は気になってた。
なんたって埋め込まれてるしね。

まぁそれだとなんか妖精?ポイのがでたりでうざいけど。
はやてはよくリィンフォースと仲良く出来たもんだよ。俺だったら絶対べちってやってるよ。べちって。だってあれ絶対キモイよ。りかちゃん人形が空飛んでるようなもんだぜ?
いやまぁ、あんだけ強力なら使い道は抜群だけどさ。


『よく・ご存知ですね。しかし・私は・ユニゾンデバイスでは・ありません』


おぉっとっとぉ? こっちは右手差し出してんですよ? おそらくだけど取り外しできるようなモンじゃないだろうから、長袖かリストバンド着用じゃなきゃ街にも繰り出せないんですよ? UFOの夏みたいなせつないエンドにはなりたくないんですよ。こんな体にしといてくだらねぇ糞デバイスだったら叩き壊して犬の餌にした後さらに犬の腹から出てきた所を豚の餌にしてやるからなキサマッ!」

『……もうしわけ・ありません』


あれっ。
どうにも魂からのシャウトが口からはみ出てたみたいだ。おちゃめさん☆


「あ、いやいいから。んで君、ユニゾンデバイスじゃないとすると何に分類されるの?」

『はい。わたしは・融合装着型の・デバイス・です』

「ゆ、融合装着型……?」

『イエス・マスター』


な、なんだこのどっかで聞いたことのあるフレーズは……。
あぁ、ダメだ。テーマソングの脳内再生が止まらないっ!


―――うばーえすべーてこのーてーでー♪―――


「りゅぅぅぅぅっ!!」

『ま、マスター!?』

「ほぉぉぉうぅぅ!!」

『おちついて・ください!』


俺は泣いた。むしろ啼いた。

ま、まま魔法少女リリカルなのはなのに、魔砲少女リリカルなのはとも言われるほど魔砲なのにっ!

いや、いやいやまて。
まさかあんなどこぞのガンダム並のビーム兵器よろしくな魔法をフリーダムな感じでばかばか飛び交うような戦場で武器がKO☆BU☆SIなんてあるわきゃないっしょ!
俺は戦闘機人なんかじゃない! ……はず。ないよね?

俺は一縷の望みを託し自分の手首に聞いた。


「あ、あの~、ちなみにセットアップ時の形状はどのようになるんでしょうか……?」

『はい。形状というのは・ありません。しいて言えば・右腕から身体にむかって・わたしが・侵食を・行います。』

「し、侵食っすか……」

『イエス。侵食・です。形状は・マスターの意思が・反映されます。すでに・わたしの・名前・決まって・いるのなら・起動確認を御願いします』

「……うん」


拳で戦うのがほぼ確定ですな。つか侵食て。
ふぅ……無理。ぜっっっっっってぇ無☆理!

あ、ああああんな白い悪魔に突っ込んで行ってる途中にスターライトなんちゃらを撃たれたらどうすんだよ。消し炭すら……。

うん…やっぱ自堕落に行こう。それがいい。
うんうん。そうだよな。原作レイプなんてダメだよなやっぱ。
幸い俺もこのデバイス作ったやつと同じでスクラ○ド好きだし(決め付け)。見た目も相当にかっこいいはずだぜウヘヘ。
俺って~カズマさんのことチョーリスペクトしてて~マジやばいっすよマジで。マジヤバですって~。うへ、うへへ」


『大丈夫・ですか・マスター。笑い方が・俗に・キモイ・です』

「おま、キモイとか言うなよな、ほんとキモイとか言うなよ! 傷つくんだぞキモイとか!」

『申し訳・ありません。ところで・わたしの名前・決まりましたか?』

「ん、おお。お前にぴったり……つーか製作者もこれを意識して作ったとしか思えん名前があるぞ」

『マスター・物知りです。わたし・マスターのこと。チョーリスペクト・します』

「ふ、ふふ、ふはははは! うむうむ、愛いやつ愛いやつ。これからもよろしく頼むぞ《シェルブリット》」

『了解。シェルブリット・登録しました。改めまして・よろしくお願いします・マスター』


まぁ……死なない程度にがんばんべ。





。。。。。





「おや、生体反応があるね…?最後の廃棄品を出したのは……二日前か」


声の主は女性だった。
十人が見たら十人とも美人というような、艶やかな美貌を持ったその人物は今コンピュータの様なものの端末の前に座っている。
とても仕事が出来そうな服ではないのだがその人物にはよく似合っており、端末のような無粋な物がなければ一枚の絵画の様。

だがその瞳。どろりと濁り、腐ったドブ川に工業用水をぶちまけたようなその瞳には当然の如く光を映しておらず、明らかに狂人のそれだった。

彼女はふんっと鼻で笑うと、


「リニス、処分してきなさい」


完全廃棄を命じた。


「し、しかし生きているのならっ」

「……リニス」


リニスと呼ばれた女性。実は彼女は使い魔と呼ばれる存在であり、彼女の主は先ほどの妙齢の美女。
本来なら使い魔に反論は許されていない。

主の機嫌が悪いのは分かっている。廃棄品。アリシア・テスタロッサの記憶を受け継ぐ事がなかったデッドコピーが存在していること自体が気に入らないのだろう。

だがリニスはさらに問うた。


「……もうやめませんか?こんな事をしてもアリシアは―――」

「アリシアが、なんですって?」

「……いえ、何でもありません。処分に向かいます」


言える訳がない。
彼女の主はこの計画に全てを賭けている。自分の命すら。

リニスはくるりと反転すると地下に向かった。
本来なら死んだはずの者を廃棄する場所。定期的に魔獣と呼ばれる大型種の獣を呼び出し『処分』させるのだがそれから生き残ったものがたまに出てくるのだ。

ソレを処分するのは彼女、リニスだ。

はぁと大きいため息をつく。思ったより自分は堪えているらしい。
アリシアを失った時はどんなことでもしてやると思ったものだが、もしかしたら自分は薄情なのだろうかと彼女は自問を繰り返す。


(ごめんなさい)


それは誰に対して思ったものか。彼女自身にも、もう分からない。





。。。。。





呪文。
呪文だよほお!
ほら、あれだよ。なのはだったら『リリカル・マジカルほにゃららら~』ってやつ。俺もそれ考えなきゃデバイスは起動できんらしい。


『決まりましたか・マスター?』

「焦らせんなって。いま考えてるから」


マジどんなのにしようかな。
『俺はやられに来たわけじゃねぇ、背負いに来たんだ。今はただアイツにこの拳をあてるだけでいい…!』とか超言いてぇ。ぜってぇ惚れるだろこれ。……うへ、うへへへ」


『声に・出ています。本当に・考えていますか?』

「お、おお」


なんかこのデバイスちょっと怖いんですけど。
あれ? このデバイスのマスターって俺だよな……?


『どうか・しましたか?』

「いえ、何でもありません」


若干考えるのに疲れた。だいたいんなモンぱっと思いつくもんかよ。俺もユーノみたいなイタチがほしい。

はふぃ~、ときんもちい~ため息を吐いたときにソレは起こった。


―――ボゥ、


そんな音がした。気がした。
目の前には何か幾何学的な模様をした魔法陣が輝いている。


「え、え? ちょ、まっ、俺何かした!?」

『術式・記録。マスター・早くわたしを・展開・してくださいっ』


シェルブリットの声が若干焦っている様に聞こえる。
ちょ、まじでやばい……?

えーと、えーと!
マジで思いつかんぞ!!

そうこうしている内に魔方陣の中にヒトガタが現れた。


 たたかう
 まほう
 どうぐ
 にげる



 たたかう
 まほう
 どうぐ
 ⇒にげる


現れたのは美人のねぇちゃんだったのだが、如何にも俺の本能と右手の唯一の武器が逃げろといっている。
っち。なんか腹立つけど逃げなきゃたぶん……死……?


「う、わ……っ」


想像した途端に背中を駆け巡る悪寒。
俺は猫みたいな瞳をしたねぇちゃんに背を向け一気に駆け出した。


「っくしょう! なんだありゃ!?」

『わたしと・マスターは廃棄品・です。おそらく・処理・実行しに・来ました』

「なんだそりゃ! 自堕落生活は何処いった!?」


後ろを振り返るが急いで追ってきている様子は無い。
その代わりに俺のぺたぺた裸足で走る音とカッカッという硬質な足音だけが聞こえる。

こ、こここえーよ!!
冗談じゃない!


「くそっ! 何かアイツを撃退できる魔法は!?」


走りながら問う。
俺に残された生存フラグってそんなもんじゃね?


『その前に・わたしを・起動・してください』

「だぁ、そうだった~」


ちくしょうめ。
つか疲れてきたぞ。マジ体力ねーなこの身体!


「はぁ、はぁ、きっつ」


こんなに走ったの高校以来だ。
と、とりあえずあのねぇちゃんは……おろ? 足音聞こえねぇな。まさか撒けたのか。


「ふ、ふふふ……」


雑魚が! 子供のこの俺にすら追いつけないカスがっ!
今こそ、そう今こそあの台詞を言う時!


「残念だったな猫目のねぇちゃん。
 お前に足りなかったのはッ! 情熱思想理想思考気品優雅さ勤勉さっ! そして何より――速 さ が 足 り な い !」 

「あらそうかしら?」

「……ですよねー」

『バカ・ですか・マスター。マスター・バカ・ですか……?』


はい。ビシッと暗闇を指差してる俺の真後ろに居ますよ、と。
それとシェル、馬鹿って言うな。聞くな。聞かれたら認めるわけにはいかないじゃないですか。


「あなた、随分変わったわね。廃棄される時は人形みたいだったのに」

「あ、はは。まぁ男の子って三日合わなかったら活目してみなきゃなんないらしいですよ?」

「……頭も悪くないみたいね。致命的な欠陥品だったのにね」

「いやぁ、そんなに誉められると」


照れちゃうジャマイカ。何を隠そう俺はシャイボーイ。
だ、大丈夫かな。顔赤くなってないかな。こんなに暗かったらどっちにしろ見えねっか。


『誉められて・いません』

「それにデバイスとの関係も上々みたい」

「あ、こいつシェルって言うんスよ」


ず、ずいぶん難しい顔してるな。どうやって殺そうか迷っているのか。
死にたくねぇ。切実に。


「生きたい?」

「え、まぁ……どっちかというと」


あぶねぇ。引っ掛けだろ? 速攻で食いつくようじゃダメーとかそんなんだろどうせ。
くくく、よんでるよ☆


「どっちかっていうと、か。……やっぱり実験体なんてそんなのもよね」


U☆RA☆ME♪


「いやいやいやいやいや!! かなり、かんな~り切実に生きたいです! 俺の生存本能がびんびん働いてます!」

『必死な・マスター・カッコイイです』


だろ?


「そう……。でもあなた、最終調整の直前だったからこのままじゃ十年もたないかもしれない。それでもいい?」

「HAHAHA☆ そんなもんどうでも―――ってなにぃ!? ダメじゃんそれ!
 え、え~とつまりこの身体が五歳……くらいかな? つーことは俺十五歳で死ぬの!?
 無理無理無理無理無理! ぜーったいダメそれ! そこからが一番楽しい時期じゃん! どーにかできないのそれ? つかやってよ最終調整! 今すぐに! さぁ、さぁさぁばっちこーい!!」

『……マスター』


そこ、かわいそうな人を見たリアクションをするんじゃない!
お前も死んじまうんだぞ!? 俺の活き活きしている姿を見たくはないのか!? 俺はそんなに早く死んでやるつもりなんてない!!


「ごめんなさいね。培養層は対を成す形でひとつしか空いてないの。だから、出来ない。いま入っている素体はやっとたどり着いた完全オリジナルクローンなのよ。」

「ク、クローン。もしかして俺もクローンすか、クローン人間すか…?」

「ええ、そう。作った目的は違うけどあなたのDNAパターンはオリジナルを基にして作ってある。あなたを作った目的は―――」

「ああ、いや、いいです。聞かなくてもいいです」

「……」

『マスター・お気を・たしかに』

「ん? ああ、だいじょぶだいじょぶ」


なんなんだシェルのやつ。
まさか俺が気を遣ったとでも思ったのか。

だとしたら甘いなんて甘いんだ。毎日塩水に右手を漬け込んでいいほどに甘すぎる。
俺が製作目的を聞かなかったのはある程度予測できるのと「聞いちまったら生きて帰すわけにはいかねぇ」って言わせねぇためじゃい。
このくらい予測しろよな、俺のデバイスなんだから。

大体猫目のねぇちゃんもしゃべり過ぎだっての。優秀そうなやつに限ってどっか抜けてんだよな。それに引き換えこの俺☆ この限りなくパーフェクトに近いbody。さらには猫娘の策を見抜く頭脳。もうね、完璧すぎる自分が怖い…。ふは、ふははは、はーっははははは! 人がゴミのようだっ!」

『お口は・パーフェクトでは・ありませんね』

「…そうみたいね」

「……あの、どこらへんから…?」

「毎日塩水、くらいかしらね」





……にぎゃー。





。。。。。





「それじゃ、送るわよ。いいわね?」

「あ、やっぱもう一回くらいおしっこ……」

『マスター。これで・三回目・です。余りに・残尿感がある場合は・病院・行くの・勧めます』

「やかましいわ!」


結局俺は逃がしてもらえるみたいだ。名前は教えてもらえなかったけど、ま、十中八九リニスだろ。何となく猫っぽいし。
んでもって俺はアリシアクローンα版ってとこか。

何故か男だが。
……本当によかった。神様有難う。これでおてぃんてぃんもげてたら僕は死を選んでいました。


『ま、マスター・子供なのに・とても・ご立派・です』

「ああ、俺も始めて見たときはびびったモンさ。やっぱり日本人のとはぜんぜん違うな。……すごいだろ? ―――この髪の毛」

『イエス。肌触りも・滑らかで・とても気持ち・いいです』

「……早くしてくれない!?」

「はーい」


フェイト……。
フェイトか。アイツは俺の妹になるのか。くくく、会うことがあったらたっぷり可愛がってやるぜ!
頭をなでる程度じゃおさまらねぇ。いっしょにショッピングとかペットショップにもいってやるっ!
自分で自分が怖いぜ。


「それじゃ、送るわよ?」

「はい」

『お願い・します』


―――パキィィィイイン


少し耳障りな音と共に魔法陣が構築された。先ほど見たのとはまた別物のようだ。大きさもちょっとデカイ。


「有難う御座いました」

『術式・記録しました』

「ええ、それじゃあね」


ふわりとした一瞬の浮遊感。
魔法陣が強く発光し次の瞬間―――、


「っあ」


リニスが消えた。
いや、俺が空間転移したのか。いやいや、すげーわ魔法。飛行機いらねぇし、日帰り海外旅行も夢じゃない。

うん。フェイトと行こう。ヤツは愛情に飢えておる。くくく、注いでくれるわ!

……で。


「何処よここ」

『ミッドチルダ・です』

「森じゃん」

『森・ですね』

「また暗いし」

『夜・ですから』

「……とりあえず、火おこして寝るか。全部明日からしよう!」

『やらない人の・謳い文句・ですね』

「やかまC!」

『イエス・マスター』


こんな感じで俺のリリカル生活スタート! すごい強そうな死亡フラグ立ってるけどねっ!

へ、へへへ、もうヤダ……。







[4602] nano02 卒業
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/06/12 03:59
今日はミッドチルダ第三魔法学校卒業式だ。
実は俺、今日卒業なんだ。

え、展開早い?
そんなもん知らんとです。
こっちに来てからなんて……その間あったことなんかテメェの脳内で補完してればよかとです。こっちは着々と寿命が縮んでて正直ドキドキとです。
偉い人と右腕に憑いてるふざけたデバイスにはそれが分からんとです。


『マスター。早くしないと・遅れます』

「わかってるよ。あえてゆっくり準備してるの」

『……理解不能。なぜ・ですか?』

「こう、何ていうの?


―――今日は卒業式なのにアイツはまた遅刻か!?

―――どうするんだよアイツ…。もうすぐ名前よばれちまうぜ!

―――ガラガラッ! あ、これドアが開く音ね。

すみません! 遅れましたー!

―――まったく!さっさと壇上に上がれ、お前の番だぞ!

―――あはは☆ 何やってたんだよ!心配したんだぞぅ!

―――ははは☆ 私は絶対来るって信じてたZO♪

ごめんごめん。来る途中にすごい荷物持ったおばあちゃんがいてさ☆

―――こらぁ! さっさと卒業証書を受取にいかんかー!!!


……みたいな青春の一ページを送りたくてさ」

『ありえ・ません。まず・マスターは・飛び級に・飛び級を重ねているので・そのような・フレンドリーな友達・いません。第二に・どのような・困難な状況の・老婆が居ても・マスターは・見てみぬふり・します』

「……お前さ、おばぁちゃんの方はまだ良いけどさ、友達居ないとか、ホントお前、お前、ホント……」


この右腕引っこ抜いたろか?

認めたくない。すごく認めたくない。すっごく認めたくはないんですがっ!
……事実なのです。
うん。神様って残酷だよね。いやわかるよ? 確かに十七とか十八の中に九歳のガキが居たら確かに敬遠するだろうさ。

しかも何かあの学校のやつらって皆本気なんだもん。すっごい真面目に勉強してるやつらばっかだもんね。
いくら管理局に就職したいからって昼休みすらガリガリベンベンしなくてもねぇ……。

まぁ話したら普通に返してくれるんだけど、なんか硬い。
こないださ、“やっと卒業だねぇ”なんて気さくに話しかけたら“そ、そそおそそそそそっそそそそそぉい!!”って言われたもんな。
もう何がなんだか……。

―――そぉいっ!!





02/~卒業~





『卒業生の皆さん、卒業おめでとう! なんたらかんたらうんたらかんたら、本当に皆さん、おめでとう!』


立ち上がり、一礼。
あれだよね。長いよね何処の学校も。もう卒業証書もらったんだから帰りてぇんだけど。
だって立ったり座ったり繰り返してるからもう何か……あれだよ、あれ。わかるだろ。なんかウダーってなる感じ。


『続きまして、本年度最優秀生徒のユーノ・スクライアさん』

「はい!」


水橋ヴォイス。

そうなんだよね。居るんだよね、ユーノ。
もうよく覚えてないからはっきりとはわかないんだけど原作でもこうだったのかな?

しっかしリアルで見るとすごいよ。
めっちゃ可愛い。鬼可愛い。このまま育たなければ普通に、アッ――! が出来るくらいに可愛い。

いや別にそんな趣味ないよ。けどあの声であんな外見しやがって。反則ってヤツさ☆


「なんたらかんたら~うんたらかんたら~」


しかも最優秀生徒って事は原作より弱いことはないだろ。うんうん。よくやったぞユーノ。後で似非うどんおごっちゃる。

実は俺、ユーノと意外と仲良いんだよね。えへへ。おんなじ九歳で高等部まで上り詰めた同士だし。
まぁ絡むのはいつも俺からなんだけどさ。話ししてる時とかに急に逃げ出すんだよね。あんまりじゃね?

……あれっ?クラスメイトからは半無視で唯一の友達だと思っているユーノはあんまり絡んでこないって……も、もしかして俺きらわれ……ないない。ないよね。うん。ない、はずだよね?

そんなまさか、そんなこと。


「御清聴、有難う御座いました。生徒代表、ユーノ・スクライア」

「ぐずっ、ぅぅ……」


やべ、涙出てきた。
お、俺、嫌われて、ないよね、ね?
やだよ俺、こんな友達が一人も居ないで学校卒業するのなんて。


「お、おい。「黄金《きん》」が泣いてるぞ…!?」

「うわ、マジだ。すっげー、マジすげー!」

「きゃー、すごいすごい! シャメっとこ☆」

「すごくいいもの見れた…♪」

「いっつもクールですごい話しかけづらかったんだけど、やっぱり数々の発言どおり情熱的な子なのね…」

「当たり前じゃない!
あの娘、じゃないあの子…でもない、あの漢《こ》に充てられてハートが熱くなった人が何人居ると思ってるのよ!?」

「まぁね…かく言う私も彼の発言に充てられてリンカーコアの底から熱くなった一人よ」

「うふふ。わたしも☆」

「はは、俺もだよ」

「わたしも!」

「オレもさ!」


なんか周りがごちゃごちゃ言ってるが俺にはさっぱり聞こえない。
ただの一人も友達といえる者が居ないという事実。そいつが俺の心のプロテクションを突き破りリンカーコアまで達した。
まるで決壊したダム。涙、塩辛い。


「ユーノ・スクライアさん、有難う御座いました。
 続きまして……ん、ごほんっ」


ぐずっ、すんすん……あ、やべ、鼻水。
……ん? 卒業式終わった? だったら早く帰りたいんだけど。もう不貞寝するもん。


「え~、続きまして……、

 彼は言いました。
 AAランクに認定されている実技教員、デスサイズ・ヘルカスタム氏のスパルタ指導に膝を付きそうなとき…。

 『こんなチンケな俺にも、すぐに諦めちまう俺にもくすぶってるものがあるのさ……意地があんだろ、男の子にはぁ!!』

 彼は言いました。
 詳しくは語りません。ちょうど半年前、誰もが記憶しているあの事件。

 『それが、お前達の理屈か! その理屈で俺の道理は覆せない! 俺にはわかる。俺の中にある何かが、お前たちを悪だと確信させる! ……ああ、そうだっ……! お前達は、悪だ!!』

 彼は言いました。
 選択授業、サバイバル演習。魔法使用禁止という過酷な状況下の中、一週間の無人島行き。もちろん道具なんて何もない。着の身着のまま放り出された僕らは途方にくれた。そんな中、彼は…。

 『一度こうと決めたら、自分が選んだんなら決して迷うな。迷えばそれが他者に伝染する。選んだら進め。進み続けろ』

 彼は言いました。
 管理局の試験に二度落ちた僕は、もう無理だと思った。人生に価値なんてないと思った。だけど彼は…彼は言ってくれたんだ…!

 『できるできないが問題じゃねえ! やるんだよっ!!』

 ……この学校で彼を、あの漢を知らない人が居るはずがないっ。
 彼の言の葉に触れた者は、男も女も、子供も大人も、老人も老婆も、動物や植物でさえも熱くさせる。……そんな彼をっ、知らない人が居るはずがないいいぃぃぃぃ!!」


ぐほっ!
ちょ、どうした司会進行、大丈夫かお前? 鼻水吹き出たじゃねぇか!
珍しくブルーはいってんのに笑かすんじゃねぇよっ。どっかで聞いたことある台詞ばっかじゃねぇか!

ん? てかあの司会なんか見た事あんな。

どこだったか……え~と、う~んと。
……そうだそうだ。なんか管理局の試験落ちたから自殺するとかほざいてたヤツだ。

バカかと。クソかと。思いましたよそりゃ。
就職活動で二回ダメだったから自殺て。どんだけエリート思考やねん。だから言ってやったんだよね。

『できるできないが問題じゃねえ! やるんだよっ!』

ってさ。

ふぅ……。
全部俺のことやんか。
カズマさん達の台詞パクってただけなのに、ごめ、おれ、おま、憶えてな(ry


「可愛い顔に気をつけろ。彼は触れた物を滾らせる! 言わずと知れたその右腕! 彼はこう呼ばれる……。
 『黄金《きん》』『ケモノ』『666《ナンバー・オブ・ビースト》』。……どれもこれもが彼を的確に捉えている。だがあえて、あ・え・てこう呼ばせてもらおう!

 『シェルブリットのディフェクト』!!

 貴方こそ式の最後を飾るにふさわしい!! 壇上へどうぞ!!」


はん? 何アイツ何かキモイんだけど?

てか最後とかお前が勝手に決めんな。学長にしゃべらせてやれ。行くわきゃねぇだろ。だろ?

……。
……、……。
……、……、……。

え、何で教員は注意しないんですか?

あの司会進行オカシイですよ。学長にしゃべらせない気ですよ。早く捕まえてもう一年くらい勉強させたほうがよくはないかい?
いやいや、教員、ちょ、マジ教員w

……。
……、……。
……、………、……。


まじで?
ホントにやるんですか? そうですか。知りたくもなかった事実(友達いない)に気付いてブロークンはぁと♪な僕にそんな仕打ちですか。

はぁ。仕方んなかのぅ……。

ゆっくりと立ち上がりながら、もちろんその際に少し残ってた涙を払うのを忘れない。

うぅ、し、視線が突き刺さる。皆が、全校生徒+保護者たちまでもが俺を見ている。みんなこっちみんな!
き、きききき緊張するぜ! なんだっけなんだっけ、手のひらに書くのはなんだっけ!?

ゆっくり、ゆ~っくり壇上へ上がる。少しでも時間を稼ぎたい。

第一なにしゃべりゃいいんだYO!?んなもんな~んも考えとらんバイ!?

マイク……。
つか何なんだよこの形ってよー。卑猥なモンしか思い浮かばない俺はもうダメなのか。
いやそんなはずはない。誰しも一度は女性アーティストが歌っているのを見てヤラシイ想像をするはずなんだ。

ボンボン。
マイクチェック。うん。ばっちりだね。


「あ、あ~。まさかこんな所に上がるなんて考えてもいなかったです。先ほど紹介に預かったディフェクト・プロダクトです。妙な名前ですがよろしくお願いします。ん、こほん」


私語の一つもねぇじゃんよ。マジつらい……。ホント涙出るって。


「俺は九年しか生きていないです。この学校に来て二年しかたっていないです。それでも言ってもいいのなら。
 この先、僕を含めて皆さんは様々な困難にぶち当たっていくと思います。それは魔法の才能でもそう、頭の良し悪しもある。さらにただ単に顔の造形が美しい物が有利になるなんて事は社会に出る者にとってザラにあるので覚えておいてほしい。……です」


にわかに会場が、主に来賓席のほうがざわめき立つ。
ガキの癖に何騙ってんだってところでしょう。はい。僕もそう思います。


「……しかし、それが何でしょうか? これは僕の自論なのですが……。
 魔法の才能? そんなもの努力で埋めろ。埋まらないなら策を使え。罠に嵌めろ。相手の才能に胡坐かいて伸びまくった天狗っパナを叩き折ってやってください。
 頭の良し悪し。やっぱり何処の世界にも理解できないような天才という物は居るものです。こちらが一週間かけて覚える物を一日で覚えたりします。正直やってられません。僕が知ってる中でそんなのが三人ほど存在してます。だから僕は利用します。活用します。うまく使います。天才なんて良い様に使ってやればいいんです。相手だけでなくこちらにも美味い汁が流れてくるように上手くやってください。
 顔の造形。正直、男性女性変わらず美人は特します。僕はよく女の子に間違えられてお菓子のおまけなんかもらいます。美形、美人はむかつくでしょう? イケメンが女はべらせてたら殴りたくなるでしょう?」


なるぞー! という声が聞こえた。それにあわせ笑い声も。
おお。なかなかいい雰囲気。保護者側は相変わらずだが……。

こわ。後で呼び出しとかないよね?


「合いの手有難う御座います。こほん。それでですね、殴りたくなったら殴ってください。顔面陥没させてイケメンを撲滅してください。そしたら皆モテます」


うぇ、ウェイト! 保護者ウェイト! もう本題に入るから、こっちくんな!


「ま、結局何が言いたいかというと」


会場をにらみつけた。
途端に静まり返る会場。保護者の足も一時止まった。早く言わなきゃ。絶対アイツ乗り込んでくる気だって。


「―――俺の目の前に分厚い壁があって、それを突破しなければならないなら俺は迷わずこの力を使う。
 才能のあるなしも関係ぇねぇ。ただ真っ直ぐに突き進む! その為の力で、その為の拳だ! 今の俺には、お前らには、立ち止まってる暇なんてねぇ!」

『はい!!!』『ぅおっしゃあああ!!『熱い、ぜぇぇぇえええ!!』


一同が一気に活気付いた。
怒涛のような歓声が会場を包み込む。
づんっ、と頭の奥に響き、それでいて不快ではない本物の歓声。

の、ノリ良いじゃないか皆。くそぅ、もっと早く気付いていれば友達も出来たろうに!
えへ、えへへ。も、もうちょっと調子に乗っても良いかな……?

俺はマイクをスタンドから外し硬く握った。


「刻んだぜテメェらの声! だから今度はテメェらが刻め!! 『強請るな! 勝ち取れ! さすれば与えられん!』、どうだテメェらぁあ! 刻んだかァアア!!」


バっとマイクを会場に向ければ、


『■■■■■■■ッ!!■■■■■■■ッ!!■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!』


会場の声はもう何を言っているのか正確に聞き取れない。

皆が口々にアドロックの言葉を言っている。それしかわからない。アンタ本当に英雄だぜ!
それにしても俺は天性のパフォーマーかもしれん! す、すごく……きぃんもっち良い良いいい良いいい良いいい!!!

やばいぜこいつぁ……、く、クセになっちゃぅぅう! びくんっびくん!


「コイツをテメェらの魂に刻んどけぇ!!」


俺はマイクを天井に届くかというほどにブン投げた。くるくると回転しながら、宙を舞うマイクを両の瞳で睨み付ける。
瞬間、


「これが! この輝きが―――!」


バシュッ、とマイクが一息に分子の塵へと分解された。窓から入り込む太陽光のせいでキラキラとした残滓を残し、黄金に輝くソレは会場全体に降り注ぎ、


「俺と! お前達の! か が や き だぁぁぁァァアアア!! セットアップ! シェルブリットォォオオオ!!!」

「イエス・マスター。セカンド・フォーム・起動します」


高く突き上げられた俺の腕に集約され、黄金に輝く右腕と成った。
それと同時に顔の右目の下、右瞼の上、それから額の右半分に向かい、髪の毛を一房、二房巻き込みながら鋭角的な面のような物が構成される。
さらに背面。これまた右の肩甲骨に浮くように構成されたのは、丸みを帯びた出来損ないの翼。

その姿は。
誰かが言った。
黄金の、獣。


「もっとだ! もっと!! ―――もっと輝けぇぇええ!!!」


拳に力を入れれば手首に付いている拘束具が吹き飛び、腕の上をジグザグに走ったジョイントが開放される。
手の甲でも同じ様に閉じていた丸いジョイントが開ききり、その真中では黄金光が廻る。

俺はリンカーコアから魔力を搾り出し、手の甲で廻した。俺の魔力。フェイト・テスタロッサのものと同質。
だったら当たり前のようにそれは黄金で。

ぐんぐんとチカラが溜まってゆく。それはもう暴発寸前まで。

も、もうちょっとだから耐えて俺の右腕!ここまでやっちゃったんだから最後までかっこつけさせて!? ね、ね? お・ね・が・い♪

―――ギュゥゥウウンッ!

お、おおお、おおおおお!!! こ、こやつ反逆するつもりか!?
なめんなテメェ。俺の右腕のクセしやがって。テメェが言う事聞かなかったら九歳にして精通が来ている俺の夜のお友達はどーすんだ!


―――リィィィィィィイイイイイインッ!


きた。
ここだ。このタイミングでっ、


「シェルブリットォ……ッバァストォォオオオ!!!!」


放つのは指向性を持たない純粋な魔力。まったくの無害。ただの大きな、黄金の花火。
マイク分解時とは比べ物にならない光が会場にいる全員に叩き込まれた。
誰もその光《魔力》を防ぐ者はいない。皆が皆、全てを受け入れた。

金色の雪が降り注ぐ中、音はなくなった。

あ、あれ? 結構ウケると思ったんだけど……やりすぎ? やりすぎたの俺? あ~あかんあかん! 嫌な記憶が浮かび上がってくるぅぅ。思い出したくもない。あれは俺が大学二年の頃……。

はっ! じゃないじゃない。え、えと、とりあえず、


「卒業、おめでとう御座います!!」


だよね……?

……。
……、……。
……、……、……。

なんで誰もしゃべんないん―――、

そして、怒号が轟いた。いや、怒っているわけでもないので怒号じゃないかも知んないけど、とにかく、何もかもが消えて失せるくらいの声が聞こえた。
もう、声じゃなくて音。爆音、轟音、ジェット機が目の前を通っていますといっても信じられるような、そんな声。耳に飛び込んできたのは本日最大の歓声だった。卒業生も、在校生も、教員も、来賓も全てが叫んだ。

つか狂ってる。もうね、なんか、すごい。
よく人気バンドのライヴなんかで失神する人が出るって話、俺 いくらなんでもそりゃねーよって思ってたんだけど今なら十分信じれるよ。うん。


「正直、ちょっとヒくわ」

『自分で・やっておいて・何・言ってるんですか』





。。。。。





「あはー。いやいや面白かったよあんた等の卒業式!」

「そうですか。それはよかったです」

「なんだよぅ、不機嫌だね」

「ええ。あの後なんか皆キマっててもみくちゃにされましたから」

「良いじゃない。慕われてるって事さ」


あの後はひどかった。
もうホントぐっちゃぐちゃ。俺が着てた制服なんて原型とどめてないしね。皆が皆何かしら持っていこうとすんだもん。残ったのは股間に貼り付けてるトランクスの破片だけ。YATTA! YATTA!

まぁ、ふざけんなと。全裸にされて胴上げとかマジないから。何処の民族ですか。もう俺の身体、自分で見た事ない場所まで衆目にさらしましたよ。保護者とかビデオ回してたしさ。俺の肛門が、肛門が!

俺、オワタ。


『マスター。身体・痛く・ありませんか?』

「痛いに決まってんでござろうが!」

『お気を・確かに』


そう。痛いのだ。そらもう全身が。すごいよ今の俺。全身歯形とキスまぁく♪とモミジまみれ。テンション上がりすぎたやつらから普通にビンタもらったからな。あいつら顔覚えた。色々終わったらケツにションベンしてやる! 男も女もかんけぇねぇ! 俺の! この俺の太くて硬いビッグマグナムをぶ ち こ ん でやるぅぅぅううああああああ!!!」

「アンタ……男色の気でもあるの?」

『声が・出ています。持ちネタに・しないで・ください。
 付け加えるなら・マスターのは・ビッグマグナムでは・ありません』

「な、ななな何だとテメェ! いやいやいや、いい、いい! 言うなよ。それだけは許さん!」

「ふふっ、なんだ、デリンジャーサイズ?」

「アッ―――!! 何てこと言うんですか!? 見ても無いのに適当言わんといて!」

「何言ってんよ、ガキのクセに。で、そこらへんどうなんシェル?」

『イエス。マスターは……「あーあー、聞こえなーい!! モガゥッ、モガ、ふんむ~、む~む~!」』

「で?」

『マスターは所謂……波○砲クラスです。』

「は、波○砲?」

「もがぅ……」


ちょ、息できないっ……! 死ぬって普通に、あ、意識が……。


「…よかったね。波動砲らしいよ? ……ディフェクト?」

『呼吸困難』

「……。……ちょっと見てやろ。
 ―――う、わぁ。ガキのくせしてこんな、うわぁ……ひゃー」

「成長が・楽しみです」

「うわぁ……うわぁっ……」





。。。。。





セブン・システル。
俺が今現在世話になっている人。

『無銘』のデバイスマイスター。

普通、自分の作ったデバイスにはマイスター自身がそのデバイスの名をつけ、さらに自分自身の名も目立たない所に掘り込むのがミッドチルダでの通例らしい。
しかし彼女は自分の作ったデバイスに銘を享たない。授けない。だから無銘。

―――コイツがどのように成長するかはアンタ次第だよ。

彼女はデバイスを作り、買い手に渡す時必ずこの言葉を言う。……らしい。

だって売れたとこ見た事無いんだもん。
いっつもニヤニヤしながら何か機械弄りしてるとこしか見た事無い。怖いんだよねあの笑みが。マッドめ。

そのくせに意外と人気らしいんだよ彼女。

なんでもね『まともに』作ったらミッドチルダで三本の指に入るらしい。こないだ管理局の結構いい位置まで上り詰めたおっさんがデバイスの修理しに来てた時に言ってたから間違いないんじゃないかな。

そんな彼女との出会いはどうだったかというと……。


―――四年前。

森で起動呪文を考えながら散歩という名の遭難をしていた俺は、墓荒らしをしていた彼女にあった。

うん。墓荒らし。顔隠してスコップ持ってザックザク掘ってたね。正直、エンカウントするなら何か獣とかさ、そんなの想像してたよ。しかしその森で初めてあったのが墓荒らして。どうなんですかその辺。言いたかったね。ていうか言ったね。


「どうなんですかその辺」

「え、あ、うん。すごいいいのが出てきたとこ」


でした。
俺はよかったですねと返し、颯爽と踵を返したんだけどね。つかまっちゃったんだ☆

何でも、見られたからには(ry らしいんだけど……。

しらねーYO! テメェの失策じゃろがいヴォケが! なして俺が死ななきゃいかんのよ。それ何か違うでしょ。マジどうなんですかその辺。もちろん言ったね。


「マジどうなんですかその辺」

「うん。あたしも殺したくないよ……」


んで。
じゃあどうするって話になってさ。

―――君、随分な格好してるね。家は?
良いでしょうこれ。死体処理場にあった皮の布です。家はありません。

ビシッと腰に巻いてた布を指差しましたよ。今考えるとバカ。

―――えと……うち来る?
マジすかw いいんすかw うぇwうぇwwwww

こういう流れで現在この年齢不詳のねーちゃんに養われてるわけですな。
いやいや、学校まで通わせてもらっちゃって。何から何まですんまそん。
まぁ俺ってば実は二年目から特待生扱いだったから学費ME☆N☆JOだからね。最初の一年分はちゃんと返すから心配すんなよ。体で。

そして話の肝。
墓荒らし。

何故彼女はあんな事をしていたのか。それを説明するにはまず魔導師とデバイスとの関係に迫る必要がある。
だけどメンドイからね。いいっしょ別に。まぁ、簡単に言うと人間の、つか魔導師の骨を使ってデバイス作ってみたかったんだって。
それだけ。

あとは……あ、そうそう。俺の能力なんだけどさ。すごいよ。マジすごい。どのくらいすごいかって言うと……ほんと、マジすごい。

俺の融合装着型デバイス『シェルブリット』
こいつには驚かされっぱなしだZE。
まず射撃、砲撃などの中、遠距離攻撃が出来ない。そう、出来ないんだぜ。いや、全然出来ない事も無いんだけど、色々問題がね……。
まぁ、それを知ったときにはもう、俺オワタかと。

だが、シェルは言ってくれた。

―――出来ないのでは・ありません。ただ・向いてない・だけです。

……ようするに、出来ないんだ☆

いや、練習してるよ? 毎日毎日。
けど魔力で構成したスフィアはマルチロックの対象に届く前にBA☆KU☆HA☆TU!

何じゃそりゃ。2~3mも進まないうちに爆発ってどうよ。こっちがダメージ受けるっての。
まぁ、非殺傷設定とはいえ毎日近距離でバクってた俺だからタフネスには少々自信があるけど、それも所詮SLBを食らったら消し炭のように飛んで行くんだろうね。へへっ……。

タフネスといえば防御結界、プロテクションな訳だが、―――紙かと。和紙かと。

こんなトコまでフェイトに似なくても良いのにね。どんなに頑張っても一定以上の力場が出ない。C~Bランクの魔導師のスフィア10発も耐えれたのなら良いほうだね。

だからさ、なのはさんやフェイトさん。それにベルカの騎士の皆さんとのバトルになったら……。
いや、よそう、考えても詮無きことよ。ふぉっふぉっふぉ、ふぉ、う、うぅ……。

要するにさ。俺、本気でカズマさんみたいなガチバトルしかできない。

敵がいたら突っ込む!
防御? んなもん叩き潰してやりゃ良いんだよ! そのための拳だ、っろぉがぁぁああ!!

はい。そうしてます。プロテクション破ってきたスフィアは全部、すべて、よけるか叩き壊しています。幸か不幸か未だに腕はついてますよ。ほんとね、さっさと千切れでもしたらいいのにね。


『……マスター』

「はいっ、もちろん冗談であります!」


最近、シェルが怖かとです。

攻撃のほうは……うん、そうだね、プロテインだね。


『マ・ス・ター』

「はいすみませんっ!」


え、え~と。

デスサイズ・ヘルカスタムとか言う舐めた名前の教員(使っているデバイスは砲撃戦仕様)にイラッ……って来ちゃってさ。
何で鎌じゃないのか知りたかったんだよ。
ほんとね。ちょ、おまw その名前で砲撃戦仕様てw て思ってさ。ちょうど実技の時間な訳だ。もうそうなるとやるしかないだろ?
しかし強かったね。俺、涙目。そんな時やつは言った。


「ふん。なんという体たらく。私はまだT・B・Rすら使ってないというのに……」


―――ぷるちゃんッ……!

キレたね。
いやむしろ覚醒か。そのとき初めてシェルブリットセカンドフォームが発動できたんよね。
怒りはヒトを強くする。怒れ、怒るんだゴハ、いや俺!


「こんなチンケな俺にも、すぐに諦めちまう俺にもくすぶってるものがあるのさ……。 意地があんだろ、男の子にはぁ!!」


アイツだけは、あのデスサイズ・ヘルカスタムにだけは、ツインバスターライフルを使わせてなるものかぁ!! 自重しろ!


「シェルブリットォォオ、っんバァアストォオオ!!!」

「げぼらぁっ!!? ぐふぉっ、任務……失敗、自爆す―――」

「シネコラ」


みたいな事を経て、僕の攻撃は、AAランクのプロテクションを抜くことが出来る様になりました。
まぁ、アイツは防御が下手糞だからAAランクなんだそうだが。だが、嬉しかった。俺にも取柄があったんだ。
ヒャッホー!なんだよこれ楽勝じゃん。

ぷぷっ。こんなんだったら なのはたちも楽勝なんじゃねぇの。こう、後ろから近付いて……ぼごっ!

―――か、勝てる。勝てるぞこれは!

なんて思ってたよ。
しかしね、何かを得るためには何かを捨てなければならない。どっかの偉い人が言ってました。

―――みしぃ…!


「いっっ……でぇぇぇえええ!!! いて、いて! なにこれ!? シ、シシシシェル! ねぇ、なんか手がおかしいって!! 超痛い!」

『セカンドフォームの・構成が・甘かった・ようです。右腕の・一部・ダイレクトに・衝撃が・インパクト・です』

「ぐぅうおおおお……っ、そうですか、衝撃がインパクトですかっ。こんなトコまで原作通りにならんでもええやんか……!」


はい。魔法で直してもらったけど骨、イっちゃってました。

ん~。
もうこんくらいかね。ほかには~…俺の特殊技能くらいか。
えとね、うんとね。ぼくってね。まりょくが、すっご~くすくないの。


『キモイ・DEATEH』

「俺も思った」


何を隠そう、俺の魔力保有量のランクはD+。

―――俺を、俺をDと呼ぶなぁ! ……つい言っちゃったんだ☆

大体なに、Dって。
俺が思うにさ。



なのはさん―――⇒SS+
フェイト――――⇒SS+
はやてちゃん――⇒SSS
シグナム殿―――⇒S+
ヴィーたん―――⇒AAA
シャマルさん――⇒AA+
なんか犬――――⇒??

くらいだと思うんだよね。皆の魔力量。

ディフェクト――⇒D+

死んじゃう。ほんとに。
三分以内で決めないとエネルギーが空になるヒーローより出来がわるい。

―――そこできたのが稀少技能《レアスキル》。

ものっそい御都合主義。こんな事もあろうかとぉ!! て誰かが言ってるのが聞こえたもん。

俺の能力は物質の分解および再構成。さらに分解した物質の純魔力化。それを手の甲にあるアレで廻し、分解構成した魔力を自分に還元できる。
もちろん無尽蔵なわけがなく、やりすぎるとシェルブリットがしばらく起動できなくなるというおまけまでついてくるが。
能力全開時には何とかAAまで持っていけたのでよしとしようか。うん。これは結構普通に満足。
しかもシステルさんにベルカ式のカートリッジシステム組み込んでもらったしね。肘に。欠陥だらけだけど。

『使ったらあんたの腕イっちゃうからあんまし多用したらダメだよ』。システル談。

イっちゃうのがわかってるのに付けてくれる貴女にカンパイ。いつか咥えさす。いえ、何をとは言いませんが。

あ、あと俺の特殊技能の名前はもちろん『精神感応性物質変換能力《アルター》』で決まりデス。
別に申請も何もしてないからレアスキル認定もされてないんだけどね。まぁ、別にかまわないっしょ。

こんなところで、どうでしょう。





。。。。。





「どこいくのー?」

「愚問ですなぁ。俺は俺のいきたい所に最速で突っ走るだけです」

「また訳の分からんことを」


アニキ馬鹿にすんな!


「地球ですよ」

「ん~、ちきゅう? ……ってそれ文化レベルがまだ3ぐらいのトコじゃなかったっけ? 何しに行くんだよぅ、ちゃんと許可取ったかぁ?」


おぉ。よく知ってたな。学校じゃ殆んど知られてなかったのに。


「なにしにって……っふ、帰るんですよ、魂の故郷にね……。
 許可は……まぁ、そのうちね」

「……家は無いって言ってなかった? つか不法入国する気か」

「いや、だから魂の故郷ですって。家じゃないですよ」

「不法入国のほうを否定しなよね~」

「むぅ……」


だって事実なんだもん。否定の仕様がなかとです。

他世界に渡るには一応管理局の許可が必要なんだよね。まぁ魔法が無いとこでばかばか使っちゃたら住人は混乱するだろうしね。
原作じゃそんなのかんけぇねぇ! だったけど。


「……それで、いつ帰ってくるの?」

「え、えぇと、その……」


わかんねぇ。だって俺ってばまず生き残る為にやんなきゃいけないことが多すぎるしさ。寿命もうまくいってあと六年あるかないか。
実質、動ける期間と言ったらそれより短いだろうしな。

よく考えると俺はプレシアに喧嘩売りに行くんだよな。死ぬんじゃね?
……いやいや、よく考えろ。どっちにしても死ぬ。それならせめて長生きしたい。

楽に短い人生を送るならここに居ればいい。おそらく死ぬまでは幸せなはずだ。
人並みの人生を望むなら地球に行かなきゃならん。死んじゃう確立 超上がるけど。


―――どっちもやだ。


楽に人並みの人生を歩みたいよぅ、ぐすっ……うぇっ。


「ななな何泣いてんのよ!?」

「行かなくても死ぬし行っても高確率で死ぬからですよ!!」

「はぁ!? 何言ってんのアンタ!?」


俺はちょいちょい掻い摘んでシステルさんに話してみた。

俺は自然に生まれた存在ではなく、寿命があと六年であること。地球に行けば助かるかも知れないこと。そこでは想像を絶する戦闘が起こるであろう事。

初めて他人に自分の内側を吐露してしまった。
は、恥ずかしい。恥ずかしいぞぉぉぉおお!! 涙も鼻水も全☆開ジャー!


「……あ、アンタたった九年でよくそんな人生送れるもんね?」

「でしょ? マジで俺を抜きに勝手にやってろってトコなんすけど……」

「行かなきゃ死ぬ、か」

「……です」


く、空気が重い。言わなきゃよかった。こんなこと言われても誰も何も言えんわ!


「ちょっと待ってて」

「え、あ はい」


システルさんが席を立った。空気に耐え切れなかったのか、それともこの俺の余りにも悲惨な運命に一人涙を流す為か。
くくく。不幸な少年というのはつらいの~。


『マスター』

「ん~?」


なんだいシェル。君も僕の為に泣いてくれるのかい?

ふふふ。いいぞ。泣け。俺とお前は言わば運命共同体。俺が死ぬ時が、お前が死ぬ時じゃ。っくくく。一人は寂しいからのう。キサマを連れて行ってくれる!


『たった今・侵食が12%・進みました』

「うん。……え、それだけ?」

『……』

「ちょ、シカトw」


こ~のやろう!
しかも12%てまた随分行ったなおい。えと、こないだ進んだときに21%って言ってたから33%か。

―――ディフェクトの三割はシェルブリットで出来ています。

……洒落にならん。

つか、全部やられたら俺どうなるんだろ。シェルは知らないって言うしな。この右腕からも死亡フラグがプンプン臭ってきやがる。
世の中腐ってやがるぜ。こんないたいけな少年にいくつも重荷を背負わせやがって。

神様の、バッカヤローーーーー!! ……信じてないけど。


「おまたー」

「あ、はい」


システルさんが帰ってきた。
それにしても女がオマターなんていっちゃダメだよ。青少年はすぐにやらしい想像するんだから。

しかし何しにいったんだ。泣いた様子も無いし……。


「これあげる。コイツがどうなるかはアンタ次第だよ」

「……なんすかこれ?」


いや、わかるよ。その存在はわかる。しかしこれを俺がもらってどうしろと。

―――こんな、明らかに人間のものと思われる左手の骨をもらって、俺に、DOしろと!?


「餞別だよ。もう会えなくなっちゃうかもでしょ。
 あ、大丈夫よ。ちゃんと間接部は接合してあるから。いきなりポロリは無い」

「ンな事きいてんじゃねーです。俺はこのどう考えても本物としか思えない材質と質感の骨をどうすればよかか聞きよっとです」

「あはー☆ それは骨だけど骨じゃないんだなあ」

「何言ってる馬鹿か貴様」


ダメだこの人。俺の余りにも悲しすぎる話のせいで脳が……。


「なによその目は。人を哀れんだ目で見るんじゃない! それはデバイスなの!」

「……。あの時のヤツですか」

「うん。初めて遭ったときに二人で掘り返した、名前も知らないどなたかの体の一部」

「こんなキモイのいらん」

「もらっときなさい。それとキモイゆーな。
 そのデバイスはね、防御魔法と、ちょっとした仕組みが組み込まれてるんだ。苦手でしょ、防御魔法?」

「いやいやいや。苦手ですよ確かに。けどね、こんな俺の手よりでけぇ骨なんざアクセサリーで通せませんから。絶対ポリ公にパクられますって」


すごく困るねそれは。地球じゃ身分もないしそれだけは回避、回避ー!!


「うるさいわねー。いいから持って行きなさいよ!
 そりゃ確かにシェルブリットみたいな超一級品とは違うけど、作りには満足してるからそれなりには良作よ~?」

「え?」

「なによぅ、信じらんないの?」

「いや、シェルが一級品だってのが……」


ありえない。こいつが一級品だなんて。こんな、明らかに俺の寿命を削っているようなヤツが一級品だなんて。こいつが一級品だってんなら屁から桃の香りがするって話のがまだ信じられる!


「何言ってんのよ。シェルブリットはものすごいデバイスじゃない」

「頭大丈夫ですか? 脳は大事にしたほうがいいですよ」

「こんにゃろめぃ。なんでそんなに信じられないのよ?」

「だってこいつ、まともにサポートできるのなんて殴る時くらいですよ? 俺、スフィアだってしっかり飛ばせないし、防御結界なんて紙なんですよ?」

「そうね。そのためにこの骨を渡したんだから」


あ、骨って言っちゃいましたね。やっぱり自分でもデバイスよりは骨って思ってんだな。


「でも、AAランクのプロテクションを破ったわ」

「それは―――」

「わかってる。レアスキルを使ってアンタの魔力をブーストさせた ただの全力パンチ。教員も多少はアンタの事舐めてたでしょうね。……けど、それだけで破れるほどAAランクは甘くないわ。
 そして私から言わせてもらうとアンタも一級品よ」

「俺が?」

「うん。まず魔力弾がまともに作れない、飛ばせない理由だけど、アンタまだその魔法覚えてないんだと思うよ」

「はぁ? 覚えてますよ。ちゃんとシェルにも術式インストールさせてますって。つーかやってくれたのシステルさんじゃないですか」


こいつもうダメだ。きっと本当に脳が―――


「何か失礼な事を考えてるな?
 まぁ、それはいいとして。シェルの方はね、忘れちゃってるの。術式を」

「おいこらテメェ!!」


衝撃の事実じゃねぇか!

テメェデバイスのくせして忘れてんじゃねぇよ馬鹿やろうが、このやろう! 思い出せ、思い出すんだ! そして俺にも射撃魔法を使わせろおおおお!!!!


『……ZZZ』

「こ、こやつ……できるな」

「やけに静かだと思ったら……。あんたが他のデバイス持つのに文句ひとつ言わないんだもん」

「……それで、結局シェルは?」

「ん。まぁぶっちゃけるとあたしもよくわかんないんだけど……。
 まずシェルブリットはね、あんたの体に『寄生』している状態。今、あんたも含めて、力が出せないのはそのせいだと思う。アンタいまプロテクションが紙って言ったけどそれも当たり前。アンタが『今の』アンタだけの力で出してるからよ。

 魔力保有量D+。
 稀少能力《レアスキル》とカートリッジシステムで何とかやりくりしてるみたいだけど、本来ならもっと強い筈なのよね。要するにアンタはね、今子育て中なの。シェルブリットを育てるためにアンタの魔力持ってかれてんのよ。
 今の侵食率21だったっけ? 33? ああ、成長したのね。このままきちんと成長しきってアンタから魔力を奪う必要がなくなったらあんた自身の魔力も上がる。……と思う。
 
 それとセットアップ状態のシェルブリットの装甲。私が思うにアレってたぶんフィールドタイプの防御魔法の一種なんだと思う。アンタ、複雑なバリアジャケットが構成できないって言ってたわよね? それも当たり前。だってもう着てるんだもん。右腕だけだけど。いっつもアンタはバリアジャケット(のような物)で相手をぶん殴ってるわけ。そりゃあプロテクションを破ってきた魔力弾やらを迎撃できるはずよね。アンタが自分で編んでる襤褸屑みたいな術式と違って、最初からセットアップと同時に展開されるようになってる最高級の防御術式なんだから。
 
そして消えた術式の行方なんだけどね。これはほっといていいわ。確実に侵食率のせいだから。残りの67%(俺の体の侵食されていない部分)に入っていっちゃてるのよ。多分だけど。もっとシェルが成長しても思い出さないのならまた記録させればいいわ。
 最後に。アンタが中距離、遠距離の攻撃魔法が苦手な理由なんだけどさ……。
 
―――あの、これも勘、てか憶測だからね?

 アンタってさ、結構バインドとかは上手いじゃない。距離に関係なく。それは多分さ…その、そういう風に……作られたんだと、思う。攻撃ではなく、防御、回復、補助。きっとそういう風に『調製』されてるんだと思うんだ。
 おそらくアンタのカタチ(完成形)は『絶対防御《イージス》』か何かなんじゃないかな~、なんて」


……。

こ、こいつだれ?
俺が知ってるシステルさんはこんなヤツじゃない。もうちょっと馬鹿っぽい感じだったはずだ。巨乳だし。
まかり間違ってもこんな説明おばさんみたいなヤツじゃなかった。

いや、いやいやそれより、絶対防御《イージス》か。

プレシアは結局何がしたいんだ。
俺をアリシアにするつもりだった?

―――ない。ないないない。うん。娘の復活を願ってるのにわざわざ男性体で作る意味がわからん。

じゃぁ、アリシアにシェルを移植する前の実験体。うん。有りそうではある。

―――あっ、そもそもアリシアって魔法使えねーんじゃなかったっけ。

ん~、わけわかめ。

そして俺がむ~む~言いながら悩んでいるとシステルさんが心配そうにこっちを見ていた。


「なんじゃらほい?」

「いや、なんか唸ってるから…」

「あぁいやね、俺の製作者は何の目的があって俺を作ったんだろうかと」


ホント訳わからんやつやなー。プレシア。


「それは、さっき言ったとおり―――」

「ん。それはわかってるんすけど、何のために絶対防御の盾を必要としたか、です」

「……さすがにそれは、わかんないかな」

「ですよねー」



ま、直接本人に聞いてみんべ。

―――そして俺は、プレシアに敵対する覚悟を……。こわ。





。。。。。





「ほいじゃ、いってきまース」

「はいよー。帰ってくるんならお土産よろしくー!」

『……生きて・また・会いましょう』

「おま、やっと喋ったと思ったらそれかよ!? やめろよなそういうの! 何か変なフラグ立ちそうじゃんか!」

「あは、そだね。生きて帰っておいで」

「……。そっすね。―――シェル」

『了解。転移術式・展開』


キィン、と魔法陣展開時の独特な耳障りな音。
そしてそれと同時に俺の足元にかなり大規模な陣が展開された。

実はこの魔法、リニスからコピったヤツなんだよね。だから信頼性ばっちり。座標の確認も17回した。飛んで出てきたら宇宙空間でしたじゃ笑い話にもならん。


「それじゃ、お世話になりました。
 その……、最後かもしれないから、言っておきます……」

「……うん……ぐずっ」


泣いてる。しすてるないてる。
大丈夫さ。絶対生きて帰るから。そのつもりだから。

だけど、これだけは言っておかなければならない。彼女にいらない心配を負わせる訳にはいかないからだ。
システルさんは俺をここまで育ててくれた。母……というには若すぎるような気がする(年齢不詳)から姉といった所か。

そんな風に、家族のように接してくれていた彼女にはきちんと言っておかなければならない。


「―――システルさんが寝てる時、よくパンツずり下げてたの……俺です。決してあなたの寝相の悪さのせいじゃないです」

『……』

「……こ、こここ殺―――」

「それじゃね! また会えるといいね! ―――ジャンプ!」

『了解。起動します』


俺がミッドチルダで見た最後の光景は、こちらに向かって殴りにかかってきているシステルさんだった。

だ、だだだって我慢できなかったんだもん! 確かに寝ている本人を目の前にしてハァハァするのはよくないと思ったよ? だけどさ、あんな美人が同じベッドに寝てるのに何にもしないなんて失礼だろ!


―――なぁ、そう思うだろ……アンタもっ!!!



















こうやって修正してると物凄い馬鹿なこと書いてるんだなぁって確認できます。この頃の私はいったい何を考えてたんでしょうか。



[4602] nano03 八神はやて
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/02/10 14:48





「ホワチャア!! とり出したるは八神家秘伝のスパイス! 自作豆板醤!!」

「な、なにぃ!? 製作から完成に至るまで最低一年以上かかると云われる豆板醤をJI☆SA☆KUだとぉ!?」

「……えぇ。えぇつっこみや。わたしはこれを待っとった!」

「だろ? 俺ってツッコミにかんしてはちょっと定評があるんだ」


はい。そんなわけで現在俺は八神家に、ってかはやてちゃんに養ってもらってます。まぁ所謂ヒモってやつさ。男の夢だろ?
信じられるか? もう二週間なんだぜ……。


―――フォーーー!!!





03/~八神はやて~





二週間前。


「あ~…腹減ったー」

『計画性が・皆無・すぎます』


腹減ったよー。もうこっち来てから公園の水道水と夜に近所の犬からぱくったご飯しか食べてないよぅ。
シェルの言う通り計画性が無さすぎた。着の身着のままでで来ちゃったからね。
タイトなパンツにボディスパッツ。その上からジャケットを着ています。もちろん指貫グローブも忘れていません。

そう、何を隠そうカズマさんスタイル! 俺って~カズマさんのこと超リスペ(ry

ちょっとヤンキーチックだけど似合ってない事も無いよ。鏡の前で自分の姿に一時間くらい見ほれたもん。


『キモ』

「!?」


ほんとこのデバイスは……。

それはそうと。


「どーすっかね。正直人間の食べるご飯が食べたいです。ドッグフードはアカン。すっごい味した」

『なぜ・お金・用意してませんか?』

「管理局通してないんだから換金出来ねって」


それを考えるとフェイト。どうやってあんな高そうなマンションに住んでたんだろ。ま、まさか力ずくなんて事は無いよね? お兄ちゃんそんなバイオレンスな妹は嫌よ!

―――ぎょばぁぁぁああ!! ずぐっずぐっるるるる……っ!


『?』

「あ、腹なった」

『―――っ!?』


しっかしこの街、


「ちょいと坂が多くない?」

『はい。N県というところ・ほどでは・ないようですが』

「お、ちゃんと勉強してんなー。えろいぞ」

『マスターには・敗北必至・ですね』


―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


「あ、また鳴った……。餓死はいかんよ、餓死は。
 あーもう! 何か落ちてないかなぁ……。いやむしろ落ちてこないかなぁ」

『希望的観測。というより・ありえ―――「あー、あかんあかん! 止まってぇ、リンゴちゃんジャガイモちゃ~ん! ってあぶな~い!」―――ましたね』


坂の上からころころ転がってくるリンゴ×3 ジャガイモ×2 車椅子美少女×1 全て食っちまえば超満腹!!
私はいっこうにかまわん!!


「もらったぁぁぁあああ!!!」


瞬間、俺は風になった。
まず先に転がってきた食料たちを両手両足を駆使し、全て真上に放り投げた。ぽいぽいぽ~い!
そして結構な加速度でこちらに向かって来る、美少女を乗せた車椅子を止める!

―――ずぅんっ……!

お、おンもいなコラ!
ふぬぅっ……! やはりこの空腹で美少女+車椅子を止めるのは幾分きついか! このままじゃ俺までっ!
えぇい仕方がない! すまんな、ある程度予想はついているが名も知らぬ美少女A! いやむしろH・Y!!


「緊急脱出だ、美少女A!」

「へぇあ!? ―――きゃぁあ!」


美少女を車椅子から引っこ抜き瞬時にお姫様抱っこに移行。そして―――、


「そこら辺で休んでろこの凶器がぁ!」


げし、と車椅子を歩道の脇に蹴り飛ばした。
もうホントね、あんなのただの凶器だったよ。すっげ怖かったもん。てかまだ受け止めた手がジンジンしてるし。


「あぁ! はやて号マークⅢがぁ!?」

「やつは後で回収してやる! それより―――」

「―――っ、わかっとるでぇ! っここやぁ!!」


はや……美少女がバッと手に持っているビニール袋を広げた。
そして先ほど宙にぽいぽいしたヤツ等が。

―――ずぼぼぼぼ!

リンゴちゃん、ジャガイモちゃん。良くぞ生還しました!! お前らには後で名誉勲章を与える!


「「―――うおっしゃぁぁあああっ!!!」」


それは魂の咆哮!
心からの歓喜!


―――俺たちは、やったんだ!


「やったやった! もーホンマありがとな! わたしこんなスリリングなん初めてや!」


俺の腕の中ではしゃぐはやてちゃん。あ、はやてちゃんて言っちゃった。まぁいいや。たぶんそうだろ。
もうね、すっごい美少女。可愛すぎ。もう何かおかしいくらい美少女なんだなぁ(大将)。

そしてその緊張と興奮で紅潮した肌。うっすらと汗をかいている首筋。少し乱れて額に張り付いている髪の毛。
こ、これは……。


「―――い」

「ん~? い?」

「い、いただきます」

「はぇ……? ―――ふ、むぅ!?」


―――むちゅ☆

ディフェクトは我慢できずに、メインディッシュから頂いちゃったんだ☆
いや、舌は入れてないよ! 俺ロリコンじゃないよ!

……たぶん。





。。。。。





その後俺は はやてちゃんを抱っこしたまま八神家邸宅へ。
もちろんはやて号マークⅢも持ってきた。どうもね、これ壊れちゃってるみたい。
俺じゃないよ? 壊れてたからこその坂ダッシュだったんだよ。


「カレーの出来上がりやー!!
 せやけどアレには驚いたで、ほんま」

「いや、俺も何であんな事になったのかわからないんですよ……」

「作者がわたしのこと好きなんちゃうかなぁ」

「それは間違いないだろうけど、こんな初っ端から飛ばしてくるなんて」


―――予想外デス。

いやほんとね。いくらなんでも衝動的すぎんだろ俺っ!
こんな事やってたらホントにポリ公にパクっとやられて―――ファンファンファンファン―――に乗せられて、五本の指全部指紋とられた後に正面と斜め前から写真取られちゃうって! そして事情を聴取されちゃうんだよ……。
そのあと保護者に会うのがね。もうこの世の終わりかと。


「あはっ、それにしても外国は挨拶でキスするんゆーのホンマやったんやね」

「あ、あっははー☆ そだね! ほら、挨拶って大切じゃん!? 何処の国もまずはそこから始まるって言うか!」

『(……マスター・必死・です)』

「うんうん。この街は結構外国から来とる人多いンよ。せやからたまに見るで~。
 やけどこう、人目を気にせんとちゅっちゅやられるとなぁ、なんやこっちが恥ずかしーわぁ。んふふ~」


何かクネクネしてるはやてちゃん。
いったい君はどんな情熱的な場面を見てしまったんだい?

しかし可愛いなぁ はやてちゃんは。
誰だったかね、ここに闇の書 寄越したやつは。こんないい子の足を奪いやがって……。
いや、しかしそのおかげでシグナム殿達に会えるんだよなこの子は。まぁ幸せそうだったしそこはGJ☆と言わざるを得ないんだが。

ん~、何とかしてあげたいな。


「ん~、どしたん難しい顔して? カレー辛すぎたん?」

「へ、あいやいや。カレーは超美味いよ。これまでの一週間ドッグフードと公園の水しか口に入れてなかったからさ」

「ぶふぅっ、えふっ、えほっ! な、なにその生活っ、笑いの神様でも降臨してるんちゃうのん? まさかダンボールやら食うてへんやろな!?」

「さすがにどっかのホームレスな中学生と違ってダンボールは食えなかったね。しかし雑草は食った。味の違いがわかるほどに!!」


ふふふ。すっげー苦いの食ったときには舌と顔が……にがぁ!ってなるんだよな。あの時の俺の顔を誰かに見せてやりたいぜ。
はやてちゃん。なんて顔してんだい? そんな哀れんだか顔で俺を見るなぁ!!


「そらあかん……。家は? お父さんとお母さんは? お友達は? この街で何してるん?」

「えぇ~と、家はないねー。両親もいない……かな? こっちには来たばっかりだから友達は はやてちゃんが一人目だね。んで、この街には己の生存本能を信じてやってきました」

「……ほな、帰るトコ無いん?」

「っふ、俺には帰るところなんて必要ないぜ!」


だって死んじゃうかもしれないしね。
余計なしがらみは生き残ってから作ればいい。そうしなきゃ死ぬ時つらいだろうし。


「じ、じゃあ、ここに、……住まへん?」

「まじすかw いいんすかw うぇwうぇwwww
 ……。
 ……、……。
 ……、……、……。
 ―――マジありがとぉぉおおおおおおおおお!!!!!!!!」

「え、えへへ。わたしもなぁホンマは寂びしかったんよ。こんな広い家に一人なんていややん? やから好きに使ってなぁ?」


ええこや。すばらしすぎる。
初対面の子をホイホイ住まわせるなんて「りりかるなのは」の民草は頭おかしいとしか思えんが……。

それでもいい子すぎる。―――いいのかい? 俺はょぅι”ょだろうとかまわず食っちまう人間なんだゼ? うひょひょひょ。
―――じゃなくて。


「おお。まじサンキュな~。はやてちゃんがもうちょっと大きかったら絶対結婚申し込んでるよ」

「あはは。いややわ~。女の子同士じゃ結婚できひんよ~」

「お? ……あの、俺は―――」

「ほらほら、食べたらお風呂。少し汗臭かったでー。わたしも入るから一緒に入ろう」

「あ、う、うん……」


やべぇ、オチが読める! 絶対に少年漫画チックなオチに決まっている。

―――きゃー! 男やったんかー!
ちょ、おまw
―――やっぱ出てけ出てけ出てけー!!
ご、ごめんなさーい!!

みたいなオチがつく。

俺は はやてちゃんの車椅子を押しながらトボトボ風呂場に向かった。
……せっかく仲良くなれたのに、ここで破局は嫌だ!! やっぱり言おう! うん。


「あ、あの―――」

「わたしなー、誰かと一緒にお風呂なんてめっちゃ久しぶりやー。こんなの……両親が逝ってもうて以来になるなぁ」

「そ、そうなんだー。じ、じゃあ楽しまなきゃね」

「えへへ。実はちょっとドキドキー」


アッ―――!!

もうだめぽ。
完全にタイミング逃した……。も、もう知らんぞ!? 流れに身を任せてやるぅぅああアア!!


「はい、ばんざーい。脱がせて脱がせてー」

「あ、いや、自分で……」

「脱がせてくれへんの? ウチ足動かんで服脱ぐのにも一苦労や言うのに、せやのに脱がしてくれへんの……?」


こ、こやつ……できる!
自分の不幸を前面に出す事で相手の罪悪感、保護欲をくすぐり、さらには、

―――ちらりうるうるじんわりちゅらら……。

涙目上目使いのコンボだとぉぉおお!?
げふぅっ、も、もうやめて! 俺のライフポイントはもうゼロよ!!


「後悔すんなよー。まぁ俺は……一向にかまわん!!
 は~い。ぬぎぬぎちましょーねー」

「えへへ~。さすがやなー。よっ、男前ー!」


……ばれてね?

と思ったけど冗談だったみたいだ。


「ったく。ほらバンザーイ」

「ほぇあ~い」


まず上に着ていたブレザーのような物を脱がす。
―――これ洗濯機に放り込んでいい? あ、クリーニングですか。そうですか。
次に中に着ていたシャツ。ボタンを外す時にくすぐったいのか、はやてちゃん悶えていました。
―――そこ、いやらしい声出さない。
次にスカート。ホックとジッパーを緩め、足が動かないのでそのまま抱き上げてストンと地に落とす。
―――ほらほら怖いのは解るけどそんなにしがみつくんじゃないよ。
そして残すは……上下下着のみ。

さ、流石に手が止まるぜ…。


「どしたん? はよはよ」

「心頭滅却すれば火もまた涼し」

「急にどうしたw」


ア○ロ、いっきまーす!

はやてちゃんはまだブラジャーを着ける必要が無い様で、ただの可愛らしいインナーだ。それを…脱がす!!

……。
……、……。

―――っふ。

勝った。俺はまともな人間だ。

はやてちゃんの膨らみかけ……というよりも膨らみ始め? のような胸を見ても大丈夫だ。欲情よりもまず可愛らしさのほうに眼がいくぜ。
思わず笑いが出るほどに。


「むぅ、なんやぁ? わたしはこれからバインバインになんの! これは夢の詰まった宝箱やの!」

「はいはい。そら、下も脱がすぞー」

「ち、ちゃんと聞いてよぅ。
 ―――ひゃぁっ!」


俺は先ほどと同じように はやてちゃんを抱き上げ、今度は肩に荷物のように担いだ。

顔の真横にある尻。ふふ…正常な俺からすると何とまぁ可愛らしい事か。クマさんぱんちゅはそろそろ卒業しなよ。
そのままの格好でスポーンとぱんちゅを足からすっぽ抜き、はやてちゃんを正面で抱っこした。


「あ、あんな脱がされ方したん初めてや……」

「だろーねー。どうする、先に入ってる?」

「んふふ~。今度はわたしが脱がせたるー!」

「く、くくく……、こっちの覚悟はすでに完了してるんだぜ?」

「な、なんて邪悪な笑み…!
 ―――いくでぇ……、ほら、バンザーイ!」

「あいあい」


すぽぽーん。


「へへーん、勝った! わたしのほうが大きいやんかぁ! よくも笑うてくれたなぁ!」

「いや、俺の勝負はまだ始まってすらいない!!」

「なにをぅw」


そりゃアンタの勝ちさね。だって僕……男の子なんだもん!

はやてちゃんがズボンを下ろすから立って、立ってと言い。もちろん俺はその通りにする。
くくく、驚くがいい。


「げへへ~パンツごと一気にいくでー」

「いやぁん」


正直、内心超ドキドキです。
はぁ……ここで俺たちの友情は終わってしまうのかい?

―――すぽーん。

……。
……、……。
……、……、……。

はやてちゃんの眼前には、俺の息子。ドリームキャッチャー一号が。
どうだ、ほれ。ほれほれほぉれ!


「……」

「……」

「……ほ、ほほ」

「ほ?」

「ほほほほ、ほ……っホース付いとるぅぅぅううううううう!!!!!」

「ひゃっひゃっひゃ!」





ふはぁ……ええ湯じゃのぅ。

―――かぽーん。

なんて音はしない。だって家風呂だし。あれって何の音なんだろ?

しかししかし、


「ホース付いとるぅぅぅうううううううう!!!!! だって……ぷぷぷ」

「いややぁ、言わんといてー」


結局、一緒に入ってます。

よく考えたら小学三年生。
微妙なお年頃だが、はやてちゃんはそんなに羞恥心はないみたいだねぇ。
ユーノも正体さらした後もなのはと一緒に入ってるしな。

えがったえがった。出てけとか言われなくてホントえがった。


「やけど男の子やとは思わんかったー」

「だろー。俺も鏡見るたびに未だに男なのか女なのか解んなくなって確認するくらいだからなー。……ホースで」

「やかましw
 しっかし綺麗な髪やなー、さらっさらで。顔も全然男には見えへんしなー。絶対わたしより可愛い……ショックやー」


俺の顔を下から覗き込みながらぺたぺた触るはやてちゃん。
可愛い……。
はやてちゃんを正面から抱きしめるように湯船に浸かってるから全部丸見えなんだ。
すこーーーーし膨らんだ胸とか。無毛の恥丘とか。防壁がないわけだからその奥までばっちりさ☆


「いやいや、絶対はやてちゃんのほうが可愛いって。もう俺 心臓ドキドキだもん」

「え、あ……ホンマに?」

「うん、ホンマホンマー。長湯しすぎて心臓ドキドキー」

「そんなことやろ思たわっ。
 ……なぁなぁ、ディフェっちゃんはいつまでこの街におるん?」


―――ディフェっちゃん……だと……?
……私は一向にかまわん!!


「んーとね。はやてちゃんの足が治るまでかな」

「……ぷ、プロポーズかぁ?」

「はぁ? なんでいきなり」


いったいどうした はやてさん。
いくらなんでも初対面に、今日会ったばっかりの子に湯船でプロポーズはしませんよ? いくら俺でも。


「だってわたしの足、ちょっとずつ悪なっていってるみたいやし、多分一生治らんで? そうなったら一生ここにおるんやろ? せやったらずーっとこの家に住んでええやんかぁ。
 きゃー! もうこのすけべぇさんっ、ディフェっちゃんはすけべぇさんやぁ!」

「あえて肯定しよう。……けど大丈夫。はやてちゃんの足は治るよ。後 一年以内にね。これ絶対。信じたほうがいい。ま、歩けるようになるにはリハビリなんかも必要でしょうが」

「……ほんまかぁ? 根拠はなんや根拠は?」

「ふっふっふ……実は君ね、魔法使いの卵なんだ。だから大丈夫、すぐに使えるようになって歩けるようになるさ。誕生日は楽しみにしてて」

「っぶふぅ! あ、あかん!くく、あかんでディフェっちゃんっ! 確かにわたしらまだ子どもや。せやけど、せやけど魔法てぇっはっは!」

「ははは。いーのいーの。信じてないくらいが丁度いいさ。はやてちゃんはいま何歳?」

「いま? 八歳やよ。もうすぐ誕生日ー。六月四日。 ふふふ、プレゼント楽しみにしとくわ」

「今の話がプレゼントだよ。絶対おもろい事になるから忘れんなよー?」

「えー、なんなんそれぇ? まぁええわ、この甲斐性なしw」

「食うのにも困ってる人にたからないでください」





ま、そんなこんなでこの家に住み着いてます。
居心地がよすぎて困るわ。


「今日も一緒に寝よなー。んでまた胡散臭い話聞かせてや~」

「ただちょっと事実を誇張して話してるだけなのに胡散臭いとか言う人とは一緒に寝てあげません」

「胡散臭さ爆発やんかぁ」





ま、こんな感じ。





。。。。。





んで現在。


「か、カラ~!? ちょ、はやてちゃん豆板醤入れすぎじゃね!?」

「こ、このくらいで丁度いいねん……」


はやてちゃん涙目ですね。はいわかります。
我慢せずに水飲んでください。

もうね、ほんとね、KAWAE~、ですから。あー、こんな妹ほしっかたんよねー。さいこーじゃけぇのぅ。これにフェイトがいるんだぜ俺には……。くくく、とんでもないぜ。とんでもない天国だぜここはぁぁああ! うん! 地球きてよかった!


「っふ、お子様の舌にはつらいだろ? ほら我慢せずに飲んじゃえよ」

「丁度いいゆーてんの! それにディフェっちゃんもまだ子どもやんか」

「ふふふ。俺は自分の年がよく分からんからな。実はもうおっさ……お兄さんかも知れんぞ?」

「なんで言い直したしw」

「いや、まだぎりぎりかなって……」

「w」

「w」



その後も俺たちは適当に騒ぎ、しゃべり、歌いながらマーボー丼を食べた。
こんな幸せな時間がいつまでも続けばいい。そんな事を―――。

―――いかん! いかんぞ!

っほ……。
あぶねぇあぶねぇ。たいてい漫画なんかじゃあんなモノローグが入ったらあぶねぇんだよな。絶対よくないことが起きるから。

―――ずっごご……ごごごごごごごっ……!!

……ほらね。


「うひゃあ! 地震かぁ!?」

「あはは。結構ゆれたねー。ちょいと外見てくるよ」

「き、きぃつけなぁ?」

「あいよ!」


外に出てみると、魔導師のいないこの惑星では感じられるはずのないモノ。魔力の残滓を感じた。
かなり薄いが……たぶん間違いないんじゃないかな。おそらく。きっと。

何か自信なくなってきたな。
こういう時はっと―――、


「シェル」

『イエス・マスター』

「俺以外の魔力、感じるよな? 俺こういうの苦手だからさ」

『私も・苦手ですが?』

「いやいや。苦手でございますですが~、へぶーへぶー? じゃなくて探してよ」

『……。探知の術式は・何処ぞの・ちょっと頭が・おかしいマスターが・構成・インストールしたので・かなり・へなちょこですが・よろしいでしょうか・へぶーへぶー?』

「よ、よよよろしくってよ、へぶーへぶー」

『了解・で・御座いますです。へぶーへぶー』


こ、コイツ……。
何かどんどん俗っぽくなっていくな。お前一応デバイスだろ? 使えって言ったら使ってよ! 何で反抗するの!?

―――キィィィイン。

いつもの耳障りな音と共に探知魔法が発動する。
この魔法は俺が一から構築した物だが……、


『見つけました。が・すごく・薄ボンヤリ・してます』

「……ホントだ。なにこれすごく薄ボンヤリしてる」


若干……なんだこれ?
人、かな? 人がなんか……丸いのに、いや丸いのが人に……ん~? どうなってんだぁ?
えと、う~んと……ブツッ!
あーはん、視覚情報切れちゃったよ。

うん。やっぱりダメだ。俺には才能が……。


『気を・落とさないで・ください』

「テメェがさっさと成長すりゃあンな事にはならんのじゃ!!」

『マスターの・力不足・です』

「い、いいい言うに事欠いてそれかテメェ!?」


―――このデバイス野郎!


『野郎では・ありません』


アッ―――!!


「うわぁぁん! もうシェルなんか嫌いだい! もう絶交! 絶交する!!」

『わたしと・マスターは・切ったら・死ぬ・仲です』


……手首だしね。

もういいや。多分ジュエルシードっしょ。ユーノが襲われてるだけだ。なのはさんが助けてくれるはず。
俺もそろそろ動かなきゃなー。いつまでも はやてちゃんにお世話になっているわけにもいくまいよ。

よし! そうと決まれば早速今からでも探しにいって―――、


「ディフェっちゃ~ん! お風呂はいろや~!」

「は~い!」


うん。明日からやる。明日から。






[4602] nano04 出会い 前編
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/02/10 14:51





実は俺、結婚してるんだ。


「そんなぁ、そりゃないわ~。ええやんか別に結婚しとっても。押し倒して胸揉みしだいたったらええねん!」


でもさ、君の事は何よりも愛してる。


「そやそや。それでええねん。抱いたれ抱いたれ」


だからこそ、愛してるからこそ、抱けないんだ……。


「なんでやねーーーん!!」びしぃっ!


……つづく。


あいたたた~。






04/~出会い~





はやてちゃん、昼ドラにそんなに熱中しないでください。
さらにズビシィって突っ込みいれるのもどうかと思うよ。関西人の血が騒いじゃったのかい?


「……ただい、ま」

「っ……、み、見とった、よね?」


突っ込みの姿勢のままギギギギ…と油の切れた機械のようにこちらに振り向く はやてちゃん。ぷ。気まずそー。あぁ、なんて ぷりちーなんだろうか。

いまだ見ぬわが妹フェイトよ。お前にも紹介してやるぞ。すごく可愛いぞ。仲良くするんだぞ。そして二人とも俺のことお兄ちゃん♪ って呼んでくれていいぞ。


「うん見てた。―――実は俺、結婚してるんだ……。辺りから」

「ち、ちゃうよ!? いつもはこんな事してへんよ! ―――せやけど、せやけどあんまりにも煮えきらへんモンやから、その、つい血が騒いだゆーかなんちゅーか」


顔真っ赤にしちゃって。
うおぉぉおおお! 可愛いぞはやて! はやて可愛いぞ!


「せやから誤解せんで欲しいんやけど……」

「わかってるよ。 あそこをツッコまずして何が関西人か」


―――なでなで。


「い、いややぁ……いっつも子ども扱いして」

「ふ、俺から言わせてもらえばまだまだ子どもよ」

「……ディフェっちゃんもわたしと変わらんよぉ」


つか、誰から見ても子どもなんだから大人しく撫でられときなさい。
柔らかい手触り。はやてちゃんの髪の毛はすごく気持ちいい。く、癖になっちゃう!!

俺はそのままうなじを経由し、あごの下をくすぐるようにして撫で、手を離した。


「……あ」

「ん? もうちょっと?」

「あ、いや、子ども扱いすんなー」

「へいへ~い。それより腹減ったー」

「わ、わたしに養われとるくせになんて態度のでかさや……」

「くくく。俺は態度のでかさに命かけてるからな」

「随分安い命やなw」


なんたって廃棄品だしね。

……笑えね。





「ふぃ~。食った食った…。おなか破裂するくらい食った」

「ひゃー、晩の分まで考えて炊いたご飯が空っぽやぁ。その体の何処に入ってるん?」

「いやー、昔っから大食いでねぇ。なんか食っても食っても足りない感じ」

「ふふふ。何かに吸い取られとるんちゃう?」

「ははは、んなまさか。
 ―――まさかなぁ……?」

『……』


俺は思わずリストバンドの下に憑いてるやつを見てしまった。
帰ってくるのは沈黙のみ。いや喋ったら喋ったで困るんだが……。

こ、こいつ絶対吸い取ってやがる! 俺からエネルギー吸い取ってやがるよこいつ!! 魔力だけじゃ足りないって言うのか!?だから俺はあんなにすぐ腹が減るのか!?


(後でじっくり話し合う必要が有りそうだな、シェル)

(……エネルギーくらい・寄越しやがれ・この・ダメマスターが)

「―――ホギャーーー!!!」

「ど、どしたん!? お腹いとなったんか!?」

「うぐぅ……な、なんでもな、い! ただ、ただ……オラはもう怒ったぞー!!」

「何に!?」


シェルにです。





さて、んじゃ探しにいくかね。
命に関わる問題だし。なるべく行動しなきゃな。いつの間にかジュエルシード全部持ってかれてました。なんてことになりかねんし。


「はやてちゃ~ん。 俺、ちょいと出かけてくるからー」

「へ、またかぁ? 何処いくん?」

「そこに道があるなら何処へでも」

「さよかw」

「ほな、行ってくるでー!」

「あいあい。夕食までには帰ってきてな? 七時には出来とる思うから。夜はなんか麺類にするよ~」

「うん。楽しみにしてるー。ちょっと小腹もすいてきたし!」

「はやっ!?」

『(うぷ…。すこし・奪いすぎた・でしょうか…)』





「さ~て、今持ってるのはとりあえず一個。 なのはとフェイトは解らんが俺より持ってるのは間違いないだろなー」


ジュエルシード。次元干渉系のロストロギア。らしい。どの辺りの次元に干渉してるのかよく分かってないんだけど。
これを使えば俺って普通に長生きできるんじゃね? 何か唯の木とかがあんなにパワーアップするわけだし。


「なんて思ってた時代が僕にもありました」

『急に・何を』

「いや、これって……何て言ったらいいかな。まぁ、とにかく凄い石らしいんだけどさ、魔力ばっかりでかいじゃん。お願いしてもさ、多分それってこの馬鹿魔力で何とかできる範囲に限られるんだと思うんだよね」

『イエス。それが・どうか・しましたか?』

「要するに、だ―――」


ジュエルシードでは俺の願いである『長生きがしたい』は叶わないのではないか?

魔導師となった今ならわかるが、まず猫の願い。大きくなりたいをかなえた場合大きくなった。すごく。
あの猫は成長したい、ではなく『大きくなりたい』だからこそ叶ったのだと思う。
タイミングがよく分からなくて現物は見ていないのだがアレは変身魔法の一種ではないだろうか? 多分。

『成長したい』であった場合は何も起こらない、もしくはジュエルシード一個分の次元振が観測されるか。その二つだと思う。
この石はおそらく、どこぞの七つ集めると願いが叶う球のように、作ったやつの領分を越える願いは叶えきれない。

―――いやまぁ、こんだけの魔力秘めてる時点で反則なわけだが。

次の使用者の犬が何を願ってあんな事になったかは解らないが……。『自由になりたい』あたりか。それともご主人様を守るために『強くなりたい』か。どちらにせよあんなカタチで願いを顕現をされても困るし。

さらには少年Aと少女B。『離れたくない』『一緒にいたい』『好きです』『付き合いたいです』『主に腰でwうぇwうぇうぇww』という願いを叶える為にあれはねーわ。

確かに離れらんないよ。アレはばっちり現物見たからな。それとなのはさん……俺ガクブルですから。あんな距離から狙われたら俺、気付かずに逝っちゃうから。

で、あるからしてだ。これダメ。俺の願い叶わない。この石に俺のテロメアちゃんを何とかできるとは思えないもん。


「はぁ……」

『……? 要するに・なんなんですか?』

「ん~、俺の死亡率30%くらいUPしたって感じ?」

『ちょ、それヤバくね?』

「っ!? ……あ、あぁ。ちょっとやばいね」


最近こいつのことがよく分かりません。

はぁ、と大きなため息をついて俺は特に役立たずのジュエルシード探しを続けた。
行く先は海鳴温泉……。フェイトとなのはのセカンドコンタクトの場。

―――どうか戦闘には巻き込まれませんように。





。。。。。





「……うわぃたたた~。やっぱ見つけちゃったよー」

『無いよりも・いいのでは?』


そりゃね。これも管理局に対する何らかの交渉材料になれば儲けものさね。

けどなぁ……。


「あんなトコにあるの取りに行きたくない。濡れるじゃん。俺ここまで走ってきたんよ? びっちょびちょで帰ったらはやてちゃんにいらん心配をさせてしまう」


もうちょっとで川に落っこちそうなジュエルシード。
けっ、無かったらさっさと帰れたのに。七時までに帰んないとはやてちゃんに怒られんじゃん!

現在は夕方の五時半である。夕日がまぶしいぜ。


「ん~。手は届かないなぁ……」


ちょこちょこと短い手足を伸ばしてみたが届きそうに無い。あーちくしょう。
あれか。やるしかないのか。俺は別に露出の趣味はないよ? それなのにやるしかないのか。


「脱ぐ……か」

『わたしを・起動すれば・問題・ないのでは?』

「ここには別の魔導師が来てる可能性があるからな。なるべく目立ちたくない。それにお前 空飛ぶ時0か100かしかないじゃん。あんな加速でキャッチできるもんかよ」


ほんと困るんだよ。超バカ加速。
俺ってばあれなんだよね。フライヤーフィン? そんな術式使えません。

俺が空を飛ぶのはカズマさんスタイルです。拳でがぼーんて地を打つか、もしくはファースト、セカンドフォームでぶっ飛んで逝くか。
セカンドはある程度に空中制御ができるんだけど、使ったら疲れるしね。帰りの身体強化の魔術も使えなくなっちゃうからアウト。走れなくなっちゃう。

ファーストはホントぶっ飛ぶだけ。絶対無理。
あんな加速で小石程度のジュエルシードをキャッチできるとは思えない。

システルさんからもらった骨には防御しか組み込まれてないし……。

はぁ。大体フライヤーフィンとかさ、普通最初っからデバイスに入ってるモンなのよ? なんでこいつには入ってないんだよ。
いくらハードが高性能でもソフトがこれじゃ……マジ使えねぇよ。いっそのこと他のデバイス持とうかな。
……そうだよ、なんで俺は律儀にこんなデバイス使ってんだよ。デバイス変えるだけで万事解決じゃねぇかよ!
―――うぉぉおおおお!! そうだよそうだよ! ンなヤツ捨てて別のやつに変え―――」

『右腕から・顔の半分。さらには・胸部に渡り・左上腕まで……いらない・ようですね?』

「HAHAHA☆ な、な~に怒ってんだいこのお・ちゃ・め・さん。俺が生涯の相方であるお前を手放すはずないだろ~。は、はは」

『それならば・いいのです』


ははは……。やっぱ俺、憑かれてるわ。
にしてもこいつ結構気付かないうちに侵食してんだなぁ。幻のフォームも生きているうちに見れるかもしれん(生き残る気なし)。

……。


「ん、やっぱお前使うわ。よく使い、よく食べて、よく寝る。それがお前の成長を促すって言ってたもんな、システルさんが」

『あ・ありがとう・ございます』

「おう。んじゃ、シェルブリット・セカンドフォーム、セッ―――」

―――ットアップしようとしたときにそいつは現れた。





「―――あなた、そこで何してるの……?」





「っ!?」


俺の背後から聞こえた声。意図的に少しトーンを落としたように聞こえる声は、声変わりのきていない自分のそれによく似ており―――。
何よりも、

―――何よりも奈々様ヴォイスでありましたとさ。

ちょ、来るの早くねぇか?
エンカウントは無いと思ってきたのにこれか。


「あ~、いや、そのね、え~と、何と言いますか……」

「……なんで、こっちを向かないの? お話をするときは相手の事を見なきゃダメってリニスが言ってたよ……?」


リニスぅ、余計な事を言いやがってぇ! いやいいよ! 人としてはきちんとしてるよ!
けどさけどさ、そんなことやっちゃったら俺の生存がプレシアにバレちゃうでしょ?
君が絶対チクんないなら見せてやってもいいんだけどね、はは……。


「あ、はは、そのリニスさんって人は、すごく、人が出来てるんだねぇ……」


なんて、俺が苦し紛れに吐いた言葉にフェイトはすごく嬉しそうにうなずいた。見てないけど。むしろ背を向けてるけど。
雰囲気ね、雰囲気。


「うん。リニスってね、ホントは母さんの使い魔なんだけど、私の面倒いつも見てくれて、魔法だってリニスに教えてもらったんだ」

「ぶほっ!? ……そっか。ま、魔法ねぇ?」


フェイトさーん!! なにベラベラしゃべっちゃってますかアンター!! 魔法とかアンタ、俺だからいいものを普通の一般人に喋っちゃったら生暖かい目で見られちゃうよー!! あいたたたー、この子、あいたー。みたいな目で見られるって!


「あ……。魔法のことは言っちゃいけないって母さんに言われてるんだった。 ごめん、忘れて…? ほんと、ダメだな私。消えちゃったほうがいいよね……?」

(フ、フェイト…!)


涙 腺 崩 壊 ! !

う、ぉぉお! 涙が、涙が止まらん!
なぜだ、なぜなんだぁ! MISリルのλ・ドライバは不完全じゃなかったのかぁあ!!―――じゃなくて!!

なんなんだそのネガティブ思考はぁっ!? まるでいぢめられっこが心優しいクラス委員長に言う言葉じゃないか!
プレシアァァァアア! リニスが消えた後はどんな教育してたんじゃあ!?

……いかんぞそんなの。兄として認められん。

そこからはもう勢いだったね。うん。ホント勢い。
俺は勢いで振向き、思わずフェイトを抱きしめてしまった。いや違うんだ。気がついたら抱きしめていたんだ。俺はなんも悪くない。

もう顔なんて見られたっていいもん! 色々と計画変更してでもフェイトは俺が頂くもん! ぷんぷんっ。僕怒っちゃったぞ。


「きゃっ、え、あの……?」


幸いにしてフェイトは辺りの暗さと混乱とで俺の顔などすっぱり頭から抜けているようだった。
わたわたと、どうしていいか分からずに宙をさまよっている両手に愛おしさビンビン。保護欲が騒ぎ出す。


「自分が……、自分がダメだなんていうなよ。消えたほうがいいだなんて言うなよ」

「で、も……、私、こういうときどんな事していいかわからないの」

「……笑えば、いいと思うよ」

「……うん。ありが、とう」


見えねぇ。フェイトの顔が見えねぇ!
これがエヴァ○ゲリオンだったら今は、すごく儚くてすごくすごく優しい笑顔が見れてるはずなのに……抱きしめてるせいで逆に見えねぇ!

ちきしょう。……まぁいい。フェイトの、この柔らかな感触と芳しい体臭を感じれただけで十分だぜ。きっと朝からジュエルシードを探してたんだろう。少しだけ汗のにおいもする。

こんな健気に頑張ってる子を鞭打つなんて……プレシァァァアアアア!!


「あの……、も、もういい……よ?」

「ん~、もうちょっと」

「で、でも…ちょっと、何か心臓が……」

「ん~? 心臓?」

「な、なんか、どきどきしてて、あったかくて……」

「はは、そだね。―――だが断る」

「!?」


結局 抱きしめあったまま一時間近く話し込んでました。ずっと立ってるのも疲れるので座って。
そうだね。アレだね。ZAIってヤツさ。まぁ座位? 48の体位の中の一つ。女性にとっても相手を近くに感じることでの安心感がある体位だね。
いやいや、合体はしてないよ合体は! ただ互いに相手の肩にあごを乗せて話してるだけだよ。

気持ちい……。けど、そろそろ帰らなければ七時に間に合わなくなっちゃう。はやてちゃん泣いちゃうよ。
ジュエルシードはフェイトにあげるよ。持って帰らなかったら怒られちゃうもんね。あのババァに。

―――ババァ☆ババァ☆ババァ♪


「フェイト。俺そろそろ帰んなきゃ……」

「……もう?」


今やフェイトのほうが俺を離してくれない状態。返事も若干ぽやっとしている。
ど、どんだけ愛情に飢えとるンやこいつは……。
おいアルフ! アルフてめぇこのやろぅ! いくら敵情視察っつってもさっさと帰ってきてフェイトのそばにいてやらんかい!


「う、うん。ごめんね。フェイトの探し物が見つかるといいね」

「……ありがと。あの、ね、この位の、青くて小さな石があったら近づいちゃダメだよ」


フェイトはこの位の、と言いながら俺の背中に回した手で、ぐりぐりと四角を描いた。丁度ジュエルシードの大きさくらい。


「ん、了解」

「うん。……顔、見せて」

「おk」


まぁ、大丈夫だろ。
顔が同じ人って世界に三人はいるって言うし。『リリカルなのは』じゃ世界は一つじゃないし。それだけ似てる顔がいるって事だよな。
うんうん。それに話してて分かったけどフェイト少しアホな子はいってるしね。天然ですよ、確実に。


「ほれ」

「あ、あれ、なんか……? どこかで会ったこと、あるの、かな?」


天然だろこれは。
会ったことはありませんよ。しかしあなたは毎日鏡の前で俺を見ているはずです。同じ顔。
よ~っく見れば細部は違うかもしれない。人間は生活環境で変わるって言うしね。

しかしそこは同じ細胞から作られたクローン。俺の見る限り違いは見当たりません。俺がフェイトより髪の毛短いだけです。
巻き込まれるしね。あの車輪に。だからセミロングくらいなんだ☆


「偶然。俺もそう思った」

「そうなんだ。なんか、見たことあるような気がするんだけど……」

「はは、もしかしたら何処かで会ってるのかもね」

「そう、なのかな……」

「どうだろうね。けどもしそうだったらこれは―――」


これは運命だぜ子猫ちゃん☆
そう言おうとした時だった。

月の光を反射する静かな川のせせらぎと、ぽちゃん、という何か小石状のものが水面に落ちたような音。次いで自分の背後で爆発的に高まる魔力。

あ~いたたたー。原作より時間早いんじゃなぁい?

もちろんこれは―――、


「ジュエルシード!」


はい、フェイトさん有難うございます。


「下がっててディフェクト。アルフ、ジュエルシードが活性化した、すぐ戻ってきて!」

「あ~りゃりゃ、どうすんべこりゃ」

「ディ、ディフェクト、下がってて。危ないよ?」

「んーだいじょぶだいじょぶ。まったくもってモーマンタイ」

「で、でも……」


どうするか。
正直、自分が魔道師だとばれても何の問題も無い……事も無いが多少 怒られるくらいかな。管理局から。
フェイトにばれるのはいいんだけどね。けどそうなると後々になぁ……。フェイトとは敵対したくないしなぁ。


「お待たせフェイト! 活性化したんだって?」


いや、フェイトはあっちですよアルフさん。テンパリ過ぎだよ。いくらなんでもご主人様間違えんなw


「ア、アルフ、こっちだよ……?」

「あれっ!? ……いつの間に双子になったんだいフェイト?」

「アルフって言うの? 俺、ディフェクト。よろしく」

「え、あ、うん。よろしく」


混乱気味のアルフ。
やばい。耳がヘナってなってて超可愛い。てかアルフ可愛い。おっぱいでかいし。は、はさみてぇぜ。何をとは言わない。とにかくあの胸の谷間に挟みてぇんだ! はぁはぁ。

俺はそんな内心はおくびにも出さず、


「それよりいいの、アレ? すっげ光ってるけど」

「あ、そうだった。フェイト、いけそうかい?」

「うん、大丈夫。……でも、その」


あぁ、確かに俺のことは気になるだろうなぁ。魔法のことは知られちゃいけないって言われてるんだしね。
気にすんなよ。もうアルフの耳やら尻尾やらガンガン出ちまってるじゃないか。今さらすぎんぜ、フェイトや。


「大丈夫だよ。フェイト、魔道師なんだろ? 俺もそうだから」


途端に、アルフの瞳に剣呑な輝きが生まれ、いきなり殴りかかってきた。
もちろん俺はそんな見え見えのテレフォンパンチなど華麗に―――。


―――ばきぃ!

食らった。


「ぶべらぁっ!!」

「ア、アルフ!」

「何の目的でフェイトに近づいた!? その姿は魔法か!?」


あんな目の前にいて警戒も何もしてないのに避けれるわけねぇズラ。
そ、それにしても、


「ってぇなこの犬ヤロウ! いくら乳がでけぇからって何でも許されると思うなよ!?」

「何言ってんだい! 言いな! フェイトに近付いた理由は!?」


こ、このやろう、反省は無しですか。人をいきなり殴りつけておいて反省は、無しですか!?
大体フェイトに近付いた理由だと? ンなモン―――、


「―――俺がフェイトのアニキだからだよ!」


ほほの痛みに耐えかねてつい言っちゃったんだ☆





。。。。。





「ジュエルシード、封印」

「おつかれ、フェイト」

「あいあい、おつかれさんした~」


とりあえず封印させました。もうビカビカビカビカ光がね。もうすぐポリゴン現象起こるトコだったってマジで。
マジ何回も見返したらリアルにきたからね。自分だけは大丈夫とか思ってたオレ勇者。


「それで、アニキってのはどういうことなんだい?」

「その前にお前は俺に謝るべきだな」

「うっ……わ、悪かったよ。敵の仲間だと思ってさ」

「後で乳揉みしだきの刑な」

「ななな、何言ってンのさ!? 乙女の柔肌を何だと―――」

「そんなのどうでもいいから。
 それよりディフェクトは、本当に私の、その、お、お兄ちゃん……?」

「―――フ、フェイトッ?!」


ぶはっw アルフどうでもいいとかフェイト鬼畜。
それにしてもお兄ちゃんか……。なんか……ちがうな。最萌えなのだが、なにか違う気がする。

おにいちゃま……。兄くん……。にぃにぃ……。兄様……。にぃや……合ってるんだけどなんか……違う。
うん。やっぱり―――、


「いや、お兄ちゃんじゃなくて、兄さんだな」

「にい、さん……?」

「おぉ。すごくしっくり来る。それで行こう」

「……それじゃ、アンタがほんとにフェイトの兄さんだって言うのかい?」

「まね。どっちが先かわかんないけど…」

「……先?」

「うん。もしかしたらフェイトのほうが先に生まれたのかもね」

「どういうこと? ……双子、かな?」


おお。そういう答に行き着いたか。ってことはやっぱりフェイトは自分が造られた存在だという事を知らないわけだ。それならプレシアは俺が逃げ出してる事を知らないんだよね? 知ってたら何らかの情報はフェイトに与えるだろうし。

まぁあのマッドが何をどう考えようと関係ないか。


「うん。まぁ、とりあえずそういうこと、かな。
 ……ところでさフェイト」

「うん! なに兄さん?」

「ケータイ持ってない?」


現在、七時二分。
怒られます。







[4602] nano05 出会い 後編
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/02/10 14:53





「話を聞いて!」

「おー。聞いてるぞー」

「逃げてるよー!」

「いや、だから逃げながら聞いてるって」

「止まって聞いてください!」

「うおぉぉお!? 撃つな撃つな! 聞くから! ちゃんと聞くから!」


なんて事になってます。
フェイトはケータイもってないし八神家には連絡できない。さらに白い魔王様に追われて帰れない。
もしかして俺……死んだ?


だがしかし、俺は一分も諦めてはいない。あわよくば相手のジュエルシードでさえ奪おうと思っている。

―――分の悪い賭けは嫌いじゃない。

人とは、いや男とは何と馬鹿な生物なのか。
っふ。乳のゆれと揉み心地には勝てんのだよ。





05/~出会い~





「兄さ~ん♪」

「ディフェクト~♪」

「はいはい。まったく二人は甘えんぼさんだなぁ☆」



なんてことは別に無かった。

しかしそれなりに和気藹々としていたのだ。
フェイトは『家族』という本物のつながりを切らすまいとするように、口下手ながらも積極的に俺に話しかけていた。
アルフはさすがに完全に警戒を解くことは無かったが、それでも主人のそんな様子を見て時折 口元に笑みを浮かべていたものだ。

しかしそれはやってきた。人間にはどうしようもない災厄。天災。

地震 雷 火事―――


「あ、よかった。まだいた~!」

「―――その声っ、かなみか!?」

「え、えと、なのはだよ?」


―――なのは。

一瞬にして背筋が泡立つのを感じ、フェイトとアルフの前に立つ。
こ、こいつらの喧嘩はあたりに甚大な被害を与えるので手に負えんのじゃ!!


「まずい! アルフ、フェイトを連れて先に転移しろ!」

「大丈夫さ! アイツならこの前勝ってるらしいよ。三対一なら楽勝さ!」

「兄さんだけに任せられないよ」

「ちょ、おまいらエアリーダー付けろw」


せっかく囮になってかっこよく逃がしてやろうと思ってんのに。俺の分のジュエルシードあげるからいいでしょ? これでちゃんと原作に沿ってるでしょ!?

いやいや、っべ、べべ別にこれを気になのはさんと仲良くしようなんて考えてないんだからね!?


「いいから行け。あいつはまだ本気じゃないだけだ。ヤツがマジになったらこの辺りいったいは消し飛ぶぞ。全員やられたいのか?」

「で、でも……」

「あんた……」


俺の本気の眼差しに何かを見たのか。少しだけ押しが弱くなった。

そう、あいつ等はやるのだ。あの、究極のトリガーハッピー、なのはさんとレイハさんは。

なのはさんはとりあえず撃っときゃいいでしょ? といわんばかりの中毒者。
話を聞いてと油断させた所にスフィアを叩き込む。鬼だ。

そしてレイハさん。
自分が死のうとしている時でさえも すたぁらいとぶれいかぁ を撃たせようとする、ある意味 撃つ事自体に快感を覚えてしまっている一番たちの悪いジャンキーだ。

なのはさんは“そんなことしないよ~”と言っておられるが。

うそつけてめぇ軽くやるくせに。お前は未来になると街中でSLB撃ったりすんだよ。
いくら非殺傷設定だって言ってもさすがに一般人や建物なんかはやばいよ? ん? 管理局も大変なモン飼うよね。隠蔽が大変だろうに。

て、ことで。


「だから、行け。大丈夫、俺もすぐに逃げるさ」

「でも兄さ―――っ!」

「……わかった」

「っアルフ!?」

「いこうフェイト。信じてやろうよ」

「―――っ……わか、た。すぐ、連絡するから……、念話のチャンネル全部オープンにしといて……ね? 絶対、だよ?」

「はいよ」


そこで俺はアルフと一度目を合わせた。お互いうなずきあう。フェイトは完全になのはを睨んでおり、今にも噛み付きそう。
ちょ、なのはカワイソスww おれのせいw


(―――アルフ)


念話。皆ガンガン普通に使っているが俺にとっては高度な魔法だ。送信はいいのだが受信がどうにもうまくいかないのだ。


(ああ、大丈、夫。しか、……なんだ、か、…ずい、ぶん・つかみにくいね。 そっ、には……聞こえて、るかい?)

(悪い。受信がどうにもね。はやく行ってくれ。そろそろ無視されすぎてあいつが切れそうだ)

(一、人で勝て……の、かい?)

(相手に勝つか負けるかが問題じゃないだよ。俺が戦っているのは何時も自分自身。俺が負けを認めるまで俺は負けない)

(……。 かっこい、じゃない…い。―――無事に帰ってきたら胸でも何でも好きにするといいさ。あれ? なんか急に調子がよくなったね)


そう言ってアルフはクスクス笑うと、すぅと俺の頬を一撫でしてフェイトと共に転移して行った。

―――そして、





「―――もう、いいのかな?かな?」





「いや全然よくないですっ!」


誰だテメエ!
俺は踵を返し一気に逃げ出した。

だって……超こえぇ。





そして冒頭に戻るわけさ。





。。。。。





「で、話って何?」

「え、えと…。こほん…。
 はじめまして、だよね? 高町なのはです」

「うん」

「……? 名前、教えてくれないの?」

「おしえてほしいのかぁ?」

「うん!」


やべ、なのはさん可愛い。超可愛い。はやてちゃん、フェイト、なのはさん。このスリートップやべ。妹にしたいランキング作ったら同率一位とるくらいヤベ。


「じゃぁとりあえず……ケータイ貸してくんない?」

「あ、ごめん、お風呂から直接来ちゃったから持ってない」

「……な、に……お風呂から、だと…?
 ―――バトルだバトル! バトルしようぜぇ!!」

「な、さっきまで逃げてたのになんで!?」


だって……バリアジャケットの下、裸なんでしょ?

なのはは空戦が得意。
俺は今のところどっちかと言うと陸戦が得意。


               空


              なのは



               俺

               地


みたいな構図になる。間違いなく。これは頂くしかあるまい? アルフの前哨戦じゃぁ!! ここで溜めるだけ溜め込んで全部アルフでかましたらぁ!!


「さぁ! そうと決まったらケンカだ! 俺が売った! てめぇが買った……?
 テメェが勝ったら俺のジュエルシード全部くれてやる! 質問も好きにしろ! ―――だが、俺が勝ったらテメェのジュエルシード全部没収だぁ! ついでにケータイとって来い!
 ―――久々にいくぜぇ! セットアップ……っシェルブリットォォオオオ!!!」

『了解。ファーストフォーム・展開・します』


奥歯と拳に力を込めてなのはの眼前に突き出した。
びくりと反応するなのはがいちいち可愛いんだがどうしてくれようか。


「ひゃっ! ちょ、ちょっとま」


ファーストフォーム。
俺は唯でさえ総魔力量は多くない。そのために選んだ。

まともな規模の攻撃は三回しか出来ないが燃費はかなりいい。俺はなのはのチラリズムを期待してこれから戦う。魔力消費が少なければ少ないだけ戦いを長引かせる事が出来る!

稀少技能《精神感応性物質変換能力『アルター』》は使わない。と言うよりも使えないといったほうが正しいか。これから先、どんな戦いに巻き込まれるかも分からないのだ。こんな所でシェルブリットをスリープモードに移行させるわけにはいかない。未だにどの位でスリープしちゃうのかが分からないんだよね。

ぎり、と更に拳に入るだけの力をいれる。

シェルブリット構築の時はいつもそうだが結構いたいのだよ。
シェルが俺の体内に張っている根。大きさとしてはそれこそミクロ、ナノ単位だろうが、それが俺の身体を這い回っている侵食線(俺が勝手にそう呼んでる)からいっきに吹き出てくる。
小さすぎて目視は不可能だが、そいつらは俺の魔力を糧として伸び、絡みながら体表に張り付いていく。

そのときの痛み。
まるで横綱にでも乗られているのではと錯覚してしまうような圧迫感に対して、俺はいつも笑みをうかべる事にしている。なぜかって? カズマさんがそうしてたからだよ! ホントは泣き叫びてェよ!

だけどなぁ、俺はこんなモンには―――、


「負けはしねぇ……っ! 意地があんだよぉ、男の子にはなぁあ!!
 ―――構、築っ! シェルブリットォ!!」


右腕全体を包む様に現れた黄金の手甲。それにあわせ背中からちょっと浮くようにして生えた三枚の突起物。見方によっては羽根にでも見えるだろう。


「いっくぜぇ初っ端一発目! っ衝撃のぉ―――」
『――Acceleration――』


背後の羽根が一枚砕け、推進剤になる。もともと なのはとの距離は離れておらず、せいぜい3m。
俺はめいっぱい足に力を入れてその場に踏ん張り、力を溜め込み、一気に地面を崩壊させるほどに蹴りつけた。


「―――ファーストブリットォオ!!」
『――fist explosion――』


爆音が響いた。
林の木々がゆれ、鳥が飛んでいくのが見える。

……手ごたえ、無し!

つかすっげぇ硬かったんすけど。右手が超ジンジンしてますがな。いてえいてえ。
やっぱ普通にやっても障壁は抜けないか。くそ、簡易式でいいからバリア・ブレイカーでもあったら違ったんだろうけどなぁ。

もうもうと煙が立つなか、キョロキョロと辺りを見回した。……いない?
足元はなにかミサイルにでも攻撃されたように穴が穿たれている。もちろんその中にはいない。
あるぇ? どこさいっただ、なのさん。殴って、飛んでった? 飛んでった……飛んでった!
―――てことは。


「空中か!」

「シューット!」


気付いた時にはすでになのは は三つのスフィアを形成しこちらに放ってきていた。あれは多分術式『ディバインシューター』
桜色の光弾は進路を思うままに変更しながらもこちらを狙い打つように多角攻撃を仕掛けてくる。

っは、冗談じゃねっての。


「シェル!」
『――protection――』


一応は障壁を張るがおそらく耐えられない。俺の障壁は紙だからな! HAHAHA☆

どんっ、と腹に響く音は一発目を耐えた証で、二回目のそれが聞こえたときは俺のプロテクションが粉になった。
予想通り!
つか二発しかもたないってどうよ、俺の障壁さん……。もうちょっとがんばってもよさそうなもんだけどなぁ。

俺は障壁を越えてきた、若干威力の弱まった一発のスフィアを右手で叩き潰し一気にその場から離脱。
今のなのはの様な、ばりばりミッドチルダスタイルの魔道師と戦う時は一箇所に留まり続けるのは得策ではない。わざわざ相手に的にしてくださいといってるような物だ。

だから俺は林の中に逃げ―――駆け込む。うん。これは卑怯ではなく戦略。戦いには頭も必要なのだ!


「あ! また逃げたっ!?」

「違う! 後ろに向かって全速前進してるだけだ!」

「うぅ~、木が邪魔で見えない!」


今、なのははフライヤーフィンで空に浮いている。それならばこの様な場所で戦うのはこちらが有利だ。相手は射撃専門といっていいほどに近距離魔法を修めていない。そうなると手詰まりになるはず。動きが止まるはず。要するに……観賞し放題なのだよ、明智君。


「―――っく、どこ…? ずるいよ…」


こそこそと身を隠しなのはの真下にたどり着いた。この辺のスキルはホント人並みはずれてるぜ俺って。スネーク、俺だ。やっぱ接近戦ならCQCだよな……。

く、くく。
なんという光景なんだ。なんだよ、なのはさん。想像とぜんぜん違うぜ。





……ぱんちゅ履いてんじゃんかよ。





なんで? 風呂場からそのまま来たって言ってたよね?
まさかアレも―――、


『バリアジャケット・です』

「……あ~、そういやそうだったかも。変身シーンで一回全裸になってたもんな」

『変身・シーン・ですか?』

「あ、いやこっちの話」


そっかぁ。なのははパンツまで構成できるのかぁ。普通そうなのかぁ。

ん、おれ? バリアジャケットなんて着てませんが何か?
シェルね、こいつね、バリアジャケットまともに構成できないんだ。出来ても襤褸布みたいなヤツ。何処のホームレスかと。
マジで縁切りたいんですけど、このデバイス。

……ん?

なのは何かやってんな。魔法陣が展開してる。多少構成がいじってあるが、あれは……ええと、何だっけか、ほら、ここまで出てきてんだけど……そう、そうそう、アレだ、アレは確か、


「―――探知魔術?
 ッまさか遭ってから十分もしてないのに俺の魔力パターン盗まれたぁ!?」

『みたい・ですね』

「ひゃー、理解しちゃいたけど、天才ってホントに居るもんだねぇ。反則だろアレ」

「えへへ~。みーつけた!」

「っちぃ!」


まずいぞー。林に居る意味が速攻で無くなった。

パンツが見えてようがなんだろうが関係ぇねえとばかりにレイジングハートを向けてくるなのはさん、素敵です。
やっばい。絶対なんか撃ってくる気だ。

―――パキィィィイイン!

独特の耳障りな音。分かるのはなのはの周囲に新しい魔法陣が展開されたってこと。それはこちらに向いているレイジングハートにも。


「―――ディバイィィイイン……」


や、やば…っ! これは、


「跳ぶぞシェル! フィスト―――」


俺の跳躍方法。それは拳から指向性のある爆発を生む『フィストエクスプロージョン』の反動で跳ぶ。それだけだ。
ちゃんと慣性には従うし、飛行ではなく跳躍なのだからもちろん落ちもする。
何が言いたいかというと、

―――跳んでもやられちゃうかも。

だがしかし今はとにかく間に合えと願わざるを得ない状況なのですよおッ!!


「―――いっけぇー!」
『――buster――』

「―――とべぇえ!!」
『――explosion――』


攻撃力に変換された魔力の奔流が迫ってくる。
桜色の奔流。近くに流れている小川などこそぎ取ってしまうような威力を誇るであろうそれはほぼ真上から。迫ってくるそれに対し、俺は拳を地面に叩きつけ斜め後方に飛んだのだが、

バチィ!―――いってぇ!

かわしきれなかった。
射線から外しきれなかった右足にもろにもらってしまう。非殺傷設定なので血などは出ていないが。

これね。マジ痛い。
いくら非殺傷でも、ん~、何ていったらいいかな、超高速で粘土ぶつけられた感じ? 俺バリアジャケット着てないんだよ? ……死んじゃうってマジで!

ごうごうという風の音。宙に舞っている俺には なのはさんの眼光は恐怖以外の何物でもありません。


「出て来た!『――Divine――』―――シューット!」


狙っていたかのようになのはから放たれる五発のスフィア。実際にこの状況を読んでいたのか、それとも唯の超反応か。
どれもが誘導弾のように別々の動きをしながら迫り来る。

足場の無い空中、軽々プロテクションを破る威力。どっちにしろやることは決まっていて一つだけ。


「―――俺には避けきれねぇ! だったらどうする! 叩き潰すンッだっラァァアア!!」


まずは魔力強化しただけの左手でスフィアの一つ目を破壊。
ん? 痛いに決まってんじゃん。泣くよ? 泣くよマジで?

んな事考えてる暇はねぇとばかりに迫ってくる二つ目を『―――fist explosion―――』。ナイスだシェル!
その爆発は三つ目と四つ目を巻き込み、


「そんなっ!? ―――くっ!」


拳での迎撃は予想外だったか? 決めきれると思ったか?

あまい。俺はこの戦い方をこっちの『世界』に来てからずっと繰り返してるんだよ!
要するに俺にはどちらにしろ相手に突っ込むしかない。

っは、と息を吐きながら宙で猫のように体勢を変えた。


「っ撃滅のぉ―――」
『――Acceleration――』


ばうんっ!と背中に爆破でも起きたかのような加速。なのはとの距離を一気に迫る。


「っお願い!」
『――protection――』

「―――セカンドブリットォ!」


ばきぃとプロテクションに阻まれる拳。だが加速はまだ続いている!


「おおおっぁああ!!」

「まだっ! がんばってレイジングハート!」


バチバチと拳と障壁が干渉を起こす。
間近に迫っているなのはの目にはまだ焦りはない。一度目の攻撃で俺がプロテクションに阻まれた事実があるから尚更に。


「だがなぁ! アメェんだよぉお!! ……ッカートリッジ、ロードォ!!」


バシャッ!

肘の先から突き出ている角のようなもの。俺のベルカ式カートリッジシステム。稀少能力《アルター》のように自分の魔力には出来ないが一発につき一回だけデバイスに爆発的な魔力を送り込む。
それは薬莢をひとつ吐き出し、熱とも取れる純魔力を拳に送り込んだ。


「一発、持って行きやがれ……! 抹殺のぉ―――!」
『――Acceleration-Multilayer――』


二枚目の羽は消えきっていない。しかしさらに三枚目が砕け、加速の奔流を生み出した。
加速に加速を重ねる。
俺のアクセルフィンはそんなことが出来ちゃうんだよぉ!!

ば、き……!

いける! 破れる!


「―――ラストブリットォオオオオ!!! 吹き飛びやがれぇぇぇええ!!!」
『――Boost explosion――』

「―――今! 戻ってきて…アクセルっ!!」


拳から生まれた爆音のせいでなのはが何を言っているのか分からなかったが、


「きゃぁああ!!!」


勝った。
間違いなくヒット。


「っしゃぁあ! やったぞぶりゃぁあっ!?」


完全になのはの障壁を叩き壊し、俺の拳はなのはの胸部に的中した。正直、錐揉み回転してぶっ飛んで行くなのはを見たときはやりすぎかとも思ったのだが。

―――俺の後頭部で起こった爆発にそんなことは考えられなかった。

こ、これ、ディバインシューター……?
あ、あのヤロウ! 全部叩き潰したと思ったのに、こんなことやってやがったのか!? いってぇ……。確かにいてぇが、この程度じゃ俺はやられんぞ! 毎日毎日 自分のスフィアが目の前で爆発してたんだ。正直意識はMOH☆ROHとしてるが、この程度じゃ、やられん!!

俺はどうにかこうにか着地し、なのはが飛んでいった方向に目を向けた。


「ふ、ふごふご……いて、マジいてぇ……お~い、どこいったぁ?」


し~ん……。


な、なんか反応無しだな。まさか死ンじゃいないよね? やばいかな。ちょっと大人気なかったかな。
いや、いやいや。相手は魔王なんだ。顔面を殴らなかっただけ良いだろ……?

そのとき、

―――がさがさっ…

びっくぅん!!??


「うおえぁ!?」

「ひゃっ、びっくりした~」

「ひぃ! でた!?」

「そんなお化けみたいに言わないでよ~!」


なのはさん、バリアジャケットはボロってるけど、結構なんでもないみたいにピンピンしてらっしゃいます。

え?

―――やめてよね。サイが僕に勝てるわけ無いじゃないか。

なんて状況かと思ってたんだけどな。普通だねアンタ。こりゃマジでセカンドフォーム使わないとダメかも……。


「えと、まだやるの? それだったら俺、相当本気出さなきゃいけなくなるんだけど……?」

「へぅ、さっきのって全力じゃなかったの?」

「いくら何でも子供に全力は出したくないなぁ……なんて」

「それじゃ……私の、負けだね」


へ?

ちょ、あんた、はったりかもしれないでしょ! 素直すぎるよ なのはさん!! もっと生き汚くなれよ!
レイハ! その辺ちゃんと教えてやってんのか!? 俺はシェルにすごく汚い戦い方を習ったもんだぞ!!


「いや、それはわかんないけどさ、まぁ」


自重しろ俺w
別に戦いたくないから。もうお腹いっぱいですから。ぼろぼろのバリアジャケット着てるなのはさんだけでもう十分ですから。


「あ、はは……でも私、もう」

「あ、ちょ……!?」


どさりとなのはが倒れ伏した。
その際にバリアジャケットも崩壊し―――ふぉぉぉぉおおおおお!!!!

キター! な感じなんだけど……どうすっぺ。


「とりあえずレイジングハート。ジュエルシード出せや」

『……』


ぶぅん、とレイハから五つのジュエルシードが出てくる。ちゃんと負けを認めてくれたんだね。
くくく、全て俺のもんじゃい。


「……さすがにそりゃ鬼畜すぎか。一個で勘弁してやんべ」

『……Thank you』

「んにゃ、ほぼ無理やりとっつけたような約束だし。それに全部持っていったらお前らの復讐が怖い」

『……ニヤリ』

「!?」


レイハさん……。





結局俺はその後、全裸のなのはを観賞しながら旅館へと送り届けた。
その際、途中で起きた なのはに有難うといわれちゃったのがなんとも心に響いた。あんた……ええ子や。

そして別れ際。


「あ、あの…名前を教えて?」

「石田門左衛門忠則です」

「い、石田さん、なの?」

「いえ。石田門左さんです」

「……嘘でしょ?」

「ユーノに聞いたら分かるよ」

「っユーノ君を知ってるの!?」


同級生でしたから! 卒業してから一回も連絡来ませんから! まぁ当たり前だろうけどね。こんなことになってちゃ仕方ない。

ま、まだ友達だよね、ユーノ?


「ん、まぁね。悪用しないし俺の分はそのうち返すからってユーノにいっといて」

「あ、うん……。絶対だよ? ユーノ君すごく困ってたし」

「おお。けどフェイトのほうは分かんないよ? 俺の管轄外だから」

「フェイト……? あの子のこと? そういえばユーノ君初めてあの子見たときすごく驚いてたみたいだった……。
 あ、そっかぁ! あなたディフェクト君でしょ? だからユーノ君驚いてたんだ。ふふふ。そっくりだもんね。兄妹なの?」

「さぁ? 俺も今日初めて会ったばかりだからなんとも……」

「あ……、ごめん。なんか、聞いちゃいけない事だったかな……?」


うんうん。気遣いが出来るなのはさん。素敵だね。可愛いよ。すごく。
戦闘中に話しを囮に砲撃してくるなんて思えないね。


「いやいや別に。それよりアイツと仲良くしてやってよ。なの×フェイは俺の中のジャスティスだしさ」

「……? う、うん。そうだね、仲良くなりたいな」

「俺はもうでしゃばらないから。疲れるし」

「ディフェクト君はフェイトちゃんがなんでジュエルシード集めてるか知ってるの?」

「シラネw」


嘘ですけど。言わないでいいよね? なのはさん下手したらプレシアのトコ突っ込んでいっちゃいそうだし。


「そっかぁ……、うん、残念だけど仕方ないね。
 あ、そういえば電話貸してって言ってたね。すぐ持ってくるから待ってて!」

「そうだった。よろしくおねがいしまう~」


なのはさんはパタパタと旅館の中にはいっていきました。
あ、服は着てるよ。

現在。七時四十三分。
へへへ。俺オワタ。

つかマジ泣いてなきゃいいんだが……。ごめんよはやてちゃん!!


「おまたせー。はい」

「ありがと。愛してるぜ☆」

「ふぇ……? ……え、えぇ?」


混乱しているなのはを余所に はやてちゃんのケータイへ…。

ツ、ツ、ツ、ツ―――――ぷr―――『もしもしっ!!』

はや!?


「あ、も、もしもし~。俺、俺~。オレだってオレー、いやだから俺だよ!」

『なにしてるん!? 今どこ!?』


スルーですか。そうですか。


「えと、いま海鳴温泉ってトコなんだけど……」

『……』

「お、怒ってる……?」

『……えぇから、はよ、帰ってきぃな!』

「―――はいすみません!! 今すぐ帰ります!!」


―――ブツッ!

……こっわ。 はやてちゃんこっわ。
あ~、心配してたんだろうなぁ。マジでごめんね。


「だ、大丈夫だった……?」

「えへへ……家から本気で追い出されるかもしれんっ!」

「は、はやく帰らなきゃダメだよ!」

「そうする。んじゃユーノによろしくね」

「うん。今のぼせちゃってて目回してるけど起きたらちゃんと言っておくね!」

「おぅ! こりゃマジ急がんと!
 ―――シェル! セカンドフォーム!」

『了解。起動・します』


―――もう魔法使ってでも飛んで帰るぜはやてちゃん!


「わ、わ! 見つかっちゃうよ、はやく!」

「りょーかいっと。んじゃな かなみ!」

「なのはだよ!」





。。。。。





とりあえずフェイトとアルフに連絡し、ジュエルシード一個あげる、と約束した。近々プレシアのところに行くらしく、じゃあ明日また会おうぜ☆ということになった。

ンだけど―――、

真っ暗な邸宅。豪邸八神家には明かり一つ点いていない。
こええ。なんてこええんだ。

―――がちゃり……。

玄関は、開いていた。


「た、ただいまー」


しん、と物音一つしない。さらに暗くて何も見えない。
しかし、何かの気配が―――、


「はやて、ちゃん?」

「……随分、遅かったな…」

「えと……ごめん。生き別れの妹に出会ったもんで」

「……わたし、今、冗談は受け付けんよ」

「いえ、その、それがあながち冗談ではなくてですね……」


……

………


刺さるぜ。この沈黙は、俺を殺す事が出来る……。


「……ホンマに、ゆーてるん?」

「は、はい。明日も会うことになってるので紹介いたしましょう」

「―――じゃ、じゃあ、この家……出てくん?」

「いえ、そのような予定はないのですが……ご、ご迷惑なら……っ!」


ど、どうなる?
でてくならまた公園に住み着くことになるぜ。

いやだ。はやてちゃんのご飯が食べれなくなるのはすごく嫌だ!!


―――クスクス。


聞こえた。確かに聞こえた。
暗くて何も見えない。だがしかし、俺には確かに聞こえたんだ。

―――闇が、哂っておる。


「……ふ、んふふ~。どうしよぅかな~」

「お、お願いします……」

「ん~、ゆーこと聞いてくれたらわたしの気も変わるかもなぁ……?」

「俺に、出来る事なら……」

「ほな―――」


バクバクと心臓が高鳴る。

どんな無理難題が出てくるんだ。
そういえばはやてちゃんは俺によく女装させたがる。確かに似合うのは認めるのだが、そのまま買い物とかの羞恥プレイの類は勘弁してもらいたい。

いやしかし、それでこの八神家に居てもいいとなるのなら俺は例え全裸でもデパートへ駆け込むかもしれん。


「ほな……?」

「はやてって、呼ぶこと」

「そ、そんな事でいいの……?」

「うん。それとな、あんまり子ども扱いせんように」

「お、おっけい、です……」


大人の扱いをしろといっているのか? 寝るときやお風呂なんかも別々って事か? 実は一緒に入るの嫌だったのか?


「そ、それとな……?」

「……おぅ、どんとこい」

「それと……、初めて会ったときの挨拶、もう一回……して?」


えと、ハイタッチじゃ、ないよな?
要するに、キスしろと……? キスが好きなのか?


「それって、要するにキ―――」

「―――ちゃうちゃう! 挨拶や! ほら、明日 妹さんに会うときに一発ブチかましたろ思てっ!?」


な、なるほど。
そうか。フェイトにキスするのの練習か……。

俺は別にエロゲーの主人公じゃないので鈍感じゃないぞ。気付いてるさ。はやてが俺に抱いてる気持ちなんてな。

く、くくく。
いち居候がクラスチェンジで一気に、





――― 一気にペットクラスまでランクアップだぜー!!




そうだよねー。ペットくらいだったらいくらちゅっちゅしても全然問題ないもんねー。


「オッケーオッケー! ンなもん何発でもブチかましてやんよー!」

「ほ、ほんま……?」

「おぉ。挨拶だもんな! そのくらい普通だよな!」

「じゃ、じゃあ! おはようと、おやすみと、いってきますと、ただいまのキ―――あ、挨拶は?」

「全っ然OK!!」


むしろ願ったり叶ったりじゃ!
俺もはやてにはキスしたいしな。相手がいくら挨拶としか思ってなくてもこっちは濃厚なのをイっちゃうぜ☆


「は、はいじゃあ……おかえり、なさい」

「ん、りょ~かいっ」


俺は手探りではやてのあごをくい、と持ち上げ―――


「……あぅっ」

「ただいま、はやて……」


ゆっくりと、唇を重ねた。
唯のキスには興味ありません。この中に舌を進入させてもいい人は俺のところに来なさい。

―――ぬるっ…☆


「――っ!? ふむっ……ちゅ、ん……へ、へろが、んっ……」

「……んふふ~」

「……んぁ、ちゅ……あかん、よぅ、こんな……っんむぅ! っん、……ふむぅ」



・・・。


・・・・・・。


「ぷはっ、……どうだった?」


それから優に十分は唇を重ね合わせていた。
それどころか俺は はやての口内に舌を進入させしっかり味わってきたんだ☆

はやても俺も口の周りは涎でベトベト。
しかし互いに拭おうともしなかった。むしろ舐めとってもいい!!

はやては ぽけっとした様子で、


「こ、こんな……こんなキ―――挨拶も、あるん……?」

「あ、いや、子ども扱いするなって言ったからさ、大人のやつを……。えと、嫌だった?」

「ん、ん~ん。なんか……めっちゃすごかった。……気持ち、よかった……」

「……フェイトには挨拶、できそう?」

「こ、これはあかんよっ。子供用でいいなら……」

「うん、よろしくしてやってね」

「ま、まかされたー……」


俺は明日、伝説の はや×フェイを見れるかもしれん。

つか、

俺、

やべえだろ……。





[4602] nano06 制限時間
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/02/11 11:41





ピンポーン!

なんという高級住宅。フェイトこんなトコ住んでんのか。
はやてといいフェイトといい なのはといい、みんないいとこ住みすぎだよ。金持ちしか出てこないのかこのアニメ。なんだ、セーラームーンか。


『……はい』

「あ、オレオレ~、オレだよ! オレだってオレ!」

『マスター。それ・大好き・ですね』


まぁね。
ホントなら一日三回はやりたい所ですよ。


『……おれ? に、兄さん、かな?』

「お、そうそう。兄さんだよー」

『はい、今開けるね』

「うぃー」

『ちょっとまちなよフェイト。 アンタ本当にアイツかい?』

「んだとこらっ!? さっさと乳揉ませろや!!」

『……く、くく、間違いないみたいだ、念話すりゃいいのに』

「苦手なんですー」


そんなわけでフェイトを呼びにきました。
いざ往かん八神家!





06/~制限時間~





「てわけでさー、俺今その はやてって娘のお世話になってるんだー」

「そうなんだ。家がないなら、う、家に来て、良いんだよ……?」

「この歳で妹の世話になるわけにはいきませんので!!」

「……何言ってんのさ。しっかり他人のヒモしてるくせに」

「アルフさん!? 事実でもそんなこといっちゃダメだよ!」

『この・ヒモ・野郎が』

「―――てんめぇぇええっ!!!」


最近シェルがよく反抗するんです。
反抗期なんでしょうか。子育てって、た・い・へ・ん♪

……本気で切り落としたいぜ、このデバイス。

しかしシェルいわく、

「私は・根のある・ところ・からなら・ギリギリで・自己再生・可能です。
 ―――ふははは、何度だって蘇るさ!」

だそうです。コイツ俺より長生きすんじゃね?

そんなこんなで道中、俺の説明をしながら八神家を目指した。まぁ肝心なことは何も喋ってないんだが。
フェイトからの質問は大分はぐらかした。

『母さんは兄さんがここに来てるって知ってるの?』

―――ふふふ。冒険ってのは親にバレたら楽しさが半減だって知ってたか?

『兄さんはここで何してるの?』

―――ふふふ。兄妹間にのみ発生する電波でフェイトの危機を察知したんだ。

『そ、そんなのがあるんだ。知らなかったな。兄さんは物知りなんだね』

―――ふふふ。……嘘です。

『!?』

みたいな感じで。
だってまともに話しちゃったらダメでしょ。プレシアにはなるべく俺の存在に気付いて欲しくないし。だって怖いじゃん。
そういった意味じゃ俺、フェイトに兄貴って言った時点でアウトだな。っはっはっは! 何やってんだよ俺! ……笑えね。

あ、そういえば、


「フェイトってさ、ちゃんとお金とか持ってんの? 家はすげーマンションだったけど」

「あ、うん。ちゃんと持ってるよ。これ」


そういってフェイトは腰に巻いているポシェットを開けた。
その中には……え、え~と。何これ五百万くらい入ってんじゃね? うん。一万円札が束になって四つ。ばらばらになった相当数の万札。それに適当に入れているためクシャクシャになった千円札がやけに多いがこれもかなりある。さらに硬貨には五百円玉が目立つ。要するに、


「ちゃんと使い方解ってる?」

「えと、これが一番大きいので……」


そういって一万円札を取り出すフェイト。

おぉ。ちゃんとあってるから ちらちらとこちらの顔をうかがわなくていいぞ。可愛すぎるぜ。
フェイトを娘にしたリンディさんは大正解ですな。


「……だから、これしか使ったことない」

「ほ、ほほぅ。なかなか、高レベルの回答だ、よ?」

「そ、そうかな……?」


嬉しそうな顔しないでください。
だからやけにバラバラジャラジャラしてんのか。なるべくちっちゃいのから使おうねフェイト。


「フェイトには色々こっちの事教えてあげなきゃね」

「別に間違ってるわけじゃないからいいじゃないのさ」


アルフてめぇ知ってたのかよ。教えてやれよそのくらい。お前使い魔だろが。


「いーんだよぅ、買い物が出来りゃそんなモン。こんなのジュエルシード集めちまったら用済みなんだからさ」

「でも、お金は大事だってリニスが……」

「お前らちゃんと予備知識詰め込んでからこっちこい」


アホの子全開のフェイトさん。いやぁ、可愛い限りですな。信じられるか? これが俺の妹なんだぜ? しゃべーしゃべー、こんなに可愛い子が俺の妹とかしゃベー。

ぐふふ、と何となく妙な笑いを漏らしながら、そして八神家へ。
途中アルフが俺とフェイトの間に入ってきてこっちを睨んでたのはきっと白昼夢。間違いなく白昼夢。

八神家の玄関の錠に鍵を突っ込み(なんか見たことない形してた。穴ぼことかついてた。ピッキングなんて出来るわきゃねぇ)、


「はやて~、連れてきたよ~」

「はいは~い、あがっててー」


なんか美味そうな匂いがする。なんか料理作ってるなこれは。


「はいよー。んじゃあがろっかフェイト、アルフ」

「お、おじゃまします」

「おじゃましまーす! う~ん、おいしそうな匂い~♪」


食い意地はってんなー、アルフ。
原作でもモリモリ食べてたからなぁ……。


「いらっしゃい二人とも。ほわ~、ホンマそっくりなんやね」

「あ、おじゃま、します。フェイト・テスタロッサ……です」

「アルフだよ」

「ディフェクト・プロダクトです」

「うんうん。きいとるよ~。わたし八神はやて。もうすぐご飯できるからそこ座って待ってて」


え、俺はスルーですか……?
関西人の血は騒ぎませんでしたか。そうですか。所詮僕はその程度ですか。


「えと、その…ありがとう」

「よかったねぇフェイト。こんびに?のご飯はあんまり美味しくないもんね」

「あ~、あかんよそんなんばっか食べてたら。おっぱい育たんくなるで」


はやてのおっぱい好きには困ったものです。何故あんなにおっぱいが好きなんでしょうか。
俺が男なのでわからないだけで、まさかおっぱいには何か特殊な能力でもあるのか? ビームとか出るのか? 好きでしょ、小学生辺りはビームの事が。


「ん~、あたしはそれ以外にもドッグフード食べてるからいいんだけど……」

「―――ぶふぅ! ここにもおったか、ドッグフード! なんなん、最近の外国の人にはドッグフードが流行なん?」

「あ、ちが……。だめだよアルフ」

「ああ、ごめんごめん。でもあたしはいいけどフェイトの食が細くてねぇ……。心配だよ」

「ん~? フェイトちゃんはあんまり食べへんの?」

「ぅえ、と…」

「そうなんだよ。だからいつまで経ってもおっぱいが育たないのかねぇ……。人間はもうそろそろ大きくなりはじめてもいい頃だろ?」

「……? まぁ、人それぞれやからなんとも言えへんのやけど……」


も、ものすごい緊張感だぜ。アホの子フェイトですら気付いてる。
かなり、綱渡りな会話だ。

俺も何かフォローを入れなければ収拾がつかなくなること間違いないだろこれ。つかアルフ、お前ちょっと迂闊すぎんぞ。笑いが出るとこだったって。
何だお前、もしかして魔導師だってばれても問題ありんせんっ、とか言い出すんじゃねぇだろうな。同じ狼でもあっちは賢い狼ですよ?


「は、はやてさ~ん、僕お腹すいてきちゃったなー、なんて……」

「ん? ドッグフードなら家にはないよ?」

「ちょ、」


怒ってるんですか? やっぱり昨日の事怒ってるんですね!
ちゃんと説明したじゃんかよぅ。フェイトもちゃんと連れて来たじゃんかよぅ。


「やだやだやだー!! アルフがこれ以上変なこと言う前にご飯に集中させたいのー!」

『(あいたたたー)』


分かってるから。何も言わないでくれシェル。涙出るから。


「―――。……んもう、しょうがない子ですこと」

「―――!! さ、さっすがはやてちゃ…はやて! もう大好き愛してる!!」


さすが関西人! 空気読めてるぜ!

俺の焦りが伝わったのか、なにやらはやてはさくっと会話を中断し、料理の準備に取り掛かってくれた。
いや良かった。マジ助かりました。はやての心遣い、無駄にはしません! アルフにはガツンと言ってやるZE☆

そしてコソコソとアルフに話しかける。





「お前、自重」

「(´・ω・`)」





。。。。。





その後俺たちはしっかりと食事を喰らいつくし、はやてとフェイトは自室で話し込んでいるし、俺は日差しの入り込むリビングでアルフと将棋を。
フェイトはアルフとか俺だけじゃなくて皆とも友達になって欲しいからね。ちょっと不安そうな顔してたけどそんなこと気にしません。俺は基本的に放任主義なのです。子供には伸び伸びと育ってほしいのさー。


「それにしてもアンタは幸せモンだよ。タダで毎日あんなおいしいご飯食べられるなんてさ。―――パチ」

「だよなぁ……ごほっごほっ。だから俺も何とか恩返ししたいんだけど金もないし家もない。―――パチ……王手」

「ん? 風邪かい?―――……パチ」

「ん、気にしなくていい。昔からなんだ。馬鹿は風邪引かないなんて嘘だったって話……っさ。―――スパチーンッ!」

「―――だぁ! また負けた! なんかアンタズルしてんじゃないのかい!?」

「後先考えずに入玉してくるようなヤツには負けないっての。……げほっげほ!」

「……なんかアンタ、ホントに調子悪そうだよ? 横になってた方がいいんじゃないかい?」

「ん~、なんか今日はしつこいなぁ。いつもだったらすぐよくなるんだけど」


俺の体は最終調整が終わってないせいか、よくこういうことになる。
体の調子のアップダウンがやけに激しいのだ。ブルーディがあるのだよ僕には。男なのに。

それでも最近はかなりよくなったと思ったんだけど。はやてのトコに来てからは全然でなかったし。


「うん。やっぱり顔色悪いよ。ていうより悪くなっていってる。」

「そか? 全然問題ないと思っ―――げほっごふ…っごふぅ!」


口元を抑えて咳をする。アルフだって唾の飛沫なんかが飛んできたら嫌だろうしね。
あ、なんか出てきた。やべ、タンか。タンなのか? ドロッとしてるし、そうっぽいな。


「やべ。アルフ、ティッシュとって」

「あ、あんた……っび、病院! 病院行きな!」

「何言ってん―――」


だよ馬鹿。ただちょっと咳が出てるだけだよ。何て言おうとした時だった。

まず妙に粘つく口の中に鉄の味がするのに気付き、


『マスター!?』


シェルの、ことのほか焦ったような声に、俺は自分が何を吐き出したのか気付いた。


「おろ……? まさかこれ、血……?」


真っ赤に染まった手のひら。結構な量の血が出ている。
何で……?
まだ大丈夫じゃないのか? リニスは十年くらいならもつって……。

―――いや、十年も もたないかも知れない。そう言ったんだった。

まさか、こんな急に……?
さすがに血が出るのは初めてですよこん畜生。なんじゃこりゃああああ!!


「何言ってんのさ! 待ってな、今フェイト達呼んでくるから!」


その言葉にハッとなった。
今ここにはフェイトだけでなく はやても居る。この二人にだけは知られたくない!
というか知られてもどうしようもないんだから気を遣わせるだけじゃないか。そんなのいらん! 余計な心配はしなくていい!


「ま、待て待て! 大丈夫だから! 知られたくないんだ!」

「そんなコト言ったってアンタ―――」

「大丈夫だから! 何処も痛くないし、まだ大丈夫の筈だから!」

「……まだって、どういうことだい?」


アルフの思いのほか悲しそうな顔。
まだ出会って二日しか経っていないが意外と俺って信頼されてるんじゃね? ま、ご主人様のアニキだしな。

しかしアルフに話してもいいものか……? フェイトにいっちゃダメだよ?


「え~と、アルフってさ、アリシアって知ってる?」

「……知らない。それと今のアンタがどういう関係があるのさ? 変な意地張ってないで早く病院に―――」

「まぁ聞けよ。アリシアってのは、俺の遺伝子提供者なんだ。これから話すのは全部事実だからな。フェイトのコトもある。聞くんなら絶対フェイトには洩らすな」

「―――わかった。絶対言わない」


ぴょこんっと隠していた獣耳が立ち上がり、アルフは真剣な表情をした。……可愛い。


「ん、こほん……またでやがった。ん、ん……ごほん。それでは話すとしましょう」


俺は『リリカルなのは』に来る以前の事、それ以外は全て話した。こんなコト言ってもさすがに信じらんないだろうし。

まず俺の出生。死体処理場。そこからの逃走。それに伴い、フェイトの出生。フェイトとは違う俺の寿命も。
俺は最終調整が終わっていないまま捨てられた。だから当たり前のようにその体は完璧じゃなくって、どこもかしこもイカレてるんですよ。それでもリニスは助けてくれて、一応もうちょっともつかなぁ、なんて思ってたらこれだよ。ナンテコッタイ。


「……っ、……」


全てを聞き終えた後のアルフは静かに泣いていた。
母の道具にされているフェイトに同情しているのだろう。使い魔としては最高だよな。自分のご主人様の事で泣けるんだし。

これならもし、もしかして、生きたいけれども も・し・か・し・て俺が死んでもフェイトの事は大丈夫。もともと俺はイレギュラーなんだ。フェイトには沢山の友達が出来るはず。


「ぐすっ、あんた……あんたは何やってるのさ、こんなトコで。ミッドにでも帰って治療すりゃ少しは長生きできるんじゃないのかい? それなのに、こんなトコで何してんのさ……?」

「はは。今更 寿命が一年 二年増えてもどうしようもないさ。
 それよりも願いを叶えるロストロギア、ジュエルシードを頼ってきてみたんだけど、これもどうやらダメっぽい。そうなると後の望みは―――」

「……プレシアの研究データ。もしくは調整用のプラントそのもの」

「そゆこと。このことフェイトに言ったらダメだよ」

「言えるわけないだろ! あの子は信じてるんだ、自分の母親の事をっ!
 ……あぁもう!! 今度プレシアに会うってのにどんな顔して行きゃいいってんだい!」

「あ、その際俺の事は言わないようにな。フェイトは俺がうまく言いくるめておくから。お前たちはこれからも普通にジュエルシードを集めててくれればいい」

「そ、それじゃアンタはどうなるんだよぅ……? このままじゃ、」

「―――なぁアルフ。記憶が完全定着しなかった、所謂【失敗作】であるフェイトが俺のように廃棄されなかったのは何でだ? そもそもジュエルシードではアリシアは蘇らない。
 それなら何故集めさせる? プレシアもそれを知らないほど馬鹿じゃないはずだろ? アイツは気付いちまったんだよ。フェイトが記憶を完全に受け継がなかった時点で『死者の蘇生は今の技術力では足りない』ってな。
 だったらどうする? その技術力がある所に行けばいいだけだろ。
 そこは何処だ? 失われし都『アルハザード』だ。
 そこにはどうやって行けばいい? 本当に失われちまってるんだ。その世界は崩壊し、次元震に巻き込まれ断層の割れ目に落っこちまったって話だ。んなトコにどうやって行けばいい?
 ……そうだよ、ジュエルシードだよ。その莫大な魔力量で願いを叶えるロストロギア。たった一つ暴走しただけで次元震を引き起こすほどの魔力量を秘めている。それを集めてプレシアは時空間を跳躍する。アルハザードへ。
 だけど、そんなにうまくいくモンか? 次元震を引き起こすんだぞ? そうなるとどうなる? 時空管理局のお出ましだろ。すでに「地球」では小規模の次元震がいくつか観測されているはずなんだ。あいつらが来ないわけがない。そのうちお前と、フェイトと、あのお嬢ちゃん(なのは)は管理局に面が割れる。お前らは逃げるだろうけどね。
 だがあの嬢ちゃんは?
 管理局に話すだろうな。ディフェクト・プロダクト。それとそっくりな顔をしたフェイト・テスタロッサ。まず俺が捕まるだろうね。
 そうなるとどうだ?
 あの顔がそっくりな子が無関係のはずがない。じゃああの娘は誰だ。フェイト・テスタロッサだ。多分これは俺が喋る。それかあの嬢ちゃんだな。
 テスタロッサ? プレシアと同じだ。プレシアは何故ジュエルシードを集める? 危険だ。突入だ。プレシアを捕まえろ。となる。
 その際、俺がデータとプラントを盗んで万々歳!! ―――と、こういうプランで行こうと思ってるんだけど……どう?」


ぼくのかんがえたりりかるなのは。


「ば、馬鹿かアンタ!? フェイトもあたしも捕まっちまうじゃないか!」


ですよねー。そう簡単にはいきませんよねー。
でもしかしバット原作じゃそういう風に進んでんだよ。だからこれが一番無理がないと思うんだけど。
大体捕まってもプレシアに魔法で操られてた事にすりゃいいじゃん。

……これ最適じゃね?


「どっちにしろプレシアの目的は阻止するしさ、結局捕まるよ。下手に逃げないでさ、捕まって魔法で操られてましたって言えばいいよ」

「……そんなの、フェイトが許さないよ」

「だよねー……」


まぁそりゃプレシアが『ぶっちゃけフェイトってクローンだしw』みたいなこと言わなきゃ最後まで着いて行ってただろうなぁ。
今回も言うかなぁ。言ってくれなきゃ大変だけど、言ったら言ったでフェイトが可哀想だし。

それなら、


「アルフ。フェイトの事、最後まで守れるか?」

「あたりまえだろ! あたしはアンタの事だって―――」


嬉しいこと言ってくれるねぇ、アルフ。若干顔が赤いぞ。照れてんのか? 可愛いじゃねぇかぁぁああ!!


「いや、俺はいいんだ。お前は何があってもフェイトのそばに居てくれよ?」

「―――アンタ……死ぬ気じゃないだろうね?」

「死にたくねーから言ってんのっ!」


手と口を拭いながら、俺は笑ってみせた。

確実に、俺の寿命は縮んでいる。発作のような物は続いてるし、ドクドクと動悸のような心臓の音も耳から離れていない。
それでも笑ってみせた。なぜかって? そりゃカズマさんはピンチの時にもしっかり笑ってたからさ! オレって~カズマさんのこ(ry





―――だけど、それだけじゃない。俺はその日『覚悟』を決めた。だから笑ったんだ。





「……ぅあ……」

「ん、どした?」


なんて顔してんだよ、お前。ポケポケしてんじゃねーよチクショウ。口開いてるぞ。せっかく人がかっこよく決めてんのに!


「なな、なんでもないっ! そ、それより身体、大丈夫かい?」

「ん、大丈夫だって。痛みもないしね」

「そう、かい。そ、それじゃあたしはそろそろジュエルシード探しに行くよ。フェイトに言っといてくれるかい?」

「一人で行くのか? 俺も行くよ」

「いやいやいや! いくらなんでも休んでなって! 大丈夫、何かあったら念話を繋げるからさっ!」


何焦ってんだこいつ?

まぁフェイトがせっかく楽しそうに(たぶん)話してるんだしな、邪魔するのもよくないだろうし。
俺は別に問題ないのに。連れてってくれてもいいのにな。

……これもアルフの優しさか。惚れちまうぞ。俺は粘着質だぞ。ベトベトンくらい。……いや流石にベトベターくらいかな。

『(なぜ・わざわざ・進化前に)』


「ん。そこまで言うなら任せるよ。フェイトには言っておくから」

「はいはーい」


そういってアルフはすたこらさっさと出て行ってしまった。
ピコピコしてるお耳と尻尾は隠しなさいね?





。。。。。





―――死にたくねーから言ってんのっ!

そう言ったときの、ディフェクトの顔が未だに脳裏から離れないかった。何かを決意したような『男』の顔。
思わず心臓が高鳴って、それはアルフにとって初めての経験だった。


(び、びっくりした……。アイツ、あんな顔できるなんて)


どきどきどきどき。
まだ心臓が高鳴っている気がする。いや、事実高鳴っている。

アルフはそのままぐにゅ、と己の乳房を押し上げるようにして掴んだ。


「すごいどきどきいってる……」


手のひらに伝わる鼓動と熱。
そのまま顔に手を当てると、そこもまるで発熱でもしているかのように熱い。

―――アルフ。フェイトの事、最後まで守れるか?

あたりまえだろ! あたしはアンタの事だって―――

アンタの事だって、なんだろうか。
アルフはどう思ってその言葉を出そうと思ったのだろうか。自分自身にもよくは分からないが、


(あたしは何て言おうとしたんだろ……?)


一度意識してしまうとなかなか頭から離れないそれ。また鼓動が激しくなる。
これではまるで、


「こりゃ、ヤられちまったかねぇ」


アルフはクスリと笑い、もう一度だけ胸を押し上げた。





。。。。。





「あ、そっか。アルフ先に行っちゃったんだ」

「うん。フェイトは はやてとゆっくりしてていいって。散歩がてらって言ってた」

「ううん。私もそろそろ行くよ」

「なに、もう帰るん?」

「うん。探さなきゃいけない物があるから。今日は知らない兄さんの事、いっぱい聞けて、た、楽しかった、よ」

「そかぁ……また来てくれる?」

「うん。きっと」


いったいどんな事話したんだろうか、はやて。
あんまりいらんコト喋られてると兄の威厳が消し飛んでいくんだが。


「それじゃ、兄さん……あんまり はやてに迷惑かけちゃ、だめだよ?」

「……はい。肝に銘じておきます」


いったい何を話したのかな はやてさん?
僕 君に迷惑かけましたか? いや、存在自体が迷惑だと思いますよもちろん。
それでもさ……それでもちゃんと掃除とか洗濯とかやってるじゃん!


「それじゃあ兄さん……また、ね?」

「おお。またな~」

「……」

「……」

「……」

「……?」

「……」

「……? ど、どうしたんだ、フェイト?」

「……またねの『挨拶』は無い……の?」

「!?」


俺は思わず はやての方を振り返った。


―――そこには……!


にやにやとなんとも形容しがたい笑みを浮かべ、ぐっ、と親指を立てた彼女が居た。
はやて……嗚呼はやて……! 八神はやてぇぇぇぇええええええ!!! あえて言おう、GJであると! とてもナイスな判断であると!この俺にフェイトの唇を奪う権利を与えてくれるなんて!


「お、おぉ。もちろんあるぞ~」

「そ、そうなんだ……それじゃ、またね?」

「ああフェイト。またね」


―――ちゅ☆


はやてのおかげでフェイトの唇も奪えたんだ☆
血の味がバレるとまずいので舌は入れてません(すでに舌を入れること自体に躊躇なし)。


「…んふ……」

「……ん」


ゆっくりと唇を離す。
そしてフェイトを一度抱き寄せ、耳元で、


「愛してるぞ☆」

「……ぁ」


呟いちゃったんだ☆





「んふふ~。愛してるやて、ええな~家族って」


フェイトが帰ってからこっち、はやてはやけにニコニコしている。いや別に動画見てるわけじゃないよ。笑ってるって意味だよ? あ、そうですか。わかってますか。

きっと俺がフェイトと再開した事が自分の事の様に嬉しいのだろう。なんていい子なんだ。可愛すぎるぜ。
しかし、彼女にはすでに家族は居ない。

だから、


「俺は はやての家族みたいなもんだよ、きっと」

「……ほんま?」

「うん。養ってもらってるしね」

「……ふふ。そやね」

「うん。だから、好きだよ、はやて」

「うん……わたしも……」


これは。
これはまさかペットから家族への昇格が出来ているんじゃなかろうか?

守るよ。絶対。おっさんとにゃんにゃんズの思惑通りにはさせないさ。
そういやこの家に居たらなんかアクション起こすと思ってたんだけどな。何にもないとこ見ると……気付いてないのか?

……んなわけないか。ここに居るのなら何らかのアクションはこれから起こるな、きっと。そんな気がする。


守ってみせるさ。


……が、頑張ります!





。。。。。





『マスター』

「ん~、どうしたー?」

『何か・私・腫れていませんか?』

「……。お前って腫れるの?」


だとしたら完全に気持ち悪いんですけど。
今は硬質な感じで一種のアクセサリーでも通せない事もないんだけど、これが腫れあがってぶよぶよとしたモノに変わったら絶対に切り落とすよ。

それをちゃんと考慮したうえでの発言を頼むよシェル。


『いえ・そうではなく。腕が・という・意味です』

「ん~……」


……何これ?
あ、アナコンダ?


「な、なんじゃあ!? いったい何事だこりゃ! あれ、俺っていつからアームレスリング始めたっけっ!?」


はい。腕がものっそい太くなってます。

なんだろこれ。鍛えた覚えないんだけどなぁ。アレかな、夜のアレのせいで勝手に鍛えられたのかな。ああ、そうだ、そうに決まってるよねシェルゥゥゥウウウ!!


『私のせいに・しないで・ください』

「こんな異常が出てるのにお前以外の何が目的なんですか!?」

『流石に・意味・不明です』


て言うか何、なんで誰もツッコんでくれないわけ?
ある日突然友達とかの腕が太くなってたら何事かと思うでしょう。聞いてしまうでしょう? ちょ、おま、って言っちゃうでしょう!! それが皆見事にスルーて…。

想像してほしい。たとえば自分の母がこうなっていたら。

朝起きて、お母さんがご飯を作っている。それは後姿。フライパンか何か握っている。肘の辺りに違和感を感じるが、曲げてるせいだろうと見当をつける。ふぁあと欠伸を一つ。目元をコシコシかいて、目の前の皿に目玉焼きをのせる母を見る。


「……?」


そしてもう一度目元をコシコシかいて、目の前の皿に目玉焼きをのせる母を、見る。


「―――腕ふとっ!!」


『だから・さっきから・言っています』

「いやいや、冗談では有りませんよこんなの!」

『冗談で・腕を・太く出来る・人物を・今のところ・知りませんが』

「なんで誰も何も言ってくれないの!?」

『マスターが・余りにも・普通にだったので・ツッコミきれなかったのでは?』

「だって痛くとも何とも無いんだもん。普通気付かないだろ?」

『それは無くね?』

「……いや、もういいや。ちょっと病院いこう。……かなぁって思ったけど、やっぱやめよ」

『お金が・無い事に・気が付きましたね』


いやいや、そんな事無いよ? 別にお金なんか無くても生きていけるしさぁ。金なんてないほうが人生に変なしがらみを作らずに生きていけるってもんさ!!


『素直に・はやて様から・お金を・借りま―――』

「あーっ! 何か今すっごいユーノに会いたくなった! もう今すぐ会わないと死んでしまうくらいにユーノに会いたい!!会いたいなぁ!今頃何やってるのかなぁ!あ、そういえばユーノも地球にいるんだよね!うん行こう、今すぐ行こう!!ユーノォォオオオオオ!!!」

『(ダメだコイツ何とかしなきゃ)』

「聞こえてんだよ!!!」





。。。。。





「…ねぇフェイト」

「ん? どうしたのアルフ」

「ディフェクトの腕、何か太くなかった?」

「そうだったかな……?」

「あたしゃ玄関を開けたときシオマネキかと思ったよ」

「そう、だったかな……?」

「……そういえばアイツ、昨日は戦闘してるんだよね」

「……」

「……」

「……もう一回、帰りに寄ってみようか?」

「そ、そうだね…」






[4602] nano07 猫
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/02/13 12:24


『なのはとユーノへ。

今頃 君達は何をやっているだろうか。昨日会いましたが。
最近僕は腕が可笑しくなって来ました(笑)。余り笑えませんが。

きっと君達は僕に色々と聞きたいことがあるでしょう。
ですが、僕はそれに答えることは出来ません。分かっています。自分勝手な僕を許してくれとは言いません。

君に会いたいです。
理由なんて無い。

ホントにないよ? マジマジほんとに。

唯君に会いたいんだ。
今日の午後九時☆ ×××まで来てくれると嬉しいです。Dont be lateだぜ。

~ディフェクト・プロダクト~』


…。
……。
………。


「何だこれは。ストーカーか? 小学生を夜遅くにあんなとこまでやれるわけ無いだろ」


ぐしゃ、ッポイ…。

……。

確かに。確かにそうですね。
でもさ、いくらなんでも妹にあてられた手紙を躊躇無く読むなんて。なんてことしてくれるんですか劉ほ……いや恭也さん。


「―――っ。そこ、誰かいるだろう」

「はいごめんなさーいっ!!!」


―――その速さ、脱兎の如く!

俺は一気に逃げ出した。
俺の隠身に気付くなんてやるじゃないか。
俺は学生時代に『お前は、家で飼われていて一歩も外に出たこと無いようなぐぅたらな家猫に気づかれること無く、ピンポンダッシュくらいなら出来そうだ……』とまで言われた男だぜ。

貴方には例え魔法を使っても勝てる気はしません。


『ですから・余計なことはせず・正面から・攻め込もうと……』

「ライバルと会うのはお話的にまだ先だろ」

『……。まさかの・俺設定・ですか』

「あの声で俺の事をカズマと呼んでくれるのなら俺はケツを差し出してもいい」

『私に・ください』

「……え?」


はい。手紙で伝えよう作戦、失☆敗!





07/~猫~





「どこいく?」

『なにする?』

「『はち×よん!!』」


はぁ……マジどうしようこのシオマネキアームズ。

まず最初からユーノにはあんまり会いたくないし(怒られる)、なのは にもあんまり会いたくないし(何か怖い)。
アルフとかフェイトはまず治癒魔法が出来るかどうかわかんないし。しかもフェイト電気の魔力変換資質もってるからなんか痺れそうじゃん。

俺やだよ?

「兄さん、気持ちいい?(治癒に対して)」

「っいい! すごくいいよフェイト!(びりびり)」

みたいな状況になるのは。これ俺新しい性癖に目覚めてるじゃん。

四方は塞がれました。
これはアレか。もう戦わないほうが良いよって言うお告げか。神様からの。いやいや信じてないけど。

…。
……。
………。


「もういいや。自分でやろ」

『自分で・出来るのに・始めから・他人を・頼るのが・実に・マスターらしいです』

「だろ? 俺はアレだよ、何て言うのアレ、えーと……まぁアレだ」

『分かって・います。アレ(ウマシカ)・ですね』

「おお、それそれ」(本物)


そう、なにを隠そう俺は治癒が出来る。システルさんが以前に言ってた通り、補助に向いてるのか。

しかも俺にしては珍しく割と普通に効くし。スフィアみたいに爆発しないし。転移みたいに訳わかんないとこ飛ばないし。バインドみたいに数が出すぎて制御不能 何てことにも陥らないし。

……俺どうやって学校卒業したんだろ?

その前にホントに補助に向いてるのか俺。おいどうなんだシステル。これでシェルが成長してもまともに使えなかったらパンツ下ろすぞ。寝てる時に。


「よっしゃ、いっちょやってみっか」

『成功を・祈ります』

「んじゃpray歌ってて」

『……い、い・今はマエだけ~・みればEE~』


ちょ、シェルヘタスw

俺はコソコソと人目のつかない場所(公園のトイレ)に入り術式を広げた。
少し耳障りな音と共に魔法陣が展開される。

じっくりと手のひらに治癒効果満タンな光が集まり始め、それをそぉっとシオマネキに近づけた。


「効くかな~? 効いて下さいよー……お、きたきたきたっ! キター!!」

『―――僕は今でもー・弱いままで~↑↑ ひかり~の・剣をっ、にゅけな~いで・いたぁ~!!』

「音痴は黙っててくれません?」

『そうきたか』


ゆっくりゆっくり元の大きさに戻っていく俺の腕。ああ、ちょっとだけ縮んだ。後ちょっとで元に戻る。

大体なんだったんだこの腕。ホントに痛くとも何とも無いし。治癒で治るってことは何か怪我してるんだろ。俺の脳はどうなってるんですか。ちゃんと痛覚機能 果たしてください脳。大丈夫ですか脳。生きてますか脳。

そして、


「あ、魔力切れた……」

『己の・怪我すら・満足に・直せない。そんな・貴方が・私のマスターか?』

「そうきたか」


魔力切れちゃったじゃん。
へ、へへ……。そうだ、俺には無理があったんだよ。俺なんて所詮、魔力保有量D+のヘナチョコ。

俺の魔力は昨日の戦闘、さらに結構魔力を食う治癒魔法のせいで限りなくゼロに近くなっちゃったんだ☆

ていうかシェル。シェルブリットよ。


「……お前さ、昨日の戦闘で俺の魔力が少なくなってんのわかってるくせに何で奪うのをやめませんか?」


そうなのだ。
コイツが俺の魔力をがっつり奪って行くからこんな羽目に合うのだ。

もうダメだコイツ。ホント駄目。駄目デバイスだよ。略して駄バイスだよ。


『私に・その辺りの・制御は・不可能ですが・へぶーへぶー?』

「そうきたかへぶーへぶー……ていうかお前ホントに駄バイスだなおいぃ!!」

『っな! 言うに・事欠いて・駄バイスとは!! ……ですが・意外と・いい響きです』

「ぅるっせぇんだよこのドM野郎!! 俺の魔力返しやがれ!!」

『ですから・私は・野郎・ではないと・常々・申し上げているはず・ですが?』

「っホント誰かコイツ如何にかしてください!! 絶望した! 主人の想いに何も応えてくれないデバイスに絶望したぁ!!」

『吊って・みますか?』

「―――ほぎゃぁぁああ!!!!!」


……も、もうだめぽ…。





。。。。。





「ただいまぁ…」

「あ、おかえ―――ぶっ! ぷ、ぷぷぷ……ちょっとちぃさなってるっ、ちょこっとだけ、ちぃさなってるぅ……!」

「―――っ!? やっぱり気付いてたな はやて! 何でツッコんでくれないの!?」

「ぷぷ……いやいや、随分、身体張ったギャグ見せてくれるなぁ。今日はあえてスルーで旨みを出そ思てたんやけど……まさかの小型化っくく、ぷははははは!! ひぃ、死んでまうよぉ!!」


笑いすぎw

にしても酷いぞはやて! いくら俺でもここまで身体張った笑いは取れないって! 結構俺真剣にびびってるんだよ、この腕には!


「―――ひぃ、ひぃ……あーわろたわろた~。これで昨日遅れて帰ってきたことは水に流しましょう!」

「お、マジで? そりゃよかったぜぃ」


そんな怒ってなかったくせに。

しかしはやて、なんて可愛いんだ。笑いすぎで潤んだ目がヤヴァイぜ☆


「はい、ほなお帰りなさい」

「あ、うん。ただいま」


―――ちゅ☆


「……んむ……」

「……ん」


そして俺はゆっくり唇を離した。
なんてふやふやした唇なんだ。ものすごいぜ。いつまでも吸い付いていたいぜ。

俺ははやてとのキ―――挨拶をしっかりと済ませ、今日のご飯はなんだろな☆と。別にそこには大いなる意思も何も絡んでは居ない。ただ今日のご飯はなんだろうと考えていただけなのだ。

しかし、やや不満気なはやての顔。どんな表情をしても可愛いはやてラヴ。

……え、なに?
なにその顔? 俺なんかやっちゃいましたか!? とりあえずごめんなさい!!

じぃ……と。

それはいったいどういう視線なのかな?
俺に、まさか俺に脱げと?


「え、えと…」


じぃぃぃ……。


「これだけ?」


ワット?
これだけって、


「な、なにがでしょうか?」

「昨日の、すっごいのは、せーへんの?」


……。


「い、いやぁ。皆様からの『ちょ、自重w』の声があったからさ」

「そんなんで止めるなんて、なんやディフェっちゃんらしくないなぁ?」

「……やっぱり?」

「うん」


いや、俺もそう思ってたんだよ。
こんなとこでやめちゃうなんて俺らしくないよね。嗚呼そうだ。俺は作者じゃない。俺は俺だ! シェルブリットのディフェクトだぁぁあああ!!!


「え~、こほん。ただいま、はやて」

「えへへ、お帰りディフェっちゃん」


―――ちゅ、るん☆





。。。。。





ピンポーン。ピンポピンポーン。ピンポピンポピンピンピピピピピピピピンポポポーン!!!


「……うるっせぇぇえええ!!! 誰だコラ! ピンポンダッシュにしては『オシ』(ピンポンダッシュ専門用語。チャイムを押す回数、長さ、タイミング、全てにつかえる。例・『オシ』④! この場合はタイミングを指す。極上のPIN☆PONダッシュ・36p参照)が長すぎるぞ!! はやて、俺が出ていい!?」

「ぅあ、う、うん。叩いたりしたらアカンよ?」

「任せろ!」


馬鹿野郎。その程度で収まるもんか。
マジ大変なことしちゃうよ俺は。新聞の勧誘とかだったらキンタマ蹴り上げて二度と来ないように調教しちゃうよ?

俺とはやてのすうぃーとたいむを邪魔しやがって!!


ぴぴぴっぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴんっぽーーーーーん!!!!ぴんぽーん!ぴんぽぽん!!


つかしつけーよ!!
『オシ』と『レギュラー』(ピンポンダッシュ専門用語。ピンポンする家にいる人物、動物全てを含む動く者を指す。例・この家はレギュラーファイブ、気をつけろ。など。極上のPIN☆PONダッシュ・41p参照)には気を使えって何時も言ってんだろうが!!

俺はずんずんと廊下を歩き、玄関に手をかけ、


「―――やっかましぃんじゃこのハナクソやろうっ! てめえの頭蓋かち割ってレクター博士みたいに脳みそくちゃくちゃ食わせてくれるつもりですか!?」


玄関を開けた。


「―――っ! ご、ごごごめんなさ―――」

「―――って思ったけどあのピンポンには凄く癒されたから全然脳みそなんて食べたい気分が吹っ飛んでいっちまったなぁ!!
 あれ? フェイトじゃないか? どうしたんだいこんな時間に?」


フェイトとアルフでした。
あぶねぇ、もうすぐでフェイトの脳みそ食っちまうとこだったぜ……。


「くっくく、ふふふははははは!」

「お? なに笑ってんだよアルフサン?」

「いやいや、アンタの動体視力と瞬時にアレだけ言葉が出てくる頭を誉めてんのさ」

「おおさんきゅ~。なんだよお前普通に可愛いとこあんじゃん」

「―――っ! な、なな、なに、言ってんだ、い」


そう言ってアルフは困ったように耳を垂れ、もじもじと俯いた。
そしてなにやらブツブツと……。

なんだよ、俺はてっきり馬鹿にされてるものだと。
俺、馬鹿ってのは、もうすでに慣れるくらいに言われたけど、頭いいじゃんアンタなんて言われたのは初めてだぜ。
有難うアルフ。好きになっちまうぜ☆


「あ、あああの、兄さん……お、怒ってない?」

「ん~? 俺がフェイトを怒るなんて……フェイトが俺の髪の毛を全部毟り取った時にしかありえないよ」

「そ、そっか。これって人を呼ぶベルなんだよね?」

「おお、そうだぞー。ちゃんと出てきたろ? しかしフェイト。何も出てくるまで押し続けなくてもいいんだぞ?」

「あ、そう、なんだ。ごめん、ね? うるさかったよね?」


だからそうやってちらちら俺の顔をうかがうのはやめてください。萌え死にますから。ホントに。
フェイト……何だコイツ。ホントに人間なのか? この萌圧は ほろう☆に匹敵してるぞ?


「いやぁ全然そんなことなかったよ。むしろもう癒されすぎてふにゃふにゃになった」

「……本当に? 本当に私、うるさくなかった?」

「おお。でも後で はやてにちゃんとごめんねって言っとくんだぞ?」

「あ、わかった。き、きらわれたり、しないよね?」


なんて、ネガティブ。ああ、ホントにもう…プゥレェシィィィァァァァアアアアアア!!!!!!


「……ぐす、うん。うんうん。嫌われたりなんかしないよ。はやては優しい子だから」

「うん。頑張る」

「ええ、ええ。そうしなさいな」


んで、何しに来たの君ら?
わざわざ俺に会いに来たのか? お昼に会ったばっかだけど、足りなかったのか、愛情が。


「それで、どうしたんだ? もう夜も……そんなに遅くはないか。でも犬を一匹連れて出歩いて良いような時間でもないぞ?」

「今までジュエルシードを探してたの。そしたらアルフが……アルフ?」

「―――っ! は、はい! なんでしょうかご主人様!?」

「……? 急にどうしたの、昔みたいな呼びかたして?」

「ぅえ、あ……ご、ごめんフェイト、聞いてなかったよ」


アルフさん? いったいどうしてしまったのですか貴女?
顔が凄く赤いですよ? 貴女は茹でたタコなのですね(断定)。


「兄さんの腕……どう?」

「あ、うん……? なんか、ちょっと細くなってないかい?」

「ああ、これの件で来た訳だ。……だから気付いてたんなら何でツッコまないの!?」

「だ、だってアンタがあんまりにも普通だったから……」


そ、そうか…。
俺だったら絶対ツッコんでると思うけどな。まぁそれならそれで許す。まぁ良いさ、わざわざこうして来てくれたわけだし。


「わ、私は気付かなくって…」


それはおかしいよね? だってフェイトはやてンちに来る時、俺と手つないでたよね?
自分の遥か二倍超はある俺の腕を見ても、つないでも、何とも思わなかったのかい?

そして俺。


「そういえば、俺も気付かなかったな…」


せめて違和感くらい感じろ。
馬鹿か俺。俺って言うか俺の脳みそ。今日だけでいったい何度右手を使ったと思っているんだ。それなのに気が付かないって……うん、多分アレだな、最終調整が終わってないせいでその辺がアレなんだ。
いや、決して俺が馬鹿なわけではないと信じています。


「それでそれ、結局何なんだい?」

「いや、それがさっぱり。ホント何なんだろ」

「治癒は?」

「効いた効いた。だから多分昨日の戦闘でカートリッジ使った後遺症だとは思うんだけど……」

「カートリッジ……? ……戦闘の後遺症にしちゃあ、痛くなさそうじゃないかい」

「それだよ。この謎の全ては多分コナン君でも解けん」


これが一番不思議。
何なんだこれ。ホント何なんだこれ。大事な事なので二回言ってみたが。

痛くないってのは明らかに異常だよね? ね、シェル?


「それなら……」

「……? なんだよ?」

「い……い、一応私もっ、治癒魔術、出来るから……やって、やろうか…?」

「まじ? お前出来るんだ!? サンキュー! いやぁお前たちが来てくれてよかった!」


なんだよアルフ。お前さん治癒できるんだね! いやいや早く言ってよん。無駄に魔力消費しちまったぜ☆


「い、いいんだよ、フェイトのお願いだしね!」





「……あ、ほんとだ。左と比べると、太いね」





「……アルフ。お前のご主人様は大丈夫なのか?」

「……ディフェクト。アンタの妹が大変だよ?」





。。。。。





「いらっしゃーい。もう、誰かと思ったわ~」

「あのあの、……ごめんね?」

「えーよえーよ。家のピンポンなら何度だって押してもろーてかまいません」

「あ、ありがとう」


フェイトたちを八神家へと上げ、そして早速 飯を食うアルフ。

お前は少し遠慮を憶えたほうが良いな。はやてンち上がってまず一言目が「ご飯は?」それどーよアルフさん。


「ここがKYO-TOじゃなくてよかったね。確実に、ぶぶづけ腹いっぱい食ってたとこだぞお前」

「ぶぶづけ? なにそれ美味しいの?」

「俺も食ったことがあるが、二杯目から練からしが具の下に上手くカモフラージュされて出て来る」

「あたし、からし好きだよ?」

「三杯目はさらに米が硬いな」

「あたしの顎はその位なら余裕だよ?」

「四杯目はさらにトッピングにカールとか入ってる」

「美味しそうじゃないかい、カール?」

「五杯目はそれがカブトムシの幼虫になってるけどな」

「……それは……」


いや、俺も限界までねばったんだよ? それでもさ、茶碗に茹で上がったカブトムシの幼虫が入ってるとなると流石に、あ、僕はこの辺で……っていっちまうだろ? 一瞬 間違えて食っちまいそうになったけどな。

いったいどれだけ帰ってほしかったんだろう……ごめんね!


「フェイトちゃん達は今日はどうするん、泊まってく?」

「あ、でも……ど、どうしようかアルフ?」

「ん~、あたしはどっちでも良いよ。フェイトが決めなよ」

「えと、えっと」


ええ。普通だったらイライラするでしょう。このフェイトの挙動不審ぶりに。

しかし、


「か、かわい~な~」

「だろ? なんかおかしいよなこの可愛さは」


はやて、わかってるね!
そうなんだよ。可愛いんだよフェイトは。ここまでオロオロされるといじめたくなっちゃうんだよ!!


「同じ顔なのに、何でも即決のディフェっちゃんとは大違いやね」

「だよな。しかもアルフもわかってて困らせてる節があるな」


うんとうんと、と必死に考えてるフェイト。
その姿、最萌。

やがて、決断を下したのか、ぱっと顔を上げた。


「と、泊まっても迷惑じゃないかな?」

「そんなことないで~。それにな、今日泊まるとディフェっちゃんからの『おやすみ』&『おはよう』が特典としてついてくるよ?」

「―――と、泊まるっ! 今日はやての家に泊まります!」





「……何の話だい?」

「い、いやぁ…某にもさっぱり解らんでござるな」





。。。。。





「ディフェっちゃーん、戸締りお願いしてもええかぁ?」

「はいはーい。まっかせろーい!!」


フェイト達と共に風呂へ入ったはやてはそのまま寝るつもりのようで、三人で階段を上っていった。

アルフは軽々はやてを抱っこし、階上へと。
何気に力あるな。結構筋肉質だしなぁ。あの太もものムチムチ感、たまりません。


「戸締り戸締りるんるんるーん」


鼻歌を歌いながらカーテンを開けた。

―――しゃっ

俺、このカーテンの音好きなんだよね。しゃ、って。
鍵は……うん。ちゃんとかかってるな。良しオッケイ!!


「今日も一日お疲れ様でした八神家。これからもがんば―――」


てね。

ってさ、ちゃんと家は労ってやんないとね。日本には八百万もの神様がいるんだから一人くらいならこの家に来てくれるかもしれないし。俺は信じてないけど。

だけど、











ガラス戸の奥に見える、四つの、ガラス玉のような瞳。
























―――にゃぁ





















二匹の、猫。























―――しゃっ


「さーて、はやてたちに『おやすみ』ぶちかましにいったるかー!!」


俺は、階段を上った。







[4602] nano08 犬
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/02/13 12:25




「くぅ~ん……きゅぅ~ん……」

「……見てない見てない。俺は何も見てない」

『……ええ。その・通り・です』

「―――!(何かに気付いた様子) きゃんっ! きゃんきゃんっ!!」

「……きこえないなぁ。な~んにも聞こえない」

『き、聞こえ・ませんね。なに・ひとつ』

「ひぅん……(耳を垂れ、落胆した様子)……くぅ~ん、くぅ~ん……」

「……ぬぉぉお……っ!」

『……も、もう・むりぽ』

「あああああああ~!!! 何で見つけちゃったの俺ー!!! どうすんだよマジで!!」

『……どう・しますか?』


ホント、どうしよう。

子犬、見つけちゃった。
朝のお散歩なんてするもんじゃねぇよ、畜生め。





08/~犬~





「はぁ、なんなんだよマジで……。何で俺を見たとたんにダンボールから出て来るんだよ」

『何か・同じ匂いを・感じとったの・では?』

「それは、どういう意味で言っているのかな? 俺は犬と同じ匂いがするのかな?」

『ええ。雨に濡れた・犬くさい・です』

「マジ自殺もんですよそれ!?」


拾ったのはいいけどねぇ……。
はやてのとこは無理だろ。ヴォルケンが出てきてればよかったんだろうけど、今はな。流石に世話がきついよね。
フェイトのとこも、てかそんな状況じゃねーか。犬なんて飼ってる暇ねーよなぁ……。


「あぁもう、お前状況分かってる? なぁ犬。おい犬」

「……? ひゃん! ひゃんひゃん!!」


犬は元気に鳴いた。バタバタ尻尾まで振って。

そうだよね。分かるわけないよね。ごめんね。俺がお金持ってればよかったんだけどね。
文無し宿無しにくわえ命にしては風前の灯。
へ、へへ……俺にお前は救ってやれねぇよ。


「―――シェル。プランθで行こう」

『……?』

「アリサの家に放り投げてくる。ヤツは なのはの友達だ。犬の一匹くらいその寛大な心で養ってくれるはず」

『……と・なると・実行は・夜・ですか?』

「ああ。いいか犬。お前は一応今日の夜まで俺が預かる。しかし勘違いするなよ。お前のご主人様じゃないからな?」

「ひゃんひゃん!」

「……はぁ」


まぁとりあえず、


(おーい、アルフー。おーい、聞こえるかー?)


念話開始。
俺の場合あんまり遠いと繋がらないけど、海鳴から出てないならどうとでもなるわな。


(おーい。聞こえてるんだろー? シカトかぁ? まさかのシカトかぁ? おいおいおいおいおーい!?)

『最高に・うざいですね』

「いいんだよ。アルフだし」

(ん~? さ、きからぅるさ、いねぇ。……しか、も、この捕らえどこ、ろのなさ。ディフェ、トかい?)

(うん。おはよ。ドッグフード欲しいんだけど、ちょっとくれないか?)

(ん。おは、よ。やる、のはいいけ……ど何……使うの、さ? まさか、食、べるのか、い?)


くわねーよ。
もうドッグフードはいいよ。アレは人が食っちゃだめだよ。完全にやばい味したよ。けど缶詰はちょっとうまかったよ。


(食うかよ。ちょいと入用でさ、お前のおすすめのヤツ少しでいいから頂戴)

(……わか、た。今か……ら? フェイト、起こそ、うか?)

(いやいや。寝てるんならそっとしといてやって。お前だけでいいよ)

(わ、わかった。い、今、すぐ、行くから)


どうしたアルフ。なんかやけに焦ってたように聞こえたんだが。
俺の念話のせいか? 俺の念話は大分だめだな。むしろ俺はもうだめだな。


(あいよー。×××で待ってるから~)

(は、はいっ!!)


なんで敬語w

俺はアルフとの回線を閉じながら犬に視線を合わせる。くりくりとした瞳。何も分かってなさそうな、何も疑ってなさそうな綺麗な瞳だった。

か、可愛いじゃねぇか。
……いやだめだ! 騙されるな。コレは、この目はわかっているからこそ出来る目なんだ。コイツは俺を養ってくれるぜへっへっへ、って考えてるんだそうに違いない!!


「ぅおお……っ、俺は騙されねぇぜぇええ!!」

『ならば・すごい勢いで・頭を撫でるのは・やめた方が・いいのでは? 煙が・でてますよ?』

「こ、これは俺じゃない。お前が操ってるんだろ?」


―――シャカシャカシャカシャカシャカシャカ!!!!

なんだこの現象は!?
腕が、右腕が勝手に動きやがるぜ!! 勝手に犬の頭を撫でていやがる!!


『遂に・現実からも・目を背けますか……』

「……私はお前を凄く初期化したい気分に駆られましたよ」

『マスターの・頭が・パーになっても・よいのなら』

「……お前、そういう驚愕の事実をギャグパートで伝えるのはどうかな?」

『仕方なくね?』





。。。。。





「あ、ディフェクト。ご、ごめん、待ったかい?」

「おお、全然んなこと―――」


……おやおや?
え、えと……、


「お、お前、アルフ……ですよね?」

「う、うん。やっぱりおかしいかい、このカッコ……?」


言いながらもアルフ(?)は少し誇らしげに胸を張った。そのときに揺れるのがもう……。

てか、なんか可愛くね?
いやいやいや、可愛いのは前から分かってたよもちろん。しかししかし、今日のアルフは可愛すぎんだろ。なんだこれ夢か。
今日は何か特別な日なのか? そうなのか?

なんで薄く化粧なんかしちゃってるの? なんか良い匂いするんですけど。
なんでいつもの挑発的な服じゃなくてちょっと貞淑そうな感じなの? 半端ないんですけど。
そのワンピ超似合うんですけど。どうなんですかその辺。
おまけに髪の毛まで。お前いつもは適当に流してるだけじゃん。なんで緩く結んでるの? 耳ばれないようにね。


「……どうしたお前。可愛すぎるぞ。ホントどうしたお前」

「か、かわいい? ホントかい?」

「ああ。今日はギャップにやられたな。まずいぜ、アルフ萌えだぜ」

「あ、あり、ありありがと……」


もぢもぢと。

な、なんなんだコイツの反応は。驚異的じゃないか。まさしく、これは、脅威だぜ。通常の三倍はやばいぞ。
まさかの展開だぜ。


「それで、ドッグフード……持って来たよ?」

「おお、サンキュ。いや実はさ、こんなの拾っちゃいまして……」


ヒョイ、とフードに入れていた犬を取り出した。大きさとしては片手で掴めるくらい。
ちょっと痩せてるなーなんて思ってね。アルフにご飯を貰おうかと。プランθを実行するにしても夜までは面倒見てやらなきゃいけないわけで、まぁ、かわゆいしね。

犬を出し、またもその頭を俺の右手が勝手に撫でる。しかし瞬間、アルフの目の色が変わった。


「……そうなんだ……」

「……? どうした、なんか不機嫌そうじゃないか。いや、悪かったって、そりゃこんな朝早く起こして用件がコレじゃ怒るのも無理ないけどさ」

「そうなんだ。アンタは、あたしより、そんな小娘のほうが良いんだねぇ……」


あん?
何を言ってらっしゃるのかなアルフさん。僕は貴女の言いたいことがさっぱりなのですが。


「いやいや、おかしいとは思ってたんだよ。フェイトや はやてには『挨拶』するくせに、あたしにはしないもんね」


ホントどうしたお前。熱でもあるのか……?
お前に『挨拶』しないのは、やっちゃったら行くとこまでイっちゃいそうだからであって、そんな他意はないんだよ?
さすがに最後まで行くのはどうかと思っているのですよ。俺、脱チェリー9歳何だぜ? とかどんだけ武勇伝だよ。


「あの、アルフ?」

「ディフェクト……あんたロリコンだったんだね!? そんな、そんな小娘が良いなんて!! あたしゃビックリだよ!! まだ生まれて二、三ヶ月じゃないかい!! そんな、そんな雌犬が良いなんてっ……!」


そうか。コイツ雌だったのか。

てかアルフや、


『―――ぷ。もちつけ』

「確かに」


うわぁぁんとか何とか言いながらアルフはポカポカ俺を殴ってきた。

はっはっは。かゆいかゆ、い? ……いや痛い。凄く痛いです!! ちょ、ま! アルフ待って! イタイイタイ!!
しっかり腰を入れて殴らないでください! アンタいったいどんな力してんですか!?


「いた、ちょ、アルフさん!! 痛いですよ!?」

「せっかくっ、せっかくおめかしして来たのにぃぃぃいいいい!!!! このこのこのぉ!!!」

「ぶるぅぁぁああああ!! マジで! ちょ!!」

『ここで・死んで・物語は・終了。良い・終わり方・です』


そんな終わりはいやです。やばいです。俺の顔面の形が変わっていってます。
ごしゃ、ごしゃっ!
あ、ああ、意識が……。





目が覚めるとアルフが一生懸命治癒をかけてくれていました。
泣きながら治癒してくれていました。
ここぞとばかりに俺の萌えポイントを付いてくるこの犬娘はホント、なんでこんな……可愛いのぅ。


「分かりましたか? こいつは、ついさっき見つけた唯の子犬です。僕の愛人なんかじゃありません。ちなみに僕はロリコンじゃな、な、ない、はずです」

「ご、ごめんよ。てっきりソッチの人だからあたしに反応しないんだとばかり…」

「いや、あのね、そりゃアルフは可愛いよ、凄く。でもさ……」

「でも……?」


いや、だからアレだよ。
やばいじゃん。はやてやフェイトはまだ大丈夫なんだけど……アルフはね。プツっていってワシャーってなってスパチコーン!ってかましちゃいそうじゃん?


「……でも、なにさ?」


ずい、とアルフは中腰になり身を乗り出してきた。
その瞳に宿る光は、多分感づいてる。俺の、今の想いに、感情に。

いたずらっ子のような、そんな色。


「いやいや、だから、その……」

「だから、その?」


またも、接近。
その際にふぅ、と耳に吐息を一つ吹きかけてきた。
ぴく、と反射で身体が反応する。

や、やばい。俺 今、超ドキドキしてるんですけど。やばいよねこの状況?


「えと……えぇと」

「ふふ。そのどもり方、ホントにフェイトみたいだねぇ」


耳元で囁くようにして言われた。

うわ、うわっ! ぞくぞくする!
この身体になって以来、俺 耳元に弱いんだよ。美容室のシャンプーとかドライヤーで感じちゃうようなヤツなんだよ!?


「……かわい」


ぱくり。
そしてアルフは俺の耳を口に含んだ。
じゅるりと耳穴に舌を滑り込ませてくる。


「う、ひゃ……!」


ちょ、待ってアルフ。やだやだここじゃヤダ!

しかし俺のそんな思いは知ったことかといわんばかりにアルフはさらに舌で俺の耳をこねくり回す。


「きもひいい、よね? フェイトも好きなんらよ。コレ」

「わ、わかった! わかったから!!」


俺はどうにも攻められると弱い。
こっちからガンガンいかないとペースを完全に握られてしまう。

じゅるり、じゅるりと。
アルフの舌は止まらない。それどころか動きをさらに激しくさせ、俺の感覚を刺激する。

も、もうやめて! 腰が砕けちゃいそうだってばっ!


「―――はぁ、すごい。ディフェクト、アンタ本当に……」

「ぅぅ、な、なんざんしょ……?」


アルフの瞳にまた、嗜虐の光が宿った。
捕食するときとは違う。ただ、獲物をいたぶって、自らの子供に狩を教え込む時のような。


「たまんない、かも…」

「お、俺のライフポイントはもうゼ―――」


俺の後頭部に手をやったアルフはそのまま髪の毛を掴み、やや強引に俺の首筋をひらけさせた。
そしてまた、


「―――うわ、うわっ! タンマタンマ! ちょっと待ってアル、っふぅ!」


べろりと首筋に舌が這い回る。

どうにもこうにも身体に力が入らず、俺は思わずアルフの身体にしがみついた。
すると中腰の姿勢のアルフは何を勘違いしたのか、そのまま俺をホールディングし、ぐいと直立。
まるで抱っこされているような体勢。

地に足が着かない。
昔の人はすごいことを言ったもんだ。このことだったんですね?(馬鹿)


「ディフェクト。あたしにも『挨拶』してくれるよね?」

「ちょ、まって、ホント、ウルトラマンの制限時間だけでもいいから、タイムアウトを―――」


言い終わる前にするりと服の中にアルフの左手が滑り込んできた。
つ、つ、つと触れるか触れないかの距離を保ち、背筋の中央を指が通る。

予想通りに身体は反応してしまい、ビクゥと痙攣をひとつ。さらに不安定な状況でのコレ。後ろに倒れてしまいそうになり、俺はさらに強くアルフにしがみつく羽目になった。


「あたしにも、『挨拶』……してくれるよね?」

「い、いやだからね……」


こんな状況になっちゃうからしなかったんだよ? いやいや、俺もまさかこんなにやられるとは思いませんでしたけどね!?

アルフの顔が、ゆっくり接近する。
吐息のかかる距離。鼻先は触れ合い、アルフの視線は俺の唇へ。
はぁ、はぁとアルフの感情までも察知できる。

お互いに、瞳は閉じていなかった。


「……して、くれるよね?」

「……はい、負けましたぁ……」


ゆっくり瞳を閉じる。

途端にバクリとアルフは唇に食いついてきた。
唇同士を合わせるような単純なものでなく、完全に俺の口を、口で食べてしまうかのような。

べろべろと、アルフの口内に収まってしまっている俺の唇は、犬のような彼女の舌の動きにせっつかれる様にその防壁を開く。


「―――むっ…うぁ、るふ、ちょ、ま」

「はぁ……ん……だぁめ……」


俺の口内に、完全に侵入してきた。アルフの舌が。

これはまた……。

長い。
アルフの舌は、長い。
まるで犬の舌のように、奥に奥にその威力を発揮してくる。いつもの『挨拶』で感じないようなところまで、しっかりと届いた。


「んぅ……も、もう、あるふ」

「んん、もう、ひょっとらけ……ちゅ……」


やばいんだって! ほんとに!

しかしアルフは知ったことではないとばかりに俺を蹂躙する。
ちらりと瞼を開けてみれば、そこには薄く開かれたアルフの瞳。

にこり。
瞳だけでアルフは笑って見せた。そして鼻先をぐりぐりと押し付けてくる。
あぁもう……こんちくしょうめ。かわいいなぁおい!!

俺は抱きつくようにして背中に回していた手を離し、アルフの顔に添えた。ぴく、とアルフが震えるのがまた可愛い。


「……、はぁ……ちゅ」

「でぃふぇ、くとぉ…」


アルフの舌を自分の舌で、唇で、優しく刺激する。
よだれが端から零れ落ちていくが気にならない。

さっきまで良いように扱ってくれたお礼を、ね。





。。。。。





なんかいつの間にか夜。
いったい何があったのか。どっかの誰かさんのスタンドで時間が飛んだのか?
ち、畜生、誰も覚えていないのか? 結果か? 結果だけが残ったのか!?


「それで、その犬どうするんだい?」

「ん、まぁ……これから知り合うことは無いかもしれない人に家に投げ込んでくる」


アルフが持ってきたドッグフードをむしゃむしゃ食ってる犬。生後二、三ヶ月って言ってたけど、そんなに食って大丈夫か?

こいつはこれからアリサん家に行くのだ。
これから先、お前もお世話になるかもしれないんだからちゃんと家の場所憶えて置くんだよ?
プレシアにやられてやばかったらそこにいけよ?


「誰だい? 知り合いじゃないんだろ?」

「なんかデカイ家でバカみたいに犬を飼ってる道楽貴族風の女の子」

「ふぅ~ん。また、女の子かい」

「な、なんだよ。別に知り合いじゃないって言ってるだろ?」

「ふぅ~ん……ふぅ~ん?」

「げふんげふんっ!」


なんだこいつ。やけに絡むじゃないか。
さっきまであんなに可愛かったくせに。

それは良いとして、どうしようかな。まさか本当に放り投げるわけにもいくまいし、手足縛って家の前に放置しておけば拾ってくれるかな……?

少しだけ鬼畜なことを考えながら犬を。
つぶらな瞳は俺を打ち抜いて、


「くぅ~ん?」


で、できねぇ。俺には出来ねぇ!
こんな瞳で見つめてくるヤツを無碍に扱うなんて!

こいつはきっとわかってるんだ。自分はまた捨てられると……。だから懸命に自分の可愛さをアピールしてるんだ。それしか自分には武器はないから。たったそれだけの武器でこいつは戦ってるんだ!!

そんなコイツを、おれは……おれはぁああ!!!


「『バカそうな人間だなぁ』……だってさ」

「―――きっさまぁぁぁあああ!!!!」




さて、犬が考えていることは分かりました。
しかし優しい優しいディフェクト君は手足を縛るなんてそんなこと……。

そして手足を縛りつけ猿轡をかませた犬をフードの中にいれ、


「いいか、この家は『レギュラー』18だ。気を付けるんだぞ…!」

「わかってる。『ミッシン』で行く。犬のタイミングはそっちに任せたよ」


―――こそこそ、こそこそ。

結局ピンポンダッシュで行くことにしました。
門にもピンポンは付いてるんだけどそれを押しても本物のピンポンダッシャーにはなれない。やっぱモノホンは玄関。それだけを狙う。


「ストップ。そこ……『ロクヨン』があるよ。あたしのハナは誤魔化せない」

「……サンキュー。あぶねぇぜ、さすが金持ち。庭にこんなもの仕掛けるなんてな」


ちょっとした草木の間から顔を覗かせている機械。おそらく赤外線を利用した侵入者察知の罠。
俺はそれをゆっくりまたいだ。

それにしてもアルフ。すげぇぜ。お前とだったらトップを目指すことが出来る。お前の嗅覚は赤外線が出すオゾン臭まで嗅ぎ分けるのか!?

またもゆっくりと進みだした。
アルフが後衛。俺が前衛なわけだが変わったほうがいいのかもしれん。

そのとき、俺の視界にちらりと何かが動くのが見えた。

ま、まずい…アレは!?


「―――っ!!」

「―――ひゃっ!」


俺はアルフに覆いかぶさるようにして姿勢を限界まで低くする。
まずい……『ロクヨン』があるくらいだ、『ハタチ』が居てもおかしくなかった。気付くな……気付くな……。
限界まで息を殺し気配を殺し、フードの中では犬がちょっと暴れているが、


(さっさといけ……)


懐中電灯をもった男が二人。俺たちの前をゆっくり、通り過ぎていく。


―――っほ……。


よかった、危なかったぜ。現実にコンテニューは無いからな。


「おいアルフ、赤外線に気付いてアレに気付かないのはどういう了見だ?」

「ご、ごめんよぅ……こっちが風上なもんでにおいが……」

「まぁいい、行くぞ」

「はいっ」





「ここから先は完全に『ジョシコウ』の範囲内だな……」

「……どうするんだい? ピンポンが押せないよ?」


茂みから顔だけを出し、玄関を確認する。カメラが二台。
随分遠回りしてきたおかげで結構な時間を食ったのだが、まぁ……楽しいのだ。


「くくく…こういう時はな、これだ」


ごそごそと懐から取り出したるは、


「……パチンコ玉?」

「そう。これでピンポンをな」

「この距離でかい?」

「もち」


ピンポンまでの距離は目算で7m。
普通だったら絶対に無理だが、何を隠そう俺は魔道師。





「ナノマシンシェルブリット……15%限定起動、承認」





『そんな機能・ありません』


ですよねー。

俺はこそこそっとファーストフォームを展開した。
左手にパチンコ玉を乗せ、


「狙い撃つぜぇ……!」


びしぃ、と中指で弾き飛ばす。

それは狙いを違わずピンポンに―――


ズゴメキョゴゥ!!!


当たらなかった。それどころか隣にある玄関のドアを完全に破壊しまくった。

お、おかしいな。
当たると思ったんだけど。

途端に鳴り出す警報。
わらわらと出てくる執事服を着つつも何処か陰のある人たち。

―――ぷぷぷ。やらかしてもーた!


「な、何やってんだいバカ!」

「わはははは!! いーのいーの! よし、逃げるぞ!!」

「―――そこに誰かいるのか!?」


もうメタルギアごっこは終わったよ。
これからは逃げの一手!

そこな執事! よく見とけ!!


「―――ふはははは! 私は天より使わされた事も二、三度ある宇宙人のような地球内生命体だ!! 今日は諸君らにお土産を持ってきた! コイツは唯の犬のように見えるだろうが唯の犬だ!」

「ば、ばかばか!! 早く逃げるよ!」

「誰かあのバカを捕まえろ!!」

「ふは、ふはは…ふふぁーっはっはっは☆ コイツはちゃんとアリサにやっとけよ!! ンじゃそゆことで、―――フィスト!」
『―――explosion―――』


ずどぅん! という爆発音。
同時に俺はアルフを引っつかみ跳躍した。拳の爆発で飛ぶ。


「―――ふは、はーははははははははは☆」

「本物のバカかい!? こんなとこで魔法使ったら―――」














「ああもう、うるさいうるさいうるさーい!!! こんな夜中に誰よ!?」




「くぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅうううう!!!!」

『くぎゅぅぅぅぅぅぅっぅぅうううう!!!!』

「ちょ、いったいどうしたんだよぅ!?」





。。。。。





アルフと別れ、一人で八神家へと帰る道のり。

今日は随分はっちゃけたぜ☆


「あー、楽しかったなぁシェル」

『あの・緊張感。あれは・校長の・デバイスに・落書きをしに・行った時・以来・でしたね』

「おお、それそれ! ばれない様にめっちゃ変装したもんな。……く、くくく思い出したら腹が…。
いやいや今日はホントに楽しかった。」

『まぁ・それも……』

「おう、―――ここまで、だな」


そして俺は振り向いた。


「……」


二対の瞳。
ここ最近はやての家の周りをうろついている猫。

じ、とこちらを何も言わずに見つめているだけなのだが、


「―――分かってるって。こういうのは今日でお終い。俺もそろそろ潮時かなぁなんて思ってたとこ」

「……」

「んだよ、文句あんのか? 俺は俺のしたいようにするだけだ」

「……」


ふい、と俺に興味を失ったように猫たちは踵を返した。
長い尻尾をふりふり、ゆっくりと去って行く。


「さて、と……、そろそろ冗談じゃなく頑張っちゃおうか?」

『マスターは・冗談で・生きたほうが・長生き・できますよ・きっと』

「なんだよそりゃ……」


まったくね。きぶんわりーよ。
げほっげほ……。






[4602] nano09 『またね』
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/02/11 11:43





あー、きぶんわり……。





09/~『またね』~





あれから数日が経った。プレシアは依然俺の存在には気付いていない様子。

フェイトはプレシアに鞭打たれながら頑張っている。俺に一言でも助けを求めれば直ぐにでも逃げ出す事が出来るのに、まだ健気に母の為に身を粉にしている。
アルフのほうは血管が切れそうだと、いつも俺に愚痴る。もう耐えられないと。フェイトばかり酷すぎると。そんな中、俺が身代わりになっても良いと言うと、


「ダメだよ! アンタ今自分がどんな顔してるかわかってんのかい!?」


と完全拒否。
俺は今、肉体的にかなりヤバげな様子。
自分でも鏡見てやばいと思うくらいやばい。

俺の身体はあの吐血以来、何かのスイッチが入ったかのように一気に悪くなっていった。

血を吐いてしばらく、今度は左腕の感覚がなくなっていたのには正直驚きました。ひょろぅえぇええ!?とスットンキョー! な悲鳴を上げてしまうくらいに。
おまけにまともに動かないしね。どうなってんのこれ? また腫れあがったりしないよね……?

しかしそれも腕の先から前腕まで。他は何とか大丈夫なんだ☆ ほんと右手じゃなくてよかった。魔法使いクビになるとこだったよ。

さらに顔色が抜群に悪い。
目の下にはひどい隈が出来、唇はかさかさしてきた。ほんと『挨拶』が出来ないくらいひどいよ。いやするけど。

要するにいつ死んでもおかしくない状況。
どうにも死神さんがすでに鎌を構えてる状況らしく、シェルまでが心配してくれるという状況なんですよねー。
フェイトとはやてには風邪気味、便秘、寝不足をローテで回して言い訳してます。そろそろ新ネタ考えなきゃ。

何か隠してることバレバレなのにそこを気遣ってやんわりと、病院つれっててーと自分の検診以外の日に連れて行こうとするはやてラヴ。
俺の顔をじ……と穴が開くほど見つめ、病院、行こう? と言ってくれるフェイト愛してる。

けど行かない。行きたくない。注射怖いんだもん。レントゲンとかも寿命が縮むらしいんだよ? この状況でやったら俺死ぬんじゃね?

そしてジュエルシード。集めてるよ。今現在ね。


「フェイトちゃん!」

「―――っ!?」

「話を、何でジュエルシードを集めるのか……訳を聞かせてよっ!!」

「……話すだけじゃ、言葉だけじゃ、何も変わらないっ……!」


はい。出ました名言。

いい子だねーなのは。イイコすぎて何て言うか……汚したい?
いや、なんか違うな。もっとこう、一緒に自販機荒らしたりとか、バイク盗んで走りたいとか、校長の車に濡れたトイレットペーパー投げたいとか、そんな感じ。

ってこんなこと言ってる場合じゃねーや。

ばきぃ!と木刀を叩き折ったような音と共に、二人のデバイス、レイジングハートとバルディッシュの間にジュエルシードが挟まれた。
そして、先ほどまで二人の魔力に中てられ、かなりの暴走兆候を起こしていたジュエルシードはとんでもない光と馬鹿魔力を吐き出し始める。

完全に発動していないにも拘らず、地震まで起こっている。

これが、次元震を起こすといわれる力の暴走……。
とんでもねーな。こんなのがあったらとてもじゃねーが海鳴がもたん。黙っててもフェイトが止めるんだろうけど―――、


「―――兄として、妹が傷を負うのは許せんでしょ、やっぱ!!」


俺はビルの屋上から身を投げ出した。真下にはジュエルシード。その左右にまぶしさに目が眩んだフェイトとなのは。さらにちょい離れたところに追いかけっこをやめてこちらを伺っているアルフとユーノ。

全部、見えてるぜ!

ずばばばばばばと風を切る音を耳に、俺はジュエルシードへと落ちた。


「シェル! フィスト―――」
『――explosion――』


爆音。
右腕の爆発だけで全ての落下Gを殺した。
イテェ。イテェぞこりゃ。体中がイテェ! けどイテェってことはまだ生きてるってことだ。俺はまだ、死んじゃいない!


「兄さん!?」

「ディフェクト君!?」

「ああああっ!! ディフェクト!! やっぱり君か!?」

「やっとお出ましかい。遅いよ、まったく!」


様々な反応。
そんな中俺は右手を上げ、


「―――あいよ」


暴走を止めた。





。。。。。





「兄さん……本当に大丈夫?」

「おお。大丈夫だよ~」

「けど、顔色悪いよ?」

「今日はね、えと、え~と……そう、生理痛ってやつ! バッファリン飲んでフェイトが半分の優しさをくれれば治るから!」

「何言ってんだい。アンタの外見で言うと洒落にならないからやめな」


現在フェイト家。テスタロッサ家ではなく。

あの後速攻で逃げましたとも。ええもう光の速さで。だってお手手とか相当痛かったんだもん。ユーノがギャーギャー言ってたけど無視! ごめんね、後でちゃんと返すからまだ友達やめないでね。何個か減ってるだろうけど……。


「えと、じゃあお薬買って来るね。バッファリン?」

「うん、そう。文字が解んなかったら店員さんに聞くんだよ? 半分が優しさで出来てるお薬は何処にありますかって」

「ごめんねフェイト。ホントならあたしが行くトコなんだけど……」

「ううん、いいよアルフ。アルフも障壁の干渉で火傷しちゃったみたいだし。それじゃ行ってきます」


―――ちゅ☆

―――ちゅ☆


そういってフェイトは俺たち二人に軽く『挨拶』をして せこせこと出て行った。

……。

若干、気まずい。残された俺たち。
ま、まさかこんなに普通に活用してるとは思わなかったぜ……。いつもアルフとちゅっちゅしてんのかフェイト。


「……」

「フェイト、かわいいよね」

「……ああ。アレは犯罪級だよな」

「……アンタもね」

「馬鹿なこと言ってんじゃありませんよ」

「それで、身体は?」

「いったろ、せーりですぅ」

「あたしは真剣に聞いてんだよっ!」


うおぅっ、そ、そんなに怒るなよ。
そんなに『挨拶』がいやなのか? 俺は愛情の足りていないフェイトの事を思って……。いや、したかっただけとか言うなよ。


「そんなに怒るなって。別になんともないよ」

「嘘つくんじゃないよ。フェイトたちは気が付いてないかもしれないけど、アンタ最近、左手動いてないね?」

「……知ってんなら聞くなよな」


バレてら。

そっか、アルフ気付いてたんだ。ごめんね嘘ついてて。けどさ、やっぱ弱ってるって知られたくないじゃん。男として。
ホントはあと何年かはもつはずだったんだけど、甘かったみたいだ。

だけど大丈夫さ。何とかなる。何とかならなくても、何とかする。


「アンタ、こんなムリ続けてたら本当に死んじまうよっ……」

「泣くなよ。大丈夫、フェイトの兄さんをこの短期間で辞められるわけないだろ?」

「そんなコト言ったって……」

「大丈夫さ。俺はお前の乳を好き放題揉みしだくまでは死んでも死に切れんからな」

「……ぅ、ふふ……、それじゃあ一生、揉ませてなんか、やらないよ」

「ははは、ユーレイになるかもな。乳が未練で」


ははは、と互いに笑う。そうだ、こんなことは冗談くらいにしておくのが丁度いい。

アルフはきゅ、と俺の左手を握っているようだが感覚はない。と熱に浮かされているようにこちらを見ている。
どうしたんだ? と口を開きかけたそのとき、


「―――ふむっ!? ……ん……んぅ」

「ん~っ」


またもアルフから奪われちゃったんだ☆





。。。。。





「今日は泊まっていく、よね?」

「うん。はやてにも言ってあるよ」

「そっか。じゃあもう寝よう? 明日からもジュエルシード探すから、早く寝なきゃ」

「え、でもまだ九時だぞ?」

「い、いいの。今日はちょっと疲れたからっ」

「……?」


何を焦っているんだフェイトは?
俺はわけがわからずフェイトの後ろにいるアルフに視線を送る。

するとアルフはやや苦笑気味にちょんちょんと唇を指してみせた。

あ、ああなるほど。要するに早く『おやすみ』がしたいわけだフェイトは。くくく、甘えんぼさんめ♪


「おぉ、そだな。今日は疲れたしな、早く寝よう!」

「あ、うん!」

「ふふふふ」


そして俺たちはフェイトの部屋へ。

とりあえず一番目に付くのは……ベッドでけぇ。
フェイトの思考回路は、とりあえず大きいの。たくさん入ってるの、だからな。こないだ箪笥を空けたら同じ服ばっかりいっぱいあったしね。なんとも可愛いやつだ。


「寝よう? ね?」

「おお、そうだな。じゃあ『おやすみ』フェイト」

「うん。『おやすみ』兄さん」


―――むちゅ☆


「……」

「……もっと……もっと」

「お、おう……」


や、やけに積極的だなフェイト。可愛いぜ。この可愛さは異常だぜ。

俺がフェイトの可愛さと積極性に悶えていたら彼女は次のターゲットを捉えた。


「アルフも……」

「ぅえっ! あ、あたしは…」


何を気にしているのか知らないが、アルフは俺のほうをちらちらと見てきた。
ふふふ。何を躊躇してるんだいアルフ。ご主人様のお願いはちゃんと聞いてやるもんだぞ。


「まぁ、諦めろ」

「ん。アンタがいいんなら……。『おやすみ』フェイト」

「『おやすみ』アルフ」


―――むちゅぅぅうう☆


うおっ、激しいなおい!?
眼福や。眼福やで……。こんな美少女と美女の絡みなんてそうそう見られんぜ。やばいぜ。おっきしちゃうお♪


「んぅ!……ふぇ、ちゅ…いと……も、もう…ちゅるぅ…」

「んむぅ…くちゅ…もう、ひょっとらけ…ちゅ、ちゅる…くちゅ…」


結局フェイ×アルはその後十分は続いたんだ☆





。。。。。





「ん……う、ぐぅ」


なんだこりゃぁ。胸がすっごいどきど、じゃなくてむかむかする。キモイ。かんなり気持ち悪い。

現在 午前四時。
俺の左右にはフェイトとアルフが幸せそうに寝ている。
ちくしょう。こっちは最高に気分悪いのに幸せそうに眠りやがって。フェイトはいいがアルフは許さんぞ。


「いたずらして―――」


やる。

そう思っていたのだが、突如襲ってきた嘔吐感にそんなことは直ぐに考えられなくなった。
うわ、マジ気分わりぃ! なんか変なもん食ったっけ? トイレトイレ! 出すもんだしてスッキリすんべ。

ベッドから跳ね起き、俺はトイレへと走った。
漏れる漏れる。上の口から漏れる。

便座を上げ、いつでも発射オーライの体勢へ。きやがれ。手前らを全てひり出して、また快調な睡眠へと入ってやるぜ! いざ往かんフェイトとアルフの間へ!


「うぅ~……何でこういうのって出そうと思ったら出なくなるんだぁ?」

『人体の・神秘・ですね』

「おぉ、起きてたのか」

『いつも・起きてます』

「まぁ、デバイスだからな。それよりさシェルこのっ……う、おぇっ、ぬめろろ~んっ!!」

『キワミッ!』

「うぼえぇえええっ!!」


はっはっはー! 気持ちィィー!! すっきり爽快! 出て行け出て行け、脳みそ溶けちゃえ~!


「……って、あれ?」


あ、赤いのが出た!?
すげぇ。これほど出たのは初めてだぜ……。完全にイってやがる、俺の身体。
しかも胃の方から出やがった。今までは多分、咳と一緒に出てたから肺か気管のほうかと思ってたんだけど。今回は食道か胃か……。まぁどっちでもいいか。


『……マスター』

「ん、大丈夫。まだ死神の鎌がクビの薄皮一枚斬っただけだから。まだ生ける」

『九割がた・ダメですね』

「それよりさ、侵食率のほうはどう?」

『……? 今現在・六割。63%・ですが・それがどうか・しましたか?』

「ううん、何でも無い。……これからも、よろしくな相棒ぅぅえろえろ~」

『……急に・どうしたんですか? 止めて・ください。死亡フラグ・プンプンですよ』


やかましゃ!

それにしても、そうか。六割か。
なるほどね。そういうことか。大体わかってきたぞ。

おそらくシェルは本当に何も知らないのだろう。いままでずっとそばに居たんだ。そのくらいなら解る。


「そんなフラグ、叩き壊す。俺の……俺達の自慢の拳でな。だから今度はサードフォーム、いくぞ」

『……イエス・マスター。左腕の制御は・任せて・ください。
 必ず、必ずあなたに勝利を約束しましょう……』

「お前……」

『……? どうか・しましたか?』

「……いや、いいんだ。克つぞ、全部に」

『当然・です』





。。。。。





よっしゃー! 今日もバリバリ元気にジュエシー探しだぜー! あ、ジュエシーってジュエルシードの事ね。解ってるよね。なんかジュエシーってルナシーみたいだよね!

それにしても爽快な気分だぜー! 昨日のアレとアレが効いたのかな。なんか悪い物が全部すっ飛んで行った様な気分だぜ。
今なら言える。俺は美少女も美女も好きだぁぁぁあああ!!!

はやてー! フェイトー! なのはー! アルフー! あ い し て る ぞぉぉおおおおおいぃ!!1! それとユーノもおおおお!!」


なんてね、ほんとに言う訳にはいかないよね。


『そのネタ・久々・ですね』

「に、兄さん……わた、私、も……」

「こここ、こんな朝っぱらの公園で何言ってんだい!?」


はい。そんなわけで来ました。海鳴臨海公園。朝のお散歩のついでにね。

フェイトがいうにはこの公園から微弱なジュエルシード反応があるらしい。俺はそんなのまったくわからないんだけどねー。やっぱり天才とは違いますよー。もうね。フェイトすごい。自慢の妹。
そしてアルフがいうにはどうにも今日の夕方辺りに発動しそうとのコト。俺はそんなのまったくわかんないんだけどねー。やっぱ使い魔とは違いますよー。もうね。アルフすごい。自慢の使い魔(妹の)。


「んじゃ、さすがに今ごそごそ探すのはまずそうだし、夕方辺りになったらまた来ようか。俺、一回はやてのトコに行って明日からの事も言ってこなきゃいけないし」

「そうだね。それじゃあ私たちは一度帰ってバルディッシュのメンテナンスをするよ。昨日の傷の修復がまだ完全じゃないから」

「あたしゃドッグフードが食べたいよ」

「アルフ、あれうまいか?」

「うん。結構美味しいよ」


そうか。俺が食ったときは最高にまずかったけどな。やっぱり高級なのはうまいのか(馬鹿)。


「そうか。それじゃあ……『またね』」

「うん、『またね』兄さん」

「ひ、人がいるのに……?」


―――ちゅ☆

―――ちゅ☆


周りの目もあるので素早く『挨拶』をすませ、俺は八神家へ向かった。
ばっはは~い。ちゃんとバルちゃん治しておくんだよー!





。。。。。





「はやてーただいまー」

「あ、おかえりー」


―――ちゅ☆


「どやった、久々の兄妹水入らずは?」

「うん。途中ですごい水が入った」


ジュエルシードとか、アレとか。

まぁそれでもフェイトが寝付くまではしっかり話を聞いてやったし、アルフもニコニコしてたし、よかったと言えばすごいよかった。
フェイトの話す事の七割を はやてと なのはさんが占めているのには苦笑ものだったが。

やっぱり気になってるんだねぇ。まぁ、あんな真正面から話をしようとぶつかって来る子は初めてだろうしね。フェイトもなかなか他人に懐きにくいからな。いい機会だと思う。話しちゃってもいいんだよ?


「そかそか。今日はどうするん? ずっと居る?」

「夕方までね。それからはちょいと野暮用がねぇ」

「そかぁ……ま、いいわ。それまではゴッキーホイホイくらいベタベタしよ?」

「すごい粘着質な感じがするねそれ」

「わたしが甘えた全開にしたらすごいよ?」

「ははは。―――受けて立つ……どんと来いってんだ!」

「きゃーっ! 男前~!」





そんなこんなで俺たちはご飯も食べずに午前九時から午後四時辺りまでずっとベタベタくっついてました。
はやての可愛さに雄の衝動を抑えるのが大変で大変で…。はやても はやてで感じちゃってるんだよね。キスで。いや『挨拶』で。

時折ぴくっと動く肩や、しきりにもぞもぞとベッドの上で動いている腰(まだ麻痺の進行は太もも以下に収まっている)。

さらには俺の手をとって、触ってとばかりに―――。





「―――あっ……」





結局、ほんとにゴッキーホイホイでした。
すげぇわ俺。さらにはやて。ほんとにいちゃいちゃするとは思っていなかったぜ。作者終わってんな。


「はぁ、あ……うぅ」

「はやて、そろそろ俺、行くね。お水とおにぎり、ここに置いておくから」

「……う、ん。すごかった、よ。……なんか、ぽやぽやしとる」

「はは。そりゃよかった……のか? ……それよりさ、もうすぐ誕生日だね」

「うん、そやね。別にプレゼントとかええんよ?」


俺は言わなければいけない。はやてに。


「あぁ、悪いね。けど、きっと……神様、は信じてないんだけど、ま、誰かは見てるからさ。はやてが一番ほしい物、送られてくるよ」

「……なんで、今になってそんなこと言うん? 家族のトコ帰るん?」


うお、これが女の勘なのか。すごいぜ。ちょっと違うけど、俺ははやてのそばから居なくなる。
すっっっっっっっっっごい やだけどね!!! 離れたくないよぅ。

けどそろそろグレアムのおっさんが動き出しそうなんだよ! 俺の勘がそう告げてるんだよう!!

……つか、最近ガン見され始めてるからな。見すぎだからあいつら。あの猫ども。
いやまぁ実力行使で来られずにホッとしてる所もありますがね。


「言ったろ? ちょっと野暮用さ。俺の帰る所は今のトコ三つあるんだけどね……」

「……うん。それで?」

「一つは、はやての前にお世話になってた人の所。ちょっと変な人だけど、いい人なんだ」

「……う、ん」


セブン・システル。
アンタのとこにも顔出さなきゃね。墓荒らしの最中のファーストコンタクト。とてもじゃないが尋常な出会いではない。

そんなヤツだが俺を育ててくれた。外見は全然変わらないし、年齢も不詳。謎が謎を呼ぶようなデバイスマイスターだが、嫌いじゃないよ、もちろん。むしろ好きさね。
恩もある。借りもある。アンタには絶対返してみせるさ。


「二つ目は母親の所。そいつがまた最悪でね。俺の中の時限爆弾を解除しないまま捨てやがった。……まぁ俺が逃げたんだけどさ」

「……」


プレシア・テスタロッサ。
俺の開発者、になるのかな。とても母親なんて言えたヤツじゃないけど…。

俺の中の爆弾。何なのかはシラネーけど、絶対に生き延びる。そして手前ぇを殴る。フェイトにした仕打ち。許さんぞ。自らが切り捨てた廃棄品にやられて妄想の中のアルハザードにでも飛んでいきやがれ。


「それで三つ目が……ここ、はやてのとこ。いつかまた、帰ってきても、いいかな……?」

「―――ええよ……ぅ、いつもっ……ま、まっとるからぁ……」


必死に泣かないように、耐えている。
つん、と額でも押そうものなら途端に流れ出しそうな涙。

短い腕をはやての脇に通し、力強く抱いた。
これは、別れじゃない。俺は絶対に生き延びるし、絶対に帰ってくる。きっとすぐに会える。そうしてみせる。

ちゅ、と軽く口付け。

俺は『ばいばい』ではなく、


「『またね』、はやて」







[4602] nano10 兄妹
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/02/25 19:02




「さてさて、どんなのが出てくんのかねぇ」

「わからない。でも、かなり反応が強くなってる。アルフが言ったとおり、もうすぐ『願い』が叶うよ」

「―――フェイト!」


犬モードのアルフが何かに気付いた。
やはりその感覚器官は人のそれとは違いずば抜けている。

ん、あれは……お出ましか、なのは。


「フェイトちゃん!」

「ディフェクトー! 今日こそ訳を話してもらうよ!」


ユーノもね。


「だぁからさっ! 全部終わったら返すって言ってんじゃんかよ!」

「信じられるかーっ! 君、以前も学校で貸した教科書いつの間にか無くしてたじゃないか!」

「だぁうるせー! それなら買って返したろ!? 大体お前だって俺の体操着(メイド服)無くしたじゃねぇか!?」

「あ、アレは君のファンクラブとか言うのから強奪されたんだよっ!」

「信じられっかそんなモン! そんなの見た事も聞いた事も無いわっ!!」

「あいつ等はそういう風に棲息してるんだよ!!」

「知らん! 俺はこの目で見てこの耳で聞いたものしか信じねぇ!! 俺の道は他人にどうこうされるもんじゃねぇんだよ!!」

「君がそうやってちょいちょい熱いコト言うからあいつ等は仲間を増やすんじゃないか!?
 ―――ボクは君ともっと仲良くしたかった! それなのにあいつ等がっ!!」

「俺だってそうさ! もっと仲良くしたかったよ!!」

「ディフェクト……」

「ユーノ……」


俺達の関係、こんな感じ。





10/~兄妹~





俺とユーノの事はともかく、そろそろ発動するな。ここまで強くなるといくら俺でも感じることが出来る。もうちょっとユーノと話してたかったんだけど、ジュエルシードにはこっちの都合なんて関係ないよな。


「ユーノ」

「解ってる! 封時結界っ……展、開!!」


ユーノが展開した封時結界。
魔道師以外の時間を一時的に他空間に移送する魔法。さらには認識の疎外なども同時に起こり、かなりの上級魔法なんだ☆

これは確実に半径500mは囲い込んでる。すげぇぜユーノ。やっぱお前こういうことに関しては なのはやフェイトの一歩も二歩も先んじている。お前もやっぱり天才だ。

そして結界の展開と同時か、ばきばきばきぃ! と大木の幹が倒れたような音、さらにその音源を目視。


「うわぁお、きんもちわりー」


木の化物。それ以外に表現方法が無いくらいに木の化物だった。
こんなの相手にしてらんね。フェイトとなのはに任せて逃げるべ。


「逃げよーぜユーノ」

「また……変わってないね君は。ボクにもサポートくらいなら―――」


瞬間、化物が根っこで攻撃を仕掛けてきた。辺りの土を跳ね飛ばしながらこちらに向かってくる。
バカみたいに真正面からの攻撃。

俺は瞬時にフェレットユーノを引っつかみ、肩に乗せた。
そのまま一気にしゃがみ込みグルンと横に回転するようにして根による攻撃をギリギリでやり過ごす。

あぶねぇあぶねぇ! 顔面の真横をぶっとい根が通り過ぎていったぞ! あれはもう、あれだね。俺がカズマさんの戦闘スタイルをリスペクトしてなかったら絶対当たってたね。

風を切りながら通り過ぎた根は、さらに反転し追撃を仕掛けてくるが、


「―――やらせないっ!」


ユーノの張った障壁に完全に阻まれた。

変わってないな、ユーノも。
これが学生時代からの俺達の戦闘スタイル。俺は攻撃、回避。ユーノは防御、索敵、補助。学生時代は負け知らずでしたとも。


「逃げてユーノくん!!」

「兄さんも早く!」


ほらね。


「な、やばかったろ? さっさと逃げようぜ。俺達の女神様もああ言ってる事だし」

「……はぁ、わかったよ。ボク達ならあんなヤツ敵じゃないのに……」

「あほう、疲れるだろ?」

「まったく……そういうトコ直しなよ」

「はいは~い」


そう言って俺はそそくさとヤツの攻撃範囲外まで逃げた。

冗談じゃねっ。あんなのわざわざ相手にしてられんわ。大体フェイトとなのはが倒してくれるの解ってんのにそんなことしてやるもんか。
こちとら伊達に気分悪いわけじゃネェっての。


「アークセイバー。いくよ、バルディッシュ」
『――yes sir――』


早々と飛翔した なのはと違い、いまだ地に足をつけているフェイトはバルディッシュをサイズフォームへと変形させた。
ぐ……と足を大きく広げるスタンス。

あ、あ…だめだよ、そんなにしたら見えちゃうよ!? 具が、具がぁぁぁああ!!


「―――いけぇ!」


俺のそんな思いはまったくと言っていいほどに反映されず、フェイトはぶぅんとデバイスを振りぬいた。
フェイトのアークセイバーは先ほど俺を攻撃してきた太い根を軽々と切り裂き、その本体へと迫る。

が、


「―――なっ!?」


パキィィンと耳障りな音を残して張られた障壁に、完全に阻まれた。
しかも中々強力なようで、フェイトのアークセイバーが拮抗もせずに完全に砕け散るほど。

何だよそれ~。そんなやつだったっけぇ? やべぇなぁ最近マジで覚えてないことが起こって来てる。ノートかなんかに書き留めとくべきだったかな。


「……バリアつきかよ」

「少し面倒だね。ボク達も行く?」

「いやいや。まだ なのはが居るし」

「……それでダメだったら?」

「そん時は……頼んだぞユーノ」

「補助魔法集中適正型のボクにどうしろと……。攻撃役がいないと僕なんて防御しか出来ないよ」


何とかなるって。原作じゃ俺はもともと居ないんだから。
ていうかお前も集中適正型かよ。今知ったぞ。いや予想はしてたけど。俺との相性が良すぎて困るんですけど。結婚しようか?

ま、この程度の敵なら―――、


「それなら私が!」


そら来た。

フェイトの攻撃が効かないとなると今度は なのは。
すでにある種の連携のようなものが取れており、その姿はジュエルシードを奪い合っているようには見えない。

腰だめにレイジングハートを構えた なのは は己のリンカーコアを通してデバイスに魔力を溜め始める。
相変わらずの馬鹿魔力。

勘弁してつかぁさい。なんですかそれは。俺に見せ付けてるわけですか。今度はこれをテメェの咽喉元にぶち込んでやるぜと、そう言ってるわけですね?


「いくよ、レイジングハート! ―――ディバインッ!!」
『――buster――』


魔力の奔流。
桃色の光が上空から化物へと迫り、

バキィィイイン!!

またもバリアに阻まれた。うお、アレを止めますか。すげーな化物。けどあんまり耐えると身体によくないよ。さっさとイっちゃって。


「―――っく、まだ……まだぁ!!」


さらに なのはの砲撃の威力が上がる。ただ込める魔力を増やしただけだが、しかし一瞬バリアが押されたのが見えた。
そして、


「―――貫け轟雷、『――thunder smasher――』―――い、っけぇ!!」


この好機を見逃すようなフェイトではない。

バリアが弱っていると見るやいなや追撃をかけた。
サンダースマッシャー。その威力は なのはに負けず劣らず。かなりの魔力を練りこんでいる。バチバチと雷の破片を飛ばしながらバケモノに迫った。

これは―――、


「いったなこりゃ」


二人の砲撃は完全に化物のバリアをぶち抜き、消滅させた。


「すげぇなあの二人」

「君にだって出来るさ。ただやらないだけ」

「るせぇなあ。結果オーライってヤツだよ」

「それよりアレ、止めなくていいの?」


ジュエルシードが宙に浮き、さらになのはとフェイトも。
確実に喧嘩の雰囲気……。ではなく、どちらの顔にも悲しそうな色が浮かんでいた。きっとどっちも、互いを傷付けたくない。そんな思いのはず。

けど俺には止めるなんて無理です。巻き込まれたらいくら非殺傷でも死んじゃうよ? 竹刀でも頭部に百叩きを喰らったら死んじゃうでしょ? アレはその類だから。刃を潰した模造刀より殺傷力はあるよきっと。


「お前が止めろよ」

「ボクはもう、いいよ。なんかさ、君が関わってるとなると全部丸く収まっちゃいそうなんだもん」

「そんな器量、俺はもってないよ」


そして両者が加速した。
お互いにデバイスを振りかぶり激突、しようとしたときにそれは来た。

宙に光り輝く魔法陣。ちょうど両者の中間にそれは発生。

アレは……転移魔法?
ああ、そういやそうだ。来るのは解ってたけど、こういうタイミングで来るんだったね。


「―――ストップだ、ここでの戦闘は危険すぎる!
 時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。詳しい話を聞かせてもらおうか?」

「……へ、えぇ!?」

「―――っく!」

「フェイト!」


三者三様の反応。
なのはは単純に驚き、フェイトは自分の不利を悟った。そしてアルフ。


「―――逃げるよフェイト! いっけぇ!」


ばちばちと帯電するように出現したのはフェイトの使い魔たる証。金色のスフィア。
それは何の躊躇もなくクロノへと放たれた。

しかしクロノには当たらない。全て最小の動きだけでよけきった。
同時に地面が爆ぜ、小規模な爆発が起こる。

管理局というのは全部あれなのか? 普通全部かわすか? ほんとバケモノ。デスサイズも半端なかったもんな。


「ジュエルシードっ!」


そんな中、フェイトは諦めなかった。母の望みであるジュエルシード。それを取ろうと必死になりすぎていた。
だから気付かない―――、


「フェイト!」


俺は茂みから飛び出し、言った。
しかしそれも遅すぎる。アイツはすでに……!

ドキュキュキュ、とまるでマシンガンのような音と共に、クロノからの魔法。それはすでに放たれていた。

それはギリギリでフェイトに―――被弾した。



「―――くぁあっ!」

「フェイトッ! くそっ! アルフ、頼む!!」

「まかせなぁ!」


アルフは地面に落ちる寸前のフェイトを銜え上げ一気に転移して行った。

よくやったぞアルフ! お前はあとでたっぷりイイコイイコしてやる! フェイトもよく頑張った! お前も後でイイコイイコしてやる!
腕から血が出てたからしっかり消毒しとくんだぞ! ばい菌入っちゃうからな。

―――お兄ちゃんは、


「あの、クソ野郎……っ。ユーノ、降りてろ」

「……う、うん」


お兄ちゃんはとりあえず、やつを殴ります。

ちょっと予定変更ってやつだ。大丈夫。何とかなる……よね?


「オイこら、そこなくそガキやぃ……」

「あ、ディフェクト君」


クロノはこちらを振り返り一言。


「……? その顔……どうやら君も関係者のようだな。同行して貰うよ」



あ? コイツ何言ってんの。死にたいのか。マジやっちゃうよ。プレシアに操られてたことにしてやっちゃうよ?(保身優先)

というより俺。何でフェイトが怪我することを憶えてないんだ。馬鹿か俺は。最近幸せすぎて忘れてたのか脳? まったくやってられネェ。
マジむかつくぜ。
大体クロノ。なんだその顔は。

フェイトの腕に傷負わせといて―――


「人の、妹に、怪我させといて……っスカした顔してんじゃあ、ねぇえぞっ!! ―――シェルブリットォォオオオオ!!!」

『了解。セカンドフォーム・展開します』


バキィン!

バキィン!

バキィン!

途端に地面が、木々が、海水が、物質の結合が解かれた。
分解。稀少技能『精神感応性物質変換能力《アルター》』を全開にさせる。


「―――!? これは、いったい何が!?」


もう知らん。もう知らんぞお前。せっかく大人しく捕まってぺらぺらあることないこと喋ってやろうと思ってたのに!

俺はさらに分解した物を再構成。または吸収。
リンカーコアに純魔力があふれ出し、それを俺の色に染め上げる。ばしゅうぅと身体から煙でも出ているんじゃないかと思うほどの熱が俺を襲った。

今までこれほどの物質変換を試したことは無い。
―――かんけぇねぇ。

身体のほうが持たないかもしれない。
―――かんけぇねぇ。

もしかしたらシェルがスリープモードに入るかもしれない。
―――かんけぇ、ねぇ!


「何をしている、やめろ! 僕は時空管理局執務―――」

「―――かんけぇ、ねぇって……言ってんだよ!!」

「な、なに!?」


構築完了。黄金の右腕。背中のアクセルホイール。

今までに無いほどの充実感だぞ、シェル。いける。いけるさ。アイツを、殴れる!
フェイトに血を流させた。だから殴る。理由は十分だよね!

アクセルホイール始動と共に足が地面から離れ、数センチだけ身体が浮く。

びゅんびゅん背中で回るホイールの音量に負けないくらいの声で俺は言った。


「肩書きなんざ名乗ってんじゃねぇ! テメェは誰だ!? 俺はディフェクトだ! テメェはフェイトに傷を負わせた! そのスカした顔も気にいらねぇ! だから殴る―――それ、だけ、だぁぁぁああ!」
『――Acceleration――』

「っ障壁!」


今までに感じたことの無いバカ加速で俺は地面と水平に跳んだ。
0か100か。それしかないのなら常に100だ。出し惜しみしてる暇は―――無い!

一気に、その加速こそが力であるように距離を詰め、拳を障壁に叩きつけた。
ばきぃぃぃい!と言う干渉音と干渉光。さらにはバチバチと小さく爆ぜるシェルブリット。

はてさて何の陰謀か今の侵食率は63%
要するに稼働率六割。今までに無い力が出せている。それなのにクロノの障壁は破れない。多少顔を歪めてはいるがまだまだ余力はありそうだ。


「っぐぅ!! こ、の程度でやられるほど……執務官は、甘くない!」

「しゃらくせぇ!!」
『――Acceleration-Multilayer――』


さらに背中で加速のための爆発。加速に加速を重ね障壁へと圧をかける。

ぎ、とクロノの障壁が歪んだのが見えた。

ぶっ壊す!!


「やらせるものか! スナイプショットォ!!」

「っ!?」


ソレはぐるりとバリアを避けるようにして放たれた。

障壁と同時展開された魔法が俺のシェルブリットに叩きつけられる。俺ではなく、シェルブリットへ。
クロノは執務官。簡単にやられてくれるはずが無かった。

予想だにしなかった障壁の内側からの攻撃。
自分の障壁がもたないことを悟ってすかさず攻撃へと移った気転。管理局TUEEEEEEEEE!!


「このクソったれがぁ! ぜってぇぶん殴る!」


吹き飛ばされ、急速に地面が近くなるが、それも拳を叩きつけ、さらに回転することでGを殺した。
スティンガースナイプによるダメージはほぼ皆無。シェルブリットで相殺させた。


「いいから聞けっ! 僕は時空管理局の―――」

「俺は、テメェの、肩書きを聞いてんじゃあ、ねぇんだよぉおお!!」
『――Acceleration――』

「このっ!」


またも吶喊。
当然障壁に阻まれる。


―――それでもっ!


「テメェの名前はなんだ! 時空管理局の御犬様かぁ!? ちげぇだろぅがあ!!」

「―――僕は……っ僕は!」


ばきぃん!と完全に障壁を打ち砕いた。

拳が完全にクロノの顔を捉える―――!
が、寸前、クロノのデバイスS2Uにまたも阻まれた。

くそったれが。随分頑丈じゃねぇのS2U!

っち、と舌打ちしながらも膝をクロノのわき腹に叩き込む。
バリアジャケットが邪魔で当然ダメージなんて無いだろうが、それでも蹴りを入れる。

だってムカツクし。

しかしクロノも黙って蹴られるほどお人よしじゃないってこと。
俺の膝が届く前に自分も膝を突き出してきた。

わき腹からみしみし、と音が聞こえる。


「ってぇなこのっ!」


俺たちは互いのわき腹に蹴りを入れあい、また距離をとりあった。

こいつ、マジで強い。明らかに戦いなれしてる。魔道師は普通けりなんか思いつかない。それこそヴォルケンリッターの様な騎士は使うだろうが。

俺の場合、防御が紙なので自然に思いついた戦い方(とりあえず接近)だが、クロノは違う。確実に実戦を経験してる。もしくはそれに近い訓練を受けてる。

ジンジンとわき腹が熱を持ってきた。あの野郎、おもっくそ膝入れやがって。俺にはバリアジャケットはねぇんだぞ。アバラが何本か逝ったかな? あとでユーノに治してもらおう。骨折は完全には治らないとか言ってたけどマシにはなるだろ。


「はあ、はあ……いてぇぞちくしょうめ。なぁおい、ソッチはどぉよ時空管理局の犬さんよぉ?」

「僕はっ……」


これはただの挑発。
これであいつの動きが鈍ってくれるならもうけもの。別に動きに関係なくとも時間を稼ぐにはちょうどいいんじゃないかね。

ゆっくり息を整えながら正面を睨みつけた。
かみ合う視線。
しかし、それは合わせなければ良かったと後悔するような、そんな眼光が俺を貫いた。


「……お?」


あれ? ははっ、何だよお前……。
おいおい、お前、


「僕はっ! 僕はクロノ・ハラオウン! 僕の従事する管理局を馬鹿にするお前が気に入らない! ―――だから、叩き潰して……連行する!!」


かっこいいじゃないの。
フェイトを傷つけなかったら友達になれたのに。俺は誰とだって仲良くしたいのに。特に管理局とは。


「っは、そうかいそうかい。俺はディフェクト・プロダクト。フェイトを傷つけてスカした顔したテメェが気にいらねぇ……。だからっ、ぶん殴るってっ、最初ッから言ってんだよ!!」


俺は腰だめに拳を構えた。背後のアクセルホイールはまだかまだかと出番を待つように絶えず回転している。いつでも最高の一撃を放つことが出来る。

クロノはS2Uを眼前に構え、完全迎撃体勢。ばちばちと光を放ちアイツの周りを周回しているスフィアはかなりの魔力を感じる。


「―――真ん前から打ち砕く!」
『――Acceleration――』

「―――正面から撃ち貫く!」
『――スティンガー・スナイプ――』


俺は一気に加速した。躊躇してるようなヒマはない。いけるなら行く!
同時にクロノから放たれるスフィア。避けるなんて出来ない。正面から、


「ぐ、うぉおああああっ!!」

「―――スナイプショットォォォオオオ!!」


打ち砕く!!

迫り来るスフィアは迎撃。または肩、右背面、右側頭部で受けきってみせる! 出来なきゃちょっと怪我するだけ!

ずばばばばばばと、クロノによって操作されている魔力弾は雨のように降り注いだ。
それでも前進はやめない。

左腕が動かない。それがどうした。どっちにしろソッチの腕で防御なんてしねえ。勝手に被弾してろ。どうせ今は痛くも痒くもないんだ。的にくらいなれ。

がつんがつんと衝撃を受けつつも前進前進前進!! クロノの正面に躍り出た。
身体のいたるところに攻撃を喰らったあとがある。出血もそれなりにある。あんなもん全部迎撃なんて出来るわけねぇじゃん!

だけどそれでも、


「―――砕けっ!! シェルブリットォオ!!!」
『―――fist explosion―――』

「―――貫けS2Uっ!」
『――ブレイク・インパルス――』


俺の前に突き出されたデバイスS2U。ブレイクインパルスとフィストエクスプロージョン。

攻撃と攻撃の干渉魔力は周囲に甚大な被害をもたらす。
まるで地震の様なゆれが海鳴の一部で起こった。


「―――ぐっ!! まだだS2U!! 僕の魔力、全部持っていけぇぇえ!!」

「と、められると……思ってんのかぁぁああ!!!」


やってやる!!

奥歯に力を入れて脳の裏側でその希少技能は発動。

バキィィン!

バキィィン!

バキィィン!

バキィィン!

『アルター』。その辺のベンチもついでに分解しちまえ! 全部、魔力に…っ!


「まだまだぁ!!」

「―――また、この現象はっ!?」


ばしゃばしゃ、とさらにカートリッジ二発を消費した。とたんに右腕に湧き上がる異常魔力。ソレはシェルブリットの根を通して全身に駆け巡る。

左腕が熱い。そんな気がする。


「サードフォーム、展開!!」


光の軌跡を残して、S2Uと拮抗している腕と手の甲に付いているジョイントが完全に開放された。
そして魔力が廻る、廻る。


「見せてやれ、お前の力を……シェルブリット!!」

『―――仰せの・ままに』


ぶらりと垂れた左腕。
いつもの痛みはない。ちょっとだけ腕が重くなっただけ。ちょっとだけ指が動く気がするだけ。それでも、力が宿ってる。

―――左腕に、力が入る気がする。


「―――っこのぉ……!!」


ばきぃ! とクロノのブレイクインパルスが俺の右腕をはじき返した。グルンと反動で腕が回る。肩がイテエ。拳もイテエ。しかもちょっと欠けてんぞ、シェル。頑丈がウリのお前が。

そりゃそうだよな。俺単身の攻撃なんて通用するわきゃネェよな。

でもさ、

S2Uを突き出す形になっているクロノ。左足を前に出し、右足で踏ん張っていたクロノ。両手でもったデバイスを、完全に、突き切ったクロノ。
お前、わき腹、開いてンぜ?

テメェはいけすかねえ野郎だ。そうに決まってる。だから―――、


「俺達の、『黄金』の左を―――」


ソレは右腕と変わらない姿をしていた。
シェルブリットサードフォーム。完全構築に時間がかかる為、今は左手の前腕しか覆ってはいないが、これでもバーストを放つには十分。

くらえ。


「―――もってイきやがれ」
『―――もってイきやがれ』


ずしり、とクロノのわき腹に拳を添えた。なんとも力のないことか。これなら猫キックのほうが痛いぞ。
だけど、ここからだ。シェル、俺の左腕、お前に託す。


『―――シェルブリット・バースト―――』





―――ところでそれは起こった。

みしぃ、と。
いやな音が。シェルが覆っている両腕から。


「い、ぎぃ、ってぇっ……」


途端に崩れ落ちていく外皮装甲。

ああ? 何だよシェルブリット。気合がたんねぇぞ。あと、ちょっとだったのに……。
お前は、後で、おし、おき……だ……。

ぷつ、と意識が落ちる。それはまるで旧式のテレビのようで。最後に見たのは目を見開いたクロノだった。







[4602] nano11 時空管理局
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/02/12 13:59





「俺だけは絶対に言わない。そう、決めてたんだ」


目を覚ませば何処か知らない場所。
ちょいと薬品のにおいがするから病室チックな所だと推定。

はふぅ、と一つため息をついて起こしていた身体をまた倒す。


「言わないよ? 誰がなんと言おうが」

『……マスター』

「お、何だ、スリープに入ってるのかと思ってたぞ」

『ギリギリで・大丈夫・でした。マスターを・昏倒させた・甲斐がある・というもの・です』

「お前のせいかよ……」


お前……。
俺のデバイスのくせに主の気をプッツンさせるとは中々やってくれるじゃないか。もうここまで反抗されるといっそ気持ちいいよ。もうどうにもなんね、このデバイス。


『それより・マスター』

「んだよ。俺は今、お前をどうやって調教してやろうか考えてんだよ?」

『知らない・天井・でしたね……ふふ』

「……俺が結構な決意を込めて言わないって言ってたの聞いてたよね?」

『知らんし』

「……さいですか」


コイツそろそろホントにどげんかせんといかん。M県じゃないけど本当に、どげんかせんといかん。





「―――お前マジぶっ殺すぞ!!」

『マジギレ乙w』





11/~時空管理局~





「んで俺はいったいどのくらい寝てた?」

『イエス。マスターは・約七時間・寝ていたことに・なります。意外と早く・目が・覚めましたね』

「たったそれだけ? 何か俺一週間は寝続けたみたいに身体が快調なんですけど」


そうなのだ。身体が軽いのだ。
なんていうかね、やたらと動きたい感じ。今なら50mを魔法無しで6秒切れる気がする。いやまぁ無理だろうけど。


『それは……』


……。

それは何だよ。こえぇよ。さっさと言えよ。みノもん太ばりのジラースか……。


「そ、それは…?」


意を決して聞いた。
別に今すぐ死とかそんなんじゃないならいいから早く言ってよ。心臓がもたんって。


『それは……、所謂・勘違い・ですね。マスターの・身体は・相変わらず・ボロボロ・ですよ?』

「……なんじゃそりゃ? ンじゃなんでこんなに身体が軽いの? 俺 多分今ならクロノ殴れるよ?」


マジそのくらいイけそうな感じ。
戦闘開始5秒で決める事が出来そうなくらいにハッスルしてる。かなりの全能感なんですけど?


『それは・脳の・病気では・ありませんか?』

「あなたは本当に僕のデバイスですか?
 ……もういいや、適当にその辺散策しよう。どうせここアースラなんだろ?」

『ジッとしておけば・向こうから・来て・くれますよ』

「だろうけどね。見てみたいじゃん、宇宙船」

『宇宙船では・ありません。時空航行艦・です』


はいはいと生返事をし、俺は身体を起こす。
その際に点滴の針がずれたのがちょっと痛かった。


「いてて……。魔法なんて便利なモンがあるのにこの辺はかわらねぇってのも変な話だな」

『マ、マスター。私は・すごく・眠いです。誰か・来るまで・寝ていませんか?』

「あぁ? 勝手に寝てろよ。てかお前デバイスのくせに眠いとか舐めてんですか?」

『では・憶えてシリトリを・しましょう。私は・強いですよ?』

「はいはい、AI相手に勝てる人間がいるなら知りたいですね。お前の容量なんか知らねえけど負けがわかってる勝負はしたくないの。特にお前相手になんか負けたくないの」

『それなら……』


なんなんだよシェル。お前まさか俺を心配してんのか? おいおいやめてくれよ、涙出てきたじゃんかよ。超嬉しいんだけど。
ああ、そういえばシェルがまともに心配してくれてるなんてスゴイよな……。こいつホントにギリギリにならなきゃ本音を出さないツンデレデバイスだし。

って事は俺って意外とやばいんじゃね?

……まぁ、大丈夫か。シェルが居るし。


「大丈夫だって、そんなに心配すんな。俺は物語の最後はハッピーエンドじゃないと許せない派だからさ、なんとしても生き残るから」

『……イエス』


俺はベッドから足を下ろし立ち上がった。
邪魔な点滴の針を無造作に引き抜き、ぐっ…と背伸び。クビをぽきぽき鳴らす。ん~、ホント気持ちい。かなり最高な目覚めですよこれ。一年に一度あるか無いか位の目覚めですよー。


「……?」


おやおや?

このセクハラが目的みたいな患者服は気に入らないけど、まぁ……オッケ。裸足も気に入らないけど、まぁこれも許そう。
しかし、しかししかし、


「……シェルブリットさん?」

『イ、イエス・マスター』

「なんか、おかしいよね?」

『な、なななにが・でしょうか?』

「これ……増えてね?」

『き、きっと・視覚情報の・異常です』


そうか、俺の脳みそは視覚情報をうまく処理仕切れてないのか……。そっか、そうだよね。じゃないと左手首にもシェルがいるなんて、そんなこと起こる筈ないもんね。


「……そうだよね。うん、納得。増えるなんて、そんなね……あるわきゃねーよね。うんうん」

『イエス。マスターの・頭は・蟲が湧いているに・違いありません』

「そうそう俺の頭がいくら良かろうが視覚情報がきちんと伝達されてないんじゃ仕方ないよなははははは☆」

『HAHAHA☆』

「……」

『HAHAHA☆』

「……」

『HAHAHA☆』

「……」


……。

………。

…………。


「……で?」

『すみません。ちょっと・調子に・乗りました』


で、シェルが言うには、これは右手首に付いているようなデバイスコアではないらしい。
なんでも『セットアップの・補助をする・ための・装置です』だそうだ。

まず俺の身体を刺青のように駆け巡っている侵食線(俺が勝手にそう呼んでる)だが、『シェルブリット』をセットアップ状態にするにはこの侵食線から極小の根を出す事から始まる。それは俺の魔力を、分解物質を吸収し、集まり、重なり、絡まり、幾重にも折りたたまれることで『シェルブリット』となる。
結局の所『精神感応性物質変換能力《アルター》』は『分解』を使うのが俺で、その分解物質を『再構成』するのはシェルなわけだ。

いや、構築のときに何もしないわけじゃないよ? ちゃんとシェルが持って行きやすいように純魔力に還元して送り出してやってるんだから。

んで、どうにもデバイスコアからの距離、要するに右の手首から離れた場所にある根は動きが緩慢になるらしい。セットアップに時間がかかるのだ。

だから間に合わなかった。クロノ殴るのに。
俺は、前腕だけでも覆っていればいけるべ! と思い『burst explosion+』を使おうとしたのだが、シェルは気付いた。このままいったら腕吹き飛ぶんじゃね? やべやべプッツン、と……。

シェルはその自分の力を十分に発揮できない状況に腹が立ったらしく、主の判断なんて何のその。独断でサポートコアを作成。作った後でやっちまったぜと後悔。はてさてどうするか……。マスターは馬鹿だから誤魔化せば何とかなるか。との思考の上で先ほどのやり取り。


「……ていうかお前ね、常識ハズレにも程があるんじゃない?」

『この位・巷では・普通です』

「嘘ついてんじゃネェよ。大体巷って何処だ。サポートコアなんてのがあるならさっさと出してろっての」

『申し訳・有りません。マスターの・身体に・負担が・かかるかと・思いまして』

「そうなのかぁ? 俺はむしろ全然快調なんだけど?」

『……それは―――』


と、若干マジな話になりかけたときに、そいつは来た。


「入るよ」


ノックも無しにがっつりと進入。
入るよ、だ? 入っていいかじゃなくて入るよてお前……。まぁ別にいいけど。

もちろん現れたのはいっつもむっつり顔のクロノ君。


「んだよ、ノックくらいしてもいいんじゃない?」

「それはすまなかった。まだ寝ているかと思ってた」


むっつりとしたままクロノは答えた。

服装はいつものバリアジャケット。相変わらずかっこいいぜ。なんなんだこのカッコよさは。お前とはいい『友達』になれそうだぜ。だからとりあえず殴らせろ。フェイトの腕の分を支払え。


「とりあえずさ、殴らせてよ」

「断る。痛そうだ」

「っけ、根性無しめ……ちゃんとキンタマ付いてンのか?」

「二つほどな。っ、そんなことはどうでもいい。公務執行妨害に付いて、何か申し開きは有るか?」


ちょ、クロノw

何だよお前。原作通り仕事人間だねぇ。そんなんじゃ身体がもちませんよ? それとその上から目線やめろ。多少むかつくから。いや結構むかつくから。


「そんなことは知りません。僕は妹が怪我させられたので怒っただけです。公務執行妨害とか知らんとです」

「……残念だけど、そうは行かない。僕はクロノ・ハラオウン。時空管理局の執務官だからな」


……お?

何だお前、やっぱりかっこいいじゃないか。むかつくけどかっこいいなお前。いったいどうなんだお前。ムカかっこいいとか新しいジャンルを開拓する気か? そうなのか。


「……だけど、とりあえず訳を聞かせてもらおう。ジュエルシードは危険な物だって事くらい分かってるんだろう?」

「まぁね。だけどそれが無くちゃ俺は死んじゃうンじゃないかと思ってたわけでして」

「……身体のことか?」

「おう。寝てる間に検査くらいやってくれたんじゃないの?」


何かいろいろ装置っぽいものがそこらじゅうにあるしね。腕には点滴が刺さってるくらいだ。体の事は知られただろうね。

クロノのばつの悪そうな顔を見るだけでも分かる。
お前はもうちょっと顔に出さない訓練をしたほうがいいな。


「……正直に言うと、もう、その……なんだ」

「いいって。別に今更だし。もたないっぽいんだろ?」

「……」

「言えよ。大丈夫だから」

「……あと、ひと月もたないそうだ。医療局員が言っていた。なんでも内臓の機能がガタ落ちらしい」

「やっぱりね~……。まぁ今からひと月もてば何とかなるかね。うんうん。若干の余裕すら感じるな」


原作での時の庭園突入はもうそろそろだったよね。フェイトとなのはが戦って、武装局員がかませ犬になって、んでクロノ達突入、みたいな流れだったはず。


「どういうことだ? 今の君の身体の何処に余裕を感じるところがある?」

「ん~? まぁ、全部が終わるときに間に合うかなってこと」

「要領を得ない。つまりなんだ?」

「つまりだねクロノ君……オメェさん、プレシア・テスタロッサって知ってるか?」





……ってことなんだよー。


「―――っち、そんな研究が行われていたのか。いくら広大な次元空間といっても気付きもしないなんて……」

「まぁそんなに気に病むことはないさぁ」


俺は話した。もう全部話してやった。嘘ついたとこもあるけど大分真実に近い感じ。
プレシアの事。アリシアの事。フェイトの事。俺の事。ジュエルシード。復活。アルハザード。次元震。


「いくら娘が死んだからって……」

「いやぁ娘が死んだらそのくらい考えるんじゃない?」


そういうとクロノは目を見開いた。
シンジランナイ!とその目が語っている。


「君は……プレシア・テスタロッサが憎くないのか?」

「憎いよそりゃ。でも同情の余地は有るんじゃない? 俺はアイツのおかげでこうして存在してるんだし。
 フェイトにひどい仕打ちをしてるのは確かにムカツク。それに対してフェイトが何の疑問を持ってないのにも腹が立つ。むしろ悦んでないかが心配だ。けどさ、もし俺が大事な人を亡くして、尚且つソレを復活させる手立てを知っているとしたら? そりゃ迷わず復活に賭けるだろうな。たとえばフェイトが何かの間違いで死んだら俺は何が何でも復活させると思うよ。ソレこそロストロギアを使ってでもして。
 だって、大切な人が死んだら世界は色あせるだろ? いやいや、外じゃなくて内側な。心の部分が。そうすると意味がなくなっちゃうんだよね、世界に。それこそ外側も含めて。プレシアはすっげぇ科学者然としてるから宗教にも嵌れなかったんじゃないかな。かく言う俺も死後の世界なんて信じちゃいないんだけど。だってリアリティねぇだろ? 死んだら三途の川渡るなんて信じられっか? ってそっか、お前らは三途の川なんてしらねーよな。
 ま、とにかくだ、俺が思うに死後の世界なんて死に掛けてるヤツを安心させるために考えられたもんなんだよ。生きてる人間が考えてるのになんで『死後』の世界なんだろーね。不思議でたまらん。
 こんな風な人間にはね、神様が信じられないんだよ。だから自分で何とかしようとする。何とかならなくっても何とかする。普通死者蘇生なんて考えるか? 考えねーよな。俺にはまず考えられんよ。しかもクローンを作って記憶の転写とか……すげーよ。プレシアの世界はどれだけ色あせてんのかね。カラッカラなんじゃね?
 そこんとこ考えるとね、どうにも憎みきれないってか、むしろ哀れになってくるね。もうアイタタターって感じ。薬でもキメさせて死後の世界を信じさせてやってもいいよ。死にかけてるときは『お母さん』って呼んでやってもいいくらい」


はてさて初公開。わたくしディフェクト・プロダクトプレシアに対して思っていることでござんす。

言い終わるとクロノは何ともいえない微妙な顔をした。
まぁコイツも親父さん亡くしてるんだし、何か思うところがあるのかもしれない。


「君は……、いや、何でもない」

「んだよ、言えって。ちょっとクサイこと言って恥ずかしいんだからお前も乗っかれよ」

「っふ、いやなに、とても九歳には思えないな、と。僕が君の立場だったらきっと自分の運命を呪ってただろうからね。そう思うと君は随分強いな」

「ま、そこが俺クオリティってヤツさ。運命なんてぶち壊す。俺の……俺達の自慢の拳でな、シェル」

『楽勝・です』

「……妙なヤツだ」


まぁね。存在自体 妙なもんだし。


「んで、俺はこれからどうなっちゃうわけ?」

「それは僕が決めることじゃないから何とも言えないんだが……。
 まず申請無しで『地球』に来たこと。これは次元空間跳躍法に抵触するな。……しかしなんだ、転移魔法というものがある時点で全てを防ぐのは無理なんだ。まぁ未成年の飲酒喫煙程度に考えていい。幸いにして君は一般人に魔法を見られていないようだしね。見つかってたら大変だが……ギリギリセーフってとこか。なんと言っても『地球』にはジュエルシードがあるわけだしな、その辺りも大目に見られる可能性もある。
 二つ目は公務執行妨害。僕がフェイト・テスタロッサを『保護』しようとしたのを邪魔した件だが……これもさっきの話を聞けば情状酌量の余地あり、だ。死に掛けの身体で、母親に騙されてる妹の為に頑張りました、なんて聞かされて重い罰を科せられるようなヤツは中々いないだろうね。
 そして何よりも君の情報にはかなりの価値がある。プレシアのやっていることは倫理的にも人道的にも法律的にも禁止されている行為だ。それらの情報をこちらに渡した時点で、もう君には管理局から礼を言っていいほどだろう。
 以上を踏まえた上で…まぁ十中八九無罪だろう。……君の話が真実なら、ね」

「なかば信じてるくせにそういうこと言うなよ。友達なくすぞ?」

「余計なお世話だ。艦長に報告してくるから君は寝てろ」

「艦内の散策はOK?」

「死にたいのか? じっとしていろ」

「……あいあ~い、りょーっかい」




なんちゃって返事でクロノを追い払い、そして僕は寝るのです。


「と見せかけて散策してるわけだが」

『お得意の・口八丁が・出ましたね。私も・じっと・しておいたほうが・いいと・思うのですが』

「眠くないのに寝てろと言われても寝れるもんじゃないだろ?」


そんなわけで散策だよ。
ていうか俺一応犯罪者扱いなのに鍵もしてないんだもん。そりゃ出てくに決まってんだろ。


「なのはとユーノはいないのかなぁ……」

『先ほどの・執務官に・帰らされて・いました。また後日・来る・との事です。あの二人は・管理局に・協力・するそうですよ?』

「へぇ~」


だろうね。原作でもそうだったんだし。ッていうかそうしてくれないと困る。ここに来て原作から外れると非っ常に困る。


『マスターは・どうなさる・つもり・ですか?』

「そりゃお前、プレシアんとこ行って死亡フラグの除去だよ」

『フェイト様と・あの犬コロは・どうなさるのですか?』

「―――あれっ!? お前アルフの事が嫌いなんて設定あったっけ!?」

『言ってみただけです。それで・どう・されるのですか?』


焦らせるんじゃないよまったく。ちょっとびびったじゃないか。


「ん、まぁ俺らがどうしようと管理局が本腰入れたら捕まるよ。出来ることならサラッと捕まって欲しいな。ジュエルシードをこちら側が確保したままでプレシアのとこに行きたい」

『捕まっても・良いの・ですか?』

「良いも何もそうならないと『物語』が前に進まないじゃん」

『……マスターは・時々・まるで未来でも・見えているような・発言や・行動を・しますね』


まぁね。『見えてる』わけじゃないけど『見ていた』わけだし。そりゃそんな発言が多くなるのは仕方ない。別に気を付けてる訳でもないし、ぽろッと出てるんだろうね。
無印が終わったらシェルになら話してやっても良いな。


「……ま、ちょっと待っとけ。お前にだけはそのうち全部話すから」

『イエス・マスター』

「腹減ったよ。何か食いに行こうぜ。食堂はどっちだ?」

『確か・そこを左に・曲がった所に―――』





。。。。。





「―――そう。プレシア・テスタロッサ……」

「はい。ディフェクト・プロダクトからの情報が間違いないならプレシア・テスタロッサは大規模次元震を引き起こす可能性があります。即刻何らかの対処を取るべきかと」

「……娘の復活、かぁ」


そう言ってリンディはオチャ☆に手を伸ばした。
息子の眉がピクリと動いたのを見たが気にしない。彼女はこれが好きなのだ。


「ディフェクト・プロダクトの話によるとジュエルシードの力を使ってアルハザードに跳躍するつもりのようです。在りもしないところにどうやっていくのか。おそらく既にプレシアは……」


狂っている。
そうなのだろう。そうでもしないと考え付かない。


「それで、そのディフェクト君の話の信憑性は?」

「学生時代の調書は殆んどアテにならないようなヤツです。高町なのはやユーノ・スクライアのように艦長自ら会って話すのが一番いいと思います。……まぁ、それでも僕は信じるに足る人物だとは思っていますが」

「あら、珍しいわね。クロノがそんなこと言うなんて」

「……おかしいですか?」


今度はリンディの眉が上がる番だった。

クロノは常に職務に忠実だ。過ぎるほどに。そのおかげで話す相手や付き合う相手に余計な誤解を与えることが多い。どうにも冷たい印象を与えてしまうらしい。だからクロノの部下は忠実ですばらしい。だが友達が……。中々うまくいかないものだ。
リンディ自身から見ればかわいい息子である為(親バカ)、最近になってようやく気付いた様な事なのだが(親馬鹿)、そんなクロノが多少なりとも『他人』に自ら近付いていることが驚きなのだ。


「いいえ、そんな事ないわ。とても良いことだと思う」


時空管理局執務官。立派な肩書きだ。しかし十四歳に背負わせるのはいささか心苦しい。息子となれば尚更に。
まだ、子どもなのだ。なのはも、ユーノも、ディフェクトも。


「……まぁ、一度会ってみてください。医務室に居ますから」


そう言ってクロノがすい、と右手を上げた。
するとその空間に半透明のパネルが浮かび、それを片手で操作し始める。

呼び出すのは医務室の映像。もちろんそこには、


「―――どこにいった……アイツ」


ディフェクトは居ない。からっと蛻だ。要するにもぬけのからだ。


「あら……こっちじゃない? ほら、ここ」


何かに気付いたリンディが画面の端をさした。
食堂。ディフェクトが居ていい場所ではないのだが、そこにはもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐと何かを頬張っているディフェクト。
とても美味しそうに、かつ大量に。まさか一人で食べたのか? とリンディの眉根が寄る。


「―――おい、ディフェクト・プロダクト! 何をやっているんだ! 寝ていろと言ったろう!?」

『うぉお!? むご、っんふ! ごふ、ごふ…何だお前いきなり! 咽喉が詰まって死亡とか洒落にならない死因になるとこだったぞ!!』

「何を言ってる! まったく……僕が行くまでそこでじっとしていろよ」

『んだよぅ、宇宙船の見学くらいやってもいいじゃんかよ』

「……いいから、艦長と、僕が、今からそっちに行く。いいか? じっとしているんだぞ」

『へいへ~い。あ、それとクロノ』

「なんだ?」

『これ、お前のツケにしといたから。ふひひ』

「きさま…」


その後ギャーギャーと歳相応に言い合いをした後にぷつんとクロノが映像を切った。
若干疲れてる感が何とも言えない。

こんな風にクロノと話す子は今のところエイミィくらいしか思い浮かばない。意外といいコンビになるのではないだろうか。
そういえば最近は仕事の話ばかりで親子の会話がなかったように感じる。

うんうんと自分で納得し、リンディは思い切って、


「うふふ。良い子そうじゃない。どう、友達になれそう?」


クロノの顔に浮かぶのは、予想に反して苦渋。


「あら、どうしたの? 結構いいコンビに見えたけど?」





「―――後ひと月もしないうちに死ぬって言われてるヤツと友達になっても辛いだけだよ、母さん……」





。。。。。





「はじめまして。リンディ・ハラオウンです」

「ディ、ディフェクト・プロダクトです」


食堂に艦長、執務官、容疑者。なにこれ?
周りに人っ子一人いないんですけど。


「え、え~と……俺、知ってることはもう全部クロノに話したけど?」

「ええ、そうみたいね。私はただあなたと話してみたいなぁって思っただけよ」


いやいやアンタ、そんな顔してないじゃん。何か怒ってる風な顔してるじゃん。
なんだ、なにを怒っている。アレか。犯罪者ごときがウチのクロノとちょっとでも仲良くしたらお母さん許しませんよとかそのタイプの母親かお前。おいリンディ。どうなんだリンディ?

てゆうか助けてクロノ。
俺の視線に気付け。この助けてビームをきちんと受け取ってくれ。届け、届け……っ。


「艦長、それではディフェクトも話しづらいんじゃないですか……?」


TO☆DO☆I☆TA!!


「ああそうね、ごめんなさい。それでディフェクト君。あなた、ジュエルシードを集めてるのよね?」

「いや、集めてるっていうか集めてた、かな。俺はもう必要じゃないし」


変わってねーよ。助けてよホントに。クロノ、どうにかしてくれ。お前の母ちゃん超こええよ。


「それは、なんでかしら?」

「……あの、クロノから聞いてません?
 ってかクロノ、お前はいったい何を報告しに行ったんだ。ただ駄弁ってただけか?」

「僕のせいにするな。報告はちゃんとしている」


じゃあ何でまた聞いて来るんだよ。アレか、何回か最初から聞いてこっちがボロを出すのを待ってるとかその辺りか。


「まぁ、まず集めてた理由なんですけど……それは生き残りたいからだったんです。でもそれが効かないからもう必要じゃなくなった。だからジュエルシードを集めてるフェイトに協力してただけですよ」

「フェイトと言うとあなたの妹さんね。彼女の事は……その、生まれたときから知っているの?」

「ええまぁ(嘘)。俺の先に創られたのか後に創られたのかはわかりませんけど。俺は即行で廃棄処分だったんで逃げてきました。その後はミッドで暮らしてましたし……だからフェイトとまともに会ったのは『地球』が初めてですね」

「……そう」


リンディさんは悲しそうに目を瞑った。
怒ったり悲しんだり忙しい人だ。てか若いな。どうなってんだリリカルワールド。皆どのくらい寿命あるんだろ? いや、どっかの戦闘民族みたいに若い期間が長いのか?


「あなた、後ひと月で死んじゃうって……聞いてるわよね?」

「聞いてますよ? それがどうかしたんですか?」

「……何か、したい事や欲しい物なんてないの?」

「ん~……まぁその辺は生き残ってから考えればいいんじゃないですか?」

「……」

「……」

「……」


沈黙。
なんなんだよだから。何が言いたいんだ結局。

クロノ何とかしろ。お前の母ちゃんもしかしたらボケが始まってるのかもしれないぞ。


「君は、死ぬんだぞ?」

「……? だから後ひと月はもつんだろ?」

「それはそうだが……それでどうなる?」

「プレシアのとこ行って、調整用プラントの奪取か、研究データを盗むか。それだけでかなり寿命は延びると思うけど?」

「……」

「……」

「……」

「「―――そ の て が あ っ た か !!!!!」」


え、なに本気で言ってるの?

クロノくん、俺言ってなかったっけ? 君の報告書はどうなってるの? その前に君の頭はどうなってるの? 大体リンディさんは何でキレてたの?

何はともあれとりあえず……。


「シェル」

『この・ブタども・が!』





。。。。。





「はぁあああっ! 食った食った! もう入らんぞ。甘い物を見ても別腹が出来る余地なし!」


そのくらい食べました。お粥を。

いや、意外とうまかったわ。
米を使う料理だからもしかしたらないかと思ってたんだけど。リンディが日本贔屓で良かった。まぁお茶に砂糖は無いけど。


「にしても結構広いんだなぁ、アースラって」


時空航行艦アースラ。散策してるわけですけど結構広いんですよ。何かトレーニングルームやらシミュレーションルームやらレストルームやら色々あるし。充実してる。
金あるねー、時空管理局。ちょっと分けろ。


「うーん……管理局に入ったら将来安泰ってのは意外と嘘でもなんでもないのかもしれん。俺も……、いやいや待て。その分危険がついて来るんだ。機動六課なんてすごかったじゃないか。あんな戦闘ばっかやってられませんよね。うん、やめとこ。俺はテキトーに適当な職場でせこせこ働くのが性にあってる」


実際そうだったしね。まさか就職一年目にしてこんな事になるなんて思ってもみませんでしたが。


『マスター』

「お、どした。お粥はエネルギーになりませんなんて言ったら叩き壊すよ?」

『……では・いいです。なんでも・ありません』

「……そっか。エネルギーにはならないんだね、お粥。はは……」


お前の為にもと思ってあんなに食べたのに。俺は所詮ピエロか。ピエロなのか。


『な、ならない訳では・ありません。しかし・あんなに・炭水化物ばかりとられても・マス、ター、の・、の、、―、ッ―――マスターの成長の方に問題が発生するよ?』

「……そう、だな。今度からは気をつけるよ」

『うん。あとね、お野菜もいっぱい食べなきゃダ―――、……メだと・母に・言われています。……母?』

「ぷっ。何言ってんだよ。寝ぼけてんのか?」

『も、もうしわけ・ありません。何か・記録のほうに・問題が・あるようです。戦闘には・支障・ありません。ご安心を』

「……ああ。頼りにしてるよ、シェルブリット」


……シェル、ホントに寝ぼけてるな。侵食率が最近馬鹿みたいに進んだからか。
そろそろかもしれん。





そろそろ、





俺が射撃を使えるかもしれん!!

そうだよそうだよ。システルさんも言ってたじゃん。

『シェルの方はね、忘れちゃってるの。術式を』

って。

思い出したらつかえるって言ってたモンね。くくくく。この拳で戦うスタイルともお別れか。確かにカズマさんはリス(ryしてるが流石に実際に痛いとなるとね、逃げるでしょそりゃ。

俺、これからはガンガン撃って行きますんで、そこんとこ豫櫓匙琥!
あ、ふるい? ふるいすか、そーすか。

あとシェルも気になるね。
もうちょっとだけこの身体がもってくれれば全部解消だ。そりゃもうぜーんぶマルッとね!
だけどif俺が死んじゃったら後の事よろしくね、シェル。皆を泣かすんじゃないぞ。うまくやれよ。







[4602] nano12 FATE
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/02/13 03:45




兄が囚われた。
時空管理局という、フェイトにとっては邪魔でしかない組織に。


「私がジュエルシードをもって帰ろうなんて思ったからだ……」


あの時、管理局が出張ってきた時点でさっさと撤退しておけば良かったのだ。
そうすればディフェクトは捕まる事は無かっただろう。フェイトを逃がす為に彼女の兄は囮になったのだ。

あの時、何故自分はジュエルシードを取ろうとしたのか。何て馬鹿なことをしたのだろうか。そればかりがフェイトの頭をぐるぐる回った。

転移の間際、彼女が最後に見た兄の顔はすごく怒っていたように見えた。自分の迂闊な行動に怒っていたのだろうか。ああ、ジュエルシードなんて、あんな物……なんで。

だけど、


「……ジュエルシードは、母さんのお願い、だから……だから集めなきゃ、いけない」


しかしそのおかげでディフェクトは捕まったのだ。


「どうしよう」


ひどい事はされていないだろうか。そんなことは無いと使い魔は言うのだが、母から聞く限り管理局は随分あくどい事をやっている組織らしい。さらにここ最近ずっと顔色が悪かったのも気になる。バッファリンはちゃんと飲んでいるのか。


「兄さん……」


今はジュエルシード探しに全力を注ぐべきだという事はわかっているが、フェイトの頭からディフェクトの事が抜けることはなかった。目を閉じれば兄の顔が浮かんで、自分と瓜二つの顔。いつもやる気の無い、とろんとした瞳。最近になって右目の下に一本刺青のようなラインが出てきた。髪の毛は兄の方が短いから見分けはつくだろうが、尋常ではないくらいに似ている。まるで鏡写しのように。


「あ」


そうだ、と思いフェイトはベッドから降り洗面台に走った。
鏡に映る自分。似ている。それはそうだ。双子だと言っていた。一緒に生まれた、一緒の顔、一緒の身長、一緒の体重。嘘、体重は自分のほうが少し重い。

そんな兄が居る。鏡の奥だが。

だからフェイトは言う。少しでも決意を固めよう。そう思った。


「―――頑張れ、フェイト。頑張れ」


鏡に映る姿。
それは本物の兄とは違い、笑顔が少しぎこちない。

だけどそれでも、


「うん、頑張るよ兄さん。絶対にジュエルシードを全部集めるんだ。そしてね、兄さんも助けるよ。兄さんとアルフと私で、昔みたいに母さんと笑顔で暮らすんだ」


少しだけ勇気はもらった。


(……大丈夫。何とかなる。何とかならなくっても、何とかする)





12/~FATE~





『アルフへ。
 お前は字が読めるかどうか微妙なので映像に残しておきます。
 まず一つ目だけど、俺のジャケットこの家にあるよね? まずそれのポケットを探ってください。なにやら怪しい骨が出てくるはずだからあんまり驚かないようにね』


アルフがそのディスクを発見したのはつい先ほど。
ディフェクトがいなくなって一週間経った今日、初めて自分が寝るときに使っている枕に違和感を覚えてカバーを外すと中から小さなディスクが出てきた。
それをフェイトと共に四苦八苦しながら何とか再生まで辿り付いた所にこれだ。むしろ手紙のほうが幾分ましだったかもしれない。

はぁ、とため息をつきながらもアルフは言われたとおりにジャケットを探った。
すると左の内ポケットから、何と言えばいいのだろうか、ディフェクト本人が言うように、本当に怪しげな骨が出てきた。
フェイトは物珍しそうに眺めたり触ったりしているのだがアルフの嗅覚は誤魔化せない。一瞬で、モノホンじゃねーか、ちょ、おま、な気分を味わう。


『んで信じられないかもしれないけど、それってデバイスなんだ。何でも防御専門とか言ってたからたぶん攻撃は出来ないと思う。多分って言うのは俺が使ったことないからなんだけど……。いやね、この右手に憑いてる怨霊のせいでコイツ以外のデバイスがどうにもね。マジ舐めてんだろこいつ。ホントにどうしてやろうかと常々……。
 まぁそれはいいとして、とりあえずそれフェイトに渡しといて。フェイトってちょっと防御苦手だろ? だからそれで補っておいてくださいな。バルディッシュとの併用はちょっときついかもしれないけどフェイトなら何とかなると思うから。
 名前も決まってないし、起動時の姿もわかんないようなデバイスなんだけど可愛がるように言っておいて。製作者が言うにはベルカ式カートリッジシステムって言う、魔力を一時的に充填させる機構も付いてるから魔力自体はそこまで食わないと思う。
 あ、それとアルフ。このデバイス俺があげたってフェイトに言うなよ。あんまり過保護すぎるとキモイとか言われるから。フェイトにキモイとか言われたら俺死ぬから。兄さんキモイとか言われた日にはホント昇天しますから。
 ……ん~、プレシアがくれたとでも言っておけばフェイトは信じるよ。アホの子だし』

「ぶほっ!」


思わずアルフは噴出した。
言うなも何も、今現在フェイトと一緒に見ている。フェイトが居たからこのディスクを再生できているのだ。


(あの馬鹿っ!)


ちらりと隣で骨をいじっていたフェイトを見ると、案の定アホの子発言でテンションダウン。
私、アホじゃないもん……と静かに呟いている。

むしろアホはディフェクトだ。文字が読めるか読めないかを心配する前にDVDを再生できるかどうかを心配しろ。こんな旧式の物(フェイト達にとって)をほいとやられてうまく再生なんて出来るものか。


「フェ、フェイト、気にしちゃだめだよ。いい意味でのアホの子なんだよフェイトはっ」

「……いい意味って……?」

「ほらっ、その、あの……」

「……ぐすっ……」

(っ! アホディフェクト! フェイトが泣くなんてよっぽどの事だよ!!)

『……それと、アルフも怪我しないようにな。俺にとっちゃフェイトもアルフも大切だから。だから絶対に死ぬようなことが無いように心がけましょう。特にアルフ、むかつくヤツがいても不用意に突っ込んだりしないようにね』


それは最高のタイミングだった。
アルフは隠れていた耳をピンと立て、


「ほ、ほらっ、大切だってさ! アイツはフェイトの事大好きだよ!」

「そ、そうなのかな? アホの子でも嫌われないかな?」

「―――っディ、ディフェクトはそういう部分も含めてフェイトが好きなんだよっ」


フェイトのアホの子を肯定するような発言に一瞬固まりかけたアルフだが、何とかフォロー。

実際アルフもちょっとアホの子かもと思っている。魔法や戦闘以外では意外とポケポケしているのだ、フェイトは。しかし自分の主様はそこが可愛いのだ。だから守ってあげたいのだ。


『えーそれと二つ目、フェイトにあげてアルフに何もあげないのは何か不公平なので用意しましたっ! 使ったことのない電子レンジを開けてみてください! それをつけてフェイトを守ってね!! それじゃね、ばっはは~い!!』

「あ、終わっちゃった……」

「何でレンジ……?」


言いつつも、少し嬉しい。
フェイトだけではなく、自分の事もちゃんと気にしてくれている。色々と訳のわからない男だが意外と女心を掴んでいるヤツだ。


(……それに『挨拶』も随分うまかったし)


ふとその情景が思い出され、アルフは少しだけ頬を赤くしながらレンジを開けた。
そこにあったものとは―――、


「……? く、首輪?」


首輪だ。大型犬用の。シックな色合いの皮製で、いいにおいがする。デザイン性もなかなか優れており、とても犬につけるものではないように感じた。
しかもしっかりと『あるふ』と書かれたプレートが下げられており、それは南京錠とセットになっている。一度つけたら外せない。どうにもディフェクト特有の、妙な所で凝る癖が反映されているようであり、サイズの調節まで可能だった。


「なんて書いてあるんだろう?」

「えと……『あ』『ろ』? あ、違う、『る』だ。あと『ふ』。『あるふ』って書いてあるみたい。あ、裏にはFate/defect-productって書いてある」

「どうしよう……」


首輪。この動物は誰かに飼われていますの印。

アルフの所有者はフェイトだ。フェイトと使い魔の契約をした時からそれは決まっている。もちろん契約を反故にするつもりなんて無い(そんなことをやっては消滅してしまうのだが)。
だが、もともとイヌ科の動物、特に狼は強い者に従属する事に快感と安心感と満足感を得るタイプの動物だ。その本能がアルフをくすぐる。

フェイトは強い。一緒に居ると安心する。
それならディフェクトは? 強い? 安心する?


(……わからない)


けれどフェイトが慕っている。自分の命よりも大切なフェイトの、その兄。
アルフの主は絶対にディフェクトに対して牙をむくことは無いだろう。

そして何よりも―――、


(もう……)


もちろん契約なんてしていない。しかし、何度か粘膜での接触を経験している。
そのときに確かに感じた。熱く、逞しいディフェクトの『雄』を。

アルフの本能が叫ぶ。


(繋がれたい……かも)


従属してしまいたい。隷属してしまいたい。
間違いなく本能からの、衝動的とも言っていい感情なのだが否定しよう等とは思わない。

アルフはきゅっと首輪を握り締めフェイトの瞳を覗いた。


「この首輪、付けてもいいかい?」


その瞳には決意が写っており、


「いいよ、もちろん。アルフは私の使い魔だもんね。兄さんの事、好きに決まってるよね」


フェイトのその言葉にアルフはしっかりとうなずき、


「フェイト……絶対、何があっても必ず守るから。あたしとディフェクトが」

「うん、頼りにしてるよ。アルフも兄さんも」


そう言うとフェイトはアルフから首輪を受け取り、アルフの首に静かに巻いた。

瞬間、身体がふわりと浮いたような感覚を受けた。


(―――これ)


とくん、と心臓が一つ高鳴る。
アルフは確かに繋がった。
何が、とは言えない。何かがとしか言いようがないのだが、確かに感じたのだ。

ディフェクトとの繋がり。それはアルフをさらに縛り付ける。


『―――それをつけてフェイトを守ってね!!―――』


契約完了。


(わかってるっての……ばか)


暖かい想い。それは優しくアルフを捕縛する。
もう、離れられない。この身は金色の兄妹に捕らえられた。

ぞくぞく、と背筋を快感に似た何かが這い回る。
あ、と声が出そうになり何とか押さえ込んだところでアルフは気付いた。


(あたしは、もう、あんた等が居ないとダメだよ……。だから)


心に硬く決意を宿し、瞳を閉じる。
浮かんでくる人物は決まっている。


「何があっても守るからね、フェイト」





。。。。。





ディフェクトが消えて九日目。
フェイトとアルフは海が見渡せる、小さな入り江のような場所に来ていた。
海の中からジュエルシードの反応を感じたような気がしたのだ。

しかし、


「ダメだねぇ。ハズレみたいだよ」

「……そうみたいだね。次、行ってみよう」


どうにも感覚がうまく働かない。大まかな位置はわかるのだが細部まで把握しきれないのだ。それはフェイトにもアルフにも起きている現象であった。
海の中にあるのはわかる。しかしこの広大な海の中からどう探せばいいのか。


「やっぱり管理局に隠れて探すのは難しいみたいだねぇ……」

「うん。……でももう少し頑張ろう」


フェイト自身も無理があることは重々承知している。
それでも諦めるという選択肢は出てこない。母の為、兄の為。何としてでもジュエルシードは手に入れる。

フェイトは瞳に決意を宿らせ、腕の包帯を解き放った。
怪我はすでに完治。体調も万全、とは言い難いが悪くはない。毎日飛び回っているせいで多少疲れがあるだけだ。


「行こうアルフ。今日中にこの海のどの辺りにあるのかを調べたいから」

「りょ~かいっ!」


力強く地面を蹴りつけ宙を駆けた。


(残りのジュエルシードの捕獲。……私なら、私とアルフならきっと出来る)





。。。。。





「残りのジュエルシードはあと……」

「いやいや早いもんですなぁ」


早いもので なのは達がアースラと海鳴を往復する生活を十日も続けてるわけですよ。
なのは達が二つ見つけてフェイト達は一つ見つけたらしいよ。

ちなみに身体の事以外なら二人にはもう話しちゃったんだ☆

ていうかユーノを騙せる自信が無いからこう、なんていうの? 真実を織り交ぜながらも本当のことは言わない、みたいな。だってフェイトが可哀想だったんだもん。おろろろ~んって感じですよ。

でもその時のユーノが怖い怖い。お得意の、トントントン……。多分だけど、これバレてるね。それでも何も言わずに好きにさせてくれてるユーノ、愛してるぜ。出来ることならお前を妻にしたいぜ。


「そういえば君、身体の方は大丈夫なの? もうその顔色の悪さがデフォ状態なんだけど……」

「うん。なんだかいつも気分悪そうなの」

「大丈夫だってば。今日は持病のヘルニアがね、ちょっと疼いて」

「腰は大事にしなよ。男の人の生命線って言われてるし」

「……うん。子孫繁栄の天敵とも言われてるよね」

「お前ら九歳にしてその生々しい会話ヤメロ」


最近のお子様ときたら。ヤになっちゃうわっ!


「はぁ……お前ら食堂にでも行って来い。俺はちょいとクロノと話してくるから」

「は~い。行こ、ユーノ君。私ちょっとお腹空いちゃった」

「そうだね。また探しに行くことになるだろうし、何かお腹に入れておこう」


そう言って二人は食堂へと向かった。
二人ともいっつもにこにこしててこっちとしては癒される限りですよ。いいね。

さて、と。こっちはちょいと大人のドロドロした会話でもしてきますかねぇ。





「クッローノくーん、あっそびっましょらあ!!」


しゅば、と拳を顔面へ。
不意打ち上等。卑怯上等。むしろ好きだ!


「職務中だ」


しかしクロノはヒョイと避けて見せた。

これでも駄目か。これは本気で不意を付かないと当てらんないかも。


「うわ何その返事。ツッコんだりボケたり何かあるだろ」

「うるさいヤツだな。こっちは残りのジュエルシード探しでイライラしているんだ。
 というか君の妹、随分いい使い魔を持っているんだな。気付く前に一つ持っていかれた。どうにかしろ、あのジャミング結界は厄介だ」

「あぁ? 知りませんよそんな事。それをどうにかするのが管理局の仕事でしょうに」

「……はぁ。まったくその通りだよ。しかし何だ、どうにも君個人の親子喧嘩に巻き込まれてるような気分でね。疲れるよ」


疲れるとか言うな。悲しくなるだろが。マジで友達なくすぞ。

しかし親子喧嘩ね……。何とも妙な例えだ。確かに親子喧嘩とも取れるかもしれん。
プレシアが気付いてるのかどうかは判断が付かないんだけど、俺は反逆しようとしてるわけだし。

だから、疲れたからちょっと休憩♪ とか無しね。
ディフェクト・プロダクトが命じる、お前たち管理局員は……働けっ!!


「そんな君に新しい情報をくれてやろう」

「何だ?」

「俺の双子テレパシーがビビっときてる。今日辺りフェイトは何かやらかしそうだぞ。何処となく海っぽいニオイもする」


俺がそう言うとクロノは目をカッッッッッッッッ……と開いた。

ちょ、目玉こぼれおちるぞ! 大丈夫か!?


「お前まさか、スパイ行為なんてやってるわけじゃないだろうな!? 何だそのテレパシーは! こっちの情報があいつ等に洩れたら……ってそうか……すまない。よく考えたら君には念話の封印処理をしているんだった。君から情報が洩れることなんてないな……」


びびるぜ。そんなに反応するとは思ってなかった。
まぁ仕方ないよね。お前すっごい忙しそうだったもんね。

俺の治療法探しとかで。

頼みもしてないのに余計な苦労背負ってんじゃないよ。若い内からそれだと将来禿げるぞ。大丈夫だって。プレシアのとこにはちゃんと延命装置はあるさ。多分。

しっかしプレシアの居場所探しとそれに対する対処法やらなんやら。確かに大変だねぇ……。
う~ん、情報与えるの早すぎたかな? 全部やらなきゃ気がすまないタイプの人間っぽいし。もったいない。14歳なんだからエイミィといちゃこらやってろっての。


「考えることが多すぎねぇ? たまには休むのも大事だぞー」

「ご忠告感謝するよ。けど、やるべき事がそこにあるのに休んでなんか居られないさ。というよりも気が休まらないって所かな」

「はぁ、苦労性だねぇ。若いうちは買ってでも苦労しろなんていうけど俺は御免だよ」

「……君は十分に苦労してると思うけどな」


言いながらクロノは胡散臭いものを見るような瞳で視線を送ってくる。
何だその目は。俺の苦労なんてお前ほどじゃねーよ。ただちょっと死亡フラグが目立つだけだよ。


「んな事ないさ。ま、捜索範囲を海側にもって行ってみろや。多分フェイト達見つかるから」

「もう念話でエイミィに知らせた。ジュエルシードが複数落ちてるだろうからな、共鳴しあって絞込みには時間がかかる筈だ」

「おーおー、器用なこって。俺は殴るくらいしか出来ねってのに」


喋りながら念話とか絶対無理ですから。絶対訳わかんないこと喋ることになりますから。


「君はもうちょっと魔法のバリエーションを増やすべきだな。そんなんじゃ何時までたっても僕には勝てない」

「そんな簡単に増えるんなら苦労はしませんから」

「なんだ、やっぱり君も苦労してるんじゃないか」


……揚げ足を取るんじゃありません。
けどまぁ、確かにそうかも。俺って苦労してるのかなぁ?


「はっ、確かにそうだ。……いやいやお互い要らない苦労を買ってるもんで」

「まったくだ。クーリングオフが効かない所が性質が悪い」


いや別にうまいこと言えてねーよ。

それにしてもそろそろの筈なんだけどねー、フェイト。確か今日だったはずだ。
フェイトは今日、残りのジュエルシードを手に入れるために結構な無茶をするはず。リンディさんには説得しろって言われてるんだけど、ンなことする気なし! なのはがしてくれるし。頼んだよ。

それにこっちはプレシアを何とかせにゃならん。
フェイトにクローンだの何だのを気付かれる事なく終わらせるのがベストなんだけど……たぶん無理! ごめんね! だって俺死にかけてるし!

どうにかしてやりたいんだけど……さて、どうなることやら。


「ま、どっちにしろ後ちょっと。がんばんべ。何かあったら教えてくれよ」

「ああ。一応医務室にも通っておけ。いつもに増して顔色が悪いぞ」

「あいよ~」


心配し過ぎだってクロちゃん。そんな簡単には死なねーよ。





。。。。。




潮風の匂い。
ちょっとだけ気分が高揚するのを感じる。


「……やるよ、アルフ」

「ああ。いつでもいいよ、フェイト」


そう言ってフェイトは広域魔法の準備を始めた。
もともと広域魔法が得意ではない上に、連日の魔法使用のせいで魔力がうまく練れない。


(だけど、やる。やってみせる)


ディフェクトがアルフと話している時に、たまに出てくる言葉。
話自体は自分が顔を出すとすぐに話は止めてしまうのだが。だが、そんな中でも少しだけ聞いた、なにやら酷く印象に残っている言葉がある。

『運命なんてぶち壊ぁッす!』

バカみたいな言葉ではないだろうか? 何とかならないものを運命と言うのではないのだろうか。
しかしその言葉はしっかりとフェイトの心の琴線を震わせた。兄なら、本当に何とかしてしまいそうなのだ。

一緒にいた期間は短かった。
それでも確かに心が通じ合っていたのをフェイトは感じていた。使い魔もよく懐いている様子。

よくよく考えるとフェイトは兄の事を何も知らないのに気が付いた。
名字もテスタロッサではない。魔法を使った所だって見たのは二度三度だ。兄はいったい何者なのだろうか。謎だ。怪しい。かなり。
だけどそれでも、優しくしてくれた。それだけで、


(絶対に、助け出すから)


彼女にとってそれほどまでに大きい兄の存在。


「―――煌きたる電神よ……今導きのもと、降り来たれ」


呪文による補助をさらに上乗せした。足元に大きく張られた魔法陣が発光しバチバチと帯電する。

この魔力を直接海に叩き込み、ジュエルシードを暴走状態へと移行させる。それがフェイトの考えた策。
運がよければ今見つかっていないジュエルシードを全部手に入れることが出来る。

これは明らかな無茶だ。フェイト自身無謀だと感じている。
己の大半の魔力を叩き込むつもりなのだ。その後ジュエルシードを封印させる事を考えればとてもまともな策ではない。


「……撃つは雷、響くは轟雷―――」


しかし、フェイトの思惑はもう一つある。

それはおそらく皆に迷惑をかけるだろう。管理局に協力しているであろう なのはと名乗ったあの子にも。


(ごめんね。それでも私は、兄さんに会いたいんだ……!)


想う人は特別で、


「―――っは、ぁああああっ!!!」


びゅん、とバルディッシュを海面へと振りぬいた。
途端に魔法陣から幾条もの雷が海に打ち込まれ、ごぽごぽと泡立つ。その中には明らかにフェイトの魔力とは違う反応が発見された。

ごうごうとまるで癇癪を起こしたように海が啼き、空中にいるフェイトにすら感じるほどに地が揺れた。
彼女の魔力に中てられたジュエルシードは予想通りに暴走状態へと入り、その姿を竜巻へと変貌させる。まるで意思を持っているかのようにウネウネと動くその姿は若干醜悪ですらあった。

フェイトはそれに対してほっとしたようなと笑顔をつくり、


「見つけた、ジュエルシード……」

「空間結界展開完了。何時でもOKだよ」

「うん。それじゃあ―――」


竜巻を睨みつける。すでにやることは決まっている。
アルフに説明した時はいい顔をされなかったが結局は折れてくれた。


(絶対に成功させて見せる)


そのためには、


「ちょっと……休憩しようか?」

「は~い」


フェイトは竜巻から視線を外し、結界範囲内ギリギリまで飛んでいってしまった。

後に残るのは暴れまわる竜巻と降りしきる雨。それだけ。





。。。。。





「―――行く必要は無いよ。このまま疲労させれば勝手に自滅して―――っておい! やりっぱなしだと!?」

「ひゃっひゃっひゃ!」

「ほら! やっぱり行かなくちゃダメだよね!? 行っていいでしょクロノ君!」

「ディフェクトは何を笑ってるんだよっ!?」


これは笑わずにはいられねーだろ普通。やりっぱかよ。

ジュエルシード見っけ! でも疲れたからやっぱいいや……。みたいな会話があったのだろうか。

いやぁ、原作じゃちゃんとフェイトは止めるつもり有ったんだよ。それなのになんで今回は止めねーんだよ。
あれか、俺のせいか。特に何かやった憶えは無いけど何かアレだろ、なんだっけバタフライ効果? みたいな。


「いやいや、わが妹ながら恐ろしい」

「やかましい! こんな大規模次元震を引き起こすような事をやっておいて何もせずに見物なんて……。これでまた罪状追加だ!」

「ちょ、マジで!? それ困る!」


あいたたたー!!
何やってんのフェイト!? アホの子ここに極まり。早くお止めなさい。


「困る困らないの問題じゃない! このまま次元震でも起こしてみろ、君の妹は稀代の犯罪者だ」

「それヤバくね?」

「……まぁ、それを起こさせないために管理局がいる訳なんだが」

「そいじゃヨロピク♪」

「一々腹の立つヤツだ……っ! なのは、ユーノ、状況が変わった。君たちにもついて来て欲しいんだけど、いいかな?」

「うん。 絶対止めて、フェイトちゃんとお話しを……、今フェイトちゃんがどう思っているのか聞きたいの」

「もともとボクが『地球』に落としたのが始まりなんだ。行かない訳ないよ」


おお。皆いいやつだ。

なのはも頑張ってね。きっと君の想いは届くはずさ☆
フェイトすっごいなのはの話してたから。寝る前一時間くらいなのはの話ばっかだったから。

俺はちょいとあそこに行くのはきついから行かないぜ。やることあるしね。
つーことで、


「―――後は任せた!」

「ぅえ!? ディフェクト君は来ないの?」

「おう。ちょっと腰がねぇ……」

「あ、今頬っぺた掻いた! 君が嘘をつくときの癖だ!」

「……嘘なの?」

「うううう嘘なんてついてねーよ! マジやべぇんだよ!」


こ、こいつ、やりおる。伊達に幼馴染じゃねぇぜ! これでお前が女だったら最高だったのにな! ユーノ残念!


「い、いや、こいつは連れて行けないんだ。えぇと、今の状況で……そう、家族に会わせるのは余りよくない。……と思う」


お、ナイスフォローだぜクロノ。
お前は嘘じゃないって知ってるもんな。ほんとに死にそうなわけだし。


「そゆ事だから任せたぞお前ら。ちゃんと止めてきてね」

「むー、わかったよ。フェイトちゃんの事は絶対とめて見せるから!」

「連れて行けないならしょうがないかな……」

「それじゃあ、行こうか。ディフェクト、余り勝手な事はするなよ」

「うっせ。お前こそフェイトに怪我させんなよ。そんなことしたら腕もぎ取ってサイコガン仕込んでコブラに仕立て上げるからな」

「バカを言うな。緊急事態なんだぞ。少しの怪我は多めに見ろ」

「……絶対に攻撃は非殺傷にしとけよ」

「善処する」


ああフェイト。何をやっているんだい、わが妹。ちゃんと原作どおりに進んでよorz。
この辺で君らの行動が変わってくると俺の命に関わってくるんですが……。





……ま、何とかなるかな。何とかならなくっても何とかするさ。





。。。。。





「―――来たよ、アルフ」

「ああ。三人……みたいだね」


直接結界内に転送してきた。それなりに実力のあるヤツのようだ。

フェイトはふぅ、と息を一つ吐き狼形態のアルフの背中から降りる。
相変わらず倦怠感が付きまとっているが、まぁ何とかなるだろうと。問題は魔力不足のほうなのだが、それも兄からのプレゼントで解消。

《テルミドール・クノッヘン》
そう名付けた人骨を使用したデバイス。それはセブンからディフェクトへ渡り、ディフェクトからフェイトへと授けられた。

防御専用。普通の脳みそを持っている魔道師だったらまず見向きもしないようなデバイス。防御が得意、ではなく防御しか出来ません。そんなデバイスイラネが普通だ。

しかししかし、フェイトの兄がくれたこのデバイスは普通とは一味違う事が売りなのだ。


「テルミドール・クノッヘン、セットアップ」


フェイトは頭上からこちらに向かって自由落下してくる三人に目を向けるとデバイスを起動させた。
左の腰に吊ってあった骨が光をまとい、左半身に纏わりついていく。

もともとフェイトが着ているのは黒を基調にしたバリアジャケット。その上を骨が走る。全身ではなく半身。左側を意識した作りになっていた。
左肩にのっている、何か、動物の頭蓋骨を彷彿とさせる装甲の意匠は凶悪。
左前腕部に構成された手甲は脊椎を意識しているのか、かなり不気味。
腰から太ももを巻き付くように這い回っている、ナニカの尾骨の様なものはまるで幼いフェイトの身体を拘束でもしている様で、妖しげな雰囲気をかもし出している。


「頑張ろう」


クノッヘンは返事をしない。ただ腰に吊ったデバイスコアがきらりと光るだけ。

このデバイスは高度なAIを組み込んだインテリジェントデバイスだ。
しかしある程度の応答は可能だが基本的に対話というものが出来ない。

だけどこの存在感の、なんと有り難い事だろうか。


「フェイトちゃんっ!」

「―――話は後にしてくれ! 先にジュエルシードを止める!」

「ボクがバインドで動きを止めるからその間に―――」


クロノが背中をなのはに任せて竜巻に対峙した。
最初から なのは はこちらに向かって、きなり攻撃する気はないと踏んでいる。
ユーノはすでにバインドの準備に入っている。


「……させない」


フェイトはすぐさま行動に移った。兄を助ける為にはジュエルシードの暴走をすぐに止められるのは困る。彼女の目的を邪魔する一番の障害はまず、


「時空管理局! 行くよアルフ!」

「任せて!」


主従の二人は空を駆けた。
逃がしてはならない。殺してはならない。一撃で意識を刈り取る。そのために選択した接近戦。


「バルディッシュ!」
『――yes sir――』


フェイトは音を立ててサイズフォームへと変形したバルディッシュを振りかぶり、一気にクロノへの距離を詰めた。
迫る背中。
いける。

一瞬で!


「―――ぃっっけぇ!!」

「させると思っているのか!」


流石に気付かない事はないのか。クロノはしっかりと障壁を張っていた。
力いっぱい振ったバルディッシュの魔力刃との干渉が起こる。


「だ、ダメだよ! 話を聞いてフェイトちゃん!」

「アンタの相手は、あたしだよっ!」


いきなりの戦闘になるとは思っていなかったのか、なのはの反応はいまいち遅い。
それともこちら側が行き成り戦闘を仕掛けてくるとは思っていなかった?

おそらく後者。

その混乱の中でのアルフからの近接攻撃。なのはは反応する事もなくアルフからの拳打を胸にもらい、かなりの速度で吹き飛んでいった。


「―――きゃぁあ!!」

「あっちは任せて!」

「うん!」


嬉しい誤算だ。
ニヤリ、と似合いもしない笑みをフェイトは浮かべる。

魔法が発展していないこの世界に管理局が大量の武装局員を送り込んでくる事はない。最初からそう思っていた。
そしてそれならばこの世界在住のなのはを使ってくることは読めている。それに管理局員は多くても三人+なのは、ユーノで五対一を想定していたのだが、実際の局員は先日ディフェクトを連れ去った(とフェイトは思っている)執務官一人。


(これなら、いけるよね)


ぐん、とさらに障壁を破る為に力を込めた。


「っちぃ、正面突破か! 君も兄と似たような戦法だな!」


その言葉を聴いた瞬間にチリ、と脳が焼ける感覚。
ああそうかと今更ながらにフェイトは実感した。そういえば今までにここまで激しい感情を抱いたことは無かったかも知れない。

そうか。これが、怒りなんだ。


「お前がっ、兄さんを語るなぁ!!」


怒りに任せ、障壁を殴りつける。破れるはずもない。だが、そうしなければいけない気がした。

だが障壁は強固。正面から破れる気配はない。
っち、と舌打ちを付きそうになりながらフェイトは一度距離をとり、同時にデバイスに魔力を込める。


「何も知らないお前が、兄さんを語るな……」
『――photon lancer――』


電気の魔力変換資質。その威力を十分に発揮できる。このバチバチと爆ぜる雷光は自分の思いを表しているようではないか。

スフィアは身体の周りを一周し、


「……ファイアッ」


放たれた。





「っく!」


放たれたスフィアに対してクロノは完全迎撃体勢をとった。瞬時に自身もスフィアを形成し、放つ。
どんどん、と小規模な爆発を起こしながら撃墜完了。

はっきり言ってこの程度の練度の魔道師であるなら自分の敵ではない……こともないが、確実に勝てると言い切れる。そのくらいの訓練も、実戦も嫌と言うほどこなして来た。

しかしどうにも攻撃の意志が湧ききらない。
まったく、いい加減にしろという。とんでもない面倒ごとに巻き込まれている気がする。死にかけでもアイツを連れてくればよかっただろうか?

『―――フェイトを傷つけるな―――』

その言葉はクロノの心臓に楔のように刺さっていた。
ただのシスコンの台詞なのだが、状況が状況だ。自分が死に掛けている中、ディフェクトは一体どんな心境でその言葉を繰り出したのか。

以前にフェイトを傷つけた時、あの男の怒りはすごかった。あんなに真っ直ぐに怒りをぶつけるなんて、自分には考えられない。どこか冷静でいようとする自分が、執務官でいようとする自分がきっと出てくる。


(我ながら随分ひねた性格になったな……)


クロノは相変わらず接近戦を挑んでくるフェイトを捌きながら思った。

単純に距離をとり、スティンガースナイプで牽制。フェイトはスピードに特化している魔道師のようだ。とにかく避ける。ならばどうすればいい? 避ける間もなく、避ける隙を与えず、空間全部をまとめて破砕してやればいい。決まりだ。それでいい。

それでいい、のだが気に入らない。そう、気に入らないのだ、クロノは。
粉砕の前に、一言言ってやる。ああ判っている。傷つけはしない。完全な魔力ダメージだけで堕としてやるさ。


「兄さんをっ、かえせぇえ!!」


変わらず突貫してくるフェイトにS2Uを突き出し、がちぃ、とデバイス同士はかみ合った。
つき合わせるように接近する顔面。ギリギリと歯軋りが聞こえそうなフェイトの形相は、確かに怒りを感じているのだろう。

だけど、それは、こっちだって―――、


「―――ガキがっ……」


何も知らない? 僕がアイツを語れない?

そんな筈は無い。クロノはディフェクトとの戦闘を経験して、妹への思いを知って、身体の治療法を探しているのだ。そんなクロノに語るなというフェイトが、堪らなくイラつく。

アイツがどんな顔で僕に挑んできたのかお前は知っているのか?
アイツがどんな顔で僕にプレシアの事を話したのかお前は知っているのか?
アイツがどんな顔でお前を傷つけるなといったのかお前は知っているのか?
アイツの寿命は知っているか?自分の出自は知っているか?アリシアという少女を、知っているか?

今度はクロノの脳が焼ける番だった。怒りを感じている、フェイトに。
だって、何も知らないのだフェイトは。自分の母親を妄信的に信じて、ただ言われたとおりに行動しているガキ。ディフェクトがどんな思いで管理局側に協力してるかも知らないただのガキ。どんな思いで、フェイトを傷つけるなと言ったかも、なにも知らないガキ。

もちろんクロノも分かっている。ディフェクトはわざと言ってないんだろう。こんなこと知りたくはない。知りたくはなかった。そんな思いをさせたくないから。

だけど、一言言わせてもらおう、フェイト・テスタロッサ。


「ふざっけるなぁあ!!」


力任せにクロノはデバイスをはじき返し、怒り任せに口を開けば、


「何も知らないだと? お前こそアイツのなにを知っている!? 何も疑わずに、何も感じずにジュエルシードを集めるだけのお前こそ、アイツのなにを知っている!?」

「うるさい! 兄さんを連れて行ったくせにっ、私から兄さんを奪った!」

「なんで何も疑わない! なんで疑問に感じない!? 考えてみせろ、君は―――」

「うるさいって、言ってるんだあ!!」


瞬間、フェイトの周囲に瞬時に展開されたスフィア。さらにそれを引き連れての突撃。

こんな単純な攻撃、喰らうはずがない。全部障壁で止める。

ああそうか、とクロノは心中納得してしまった。話し合いでは、無理だ。いや、最初から話し合いだけで済むとは思っていない。
だったら、


「―――僕は、クロノ・ハラオウン。時空管理局の執務官だ。君を、連行する」


デバイスを一度だけ回し、クロノは静かに、しかし竜巻の轟音に負けない明瞭な声で己の意思を口にした。







[4602] nano13 スターライトブレイカー
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/02/26 11:00


初めて会ったとき、彼女は悲しい目をした女の子だった。
だから、何でそんな目をしているのか聞きたかった。話をしたかった。

二度目に会ったとき、彼女の赤い瞳に睨まれた。
なんで? どうして?
ただ訳を知りたくて、どうしてジュエルシードを集めるの?

三度目に会ったとき、彼女に話なんか意味は無いと言われた。言葉だけじゃ何も変わらない。そう、言われた。
悩んだ。そんな事ない。声を大にしてそう言いたかった。
……でも、本当に? 本当にそんな事、無い?

四度目に会ったとき、彼女にそのことを伝えたかった。
いっぱい悩んだ。丸々一日、学校すら休んでそのことを考えた。答えは出た。今なら言えるよ? 言葉だけじゃ、話だけじゃ何も変わらない。でも、言葉にしないと、話をしないとわからない事だって、伝わらない事だって、たくさんあるんだよ?

結局言えずに邂逅は終わる。

そして今、目の前に彼女がいた。伝えたい、今の気持ちを。私は貴女と友達になりたい。
なのに、なんで、


「―――なんで、邪魔するのっ!? 」

「ウチのご主人様はそれを御所望なんでねぇっ!!」


ばちぃ、と干渉光が弾けた。なのはが展開したバリアに拳が叩き付けられる。

接近戦を得意とする使い魔。今までの戦闘やジュエルシードの封印を射撃や砲撃だけで凌いできた なのはには初めてと言ってもいい相手。
正直な所、かなり厳しい。焦る。気合とでも言えばいいのか、今のアルフからはすさまじいほどに威圧感が出ている。受けるプレッシャーが違った。


「バリア、ッブレイクゥ!!」


アルフの右手に金色の魔力光が溜まったかと思うと、それは なのはが張っているバリアに進入し構造を解析。なのは自身が気付かないような小さな小さなほころびを見つけ、一息に魔力の結合を紐解いた。
それなりに自信のあるバリア強度だったのだが、簡単に崩されてしまう。


「―――っくぅ!」

「待ちなぁ!」


なのははバリアが崩される瞬間に離脱。先ほどからこの追いかけっこのような一進一退を繰り返している。
今の なのはの実力では……どうであろうか。
勝てるかもしれない。負けるかもしれない。わからない。つい最近になって手にした魔法の力。どうなのだろうか。自分は強い? それとも弱い? わからないのだ、なのはには。

しかし今はそんなこと、とてもとても些細なことで、


(私はただ、全力で……)


視界の隅にアルフを捕らえながらデバイスを構えた。


「『――Divine――』シューット!!」


なのはから放たれたスフィアはまるで一つ一つが意志を持っているかのような軌道でアルフへと迫る。単純に考えて逃げ場が無いような攻撃といえばこれしか思いつかなかったのだ。
それなりに魔力を込めたスフィアを意識下で制御。アルフの前面、背面、上下、計七発のディバインシューター。

当然それはどうあっても避ける事は不可能。
ちょっとでも隙が出来れば、


「―――っえ!?」


しかしそれを無視してアルフは突撃を。そう、スフィアのことなど目に映っていないかのように。

動揺が走ると同時にスフィアは目標に触れ中規模な爆発を起こした。
なのは はもうもうと立ち込める魔力の残滓に中てられながら一度だけ生唾を飲み込む。


「た、倒しちゃった……のかな?」


思えば、それは油断だった。


「―――んなわけぇ、ないだろ!!」


瞬間、煙の中からアルフが現れたのだ。
身体に数箇所の焦げ跡があるが本人はまったく気にしていない様子。

びゅん、と顔面すれすれを通った拳には魔力が光っている。確実に身体強化、もしくはその部位だけを強化していであろうその拳は、バリアジャケットに覆われていない部分に当たれば一度目のように吹き飛んでいくだけではすまない。


「この、ちょこまかウザったいヤツだね!」


牙をむいて迫ってくるアルフはただ恐ろしかった。


「レイジングハート、お願い!」
『――protection――』


これでは駄目だ。

またもバリアブレイクを喰らっての逃走。
何度繰り返しているのか。ただ話をしたい。それだけなのに。

ちらりと頭に『負け』の二文字がよぎる。それはいい。別に勝ちたくて戦っているわけではない。しかし、何も伝えることが出来ないまま堕ちるのはイヤだ。


(いやだよ。伝えたいよ……フェイトちゃん!)


なのははまたも距離をとりレイジングハートを強く握り締めた。

インテリジェントデバイス・レイジングハート。祈祷型のデバイス。それは主にとっての最良の選択をする。今の状況を読み、主の心理状態を読み取り、今、ここで出来ること。


(―――伝えてやろうよ、なのは。ボクたちなら出来るさ)


それはただの念話。
しかし、なのはにとって心の底から居てよかったと思えるような、最良の選択だった。





13/~スターライトブレイカー~





「はぁ、はぁっ」


荒い息をつき、フェイトは薄く瞳を閉じた。


(……強い)


戦闘が始まって、ただの一度もまともに当てる事が出来ない。
スピードはもちろんフェイトのほうが速い。魔力の総量もきっと多い。クロノの一撃の大きさは なのはと比べれば下回る。

なのに、何故か倒せない。

ちっ、と一度だけの舌打ち。
答えはすぐに見つかるのだ。戦い方が巧い。それだけ。
先を見据えての行動。こう動けば次はこう捌く。一定の距離を保つ。攻めさせない為の攻撃。そして、休ませない為の、牽制。


「っく!」


クロノから放たれ、ガムが伸びるかの様に姿を変えて迫るのはスナイプショット。

速度の無いそれはもちろんフェイトには掠りもしないし、さほど魔力を込められていないようにも見えるのでたいしたダメージにもならないだろう。だが、それでも一度当たれば隙が出来る。隙が出来れば怒涛の勢いで山のように雨のように追撃を仕掛けられることは分かりきっていた。

宙を駆けてかわしきれば、視線の先のクロノがにやりと笑っていた。伸びきったスフィア(?)をまた自分の周囲に戻し、またもデバイスをくるりと一回転。


「そろそろお疲れかな?」

「……うるさい」


獲物を確実に弱らせ、確実に仕留める。
相対する瞳が物語っていた。そろそろか、と。もう満足したか、と。

その視線に腸が煮え繰り返るのを感じるも、そんなわけが無いだろう。

ディフェクトを、兄を連れ去ったヤツに一発も当てることが出来ずにおめおめ逃げ帰ることなど出来るはずが無い。目の前でジュエルシードが暴走しているのに、それを確保しないで時の庭園などに帰れるわけもない。

ふぅ、とフェイトは息をついた。
もともと長期戦を考えていたわけではない。速攻でクロノorなのはを堕とし、二人でもう片方を撃墜。後ユーノ。そういう順番でいくつもりだったのだ。

しかし予想以上になのはが粘る。フェイトは正直なところ、なのはがあそこまで戦えるとは思っていなかったのだ。アルフが攻めきれておらず、さっきから急に動きが良くなった様な気さえする。


(弱気になってるのかな……)


もういい。

そしてフェイトはもう一度だけ息をつく。


「私は……兄さんに会いたいんだ。もっと沢山お喋りして、もっと沢山『挨拶』して、一緒にお風呂に入って、頭を洗ってもらって、洗ってあげて、ご飯も作ってもらって、耳掻きもしてもらって、してあげて、そして一緒に寝るんだ。兄さんと一緒に居たいんだ。ずっと……ずっと!」

「なにを……?」


だからフェイトは負けられない。
新しい家族を彼女は手に入れてしまったのだ。どこまでも優しい思いに触れてしまって、それはもはや怖いほどにフェイトの心を侵食している。
一度手に入れてしまったら、そう、手放すことなど出来るはずが無い。

使い魔以外に誰がフェイトの頭を撫でただろうか。
使い魔以外に誰がフェイトを抱きしめただろうか。
使い魔以外に誰がフェイトに愛をくれただろうか。

全部兄で、全部ディフェクトだ。
フェイトの心に上限があるのなら、この思いでいっぱいになって決壊してしまう。

愛しい。恋しい。欲しい。兄のすべてが。全部全部。

今さらディフェクトのいない生活など、とてもではないがフェイトには考えられなかった。


「……だからっ」


呟き、己のデバイスに魔力を込める。

ジュエルシードの暴走を止めることを考えると多少なりとも余力を残しておきたかったのだが、もういい。
一人で無理だった時はアルフを頼ればいい。二人の内どちらかを人質にして脅しつけ、封印させてもいい。もう決めた。決まった。


「―――バルディッシュ」
『――sir――』
「―――クノッヘン」
『……』


兄さん、少しでいいから力を貸して、と声にならない声で。

ガチャン、と腰に吊っているデバイスにカートリッジがロードされるのがわかった。太ももに巻きついている尻尾の骨のような物からゆるりと力が抜け、本物の尻尾のように背後に垂れる。


「っち、死神か……? いやな感じだ……」


クロノもその姿から何かを感じ取ったのか、瞳が真剣みを帯びる。

黒を基調にしたバリアジャケット。バルディッシュ・サイズフォームを構え、腰から垂れた骨尻尾。肩に乗っている頭蓋骨。背骨を模した様な篭手。
まさに死神のようではないか。

フェイトも自覚している。
余りセンスのいいデバイスではない。しかし兄がくれた。初めてのプレゼントだ。これで勝てないなんて、嘘だ。

ぎゅ、と小さな身体に力を込めた。これからは攻撃だけだ。防御なんて知らない。全部クノッヘンに任せる。
瞳孔がきゅ、と小さくなる。ちり、と空気が変わった。

そして、


「―――っ!!」


ッドン!!!

それは通常の加速ではなかった。
その場の空間が炸裂したような、残像すら残さない、そんな加速。

0から100へ。何処のバカを真似したか。


「なっ―――」


超接近。障壁なんて張らせない。スローモーションにも程がある。
クロノが何かを言っている。聞こえない。口が動いているのが見えて、


「―――にぃ!?」


肩に担ぐように構えていたバルディッシュを思いっきりクロノの腹へと叩きつけた。
バリアジャケットが邪魔で雷刃が通らないが別にそれでもいい。


「ふんむっ!!」


さらに腹へと食い込んでいるバルディッシュに力を入れた。
みしみしみし、と腕から嫌な音が。筋肉が切れたか、筋を痛めたか、もしくは骨が折れたか。


(……関係ない!)


身体の痛みも心の痛みも全部込めて、


「っんのおぉ!!」


そしてフェイトは海面に向かってデバイスを振りぬいた。
ちょうど竜巻が二本立っている場所。その中間あたりに玩具か何かの様に錐揉み回転して堕ちて行くクロノを視線だけで確認し、追撃の必要性ありと判断。


「うっぐぅ……っ舐めるな!」


どんどんどん、と三発。堕ちながらもスフィアで攻撃を仕掛けてくるクロノには正直冷や汗が出てくる。
心臓の高鳴りは止まることを知らず、これはもはや動悸と言い換えてもいい。
この戦法が身体に悪いことは分かっている。しかし、巧みな戦闘技術を持つクロノに勝つにはこれしか無い。圧倒的な速度で、目にも留まらぬスピードで。

正面から、行く。

がちゃん、とまた一つカートリッジがロードされた。これで残り五回。それまでに決める。

瞬時に加速。
またもドン! と空間が爆発したような音と共にフェイトの姿は消えた。そう思えるほどの加速だった。

がちゃん。さらにカートリッジロード。あと四回。
尻尾のように垂れている骨がクロノの放ったスフィアに自動反応。一つ一つを突き刺すように破壊し、正面からのアタックを可能にした。

テルミドール・クノッヘン。
高度なAIを組み込んだインテリジェントデバイス。人格を持っているのかどうかは判断がつかない。話しをするような機能をつける位ならその分のリソースを攻撃の察知と迎撃に使用。最適の方法を導き出し、主を守る。
さらにはドライブ機能。身体強化などの生易しいものではなく、使用者の限界を超えた動きを可能にさせる。

そしてそれは使用者にとっては嬉しい機能なのだが、勿論限界を超える代償はある。


「いぃっけぇえ!!」

「―――っが、あっ」


瞬時にクロノの背後をとったフェイトはまたもデバイスを振り切る。今度は空に向けて吹き飛ばす。

ぼくん、と右肩から妙な音が聞こえた。知らない。首の後ろがちりちりする。知らない。口の中が少しねばねばする。知らない。
クロノを倒して、ジュエルシードを封印して、兄を助けて、それから考えればいい。

がちゃん。あと二回。
ぶちぶちぶちぃ……足首の辺りからまた何か聞こえた。気持ち悪い。関係ない。

ッドン!! 爆音を残し加速。





したところで、それは聞こえた。


「スターライトォ……」





。。。。。




魔力に輝く拳を振り抜いた。
自慢ではないが、アルフは己の拳打に自信を持っている。『当たれば終わらせられる』、その程度の自信は。

しかし、


「この、ちょこまかちょこまかっ!!」


当然、当たらなければ空気が吹き飛んでいくだけだ。
急になのはの動きが良くなった。先ほどまであと一歩で捕まえられる所まできて、そこで逃げられる。そのような展開だったにも拘らず今はこっちの動きを読んでいるような反応を見せる。

わけがわからない。急に強くなったのだろうか。それとも自分はそこまでわかりやすい攻撃をしているか、と戦闘中に余計なことまで考えてしまう始末。


「シューット!!」


これも先ほどとは違う。威力が高いもの、低いものを混ぜて打ち込み、全てを防御させるような攻撃。

早く終わらせないと危険な気がする。アルフの直感がそう言っていた。
問題はフェイトなのだ。少し危ない。
精神リンクを通して感情がだばだば流れ込んできている。ディフェクトが囚われて以来少し情緒不安定な所はあった。しかしここまで無理をするなんて考えていない。読みが甘かったのだ。


「っち」


一つ舌打ちをつきアルフは障壁を張った。
大して魔力の込められていないディバインシューターをやり過ごし、桜色の魔力煙がはれた所で追撃。

苛々していた。

ちょいと撫でてやったら壊れてしまいそうなほどに脆いかと思うと当たらない。さらに次の瞬間にはちくちくちくちく攻撃を仕掛けてくる。随分セコイ戦い方をしてくれる。

話がしたい? それで何になる? それでフェイトが救えるのか? ディフェクトの身体が治るのか?

どうにもならない。アマちゃんが。何も分かっていない。そしてわかった所でどうにもならない。お前がプレシアを殺してくれるというなら喜んで尻尾を振ろう。お前がディフェクトの身体を直してくれるのなら奴隷になってもいい。でも無理だろう? 出来はしないんだろう?

もともと直情的なアルフだが、この時ばかりは限界を超えて腹が立っていた。
己の無力に腹が立ち、対峙するクソガキに腹が立ち、無茶をする主に腹が立ち、顔も見せないディフェクトに腹が立った。

ウオォォオオオォォオオォオオオオォオオオオオオン、とその全てをない交ぜにした怒りの遠吠え。


「……ムカツクんだよぉ……アンタァ!!」


吶喊。
次こそ捕まえる。距離的には数メートルの所。少しでも隙を見せたらその首に喰らいついて引きちぎれるまでぶん回して、ぶち殺してやる。

しかし、


「―――いまっ!!」


しかしその想いは届かない。戦闘中に思考をしたのが間違いか。それとも本当にこちらの動きを読んでいるのか。


「んなっ!」


がちり、と四肢をバインドに囚われたのだ。空間配置型のバインド。拘束するのが最も難しいバインドの一種である。
嗅覚が伝える なのはの天才。それはアルフの背筋を泡立たせるのに十分な威力を発揮した。
己の主人とは違う戦闘スタイルだが、なのはは紛れも無い天才だった。もちろんフェイトだって遅れをとってはいないが、それにしたって先を読むその能力。アルフが出てくる位置、速度、体勢、その全てを把握していたとでも言うのだろうか。


「っこの……、落ち着け、落ち着けっ」


大丈夫。間に合う。冷静に、慎重に。ゆっくりでいい。確実に。脳内でエンドレスリピート。
アルフはじりじりと焦りを感じつつも丁寧にバインドにハッキングを掛けて行く。
バリアブレイクを筆頭に、対象の魔法構造物に進入するのはアルフの得意技の一つだ。こういったちまちました作業は性に合わないと思いつつも、それがフェイトの役に立つのならと一生懸命練習して、そして覚えた。

もちろん周囲に気を配るのは忘れない。嫌な、嫌な魔力の収束を感じる。


(っ大丈夫! 出来る!)


何度再生しただろう、ようやく小さな綻びを見つけた。


「―――よし……!」


丁寧に丁寧にそこから奥へ自身の魔力を流し込む。バインドの一部を染め上げ、その構造を脆く。
ばきぃ、と音が鳴ったときにはアルフの四肢から桃色の拘束が解かれていた。

桃色魔力の収束は終わっていない。ここで攻撃すれば暴発を起こし自爆を誘える。

しかしなのはの目はこちらを向いてはいないのだ。疑問を感じる間もなく、その先にいるのはフェイト。
やらせるものか、とアルフは吼えた。


「このっ、クソガキ!」


加速し、あと2m。
そのキレイな頬に爪を立てて、ギリギリと柔らかそうな肉を引き裂いて―――、

じゃら……。

音が、聞こえた。
それは何処から? 真下から。張った憶えもない魔法陣が輝いている。その中央から鎖を模したバインドが、


「……え?」


誰?

なのはではない。その目は既にこちらを捕らえていない。クロノでもない。今まさに後方でフェイトから攻撃を受けている。

それなら?


「―――ぅ、お前、かぁぁあああ!!!」


トン、と。
ゆっくりと背中を向けながらユーノがコメカミを叩いたのが見えた。


「―――そういう、こと。はぁ、はぁ、きっつぅ……。……ディフェクト、から、聞いてなかったかな?」


聞いていた。
ユーノ・スクライア。ディフェクトの幼馴染。特筆すべきはその観察眼。相手の動きを、心理状態を読みきるというその能力。

話半分で聞いていた程度だ。誰だってそうだろう。相手を見ただけで考えていることがわかるなんて。ディフェクトお得意のでまかせかと思っていた。
しかし考えれば納得できてしまう。なのはの先読みの的中率。空間配置型のバインドが、ああも見事に決まるか。


「くそったれ……、フェイト、フェイトっ」


チェーンバインドは強固。付け入る隙が無いほどに頑強。アルフ自身の焦りもあるだろうが、何て物を構成してくれるのだろうか。

前方でぎゅんぎゅん溜まっていく魔力は上限を知らないように収束収束収束。びりびりと肌が震えるほどに濃縮、圧縮。
これを撃たれれば、終わる。
フェイトが万全の状態でも終わってしまう。相手がなんだろうと撃ち抜くその魔力は、

ああ、

身体をよじり後方を確認すれば、クロノが吹き飛ばされながらもニヤリと笑っているのが見えた。ご丁寧に親指まで立てて、

ああ……、


「フェ、イト……っ!」


アルフの口からはか細い声しか出なかった。





。。。。。






「受けて、ディバインバスターのバリエーション……」


クロノは自分ごと撃てと言った。大規模砲撃魔法。まさか撃つ羽目になるとは思っていなかった魔砲。

なのはの心はもう決まっていた。

最初に念話でユーノと話した時、なのはは撃ちたくないといったのだ。ただ話をしたいだけなのだと。
しかしユーノは譲らなかった。なんとしても撃ち落せと。彼女と、その使い魔がこれ以上不幸になる前に、その不幸ごと全部流し去ってしまえと。

正直な所、彼女にとってよく分からない話であったのだがクロノは賛成した。その後、多少の計画変更を経て、クロノごと撃つことに。
なのはは流されているだろうか。ユーノが撃てと言って、クロノが賛成したから撃つのだろうか?


(ちがう。…うん、ちがうよ)


心の中で頷いた。
これ(SLB)で彼女の不幸が無くなると言うのなら喜んで撃とう。嫌われてもいい。もちろん、本当は嫌だ。

なのはは友達になりたいのだ。フェイトとアルフと。

だから撃つ。堕とす。そして話を聞く。
よくよく見ればフェイトの動きはおかしい。腕がよく動いていないように見える。あの肩は何だ、何か飛び出そうとでもしているのか?


「スターライトォ……」


魔法陣が展開された。足元、さらにデバイスを包むように。


(無理しちゃ、駄目だよ……フェイトちゃん)


ディフェクト君は全然へっちゃらなんだよ? 酷い事もされてない。顔色は悪いみたいだけど。いっつも明るく笑って、私たちを励ましてくれるんだよ。色んな話しも聞いたよ。フェイトちゃんはポケポケしてるって。

しかし、今のフェイトは話に聞いた彼女では無いように思えた。
殺気立って、その身を壊しながら加速するその様はとてもではないが、あまりに痛々しい。限界をたやすく超えてしまう精神に、肉体がついて行っていない。クロノよりも先に終わってしまうかの様。

いけない。

それはダメだ。

だってそれはディフェクトが悲しむし、フェイト自身のためにもそう。そして何より、なのはが嫌だ。
傷つくフェイトをこれ以上見たくない。自傷を繰り返すフェイトをこれ以上見たくは、無い。

終わらせるのだ、この一撃で。


(だから、フェイトちゃん、すこしだけ……休もうよ)


リンカーコアが発熱し、胸の奥が熱くなり、そして なのははデバイスを眼前に構え、


「ブレイカァァアア!!」


桃色の奔流はフェイトを、クロノを、暴走状態のジュエルシードを巻き込み、海中に住んでいるであろう生物たちに甚大な被害をもたらした。





。。。。。





「あーらら、ぶちかましてくれちゃって……」


イライラするぜ。
誰にかって?


シ ス テ ル に 決 ま っ て ん だ ろ !


アイツ、なんてもん寄越しやがったんだ。あんな機能がついてるなんてわかってたらフェイトにやるもんかよ!!

ていうかアイツ俺の事嫌いなのか? 腕がイっちゃうってわかっててカートリッジシステム組み込んでくれたり、今回のあの骨っこ! ドライブ機構ついたデバイスなんて子どもに渡すもんじゃないでしょ! なに考えてんのシステルサーン!!! アタマダイジョウブデスカァア!!?? まぁ左側中心に防御機構が付いてたのにはちょっと感動しちゃったけど……。

あ~あ、フェイトずたぼろじゃん。これはあの骨やらないほうが良かったね。うん。アイツあとで回収。クーリングオフ。

しっかし皆かっこよかったなぁ。
俺の戦闘って傍から見たらどんな感じなんだろうか。


「……あの、ごめんなさいね。すぐに会わせてあげるから」

「ん、ああ。別にリンディさんを責めるつもりは……」


リンディさんや、気にしなさんな。
正直な所、これは骨っこをフェイトにやった俺のせいです。

ああ、あとね、


「アースラにバリアを張っておいてください。プレシアが何らかの動きを見せるはずです。多分、向こうでも……」


そう言って俺はモニターをさした。

そこにはせっせとフェイトとクロノを介抱しているなのは。じたばた暴れているアルフをバインドで捕らえ、その尻の上に疲れた顔で座っているユーノが映っている。そしてジュエルシードがコロコロりん。さっさとしまっちゃいなさい。危ないよ、そんなとこに置いとくと。


「何らかの動きって言うと、ジュエルシードを奪いに来る?」

「ええ、確実に。そうなると追跡を撒かなくちゃいけなくなるからアースラにも攻撃が加えられるでしょうね」


そこまで言うとリンディさんははっとしたようで、急いで指示を出した。


「エイミィ、お願―――」

「もう展開完了ですー♪」

「……ふふ、私はいい部下をもったわ」


うんうん。ホントいい部下持ってるよ。完璧だよ。あのアホ毛。可愛いぜアホ毛。

しかし……これだけは言わせておいてくれ。
いいか? よく聴いてくれよ。


「なぁシェル…」

『イエス・マスター』

「……実はさ、あと二話で終わり、要するにこれの次が本編最終回だったんだけどさ……」

『皆まで・言わないで・ください。分かって・います。……もうちょっと・いっちゃいそう・なんでしょう?』

「ああ……マジでスマンな」

『それは・マスターが・謝る事では・無いのでは?』

「いや、どーぞ代表としてだな……」


―――ごめんなさい。


そしてなにやらシェルと話している間にモニターが輝きを放った。さらにそれとほぼ同時にアースラに揺れが襲う。


「きゃぁあ!」


誰かはわからないが、悲鳴。

おお、おお。お出ましかいな、プレシア・テスタロッサ。モニターを見ると全員ノックダウン。プレシアまじ鬼畜w
ジュエルシードは浮かび上がり、すぅと空へ消えていった。

やれやれだぜ。
やっぱり持ってかれちゃうわけだ。しかも全部。なんか俺のせいで悪いほうにしか進んでない気がするんだが……。俺は生きてていいんでしょうか?

まぁなんにせよ、


「―――エイミィ、持ってかれたジュエルシードを追跡。すぐにプレシアの居所がわかる筈だから武装局員を用意してろ。リンディさんはあの五人の回収。医療局員を連れて誰か降ろしてください。急いでくださいね」


そこまで言って俺はブリッジを去った。

さぁ、ここまで来たらあとはもうなるようになれ。
ラストまで、突っ走るだけだ。





「……あの子、艦長職にでも付いた事があるのかしら? 言いたいこと全部言われちゃったわ」

「はい、私もびっくりしちゃいました……」

「越権行為……というか越権する資格すら無い子なのにね」

「……気にしてるんですか? 出番とられちゃって」

「……」

「……」

「……」

「……」

「…エイミィ、お茶飲む?」

「け、結構です!!」







[4602] nano14 時の庭園
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/02/13 12:23




「よう、お疲れ様。……ちょっと出かけてくるけど、しっかり寝てろよ。子どもの頃の脱臼は癖になりやすいからね、養生なさい。……まったくバカなことしてくれちゃって、愛いやつめ」


そしてフェイトの頭を撫でる。さらさらとした髪の毛の感触。気もちぃなぁ。
フェイトは意識がないにも拘らず、少しだけ表情が和んだような気がする。まぁ錯覚かと。

ここは医務室。なのは、ユーノ、クロノとは違う部屋。意外とプレシアからの攻撃は強力だったようで未だに誰も目を覚まさない。
つってもまだ一時間もたってないんだけどねー。あんだけの戦闘して、プレシアの雷撃もろに喰らって失神させられて、一時間で目覚めるほうが不思議ですよねー。もうそりゃ何処の化け物かってくらいですよねー。

はぁ……。クロノとかぜってぇ目覚めない。フェイトからボコられ、なのはのSLBをもらい、プレシアからの雷撃。よく死ななかったね。マジで。

ってことはだ、俺はプレシアのとこに行くのに武装局員しか連れて行けないわけだよ。いやむしろ俺が付いて行くほうなんだけど。ていうかこそっと付いていくわけなんだけど。
だってリンディさんに言ったら絶対行かせないって言いそうだし。「私たちがプラントもデータも取ってくるからジッとしてなさい」とか超言いそうじゃん?
ヤダヤダそんなのヤダぁ! お母さんに会いたいの!! これマジで。一回くらい見てみたい。俺を作り出した人。プレシア・テスタロッサに。

それに『確かめたいこと』もあるしね。


「んじゃぁ、い、『行って来ます』……」


意識の無いフェイトにゆっくりと唇を重ねた。

やばいぜ。ドキドキするぜ。なにやら犯罪者な気分だぜ。こ、こんないたいけな少女の唇を奪うなんてっ、しかも意識無いのに!!(いまさら) ……超うめぇ。ふひひ。
最後にぺろりとフェイトの唇を一舐め。よし、挨拶完了。次は、


「アルフもね。よく頑張った」


フェイトに寄り添うようにして眠っているアルフ。それ絶対フェイト痛いって。そんなにしがみ付くんじゃないよバカチン。
それにしてもいい肉体だぜ。眼福だぜ。このムチムチと肉感的な太ももとか。ぽにゃぽにゃと柔らかそうな胸とか。絞り込まれてるウエストの辺りも最高だぜ。


「―――よし、『頂きます』」

『何を・頂く・つもりかと』

「おっと……間違えちまったぜ☆ それじゃ『行って来ます』」


―――むちゅるん☆
―――もみもみ さわさわ もみもみ チュパチュパ もみもみ つんつん もみもみ くりくり もみもみ はぁはぁ もみもみぃぃぃぃっぃいいいいいい☆


「……んっ、ぅ……」

「やべっ起きるぞコイツ!」

『―――撤退!』
 

アルフいぢり完了なんだ☆
感想としては……うめぇ。フェイトに負けず劣らず超美味ぇ……。





14/~時の庭園~





「えと、転送ポートはっと……見っけ!」


武装隊が既に集合待機状態。原作でプレシアの噛ませ犬になり、散って逝った局員達よ。君たちには新しい任務が入ってるよね? ちゃんとプラントと研究データ、頼んだよ。
今回はプレシアの真ん前には転送しないみたいだからさ、原作での汚名を返上する時が来たんだぜ。マジで噛ませ犬だったんだから。


「―――いいかお前ら」


コソコソと転送のタイミングを図りながら隊に近付いた俺に聞こえたのはそんな声。
ちらりと視線を上げてみると隊長?(とりあえず偉そうなやつ)が局員全体になにやら話しかけている様子。…アレか? 出撃前の、恒例のアレなのか?


「今回俺たちは犯人を逮捕するわけだが、ちょいと違う任務も背負っている。
 なぁに、簡単なことだ。ガキ一人救うだけの、簡単な任務。事の詳細は俺も聞いては無いんだが、どうにもそのガキの命は俺達の働きに掛かっているらしい。
 既にブリーフィングで話したと思うが、人体実験の培養槽らしき物、もしくは研究データ。見つけたら即行でちょろまかして来いよ。それでガキは助かる。
 お前らも知っているだろう。ここ最近艦内をちょろちょろしてるヤツだ。まったく迷惑なガキとは思わんか? 俺はアイツにタバコを二箱パクられたぞ」

「自分は食堂で散々奢らされました!」

「俺は男の必需品である『秘蔵データ』を持っていかれた!」

「女の子だと思って優しくしてたらバッチリ裏切られました!!」


……いや、全部事実だけどさ……。って言うか最後のやつは駄目だろお前。


「おお、おお。そうだ、そいつだ。とてもじゃねぇが、死にそうには見えねぇ。……が、俺は見ちまったよ、アイツが血を吐いているのを。そしてそれを悟られまいと仲間の前では明るく振舞っているのを。
 ……『漢』じゃねぇか。まったく、やられちまったぜ。アイツは俺の好きな人種だった。こうなっちゃ救わねぇ手はねぇ」


いつ見られたっけか。まったく覚えがない。結構やっちゃってるしなぁ。


「『漢』ですね……」

「ああ『漢』だ」

「……惚れそうだ」


いや、だから最後のやつ、お前ちょっと怖いって。


「死なせるには、ちと惜しい。お前らも色々と貸しがあるみてぇだ。だから、わかるな? 何としてでも―――」

『―――救い上げろ!!!』


うおっ!?
ビリビリとした振動が鼓膜を襲った。十人程度しかいないのに、それほどの大音量。隊員全員が声を揃えての意思表明だった。

やばい、涙出そう……。
管理局いいじゃん。いい奴らじゃん。決めたぜ、俺、将来絶対に管理局には入らねぇ!! え? だって俺はそんなガキを助けたいなんて思わないもん。
けどホントありがとね。まじ感謝してるよ。最後のやつには間接キスまでなら許す!!


『武装局員は転送ポートへ!』


何処からかエイミィの声が聞こえた。スピーカーらしきものは見当たらないんだけど、これ魔法?
んなわけねっか。こんなんで魔力消費したくねっての。


「いくぞテメェら!」

『応!!』


応!! 声出したらばれちゃうから心の中で。
コソコソと、転送の波に乗る。

さぁ、首を洗ったあとちゃんと乾かして香水をワンプッシュして待っていろプレシア。君のムスメ♂がお帰りですよ。





。。。。。





「……でだ、おいガキ、なんでお前がココにいる」

「いやね、たまには実家に顔出すのもいいかなぁ、と」

「寝言は寝てから言え! さっさと帰れ! ここは戦闘に―――」


おっさん(隊長)が言い終える前にやつらは出てきた。
ずず、と床に黒い染みのようなものが広がったかと思うとその中から……ロボ。完璧にロボ。身の丈十メートルは有ろうかというマッスィーンだった。
魔法によって操られている傀儡。その姿は様々あり、砲撃戦仕様のもの、接近戦仕様のもの、全部が完璧にこちらを敵として認識している様子。
ってかね、物騒すぎ。なんだあの馬鹿でかいソードは。あんなん喰らったら斬れるっつーより潰れちゃうよ?
まぁもともと侵入者撃退用なんだから当たり前か。……当たり前か?

機械兵はきらりと一度目を光らせ、その重そうな身体とは裏腹に実に素早い動きで己が役目を全うし始めた。要するに、戦闘開始。一斉にドスドス足を踏み鳴らし、こちらに向かって駆けて来る。

管理局と機械兵たちの戦闘が始まった。
っほえぇ、圧巻だぜ。ちょっと苦戦するかもね、やっぱ。クロノがいたら一発だったのに……ごめんね、キラッ☆


「ほら、これでもう帰れない。こんなときに転移させてくれるような暇はないよね?」

「っち、んのクソガキ……、後ろに下がってろ!」


そいつも聞けない相談でねぇ。
こんな大事な局面で、あんた等みたいに主人公補正が無いキャラクターに良い所とられて、それじゃリリカルの名が泣くぜ。既に戦闘も始まっているんだ。ほら、おっさんの仲間、今くらったぞ。死ぬ前に後退しな。

それにな、俺は右手に憑いてるデバイスから一つだけ学んだことがあんだよ。


「―――違うぜおっさん。俺の命を決めるこの場面で、あんた等の命が掛かってるこの場面で……後ろには下がれねぇ」


とりあえず反抗しとけ。
したい事をやる。やりたくねぇならやらねぇ。我侭かい? 俺もそう思う。文句はリスペクト対象に言ってくれ。言った瞬間に殴られると思うけど。


「……お前は、死を覚悟しているのか?」

「そいつも違う……」


俺はゆっくりと右腕を伸ばした。

ファーストフォーム、セットアップ。
念じるだけ。それだけで分かってくれる。繋がってる。俺の右手。右腕。肩に這い上がり、背中に回るシェルの根。
右腕の圧迫感は去り際に力を与えてくれる。
背中のフィンは気分上々。久しぶりにファーストフォームの構築だった。

いつでもいける。迫り来るロボもきっと一撃だぜ。だろう、シェル? 俺たちにかなう相手なんざいねぇ。この全能感。最高だ。アドレナリンがすごいぜ。テンションマックス。てかシェル何かしてんだろこれ? 気持ちよすぎて笑いが出てくるぜ。


「おっさん、俺はな、死を覚悟してんじゃねぇ。―――生きる決意を、立ててんだっ!!」
『――Acceleration――』


ぱきぱきぱき、と崩れ落ちるアクセルフィン。そして加速を生み出した。
地面から足が離れ、宙を駆ける。背中から噴出す加速の奔流があたかも流星の様で。


「―――衝撃のぉ」


一気に機械兵に肉薄。
胴体部、潰してやらぁ。


「ファーストッ、ブリットォオ!!!!」
『――fist explosion――』


拳が接触した瞬間、大規模な爆発が起こった。
ずどぅん! とやや曇った音色。同時に機械兵の腹に風穴が開き、バカみたいに吹き飛んでいく。その際に機械兵を何体巻き込んだことだろうか。とても出来の良いボーリングのようにクラッシュストライク。

くはっ、余裕。最高だ。

シェルブリットの、魔法の威力自体が底上げされてる。これも俺がせっせと身体を明け渡したお陰か。感謝しろよシェル。鉄くず同然だったお前が今や機械兵を鉄くずにしてんだぜ。


「っふは、ふははははは!!! 粉砕! 玉砕! 大喝采!! オラオラかかって来やがれコンニャロが! 管理局もチンタラやってんじゃねぇぞ、民間人に全部食われちまってもいいのか、あぁん!? 見せてみろ! テメェらの『意地』を!! さぁもっとだ、もっと! もっと、輝けぇぇぇええ!!!」

「……本物の、バカ(漢)だな」


聞こえてんぞおっさん。バカとはなんだバカとは。

がちゃん、と一発カートリッジをロード。
右腕にあふれ出す魔力でセカンドモードへと移行。みしみしと圧迫感。いてぇいてぇ。気持ちイイぜ。

ファーストでイッた感触だと、セカンドフォームでならばバーストを使うまでもなく機械兵たちは破壊できる。……はずだ。出来なかったら出来ないでいい。コイツのスピードなら撹乱くらいいくらでも出来る。


「―――っしゃあ! いっくぜぇえ!」
『――Acceleration――』


ッドン!と0から100へのバカ加速。
身体がビリビリと痺れる。すげぇ。やっぱ速くなってる。マジでディフェクト無双が出来るぜ!!

その加速のまま一番近くにいる機械兵にアタック。
ごちん、と僅かに硬い感触を残して突き抜けた。いいね。
背後で風穴が開いた機械兵が爆発するのを感じる。

さあ次は誰だ。このままイっちゃうぜぃ!


「―――っ武装隊、何をやっているかあ!! あのガキに良い所持ってかれちまうぞ! ンな玩具なんぞさっさとゴミに変えちまえ!!!」

「了解!!」

「おうともさぁ!!」

「―――っしゃらあ!!」


よっしゃ。お前らそのままテンション維持しとけ。
敵を壊すよりも、道を切り開き一気に進んだほうがいい。一々相手にしてたら疲れちゃうよ。
おっさん、俺が守っといてやるから道を作ってくれ。俺は基本的に一対一しか出来ねぇんだ。他の武装隊員も頑張ってるが、このままじゃこっちが先に潰れる。

俺は機械兵の頭に取り付き、ソレに腕をめり込ませながらちらりとおっさんの方に視線を送った。
念話すら通さない(現在封印されてるので出来ない)、会話ですらない。だが、確りと頷くのを俺は見た。うげぇ、心が通じ合っちゃったよおっさんと。


「全隊員、俺が道を作る! 先に進むぞ!!」


そしておっさんの元に魔力が集まっていくのを感じた。
パキィンと耳障りな音を残して展開される、ミッドチルダ式の魔法陣。がっちりと正面を向けたデバイスの先に大型のスフィアが形成されていく。

―――ギュゥゥゥゥウ……!!

なに!? ちょ、その音はっ!


「バスタァライフルゥ……ブレイカァァァアア!!!!」


機械兵を十体近く巻き込む魔法を放った彼は後に語る。
義兄を倒したのはお前か、と。

……シリアスにいかせてくれぃ!





。。。。。





長い回廊を抜け、ようやくエントランスホールのような場所に出た。原作でなのは達とクロノが二手に分かれたあの場所。
ドアを開けて右手側にある、上へと続く階段は此処、『時の庭園』の動力部へと続く階段。
まだジュエルシードの発動自体確認されてないから行かなくてもいい場所……になるのかな?
……んなわけないか。どっちにしろ此処の動力は落とすべきだとリンディさんも考えてるよね。

正面にある扉はクロノが突っ込んでいったトコだと思う。
アニメでプレシアのとこに出てくる時に結構怪我をしてたから、そりゃもう蜂の巣を突付いた時のように機械兵がウヨウヨ出てくるものだと仮定。だってクロノが怪我するんだぜ? 正直行きたくねぇよ。

そして左手側にある下へと続いている階段。
……クセェ。すっごいキナくせえ。俺の生存本能があそこに行けと騒いでる気がする。あそこだな、俺の死亡フラグ抹殺機は。

はぁ……どうしようかな。
いや、行くのは最初から決めてたんだけど、もう目前だと思うとすっごいドキドキしてきた。なかったら俺終わり。笑えるね。


「ここからは二手に分かれる。負傷したヤツはいるか?」


おっさんの声に反応したのは四人。
悔しそうに、ゆっくりと手を上げた。


「そんな顔するな。お前らのお陰で此処まで来れている。胸を張れ!」


はい! となかなか元気の良い返事をし、四人は転送された。
残り、八人か。俺を入れれば九人だが。
まぁ普通に考えて四-四に分かれて行くんだろうねぇ。動力を止める係と、プレシア逮捕の係。それが終わった後に俺の死亡フラグ除去。こういう流れなんだろう。

正直、動力炉へと続くエレベーターを守ってるあのボスクラスの機械兵に局員四人で勝つのは無理だ。プレシアの拘束だって、抵抗を受ければあっさりやられるだろうし。
どうしようか。助太刀? でも俺が加勢しても勝てるなんて言い切れないし、しかも全員やられてサヨーナラーじゃ洒落にもならん。

うぅぅぅぅうううむむむむむ……。マジどうすんべ。畜生。メインキャラ誰か復活してくれ。これきついわ。


「おいガキ。さっきから艦長殿の念話がうるさくていけねぇ。お前をこっち(アースラ)に送れと言ってるが……どうすんだ?」

「俺のケツの穴を舐めろっていっといて。むしろ舐めさせろっていっといて」


うぅむ……。


「……。おい、何で俺が怒られなきゃいけねぇんだ。ありのままを伝えたのによ。いいからさっさと帰って来い、だそうだ」

「一発ヤらせろって言っといて。むしろ俺を食えって」


うむむ……。


「……。おい、本気でキレてんぞ。こっちに合流するとか言ってんだが……」

「俺のビッグマグナムで顎外されたくなかったら黙ってろって言っといて」


うるせ……。


「―――あら、誰がナニで誰の顎を外すですって?」

「あぁもううるせぇな!! 下の口拡張されたくなかったら部屋の片隅で三角座りでもしてろこ、の……雌、ブ、タが……」

「……」

「……」

「……」

「―――キラッ☆ミ」


おおっと。これはどういうことかな? ん?


おっと、おおっと。


あ、お…あぁあっ!


アッ―――!!


びくんっびくん……。





「ここからは私が単独でプレシア・テスタロッサの逮捕に向かいます。武装隊は二手に別れ動力炉の封印と、プラントの確保及びデータの奪取、それぞれの任務をこなして下さい」


おいおい、大丈夫なのか? って言うかアンタ戦闘はちゃんとできるんでしょうね?
いや、こっちとしては嬉しい限りなんですけど……。


「艦長殿よ、そいつはちょいと無理がねぇか? プレシアのところに行くなら俺たちも連れて行くべきだぜ」


うん。おっさんの言うとおり。ごもっともすぎる。

リンディさんの戦闘能力ってのは正直よく分からんが、プレシアの方はよく分かる。武装局員十人ほどを一撃でしとめるくらいの力を持ってるんだ。一人はまずい。
しかも進む先には機械兵がウヨウヨいること間違いなし。クロノだったら適当に行かせるんだけど(原作に沿ってるわけだし)、リンディさんはなぁ……原作でも強いのか弱いのかよく分からんし。これで死んじゃったりしたらマジでアウトですよ。クロノカワイソスですよ。


「うん、俺もそう思う。というかむしろリンディさんには動力炉を破壊してもらいたい」


確か動力炉ってジュエルシードみたいな反応を見せるんだよね? 次元震を起こすのを補助する役割だったはず。だったらまずソッチからじゃん。


「それがそうも言ってられないの。私がこっちに来る前にプレシアから通信が入ったわ。彼女はもうジュエルシードを発動させる気よ。次元震が起きるとなると私が進行を抑えなければなりません。その間にプラントとデータを確保して欲しいの」


なるほど、通信か。やっぱ同じようなことやってんだねプレシア。最後にフェイトの顔は見れたかい? 多分見てないと思うけど。
というかそれなら尚更一人で行かせる訳にはいかねぇだろ。
次元震抑えてる間アンタ無防備だったじゃん。いやアニメの話ですけどね。それでアンタがいきなり、私のディストーションシールドは108式まである、とか言い出してプレシアをボコボコにしてくれるならいいんだけど、無理でしょ?


「……おっさん、リンディさんに付いていってよ。俺が動力炉を破壊してくるから」

「それを決めるのはお前じゃねぇ……といいたいトコだが、俺もお前の意見に賛成だな。かつては大魔道師とまで云われた女だ。艦長殿一人じゃ無理だろうな」


状況読めてるね、おっさん。ていうかリンディさんもホントは分かってんじゃないの?


「でも、もし次元震が起きたら『時の庭園』は崩壊するわ。私のシールドも長くは持たない。だからその前に、なるべく早くあなたのライフラインを確保しないと……」


……俺が死ぬってか?
おいおいやめてくれよ。それをさせない為にあんたは来たんだろう。気張ってくれよ。

大体さ、


「っはん、次元震? しらねぇよ。んなもん起こらねぇ。あんたが止めてくれる。ライフライン? んなもんプレシアをぶっ潰して取りに行きゃいいんだよ」


その場にいる管理局員全員の瞳が俺を貫いた。
驚愕の表情。


「……おいおいおいおい、皆して何だよその顔は。なんだ? 無理だとでも思ってんのか? 俺が死ぬとでも思ってんのか? まさかまさか、そんな事あるわきゃねぇだろ。
 なにより俺には『コイツ』がある。『コイツ』が居る。『コイツ』だけはどんな時でも、どんな状況でも、俺を裏切らねぇ。今までもそうして来たんだ。これからもそうするさ。
 もし俺の前にでけぇ壁があったら」

『ブチ・破る』

「どんなに強固なフラグでも」

『叩き・折る』


そうさ、


「その為の力で」

『その為の・魔法で』





「『その為の、拳だ!!』」





―――な、シェルブリット。





。。。。。





「おらぁ! さっさと抜けろ! いちいち相手にしてたら日が暮れちまうぞ! あそこのエレベーターだ!!」


ガボンと右腕で機械兵を破壊しながら言った。

局員はいちいち相手を潰そうとしすぎる。んなもん無視だ無視。数で負けてんだからさっさと勝利条件をクリアしようぜ。別に熟練度はいらないでしょ?


「―――了解!! 一気に抜けます!!」


ああ、そうしてくれ、局員。名前はないけど許してくれよ。苦手なんだ。名付けるのも、憶えるのも。

俺は五人の局員と動力炉の破壊に向かっている。おっさんとリンディさんは結局二人しか連れて行かなかった。まぁ正直助かるが。大丈夫なんかねぇ……。


「うわぁあ! 何だコイツ!?」


突如聞こえたモブの声。
こっちが大丈夫じゃねぇってか? 笑わせる。

ずん、ずんと足元から頭へと響く振動。
エレベーターを間近にしてそいつは現れた。今までの機械兵とは違う、両肩に突き出るようにして出たキャノン砲らしきもの。何より、感じる魔力も、図体もかなりでかい。

きたか中ボス。
原作ではなのはとフェイトの二人が倒した。ふふん、たった二人にやられたくせに、六人いる俺たちに向かってこようってか? ……楽勝だぜ。


「怯んでんじゃねぇ! 図体ばかりでかいただの木偶の坊だ! 俺が突っ込む、援護は任せた!!」


アクセルホイール始動。

さぁいくぜ。


「シェルブリットバァストォオオ!!!」





。。。。。





「う、……んぁ」


身体の異常で、不意に意識が浮かび上がるのをフェイトは感じた。

体中が痛い。特に肩や足首。心臓の鼓動と共にずくん、ずくんと熱が通う。
ああ、怪我したんだったな、とまどろみの中でふと思った。それならば痛いのには納得がいく。しょうがない。

……だが、気持ちイイのはなんでだろうか。先ほどから首筋をぬめぬめ這い回っているナニカ。太もも、足の付け根を優しくなで上げているナニカ。自分の小さな胸を、その先端を、やけに執拗に攻めてくるナニカ。お腹の奥がキュンキュンしてくる。なんだか、セツナイよ……兄さん。兄さん……?

それを意識した瞬間、フェイトのまどろみなど一気に吹き飛んでいった。


「―――兄さんっ、にいさ、……アルフ、何してるの?」

「あ、『おはよう』フェイト」


―――ちゅるる☆


「ちゅぱ、ん『おはよう』あゆふ……ん」


……?
なにか違う。ここはどこ?


「あ、アルフ、ここはどこ?」

「管理局の船の中。憶えてない? あのなのはってヤツの魔法で落とされたんだよ」


そう言われ、フェイトの脳裏にはフラッシュバックのように記憶がよみがえってきた。脳みそのほうもようやく稼動状態。
そうだ、確かに落とされた。桃色の閃光が今も網膜に焼き付いている。それなら兄は、ディフェクトは一体何処にいる?


「……兄さんは何処にいるの?」

「アイツなら……」


不意にアルフは壁に目をやった。フェイトも吊られて顔を向ける。
そこでは何とも出来の悪い映画が流れていた。戦っている。ロボと人が。どれもこれもが見たことのある機体。
ああ、そうか、と。『時の庭園』の映像だ。時空管理局に、ついに見つかってしまったのか。母は逃げる準備はちゃんとしていると言っていた。どこに行くのかは分からないが、それならそれでいい。

しかし、なぜ兄がそこにいるのだろうか。
なぜ侵入者撃退用の機械兵を壊してるだろうか。

訳が分からない。


「―――さぁフェイト、どうする?」


どうするとは?


「わ、わたしは……」


どうすればいい? 分からないよ。なんで? 分からないよ兄さん。兄さん、兄さん。


「―――それなら、フェイトはどうしたい?」

「……」

「……」

「……会いたい」


フェイトはポツリと呟いた。

会いたい。兄に。母に。そして話を聞きたい。なんで兄が母の所にいるのか。なんで母は兄にも攻撃を仕掛けるように設定しているのか。……話を。

そこまで考えて、ふと脳裏をよぎる言葉。

『―――話をしようよ、フェイトちゃん!!』

桃色の魔導師と対峙するたびに言われていた言葉。フェイトは散々無視し続けた。聞きたいことや話したい事があったのだろうに。


(あの子も、こんな気持ちだったのかな……?)


決める。決めた。もう決まった。


「アルフ。わたしは、『時の庭園』に行く!」

「―――仰せのままに、ご主人様」


―――転移。







[4602] nano15 茨の宝冠
Name: もぐきゃん◆6bb04c6b ID:4020f1db
Date: 2011/04/23 11:02





―――ぴりぴりぴり、ぴりぴりぴり!


あぁ、電話がなってる。
結局着メロの変更はせずに三年間使っているケータイ。

俺にとっては目覚ましと、時計と、電話と。色んな姿に変わってくれるもの。
けどこれはアラームじゃない。電話だ。誰かが俺に用事があってかけてきているんだ。

もぞもぞと何処かにあるケータイを手探りで探し、


「…ぅあい、もしもし~。こちらあっちゃんです~」

『あ、やっとでた。ずっと呼んでたのにちっとも返事してくれないんだもんなぁ』

「……? ん、だれだっけぇ?」

『むぅ、酷い事言うんだね、君は。ずっと一緒に居たのに』

「……ああ、けいたクン? いやいや、あの時は悪かったって。俺も切羽詰っててさ。いいじゃん、バイクでレインボゥブリッジからダイブした事なんか忘れようよ」

『……ほい?』

「あれ? じゃあ…りょーちん? そうだよね、声がそれっぽいしね。いやいやごめん」

『ち、違うよ! 僕は―――』

「ああ、ごめん、ちょっと用事思い出した。今思い出した! また今度ね!」

『んん~…用事って?』


そりゃあ…。

俺は…。

……?

俺は、そうだ、『俺』は―――、




「―――お母さん、殴りに行かなきゃなんです!」





15/~ナカの人~





ハッとなって目を覚ますとそこには顔が。
いかつい管理局員の顔が。

安西先生、大変です。もう局員しか見えねぇ……。


「―――って近いわボケェェエエ!!!」


一秒ほどの硬直の後、すぐさま拳を振るった。それはもう当たり前のように。


「ぶべらっ! な、何するんですかディフェクトさん! 目を覚ました途端に人を殴らないでくださいよ!」

「うるせえ! お前絶対何かする気だったろ!? ワイセツ目的だろ!? 目が覚めてお前みたいな顔が目の前に居たら誰だって殴るわ! 正直お前の顔ドズルより凶悪だわ!」

「ドズルよりいくらかマシでしょうよ!? つーか人が心配して呼吸を確かめてたのにそれですか!?」


いやいやいや。絶対お前下心あったし。お前が目を瞑って唇を突き出していた意味が分からんし。俺との唇までの距離あと一センチ無かったし。


「……正直に言ったら、アースラに帰った後イイコトしてやる」

「キスしようとしました」


ほらね。
これだから、大人ってヤツは。

それから、

「それが…っ、それが大人のやることかぁあ!! お前みたいなヤツは生きてちゃいけない! 消えろぉ!!」
「えぇい、賢しいだけの子どもが何を言う!」
「賢しくて悪いか!!」

なやり取りを加えた上で事情を聞きました。


「ですから、ディフェクトさんが動力炉の封印の途中で気を失ったんで人工呼吸を、その……」

「ん~? そうだったっけ……。そっかぁ、俺、失神してたんだ」


そうか。それで人工呼吸か。
……必要なくね? 心臓もちゃんと動いてたんでしょ?


「いえ、正直二回くらい止まりましたよ」

「マジで?」

「はい。最初は不整脈程度だったんですが、二回目が十秒くらい止まっていました。それでマッサージと人工呼吸を……」

「嘘じゃないよね?」

「……はい」


何だよその間は。……、てなんだよ、……て。
しかし、そっか。ついに心臓止まっちゃったわけか。
てことは……、


「シェル、起きてるか?」

『……』


デバイスからの反応は無い。
セットアップも気を失ったときに解除されたのだろう。セカンドフォームを展開していた右腕は素に戻っていた。

……。

や、やばい。急がなきゃ。大丈夫。まだ時間はある。急いでプレシアの所に。


「あの、ディフェクトさん……?」

「ん、ああ、封印は終わってんだよね?」

「はい、完了しています。この後我々は予定通りライフラインの確保に向かいます。ディフェクトさんは?
自分の判断なのですが、アースラに転移なさったほうが―――」


そりゃ、駄目さ。


「―――予定通り、プレシアのもとへ」


今、アースラに戻ってなんになるってんだよ。
それじゃ駄目なんだよ。それは生き残るだけだ。
いやいや、すごい大事だけどね生き残ることも。ていうか帰ったほうがいいんだろうね。いくら俺でもそれはわかるよ?
でも、俺はそれ以上に、今、プレシアに会わなきゃならないんだよ。分かってくれるかい?

俺の万感を込めた眼差しに、顔の怖い局員は何とも言いがたい表情に。


「……了解。自分たちの任務を、無駄にしないでください」

「おうともさ。ソッチこそちゃんとちゃんと見つけてよね。それが無いと俺死んじゃうんだから」

「任せてください。増援も来てくれるそうなので」

「ほぇ?」


増援?
へぇ、やってくれるじゃん管理局も。このタイミングで増援か。ニクい演出だね。
つか最初から出せ。
俺ら死ぬ思いして機械兵たち倒してたのに。増援は来ないのかぁ!?な思いして戦ってたのに。


「んだよ、最初から出せってんだよなぁ?」

「いえ、戦闘要員ではないんですよ」


やや苦笑しながら局員が答えた。

ふぅむ。なるほど。検索魔法担当みたいなやつか。
管理局にも色んな部署?があるんだなぁ…。俺が入るとしたらその辺がいいなぁ。絶対前線には出ないような。テキトーにこなして、テキトーに生活したい。
ま、無理なんでしょうけど。


「ではでは、行きますかね」





。。。。。





ふわりと、身体が浮いた感覚。
ゆっくりと接地したその場所には、見慣れた玉座があった。いつも、母にお仕置きをされていた場所。あまりいい思い出は無い。

ズキズキと痛む身体を押さえながらあたりを見渡す。
母は、居ない。


「どこ、かな……?」

「ん、ここには居ないみたいだね。さっきまで居たみたいだけど、匂いが薄い。あの奥、かな。管理局も通った後みたいだ」


すい、とアルフが指差した先は玉座の裏。気が付かなかったのだが、扉がある。
今まで一度も見た事が無い。そもそもそこに扉があることすら知らなかった。
あの奥に母が居る。そう思うとなにやらどうしようもない不安がフェイトを襲った。
何故だろうか。不安に思うことなど一つも無い。

だが、


(……行きたくない。あの先に、行きたくない)


そんな気がする。している。
扉からいやなものが流れ出てきている気がする。


「フェイト、どうする?」


真摯な瞳でアルフが聞いてきた。


「きっと後悔するよ、フェイトは。この先に行ったら、後悔する。こんなことなら来るんじゃなかったって思う。見たくなかった、聞きたくなかったって思う。
 そしてねフェイト、ディフェクトはフェイトにそんな想いをさせたくないから今までずっと頑張ってたんだよ。それでも、行くかい?」


アルフの言葉はフェイトの胸へ。
つきん、と身体ではなく心臓の辺りに疼痛が走った。鼓動の回転が速くなる。どくどくどくどくと耳に心臓がくっついているのではないかと思うほどにうるさい。

―――後悔。

する? なら、行かない。

行かない?

この先に行かなかったら、それこそ後悔するのではないか?


「……アルフは、この先に何があるか知ってるの?」

「知らないよ。でも予想は出来る、かな」

「それは―――」


思わず口を噤んだ。
聞いても意味が無い。いや、無い事もないのだろうが、それを聞いてもきっと後悔するのだろう。
迷っている時点でもう駄目なのだ。
どちらかを選べといわれたら、どちらを選んでも後悔する。そういう風に出来ているんだ。

わかった。


「ふふっ、そっか。そうなんだ」

「フェイト?」


アルフの怪訝な瞳。

大丈夫だよ。おかしくなんてなってない。むしろ可笑しい。後悔なんてものを怖がっている自分が。

この先はきっとフェイトにとって嫌なことがあるんだろう。辛いことがあるんだろう。泣いてしまうかも知れない。心に-5点位もらってしまうかも。
でも、


「あのねアルフ」

「うん?」

「兄さんの戦闘記録って見たことある?」

「ううん、無いよ。それがどうかしたのかい?」


きっと、立ち直れる。
負けない。勝ちもしない。あるがままに受け止めて、後悔して、生きて、小さな幸せがあって、生きて、また後悔して、生きて、そして0に戻ろう。


「私ね、一回見せてもらったことがあるんだ。兄さんが寝てるときにね、シェルブリットがこっそり」

「マスターの意志を無視か……。面白いデバイスだよ、まったく」

「それでね、兄さんこう言ってた。『言い訳なんて後で出来るんだ! けど後悔なんてしたくない!』って」

「ぷっ、我侭なヤツだね」

「うん。でも、兄さんらしいよ」


アルフの楽しそうな笑顔を見ながらフェイトは思う。
自分は、兄のようにはなれない。強くなれない。
後悔はしたくないが、流れに逆らう事無く、そこから逃げる道を選ぶ。それが今までのフェイトだった。


「私が泣いたら、兄さんは慰めてくれるかな?」

「え、えと、どういう意味で?」

「……意味?」

「あ、いやゴメン、えと……まぁ、慰めてくれるんじゃないかねぇ。それこそ全力で」

「それなら……」


行こう。
きっと後悔する。分かっている。でもここは、


「―――ここは抗う場面」


だよね、兄さん。





。。。。。





走る、走る。
機械兵はガン無視。相手にしてたら日が暮れる。次元空間に太陽はないけど。


「ひぃ、へぇ、ほぉっ! まだかよ~!」


走る、走る。……だが、広い。めっさ広い。もう絶対に一キロくらい走ってる。てか絶対それ以上走ってる。なのに着かないってどゆことやねん。マジ意味分からんし。迷路じゃねえかよこんなの。


「やっぱアレか、原作でクロノが壁の中から出て来たのってショートカットしてたからなのか? そうなんだな、そうに決まってる!
 ああイライラする。ああイライラする! 何だこの廊下! なんでこんなにグネグネしてるんだ! 侵入者対策か!? そうかそうなんだな、謀ったなプレ・シャァァァアアア!! 俺は坊やじゃないぞーー!! ヒャッホー! テンションMAーーーーーっⅩ!!!」

『……』

「……さて」


そして走る。

……。

アレだよね。ツッコミが無いってきついよね。
やっぱりボケだけじゃ読者を笑わせることは出来ないんだ。どっかのエロイ学者さんが言ってた。間違いない。

現在シェルは眠っている。
それはスリープモードに入ったとか、起動できないとか、そういうんじゃない。
現に俺はファーストモードを展開してマラソン中。あまりにも邪魔な機械兵は鬱憤を紛らわす為に壊してる。おかげで背中のフィンが後一枚。どうしてくれるんだシェル。

……まぁ、いいかな。
もういいよね? アレでしょ? もう皆気付いちゃってるでしょ? 終盤に持っていって今更何言ってんの?とか思われたくないしさ。
そうなんだよ。ネタバレだけどアレなんだよね。シェルブリットさんって多分アリシアなんだよね。いやいや多分だよ、あくまでも。でも多分間違いない。いやまぁコレも多分なんだけど……。

オレッちも最初は驚いたもんさ。
だって男なのに。
男なのに、何を考えてシェルにアリシア入れたよ、プレシア。
いやいや、分かるよ? この調子で、シェルが身体を乗っ取り⇒ ひゃくぱー達成⇒ アリシア覚醒⇒ あら不思議、アリシア完成じゃない⇒ レンジでチンより簡単だわ。みたいな流れは俺にも分かる。

しかし、何故に男かね。なんで俺かね。
色々とまちがっとりゃせんかね、プレシアさんやい。


「まぁ、直接聞きゃいいんだけどね」


ようやく廊下の先が見えた。扉も。
おそらくフェイトがよくシバかれてた部屋。あそこの奥に行って、プレシア殴って、色々聞いて、『俺』が消える前に身体治して、ハイシューリョー!!
死人に身体をやるほど人生に絶望しちゃいない。とかカッコイイよね俺。


「やぁってやるぜぃ!」


頑張れシェル。俺は負けないぞ。でも死んじゃったらよろしくね、ふひひ。





。。。。。




『―――――。―――、―――。―――――』

「……、…………。……………、……?」

『―――。―――――っ! ―――――!!』

「……。………………。」

『――――…です。そんな・もの、――――』

「そう、そうだね……」


―――――そして、


「―――何を話しているんだい? 僕もまぜてくれないかな。さっきフラれちゃってさ、あはっ」





。。。。。





間に合った。
リンディの口から安堵の息が漏れた。未だジュエルシードは発動の兆候を見せていない。

少しの距離を開けて見える女の背中。その傍らに浮かぶ水槽。中には、時の止まった少女。アリシア・テスタロッサ。

大事な人を亡くした。その気持ちは理解できる。
自分が夫を亡くした時も悲しみにくれた。
誰だってそうだろう。大事な人には死んで欲しくは無い。生きていて欲しい。

だが、


「プレシア・テスタロッサ。貴女のやっていることは犯罪です」


そう、犯罪だ。
それもかなりまずいレベルの。『世界』に影響を及ぼすほどの。
だから、止める。次元震は起こさせない。

あるかどうかも分からないアルハザードなんかに―――、


「―――あら?」


綺麗な声だった。

くるぅりとプレシアが振り返った。その顔には笑顔。満面の笑み。
人の顔を読むのはわりと得意だ。管理局で艦長職をもらっているのは伊達ではない。
そんなリンディから見て、アレは喜びだろうか。


「犯罪なんて、そんなことは知っているわ」


恐らく違うだろう。

張り付いたままピクリとも動かないその笑顔は、喜びではない。まるで能面のようで、気持ち悪い。
暗い瞳に吸い込まれそうになる。身体が硬くなるのを感じた。咽喉が震えるのも感じた。


「あ、アルハザードなんて、この世には無いんです!」


リンディは分かってくれとばかりに大きく叫んだ。身体の震えを払うように、大きく。

アルハザードは無い。大魔道師とまで呼ばれたプレシアなら分かっているはずなのだ。
それを、くだらない妄想に取り付かれてジュエルシードを集め、挙句の果てに世界を巻き込んでの心中など。

そんな事―――、





「―――知っているわ、そんな事」





知っている?


「知って、いる?」


混乱した。ぴよぴよと頭の上をひよこが回っているかもしれない。
場の空気が凍ったことを、リンディは確かに感じた。後ろに控える局員も同様に、ぴたりと。

知っているとは、知っているということだ。アルハザードが無いと。ではアルハザードがないと知っているのに何故。
疑問が次々と湧き出て、いや、それ以前に、アースラに対する通信はなんだったのか。あの通信を聞く限りではプレシアは確かに確信していた風であった。アルハザードの存在を。
それを、何故今になって?


「いいえ、そう、違うわね。知った、と言うべきかしら。そう、知ったの。アルハザードには『行くことが出来ない』と」


理解が追いつかない。
能面の笑顔が、にこにこと。


「な、なにを……」

「アルハザードはあるのよ? 確かに存在している。無いなどということはないの。 でもね、知ったの。今、知ったの。行けないのよ、この程度じゃ。これではアリシアが眠ったままだわ。早く起こしてあげなくちゃいけないのに、寝たままなの。
 ねぇ、貴女、わかる? 存在しているはずなのに行けないの。そう、簡単なことじゃないのよ。アルハザードは、っふ、ふふふ……。ああ、そうか。最初から、こうだったの? ねぇ、こうだったのかしら。貴女にはわかって、アリシア? 私は確信していたのよ、貴女を起こしてあげる事が出来るって。それなのになんでこうなったのかしらね。ああ、そうよね、きっと最初からこのつもりだったのよね。きっと、この、土壇場で、私がどうするか見たいんだわ。ああ、アリシア。ああ、可哀想なアリシア。どうしたらいいのかしら。私はどうしたらいいと思う、アリシア?」


そう言ってプレシアはアリシアに縋る。

リンディの背筋を怖気が走った。
その顔に笑顔を貼り付け、傍らにある瓶詰めにされた娘に、一体何を聞いている?
そう。その様子は、





狂っている。





誰かが言った。





。。。。。





おかしい。

何がおかしいか。それは言葉にすると難しいのだが、なんだろうか、空気とでも言うのか。
まるで破裂する前の風船、それと先が尖った何かが同時に存在しているような。妙な緊張感。波打ち際に立って、足の裏の砂が持っていかれるような。奇妙な違和感。

それを、無視。

空気が読めない? 上等じゃないか。
だから、


「―――母さんっ!!」


全部、聴く。
ジュエルシードのことも、兄の事も、母のことも、母の隣にいる、『女の子』の事も。


「……母さん」

「フェイトさん、なんでここに!?」


リンディだけでなく局員全員が驚いていた。
それもそうだ。今のフェイトは拘束されているはずの人物。それが今ここにいる。

フェイトとしては拘束も何もない。ただ治療されて、ベッドに寝かされていただけだった。抜け出すも何も、ただ転移してきた、それだけだ。
そして今、フェイトには管理局にかまっている暇なんて無い。


「母さん……話を、聞きに来たよ」

「はぁ、今更何をしに来たのかしらフェイト」


実に気だるそうにプレシアは言った。

今更。今更なのだ。
今更フェイトに用は無い。プレシアはそう言っている。フェイトにもそれは分かる。理解できてしまう。
しかし、何故? 何故、必要とされない?

その鍵を握っているのは恐らく、


「その子は、誰?」


そしてフェイトはプレシアの隣を指した。自分の斜め後ろでアルフが唾を飲み込む音が聞こえる。
瞬時に理解した。ああ、そうかと。あれが『後悔』の基。それでも、聞かずにこの邂逅を終えてなるものか、と。


「その子、私に似てる……よね?」


既にある種の確信が、フェイトにはある。
きっとそうだ。そういうことか。
正直、フェイトは馬鹿だ。アホだ。ポケポケしている。ブラコンで、使コン(使い魔コンプレックス)で、ドMで、おどおどしてるし、キョドキョドしてる。今のところ友達といえるのもはやて一人で、兄と『挨拶』するのも疑わない、ギリギリで一般常識も欠如しているように感じる。
だが、そんなフェイトにも分かることはある。アレが兄が隠したかったこと。優秀な使い魔である、アルフが隠したかったこと。
そう、アレは、


(―――アレは私、なんだ……)


ぐにゃりと、地面がゆがむような心境。今、母の隣にいるのは、『ワタシ』。

そしてプレシアは言った。


「なぁにを言っているのかしら。この子があなたに似ている? 冗談じゃないわ、冗談はやめて、冗談は嫌いなの、私は。いいこと、フェイト……?」


諭すように、ゆっくりと。


「この子が、アリシアがあなたに似ているんじゃないの。あなたがね、『FATE』っていうお人形さんが、私の可愛いアリシアに似ているの。わかるかしら? あなたは余り頭の出来がよろしくないからね。わかる? あなたはね、アリシアの、ク・ロ・ォ・ンなの。く、くくく。
 もう……なんて言ったらいいのかしら。そう、不快だったわ。不愉快なの。アリシアと同じ顔。同じ声。同じ髪の毛。全部ね、何もかもが成功だったのよ。なのに何故かしら? 何故あなたは記憶を受け継がなかったの? 部分的に引き継いでも意味が無いの。そんな穴だらけのチーズみたいな記憶じゃ意味が無いの。ふふっ。穴ぼこだらけでね、虫食いだらけで―――」


一息でそこまで言ったプレシアは、大きく息を吸った。


「とんだデキソコナイだわっ!!」


誰もが、ピクリとも動けなかった。
プレシアの言葉はフェイトの心を抉っている。掻き毟っている。ボコボコに殴って、引き伸ばして、ぶすぶすと鋭利なもので突き刺している。
それでも、誰一人としてプレシアの言葉を止めなかったのは、笑っているから。フェイトが笑っているから。
どういう心理状態なのか、フェイトは薄く笑みを湛えていた。両の瞳に、それこそ目いっぱい涙を溜めながらも、微笑んでいたのである。

後悔した。確かにフェイトは後悔してしまった。とんでもないほどに。
こんなことなら来るんじゃなかった。もし過去に戻れるのなら数分前の自分を殴り飛ばしてでも止める事は間違いない。
でも、それと同時に兄の事を思い出した。兄なら、この状況でなんと言うか。どんな表情を浮かべるか。

フェイトは思う。
兄もきっとクローンだ。兄は兄で、男だけど、きっとクローンだ。
たまに、ふとしたキッカケで思い出す昔(アリシア)の情景。そのとき自動ドアが開いた。玄関の鍵を閉めた。箪笥の角に小指をぶつけた。そんな時に、ふと思い出す、記憶。

フェイトには何故忘れていたのかわからなかった母との記憶がいくつかある。
母に花で作った冠をあげた。美味しいご飯を作ってくれた。花瓶を倒して怒られた。
しかしいつも兄はいない。その思い出の中に、ディフェクトはいないのだ。


(だからきっと、兄さんもクローンなんだ)


そして兄はアリシアの事を隠した。自分の事をクローンだと知っていたから。
では兄がその事実を知った時、どうしたんだろうか。そこまで考えたら、微笑んでいた。


(きっと兄さんなら)


こう言うんじゃないかな、と。
震える唇を一度だけ引き結んで、開けて、咽喉を震わせて、


「は、……はぁ、アリシア? シラネーよンなもん。俺は……じゃなかった……私は私。アリシアはアリシア。一緒にしないでっ!」


ここまでが兄から借り受けた言葉。ここからは違う。母に、大好きな母さんに。


「……たとえ私がクローンでも、アリシアの出来損ないでもっ、私はっ、私で、母さんは母さんだから! 私の大好きな母さんだから! だから、だから私はあなたさえ望めば何でもします! 管理局とだって戦います! ジュエルシードだって、他のロストロギアだって取って来るからっ」


だから、私を見て。
それが母に伝えたい一番の事。こっちを見て欲しい。目を合わせて欲しい。フェイトと優しく呼んで欲しい。





勿論、その願いは叶う事なく、フェイトの頭上には魔法陣が出現した。





「……あ」


今度こそ涙が零れ落ちる。
頬を伝う。暖かい。
アルフが、局員が、皆がこっちに。
魔法陣が輝き、雷光を発した。

落ちる。雷が。フェイトに。





「―――ところがギッチョン!! そうはいかねぇなあ!!」





それがフェイトの聞いた言葉。
誰も反応しきれなかった高速展開の魔法を叩き潰した男の声。膝が崩れた自分の肩を抱く、力強くも温かい手のひら。久しぶりに感じる温もり。
確かにフェイトは幸せを感じ、そしてゆっくり気を失った。

兄さん。





。。。。。





「やはー、ぎりぎりセーフッ!」


いやいや、狙ってないよ?
いくらカッコよく登場したいからって流石にそこまではしませんよ。かなりギリギリだったしね。体中シビシビしてますから。電気流れてますから。ああ、頭いてぇ。

腕の中にはフェイト。
涙を流しながら気を失っていくのを確かに見た。きっと精神的に限界いっちゃったか、はたまた別の要因か。ゲシュタルト崩壊とかだったら洒落にナンネ。

何はともあれ、知っちゃったんだねぇ。俺の苦労が水泡に消えちまった訳だ。へ、へへへ。
まったく、何してんだろうね、この妹は。自ら不幸になりに行くことなんか無いのにね。そこまでMか? 調教しちゃうよ?


「……アルフさんや」

「あいよ、ディフェクトさんや」


俺はフェイトをアルフに預けた。その際に尻を撫でるのを忘れない。ゲットだぜ。
そしてどう考えても幸せそうには寝ていないフェイトの顔がね、マジで、ああもう……。


「はぁ……」


そりゃため息も出ますよ。
管理局は何やってたんだい? フェイトがこんなになって、涙を流してるのに。アホの子だけど、中々涙は流さないフェイトがこんなになってるのに。
まったく、呆れてくるよマジで。


「ホントさぁ、マジ頼むよリンディさん。何アンタ、黙って聞いてたわけ?」

「……ごめんなさい」


わかってる。誰が悪いとか、そんなんじゃない。
いや、俺が早い段階でフェイトに、お前クローンなんだぜ、俺と一緒じゃん。みたいな事言ってたらまた違う結末だったかも。寧ろフェイトだったら喜んだかも。
まぁ、後悔ってヤツですな。仕方ねえよ。反省は後だ。

今はただ、


「殴っちゃる!」


身体ごとプレシアのほうを向いた。
で、そこで初めて気付いたわけだ。プレシアの様子がおかしいことに。


「……うん?」


自らの肩を掻き抱き、ぶるぶると、がたがたと震えていた。
テラキモス。シェルだったら間違いなくこう言う。俺の右手に付いてるデバイスは口が悪い。毒舌だ。
でもそんなシェルも今はいない訳で。

そしてプレシアは、カタカタと震える口を開いた。


「ひ、ひひひ、生きている? まだ自我を保っている? 定着した? 三十二体目で? くく、ふはっ、来た、奇跡だわ! 今なら神様を信じてもいいわ。宝冠が、来た!! ああ! アリシア!」


ひ、ひぃっ!
もうだめぽ。イっちゃってる。目が気持ち悪い。こんなヤツはさっさとね……。

俺はぎり、と音が鳴るくらいに拳を握りこんだ。
魔力を練り上げる。フェイトを助けるのに最後のフィンを使ってしまった。もうファーストはイラネ。
すぅ、と一度深呼吸。
胸が、リンカーコアが発熱しているかのような。そしてガチャンと一発カートリッジロード。


「セカンド」


フォームを構築。
いつもは押し潰されるような痛みが伴う作業が何とも楽なことか。シェルのおかげか、身体がイカレてるのか。前者であって欲しい。是非とも。


「それを、寄越しなさい! 早く早く早く! 宝冠を! 『茨の宝冠』を!!」


っけ、自分で捨てたくせに何言ってんだかね。大体、茨の宝冠って何だ。これ以上余計なフラグを俺に背負わせるんじゃないよ。俺はもう疲れたっつの。
殴る。色々聞く。出来ればその後死んでいただけたら有難い。
ぱきぱきと音を立てて構築完了。うん。われながら良い出来だよ。既にあちこちヒビが入ってるトコがいいね!
……マジお願いだからシェル。お願いだから起きてシェル! 僕一人じゃセカンドフォームすらまともに作れないよっ!?

―――ひゅん、ひゅん、ひゅんひゅんひゅひゅヒュヒュィィィィイイイイン……っ!

背中から聞こえる空気を切る音。
アクセルホイール、全、っ開!!

やってやる!





「うおおおあああああっっっっっチン、ポォォォォオオオオオオ!!!!」





どんっ、と爆音を残し地面を蹴った。

一気に肉薄。プレシアは明らかに呆けた顔をしていた。
勿論その隙を逃す俺様ではない。


「なぁんで俺には! チンポが付いてんだぁぁああああ!!!」


突撃の加速をそのままに、ギリギリで手の届く顎に拳を振るった。

そして、ガチでヒット。障壁を張る暇さえなかった。いや、あったのかもしれないがプレシアはポケっとしていた。
こしゃっ、と確かに顎を砕く感触。タイガーアパカッ!!


「ギュッ―――」


当然の如くプレシアの頤は跳ね上がり、キラキラと光ながら血と歯が放物線を描くのが見えた。
非殺傷設定? んなもんバリアジャケットに付いてるわきゃねーだろ!! シェルはバリアジャケットなんだよ、ただの高性能なね!
完全に身体が伸び上がっているプレシアを視界の隅に、俺はホイールから加速を生み出す。ぐるりと身体を斜めに回転させ、


「俺は、なんで男なんだ!?」


後ろ回し蹴り。いや、殆んど胴回し回転蹴りだったかも知れない。
それは見事にこめかみに直撃。靴を通して確かな手ごたえ。足ごたえか。


「いぎっ―――!」


そして俺は背中から地面に落ち、ない。
ここでもホイール始動。ばうんっ、と身体が跳ね上がり、その、豊満な胸に向けて―――、


「シェルブリットォ―――」


残り少ない魔力を右腕に溜め込んだ。
シェルのサポートがないから、へたくそかもしれない。『加速』だって何か後一つ足りない気がするし。だからさっさと起きろ、シェルブリット。


「―――バァストォオオっっらぁぁぁあああ!!!」


プレシアの乳の感触など感じる暇もなかった。ぷに、とも、ぽよ、とも、ふにゃ、とも。

俺の拳は速攻でプレシアの体幹部、胸骨に届き、まるでピンボールの玉のようにその身体を吹き飛ばした。ざまぁ!
同時に右腕を覆っていた装甲が砕け、それは地面に落ちるとさらさらと砂のように溶けていった。やっぱ駄目だったね。

……。

どーよ……。


「はぁっ! はぁっ」


きっつい。MMS(マジで召される三秒前)だぜ……。
そして今更のように動こうとした管理局員が足を止める。ホントお前ら役に立たねぇな、おい。

どーよプレシア、『俺式ファイナルヘブン(笑)』の味は。たった今思いついた技だぜ。むしろがむしゃらに手を出して後から名前付けたぜ。


「すごい……」


局員の誰かが言った。勿論俺の耳にもしっかりと届いている。

すごい? すごいだろ。大魔道師といわれるプレシアをぶっ飛ばしたんだもんな。すごいに決まってるさ。でも、俺にとっちゃ当たり前よ。
なんでかって? おいおい、今更何言ってやがるんでぃ。いっつも言ってるだろ。いい加減憶えてください。


「はぁっ、ハァッハハ! 俺を、誰だと、思っていやがる……!」


きゅ、と拳を握って、俺はバーストの反動で砕け散ったシェルブリットを見た。
バースト一発しか耐えられない、根性なし。それでもプレシアをぶっ飛ばした。うん。合格です。お前合格だよ。だから、起きようぜ、マジで。

ぶっ飛ばしたよ。確かに。顎砕いて、こめかみ強打して、胸部にバーストだぜ。正直死んでもおかしくない。
……むしろなんで生きてんの、プレシアさんさんや?


「あなたが誰かですって? F-32βよ。本当は魔獣のお腹の中にいるはずのね」

「……うるせー」


そんなこと聞いちゃいねぇ。
てか腕が超イテエ。頭までズキズキしてきた。


「それ、『茨の宝冠』はね、男性体にしか寄生しないの。いえ、出来ないといったほうがいいわね。プロテクトとでも言えばいいかしら、それが幾重にも折り重なって存在しているのよ。流石に完全な解析は諦めたわ。だからあなたにはチンポがついているの、ご理解いただけるかしら?」

「……」


にたりと笑い、プレシアは言った。鼻と口と耳からだらだらと血を流しながら。

にしても、プレシアにも分かっていないとな? じゃあシェルはなんなんだろうか。
……嫌な予感がする。マジ頭イテエよ、コイツ。


「大変だったのよ。別口からのアプローチは」

「っはん、知ったこっちゃないね」

「最初は宝冠にいくら記憶を転写してもまったく反応しないし、ようやく何らかの『意思』が出て来た思ったらアリシアとはまったくの別物。笑えたわ」

「で?」

「でもそれは間違っていたの。それはね、アリシアなのよ。まぎれもなくアリシアのはずなの。
 けどね、そんなのどうでもよかったわ。記憶の転写も、アリシアの覚醒も、その宝冠の前には全然関係ないんだもの。……くくく、可笑しいわ。死ぬはずなのに、死ぬはずだったのに、なんで生きているのかしら。 『茨の宝冠』は死ぬのよ」

「運がよかったんじゃないの、それ?」

「奇跡って言うのよ、それ」

「それが? 俺レヴェルになると奇跡くらい起こるよそりゃ」

「それが、ですって? うふ、分からない?」


いや分かる。あえて聞いているんですよ。貴女の相手するのは大変なの。このマッドめ。


「解析を進めるうちに面白いことが分かったわ。それね、茨の宝冠を起動させるには血が必要なの。特別な血統が。それがなかったらただの喋る玩具よ。おまけに使用者を食い潰すような。だから捨てたわ。だって必要ないでしょう。なのに……、おかしいわ。謎だわ。あなたはあの出来損ないのコピーなのに何故起動しているのかしら。
 ……まぁ、いいわ。面白いじゃない。ねぇそう思わない? 今からあなたを解剖してあげるわ。きっとアリシアを復活させる手立てが山のように詰まってるわよ、あなたのナカには。『茨の宝冠』の中にも。『F計画』は駄目ね。限界が見えたわ。これからは『茨の宝冠』を中心にアリシアの復活を……」


ブツブツと独り言のように呟き、プレシアは続ける。


「それを分かっていて寄越したのかしら。いや、そもそも系譜だった可能性は? それなら何故今まで……」


言えることは唯一つ。


「……お前さ」


プレシアがふと顔を上げた。さも楽しそうに。新しい玩具を手に入れた子供のように。その顔には笑顔が張り付いている。
それを見ると、何と言えばいいのかね、この感情は。同情とか哀れみの類だと思うんだけど、何か違うかな。


「お前、もう死んじゃえよ」


自分で驚いた。
ビックリするくらい冷たい声が出た。やべーよこれ。俺、こんなキャラと違うのに。
さっきから、少し、ボーっとするかも。


「お前もうダメだよ。世の中に必要じゃない人間なんかいないってさ、それはよく聞くけど……、プレシア母さん、あんたはダメだよ」

「私を、母さんと呼ぶなっ」


聞こえない。実際に聞こえない。
耳元では心臓の音がしている。とくんとくんと血液を送り続けてる。


「……母さん、貴女はもうダ、メ。俺も、私も、僕も、私も……」


あ、頭イテエ! なんじゃこりゃ!?
脳が、脳が痛い。脳みそって、痛覚ないのに、脳が痛い。
お、思ってたのと違うってコレ。こんな痛いの?


「死んだ人間を蘇らせるなんて凄いけどさ、理解は出来るけど、やっちゃいけない事だって俺は思う。俺も、親しい人が死んじゃったら、いつかやっちゃうかも知れないけど、やっぱダメだよ」


途端に膝から力が抜ける。
糸が切れた人形のように、がくりと跪いた。
おやおや? ディフェクトの様子がおかしいぞ。俺の様子がおかしいぞ。何だこれ。進化はせんぞ。

それでも口から出て行く言葉。それは俺の意思に反して滑らかに滑る。


「それでも禁忌に臨む、挑む。それが貴女を支える最後の一線なのかな?」


これは、おれ、じゃなくない?

前のめりに倒れそうになる身体を右腕で支えた。
いつの間にか大量にかいていた汗が、それこそ滝のように地に落ちていく。
何だこれ? 何だこれ何だこれ? 予想とだいぶん違うんですけど。ロードは? はやてに出会う辺りからのロード! ダメですか、そうですか。いや、分かってましたけどね。


「あ~、やだやだ。だから僕は科学者って嫌いなんだよね。もっと信心深くなりなよ。神に仕えられるんだよ? 光栄じゃないか。死ぬのは終わりじゃない。ま、貴女にとっては終わりなのかもしれないけど……」


マジ誰だお前。
俺はいつもは無神論者で都合が悪くなると敬謙な信者となる人間だぞ。神様助けて。
何か思ってたのと違う展開ですよ。シェルは? シェルはどこさ行っただ? 自分の口から出て行く言葉に驚愕を隠せません。どれだ、何処の俺が喋ってるんだ。俺はだれだ。

俺は、俺? いや、私? いや俺だろ。うん。俺は、俺。シェルブリットの―――、


「……でも」


そしてゆっくりと立ち上がった。
先ほどまでの、脳が焼きつくような頭痛はもうない。
辺りを見れば、皆それぞれにおかしな顔をしていた。まぁ当たり前か、急にこんな……。狂ったと思われても仕方ないよね。

そして、


「私は、幸せだったよ。短かったけど、それでも幸せだった。私はね、もう続いてないの。これ以上はダメだよ。いっぱい、いっぱいクローンを生み出して、沢山の人に迷惑かけて、それで殺してっ、……もうダメだよ、お母さん」

「アリ、シア……?」


私の母がようやく口を開いた。







[4602] nano16 無意識母性
Name: もぐきゃん◆6bb04c6b ID:8f9eb27a
Date: 2010/02/13 12:22





「……知らない天jっあぶ! ……セーフ、セーフだろ今の。うん完全にセーフだな」


目を覚ますとそこには一面に煌びやか~な、もうどこぞのお城のような天井が。馬鹿みたいに広い部屋にぽつんねんと一人で寝ています。なんだろねコレ。夢か。
はぁ、とため息をつきながら身体を起こした。
畜生め、何処を見ても煌めきやがって。何だあの宝石は。一個くれ。


「あ~わけわかめ。夢かコレ、夢だろコレ?」

「夢だよ。超夢」

「っぅわ、びびったあ~!」


居なかった筈。そこには誰もいなかったはずなのに、声を意識した瞬間に一人の男が立っていた。
うん。なかなかイケメン。茶髪の陸サーファーな感じ。


「何用じゃ、イケメン。ワシはプレシアをボコりに行かねばならん」

「……いや、君こそ何用じゃ。ソッチが勝手に来たんだよ」

「え、マジ? んじゃ帰る……どうやって?」


てか今更ながらここ何処よ。マジ意味ワカンネ。プレシア殴ってたらいきなりお城とか意味ワカンネ。


「ここは……なんていったらいいかな……。えーと、宝冠のナカ? でいいと思うけど」

「なんで疑問系?」

「いや、だって僕にも良くわかんないしね~」


……なんじゃそりゃ。お前そこは、私はここの管理人。君には特別な力を授けよう、とか言って現実に帰してくれるべきじゃない?
ほら、よくあるじゃん、憑依系とか転生系の二次で。ここは俺がリリカルに来た理由を教えてくれるべきだろお前。


「そんな都合よく行くわけ無いじゃん。アニメじゃあるまいし」

「ですよねー」


アニメじゃないってか。


「ねえジュドー」

「?」

「いや、お前の事だよ」

「え? いや僕の名前は―――」

「ジュドーでいい。うん。決まり」

「……ジュドーです」

「うん、それでさジュドー、質問をしてもいいかね?」

「はいはいどーぞ」

「まずさ、シェルって何?」


まずはココからだろ。
あの変態デバマスのシステルさんにわけ分からんとまで言わせたシェルブリット。この謎を解けば無事に無印最終回を迎えることが出来る。


「茨の宝冠でしょ?」

「だからその茨の宝冠ってのが意味わかんねぇっての!」

「ぅえ、知らないの!? っかー、そうだよねー、自分で思ってるほど有名でもないかぁ……」

「え、なに? そんなに有名なのシェルって」


ユーノですら分けわかんないって言ったんだから有名なわけない。ただ貴様の自意識が過剰なだけだろ。


「いやいや、昔の文献とか読んだら有名なはずなんだけど……いや、どうだろうなぁ。もう残ってすらないかもなぁ。そうだよなぁ、君たちにとったらドンだけ昔やねん!って感じだろうなぁ」

「……古代文明の遺産、とか?」

「そうだねぇ、まぁその辺りが落としどころかな。……それにしても古代かぁ、急に老け込んだ気がするなぁ」


俺は驚かないぞ。うん。全然驚かない。
だってある程度予想してたし。シェルがまともなデバイスじゃないなんて分かりきってたことだし。
ただロストロギア指定されてたらアボーンですな。頼む。頼むから文献とか残ってんじゃねぇ。謎のデバイスでいい。分けわかんないデバイスでいいから。
俺は管理局には入りたくないんです。取り外しできないから俺ごと持ってくに決まってますよ、管理局は。


「えええ、え、えええ~と、とと、じゃ、じゃじゃじゃじゃ(混乱)」

「何を言っているのかな?」

「ままま、まさか、ロストロギア指定になんか、さ、されてはいないよね?」

「ロストロギア、ねぇ。その辺はわかんないよ。僕がコレを使っていたのは……それこそ古代の話なんだろうしね。今の世界に興味はないから」


なんですと?


「は、ちょ、まっ!! え、なに? お前シェル使ってたの!?」

「うん」


事も無げに言いやがって。じゃあ何だ、俺の行く末はジュドー、お前か?


「茨の宝冠はね、もともと偉~い王様の、その家系図の端っこーぉぉおおの方に位置するある御貴族様の、その奴隷の一人が作ったものなんだ」

「嘘だろそれ」

「まあね」


このヤロウ。


「冗談はさておき。宝冠が出来たのは戦時中でね、王様と王様が戦ってる時に出来た」

「はあ? 何言ってんだよ、意味が―――」

「まぁ聞きなよ。それでね、片方の王様は物凄い守りでさ、もう片方の王様は攻めあぐねてた。全然突破できない。首を奪えない。攻めはたいしたことないのになんで防御ばっかすごいんだよあのヤロウ! ……そして王様は考えたんだ。よし、俺も守りに入ろう。ってね」

「……その王様は紙一重だな、色々と」

「悪い人じゃないんだけどね。それで茨の宝冠が出来た。王様は思ったものさ、これで俺の負けはない。じわじわと追い詰めてぶっ殺したらぁ……って」

「でも決着はつきませんでしたーってオチ?」

「お、よく分かったね、知ってたの?」

「いいや」


シラネーけどさ、守ってる人に対して自分も守りに入るとか……勝つ気ないじゃんそれ。
つかその王様は結局何がしたかったんだろうね。


「それでもう飽きちゃってさ、兵隊さんたちももうよくね? とかいって帰っちゃうし。だから和解しちゃった」

「馬鹿か王様」

「いやいや、悪い人じゃないんだよ? それにしてもアイツさ、握手する時めちゃめちゃ力入れてきやがんの。かなり殺伐とした和解宣言になっちゃってさ……ふう、王国民に示しがつかないよ」

「キング・ジュドー。お前の話はもういいから、茨の宝冠の話をしておくれ」


貴様の身の上話などどうでもいいわ!
男の過去なんかに興味はない。俺が知りたいのはシェルの謎だ。


「ん。茨の宝冠は君たちで言う所のデバイスとは一味違ってね、何とその身体を侵食して成長するんだ」

「知ってる」

「あれ? ん~、じゃあ防御力がすごい」

「知ってる」

「ん~? それなら……」

「いや、こっちから質問するんで答えてください」

「おっけ~」


こいつマジ殴りてえ。
お前が! 教えてくれるまで! 殴るのを! やめない! ってやっちまいてえ。

さて、なにを聞くか。聞きたいことが多すぎて迷っちゃうな。
まぁ、まずはコレかな。


「侵食が100%になるとどうなる?」

「僕が表に出る。……筈だったんだけどねぇ、君のお姉ちゃんが行っちゃったよ」

「そうなると俺はどうなる?」

「消える。……筈だったんだけどねぇ、ココにいるんだもん。不思議だよ。
 大体君、勘違いしてるみたいだけどさ、茨の宝冠ってつけた瞬間にまず死んじゃうはずなんだよね。宝冠だよ、宝冠。その名の通り、冠さ。腕じゃなくって、ココ、額につけるんだよ」


そう言ってジュドーは額を指した。心底呆れたように言うその姿はなんとも腹立たしい。
何が冠だアホめ。こんな宝石みたいなのデコに付けても全然冠じゃねぇっての! 大体俺に言うな。プレシアに言え。バーカバーカぷげら!


「まず死んで、というか脳死状態になって、体の機能が低下したところで侵食するんだよ。君みたいに殆んど侵食も進んでないのにセットアップするなんて、馬鹿の所業だね。相当痛かったんじゃない?」

「ぱねぇよ。相当痛かったよ。泣きそうだったよ」

「だろうねぇ……」


はい、そういうことなのね。
だから死に掛けていた時にグングン侵食率がアップしていたわけだ。コレは大方予想通りだな。別に何のこっちゃない。
ええと、他に聞かなきゃいけないことといえば……。


「……シェルは? 宝冠の管制人格だったAIは?」

「AIなんて言っちゃかわいそうだよ。君の元になった人の、それの派生人格だ。『これからは私が王だ! 貴様の女たちは貰ったー!!』とか言いながら、ついさっきアリシアと一つになって表に出てったよ」

「あのヤロウ! てかいいのかアリシア! あんなのと一緒になっちゃっていいのか!?」

「まぁ、もともと一つだったわけだし。誰かさんの影響で随分ゆがんだみたいだけど」


何だ貴様。俺のせいだといいたいのか。俺のせいなわけないだろう。アイツはもともと素質があったんだ。レズとしての素質が。フェイトもアルフとイチャイチャしてるし。はやてとだって『挨拶』してるし。うん。何も俺のせいじゃないな。


「……って、あれ? 大丈夫なのアイツ? デバイスサポートないじゃん。プレシアをギタギタにしなきゃなんないのに」

「もともとこのデバイスに管制人格なんてついてないよ、AI自体はあるけどね。本来なら僕自身が使用者になるんだから、使い方なんてもう隅から隅まで知ってるし。まあ、あの娘たちも大丈夫でしょ、管制人格やってたくらいなんだから。君みたいに無様な魔法を使うこともないんじゃない?」

「やかましいわ! 魔法なんざ殆んど何にも使えねっての! アホーアホー!! へたれデバイス!」

「使えるよ。君は使用法を知らないだけさ」

「じゃあ教えてよ」

「今知ってどうするんだよ。君もう入れ替わっちゃってるんだよ? 実質、死んじゃってるんだ」

「あ、あはは……やったー……、へ、へへへ」


シェル、頑張ってね。お前は死んじゃダメだよ。
魔法なんざきっと使えないだろうけど。加速して、それで殴るだけだろうけど。


「大体、君のお母さんも相当アレだね、もうバッシャバシャ無茶苦茶にアリシアの記憶転写してきてさ、おかげでこっちにわんさかアリシア生まれるし。着眼点は良かったんだけどね、惜しかったよ。僕絶対に女になんかなりたくなかったし、誰がアリシアクローンなんかに寄生するかっての」

「実際俺にしてんじゃんかよ」

「だって君、男じゃないか」

「いや、そーだけどさ……ってかそうだよ、プレシアが言ってた血統がどうとかって、アレは何?」


思い出した。宝冠を起動させるには血統が必要だって。それがなくて起動していて、尚且つ自我を保っていて、さらに生きてる俺を見て、プレシア悶えてた。スッゲ気持ち悪かった。最高にハイってやつだー! ってなってた。


「その通りだよ。僕は僕の血族にしか寄生しない。別に出来ないってわけじゃないんだけどね」

「じゃあなんで俺に憑いた貴様」

「僕じゃなくて君の言うシェルに聞きなよ。こっちにアリシアが生まれまくってそれを消す作業に忙しくてさ、そのアリシアからまた派生人格が出てきて、そのまた派生人格が出てきて……切りがなかったよ。ちょいと目を離したらシェルが茨の宝冠の管制人格になってたんだ。それでアリシアクローンβに寄生されちゃった。僕も、まぁ男だしいいかって思ってたら今度はプレシアが無理やり引っぺがすし……。その繰り返しの果てに出来たのが君。プレシアが諦めてくれてよかったね」


そして俺が憑依しましたー、って感じになんのか。結局俺の憑依が一番の謎じゃね?
もうコレは、テンプレですご了承くださいとしか言えんね。


「なぁ、俺があのまま普通に生きてて、侵食が終わる前に体が治ったらどうなったと思う?」

「何も変わらない。侵食は随分遅くなるだろうけど、それでもいつか100%に達して僕かアリシアか、はたまたシェルか、誰かが表に出てたよ」

「そですか……」


はぁ。なんか考えてたのとちと違うけど、これはこれでありか。
シェルの事だ、万事うまくやってくれるだろう。はやての事とかマジ頼むよ。絶対に頼むよ。


「ジュドー、お前これからどうすんの? 役目をシェルシア(シェル+アリシア)にとられちゃったんだろ?」

「そうだね、僕はもう消えるよ。表に出る楽しみも無くなっちゃったし、僕もよほど長く生きてるからねぇ……」

「じゃあ俺も連れてってよ」

「あれ、いいの? 『ディフェクト・プロダクト』ではもう表に出ることはないだろうけど、次の茨の宝冠使用者には成って代われるよ?」

「いやぁ、もう憑依にはコリゴリでして」


俺はもう疲れたよパトラッシュ。
後はシェルが何とかしてくれんだろ。俺も大分楽しんだし、色々かましてやったし、十分充実してたよ。


「……ふ~ん、わかった。じゃあ行くよー」


そしてジュドーは右手をかざした。
魔力でもなんでもない、ただの光が集まっていく。
心臓の鼓動が高まる。

とくん。とくん。

不意に、その右手が動いた。

―――っ!


「―――あああ! タンマタンマ! ちょっと待って!」


……すぅはぁすぅはぁ……!
やべぇやべぇ、この俺としたことがびびっちまったぜ……! やるじゃねぇかジュドー。怖いじゃねえかよ。


「……よし来い!」

「よ~し、それじゃあ、いっくよー!!」


そして今度こそその右手が―――、


「―――っ! ちょ、ま、ストップ! タイムアウトー! タイムタイム!」

「も~、なんなんだよ!」

「うるせえ! なんか予想以上に怖いんだよ!!」

「何だよそれ、こっちは早く往生したいんだから早くしてよ!」


そ、そんな事言ったって怖いもんは怖いんだよ!
……やっぱり無しだ。うん。無し無し! そんなに死に急ぐことないよ。ここでしばらくお話でもしてようぜ!!


「あれだ、やっぱ死ぬのなしにしよう! 死んじゃだめだよどう考えても! 考えるんだ! 俺は戻りたいぞ! いろんな人と○○○したいんだ! お前も無理とか言ってないでもっと考えろ! 俺を表に出せ! もっと熱くなれよ! しゅぅぅぅううぞぉぉぉおお!!」

「だぁあ! うるさいなあ、もうイッちゃえ~っ!」

「―――ひょ?」


そうして俺は光に包まれた。





16/~無意識母性~





「アリシア……のはず、ないわよね。そう、そんな筈はない」

「ううん、そうだよ。私だよ。アリシア・テスタロッサだよ」


そうしてアリシアはゆっくりと一歩踏み出した。
背後でアルフがそんな、と口ずさんだのが妙にクリアに聞こえる。局員も警戒しているのか、一触即発の雰囲気。ぴりぴりと肌をさす感覚に、久々の、本物の生を感じた。


「なんで、あなたが? 記憶の転写は、失敗だったはず。アリシアに成りえるはずがないのよ」

「失敗なんかじゃない。お母さんがいっぱいいっぱい送ってくれたおかげで、補完しあって、穴ぼこだらけだったのを綺麗に思い出したよ」


アリシアしか知らない記憶。アリシアとプレシアの思い出。心が温かくなるような、そんな情景。
その全てをアリシアは覚えている。その全てを思い出すことが出来る。


「……、そんな筈は、ないのよ。F計画では、不完全な……」


しかしプレシアがそう簡単に信じるはずもなかった。
自身の失敗を悟っているプレシアは、ゆっくりと頭を振りながら続ける。


「いくら茨の宝冠が有ろうと、それに現れたのは、そう、不完全な、別物だった。何回消しても、何回記憶を転写してもっ! そう、そうなのよ、あなたがアリシアであるはずがない!!」


自身の答えに満足したか、プレシアの顔から動揺は失せ、またも不敵に唇を歪ませた。


「そんなことないよ……」

「黙りなさい、正解は私の中にある。私が捨てたあなたがアリシアであってはいけないのよ」


その言い草に、その笑みに、アリシアの胸が疼痛に苛まれた。

アリシアであってはいけない。では、ここにいる自分は何なのだろうか。アリシアだった頃を思い出し、そのアリシアと一つになり、記憶を取り戻した、この『私』は一体誰なのだろうか。

そんな答えはとうに出ていて、


「私は……」

「消えなさい」


瞬間、プレシアからスフィアが飛んでくる。数は三。大して魔力も込められているように見えないそれは、


「―――っこの!」


突如として現れたアルフが張る障壁によって防がれていた。っぱん、と軽い音を残し魔力が霧散する。
フェイトを抱えたまま、右手をかざし障壁を張っていた。抱かれているフェイトは左手だけで、その豊満な胸にぎゅうぎゅう押し付けられている。む、む、と少し苦しそうな声が。


「アルフ……」


それは自然と口から出ていた。
アルフ。アリシアの『妹』、フェイトの使い魔。主を決して放さないその姿に一瞬リニスを思い出した。
そのアルフが、非常に苦々しい表情で、しかしその視線には嘘は無く、


「―――、何、やってんだいアンタは!」

「……ごめん」

「止めたいんじゃないのかい!? アンタの、本当の母親だろう!?」

「うん」


アルフは完全に理解しているのだろう。今、『ここ』にいるのがディフェクトではない事に。


「あたしゃそろそろ我慢の限界だよ。使いな、これの代金分くらい働いてやる」


そう言ってアルフは自身の首を叩いた。
首輪。
知っている。ディフェクト・プロダクトが、自分をシェルと呼んでいた、その人物が送ったもの。馬鹿な人間だった。俗物で、底辺で。それでも身体の調子が悪くなるほどに『シェルブリット』に対する信頼は厚くなり、身体を明け渡すその瞬間まで諦めなかった男。

『―――俺が死んじゃったら、よろしく。マジよろしく。色々大変だと思うけど、MAJIでよろしく!』

うん。馬鹿な男だ。
思い出しながらつい、アリシアは笑ってしまった。


「戦わなきゃね。顔向けできないや」


首を回して局員を一瞥。事情が理解できていない局員にはディフェクトが狂ったようにしか見えないのだろう。それぞれ怪訝な顔を向けていた。
だが、そこで空気を読むほど馬鹿でもない。局員たちが理解を示すまで待ってはいられない。


「……アリシア・テスタロッサです! これから母を止めます、協力お願いします!!」


アリシアが叫ぶのと同時にアルフが大きく飛び下がり、局員の一人にフェイトを預けた。さらに落としたら殺す、と凄むのも忘れず。
そんなアルフの様子に思わず唇は歪み、笑いが出てくる。


「っふふ……行くよ、母さん」

「私を母と呼ぶな」


嫌悪感を隠さず、プレシアからまたもスフィアが飛んでくる。先ほどと同様、あまり魔力は込められてはいない。
瞬時に障壁を張る必要もないと思い立ち、身体強化。迫るスフィアを紙一重で避けた。顔面の真横を通った魔力で少しだけ肌が痺れる。

目の前にいるプレシアは、母と呼ぶなと言う。さらに攻撃も仕掛けてくる。
しかし、威力が足りない。アレは本気ではない。故意にそうしているのか、それとも無意識にそうなっているのか。
どちらでもかまわない。今のうちだ。本気を出されると困ることになる。


「―――行きます!」


戦闘開始。

倒す必要は無い。動けなくしてしまえばいいだけ。故にデバイスは展開しない。今、魔力を無駄に消費して戦うことは出来ない。
身体強化。それで十分だった。己の分身、己自身と言える『茨の宝冠』。その『根』は体中に、100%張り巡らされている。筋肉繊維の一本一本。神経を巡り、シナプス回路を通って、脳へと。
だからこそ、身体強化だけでいける。巡るその『根』が既に見えないデバイスのようなもの。

駆け出したその足は確かに地面を破壊した。

Accelerationと比べればもちろん加速は劣る。
しかしその分、柔軟な動きと足捌き。根を通して伝わる電気信号で『意識的』に肉体を操作できる以上、本気でないプレシアの攻撃を避けるのは簡単で、その背後を取るなど、楽勝というヤツだ。


「バーストエクスプロージョン!」


掌を打つ。魔法を放つ。

しかし当然の如く障壁に阻まれたそれは轟音を残し爆発。右腕にビリビリと衝撃が響いた。
痛い。『久しぶり』に痛覚というものを感じ、それはそれで幸せだった。
毎回毎回こんな魔法を使っていた人物は、やっぱりとんでもない馬鹿だ。


「その程度で―――」


ニヤリと唇を歪めながらプレシアは笑った。こんな顔をさせたいわけではない。もっと、もっと……。


「うおりゃぁああ!!」


背中越しにアリシアを見るプレシアの前方から、アルフが吶喊。
歯噛みする。自身の考えに腹が立つほどにプレシアは冷静だった。


「この私を、倒そうなんてね」


背中に目でもついているのか。
アルフの攻撃までもプレシアは軽々防いだ。障壁ではなく、結界。その姿を包むように展開された。


「甘いわ。弱いわよ、あなた」


そんなことは最初から分かっているのだ。
結界は強固。何度拳で叩こうが、ビクともしない。地力が違う。大魔導師とまで言われたプレシア・テスタロッサ。方や今の今まで戦闘などこなした事のない『アリシア』。負けなど目に見えている。
しかし、それでも勝たなければいけない。止めなければならない。やるべき事が、ある。

そのためには、


「―――アルフ!」

「分かってる!!」


アリシアは叫んだ。

シェルの思い出にアルフの特性は記録されている。
接近戦を好み、主と共に突っ込んでいくその姿は使い魔としていかがなものかとも思うが、それを帳消しにするほどの戦闘センス。
得意とする魔法は身体強化、スフィア形成、及び発射(あんまり当たらない)、そして―――、


「ッバリア、ブレイクゥウ!!」


アリシアには見えていた。アルフの魔力がプレシアの張った障壁を侵食していくのを。
対象の障壁を打ち崩すそれは、大きくレベルの違うプレシアの結界すらも破壊した。しかしそれでもプレシアには慌てた様子すら見えない。薄い笑みを貼り付けたまま。

しこたま殴ってやろうと拳を振り上げたその時、


「―――あなたに私が『殴れ《殺せ》《倒せ》《犯せ》《侵せ》』るのかしら、ア・リ・シ・ア?」


心臓が、一つだけ大きく跳ねた。





ぴたりと止まった拳。

アルフには分かっていた。『アリシア』の考えがどうあれ、恐らくプレシアを倒すことは出来ないだろうと。
そうではないだろうか。アレがアリシアだとするならば、会いたかったのはプレシアだけであるはずがない。アリシアだって、シェルブリットだって、自分が娘だと理解したのなら、会いたくなるのは道理だろう。

そして現実、会えた。
当たり前だが『死んで』以来初めてであろう邂逅。先ほどは発破を掛けたが、そういう問題でもないのか、拳が動く気配はない。
しかし、


「あたしにゃ関係ないんだよ!」


アルフはバリアブレイクで消費した分の魔力をフェイトから吸い上げる。
魔力光で輝く拳をアリシアの代わりとばかりに放った。

ち、と一つだけ舌打ちをし、冷めた目でこちらを捉えるプレシアに背中が粟立つ。
びくりと肩が跳ね上がり、踏み込んだ足は自分の意思に反し後退を選んだ。


(―――う、っわ)


だん!と足を踏み鳴らし、一息に十メートルの距離を開け、自身に起こったことを分析、する必要すらない。

怖い。怖ろしい。ただそれだけだ。

アリシアに対面する形でこちらに背を向けているプレシア。アルフはプレシアが振り向くのをじっと待つしかなかった。
そして先ほどの後退がただ一つの正解だと気付く。プレシアの左手。そこにはどす黒い意志を感じる魔力が光っていた。
嗅覚が捕らえる、死のニオイ。


「……なかなか優秀よ、あなた」


そう言うプレシアは既にスフィアを放っている。バラバラと雨のように降り注ぐそれは、いずれも必殺といえるほどに魔力を込められていた。四方八方に飛んでいくそれを憎憎しげに捉え、


「―――ッチクショウ!」


プレシアに褒められた危機察知能力がざわりと反応。回避を余儀無くされる。縦横無尽に走り回り、かわせるものはかわし、当たると確信したものは障壁を張った。

アルフは鋭くプレシアの背後に視線を送る。
そこには肩を抱いてぷるぷると小さく震え続けるアリシア。弱々しく。ただ弱々しく。泣いているのだろうか。それとも先ほどのフェイトのように痛々しい微笑でも浮かべているのか。
助けてあげたい。
しかし敵があまりに強大なのだ。よけるしかないスフィアは徐々にその動きを修正し、自分に合わせてきている事が分かる。

これでは、当た―――、


「―――使い魔さんっ!」


やや渇き気味の破裂音の後、プレシアの放ったスフィアが砕け散った。
局員の、その中でも一番若い男が正面に迫ったスフィアを自身の魔力弾で相殺。次いで障壁を張った。頭から血を流し、それでもデバイスは下げない。
なかなかの根性だ、とアルフは口角を吊り上げる。


「ありがと」

「いえ。……我々の攻撃(射撃)ではジュエルシードを反応させてしまいます。お願いできますか?」


言いたいことは分かる。プレシアを肉弾戦で仕留めろということだろう。
プレシアの周囲に浮かぶジュエルシード。それは輝きを放ちながらゆらゆらと存在を主張している。

次元震。つまりはそういうことだ。

局員の格好を見れば分かるのだが、局員は全員、完全に射撃型だ。
もちろん射撃だけしか使えないわけではないだろうが、しかし接近戦が出来るわけでもない。やるのならアルフの方がマシだと判断されたのだろう。残っている局員を見れば障壁を張りつつ、アルフ自身が預けたフェイトを守っていた。

攻撃面での援護は期待できない。
もし攻撃の為に放ったスフィアがジュエルシードにぶつかりでもしたら大惨事。
嫌な状況だ。パキリ、と音がして、管理局の障壁もあまり長くは持たないことを悟る。


「あの馬鹿。こんなときこそアンタの出番だろうに……」


脳裏に浮かぶのは一人の少年。アリシアの、ディフェクトプロダクト。
接近戦が得意だといっていた。先ほどのアリシアの動きを見れば、それはその通りなのだろう。


(ちく、しょう……)


何も出来なかった。
ディフェクトは言っていたのに、自分はアリシアクローンで、『色々な大切な物』、そのためにプレシアを倒すと。
しかし自分は、アルフは結局何も出来なかった。プレシアの、フェイトの言うとおりにジュエルシードを集め、そしてそれが攻撃の手を緩めている原因。

つん、と鼻腔の奥に広がる痛み。アルフは思わず緩んだ涙腺を指で撫でつけ鼻を啜った。


「使い魔さん?」

「っ、何でも、ない!」

「……出来る限りの援護はするつもりです。お願いできますか?」

「やったろうじゃないか。あたしのご主人様の……ご主人様達の為にも!」


後悔なんてしたくない。よく言ったもんだと、心底アルフは思った。

ぐるる、と咽喉を鳴らし、身体の隅々に魔力を通していく。
身体強化。これまでよりも強く。速く。プレシアを殴ってやるのだ。フェイトを泣かせて、ディフェクトに重い運命を背負わせた。許すことなんて一片もない。
アルフは大きく息を吸い込み、その顔によく似合う獰猛な表情を刻んだ。


「―――ぶっ殺してやる!」





そのアルフの声が聞こえた時に、アリシアの肩はようやく震えを止めた。
同時に自分自身に活を入れる。何をしているんだ、私。こんなことをしている場合ではないだろう、と。

アリシアの正面にはプレシアの背中が見えているのだ。プレシアは依然ニヤニヤした表情でアルフを迎え撃っていた。
懐に入られれば自分が不利になると分かっているのか、とにかくスフィアを放ち続けた。指向性を持ったスフィアは速度を上げながら、軌道を修正しながら、そのどれもがアルフに迫っていく。

しかしアルフは記憶に残っている映像よりも断然に俊敏だった。攻撃に一つも当たっていない。
フェイトが眠っている今、フェイトの魔力は全てアルフへと流れている。動かす足に全力で強化を使用。足場を破壊しながら細かく移動を繰り返していた。それでも当たりそうなものにはフォームチェンジ。当たる面積を小さくしギリギリのラインで避ける。そしてその太い四足で大きく踏ん張り、


「―――ゥウォォオオオオォォォオオオオオン!!」


咆哮が響いた。
同時に狼状態のアルフから金色の魔力が放たれる。フェイトのサンダースマッシャーに匹敵しそうなほどに魔力の込められたそれは、しかしプレシアが掲げた右腕に軽々阻まれた。


「―――うわぁあぁ! 何やってんですか使い魔さん!! ジュエルシード暴走しちゃいますよ!!」


管理局員が何か叫んでいるがここまでは聞こえない。

アルフが、妹の使い魔があそこまで頑張っているのに、そんな考えが頭をよぎる。こんな場面で、震えるなど。それを押さえる為に力が必要など愚の骨頂ではないだろうか。

頭をよぎるのは馬鹿で可笑しなあの人。


「くく、随分反抗的なことね。私はフェイトの母親よ?」

「ふざけんじゃないよ! あの子に母親らしいことなんて何一つしなかったお前が言うことか!!」


戦闘中にも拘らず、一撃を送り送られアルフとプレシアはその間に会話をはさむ。


「はっははは、それもそうねぇ!」

「笑ってんじゃあ、ないよぉ!!」


接近しきれないアルフは金色のスフィアを作り出すとプレシアの足元に向かって放った。
しかしそれを至極簡単に相殺させるプレシアの技量は大魔導師と呼ばれるにふさわしいもの。


「笑わずにいられないわ! あの子はデキソコナイなのに、あの子が作る使い魔は優秀なんですもの。ああ、こんなことなら……」

「―――このッ!」


その表情すら読めた。狼の姿をするアルフの、その表情が。恐らく分かっているのだろう。プレシアが口に出す、その言葉を。
言わすまい、言わすまいと攻撃の手を緩めることなくアルフは次々と攻撃を仕掛けているが、それらはプレシアには掠りもしないのだ。

分かる。プレシアの次の言葉が。それは簡単に予想できるもの。アルフが必死に攻撃している理由だって、分からないはずが無い。


「―――こんなことになるなら、『創る』んじゃなかったわ! くひゃっははぁ、あぁははははは!!」


それは狂笑とでも言えばいいだろうか。非常に演技くさく、まるで舞台俳優のように大きく、高らかに哂う。
アリシアに殴れないわよね、と問いかけた時と同じ、いやもっとそれ以上にその笑顔は汚い。
またも肩が震えだした。


「……くそ、こんチクショウ! フェイトだって、ディフェクトだってっ! 選べるんならアンタみたいな親は願い下げに決まってんだろぉ!」


アリシアには見えている。
スフィアを避けるその瞬間、攻撃を仕掛けるその時に、アルフの瞳から涙が流れていた。
面白いほどに真っ直ぐなその性格。『自分』の為に、主の為に戦っていることなど一目で看破。

震える肩。
力の入らない拳。
引きつるように動く腹筋。


「創るんじゃなかった創るんじゃなかった創るんじゃなかったぁあ!! くは、あぁぁあっははははははぁぁああ!!」


プレシアが大きく笑う。

アリシアは―――。

……。

創るんじゃなかった。
フェイトも。ディフェクトも。ここに在るアリシアも。プレシアはそう言っている。
そんなこと、そんなことは……。
そんなことには、





「―――最初に・気付け・このっ・メスブタ・がぁあッ!!」





『笑い』で引きつる肩を気合で正し、力の入らない拳は根性で固め、痙攣を起こしていた腹筋は叫ぶことによって止めた。
アルフとの戦闘に集中し、既に自分は攻撃できないと思っているであろうプレシア。その余りに余りな笑顔がツボにはまり、思わず笑いに走ってしまったのだが、それはそれでいい具合に勘違いしてくれたものだ。


「え?」


間の抜けた声。正面にいるプレシアから。

遅い。馬鹿め。
握りこんだ拳を必殺の力を込めながら腰を入れ込み、幕ノ内君すら真っ青の右フックを放った。


「―――いぎ、ぇっ!」


みしみしみしぃ……!
半分ほどまで右拳はめり込んだ。背後から右のわき腹に刺さったそれはあばら骨をへし折り、その先の肺すらも破壊するかのように猛威を振う。


「死っ!」


もう一発。
足の指に力を込めた。ぎゅぎゅ、と自身のマスターの趣味全開で買ったブーツが鳴る。
右腕を引くのと同じ動作。その延長で、脳からの電気信号を神経の変わりに『根』で通し『動くようになっている』その腕で、『左』の拳を振う。


「っぐ、がぁあ!」


しかしさすが大魔導師といったところだった。同じ攻撃は二度喰らわない。拳は当たる前に障壁に阻まれた。
信じられないのだろう。プレシアの目には驚愕が浮かんでいた。


「―――なんであなたが、」


私を攻撃できるの? といった所だろうか。
ふん、とアリシアは鼻で笑った。出来るに決まっているだろうこの勘違いの○○○○ヤローが、と心中。
プレシア自身が否定した存在。アリシアであるはずが無いと結論付けた存在。
しかし、人間だ。プレシアは良くも悪くも人間なのだ。娘の死を思い、それを取り戻そうとするのも人間。そのために手段を選ばずに殺人を『犯させる』のも人間。

憶えている、シェルブリットの記憶。

彼女は、プレシアは一度も自身の手を汚してはいない。廃棄品は全て魔獣のお腹の中へ。たまに生き残った存在はリニスが片付ける。

それは何故か。

怖いからに決まっている。自身の娘と同じ顔をした存在を殺すのが。
そんなプレシアが、目の前に自身の娘と同位体の存在がいて、それがさらに記憶を持っていると言っている。それを簡単に殺せるはずがない。始めからそう踏んでいたのだ、シェルブリット・アリシアは。
事実、プレシアは一度も攻撃を『避けて』はいなかった。彼女ほどの技量があればアルフの攻撃を避けるのは簡単だったであろう。そのくせに全て障壁で弾く。防ぐ。
なぜであろうか。答えは当たり前のように用意されていた。

彼女の後ろにアリシアがいたからだ。
それが意識的になのか無意識的になのかは分からない。恐らく後者であろうが、それでも随分、何処までも『人間』だ。

対して、アリシアはどうか。
記憶は取り戻した。『アリシア』と一つになり、実際に母との記憶もある。

―――それがどうした。

既にアリシアには関係なかった。
優先順位。そういうものだろう。ロジカルに、機械的に。何処までも『茨の宝冠』らしく。


「アルフ・分かっている・でしょう!」


アリシアは、大きく声を。その声に、聞き覚えのある『音声』に、アルフが大粒の涙を流しながらも太陽のようにまぶしい笑顔を作り、何となく、向日葵のような使い魔だなぁ、とどうでもいい感想を抱いてしまう。


「ああ、ああ! 当然だよぅ!!」


その姿を人型に変えながらアルフが駆けた。そして跳躍。軽々とプレシアの頭上を越え、その青く光る宝石を二つ手にとった。
音を立ててアリシアの前に着地するとそのまま呆けているプレシアをよそにアリシアを小脇に抱えプレシアとの距離を稼ぐ。


「……アンタねぇ、なんで言わないんだよぅ」

「鼻水・すごい・ですよ」

「これは嬉し鼻水だからいいんだよっ!」

「さすが・マスターと・共に・過ごした人は・言うことが・違います」


苦笑しながらアリシアは優しく大洪水を起こしているアルフの顔を拭ってあげた。実に可愛い使い魔である。


「ああ、アンタのマスターは最高だよ。だからさ」

「ええ・分かって・います」


託されるジュエルシード。青く、内包されている魔力で願いを叶える宝石。アリシアはそれを包み込むように両手で握った。
その時になってようやく、


「―――ア、リシア、じゃないのよ。そうよね、そう……」


理解していたはずだろうとは言えなかった。
母性。無意識。本能。それは『理解』の外の出来事だ。


「……私は・幸せ・でした。大好き・でした。貴女を・世界で一番。アリシア・テスタロッサは・お母さんを・愛して・いました」


でした。いました。
それは既に、『今』ではない。命を落としたその時に、もう失ったもの。失うべきだったもの。失って然るべきもの。


「だから・私は―――」


―――止めてみせる。

しかし、キャストに自分の名前は映し出されてはいない。アリシア・テスタロッサの場面はない。
だって・私は―――、


「―――茨の宝冠・管制人格・シェルブリット。あの人が・くれた・名前。あの人が・私だけに・贈ってくれた・私だけのもの」


アリシアは、シェルブリット・アリシアはゆっくり言葉を紡いだ。


「だから・願いを・叶えなさい・ジュエルシード……」


そこまで言って、ようやく局員たちにも伝わったのか。
ヤメロ、ダメ、バカ。非常に面白い表情を晒してくれる。く、と咽喉を鳴らし、似合わない笑みを浮かべた。

100%に達した今、人格が入れ替わった今、分かる事がある。
侵食率100%と同時に自動展開されるはずだった魔法。本来なら『茨の宝冠の男』と入れ替わるはずだったのだ。目が腐って、何の面白みにも欠ける男。
しかし、当たり前だが、シェルブリット・アリシアがそのような男に『この体』を自由にさせるはずもなかった。
展開される魔法に、『アリシア』と『シェルブリット』のパーソナルパターンを強引に混ぜ込み、一つに。そして意識浮上。
今の自分が何者か等、そのような『人間』らしい思いはない。ここに在る、ここに居る自分が、自分。それだけでよかった。主がくれた名前さえあれば。

そして、掌にある力の塊。次元干渉系ロストロギア、ジュエルシード。

魔法など、『デバイスに記録されている魔法』など、所詮データ。それを再現できないはずがない。
猫ごときの『意志』を汲み取り『大きくした』ジュエルシードに。犬ごときの『思い』を汲み取り『強くした』ジュエルシードに。人間の『恋心』を理解し、物理的に『離れられなくした』ジュエルシードに。
『茨の宝冠管制人格』であるシェルブリット・アリシアが『想い』を明かし、『再現』の手法を提示し、表に『浮上』させる『人格』。
まさかジュエルシードに、その程度のことが出来ないはずが、無い。


「パーソナル・パターンの・チェンジ。……私の・マスターを、表にっ、ッ出せぇ!!」


―――ドンッ!!

途端に、シェルブリット・アリシアの手のひらから光があふれた。
いや、それは最早『光』に収まるものではない。二つのジュエルシード。その魔力は『膨大』と言う言葉すら小さく見えるほどの、青。

青が世界を支配した。

殆んど暴走に近い魔力の奔流。物理反応すら起こしそうな勢いで青く。


「―――私のっ・マスターを・かえせぇぇぇえええええええ!!」


握りつぶすようにジュエルシードを包み込む。

右腕が共鳴を起こしたように震えた。

途端に襲う眠気。

前後不覚になる感覚。

膝に力が入らない。

意識を失う。それを実感できた。それと同時に勝手に動こうとする口に少しだけの驚き。共に安心? 信頼? 親愛? その全て。

口が、滑る。





「―――なぁんでっ! システルさんのパンツ下ろしがっ最後なんだぁぁぁあああああ!!」





馬鹿・マスターめ。

分かってるっての、そんなこと。







[4602] nano17 そして黄金は輝き 獣の王が咆哮を上げた
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2011/04/23 11:03





光に包まれる。

―――ひょ?

それが俺の、この世に残す最後の言葉。無様だ。これじゃHA☆GAじゃねぇかよ。
なんかもっとこうさぁ、かっこいい言葉を残して死にたかったもんだね。やっぱ死に様って大切でしょ。それがたとえ一介のss主人公にすぎないにしても。

そして脳裏に様々な情景が流れ出す。
これは、まさか走馬灯? いよいよか。いよいよなのか。

シェルと会った。
はやてと会った。
初めて『挨拶』をした。

フェイトのネガティブ。
そして『挨拶』をした。

アルフのもふもふ尻尾。
そして『挨拶』をした。

ユーノのメイド姿。
『挨拶』……してねぇ……やっときゃ良かった。

なのはの全裸鑑賞会。
『挨拶』……してねぇよ。むしろ最後までやっときゃ良かった。

メガネ。……イラネ。

そして、『うえっへっへっへ、よく寝ておる。今日も頂きますかのぅ……』、システルさんの、パンツ下ろし。

そこで視界が急に開けてくる。
ちょ、ま、なんで? なんでパンツ下ろしが最後なの!? いくら俺でも死ぬ時くらいはっ!! ス、ストップ! こんな終わりは嫌だ! なんで、なんで―――、


「―――なぁんでっ! システルさんのパンツ下ろしがっ最後なんだぁぁぁあああああ!!」





17/~そして黄金は輝き 獣の王が咆哮を上げた~




声を大に叫んだ。瞳をきつく閉じ、天に向かって。
咽喉が振え、硬くにぎった両方の拳が痛い。何か握ってンなこれ。


「……あれ?」


そして、紛れもない現実感。揺れる地面。いや俺が揺れてんのか?
グラグラと、ゆらゆらと。ほぇ、なんじゃらほい? 一体何がどうなってこの状況? 意味が分からんのだが……。


『……どうせ・馬鹿・みたいな・走馬灯でも・見たんでしょう?』

「え、あ、いや、その通りだけど……あれ、なにこれ? ジュドーは?」

『ココは・アニメじゃない・ですが?』


ですよね~。俺もそう思ってたところさ。だって前に口をあんぐりあけたプレシアがいるし、キョロキョロと辺りを見渡せばアルフ、フェイト、管理局の面々。皆々様、目がくりくりしてますな。驚いてますな。その気持ち分かる。俺もだから。

つかなんでだろ? なんで俺復活?
いや嬉しいけどさ。メッチャ嬉しいけど、俺って、ジュドーに消されるとこだったはずなのに……。


「……なんで?」


呟きながら何となしに右手の手首を見た。金色に輝く宝石のようなそれ。俺のデバイス、シェルブリット。
……何とか、してくれたのかな?


「シェル……あー、アリシア?」

『シェルで・いいです。私は・シェルが・いいんです』

「……愛されちゃってるねー、俺様」

『今更・ですね』

「……うん。ホントに、ね」


ホント今更。
こいつがいてよかった。心底そう思った。こいつじゃなきゃダメだよ、俺のデバイス。使い勝手悪いけど、最高だ。魔法なんかいらねぇ。使えねぇ。それがどうした。コイツ以外に俺のデバイスが、在り得る筈がねぇ。

じわり、と周囲の景色が捻れる。ぼやける。
何だよ、コレ。ダセェ。止まってろ。


「―――っく、ぅ。……はは、かっこ、わりぃよ」

『……ええ。そう・ですね』


瞳から、涙が零れる。ぽたりと右腕に落ちる感触。

ああ、感動だ。
シェルの言い草はいつも通りだけど、なんだろう、なんかすげぇ。言葉に出来ないけど、なんかすげえ。もうホントね、久しぶりだよ、人に泣かされるのは。デバイスだけど、泣かされちまったよ。


『お帰りなさい・マスター』

「……ああ。帰ってきてやったぞ、シェルブリット」


もう恥ずかしい。泣くかよ、普通! いや、泣くのか? いやいやダメだろ!?
帰ろう。さっさと帰ろう。今日はシェルに色んな話をしてやろう。俺の事を教えてやろう。全部、ぜ~んぶ。『魔法少女リリカルなのは』の事から、『俺』の、今までの人生まで。
平凡で、割と楽しくて、学生で、社会人に。なかなか満喫してたさ。『こっち』に来てからも、何も変わらない、俺だけの人生。最高だよ人生。楽しいね、人生!

だから、


「倒すぜ、プレシア・テスタロッサ。そして俺は生き残る」


目が怖い。いや、全部怖い。そのゆらゆら揺れている、ビカビカ光っている、二つほど減っているジュエルシードが怖い。体から漏れ出てる、色を持った魔力が怖い。
やだねぇ……。何だよそれ。まさか俺に勝てるつもりかよ。
無駄。無駄無駄。今の俺には、きっと誰も勝てない。そんな気がする。

そして暗い瞳のまま、プレシアが口を開いた。


「寄越しなさい」

「ヤダね」

「茨の宝冠を」

「死ぬまで離さねぇ」

「それなら死になさい」

「お前がな」


絶対にやらねぇよヴォケ。


「―――死ぬのは、あなたよ!」


口火を切った。
プレシアの周りにいくつも、いくつもいくつもスフィアが浮かんだ。
数の把握など既に不可能。テラ本気。優に百を超えるそれらは、


「―――俺は死なねえっ!!」


爆音と共に放たれた。

狙われているのは俺だけじゃない。アルフもフェイトも局員も全て、そのマルチロック対象に入っている。考えている暇などなかった。いや、考える間もなかった。
すでに口から滑り落ちた言葉は当然、


「シェル!」

『りょ!』


うかい! だろ、普通は? でも違うんだ。必要なかった。既に俺たちは、互いを完全に理解しあえている。俺が右といえば左を向くようなツンデレだけど、こういう時は頼りになる俺の半身。

スフィアが届くまでの時間なんざ、瞬き一つ。俺が、サードフォームを構成するのは、瞬き半分!
振り上げた時には既に、拳は人間の形をしてはいない。外殻は既に形成され、背中から伸びるアクセルウィップ。上半身を丸々覆うその防御装甲で、


「んだりゃあ!」


左の拳で一つ目のスフィアを破壊し、


「ほいさあ!」


右の拳で二つ目を。


「なんとぉぉおおおっ!!」


後はもう数えてすらいない。雷の電光を携えたスフィアを、目に付く限り、


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」


壊しに壊し、破壊の限りを尽くした。


「―――オラァア!!」


どんッ!と最後に爆発を残し、俺に向かってくるスフィアをあらかた片付けた。
拳は衝撃に揺れ、少しだけの痛みが走るが気にする必要は無い。随分前に慣れたもの。
周囲にはもうもうと魔力の残滓が立ち上り、若干視界が悪かった。

っち、と舌打ちを。

そしてプレシアの姿が紛れて消えた。

アルフも管理局も、自分の身ぐらいは自分で守ってくれるはず。勝手にやってろ。
辺りを、意志を持っているかのように飛び回るスフィア。それを無視し、恐らく先ほどまでプレシアがいたであろう場所に向けて吶喊。
防御? 性に合ってねぇ!

両の拳を腰だめに構え、


「―――あれっ?」


足を止めた。
油断だったか。左の腕が通常通りに動いていることに疑問を持ったからか。
間違いなく言える事は馬鹿だったって事くらい。ちょっと死の淵から這い上がったからって、余裕をかましていた俺が悪い。対峙している相手、それはあくまでもプレシア・テスタロッサ。大魔導師様ってね。


『マスター!』


シェルの切迫した声。それは背後からの攻撃だった。


「―――ぁがっ!」


痛烈な打撃が俺を襲う。
反応など出来なかった。魔力による攻撃ではない。煙幕のように張る魔力を目くらましに、プレシアは既に背後に回っていた。
シェルの防御外殻をうまく避け、腰の横辺りに衝撃が響く。みちみち、と肉が軋んだ。

視線を背後に持っていく前に、その手に持ったデバイスをプレシアは振り切る。
兆速で流れる景色。信じがたい事に、その筋力だけで吹き飛ばされた。


「―――ッヤロォ!」


水平に飛んでいく地面に拳を突き立て、慣性を殺さず、その勢いに乗るようにして身体を押し立てた。
大丈夫、痛いけど、すっごい痛いけど、まだイける!


「っんだらあ! やってやん―――」


二の句が次げない。
顔を上げた時、既に眼前に迫るスフィア。今度は頭突きをかます。顔面を覆う鋭角的な半面、それで相殺。
だが、ぱん、と軽い音を残して消えたそれは感触でフェイクだと悟った。


「―――っまず、い!」


考える間もなく、身体を限界まで低く、土下座!
不恰好とでもなんとでも言え。俺は死ぬかうんこ食うかを選べといわれえたら迷わずうんこ食う! だってそうだろ、死んじゃお終いなんだ!

背筋を走った怖気。距離があっても感じる魔力。その体勢のまま頭を庇った。
聞こえる言葉は、


「死ね」


莫大な魔力を持った砲撃魔法が発射された。

―――■■■■■!!!!

轟音などではない。爆音すらも生ぬるい。
背中を掠めるように通り過ぎていく閃光は、あたり一面に雷を発生させ、時の庭園そのものを破壊する勢いで壁を貫通し、次元空間の狭間に落ちていく。
当たっていない。ギリギリだが、当たっていないのだ。それなのにジリジリ痺れたように身体は言う事を聞かない。周囲の空気全てをプレシアはその雷で焼き尽くした。鼻につくのはやたらと焦げ臭い匂い。


「ぅ、おいおいおぉい……」


心臓が早鐘を打つ。

本物の死闘。負けたら、死ぬ。殺される。
プレシアのデバイスは、考える間もなく物理破壊・殺傷設定。本当に、殺す気か。
うん。分かっていたことだ。

……本当に、分かっていたことか?


「笑えねぇぞ、これ……」


予想外すぎる。あんな強いなんて、予想外すぎる。原作ではどんなだったっけ? こんなに強かったか? 強かった気もするけど、ここまでかぁ? 違うだろ。違わないのか。ラスボスが強いのは当たり前?

それでもこれは―――、


「あら、降参? 死ぬの?」


悠然と、アレだけの魔法を使ったにも拘らず、何の疲れも見せないプレシア。土下座している俺を見れば降参かとも思うだろう。
化け物。頭に浮かんだ言葉。


「……強すぎだよ、お・か・あ・さ・んっ!」


それを打ち消すように身体を跳ね上げた。手の届く範囲に歩いてきたプレシアに拳を振う。
身体強化を完全に行使し、筋肉、腱、神経、シェルの根にまで魔力を通している。今の俺の速度、強度は既に人間の外。完全にプレシアの意を超えている。……はずなのにね、それは無いでしょあんた。


「―――ちくしょうっ!」

「無駄無駄、ってところかしらね」


顔面を狙ったそれは当たる前に、それはそれは簡単に障壁に邪魔された。
指先一つ動かさず、瞬き一つせず、当然のようにそこにある障壁。その強度、まさにラスボス。冗談ではなく乾いた笑いが出てくるのを感じた。

っはん!
いやいや、熱くなってくるねアンタ。いい状況だよまったく。いいじゃないか。強ければ強いほどいい。高ければ高いほどいい。超えたときの、優越感。全能感。最強。無敵。成すのは俺しかいねぇ! 俺は強い! そうだ、俺は強いんだ! 攻撃が、つか何にも出来ずにあしらわれてるのは俺が弱いんじゃない! 強い俺よりプレシアがちょっと強いだけだ!

へ、へへへ……ヒビくらい入りやがれよコンチクショウ!


「ッンなろぉ!」


少しだけ自棄になりながらカートリッジロード。ばしゃ! と薬莢の排出を横目に見ながら、手の甲に魔力が廻る。
障壁が邪魔なら叩き壊すまでだ!


「シェルブリットバーストッ!」
『―――burst explosion―――』


ばがぁんッ!といつもの爆発。
拳からの反動で俺自身が吹き飛ばされそうになる。今の俺の魔法は既にミサイルなど凌駕。志向性を持った爆発が、拳を通して障壁に叩き付けられた。
最高位。残り少ない魔力でひねり出した、今の俺に出来る最高の魔法だった。……それなのに、手ごたえ、無しッ!
はじける干渉光越しに、全くといっていいほど健全な障壁越しに、視線が交錯する。
プレシアの瞳には暗い色。闇。

くい、と馬鹿にしたようにプレシアは片眉をあげて見せた。


「……あの、アンタちょっと強すぎやしませんかねマジで」

「無意味だと、気付いた?」

「っは、冗談―――」


笑えねぇし、怖ぇ。
俺は楽しい冗談じゃないと笑えないんだよ。気のいい連中と、大好きな仲間と。怖いのは嫌いだ。痛いのも、汚いのも、カッコ悪いのも。
でもそれは、生き残る事に比べたら、なんとも小さい。やってやるさ。嫌いとか、怖いとか、言ってる場合じゃないだろ。
俺に言葉は効きやしねぇ。俺は俺にしか従わねえ。 無意味だぁ? んなもん、『昔』イヤっていうほど聞いたっつーの!


「無理とか無駄とか無意味とか、ンなもん俺がぶっ飛ばす!!」


拳を地面に打ち付けた。
フィストエクスプロージョンを発動させ跳躍。同時にいつもより勢いの強い風を感じ、自身の魔法の威力が上がっている事に感謝。最高じゃん。やっぱ俺は強いはず。間違いねえ。

プレシアとの距離をとる。今の俺に必要な距離。10mってトコか。もう少しか。

だがいくら間を取ったところで、プレシアには殆んどそれこそ『無意味』程度の距離だろう。辺りにはまだ先ほどプレシアが放ったスフィアが生きており、ようやくになってその姿が消えてきているような状況。その気になれば全弾を操作することも出来るはずだ、プレシアは。

先ほどの交錯で気が付いた。
違うニオイ。
歯。


「えぇおいコンチクショウ。面白ぇか、その最強感はよ?」

「そうね、貴方をプチっと潰すのにはちょうどいいくらいかしら?」

「っは、言ってくれんじゃんかよ。チート使って最強ってかぁ? 自分のレベルくらい自分で上げろよな」

「……貴方、なかなか面白い話をするわ」


にたり、とプレシアの表情が変わると、その瞬間にまたもや異常魔力があふれ出した。先ほどの砲撃の瞬間にも感じたアレ。なのはとフェイトのそれを足し合わせて2を掛けたような、量、密度、質、どれをとっても異常な魔力。
肌に刺さる。やっぱ怖い。恐ろしいよぅ。


「……願いを叶える、ね。多分だけど、それってもともとそんな使い方されてたんじゃないの、ジュエルシードって」


そう、プレシアは使っているのだ、ジュエルシードを。恐らく、複数。
一度に百を超えるスフィアを形成できるのもそう。俺を、身体強化をしていても、それでも自身の筋力だけで吹き飛ばせたのもそう。全力で渾身の、この俺様のバーストを軽々と弾くのもそう。

そしてプレシアは『懐』からジュエルシードを取り出した。三つ。その背に浮いている物ではない。


「貴方、本当に面白いわ。アリシアのデキソコナイの、そのクローンなのに、随分と頭の出来が違うのね?」

「あん? フェイトの事言ってんのそれ? ンだよ、フェイトはお姉ちゃんかよ。俺はお前のアニキだぞって豪語しちまったじゃねえかよ」

「私の願いは『その力が続く限り私に魔力を供給し続けろ』『その力が続く限り私の身体を完全な状態を目指して修復し続けろ』『その力が続く限り私の身体を限界まで強化し続けろ』。この三つね」

「ああ、フェイトとか はやてとかになんて言おうかなぁ……。今更弟って分かったらどうなんだろ。フェイトとか何気にお姉ちゃん風吹かせそうだな。可愛いだろうな、うん。いや……けどなぁ、今更弟ってのも……」

「ジュエルシードね、具体的なお願いをすればきちんと叶えてくれるのよ。貴方が言ったとおり、恐らく兵器として使われてたのね。何の違和感もないわ」

「そうだな、このままアニキってのを通そう。フェイトお姉ちゃ~ん、とかムリ……いや、いけるくね、これ? いける気がするな、なんか。お姉ちゃん……いいじゃないか」

「魔力は尽きず、怪我は治り続け、最強の肉体。今の私にはどうやっても勝てないわよ?」

「ああ~でもなぁ、フェイトから『兄さん』って呼ばれる事が無くなる訳だろぉ。それは痛いなぁ……」

「鼻につく抵抗を止めれば……そうね、麻酔くらいならしてあげる。眠っている間に殺してあげるわ」

「フェイトにはやっぱアニキで通そう。気付かないだろ、どうせ」

「それでもまだ、抵抗するのかしら?」


っはん。


「―――当ったり前じゃん!」


背中から後方に伸びるアクセルウィップ。それは優しく、はたくかの様に地面を叩いた。
金色の魔力が円を描くように足元にはしり、身体が、足が十センチほどふわりと浮き上がる。


「斃れるとしても前のめり! どっかの熱い漢が言ってた!」
『―――Acceleration―――』


今度は力強く、ばちぃんっ!と音が鳴るほどに『空間』をブッ叩く。空気が弾けて消えた。同時に来るのは、爆発加速。


「―――っぐ、ッ!」


その加速だけで殺す事が出来る。主に俺を。
向かう先はもちろん、


「助けてアルフー! アイツ強いよー!」


管理局の周りをくるくる飛んでいるスフィアたちをぶっ壊しながら。
いや、諦めてないよ、もちろん。ちょっと時間稼ぎをお願いするだけさ。プレシアはもちろん俺が倒す。


「―――任せなァ!!」


局員たちの中から、単身アルフが飛び出した。プレシアのスフィアを壊しつくした事によってフェイトを守る必要がなくなったのだ。


「時間稼ぎでいいから! 死ぬなよ!」

「あいあいりょ~っかい!!」


加速を解きつつ手を出した。アルフも理解してくれたようで、ばちん、と力強くハイタッチ。
瞬時にその姿を獣に変え疾走るその姿は……間違いねえ。惚れる。カッコイイのだ。アルフが。……きゅんっ。

そして局員に守られるフェイトからぎゅんぎゅん魔力を吸い上げアルフは咆哮をあげた。


「大丈夫か坊主!」

「へっ、全然余裕だってぇの」


駆けて来る局員に軽口を叩く。
認めるさ。プレシアは強い。思っていたよりも、数段も、数十段も。次元が違うといってもいい。オートで魔力が回復し続け、オートで傷は治っていき、常に力は人間以上。
よかったね、管理局。俺がいなかったらお前ら全員あの世を覗いて飛び込んでんぞ。

でも、勝てるさ、きっと。


「リンディさん準備しといて」

「……次元震が、起きるの?」


起きないよ。起きないけど、もしかしたら、ね。もちろん起こさせないように努力はするよ? でも、保険はあったほうがいい。
リンディさんは険しい表情で、


「分かっているの? もしかしたら……」

「ん。そだね、死んじゃうかもね、プレシア。もとい俺たちも」


話半分に聞き、返し、局員に抱えられているフェイトを、その腰の辺りを弄る。ごそごそと取り出したのはテルミドール・クノッヘン。……だったよね、確か。同時にポッケに入れていた二つのジュエルシードも取り出す。一度願いを叶え終えてるみたいだけど、行けるだろ、多分。次元震を起こすにはちょっと足りないけど、まだまだ魔力も残ってるはず。


「残るのは俺と、リンディさんだけね」

「ダメよ。局員は全員残します。帰るのはむしろ……」

「やめてよ、今更言っても仕方ないでしょ。俺がいないと絶対にプレシアには勝てない。むしろプレシアに勝てるのは俺だけだ。邪魔だから帰しといてね」


自信を込めてそう言う。
自信は力だ。自分を信じてないやつがどうやって最強に成り得る。モチベーションは高く。心は常に最強無敵。俺様何様ディフェクト様だこのヤロウ。

腰の辺りにクノッヘンをぶら下げた。人間の手。骨。
相も変わらず不気味なこって。マジでシステルさんの頭を心配しなきゃな。帰ったら病院に連れて行こう。


「もういいでしょ、いくよ?」

「……よく、ないわ。あなた、死ぬ気じゃない」

「いえいえ、そんな事はこれっぽっちも無いから。心配しなくてダイジョーブイ! ……ブイブイッ!!」

「……」

「……」


んな顔すんなよ。

ふぅ、と一度だけ息をついた。
プレシアが『使っている』ジュエルシード自体を封印できれば一番いいんだろうけど、やらせてくれるはずが無いのだ。きちんと警戒して、懐に入れてたし。服に手を入れて、胸元まさぐってジュエルシード見っけて、それから封印。三十回は死ねるな。殺されるよ。





―――俺以外だったら。





管理局程度が戦ってもどうしようもない。クロノが居ない管理局なんて……なんだろうな、所詮モブってところか。
主人公は俺で、俺を中心に世界は回っていると、俺はそう思う。
だってそうだろう? 地球が、ここは地球じゃないけど、それが自転してるなんて、公転してるなんて信じられるか? 回ってんだぜ、地球って。
俺は信じられねぇな。太陽が俺の周りを回っているんだ。月にしたってそう。肌で感じる事こそが全て。

そりゃあもちろん知識では知ってるさ。
でも俺はいまだかつて、自分が太陽の周りを回っているところを想像できた事は無い。太陽が昇り、沈むのを感じた事はあるが、俺が地球と共に昇ったり沈んだりするところを想像した事は、無い。だから、俺にとっての心理は知識じゃなくて、この肌で感じて、自分が思った事。

―――世界は、俺を中心に動いている。

間違いねぇよ。ああ、間違いねぇ。
だから今はプレシアをどうにかしなきゃ。皆死んじゃうじゃん。主に俺、死んじゃうじゃん。主人公が死んでいい物語なんて、バッドエンドはゴメンなんだよ。ハッピーエンドが好きなんだ。『世界の中心』であるこの俺を、その仲間を殺させるもんか。

ジコチュー?
っは、言ってろよ。


「さぁ、行くぞ、ジュエルシード。いいか? お前がやるのはセットアップの補助だぞ、補助。わかる? どっかの猫ちゃんみたいにいきなりデカくしたりすんじゃねぇぞ」


まぁ、話が出来るとは思ってないんで、何となく、気分的にね。自分の『願い』を固める為にも。
まずは、


「テルミドール・クノッヘン、セットアップ」


俺は名前をあげられなかった。シェルが嫉妬して大変だったからな。けど、フェイトからいい名前を貰ったじゃないか。誇りに思っていいぞ。

クノッヘンのデバイスコアがきらりと輝いた。
何も言わずに展開されていく白い骨。正直かなり不気味だがそれでもシステルさんが作って、フェイトが使ったデバイス。疑いを持つ余地など無い。
クノッヘンはこちらの意志を汲み取り、腕と肩には防御装甲を着けない。腰から伸びる、脊髄をそのまま取り出したような骨は俺の左足を拘束していく。二つ、カートリッジを取り入れた。

さぁて、お次は……、


「シェル」

『……』

「……シェル」

『……』

「……シェルブリット?」

『……』

「……え~と……シェルブリット・アリシア?」

『……』

「……っ、……俺のっ、唯一つしかない半身! この世で最高のデバイス、シェルブリット・アリシア!」

『イエス・マスター』


嫉妬乙w
可愛いやつだよ、まったくね。

ばしゃ、ばしゃ、ばしゃ、ばしゃ、と。
カートリッジの四発消費。一度にこれだけの弾丸を使うのは初めてだ。魔力が充填され、熱くなりはじめた右腕。その肘から角のように突き出るマガジンを取り外した。もう入ってねえ。っぽい。


「よし……」


失敗は許されない。構成に失敗するということは、即ち俺の負けを意味する。
思い描くのは『天下無敵』の俺。想像するのは『王』。

頼むぞ、シェル、クノッヘン、ジュエルシード。


「リミットブレイク……、オーバァっ、ッドライブゥウ!!!」


ッドン!!
身体を打ち付けられたかのような、衝撃。
テルミドール・クノッヘンのドライブ機構を全力全開で解放した。リンカーコアが弾け出さんばかりの勢いで魔力を排出し始める。限界を超えて、臨界に近く。


「―――ッ、ぅぐっ熱ぅ……ッ!!」


熱い。ただ身体が熱いかった。根を通して全身へ熱は回る。筋肉はビクビク痙攣したようにうごめき、神経は過敏に反応。脳内が、アドレナリンとか、エンドルフィンとか、興奮作用が、全部、全部!

来た。来た来た来た来たッ! ひひひ、勃っちまうぞこら!!
クロノがボコボコにやられるのも道理だ。これで負けれるはずがねえ!

なぁ、そうだろ、


「―――ッシェルブリットォォオオ!!」

『了解。ハイブリットフォーム・展開・します』


同時に握ったジュエルシードが輝く。
ハイブリットフォーム展開の補助。己の役目をきちんと理解してくれていたようで。
ぎしり、と身体が悲鳴を上げたのを聞き逃しはしなかった。だけどそれがどうした? 何の関係もねえ。

奥歯に折れんばかりの力を込める。
相変わらず痛ぇな、初めての構成は。だけど、すっごい気持ちいい。

まず顔面。全体に獅子を模したかのような面が現れる。それはさらに上に伸び、髪の毛の全てを巻き込み、後頭へ伸びた。
鬣のようなそれを、ゆっくりと重みで感じ取り、両の腕はさらに凶悪に進化。常に解放されているジョイントも含め、さらに巨大化。開放部はその奥が透けて見え、金色の光を僅かに放ちながら腕の中を行ったり来たり。その様はまるで流星のようで。
そしてじわじわと腰から下へと伸びる黄金は、足先を覆った時には人間のものではなかった。細く、しなやかなそれは肉食獣の四肢。獣の、獅子。


「あは、く、くくく……」


シェルブリット・ハイブリットフォーム、構築完了。


「くはっ、―――最ッ高ぉぉぉおおおお!!」


展開だけで、魔力を根こそぎ持っていかれた。カートリッジを六発。さらにドライブで底上げされた分まで。ハイブリットの癖に燃費が悪ぃ。うまい事言ったぜ。

まぁ、無いなら無いで他のとこから持ってくるまで、だな。
精神感応性物質変換能力。
ドライブで全身の、その全ての力が底上げされている今、


「アルター、全開だぁあ!!」


言うまでも無く、還ってくる魔力は今までの比ではない。

―――バキィィィイン!

―――バキィィィイン!

―――バキィィィイン!

―――バキィィィイン!

壁が、地面が、ありとあらゆる『物質』が、その姿を金色の塵に変える。それは、それらは巡り巡って俺の手の甲に集まり、廻り廻って純魔力へと。


「来た来た来た来たぁ……」


根を通して全身へ駆け巡る魔力を感じながら、両の拳を打ち鳴らした。それだけで『身体《シェルブリット》』は反応。アルターは止まる事無く物質を還元し続ける。黄金の魔力が、あふれる。


「―――さあ見ろ、そして聞けえ!!」


空間が、その魔力のみで破裂する。言葉を発するだけで、それは最早『衝撃』へと。


「コイツがっ、俺の、絶対防御のカタチ! さぁ感じているか、上にも下にも敵はねぇぞ!!」


その全てを吸収するその両拳。
手の甲で魔力が廻る。廻る。巡る。巡る。
さぁ、お前に分かるかプレシア・テスタロッサ。

見えてるか?

聞こえているか?

感じているか?

―――教えてやるよ。

今俺がまとっている黄金が、俺が使っているデバイスが、そしてこの俺自身が、


「―――これが、天下無敵のぉおっ、チカラだあああぁぁぁああぁああぁァアアア!!!」


パシャリ、と瞳への防御機構が降りてくる。
そしてそれと同時。


『―――Burst Acceleration―――』


―――■■■■■ッ!!!

軋む。
プレシアが放った砲撃魔法と同じ、最早『音』の領域を超えていた。シェル(アクセルウィップ)が打ち付けた背中の空間は消失。変わりに俺に加速を与えた。

加速。ぬるい表現だ。そう、これは弾丸。弾けて飛んで、突き刺さる。俺が、弾丸。
自分以外の全てがスローモーションに見えた。プレシアが今振り上げたデバイスも、俺の声を聞いて飛び退るアルフの背中も。


「んだりゃぁああああッ!」


加速はそのまま。弾丸はプレシアに。
拳を突き出した時、初めてプレシアの顔に焦燥が生まれたのを見た。


「―――っく!」


障壁を張った。ああん? 拳が届く。楽勝だろ。

どごっ、と鈍い音。
干渉光すらも弾けず、ブロック塀をハンマーで叩いたようなその音は、まさしく俺の拳が通過した証だった。
あれだけの魔力を込めて、あれほどの加速を叩きつけて、ようやく拳が一つ通るか通らないかの小さな穴。それでも『破れない』と『頑張れば破れる』では大きく違う。俺の心情も、それ以上にプレシアの心情が。破ることが出来るとわかっているのなら、プレシアも障壁に頼ることが少なくなる。そうであって欲しい。

一歩前進。大きな一歩。
先ほどとは違う視線の交錯。プレシアの表情からは余裕が消えていた。
それだよそれ。そういう表情をさせたいの、俺は。

障壁を抜けた掌を返して一本だけ中指を立て、


「カマしてやったぜぇ、おい?」

「―――下品な、事ねえ!!」


プレシアは障壁を消し、俺に向かってデバイスを突き出した。
反射で両腕を交差させブロック。外殻を通して響く衝撃がプレシアの化け物ぶりを語っている。

イテェ。
思うと同時、プレシアのデバイスはスフィアを展開させた。俺の周囲、取り囲むように。数は七。質は……、一発一発のその色が、魔力を凝縮させすぎて黒くなるほど。
ヤバイと思うよりも早く、どうせこれしか出来やしねえ。


「っし!」


顔面の横に存在していたどす黒いスフィアを殴った。
まぁ当然……爆発。

ひひ。

どがぁッ! と痛みよりも衝撃のほうが強いそれは、一つ爆発した事により次々と誘爆を起こし、結局七つ全ての爆発を喰らうことに。ピンボールのように身体は撥ね、撥ねられた先にはスフィア。

っは、馬鹿みてぇ。

砕けていく外殻から皮膚が見え始めた所でようやく爆音は止んだ。
倒れ伏す。負け犬かよ。違うさ。

やられてんぞシェル。お前の装甲。プレシア強すぎ。最強感が溢れてる。


「っく、くくぁははは! その程度なの!? その程度で、あんな口をきくかしら!」


片手で顔を覆い、プレシアは笑う。げらげら笑う。身体を折りたたみ、腹を押さえて。笑う。
ああ、そんなにおかしいかな、今の俺。だって、この程度だったらさ、あんな口も、そんな口も、どんな口だって、


「―――きいちゃうんだよぉ、これが」


―――バキィィィィイイン!!

アルター発動。同時、修復。
右腕と、わき腹に純魔力は駆けた。見る見るうちに金色の外殻へと成る。
目を剥くプレシアを哂いながら、方膝をつき悠然と立ち上がった。


「はい、しゅ~ふくぅ。ん、どうしたよ、笑わないのぉ?」


わざとらしく首を傾げて。
既にプレシアの間に差は無い。あるのは制限時間だけ。

ジュエルシードとアルター。
ジュエルシードとドライブ。
ジュエルシードと俺の肉体。

全部が全部、俺の不利だけど、今、この瞬間はそうじゃない。


「お前に俺は殺せねえよ、プレシア・テスタロッサ」

「―――やってあげるわよ」


言いながらプレシアはデバイスを袈裟に振った。
先ほどと同じ轍は踏まない。今度は片腕でいなす様にその力を、その方向を変えさせ、スフィアを形成するよりも早く反撃に転じた。
俺の攻撃はもちろん、いつも、どんな時だって拳。
腹部を狙った拳打は、しかし当たる直前にプレシアの反射神経に負ける。右足を大きく一歩下げただけ、その動作だけで避けてみせた。
……始めから、楽して勝てる相手じゃないことなんか分かりきっている。
強い。いろんな意味で、強い。娘が死んでも、それでも何一つ諦めない姿勢。その器、すげぇよアンタ。


「―――ッンなろ!」

「当たらないわね」


もちろん俺の闘いの型は攻め攻め攻め。もっと攻め!
拳で空気を切る。空間を破砕する。足を踏みしめれば地面は崩壊。爆発を起こせば壁が消えてなくなる。失った魔力は補充補充。たった今踏んでいる何かは塵に変わった。
……そういうことだ。当たんないね、攻撃。壁とか地面とか壊してどうすんの。当たれよ。
畜生が。そんだけ強いくせに、こんなに『強い』くせに、


「そんだけの力があって、そんだけ強い心臓もってて! なんでフェイト一人に愛情注いでやれないんだよ! 馬鹿みてぇにデカイ器持ってるくせにッ、入り口が小せぇんだよぉお!!」

「―――あなたにっ!」


余裕ではないにしろ、プレシアは避ける。まともなヒットがなかなか出ない。
だが、自身の攻撃の邪魔になるからだろうか、それとも俺には意味が無いと思っているのか、障壁を張る回数が減ってきている事にプレシアは気付いているか?

光明が一筋。


「あなた如きになにが理解るって言うの!?」


言いながらプレシアは左腕を払うようにして振った。同時に起こる爆音と、衝撃。
いくら勝機が見えようと、プレシアの放つ魔法はまさに一撃必殺をそのままに体現。一発放てば避けた背後の壁、もしくは地面は爆発崩壊。次元空間が穴の奥に透けて見えた。

無茶苦茶しやがって。あんまり壊すんじゃねえよ。お前から奪ったらここは俺んちになんだからよ。俺も壊してるけど、お前は俺の比じゃねえよ。穴あいてんぞ。『奥』見えちゃってんじゃんか!


「わからねェよ! 理解ってやりたいけど、俺にはわからねえ!! だって俺には―――」


拳を振う。当たらない。


「―――子供は居ねぇし!」


蹴りを放つ。当たらねぇ!


「フェイトみたいなガキがいたらッ、愛せずにはいられねぇえ!!」


攻撃は爆発だ! 俺の攻撃はそれだけだ。まだまだシェルを使いこなせてない、ってね。

距離をとりたがるプレシアに、全力で喰らい付く。
射撃型の魔道師に、距離をとらせたらお終い。しかも相手はプレシア。でかいの一発でお空の上の爺ちゃんと婆ちゃんに接近遭遇しちまう。そっちは元気にしてるかい? 俺はまだまだ行くつもりはねぇぞ!


「ンッ―――」


右足を、懇親の力を込めて地面に叩きつける。


「―――だりゃあッ!」
『―――explosion―――』


震脚。崩壊を伴い爆発を起こす。
右『足』で起こったそれは、拳で放つより威力は弱いものの、破片を飛ばし、散らしプレシアに襲い掛かった。
苦々しく舌打ちをしたプレシアは、もちろん障壁を張った。だが、障壁。結界ではないのだ。その全ては防御しきれない。結界を張るには俺が近すぎる。共々内に入れてしまえばやられるのを分かっているから。

どちゃ、と鈍い音が響いた。

刺さりやがった……! 絶対痛いぞあれ!
俺は内心やってやったぜ、といった所。始めの一発以来じゃね? 食らわせたの。

だがプレシアは、


「ふざけた能力、だこと!」


わき腹に刺さった破片なんぞ何も気にしない。それほどジュエルシードの能力は凄まじいのか。
最早黒々とした魔力を携え、その右掌が、小さな魔法陣が俺の顔面の前に展開された。

何だこれ? 防御か? 回避か?

考える間もなく、バヂバヂッ!とその姿は電気に変わり、上方から俺の身体に雷が落ちてきた。発動ちょっぱや。


「―――んぎぁッ!」


蒸し焼きにされるように全身に熱と痛みと痺れが。身体が電気で動かない。言う事を聞かない。
楽々とシェルを『通過』してきやがる! 何だよお前、電気に弱いとかそんな性質持ってんの? 先に言っとけ馬鹿ヤロウ!


「くは、はぁあっはっはっははぁああ!!」


プレシアの声を聞いた時、その魔法の威力を高めたのが分かった。
なにこれ何万ボルトよ? 筋肉が勝手に硬直して、ガタガタ震えてる。痛い。ヤバイ! し、し、死ぃ!


「くくく、なにが……なにが理解してやりたいよ。なにが愛さずにはいられないよ。そんな事は、そんな事にはねぇ……!」


言うな。それ以上。やっぱダメだ。それ以上はダメだ。俺の攻撃意志が鈍る。そういうのは無しにしよう。反則じゃんそれ。
それにこの電撃。これな、あんまりやってると、


「ほんろりひんひゃうらろらぁあああッ!!」
『―――Burst Acceleration―――』


背後の空間が消し飛び、爆発加速。
俺ではない。俺の意志を感じ取ったシェルが勝手にやった事だ。
頭ではなく、殆んど顔面をプレシアの腹部に突っ込ませた。何の準備も、体勢すら整えていなかったのでクビが痛い。ポキってなった。

どすっ。鈍い感触。


「―――おふっ!」


少しだけ笑える苦悶の声を聞いた。

顔面をプレシアの腹からぶっこ抜き、今しかない。
拳を振り上げた。
プレシアは腹を押さえながら障壁を張る体勢。その手は顔面を庇うように。


「―――、ッ!」


瞬間、スパークが走ったように身体が反応した。
たんッ、とリズムを変えてしゃがみ込み、そのままぐるりと回りこむように足払い。その向こう脛に力いっぱいシェルブリットの外殻を、俺の脚を叩き込んだ。

ゴキン。


「ぃ、ぐぅ! このッ!」


プレシアはデバイスではなく自身の腕を払いながら魔法を飛ばすが、当たらない。さらにそのまま抱きついてしまえるかと思えるほどに超接近しやり過ごす。背中を通る密度の濃い魔力に冷や汗を流した。

いける。それは確信。

明らかに骨折しやがった。いくら強化してようが、人間如きのカルシウム。鋼並になろうが、ダイヤモンドになろうが、シェルに折れねぇはずがねぇ!

ジュエルシードの魔力でそれが治っていくのを視界の隅で捕らえながら、だから完治される前に、今。
ここが、決めるべきタイミングなのかもしれない。

いく、ぞ! 俺はやる!

身体がぐらついているプレシアの髪の毛。長く艶やかなそれを強引に引っ張った。


「くぁ」


何を言おうとしているのかは分からない。だが、確かにその表情が苦痛に醜くゆがんだ。
『昔』の友達の情報。人間、髪の毛を引っ張られると何も出来なくなる。いい判断だよ、てっちゃん。
ぶちぶちぶちぃ、と何本か、何十本かを確かに引っこ抜き、その上体が俺のほうに僅かに傾いた。

まだ。

ちょうどいいところに来た顔面に、こめかみに、黄金色の右肘を叩き込んだ。拳ではなく、肘。この距離だとこちらの方が効果的。
それは当たると同時に、


『―――explosion―――』


爆発を起こした。『人間爆弾』という言葉がちらりと脳内に。不名誉。イラネ。


「―――っぐぁ!」


向かって左に流れていくプレシアを、まだ逃がしはしない。
先ほど叩き折った、すでに治りかけているプレシアの右足。そこに目掛けて、大きく勢いをつけて足の裏を放り込んだ。めちゃ、と色んなものが潰れる感触。


「ぃぎ、ッぁああッ!」


うぅわ。

シェルの外殻で分からないが、肌が粟立つのを感じた。
人を壊す。それを本能的に悟ってしまい、思わず攻撃の手を緩めてしまいそうに。
でも、まだ。まだまだ。こんなもんじゃ勝てはしない。プレシアに。完全勝利を、俺は目指しています。

だから、ゴメン!
ってのは、建前みたいなもんで、俺は、俺が嫌な思いをしたくないだけ。この感触が怖いだけ。気持ち悪いだけ。殺す、と口に出すのは簡単だが、やっぱり怖い。人間の死を、命を摘み取るのは、それは恐怖だ。

だから決める。覚悟を。
アンタを殺す。かも知れない。殺したくなんか無い。怖い。俺が嫌だ。プレシアが死ぬのはいいけど、俺は殺したくない!

……だけど、さ、もしあんたが死んだら、そんときゃ俺は背負うぜ。絶対に忘れないよ。


「―――ぅ、わぁぁぁああああああああああああああッ!!!」


叫ばなきゃ、こんな事できやしねえ!!

プレシアの頭を掴み取り、顔面に膝を突き刺した。何度も、何度も。こちゃ、こちゃ、と水っぽい音が恐ろしい。黄金が鮮血に染まる。プレシアが、何を言っているのか、本当に、分からない!肘だか膝だかを入れるたびに■、■、■、っ!

決めろ俺! 行くぞ俺! 殺っちまうかも知んないけど!


「だからって!」


止まれない。ここで止まって、プレシアの傷が治ってしまったら、今度は俺にそんな覚悟が無い気がする。これで決めなければいけない。そんな気がしている。

嫌だ。

何も考えたくない。なのに、いつもだったら全然働いていない脳みそは、こんなときだけフル回転。嫌な想像が様々様々選り取りみどりで!

嫌だ。

抱え込んだ後頭部に肘鉄を下ろした。いち、にぃ、さん。どんっどんっどん!!
俺の攻撃の一発一発は、常に全力全開。魔力を完全に通し、その破壊力を底上げしているもの。切れかけのフルドライブで、一撃を入れるごとに魔力光が弾けている。爆発を起こしている。周囲は崩壊を続け《バキィィィイイン》全て俺の魔力になる。

嫌だ。

本当に現実味を帯びてくるプレシアの、死。
背筋を走る怖気を出来るだけ意識しないようにし、滲んだ視界を振り切った。

嫌だ、けど、でも、やんなきゃ。

だって、だって!


「―――俺だって、死にたくないからぁっ!」


声が裏返ってるのを、それを誰か笑うかい?
これが二度目の生だとしても、それが何度目だって、俺は、生きているのなら、死にたくなんて、無いんだ!

プレシアの頭を解放した。突き飛ばすように押し、跪いたプレシアが、そのぐちゃぐちゃの顔面がいいポジショニング。

だが、狙うのはそこでいいのか?

ああそうさ。放っておいたら、本当に治ってしまうのだ、プレシアは。俺が顎を砕いた時、平然と喋っていたじゃないか。今まさに、見る見るうちに治ってきているじゃないか。

でも、死ぬかもしれない。殺すかもしれない。―――超恐い!!


「シェルブリットォ―――」


硬く握った拳。その両腕を、ゆっくり腰に引いた。
先ほどからずぅっとバッキンバッキン音を立てて崩れ去っている周囲の物質が、全部俺の魔力に還元されてる。手の甲で、廻る廻る。最早還元し切れていない魔力が、塵が俺の周囲に渦を巻いていた。

―――リィィィィイイイイイン……ッ!

音に聞こえる臨海点。今か今かと待ちわびるように黄金は輝く。

撃つのか? ―――そう、撃つさ。
打つのか? ―――ああ、殴るさ。
やっていいのか? ―――きっと、よくないんだろうね。
母親を殴り殺すのか? ―――死んじゃうとは限らない。
希望的観測じゃないのか? ―――ああそうさ。でもなるべく死んで欲しくないよ。本心。
きっとフェイトに嫌われる。 ―――俺は嫌いになれねぇ。
負い目が出来る。 ―――それがどうした。人を好きでいることに、理由は要らないんじゃないかな。
人殺しの経験者になる。 ―――それでも後悔したくない。俺はしない。
人の命を、背負う。 ―――、……。―――、―――、





―――やったろうじゃねぇかよ!





「―――バァストオオオオオ!!」
『―――burst explosion―――』


突き出した両方の拳。それは治りかけているプレシアの顔面に。

爆発? それ以上。
余りの威力にプレシアの身体は後方に吹き飛ぶ事無く、跪いたその身体、その上半身が交通事故のように地面に叩きつけられた。後頭部から地面にめり込み、遅れてついていく両腕。万歳をしたような形でぱたり、と。両足はたたまれており、まるでブリッジに失敗したかのような体勢で、プレシアは、プレシア・テスタロッサは、死んだ。










「ってことは無いか。あぁよかったぁ、マジで。ホントよかった……」

『本気で・驚いたのは・私だけでいい』


大丈夫そうだった。
ぴくぴく指先が動いてる。つんつん突付いてみたらちゃんとお腹も上下している。しかも傷口がじゃんじゃか治ってきてるし。これやべぇよ。プレシア復活の予兆だよ。


「ジュエシーは……」


ごそごそ。
プレシアの懐を探る。

しかしなんだね。とても一人産んだとは思えん身体をしておられる。確か40歳だよね、プレシア。アムロちゃん並みじゃないか……(ガンダムにあらず)。
……いけるんですけど。むしろ好物くらいの肉体してやがるぜ。なんてスペック。ジュエルシードに『お願い』してんじゃねえだろうな。俺はこっち(リリカル)なら熟女すらいけるかも分からんね。


「あったあった。うおぉ、やっぱすげぇな、ジュエルシード……」


三つの魔力の塊。輝くそれは、確かに凶悪なものだった。
見える。『視える』のだ。シェルに全部身体を明け渡した今、プレシアに流れ込んでいく魔力まで見える。目玉と脳が、きっと『解放』されてる。骨を折ったと確信したあの時、その足が、肉が透けて見えた。だからこそ叩き折ったと確信できた。


「……っは、いよいよもって人間外。超人じゃあ、人外にゃ勝てねぇって事だよ、プレシア……」

『マスター』

「いや、いい。俺はこれでいいよ。ありがとうシェル」

『……いえ、こちらこそ。いつも私を使ってくれて、ありがとうございます。デバイス冥利に尽きるというものです。……あ、デバイス・冥利に・尽きると・いうものです・でした』


普通に喋ればいいのに。律儀(?)なヤツだよ。そこまでデバイスしなくていいよ。
はは、と笑いながら、プレシアの身体が八割ほど治ったところでリンディさんにジュエルシードを放り投げた。


「お願いしま~っす。……っておい」


皆いるじゃん。帰れっつったじゃんかよ! プレシアがやけになってジュエシー暴走させてたらどうすんだよ。
だいたいなんて顔してんだ。笑えよ。勝ったんだぞ。こらアルフ、泣くな泣くな。お前は意外と泣き虫だな、おい。

思わず緩む口元。確かに軽くなる心。
いいね。気持ちがいいよ。


「は~、何だかねぇ。幸せってのは……今にあると思うんだよね、俺。アルフ見て確信したよ。いい思い出ってのはさ、『幸せだった』んだよ。それは継続してないと悲しくなっちゃうだろう? だから見つけなよ、アンタもさ、プレシア・テスタロッサ」

『……詩人・ですね』

「ああそうさ、まさしく『リリカル』だろ?」

『それは・少し・違うみたい・ですが』

「いいんだよ、これが俺だっにひッ、い、いだだだだ……ッ!」


途端に悲鳴を上げ始めた身体。全身が、それこそ毛先から足の爪先の甘皮の先の細胞一片まで痛かった。
イタすぐる。なんじゃこりゃあああああ!!


『……あんな・デバイスを・使うからです』

「ぐ、おぉ……強烈だぁ!」

『でしょうね。余り・動かないほうが・いい・ですよ?』

「……おぉう、まさしくその通りだぞこれぇ……」


言いつつ、俺はプレシアの周りをウロウロしているジュエルシードを全部、またもリンディさんに放った。わたわたと慌てたようにリンディさんは受け取り、その封印処理をしながらゆっくりと、神妙な顔で頭を振る。


「あのっ……、私には……。なんて、声をかけていいか……私には、分からないわ。ありがとう、でいいかしら……?」

「……むしろ怒っていいんじゃない? 勝手に着いて来て、勝手にあんた等の仕事の邪魔した、ってさ」

「でも、私たちだけだったら……」

「いいっていいって。せっかく勝ったんだから笑ってよ。喜んでよ。……それとも俺が悦ばせてやろうかっはっはっは!」


相手側には、俺の表情は分からない。ハイブリットフォームのおかげで、分からない。
でもホントは、心中、すっごい、色々な感情が溢れてて、なんかホント、すごいね。身体の痛みだけじゃなくて、瞳に水が溜まってきてる。なんだろねコレ。俺にはわかんねえや。
それをリンディさんは見抜いているのかいないのか、非常に形容しがたい表情で微笑した。


「ええ、そうね、ありがとう。あとでお説教よ、ディフェクト君」

「……あいよ~」


お母さんって感じ。クロノ、ホントいい母ちゃんもってるね。
けどさ、俺の母ちゃんも、色々すごいだろ?

再びプレシアに視線を。
……うん。大丈夫そうだ。何だか繋がれてない猛獣に触るような気分だけど……。


「っんしょ!」


ズボ。
その頭を地面から引っこ抜いた。しかし随分埋まってたね……。コイツ、強化やらなんやらしてなかったら絶対死んでたぜ。
本当によかった、と思ったところで思い出したように『感触』が蘇る。ぞわそわ毛穴が逆立つ感覚。

ああもう……トラウマもんだぞこれ。やだやだ。

プレシアの瞳は閉じられており、気絶している模様。規則正しい息吹を感じる。脳があんだけシェイクされてんだから、当たり前っちゃ当たり前かね。
とはいえ、怖いものは怖い。ハイブリットフォームを展開したままプレシアの身体を背負い、ずるずる足を引きずるような形で局員が張った転移陣に向かった。
アルフが手伝おうか? と視線に言霊を乗せて俺を見ていたが、それでもコレは、俺の仕事だろう。任せてくれよ。


「……いてて……はぁ~、疲れたねぇ。帰ったらとりあえず寝よう。あと体治そう」

『危険な・発言は・やめて・ください』


おおっと、やべぇやべぇ。フラグ立っちゃうぜ。
ちらりとプレシア確認。……うん。大丈夫。寝てる。


「……俺、帰ったらプロポーズしようと思ってるんだ。六人くらいに」

『……それ・ユーノ様入ってね?』

「―――ぅおわっ! マジだ! やべぇ俺!!」

『本人は・狂喜乱舞・でしょうが……』

「ん、なんて?」

『何でも・ありません』


ズルズル。
プレシア軽い。俺は力持ち。

……プレシアの罪は、どうなるんだろうか。間違いなく重罪なのは判ってるけど、弁護の仕様も無いのかな?
実験で娘を失いましたって言っても、それはそれ、だろうねやっぱ。やっちゃいけないことってのは、確かにあるよ。


「……難しいなぁ」


呟き、ようやく……ホンットにようやく、転移陣にたどり着く。
マジで、ド真剣に疲れた。もうこりごり。無印で俺は引退だ。これからも戦うなんて、キツイ。あとはもうあいつ等に任せていいかな?
陣に片足をかけて、


「あ、そうだった。シェル、帰ったらお前に話したいことがあるんだ」


それは冗談じゃなくて、本気でそう思ったからかけた言葉だ。
たくさんある。『俺』の幼稚園時代から、小学生になり、中学をサボりにサボって遊び呆けて、だから程度の低い、それでも楽しい高校で、部活して、バイトして、バイクを買って、馬鹿やって、それから大学に入って、それなりに満足の企業に入社した。その思い出。
話してやろう。『ディフェクト』になる前の自分を。たくさん、たくさん。





なのに、





『マスターッ!』


その声を聞く前に、俺の視界の右端に白くてすらりと長い、綺麗な腕が見えていた。真っ直ぐに伸びるそれは掌の先に魔力弾を作る。

あ、


「うそぉ?」


冗談ではない。
やけに間の抜けた自分の声。肩を跳ね上げるようにして、魔法を放つプレシアの顎を打ったが、もう既に、


「―――あは、っあははぁ……ひゃぁあっはっはっはははははっはははあああ!!」


正面で、最終封印(デバイスコアの中に仕舞う)仕切れなかったジュエルシードが。
プレシアの魔力弾を受け、それは、


「……く、そったれぇえ!!」


暴走を始めた。互いに干渉し合い、それは大きく、より強く。

次元震?

転移陣が輝く。

まずいよ、それはすごくマズイ。

次元断層は? 起こる? 起こらない? ジュエルシードは何処へ行く? アースラ?

おいおいおい、死ねるぞ、それ。

げらげら笑うプレシアを背中に乗せたまま、駆け寄ってきたリンディさんとアルフを両手で突き飛ばし、


「シェル!」

『了解っ!』


アクセルウィップが空間を叩いた。
プレシアをぶっ飛ばし、空気をぶっ飛ばし、ジュエルシードに手を伸ばす。両手で掴みきれない分は身体で受け止めて、どうにかこうにか転移陣の外へ。俺ごと、転移陣の外へ。
身体がガタガタで力が入らない。本当に吹っ飛んでるだけだ。


「―――ディフェクトォッ!!」


アルフの上擦った声。
ああ聞こえてるよ。ちゃんと聞こえてる。バイバイ。
反応して、覚悟して振り向いた時にはもう、その姿は掻き消えていた。局員も、皆、全員。確実に転移魔法は発動していた。

……。

加速が終わり、地に足をつけた時、そこに在るのは向けに倒れてなお続くプレシアの笑い声と、ジュエルシードが起こす時の庭園の崩壊音。


「……助けとか、来れないんだろうね」

『……ここまで・空間に・魔力が溢れると・座標指定が・乱れる・でしょう。時間が・かかります』


そっか。
シェルは言わないけど、その『時間がかかっている間』に時の庭園は崩れて、消滅しちまうってこったね。俺とプレシアが暴れまくって、ただでさえ崩れかけてるし、ジュエルシード……やっぱすごいし。

次元空間にダイブ、か。
ああ、結局こうなる訳ね。やっぱり神なんかいねぇ。たった今、ソレこそ確信を持って言えるね。よかった。信じてなくて本当によかった。
だけど、まぁ、


「―――文句は、無ぇな」

『ええ。不思議と・私も』


俺はアースラの座標を知らない。てかいつも動いてるわけだし、向こうから何とかしてくれないとどうしようもない。
そして俺とシェルだけではこれだけの数で、ビッカビッカ魔力吐き出してるジュエルシードを封印なんて出来ない訳で。

ふむふむ。こんなときは怒るべきなんだろうね、デバイスを。
でも、だ。今まさに俺が存在しているのはシェルのおかげだしね。助けられっぱなしってのは……今更ながら、性に合わない。ちょっとは借りを返させておくれよ。


「んふ、ふふふ……く、くく」


幽鬼のように、身体を揺らしながらプレシアは立ち上がった。顔に張り付いている血液と、笑み。
愉快ではない。楽しい笑顔ではない。どちらかというと、『全部なくなった後には笑いしか出ない』と言う様な、嘘か真か分からない、そんな笑み。

やってくれんじゃん。
俺は好きだぜ、最後まで、命のカケラを燃やし尽くしてまでの抵抗。それほどの『想い』。


「まだいけるか、シェル?」

『もちろん。やって・みせましょう』

「魅せてやるか、俺たちの……」

『ええ。まったくの・同感・ですね』

「先にスリープとか無しだかんな」

『マスターこそ・先に・逝かないで・くださいよ?』


お前を置いて? 冗談言うなよ。言ったろ、俺は笑える冗談しか好きじゃないって。


「俺はさ、死ぬまで、死なねぇよ、シェルブリット・アリシア」

『……。……私も最後まで消えないよ、ディフェクト。私のマスターで、弟のあなた』

「うん」


返事をしたところで、天井の崩落。
俺とプレシアの上に落ちてくるそれは、一睨みしただけで、

―――バキィィィイイイイン!!!

大きな、大きな天井は、砕けて消えた。説明の必要もなく、塵になり還元。全てを魔力に。
ドライブは切れている。実際、身体にはガタがきていて、さっきから膝がカクカクしてる。


『ほら、最後まで頑張って』

「うんっ!」


辺りが金色に染まった。手の甲を通し、全身に巡る。熱く、熱くなってきた。


「くくく、くく……なぜかしら……なぜかしらねぇ、アリシア」


語りかけているわけではない。自問しているわけでもない。
プレシアは、もう、そういう『所』にいない。

だからさ、アンタ。

だから、見ろ、俺を。

俺は決めたぞ。

こればっかりは口だけじゃない。


「アンタを、終わらせる輝きを……魅せてやる」


いよいよ崩壊が激しくなってきた。
戦闘で大分痛んでいたのも事実。もう、長くはもたないだろう。『狭間』があらゆる所に見えていた。場が滑落していく。

全部が終わるその前に。

拳に力を込めて。

笑う膝に活を入れて。


「これが、アンタが創ってくれた―――」


言葉を紡ぎながら、またも魔力が渦巻いた。金色が輝く。場が黄金に支配される。
キラキラと輝き、ピカピカの光。


「―――俺とッ!」

『私のッ!』


すぅ、と大きく息を吸い込み、そしてアクセルウィップが空気を叩いた。

黄金を纏ったまま突撃。
反撃なんて何も考えてはいない。最早そういうものではない。

あらゆる物を置いてけぼりにする加速の中、両脇に腕をたたみ、さあ魅せてやる。

―――輝け。

俺たちの、


「っ自慢のぉぉぉおおお!!!」


輝け。

もっと、もっともっと。

輝け。

忘れないように。

輝け。

二度と、想いから消えてしまわないように!


「―――ッ拳だぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」
『―――Extermination―――』










「―――ああ、アリシア」










最後の瞬間。拳が当たり、全てを飲み込む、最早爆発ではないナニカが発動するその時。
ポツリと、俺を見てプレシアは言った。顔を外殻で覆っているにも関わらず、そう言った。
だからもちろん、顔の装甲は剥がれてそのまま魔力へと還元。


『大好き、お母さんっ!』


もしかしたら声に出ていなかったかもしれない。それでも俺とプレシアの瞳は、視線は繋がって。

本物の笑顔。

これまで見た中で、プレシアは一番綺麗な、美しいという言葉がぴたりと当てはまる笑顔だった。
光に包まれ、言葉は聞こえなくて、しかし確かに聞こえていた。


―――愛しているわ。


拳から発動された光は俺を含め、全てを飲み込み、俺は、私は、


うん。さようなら、おかあさん。





。。。。。





じゃら……。

夢見心地にそんな音を聞いた気がする。ゆらゆら揺れて、暖かい。
眠気は限界ながらも、俺は死ぬまで死なないわけで、約束を守るためにもここは起きるべき所だと判断。
瞳は閉じたまま、


「……ん、しぇ、るぅ……おれは、死んじゃ、いねぇ、ぞぉ」

『……』

「しぇるぅ……?」

「寝かせてあげなよ。君の身体をここまで持ってきたんだから」


この声……?


「……ゆぅのだぁ……」

「うん、ボクだよ」

「ゆぅのだぁ……」

「うん、そうだよ」


それなら、暖かいのはユーノだ。背中かな?
もう身体の感覚が無い。分からない。けど、暖かいから、ユーノだ。

なんで?

すでに自問しても今の脳みそじゃなかなか自答出来ない。おおかた管理局が……、ああそっか、戦闘要員じゃない増援って、ユーノの事だったのかなぁ?


「遅いぞぉ、相棒ぉ……」


シェルは俺の半身。
ユーノは俺の相棒。


「これでも君を助けるための装置とか、転送できないデータ憶え込んだりして、それなりに大変だったんだよ?」


ゆらゆら揺れる背中(おそらく)が気持ちいい。寝ちゃいそう。
けど、ちゃんと言わなきゃね。俺のやったこと、全部。


「……ゆぅの、あのね、俺、おかあさんを……」

「うん、いいよ。分かってる。分かってるから、全部、ちゃんと」


……。
いいね。好きだ。そういうの。


「……やっぱ、さいこうだぁ……ゆーの」

「ふふ、ありがと。……寝てて。起きた時に、いっぱい話をしようよ」

「……う、ん。おやしゅみ~」

「はい、おやすみなさい」


意識が途切れる瞬間、なにやら唇に柔らかいものを感じた。

……そんな気がする。


ああ、落ちる。
もうすでに、今考えていることが現実か否かの判断すら曖昧。

分からないけど、そう……俺は、『俺達』は、





―――夢を、夢を見そうだ。


夢の中の俺は、私は、なにをしているのかな―――?







[4602] nano00 記憶1 『俺を誰だと思っていやがる!』 前編
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/02/15 11:40




―――夢を、夢を見ていました。夢の中のわた……じゃなくて、俺は―――。
これは、高等部に飛び入りして一月が経とうとした時かな。





00/~『俺を誰だと思っていやがる!』前編~





「ディフェクトー! 朝だよ!学校だよ!」

「ぅあいあーい」


つかなんかテンション高くねえかユーノ。

俺はのっそりとベッドから身体を起こした。

今日は高等部に入学してから初めて実戦形式の授業がある。ああ、そのせいか、ユーノのテンションは……。


「ん~……! おはよーさんユーノ。毎日毎日ご苦労な事です。わざわざ寮から起こしに来るの大変じゃねぇの。無理しなくていいよ?」


そう。ユーノは有ろう事かわざわざ俺のために、学校のすぐ近くにある寮から起こしに来てくれるのだ。もうねsneg?状態なわけですよ。
……ユーノが女だったら。ふぅ、なんで男なんだよw


「そ、その前に君はそのガンガンに元気凛々パワー百倍な前を、隠したほうが、い、良いんじゃないかな…?」


キャー、何てリアクションをとるユーノ。
何だキサマ、犯されたいのか。いいのか。こっちの準備は完了してるんだぜ?
俺のビッグマグナムは太いんだよ? 硬いんだよ? ビンビンなんだよぉぉおおおお!!!!


「……冗談はさておき」


俺はズボンをはきながらユーノに言った。
うん。目を開けたときからの疑問だったんだ。いや、そういう趣味って言われたらそこまでなんだけど、でもおかしいよね?





「お前、何でメイド服?」





スカイテンプルにでも行くつもりかと。猫のうんこ踏め!





。。。。。





「って事で、何かね、今日の実習はこの格好でしなきゃならないんだって」

「そっかぁ。でも男子にもこれってあんまりだよね……?」


学校に着き、教室を開ければそこにはカオス。
どぅひん、何これぇ☆
皆メイド服。男も女も、やせもふとも、似合っても似合ってなくても、メイド一色。


『テラキモスw』

「ば、シェル、ちょっと黙っとけ。みんなの顔を見ろよ。皆自覚してんだよ。これねーわ……って思ってんだよ!」


もうね、みんなの顔見たらわかる。
特に男子。君らは絶望病か何かか? あんまり窓のほう近づくんじゃないよ。『あいきゃんふらい』されても困るよ。
いやいや、かわいそうなやつらだ。俺のように可愛く生まれていたら全員似合っていただろうに。
これもフェイトの、つかアリシアのおかげか。有難うアリシア。可愛く生まれて有難う。もう死んでるけど。


「にしてもディフェクト……君、異常なくらい似合うね」

「だろ? 自分でもびっくり、はしてないけど異常だなこれ」


うん。異常。似合いすぎ。
女装は散々システルさんにさせられたけど……俺、可愛くね?
やべ、ドキドキしてきた。やばいやばい、スカートじゃ隠し切れないって! ポジション直せないって! 大変な事になっちゃうYO☆


「どうしたの? 急にそわそわしだして」

「いや、あれだよあれ。お前にもわかるだろ? 男の子のアレがあれでアレなんだよっ」

「トイレ? 行っておいでよ、授業はまだ始まらないんだし」

「……一緒に行かないか?」

「何言ってるんだよ、恥ずかしいなぁ……」


っち、まさかオカズにされることを読んだのか?
いやそんなはずはない。俺の身体が異常なだけで流石にユーノには精通は来てないでしょう!?
ああもう、毎日毎日システルさんがあんな格好やこんな格好して寝るからだ! だから俺に悪影響が出たんだ! そうだ、そうに決まってる! くそぅ、今度パンツ下ろしてやる。あ、やばい、想像したら……。


「えと、ちょっとトイレいってくるね!!」

「え、あ、うん。早く帰っておいでよ?」

「はいはーい!!」


そして俺は脱兎の勢いでちょこちょこと内股でやや前かがみながら廊下を爆歩。
トイレへと向かっていった。





「うわぁ、可愛い。今の子誰?」

「ああ、なんて言ったかな。飛び級してきた子だよ。えぇと……ディフェクト・プロダクト、だったかな」

「……? へんな名前ね。それになんか男の子みたいな名前」

「……男、らしいよ」

「ホントに? ぷぷ、皆に教えてやろう。絶対このネタ飛びついてくるわよ。あの格好って事は、ヘルカスタム先生の初授業を受けるわけよね?」

「だろうね。可哀想にね、俺も初めての授業では随分やられたよ」

「あの先生ちょっとサディストはいってるしねー。けどまぁ仕方ないんじゃない?」

「あの子、ホントに大丈夫かな?」

「ちょっと心配かもね……」


この二人、広報部員。
彼と彼女の手によって本日のデスザイズ・ヘルカスタム式スパルタ授業は多くの人物に観戦される事になる。もちろん俺は知らない。

何でかって?

トイレでシステルさんかユーノかで迷ってるんだよ!!

はぁはぁ、はぁはぁ、はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ……。


『(あ…また・成長・してます。+0.3。―――記録完了)』


……ふぅ。





。。。。。





「え~、私がデスサイズ・ヘルカスタムである」

「は?」

「……え~、私がデスサイズ・ヘルカスタムである」

「はぁ?」

「っごほん! 私が、デスサイズ・ヘルカスタム、で、あるっ!」

「それはないわ」


デスサイズ・ヘルカスタムだと?
舐めてんのかちょび髭。おいちょび髭。お前なんてちょび髭で十分だろちょび髭。大体なんだそのちょびっとだけ生えた髭は。だからちょび髭なんて呼ばれるんだよちょび髭。
その辺わかってンのかちょび髭。わかってないでちょび髭?


「ふむぅん。この私に向かってその挑発的な態度。なかなか肝が据わっておる。気に入った。直々に指導してやろう」

「いえ、遠慮しとくでちょび髭」

「ぶふぅ! ちょ、何言ってるんだよディフェクト! いくら髭がちょびっとしか生えていないからってそれは言い過ぎでちょび髭!」

『ユーノ様・落ち着いて・ください』

「ほ、ほほぅ、君もかね。今年の飛び級生徒はいささか元気があり過ぎるようだ。私がしっかりと指導してあげよう。憶えておくのだな、小娘ども」


な、なにを言っているんださっきからこのちょび髭は。
おいこらユーノ! お前がちょび髭なんていったせいで一緒にいた俺まで目を付けられてしまったじゃないか!
しかも小娘て。僕達男ですから。完全にアンタわかってませんから。

そして何より、その瞳。

俺は知っている。その瞳を。
ああ、知っている。それは、その瞳は―――、あんた、俺等に欲情してんでしょ?
うん。完璧に。アレはあれだ。俺が寝ているシステルさんによく向ける視線だ。それのせいで起きるもんね、システルさん。急いで寝たふりしてる俺は神。

それにしても……この身体に入って結構経つけど、慣れるもんだね。今までだったらそんな視線受けたらファーストブリットだったよ。よかったねちょび髭。ちゃんと感謝しろよちょび髭。お前は俺にその視線をくれやがったときからもう犯罪者だからな。おれ? 俺は良いんだよ。だってぼくななさいなんだもん♪


「―――ふん、視線一つ逸らさんか。なかなか面白い。お前たちは最後だ。後ろに回っていろ」

「うぃ~」

「は、はい!」


ユーノ、何そんなにびびってんだよ。これは授業なんだぜ。多少の怪我はするかの知れねーが絶対 死にはしねーよ。
おお、おお。皆もばっちり緊張しちゃってまぁ、肝っ玉の小さい事で。


「あー、諸君らに言っておく。以前この授業で魔道師としての道を断たれたものがいる事は知っていると思う。手加減をするつもりはもちろんある。しかし、これをただの授業とは思わないで欲しい。私を殺す気で向かってきて良い。
 私は所謂、管理局崩れの人間だ。こういう場では、徹底してやるように、との学長の言葉ももらっている。諸君らには是非、頑張って欲しい物だ」


そしてちょび髭はちらりとこちらを向いた。

……え?
聞いてませんよそんな事。知りませんよそんな事。てか学長、落ち着いてものを考えろ。お れ な な さ い だ ぞ。
やばくね?


「ユ、ユーノクーン、ちなみに魔道師の道を断たれたってのは……?」

「あの先生の息子さんらしいよ。自分で叩きのめしたらしい……」


……手加減する気なくね、それ?
あえて言おう。俺、死んDAAAAAA!!





『マスター』

「ん? なに? 俺今どうやって逃げようかスッゲ悩んでんだけど……」

『……ヤツは・やけに・あの・ちょび髭に・プライドを・持っている・ようです』

「ん~、だろうなぁ。ガキがちょび髭って言っただけでちょっとキレ気味だし……」

『ですので……ごにょごにょ』

「ほほぅ。ならそこで……ごにょごにょ」

『なるほど。流石・マスター。でしたらそこには……ごにょごにょ』

「くくく、見える。ヤツの生殺与奪を掴んでる俺たちが……」

『もはや・敵では・ありません』

「おーい、ユーノ―――」





。。。。。





「―――ぐぅわぁぁああ!!」


俺の目の前をぶっ飛んでいく生徒A。飛んでいく際にメイド服からいやなものが見えた。
彼は管理局入りを目指しているらしく、えらく気合を入れて突っ込んでいったのだが秒☆殺。

いやいや、もうちょっと頑張ってよ君ら。もう少年の域を出ようとしている歳なんだよ君らは。それなのにアンタ。気合入れれば良いってもんじゃないっての。
砂とかかけろ。目潰し☆その辺に転がってるやられた生徒を盾にしろ。人人(にんにん)プロテクション☆
その辺りの俺技を授けてやっても良いから、頼むから、ちょび髭をもうちょっと疲労させてください。

現在ちょび髭は全体の三分の二。約二十人の相手をしてきた。


「ふぅ…。いささか私も疲れたな。この辺りで―――」


すかさず、


「いやぁ、やっぱり管理局にいたってのは伊達じゃないなぁ。この調子だったら休憩なんて挟まずに全員やっちゃいそうじゃないか、シェル?」

『イエス。やはり・管理局にいた・という・実績は・残る物・ですね。先ほど・ちょび髭・などと言ったことが・大変・申し訳ありませんね』

「ホントだよね。……だけどここで休憩を挟むようじゃやっぱりそれは……。いくら管理局でもちょび髭だよな?」

『イエス。確かに・言えていますね。少し・疲れが・見えてきたようなので・ここであの先生の・真価が・問われる事に・なるでしょう。
ちょび髭 or ダンディ髭』

「―――休憩など、はさむ必要もないな。さて、次の生徒 来たまえ」

「ハ、ハイ!」

「あ、頑張ってくださいね。あのちょびひ―――先生は疲れ知らずですから自分が出来る最大の魔法をどんどんぶつけていったほうが良いですよ」

「あ、……うん、有難う。そうだね、これは授業なんですもの。自分に出来る最高の魔法を叩き込んでやるわ」


はい。がんばってね。
どうかちょび髭をガツンといわしたってください。マジ期待してますから。





「キャーッ!!」


俺の足元に転がってきた少女A。彼女は管理局になど興味が無いという、この学校では珍しいタイプの娘だ。
転がり込んでくる際に凄くいいものが見れた。

この少女、かなりいい戦いをしてくれた。
とにかく避ける。ちょび髭も疲れで若干集中力が落ちているのもあるだろうが、それでも凄く戦い方がうまかった。
よくやったぞ少女。君には後でひえピタをやろう。アイツのスフィアを喰らったわき腹に張っておくのだ。

現在二十八人が倒れた。

次の次、ユーノ。
次の次の次、俺。


「ふうぅう……。いやいや、これほどの相手を、連戦で相手に出来る者など、管理局にも、そうは居るまいな。
 さて、ここまで一気にやってきたのだ。授業の時間にも余裕があり過ぎる。そろそろこの辺りで―――」


すかさず、


「いやぁ凄いよな管理局は。あ、元……か。管理局も年々と力を入れてるって話だし最近じゃこの位やってのけるヤツなんてザラにいるんだろうなぁ、それこそ休憩なんて挟まずに。なぁシェル?」

『イエス。最近では・管理局・全体の・魔道師ランクも・上がってきているので・正しく・そう・言えるでしょう。あのちょびひ……先生は・そんな・管理局の中で・揉まれた・人材・ですからね。たかが・三十戦など・余裕のよっちゃン・でしょう』

「だよなー。これで全員に勝った日には俺、髭生やしちゃうよ。あの超ダンディな感じの髭。まじリスペクトの対象にしちゃうよ」

『イエス。三十戦を・勝ち抜いた者が・生やして・いるのですから・それは・それは・お似合いに・なるでしょう。―――しかし……』

「そうだなー。勝てなかったら唯のちょび髭だよなー。あーどうしよっかなー……? 三十戦を連勝していったヴィクトリー髭、将来生やしたいんだけどなー、それってやっぱ休憩挟んだらなんかちがうよなぁ……シェル?」

『イエス。それは所謂・ちょび髭・ですね。負け犬の証・とも言われて・います。やはり・モノホンの・管理局でないと・無理・という事でしょう』

「―――さ、さぁて、行ってみようか。休憩などまったくいらんな。次の生徒、来たまえ」

「うっす!」

「あ、頑張ってくださいね。あなたは……デバイスを見る限り、接近戦使用ですか?」

「お、俺にも何かアドバイスをくれるのかい? 君と話していったやつらが皆いい動きするもんだからさ、俺も何か聞いて行こうと思ってたんだ」

「あはは、そうですかね。まぁ、僕から言えるのは常に動き回ってくださいという事だけです。僕も接近戦が主体なので大体わかりますよ。つらいですよね、近づく間もなくマルチロックファイアは」

「そうなんだよ。けどあの先生は遠距離戦が得意だからね」

「そういう時はまず開始と同時に奇を衒うのが得策なんじゃないでしょうか? たとえば……ごにょごにょ」

「―――ごにょごにょ!? ごにょごーにょ!!」

「ごにょ! ごにょにょ!!」

「さっさと来たまえ! 何をごにょごにょやっている!?」


俺たちはちらりとちょび髭を見た。


「―――っぷぷぷ。ごにょごにょ……」

「ぷ……。ごにょ、ごーにょ!」

「えぇい!! 貴様ら―――」

「それじゃ、行って来るよ!!」

「はい。気をつけて」


ちょび髭キレ気味w





「―――うわぁぁああ!!」


俺の頭上、斜め上をかっ飛んでいく、新しく人人プロテクションになった人。
最後の仲間がやられた。
あーあ、せっかく『人人プロテクション☆』を授けて、さらに相手の精神に揺さぶりをかける『ごにょごーにょ♪』まで実践したのに負けるなんて何やってんだよ。
あそこは投げなきゃ、人人プロテクションを。その程度で罪悪感なんて感じちゃ、めっでしょ。


「はぁ、はぁ! すぅぅぅぅはぁぁぁ……」


しかしよくやったぞ名も知らぬ男B。
お前は確実にヤツの体力をこそぎ取った。本当によくやりました! お前になら後でこの格好をしたまま『にぃや』って言ってあげてもいい!


「さ、さぁて……もう最後なのだが、それの前にちょぉぉっとだけ―――」

「いやぁやっぱり管理局じゃ―――」

「―――っく!」

「……。どうしたんですか、セ・ン・セ?」

「い、いやなに、ちょっと、そう、あれだ。私はトイレに行ってくる。その間、君等は気を失っているものを起こしてやっていてくれ」

「あぁ……そっかぁ。けどセンセ、さっきのヤツに手間取ってたみたいなんで時間もあんまりないですよぉ?」


そうなのだ。さっきの彼。すっごい長く戦ってた。そのせいで時間は後十五分程度しか残っていない。


「い、いやいや、君たちはまだ子どもじゃないか。次の機会にしても良いのだぞ……?」

「そんな、センセのお手を煩わすような事は……。ですので、二人とも一度にどうですか?」

「いや、それは……」

「ほら、まだ僕たち子どもですし。管理局に勤めてたセンセならやれますって」

「しかしだね、管理局にも、その……」


えぇいまどろっこしいやつだ!
次の機会になったら勝てる気しないんだよ! お前絶対ドリンクとか飲んでくる気だろうが!!てっかてかのビッカビカになって戻ってくる気だろうが!ばれてんだよ!

しかたない……。

俺は小さな手でむんずと、座り込んでいるちょび髭のちょび髭を握りこんだ。
そして一発だけぺけん、と軽いビンタを食らわす。


「い、今殴ったねっ!」


う、うざ……。

―――ぺけん!


「に、二度もぶった―――。おy」

「―――さっさとウンって言えや、このちょび髭野郎……」

『キ○タマ・毟り取りますよ…』


しっかりと目線を合わせた上で。





。。。。。





「さぁてユーノ。アイツが便所から帰ってきたら一発かましてやろうかね」

「うん。大体あの先生の行動パターンは読めた。これで行き成り魔力が回復してた、とかの予想外な出来事がない限り勝ちは見えると思うな」


そう。ユーノには敵戦力分析を頼んでいたのだ。
いくらちょび髭でもそこはAAランク。あそこまで疲労させても勝てるかどうかは五分五分なのだ。そこでユーノの分析能力発動。
こいつ、頭がいいのだ。ずば抜けて。もうね、どこのコーディネーターかと。ディスプレイ見ずに端末操ってますから。片手でタイピングしてますから。
お前そのうちガンダム作るんじゃね? なんて思っています。いえ。割と本気です。そんなあなたに聞きます。


「……便所で魔力を回復できる可能性は?」

「さすがに無いんじゃないかなぁ……。ボクにも経験あるけど、失った魔力はそう簡単に回復できるもんじゃないよ」

「まぁ、たしかに」


そう。俺のように稀少技能があれば何とか回復は出来るだろうが、ユーノいわくちょび髭に稀少技能は無い。


「こりゃ、マジで勝ったな」

「だね」

『戦いとは・戦う前に・勝者が・決まって・いるものです』


何でお前がわかったような口を利くのかがわかりません。


「とりあえず皆を起こそう。アイツをボコるとこを見せてやろうぜ」

「……あいかわらず性格が悪いなぁ」


いやいや、いい性格してんでしょ。





「いや、すまん。待たせたようだな」

「本気で遅ぇよ。もう授業終わっちゃうだろがちょび髭」

「……っふ、なになに、君たち二人を片付けるのには一分もかからんよ、小娘」


なんでコイツこんなに自信満々なんだ?
魔力は回復した様子も無い。疲れも取れてるようには見えないんだけど。
なんだ……、なんかすっごーく嫌な予感がするよね。これは別にニュータイプじゃなくてもわかる。コイツ、絶対、何かやらかす気だ。


「お前、絶対なんかやらかす気だろ?」

「いやはや、教師に向かってお前とは……。そういえば貴様、先ほどはなかなか面白いことをしてくれたな。私は管理局時代にも誰にも殴られ―――」

「―――衝撃のぉ」

「―――た事は―――」

「ファーストブリットォォオオ!!!」

「―――なかったっぎゅにぃぃぃいいいんっ!!!」

「ちょ、ディフェクト! 何やって―――」


殴りました。いや、素の拳なんだけどね。
だってちょび髭のくせに五月蝿かったんだもん。後悔はしてない。むしろスッキリしている。こんな自分が好きだ。


「もういいごちゃごちゃうるせえ! 男が口先ばっかでぺらぺら喋ってんじゃねぇ! 俺はいいけどお前はダメっ! さぁやるぞ、これからは口じゃなくて『拳』で語ってみやがれ!! セットアップ、シェルブリットォオ!!」

『イエス。起動・します』

「―――っもう! ボク知らないからねっ!」


とか何とか言いつつしっかりと俺のサポートをしてくれる気でいるユーノ。うん。今度、アッ――!しよう。決めた。

ぎり、と奥歯に力を込める。
シェルブリットは俺の身体に寄生し、侵食をしながら育つデバイス。現在侵食率は11%とかなり低レベル。まともな攻撃はたったの三回しか出来ない。……コイツほんとにデバイス?

だからこその策。
相手を体力的に疲労させ、さらに魔力をなるべく枯渇に近づけさせる。
面白いように嵌ってくれたちょび髭は間違いなくバカ。

みしみしみし、と拳が壊れるかと思うほどの圧力が俺を襲った。
侵食線(今のところ腕全体に伸びている、シェルの根の目視できる部分。俺が勝手にそう呼んでいる)から一気に力があふれ出し俺の右腕を覆っていく。


「ん、ぎ…ぃ」


痛い。キツイ。潰れちまいそうだ。
それでも、


「―――ッくぞコラァ!」

『了解』

「サポートはボクがする! ディフェクトは何時も通りに!」


わかってるさユーノ。俺は何時も突っ込んでるだけだもんね。お前には凄く助けられてるぜぃ☆

―――そしてユーノは右手でこめかみをトントントン、トントントン。リズムよく叩く。


「こ、この大馬鹿者がぁ! もう許せんぞ!」

『笑止。最初から・私の・マスターは―――』

「―――許してもらおうなんて思ってねぇンッだよ!」

「っちぃ!」


言いながら拳を振るった。
当然の如くちょび髭には避けられるのだが、これでいい。
ここはグラウンドだ。遮蔽物はない。俺の場合、こんな場所で戦う時は絶対に相手から離れない。そんなことすれば、その次の瞬間に俺オワタ。
俺は射撃が出来ないのだ。いや射撃に向いてないのだ。だから距離を開けられればその瞬間に防御と回避しか出来なくなる。
よって俺は常にちょび髭に張り付いて戦っていた。

しかし、


「っは、なる、ほど、なっ! しゅ、うちゅ、適っ正がた、ンか!(訳・なるほど。あなたは集中適正型だったのですね)」


何言ってるのかわかんないけど表情を見るに、気付いたのか?
にやにやとむかつく野郎だ。

この、この、このこのこの!! ……一発くらい当たれってんだ!!

俺の拳は空を切るばかり。かすりもしない。そういえばコイツは疲労は酷い様だが怪我の一つもしていない。これまで三十人ちかくと戦ってきてるくせに! これがAAランクか!


「そ、ならっ! ば、何もほっ、怖くな、ぁあ!い!(訳・それでしたら私はあなたの事が怖くはありません)」

「だ、から! さっきから、何言ってんのか、わかんねぇんだよ!!―――フィストッ!」
『―――explosion―――』


業を煮やした俺は戦闘が始まって始めて攻撃魔法を使った。
ずどぅん!とミサイルでも落ちた様な轟音と共にもうもうと立ち上る土塊と砂埃。それらは俺たちの視界を完璧に塞ぎこみ、ちょび髭に格好の機会を与えてしまった。

やべ、外しちゃった☆

―――ユーノはまだ、トントントン。


「ふ、はあはははは、はぁはぁ! やはり、この程度っ! 苦しい時に、はぁはぁ、大技に逃げるようでは、はぁ、私には勝てんな!」

「そすか」


その声は10mは離れたところから聞こえた。
ずいぶん疲れてんねあんた。まぁ、おれのせいw


「食らいたまえ。私の技を……」


ギュゥゥゥウウと明らかなチャージ音。ちょ、その音。
さらにかなりの魔力がここの周囲全体に集まっていくのがわかった。なんだよお前、全然魔力持ってるじゃねーかよ。疲れてんのは唯の疲労かよ。


「―――いけ」


声と同時に放たれた俺にとっては極大とも言える魔力。
頭上に覆われた魔法陣からスコールのような、それでいて完璧に一つ一つに操作が行き届いている魔力弾が振ってきた。
これは、俺、終わったかもわからんね。何でこんな馬鹿魔力持ったやつがAA程度で納まってるんですか?

俺は光に包まれ―――、

―――トントントン、…トン!





「一歩前進後一歩右移動後しゃがみ込んで後転した後に地面にうつ伏せ右手を腰に!」


―――。

何も考えない。唯実行に移せばいい。それだけで、

俺は一歩前進した。
第一陣、と言っていいのだろうか。ほぼ同時に来ているのでわからないが、とにかく最初に来たスフィアが俺の後ろ髪に触れながら地面に突き刺さった。

それから一歩右へと移動した。
後方と前方、それと右斜め上から飛来したスフィアはそれぞれの身体に触れるか触れないかの距離を疾走し、地面へ突き刺さった。

さらに俺はしゃがみ込む。
と同時に全周囲攻撃とでも言えばいいのだろうか。ちょうど人間の成人だと、頭と腹。その辺りを数十のスフィアが弾丸のように飛び交った。

同時に後転。
ちょうど上を向いた時に、先ほどまでいた場所にレーザーのような細い、しかし極限まで凝縮した攻勢魔力が降りかかっているのが見えた。

そしてそのままうつ伏せ、腰に手をやる。
狙い済ましたかのようなスフィア。それはシェルブリットに激突し、多少の衝撃はあるものの唯その場で破裂した。

……すげぇ。マジで来た。
実行に移したのはこれで二回目だが…すげぇよユーノ! もうホント愛してる! お前にだったらアッ――!されてもいい!!

俺はゆっくりと立ち上がった。風が一陣。
フィストエクスプロージョンとちょび髭のとんでも技によって張られた煙幕がはれていく。そこには驚愕の表情の、デスサイズ・ヘルカスタム。


「な、ぜだ……。完全に、捉えたと……そんな、フェイクまで加えたと言うのに! それを、……きっさまぁあ!!」

「ふんっ……―――俺を、」


そこでちらりとユーノを振り返った。
にっこりと笑い、


「―――ボク達を……」





「「―――いったい誰だと思っていやがる!!」」





はい。自重できませんでした。


「―――っ!!、…! ―――――!!! おぎゃ…。すまとら…!?(訳・そんな馬鹿なことがあるわけがありません。あの魔力弾の全ては私が制御していました。全てを読むなどある筈がないのです)」


コイツはなにをいっているんだ。早く何とかしなきゃ。
しかしユーノはしっかりと理解したようで、ふふ、と俺には絶対に見せないような残酷な笑みを浮かべた。
たまにこういう風になるんだよね、ユーノ。コイツね、仲がよくなったらいいんだけど、他人にはとことん冷たい。そんなとこがある。うまく表面上には出してないけど。腹黒。と言うよりスイッチか。今、ばっちり入ってる状態。


「―――先生。あなたはボクに手の内を見せすぎた」

「すぽ、ぽ…!!(訳・そのような馬鹿なことがあるわけはありません)」


もう一度ユーノはトン、と軽くこめかみを押した。


「あなたが発した言葉の一語一句」


トン。


「あなたが見せた表情」


トン。


「あなたが見せた動き」


―――トン。


「三十人分、全て記憶している」

「―――プルコギィィィイイイイ!!!(訳・プルコギが食べたいです)」


そこでユーノはゆっくりと目を閉じ、天を仰いだ。


「―――記憶 記録 展開 判断 発想 発祥 計算 創造」


……。


「心の底からの! 本気の言葉! 本気の表情! 本気の行動は!! それはあなたの真実の一片《ピース》!! 断片を知ることであなたの全てを透し見る! 魔法と同じくこの七年の間にボクに培われたボクの能力!! ―――仙里算総眼図!!」


ユーノ自重。初めて言うが、ユーノ自重。







[4602] nano00 記憶1 『俺を誰だと思っていやがる!』 後編
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2011/04/23 11:03





―――トントントン、トントントン。


それに気付いたのは初等部。二人とも高等部への飛び級が決まっており、俺達のために教員が気を利かせ、初めてユーノと隣同士の席になった時だった。
授業中、絶えず右手で頬杖をつき、こめかみを叩く。始めは、ユーノにとってはつまらないであろうこの授業に対する何らかの反抗だと思った。
しかしユーノの表情は真剣そのもの。俺が先ほどから投げている消しゴムのカスにも気付かず、とてもつまらなそうには見えない。


「ソレ、お前の癖か?」

「あ、ごめん。煩わしかった?」

「いや、そんなこと無いけど。お前にしては珍しく反抗的な態度だし……」

「あはは、そんなつもりは無かったんだけどね―――っとと、ディフェクト、次、あてられそうだよ?」


そうユーノに言われ、急いで俺は正面を向いた。やばいやばい。
しかし教員は完全にこちらに背を向け、板書の最中。こちらを向いていないのにあてるのか?

……嘘つくなよなテメェ。


「おい、嘘つくなよ。ちょっとあせ―――」

「はい次、ディフェクト・プロダクトー。授業がつまんないのは解るけどちゃんと聞いとけよー」


なんでやねん。


「……は~い。答えは、え~と、アレだ、アレ。なんか相手を浮かせて体勢を崩した後にそのまま地面に向けて無数の―――っあ、そうそう、バーティカルエアレイドだ。それの中の人」

「はい、お前は何をきいとるんだー。座ってよーし」

「は~い」


なんだよ違うのかよ。絶対あたってると思ったのに。


「ね、あてられたでしょ?」

「なんで? ていうか分かってたなら答え教えてよ」

「まぁ、次はちゃんと教えるから」


いやいや、次て。流石にもうあたんないよね?
そんなことを思い、またも正面を向いた。

……ばっちり教員と目があっちゃった☆


「はい次~、ディフェクト・プロダクトー。いい加減にしないと先生おっこっちゃうぞー」

「は~い。答えは、えーとなになに? ……えー、答えはハイマットフルバーストです。ちなみにそれの中の人です」

「正解だなー。答を教えてもらうのはもうちょっとこっちに伝わらないようにやれよー。座ってよーし」

「は~いごめんなさい」


……だから何で俺にあてるんだよ。ていうかなんで分かるんだよユーノ。この不思議現象は全てユーノが操ってるんじゃないのか?


「……なんで分かるんだよ」

「ん、まぁ顔とかを見てたら何となく、かな。その人の表情とか言葉とか……ちょっと説明しづらいな」


そういってユーノは、うふふっと はにかむ様に笑った。
ちょ、おま、可愛すぎるだろうが!

つかお前ソレ笑って済ませるようなことじゃありませんから。明らかに異常ですから。将来お前が警察になったらやばいじゃないですか。言い訳できませんよ?(やらかす気満々)



「ていうかね、ソレなんて仙里算総眼図?」

「仙里算総眼図? ……なにそれ?」

「そりぁお前、あれだよ……」

「……? ―――っあ」

「はい次ディフェクト・プロダクトー」

「またっ!?」


だから何で俺ばっかりあてるんだよ!? 他にも喋ってるやついるじゃん! しかも何で教えてくれないのユーノ!


「ご、ごめん。はかりそこねた……」

「お前、いい加減にしないと先生凄い要求 突きつけちゃうぞー。次の問題といてみろー」

「はいごめんなさーい。えと、えーと……答えはさとしくんのバットです。それを振ってる中の人です」

「はい、不正解だなー。お前は本当に高等部に行っていいのか不安になってきたぞー。走ってよーし」

「は~い……え?」

「走ってよーし」

「え?」

「走ってよーし」

「―――。やぁってやるぜぇぇええ!!!」


俺は一気に教室から逃走した。
その際に申し訳なさそうな顔をしているユーノにウィンクをしていくのを忘れない。
いいんだよ別に。こんな退屈な授業受けてるんだったら校庭走ってたほうが幾分ましだ!


「ひゃらっほーい!!」

「はい、次は―――」





「―――仙里算総眼図、か……」





00/『俺を誰だと思っていやがる!』





「どうすかセンセ、これもう俺達の勝ちで良いんじゃない?」


がっくりと、力なく膝を突いているちょび髭。その姿は正しく俺とシェルが想像したとおり、己の生殺与奪を預けているかのようだった。
ぷ、ぷぷぷ。いやいや、調子に乗った名前してるからそんなことになっちゃうんだよ。早く負けを認めてください。


「……そんなはずは、こんな……」


やりすぎたかな? まあいいでしょ。メイド服着せて実習をやらせるような腐った教員にはこの位ちょうど良いよね?
それよりユーノだよ。


「マジ助かったよ。サンキュなユーノ」

「ふふ、いいんだ。君のフォローはボクの役目でしょ?」


目頭を押さえながらもユーノは笑ってみせた。しっかりと汗もかいており、明らかに疲れてるのが分かる。
実はこれ、相当に消耗が激しい技なのだ。視力、動体視力、その他、おおよそ目にかかわる全ての機能を魔法によって強化しなければならない。そうでもしないと絶えず動いてる戦闘中に相手の表情など正確に読み取ることなど不可能だ。
ユーノは確かに魔力の扱いは上手い。十の魔法を使うのに正確に十の魔力を練ってみせる。
だがしかし三十人。それだけの人数分視続けてきたのだ。クラスの連中と変わらない程度(それでも七歳にしては異常)の魔力でそれはきつかったであろう。


「わりぃな。ホントは決めるときに使いたかったろ?」

「まぁ……そうかもね」

「……ごめんなさい」

「あ、いや、責めるつもりは無いんだ。ただ、あの先生が言ったとおり、つらい時に大技に逃げるのはよくないよ? 小さくこつこつ、ね?」

「うん」


だってさだってさ、焦るんだもん。凄く。
一発も当たらないんだよ? 遠距離魔法適正型のくせして近距離魔法集中適正型の俺の拳が当たらないって……。
いや、そりゃあ一番苦手とするタイプだし、管理局で馬鹿みたいに訓練受けたのは分かるよ? でも、どうやってもガチじゃ勝てねぇって思っちゃったんだもん。


「そんなに落ち込むこと無いさ。僕の読みどおりなら―――っち。……ごめん、負けは認めてくれなさそうだ」

「―――みたいだねぇ」


ゆらり、と立ち上がったちょび髭。いや、デスサイズ・ヘルカスタム。
その姿は今までとは違う。こちらに伝わってくる何か、気とでも言うのか。それが違った。
近寄りたくない。真剣にそう思う。身体が震えるのだ。別に何もされてないのに。

……ちょ、まじで? ここに来てそれ? おいおいやめてくれよ。それ駄目だよ。このお話しはドラゴ○ボールじゃないんだよ?


「貴様らには、コレでは駄目だ……。コレは壊れたのだ。そう、たった今、壊れた…」


デスサイズの手の中に納まる『コレ』。教員用ストレージデバイス。この学校にいる全ての教員が持ち、使用する。もちろん、実技の時間も。
そのデバイスをデスサイズは、


「欠陥品だ」


捨てた。
主からの魔力供給が絶たれ、スタンバイ状態へと移行したデバイスはさらに踏みつけられる。


「仕方が無いであろう? 壊れているのだ。仕方が無い。ああ仕方が無い。だから―――」


ごそごそと懐を探る。
あぁ、もうなんか読めた。ユーノじゃないけど、読めたよアンタ。


「コレで、相手をさせていただこう…。―――セットアップだ、BR1 BR2!!」


ヤツが懐から出したもの。完全私用デバイス。BR1・2。
デスサイズは二つのデバイスを操る魔道師。後で聞いた話では、実は結構凄いヤツで、管理局じゃ意外と名の通った男らしい。
BRは瞬時に主の想いに応え、目にも止まらぬ速さでその姿を変えていった。それだけで己の技量を示した。バスターモード。完全にアレな感じの姿。


「……ほらね、やらかした」

「大丈夫。君なら何とかなるよ」


もうね、便所から帰ってきたときからなんかやらかすと思ってたんだよね。何だお前。何なんだお前。手加減するって言ってたじゃん! やっぱする気無いじゃん! やばいから! そんなので相手されると凄く危ないから!! アンタの息子コースまっしぐらだろが!
あぁぁぁああ!! ホントごめんねユーノ! 俺が簡単にヤツを間合いから外しちゃったからこんな事になったんだよね!?


「さて、再開と行こう……」


途端にユーノから背中を押された。

俺は前へとつんのめり右手を突く。

―――チュンッ。

そんな音を残して頭上を駆けていったナニカ。それは当然の如く俺の後ろにいたユーノに、


「―――あたるもんか!」


しかしユーノは避けて見せた。スクライアに伝わる変身魔法。フェレットのような姿になる魔法で。


「ディフェクト!」

「―――りょ~っかい!!」


俺達の間に言葉は要らない。一緒に過ごしたのは一年とちょっと。それでもユーノは俺の事を一年以上視ていた事になる。
それなら俺の事を今のとこ誰よりも分かっているのはユーノ。そのユーノが『ディフェクト』としか言わなかった。何をしろとの指示は無い。
要するに、


「―――接近あるのみ! っだ、ろぅがぁあ!!」
『―――Acceleration―――』


ぱきぱきぱき、と音を立てて崩れていく背部のアクセルフィン一枚。
同時に0を100にするような馬鹿加速の前兆だ。ユーノが何とかなるって言ったんだ。それなら何とかならないはずが無いだろ?
ちょこちょこと肩へと駆け上ってきたユーノを胸倉へと突っ込み、


「―――衝撃のぉ」


ドンッと足場を破壊しながら加速した。一気にデスサイズへと肉薄。
っけ、なんて顔してんだいアンタ。ちゃんと言ったろうが。



「―――ファーストブリットォォオオおっらぁあ!!」
「―――fist explosion―――」

「―――ぐぬぅっ! 障壁!!」


完全に不意をついたと思った俺の拳は障壁に阻まれた。
かなりの爆発が起こり、またも視界が効かなくなる。その砂煙に乗じ、またもデスサイズは姿を消した。

―――それでも、


「っそこだろ!?」


視界の効かない中、俺の拳は完全にデスサイズの腹を捉えた。
闇雲に振るったわけではない。拳に戦闘が始まって以来、初めての感触が伝わる。ずしんと、重い手ごたえ。っは、カマしてやったぜ。


「―――ぐっ、なぜ!?」

「そりゃお前ね、大して離れてないくせに殺る気満々なその視線。感じないわけ、無いだろう?」

「んの、クソ餓鬼!!」


馬鹿めが。
最後にパワーアップする悪役はサラッとやられるのがお約束なんだよ!
さらに言わせてもらうなら、


「お前、さっき(前編参照)使った魔法のせいで今度こそ余裕が無いんだろ!?」

「っちぃ、黙れ!!」


俺の拳にはきちんと反応している。腹を捕らえてからの攻撃はまた当たらないし。
だが、飛ばない。飛行しない。
俺は接近戦型の魔道師だと分かっているのに飛ぼうとしないのだ。空に飛ぶだけで避ける方向が一つ増えるのに。
ようするねちょび髭、


「―――温存なんてせけぇマネしてんじゃねぇ! さっさとくたばれ!」

「やかましいわ!」


ぶん、と袈裟に振られたBR1をスウェーバックでかわした。風を切りながら5㎝先をデバイスが通る。馬鹿、当たったら流血もんですよそれ!?
そして俺の一歩後退に対してデスサイズは瞬時に距離をとろうとするのだ。馬鹿アホ誰がそんなこと!


「だからさあっ! やらせるもんかよ!!」

「しつこいぞ! ケモノか貴様っ!!」

「なんとでも言いやが、っれ!」


顔面を狙った右ストレート。それも後一歩のところでデバイスに阻まれる。
同時にBR2は射穴に光を溜め込んだ。


「―――吹き飛べケモノがッ!」

「おろっ?」


何とか半身を反らすことで避けようとするのだが……間に合わないかも。
でも俺には、


「任せて!」


ユーノがいる。
ユーノは顔だけを俺の胸元から出し、魔法障壁を張った。完全に迎撃とは行かないが、デスサイズも『溜め』がない状態で放ったような、屁の様な攻撃。その軌道を反らすだけで十分!!


「サンキュっ! っしゃらぁああ!!」


またも突撃。追撃。……な訳だけど。

畜生。キメが無い。互いに一進一退。いや、俺が攻め続けてデスサイズは避け続ける。一攻一進。一避一退。馬鹿みたいな戦いだ。
だけど、そろそろ、


「こんの! いい加減に当たってください先生!!」

「お前こそっ! そろそろ諦め―――」


はい馬鹿。
こんな軽口に付き合う、それが敗因ってことで。

喋る時に一瞬、目を合わせる癖、直したほうが良いよ? ま、俺もたった今、ユーノに教えてもらったんだけどね。


「―――いっちまいなぁ!!」


ずどむ、とまたも腹を捉えた拳。


「うぐぅ!」


さらに、


「―――フィスト!」
『―――explosion―――』


完全に拳で相手を捉えてのフィストエクスプロージョン。威力は結構あるよ?
完璧な手ごたえ。爆発と共にデスサイズがかっ飛んでいくのが見えた。体力がつきかけてるところにコレだったら俺の勝ちだぜ☆ ていうかコレで俺の勝ちじゃなかったら困る。
そしてまたも視界が塞がれた。てゆうか、このグラウンド砂煙たち過ぎ。気分悪くなるっての。
デスサイズの気配は……無い気がする。

よし、よしよし。


「―――よっっっっっしゃぁあああ! 俺の、勝ちだろぉお!!」


いやっほぉぉおおお!
ついついその場で飛び跳ねてしまい、その反動でユーノがするりぽてんとスカートの中から生まれ落ちた。
ああごめんよユーノ。やったぞユーノ。なんだよなんだよお前の言ったとおりだったよ。俺に出来たよ。案外簡単だったよ。だってアイツ攻撃してこねぇんだもん!
うへ、うへへへへ。やれば出来るんじゃないか俺! 凄いぞ俺! 今日はシステルさんになんかご褒美もらおう!! パンツ下ろそう!!


「ひょふへははははは!! なんだよデスサイズこのメイド萌野郎が! 喫茶にでも行ってはぁはぁしてろってんだ! テメェなんざこの俺と、ユーノの手にかかればちょちょいのチョンマゲだコラぁ!! でも喫茶に行く時は誘ってね!!」

「……もう、嬉しいのは分かるけどあんまりはしゃがないでよ。恥ずかしい、皆見てるよ?」


なんだなんだ? お前も嬉しいくせに。顔がにやけてるぞ? それに皆には見てもらっていいだろ。勝った喜びを表現してるんだぜ?

起きているやつら。今のところ二十人程か。そいつらは一様にこちらを見ながら口をパクパク動かしている。っは、なんだいなんだい。そんなにデスサイズに勝ったことに驚いたかい。まぁね! 俺も驚いてる!


「あんだよお前ら。この位余裕だってば!」

「―――ち、ちがう! 後ろっ!!」


ゆらり、と。





「―――バスターライ、フル……ブゥレェイカァアアア!!!」





後ろを振り向いた俺の目に飛び込んできたのは閃光。砂埃など完全に消し飛ばしながらこちらに突き進んでくる。
ただ、どでかい光が、


「あ」

オワタ?
その一言を呟いた時にはもう。
俺は反射的に右腕を前にかざし、完全防御体勢。それでもどうしようもないことなど分かっているのだが。





「―――そんなこと、無い!」





パキィィィイインと耳障りな音を残して、一瞬で張られた結界魔法。
障壁ではなく、結界。俺らの周囲2mほどを包み込み、完全にこの空間を外気から遮断した。
それを張り終えたと同時に迫り来る閃光。津波に襲われるとこんな感じなんだろうなぁ、なんて。
魔力の奔流は俺らの後ろにいた生徒たちも巻き込み、


「―――肉を切らせてぇ……っ骨までしゃぶり尽くす!!」


さらに威力を上げた。
バヂバヂバヂバヂッ!!!と確かにユーノの結界が削りとられていく。そのときに発生する干渉光は綺麗なんだけど、


「もちそう?」

「絶対無理っ」

「断言するなよ……」

「でも、絶対、君だけは守ってみせるからっ!」


そう言ってユーノは徐々に人型に戻り始めた。
魔力が尽きかけてる。変身魔法を維持すら出来ないなんて。


「……無理すんなって」


……俺はもう諦めちゃったよぅ。
いやいや勝ったと思って馬鹿みたいに喜んでた時にコレはないわ。ここでサラッと負けちゃおうよぅ。大丈夫。非殺傷設定だから死にはしない!! すっげ痛いと思うけど……。

しかしユーノは言った。


「無理でも何でもやるんだって、昔、君は言ってたじゃないか」


ぜぇ、ぜぇと息が荒い。無理しすぎだよ。ホントに。あいつの息子みたいになっちまうぞ? それにさ、そんな言葉は所詮カズマさんからパクっただけの、


「こんな状況でそんな言葉、価値なんて無いよ。ニセモノなんだもん。俺は所詮―――」

「だったら創ればいい、凄い価値をっ! その言葉に!」


ぎしり、ぎしりと結界が歪む。
どうあっても耐えられそうに無い。


「ボクを、誰だと思ってるの? ボクは、ユーノ・スクライア。君の全てを透し見る…!」


ばき、と。


「君には、意地がある。 ボクも悔しいさっ……!」


ばき。


「こんなとこで負けるなんて、……イヤだ!!」


ばきぃ。


「っだから!」


ばきぃん!!

硬質な音を残して結界が消え去った。
しかしユーノは瞬時に対応してみせる。


「―――こんのぉ、障壁っ!!」


結界が消えたと同時に展開された魔法障壁。
結界とは違い全方位防御ではないので、当然攻撃の余波がソニックブームのように俺たちを襲った。
……いてぇよ。


「それでも、きっと勝てるからっ」


障壁すらも打ち破ろうとするBRBはその威力を止めない。
またも防御が食い荒らされていく。


「だってそうだろ? 君の意地と言葉にはボクがついてるんだ。ボク達二人がそろって、負ける道理があるもんか」


デスサイズの魔法はその威力を一分も弱めることなく、まだまだ奔流はユーノの障壁をこそぎ取っていく。


「―――きっと」


ばきぃぃんん!! と、またも壊れる防御の術式。
そのときユーノは俺のほうを振り向き、





「きっと勝てるよ。―――君の拳は、眠らない」





俺の頭をその胸に、庇う様に掻き抱いた。
同時に、光が、光は―――。





。。。。。





「―――大丈夫かい!?」

「……おぅ、余裕」

「そんなわけあるか! アレはデスサイズ先生の使える魔法の中で二番目の威力を誇る技なんだ!」


はい。解説有難う。

吹き飛んでいった俺たちを助けてくれたのは射線から何とか逃れおおせた生徒たちだった。その数はほんの数人で、他の生徒たちはまたも意識をプッツンされた。


「うるせーよお前。て言うか誰だよお前。何でそんなに無駄に熱いんだよお前」

「僕かい? 僕の名前は―――」

「あ、別にいい。ちょっとやることあるから」

「……そうかい」


にやにやと。
にやにやと笑いながらこちらに近付いてくるデスサイズ・ヘルカスタム……先生。
いやいや、アンタつえぇよ。ホントにね。アンタくらいの実力があったんなら俺は楽に延命措置が出来るんでしょうね。


「く、くははははっ。いやはや何という体たらく。私はまだT・B・Rブレイカーすら使っていないというのに」

「そ、それは貴方の最高位魔法ではないですか!! こんな授業で使うなんて何を言って―――」

「いやぁ、やられちゃいましたよ、センセ」

「……ふむぅん? なかなか、素直なのかね。それともケモノはケモノらしく、強い者に頭を垂れるか?」


隣で、眠るように気を失っているユーノを見る。
俺の勝ちを、価値を、何一つ疑っていないような純粋な笑顔のままで。


「いやいやいやいや。俺を繋いでおくは……大変そうだ」

「―――。ふはっ、なるほどな。そこまで抗うと?」

「あったりまえだろ……?」

「き、君! もうやめたまえ! 今は感じないかもしれないけど君の身体はっ!! 先生も、何を―――」


うるせぇ。


「彼の言うとおりだな。その娘に守ってもらった様だが私の魔法は―――」


うるせぇ。


「だから、もうやめるんだ! 早く保健室に―――」





「うるせぇって、言ってんだぁあ!!」





「な、何を!?」

「うるせぇんだよお前! なんなんだお前! いったい誰なんだお前!!」

「だから僕は―――」

「喋んじゃねえこのふにゃちんヤロウ! あぶねぇよマジで! 俺ってばお前みたいになっちゃうとこだったよ!!」


有難うユーノ。
俺はふらつく脚に喝を入れて立ち上がった。スタンバイ状態に戻ってしまっているシェルを、右腕を眼前に構え、


「言い訳なんて後で出来るんだ! けど後悔なんてしたくない! こんな授業で魔道師クビになるのもまっぴら御免だ!! ―――だからっ!!」


俺の魔力。D+。
足りねぇよ。ああ足りねぇ。


「だから抗う! 犬みてぇに尻尾振ってご機嫌とんのか!? ちげぇよ、ちげぇよなユーノ!! ―――ここは、抗う場面だ!」


足りないならどうする?
違う場所からもってくればいい。正直あんまり使ったことないけどね。


「こんなチンケな俺にもなぁ、すぐに諦めちまう俺にも、くすぶってるものがあるのさ……。お前には無ェのかふにゃちんヤロウ。俺にはあるぞ、とびっきりの、みんなの度肝抜くようなっ! ―――意地があんだろ、男の子にはぁぁあああ!!! シェルブリ―――ットォオオオオオオおおおおおおお!!!!!!」

『了解』


シェルの了解を合図に辺りの地面が崩壊する。

バキィィン!

バキィィン!

バキィィン!

そんな音を残しながら、崩壊する。俺の稀少技能『精神感応性物質変換能力《アルター》』で。
ぼこぼこと穴があいていく地面を尻目に、俺は奥歯に力を込めた。
アルターで塵となった物質を俺の魔力に還元。さらにそれを使って構成するのは、


「『それ』じゃねぇよシェル」

『……』

「もっとだ、もっと…」


一度構成されたファーストフォームが俺の右腕から剥がれ落ち、地面に落ち、能力で力に還元される。


「なんだこの現象は!? ―――ちぃ、滅ぼす!!」


っは、このくそちょび髭ヤロウが。
デスサイズのくせしやがって。髭もちょこっとしか生えてないくせしやがって。TBRなんて撃たせるかよ。
大体俺の後ろには、ユーノがいるんだ。名前も知らない誰かもいるんだ。そんなの撃たせちゃったら大変なことになっちゃうでしょ?
だからさ、シェル。


「―――もっと、か が や けっえええええええええええ!!!!!!」

『了、ッ解……!!』


構想は大分前から出来ている。後はそれを形にするだけ。いっつもそこで失敗するわけだが……。
みしみしみしぃ! といつもの圧迫感より幾分強い力で俺の右腕を襲うのは、それは期待感。いつもの失敗の時とは違う。何が違う? わからねぇ。それでもいける。

黄金の光が右腕を包み、


「―――いけるかぁ? 本日が、初のお披露目だ……」

『余裕・です。ぶっ潰して・みせましょう』


セカンドフォーム、構築完了。
同時に俺は髪の毛を手繰り寄せ、首に巻きつけた。巻き込まれて禿げて負けました。コレじゃ洒落にならん。

ひゅん、ひゅん、ひゅんひゅんひゅんひゅひゅヒュヒュヒュヒュィィィィイイイイイン……!!!

背中の、アクセルホイール始動。今名づけた。それでいい。
ぐらり、と体が傾く。制御が難しいなこれ。それでも相手は目の前だ。俺は突っ込む。それでいい。


「―――ぬぅ、魔力が集まらん……!!」


はは、そりゃあそうだ。俺が、俺たちがあんだけ粘ったんだぜ? それでまだまだいけるなんていったら、そりゃアンタなのはサンにも勝っちゃうよ。


「いくぞ、シェル」

『いつでも・どうぞ』


ぎゅ、と拳に力を入れる。それを腰だめに構え、


「ただ殴る。それだけっ!!」
『―――Acceleration―――』


途端に身体にGがかかる。
0から100への馬鹿加速。その速度はファーストフォームより速く、身体にかかる負担は段違い。
周囲の景色など風が流れるよりも速く認識外。新幹線? んなもんメじゃねぇよ!


「っんのやろぉぉおおあああ!!!」

「―――ぐ、障壁!!!」


俺は冗談抜きの本気の拳をデスサイズが張った障壁へと叩き付けた。
またも攻撃と防御の干渉光が光る。


「ぶっ飛びやがれぇぇえええええ!!」

「ふざ、けるなぁああ!!」


ぶぅん、と障壁の光が増した。
このヤロウ、攻撃の為にデバイスに送り込んでた魔力、全部防御にまわしやがったな?





けど、そんなもんじゃあ今の俺は、止められねぇぞ。





「―――シェルブリットォ……ッバァス―――」





。。。。。





「お、目ぇさめた?」

「……ん。ディフェクト~、んむんむ~」

「ちょ、まて、まてまて! 痛い、凄く痛いです!!」


完全に寝ぼけているユーノからハグハグされ、右手が超痛いです!!
シェルのバカ野郎が言うには構成が甘かったとか。
もうね、勘弁してよ。何で攻撃して、勝って、こっちが痛い思いしなきゃならんのだ。


『無理に・セカンドフォームを・使おうと・するから・です』

「んだよ、お前もノリノリだったじゃん!!」

『私は・空気を・読んだ・だけです』

「うわ、出たよそれ。私のせいじゃないです~ってか?」

『……え? 当たり前・でしょう?』

「ど、どのへんが当たり前なのか、今日の夜は眠れないな……。ってかユーノ!! ホント痛いから!!」

「んむんむ~(ぐりぐり)」

「ホワチャァァァアア!!!」


そんなこんなで俺らは勝った余韻に浸かっていた。
ん、デスサイズ? 転がってるよ、グラウンドの真ん中あたりに。いや、まさか生徒に負けたショックで自爆しそうになるとは思わなかったからとりあえず気絶させといた。


「―――君はいったい……」


あん?誰だよお前。ていうかなんだよお前。
ていうか皆こっちみんな! ユーノ離れて! 僕たち付き合ってるって思われちゃうよ!!


「あの先生が、こんな子どもにやられるなんて……」


何だよそのむかつく物言い。言ったろ?


「っはん……。―――俺を、誰だと思っていやがる!」







[4602] nano00 記憶3 『これが自然の恵みだぜ!』 前編
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/02/15 11:41


―――夢を、夢を見ていました。夢の中のわた……じゃなくて、俺は―――

これは、なんだったっけ? ……あ、そうそう。確か選択授業がどうとか、そんな話だったか。





00/~『これが自然の恵みだぜ!』前編~





「生きのこりたい~生きー残りたい~まだぁ生きてたくーなるぅ♪」

「なんて歌うたってんだよ。切実にやめてくれよ。グサグサ来るんだよ」

「ぅえっ、ご、ごめん。でも君このアニメ好きだったよね? ていうか君が勧めてきたよね?」

「いやいや好きだよ? もう主人公が羨ましすぎて鼻血出るほどに。……でもさ、何ていうかその……」


マッチングしすぎてんだよ。俺の状況に。そりゃ生き残りてーよ。死にたくねーよ。


「……。ん、わかった。それなら……、―――~♪ 君をかきむしって濁らーせた~なのに~可憐に笑うとこ―――」

「―――やめてー!! もう僕の色々なものはゼロよ!! 好き『だった』とかやめてー!! 過去形やめてー!! 死亡フラグびんびんじゃないですかー!!」


もうね、あの歌聴いたときはもう本気汁(涙)出ましたから。もうそれは滝の如く。


「な、何だよぅ……。じゃ、じゃあ―――っもってっっけぇぇぇえ! 流星散らしてデ~イト!!」

「……テンション上がって来たぜぇぇええええ!!!」

「じかに稀有なファイト~エクースタシぃ~~こーがしーてよー♪」


いい声してんじゃんかユーノ。


「あ、そういえばエクスタシーで思い出したんだけどさ、ユーノは選択授業何にした?」

『どこを・どうやって・エクスタシーで・思い出すの・ですか?』


そんなこと言ったってなんかはっちゃけちゃったんだもん。


「ボクは基礎物理学を一から勉強し直そうかと思ってるよ。あと考古学のほうにも面白そうな先生がいたなぁ……。今どっちにしようか 迷ってるとこ。ディフェクトは何にしたの?」

「俺? 俺はなんかキャンプ? みたいなの。島で一週間過ごすだけで四単位だぜ? めちゃくちゃ熱くね?」

「キャンプ? そんなのあったかなぁ……?」


そう言ってユーノは小首をかしげた。
やばい萌えるぜバーニンッ!! キスしていいですか? いいですか? いいんですね。そうですね。


「ユーノ……キスしようぜ」

「うん別にい―――っておいぃ!! 行き成りどうしたっ!? いや、いやいや、別にその、アレだけど、それはその、ほら、あれだし……」

「冗談だよ。それよりほら、中の人研究会始まっちゃうぞ」

「え、あ……。なんだよ、自分から言っておいて……」


ユーノ……。ああ、惜しい事をしたのか俺は。いやいや、いやいやいや。
―――どうなんですかっ俺!?





。。。。。





「え~、僕がこの授業の監督を務めるキャメル・クラッチです」

「は?」

「え~、僕が、このじゅ(ry」


な感じで始まったこの授業。今日は説明会ということで、一つの教室を貸し切って始まった。
これ、自由に座っていいのかな? いいんだよね?
ということで教室の真ん中、最前列の席ににどしりと腰を下ろした。隣にはメガネ。何とも堅物そうなやつがいる。


「やぁ、こんにちは。君もこの授業を選択したんだね」

「……? ん、まぁそうだけど?」


メガネがなにやら親しげに話しかけてくる。
何だお前。誰だお前。いったいどうなんだお前。もうちょい音量下げろ。目の前に教員いるんだぞ。


「ほらほら君達、ちゃんと聞いといたほうがいいぞ。島で死んじゃっても文句は受け付けないからね?」


ほら怒られた。お前のせいだぞメガネ。
ていうかおい。キャメル・クラッチ。流石に死にはしないだろ。そもそもお前の名前はどうなんだ? いいのかそれ? いくら目の前にCAMELがあったからっていいのかそれ。


「ははは。君の顔、もしかして何も知らずにこの授業選択しちゃった?」

「はい? ていうかそれを知る為の説明会なんじゃないんですか?」

「む、確かに。コレは失礼しちゃったな。もう有名になってるかと思って自惚れちゃってたみたいだ」


そう言ってキャメル・クラッチは困ったように笑った。ぽりぽりと頬を掻く様がやけに似合っている。
有名? お前大概意味分からんな。いいからさっさと説明しなよ。


「この授業はね、確かに一週間で四単位だ。それに内容も全然難しくない。……でも、六人しか受講者がいないのは何でだと思う?」


言われて俺は辺りを見回した。広い教室の割にはガランとしてる。ほんとに六人しかいねぇでやんの。お前相当嫌われてんのか? どうなんだキャメル・クラッチ。


「あ~アレじゃないですか? なんか、特定の人物が気に入らないとか、変な名前のやつがやってるからとか……」

「ちょ、何いってるんだい君は!?」


うるせぇなメガネ。名前すらないくせにでしゃばるな。扱いが難しいんだよお前。


「ぷ、ふふふはははは!! 君は面白い生徒だね! さすがデスサイズ先生をぶっ飛ばしただけはある。気に入ったよ」


べしべしと教卓を叩いてキャメルは笑った。

そうなのだ。俺はアイツをぶっ飛ばしたのだ。
正直それは誇らしいのだが、ある種の弊害も出てきている。まず、


「それならあの先生に、授業の度にチクチク攻撃してくるのを止める様にいってください」


授業の度に、始まる前、後。ふと欠伸を噛み殺したとき。トイレに行きたくて震えた時。
そんな時、ヤツからのスフィアが飛んでくる。毎回毎回。おっと手が滑った。なんて言いながら。こなくそ馬鹿野郎と思っても相手の魔道師ランクはAA。まともにやっても勝てはしない。なので虎視眈々、ヤツの隙をうかがい痛みを我慢しながらちょっとバーストしてみるのだが当たらない。とんでもなくむかつくぜ!!


「いやぁ僕にはとても無理だよ。あの先生権力あるし。僕なんかが楯突いたら一発でクビちょんぱ」

「……っけ、使えねぇ教員」

「き、君ね、そういうことは思ってても口に出さないでよね。……それに、別にいいじゃないか、そのおかげで君も有名人なんだし」

「……」


やだよ。だって皆こっち見てこそこそ喋ってるんだもん。
話しかけても何か皆逃げるし。あれか? 俺と仲良くしたらデスサイズからなんかされるのか? おのれデスサイズ。


「ま、この話は後でね。
 こほん。えーとまずこの授業なんだけど、皆さんには無人島で一週間生活してもらいます」


それは知ってるよ。だからキャンプだろ? 最高じゃねーか。


「でね、一応、魔法禁止ってことで」


まぁ許せる。魔法なんてあったらあんまり面白くなさそうだし。こういうのは皆で力を合わせてやるから面白いんだよね!


「それと持って行ける物は無し。服から何から全部こっちが用意します」


……。ま、まぁいいだろう。アレだしね、こういう時って絶対誰かゲーム持ってきたりして空気壊したがるしね!


「あと、野生の獣が出るから注意してね。肉食だから」


……。


「まぁ要するに、頑張って一週間生き残って♪」


……あいたたた~。





。。。。。





「君は本当に何も知らずにコレを選択したのかい?」

「さっきからそう言ってんだろ?」

「……規格外だね、相変わらず」

「うるせーよ、なれなれしいなお前。ていうかなんだお前。誰だよお前」

「あ、僕は―――」

「やっぱいいわ、すぐ忘れそう」

「……そうかい」


一応説明会が終わって、orzな俺に話しかけてきたとなりのメガネ。
……あれ? コイツって……、


「お前、デスサイズぶっ飛ばした時にもいなかった?」

「―――お、同じクラスなのにそれは酷くないかい!? っていうか名前くらい聞いてよ! 憶えてよ!」

「うるせぇよ! メガネしてんだからメガネでいいんだよ!」


まったく、なんなんだコイツは。メガネにメガネとあだ名をつけてなにが悪い。古今東西伝統的なあだ名なんじゃないのか? むしろ名誉だろうが。
と、そんなことを思いながらメガネを睨みつけていると、


「お~い君達ぃ」


声かけられました。
なんかキツネみたいな目をした女の子。それとネコみたいな目をした女の子。うん。なかなか可愛い。


「こんにちは。私たちもサバイバルとったんだけどさ、説明会いたよね?」

「うん。俺たちもとってるんだ。あ、俺ディフェクト、コイツはメガネね。ヨロシク」

「いや僕は―――」

「ヨロシク。ディフェクト君、メガネ君」

「……よろしく」


哀れメガネ。
しかしきっとその名前がお前の誇りになるときが来る。作者がそうしてくれるさ。


「私達は―――」

「キツネとネコね。今決めた。それでいい」

「……キツネです」

「……ネコです」


いいでしょ?





。。。。。





一週間が経ちました。ちなみに昨日、システルさんのパンツ下ろしました。そこにあったか俺の『全て遠き理想郷』。


「はい。じゃあ出発するけどその前に……」


そういってキャメルは手に提げていた袋をゴソゴソ。


「君たちには、コレを付けてもらいマース!!」


じゃじゃーんと効果音を口から出し袋から出したものは、


「……首輪。この前のメイド服といいその首輪といい……この学校は本当に大丈夫か?」

「ちょ、ちょっとちょっと、変な誤解しないでよっ。コレは君たちの魔法を使えなくする装置! 君たちはコレを付けると魔法は使えなくなるからねー」

「え? 魔法の使用禁止ってマジだったの?」


俺はてっきり冗談かと。


「当たり前じゃないか。コレはなかなか優れものでね、魔道師ランクAAを誇るデスサイズ先生すら結構やばくなる代物だよ」

「それじゃどのくらいやばいのかワカンネーよ」

「……だって付けさせてくれないんだもん。でもかなり弱るのは確実だね」

「ふ~ん。弱る、ねぇ……」

「あ、デバイスは持って行っていいよ。お守りぐらいの効果はあるだろうし。ぷぷぷ」


こ、こいつ、まさか性格が悪いのか。あれだ、コイツは俺たちがギャーギャー言いながら苦しむのを見て笑うのが好きなタイプに違いない。


「それと~……あったあった。はいこれ、島の地図。周囲断崖絶壁で森しかないけど一応ね。食料なんかはその森の中央のあたりが豊富だよー。あと海に落ちたら死ぬものだと思ってて。まず這い上がれないから。あと、脱出ポイントはここね」


そう言ってキャメルは地図を指した。
あれ……? ここって……。


「はい。お気づきの通り最初の、君たちを転移させるポイントとは正反対ですねー。安全策をとって崖をぐるッと周るもよし、時間をとって森を突っ切るもよし。ちなみに脱出ポイントにはリゾート気分を味わえるアイテム盛りだくさん! 食料の心配も無しだよ!!」


き さ ま !
突っ切るわけねーだろ。肉食獣が盛りだくさんなんだろが! 絶対森には行きません!!


「リゾートかぁ……」


キ、キツネさん? やめてよねその不穏な発言。俺たち魔法使えないんだよ? 獣なんかに襲われたら一瞬でペロリだよ?


「はい。んじゃそゆことで……いってらっしゃーい」

「あ、ちょ―――」


言葉を発する前に展開される転移陣。
嗚呼ユーノ。何でお前はこの授業をとってないんだ。お前がいたらきっと楽勝だったのにっ!

そして俺たち六人は、跳んだ。





。。。。。





一日目。


「はぁ……キャンプが……」

「どうしたんだい?」

「んにゃ、何でもない。とりあえずやるべき事は―――」


自己紹介。だよね? 知らない顔が二人いるし。これから一週間だもんね。仲良くなって友達を増やそう。


「ディフェクトです。一週間よろ~」

「僕は―――「あ、コイツはメガネね」―――です。……よろしくお願いします」

「私はキツネです。うふふ、よろしく~」

「わ、私はネコさんです。よろしくお願いします、です」


一応俺が知ってる顔はこれだけ。
あとは、


「……」

「……ふひ」


……?
どうしたんだい。マッチョとスネオ。すげームチムチしてるからマッチョね。スネオはヘアスタイルから。


「……俺は勝手にさせてもらう」

「ふひひ、そゆこと。んじゃぁねえ、生きて帰れたら良いね。ふひ、ふひひ」


そう言ってマッチョとスネオはテクテク反対側へ歩いて行った。安全策をとり、断崖をグルッと周っていくつもりらしい。

……。
えぇ~。来た早々にそれかよ。もうちょっと協力プレイしようぜ。6Pでいいじゃん。キツネさんとネコさんに了解とって6Pでいいじゃん!!


「行っちゃったね。やっぱあの自己紹介がまずかったのかしら?」

「いやいや、多分あいつ等は最初からそのつもりだったんじゃね? 何の躊躇も無しにスパッといったし。いったいなんなんだろ、金剛番長みたいなガタイしやがって」


これだけインパクトのある自己紹介をしたのにニヤリともせずに行っちゃうなんて。まさか、アレが根っ子からの『漢』なのか……?


「あの、私あの人知ってますよ?」

「僕も知ってるよ。結構有名人だよね」

「え、マジ? キツネさん知ってた?」

「うんにゃ全然。いったい誰なのあの人」

「はい、あの人は―――」


ブリング・デミトリ。
まるでムキムキマッチョでも飲んだかのような身体に、激しく立てた頭髪。目元に一つ傷があり、どこの番長?と思わず聞いてしまいそうなヤツ。
そして彼は有名人。
その周囲を威圧する容貌に似合わず、意外と優しいナイス☆ガイ。荷物を持った老婆を見るやいなや駆けつける。ネコが轢かれそうになっているのなら当然の如く助け、子どもが溺れているのなら躊躇せず飛び込む。
ちなみにネコさんも車に轢かれそうになったときに助けてもらったらしい。
そんな彼だが協調性は余りなく、結構マイペース。喧嘩? そりゃ日常茶飯事ですよHAHAHA☆ と言わんばかりに生傷が絶えないらしい。教師陣からも目を付けられているが意外なことに成績がよく、何とも仕様がないとのこと。


「うはぁ、本物だなそりゃ。嫉妬しちゃうぜ☆」

「あまり無茶なことはしないでくれよ。彼、怒ったら怖そうだし」

「わかってるっつの。なんかお前ホントに扱いが難しいなメガネ」

「メガネメガネ言わないでくれよ……」


そしてもう一人。番長に付き従うように後を付いていったスネオ。
彼は?


「あ、うん。あの人はね―――」


スネィオ・ホネカワ。
何もいらない。ただスネィオ・ホネカワ。虎の威を借る狐、プライスレス。むしろクーリングオフ。


「うわぁ、本物だなそりゃ。マジ迷惑だぜ☆」

「あんまり無茶なことはやめてくれよ。彼の親、怖そうだし……」

「わかってるっつの。なんかお前ホントにメガネだな」

「確かにメガネだけどさ……」



そんなこんなでスタートしましたサバイバル。ナイフ一本ないこの状況でどうすんだよ。





。。。。。





一日目。


「うん。一応この地図はあってるみたいだ。このまま断崖を歩き続けても三日もあればリゾートだね。……でも問題は」

「まさかそこまで飲まず食わずで行けないしね」


メガネ、お前地図読めるんだね。俺にはその線だらけの絵に何の意味があるのかさっぱりだよ。


「その通りだね。やっぱり何度か森に入る必要があるみたいだ。食料の確保と……水がね」

「だからさっさと森を抜けようよ。大丈夫、意外と何とかなるんじゃない?」


落ち着けキツネさん。俺は森で遭難したことがあるが、とても生きて帰れるとは思えなかったぞ。本気で死を覚悟したんだ。あそこで墓荒らしに遭わなかったら俺は死んでた。マチガイネ。


「森は嫌だな。まずこの地図に付いてるコンパスが頼りなさすぎる。何だこれ。明らかに壊れかけてんじゃん」

「はい。大切にしなきゃ、です」


そう言うとネコさんは大事そうに地図を懐にしまった。今使うのはメガネのだけ。そう決めている。
マジで壊れかけなんだ。
もうね、ちょっとでも力入れたらペキポトンって感じ。地図を渡されて確認なんざする暇もなく飛ばされてきた訳だが……この感じだとおそらく先に行った二人は大変なことになる。だってこれ絶対最後までもたないもん。
ちょっとだけど、この授業の意図が読めてきた。


「じゃぁ……今日はここまで歩こう。多分だけど、この線は川を表してるんだと思うんだ。水場に行けば魚なんかもいるだろうし、食料にもありつけそうだ」


そう言ってメガネは地図を叩いた。
あ、馬鹿―――、

ペキンポトン……。


「……唯一地図が読めるお前をリーダーにしたのは間違いか? どう思うメガネ?」

「確かにメガネだけどさ……」





黙々と歩く。黙々と。ざざぁん、ざざぁんという崖に波がぶつかってる音しか聞こえない。
誰か喋れ。何だよこの空気は。いいじゃないかコンパスくらい。そんなことでメガネを責めても何にもならないぞ。
いや、別に誰も責めてないんだけどね? 何となく雰囲気がね。……俺のせいとか言うなよ。


「あ、えぇと何か、何だその……アレだな、メガネ。なぁアレだよなメガネ」

「……無茶振りはよしてくれよ」

「何だよ、こんなんじゃ楽しくないじゃんか」

「……まぁ、そうだね」

「てことで、今日はどうせ水場に向けてノンストップなんだろ? せめて喋ろう」

「う、うん」


みんな疲れてるのは判ってるんだけどさ、ここまで空気が重いと何とかしたくなる俺は大抵コンパで盛り上げ役。一気に飲んでつぶれて誰とも仲良くなる機会がなく解散。たまに泡吹いて救急車。後、ちんこに管を通される。涙目。

そんな中、ようやくネコさんが意見を出してくれた。


「あの、じゃあ……しりとりなんてどうです?」

「おっと来ましたか。大体小学校の下校の時にやるよね」

「は、はい。ちょっと童心に還ろうかと……」

「それなら『る』攻めは無しで行こう。あれやられるととてもじゃないがこの空気は変えられん」


いるんだよね絶対。『る』で攻めてくるヤツ。


「じゃあネコ⇒キツネ⇒俺⇒メガネの順で行こうか」

「ふっふっふ。手加減しないよ、ディフェクト君」

「舐めるなよキツネ。こちとらしりとりでは負け知らずだぜ。あとドッヂボールでは神様級の扱いを受けたことがある」


いや俺マジ強かったんだよ。『前世』での小学生時代はモテモテだったな。バレンタインディ☆にチョコをくれた子も居たんだが恥ずかしくて受け取れず終いだったぜ。何てことやってんだよ小学生の俺。そこは貰っとけよ小学生の俺。キスの一つや二つぶちかましてやればよかったんだよ。あぁ俺はなんて勿体無いことをしていたんだろうか。


「それじゃあイクですよ…しりと『り』」

「り……リャナンシ『ー』」

「……い、でいいんだろ? い、い、い……一角獣のホーげふんげふん!! いっかくじゅ『う』!!」

「今絶対『ん』が付きそうだったよね? ……う、うまづ『ら』」





「ら、ら、ら…ラインバレル!」





ネコさんっ!?

ま、こんな感じでテクテクと、ね。





。。。。。





あたりはもう薄暗い。
地図で見るとこんなに近いのになかなか着かないもんなんだねぇ。


「いくらなんでも咽喉が渇いたぞメガネ。ついでに腹もへった」

「そうだねぇ。私もちょっと疲れてきたかも」

「……です」


もちろん何度か休憩は挟んだ。気温もそこまで高くない。ていうかちょっと肌寒いくらい。
それでも一日飲まずで食わずなのだ。いくら魔道師だろうと女の子が体験していいような状況じゃない。


「大丈夫。もうすぐ着くよ」


メガネは自信満々にそういった。その際に眼鏡がキラリと光る。
うん。やっぱ管理局目指してるとか言ってるだけあるわ。眼鏡光るとこが一味違うよね。なかなかいい男。うほっ。


「ここがここだから……うん。ここから森に入ってすぐに水場がある」

「え゛っ、森に入んのかよ……」


やだ。
やだやだやぁだぁ! なんか居るって絶対! 怖いよぅ。


「大丈夫さ。入るといっても100mも行かない。本当にすぐなんだ」

「ホントに? ホントに大丈夫? 俺マジ森怖いんだよ?」

「デスサイズ先生を倒した人とは思えない言動だね……」

「暗いとこ苦手なんだよ……」

「はっはっは。大丈夫さ、管理局を目指してる僕にかかれば獣の一匹や二ひ―――」


―――ウゥォォォオオオオオン……。

何処かから聞こえた獣の咆哮。おそらく狼等のイヌ科と想定。それは俺たちの心臓をしっかりと掴んだ。


「一匹や二ひ……なに?」

「……一匹や、二匹全然よよよよ余裕、さ」

「ふぅ~ん」


所詮メガネか。


「キツネさん、ネコさん。いきまっしょい?」

「あいあ~い」

「はい」

「あ、待ってくれよ!」


眼鏡は放っておいて良い。アイツは何となく駄目な香りがする。
俺はワシャワシャと茂みを掻き分け、森へ。ああ、すごい自然だねこれは。むしろ暗くて何も見えないねこれは。


「……。あのさ、やっぱり明日の朝にしない? 絶対危ないってこれ。獣とか来ても気付く間もなくパクっとやられちゃうよ」

「ぅえ~、でも私たち女の子だよ? やっぱ身体とか洗いたいじゃん。ねぇネコ?」

「うえっ? あ、あの別に私は明日でも……」

「よし判った。身体を洗うんだったら仕方ないよな。うん仕方ない」


ああ~、仕方ないな。そうだよねぇ、女の子なんだし身体くらい洗いたいよね! うんうん。行きたくは無いが仕方なく、そう、俺は仕方なく歩を進めたのだ。
メガネが言うにはここを真っ直ぐ、らしいがコンパスがないと真っ直ぐなんて進めない。そろりと慎重に、コンパスを壊さないように地図を取り出した。
水場は……ここだな。うん。真っ直ぐ。結構足をとられるからちょっと進むだけでも結構時間かかるだろうし。


「よし、俺が先頭。キツネさんとネコさんが中。殿はメガネ。頼むよ」


はい、としっかり返事を聞き。進めや進め。ちょっとしたドラクエ気分。
俺は一歩一歩慎重に歩を進める。もう暗い。本当にいつ獣たちの活動時間になってもいいんだし、それでなくとも警戒はしすぎて困ることはないでしょ。

はてさてどうなることやらね。







[4602] nano00 記憶3 『これが自然の恵みだぜ!』 中編
Name: もぐきゃん◆6bb04c6b ID:4020f1db
Date: 2010/02/15 11:37





「メガネ。俺は今、とても感動している」

「あえて聞こう。それは何にだい?」

「……目の前に広がる、桃源郷に」


ぱしゃぱしゃ☆
きゃ、やだぁ、冷たいですキツネさん♪ えいっ☆
ひゃ、やったなあ☆ ほれほれっ☆


「もう一度言おうメガネ……」

「何度だって言ってやるさ。僕たちは……」

「ああそうだ。……俺たちは今、感動している!」


とんでもねーぜ。大変だぜ。びびるぜ。
ネコさんの乳にはとんでもなくビビッたぜ。なんて凶器。アレだけで稼げるほどのモノを持っていやがる。畜生、なんてスペックだ。着痩せしてるから気付かなかったぜ。俺ともあろうものが……。
しかし、そんな俺の驚愕をさらに上回るとはな。やるじゃないか、キツネさん。
いやいや、乳はいたって普通。ウエストもいたって普通。尻もいたって普通。とても着物が似合いそうな体形だ。うん。いや、いいんだキツネさん。アンタは可愛い。それだけは言っておく。俺が驚愕したのはそんな事じゃない。

キツネさん。アンタ……生えてないんだねカッコワラーイ。

ふひひ☆





00/~『これが自然の恵みだぜ!』中編~





朝。二日目だね。


「よし、出発しようか」

「あいよ~」


水浴び⇒ 覗き⇒ 生えてない☆⇒ キツ×ネコ⇒ 寝る⇒ 起きた⇒ いまここ。

相変わらず森は避け迂回。
昨日は本当に怖かった。キツネさん達の水浴びの最中に見張りと偽って覗いてたわけだが、危うく食い殺されるとこだったぜ☆ 即行で火を持ってきて撃退したんだけど……いや危なかった。居たんだもん。犬が三匹くらい。焦ったぜ。
余談なんだけど人間が道具無しで勝てる動物って30㎏位の犬が限界なんだって。
危なかった。野生で火を恐れるから良かったものの、アレで襲われてたら俺たち死んでた。だって30kgなんてもんじゃなかったもん、昨日の犬。見た感じ50はあった。あいつら立ったら俺よりでかいこと間違いなし。
てことで森には水を求める以外には絶対入らねぇぜ。


「今日はどうすんの、リーダーさん?」


生えてないが口を開いた。ネコさんと手をつなぎながら。いいなぁ。俺も混ぜろ。


「うん、太陽の傾き具合から言うと……多分七時くらいだ。昼までは一気に進もう」

「おお、すげーなメガネ。太陽で時間読めるの?」

「まぁある程度はね。管理局に入ったとして、こんな状況にならないとも限らないし」

「ほぇ~、いややっぱ尊敬してやんよ。お前結構すげーわ」

「はは、ありがとう」


ただのマダオと思いきやなかなかやるじゃん。やっぱメガネは伊達じゃなかったか。ちゃんと度が入ってんだね。


「それじゃあ行きましょう、か?」


ネコさんの目の下にはうっすら隈が出来ていた。疲れているのか。昨夜の影響か。割とハッスルしてやがったからな……。ちくしょう、行き場のない精気が恨めしいぜ。


「よし、しゅっぱーつ!」


二日目開始!





てくてくと。
やっぱり話すことなんかは全部オチがメガネに付く。そのキャラだけで食っていけるんじゃないかと思うほど知らないトコでいじられてやがる。
今回はちょっと話の流れを変えて、


「それでよぉ、俺はようやくたどり着いたわけなんだよ、『全て遠き理想郷』に……」

「ディフェクト君……君は自分の親代わりの人になんてことしてんのよ」

「で、でもでも、普通気がつきませんか? 寝てる間にパンツ下げられるなんて」

「普通じゃ無いのかもね~、それともホントは気付いてるのかもしれないよ?」


……いや、それは無い……はずだ。
それは俺のずり下ろしテクが物凄いだけで、システルさんは何も気が付いていないはず。
だって、気付いてるとしたら……それって、それってっ、


「誘ってるんじゃないかなぁ? そのシステルさんって人」

「お、大人です……」

「……もう僕、イっちゃってもいいよね?」


悶々とシステルさんの事を考える。

い、いいのか? いいんでしょうか? あの豊満でもちもちした身体を、いいようにしちゃっても。
ホントに誘ってんのかな?
いや、そう考えてもおかしくは無いんだ。いつも寝るときは俺より早くベッドインしてるし。俺がその隣に入るとがっちり組み付いてくるし。乳が。乳がすごいんだ。絡み付いてくる太腿が気持ちいいんだ。だからついパンツ下ろしちゃうんだ。


「……よし。今度は乳を揉んでみようと思う」

「小心者~、ガバっと押し倒す位しなきゃ! 私はそうやってネコを手に入れた!」

「あぅ、キツネさんなに言ってるですか~っ!」


わたわたと手を振り、違うよ、と念を押してくるネコさん。


「畜生め、幸せそうにしやがって! イチャイチャしてんじゃねえ!」


まぁ俺は『そういうの』に対して偏見無いからいいんだけど、ちょっとオープンすぎるぞキツネ。ちょっと自重しろぃ!

それにしても、だ。さっきから気になってたんだけど……、


「メガネ、なんか喋れよ」

「いや、あの」


汗すっごいなお前。そこまで気温も高くないけど、気分悪くなっちゃったのか?


「……顔色悪いぞ? ちょっと休むか?」

「違うんだ、その……」


なんなんだよ。言えよ。言わなきゃわかんないよ。俺は心なんて読めねーぞ。


「なんだよ、言えってば」

「……トイレに行って来てもいいかい?」


便所なんざねえよ!! とは言いません。流石にそこはね、ほら、空気読まなきゃね。ったくよー、夜のうちに済ませとけっての。


「崖? 森?」

「……森」


おっきい方ですね。了承。

メガネが壊した、コンパスがついてない地図を懐から取り出した。
夜のうちに教えてもらった地図の読み方。ちょうどよく、川が近くにあった。


「馬鹿。我慢してたのか?」

「……うん」

「はいはい、了解。行くぞ」

「ありがとう」

「キツネコさん、ちょっと踏ん張り出してくっから待ってて」

「はいは~い」

「了解、です」


用を足す時は二人一組。
してるときって正直無防備だしね。何かに襲われでもしたら一発で終わっちゃうよ。
つーことで、うんこ! メガネが終わったら俺もしとこ。





「すんだ~?」

「ああ、すんだよ。川に行って来るからそこで待っててくれるかい?」

「あいよ~」


茂みの奥から聞こえてくる声に適当に返事を返す。ッザッザ、と穴を埋める音が聞こえ、同時にメガネが川に飛びこむ音も。
俺も、別にあんまりしたい感じはしないんだけど、丁度いい感じに穴を掘った。
うん。ナイス穴。俺の全てをここに堕とす! 早くあがってくるんだ、メガネ!


「芸術的なとぐろを巻いてやるぜ……」


がさがさ、と草木が揺れる音。
お、メガネ上がったか。次は俺の番って言ってたからな。なかなか早いお帰りだ。


「おう、結構早かった―――」





「―――クマー?」





それは可愛らしい外見だった。
その鳴き声の如く、熊。しかし身体はまだまだ小さく、一目で小熊だということが分かった。

勝てる。逃げ切ることが出来る。魔法がなくても、大丈夫。

そう、頭では考えた。

反して、身体。


―――どくん。


心臓が、一つ高鳴る。


(なんで、コイツ、俺はコイツを……どこかで……?)

「クマー」


鳴き声。
聞いたことなんて無いはず。ツリに引っかかった連中からしか聞いたことは無いはず。釣られたでクマー。
それなのに、身体が震える。歯が、顎がガタガタ、カチカチ。

クマー。

クマー……。

クマー、クマー、クマー。


「く、熊ぁ?」

「クマー?」


会話をしてるわけじゃないよ、もちろん。
ただ、なんか怖いだけ。
がさがさ、ともう一つ茂みがなった。ああ馬鹿、このタイミングでお前……。


「随分静かだね、どうかし―――」

「―――走れメガネッ!!!」


瞬間、俺は後方に向かって走り出した。同時に異変を察したメガネも駆け出す。
背中越しに、


「ク、グ……グマ゛ッゥゥウグァアアアアアア!!!」


こ、怖いでクマー!!
思い出した。完全に『思い出した』。あいつアレだ、俺の事食おうとしてた魔獣じゃねえかよ。プレシアが呼び出して、そんで俺の同胞たちを食い殺してたクマーじゃねえかよ。
身体が覚えてる。あの恐怖を。目の前で血と臓物が飛び交うのを。
コイツ、あいつらの子供だ!!


「冗談じゃねぇええ!! マジ死んじゃうじゃんかこの授業!」

「逃げろ逃げろ逃げろ!! もっと速く!!」


メガネは俺を追い抜かし、速く、と声をかける。
しかし、子供なのだ、俺は。もちろんメガネもまだ子供だけど、それでも俺より背が高い。足が長い。足が速い。魔法が使えない今、身体強化すら出来ない今、後ろから迫ってくるクマーを振り切る事は出来ない。

ちらりと後方に視線を送った。


「グルゥゥァァァアアア!!」


小さな手足をガツガツ動かし迫るクマー。
冗談じゃ、


「―――ねえんだよお!!」


走る走る。
森。足場が悪い。予想以上にスピードが出ない。
けどそれはクマーも同じ。やつも子供で、俺にすら追いつけないとこを見ると、そこまで運動能力が高い種族じゃないと判断。


「急いで! もうちょっとだ!」


メガネの声が聞こえた。

もうちょっと? もうちょっとで何?
薄暗い森に、光が差していた。森の切れ目。キツネさんと、ネコさんがいる場所。そんなところに連れて行く? このクマーを? 四人なら勝てるのか?

確認のためにもう一度、走りながら振り向いた。


「がぁ、ッガァァァアアアア!!」


クマーが前足を振り上げ、

光。

振り下ろした。


「―――ッ!?」


ばがぁ!と、激音。
閃光は走る俺の隣にある木に当たり、その幹を粉々にへし折った。バケモノ。連れて行く? コイツを? キツネさんとネコさんのトコに?

んなこと、


「できるわきゃねぇよなぁっ!」


目まぐるしく動かす足を、その右足を思いっきり地面に叩きつけた。踏みしめる。大地を。
慣性で前のめりに倒れそうになるが、それを気合と根性で踏み止め、とまっちゃダメだ、とやけに切羽詰ったメガネの声なんざ完全に無視し、ぐるぅと回転するように力を込めて、


「んだりゃぁぁあああ!!」

「ガァァアアア!!」


後方に向かって、クマーの眉間に向かって拳を突き出した。
同時に顔面に向かってくるクマーの前腕。

ごきごきぃ、と嫌な音が響いた。
俺の腕と、クマーの眉間から。

クマーの、そのメタリックな爪は俺を貫く事無く、目の前三ミリってトコで止まっていた。小熊より俺の腕のほうが長かった。
全力で走るクマーのその眉間に、完全に逆ベクトルのパンチ。

ずる……、と垂れ下がるようにしてクマーの腕はゆっくり下がっていく。俺の胸をなぜるように、力なく。それでも裂けていく服と肌は、クマーが放った狂爪の威力を物語っていた。

荒く息をつきながら、倒れ伏すクマーを一瞥。

よかった。
はじの一歩読んでて本当によかった! タカムラパンチが当たって本当によかった!! 月の輪熊は無理だけど、小熊ぐらいならね!!

それにしても、


「……死ぬかと、思った」


いやホントに。魔獣だし。しかもなんか飛ばしたぞこいつ。魔法?


「だ、大丈夫かい!?」


メガネが駆け寄ってくる。


「いや、あんま大丈夫じゃねえなコレ。腕からすっごい音したし、多分折れてる」

「身体も、ひどいじゃないか……」


胸を縦に走る三本の線。結構血も出てる。


「いや、こっちはそんな対したことないと思うよ。切れ味鋭かったから派手に血が出てるだけ。すぐ止まるかと」

「……ごめん、僕のせいで」

「ああ? クソとかションベンなんざ生理現象だろ。謝る必要ねーよ」

「でも、僕が昨日のうちに……」

「ああ、はいはい分かった分かった。んじゃ背負って行ってくれ。んでチャラな」


別に気にすることないのに。やっぱメガネ掛けてるからな、真面目なんだなメガネ。

よいしょ、と俺はかがんだメガネの背中に、血が付くのとかまったく気にしないで抱きついた。
いいかい? とメガネが声をかけてきたそのとき、


「ク、クマァ……」

「―――走るでクマー!!」

「了解でクマー!!」





二日目、夜。

いってぇ。めっちゃズキズキしてきた。胸の傷は予想通りたいした事ないけど、腕がヤバイ。超痛い。


「大丈夫かい?」

「ん、おう、へーきへーき」


全然痛いけど。
でもね、こう言っとかなきゃ負い目感じちゃうでしょ、メガネが。俺って相当優しいよねコレ。自分で言ってるんだから始末に負えねえよ、ホント。


「本当に、あの二人には黙ってるの?」

「ああ、余計な心配されたくないし、あんな危険なのが居るって知ったらストレスも溜まるだろ?」

「そうかもしれないけど……」

「だぁいじょうぶだって! ホラ、覗きに行くぞ! 明日になったらもうリゾートだ、今日が多分最後だぞ!」

「あ、ああ。そうだね」


そういうことです。キツネさんとネコさんには何も言ってません。
右手が腫れてるのなんて長袖で気が付かないし、服が裂けてるのは欲情を押さえられなかったメガネに押し倒されて暴れた結果だと言っておきました。同情されると思いきや、二人はメガネをすっごい応援するしね。
次がある! とか。諦めちゃダメですぅ! とか。
あの二人、真性モンだぜ……。


「今日はどっちがウケだと思う、メガネ?」

「……そんなにコロコロ変わるものじゃないだろ、ネコさんだよきっと」

「いや、きっと違うぜ。今日のネコさんの瞳には輝きがあった。彼女は……やる気だ!」

「下克上、ってやつか……」

「行くぞメガネええ!!」

「了解です、ディフェクトさんっ!!」


そうして夜の時間が始まり、また朝が来る。





。。。。。





三日目。朝だぬ~ん。

メガネの予想では今日で最後。夜までにはリゾートが味わえるとの事。


「ふあ~あ……おはよ、キツネさん、ネコさん」

「おはようございますディフェクト君!」

「お、なんか機嫌良いね、ネコさん」

「はい~! 今日の私は、機嫌が良いですぅ!」


きらきらピカピカ。やけにネコさんは輝いていた。
そうだね、嬉しかったんだね下克上。組み敷いてたもんね。指技で泣かせてたもんね、キツネさんを。
ふとキツネさんに視線を送れば、


「ん? おはよ、どうかした?」

「いや何でも……」


……なんか、普通だね、キツネさん。『そういう立場』って逆転したら意外と悔しいもんじゃない?
気になる。気になりずむ。
俺はキツネさんにちょいちょいと手招きした。耳元に口を寄せ、ごにょごーにょ。


「悔しくないの? 下克上されちゃったんでしょ?」

「ああ、覗いてたもんね」


ばれてらw


「アレはさせてあげたの。それをまたひっくり返すのが面白いんだから」

「うわぁ大人だぁ……ちなみにネコさんは覗かれてたの知ってる?」

「んふ、一週間が終わったら『事の最中』に教えてやるつもり。真っ赤になって泣くのが目に見えるようねぇ」


ニヤリ、と非常にいやらしい笑み。
……逃げてネコさーん! あんた泣かされちゃいますよ! この女Sだよ! ドSだよ!! ネコさん如きじゃかなわないよ!!


「ネコさん。ご愁傷様」

「ふふ、昇天から帰って来れなくしてあげるよ~、ネコちゃ~ん」


俺には最早見えない速度でキツネさんの指が動いた。五本の指が、それぞれバラバラに。一体どうやってマスターしたのか非常に気になるがとりあえず、何も知らずにニコニコしているネコさんに、心から冥福を祈ります。
……アンタ死ぬ(イク)わよ!


「さぁ、そろそろ出発しようか」


そう言いながらメガネが俺の前に、背中を見せて屈んだ。乗れと、そういうことなんだろう。
キツネさんとネコさんがキャーキャー言ってるし、この誤解は解くのが難しいな、きっと。
勘違いすんなよ! 俺の尻は無事だ!!


「はぁ、そだね、行こっか」


まぁ、正直ありがたいので黙って背負われますけどね。
さあいけメガネ号。進めや進め。





「それでそれで? どうだったの、メガネ君のに・く・た・い☆」

「……すごく、熱かったです」


とりあえずノってみました。
だって冷や汗だらだら流してるメガネがおもしれぇんだもん。コイツは学校に帰ったらホモの烙印を押される。そして俺は必死に抵抗したと嘯く。尻は守りきったと。


「押し倒されちゃったんですか? 無理やりですか?」

「コイツ、すごく鼻息あらくて、コフーコフーって言ってたんです」

「……か、感じちゃった、ですか?」

「命の危機を感じたのです」


クマーのせいでね。俺に命の危機を感じさせたのはデスサイズ以来だぜ。あのクマー、二度と会いたくねえ。チャリン(フラグが立つ音)。
俺の話はもういいでしょ。メガネちょっと震えてきてるよ。
今興味があるのはキツネさんとネコさんの話だな。馴れ初めとか。具合とか。


「ネコさんはキツネさんのどんなトコが好きなの?」

「え、ええ? なんで知ってるんですか?」

「いや、全身から迸る幸せオーラを見てたらそりゃ分かりますよ」


今日も今日とて手をつないでいる二人。昨日ネコさんは否定したけど、キツネさん言っちゃったしね、手に入れた!って。
大体夜のたびにサカってんじゃないよ。自然に囲まれて気分もオープンプン! になっちゃったのかい?


「えと、ですね、ドコが好きかといわれますと、非常に困るといいますか……」

「なぁに? 私の事好きじゃないの?」

「ちがっ、好きです! 誰よりも好きです! ……ただ、ドコが好きかと言われれば……はて?」

「ふふ、まぁそんな物かもね、愛とか恋とか。分かんないけど、好き。それで良いんじゃない?」

「ホントに、本当の本当に好きですよ?」

「分かってるよ~」


……イチャついてんじゃねえ! まだ太陽は空の上に輝いてんぞ! まだ早いぞテメエら!


「大体、私はコレが初恋なんです。叶ってすごく嬉しいんですよ」


初恋かぁ。俺は幼稚園の時の先生だったな。よくおっぱい触ってた。
しかしネコさん、初恋にしちゃ随分遅いよね。私の初恋の人はお父さんです~、なんてのはよく聞くけど、初めて人を好きになったのが高校に来てか……。やっぱアレかな、


「へ~、アレなの? ネコさんってやっぱ女の子しか好きになれない人?」

「分からない、です。けど好きになった人がたまたま女の人で、最初は自分でも戸惑ったんですよ」

「だろうね~。って事はアプローチはネコさんからなんだ?」

「アプローチって言うか、なんと言いますか……、あんまりした覚え……ない、です」

「なになに? じゃあどうやって今の関係?」


恋バナ。楽しいよね。女の子だけの特権みたいなトコあるけど、男も好きなんだなぁこれが。


「だから言ったじゃん。私が押し倒したって」


おおっと来ましたよ爆弾発言。なにそれマジだったの?


「ええと、マジで?」


ネコさんに聞くと、顔を真っ赤にして、こく、と小さく頷いた。


「私寮に住んでるんだけどネコが珍しく、ていうか初めてね、一人で部屋に遊びに来たんだ」

「い、言っちゃうんですかぁ?」

「何? 黙ってて欲しい?」

「あの、えぇと、そのぅ……、いいです、言っちゃって」


ネコさんが可愛いんだが。
もったいねえ。女同士なんて、なんでそんな非生産的な事を……。


「んで、ゲームとかしてて遊んでたの。お腹すいたらご飯作ったし、結局一歩も外に出なかったね?」

「はい。だってハルちゃ、……キツネさん、髪も梳いてなかったし、寝間着のままでグータラしてました。私、遊びに行くって言ってたのに、です」

「あは~、ゴメンゴメン。それで結局夜まで遊んで、親御さんが心配するから帰りなって言ったときだったねぇ……」

「……一体、何が?」


気になる。
ジラースはいい、早く続きを喋るんだ!!


「すっごい泣きそうな顔するの、この子。クラっと来ちゃった」

「ああ、それは……萌えるな」

「そ、そんな顔しました?」

「ためしにキスしたら舌ねじ込んでがっついて来るし」

「たまらんな。そういうのはたまらんな」

「……恥ずかしい、です」

「もうそうなったらさ……」

「うん分かる。押し倒すのも分かる」


そしてメガネ、何も言わずに鼻血吹くのヤメロ。





夜。
ホー、ホー。フクロウの真似です。


「つい、たぁ!」


ご苦労さん、メガネ。ちょこちょこ休憩をとったとはいえ一日中俺を背負ってたんだ。疲れて当然だろう。

コテージ。
うん。こういうのをコテージって言うんだろうね、って位のコテージが、俺たちの前にはあった。
とてもリゾートって感じじゃないけど、それでもこれまで野宿だった俺たちにしちゃかなり眩しく見える。


「お疲れメガネ。アリガトね」


外から見る限り、明かりはついていない。……マッチョ達はまだたどり着いてないって事だ。
注意を払っていた俺たちでさえ二つのコンパスを失った(メガネとクマー)。そしてあいつ等は最初から二つしかないわけで。
……遭難してんじゃね? ずーっと断崖を歩けば遭難はないだろうが、それでも水と食料。見つけようと思えば割りと簡単に見つかるが、森に入らなければならない。森に入るとなれば、コンパスは必需品。方向が分からなくなったらアウトだ。


「ディフェクト君、早く入ろうよ。もう私クタクタ。誰もこの授業とりたがらないの分かる」

「はひ~。私も疲れました、ですぅ……」

「ん、おう。そうだな」


……明日まで待って、ここまでたどり着いていなかった場合は探しに行こう。
てか、たぶん遭難してんだろうなぁ。めちゃ読める。多分あのスネオが余計なことして番長を困らせてるに違いない。
クマーめ。次は仕留めるからな。出てくんじゃねぇぞ。チャリンチャリン(フラグの立つ音)。


「はぁ……、番長、生き残っててくれよ。お前とはちょっと話してみたいんだから……」

「ん~? 大丈夫だって、危険な生き物なんて狼くらいだったじゃん。気をつけてればあの人達もそこまで大変な事にはならないよ」

「……そだね」


いや、いるんだよ。スゴイのが。お肉が好物で、リンカーコア持ってる、所謂魔獣ってヤツが。
子供だったら大丈夫だ。魔法(?)をくらえばアウトだが、番長ほどのガタイの持ち主なら倒す事だって出来ると思う。
でも、親が出てきたらさようならだ。人生とさようなら。
スネオはいいけど、番長には生きてて欲しい。頼むから死んでんなよ……。


「よし、今日はもう寝ようぜ! コテージなんだから布団かベッドかハンモックか、やっと地面以外で睡眠できるじゃん!」

「そうだね。それにしてもきつかったよ」

「でもでも、すごかったです! 一度も弱音はかないで、ずっと背負ってるんですから!」

「そうそう。それがメガネ君の愛の形なのかなぁ?」

「いや、だから……っ!」


メガネ、こっちをチラチラ見るんじゃない。大丈夫だから。右腕が痛いだけだから。もう痛すぎて麻痺しちゃってますから。
でもあと四日間ジッとしておけるんだ。ひどくなる事はないだろ。だから気にしなくていいよ、別に。


「はいはいはいはい、さっさと入るよ」


いじられてるメガネを余所にコテージのドアを開けた。そして俺たちは衝撃を受ける。

そしてそこには夢のような光景が。
大きなテーブルが真ん中に一つ、ででん!とあり、その上にはありとあらゆる食材の数々。肉、野菜、フルーツ!しかも端のほうには二つしかないがベッドまである! 最高じゃねえか! よくよく見れば食器棚の中にワインまで入ってる。しかも高級品!!
これが三日間の報酬。
ああ、最高だ。いやいや受けてよかったよこの授業!!

……と、つい妄想に浸りたくなるほどの衝撃だった。


「……なんっにもねえ……っ!」


ガワだけである。扉を開ければ、そのまま地面だし。
え、なにこれ? こっちが妄想ですよね、そうですよね? 僕には妄想を現実にする力があって、所謂ギガロマニアックスって言うんですが誰か知りませんかねぇ? あは、あはは……。


「何か、あるね……」


口をあんぐりあけて呆けているキツネコとは違い、メガネは割りと冷静だった。
メガネの行く先、地面に直接何かの機械がある。


「なんだろう、これ。ディフェクト君、これ何か分かる?」


寄越されたそれは、


「テープレコーダて。今更何処にあんだよこんなの……?」


嫌な予感がしますが、再生ですよね。こういう場合。
はぁ、とため息を吐きつつ左手で再生ボタンを押した。がちゃ、と懐かしい響き。


『あー、あー、聞こえてるかな? キャメル先生だよ。これを聞いてるって事は着いたんだね、リゾートに。おめでとう。
 はい、これから君たちに第二の試練を与えまーす。これからスタート地点に戻りましょう! これ聞いた時点でタイムリミット発動だからね。三十時間以内に戻ってくださーい。一応コテージにはカメラあるから、君たちが来た時間なんかも分かってる。ずるしちゃダメだよ?
ああ、目に浮かぶな、君たちが“無理だよ!”とか言ってるのが。でも大丈夫。デバイスは持ち込み可能って、僕言ったよね? 持ってきてない人は残念無念。持ってきてた人はラッキッキー! この音声を最後まで聞いたら君たちは『飛行』以外の魔法が解禁されまーす。魔法使えるんだから、楽勝だよね? それじゃ、がんばってねーん』


ぱちん、と首から落ちたもの。首輪。
魔法を封じる為の物とか言ってたな。それの外側が外れた。
今俺たちの首には薄い、テープ状の物が張り付いている。恐らくこれが『飛行』を使えなくする戒。


「……デバイス持ってきてる人は?」

「僕は持ってきてない。いい機会だと思ってメンテナンスに出した」

「……私も、持ってきてない。どうせ使えないって思ってたし」

「わた、私は持ってきてます! お守り代わりに持ってきてます!」


俺とネコさんだけか。
三十時間。間に合うか? 森を突っ切れば何とか……いけるな、うん。デバイスがある以上、番長たちを見捨てる選択肢も俺の中で消えちゃったし、クローンたちの無念を晴らすのも悪くないと思う。
ただ、今一つだけ言える事、それは―――、





「―――キャメルぶっ殺ォぉぉぉぉおおおおおおおっす!!!」







[4602] nano00 記憶3 『これが自然の恵みだぜ!』 後編
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/02/15 11:38





さて、どんな方法があるかな。
魔法でやるなんて楽しくない。もっと、きつい感じの。釘とか針とか。その辺のを爪の間に差し込んだりするのも効果的ですよね。気持ち悪くて出来そうも無いですけど。

何の話かって?
そりゃ、


「キャメルのお仕置きですよ」

『普通には・終わらせ・ませんよ』

「くそ、これが女の教員なら……」

『穴という・穴に・色んなものを・流し込んで・やれる・ものを……』


仕方ねえ。
俺には単純なお仕置きしか思いつかない。やっぱこういうときはユーノを頼ろう。ユーノに泣きつこう。うえぇぇええんっ! 腕が折れちゃったよユーノん!! とか言ってみよう。
く、くくく。キャメルめ、命はねーぞ。ユーノのお仕置きを喰らってしまえば、貴様など……欠片くらいなら、残るかなぁ?


「……腕、どんな感じですか?」

「おお、大分痛くなくなってきたよ。ありがと、ネコさん」


いま俺はネコさんに治療してもらってる最中。
よかった。ネコさんが治癒使えてホント良かった。まぁ、骨折は簡単に治らないからホンの気休め程度だし、実際にいま痛い。でもやらないよりマシでしょう。


「はぁ、それにしてもそんなバケモノみたいなのが居るんだね、この森」

「クマーな。遭ったらまず逃げる事を考えてね。子供だったらいいかも知んないけど、親が出てきたら死ぬから」

「でもよくそんなのから逃げて来れたものね?」

「はじめの一歩読んでたからな。いまの俺はブライアン・ホークに勝てる」


クマーに勝てたんだ。きっといけると俺は確信してる。あの上体反らしは俺には通用せんぞ。


「ブライアン・ホークって……魔法使いでもなんでもない、ただの物理の先生じゃないか。何か恨みでもあるのかい?」

「……俺らの学校にはブライアン・ホークがいるんだね……はは」


マジであの学校なんなんだろ。変に特殊なやつ多くないか?
頼む。頼むからマトモな教員を用意してくれ。特にデスサイズとキャメルは即刻クビにしたほうがいいと思うよ、俺は。だってあいつら、ほんとに死んじゃうじゃんか。授業で。ほんっとに、死んじゃうんだぜ? 問題になってもなんら不思議じゃねーよ。マスコミ殺到だよ。校長辞職だよ。


「はぁ、まったくね……とりあえず、生きて帰んなきゃね。キャメル殴るにしたって、こっから出なきゃどうしようもないか」


……よし、もういい。
右手を握り締めた。ぷらぷら振ってみるが、やっぱり痛い。
全然、完全に治ってねー。いや、わかってた事なんだけどね。治癒の魔法って、ホントに外傷を治すって感じだもんね。内部にまで届かない。ユーノがやってくれるとネコさんより効くんだけど……居ない人を想っても、意味がないか。


「シェル」

『イエス』

「今の俺は、ちょっとカッコいいな」

『勘違いも・甚だしいです。マスターは……』

「き さ ま ! !」

『ちょっと・ではなく・超・カッコイイです』

「……結婚しちゃう?」

『夜の仕事は・任せて・ください』


いざ、森。暗い。怖い。行きたくない。クマーが出るし、他の獣だって。決して安全じゃない。
……でも、行かなきゃね。
番長居るだろうし、スネオ居るだろうし。


「ネコさん、右をお願い」

「はい、任せてください」

「キツネさんは真ん中」

「はいはい。置いて行かないでよ?」

「分かってるよ。んで、メガネ。お前先頭な?」

「……理由を聞いても?」

「デバイス組で両サイドを固めて守る。身体強化が出来るお前が走って全体を引っ張る。何も出来ないキツネさんが真ん中でひいこら付いて来る。何か質問は?」

「無い、です……」

「よし」


フォーメーションはこんな感じ。
三角形の中にキツネさんが居る感じですな。マジ役立たず。デバイスくらいもってこい、お前ら。
そして、かなり走る事になるだろうから体力ない人が真ん中。俺はネコさんのほうが体力的に劣るかと思ってたが、意外な事にネコさん、スポーツ少女なのだ。バリバリ動いてる系なのだ。
キツネさんはこっちも意外な事に、茶道とかやってた。聞けばどっかのお嬢なんだとさ。
はぁ……なんでそんなのがこんな授業とったよ、ホント。


「いいか~、まず自分の命最優先な? 特にメガネとキツネさんは誰かを助けようとかしなくていいから。ひたすら走って。それが一番ありがたいから。
んで、はぐれて、そこに危険がなかったらそこから動かないように。なんか居たら逃げて。助けに行くのは、それが許されてるのは俺一人だから。まぁ、安心して遭難しちゃってオッケー。自殺以外なら絶対助けるから。
 ……さて、それでも死んじゃったら、そんときゃ恨みっこなしだかんね。おっけ?」

「了解、ですぅ……」

「大丈夫だって。悲観的過ぎだよ、ディフェクト君」

「いや、そのくらい考えてても間違いじゃないよ。それほどに彼が撃退したクマーは危険なんだ」


クマーも怖いが、魔法が使えない二人を連れての夜森も怖い。
まじキャメル性格死んでんな。アイツ本気で殺してやりてえ。帰ったら憶えとけよ……。


「んじゃあ、ぶっ殺す!」

「ブッちぎる! ですぅ!」

「ファッキンベイベー!!」

「……何なんだこれ……?」


気合の入る言葉だよ。空気読めよメガネ。そんなだからメガネなんだよ。ほれ、なんか言ってみろ。気合の入る言葉。


「なんか無いの?」

「え、えぇと……メ、メガネェェェエエエ!!!」

『死んで・しまいなさい』


その通りだと思った俺は勝ち組。





00/~『これが自然の恵みだぜ!』後編~





そして俺たちは一歩森に踏み込んだ。
しかしその瞬間、


「クマー」

「―――出てくるの早ぇよ!!」
『―――fist explosion―――』


どんッ!
さっきのと一緒のヤツかどうかは分からないが、とりあえずファーストフォームで眉間に魔法を叩き込んだ。


「―――げふぁっ!!」


妙に生々しい苦悶の声を上げ、どっか飛んでいくクマー。


「……」

『……』


うん。俺は悪くない。出てきたあいつが悪い。俺の事食えるとか思ってた奴が。
右腕がじんじんと熱を帯びてくる。いてぇ。やっぱいてぇ。


「よし、走れメガネ」

「り、了解!」


出発進行!

隊列はそのまま三角形で走り始めた。
キツネさんとネコさんが何かひそひそ言ってるけど聞こえない。虐待とかまったく聞こえない。

ひそひそひそひそ。

聞こえない。


「あ、あ~、しかし楽勝だったな。クマーでも、やっぱり子供だな!」

『魔法さえ・使えるのなら・大した事は・無い・ようですね!』


ひそひそ。


「いやぁ、素手では骨折するくらい頑張んなきゃいけなかったけど、やっぱ偉大だな、魔法!」

『そう・でしょう! 私の・有り難さが・分かりましたか?』

「愛してるぜぇ!」

『……マスター・結婚・しましょう』


ひそひそ。


「……」

『……』


ひそひそひそひそ。


「いい加減やかましいんじゃ貴様らぁあ!!」

『クマーの・餌に・してしまい・ますよ!!』





走れや走れ。
夜の森では大したスピードは出ない。けどまぁ、このスピードで行けば何とかクリアは出来るはず。


「疲れた人ー」

「はぁ、はぁ、もう、限界、だよ私っ!」

「はいは~い、限界とか言える人はまだまだ行けま~す!!」

「はひぃ……っ!」


キツネさんを責めるぜ。ネコさんの分まで責め倒す。Sの人間を犯す。コレはたまらんでごわす。
かれこれ一時間って所でしょうか。ジョギングよりも少しだけ速いくらいのスピードなんだけど、それでもキツネさんにはキツイみたい。
キツネさん以外は身体強化使ってるしね。ドンマイ。デバイス置いてきた君が悪い。
スピードはこれ以上早くできないけど、もうキツネさんが潰れるまでこのまま行こうかと思ってるんだ。


「がんばれキツネさん! 何でだよ! 諦めんな、追いかけろよ! ダメなんだってそんなんじゃ! もっともっと、もっと熱くなれよ! ほら行ったぞ! だから追いかけろって! 取れないところに落としてないよ!」

「だぁっ!! ちょっとうっさいよ!!」

「はいは~い」


こんな感じで励ましながら走ってるんだ☆
わしゃわしゃと先頭のメガネが茂みを掻き分けながら先導しつつ、それに付いていってます。
んでついに、


「もう、だめぇ……」


キツネさんが後ろに倒れた。
前に向かって倒れるようならまだ走らせるつもりだったんだけど、後ろに倒れるって事はホントにアウトな訳なのです。
あとは任せろキツネさん。
がっつりと荷物のようにキツネさんを担ぎ、さぁさぁ走れ! メロスのように!
キツネさんの肉が中々良いアクセントになって、とてもやる気が出てくるんだ。隣走ってるネコさんからの視線が痛いけど、そんなの気にしてちゃいけねぇ。俺はもうクマーには会いたくないし、一刻も早く番長たち助けなきゃだし。ネコさんが担ぐより俺が担いだほうが早い。

てか番長何処にいるんだろうか。
このままゴールしちゃったらどうしよう。一応探しに行ったほうが良いよね?


「おいリーダー!」

「はぁ、はぁ、なに、かな?」

「番長たちはどうなってると思うかね?」

「たぶん、死んで、るんじゃ、ないかな?」

「え、マジで言ってんのか?」

「っはは、っはぁ、冗談だよ!」


そしてメガネは一度振り向きニヤリと笑った。

おう、なかなか根性あるじゃないか。いいぞメガネ。そういうの好きだぞメガネ。良い冗談だ。
こういう時は体力よりも精神的な物の方が先に参っちゃうしね。そんだけ軽口叩けるってことはまだまだいけるね、メガネ。


「ネコさん、大丈夫?」

「大丈夫です。キツネさんを担いでも余裕があるくらい大丈夫です」

「いや、それは止めとこう」

「……っ、レンジャー!!」


ネコさん大分キてんな。訳わかんないこと口走りながらスピードアップしましたよ。
そんなに担ぎたかったのかい? やらせはせんよ! キツネさんは俺が担ぐ! ここで恩を売っておいて、そしてテクを伝授してもらうんだい!


「おっしゃ、まだまだ、行けるぞ!! レンジャー!!」

「レンジャー!!」

「キツネさぁあん、好きですぅう!! レンジャー!!」

「れへぇ、れんじゃぁあ……」


寝とけ、キツネさん。レンジャー!!





走るよ俺は。俺は走るよ。
トータルで10時間経過。もう朝ですよ。時間的にはフルマラソンよりも全然多いんだけど、距離はまったく。第一森の中だし。そんなに早く動けるかっての。
そして未だクマーにあっていない(最初以外)ところを見ると俺たちは多分運が良い。


「かはっ、川、はっけ~ん……」

「や、やぁっと、休憩、ですぅ……」


結局メガネも潰れました。
キツネさんが潰れて、多分それから3時間は走ってた。しかも先頭で。メガネの野郎相当の体力馬鹿だぜ、実際。デバイス無しの身体強化。サポートが無いんだから消費する魔力も多かったろうに。よく頑張ったよ。
ちなみにメガネはキツネさんよりも体重が軽いのでネコさんが担いでます。

とりあえず肩からぶらぶら担いでいたキツネさんを下ろす。適当な木の身体を預け、そしてなんとなしにバイタルチェック。


「……む、心拍数が低い、危険な状態だ!!」

「ひぃ、イヤですキツネさん!!」

「冗談です」

「……」

「うん、ゴメン。だからそこまで睨まなくても良いじゃないか。そんな目をしてるとキツネさんに嫌われちゃうぞ」

「……」

「……よし、俺は川に危険が無いか見てくる。二人を起こしててくれ」


逃げました。ネコテラコワス。
あの目はヤバイ。なんかグルグルしてた。うちゅうのほうそくがみだれようとしてた。


「おーこわこわ。キツネさん早めに何とかしないとほんとに下克上されちゃうよ」


呟きながら茂みを掻き分け、さらさらと流れる川発見。うん。綺麗だ。これ飲める。ってか今までも結構飲んでた。腹下したらキャメル殴る。
とりあえず不快な汗を流すべく両手を水につけ、ぱちゃぱちゃ水遊び。やべえ~、超気持ち良い。ヤベェよこれ、これヤベェ。最近の子供はおいしい?って聞かれてもヤベェって言うらしいけど……ヤベェ。


「あ~、すんげぇ気持ち良い。もうここから一歩も動きたくない。俺はもう単位落としても良いからここから一歩も動きたくない」

『あり・ですね』

「だろ? いやいや、四単位如きで張り切りすぎたよね。こんなことなら普通の授業とっとくべきだよ」

『まぁ・クマーも・殴れましたし・中々・よかったのでは・ありませんか?』

「余計なフラグは立てるな。その発言はかなり危険だ」

『クマー・クマー・クマー』

「ちょ、おま」


なんてシェルとじゃれ付いている時だった。

川に足をつけて悦ってる俺の背後、そこでがさがさ物音がしたんだ。
ええ、僕はとても嫌な予感がしました。なぜかって? それはこの状況が一日目と酷似していたってのもある。シェルは余計なフラグを立てるしね。けど、それ以上に、影だ。俺の身体をすっぽりと包んでしまう、その影。

親クマー。

脳裏にはそんな言葉しか出てきませんでしたよ。殺されると思ったかって? いえいえ全然。何しろ僕には融合装着型デバイス、シェルブリットが付いていますから。負けるなんて微塵も思わなかったですよ。何しろシェルは空気を読んで、影が僕の身体にかかった瞬間にスタンバイ・レディ。
後ろから、ぐぅ、と声が聞こえた瞬間には衝撃の、


「―――ファーストブリットォ!!」
『―――fist exp―――ちょちょちょぉぉおお!!』

「……ぐ、ぅ、コイツの、回復を……」

「ありゃ、ば、番長!!」


そこにいたのは番長(俺の中では)ことブリング・デミトリさんでした。





。。。。。





さて、運良く合流できた俺達。
けどスネオが死にかけ。番長も傷だらけ。
ネコさんが額に汗掻きながら必至に必至に回復魔法かけてる。
……死にかけってのは言いすぎたな。大怪我って所だ。外傷で運が良かったねスネオ。中身を傷つけてたら間違いなく死んでたぞ。これはやっぱ死にかけでいいのかな?


「……ネコさん、代わるよ。ちょっと休んでて」

「いえ、私がやります。私は戦えないから、この位……」

「そっか……じゃあ、お願いしようかな」

「任せてください!」


ネコさん、戦闘は苦手らしい。一応攻撃魔法は使えるけど下手糞なんだとか。ロープレ的に言うとバリバリ動いちゃう系の白魔導師なのだ。そんなのいねぇか。
それにしてもだ、この傷は親クマーにやられたとみた。番長たち遭遇しちゃったんじゃないのか、親クマーと。命からがら逃げてきたのか?


「番長」

「ブリングだ」

「ブリング」

「なんだ」

「敵は何だったんだ?」

「分からん。図体のデカイ熊みたいなやつだ」

「何でやられた?」

「スネィオがまだ生まれたばかりの熊を何処かからか見つけてきた。それに怒ったんだろう」

「ほんとに余計な事しかしねぇのな、スネオ」

「スネィオだ」

「スネィオ」


しっかし、いくら見つけたからって普通パクるか? クマーの赤ちゃんだぞ?
どうなるかなんて分かりきってると思うけどなぁ。スネオはよほどの馬鹿か、紙一重の天才だな。親クマーの一撃を喰らって生きているところを見るとなかなか運はいいようだけど……使えねぇよなぁ。流石に戦えないよねぇスネオ。


「番長」

「ブリングだ」

「ブリング」

「なんだ」

「デバイス持ってきてる?」

「ああ、一応な」


……いけるかな? 一応テープレコーダー持ってきちゃったんだけどさ、これ聞かせたら……、


「スイッチオン」

「……?」

『あー、あー、聞こえてるかな? キャメル先生だよ。これを聞いてるって事は着いたんだね、リゾートに。おめでとう。
 はい、これから君たちに第二の試練を与えまーす。これからスタート地点に戻りましょう! これ聞いた時点でタイムリミット発動だからね。三十時間以内に戻ってくださーい。一応コテージにはカメラあるから、君たちが来た時間なんかも分かってる。ずるしちゃダメだよ?
ああ、目に浮かぶな、君たちが“無理だよ!”とか言ってるのが。でも大丈夫。デバイスは持ち込み可能って、僕言ったよね? 持ってきてない人は残念無念。持ってきてた人はラッキッキー! この音声を最後まで聞いたら君たちは『飛行』以外の魔法が解禁されまーす。魔法使えるんだから、楽勝だよね? それじゃ、がんばってねーん』


何回聞いてもいらつくな、これ。


「何だそれは」

「キャメルの遺言。俺が遺言にする」


ダメか。そりゃそうだよね、こんな裏技でいけるんなら誰も苦労しないっての。ちくしょう。首輪さえ外せれば、番長の首輪さえ外せればかなりパーティーが強化されるのに。レベル99のNPC参入って感じなのに。インパクトの飛影くらいに反則っぽいのに。
だって見た目からして強そうじゃん。顔面に傷があるんだぜ? これで強くないなんていったらそりゃ嘘だ。いいな~いいな~。俺もそのくらいガタイが欲しいなぁ。2m越えるとか最早人がゴミのようだろう。


「あ、そういや番長は授業クリアする気ある?」

「ブリングだ」

「ブリングは?」

「スネィオを病院に連れて行きたい。授業などどうでもいい事だ」

「そ。んじゃ一緒に行こうね、今度はちゃんと」

「……ああ、そうだな」


それにしても何で番長はスネィオをこんなになってまで守ってやってるんだろうか。
なんかあるのかな、この二人。……まさか……いや、いやいやいや、まさかね、うん。まさかまさか、ホ、ホ……。いや違うさ。この男の中の男みたいな奴が、まさかね……。


「ねぇ、ホモ番長」

「ブリングだ。ホモじゃない」

「そっか、良かったよブリング」


ホモじゃないようです。……良かった。ほんとに良かった。
とりあえずメガネとキツネさんを起こそう。そんでちょこっとだけ休んで出発だ。地図的には半分を越えた所だし……うん、普通に間に合いそうだ。番長たちがめちゃくちゃ足遅かったりしたらアウトだけど、そんなことは無いだろう。
さぁさぁ、スネオの怪我が治り次第行きますよ。番長もしっかり準備しててね。





怪我は治ったみたいだが結局目の覚めないスネオは番長が担いでます。この中じゃ一番力持ちだしね。
ちなみにキツネさんは目覚めてるけど走れそうに無いです。足が言うこと利かない……って言ってました。だから俺が担いでるわけなんだけどさ、


「うぅ……ネコぉ……」

「大丈夫です、大丈夫ですキツネさん。私が絶対守りますから」

「愛してるぜぇ、ネコぉ……」


肩の付近でいちゃいちゃされるとたまったもんじゃない。しかもキツネさんちょいちょい笑ってるしね。ネコさんおちょくられてるのに真剣に答えてる。なんていうか……もう勝手にしてって感じだよね。
五人だぜ? まぁスネオは目が覚めてないから四人みたいなもんだけどさ、そんな中、衆目があるのにここまでできるか? さっきから耳元でチュッチュチュッチュうるせぇんだよ!!


「ちくしょう、俺にもユーノがいればこのくらい……」

『張り合わないで・下さい』

「そういえばユーノ君はこの授業とらなかったんだね。君たちっていつも一緒にいるイメージあるんだけど」

「おう、ユーノはなんか物理学とるとか言ってた。アイツの脳みそってめっちゃ硬そうだよな。考古学者になりたいって聞いたことあるけど……」

「へぇ、管理局には入らないのかな?」

「さてね、将来どうなるかはわかんないよ。メガネは局に入りたいんだ?」

「公言してる通りさ。僕は武装隊に入りたいんだ」

「ふぅん……」


無理だろうがな! 残念! 原作知識舐めんじゃねぇぞ! ふはははは~☆
……けど体力は合格かもね、メガネ。ちょっと休んだだけなのにもう回復してやがる。やっぱ凄いんだねぇ皆。俺だったら絶対走れてない。今はシェルが良い具合に魔力の配分決めて強化してくれてるけどさ、シェル居なかったら身体強化すら禄に出来ないぜ、俺は。
まぁ、それを言うなら本物の化け物は番長だけどね。
強化なしでガンガン進んでますよ。人一人抱えてガンガン進んでますよ。藪なんて何のその、邪魔な木なんて何のその。お~い、自然破壊は程々にしとけよ?
本物だぜ、本物の漢だぜ。

そして、わっしゃわっしゃとひたすら真っ直ぐに進み続けている番長の足がぴたりと止まった。


「ぅ……あう、うああっ!!」

「落ち着けスネィオ、俺だ」

「うあっ、ブ、ブリング……?」

「ああそうだ」


番長は険しかった表情を一度だけ緩めてスネオを地面に下ろした。
少しだけふらつきながらスネオは立つと、


「お、お前ぇえ! なんで僕を守らないんだ! 役立たず! 役立たずだお前!」

「ああ、すまん」


げしげしと番長にローキックを。
おやおや? え、何? こういう力関係なの? 番長 < スネオなの?
虎の威を借る狐っぽいなとは思ってたけど、もうそのまんま貰っちゃってるわけ? 借りてるんじゃないんだ?
俺らが驚きに包まれている間にもスネオは番長を蹴る。殴る。叩く。すげぇ、なんだこれ。愛の鞭か? 番長にとってはご褒美なのか?
……んな訳ないよね。


「ちょ、ちょっと待てって、番長はボロボロになりながら俺たちのトコにお前を持ってきたんだぞ? 有難うぐらい言ってもいいんじゃない?」

「お前は黙ってろよぉ! こ、ここコイツは僕のモンなんだ! 僕がどう扱ってもい、い、いいだろう!? ふひ、そ、そうだ、お前は僕のモンなんだよ!!」

「……スネィオ、確かにお前が怪我をしたのは俺にも責任がある。だがそれを治してくれたのはあいつ等なんだ。あいつ等にだけは礼を言ってくれ」

「うるっ、うるうるうるさいんだお前! 黙ってろよ!」


うるうるうるさいんだな、よく分かりました。
……歪んでやがる。スネオ、歪んでるよぉ……。唯我独尊系かよ、コイツ。メガネ完全にドン引きだよ。白い目で見てるよ。キツネコさんは我関せずを通してやがるが。なかなか良い性格してんね、二人とも。
しかし流石にムカつくだろこれは。番長殴れよ。殴っていいよ。絶対役に立たないからぶん殴ってよこいつ。昏倒させてやってよ。
アンタがやらないってんなら俺が、


「ぴーぴーうるせぇよスネオ」

「僕はスネィオだ!」

「うるせぇなスネィオ」


これ以上バイト数増やしたくないからお前らの過去とかは聞かないけどさ、いくらなんでもそりゃないぜ。ありがとうとごめんなさいは言えた方がいいと思うよ、まともな大人になりたいなら。……もう手遅れかな。


「お前さ、そんなんでいいのか? 番長はお前を守ってくれたんだろうがよ、それを殴る蹴るってねぇ……性格悪いのが垣間見えてて気持ちわりぃんだよ。助けてくれた人に、ネコさんと番長にありがとうくらい言いやがれ」

「だまっ、だ黙ってろって言ってるんだよ、そんなこと僕は頼んでない! マ、ママに言いつけるぞお前! 子供の癖に生意気だ!!」

「あぁん!? デスサイズをぶっ殺す予定の俺様がママ如きに屈するとでも思ってんのかテメェ!!」

「ぼ、僕のママは理事と懇意なんだ! お前なんかっ、お前なんかすぐに退学だ!!」

「このっ、その前にお前殺してクマーの餌にしてやらぁボケが!!」


拳を硬く握り、しかし振り上げたそれははスネオに届く前にメガネに止められた。
と、止めるんじゃねぇメガネ! こんなクソガキ、修正してやるんだ!! ムカつくだろ? あり得ないだろ!? 人間以下だろコイツは! さっきまで自分が蹴ってた番長の後ろに隠れてるんだぜ?


「……気持ちは分かるけどさ、止めといたほうが良いよ。君が退学になるのはもったいない」

「なんだよ、殴らせろよ! 退学なんてなりたくないけど殴らせろよ!!」

「すまん、本当にすまん……」

「番長が謝る事なんて無い! 俺はスネオに言ってんだ!!」


俺はスネオに御免なさいと有難うを言わせたいんだよ。ネコさんは必死になって治してくれてたんだよ? それをこんな態度とるとかあり得ちゃいけないでしょ、これ。


「わ、私は気にしてないから良いですよ……?」

「……皆人が良すぎるって。俺だけ悪者みたいじゃんか」

「ディフェクト君の気持ちも分かるけどね、そんなの殴ってたら拳が汚れちゃうよ?」


流石に空気を読んだのか、今まで口を出さなかった二人も俺を止める。
ここで殴ったら俺は本当にエアクラッシャーになっちゃうので仕方なしに握り拳を解いた。


「ふひ、ふひひ、なんだよ、偉そうな事言って結局殴れないんじゃないか!」

「あーあー聞こえなーい!」


……ち、ちくしょう。腹の虫が収まらねぇ! なんか殴りたい。なんか殴りたい!! メガネちくしょう! 殴らせろちくしょう!
とまぁ、相当に腹が立ってたわけだ。思えば、俺のそんな気持ちを嗅ぎ取ってきたのかもしれない。その時俺は本当に何かを殴りたかった。ストレスの発散をしなければ髪の毛が抜け落ちるかと思ったんだ。

だからってねぇ……。


「ぐゥ、グルル……」

「うそぉん……」


あ、騒ぎすぎですか? ここら辺縄張りでした? ごめんなさいね、すぐに帰りますから……。


「グルァァアアアアアアア!!!」

「なして出てきたかお前ぇえ!!!」


親クマー、出現!!


「逃げ―――」


るが勝ちとは言いますが、それは逃げ切れたらの話なのです。逃げ切れないでむしゃむしゃ食べられちゃったら、そりゃ向こうの勝ちだよね。ちらりと見た感じ、推定2.5m。俺らより足が速いの確定ですよ。

だから俺は逃げ―――、


「―――るか馬鹿ヤロウ!!」

『ファーストフォーム・セットアップ』


クマーが振り上げた前腕はスネオを狙っていた。番長がスネオの前に立つが、そりゃダメだ。
俺はクマーがその狂爪を振り下ろすよりも早くジャンプ。


「んだりゃあ!!」


構築しかけのファーストフォームで顔面をぶん殴った。ごつんと固い感触。腕が痛い。骨が。
魔法は撃てなかったがバリバリ身体強化し、力いっぱい殴ってやったのだ。しかしそれでもクマーは少しだけ涎を撒き散らしただけ。その前腕は依然番長(の後ろのスネオ)に。


「うわああ! 嫌だ嫌だ!!」


スネオがやかましい中、クマーの腕は振り下ろされた。





。。。。。





「血が止まらん……」

『大丈夫です。早めに・病院に・連れて行けば・死ぬことは・ないでしょう』


クマーの魔法爪はしっかりと番長にヒットした。首から胸にかけて大きな三本ラインが出来ている。そこから血がドピュドピュ出てるんだが……これホントにマズイって。
いや、むしろ番長のほうから当たりに行ったようなものなんだけどね。スネオが背にいたから。んな奴守る価値無いのに、馬鹿なことしちゃって。

ん? クマー?

いるよ、目の前に。ネコさん結界の中に逃げ込んだ俺たちの真ん前に。
ふざけた事に結界には手を出さず、ネコさんの魔力切れを狙ってやがる。ごろんと横になり、薄目を開けてこちらを観察していた。
番長の傷をどうにかこうにか治癒してるんだけど……やっぱ俺はダメだな。なかなか治らん。ユーノだったら絶対一発なのに。


「ディフェクト君、僕が」

「はいはい、囮になるとかそんなのいいから。まったく必要なし」

「でも、この状況はマズイ」

「大丈夫、何とかするから。だから少し黙っててくれ、集中が切れる」


治癒魔術、意外と集中してなきゃならないんです。しかも俺の魔力はすぐ切れちゃうし、一刻も早く番長の傷を治さなきゃならん訳ですよ。
小さく深呼吸しながら治癒を。
キツネさんはネコさんの腕を取りながら一生懸命がんばれ、がんばれって。いいね、ネコさんも気合入るだろうさ。結界の維持は割と魔力喰うしね。しかもクマーが目の前にいるわけだし、正直怖いだろう。
メガネもメガネで一生懸命打開策を考えてるし、囮になるとか言い出す所見ると結構肝が据わってる奴だ。

しかし、だがしかし、


「……くそう、ちくしょうっ、こんな授業とるんじゃなかった、とるんじゃなかったぁ……、うぅ、いやだ、死にたくない……」


ええその通り、スネオです。
いい加減我慢も限界どころか天元突破しそうなんですが……。もう結界の外に放り投げても良いんじゃないかな?


「何でこんなことになるんだよ、何でこんなことになるんだよ」


二回言うな。


「ブリングのせいだ、アイツが僕の事弱いと思ってるから、ブリングのくせに、守っていい気になってるんだ……勝手に怪我して、怪我なんて、馬鹿みたいだ……。ああ、くそ、こんな授業とったから……」


血管が切れる音ってさ、“ブチ”じゃないんだぜ? なんかね、“みちっ”とか“めちゃっ”とか。初めて聞いたけど、そんな感じでした。
番長の傷もちょっとよくなり、何とか出血も抑えて、


「おらあっ!!」


骨が相当に痛かったんですが、本気で殴りました。ええ、スネオをです。
スネオはぎょ、と何語か分からない言葉を吐き出しながらその場に倒れ伏した。鼻血を出しながら、驚いたような顔の隣に白い何かが……歯かな?
流石に今回は皆切羽詰ってるんで止められるようなことも無かったです。


「な、ななにをするんだ! 僕のマ、マ、マママママは理事と―――」

「さっき聞いたよ、お前のマママママママの話は。ちゃんと憶えてる」

「退学だぞ! 退学にビョッ!!」


もう一発。
結界の中は狭い。スネオもそれを分かっているのか、転げて避けるような事は無く、必至に結界内に留まろうと踏ん張っていた。
涙目で見上げてくるスネオの胸倉を掴み上げ、


「お前も学校に入学できてるんだからそれなりには魔法使えるんだろ? 存在がウンコだからってクソの役にも立たないバカで居続けなくてもいいんだよ?」

「うる、うるさいんだ……お前ら、皆、皆っ! そっちが勝手に期待して、それで勝手に離れていったんじゃないか!!」

「知らないよ、そんなこと。お前の過去に興味は無いし、あんまり知りたいとも思わないし。俺って人に甘いところあるからさ、そういうの知っちゃったらいいよいいよって言っちゃいそうなんだもん」

「そ、そんな勝手なことで人を殴るなよ! 結局気に入らないだけなんだろ!!」

「変なこと言うね、お前。気に入らない以外に人を殴る理由ってなんだよ」


いやまぁそりゃボクサーとかだったら別だけどさ。


「ちくしょう! ちくしょう! こんな授業とったから、ブリングが、ブリングが……! 勝手に守って、勝手にやられたんだ、僕のせいじゃないんだ……!!」

「一度こうと決めたら、自分で選んだんなら決して迷うな。迷えばそれが他者に伝染する。選んだら進め。進み続けろ!
 ……これさ、俺がリスペクトしてる人が言ってたんだけど……凄いだろ? ええおい? 進み続けるんだぜ? お前もキンタマ付いてるんだったらさ、ちょっとくらい……」

「うるうるっ、うるさい黙れ黙れぇえ!! 放せ! 僕に関わるなあ!!」


胸倉を掴み上げていた左腕を弾かれた。
スネオは崩れ落ちながら、髪の毛を振り乱しながら言う。


「僕には何も出来ない!! だって魔法も使えないんだ! ふひっ、そうだ! あんな熊みたいな奴、お前らが倒せよ!! 魔法が使えないんだ、僕は!! 僕は何もしない! してやるもんか!!」

「……お前……」


こいつもうダメだ。何があったらこんな、なんでこんなシンジ君みたいになっちゃってるんだよ。いや、妙に強情な分シンジ君より酷いかも……。
コイツはアレかな、関わらないほうがいい人種かな? 俺、何がどうあってもスネオと仲良くなれそうに無いよ、マジで。番長は何でこんな奴と付き合ってるんだろう。人の縁ってのは不思議なモンですなぁ。
捨て置いた。未だブツブツ何か言ってるスネオを。

うん。関わるまい。こんなことより番長だ。もうちょっと治癒かけてやろう。


「あれ? 目ぇ覚めてんじゃん」

「……痛いな」

「そりゃあね、まだ完全に治ってないし」


番長が怪我の事を言ってるんじゃないって分かってたんだけど、まぁ、スネオもなんか可哀想だしね。頭が。


「……後はいい。自分で出来る」

「いやいや、アンタ魔法封じられてるから」

「そうでもないようだ」


番長は身体を起こすと無造作に巻いてある首輪を握った。少しだけ力を入れたかのように見えれば、次の瞬間、


「むんっ」


ブチ。

……うそぉ? 俺めちゃめちゃ力入れてもビクともしなかったのに。て言うか鋼鉄製なのに、千切れましたよ?


「さっきの熊の攻撃でな、少し傷が入っていたようだ」

「いやいやいやいやいや!! 傷!? そういう問題かな!?」

「お前たちは魔法に頼りすぎだ。魔法を鍛える以前に、まずは身体を鍛えろ。そうすれば熊の一撃をまともに喰らっても死なん」

「……お恥ずかしい限りです……」


き、鍛えろってもなぁ、俺が本格的な筋トレ初めていいのって後八年くらいは待っていただかないと……。
まぁなんにせよクマーを撃退する算段が付いたわけで、よきかなよきかな。……スネオは狂ったみたいにブツブツなんか唱えてるけど。


「リーダーよ」

「……何だい?」

「ちょっと行ってくらぁ」

「そうかい。僕に何かできればいいんだけどね、役立たずみたいだ」

「おう、最初っから分かってたこった」

「酷いね君!」


ホントの事だし。俺は結構正直者なんだよ。


「キツネコさ~ん、ちょっと行ってくっからね、結界の維持お願いね!」

「はうぅ……もう限界が近付いてますぅ!」

「ああ、気にしなくて大丈夫だよ~。この子限界限界って言ってからが凄いんだから」

「……それはどういう意味で?」

「ん~、大体いつもこれからベッドが酷くなるって感じ」

「え、それは所謂潮ふk」

「ぎゃー! 何言ってるですか! さっさと行って下さい!!」


とりあえずマジでテクの伝授を頼みたい。教えてくれ、キツネさん!!


「だ、そうです番長」

「ブリングだ」

「ブリング」

「スネィオ、行ってくる。結界の中から出るなよ」


スネオから返事は返ってこなかった。駄目な顔してやがる。とても駄目そうな顔してやがる。
番長とスネオ。こいつらに何があったかは知らないさ。けど、ここでこんなになってちゃ駄目だ。皆怖いんだよ。恐ろしいんだよ。けど選んだんだ。だから文句も出ないだろ? 俺に力が無かったら文句たらたらだと思いますがね。だから強制はしない。
ただ一つだけ、


「選んだら進め。進み続けろ、だ」


俺の目玉は進み続けるために前に付いてる。だったら行こう。セットアップ。
結界から一歩を踏み出した。





そしてクマーはのっそりと身体を起こした。表情など読めるはずも無いのだが、何となく哂った様な気がする。
やっと出てきたか、と。喰われに出てきたか、と。

っは、馬鹿め。逆に喰ってやるわ、熊野郎。

牽制か、クマーはいきなり襲ってくるようなことは無かった。ジリジリと、円を描くように俺たちの距離は縮まりる。一秒が十秒にも二十秒にも感じた。
ぐるる、と咽喉を鳴らすクマーの口から涎が滴り落ち、それが合図となり、行くぞ、と足に、力をいれ―――、


「行く」


耳に聞こえる声に虚を付かれた。出そうとした足がびくりと止まる。

無造作。

俺は格闘の師事を特定の誰かからきちんと受けたことは無い。授業で習って、それをまだ子供の自分なりに、動きやすいように改変し、そこからまたユーノに見てもらい形作る。そんな『なんちゃって格闘技』しかしていない俺が言うのもなんだが、番長の歩の進め方、それはあまりに無造作だった。
最初の位置から動いていない番長は、ずん、ずん、ずん!
その歩幅を如何なく発揮。大股に歩いて行きクマーの攻撃制空圏内に入って行き、クマーも呆気にとられたように動かなかった。

ひょ?


「守るべき者が守られている。今の俺は強いぞ、獣」


番長に脅威を感じたのか、クマーは後ろ足で立ち上がり自身の体を大きく見せようと両腕を振り上げた。
でかい。番長もでかいが、それ以上に。


「グルゥアアアアアアアアアア!!!」


咆哮。耳を劈くソレには俺も一瞬からだが固くなるのを感じた。
けど、やっぱり番長は、番長だ。





「それがぁ、どうしたぁぁぁああああああぁぁぁああああああぁぁああああああああああああ!!!」





あは、アンタ最高!!
あんなに巨体を、さらに大きく見せているクマーが、その威がなんとちっぽけなことか。なんだか俺まででかくなった様な気分。虎の威を借る狐。分かるわその気持ち。

俺の背中に輝く三枚の羽。

番長の右腕にいつの間にかセットアップされている……なんだろうか、アレは。


「シェル準備は?」

『いつでも』


そして俺がこそこそと隠れながらクマーの背後に立つと、ついにクマーの前腕が番長に向かって振り下ろされた。魔力の軌跡を残し番長に。
肉の打つ音。轟音ではないものの、あまり耳にしたくない。
番長はもろに喰らっていた。左の肩に深々と爪が刺さって、しかしそれでも番長は凶悪に笑う。瞳が語っていた。この程度か、と。
ハードボイルドだ。やせ我慢だ。痛くないはずが無い。


「……アルトアイゼン」


番長は静かに呟く。突っ込みません。勝つまでは。
位置的に見えないが、番長がクマーの腹部に拳を添えたようだった。同時に俺も、


「行くぞ」


背中の羽は一枚ではなく、その三枚が時間差を置き、全てはらはらと崩れ落ちていく。


「止められるなら……止めてみろ。リボルビングステーク!!」


番長が放った魔法。
クマーの腹部で光が走った。どぱぁっ!! どぱぁっ!! と断続的にそれは続き、びくんびくんとクマーの背が跳ね上がる。
悪あがきか、番長の首筋に噛み付くが、それでも魔法を放つのを止めなかった。ばちゃばちゃ水っぽい音がするのが気持ち悪い。番長は顔面を血に染ながらも凶悪な笑みをさらにさらに深く刻み、俺と目が合った。

殺せ。

あいあい了解。

そしてアクセルフィンは全て砕け散った。衝撃も、撃滅も、抹殺も、全部この手に詰め込んで、


「……トリプルフィンモーションっ!」


背中で爆発が起こった。
思わずつんのめりそうになるのを押さえながらチャージ・アタック。三乗の黄金を軌跡に、その速度は最高潮まで。セカンドフォームの加速を越えるか超えないかの速度。
ぎしりと体がきしみ、クマーの後頭部に向かって、


「死んじゃいなぁ!」

『―――fist explosion burst―――』


くまー の あたま が ぶっとんだ!





。。。。。





ぱちぱちと焚き火を囲む俺達。……俺はイヤだっていったんだけどね、番長が聞かないんだ。

喰え。
いらない。
喰え。
……いらない。
喰え。
いらねぇって言ってんだよ!
喰え。
だからっ!
喰えええええええええええええええええ!!!!
了解!!

くらいだったかな、大体。
これクマーだぜ? もしかしたらプレシアが召喚した奴かもしれないんだぜ? 半端なく食いたくねぇ。
けど番長に言わせると殺したんだから食うのが当たり前、だそうです。いや、もちろん全部じゃなくてね、一口でもいいって言ってんだけどさ……。
ええいママよ。プレシアママよ。


「いた、いただきまぁす……」


もそりと一口だけ口に含んだ。途端に広がる獣臭。くさい。肉も硬い。まず、い。これは、かなり不味いよ……。


「どう、ディフェクト君……?」

「た、助けて……こ、これ」


人が食っていいもんじゃねぇよって言おうとした時なんだ。またもがさがさと茂みが。
もういい。これ以上はもういい!
瞬間、身構え拳を前に突き出した。

しかし、


「きゅぅ」


出てきたのはまだ子クマーにも成りきれていない幼クマーだった。
わかります。何もかもが分かります。しかしごめんなさいは言いません。

幼クマーは焚き火と、その上に吊ってある肉の塊を一瞥するとこちらに背を向けと茂みに戻っていった。


「ディフェクト君、今のって……」

「……うまい」

「え?」

「超美味い!! 御代わりだ番長!!」

「ブリングだ」

「御代わりだブリング!!」


そんなこんなな無人島。


「これが自然の恵みだぜ」

「お前が言うのかよ……」


番長自重。







[4602] nano00 記憶4 『いいから聞けよクソメガネ!』
Name: もぐきゃん◆6bb04c6b ID:8f9eb27a
Date: 2010/02/15 11:40





―――夢を、夢を見ていました。夢の中のわた……じゃなくて、俺は……? 俺? 私、そう、これは『俺《私》』の―――

これは、卒業を間近にした時の頃だったかな。





00/~『いいから聞けよクソメガネ!』~





「ねぇ、ディフェクト」

「……んぁい?」


珍しくユーノの声に反応して目が覚める。なんか最近避けられてる気がすんだよね、俺。……なんかやっちまったか?

ゴシゴシと目元を拭いながら身体を起こした。
いつも眠ってばっかって訳じゃないけど、昨日はシステルさんでハッスルしすぎた。身体が睡眠を求めてるぜ。
それにしても良い尻だった。しっとりと肌に吸い付く手触り。柔らかな感触。ありゃ一級品ですぜ。


「うへへ……」

「気持ち悪いなぁ、目覚めてからいきなりニヤニヤしないでよ」

「おおっとゴメンよ。でも仕方がないことなんだ」

「まぁいいけどさ。それより次の授業サボらない?」

「おお、どうしたよ優等生。お前から誘うなんて珍しいじゃん」


いつもは俺からだもんね。いやいや、サボってばっかでもないよ、もちろん。
たまぁにデスサイズの授業とか、キャメルの特別演習とか、その辺のを逃げてるだけ。俺は悪くない。


「ん、だってもう新しいこと教えてくれるわけじゃないしね。次と、その次は自習だよ」

「あ~そっか、もう卒業も近いしなぁ……」

「うん。天気もいいしさ、お弁当持って屋上行こうよ」

「それはいいけど、俺弁当持ってないよ」


何を隠そう、俺は学食派。
システルさんに作ってもらうのもなんか悪い気がするしね。……まぁ金貰ってる時点でアウトなんですけど。
購買で何か買うのもいいんだけど……正直、人だかりがモーゼの何とかの如く割れるのはどうにかして欲しい。なんだ? 俺そんなに嫌われてんのか? 触りたくも無いとか思われてんのか?


「ちくしょう……」


なみだ、ほろにげぇ。


「ちょ、急にどうしたの? お弁当だったらボクの分けてあげるから」

「マジ? じゃあいいや。行こうぜ!」


いいんだ。俺にはユーノがいるじゃないか。こんなに可愛くて、お弁当まで分けてくれるユーノが。なんで男なのか理解できないね。
最近ちょっと冷たいけど、いいんだ。それが大人になるってことなんだ。そうに決まってる。俺が嫌われるなんて……うん、ないない。それはない。


「あ、いくら天気良くても流石にちょっと寒いかな?」

「だいじょぶだいじょぶ。俺のロッカーの中にブランケット入ってっから、それ持ってこーぜ」

「君ねぇ、学校に何しに来てんのさ」

「お前に会うためさ、ハニー」

「……えとっ、その、……うん、あり、がと……」


顔真っ赤で俯くユーノが可愛すぎる件。スレ立てたら俺だけで1000いく。
いいかな? もうユーノエンドでいいかな、マイライフ。どう思うよマイライフ。尻の穴とも相談して、よく考えて結論を出してくれ。


『とりあえず・勘違いで・朝勃ち・しているのを・直して・下さい』

「いいところに気が付いたなシェル」

『私の・第一・観察対象・ですから』


魔法を覚えろ。





「お、ホントにいい天気じゃん」


チンポジ直してやってきました屋上。この学校の屋上は生徒にきちんと解放してるのがいいね。花壇とかベンチとかあって綺麗だし。
適当なところで、あえてベンチには座らずに腰を下ろした。
椅子はまずい。ごまかしが利かねぇからな! 物食うときは流石に見たくねえだろ。だから胡坐をかくんだ。こう、制服のシワをよせて、何とか目立たないように……よし。


「どうする? ちょっと早いけどお弁当食べちゃおっか?」

「食う食う。腹減ったよ。俺はなんかいつも腹減ってるよ」

「ふふ、はいどーぞ」


ぽん、と丸々弁当を渡された。つかやけにデカイな。二段弁当じゃん。ユーノってそんなに食べる印象ないんだけど……食っていいのか、これは?


「ええと、全部いいの? お前の分は?」

「好きなだけ食べなよ、ボクはなくても平気だし」

「いやいや、なんかワリーよそんなの」

「……言いつつお箸を握るディフェクト君であった」

「もぐもぐ……」


う、美味え。めちゃくちゃ美味い。
蓋を開けたときにあ、綺麗とは思ったけど……何だコレ! システルさんが作ってくれる多分料理と思わせたいのであろうナニカの百倍はウメエ!! 学食も美味いけど……霞むぜ。学食のおばちゃんが霞に消えるぜ!!


「うめぇ……」

「ホント!?」

「ああ、これメッチャ美味い。この玉子焼きなんて半端ねぇんだけど。あ、出汁巻き卵かこれ」

「うん! それすっごい勉強したんだ! 巻くのが難しくて、卵もベチャベチャになっちゃうし」


そこまで言われて、今更のように気付いた。


「……お前が作ったの? ってかそりゃそうか。寮だもんな、弁当なんか用意してくれる訳ねーか」

「う、うん。結構好きでさ、料理」

「流行の弁当男子ってヤツかぁ、やっぱこういうのが最近はモテるんだろうねぇ……。お前ネコかぶってりゃバリバリ草食系だもんな」

「いや、別に猫被ってるつもりはないんだけど……」


被ってるだろ。怒ったら超怖いし。俺は見たぞ、いつだか教師(キャメル・クラッチ)に土下座させているのを。


「それにしてもおかずのチョイスがいいわ。俺の好物ばっかじゃん」

「そ、そお? それはよかった、えへへ」


……可愛い。ユーノが可愛い。
むしろユーノをオカズにしてもいいですか? 制服のシワに隠れちゃいるが俺のジュニアは本気を出してるんだぜ?


『待て』

「ああ、まだ早いな」

「どうしたの? あ、これも食べてみて。下味つけるトコから全部やったんだよ」

「あいあい」


ユーノが指したから揚げちゃん。
……けど俺アレなんだよね、弁当に入ってるから揚げってなんか苦手っつーか、ベチョってなってるのが―――

―――サクッ。


「な、なんだってぇぇえええ!!」

『馬鹿な! 弁当から揚げが・サクサク・ジューシー・だなんて!』

「宇宙人の仕業だったんだよ!」

「ボクの仕業だよっ!!」


そうだとも。ユーノの仕業だとも!
しかし美味い。そして可愛い。お前もうボクっ漢(こ)として売り出せ。大ブレーク必至だから。超次元アイドルのメンマ・リーとか速攻で追い抜くから。ッキラ☆とか言ってんじゃねえ。にゃんにゃんとかほざいてんじゃねえ。萌えたけど。


「しかし美味え! 止まらねえ! 俺の箸捌きが止まることを知らねぇぜええ!!」

「あ、これも食べて!」


と、今度は煮物を指した。疑いはもうない。美味いに決まっている。行くぞ俺は! スクライアの箸で掴む!


「ん?」


……箸?

今更ながらに気付いた。なんで箸?
こっち(ミッドチルダ)じゃナイフとフォークが主流なのに。箸がないわけじゃないんだけど、ユーノだってナイフとフォーク使ってた気がするし……。


「どうしたの? 煮物、嫌いだった?」


不安げに、上目遣い。
可愛い。可愛すぎる。おかしい。ユーノが男なんておかしい。箸の事なんてどうでも良い。


「……神は死んだ……もぐもぐ、うめえ……。こんなに美味いのに、なんで……」

「なんかおかしかった? 変だった?」


チクショウ。なんでこんなに美味いんだよぅ……。


「超、美味い」

「あぁよかった~」

「ほれ、お前も食えよ。自分のなんだから、あ~んしろあ~ん」


から揚げを差し出した。
これマジ絶品だから。作った本人に言うのはなんだけど、食わなきゃ損するから!


「い、いいよいいよ、全部食べちゃっていいから!」

「よくねーよ! 食え! 食うんだ! 今から十秒以内に口をあけなきゃ口移しを敢行する!! サンとアシタカみたいな事する!!」

「え、ちょ、ちょお!」

「い~ち、に~い、じゅう! ハイ十秒!!」

「ま、まって、まってまって! あ~ん、あ~ん!」


三秒しかたってませんけど。
口をあけたユーノに箸を突っ込んだ。


「……美味しい」

「だろ?」

「ボクが作ったんだけどね」

「俺が食わせてやったんだよ」

「おーぼーだぁ」


怒っていますよ、と笑いながら、そして可愛らしくユーノは唇を突き出した。
ターゲットロックオン。狙い打つぜぇ!


『まだ・早い』

「おぉっと、さっきのは危なかったぜぇ?」

「ん、どうかしたの?」


小首を傾げるユーノ。
ターゲットロックオン。狙い―――、


『まだ・早い』

「おっとっと、危ねえ危ねえ」

「あ、ご飯粒ついてる」


俺の頬から米粒を剥ぎ取り、そのまま俺の口の中に指ごと突っ込んでくるユーノ。
ターゲットロック―――、


『まだ』

「ぬ、ぐぅ……。自分ではなく、指ごと俺に食わせるか。なんという破壊力……!」

「あは、おでこに机の跡ついてるよ?」


ふぅふぅ息を吹きかけてくるユーノ。
ターゲッ―――、


『ま』

「死ぬかもしれんね、俺」





その後、可愛い(ユーノ)に悶えながら、完☆食!! いい感じにお腹も膨れた。
さあ、そしたら何が来るんだ。そう、お昼寝、だっろぉおがああ!!


「ユーノ、枕になって」

「いいよ~。膝? 腕?」

「お腹~」

「はいはい、おいで」


苦笑しながらユーノは読んでいた本を閉じ、ころん、とその場に寝転がった。
もぞもぞ芋虫のように俺は移動し、そのお腹の上に顔面を埋める。ああ、なんか久しぶりだなぁ、この感じ。


「ん、ユーノなんかいい匂いすんね」

「……そうかな? 特に何か付けてる訳じゃないんだけど?」


じゃあこれはユーノ臭か。なんか臭って書くとくさい物みたいだけど全然そんなことないから。超いい匂いだから。安心する。眠い。


「ん~、眠れそう。おやすみ~」

「うん、おやすみなさい」


上下するお腹がすげえ安らげる。ああ、これはもう……。





。。。。。





『色々と・惜しいことを・しましたね』


そしてシェルは音声を発信した。

読んでいた本を枕にし、腕で顔を覆っていたユーノがそれに反応しピクリと動く。自身の腹の上ですやすや眠る存在を、笑みを湛えて眺めた。


「……大丈夫?」

『ご安心を。完全に・眠って・います』


主が眠っている時にしか訪れないこの時間。機械であるシェルが感じるのは間違っているかもしれないが、これは『楽しみ』にしていた、という事なのだろうと決め付ける。


「はぁ、ボクってそんなに分かりにくいかな?」


ユーノの言葉。シェルが人間だったのなら、ここは『苦笑』をするべきところだとロジカルに判断。親しみやすさを出す為に、ない筈の『感情』を作り上げる。


『いえいえ・むしろ・露骨な・くらいです。最近は・マスターを・起こしに・来ませんが・どうか・なさったんですか?』


そう、割と最近までユーノはディフェクトを起こしにきていたのだ。
主が起きるまでの時間。それがユーノとシェル、二人の『本音』が語られる時間だったのだ。


「ああ、ディフェクトのファンクラブとかいうのがいてね、その子達がちょっと面倒なんだよ、もぉ……」

『なるほど・あの・○○○○達・ですね』

「シェリー、あんまり汚い言葉は使っちゃダメだよ?」


シェリー。
それは秘密を共有した時に付けてくれた愛称。『この時間』だけの呼び名。


『本気の・ユーノ様より・マシかと』


そもそもシェルが○○○○という言葉を始めて聞いたのはユーノからだ。初めて聴く言葉。登録されていない単語。素早く検索をかけ、自身の悪口フォルダの中に追加した。


「……はぁ、こんなだから猫被ってるとか言われるのかなぁ、ボク」

『私の・マスターは・一番ブ厚い・猫皮に・気付いて・いませんが』

「カケラも?」

『爪の・甘皮ほども』

「そりゃさ、言い出したのはボクだけど、いくらなんでも気付いてよさそうなもんじゃない?」

『一回・信じたら・疑いません・からね。私の・マスターは』

「鈍感とか、そんなんじゃないんだよね。いや、ちょっとはあるかな……。まぁ、それよりも一直線すぎるんだよディフェクトは」


猪突猛進。言うならばこれか、とシェルは自身の『四字熟語フォルダ(笑)』を開いた。
自分のマスターはマルチに物事を考えることが出来ない。
いや、


『自分では・よく考えてる・つもり・みたい・ですけどね』


だからこそ始末が悪いんだよ、とユーノがため息をつく。


『いっそのこと・迫って・みたら・どうでしょう?』

「な、何言ってるんだよ! そんなのっ」

『起きますよ?』

「―――っく、だ、だからってそんなこと出来ないよぉ……」


面倒だ、『人間』は。もし、自分だったらそれは最良の選択のように思える。


『人は・面倒・ですね』

「……? 人は?」

『ええ。機械の・私には・最良の・選択のように・感じますが』

「……ああ、なるほどね。あは、ボクも馬鹿だな」


そう言ってユーノがこめかみを叩いた。


「ふふ、シェリーも、もう少ししたら……分かるかもね」

『何を・ですか?』

「ん~、なんて言ったらいいのかな。今ボクが抱えてる『モヤモヤ』とか、かな」

『私に・『モヤモヤ』は・存在・しません』

「まぁまぁ、憶えといてよ」

『了解』


シェルブリットには理解できない。『今の』シェルブリットには。もし『モヤモヤ』が存在するとすれば、それは重大なバグフィックスだ。サポートセンターへ電話しなければならない。解析不能の四文字が返ってくるのは目に見えているが。
しかし、ユーノが言うような『いつか』が来るのなら、それはそれで『楽しそう』だ。シェルブリットは、そう『思った』。


『ところで・ユーノ様』

「ん?」

『予行・演習を・しましょう』

「ん~?」

『マスターを・起こさないよう・ゆっくり・身体を・起こしてください』

「……オッケー。膝枕への移行完了」

『さぁ・見えますか・マスターの・それはそれは・雄大な・モノが』

「ぶはっ! なぁ、なななな何を!」

『触るのです・ユーノ様。私が・手塩にかけ・育て・観察を続けた・ソレを』

「……で、も……」

『興味は?』

「いや、そりゃ、人並には……。ボクの場合ちょっと特殊だし……」

『今しか・ありませんよ』

「……じゃ、じゃあ、ちょっとだけ」


―――むんず☆


「こ、こんなに?」

『すごい・でしょう?』

「ちょっと怖い……。うわぁ、すっごい熱いよ、服越しにこんな……」

「―――いや、何やってんのユーノ?」

『あ』

「―――ッ!!」

「え、なに? なんでユーノが俺のチ―――」

「―――ぃぎゃぁぁぁぁああああああああ!!!」


―――メメタァッ★

ユーノ・スクライア。
初めてディフェクトを殴ったその日である。





。。。。。





「……ん、ん」


意識が上昇。少しだけ寒い。けど、あったかい。
なんだっけ。何してたんだっけか……。ふわりと鼻腔をくすぐるいい匂い。あ、ユーノだこれ。


「ん~……ゆぅの~?」


重たい瞼を開けゆっくりと目を開けると、顔面の数センチ前にユーノの顔があった。
流石に少し驚いたものの、それを超える驚きでかき消される。


「……つか夜じゃん」


寝すぎだろ。
学校終わっちゃってました。

あるぇ~? 俺って寝起きは悪いけど、意外と短時間でも起きる人なんだけどなぁ……。ここまで爆睡したの久しぶりじゃね? 二現目から……あたり真っ暗だし、もう七時は超えてんだろーな。軽々と八時間くらい寝てんじゃん。

しかしユーノも珍しい。コイツの寝顔ってなかなか見れないんだぜ。デスサイズ戦で見た一回しかない。少し前までシステルさん家によく泊まりに来てたけど、俺より遅く寝て俺より早く起きるからな……。
少し堪能しましょう。がっちりホールディングされて抜け出せそうにないし。


「いや、改めて見ても可愛いな、やっぱり」


それより俺はなんで並んで寝てるんだろ。
お腹を枕にしてたのに、いつの間にかユーノの腕枕じゃないですか。ブランケットまで掛けられて、ドンだけ寝相悪かったんだろ。ごめんねユーノん。


「しかし可愛いな。どうなっているのでしょうか」

『さっき・から・可愛い・連呼・しすぎです』

「おは。てかお前ね、起こせよ。夜じゃねーかよ」

『生死を・彷徨って・いましたしね』

「いきなり何を言っているのでしょうかアナタは?」

『御気楽な・脳で・羨ましい・です』

「ンだとこんちくしょう! いくら俺でもそろそろ怒るぞ!」


と、俺の声に反応したのかユーノの瞼が動いた。
暗くてよくは見えないけど、殆んどバタフライキスしてるようなもんだから瞼の動きくらい分かるよね。


「ふ、ん~……あれぇ、なんでぇ?」

「おはこんばんわ」

『おは・こんばんわ』

「んふ~、うん、おはこんばんわぁ……ん~ふふ、明晰夢だぁ」


そう言ってユーノはがじがじ俺の鼻の頭をかじり始めた。なにごとw


『寝ボケ・マックス』

「ぱねぇな」

「……」

「ユーノ?」

「ああ、うん。おはよう」

「今更気取って何か意味はあるか?」

「……やっぱり無い、かなぁ?」

「超可愛かったけど」

「……それならそれでいいや」


そうしてやっとユーノホールドがとけ、ゆっくりと立ち上がる。
うう~、やっぱさみー。天気よかったからなあ、放射冷却がすっごい。早く帰って、風呂とか入って温まらないと風邪ひいちゃうぜ。


「ユーノ、早く帰るぞ。寒い」


返事がない。ただのしかb―――、


「ユーノ?」

「……ねえディフェクト、あそこ、何か……いるよね?」

「……え?」


夜。
学校。
屋上。

ユーノが指したのは、第二校舎の屋上だった。
ちなみに俺たちがいるのは第一校舎。その隣に建っている第二校舎の屋上に、ぽぅ、となにやら光るものが。


「いやだ」

「まだ何も言ってないじゃないか」

「俺は夜の森と夜の学校は嫌いなんだよ。あと掃除機の排気風のニオイも嫌いだな。さらにデスサイズは正直殺したいと思ってる」

「……ユーレイは?」

「見たことないから嫌いかどうか判断できん」

「ん、なるほどね。……でも一体なんだろうね、警備会社かな?」


いや、それはないだろ。多分だけど、まだ七時くらいだし。生徒も残ってておかしくない時間帯だ。ユーレイかどうかは分かんないけど、きっと碌な事にはならないはず。今俺の勘は冴え渡ってるぜ。特に理由はないけど。


「まぁ、ちょっとスリルを求めたアベック辺りじゃない?」

「アベックって……また随分な表現出したね」

「復刻すると信じている」


カップルとかもう古い。これからはアベックを推して行くぜ、俺は。


『覗きに・行きましょう』

「AVならいいんだけどさ、リアルにそういうの見るのって結構引くよ?」

「まるで覗いたことがあるような口ぶりだね、君」

「たまたまだよ。夜に友達と公園でこおり鬼やってたら車がぶ~ん。んで出てくるかと思いきやそれは既に始まっていたって訳さ。車はバックしている。なのに聞こえる嬌声。ゾッとしたぜ。一体どんなテクを使っていたのやら……」

『引いていた・割に・きちんと・見て・ますね』


それはほら、雄の本能ってヤツでしょう。後部座席側からバリバリ覗いてたから。すごかったよ。けどなんかね、ん~なんて言ったらいいかな。……抜きどころが分からないって感じ。いや、AVってよく出来てるよホント。


「ま、シカトに限るよこういうのは。あんまりいい予感しないし」

『出ましたね。ニュータイプ・でも・ないくせに・勘に・頼る。そんなだから・いつまで・たっても・強く・なれないん・ですよ』

「ちょ、シェル、そこまで言っちゃ可哀想だよ」

「なんで俺が哀れまれなきゃならんのじゃ……」


俺だって努力してんだよ。毎日毎日スフィアを飛ばしては自爆してんだよ。どうやったら強くなれるんだよ。教えてくれよ!
シェルはちっとも成長しないし、悪口ばっか言うし! 泣くぞ! その内俺は泣くぞ!
チクショウ。こんちくしょう……。


「……ファァァァアァアアアァアァァァアアアアック!! よし、行くぞ! そうだ、俺はニュータイプじゃない! 勘を頼るなんてダメだよね! よし飛べユーノ! 俺を連れてあそこに飛べぇぇぇええ!!」

「あ、ゴメン。今、魔力切れてて……」

「あふんっ」


最後まで格好がつきません。俺はもう死んだほうがいいかも分からんね。こんな主人公でいいのでしょうか?





「何がいるのかねぇ……」


第二校舎の屋上、その扉を開ける。ぎ、ぎ……、と若干錆びたそれは音を立てた。
同時に風が吹く。肌寒い。
校舎内から一歩屋上に出れば、やはりそこは寒かった。肌が粟立ち、思わず握り締めているブランケットを俺、ではなくユーノの肩に掛ける。


「ありがと。君は寒くない?」

「寒い」

「ほら、おいでよ。二人でも十分足りるよ?」

「おう」


キョロキョロ辺りを見回しながらユーノと二人でてるてる坊主のように包まった。
あったけー。いいわこれ。いつか恋人同士でしたいことトップ10に入るね。
それにしても、光りは何処だ。ユーレイさんがいるのなら挨拶位しておいたほうがいいだろう。俺もいつ仲間になるか分かんないしね。


「どこ?」

「たしかあっちだったと―――」


ユーノが指を指した瞬間、


「―――誰だ!?」


ちょっとビビッた。
けど、何だよ。人かよ。しかも一人かよ。ユーレイじゃねーのかよ。つまんね。
あぁ、あとお前フェンス越えて立ってると危ないよ。落ちたら死んじゃうからね。……ああ、そうだった。魔法あるじゃんね。危険なんてないか。


「つまんね。帰ろうぜ」

「そう? ボクはすごく楽しいよ」

『っけ・自殺・志願者が・一人か。逝って・しまいなさい』

「―――え、ちょ、ま! 待ってよ! せめて何か声をかけて行ってくれないか!?」


うるせーなぁ。なんだよ、死ぬんならさっさと逝っちゃいなさいよ。
本気で死にたいんなら落ちて死ぬだろうし、ちょっとでも後悔とかあったら反射的に魔法使っちゃうって。いいよね魔法使い。根性試し感覚でノーロープバンジーが出来るんだぜ?

しかしユーノあったかい。手を握ってくるのが可愛い。指を絡めてくるのがヤヴァイ。
よかったねお前。ユーノいなかったら突き落としてたぞ。


「はぁ、はいはい了解。なんて声かけて欲しいの?」

「い、いや、だから……、こんな状況になってる訳とか、聞きたくないのかい?」

「はあ? 知らないよンなもん。どーせ管理局の試験に落ちたとか言って、そんでやる気のない自殺なんじゃないの?」

「……」

「ディフェクト、それかなり核心みたいだよ」

「っだらねぇ……じゃ、風邪ひくからお前も早く帰れよ」


そう言って俺はユーノの手を引いた。
馬鹿だよ、馬鹿。そんな簡単に死ぬくらいだったらその身体寄越せ。ソッチに憑依しちゃるわ!


「―――き、君には分からないんだ! 僕がどんな思いで試験に臨んだかなんて!」


ほんとウゼーなあのメガネ。暗いのにキラキラキラキラ輝きやがって、叩き割るぞ。
隣のユーノを見るとやや困り顔でこくりと頷いた。


「……ああもぅ! よし分かった、聞いてやるよ! 何だ、どんなつもりで試験に臨んだんだ?」

「言ったって君には分からないさ……」

「ッ! マジで突き落とすぞテメエ!」


聞いて欲しいのか欲しくないのかワカンネーよ! メンドクセー! コイツ面倒だよ! 意味わかんないメンヘル処女に付きまとわれるくらい嫌だよコイツ!


「だってそうだろう!? 君みたいな天才には、才能のある人間には僕みたいな凡人……他の人の気持ちなんて……」

「ああ? テメエ誰を指して才能があるなんて言ってやがんだ?」


ユーノだよな? そうだよな? まさか俺の筈はねえ。


「君等の事さ! ディフェクト・プロダクト! ユーノ・スクライア! 飛び級に飛び級を重ねてここに入学して! ヘルカスタム先生にだって勝って! 他にも、他にも……いつも、輝いてるじゃないかぁ……」


泣きやがった。訳わかんね。ガキかテメエ……いや、ガキか。
ユーノは確かに天才だよ。けどそれでも万能じゃない。攻撃魔法なんて殆んど使えないし、デバイスを操ることも全然ダメだ。だからこそユーノは磨いたんだろ、他の部分を。そうやって、天才って呼ばれてるんじゃないのかよ。
第一、俺に才能があるとか言ってる時点でコイツは何にも分かってねぇ。スフィアが3メートルしか飛ばない魔導師は優秀なのか? スバルでさえもっと飛んでたぞ。ただ殴るだけしかない、こんな俺が、天才か? 才能があるのか?

だから、


「ざけんじゃねぇ、何だよそれ。サイノーサイノーってよぉ。俺もわりかし人の事天才だとか何とか言うけど、お前とは違うぜ。俺はユーノが近くに居たから気付いただけかも知んないけど、それでもなぁ、天才には天才の悩みがあんだよ。
 お前、なんか勘違いしてんじゃねえの? 何でも出来りゃ天才かよ? 強けりゃ天才かよ? 輝いてりゃ天才かよ? ……馬鹿が。結局そりゃ妬んでるだけじゃんか。
 確かに人が持ってるものは綺麗に見えるよな、その通りだよ。俺は射撃ができる魔導師が羨ましくてならねぇよ! 戦闘の幅は増えるし、何より痛くねえ!! 最高じゃねーか! 自分が痛みを感じる事無く人をボッコボコに出来るんだぜ!」

「……なに、を言っているんだ……君は?」

「いいから聞けよクソメガネ!」


話の腰を折るんじゃねえ。あと鼻水拭け。


「俺ぁお前みたいなのは嫌いだよ、クソッタレ。人の努力も見もしねーで、『アイツには才能があるから敵わない』って、そんな風に斜に構えて人生こなして、そんなんで楽しいかよ、ああ?
 凡人って何だよ、魔法が使えるその時点で、この学校に入学してる時点でお前は『才能』があるんじゃねえのかよ? 使えない人間なんざ五万といるのによお。その程度じゃ満足できねえってか? んじゃドコ目指すんだよ? 上に行くたびに他人の『才能』みて、挫折して、そのたびに自殺すんのか? っは、心臓が百個あっても足りゃしねぇ。
 当たり前だけどな、全然悪いことじゃねえよ、上を目指すのは。けどなあ、そこにいる奴らは誰だって努力してんだよ。誰だって何かしら、『自分に合ってること《才能》』を見つけてんだよ」

「……自分に、合っていること?」

「そう、自分に合っていること。人に向き不向きがあるのは当たり前じゃねえか」


結局、才能ってのはそういうことなんだと俺は思う。もちろんそれが『自分のしたいこと』と一致しているかなんてわからない。
俺は射撃が使いたいけど使えない。接近戦が『自分に合っていること《才能》』。ソレを伸ばすしかないから今がある。
ユーノだって、ホントはデバイスを使って攻撃魔法を沢山使いたいはず。けど、ユーノの『自分に合っていること《才能》』は、一概には言えないけど、補助と防御。
はぁ、人生って……ままならねぇ。


「……けど、僕には分からない。自分に合っていることがなんなのか……。管理局に、武装隊に入りたくていっぱい訓練したのに、ソレは僕には合っていないってことなのか?」

「そうかもしれねぇし、そうじゃないのかもな。俺にはわからねぇよ」

「僕にも……出来るのかな? 自分に合っていることを探すことって……」


結局コイツ、慰めて欲しいだけなんだろ? うすうす自分でも気付いてたんじゃないかね、多分合格できないだろうって。
俺は、コイツの『才能』を知ってるから、別に口出しするまでもなく、そのままの流れで行って欲しかったんだけどね。
ほんとコイツ―――、


「―――うっぜぇなぁもう!! 分かってんだろ!? 出来る出来ないが問題じゃねえ! やるんだよっ!!」

「……うん。そう、だね。ホントにそうだ……ありがとう」


アホたれめ。励まして欲しいなら最初に言え。
俺等と同じ飛び級仲間じゃねえかよ。励ますし、力にだってなってやれるのに、自分の内に篭って考えてばっか。そんなんだから自殺とか馬鹿の行き着く果てに考えが進むんだよ。自分で自分を殺すとか、そりゃあかんわ。


「俺達もう帰るかんな」

「ああ、ゴメンね。ちょっとスッキリした」

「あ~はいはい」


そう言って踵を返した。ユーノの腰に手を添えて。アッタカウマー!


「……ふふ、ちょっとかっこよかったよ」

「馬鹿にしてる?」

「ぜ~んぜん。本心さ」

『という・猫を・被って・います』

「あ、ちょっとシェル!」


ギャーギャーと。俺の右腕と話すユーノは絵面的にシュール。

……まぁ、言っても大丈夫かな? 大丈夫だろう。うん。どうせ気付くことになるんだしね。


「ああ、それとさぁ……」

「……うん?」


メガネに声をかける。
フェンスの向こう、星を眺めるその瞳は……うん。なかなか良い顔になっておる。イケメンめ、撲滅してやろうか。


「お前の部隊運営・指揮理論と戦術論文。アレはかなりよかったぞ、グリフィス・ロウラン」

「あ……僕の名前、初めて……」

「さてね。苦手なもんで、すぐに忘れるよきっと。じゃあな、風邪ひくなよ」

「っあり、がとう……、ホントに、ありがとう……っ!」

「っは、キモイっての、メガネ」


男の泣き顔で可愛いのはユーノと俺だけ!





「かっこつけちゃってまぁ」

『マスター・あんまり・かっこ・つけてると・惚れますよ?』

「ソレはやめとけ」


右手が恋人とか……洒落にならんよ、ホントに。なんかずっとやってそうじゃん。ずーっっっと弄くってそうじゃん!


「それにしても、なかなか考えさせてくれる話だったよ」

「……だからお前馬鹿にしてんだろ?」

「そんなことな~いよっ」


そう言ってユーノはつないだ手を、指をわきわき動かす。機嫌よさそうに笑うその顔は、夜なのに太陽のようで……。
ちくしょう。だから、なんで、おとこ、なんだぁぁぁあああああああ!!! ああ! あああああああああああああ!!! なぁぁぁああああああん!!!
いいのか俺!? ホントにユーノエンドに行き着くぞ!?


『結局・あの男は・何が・したかったの・でしょう?』


道中、ふとシェルが疑問をこぼした。
おやおや、理解できなかったのかい? そんなに俗っぽい性格してる不思議デバイスの癖して。

あれはね、まぁ、


「誰かに、背中を押して欲しかったんだろうね」

『突き落として・欲しかった・と?』


そっちじゃねぇよ……。







[4602] nano# 友達以上変人未満
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/02/17 11:58





集めて。集めて集めて。そして残ったものは結局、言いようのない喪失感。
裏切られたとは思わなかった。自分は捨てられた子犬のように、少しばかりの優しさを求めて足元をぐるぐると回っていただけなのかもしれない。
デキソコナイ。言われれば納得。出来はよくない。
ココロのダメージは計り知れないものがあるが、でも、しかし、それだけではなく。
内にある暖かい光。あの人の輝き。瞳を閉じればそこに在る。肩を抱かれたあの時に、あふれ出した感情。
好きです、兄さん。




♯/~友達以上変人未満~





「フェイト」


拘束部屋の扉が開き、呼ばれて振り向けば余り会いたくない相手。クロノ・ハラオウン。
フェイトはこの男と戦った。そしてこれでもかと言うほどに叩きのめしたのだ。仕方がなかった等とは言えない。なぜならそれはフェイトの完全誤解で、クロノが、管理局が兄を連れ去ったと思っていたのだ。怒りに任せてバルディッシュを振りかぶり、クノッヘンでドライブ。そして速度に付いてきていないクロノを襤褸雑巾にしてしまった。
今思えば、それは作戦だったのかもしれない。
なのはのスターライトブレイカー。それを当てる為に、わざと攻撃に集中させていたのかも知れないが、それでもフェイトがカマしたのは事実。
だから当然の如く、


「なはぁっ、なななんなんななん、ですっ、すかぁ?」


何でも無いように、振舞えただろうか?


「……挙動がおかし過ぎるぞ」


失敗のようだった。


「まったく、君たちは本当に……」


くつくつと咽喉を鳴らすクロノを見れば怒ってはいないようだったが、あの事実を無かった事にするような、そんな事は『不器用』なフェイトに出来るはずも無かった。
謝ろう。
真剣にそう思い、真剣に口を開く。


「あのっわた、し! あなたに謝りたいっです、なんです!!」

「……そうか。うん、聞こう」

「私は、あの……だから、あなたが兄さんを連れて行ったって、そう思って……。だから、だから、私はクノッヘンを使って、ス、スピードが私のほうが速くてっ、私の速さに追いつかないあなたを、六……? えと、七発くらい、全力で殴ったから、叩きのめしたからっ。
 で、でででも! それは私の誤解で、あなたをボロボロにしたのは、私の勘違いだったの! 私の速さについて来ていなくて、倒せそうだったからって、そう思って殴ってたけど、それは勘違いで……。兄さんが、私は、兄さんを、助けたかったけど……それはあなたのせいじゃ、なかったの。
悪いことしてるって、馬鹿なことしてるって、思ってたのに……あなたを、ボコボコにして、ごめん、なさい。すみませんでしたっ!!」


そこまで言ってフェイトは勢いよく頭を下げた。
誠心誠意、真心を込めて謝った。非は自分にある。それを判っていたこそ、真摯に謝った。


「……」


だがクロノは許してはくれないのか。なかなか言葉が返ってこない。
謝ればそれで許してもらえるなどと、流石にそこまで打算的な考えはしていなかったが、何らかの言葉は、それでも欲しかった。
フェイトは瞑っていた瞼を開き、ゆっくりと頭を上げる。怖い。怒っていたら、当たり前だが、すごく怒っていたら、どうしようか。言いようの無い不安。

そして、いざ、


「あの、本当に、あなたをボコボ───」

「いい! そこまでだ! 君がわざと言っているわけじゃないのは分かっている! だからそこまでにしてくれ!! 許す! 僕はフェイト・テスタロッサを許すから!」

「あ、有難う……!」


不安げに歪んでいたフェイトの顔が喜色に覆われた。事実、それほどまでに重いものだった。
母のお願いで、自分も母の役に立てるからと、そんな思いで戦っていた。その罪は償う。これから償っていく。
どのような罰が待っているのかは分からない。しかし決して軽いものでは無いだろうと、そう感じている。
『本局』という所に連れて行かれ、それから決まるそうだが、どんな罰だろうと逃げない。フェイトの心は硬かった。


「……はぁ、君たち兄妹の相手は疲れるな」

「え、えと……ごめんなさい」

「責めている訳じゃないよ。余り簡単に頭を下げるな、弦が弛むぞ」

「は、はい!」


言われて、心持ち沈んでいた肩と胸を張った。

改めてクロノをいい人だと思う。
許す、と。許された。あんなにボロボロのボッコボコにされてその言葉が簡単に出てくるのは、やはり人間が出来ているからなのだろう。
そしてそのクロノが頭を掻きながら、手に持った書類に目を通し口を開いた。


「でだ、君、たぶん無罪だよ」

「……?」

「ん? なんだ、嬉しくないのか?」

「む、無罪って……なんですか?」


それおいしいの? とは聞かないが、それでも無罪とは。覚悟を決めていただけにそれは現実感を伴う事無くフェイトをすり抜けた。
だって、それはおかしい。フェイトはのしたことは簡単に許されていいものではないはずなのだ。たくさんの人に迷惑をかけて、たくさんの人を傷つけて、そしてその傷つけた人の筆頭がこんな事を言ってくるなど、どう考えてもおかしい。


「無罪というのは、罪を問わないと、そういう事だ」

「なんで、無罪に……だって私は」

「君を無罪にしてあげたい。理由を聞いて、事情を知って、そう思った人がいっぱい居たって事だ。ああ、もちろんこれは確定じゃない。……けど、余り心配はしなくていいよ。時間はかかると思うが、それもきっと……アイツが居れば苦にはならないだろう?」

「……」


言葉にならなかった。
今、目の前の人物。クロノ・ハラオウンがその『無罪にしてあげたいと思った人』の中に入っていることが、どうしようもないほどに分かった。
ありがとう。そう言いたいのに言葉は出なくて、代わりに出てくるのは口からではなく瞳から。


「……ぅくっ、ぅ……」


涙がこぼれる。
感涙など、生まれてから初めてかもしれない。


「まぁ、なんだ……アイツに君の事を頼まれてるから、だから何でも言ってくれ。僕に出来る範囲の事なら何でもいい」


ぶっきらぼうな物言いだが優しさを感じた。アイツというのが兄のことだと確信できるだけにそれは倍増。
こんなに幸せでいいのだろうかと疑問を感じるが、それはそれ。フェイトは今、生きているから。だから、会いたい。この幸せをくれたのは誰だろうか。母。兄。使い魔。はやて。他にもたくさん、たくさん。

お礼を言いたかった。約束をしたかった。


「わた、し……」


鼻をすすりながら、


「あの子に……会いたい、です」





。。。。。





日常が戻ってきた。
目が覚めて数日間をアースラで過ごし、その後フェイトには会えないまま海鳴へ。久しぶりというほど離れていたわけではないが、家族に会い、そして自分のベッドに横になったときは随分落ち着いたものだった。


「フェイトちゃん……どうしてるのかな……」


ふと疑問を口に出すが答えてくれる者は居ない。
そうだった、と思い机の上にあるバスケットに視線を送る。ジュエルシードを集めていた時、いつもユーノが寝ていた場所。今は誰も居ない。その隣に赤い宝石があるだけだった。


「……独り言ふえちゃいそう」


いつも なのはをサポートしてくれていた。むしろユーノのおかげで最後までジュエルシード探しを出来ていた。
しかしそのユーノはもう居ない。アースラに残ったのだ。友人であるディフェクトを治すために。

ぐちゃぐちゃだった。
見るなと言われてクロノから目を覆われたが、すこしだけ、ほんの一瞬その身体を見た。忘れようとしても絶対に忘れることが出来ないソレ。

それはすでに人間の形をしたナニカ。ぐちゃぐちゃと言うほか無い。潰れたトマトのほうがまだマシだった。
ああ、壊れてる。
なのははそう思ったのだが、一応生きているらしいそれをユーノはなんの躊躇いもなく触り、『直して』いったそうだ。すごいと思うと同時に、自身が使っている魔法の力。それを少しだけ恐ろしく感じてしまった。
そう、なぜなら、


「……人を、あんな風にしてしまえる『魔法』を、撃った」


会っていないのだ。なのはは、フェイトを撃ち堕として、それから一度も。
嫌われても構わない。そう思って、でも、本心では嫌われたくなんかない。当たり前だろう。誰だって、嫌いになんてなりたくないし嫌われだってしたくない。
完全な魔力ダメージで墜とした。外傷などは無いはず。

だが、とまた思いは巡る。
怪我をさせていたらどうしよう。クロノ達はしていないと言っていたが、見えないところで、気が付かないところで怪我をさせていたら。
眠れはしない。なのははここ数日、不眠気味だった。遮光カーテンを締め切り、頭から布団を被った。暗く、静かに。
携帯電話のディスプレイを覗けば朝の六時。


「あ~あ、今日も……」


眠れなかったな、と増え気味である独り言を呟こうとした時、不意に電話が鳴った。いつものアラーム、目覚ましだろうと考えいつものように止めようとしたのだが、


「うん? ……か、管理局!」


サブディスプレイを覗いて、すぐさま電話を開いた。表示は間違いなく時空管理局。一秒を待たずに通話のボタンを押し、


「もしもしもしもし! なのはです!!」


布団を跳ね除けながらそう言った。





会いたいと、そう言ってくれた。
それだけでなのはの心は軽くなり、今にも躍りだしそうな勢いで準備をするとすぐさま家を飛び出した。兄がやや不安げな眼差しで見ていたので心配ないよ、と言い残し、母には早めに学校へ行って忘れていた宿題を済ませると嘯いた。

駆ける足に力が湧く。先ほどまでマイナスな思考に囚われていたのが馬鹿みたいだった。
会いたい。伝えたい。彼女に、寂しげな瞳をした彼女に。

そしてたどり着いたのは人気の無い、海が一望できる公園。潮風に舞う髪の毛を押さえ、視界に四人を映した所で瞳から涙が。


「フェイトちゃん!」

「あ……久しぶり、です」


やや驚いたように目を開いたフェイトがひどく綺麗に見えた。


「ユーノ君も、クロノくんも……あと、アルフさんも……」


アルフはちょっと、怖い。
なのはにとってはこの事件(PT事件)で一番最後に戦った相手。なのはには特に禍根は無いのだが、それはアルフにはどうだろうか。あのときの彼女は、そう、ただ怖かった。


「あの、私……」


うまく言葉に出来ないのだが、謝るというのは何か違うだろう。なのははそれが正解だとは思っていないが、それでも自分の心には正直に魔法を放った。後悔をしていないことも無いのだが、それだってベストではないにしろベターだったはずだ。


(そう、私は、全力で、フェイトちゃんを助けたいと思った。この思いには、間違いは無いはず)


心中、なのはは頷いた。


「私は……フェイトちゃん、アルフさん、二人と友達になりたいの!」


思いの丈をぶつける。そのなのはの言葉を聞いたアルフは少し面食らったような顔になり、そして口角を吊り上げた。


「───だったらその柔らかそうな肉を食わせなァア!! っはっはっはあ!!」

「っぎゃー!!」


両手を左右に広げ、ジリジリ迫ってくるアルフから逃げようと踵を返したところで、


「こら、時間がなくなっちゃうよ」

「あいたっ」


ぺち、とアルフの肩に乗っていたユーノ(フェレットモード)がその鼻先を叩いた。
この二人は仲直りしたのだろうか、となのはの脳裏に疑問が浮かぶ。


「ちょっとした冗談だよぅ。堅物だねぇアンタは」

「ボクが堅物だって? そういうのはクロノに言ってよ。いっつも『執務官』が抜けないんだから」

「おい、なんで僕がそんなことを言われなくちゃいけないんだ。僕は誇りを持って執務官をやっている。君たちにどうこう言われる筋合いは無い」

「……ほら、ね?」

「ホントだねぇ。いいのかいアンタ、子どもの頃からそんなんじゃ将来ハゲちまうよ?」

「……少し黙っててくれ。まったく、アイツと関わった奴には碌な奴がいないな」


クロノが心底困っています、と頭を振る。はぁだの、まったくだのと呟くその様になぜだか笑いが出てきて、なのはは久しぶりに大きく笑った。


「あは、っははは! くふ、ふふふ……クロノくん面白い! オジサンみたい!」

「な、なのはまで! いいんだ、僕はこれで!」

「はは、あはははは!」


腹を抱える。そしてやっとこさ実感がわいた。

終わった。
そう、ジュエルシードを集める、フェイトと戦う、そんな『事件』は終わった。関わった人、敵とか味方とか、そんな区分はしたくは無いが、それでも戦った相手と笑いあえる日が来た。それは漸くなのはの緊張感を解いていったのだ。


(うん。これでよかったんだよ。私は、これでよかった)


フェイトを見れば、薄く笑みを湛えている。
怪我をしていないという情報は本当だったようで、その身体はいたって健康のようだった。
終わりが来れば、そこからはまた始まる。
だから、


「私はね、フェイトちゃん……あなたと友達になりたい」

「あ、あの……私も、その……」


もごもごと歯に何か詰まったような言い方。
頬を赤く染め、少しだけ俯きながらフェイトが言った。


「私も、友達……なりたいけど、その……私あなたの事、すごく……」

「……うん」


確かに戦った。ジュエルシードを取り合って、幾度かの戦闘を重ねた。
しかし、となのはは思う。
ケンカから始まる友情があったって、何の不思議も無いじゃないか。きっかけなんて、それこそ始まりに過ぎないのだ。それから先を作るのは自分と、相手。こちらが望んで、相手も望んでいるのなら障害は無い。あったとしても破壊する。


「私、なのは。高町なのは。今、今までじゃなくて、この今、私はフェイトちゃんと友達になりたいって、そう思ってるよ」

「あ、あのっ、フェイト・テスタロッサ、です。私も、あなたの───」

「───なのはだよ、フェイトちゃん」

「わた、私も、な、なの、……なのはのっ友達になりたい! です!」

「うん、うんうん! 友達だよ、フェイトちゃん!!」


喜色が浮かんだ。なのは、フェイト両名ともに。

嬉しかった。こうやって、正面から話をして、そして友達に。始めから考えれば相当な進歩だと なのはは少しだけ自画自賛。悲しい色をしたその瞳に、喜びを与えた。いや、与えたというのは傲慢すぎる。フェイトは勝ち取ったのだ。今を。だから友達になれた。


「なの、は」

「うん」

「……なのは」

「うん」

「なのはぁ……」

「うん。友達だよ、フェイトちゃん」


静かに涙を流し始めたフェイトを、なのははゆっくり抱きしめた。感情の爆発ではなく、ゆっくり、静かに泣く彼女を包み込むように。


「私ね、なのはにお礼がしたくて、ありがとうって、そう言いたくてっ」

「いいんだよ。私は自分のわがままで、したいようにしただけだよ」

「でもっ、ね? なのはがいっぱい、いっぱい話を、してくれようとしたから、なのはの、話がしたいって気持ちが分かって、だから……」


私も母と向き合えた。
フェイトがそう呟き、今度はなのはの瞳から涙がこぼれた。
フェイトの母がどうなったかは聞いている。そして、見た。局員が持ち帰ってきた映像記録。その中には最後まで娘であろうとしたフェイトと、アリシアの母だったプレシア。
可哀想だと思った。真剣に、そう思った。しかし同情されても嬉しくはないだろう。自分には母も、父も、家族が居る。そんな なのはからの同情は、きっと本当の『同情』では無い。同じ気持ちになれない。
だから何を言っていいのかは分からないが、フェイトを抱きしめるその両腕に力を込めた。


「……ありがとう、なのは」

「友達だもん。当たり前だよ、こんなこと……」


緩やかに、時間が流れる。





。。。。。





やけにいちゃついている二人から少しだけ離れ、ユーノ、アルフを連れベンチに座った。


「……はぁ」


そして改めて思う。女という生物は分からない。
男同士ならまずありえない。あんな風に、自分の弱さをさらけ出して、そして泣くなどクロノには考えられないこと。これは自分だけなのだろうかと思い、アルフの肩に乗っているユーノに視線を送った。


「……なに?」

「いや、君はあいつらを見てどう思うのかな、と」

「美しい光景じゃないかぁ、ぐず、ぅう、ゆーのぉ、なのはは、ホントにイイコだねぇ……」


答を求めたユーノより先にアルフが答えた。
顔面からしゃばしゃば水が吹き出ている。一つため息をつきハンカチを放った。


「美しい、か。まぁ、なかなか見られない光景だとは思うけどね……」

「どうかしたの?」


ユーノが、表情は分からないが首をかしげて。
クロノには理解できないが、ユーノもアレを見て美しいと感じているのだろうか。


「君は、あの二人を見てどう思う?」

「ん? ん~、なのはもそうだけど、フェイトもちょっと痩せすぎかな。もうちょっと食べてもいいと思うよ」

「……そういうことを言ってるんじゃ───」

「───ふふ、冗談だよ。ま、男の人には理解できないのかもね。プライド高いし、自分の意志はなかなか曲げないし」

「……む」


クロノはフェレットの黒々とした瞳に覗かれ、何か急に落ち着かない気分に。何だか心の中まで覗き込まれているような、そんな言いようの無い不安。
訳も分からず視線をユーノから外し、クロノは立ち上がった。


「ま、まぁ、そうだな、少なくとも僕には分からないよ。……僕はあんな風に、人前では泣けないから」

「だから男の人は見つけるんじゃない? 泣き顔を見られても良い誰かをさ」


そうなのだろうか。
それにしたって、自分は泣き顔なんか見られたくない。クロノはそう思うし、男は誰だってそうじゃないのだろうか。ユーノは、何と言えばいいか、少し『出来すぎ』ている。


「泣き顔を見られても良い誰か、ね……」

「それだったらクロノにはもう居るじゃないか。エイミィ……だったっけ?」


アルフがそれはもう当然のように口にした。誰も知らないとは思っていなかったが、それでもこの短期間でバレるとも思っておらず、クロノの心中を焦りが支配。


「きゅ、急に何を!」

「だって……」


言いながらアルフはすんすんと鼻を鳴らした。
嫌な予感がクロノの背中を、


「ニオイ、混じってるよ? なになに、昨日はセッ───」

「うぉわあああああああっ!! なにっ、お前! デリカシーが無さすぎるぞ!!」

「何言ってんだい、別に恥ずかしがること無いだろ? あんたくらいの歳、子供がいたって不思議じゃない」

「間違いなく恥ずかしがることだ! 不思議だ!! ユーノ、君からも何か言ってくれ!」

「いいじゃないか、好き合ってるんだから。そこは胸を張りなよ。やることやっといてなにが悪い、ってさ」

「お、おかしいっ、おかしいぞお前たち!!」


まるで自分一人が違う生物のような感覚。不思議な雰囲気をユーノに感じながらクロノは叫んだ。


「絶対にアイツのせいだ!!」


それはあながちハズレでも無いだろう。





。。。。。





「あはは、向こうも何だか楽しそうだね」

「うん」


手をつないで海を眺める。
話していることは多くは無いが、不思議なことに なのはには気まずさなどは無かった。暖かい掌の感触がやけに目立つが、時折にぎにぎと力を込めてくるフェイトに思わず心臓が高鳴るが、それでも今は『良い時間』だった。
そして、


「あのね、フェイトちゃん」

「うん?」


聞いてもいいことなのかどうか非常に難しい。しかしこの機を逃せばフェイト本人に聞けるのは裁判が終わってから。時間がかかると言っていた。だから聞く。今。


「ディフェクト君……どうしてる?」

「……兄さんは、その……」


ひどく悲しそうな表情。やはり聞かないほうがいい事だったろうか。

少しの時間がすぎて、なのははフェイトから話すのをじっと待った。


「兄さんは、魔法で……自爆しちゃって」

「じ、自爆?」

「うん。私もちゃんとは聞いて無いけど、とんでもない魔法使って、それが自分にまでって……。あ、でも、ちゃんと生きてるんだよ? 今はね、何かカプセルみたいなのに入って眠ってるんだ」

「そ、そっか」


だからあんなにぐちゃぐちゃになっていたのだろう。あそこまで人が壊れる魔法とは一体どのようなものなのか少しだけ疑問が湧いたが、自分が使うことはないだろうとその疑問を放り投げた。


「大丈夫、フェイトちゃん?」

「……うん、私は平気だよ。兄さんの事はユーノさんが任せてって言ってくれたし、私にはアルフが居て、友達もいるから」


ぎゅ、と繋いでいた手に力を込められた。同時に海を眺めていたフェイトはなのはを振り向き、儚げに笑顔を作った。
瞬間、なのはの心臓が飛び起きたように跳ねる。鼓動が高鳴っているのを感じた。
初めての感覚。のぼせたように顔が熱い。


(あ、あれ? なんだろこれ? これ、まずいよコレ!?)

「……あの、なのは、どうかしたの?」

「にゃ、にゃははは~、なんでもないない!」

「う、うん……」


フェイトと友達になれた。ディフェクトの事も聞いた。心残りは、訳も分からず高鳴る心臓の真偽と残り時間だけ。
少しだけ後ろを振り向きクロノを見れば、時計を指して一つだけ頷いた。


「もう、時間みたいだね……」


寂しそうに呟くフェイトが儚げで、それはなのはだって同じ気持ち。だから思いついた。


「あ、フェイトちゃん、だったらこれ……」


なのはは繋いでいた手を離し、そして自分の髪の毛を縛っていたリボンを取り外した。右手に二本とも乗せ、ゆっくりとフェイトに差し出す。


「思い出に出来るものって、これくらいだから」

「あ、うん。だったら私も……」


そう言ってフェイトもリボンを取り外した。そして同じように差し出す。
なのははそれを受け取り、交換して、そしてじわりと視界が滲んだ。
これで、このお別れで、


「さみしいよ、フェイトちゃん」

「……そう、だね。でも、これが最後じゃないよ。だって私は、生きてるから」


フェイトの言葉には力があった。説得力があった。
永遠のさようならをしている彼女には、生きているという今の状況は、それこそお別れではないのだろう。それが分かったから、フェイトの気持ちが理解できたから、だからなのはは笑顔を作った。


「う、ん……うん、また、会えるよね?」

「うん。絶対、会いに行くよ」

「それなら、さよならじゃない、よね?」

「そう。だから『またね』、なのは」

「うん、ま───」


最後まで言う前にフェイトの両手はなのはの顔を捕らえた。
添える、ではなく、しっかりと捕らえた。


「へ?」


なのはの視界に、フェイトは大きくなっていく。徐々に接近してくるその瞳を、ゆっくりゆっくり瞑りながら。


「ほぇ?」


そして、


「……あむ」

「───ッ!!」


暖かく、少しだけ湿ったフェイトの唇は、なのはのそれにしっかりと重ねられた。
どうしていいか分からない。硬く固まった身体はフェイトを受け入れるしかなく、


「……ん、……む?」


そんな なのはの心地があまりよくないのか、フェイトは少しだけ角度を変えながら、さらに深く『侵入』。
歯茎に、なのはの歯茎を、フェイトのナニカが横切っていく。混乱のキワミ。アッ──!!
ぬるりと柔らかく、まるで味わうかのように蠢くそれは、


(べろ? ふぇ、フェイトちゃんの、舌が……?)


それが入っている。己の口内に。
噛み合わせている前歯を執拗にちょんちょんと舌先でつついてくるそれは、いったいなにを求めているのか。


「んぅ? ……、ん、ん?」


目の前に、それこそ目の前にあるフェイトの瞼がゆっくり上がり、紅い瞳がなのはを射抜いた。
心臓を掴まれたかのような感覚が なのはを襲い、その瞬間膝から力は抜け落ち、腰が砕けたようにかくん、と。

しかし、それはフェイトが許してはくれなかった。
後ろへ崩れそうになった なのはの身体を、その両手でしっかりと掴み上げ、片方の手は腰を、もう片方はなのはの腕を取った。まるで無理やりにでも唇を奪っているかのような(事実そうだが)その体勢は、まるで舞台のようで。
は、と呼吸をすると同時にちゅる、とフェイトが唾液をすする音が聞こえた。


「んっ! む~、っん、ん!」


出もしない声を上げてしまう。
なのは は侵入を許してしまった。口内を蹂躙していくその感覚。丁寧に、優しく歯の一本一本を舐めていく舌に何となく、朝ごはんを食べてこなくてよかった、と妙な安心。
そして歯茎の裏側を舐められた時、ぞくりと背筋に快感が走った。


「っん!」


ぴく、となのはの両肩が跳ね上がり、ぼんやりと思う。


(これ……ディープ、キス、だよぉ?)


快感が走る。走る。
なのはは硬くこわばっていた身体から力が抜けていくのを感じた。そしてその両腕はいつの間にか求めるようにフェイトの腰に。
そしてゆっくり、おずおずと、なのは自らもフェイトの口内に入ろうとした時だった。


「───っぷは、はぁ、はぁ……」

「……ぁ……」


フェイトが離れてしまう。
思わず沈んだ心になんでやねんとツッコミを入れながら、


「ふぇ、フェイトちゃん、なんでこんにゃむぁッ、ん~っふぇいろ、りゃん……」


最後まで告げる前に、ぱくりと、フェイトはまたもなのはの上唇を食べる。
前歯で甘噛まれ、ちゅるると音を立てて吸い付かれ、なのはの心臓はさらに動悸を激しくさせた。


「ふぇいろりゃん、らめ、らめぇ……」


言いつつ、自身の両腕はフェイトの事を抱きしめているのだからなんとも浅ましい。
ちゅぽっ、と音を立てて解放された上唇からは、フェイトの唾液がこれでもかというほどに染み付いている。染み込んでいる。心臓が高鳴る。


(わ、わたしって、変態……なの、かな?)


思いながらも、先ほどまでフェイトの口内にあった己の上唇を、フェイトの唾液を舐めとらずにはいられなかった。舌なめずりのようにして、ぺろりと。


(……あまい、かも)


そんなはずは無いのだが、確かめる為にも、もう一度。
舌先を出したその瞬間に、


「なのはぁ……」


呟きながらフェイトはまたも侵入してきた。

もう先に進むのに何の疑問も無かった。侵入してきたフェイトの舌を己のそれで弄り、舐り、思いつく限り攻める。
フェイトの舌は柔らかい。暖かい。気持ちいい。少しだけ噛めば、フェイトは唾液を送り込んでくれる。舐めて欲しい場所を、舌の裏側をさらけ出せば、そこに気付いて執拗に攻めてくれる。吐息が顔に当たる。薄く瞼を開けば、その紅い視線が心臓を掴む。


(まずいよぅ……これ、まずいってばぁ……)


思いながらも なのははついに己の舌をフェイトに侵入させた。
湧き出る唾液が口の端から垂れていく。それを『もったいない』と思ってしまった時点で、ああ、私は末期なんだ、と自分で納得。少し強めに吸い取られる舌が、気持ちいい。


「……あっ、あぅ」


思わず声が出てしまった。恥ずかしい。なのに、恥ずかしいのにその先を、もっと、もっと。
そしてフェイトがなのはの舌だけを吸うように、口内で扱いた。ちゅこっ、とやや卑猥な音。深く侵入できるように顔の角度を変えながら。


「へ、へぇろりゃん、へぇろりゃんっ……!」


なにを言っているのか、自分が聞いても分からなかったが、フェイトの名前を呼んだつもり。


(だ、だめ……、もう、だめっ!)


なにか、くる。

フェイトを掴むその腕に、めいっぱいの力を込めた。せつなさが、おなかの奥で、しくしく涙を流しているようだった。きゅぅん、と、ああ、なんだろうか、これ、これはっ、もう。
じゅる、とフェイトに舌を、これまで以上に強く吸われ、


「───っ、うぅっ、ぁっ! ……んぁっ、……うっ……っ!!」


……ご、ゴーストが、どっかいっちゃった……。





。。。。。





「……」

「……」

「……」

「……あの……どうかしたの?」

「いや、なんであんな事したのかなって……」

「え、だってまたねって、挨拶だから……ユーノさんはしないの?」

「……ああ、ええと、ああいうのは地方によって違うからねぇ、ボクの部族では無かったなぁ、フェイトちゃんが初めてだったよ。それにそういうのはクロノに聞いたほうがいいよ、昨日たっぷりしてるだろうし」

「なっ、おい! 少しは気を使え!」

「クロノは……するの? したの?」

「い、いや、僕は……」

「しないの?」

「い、いや、そういうのは、好き合っている同士で、した方がいいんじゃないかと、僕はそう思うけど……?
 お、おいアルフ、お前この子にどんなこと教えているんだ!!」

「あたしゃ知~らない。だってフェイトとは沢山してるもん。ね~フェイト?」

「うん。アルフはね、すっごく上手なんだよ」

「……いや、きっと君も負けてはいないだろうさ」

「ボクもそう思う。なのはのゴーストが抜けていくのが確認できたよ」

「イっちゃってたねぇ……」

「え? 何処に? なのは、何処に行ったの?」

「……天国、かな?」

「……天国、だろうな」

「……天国、だろうねぇ」

「……あの、なのは、死んでないよ?」







[4602] nano# 彼氏彼女の事情
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/02/17 11:58




「怖かったな……」

「……ああ、恐ろしかった。教官よりも、何よりも……」

「ありゃあ、まぁ、正直ムカついたけど……」

「いや、言うだけはあるよ。あれほどの技術、一体どうしたら身につくんだ?」

「……切ったよ、あのコ」

「っは、血が出るのも、気にもしないもんな。正直俺……」

「分かってる。現に俺、今まさに吐きそう……」

「ぅお! ちょっと待て! うわあああ、こっち向くなこっち向くな!! むこう向いて―――」

「おぅべぇぇええええろえろえろえろえろっ!!」

「ギャー!!」


アースラ艦内、医療局員の会話である。





♯/~彼氏彼女の事情~





  普通なら忘れている。
  そんな記憶。記録。

  私は覚えている。
  その時に自我はあっただろうか。きっと無かった。きっと、無かった。ただ感覚で憶えているに過ぎない。

  冷たかった。ただ、ひんやりと。

  暗くて、暖かくて、優しくて、とても気持ちがよかったのに、ずっとそこに居たかったのに、私は『産まれた』。
  なんて事であろうか。こんな、ひどい。あそこはとても優しかったのに、こんなところには来たくなかった。

  だから泣いたんだ。そう思う。





。。。。。





がらんっ。びちゃ。

最初に見えたのは瓶詰の少女。次いで血だらけの二人。


「医療局員は?」


最早『赤い物体』と言っても差し支えの無いような少年を抱えたままユーノは口を開いた。冷たい瞳。凍るような口調。ユーノ・スクライアという人物を知っているものなら違和感を感じざるを得ないその雰囲気は、しかし抜群とも言えるほどに似合っていた。
ユーノの姿を見た局員が、ああ、『今のほう』がこの人の本当の姿だ、と確信を持てるほどに。アースラへ『直接』転移したことへの驚きも、傍らに転がる瓶詰も、そのユーノの姿に吹き飛んでいき、


「医療局員は何処だって聞いてるんだ!!」


怒気迸るその言葉でようやく覚醒。


「す、みません!! あちらです!!」


ユーノは『飛んだ』。
走るよりも魔法。抱えているディフェクトに衝撃を与えないよう。チェーンバインドを伸ばしアリシアを引きずるようにして『手術室』へと。


「……くそっ!」


口から出て行く罵倒。誰に向けたものかはユーノ自身分からなかった。

死なせない。絶対に。
ユーノが焦りを感じるほどにディフェクトは死にかけていた。全身、特に上半身がひどいが、あらゆる所から血が吹き出ていた。両腕の状態は酷く、最早なぜくっついているのか疑問が浮かぶ。
余りに酷い外傷、それ以外は崩壊中の時の庭園で治したが、それでもディフェクトは限りなく死に近い。早急に、なるべく腕のある医者の所に。
見えた扉を蹴飛ばし、


「延命装置用意して!!」


びくりと肩を上げた局員に叫んだ。二人の医療局員は目にした状況を瞬時に判断。慌しく準備に取り掛かった。
ディフェクトに呼吸器を取り付け、腕に点滴用の針を刺そうとしたところで意味が無い(千切れかけ)と判断。肩のそばの静脈に突き刺す。
そして局員の一人が口を開いた。


「───なんなんだよこれぇ! 何でこんなっ、なんでこれで生きてるんだ!?」


当然の疑問。
死んでいてもおかしくない、ではなく、死んでいないとおかしい状況にディフェクトは居る。
ユーノが見た光。金色のそれは、ディフェクト自身が放ち、そしてそれはプレシアの姿を『消して』、魔法発動者にまで牙を剥いた。所謂自爆だ。恐らく外殻が無かったらプレシアと同じようにその姿を消していたのだろう。

その後テクテクと歩いてくるディフェクトを、その外傷を止血をかねてユーノは塞いだ。後は任せますと言うシェルブリットの言葉に従い全力で。
だがその出血量は夥しく、間に合わないかもと本気で思った。生きているディフェクトを見て、それこそ不思議。疑問が頭をよぎり始めるが、


「生きてるもんは生きてんだ! 口より先に手を動かせ!!」


もう一人の局員の言葉にハッとなり、無意識に触っていた唇から手を放した。今しなければいけない事は、生きているディフェクトを、生き続けさせること。
上級の治癒魔法を使えればなれる医療局員に期待は出来ない。次元震の影響でミッドへの転移も不可能。
熱くなるより先に、命の火を滾らせる。それが出来るのは今、自分のみ。
だったら、


「っ殺菌は何処!?」

「───右の扉! 服は脱いでってくれ!」


間髪入れずに返ってくる答えに、その場で服を全部脱ぎ捨てた。


「……え……お前……?」

「喋ってる暇があったらディフェクトを!」


滅菌室に駆け込み、魔法陣が展開された。
液体状の滅菌剤が全身をくまなく濡らす。身体を包み込んだそれは光と同時に衣服に変わり、準備完了。
医療局員と同じ服に身を包んだユーノは言った。


「───ここで治す! 死なせてたまるもんか!!」


外傷は『一応』治している。余りに酷いものは放っているが、それよりもなによりもまずは内側。
ユーノはディフェクトを寝かせてある台の上部にある、ライトのような形をした機械を無造作に引き寄せ操作した。がちがちがちがち、とダイヤルを回すような音と共に光が放たれそれは魔法陣に変わる。
魔法を使っての内部撮影。レントゲンよりもエコーよりも鮮明に。そして空中に映像が流れた。


「あ、くそ、やっぱり……!」

「何か見つかったか?」


両腕の処置をしている局員が口を開く。腕は悪くないようだが、やはり『局員』。町医者のよりもいくらかマシといった程度。
正直、任せていられない。


「肺に肋骨が刺さってる、しかも内臓なんて殆んど機能してない! これ治さないと治癒なんて全然意味無いよ!」

「……冗談じゃねぇよチクショウ。人間開くなんて……」

「あぁ、もう、こんな事なら普通に医者目指してりゃよかった!」


局員の泣き言が鼻につく。

普段応急処置しかしなくていいものだから油断(?)していたのか。転移という便利な魔法があるのだからそれも仕方のないことなのかも知れない。重傷者はすぐに病院へ転移。それを繰り返していたら当然、腕は鈍る一方だ。と言うよりも、それが『医療局員』の仕事か。
今、転移は使えない。ジュエルシードの暴走、次元震が原因で空間が不安定になってしまっている。
だから、ここで、


「───切る」


ユーノは静かに呟いた。


「ちょ、まてまてまてっ絶対無理だ! 死んじまう、絶対死んじまう!!」


それがまたユーノをイラつかせる。
このまま放っておいても死ぬ。誰かがやらなければいけないことだろう。


「こいつの言うとおりだ。素人がどうこうやっていいところじゃ……」


また、イラつく。
だったら、と。だったらお前たちがどうにかしてみせろよ、と。それが出来ないんだろう? だから焦っているんだろう?このまま見殺しになんて、出来るはずが無い。
ユーノは息をつき、ゆっくりと口を開いた。


「ボクが切る。貴方達には無理だ。黙ってるだけじゃ死ぬだけなのに、それを黙って見ていられるような貴方達には。知識は持ってるくせにソレを使わず指を咥えて、無理だ、駄目だって。……使えないね、局員。ただの根性無しじゃないか」

「んなっ! 何も知らねぇガキに言われたくねぇんだよ!! 俺たちは───」

「黙ってろ! やらなきゃ死ぬって言ってるんだ! アンタ達はなにを期待しているんだ!? 助けが来るとでも思ってるの!? そんなはず無いじゃないか! 転移も出来ない状況で、医療局員が使えないんじゃ、ボクがやるって、そう言って何がおかしい!?」

「しかし、それは……っ」


やると言ったらやるさ。
何のために補助魔法を修めた。何のために治癒を憶えた。何のために医学書を読み漁った。
思い出せ。絶対に助ける。自分の脳と、身体を信じろ。
動く。思い通りに。だったら出来ないわけが、ない。


(君だったら、こう言うね。諦める前に、やっちゃえって。……君の命がかかってるこの場面で言うのは、ちょっと不謹慎かな?)


思い、ユーノは指先を立てた。人差し指と中指、二本だけを。
残り少ない魔力を集中させ、陣が輝く。


「シャープエッジ」


同時にユーノの指先に魔力刃が形成された。
攻撃魔法。ユーノは使えないと、そう言っていた。そう言ってディフェクトのサポートを続けていた。
しかしその指先に輝くのはとてもサポートに必要なものではない。切り裂く為の、断ち切るための、ディフェクトの命を助けるためのもの。


「嘘ついててゴメンね。まさかこれで初めて傷つける人が君だなんて思わなかったけど……ちょっと、嬉しいな。変態かもね、ふふ」


わき腹に押し当てるその指。動かせばメスより切れるそれで、ディフェクトを開く。


「───待てっておい!」

「落ち着け、やめるんだ!」


だってよ、ディフェクト。局員さんにこう言おう。


「っは、やめるもんか」


さくり。
溜まっていた血が飛び、ユーノの顔を赤く染めた。舌先で一つ舐めとり、ふと思う。

あったかい。





。。。。。





  そうして私は二歳になった。
  このあたりの頃から私の記憶はハッキリしており、完全に思い出すことが出来る。

  ようやく人生というものを謳歌できる。当時の私はきっとそのように感じていたのではないだろうか。
  私は幼児にしては頭の出来が良かったように思う。言葉を理解し、拙いながらも受け答えをしていた。確りと記憶にある。
  両親は喜んだものだ。よく親戚一同に自慢していた。

  勿論、嬉しかった。誇らしかった。
 
  やはり君の血を引くだけあって───。
  やはり才覚は受け継がれる───。
  流石はあなたの子供です───。

  今思えば、私の父は、母は、良い所の出なのかもしれない。それとも有名人か。
  家は大きかった。庭も広かった。ガードマンらしきものも幾人も立っていた。

  なんだ、私は金持ちか。実に面白い。笑えはしないが。

  そうして私は三歳になった。
  と同時に捨てられた。


  っポイ。





。。。。。





「あの、あの……ユーノ、さん……?」


端末をいじっていた手を止めて振り向いた。金髪が目に入り、自身の『親友以上』と瓜二つの顔。


「ん? ああ、フェイトちゃん……だったよね?」

「はい、フェイトです。それで、あの……」

「ふふ、どうしたの? とって喰いやしないよ。緊張してる?」

「してま、す。緊張、してます」


ユーノが知っている人物とは余りにも違う性格。それが笑いを呼んだ。ディフェクトはこんなに緊張しいではないし、さらに視線がかみ合わないことなど無い。あるとしたら、彼にやましいことがある時だけ。ユーノにしてみればなんとも読みやすい、単純な性格をしている。


「それで、どうしたのかな? ボクに何か用?」


ユーノは幼い子供(ユーノも十分幼いが)に接するように物腰柔らかく言葉をかけた。
そしてそれは効果があったようで、フェイトのふらふらしていた視線がユーノのそれに合わされる。


「私、あの、お礼を言いに……」

「そっか。ディフェクトの事?」

「う、うん。兄さんを、助けてくれてありがとうって、そう言おうと思って」

「ふふ。はい、確かに受け取りました。とは言ってもディフェクトが目覚めるのはもうちょっとかかりそうなんだけどね」

「……ど、どのくらい?」

「う~ん……」


考え込むように端末を叩く。
彼の怪我は全治させた。それこそ限界を超えて治癒をかけ続け、砕けた骨を定位置に戻し、その両腕を捌いて、肉を、筋を、それこそ何かの人形のように『直して』いったのだ。
しかし治ったと言っても遺伝子の方は治癒ではどうしようもない。

『時の庭園』から持ってきた機材。盗んできたデータ。そして『アリシア』。それらを使って、ディフェクトがまともな人間の生活を送れるようになるまではおよそ、


「ふた月とちょっとってトコだと思うけど」

「……二ヶ月……兄さんと会えない……」


心底沈んだように肩を落とすフェイトが余りに可哀想だった。
もちろんユーノだって何とかしてやれるのならそうしたい。しかし全力を尽くしてこれなのだ。
ユーノは自身の頭脳に自信を持っている。ディフェクトに凄いと言われた頭脳に。そのユーノが考えて、誰にもいじらせること無く自分で時の庭園から持ってきた機材を使っている。それでも二ヶ月。これ以上は短くならない。


「……ゴメンね。でもこれ以上は……」

「あ、違うの! これは、その、私のわがままだし……兄さんが元気になってくれるなら、私はそれで……」

「……いい子だね、君は」

「そ、そう……かな?」

「そうだよ。ディフェクトよりも可愛げあるし」

「に、兄さんは格好良いから、可愛くない……かな?」


首をかしげながらフェイトが。

可愛いなぁと羨みながら、そして微妙に話が食い違う感じ。意外と、似ているのかもしれない。


「まぁ、君の兄さんが格好いいのは認めるけどさ、あんまり無茶ばっかりしてるとホントに死んじゃうよ、まったく……」

「……えへへ」

「ん、どうしたの?」

「ユーノさんは、に、兄さんの事……好きなんだね」

「───っ、な、いや……えと……」


前思撤回。
似ていない。ディフェクトは、こんなに鋭くない。
ユーノは思う。あの馬鹿に妹程度の鋭さがあれば自分はこんな思いをする事無く普通に接することが出来るのにと。同時に憎らしい。妙な所では勘を発揮するくせに何でこんなところは鈍いのか。まさか体の異常のせいで脳がやられでもしてしまっているのか。

少しだけ緊張しながらユーノは口を開いた。


「えと……なんで、分かるの?」

「兄さんの事話してる時のユーノさん、すっごく可愛かったから」

「……あの、ありがとう……」


この兄妹は本当に、なぜこうもツボを押さえるのか。
なぜかもじもじと視線を下に向けるフェイトがとても可愛い。


(……う~ん、なんだか新鮮な感じ、かな)


同じ顔で、違う二人。やはり人間を作るのは生活環境なんだなぁとなんと無しに思っていたときだった。


「あ、あの、あのあの!」

「ん?」


意を決したと言った表情でフェイトが顔を上げた。それは真剣な時のディフェクトによく似ておりユーノは一瞬どきり、と身を構えてしまうほど。


「挨拶はもうしましたか?」

「は、え? 挨拶?」

「う、うん!」

「こんにちは?」

「あ、はい、こ、『こんにちは』!!」


がし!


「あ?」


むちゅるん☆


「───っ、……?」


なにが起こったのか、理解が追いつく前に、ああよかったと。
意中の人に初めてのキスを捧げていて、本当に、本当によかったと、心からそう思った。





。。。。。





  施設。孤児院。
  そこでの一年はあんまり思い出したくは無い。

  なんといえばいいだろうか、それは所謂、あれだ、馬と鹿というか、虎と馬と言えばいいのか。

  とにかく思い出したくは無いのだが、それでもあえて言うならば、私は頂点に立っていた。
  施設には私くらいの子供が大勢いた。勿論年上も、年下も。その中で私はボスだったのだ。

  気が立っていた。いつもいつもいつもいつも。常に。
  ストレスで頭がどうにかなってしまいそうだった。その頃から私は貧乏ゆすりのような癖が出来た。

  何かしていないといつも思い出す。私を■てる時の■■の顔。■■の声。


   ―――必ず迎えに来るからね。


  全部、ニセモノで嘘っぱちだ。

  この世は虚ろで、ともすればふと消えてしまいそうだから。

  だから私は配下を作る。最初は四人。私たち、『仲間』だからね。とか。
  四人とも子供らしく元気にうなずいた。馬鹿め。ちょっといい目を見せたらすぐに信用しやがって。
  
  最初は万引き。よく盗んでいた。施設のご飯は美味しくない。量もそこまで多くない。何かを買う金もない。お腹がすく。そしてまぁ、行き着いた先が盗みだったのだ。

  私はよく考えどの店がいいか、どの経路を通ればいいか、それはもう調べつくした。成功率100%。盗みに盗み、盗みまくった。
  孤児。社会的弱者の小さな反抗だ。コレくらいは許して欲しい。

  そしてその内『仲間』は増えていった。
  私の元にいればいい目が見れるのだ、当然であろう。

  この時になって私は皆にバンダナを配った。仲間の証として。勿論盗品であるが。
  それぞれ、腕に巻いても、頭でも、足でも、何処でもいい。しかし常に身に付けておく事を義務付けた。

  何故かと言うと、もう一グループいたのだ。ワルが。差別化するために、止む無く。

  そいつらは単純で、馬鹿で、阿呆で。これ見よがしにタバコを吸ったりと、まぁ何とも。
  しかし腕力はある。流石に平均年齢が六歳の私のグループよりも、十二、三の相手グループのほうが強かった。

  きっと相手のグループにしたら私達は目障りだったのだろう。
  しだいに緊張感は高まっていき、ついに私のグループの一人がやられた。

  そのとき私は思ったものだ。


  ああ、やっと来たか、と。


  私の考えより相手側の動きが遅かった。しかしコレで私は頂点になれる。
  顔面を腫らして私の元に駆け込んできた配下の話を優しげに聞いているふりをして、頭の裏では既に計画進行。

  コレは報復ではない。私がのし上がるまでの、始めの一歩。




  それから、不幸な事故が立て続けに三回。相手グループの九人が『何故か』病院に運ばれた。
  勿論死んでなんかいない。彼らには、きちんと痛みと恐怖を語ってもらわなければならなかった。

  痛みの話が浸透した頃。

  恐怖の話が皆の耳に届いた頃。




  「───ふふ、次は誰だろうね。キミ辺りかな?」




  そして四回目の、『不幸な事故』。


  もう私に逆らう者はいなくなった。同時にバンダナを巻く者が増えた。
  私は、王になったのだ。そこが鳥篭の中だろうとかまわなかった。自分を蔑ろにするもの、私の存在を虚ろにするもの。そんな者がいない、仕切られた空間の中での王。

  高笑いが止まらなかった。
  そのときちょうど四歳の誕生日を迎えようとしていたのだ。あと一週間で。
  派手に行こうじゃないか。盗んで、かっぱらって、置き引いて、脅すのもありか、ちょうどガタイのいいのが入ってきたところだ。

  そんな事を考えながら、実行しながら、一週間がすぎた。準備も万全。金もある。ケーキでも買って来いと言う!





  そして四歳の誕生日。
  私は院長に捨てられた。


  っポイ。






。。。。。




















「い、一体なんだったんだっ!」


本当に、なんだったのだろうか。唐突に唇を奪われ、そしてフェイトは頭を下げ「ありがとうございました」、颯爽と去っていった。
余りに理解できない状況だった。
ユーノは『理解できない』と言う事を酷く嫌うが、それでもこれは余りにも、やめろの一言すら出なかった。
ありがとう、とは何に対してのありがとうだったのか。まさか唇を半ば無理やりのように奪われ、そしてありがとうと言われるか。理解が、出来ない。
さらに、


「……すごい、気持ちよかったんだけど……あの娘、何者……?」


危うく墜とされるところだった。いろんな意味で。
あの顔で、あんなことをされるのは、流石のユーノも予想外というしかない。なにがどうなって挨拶の話でキスになるのか。しかも入れるか? 初対面に近いような、知り合って間もない人物に、舌を!


「絶対、ディフェクトのせいなんだろうなぁ……もう、自分のお姉ちゃんに何教えてるんだアイツ!」

「挨拶だよ、挨拶」

「───うわぁあ!」


いつの間にか。気が動転していたとはいえ、本当にいつの間にか真後ろに誰か。いつものユーノだったらあり得ない。気配を読むのは得意な部類に入る。
できるだけ気を落ち着けて首だけを動かした。そして立っていた人物を見て、納得。


(や、野生じゃ、仕方ないのかなぁ……?)


そこに立っていたのはアルフだった。先ほどユーノにカマしていったフェイトの、その使い魔。狼を基にしてあるだけあり気配を絶つ、読むはユーノより上手のようで。


「やほ、さっきは随分お楽しみだったようじゃないか」

「……、……まぁ、正直……ちょっと気持ちよかったけど……」

「ちょっと、かい?」

「……すごく」

「ふぅん、すごくねぇ?」

「……ああもう! そうさ! ちょっとトんでたよ! 誰だよ、あの子にあんなこと教えたのは!?」

「ディフェクト……とあたし」

「……だろうと思ってたけどね」


返ってくる答えは、予想通り。あんな馬鹿なことを平然と教えるのは彼しか居ない。


「自分の好みがあんなタイプって、実際苦労するよ、ホント」

「諦めな。そういうのって本能だろう?」

「……君が言うと説得力があるね」


割と最近まで本能で生活していたのだから説得力も出よう。
ユーノはため息をつき目線をアルフに送った。
この事件で最後に戦闘をしたのがこの使い魔だ。激情を隠す事無くギャーギャー騒いでいた。『ぶっ殺してやる』と一体何度聞いただろうか。今は落ち着いているようだが、それでも自分には良い印象は無いだろうとユーノは思っていた。アルフがここに居るのは、いくらディフェクトの身体を治す装置があるからといっても、それは不思議だ。


「……何しに来たのさ?」

「ん、まぁなんて言えばいいかねぇ……」


ぽりぽりと鼻の頭を掻くアルフが余りにも人間くさく、ユーノはやはり上等な使い魔だと再確認。
そのままアルフの腕はユーノの肩にぽん、と。


「……?」

「いや、そのぅ……悪かったね、色々と。アンタやなのはが居て本当によかったって思ってるよ。あの時……止めてくれてありがとう。アンタ等が居なかったら取り返しのつかないことになってたかもしれない」


これには素直に驚くしかなかった。
余りに素直。とても真っ直ぐだ。
ユーノだったら、自分を負かした(その原因になった)人とはなかなか近づけないだろう。
だが、このアルフという使い魔は命令ではなく、自分の意志でここに来ているのだ。そして自分の言葉で謝り、感謝まで。


「……驚いた。ボクも使い魔欲しくなっちゃいそう」


言葉の通り、目を丸くした。


「契約すればいいじゃないか。アンタだったらいい使い魔が作れるよ」

「どうだろうね。すっごく性格が悪いのが出来ちゃいそう」


肩を上げて笑う。
考えなかったわけでもない。デバイスを扱えない自分には最適の選択だとも思うが、如何せん使い魔は製作者に似るという性質があると言う。あくまで噂の範疇でしかなく、夫婦は似てくるや飼い主とペットは似てる、等の話と同程度。しかし、もし本当に似てしまうとしたらそれは、むしろ恐怖ではないだろうか。


(ボクみたいなのがあと一人いたら、それこそ困る。ボクも、皆も)


ユーノの思いは正しいかどうか分からないが、作者的にはすごくありがたいことである。こんなチートたくさんいたら困る。


「性格ってよりも、すっごい嘘つきが出来上がるかもねぇ。……ディフェクトには内緒なのかい?」

「……君たちはさ、何でそんな鈍いのか鋭いのか……本当にわかんないよ」

「あたしゃ狼だよ? 分からないはず無いだろう」

「……フェイトちゃんも?」

「あの娘は……まぁ、直感ってよりも、疑ってすらいないんだろうねぇ」

「あとで言っとかなくっちゃ……」


あんまり頭は良くなさそうだし簡単に誤魔化せそうだ、とやや(?)失礼なことを考えた時、


「それで、ディフェクトは?」

「ん、ああ。あと二ヶ月は眠ったまんまだよ」

「……それなら、アリシアは?」

「……。……あんまり真っ直ぐすぎると損するよ。誰にだってあんまり言いたくないことくらいある」


ユーノはただ、ディフェクトに死んで欲しくなかっただけ。正直な話、それが出来ていれば誰が死んだって構わなかった。もちろん死んでほしくは無いが、それでもディフェクトさえ生きていれば、そういう考えを持っている。ユーノは。
だから当然ディフェクトの足りないモノはアリシアから奪った。完全に潰れていたディフェクトの右目はアリシアから奪った。その他、機能を失っている臓器も、『生き返っても何の支障も無く生活できる状態』で保存されているアリシアから。
後悔を感じる必要なんて何処にも無い。死人より生きている人。それを優先して、何が悪い。そうは思っていてもやはりある種の後ろめたさがあり、それは当然気持ち良いものではない。


「ボクだって、そりゃ、アリシアを拾えたことはラッキーだって思ったけど、それでもボクだって……」

「……ごめんよ、意地の悪い聞きかただったね。責めるつもりなんか微塵も無いよ。確かめたかっただけさ。生きているのなら、死んだほうが糧になるのは、当たり前の事だよ。ありがとうって、そう言いたくてね」

「……うん。言われると、割とスッキリするもんだね」


そういってユーノは手元の端末を操作。
ごちゃごちゃした機材の奥、目視できる状態ではなかったそこがゆっくりと輝いた。

ほう、とアルフが息をつく。


「ったく、黙って寝てりゃ可愛いもんだよ」

「ホントだね。……後は修復とアップデートの繰り返しだし、もしかしたら目が覚めるのはちょっと早いかもしれない。まぁ、あそこから出られるのは二ヶ月後なんだけどさ」

「はは、絶対暴れるよアイツ」


二人の視線の先、そこには幻想的といってもなんら不思議ではない光景。カプセルの中、それは女神のように眠っていた。ゆらゆらと揺れる金髪も、体中を刺青のように這い回る、少しだけ濃くなった侵食線も、それはそれは美しく。生きている人間には絶対出せない、『死の美しさ』。

それを見ながらユーノはクスクス笑った。


「似合わないね、そんな安らかな顔。君はやっぱり不遜に笑ってるほうがカッコイイよ、ディフェクト」





。。。。。





  次に私が預けられた所は妙な所であった。
  何か更生施設のようなところに預けられると思っていたのだが考え違いであったのだ。

  そして一人の人物が私の前に立ち、自分を本当の親だと思っていいと言った。馬鹿め。だったら殺してやろうか。

  ……などと考えていたものだ。今考えると、何とも恥知らずで。過去の自分に会うことが出来るのなら抹消してやりたい。ああ、恥ずかしい。私はあなたのおかげで更生できました。有難うございます。

  そう、そこは穏やかだった。そして厳しかった。自分が今、生きていると知った。

  そこでは私の力が及ばない事だらけだったのだ。前の施設では一番頭が良かったこの私が。
  同年代の子供に、そんな事も出来ないのかよ、と鼻で笑われたときは流石に渇いた笑いしか出なかった。

  経験が物をいう世界だ。頭の良い私ならすぐに追いつける。…筈だったのだが、やはりなかなか、人生というものはままならない。
  努力を経験した。頑張ってしまったのだ、この私が、自力で。配下を手足のように使っていた頃から比べるとすごい進歩である。自画自賛である。まったく。





  そこでの二年間は、




  あ、




  っと言うまであった。





  そして私は六歳になった。

  今考えると、早いものだなぁ。





。。。。。






「ユーノ」

「……またか」

「なにがだ?」

「ん~ん、なんでもない」


疲れきった顔でユーノはため息ついた。三度目の来訪者。それはクロノだった。不思議そうな顔で機材の奥を見やる。


「ディフェクトは?」

「二ヶ月」


何度目の説明か。いい加減疲れてくる。
さらに、


「……なんだ、首……いや腕も……、足も? 君、変な病気にでもかかったのか? 変な痣が……」

「……ああこれ?」


へらへらとユーノは笑った。
今までに見たことの無い表情ではないだろうか。
しかし、そうならざるを得ない事情が、ユーノにはある。


「アルフがさ、またねっていったからまたねって返したんだ。それだけだよ? なのにさ、は、はは……く、口の中犯され尽くして、気が付けば服が、服が……。やだって、やめてって言ったのに、なのにいつの間にか……全身べろべろ舐められて、噛み付かれて、すっごいいやらしい事されたよ。ふふ……ただ、それだけ、だよ……」

「そうか」

「……それだけ?」

「なんて言って欲しいんだ? まさかアルフの具合を聞けとでも言うのか?」

「そ、そうじゃなくて他に何かあるだろう! 気の毒だったなとか! 災難だったなとかっ!!」

「気の毒で、災難だったな」

「……エイミィに言いつけてやる」

「よせ、おい。何も僕は君が嫌いで言ってるんじゃない。誰にだってこうだ」


そうだろうか。
ユーノが考えるに、ディフェクトとは結構仲がよかったように感じる。

まさか、


「……ホモ?」

「君はもうちょっと頭がいいかと思っていたよ」





。。。。。





  学校である。学び舎である。私には、必要が無いものである。
  何度も言うが、私は頭が良いのだ。今更こんな、教科書に書いてある事など……。

  そこはつまらなかった。退屈だったのである。
  通い始めて二ヶ月がたった。全学年、全ての教科書は暗記した。五年生の保健体育の教科書、101Pの12行目に挿絵と一緒に『ペニス』と書いてあるのだって把握している。私は頭がいいので、ちょっと早い思春期だ。自覚している。

  授業など、聞くまでも無かった。
  とはいっても素行が悪いと思われては私を本当の子供のように思ってくれているあの人たちに迷惑が掛かるのだろう。

  だから、優等生を演じた。

  なんと言えばいいのだろうか。
  つまらない学校が余計につまらなくなった。それだけだった。

  教師の言うことには、はい、はい、とだけ。
  友人(と言えるのかどうかわからないが)との付き合いは無難に。
  自分の周りにソフトで、ぬるくて、しかし頑強な壁を作った。

  そしてそうなるとアレが始まる。所謂、イジメ?

  そう、何を隠そう、私はいじめられっこだったのだ。
  信じられない。馬鹿なことだったとはいえ、あの施設を事実上支配した私がイジメなど!

  真っ先に施設占拠の手順が頭をよぎったものだ。
  しかし、しかし私は頭が良かった。報復などすれば余計に立場は悪くなり、私の『保護者』に迷惑がかかる事など目に見えている。

  『保護者』には恩を感じている。
  厄介なものだ。そんなもの無かったら、どうしてやったろうか。いや、まずいじめられていないか。私がそっち側に回っていそうだ。そういう意味でも私は救われている。

  だが、憶えている。記憶に完璧に、クリアに残っている。私をいじめていた者たちの顔、声、表情、笑い、蔑み。

  なかなか忘れられそうにはない。

  しかし今の私にはそれを笑いながら話す事が出来るのだ。




  なぜかって?
  あの人が来たから。それだけさ。





。。。。。





「ユーノさん」

「またぁ!?」


リンディがあらわれた!





。。。。。





  それは突然やってきた。

  転校初日に担任(26歳独身)の胸部にあるふくらみを鷲掴み。自身の女好きを公言した。
  第一印象で危険な人物だと分かった。

  何を考えているかよく分からない、いつも眠そうなトロンとした瞳。
  ヘラリとしまりの無い口もと、表情。
  そのくせ胸を狙ったあの機敏な動き。

  アレは危ない。本能で悟った。

  アレがいじめに加担すると何をされるか分からない。
  身の危険を感じた。頭のいい私は本気で、心底貞操の危機を感じたのだった。

  これは、もはやここまでか、と顔を青くしながら殺害の覚悟を完了した。

  だが、信じがたい事に三日たっても、一週間たっても、彼は一向に私をいじめに来ないのだ。いや、勿論来て欲しかったわけではないが。

  しだいに彼はクラスから孤立していった。
  一度として話したことのない相手に、奇妙な感覚を憶えた。


  ───似ている…?


  誰に? 私に?
  冗談ではない。私はあんなヤツとは違う。

  それから私は観察を始めた。

  彼は授業中、退屈そうだった。見ただけで分かる。どの授業でも欠伸を連発し、たまにノートを開いたかと思えば落書きをしている。しかもそれが妙に上手いものだから始末に終えない。そして寝る。子供が、小学一年生が、ぐーぐー! とイビキまでかいて。

  羨ましかった。
  あそこまで自由でいいのか? 仮にもここは学校だぞ。

  私は、いつも辛くて、迷惑をかけたくなくて。なのにアイツは!

  しだいに羨望は嫉妬に変わり、嫉妬はさらに姿を変え───。





  ああ、久々に、あの癖が出てきた。最初の施設を追い出されて、なりを潜めていたのに……。




  ───トントントン。





  そして───。





。。。。。





そうしてようやくディフェクトと二人っきりになれた。

結局、私はやられてしまったのだ。いろんな意味でやられてしまった。

言葉を交わして、私には彼の器量は量れないと知った。その温もりに中てられて、不覚にも、それはもう不覚にも涙まで流した。私は頭がいいので憶えている。二歳の頃から泣いた事がなかったのだ、私は。その私を、泣かすなんて。
そしてぐずっている私の頭を不器用に撫でてくれる彼に、なんだか癒されてしまった。

ああ、今思い出すと、恥ずかしいことをした。赤面ものだ。
さらに今更だが、厄介な防衛線を張っていた自分に腹が立つ。彼は格好よくて、綺麗で、気高くて、美しくて、ちょっとバカで、すごく、すごくモテるのに……。

そう、私はとてつもなく大きな間違いを犯した。
あろう事か、あろう事か───、


「───ボク、か。……はぁぁ」


ため息も出るというものだ。己の身の危険を少しでも軽くする為に付いた嘘だったのだが、それは今も彼の勘違いで続いている。仕方がなかったのだ。最初は本当に犯されでもするのではと考えていたから。

だが、そろそろ気付いても良くはないだろうか。
確かに距離感の無さは心地いい。きっと彼は遊びに行く時にはまず私を候補に上げてくれるし、相談なんかも私は一番に受ける。嬉しい。とっても。
けれど、私はもっと、なんと言えばいいか、『そういうの』を求めているわけではないのだ。
そしてその距離感の無さからか、彼は不意に抱きついてきたりする。そのたびに心臓が口から飛び出していきそうになって、本当に死んでしまうのではと思うほど顔は熱くなる。ああ、なんで気付かないんだろうか。君はバカだ。
しかし、こちらから正体を晒すのは何だか私に魅力がないと言っているようで。

これは意地だ。彼が気付くまで私はボクで。ボクはボクのまま君のそばにいるよ。


「───だからさ、早くおきなよ。女の子の成長は早いんだからね。君が起きたら隠せないほどナイスバディになってるかもよ」


こつん、と培養槽を指先で叩く。

ぷかぷかと水中に浮かぶ少年。幻想的で、美しい。思うに、高名な芸術家などこの光景を見たら裸足ですっ飛んでいくのではないだろうか。
まぁ、早く起きろといっても彼お得意の気合でどうにかなるものでもない。後二ヶ月ほどはこの中で修復とアップデートの繰り返しだ。

キョロキョロと辺りをうかがう。自分ひとりしかいない。
二人きりの時間など、久しくなかった。彼は妹のことで随分頑張ってたみたいだ。シスコンめ。もう少し自分の事も気遣って欲しいものだ。


「もうちょっと、ボクの相棒でいてよね」


ちゅ、とガラス越しに口付けた。







[4602] nano ⇒ As
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/02/17 11:59




眠い。しかもなんか気持ちぃ。
何処ここ? お腹の中? また転生とかだったら笑える上に呆れる。あ~、頼むからそういうの無しね、マジで。これ以上はキツイ。無理。無理無理。絶対無理!さぁ浮上しろ俺様。ディフェクト君で浮上しろ。俺はディフェクトでいい。ディフェクトがいい。名前考えるの面倒だから。


「……がぼぼ、っぼ! ぼば、ばばぼぅ!!」


ひひ。マジ何処よここ。起きたら水の中とかすごいんだけど。なにこれ? 嫌がらせにしちゃ最新過ぎるぞ。


「ぐぼるばららっ!!」


気泡が上へと。
息が出来ない!……ことも無い。なんだろ、LCLじゃねこれ? え、なにこれ。今度はエヴァ?
……無理。シンジ君とかだったら完全に無理。アスカと赤い世界でずっとイチャイチャしてるだけだったらいいけど、最初からは無理。怖い痛い熱いは俺の嫌いなものベスト3だよ。

辺りは暗くて何も見えない。不安。ちょ、マジで、


「―――べっぼあっぶ! べるぶびっどぉぉぉぉおぼぼおおお!!」


はい、セットアップシェルブリット。


『うっせ』

「!?」


リリカルですね。間違いなく。





・/~⇒As~










「ぼごごご?」

『イエス。ここは・アリシアがいた・瓶の・中です』


うえ、なんだよそれ気持ちわりぃ。死体があったトコかここ。つか何のために……俺か。俺の為か。俺の事調整してくれてんのか。これで今死んじゃうようなことはなくなったと思っていいんですよね? そうだよね?


「おべぼがばだっでだいびょうぶばぼ?」

『イエス。治っている・ようです』

「びょっびゃ!!」


よっしゃ!これで気分が悪いのともおさらばな訳だよ! やけに口から血が出てくるのともおさらばですよ! 肛門から血が出てくるのもオシマイってこった!!
やふー、ktkr! いやいや、一時期マジで酷かったんだよ。色々と。うん。やっぱ健康第一。成人病とかにかかっちゃ駄目だ。気をつけよう。大事に思ってもらえるように、肘も、肩も、大事にしよう。と、三橋っぽくまとめたとこで、そろそろ出よっか?


「べぶ」

『イエス』

「ぼぼぼぼごごがだでぼうが?」

『了解。そろそろ・私も・出たいと・思っていた・ところです』←(読者的にも。台詞的な意味で)


手を伸ばしてぺたぺたガラス(?)の表面を触る。
狭っ。俺こン中にいたのか。閉所恐怖症になっちゃうよ。暗いよ狭いよ怖いよ~。


「ばぶばー。じょっぼだげね?」

『了解。ちょっとだけ・アルター・いきます』


バキィン。

穴あきました。ちょろちょろ流れ出ていく苦い水。そうなんだよ。この水、やけに不味いんだよ。一体なにでできてるんだ? 呪文薬品(正式名称が長すぎて呪文みたいな薬品。特に魔法がどうとかではなく)だろうな、どうせ。
口直しが欲しい。ご飯が食べたい。はやてのご飯が食べたい。フェイトの舌でもいいが。いやアルフも捨てがたく……。なのはか、いや、ユーn、げふんっげふん。……迷うぜ。

ちょろちょろ。

ああ、やっと顔が出せる。てか多分肺の中この水でいっぱいなんだろうなぁ。ゲボゲボ吐いちゃうぜぇ!

3。

2。

1。


「おべろろっしゃー!!」

『気合・一発!』


びちゃびちゃ口から吐き出されていく苦い水。もうイラネ。これイラネ。


「あ~、あ~……。死ぬかと思ったぁ」

『某GS見習いと・同じくらい・その台詞を・はきますね』

「俺の師匠だからな」

『またも・俺設定・ですか?』

「きっと読者も認めてくれるだろ」

『今夜は・感想が・荒れるぜ……っ!』


ってことで、俺様復活。

あれだからね、俺はここで引退だからね。もうエースとか知らない。原作通りに進んでくれればそれでいいや。リィンがちょっと……いやかなり可哀想だけど、俺は目的を果たした。ここまでだ。だってネコ怖いし。おっさんもあんま好きくないし。

俺的未来予想図は……。

システルさんに弟子入り ⇒ 屈強なホモ、変態どもから尻の穴を守りつつテライケメンに成長 ⇒ 15歳くらいで次元世界ナンバーワンのデバマスに ⇒ き、君には勝てないでオマー!(野良デバマス) ⇒ やけにモテる俺 ⇒ がっつり金を溜め込んで はやてに会いに地球へ ⇒ しかし行く前に魔導師はやてと偶然の再会 ⇒ きゅん(はやて) ⇒ やらないか?(俺) ⇒ アッ――! ⇒ フェイト嫉妬 ⇒ やらないか?(フェイト) ⇒ アッ――! ⇒ アルフにやにや ⇒ やらないか?(俺) ⇒ アッ――! ⇒ ヴォルケンリッターに事実発覚 ⇒ ハーレムを組みつつ愛の逃避行 ⇒ 最終兵器なのは ⇒ 勝つ ⇒ アッ――! ⇒ その辺の美少女美女 ⇒ アッ――! ⇒ むしろ全員 ⇒ アッ――! ⇒ アッ――! ⇒アッ――! ⇒ アッ――! ⇒ アッ――…… ⇒ そして老衰。


「あると思いますっ!!」

『ねーよ』

「ですよね~☆」


15まではやてに会わないとか無理だし。今すぐ はやて飯を喰いたいのに。そしてフェイト妹だし。禁断か。ヴォルケンとか勝てネ。死ぬ。最終兵器なのはとか勝てネ。消える(物理的に)。
もうアルフでいっかな……。アルフがいいかな。歳とらねぇし。使い魔と結婚とか出来るのかな? まぁ結婚願望なんて今はまだ皆無だからいいんだけどさ。


「さて、くだらない妄想はここまででいいか」

『下半身が・本音を・語って・いますが?』

「そんな小さなことは置いておけよ」

『とても・大きい・です。大きい・です』

「何で二回言ったし。てか何でお前はいつもいつも俺の下半身に夢中なんですか?」

『ぐへへ・女として・夢中に・ならざるを・えない』


だめだこいつはやくなんとかしなきゃ。

きっとコイツ俺以上に異常だよ。俺はさ、まぁ正直な話、現実感が未だに伴って無い部分がある。『こっち』に来て五年くらいだけど、それでも『あっち』が俺の常識で、今はちょっとしたゲーム感覚なんだよね。だから無茶苦茶出来てる。キャラクタなんだよ、ディフェクト君。俺。
そんな無茶苦茶やってる俺を超えて、シェル。シェルブリット。シェルブリット・アリシア!!


「ちょ、自重w」

『サーセンw』


ちょろちょろちょろちょ……。

お、水も大分抜けてきたな。そろそろ出るぞ。


「よっと」


がちゃん。

裸足でガラス(?)を蹴破りました。脆いな。もうちょっと強化ガラス的なものにしとくべきじゃない? よく割れなかったね今まで。プレシアもやっぱなんか抜けてんな。フェイトのアレ(ぽけぽけ)も遺伝じゃね?


「まぁ、今更気にしてもどーにもなんない訳で」

『ドンマイ』

「お前ね……」


自分の親が死んだってのに……。


『私にはあなたがいるからいいの。ね、ディフェクト』

「……」

『真っ赤ね』

「……」

『照れてるのね』

「……」

『可愛いじゃない』

「……っ」

『ふふ』

「───いやぁぁぁああんっ!!」





。。。。。





「お、珍しい。今日はちゃんと昼ごはん食べるの?」

「あん?」


誰だお前。

その辺にあった白衣(ユーノの。いい匂いがしたから間違い無い)をとりあえず着て、んで食堂に向かっている途中。知らない顔の局員が話しかけてきた。男に話しかけられても嬉しくない。どっかいけ。


「散髪したんだね、似合ってるよ」

「……?」


何なのコイツ。髪切った憶えないんだけどな、俺。最後に切ったのは……三ヶ月位前か? 結構経ってんな。今度切りにいこっと。


「俺も今から昼飯なんだ。一緒にどう?」

「……え、と」


な、なんなんだコイツの積極性は? 隠さないのか? 自分がホモだということを、何の恥ずかしげも無く、こうまで? いや、いやいや、別にいいよ、飯食いにいくくらい。でも俺はお前の気持ちには応えてやれないんだ。俺はおにゃのこが好きなんだよ。
だから、


「奢ってくれるなら行く!」

「うん、いいよその位。お腹すいてる?」

「すっごい」

「はは、そっか。よし、じゃあこの前訓練に付き合ってもらったお礼ってことで」

「……? あ、ああ」


訓練に付き合った憶えはまったくないんだけど……まぁ、奢ってくれるんなら行くべきだろ。
しかし……俺には夢遊病か何かの気があるのだろうか。知らない所でもう一人の俺が闊歩しているのか? 世にも奇妙な物語に投稿できるぜ。一体なにが起こってるんだ?


「じゃあ行こうか? 食べた後さ、よかったらまた訓練付き合ってくれないかな?」

「いいけど……なにすんの?」

「軽く魔法の確認と、流し気味の模擬戦ってトコかな」

「ん、了解」


ってことで、飯! 腹減ったぞ。





「もぐもぐ」

「今日はやけに食べるんだね?」

「もぐもぐ。うん、腹減ってるから」

「そっか」

「もぐもぐもぐもぐ」

「……俺のIDで足りる分にしといてね?」

「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」

「……」

「もぐもぐ……。全とっかえ(おかわり)だ!」

「……はいはい了解」





そしてトレーニングルームへと。
つーかアースラすげぇ。ちょいちょいある設備が充実しすぎ。 なにこれ? NERGAL ND-001 NADESICO に匹敵するんじゃなかろうか。なんか妙な恋愛シミュレーターとかあるんじゃねぇだろうな? IFS強化体質とか出てくんじゃねぇぞ。


「あれ? 先客がいるみたいだ」

「へぇ~」


扉の前に立ち局員がIDをスリットに通した。
自動的に扉が開き、


「ほえぁ?」


後頭部が目の前に飛び込んできた。てか飛んできた。
ヒョイと回避。飛んできたそいつはそのまま廊下の壁にぶつかり、ごちん、となかなかいい音を立てて後頭部を打ち付けたようだ。


「……いたた」


……フェイトじゃん。
涙目で打った頭をさすりながら俯いていた。可愛いな。うん。可愛いぞ。


「あ、あれ? 何でフェイトちゃんが二人……」


隣の局員が呆然と。
あれだね。正直飯食ってるときに気付いたんだけど、こいつ俺とフェイト間違えてたんだね。けどお腹すいてたしね。飯食って、その分払えとか言われたらヤだしね。


「くくく。計画通り★」

『新世界の・神になる』


そして俺の声を聞いてフェイトが猫の様に過剰反応。目玉が零れ落ちるほどに瞼を開き凝視してくる。


「……」


なんか言えよ。お前の大好きな兄さんだぞ。いえ、自意識過剰じゃありません。フェイトは俺の事が好きです。双子テレパシーがビンビン来てます。


「にい、さん……?」

「うん」

「兄さん」

「なんだね」

「兄さんっ!!」

「ほっほっほ。愛い奴よ」


押し倒さんばかりの勢いで抱きついてくるフェイトが可愛いんだ。胸にぐりぐり顔を押し付けてくるフェイトが可愛いんだ。にいさん、にいさんって呟いてるフェイトが可愛いんだ。
とりあえず、撫でる。頭を。さらさらの髪の毛。指通り滑らか。子供特有の、細くて柔らかい。
ヤバイなこれ。ゴイスー。


「心配した?」

「うんっ、うん!」

「ゴメンね?」

「いい。兄さんがここに居るなら、それでいい!」

「そっか」

「そうだよ」


フェイト最高じゃね? こんな妹居たら最高じゃね?
まぁ、ここまで。今までありがとうリリカル。後は任せた、いろんな人。世界のこととか、はやてとか、スカリエッティとか、ナンバーズとか。俺はここまでだ。フェイトが居て、はやても助かるんだし。スカリエッティとか知らんし。勝手にやってろ。
……だが、やっぱり俺は世界の中心のようで、俺をなくして世界は動かないようで、


「ああ、起きたのか。ちょうどよかった」


無表情にクロノも出てきた。いっつも冷静なこって。てかフェイトぶっ飛ばしたのお前か。ぬっころ。


「何でも君の活躍を聞いて会いたいって言っている人が居るんだ」

「そんな俺がしたことなんて大した事ないですよ全然大したことなんてしてない俺に会いたいなんてそんな恐れ多い俺は全然大したことしてないんで会わなくていいんですよ」


嫌です。嫌な予感しかしません。嫌なのです。


「そう言わないでくれ。僕も世話になっている人なんだ」

「……聞きたくない」


耳を塞ぎたいけどフェイトの髪の毛が気持ちよすぎて手が止められない。なんて魔力。


「ギル・グレアムって人で、時空管理局の顧問官なんだ。僕の執務官研修の担当官でもある。そしてフェイトの事なんだが、恐らくその人が保護監察官になると思うんだ。だからディフェクト、君も世話になる。会っておけ、損はない」

「……そうだね~……」


損が無いはずが無いだろう。絶対落とし穴的な罠がある。
俺はね、猫に会ってるんですよ。ニャンニャンズにエンカウントしてるんですよ。それでなんもねー筈ねーよねー。ねー?


「やったろうじゃんかよちくしょう……」


小さく呟いたわけですよ。ふぁっく。





。。。。。





「てな訳で俺復活しました。ご心配とご迷惑をお掛けしてスミマセンでした。これからは誰にも迷惑をかけないように陰ながら皆さんのご活躍を期待するばかりです」

「何言ってるんだよ。目が覚めていきなり装置壊して消えないでよ。初っ端からボクに迷惑かけてるじゃないか」


ユーノはちょっと呆れて。ゴメンね。お腹すいてたんだもん。


「ディフェクトーッ!!!」

「ちょ、ちょちょちょぉぉおお!! アル、おまっ、出てる出てる!!」


アルフに抱きつかれて、嬉ションで服を汚されて。ユーノの白衣だからいいけど。まぁ、ションベンかけられてもあんまり嬉しくないんだけどね。


「……」

「何処にも行かないって」


フェイトはずっと俺の服のすそを掴んでて。可愛いでオマ。テラかわゆすでオマ。
そして、


『ディフェクト君……お帰り』

「おう、ただいま」


通信越しにだけど、なのはに会った。

だって二ヶ月もたってたんだもん。そりゃアースラには居ないよね。焦ったよ、実際。俺の体感で言えば『あ~、よく寝た~』くらいだしさ。起きたらちょっとしたタイムスリップしてるじゃないか。びびびびびびびびびるぜ。
そりゃ息子もたったまま静まらないわけだよ。二ヶ月もヌいてないなんて……。ダミー・オスカー並みにバッキバキだぜ☆ 知らない人はググってくれ。そして何かしらの画像を見つけてくれ。笑うから。


『それでね、ディフェクト君』

「ん、おうどした?」

『あのね、…………って、知ってる?』

「おやおやぁ?」





。。。。。





その日なのは は昼まで寝ていた。ここ最近、めっきり暑くなってきて遂に昨日、父と母から冷房使用許可を貰った。寝る前に一時間。最高だった。
そして今日は日曜日。サンデーは至福だ。寝ていても怒られない。寝ているときに起きろと急かされるのが なのはは余り好きではなかった。だから携帯電話の目覚ましアラームもOFFにして、『限界まで眠る』という修行に勤しんでいた。
しかし、

~♪


「ん~……、なんで……?」


無常にも携帯電話が鳴り始めた。目覚ましは確かに設定を変えていたはず。出たくない。布団から。


(……うるさい……ねむい)


枕元から音の発信源を探し出し、確認も無いままにサイドボタンを押して黙らせた。
さぁ邪魔者は居なくなった、と再度意識を深く潜らせる。浮遊感。

~♪

そしてまたも浮上。


「ん、ん~? ……だれぇ?」


今度はきちんと画面を開き発信者を確認。
しかしディスプレイには知らない電話番号が映し出されているのみ。一瞬管理局かとも思ったのだが、なのはは管理局の番号を登録しているので画面表示されるはず。では、誰なのか。


「……」


逡巡。とるべきか、とらざるべきか。
基本的に知らない番号からの着信はとらない。とるなと家族から言われている。
しかし、この電話は恐らく、何か用があって掛けて来ている様な気がする。二回目だ。

~♪

意を決して通話ボタンを押した。


「あの……もしもし?」

『あ、もしもし……』

「はい、えと……どちら様ですか?」

『そ、そやった、あの、私、八神はやてって言います』


聞こえたのは女の声。そして独特のイントネーション。なにやら関西の匂いがする。
だが、なのはには関西出身の友達は居ない。異世界出身の友達なら居るが。間違いなく知らない人である。だから自己紹介されてもなかなか自分の名前を言えないでいた。


「えと……」

『あの、ホンマごめんな? 電話の理由はな……その、ディフェクト・プロダクトって知っとる?』

「あ」


知っている。知ってはいるが、いいのだろうか。彼は魔法関係者だ。八神はやてという人がそうなのかどうか分からない。バレてもオコジョにされたりはしないらしいが記憶を操作されると言っていた。もし無関係ならソレをさせるのは不憫だ。
ディフェクトを知っているということで、怪しい人ではないようだが、


『もしもし、聞こえとる?』

「ほぇあ、うん、聞こえてるよ」

『ほんでな、その、言えへんのやったらええんよ。とりあえずな、私は待っとるからって、伝えれるんやったら伝えてくれへんかな?』

「あ、はい、分かりました」

『ん、アリガトな。ほな……っとと、あの、名前聞いても……?』

「なのは。高町なのはです」


結局教えてしまった。関係者なのかどうかは分からない。一体何者なのかも。肝心のディフェクトは今はまだ眠っている。


『なのはちゃんかぁ、よかったら番号登録しといて。私の『はやて』は平仮名やからね? ふふ、変な名前やろ?』

「う、ううん、そんなこと無い。私の『なのは』も平仮名なんだ」

『そかそか。ほな、機会があったらまた』

「うん、またね」

『ほなな~』

「ほなな~」


電話を切る直前に はやての後ろから、お腹すいた~と別の女の子の声が聞こえた。





。。。。。





『って事なんだけど……』

「ふぁっく」

『あんまり表には出してなかったけど、すごく心配してるみたいだったよ。……ずっと待ってるって』

「おう、まい、っがッツ!」


ディフェクトは はやてに会いたくなった。てろてろりん☆
……じゃなくて、やばくね? ヤバイよね? 変わっちゃったじゃんか、色々と。テラヤバスじゃないですか。ど、どうしようか。間違いなく、アニメ通りには行かないって事だよ。ヴォルケンたちがとち狂って暴走するかもしれないんだぜ? 絶対に関わりたくないぜ。


「てか何処でなのはの番号ゲッツ★したんだよ はやて~……」

『あの時じゃないかな、ホラ、温泉で私のケータイ借りた時に……』

「あ、ああ!! あれか、なのはの全裸鑑賞会の時か!!」

『ディ、ディフェクト君っ!!』


ちくしょう、ナンテコッタイ。あんな小さな小さなフラグがボディーブローのようにじわじわ効いてきやがる……。
せっかく傍観者でいようとしたのに! エース書けねぇ……もう死のう。って言ってたじゃないか作者! そのへんどうなんだ作者!!

……ああ、どうなるのでしょうか、僕は。グレアムのおっちゃんに会うのに。なのは は はやて達と仲良くなんのか? いきなり殺されたりとかないよね?
とりあえずこれだけは言える。


「エース参入ケテーイ」

『いっちょやってみっか』





。。。。。





「お、はやて~、今流れ星が通った!」

「ホンマかぁ、願い事はしたん?」

「三回も唱えられねー」

「ええのええの。ヴィータの願い事聞いてくれる神様もどっか居るんやから」

「……ん、じゃあ、はやての足が早く治りますように!」

「はやてちゃんの足が早く治りますように!」

「主の足が早く治りますように」

「あはー、皆ええこやねぇ。ほな私は……」


何処かで狼の遠吠えが聞こえた。







[4602] 無印登場人物
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2009/09/08 08:59



―――ディフェクト・プロダクト。





欠陥品の名を持つ少年。
プロジェクトFATEで生み出されたとされている。

外見はフェイト・テスタロッサと瓜二つ。
違いは髪の毛の長さ。本人は伸ばしてもいいのだが、そうすると自身のデバイスの加速ユニットに巻き込まれ、禿げる心配が出てきたので今はセミロング。

その外見の為か初対面には女の子としか思われない。が、本人は気にしておらず、むしろそれを楽しんでいる。

すでにミッドチルダで魔法学校を卒業している。

実は魔法の成績はあまり良くなくギリギリなのだが、本人が知らずに放っている統率力や熱さに教師陣までも中てられ、知らず知らずに卒業にへと。

その割には魔導師ランクAAクラスの教師の障壁を破り勝利するなどの実績も残しており、教師陣からは熱心に管理局入りを薦められていたが本人はそれを拒否。

そのさいに「他人の敷いたレールの上を走って何が楽しいんだ? 管理局を否定するつもりはネェがな、俺の『ミチ』は他人にどうこう出来るもんじゃねぇんだよ!!」と教師に向かって毒を吐いた。

さらにそれを聞いた生徒たちも自分の価値をもう一度見つめ直す事になり、本人の知らないところでシンパを増やす事になる。

その学校では知らない者が居ないほど人気者。数々の名言で在校生からは生きる伝説となっている。
もちろん本人はまったく気にしてない。どころか知らない。

自分の実力に自信無し。けど調子に乗ると結構どうでもよくなってくる。

性格は極めて面倒くさがり屋。さらに楽天家。なんとかなるさぁがモットー。
自分の命が天秤に乗っていなかったらまず地球には来ていなかった。

他人に対しては、良くも悪くも常に自然体であり、思ったことを口に出す。というより思ったことが口からいつの間にか出ていることがある。

自称フェミニスト。女の子にはやさしくを謳っているが別にそうでもない。
危機に迫ったら男だろうが女だろうが動物だろうが何でも殴ってる。所詮その程度。


本人はよく考えて行動しているつもりだが直情型。

殴ってしまった後に、あ、やべ…まぁいっか。なんて考えている。

最近気分が悪い。


使用デバイスは融合装着型という今までに無い概念のデバイス『シェルブリット』。

使用者の体を侵食しその力を発揮する。その侵食率とは即ち稼動率であり、ディフェクトは二割程度の稼働率でAAランクの魔導師をぶっ飛ばした事になる。

謎の多いデバイス。その半分以上はブラックボックス化しており解析が出来ていない。


「何これホントにデバイス?」(システル談)


使用者の魔力を吸い取って成長するため(そのためディフェクトの通常魔力保有量はD+になっている)本来なら侵食が100%に至るまでは使用するものではないと思われる。

使用者によって変わるので、基本的にセットアップ時の形状というのは無いが、一度形状を記憶すると変更がきかない。
セットアップするときにかなりの痛みを伴う。だからなるべくしたくない。

がなり頑丈に作られており、今のところ壊れたり欠けたりした事が無い。

相手に超接近して戦うので使用者は生傷がたえない。そのくせ右腕ぴかぴか。使用者納得いかない。


ファーストフォーム。


右腕全体を覆うような黄金の手甲が構築される。
右背部には浮くようにして発生する三枚のアクセルフィン。加速(Acceleration)を行なう際に一枚ずつ消費していく。

Acceleration からの fist explosion を主な戦い方にしている。


セカンドフォーム。


形状はファーストフォームから少し変わる。
ファーストよりも全体的に大きくなり、おおよそまともな人間の腕の形状をしていない。

この状態で合掌すると全然両手の大きさが違う。形も違う。ちょっとびびる。

右背部には丸みを帯びた、出来損ないの翼のようなアクセルホイールが構築される。

特徴は手の甲から腕にジグザグに伸びるジョイント開放部。burst explosion(シェルブリットバースト)を使う際に開放される。

burst explosionを使うと腕がすごい痛い。使いたくない。

セカンドフォームに変形?させるには《アルター》を使うか、カートリッジを一発消費する。

基本的な戦い方はファーストフォームと同じ。


サードフォーム。


右腕だけでなく左腕にも『シェルブリット』が発現する。
もともと大きいセカンドよりもさらに大きく、バランス的に見るとかなり不恰好になる。腕ばっかりでかい子ども。あんまり見たいもんじゃない。

10話には出てこなかったが、背中のアクセルホイールが伸びるように鞭?状になる。

文章で説明しようと思うとなかなかうまくいかない。柔らかくなったカマキリの鎌?いや…これなら鞭のほうがいいかな…。

命名アクセルウィップ。加速のときは空間をウィップが叩き、爆発加速。

シェルブリットが身体を覆う面積が広くなっているのでちょっと『絶対防御』らしくなってきた今日この頃。

サードフォームを完全に構築すると両腕に加え、胸部、背部までも覆われる。
まるっと上半身は防御領域。顔は相変わらず半仮面。

シェルは下半身にも手を出そうとしたが、これ以上構築のときに痛いところが増えるのはイヤだというディフェクトのせいで上半身だけ。


ハイブリットフォーム。

黄金の獣。

顔面は全部、獅子を模した様な仮面に覆われる。
そのまま繋がるように後頭に伸びるのは鬣。
両の腕はさらにさらにさ・ら・に!大きく、ジョイントは常に解放。
腰から下、両足はしなやかに細く、猫科の大型獣のように。イメージはライオンよりもチーターな感じ。
そして背中にはもちろんアクセルウィップ。サードフォームから比べると結構長い。

構成したら猫背になる。やけに猫背になる。

基本的に全身で『explosion』を起こすことが出来る。

燃費は最悪。どげんかせんといかん。

アルターが常時解放。意識してるわけでもないのにバッキンバッキン。

絶対防御の癖にやけに攻撃的なフォルム。

構成時はもうヤバイくらい痛い。ドライブとかでイっとかないと、それだけで失神できる。

加速がおかしい。ホントおかしい。

『Extermination』は爆発ではなく、それに似たナニカ。

使ったらシェルがスリープに入る。使用者もスリープ。

と、いうわけでハイブリットフォーム。
使いどころが難しい。


いま死んでる。
生き返った。









―――シェルブリット=シェルブリット・アリシア=なんちゃって茨の宝冠


ディフェクトの右腕に憑いてるデバイス。
スキル反骨心をもっている。よく反抗する。使用者むかつく。

でも意外とディフェクトの事を気に入ってる。

コイツじゃなかったら自分の能力は引き出せていないぜ☆と考え、最近はどう接して行こうかちょっと考えるようになった。
でも反抗する。所謂ツンデレ。

謎が謎を呼ぶ不思議デバイス。いったいなんなんだろうか…?

そして、謎発覚! 色々と。

実は『茨の宝冠』とかいうすっげ昔のデバイス。デバイスとか言う言葉がなかったときくらいのデバイス。昔の人は補助棒とか呼んでた。杖型のデバイスを。嘘。

本当のナカの人はジュドー(ディフェクト命名)。

けどプレシアがガンガン記憶転写しまくったせいで既存AIに『人格』と呼べるものが発生。それがシェル。ジュドーが発生しまくったシェルたちに泡食ってるときに隙を突いて管制人格へと。

侵食率が上がるたびに『茨の宝冠』のブラックボックス(中身、ジュドーが居るとこ)とのリンクが正常化していき自分が元々『アリシア』だったことをJOJOに思い出していった。ドドドドドドドドド。

んで、『ナカ』に引っ込んだ時にモノホンの『アリシア』とエンカウント。合体! 今に至る。

シェルとアリシアどっちの成分が強いのかは不明。
お母さんは好きです。でもマスターはもぉっと好きです! みたいな。


茨の宝冠がいつ頃のものかはまだまだひみちゅ。









―――アリシア・テスタロッサ。ナカの人ver。


作中、それらしい表現は殆んど無いけど、居ます。居るのです、アリシア。
シェルと合体しちゃったけど。

nano15 ナカの人 でシェルと二人で喋ってた。
暇な人は探してみてね☆ 殆んど会話らしい会話はしてないけど……。

シェルはどっちかというとアリシアの記憶を持ったナニカ。
こっちはモノホン。
記憶の転写に次ぐ転写で互いに補完し合い完全に『思い出している』。

長いことジュドーの話相手してきた。
ジュドーウザイ。帰れ。けど消されるのやだから強気に出れない。

シェルが合体しようぜ? って言った時すごい食いついた。

「するする! 一つになる!」

って感じかな?










―――高町なのは。


つい最近までただの小学三年生だった少女。
ユーノがたまたまジュエルシードを封印している所を目撃してしまい、見られたからには(ryとなってお手伝いをすることに。冗談。ホントは自分からお手伝いさせて!と頼んだ。

ユーノはやらせる気なんか無かったが、自分には無い『攻撃の才能』をなのはから感じ、レイジングハートを託す。

ちょっと魔法少女をやってみるとこれがまた面白い。今までに無い感覚にチョーキモチイ状態。ちょっと調子に乗ってた。

そんなときにフェイト登場。
悲しそうな目を見る⇒何とかしてあげたい⇒ガチバトル。

その後もフェイトに何かと執着。おせっかいかな?と思いつつもお話がしたい。友達になりたい。

孤独を抱えている子がいるとどうにかしたくなっちゃうイイコチャン。本物の。

それなのに撃つ。

結構容赦がないとこ有り。

ディフェクトの事はお友達。なんだか楽しいお兄さん程度。
そしてその妹に持ってかれました。何を? 心です。

もうね、この子達は百合百合してればいいと思いました。
ネコさんとキツネさんの反応を見てどうするか決めようと思ってて、んで爆弾投下。

正直フェイトの事好き……かも、とか思ってる。つり橋効果的なものもあるかも知んないけど、それでも堪らなくドキドキしちゃった。
ああヤバイ。どうしようか。家族になんて説明すれば……とか今頃考えてる。

結婚って、できないよねぇ……とか。






―――フェイト・テスタロッサ。


原作と違いちょっとアホの子が入ってる。そしてアルフとの仲がいい。『すごく』仲がいい。

ディフェクトとアルフの事が大好き。いぢわるされるとチョット嬉しいくらい好き。むしろいぢわるしてください。

普段はポケポケしているが、戦闘に関しては自身の独自理論(防御を捨ててスピード命)を取り入れたりと、かなりの腕を持つ。

原作どおり中、近距離戦が得意。

現時点での登場人物の中で一番強い。けどクロノ出てきたから落ちるかも。

最近 はやてからの毒電波で何の疑いもなく『挨拶』を憶えた。
兄、使い魔と顔をあわせる度にどきどき…。

お母さんの為、頑張ります。

使用デバイスはバルディッシュ。
こちらは原作と変わらず。


最近クロノをボコった。気持ちよかった。ざまぁw
ちゃんと謝りました。ごめんなさい。ボコボコにしてごめんなさい。

そしてなのはゲット。
本人は別に意識してやったことじゃなくて、本当に挨拶をしただけ。妙にねちっこかったのはアルフがさんざん鍛えたせいですw










―――八神はやて。


原作よりも明るい?かな…?

ディフェクトとのファーストコンタクトで唇を奪われた。

その頃は、ま、女の子同士やし…ノーカンノーカン。と考えるも風呂場でホースを発見。驚愕。

そしてディフェクトの手首になにやら怪しげな物を見つける。
これは自分の足のように、余り突っ込んでほしくないんかなぁ…と思いさり気にスルー。

かなり空気が読める娘。

ディフェクトの事を『家族』と認識。
彼女の中では『友達』よりも『恋人』よりも何よりも『家族』が強い。

何も聞かずに自然に接してくれるディフェクトを愛してる。ずっと一緒に『家族』でいたい。

『挨拶』に関しては感づいてる所あり。けどディフェっちゃんなら、ええよ…?

原作どおりおっぱいを愛でる。
アルフが最初の犠牲者。

エース、始まるよ~。









―――アルフ。


フェイト・テスタロッサの使い魔。
主の事を妹のように思っている。ここまでは原作どおり。

違いは主がポケポケしてるので普段の日常面でのカバーが大変。

そんなときに兄と名乗る少年登場。当然警戒。殴る。あとで怒られる。(´・ω・`)ショボーン。

自分の事をフェイトの使い魔、ではなくアルフとして見てくれるのでディフェクトはお気に入り。むしろ好き。繋がれてもいい。首輪を寄越せ。
と、思ってたところでマジで貰った。
きゅんきゅんきゅんきゅ……3.5きゅんである。恋しちゃったのである。大体1きゅんが下着を替えたくなる程度の威力。コッソリうれションしそうになった。

フェイトをからかうのが意外と好きなおちゃめさん☆
『挨拶』を憶えてきたフェイトに色々いたずらしてる。
最近は、

「これはね、『おやすみ』の時にするんだよ…(ベロリ)」

「―――ひゃっ…。や、やだ…あるふぅ…」

状態。

そんなアルフだが使い魔としての実力はなかなかのもの。

狼を基にしているだけあり、その鼻と耳はかなり利く。危機察知能力も高く、フェイトの身を守ることが一番。

一応治癒が出来る。へたくそだが。しかしその一生懸命さにディフェクトくらくら。

戦闘ではガンガン前に出るディフェクトと似たり寄ったり。
バリアをブレイクさせボッコボコにしてやる!とプレシアに対して思っている。

フェイトの為なら火の中水の中次元断層の中。まぁ、ディフェクトのためにもしてやらないことは、ないかねぇ…くすくす。

姐御。

ユーノの事を一番最初に見破りました。その後おいしく頂きました。ご馳走様。







―――ユーノ・スクライア=ユウノ・スクライア。


原作とは一番違う人物。
ディフェクトの毒に徐々に侵されつつも自分を保つかわいい子。

デスサイズ戦で見せたあの熱さはすごかったです。(感想)

半オリキャラ状態のユーノ。
本編で出すのが怖い。

ディフェクトとは幼馴染。初等部からの付き合いがあり、ディフェクトの暴走をうまく止めてきた苦労人。

設定としてはデバイスを操る能力は皆無に近い。
魔力をデバイスに送り込むというプロセスを踏むのがへたくそで、デバイスなんてイラネ状態。
攻撃用の魔法をふんだんに詰め込んだのにもったいないなぁ…なんて。

しかし補助魔法では天才的な才能を発揮。
バインドから治癒、障壁に結界。さらには仙里算総眼図w

頭が良い人なのでディフェクトのストッパーになれば…。

正直ディフェクトの事が好きな九歳の春。

ディフェクトの身体の状態を知りたい。
そして治しましたよこのコ。もうドンだけチートかて。むちゃくちゃするよコイツ。

男とか女とか、もうどっちでもいいや。好きなほうでオケ。
けど、最初っから考えてたけど(第二話くらいから)、正直女の子にするつもりだったことをここに明言しておこう。ふははははは☆

可愛い子はいくらいても困らないっていう、そんな作者から生まれたユウノちゃんです。







―――クロノ・ハラオウン


アースラに乗艦してる執務官。

強い。
やっぱ執務官は伊達じゃない。
こちらは原作とはあんまり変えるつもりはなかったのにいつの間にやら『漢』に。

けどこの位ならいいだろ的な。

ディフェクトには色んな感情が綯い交ぜの状態。恋とかそんなんじゃなくて。

こいつ…できるな、みたいな。コイツのおかげで僕は…みたいな。

ディフェクトの事をしっかりと男だと初見でわかった。ある意味鼻の利く人。










―――リンディ・ハラオウン。


クロノのお母さん。若い。すごく。
アースラの艦長さんで若干親バカ。

でも仕方ない。クロノ頑張りすぎだから心配。そのうちはげるんじゃね?って本気で思ってる。

ディフェクトの事は可哀想な子だと思ってる。出来ればクロノと友達になって欲しい。なんとしても生き残らせて見せる。

いい人。

気さくなお姉さん。

優しいお母さん。

厳しい艦長。

いろんな顔を持つ。

正直ディフェクトはリンディが苦手。










―――セブン・システル。


年齢不詳のデバイスマイスター。
外見が変わらないというリリカル特性を持つ一人。

今より髪の毛が短い頃にディフェクトを拾った。他何も変わらない。

頭がどうにかしているんじゃないですか?と思わず問いかけたくなるようなデバイスを作る人。
けど意外と人気者。修理とかすごい。

少し目を離すとすぐデバイスをみながらにやついてる。

『まともに』作ればミッドチルダで三本の指に入ると言われてる。

寝ているときにディフェクトからパンツを下ろされてた。二年間くらい。しかも何か気持ちよかった。色々と。

正直悩む。私って、露出狂なのかな…。

犯人見つけた。飼い犬に手を噛まれた気分。しかしディフェクトの波動砲☆を思い出し内心どきどき。

ディフェクトは好き。母の様な気分になれるから。
シェルブリットも好き。マイスターとしての興味を注がれる。
あとは女としての自分を誰かが満たしてくれればマギを作れると確信。

彼氏候補はいない。
ディフェクトが大きくなったらイケメンだろーなぁなんてたまに考えるが、正直本気になっちゃいそうな自分が怖い。

実は悲しい過去を持つ女性。

外見イメージとしてはつなぎを着たコーネリア様。










―――猫×2。


ディフェクトとよく目が合う猫。

ディフェクトはたまに話しかけたりする。
シェルはそれを見て正直突っ込みきれないほどに主人の頭を心配。

こいつもうだめだ早く何とかしなきゃ。(シェル思ふ)










―――テルミドール・クノッヘン。


システル工房で生まれたかなり高性能のデバイス。
正直やりすぎ感があり。

インテリだが喋らない。AIのスペックは高いがその機能を全て防御とドライブに使っている。

フェイトが使ったけど身体がボロボロになることが判明。
かなりの鬼畜デバイス。

使うなら防御機構だけにしときなさい。

ちなみに名前の由来は、ん~、クノッヘンはいいんだよね、その前になんか欲しいな⇒システルさんが作ってるし…なんか奈々つながりで行こう⇒ん~なにがいっかなぁ…。『テルミドール』という歌発見。お、これよさげじゃね?⇒意味を調べる⇒検索結果『熱月』と判明⇒なにを思ったかネッケツと読んでしまう⇒やべ、熱血とかすげぇwこれでいいや!⇒事実判明⇒自己嫌悪⇒でもこれでいいや。となって決まりました。









―――プレシア・テスタロッサ。


アリシアのお母さん。そしてフェイト、ディフェクトを創造した人。

アリシアを愛していた。すごく。
実験での失敗事故でアリシアを失って、それから『F計画』に手を染めた。

作中は『狂ってる』って何回も何回も書いたけど、全然そんなこと無い。完璧にまとも。
聡明な頭脳で考えて、考察、シミュレート。出来ると確信したからこそF計画を発動。けど思った通りに行かない。


その時ある人から『茨の宝冠』を貰う。


F計画からは少し外れたけど『記憶の転写』さえ完璧になればアリシア復活は目前なので色々試す。けどこれが曲者。またもなかなかうまく行かない。
それもそのはず。今の技術力では足りなくて失敗してるだけ。

―――最後のクローン、F32α・フェイト誕生。かなりいい出来だったので、記憶は受け継がずも捨てるに捨てれず。


そしてまたその時、ある人から『ジュエルシード集めれば?』と唆される。


スクライアが発掘しているとの情報を貰った。半信半疑だった『アルハザード』がある人の話で八信二疑くらいになる。
その頃はほんの数個だったので、全部集まってから強奪をしようと考えた。

―――この時点でF32β・ディフェクトはすでに廃棄場に。『茨の宝冠』はもういいや、って思った。

そしてフェイトの教育開始。全部リニスに任せた。
とてもじゃないけどフェイトの顔見てまともでいられる自信が無いから。

何年か経って、フェイトにジュエルシードを集めさせることに。
フェイトの事は好きじゃないけど魔法の腕だけは認めてたので別に何の心配もする事無くほったらかし。
ある人に色々聞いて『アルハザード』を確信した。

そんで大した苦労はしてないけど、ようやくの思いで集まったジュエルシード。

ある人が言った。

『バァァァッカ、その程度でアルハザードなんて行ける訳無いじゃん!』

絶望感。
ショボーンな時にディフェクトが帰ってきた。キタコレ。狂喜乱舞。
生きているディフェクトを見て『茨の宝冠』の『可能性』が大きくなった。

奪い返そうと頑張る。
そしてやられる。
はいチャンチャン。


結局の所。

結局、フェイトに撃ち出した魔法もディフェクト(ファーストフォーム)の右腕一つで防御できる程度。
表に出てきた『アリシア』にも、全然攻撃しない。あまつさえ背中を見せる。
そしていよいよ出てきた『ディフェクト』にだって、ジュエルシードで馬鹿みたいに力が増幅されてるくせに、ものすっごく強いくせに、それなのに負ける。
純粋に力だけなら、ディフェクト7、プレシア10ってとこなのにね。

彼女がなにを考えて、何を思っていたかは今はもう……って感じ。

そうなのである。
結局のとこ、彼女、プレシア・テスタロッサは『お母さん』でしたよって、そんな話。










―――ジュドー=『茨の宝冠』。


アニメじゃないって言ったからこの名前になった。

『茨の宝冠』のナカの人。てかむしろコイツが本当の『茨の宝冠』。

『茨の宝冠』を開発した人かどうかは分からないけど、代々ずーっと茨の宝冠をしてきた。

特性は『成り代わり』。コンセプトは『死ぬまで戦うことが出来る絶対防御』。

使用者の脳を最初に侵食しきり、その後機能低下したところで全身に移る。100%に達した所で『表』の人格は消滅。ジュドーがその人物になる。

……筈だったのにね、ドンマイ。

表に出ようと思ったらシェルとアリシアに邪魔されてナカに取り残された。

けどまぁ、結構長生きしてっし、いっか☆程度。
人間、あんま長生きすると死ぬのが怖くない。

僕は消えるよ、とか言ってたけど、ホントに消えてんのかね?

プレシアに色々弄繰り回されてところどころ機能障害が出てる。けど気にしない。なんでって? 僕が表に出てるわけじゃないじゃないか。気にする必要なんて、何処にも無いね。

完璧世捨て人。









―――名前を呼んでもらえないあの人=グリフィス・ロウラン。


今のとこ、『ふにゃちん』と『メガネ』の称号を持っています。
クマーに出会って超逃げた経験がある。
やる気の無い自殺をやろうとしたところ、あの人に怒られてショボーン。でも名前呼んでもらえてテンションマックス。

若い。
てか幼い。ディフェクト達と同じくらい。
けど身長高い。
割とイケメン。
メガネはコナン君とタメ張るくらい光る。キラーン。






―――ネコさん。


百合ん。

乳がナイスなネコ目の女の子。

いぢめられる事に快感を覚え始めてるハードM。

最近ちょっと叩かれたりとかされたい。
お願いしてみた。

「あのあの、ちょっとだけ、お尻……ね、ね?」
「はいは~い」

受けると、予想外の快感に、もうキツネさんから離れらんない。

名前の通り、ネコ。いや、本名はべつにあるよ。

そろそろ法律を変えて同姓婚を認めさせようと思ってる。
同性愛の先駆者になろうかと真剣に考えてる。








―――キツネさん。


ネコさんに、ハルちゃ、とか言われてた。
きっと『ハ』と『ル』が名前のどこかに付くに違いない。

百合ん。

指の動きが見えないほどに素早く、一本一本別々に動かす能力がある。
そのせいで大体毎日ネコさんが泣かされてる。

鳴かぬなら、イカせてみよう、ホトトギス。な人である。名のある武将たちもビックリである。将軍様あ!

実のとこ別に女の子じゃなくても好きになれる人。てか、女の子はネコさんが初めて好きになった。

ネコさんにぞっこんラヴ☆

いぢめたくなるのはネコさんがいぢめてって頼むから。そりゃやってやんぜってなる。
最近ネコさんの尻を叩いたらすごい反応が返ってきた。

ぺちっ。
「ぁっ……」

ぺちんっ。
「あ、ん……」

べちっ!
「あっ、んあ!」

べちーんっ!!
「ひっぁあ、あああっ!!」

ばちこーんっ!!!
「ひぁあ―――っ!……くっ、う、うぅぁ、んぁ……っあ、、、(昇天!)」

な、感じである。

ネコさんが余りにもネコなのでタチに回ることが多い。けど別に『される』のも全然気持ちいい人。無敵のオールラウンダー。

実は良いとこのお嬢さま。








―――デスサイズ・ヘルカスタム。


AAランクの魔導師。
仕様デバイスはバスターライフル。その辺ムカツク。










―――おっさん。

↑の義弟。
いい人。








―――キャメル・クラッチ。


ぱねぇ教員。
デスサイズより陰湿。
割と顔が整っているのでディフェクトはいつか整形手術をしてあげるつもり。拳で。









これからここは書き足したり消したり色々していくつもりです。

11/09 猫。書き足しました。

11/09 セブン・システル。書き足しました。

11/13 サードフォーム、高町なのは、フェイト・テスタロッサ、クロノ・ハラオウン。書き足しました。

11/18 リンディ、ユーノ、なのは、書き足しました。

11/22 テルミドール・クノッヘン、なのは、書き足しました。

11/26 テルミドール・クノッヘン、なのは、フェイト、書き足しました。

11/27 名前を呼んでもらえないあの人、書き足しました。

12/02 デス先生、おっさん。書き足しました。

08/14 シェル、アリシア、ジュドー、ネコさん、キツネさん、名前を呼んでもらえないあの人、キャメル・クラッチ、アルフ、書き足しました。

08/21 修正! ディフェクト・プロダクト、グリフィス・ロウラン、プレシア・テスタロッサ、書き足しました。

09/01 ディフェクト、ユーノ、なのは、フェイト、はやて、アルフ書き足しました。  





[4602] nanoAs01-チェンジ・オブ・ライフ
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/03/06 14:22




やぁ、皆さん始めまして。
僕はディフェクト・プロダクト。妙な名前だけど覚えてね。
Asから読み始める猛者もきっと居るだろうと思って取りあえず自己紹介さ。
無印ではとんでもない怪我をしてしまってね、つい最近まで眠ってたみたいなんだ。

……それで今何をしているのかって言うとね、


「君がディフェクト君か。お母さんの事、残念だったね」

「いえ、気にしていません」


ギルが居るんだ、目の前に。
髭面のナイスミドル。イギリス人らしく、俳優顔負けの雰囲気。柔らかい物腰。口調。どれをとっても良い人そうなんだよね。

けれどコイツだ。コイツがはやての足長おじさんで、んで殺そうとしてる人。許せねぇよ。クロノの親父さんのことがあったって言っても はやて無関係なんだし。
まぁ、これは俺が『リリカルなのは』を見ていたからこその感想なんだけどさ。それでもやっちゃいけない事は確かにあるわけで。どんなつもりで俺に接触してきたのか気になるが……どうせ碌でもない理由なんだろうね。


「ふむ」


少しだけ考えるようにグレアムは髭をさすった。似合いすぎる。

なんだろ。
いきなり“君には死んでもらう”とか言われなければそれでいい。
ソファーと机しかない部屋に二人っきり。俺をここまで連れてきたクロノも居ない。超怖いんだけど。


「クロノから記録は見せてもらった。君は中々才能にあふれる若者のようだ」

「……そうですか、有難うございます」


とは言っても俺がプレシアを殺したことは知らないはず。うん。嘘ついたからね。プレシア穴の中に落っこちて行ったって。
ユーノとシェルだけだ。真実を知っているのは。
俺は言ってもいいかなぁと思ってたんだけど、ユーノに止められた。ユーノが止めるってことはホントに言わないほうがいいって事だ。

だからグレアムが見た記録ってのは、VSクロノとかVSプレシア(前哨戦)になるはず。
クロノは特に問題にはしないって言ってたから大丈夫だ。


「君は管理局に興味はあるかね?」


=管理局に入るかい?だよね。

裏を読め。
俺はリーゼとすでに接触している。猫姉妹から情報は来てるだろ。闇の書の主、八神はやてと一緒に居た魔導師。それだけで警戒レベルはマックスのはず。
俺がグレアムのおっさんだったら絶対に地球には行かせない。拘束したい。目の届く所に。
多分、そういうことだろ?
そもそも管理局に入りたいなんて思っても無いし、ここは断るべき所。


「訓練とか、そこに居る人たちや、どんな所なんだろうなぁとか、純粋な興味ならありますが?」

「ふ、面白い言い回しだ」

「……俺は、局員になるつもりはありません」

「それは何故かな。それほどの魔法技術を持ちながら。持て余すのではないかね」


性欲なら持て余し気味だが魔法を持て余すことは無い。
持て余すほどに魔法を使えたことが無い。


「いえいえ。俺に使える魔法なんてちょっと爆発させるくらいのもので、そんな大した事は出来ませんよ」

「しかし『戦闘能力』に限定すれば、君はかなり高みに居るようだが?」

「逆に言えばそれしか出来ない。そんなヤツ局に入れてどうするんですか」

「……何にでも、使いようはあるという事だ」


目の奥に暗い光が宿ったのは一瞬。
それはすぐに消えうせ、また暖かい笑顔に戻っていった。

このおっさん、怖い。
高校の頃バイクパクって捕まった時の取調官、その時の『飴と鞭』の飴と一緒の顔してやがる。俺はひっかからねぇぞ。飴も鞭もどっちにしろ捕まえるんだから。情に絆されちゃいけない。良い人そうなだけだ。


「……俺は、管理局には入らない」

「ふむ、なるほどな……」


またも髭をさする。
雰囲気は柔らかいくせに空気が重い。奇妙な矛盾。飲み込まれそうになる。


「……私は恐らく、君の妹さんの保護監察官という立場になるだろう。クロノが持ってきた事件だからな」

「……? そうですか」


知ってるよ。原作ではそうだったんだから。


「私はこう見えても中々発言力を持っているほうでね」

「そう、ですか」


見たまんまじゃねぇかよ。
ああ、ちくしょう。


「君の妹さんの罪をこれ以上軽くすることは出来ないだろう。それくらい、クロノはよくやってくれている。
……だが、罪を軽くは出来ないだろうが、裁判を優先的に受けさせるくらいなら何とかなるものでね」

「……」


さて、とグレアムはソファーから立ち上がり、ガラス越しに夜景を。
そして口を開いた。


「君は、管理局に興味はあるかね?」





01/チェンジ・オブ・ライフ





「……最悪だぁ……」


グレアムの部屋から出てトボトボと。


『なぜ・ですか? フェイトの・拘束も・短く・なるのでしょう?』

「……それはいいんだけどね」


まだ返事はしていない。考えさせてくれって言って出てきた。
選ぶのか、俺は。フェイトか、それとも はやてか。
出来ることなら両方欲しい。でも俺の身体は一つしかない。どうすりゃいいってんだよ。

クロノにグレアムのおっさんの事ぶっちゃけても今の段階じゃどうしようもないし。ってか信じてくれるわけねぇか。
……いや、闇の書があるってのは事実だし……いけるか? 今のうちに存在を明らかにして、早めに対処してもらえば何とかなるかな?


「って、馬鹿か俺。それじゃヴォルケン達が消えちまうじゃんか」

『……なにを・言って・いますか?』

「今後の対策に付いて思考中。お前も混ざれ」

『メタな・発言が多すぎて・ついて・いけません』

「じゃあ君には俺の過去について教えてあげよう」


あーで、こーで、こうなっちゃったんだ。ハッハー☆


『なるほど。ですから・マスターには・予知発言が・多かったのですね』

「おう。黙っててごめんね」

『いえ・打ち明けてくれて・嬉しいです』


はい、説明終了。
いいだろ? この流れるような感じ。これで俺が憑依してるって打ち明けたんだぜ? だぜ?

まぁ、それは置いといてだよ、マジでどっちを取るか。
確かヴォルケン達が蒐集活動を始めるのは11月前後のはずで、今が……、


「今は何月何日だ? 地球的意味で」

『7月18日・です。地球的・意味で』


だから、三ヶ月ちょっと。
俺は高校は卒業してるから、管理局に入ったとして、訓練校が三ヶ月間ある。訓練校を終わったくらいでエースの始まりかよ。たまんねぇ。
何とかしてやりたいけど、俺には何にも出来そうに無いじゃないか。
フェイトの拘束を短くして早めに送り込むか? それで解決するわきゃねぇよな。

つっても、闇の書がどういう存在かも詳しくない俺がはやての近くに居てどうにかなるっかってーと、どうにもならない。
何よりもまず情報だと思います。何にも対策が練れない。そして情報といえば管理局の無限書庫。

ホントに、俺にはどうしようもない。

原作通りに進んでくれるのならそれでいいけどさ、無理でしょ? 俺が居たせいで はやては なのはと知り合っちゃったし、フェイトとは挨拶する仲だし。
なんか余計なことしかしてねぇな、俺。そりゃ作者も“エース書けない”ってなるわ。


『もう・流れに・身を任せる・というのは・どうでしょう?』

「いや、読者はうまい具合の原作レイプを望んでいる気がする」

『……たとえば・どういった?』

「誰も怪我せず誰も傷つかず誰も泣かない超ハッピーエンド」

『夢・ですね。レイプ・しすぎです』

「男の子は夢見るもんなの」


無理だろうけどね。どう考えても。そもそも選ぶとか出来ない。

俺の中での優先順位。

はやて一番。
フェイト一番。
アルフ一番。
なのは一番。
ユーノ一番。
他も、変な意味じゃなくて、俺のこと好いててくれて、信用してくれてる人は全部一番に成り得る。

欲張りすぎだ。その内破綻すんじゃね、俺。


「なぁシェル、お前の中の記録に夜天の書、もしくは闇の書って無い?」

『……申し訳・ありません。該当する・記録は・無いようです』

「ん。いや、言ってみただけだから気にすんな」


無いか。
くそ、ちょっと期待したのに。

取りあえずアースラに帰ろう。
クロノに説明してもグレアムが何の行動も起こしてない今、信用を勝ち取るなんて無理な話しだし、とりあえずは心のうちに秘めといていいことだよね?

一番気になるのは、


「グレアムは俺が『気付いている』事に気が付いてるのかな?」

『可能性としては・存在しますが・恐らく・カマ掛けの・ような・ものでしょう。相手は・ユーノ様では・ありませんから』


何気にシェルのユーノに対する評価の高さに嫉妬。
仲いいんだよな、シェルとユーノ。俺が寝てる間に色々話してるとか言ってるし。

あ~あ、もうホントに……エース、どないすっぺ。





。。。。。





「どうだった、ディフェクト」


アースラの転送ポートに帰っての一声。クロノ君。

どうもこうもねぇよ。
無茶苦茶言いやがるし、ちょっと怖かったし。
思ってるほど甘い奴じゃなかったよ。ちくしょう。


「……おう、すっごい良い人そうだったよ。お前が懐くのも分かる」

「懐くとか、そういう言い方はやめろ。尊敬しているんだ」


言いつつ、いつものむっつり顔が笑顔に変わるのはやっぱり懐いている証拠だろう。
実際クロノにとっては優しいし、尊敬できる人物なのも分かる。
これはやっぱ駄目だ。クロノに今グレアムのこと言っても疑わないだろ、流石に。俺がクロノの立場だったとしても疑わないし、むしろ怒るよ。
だって俺にはたとえシステルさんが猟奇殺人犯とか言われても信じられないし。そういうことでしょ。証拠がそろってそこで初めて泣くってところなんじゃない?


「管理局に入るんなら推薦してやるって言われたよ」

「そうか。僕が君にどうこう言える立場じゃないけど、もし局入りするのなら良い事じゃないか。グレアム提督の後ろ盾はかなり大きい」

「……ああ、そうだね。
なぁ、クロノは俺に管理局に入って欲しい?」


そう聞くとクロノは少しだけ気持ち悪そうに眉根を寄せた。表情にありありと出ている。


「……なんだ、気持ち悪いな。自分の生きる道くらい自分で決めろ。他人の選択に左右されるなんて馬鹿……とは言わないが、もったいないぞ。たった一度きりの人生で、たった一つだけの命じゃないか」


俺にとっては二度目の人生なんだけど、クロノの言いたいこともすごくよく分かる。
てかクロノ熱いな。かっこいいじゃないかよ。


「ああちくしょうその通りだよ……」

「どうした、何かあったのか? らしくないぞ」

「いんや、なんでもない。ただちょっと……迷ってるだけ」

「そういう時は相談してみるといい。君にはたくさん仲間が居るだろう?」

「ん。サンキュ、クロちゃん」


その仲間に言える事じゃねぇから悩んでんだよ、とは言えなかった。クロノが割と本気で心配してくれてるのが分かったし。
……ユーn、


「……ユーノに話せ。あいつは頭が良い。きっと何らかの打開策でも思いつくだろう」


今そうしようとしたトコです。





って事でユーノのトコに来ました。
するとどうでしょう。なんとアルフに襲われているではありませんか。圧し掛かられてジタバタもがいてるユーノからやめてぇ、やめてぇと か細い声が聞こえてくる。腕力では明らかにアルフのほうが上なので完全にやられていた。


『間違って・天国に……?』


な、なんと言うエロス。ハァハァ……。
ここは天国か? 理想郷か? アルカディアなのか!?


「あ、ディフェクト」

「っ! ちょ、アルフホントにっ、ホントにやめてっ!!」

「はいは~い」

「仲良いなお前ら」

「ち、違うよ! アルフがいきなりっ」


乱れた着衣を直しつつ髪の毛を整えるユーノに軽く劣情を催した俺は変態なのだろうか。
おいおいそこまで節操無しかよマイサン。落ち着くんだ。それは獲物じゃない。誤射は控えろ。お前の行き先はティッシュの中だ。たとえどんなに可愛くても、アレは違うんだ。

なんだかブルーな気分がぶっ飛んでいくようだぜ。


「おお、状況は分かるから気にすんなよ。割といっつも発情期だから、この犬」

「狼だよ~」


片手をひらひらさせながらアルフ。

コイツ最近犬って言われても反応しないな……。
もうどうでもいいのかい? 嬉ションするくらいだからな。もう犬でいいんだろうな。うん。


「そ、それで、どうしたの? 君、本局に行くって言ってなかった?」

「今帰ってきたトコ。んでさ、ちょっと相談があるんだけど……」

「あらま、よかったねぇユーノ。相談だってよ?」

「う、うるさいなぁ! アルフは向こう行ってて!」

「はいはい、お邪魔虫は消えますかね」


言い残し、くすくすと艶やかな笑みを残してアルフは去った。
今度は恐らくフェイトの事でも犯しに行くのでは無いだろうか。……混ぜてくんないかな。


「……ディフェクト?」

「っとと、すまん。禁断の妄想が膨らみすぎてた」

「もう、しゃんとしなよ。君、お兄さんを自称してるんだから」

「ちょ、自称とか言わんといてっ」

「そうじゃないか。フェイトちゃんも大変だね、君みたいなお兄さんが居ると」

「被害(挨拶)にあったからってそんなに拗ねるなよ。気持ちよかったろ?」

「っ、そ、そういうこと言ってんじゃないの! 矯正するの大変だったんだからね、まったく!
……それで、相談って?」


真っ赤になりながら、話を変えるように。
ぼす、と少しだけ乱暴にユーノは椅子に座った。

くくく、思い出したなユーノ。俺と はやてとアルフが伝授したフェイトの舌技を。
アレを喰らってまだフェイトに惚れていないところを見ると、貴様、中々やりおるな?

……まぁ、馬鹿な話はこれくらいにして。


「相談ってのは他でもないフェイトに関係があることでして」

「うん」

「あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが立たず。こんな時どうする?」


二、三度小さく頷いてユーノはこめかみを押した。
じぃ、と見つめてくる瞳は俺の奥の奥まで。
その視線には何かの圧力があると思うんだけど、これ間違いじゃないね。

とん、とん、とん。

ぬおっ、ついに叩きだしたぞ。
読み込んでやがる! 俺のっ! 心を! 見ているな! ユーノ・スクライア!


「え、ええと……」

「……グレアム提督に、何か言われた? 例えば“管理局に入るならフェイトの罪を軽くしてやる”とか」

「脱帽ですよ、ホントに」

「それでも、君には他にしたいことがあるんだ?」

「……うん」


その“したいこと”ってのも方法すら見つかってないんだけどね。
可哀想とか思うのは傲慢なんだろうけど、リィンフォースは確かに可哀想だったじゃないか。出来るなら助けてやりたいです。はやてが泣くのはあんまり見たくないよ。


「どっちが大切なの?」

「どっちも。二人とも一番」

「二人、ねぇ。あんまりボクの知らないところで知り合い増やさないでよ。『相棒』なんでしょ?」

「すまん。近いうちお前にも紹介する」

「楽しみにしてるよ」


笑いながらユーノは言った。
ユーノ頭いいから答え頂戴。俺一人じゃ決めかねてんですよ。


「それで、お前だったらどうする?」

「ボクにそれは当てはまらないよ。“どっちも一番”なんて無いからね」

「……そっか」


そりゃそうだ。考えて見りゃユーノは超が付くほどの現実主義者だしなぁ。


「でも、君にとってはどっちも大切なんだよね?」

「うん。死にかけの家族と恋人どっちを取るかみたいな謎かけに似てる」

「その時になってみないと分からないけどね、ボクには優先順位があるよ。きっと選ぶことが出来る」

「俺には無い。選べない。だって皆好きなんだもん」

「偽善者」

「分かってる」

「ボクも知ってる」

「それでも、俺は」

「両方、大切なんだよね。うん。君らしい。すごく君らしい。そういうところ、好きだよ」

「……うん、ありがと。ホント、どうしたらいいんだろうね」


選べと言われて選べるユーノが羨ましい。
俺には無理だ。大切なものなんて、数え切れないほどにある。一番ばっかりだ。贅沢すぎるかもしれないけど、人間なんてそんなもんじゃないのかよ。
リスペクト対象に失礼だけど、俺は迷ってばっかだよ。っは、殴られるね、こんな事言ってたら。


「君はどうしたいの?」

「……皆に、好きな人たちに、いい思いをさせてあげたい。俺も含めて」

「あは、贅沢ものだ」

「でも俺……俺には、出来ないのかもしれない」


そこまで弱音を吐いたところでユーノが大きく伸びをした。表情は変わらず笑み。
伸ばした腕を下ろすと同時にふぅ、と一息。

そして、


「在天願作比翼鳥 在地願為連理枝……ってね」

「……へ?」

「まぁ、君は一人じゃないよって意味。地球にはいい言葉があった」

「ユーノ……」

「言いなよ。君、こういうの得意でしょ? それともなに、ボクじゃ役不足かな?」


そんなはずが、無いじゃないか。

なんていい奴なんだろうか。
もしかしたらユーノが神様なんじゃないのか? 神話で語られてる奴なんかよりよっぽどすごいぜ。


「……俺、に」


居てよかった。ユーノがいて本当によかった。
あの学校を選んで本当によかった。


「この俺様に付いて来い、ユーノ!」

「ふふ、了解だよディフェクト。ボクたちは連理の枝だ」





。。。。。





「……ぁっ、だめ、だよぅアルフ」

「よいではないかよいではないか~」

「あ……っだめ、だめぇ……」

「っはっはっはぁ☆ 上の口ではそう言っても下の口はどうかなぁ?」

「ぅう……あるふぅ……っ!」


と、アルフがフェイトの着衣に手をかけた時だった。
壊れるかの勢いで、いや、実際に壊れて、フェイト達にあてがわれた一室の扉は勢いよく開いた。


「フェイトォォオオオオオオ!!!」

「ひゃ、ひゃいっ!」

「ありゃ、ディフェクト? アンタも野暮なことするねぇ……混じるかい?」

「嬉しい誘いだがあえて、あ・え・て断らせてもらおう! そのご褒美は全部が終わってからだ!
……だからフェイト!!」


フェイトの兄(?)はビシ、と音でも出るかの様にフェイトを指した。


「な、なに、兄さん……?」

「俺はっ、お前をっ、もっと助けるぞぉぉぉおおおおおおおおぉぉぉぉぉ……」


そして走り去りながら、その声は遠くに響いて。





。。。。。





「はぁ、気付かないか……」


そしてユーノはため息をついた。
好きだと言っても、ありがとう。意中の存在は気が付く事無くスルー。
走り去っていくその背中に、未練がましく右手は付いて行った。


「もういっそのこと……いや、いやいや、まだ待てる。うん、ボクはまだ待てる」


一瞬の葛藤。
裸になって迫ってみたらどういう反応をするのであろうか。恐らく笑える対応が返ってくるはずである。

はあぁぁ、と今度は長いため息。

疑っていないのだ、ディフェクトは。
だから気が付かない。なぜなら信じているから。ユーノを信じているから。
それさえあれば、信じられているという自信があればユーノは待てる。まだまだ待てる。


(天に在りては願はくは比翼の鳥と作り、地に在りては願はくは連理の枝と為らんと……)


地球の人、いい事言った。







[4602] nanoAs02-レット・アス・ゴー
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/06/16 15:49


という訳でアースラ、トレーニングルーム。
秘密のお話なので結界張ってもらってます。


「でだ、ユーノ」

「うん」

「お前には無限書庫っていう……まぁなんて言うか世界の知識がもりもり詰まったような所に行って欲しいわけだよ」

「ふんふん。まぁ、あそこなら手に入らない知識はないって言われてるね」


ああ、そりゃ知ってますよね。
“知識探求の為ならボクは何でも利用するよ”って前にも言ってたし。
何でもユーノにはやりたい事があるらしい。一回だけ教えてって言ったけど言い難そうだったからそれ以来聞いてない。無理して聞くようなことでも無いだろうし。


「そう。その手に入らない知識はないと言われる所に君には行って欲しいわけだよ」

「それはどうして?
君はどう考えても前線メンバーにしかなれないんだし、バラバラになっちゃうじゃないか」

「闇の書、又は夜天の書についての情報が欲しい」

「っや、闇の書? 確か11年前に相当な事故を起こしたって聞いたことあるけど……その闇の書だよね?」

「うん。その闇の書」


しかしユーノは何でも知ってるな。
ミッドの人たちにとったら有名なのかな? 俺全然聞いたこと無いんだけど。
てかロストロギアのことなんだから聞いたこと無くて当たり前だと思うんだけどな。ユーノは一体何処で情報を得てるのでしょうか。……スクライア関係かな?


「なんで急に闇の書の情報が欲しいなんて言い出すのさ。
……もしかして、欲しいの?」

「いるかあんなモン」


大体闇の書って主を選ぶんだよね?
へへ、俺のトコに来なかった時点で使用者の資格無しでゲス。


「“あんなモン”。君、闇の書の事知ってるんだね」

「おう、今はお前よりも詳しい自信がある。
けどね、俺が探してるのはそんなどうでもいい情報じゃない。欲しいのは闇の書の、その根底に関わる部分なんだ。設計図とか、プログラムとか、封印の仕方とか、後は、う~ん……以前の主の事とか、かな」

「……夜天の書っていうのは?」

「闇の書のホントの名前。今は狂ってるから闇の書」

「ん……なるほど……」


そしてユーノは口元に手をやり、深く考え込んだ。
きっと脳内は酷い事になってるんじゃないだろうか。もう色んな情報が入り乱れてばりばりばり~って感じ。ユーノ絶対コナン君よりすごいからね。デッドライン・ブルーくらいかな。

ちょっと名前呼んでみるけど反応無し。
ユーノが俺の事シカトするとかありえないから聞こえて無いんだろう。

もしも~し。ユーノ? ユーノく~ん?


「……君は闇の書の所有者を知ってる。その所有者に何らかの不都合がある。助けたいってこと。フェイトちゃんの拘束を軽くする事と所有者の不都合解消が両立しない。両立させたいけど、出来ない。出来ない? 管理局に入るから? 違う。所有者の所に行きたいけど、行けない。管理局に入る。入る? 入れられる? 行かせたくないのか。闇の書。ボク。だから無限書庫か。でも管理局は、闇の書を封印したい。永久封印したいけど、出来なかった。11年前。そう、事故があって。だから……ギル・グレアム? ああそうか。クライドだったかな、そういうこと? ハラオウンか。なるほどね、そういうことか。ディフェクトらしい、人間らしい悩みだ。地球か。盲点、だったのかな? だから局員には気がつかなかった? 探知の方法が、確立している? 知っているのか。封印。させたくないんだね。何故? 知っている人は、助けたいから。好きだから。フェイトちゃんと、所有者。時間は、あんまり無いのかな? そう、なんだったか、リーゼ、ロッテ? アリア? そうだ、英雄みたいな扱いされてるからな。皆、気がつかないわけか。……なるほど、なるほど、把握」

「……ユ、ユーノさ~ん?」


ひぃっ、初めて見るぞ、こんなユーノ。
き、気持ち悪……。いや、可愛いよ、仕草とかは。だから余計に……。


「ディフェクト」

「は、はいっ」

「邪魔は管理局。じゃなくて、ギル・グレアムだ。……だよね?」

「……」

「あれ、違った? 君が知っていることが前提なんだけどな……?」

「……よし、行くぞユーノ」

「あ、ちょっと待ってよ。合ってるの? 合ってないの?」

「もう行こうぜ、ユーノ」

「だから合ってるでしょ、ボクの答え」

「……超、超、大、大、大っ正解だよこんちくしょう! これだから天才って奴はっ! せっかく上から目線で教えてやろうと思ってたのに!!」

「あは、それでも君はボクに頼ってくるんだもんね。ホントは最初から考えてたでしょ?」

「お前最高だ!」

「うふふ、でしょう?」

『夫婦か・貴様ら』










02/レット・アス・ゴー










「まさか君まで局に入ってくれるとはね」


グレアムは内心の大笑いを止め、静かに言った。

考えさせてくれと言って出て行った少年はその次の日、つまり今日に答を出してきた。
管理局に入るというのだ。一つ大きな“おまけ”まで付けて。

ユーノ・スクライア。

出来すぎた脳。有り余る才能。魔法技術。どれをとっても一流を凌駕していた。学生時代から有名人だったのだ、ユーノは。
ディフェクトを含め、有望株は何名か居たが、その中でもピカイチの能力。派手さは無いが、堅実で確実な物が多い魔法といい、冷静に取捨選択を出来る性格といい、まさしく完璧だった。

性格に難はあるが、優れた才能を持つ人材を多く輩出する学校。
その中でもグレアムはユーノを一番に買っていた。部下をスカウトに送ったのも一度や二度ではない。しかし暖簾に腕押し。ユーノは一向に首を縦に振らなかった。どんな条件を出そうと、どんなに高額な金を出そうと(ユーノにはそれほどの価値がある)。
そんなユーノがディフェクトと一緒に来た。鴨が葱を背負ってきた所の話ではない。背負ってきたのは金銀財宝、宝の山だ。

それはもちろんグレアムの計算で、ディフェクトとユーノの関係を見ればもしかしたら、という思いがあった。
確実とはいい難いが、学生時代の調書と、クロノからの記録。照らし合わせてみれば、二人はチームだったのだ。片方を引き抜けばもう片方。安易な考えだが、ユーノが来てくれればラッキー程度にしか考えていなかったグレアムにとっては重畳。

自然に笑みが浮かび、しかしそれは笑顔のままに続ける。


「それで、入局試験はいつにするかね?」

「別にいつでも―――」

「ちょっと黙ってて、ディフェクト」

「何か、質問でもあるのかな?」

「ええ、いくつか聞きたいことが」


笑顔のままだった表情を若干引き締めて、グレアムは髭を撫でる。


「聞こうか」

「提督はフェイトちゃん……失礼。フェイト・テスタロッサの裁判を優先して受けさせることが出来ると聞いたのですが、それは結局どの程度の期間短縮になるのでしょうか?」

「おお、これは失礼。君たちが局に入ってくれるので浮かれていたようだ。
確実にとは言い難いが、私の権限を全力で施行するのならおおよそ二ヶ月といった所だろう。当然の事ながら保護観察期間をはずす事は出来ないがね」

「……二ヶ月。それなら俺が訓練校出て来るくらいかな」

「理解しました。もう一つ、保護監察官は提督がするそうですが、その期間はどのくらいでしょうか」

「それは裁判が終わらないと何とも言えんがね、恐らく三ヶ月か、もしくは半年を考えておくといい」

「ん、有難う御座います。それでいい、ディフェクト?」

「……そうだな。うん。結構いいんじゃない?」


軽い調子でディフェクトが頷く。
その様は少しだけグレアムを苛立たせた。もちろん表情には欠片も出さないが。

誰のせいで面倒なことをしなければいけないと思っているのか。
もちろんそれは理不尽な怒りなのだが、それでも今は闇の書の凍結に全力を注ぎたかった。

ジュエルシードというロストロギアが故郷である地球に落ちたのがそもそもの始まり。

それを考えると、ジュエルシードを発掘した部族で、グレアムが局に欲しかった人材のユーノ。
己の生存の為に集め、その際にグレアムが隠している闇の書の主と知り合い、ユーノをグレアムの前につれてきたディフェクト。
グレアムと、見えはしないが深い関係を持っており、闇の書の主で、魔導師であるディフェクトと接触した八神はやて。
そして故郷の世界で起こった事件を理解し、全ての関係性を把握しているギル・グレアム。

なにやら奇妙な縁があるように感じた。

何か、全能の存在に操作されているような、言いようの無い不安がグレアムを襲う。
まるで今が、何者かによって仕組まれたことのように感じてしまった。


(うまく行き過ぎているからか……?)


ディフェクト・プロダクトが釣れる事は予想の範疇。
クロノから聞いた話、読ませてもらった事件の調書。どちらをとっても妹の為に行動しているのが分かる。

守護騎士システムがすでに展開されている以上、地球にやるわけにはいかない。餌になるだけならいいが、彼の戦闘能力を考えると抵抗は激しいものが予想される。さらに使い魔からの報告によると闇の書の存在を示唆していたこともあるそうだ。
“気付いている”可能性がある。やはり、目の届く場所に拘束せざるを得ない。実際に局員になれば世の為に大いに貢献出来る人材だとも思う。

そして地球に居て欲しくなかったもう一人の人材、ユーノ・スクライア。
グレアムもユーノが付いて来るのに確信はなかった。単純な嬉しさ。

高町なのはと言う少女に魔法を授けたことは間違いではないだろう。グレアム自身と同じような状況だ。
力のある魔導師はいくら居てもいい。
現実に犯罪は増え続け、検挙率は低くなる一方。世を憂うグレアムにとっては朗報だ。

しかし、その彼女が八神はやてと接触のある可能性が表面化した。流石に管理外世界の人間には影響力が及ばない。


(……狂わされているというのか、この子供たちに)


少しだけ俯き、視界の隅に二人を映した。


「……提督?」


ユーノが言い、


「っはは、その目つき止めてくれよ。まるで“獲物を狙う”目だ」


ディフェクトはいやらしく笑った。


(―――面白いではないか)


グレアムは一瞬だけ身震いし、そして大きく笑って見せた。


「はっはっは、いやいや許して欲しい。局にとっては余りに魅力的な存在だ。物騒な目になっていたかね?」

「なってたなってた! まるで死ぬまでこき使ってやると言わんばかりだったよぉ!」

「あ、こらディフェクト、提督に向かって失礼だよっ」

「なになに、気安くて心地良いものだ。
階級が上がるのも考え物でね、昨日までの同僚が部下になってしまう。久しくなかったな、先ほどのような物言いは」

「本当にすみません」

「んだよぉ、良いって言ってんじゃん」

「ちょっと黙ってなって!」

「うむ、なかなか楽しい人物だ。大事にすると良い」

「は、はい。大事にしてます」

「超大事にされてます」


三人は笑顔を作る。
それぞれの思惑を抱えながら。


「私は少し急ぎすぎたようだな。
……君たちは局に入ってくれると、そういうことで良いのかね?」

「俺はそれで良いし、試験の日程も任せます。フェイトの事頼みますよ」

「ボクも構いません。全力を尽くします」

「そうか。では後日……そうだな、今週以内にはクロノに連絡を入れる。
試験は筆記と実技、後は魔法だ。それほど難しいものではない。君たちなら難なく突破できるだろう」

「ん、了解」

「それではボク達はこれで。失礼します」

「ああ、時間を取らせてすまなかったね」

「こっちこそ時間を取らせてスンマセン。『スカウト』なんて思ってもみなかったっスよ」

「人材はいつの時代も貴重なものだ。……世界は優しいものばかりじゃないからな」

「世界? あっはは、違う違う、“人は”の間違いですよ、ソレ」

「……ディフェクト、行くよ。ユーノ・スクライア、失礼しました」

「ディフェクト・プロダクト、失礼しました~」

「……」















出て行く二人を見送り数分。グレアムが一人になったところで、


「お父様……」


何処からともなく一匹の猫が現れた。光に包まれ、その姿を一人の女性に変える。
女性はゆっくりとグレアムに腕を回した。


「お父様」

「……聡い子供達だった。将来、局に名を残すことになるだろう」


ソファーに深く身を沈めたままグレアムは女性、己の使い魔の頭を撫でながら続ける。


「故に、惜しい。アレほどの才能、潰したくは無いのだがな……」

「大事の前の小事……そう考えても、やるせないのですね」

「……ロッテはどうしている」

「監視、継続中です」


そうか、と呟き、優しく拘束してくるアリアの腕を解いた。
立ち上がり窓の外を眺める。
次元空間の闇が広がっているそこに光は無い。


「二人が局入りしたら、そちらも頼めるか?」

「もちろん」

「もし、計画の邪魔になるのなら……」


グレアムの、人を救いたいと言う信念は今も昔も変わらない。
大を救うのに小を切り捨てるのも厭わない。

だから、


「妙な真似をしたのなら、殺せ」

「……了解」


多くの人の為に。
人の為。
偽。


「……っふ、所詮私も偽者だということだ。人は英雄になどなれんよ、なぁクライド」


その視線の先に、光は無かった。











。。。。。










アースラよ、私は帰ってきた!

にしてもしっかしあんちくしょうめ。


「あ~超こわかったぁ。あれ絶対俺たちの事殺すつもりでしょ」

「……さてね、僕の『視た』感じだと、まぁ、すごい信念を持って行動してるんだろうけど……」

「おろ、随分曖昧ですな。何のために俺が色々揺さぶりかけたと思ってんだよ、怖かったんだぞ。すごく。すごく」

「ゴメン。けどちょっと流石にアレはねぇ。頑強すぎるし、年の功って奴かなぁ……ボクの社会経験が足りないってのもあるだろうけど、とにかく堅牢だった」


だ、そうです。
ユーノでも読みきれないような人物なわけですよ。ユーノ読めない=強い(いろんな意味で)みたいな構図が俺の中に出来てるからちょっとイモ引いてるんだ☆
獲物を狙う目って言ったけど、実際にはもっとこう、なんて言ったらいいかな、ヤル気満々(?)みたいなね。ありゃ実際に見てみないと説明の仕様が無いよ。

にしても、俺が局員か。

……はっきり言ってフェイト人質みたいなもんだしね。局入りしなきゃ妹さんがどうなっても知らないよ? みたいな。
こりゃ無印で はやてに会ったのは正直失敗だったね。ちっとも原作どおりに進まないし。いやいやもちろん後悔はありませんけど。
まぁクロノみたく管理局に入って誇りを持って仕事しますって訳じゃないし、エース終わったらすぐ辞めますが何か?

とりあえずすぐぶっ殺されない為にも局入りは良い判断だと思う。地球にいたら仮面をつけた猫達が襲ってくるだろ、間違いなく。
なのはとフェイトが遅れをとるほどの実力を持ってるわけだし、戦闘になったら二体一だし。怖い。
監視が一人地球にいて、もう一人がこっちに付く。ユーノも見なきゃなんないし、多少はやり易いんじゃないかな。

さて、これからの俺の行動を明記しておこう。

まず管理局入るだろ。んで、フェイトの拘束が短くなって、よしktkr。そんで訓練校が終わる。俺はどっかの部隊に飛ばされるはず。グレアムから。でもユーノは事務で、しかも無限書庫じゃ最高の人材だから簡単に飛ばすことは出来ないだろ。そんでユーノが色々見つけてくれる。もうすっごい情報とか見つけてくれる(期待大)。リィン死なない。エース解決。グレアム捕まる。フェイトの保護監察官がリンディ辺りに変わる。俺局辞める。はやて飯ウマー。完☆璧。



「パねぇ。俺の脳みそ、パねぇ」

『ええ・そうでしょう』(馬鹿的な意味で)

「こんなエースのかわし方があるなんてな。改めて自分の考えが怖くなるぜ……」

「なに悦に入ってるの?」

「まぁ俺にも色々あんだよ」


頑張ってくれたまえよ、ユーノ君。リィンが死ぬか死なないかは君の無限書庫での働きにかかっている。
原作では無限書庫入って速攻で『夜天の書』っていう、管理局員すら全然知らないキーワード見つけたくらいなんだからね。
二ヶ月間、お仕事しながらとは言え、二ヶ月間無限書庫に入っていられるんだし、それなりの情報は見つかるだろ。見つけてくれると、俺は信じています。

まぁ、見つかんなかったらリィンが死ぬだけだ。

……もちろん最善は目指すけど、そのせいで はやてがやばくなったとしたら切り捨てるよ?
だって俺はまだリィンに会ったこと無いし、見たことも無い。いくらはやてが泣こうが、流石に命優先だよ。

自分の関係ないトコであってる戦争で死んでいってる人達の事なんて知りません。

まぁ、ちょっと違うけど、所詮俺はその程度です。偉い人には成れません。凄い人にも成れません。だって見ず知らずの人よりは大事な人を選ぶんだもん。
今は大事な人達がヤバイから頑張れてるけどさ、はやてとリィンだったら、はやて。はやてとフェイトだったら選べない。リィンと仲良くなって、良い奴で、信用してくれたりしたら選べなくなる。

俺って割と最低人間なのかもね。こりゃどうにかしなきゃその内嫌われちゃうよ。


「……それにしても君さ、ホント何処で闇の書の情報とか、プログラムが暴走してることなんて知ったの?」

「ん、もしかして疑ってる?」

「全然。だって君、意味の無い嘘はあんまり付かないし、付く時も“本当の事は言わない”って感じだからさ、疑いは持ってないよ。これはボクの単純な疑問」

「ん~まぁ、ちょっと未来が見えてるって言うか、そんなところかな」

「……本当の事は言ってないけど、嘘じゃないってところかな?」


ユーノ本当にすげぇな。普通に人間の領域超えてね?
まぁだからこそ俺はユーノの事を完璧に信用できてる訳だけど。
……能力有りきの関係なんて言うなよ? 人間誰しもそんなトコあります。……あるよね?


「悪いね、こればっかりはお前に言っても信用してくれないと思う。リアリストにはキツイ話だよ」

「君の秘密ってわけだ?」

「まぁね。女に限らず、男も秘密をたくさん持ってるもんさ」

「エッチな本とか?」

「そうそう。システルさん家のベッドの下に28冊くらい隠してるぜ。知らない間に動いた形跡があるから多分システルさんもお世話になってるはずだ」

「屋根裏にも隠してるでしょ」

「そうそう」

「あと学校のロッカーの中にもあった」

「そうそう」

「たまにコソコソ隠れてタバコ吸ってよくむせてるし」

「そうそう」

「こっそり自分の自転車に名前付けてるし」

「そうそう」

「授業中に思い出し笑いして咳で誤魔化してたし」

「そうそう」

「すっごい可愛い子に告白された事もあったし……断ってたけど」

「そうそう」

「自分の名前自分で考えたし」

「そうそう」

「実は花屋さんとか行きたいし」

「そうそう」

「たまにマンホールって何で丸いんだろうとか考えてるし」

「そうそう」

「授業中にトイレに行く夢見て漏らしそうになったこともあるし」

「そうそう」

「文化祭の時にちゃっかりボヤ騒ぎ起こしたの君だし」

「そうそう」

「キツネさんにテクを伝授してくれって訳わかんないこと叫んでたし」

「そうそう」

「脛毛が生えないこと気にしてるし」

「そうそう」

「自分が一番カッコよく映る角度とか鏡の前で練習してるし」

「そうそう」

「お母さんを感じさせる人にすぐ惚れるし」

「そうそう」

「アイス食べたらお腹壊すし」

「そうそう」

「童貞だし」

「9歳ですよ?」

「インテリアとかこだわりたいし」

「そうそう」

「毛布好きだし」

「そうそう」

「占いは良いときしか信じないし」

「そうそう」

「帽子被りたいけど似合わないし」

「そうそう」

「足の親指捲き爪気味だし」

「そうそう」

「中二だし」

「!」

「ピアス空けてみたいけど怖いし」

「そうそう」

「下着はボクサー派だし」

「そうそう」

「実は猫アレルギーだし」

「そうそう」

「鼻からスパゲティー出したことあるし」

「一回だけな」

「寝てるときの冷暖房嫌いだし」

「そうそう」

「お煎餅とか好きだし」

「そうそう」

「えっちだし」

「男だし」

「ボクが寝てる間(寝たふり)にキスしようとしたこともあったし」

「そ、そうそう」

「たまに学校のトイレで変なことしてたし」

「そ、そう、そう……」

「よくなな姉さん(システル)のパンツ下ろしてたし」

「……そうそう」

「ちょっと変態的な嗜好持ってるし」

「っ、そうそう……」

「実はボクのこと大好きだし」

「当たり前じゃん」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「キスしてやろうか?」

「―――ま、また今度……」

『夫婦か・貴様らⅡ』


ユーノに秘密は通用しないようです。

Sore/Nante/Ero/Ge?









。。。。。










―――ティロリロリンッ☆

ちょうど昼時。買い物の途中で。


「……変な電波感じた」

「どうかされましたか、主」

「ん~ん。何もないよ、シグナム」

「そうですか。それは安心です」


静かで落ち着きのある声。
背中から聞こえるソレは、先日召喚された新しい家族の一人。
物静かな立ち居振る舞い、少しだけ固い頭。
はやては何となくだが、『武士』だと思っている。なにが『武士』なのかは分からないが、その在り方は『武士』だと思っている。

車椅子を押してくれているシグナムを振り返れば、その鋭い目つきに優しさを湛えて、


「どうかされましたか、主」

「んふふ~、なんかええなぁ思うて」

「そうですか。私もそう思っていたところです」

「ほんまかぁ?」

「ええ、本当です」


変わらず微笑のままのシグナムに心が軽くなるのを感じた。
初めてシグナム達と会って、二ヶ月と少し。
またねと残して消えたもう一人の家族、その悲しみで沈み込んでいく前に現れた守護騎士たち。
シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。全員が八神になってくれればこれ以上嬉しい事は無い。

『実は君ね、魔法使いの卵なんだ』

少年に言われた言葉は本当だった。本当に魔法使いになってしまった。

誕生日、日付が変わって数秒でそれは起こった。
物心付いた時から家にあった、装飾が綺麗な一冊の本。なんとなしに持っていた本から魔法が生まれた。
脈打つように鼓動を響かせるその姿は若干醜悪だったが、光が走り、次の瞬間には四人が跪いていた。

『はぁ~、ディフェっちゃんが言っとった事はほんまやったんやねぇ』

と、何となくで済ませてしまったのだが、その四人は はやての守護騎士だという。
守護騎士と言われても何かに命を狙われているわけでもなし、これから危険な所に赴くわけでもなし。だから家族になった。
はやては主だ。主だと言うからにはやはり主らしく、四人の衣・食・住、すべてに責任を持つべきだろう。

そしてはやてに新しい家族が出来たのだ。


「そういや今日ヴィータとザフィーラは何してるん? 朝から見ぃひんけど?」

「ヴィータなら朝早くからげぇむせんたぁ(?)に行くと張り切っていました。何でも欲しい獲物がいるとの事で、それを捕らえてくるそうです。ザフィーラもそれに。心配なのでしょう」

「あんま朝早う行っても開いてへんちゃうかな……」

「そうですか。それではヴィータは残念なことをしましたね」

「ん~、開いてへんかったら帰って来てよさそうなモンやけど、そんなに欲しかったんやろか」

「やけに張り切っていましたし、諦めきれないのでしょう。私の財布の中からお金も抜いていったようですし」

「ありゃりゃ、そらアカンよ」

「申し訳ありません主。お金は大事に使えと教えたのですが……。
まぁ、もともと私達は主に養ってもらっている身ですし、私のお金といっても主のもの。ヴィータが帰ったら少しきつく言っておきましょう」

「ん、ん~……まぁ、あんまり金遣い荒いのもいかんけどなぁ……。お小遣い少ないかな?」


正直な所他の子供がどの程度小遣いを貰っているのか分からないので一応ヴィータには月に三千円渡している。
シャマルは夕食の買い物など、家族のために使うお金が多いので、お小遣い(三万)+五万円。
シグナムは一応受け取るが(三万)、使ったところは見たことがない。
ザフィーラなど最初から受け取らない。

考えれば結構な額だが、両親の遺した『色々』と足長おじさんの援助はそれを遥に上回り、言ってしまえば八神はやてはお金持ちなのだ。
人間一人が小学校に入り、大学を卒業するまでに約二千万から三千万と言われるが、八神家には子供が四人いても大学まで卒業できるであろう金額の貯蓄があり(もちろんはやてが管理しているわけではない)、その上月々の援助も。

はやて自身は何度となく援助の額を少なくしてもいい、なくても大丈夫と手紙に書いているのだが、父の友人は相当に人が良い人物の様で“君が社会に出るまでは続けさせてもらう”と返信に。

だから、


「お小遣いのアップも考えるべきやろか……」

「いえ、その必要はありません。無くなったのなら私の財布から勝手に取っていくでしょう」

「でもそれやったらシグナムが使えへんよ」

「私には特に趣味もなければ嗜好品を愛することもないので、あんなに沢山の額は余ってしまいます」

「なんやちょっとしたアクセサリーとか、もっとお洒落したらええのになぁ」

「……私にそういうのは似合いません……」


何度も何度も繰り返した問答だ。
シグナムは自分に女の魅力が無いと思っている。

今、まさしく今の、困ったような笑みがどれほどの威力を持っているのか分かっていないのだ。
ムラムラと何か、なんと言えば良いのだろうか、少しだけおかしな欲求が湧き出てくる。お洒落をさせてあげたいし、凄く美人だということもきちんと教えてあげたい。

自慢、したいのだ。家族のことを。いろんな人に。

シグナムとシャマルは自分のお姉ちゃん。ヴィータは妹。ザフィーラは何だろうか、ペットでは流石に怒りそうだから、お兄ちゃんか。
皆に言いたい。私は今、幸せなんだぞと。

はやてはそこまで考えて、自分の目に涙が溜まっていることに気が付いた。
一滴、ぽたりと膝を濡らす。


「……ありゃ?」

「っ! 何かありましたか?」


シグナムが心配そうに、焦ったように顔を覗き込んでくる。その距離が少し近すぎて、焦りが顔のシグナムがやけに間抜けに見えた。


「ち、ちゃうちゃう、何でもないんよ。ちょっと幸せすぎてゆるんでもうただけや」

「そう、ですか。それは……良かった。
私達は何処にも行きません。この身が消えうせ、魂だけになっても主のそばに居ましょう。だから泣かないで下さい。幸せで涙が出てしまうのなら、これから先 主の涙腺は枯れてしまいます」

「あは、そやね。あんま泣いとるとヴィータ辺りに馬鹿にされてまうな」

「どうでしょう。ヴィータもヴィータで少し涙腺がゆるいところがありますから」

「そかなぁ、泣いてるとこ見たこと無いけど……」

「ふ、そうですか? 私はたまに見かけますが。主と同じ理由で泣いている所を」

「……それは、ええことやね」

「そうでしょう。とても、良いことです」


くすくすと二人で笑いあって、そして遠くから声が聞こえた。
少しだけかん高くて、聞き覚えのある声。


「はぁやて~!」

「噂をすれば、やね」

「期待を裏切らない守護騎士です」


ゲームセンターの名前が入った大きな袋をぶんぶん振りながら走ってくるヴィータを見て、本当の幸せを実感した。
紅蓮の髪の毛を風に揺らし、太陽のような笑顔がヴィータにはあった。


「いっぱい取ったぞ! のろいうさぎじゃない奴も、いっぱいいっぱい!!」

「そかそか、よかったなぁ」

「はやてにソックリだったから前から狙ってたんだ! ホラこれ!」


ヴィータが袋の中から取り出したのはファンシーな狸の人形だった。
少しだけ垂れた目と、股間にある男の象徴。

自分に似ているのかどうかはさておき、この時間は永遠のものだと信じて疑わないのが八神流の生き方。
足の感覚。それが無くなっている場所が広がろうが何だろうが、それがどうした。
八神はやては、今を生きる。

だから今は、とても幸せだった。


「あはぁ、ほんまに似とるなぁ……ん? ほんまに似とるかなっ!? 付いとるやん! めっちゃ付いとるやん!!」

「絶対似てるって! ソックリ間違い無し!」

「ヴィータ、主に失礼だぞ」

「失礼とか言われるモンに似とるんか私は!」

「あ、ああ、いえ、そういう訳ではなくてその……」

「シグナムひでー。こんなに可愛いのに失礼とか言わねーよフツー」

「そやそや、私はこんなに可愛いのに」

「ち、違うんです主、私が言いたいのはっ」

「あー、あかんあかん。そこは『自分で可愛いとかどんだけ自身あんねん!』とか、まぁこの辺やな」

「ほらいけシグナム。烈火の将の見せ場だ」

「……。……、……じ……じぃ、自分で可愛いとか、どんだけ自身あんねぇん……」

「あかんな」

「全然ダメだな」

「いったい私をどうしたいのですか……」


幸せだ。







[4602] nanoAs03-ザ・パーソン・フー・アクセラレイツ
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:4020f1db
Date: 2010/09/17 14:32



「テメェとは一回決着付けとかなきゃならねぇと思ってたんだ……そう、そうだよ。俺としたことが、ついつい馴れ合っちまったぜ」

「ふん、相変わらずの物言いだな。年上に敬意を払うこともなく、自分本意に道を突き進むだけ」

「うるせぇなこの狗やろう」

「狗? それはそれは、最高の褒め言葉だ。僕が狗ならキャンキャン何にでも突っかかっていく君は『犬』の方だな。脅えているのかな? もう少し社会を知ると良い」

「……上等だクソッタレ、ボコボコにしてやるから動くんじゃねぇぞ……」

「ふ、その前にトイレに行っておかなくていいか?」

「あん?」

「君の反吐まみれになるのは御免だって言ってるんだ、ディフェクト・プロダクト」

「おぉっと、言うねえ。
……向こう岸の三歩くらい前まで俺が拳で案内してやんよ、クロノ・ハラオウンッ!」


そして一枚のアクセルフィンが砕け散った。

……ただいま絶賛ケンカ中。マジぬっころ。
いやいや、マジでムカつくんだってコイツ。意味分かんねぇことばっかり言いやがって。フェイトの腕の分も一緒に、俺の拳でがっつり消化してやる!










03/ザ・パーソン・フー・アクセラレイツ










「むにゃ……」


……腹減った。
すげぇ。腹が減って目が覚めたぞ、俺。
久しくなかったな、この感覚。大学生の時はしょっちゅう腹が減って起きたもんだけど……うん、大体水で凌いでたな。
今考えると俺って結構貧乏だったのかも。仕送りは無いし、奨学金も借りたくなかったし。バイトもやってたけどバイクの維持費とパチンコとスロットで飛んでってたな。ちくしょう。

大体エヴァとかガンダムとかアクエリオンとかエウレカとかナデシコとか……誰か俺の心読んでるんじゃないのかって位ニーズに合わせてきやがるもんだ。やりたくなっちゃうじゃないか。
分かってる。分かってるんだ。その日一日勝ったところでトータルじゃ絶対に負けてるんだって。けど行っちゃうんだ。学校サボってよく行ってたんだ。

『気持ちイィ~!!』

『よっしゃキタコレーッ!!!』

ってな具合だよ。
へへ……俺も魅せられてたって訳だ、パチスロの魔力に。


「……なんかどうでもいい事思い出しちゃった」

「……ぅ、ん……? にぃ、さん……?」

「お、ゴメン、起こした?」

「んぅ、ねむい……」

「おう、寝てな。俺ちょっとトイレとか色々行ってくる」

「……ぅん……行って、らっしゃい」

「ん、行ってきます&おやすみ」


―――ぱっくんちょ☆

軽くね、軽く。
ユーノから怒られたんだ。デタラメばっか教えてるんじゃないよって。

ゴメンねユーノ。俺のせいなんだ。お前がフェイトからやられたのだって、アルフからいつもおちょくられてるのだって俺のせいなんだ。
でもこんなに技量が発達したのは、これは俺だけのせいじゃない。
俺も怪我から目覚めての一発目は正直腰が抜けたから。超気持ちよかったから。俺が翻弄されるなんて……なんて舌技。末恐ろしい化け物を育てちまったぜ……!


『はいはい・ワロスワロス』


……うん。ご飯食べに行こうかな。















いいよね、アースラ。夜遅くたって食堂開いてるし。てか朝も夜も何にも関係ないし。なんたって次元空間だし。皆時差ボケとかしないのかな?


「さて、何を食うのかな、俺は」

『月見うどんが・食べたいです。トッピングは・お任せ・します』

「……お前って味覚あるの?」

『イエス。マスターの・味覚・嗅覚・脳での反応・全て・掌握しています。味が・分かるかと・言われれば・ハイ・と答えましょう』

「なんか怖いんだけど……」


結局シェルが何者かは分かったけどさ、システム的なものは何にも分かって無いんだよね。
一体何が出来るんだろうか、このデバイスは。つかデバイスで良いのかコイツ。最早デバイスに似たナニカだよね?
三人分の人格データを詰め込んでたり、ナカで合体したり……どんな容量してんだ? コイツも中二ってやつか。


「お前も感染者だったって訳か……」

『ええ・まぁ』

「程々にしておけよ。あんまりやりすぎると面白くなくなっちゃうから」

『サジ加減は・マスターに・任せます』

「へ、へへ、お前の事がさっぱり理解できないからそりゃ難しいぜ……!」

『酷いこと言うのね、ディフェクト』

「……」

『どうしたの、ディフェクト?』

「……」

『黙ってちゃ分からないわ、ディフェクト』

「……お、オマエェ……」

『月見うどんが・食べたいです』

「マジでやめて下さいそれ!! シェルでいいじゃん! 俺の何が不満なんですか!?」


マジで恥ずかしいんだって! ちょいちょいアリシア出すの止めろ!
何なんだ!? 二重人格とか意味わかんない設定なのか!? そうなのか!


『二重人格とか……中二・ですか?』

「お前に言われとう無いんじゃボケゴラァ!!」

『月見うどんが・食べたいです』

「マジ殺すぞテメェ!!」















「……月見うどん下さい」


負けました。


「起きてから毎日毎日騒がしいねえ、君も」

「聞いてくれるかネェちゃん。なんか知らないけどさ、俺のデバイスがいつも何かしらの反抗を企ててくるんだ。俺は別になんちゃないお願いしかしてないのに、なんでか反抗してくるんだ」

『私は・月見うどんが・食べたいと・言っただけです』

「俺は海老天の気分だったんだよ」

『……? いえ・ですから・私は・月見うどんが・食べたいと・言っているんですが?』

「え? 何その自分の意見が通って当然みたいな態度は。俺がマスターなんだよ? お前なんて俺がいなけりゃただの鉄くずだよ?」

『マスターなんて・私が・いなければ・ただの・肉の塊・ですけどね』

「―――誰か助けてくださぁぁぁああああい!!!」


こ い つ ! !

マジでぶっ壊したろーか。
そろそろ本物の上下関係ってやつを教えてやってもいいかもしれん。
デバイスってやつはな、奴隷なんだよ。ケツの穴を差し出せといわれたら『どうぞお使いください』と自分で広げるのが礼儀ってモンだろうが。
まったく、何一つ分かっちゃいねぇ、このデバイスは。体育会系だった俺がどれほどの苦労をしたのかを。尻の穴を守り通すためにどれほどの苦労をしたのかを、まるで分かっちゃいねぇ!!


「……テメェに身体があったら、俺が、どれほどの苦痛を与えてやったか……」

『マスターの・身体制御権を・奪っても・良いのなら・何とか・なりますが?』

「M心を刺激してくれる話だが……それって俺がまた戻って来れなくなっちゃうんじゃないの?」

『それが・ジュエルシードのせいで・システムが・ユルユルのガバガバに・なってしまって』

「……そら、無理矢理二人も三人も通ってるんだからユルユルガバガバになってもおかしくねぇけどさ」

『ええ・そう・なんです。もう全然・気持ちよく・ないんです』

「それなんか違くない?」

「ハイ月見うどん一丁!! 痴話喧嘩は席に着いてからやってね~」

「お、サンキュー」


そうだな。とりあえず席に着こう。
腹が減っては戦は出来ぬ。
シェルと話すのは最早戦いなんだよ。舌戦。
いかにしてウケを狙うのかが俺たちの戦いのポイント。クスクス笑ってる人を見るとちょっと嬉しくなっちゃうんだ☆

とりあえず……。


「クロノを発見しました」

『いつも・クロノ様の・ツケで・食べているのですから・たまには・笑わせて・やりますか?』

「名案キタコレ」


コソコソと後ろから近づき、


「食べている時くらい静かにしていてくれよ?」

「あひぃ」


そしてバレる俺。

ちくしょう。驚かしてやろうとしたのに。
背中に目でも付いているのか? 不思議だぜ。


「あれだけ騒いで……バレないと思っている君の方が不思議だ」

「あ、なーる」

『『ほど』を・付けて・ください』


いくら俺でもいきなり肛門とは言わねえよ。

そしてクロノが喰ってるのがカレーだしね。流石にカレー食ってる人の前でそっち系のネタは封印するべきだと思いました。
しかしカレーがあるのか。しかも日本風のやつ。バリバリインドじゃなくて日本風。アースラの評価がまた上がるぜ。

なんだけどさ、


「何だそりゃ?」


クロノの対面の椅子を引きつつ、席に着きながら。
カレーはスプーンで食べるのが普通だと思ってたんだが……。白飯ないね。
なんかパンみたいな……ピザの生地か? なんかそんなのでカレー食ってる馬鹿発見。


「……? ナンだ」

「……?? いや、だからそりゃ何だって言ってんだよ」

「だからナンだと言っているだろう?」

「……???」


よし、一旦落ち着こう。俺は正常だ。
何もおかしいことなんて無い。ユーノからも完全復活のお墨付きを貰っている。脳に異常が無いのは確かだ。


「うん。大丈夫大丈夫……」

「……おかしな奴だな」


そう言いながら何かパンっぽい何かでカレーをぱくつくクロノ。
違和感を感じながらも月見うどんをすする俺。

……。

……。

いや、おかしいよね、うん。
俺はそれは何ですかって聞いたんだけど……まさか言葉が通じていないのかな?


「あー、こほん。クロノ君、君がカレーを付けて食べているそれは何ですか?」

「ああそうだ」

「!?」


あ、ああそうだって何!?

これはまさかケンカ売られてるのかな?


「てめぇ……だからそりゃ何だって聞いてんだよ!!」

「だからナンだと言っている! 君は地球に居たことがあるんだろう!?」

「ああ!? 馬鹿にしてんのか! カレーは知ってんだよ!」

「馬鹿にもするさ!! 僕が食べているのはナンだって言っているんだ!!」

「ひょ!? 聞いてんのはこっちだろうがボケたれ! 自分の食い物ぐらい自分で把握してろ!! ヤリ過ぎで頭イっちまってんのか!?」

「貴様……っ!」

「ああ? 何だおい、何だよその目は?」

「目が、ナンの訳が、ないだろう……っ! そっちこそ馬鹿にしているのか!!」

「目が何だってぇ!? 聞こえねぇよ!!」

「分かってて言っているのか!? 僕が食べているのは、ナンだ!!」

「だ・か・ら!! それを聞いてんのは俺だって言ってんだろうがボケくそアホタレがあ!! 脳に蛆が湧いてんならユーノのトコに行ってこい!!」


そこまで言ってテーブル叩いたら月見うどんがちょっとこぼれた。
汁が飛んでいき、クロノの顔に。

っへ、ざまぁ。


「……よく、分かった。君は、馬鹿だ」

「会話すら禄に出来ない奴に言われたかねぇんだよ」


するとクロノは顔をナプキンで拭きながら、次いで口元を拭った。
そしてうどんの汁とカレーのついたそれをピッと指先で弾き、その先には俺の月見うどん。

ぽちゃ。

……おうおうおうおう、薄味カレーうどんってかぁ?


「てめぇ……」

「さて、僕は食後の運動に行く。トレーニングルームに行く。君はどうするんだろうな?」

「ああ~なんか俺も大して食ってないけど食後の運動がしたくなってきたなぁ……。おやおやクロノ君、君もトレーニングルームに?」

「ああ、ちょっと腹の虫が収まらなくてね。馬鹿を駆除するのは世界の為にも良いことだと思っているんだ」

「ああ、居るよね馬鹿って。訳わかんないこと口走って挙句うどんにナプキン放る奴とか」

「ああ、居るな。親切に教えてやっているのに理解しないで騒ぐ馬鹿が」

「……」

「……」

「……」

「……」


無言のまま俺たちはトレーニングルームへと。

そして冒頭に戻るわけだが、クロノ真剣に馬鹿だろ?


『(こいつら・本物の・馬鹿か……?)』










。。。。。










「っがぁ、いってえ!!」


ってな訳なんだけどやっぱクロノつおいお。全然当たらないんだお。正直プレシアに勝った俺は楽勝だと思ってたんだお。


「ふん、君の戦闘スタイルにさえ付き合わなければいくらでも戦える。君は一発一発を重視しすぎだ」

「やかましゃっだぼがぁぼげぇしんでしまえぇぼげごらぁ」(文句)


つかクロノ強すぎじゃね?
原作ってドンだけ強いのか良くわかんないまま終わったからなぁ。
けどまぁ猫ズに鍛えられてたんだから強くて当たり前かな。接近戦と魔法戦、両方とも教えてもらってたんだろうなぁ。

羨ましい。
俺は大体自己流だし。一応学校で習ったこととか色々試してるけどやっぱり合わないね。ミッドの魔法は肌に合わない。


「……こんだけ強いんだから猫達やっちゃってくれないかぁ……(ぼそ)」

「……何だって?」

「何でもねぇよ」

「何か言っていただろう。何だ?」

「だから何でもねぇって」


艦内だから唾もはけない。口の中の粘々を飲み込み、


「カートリッジロー……あれ? カートリッジが無いよ!?」

『時の庭園に・捨てて・きました』

「……そういやそうだったかも」


アクセルフィン無くなっちゃってんだけど……。


「……もういいや。うん。凄く無意味な気がしてきた。勝てない闘いに意味は無い。私はそう思うのです」

「おい何だ、逃げるのか?」

「ああん!? 逃げるわけねぇだろうが!! 残しておいた月見うどん食べてその後フェイトとアルフの間で寝て起きたら今日の事なんてさっぱり忘れるんだよ!!」

「それは逃げているんだろう!!」


ぎゃーぎゃーと。

今度は拳を使わない闘いです。
ってかね、こっちでもクロノ強い。言い負かされてしまう気がする。それは凄く嫌なんですよ僕は。中身の年齢的に。


「大体俺が何だって聞いてんのに何だとか意味わかんないこと言うから!!」

「僕はナンだと言ってるのに君が理解せずにぎゃーぎゃー突っかかってきたんじゃないか!!」


ぎゃーぎゃーと。

もう良いじゃないか。
クロノ君が何を言ってるのかさっぱり分からないよ。


「いちぬけた~っ!!」


シェルをスタンバイ状態に戻し、食堂に戻るために出入り口へと、


「アンタ等も仲良いのか悪いのか分かんないねぇ……」


アルフが居ました。
全然気がつかなかったんだが……。
おお、クロノも若干驚いた顔してるから気がついてなかったな。俺との戦いに集中して立って事だ。一応集中してないとダメってことはそれほど俺は弱くないよね。


「……って俺の月見うどーん!! 何食べてくれてんですかアルフどん!!」


アルフがずるずるすすっているのは月見うどん。アルフが自分で買うわけ無いから俺の。
まぁ俺もクロノのツケですが何か?


「僕のカレーもじゃないか……」


何気に肩を落としているクロノ。
ショボーンか。(´・ω・`)ショボーンなのか。


「あ、そうだアルフ、お前が食ってる、そのカレーに付けて食べる奴って一体何なんだ?」

「まだ理解して無いのか? あれはナンだと何度もいってるだろう!」

「だから聞いてんのはっ、俺だ!!」

「そうじゃない!! カレーを付けて食べてるアレは―――」

「まぁまぁお二人さん、ちょっと頭冷やしなよ」


またも臨戦態勢に入った俺たちをアルフが諌める。

ダメだ、さっぱり理解できねぇ。
アレは、アレは何なんだ!! パンなのか!? パンじゃないんだろ!?


「―――一体全体何なんだぁぁぁあああ!!!」

「アンタも余計なこと考えてんだねぇ」

「……余計?」

「そうさ。だって食えりゃ“なん”だって良いじゃないか」

「……」

「……」

『……お後が・よろしいようでっ!』


ちゃんちゃん!














その後、馬鹿笑いを始めたクロノを引き連れて食堂に戻ってきました。


「あんなに笑ったお前初めて見たぞ」

「そもそもあんなに笑ったのが久しぶりだ」

「笑ってりゃ結構可愛い顔してんのにねぇ」

『エイミィ様も・その辺りに・惹かれたのでは?』

「おい、そういう話はよせ」


いいじゃないかよ。
男と女が集まっても結局のトコ行き着く話は猥談に決まってんだよ。あんま突っ込みすぎるのはいけないけどさ、SかMかぐらいまでなら誰でも食いついてくるんだから。とりあえず話題に困ったら猥談だよ。


「それで、エイミィの締まりはどうなんだ?」

『ちょw』


自重しませんでした。


「死にたいのか?」

「ごめん。謝るからデバイス出すの止めようね。殺傷設定にしてんの分かってるから」

「まったく……」

「本当に仲良いのか悪いのか分かんないね、アンタ等」

「いいから、ちょっと真面目な話をするから聞いてくれ」


そう言うとクロノは新しく頼んだカレーとそれをつけて食べる何かを置いた。

もう俺の中では何(なん)で統一されましたよ。

一応真面目な話という事で俺も月見うどん食ってた箸を置く。


「あたしが聞いてもいい事なのかい?」

「ああそうだな。というよりも君の意見も聞きたいからな」

「ん、そういうことなら……」


そしてアルフもミッド風ナポリタンと地球・日本風カツ丼とから揚げ定食とチキン南蛮ドッグフード仕立てを置き、耳をぴんと立てた。
は、はぁはぁ……耳立ちアルフたん可愛いお。


「その、フェイトの事なんだがな……」

「おお、それがどうしたよ」

「艦長……母さんがフェイトとお前を引き取りたいと言っているんだ」

「え、俺も?」

「ああ、そうだ」

「ホントでちゅかクロノにぃや」

「……ああ、そうだ!」


まるで苦渋の選択をしたような顔だねクロノ君や。
君は反対したんだろうねぇ、俺みたいなのが弟だと碌な事ないだろうし。

まぁ、実際どうすんべか。
正直俺にはシステルさんがいるし、親ってのは要らないんだよね。システルさんは保護責任者って立場だから親じゃないけど、見た目的にも親じゃないけど、それでも家族みたいなもんだし。お姉ちゃんみたいなもんだし。

でもこれ断ったらフェイトがなぁ……。

なんて考えてたらアルフが先に口を開いた。


「……それ、フェイトにはもう話したのかい?」

「いや、あの子はなんと言うかその……主体性があまり無いだろう? ちょっと優柔不断なところがあるからな、一応君たちに話をしてから、それから話してみようと思って」

「まぁあの子がなんて言うかなんて分かりきってるからねぇ……」

「俺と一緒が良いって言うんだろうね、きっと」

「そうだろうな。だから最初は君から落とせと言われている」

「リンディさん何気に策士だよね。ってかそれは俺に言っていいのか?」

「僕はお前を弟にしたくないからな。だから断れ」

「……いや、まぁ俺も正直そう思ってんだけどさ、何か面と向かって言われると普通にショックなんだけど」

「あ、いや違うっ、そういう意味じゃなくてだな、その……」


慌てるくらいなら言うんじゃないよ。お前の言葉は俺の心にサクサク刺さってんだよ。

もうダメだ。俺の心はもうダメだ。ブッダ、もしくはキリスト、俺を救ってくれ。アガペーを、俺にアガペーを。
救ってくれなきゃ俺は荒川の橋の下に行って河童とかにのさんとかと戯れてやる。人間止めてやるからな。自分の事金星人とか言うからな! 白線引いてやるからな!


「まぁ実はそこまでショックでもないんで次行ってみようか」

『コーニッシュ!!』

「でだ、正直フェイトには言ってみないとわかんないよ。一応説得はするけどダメだった時は諦めてね」

「……君はそれでいいのか?」

「そっちのほうが幸せになれそうな気がするしね。
俺さ、リンディさんはちょっと苦手だけど嫌いじゃないよ。凄いいいひとそうだし、フェイトにとってもいいお母さんになるんじゃないかな」


少なくともシステルさんよりマシなはず。
あの人は何て言うか……付き合う人選ぶからな。結構寛大な人じゃないと中々難しいと思う。


「アンタも色々考えてんだねぇ。ちょっと感心したよ」

「アルフはそれでいい?」

「ん、あたしゃフェイトに付いていくだけさ。決めるのはご主人様だよ」

「そっか。
あ、そういやクロノ、グレアム提督から連絡とか来てる?」

「いや、まだ来てないみたいだな。話は聞いてるから僕のほうから連絡するよ」

「あいあいヨロシコ~」


さぁて、フェイトの事はどうしましょうかねぇ。
なるべくハラオウンに行って欲しいんだけど……ダメだった時はシステルさんに頼もう。フェイトも中学出たら管理局に入るんだし、それまでだったら俺が働いててもいいか。妹の学費の為に働く兄。ヤバイ、全米が泣くぞこれは。


『コォォォオオオオオニッシュ!!』

「それはもういい」










。。。。。










そして夜、就寝が近づいた。


「シグナム~」

「はい。どうかされましたか、主」


来た。

ソファーで新聞を読んでいたシグナムは心の中で何度も練習した言葉を用意する。
一度だけ目を閉じ復習。大丈夫。


「今日、一緒に寝よな?」

「いけません主私はまだお風呂に入っていませんので汗臭いでしょう先ほどまで剣を振っていたので間違いありませんなので私は主が床に付いてから失礼しますヴィータと一緒にどうぞ」


よし、と心の中でガッツポーズを取りながら、まるで表情には出さずにシグナムはソファーから立ち上がった。
何も一緒に寝るのが嫌なわけではない。それはむしろ嬉しい事で、すっぽりと腕の中に納まる主人を見れば、それはそれは保護欲が湧き出てくるものだ。


「一息でよう言えたもんやねぇ」

「わ、私はお風呂へ……」

「あぁん、待って待ってぇ。シグナムが居らんと寝られへん、まったく寝られへ~ん」

「ぐっ……」


いやいやと首を振る主人はとても愛しかった。
その小悪魔的な笑みも、こちらの反応をうかがいつつ対応を変える性格も。その全てが愛らしく、つまりそれは抗えない凶器になる。
そしてここではいと言ってしまえばその後に待ち受ける事が分かりきっている為に頷き難く、ああ、一体、どうすれば。

シグナムは助けを求めるようにシャマルを見るが、彼女は昨日の『犠牲者』。さらに本人も仕方ないですね、となぁなぁの部分があるため助けは無い。
次いでヴィータに視線を送るが、ヴィータは眠たそうにフラフラと舟をこいでいた。
最後の砦、ザフィーラは『少し夜風に当たってくる』こういうことに関してまったく持って当てにならない。


「……先ほども言ったとおり、私は汗臭いです。風呂に入ってから伺いますので……」

「ええの? ほんまにそれでええの?」

「何が、でしょうか?」

「ここでらで“うん”言わんと、めっっっっっっっっっっっっっっっちゃくちゃになってまうよ?」

「そ、それは卑怯です主、私は風呂に入りたいだけなんです」

「……シャマルー、冷蔵庫からリポD取ってぇ」

「は~い」

「待てシャマル、私がどうなってもいいのか?」

「主のお願いは絶対ですから~」


飄々と答えるシャマルは笑顔だった。


「待ってください主、分かりました、分かりましたから」

「あは、やったぁ! ヴィータ、起きて起きて、今日はシグナムと一緒やよ!」

「ん~、ねみー……」

「……はぁ……」


そして今日も頷いてしまうのだ。

半ば分かっていた結果だが、そうなるとこれからは風呂も早めに入っていたほうがいいだろう。
守護騎士たちの、シグナム達の主人にはちょっとおかしな癖がある。それを回避する為に色々策を練っているのだが、結局失敗に終わった。
もともと頭を使うことよりも身体を使うことのほうが得意で、それを考えると、身体を使って主を喜ばせていると考えれば、


(―――変態か私は……っ!)


ぶんぶんと頭を振り、そして鼻息荒く、


「行きましょう主!」

「お、おお……何か燃えとるね、シグナム」

「ここから先は、戦場です」

「ぐへへぇ、生きては帰さんでぇ……!」

「……お手柔らかにお願いします、主」















主人である はやてを二階へと運び、そして大きなベッドに寝かせた。
本来は来客用らしいが今はすっかり『皆の寝床』になってしまった。キングサイズのベッド、その材質といい温度管理の空調といい、八神家で一番金のかかっている部屋だ。

この部屋には守護騎士全員が寝るようになっている。
ザフィーラは全員の枕になり、真ん中に はやて、その右隣にヴィータ、左にはシグナム、シャマルは一番最後に床につくので好きなところに寝ている。

最近深夜に放送しているドラマにハマっているシャマルは当然遅く、ザフィーラも空気を読んで散歩という名の逃走。帰ってきて風呂に入り、湯を落として掃除。そしてようやくになって床に就く。

助けは無い。

覚悟を決めようとシグナムは一度だけ息をついた。


「はい、おいでおいで」


ぽんぽんと自身の隣を叩く主は可愛い。


「あ、主……本当に、本当に、お手柔らかに……」

「大丈夫大丈夫。シグナムは可愛いから大丈夫や」

「私は可愛くなど……」

「ええからええから、腕枕して?」

「は、はい、では失礼します」


そしてシグナムは はやての隣に横たわり、頭の下に左腕を差し込んだ。
子供特有の体温の高さ。香る匂い。一緒に寝るたびに守ってあげなくては、と強く確認できる。


「んぅ~、シグナム冷やっこくて気もちぃなぁ」

「そうでしょうか、私には分かりません」

「ん、ん、シグナム、もうちょっと引っ張って」

「はい、主」


シグナムは動かない足を気遣いながら腰の辺りを自身の身体に引き寄せた。
ぴったりとくっつく身体。はやてが自分の腕で足を持ち上げ、絡みつくように、捲きつくように抱きついてくる。

来る。

歴戦の勘がそう告げている。
はやての眼光に火が灯っているのにシグナムが気付かないわけが無い。
ヴィータはすでに夢の中。むにゃむにゃ言いながらのろいうさぎという人形に齧り付いていた。

そして はやては鼻を鳴らす。


「んふふ、ホントに汗くちゃいな、シグナム」

「っ! す、すみません主! やはり風呂に入って―――」

「ええのええの。好きやから、この匂い」

「あ、主……っ!」


ぐりぐりと鼻先を脇の下に差し込まれ、そして嗅がれる。すんすんと鼻を鳴らす音がヴィータの寝息と共に聞こえてくるのだ。

一応着替えはしたが、シグナムは本当に風呂に入っていない。夕方に庭先で剣を振り、そのまま汗を拭った程度なのだ。汗臭いのなど、当たり前。それを承知で はやては招いているのだろうが、改めて言われ、そして脇の下を嗅がれるなど、羞恥心が薄かろうが、これは酷い。


「いけません主、これは、酷いです」

「ええ匂いなんやもん。フェロモン出とるでぇ」

「いけません、これは……いけませんっ」


言いつつ抵抗は出来ない。
腕枕をしているからなのか、それともこの行為を受け入れてしまっているからなのか、シグナム自身にも分からなかった。
さらに腹を撫で回している はやての左手。へその辺りを通過するたびに背筋をぞくりと走る何か。
烈火の将の威厳にかけて声など出さないが、それは快感だった。


「……シグナム」

「あの、電気を……」

「ん、そやね」


羞恥に耐えられそうに無い。
はやてがリモコンで電灯を消し、真っ暗になった状態でようやく一息つける。
主は趣味が悪いことに羞恥にゆがむ顔を見て楽しむ傾向がある。
コレではいけない、歪んだ大人になってしまう、と毎晩思っているのだが、上手なのだ、はやては。何となく抗えない雰囲気を作り出してしまっている。それに流されているシグナムもシグナムだが、この雰囲気は味わってみないと分からないものだろう。

するすると腹を撫ぜていた手が上へ上へ。
鍛え上げた筋肉のくぼみを確認するようにゆっくりゆっくり。


「……っ……ぅく……あ、主、後生です、するのなら早くっ」

「だぁめ。ちゃんと私から離れられんようにせな、ね?」

「離れません、何があっても離れませんっ、一生、何があっても傍にいますから」

「うん、信じとるよ、シグナム」

「……くぅん……」


漸くになって はやてのご利益胸部マッサージ(大きい人からご利益を貰う為の八神流おっぱいマッサージ)が始まった。
そうして八神家の夜は更けていくのである。


「アッ―――!」


更けていくのである。







[4602] nanoAs04-フェイタル・チャイルド
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/06/16 15:52




さて、入局試験は三日後に決まりました。
筆記の試験はユーノが過去問を持ってきてくれたのでテキトーにこなした所“まぁ受かると思うよ”との事です。
実技は毎年何があるのか分からないから対応の仕様が無いんだって。ユーノは“君なら大丈夫だよ”って言ってました。

……なんかユーノって俺の事過剰に評価しすぎだよね。
俺なんてグレアムのおっさんが入れてくれようとしてなきゃ絶対受からない気がするんだけど……。そのことを踏まえて君なら大丈夫って言ってくれたのかな?

不安なんだ俺は。これで受からなかったら色々やばいじゃないか。
何の試験にしてもそうだけど、やっぱ受ける前はそわそわするよね。

てことで、


「ふんぬぅ……っ飛べぇ!」


トレーニングルーム。
スフィア発射!

同時に爆発。
目の前で爆発。


「げふぉっ、えふっ、げほっ!
……ちくしょう、全然ダメだぁ……」

『……才能が・無い。そういうこと・でしょう』

「テメェ……」


まったくもってダメダメじゃん。
なんだよ、侵食100%いったのにダメなのかよ。
射撃、ホントに才能無いのかなぁ……。


「ガチバトルはさぁ、戦ってる時はすっげぇ面白いんだけど生傷が絶えないんだよね。あんまり子供の頃から身体に傷を作るのはどうかと思うよ、俺は」

『今更・ですね』

「まぁね」


俺ってアレじゃん? アリシアのおかげで、所謂美少年ってヤツじゃん? 女にしか見えねーよとか言うのなしね。
そんな俺だけどさ、体中結構傷だらけなのだー。色白だし結構目立つのである。しかも侵食線がめちゃくちゃ出てるしね。右腕とか結構酷いことになってるね。最終話のカズマさんの一歩手前である。グローブと長袖で隠してるのである。


「……いや、正直ちょっとカッコいいけどさ、侵食線って消せないの?」

『無理』

「そですか」


はい。そういう事で特訓特訓。
俺は射撃を諦めません。

手首をくりくり捻り上を向けた。そして魔力を集中。リンカーコアを通してじんわりと掌が熱くなる感触が。
普通はこの辺全部デバイスが処理してくれるはずなんだけどね、ホントに使えないデバイスだこと。


「フォトンランサー」


掌を中心に魔法陣が展開された。
つい最近バルディッシュからコピーさせてもらった射撃魔法。
球状に魔力は固まり、金色のスフィアが形成されていく。俺は電気の魔力変換資質もってないからただの魔力弾ですな。

さっきも形成までは上手く行ったんだ。
問題はここから。


「シェル、今度はコントロールはこっちがするから、お前はスフィア維持ね」

『了解』


揺らめきながらスフィアが浮く。もうすでに爆発しそうなんだが……。
一先ず身体の周囲を一周、二周。

うん。やっぱり発動、コントロールはこっちでやったほうが上手く行く。
ずっと前から疑問だったんだが、何でデバイスに任せるより俺がやったほうが上手く行くんだろうか。
なのは なんかは才能の塊だから引き合いに出せないけど、普通はデバイスがやってることですよ?

俺の『射撃の使い方』は間違ってない。教科書にも書いてあった。けど教科書通りじゃなくて、やっぱコントロールはこっちでやったほうが長持ちするし……。

ゆっくり右腕を突き出し、


「よぉし、飛ばすぞぉ? いいかぁ? 維持しっかりねぇ?」

『おぅけぇ……』


目標は五メートル先にある人型の的。映画なんかでよく俳優さんが射撃練習してる時なんかに映るアレ。


「発射!!」


気合を込めた言葉とは裏腹にゆぅっっっくりスフィアは飛んでいく。


『維持・維持・維持・維持・維持・維持・維持・維持!!』


シェルうっせ! 黙ってやってろ! 人間味にあふれすぎだ!
……人間味?

ジリジリ的へ迫っていくスフィアを見ながら、ちょっとした疑問。

そう、シェルは人間味にあふれている。なぜならアリシアコピーだから。
ちょっとはっちゃけたかもしれないから取り合えず俺に出来る魔法を羅列してみる。


チェーンバインド。  発動者、俺。ユーノに手取り足取り教えてもらった。頑張れば普通に使える。

ストラグルバインド。 発動者、俺。ユーノに手取り足取り教えてもらった。頑張れば普通に使える。

ノーマルバインド。  発動者、俺。ユーノに手取り足取り教えてもらった。普通に使える。

基本的な治癒魔法。  発動者、俺。ユーノに手取り足取り教えてもらった。普通に使える。


アクセラレーション。     発動者、シェル。“始めから”茨の宝冠に入ってた。普通に使える。

フィストエクスプロージョン。 発動者、シェル。“始めから”茨の宝冠に入ってた。普通に使える。

バーストエクスプロージョン。 発動者、シェル。“始めから”茨の宝冠に入ってた。普通に使える。

エクスターミネーション。   発動者、シェル。“始めから”茨の宝冠に入ってた。普通に使える。


基本的な転移魔法。 発動者、俺、シェル。リニスから完全コピー。ユーノが陣を引いて、時間をかければ何とか使える。

基本的な防御魔法。 発動者、シェル。プロテクションとか紙。和紙。金魚すくいのポイ。一応発動する。

基本的な射撃魔法。 発動者、俺の場合。実戦に使え無いまでも一応発動。

基本的な射撃魔法。 発動者、シェルの場合。その場でBA☆KU☆HA☆TU。


そうなのである。シェルは凄く人間味にあふれてて、アリシアなのである。
そしてアリシア・テスタロッサは、魔法の才能ゼロの、一般人なのである。


『維持・維持・維持・維持・維持・維持・維持・維持……』


しかしシェルの思いも虚しく、スフィアは的に届く前に爆発した。
その余波でカタカタ揺れる人型があたかも笑っているようで。


『……残念・でしたね』

「うん……あのさ、シェル」

『イエス』

「お前の中にさ、最初っから入ってる射撃魔法ってある?」

『……最近・思い出したのが・一つ。砲撃・射撃・どっちつかずの・ただの・遠距離攻撃・ですが』

「それ、行ってみようか」

『了解』


☆シェルブリット・アリシアの情報が更新されました☆

~シェルブリット・アリシア~
普通にデバイスしてればいいのに、『アリシア』だったから最初から登録されてる魔法しかまともに使えないんだ☆
なぜかというと使い方が分からないから☆
変な所で『アリシア』を前面にもってくるんだ☆
皆も是非、こんなデバイスがあったら捨てるようにね☆


マジ使えねぇ……。










04/フェイタル・チャイルド










「まったく君はっ! 限度って物を知らないのか!?」

「そんなこと言っても初めて使った魔法なんだもん。仕方ないじゃん?」

「“じゃん?”じゃない! 君のおかげでトレーニングルームがっ」


鼻息荒くクロノが。
恐らくこれが『怒髪天を突く』と言う現象なのだろう。野菜の方々を置いてけぼりにするほどに髪の毛は逆立ち、所謂スーパー管理局員になっている。デスサイズのことかー。


「まぁまぁまぁまぁまぁ、落ち着けよ。悪かったって、修理手伝うからさ」

「当たり前だ!
……はぁ、大体どんな魔法使えばあそこの壁を貫けるんだ?」

「あ、やっぱトレーニングルームの壁ってなんかあったの? 壁に当たったら魔法が消えていくからさ、こりゃ何かあるぜって思ってたんだよね」

「最新式の、『魔力の結合を解く魔法』を発生させる装置を配備してもらってる」


おやおや?
それって要するにアレだよね。アレしかないよね?


「……AMFの事?」

「何だそれは?」

「ナンだ」

「それはもういい。AMFとは何のことだと聞いているんだ」

「Anti Magi‐link Field の事だけど?」


ほら、ストライカーズで出てきたけどあんまり役にも立たずにいつの間にかあるのか無いのかよく分からなくなった魔法だよ。
最初見たときは、これガジェット最強じゃね? って思ってたけど結構皆普通にぶっ壊してたからな。あれはもう涙目だろ、ガジェット。


「それは魔法なのか?」

「え、うん。確かAAAランクのフィールド系防御魔法だったと思うけど。読んで字の如く、魔力の結合を解く魔法」

「……聞いたこと無いな……だけど機械に発生させる事が出来るんだ、僕たちにも、デバイスに登録できなくも無いか。AAAランク……扱えるか……?」

「えと、クロノ?」


ミスったかもしれない。
もしかしてAMFがまだ確立していないのかもしれない。
そりゃそうだよね、だってストライカーズって十年後の話じゃんか。その間に誰かが“これ対人の魔法に転用できるんじゃね?”って言ったんだ。間違いね。今の技術じゃ追いついてないのかな?


「いや、いい話を聞いた。ふん、AAAランクか。挑戦するのもよさそうだ」


いや、余計な事はしなくていい。
ただでさえうろ覚えなストライカーズが余計こんがらがる可能性があるじゃないか!
と言いたい。声を大にして。

しかし、しかししかし、使うなと言ったところで、“何でだ?” って言われたら何にも言えなくなっちゃうので無言を通します。

先の事なんか分かんない方が面白いかな……?
いや、やっぱダメだ。歴史通りに進んでくれないと訳わかんない事になっちゃう。俺はそこまで干渉する気無いけどさ、そのせいで誰かが死んじゃったりしたら……。

うん。色んな二次にある『歴史の修正力』とか言うのに期待しとこう。がんばれ、修正力!


「ああ、そうだ。君が余計な事してくれたんで忘れてたんだが……」

「お、なに?」

『自☆慰』


黙っとけ!


「今日は君の保護者の所に行くぞ」

「システルさん家に?」

「ああ。ちょっと話をしにな」

「親権の事?」

「それもある。それと君が局の試験を受けるのに一応同意がいるんだ。しかも君、何にも説明して無いんだろう? 顔くらい見せて来い」

「ん、そうだね~」


カートリッジも新しいの欲しいしね。
メンテも兼ねて行きますか、セブンの家に!

会うの久しぶりだなぁ。泣いて喜ぶに違いない。パンツ下ろしてた事実はもう怒っても無いだろう。スパナもって追いかけてこなけりゃいいけど……。


「あ、それとフェイトも連れて行くからな」

「あいよ」


うん。フェイトを先行させよう。決めた。
なかなか面白い事になるのではないだろうか……ふひひ。










。。。。。











「た、ただいま……?」


そしてフェイトは扉を開いた。
工場のような建物があり、その隣に、いかにも“適当に作りましたと”言わんばかりの、二階建てのコンテナハウスのような物があった。
フェイトの兄の話ではここに住んでいるとの事。

フェイトの兄、ディフェクトは言った。

『あ、俺ちょっと用事あるからフェイト先に行ってて。ちゃんとただいまって言うんだぞ?』

なにやらニヤニヤしながら去っていく兄はとても楽しそうだったのだが、今度はアルフだ。アルフまでも、

『ちょっとオシッコ行ってくる』

と、いつもは獣の姿でトイレなどしないだろうに、そそくさと去って行ってしまったのだ。
そして流石に不安になり、もう一人付いてきたクロノを見上げれば、

『先に行っててくれ。二人を連れ戻してくる』

と、一応犯罪者であるフェイトを置いて走っていった。

五分ほどキョロキョロと辺りを見渡しながら迷っていたのだが、あまりに不信人物だろうと思い、結局扉を開けることに。


「ただいま~……?」


もう一度。
兄にはただいまと言えと言われたが、やはりここはこんにちはの方がよくはないだろうか、と自身の言葉に首をかしげた時だった。ドガンッ! と爆音が響く。
どきりと心臓が跳ね上がったものの、叫び声を上げるでもなくこそこそと辺りを見渡した。

見れば隣の工場から光と音が断続的に。


(あっちのほうかな……?)


フェイトは覗き込むようにしていた身体を引っ込め、玄関を閉めた。
鍵の事が一瞬だけ頭をよぎるが、最初からしていなかったのだからいいだろう、と。

十歩も歩かないうちに隣の工場の入り口に。シャッターが大口を開けている。

中を覗けば女性とおぼしきシルエットが見えた。
顔面にマスク状の何かを付けているので顔は把握できないが、あれが兄が言っていたシステルなる人物なのだろう。

フェイトは轟音が立て続けに鳴り響くそこに一歩踏み出した。
システルがフェイトに気付く節は見当たらず、そのままに背後へと近づく。


(ただいま? こんにちは? すみません? ただいま? こんにちは? すみません? ただいま? こんにちは? すみません?)


一歩一歩ゆっくり近づきながら、そしてその背中が目の前に。
取り付かれた様に作業を繰り返すシステルに若干の不安を覚えながら、


「た、ただにちわんっ!!」

「!?」


システルの肩がビクリと跳ね上がった。


「何っ!? いま何てっ」

「あ、た、ただい」

「……ディ……ディ……ッ」

「ただいまん」

「ディフェクトー!!」

「ひゃっ!」


そしてフェイトはシステルから熱い抱擁を受けた。ぎゅうぎゅうと抱え込まれ、その大きな胸に顔面が埋まる。
自分を兄と間違えている事には気付いたものの、それでもこの暖かい感触。手放し難い。

フェイトはそのまま感極まっているシステルに自らも抱き付いた。背中に手を回し、何となく母を思い出しながら。


「あんたっ」


そしてシステルがマスクを取り外し、ソレをポイと投げ捨てた。
綺麗な顔立ち。一目見れば冷たそうな印象を持たれてしまいそうな切れ長の瞳。面長の輪郭といい、美人と言う言葉がぴったりと合う。
その顔は今、満面の笑みと涙が。


「あんたねぇ、今まで、一つも連絡しないで……」

「あ、違……」

「いいの、後で聞くから。ちょっとジッとしてなさい」

「でも、あの、その……」


兄ではない。
フェイトはそう言いたかったのだが、暖かいのだ、システルは。
着ているつなぎが汗まみれで、ぐっちょりと濡れているがまったく気にならなかった。


「よかった、ホントよかった……。管理局から封書が届いてさぁ、あんたの事預かってますなんて言うから、何かしでかしたんじゃないかって……」

「え、えと」


冗談交じりにシステルが微笑むが、フェイトはどう反応していいか分からない。


「ああ、鼻水出てきちゃったじゃない、もう」

「ご、ごめんなさい」

「……なぁに? 何か大人しいわねぇ」

「ええと……」

「あ、怒られると思ってるんだ? いいわよパンツくらい、別に」

「パ、パンツ?」

「……なによ、欲しいの?」

「え……? え?」

「……ちょっと待ってなさい」


分からなかった。何一つ。会話の流れがまったく読めない。
パンツとは何だろう、と真剣に考えるほどであった。

そしてシステルの温もりは離れ、その場でつなぎのジッパーを下ろしていくのである。
……やらないか?


(!?)


瞬間、フェイトは兄と使い魔に念話を繋いだ。が、反応は無し。いつも、どちらかというとおっとりぽけぽけしているフェイトだが、これは流石に焦った。
一体何をされるのか。つなぎを脱ぎ捨て、タンクトップと下着姿になったこの女性から、一体何をされてしまうのか。

そして、


「……さ、流石に恥ずかしいわね。ちょっとあっち向いてて」

「は、はい!」


急いで後ろを向けば、背後でごそごそと何かやっている。
脱いでいるのか、着ているのか。
なぜか心臓が高鳴っている。これは不安のせいで間違いないのだろうが。


「いいよ」

「は、はい……」


そして手渡されたソレは、システルの汗をしっかりと吸って少しだけ重くなった下着。
一体何事なのだろうかとフェイトは考える。考える。考えて、そしてフェイトが出した結論は、


(……取り合えず、はこう)


自身も短パンと下着を脱ぎ捨て、システルから貰った黒色の、やけに扇情的な下着をはくのであった。











。。。。。











「ひーっひーっ……げほ、げほ! くはっ、はぁはは、ふつ、普通はくかよ、人のパンツぅ……くひ、ひゃっひゃっひゃ!!」

「だ、だって、パンツどうしていいか……」

「いやいや、百点満点だぞ、フェイト。あそこでパンツをはくのは予想だにしなかった」

「そ、そう? えへへ、よかった。パンツはいてよかった」


かいぐりかいぐり。
フェイトは可愛いなぁ。何もかもが可愛いなぁ。
撫でられてる時にグイグイ頭を摺り寄せてくるのが可愛いぜ。なんか猫みたい。


「おい! そうやって馬鹿みたいなことを教えるんじゃない! 他人のパンツはく事の何処が百点だ!」

「ほらほら、そんなにいっつも怒ってると禿げるよ? いいじゃないか、パンツくらいはいたって」

「き、君は心配じゃないのか? 自分の主の事だろう!? 君の主は他人のパンツをはくんだぞ!?」

「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても。パンツははくけどフェイトだって馬鹿じゃない」

「馬鹿だろう! 人のパンツをはくのは馬鹿だろう!?」


こら、人の妹をあんまりバカバカ言うな。


「いや、あの……あんまりパンツパンツ言うの止めてくれない……?」


ノーパンつなぎ が あらわれた!
ノーパンつなぎ は おちゃ を だした!
ノーパンつなぎ は かお が まっか だった!

いやぁ、久しぶりに見たけど……髪伸びたねぇ。美人度がアップしてやがる。グッと大人っぽくなったぜ。
……一体何歳なんだろうか。リアルに疑問なんだが……。


「うぃっす。久しぶり、システルさん」

「……そうよねー。これだわ、これ。あんたがあんなに可愛げあるはず無いもんねぇ」

「ひどいなぁ。超可愛いじゃないですか、俺」

「顔はね」


ライトな会話。
ああ、久しぶりだな、ホントに。
フェイトの接近に気が付かないほど作業に熱中したり、テンパってパンツやったり、うん、変わってないね。


「シェルも、久しぶりね」

『ええ、お久しぶりです、システルお姉さま。シェルブリット改め、シェルブリット・アリシアです。どうぞアリシアとお呼び下さいな』

「急にどうしたのよw」


ちょ、シェル。

フェイトが、フェイトが超反応してるって。アリシアって言葉にめっちゃ反応してるって!
迂闊な発言は避けてくれ、まだ説明もしてないんだから。


「に、兄さん、アリシアって……?」

「おう、ちゃんと説明するからな、ちょっと待っててね」

「うん……」


取り合えず、ここからかな。


「さて、皆さん聞いてください。わたくしディフェクト・プロダクトは―――」


説明中。

説明中……。

説明中…………。

んで、


「―――と、言うわけなのですよ。結局俺はね、この中じゃ一番年下なのだー。実はフェイトの弟なのだー。っはっはっはー」

「兄さんは弟で……シェルが姉さん?」

「そうだね。どうする? お姉ちゃんって呼んで欲しいか?」

「な、何かくすぐったいよ。フェイトがいいな」

「おう。それならそれで。俺の事は好きに呼んでいいよ。兄さんでも、ディフェクトでも」

「……ディ、ディフェクト……?」

「うん、どうしたフェイト」

「……ディフェクト」

「おう」

「ディフェクト」

「なんでちゅかお姉たん」

「うひゃ……やっぱり兄さんのままでいい、かな?」

「あいよ」


なわけで説明終了なんだが、システルさんとかもう呆れてるね。
俺がクローンなのは地球に行く前に説明してたけど、まぁちょっとばかり衝撃が大きかったのだろうか。
多分システルさんにとっての一番の衝撃はシェルだな。
元人間のデバイスって……解剖されたりしないよね?


「あんたねぇ……どんな星の下に生まれればそんな人生送れるわけ?」

「あはぁ☆ なかなか話題に尽きない人生じゃないですか。面白いよ?」

「馬鹿言ってんじゃないの。ホントに身体は大丈夫なのね?」

「ユーノが調整してくれたんだから間違いないって」

「そ。ノンちゃんなら間違いないか」


ほっと息をつくようにシステルさんの肩から力が抜けた。

ここでも無条件に信用されるユーノ。
ちなみにノンちゃんというのはユーノの事です。ユーノちゃん⇒ユウノちゃん⇒ウノちゃん⇒ノンちゃんの順番で変わっていきました。システルさんのセンスに嫉妬。

システルさんとユーノかなり仲いいからな。
合鍵渡してるし。学生の頃はユーノが勝手に家の中にいるのが当たり前だったし。ご飯とか作ってくれてたし。システルさんのご飯はお世辞にも美味いもんじゃないし。
デバマスとしてもユーノの『デバイスを使えない病』を治してやりたいそうな。あんたええ人やで、システルどん。


「ノンちゃんは何してるの?」

「今スクライアに行ってる。管理局の試験受けるのに同意が必要だからね」

「……へ~、ノンちゃん局入りするんだ。フリーで働くかと思ってたのに」

「そうなんだよねー」

「あんたも見習いなさいよ。いつまでもニートは良くないわよ?」

「うん。局入りするよ」

「そうそう、あんたも……はぁっ!?」


システルさんは顎が外れるかと思うほどに口をあんぐり。

そこまで驚く事か?
実際高校の教師とかも来てたじゃないか。管理局に推薦したいって。当然断ったがな!


「ちょ、ちょっと待ちなよ、あんたまたどっか行っちゃうの?」

「どっかって……だから管理局に入るんだってば」

「止めときなってあんな碌でもないトコ! 運が悪かったら死んじゃうんだよ!?」

「ちょ、執務官がいるんですけど……?」


隣に座っているクロノを見れば静かにお茶を飲んでいた。
おせんべいを浸してやがる。通だなクロノ。

てかアルフ、お茶菓子ばっかり食べてるんじゃない。茶を飲め、茶を。

さて、どう説得したものかと首を捻るとクロノが目を開いた。執務官の目。少しだけ冷たい印象があるが、これがクロノのスタンスなのだろう。
茶をもうひと口飲み、口を開いた。


「……確かに、大怪我じゃ済まないような時もあります。死んでしまうこともあります。戦闘もある。殲滅戦なんていう後味が悪い事も。
けど、それでも僕は僕が従事している局が好きだ」

「で、でも、ディフェクトはまだ子供でしょう! 9歳なんて、自分のためならまだしも、そんな、人の為に戦うような歳じゃないわよ……」


なんかシステルさんがシリアスだ。
そんな深く考えなくてもいいよ、どうせすぐ辞めちゃうんだから。


「……僕は今までずっと執務官のクロノ・ハラオウンでした」

「……? ええ、それが?」

「けれど、僕はクロノ・ハラオウンなんです。クロノ・ハラオウンが、執務官なんです」


迷言キタコレ。


「貴女がディフェクトを局員にしたがらない理由は……まぁ、ある程度は分かります。
でも、ディフェクトはディフェクトだ。管理局員のディフェクトにはならないですよ、コイツは。見てみれば、ディフェクトは管理局員だったんだね、って所です。
どうやっても想像できない。安っぽい正義を語るディフェクトは。コイツは自分の道を作りますよ、局の中に」

「……でも、そんなの分かんないじゃない。人は変わるわ」


システルさんがそう言うと、ふっとクロノは小さく笑った。
少しだけキョトンとしてるシステルさんが可愛い。美人がキョトンとすると可愛い。萌え。


「……“関係ねぇ”。そう言われましたよ、僕は。
少し前に任務でフェイトと戦闘になりました。その時僕が放った魔力弾がフェイトに当たって、それで怪我をさせました。それで、怒ったディフェクトが出てきたんです。
僕は言いましたよ、執務官だって。管理局の人間だって。それなのにコイツときたら“関係ねぇ”で済ませました。妹に怪我をさせたからただ殴るだけだと。まさか本当にかかって来るとは思わなかった。
そこで狗だって言われました。管理局の狗だって。その時は腸が煮えくり返るほど腹が立ったんですがね、それが僕が僕だということに気付かせてくれた。僕はクロノ・ハラオウンで、それがただ時空管理局に勤めているだけなんだって。僕は僕の意志で今、時空管理局員だ。今は狗といわれようが、それはもう褒め言葉です。
“関係ねぇ”でそこまで済ませるコイツが、そんな簡単に人格変わってくれるなら、それなら誰も苦労して無い。ウルトラマイペースなんですから、心配しているような事にはなりませんよ。ディフェクトを信じてやってください」

「……」


く、口がうめぇなクロノ。
その口達者でエイミィを落としたのか、分かります。

はてさて渋面で悩んでいるシステルさん。
美人はどんな顔しても美人だが、なるべく笑って送って欲しいでヤンス。頑張ってきなさいって背中を叩くくらいのほうが似合ってるよ。


「……試験は?」

「ん?」

「……試験はいつ?」

「おお、三日後だよ」

「三日後!? なんでそんなギリギリまで帰ってこないの!?」

「ご、ごめす(ごめんなさいです)!」

「ほらっ、シェルのメンテとか、準備! さっさとしなさい!」

「りょうかーいっ!!」


まぁ、こうして一応同意は貰いました。

ちなみにフェイトの親権問題はまた今度にするってクロノが。
今はあんまり話せる様な状況じゃないってさ。言ってもいいと思うけどなぁ。ああ、いや、俺とフェイトの取り合いが始まるって事かな? リンディさんとシステルさんで。まぁ原作通りエースが終わるくらいに決まればそれでいいかぁ。


「煎餅ウマー」


ゴメンねアルフ、存在薄くて。










。。。。。











「はぁやて~、ただいま~!」


ヴィータは玄関を撥ね開けると靴を放り脱ぎ、そのままどたどたとリビングへ。
いつものように昼ご飯の支度をしているはやてに飛びついた。


「うわっひゃ~! こら、包丁使っとるんよ!」

「ただいまただいまただいま~っ!」


はやての苦言なぞなんのその。
ヴィータは聞いちゃいねぇとばかりに車椅子に座っているはやてに縋りつき、ぐりぐりと顔面を擦りつける。

八神家謎の習慣その2。
『あいさつ』の為である。ちなみにその1は乳揉み。

ヴィータは温もりを感じながら、んもう、と はやてが笑っているのが分かった。
ヒョイと顔を上げれば思ったとおり。笑顔で迎えてくれている。


「おかえり、ヴィータ」


ヴィータ前髪がはやてにかき上げられた。
そしてそこに優しくキス。


「えへ、へへへ~」


たった今口付けられた額を撫ぜながらヴィータは笑った。

今までの主の事は殆んど憶えていない。
しかし優しくされた事などなかった。それだけは断言できる。所詮この身はプログラム。魔法生命体である。
ヴィータなどはまだいい。問題はシグナムとシャマルである。
その身がクソッタレの主の慰み物になった事が何度あったか。うろ憶えの記憶であるが、確かにあったような気がする。
当時は良かった。今のように『感情』が殆んど発達していなかったし、ヴィータ自身も『そういう行為』を何度か受けたが、こんなもんか、と完全に割り切れていた。冷めていた。

しかし、今は違う。

確かな幸せがここには在った。
ここに来て、そう、ここに来て初めてヴォルケンリッターは一つになったような気がする。
守護騎士同士で、この様な関係は初めてだった。嬉しかった。楽しかった。ふれあいという物を実感し、ただの守護騎士システムでしかなかった自身が色付いた。

ヴィータは笑顔をさらに深く刻み、


「今日はな、ゲートボールのばーちゃん達にいっぱいお菓子貰った!」

「そかそかよかったなぁ。ちゃんとありがとう言うたか?」

「うん! それで今度は はやてと一緒においでって!」

「あは、そやねぇ、今度お礼に行かなあかんね」


そしてぐりぐりと頭を撫でられる。

闇の書の存在時間。それがヴィータの年齢だというなら、それは はやてを優に超えて、超えて超えて、はやての人生を百回やり直してもヴィータのほうが年上だ。
しかしヴィータは妹。はやてがそう言っていた。ならば妹でいい、と自分にも言い聞かせている。
事実、頭を撫でられても嫌悪感など欠片も湧かず、温もりと愛しさが沸き立つだけだった。

続け。

この時間は、ずっと続いていい。
明日も、明後日も、明々後日も。

ヴィータはもしかしたら今、神様を信じているのかもしれない。
今までは居る筈が無いと思っていた。その存在は鼻息一つで吹き飛んでいくにすぎないちっぽけな物だった。
しかし、


(今までゴメン。謝るから、この先も……)


信じてやってもいい、とは言わない。信じるから、と。
シグナムもシャマルもザフィーラも、全員が同じ気持ちだったら良いなと思った。


「ヴィータ?」

「ん~」

「眠いんか?」

「ん~ん~」

「んふふ。どないしたん、今日はえらい甘えんぼさんやな?」

「ん~ん~ん~」


涙腺を通ってくる涙を見られないように はやての腹に顔を埋めた。















そして就寝の時間。
いつものようにベッドへ二人で寝そべり、今日あった事を順を追って話していく。
けらけらと笑うはやてを見れば充足感に満たされて、守護騎士である事など忘れてしまいそうに。

そしてはやてが体勢を変えようと、自分の足を掴んだ時だった。


「あ……」

「ん、どうしたはやて。手伝うか?」

「あ、いや、ちゃうねん。ちょっとおしっこ行ってもええかな?」

「うん」


ヴィータは自分より大きなはやてを軽々と抱き上げるとトイレへと。
そして何となく気になってしまったはやての表情。
ちゃうねん、とその一言で済んでしまうような事ではなかったように感じた。

トイレを済ませたはやてをまた抱き上げ、そしてまた寝室へと戻る。
ベッドにゆっくりと寝かせ、ふと時計を見ればもう日付が変わっていた。


「そろそろ寝よか?」

「おー。明日はばーちゃん達とゲートボールだかんな」

「はいはい、ヴィータの雄姿をしっかり見とくわ」


クスクス微笑むはやてに先ほどの影は見当たらない。
勘違いかな、と枕に顔を埋め、そして電気を消した。瞳を閉じて、羊が一匹、二匹、と はやてから教えてもらった方法で眠ろうとするのだが、やはりダメだ。先ほどの表情が焼きついてしまっている。

そして羊を1500まで数えたくらいだろうか、隣でごそりと はやてが身動ぎ、その身体を起こした。


「……また、広がっとる……」


背中越しに聞こえる声。


「……いやや、動かんくなってまう、こんなん、いややぁ……」


鼻を啜る音が。


「……死にたないよぉ、みんな……」


そしてヴィータは―――。







[4602] nanoAs05-レイン
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/06/16 15:50


さて試験ですよ試験。皆さんお分かりの通り管理局の入局試験ですな。
けど試験のことをいくら事細かに説明しようが“つまんね”って言われること間違いなし。
と、いうことで……。

筆記試験終了。
とりあえずユーノから勉強教えてもらっといてホントに良かった。いきなりこの問題解けとか言われても絶対無理なところでしたよマジで。ユーノ様様。

実技試験終了。
運動はどちらかといえば得意なほうだから楽勝だったね。“あそこに逃げている犯人がいます。捕まえてください”とか言われたときは本気のタックル見せてやったね。カチアゲてやりました。試合だったら審判から注意が入るとこだよ。

魔法試験終了。
遠距離に特性がないからドキドキだったけど……うん、意外と何とかなるモンだよ。試験官が唸り声出しながら“まぁいっか”とか言ってるのが聞こえたからね。俺の聴覚キテる。

そして、


「はい、じゃあ自己紹介と志望動機を教えてください」


分かるだろ? そうだよそうだよ、面接ってやつだよ。俺こういうのあんまし好きじゃないんだけど。
まぁフェイトのため、はやてのため。がんばるんば!


「はい! 私、ディフェクト・プロダクトと申します! 管理局を目指している理由は、自分の力が世界の為に役立つものであると自負しているからです!」


俺が面接官だったら精子と卵子からやり直してこいと言うところだが、


「っは、ははは、うん、子供なのになかなか……うん、面白いよ」


中年の面接官はやけに楽しそうに笑った。
まぁユーノから言われたとおりに、いま自分が考えたことを素直に言ったんだけどね。
面接は元気が一番。自分の考えをはっきり言うことも大事。っていうか色々大事。軸をぶれさす事なく話しきれば好感度ゲット!


「それじゃあ君の魔法はどんな事が出来るのかな?」

「はい! 私は加速、殴る、爆発、この三つを主に使っております!」

「ふむ。調書にも書いてあるが……随分物騒な使い方だね。武装隊志望か?」

「いいえ。しかし私が魔法を使う場はそこにしかないと考えています。不器用だと自分でも痛感しておりますが、私を武装隊に入れるのなら輝かしい戦績をたたき出してみせましょう!」

「……まぁ、口では何とでも言えるだろう。その年では大したものだといいたいが……、魔導師ランクはCか」

「戦闘の場において魔導師ランクはオナニーした後に捨てるティッシュほどの価値しかありません! もちろん相手の強さを測るバロメータにはなりますが、だからといって尻尾を巻いて逃げるだけ馬鹿なのです。
 私は魔導師ランクC。その私がランクSの魔導師に敵として出会ってしまったのなら絶対に逃げることはしないでしょう。逃げ切れるはずがないからです。だから戦います。罠を張る時間があるなら使います。毒を仕込むことが出来ればもちろんそうします。そうやって私はランクAAのデスサイズ・ヘルカスタム氏に勝ちました!」

「ほう、なるほど」


さぁ聞いたかい?
そう、俺の魔導師ランクはCなのだー! はっはっはー!
デスサイズに勝って、クマーに勝って、クロノには負けて、だけどプレシアには勝って! なんと、その俺の魔導師ランクはC! 魔力保有量は最近量ってないけど多分D!
神だわ。これ何かしらの力が働いてるに違いない。こんな俺がプレシアに勝ったとかマジありえん。俺のステータス、冒険始めたばっかの勇者くらいだぜ。一体全体何をしたら勝てるんだよ。
そもそもどうやって勝ったんだっけ? 正直『ハイ』になりすぎててあんまり覚えてないんだよね。プレシアぶっ殺したところはしっかり覚えてるんだけど……はいはいトラウマトラウマ。思い出しても良い事なんかありゃせんわ。


「……では、最後の質問だ。例えば君の親友一人と顔見知り百人……どちらかしか助からない状況だとして、助けるならばどっちを選ぶ?」


っは、舐めんな中年。





「───そこに居る百一人を救ってみせますっ!!」





……多分、こういう回答がお好きなんじゃないかな? 受かるよね? 受かってよ?





05/レイン





はい試験終了! さっさとアースラ帰ろ。転移転移!

……っと、


「おかえりー。どうだった、面接」

「ん、とりあえず中年の試験官に馬鹿笑いされた」


ユーノ……転送ポートの付近に三角座りで待機ですか。俺の帰りを待ってたんですね。分かります。
もうさ、俺、何度も言ってると思うんだけどさ、もう……いいよね? ユーノエンドに行きそうな感じがするとか、もうそういう次元じゃないと思うんだ。何だこいつ。なんでこんなに可愛いんだ。原作でも可愛い部類だったけどさ、お前なんか間違ってんだろうがっ! 畜生! こんちくしょう!


「そっか。ボクは多分受かったと思うけど……どう、手ごたえ的には」

「ん? まぁユーノは可愛いと思うけど?」

「……ん、んん?」

「でもさ、凸と凸じゃどうあっても合体できないって、俺はそう思ってるんだ。凹がなきゃやっぱ収まり悪いわけよ。いやいや、まさかここで“そんな幻想、俺がぶっ潰す!!”とか言って尻の───」

『アッ───!!』

「おう、どうしたシェル?」

『いえ・マスターが・危険な・道へと・行きそうだった・もので』


ふぅ。何を心配してるって言うんだシェル。俺は間違ってもユーノに尻の穴を掘られて感じるような性癖はないぜ。
……うん、ないない。大丈夫。俺正常。なんも心配することない。
俺の顔を不思議そうに覗き込んでくるユーノにドキドキなんかしてない。全然してない。ちょっとユーノの顔が近いんだけど、俺の視線がその唇を見てるなんてありえない。ぷるぷるつやつやでおいしそうとかまったく考えてない。まつげなげーとかちっとも思ってない。目の色綺麗とか考えたことすらない。……俺はっ、俺はぁ……。


「ディフェクト?」

「うん」

「なんか……目が血走ってるけど?」

「よせ、やめろ! これ以上覗き込んでくるつもりなら俺も実力行使に出るしかなくなっちまう! ぐ、ぐぁ、体が勝手に、勝手に動いてやがるっ! やめろ、シェルか、シェルなんだな!? 俺にユーノの肩をつかませてどうしようってんだ! ま、まさかやっちまう気なのか!? いくらユーノが可愛いっていってもっ、く、あ、抗えないってのか、この俺がぁ! シェルゥゥウウ!!」

『人の・せいに・しないで・ください』

「あ、ちょ、ちょっと……こらっ、顔近いよ」

「こっちの台詞だ!」

「ボクの台詞だよ!」


……はぁ、はいはい分かってますよもう。やめればいいんでしょ、やめれば。
ちくしょう、尻の穴をかけたギャグをやってもユーノは困るだけか。いや、当たり前なんだけどね? ここでユーノが“……好き”とか言い出したら俺もどうなるかわからんよ。もちろん尻の穴的な話ね、尻の穴的な。

ため息をつきながらユーノを開放。
ユーノ顔赤い。こいつマジで可愛いんだが、ホント俺はいったい何処に行こうとしているでゴザルか?


「もう……、それで試験はどうだったのさ?」

「ばっちりに決まってんじゃんか。俺を誰だと思ってやがる」

「はいはい、俺様 何様 ディフェクト様だもんね」

「その通ぉり。俺ってあれじゃん、やらせてみれば大抵のことは出来ちゃうじゃん?」

「嘘は良くないよ」

「サーセン」


そりゃ俺よりユーノのほうだよね。


『しかし・おそらく・合格だと・思います』

「そうなの?」

「イエス。マスターは・詐欺師なので・ああいうのは・得意なんです」

「お前は自分のマスターのことをよくも詐欺師とか言えたもんだなオイ。俺の何もかもを包み込むサイコフレームの輝きのような心が無かったらお前死んでんぞ」

『心中・ですか?』

「お前なんかと心中なんてしてやるかバーカバーカ! 手首お化け!」

『ガキの戯言ね。そんなにお姉ちゃんといるのが恥ずかしいの?』

「こ、っだからやめろってんだろ!」


もうやだこのデバイス! ホントやだこのデバイス!


「なに君……、もしかして照れてるの?」

「て、照れてなんてないもん! 全然照れてなんてないもん!」

『可愛い子ね』

「───っ!!」


俺の声にならない悲鳴はユーノの笑い声でかき消されていくのだー。へ、へへ……誰か助けておくれよい。よいよい。





。。。。。





いつもの通りに夕食の買い物を済ませ、太陽がいよいよ沈もうという時間、シャマルは包丁片手に目を細めた。
タマネギ。ニンジン。ジャガイモ。そしてお肉。お分かりだろう。そう、カレーである。
シャマルは自身の料理の腕を信じているし、実際に作っても不味いものは出来上がらない。だが、特に美味しいものも出来上がる事はないのだ。
先日作ったチャーハン(間違えようがないメニュー)はヴィータに“うん、まぁまぁかな”と言わせるに終わった。
その前に作ったハンバーグはシグナムに“ふむ……”と呟かせ、その前に作ったロールキャベツは、まぁザフィーラがただ寡黙なだけだと信じたい。
はぁ、とシャマルは一度ため息を吐き出した。


「う~ん……、はやてちゃんは全部美味しいって言ってくれるんだけど……」


それでも確実に言えるのは はやてのほうが料理上手ということだけ。同じ材料で同じように作って、何故あそこまで味に差が出てしまうのだろうか。
頭を悩ませながらも包丁はとんとんとん、とリズム良くまな板を叩く。
一口サイズに野菜を切り分け、火の通りにくい順番に鍋へと投入。肉には焼き色が出るくらい炒めるのが八神家のカレーである。自身もその中にある以上それは守るべきもの。だからシャマルはオリジナル(はやて)を超えるために極限までの贋作者(フェイカー)となるのだ。


「いくぞ料理王。食材の貯蔵は十分か……なんちゃって、なんちゃって」

「シャマル?」


びくっ、と。


「あ、あらヴィータちゃん。ごめんね、ご飯はもうちょっとかかるわよ?」

「あー、うん……、えと、あのなシャマル」

「うん?」

「その……」

「……? 今日はカレーよ。好きでしょ?」

「……あぁ、うん好きだ。うん」


このとき炒めていた食材からちょっとだけ焦げたような臭いが。
いけない、とちょっとだけ焦り気味に火を弱めて、だからシャマルは見逃していたのだ。ヴィータの少しだけ悲しげな笑みを。
いつもだったら気がついていたし、そこそこの観察眼を持つシャマルにとっては見過ごせないものになっていたはずだったが、そのときは運悪くカレーだったのだ。
ヴィータが“楽しみにしとく”と言い残し去るのに対し、シャマルは笑みを返しただけに終わった。


「ん~、このくらいなら大丈夫かな」


何も知らずにシャマルは夕食の準備へと。





。。。。。





「ありがとな、ザフィーラ」


いつものようにフローリングに傷がつかないように気を遣いながらはやてを食卓へと運んだ。
ザフィーラの爪はともすればすぐに床を傷だらけにしてしまう。何度人の姿で生活をしようと思ったことか。
しかし問題は はやて、シグナム、ヴィータ、シャマル。この家には己以外に女性しか生活していないのだ。そこに一匹狼が入るのは、なんとも空気を壊してしまいそうで、だからザフィーラはいつも獣の姿をとっている。

食卓の横に腰をすえ、そこで夕食を。
もともとこの姿が本来のものなのでどうということもないのだが、やはり人間と生活をするには人間の姿のほうが何かと便利なのも事実。
特にカレーを食べるときにスプーンを使えないのは面倒くさいことこの上ない。


「食べにくない?」

「……いや」

「そかそか」


強がるのも狼の性質なのだ。

頭上の食卓ではかちゃかちゃと食器がなる音がしていて、ザフィーラはそこでため息。
食器の音が目立つ。あまり喋っていない。礼儀の面では正しいのだろうが、それはあまり楽しいことではないだろう。

ザフィーラは数日前からヴィータの元気がないことに気がついていた。
二人(一人と一匹)とも家にいることが多くて、ザフィーラが散歩に出るときはヴィータもついてくる。
そこでヴィータが何か話したそうにもごもごと口を動かし、そして黙ってしまうのだ。
ザフィーラは本人が言うまでは気付いていないふりをしようと思っていたし、実際にそうしている。が、いつも騒がしいほどに喋っているヴィータの元気がないというのは、食卓の元気までなくなってしまうことなのだ。
シグナムとシャマルも何となくは気がついているのだろうが、二人ともザフィーラと同じスタンスなのか、腹を割って話そうという事はないようである。

まぁ、そうはいってもお通夜のようにしんとしている訳でもなく、それなりに楽しい食事のはず。
考えの通り、ヴィータから言ってくるのを待とうと決め、そして食べ終わったカレーの皿を咥えたときだった。


「ヴィータ、どうかしたのか?」


シグナムの明瞭な声が聞こえ、


「へぁ?」

「何で泣いてるん?」

「え?」

「そ、そんなに美味しくなかった? ちょっと焦げちゃったけど結構上手くいったと思ったんだけど……」

「ちが、ご、ごめん、美味しかったよ! ちょっとアタシ散歩してくる!」


思わずため息をついた。
ヴィータが椅子を飛ばす勢いで立ち上がり、そして主の制止も振り切って外に飛び出していってしまったのだ。
食卓に残された三人は困惑顔で、そして次はシグナムが立ち上がった。


「行きます。主はゆっくりと食べていてください」

「私も行く!」

「いえ、ですが……」

「私は皆の主なんやろ? それなら……」

「そうなのですが、その……」


シグナムが言いたいのは車椅子では色々と不都合があるということだろう。
自身の料理のせいで逃げ出してしまったと思っているシャマルは沈んだ顔をしているし、どうにもな、と。
ゆっくりと三人に背を向けザフィーラは静かに呟いた。


「俺が行こう。アイツがいる場所なら大体分かる」


玄関を前足で開け、嗅覚が捕らえるヴィータを迎えに。
少しだけ雨が降っており、臭いが消える前に、と。





予想通り、というのだろう。
八神家から近くにある公園。いつも朝になると老人たちがゲートボールをしていて、それにヴィータも参加しているのだ。その公園に彼女はいた。ぎぃこぎぃことブランコを鳴らし、こちらに気がついているはずなのにその視線はザフィーラを向かない。雨にしっとりとぬれた髪の毛が額に張り付いて、その表情は分からなかった。

ザフィーラは特に何をするでもなく近くに拠り、周りに人がいないことを確認して人間の姿に戻った。
ヴィータの隣のブランコに腰を下ろし、そこで呟きが。


「……アタシ、嫌な奴だ」

「そうか」


ヴォルケンリッターの守りの要なのだ。
戦闘になったら誰よりも落ち着いていられる自信は在るし、誰よりも状況を見る目が肥えているという自負もある。
おそらくヴィータの変調に気がついたのも一番だったはずだし、何よりもヴィータと共にすごす時間が長い。今の主に召還されてからは、おかしな話だが『兄』のような心境になっている。

ザフィーラはふ、と一度だけ笑みをこぼし、


「言ってみろ。これでもお前よりは年上に設定されている」


俯けていた顔を初めて上げたヴィータの瞳にはいっぱいの涙。
降る雨でも隠しきれないほどのそれは今にも零れ落ちそうだった。


「アタシ、ヴォルケンリッターなのに、なのにっ、はやての事、このままでもいいって、そう思った!」

「……」

「はやての足、悪くなってる……、麻痺が進行してる。私たちを召還してから酷くなってるっ」

「……そうか」

「あんなのただの病気じゃない、闇の書がはやてのこと取り込もうとしてるに決まってんだ!」


雫を振りまきながらヴィータが叫んだ。
ザフィーラにはそうか、としか返すことが出来ずに、しかし脳裏ではリンカーコアを集める事を、その計画を進行。
主の身に危険が及ぶのならば守護獣として見逃すことは出来ないに決まっている。
それはもちろん はやてから禁止されている行為だが、そんなものは関係ない。守りの、盾の戦士であるザフィーラにとって、主を死なせることは一番に回避するべき事だ。

しかし、ヴィータが嗚咽を漏らすように、


「……集めるの?」


年相応に見えてしまう。外見の通りに、幼い子供のような視線だった。


「……そうなるだろう」

「駄目だって言われてるのに?」

「主を死なせる訳にはいかない。麻痺の進行を見なければなんとも言えんが、“そう”なってしまいそうなんだろう?」

「……だから、アタシは嫌な奴なんだ……」

「……」

「シグナムだったら、シャマルだってザフィーラだって、きっとすぐに集めようって思っただろ。皆はやてのこと考えて、それで集めようって思うんだ……」

「……ああ、少なくとも俺はそう思った。それが一番だと、そう思った」

「アタシは違った。違ったよ……。最初アタシは勘違いだって思った。そんなはずないって思った。でも、お風呂でも、同じベッドに寝てても気が付かないくらいほんのちょっと、ちょっとなんだけど、やっぱり進行してた。それなのに気が付かない振りしててっ、このままでもいいって、そう思ってた! だって、だってっ───」


何故そんな事を思ったのか、それはザフィーラには分からない。
この身が完成して以来、プログラムが再生をして以来ずっと主のことが一番だったし、珍しく『感情』のようなものを手に入れてもそれは変わることがなかったからだ。

しかし、ヴィータの言葉。





「───気が付いたら、集めることになったらっ、また人を殺すんだろ!」





それにザフィーラはギクリ、と。


「また沢山の人を殺して、沢山の人に恨まれて、それでいつかは殺されちゃうんだろ!」

「ヴィータ……」

「アタシは嫌だ! 殺したくない、殺されたくない! せっかく楽しいのに、初めて幸せなのに、殺しちゃったらはやての顔見れなくなる! いつもみたいに抱きつけなくなる!
 今まで何人殺してきたか覚えてるかよ! アタシは覚えてねーよ! そのくらい殺してきて、何も感じなくって、今やっとそれが駄目な事だって思えたのに、なのに……、集めることになったらまた……」

「……」

「こんなことなら……感情なんていらなかった。いつもみたいに、機械みたいだったらよかった。ただのプログラムだったらよかったのに……、それなのに、はやてに会ったから幸せなんて感じて……失うのが怖いよ。……嫌な奴だ、アタシ……」


決壊したダムのように大粒の涙を零しながらヴィータはまたも俯いた。
ぽたりぽたりと地面に落ちていくそれは儚くて、今まで殺していたという事実を、リンカーコアを奪い続けていたという事実をザフィーラに再確認させたのだ。

殺すということ。

そうだ、確かに今まで数え切れないほどの人間を殺してきたはずだった。
それはそういう風にプログラミングされているからで、今回が特殊なだけだ。今回の主が持ち出してきた条件は『ただ一緒にいてくれ』。
初めは戸惑ったが、徐々にそれが普通になり、今まで機械的に命令を聞いてきたヴォルケンリッターではなくなってしまった。
恥ずかしそうに笑うシグナムを見たのは初めてで、天真爛漫なヴィータもそう。料理が少しずつ上手になっていくシャマルは成長しているし、ザフィーラ自身、今までだったら床に気を遣って歩くなど無かった。
変わったんだな、と。
ただのプログラムではなくて、ヴィータはヴィータになったのだ。

ザフィーラは立ち上がり、そしてぐずぐずと涙と鼻水を垂れ流すヴィータの頭に手を置いた。
ゆっくりと動かし、濡れたそれはやや重かった。


「お前は変わったな」

「……ザフィーラも。昔はこんな事しなかった」

「ああ。皆変わっている」

「……うん」

「だったら……」


だったら、昔のようにする必要など何処にもない。
過去、確かにヴォルケンリッターは数多くの命を奪ってきた。だが今、この幸せな今は、皆変わっているのだ。今のヴィータの話を聞いて殺しを良しとする者はきっといないだろう。

誰一人殺す事無く、しかしリンカーコアは集める。究極に難しい状況である。戦う相手のアフターケアまでしなくてはならないのだ。しかもそれには主の命というタイムリミットまで設けられている。
それでも、やらなければならない。変わったという事実をそのまま受け入れるためにも。


「だったら、だからこそ集めよう、ヴィータ」

「……でも」

「妥協を許すな。主も助け、まぁ恨まれることにはなるかも知れんが誰も殺さず、そして幸せになればいいのだろう? 何を泣く必要がある。お前は正しいよ、きっと。俺が二人を説得してやる」

「……」


ぽかん、と口を半開きにしたヴィータは呆れているような驚いているような、そんな表情。

ザフィーラは少し喋りすぎたな、といつもは寡黙なキャラクタを演じているだけに少しだけ照れくさくなり、そしてヴィータから視線を外した。


「帰るぞ。主に心配をかける」

「あ、へ、へへ、なんだー、照れてんのか?」

「照れてなどいないっ」

「可愛いトコあんじゃねーか」

「───ッ!!」


勘弁してくれ、とその姿を獣のそれに変え、そしてだんまりを決め込み帰路へ。

天気もよくないし、空の月は雨雲で隠れてしまっているが、しかし綺麗な景色など必要なくて、そこにあったのは変わった心の中身だけ。
その日、ヴォルケンリッターは人殺しの集団から一歩違う道を歩くことになった。







[4602] nanoAs06-ビギンズ・ヒア
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/06/16 15:50




試験の結果待ちの今、特に何もすることがなく、適当にアースラの艦内を掃除。
そう、俺は意外と義理堅いんだぜ? 大分お世話になってるからその位するさ。っていうか、今のトコ民間人な俺を次元航行艦に置いてるってのが信じられんね。
まぁたしかにフェイトの姉弟ではあるんだが、それでも普通じゃないね、リンディさん。いいひと過ぎ。俺はちょっと苦手だけど。

ぎゅと雑巾を絞って、そして隣を見れば、


「おやおやフェイトや、雑巾はそうやって絞るんじゃないぞ?」

「ほぇ?」


バケツにじゃぶじゃぶ雑巾をつけて、フェイトはなんと雑巾を横絞りにしてやがるのだ。
なっちゃいねぇ。まったくなっちゃいねぇな。雑巾の絞り方すら知らねぇってか。かわいすぎんだろうが常識的に考えて。


「そうじゃなくてね、こうやって、縦にしてこう絞るんだよ」

「こ、こう?」

「そうそう。どうだ、そっちのほうが力入る気しねえ?」

「うん、入る気する」


にこにこへらへら笑っているフェイトは、ほんと、お姉ちゃんでよかった。
こうやってまったりしながら人生をこのまま終えてもいい気がしてきましたよ。ふへ、うへへ、ニートなりてぇ。

エースが始まるのは十月の中旬とか、確かその辺だったからね。これはなんか妙に覚えてんだよね。たぶんシグナムの冬服に妙に萌えたからだと思う。
んで、今は七月。だからヴォルケンリッターがリンカーコア集め始めるのはまだあと三ヶ月くらい先ってこった。
夏休みですよ。俺にとっちゃ今は夏休みなんだよ! いいだろちょっと位ゆっくりしても! 目覚めて速攻で管理局入り何だぜ? 考えらんね。もう何も見えねえ。俺、こんなにがんばる子だったっけ? だらだらするために使われる原作知識も可哀想ですなぁ。

実際エースとか俺がすること無いからね。もう全部ユーノ頼みだからね。
俺は管理局入って、フェイトの色々を助けて、ユーノから色々教えてもらって、んではやてんトコいく。そして美味しいトコだけ持っていく! それ、だけ、だぁぁああ!


「キタコレ」

「兄さん?」

「お、ごめごめ。よし、この廊下終わったらご飯食べに行こうぜ」

「うん!」


ピッカピカにしてやるぜい!





06/ビギンズ・ヒア





「んで俺はそこで言った訳だ。“走るでクマー!”」

「う、うんうん!」

「あのときのメガネったらなかったな。了解でクマー! とか言いながら全力疾走だからな。笑いをこらえるのが大変だったぜ」

「でもでも、メガネさんは頑張ったね。兄さんを背負ってずっと歩いたんだよね?」

「そうなんだよ。なかなか根性あるやつでさ、なんか俺の学校生活の思い出にはやたらとアイツが出てきやがる」


そうなんだ、とにこにこしながらミートソーススパゲティを食べているフェイト。
唇がミートソース色になってる。しかたないぜ。しかたない可愛さだぜ。


「くち、ソース付いてるぞ」

「ん、……ん、取れた、かな?」

「いやいや、舐めて取れるようなモンじゃないって。フェイトの舌にもミートソースさんはいらっしゃるんですよ?」

「んぅー、……と、取れた?」

「いやだから……」


つい、と唇を突き出してくる。


「……お……」

「兄さん?」


まて、相手は姉だぞ。妹だぞ。何を考えてるっていうんだディフェクト。お前は鬼畜にも劣る馬鹿だってのか。……うん。
いや待て。たしかに俺は馬鹿だが、それは駄目だろ。姉弟なんだぞ! 実の、母親の股から生まれた訳ではないが、それでも確実に血が繋がっている姉なんだぞ!


『ナプキンが・見当たり・ませんね』


なんて事だ。ナプキンが無いなんて、何てことだ。なんという情報提供だ!
だったら何でフェイトの唇についているミートソースを舐めとってやればいいというんだ。……なんだって? おいおいちょっと待ってくれよ。舐めとってやればいいなんて、そんな事はやめておけよ。それは違う。俺は馬鹿だけど、ば、馬鹿だけど……。

だが待て。俺はいつの間にフェイトの肩を掴んでいるっていうんだ。またか。またシェルの仕業だってのか!


「にい、さん……」


何故か。ああまったく分からないが、何故かフェイトが目を瞑った。
正直ミートソースで口汚して何やってんだよってところなんだが、それすらも可愛いんだ。

……うん。おかしいですよ、ディフェクトさん。

はい止め止め。こんなまともじゃない事してたら俺の頭ホントにおかしくなっちゃう。
はぁ、ホントに何やってんだろ。そろそろ一発ヌいとかなきゃね。溜まり過ぎて脳がなんかおかしくなってんだよ。
ああよかった。大丈夫大丈夫。俺はまともな人間だ。うん、まだ大丈夫。


「あぶねぇあぶねぇ」


一息つこうぜ。そうだぜ。そうなんだぜ。





───むちゅ☆





……? な、なんだってー!
どうしたっていうんだ俺! まて、待つんだ俺! これが、これが俺の望んでいた事だって言うのかああああ! うあぁあああ! んあぁぁああああ!
……はい。そんなこんなで久しぶりにフェイトと……挨拶? なんだこれ。最早挨拶にすらなってねえじゃねえか。馬鹿か俺。俺馬鹿か。
ぺろぺろとミートソース味のフェイトの唇を堪能して、


「何をしているッ!」

「ごろっぽ!」


ごす! となにやら鈍器のようなもので後頭部を殴られた感触。
か、角が! なんかの角が刺さった! いってえ!


「人前で……、食堂だぞここ。馬鹿か君は」

「つい今しがた自覚したばっかだよちくしょう!!」


俺の蛮行を止めてくれたのはクロノでした。
ちくしょう、ちくしょう! お盆の角は痛かったけど許してやるよ! まさか俺も自制しきれないだなんて思わなかったんだよ!いつの間にかなんだ。いつの間にかむちゅなんだ!
俺が本物の変態になった瞬間に引き戻してくれたんだろう? そうなんだろう!


「お、終わり?」

「……フェイトさんや、兄さんを誘惑するのは程々にしておくれ。そのうち俺ホントに捕まっちゃうよ?」

「そしたら一緒だね。私も捕まっちゃったし……、えへへ」

「……」


ぼくのおねえさんはたぶんへんたい。
板を、立ててこようかって、そう思ってるんだ。俺だけで埋まっちゃうと思うんだけど、そうしようかなって。

そんな俺の心情を読んでいるのか、クロノはほとほと呆れたといった調子。


「君らはほんとに……、どうなんだ実際。いいのかそれ?」

「いいわきゃねえだろ! そのくらい俺もわかってんだよ! だけど姉弟の自覚もほとんど無ぇのにあんな顔したフェイトが目の前にいてみろ! どうだ! さあどうなんだ!」

「どうだって言われてもな……」

「うんごめん。多分誰も何も言えんね」

「わ、私はいいよ?」

「……」


俺にどうしろってんだ!


「いやまぁ……そうなのかな? 君たちはまだ九歳だからな……、けどそろそろ他の目を気にしてくれ」

「うん、いや、これはマジでごめん。アースラでの俺の評価が地に落ちる前に何とかする」

「……私はいいのにな……」


ぼそぼそと口の中だけで呟くフェイトのそれはまったく聞こえません。ああまったく聞こえません。

いやいや、俺もそろそろ何とかするべきだと思ってたんだよ。せめて人前ではしないとかさ、そんな約束をしてもいいだろ。
俺が変態って呼ばれるのはあんまり良くないけど我慢してやる。しかしフェイトだよ。フェイトが変態とか俺以外に言われるのはムカつく。
フェイトも学校とか行くだろうしね。中学校の卒業までは地球に住むんだろうし、アリサとかすずかとかにハブられたらどうすんだよ。
お姉ちゃんの学校生活を心配するのもお兄ちゃんの役目なのです。日本語がおかしいのはあんまり気にスンナ。
ユーノが色々と説得を試みてるみたいだが……いまいち分かってるのかいないのか。フェイトってアホだしね。アホの子フェイトだからね。アホの子結構可愛いよアホの子。

よし、目標は学校に通うまでに軽度のアホの子にしてやることだな。


「兄さん?」

「ん、任せとけ」

「うん?」

「俺がお前を実生活に耐えうるアホの子にしてやる」

「あ、アホじゃないもんっ」

「そんな筈は無い!」

「そんな筈あるよぅ!」


少しだけむくれながら言うフェイトは、うん、アースラで生活するようになってからちょっとずつだけど感情を表に出すようになった気がする。
よきかなよきかな。いい変化だと俺は思ってる訳だ。ネガティブフェイトは卒業だね。ポジティブフェイトに成れとは言わないから、普通のフェイトになりなよ。

そしてフェイトの膨れたほっぺを突付きながらサバ味噌定食をパクパクと。俺の指をモグモグし始めたフェイトは見なかった事にする。


「ディフェクト、このあと何か用事は?」

「ん~、結果待ちだから得にすること無いんだよね。言えば暇である、と」

「じゃあちょっと訓練に付き合ってくれ」

「断る。断固たる決意を持って断る。断固ディフェクト」

「……なんでだ」

「痛い。きつい。苦しい。勝てない。……お前と訓練しても俺が全然楽しく無いじゃんか!」


マジ手加減とかしてくれないからね、クロノ。
いつも本気で頑張ってる子を見るのは……、おじさん、ちょっと疲れちゃったよ。


「フェイトとやれよ。お前一回負けた事あんだから」

「いや、なんて言うかな……。相手にならないんだ」

「……? マジで? お前そんなに?」

「ああいや、そういう意味じゃない。フェイトはちょっと手加減しすぎるんだ。こっちが怪我しないように」

「……そうなの?」


ちょぽ、と俺の人差し指をフェイトは解放し、


「ま、前にやったときに凄い怪我させちゃったし、なんかちょっとやりにくい……かも」


そしてまた俺の指をしゃぶり始めるんだが……美味いのかな?

クロノはちょっと苦笑いでうどんの汁をすすり、


「てことで君だ」

「断固ディフェクト」

「相手がいないんだ。付き合え」

「まだ居る。ユーノが居る」

「相手にならないよ」

「どういう意味で?」

「簡単に勝ちすぎる」

「……マジか」

「マジだ」

「嘘付くなよ。俺、ユーノと戦った事無いけど正直勝てる気しないぞ」


大体あんなやつにどうやって勝てって言うんだ。
拳を振ればまず当たらないだろ。魔法を使えば避けられて、そんでバインドに引っかかってお終い。そんな予想しか立てられんよ、俺。


「相性の問題だろうね。君は多分勝てないと思う。フェイトもちょっと難しいだろうな。なのはだったら……、ぎりぎり勝てるかな?」

「ん? 遠距離って事?」

「というよりも魔力弾をどれだけ正確に動かせるか、って事かな。最近のなのはは凄いぞ。うかうかしてられない」

「なのはが凄いのは前からだけど……、ああ、そっか。逃げ場なくして落とせば……うん、実際ユーノの身体能力そんなに高くないしな」

「反面、君みたいな戦闘スタイルには強いだろうね。基本的に『待ち』のスタイルだからな、ユーノは。だから君たちが組むと厄介だよ。君が突っ込んでる間に色々と準備して、君が下がればユーノの罠か、それとも考え付かないような魔法か。結構無茶苦茶だよ、アイツも。
 なのはのスターライトブレイカーあったろ? あの時“君ごと落としてもいい?”って念話がさ。まぁ最善だったから僕ごと落とせって言ったけど……、まさか味方を巻き込む作戦を躊躇なしに出してくるんだもんな。敵に回したくない参謀タイプだよ」

「俺はタイマンでも勝てないけどな」


ふむ。考えてみればユーノ自身は魔導師としてそこまで強い訳じゃないのかな?
クロノが言うように『読まれる』前に落とせる程の実力を持ってる相手だったらもしかしたら簡単に勝てるのかも。ストライカーズのなのはとか……たとえが悪かったな。あのなのはには勝てるやつ居ねぇや。まぁ実際にクロノ勝ってるみたいだしなぁ。

んー、何か釈然としないものを感じるな。
ユーノの防御魔法は結構な強度だと思うんだけど……。


「なぁ、ユーノ本気だった?」


ちょっとした疑問。そんなに簡単に勝てるような奴じゃない。多分。
俺の言葉にクロノは困ったように笑って、


「さぁな。だけどアイツが本気で勝ちに来たなら勝負にならないと思うよ」

「はてさて、それこそどういう意味で?」

「ユーノは『戦闘』をしないだろ? どっちかって言うと勝利条件に重点を置くし、だからユーノと本気で戦う事になったときは、その時はもう負けてるんじゃないか?」

「あん?」

「ん、だから例えばユーノが敵だったとして、今この場で倒さなきゃなんないとするだろ? 僕がユーノと対峙してデバイスを向けたとする。そうするとユーノは防御魔法を使う訳じゃなくて、アースラを落とそうとするよ。自分だけは転移してたりね。盤上で戦ってる将棋の駒を将棋盤ごと消す、みたいな」

「……ああ、何となく……」

「怖い奴だと思うよ、まったく」


な、なんか想像しちまったじゃねえか……。怖い。ユーノ超怖い。しかも簡単に想像できるってのが余計に怖いな。
旗立ってね? これなんかのフラグじゃね?
まて、いやおかしい。なんだって俺がユーノと戦わなくちゃなんないんだ。いやいや、ありえねえ。絶対やだ。ただでさえ勝てないのに、そんなユーノと敵対する事になってみろ。死ぬぜ。簡単に消えちゃいますぜ、俺。


「……ねーな」


考えれば考えるほどねーや。ユーノは俺のモンじゃ! 誰にも渡さん! ユーノいなきゃ俺は何にも出来ねえ!! うんうん。ユーノは俺の嫁……、じゃなくて、よ、嫁じゃなくて、何だ、ユーノはどのカテゴリに住んでるんだ!?
……ないない、ユーノがフラグとか無い! 絶対無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い! 無いったら無いの!

頭を悩ませながらサバ味噌定食を食べつくし、そしてついに中指までしゃぶり始めたフェイトは多分アホの子。


「……フェイト、俺の指美味しい?」

「にいはんのあひがする」

「そ、そうか」


ふぅ。落ち着くんだ俺。そうだ、素数を数えよう。素数は孤独な数字、それは俺の心を落ち着かせてくれる……。
……このアホの子はどうやったら治るのかな?


「あ、ディフェクトー」

「ギョッ!」


あ、現れやがった!


「な、何? ボクの顔何か付いてる?」

「お願いだ! 俺を殺さないでくれ!」

「ちょ、なに、何の話!?」

「よせ、やめるんだユーノ! 俺は死にたくねぇよぉお!!」


いやなフラグ立てちまったんだよぅ! ゆーの! ゆーの! 俺のそばにいるんだユーノ!
ああ駄目だ、どんな事をしてもフラグになっちまう! どうなってやがるんだ、ちくしょう、ちくしょう!


「……何これ、どうしちゃったの?」

「君の怖さを知ったってところじゃないのか?」

「は? ボク、ディフェクトに何かした?」

「さぁな」

「ゆぅぅぅうううのぉぉおおおおお!!!」

「だから何なんだよっ!」


もう分からん!
ユーノがどっかいくとか分からん!


『……思い起こせば・これがユーノの幸せそうな顔を見た・最後の瞬間だったのである』

「たまにゃ黙ってろテメエ!!」





。。。。。





ヴィータからの告白を受け、その苦悩を感じ、そして気付けなかった自分に腹が立った。
庭先に立ちふっ、と短く息を吐きながら木刀を振るが、その剣は猫をも殺せまい。軟弱な、迷いがあるものだった。

少しだけイライラした調子でシグナムは自身の掌を見、そして何度か開いたり閉じたり。
今まで何人の人間を殺してきたか、ヴィータ同様シグナムも覚えていない。むしろそのような事を気にしたことも無いし、そもそもがそういう存在なのだ。
小さな疑問が浮かんで、殺したからどうしたと昔のように言えないのは何故だろうか。


「……そうか。そうだな」


もちろん決まっていて、主のせい、おかげである。
今の主のせいで殺しは出来なくなったが、今の主のおかげで殺さずにすむかもしれない。

気が付かなかった主の変調。
隠そうとしていたのであろうそれは、ヴォルケンリッターにとってはとても悲しい事である。
主の剣となり、盾となり、そして戦うのが彼女たちの存在意義。主が危機に立たされれば己の身を削ってでもそのために働く。働きたい。なのに今回の主である八神はやては隠していたのだ。
ずっと一緒にと言ったのは はやてだった。それ以外は望まないといったのは はやてだったのだ。忠実にその思いのままに暮らして、気が付いたらこちらが望むようになった。一緒に居たいと思うようになったのに、ここに来てそれは最大の裏切りではなかろうか。

腹が立つし、寂しくて悲しい。主の言う“ずっと”はいつまでだったのだろうか、と。
ヴィータの話を聞けば、主は自身の麻痺が進行していることに気が付いていたのだ。


「……」


いつの間にか硬く握り締めていた右手をゆっくりと木刀の柄へ。
上段に昇り、振り下ろす。
びゅ、と風を切る音がなんとも不細工で、それは今のシグナムの心を表しているようだった。

リンカーコアを集める事に疑問は無い。やらねばならない事だ。
しかし、殺さずというのはどうであろうか。
ヴィータの言い分は分かる。実際に殺さずにすむのならそれに越した事は無い。だが、666ページを埋めるにはかなりの数のリンカーコアを集める必要がある。人間から抜くにしろ、魔獣から抜くにしろ、誰一人殺さずというのは可能だろうか。

おそらく、不可能である。
たしかにコアを抜けばすぐに死ぬということは無い。だが、抜かれた人間は衰弱する。そこから回復できるかどうかはその人物次第なのだ。魔導師という人種の、その内臓のようなものを抜き取るようなもの。正直な話、死んで当たり前のような気さえする。

ヴィータの意思は最大限尊重したいと思う。しかし、


「難しい、な」


抜き取って、そこで治癒でもかけろとでも?
馬鹿なことだな、とシグナムは首を振った。
そんな事をしていては間違いなく管理局に捕まってしまう。魔導師を狙うのだ。管理局を相手にするのは当たり前で、組織を相手にするのは非常に気を遣う。襲った相手からこちらの容姿や戦い方なども漏れるだろう。

だが、殺してしまえばそうではない。アフターケアも何も考えなくていいのだ。


「……くそッ!」


似合わない言葉を吐きながら、もう一度剣を振る。不細工な風斬り音は更に苛立ちを増長させ、シグナムは木刀を放り投げたい気分に駆られた。
殺してしまうのが一番楽で、一番主が安全な策である。


「私は、どうしたらいいのだろうな……」


ふと呟いてしまったそれ。
しかしその独り言には返事が返ってきた。


「んー? シグナムは私のそばに居ってくれればそれでいいんよ」

「っ、あ、主。すみません、気が付きませんでした」

「くそー言うて木刀振っとったね。うまくいかんの?」

「それは見苦しいところを。なかなか難しいものです」

「んふふ~、そんなシグナムにええ言葉を教えたろ」

「はい?」


はやては一度だけこほん、と咳払い。

何を言われるのだろうか、とシグナムは少しだけ緊張し、まさか自分たちの考えが読まれているようなことは無いだろうかと妙な心配まで。


「シグナム……」

「は、はい」

「ドントシンク、フィ~ル……ほぁたあっ!!」

「……は?」


ぽかん、と珍しくシグナムは口を開けた。


「あ、あれ? はずしてもうたかな?」

「……すみません、もう一度よろしいでしょうか。次は笑います」

「あかんあかんっ、それはあかん! 同情するなら笑いをくれ!」


ぎゃー、と叫びながら家の中に逃げ帰っていくはやてを見、シグナムはくすりと笑った。

考えるな、感じろ。
ふむ、なんとも難しいような、簡単なような、何とも言えない言葉である。


「そう、だな。……行動した後に考えるのも、たまには悪く無いのかもしれない」







[4602] nanoAs07-ワイルド・ベリーⅠ
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2011/04/23 11:06





「君、受かってたよ」

「やふー」


な会話をしたのが三日前。クロノが妙に上機嫌で話しかけてくるから何かと思った。

そんで、とりあえず訓練校に入ったのが今日。たった今。
入校式が終わって、何かえらく適当なモンだったけどとにかく終わって、俺の部屋は二人部屋で、やけに影の薄い男が「よろしく」と小さな声で言ってきて、


「やふー」


な会話をしたわけだ。顔を覚えられないほどだぜ。それほどまでに影が薄かったぜ。いや、決して説明が面倒臭いとかそういうんじゃない。影が薄いだけ。うん。影が薄いだけ。分かってるかとは思うけど大事な事なので。

いやまさか合格通知が届いて三日で入校か。さすがの俺もびっくりを通り越して呆れくるよ、ホント。
そんなこんなで急遽、昨日は俺のお別れ会。盛り上がりました。主にフェイトとアルフが大変でした。
いやね、フェイトはまだ予想してたよ。ぴーぴー泣かれてやだやだって。その顔見たら管理局入るの止めようとか思ったもんね。
まぁそれ以上にアルフがね、アルフがね、……もう、凄かった。ああ凄かったなぁ。うへ、うへへ……、思い出すだけで前屈みになろうってなモンだぜ。なんてこったい。あんなアルフ見たのションベンかけられて以来だぜ。

そして、


「なぁにをダラダラ走っとるかぁ!!」

「やふー」


前屈みながら、さっそく扱かれてます。
こういう、何か前時代的な訓練は絶対に無いって思ったのに、思ったのに何で、何でこんな走らされなきゃなんないんだよ。
もうぐるぐるぐるぐる。いったい何週目だよこのトラック。何週すれば終わりだよ。バターになっちゃうよ。


「ほらそこ! なんだ、えーと……、ディフェクト・プロダクト!!」

「やふー」

「貴様やる気はあるの!?」

「やふー」

「だったらもっと気合を入れて走らんか!」

「やふー」

「そうだっ、その調子だ! もっと限界を振り絞ってみろ!! 自分で限界を決めるな!! 限界を超えろ!!」

「やふー」


決めて無い限界をどうやって超えればいいんだよ。無茶な事ばっか言うな。
きっとこの訓練校の先生方も頭おかしい。俺の冴え渡った勘がそう告げている。
だいたいタンクトップ着るな。タンクトップを。やけにムキムキしやがって。そりゃタンクトップも着たくなるってか。舐めんじゃねぇ。


「どうした、もう終わり!? 足が進んでいないぞ! お前の限界はここなの!? そんな事で世界の平和を維持しようというのか!」

「Yahoo!」


『!』マーク多いよ。あとちょいちょい「なの!?」っていうのやめて。おっさんが「なの!?」っていうのやめて。もうお腹痛い。呼吸ができん。誰のせいでこんなきつい思いしてるか分かってんのか。ちくしょう、変なツボに入っちまった。何だって俺の回りは妙なヤツばっかなんだよ。おかしいよ。何かおかしいよこの学校。この訓練校、俺の卒業校と同じ臭いがすんだけど!

えっさほいさとラインを超えて、ハイこれ二十八週目!
終わりが見えん。何処までやって終わりなのかが見えん!
ぜぇぜぇ言いながらグラウンドの真ん中に立っている「なの!?」を見れば、


「……何だその目は! まだ折り返しにも届いていないぞ! その程度!? その程度で管理局に入ろうと思ったの!?」

「やふっ、ぶ、くくっ……」

「よぉし! まだ笑顔が出るじゃないの!!」

「やふっ、やふっふ、ふふひひゃ!」


こんなんまともに訓練できんわ!





07/ワイルド・ベリーⅠ





「ああー……予想以上にしんどかった……」

『イエス。あの・教官・なかなか・やりますね』

「だよな。完璧に狙ってんだろアレ」


いつもだったら笑い話の一つでもするところなのに、もう今はね、とにかく休みたい。
だって結局午前中は走り通し。もうずっと走ってた。なのセンセのせいで呼吸がやばかった。絶対あれ狙ってやってる。こっちの呼吸を乱すためにやってる。ちくしょう、まんまとハマっちまったぜ。
んで、午後もなのセンセだからね。もう勘弁してよ。なのセンセ勘弁。笑いの狙い方が俺のツボにジャストフィットだよ。
面白いやつが居るのはいいんだけど、何か変態ばっかしか居ないのは何でなんだ。何かおかしいよミッドチルダ。何かがおかしいよミッドチルダ!
……初日からこれ。先が思いやられる。俺はもしかしたらこの訓練校で命を落すやもしれん。


「そうなったらシェル……お前に全権を与える。必ずやグレアムを落すのだ」

『どこの・妖怪仙人・ですか』

「……よく分かったなお前」

『怠惰スーツ・欲しい・です』

「俺も……」


んな感じでぽてぽて歩きながら自室へと。俺の住処は二段ベッドの上なんだけど、そこまで上るのすら億劫。めんどい。下のほうで寝よう。
てかね、入校一日目にして限界が訪れましたよ。無理無理。こんなん無理。誰だよこんなとこ入ろうとか言ったヤツは。完全に頭おかしいよ。俺か。俺頭おかしいのか。随分以前から分かってたけど俺頭おかしいのか。


『お気を・確かに』

「ぐひょひょひょ! ぐひょひょひょ! ぐひょッごほっ、えふっ! おえぇえ……ゲロでる……」


影薄男のベッドでごろごろしながら風呂まで寝とこうかな、なんて考えていると、部屋の扉が静かに開いた。
視線を向ければいまいち顔の覚えられない影薄男で、何か俺のほうを見ながら「そこは……」。なに言ってるか全然聞こえない。正直シカトしておきたい。俺眠い。
しかし影薄男は足音もなく俺の側へと寄ってきて「そこは僕のベッド、だよ……」と小さく小さく呟いた。


「んだよー。眠いよー。寝せてよー」


俺のそんな態度に、影薄男がどう思ったのかは分からない。
何となく笑い声が聞こえたような、そうでないような。とにもかくにも影薄男は「それじゃあ、僕は食堂に行ってくる」と俺を一人置いて自分だけ飯にありつこうと。
バカバカバカん! 飯! 食堂! ご飯! 俺も俺も!! 僕おなかすいたの!


「おれもいくおなかすいたぁあ!!」


俺は飛び起きて、影薄男は「……そうかい」とだけ言った。

なんなんだかね、この影薄男。
本当に影が薄いぜ。これもはやレアスキルじゃね? 多分サーヴァント・アサシンくらいの気配遮断は持ってると思うんだ。この能力使えばストライカーズで脳みそ殺したりするの超楽勝だと思うんだ。

おっと、ストライカーズの話は止めておこうか。あれはリリなのじゃないって言う人もいるからな。
いや安心してくれ。俺はリリなのだと思っているよ。おっぱいが大きいフェイトとなのはを見れるのはアニメじゃあれだけだからな。最高じゃないか。あそこまで成長してくれるなんて。話の内容とかどうでもいいんだよ。おっぱいだよおっぱい。可愛いキャラクタたちがおっぱいおっぱいしてればそれでいいんだよ。

そんなこんなで俺が十年後くらいのおっぱいたちを想像しながらぐへへしてると、すでに影薄男は存在していない。消えおった。


「……置いてかれたでござる」


なんていうかさ、本当に影が薄いな、影薄男。あの影の薄さはマジで一級品。だいたいあいつ名前なんていうの?
えーと、部屋の前に確かネームプレート出してあるはずだから……。


「……」

『イカす』

「いや……完全に親の頭おかしいだろ、これは。名前負けにも程があるな」


ディフェクト・プロダクトの隣にある名前。ハナハルハルハラ・ハルウララ。なにコレ?
……とりあえず、どこで呼べばいいのコレ? ハナハルだろうか。それともハルハラだろうか。虚を突いてハルウララか?

完全に頭おかしい。これなら影薄男のほうが断然マシじゃないか。明らかにキャラ付けに失敗してるよこれ。こいつのご先祖様絶対に日本人だよ。間違いねぇよ。ハルウララとか舐めてんのか。馬券買うぞチクショウが。交通安全の馬券買うぞチクショウが。馬がチクショウが。どこまで春が好きなんだよ。もう普通に『ハル』って名付けとけばいいじゃないか。何でハナハルハルハラ・ハルウララなんだよ。


「ハナハル……いや、明らかにハナとか言われそうな華は無い」

『さらに・ハルハラと・言われる・ような・優雅さも』

「それを言えばハルウララなんてもっと無いじゃんか」


ハルウララって言うか……ハルウツロって感じ。


「……ウツロくんで」

『あり・ですね』

「ウツロくん……うん、コレしかないほどにぴったりだな」


僕の同居人はウツロくん!
いつも虚ろな瞳をした彼は影が薄いんだ! その影の薄さを利用して、ばったばったと敵をなぎ倒していくよ!
得意技は相手の後ろを取り、その首筋に毒牙一発! 相手に自分が死んだことさえ気付かせないほどに虚ろなんだ!


「……だったらいいなぁ……えへ、えへへ……」

『お気を・確かに確かに。ユーノ様に・心配を・かけますよ』

「ユーノはいつも俺の心配してるよ。いつも俺のこと考えてるよ」

『無い・と・言い切れないのが・凄い・ですよね』

「だろ? もう俺はユーノを婿にしようと思ってるんだが……どうか」

『必然的に・嫁が・マスターに・なりますが』

「ちんこ取るのはいただけないがそれでもいい気がしてきた」

『ええ・ちんこ取るのは・いただけませんね』

「……」

『いただけませんね』

「……なぜそこに反応する。ヘイヘイ嫁かよ! とかツッコむべきじゃないのかお前は」

『しかし・ちんこ取るのは・いただけない・です』

「……」


コイツは何で俺の股間に執着を示すのだろうか。俺のちんこは何なんだ? シェルの本体が実はそこに入ってますとか言われても驚かねぇぞホント。

ああ、それとユーノだけど、アイツはちゃんと無限書庫に居るから。ユーノの読書魔法? 無限書庫のためにあるような魔法なんだけど、それが重宝されてね、ユーノ自身も望んでたから。
これでエースはもう勝った。ユーノ、後はお前の情報収集にかかっている。任せたぞこのやろう。寂しいぞこのやろう。たまには会いに来いよこのやろう。
うんうん。ヴォルケンもあと三ヶ月くらいは動かないし、ほんとに楽勝ですな。まったり行こう。

皆にはお分かりいただけるだろう。この冴え渡る頭脳。パーフェクトになったボディ。すべては我が手中にある。愛染隊長とか目じゃないよきゃはきゃはきゃはー!
てな感じで……エース、本格始動だよー。





。。。。。





「無理は禁物だ。少しでも危険を感じれば、予定されたルートを通り撤退を。……では行こう。我らヴォルケンリッター、すべては主の為に」


シグナムがそう言って、二時間後。すでにヴィータは目標を前にしていた。
空に浮かんだまま眼下を覗けば、いまだにこちらに気がついていない管理局員が一、二……五人。実力の程はあまり分からないが、それでもヴィータに負ける気はなかった。
当然、負ければ終わりだから。捕まりでもしたら、この身が厳密には人間でなく魔法生命体である事がばれてしまう。そうなるとどう考えても はやてに危険が訪れる。
ヴィータには何となく分かるのだ。はやてのあの症状が。じわじわと上半身へと迫っている麻痺。よほどの恐怖があるはずなのに、それを押し隠して。

ただ一緒に居て欲しいと、そう言われた。ヴィータも一緒に居たい。それだけでいいと思っている。
だけれど、リンカーコアを集めなかったらどうなるか。そんなもの分かりきっているのだ。


(……死ぬ。はやてが……死ぬ)


ぎり、と折れそうなほどに歯を噛み締めた。悔しさやら悲しみがとめどなく溢れそうになる。
自分は死んでも、他人に迷惑をかけたくない。そう思ったのではないだろうか。わかる。何となくだが、分かる気がする。分かるがゆえに、怒りもわいてくる。
ただ優しいだけでは、絶対に損をするのだ。どこかで狡猾さが無いと、ただ優しいだけでは。

しかしヴィータは小さく呟いた。
はやてを想い、呟いた。


「でも……、はやてが優しいから、アタシ達は人間でいられるんだ」


瞳に強い意志を燃やし、局員を睨みつけた。
五人。たったの五人。なにかの作業をしていて、依然ヴィータに気がついた様子は無い。こんな辺境世界で何をやっているのか疑問が無いでもないが、そんな事を気にしている余裕はそれこそ無い。

お間抜けなその様を笑いながらヴィータはデバイスを起動させ、びゅん、と風を薙いだ。
時間をかければかけるほどヴィータ達は不利になっていく。短期に決めて、早期に離脱。
小さく息を吸い込み、


「……いくぞアイゼン」


空を駆けた。
鉄の伯爵を肩に担ぎ、風を切り、雲を切り局員へと迫る。
無駄な事をやっている暇は無い。これは、戦いではなく狩りなのだ。リンカーコアさえ手に入れれば、それだけでいい。

はやてに生きて欲しい。死んで欲しくない。これからだってずっと、ずっと、一緒にいたい。
こんな思いでリンカーコアを集めるのは初めてだった。だって、殺しはしないって言ったけれど、どこまで守れるかなんて分からない。どこかでそうしてしまうかも知れない。
そして殺してしまっても、きっと仲間には話さない。殺さずに成功したって言う。多分、みんな同じことを考えている。分からないけれど、『発生』した感情がそういっている。

自然、ヴィータの瞳には涙が浮かんで、


「───ぶっ潰せぇぇえええ!!!」


今さらこちらに気が付きましたと言うような五人の表情。
こぼれた涙が地面へと消えてしまう前に、その決着はついてしまった。

アイゼンからの排熱で、魔力の残滓がきらりと輝いて、瞳を閉じたままにヴィータは口を開く。


「……ゴメン、運が悪かったって諦めて。アタシはもう、迷えないんだ」


言葉の通り、開けた瞼の奥には決意が宿っていた。





すぅ、はぁ。すぅ、はぁ。
玄関の前で何度か深呼吸。大丈夫、大丈夫とうんうん頷いて玄関を元気よく開けた。


「たっだいまー!」


家中に響き渡るそれに、リビングのほうからはやてが顔を出す。
いつもにこにこと笑顔を絶やさない はやては、やはり安心してしまう。緊張していたのが嘘みたいに消えていった。


「おかえりー。今日はちょっと遅かったな。どこで遊んどったん?」

「ゲートボールのバァちゃん家に居たらいつの間にか寝てた」

「あらぁ、あんまり迷惑かけたらあかんよ?」

「うん。だから今度はお土産持っていくことにする!」

「さよか」


車椅子を押してリビングへと戻り、そこにはヴィータの家族達が居た。
シグナムはソファに深く腰掛けて新聞を読んでいるし、シャマルは相変わらずテレビ虫。ザフィーラは、はやてから家の中ではく靴を編んでもらっていた。
この空間を、この世界を壊さないためにも、もっともっと頑張らないといけない。もっともっと集めて、もっともっと闇の書を強くして。
リビングでの優しい光景を胸にヴィータが明日への闘志を燃やしていると、一度だけシグナムと目が合った。


(ヴィータ、怪我は無いか)

(大丈夫、楽勝だった。集めたのは五個。資質はそれなり。一人だけ中々良いのが居た)

(ご苦労だった。今日はゆっくり休め)

(ん)


念話を切って、


「はぁやてー、お腹すいたー!」


ザフィーラにばかりかまっている はやてへとダイブ。


「ぐはぁ!」

「アタシをかまえー! ザフィーラはいいからアタシをー!」

「ぐ、ぐふ……、今日も、えらい、甘えんぼさんやなぁ」


お腹を押さえながらひぃひぃ言っている はやての膝に顔を押し付けていると、後ろからどうにも引きつったような笑いが聞こえて、視線を向ければザフィーラが肩(?)を震わせながら俯いていた。
狼の姿をしているので気付かれないとでも思ったのか。今まで何年共に過ごしてきていると思っている。
ヴィータはその小さな足でザフィーラのお腹の辺りをげしげしと蹴り込んだ。なに笑ってやがる、と念をこめて。


「何をする」

「べっつにー」

「……」

「何だよ」

「いやなに……随分らしいじゃないか」

「うっせー」


頭を撫で付けてくるはやての手が気持ちよくて、もっと頑張ろうと思った。
完成させて、願いを叶えてもらうのだ。はやてを魔導師にして、ずっと一緒に。闇の書の完成がヴィータたちの願いを叶える。闇の書の、闇の書の……。
ふと、頭を何かがかすめた。小さな小さなそれは、何だろうかこれは。疑問、ではない。疑問ではない。『何故』ではない。胸の辺りをじわじわと、もやもやと侵食するそれは、違和感。そう、これは違和感だった。
何かが違う気が。違うというよりも、なにか変っていうか。闇の書は闇の書なのに、何か……。
思考の海に潜り込みそうになって、そこで はやての声が聞こえてくる。「どないしたん?」と。


「ん、何でもねー。それよりお腹すいたぁ。ザフィーラはいいから、ご飯食べたい」

「おい、たまには」

「ロリコン!」

「む、ぐ……」

「マッチョのくせに! ロリコンロリコン!」

「……」


ため息をつき静かになったザフィーラを笑いながら、はやての車椅子を押してキッチンへと押し進める。今日はなんだかいっぱい食べたい。はやてのご飯をいっぱい食べたいのだ。
ザフィーラはいい、ザフィーラは。アレはなんだか、こちらの事を下に見ているというか、何か年下のように扱って、自分が一番お兄さんだとでも言いそうだ。事実、なんだか兄妹のような思いをしてきているから大変である。
ヴィータはニヤニヤしながらぺろりと舌を出した。兄なら妹のわがままは聞くべきだろう。


「よぉし、なんや食べたいモンは?」

「なんでもいい。はやてが作るのなら何でもうめー」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。たくさん悦ばせてやろう、○○に○○○○○○してやる」

「はやて?」

「いやあかんかったな。こらあかん。なんかあかんかった。今からご飯作ろいう人間が言うこっちゃないな。ヴィータ子供なのにこらあかんかったな」


どうやって○○に○○○○○○するのか疑問でもないが、これはいつもの『はやて特製謎発言』だろうとさっさと流し、ご飯ご飯と急かした。
今日も今日とて八神家は幸せである。







[4602] nanoAs08-ホワット・イット・フォー
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/09/11 14:24



始まりの合図はもちろん俺から。
相手が動くのを待つなんてのは性に合わないのだよ。こっちからガンガンいかないとすぐにペース持ってかれるよ。
TATAMIを蹴り付け駆け出して、目標は俺よりも随分大きなマッチョ女。体中に魔力を通して筋肉繊維の一本一本から強化。強化。強化! 強くなりなさい僕の筋肉! 筋肉筋肉!
固めた拳を、目の前にある相手の腹へと、


「うおりゃあ!!」


殴りつけたところで、


「ふんッ!」


相手の膝蹴りが俺の顎にミラクルヒット。
がくん! と上のほうに視界がずれて、とてもじゃないけど立っていられない。これが人生で何度目かになる、本気の脳震盪。ぐらぐらと揺れる地面と、歪んでいく風景。
俺はいつの間にかTATAMIに座りこんでいて、ぼんやりとした視界で「終わりか?」と聞いてくる相手を睨みつけたのですが、ああ、もう駄目だはぁぁああ……。

ぷつん、とあたりは真っ暗になった。

戦闘訓練。
一週間での戦績。二十六戦中、二勝二十四敗。負けすぎだよ、こんちくしょう。





08/ホワット・イット・フォー





ああもう、何でこんなに勝てないんだろ……。
たった一週間で見慣れた天井になってしまった医務室の白。ため息しか出ない。ため息だけしか出ない。
ちくしょう。ちくしょうちくしょう。俺って結構強いと思ってたんだけどなぁ。


「何で勝てないのかね?」

『まぁ・魔法が・使え・ませんから・仕方ない・でしょう』

「……」


そうなのである。俺はもう魔法バリバリ使わないと勝てないのである。
考えれば当たり前だよね。大人と子供だし。負けて当然とか言われてるけどさ、そんなんじゃ嫌なんだよ。勝ちたいんだよ。何とかリーチの差を埋めれれば勝てるのに。てか魔法使わせないって何だよ。ここ魔導師のための訓練校じゃねぇのかよ。
と、思っておりましたところ、戦闘訓練の教官殿から有難いお言葉をもらいました。


「お前は魔法の有難さを分かっていない。何もかもを魔法に頼り切っている。もっと魔法を理解し、魔法だけで戦うのではなく、魔法を使うのが誰なのかを知る必要がある。誰だ、魔法を使うのは。お前だろうが。お前が魔法を使うんだろうが。それなのにその不細工な加速は何だ。分かっているのか? 魔法はな、ただの道具じゃないんだよ。とても便利な武器なんだよ。わかるか、武器なんだよ。武器に使われてるようじゃ何にもならないだろうが。お前はデバイスに翻弄されてんだよ。自分の加速に自分でビビってんだよ。自分の爆発に怖がってるんだよ。お前あれか? そういう性癖でも持ってるのか? 自傷したくてたまらないタイプの人間か? 死ねよゴミが。お前、生きている価値はあるのか? それだけの魔法が使えて、その真価を発揮しないまま終わるつもりか? クズみたいな人生だなホント。虫にも劣る。ただのゴミクズだ。まさかお前自分が生きてるとでも思ってるのか? 馬鹿が、お前なんざデバイスに使われてるだけのデバイスだろうが。わかってるよな、ああ? そういうヤツはな、私は死んでいいと思っている。自分のデバイスもろくに扱えないやつは死んでもいい。ぜんぜんなっちゃいない。まったくなっちゃいない。お前ほどのゴミを見たのは本当に久しぶりだぞ。まさかここまでデバイスに依存している人間がいるなんて、私は人生で初めてだ。こんな人間を見るんだったら私は入校式の日に辞職するか首でも吊っておくんだったよ。いやなに、これは別にお前だけを責めているんじゃない。お前みたいな、もう、何て言ったらいいんだろうな、とにかく他人の人生の役に一片たりとも益にはならない人間に出会ってしまった、この私も馬鹿だったんだよ。ティッシュに出された精子の一匹にも劣るような人間を指導する私のみにもなれ。どうだ? なんだ? もう立てないなんて言うのか? おいおいおいおい、それは駄目だろう? 立つんだよ、立ってみせるんだよ。ここで立てなかったら本当にお前は死んだほうがいい人間だと私はふれ回るぞ? 精子と卵子からやり直したほうがいい人間だと、そう言ってふれ回ろう。ほらどうしたんだいお嬢ちゃん。死にたくなかったら立つんだよ。ほらほら、さあ、膝を立ててみろ。体重を前に出してみろ。心臓を動かしてる最後の力を振り絞ってもいいから膝に力を入れてみろ。どうだ? そうだ、そうそう、ほぉら立てるじゃないか。無理だの限界だの、簡単に口にすべきじゃないんだよ。私は自分に限界を感じた事は一度も無いよ。それなのにお前はどうだ? もう無理もう限界疲れたキツイしたくないやだ。死ぬぞ。お前、本当に死んじゃうぞ。そんな調子で管理局を目指して、そんなの何が楽しいんだ? さあ来い。来てみろ。なんだ、腹は立たないのか? お前、本当に金玉ついてんのか? そんなんだからお嬢ちゃんなんだよ。ちっとも楽しくないじゃないか。もうちょっと私を楽しませるんだよ。そうしたらお前は強くなる。どうだ、一石二鳥だろう? さあ来てみるんだよ。お前だけの力で来てみるんだよ。さあ来いゴミが。クズが。精子の一匹が。悔しいんだったら私にその拳を突き立ててみるんだよ!」

「うわッ、うわぁぁあああん!!」


……懐かしいぜ。ほんの二週間なのに、もう何度聞いたか分からないゴミ、クズ、セーシ!
ちくしょう。精子ってなんだ精子って! 女が精子精子言うなちくしょう! 何であの女あんなに強いんだよ! 恵まれた精子を使って生まれてきてんだろうがテメエちくしょう!
鬼だよ。アイツは本物の鬼だよ。俺が言うんだから間違いないよ。あんなの魔法を使わせてくれるだけデスサイズのほうがマシだよ。
なんで俺には変なやつが近づいてくるのかな。どっか行っててください。みんなこっちくんな。こっちみんな。局員になる気なんざねーっての! ばーかばーか! 年増! ……言った瞬間、俺は死ぬのだろうね。
なのセンセといい鬼年増といい……ちくしょう、ちくしょう! みんな俺のこと馬鹿にしやがって! 馬鹿にしやがって!


「シェル」

『イエス』

「あの年増は卒業する前に絶対殴り倒すぞ」

『出来・ますか?』

「……いや、無理そうだったら倒すまで行かなくても……殴るだけでもいい」

『出来・ますか?』

「いやいや、無理そうだったらおっぱいでもいい。おっぱい触るだけでもいい」

『行けそうな・気がするー!』

「あると思います!」

『……』

「……。……ごはん、食べにいこっか……」

『イエス』


うん。俺なんだか疲れてるみたい。





食堂。皆さんモグモグと美味しそうにご飯食べてます。何たってタダだからね。無料だからね。しかもこっちの注文に答えてくれるといういたせりつくせり。
やっぱ管理局って儲かってんのかな。お金をたくさん持ってるのかな。だったら限界を感じるくらいまではここで働いてもいい気がしてくるんだけど……、いやよそう。うん。こんなセーシセーシいう女が居るトコなんてろくなもんじゃないはず。セーシセーシいう鬼がいるくらいだから他にももっと激しい変態が居るはず。なんか知らんが俺は変態によく絡まれるから、管理局とかにいたら大変な事になる。

よし、飯だ飯。飯が食いてぇ!


「ヘイヘイそこな美しい食堂のおばちゃんや!」

「あいよー」

「トンカツとカツ丼とカツカレーとカツレツとチキンカツとチキンカツカレーとKAT-TUN(カツーン)と……とにかくカツを全部くれ!」

「あいよー」

「全部ギガ盛りで!」

「あいよー」

「米たくさん入れてね! あとお箸ちょうだい!」

「あいよー」

「サンキュー」

「あいよー」

「あいよー」

「まいどー」


席に付いて、次々と運び込まれてくるカツたち。楽勝だな。今の俺の腹具合なら楽勝すぎて御代わりすら可能な気がしている。あくまでも気がしているだけなのでどうなるかはもちろんわからないが。
あれだよ、あれ。やっぱご飯はたくさん食べなきゃ強くなれないんだよ。科学的に考えて~~とかいらないんだよ。美味いもんたくさん食べてたくさん動いてたくさん戦ったら今よりは強くなるだろ。

食ってやる!

むしゃむしゃバクバク。モグモグぱくぱく。ごくごくめぎょめぎょ。まふまふもふもふ。もっちもっちもっちもっち。


「……あ、もう無理」

『まだ・一番・最初に・頼んだ・カツ丼・ですが?』

「ギガ盛りやばい。やばいギガ盛り」

『残すと・後が・面倒・ですよ』


この食堂では、てかもちろんどんな寮でもそうなんだろうけど、やっぱりお残しは許しまへんでー、と。ペナルティーはその時のおばちゃんしだい。以前ぶよぶよしたおばちゃんのマッサージを担当したお残し犯は二度と食べ物を粗末にしないことを誓ったとか誓わなかったとか。


「いける気がしてきた。むしろいかなきゃいけない気がしてきた」

『私も・ガンガン・吸い取り・ます。とにかく・口を・動かして・ください』

「やってやる! やってやるぞぉ!」


むしゃむしゃ。
い、胃袋に直撃!? うわぁぁああ!
まだだ! まだやれるぞ! 俺の胃袋はまだ堕ちちゃいない!
そこだあ! まだまだ入る!
カツカレー、グゥレイトォ!
ぐはっ、逆流を……、これでは人類に品性を求めるなど絶望的だ……。
出てこなければ、食われなかったのに!
なんとぉぉおお!
ええい、食堂のギガ盛りは化け物かっ!
い、痛いぃ……痛いぃ!
ユニバァァァアアアアス!!
俺はっ! ユーノと添い遂げる!
よし、いい米だ。
チキンカツ補足、狙い撃つぜぇ!
ニンジンいらないよ。
俺の胃袋は伊達じゃない!
カツレツだからさ……。
マリィ! うわぁああ!
これを食えたら、神様信じる!
でろぉぉおおお! トンカァァアアアツ!!
おかしいよ! ギガ盛りさんおかしいですよ!
ギガ盛り・チキンカツカレー……お前を殺す。
ところがギッチョン!
胃袋がはじけるまで食い続けてやる!


「……やばい、マジでやばい。ぽんぽんいっぱい。ぽんぽんいっぱい」

『私も・限界・です』

「出る。上から下からいろんな穴から出る可能性がある」

『私も・何か・汁的なものが・出そうです』

「え?」


コアからか? デバイスコアから汁的なものが出るのか? 止めろきもち悪ぃ。ぬるぬるしそうじゃねぇかよ。

しかし……、うう……まじで、おなか一杯になってきた……。
いやだ。おばちゃんのマッサージしたくない。 あのおばちゃんが可愛いおばちゃんならよかったけどあのおばちゃんカピバラみたいなおばちゃんだもん。料理の腕は認めるがあのカピバラみたいなのは駄目だ。なんかもう駄目だ。俺は色々駄目だ……。

そしてあたりをキョロキョロ。どこぞに俺を助けてくれるナイスガイは……。


「お、美味そうだな。俺もチキンカツにしようかな」


居た。


「俺のチキンカツが食えないってか!!」

「な、なんだぁ? ただ美味そうだって言っただけだろ」

「じゃあ食え! その一皿で終わりなんだよ! 頼むから食ってくれ!」

「え、ああ、別にいいけど……」

「ありがとぉおお! マジでありがッ、うぷ、マジでありがとう……」

『貴様・なかなか・いい男だな。私の・マスターと・ファックして・いいぞ!!』

「ホントに!? ファックしていいの!?」

「あ?」

『え?』

「……こほん、ああ、言っとくけど俺ロリコンじゃないから」


そしてロリコンは俺の最後の一皿、チキンカツをペロリと平らげてくれた。ああよかった。これでカピバラマッサージは免れた訳だ。


「だけどアレだね、君も色々大変だ」

「あ?」

「更年期障害に絡まれてるしさ」

「お前なかなかセンスのあるあだ名つけるな」

「それに同室はウララだろ?」

「ウララw」

「あいつ、問題あるよ。君もなかなか可哀想なヤツだ。はぁ……どこにでも居るんだよね、なにかの間違いで合格するやつ……」

「……ふーん」


なにモンだろうか、ウツロくん。





んで、ご飯たくさん食べて元気百倍勇気凛々なわたくしディフェクト・プロダクトなのでした。自室に戻ったのでした。
明日は、明日こそは勝てる。今日アレだけカツ食って勝てなかったらもう二度と迷信信じない。ていうか消化の方に力使いそうで、何だか明日はだるい気がしてるんだが……。まあ気にすんめぇ。うん。たくさん食べて、たくさん寝よう。それだけでいいや。


「まず走るだろ。俺が殴ろうとするとたぶん今日みたいに膝使ってくるはずだから……どっちの膝だった?」

『右』

「……じゃあ左に移動して上がった膝を持ち上げる。んでマウントを取るのはどうだろ」

『体重が・軽すぎます。間違いなく・返される・かと』

「要研究だな。まぁ、やってみないとわかんないし、明日はこれで攻めてみる。敗北感さえ与えられれば……、おっぱい揉んでこんなんじゃ興奮できねぇとか言ってみようぜ」

『また・泣く羽目に・なりますよ』

「な、泣いてねーよ! 全然泣いてねーよ!」

『あらやだかわいい食べちゃいたい』


そんなこんなで自室の扉を開けると、ウツロくんがこちらに背を向けてせっせせっせと蠢いていた。
……閉めたほうがよかろうか? まさかとは思うけどさ、オナってね? いや、するなとは言わないよ、もちろん。けどさ、何て言えばいいんだろうか。とにもかくにもそりゃねーぞ。オナニーすんなオナニー。俺が帰ってくることくらい予見しろ。こっそりしろ。

はてさて、どうしたもんか。
俺に気が付いていない様子です。こちらに背を向けてごそごそもぞもぞ。


「……あー、えーと……」

『オナってんじゃねぇ!』

「ちょ!」


ウツロくんはビクリと肩を跳ねさせて、ゆっくりとこちらを向いた。相も変わらず胡乱気な瞳で。


「……あれ?」


オナってなかった。ウツロくんオナってなかった。
……デバイス? デバイスじゃん。この子デバイス作ってるよ! おお、何だお前、お前も杖型デバイスに不満を持つ一人か!
あれだね、原作だったらスバルとかティアナとかがそうだね。

ウツロくんは何も喋る事無く俺から視線をはずして、また背を向けごそごそもぞもぞ。
ちくしょう、何かコイツほんとに影薄いな。


「あー……、えと、デバイス作ってんの?」


ウツロくんはこくりと頷いた。


「えーと、えっとね、……そ、そうだ、俺さ、管理局に入ったのは妹のためなんだけど、そっちは?」


ウツロくんは相変わらず視線を合わせる事無く「……おなじ」と静かに。
同じとな? ウツロくんにも妹がいるのか? そんで妹がなんかの犯罪をやりかましてその保護観察期間やら、あと地球においてきた嫁候補を助けるために無限書庫に行く必要があって、そのために管理局に入ったと申すのか。
何だよこいつ、俺に似てるぜ。


『バ・カ』


なんだよなんだよ。何か食堂でいい噂聞かなかったからどんなヤンキーかと思って接し方を変えようとした俺が馬鹿みたいじゃないか。
うん、ウツロくん結構いいやつだよ。うんうん。


「どんなデバイス組んでんの? 俺もデバマスの家に住んでたからさ、結構いじるの得意なんだよね」


するとウツロくんは手に持ったデバイスを持ち上げた。銃。ライフルスタイルじゃありませんか。
いいねいいね。こんなデバイス使うやつはあと十年くらいお目にかかれないだろうと思ってたんだけど(sts的意味で)ウツロくんはこんなデバイスを使うのか。


「あんまり無理したら明日の訓練に響くから、まぁ適当に切りが良いトコで寝ろよー」


小さく小さく聞こえてきたありがとう。
俺はさっさと二段ベッドの上段に潜り込んで目を瞑った。

妹のためかー。みんな頑張ってんだなー。俺なんか、まぁ一応妹のためとか はやてのためとか言ってるけど、結局ユーノ任せだからなー。明日はユーノに連絡入れよう。寂しくて連絡寄越すのはアッチだと思ってたんだけど、もう一週間以上たってるのに全然連絡こない。寂しいよ。寂しいよユーノ。お前の顔が見たいよユーノ。フェイトの顔も見たいよユーノ。はやてもアルフもなのはもいろんな人の顔が見たいよユーノ。はぁはぁユーノ。ユーノはぁはぁ。……ぅッ……ふぅ……。

……今日はユーノだったか。明日はシステルさんかフェイトかはやてだな。
なのは はね、何ていうか、穢れなき存在すぎて俺の妄想力じゃ足りない。どんなにやってもえろいなのはが想像できない。ちくしょう、ちくしょう。何とか頑張ればいける気がしないでもないがそれをやっちまうといろんな意味で終わりのような気がするぜ。俺の最後の超えてはいけないライン的な問題で。
あん? ロリコンがどうした? 俺はロリコンじゃねぇよ。女なら、可愛くて、綺麗で、とにかくオッケーな女なら何だっていいだけだよ。
言えば俺は誰だっていいんだよ。プレシアだってリンディさんだっていけるんだ。もしかしたら男だって、ユーノくらい可愛かったらいけそうな気がしないでもないんだ。男なんてティンポ勃てばどうにでもなるんだよ。だから言おう。俺はロリコンじゃない。ロリコンだとしてそれがどうした。だいじょぶだいじょぶ。ロリコンでもマザコンでもファザコンでもペドフィリアだってホモだってレズだって心臓が動いてりゃみんな生きていけるんだから。
そして。


「シェル、何か汁出てんだけど……?」

『セーシは・黙って・なさい・セーシは』

「いや、俺のじゃなくてさ」

『マスターが・あんなに激しく・揺り動かすから・感じちゃい・ました』

「嘘付けテメエ! これアレだろ! さっき言ってた汁がどうとかの汁だろ! 汚ねぇ! ホント出た! ぬるぬるする!」

『シェルブリット・ローション!』

「!?」





。。。。。





戦場の空気を感じた。ひりひりと肌を焦がすプレッシャーと頬を伝う汗。
どうにも相手の中に実力者が居るようで、こちらの存在に感づいているような節がある。まだ確証が持てないのか、その相手は不思議そうに首の後ろを掻いた。
その様にシグナムはホッと一息。まだ大丈夫。勝負は一気に決める必要があるのだ。

じめじめとした、湿気のやけに多い密林地帯。環境調査のために派遣された管理局員だと思うが、なかなか侮れない。シグナムが行くぞ、と息を吸ったところでいつも一人が振り返り、そのせいで出鼻を挫かれるのだ。
二度三度とそれを繰り返し、少しだけの焦りが沸いてくる。このまま簡単に逃げられるのではあまりに馬鹿だ。
ぐちゃ、と足元に堆積した葉やら草やらを踏みしめ、シグナムは巨大な樹木に背を預けた。太陽光を通さない密林は薄暗くて、ともすれば相手の姿を見失ってしまいそうになるが、しかしこれには参った。
暑い。この惑星は暑いのだ。
文化の発展の無い世界。その代わりに自然が豊富で、まさかこんなジャングルに単身飛び込む羽目になるとは思わなかった。


(たまらんな……)


音を鳴らさないよう騎士甲冑の襟元を緩め、ふぅふぅと胸元に風を送った。汗が滝のように流れてくるのは、気温よりも湿気のせいだろうか。
目の前に一匹の蜘蛛が伝い降りてきて、シグナムは表情を緩めながら蜘蛛に吐息を送った。驚いたように糸を這い上がっていく蜘蛛が少しだけ心を軽くしてくれる。

そこで感じる、ふとした懐かしさ。
いや、懐かしいというよりもデジャヴに似たそれは、何となく引っかかるものがあった。
いままでの闇の書の主に、こういうところの出身者は居ただろうかと考えて、そもそも今までのほとんどを覚えていない事を思い出す。思わず笑ってしまいそうになって、気合を入れなおすためにレヴァンティンを強く握りなおした。


(昔を想っている暇など無いな。今出来る事を……)


ぐちゃ。足を踏み出して、いまだにこちらに気がついていない局員達の背を盗み見た。
実力は間違いなくこちらが有利。だが、姿を見られて特徴などを連絡、ないし増援など呼ばれでもしたらたまったものではない。
やるべき事は、瞬殺……ではなく、瞬倒。殺しては駄目なのだ。

ふ、と軽く息をついた。
行く、行け、今、さぁ行くぞ。

ぐちゃ、と今までよりも大きな足音がなる。

そしてついに、


「誰だ!」


一人だけ不安そうにきょろきょろと辺りを見回していた男がシグナムに気付いた。
関係ない。そう言わんばかりに樹木の陰からシグナムは飛び出す。
相手の懐に飛び込んで斬る。シグナムに出来る事は、結局のところこれに尽きる。実力的には恐らくヴォルケンリッターで一番だが、一対多の戦闘はあまり好きじゃない。
しかし、好きだの嫌いだの、それこそ言っているほど暇ではないのだ。


「───はあッ!」


足場の悪い地面を蹴り付け肉薄。
ようやくになってデバイスを取り出そうとした男、管理局員四人の中では一番厄介だと思っていた男を袈裟に切り捨てた。ふわりと後からついてくる、高く結んだ髪の毛。それが落ちる前に、返す刀で二人目を撃破。
左側から攻撃を仕掛けてくる局員を右の拳でぶん殴り、


「紫電ッ、一閃!」


炎を纏ったレヴァンティンで最後の一人を打倒した。
は、は、と荒く息をつき、


「ぐ、ぅう……なに、もの、だ……」


シグナムは答えなかった。答えるはずがなかった。
ただ静かに、義務のように口にする言葉は次の通り。


「死にはしない。殺しもしない。それが私の、最後の良心だろうな」


蒐集完了。





そして何でもないように玄関の扉を開けた。


「帰りました」

「おかえり~」


リビングにはもちろん、いつもの笑顔があった。これを守るために戦う。実に有意義な剣の使い方である。
シグナムは自然な調子でソファに腰を落ち着け、テーブルの上にあった新聞を開いた。特にこういう読み物が好きなわけではないが、何となく自分のポジションはここだろうと思っているのだ。
政治家の汚職問題に、最近帰ってきたという人工衛星。話題は盛りだくさんだが、まぁ正直どうでもいい。
と、そこでヴィータが非常に表現しがたい表情で近づいてくる。ヴィータは何か言いたそうにもごもごと口の中で呟いて、


「どうした?」

「……いや、なんて言うか……」

「なんだ、らしくないな。言いたい事があるのならはっきり言ったらどうだ?」

「う、うん。じゃあ言うけど……」


何のことだろうか。シグナムは考え、まさか魔法の事を口に出すはずもないし、はやてのことだろうかと頭を働かせ、まさかまたげぇむせんたー(?)での出来事だろうかと心の準備をし、


「くせー」

「……は?」

「シグナムくせー! 汗! 髪の毛ベトベト!」


言われて、さすがにシグナムも女の子なので軽いショックを受け、食卓の下に居るザフィーラに顔を向けたところでひょい、と視線を外されたことで更にそれは大きくなった。
臭い。いやそうだろうけど、もうちょっと言い方は無いのかと問いかけたい気分である。こっちもさっきまで必死にやってきたのだ。暑かったのだ。湿気はムンムンだったし、そりゃ汗の一つくらいかいてもいいじゃないか!
とは、大人のシグナムにはとても言えない事で、


「……すまんな。主、先に風呂をいただいてもよろしいでしょうか?」

「あか~ん」

「な、なぜですか?」

「もったいないお化けが出るで」

「はい?」

「寝よ。今日は一緒に寝よ」

「え、ええ。それはかまいませんので、とにかく風呂に入って……」

「あかんあか~ん」

「だからなぜですか?」

「においが消えてまう。シグナム臭が」

「ですからそれを消そうと」


シグナムは服の襟元を伸ばして鼻先にくっつけた。くんくんとにおいを嗅いでみれば、まぁ確かにヴィータに言われるだけのことはあるな、とその程度のにおい。正直臭い。汗臭い。でも仕方ない。頑張ってたんだもん。エイトフォーとか持ってないもん。


「さぁ寝よ寝よ、ほらいくでー」

「風呂に、風呂に入らせてくださいっ」

「……ええの?」

「何が……でしょうか?」


はやてはシグナムの顔を見、次いでシャマルのほうを振り向き、


「シャマルー」

「はいは~い」

「だから待てシャマル! お前は本当に私がどうなってもいいのか!?」

「主の命令は絶対ですから~、うふふのふ」


にっこり笑顔のシャマルに腹が立つが、その手に持っている眠眠打破EXⅡジェノサイドエディションを見るとそんなことはまったく考えられなくなってしまうわけである。
眠眠打破EXⅡジェノサイドエディションを飲んだ はやてと、シグナムは一度だけ一緒に寝た事がある。いや、一緒にベッドに入った事がある。ベッドに入っても寝るどころではなかった。覚えているのはそれだけ。
さわさわと背中に鳥肌が立ち、歴戦の勘が逃げろと騒いでいたが、しかしお相手は主様なのだ。


「ふふふふ、どないする? どないする?」

「……、……わた、私は、風呂に入りたいだけなんです」


かちかちかちかち。独特な瓶の開閉音。


「わかっ、わかりました寝ましょう! そんなものを飲んでは成長を阻害する恐れもありますし、主くらいの歳の子は、早く寝るのが一番です!」

「やったー!」


シグナムだいすきー、と腰の辺りに抱きついてくる主は、可愛い。邪険に扱うなど出切る筈も無い。
汗臭いまま寝るのはとんでもなく抵抗を感じるのだが、主である はやてがこのままでいいと言っているのだから仕方が無い。とにかく はやてが寝付いてから風呂には行ってしまえばいいし、それには眠眠打破EXⅡジェノサイドエディションを飲ませるわけにはいかないのである。
シグナムは表情をあまり変えないまま小さくため息をついた。


「では、いきましょうか」

「あいあ~い」


柔らかく笑う はやては、さて、ベッドの中ではどんな笑顔を見せるのであろうか。





「アッ───!!」





「……? 何だ今の?」

「どこかで犬が遠吠えでもしているのだろう。気にするな」

「へー……。ん、ちょっと眠くなってきた。アタシもそろそろ寝よっかな」

「ああ、それはちょっと……、もうちょっと待ったほうがいいわね」

「なんで?」

「……んー何ででしょうね、ザフィーラがよく知ってるわ」

「ザフィーラ、なんで?」

「む、さて……」

「……変なの」







[4602] nanoAs09-ファング・オン・ビハインド・ザ・スマイル
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:f417fde6
Date: 2010/09/16 16:01



疲れた死ぬ。死ぬほど疲れた。今日も今日とてタコ殴りにされましたよ、と。
動く体力がカラッカラ。倒れこむようにベッドへ。


「あー、マジでヤバイ。九歳児の運動量を超えてる。完全に超えてる。完璧に超えてる。ちょっとまずいくらい超えてる。これ以上動いたら筋肉がおかしくなる。絶対おかしくなる。反抗を企ててる。意せぬ所でびくびく動いてる。寝たくても眠れなくなってるくらい体が疲れてる」

『お口のほうは・軽快・ですね』

「それ以外動かすところが無い。管理局舐めてた。謝るからもう帰らせて」

『まだ・ひと月と・少ししか・経ってません』

「もうやだぁ……だれか……ふぇ……」


泣けてくる。凄いぜ。凄いぜ管理局。こんなガキに何の容赦もねえのかよ。無茶苦茶しやがって。
グレアムか。どうせグレアムなんだろ。俺のことここで潰す気なんだろ?
……考えたらホントに怖くなってきたな。マジでそうなんじゃねぇだろうな。……いや、いやいや、そんなこといくらなんでもねぇ? そうだよ。みんな同じ訓練してんだし、これは俺の体力が付いていってないってだけで、いくらなんでも管理局のせいじゃねぇな。

だってウツロくんも死んだようにベッドで……、え、ホントに死んじゃいないよね? 息はしているのかい? 静かすぎて怖いよ。ウツロくーん? おーい。


「ウツロくーん、生きてる?」


うん、と下のほうから聞こえてきた。
いつもに増して存在感が薄いな。増しているのに薄いとはこれ如何に。


「いやぁ、今日もあの更年期障害ヒステリック年増は怖かったね。そろそろ新しい快感に目覚めてもおかしくないほどになじられちゃったよ。あの更年期障害ホントに怖いよ。あいつに気絶させられた回数をもう覚えてらんないくらいやられたよ」


ウツロくんはうつぶせていた身体を起こして、今度は仰向けに倒れこんだ。
はぁ、と大きなため息が聞こえてきて、またも小さく、君は凄いね、と。


「……何が? 俺この訓練校じゃ全然駄目なほうだと思ってるんだけど」


いやさ、もちろん魔法を使わせてもらえばまた違うんだろうけど、今は魔法よりも大事な『身体の動かし方』ってヤツを学んでいる最中でして、これがまた九歳児からするならキツイキツイ。原作じゃ なのは達もこれをクリアしたんだろうか。よく頑張ってるね皆。俺もう挫けそうなんだが。

俺がうんうん唸っているとウツロくんはまたまた小さく、ホントに小さく笑っていた。
そしてそれが止んだかと思うと、いつものローテンションで、僕は駄目だとか。訓練の戦績もよくないとか。下から数えたほうが早いとか……。
何だコイツ。こりゃまた暗いな。


「……えと、なんかあった? 聞くだけなら聞いてやるけど? 何かできるかどうかは別として」


僕は君みたいにはなれない。ウツロくんはそう言って目を瞑ってしまった。
言うだけ言って逃げの姿勢か。なかなかやりおるなこいつ。
そもそも俺みたいにはなれないって、そんなの当たり前じゃん。十人十色っていうしね。人が違う人みたいになれるとか無いよ。
アレだろ、ちょっとナーバスになってイライラしてるだけだろ。訓練きつすぎだもんね。ウツロくんは俺と同じで妹のために頑張ってるんだから、こんなもんじゃないだろ、きっと。


「まぁ、何があったか知らないけどさ……」


聞いてるかどうかしんないけど。


「なんともなんねぇ事を何とかするのが俺達の仕事なんだから……、だから何とかなるんじゃねぇの?」


こんなもんでしょ、きっと。





09/ファング・オン・ビハインド・ザ・スマイル





さて朝。むしろ気分が悪くなるほどの快晴っぷり。むかつくぜ。今日も暑い。
んでまぁ俺の朝はご飯を食べるところから始まると思っているんだ。ご飯さえ食べれれば俺はどんなトコでだって生きていけると思っているんだ。
てことで、


「おばちゃん!」

「あいよー」

「あいよー!」


今日の朝食は純和風。俺が頼み込んでおばちゃんに作ってもらった特別メニュー。単なる焼き魚定食だと思っていただければ。
魚とかこれ何使ってるのかとかわかんない。なにやら怪しげな名前が付いてたのは覚えてるけど。ミッドの魚は何が美味しいんだろうね。そういえば刺身食べたいって言ったら。

生で魚食うの? 信じらんなーい!

みたいな反応が返ってきた。とりあえず腹が立ったから殴っといたけど。
なんかあんまり生魚は食べないっぽいよ。この辺だけなのかもしんないけど。考えればシステルさん家でも出なかった、生魚。

だから刺身食べたいときはユーノだった。
ユーノは何でも作ってくれたよ。魚なんか簡単にさばいてたよ。包丁の裏で鱗じゃりじゃり落としてたよ。俺が釣った魚とか美味しく調理してくれたよ。
ユーノに会いたい。今頃何やってんだろうかユーノは。上手いこと情報は入手してくれてんだろうか。何で連絡してこないんだよユーノ。さみしいじゃないか。

魚の身をホジホジしながら、


「連絡してみよっかなぁ……」

『フェイト・ですか?』

「いや、ユーノ。ユーノユーノ」

『以前・こちらから・連絡・したら・さみしがり屋・みたいに・思われて・嫌だとか何とか・言って・いませんでしたか?』

「もう寂しがりやでもいいもん。同じ部屋のヤツはやけに暗いし。相変わらず友達できないし。何で俺は行く先々で倦厭されるんだろうね。いやいやわかるけどね、九歳だもんね。そりゃ嫌だよね。俺も同じ立場だったらきっと距離置くよ」

『そうでは・ないと・思いますが』

「じゃあ何だってんだよ。みろ、この現状を。まだ入校して一週間ぐらいの頃は皆俺の回りに来てくれていたじゃないか。調子はどうだとか、今日も頑張ろうだとか。それなのにどうだこの現状!」


右を見れば四つ先の席にしか人はいない!
左を見れば五つも席は空いているのに、その先は壁!


「入校一ヶ月を過ぎたところで! すでに避けられている! あっはっは! はっは! はぁは、はぁ……」

『ワロス』


俺さ、何かしたかよ。
ここじゃ全然問題起こして無いじゃないか。何でみんな俺から距離をとるんだ。もう存在が駄目なのか、俺は。俺の存在が害なのか。害虫か。年増にいつも言われてる通り、俺は精子の一匹にも劣る存在だってのか。
誰でもいいから来いよ。俺の隣に来いよ。優しくしろよ。グレるぞ。俺グレるぞ。タバコとか吸っちゃうぞ。お酒とか飲んじゃうぞ。九時までに帰ってこないぞ。盗んだバイクで走り出すぞ。


「うう、ちくしょー。誰か来いよー。さみしいぞー」


瞬間。
そう、瞬間、である。刹那でもいい。ほんの短い時間。いや、もう短いとかそういった類のものではなくて、その時になるその時まで気が付かなかった。
視界に入れたその『瞬間』、ビクリと肩が跳ね上がり、今の今まで気が付かなかったのだが、


「ウッ、……ウツロくん?」


珍しくバツの悪そうな顔で(いつも無表情すぎて印象が無い)片手を上げた。
いや、ほんとのホントに『いつの間にか』俺の前の席に座ってご飯食べてた。ウツロくんの影の薄さすばらしい。すばらしすぎる。薄すぎる。


「いや、はっは、いやぁ……全然気付かなかった」


こちらの言葉を聞いているのかいないのか。いつもの無表情に戻って朝食をぱくついている。

これは、聞かれたんじゃなかろうか。俺の恥ずかしい独白を聞かれてしまったんじゃなかろうか。寂しいとかちくしょーとか。ユーノユーノとか男の名前呟いているのを聞かれているのではなかろうか。
……真剣に恥ずかしいんだが。ぅ、ぅうおおおおお! は、は、恥ずかしいんだがッ!


「ち、ち、ちちちなみにウツロくん、君は一体どこから聞いて……」


さぁ?
ウツロ君は虚ろな瞳のまま呟いただけに終わった。

いや、いつもとちょっとだけ違ったのは、少しだけ口角が上がっていて、似合わない笑顔をさらしているくらいだろうか。
なんともかんとも近づかなかった距離が、ほんのちょっと近づいたのを感じてしまった朝食でござった。男とね。男との距離が近づいてしまった朝食でござったよ。


『そういえばお前、最近環境地区担当の魔導師が襲われてるの知ってる?』
『いや、何それ?』
『何でも襲われたら魔導師として再起不能になるとか何とか。まぁ、噂だけどな』
『へぇ』


こんな噂にも気が付かないで。
いやはや、俺のアホは一生かかってもなおらんね。





◇◆◇





ぞろり、ぞろり。
魔方陣が輝いて、情報が頭の中に直接入り込んでくる感覚。決して気持ちのいいものではない。むしろ首筋の辺りを虫が張っているような不快感のほうが強い。
しかし、それでもユーノの魔法は輝きを失わなかった。瞳は目まぐるしく動き回り、周囲を本に囲まれた状況で、とにもかくにも情報だけを引き出して、それを直接頭の中に叩き込んでいく。
要らない情報は脳みその奥へ、奥へ。引き出す本が、出てくる情報が、そのほとんどが要らないものばかり。
違う、そうじゃない、もっと。もっと。
欲しい情報を見つけ出す。ユーノの読書魔法は、まさにこのためにあるようなもので、この無限書庫はともすればユーノのために作られているのではないだろうかと思えるような、そんな造りをしている。

そもそも、本という媒体が古めかしいが、かといって古い情報ばかりという訳ではないのだ。最新トレンド、この夏は着まわし上手! 何だこれ。要らん要らん。次。
こんな作業ばかりを繰り返して、もう四時間。そろそろ水分が欲しい時間である。多少頭も痛くなってきた。


「……あはっ」


なのに、それなのに止められない。
知らないことが沢山ある。ユーノは頭がいい。それは自覚している。他人よりもよくできる自覚はあるのだ。だったら、この能力を存分に使わないのはもったいない。
ぞろり、ぞろり。
最高にハイってやつだ。首筋の不快感さえ反転してしまいそう。頬は紅潮して、指先が蠢いた。

結局止められなくって、そこからまた四時間。ぐぅ! と腹が飯を食わせろと切実に訴えてきてもぶっ通しで読書。節約していた魔力さえも底を付いて、魔方陣の姿が掻き消える瞬間までユーノの瞳はぐるぐるぐる。
そして、


「うわっ!」


ぶつ、と接続が切れるような音が頭の奥から聞こえた。


「……あ、れぇ……、もうこんな時間……?」


ユーノの一日は、本人が意識しているよりも随分早く終わってしまう。ここ最近は特にそうで、情報を巡っていたらいつの間にか夜である。常に薄暗い無限書庫なので特にそれが顕著で、思わずため息も出てくるというもの。
今日もそれといった情報を見つけることはなく終わってしまった。

今まで見つけたものは、『夜天の書』。『闇の書』。『歴代所有者』。この三つだけである。
『夜天の書』とは言ってもただ闇の書になる前の姿が描かれた文献のようなもので、技術的なことが書かれているわけではない。『闇の書』もそう。知っていることを書かれてあるだけに過ぎない。
『歴代所有者』など、人の名前がつらつらと書かれているだけである。さすがにこれには頭が痛くなった。だから、その情報を知って、何になる。
いや、確かにその所有者がどうなってこうなってそうなりました、など書いてあればそれはそれは役に立ったろうが、さすがにこれでは、渡されるディフェクトも大変だろう。

頼りにされてるし、もっと頑張らなくちゃ。そう思うと口元がへにゃりと緩んだ。
頼りにされるのは嬉しい。何よりも自分に相談を持ちかけてきてくれたのが嬉しかった。
どうしたらいいかな?
こう言われると、何とかしてやりたくなってしまうのだ。もしかしたらユーノは駄目男が好きなのかも知れない。なんかこう、なんと言えばいいのだろうか、モワモワというか、ムラムラというか。とにもかくにも、いつの間にか、仕方がないなぁ、と何とかしてしまっている自分がいて、そのたびに好きなんだなと再確認。手のかかる人は、可愛い。


「んっふふ~」


一度だけ伸びをして、ニヤつきながら無限書庫から出ようというとき。


「お疲れ、イタチっち」

「……お疲れ様。ていうか何度も言ってるけどさ、イタチっちって言わないで」


ロッテだったかリアだったか。若干頭の回らない今は、まぁどっちでもいいか。
尻尾をふりふり近づいてくるその人物(猫物?)は、ユーノを食べ物でも見るような、実に美味しそうな瞳で見つめてきた。


「何調べてたの?」

「調べてた訳じゃなくて、ただ情報の整理をしてただけ。『神秘の女体 ~縛りと快楽と四十八手~』の隣にベルカ式カートリッジシステムの有用性論文があるんだもん。ごちゃごちゃしすぎだよ、ここ」

「……ふ~ん?」

「そっちこそ、何か用かな?」

「ううん。お父様がわざわざスカウトするくらいだからね。様子見に来ただけだよ」

「……へぇ?」


首筋を、今まで感じていた不快感ではなく、熱のようなものが走った。
正面から突き刺さる視線をユーノはなんら構えることはなく、それそのまま受け止めて、一度だけ唾を飲みこむ。


「……」

「んふ、そんなに警戒しないで。とって食いやしないよ」

「……嘘吐き。こないだボクのこと散々追い掛け回したくせに」

「だぁって! 美味しそうなイタチが居たんだもーん!」

「フェレットなの! イタチも仲間みたいなもんだけど!」

「はいはい。……今度からは気をつけなよ、いつの間にかどこぞの猫にパクッと食べられちゃうかもよ?」

「その時は……そうだな、ライオンに猫を食べてもらわなくっちゃね」


獣の王様に。

二人、向かい合って笑いあい、そしてそのまま背を向けた。
別に何かあるわけではない。何かあるわけではないが、まぁ間違いなく疑われている。それはもうここに来る前から分かっていた事だ。今さらこの程度で動揺なんてしていられない。

さぁ、どうなるだろうか。


(急がないと、消されちゃいそうかも。その時は……ちゃんと助けに来てよね、ディフェクト)


とらわれのお姫様にしては骨がありすぎるユーノくん。だって可愛らしいだけじゃ戦えない。強い人の隣に立ちたいなら、やっぱり自分も強くなくてはいけないのだ。


「さ、お仕事お仕事」


不敵な笑みをこぼしながら。





◇◆◇





問題が山積みである。というか、仕事自体がその問題を解決する仕事なので山積みの問題は永遠になくなることなんてない。
けれど、山をほんの少し小さくするくらいの努力はしないと、すぐに飽和して頭がパーン! である。
そしてその山積みの問題を前にしているクロノは、


「ああもう! なんなんだ一体!」


頭がパーン! しそうだった。


「ナンなんじゃない?」

「うるさぁい!!」


頭がパーン! した。

げらげら笑いながらアルフが逃げ帰っていき、部屋の中にぽつんと一人取り残される。
問題である。それはそれは大問題である。
まだ確証には至っていないが……、いや、もうほぼ確定と言ってもいいのだが、闇の書による事件が発生している。リンカーコアが抜き取られるなど、これしかありえないのだ。

憎むべき敵、闇の書。父を殺した闇の書。なのだが、実の所、クロノは闇の書を憎んでいるという訳ではない。もちろんそういうポーズはとっているが、十年も前のことだ。正直な話、父の顔もほとんど覚えていない。きっと写真が飾られていなかったら忘れている。

だがしかし、父の顔は覚えていないが、母の悲しみは覚えているのだ。一所懸命強がっていたが、それでも子供の自分に伝わってくるほどに母の心は痛んでいた。
だから、幼い頃のクロノの敵はむしろ父だった。母を悲しませる父に、お前は何やってるんだよ、と強く強く怒鳴りつけてやりたかった。だって父は、クライドは生きる事を放棄したのだ。『撃ってください』。そういって、グレアムにだって重石を載せて。

なんで、最後まで生きようとしなかったのだろうか。生きようとした結果がそうだったのだろうか。あとに残す妻と子供よりも、世界を守って、英雄視されて、その息子だって小さな頃から言われ続けて。
もちろん今の自分には満足している。執務官クロノ・ハラオウン。自分でもよく頑張ったものだと思う。自分で決めて、自分で選んだ道。後悔なんて物はないが、でも、もしかしたらだが、クロノには違う世界があったのかもしれない。
料理人になっているクロノが居たのかもしれない。学校の先生になっているクロノが居たのかもしれない。もしかしたら、もしかしたら……。
クロノにはわからない。わからないから、執務官を目指すと決めたときに、もう一つ決めた。

クライドの事は忘れる。そう決めた。

もちろん、世界を救ったクライド・ハラオウンの息子が、闇の書に対して無関心であっていいはずが無いという周りの目を気にしながら、ポーズだけはとってきた。たまに闇の書について調べてみたりもして、そのたびに馬鹿みたいなことをやっているな、と自嘲気味に鼻で笑って。

クロノには『才能』がなかった。
戦闘の嗅覚とでもいう物が『才能』というなら、それはそれは絶望的になかった。
魔法の呼吸とでもいう物が『才能』というなら、それはそれは絶望的になかった。

ただ、クロノには努力する力があった。努力しようという気力があった。それは父親を忘れるために、魔法に没頭しただけなのかもしれないが、とにかく、おかしな言い方をするならば『努力』の『才能』があった。
クロノは諦めなかった。出来ないなら出来るまでやり続けた。戦闘は独自にパターンを組んで、何百何千と組んで、こう動いたらこう動く。こう来たらこう捌く。こうなったらこう決める。そう形を作ってしまった。

クライドに似ているな。毎日のように言われ続けて。
そんなところもそっくりだ。ふとした仕草のたびに言われ続けて。
才能ももらったな。何かが成功するたびに言われ続けて。
僕の努力を才能と呼ぶな。心底言ってやりたかった。血が滲むほどにデバイスを握り締めて、折れたことの無い場所が無いほどに身体を苛めて。
そして、忘れさせろと心で叫んでいるうちに、何だか、いつの間にか執務官になっていた。
だから執務官のクロノ・ハラオウンで、執務官という仕事がクロノを動かしていた。

しかし、

『テメェの名前は何だ! 時空管理局の御犬様かぁ!? ちげぇだろうが!!』

それをぶっ壊してくれた馬鹿が居て。今までの価値観とか、何だか肩に乗っていたものまでごっそりとそぎ落とされた気分。
そしてその時、馬鹿みたいだが、とっさに名前が出てこなかったのだ。よくもまぁ機械のように淡々と生きてきたものである。


「ふん。まぁ、多少は感謝してやるけどね」


クロノ・ハラオウンが、執務官なのだ。
クロノは端末を操作し、空中にウィンドウを表示。二、三度画面を切り替えて、目的のものが写っている画面に到着。
家族写真。クロノは真ん中で、左右に両親が。にこにこと、今ではとてもとても、恥ずかしくて、作り上げてきたキャラクタも壊れてしまいそうで、とにかく今ではうかべられない笑顔を張り付かせているクロノ。
今度もまた自嘲気味に笑って、クロノは写真の左側を指差した。クライド・ハラオウンを指差した。


「あんたの尻拭いをしてやる。僕は闇の書を解決して、今度こそあんたを忘れる。闇の書といったらハラオウン……。そんなのさ、いつまでもあんたの背中ばっかり見えてウンザリなんだ。だからいい加減に消えろよ。僕はあんたの代わりにはならない」


ぴ。
クロノの指はそのまま『削除』へと。
下手な感傷なんか必要ない。これは執務官の判断ではなく、クロノの判断。この事件を解決してみせて、初めてクロノはクライドを超えるのだ。





◇◆◇





嗅覚が伝えてくる魔力のにおい。注意深く鼻を鳴らして、人数を数えれば、たったの三人。
とは言っても、こちらも二人だ。油断は出来ない。しかも二人とも戦闘向きではなく、どちらかといえばディフェンシブな戦闘を得意とするスタイル。
それを考慮して二人で一組。不満など在るはずも無い。長年、永年、共に連れ添ってきた仲間達だ。
ザフィーラは一度だけ後方を振り返った。アイコンタクト。念話すらも通さずに、それだけでわかってくれる仲間。
シャマルが一度だけ頷くのを確認して、シャマルがデバイスを起動させたのを確認して、


「……グ、ル、ぅォォオオオオオオオォォォオオォオオォオオオオオン!!」


咆哮と共に魔法を発動。砂漠の、砂の間から魔力刃が飛び出した。
ざん、ざん、ざん! と対象への地面へとどんどん近づいていき、ついに局員を貫こうとするが、当然、局員も馬鹿ではない。当たり前に回避行動に移る。


「気をつけろ! 攻撃を受けて───」

「いらっしゃい」


上空へと逃れた三人に、計画通り★ と言わんばかりのシャマルの拘束が襲う。
三人同時に拘束。ザフィーラはシャマルの拘束が長くは持たない事を知っているので即座に人型に変身。地面を蹴りつけて飛び上がり、局員の目の前に。


「うぁっ」


局員の目は見開き、


「ッハァ!」


身体強化と、背筋と上腕二頭筋と、とにかくいろんなものに任せて右の拳を放った。
ただでさえ巨大なそれは、手甲の装着で更に大きく、岩のような印象。腹を目掛けて殴りつけたわけだが、それははたから見れば殴るというよりも、めり込むというか、沈むというか。
ずんっ……!
非常に重たい音と共に局員の一人は落下。二人目三人目も順当に沈めた。

視線を局員から離さずにふぅと一息。


「完了だ」

「ありがとうザフィーラ。ごめんなさいね、私にもっと戦闘能力があればいいんだけど」

「私達にはそれぞれ役割がある。今回はたまたまだ。主がああいう状態でないのなら、ディフェンス二人で戦う事など無い」

「ようするに?」

「……気にするな、という事だ」

「ふふ、そうね」


ザフィーラは柔らかく微笑むシャマルに背を向けて、獣の姿に戻った。
そして次の心配は、守護獣ザフィーラの心配はヴィータに向くのである。ヴィータは今、何処かの世界で蒐集行動をしている。ここでの蒐集が終わったら闇の書を転送するよう言われているのだ。
なんだかソワソワする。シグナムだって心配なのは心配なのだが、今回の主になって初めて気が付いたようなことなのだが、何だかヴィータが気になる。
完全に自覚しているのだが、これは雄の、その、♂的なものではなくって、もっと綺麗で、とにかく、『守らなければいけない』という、どこか強迫観念に似た何か。
気になる。ヴィータは無事だろうか。怪我はしていないだろうか。プログラムなのに、なぜこういった感情が芽生えるのだろうか不思議でたまらない。バグが発生して、どこかおかしくなったのだろうか。


「なにソワソワしてるの?」

「ソワソワなど……」

「ヴィータちゃん?」

「む……」


瞳が笑っている。決して顔では笑っていないが、瞳が笑っている。
ザフィーラはふん、と鼻息を鳴らし、


「そうだな。私は守護獣だからな」

「今回はヴィータちゃんと仲良しですものね」

「いや、だからそういう訳ではなくてな……」

「ふふ、妬けちゃうわ」

「……」


ザフィーラは押し黙り、可愛い可愛いと頭を撫でてくるシャマルの好きにさせた。
どうにも女には勝てそうにない。もともとおしゃべりという訳でもないし、特にシャマルには絶対に勝てない気がする。
はぁ、と大きく息をついて、


「お、お前ら……」


局員の一人が目覚めた。随分と早い。割と力を込めて殴りつけたので、ここまで早く目覚めるこの局員はなかなかいい魔法資質を有しているのかもしれない。
局員はまともに動かない身体で、それでも立ち上がろうともがいていた。
シャマルを見れば、一瞬だけ見せた悲しげな表情。へたに『心』があるから、当然『精神的なダメージ』も存在する。厄介な主の下に召喚されたものである。

ザフィーラはシャマルを慮り、自身がコアを抜き取ろうとすると、ぐい、と頭を抑えられてしまった。
シャマルの瞳が決意を。


「あなたのコア、いただきます」

「……怨んでくれてかまわん。だから死ぬなよ、人間」


蒐集完了。

コアを蒐集した局員達にシャマルが回復魔法をかけて、ザフィーラは闇の書の転送準備に。
準備と言っても、闇の書はヴォルケンリッターの間を自由に行き来できるので、特にするようなことは無い。ヴィータのところへ行けと言うだけである。


「闇の書、次は……」


何か。


「……ザフィーラ、どうかした?」


何か、違和感。


「いや……闇の書、だな」

「? ええ、闇の書ね」

「そう、闇の書だ……闇の書なんだが……。シャマル、何か感じないか?」

「……大丈夫? 感じるって、なにを?」

「違和感のような、これは……そうだな、言い表し難いが、デジャヴのような……」

「ごめんなさい、私は何も……」

「……そうか」


しかしザフィーラは己の本能を信じた。決してシャマルを信じていないという訳ではないが、『気のせい』で済ますには余りにも大きい事のような『気がする』。
もちろん確証なんか無い。あくまでも勘。虫の知らせ程度。
だが、ザフィーラのこの感覚は、恐らく人間ベースのヴォルケンリッターよりも鋭いと自負している。狼の、野生の勘なのだ。それが反応しているのなら、これは間違いないような……『気がする』。

ザフィーラは人型になり、頁をめくった。
うむ。本である。そこそこに頁も埋まってきて、なかなかいい闇の書である。……闇の書。闇の書。違和感。や、み、の……。


「ザフィーラ?」

「ん、ああ、すまんな。何でもない」


一抹の不安を抱えながら、ザフィーラはヴィータへと闇の書を転送。
いちいち考えに引っかかる闇の書がわずらわしい。咽喉まで出掛かっているのに、これは、この感覚は何なんだろうか。また別の、何だか蜘蛛の巣のようなものが心中にモヤモヤと現れて、ちっ、と珍しく舌打ちを付いた。







[4602] nanoAs10-フレンズⅠ
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:f417fde6
Date: 2011/03/29 13:39



どこに行っても訓練訓練。どこまで行っても訓練訓練。まるで訓練が背中にくっ付いているようだよ。
もう駄目だ。もう飽きた。訓練飽きた。大丈夫だから。もう俺強くなったから。だからそろそろお家に帰して。ここから居なくなりたいのです。わたくしもう駄目なのです。年増怖い。年増怖い。かなり大事な事なのでもう一回言うけど、年増怖い。


「次、ディフェクト・プロダクト」

「嫌です」

「理由を聞こうか」

「すぐボコボコにされるからです。まだ対応も考えていません。やっても同じパターンでやられると思います」

「今考えろ」

「無理です」

「理由を聞こうか」

「たった今ボコボコにされたのに『次、ディフェクト・プロダクト』とか言う人とは訓練したくないからです」


そういうことです。ボコボコに殴り倒されてTATAMIの上に大の字になってるのに、それなのにまた俺。どんな苛めですか。おかしいよ。おかしいよこの訓練校。九歳児を寄ってたかってボコボコに殴りつけやがって。こんなことなら来るんじゃなかった。何があっても無印撤退を決め込んでおくべきだったんだよ!
ああもう! ああもう! 何で俺はこんなとこにいるのかな? おかしいよ。絶対なんかおかしいよ。俺こんなに頑張る子じゃないって。もう全然、まったく、やる気の欠片も無くへらへら笑って人生過ごすようなタイプの人間のはずなのに、何でこんなことになっているんでしょうかっていうかフェイトのためとかはやてのためとか色々考えて実行したつもり何だけどこうもきつくちゃ全然やってられんってかもう限界ってかオワタってか……。


「よろしい。では訓練開始だ」

「ぜっっってぇ殴るかんなお前更年期障害!」


背筋を使って跳ねるように立ち上がって、睨みつけるは更年期。
いや、言うほど歳くってるようにも見えないんだけどさ、こう、やっぱ女の人は年のことを言われるとグサッとくるものだろ? メンタル面を攻めないと俺にはこの年増に勝ってるところが一個も無いからな。

いつもの通りに拳を固めて、魔法が使えないから生でTATAMIを蹴り付けた。
だん! なんて音はしない。ただキュ、と足の裏が鳴った。身体強化しかない九歳児なんて、もちろんただの子供である。もう毎日毎日メタクソにやられてるただのガキである。
だけど、今までで何回気絶したのか忘れるくらいぶっ飛ばされたけど、だけど!


「俺は嫌いなんだよっ、負けっぱなしは!」

「ふん!」


更年期障害年増の戦法は、まったくと言っていいほどに容赦が無い。
リーチが短いから突っ込むしか無い俺に、前蹴りをガンガン叩きこんでくる。そんなんじゃ全然距離詰められませんから。訓練にすらなりませんから。一方的すぎんだろ。俺のこと苛めたいだけか。
と、今までの反省も含めて。


「クセェ足向けてんじゃねぇぞ年増ァ!」


秘技、TATAMI返し!

なんてことは出来ないので、今回は前蹴りを殴ってみようという試みでござる。
いや、思ってたんだよね。この肉体苛め、なんか意味あんの? だってさだってさ、俺、魔法が使える状況だったら絶対やられてない。勝てるかって言われたら微妙だけど、それでも簡単に負ける事は無い。と、思う。
てことはだよ、何か意味があるんだよ、この訓練。俺ばっか集中的に狙ってくるのも、たぶん俺の出来が悪いとかじゃなくて、何らかの意図を理解していないからだと考えた訳です。
恐らく、魔法を使えないんだったら使えないなりの動きをしろってこと。

でも、俺の答えはコレ。前進前進、殴る! もうね、魔法が使えようが使えまいが、とにかく前へ。
だってさ、現実、俺が魔法を使えなくなる状況っていつだよ? はちゃめちゃ無茶苦茶やってシェルがスリープに入ったらそうなるだろうけど、その時はどうせ俺も動けなくなってるだろ。
精神感応性物質変換能力(アルター)がある時点で、俺は死んで無い限り、限界まで魔法を使えるのである。使えないときはもう死んでるか気絶してるか。どっちにしろもう明らかにアウトな場面な訳で。

だから、この訓練の意図がどうであれ、俺は俺の考えの通りに、そのクセェ足の裏をぶん殴ってやんだよ!


「っらぁ!」

「ちっ」


初めて聞いた年増の舌打ち。口は毒を吐きまくるくせになかなか下品な事はしないのである。


「学習しろ貴様!」

「ああ!? その結果がコレだよ!」


上段(といっても俺の身長的に中段程度)に放たれた蹴りを屈んで避けて、しかし年増の空振りの蹴りはそのまま踵落しへと変更。こいつ一体どんな身体能力してんだろうか。高々と持ち上がった右足。奥のほうからぎらりと光る眼光。年増怖い。


「失格だ!」

「いいや合格だね!」


再度TATAMIを蹴った。
落ちてくる踵は接近してやり過ごす。よりも、もっと早く、俺の! ぐ、と両手を組み合わせ、印を組んだ。人差し指と中指を立て、今必殺の!


「千年ごろ───」


ごす。
踵のフェイントに見事ひっかかって、左の膝が俺の顎にクリーンヒットだったとさ。

いやぁ、あそこで肛門さえ狙わなかったら絶対勝てた。絶対勝てたってコレ。





10/フレンズⅠ





早朝。高台の公園。
まだ誰も居ないこの時間、ここがなのはの訓練場。
両手の平を空に向けて、魔力を集中。デバイスサポートを極限まで減らして、あくまでも自分の力で。
ふぅ、と一度だけ息をついた。胸の中心が熱くって、そこに魔力の中心が居るのを感じ取る。血液が流れるイメージ。血管を通して、一分で全身を巡って、そしてまた戻ってくるような、心臓のような役割をしているそれはリンカーコア。
漠然とだが把握できる。コレが魔力の源で、コレがなければただの人。魔法使いではない人間なのだ。

なぜ自分にこの力があるのかはわからない。わからないけれど、コレがあってよかったと思う。フェイトと友達になれたし、魔法使いの友達が沢山できた。
最近になって、ユーノが居なくなってようやくわかりかけた『魔法』。ユーノが居ると簡単に答えが出るので何となく身になっていない気になるのだ。

巡る魔力を形にして、固めて、集めて。なのはの手の上に光の玉が形成された。
よし、と一息つく間もなく空中へと浮かせて、


「レイジングハート、カウントお願いね」


ベンチの上に置いたデバイスはきらりと輝いた。
そして。


「いって!」


いかせるのも操るのも自分だと分かっているが、「いくぞ」よりも「いって」の方が性に合っている気がする。
レイジングハートの隣に置いた空き缶へとスフィアを走らせた。狙い違わず、命中。カン、と少しだけ甲高い音を残して高々と舞った。
くぅるくぅる。中身はちゃんと飲んで洗ったので出てこない。
くぅるくぅる。空中で回って回って。
カン!
カウントツー。
カン!
スリー。
カン!
フォー。

瞳を瞑ってもっと魔力を。イメージを。もっともっとはやく。はやく。はやく。
カン、カン。空き缶へのヒッティングは次第に間隔を短くしていき、カンカンカン、音の間隔が短くなっていき、


「───アクセルッ!」


速度を上げた。
中を舞う空き缶はどんどん高くなっていって、目視では米粒以下。だから、魔力の感覚で捕らえて、ここに当たったからもっと高くなって、だから、次に狙うのはあそこで。

レイジングハートのカウントが五十を超えて、思い返すのは先日までの慌しい日々。
戦闘、だなんて似合わないことを何度もやった。考えてみれば、よくあそこまでぐいぐいいけたものである。どうにも魔法を手に入れたばかりで、変なスイッチが入っていたんだろうなと自己確認。

だって、誰がなんと言おうが、もう誰が、どこの誰が、世界中の人が口をそろえて『いやいやありえんしw』と言ったって! なのはは! 平和主義者なのだ!!
よくは分からないが、兄姉は道場で父から何かを教わっている様子。竹刀やら木刀やらを使っているのだから、それは武道なのだろう。
なのはは今まで一度だって関心を寄せた事はなかった。むしろ痛そうだと忌避していた。大きくなったら自分も習う羽目になるのだろうかとドキドキしていたし、それはいやだなぁと寝る前に考え込んだ時だってある。

そんな なのはの目の前に転がり込んできたのが『魔法』。人を傷付けることがない魔法である。
設定変更をしない限り怪我はしない。非殺傷設定、なんてちょっと物騒な感じだが、それでもなのはは嬉しかった。
怪我をさせない。そう、考えたのは怪我を“させない”ことだった。自身が怪我をしてしまう可能性は、幼い脳内からはすっぽりと抜け落ちていたのである。世界中の誰もが優しい訳ではない。わかっているつもりでも、深いところまでは理解していなかった。

グロテスクなお肉のピンクと、じゃぶじゃぶ流れてくる赤い血液。
だから なのははそこに友達が居るのに駆け寄る事が出来なかった。
ユーノがそれを抱きかかえているのでさえきもち悪いと思ってしまった。
当然、九歳児の考える事である。当たり前を通り越して世界の心理ですよそれはと言ってもいいのだが、なのはにはそれがショックだったのだ。
自分が使っている魔法の力であんな事になってしまうのがショックで、あとになってゆっくり考えて、何よりそこに駆け寄れなかった事がショックだった。

怪我をさせない。なのはは絶対に怪我をさせないようにと考えている。だけれど、向こう(敵?)はそうじゃないのだ。いや、ディフェクトは完全な自爆で自業自得だと聞いたけれど、あのチミドロまみれの姿は、なのはに『魔法』を考えさせた。

人には無い力を持っている。子供心に、どこか優越感があった。誰だってそうだ。決しておかしな気持ちではない。自慢したいのだって分かるし、中二乙なのも分かる。

それらを、そんな色々な気持ちを、なのはは飲み込んだ。それはもうゴックンと飲み込んだ。
魔法を持つという事は、拳銃を持っているのと同じである。拳銃は小学生には想像しにくいので、包丁を持っているのと同じなのだ。
単純な『腕力』ではない。簡単な力ではなくて、もっと大きなもの。大きくて、強くて、素敵なもの。戦いばかりに使うなんて余りにも馬鹿なのではないだろうか。もっといろんな人を助けることが出来るのが魔法で、けれど話を聞けば魔法を使って悪い事をしている人はそりゃもう沢山居るって。

カン!!
カウントは百を超えて、なのはの額に珠の汗が浮かんで、それが雫になって零れ落ちて、口の中に入ってきて、しょっぱくて。

もっと沢山、話をしよう。いろんな魔法使いの人たちと、そうでない人たちとだって。
善い人も悪い人も、いや、そもそも善いとか悪いとかを決め付けてしまうのがよくない。話をたくさんして、そうやって決めていこう。
フェイトのことが自信になった。話を聞こうって、そりゃまぁ撃ち落しちゃったけれど、それでも友達になれたのだ。

魔法は魔法。それはどうだっていいこと。
怪我をさせない魔法だけど、なのはの心はもっと大きくて、なのはが怪我をさせないこと。殺傷とか非殺傷とか関係なくって、なのはは魔法を優しくて大きな力にしたいのだ。

カウントが二百を超えて、集中の限界を感じた。魔力自体はまだまだ充実しているが、ぐらりと体が傾くのを感じる。


「ぅくっ」


膝に力を込めて、米粒よりももっともっと小さくなってしまっている空き缶は……見えない。けれど、当たった感覚で何となく理解できる。高い。もっと高い。ここで、


「ラスト……、いって!!」


最早目視の限界域に居るスフィアを操作。じゃれ合っていた空き缶の口から中に入り込んだ。そしてそのまま、レイジングハートが置いてあるベンチの隣、そこにあるゴミ箱に向けて落下。上空から勢いをつけてぐんぐん降りてくる空き缶は速くって、ちょっとスピードが出すぎている。

そして、

がしゃぁあん!! と、ゴミ箱の中身を放り出しながらスフィアはゴール。
カウントは二百五十。比べる人が居ないので凄いのかどうかは分からないが、そこそこに満足な数字である。


「……っし!」


ガッツポーズを決めてゴミ拾いの時間がやってくる。散らかしたものはしっかりと拾わなければならない。
目指す先は優しくって、大きくって、素敵な魔法使い。だけれど、この練習がどんな役に立つのかは理解していないなのはさんである。もうどう考えても敵を撃ち落す気だろうテメエと言われたってなのはの目指す先は優しくって大きくって素敵な魔法使いなのだ。


「頑張るよ、皆。将来の夢は魔法使い、なんて作文はかけないけど、いっぱい練習して、いっぱい人の役に立つんだ」


えへへ、と空に向かって笑いかけて、どこかに居る次元航行艦に笑いかけて。





そして空き缶たちを全部拾い終えて、指差し確認で、ない、ない、ない、よし! 今日も綺麗な高台である。
いざ帰ろうというのに、この下りの階段が毎日毎日つらいのである。
なのははう~う~と唸りながら一歩一歩ゆっくり降りて、途中で会ったおじいちゃんとおばあちゃんに挨拶して。


「おはようございます」

「あらおはよう。毎日がんばるわね」

「えへへ、夢があるんです」

「えらいえらい。YAWARAちゃんもイッパツね」


毎日会う老人達である。最近はよく話すようになった。
魔法の事はさすがに話せないので身体を鍛えてますと嘘を付いているのだが、老人達はどうにも誤解して、なのはが将来、柔道選手になるものだと思っている。


「あ、いや、そこまでは……」


なのはが曖昧に笑っていると、老人達の後ろから、


「おーい、おせーよじいちゃん達ー!」


おじいさんの一人をぐいぐい押しながら階段を上ってくる人物。
真っ赤な髪の毛で、青い瞳。


「今日は高台の公園までハイキングだよ」

「ゲートボールはしねーの?」

「道具を持ってきてないからね」

「ちぇー」


唇を突き出す様が可愛らしくって、ついついなのはは笑ってしまった。
外国人のようなのに、随分日本語が達者である。そういえばユーノもフェイトもディフェクトも、皆日本語だった。……ブームなのだろうか、日本語。


「えと、おはよう」

「……」

「ほれ、ヴィータちゃん」

「……ん、おはよ」

「私なのはって言うの。ひらがなで な、の、は。よろしく」


ヴィータとよばれた少女は何も言わずに階段を上っていった。
あ、となのはの右手だけが付いて行って、残ったのはちょっとだけ困った顔のおじいちゃん。


「ありゃりゃ、ゴメンね。人懐っこい子なんだけど、同い年くらいの子は緊張するのかねぇ」

「あ、いえ、その……またお話してみます」


なのははぺこりと頭を下げて、ゆっくりゆっくり階段を下りた。
後ろからの蒼い視線には、もちろん気が付かないまま。はいはいフラグフラグ。





◇◆◇





料理が微妙。
下手と言われたことはない。今のところはない。しかし褒められたこともない。
いつだって聞いている。

「美味しい?」
「ん、んー……まぁまぁ!」
「そこそこだな」
「まぁ、食えないことはない」
「あはー、精進やな精進!」

大体このくらいの評価である。
いや、確かに料理はあまりした事がないが、けれども一人だって美味しいと言ってくれないのは正直ショックである。
で、あるからして、


「ギャフンと! ではなくて、美味しいと言わせるわよ! 今日こそ!」


なのである。

シャマルはエコバッグを肩にかけて玄関を開けた。今日こそリベンジなのである。どいつもこいつもまぁまぁだのそこそこだの。作っている身にもなれ! 美味しいって言え!
いやさ、確かにはやてのご飯は美味しい。完全に負けている。勝っている要素が今のところ一つも無い。だからはやてに精進と言われるのは良いのだ。
しかしヴィータとシグナム。特にシグナム。料理を手伝いもしないくせによくもまぁ言えた物である。今日こそは「ギャフーン! こ、こんな飯食ったこと無いでオマー!」とか言わせてみせるのである。


「だからザフィーラ、シグナムの好物は何かしら?」

「その前にあいつはオマーとは言わんだろうな」

「言うわよ。信じられないくらい美味しいもの食べたらオマーって言うわよ」

「……そうか」

「それで、好物は?」

「どうだろうな。今まで興味を持った事が無いから分からん」

「そうね。シグナムなんて生肉与えとけばどこででも生きていけそうだし」


先日、八神家の庭でBBQをしたときのシグナムの働きぶりは凄かった。いつも食事時にはグータラ侍のくせに、まさか摩擦で火を作るところから始めるとは思わなかった。何でもかんでもテキパキテキパキ。明らかに手馴れた様子で、肉の焼き加減なんかも絶妙で。BBQ奉行である。BBQ奉行。


「だったら肉を与えておけば……」

「あなた、考えるのが面倒になってるわね? 今日はちゃんと付き合ってもらいますから」

「……」


という事で朝からスーパーマーケットへと。荷物持ち兼ボディーガード兼男避けのザフィーラをつれて。
もちろんの事ザフィーラは人型である。尻尾はズボンに詰め込んで、耳はニット帽を深く被る事で隠し通している。さっきから尻尾が痛い尻尾が痛い、と言いはしないが視線が刺さってくる。
男の子なんだから我慢しなさいといったところ、それもなくなったのだが。


「んー……お肉は絶対好きよね?」

「そうだな」

「じつはパプリカとか色が鮮やかなのには中々手を出さないのよね」

「そうだな」

「熱燗とか好きだし……オヤジみたいね、シグナム」

「そうだな」

「言っちゃお、ザフィーラがシグナムオヤジみたいって言ってたって」

「やめておけ」


道中シグナムの話題ばかりで、彼女の好物は何だとか、あれそれが良いけどコレは駄目だとか。
何だかんだでヴォルケンズのリーダーなのだ。慕われている事には間違いない。
二人で考えるもシグナムの好物は見当も付かず、いつの間にやらスーパーマーケットへ。

とにかく肉か魚か。このどっちかだけでも決めてしまおう。
うむうむと二、三度頷いて、やはりBBQ奉行するくらいなのだから、お肉は確実性を狙える。シグナム=肉みたいな。
お肉といえば、メジャーで攻めて牛・豚・鶏。まあシグナムのことだから何でも食うだろうが、やはり……。


「───いえ、待ちなさい、落ち着きなさいシャマル。落ち着くのよ。そう、思い出したわ。言っていたわね。『牛の肉か。贅沢だな……』とか! そうそう、言ってた言ってた! 贅沢ってことは……好き、なのよね? それとも贅沢品だからあんまり好きじゃないとかメンタル的なことを言っているのかしら? もう、ちょっとした一言でも面倒臭い人ね!」

「……おい」

「あ、でもでも『豚はビタミンが取れるらしいぞ』とか言ってるのも思い出しちゃったわー! それを言うなら『鶏のササミは筋肉に良いらしい』とか言ってるのだって! どうしましょう!」

「……シャマル」

「あら、どうかした?」

「あまり一人で騒ぐな。こっちが恥ずかしい」

「大丈夫よ。もし不審者だと思われても最強の呪文があるわ」

「……?」

「ニホンゴワッカリマセーン!」

「……」

「オウマイガー! ヘルプヘルプミー! ……なんてね」

「……はぁ……」





で、結局。


「ハンバーグよハンバーグ!」

「そうか」


ハンバーグに落ち着いた。
コレなら簡単に出来るし、そうそうまずいものなど出来ないだろう。シャマルはレシピを思い出しながらあれこれと買い物カゴの中に投入していき、五人分なのだからやはりそれなりの重量になるのだ。もちろんちょっと重くなったところでザフィーラへとパス。カゴを持ったときの前腕が見事だった。

そしておおよそ材料をカゴの中に放り込んで、レジで支払いを済まして、そしてスーパーを後にした。
なかなか良い買い物だ出来たような気だする。いい買い物が出来たのだから、きっと料理も上手く出来るはずである。簡単簡単。肉こねて焼くだけだから、うん、簡単。うむうむと一人で頷きながら、もちろん荷物はザフィーラに持たせたままの帰路。
そして、


「奥さん奥さん! ほら、そこのガイジンさん!」

「え?」

「そうそう、そこの若奥さん!」


お花屋さんだった。
恰幅の良いオジサマがちょいちょいと手招いていて、人のよさそうな笑顔を浮かべている。


「いやぁん、聞いたザフィーラ、奥さんだって!」

「……」

「こりゃまた素敵な旦那さんだ! いやたくましい!」

「でしょう? 私達の守りの要ですもの!」

「……おい」

「ほほっ、なぁるほどな、家族を守るためにがんばってるってか!」

「そうなの! こんなトコに来てがんばってるんだから!」

「まぁそういうんじゃないよ! 日本も中々良いトコだろう? 四季は綺麗で、その季節ごとの花が鮮やかで!」

「そうね~、確かに綺麗な花がいっぱい。道端にだって目を引くお花が咲いているもの」

「……」


キョロキョロと辺りを見回したり、ソワソワと買った卵が割れて無いかを確かめたりするザフィーラを尻目に、シャマルはコレでもかとしゃべくり倒した。
だって奥さんである。奥さんなのである。いやぁん奥さんだって! なのである。
この店主なかなか分かってる。もう奥さんとか最高である。嬉しいのである。だって、ヴォルケンリッターだし、魔法生命体だし、結婚なんて夢のまた夢で、絶対に出来ないような事なのだ。
シャマルだって女である。お姫様抱っこに憧れる時期は随分前に通り越したけど、あすなろ抱きにはドキュンときてもおかしくないくらいの年頃なのである。まったく今回の召喚はいいこと尽くめとは言えないも、なかなか幸せだ。
ぺちゃくちゃ店主が鉢を取り出して。
だが断る。
奥さん綺麗だね!
もらおうかしら!
まんまとハマって今夜のメニューはハンバーグと鉢植えに入った花である。





◇◆◇





夜。もちろんベッドの上。訓練も終えてご飯もたくさん食べて、最高の一日だった気はまったくしないけどそれなりに充実しておりましたよ。
そしてねみー。限界突破。天元突破。ねる。俺は寝る。もう限界……。
なんて思っているとベッド脇のディスプレイがペカペカ点灯しはじめた。
……あーもう……。


「……なに?」

『ディフェクト・プロダクト』

「うるさい誰だお前更年期障害」

『……お前に外線が届いているが、切っても良いのか』

「相手によりけり」

『クロノ・ハラオウン執務官より連絡が来ている』

「……ん、こっちにまわしてくらはい」

『そっちにまわせんような話だからこっちに着ているんだとさ』

「あーくそ……ねみぃのに何なんだよあの馬鹿……。しかもクロノかよ。一番最初に連絡来るのがクロノかよ。フェイトはどうしたんだフェイトは。ついに兄離れかちくしょう」


下に居るウツロくんを起こさないようにゆっくりゆっくり二段ベッドから降りて、ドア開けて、廊下を歩いて戦技教官室へと。
いちいち遠いんだよ。なんで隣に無いんだよ教官室。俺疲れてるんだよ。分かってくれよ。もう無理なんだよ。歩くのですら体中が悲鳴を上げてるんだよ。

ひーこらへーこら言いながらたどり着き、一応部屋をノックノック。


「俺」

「ん」


扉を開けばそこには、


「うげぇ! 何で下着!? 何で下着!? 汚いモンみせんな!」

「私は寝るときは下着だけと決めている」

「いらないから! オバハンのサービスショットとか!」

「ふん、この色気を分からんとは……まだまだガキだな」

「アンタの目の前にいるのは九歳児ですけどね!」


更年期障害が下着姿。
下着姿の更年期障害。

目を疑いますよホントに。何がしたいんですかアンタ。この俺ディフェクト・プロダクトがそう簡単に吊られるとでも思っているのか。いくらアンタが綺麗でも早々簡単に


『下半身が・本音を───』

「アッ───!!」


さて、俺のことはどうでも良いから。心底どうでも良いからクロノ君は何の用なんでしょうか。


「お前、クロノ執務官と知り合いだったのか?」

「ん、まぁね」


しっしと更年期障害を追い払って、端末を操作。と言っても外線ボタンをポチリと押すだけ。


「どしたー。人が眠ろうとしているこの時に連絡寄越すくらいなんだからそれなりに重要な事じゃないとはっ倒すぞ」

『久しぶりに顔を合わせればそれか。まったく変わらないな、君は』


鼻で笑いながらクロノ。
いや、そっちもお変わり無いようで。


「そんな簡単に人格変わるか。……いや、人格変わりそうなくらいきつい訓練は受けてるけどさ」

『まぁ、そんなものさ。僕も入ったときはきつかったよ』

「はいはい。んで、マジ何の用? 本気で眠いんだけど」

『ん、まぁ……なんて言ったらいいのかな……』


……そんな曖昧な事で俺の眠りを妨げたのか貴様! 俺は眠りを邪魔されるのと食事を邪魔されるのとセックスを邪魔されるのが一番嫌いなんだよ! そのくらい分かるだろう! なぜ分からないんだ! いいか、もう一度言う! 俺はな! 眠りと! 食事と! セッ───、


『君が訓練校に入ってから、こっちで妙な事件が起きているのを知っているか?』

「……み?」

『?』

「みみみみみみみょうなじけん?」

『……おい、何だその反応。まさか関わってるんじゃないだろうな?』

「妙な事件プライスレス」

『何だ? 大丈夫か?』


え? 何それ意味わかんない。全然意味わかんない。
いや、落ち着けよ。そうだろ俺。そうだろ。そう、原作じゃまだまだ始まってすらいねぇ事件だ。そうそう。そう簡単に変わらないよ、原作。何たって原作なんだぜ。強いよ原作。怖いよ原作。

ふぅ。落ち着け。落ち着いた。完全に落ち着いた。いまなら全てが解き明かせるくらい落ち着いてる。うん。冷静に考えてありえない。いや、ありえないことも無いけど、考えれば、それは無い。うん。ないないな───、


『闇の───』

「うわ待ってお願い待ってもうちょい待って心の準備させてぇ!」

『……』

「……」

『闇の───』

「アッ───! あーあー!! 全然聞こえないよクロノ君!!」

『……』

「……」

『や!』

「ああああ!」

『み!』

「うわああああ!」

『の!』

「ぎゃあああああ!!」

『しょ!』

「なああああああああん!!」

『だあああああああああああああああああああああああ!!!』

「ひゃああああああああああああああああああああああ!!!」


マージ勘弁マジ勘弁トルィコォオ!! う~んやばぁいねぇ……。
ありえねぇ。
草食系とかマジ勘弁。
ありえねぇ。
何がありえねぇって、まだ十月じゃないところですよね、地球的意味で。まだまだ余裕あるわとかほざいて夏休み気分でしたよね、完全に。はいアウトー。何がどうなってもアウトー。俺が訓練校入ったくらいからって、一体どんだけフライングしてんだお前らー。ゴメンねリィンフォース。お前死んだわ。いやいや、だってお前ら動き出しが早すぎだから。何でそんな早く動くんだよ。まだ余裕あるだろお前らなんでそんなに早く動いちゃったんだよ!!
あーあー……あー……。いやマジでどうするか。ちょっとコレ考えなきゃ大変な事になっちゃうぞ。


『……それで、君は関わってるのか?』

「あ?」

『関わっているのかって聞いているんだ』

「関わってねぇよ。今回はマジで関わってねぇよ」


そりゃ はやてには関わってるけどヴォルケンとか会った事すらねぇよ。


『……信じるぞ』

「そんな簡単に人を信じるなよ」

『なんでだ』

「俺さ、約束は守るけど嘘は付くんだよね。結構頻繁に」

『じゃあ約束しろ』

「断る」

『せめて聞け』

「聞くだけな」

『この事件は僕が解決する。君は手を出すな』


ぎらぎらと目の奥を燃やしながらクロノは言った。


「っへ、手を出すなも何も、俺はここから出られましぇーん」

『それはそうだが……、とにかく気をつけろ』


父ちゃんの敵討ちなのかな。熱いね、クロノ。そういうの嫌いじゃないぜ。好きだぜ。最高にカッコいいぜ。
……ま、ホントに手を出すなって言われてもね、俺、訓練終わるまではここから出られないわけですし、クロノがさっさと解決してくれるって言うなら、それはそれで……。


「更年期障害」

「なんだ精子」

「俺の訓練、あとどのくらい?」

「二週間。その後に卒業試験」

「二週間……」

「お前はまず私に一発入れて、その後なのセンセにも魔法を叩き込まなければ、そもそも卒業試験を受ける資格をもらえないよ」

「マジか更年期障害」

「本当だよ、精子」

「手加減とかしてくれないの?」

「私を誰だと思っている。情では動かない鉄の女さ」

「いやな女だな、更年期障害」

「最低の褒め言葉だ、精子」


二週間ね。
二週間でクロノが闇の書を解決できるかって言ったら……NO! 絶対にありえん。そもそもあいつらの居場所の特定が難しいし、地球に闇の書があるなんて考えて無いからな。

そもそもグレアムとか……ん? いやちょっと待ちなさいよ君。これさ、ちょ、ま、


「ク、クロノくぅん」

『なんだ気持ち悪い』

「あー、まぁ何ていうかな、例えばだけど、一人を殺せば百人助かるとして……どうよ?」

『……それは、どういうつもりで聞いてるんだ?』

「いやまぁ聞き流してもいいんだけど、ちょっとした疑問って言うか……」

『……本音で答えていいか?』

「よろ」


クロノは短い間目を瞑って。次に開いて。


『僕は、殺したくはないな。どんな事情があっても、全員を助けたい』

「あ、だ、だよな! ああよかっ───」

『でも、執務官として、そして僕、クロノ・ハラオウンとしてもだけど……、理想論ぬきに、本当にそういう事態になったなら、本当に一人を殺せばたくさん助かるって言うなら……殺すだろうね、きっと』

「ぅおぉぉい……」


キャラじゃねぇよ。いや、納得できるけどさ、全然、そんなキャラだったかリリカルなのは! 違うじゃん! そうじゃないじゃん! もっとこう、『誰かの犠牲の上に立ってる平和なんて!』とかさ『人を殺してまで!』とかさ……いや、何かとにかく違うだろコレ! リリカルなのはがどっか行ったぞ!

コレって要するにあれだろ。
グレアムが黒幕ってことに気が付かなかった時とか、解決策が見つからなかったときとか……クロノってば はやてぶっ殺すでしょコレ。
完全に意味わかんない方向に進んでる。エースが完全に分けわかめな方向に進んでる。ちょっと待ってよ。マジで置いていかれてるんだけど……。どうしたっていうんだ。何があったっていうんだクロノ・ハラオウン。お父さんの敵がそんなに憎いのか? いやいや、闇の書を例えに出してたわけじゃないけどさ、それにしたってハートの中身が完全に切り替わってて、もう、ナンなんですかこれぇぇぇぇえええええええええええええええええええ!!


『それで君は?』

「んぇあ?」

『君ならどうするんだ?』

「……えぇと……」

『試験の面接で言ったらしいじゃないか』


……昔の事は忘れちゃってるんだからそうやって穿り返すんじゃないよ。恥ずかしい。


『そこにいる百一人を救ってみせます、だろ?』


……ふぁっく。





てな訳で、クロノとの通信を終えて、更年期障害にお休みのキスをねだったところ拳が飛んできて、そして今、ベッドの上でごろごろごろごろ。


「アウェーだ」

『?』

「完全にアウェーだここ」

『何が・言いたいのか・分かりません』

「だからさ、もういっその事殴りこみをかけに行きますか? グレアムんトコに」

『フェイトと・ユーノ様・それにアルフも。どう考えても・危険ですね。相手の・戦闘能力も・分かりません』

「いくらなんでも爺さんにゃ負けねぇだろ」

『更年期障害には・負けてますが』

「……」

『ガンバ☆』

『イラッ☆ミ』


そんなこんなでゴロゴロしていると、ベッドの下からか細い声。起きているかい、と人類の可聴域ギリギリくらいの音量で。


「お、ゴメン。起こした?」


あんまりにもベッドギシギシ言わせて起こしたんだと思ったけど、どうにもそんなことではなく、ウツロ君はずっと起きてたそうな。ついでに言うなら最近眠れないとかどうとか。二週間後にある卒業試験が不安で不安で眠れないらしい。
二週間前から緊張とか……。どんだけチキンハートなんだよ。俺なんて緊張はするけど大概はノリでいけるよ。俺が特殊なだけかも分からんけど、それでも二週間後の事なんざ気にしててもしょうがねぇっての。不安なら今出来ることをやれよ。今出来ることを。てことで、寝れ、ウツロくん。


「先の事気にするんじゃなくてさ、今どうするかじゃない?」


そうは言っても……。ウツロ君は俺同様にベッドでゴロゴロ。


「あのな、こっちも今大変なの。自信があるとかないとか、そんなの二の次だろ、二の次。やる前から無理とか言ってちゃ駄目だって。そういう時はさ、やってみてから考えてみてもいいんじゃない? とにかく試験の事は置いといて、今、今日、明日、その時に最高のパフォーマンスを出せるように、さぁ寝よう。今寝よう。やることやんなきゃ、生き残れないっての」


言い終わって、もう俺は喋ってる間から夢の中に片足突っ込んでいたので、すぐに落ちていく。
意識が途切れる寸前に、うん、と。頑張ってみる、と今度も蚊の鳴く様な声で聞こえたけど、コレはもしかしたらただの夢かも分からんね。






[4602] nanoAs11-ガールズ・アクティビティー
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:73500b15
Date: 2011/04/23 11:07


11/ガールズ・アクティビティー





 ずしん。
 拳に響くのは重い衝撃。訓練校に来て二ヶ月半、初めての感触だった。
 的確に腹を捉えた打撃は、魔力強化をしていても所詮は九歳児の腕力。大したダメージを与えることはなく、俺が殴った人物は構えを解いて、俺の頭を乱暴に掴んだ。
 いやぁ、さすがにここまで堪えた様子が無いとショックだね、わりと。


「合格」

「……ん」


 納得いかねぇ。もう一回やらせろ! なんてことは死んでも言わない。コレで合格とかラッキッキーなら言ってやってもいい。
 俺はね、少年漫画の主人公をするにはちょっと中身がおじさん……いやお兄さん過ぎるからな。少年漫画好きだけど、暑苦しくて大好きだけど、自分がやるって言うなら話は別ですよ、別。

 んでも、やっぱり気になったりならなかったり。
 どう考えても、まぁ、合格“させてくれた”んだろう。だって今までの突撃となんら変わることなかったし、ハンデもらったにしても出来すぎてて。いつもは膝のカチアゲを食らうタイミングで、それを今日はどうにかこうにか避けてやる算段で来たんだけど、こなかったし。膝上がってこなかった。意表を付かれながら、ワンテンポ遅れて拳を突き出したら当たった。……まぁ、勝った気はしないよね。
 わっしゃわっしゃと髪の毛をかき乱されて、頭撫でられて。


「合格だぞ。嬉しくないのか?」

「そりゃ嬉しいけどさ……、情では動かない鉄の女じゃなかった?」

「今日の私は情けで動く綿毛の女さ」


 そりゃそりゃまた。


「……いい女だね、センセ」

「最高の褒め言葉だよ、プロダクト」





◇◆◇






「聞いているとは思うが! 卒業試験を受けるには私に一発くれてやらなければいけない! ……ほらそこ、聞いてるの!? ディフェクト・プロダクト!!」

「聞いてると思うがって言ったじゃん。ホントに聞いてんだからそんな説明要らないよー」

「それでも説明せねばならんのが教員なの。まぁ黙って聞け」

「あいあい」

「んーまぁ、魔法使っていいから。それで私に一発当てるように。ああ、一発って言ってもちょこんと触るくらいじゃ駄目だぞ。ちゃんと一発。はいじゃあ張り切っていこうか」

「あいあい」


 俺さ、この一個前のステップで大分時間消費してっからさ、皆と足並みそろって無いんだよね。だからやられた瞬間『次、ディフェクト・プロダクト』みたいな謎の現象が起こってた訳であります。
 けれどもこの なのセンセ、なかなかやり手なのか、俺以外の生徒もここで躓いている様子。今現在卒業試験の受験資格を得たものはたったの四人。
 まぁ、なのセンセは本当に情に厚い人らしく、卒業試験が近づいてくるたびに弱くなっていくらしいけど。わざとらしく『おなか痛いなー今日は!』とか『うぅむ、右目の調子がおかしい。今日の死角だな』とか『やる気が出ないな。今日は隙が多い気がする』とか言うらしい。
 ……見てみたい。かなぁり見てみたいよコレ。スーパー見てみたいなのセンセだけど、


「ハイ次ー、ディフェクト・プロダクト」


 魔法使っていいって言われたらさ、こらもう速攻でしょ。


「よし、どっからでもかかってこい!」


 よし、ホントにどっからでもいっちゃうぞ。


「シェル!」

『イエス・マスター』


 右の拳を前に突き出して、訓練校に入って初めてリンカーコアが騒ぎ始めた。
 どくんどくん。というよりも、どかんどかん。
 魔力は胸の中で爆発して、腕を通って、シェルへと届いて。金色の、目視は中々難しいけれど、太陽光をキラキラと反射しているシェルの根っこ。腕に絡み付いて、俺の魔力を吸い取って、形作るのはファーストフォーム、


「からの!」

『セカンドフォーム』


 カートリッジロード。
 バシャ、バシャ。
 二発分の魔力を更に送り込む。最初にファーストフォームを作ったのはアレだね、俺、精神感応性物質変換能力(アルター)のことレアスキルとして申請して無いからね。ばれたら怒られちゃうからね。セカンドはアルターかカートリッジ使わなきゃ出来ないからね。
 まぁとにかく。
 軋む様に腕は熱を持って、痛みは大分なくなったけれど、圧迫感がヒドイ。ぎゅうぎゅう締め付けてきて、痛気持ちいい感じ。
セカンドフォームの形成。顔の右半分に鋭利的な半仮面。右腕を覆うのはごんぶとの手甲。背中からは丸みを帯びた出来損ないの翼を用意。
 ゆっくり、回る、ひゅん。背中で。
 徐々に、速く、ひゅんひゅん。アクセルホイール。
 さらに、回って、ひゅんひゅンヒュン!
 風を切るようにヒュンヒュンヒュン!


「なのセンセ! 俺さ、ちょっと急いでるんだよね! 色々考えたい事あって、なんていうの、時間が無いわけ!」

「はっは! 面白いことを言う!」

「だからさぁ、一発で沈めるけど! 文句は聞かないかんね!」

「やってみたまえよ君ィ!」


 なのセンセが繰り出したデバイスは、シールドの形をしていた。珍しい。攻撃じゃなくて、防御が好きな人なんだ。こりゃもうドM確定だろコレ。まぁ見た感じMだしね。頭の後退具合もMな感じだし。

 左足を前に出してアクセルホイールを宥める。力をためるように、弓を構えるように右の拳を引いて。突き出した左手の人差し指と親指の間になのセンセを……ロックオン!
 空気をズパズパ切り裂いて、高音を排出しているホイールが『───Acceleration───』爆発を起こした。
 空気の層をぶち破り、超高速の中右の拳を突き出して、バリアもプロテクションもフィールド系の防御術式だってぶち抜いて!


「シェルブリットバァストォオ!」
『───burst explosion───』


 当然、結果は皆様のご想像の通り。
 俺を誰だと思っていやがる! ひゃっひゃっひゃ!!
 ……いや、ちゃんと勝ったよ? ちゃんと勝ったからね? アレだな、ご想像の通りとか言ったらまともに勝ってるイメージねぇな、俺。





◇◆◇





 りんりんりんと虫がなく。
 いやはや、今年はツクツクボーシが鳴く間もなく秋の到来である。毎日毎日暑いなと思っていたら、急に夜の肌寒さが襲ってきた。気が付けば季節は変わり始めていて、もう目の前には冬が待っているではないか。


「はやいなぁ」


 庭先でお月様を眺めながらはやては呟いた。
 ヴォルケンリッターという家族を召喚してからもう数ヶ月がすぎようとしている。相変わらず毎日は楽しいし、幸せ。夏にはバーベキューをしたし、花火もした。もう少し秋が深くなったら紅葉を見に行く計画も立てた。もっと小さな頃から縁がなかった家族旅行である。毎日毎日楽しいし、幸せ。
 冬になったら何をしよう。春になったらどこに行こう。
 いつも寝る前なんかに妄想しながら、家族五人で、そこにフェイトやアルフや、ディフェクトや。いろんな登場人物。クリスマスパーティーは欠かせまい。お花見だって、重箱持って出かけたい。
 月にそんな情景を映し出して、だけれど、そこに はやては居るだろうか。
 楽しい考えに耽っていても、結局行き着く先はいつもそこ。

 ふる、と身体が震えるのを感じた。
 欲が出てしまっている。
 いつ死んでもいい。以前はそう考えていた。コレは別に己に悲観していた訳ではなく、人生を斜に構えて過ごしていたわけでもなく、単純に、コレだけ幸せなら後悔は無い。そう考えていて、いつ死んでもいいと思っていたのだ。
 けれど今は違っていて、先を望めるのなら、そう考えるようになっている。


「あかんなぁ」


 あかんことない。生き物として当然のことである。ミジンコだってミドリムシだってきっとそう思ってる。
 普段から物事を悲観的に捉えるような、そんなネガティブ感は はやてには無い。無いけれど、今回というか、この足に関してはもうホント、ホントに嫌なのである。
 じわじわ広がっている麻痺。触っても薄くなっていく感触。つねっても痛くないところが、少しずつ上に来ていて、正気じゃいられないほど怖いのだ。家族が居なかったら泣き出して逃げ出している。


「……」


 見上げる月は、今の心情に相まって、何だか悲しそうに見える。
 月は静かで、どっちかというとフェイト。太陽はやかましくて、元気で、これはディフェクト。


「みんな何してるんやろか」


 ぽつりと独り言。
 なのに、それに返事が。


「……誰の話ですか?」

「おろ、シグナム?」

「はい、シグナムです。……身体が冷えます、中に入りましょう」

「そやな」


 ころりころりと車椅子を押されて、あったかい家の中へと。
 今日は久しぶりに家族が全員そろっているのだ。夕食のときは絶対にそろっているのだが、昼や、夕食後、いつも誰かがどこかに行ってしまう。誰も居ないなんてことはなく、必ず一人は残っているのだが、それでも寂しいものは寂しい。


「あは、珍しいな、今日は全員集合や」

「そうだぞー。珍しいのに、はやてってばボケッと月なんか見てるんだもん」

「ごめごめ。それでどないしたん、みんな何や用事あるんとちゃう? 気ぃ遣わんでええよー」


 言うと、シャマルがにっこりと笑って。


「はやてちゃんこそ気を遣わなくていいですよ」

「ん?」

「最近みんなでそろう事が少なかったから、寂しいんじゃないかなぁって」

「そりゃ、まぁ、そやけど……」


 けれど、寂しい寂しいと言ってみんなの迷惑になるのは、


「主」

「うん?」

「私たちに、それこそ気を遣う必要はありません。主はもう少しわがままになってください」

「そうそう。尽くしがいがねーから、そんなんじゃ」

「いや、そうは言うけどな……」

「いいんです。ほら、はやてちゃんはもっと子供らしく、もっとわがままにならなきゃ。今日はどうしますか? 徹夜でゲームですか? シグナムのおっぱいですか?」

「よせシャマル。本当によせシャマル」


 珍しい。本当に珍しい。
 気にしないで自分の好きなことをやればいいのに。一緒に居てくれれば、この家で一緒に生活してくれれば、それだけで満足なのに。


「……え、と……ほな、お風呂入り行こか?」


 何となく、そう答えた。
 考えてみたら全員でお風呂に入る事はなかった気がする。


「おー、温泉?」


 ヴィータが嬉しそうに笑って。


「ちゃうちゃう。ちょっと行ったトコにな、スーパー銭湯があってな、家族風呂とかもあるからザフィーラもOK」

「……ザフィーラもですか」

「うん。何かあかんかった?」

「いえ、そんなことはないのですが」


 シグナムがちらりと横目にザフィーラを捉えた。ザフィーラは我関せずと言った調子で食卓の下で目を瞑っている。
 その様子を見てシャマルがニヤニヤ表情を崩して、はやてにはあまり分からないけれど、まぁ何かあるのだろうな、と。


「ザフィーラもか……」

「あら、別にいいじゃない。本当に家族みたいなものですし」

「いや、そうは言うがな」

「今さらなに構えてるのよ。私達がいったい何年連れ添ってると思ってるの」

「そうそう。大体犬だしな、ザフィーラ。犬の目気にして何がしたいんだよ」

「いくら犬でもな」

「……俺は狼だ」


 ため息混じりに、小さな声がテーブルの下から聞こえた。
 それを聞いたシグナムがカッと目を見開き、


「ああ言っているぞ。俺は狼だと主張しているぞ。どうするんだ、襲ってきたら」

「ちょん切っちゃえばいいじゃない」

「知らないのか? 男は本気を出すと硬くなるんだぞ。どうするんだ、レヴァンティンでも切れなかったら」

「シグナム、オメー……。……いや、いい、何でもない……」

「何だその目は。その目は何だヴィータ」

「別に何でもねーよ。こんだけ長い間生きてるのに随分初心だなって思っただけ」

「初心? 私が初心だと? よせ、そういう言い方は。私は大人だ」

「あらー、聞いたヴィータちゃん? 大人ですってよ、シグナム」

「パプリカ残すくせにな」

「そうよ、パプリカ残すくせに」

「パプリカを残す事と私が大人な事は関係が無いだろう。そもそもアレ、色が毒々しくはないか? よくもアレを食べようと思ったものだな、この世界の先人達は」

「聞いた聞いた? ご先祖様の文句言い始めたわよ。子供よね」

「てか、ガキって感じだな。きっとソーセージ食うときに赤くなるタイプだぞ、シグナム」

「あっは! 思春期? 咥えちゃったー、とか」

「それそれ」

「……? なんだ、何を言っている?」

「あー、それ以前の話か。それより前か。まだ反抗期も迎えてないか」

「遅れてるのね、シグナム」

「おっくれってるー! 生理きてるかー? 毛ぇはえてるかー?」

「けっ、毛は関係ないだろう、毛は! 生えていようと生えていまいと! 私は大人だ!」


 ムキになるシグナムをヴィータとシャマルがケケと笑い、はやてには、いやもうホント九歳児には全然まったく宇宙創生の話を聞いているくらい訳が分からない事だったので、こっそりと顔を赤くしながら着替えの用意をするしかないのだ。
 いやもうホント、ホント困っちゃう。ああいうのは男の子の前でしちゃ駄目なのよね。ザフィーラいるからね。テーブルの下で、ぴくぴく耳が動いてるからね。あーはずかしはずかし。

 なんてことを思いながら、スーパー銭湯へと。
 結局ザフィーラの事はうやむやになって、道中、はやてとザフィーラの間には決まってシグナムが居た。いつもよりも数段鋭い視線はザフィーラに向いていて、それがさくさく刺さり続けている彼は勘弁してくれと小さく呟く。

 そしてふと気が付けば、ちょっと前までいやなことを考えていた脳みそは気分が良くなっていて、いつも通りのはやてが帰ってきていた。
 自分でも多少情緒不安定かとも思うけれど、今は気分がいいからそういうことは考えないようにしようそうしよう。


「あは。うん、幸せっ!」





◇◆◇





 そしてはやてが眠りに付いて、その寝顔をヴォリケンリッター全員で堪能した。
 寝ているときだってにこにこと笑っているように見える口元。いかにも福を呼びそうな人相である。


「いい顔してた。かわいい」

「お前も寝ているときは似たような顔をしているぞ」


 姉妹みたいに、とシグナムが言うと、ヴィータは照れたように頭をかいた。


「うるせー、パプリカ食えないくせに」

「お前も春菊を残すじゃないか」

「うるせー、はえてないくせに」

「っ、そ、それも同じだろうっ!」

「アタシ子供。シグナムは? あれ? シグナムなんだったっけー?」

「お、大人だ。……おとなだもん」


 四人で顔を見合わせるように一度だけ笑って、しかし次の瞬間には、その瞳は狩人のものに。
 今日はとても楽しかった。最近リンカーコアの蒐集に忙しくて、夕食以外にそろう事が中々なかったのだ。ヴィータが、たまにはちゃんと集まって寝よう。そう提案すると誰もがそうしようと言った。ヴィータはそれが嬉しくって、幸せなのだ。
今はとっても幸せだから、この幸せな時間を潰してしまわないためにも。


「こないださ、スゲーの見つけたよ。最初はいくらなんでも間違いかと思って、そんでここ最近追ってたんだけど、やっぱり間違いなかった」

「……この世界か?」

「おう。しかもすぐそば。なんて言うんだっけ、こう言うの。灯台もと暗し?」

「正解。ちゃんとお勉強してるのね、ヴィータちゃん」

「まーな」


 ヴィータは一度お茶で口を湿らせた。ことん。コップがテーブルを鳴らす。しんと静まった深夜。それがやけに大きく聞こえた。


「……どうする?」


 そう。どうする、である。
 遠くから覗いただけで上質だと感じるほどに、力を持っていたようだった。コアを抜いて蒐集するまでは確定とはいえないが、それでも今までの勘が上等だと告げている。きっとアレを取ってしまえば、この先の蒐集がかなり楽になる。
 はやる気持ちを抑えてヴィータは冷静に口にした。


「蒐集するか?」


 三人の視線はシグナムに向いて、少しだけの沈黙の後に、小さく口にした。


「いや、今はまずいだろう」

「それは……、この世界で騒ぎを起こすのがまずいってことかしら?」

「そうだ。幸いにしてここは管理外世界だ。管理局の目はあまり向いていない。この世界で騒ぎを起こすのは……最後にしよう」


 シャマルが納得するように頷くのとは反対に、ヴィータは舌打ちをついた。


「ヴィータ、短気を起こすなよ」

「……わーってるよ」


 美味しそうな獲物が目の前にいるのに、それを狩ることは許されない。モヤモヤくるけれど、それで今までの努力をパーにするのは馬鹿らしい。実際にこの世界で騒ぎを起こすのは良くないとヴィータ自身も思っている。あの子供のリンカーコアを蒐集するのは、うん、最後がよさそうだ。
 闇の書の頁も今のところ順調に埋まってきているし、管理局は警戒をしているのだろうが、それほど厳しくは感じない。いくらなんでも気が付いていないということはないはずだが、ちょっとだけ生ぬるいとも思う。魔導師の質が下がっているのかもしれないけれど、どうにも上手く行き過ぎているような。罠かもしれないと思うほど簡単な蒐集も。

 考えすぎかと軽く頭を振って、ヴィータはもう一度咽喉を潤した。


「……じゃあ、とにかく蒐集自体は今までのままでいいのか?」

「いや、これからは渡る世界を逐一変えよう。それと、次からは人だけじゃなく魔獣も蒐集対象だ。……少し、ペースを上げる。シャマルとザフィーラはこれからもペアで行動してくれ」

「はい」

「了解だ」

「無理はするなよ」

「わかっている。守護獣が最初にリタイアでは話にならん」

「まぁ、格好つけちゃって」

「では……、今日は寝ようか、主と共に」

「りょーかい」

「ふふ、了解」

「……了解だ」


 また明日から はやてには寂しい思いをさせてしまうかもしれない。シグナムもそれを考えて魔獣なんかも対象に入れるのだろうし、本当に今回の主はみんなに愛されているのだ。
 頑張らなくてはならない。
 ヴィータはきゅ、とテーブルの下で小さな拳を握った。





◇◆◇





 これは何か分かる?
 そう聞かれて、フェイトは図鑑で見た写真に自身の記憶を照らし合わせた。
 そうだ。勉強した。裁判もさくさくと進み、次第にフェイト自身がすることは無くなっていって、そうなるとやはり何もしないわけにもいかなかくて、だから『地球』の色々を勉強していたのだった。
 アルフが指差すものは、昆虫である。昆虫の画像。なのはが住んでいるところにも居る昆虫。


「さぁフェイト、コレなぁんだ?」

「えと、うんと……」

「ほら、黒光りしてて、ほら」

「あっ! あれだほら、アレ!」

「じゃあどうぞ!」

「コオロギ!」

「ざんねぇん! これはカブトムシだね。ほら、角が生えてて強そうだろう?」

「そっか、カブトムシか……。けど惜しかったよね。おんなじ虫だしね」

「そうだねぇ」


 アルフがにこにこと表情を崩しながら頭を撫でてきた。至福の時間である。最近頭を撫でてくれるのはアルフしか居ないので、この時間はフェイトにとってとても大切なものになっていた。


「それじゃあ……これは?」


 指差す先は、


「えっと……うんと……」

「ほら、黒光りしてて、ほら」

「あ!」

「どうぞ!」

「コオロギ!」

「ざんねぇん! これはゴキブリだね。ほら、カサカサ動いて気持ち悪いだろう?」

「そっか、ゴキブリかぁ……。……でも惜しかったね。足の数一緒だしね」

「そうだねぇ」


 アルフがにこにこと表情を崩しながら頭を撫でてきた。至福の時間であ(ry


「それじゃあね……、これなぁんだ?」


 指差す先は、


「えっとね、うんとね……」

「ほら、ゲコゲコ鳴いて、トノサマで、ぴょこぴょこ跳ねて、意外と美味しくて、ほら」

「あっ! わかった!」

「はい、じゃあ答えは?」

「コオロギ!」

「残念! 正解はトノサマガエルでした」

「そっかぁ、トノサマガエルかぁ……。でも惜しかったよね。ぴょこぴょこ跳ねるし、鳴くし」

「そうだねぇ」


 アルフが(ry
 
 なぜコオロギに執着を示すのかはわからないが、とにかく裁判はさくさくと進んでいる。出来すぎているほどに進んでいる。フェイトの拘束もそう長くはないだろう。
 もうすぐ会える。自然、口元がだらしなく揺るみ、アルフからよだれよだれ、と。おっといけないとそれを啜り、しかしまたも顔は緩んでしまうのだ。だって、だって、


(もうすぐ兄さんに会える……兄さん兄さん兄さんさんっフゥー!)


 普段にはないキャラを発揮。フェイトは脳内音頭に合わせて両手を振った。


「そうだねぇ。もうすぐだねぇ」


 どうやら脳内どころか口に出ていたらしいことを悟った。


「えへ。なにしてるのかな、兄さん」

「間違いなくナニはしてるだろうけどねぇ」

「え? なに?」

「いやだからナニ……、ごめんフェイトごめん」

「え、なに? どうしたの?」

「毒されてることに気がついたよ……。あたしゃ汚れちまったんだね」


 そしてほろりと涙を流すアルフに、今度はフェイトがなでなでしてあげる羽目になるのである。
 ようするに彼の影響力は、原作? なにそれ美味なの? どうなの? 美味だとしてどのくらい美味なの? くらいの威力を発揮してるとかしてないとかそういうのがあるかもしれないようなないかもしれないようななんたらかんたらうんたらかんたら───。いまさらか、とどこかで誰かがため息をつくのである。





◇◆◇




 女がいた。顔を見るなら、若いというほどではない。三十の前半から中ほどか。そのあたりがいいんだよ、という人物ももちろんいるだろう。事実、端末の前に直立する彼女は、綺麗だった。
 まず姿勢がよかった。直立とはこのことかと納得させるほどに。背筋は美しく伸び、そしてスタイルがいい。やや筋肉質ながらも程よく膨らんだバストに、シャープに絞られたウエスト。太ももなんか、被りつきたくなるほどジュゥゥウウシィィイイ!
 そんな彼女は、ウィンドウに写る顔に一度だけ頭を下げ、


「言われたとおり、奴を次の過程に送りました」


 声に、不機嫌さを隠すようなことは一切なかった。


「ご苦労だった」

「私としては、まだ教えたいことが山ほどありました。奴はいいセンスを持っています。戦闘自体にはさほど才能は感じませんでしたが、尻を叩かれればどこまでも、それこそ気狂い犬のごとく先へ進むメンタルと、いくら殴っても、蹴っても、潰しても、壊しても一晩たてば何でもないような顔をして訓練を受けるような、死ににくいフィジカルをもっています」

「……君の言いたいことは分かっているよ。不満だったかね?」

「不満です。奴はもっと訓練をするべきだ。戦闘センスがないのなら、それを経験させるべきだ。努力と経験は才能を上回ります」

「だか彼は、我が校の基準を上回っているだろう」

「あくまでも基準に過ぎません。ああいう何かに突出したタイプは弱点が丸見えです。距離をとられればそれで終わり。自分より格闘センスを持っているものがいても終わり。長生きできるタイプじゃありません」

「そのために魔法があるのではないかね?」

「その魔法ですら攻撃一辺倒の爆発だけではありませんか! なにを考えているんです! 奴を、プロダクトをどうしたいのですか!」

「……すまんな」

「詫びが欲しい訳ではありません。ただ、あいつともっと、訓練がしたかった。あんな子供に前線で戦わせるような、そんな時代にしたくなかった……。なぜ、奴なんですか。なぜ、資質を持ったものを、十分な訓練もせずに───」


 彼女がそこまで言うと、通信の相手、訓練校の学長はぎらりと瞳を輝かせた。


「聞くな、それ以上は」

「……言わないのですか。それとも言えないのですか」

「以上。ご苦労だった。それだけだ。何も聞くな。疑問に思うな。そういうこともある。そう考えたまえ」



 ぷつり。
 画面は何も映さない、黒色のそれに戻ってしまった。
 
 彼女は硬く握っていた手のひらを開き、もう一度握った。
 なんとも小さい。力がない。そうしろといわれれば、そうするしかない。唇から血が流れるほどに歯を食いしばり、ここで何か行動を起こせばどうにかなるのかと考えるが、それは、恐らくどうにもならないのだろうと簡単に結論が出た。


「この訓練校で私をいい女だといったのは、お前が始めてだぞ……。生き残れよ、プロダクト」


 手のひらから離れたひよっ子はつまり、それがどうあれ巣立ったのだ。いつまでも親鳥気分ではいられない。
 彼女は静かに目を瞑り、はぁと息をついて、もう一度開いたときには、既にその瞳から弱さは消えていた。鬼とか何とか言われる教官の顔に戻る。
 そういえば、と彼女は呟いた。


「どストレートに年増も初めてだったな。く、はは……失礼な奴だったよ、まったく」







[4602] nanoAs12-ワイルド・ベリーⅡ
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:73500b15
Date: 2011/04/01 14:55

12/ワイルド・ベリーⅡ




 来ました最終試験。
 これをクリアして、管理局員に、俺はなる!
 まぁ正直やる気ないんだけどね。いや、局員になる気はあるよ? でもね、こう、試験とかって嫌いなんだよ、俺。車の免許取るのでさえビクビクしてたのに、こんなレベルの高い試験とか言われたらたまんないね、マジで。


「はい、ここで試験やるよー」


 転送を受けて、たどり着いたのは密林地帯。じめじめ。うぜ。


「チーム戦やってもらうからね。勝ったほうが局員になれるわけじゃなくて、それぞれの実力を見るわけだから、皆全力でがんばりましょう」


 あいあい。
 てことで、始まるわけだが試験。試験始まるわけだが、ちょっと待とうか。とりあえず緊張とかいろいろやばいんでちょっと待とうか。


「シェル、やばい、マジ緊張してきた。タマがきゅってなってる」

『タイムを・とって・ください』

「とるしかないな、タイム」

『とるしか・ないです・タイム』


 んじゃあチーム分けるよー、という試験官の言葉をさえぎり、


「おしっこー! すっごいおしっこしたい! もれる! もれた!」


 両手を万歳にして叫んだ。
 だって! だってこれやばいんだもん! もう膝にきてるもん!

 隣で影薄男がかげ薄くくすくすと笑っている。
 っち。敵チームになったらぼこぼこにしてやる。影薄いくせに生意気なんだよ畜生が。


「きみね、そういうのは始まる前にちゃんと行っときなさいよね」

「すんません。ちょっと膀胱との相談ができていなくて……」

「……行ってきなさい」

「うぃ」


 十人程度の輪を抜けて、森の中へとがさごそがさごそ。
 すごいなぁ、こんな世界があるんだねぇ。日本じゃまず見ない光景だね。樹木! て感じ。樹木!
 よっこらせ。出もしないションベンでもしますかね。いや出すけどね、アレは。こういうのってさ、出ないかもしれないときだって、アレ出せば意外とぶるっと来たりするよね。
 そして。


「うん?」


 違和感。
 なんか首の後ろが熱い感じ。モヤっときたというか何というか。はてさてなんじゃらほい? きょろりと辺りを見回しても特に何かあるわけではない。相変わらず樹木! て感じである。
 意味わかんね。さっさと試験受けよ。いつまでも時間稼ぎはダサいぜ。それ俺の信条に反するぜ。かっこいいほうがいいぜ俺。
 うぅし、とブルンブルンした時だった。
 一回目のブルン、で光が爆ぜた。
 二回目のブルン、で爆音が響いた。


「なにごと───ッ!?」


 背後から迫る爆風。ぐらりと体制が崩れて先っちょの雫が飛んでいった。 


「ま、ちょとまって、俺ち♂こしまってないから、ちょ!」


 皮挟む。これ皮挟むパターンだから!
 どうにかこうにかジッパーをあげて、爆発があった地点、局員が集まっていた地点に行くと、そこでは戦闘が行われていた。
 そう、戦闘があっている。戦ってるんだよ馬鹿やろう。なんか見たことあるようなあの赤い髪の毛。ちくしょう、誰だよ! わかりきってんじゃねえか! ヴィータじゃねえかよ!
 ばったばったと人間が倒れて、吹き飛んで。まるで映画みたい。
 抵抗を続けている人物が一人。自作のデバイスで、必死に距離をとって、それで頑張ってんだけど、


「やめてくれッ、僕は魔導師でいたいんだ!」

「アタシは! 人間で居たいんだよ!!」

「───やめろぉ!!」


 その声はむなしく響き、ずるり。影薄男の胸から出るのはもちろんリンカーコア。
 あんなに激しく叫ぶ影薄男なんか見るのは初めてで、いやもう何ていうか、若干現実感がなくて。どいつもこいつもが倒れてる。皆が皆、倒れてる。仲がよかったわけじゃない。だけど、一緒に訓練した仲間が皆倒れてる。


「はぁ?」


 あぜんぼーぜん。ついつい間抜けな声を出してしまった。


「……もう一人いたか」

「いや、えとね……ちょっと待って、ちょっと待って」

「待てない」


 冷たい声色。想像なんかとは全然違う危機感。ばしゃこっ! とヴィータのデバイスから薬莢が弾けとんだ。
 なんだこれ。あれか。戦闘か。今からか。やるのか俺が。ヴィータとやるのか、俺が!


『マスター!』

「うっせぇ! わかってんだよ!」


 瞬間にファーストフォームをセットアップ。木々の間をすり抜けるようにして飛行するヴィータから、逃げるように距離をとった。飛んでくるスフィアを殴り、避け、とりあえず逃げる。ちょっと現状が把握できてない。意味わかんない。こともないか。
 ああもうなに。なんなのもう。何でここに来るのヴィータ。マジでやるのかよ俺は、ヴィータと!


「くそ、全ッ然うまくいかねえ! やっぱ俺が考えて行動してもいいことねえ!!」

『いまさら!』

「そうだよいまさら!」

『だったら!』

「だから!」


 とりあえず殴るっきゃねぇ!
 湿気た地面に足をたたきつけ、ぐるりと方向転換。ヴィータと相対した。


「んだテメエ! せっかくの試験最終日にンなことしやがって!」


 高速で迫るヴィータのグラーフアイゼンを右手で受け止めた。衝撃が響く。つかいてえ!
 ヴィータからの返事はなかった。無言で、無表情で発動したのは魔法。ポツポツとビー玉のようなスフィアが空中に浮かぶ。それらはふわりヴィータの周りを一周した。


「リンカーコア、もらう」

「やらねえよ!」


 ヴィータのスフィアが爆発した。この程度の爆発、爆発マイスターな俺からすればむず痒い程度だ。毎回毎回超至近で爆発を受けてるのは伊達じゃない。
 濃く残る魔力の残滓に無視を決め込んで、ほとんど手探りでヴィータを探しだし、バリアジャケットの一端をつかんだ。逃がさないように渾身の力で握り締め、


「ぅおらァ!」

「あぅっ!」


 引きずり倒す。湿った地面の泥を跳ね飛ばしながら、小さな体がもみくちゃになった。
 身体強化は爆発と並んで唯一得意といえるような魔法だ。シェルが体中に張っている根に魔力を通すだけだから簡単。
 互いに猫科の動物のように上を取るためにごろごろと転がりまわり、次の一手への布石を打とうとするが、なかなかうまくはいかない。
 ていうか、何でこんなに近接戦がうまいんだヴィータ。中距離が得意とかそういうことじゃなかった?
 シェルに覆われた右のこぶしを一発だけわき腹に叩き込むが、返ってくるのはバリアジャケットの重い感触だけ。
 だったら、やるこたぁひとつ。


「シェル!」
『──fist explosion──』


 爆発。拳を添えたままに魔法を発動した。
 衝撃で両者ともにゴム鞠のように弾き飛ばされ、俺は近くの木を右手で粉々にしながら減速。自然破壊かっこ悪い。


「ああくっそ、いてぇ、ちくしょう……!」


 ヴィータの姿を探す……、までもなく、ヴィータはそこにいた。
 金色の魔力が晴れていくと、少しだけボロになったヴィータが宙に浮いている。瞳を険しそうに歪ませ、多少驚いたような表情。
 いやぁ駄目だ。ヴィータ強い。この幼女強いよ。ファーストフォームじゃ勝てないよこれ。


「……んだよ」

「あん?」

「……なんだよ、オマエ!」

「俺? 俺はあれだ、あれ。ほら、なぁシェル?」

『そこで・私に・ふらないで・ください』

「ふざけんな!」


 い、いや、別にふざけてるわけじゃないんだけど……。なんか損だな、ふざけてないのにふざけてるとか思われるの。
 そもそもだよ、そもそも、なんだよオマエは、は俺の台詞って言うか、ファーストコンタクトがこれかよみたいなね、てかね、つかね、


「リンカーコアがいるんだよ! 邪魔すんな!」

「ああ!? うるっせ意味わかんねえんだよ! くそ、くそ! なんでここに来るんだよお前は! 会わなけりゃそれでよかったのに、見ず知らずのやつがやられても俺ァなんも感じねえのに!」

「なに言ってんだ!」


 影薄男がね、がんばってたって話なんだよ。
 あいつはね、俺と一緒で妹のためにがんばってるとか何とか言っててね、ああくそ。

 ぎり、と音が鳴るほどに歯を食いしばって、拳を硬く握って。
 バキィン!
 そして樹木が一本塵へと消えた。右腕に熱が走る。セットアップ、セカンドフォーム。
 ふぅ。一度だけ息をついた。みしみしと腕を圧迫しながらの構成。風を切りながらアクセルホイールがゆっくりと回りはじめた。
 一撃で決める。よく分からんけど、とにかく殴って、逃がすのか? ああ? もうその辺すらよくわからん。とにかく、殴る!

 視線を送れば、何かを感じ取ったのか、ヴィータもデバイス正眼に構えた。
 ハンマーのような形をしたそれ。もう一発装填された弾丸に反応して鎚部分が変形する。ぶしゅッ! ぶしゅッ! 二、三度咳き込み、ジェットエンジンを点火したようにバーストした。


「あいつはなぁ……、妹のためになぁ!」
『──Burst Acceleration──』


 加速。
 アクセルホイールが爆発する。かん高い様な音を、それすらも置いて来る様に、もっと速く、もっと速く!


「うおぉぉおあああ!」


 高速で迫るヴィータに右手を伸ばして、


「アタシだって……、はやてのためにっ!」


 ヴィータがアイゼンを振りかぶった瞬間、その瞳の奥からきらりと何かが零れた。
 ……はぁ? ンだよそれまじ卑怯。





◇◆◇





 ぴく、と瞼が動いた。ぼんやりと薄目を開けて、その情報を解析する。
 ああ、なるほど。ユーノはそう思った。
 無限書庫、相変わらず薄暗く、陰気な場所。闇の書の情報を探しはじめていったいどのくらいの時間がたったろう。時間の感覚は消えて、自意識すら薄くなっていって、ユーノ自身が魔法になったように検索をかけていた。
 毎日毎日、ディフェクトのために。健気だなと自分でも思うところだ。


「……み、つ、けぇ、たぁ……」


 いままで探しても探しても見つからなかったそれがようやく。
 闇の書。夜天の書。情報。だけれど、これを見つけてどうしようかとユーノは思った。
 確かに今までにない情報だ。しかし、必要なものかどうかといわれればどうだろう。役には立つけれど、それをユーノは実行できるかどうかが分からない。
 ユーノには優先順位がある。
 一番はディフェクトで、聞いただけの『はやて』など番外である。情報をディフェクトに与えるか、与えないか。そもそも与えたところで何ができるか。さすがの彼も、今回ばかりは駄目なのかもしれない。


「いや、ああ、そうか、いけるのか……?」


 情報を手に入れても、何もできないことがわかっただけなのかもしれない。
 だが、彼なら、あいつなら、こういうのを引っ掻き回すのが大好きな彼ならば、どうなるかは分からない。
 ディフェクトが助けたいといっている人物の中に、あの魔法生命体も当然入っているのだろう。だったら、彼はとても頑張らなくてはいけない。いや、頑張るだとか、気合だとか、根性だとか、そういう言葉で片付けられないほどの努力を見せなければならない。
 今回見つけた情報。闇の書の在り方、その根幹に関係するような情報である。
 願いをかなえるデバイス。所詮は、デバイス。人に使われてなんぼの存在である。それがどういった経緯で暴走に至ったのか、それはまだ分からないが、問題を解決するだけなら、ディフェクトの協力さえあれば、問題はない。


「ディフェクト、君はどうするのかな……」


 考え込むようにユーノは呟いた。
 事件の解決に問題はないが、もしかしたらディフェクトに問題が出るかもしれないのだ。死んじゃうかもしれないよ、と忠告したところで、ンなもん何とかなると走って行ってしまうのが目に浮かぶよう。
 怪我をさせたくない。自分だけを見てほしい。『はやて』の事なんか放っておいて、一緒に世界を旅してみようよと誘いを出したい。
 でも、


(きっと、助けるんだろうなぁ。そうだよねぇ……、そんな人じゃなきゃ、好きにならないもん……)


 キスをしてって強請ってみれば、きっとしてくれる。ボクのことだけを見続けてって言えば、恐らくだけど、そうしてくれる。
 しかしそうなってしまったら、それはユーノが好きなディフェクトではないのである。どこまでもまっすぐで、止まることを知らないで、先にしか進めないような馬鹿だから好きなのだ。死ぬといわれているような人間をそのまま見捨てることが出来ないタイプなのだ。

 反面、ユーノは『出来る』も『出来ない』もない。死ぬかもしれない。そう聞いたところで、へぇ、と一つ相槌をうつのが山だろう。当然、その人との関係や、プラスなのかマイナスなのかを考えて助ける可能性もある。でも、基本的には放置。残念だなとは思うが、それ以上踏み込むようなことはない。
 冷たいといわれればそうだが、単純にユーノは興味がないのだ。人が死ぬのは当たり前だし、そこにある命だって当たり前。どこか悟ったような、達観したようなところがあるのは、その優秀すぎる脳のせいなのだろうと自分自身当たりをつけている。

 だからこそ興味深い。
 だからこそ、心のすべてが読めない。
 そんなディフェクトだから、好きなのだ。


「あ~あ、損だ。馬鹿を好きになるって、絶対損だ」


 憎まれ口を叩くその表情は、しかし笑顔に満ちていた。

 



◇◆◇





 時空管理局本局、その一室でグレアムはグラスに入った琥珀色の液体を、ゆっくりと喉に流し込んだ。
 かあ、と喉と腹が熱くなる様な感触。もともと好きでもない酒。思わずむせ返りそうになって、それをプライドで押さえ込む。

 予定通り、と言っていいのだろう。予定通り、ディフェクト・プロダクトはヴォルケンリッターとぶつかった。それはそれは計画通りだった。以前から進めていた計画の通りに戦闘になり、そして完全にではないが、魔法資質を蒐集された。
 そう、これは喜ぶべきことなのだ。柄にもなく酒など取り出して、実際に祝している。
 だが、心中に沸くこの感情はどういったことだろうか。グレアムは自分自身が、落胆していることに気がついてしまったのだ。
 そんな馬鹿なことはない。そんなこと、ちっとも考えてなどいない。そんな感情の上書きに失敗し、好きでもない酒ばかりが進む。


「止めてほしいと、思っているのか……?」


 口にしたとたん、心臓の付近がその通りだと頷いた。


「く、馬鹿なことを。今更どうなる」


 歪んだ笑みを浮かべてグラスを呷る。
 今回の行動は、警告の意味合いもある。ユーノに対しての、警告。
 当たり前だが、グレアムだって気がついているのである。ユーノの行動に。実際に警戒するのは、彼のほうだということに。無限書庫での検索魔法。何の情報を探しているかなど、当然のごとくチェックしている。
 いまユーノに動かれるのは困るのだ。本物の天才というものは、何事もないかのように問題を解決してしまう。そんなこと、させていいはずがない。だから今、ディフェクト・プロダクトを潰す。彼らはチームだ。片方の翼が潰れると、どうしても飛行は難しくなる。

 グレアムは一度だけため息をつき、髭を撫で付けた。
 十一年前の事件から、これまで何度となく後悔してきた。数を数えるのすら億劫になるほど、自分を責め続けた。今だってそう。本当に正しいのか、これでよかったのか。不安と戦いながら日々を過ごしている。
 だからこそ、止めてもらいたがっているなど、そんな錯覚を感じてしまう。不安が先行してしまって、やや参ってしまっているだけだ。


「リーゼ」

「……はい」


 どこからともなく現れた猫。グレアムはその使い魔に、蒐集の調子はどうかと、グラスに新しく酒を注ぎながら尋ねた。


「順調に進んでいます。蒐集自体はこちらの予想を上回る速度です」

「そうか……。ふ、いいタイミングだったな。これで彼の妹も、最高のパフォーマンスを出すことはなくなる。精神的な支えを失うというのは、そういうことだ」

「ええ。計画の通り、すべてが順調です」


 その言葉をかみ締めるように反芻し、グレアムは小さく呟く。


「私を軽蔑するかね?」

「いいえ。お父様はご立派です。痛みも、不安も、後悔も、すべてを私たちで三等分にしましょう。そうして、それを抱えたまま生きていきましょう」

「……それでも、重いな」

「私たちは、それを背負わねばなりません」


 分かっている。そう言うとグレアムは何も映さない窓をのぞいた。次元空間の波がオーロラのようにゆらゆらと見えるが、どれもこれも美しいとは感じられない。彼の心には、何も映さない。
 ふと、望郷の念が沸いた。国ではなく、星。地球。考えてみれば、長いこと帰っていない。
 はやては元気にしているだろうか。報告の限りでは、笑顔が耐えない様子だと聞いた。顔を知っている。金を送っている。グレアムがしているのはこれだけだ。彼女がどんな生活をしているかなど、知りたくはなかった。どのみち殺すことになるのなら、深くは関わりたくない。


「日本では、そろそろ冬か……」

「ええ、アリアが寒い寒いと言っています。帰ったらコタツで丸くなるのだと」

「ああ、それはいい考えだ。とても、いい考えだ」


 そんな幸せな老後など、この身に許されるはずがないことを知って。





◇◆◇





 端末を操作する手がぴたりと止まった。
 事件のログを再確認していると、なにやら違和感を感じるのだ。喉元になにか引っかかるような、このまま席を立ってしまうのは、なんだか後ろ髪を引かれるような感覚。


「なんだ、この感覚は……。何かおかしいのか?」


 鼻の頭をこすりながらクロノは呟いた。
 もともとクロノは勘を頼るような捜査はしない。現実を見、データを照合し、確実性に重点を置く。『あいつは怪しい気がする』程度では、動く気にもならない。
 そのクロノがなんと、見過ごせない違和感を受けたのである。自分自身驚きだ。

 なにが引っかかるのか、もう一度始まりの事件からデータ照合。何度も目を通して、既に暗記しているような報告書だが、それでもクロノは初めからすべてに目を通した。
 すでにリンカーコアの蒐集は人だけではなく、魔獣と呼ばれる、コアを持った動物にまで魔の手を伸ばした。環境破壊などという言葉では片付けられないほどに被害は広がっている。
 蒐集を行っているのは四人。映像で捉えているのは一瞬で、敵ながら良くやると褒めてしまうほどに鮮やかな引き際。局員のアフターケアをされているときなんか、腸が煮えくり返りそうになるが、それでも死んでいないことを喜ぶべきか。
 敵は管理外世界での蒐集を主にやっているようで、そこに局員が来るのを待っているような印象がある。事件のあった世界を調べると、こうも上手く行くものかよ、とお手上げ状態だ。


「っち、面倒な……。僕を狙ってきてみろ。返り討ちにしてやるのに」


 クロノは珍しくありありと不機嫌さをあらわにした。
 違和感の正体が見つからない。なにを感じて不自然だと思ったのか。答えはすぐそこにあるようで、だけれど手のひらから零れていってしまうような、そんな感触。
 端末を操作し、別のウィンドウを開く。局員の出撃ログにまで手を出して、もう脳みそはパンク寸前。スクロールをさせると、どこで誰がやられた、とその詳細まで書いてあるものだから、思わず目頭を押さえてしまった。


「だから、敵は、管理外世界を……」


 ふと。


「管理外、世界で……?」


 零れていく答えの一端を、掴んだ。
 先ほどとは打って変わった様子で隊員の出撃ログを、そのスクロールバーをもう一度最上までもって行き、目まぐるしく詳細を暗記した。
 そもそも、クロノが知っている時空管理局はこうまで無能だったか。執務官のクロノ・ハラオウンは『敵ながら天晴れ』など、今回始めて感じたことだ。初めの事件が発生して、何ヶ月が経過しただろう。隊員の撃墜数、総合的な被害、どれをとってもあまりに無能。
 闇の書勢が優秀なのが余計だった。あまりに鮮やかなその手際は、クロノが考える時空管理局を、無能にしていたのだ。
 そう。ヴォルケンリッターは確かに優秀。だが、いくらなんでも出来すぎている。管理外世界を中心に活動しているくせに、待ってましたといわんばかりに蒐集を成功させている。
 これは管理局の力がないわけではない。ヴォルケンリッターが優秀すぎるわけでもない。管理局の足を、誰かが引っ張っているのだ。

 一度考え出したら、それこそが正解だというように、ずるずると回答が出てくる。違和感を打ち消すような確信が、クロノの心中にぐらぐらと沸き立った。
 出撃ログを見る。とにかく今までのことを、過去を、過ぎ去ったソレは、今を知るための欠片だった。
 殴るように端末を操作して、ガリガリと頭をかいて、ようやく一つの答えを導き出す。


「……あ……」


 そこは、あまりに不自然だった。
 管理外世界だからといっても、魔法資質があるものは、意外と居るものなのだ。使えるか使えないかは別として、コアを持っているかもっていないか、それだけで見るのなら、当然そこも、蒐集対象となるはずなのだ。
 そこから『近い』場所では、確かに事件は起こっている。アレもそう、コレもそう。クロノは指をさしながらログをたどる。
 そして、一切、何一つ事件が起こっていない世界。そんな世界は当然、沢山ある。沢山あるけれど、ログと照らし合わせると不自然なほどに浮かび上がるのは、その世界だけで、ようするに───。


「……なんであそこは問題ばかりなんだ!」


 地球。勘を頼らないクロノが、なぜだか確信を持ったその場所。間違っているとは、毛ほども感じない何かがそこにはあった。
 山積みの問題が、一つだけ消え、ただ、代わりに一つだけ浮上して。ここまで管理局を無能に陥れた犯人は、いったい誰なのか。
 くそ、とクロノは端末に拳骨を降らせた。







[4602] nanoAs13-ゲイン・エース・ゲイン
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/04/02 15:11

13/ゲイン・エース・ゲイン





 ぴ、ぴ、ぴ、ぴ。
 んあー、なにやら機械的な音がするんだが、なにこれ。てか体中チューブだらけなんだが、なにこれ。つか身体が動かないんだが、なにこれ。
 気合一発右手を動かそうとしたが、どうにもこうにも鈍すぎる。指先がぴくぴく動いてるのを何とか感覚として把握できるくらい。
 えと、どういうことなの? 俺なんなの?
 閉じていた瞼を開けば……うお、瞼を開けるのですら億劫でござる。とにかく開けば、なにやらガラスケースのようなものに入れられている様子。
 ……ま た こ れ か !


「シェ、ルぅ……」

『イエス』

「は、はなに、管が通ってていてぇから、とにかく現状」

『負けて・入院。以上』

「っは、負けたかぁ……」

『イエス』


 ああ、そういえばそうだったかもしんない。なんかヴィータと戦ってて、そんでどうなったか知らんけどとにかく負けたんだろうね、俺。畜生、負けたか、くそ、ガッデム。
 皆はどうなったんだろ。死んじゃったりとかホント無しだからね。そういうのあると俺のテンションダダ下がりだからね。


「よぉ、ほかの奴らどうなったよ」

『マスターが・一番の重症者・です。コアを・抜かれそうになって・それで・私が・抵抗したところ・マスターの・身体が・非常に・痛みました』

「おまえのせいかよ……」

『魔導師としては・生きて・います』

「へ、ぎりぎりな」


 てか抵抗って何やったんだろうか。あれか。根か。なんかずるずるしたモンが俺のリンカーコアについてた訳か。もしそうだったら半端ねぇくらい気持ち悪ぃな。芋みてぇに出てきたんだろうな。キモ。想像を絶するキモさじゃねぇか。
 自分でした想像に身震いし、相変わらず力の入らない身体で、何とかこのせまっ苦しいカプセルからの脱出を計る。


「んぎ、っ、こんの……!」


 硬ぇ! 解放前のジャムの蓋くらい硬いよこのカプセル。
 ふんぎぎぎ……、んおぉぉおおお!
 ……開かない。ちょ、開かないよコレ! 入院なんかしてらんないんだよ! ちょ、まじで、ちょ!


「……君さぁ、少しくらいじっとしてらんないの?」


 神光臨。
 ユ、ユ、ユ、ユーノきゅん! なんてこった。いつも以上にユーノが可愛く見えるぜ。愛しいぜ。愛してるぜ! さぁ開けろ! 俺をここから出せ。毎回毎回なんでこういうのの中に入んなきゃならないんだよ。今回は水がないだけましだけどさ!
 ふんがーふんがーと気張っている俺を見かねたのか、ユーノは軽々とカプセルの蓋を開けてくれた。空気うめえ。


「まじかんしゃ」

「ん」

「で?」

「お見舞い。君がやられたのってさ、多分ボクのせいでもあるし」

「なんで?」

「牽制ってとこかな。ほら、ボクいろいろ調べてたじゃない。ちょっと調子に乗りすぎたかな」

「なんで、俺?」

「単純に一番効果的だと思ったんだろうね。実際そうだし」


 聞いたとき、心臓が止まるかと思った。とユーノは零した。
 何という愛され上手。ここまでユーノ・ラヴを受けてしまうと後には引けなくなってくるな。
 つかグレアム、マジで鬼畜。なんなの? 裏で直接ヴォルケンと繋がってんの? さすがに無いよね? つーことはだよ、あいつはこんな面倒なことを事もなげにやっちゃってるんだよ。すごくね? 上手く行ったら俺はリタイアだし、ユーノは使えなくなるだろうし、ヴォルケンの蒐集も進む、と。……パネェ。良くそんな頭が働くもんだよ。
 はぁ、とため息をついて、身体を起こそうかと四苦八苦。結局ユーノに手を貸してもらう。手のひらをゆっくりと握って、開いて。
 

「……負けたよ」

「うん」

「そんなつもりじゃなかったんだけどさ、負けちゃったよ」

「うん」

「強かった」

「そっか」

「……人間でいたいって、言ってた」

「そう」

「ウララも、魔導師でいたいって」

「うん」

「俺さ」

「なに?」

「実は結構強いって思ってた、自分のこと」

「強いよ、君は」

「でも、全然駄目だった。いやもう、そりゃ駄目駄目だった」


 拳を、握る。


「次は負けない」

「負けない?」

「勝つ」

「うん」

「俺が思いついたこと全部言うから、そっちで整理して。お前の情報と照らし合わせて、どうすればいいか考えようぜ」

「そうだね」

「だから」

「うん?」

「お前も、嘘つくなよ。俺の心配とか、そういうの要らないから」


 ぴく、とユーノの眉が動いた。
 らしくない。まったくもってらしくない。こんなことで動揺するような奴じゃないのに。
 あれだろ。実はお前ちょっとテンパってたんだろ。くくく、読めるぜ。この俺を心配しすぎて、焦ってやがったんだな! ふぅははは! き、気持ちいいぜ。この相手を丸裸にしてしまうような爽快感。ユーノはいつもこんな気持ちなのか。


「なんでそういうこと言うの?」

「だってお前、過保護じゃん」

「全然そんなことないよ。君、保護してたってすぐどっか行っちゃうじゃないか。大体さ、はやてって何? いきなり出てきた子のために命張らないでよ」

「ちゃんと紹介するって」

「そういうんじゃないよ!」


 今度は俺が驚く番だった。らしくないユーノの、その最終形態を見たような気分。いや、もしかしたら、このらしくないユーノこそが、本物なのかもと思えるほどに、人間っぽい。
 驚きは大きいけど、なんか、う、嬉しい感じがしてしまうわけであります。ああ! なんかこっちが恥ずかしい! 何だこのユーノ! 超常現象! もはや超常現象! 


「君はねっ、今! ボクのせいでそんなことになってるんだよ!」

「おう」

「頭にあったよ、こんなことくらい! 予想がついてたよ! でも、ボクは結局、自分のことに夢中でっ、まだ大丈夫なんて希望的観測で!」

「おう」

「それでこんなっ……、……なに笑ってるんだよ!」

「ユーノくんかっわいぃぃいいい!」


 言いながら、動きが鈍すぎる右手を根性で上げて、こっちゃこいこっちゃこいと手招き。俯き加減で若干唸りながらもユーノは俺の傍に腰を下ろした。
 右手をそのままユーノの頭の上において、あんまり動かないんだけど、よくフェイトにするようにかいぐりかいぐり。黙って頭を差し出したままのユーノはガチ。あれだ。こんな子供らしいユーノは見納めかもしれんからね、しっかりばっちり記憶しとかにゃならん。
 そのまま数分程度時間がたって、撫でられユーノが小さな声で呟いた。


「怪我、ひどいよ」 

「ンなもん何とかなるって」

「リンカーコアだって痛んでる」

「アルターから直接循環させりゃいい」

「死んじゃうかもしれないじゃないか」

「未練あっからそりゃねーわ」

「……ずるいよ、きみ」

「そりゃお前、もはや褒め言葉だろ」


 ぷ、と噴出したユーノを見て、納得してくれただろうと勝手に判断。
 あーだこーだと意見を出し合って、ユーノが拾ってきてくれた情報は、確かに役に立って、こりゃもうクリアだぜ、エース。
 なるほどなるほどそういうことかと納得する反面、何だそりゃ完全に原作崩壊じゃねぇかと。もうね、俺の原作知識とか一切あてにならないから。コレもう全然役に立たないから。闇の書とか夜天の魔道書とか、ちょっと色々変わりすぎですから。
 あーあ、と大きなため息。俺もたいがい頑張ってんだけどさぁ、なかなか上手く行くもんじゃねえよ、ホント。一人じゃ結局何にも出来ねぇし、何にも役にたたねぇ。やっぱ人間、独りじゃ生きていけねぇってとこで、エース、ホントのホントに攻略開始。





◇◆◇





 ソレを初めに感じたのはいつだったろうか。
 デジャヴに似た感覚。奇妙な引っかかり。以前に体験したことなのだろうかと脳を引っ掻き回すが、全然それらしい記憶は浮かび上がってこない。
 ただ、現実としていえるのは、認識のズレがあるということ。
 日課の蒐集結果報告。ヴィータはそれとなく『闇の書』という単語を何度か出した。シグナムは当然のように頷く。闇の書に違和感を感じてはいない。シャマルも当たり前のように受け入れる。闇の書に引っかかりを覚えてはいない。
 どうして?
 自分一人だけがおかしいのだろうか。プログラムに、バグでも発生しているのだろうか。それがもしそうだとして、生存に支障はないだろうか。はやてとの時間は、どうなるのだろうか。
 考えれば考えるほどにドツボに嵌っていく。怖い。闇の書に違和感を覚えている自分が。何も感じない仲間たちが。
 

「あの、さ」


 搾り出すように、ヴィータは口にした。


「闇の書、なんか変じゃないか? 変っていうか、違うっていうか……」


 仲間から返ってくる視線で、それは自分だけなのだと悟った。


「おかしなことを言う。不安か、ヴィータ?」

「ち、違う。そういうのじゃなくて」

「ふふ、もうすぐ蒐集も終わるものね。そういう気分になっても、仕方がないわ」


 違うのに。そういうんじゃないのに。
 ヴィータはどこか諦めた調子でそっか、と小さく呟いた。
 だが、


「俺も違和感を覚える。闇の書自体に。……いや、闇の書という言葉に、か」


 テーブルの下から聞こえる声に、ヴィータははっとなった。
 そう。まさしくそのそれ、言葉というか、存在というか、とにかくヴィータは違和感を覚えていたのだ。何かが違う。そんな気が、いつもしていたのだ。


「だよな! やっぱり、そうだよな!」

「ああ、おかしな感覚だ。これは、俺とヴィータだけか?」


 二人に尋ねても、やはり回答は変わらなかった。
 分からない。気づかない。
 ヴィータとザフィーラのみに感じる違和感。闇の書という名前。何がおかしいのか分からないが、しっくりこないのだ。落ち着かない名前をしている。闇の書だなんて、そんな名前ではなかったような───。


「ヴィータ」


 シグナムの一声で、深みに嵌ろうとした思考を持ち上げる。


「ヴィータ、それは今、重要か?」


 責めているといった声色ではない。単純な疑問。重要かどうかを判断する材料を、シグナムは持たない。だからこその疑問だったのだろう。
 ヴィータもそれを分かっていて、だからこそ答えに詰まった。
 重要な気はする。重要だと思うが、しかしそれは蒐集より大事だろうか。その時間を割いてまで解決するような問題だろうか。


「……すまん、ヴィータ。どうにも私は、少し先走りすぎているようだ。蒐集も順調だ。お前が気になるというのなら、先にそれを解決してもいい」

「あ、いや、そんなことねー。蒐集より重要だなんて、そんなことねーよ」

「しかし、私はそれを感じない。怖いのではないか?」

「ザフィーラもそうだし、どっちかってーと安心した」

「ふ、今度はこっちが不安になってくるな」


 場を取り成すようにシグナムがいうと、シャマルが私も不安になるとおどけた調子で手を上げた。
 そうだ。何を考えているのだろう。蒐集より重要なことなんて、無い。はやての命より大事なものなんて、あっていいはずが無い。
 ヴィータは疑問を噛み殺し、ごくりと飲み込んだ。今はこれでいい。疑問の解決は、命の解決の後で。

 うん、とヴィータは心中で頷き、シグナムに視線を送る。自分の問題なんか、後回しだ。
 逸るなとでも言う様に彼女はため息をつき、苦笑まじりに言う。


「さっきも言ったとおり、蒐集は順調だ。この調子なら、今月中には集まる」

「今回の召喚では、ちょっと時間がかかっちゃったわね」

「色々と、これまでとは違っているからな」


 殺さない。そういうこと。


「アタシもたいがい手加減してきたけどさ、一人だけとんでもない奴がいた」


 ヴィータは思い出し身震いすると、シグナムがほう、と瞳を輝かせた。戦闘狂め。


「一週間くらい前だけど……、正直負けるかと思った」

「ヴィータちゃんにそこまで言わせるなんて……。局員の方?」

「いや、多分あれ訓練生なんじゃねーかな。試験がどうとかって聞こえたから」

「なるほど。この時代の魔導師も、なかなか油断は出来んか」

「捨てたもんじゃねーよ。はやてみてぇな奴もいるし、それにほら」

「ああ、分かっている。私も先日確認してきた。いるところにはいるものだな。先を見れば、私たちを超えるぞ」


 先日高台の階段で出会った少女。名前はなんと言っていただろうか。確かたかまちなんとか。


「たかまち、にゃのは……?」

「なるほど、にゃのはというのか、あの少女は」

「えあ、ちがうちがう、にゃ、んや、にゃのはだ」

「……? だからにゃのはなのだろう?」

「にゃのはちゃんね。覚えておくわ」

「ふん、にゃのはか……」

「えと……」


 ヴィータはうまく回らない舌を呪って、もうそれでいいやと諦めた。重要なのは名前なんかより、その力。傍を通り過ぎただけで上等だと感じるものがあった。アレを手に入れてしまえば、今月中といわずに、今週中にだって決着はつく。
 思わず拳を硬く握った。だって、今週中に決めてしまえば、それだけはやてが苦しまなくてすむ。
 いつかも感じたことだが、ヴィータには はやての症状がなんとなく分かるのだ。恐怖だって、ただ事ではすまないような、どす黒い何かが這い上がってくるような、そんな感覚を覚えているはずなのだ。なのに はやては何も言わない。それどころか笑顔を見せる。
 強いな、と思った。優しいな、と思った。同時に、助けたいと強く感じた。


「シグナム」

「ああ、分かっている」


 狩猟、解禁だ。
 どこぞのテレビCMのようにシグナムは口にした。心臓に熱が入る。

 と、同時に。
 ごとり。
 リビングでいつものミーティングをしていたヴィータ達だが、二階のほうからそんな物音。

 あ。
 真っ先に反応したのは、もちろんヴィータだった。ただの物音に、獣のような反応を見せた。どくんどくんと鼓動が高鳴る。いやな予感がしている。そんなのってない。もうすぐなのに、後ちょっとなのに!
 階段を駆け上る。何度か躓きそうになりながらも駆け上る。高々これだけの運動で、なぜだか息が上がってしまう。心臓がやかましい。
 ドアノブに伸ばした手が震えていた。この先の現実を、受け入れたくはなかった。


「はや、て……?」


 ゆっくりと開く扉。震える声。
 ベッドから落ちてしまったのだろう。はやては布団を巻き込みながらフローリングに突っ伏していた。は、は、は、と荒い息遣いが聞こえる。呆然とその光景に捕まって、ヴィータの足は動かないでいた。
 どうしたんだ、と後ろの方から仲間たちが駆けてくる。どうもこうもあるものか。ヴィータはふるふると頭を振る。こんな現実、嘘に決まっていると、その場から逃げ出したくなった。


「……はやてぇ───っ!」


 闇の書の侵食は、ついに はやてを脅かした。







[4602] nanoAs14-フラッシュバック・メモリー・プラグ
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/04/02 15:11
14/フラッシュバック・メモリー・プラグ





「───だから!」


 病室で、怒鳴り声とも取れるような、そんな声量。
 

「だから! 急がねーとやばいんだって!!」


 声の主は、ヴィータだった。ここは病院なのだ。いくら現代の常識に疎いヴォルケンリッターでも、それがまずいことくらいは分かる。
 ザフィーラはヴィータの肩に手をやり落ち着け、と静かに言った。
 それがどこか癪に障ったのか、ヴィータの瞳は吊り上がる。


「落ち着け? 落ち着けって何だよ! はやてがッ、はやてが危ないんだぞ!」

「だからこそ落ち着けと言っている。主が危ないときに冷静でないお前こそ何だ」


 いつもヴィータに優しいザフィーラにしては、少しだけ辛辣な言葉だった。
 瞳をいっぱいに潤ませているヴィータを見、続ける。


「急がないと危ないことくらい、皆分かっている。お前が、主を誰よりも好きなお前が焦るのも、よく分かる。だが、考えてもみろ。俺たちはあと何人の蒐集を成功させればいい? お前の言う少女を狩ったとして、それで、あと何人だ」

「わ、かんないけど……、五人か、六人か、そのくらい……」

「俺たちの全力は、それにどの程度の時間がかかる?」

「……一晩」


 俯くヴィータの頭に、ザフィーラは大きな手のひらを乗せた。一度だけ撫で付け、分かってくれたかと呟いた。
 ザフィーラにだって、もちろん焦りはある。闇の書の完成も間近というこのタイミングで主が倒れるとは、さすがに想像をしていなかった。だが、ザフィーラは守護獣であり、ヴォルケンリッター唯一の男だ。冷静さを欠くような場面は、これまで一度だって見せたようなことはない。
 しかし、ヴィータが抱える過剰ともいえる焦り。その正体も知っているのだ。 
 そう。ザフィーラは、『思い出した』。ヴィータと自分にしか感じなかった、違和感の正体を。


(夜天の魔導書……。そう呼ばれていたな、お前は)


 闇の書。それへの違和感。あっけなく片付いたそれは、そういうことであった。
 しかし、そもそもこれは、別のことを思い出して、その副産物のような形で思い出した出来事。本当の意味で思い出したのは、こういうことではない。
 主が倒れる。それは、守護獣のザフィーラにとって一番許しがたいことであった。その姿はいっそ懐かしくすら感じてしまい、余計に腹立たしい。感傷だと鼻で笑い飛ばせるほど、それは小さくはなかった。
 ヴィータの頭頂部に視線を送り、


(俺は……)


 そこまで考えて、ヴィータがもう一度、確認するように呟いた。


「……でも、ホントに、ホントに急がねーと、まずいんだよ……」

「ああ、分かっている」

「違うんだよ、ホントにっ」

「それも、分かっているよ」


 ザフィーラは珍しく、笑顔を作った。


「俺は守護獣だ。守るさ、全員」


 そこで、今まで瞳を瞑りだんまりを決め込んでいたシグナムが、決意するように立ち上がった。ちょうど良く、医師に病状の確認をしていたシャマルも帰ってくる。一言二言二人で会話し、シグナムがふむと頷いていた。


「主の状態は、良くはない」


 その言葉に、ヴィータがぴくりと反応。


「しかし、今すぐ命の危険があるかというと……、そうでもない」

「お医者様も原因は分らないって言っていたわ。当然よね、むしろ私たちのほうが良く分かるもの」


 闇の書の、リンカーコアへの侵食。
 身体もリンカーコアも幼いはやては、闇の書を持て余すのだ。転生という形で飛んでくるものだから、防ぎようがない。


「だから今日は───」


 溜めるようにシグナム息を吸い、


「寝るぞ!!」


 なんだそれは。
 顎が外れたようにパカリと口を開けているヴィータがおかしくて、ザフィーラは思わず顔を覆った。





◇◆◇





 もたついている。
 ちっ、とあまり上品ではない舌打ちが響いた。
 ロッテからの報告を受け、闇の書の主、八神はやてが倒れたのを知ったのは三日前。ヴォルケンリッターは、蒐集をピタリと止めていた。
 アリアはイライラした様子で髪の毛を掻き毟り、主のいる一室へと足音高く廊下を歩く。


「お父様、私です」


 返事も聞かずに扉を開けると、グレアムは疲れたようにソファーに座っていた。
 ずきり、と心が痛む。使い魔と主は、繋がっているものなのだ。そういう風に出来ている。この痛みは、自分のものなのか、それともグレアムのものなのか。


「お父様……」

「完成を目前にして、なかなかうまくはいかんな」

「ええ。ヴォルケンリッターも、主から離れ難いらしく」

「蒐集自体は余裕があるからな」

「急ぎすぎたのでしょうか……?」

「なに、焦ることはない」


 そういうグレアムだが、アリアの目から見れば、彼が一番に気を病んでいる様子だった。
 計画の通りに動かないヴォルケンリッターに腹が立ってくるが、しかしそれをそのまま表に出すほど、アリアは子供ではない。どうすればいいかと冷静な部分で考え、自分自身がリンカーコアの蒐集をしたらどうかと、えらく短絡的な考えに行き着いた。結局、冷静になりきれてはいないのだ。


「私たちが出るのはどうですか? 高町なのはを墜とし、フェイト・テスタロッサをおびき出せば、あとはヴォルケンリッター自身のリンカーコアで……」

「逸るな。直接干渉すれば、必ずどこかで隙が見える。今でさえそうだ。これ以上は支障が出る」

「しかしっ」

「落ち着け。何か状況が変わったか? 違うな。ただ待てばいい。待つことこそが、私たちの戦いだ」

「……はい」

「そう気を落とすな。お前たちは私の助けになっている」


 そんなはずはない。出来ていることは、監視とその報告だけではないか。
 グレアムは、お父様は、その痛みを一手に引き受けている。悲しみも、後悔も。三等分しようといったのに、自分の使い魔なんかに気を使って。
 アリアには、成功させる自信があった。変身魔法で外見を変えて、獲物を狩り、それをヴォルケンへと放る。考えれば考えるほどに優しく、あまりに単純な作業。それなのに、許可は下りない。
 やってしまえば───、


「───アリア」

「あ、はい……」

「妙な気は起こすなよ」

「……にゃん」


 しゅんと耳をたれ下げて、アリアはグレアムの膝に乗った。





◇◆◇





 何度調べてもそうだった。何度考えてもそこに行き着いた。
 そんなはずは無いと、自分の中にあるそれを打ち消そうとしても、どうしたって確信がそれを阻む。
 なんで。どうして。
 そんな思いでいっぱいだった。どうしようもない感情の奔流があふれてきて、叫びだしたい気分になる。


「どうして、気がついてしまったんだ……」


 いつになく覇気のない声をクロノは上げた。
 その人はクロノにとっての、本当の意味での父親だった。立派な背中を見せてくれた。覚悟だって見せてくれた。英雄だと言われていることに、一片の疑問すら感じない。そんなグレアムに、クロノはたどり着いてしまったのだ。
 ため息すら出ない。もう、確信してしまっているから。代わりとばかりに涙があふれた。ちくしょう、と何かを呪うように声を上げるが、聞いているのは自分だけ。
 どうにかなる。自分は、この事実は、そうするだけの重みがあった。


「う、ぐ……」


 急に襲ってきた吐き気。口を押さえて廊下を走り、便所へと駆け込む。
 ここ最近は食が細く、あまり食べてはいない。出てくるのはつんと酸っぱい胃液だけだった。


「なんだってこんな、くそ、どうしろってんだ、僕に……」


 神を呪った。
 誰かに聞いてほしい。どうすればいいか、相談がしたい。部下? ありえない。
 こんなときに、決まって頭に浮かんでくるのは、ディフェクトだった。これに対してもつい毒づきたくなるが、今のクロノにそんな余裕はない。
 すぐに部屋に戻り、端末を操作。ディフェクトを呼び出すが、ああ、そう言えば入院しているじゃないか。
 だったら、とクロノはもう一度端末を操作。ユーノを呼び出した。
 コールが一回。二回。三回。さっさと出ろよと吐き捨てる。
 そして十回ほど呼び出し音が鳴ったとき、


『ん、久しぶりだね』

「……ああ」

『どうしたの? 珍しいじゃないか』

「ああ、えと、君はどこにいるんだ?」

『今? ディフェクトのお見舞い。病院に着いたとこ』

「あいつに、代われるか?」


 そう言うと、ユーノの表情が変わる。


『一応さ、重傷患者だよ。伝言なら聞くけど?』

「あいつと、話がしたいんだ」


 今までにない事であった。ここまで弱弱しいクロノを、いったい誰が見たであろうか。
 ユーノがため息をついたのが見える。そこまでヘタレているかと、クロノは思わず口元を揉んだ。


『だめだね』

「……何故だ」

『ボクらはもう、進んでるんだ。君、甘えたいんでしょ。そりゃね、ディフェクトは優しいよ。きっと君から相談を受けたら、今まで考えてきたこととか全部捨てて、また一から考えようとするよ。皆が皆、ハッピーエンドになりますようにってさ』

「……」

『口ではそんなことないって言うだろうけど、ディフェクトはね、とにかく優しいんだ。誰にでも優しい、良い人間なんだ。そんなディフェクトが君からの相談を無碍に出来ると思う? ボクは思わない。絶対に悩むし、考える。そして無理する。無茶だって言っても、やる』

「だけど、僕は……」

『いいよね、ハッピーエンド。ボクも好きだよ。だけど、現実を見るとそんなうまい事いかないんだ、なかなかね。……どこかで誰かを見捨てるっていうのが、本当は辛いんだよ、彼』


 ユーノが一度、視線をはずした。
 だからさ、と小さな声で続ける彼は、まるで懇願するように言った。


『だから、提督を良い人にしないでよ。君の話を聞いたら、そうなっちゃう。彼の中では、悪者のままでいさせてあげてよ』

「……ああ、そうか。そうだな……」


 提督、とクロノの確信を裏付けるようなその言葉。クロノは諦めたように首を振り、まるで大人のようなため息をついた。
 どこまでも冷静で、どこまでも状況を見ていて、ユーノの優しさは、ディフェクトにだけ向いている。依存だとか、そういうものではない。ただただ、献身。見返りを求めているようには見えないその姿勢が、クロノにはいっそ不自然に思えてしまう。
 なぜそこまで、と考えないでもなかったが、しかしディフェクトだからと言われてしまうとなんとなく納得しそうな自分もいた。
 相談する相手を間違えたな、とクロノは苦笑い。それでもほんの少しだけ心の重荷が軽くなっていて、こういうのもありかと自嘲気味に考えた。


「君は、優しくないんだな」

 
 ユーノは酷いこと言うなぁ、と笑顔を作り、


『がんばって、クロノ。君がどんな答えを出してもボクは……、ボクたちは、絶対に失望なんかしないよっ!』





◇◆◇





「シェル」

『あ?』

「……なんだテメェその口の利き方!」

『どうせ・また・面白い話でも・しろと・言うのでしょう?』

「暇なんだよ!」


 あれだ。さすがに身体が全然動かないとまずいからね。ヴォルケンと戦闘になって速攻で負けるようじゃ話にならないし。
 てことで、入院! もう二週間くらいたとうとしてんだけど、なかなか回復しねえ。全然いてえ。大丈夫かこれ? 間に合うのか?
 回復回復超回復、と念じ続けてるんだけどこれ効果ねーわ。リンカーコアのダメージ半端ねぇ。痛んでるのが分かるからね、実際。これシェルがいなかった方がマシだったんじゃないかと正直疑うわ。


「俺がこんなんなってるのはお前のせいでもあるんだ。さぁ、面白い話をしろ」

『……おちんぽ』

「なん……だと……?」

『おちんぽが・あるでしょう?』

「あ、ああ……、いや、俺に言えたことじゃねえけど、せめて伏字とかそういう手法を使うのはどうだろうか? ほら、一応お前女の子なんだし……」

『○ちんぽが・あるでしょう?』

「そこじゃねぇよ! 全裸なのに目線しか入ってないくらい不自然だよ!!」


 シロート投稿無修正AVパッケージかッ!


『とにかく・男の・ちんぽが・あるじゃないですか』

「お、おお。わりと簡単に開き直るのな、お前」

『なのに・女の・○○○が・発言・しにくいのは・何故なんでしょう?』

「そりゃお前……、なんでだろうなぁ」


 そりゃもう神のみぞ知る世界っつーか、いろんな人が困る話題っつーか、まぁおれにもよくは分からんな。うむむ。考えてみりゃ変な話だ。男女の差別をなくしましょうというこの時代、やはり諸手を振っておマンなんとかコうとか! とか叫んでみるべきなのか。うぅむ……。
 何でだろう何でだろうと馬鹿みたいなことを考えて、結局答えが出ないままにいると、病室の扉ががらりと開いた。ノックもせずに進入してくるところを見ると、俺らの仲ではそんなもの必要ないと、そういう事なんですね、ユーノ?


「やほ、調子どう?」


 ベッドの脇に座りながら、にこにこと笑顔を作る。
 いやぁ、ユーノはいつ見ても可愛いなこれ。癒し。俺の癒し。もう最近男とか考えなくなってきた。性別ユーノでいいじゃない、もう。


「ちんぽと○○○のこと考えられるくらいには回復した」

「───げほッ! ……なに、それ? 誰か妊娠した?」

「いやそういうこっちゃねぇよ」

「じゃ、じゃあ……、たまってるの?」

「……お前ホントに九歳か?」

「君に言われたくないよッ!」

「コウノトリ信じてねぇの?」

「セックスのほうがよほど現実味があるじゃないか!」

「ああ、そういやセックスも結構言えるな」

「……その前にツッコミを頂戴。今ものすごく恥ずかしい」

「やるものか」



 するとユーノはわかりやすくむくれっ面になって、なんと俺に、この俺を、くすぐり始めやがった。おうまいごっど。
 ぐひ! ぐひひゃ! 駄目だいてえ! 笑うといてえ! ひぃ! ひぃいい!!
 降参! もうむり降参! 俺が言うと、ユーノは満足したようにわき腹から手を離す。なんてこった。この俺がユーノに降参してしまうなんて。いやまぁそんなこと今まで幾度もあったけど。


『この・ラヴ空間・どうしたら・侵せる・ものか』


 そのようなこと考えるでない。まったくそのようなこと考えるでないよ君。
 俺とユーノのラヴ☆ラヴぶりはもう周知の事実だろう? だったらそっとしておいてくれよ。俺のこの熱いリビドーは、結局開放はされずにティッシュの中に行っちまう運命なんだ。いま、この瞬間くらいはユーノで満足させてくれよ。
 はぁと一度だけ息をつき、今夜のおかずは大変満足のいく物が出来たとほくほくしていると、ユーノが思い出したように言った。


「ああ、そういえばクロノから連絡が来たよ」

「あん? なんだ、薄情なやつめ。俺にお見舞い通信くらい寄越せっつの。なぁ?」

「ほら、君って一応重傷患者だから気をつかったんじゃない?」

「一応じゃねぇよ。わりかしマジだよ」


 いまだにあちこち痛いし。やってらんねっ。


「んで、クロノなんだって? 闇の書のこと?」

「ううん。君によろしくって。がんばるよって言ってた」

「へぇ……、切羽詰ってなきゃいいけどな。ほら、ジュエルシードの時もあいつ頑張りすぎてたじゃん」

「そうだねぇ」


 なんか真面目すぎんだよね、クロノ。もうちょっとぱっぱらぱーのぴっぴらぴーでいいと思うんだが。俺なんてすげぇぜ。息の抜き方を知っているどころじゃないぜ。常に抜けてるぜ。抜きながら色々とやってるぜ。
 ほら、あれじゃない。エース頑張りますとは口では言うけど、正直つらいじゃない。もうリタイヤ寸前だし。
 けど、ああ、すっげぇ嫌なんだけど、まぁ多分そろそろなんだろう。そろそろ行動を起こさなきゃ、間に合わなくなっちゃう可能性とか色々あるわけよ。仕方ねえ。本当に仕方ねえ。ガチで仕方ねえけど、やるっきゃない。
 できることならフェイトとか なのはとか、あの辺とヴォルケンの接触すらない感じで締めくくろうとか企んでるからね、俺。気がつけばエース終了してましたみたいな。


「うぅし……」


 相も変わらず身体には力が入らない。


「まだ休んでても大丈夫だよ」

「やだ」

「地球には なのは達も居るじゃないか」

「まかり間違って俺みたいになったらどうすんだよ。これ想像以上にきちーぞ」

「はぁ……、君ねぇ、ちょっとは頼ってあげなよ。嫌われるよ?」

「頼ってるよ超頼ってるよ俺頼ってるよ。……お前を」

「ほらね。そのうち信用されてないって思われちゃう」

「そら困る」

「じゃあ、もうちょっと休んでなよ」

「……わかりんすー」


 けっ。けっ。なんだいなんだい。珍しく頑張ろうと思ったらこれだよ。やってらんねーよ。
 ……ああ、なんか落ちつかねぇ。こう、わしゃわしゃー! ってなる。動きたい。俺超動きたい。


「はぁ……。フェイトにフォローするように言っとくかねぇ……」


 お兄ちゃんは色々大変だよー。





◇◆◇





 駆けた。それはもう駆けた。ベッドから跳ね起きて、初速からマックスの速度が出ているかと思うほどに、最高のスタートダッシュだった。
 だから、部屋の扉に顔面を強かにぶつけても、それは仕方のないことなのである。
 フェイトさん、お兄さんから連絡着てるわよ。
 リンディのその言葉が、フェイトを走らせたのだ。
 裁判やら保護観察期間やら、そういうのがあって、友達に会ったり通信したりと、そういうのを自粛するようにと言われていた。不満はあったけれど、自分のやらかしたことを考えれば当然だとも思った。救いがあったのは、なのはが割りと頻繁にビデオメールを送ってくれること。嬉しかった。楽しかった。
 だが、兄がちっとも連絡をしてこない。どうしたものかと考えて、どうにもならないかと諦めて、そしてようやく今、このとき。 


「っ兄さん!」

『うおッ、フェイト鼻血、鼻血!』


 無造作に、乱暴に袖でソレを拭った。きっと顔面がひどいことになっているが、気にしていられない。


「大丈夫なの? 怪我、怪我したって聞いてっ」

『お、おう、全然たいした事ねぇ。むしろフェイト、お前の顔面のほうがひどい』

「私の顔面はいいよ、ひどくていい。なんで兄さんはいつも怪我するの」

『きょ、今日はずいぶんハキハキ喋るな……』

「だって私、怒ってるもん」


 どうして怪我をしたのか。ホントの所は、しっている。最近になって世を騒がせているアレのせいなのだと。
 裁判が終わり、クロノに無理を言って見せてもらった映像記録。金色の光と、紅蓮に燃える赤い髪。泥臭く、まったくスマートではない戦闘が、画面の中で行われていた。
 音声までは拾えていなかったが、なにやら言い合いと、殴り合い。兄の拳は、赤い彼女に届かなかった。
 つい先日まで、もうすぐ兄に会えるとわくわくしていたのに、今は心が冷たくなっている。いつもぽわぽわと幸せそうにゆるい表情は、どこまでも硬く、眉根にしっかりと溝が走っていた。単純に、不機嫌なのだ。


『えと、なんだほら、フェイトはなんで俺が怪我したか知ってるんだっけ?』

「しってるよ」

『あー、えー、んでな?』

「……」

『えと……。……フェイト、そんなに怒るなって』

「怒るよ」

『うん、連絡しなかったのは謝るから』

「に、兄さんにじゃないよ。あの赤いのにだよ」

『あ? ああ、赤いのな……。……ぅえ? なにお前、見たの?』

「うん、記録を。なにアレ。誰なの? なに話してたの?」


 問い詰めるようにフェイトは視線を送った。
 兄の目線がうろうろと。あー、うー、んー、むー、といかにも何か考えている風な唸り声を上げて、


『バーカバーカ、とか言ってたな』

「そっか」

『……納得かよ』

「え?」

『いやなんでもござらん』


 いやまぁそれはおいといて。そんな兄の身振り手振りが懐かしく、無事で本当に良かったと再確認。


『んでな、あいつらリンカーコア集めてるらしいんだわ』

「うん」

『なのはとか、危なかったら助けてやるんだぞ』

「うん」

『気をつけるんだぞ』

「うん」

『……ちゃんと分かってる?』

「わかってるよ」


 心中に渦巻く熱。ぐらぐらと滾る怒り。あの、赤いの。
 瞳は徐々に冷たさをましていく。代わりに眉根の溝は薄くなって、フェイトは完全に無表情になった。どこまでも冷たく、静か。しかしちょっとでも蓋を開ければ、黒く恐ろしい感情が。
 兄は、ディフェクトは分かっていない。フェイトの戦闘資質を。どこまでも速く、防御を捨てでも、それでも速く。とにかく敵を倒すために訓練を受けてきた。リニスから、母から。そんな人間に、何かを守るなど、到底出来るわけがないのだ。
 防御よりも、攻撃。兄姉の、似通った思考回路。
 ───切り裂く。 フェイトはぺろりと唇を湿らせた。
 復讐は何も生まない? そんなはずはない。なぜなら、この心に渦巻くどす黒い憎悪を、消してくれるではないか。


「大丈夫だよ、兄さん。私、頑張るよ」







[4602] nanoAs15-フレンズⅡ
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/04/06 15:32
15/フレンズⅡ





 んあーい。そろそろ退院しようかな。自主退院。オナニーも自由に出来ねぇような、こんな場所とはおさらばですよ。入院なんてするもんじゃねぇな、ホントに。クソ不味いあの病院食が、むしろ楽しみになってくるという罠があるからな。
 そう、暇すぎるんだよ。マジヤベーんだよ。集中治療室的なここ、完全に一人部屋。……ありえね。暇。暇すぎる。


「てことで退院すっぞ、シェル」

『イッエース!』

「なにそのテンション」

『面白い話の・呪縛から・逃れられると・思うと・こうも・なる・というものです』

「ああ、辛かったぜお前の話。くそツマンネんだもん」

『!?』


 言いながら、身体に取り付けられている器具をぶちぶち取り除く。最近はそこそこに身体も動くようになってきてね、結構快調だよ。そりゃさ全快には程遠いけど。
 よっこらしょ、とベッドの脇に立って伸びを。ん~、久しぶり。きもちぃ。最高。やっぱ人間、寝たきりなんて耐えられるもんじゃねえ。
 いっちに、さんし。ゆっくり柔軟をしてほっと一息。すると、なにやら枕元にある器具がビコビコ光り始めた。


「ん~?」


 なんだこれ。なんか光ってんだけど……。
 そのあたりで、廊下をパタパタとスリッパが叩く音が聞こえる。
 ああ、これアレか。ほら、お医者さんに患者のデータとか送ってるやつ。器具全部引っこ抜いたから、今頃お医者さんの中では俺が死んだことになってんじゃね?


「───大丈夫ですか!?」


 ほらね。
 ぜぇぜぇ言いながら現れたのは、白衣を着た、いかにもなお医者さんだった。


「ああすんません。俺、退院するんで」

「な、何を馬鹿なことを言っているんです。重傷者は黙って寝てなさい」

「ほら、全然動くし」

「我慢してるだけでしょう」

「ンなことねーよ。じゃあ、ありがとうござ───」

「あなたのその状態は、リンカーコアが原因なんです。痛みすぎている。無理をすれば、魔導師としての資格を失いますよ」

「大丈夫、心配しすぎ。助けたいやつがいるんだよ。邪魔すんな」

「そのリンカーコアの状態じゃ魔法だって使えやしま───」


 バキィィインッ!!
 ベッドが塵へと消える。ソレはそのまま純魔力へと変換。俺の腕の周りをくるくると、周回するように。
 軽く拳を握って、壁をノックするように叩いた。ぼんっ。小さな爆発。


「……魔法が、なんだって?」


 煙を立てる壁を呆然と見つめるお医者さんの隣を通り廊下へ。よく場所が分からん。まぁとりあえず一階に降りとけば間違いはないだろう。
 ぽちりとエレベータの↓を押して。
 チンっ。
 その扉が開くと、


「ありゃ?」

「ああ、いま迎えに行こうとしてたとこ。ちょうど良かったね」


 ユーノだった。
 俺の着替えやら何やらを両手に抱えて、はい、と手渡してくる。
 エレベータの中で着替えを済ませ、チンっ。
 その扉が開くと、


「ありゃ?」

「なんだ、退院はまだ先のはずだろう?」


 クロノだった。





◇◆◇





 クロノ・ハラオウン。
 彼はここ数日の自分の様子に、それこそ自分で驚いていた。もう駄目だ、無理だと思っているのに、手足はしっかりと仕事をこなしているのだ。僕は機械か何かか、と思わず呟いてしまった。
 フェイトを嘱託魔導師にし、命令は艦長から聞くようにと指示。ここ最近大人しいヴォルケンリッターの動向を調査し、『地球』も調べてはいるのだが、なかなか尻尾をつかませてくれない。
 クロノは一度大きなため息をついて、椅子の背もたれにだらしなく寄りかかった。天井のライトがやけに眩しく感じる。


(逃げてばかりじゃ、いられないんだよ)


 クロノにだって分かっている。やるべきことが。やらなければいけないことが。それは目の前にぶらぶらとぶら下がっていて、手を伸ばせば、行動を起こせばすぐに済むような問題なのだ。
 しかし、この身体の重さはなんだろう。この心の重さはなんだろう。これにだってすぐに気がつく。結局、グレアムを最後まで信じていたいだけ。グレアムがこんなことをしているなんて、信じたくないだけ。
 グレアムはどこまでも正しい人間だと、そう思っていた。これはクロノが勝手にそう思っていただけで、裏切られたとかそういう感情はない。ただ、信じたくないだけ。


「……子供のころから、よく面倒を見てくれたな」


 時間にしてしまえば、本当の親子とは程遠いだろう。だけれど、グレアムはクロノに色んなことを教えてくれた。魔法にしてもそう。格闘にしてもそう。ロッテとアリアは手加減知らずだったけれど、好きだった。


「初めて魔法が成功したときは、嬉しかった」


 まるで自分のことのように喜んでくれるグレアムの表情が焼きついている。よくやった、とその大きな手のひらで撫でられた事も、昨日のことのように覚えている。
 幼いころ、クロノはグレアムのことを正義の味方だと思っていた。いや、事実そうなのだろう。いま、この瞬間でも。英雄はどこまでも英雄。力のない人たちの味方。


「……」


 目を瞑り、


「いく、か……」


 開いた。
 未だに迷いのある瞳だが、確かにクロノは歩み始めた。





 部屋の扉を二度ノックする。奥のほうから入れ、と耳に馴染んだ声が響いた。 
 失礼します。一度だけ頭を下げて。


「……お久しぶりです、提督」

「ああ、久しぶりだな」


 相変わらず、にこやかな笑みだった。
 座れと勧めてくる彼にもう一度頭を落として、クロノはソファに腰を下ろした。
 さて、どう切り出したものだろう。闇の書だろうか。ヴォルケンリッターだろうか。それとも、ディフェクトだろうか。話したいことは山ほどある。山ほどあるのに、お口にチャックをされたように、なかなか開いてはくれなかった。
 重い沈黙が圧し掛かる。ごくりと生唾を飲み込む。やけに粘々していてなかなか喉を通っていかない。
 僕はどうする。事実を知って、今の今まで考えているのだが、結論はでないまま。迷いを振り切るためにここに出向いたのに、影のようについてくる。とたんに泣き出したいような衝動に駆られて、クロノは一度だけ鼻を啜った。


「提督、僕は……」


 さえぎるようにグレアムが右手で制した。
 彼は相変わらずの笑みで、クロノが知っている笑顔のままで言う。


「なんだろうな、この感覚は。よくたどり着いたと、褒めるべきか?」

「……隊員たちのログを洗って、事件現場の記録を漁って、最後は……勘です」

「勘か。いい兆候だ。お前は冴えているのに現実ばかり見ようとするからな。どうだ、意外と当たるものだろう?」

「当たってなんか、ほしくなかった……!」


 呪詛を吐くように。クロノは拳を握った。


「なんで、こんなっ」


 その答えはもう自分の中に用意されている。
 人の為に。ただ人の為に。そういう人なのだ、グレアムは。殺してでも大勢を救うようにと、ただそれだけを考えているはずなのだ。
 しかし、


「……勘違いをするな。私はいい人間などではない」


 衝撃が走った。


「人の為など、偽者だ。人は英雄になどなれん。分かるんだよクロノ、私など小さな老人に過ぎんと、それを分かるんだ」

「そんなことはない! あなたは確かに英雄だ! 英断を下した! クライド・ハラオウンを、殺したじゃないか!」

「そう、殺したからだ! 殺したからこんな立場に祭り上げられッ! 闇の書への憎悪を育て! そして私は、また人を殺す!」

「それも英断でしょう!」


 クロノは叫ぶんで、そこであ、と思った。そう感じてしまった。
 ゆっくりと首を振るグレアムの姿が、私は……と覇気を感じられないその声が、先ほど彼が言ったように、小さな老人のものに見えたのだ。嫌だ。こんな提督の姿は見たくない。
 両者ともに、首を振る。グレアムは心底疲れたように。クロノはそれを信じたくなくて。


「……私はもう、疲れたんだよ」

「そんなのって、ない」

「お前の顔を見るたびに、クライドに責められている気がする。お前がクライドを嫌っているその事実が、私の心臓を締め上げる」


 誰にも言ったことのないそれを、クロノがクライドを憎悪している事実を、グレアムは気づいていた。
 まるで丸裸にされた気分だった。だって、だって、グレアムは───。


「私は、お前のことが苦手だった。十一年間、好きになるように努力はした。だがなクロノ、お前はクライドに、どこまでも似ているんだ」

「提督まで、そういうんですか……?」

「お前が髪を掻き揚げるしぐさ。報告書を持ってくるときのペンの持ち方。フォークの握り方に、グラスを掴むときの指の配置まで」

「……」

「魔法の才も、格闘のセンスも」

「……僕の努力を、才能で片付けないでください」

「そうやって、クライドもよく噛み付いていたよ」


 がつんと。現実という鈍器に殴られた。
 ああ、自分がなくなりそうだ。視界が狭くなって、気を失ってしまいそう。どこまでも付いてくるクライド・ハラオウンが、たまらなく憎い。
 だったら、何のために。どうして。なぜ、会うたびに悩まされる自分なんかと懇意にした。会いたくないといってくれれば、それでよかった。悲しくなったかもしれないけれど、今よりよほどましだった。
 それは叫びたくなるような、そんな衝動だった。心の奥底で、いや、表面かもしれない。とにかく父を感じていた相手に、英雄だと信じていた相手に、まさか顔も見たくはなかったと言われるとは、さすがに予想がついていなかった。
 疑問は尽きない。尽きないけれど、しかしクロノは頭が良かった。勘に頼らず、現実を見据え、その答えはそこに。


「僕も……、僕も、計画の歯車なんですね……」

「歯車? 馬鹿を言うな、クロノ」

「……」

「お前は計画の、切り札だ」


 どこまでも非情で冷たいリアル。
 グレアムが懐から取り出したカード型のそれ。中央にあるコアを見て、それがデバイスであると気がついた。


「十一年間、いつか来るだろうと今日この日を待ちわびた。だからお前を育てた。魔法を、魔力を。癖を観察し、タイミングを見て、フィットするようにと願って。クライドに怯えながら、老いに怯えながら、しかしお前を見続けた」


 差し出される、カードは。


「デバイス・デュランダル。本来なら、最後の最後で渡すつもりだったのだが、よく……。いや、お前の成長を見誤った私に、それを喜ぶような資格はないのだろうな。受け取れクロノ。私達がお前の為だけに作り出した、最後の贈り物だ」


 震える手でデュランダルを受け取り、クロノは静かに涙を流した。
 グレアムは私は老いた、とデュランダルを扱いきれないことを指し、クロノが好きな、いつもの笑顔を作る。


「今度はお前が英雄になる番だ、息子よ」


 その言葉にどんな思いが込められているのか。そんなもの、クロノには分からなかった。自分と同じように苦しめといっているのかもしれないし、自分とは違う、本物の英雄になれと言っているのかもしれない。
 感情はすでに停止寸前。あまりにショッキングなことが起こりすぎている。
 ただ。
 ただ、クロノは部屋から出て行くとき、デュランダルをしっかりと握り締めていた。

 ───そして、二日がたち。


「なんだ、退院はまだ先のはずだろう?」





◇◆◇





 どしたんだろ、クロノ。なんかやけに怖いっつーか、ピリピリっつーか……うん、正直気分悪いんだが。
 俺さっさと地球いって色々と解決してエース終了したいんだけど。なんなの? 話があるとかそういうことなの? 妹をくださいとかいったらはっ倒すよ?
 ユーノなんて先に行っているとか何とか言って消えやがったからな。あいつ後で尻触る。すげぇ触る。揉むわけじゃない。ふわっと触る。

 俺について来い状態のクロノの後をテクテク歩き、行き着く先はなーんにもない原っぱだった。
 ……決闘? これ決闘とかあっても不思議じゃない原っぱじゃないか。忍者と侍が戦ってても何の違和感もないじゃないか。え? ちょ、クロノくん、え?


「なにしてるんだ。こっちに来い」

「ヤ、ヤダ。痛いことするの?」


 冗談にもまったくノって来ない。鼻で笑うくらいあってもいいと思ったが、それすらない。
 それで、とクロノは冷たい声色で言い放つ。


「それで、君は闇の書をどうするつもりなんだ?」

「いやはや何の事だかさっぱり過ぎてへそで茶を沸かします」

「……」


 なんで知ってんだよクロノ。クロノなんで知ってんだよ。
 あれぇ? 俺なんかしたっけ? いやいや、そもそもクロノに会うのとか久しぶりだし、俺がなんかしようとしてるとか、知ってるはずないんだけどなぁ。
 うむむ、と腕を組み考え込む。
 ……あれか、ユーノか? ユーノ言っちゃったのか? いやしかしユーノだしな。あのユーノがこんな、俺が不利になるようなこと言うとは思えないんだけど……。もしそうだったらやっぱり揉む。尻を揉む。ぐわしと揉む。


「あー……、ほら、そういうの分からないっていうか何ていうか」

「誤魔化さなくていい」

「……なんで知ってんだ、お前」

「さあな」

「んで、何かあんの? 俺が全部解決してやっから、別に何にもしなくていいよ」

「成功するんなら、それでいい。喜んで君に託すよ」


 なんか物分りが良すぎる。このクロノおかしいクロノだ。ここのクロノなんかおかしいよ。
 クロノは懐をごそごそと弄り、取り出したるは一枚のカード。……カード? なんだっけあれ。ほら、えと、で、でぃ、でゅ、……そうだ、デュランダルだ。んー。……ん~? もうそんな時期? あん? なんか違くね? いや、時期とかそんなこと考え始めたら、それこそエースの開始時点でがっつりずれてんだけど。だってほら、デュランダルってグレアムが持ってたじゃん。そんで はやてごと永久封印かますとかなんとか……。


「なんでお前がそれ持ってんだよ」


 ディフェクトはつい言ってしまったんだ☆


「っは、なんだ君、これのことも知ってるのか。いったいどこまで分かってる?」

「ンなことどうでもいいから、託すって何?」

「ああいや、さすがにコレはやれない。というか、僕以外には使えない。たった二日なのに馴染みすぎてね、こいつがいなくなると寂しいよ、さすがに」


 きらりとデュランダルのデバイス・コアが輝いた。
 俺が知ってるのはこんな正直者じゃないよ。寂しいとか絶対言わない奴だよ。クロちゃん絶対変なスイッチ入ってるよこれ。


「……何パーセントだ」

「あん?」

「君の、君が起こす行動で、皆が救われる確率は何パーセントなんだ」

「ひゃくパー」

「真面目な話をしている」

「……わからん」


 皆って、アレでしょ? リィンフォースまで入れてって事でしょ?
 そうなったらどうなるかなんてわからねぇよ。一応ユーノと俺で考えて、恐らく実現は可能、くらいの点数。やばかったらすぐ逃げるんだよってユーノが言ってたから、そこそこ危ないのかもしれない。


「僕のほうは、九割がた成功させる自信がある」

「『自信』っつー話なら、こっちには絶対成功させる根性がある」

「言い方が悪かった。成功率で考えるのなら、僕のミス以外を考えて、失敗の要素はない」

「……そんで、闇の書の主ごと封印しようってか?」

「そうだ」

「なぁんでそんな考えに至るかね、お前は」


 原作崩壊。俺がレイプするまもなく崩壊。


「君は言ったろ、『一人を殺せば百人助かるとして』。なかなか考えさせられる言葉だった。以前の答えどおり、僕は一人を殺して百人を救う。英雄になるのも悪くないって、そう思えた。僕がそう、考えたんだ」


 本当にクソッタレな奴だなコイツ。
 英雄とかなんとか、そんな話Fateの中だけにしとけよ。お前が私のマスターか畜生が。
 そもそも英雄になりたいとか、そんな馬鹿みてぇな事考える奴はね、みんな頭のネジが二、三本外れてるかぶっ飛んでるかしてる奴だけなんだよ。そんな奴ってのはね、自分のやることに疑問を持ったりなんかしない。だから絶対にそんな目は───。


「……泣くなよ」

「泣いてなんかいないさ」

「……大丈夫。お前は英雄なんかにゃなりゃしねぇよ」

「どうだろうな」

「そうなんだよ」


 つまりはそういうこと。クロノはどこまでもまっすぐに、俺にぶつかってきたわけだ。


「俺がお前を、英雄なんかにならせはしねぇ!」


 バキィィインッ!
 砕け散るようなその音と同時に、地面が陥没。リンカーコアを通すことなく、その純魔力をそのままシェルへと。輝く塵は、シェルの根っこに吸収されて、腕を締め付けるような圧迫感へと変わる。
 多少構成が甘いところがあるけど、ファーストフォーム、セットアップ。
 瞬間、クロノがその場から飛びのき、カードを指先ではじいた。くるりくるりと回転するそれは、一度だけまばゆい光に覆われて魔法杖へと姿を変える。先端を飾る、鳥の顔にも見える部分がぎらりと陽光を反射した。
 はいはいんじゃまぁ……、


「───っくぞ泣き虫!」


 地面をひねり潰す勢いで駆けた。
 いやもう何回も言う様だけど、俺は接近第一。距離をとられたら終わり。ンなこと、この右腕に変なもんがついたその日に気がついたっての。
 クロノが牽制で出すスフィア、いくら牽制といっても当然当たってくるそれに拳をぶち当てる。弾ける魔力光と爆音。いちいち気をとられていたらそれこそ二秒で墜とされるのがオチ。
 一発二発三発と、飛んでくるスフィアを迎撃しながら距離を詰めた。何回も何回も繰り返した行為。すでに俺の始まりの合図にすらなっている気分がする。
 ふしっ! 鋭く息を吐きながらの打ち込み。少しずつ、ほんのちょっとずつでも、俺の間合いまで距離を詰めれば、そりゃもう俺の勝ちだ。アクセラレーションの爆発加速。人間の反応速度を凌駕できるまでの距離に近づけば!
 構わず足を踏み出し、先へ進み、


「ちっ」

 
 クロノから舌打ちが聞こえた。
 絶好のタイミング。アクセルフィンを一枚使おうかという、今しかないぞという、このとき。
 ぱぁん! と乾いた破裂音がするのと同時に、視界が明後日の方向にずれる。衝撃の発生源は後頭部。正面から攻撃を受けているのに、クロノのスフィアは俺の後頭部を狙い打ちやがった。
 いったいどうなってやがる。考える間もなく思わずつんのめって、右手を地面につけ───、

 ───雨霰。こんな程度の隙を見せただけで、クロノからスフィアの嵐が降り注いだ。


「シェルッ」
『──Acceleration──』


 散る羽一枚。
 逃げる? ありえねぇ。俺の足は先に進むようにしか、出来てねぇ!


「ぅおああっ!」


 背中から一筋の奔流を残し、前からだけではなく背後からも迫ってくるスフィアから逃げながら、そして肉迫。
 硬く握り締めた拳を、ボディを目掛けて打ち抜いた。がむしゃらに出したその一手は、しかしクロノの機動力のほうが勝っていたようで、わき腹辺りのバリアジャケットを僅かに引きちぎるだけ。
 顔を見れば、相変わらずクロノの表情は消えたまま。虚のような瞳は、俺に背筋をなめ上げられたような不快感を与えた。熱に似た危機感を覚え、そのときクロノが右手に持っているデバイスは、こちらの腹を狙っているじゃありませんか。


「凍れ」


 ひんやりとした冷気を感じ、あ、やべぇこれ、やべぇ。


「んぎッ、ファーストブリットォ!」


 伸ばしきった拳をそのままに爆発させた。
 クロノの体を少しだけ飛ばす程度しか効果のなかったソレは、確かに俺を救った。
 先ほど狙いをつけていたところ。たった今まで俺の腹があった部分にその冷気は凝縮。空気すら凍りつかせたそれは、馬鹿でかい氷の塊となって地面に落ちた。
 ずいぶん本気じゃないの。カチンコチンの氷像ディフェクトが完成するとこだっての。
 ころりと地面を一回転し立ち上がったクロノを睨み付け、


「殺す気かテメェ!」 


 クロノは澄ました様子でデバイスを一回転させると一度だけ息をついた。周囲から空気がクロノのほうに集まっていくような、不思議な感じ。
 来る。さぁなにが来る。俺ぁそのデバイスのことなんて、エターナルコフィンしか知らねぇぞ。なんも分からねぇ相手と戦うの怖いんだよね、マジで。
 警戒心マックスで一歩下がり、右手を腰溜めに構える。何にでも反応できるようにややつま先のほうに重心を置いた。


「固まれ」


 クロノのその一声で───、ギシリ! 歪むような音と共に現れたのは、八本のそれ。空気は凍りつき、先端をコレでもかと尖らせた氷塊の出来上がり。一つ一つに不出来な羽のようなものがついていて、そいつらはまるで意思を持っているかのような動きでっ!
 ちくしょうアレだ、なんか見たことある感じ、アレに似てる! 行けよファングァ! のアレ! まさにそれ!
 不規則な動きで、こちらを翻弄するように、氷で出来たファングが飛行してくる。軸移動するたびにキュン、キュン、と風を切り裂く音が聞こえて、余計に恐怖感をあおった。
 さぁ来るかい。いつ来るんだい。今か、どうだ、来るのか、来ないのか、来る、来ない、来る……、緊張でおデコから一筋汗が垂れる。
 そして、クロノがデバイスを振り下ろした。周囲を楽しげに飛んでいた氷塊が一斉にこちらに先端を向け、囲まれて、睨まれている。ただ単純に、くそ怖ぇ! 


「貫け」


 死体に群がるカラスよりひどい勢いで氷塊は襲い掛かってきた。
 順番に飛んでくるような、そんなスマートな奴らではない。マジ勘弁。そんな俺の思いをゲラゲラキャッキャと笑うように、そいつらは自由奔放に風を切る。 
 キュンッ───。
 顔面の真横を通り過ぎる一本目。左右に伸びた羽のような突起で頬を裂かれる。ギリギリ視界に入っている間に捕まえて、握りつぶす。
 瞬間、よくも仲間をやってくれたなとでも言うように、右腕にそれは突き刺さった。ぎ、と意識しないところで声が出て、同時、三本目のファングは俺の背中から迫っていた様子。肩甲骨の辺りに衝撃と冷気を感じた。


「が、あッ」


 悲鳴を上げる暇すらない四本目。正面から飛来してくる凶針。迎撃しようと手を伸ばした瞬間に、そいつは不意に軸移動。またも風を切り裂く音と速度で、俺の太ももに深々と突き立った。
 だめだ。ここに居ちゃ駄目だ。刹那の思考。むしろ本能。
 五本目の飛来を後方に予想しながらアクセルフィンに点火した。金色の魔力光を吐き出し───、


「コキュートス」


 突き刺さっている氷塊よりもさらに冷たい声が響いた。
 それは地面を凍りつかせ、踏みつける若草を霜降り草へと変えながら、そして俺の足はそこから離れることをしなかった。
 二枚目の羽が役目を果たさずに砕けていく。
 

「ずりぃ!」


 五本目は、予想の通り後方から。上腕の辺りにナイフで刺されたような痛みが走った。ナイフで刺されたことないけど、多分刺されたらこんな感じだろちくしょ───、すでに六本目が、シェルに突き立っているその隣、右腕に。七本目が───、八本目が───。
 どす。どす。どす。どす。どす。どす。どす。
 壊したのはたったの一本だけ。体中が痛みと冷気に包まれて、っは、やべぇ。音が鳴るくらい奥歯をかみ締めるけど、我慢の限界ってぇのが人間にはある。膝がかくりと折れ曲がり、


「弾けろ」


 そしてこの追撃。
 針山状態の俺に刺さった氷塊が、爆発を起こす。
 意識を失うほうがまだましだった。身体のあちこちが破裂する現状。目の前が暗くなったかと思うと次の爆発で強制的に意識を呼び寄せられる。右腕なんかひどくって、装甲が弾け飛びきれずに、空中で氷に捕まっていた。クソッタレ。吐き捨てる声さえ出ない。呼気が白くなっていることに気がついて、周囲の温度は氷点下を記録している模様。
 そして弾けた氷塊が、氷柱のように下に向かって伸びていく。俺の身体を拘束するように地面と接着。同化。ぴくりとも動かない身体。氷結バインドってか。
 

「ちく、しょ……」

「……終わりだな」


 変わらず無表情で、しかし泣きそうな顔を、クロノはしていた。
 終わり? ンなことねぇ。終わらせなんかしねぇ。だってユーノに言ったしね。次は勝つ。まさか相手がクロノだとは思わなかったけど、ユーノによると俺は意味のない嘘はつかない人間らしい。だから嘘じゃねぇ。もうちょっと頑張る。頑張れる、俺!
 身体強化は、得意だ。現に今強化されていて、通常の人間には出せない筋力、速度、反射を手に入れている。魔導師なんて皆似たり寄ったりだけど、俺のこれは違う。シェルの根が、爪の甘皮から髪の毛の先端、細胞の一片まで通ってる。強化を補助するそいつらは、こんな氷くらいで!


「んぐ……ッ!」

「無駄だよ」

「……だっ、たらぁ!」


 リンカーコアを廻して廻して回転させて───、しかし俺のコアはポンコツだった。


「出来るわけがない」

「そうだと、してもっ!」


 バキィィイン! アルターの発動。


「それはやらせない」

「だけどやるんだよ!」
 

 とは言いますが、状況がやばいのはまったく変わらない。
 どんな心境なのか、クロノは二、三度首を振り大きなため息をついた。力を込めるようにデュランダルを両手で握ると、俺の足、コキュートスに捕らえられている氷結範囲が徐々に徐々に上へとあがってくる。さぁ、これはいったいどこまで来たら死んじゃうんだろうか。心臓の付近か? 顔の付近か?
 結局なにがどうあろうと、俺にできる抵抗なんて、今はホントに一つだけ。ばっきんばっきん自然を破壊。ただただ魔力を集めて集めて、一発かましてやるくらいしかない。


「ぐ、ぅうう……ッ!」


 足りない足りない。全然足りない。もっともっと。


「んぐ、んんぅっ、ううぅうう~~~!!」


 唸るように周囲を破壊。塵来いさっさと魔力になれ。
 そんなことしている間にも当然、小枝をへし折るような音と共に俺の身体は凍っていく。手足の感覚なんざとうの昔になくなってらぁ。見る分じゃくっついてんだから何とかなるさ。そう、俺はクロノを信じてるからな。
 そもそも考えてもみろ、なんでこんな面倒なことしてんのか。結局馬鹿なんだよ、クロノは。 
 

「んっ、っ、───ぁ、ぁぁああああ! もっと来い!!」


 俺が叫ぶと、


「───っいい加減に、諦めろ!!」


 ついに、今まで表情を消していたクロノもイライラした調子で叫んだ。


「嫌だ!」

「死ぬぞ!」

「断る!」

「理想だけで誰が救えるっていうんだ!!」

「理想も語らねぇで誰を救うんだよ!!」

「僕は百人を救う!」

「俺はその一人が大事だ!」

「我侭か貴様!」

「我侭さ俺は!」

「どうして君は───ッ」

「なんたって俺は───」


 上昇上昇。ばっきんばっきん。身体が凍り付いていく。魔力が溜まっていく。
 もうまともに動く部分なんて顔面だけで、ほかの部分は痛くて冷たくて。ただ、右腕だけは熱を持っている。現実の熱じゃなくて、シェルの装甲が剥がれ落ちた素の拳、そこには俺の、お前への気持ちと魔法でいっぱいだぜ、クロノ。


「俺は! お前を信じてるからな!」


 ぴたりと、氷結上昇が止まった。
 瞬間、


「───ッカンドブリットォ!!」


 凍りついた右腕で爆発を起こす。それは身体に張り付いた氷を吹き飛ばし、バインドのようになっていた氷柱を吹き飛ばし、俺の体ごと吹き飛ばし、そしてクロノも吹き飛ばす。
 腕が砕け散ってないかの確認なんて後回し。なかったらそのとき考える。今はとにかく、弾けろ、アクセルフィン!


「抹殺のぉ!」
『──Acceleration──』


 最後の加速ユニットは砕け散り、それは爆発的な推進力を生む。ぐんぐん進む、どんどん進む。
 クロノの姿は、目視できない。舞い上がった粉塵と、俺の魔力と、氷の欠片。光を乱反射して、どこまでもきらきらと輝いて、進む先がなかなか見えない。
 ただ、俺には妙な確信があった。まっすぐ行けば、そこに居る。拳を伸ばせば、必ず届く。

 その思いのままに、加速は止まることなく突き進み───がくんっ。列車が急停止したような感覚。いったいどうしたことだろうか。止まることは無いはずなのに、加速の奔流はまるで煙のように霧散する。
 なんで?
 考えて、考えて、あまりに眩しい白の世界でクロノの姿を目視したとき、答えに到達。
 こっちに向かって全力で走ってくるクロノは、先ほどとは打って変わって凶暴に、しかしどこまでも楽しそうに笑うクロノは、デバイスを輝かせていた。
 なるほどそう来たかと、クソッタレな納得。
 それはAAAランクのフィールド系防御魔法。AMF、アンチ・マギリンク・フィールドだった。今度はなんで、なんて疑問は出い。だってそれ、俺のせいだもん。

 瞬き一回分にも満たないその思考。
 加速は消えたって、初速は消えてない。そして俺には、足がある。


「ぉぉおおおおおおおおお!!!」


 走った。とにかく全力で。
 クロノだって走ってる。もちろん全力で。
 互いに魔法は使えない。いや、クロノほどの魔導師なら使えないことも無いのだろうが、ゆるい魔力を固めるには、当たり前に時間がかかる。だから、地を駆ける。
 クロノがデバイスを振りかぶった。当然殴るために使うのだろうと、簡単に予測できた。寂しいの何だのといってたくせに、結局はそんな扱いかよ。こっちまで笑っちまう。

 なんだか長い時間のように感じて、だけど訪れる交錯の時、真横に振られるデュランダルを、限界まで身を低くし避けて、
 ―――首筋に熱が走る。予感よりも、それよりももう一段先にある何かが、危機を伝える。


「ははッ!」


 クロノの笑声と共に跳ね上がるのは、膝。
 俺の顎をピンポイントで狙う攻撃。それは必殺のタイミングだった。瞬殺の速度だった。どこまでも現実的な攻撃で、どこまでも魔法を使えないクロノ的な攻撃だった。
 しかし、ああ、運がねぇ。まったく持ってお前には運がねぇ!
 リーチの違いがあれど、それは何度も食らった衝撃。何度も何度も俺の意識を断ち切った、悪夢のような現実。俺はそれを、たったの一度もかわしきれた事はなかったけど、脳よりも体がそれを覚えている様子。
 

「───ッ!」


 轟ッ! 天を貫くように、しかしそれは空気を穿った。
 顔面の横すれすれを通っていった膝は高々と持ち上げられて、頂点にたどり着き、一瞬だけ時が止まったような静止時間。ゆるんだ拳を固めるには十分すぎる時間。
 くだらねぇ。はやてを殺すとか、そうゆのホントにとんでもねえ。だから殺す。そういう考えは、俺の、抹殺のぉ!


「ラストブリットォォオオおおお───ッだラァ!!」


 的確にクロノの顎を捉えた拳。爆発は起きなかったけど、その感触だけで終わったことが分かった。





 そして。
 ユーノの待つそこで。


「わ、ぼろぼろだ」

「癒して早く癒して死ぬ死ぬ死んじゃう超痛ぇ」


 ユーノきゅんからぽわぽわ治療。ええきもち。


「勝った?」

「……勝たせてもらった、かな?」


 ああいう真面目なやつが考え込んじゃうとろくなことにならないよね。
 結局俺のトコに来たのって、止めてほしいとかそういうことなんでしょ? まぁ本人に言っても否定するだろうけど。真面目だから理性が強すぎるんだね。たまには俺みたいに本能で生きるべし。女の裸を見たらちんこが勃つ。そのくらいの本能で生きるべし。
 そもそも俺に、なりふり構わず本気で勝とうと思ったら空飛べばいいだけの話だし。俺いまセカンドフォーム作るのですらキツイから、空戦になったら絶対負けてる。そのセカンドフォームだって空を自由に飛べるようなことはないし。そんなこと、アイツが知らないはずないのに。


「馬鹿だねぇ」

「あは、君に言えたことじゃないよ」

「うっせー」

「それで、クロノはどうしたの?」

「シラネ」

「ひどいなぁ、友達だろ?」

「と、友達なんかじゃねぇやい!」


 ぷんすかぷんと鼻息荒く、それをカモフラージュにして、ユーノの尻にさりげなく手を伸ばしたときだった。ユーノが持っている端末がピコピコ音をたてる。
 誰? と視線を送ると、ユーノもさあ、と肩をすくめた。むにむにとボタンを押して回線を開くと、


『ああ! やっと繋がった! 大変だよッ!』


 エイミィが切羽詰まった様子で画面にアップ。そのままこの世の終わりがやってきたと叫んでもよさそうなくらいだった。
 ああ、なんつーかさ……、どこまでも波乱に満ち溢れてんな、俺の人生。





◇◆◇





 草原に横たわったまま、顔を腕で覆ったまま、クロノは静かに笑っていた。
 すでに立てるほどには回復しているが、もう少しこの気分をこのままで味わっていたい。
 ああ、無様だった。どこまで無様だったし、格好悪かった。クロノの戦闘経験の中で、一番出来の悪い評価だ、今日のは。
 しかし、あそこでああしておけばよかった、などという後悔は欠片も見つからない。何てことだろうか。一番出来の悪い戦闘に、自分は満足してしまっているのだ。恥ずかしいやつ、とクロノは自重するように呟いた。
 
 こんなに心が晴れやかになったのは、いつ以来だ。もう、すべてがどうでも良くなった。いままで深く考えていたことが急に馬鹿らしくなってしまって、過去の自分を指差して笑ってやりたいくらい。信じてる。たったその一言で、なんだか全部がひっくり返って。


(僕は結局、英雄にはなれないんだろうな……)


 残念とは欠片も感じない心に満足して、クロノはようやく体を起こした。ダメージなど、拳一発のみだ。何の問題もない。ふん、と鼻で笑いながら、涙のあとをごしごし拭った。
 泣くなよ。ディフェクトにはそう言われたが、戦闘中に泣くような馬鹿な真似、さすがにしない。この涙は、別のことが原因なのだ。
 
 強かに顎を打ち抜かれ、脳がシェイク。朦朧としながら後ろに倒れたあと、どのくらいの時間がたっていたのかは分からない。とにかく意識がはっきりしてきた時、ディフェクトはすぐ傍にいた。
 じっとこちらを見下ろす視線。なにか言いたげだったが、結局は何も言わずに起きたかとだけ聞いてくる。
 そのときの心境はあまりに表現しにくい。どう言ったらいいのかも分からない。ただクロノは一つだけ口にした。

 失望、したか?
 それだけが、不安だった。ユーノにそんなことは無いと言われていたって、それだけは心配だった。
 そのとき、ディフェクトにしては珍しく、真面目な表情を見せた。

 ん。

 そう言って彼は拳を差し出して、なんとなくクロノも寝たままで右手を上げて。
 こつん、と互いに打ち合わせ、照れくさそうにあいつは、ディフェクトは、


「気にすんな。友達じゃんか」


 それだけ残して背中を向けるディフェクトに、クロノは心底助かったと思った。
 だって、年下に泣き顔を見られるなんて、恥ずかしいじゃないか。







[4602] nanoAs16-カウンター・ブリッツ
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/04/08 15:41
16/カウンター・ブリッツ





 は、は、は。
 そこそこに荒い息遣い。小さな体を懸命に走らせて、なのははただ今帰宅中。
 アリサの家に新しくやってきた犬を見に行き、次いですずかの家にこれまた新しくやってきた猫を見に行った。ユーノが居なくなってからというもの、なんとなく動物との触れ合いに飢えていたのだ。
 五時には帰るつもりだったが、あと三十分、もうちょっと、とのびのびなってしまって、結局は六時を過ぎた。ちょうど良くバスの時間があったので送迎は不要だとすずかに伝え、バスに乗り、家の付近まで来たのなら、あとはダッシュしかあるまい。


(怒られるかなぁ……)


 一応家族に連絡は入れているが、それでも なのははまだ九歳。まだまだ心配される年頃だと自覚しているし、心底愛されているとも感じている。急がなきゃ。そんな思いが体を動かし、少しだけ速度を上げた。
 はっ、はっ、はっ。
 荒い息遣い。変わらず小さな手足を懸命に動かして、そのとき、暗い夜、街灯に照らし出された人影が映った。特に怪しいといった雰囲気ではない。楽しそうにお喋りしながら、女性が二人、こちらに向かって歩いてきている。
 なのはは走りながらわぁ、と瞳を輝かせた。美人で、綺麗。系統の違う なのはでは、将来どんなことをやっても手に入れられないような美しさが、その女性たちはあった。ついつい先に進むはずの足はゆっくりと速度を落とす。
 そして なのはが見つめるのに気がついたのだろうか。二人の女性は優しげに微笑んだ。


「こんばんわ」


 なんだか急に恥ずかしくなってしまい「こ、こんばんわっ!」もう一度速度を上げる。
 綺麗な人達だったなぁ。

 ───脳みその奥のほうにある引っかかり。小さな疑問。

 例えばの話だが、指名手配犯が居たとする。この人は危険だから気をつけろ。そう言われて画像や映像を見せられたとする。
 実際に遭遇したとして、どうするだろうか。日本に住む小学三年生は、いったいどうするだろうか。
 まず考えられるのが、気付かないこと。そもそもそれが犯人だと思わない。
 次いで考えられるのが、警察に届けること。なんだか似た人を見ましたと、相談すること。
 どう考えたってそうだ。いくら怪しかろうがなんだろうが気を付けろと言われていようが、見かけていきなり警察に突き出すような真似は、現代日本に住む小学三年生女子には、不可能なのだ。

 その疑問を確かめるように、二人とすれ違った後に、───振り向く。
 眼前にあるものは、鉄? のようななにかで、炎? のような熱を発しており、とにかく なのはは悲鳴も上げずにしゃがみ込んだ。
 

「───ッ!」


 頭上を通り過ぎていったソレ。
 少しだけの沈黙。
 今更ながらに騒ぎ出す心臓。


「驚いた。いい反応だ」


 決して反応したわけではない。それはただの反射だった。
 つん、とタンパク質の焦げるような臭いが鼻をつく。高めに結んでいた髪の毛が燃えるそれは、なのはに確信を抱かせた。 
 ああ、この人たちが、闇の書の───。
 

「ッレイジングハート!」
『──Set up──』


 光に包まれた次の瞬間には、なのはは空を駆けていた。
 自分は地面で戦うよりも、空で戦ったほうが強い。相手の武器の形状、先ほどの攻撃を見ると、近接攻撃が得意なのだろうと予想が付いた。だったら、毎日高台で魔力が尽きるほどまでに練習した魔法で、接近を許すまもなく、墜とす。
 そんな考えが頭によぎり、自分で自分にギクリとした。それは違うだろうと首を振る。
 強いだとか弱いだとか、何て危険な考えをするのだろう。なのはは強い。それはそれとして、確かな事実だ。しかし、それよりも重要なことが、小学三年生の心に刻み込まれていて。


「なんでこんなことするの!」


 お話、聞かせてよ。
 しかし、そんな なのはの思いなど、いまの守護騎士たちに届くわけがない。彼女たちはすでに決意していたのだ。こうすると、決めているのだ。
 決めるというのは、勇気がいる行為である。なにかを決める。重要なことほどにそれは重いプレッシャーへと姿を変えるし、それに押し潰されてせっかくの決意が姿を変えることもしばしばある。
 だが、押し潰されるには強すぎた。決意を掲げるのに申し分ない強さを、ヴォルケンリッターはすでに持っていた。
 なのはの思いはヴォルケンリッターにとって、鼻で笑えば吹き飛んでいってしまうほどでしかない。それに、なのはが気付かないでいたことは、どこにもおかしいことのない当然のことと言えた。


「なんで、とはなかなか面白いことを聞く」

「あなた達、どうしてリンカーコアを集めるの! 訳を聞かせてよ!」


 なのはが叫ぶように言うと、剣を持つほうの女性が静かに口を開いた。


「主の為。それ以外に何がある。それ以外の存在意義など、私は持たん」

「だからっ、そのリンカーコアを集めてどうするのって───」

「シグナムだ。あまり暴れるなよ。手元が狂えばお前は死ぬ。そしてお前は、手加減して勝てる相手とも思えん」


 あまりに強固な瞳だった。以前に戦ったフェイトとは違う。迷いなど一切ない。ただ一点を見つめ、そこに向かって歩む。
 なのははそれによく似た瞳をしている人間を、一人だけ知っている。そう、似ているのだ。その瞳の色は、ディフェクトによく似ている。一歩間違えれば頑固。一歩踏み外せば馬鹿。しかし一段上れば、それはヒーローになるような、そんな色。
 迷いがないということは、それだけ自分に自信がある印。あなたは間違ったことをしているんだよといくら言っても、それがどうしたと返ってくる。ようするに、なのはが一番苦手とするタイプの人間は、こういった人の話を聞かない人間なのだ。

 なのははうう、と小さく呻き、額から一筋汗をたらす。
 これはまた、説得に時間がかかりそうだ。内心苦笑いをしながらそう思った。
 一歩間違えれば頑固。一歩踏み外せば馬鹿。しかし一段上るとヒーロー。それは十分、なのはにも当てはまることだったのだ。
 頑固だっていい。馬鹿だっていい。話を聞けずに、一緒に模索することも出来ずに戦うなど、絶対にしたくない。そんな決意が、なのはにはある。
 なのははレイジングハートを強く握り締めた。視線の先はシグナムと名乗る女性。剣を正眼に構えた彼女は、炎が立ち上ったかと思うと一瞬にして甲冑を着込む。未だに毛先から続く不快な臭いに、あれは幻などではなく本物の炎だと理解した。


「シャマル、結界を頼む」

「了解」


 とんとん。シグナムがつま先で地面を叩いた。
 来るか、となのはは魔力を循環。攻撃でも防御でも、どちらでもいけるようにとデバイスに送り込む。


「にゃのは……、だったな」

「?」

「目を離すなよ。瞬きの間に終わるぞ」


 気が抜ける相手ではない。なのはが集中したようにやや前傾に体を倒す。呼吸をやや浅く保ち、いつでもいけるように心と体を準備。

 ───瞬間。本当に瞬きの間。それは背後から襲い掛かってきた。

 え? と間の抜けた声を出したのと同時に、紅色の魔力弾が背中で爆発。防御もプロテクションも、何もない状態でのそれ。バリアジャケットを楽々と通過してくる衝撃は なのはを地面へと叩き落し、


「夢で罵れ」


 ずるい!
 眼前に迫り来るシグナムはすでに剣を振りかぶっていた。
 やられてなるものか。話も聞かないままに、終わらせてなるものか。
 その思いは なのはに、防御よりも攻撃を選択させた。袈裟に斬りかかってくるシグナムのデバイスの目の前にスフィアを設置。撃ちだすわけではなく設置したのだ。
 それはレバンティンが触れた瞬間に爆発。桜色の粉塵と共に自身の体を後方へと吹き飛ばす。


「くぅッ!」


 ごろりと後ろ回りする要領で立ち上がり、慣性を殺さないままにフライヤーフィンへと力を込めて、もう一度空へと上がる。
 しかし息を吐くまもなくそこに居るのは紅蓮の髪を風になびかせる少女。どこかで見たことのある顔だった。こうして本人を目の前にしてようやく思い出すような。
 あれはどこであったのだろうか。そう、確か、自分が高台で魔法の練習をしていて、ゲートボールのおじいちゃん達が居て、そこであの色を見て、名前は確か、


「ヴィータちゃん!」 

「っは、よくやる。無茶苦茶だなオメー」

「なんでこんな───」

「ああ、そういうのはいい。剣を抜いた騎士にそういうの聞くってのは、野暮っつーんだ」

「それでも聞くよッ! みんな困ってるよ、怪我してるよ! そんなに簡単に人を傷つけて……、ちっともよくないよ!」


 少しでも、ちょっとでもいいから自分の思いを伝えたい。その感情は なのはを叫ばせたが、ヴィータから返ってくるのは冷ややかな視線のみ。
 なのははそれでも諦めずに言葉を続けようとしたが、ヴィータはそれを制するようにデバイスを肩口に乗せた。 


「鉄鎚の騎士ヴィータだ。高町んゃ、ん、にぁ、にゃのは」

「?」

「戦わなきゃ守れないものがある。いや、そもそも騎士に戦う意味を聞いちゃいけねー。和平の使者ってのはな、槍は持たねーもんなんだ」


 ぎらりと瞳を輝かせたヴィータはまっすぐ なのはに向かって加速してきた。視界の端、ぎりぎりで捉える情報では、ヴィータの突進に合わせてシグナムまでもが駆けて来る。
 二対一。確かヴォルケンリッターは四人。シャマルと呼ばれた彼女は結界を担当しているようだから、増えるとしてあと一人。
 この絶望的な状況の中、さすがの なのはにも余裕は無い。余裕は無いが、毎日高台で練習した魔法、それを扱えるという自負。それを使えば簡単に落とされることはないという自信は、確かに存在した。

 
「レイジングハート」


 呟き展開されるのはディバインシューター。ポツポツと姿を増やし、六つのスフィアを周回させる。
 まずはヴィータだった。振りかぶった鎚を、加速を力にするように振り下ろしてくる。が、なのは はまたも防御魔法を張ることはなかった。スフィアをそっと設置。ヴィータの鎚に当たった瞬間に爆発『──protection──』今度は自分が吹き飛ばされないように、そのときになって障壁を張る。シグナムの剣も同じように。爆発『──protection──』。


「なっ!」

「ちぃ!」


 襲い掛かってくる二人から焦れた声を聞く。

 なのはは体を鍛えるのが苦手だった。それもそのはず小学三年生。体を鍛えることに、体がついていかない年代だ。そもそもどうやって鍛えたらいいのかも分からない。朝早くに兄姉が道場でやっている鍛錬。参加を考えたが、見ているだけで無理だと悟った。
 ならばどうする。自分に問いかけた。
 なのはの答えは、魔法。自分にしか出来ないスペシャリズム。それをどうにか得られることは出来ないだろうかと考えた。
 得意なことは射撃、砲撃。苦手なことは近接戦闘。ディフェクトに負け、アルフに負けた。殴りかかってくるような戦闘スタイルは、とことん相性が悪いのだ。

 だったら、その距離で戦えるようになればいい。なぜその距離で弱いのかといえば、隙が大きいからだ。
 スフィアを形成。発射。これは二段階攻撃。
 殴る。これは一段階攻撃。隙にねじ込む『殴る』は強い。
 近距離適正が高ければ、遠距離の敵には弱い。だが、遠距離適正が高い者も、近距離には弱いのだ。
 考えて、考えて、そしてなのはが選んだ魔法の訓練は、バリエーションを増やすことではなかった。自身のマイナスをプラスに変えるそれではなく、プラスをどこまでも伸ばし、とことんまでに追求するものは、コントロール。超近距離戦での射撃魔法。
 クロノをして最近はすごいぞと言わせる才能が、なのはには備わっていた。


「───アクセルッ!」
 

 爆発『──protection──』。シグナムの剣腹を射抜いた。なのはを狙っていたレバンティンは大きく進行方向をずらし、明後日の方向を薙ぎ払う。
 爆発『──protection──』。ヴィータの鎚先を弾いた。なのはを狙っていたアイゼンは後方に追いやられ、攻撃を放つ間もなくヴィータの肩口に戻った。
 爆発。その爆風は自身の体を風に乗せた。

 とことんまでに積極的な防御。超至近での射撃戦。スフィアの操作で攻撃の初動を叩き潰す。
 一時的に距離をとり、なのはは優しげな瞳を周回するスフィアに向けた。いい子。言うこと、ちゃんと聞いてくれるね。諦めないで、お話聞けるよね。
 それはヴォルケンリッターにどう映っただろうか。魔力と戯れる少女。意のまま自在に手足のように、それを操る少女。剣を振らせず、鎚を振らせず、魔法の発動の前にひらりと逃げる戦略性。


「化け物め……」


 二人が同時に呟いたのが聞こえてしまい、なのは はがっくりと肩を落とした。





◇◆◇





 お願いできる?
 その言葉を聞いて、地球へと転送を受けて、いったいどれほどの時間が経ったろうか。
 風になびく金色の髪の毛。月光を背負う黒のバリアジャケット。フェイトは似合いもしないのに、薄く裂けるような笑みを浮かべた。
 眼下に広がる戦闘は、実にうまい事いっているものだ。なのは は強い。少しの間見なかっただけで、まるで別人のように魔法を巧みに操るようになっていた。
 喜ばしいことだ。とても、喜ばしいことだ。

 バルディッシュを肩に構えた状態のまま、数十分が経過している。そう、フェイトは狙っているのだ。ただただ、必殺の機会を。
 とくん、とくん、と心臓は驚きもせず、静かにそのときを待っていた。
 フェイトが居るのは結界の範囲外ギリギリ。あと一メートルでも下に進めば、その効果範囲内に入ってしまうといったところ。魔法干渉したわけではないから完全に理解するには至らないが、恐らくこの結界は『逃がさない為』の結界。進入は容易に出来るはずだ。
 

「フェイト」


 そのとき、自分と同じように下を向く使い魔から一声。
 またか、と思いつつも、フェイトは闇にまぎれるように気配を薄く保ち、それをやり過ごす。
 きょろきょろとあたりを見渡すように警戒を続けているのは、アルフと同じタイプの使い魔で、青の毛並みが綺麗な狼。
 同じタイプだからこそ分かる。そう言ったアルフに任せ、その警戒範囲に決して入らないように気を配った。
 あの赤いのに何度か隙があったのは事実。飛び出してしまいそうになったのも一度や二度ではない。しかしそのたびに、こちらには気がついていないはずなのに、あの狼が行く手を阻んだ。
 無意識下での連携が取れている。フェイトは素直に賞賛を送った。

 つい、と進行方向を変えた狼を見て息を吐き、再度瞳に映すのは赤いの。ヴィータ。兄に大怪我を負わせた、敵。
 バルディッシュを構えたまま、一ミリも動かない。呼吸すら止まっているかと思うほどに、それほどまでにフェイトは集中していた。下を見つめる瞳だけがぐりぐりと敵の動きを拾い、その瞬間を探る。ぼんやりと開いた口から涎がこぼれて、風に乗って流された。

 ただ一点のみを。
 ただその瞬間を。

 下で起こる戦闘は徐々に激しさを増す。巧みな戦闘を展開する なのはに、ヴォルケンリッターはほんの少しずつ焦りを重ねてきている。岡目八目。外から見る戦闘は、これほどまでに分かりやすい。
 もともと気性が激しいのだろう。ここまで聞こえるほどに、ヴィータの声が響いた。


「うざってーんだッ、オマエ!」


 ぴく、とフェイトの肩が、ここに来て初めて動いた。
 見る。見る。逃さない。一分たりとも逃さない。すべてを見る。今度こそ、今こそ。
 ヴィータのデバイスから薬莢が弾け飛んだのを視認。一発、二発、三発。……ドクンッ。
 掲げるように、そのデバイスを振り上げたヴィータは「ギッガントォ!」。
 今。

 ───フルドライヴ。

 ぽつりと、何の意思も感じられないような声。しかし、腰から下げるデバイスは確かに反応した。
 爆発的に高まる魔力。高まる攻撃意思。高まる鼓動。
 とった。 
 思考の時間は刹那にも満たなかった。

 ドンッ!
 空間が消失。フェイトの姿は掻き消えるように、重力を味方につけて加速。超速。爆速。
 それはまるで流星だった。いや、流星すらも凌駕した。金に輝く魔力光を残像と残し、フェイト・テスタロッサはひたすらに落ちた。通り過ぎた空間にソニックブームを巻き起こし、ぎしりぎしりと歪む体は奥歯に力を込めて知らん振り。風圧でもはや瞼すら飛んでいきそう。痛くて涙があふれてくるが、その涙も消し飛んでいく。充血を始めた瞳で、見つめる先はただ一点。一度も離さなかったその視線。担ぐ雷刃を携えて、血液が足元に下っていくような喪失感を得て、フェイトは今、


「───んがッ、ぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 裂帛。
 同時に振り下ろす、死神の鎌。最速をもう一つ超えて、フェイトのそれは風になった。その風すらも切り殺した。空間すらも断絶する勢いで、次元空間すら断ち切る力を持っていた。
 ぐちゃ。
 手のひらに伝わる感触。やったと確信。勢いなんぞ殺せるはずもなく、フェイトは相手と共に、そのまま地面に激突した。
 まるで隕石でも振ってきたような轟音と振動。事実、フェイトのそれは隕石のような勢いを持っていたのだ。地面程度にその衝撃を吸収できるわけもなく、ぽっかりと大穴を開ける。
 その中で、盛大に血を吐きながら倒れ伏すフェイトは、しかしバルディッシュからは決して手を離さなかった。自身の最愛を汚した罪は、フェイトにとって許せるものではない。動かない体に活を入れ、しかしそれでも動かないので、代わりに魔力を送り込む。
 バヂッ。電気変換資質。
 目も耳も鼻も口も、どこからでも血を出してフェイトは、


「こ、げぇ、ろぉ……!」
 

 天に向かって奔る雷。
 フェイトは確かに止めを刺した。
 それなのに、


「……なん、でぇ?」


 止めを、刺したはずなのに、目の前に下りてくるのはヴィータ。
 絶望感に捕らわれて、フェイトの意識は闇に落ちた。





◇◆◇





 それはまさしく雷だった。
 光ったと思った瞬間には、すでに音すら置いてきていて、轟音が鳴り響いた。
 死ぬ。何をどうやっても死ぬ。振り上げたアイゼンで迎撃できるほど、その隙は小さくなかった。
 走馬灯のように駆け巡る記憶は、どれだってはやてと一緒。一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒にドラマを見て、一緒にゲームセンターに行って、一緒にゲートボールを見に行って。
 死にたくない。消滅は嫌だ。まだまだ、これからだって楽しいことがあるはずなのに、こんなところでプログラム・アウトなんて、そんなのは───。

 とん、と優しく肩を押された。
 え? もちろんそんな声が出る暇はない。そう思っただけ。思う暇も無いようなので、感じただけ。
 目の前数センチを、轟雷が通り過ぎた。爆音が響いた。正直な話、何がおきたのか理解出来なかった。
 地面に大穴を開けたそれは、今ある戦闘をすべて停止させた。振りかぶったアイゼンは気の抜けたように元の姿に戻り、いつもの状態で沈黙を保つ。
 誰もが、一つの声だって上げなかった。

 濛々と煙を上げるそこにゆっくり降りていくと、もう一度雷が、今度は天に向かって伸びていった。
 いったい何が起こっている。焦燥感が身を焼いた。
 知りたくなんかない。けれども、ある種の予感のようなものが、ヴィータにはあった。
 ああ、ああ、


「……なん、でぇ?」 


 そんなの、自分のほうが聞きたかった。


「ザフィ、……ラ?」


 仲間の名前がうまく声に出せなかった。
 金髪の少女と一緒に倒れるのは、ザフィーラだった。その姿を人間のものに変えている彼は、何でもないかのように立ち上がる。


「お前、なに……、やってんだよぉ」

「なに、と言われてもな」


 困ったように笑う彼の腹には大穴が開いていて、血がまるで滝のように噴出しているのだ。それは地面につく前にただの魔力へと変わり、空気と混ざり合うように消えていく。きらきらとあまりに儚いそれは、魔法生命体と言う存在の危うさを示した。
 ヴィータはとにかく何か話そうとするが、しかし言葉は出てこない。ありがとうと、助かったよと言いたいのに、出てくるものは涙ばかりだった。
 だって、分かるのだ。これはもう、もたない。


「ヴィータ」

「やだ、やだぁ……」

「そう言うな。はっ、なんだろうな……こんな時だと言うのに、満足しているんだ。お前を守れて……、よかった」

「全員守るって、言ったじゃねーか……、まだ早ぇよ、消えんなよぉ……」


 それは難しいな、とザフィーラはもう一度笑い、ヴィータの頭にその大きな手のひらを乗せた。
 ぐりぐりと力強く撫で回されて、ヴィータはこれが最後なのかと、心臓に穴が開いてしまいそうな気分になる。とてもではないが、信じられそうにない。これで終わりだなんて、あんまりだ。皆で、笑顔を絶やさない生活のために頑張ったというのに、こんなところで欠けるなんて、そんなの。


「さよならだヴィータ。……俺はお前の───」


 ふ、と頭の上の温もりが消えうせた。
 俯けていた顔を勢いよく上げるが、そこには魔力の残り香が残るばかりで、ザフィーラの姿はない。叫びだすような衝動は沸かなくて、ただただ喪失感が生まれるばかりだった。

 風と一緒にその姿を完全に消し、───いや、残っていた。彼の証、その証明。
 それは、リンカーコア。魔法生命体の心臓。
 どくん。ヴィータが背負っていた闇の書が蠕動したように震えた。

 まさか、とは思った。まさかそんなことをするはずがない。これまで一緒に戦ってきた仲間を食い散らかすような真似、するはずがないと。
 しかし、闇の書はヴィータの意思を超え、その力を誇示するように頁を開いた。ばらばらばらばらばら。開く開く開く。緻密に書き込まれている頁をすっ飛ばし、白紙の、何も記載されていないそこにたどり着くと、


「やめ、ろ」


 ヴィータの声など、知ったことかと言わんばかりだった。


「やめろぉぉおおお!!」


 ばくんっ。
 蒐集は完了し、それは音をたてて堅く閉じられた。







[4602] nanoAs17-ブレイク
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/04/09 19:29

17/ブレイク




 輝く転送を受けて。


「ちょり~んス」


 シリアスとかねぇわ。俺にそんなの期待するとか隠してあるエロ本をわざわざ机の上に置くオカンくらいねぇわ。
 いや死んでねぇよ。むしろ思ったとおりだったよ。思ったとおりヴォルケンってさ、倒されたら闇の書の中に戻っていくわけよ。たぶんそうなんじゃねぇかなとか思ってて、実際にそうだったよ。だから死んでねぇよ。……多分。死んでない、よね?
 
 しっかし、いくらなんでもこりゃすげぇ。何やってんだよフェイト。ミサイルかお前。
 目の前に広がる惨状。月明かりが照らすそれは、あまりに悲惨。てか馬鹿。
 こっちはボロの体をひーこら言わせてここまで来てんのに、なんだかとんでもない事になってる。しかも俺の妹がガッツリ引き金を引いている。おうまいごっど。信じちゃいねぇがオウ・マイ・ゴッド!
 フェイトを抱き起こ……いやこれ動かしていい状況じゃねぇ。医療局員が来るまで待ってるべきだ。ひでぇ。こういうのは俺の役目だと思ってんだけど、どこまでも思い通りにゃいかねぇな、ちくしょう。


「お前……ッ! お前ェ!」


 ヴィータが今にも噛み付く勢いでこっちに両手を伸ばすが、それはシグナムによって止められていた。
 今のヴィータがどんな思いかなんてのはわかんない。でも、俺と一緒の顔したフェイトが突っ込んできたんだ。何かしら思うところはあるだろうね、そりゃ。
 

「落ち着け!」 

「だってアイツ! だって!」

「後を追いたいのか! アイツの遺志を、ここで閉ざすつもりか!」

「だって、だってぇ……」
 

 ごめんで済むようなこっちゃねぇけど、思わず謝りたくなっちまうな。いや、本当にすまん。俺の妹がすまん。
 ……でもお前はちょっと腹立つな。


「ぶっ潰してやる! ぜってぇぶっ潰してやるからな!!」


 ヴィータが吼えて、


「……さっきから、うるさいな」


 フェイトに回復魔法をかけていたユーノが静かに口を開いた。
 イライラしたように頭を掻くユーノは、久々に冷たい瞳をしている。


「きみ、自分達はやられないって思ってた? たいした自信だよ、恐れ入るね。確かに君達には怒る理由がある。仲間をやられたんだ。当然だね」


 でもさ。ユーノはそう言うと、視線だけでヴィータを射抜いた。


「でも、今まで君たちがやってきたこと、分かってる? 今まで何人の人を殺してきたのか、分かってるのかな……。怒る理由はあっても、文句を言う権利はないよ」

「っ、だけど、でもっ、今回は───!」

「ふざけないで。今回は、だって? 殺さなかったからって、そんないい訳がたつはずない。実際にフェイトちゃんは怒った。十一年前からそれを引きずってる人間だって居る。簡単に過去から逃げられるもんか」


 そういうとユーノは口を噤み、フェイトの治療に専念する。
 なんだかんだでユーノも腹が立ってるってことだね。まぁ、自分の思い通りに事が運ばないからなんだろうけど。
 俺の言いたいことは全部言われちゃったな。俺は主人公のはずなのにちっとも目立たないな。その辺どうなんだろうか。
 うむむ、と考え込んでいると、黙り込んだヴィータの代わりにシグナムが一歩前に出た。
 え? ちょ、さっさと帰れよ。いま来られたら絶対一撃で落ちるよ、俺。こっちはクロノからボコボコにされてんだよ。空気よめよ。


「……正論だ」

「だろ? うちのユーノはこういうこと言わせたら天下一品。なんにも言い返せなくなる」

「だが……正論だが、私達の怒りは収まらん」

「そりゃそうだ。やめろって言われてやめるようなら、最初からやってねぇもんな」

「覚悟がある」

「俺には無いね、覚悟。けど、決意ならある」

「……?」

「お前ら絶対ぶっ飛ばしてやらぁ」


 中指をおっ立てると、シグナムは今は引く、と言い残し、ヴォルケンリッターは空へと消えた。 





◇◆◇





 はぁ。あれだよ。別にやることは変わらねぇよ。
 ヴォルケンぶっ飛ばして、リィンぶっ飛ばして、暴走プログラムぶっ飛ばして、そこでちょちょいのちょいで皆ハッピー☆ラッキー☆ゼッコーチョー☆になるんだよ。
 でもさ、考えたときはさすがにこの展開は読めてなかった。
 クロノは漢魂だし、フェイトはカミカゼだし、ザフィーラ消えてるし、ヴォルケンに説明する暇はねぇし、そして何より───。


「おかしいよっ、そんなの絶対におかしいよ!」


 なのはのコレである。
 アースラの作戦会議室、リンディさん、クロノ(正直会うのがガチで恥ずかしかった。金玉縮んでた。クロノくんの何でもないような大人の対応がなかったら発狂してた)、ユーノ、なのはの前でとりあえずヴォルケンは邪魔なので消しちまいましょうという意見を出したところでなのはが叫んだ。


「よし、聞くぞ。言ってみろ」

「だってそんな……、それって、あの人達を殺すって事なんでしょ……?」

「おう、それに近い。限りなく物理破壊に近い魔力ダメージで撃墜。……まぁ、あのザフィーラみたいにする」

「そんな事……、死んじゃうよ、あの人達……」

「実際はそうじゃなくて、自分を保てないほどに消耗するとMOTTAINAI精神旺盛な闇の書が蒐集する……って事なんだけど、まぁ、なのはの言いたいことも分かる」

「……」

「でも、お前に降りられると、俺はすごく困る」


 もう困るとかそういうレベルじゃなくて、俺は死ぬかもしれんぞ。
 だって、よしんばヴォルケンに勝ったとしても、次はあのリィンフォースとの戦闘が待っていること間違いなし。あんなもんにどうやって勝てばいいんだよ。なのはとフェイトで無理だったもんを、今の俺の状態でどうこうできるとは到底思えん。死ぬ。絶対死ぬ。クロノだって一人じゃ無理だろうし、ユーノはそういうのには向いてない。
 フェイトが間に合うのかどうか分からない今、なのはに降りられたら、そもそもの作戦成功率がめちゃんこ下がる。
 

「なのは」

「……」

「俺は頑張るぞ。ヴォルケンも今はぶっ飛ばすけど、なんとか助けようと思ってる」

「でも……」

「クロノにも永久凍結は控えるようにって、納得もしてもらった。それだけは、ホントのホントに最後の手段だし」

「……ごめん、私……」


 なのはは首から提げたレイジングハートを外し、机の上に置いた。失礼しますと小さく呟いて、項垂れながら会議室から出て行く。
 ……やっぱ駄目だったか。そうだよねぇ。普通そうだよねぇ。小学三年生があんなショッキングな場面見といて『私もやるよ!』とか言い出したら逆に怖いよね。そんなのはもう なのはじゃねぇ。別人だ。……いまさら登場人物に別人だとか言ってもしょうがない気がするけど、リリカルなのは で なのはがおかしくなったら何かおかしいだろそれ。
 うう~。ううう~。予想しとくべきだったんだよ。いやむしろ俺はフェイトとか なのはとか巻き込まないつもりだったのに、ケキャキャ! どうなってんのコレ! 


「無理強いは出来ないわね……」


 沈黙を保っていたリンディさんが、形容しがたい表情で言った。
 まぁこの人も色々考えることはあるしね。実際かなり大変だと思うよ。


「そりゃね。目の前で友達が人ぶっ殺したわけだし、魔法が怖くなってもしょうがないでしょ」

「でも、フェイトさんを責めることも出来ないわ。むしろ管理局は彼女によくやったと言わなくちゃならない」

「誰が悪いっていう話を始めたらそれこそ収拾つかなくなる。皆に理由があって、それでやってるんだから、あとは意地の張り合いにしかなんないよ」

「あなたは本当に……」

「ん?」

「見た目よりも、ずっと大人ね」

「下半身なんかさらに大人だよっ!」


 ぐっ、とサムズアップするとユーノから太もも叩かれた。
 しっかし、そうすっとどうなるかねぇ。かなり厳しくなっちゃうんだが、俺は大丈夫だろうか。リアルに死ぬかもしれんとか、ホントそういうの勘弁なんだけど。うう、今更になって怖くなってきたなぁ。だいたい原作がどっか旅に出たせいでまったく方向性がつかめないんだもん。どうなってんだよちくしょうめ。

 手のひらを見つめてにぎにぎ。リンカーコアの調子はどうなんだろうか。体の調子はまぁ、医者が言うように動けないことはないからいいんだけど、魔力がなぁ……。アルター開きっぱなしってマジ辛いんだが。セカンドフォームくらい作れないと、ホントのホントに終わっちゃうぜ。
 むむむむぅ。さぁ、決行はいつにするよ。フェイトの回復を待つか。それとも奇襲をかけてヴォルケンを先にやっちまうか。
 だいたい後どのくらいで闇の書は満タンになるの? なのはを狙ったって事はそろそろだってユーノは言ってたけど、ヴォルケン全部入れればちゃんと満タンになるんでしょうね? ホント頼むよ?
 あーもう、なんか考えれば考えるほど不安になってくる。


「……大丈夫か?」

「あん? 大丈夫だよ」

「そうは見えないから言っているんだ」

「ホントは超不安だよ」

「っは、よかったよ」


 クロノは笑った。
 なんだ貴様。俺の不安がそんなに楽しいか貴様。このやろう貴様。


「そう睨むな。なに、君も人並みにそういうのがあるんだと思ってな。心臓に毛が生えてるかと思ってた」

「心臓に根っこなら生えてるけどな、シェルのが」

「いつも通りだ。そう不安を感じることはないだろう?」

「どこがだよ。まじ怖ぇっつの。ホントに死んじゃうっつの」

「ほら」

「あ?」

「君が死に掛けるなんて、いつものことだ」

「……言えてらぁ」


 ユーノがケラケラと笑った。





 はいはい、作戦会議とかさっさと終了。
 とりあえずヴォルケン潰すっしょ。次にリィンでしょ。そんときに色々するでしょ。これ伏線ね、伏線。超伏線。んで暴走プログラム来るでしょ。潰すっしょ。んで終わり。
 考えるだけならこんなに簡単なのに、ん~……、正直厳しいよ。一番最初のヴォルケン潰すのとこでばっちり躓きそうだからな。
 てことで、助けてお姉ちゃん。


「よぉ、フェイトの様子どう?」

「ん。まぁ……見ての通りだねぇ」


 アルフは疲れたように笑って、フェイトのデコにかかる髪の毛を梳いた。
 つい先日までの俺のように、フェイトは身体のいたる所にいろんな器具が取り付けられてる。電子機器のピコピコいう音がなんだか懐かしい。
 静かに寝息を立てるフェイトは、満身創痍だった。これほどまでにその言葉が似合うのはなかなかないと思うくらい満身創痍だった。
 ばっちり予定は狂っちゃったけど、何でこんなことしたのか、その理由を聞いちゃったらね、怒るなんてとんでもないよ。ラヴ。フェイトラヴ。ほんと可愛い。俺の妹ほんと可愛い。俺の妹がこんなに可愛いわけがないはずがない、って本を書けるくらいに可愛い。


「……あんたは怒らないんだね」

「ん?」

「止めなかったのかって、怒らないんだ」

「っは、おいおい、フェイトは俺の姉ちゃんだぞ? やりたいことをやらねぇなんて、黄金の名折れだっての」

「そう、かい……。あたしゃ随分悩んだもんだけど、そういうのもありか」

「おう。だからそんな疲れた顔すんなって。馬鹿みてぇに尻尾ふって嬉ションしてるくらいが可愛いぞ、お前」

「またひっかけてやるよ」

「次はフェイトにしとけよ」

「起きたら、そうしてやろうかね」


 そう言ってアルフはいつものように喉を震わせた。
 ちったぁ元気でたかな。なんかアルフが暗いと駄目なんだよね。アルフはやかましい位じゃないとアルフじゃないんだよ。

 それからフェイトが今までどうだったかを雑談。いろんな人の世話になったと、グレアムはとてもよくしてくれたと、そしてコオロギになぜか執着を示すと、いろんな話をした。
 アルフは大げさに身振り手振りで楽しそうに話して、そんでもってフェイトの馬鹿っぷりが面白いもんだからゲラゲラと笑い声が絶えなかった。
 ああちくしょう。コオロギってなんだコオロギって。フェイトが起きたら一番に聞いてやる、コオロギ。


「可愛いなぁ、フェイト」

「だろう。自慢のご主人様だよ」

「おう、自慢の姉ちゃんだし、妹だ」


 なでなで。フェイトの口元が少しだけ緩んだように見えた。


「終わったらさ、また はやてンとこ行こうぜ」
 
「だったら、あんたはバリバリ働いて助けてあげなくちゃねぇ」

「……知ってんだ?」

「匂いがね。あの家の、いい匂いがした。あたしにゃ全部は分からないよ。でも、そういうことなんだろう?」

「ん」

「メスの一匹や二匹、きちんと囲ってあげなきゃオスじゃあないね」

「正直ちょっと逃げ腰」

「それでもさ。好かれてんだから、頑張りな」

「おう、まかせろ」


 そしてフェイトの枕元にあるバルディッシュを掴んだ。もひとつポッケにあるレイジングハートも取り出して。


「だからアルフ、おつかい行って来て」

「……?」

「こいつらにカートリッジシステム取り付けてもらえ。出来るなら基礎フレームの強化も。システルさんには連絡入れとくから」


 アルフは瞳を大きく開いて、盛大にため息を吐いた。耳まで情けないものを見るようにへなへな。
 なんだよなんだよ。文句あんのかよ。いいじゃねぇかよ。旅行中の原作ではそうだったんだよっ!


「なんだいあんた、弱気だねぇ。ちまちま保険なんかかけるんじゃないよ」

「あるぇ、お前知らねぇの?」


 犬のくせになっちゃいねぇ。


「獣の王様のハーレムはな、メスのほうが狩りするんだぜ」





◇◆◇





 身体を苛む疼痛で目が覚めた。胸の辺りをきゅう、と掴まれる様な痛み。叫びだすほどのそれではないが、日に日に強くなってきている事実に泣き出しそうにはなる。
 怖い。恐ろしい。
 両手で胸を押さえつけて、痛みが引くのをじっと待った。心臓はいつも通りに動いているのに、その隣の何かが機能不全を起こしているような感覚。原因不明の麻痺。いよいよもって、最後かもしれない。
 ふぅ。通り過ぎていった痛みに一息ついて、はやてはベッドから身体を起こした。腰の辺りに手を持っていくと、ああ、もうこんなところまで感覚がない。触ってみても、つねってみても、何にも感じない。

 いつ死んでもいいと思っていたのに。
 いつ終わっても後悔はないはずだったのに。
 雫が一つ、瞳から零れ落ちた。
 こんな幸せを知ってしまって、簡単に終われるものか。絶対に、最後の最後まで戦ってやるんだ。皆のマスターである自分が一番に終わるなど、あっていいはずがない。


「死にたない……。ううん、生きたい」


 生きたい。どこまでも切実で、どこまでも純粋で、どこまでも原始的な願い。病気になんて、絶対に負けない。ベッドのシーツを強く握り締め、はやては堅く決意した。
 ちょうどその時、こんこんと病室の扉が叩かれた。ここに来るのは医者以外に家族しかいない。そして医者は来る時間ではない。
 心が急に軽くなった。


「どーぞどーぞ、開いとるよぉ」

「失礼します」


 いつまでたっても慇懃無礼。頭を下げつつ入ってくるのはシグナムだった。珍しく、一人で。


「おろ? 珍しな、今日は一人?」

「はい、少し用事がありまして」

「シグナムもそんな無理せんと、毎日来んでもええんよ?」

「無理などではありません。主の顔を見ていると、落ち着きます」


 ひどく疲れた様子だった。
 もともと勘の鋭いところのある はやてはもちろんピンと来て、


「なんかあったん?」

「……」

「なんか、あったん?」

「……主」

「うん?」

「私は、主と一緒に居たいです」

「うん、わたしも」

「ずっとずっと、一緒に居たいんです」

「……うん、わたしも」


 シグナムは涙を流していた。初めて見る涙だった。
 何があったのかは分からない。はやては、もしかしたら自分の状態が知れてしまっていて、それに涙を流しているのかもしれないのかと考えた。
 精一杯元気な振りをして、一生懸命にシグナムを慰めた。おいでと言うと彼女はすがり付くように抱きついてきて、頭を撫でると、ついに嗚咽を漏らし始めた。ぐぅ、うう、とまるで男の様に、どこまでも弱さを隠して。
 はやてには分からない。シグナムがどういう気持ちなのか、想像だって出来ない。でも、主なのだ。家族の面倒を見るのは主の役目で、とにかく頭を撫で続けた。私は頑張るよと言い続けた。一緒に頑張ろうよと想い続けた。
 どれくらいそのままで居ただろうか。しゃくり上げる声が聞こえなくなって、シグナムは少しだけ恥ずかしそうに立ち上がる。


「……見苦しい真似をしました」

「ううん、シグナムは泣いとったってカッコいいよ」

「……はい」

「うん、カッコいい」

「はい」


 強く頷くシグナムを見て、なんだかよく分からなかったけれど、とりあえずの安心。


「主」

「なんやぁ?」

「私たちは頑張ります」

「うん」

「ですから主も、負けないでください」

「任された!」


 最後の最後まで抵抗してやる。はやてはそう心に誓った。抵抗どころか、打ち負かしてやる。覚悟を決めた。
 家族に涙を流させるような病気に、負けてなんかやるものか。





◇◆◇





 みんな、おかしいよ。
 自室で膝を抱えて、なのはは静かに泣いた。あふれる様なそれではなく、どこまでも静かに。
 魔法の力は、すごい。煌いている。どんな事だって出来る、と全能感を与えてくれるし、そして楽しい。好きこそものの、と言うとおり、なのはの成長は才能だけではなく好きだからこそなのだ。
 一度、合挽きのひき肉になったディフェクトを見て、怖いと思った。どっぱどっぱと噴き出る鮮血や、ぶらりと力なく、もはや千切れかけている腕など、本当に思い出したくない事実だった。
 けれど、なのははそれを乗り越えた。文字にすると『乗り越えた』、たった五文字のこれだが、そこにはいろんな葛藤があった。フェイトのことを思い出して、確かに魔法のおかげで友達になれて、取り柄のない自分もこんなに頑張れるんだ、と。

 しかし、今回のはなんだ。あれはどういったことだ。死んでない? いいや違う。あれは死んでいる。どこをどう見てアレを死んでないと判断すればいい。
 深々と突き刺さった魔力刃。雷光を発するフェイト。そしてまたも、鮮血。消えていく身体。最後の笑顔。涙。叫び。
 あんまりだった。それはつい最近までただの小学三年生だった少女が体験していいような悲しみではなかった。

 自己中心的と後ろ指をさされてだっていい。とてもではないが自分には無理だと思った。あれをしろ。みんなは なのはにそう言うのだ。
 いやだ。むしろ、こちらに向く視線すらも気持ち悪かった。あれほど楽しくて気持ちよかった魔法が、価値観の相違をまざまざと見せ付けられて、いきなり嫌悪の対象になった。
 なのはの魔法は、誰がどう言おうと、守るための魔法だった。それが砲撃だって何だって、守りたいから、友達になりたいから、だから力を使ってきたと、それだけは胸を張って言えた。絶対に、人を傷つけるものではなかったのだ。
 それなのに、物理破壊でなんて、そんなのは絶対に───、


「……おかしいよ」


 呟く。胸元が寂しい。大好きだったレイジングハート。いつだって助けてくれたデバイス。魔法を遠ざけたことで、なのはは友達を失った。
 もう、忘れよう。自分には関係のないことだと、今までのことこそが非現実的で、起こってはならなかった事なのだと。
 立ち上がり、ベッドに倒れこむようにうつ伏せた。寝てしまえ。忘れてしまえ。
 しかし、そこで感じる魔力反応。なのはの才能は眠ることさえ許さなかった。
 感じるそれは大きくない。ヴォルケンリッターではなく、恐らく局員。なのはの護衛である。リンカーコアを狙われている事実は、いつまでも残るものだった。
 

「……もうやだ」


 枕に顔を押し付けて、なのははもう一度涙を流した。







[4602] nanoAs18-ブレイブ
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/04/23 11:08


18/ブレイブ





 二日。長ぇ。たった二日で俺の心臓は大分消耗されてるよ、マジで。
 アレから二日である。もうヴォルケンがいつ暴走すんじゃねぇかとハラハラドキドキ。こんなことならさっさと殴り合ってた方がいいよ。心労でつぶれちゃうよ。
 と、ユーノに言ったところ。


「そんなに馬鹿じゃないよ、彼女たちは。これほど管理局に警戒されてたら、そうそう動けるものじゃない。主に及ぶ危険を考えれば、今はまだ動くべきじゃないと判断するさ」


 ふむ……。ユーノが言うとホントに説得力があるな。むしろそうとしか考えられなくなってくるな。


「でもまぁ、決戦は早いほうがいい。だいぶ焦れてきてるのも事実だろうし」


 おう……、ユーノが言うとホントに説得力があるな。むしろそうとしか考えられなくなってくるな。

 というのが一時間前のことである。
 いよいよだろうし、準備も要るだろうし、クロノの執務室へとお邪魔します。
 ぷしゅ、と空気の抜けるような音と共に扉が開いた。


「……」

「……」

「ごめん。ほんとごめん」


 恐らく俺の目玉がおかしくなってるだけで、それは事実ではなかったはずである。あのクソ真面目なクロノくんが仕事中にそんな事するはずはないし、おちゃらけてはいるが、バリバリ仕事をこなすエイミィも、そんな事するような人間には思えない。
 うん。俺の目玉がおかしいだけ。俺の目玉がおかしいだけ。たまたま口から出て行ったごめんもシェルがなんかしているに違いないそうに違いない。
 エイミィはぽりぽりと頬を掻いていて、クロノは実に重いため息をついた。オヤジかと思った。


「ほら、いいと思うよ、そういうの」

「い、言っちゃやだよ?」

「……」

「……」


 沈黙は一瞬。そして俺は風になった。チーターも真っ青の加速だった。執務室から一歩出て、廊下を爆走した。


「クロノとエイミィがキ───」


 叫ぼうと思った瞬間。
 ごす! となにやら音がした。
 何の音かと思ったら俺の頭にデュランダルが突き刺さった音だった。あふん。





「それで、何の用だ」

「俺ちょっと病院行ってくるから」

「なに? そんなに強く殴ってないだろう」

「ちっげーよ! 身体の調子見に行くんだよ!」

「そうか。行ってこい」


 な、なろぉ……、すでにボロってる俺にあんな衝撃を与えておいて、よくもまぁそんな平然と……。
 いや、よそう。ここで俺のあふれ出すプァワゥを使うべきじゃないな。これはシグナムまでとっておくべきだな。
 そうだよ。シグナムだよ。俺の相手はシグナムに決定したよ。
 なんでかって言うと、俺、空戦で来られると絶対やばいしね。唯一俺の戦闘パターンに付き合ってくれそうなのがシグナムってわけ。あいつも近距離適正だし、バトル中毒だし、『待つ』ってがらじゃない。ここでやっと原作知識が役に立ったわけだよ。まぁ、遠く離れてあの伸びる剣でびゃるんびゃるんやられたらお終いなんだけどさ……へへ。

 んで、クロノ。コイツはシャマル担当。
 おう、分かるよその疑問。なんでってなるよね。その理由はユーノにある。ユーノがシャマルと戦いたくないんだって。俺的にはなんだか噛み合いそうで、結構いい組み合わせかと思ったんだけど、
『補助の魔導師がやり合っても決着なんかつかないよ』
 だ、そうです。
 言われたらなんとなく想像はつくな。ばしーん、回復。ずどーん、回復。じゃらじゃらー、回復。どきゅーん、回復。うん。終わらないね、これ。てことでクロノくんだよ。珍しく文句の一つも言わずにオッケーだった。

 そうなるとヴィータがユーノの相手なんだけど、これは正直やばい気がする。いくらユーノでもやばい気がする。ほら、クロノが言ってたじゃん。ユーノは遠距離とか中距離とかから狙い撃ちにされたらまずいって。こんな妙なところでフラグ立っちゃってるんだってマジで。ヴィータとかまんまだよ。アイツもそこそこ突っ込んでは来るけど、今度の戦闘はさすがに警戒してるだろ。……特攻隊を。
 ヒュー、こいつぁなかなか厳しい戦闘になっちゃいますぜ、ユーノきゅん。
 と、言ったところ。
『じゃあ早く終わらせて助けに来てよ』
 だ、そうです。
 いや、なんだかんだで俺のほうは早く決着つきそうだけど、俺がヴィータの相手したって絶対あいつ空から降りてこないよ。一回戦ってるし、近距離の適正型だってばっちりバレてるし。クロノ頼んだ。マジ頼んだ。


「……お前、マジでユーノ頼んだぞ」


 言うと、クロノは力強く頷いて「任せろ」。
 かなり心強いんだが、コイツの漢魂はほんとどうなってるの? 本物なの? 本当に漢になっちゃったの?


「しかしなんだ……」

「んあ?」

「君たちは、本当に仲がいいな」

「ああ、学校に通ってるあいだ俺たちとメガネだけだったし、飛び級」

「それにしてもだよ」

「そうか?」

「そうだ」


 笑うようにクロノは言った。


「まぁ、ユーノのことは任された。出来る限り早く終わらせて、援護に回る」

「おうサンキュ」

「……ただ、あいつの気持ちも汲み取ってやれ」

「ほわちゃ?」

「……、……いや、何でもない。予定通りだ。全力でいく」

「おう!」





◇◆◇





 病院病院レッツラゴー。
 転送転送レッツラゴー。


「うう~、寒っ! 何これ雪降るんじゃねぇの?」


 夜。光る街頭。しんと静まっている町並み。テクテクと歩きながら向かう先はもちろん病院。
 えぇと、たしかこっから右に曲がって、まだ歩いたっけか。昼と夜とじゃ全然違うからわかんないなぁ。
 きょろきょろと辺りを見回し、なんかそれらしい建物は───、


「お、あったあった」


 見つけましたぜ、海鳴大学病院。
 いやいや嘘とかついてねぇよ。クロノにもちゃんと言ったじゃねぇかよ、身体の調子みに病院行くって。なんも嘘じゃねぇよ。
 正直 はやての具合が気になってね。心配と言い換えてもいい。苦しむ姿とか見たくないけど、知りたい。どうなってるんだろうか。原作がJAL世界一周の旅に出てるからさ、そういうところも変わってるんじゃないかなぁって。
 ヴォルケンと鉢合わせても はやての傍なら絶対に戦闘にはならないし、もし戦闘になったとしても、もう色々決めちゃってるわけだし、ちらっと顔見るくらいなら罰は当たらんだろ。

 深夜。お見舞いの時間なんかとうに過ぎてるこの時間。はてさてどうやって進入しようかと考えて、当然のごとくその問題にぶち当たった。
 ああ、病室が分からん。おい、病室が分からんぞおいぃぃぃ!


「馬鹿か俺!」

『なにを・いまさら』

「こっそりと集めたお見舞いの品々! どうすんだこれ!」

『御自分で・処理・されては?』

「悲しすぎるぜマイ・ソウル」


 ちぇー、と唇を尖らせながら小石を蹴りつけた。つもりが、暗くて地面に足が刺さった。いてえ。
 あ~あ、なんか はやてが好きそうなものいっぱい買ってきたのに。入院ならではの物とか沢山用意してきたのに。ありえねぇ。思い出せよ俺。ほら、きっとアニメで何号室とかあったんじゃねぇのかよ。なんかすずかとかアリサとか色々来てたじゃねぇか。あのとき何号室とかいう場面があっても不思議じゃない思い出せない。うん思い出せないちっとも思い出せない。
 悟ったね。あんなトコちまちま覚えてるような脳みそじゃねぇや。


「ん~……」


 帰るか、それとも救急用の窓口に預けるか。
 ……明日の昼にしよう。さすがに非常識すぎるな。あん? 俺も常識ぐらい知ってるよ。ただそれを守らないだけだよ。今回は はやてに迷惑がかかるから仕方なくだよ。
 はぁ。ため息一つ。名残惜しいけど、まぁ馬鹿が悪い。俺は悪くない。
 くるりと病院に背を向けて、


「……わお」


 えらい美人がそこに居た。
 えらい美人はすばやくその右手を伸ばしてきた。当然ながら俺はえらい美人の右手を跳ね除ける。だが次の瞬間に今度はえらい美人の左手が伸びてきた。おっとやべぇぞこりゃやべぇ。このえらい美人えらい怖ぇ。
 えらい美人の左手は、しかし俺を殴りつけるでもなく口を塞ぐだけに終る。ちょ、なに、なんなのっ。


「私は通信妨害の手段を持たん。だからお前を信用するしかない。仲間は呼ぶな。……いいか?」


 思ったよりも冷静だった。爆裂灼熱それこそ烈火のごとく怒り狂ってるかとも思ったんだけど、やっぱ冷静だよ、シグナム。
 もが、と俺は頷いて、するとシグナムの手がゆるむ。警戒しているのか、やけにゆっくりと、変な真似をすればぶち殺すといわんばかりに。
 歩け。そう言われた。さてどこに。そばの公園に。
 俺の後ろを一定の間隔をあけて付いて来るシグナムからは、今のところ敵意は感じない。
 公園に着くとベンチを指し座れと促してくる。別段構えた様子もせず、俺は適当に腰を下ろした。まぁ、目の前に仁王のごとく立つシグナムはちょっと怖いけど。


「背もたれの奥に腕を回せ。両足は開いて水平に伸ばせ」


 きちーよ! 新手のプレイかっ!
 妙な体勢の正面ではなく、やや斜めくらいのところにシグナムは移動。


「えと、喋ってもいいのこれ?」

「妙な真似はするなよ。首と胴が離れることになる」

「おそろしやおそろしや」


 シグナムに変わった様子はなく、ただじっと見つめてくるだけ。
 さぁ、一体全体どういうことなんだい。俺は一回蒐集されてるから二回目はないぞ。それともアレか、殺す気か。さすがにそれは逃げるぞ、俺。


「お前」

「あん?」

「名は、何という」

「ディフェクト。ああ、妙な名前とか言うの無しね、自分でもよほど痛感してるから」

「ディフェクト……、プロダクトか?」

「うん」

「妹は、フェイト・テスタロッサ」

「そう」

「主の……友人か?」

「おう。はやての友達だ」


 まぁ、はやてから聞いてても何もおかしくないしな。俺のこととか、フェイトのこととか。


「一度だけ、聞いたことがあった。八神家の妙な習慣が、最初はちょっと、な……」

「挨拶くらったか」

「夜の御勤めだ」

「……それは知らん」


 夜の御勤め? そこはかとなくエロスな匂いがするんだが、どういったことなんでしょうか。
 あれか、はやてはシグナムとかシャマルとかあの辺に描写も出来ないようなムフフな事をしているのか。それは実に夢あふれる事態じゃないか。俺も混ぜてっていったら混ぜてくれるかな? このえらい美人混ぜてくれるかな?


「とにかくそのときに聞いた。こんな事を教えたのは誰かと」

「俺か」

「そうだ」


 そう言うとシグナムは小さく首を振った。寂しげに微笑みながら。


「腹が立つのと同時に、悔しかった。主はとても楽しそうにお前の話をした。お前はよくご飯を食べるとか、女に見えるとか、まぁ色々だ。あの少女がフェイトと呼ばれたときにはハッとしたものだ。同じ顔のお前が現れて、さすがに驚いた。そこで確信だ」

「それだって はやてが闇の書の主だって知ってることにはならないじゃん。いいのかよ、そんな簡単にばらして」

「私の勝手な思い込みだがな、恐らくお前は知っていたのだろう」

「……」

「主の病院に一人で来たことがその証明だ。そしてお前は……なかなか肝が据わっている」

「別に……、居るとは思わなかっただけだって」

「いや、違うな。単純に考えて、このタイミングでお前が一人でここに来るのはおかしい」

「買いかぶりすぎだ。俺ぁただのビビリなの」

「攻撃されるとは思わなかったか?」

「だからさぁ、人の言うことを……」


 シグナムの目を見ると、相変わらず鋭さは残るが、しかし真摯に眼差しを送りつけてくる。何を考えているのかは分からないけれど、その視線は真剣そのものだった。目を見れば分かる。そういう言葉があるけど、まさしくその通りだと思った。
 いや、まぁね、ほら。


「……話くれぇなら出来るかなって、思ってたよ」


 そんで、事実そうなった。
 あの時空気読んで冷静に引いていったシグナムなら、もしかしたらこういう判断をするんじゃないかとか、足りない脳みそフル回転だったよ。はやての様子見たいのもホントだったし、ちょうどいいかなって。
 だってほら、なのはじゃねぇけどさ、何の話も無しにお前消えろっつっても、そりゃあんまりだろ。
 俺はヴォルケンのことを敵だとは思ってない。いや、まったく無いってこともないけど、でも、はやての家族だ。それにほら、特にシグナムとかめっちゃおっぱいしたいし。冗談抜きにおっぱいしたいし。このおっぱいをしたいとする欲求を満たすためにも、ヴォルケンとは仲良くなっとかなきゃ。
 俺がおっぱいを考えていると、実に男らしく、どかりとシグナムは俺の隣に腰を下ろした。プルプルし始めた俺の足を見かねたのか、下ろせと静かに言う。俯き加減で、しかしそれでも良く通る声。


「お前は、優しい人間なんだろうな」

「んなことねぇけど……。あのさ、俺たちに任せとけって。みんな幸せハッピーエンドにすっから」

「出来ない」

「一回は消えちまうけど、すぐに元通りだからっ」

「無理だ」

「なんで! そりゃ皆の前ではああ言ったけどッ、はやての家族と戦いたくねぇよ、俺は!」

「……」

「お前は『闇の書』しか知らねぇんだろうが! おかしくなってるって、気づかねぇんだろうが! このままリンカーコア集めたって───」

「黙れ!」


 たぶん、泣いてるんだと思う。声が震えてるのがわかった。


「私達は闇の書の一部だ。あれが正常なのは、よく分かる」

「ちがっ、そうじゃねぇんだよ……、そういうこっちゃねぇんだよ!」

「……もう」


 シグナムの頬を一筋、雫が通り過ぎた。


「もう、止まれんのだ」


 なんだよ、ちくしょう。馬鹿侍が。そういうこっちゃねぇんだって。お前は気づいてないんだよ。お前はどうしたって、闇の書のホントの姿に気づけないんだよ。……言ったところで、無駄なんだろうね。
 長い沈黙が続いた。寒い。ふと空も見上げると、ホントに雪が降ってきた。しんしん。音もなく、しん、しん、と。たぶん積もるようなことはないだろう。まばらで、柔らかそうな雪。鼻の頭に降りてきて、すぐに水へと姿を変えた。
 シグナムが、ようやくそれに気づいたんだろう。俯けていた顔をゆっくりと上げる。は、と吐き出した白い吐息がやけに綺麗だった。


「雪、か」

「雪だな」

「……なにか、聞きたいことはあるか?」

「……。……、……おっぱい何カップだよ」

「……それは教えてやれんな」

「んじゃこれ、はやてにやっといて」


 バッグの中に詰めるだけ詰め込んだお見舞い品。受け取ったシグナムはほんのちょっとだけ微笑みながら立ち上がった。振り向きもせずに歩き出し「では、二日後に」。
 おう、と適当に返事をした。決戦はどうやら、二日後になりそうだった。





◇◆◇





 撤退。ヴィータにとってそれは、あまりに頭の悪い選択のように思えた。引くと言ったシグナムの事が、とても信じられなかった。
 どうして。ザフィーラをやった相手が、いま目の前に居るのに。激情に駆られて怒鳴りつけようとも思った。 
 しかし、そのときは納得できるものではなかったが、一歩引いた今ならどうだろう。冷静になって考えてみて、それは正解だったと、心底感じた。
 あんな状態で戦って勝てるとは思えなかった。仲間をやられても冷静なシグナムには、ほんの少しだけ腹が立ったけれど、彼女がヴォルケンリッターの将でよかった。ああいった場面で止めてくれるから信頼できるのだ。

 ヴィータはテーブルに突っ伏していた顔を上げた。涙の跡が目立つが、その瞳にはぎらぎらと輝く光があった。
 やったら、やり返される。当然である。
 あの流星は、ヴィータが戦って、完全な蒐集をしきれなかった女と同じ顔をしていた。負けるかもしれないと思った、あの女。ザフィーラをやったのはその家族なのだろう。フェイト、と呼ばれていたことを思い出す。
 今までやってきた事実がヴィータの背中に重くのしかかった。その重さが、ザフィーラを消滅させた。

 戦えるのだろうか。自分に問いかける。心は当然だ、と熱を持って答えた。
 敵を討つ。いや、違う。あくまでも目的は蒐集。ザフィーラは敵を討つことなど望んでいない。なぜなら彼は笑ったのだ。満足だ、とヴィータの頭を撫でながら。ヴィータにとって、どこまでも兄のような存在だった。ザフィーラももしかしたらヴィータの事を妹のように感じていたのかもしれない。
 ただ、感情がそれを許さないのだ。


「……ありがとう、ザフィーラ」


 涙は流さなかった。ここ二日ですでに涙腺は枯れ果てた。そして心の水源がなくなると、その奥には熱い輝きが残っていた。どこまでも純粋で、危険な感情。
 やったらやり返される。だったら、やり返されたんだから、やっていい。
 もちろん、そんなはずがあるものかと頭では考えた。そんな馬鹿なことがあるものか、と。
 ただ、今のヴィータを動かすのは考えではなく、想いだった。殺してやる、と思ってしまった。今までのやり方で、プログラム通りに。人間でいたいなど、考えるだけ馬鹿だったのだ。
 ぴん、と張り詰めた空気がリビングを覆った。たった一人の少女から出るそれは、あまりに強固な覚悟だった。


「ヴィータちゃん……」
 

 シャマルが不安げに言う。


「良くないわ、そういうの」

「忘れらんねー」

「ザフィーラは、笑っていたじゃない」

「それでも……諦めきれねー」

「私は好きだったな、ザフィーラと遊んでるヴィータちゃん」

「だからアタシは戦うんだ」


 こうは言っているが、シャマルこそが心中穏やかでないことはわかる。彼女とザフィーラはチームを組んで蒐集していた。その相棒がやられたのだ。ヴィータはシャマルの寂しそうな顔の裏にあるものを感じ取っていた。
 ごめんはやて。口の中だけで呟く。
 次の蒐集は、はやての為じゃない。結果的にそうなろうと、それは自分の思いを貫き通す、ヴィータだけのわがままだ。
 握る拳にさらに力を込め、そのとき、玄関の開く音が聞こえた。静かな足音。それだけでシグナムだということが分かる。


「帰った」
 
 
 彼女はやけに大きなバッグを抱えていた。
 

「……なんだ、それ?」

「お見舞い品だ」

「……」


 疑問は残るが、大したことではないかとヴィータはそれを意識から消した。
 重要なことは、いつどこで活動を再開するか。


「シグナム、アタシそろそろ我慢できねーよ」

「ああ、分かっている」

「それじゃあ……」

「二日後にしよう。明日は主のところに行く」

「……そうか」

「そこらの局員でも襲えば、後は向こうから来てくれる。無駄に人を傷つけるなよ」


 ヴィータは強く頷いた。
 ここまで警戒されると、この場所がばれるのも恐らく時間の問題だろう。二日後というのは、いいタイミングのように思えた。


「……寝るぞ」


 いつかのように、ザフィーラの隠すような笑い声は聞こえない。







[4602] nanoAs19-ブレイド
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/04/12 18:04
19/ブレイド





 俺は嘱託じゃなくて、きちんとした魔導師として扱われているらしい。
 二十二期、たった一人の卒業生。ディフェクト・プロダクト三等陸士。……ヒューッ! 寂しすぎる!
 研修期間くらいよこせと何度叫び出したか分からない。あと三等陸士とか前線に出さないでほしい。補給とかやっていたい。補給でいいじゃないか。なんで俺は補給部隊に行かないんだ。なんで武装隊なんかに入れられてるんだ。くそ、下手に訓練校なんかに入ったから嘱託じゃ居られなくなっちゃったんだ。まじグレアムやべぇ。あいつ未だに諦めてなくて実のとこ俺を潰そうとしているのではないでしょうか。
 しかも今回展開されてるのって、航空武装隊なんだよね。納得だよね。ヴォルケンが相手だし、管理外世界の事件だし、うみが受け持ってるし。周りが空士とか空尉なのに、そんな中、ディフェクト・プロダクト三等『陸士』。視線が痛いぜ! 何しに来てるのこの子って目がすごいぜ! おかからの間者かって思われてるぜ!


「あ~視線が痛い。アウェーだ。アースラまでアウェーだ」

『局入りなんか・する・からです』

「ちょ、黙ってろお前! 局入りなんかって言うな、なんかって!」

『局員・なんて・カスか・チンカスか・ハナクソか。そう・言っていたのは・マスターでは?』

「マジやめろって! タマゴ投げつけられたらお前のせいだからな!」

『逃げる・局員は・チンカスだ! 逃げない・局員は・醗酵した・チンカスだ!』

「臭ぇよッ! 絶対に会いたくねぇよ逃げない局員!!」


 ぎゃっはっは! 笑った後で、ハッとして周りを見れば、そりゃもう言葉に出来ない視線の数々。いや、アースラ常駐の人は俺のこと知ってるから良いんだけど、今回違うところからも沢山来てらっしゃるわけで。印象値が最初から大暴落だな。
 よし逃げよう。そう思ったとき、


「ディフェクト」

「おおユーノ! いいタイミングだよお前!」


 ぺしーんっ、とユーノの肩をはたいて、


「動いたよ」

「ヒューッ!」


 ついにこの時が来ました。





◇◆◇





 モブが空を飛んでいた。そりゃもうぽーんっ、と何か玩具みたいな。
 そのモブが地面に落ちてくる前に、視線はこちらを向く。
 どさり。モブの接地と同時に聞こえる言葉は、


「来たか」

「おう」


 先日会った時の雰囲気はどこにも感じさせない、熱く、それでいて鋭い眼差し。シグナムは見るだけで臨戦態勢だと分かった。
 その隣に控えるヴィータなど、スタート前の競走馬のように興奮してる感じ。こちらの面子を見てため息をつくも、その勢いが収まる様子はない。
 シャマルがいねぇな、と首を巡らせると、シグナムは早速デバイスを構えた。いや、デバイスというよりも、それはもう、ただの剣で、武器だ。


「語るべき言葉は無い。さぁ、始めよう」

「俺にはある」

「無いと言った」

「だけど俺にはあるんだよ」

「……言ってみろ」


 ユーノとクロノに、頭を掻くことで合図して、


「───おっぱい何カップだテメェ!!」


 駆け出した。それは確かに効果をあげたのか、流れる視界の端、そこに居るヴィータは若干呆けた顔をしている。
 そして、その隙を逃がすようなユーノではなかった。タックルをかますようにヴィータの腰にすがりつくと、


「転送ッ!」


 二人の姿は掻き消えた。
 よくやったユーノ。お前は後で頭を撫でちゃる。まぁ、俺が生きてたらなんだけど。なでなでの為にも、生き残らんとね!
 どこまでも冷静にシグナムは剣を振りかぶった。吸い込まれないように、全体を見るようにその脇に走りこみながら、ピュンッ、と空気を切断するような音。接近しすぎてるからその軌道は完全に読めるようなことはなく、俺はとりあえず転がってそれを避けた。
 セットアップもしてねぇのにあんなの食らったらバラバラになっちゃうよ馬鹿たれが。ちょっとは手加減しろ。
 その一合を経て、ただ単純にシグナムとの立ち位置が変わる。上空へ急上昇しているクロノを見て、一応戦力の分断は成功したと確信した。

 ああ、よかった。初っ端で誰か死んじゃうんじゃないかとハラハラしてたからな。主に俺が死んじゃうんじゃないかとハラハラしてたからな。
 だいたいだよ、セットアップの時間くらいくれてもいいじゃないか。ユーノは作戦を考えるときちっとも優しくない。俺のこと信用しすぎ。『君なら出来る』って学生時代から通算すると何度言われたか分からんぞ。
 よかったよかった、と息をついた俺に、シグナムはさらに視線を鋭くさせた。


「……なるほどな」

「ワリィね」

「いや、これも兵法だ。ふむ、なるほどなぁ……」


 またまたさらに鋭い視線は尖っていって、


「───っく、ふ」

「あん?」


 シグナムの肩が震えていることに気がついた。
 なんじゃらほい、と分からん顔をしていると、あっはっは! とシグナムは豪快に笑う。お、おお、こんな笑い方するのかこいつ。いいね、笑顔。えらい美人は笑ったらえらい可愛いね。


「いいな、これは。とてもいい」

「そう?」

「こんな気持ちはいつ以来だろう。お前が最後の相手で、本当によかった。戦うならお前が良いと、心底思っていた」

「最後なんかじゃねぇって」

「いいや、これで最後なんだ。私達が勝ってもお前達が勝っても、闇の書は発動するだろう?」

「……まぁ、そりゃそうなんだけど」

「だったら私は、この気持ちを大切にしたい。まるで主と対面しているような気になってしまう。疼いて、切なくて、腹の奥が熱い。ああ、いい気持ちだ。……さぁ、やろうじゃないか!」
 

 さっさとセットアップしろ、と鼻をふんふん鳴らしながらシグナムは言った。
 バトル中毒ここに極まる。こいつ俺なんかじゃ計れないくらいの変態さんだ。俺は嫌だ。これから先、この女の相手は是非ともフェイトに任せてしまおう。
 とまれ、こちらの戦闘スタイルに付き合ってくれそうなのは事実。そこにはラッキークッキーバトル好きー。
 俺は右手をまっすぐに伸ばし、精神感応性物質変換能力発動。砕けるような音と共に、そばにあったベンチが一つ塵になった。輝くそれは腕の周りに集中し、背中に集中し、ファーストフォーム、セットアップ。


「はぁ、やだやだ。バトル厨はこれだから……」

「嘘はつかなくていいぞ、プロダクト。お前も私と同じ、どこかおかしい人間だ」
 
「あはっ」


 口角が上がるのを抑え切れなかった。月光を弾くシグナムのブレイドは、どこまでも鋭い。
 いいねいいねぇ、堪んないねぇ。人を変態扱いしやがって、とてもじゃないけど許せない。そうに決まってる、俺は戦いに欲情を感じるような変態じゃあない。だからこのわくわくはきっと───、


「真ん前から打ち砕く!」

「そのときお前の腕は宙を舞っているさ!」


 きっと、こんなに楽しそうに笑うシグナムが、馬鹿みたいに可愛いからだ。





◇◆◇





 冬の寒さが肌を攻める。前回来た時はぽかぽかと暖かかったくせに、季節はがらりと姿を変えていた。
 一度鼻を啜って、クロノは上昇をやめる。眼下で行われる戦闘に意識を持っていかれないよう、瞳に力を入れて辺りを見渡した。
 さぁ、どこにいる。デバイスを一回転。
 そしてその時、今更ながらに結界の発動を確認した。ドーム状に街を包んでいくそれは広く、強い。通信妨害と、外からの侵入を防ぐような働きを持つもの。逃げるわけではなく、迎え撃とうというのだ、自分達を。
 クロノは思わず舌打ちをついた。正直な話、こういうのは好みじゃない。格下とは思わないが、シャマルが自分の相手になるとは思えないのだ。そんな中で、結界。侵入を防ぐというのはいい手だと思うが、ヴォルケンの思惑はクロノの考えるそれとは違っていて、邪魔をされたくないとか、きっとそういうものなのだろう。


「馬鹿の周りは馬鹿ばっか、だな」


 視認。
 結界の発動ポイントを見極め、クロノはその視界にシャマルを捉えた。
 デバイスを、もう一回転。周囲の温度がさらに下がっていく。冷えていく。空気すら凍りつかせるそれは、もちろんそのまま凍りつかせて、先が鋭利に尖った氷塊を作り上げた。


「行け」


 三発の氷塊が宙を駆けた。
 不規則に動き回りキュンッ───、軸移動を繰り返しキュンッ───、しかしそれは驚くほどの速さでシャマルに到達する。
 首、胸、腹。狙ったとおりのところを、思ったとおりに貫いた。
 終わった。はずだった。


「……なに?」


 当然シャマルの姿は消えうせた。ただ、二人目のシャマルが、その影から歩いてきた。普通に、こちらに視線すら送らないで、まるで買い物でもしているかのようだった。
 幻影魔法。クロノの頭に浮かぶ正解。見渡すと、そこらじゅうにシャマルがいるのだ。覆われた結界内の、そこらじゅうに。
 

「私は───」こちらを見上げるシャマルが口を開いた。
「直接戦闘って───」どこからか声が聞こえた。
「あんまり得意じゃないし───」それはクロノの背後で。
「こういう戦い方しか───」それはクロノの右で。
「できないけど───」それはディフェクトの傍で。

 
 その時、後方から飛んできたそれはクロノの足に絡みついた。「クソ!」珍しく声を上げて、クロノは自分の馬鹿さ加減を罵る。
 ぐんッ! 引き寄せられる。直接戦闘が出来ないなど、それは何の冗談だといいたくなるような力だった。
 投擲武器のように振り回されて、叩きつけられるのはビル壁。窓を粉々に破壊しながら、どこかのオフィスのような場所に錐揉み回転しながら突っ込む。


「ぐッ、このッ!」


 すぐさまデスクを跳ね除けて立ち上がると、
 目の前数センチ。
 

「そう簡単には、やられないわ」

「───!」


 デバイスで殴りかかると、それもただの魔力になって消えうせる。
 ちくしょう、と声には出さなかったが、クロノは心底そう思った。やっぱり、自分がヴィータの相手をしたかった。なんだこれは。こういうのは、まるっきりあいつの役目じゃないか。そうだというのに、あいつは自分の我侭を通しやがって───。

 瞬間、光が爆ぜた。思わず目を覆って身体を丸くしてしまう。
 しまった。完全に隙をさらしてしまった。クロノは瞳を閉じたまま、いったいどういった魔法が飛んでくるだろうかとデバイスに魔力を送った。いつでも障壁を張れるようにと。
 しかし、十秒たち、二十秒を超えても、一向に来ない攻撃。ただの目くらましにしては上等すぎる。ゆっくりと瞼を開いて辺りを見渡せば、そこには誰もいない。不気味な怖気を感じた。
 いったいなにを……。呟きながら大口を開けたビルから飛翔。どこにでもいるシャマルを、その魔力反応で見つけたとき、


「な、んで……」


 どうにも見覚えのある背中だった。幼いころの、まだまだ何の抵抗もなしに笑顔を振りまけたときの、そんな記憶だった。


「クライ、ド……」


 クロノの声に反応したようにそれは振り向いた。にこり、とそれが死ぬ前まで大好きだった笑顔を向けてきた。隣を見れば、アリアが居た。ロッテも、グレアムも。
 ひゅん。左。聴覚が伝える情報。反射的にクロノは障壁をはり、それを打ち落とした。後に聞いた話では、クラールヴィント。癒しの息吹というらしいそれだが、今のクロノが聞くなら腹を抱えて笑ってしまうだろう。冗談じゃない。人の記憶に干渉して、クソみたいな幻影を見せやがって。
 心臓が跳ねた。そう、幻影だ。影だ。お上の方々はどいつもこいつもクライドクライドクライドスクライド。張り裂けそうになって英雄の背中を追えば、それも幻。
 振り払うように叫び、クロノは急上昇した。結界反応のあるギリギリのところで停止。


「……るんだ」


 ぽつりと。


「───イライラするんだッ、その顔見てると! どこまでも付いてきやがって! どこまでも先を行きやがって!」


 口汚く罵った。もうすぐ十五になる子供の、心からの叫びだった。
 思えば、自分に反抗期はあったろうかと考えた。どこまでも魔法に噛り付いて、気が付けば執務官だった自分に、そういうのはあったろうか。
 知る者はいうだろう。なかったと。真面目なクロノ。品性と知性にあふれたクロノ。気品を備えた、とてもいい執務官であるクロノ。
 それを聞けば言うだろう。おいおい馬鹿をいうな。こっちはいつだって仮面をかぶり続けた。そういう風に、演じてきた。いつだって執務官であろうと。どこだって局員であろうと。

 ただ、少し前に出会いがあった。馬鹿をもう一段階進めた馬鹿は、とにもかくにも馬鹿だった。馬鹿はいい。考えないで付き合える。出来うることなら自分も、あんなふうに生きてみたい。誰にでも笑顔で、誰にでも優しくて、果ての無い馬鹿で。
 はぁぁ、と気を落ち着けるように長い息をついた。無理だと分かってる。クロノは馬鹿にはなれない。だから───。


「失敗なんだよ、ヴォルケンリッター……」


 クロノの瞳はすべてを切り裂く刃のような、冷たい輝きを秘めていた。
 別に、どちらにしても倒すつもりだったのだから結果は変わらない。ただ、身に潜む感情の、恰好の発散場所を見つけてしまった。
 ああ、全部クライドが悪い。この気持ちも、グレアムのことだって、全てクライドが悪いに決まっているんだ。クロノは子供のように考えた。その顔は、父親に不満をぶつける子供そのものだった。
 どこまでも付いて来る。どこまでも先に行く。だからクロノはどこまでも───、


「正面から撃ち貫く」


 やってみろ。
 そこらじゅうに居るクライドの笑顔は、クロノにそんなことを語りかけているような気がした。





◇◆◇





「うわ、っとと!」


 戦場にふさわしくない、かわいらしい声だった。
 転送ポイントが多少ずれて、ほんの少しだけ地面から離れていたものだから、ユーノは着地で尻餅をついた。ヴィータの腰を抱いたままの姿勢で、彼女は大人しくユーノの膝の中。


「……離せよ」

「うん」


 ユーノは笑顔のままで手を離す。ヴィータがさっさと立ち上がり、転送前と同じくため息をついた。


「はっ、なんだテメー、アタシに勝てるつもりかよ」


 恐らくヴィータは感じているのだろう。ユーノの魔力資質に。
 当然かな、とユーノは苦笑いしながら頬を掻いた。ヴォルケンリッターは肌でリンカーコアの質感を感じる。上等だとか、微妙だとか。ユーノは当然、微妙に位置する。魔力量は多くないし、収めている魔法も補助ばかり。シャマルというエキスパートが居る以上、それはあまり必要性を感じないのだろう。蒐集されたとして、頁も沢山は埋まらないはずである。


「そのつもりで連れて来たんだけどね」

「ちいせーよ、反応が。お前じゃ無理だ。素直に蒐集されるなら、痛いくらいで済む」
 
「嫌な話。ちょっと怖いかな」

「……なめてんのか?」


 ヴィータから剣呑な空気が流れ始めた。
 一触即発と言い換えていいこの空気の中、しかしユーノは笑顔である。にこにこ。笑っている。


「まぁ、実はけっこう舐めてる」

「……もういい」


 ヴィータがデバイスを構えた。
 相変わらず、ユーノは笑うだけ。怪訝な顔をするヴィータに可愛いなぁ、とユーノは思った。


「構えろよ」

「来ればいいじゃない」

「構えろよッ! ザフィーラをやったテメーらが弱いと話になんねーんだよ!」

「そう?」


 言われてユーノは構えを取ろうとするが、どういった構えが適切なのか分からない。いや、知識豊富なユーノに分からないことはないが、ユーノは構える事を知らないのだ。今までに一度も経験したことのないそれ。ほんのちょっとだけ、ユーノは戸惑った。
 うんうんと、珍しく頭を悩ませて考えて、結局はいつもの通りにただ立つだけ。慣れない事をやろうと思っても、それはなかなか難しい。へっぴり腰になっちゃったりしたら格好悪いし。
 もう一度困ったように頬を掻いて、すると、ヴィータから放たれる不機嫌さがさらに増した。


「……ふざけてんのかよ……、ニヤニヤしやがってッ、仲間をやられたアタシ達が! そんなに滑稽かよ!!」


 なんて事を言うのだろうか。
 瞳に怒りを溜め込んだヴィータを目の前にしてそんなことは、


「うん! すっごい馬鹿みたい!」


 ユーノは笑顔のまま、力強く頷いた。 


「ほら、ボクってなかなかそういうの、敵討ち? とにかくそういうのにまったく興味がもてなかったんだよね! もうこれっぽっちも! だってそうじゃない? やったらやり返されるし、やり返したらやられる。そんな煩わしい事にクビ突っ込んでなんか居られないよ。そもそも実感がわかなかったんだよね、敵討ち。どんな気持ちなんだろうっていっつも考えてた。でもさ、それがまたさっぱり分からないわけ。人って難しいよね。考えてることが千差万別でさ、同じ人なんて居ないんだよ? これはもう奇跡だよ。そう思わない? ボクは思う、これって奇跡的で、なんとも馬鹿らしくって、とっても素敵なことなんだって。ボクってさ、人に言わせると冷めてる人間なんだと思う。ああ、当然そんなこと皆が知ってるわけじゃないよ。ボクが珍しくも気を許した人たちがそう言うんだ。初めて言われたときさ、それはないよって思ってた。ボクは冷めてるわけじゃない。現実を見てるだけなんだ。僕は文学も好きだけど、数学のほうが好きでね。ほら、答えがしっかり出るじゃない。文学のほうは、なんだか曖昧だろう? 人それぞれ、思ったことがその答えだ、何てこともあるし。そんな問題にぶつかるとボクはすかさず逃げ惑うね。意味わかんないんだもん。電気信号で動いてるくせに舐めたものでしょ、人間。ボクみたいに機械的な人間には世の中すっごく住みづらいよ。だって、ホントにわかんないんだもん。みんなの感情が。みんなの思いが。適当に周りに合わせることは出来るけど、それもそこまで辛くはないんだけど、ただ楽しくないんだよね。皆が皆、馬鹿みたいだったよ。馬鹿馬鹿、ぜぇ~んぶ馬鹿。なにが楽しいの? なにが悲しいの? なんで怒ってるの? ボクは分からないけど周りに合わせた。笑ってれば笑うし、悲しんでれば悲しむし、怒っていれば怒った。もうホントのホントに機械みたいだったんだ。何もかもをぶち壊してしまいたい、なんて危ない感情も、それはそれは機械的だったね。持て余すわけじゃなくて、しっかりと制御出来てた。そんなときはどうすればいいのか考えるし、自分の慰め方も知ってる。ストレスを受ければ発散させるし、それを数値でまだいけるとか、もう少ししたらまずいとか。おかしいよね? ボクはたぶんおかしい人間だよ。人間のふりしてるって、いっつもそう思ってる。感情がついていかない。皆みたいにはなれないよ。ああでも、これは別に諦めてるとかそういうことでもないんだ。ボクはさ、これでいいって思ってるんだ。さっきも言ったけど、人間なんて千差万別。僕みたいな人間が居ても、それは世界のちょっとしたスパイスでしょう? 住みづらい世界に我慢するだけで、私の頭脳はみんなの役に立てるんだから。……ただね、これは結構前の話になるんだけどさ、もうどうしようもないくらいの馬鹿に出会っちゃってさぁ、これがまた、もうホントにすっごく馬鹿なわけ。馬鹿って言葉を潰して溶かして型にはめたら出来上がりました、みたいな感じ。もう参っちゃうね、馬鹿。人間なんて電気信号で動いてる肉の塊に過ぎないくせに、馬鹿だけはきっと別の物で動いてるに決まってるんだ。出会ったときは、それこそ天変地異の前触れかと思ったね。青天の霹靂とか、地面と空が居場所を交代したとか、とにかくそれくらいの衝撃だった。分かる? わかんないよねぇ……。まぁなに、とにかく私は馬鹿と出会ってね、それがもう、なんて言ったらいいのかなぁ、すっごく気持ちよかったんだ。スカッとするって言うのかな? 分かるよね、スカッとする感じ。もう踊りだしたい気分だったし、なんだか嬉しかった。柄にもなく泣いちゃったりしたなぁ。言っちゃうとさ、好きなんだよね、そいつの事。もうだぁぁああい好き! ぶっちゃけ私も女の子だしさ、やっぱりいつかは結婚するって思ってたよ。でもその人と会っちゃったら、もうそんなこと全部飛んでいっちゃった。きっと私っていう機械みたいな人間はさ、あの人のために生まれたんだ。だからね、分かるよ、敵討ち。全然興味がもてなくて、馬鹿みたいって真剣に思ってたけど、今は私にも分かる」

「あ、ああ?」


 ヴィータが片眉を上げた。少し早口だったから、聞き取れなかったのかもしれない。
 首を振り「だからさぁ」。人差し指を立て、こめかみを押した。いえば、これこそが構えだった。
 

「怒ってるって、言ってるんだ」


 にこやかな笑みはどこかにすっ飛んでいき、張り付いたのは底冷えするような表情。
 これこそがユウノの我侭。自分勝手な思い。ディフェクトをボロにして、自分は優雅に敵討ちだなんて、そんなことユウノが許すはずなかった。
 ぴんぴんしているヴィータに腹が立つ。この感情をもてあまし気味で、最近はストレスをずっと抱えていた。慰め方は知っているのに、発散の仕方も知っているのに、こればっかりはどうにも心の隅に残り続けた。こんなことがあるんだと自分自身に驚いて、当然どうにかしなければならないわけで、怒りの矛先はもちろんヴィータで。
 ユウノは左手でちょいちょいと手招きした。


「来なよ。正々堂々と不意打ってあげる」


 その酷薄な口元は、むしろ研ぎ澄まされた刃物に似ていた。





◇◆◇





 深夜だというのに、とてつもない不快感が襲ってくる。
 目の下に隈を作り、なのはは布団を跳ね除けた。最近の睡眠状況は実に悪い。劣悪と言い換えてもいい。いつ襲ってくるのか分からないヴォルケンリッター。頭の上をうるさく飛び回る管理局員。そしてやってきたのがこの不快感。
 戦っている。なのはのセンサーはそれを捉えた。
 爆発的に高まる魔力と、結界と、どうやらジャミングのようなものまで。ジャミングをジャミングと分かるほどまでに感覚が鋭敏になっている。レイジングハートを手放し、恐怖感から外に対する感覚が余計に広がったのだ。

 怖い。恐ろしい。なのはは恐怖で震える肩を自ら抱いた。
 なぜ皆が戦えるのかが分からなかった。どんな理由があろうと、なのはは傷つけるだけの戦いはしたくなかった。


(ううん、ちがう……)


 傷つけるだけの戦いをしたくないのは事実。しかし、それ以上に怖かった。なのはは怖いものから逃げたのだ。
 それのなにが悪い。自分は管理局員じゃない。あくまでも嘱託で、アルバイトのようなものだ。今はレイジングハートも無い。呼ばれることは、絶対にない。
 不安になった。迷子のように、なのはは部屋を見渡した。ユーノは居ない。レイジングハートも居ない。つながりが消えた人達と、笑いあえる日は来るのだろうか。友達と会える日は来るのだろうか。
 
 嫌だ。もう嫌だ。何も考えたくない。早く終わってしまえ。戦いなんて、嫌いだ。
 なのはは部屋を飛び出して一階に下りた。喉がからからに渇いて干からびてしまいそう。水道水をそのまま口に運びがぶがぶと飲んだ。吐いた。口の中が気持ち悪くてもう一度水を飲んだ。吐いた。


「なのは……?」


 聞こえた声に、びくりと肩をすくませた。恭也だった。眠っていただろうに掠れることもなく、相変わらずいい声をしていると思った。
 自分の様子はよほどおかしいのか、恭也は怪訝な顔つきで額に手のひらを当ててくる。


「熱はないみたいだが……。気分が悪いか? 病院にいくか?」

「う、ううん、違うの。ちょっとがぶ飲みしちゃっただけ」


 なのはが言うと、恭也は盛大にため息をついた。


「なぁ なのは、俺たちはそんなに信用できないか?」

「へ?」

「お前が何かに悩んでるって、そんなこと皆気づいてるよ。ただ、言い出すのを待ってるだけで。心配してるんだ、父さんや母さん、美由希も、俺だって」


 その優しさに涙があふれそうになるが、しかし魔法だ。魔法なのだ。


「……言っても、信じてもらえないよ」

「それは俺が決める」

「ば、馬鹿な子だって、絶対思うよっ」

「なのはは馬鹿なんかじゃない」


 頭の上に乗せられた温もり。抱き寄せられる肩。
 なのはの瞳から、ついに涙があふれてきた。


「ともっ、ともだちがね、た、たたかってるのっ」

「ああ」

「でも、でもね、わたしこわッ、こわくてぇ」

「うん」

「みんなのことっ、すきなのに、まもりたいのにっこわくて、いやなのぉ……」


 泣きながら、思いの全てをぶちまけた。
 魔法が不愉快に感じたって、その思いが理解できなくたって、なのはは皆が好きなのだ。ただ守りたいのだ。
 大声で泣き叫んだ。なにがあった、と家族が全員起きてきた。それでも なのはは泣き続けた。涙と一緒に嫌な気分も流れてしまえばいいのに。そう思った。







[4602] nanoAs20-ファントム・チェイサー/ベリーズ・クッキング
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/04/23 11:08


20/ファントム・チェイサー





 総勢二百と三人。幻影を映し出すシャマルの魔法は確かに効果を挙げた。
 当然だが、これだけの数を操作しようとしても、それは難しいどころの話ではなく、無理。だからシャマルが選んだ選択は『再生』。
 この街は、半年間に渡りヴォルケンリッターの生活に携わってきた。シャマルは幾度となくスーパーへと買い物に出かけたし、ウィンドウ・ショッピングも楽しんだ。はやてを連れて公園に散歩に行き、そういうのに興味を示さないシグナムの服を買いに出かけた。ヴィータと一緒にゲームセンターに繰り出して、そして、ザフィーラと一緒に花屋へ行った。
 シャマルはそれを『再生』している。クロノの感じた『まるで買い物でもしているかのよう』は、事実そうなのだ。一つ一つの幻影を操作しようなど、とてもではないが魔力がもたない。もちろん注意を引くために、その時その時選択して幻影を選択操作しているが、それだって消費する魔力は微々たるもの。中身がスカスカなお人形を操っているに過ぎない。
 クロノの下後方を何でもない様子で飛びながら、シャマルはクラールヴィントに魔力を集めた。ばれてしまわない様にゆっくり、小さく、少しずつ。
 

 「私は───直接戦闘って───あんまり得意じゃないし───こういう戦い方しか───できないけど───」

 
 それぞれに魔力を送り込み、喋らせる。相手の混乱が手に取るように分かった。
 いける。シャマルは確信を持ちながら、指輪から伸びる鋲、クラールヴィントを解き放った。引っ掛け釣りのように足に絡ませ、引く。
 腐ってもヴォルケンリッター。腐ってなくともヴォルケンリッター。直接戦闘が苦手だからといって、まったく出来ないでは話にならないのだ。
 渾身の力でデバイスを操り、遠心力を力にするようにクロノを振り回した。目標はどこか固い場所。頭でも打って気絶してくれれば百点満点。
 シャマルは勢いそのままクロノをビル壁に放り投げた。ばしゃぁん! と窓を粉々にしながら中に突っ込んでいくのを見て、ああ、あそこには行った事がない。デバイスに魔力を送る。幻影。再生ではなく、幻影。
 シャマルは用心深い。チャンスを作り上げても、そこで飛び出すような性格の持ち主ではなかった。どこまでも相手を弱らせて、そのまま力尽きるのを待つような、そういう戦い方を好んだ。というよりも、それしか出来ないといったほうがいい。

 作り出した幻影を、大穴を開けたビルに先行させる。どこまでも用心深く、慎重に。
 ザフィーラをやった。実際に手を下したのは違うが、その仲間。心が冷たくなるのを感じた。
 シャマルはザフィーラのことが好きだった。ヴィータの姿が見えなくなるとすぐに鼻を鳴らしながら探そうとして、その様子を笑うと不機嫌に黙り込む。妹を探す兄のような仕草に、ああ、なんて可愛い人なのだろう、と。今回の召喚では、いつもは感じない『そういうの』を感じて、とても幸せだったのだ。
 それなのに、ザフィーラは消えた。どこまでもヴィータの為に、笑いながら消えた。
 悲しみ。その言葉で片付けるには、あまりに重かった。
 だから、とシャマルは考える。ヴィータのためにも、ザフィーラのためにも、


「そう簡単には、やられないわ」


 クロノがデバイスで殴りかかってくるが、所詮それも幻影。ダメージなど一切無い。
 漸くのように、悠然とクロノの前に姿を出し、右手を差し出した。
 ───光。
 それはクロノに決定的な隙を作り出すが、シャマルは深追いをしない。一撃で決めるような、そんな攻撃魔法はもっていないから。だから張るのは蜘蛛の巣。罠。精神ダメージ。

 シャマルのそれは、記憶に作用するもの。相手がなにを見ているのかは自身にだった想像がつかない。ただ、嫌なモノを見ているだろう事は確実だった。そういう風に、魔法を放った。
 醜く歪んでいくクロノの顔に、シャマルの心は軽くなっていくようだった。
 なんと浅ましく、汚い心なんだろうか。自分自身で思い、諦めたような笑みを浮かべた。考えてみたら、『幸せ』の崩壊から、自分たちヴォルケンリッターにまともな心が残っているはずがなかった。みんな我侭に、結局は自分のために戦っている。それぞれの思惑はあろうが、自分勝手で、気持ちに正直で、どこまでも人間的だ。プログラムだって言うのに、懐かしいような感覚。
 

(今回の召喚主に、影響されちゃったかな)


 今度の笑みは美しく、どこまでも澄み切っていた。
 この戦いの結果がどうなるのか、シャマルだって分からない。こんな気持ちで戦うのは初めてなのだ。いや、覚えていないだけで初めてではないのかもしれないが、それでも記憶にある中では初めて。
 シャマルは己のデバイスに優しく口付けた。


「さぁ、行くわよクラールヴィント。そしてはやてちゃんと、いっぱい笑いましょう」


 きらりと輝くデバイスは、未来を知っているかのように儚げだった。





◇◆◇





 ふぅ、ふぅ、と気を落ち着けるように息を吐く。クロノ・ハラオウンといえば執務官で、どこまで行っても局員だ。
 ただ、今回この時こればっかりは我慢など、それこそどこかにぶっ飛んでいた。冷静でないクロノ。その姿はいつもの澄んだ瞳をぐらぐらと沸き立たせ、しかしあくまでも怒りを制御できる、どこか悟りを開いた人間に似ていた。
 我慢は出来ない。ただ、馬鹿にはなれないのだ。
 クロノは熱く、冷たかった。俯瞰の目で何かを見ているような気になった。自分自身がどこまでも素直に見えるのだ。執務官で居ながらにして局員から解放されたような、そんな気持ち。
 熱く燃え上がるような感情を抑えることなく、冷たく凍えるような魔法を放つ。氷塊はクライドを貫いた。っく、と喉が鳴る。笑っているのだ、クロノは。
 

「うってつけの相手だ。さぁ、どこに居る……」


 ぶち殺してやりたい相手。クロノにとっての最大の敵。憎悪の対象で、愛しみの記憶。クライド・ハラオウン。 
 じ、とクロノは見た。それはそこらじゅうに居る。魔力反応の高いものから潰そうと思い、氷塊を何度か放ったが、それは精巧に作られたフェイクだった。
 相手、シャマルも随分のやり手で、当然ながら警戒を解くようなことはない。相変わらず隙をついては鋲が飛んでくる。
 

「ちっ」


 不満げな顔を隠そうともしない舌打ち。クロノは焦れていた。
 それは早くしないとユーノの援護に間に合わないだとか、次の闇の書本体との戦闘を考えてのことではない。ただ単純に、早く貫いてしまいたい。この手で、グレアムがくれたデバイスで、思いの丈をぶつけてしまいたいのだ。
 確認できる幻影は、正確にはわからないが、二百を超えていた。ああ、ああ、じれったい、もやもやする。はやく、はやく。

 クロノは悶えるようにデバイスを回し、───その時、天啓がひらめいた。それは今のクロノにとって、とてもいい作戦のように思えた。
 なんの事はない。全部潰してしまえば、あの不愉快な顔を見ずにすむじゃないか。
 いつものクロノなら、それはもちろん考え付くだろうが、実行は躊躇っただろう。問題として魔力量。クロノの魔力は多いとはいえ、それは作戦として成立するほどのものだろうか。
 冷たいクロノがそういった。
 熱いクロノは知らんと笑った。
 知らんとは何事だ。
 分からんものは分からん。
 成功するのか。
 させるんだ。
 ああお前。
 そうさ、僕は馬鹿になれないけれど、馬鹿は僕の、本当の友達なんだ。

 クロノの本領は、学習能力の高さにある。才能は無いが、努力すればそれを確実に血肉にする。今まで見てきた馬鹿。本物の馬鹿。もちろんクロノは馬鹿にはなれない。だけれど、見習うことは出来る。
 実に楽しそうにクロノは笑った。これこそが喜色満面という顔つきだった。
 楽しくなってきた。先を決める重要な戦いだというのに、なんだか楽しくなってきた!

 デュランダルをぐるぐる回す。氷塊が次々と出来上がる。回す。空気が凍る。回す。凍る。
 すぅ……、クロノは胸いっぱいに息を吸って、


「───行けよォ!」


 飛んだ。数えるのも億劫になるような、何本もの何本もの氷塊だった。 
 もともとクロノは複数の対象に魔力弾を当てるのは得意である。頑張って努力して、血の滲む努力をして、クロノは『考え』を六つ持てるようになった。
 マルチタスクと呼ばれるそれは、クロノの力。努力の賜物。本領の発揮。
 一つの『考え』で操ることの出来る氷塊は、おおよそ二十。六つの『考え』を合わせたって百二十。全てを潰すには全然足りない。今になって『考え』の数を増やすなんて事はもちろん不可能。
 ただ、『考え』を休ませることなく働かせることは出来る。マルチロック・バースト。そこに『待機』は無かった。全て『射出』。その後の『操作』。
 クロノのそれは、シャマルがやったこととまったくの逆。『再生』なんかではない。今まさに、全てを操っているのだ。
 ぢり、ぢり、と脳に痛みが走ったような感覚。脳には痛覚が無いとかそういう問題ではない。現実に、痛いんだ、頭が!


「ッ、ぐ、次ッ、貫け!!」


 飛んだ飛んだ飛んだ。飛行して、飛翔して、加速して、貫いて、凍らせて、氷柱になって、氷塊は弾けて。
 『考え』は六つあるくせに、しかし目玉が二つしかない。笑ってしまう。瞬間記憶。どこに居る。さあ出て来い。その場所を覚えろ。ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる、休むことなくクロノの瞳は対象を探す。ロックロックロック射出射出射出。
 ぱちぱちと、瞳の奥で火花が飛んだ。それはとても綺麗で、その中に入ってしまいたいような気分になるが、それは目玉の中で起こっている現象で、対象を探す邪魔にしかならない。
 もっと。
 クロノは嵐を起こしながら呟いた。
 もっと、もっと。
 ディフェクトがよく口にする、もっと。


「もっとだ!!」


 クライドを貫く。グレアムを貫く。アリアを貫いて、ロッテを貫く。
 むしろ、クロノが街を破壊した。人通りがよくあるであろう場所にその幻影が居るものだから、人の営みを感じさせるところほどに凍り付いていくのだ。
 だが、そんなことを『考え』る余裕はクロノには無い。貫け。お前は右で、お前は左。移動しろ。逃がすな。上昇、下降。首。狙え。刺され。凍らせろ。弾けろ。
 街全体から氷柱がはえてくるかのような光景だった。地面から氷柱がはえてくるのだ。氷塊が当たったところはどこもかしこも凍りついて、弾けて、氷柱になって。空気を切り裂く音が鳴り止むことは無かった。どこまでもどこまでも、それは竜巻のような威力を発揮する。
 幻影はどいつもこいつもが氷柱になっていく。ああ分かっている。さっきからちょろちょろと逃げ回っているクライドが一体居ることくらい、気づいているさ、もちろん。だが待てよ。目障りなんだよ、他のやつらも全部。消してしまいたいんだよ、そういうイラつきは。 
 百の氷柱を作り出し、二百を超え、残り、三人の、


「父さん……」


 小さな呟き。クロノはそれに向かって下降した。


「僕はっ」


 デバイスを回す。


「あんたをッ!」


 『考え』に命令。デバイスに待機。


「超えるんだぁぁぁああああああああ!!!」
『──Eternal Coffin──』


 幻影もデバイスも何もかも、クロノはその意志で振り切った。





◇◆◇





 失敗しちゃったなぁ。
 シャマルが思ったことはそれだった。
 たまに居るのだ。嫌な記憶を見せているはずなのに、むしろそれを力にするような奴が。今回のシャマルの相手は、まさしくそうだったのだろう。あの氷塊の操り方などとてもではないが、誰にだって真似できるようなものではない。それはスペシャルで、才能だ。
 シャマルは知らない。クロノが、自分に才能はないと嘆いていることに。もちろん、そんなことを聞けば頬の一発でも叩いてやるところである。


「父さん……」


 小さく聞こえた呟き。
 何てことだろうか。あの少年の記憶は、幻影として父親を見せているのだ。
 上空から急下降してくる少年は、どうにも捉えづらい表情をしていた。喜んでいるようにも見えるし、逆に泣いているようにも見える。辛い思いをさせてしまったかな、と少しだけ後悔した。


「僕はっ」


 そう、シャマルは気がついたのだ。あの嵐を起こしたこの少年に、勝てないのだと。自分の我侭は、ここまでなのだと。
 クロノは強い。どう考えても勝てない。父と向き合っていて、ここまで全力をあげる少年に、どうやって勝てばいいというのか。愛情はどうした? 憎いのか? それで、父親にこうまで?
 戦った時間などほんの少しだ。ほんの少しだが、シャマルはクロノの事を嫌いになれなかった。
 なぜなら、


「あんたをッ!」


 クロノがデバイスを振りかぶった。その瞳の端から雫が吹き飛んでいったのが見えて、なんだ、やっぱり悲しいんじゃない。シャマルはふ、とこぼれる様な笑みを湛える。
 

「超えるんだぁぁぁああああああああ!!!」


 ごめんねザフィーラ。
 パチン。一瞬で凍りつく身体。一瞬で凍りつく心。最後の言葉は、仲間に向ける再開の合図だった。





◇◆◇


20/ベリーズ・クッキング





 強いか弱いかと言われれば、それは恐らく弱いだろう。肌で感じるとおり、強力な魔法はどうやら持たないようだし、さっきから逃げ回ってばっかり。ただ、巧さはある。
 なかなか捉えられないそれに、ヴィータはいらつきを募らせた。


「うざってー……」


 しかしヴィータは突っ込むようなことはない。一撃で決める力はある。だが、警戒してしまっているのだ、あの金色の姉妹を。
 一人目の金色は、近接戦闘を挑むと実に強かった。戦い方に慣れを感じた。ひやりとする場面が何度もあって、正直、負けるかもと思った。
 二人目の金色は、それはそれは速かった。目にも止まらぬ速さとは、まさしくああいうのを表しているのだろう。
 だからヴィータは警戒を解かない。焦り、逸って近接戦を挑むのはどうにも危ないような気がした。

 ヴィータは左手をまっすぐに伸ばし、その指の間にドロップのような魔力弾を精製。これはその他魔導師が作り出す魔力弾とは違う。ヴィータのそれは、実体弾なのだ。貫通力を高め、相手の障壁を突き破る。
 空中に紅色のドロップを放り、アイゼンで打ち、撃つ。相手の進む先と、背中から追うように誘導し、


「……くっ」


 やや焦ったような声が聞こえて、ユウノが障壁を張った。
 爆発。爆発。爆発。
 この程度で終わる相手ではないだろう。ヴィータは空中を流れるように移動しながら、自分の魔力がはった煙幕を注視。
 少しだけの沈黙が降りて、じゃらり。不意に音がした。


「───!」


 紅色の煙の中からでて来るのは鎖。チェーンバインド。
 四肢を狙うように伸びてくるそれは、もちろん四本。身体をひねりながらヴィータは足を狙ってきた二本を避け、右手に持ったアイゼンで一本を弾き、最後の一本に捉えられた。
 左手に巻きついたそれは、いや、大した力は感じられない。一瞬で壊せるような、儚いものだ。
 ヴィータは魔力を送り込み綻びを発見。ひび割れに指を突っ込むような感覚でそれを打ち崩───、 

 たん! 地面を蹴りつける音と共に現れるのは、ユウノ。右手に、その指先にえらく高濃度の魔力刃を浮かび上がらせていた。
 まずい。背中に噴出す冷や汗。 


「ぅおあッ!」


 ガラスを叩き割るような悲鳴を上げて、バインドは崩れた。ヴィータはその場で宙返りをするように身体を操作。ジャグ! と果実をかじるようなそれと一緒に、ユウノのシャープエッジがバリアジャケットを抉り取る。
 そう、バリアジャケットを抉り取ったのだ。あれは刃物というよりも、爪。


「ありゃ、外しちゃった」


 のんき、と言えば良いのだろうか。ユウノは特に気負った様子もなくそう言った。 
 やっぱり、警戒に値する。ヴィータは跳ねるようにその場から飛びのくと気を落ち着けるように息をつき、もう一度ドロップを精製した。


「……アタシの勝ちだ」

「それはどうだろうね」

「もうお前を間合いに入れない。中距離から狙い打つ。その距離を固定して、お前には絶対近づかない」

「いや、それもどうだろう。たぶん、そう上手くはいかないよ」

「アタシがそうするって言ってんだ」

「んー……、なんていうか、君はすごく分かりやすいね」


 とん。戦闘開始時と同じように、ユウノがこめかみを叩いた。
 何かの予備動作なのだろうか。怪訝な顔でそれを見るも、別段魔力反応があるわけではなく、ただの癖のようなものだろうと適当に判断。相手の挙動にいちいち構えていては、戦いがちっとも進まない。
 ヴィータが魔力弾を指先から放って、その時、


「───やめときなよ」


 なにを!
 叫び出そうとしたが、それはヴィータに向けてではなかった。
 ゆらり、と蜃気楼のようにその場が歪んだと思うと、シャマルが現れたのだ。


「な、え、シャマル?」


 やや悔しそうな、それでいて褒め称えるような、なんともいえない表情をシャマルはしていた。


「……よく、気がついたわね」

「別に。幻影を見せてる隙にフォロー。戦いの基本じゃないか。なんでわざわざ転送したと思う? あなたに惑わされないようにだよ」


 ヴィータも気になっていたことであった。
 わざわざ転送という手を使わなくても、戦力の分断をするならもう少し隙の無いやり方だってあるだろうに、しかしユウノは転送という手法をとった。なるべく離れるように。ヴィータを孤立させるように。
 

「同じタイプの魔導師だからね、考えてることはある程度読める。弱いやつから狙うのも当然。そしてさ、気づくべきだよ」

「なにを……?」

「狙われてるって事にさ」


 瞬間、嵐が訪れた。
 はっとした様子でヴィータがその中心部をみると、少年が一人。デバイスを回し、魔力で出来た氷塊を作り上げ、それは凶弾となって街を襲っていた。
 無茶苦茶やりやがる。唖然としてヴィータが口を開けると、氷塊が一つ飛んでくる。ここまで離れているというのに、それは操作領域だというのだ。風を八つ裂きにしながら飛んでくるそれは、


「シャマル!」

「うん! ごめんね、ヴィータちゃん!」


 シャマルが飛ぶと同時に地面に突き刺さった氷塊は、逆立つ氷柱になった。
 ぱき、ぱき、と凍り付いていくそれを見つめながら、ヴィータはデバイスを構える。冗談じゃない。まったく持って冗談じゃない。例えばこの氷塊がシャマルだけではなく全員を狙っていたらどうなったろう。いや、そもそもなぜそうしないかが不思議だ。どう考えても、自分たちの負けではないか。
 化け物がもう一人居た。ヴィータの焦り。背負う闇の書が、余計に重く感じた。よくない感情。
 ここで戦い方を変更することが、仲間にとって一番である。短期決戦。勝負をいち早く終わらせて、ヴィータがフォローに回る。そうすれば、絶対に勝てる。二対一の状況さえ作り出してしまえば。


(けど、こいつ……)


 視線の先、ユウノの瞳はまるでこちらを見透かしているようだった。
 奥の奥まで。恥ずかしい事だって、嬉い事だって、悲しい事だって、そんなものを全部見られているような気分になる。かあ、とヴィータは顔を赤くした。
 ふざけやがって。そういう思いが沸いて、同時に恐怖感も沸いてくる。


「何者だよ、テメー……」

「へ? ああ、ん~……、なんだろうね、私にもわかんないや」

「馬鹿にしやがって」

「そうじゃないよ。ホントに分からないんだもん」


 にこやかな笑みの奥にある確かな怒り。それを感じ取って、ヴィータは作戦の変更は無しにしようと思った。
 しかし、決めるのは早くなければならない。シャマルは、危ない。
 魔力集中。精製。紅色ドロップ。精製。
 ヴィータは次々とをれを作り出し、


「いけッ!」


 アイゼンで打った。
 距離は中間。近くも無く、遠くも無い。燃え上がりやすいヴィータにとってはストレスの溜まりやすい距離だが、しかし合っている。そこは確かにヴィータの距離だった。
 爆発。爆発。爆発。指の間にドロップを。それを打ち出し爆発を。響く爆音は徹底的に無視。魔力の残滓で目標が定まらなくったって、とにかく打ち出した。


「あぐっ、ちょ、このっ!」


 ちょこまかと逃げ回るユウノ。距離を詰めてこようとするその顔は、爆発で吹き飛びながらも、まだまだこちらを向いている。
 そうはさせるかと後退した。この戦いこそが、一番早くケリが着く、一番の正解。それは自信になり、力になる。紅蓮の髪を振り乱し、ヴィータはまたも打ち出した。
 

「障壁!」

「ぶち壊す!」


 バキン。何のための実弾操作系。このための実弾操作系。
 何度目か。数えてはいないが、優に五十を超えるドロップを打ち出した。だから当然、爆発もそれだけ起きているはず。それなのに、ネズミのようにしぶとく動き回るユウノは、一体なんなんだ。
 
 ぎり、と歯ぎしりが鳴った。早く決まっちまえ。早く、早く。
 焦りが強くなる。
 早く!
 どうしてそれは強くなる。
 嫌だ、駄目だ!
 背中の闇の書から、魔力を感じてしまう。


「さっさと……いっちまえよォ!!」


 ───パキン。
 その瞬間、あたり一面は凍土になった。もともと雪が降るほどに冷え込んでいたのに、さらに冷たく、もっと冷えて。それは誰のせいだ。当然ながら、クロノのせいだ。
 背中の、温もりとも重みとも取れるソレは、わずかな軌跡を残して誰かを迎えに行った。


「ぁ……」

「さっきの人だね」
 

 ユウノが言った。別になんとも思っていない、どこまでも冷静で、変わらず笑みを貼り付けていた。何度となくヴィータのスフィアを身に受けて、見た目も精神もボロになっているはずなのに、その瞳はあくまでも理性的で、知的で、こちらを見透かすようなそれ。
 心臓が高鳴った。デバイスを握る手が震えた。同時に、瞳から涙が零れ落ちた。
 こいつがさっさと死んでればよかったんだ。そうしたら助けにだって行けたかもしれないのに。激情の紅蓮。ヴィータは、


「ああッ、ああああああああああああああああああああああ!!!」 


 叫んだ。絶叫と呼ばれるものだった。
 アイゼンから薬莢が弾け飛んぶ。ぶしゅ! ぶしゅ! 加速機構から魔力が弾けとんだ。


「お前ぇぇえええええええええ!!」


 宙を駆けた。ユウノを殺すために、なんの躊躇も無かった。今更血に汚れることを躊躇うような精神性は、ヴィータには無かった。
 避けてきた近接距離。その意味はまるっきり無くなってしまったのだ。もういい。一気に叩いて殺す。
 それなのに、爆発。


「───ッ!?」


 加速するヴィータの腹で、それは爆発した。
 なんで、なにが、どうなっている。爆発を起こしたそれは、紅色の威力を振りまいた。紅で、ヴィータの色。
 しかし、そこはヴォルケンリッター。いままで幾度と無く戦いに身を投じた歴戦の騎士。なんで、は後ででいい。今はとにかく───、

 じゃらり。二度目のそれ。
 ヴィータはそれに気がついたが、それだって問題は無い。あの程度のレベルなら、少し力を込めるだけでぶち壊せる。避ける手間を考えるより、ぶち壊していったほうが速い。突撃。先へ、近くへ。
 瞬間、魔力拘束される四肢。アイゼンがヴィータの怒りに呼応するように暴れまわる。
 さぁ魔力を集中しろ。綻びを見つけて一瞬で打ち壊して───、
 
 無かった。綻びは、無い。
 馬鹿な。そんな馬鹿なことは、


「なんでッ!!」


 崩せない。一度目はあんなに簡単に壊せたくせに、今回のこれは、壊れない。
 泣き出しそうになった。いや、ヴィータは気がついていないだけで、もうすでに泣いていた。


「なんなんだよ、なんなんだよぉ!」

「まぁ、こういうこともあるよ」
 

 ユウノが、ゆっくりと歩いてくる。
 その右手に、指先に、あの爪のような魔力刃を浮かばせて。
 

「きみの敗因を教えようか?」

「くそ、くそぉ……、いやだっ、やだぁ!」

「まずね、きみが分かりやすすぎること。感情ぶちまけるタイプの相手ってさ、結構得意なんだよね、私。どこにどう攻撃してくるのかが分かりやすくってさ、そりゃ当たるわけにはいかないよ。二つ目。実弾操作系の魔力弾。これはちょっと怖かった。でもね、実弾操作系ってのは、何個撃って何個当たったか把握しておかなくちゃ。言っちゃえば魔力の塊を打ち出してるんでしょ? 相手に爆弾をやってるようなものじゃない。次、三つ目。私のバインドを一度受けたからって、舐めちゃったこと。簡単に壊せるから大した事ないって思っちゃったこと。補助魔導師のバインドはあんなに脆くないよ。もうちょっと考えるべきだったね。そして最後……」

「うっ、うぅ……うくっ、うう……」

「……きみが、優しいこと。仲間がやられたって、あそこは感情的になるべきじゃなかった」

「やだぁ、やだぁ……、ザフィーラぁ、シャマル、シグナム───」


 ───はやて。
 そう言おうとした所で、震わせるべき喉に深々と魔力刃が突き刺さった。優しげに、とん、と。
 痛くない。ちっとも痛くない。ただ、帰るべき場所に還る。そういうことか、とヴィータは思いながら、想いながら、風に乗って意識は消えた。







[4602] nanoAs21-ソード・ダンサー
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/05/14 22:33

21/ソード・ダンサー





 もうね、なんつーの? ガチなわけよ、ガチ。本物の変態ってのは、意外と身近に居たりするんだよ。
 ほら、よく聞くじゃん。あの人があんな事するなんて……。それだね。これだね。シグナムがこんな変態さんだなんて……。
 そうやって馬鹿なこと考えてると、


「───うおッ、ぱい! ちょ、待て待て!」


 俺の制止などまるで聞いてはいなかった。シグナムはぶっトんだように剣を振るってくる。一つ一つに必殺を乗せて大振りなくせに、だけどちっとも隙が見当たらない。見つけても、なんだかそこに誘われているような気分になる。手がなかなかでないのです。
 逆袈裟に振り下ろされるレヴァンティンをバックステップ、と言えるほど上等なものじゃなくて、とにかく後ろに下がって避ける。この俺が、後ろに下がっている。ありえねえ。
 えらく楽しそうに笑うシグナムは、冗談じゃない、と声を荒げた。


「待て!? いいや我慢できない! お前も感じろ! 私のッ、灼熱をォ!!」


 炎。灼熱。
 剣から溢れ出したそれは、まさしくシグナムの思いを表しているようだった。興奮して、催して、劣情して、欲情して、求めて、求めて、ひたすらに熱い。
 薬莢が飛ぶのを確認する前に、シグナムは突撃してくる。真っ直ぐ。どこまでも真っ直ぐ。鋭い瞳に笑みを湛え、笑う口元は艶やかに舌なめずり。まさしくエロナム・バーストだった。
 そのあまりのエロさに、こっちの腰が物理的に引けそうになるのだが、それじゃ戦闘なんてもんは全然終わらない。
 後退しようとする足に馬鹿やってんじゃねぇと文句をつけて、お手てはじゃんけんグーの構えで、バキンと一発地面を崩して。


「エロスかテメェッ!」
『──fist explosion──』


 燃えるブレイドに拳を叩き付けた。
 爆発。何も考えずに、馬鹿みたいに剣を振っていたシグナムをぶっ飛ばして、同時に痛み。いつもの様な痺れる痛みじゃなくって、それには鋭さがあった。
 んなアホな。思わず拳を見て、んなアホな。ざっくりと、ばっさりと、実に鋭利な切断面。シェルが見事に切られていた。絶対防御で百パーセントな俺のシェルブリットが斬られているのである。わお。どんだけだよ、お前の灼熱。
 大の字になって空を見上げていたシグナムは、むくりと身体を起こした。ダメージの欠片も感じさせない動作で立ち上がり、剣を構える。表情はもちろん、アニメでは見たこともないような笑顔。ちくしょう可愛い。可愛いぞちくしょう。


「強いな」

「あん? これ見えるか、これ。ばっさりざっくり。自信なくすわマジで。あ、ほらぁ……血ィ出てきたじゃんかよ」

「血が何だ。私は飛んだぞ。殴り飛ばされたぞ、女なのに。こんなのは初めてだ」

「やめろって、俺がドメスティックなキャラに見えんだろうが」

「いや、お前はどこまでもアグレッシブだ。野性味にあふれている。獣のようだな。攻撃に攻撃をあわせてくるか」

「だったらお前は果てしなくエロティックだな。さっきからぺろぺろ唇なめんな。ちょっとドキってすんだよ」

「いいだろう、そのくらい。たまらないんだ、お前と戦っていると。それに私は、別にエロティックなわけではない。私は大人だからな、分別は持っている」


 はいダウト!
 閻魔様に舌抜かれんぞマジで。


「嘘ばっか言いやがって。じゃあお前はなんなんだよ」

「ん、そうだな……」


 へらり。シグナムの口元が緩む。


「サディスティックだ!」


 シグナムの立っていたところが爆発したように燃え上がった。加速。一瞬にして詰まる距離。なんとなく予想していたので、天才的な近接戦闘能力を持つ俺は難なくシグナムの攻撃を避けることが出来なかった全然出来なかった何これ速ぇ。
 予想をしていたって避けることが出来ない攻撃。そういう部分をシグナムは狙ってくるのだ。例えば胴。後ろに下がれば避けきれる。いいやそれは間違い。剣道じゃないんだ。こっちには魔法があるんだ。シグナムは、炎を携えているわけだ。
 とっさに出してしまった右腕。ああやばい。切られる。マジで腕が飛んでいくかもしれん。
 悟りを開きかけた。


「できないけど───」


 はあん!? できないけどってなに!? ああ!? できないけどって何事なの!?
 いきなり現れたソレ。シャマルの、魔力体? それはそこらじゅうに居る。正直気持ち悪い。
 だけど、正直気持ち悪いんだけど、驚いたのは俺だけではなかった。ビクッ、と可愛らしく、デバイスを振り上げているシグナムは肩は跳ね上がって、ワンテンポだけの遅れ。
 あくまでも天才的な近接格闘技術を持つ俺は、


「ッあなんだぁあぁああああ!!」


 奇声を上げながら身をよじった。別に仏の弟子になんら思うところがあるわけではない。 
 レヴァンティンが俺の肩口を通り過ぎていく。熱く燃えるそれは、頬を焦がすだけに終わってくれた。実においしそうな匂い。すごくひりひりする。
 つかね。


「いってぇえ!」


 逃げた。そりゃもう逃げた。俺か兎かくらいの勢いだった。
 ちょ、無理。マジ無理こいつ。ずるい。火がずるい。原始的な恐怖ってのをすっごく刺激される。ぼわってくるとビクってなる。
 ちらりと背後に視線を向けると、いい笑顔で待て待てぇ~、とレヴァンティンを振り回しながらシグナムが追いかけてくる。フレディかこいつッ!
 ちくしょうちくしょう! 俺だぞ! 俺なんだぞ! 敵に背を向ける俺様かよ!
 いいや違うと叫びたいところだけど、マジでシグナムやばいんだよね、えへ。マジでシグナム。もはやマグナム。さぁ逃げろ俺。どこまでも逃げろ俺!


「待ってちょっと待ってタイムタイム!」


 もちろんのこと、追われながらの事である。


「お前が待て!」

「いやひとまずそっちが待て!」

「お前が待つまで私は待たん!」

「じゃあせーのな!! 俺待つから! 絶対待つからお前も待てよ! 絶対の絶対だかんな!!」

「よし!」

「んじゃあ! いっ!!」

「せぇのっ!」


 ばしゃッ! ばしゃッ!
 両者同時に、薬莢が弾け飛んだ。


「ぶっ飛びやがれぇぇえええ!!」

「紫電一閃ッ!!」
  

 それも同時だった。
 的確にシグナムの腹を捉えた拳。カートリッジ・ブーストでの爆発。今回のはダメージを与えた。確実に。もともと騎士甲冑はミッド式のバリアジャケットに比べて堅くはない。堅いってのは重いって事だから、近接万歳なシグナムはそんなに堅くないわけで。
 しかしどうかな、この現状。爆発の瞬間に、防御など知らん振りしながらデバイスを振り切ったシグナムは、俺を袈裟に斬りつけた。展開してるのはファーストフォーム。防御レベルなんて、右腕以外紙。和紙。
 ばっさりと胸を斜めに奔る切り口。血が噴き出る前にじゅうじゅうと焼け焦げていく傷口。……やべぇ。


「───ッ、んぐ、ぁっ、い、て、やべ、え」


 マジである。真剣である。本気で死ぬダメージである。負ける、かもしんない、これ。
 

「ま、だまだぁ……ッ!」


 ぶっ飛んで、腹を押さえながらぺっと血を吐き出したシグナムは、言うとおりまだまだ元気がよさそう。
 一撃の重さが違う。シグナムのは本当に一撃必殺の力を持ってる。ファーストフォームじゃ太刀打ちできない。


「ちぐ、しょう、がぁ」


 しかもなんか知らんが嵐が吹き荒れてきた。なんなんだよ馬鹿が。管理外世界のここで何が起こってんだよ。どんな馬鹿だこんなことすんのは。
 いっぱい居るシャマルに向かって嵐は墜ちて来る。そしてシャマルはそこらじゅうに居る。俺のすぐ隣で氷塊が弾けて氷柱に変わった。ばきんと弾けて、それに押されるようによろめく。やばい。本当にやばい。頭が濡れて力が出ないどころじゃない。
 『マスター!』その音声で視線を上げると、シグナムの剣が蛇腹状にひび割れ、連結刃は地面に垂れた。シュランゲフォルム。それはじゃりじゃりと地面を削りながら、まるで生き物のように震える。
 シグナムがそれを振り上げると、炎が逆巻いた。周りの氷柱をどろっどろに溶かしていってしまうそれは、俺にとっての死亡通知か勧告か。 
 拳を固める。ここで生き残らなきゃ、お話にならない。


「と、とぉ、ととりぷるぅ」

『駄目・です』

「ふぃ、ん」

『無理・です』

「もぉしょん……っ」

『マスター!』


 分かれよ。


『ッ、んの! ばれたって知らないんだからねっ!』


 ツンデレか。
 三枚の羽が音をたてて崩れた。下から順にいち、に、さんっ! 加速の奔流を生み出したそれは身体を運ぶ。今度は逃げないで、前へ。
 ぶるぶる震える拳をもう一度固めて、そこで連結刃の切っ先がこちらを向いた。炎を纏い、それもまた一撃必殺。顔面を狙ってくるとこなんか、なに考えてんだと叫びだしたい。
 首を横に倒すと俺の髪の毛を捌きながらそれは通過。当然分かってる。あれはまた返って来る。きっと加速の後方で、それこそ蛇のように進行方向を変えていることだろう。
 

「───ッんおああああああああああああああ!!」


 血反吐はきながら突っ込んだ。
 シグナムは楽しそうにデバイスを操る。
 届け、俺のナッコォ! ヒィハァーッ!
 どす。腹になんか刺さった。熱い。まるで燃えているようだっていうか燃えているのだ実際に。死ぬ。
 かまうもんかと拳を伸ばした。


「エクずっプろぉじょん!!」


 渾身の一撃である。





◇◆◇





 走った。魔法がない以上、自分の足で動くのは当然だった。
 未だに決着がついていない心。どうするのが一番いいかなんて、今まさに考えている。しかし、なのはは走った。自宅から魔力反応のあるところまでそう遠くはない。小学三年生の脚力でも、十五分もあれば付くだろう。
 だが、なのはは知っている。十五分というのは戦いにおいて、決して短い時間ではない。むしろ長い。十五分間戦闘をしろというのは、それはそれは大変な作業である。ボクシングで言うなら五ラウンドノンストップなのだ。人が死ぬには、とてもではないが十分すぎる時間。
 一つの魔力反応が消えた。なのははようやく結界内に入って、気温が馬鹿みたいに下がっているのに気がついた。足元が凍り付いている。つるりと滑ってタイムロス。魔法の力。ぞくりと背中を粟立たせた。
 相変わらず、怖い。魔法の力はただ単に力だ。それはもうガキ大将の腕力と一緒。
 家族と話して、決着は付かないけれど、ただただ なのはは───、





「なのは、お前はどうしたいんだ?」

「わかん、ない……」


 父の言葉に、なのはは分からないと答えた。守りたいと思っているのに、恐怖がそれを邪魔した。魔法を撃つ事が、駄目なことのように思えているのだ。


「父さんな……、ただのケーキ屋の店主だけど、父さんはな、戦ってるぞ」

「へ……?」

「家族を守るにはどうしたらいいのかいつも考えてるし、子供たちを守るために技を教えてる」


 父は少し照れたように鼻の頭を掻いた。


「その、なんだ……、父さん昔はやんちゃでな、わりかし恨みも、うん、買ってると思う」

「ふ、不良だったの?」

「いや、そういうのとはまた違うんだが……、まぁ、とにかくいろんな人から睨まれたよ」


 いつも母と一緒に優しげな笑みを湛えている父からは、とてもではないが想像が付かなかった。
 父はでも、と少しだけ誇らしげに。


「でも、いろんな人からありがとうって言われた事もある」

「……」

「嬉しかったよ、単純に。守ってよかったって、そう思えた」

「……うん」


 なのははヴィータの言葉を思い出した。あのときの戦闘で、ヴィータが言った言葉。
 戦わないと───。


「けどこれがなかなか難しいものでな……、戦わなきゃ守れないものがあるんだ。父さんはそんなの絶対嫌だからな。だから戦ってきたし、戦ってるよ」

「まもれない……」
 
「そう、守れない。だから父さんは なのはに行ってほしくない。なのはが行くって言ったら、もちろん止める。だって、『そっち』は父さんが守れないところだろう?」

「……ごめんなさい」

「行くな、なのは」

「ッごめんなさい! それでも私っ」





 ───守りたい。
 それがなのはを走らせる思い。魔法が怖くたって、皆のことが分からなくったって、この思いに間違いがあるとは欠片も思えなかった。
 衝動的にレイジングハートを手放して、友達と離れて、だが、それに気付けた。守る。なのはの思いの一番最初。初めての魔法は、なにを隠そうプロテクション。防御から始まって、その輪を広げて、他のみんなもその範囲に入れて、なのはは守りたい。全部を、皆を。
 ぜぇぜぇ言いながら駆けた。地面が凍ってて怖かった。
 そのときもう一つ、魔力反応が消えた。泣きそうになった。戦っているであろうもう一組も、同時に弱々しくなっていく。涙があふれた。戦わなければ守れないものがある。なんて残酷で、なんて非情で、なんて恐ろしいことだろう。
 理解できない皆も、守るために戦っているのだろうか。それとも別に、何か考えがあって戦っているのだろうか。
 なのはには分からなかった。分からなかったけど、背中には一本軸が通っていた。


「守るからっ、私が守るから!」


 だから走る。先へと進む。戦わないと、守れないものがある。そんなものは嫌だけど、


「私は、守りたいからぁ!」


 ぽろぽろと雫をこぼしながら叫んだ。
 好きな人を守りたい。沢山の人を。全員を。
 だったら なのはは選ばなくてはならないのだ。どちらの皆なのかを。
 氷の草原を懸命に駆け抜けた。
 行け。進め。そして、守れ。なのはの思いは止まらなかった。





◇◆◇





 寒ぃ……、死んだか、俺。いやまてそれは実にまずい。俺がいなくちゃ、色々とまずい。頑張れ超頑張れ三途の川くらいバタフライで戻って来い。俺は、死ぬまで、死なねぇんだよぉお!
 と、想像の中でバタフライしてると、ぽかぽかと温かくなった。なんじゃらほい? 地獄の業火も随分と優しくなったものじゃないか。


「生きているか?」


 聞こえるその声。ぽかぽかと温かったのはシグナムだった。
 ゆっくりと目を開ければ、なぜか周りが凍土に早変わりしていて、そりゃ寒いわけだと納得した。ぽかぽかしてるのは、シグナムの身体と魔法。俺たちの周囲だけ、氷が溶かされつくしていた。
 ぎう、と正面からきつく抱っこされてる俺は、シグナムのおっぱいを感じながら、


「ま、まんがの中、だけかと、思ってた、こう、いうの……」


 これ、たぶんエターナルコフィンだろ。クロノの馬鹿がやりかましやがったんだろ。場所考えろ。俺まで氷付けじゃないか。
 シグナムは解凍してくれたんだ、俺を。ぽかぽか温くて、やわらかくて。だけれど、どこまでも鋭く、優しげで、楽しそうな笑み。顔面は俺のナッコォで醜く歪んでいるし、鼻血やらその他流血やらで、とてもではないが見れたモンじゃない。……見れたモンじゃないのに、可愛かった。すごく綺麗だった。輝いてた。戦いの女神かと思った。


「さぁ、やろうか」


 女神様はどこまでも戦いが好きな様子。おっぱいを感じながら、その先端が硬く勃ちあがってるのに気が付いた。もうここまで来るといっそすがすがしい。いいじゃない、バトル中毒。バトル欲情。バトル劣情。
 俺はそれをぴん、と指先で弾くと、シグナムが小さく肩を跳ねさせた。 


「んっ……、なにをする」

「やるん、だろぉ? さっさと、離せよ……」


 わきの下に手を突っ込まれ、ゆっくりゆっくり、腫物を扱うように地面へ下ろされた。
 シグナムはきっちりと十歩後退してレヴァンティンを構える。俺もセットアップの解けた右腕を伸ばし、


「おい」

「どうした?」

「ちょっとだけでいいから、今度こそ、ホントにまっとけよぉ……。いまできる限界で、やるから、さぁ。最ッ高に、気持ちよさそ、だろ、そういうの」


 目をまん丸にして、シグナムはケラケラと笑った。
 もう話すのですらキツイ。シグナムが可愛すぎて辛い。


「高町にゃのはとは違うな。本物の化物か、プロダクト」

「……おう。本物のバケモンさ、俺は」


 超人じゃあ人外には勝てない。前にも言ったが、そういうことである。
 シグナムはあくまでも人間を超えた人。どこまでも人間。たいして俺は、シェルブリットが百パーセントを達成したときから、プレシアと戦ったあの時から、もう人を外れた。いろんな意味で外れた。ぽーんとぶっ飛ぶ勢いで。当然ながらシェルブリットとsts伏線である。
 目を閉じて、意識の外で意識して、精神感応性物質変換能力発動。ファーストフォームを作り上げ、


「ロード、カートリッジ」


 ばしゃばしゃ薬莢を排出しながら、八発のそれを全部使った。そう、全部。もう後はない。
 それは直接シェルブリットにいってくれるもんだから、アルターよりも楽。圧迫される身体。胸から上、上半身を覆っていく。ゆっくり。少しずつ。
 ……おせぇ。魔力の運用がうまくいってない。マジちょっとくらい働け、リンカーコア。役立たずもいいところじゃないか。相手がシグナムでよかった。ここ狙われてたら俺終わってた。
 ようやく左腕が覆われて、背中からウィップがせり出して。初めてまともに作ったサードフォーム。
 闇の書まで取っとくつもりだったんだけど、無理だ。使わないと勝てない。全然勝てない。シェルがスリープに入ったらどうしようとか、マジ色々考えてたんだけど、それももう今更。誰かの助けに期待する。 


「綺麗だ……」


 ぱぁと瞳を輝かせるシグナムは、まるで子供のようだった。


「テッペンの方を、見せて、やらぁ」


 ウィップが優しく地面をはたいた。ふわりと身体が浮き上がり、横に一回転。


「俺の、自慢のぉ……」 

「往こう、レヴァンティン」


 まったく同じタイミングで、加速。俺の背中は爆発し、シグナムが蹴りつけた地面は燃え上がった。


「───っあああぁぁぁああぁぁぁああああ!!」


 もはや嬌声。シグナムの声は獣のように、どこまでも淫靡に響き渡った。顔を上気させ、切なげに眉を歪め、開けた口から見える舌は、挑発するように蠢いて、踏み出すたびに揺れる胸の先端は、騎士服すらも浮かせて、声と共に漏れる吐息は熱く、生っぽくて、生肌の見える太ももからは、零れる雫が可哀想なほどにこちらを誘惑している。
 ぶち込んでやる。そう思った。いれてやる。そう思った。ぐっちゃぐっちゃにかき回して、どこまでも上り詰めて、果ての無い頂上まで送ってやる。そう、俺の自慢の一物。硬く固めた、この、


「───こぉぶぅしぃでぇぇええええええええええええ!!!」


 空間転移の魔方陣が輝いて、闇の書の、お迎えが来た。







[4602] nanoAs22-ホーム
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/04/23 13:25


22/ホーム





 背後に感じる魔力反応。何かを吸われていくような喪失感。
 しかしシグナムは歩を進めた。ぐいぐいと引っ張られても前へと、一歩一歩、確実に。
 金色の少年はただ立ったまま、その場を動くような気配はなかった。
 手を伸ばそうとした。おや、と不思議そうに見やる。レヴァンティンと一緒に、右肩から千切れ飛んでいた。痛みがないものだから気が付かなかったのだ。いや、それ以上に目の前の存在のせいでか。
 シグナムはそれに笑いかけながら逆手を伸ばす。頬を撫でつけ、頭を撫でつけ、首の後ろに手を伸ばしてぐい、と引き寄せた。
 自分の思いが、そのまま全て伝わってしまえばいいのに。言葉にすると簡単で、しかし沸き立つこの思いを、この男に全部さらけ出してしまいたい。


「ああ……、一番の戦いだったなぁ。こんなに気持ちよかったのは、本当に初めてだ。お前は私に、沢山の初めてをくれた」


 闇の書から引かれる。シグナムはもう少しいいじゃないかと踏ん張った。
 さらさらと溶けていく身体には、なんの不安も感じない。満足至極。これ以上ないほどに達してしまった。もう腰砕けだ。立っている膝が震えて、太ももの内側にぴりぴりとむず痒いような余韻まで残ってる。すべて、ディフェクトがくれたものだ。


「楽しかった。とても楽しかった。だから、少しさみしい」


 抱く腕に力が入った。


「なぜ、主と一緒に居られないんだろう。なぜ、お前と一緒に居られないんだろう。お前はきっと、私の生涯の友になれるのに、なぜ私はプログラムなんだろう……」

「……プログラムなんかじゃねぇよ。人間だった。変態で、熱くて、すごくエロくて。お前の笑った顔、すげぇ可愛いよ。こりゃ役得だ」


 騎士を指して可愛いとは、どうにも違う。
 シグナムはそういったことは分からない。可愛いとか、流行だとか、そういうものに興味がもてない。
 ただ、言われて嬉しくないかと聞かれれば、それは嬉しい。浅ましいな、と自分自身感じた。


「離れたくない」

「そっか」

「私を抱きしめろ」

「うん」

「いいきもちだ」


 身体はもうほとんど残っていない。抱きしめられているのかだって分からない。
 ぐいぐいと引っ張られる。なにくそ負けるもんかと踏ん張っていたけれど、それも最早ここまで。


「それではな……さよならだ、プロダクト」

「……またやろうぜ。今度は新聞紙丸めてな」


 にひひと笑うディフェクトに、シグナムもにししと笑いかけた。そんな戦いは、随分楽しそうだった。
 ああ、これで最後。取り込まれる。闇の書の頁になる。仲間たちとは会えるだろうか。私は楽しい時間を過ごしてきたぞと自慢してやろう。ヴィータあたりは馬鹿みたいに怒りそうだが、なに、私は大人だ。子供の癇癪に付き合ってやるのも仕事のうち。
 

「みんな───」


 空気と混ざり合うように、シグナムの意識は塗りつぶされた。





◇◆◇





 虚無感。すぅ、と何かが抜け落ちて行った様な、どうしようもない感覚。
 それは夢の中だったろうか。それとも現実に起きていることだろうか。はやてにはそれがよく分からなかった。
 夢の中で皆が笑っていた。食卓を囲み、話をして、風呂に入って、全員で眠って。
 夢の中で皆が戦っていた。鎚を振るい、鋲を撃ち、仲間を守って、燃え上がって。
 起きよう。はやてはそう思った。嫌な夢を見ている。戦いなどとは無縁の生活をしている はやてからするのなら、つまらないしくだらない。こんなもの、見ていたくない。楽しくて明るい夢だけを見ていたい。


「いや、やぁ……」


 寝言のように呟く。瞼が重い。貼り付けられているように、それは開かない。明晰夢の中に入り込んで、はやてはきょろきょろと迷子のように辺りを見渡した。
 そこは暗い場所だった。暗くて、寂しい。胸にくる言いようのない飢餓。それは餓えていた。


「わがあるじ」


 こんなに寂しい場所なのに、ちっとも似つかわしくない、とても澄んだ声。一つの濁りもなく純粋で、綺麗。
 

「……だれ?」

「あなたは、なにをのぞみますか?」

「誰なん?」

「ねがいをかなえましょう」

「あなたは誰?」

「わたしはまほう。てあし。こえ。いみ。ほん。やみ。ぷろぐらむ。そら。ひかり」

「名前は?」


 言うと、声は眩い光になった。それは輝きながら はやての前に来、ゆっくりと人間の形を作っていく。
 色々な印象を受けた。グラマラスで、はやての好きな人だったら飛びついていくような、とんでもない美人。腰まで伸びる珍しい毛色をした髪(今更なのだが)は風もないのにゆらゆらと揺れていた。


「名前は?」
 

 はやてはもう一度聞く。表情のなかったその顔が、少しだけ寂し気に歪んだ。


「闇の書。欲望の本。夜天の書。古代の本。鉄鎚の書。獣の書。不幸の本。破滅の書。炎の書。願いの書。死の本。癒しの書。滅亡の書」

「……」

「呼び方は……、様々あります」

「なんて呼んだらええのん?」

「お好きなように」

「でもなぁ、闇とか不幸とか、ぜんぜん似合わんなぁ」


 話している間、イメージが頭の中に入ってくる。それはまるで泉が湧き出るような感覚だった。夢見心地で、今の状態の意味、それが少しずつ理解できた。
 ああそうか、と はやては思った。皆、言いつけを守ることなく、自分のために頑張っていてくれていたのか。あの時感じた虚無感は、そういうことだったのか。
 主人というのは、本の持ち主。そしてこの本は、


「行きましょう。そこには皆が居ます。あなたの幸せが、きっとあります」


 はやての胸から何かが抜けていく。痛みはない。魂か何かだろうかと小首をかしげた。
 星の瞬きのように煌いているそれ。本の女性は寂しそうな顔のまま、ぱくり。ごくり。


「我が主、私の中で幸せに……、笑顔になってください。あなたの笑顔が、私は好きだった」


 ───プログラム追加。
 その声と同時に、闇と女性が消えていく。さよならなんて嫌なのに、消えていってしまう。脳みそがきっちりと仕事をしてくれなくて、はやてはああ、と右手を伸ばすだけに終わった。
 どうしたらいいのだろうか。疑問はすぐに解消される。
 闇が消え、光が辺りを照らしたとき、いつの間にか足が動くようになっていたのだ。感動。同時に、自分が自分でなくなる。
 はやての足は、ただ真っ直ぐに進んだ。いち、に、さん、し……、一歩一歩、小さな歩幅で歩いて、ぼんやりと視線を上げると見慣れた扉が見えた。
 玄関? もう一度首をかしげて、それに手を触れる。
 これまた聞きなれた音が聞こえて、はやてが開ける前にそれは開かれた。


「おー、来たか」


 ヴィータだった。笑顔で、とても夢の中で見た戦いを演じていたとは思えない。


「こら、失礼だぞ」

「いいじゃない、私たちのほうが先なんだから。言っちゃえば先輩よ、先輩」


 シグナムにシャマル。ヴィータと変わらず、朗らかな笑みだった。はやてが知っている笑みだった。背中のほうに回ったザフィーラが鼻先で背中を押す。早く入れと急かしているのだ。
  

「みんな……」


 つい二日前にあったばかりだというのに、なんだか随分と久しぶりのような気がする。


「あは、ただいまっ!」


 はじけるような笑顔だった。





◇◆◇





 なにがあったか知らんが、とりあえず闇の書が発動したっぽいね。シグナム吸い込んで、一回消えて、ほんでまた戻ってきやがった。なんだこいつ。多動症?
 濃厚な魔力が辺りに満ちた。ばらばらと自分の頁を誇示するように本が開いていって、最後の頁をめくり、ぱたん、閉じる。満ちた魔力は人の形をとって、


「……よぉ」


 美人に向かって右手を上げた。
 やるな闇の書。社会になんらかの不満があるとしか思えないような格好をしているが、なかなかどうしてやるじゃないか。その縛られた太ももなんてむぅちむちしてて俺の股間に果てしないダメージを送り込みそうだぜ。
 じろじろと視姦していたところ、闇の書の身体がようやくこっちを向いた。瞳に涙はない。……? あれ? 原作どうだったっけ? 泣いてたんじゃなかったっけ? それ後の話? はやてがなんか色々してからの話? ほわちゃ?


「……お前も、来るのか?」

「いや全然分からん」

「そうか」

「なにが?」

「主の幸せを、奪うのか?」

「お前なに言ってますか?」

「そうか」

「あん?」

「幸せは永遠だ。無限に転生し、無限に続く」

「……へぇ、いいね、それ」

「お前も、来るのか?」


 綺麗な瞳だった。何の疑いもない澄んだ瞳。 
 そうだと信じて疑わない。幸せは、そこにあるものだと思っているんだろう。来るか、の意味がいまいちよく分からないんだけど、まぁ、あなたは幸せになりたいデスカー? とか、俺にとっちゃ訳わかんない宗教の勧誘と一緒だよ。
 F○CKサインを決め込んで、


「俺の幸せをお前が決めるんじゃねぇよ、寂しがり屋が」

「そうか」

「張り合いのない奴だなおい」

「そうか」

「なんか言い返してみろコノヤロー」

「お前は死んでいい」

「ひょ?」


 闇の書が右手を上げると、消えていた結界がもう一度姿を現した。広くて、暗い。広範囲をまるっと飲み込んだそれは、原作どおり『閉じ込める』結界だった。俺なんかじゃ十年たってもここから抜け出せないんじゃないかと思うほどに強力。
 スゲースゲーと感心していると、空気を撫でるような音が聞こえた。一回、二回。背中と腰から生えている四枚の翼。それは少しだけ大きくなって、


「スレイプニール……、羽ばたいて」 


 螺旋状に魔力の軌跡を残して、闇の書は上昇。


「───ッ! ……、…………あー……、やっべぇ、よな、これ。そういや、そうだよ。なんか、最初はこんな感じだったような……、うん、思い出した」

『……』

「とりあえず、逃げるか?」

『うぃ』


 さしあたって俺は走った。闇の書にばっちりと背を向けて。
 だってめっちゃ魔力集まってんだもん。ぎょいぎょい集まってんだもん。なんて魔法か忘れたけど、アレだろ、広域がたのドガーンて奴。やばいやばい。そんなの食らったら俺死んじゃう。逃げるぜ俺は。どこまでも逃げるぜ俺は。むしろ暴走防衛プログラムが出てくるまで何もしたくない。リアルに何もしたくない。ニート俺と変われよ。ニートなりてぇ、うへへ。
 

『魔力・よこしなさい!』


 バキンと一発。


『──Acceleration──』


 ウィップが空気をぶっ叩いた。シェルの判断は、このままじゃ間に合わないって事だったんだろう。さすがインテリジェンス。ちっともインテリ感はないんだけど、こういうときはきちんと役に立ってくれる。
 景色は後方に風のように流れていって、俺の身体は先へ先へ。まぁ先っつっても逃げてるわけなんだけど、たぶんこれ間に合わないね。もう全然間に合ってないよね。こういうことされるとすごく迷惑なんだよね。
 ほら、俺って上空をがんがん飛ぶって、そういうの出来ないじゃん。速さならそこそこ自信はあるんだけどさ、やっぱ地上には障害物ってモンがあるわけで。まぁ結局何が言いたいかというと、


「やばいッ、絶対やばい!」


 乱立するビル群。ものっそい邪魔。ぶっ壊して真っ直ぐに進んでもいいけど、今度は魔力が足りないとかそんな事態。今のタイミングでシェルをスリープさせるわけには、絶対にいかないのである。節約節約。必要なときに必要な分使いましょう。


「マジ急げ!」

『全力・全開・です!』


 ウィップがばしばし空間をぶっ叩く。そのたび右へ左へ真っ直ぐへ。とにかくその魔法の範囲から逃れようとするが、


「あっ」


 背中が粟立つ。魔力充填完了かい。
 視線を後方に持っていくと、闇の書とばっちりと目があった。特に表情というものはないが、口が動いている。
 で、あ、ぼ、り、っ、く、え、み、っ、しょ、ん。ああ、そういやそういう魔法だったかも。
 闇の書の右手、その上で元気玉のように力を溜め込んでいた魔法が、ついに弾けた。
 もう一度アスファルトを粉々にして、魔力にして、そして加速する。するんだけど、後方から、闇の書を中心にしてドーム状に魔法が展開された。ユーノたちも無事だったらいいんだけど、今は自分の心配しかできない。というかもう何も考えらんない。迫る魔法がこれまた速いのだ。ウィップが空気を叩いたのは何度目ですか? 加速加速。途中にあるビルにぶつかりそうになったのを、シェルが機転を利かせて斜めに進んでくれた。来る来る来るっ、来ちゃうぅうう!!


「───ぁがッ!」


 衝撃。熱。波動。
 飲まれた。後方から追ってくる光は、いつの間にか俺の進む先に居た。 
 全身から力が抜けていくような感覚。痛いって言うより、なんだろうか、とにかく変な感じで、サードフォームがひび割れ、黄砂のように風に運ばれ消えていく。やばいね。何度も言うけどホントにやばいね。何がやばいって、俺、マジ、意識がさぁ、ちょ、さっき起きたばっか、なんですけど、その辺、どうなの、かなぁ、とか。
 

『───、マす、たっ、───……』


 頑張れ。気合入れろ。お前がそんな調子じゃ詰むぞ。俺の命的に。
 ぷちん。色気もクソもないそんな音は、なんだか後頭部の辺りから聞こえたような気がした。またもや電源OFFでござる。




◇◆◇





 その暗さを感じさせる魔力は、なのはの後方数メートルというところで止まった。
 肌を刺す残り香。深々と残された爪痕。街を包んだそれは見事に破壊という、いっそ芸術に近いそれを残した。
 全力で走ってきたものだからもともと汗は噴きだしていたが、しかしそれは、うるさく騒ぐ心臓の鼓動と共に乾いていく。だって、これを食らっていたら、そう考えて なのははぶるりと身震いした。
 死んでいた、かも知れない。気づくのが後数秒でも遅く、逆の方向に走っていなかったら、そうなっていたのかもしれない。
 生唾を飲み込む。喉に絡む。もう一度飲み込む。
 ───べちゃり。水音。


「……?」


 なにかが転がってきた。
 見て、こみ上げる吐き気。


「うぁ、あ、あのっ」


 それは返事をしなかった。ぴくりとだって動かなかった。実に嫌な空気を感じた。まるで死体遺棄現場を見ているような気分。誰だかわからないのに、なのはにはどこか確信めいた何かがあった。見たことのあるような、金色と赤色のコントラスト。アスファルトに広がっていく、少しだけ粘度の高い水。
 疲労だけではない。この震える膝は、決して疲労なんかではなかった。なのはは怖いのだ、それに近づくのが。


「ディフェクト、くん、なの……?」


 駆け寄りたい、いや、駆け寄るべきなのに、なのはの足は中々進まなかった。緩慢に、ゆっくり、一歩一歩、自分の足元が崩れでもしないかというような足取り。
 ようやくのように傍に立って、左手を伸ばす。うつ伏せで倒れているその肩に触れたとき、ねっとりとした物が手に付着した。
 我慢できなかった。しようともしなかった。なのはは吐いた。胃が蠕動するように蠢いて、とにかく何かを吐き出したがっているようだった。胃液しか出ない。それなのに止まらなかった。気持ち悪かった。
 

「───ッげほ、う、ぇ……」


 なのはに出来ることはなんだろうか。嘔吐感で涙目になっても、そこにはしっかりとした理性があった。
 気持ち悪いのを我慢して、その人物を上向きにして、やはりディフェクトだった。もともと色白なのに、さらに白くなっていて生気が感じられない。半分だけ開いた唇から、僅かながらに聞こえる呼吸の音だけが、生きている証明のようだった。べたべたと体中に付着している血が、なのはを不安にさせる。どうして生きているのかではなく、なぜ死んでいないのか。
 とにかく なのははディフェクトの腕を持ち、自身の肩にかけて立った。上手く行かなくて二度ほど転んだが、それでも立った。引きずるように歩き、近くのビルの窓を目に付いた石ころで叩き割り、その中に入った。
 どうしたらいいのか分からない。とにかく血の気が薄くなっていくディフェクトの身体を懸命にさすった。背中を、手を、胸を。どこもかしこも血だらけで、お腹から暖かいそれが出て来ているのを見つけた。


「なに、なに、どうしたらいいのッ」

 
 混乱。とにかく両手で傷口を押さえた。何か、刀傷のようだった。


「わ、かんないよっ、守りたいのに、わかんないよ!」


 それでも涙は流さない。懸命に押さえる。泉のように湧き出るそれを止めるのは、なのはの小さな手ではどうやら無理そうだった。
 魔法があったらいいのに。求めた。
 魔法さえあれば、すぐにでも空を飛んで、助けを呼ぶのに。求めた。
 身勝手だった。自分から遠ざけたものなのに、今度はそれが欲しくなった。理解っているし、知識りもしている。わがままだ。


「だれか助けて」


 呪文のように唱えた。


「おねがい、だれか助けて」


 わがままだろうがなんだろうが、それが人を助けたいという願いなら、どこかで誰かが微笑んでくれているのは、おそらく、きっと、間違いないのであろう。


「なのはっ!」


 それは颯爽とはいい難いが、確かに現れた。なのはにとっての魔法の始まり。一番最初の不思議。
 いよいよもって、瞳に溜まった涙が決壊した。


「ユーノ君!」


 ユーノも背中に誰かを背負っていて、それはクロノなのだと気が付いた。ディフェクトとは違い、やや満足げな寝顔。どういう戦闘があったかなど分からない なのはにしてみれば、不思議以上に不可解だった。すぐさまディフェクトの治療を始めたユーノ、その隣に転がされているクロノへの疑問。
 戦って、笑っていられるの?
 そんな思いが沸いてきて、それはすぐさま消えうせる。
 ああ、そういえば。何を隠そう、自分もそうではないか。戦って、それが終わって、フェイトと共に笑いあったではないか。


「ユ、ユーノ君……」

「大丈夫、ディフェクトは強いから」


 ほっと一息。


「あの、……あのね」

「うん」

「戦う理由って、聞いてもいい?」

「わた……、ボクは特にそういうのはないね。大事な人が頑張ってるから、それの手伝いがしたいだけ」


 ユーノはディフェクトの腹に治癒魔法を当てながら言い切った。


「クロノ君もそうなのかな……」

「さぁ。でも、たぶん違うんじゃないかな。全部人のためってさ、それ、おかしいよね。そう思わない?」

「……え?」

「百パーセント人の為に何かを出来る人間ってさ、たぶん、ほんの一握りっていわれる人達なんだと思う」


 ユーノは額に汗を浮かべながら、それでも続けた。


「ボクは違うよ。ディフェクトと一緒に居ると楽しいし、ボクももっと好かれたいからこんな事してる」

「うん。わかるよ」

「クロノはそもそもこれが仕事だし、今回の事件なんかはまぁ、うん、かなりの私情が入ってる」

「そう、なんだ……」

「わがままでいいんだよ」

「……」

「なのは、キミにはキミの理由があるんじゃないの?」


 もちろんある。けれども、自分はそこから一度逃げ出してしまっていて、そういうわがままを押し通す力すら返していて。


「わ、わたしねっ」


 しゃくり上げるような声だった。
 思いの丈、その全てを言葉にしようと、そう思った。


「わたし、守りたいのっ。みんなが、怪我するの、いやなの! 気持ち悪いよ、気分悪いよ! どうしてディフェクト君はいつも怪我するの! どうして黙って、こんな大事を決めちゃうの! いきなり戦えって言われても、そんなのわかんないよ! 怖いよ! 辛いよ! だから逃げたんだよ、わたし!」

「うん」

「でも、でもねっ、みんなのこと、好き! 一緒に居たい、たくさんお話して、いっぱい笑って、一緒に、ウチのね、ケーキが食べたい」

「おいしそうだ」

「守りたいって、思ったの。誰かを守りたいって、そう思ったの」

「そっか」


 その誰か、というのが問題なのだ。出来ることなら向こう側も。そう考えてしまっていること自体が、そもそも少しおかしい。
 なのはは敵対というものが嫌いだ。向こうが来ているのに、こっちも行くなら、衝突してしまう。そんなことは避けて通りたいけれど、戦わねば守れないものもあるらしい。
 戦いなんて、嫌い。みんなを守りたい。出来ることなら全員を、なのはの傘の下に。


「……わがまま、だよね」

「なのはのは、良いわがままだよ」

「じゃ、じゃあ、みんなのは?」
 
「ボクのは、あんまり良くないわがまま。なんて言ったらいいのかな……こう、ドロっとしてる」

「……?」

「クロノは、今回だけだと思うけど、馬鹿みたいに魔力消費してボクに迷惑かけたから、これもあんまり良くないわがまま」

「それなら……」


 視線の先は、ディフェクト。


「ディフェクトのは、最悪。もう考えらんないくらい。みんながどれだけ心配してるのかとか、どれだけの無茶をするのかとか、何回死にかけてるんだとか、そういうの全部無視。馬鹿なんだよ」

「でも、優しいよ」

「うん、知ってる。だいたいさ、見通しが甘いんだよね。ホントはね、なのは達を巻き込むつもりはなかったんだよ。でもほら、これでしょ? 考えたってその通りに行くはずないじゃないか。馬鹿の癖に、人に頼ることを知らないんだ」

「……ほんの、一握り?」

「どうだろうね。希少すぎるほどに馬鹿って意味じゃ、そうなのかもしれない」


 数秒の沈黙。
 ユーノがおもむろに、腰に巻いたポーチから、それを取り出した。
 なのはは小さくあ、と呟く。それを手渡されて、凹に凸が嵌ったような感じがした。ここにあるのが自然で、それは向こうも同じなのか、小さく輝く。
 宝石のように輝く、赤い珠。レイジングハートだった。
 お帰りなさい。なのはがそういうと、レイジングハートもお帰りなさいと言った。ただいまと なのはが言うと、レイジングハートもそう言った。
 ぽぉん、とコアが輝くと、頭の中にゆっくりと情報が流れてくる。自己紹介。私は生まれ変わりました、とレイジングハートは言っているのだ。


「れいじんぐはーと、いー、えふ、ふぉー……、……うん、私、頑張れるよ」


 なのはが言うと、


「っ、待てよ……」


 むくり、とそれが身体を起こした。







[4602] nanoAs23-ヒューマニズム・アゲイン
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/04/23 22:54

23/ヒューマニズム・アゲイン





 八神家リビング。みんなで一番楽しい時間を過ごすところ。闇の書の中であろうと何であろうと、そこは全員がそろう食卓。
 人生で一番楽しい戦いだった。シグナムはとてもいい笑顔でそう言った。
 生きているうちで、一番訳の分からない戦いだった。ヴィータは不機嫌そうにそう言った。
 生まれてこの方、あんな馬鹿みたいな戦闘は初めてだ。シャマルは困ったように微笑みながらそう言って。
 あんなに満足感のある死も、今回で初めてだ。ザフィーラは少しだけ誇らしげにそう言った。
 はやてには、皆がなにを言いたいのか、はっきりと分かっている。闇の書の一部として取り込まれ、その記憶や思いを引き継いで、体の構成をいじられて、それでやっと、闇の書がなんなのか分かったのだ。
 

「人間で居たい、かぁ……」


 ヴィータがぽつりとこぼした。


「人間で居たい、だもんな。はっ、人間に“なりたい”じゃないんだ。こんなことに気が付かないなんて、馬鹿みてーだ、アタシ」

「俺とヴィータにしか分からなかった闇の書の正体も、そういうことなんだろう」

「分かるはずのない『闇の書』の正体に惑わされ、随分と嫌な思いをしたものだ。そう言えば、お前は気づかないとプロダクトに言われたな。あいつは分かっていたんだろう。……ここに還ってくると、こんなにも簡単に思い出すというのに……。馬鹿なことをしていたんだろうな、私たちは」

「でも、今回の召喚が一番楽しかったわ。そう、一番。生まれてからも、ヴォルケンリッターになってからも全部含めて、一番」


 はやてはみんなの顔を見て、とても嬉しくなった。みんな、とても楽しそうに笑っていた。シャマルの言葉に、そうだな、と全員が頷いて、それだけではやての心は満たされる。
 一番だと、今回の八神家の召喚が一番だといってくれるのだ。自分は闇の書の主として、まともなことはただの一つもやっていないのに、それでも一番だと。


「みんな、私の家族や。自慢の家族や。シグナムとシャマルはお姉ちゃん。ヴィータは妹。ザフィーラはペット」

「……それはひどいな」

「番犬!」

「それも、どうだろうな」

「お兄ちゃん!」

「その辺りで手を打とう」


 五人で顔を見合わせて笑った。全員で、本物の家族になったのだ。本当の意味での家族に。同じく血を分ける家族として。
 だれも はやての事を『主』とは呼ばなかった。そう、はやてはもう主ではない。
 はやては椅子から“立ち上がり”、行こう、と声をかけた。主としてではなく、家族としてのお願い、甘え。こうしたいよ、とねだった。こうありたいよ、と願った。
 しょうがねーな、とヴィータが頭をぼりぼり掻き毟りながらはやての手を取った。シグナムはいつも通りに、静かにはやての後ろに付く。シャマルは微笑みながら右に来て、最後にザフィーラが、またもや鼻ではやてを急かす。


「わたしな、こういうの夢みたいで、ほんま嬉しい」


 でもな。はやては一粒だけ涙を流した。


「でもな……、そのな、あいたい人が居るんよ。おかえり言うて、ご飯も作ってやらなあかん。ドッグフード食べるような、なんとも言えん変人なんやけどな、わたしがおらな、ひもじぃで死んでまう」


 なにかに感づいたのか、シグナムがくすりと笑った。 


「あいたいなぁ、ディフェっちゃん……」 


 プログラム・ヴォルケンリッター。その正体とは───、





◇◆◇





「……人間なんだよ、あいつら。人間だったんだよ、あいつら」


 プログラムなんかじゃない。あいつらは本物の、どこにでもは居ないような人間だったんだよ。闇の書に選ばれて、無限転生っていう対象に選ばれて、最後の最後まで取り込まれて、プログラムとして再生されてるんだ。あいつらの言葉を聞くと、その端々に人間だったときのことを伺わせることがあった。
 シグナムなんかはどうにも、『闇の書』に違和感を覚えていない様子だったし、それは多分、ていうかもうほとんど確定なんだけどさ、とにかく生前の自分のところに『本』が飛んできたときには、それはすでに『夜天の書』じゃなくて『闇の書』だったから。
 ユーノが無限書庫で見つけた情報。『闇の書』『夜天の書』『歴代所有者』。三つだけじゃなくて、他にも色々あるんだけど、とりあえず今はこれでいい。
 この中で一番興味深かったのが『歴代所有者』。俺はなんとなくで探してって言ってた物だけど、これがまさしく鍵だった。何百年とか何千年とか、もう古代って言っていいくらい昔からあるデバイスだからさすがに全部は分からなかったけれど、確信はそれで。
 ヴィータ・×××××・×××××。
 シグナム・×××××。
 シャマル・×××××。
 しっかりと、全員の名前が刻まれていた。あいつらは夜天の主だったわけ。
 そして筋肉。あのマッチョ。漢を魅せたあのザフィーラは、たぶんヴィータの使い魔だったんだろう。追いかけたのか、それとも取り込まれたのか。どちらにせよ、パトラッシュとハチ公とラッシーを超える名犬なのは間違いない。

 あいつらの人生がどんな物だったかなんてのは知らない。けど、なんとなく予想は付く。いや、ユーノの予想なんだけどね。
 原作よりもヴォルケンの初動が早かったのは、誰かが気づいたからだ。はやてが危ないことに。幼い身体に闇の書は毒。幼い身体ってトコから、恐らくヴィータ。
 ヴィータは気が付いちゃったんじゃないかな。なんとなく、はやての症状が生前の自分と似ていることに。記憶はあんまり無いはずなんだけど、それこそ不安とか予感とかそういう形で。
 まぁ、それに気づいたからなんだって感じだけどさ、そうすっとね、なんとなく防衛(暴走)プログラムの正体も掴めて来る。そして俺なら何とかできる。ていうか、俺しか何とかできない。
 皆を救ってやるとか、そんな正義の味方みたいなことは考えてないよ。ただ俺が嫌なだけ。泣いてるはやては見たくないし、ヴォルケンの皆とも仲良くなりたい。プレシアの時みたいな、子供が泣くような展開はもう嫌だ。絶対助けたと思ったのに、死にやがった。俺が殺した。もう最悪。前科一犯・殺人。なにこれ。ありえねぇ。全然ありえねぇ。


「だから なのは、お前は戦わなくていいよ」


 いやまぁ超戦力キタコレなんだけどさ、やっぱ俺は子供がこういうことするのは良くないと思う。うん。だから なのはが無理だって言ったとき追わなかったし、正直ほっとした。小学三年生だし。九歳だし。ユーノとかは別だよ? ユーノとか俺の中身的に見ても全然年上みたいだし、正直俺の甘えもあるし、しっかりと自分を持ってる。クロノとかはこれが仕事じゃん。みんなを守る。これが仕事。
 うん。やっぱり なのははねーわと考えて、しかし なのはは微笑んだ。


「大丈夫だよ」

「大丈夫じゃねぇよ」

「ううん、大丈夫」

「どの辺が大丈夫なんだよ」

「決めたの」

「なにを?」

「守るって」

「だれを?」

「みんなを」


 ほらね。全然分かっちゃいねぇぜ。プレシアぶっ殺してそれに失敗した俺が言うんだから間違いねぇ。


「相手はもともと人間でさ、いま、あの闇の書の身体も人間のモンなんだよ」


 はやてボディだからね。


「それでも大丈夫だよ」

「大した自信だな、おい」

「うん」

「なに? 自分は天才だからミスの一つもしませんってかぁ? ッハ、調子乗んじゃねぇよ、クソガキが」

「わたし、そんなこと思ってないよ」

「イラつくんだよッ! 一回逃げ出したんならしゃしゃり出てくんじゃねぇ!」


 帰れ帰れ! こっちみんな!


「俺ァなッ! シェルに頼って、魔法に頼って、ただ殴るしか出来ねぇんだよ! 天才なんかじゃねぇんだよ! 失敗すんだよ!」

「じゃあ、私を頼って」

「───……ッ、いや、そういうこっちゃなくて!」

「私は頼るよ、ディフェクト君のこと。きっとみんなを助けるんだって、そう思ってるよ」

「い、や……、だから、そういうのとは、ちょっと違くて……」

「だから守るよ。みんなを助ける、ディフェクト君のこと」

「……」


 変わらず、少しだけ困ったような微笑だった。
 ぷ、ぷぷぷすーッ! い、言い負かされる! やばいよ! 九歳児に言い負かされるよ!
 考えろ、俺。こういうの教育的にもどうかと思うよ俺は。九歳のときの俺なんか下校時に蛙いじめて楽しんでたくらいしか記憶にないのに、なんなのこの子! おそろしや、現代っ子! 日本おそろしや!


「……」


 さぁ考えろ。


「……」


 考えろ。


「……」


 考えて。


「……心強い、お言葉です……」


 負けました。





◇◆◇





 私はデバイス。願いを叶える魔道書の管制人格。名前はまだない。ただ主の為に。ただ主の為に。
 一番初めに私を使ったのは誰だったか。膨大ともいえる容量の片隅にあるかもしれない記憶。思い出そうとは思わなかった。
 何年も何年も時が経ち、十年、百年の存在時間が過ぎた。私は様々な人間の手に渡った。このころは、無限に転生するような機能もなかった。ただ純粋に、デバイスだった。
 何人目の所有者だったろうか。私は『夜天』と言う名前をもらった。私自身ではなく魔道書の名前だが、誇らしかった。存在意義を見つけた。『幸せ』を学習して、人それぞれの願いを、魔力が溜まった時点で叶えた。喜ぶ人間がいた。泣く人間がいた。なぜなんだろうかと考えた。
 いつだったろうか。事故がおきた。転移時の事故だった。その時の私の所有者は、どこかに消えうせた。私だけが、どこかの世界に迷い込んだ。問題はない。私はどこまでもデバイス。夜天の魔道書。私の存在を見つけて、願わない人間などいない。

 迷い込んだそこは、魔法の発展した世界だった。私は安堵した。時空管理局などという傲慢なものが無い時代、魔法は戦争に使われていて、ここならば存分に願いを叶える機会がありそうだと思った。
 しかし、その小さな安堵は、一人の少女が私を見つけるまでだった。
 燃えるよな紅蓮の髪に、どこまでも深い青の瞳。彼女は幼いながらに魔法の才能があったのだろう。一目見るだけで上等と分かるような使い魔を連れていた。


「んー、なんだオマエ?」


 その時代にはユニゾンの概念が無かったのだろう。私はただの魔力をおびた本。少女は私を面白いものを見つけたように胸に抱いた。
 かちり。何かが嵌るような音が聞こえた。
 馬鹿な。そう思った。しかしそれは冗談でも何でもなかった。管制プログラムである私の意志を超えて、どこかでこの少女を主人に設定してしまった。
 おかしい。考えて、それは事故の後遺症のようなものだと確認した。どこかで小さなバグが発生している。自己修復が完了する前に、この少女に出会ったのが良くなかった。
 少女は私を使わなかった。ただ机の上に置いた。たまに話しかけてくるのに対し、私は願いを言えとだけ答えた。少女はくすくすと笑って、いつもそればかりだなと言った。

 一年ほどの月日がたった。その家はいつも静かだった。居るのは少女と、守護獣と、私。少女は、いま思えば寂しかったのかもしれない。そのころの私は、そこまで感情プログラムが成長していなかった。願いを叶えれば、きっと『幸せ』になるはずだと考えた。
 私は少女に干渉した。魔力をくれ。その分の幸せを与えよう。
 なのに少女は倒れた。おかしい。なぜ倒れるのだろうか。少女の足が動かなくなった。おかしい。なぜそうなる。少女の臓器が少しずつ機能を失っていった。ああ、なるほど。それはどこまでも私のせいだった。少女は死ぬ。なるほどそうか。
 彼岸と此岸を行き来している少女が、ぽつりと呟いた。


「もっと、いっしょに、いたかったな……」


 私は願いを受け取った。少女の幸せは、もっと一緒にいること。
 その時初めて、人間を飲み込むという荒事を試した。死を塗り替えようとする願いに、当然のようにプログラムが書き換えられて、バグで滅茶苦茶になる。
 ただ、私の存在意義である『幸せを叶える』という部分は決して消えなかった。誇らしかった。嬉しかった。
 基礎プログラムに追加。守護騎士システム・ヴォルケンリッター。鉄鎚の騎士ヴィータ。守護獣ザフィーラ。入力。





 それから何人もの人の手に渡った。たくさんたくさん願いを叶えた。誰も彼もが死んでいった。なぜだろうかと考えた。





 転生。主を失うと、自動的にそうなるようになっていた。これはいつからのバグフィックスだろうか。思い出そうとしても、それは遠い過去のように思えた。
 私はいつからか、リンカーコアの蒐集をするようになった。これもいつからなのか、覚えていない。膨大な記憶野を探せば見つかるのだろうが、それをしてなにになるのだろうか。存在意義。幸せ。それだけでいい。それだけが、私の意味。名前が『闇の書』に変わっていたところで、それは大した問題ではない。

 そして転生した世界は、なんと魔法の発展が無い世界だった。私は人間で言うところの『ため息』を吐きたい気分になった。なぜこのようなところに。なぜ、野蛮に剣を振り回している世界なんかに。
 人間たちは馬に乗っていた。剣で斬り、槍で突き、雄叫びを上げて戦争をしていた。転生をしたということは、そこに主人の素質を持つものが居るからだ。私は魔力反応を探した。どんなに小さなものでも逃さぬように。どんなに不細工でも、下手糞でも、そこに幸せに繋がる願いがあるのなら、私はそれで十分だった。

 戦争の戦闘の先頭。上質な魔力反応と共に、炎が立ち上った。
 そうか。彼女が今回の主か。
 目つきが鋭く野性味にあふれた女性だった。やや少女の面影を残すその顔は、泥で汚れ、煤で汚れ、しかし戦場でこそ花開く。雄叫びを上げ、剣を振り回した。その度に炎が溢れる。彼女には先天的な魔力変換資質が備わっていたのだ。
 魔女。そう呼ばれていた。だからだろうか、彼女はどこにも属さなかった。だがそれは孤独なわけではなく、ただ彼女は孤高だったのだ。気高く、泥で汚れようと、血で汚れようと、その視線は鋭く前だけを見据えていた。

 数年が経ち、私は言った。願いは無いか。その全てを叶えよう。お前を幸せにしよう。鉄鎚を召喚し、邪魔者を全て消してやってもいい。守護獣を召喚すれば、もう誰もお前には届かない。
 少女の面影を消した彼女は不機嫌そうに息を吐いた。 


「それは私が掴み取る」


 それからも彼女はどこにも属さなかった。北で戦争があればそこに走った。南であればそこで剣を振った。東であれば炎で燃やし、西であれば矢で討った。
 なんのことは無い。彼女は戦争が好きなのだ。楽しそうに騒ぎ、喘ぎ、嬌声を上げた。
 魔道書の私を背負い、彼女はどこまでも戦場を駆けた。どこにも属さないその姿勢は、敵しか作らなかった。彼女はそれでも口角を吊り上げた。
 楽しいだろう? そう聞かれた。私は何が楽しいかなど、全然分からなかった。
 つまらん奴だな。そう言われた。私にはどういう意味なのかが理解できなかった。
 私は幸せだ! 彼女はそういった。そんなはずは無い。こんな幸せがあっていいはずが無いのだ。
 幸せとは、幸せのことであり、幸せになるには、剣を振るって人を殺すばかりでは、決してなれないのだ。

 彼女はどこまでも暴力を振るった。剣を、炎を。百人に囲まれても、千人に囲まれても、彼女は逃げることは無かった。
 だから死ぬ。彼女は足を無残に切断され、時の王様の下へと連れられた。
 王様は言った。なぜあのようなことをする。
 彼女は言った。戦争ばかりで民を見ないからだと。だったら戦争を燃やし尽くす。それに私はたまらないんだ、戦うのが。
 うっとりとした表情だった。足が無くなっている事を忘れているかのようだった。あまりにも理解できない感性。
 魔力の収束を感じた。周囲の酸素が一斉に燃え上がった。彼女は自分の身を省みることなく、ただ燃やした。全てを燃やした。


「分かるか闇の書! これが私の幸せだ! ああ、ああッ、気持ちいいなぁ! 願いを叶える!? 笑わせるな! これは、私だけの炎なんだ!」


 彼女は業火に焼かれながら、ただただ笑った。甘美で、野性的で、艶やかで。嬌声が響き渡る前、彼女はぽつりと零した。


「ただ、お前とさよならなのは、少しだけさみしいな」


 フラッシュバックのようによみがえった記憶は、もう随分以前のこと。あのときの少女を、プログラム化したこと。
 ばらり。頁を開いた。リンカーコア。魔導師の命。その身体ごと。ばくん。
 願いを受け取った。さみしいは幸せとは正反対だ。私と居ることでさみしいは無くなる。幸せになる。
 プログラムに追加。烈火の将シグナム。





 それから何人もの人間の手に渡った。たくさんたくさん願いを叶えた。誰も彼もが幸せになったのに、誰も彼もが死んでいった。それはどこまで考えても、私のせいだった。





 もう何人目の主だろう。どうせこれもすぐに死ぬ。ほら死んだ。また次だ。私は幸せを叶えるデバイスなのに、私の願いを叶えるデバイスは無い。
 転生。そこは、魔法にたどり着いた世界だった。
 人間たちはみんながみんな幸せそうだった。生活に苦労の無い世界。もちろん全てがなくなったとはいかないが、それでも魔法のおかげで随分楽になったのは事実なのだろう。
 そんな中での主人は、なぜだか暗い顔をしていた。なぜだろうか。私は考えた。世界を憂いているのだろうか。戦争になるのではないかと。
 主人は、二十を少しばかり超えたくらいの女性だった。少しだけ惚けた性格をしていて、良くいえばおっとりとしていた。
 そんな彼女は、花を育てた。如雨露で水をやり、季節を喜び、花弁を愛でる。彼女は緑が好きだったのだ。
 私は言った。願え。魔力をそこかしこからかき集め、この世全てを緑で満たそう。その幸せは、お前のものだと。
 彼女は言った。


「人は、それじゃ駄目になっちゃうわ」


 彼女は、言ってしまえば遅れた人間だったのだ。その惑星の命題であった『温暖化』も見事に解決してみせた魔法。しかし彼女は緑を求めた。近代化、未来化が進む日常に、真っ向から立ち向かった。
 彼女は花を売った。人間一人が暮らしていくには難しくなる値段だった。
 ただ、彼女には笑顔があった。彼女は買ってくれた人にとびっきりの笑顔をプレゼントした。
 ほんの少しずつだが、売り上げは伸びていった。彼女は飛び跳ねながら喜んだ。
 人々は心のそこで求めていたのかもしれない。原初の記憶。私はすでに忘れてしまったが、緑が溢れる生命の源。

 彼女は、次はどんな植物を取り寄せようかしら、と楽しげに呟いた。まるで彼女こそが人の願いを叶えるデバイスのようだと思った。
 次の日も、その次の日も。彼女は何も願わなかった。素質は十分なのに、それをしなかった。
 私は、それもいいのかもしれないと思った。勘違いをしているだけで、私は『幸せ』の何たるかを、実のところ分かっていなかったのかもしれない。
 彼女はうってつけの相手だった。まるでデバイスのように人々の心を癒し、緑を植え、育んだ。

 私がここに来たころ植えた球根が芽を出し、花を咲かせ、次代を残し、そして枯れた。
 そのとき、彼女の腹から、魔力で出来た刃が生えていた。
 男だった。魔導師だった。よく分からないが、私を見つけてやったやったと喜んでいた。ああ、また死んだ。それはどこまでも、私のせいだった。
 彼女は男のことなど一切見てはいなかった。ぼんやりとした視線は緑に向けられ、
 

「お花、みず、やらなくちゃ……」


 口の端から血を流す彼女は、どこまでも優しさを求めて、癒しを求めていた。
 そうだろう。水をやらなくては、緑は死んでしまう。だったら───、プログラムに、追加。





 それから何人もの人間の手に渡った。みんな死んだ。願いを叶え続けているのに、幸せになったものなど誰もいない。そんなことに気がついた。





 転生。ああ、今回もまた死んでしまう。もうどうにでもなれ。
 その少女は、記憶の彼方にある何かを呼び覚ますような子供だった。あれはいったいいつだったろうか。こんな状況を、私は知っているような気がする。
 いつからなのかは分からない。私はリンカーコアを集めるようになっていた。それは何のためだろう。人間を知るためだろうか。それとも別の理由があるのだろうか。私の中のバグフィックスは、もう私と言い換えていいほどに成長を遂げていた。それに対してなんら思うところは無い。無限転生。周囲破壊。たったのそれだけ。
 少女は、足が動かなくなった。しかし笑顔だった。
 少女の下に、魔導師が来た。いつかのように殺されてしまうのだろうか。それもいいだろう。私の侵食を受けてしまうほどに幼い子供。到底私を扱いきれるとは思えない。
 数日がたった。魔導師は住み着くだけで、特に何もアクションを起こさなかった。私の存在に気がついているのに、そ知らぬふりをして住み着いた。ただ、少女の笑顔は、もっともっと素敵になった。
 見ていたい。そんな衝動に駆られた。ずっと、たくさん。笑顔。幸せのしるし。私の存在意義の証明。

 そして、魔導師が姿を消した。唐突だった。またねと残して、それだけだった。
 それでも少女は笑顔だった。ほんの少しだけ陰りが見えたけど、それでも少女は笑顔だった。
 痛い。そう思った。少女が求めているものは、家族だった。家族。家族。あの魔導師は、それになるはずだったのに、消えた。
 少女の誕生日が来る。あの魔導師が何か用意しているのかと、変にやきもきしてしまった。
 待った。何も無かった。少女から吸い上げた魔力は、通常の魔導師の数倍を、さらに超える量となっていた。
 私は考えた。家族。幸せ。本当の意味。
 かちり。少女の枕元においてある時計が、十二時を指した。
 私は頁を開いた。闇の書。願いを叶えて、幸せになるデバイス。


「はぁ~、ディフェっちゃんが言っとったこと、ほんまやったんやねぇ」


 少女は、たくさん笑顔になった。
 私はこのとき初めて幸せを理解したのかもしれない。願いと幸せは、違うものなのだ。
 私は闇の書管制人格。名前はまだない。私の願いを叶えるデバイスも、私の幸せに応える者も、私には、何も無い。そしてここでも、また転生する。
 主を飲み込んだ私はその存在を書き換え、プログラムに───。





 何人の人の手を渡り歩いたろうか。百や二百で収まるような数でないことは確かだ。もっともっと。たくさんたくさん。
 ただ、そんな中で、この『闇の書』に願いを言わない人間は、たったの四人だけ。
 次もまた、転生する。たくさんの人の手に渡って、たくさんの死を振りまいて、どこまでも幸せを求めて。
 それなのに、


「俺の幸せをお前が決めるんじゃねぇよ、寂しがり屋が」








[4602] nanoAs24-エフフォー
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/05/15 13:40
24/エフフォー





 頼んだ。任せる。お前に賭ける。お願いします。時間稼ぎを。お前ならできる。自分を信じろ。俺も信じる。そしておやすみなさい。
 ぐるん、と白目をむいてディフェクトは寝た。なのは には寝たというよりも気絶したの方がしっくり来た。
 ユーノが変わらず治癒をおこなっており、その真剣な表情と、額に浮かんだ汗、感じる魔力の減衰から、恐らくもう戦えないだろうと判断。それはクロノも同じで、飛ぶくらいが精一杯くらいの魔力しか残っていないように感じる。というか、気を失っている。
 なのははレイジングハートを握り締め、一度だけ目を瞑った。ディフェクトにはああ言ったが、まぁ、そんなに簡単に割り切れることではない。
 大丈夫。絶対に守る。私に出来ないことは、みんながやってくれるから。
 ゆっくりと瞼を持ち上げ、


「そろそろ行くね」

「うん、気をつけて。……ボクはもう戦えないから、一人にしちゃうね」

「ううん、皆はいっぱい戦ってきたんでしょう? だったら私も頑張らなきゃ」

「……いってらっしゃい、なのは」

「いってきます、ユーノ君」


 セットアップ。願うと、なのはは一瞬だけ光に包まれて、次の瞬間にはバリアジャケットを装着。
 セイクリッドモード。なのはには速度がない。ないとは言っても、魔導師平均としてならそこそこに高い位置をマークしているが、それでも周りと比べるならば、なのはは『遅い』に入る。
 だったら遅いなりに防御を固める。肩に新しく嵌ったフィールドジェネレーター、指貫のグラブ、袖口の強化など、とことんまでに防御を。回避や直接戦闘はさらに難しくなったが、もともとそういうものよりも、魔法を使っての防御の方が得意だった。なのはの選択は、まず防御なのだ。

 いこう、レイジングハート。
 小さく口にして飛翔した。遠目に見える闇の書は動かず、ただその場にとどまっているのみ。アクセルフィンを輝かせ、そこに向かって空を駆けた。
 その距離が短くなるに連れて、レイジングハートを持つ手が震える。だめだなぁ、となのはは呟いた。


「体が重い……」


 レイジングハートに視線を送って、


「こんな鬱々とした気持ちで戦うの初めて」
 

 一粒だけ涙を流して、


「もう何もかもが怖い……」


 でも。
 なのはは前を向いた。


「でも、守りたいんだよ、私。おかしいよね。変だよね。ディフェクト君がいて、ホントに良かったって思ってるんだ」


 見事に死に掛けているディフェクトだが、止めたところでそれが何になる。なのはを超えて我侭なあの男を、いったい誰が止められる。
 だったら、なのははディフェクトを守る。最後の最後まで、ハッピーエンドを追い続けているディフェクトを。単純に考えて、あの男がそう簡単に終わってしまうようなことはない。なのは にはそんな、妙な確信があった。
 時間稼ぎをよろしくお願いします、とディフェクトは言った。どこまでも優しかった。倒せとは言わなかった。
 期待に応えたい。やり遂げて、頑張ったよと胸を張って言ってみせるのだ。 

 体の震えを奥歯で噛み殺し、相対。美しい女性。闇の書。
 闇の書は視線すらもよこすことなく、魔方陣を展開させた。宙に浮かぶ、血色のナイフ。


「話すことは、あるか?」


 闇の書は透き通るような声でなのはにそう語りかけた。
 なのはは首を振り、レイジングハートに魔力を送り込みながら。


「ううん。私のすることは、もう決まってるから」

「そうか」

「うん」


 ぴくり、とナイフが動いた。


「穿て……、ブラッディダガー」


 飛来。それは赤色の軌跡を残し不規則に飛ぶ。なのはは見ていないが、クロノの氷塊とよく似た動きだった。
 闇に血色のアクセントを塗りつけながら風を切る。いつだか戦闘機のアニメでみた『ゴースト』をふと思い出した。
 避けきれない。なのはは瞬時にそう決め付けた。そもそも最初からあまり避けるつもりが無い。右手をまっすぐに伸ばし、四本同時に飛んでくるそれに向けて障壁を展開。


「シールド!」


 シールドに当たった瞬間にそれらはぐしゃりと潰れ、爆発。重たい衝撃がのしかかってくるが、簡単に破られるようなことはない。なのはの防御は、すでにこの時点で全魔導師中のトップクラスに立っていた。
 爆炎と爆煙を突き破り、上昇。
 相手は接近戦を好むようなタイプではないらしい。シグナムとヴィータがそうだったものだから、同じ戦法で行こうと思っていたが、どうやら無駄に終わってしまった。
 最初の魔法を見て気が付くべきだった。闇の書はおそらく遠距離適正型であり、広域魔法型だ。
 戦闘経験の少なさ。それだけはどんなに才能があったところで埋められるものではなかった。

 視線を下に向けると、闇の書は相変わらずそこから動こうとはしていない。距離を開けても、そこは自分の攻撃範囲だとでも言うのだろうか。
 ふっ。短く息を吐き「バスターモード!」なのははレイジングハートを構えた。先端を闇の書へと向け、魔力を溜め込む。
 新しいレイジングハートには、シャフトからせり出すようにベルカ式のカートリッジシステムが取り付けられており、そこをグリップ。人差し指にかかるトリガーに少しだけ力を入れて、


「いくよッ!」
『──Divine Buster──』


 引き金を引いた。 
 直射型の桃色奔流。自身の膨大な魔力に任せた単純射撃。
 伸びていくそれに、闇の書は動こうとはしない。先ほどのなのはと同じように右手を伸ばし、障壁展開。
 光が爆ぜて、爆音が響いた。


「───っ!」


 手ごたえはない。手ごたえというより、感じる魔力反応に、弱ったそぶりが一切見られない。
 移動したり、追いかけてきたり、そういう動きが無いのは自分の防御力に自信があるからだ。なのはは初めて自分と似たタイプの魔導師と戦っている。
 なのはは旋回するように場所を移し、二発三発とディバインバスターを撃ち込むが、やはり効果はなし。そこそこに自信があった攻撃魔法だっただけに、少しだけ焦りが出てくる。


「かたい……!」


 呟いたとき、闇の書が空を仰ぐように両手を広げた。なにが来るのか見当がつかない。
 とりあえず一所に留まるのはまずいだろう。なのははアクセルフィンを輝かせ、闇の書からさらに距離をとった。
 しかし、ぽんっ。
 肩で小さな破裂音。


「えっ……、雪? ……───雪!?」


 雪が降っている。ちらちら、ふわふわ、しんしんと。粉雪と呼ばれるそれ。あまりに儚く、美しく降るそれ。
 魔力の欠片だった。粉雪は街全体で降っていた。すっぽりと結界に覆われた街全体で。
 ひとつひとつの威力は大した事はない。だが、この数。数と言うよりも、本当に雪なのだ。天から降るそれを、一体どうやってよければいい。
 新バリアジャケット越しに感じれば、ゴムボールが当たったくらいの感覚だ。だが、考えても見て欲しい。いくらゴムボールとはいえ、それが百も二百も三百も当たれば、それはすでに攻撃だろう。しかもなのはは移動する。自分からそれにぶつからなくてはならないのだ。
 頬から垂れる汗は、小さかった焦りを大きくする。
 なのはは自身の頭上に、傘のように障壁を張った。しかし相手は雨ではなく、雪。ゆらゆらと揺れ動き、ふわふわとなのはに接触する。ぽんっ。小さな破裂。ぽんっ。小さな隙。ぽんっ。小さな苛立ち。
 
 うう~、とやきもきしたように唸り、なのははもう一度トリガーを絞った。
 真っ直ぐに伸びる射撃は、変わらず防御される。


「じ、時間稼ぎなのにッ!」


 自分の未来が手に取るように分かった。闇の書が狙っているのは、疲労ではないだろうか。この雪は、確実に体力を奪っていく。そうなると判断力が落ち、魔法制御にも問題がでて、魔力運用も上手いことは行かない。
 思考。闇の書の姿が遠くにあることで、落ち着いて物事を考えられる。さあ、どうする。簡単にやられるわけにはいかないのだ。せめて、ディフェクトの回復を待ってからではないと話にならない。
 なのははぎゅ、と硬く目を瞑り、レイジングハートを握る手に力を込めた。


「───行こう! レイジングハート!」


 我慢比べの意地通しだ。
 なのはは頭上に展開していた障壁を消した。
 こんな大魔法が、そうそう長く続くとは考えられない。新しい防御力を信じて、新しい力を信じて。疲労しても、判断力が落ちてしまっても、ただ一つ『こうする』と決めておけば、そこに判断はいらない。いるのは『それをする』という決断力。


「モード、エクセリオン!!」


 薬莢が弾け飛び、レイジングハートがシャープに、槍のような姿に姿を変える。
 そのとき、重さを感じた。ずしりとレイジングハートが重たくなったような気がしたのだ。魔力の消費が著しい。カートリッジを使ってもこれなのだ。攻防を重ねていけばどうなるかなど目に見えていたが、


「バレル展開!」
『──Barrel Shot──』


 しかしなのはは貫いた。
 照準と弾道の安定。そのための補助魔法。必中の策。バレルショットは色の無い衝撃波として放たれた。
 恐らくこれはかわされるか、障壁で曲げられてしまうかが関の山だろう。空間固定のバインドも同時におこなうように出来ているので、当たればかなり有利に戦闘を進められるのだが、なかなか難しい。エクセリオンバスターを直接───、

 当たった。

 バレルショットが、当たった。え? と呆けた声を出してしまったが、それも一瞬。
 暴風が通り過ぎたように闇の書が身体を硬くし、次の瞬間には手足の拘束は完了。
 なにがあったのかは分からないが、とにかくなのはの不屈の心が幸運を呼び寄せたのだ。このチャンスをモノにしないようでは、魔法少女の名が廃る。
 人差し指に目一杯力を込めて、


「いって! エクセリオンバスタァ!!」





◇◆◇





 それは刹那の思考だった。
 自身の心臓に、誰かがアクセスしている。その誰かなど最初から分かっていて、たった今プログラム化を進めている元主、八神はやて以外に居ない。管理者権限が残っている主は、あの四人の中ではやてただ一人なのだから。
 なぜ? 闇の書管制人格は考えた。
 なぜ、外に出ようとするの? そこには家族が居るのに。そこだけは幸せなのに。そこに居れば、無限の幸せがあるのに。プログラムを再生するときは、きちんと記憶は消してやるのに。人を殺すことなんかにも、苦悩を感じずにすむように。ただただ、私の中に居れば、それで幸せなのに。
 そして衝撃波が通り過ぎた。


「───っ!」


 同時にかかる、手足へのバインド。確かに強固だが、いままで蒐集した魔法を使えば拘束は解ける───、
 その時間すらなかった。目の前に迫る桃色の光。直撃はまずい。かといって障壁を張るような隙も無い。
 闇の書は初めてその顔に表情を作った。焦り。現段階でプログラム化している八神はやての身体に、このような魔力ダメージを与えては何が起こるか分からない。これ以上バグを抱えるのはごめんだ。
 ただただ、その膨大を二桁ほど上回る魔力を、単純に集めた。自身の身体にまとわせ、少しでもダメージを抑える。
 ───衝撃。


「ぁぐッ!」


 それは予想通り、痛かった。八神はやての身体を乗っ取って戦っている以上、痛覚は確かに存在した。
 バインドも何もかもが一斉に吹き飛んでいき、闇の書管制人格は初めてその場から移動した。桃色の残滓を蹴散らしながら、距離をとる。あんなものを二度も三度も食らっては本当に壊れる。
 上昇。雪を降らせる魔法を一時停止。魔力を無駄に使うのをやめた。
 なのはを見据え、しかし変わらず胸の辺りから感じる、五つの波動。どうして。家族になったのではなかったのか。家族を欲していたのに、そこには家族が居るのに。

 痛む身体に活を入れ、闇の書は祈るように両手を合わせた。両目を瞑り、魔力を集める。きぃん、とやや耳障りな音をたてて、足元に魔方陣が広がった。


「その威を包め……、フォースフィールド」


 奪った魔法。コピーした威力。
 闇の書は、フィールドを形成した。ドーム上に辺りを包むそれではなく、闇の書から見てななめ下、その奥にある街も、扇状に伸びるフィールドで。
 それもなのはのものと同様に目では見えないが、確かに存在した。闇の書を頂点として、円錐状にそれは存在するのだ。
 何かに気づいたのか、なのはが旋回し、その背中に一つのビルを背負った。そう、仲間が居る、そのビル。フォースフィールド内にすっぽりと収まっているのだ。


「創生の終わり 終末の始まり 天を駆ける祈り」


 二重三重に魔方陣が輝く。
 両手を合わせたその隙間に、小さな輝き。


「背負う罪 輝きの中で流れ 方舟よ沈め」


 それは力だった。何もかもを消滅させるような、そんな力。
 

「祖は言い示した 光在れ。……祈れ。始まりのα……───エクスターミネーション」


 光だった。闇色なのに、それは光と認識できた。
 これこそディフェクトとシェルブリットが用意していた『砲撃、射撃、どっちつかずの遠距離攻撃』。エクスターミネーションに指向性を持たせるわけではない。ただ、消滅の範囲を決めるだけ。ここからは出られませんよ、とフォースフィールドで設定するのだ。
 無尽蔵に破壊を楽しむ従来のエクスターミネーションとは違い、それらは相手を押しのけるように奔った。ぎゅうぎゅう詰めのフィールド内、何を消してやろうかと探し回った。暴力的で、破滅的で、馬鹿が何も考えずに走るとこうなる、といった典型のような魔法だった。


「……お前も消えろ。私は幸せを掴むんだ……」





◇◆◇





 なにかとんでもないものが来る。予感はしていた。フィールドで区切られた範囲。背中に守るディフェクト、ユーノ、クロノ。守る、という行為こそが、なのはに力を与えた。
 聞こえる祝詞のような呪文。美しい声。そして、長い。呪文が長いというのは、それだけでも威力を語る。
 ごくり、とつばを飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
 死ぬ、かも知れない。死んだら、怖い。いや、死ぬのが怖い。自分が死ぬのももちろん怖いが、背中に守る皆を守れずに死ぬのが、一番悔いが残る気がする。
 心臓が早鐘のように鼓動をうつ。は、は、となのはは犬のように息を吐いた。
 死なせないし、死なない。死にたくないし、死なせたくない。
 
 思い出すのはディフェクトの言葉。
 頼んだ。任せる。お前に賭ける。お願いします。時間稼ぎを。お前ならできる。自分を信じろ。俺も信じる。
 頼んだということは、頼ってもらえたのだ。任されたのだ。時間稼ぎをお願いされているし、なのはにならできると言ってくれているのだ。今まで絶対の自信なんか持ったことは無かったが、なのはは自分を信じた。なんと言ってもディフェクトに信じられているのだから、だから自分を信じる。
 出来ないはずがない。こんなにも皆のことが好きで、こんなにも守りたいものがあって、自身の手のひらには、新しい力がある。
 デバイスに視線を預けると、レイジングハートは何も言わずにコアを輝かせるだけだった。言葉は要らない。さあ、行きましょう。そういっている気がした。
 

「レイジングハートEF4……全力全開だよ!」

『Of course.Master』
 
「ジャケット重ねて! タイプF4!」


 こんな攻撃があるよ、とレイジングハートと話し合ったときから構想していたものだった。
 防御力重視のセイクリッドモードから、タイプF4へ。光に包まれて、初めて作り上げるバリアジャケット。
 それは、どこまでもどこまでも、行き過ぎて地の果て天の果てが見えるほどに、機動性が無かった。動くために作っているとは思えないフォルム。もともとが防御を重視しているために、少しだけ重そうな印象のあったセイクリッドモード。そこからさらに重みを増した。
 おそらくイメージしたときに、ヴォルケンリッターの騎士甲冑が入り込んだのだろう。メタリックなパーツが増えた。背中から広がり、小さな胸を覆うそれはプラチナのように輝いて、肘から先を覆う篭手も。腰をベルトのように回るそこからは、スカートを這うように十本の金属が生えていた。
 そしてなによりも印象的な、顔。なにから守るためにあるのだろうか。可愛らしい顔をバイザーのように伸びるプラチナが隠してしまった。
 ずしん、と体が重くなる。高度が下がるほどに、それは重いのだ。
 しかしながらそれは、当然予想していた。堅いは重い。だからこそ、


「空間固定ッ」


 バインドである。なのはは自身にバインドを施した。そもそもの機動性がゼロ。相手の攻撃を避けるつもりがないのだ。だったらその空間に立ち止まる。
 空間固定で一人になって、そんな孤独を感じるほどに今のなのはは、もはや孤定砲台だ。
 腰を固定し、足を固定し、射撃体勢に入って、最後に腕を固定した。相手に動くそぶりは見えない。これならいける。


「モード切替! フォルテッシモドライバー!」


 レイジングハートの、エクセリオンモードの形が変わっていく。中央に真っ直ぐ走るジョイントが開くと、それはやや後ろに下がった。開ききった中央からは昆虫の、ヘラクレスオオカブトの角に似た二本の装飾。いや、装飾というよりも、武器に近いのかもしれない。
 レイジングハートがさらに重くなる。そう感じる。しかしそれでもなのはは、


「ACS起動!」


 レイジングハートのフルドライヴ。またもジョイントが開き、そこからストライクフレームが伸びた。半実体化した魔力の翼。それは攻撃のために使うのではない。これから使う魔法から、なのはを守るために存在する。
 ACS。アクセラレート・チャージ・システム。エクセリオンモードのときは瞬間突撃システムとして、速度のないなのはの身体を運んでくれる。
 しかし、
 ACS。アクセラレート・チャージ・システム。フォルテッシモドライバー時は、瞬間魔力充填システムとして働くのだ。
 なのはに送り込んでもらうだけではなく、レイジングハート自らがなのはの魔力を吸い上げる。砲撃に必要な魔力をすばやく集め、収束し、どこまでタイムロスをなくすか。ただそれだけのシステム。
 ロードの掛け声もないのに、レイジングハートは勝手にカートリッジを取り込んだ。四発のそれが弾け飛び、しかしそれでもまだ足りないのだろう。なのはから、もともと膨大な魔力を持っているなのはから、そこが尽きるほどに吸い上げていくのだ。収束。高速収束。密度の高いスフィアが形成されていく。
 血の気がうせるような感覚がした。存在するはずのものが、どんどんと奪われていく。しかし怖いかといわれれば、そうではなくて、レイジングハートも一緒になって頑張ってくれている事実に、涙が溢れそうなくらいの喜びを感じた。
 そして、


「……祈れ。始まりのα……───エクスターミネーション」


 闇色の輝きが、視界を覆った。
 なのはは見たこともないのに、それがディフェクトの魔法だと直感する。なんとなく、そんな気がしたのだ。
 ディフェクトの魔法で、ディフェクトをやらせるものか。小さな矜持。
 叫ぶように、


「フルフラッドッ! ブレイカァァアアああああ!!!」


 直射するのかと思いきや、なのはのそれは、真っ直ぐには飛ばなかった。
 あまりに高密度の魔力は重力に引かれ、少しだけ落ちる。思い出したかのように上を目指し、溢れた。弾けもしない。爆発もしない。ただただ、洪水のように溢れるのだ。垂れ流しと言い換えてもいい。バレル展開しても収まらないただの攻勢魔力。どろりと解けるようなそれ。どぱぁっ!! と、真っ直ぐでもなければ規則性があるわけでもなく、ただ溢れるのだ。
 桃色の魔力はなのはすらも危険にさらす。ぽたりぽたりと雫のように落ちてくる魔力は手を焼いた。しかし篭手があった。飛沫が飛んだ。しかしフェイスガードがあった。ジャケットに降りかかる。しかし白金でコーティングされていた。

 エクスターミネーションを飲み込もうと、なのはの魔法は進んだ。
 だが、あの魔法はどこまで悪食なのだろうか。桃色を侵食するように、ぞろぞろとアリが這うように迫ってくるのだ。
 うう、うう、となのはは唸った。みしみしと、返って来る反動と、悪食魔法の威力がなのはを押し潰す。
 レイジングハート、負けたくないよ。守りたいよ。瞳に映る色は、諦めなど一切無かった。
 魔力の全てを注ぎ込んで、


「全力ぅ……全開ッ!!」


 もっと強く。もっと強く。


「───フォルテッシモぉ!!」


 桃色が全てを飲み込んだのを見届け、すっからかんになった魔力にお礼を言って、なのはは重たくなる瞼に抵抗することなく、ゆっくりと気を失った。






[4602] nanoAs25-リィンフォース
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/05/14 22:34

25/リィンフォース





 おおー、来た来た来た……はいキャッチ。と思ったけど重すぎてなのは落としてしもた。
 どごっ! とアスファルトを若干破壊しながら、そしてバリアジャケットが解けていく。ううむ。なに考えてこんな馬鹿みたいに重いのを作ったんでしょうか、なのはさん。いやそこそこカッコいいけどさ。
 あ? 俺? いや俺は大丈夫だよ。もう完璧だよ。誰とだって戦えるよ。闇の書とかマジ一発だよ。


「……よぉし、いく、かぁ……っ、うん、いこう、かなぁ……」


 あ? 痛くねぇよ。全然痛くねぇよ。もう絶好調だよ。いまなら何だって出来るような気さえしてるよ。
 まったく。どいつもこいつもバタバタ気絶していきやがって。もうちょっと頑張れよ。俺みたいに頑張れよ。目が覚めたら絶好調だってきっと。さあ、目覚めろみんな。死ぬぞ。俺が死ぬぞ。
 てか闇の書はどこさ行っただ。もう絶好調だけど全然体が動かないから向こうから来てくれなきゃどうしようもないんだけど。


「い、ちち……、ああくそ、シグナムが馬鹿みてぇに強ぇから……」


 ずるずると足を引きずりながら進む。なのは? いやいや、ンなもん置き去りですよ。構ってる暇なんてないって。
 闇の書さーん。どこですかー。出来ればそのまま出てこなくてもいいんだけどねー。
 街は暗く、静かだった。風の通る音さえ聞こえなくて、逆に耳が痛くなるほどの静寂。ほら、あんまり静かだとキーンて聞こえたりするじゃん。あれだね。なんかもう俺一人しか居ないくらいの勢いだね。
 ひー、はー、ひー、はー。ああ、きっつい。歩きつかれた。なのはが三十メートルくらい後方に見えるけどもう疲れた。体力ねーなぁ、俺。


「は、はぁ……シェルぅ」

『───、な・、す───か』

「ナスカ……?」

『……───、・……』

「まだ、起きとけ、よ……」

『───。……!』

「ん」


 シェルがなに言ってるかさっぱり分からんので適当に返事。
 アルター使いすぎたわ、今回。シェルが眠りそうになってる。ここで眠られると非常に困るから叩き起こさなきゃならんのだ。
 そもそもシグナムでかなりやられた。ちくしょう。もっと楽に勝てるかと思ったのに、全然強いんだもん、あいつ。
 なんでこんな怪我ばっかしなきゃなんないんだよ。あーあ。シグナムたちが闇の書から出てくるときは、きっと全快してるんだろうなぁ。ずりー。出てきたらシャマルに回復してもらおう。ユーノダウンしちゃったし。
 ちきしょー。ホントに、なんか俺もしかして貧乏くじ引いてんじゃねぇのかな。こんなに怪我ばっかする予定なんかさっぱりなかったんだけどなー。
 まずクロノがいけねぇよ。血迷いやがって。俺にかかってくるし、シャマルで魔力使い果たすし。ユーノはなんか知らんがガッツリ魔力消費してたし。あいつ多分使いやがったな。チート能力。仙里算総眼図。なんでどいつもこいつもさっさと魔力消費しちまうんだ。

 ひーこらへーこら言いながら、静かな道をたった一人で。
 寂しいぜ。予想以上に寂しいぜ。ていうか心細いぜ。勝てんのか俺。闇の書さんやい、なのはのアレでスカッとぶっ飛んではやてを出しておくれ。
 そんな淡い希望を抱きながらずるずる歩いていると、


「……、っく……」


 なんか聞こえた。


「あぁ?」


 闇の書発見。
 ビルの影。壁に背中を預けてはやての身体を治療していた。


「は、なんだよ……、ボロじゃ、ねぇか」

「……お前ほどではない」

「へ、へへ……なんかよぉ、勝てそうな気が、してきたぁ……」


 拳は地面に向けたまま、アルターを発動させようかという時。


「やめておけ」

「なん、でぇ?」

「私が、もたない」

「ははっ、いて、いたた……、つかさ、それ、狙ってんだけど?」

「違う」


 闇の書が天を仰ぎ、自分の肩を抱いた。


「もう、溢れそうっ……!」


 闇の書が呟き、瞬間、地面が爆発した。おおう……、ついに暴走プログラムが来るのか……。
 こうなる前にバシバシダメージ与えて はやて出したかったんだけど、いやぁ、どうだろうねぇ、これ。
 にょろにょろと地面から触手のような物が生えて、それは生きているかのように蠢く。実際生きているのかもしれない。うえぇ、気持ち悪ぃなおい。
 たまらんな。こういうのはホントにたまらん。もう逃げだす力すらないのに、このタイミングでかよ。もうちょっと早くか遅くにしてくれよ。なんで俺が目覚めるとこんなことになるんだよ。ちっとも良い事ねぇぞ、最近。


「とめ、ろよ。マジで、むり……」


 闇の書は何も答えなかった。
 先ほどまでも無表情だったが、今は無表情を超えて、それこそ人形のような印象だった。……引きこもりやがった。引きこもりやがったよこいつ! まってまって! 出て来いって! 止めろこれ! 止まらんのかこれ!
 触手が動き回り、闇の書を守るように重なり合った。地面の崩壊と共に、マグマのような魔力があふれ出してくる。それは轟々と燃え上がり、天に伸びていき、先ほどまでの静寂が嘘かと思えるほどに、周囲はいきなり地獄のような風景へと様変わり。
 暴走が始まったんだよ。無限転生と周囲破壊。防衛プログラムはバグで暴走して、守るために周囲を破壊する。誰を守るかって話は、もちろん主を。はやてを。


「はぁ、はぁ……くそ、やってらんねぇ」


 いまこんなのと戦闘になったら大変なことになる。
 うん。逃げよ。……なんか最近逃げてばっかだ。
 幸運なことに、闇の書は何かを目標にするということはなさそうだった。ただ単純に、目に付くものを破壊しているだけに過ぎない。俺が何にもしなかったら、たぶん巻き込まれない限りは何とかなると思うんだけど……。
 ───ぐりん、と闇の書の首と瞳だけが動いた。


「うおっ」

『主を悲しませたお前は、死んでいい』


 何の感情も乗っていない声。これこそまさに『再生』をしているような声だった。
 言っているわけではなくて、あくまでも再生。たぶん、思っていることを口にしているわけじゃない。思っていたことを口にしているのだ。記録から探り出した言葉のような、そんな冷たさがあった。


「だから、さぁ……、ごめんって、言いに、来てんだろぉが……」

『その願いは叶わない』

「会いてぇん、だよ……! はやてにっ!」

『その幸せは訪れない』

「お前がっ! 俺の幸せを、奪うんじゃねぇよ!!」


 触手が伸びてくる。蛇のように這い回り、足元に集まって、今か今かとこっちを見てる。
 ああ、アルターを。早く魔力集めて、シェルを起動させて、戦わなきゃ。
 意識の裏側にアクセスして、周囲の物質を確認。どこでもいいから、こわれ───、同時に触手たちは襲い掛かってきた。ああちくしょう、なんか体が鈍い。遅い。ちっとも思い通りに動かない!
 ぐるぐるぐるぐる絡み付いて、縛り上げられて、


「んぐッ」


 首を絞めてくる。
 こ、絞殺? ちょ、まてまて、苦しいよそういうの!
 はやて早く! 疾風のごとく説得して! さっさと暴走プログラム切り離してッ! あまりにリアルすぎるよ、絞殺!


「ぐ、んぎ、ぐぅっ!」


 やばーいよ。えへへ。なんかちょっと気持ちよくなってきちゃうよ。もう俺死にかけマイスターの称号をもらってもいいころなんじゃないだろうか。俺ほど死に掛けた人間はそうそう居ないんじゃなかろうか。もう俺はもしかしたら死んでいるんじゃなかろうか。死ぬ死ぬ。げぼげぼ。苦しいでげす。
 ……冗談じゃねぇ。冗ッ談じゃねぇぇええええええええええええええええええ!!! やだ! 死にたくない! こんな、絞殺とかかっこ悪い死にかたヤダ! 俺は荒廃した大地にビーチパラソルを立てて! そこに椅子置いて! 小説を読みながら死ぬんだ! カッコいい言葉を残して死ぬんだ! グラサンをちょっとずらして死ぬんだ! アニキィィイイイイイイ!!

 正直ね、もうね、走馬灯見てたね。皆と『挨拶』かましてるとこ見てたね。
 ああ、俺は意外と幸せだったのかもしれない。うんうん。挨拶たくさんしたし。……ユーノとやってねぇな。なんでしてねぇんだ。
 ……あれぇ? なんだこれぇ? うふふ、この白くて紐で三角なのはなんなんだぁ? おやおやぁ? あはは、えへへ、くひひ、けきゃ。
 ───システルさんの、パンツ下ろし。

 
「ッだが、ら゛!! な゛、んで! ジズデルざんのが!! ざいご、なんだああ!!!」


 死んでたまるか。走馬灯みてんのにパンツ出てくんじゃねぇよ。


「はや、で……ッ、をぉ、だずげ、るんだよ、ごの、俺がッ」


 首に巻きついているそれを引きちぎろうと力を入れて、


(だったら、そん、なもん……、に、つか───まってん、じゃない、よ)


 突如として頭の中に聞こえた声。聞き覚えのない声。
 全然上手く聞こえなくて、それは念話だと確信した。最近はあんまり使ってなかったけど、俺は相変わらず念話が下手糞だ。
 さぁて、あなた誰さん?
 疑問は尽きることなく出てくるが、この際助けてくれるんだったら誰だっていい。なんでもいい。神様でもいいし魔王でもいい。天使でもいいし悪魔でもいい。人でもいいし魔法生命体でもいい。女だっていいし男だっていい。植物だっていいし動物だっていい。犬だっていいし猫だって───、きらりと、上空から、


「───にゃんッとぉぉぉおおおおおおおおお!!!」


 それは流星のごとく現れた。仮面をかぶったあんちくしょうお得意のキック。
 闇の書の頭をクリティカルに蹴りつけたそいつは、


「ロッデぇ!?」


 言った瞬間、後方から飛んできたカードのようなものが触手を切り裂いた。
 はぁ! と美味しい空気を胸いっぱいに吸い込んで、


「アリア!」


 ネコーズの登場だった。
 なんて登場だよ。カッコよすぎだよ。こいつら絶対出待ちしてただろ。ああちくしょう、最高じゃねぇか! あれか、グレアム爺さんの差し金か! はやてちゃんを殺しにきたんじゃないんだよね! だってほら、助けてくれたじゃん! 助けてくれるんだよね!
 サンキュ! 叫ぶと、ロッテは俺を荷物のように肩に乗せ、猫らしい予想のつかない走りで闇の書を翻弄した。右かと思えば逆で、左かと思えばそれまた逆で、予測攻撃を受けても超反射で反応。ジェットコースターなんかよりスリルがある。
 とは言え、楽しんでいられるような状況ではない。ロッテは全力で逃げ回っているのだ。闇の書の攻撃から、俺っていう荷物抱えて。
 はっはっはっ、と幾分早めの呼吸。楽そうに見えるが、そこそこ神経使ってんだろうね。


「呼びかけるんだよ!」

「ああ!?」


 少し意味が分からん。
 クエスチョンマークを全開に放りだしていると、上空から魔法で闇の書を牽制してるアリアの声が聞こえた。


「暴走の瞬間は! 闇の書と主が一番近くなる時でしょう!!」


 なるほど。ああ、そういうこと。なるほどそうか。だからこのタイミングで永久封印しようとしてたのね。
 別に俺の呼びかけなんかなくったって、はやてちゃんは強いんだからやってくれるはずなんだけど、しかしロッテは言うのだ。


「あの子泣いてたんだから! あんたが消えて、あの子泣いてた!」

「……」

「『またね』なんでしょ! 『ただいま』って、言うんでしょ!!」


 ロッテは少しだけいやらしい顔で笑って、今度はアリアが。


「私たちは失敗! だからあなたに賭けるの! あなたたちに、悲しみを終わらせて欲しいのよ!」


 どいつもこいつも自分勝手だな! 俺に勝るとも劣らないわがままだな! いいねいいね、そういうの!
 もう一度大きく息を吸い込んで、人形のような闇の書に向かって、


「ホントごみぇッ……」


 噛んじゃったじゃねぇかよ。


「ホントごめんね、はやてちゃんっ!」


 届け、声。君に届け、俺ヴォイス!





◇◆◇





 声が聞こえる。どんなときも忘れることのなかった声が。ごみぇって言った。言い直して、ごめんねって言った。はやてちゃんって言った。呼び方が昔に戻っている。何だか懐かしい気分。
 シグナムをみると楽しそうに笑っていた。会いたいな、と口にしているのが見えて、それは自分もそうなんだよ、とはやては言った。


「なにしてんだ、アイツ?」


 ヴィータが笑いながら口にして、


「ディフェっちゃん、馬鹿やからなぁ」

「でも、男はちょっとくらい馬鹿なほうが可愛いわ」

「おお、お姉さん発言やな、シャマル」


 うふふ、とシャマルはザフィーラに視線を送りながら笑顔を作る。ザフィーラは居心地悪そうに頭を掻いた。
 ここは、暗い場所だった。最初にはやてが居たところだった。家族の元に送ってもらって、はやてはまたここに帰ってきた。今度は全員で、闇の書の主達全員で。
 何度も何度も呼びかけた。話をしよう、と。あなたのことが知りたいと。私たちは、外に出たいのだと。
 闇の書がショックを受けるたびに、この闇は揺らいだ。そのときに理解したのは、ここは闇の書の心なのではないかということ。デバイスに心など無い、と心無いことを言う様な奴は、一人も居なかった。
 闇の書には心がある。幸せを求め、願いを叶え続け、学習に学習を重ねて、きっとそういうものが発生したのだ。ただのプログラムではなく、人間的な『心』というものが。


『俺さ! 馬鹿だからさ! もうホント、なんて謝っていいのかわかんないんだけど!』


 声が聞こえて、闇は揺らいだ。血を吐くような声だった。掠れて、ひび割れて。
 はやては胸の奥に火が灯るような感覚を覚えた。嬉しい。謝るだなんて、そんなものは要らない。ディフェクトの声が聞けて、それだけで幸せなのだ。


『でも、とにかくそっちには行くなよ! 俺寂しい! はやてちゃんに会えなかったら、すげぇ寂しいよ!』

 
 なぜ? 闇はもう一度揺らいで、そう問いかけているようだった。
 闇の書は求めているのだ。はやてにはそれが分かる。自分がそうだったから。赤の他人を家に住まわせるほどに、餓えていたから。温もりに、優しさに。そして、家族に。


『幸せとかッ、俺わかんねぇよ! どうなりゃ幸せなんだよ! 言ってみろよ!』


 くす、とはやては喉を鳴らした。無茶苦茶で滅茶苦茶だ。
 はやてはどうなれば幸せだろうか。一緒に居たい。家族と一緒に居たい。皆と一緒に生きて、笑いあいたい。皆の笑顔がみたい。料理を振舞って、それで笑顔になってくれる人達を見るのが、はやては好きだった。 


『俺の幸せは俺が決めてんだ! はやてちゃんの幸せは! はやてちゃんが決めるんだ!』

「うん。私の幸せは、私が決める」


 ぐらぐらと、闇が揺れ動いた。


『だったら! お前の願いはなんなんだよ!』

「あなたの幸せは、なんなん?」


 一本の罅が、そこにはあった。
 思いがそこからあふれ出したような、そんな気がした。


『言えよ!』

「言うて」


 なまえがほしい。かぞくがほしい。


『聞こえねぇ!』

「もっと、大きな声で」


 ───独りは、寂しい───。

 まるで硝子が割れるような音が響いて、闇が崩れた。崩壊していくそれの奥に、一人の女性が膝を抱えて座っている。
 彼女こそが闇の書管制プログラムであり、この闇を抱えている本人。
 はやてには、まだ管理者権限が残っているはやてには、理解できる。
 管制プログラムはずっと独りだった。孤独だったのだ。主を取り込む事は出来ても、プログラム化が終われば触れ合えない。デバイスとして使ってもらえても、マスターはすぐに死んでいく。
 何度そんなことを繰り返してきたのだろう。闇の書の闇は大きく膨らんで、もはや押さえきれるものではなくなっていたのだ。
 はやては歩を進め、管制プログラムの前まで歩くと、その頬を撫でつけた。視線を上げる彼女は、今にも泣きそうなほどに顔をゆがめている。


「一緒にいこ」

「……私は、主の大切なものを傷つけました」

「うん。せやから、一緒に謝ったる」

「私は、たくさんの人間を殺しましたっ」

「一緒に、背負うたる」

「私は、私は……」


 管制プログラムの頭にそっと手をのせた。
 狙い済ましたようなタイミングでディフェクトの声が聞こえて、


『だから言ったろうが! 寂しがり屋! わかれ! お前は───』


 こちらの事は、分からないはずなのに。
 ディフェクトは外で、暴走を起こしている闇の書に話しかけているのだ。管制プログラムと暴走プログラムは、すでに別の何かと言っていいほどに、その存在を違えている。
 それなのに、その根元、幸せの願いは、同じものだというのだ。
 はやては闇の書を抱き寄せた。ぎゅう、と力いっぱい抱き寄せた。その耳元で、小さく呟く。


「……主、八神はやての名において、汝に新たな名を贈る」

「なま、え……」

「あなたは、強く支えるもの」『お前は強く支えるものなんだよ!』

「幸福の追い風」『それでなんだっけか! 幸福の追い風で!』

「祝福のエール」『祝福のエール!』

「……リィンフォース」『続きははやてちゃんから聞きなっ!』

 
 不思議な感覚だった。シンクロして、一つになったような。
 あは、とはやては笑った。どんな不思議でもかかって来い。今のはやてなら、もうどんなことでも信じてみせる。有り得ないことなんて無い。おかしなことなんて無い。偶然でも必然でも、管制プログラムでも暴走プログラムでも、確かに はやては繋がった。家族とつながり、闇の書とつながり、ディフェクトと繋がっている。


「ここから出して、ディフェっちゃん」


 言うと、


『シェル───』





◇◆◇





 私は闇の書管制プログラム。名前は無かった。いま、この時まで。
 私はただ幸せを求め続けた。願いを叶えた続けた。自分がどこかで間違っていることなど、そんなものには気が付いていて、しかし私にはそれしかなかった。幸せにする。それだけが私の存在理由。
 誰がそれを止められようか。幸せこそが存在する意味なのに、それをやめろということは、すなわち死ねと言うようなものだ。私は死にたくなかった。大勢の人間の死を見てきても、自分がそこに行くのは嫌だった。なぜなら、消滅してしまっては願いを叶えることは出来なくなる。幸せを求めることは出来なくなる。

 そう。私は求めていたのだ。幸せを。
 なにが幸せなんだろうか。どうすれば幸せなんだろうか。人間は難しい。
 いつしか私は願いを叶えて、幸せを手にすることができるのだろうか。

 人は死ぬ。今までたくさん見てきた私が言うのだから、それは間違いない。
 私は、なぜ死なない?
 無限に続く、終わりの無い転生。
 なぜ終わらないのだろうか。いくら暴走しているとはいっても、それも私なのだ。終わらせることは、できるはずなのに。
 考えてみて、その答えは簡単で、目の前にぶら下がっていた。

 ───独りは、寂しい───。

 なんて簡単なことなのだろう。私は私の願いと、それに続く幸せを求めていたのだ。
 家族。いつからそれを求めていたのだろうか。死んでいく人間。過去、それをひっくり返して、私は主をプログラム化した。その時からなのだろうか。
 触れ合えない温もり。かけられない声。通わせられない心。私の『中』にいる以上、それは当たり前のことなのに、それに満足できなかったのだ。
 いま、はっきりと分かる。私は誰かの温もりが欲しかった。誰かに声をかけて欲しかった。誰かと心を通わせたかった。
 そして、

 祝福のエール、リィンフォース。

 初めて涙を流した瞬間だった。
 ああ、涙とは、こうやって出てくるものなのか。願いの叶う瞬間とは、幸せの在り方とは、瞳から流れるこれが、その結晶か。
 身体の半分を私にプログラム化されているが、まだ主には管理者権限が残っている。主は、暴走プログラムの切り離しを願っているのだ。
 もちろん、それが良いだろう。ここで、最後にしなければいけないのだ。
 私の願いは叶った。家族として迎え入れてくれる温もりを手にし、強く支え、幸運の風を起こし、祝福のエールを送る、そんな名前をもらった。満足したのだ。
 暴走プログラムの切り離しが何を意味するのか、もちろん分かっていた。私が私を分断する。無限に転生し、無限に再生する私が簡単に消えるはずはない。だが、私が私を消してしまえば、そこで終わりだ。切り離して、破壊して、その暴走プログラムが再生してしまう前に、私は消えよう。
 消滅。死。
 嫌だったのに、嫌じゃない。幸せを理解した今、私に怖いものなど無い。
 来い、主を泣かせた嫌な男。お前は泣かせるが、きっと、笑顔にもするのだろう。


『ブリットォッ───』






◇◆◇




「バァストォォオオ!!」


 ロッテに放り投げられて、そして殴りつけ、爆発を起こして、そして右腕がめちゃくちゃになった。ぶちゃってなった。ぶちゃらてぃってなった。ピンクのお肉が見えてるんだが、あうちっ。シェルの根っこのおかげでかろうじて繋がってるようなモンだよ。傷口からきらきら光ってる金色がなんとも言えんね。
 だって装甲を構成するような時間も魔力もないんだもん。シェルがやばいんだもん。てかコイツもうスリープ入ろうとしてるもん。これもう時間の問題だよ。だから節約だよ、節約。ケチ臭い日本人の魂が生きてたね。
 精子みたいにぴゅっぴゅと噴き出る血を、破った服で止めて、うん、全然止まらんな。てか痛ぇな。
 けどまぁ、よく頑張ったよ今回は。俺もうホント過労死するかと思うくらい働いたよ。過労死って言うか実際死に掛けるくらい働いたよ。もういいでしょ? もう俺なんもしないからね?
 だってほら、


「よ、ぉ……、まじ、ひさし……」


 そこまで言って、電源OFFでござ───、


「うん、うんっ……!」


 ござらんござらん。全然ござらん。
 えらく久しぶりな気がするな、ホントに。可愛いじゃないか。相変わらずの可愛さじゃないか。
 はやてちゃんはぽろぽろと涙を流し、そして笑った。


「わたっ、わたし、会いたくてなっ」

「へ、へへ……、おれも、けっこう……、ちゃんとして、んだろぉ?」

「カッコ、よかったよ」

「惚れ、直した……、だろぉ?」

「直すほど乱れてへんもんっ」

「そりゃあ……よかった……」


 血がついたら嫌だろうし、とりあえず肩をぽんぽんと叩いた。ぐずぐずと鼻を啜りながらはやてちゃんは泣いてるが、ゆっくりと再開を喜ぶ暇なんてもんはないのである。
 続いている地鳴りはどんどん大きくなっていくし、闇の書から切り離された闇が、暴走プログラムが、その姿を現そうとしている。
 街の中心部辺りだろうか。重力場が形成されるように辺りが歪んで、闇の書の闇の本領発揮の周囲破壊の転生プロセスの前兆。
 たしか四層くらい防御フィールドがあるんだっけか? 三層だったか? まぁ、どっちにしても俺はもうだめだからな。皆に任せるしかない。俺は最後らへんまで見学しときます。もう戦いたくない。ていうか戦えない。


「先に行ってるよ」


 ネコーズが言い残し、さっさと姿を消した。ヴォルケンも姿を現してるもんだから、なんとなく居心地が悪いのかも知れない。あー、あいつらが実は超ネコーズで秘めたる力を解放して一発で闇を破壊できるくらいのパワーに目覚めないかなぁ……。
 暴走プログラムだけを封印できれば一番いいんだろうけど、それが出来ないんだよね。消し飛ばしてもリィンが死んじゃうし、なかなか難しいこって。
 はぁ、とため息をついて、


「……痛そうだな」


 シグナムだった。


「お前に、刺された時、ほどじゃ、ねぇから……」

「死ぬなよ」

「そっちも、なぁ……」

「約束は守れよ」

「?」

「では、私は行こう。お前は休んでいるといい」


 シグナムは一足先に空を駆けた。
 それに続いてヴィータも。べっ、と舌を出しながら飛んでいった。なんだあいつ。俺になんか恨みでもあんのか。俺はお前に恨まれるようなことなんてしてないぞ。


「ごめんなさいね。ヴィータちゃん、素直じゃないから」

「それより、さぁ……、ちょと、回復して、くんね? 」

「よろこんで」


 シャマルはにっこりと微笑みながらクラールヴィントに魔力を込めた。同時に俺は光に包まれ、痛みがゆっくりと引いていく。
 あー、あー、すげぇこれ。これすげぇ……。傷は小さくなって、完全には消えないが、そこそこ動けるようには……、


「あ、無理。やっぱ無理」


 回復はしてもいてぇモンはいてぇ。全快までは程遠いわ。
 シャマルを見ると、怪訝な表情でクラールヴィントを撫でて。


「あなた……どこか変、よね? なにか違うような、そんな……」

「シャマル先生、患者のプライベートは守んなきゃだよ」

「……行くわね。感謝してる。ザフィーラ、行きましょう」


 そして二人は飛んでいった。ちょ、


「俺はなッ、飛べないんだよ!」


 ちゃんと連れてってよ。もう はやてちゃんに連れて行ってもらうしかないじゃないか。なんか嫌じゃないか。女の子に運ばれるのって。いや、女ならいいんだよ。でも女の子ってなんか違うじゃないか。
 ぼりぼりと俺は頭をかいて、すると はやてちゃんは辺りを伺うように首を振った。
 なんだろうか。俺には気がつけない何かがあるのか。俺は魔力とかそういうの感じるのが苦手だからな。ていうか全然出来ないからな。接近しなきゃ分からんからな。


「……た」

「た?」

「た、ただいま……」


 待ち構えられているわけだが、さて。


「……? ……、し、したない?」

「いや、俺ほら……こんなだし」


 なんか全身水っぽいしね。べちゃべちゃしてるしどろどろしてるし、顔ももちろん血だらけだし、口の中なんて鉄の味しかしないし。


「はやてちゃんに血が付くし」

「子供扱い、いやや」

「……はやてに血が付くし、ほら、汚いって」

「して……?」

「えと、だからね?」

「して、ディフェっちゃん……」


 こういうのなんていうか知ってるか?
 死亡フラグって言うんだぜっ☆ にぎゃー。




[4602] nanoAs26-スラッシュ・アッパービート
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/05/15 13:42
26/スラッシュ・アッパービート





 ど 畜 生 が っ !
 置いて行きやがった。あいつらホントに俺のこと置いて行きやがった! ここまで頑張った俺を、こんなところでリタイアさせるつもりなのかと! 最後までは見せらんないのかと! 俺なしで決めちゃうきなのかと! とことんまで追求したいよ! 俺は!
 ……あれか。まさか皆優しいのか。スーパー絶好調な俺を差し置いてエース終わらせるとか、そんな優しさか。
 いやいや、ほら、もう全然そういうの要らないんだけど……。たしかにミラクル絶好調な俺はもはや指先で突付かれただけで死んでしまいそうなほどにウルトラ絶好調なんだけども、俺が居なきゃ駄目なんだって。
 闇の書とか可哀想でしょ? 助けたいでしょ? あん? 俺はどうだっていいけど、どうせ はやては泣くんでしょ?
 ええい馬鹿ちんどもめ。さっさと説明しておけばよかったよ。ああやってこうやってチョチョイのチョイでハッピーエンドだって説明しとくべきだったんだよ。はやての『ただいま』に気を取られた結果がこれだよ。


「うう~……、誰でもいいから復活しろー……俺を飛ばせろー……」


 えっちらおっちら徒歩で移動。もちろん、闇の書の闇に向かって。皆はいいよね。空飛んでビューンって。俺はこの二本の足しかねっての。
 シェル? ああシェルね。コイツ駄目だわ。もう呼びかけにも応えてくれない。一応スリープには入ってないみたいだけど、受け答えすら出来ないような状況。あと一回でも魔法を使おうモンなら即行で落ちるよね。


「はぁ、はぁッ、ああくそ、逸るなよぉ、殺すなよぉ、ちゃんと、生かしとけよぉ! 俺様何様ディフェクト様がっ、全部解決してやっからなぁ……!」


 のたのたぺたぺた一歩一歩足を動かして、目指す先は闇の書の闇。
 若干位置がずれて発動するのが腹立たしい。その場で発動してくれたら目の前だったのに……。いや、それじゃ俺が死んでるかもしれないからやっぱグッジョブだわ、闇の書。
 ひぃひぃ息を吸い、ぜぇぜぇ息を吐く。シャマルに回復してもらったけど、そりゃ当たり前に全快には程遠い。キツイもんはキツイんじゃ。
 ビルが立ち並ぶ市街地。そのど真ん中に闇の書の闇は発動しちゃってるわけだが、大丈夫なんだろうか。管理局とか隠蔽じゃ済まされないところまで来てるんじゃないの?
 

「まぁ、んなこと言ってたら、アニメに、なんねぇってな。ひぃ、へぇ、ほぉ、ああキツ。ねみぃ。帰ったらめっちゃ寝てやる」


 なんとなくで感じる方向は左なので、路地裏へと足を伸ばした。
 ちゃんとあってんのかなぁ。これで全然違うほうに行ってたらマジ笑うわ。てか目視できないってのが厳しいよね。どかーんとかずがーんとか聞こえてるし、おぉぉぉおお、っていう闇の書の闇の、なにやら悲しげな声(?)も聞こえてるけど、ビルで反響しまくってどっちから聞こえてるのかも分からん。


「俺は勘を信じる男。確信したね。こっちに決まってるぜ。何かをビンビンに感じ取ってるぜ」


 歩を進めた。と同時に。


「逆だ」

「あ?」

「そっちじゃない。君、方向音痴か?」

「なんだ、起きたの?」

「魔力はすっからかんだが、まぁ、君ほど不自由もしてないさ」


 クロノだった。頭が痛むのだろうか、こめかみの辺りを二、三度揉んで、


「ほら、肩を貸してやる。行くんだろう?」

「ありがたや~ありがたや~」


 体重のほとんどを預けて、道案内はクロノに。
 俺はこういう感じる(?)とかまったく不得意だからな。みんなどうやってるのかすら分からん。特に今はシェルの半スリープ状態と相まって余計に分からん。目の前にいてくれりゃなんとなく分かるんだけど……、うん、向いてないね、こういうの。
 ていうかクロノ飛べよ。なんで歩いてるんだよ。ぱぱっと飛んじゃえばすむ話じゃないかよ。


「おら、飛べおら」

「言ったろ、魔力がカラなんだ」

「ああ? あんな馬鹿みたいな嵐おこすから……。危うくこっちも凍るトコだったじゃねぇかよ」

「……手が無かったわけじゃないが、アレが一番気分にあってたんだ」

「執務官にあるまじき発言だな」

「なんとでも言えばいいさ」

「……まぁ、嫌いじゃない」

「そうか」

「そうだ」


 少しだけ沈黙が降りてきて、次いで笑いがこみ上げて、二人で声を殺しながら肩を震わせた。
 いかんいかん、不謹慎だぞ。ヴォルケン達が命を欠けて戦っているっていうのに、なにを笑ってんだ俺たちは。いやまぁ俺とか はやてとKISSしてたんだけどね。KISS。


「まったく、ああまったく……駄目だなぁ、僕たちは」

「俺も入れるんじゃねぇよ。駄目なのはお前だけだろ」

「君もボロボロじゃないか」

「俺のボロボロは頑張ったボロボロなんだよ」

「僕のすっからかんも頑張ったすっからかんさ」

「いいや、俺のボロボロのほうがお前のすっからかんより、ほら、なんていうか、強いね」

「まぁ、君の状態を見れば……、それには納得しておいてやる」

「んじゃおんぶしろ、おんぶ。歩くだけで色々と消耗してる気がする」

「無理だ」

「あ?」

「僕が歩けなくなる」

「かーッ! しょっぺぇなお前!」

「いいから行くぞ。もっと足を動かせ」

「動かしてるっつーの。めっちゃ動かしてるっつーの」


 ケラケラと笑いながらえっちらおっちら。一歩一歩。ゆっくりゆっくり。
 なんとなく、コイツが兄貴になってもいいのかもしんないって思った。俺はシステルさんのこともあるから弟にはなれないけど、フェイトの兄貴は、俺だけじゃなくってもいいのかもしんないね。
 




◇◆◇





 閃光が弾ける。渾身の力で振るったレヴァンティンも、それを貫くことは出来なかった。
 魔力と物理、複合四層式のバリア。それはあまりにも強固。ヴィータと協力し、一層めと二層めの突破を確認したところで、はやてが広域魔法をぶち込んだ。三層、四層を侵し、崩し、いざ攻撃というところで、その攻撃にまわる人間が居ないのだ。
 ちっ。
 舌打ちを付いたその瞬間には、複合障壁はもう復活している。
 シグナムは地面から生える触手を斬り付け、はやての元へと空を駆けた。
 もっと強力な魔法が欲しい。闇の書に還っているときに見た、あの恒星の輝きのような魔法が。


「主」

「なん、やぁ?」


 声をかけると、はやては肩で息をしていた。
 それはそうだ。いま目が覚めたばかりの魔導師。こんな戦闘に耐え切れるような身体ではない。
 しかし、


「アレを、撃つことは出来ませんか」


 シグナムの言葉に、優しさは無かった。いや、どこかに存在はしているはずだが、それを見せなかった。
 シグナムは勝ちたいのだ。勝って、この戦闘を終わらせて、全員であの家に戻ると決めているのだ。そのための妥協など、存在するはずも無い。シグナムは厳しいのだ。自分にも、他人にも、主にも。


「あれ?」


 わからない、というように はやては首をかしげた。


「エクスターミネーションです」

「ああ、あれかぁ……ん~、どやろなぁ、たぶん無理なんやないかなぁ……」

「無理? なぜです。あれは……」

「ああいや、本家本元エクスターミネーションやったらいけるんやろけどな?」

「……資質ですか」


 そう、闇の書の主となった はやてには、資質が付いてくる。『広域攻撃』という資質が。
 これがもともとはやてにあるものなのか、それとも闇の書に付与されているのモノなのかはシグナムには理解できなかったが、今ここにある現実として、資質『広域攻撃』はある。
 そもそも、エクスターミネーションとはどのような魔法なのか。アレを魔法と言っていいのかどうかすら分からないが、とにかくアレは凶悪で、凶暴で、悪食で、目に付くものを全て食らうような、暴食の魔法なのだ。
 それが簡単に なのはの、いくらデバイスが改造されたとは言え、一発の砲撃(?)に敗れるようなものなのか。
 違う。それはここにいる誰もが理解していた。
 広域とは、広げることだ。エクスターミネーションで言えば、爆発という特性をもった魔法を広げる。聞けば強力にもなりそうだが、それは『密度』が違う。『重さ』が違う。『質』が違う。
 フォースフィールドで密度を逃がさないようにしたところで、それはディフェクトの放つソレとは違ったものになっているのだ。


「……ごめんなぁ」

「いえ、主が謝ることではありません。我々が障壁を上回る攻撃を与えれば良いだけのことです」


 言うものの、それが厳しいことはシグナム自身が一番よく分かっていた。
 単純に障壁を破るだけならできる。シグナムが一つ目を壊し、ヴィータが二つ目を壊し、はやてが大魔法で三つ目を壊し、四つ目を侵す。
 だが、次は? 四層目に決定打を与え、その闇の書の闇本体に、再生不可能なほどのダメージを与えるものは?
 そう、居ないのだ。誰もが本気の攻撃の後にワンテンポの息継ぎを要する。当たり前だ。大魔法を連射できる人間は、もう人間ではない。
 一手だ。ただの一手が欲しい。ソレさえあれば、もう一撃の準備ができる。障壁を再生させるまもなく、本体に直接的なダメージを与えられるというのに。
 シグナムは歯噛みし、レヴァンティンを握る手のひらにじっとりとした汗を感じた。
 化け物然とした防衛プログラムの、その頭部からせり出すように『生え』ている、マネキンのようなヒトガタ。それがおぉ、おぉ、と泣くように悲鳴を上げ続けている。かん高いそれはもの悲しく、思わず攻撃の手を緩めてしまいそうに。


「くそっ」


 いつもだったら中々言わない言葉。ただ、記憶が戻った今、いやにしっくりとくる。
 妙なところで人間らしさを獲得して、シグナムはなんともいえない気分になった。


「シグナム?」


 はやての、どんぐりのような瞳に見据えられ、何でもありませんと首を振る。


「……行きます。主はここから狙ってください。奴の攻撃範囲には入らないように」

「うん」


 願うのは、相手にスタミナがあること。息切れをおこしてくれれば儲けものだな、などと思ってもないことを口にして、シグナムは再度空を駆けた。





 ジリ貧とはこういう事を言うのだろう。


「んだりゃぁあああッ!!」


 ごちん!
 鎚を打ち付け、同時に硝子が砕けたような音。バリアを貫くのは、そう難しくは無い。
 問題は、その再生速度である。本体は一切の傷が付いていないくせに、防衛プログラムはバリアをも再生対象にしているのだ。破れど破れどすぐさま直って、崩せど崩せど終わりは見えない。
 ヴィータは荒く息をつきながらカートリッジを入れ替えた。相手の魔力に、減衰は一切見られない。時間をかければかけるほど市街地に被害を及ぼし、先ほど三つ目のビルが倒壊した。


「シグナムッ!」

「なんだ!」


 聞こえる返事に、少なくない焦りが混じっていた。


「どうにかなんねーのかよ!」

「出来ればしているさ!」


 その通りだ。出来ればやっている。


「ここまで来て、こんな終わり方やだ!」


 シグナムが一瞬だけきょとんとした表情になり、次の瞬間には凶暴に笑った。
 今までのシグナムを知っているから違和感は拭えないが、しかし似合っている。違和感はあるのに、似合っているのだ。


「同感だな!」


 ヴィータとシグナム。同時に薬莢が弾けた。 


「───翔けよ隼ッ!!」


 鞘を剣の柄にくっ付けて、それは弓になる。放たれたのは、矢。
 まるで不死鳥が羽ばたくように、それは己を炎で焦がしながら進む。遠くから狙うこの技は、あまり好きではないと零していたシグナムだが、好きも嫌いも言っていられない状況だ。
 ヴィータはその矢に負けない速度で防衛プログラムへと駆けた。ぶしゅ! ぶしゅ! 噴出孔が咳き込んで、推進力を生み出す。鎚の先端には鋭いスパイクがせり出し、その姿をただの凶器へと変えた。


「ブチ貫けぇええ!!!」


 シグナムが放った衝撃が障壁の一つを壊す。
 ヴィータの追撃で二つ目。
 遠く、はやての魔法が降り注ぎ三つ目、四つ───、あと、一歩なのに───。


「───ぐるぅ、ぅおぉぉおおおおぉぉぉぉおおおおおぉぉおおんッ!!!」


 咆哮が響いた。
 今まで守護獣の名の通り、仲間を守るための戦いを演じてきた獣が、ついに牙をむいた。
 よくやったザフィーラ。後で頭を撫でてやる。ヴィータはご主人様らしく、よし! と怒鳴った。
 地面から魔力刃が生えてくる。生えるというよりも、それは突き出してくるのだ。もはや街の破壊がどうだのと、そんなことを言っている暇さえなかった。
 ザフィーラの魔力刃が、四層目の障壁に届く。きし、と黒板を引っかいたような音が小さく鳴り───、弾けた。


「───決めるッ!」


 シグナムが駆けて、


「アタシが!」


 ヴィータが飛んだ。
 本体への攻撃。このタイミングを逃してしまうと、次がいつなのか分からない。次など無いのかもしれない。
 複合障壁の再生の前に、攻撃。大技は要らない。ギガントシュラークなどは、さすがに時間がかかり過ぎる。その間に障壁再生されるのがオチだ。
 ヴィータはシグナムと並びながら、ただただ突っ込んだ。鎚を肩口に構え、ふっ、と短く息を吐き出した。


「ブッ潰せぇええええ!!」

「燃えろぉおお!!」


 ついに、攻撃が届───、





◇◆◇




 
 ───かない! 残念残念! まぁそんなときもあるよ。あんまり気を落とすんじゃない。
 うん。届かなかったけど、すごいよ。ホントはコレってなのはとフェイトとクロノが居て、やっと倒せるような敵だしね。ていうか何このビオランテ。ほんのり懐かしい香りじゃないか。口から放射能とかだす怪獣が助けに来てくれるんじゃなかろうか。
 ついついゴジラのテーマソングを口ずさんでいると、クロノが小さく呟いた。


「悔しいな」

「そう?」

「僕たちにもうちょっと力があれば倒せている」


 そういってクロノは防衛プログラムを見上げた。
 彼我距離百ってトコだろうか。あいつの図体がでかいからもっと近くにいるように感じるけど、割かし離れてるんだよね。飛び回るヴォルケン達が虫にしか見えない。


「アレが防衛プログラムか?」

「うん。あれ倒してちょろっとやったら終わりだ」

「……どうやって倒す」

「そりゃお前……、どうにかするしかねぇだろ」

「どうにもならないだろ」

「やる前からそういうこと言うなよ。やる気なくなんじゃねぇか」


 そこまで言うと、クロノは大きくため息をついた。
 はぁ~、って。はぁぁぁああ~、って。なんだコイツ。俺のこと馬鹿にしてんのか? ん? そうなのか?


「してる」

「心を読むな」

「顔に書いてある」

「マジかよ。水性?」

「油性だな」

「バターで落とすしかねぇな」

「妙な知識だけはあるな」


 一歩、防衛プログラムへと足を進めた。
 クロノが猫ちゃんみたいに俺の襟首を掴んでくる。
 もう一歩進めた。
 ぐい、と今度は引っ張られる。
 負けじともう一歩進めようとすると、もう俺の足は動かなかった。
 おやおや? 足が動かない? ん?


「おかしいな」

「おかしくない」

「いやおかしい。俺の根性がこの程度で尽きるはずが無い」

「まったくおかしくない。限界っていうのは、そういうものを超えるから限界って言うんだ」


 ……。そっか。俺、限界か。


「じゃあ……仕方ねぇか」

「さぁ、どうする。僕が行くか?」

「役にたたねぇよ」

「君よりもマシだろう」

「“マシ”じゃ役に立たないって言ってんの」


 クロノに焦ったような様子は無い。それもそうかと頷き納得した。
 落ち着いてるな、コイツ。どうにかする算段があるんだろうか? 俺はもう勘を信じるくらいしかないってのに、コイツは秘策でも持ってるっていうのか?
 そもそも計画つぶれたのコイツのせいなんだよね。クロノが馬鹿みたいに戦闘挑んでこなかったらもうちょっと楽に進めたに違いない。ちくしょうが。馬鹿が。でもやけに漢だったから許す。


「……君は、何か策はあるのか?」

「勘ならあるけど?」

「勘か」

「ああ、勘だ」


 俺の後ろ。遠く遠く後方にその勘はある。
 左と思って右に来たんだから、それは俺の後ろにあるってことで───、


「───ッ、ああ、ははっ! なるほどな!」

「すげえだろ?」

「化け物じみてるよ、その勘」

「テレパシーみたいなもんさ。双子テレパシー」


 瞬間。


「───ザンッバァァァァアアアアアアアアアア!!!」


 すっぽんぽんの雷神様が真上を通り過ぎていった。





◇◆◇





 目を覚まし、一番初めに見たのはアルフの優しい笑顔だった。
 おはよう、と言われて、おはようと返す。頭に乗せられた手の温もりが心地よくて、もう一度意識が沈みそうになり、そこで目の前に差し出された宝石。三角の台座に載せられた、バルディッシュ。
 フェイトはそれにもおはようと声をかけた。バルディッシュは返事を返すことは無く、一度だけきらりと輝いた。

 また、最後まで役には立たなかったな、と小さくため息。
 前回の事件でも、最後は兄が決めた。こんな風に気を失うのはこれで何度目だろうか。兄にばかり重石を載せて、自分でもそれを背負いたいのに、フェイトはいつも気絶ばかり。
 自分で自分を殴りつけたいような気分になる。兄の敵討ちさえ失敗して、それでベッドの上でおねんねだ。


「駄目だね、私」

「ううん、そんなことないよ」


 アルフは笑顔を崩すことなく言ったが、それはどうだろうか。心の底では、どう思っているのだろうか。駄目なご主人様だと呆れているのかもしれない。
 不意に涙が溢れそうになった。まずいと思って顔を伏せたが、それは簡単に零れ落ちてくる。駄目だ。格好悪い。こんなところ、見られたくないのに。


「わた、わたし、ホントだめだ……、みんなの役に、ちっともたってないっ……!」

「そんなことないさ。フェイトは頑張ってるよ」

「でもっ、でも、わたしも……」


 そう。フェイトは役にも立ちたいが、それよりも───、


「兄さんの、隣に立ちたいよぉ……」


 兄はいつでも先に行く。こちらを伺うように振り向くが、それでも足は止めない。どんどん進むのだ。
 いつもどこかぽやっとしているフェイトは、それに必死に追いすがり、繋がりを絶たせまいと手を伸ばすが、それでも先に行っているのだ。早く来いと招いてくれるが、一緒には居てくれないのだ。
 逮捕されて、兄との時間はどれだけあったろうか。兄姉なのに、一月も立たずに消えてしまう。裁判が終わり保護観察になって、ようやく会えると思ったら今度は兄が入院してしまう。敵を倒せば頭を撫でてくれるだろうかと期待して、そしてフェイトが意識を失ってしまう。
 思えば、フェイトは兄と『一緒』に戦ったことがない。ディフェクトの戦闘を目の前で見たことは、全然ないのだ。
 隣にいるのは、いつだってユーノや、フェイトの知らない人達。
 焦りのようなものが心を支配した。
 役に立っていない。兄はいつか、フェイトを置いてどこかに行ってしまうのではないだろうかという危惧。


「こんなの、やだぁ……!」


 鼻水をたらしながらフェイトは呟いた。
 頭を撫でるアルフの手は、それでも止まることはなくて、フェイトはぽろぽろと涙を流した。
 くすり、とアルフが笑ったのが聞こえた。やっぱり馬鹿にされているのかと───、


「だったら行こうよ、フェイト」


 少しだけ、意味が分からなかった。


「……いく、の?」

「ああ、ディフェクトをさ、助けてやらなきゃ」

「たすける、の?」


 フェイトは、終わっているものと思っていたのだ。気を失っている間に、全てが。だって、前回はそうだった。
 とくん、と心臓が高鳴った。
 どくん、と力強い鼓動を打った。


「たすけ、られるの? 私が、兄さんを助けるの?」

「そう。フェイトがディフェクトを助けるんだよ。アイツさ、いま困ってるみたい。フェイトが行ってやれば、すごく喜ぶよ」


 その言葉は、本物の魔法のようにフェイトの背中を押した。





 そして、地球。海鳴。市街地。
 医療局員やリンディの反対を振り切って、兄の居るここへ。
 結界内には直接転送が出来ず、結界外。化け物との距離は……、どの程度だろうか。正確には分からないが、とにかく遠い。
 そして何よりも分からないのが、状況。降り立ったビルの上から戦闘を見ても、状況がつかめることは無かった。ヴォルケンリッターはなんで化け物と戦っているんだろう。なぜ兄は徒歩でそこに向かっているのだろう。
 考えて、考えて、


「アルフ、兄さんの敵は?」

「化け物」

「了解」


 それだけで十分だった。ヴィータに対して思うところがないとは言わないが、それ以上に、兄の敵を倒すという使命感。それがフェイトに力を与えていた。
 この短期間に身体が治るはずもなく、未だにあちこちが痛むが、それすらもフェイトにとっては何でもないように思えた。 
 フェイトはスタンバイ状態のデバイスを握り締め、


「バルディッシュ……」


 新しい力。


「バルディッシュ、フェイト」


 改造したのは、一度だけ会ったセブン・システル。
 感謝するのと同時に、何も自分の名前をつけなくてもいいじゃないかと、ほんの少しだけ恥ずかしくなった。
 バルディッシュFAtE。それがフェイトの新しい力。
 フェイトが求めたものは速度だった。ただただスピードが欲しかった。兄に追いつくためのスピードが。バルディッシュはそれを分かっていて、システルが手を出す前に速度をよこせと言ったらしい。
 なんて、なんて良いデバイスだろうか。それは感涙ものだった。母とリニスが作ってくれて、兄の母(?)が手を加えてくれる。
 それは、これ以上ないほどにフェイトの手に馴染んだ。 
 小さく息をつき、セットアップ。
 光に包まれてソニックフォームを展開した。いつものように外套をまとっておらず、もともと薄い装甲をさらに薄くした。速度。ただそれだけを求めて。


「行こう、バルディッシュ。ストライク・ザンバーフォーム」


 アサルトフォームのバルディッシュが、三発のカートリッジを打ち込んだ。ギシリと一度だけゆがみ、その姿を変えていく。
 それは、通常のザンバーフォームとは比べ物にならないほどに異質だった。もはや『剣』ではないのだ。正眼に構えるそれは、『槍』。くしくも、なのはの新しい力と同じような、攻撃的なフォルム。
 もともと伸びるはずだった魔力刃は五十センチほどに留まり、その代わりにデバイスコアの両サイドから、十字槍のようにフィンブレードが伸びた。
 がちゃん! もう一発カートリッジロード。噴出孔から魔力の推進力が生まれる。
 そう、噴出孔が付いているのだ。無理やりに取り付けたように無骨で不恰好。だが、速度を求めるフェイトにとっての、一番の味方。
 アイドリングするようにバルディッシュが震えて、フェイトはビルの端から一歩足を踏み出した。


「行ってくるね、アルフ」

「行ってらっしゃい、フェイト」


 とたんに始まる自由落下。びゅうびゅうと風の音だけが聞こえて、


「いっ───っけぇぇえええ!!」


 空間が弾けた。空気の圧力だけでビルの窓を粉々にしながら、フェイトの加速は始まった。 
 身体がばらばらになってしまうようなGを感じたが、だが、この程度でフェイトの想いが消えるはずがない。ぼろぼろの身体に活を入れ、決してバルディッシュから手を離さないようにと力を込めた。
 目標は、化け物。ただその一点。
 視線の先で、ヴォルケンリッターたちが攻撃を仕掛けていた。何度も何度も、失敗してももう一度、それがだめでもあと一回。それが無理でも諦めず。
 一撃の重さは足りている。ただ、回数が足りていないのだ。フェイトがその一回になれば、勝てる。
 もっと速く、もっと速く。ゆっくり歩いている兄は、確実に化け物へと接近している。あの様子だと、どうせまたひどい怪我をしているに違いない。だから速く。もっと速く、兄のもとへ───、


「ジャケットパージ! 真ッソニックフォーム!!」


 バリアジャケットが弾けて、その下から出てきたのは、もはや水着。ビキニタイプと呼ばれるそれ。
 ぐん、とさらに速度は上がり、防御を捨てた代わりとばかりに、高機動加速補助魔法ソニックセイルが展開された。短い羽のようなそれはフェイトの手首から、足首から、そして背中から。背中から三本ずつ伸びるそれは、何をイメージして固定したかなど分かりきったことだった。
 バヂヂヂッ!
 電気変換資質と空気干渉で、ソニックセイルから異音が上がった。気にしていられるもんかと、バルディッシュに魔力を送り込む。噴出孔から雷が迸り身を焦がすが、それだって関係ない。
 フェイトは弾丸なのだ。撃ち出されて、当たるまで止まらない弾丸。当っても止まらない弾丸。鋭く尖って、素早く切り裂き、その名の通り運命を切り開く。


「ッんんんぁぁあああああああ!!」


 早く。速く。疾く。
 すでに景色を、風景をそれだと認識できることが出来ない。風よりも速く飛んでいくそれは意識にとどめておくことが出来ない。
 耳に聞こえるのはソニックセイルがあげる異音と噴出孔から弾ける雷だけ。鼻で感じるのはイオン化された酸素の焦げたような臭い。肌で感じるのは殴られたほうがマシだと感じる、暴力的な空気抵抗。舌で感じるのは裂けた口の中から滲み出る鉄の味。
 だけれど、その目が捉えるものは、どこまでも兄で、その兄が見ているものは、自分ではなくて、化け物。……化け物!  
 かぁ、と頭に熱が上っていった。フェイトはいつからか、まともな思考を出来ない状態に居る。しかし、いま兄が見ているのもはフェイトではなく化け物なのだ。
 許せない。ああ、まったく許せない。なぜこっちを見てくれないの? どうしてかまってくれないの? 化け物なんか放っておいて、私を見てよ。兄さん、兄さん。
 頭の隅のほうにある、最終段階。それはまるで、雷の速さで───、


「───ッ絶! エクレールドライヴ!!」


 いま、たったいまイメージが固まった。
 要らない。不要。なぜ人間は服なんかを着るのか。それは邪魔なものではないだろうか? 動くたびに肌に触れるそれ。風を受けるたびになびくそれ。それは抵抗じゃないか。空間という海を進むのに必要なものは、バリアジャケットではなく、それを切り裂く刃だ。
 バリアジャケットが弾けた。もともと隠さねばならないところをギリギリでしか守っていなかったそれは、弾けてしまったのだ。
 『フォーム』ではない。何もない今、『フォーム』は似つかわしくない。これはドライヴ。だから裸。フェイトがたどり着いた、速度の境地。
 ソニックセイルがもう二枚腰から生えてきた。なのはとは対照的に、守りを切り捨てたフェイトは、ただ単純に速度を取った。

 F1と戦闘機。どっちが速いかといわれれば、色々と話し合いをした結果として、おそらく戦闘機が勝つだろう。いやいや地面ではF1車両のほうが速いじゃないか、とか。
 そういう話をしていたとして、その目の前を、目にも止まらぬ速さで何かが突き抜けていった。 
 どうするだろうか。そもそも目にも止まらない速さなので、それはおそらくそのまま話が続いてしまうに違いないのだ。

 フェイトの速度は、そういう領域にあった。誰にも気づかれることなく終わってしまうような、『速度』という言葉に収めるのすら躊躇してしまうような。
 こんっ、と何かを突き貫けてみれば、そこはあまりに優しい世界だった。世界の全てが遅く感じて、しかし自分だけはいつもどおりに動けて。
 遅い。何をしている。どこまでも遅い。
 これがフェイトのとっておき。


「ストライクぅ───」


 目にも止まらぬ速さ。目にも映らぬ速さ。誰もフェイトを目で捉えることは出来ない。速度に対する自信。ほんのちょっぴりの、優越感。
 なのに、たった今その頭上を通り過ぎた兄と、目が合った。優しく笑顔を作る兄を見て心臓が高鳴り、頬が熱くなった。
 なんだか、いつもとは違う気がした。好きだったのに、これ以上はないと思っていた好きだったのに、もっと、もっと、たくさん、これまでよりもずっと好きになった。そんな気がした。
 つりあがる口角。フェイトは満面の笑みで、
 

「───ザンッバァァァァアアアアアアアアアア!!!」


 物理と魔法の複合障壁へと接触した。
 ぱきん ぽきん ぱきん ぽきん。四層? なにそれ美味しいの?
 攻撃の一回になるなど、そんなことがありえる筈がなかった。『速度』という物理的な力で、ザンバーという『魔力』で出来た刃を刺し込む。フェイトがやったことといえばたったのこれだけ。
 だが、これが何よりも闇の書殺しの基本だったのだ。


「ブリッツッ、ストレイトォォォオオオオオオ!!!」


 突き抜けた。本体を二つに切り裂いて、フェイトはそのまま突き抜ける。また何かに激突して終わりかと思われたが、しかしソニックセイルが起動補助の為に横へと広がり、フェイトは空気抵抗と魔力抵抗で真上へとすっ飛んでいった。
 全てが一瞬の出来事だった。
 フェイト以外には、何かが飛来して来て、何かが飛翔して行ったとしか思えなかったのではなかろうか。音が後からついてきて、上空へと伸びる金色の魔力光。最後の最後で、上空に雷が走った。

 ああ、今度こそ、役に立てたのだ。
 フェイトは空へと昇りながらそう思った。何も自分から昇っているわけではなく、速度が殺しきずに、勝手にこうなっているのだ。そのうち落下を始めるだろう。


「……ふふっ」


 とてもあほの子とは思えない、あまりに美しい笑みだった。







[4602] nanoAs27-自慢の拳
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/10/12 14:33
27/自慢の拳





 防衛プログラムの上体がずれた。ずるり、と。
 真横に走る一線。それがフェイトの一閃。闇の書の闇は、ちょうど真ん中の辺りから、二つになった。


「グロっ」


 こんな感想しか出てこない俺を許しておくれ。だってホントにグロいんだもん。
 あまりに綺麗な断面は、そのままくっついても何の問題もなく活動できそうなほど。紫色の体液(?)が出ていなかったら、斬れている事すらも気がつかないかもしれない。
 徐々に徐々にずれて、もがくたびに、いよいよ持って、真っ二つ。
 ずしん! と轟音を立てながら上体のほうが下に落ちてしまった。変わらず動いている触手は、なんとなくバラバラにされても動く昆虫の節を思い出させた。

 
「……うぅし、キメるぜぇ」


 無限に再生する防衛プログラム。この期を逃したら、本当に次はないだろう。主に俺の体力的な意味で。
 上を見上げると、ヴィータが呆然とした様子で断面を見つめていた。奇妙に蠢き、再生の予兆がある断面を。


「アレって……、なぁおい、これ、どういうことだよ……」
 

 まぁ、焦るのも分かる。焦るっていうか、信じられないのも分かる。
 俺はまぁなんとなく気づいてたけど、……いや、たぶんヴィータも分かってる。アレがなんなのかって事くらい。ただそれを信じたくないだけで。
 ひぃこらへぇこら闇の書の闇へと足を進めた。クロノに肩を借りながら。
 気持ち悪く動く触手達。目標が定まらないのか、それはただ動くだけだった。地面を這い回り、思い出したようにびくりと跳ね上がる。もう、脅威はないように思えた。


「なんで……、なんでっ!」


 上空から聞こえる声。泣きが入っていた。


「なんで、アタシが……、そこに居んだよぉ……っ」


 闇の書の闇。防衛プログラム。俺はその正面に立った。
 滑らかに奔る断面。どこまでも黒に近い紫で、濁って、近づくのですら戸惑ってしまうようなそれ。
 その中心に少女が居た。いや、居たというよりも今発生したって言ったほうが正しいのかもしれない。どろりと濁ったその中に、一センチ先も見通せないほどに紫に濁っているっていうのに、その中に居る『それ』は、認識することが出来た。
 ヴィータによく似た女の子。悲しげに眉をゆがめて、血色の涙を流しながらただただ立ち尽くす少女。
 これこそが、核。闇の書の闇の、本当の闇。

 闇の書が決定的におかしくなった場所はどこだと言われれば、一番最初に『人間』を取り込むという荒業を試した場所。どんなところかは分からないけど、その時傍に居た人間はヴィータだ。夜天の魔道書から、その存在を闇の書に変えたとき、そこに居たのはどこまでもヴィータだ。
 管制プログラムと防衛プログラム。その存在が決定的に道を違えたとき、当然ながら防衛プログラムにだって『存在する』という意思が生まれた。
 その意思は『暴走』という形でしか発現されない。化け物然とした防衛プログラムのあの泣き声は、きっとこのヴィータのもの。
 
 
「……行って来い」

「おう」


 クロノに背中を押されて化け物の残骸をよじ登った。
 ぬるぬるとした紫色の体液(?)のようなものは、触るだけで気分が悪くなるようなものだった。
 実際に、マジで気分が悪くなるのである。触れた瞬間に頭を殴られたような衝撃と共に入り込んでくる『願い』。いままでの主たちが願ったそれ。闇の書が叶え続けて、叶え続けて、しかし最後に誰もが願う、『死にたくない』という願いの塊。これこそが『暴走』で、死にたくないという願いは『無限転生』という形に成り代わった。
 鳥肌どころじゃない。毛すら逆立ってしまうほどにおぞましい。手を伸ばし、足を進め、その度に触れるそれは、とてもじゃないけど……気持ち悪い。


「───っ、うぐ、ぅぇっ!」


 内臓が蠕動して、中身を押し出してくる。別に我慢する意味も無かったからそのまんまゲロゲロ。
 酸っぱい口の中をつばと一緒に吐き出して、それでも先へ。いちいち入り込んでくる願い。
 ……知るかボケが。もう死んでんだよお前ら。素直に死んでろよ。気持ち悪ぃんだよ。こんなアホみたいな精神攻撃仕掛けてきやがって。不幸だった? 幸せになりたかった? 誰かを助けたかった? はいはいはいはい。そういうのマジ要らないから。俺全然関係ないから。それを俺に聞かせてどうしようって?


『なんで?』


 そんな声、のような、意思、のような、念話、ともいえるような、そんなものが入ってきた。
 無視して進む。


『どうして?』


 無視して進む。
 聞く価値のない声だと、そう割り切って。


『なぜ私たちは幸せになれなかったの?』

 
 紫色の願い達は、そう問いかけてきた。


「……知るかよクソが。ンなもん俺に聞くな」

『───』

「はっ、怒ったかよ。……言ってやろうか? テメェらな、運がなかったんだよ」


 ただそれだけのことだ。その時代に、この俺様が居なかった不幸。それを嘆け。俺は進むね。後ろを気にしながらでも、その先に。
 あと少しで、紫に犯されたヴィータへと届く。
 そんな時、急速に再生を始めている残骸がぶるぶると震えた。びちゃ、びちゃ、と体液達は暴れまわり、それが俺へと跳ねてくる。
 そこに込められている意思は、遺志は、とても明快。ただ単純に、死ね、と。

 死ね。死んでしまった私たちが浮かばれない。お前も死ね。なぜお前だけに幸せを獲得する権利がある。死ね。
 言ってしまえば、液体が一滴肌に触れているだけ。ただそれだけなのに、いままで食らったどんな攻撃よりも重たかった。水の一滴は、どこまでも死を運んできた。
 じわりと目がかすんできて、自分の体が自分のものでないような感覚。左手が勝手に動いて、俺はなぜだか自分の首を絞め始めた。
 ぼんやりとした頭の中に入り込んでくる『死ね』。ぎりぎりと力を込める左手。そして、動かしているつもりもないのに、それに対抗するように首から左手を外そうとする右手。


「……、……ぁ、あ?」


 声が聞こえる。死ねって。
 でも、それ以外も、たくさん聞こえる。
 ディフェっちゃんって。頑張れって。ディフェクトって。負けるなって。プロダクトって。生きろって。助けてあげてって。救えって。死ぬなって。兄さんって。
 どいつもコイツもがすっからかんのずたボロで、しかしどいつもこいつも背中を押してくれる。


「───死ぬ、かよぉ……!」


 一歩、足を進めた。
 防衛プログラムの前まで来ると、ソレは悲しげに首を振るばかりだった。
 苦しい。息が詰まる。早くしろよ。さっさと来いよ。原作にはねぇ展開だぜ。誰も彼もがハッピーエンドだぜ。これ以上ないほどの原作レイプだぜ。
 しかし紫のヴィータは首を振る。


「来い、よッ!」


 首を振る。


「来いよッ!」


 首を振る。


「うる、せぇんだよッ! 俺が、珍しく、関係ねぇ奴ッ、助けてやろうとしてん、だぞ!」


 無理だと、ソレは言った。初めて聞いた声だった。ヴィータのそれとそっくりというよりも、まったく同じものだった。
 ただ、本物と違って乱暴な話し方ではなく、静かに落ち着きがあって、それでいてどこまでも悲しげだった。
 たとえ自分以外の全てを消してしまったところで、コアの私が居る限り、この闇は再生する。それは管制プログラムにもいえたことで、私たちを消さねば、この闇は終わらない、とかなんとか。
 はあ? 原作見てた俺がその程度の対策も考えずにここまで来てると思ってんのかテメェ。
 俺はなぁ、俺のデバイスはなぁ───、


「げほッ、ごいつさぁ、シェルブリットって、いうんだけどさぁ……」


 ジュエルシードのせいで、


「く、はははっ、ブラックボックスに、繋がるシステム、がさぁ……、ユルユルの、ガバガバなんだとよぉ……」


 ほら、言ってたじゃん。正確にはnanoAs03-ザ・パーソン・フー・アクセラレイツで言ってたじゃん。全然気持ちよくないって。
 ブラックボックスに繋がるシステムっていうと、要するにジュドーが居たあそこである。あそこにはプレシアが何度も何度も何度も何度も『アリシア』を転写しまくって、その人格が大量発生したという実績を持つポイントである。
 人格ってのは、それだけでどの程度の容量がある? 正確には測れないけど、それだけで膨大な容量になるのは目に見えている。だから普通のデバイスにある人格は、もちろん一つ。
 だけどこの変態デバイスシェルブリット・アリシアといえば、人格変更という謎の機構や、その変更する人格をとどめておくだけの、果てしない容量を持っている。だからこいつと覚えてしりとりをすると絶対負ける。なぜならこいつは忘れない。今まであったこと全てを覚えているから。
 そのシェルブリットに、闇の書の半分である防衛プログラム程度が、食えないはずが無い。


「お前、ら……たしかに、運が無かったぜ……、なんたって、その時代、には俺が居なかった……」


 ただ、今は?
 死にたくないって、幸せになりたいって、どこまでも思い続けてきたこいつらの願いは?
 そこまで考えると、首を絞めていた左手から力が抜けた。右手が左手をめっ! と一発はたき、


「全部、食ってやる」


 行くぞ、シェル。これで最後だ。


「俺とぉ……」

『───わ、たし、───の』


 堅く拳を固めた。
 紫のヴィータは何もアクションをおこさず、ただ涙を流すばかりだった。死ね死ね言ってた願いたちも、いつしかしんと静まって、自分の鼓動ばかりが耳につく。
 はっ、と思わず笑いが出てきた。手のひら返したように黙り込んだ願いたちが、あまりに純粋に思えた。
 ああ、誰だってそうだ。死にたくなんか無い。実に正しい。幸せになったって、幸せになったからこそ、死にたくなんか、ねぇよな。
 だからここで終わらせるんだよ。
 俺とシェルの、


「自慢のぉ」


 そして、


「こぶしでえええええええええええええええええ!!!」


 全てを取り込んだ。





◇◆◇





 ああ~、終わった終わった。やっと終わった。マジエース長かった。ほんと何度諦めかけたかわからん。
 いつの間にか落ちていた意識。夢見心地でそんなことを考えた。
 こんなこと考えられるって事は、俺は死んでいないって事で、要するに、ウルトラハッピーエンド達成ってことではござらんか?
 ゆっくりと目を開くと、天井は遠かった。


「……は?」


 きらびやかに輝くそこ。なんかどっかで見たこと───、


「あ、起きた?」

「お、おお、フェイ、ト……?」


 じゃない。俺の妹はこんなに幼くない。そしてこんな邪悪な笑みを浮かべない。
 ……ご対面か。まさかのご対面か。始めましてこんにちは。ディフェクト・プロダクトです。混乱です。
 えと、え? シェル、だよね? シェルブリットさんですよね?


「あれか、ここお前の中か」

「うん、そうだよ」

「お前の口調に違和感しか感じねぇ」

「いいじゃない、せっかくこっちに来たんだから。こんなお姉ちゃん見るの初めてでしょ?」

「……おう」

「アリシアってよんで」

「アリシア」

「……えへへ」


 そういってアリシアは少しだけ顔を俯け、前髪を気にするように手で撫で付けた。
 そうか、こいつがちんぽとかおちんぽとか○○○とか言ってたのか……すげぇ嫌だな。


「んで、アイツは?」

「居るよ」


 アリシアが指差したほうを見ると、防衛プログラムは所在無さ気にもじもじと身をよじっていた。
 ヴィータと瓜二つ。違いは毛色が紫なだけ。
 ちょいちょいと手招きすると一瞬身を硬くし、諦めたようにゆっくりと歩み寄ってくる。……なんだか今までに無いキャラだな。可愛いじゃないか。
 目の前まで来ると、ぺたりと腰を下ろした。視線がうろうろとあっちへ行ったりこっちへ行ったり定まらない。なんかしたか、俺?


「よぉ」

「よ、よぉ」

「俺ディフェクトって言うんだけど、分かる?」

「わかります。本の中から見てました」


 ああ、その辺はリィンフォースと一緒なのね。


「まぁ、ちっとばっかしここで我慢しててくれよ。媒体作って、お前はそっちに移すから」


 この辺はユーノとシステルさん頼りだからな。
 結局のところ、暴走の原因はあのドロドロした願いの泥で、こいつ自体はヴィータを食ったときに発生したバグだ。こいつを外に出したところで問題は無い。
 問題は一緒に取り込んだ願いたち。アレを抱えて生きていくのかと思うと実に憂鬱になるね。ヒィハァー。


「か、管制プログラムは大丈夫でしょうか? 私を再生してしまうんじゃ……」

「再生? お前はここに居んだろ。すでにあるものをどうやって『再生』すんだよ」

「え、と……」


 そういうことである。リィンフォースは防衛プログラムが再生してしまうから自ら消えた。
 しかし、今回その切り離すべき防衛プログラムはここにあるのだ。
 ちょっとした抜け道みたいなもんである。在るはずなのに、無い。無いはずなのに、在る。リィンフォースも今頃混乱して居るだろう。再生するはずなのに、それはすでにそこに在るって事になってるから。
 ま、これにて一件落着。


「あ、あの……」

「ん?」

「あの、私……」

「んだよ」


 紫色のヴィータは、ゆっくりと笑顔を作った。


「ありがとう、ございました……。ほんとうに、ほんとうに……」

「おう」


 べ、別にあんたの為にやったんじゃないんだからねっ!
 適当にツンデレてみて、はてさて、俺はいつまでここに居るんだろうか。
 さっさと表に出てみんなと喜びを分かち合いたいんだが……ていうか表の俺は誰も入ってないんだろう? 一体全体どんな状況なの? 死んじゃったりとかしないよね?


「アリシア、俺の身体は大丈夫なのか?」

「白目むいて泡吹いてたよ」

「カニか」

「本物の肉の塊ね」


 アリシアがケケと笑いながらそんなことを言った。相変わらずなにやら邪悪なものを感じさせる笑いだが……まぁ、ここもそんなに悪くないかもしれない。
 だって、シェルの笑顔が見れるのなんて、ここだけっしょ。
 ゆっくり行こうぜ。ストライカーズまで十年もあんだから。ゆっくりゆっくり。じっくりじっくり。
 昼寝したって、先に進むべき足をちょっとくらい止めたって、それでもいい。
 だって、これってハッピーエンドだろ?




[4602] nanoAs00-ちくびロケッツ※15筋
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/05/17 01:30


00/ちくびロケッツ





 その日、俺は八神家へとお呼ばれされた。
 こうやってはやての家に行くのは何度目だろう。局員生活を始めて、毎週のように通ってる。
 そう、俺は結局、局員になった。グレアム爺さんのせいで、あと二ヶ月もすれば一等陸士への昇進試験と、魔導師ランクの昇格試験を受ける羽目になってる。マジやってらんね。アイツら絶対俺のこと使い潰す気だよ。
 ため息をつきながらミッドの本部から本局へと転送を受けて、それからアースラへの転送を受けて、んでもってそれからやっとこさ地球へと到着である。


「あー、久しぶりの我が故郷」

『先週も・来ましたが』

「一週間ぶりの我が故郷」


 町並みを見渡しながらゆっくりと歩く。
 ふふ、毎日毎日仕事に追われて訓練に追われて心が荒んでしまった俺には実にリラクゼーション効果が高いぜ、地球。


『先日・仮病で・サボり・ましたが』

「けっ、仮病じゃねぇよ! お腹と頭と手足が完全に痛かったんだよ!」

『お腹と・頭と・手足という・時点で……』

「仮病じゃないもん! 全然仮病じゃないもん!」


 俺の仮病はいいとして、今日のご飯はなんだろうか。
 はやて飯はウマーだからな。このはやて飯を一週間に一回食うことで俺のやる気メーターが回復されてるからな。これがなかったら一週間と持たないからな。そうなると仮病しかないよな。
 見慣れた玄関。見慣れた呼び鈴。人差し指を立てて、ピンコロ~ん、と。ピンころピンころピンころピンこぴんこぴこぴこぴぴぴぴぴぴんころ~ん、と。


『……はい』


 聞こえる声はシグナムだった。


「俺俺、あ? 俺だよ俺!」

『プロダクトか』

「おう」

『上がってくれ』


 お邪魔しまーす、と玄関を開け、靴を脱ぎ散らかしながら上がりこんだ。
 まぁ第二の自宅のようなもんだから大丈夫だろう。はやてがこんなことで怒るはずがない。むしろ笑う。あほー、とか言いながら笑う。
 リビングへと繋がるドアを開けて、


「おい~っす……?」


 ぽつん、とシグナムが一人で新聞を読んでいた。


「ありゃ、皆は?」

「主はリハビリだ。シャマルとザフィーラがそれに付いて行っている。ヴィータとツヴァイはゲートボールの集会があるそうだ。リインは夕食の買出しに出た」

「それでニートなお前は新聞か」

「お前を待ってたんだ。誰も居なかったら困るだろう」

「ん~……、皆何時くらいに帰ってくんの?」

「主達は少し時間がかかるだろうな。ヴィータ達は分からん。リインは一時間もすれば帰って来るだろう」


 てことはだよ。


「い、一時間はお前と二人か……」

「なぜ一歩下がる」

「べべ別に下がってねぇよ」

「なぜ帰ろうとする」

「んなことねぇよぉほほほ?」


 廊下をムーンウォークで下がりながら、するとシグナムがソファから立ち上がった。
 じ、とその鋭い視線で俺を見つめながら、どこまでも無表情に言う。
 

「なぜ逃げる」

「───翔けよ隼ッ!」


 玄関に向かって俺は走り出した。この距離ならば、逃げ切れる!
 待て! 後ろから聞こえる声。待てといわれて待つ奴は居ない。そりゃただの馬鹿だ。
 玄関をぶち壊す勢いで開け放ち、すぐさま全力疾走。魔力的なものを使ってでも全力疾走。
 後方から感じる気配。ちらりと視線を送ればシグナムが、その長い足をガンガン動かしながら迫ってくるのだ。
 こ、怖いよ! このお姉ちゃん怖いよ!


「こっちくんな! 帰れ! 新聞読んでろ!」

「一人で寂しいじゃないか!」

「一時間すりゃリインが帰ってくんだろがッ!」

「一緒に待とう!」

「やだ! 待つだけに終わらないから絶対やだ!!」


 そして町内マラソンが始まった。
 いや、だってこいつさぁ───……。




 一ヶ月くらい前の話である。
 いつも通りにはやての家へと行くと、その日シグナムは実に不機嫌だった。
 はてさて、何かあったのかなぁ、なんて思ってたら、なんとソレは俺のせいだという。


「はぁ? 意味分からん。なんかしたか、俺?」

「何もしないからだ」

「うん?」

「……や、約束はいつになったら守ってくれるんだ」


 どんよりとした声だった。表情には出していないが、重く、少しだけ悲しげな。
 クエスチョンマーク全開で小首を傾げると、


「新聞! 今度は新聞丸めてしようって、お前は言ったじゃないか! なのに……なのにお前は! 来ても全然私の相手をしない!」


 だそうです。
 いや、そんなもん覚えてねぇよ。言われてやっと思い出したよ。きっとソレ本心じゃなかったんだよ。俺はけっこう嘘つきだからな。そんなことがポロポロと口から出ちゃうんだろうな。
 隣でヴィータがゲラゲラ笑いながらシグナムを指差してるからなんとなくいたたまれない気持ちになっちゃったよ。
 しかたねぇなぁ。
 そう。俺は“しかたねぇなぁ”と思ってしまったのである。思えばこれが良くなかった。
 たぶん選択肢として出てきてたはずである。

『しかたねぇなぁ』
『だが断る!』

 俺は……。

→『しかたねぇなぁ』
『だが断る!』

 こっちを選択してしまったのだ。ああ、ああ! なんて馬鹿!


「わぁったよ。ほら、庭でやろうぜ」


 言うと、シグナムは無表情ながらも瞳をきらきらさせ、その場に座り込んでせっせせっせと新聞を丸め始めた。
 ……この無駄に可愛い動作がカモフラージュだったんだ。これに俺はばっちりと騙されてたんだ。
 二人で庭に下りて、まぁ新聞なんだからレヴァンティンよりも百倍はマシだろう、と高をくくって。


「ふ……、チャンバラ王子といわれた腕前、とくと見せてやろう……!」

「なに? 私は生前チャンバラ女王と呼ばれていたことがある。こっちは王だ。私のほうが強いな」


 始め! はやての声が聞こえた。
 次の瞬間、目の前は真っ暗になっていた。
 悟ったね。過去の栄光に縋ったところで、王子では決して女王には勝てないことを。きっと俺を含めてそういないよ、新聞紙で気を失った奴は。





 ……まぁ、そんなこんな、他にも色々あって、こいつは何かと勝負したがるので逃げるのである。
 リビングに入って、まずシグナムが新聞を読んでるって時点で俺の防衛本能が叫んだね。逃げろ。


「待て!」 

「やだッ! 絶対やだ!」

「きょ、今日は何もしない!」

「嘘付け! 先々週もそう言いながら結局はプールでバトルだったじゃねぇか!」

「あ、アレはお前が『筑後川のランブルフィッシュと呼ばれた俺に、プールで勝負だと?』なんて言うから!」

「豆津橋から飛び降りた俺に怖いものはねぇ!!」


 もうシグナムのおかげで俺はだいぶ足が速くなったと思う。いかに体力を使わずに長距離を走れるか。ソレが身体に染み付いてきたよマジで。
 もう一度後ろを振り返ると、シグナムは息切れ一つおこさずに付いて来る。
 俺全力。シグナム八割くらい。まぁ大人と子供って言われればソレまでなんだけどね。


「待てっ、待ってくれ!」

「だからやだって───」


 全力で駆け回りながら。
 しかし、今回のシグナムは一味違った。


「───泣くぞ!」

「あ、あん?」

「わ、私を一人にしたら泣くぞ!!」


 もう一度、これで最後にしようと思いながら振り返ると、その鋭い眼光は本当にうるうると輝いていた。
 ち、ちくしょう……。なんでこいつこんなに可愛いんだっ。
 罠だろ? どうせ罠なんだろ? 絶対罠に決まってるのに! なのに、俺の足は速度を落としていく。ま、待つんだマイレッグ! その選択はどう考えても間違いにしかならな───。
 背後から両手をまわされて、いつかのようにぎう……っ、とシグナムが抱きついてくる。は、は、と熱い吐息が耳にかかってこそばゆい。
 さぁどうだ。このまんまバックドロップか? 来るのか? さあこい。……さぁ、……? ……えと……?


「え、なに? お前マジ泣いてんの?」

「わた、私は、友達に逃げられたくない……」


 わ、笑っちゃだめだ。笑っちゃだめだ! と、思うほどに笑いの沸点って低くなっていくんだよね。これホント謎の現象。


「みんな私から逃げていくんだ……。私はずっと一人だったんだ……」


 まぁ色々と過去に関係してることなんだろう。
 あんまり詳しくは聞いてないけど、魔法の発展もない中世くらいの時代だったんだろ? それでバリバリ炎操ってたらそりゃみんな逃げていくわな。


「く……っ、くふ、ふふふ……」

「……笑うな」

「笑うわっ」

「わ、笑うな! 一人は嫌いなんだ!」

「ぎゃっはっは!!」


 そして、ぐずぐずと鼻を啜るシグナムの手を引きながら八神邸へと。





 ええいちくしょう。ベトベトだ。汗もそうだけど、シグナムの鼻水でベトベトだ。やりやがったなあいつ。
 ううむ。勝手に風呂使っちゃっていいかな? 勝手知ったる人の家なんだけど、さすがにどうだろうか。


『すでに・服を・脱いでいる・人間の・考える・ことでは・ありませんね』

「ジャケットパージ!」


 全裸で風呂へ進むと、帰ってからトイレに引きこもっていたシグナムがようやく出てきた。


「なげぇウンコひりだしてきたか?」

「……馬鹿。少しは気を使え。恥ずかしくて死にそうだ」


 顔を赤くしながらそう言う。目元が赤いのが兎みたいで、こんなシグナムは俺が初めて見たんじゃないかと少しだけ優越感が。
 その泣きはらした目で見るのは、もちろんのこと全裸の俺である。
 シグナムは特に何か思った様子もなく、


「風呂か?」

「おう。お前の鼻水で髪の毛が固まっちまったぜ」

「……すまんな。私が洗ってやろう」


 俺、後日談はエロスで行くって、そう決めてたんだ……。
 ぽん、と俺の背中を押しシグナムは風呂場へ。
 俺のほうはあんまり自信ないけど、もしどうにかなりそうだったら間違いなくシグナムが俺をはっ倒すだろ。……ああ、自制心的な意味でね、自制心的な。
 
 脱衣所で、シグナムはさっさと服を脱いだ。
 生きてきた時代の違いなのか、それとも俺が子供だからなのか、羞恥心でがちがちに固まってるっていう事もなさそうで、手早く服を脱いでいく。
 ブラジャーを外すのに苦戦して、シグナムは俺に外せと言ってきた。
 ……大丈夫。大丈夫じゃないけど、まだ耐えられる。我慢我慢。シグナムはホントに安心して、友達として接してきてくれてるんだし、完全体な俺をさらすのは実にまずい。
 無意味に咳き込みながら手を伸ばし、ソレを外すと、ほろりと現れるOPPAI。
 シグナムは筋肉質だ。腹筋も割れてるし、太ももなんかも細いって訳じゃない。ただ、肉感的なだけ。着やせするからそうは見えないけど、わりとむちむちしてる。しゃぶりつきたいくらいむちっと。
 そのくせに……そのくせにこのOPPAI! なんだ! 筋肉と脂肪は両立しないんじゃなかったのか! 筋肉なのにおっぱいなのか!
 ……大丈夫じゃなかった。全然大丈夫じゃなかった。


「大丈夫か? 鼻血が出ているが……」

「ちょっとのぼせただけだ」

「……まだ風呂には入っていないぞ」

「湯気だ。湯気にやられたんだ」

「そうか」


 釈然としないような顔で、そしてシグナムはショーツに手をかけた。
 やばいな。いろんな意味でやばい。これは俺、先に入ってるべきだな。


「あ、あー、俺先に入ってっから……、……シグナム?」


 ぴたり、と。
 シグナムはまるでイップスに陥ったように下着に手をかけたまま動かなかった。若干前かがみになったその姿勢のまま。おっぱいがそのまんま落ちていくんじゃなかろうかと錯覚をさせるほどに、もうとにかくすごかった。


「プ、プロダクト」

「ん?」

「……お前は、その……、お前は人の身体的特徴を指して、笑うような人間じゃないな?」

「あ? そこまで性格歪んでねぇよ」

「そうか……、そうだな」


 ふ、とシグナムはやわらかく微笑み、ショーツをずり下ろした。脱いだ。全裸になった。
 ……。だからなんで、笑っちゃだめって思うと、笑いの沸点って低くなるんだろう……。


「……っ、んごっほ、んんっ、げほんっ……」

「さっきから咳をしているな。冷えてきているんじゃないか? さぁ、早く入ろう」

「ふくッ、く、んんほッ、……ふ、くふっ……うう、うう~……!」

「震えているぞ、大丈夫か?」


 だ、駄目だ。俺全然駄目だ!


「ぎゃはッ、ぱ、ぱいぱ、ぐふっ、ひぃ! お前パイパンかよ! ぎゃっはっは!」

「───ッわら、笑うなっ」

「ッ駄目だごめん! いや違うんだ! べ、別におかしい訳じゃないんだけど───ぐひっ、くくっ、ひゃっひゃっひゃ!!」

「うう、わらうなぁ……」


 また泣き出したシグナムの手を、俺はゲラゲラ笑いながら引き、浴室の椅子に座らせた。
 さっきまでフル勃起しそうだったのに、なんかそんな気分が消えていったぜ。ナイスパイパン。ナイスパイパン。
 蛇口をひねり、少しだけ熱めのシャワーをシグナムの頭からぶっ掛ける。「あついぞ!」聞こえない聞こえない。
 シャンプーを四プッシュし、いや、これじゃ足りないかも、もうワンプッシュ。わしゃわしゃとシグナムの頭を洗った。爪は絶対に立てないように気を使って、指腹で地肌をマッサージするように。
 ほぅ、とシグナムから気持ちよさそうな吐息が聞こえて、それでようやく泣き止んだかと一安心。


「……お前はひどい男だな」

「いやいや、めっちゃいい漢だろ」

「約束は忘れるし、笑う。駄目だな。お前は全然駄目だ」

「そら一緒に風呂入ろうって女に毛がなかったら笑うしかねぇだろが。むしろ痛い目をしなかった俺に感謝して欲しい」


 誰だって笑う。笑うよね?


「……やはりおかしいのか? 大人なのに毛がないのは、おかしいか?」

「剃ってんの?」

「そっ、そんなもったいな───、……そ、剃っては、ない……」

「天然か……」


 ぐず、とまた鼻を啜る音が聞こえた。
 すぐさま熱めのシャワーをぶっ掛ける。「あつっ、あつい!」聞こえない聞こえない。 


「まぁ、いいんじゃねぇの? 毛があろうがなかろうが……ぷふ、け、毛があろうがなかろうが……」

「笑ってるじゃないか!」

「毛といえばそうだっ!」

「なんだ!」

「お前髪の毛下ろすと変わるな!」

「なにがだ!」

「雰囲気変わる! 可愛く見える!」

「かッかわぁ───」


 その声はひっくり返っていた。
 椅子からずり落ちたシグナムはタイルの上に尻をついて、はぁ、とため息をついた。
 くるりと俺と対面に向き直り、胡坐をかく。……お前気にしてるんならもうちょっと隠せよと思った俺に死角はない。


「お前は以前もそう言ったことがあったな……」

「なんでお前いつも顔しかめてんの? もうちょっと表情作れよ。お前の笑った顔マジ可愛いから」

「可愛くなんて……。私は筋肉もついているし……」


 少しだけ恥ずかしそうに、シグナムは自分の腹を隠すように撫でた。いや、隠すところ間違ってるよね。胡坐かくべきじゃないよね、お前は。
 ていうか腹筋ある女って可愛くないの? 俺、筋肉女好きなんだけど……少佐とか大好物だよね。
 何が言いたいかっていうとストライカーズだよね。なんなのあのアルフ。目を疑ったよ、俺は。ぷにぷにさせてんじゃねぇよ。アルフはがちがちしてるから良かったんだよ。筋肉だよ。筋肉あるふだから良かったんだよ。なのに幼女……。あのときのがっかり感といったらなかったね。いや何、決して幼女が悪いんじゃないんだ。幼女も幼女でいいんだ。たださ……ただ、あのマッソォが消えたのが残念だっただけさ……。
 てことで、


「ちょっと触っていい?」

「なに?」

「腹筋、ちょっと触らせて」

「おっ、ちょ、わわっ!」


 シグナムのお腹に手を伸ばした。
 女らしくやわらかで、しかしほんの少しだけ先に進むと、どこまでも堅牢なマッソォ。これがシグナムの、女であそこまでの近接戦闘力を誇るこいつの力。『作った』筋肉じゃなくて、『出来た』筋肉だ。ナチュラルで無駄がない。柔らかいのだ。脂肪と変わらないくらい柔らかい。シグナムがはっ、はっ、と息をするたびに収縮し、それは俺の拳をものともしなかった堅い鎧になる。
 腹筋のくぼみを指で撫ぜて、肋骨を覆う広背筋からのびる薄いそれに手を伸ばした。このあたりは男と女の違いか、やっぱり脂肪が多い。
 少しだけ手を上に。大胸筋を。おっぱいじゃなくて、大胸筋を。下乳の隙間に指を滑り込ませ、力を入れた。やわらかいところを押し込むと、やっぱり、しっかりとした筋肉。バストアップ方で胸筋をつけるといいってよく聞くけど、それを実感できた瞬間だった。
 う、うらやましいぜ。シグナムでこれだったらザフィーラなんてどうなってんだ。きっと果てしないほどに筋肉祭りにきまってるぜ。
 

「……すげぇ。お前の身体すげぇ」

「あっ、あっ、まて、まって……」


 若干興奮しながらシグナムににじり寄った。
 胡坐のままのシグナムの膝に乗り、正面から抱きつくようにして脇に手を伸ばし、そのまま背中を握りこんだ。
 もちろん見えない。なんたって顔面をおっぱいに埋めてるから。見えないけど、手のひらには感じる。剣を振るために発達した、肩から背中の中心へと伸びる僧帽筋。今はおっぱいよりもこいつだぜ。おっぱいも捨てがたいけど、この筋肉たちも捨てがたいぜ。
 

「うくっ、うっ、うぅっ……」


 広背筋の上から三筋目を指先で弄ぶと、シグナムの体がぴくりと跳ねた。
 いや、もうちょっと触ってたい。この筋肉たちと戯れたい。


「いや?」

「い、いやじゃ、ないが、何か……、何か変だっ」


 あつくなってくる……、と震える声でシグナムは言った。
 そうか。背中はあんまり好きじゃないか……。
 しかたない、と広背筋を撫ぜていた手を下へ、下へ。
 女は、尻の脂肪が厚い。これは個人差もあるが、日ごろから鍛えているシグナムもそれに漏れず、とにかく柔らかかった。
 けれど、もっと奥。その厚い脂肪に囲まれた奥には、人間の筋肉の中で一、二を争うほど強く、強靭で、広い筋肉が待っている。大殿筋と呼ばれるそれ。
 人間は座る。その度にこいつらは圧迫され、攻撃を受ける。しかし尻が悲鳴を上げるまで、どれほどの時間がかかるだろうか。一時間? まだまだ。二時間? まだまだ。三時間? このあたりで痛くなる人はなるかもしれない。
 だが、この大殿筋はそれほどの時間攻撃を受け続けても、死なないのだ。座っただけで尻にこりを感じる人は少ないだろう。それほどまでに強靭。脂肪と助け合いながらの防御力。やべぇ、大殿筋果てしねぇ……。
 ぎゅう、とその防御力を信じて力を込めると、柔らかい脂肪を超えて、ようやくたどり着いた。


「───あっ!」


 甲高い声。
 ぎう、とシグナムが組み付いてくる。
 まて! まってくれ! もうちょっと堪能させてくれ! こ、これじゃ動きが制限されちまって触る場所が───、おっぱいの山から何とか顔だけを抜き出し、見えたのは力を込められた太ももだった。
 ふるふると震えているそこには、だ、大腿四頭筋!! 筋を浮かせるそいつらは、まるで俺に触って欲しそうにゆらゆらと動く。腰と一緒に、ゆらゆらと。
 う、う、う、とシグナムの、少しだけ辛そうな声が聞こえた。
 しかし、だがしかし、この発達した筋肉を触らずしてどうして終われようか。
 そっと手を伸ばし、太ももに、その大腿四頭筋に触れた。力強い収縮。ぐっと強張ったり、柔らかく弛緩したり、非常に忙しい筋肉だ。たまらねぇ。これはたまらねぇぜ。
 次いでとばかりにもも裏、大腿二頭筋も……、なんて奴だ。ここまでナチュラルに発達するもんなのか。シグナムはきっと走ったんだ。たくさんたくさん走ったんだ。膝を曲げ、足を送り出し、身体の体重を支え、バランスを取る。そんな筋肉がこんなにも綺麗に……。
 感動して、ちょうどその時、腰の骨辺りから太ももの内側に続く縫工筋を、指先が捉えた。
 同時にかくんっ、とシグナムの背が伸びる。俺を縛る両腕はさらにきつくなり、必死に必死に身体をこすり付けてきた。
 

「ふわ、あ、ぁっ、ぷろだくと、ぷろだくとぉっ、へんだ、へんだぁ……っ」


 いや、変なトコなんてなんもない。むしろすばらしい。この筋肉たちに名前をつけてあげたいくらいだ。
 シグナムの拘束は弱まることがない。またもおっぱいに顔面を埋めた俺は、しかし指先の感覚を信じた。そう、この腰から伸びるながぁい縫工筋に、その下に重なるようにして存在する筋肉。腸腰筋。それを堪能するまで、俺は負けないのである。 
 腸腰筋といえば腰椎と大腿骨を結ぶ『足を動かす』という行動に必要不可欠な筋肉。……いや、愚かなことを言ってしまった。必要不可欠。それは全ての筋肉がそうだ。筋肉イズ、コズミック。神もそう考えているに違いない。
 そっと、指先の感覚を信じながら、優しく優しく、俺が今まで見せたことすらない、慈愛という慈しみすらもって、ソコへと手を伸ばした。
 ───ぬるり。
 なにか、シャンプーの残りだろうか。ソコは非情にぬめっていた。


「ひぃっ、ぅあ、あ、あッ!」


 どこだ。腸腰筋は、どこなんだ!
 ほんの少しだけの焦り。馬鹿な、腸腰筋のない人間なんて居ない! いったいどこに! 筋肉、筋肉はっ!
 そして俺は腸腰筋を、シグナムの股間を弄った。あるはずなのである。この辺に腸腰筋があるはずなのである。
 ぬるり。また何かで滑る。ぬるぬるしてて、じっとりしてて、どこまでも柔らかくて。
 すん、と鼻を鳴らすと、どこまでも女の匂いがしていた。シャンプーと、シグナムの口の端から零れる涎。泣き止んだはずなのに、新しい涙がポロポロと頬を伝っていっている。
 指の腹に筋肉とは別の、硬くしこる何かを感じた。

 ───筋肉以外に用はない!
 ぎゅ、と摘み上げると、


「───ッ、い、ひっ───っ、おっ、んおッ───!!」


 シグナムは獣のような雄叫びを上げてぱたりと後方へぶっ倒れた。
 とにかく何がなんだか分からんが、仰向けに倒れたシグナムの乳、その先端がカタツムリの目のようににょっきりと顔を出し、ロケットのように尖ってたのだけは鮮明に記憶された。















・筋肉しただけですよ。べつにエロスとか考えてないですよ。



[4602] nanoAs00-きんいろオペレート
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/10/12 14:30


00/きんいろオペレート





 んでまぁ、結局グレアムのおっさんは管理局辞めないわけよ。
 もう原作がどうとか言ってもしょうがないレベルまで来てるけどね、あえて言う。原作どこ行った? 次元断層の中? ん?
 これあれだね。もうストライカーズとかわっけわかんねーことになるの間違いなしだね。んなこともう分かってたって? はっはー。そりゃ言えてますな。ひゅー。


「何をぶつぶつ言ってるんだ?」

「ちょっと未来を感じてた」

「妙なものを受信するのはよせ。一緒にいる僕まで変な目で見られる」


 胡散臭そうなものを見るようにクロノは視線をよこした。


「そんな風で大丈夫なのか? 試験まで時間がないぞ」

「うっせ。だいたい試験って何よマジで。俺こないだ訓練校終わったばっかだぞ。三等陸士になりたてだぞ。そのくせ試験って訳分からん」


 試験だよ。そうだよ試験だよ。マジ意味分かんないでしょ? 大丈夫。俺も分からん。
 

「君、今の魔道師ランクは?」

「Cになったばっか」

「だから試験だ。Cランク魔導師のままじゃ所属先も限られてくるだろ。上がっておいて損は無い」


 だ、そうです。
 どうにもね、グレアム君とクロノくんが結託して俺を使い潰そうとしてるみたいなんだ。グレアム君強権発動しちゃってるみたいなんだ。俺のこと二等陸士にするとか言いだしちゃってるみたいなんだ。
 まぁ待て。少し落ち着け。グレアムの事は全部クロノに任せちゃったから俺は何とも言えんのだけど、それにしてもすがすがしい程にはっちゃけちゃったじゃないか。もうちょっと慎重に行った方がいいんじゃないか? だって俺だぞ。俺なんだぞ。俺ごときをそんなポンポン昇進させちゃって大丈夫なのかよ。それ絶対頭悪い選択だって。補給部隊とかでダラダラしながら生活に不安がないくらいの定給をもらい続けるっていう俺の夢はどうなるんだよ。

 
「Bランクを取れば闇の書事件での活躍を湛えて特別昇進だ。まぁ、闇の書事件は非公開だから大っぴらには言えないけどね」

「試験とか昇進とかいらんからそのままひた隠しにしとけよ」

「そうはいかない。君ほど戦える魔導師を遊ばせておくほど、管理局に余裕は無い。グレアム提督の一存だと思わないでくれよ。僕も、母さんも、あと君の保護者も納得済みなんだから」

「俺の意思は何処に行った。そういうのが一番に尊重されるべきだと考える私」

「提督が言ってたろ? 管理局に残るつもりだったら便宜を図るって」

「そりゃお前、あれはフェイトの事とか、はやてのこの先の事とか、ヴォルケンとか、俺はそういうことだと思ってたわけでな……。図りすぎだよ、便宜」


 はぁ、と盛大にため息をつくと、クロノは楽しそうに笑った。
 最近クロノは、なんとなく笑顔が増えた気がする。以前も笑ってたっちゃ笑ってたけど、ふっ、とかはっ、とか、なんかそんな感じだった。でも最近は少し違って、きちんとあっはっは、と笑うのである。目じりを垂れ下げるクロノを見て、初めて年相応だと感じた。
 闇の書事件。なんか色々あったけど、こんなとこにある小さな変化は、やっぱりこの俺ディフェクト・プロダクト様のおかげなのだろう。なんたって頑張ったし。俺にしちゃ異常なくらい頑張ったし。もう人生の頑張りの三分の一は使い果たしたね。無印、エース、ストライカーズ。うん。三個でちょうどいいね。

 はてさて、とにかく給料が増えるのはいいことだし、アニメにもなってないってことで十年くらいは安全なわけだし、ちょっくら二等陸士ディフェクト様になってくるのもいいのかもしれない。
 出世に関しちゃまったくと言っていいくらいに関心がないんだけど、あの手この手で俺は出世させられていくんだろう、きっと。エースのハッピーエンドを勝ち取ったんだから、まぁ何とかなるんじゃないのかね、たぶんおそらくきっと。なんとかなってもらわないと色々困るよ、ホント。


「見えたぞ」
 

 クロノが窓の外をのぞきながらそう言った。
 ああ、そういや俺たちヘリ乗ってんだよね。俺のほかに四人試験を受けるらしくて、緊張した様子でクロノと同じように窓の外に目を向けてる。
 ストライカーズを見ていた俺に死角は無い。試験はアレだ。ティアナとスバルが受けてたアレ。……に似たやつ。


「んじゃいっちょやってやりますかね」

『うぃ』

「……もうちょっと気合の入る言葉よこせよ」

『合格・したら・キスして・あげます』

「俺の手首にゃ唇は付いてねぇ」

『夢の・なかで』

「そっち行ったら白目むいて泡吹いてカニみたいになるからやだ」

『わがまま・ですね』

「俺の唇は安くねぇ……こともねぇ」

『いつでも・バーゲンセール中・です。……ちなみに・今のは・ちゅーと・中をかけた、緊張しているであろう・マスターへの・私なりの・ジョーク・です』


 年末ですどうもありがとうございました。





 試験は至って簡単。人質を救って制限時間以内にゴールしなさい、と。
 俺はスバルたちみたいにチームじゃないから一人用コース。


『準備はいいですか?』


 渡された通信機器から聞こえてくる声におkと応え、


『救出作戦を開始します。前方に見える建物から五人の人質を救出してください。制限時間は二十分です』

「あいよー」
 

 前方に見える建物。そこは廃ビルだった。窓やら何やら、ガラスは全部割れちゃってるし、なんとなくさみしい印象。心霊現象の一切を信じていない俺でも、夜になったら怖いかも知んない。
 よし、救出だな、救出。うん、ちゃんと分かってるよ。助けなくちゃいけないってことだ。 
 てことで、正々堂々正面玄関からおじゃまします!





◆◇◆





「あの……、あの子、正面から行きましたけど……?」


 オペレータは小さく呟いた。このオペレータ、仮に名前をオペ子としておこう。
 オペ子は今年で二十六歳。先月の事である。四年間付き合っている彼氏が照れくさそうに頭を掻きながら「そろそろさ、ほら、その……」と言い出したのがきっかけで、見事に寿退社を勝ち取ることに成功した。
 だから、オペ子はこの試験のオペレータの役目を終えたら専業主婦となる。今日この日、四人目の試験、これこそがオペ子の最後の仕事だ。
 彼女は今までに試験オペレータを何度となくこなしている。だからこそ試験の難易度も分かるし、開始して三分程度が立てば合否の予想もなんとなく付く。
 だが、開始して一秒で不合格と確信した試験生は、オペ子がオペレータになって初めてであった。
 どんな腕自慢でも、単独で人質を救出しなさいという試験で、正面から堂々と乗り込んでいく馬鹿は居なかったのだ。
 さらにこの少年がクロノ執務官が連れてきた少年だもんだから、オペ子は少々焦りを含んだ声色で言った。


「えと、よろしいのですか? このままだと不合格確定かと……」


 恐る恐るといったふうに後ろを振り向き、クロノに視線を預ければ、返ってきたのは、予想に反して笑顔だった。


「はは、あの馬鹿……」


 オペレータのオペ子よりも真剣に、そして楽しそうにモニターを見るクロノを、彼女は悪戯をする少年のようだと思った。
 モニターに映る少年、ディフェクト・プロダクト三等陸士は焦るでもなくてくてくとホールを歩き、エレベータのボタンを連打し、『動いてねぇのかよッ、このポンコツが!』ゲシ! とドアを蹴りつけ、ペタペタと階段を昇りはじめた。
 駄目だこれは。オペ子の確信はより深くなった。何を思って執務官はこんな、それこそポンコツを連れてきてしまったのか。お友達だからと、優遇されているのだろうか。
 ほんの少しだけ、胸のあたりにもやもやしてくるものがあったが、オペ子はプロフェッショナルとしての矜持を忘れていない。仕事は仕事。オペレータなのだから、この試験生の先を見ないわけにはいかないのだ。

 少年が二階を一分間だけ堂々と視察し、ペッと唾を吐いて三階へ上がった。
 三階には敵が四体。人質が二名居る。この試験での救出人員は五人。人ではなく魔導機械だが、とにかくそれは人質役なのだ。敵役も魔導機械で、Bランク試験なのだから当然設定としてはBランク魔導師程度の実力を持つ。
 Cランクのこの少年が正面から戦っても勝てるとは思えない。何らかの策を講じればそこまで強い敵ではないのだが、ここまで馬鹿だとどうしようもない。


『お、みっけた』

「速やかに人質を救出してください」


 やや冷たい声でオペ子が言うと同時に、敵役の魔導機械がスフィアを打ち出した。少年はセットアップすらもしていない(考えられない! どんな馬鹿!)。一撃で終わってしまうだろう。
 これが管理局に勤める私の最後の仕事かと、彼女は心臓の奥の方が冷たくなっていくようなものを感じ―――、


『いてっ』


 少年は胸のあたりに当たった魔力弾に、そう返事をした。


「……は?」

『あいたっ、ちょ、いて、ちょ、ま、ちょちょ、ンにゃろッ、いてぇよ!』


 少年が駆けた。Bランク相当の魔力弾を体中に浴びながら、バリアジャケットも何もない“素”の状態で、まっすぐに駆けた。
 まちなさい! 思わず声をかけようとしたオペ子だが、そのときモニターに閃光が走る。目を開けていられないほどの輝きだった。
 ―――どんッ!
 同時に来る、腹の奥に響く衝撃音。
 モニターが回復すると、そこには少年が立っていた。右腕を黄金に変えた、言われなければ少女にしか見えない少年は、へらりとしまりのない顔でサーチャーに向かってブイサインをくれやがった。


『あいあい二人救出っと。あと何人だっけ?』

「よ、要救助者はあと三人です」

『了解! ……いまのぽくなかった? ねぇ、局員ぽくなかった?』

『うるさい・です』


 ぴゅうと口笛でも吹くかのように、またもやぺったらぺったら階段を昇っていく。
 それはオペ子からするならば、あまりに規格外だった。後ろに立つ執務官が笑っていることすら、すでに現実感がなかった。
 おかしいだろう。敵役四体が放つ魔力弾に、なんの抵抗性もない生身で突入し、そして耐える。あまつさえ勝つ。


「何者ですか……」


 口から出たのは、そんな疑問だった。


「ああ、まぁ常識外れの男だよ。あいつ、バリアジャケットを構築できないらしくてね。戦い方もあれだ。自然と覚えていったらしい、自分だけのスタイルを」

「ですが、Bランク相当の魔力弾です。子供が耐えられるものでは……」

「僕も初めは信じられなかったよ。だけど、君の目の前にある現実はどうかな。あいつは前に進んでる」


 少しばかりふざけてるけどね、と執務官はそう言い、モニターの中の少年は四人目の人質を救った。 
 事もなげに少年がたどり着いた廃ビルの七階。そこには一回り大きな敵役と、最後の人質が用意されている。
 人質救出が今回の試験内容なので、わざわざ敵役を破壊せずとも良いのだが、戦うのだろうな、とオペ子は思った。
 少年は階を上がるたびに口の端を釣り上げて、少しずつ興奮してきているようだった。局員にあるまじき表情。見ている側の心臓さえも騒がせてしまう、その狂暴なふるまい。一階でエレベータのドアを蹴りつけている時とはまるで違い、三階で敵役四体と戦った時とも違い、四階で人質を解放した時とも違い、ただただ、


『みっけたぁ!』


 ―――楽しそう。





◆◇◆





 居た! 居た居た! アレだ、スバルが戦ってたあいつだ!
 Bランク楽勝。屁でもねぇ。俺強すぎ。やっぱアレだね。経験が違うよね。バケモンみたいなやつらと戦ってきたディフェクト君には膨大な経験値が蓄積されてるね。

 今までのより一回りでかい魔導機械がスフィアを打ち出してくる。
 俺の天才的かつニュータイプ的センスは当然それを予想していたが、


「げふぅ」


 予想してようが何だろうが避けようと思ってないから当たっちゃうよね。
 あれだ、俺ダメみたいだ。避けるのに向いてない。真っ直ぐにしか走れないし、直角にしか曲がれない。うまい具合のカーブとか、加減をしてのストレートとか、そう言うのまったくもって向いてない。
 せり上がってくる胃酸をむりくり飲み下して、止まりそうになった足をもう一歩先に進めた。


「んのやろぉあ!」


 アクセルフィンに点火。
 肩甲骨のあたりからせり出す三枚のうち、一番下の一枚が崩れ落ちて加速の本流を生みだす。
 こんくらいの試験、ファーストフォームで乗り切っちゃる。出来なきゃストライカーズとか絶対勝てない。もっと地力を上げるべきだな、俺は。
 てことで衝撃のぉ……!


「ファーストッ!」


 生意気にも障壁を張る敵のそれをぶち抜いて、腕を半分ほどめり込ませて、


「ブリットォ!!」





◆◇◆





「不合格です」

「ですよねー」


 結果、少年は不合格になった。
 試験官から結果を言い渡されている彼は、まるで気にしていない風にけらけらと笑っている。どこまでいってもこちらの常識は通用しないのだな、とオペ子も自然に笑みを浮かべた。
 最後の戦闘時、少年の爆発は強すぎたのだ。部屋の隅の方に居た人質役は爆風でよろけ、運が悪いことに窓がそばにあった。廃ビルを利用して行うこの試験、当然窓ガラスなんて上等なものはずいぶん昔に粉々になっていて、すってんころりんと七階から人質は落ちて行った。
 当の本人はデバイスと一緒になって、指差しながらそれを笑って、そこで試験中止の号令。
 クロノ執務官にぽかりと頭を殴られた彼は、さーせんふひひと変わらず笑っていた。

 少年は来週にも再試験を受けるそうだ。
 その時のオペレータは、オペ子ではない。当然で、彼女は今日が最後の仕事だったのだ。
 結果は思わしくなかったが、最後の最後でとてもいいものが見れた、とオペ子はどこか誇らしげに胸を張った。
 おそらく彼女は忘れないだろう。モニターの輝き、腹の奥まで響く轟音、そして少年の、その楽しそうな金色の笑みを。














・後日談は時系列とかバラバラですので、深く考えずになんとなく読んでもらえたら嬉しいです。



[4602] As登場人物
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:9655c584
Date: 2011/05/14 22:32
『ディフェクト・プロダクト』

たいりょく :しににくい
ちから   :まぁまぁつよい
ぼうぎょ  :すごくかたい
すばやさ  :すごくはやい
かしこさ  :じごく
まほう   :へたくそ
まりょく  :おにぎり
そのた   :たまにあつい

・備考・
 主人公。

○使用デバイス○
『シェルブリット・アリシア(茨の宝冠)』

『ファーストフォーム』・右腕に装甲。背中からアクセルフィン三枚。
『セカンドフォーム』・右腕と顔の右半分に装甲。背中からアクセルホイール。バースト時に腕のジョイントが開放される。
『サードフォーム』・両腕、胸、顔の右半分に装甲。背中からアクセルウィップ。ジョイントは常に開放。
『ハイブリットフォーム』・全身装甲。背中からアクセルウィップ。ジョイントと精神感応性物質変換能力が常に開放。使ったらシェルがスリープ状態になる。

○バリアジャケット○
『無し』・ワロス。

○特徴魔法○
『エクスターミネーション』・色々と消す。きちんと撃たないと自爆する。

○希少技能○
『精神感応性物質変換能力』・周囲を破壊して魔力にする。使いすぎるとシェルがスリープする。


『フェイト・テスタロッサ』

たいりょく :なくはない
ちから   :そこそこ
ぼうぎょ  :すごくうすい
すばやさ  :はてしない
かしこさ  :もっとがんばりましょう
まほう   :とてもじょうず
まりょく  :おおとろ
そのた   :あほのこ

・備考・
 妹でありながらお姉ちゃん。速いのが好き。もうこの子防御する気がない。

○使用デバイス(魔改造)○
『B‐FAtE』
『バルディッシュ・フラッシュアサルト/テンポ・エクレール)』
 バルディッシュ・フェイト。……中二? おいおいよせよ。作者はいい大人さ。ヒィハァー。

『アサルトフォーム』・原作のアサルトと同じ。
『フラッシュ・ハーケンフォーム』・原作よりもフィンブレードがでかい。大きい。速いけど扱いにくい。
『ザンバーフォーム』・原作と同じ。
『ストライク・ザンバーフォーム』・魔力刃が短くなって柄が長くなる。槍に近い。噴出孔あり。一点集中突破用。フィンブレード展開。

○バリアジャケット○
『ライトニングフォーム』・原作と同じ。
『ソニックフォーム』・原作と同じ。
『真・ソニックフォーム』・ビキニになる。
『絶・エクレールドライヴ』・すっぽんぽんになる。ソニックセイルだけ。超絶に速い。ついに『フォーム』から外れた。

○特徴魔法○
『高機動加速補助魔法ソニックセイル』・読んで字のごとく。
『ストライクザンバーブリッツストレイト』・突っ込む。

○希少技能○
『電気変換資質』・魔力を電気に変える。



『アルフ』

たいりょく :けっこうあるふ  
ちから   :つよい
ぼうぎょ  :そこそこかたい
すばやさ  :はやい
かしこさ  :じつはかしこい
まほう   :ほじょがうまい
まりょく  :とろ
そのた   :うれしょん

・備考・
 尿道がゆるい使い魔。こうしてみるとかなり優秀。


『高町なのは』

たいりょく :なくはない
ちから   :よわい
ぼうぎょ  :かたい
すばやさ  :おそくはない
かしこさ  :かしこい
魔砲    :ぶっとぶ
まりょく  :おおとろ
そのた   :さいごのりょうしん

・備考・
 最後の良心であり数少ない常識人。
 孤定砲台。
 
○使用デバイス(魔改造)○
『RHE‐FF/ff』
『レイジングハートエクセリオン・フルフラッド/フォルテッシモ』
 レイジングハートエクセリオン・エフフォー。……花より男子? おいおいよしてくれよ。俺は華より漢子(OTOKO)さ。ヒィハァー。


『アクセルモード』・原作と同じ。
『バスターモード』・原作と同じ。だがトリガーが付く。
『エクセリオンモード』・原作と同じ。だがトリガーが付く。ACS、アクセラレート・チャージ・システム(瞬間突撃システム)起動可能。
『フォルテッシモドライバー』・フルフラッドブレイカーを撃つためだけにある。ACS、アクセラレート・チャージ・システム(瞬間魔力充填システム)起動可能。

○バリアジャケット○
『セイクリッドモード』・原作と同じ。
『タイプF4』・フルフラッドブレイカーを撃つ時に展開する。防御力アップ。機動性ゼロ。

○特徴魔法○
『ディバインバスター』
『スターライトブレイカー』
『エクセリオンバスター』
『フルフラッドブレイカー』・ノアさんが作った箱舟くらいならヤれるくらいの洪檄砲撃。神を超えたというのか。撃つと魔力が尽きる。


『八神はやて』

たいりょく :あまりない  
ちから   :よわい
ぼうぎょ  :まぁまぁかたい
すばやさ  :すこしおそい
かしこさ  :とてもかしこい
まほう   :じんるいをこえた
まりょく  :とくじょうほんまぐろ
そのた   :りょうりじょうず

・備考・
 頑張る子。笑顔の子。


『ヴィータ』

たいりょく :なくはない
ちから   :そこそこつよい
ぼうぎょ  :かたい
すばやさ  :まぁまぁはやい
かしこさ  :かしこい
まほう   :とてもじょうず
まりょく  :ちゅうとろ
そのた   :げーとぼーる

・備考・
 頭はいいけど感情に流されやすい。
 使用デバイスはグラーフ・アイゼン。本気を出せば人間ゲートボールを楽しめる。
 前世は良い魔法資質をもった女の子。文化レベルは今のミッドチルダくらいをイメージしてる。


『シグナム』

たいりょく :つかれしらず
ちから   :とてもつよい
ぼうぎょ  :すこしうすい
すばやさ  :はやい
かしこさ  :かしこい
まほう   :じょうず
まりょく  :おおとろ
そのた   :おっぱい(ろけっとちくび。もはやまぐなむちくび)

・備考・
 おっぱいだがかなり強い。燃やして萌やすサムライ・ガール。使用デバイスはレバンティン。強敵と戦うと濡れる。乳首が勃つ。
 前世も騎士。魔女。中世くらいの文化レベルだったんじゃないかな、とかイメージしてる。


『シャマル』

たいりょく :あまりない
ちから   :よわい
ぼうぎょ  :そこそこかたい
すばやさ  :すこしおそい
かしこさ  :かなりかしこい
まほう   :ほじょならまけない
まりょく  :ちゅうとろ
そのた   :くうきよういん

・備考・
 脱・空気。
 前世はお花屋さん。文化レベル的には地球+くらいをイメージしてる。


『ザフィーラ』

たいりょく :鋼の肉体を持つ彼の体力は底知れない。
ちから   :その筋肉から放たれる攻撃を受ければ、いかなるものも立ってはいられない。
ぼうぎょ  :筋肉の守護獣。防御力に関して彼の右に出る者が果たしてこの世に居るものか。
すばやさ  :筋肉により関節の稼動範囲が狭まり速くはない。しかし漢魂を持つ彼にはパラメータなど何も関係なかった。
かしこさ  :脳味噌とは考える筋肉である。よって彼は通常よりも深く考える頭脳を持っていてもおかしくはない。
まほう   :あまり得意とは言えないが、有り余る筋肉はその不足を軽く満たし、さらには凌駕する。
まりょく  :筋肉さえあれば、そのようなものは必要ない。そう気付くときが来る。
そのた   :大胸筋をぴくぴくできる。筋肉の賜物である。

・備考・
 筋肉とはすべての生命が装備できる一番の鎧であり武装である。その筋肉を絶やすことなく鍛え続けた彼には賞賛以外の何を送ればいいのか。
 まず手元にある資料、何だっていい。アニメでも、画像でも、インターネットでも。それで彼の腕を見てはくれないだろうか。
 ……どうだろうか。感じたのではないだろうか。その雄雄しさを、猛々しさを。彼に袖はいらない。そんなもの、塵屑以外には考えられない。あの腕を隠して生きるなど、それは『生物』というカテゴリの中に住んでいる以上、するべきではないのだ。
 女を見たとき、弱い男は口を開き、強い男は瞳で射抜く。しかし、彼はどうだろうか。漢である彼は、そう、何もしなくて良いのだ。彼には何もせずともふさわしい女を呼び寄せる筋肉があるのだから。そのマッスルは、『人類』『狼』『守護獣』『魔法生命体』、そのすべての垣根を越える。
 考えても見てほしい。あの漢が目の前にいたら……。恐らく私は黙って尻の穴を差し出───
 前世はヴィータの守護獣。


『クロノ・ハラオウン』

たいりょく :ある  
ちから   :そこそこつよい
ぼうぎょ  :けっこうかたい
すばやさ  :まぁまぁはやい
かしこさ  :かなりかしこい
まほう   :とてもじょうず
まりょく  :おおとろ
そのた   :漢魂

・備考・
 OTOKO・ソウル。それは一部の男に宿る、灼熱の魂である。
 使用デバイスはデュランダル。グレアムがフィットするようにと願いを込めて設定を施したそれは、間違いなくクロノに力を与えた。ていうか馬鹿みたいに強くなった。エターナルコフィン以外知らないからオリジナル色が強くなると思う。


『ユウノ・スクライア』

たいりょく :あまりない  
ちから   :よわい
ぼうぎょ  :すこしうすい
すばやさ  :おそくはない
かしこさ  :たのついずいをゆるさない
まほう   :ほじょならまけない
まりょく  :とろ
そのた   :よめにしたい

・備考・
 嫁に、こないか? と思わず口にしてしまうユウノちゃん。こんな子がいたらたまりません。
 基本的にチート。チート全開。この子が負けるとか考えられない。
 攻撃魔法はシャープエッジ以外無し。指先から魔力刃をだす。







[4602] ↓は、ストライカーズ。
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/06/22 18:00
まだ読みたくない方はそっとしておいてください。
読んでも問題はないかなとは思いますが、やっぱり意識して無いところで、Asのネタバレなんかがあるといけません。
ですので読む方は「そんなの気にしなーい」な心をもっていただけると嬉しいです。

エースが書けたらage更新しようと思っています。今度はストライカーズを消すつもりはありません。

お目汚しをすみませんでした。



[4602] nanosts01 月刊エース
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2011/04/23 11:10


01/~月刊エース~




~月刊☆エース~


クロマル・ページ♪


こんにちは、●《黒丸》です。
この月刊誌で4ページの連載を持つようになって4年、ようやく解放される日が来ました。

●は今月でこの月刊☆エースを卒業ということになります。4年というのは私の中では随分長かったように感じます。
皆さん知っているでしょうあのエース、高町なのはさんを始め、この雑誌では様々な分野でのエースを取り上げてきました。

皆さんの心には一体誰が残ったでしょうか?

●は取材を重ね、人と会い、会話をし、様々な『人間』を見てきたつもりです。
立ちはだかる者を叩き潰す陸戦のエース。陸戦を援護しつつ最前線で戦闘を行う空戦のエース。救護から障壁、バインドに至るまであらゆる支援を行う援護のエース。
わりと変わり者が多かったように思いますが、それでも彼ら、彼女らに我々の日常は守られています。そしてどの方々にも感じたのですが……皆さんはやはりカッコいい! 惚れる! 憧れる! ●は永遠に自慢します。実際にエースたちに会って、お話を伺うことが出来たことを。

さて、最後となる今回のクロマルページ。紹介するのは一般の方には余り知られていない方だったりするのです。
ですが一方で、管理局では知る人ぞ知る、話題のトップエース。

今回はクロマル・ページ♪の最終回ということで、出来るだけ生の声をお贈りしたく、対談をそのまま(というわけにも行かず、幾分修正が入っています)載せました。
ご本人様を加えての対談が出来なかったことが非常に残念で、これで最後の●としては非常に心残りですが、それでも●は彼を皆さんに知ってもらいたい。

それでは……。





。。。。。





●・こんにちは、本日はご足労いただき……。


元隊長(以下『隊』)・「あーあー、よしてくれそんな挨拶。背中がかゆくなる」


●・あ、すみません(笑)。


元隊員1(以下『1』)・「変わりませんね、隊長も」

元隊員2(以下『2』)・「当たり前じゃない。隊長がまともになる日なんて絶対来ないわよ」

隊・「おお? 随分な事言ってくれるじゃねぇか」

2・「事実でしょ?」

隊・「てめ……」

1・「まぁまぁ、せっかく呼んでもらってるんですから喧嘩はよしましょうよ(笑)」


●・さっそく笑わせていただきました(笑)。さて、多少矢継ぎ早ですが本題に入っても?


隊・「おう」


●・では、皆さんに聞きたいのですが、この隊の元副隊長はどういう人物でしたか? 今回は彼の事に付いて記事を書きたいのですが……、全くといっていいほど資料がなくて正直困っています(笑)。是非、彼の事を教えていただきたくて……。


隊・「ん、ん~、まぁ…碌なヤツじゃなかったな」

2・「人間としては最低ランクよ!(笑)」

1・「そんな事無いよ。分隊の事をよく考えて、しっかり隊長の補佐をしてたじゃないか」


●・おや、二極化ですね?(笑) では『隊長』さんからどうぞ。


隊・「言ったとおりだよ、碌なヤツじゃなかった。……というかまず俺達の部隊に配属されたのがなんかの間違いなんじゃねぇかと上に問い合わせたくらいだぜ」


●・ふむ、それは何故?


隊・「……ガキなんだよ、ガキだったんだ。入隊の時はまだ十一って言ってたか。そんなのが俺達の隊に来るんだぜ? 当然どういう事だって聞きたくなるだろ? 俺らが居た■■■■■■部隊(機密に抵触するので伏字にさせていただきます)はンなヤツが入っていいところじゃねぇんだよ」

1・「まぁ、確かにびっくりはしたかな(笑)」

隊・「ビックリなんてもんじゃねぇよ。 俺は暗に上の連中から教導に移れと言われてるのかと疑ったもんだ!」

2・「ありえない(嘲笑)。 隊長に教導なんて出来るわけ無いじゃない」

隊・「……てめぇ」

1・「まぁまぁ」


●・なるほど。確かにその若さで部隊に配属されるというのは聊か驚きですね。ですが、それは寧ろ称えてもいいことでは? 聞く限りでは実力はあったのでしょうし。それが何故、碌なヤツじゃない?


隊・「……実力があったからだ」


●・……はて?


隊・「ちいせぇ頃からあんな風にある程度戦えるやつってのは碌な事にはならねぇんだよ。そして事実、そうなったじゃねぇか」

1・「……隊長も若くして管理局に入ったんですよ。ま、そこで色々あったみたいでしてね。隊長にしては珍しく『彼』の事、色々気にかけてたんですよ」

2・「まぁ結局無駄になっちゃったけどねぇ」


●・……貴重なお話しです。管理局全体の低年齢化がさらに進んでいる今、もう一度考えるべき問題ではありますね。いくら実力はあっても、まだ子供。確かに我々は忘れがちです。


隊・「ま、そう言うこって、碌なヤツじゃねぇ。言うこと成すことが一々もっともらしくて、クソ生意気なクソガキだったよ」


●・有難うございました。
さて、いい話は最後にとっておくことにして、『2』さん。人間として最低ランクとは……コレはまた随分ですね(笑)。


2・「事実よ事実」


●・たとえばどんな所が?


2・「まずね、ガキの癖に■飲む所かなぁ……。こそこそ隠れて■■■も吸ってたし、やたらと■の扱いも上手かったし」(本人の名誉のために伏字にさせてもらいます)

隊・「いやいや待て、落ち着け。確かにアイツが■飲んで■■■吸ってたのは知ってる。俺らも結構色んなトコ連れまわしたからな。しかしよ、お前……」

1・「■の扱いが上手いって……」

2・「あ、いやちがっ……!(汗)」

隊・「一回りは違うガキに何してんだよ……」


●・……さて、ここは掘り下げて聞いてもいいところなのでしょうか?


隊・「クビが大事だったらよしとけ。そんな話載せようものなら絶対キられるぞ」


●・実は私、今回が最後でして……。編集部からは『フリーダム』なるお言葉も賜っています(笑)。


1・「……だったら?」

隊・「行くしかねぇだろ」

2・「……発禁になっても知らないからね」


●・そのあたりは気合と伏字でカバーということで。さぁ行きます。彼とどんなことがあったんですか?


2・「いや、だからその……。ホント……ホントにどうなっても知らないわよ? ぶっちゃけてもいいのね? 親友にすら言ったことのない人生の恥部なのよ?」


●・だからこそ意味があるんです。私が知らない彼の事をしるチャンスですから。


2・「……まぁ、私もね、いずれは誰かに白状するつもりだったんだけど……。よしっ、行きます!
 えぇと、確かあの子が来てから一年くらいたったときだったかな。その時に『後味の悪い任務』(機密に触れるので表現を変えさせていただきます)が入ってきてね、私たちが出たわけ。任務自体はそこまで厳しいものじゃなくてね、わりと簡単だった。……でもさ、やっぱり抜けきらないのよ、■■■を■■■記憶なんてね。仕方ない、で済ませられるほど私は強くなかったの。それで、手っ取り早く酒でも飲みに行こうって思って、店の扉を開けたわ。そしたらなんと全員集合。皆いるわけよ、その店に」

1・「ああ、あのときか……。僕は隊長に誘われたんだったな」

隊・「俺はあのガキに『つれってって~』なんて言われてよ、気持ち悪いったらなかったぜ」

2・「そういうやつなの、アイツはね。多分気付いてたのよ、私が気持ち落ちてるって。んでまぁ、それはもうそれこそ浴びる様に酒を飲んだわ。給料が一月分全部飛んでいったもの。そしたらウチのだらしない男連中はすぐにダウンなわけ! 信じられなかったわ。私が、女が覚悟してお持ち帰りOKオーラ全開に出してたのに!」

隊・「うげぇ、勘弁しろよ! 誰がお前みたいなマッチョ!」(名誉の為に。2さんはとても綺麗な女性でした)

1・「僕、そのとき確か彼女出来たばっかでしたよ……こわっ」

2・「うっさいわねこのボンクラ甲斐性なしどもが! ……はぁ、まぁそれで、このボンクラたちと違ってアイツは■はあんまり飲まないで『ジュース的なもの』くらいしか飲んでなかったからさあ、私の愚痴をうんうん、って頷いて聞いてくれるの。それがもう可愛くてねぇ……こう、なんて言うの、分かるでしょ? つい先走ったというか……、普段はそんな事ないのよ? そのときは酔ってたの。それはもう泥酔してたの。そしたらあれよあれよと言う間にね……部屋に連れ込んじゃってた、あはっ☆」

隊・「『あはっ☆』じゃねぇよ! 人間として最低ランクはお前じゃねぇか!? 変態かお前!? 変態だお前!」

2・「あの時隊長達が酔いつぶれてなかったらこんな自分には目覚めてなかったわよ!! ちょっと慰めてくれればソレで良かったのに!」

隊・「俺にはてめぇの億倍は可愛い嫁と子供がいんだよ!!」

1・「ま、まぁまぁ……、落ち着きましょうよ」


●・……。え、えぇと……。(このとき私はボイスレコーダーのスイッチを切るべきか真剣に悩んでいました。気合と伏字ではカバーしきれないかもと思ってしまったのです)


2・「だいたい私はねぇ、そのときは別に何にもする気じゃなかったんだから。添い寝で十分だったの!
 ……けど問題はそれから先だったのよね。いくら『ジュース的なもの』とは言ってもあいつも結構飲んでたからさ、二人ともふらふらだったの。そのとき何話してたかはよく憶えてないんだけど、げらげら笑いながらベッドにもぐりこんだわ。それであいつをギューってしてたらコロッと寝ちゃったの。もうあいつの収まりがよくてねぇ、熟睡だったわ」

1・「……まぁ、それで終わるわけはないよね」

隊・「ありえねぇ……。ガキだぞ、そのときアイツ十二だぞ……、俺の息子と同い年だぞ……」

2・「やかましいつってんでしょうが!! それで、ああ、なんだったっけ……、そう、寝たのよ。んで、朝方かな。自分のアルコール分解力を見誤って、少しだけ頭痛かったの。そしたらあいつ、自分も頭痛いくせに癖に、私の頭撫でながらこう言うのよ。《女の子なんだからさ、あんまり無茶しないでもっと頼れよ》って。……何よその目は?」

隊・「女の『子』ってガラかよ。なんだそれ、冗談か?」

1・「……。(怖いものを見る目)」

2・「死にたいのあんたら?」


●・はははっ。それで?(腹をくくりました。ボイスレコーダで聞いた自分の声はやけにスッキリしていたように感じます)


2・「だからそれで……、きゅんと来ちゃったのよ。……ドきゅんと持ってかれちゃったのよ! そうよ、悪い!?ナデポられたのよ!!  ええ、ええ、そうですよ、本気になりましたよ! 二人で管理局辞めて白い家に大きな犬飼って住むトコまで脳みそトンじゃいましたよ! でも仕方ないの、嬉しかったんだもん!! ……それで、そ、それで、素面であいつの事……抱きしめたわ。そしたら、なんて言えばいいのかしら、あれよ、アレが……。その、だから、朝だったから、だと思うんだけど……『おしべ的な何か』が『おはようございます』してたの……。お、お腹に、こつんって。そのせいかは分かんないんだけど、私も『雌しべ的な何か』が、な、なな、なんかっ、キュってなって、すっごい『ご用意は出来ております』になっちゃって……、だ、だからあいつの『おしべ的な何か』にぎって、……ごにょごにょごにょ……」

隊・(放心状態)

1・(放心状)


●・(放心)


2・「そ、それでね、あいつの『おしべ的な何か』ったら物凄くてね、『お帰りなさいませご主人様』した瞬間に、気分が『ヒャッホー!』ってさ、もう自分で自分が不思議だったわ。今までそんな事一度もなかったのに『あっクジラさんだぁ♪』までしちゃって……。それでもあいつ■を『ギッコン☆バッタン』をやめてくれないの。そのせいで私、泣かされちゃって、わけわかんなくなっちゃって……。
 えへへ、結局丸一日『ヤックデカルチャー』してた……。はい、私の懺悔は終わりっ!」


●・大変……、参考になる、お話でした……。(本当に参考になりました)……え、ええと、では、最後に『1』さん、お願いします。


1・「……あんな話題の後だと何だか話しづらいなぁ……」


●・はは……、気にせずにいきましょう。


1・「ん、そうですね。じゃあ、僕たちの最後の任務の話をしましょうか。僕たち居た■■■■■■部隊は……まぁ、所謂何でも屋みたいなところがありましてね。管理局が慢性的な人手不足なのは知っているでしょう?」


●・ええ、もちろん。そのせいで低年齢化が進んでいるわけですしね。いずれ改善されるべき点だと感じています。


隊・「ま、そう簡単にはいくめぇがな」

2・「新しく見つかる『世界』も、文化レベルが伸びてくる『世界』も増える一方だしね」

1・「そういうわけで、人手不足なんです。だから僕たちには色んな、所謂『お願い任務』が流れ込んでくるわけでして、息をするほど簡単なものもあれば、一つのミスが死に直結するようなシビアなものまで様々でした。そんな部隊でしたからね、まわりは問題があるものや一癖持っているような奴ばかりでしたよ。……実は僕も以前いた部隊からトばされたクチでして……(笑)」


●・おや、そのようには見えませんでしたが……?


1・「はは、そうですか? 上官に魔力弾を10発ほど叩き込んでやりましてね、『反省部屋』に入ってクビきり間近の所を隊長に拾っていただいたんです(笑)」

隊・「俺もアイツは嫌いだったからな。スカッとしたぜ」

2・「何それ~、アンタってそんなバイオレンスな奴だったんだ。今知ったわよ(笑)」

隊・「……そういやお前はなんでこっちに落ちてきたんだ?」

1・「そういえば僕も知らないや」

2・「……女の過去をあれこれ詮索するもんじゃ―――」

隊・「あーはいはいわかったから、なんでだ?」

2・「っこの……! ……ふん、まぁ特別に教えてやるわよ。……恋人がいけなかったの」

1・「なんですかそれ? 何か仕出かしたんですか?」

2・「……その時の恋人がっ、たまたま隊長のッ、『娘』だったの!! もういいでしょ、これ以上私を追い詰めたらまた語りだすわよ!?」

隊・「……」

1・「……まぁ、こんな感じの、問題だらけの部隊です」


●・そのようで……(笑)


1・「ですけど給金はいいですし、危険手当が付く機会も他の部隊とは比べ物になりませんよ(笑)」


●・ははぁ、なるほど。ではそれ目当てで集まってくるやからも多いのでは?


1・「その通りですよ。得てしてそういう奴から死んでいくものでね、不思議なものです」


●・……少し話がそれましたね。そういう部隊で彼は?


1・「ああ、そうです。そんな部隊で珍しく、というよりも初めてだったんじゃないかな? ……本局《うみ》からの以来がありましてね」

隊・「俺もあれには驚いた。まさか本局が地上本部の、しかも俺たちみたいなのに力を貸してくれなんてよ。……ハナっからおかしな臭いはしてたんだ。俺は断ろうと思ってたんだぜ? テメェらでどうにかしろ、ってな」

2・「でもあいつが……、副長がね、どうしても行きたいって。確かに、危険手当ては結構ついてたし、任務内容もそんなにきつそうじゃなかった」

1・「結局、副隊長が強く推すのもあって受けることになったんですよ、その任務。僕たちは一旦次元航行艦に乗って、転送の準備に入りました。……あのときの居心地の悪さといったらなかったな(笑)。
 ま、それで転送先は辺境も辺境でしてね、文化レベルも0。確認されている生物なんて微生物くらいなもんです。それで、おかしな話なんですが、そんなところに何かの、稼動はしていない研究施設がありました。よく見つけたもんだと本局の仕事っぷりに感心しましたよ。任務内容も映像記録をとってくるだけ。正直きな臭いものも感じはしていたんですが、僕たちも俗物でね、副隊長は《こんなんで金もらえるなんて超ラッキーじゃん!》だって。まったくあの人は……」


●・それは緊張などを押し隠す為ではなく、隊の者の事を気遣ってなどではなく……本心だったと思いますか?


1・「……それ、なんですよね。僕ね、見ちゃったんですよ。副隊長が艦内のトイレで何かブツブツ言ってるとこ。絶対に~とか、生きて~とか。……あの人にとってそれは何かのジンクスだったのかもしれないし、自信がそのまま皮をかぶって歩いてるような人だったんで特に気にしてなかったんです。現にその後、何言ってるんですかって聞いても、チャックで皮挟んだとかなんとか言って……。
 僕はね、いつの間にか忘れてたんですよ。いや、もしかしたらずっと分かってなかったのかもしれない。彼がまだ十三歳だったってこと。一人の、子供だったってこと。 ははっ……、いつも変な人でしてね、あの時本当におかしかったなんて……気が付かなかったよ」

2・「そんなの皆同じだよ。あいつ嘘つくのすっごいうまかったもん」

隊・「アイツは局員じゃなかったら詐欺師になってた、なんてこともよく話してたな」


●・……続けてください。


1・「施設はわりと広くて、結構入り組んでいました。隔壁のような扉がいくつもあって、何かの要塞かと思いましたよ。そのなかで副隊長が先頭、僕と『2』さんが両サイドを固めて、隊長が後方に控える。それが僕たちのいつもの陣形でして、いつものようにそうして進んでいました。最後の扉をこじ開けて、いざ記録するべきところに来ました。表ざたにはなってませんが、そこは明らかに■■■■の施設でしたよ。瞬時にああこれはまずいって思いましたね」

隊・「あれだけの痕跡を残してなぁ……」

2・「簡単に廃棄するわけない。扉開けた瞬間に背筋凍ったっての」

1・「当然のようにトラップの発動です。もう、数を数えるのがイヤになるくらいわらわらと、前後左右何処からでも■みたいな形した、やけに鋭利なフォルムの魔道兵器が出てきましてね。これは一歩、踏み越えたと思いました。メメントモリ。まさに死を思っちゃいましたよ。……けどやっぱり、あの人は一味違いましてね」


●・まさか、戦ったんですか……?


隊・「はっ、まぁ間違っちゃいねぇよ(笑)」

2・「戦ったわよ、もちろん(笑)」

1・「後方の敵に対して、ね」


●・それは、ようするに?


1・「彼は、誰よりも早く逃げましたよ。……っぷ、くははは! 信じられないでしょう? 自分が行きたいって言ってたのに、トラップに引っかかったら全力で敵前逃亡! 常識はずれにも程がありますよ!(笑)」


●・それはまた……。いいんでしょうか、そんな事を記事に載せても(笑)。


1・「いいんですよ。彼の行動は、それは確実に正解なんです。体の固まっていた僕たちも彼の逃亡につられる様にして動いてくれました。結果的に隊列も崩す事無く、彼は先頭に立ってがっつんがっつん魔道兵器を殴り壊してましたよ。それがまた恐ろしいくらい正確に『核』っていう、まぁ、人で言う心臓みたいな部分があるんですけど、それを拳で打ち抜いていくわけです。ほぼ一撃で倒していたから間違いないですよ。おかげで僕たちはほとんど戦闘することもなく、確実に出口に近づいていったんです。
 ……思えば、それがよくなかったな。『安心』しちゃったんですよね、少なくとも僕は」

2・「あたしなんか、あいつの背中を見れて死ねるんなら本望状態だったわ。緊張感っていう面では足りてなかったかも」

隊・「それで切り崩されたわけか。いきなり両サイドから敵が流れ込んでくるからよ……。死ぬかと思ったぜ」

1・「……出口付近で、混戦になりました。隊長の言うとおり、死ぬかと思いましたよ。でも、それでもまだ望みはあったんです。出口にさえ出てしまえば、後はひたすら逃げるだけだ。通信妨害のないところまで出て、救援さえ呼べば生き残る可能性はかなり高い。
 ―――でも、まだ僕は甘かった。隔壁がね、降りてくるんです。扉が閉まろうとするんです。もうすぐ出口だって言うのに、外の砂丘が見えているのに。そりゃあもう、あらん限りの悪態をつきましたね。クソッタレボケナスが、勝手にしまってんじゃねぇよ!! みたいな感じでしたか」

隊・「んなモンじゃなかったっての……。俺の人生の中でお前の悪態がナンバーワンだ」

2・「……聞いてないなぁ、私。とにかく敵潰すのにいっぱいいっぱいだったし」


●・それでどうなったんです? 副隊長は?


1・「……それで、いきなり念話が入りました。《バリアジャケットまだ生きてる?》って、これだけです。もともと彼、得意じゃないんですよね、念話が。受信がダメだって言ってたのを聞いてたから大声で、大丈夫です!って返事をしました。……その瞬間ですよ。背中で爆発が起こりました。訳が分からないままぶっ飛ばされて、接地した地点は既に外だったんです。次に『2』さんが飛んできて、最後が隊長でした。
 ……最後が、隊長だったんです。
 隔壁が降りきる前に見たのは『本気』の彼でした。初めて見ましたよ。■■や■、■■した魔道兵器が全部、■みたいになって彼の■■に■■していくんです。光の中で、金色の獣を見ました。顔が覆われる前、隔壁が降りきる瞬間、最後に見た副隊長は……、笑ってましたよ」

隊・「……そら、クソガキじゃねぇかよ……」

2・「ぐずっ」


●・助けは……?


1・「もちろん呼びました。けどね、十一分ですよ。●さんはどう思いますか? 目の前の、隔壁の、たった4m先に行けば副隊長が戦っているんですよ?」


●・……想像もつきません。


1・「……そう言ってくれると、まだありがたい。簡単に想像がつくはずもない。お偉方の諍いのせいで現場にとばっちりが来るなんて、あっていい筈が無いんだ。(注・分かっておいででしょうが、管理局本局と地上本部は何かと対立しています)
 11分後にきた局員に、僕たちは『保護』されました。僕たちの事はいいから副隊長を何とかしてくれと、助けてやってくれと頼んでも、彼らが優先したのは僕たちだった。僕たちが持っていた、映像記録だったんですよ。
 僕たちは転送の間際まで、必死に念話を飛ばしました。絶対に、すぐに迎えに行くからって。それまで死なないでくださいって。……届いていたのかどうかは分からない。だって彼は念話がへたくそで、隔壁だって降りてたし……、僕は……」

隊・「……今更なんだよ。結局俺たちは迎えに行けもしなかったじゃねぇか」

2・「転送されちゃったわけだしね……。そこまで弱ってた私たちがいけないんだよ」

1・「……うん。そう、だね」


●・彼のその後は、そのまま……?


隊・「いいや、最後まで見届けたぜ。モニター越しだったけどよ」

2・「綺麗な、すっごく大きな花火……打ち上げてくれたんだ」


●・……花火、ですか?


1・「ええ。副隊長らしい、冗談みたいな最後でした。腹が立つことがあるとよく言ってたんですよ、《チリも残さねぇほどに消し去ってやりてぇ》とかね……」


●・まさか……。


1・「ご想像の通りじゃないですかね。まずモニターが光りました、それこそ直視できないほどに。次に、画面を引いたんですよ、施設を映すのではなく、その場所全体を映すように。……馬鹿みたいな黄金の輝きが観測されましたよ。彼の魔力光で、ホント、質量兵器もかくやというような、大きな、それはもう巨大な金色のきのこ雲が出来ていて、あたりには金色の雨が降っていて、とても綺麗でした。……物理破壊の殺傷設定。彼の事だ、なんの躊躇いもなくカマしてやったんでしょうね。……僕は、しばらく涙が止まりませんでしたよ」

2・「そこで終わっとけば、結構いい美談になるんだけどね……」

隊・「まったくだ。あそこまで空気を読めねえ奴がいるとは思わなかったぜ」


●・……その事件は知っています。『これだから地上部隊は……』ですね?


1・「■してやろうと思いましたよ」

2・「実際■しそうだったしね」

隊・「半分位は■してやったからな」


●・当時の艦長が吐いた暴言らしいですね。そしてその陸上部隊の仲間達が暴れに暴れて、次元航行艦が壊れるまでやったとかやってないとか。最後には勘弁してくれと言わせたらしいですが、この手の話は噂が先立って真実が語られることは稀なんですよ。そのあたりは、どうなんでしょう?


1・「さぁ、事実はもう闇の中ですよ。ただ、今言えるのは、あのときの僕ならエースオブエースにだって引けを取っていませんよ」

隊・「『死神』にだって勝てらぁな」

2・「―――けど、副隊長には負けちゃうんだよ。きっとね」





。。。。。





さて、ここまで読んでくださった方、どう感じましたでしょうか。

正直私は、話だけでは分かりませんでした。直に会ってみたかった。その思いが募るばかりです。きっと私は彼の百分の一すら理解していないに違いありません。
ただ、想像してみるのも面白いもので、彼だったら、と考えるのが最近の癖のようになっています。
一度調べてみると止まらない。次から次へ新しい彼の事を知りたくなります。

皆様の心のどこかに、彼の名前を刻んでください。


彼の名は───。





。。。。。





「うわぁ、地上にはすごい人がいたもんだねぇ」

「はぁ? 何あんた、そんな嘘か真かわかんないような記事信じてるの?」

「え、信じないの?」

「だってそんなの捏造しようと思えばいくらでも出来るじゃない。チラッと読んでみたけど、ちょっと信憑性薄すぎ。あんまり無用心に何でもかんでも信じると馬鹿みるわよ」

「そんな事ないよ。金の魔力光は良い人の証なんだから」

「でた……。また『私の女神様』?」

「えへへ~、そう! 綺麗で、カッコよくって、それですっごく強くって!」

「あ~はいはい。毎回毎回話すたびに誇張されていって、それこそ何処までが真実か分からないわよ」

「全部ホントなんだってば!」

「うっさいっ! 大体、良い人ってねぇ……、それなら死神とか呼ばれてる人はどうなるのよ?」

「き、聞いた話によると、良い人……みたいだよ?」

「……はぁ、もういいわよバカ。ほら、来週は試験なんだから何時までも雑誌読んでないでコンビネーションの確認するわよ」

「はぁい」







[4602] nanosts02 私の女神様
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2011/05/14 22:52

02/~私の女神様~





ねぇ、神様ってさ、信じてる?

初めてパートナーにそう問いかけた時、その時の彼女の顔を私は一生忘れることはないだろう。
とても珍妙な顔をしていた。思わず笑いが出てしまうほどに。

パートナーは現実主義者だ。私の問いに彼女は、馬鹿じゃないの? と驚くほど端的に回答をくれた。次いでこちらの脳の心配をするものだから少しだけ、恥ずかしい質問をしてしまったぁ、と後悔したのを憶えている。

さておき、斯く言う私は、実は半分だけ信じている。

そういう体験をしてしまったことがある。今考えてみれば、もしかしたらそれは『人間』だったのかもしれないが、私にとっては女神様だったのだ。
半分だけって言う理由は、私は神様がそれぞれの心に宿る存在だと思っているから。

全知全能の神様を信じている人を、私は否定しない。だってきっと、その人にとってそれはその人の神様だから。だから他の何を信じていても否定しないし、神様の存在を信じていない人も否定しない。もちろん肯定できるかと言われれば、それはそれで考えさせてもらうわけだが。

私が半分だけ信じている女神様は、もしかしたら違うのかもしれないかもしれないけど、その女神様は、私を絶望のふちから救い上げてくれた。
私を助けてくれた人と、私を救ってくれた女神様。
私の尊敬する人と、私が心の底ではなく、半分くらいから信じている女神様。

助けてもらうばかりの自分がイヤで、そんな自分を変えたくて選んだ道。後悔はしていないし、これからもきっとしない。
ただあなた達のようになりたい。なってみせると、心に誓う。





。。。。。





0071年4月29日。
その日、スバルの周囲は燃えていた。

父に会うために空を経由し、空港に着いた。
姉と一緒に売店で買ったアイスクリームがとても美味しく、にこにこと笑顔がこぼれた。その後もちょいちょいと売店を冷やかしながら父にあったら何を話そうかと心躍らせていた。一緒に来ている姉の事か。それとも最近少しだけ教えてもらった格闘技の事か。近所のネコにひっかかれたことは黙っておこう。きっと笑われる。

そんな考えにふけっていると、少しだけ溶けたアイスが垂れ指に付いた。スバルは舐め取ろうかと思ったのだが子供心にそれは駄目かなぁと思いなおし、後ろから付いてきているはずの姉を振り返―――。


「ふぇ?」


始めに感じたのは揺れだった。
足元がおぼつかなくなるほど強力な。

そして、

鼓膜が破れるかと思うほどの激音、爆発。
手に持ったアイスが何処かへ吹き飛んでいった。


「っやぁあ! お姉ちゃん!!」


……。

一瞬の静寂の後、周囲の人間が慌しく遁走し始めた。
幼い身体では人波に乗ることも出来ず、勿論逆らうなど論外。スバルは押され、倒され、蹴られ、その視界に姉の姿を確認できないまま、いつの間にか意識は飛んでいた。

……?

そして、熱で身体が焼ける感覚で目を覚ましたかと思うと、周りの様子がまったく変わっていたのだ。
燃え盛る炎と、コンクリートを溶かし発生する煙。

とにかく死ぬと思った。ここにいたら死ぬだけだと。
本来災害にあったら動かないことが一番らしいが、そんなことを考える余裕は、その時のスバルにはすでに無い。一緒に来た姉に、助けてもらうために移動を開始。ふらふらと頼りない足取りで姉であるギンガを探し始めた。


「お姉ちゃん……、どこぉ?」


弱々しい声は何処にも届かない。
あたり一面は煙と炎。目をまともに開けられない。そんな状態で姉など見つかるはずもなく、それでも幼いスバルは姉の姿を追い求める。

そしてその視界に巨大な女神像を入れたとき、ようやくここはエントランスということに気が付いた。
それはそうだ。まさか意識が無い間に大移動しているはずも無い。

スバルは何となく、稼動していないエスカレータを降った。子供心ながらに煙を余り吸ってはいけないと気付いたのだ。だから下に、下に。足を踏み出せば靴が、底面のゴムが焼けるニオイ。


「お父さん……、お姉ちゃんっ!」


いるはずも無い父を呼ぶ。もしかしたら助けに来てくれるかもしれない。
あと少しでエントランスホールを抜ける。そう思ったとき、自身の隣でまたも爆発が起こった。


「ぎゃっ!」


爆煙に包まれ数メートル吹き飛ばされる。もういやだ。心底そう思う。なんでこんな目にあうんだ。
先ほど階上で見かけた女神像の前に飛ばされ、死んだらどうなるんだろうかと考えた。もしかしたらこの女神様が連れて行ってくれるのだろうか。そんなのは嫌だ。
スバルは考えて、ああ、祈ろう。死にたくない。誰かが死ぬのもいやだ。姉の無事を、自身の生存を祈ろう。


(……お願いします。死にたくない。お姉ちゃんも、私も、皆、死にたくない。助けて、助けて)


自身より先に姉の心配が出来る。誰かを傷つけるのも、誰かが傷つくのを見るのもいやだ。
そんな、心優しい少女の願いを、

知ったことか。

そう言わんばかり。

女神像の台座が熱疲労でぼろりと崩れた。そしてそれは当然の如くスバルのほうに傾く。


「……あ……?」


死ぬ? 死ぬ。潰されて死ぬ。この加重には耐えられないだろう。ああ、死ぬ。自身のスペックではこの危機は乗り切れない。脳の裏側でそんなことを考えた気がする。

瞬間に心を絶望が支配した。
諦めた。生を手放しかけた。

しかし、


「あ~らら、女神様が子供ぶっ潰してたら世話ないよ」


もう一人の女神が現れた。同時に目を奪われた。それはまるで完成されたナニカのようだったのだ。


「―――、撃、ぉ…」


女神同士でケンカでもしているのだろうか?

もう一人現れた片翼の天使は一枚だけ羽を散らし、黄金の軌跡を残し、空を駆けた。アレが天使の羽なのか。輝く拳は夢のよう。
瞳に焼きつく長い金色の髪の毛をなびかせて、彼女は拳を、


「――――――!!」
『――――――』


その拳はスバルの心を砕いた女神を、さらに粉々に砕いた。美しかった。綺麗で、気高い眼差し。この世のものとは思えなかった。
そして人形のように精巧に作られている口元をニヤリと歪める。


「ざまぁ!」


口は、少し悪いようだ。
空中でFU●Kサインを繰り出した彼女は軽い身のこなしでスバルの隣に降りたった。


「よっス」

「……あ、うん」


炎が立ち上り煙が舞う中、ここは別の空間のように感じた。
もっと別に言うことがあるだろうと思ったが、いかんせん頭は混乱の真っ最中。スバルは妙な生返事しか返せない。


「お前さ、あんな状況で馬鹿みたいに突っ立てちゃ駄目だよ、猫じゃねぇんだから」

「ご、ごめっ」

「あぁ、いいから。で、何か言うことはなかったわけ?」

「……助けてくれて、ありがとう」


自信なさげにスバルは呟いた。
言うことはなかったのかとは、どういう意味かよく分からなかった。そしてそれでも考えてみるならば、思うにあの時言うことはなかった。
女神の彫像が倒れてきた時、まさに世界に裏切られた気がした。一瞬にして心を絶望が埋め尽くし、確かに諦めた。まさか別の女神様が助けに来てくれるとは思いもしなかったのだ。
だから、言うべき事はなかったけれど、いま、助けてくれて、ありがとう。心を込めて、そう言った。

しかし、


「ばっか、ちげーよ! 『助けて』だろ、た・す・け・て! 居もしねえ神様なんかに祈って……ばかじゃねぇの?」


まさか、ばかじゃねぇのと一蹴されるとは思いもよらなかった。それは幼いスバルにはショックで、周りは轟々と音を立てて燃えているのに自分は一体何をやっているのか、そう思うほど。
さらにもう一つショックなのは、神様否定。


「でも、女神様は…」

「あん?」


この人は(便宜上人と呼ぶが)、この人は人には見えない。

スバルは幼いながらも自身の身体の事を理解している。当然、他の人間とは捉え方が違うであろう視覚情報の事も。
普段は意識して眠らせている機能であるが、危機が迫ったことによる強制解放により今のスバルは常人よりも遥に視覚による情報が多い。その視覚情報を理解し、そして理解した上で考え、スバルはこう言った。


「人?」

「……はい?」


『人間』には、『視えない』のだ。。体中を這い回るように何か違うものが『居る』。普通の人間ではありえない、特殊な身体構造をしていた。
だからスバルは絶対に『女神様』が自分を助けに来てくれたものだと思っていた。


「人間、なんですか?」

「あ、ああ~、はいはいはいはい、そゆことね。なるほど、ん~、ふひひ。
 ……ホントはこの事誰にも言っちゃダメなんだけど特別だぞ? 実はね、神様は今この世界には居ないんだ。たくさんの世界があるからな、ちょっと出張中。だから変わりにお……私たちが皆を助けてるんだよ。ホントは最後まで諦めないやつの前にしか現れないんだからな。諦めなければ何とかなる、ってね。 っとと、ヤベ、もう来るな……。ほらほら、いいから言ってみろ『助けて』だ」

「え、あ、たすけて……?」


理解が追いつく前に催促される。

神様が出張中? そんな馬鹿なとは思うものの妙に説得力のある態度と台詞。
本当に、そうなのかもしれない。と思うほどには自信を感じた。


「もっと大きく!」

「た、たすけて!」

「MOTTOMOTTO!!」

「った、たすけてえ!!!」


妙な会話。この人(?)は助けてくれないのか?
スバルは急に不安に駆られた。本当は最後まで諦めない人の前にしか現れないという『女神様』。自分は一度諦めてしまっている。もう終わったと思ってしまった。だからもしかしたら本当に助けてくれないのかもしれない。

しかし……、しかしそれは先刻までの話だ。命を拾って、光明が見えてしまった。可能性を感じてしまった。生きたい。死にたくない。絶対に、絶対に!

だから、


「誰かっ! ったすけてええぇええぇぇええぇえ!!」


肺の空気が全部抜けきってしまうかと思うほどの大声を出した。思えば人生で初めてかもしれない。

そうして天井は破られた。爆音と共に。


「ひぁっ!」


瓦礫が少しだけ遠くに落ちる。

また爆発かと思ったが、違った。濛々と煙が立っている中から声が聞こえたのだ。


「聞こえたよ、あなたの声!」


諦めなければ何とかなる。言ったとおりだ。なんともう一人の天使が舞い降りたではないか。神様がいないなんて、嘘だ。


「遅くなってごめんね、もう怖くないよ」


そう言って白い、少し遅れてやってきた人間は周囲に防御結界を張った。
ありがとう。心の底からそう思った。助けに来てくれたこの人に、絶望を打ち崩してくれたあの人に。


「あ、ありが―――、あれ?」


頭上を見上げていた視線を戻すと金色の彼女の姿は既に無かった。


「どこ?」


あたりを見渡すも、何処にもいない。
探そうにも周囲には結界が張ってあり移動不可。本当にあっという間に消えてしまっていた。

不意に動かした足にこつんと何かが当たった。


「……あ」


ふ、とスバルから笑みがこぼれた。

ああやっぱり。なんだ、そうなんだ。

それは一つの薬莢。これと同じようなものを昔、母が使っているのを見たことがあった。どうにも昨今は女神様もデバイスを使うようである。
何度も、何度も何度も再利用したのであろう。金色の塗装が殆んど剥がれ落ち、半ばそれは鋼にくすんでいる。どうあっても古ぼけた印象は拭えないが、しかしそこには彼女の証があった。彼女自身の黄金が残っていた。
ふわりと消えた魔力の残滓を見届けた時に何となく、彼女はもうここにはいないんだと確信してしまった。違う人を助けにでも行ったのか。
それとも、もしかしたら本当に神様を出張先から連れ戻しに行ったのかもしれない。


「―――安全な場所まで、一直線だから!」

「……っはい!」





。。。。。





だからスバルは絶対に諦めない。

自身の油断からパートナーが足を痛め、昇格試験は崖っぷち。パートナーは優しい。自分の昇格は次回でいいからと、憎まれ口をききながらも背中を押してくれた。

だけどそんなの駄目だ。一緒でなくては、ティアナと一緒でなくては意味がない。

絶対に合格する。

強くなると決めた。安全な場所まで一直線に届けてくれた彼女のように。
強く生きると決めた。決して軽くない絶望を打ち砕いてくれた彼女のように。

そのためには―――、


「諦めちゃ駄目だ。諦めなければ、何とかなる」


だから、


「ウィングぅ、ローッド!!」


拳を地面に打ちつけ術式発動。空中に足場を形成。廃ビルの一室までそれを伸ばした。
壁の一枚向こう、そこではティアナのフェイクシルエット、己の姿を映し出す魔法が囮になって相手の動きを撹乱している。スバルには出来ない幻影魔法を駆使し、必死になっているはずだ。
ただでさえ魔力を食う魔法で、ティアナの総魔力量はそう多くない。今は限界を迎えながらも魔力をひねり出しているだろうことは分かりきっていた。
無駄にはしない。しっかりと胸に刻みこむ。

スバルはゆっくりとクラウチングスタイルをとった。額に撒いたハチマキと、短めにまとめている髪の毛が風になびく。ローラーブーツはいつでも発進できるように地面を削っていた。

不器用だ。いつもそう思う。
空を飛べるわけでもなく、ティアナのように器用に魔法を使えるわけでもない。遠距離攻撃など適正外。出来ることといえば、クロスレンジでの格闘くらい。

いい。性に合っている。それしか出来ないのだから、それにだけ集中できる。

ティアナが聞いたら怒るだろうか。いつも自分のフォローに回ってもらっているし、迷惑なんかかけっぱなしだ。試験に合格したら何か奢らなければなるまい。いつもありがとうって。

そしてスバルは呼吸を少しだけ浅く保ち、目を瞑った。


(いける……、いつでも)


トクントクンと『心臓』が血をめぐらせる。
準備は万端。いつでも……。

そして、


(スバル、いって!!)


ティアナからの念話が入った。
落としていた瞼をぱちりと開き、目標へ。


「―――っ! いぃっくぞぉぉお!!」


廃ビルへと続くウィングロードを一気に駆ける。なかなかの好スタート。徐々に加速は増し、目標は壁一枚向こう。
まずは壁を、


「ぅうおおおああっ!!」


あらん限りの力を込めてぶち抜いた。
いつでもMAXで、本気で、全力。自分が弱いことなど分かっている。余裕を持つ事なんてない。

破壊した壁が粉末状に舞い視界を塞ぐが、スバルは慣性もそのままに目標を、丸くてずんぐりとした印象を受ける敵役を殴りつけた。
張ってあるバリアに阻まれるが、それでもスバルは力を緩めない。干渉光が弾けた。

相手のバリアやプロテクションを破るには二通りのパターンがある。
一つはバリアの魔術構造を解析、綻びを見つけ進入し、そこから強制解除するパターン。これが所謂バリアブレイクである。
もう一つが力任せに、真っ直ぐに、相手のバリアに真っ向から強制進入し、力で壊すパターン。

スバルはティアナとは違い、細かな魔力操作が苦手だ。事実、幻影魔術など練習を重ねても一向に発動持続する気配すらない。
それであるならとるべき選択肢は既に決まっている。


「ふッ、んぉおああ!」


ばしゃ、ばしゃ!とリボルバーナックルに二発カートリッジをロードした。拳に魔力を上乗せる。
じりじりと光が弾ける中、ゆっくりと、指先がバリアを貫いたのを感じた。
構造上の問題として、バリアは内側からの衝撃に弱い。


「―――っ! っうお、ぉりゃああ!!」


当然、スバルはその性質を利用し、貫いたバリアを引っこ抜くように打ち崩した。バラバラに砕け散ったバリアが薄く発光しながら空気に溶けていく。

同時に危機を感じたのか、目標の魔道機械から魔力弾が打ち出された。
真っ直ぐに顔面へとめがけて飛んでくるそれを、スバルは射線に拳を割り込ませ、間一髪のところで防御。リボルバーナックルを通してびりびりと衝撃が響く。


「っつぅ……!」


少しだけ顔をゆがませ、壁を壊して出来た煙にまぎれるように距離をとった。ふっと短く息を吐き、両の拳を腰の横に引く。身体を前傾に倒し、準備は完了。
シューティングアーツ。それを自分なりに、戦いやすいように改良した。いや、もしかしたら改悪かもしれないが、それでも自分にはこれが合っている気がする。

ぱきぃぃんと、硬質な音を残し足元にベルカ式の魔法陣が展開された。ガリガリ地面を削り続け出番を待っているローラーブーツを、前に出した片足で何とか踏み止め、同時に揺れる、首から提げた一つの薬莢。塗装の殆んどが剥がれ落ちているそれは鈍く輝いた。

脳裏に浮かぶのは女神を壊した女神様。空から降ってきた白い人。救われた命を、燃え尽きなかったこの身体を、一生懸命使って、そして諦めない。

だからお借りします。あなた達の、衝撃の、


「―――ファーストブリット!」


大丈夫。やれる。出来る。
この魔法の成功率だって高くないけど、きちんと真っ直ぐ飛んでくれるか不安だけど、それはどうでもいいんだ。
己の得意分野はあくまでも接近戦。

諦めなければ、


(何とかなる!)


追加してロードしたカートリッジに反応し、右手を覆うリボルバーナックルが音を立てて回った。腰の真横で起こるその音は、もう随分昔に慣れ親しんだモノ。
そしてもう一つ、貫き手のように鋭く指先を伸ばした左手。そこには手首の辺りに、目に見えて強力と分かる攻性魔力の塊が集まった。

一撃必倒。ではなく、


「……二撃っ、決殺ぅ……!」


言い終わると同時か。ばぁんっ!!と銃弾が弾けたような轟音。ローラーブーツが地面を破壊した。スピードレーサーも置いてけぼりを食らうようなスタートダッシュ。

刹那に迫った目標を、スバルは魔力強化した左手で、まるでアッパーカットのように下から攻撃。人とは違い顎があるわけではない。そのずんぐりとした丸い腹部(?)を貫いた。
指先に若干の抵抗は感じたものの、それでもこの身は人にあらず。この程度、どうあろうか。

そしてスバルは左手を握りこむ。手首に残すディバインスフィアに誘爆させないよう気をつけて、


「んにぃっ! フィスト、エクスプロージョン!!」


どぅんっ! 明らかに曇った爆発音。


「――――、――!―――」

「―――ディ」


まるで感情でもあるかのように若干うろたえるような仕草を見せた目標を無視し、スバルはその体内の配線やら何やらを毟り取りながら貫き手を引き抜いた。


「バァ、」


そしてその左手にはスフィアは存在しない。当たり前のように、体内に置いてきた。
ばしゃ、ともう一つカートリッジロード。


「イ」


奥歯をかっちりかみ締め、右の拳で、


「ンッ!」


ごん、と少しだけ固い感触を残し、自身の魔力弾を殴りつけた。
同時にディバインスフィアは目標の体内で指向性を持ち、


「―――バスタアアアア!!」


弾けた。
その目標にもし感情というものがあったのなら、『もう無理ポ』であっただろう。
体内にとどまる事はなく背面に伸びるバスターはビルの壁を突き抜け、空中に一本の線を描くように光を放ちゆっくりと消えていく。
耳が痛くなるほどの爆音の後に残ったのは、上腕に張り付いた断面のみ。
完全な内部破壊。普通の人間相手ではこうはいかないだろうが、機械程度を相手にするならちょうどいい。
射撃は苦手だ。バスターの射程は本家と比べ物にはならない。だったら直接くれてやる。

そうしてスバルはドキドキと高鳴る鼓動を感じ、にっこりと笑顔を作った。


「……ぇへへ。どうだっ、私の『衝撃』は!」





。。。。。





「ほらほらほらほらっ、急げ急げ!!」

「時間は!?」

「あと……十六秒! まだ間に合う!」


同時にスバルに背負われているティアナが拳銃型のデバイスから魔力弾を打ち出した。それは寸分違わず最後の目標に命中し、クリア。これで敵役の目標たちは全て破壊した事になる。
後はゴールに間に合いさえすれば一応試験は終わりだ。合格できるかどうかは別にして。


「ナイスショット、ティア!」

「当然!」

「―――よぉし! 魔力っ、全開!!」


そしてスバルはあらん限りの魔力をローラーブーツに流し込んだ。魔力に反応し車輪は回る。スピードはぐいぐい上がっていき、周囲の景色がすっ飛んでいく。

これなら間に合う。スバルは確信した。
だが、お約束と言うものがあり、それは当然二人の身に降りかかるのである。


「ちょ、ちょっとあんた! 止まる時の事ちゃんと考えてるんでしょうね!?」

「ほあっ!?」


耳元から聞こえる声に動揺を隠せなかった。
正直、考えてない。あはは、と乾いた笑いが出てくる。


「じょぉっだんじゃないわよ!」


ぱかんと頭をはたかれた後に馬の手綱を引くように髪を引っ張られるのだが、そう、冗談ではない。
既に止まることは出来ないこの加速と、たった今ゴールを越えて、ぐいぐい近付いてくる正面の壁。


「ごめんティアー!!」

「ぃぎゃぁーっ!」


死ぬことはないだろうが、怪我をするかも。そうなった場合、背中だけは守りきってみせる。
スバルは意を決し、ぎり、と歯を食いしばった。背負うティアナの尻を握りこみ「いたたたっ!」何か聞こえた気がする。

しかし壁が迫り来るその瞬間、スバルは視界の端から正面に入り込んでくる影を捕らえた。
やばいとか、まずいとか、そんなことを考える暇すらなかった。きっとぶつかって、その後になってとんでもない結果が―――。


「―――まったく、何をしている。減点だ」


どん! ではなく、がつん! でもなく、ふわりと。
慣性なんて何のその。始めから存在しなかったかのよう。

スバルとティアナはひどく柔らかい何かに優しく止められていた。
鼻腔をくすぐる優しい香り。顔面をふにふにした柔らかいものに突っ込んでいる感覚。
いったい何があって、何に顔を埋めている?

そしてその答えは、背中のティアナが教えてくれた。


「……でっか……(乳的な意味で)」


ああ。そうか、これ……おっぱいだ。



















・スバルのディバインバスターは、ソルの「タイランッ、レイヴ!!」とか木村の「すべてはこの一撃のために……ッ! ドラゴンフィッシュブロー!!」とかをイメージしてもらえると助かり申す。



[4602] nanosts03 使い魔事情
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/06/07 13:40


03/~使い魔事情~





「まだ直らんなぁ、その不機嫌まゆげちゃん」

「え、あ、っとと……ゴメン、なんかもう癖みたいになってて」

「せっかくの可愛い顔が台無しやぁ」


言われてコシコシと眉間をこする。
先ほど面接をしていた二人にも申し訳ない。妙な威圧感を与えていたかもしれない。
ふぅ、と息を一つついてにっこりと笑顔を作った。うん。大丈夫。


「なおった、かな?」

「うんOK。ちゃんと気にしてなあかんよ? そんなやから死神フェ―――」

「わ、わーわー! やめてっ、私の黒歴史だよそれっ、今は全然そんな事ないから!」


パタパタと慌てて同僚の口を塞いだ彼女、フェイトは静かに辺りを見回した。
食堂。人の多い場所だ。当然の如く数人と目が合うのだが、


「―――っ!」

「……、あ、用事思い出しちゃったなぁ、仕方ないなぁ、行かなきゃなぁ……」

「っひぃ!」


不自然に目を背ける者、急に用事を思い出す者、あからさまに悲鳴を上げるものまで。
はぁ、と心中ため息をつきつつ、隣でクスクスと笑っている同僚にじっとりとした視線を送った。


「いやん、そんな目で見んといて。ドキドキしてまうやんか~」

「あぅ……もう、ダメだよ はやて、せっかく皆忘れかけてるのに……」

「んふふ~、ええやんかぁ『死神フェイト』。かっこいいよ?」


そう。フェイトは一時期、死神と呼ばれていた。
どこの中二病患者だといわざるを得ないが、もともとの精巧な顔立ちに加え、赤い瞳という特殊性。黒を基調にしたバリアジャケットに、鎌の形に変わるインテリジェントデバイス・バルディッシュ。さらにはこれも幼少の頃から愛用しているテルミドール・クノッヘンの、その余りにも不気味な意匠。あまり感情をそのまま表に出さない大人しい性格も噂を広げる役目を担っていた。

そして、


「もう結構になるなぁ」

「……うん、そうだね」


なのはの負傷。その精神的なダメージも抜け切らないままに、


「死んでもーたなぁ……」

「うん、死んじゃったね……」


ディフェクト・プロダクト―――死★亡。
その事実は、残されたものに様々な変化を及ぼしたが、特に酷かったのがフェイト。顔面神経痛になったかと思うほどにその表情は硬く強張り、今でも眉間にしわを寄せる癖がなかなか抜けない。さらに当時は他人に全くといっていいほどに興味が持てず、執務官任務で犯人逮捕の際は情け容赦手加減一切無用。機械的にサーチアンドデストロイを繰り返していた。

そして付いたあだ名が『死神フェイト』。
もちろんその安っぽい二つ名をそのまま体現するように、その後も死神活動は続くと思われた。
しかし心にぽっかりとあいた穴は時間の経過と硬い絆で徐々に埋められていったのである。己の使い魔、少しだけ『行き過ぎている』友人たち、兄の親友達。それぞれが心から心配してくれて、それぞれに多大な迷惑をかけた。

立ち直らなければいけない。
心底そう思って、もっと優しくなると誓った。


「そんな顔しなくても大丈夫だよ、はやて。兄さんの事は忘れることなんて出来ないけど……絶対、出来ないけど……それでも、思い出にはしてみせるから」

「……フェイトちゃんは、大人なんやね。私なんか未だに、こんなときディフェっちゃんやったらどうするやろ~とか、こんなときディフェっちゃんがおったらなぁとか、そんなんばっかり考えてまうよ」


少しだけしんみりした空気の中、はやてが言った。
こんなときは騒がしい食堂がありがたい。沈みすぎずにすむ。


「そんなの、私も同じだよ。同じ顔で同じ魔力光なのに、兄さんにはいつまでたっても追いついた気がしないんだもん。不思議だね、私のほうがずっと魔道師経験長いんだけどな」

「そやねぇ……。ふふっ、確かにわけの分からん輝きはもっとったかもなぁ」

「分けわかんなくないよ。兄さんは強くて、かっこよくて、皆の為に一生懸命戦ってくれたんだから」

「いやいや、フェイトちゃんは美化しすぎやって。ディフェっちゃんの本質はどっちかと言うとダメ人間や」

「そんなことっ! ……そんな、こと……」

「そんなことぉ?」

「……あるかも」

「せやろ?」


顔を向かい合わせてけらけらと笑いあった。
同時にああこれだ、としっくり来る感覚。
結局、いつものところに落ち着く兄の話題。いくら沈んでも、行き着くところは笑いになってしまう。
ああ、なんて素敵な人間だろう。あなたの妹で、姉で、とてもよかった。





。。。。。





無言。喋らない。というか、喋れない。

二人して失礼しますと頭を下げ、隊舎を抜けた。それから一言も喋る事無く、適当に見つけた芝生に座り込み、同時にはぁぁと長いため息をついた。
そしてようやくティアナが一言。


「……こっ、こここ」

「うん……」

「こ、こっ怖かったあっ!!」

「ほんっとに、怖かった!!」

「うっさい馬鹿スバル! ホントに怖かったんだからっ!!」

「私だって怖かったよ!」

「いいや、絶対私のほうが怖かった! 何か知らないけど頭のてっぺんからつま先まで見られたのよ、私は!」

「私なんて『……ふふ。バスター、すごかったね』だよ!? あ、あんな顔して言われても……。や、やっぱ怒ってるのかなぁ? 近距離適正型の私が、ほ、ほ、砲撃なんてっ! 全然飛ばないし! ねーよって思われたかなぁ!?」

「あーもう、うっさいうっさい! とにかく怖かったの!」

「うん、怖かった!!」


もちろん、この二人に過剰に畏れられているのはフェイトだ。
フェイトとしてはティアナの事は普通に見ただけだし、スバルにいたっては素直に賞賛したつもりだったのだが、噂の力はやはり強い。


「『死神フェイト』って、やっぱ噂だけじゃないんだね……」

「ちょ、ばっ、誰かに聞かれてたらどうすんのよ!? あの人そういわれるの好きじゃないのよ!」

「わわっ」


そしてキョロキョロと二人同時に辺りをうかがった。
辺りに、少なくともさっきのスバルの呟きが聞こえる距離には誰も居なかった。ほっと息をつき一安心。


「よかった、誰も聞いてないみたい。ちょっと迂闊よあんた」

「ゴメンゴメン、気をつけるよ」


まったく、本当に反省しているのか。にひひと笑いながらスバルは頭を下げた。
それにしても、


「……機動六課、かぁ」


ごろりと芝生に寝そべって、ティアナが言った。隣にはスバルが同じように空を見上げている。


「スバル、あんたはどうすんの?」

「ん~、私は行ってみたいな。なのはさんに訓練してもらえるなんてラッキーだし……。
 ティアはなんでそんなに悩んでるの? ちょっと怖いけど、現役の執務官にアドバイスもらえて、訓練まで見てもらえるチャンスなんて滅多にないと思うよ?」

「そう、だね」


ちょっと怖い? すごく、だろう。簡単に言ってくれるものだ。
ティアナは口から出そうになるため息を飲み込み、目を瞑った。
遺失物管理部の機動課といったら生え抜きのエリートや特殊能力持ちが集まる場所だ。正直、疑問が浮かぶ。何故自分を六課に誘うのか。
強くなる努力は惜しんだことはないし、現に今も向上心は持っていると思う。しかし自分の実力とその限界は、やっぱり自分が一番分かっているのだ。

たとえば今、スバルとティアナが戦闘になったとする。すると十中八九、ティアナが勝つだろう。
スバルは苦しくなると勘を頼る所がある。防御障壁を張るタイミングもワンテンポ遅いし、そこを付けば傷一つ負わない可能性だって出てくるかもしれない。

しかし伸びしろいっぱいに成長したスバルとティアナでは、確実といえる可能性を残してスバルが勝つ。スバルの長所を伸ばし、短所を切り捨てればそうなるのは必然のように思えた。
そう、ティアナは気付いている。どれをとっても一流になれない自分に。伸びしろの短い自分に。そんな自分を何故誘うのか。


(きっと、私は……)


おまけ、みたいなものではないだろうか。
今までずっとスバルと共に過ごしてきた。よく懐かれている自覚もある。だから。

薄く目を開け、首だけを動かし隣のスバルに視線を送る。
すると、何故か吐息がかかるほどに接近し、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているスバル。鼻先は触れあい、後数ミリで口づけ寸前。


「ぎょっ!」

「あはっ、変な悲鳴~。ぎょっ、だって!」

「う、うっさい! 大体あんた接近しすぎよ! 離れろぉっ!」


全背筋を使い離脱、しようとするのだが、今度はスバルの腕ががっちりとティアナの肩を掴んだ。
わけが分からない。何がしたいのか、一向に。


「な、なんなのよ!? ちょっとあんた―――」

「―――行かないよ」


不意に、スバルが言った。
先ほどとは打って変わって、真摯な眼差しに、表情。同性のティアナさえもドキリとさせる眼光。そしてその口から出た言葉。すべてがティアナの心に刺さった。


「な、にを……」

「ティアが行かないんなら、私も行かない」


そしてスバルは自らの額をティアナにのそれにくっつける。同性でも、いや、同性だからこそテレが入るその距離で続けた。


「それでね、私はティアに着いてく。ティアが執務官になるまで、夢を叶えるまで着いて行く。だって私はティアがいないと走れないし、きっとまともに戦えない。私の癖も、私の身体も、ティアが知ってるから、知ってくれてるから安心できるんだよ。
 私たち、まだまだ半人前だよ。二人でやっと一人前なんだから、だから私はまだティアからは離れないし、ホントは……ティアだって一緒に居たいでしょ?」


『一緒に居たい』のところは意地でも賛同なんてしてやらないが、二人で一人前と言うのはその通りかもしれない。
しかしまぁ、何となく腹が立つものを感じるのも確か。


「……見透かしたようなこと、言わないで」

「ふふ~ん」


にやりとスバルが笑った。
何ともいやらしい笑みなのだが、それはティアナの心臓を打つ。ドキリというよりもギクリというような。本当に見透かされでもしているのか。鼓動が早くなる。吐息がかかる。少しだけ、頬が熱い。


「ねぇ、ティア……」

「なに、よ?」

「……ちゅーしよっか?」

「―――っ!?」


ぞろり。背筋を舐められたような不快感。
全身、毛穴という毛穴が一気に逆立った。不意に背中に毛虫が入ってきたそうな、完全に身の危険を感じたのだ。

この時どう動いたのかは分からない。しかしティアナは瞬時にスバルの硬い拘束を解き、


「するかボケェっ!!」


ばちぃん! と何かが破裂したような音。
ティアナの手のひらは正確にスバルの頬を打ち抜き、スバルは希望通りキスをすることとなった。芝生と。


「……いたひ……」

「あ、あああんた! まさか、まさかとは思ってたけど、あれなの!?」

「どれぇ?」

「あれよ、あれ! ……その、女の人で、ど、ど、同性しか愛せないって言うっ」

「レズビアン?」

「……そう、それよ……」

「あはは、違うよ~」

「……へ、え?」


ティアナの口からつい間の抜けた疑問符が零れ落ちた。

でも、それでは今の発言はなんだったのか。
知り合いに友達同士でキスが出来るという猛者を数人知ってはいるが、自身も、ましてやスバルもそういう類の人間ではない。スバルはどちらかというとキスとか、恋愛とか、そういう方面に疎いというか、余り関心がないように感じた。

まさか冗談、だったのだろうか。


(落ち込んでるの、本当にバレてる?)


だとしたら、うまい具合に気分を切り替えてくれたものだ。うん。私はなかなか良い友人を持っている。
と、ティアナが自己完結しようとしたときだった。さらなる衝撃が彼女を襲う。


「私はね、えへへ……、ティアコンなんだ」

「……ティア、コン?」

「うん。気付いたのは最近なんだけどね、私はティアじゃなきゃダメみたいなの。だからティアコン。ティアナ・コンプレックス!」

「だめって……なにが?」

「全部」


全部って何だ。よく懐かれているとは思っていたが、これは反則ではなかろうか。


「……へ、変態じゃない、あんた」


今度は完全に口からため息が漏れ出した。想定外にも程があるだろう。
ティアナはない、ない、と小さく呟き、するとふにゃりとスバルの表情が沈む。


「あは、ごめんね、なんか……。でもティアがどっか行っちゃいそうな顔してたし、そうなったらイヤだし、でも、ティアに付いて来るなって言われたら伝えられなくなるし、あはは……、何かちょっと、焦っちゃった。ホントごめん、気持ち悪かった?」


それにしたって、何か他にあるだろうに。
正直ティアナにはそんな気はまったくない。スバルと具体的にどうなろうとか、ましてやキスなどありえないと思っている。

しかし、気持ち悪いかと聞かれたらどうだろう。

確かにスバルの事は好きだ。
コロコロ変わる表情は好感が持てるし、戦闘中や何か深く考え込んでいる時の横顔などは、たまにドキリとさせるほど凛々しい。子犬のようにじゃれ付いてくる時なんかは可愛いとも思う。小に囚われず大を狙うといったようなその大味な性格も、逆の事をしがちなティアナにはよくあっている。

だがしかし、しかしそれは恋とか愛とか、そういうのではない。

だから、気持ち悪いかどうかと聞かれたら、


「……分かんないわよっ!」


こう答える。


「気持ち悪く、ないの?」

「だからわかんないって言ってんの。まぁ、なんていうか……気持ち悪いとかじゃないけど、何か変な感じだった。大体あんた、いきなりすぎるのよ。普通そういうのは順を追っていくもんでしょう?」

「じゅ、順を追っていけばしてもいいのっ!?」

「ああ、私はそういうのありえないから」

「(´・ω・`)」

「っぷ!」


本当に、可愛いやつだ。
少しだけ、気分が軽くなったかもしれない。これを狙ってやっているのなら大したものだが、恐らく違うのだろう。なにかをしようと思って行動すると急に演技くさく、不自然になるようなヤツだ。
そしてティアナはそこまで考え、ふとした疑問が浮かんだ。


「あー、あのさ、スバル」

「ん~?」


さもいじけていますと言う様に芝生をむしりとっているスバルに声をかける。


「あんたはその、身体の事とか、私を……な事とか、人に知られたらどう思う?」

「……、……ふぅ~ん、へぇ~」

「何よ、感じ悪いわね」

「ティアはこう言って欲しいんでしょ?『大丈夫! ティアなら六課に入っても絶対やっていけるよ! 人目なんか気にしないで、自分の全力を尽くせばいいんだから! だから結婚しよう、ティア!!』って」

「……」

「……」

「……言いたいことは、それだけ?」

「ごめんなさい」


ぐりぐりとスバルのこめかみに圧をかけた。
まったく、的確に痛いところを付いてくれる。私は私。他人は他人。分かってはいるのだが、コンプレックスはそうそう直るものではない。
だけど、それでも背中を押してくれる人物が居るのと居ないのではこうも違うものか。

うん。決まった。よし。

いいさ。やってやろうではないか、遺失物管理。先の事は分からないけど、今を生きる。全力で。
あうあうと呻いているスバルに少しだけ力を抜いて、


「スバル、私ね……やってみるよ、機動六課」

「―――うんっ!」





。。。。。





断じて言う。別に盗み聞きするつもりはなかった。
自分は昼寝の最中で、植木の陰になっている場所に居たものだから、ただ単純に向こうが気が付かなかっただけ。


(それにしても……、随分と怖がられてるねぇフェイトは)


そして自身の主を想った。
まぁ、仕方のないことなのかもしれない。一時期暴走状態にあったのは事実だ。それに悪いことばかりでもなかった。噂が広がれば広がるほど執務官任務も楽になったものだ。何もしていないのに拘束対象が命乞いをするような、そんな場面も何度かあった。

だが、やはり使い魔の身としては主にマイナスイメージをもたれるのはいい気分ではない。


(ちょいと一言、言ってやるか)


そしてがさりと音を立てて植木を抜けた。


「ん? うわぁ、カワイイ! 子犬だよティア!」

「なんでこんなところに? って、首輪にプレートまでついてるじゃない。何か書いてない? もしかしたら迷い犬かもよ」

「ん、ん~……、読めない。なんて書いてあるんだろ……。ん、裏にも何か書いてあ、あ……?」

「どうしたのよ?」

「あはは、はは……。どうしようティア」

「だから何?」

「……フェイトって、書いてあるぅ」

「っうそ!?」


この二人は何処までフェイトの事を恐れているのだろうか。
少しだけフェイトを哀れみながらアルフは口を開いた。


「あたしゃアルフ。これはね、『あ』『る』『ふ』って書いてあるんだ。管理外世界の言葉だから読めないのも当然だよ」

「うぅ……ティアぁ、何か喋ってるよぅこの犬ぅ」

「泣いてんじゃないわよ! っていうか、アルフって確か……」

「フェイトの使い魔さ」

「……」

「……」


二人して同時に固まったのを見届けたアルフは一瞬だけ光に包まれ、その姿を幼い子供に変えた。
フェイトに優しいエコモード。子犬フォームから幼女フォームへ。


「まぁ、色々聞かせてもらったけど……」

「い、いや違うんです!」

「私もフェイトも正直なやつのほうが好きだよ」

「言ってましたごめんなさい!!」


うん。楽しい連中のようだ。
くく、と咽喉を鳴らしアルフは笑みをこぼした。このノリ、どっかの誰かさんを思い出させる。


「まぁそれで、ちょいと誤解を解いてやろうと思ってね」

「ご、誤解というと?」


恐る恐る、という感じでスバルが。どうにもフェイトの使い魔ということでアルフまでそういう対象に入ってしまったようだ。
釈然としないものを感じながらもアルフは続ける。


「フェイト、あの子はねホントはすっごく可愛くて、優しい子なんだよ。あんた等があんまりボロクソに言うもんだからね、ちょっとフェイトの事を教えてやろうかと思って」

「いや、あの、私もギンね……、姉に聞いた限りではそう思っていたんですけど……」

「あの視線を目の当たりにすると、やっぱりって思っちゃうわよね」

「まぁ、そんな簡単に認識が変わるとは思っちゃいないよ。聞いた話じゃあんた等、あの子の部下になるんだろう?」


アルフの問いにティアナが当然と言った風に、


「再試験に合格したらの話だけど……まぁ、落ちる気はないからそうなるわね」

「ティ、ティア、そんな……。敬語使おうよ」

「……そうなると、思います」

「はっ、別に敬語は要らないよ。あたしゃただの使い魔だしね」


くだらない事だ、とアルフはばっさり切り捨てた。もともとそんな事気にする性分ではない。

まぁ、スバルの気持ちも分からなくはないのだが。
アルフの背格好は明らかに幼女のそれだ。しかし、それでも目上の人物の使い魔。敬語にもなろう。
だが、使い魔に階級はつかない。厳密に言えば階級が付くこともあるが、それは特例としてだ。殆んどの場合、扱いとしてはデバイスと同じ、その持ち主の『道具』ということになる。


(くだらない……)


階級がつかない。別にそれ自体に腹は立たない。
アルフ自身、フェイトの事を助けるのは当然の事だと思っているし、その在り方は道具のようなものだと思う。だが、その存在そのものを笑うのはどうだろうか。

現在、ミッドチルダ式とベルカ式の二つの魔法体系があり、近年では二つの特徴を併せ持つ『近代魔法』というのも表に上がりつつある。
魔法体系が増えるその中で、使い魔、守護獣は少ない。どころかさらに数を減らしつつある。ここ十年、契約破棄という形で姿を消した使い魔がいったいいくらいただろうか。

使い魔が減り続ける理由は様々あるが、簡単なものとして二つ。

一つがデバイスの高性能化。魔道師一人で出来ることが多すぎるのだ。
遠近問わずに戦闘は出来、バインドからバリアブレイク、果ては治癒まで。プログラム化された術式はインストールさえすれば誰にでも使う事が出来る。それをどれだけ扱えるかは魔道師の力量次第だが、一応発動はするのだ。
そのために錯覚する。これだけの事が出来るのなら、魔力を消費し維持が大変な使い魔はいらない。そう考える魔道師は驚くほど多い。特にルーキーには顕著だ。

二つめ。
管理局だけでなく魔道師全体に広がっていることだが、『使い魔を持たないことがステータス』。昨今の魔道師業界はそうなりつつある。
確かに使い魔を持つことは自分の弱点を晒すことに等しい。
戦闘中、使い魔が主にべったりとくっついているのなら防御が苦手なのだろうと判断するし、逆に前に出る使い魔を従えているのなら機動に自信が無いか、それとも射撃が得意なのか。使い魔の挙動を見るだけで何となく予想がつく。フェイトのように、防御が薄いのに自身も使い魔もガツガツ前に出る魔道師もいるが、それは稀だ。
そのため今や『戦闘者』が使い魔を持つことは恥ずかしいことのようになっているのだ。

アルフにはそれが理解できなかった。
分隊に一匹、防御専門の使い魔を置いておけば攻撃に集中できるだろうと考えるし、魔道師一人に使い魔一匹と決めてしまえば単純に考えて人員的戦力は倍になる。もちろん製作者側の腕がなければ良い使い魔は出来ないのだが、それでも人手不足にひーひー言っている管理局にはいい人材ではないだろうか。


「まったく、ままならないねぇ」

「えと……、それでフェイトさんの可愛いとこって?」

「おや、ごめんよ。ちょっと考え込んでたね」

「自分から言っておいてそれ?」

「そんなこともあるさ、使い魔だもの」


こほんと咳払いを一つ。


「え~、フェイト可愛い講座その一。まず、夜は誰かと一緒じゃないと眠れない。……可愛いだろ?」

「……可愛い、かも」

「そんなの、嘘に決まってるわ」

「嘘じゃないよ。次に会うとき本人に聞いてみな。顔真っ赤にして否定すると思うけど、その時の動揺っぷりも見ものだよ」

「……想像が出来なさすぎて逆に怖いわよ、それ」


アルフの言葉にティアナは若干引いたようだが、スバルは少しだけ表情が軽くなった。
ふんふんと頷き、


「他には他には?」

「あの子はね、仕事中はそれなりにピシッとしてるんだけど、普段の生活がねぇ……」

「だらしないの?」

「いや、だらしなくは無いんだけどねぇ……。いつだったか、ちょっとしたいたずら心でコーラの事をコーヒーって言って手渡したんだけどさ、あの子全部飲んだ後に、なんかシュワシュワするコーヒーだね……だって。ぶはっ! 気付いておくれよ! ボケ殺しだよ!」

「あはっ、他にはぁ?」

「他にはねぇ―――」





・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。





楽しそうに談笑する二人を見てティアナは感じていた。


(本人に聞いても、帰ってくるのは動揺じゃなくて怒りなんじゃないの……?)





。。。。。





駅。人も多く、混雑とまではいかなくとも、子供が迷うには十分な量、広さ。
エスカレータ脇のベンチ。そこに一人の少年がいた。エリオ・モンディアル。燃え立つような赤毛をした、将来イケメンコース間違い無しの少年。実は彼、管理局の三等陸士で魔道師ランクBのれっきとした局員だ。
エリオは辺りをキョロキョロと見回し、少し困ったように時計を見やる。


(遅いし、まだ来ない……)


遅いのは迎えの二等空尉。まだ来ないのはここで待ち合わせているはずの同僚。
新設部隊の立ち上げと共に、そこのフォワード候補として名前が上がった。それ自体はとても光栄なことだ。光栄なことなんだけど、不安が先立つ。迎えも同僚も来ないのはどうしてだろう。


(……連絡したほうがいいのかな)


そしてまた辺りをキョロキョロ。
実はそれほど遅れてもいないのだが、それでもエリオはまだ幼い。不安が時間の経つのを遅くし、時計の進み具合の遅さにまた不安が募る。
そして二度目の、『迷子かい?』。心優しい老人に頷いてしまおうかと思った。


(あと5分。後5分待って誰も来なかったら連絡を入れよう)


うんうんと心の中で頷き、ふとエスカレータに視線を送った。そこには長い髪の毛を高く結んだ、少し目つきが鋭い人物。管理局の制服の上にコートを羽織っていた。
エリオはほっと息をつきその人物に駆け寄る。失礼がないように、と少し緊張し、


「お疲れ様です。私服で失礼します。エリオ・モンディアル三等陸士です」


綺麗に敬礼。


「ああ、遅れてすまない。遺失物管理部、機動六課のシグナム二等空尉だ。長旅ご苦労だったな。……、もう一人は?」

「それがまだ来てないみたいで……。あの、地方から出てくるとの事ですので、迷っているのかもしれません。探しにいってもよろしいでしょうか?」

「ふ、頼んでもいいか?」

「っはい!」


少しだけ笑みをこぼしたシグナムに綺麗な人だなぁと感想を沿え、エリオは同僚探しへと。
それなりに多い人を避けながら待ち人を呼んだ。


「ルシエさーん! 管理局機動六課新隊員のルシエさーん、いらっしゃいませんかあ!」


すこしだけ恥ずかしかったが、そうも言っていられない。もし本当に迷子だとしたら先ほどの二等空尉にも呆れられるだろう。第一印象は大事だ。このことが原因で上官に目を付けられでもしたら余りに不憫。

すぅ、と大きく息を吸い込みもう一度。


「ルシエさーん!」

「は、は~い! 私ですぅ!」


そして何度目か呼んだ時に返事は返ってきた。
ほっと心中息をつき、声のしたほうを振り返ると、その人物はエスカレーターを駆け下りてくるところ。どうやら迷子ではなかったようだ。


「すみません、遅れましたぁ!」


目深にフードをかぶった少女が頼りない足取りで降りてくるものだから肝が冷える。
大丈夫か? と内心思ったそのときだった。


「きゃっ!」


予想通り、というべきだろう。案の定足を滑らせ大きく体勢を崩した。

まずいと思うより早く、速く、疾く。


『───Sonic Move───』


エリオの腕時計。待機状態にしているデバイス・ストラーダからの音声。
ぱちり、とエリオの身体を雷光が走る。
踏み出した一歩は普通の人間には認識できるよりも早く、二歩目にしてその姿が掻き消えたと思うほどのスピードでエスカレータを駆け上った。
間違っても一般人にぶつからないよう、慎重に、しかし速く。

だんだんだん! 壁を三度蹴る。人波を縫うようにして速度は上がり、周囲の景色がゆっくりと進む中、キャロを抱き上げようとしたその瞬間、


「っと、あぶねっ」


むんず、と襟首をつかまれ、犬コロのように引き止められた。キャロを見るとそちらも同様に小脇に抱えられている。
そう、捕らえられていたのだ。普通の人間なら視界に掠めもしないスピードで動いていたエリオを、その人物は事も無げに、優しげに。


(───捕まった……?)


視界に入れはしていても気にも留めていなかった人物に、それなりに自信のあるスピードを止められたのは多少ショックだったものの、ここはお礼を言う場面だろうと判断。


「す、すみません、ありがとうござ―――」


だが、思わず言葉に詰まった。


「ござ? え、なに、最近のミッドじゃそんなのが流行ってんでござ?」

「っいや、違うんです。ありがとうございました。その、知っている人にすごく似ていたもので」

「……うん。それは他人の空似に間違いない。どう考えてもそうに違いない。むしろそうとしか考えられない。それ以外に考えられないくらい他人の空似だよ」

「え、あの……」


それにしても似ている。すごく似ている。一瞬本人かと疑うほどに似ていた。
しかし、エリオが知っている人物は胸がもっと大きいし、身長もあと少し高い。歳だってもう少し上だ。この人物は15、6歳程度に見える。

二人は抱えられたままエスカレータはゆるゆると降ってゆき、下についてようやく解放された。


「あの、本当にありがとうございました」

「おうおう、気にすんな。あんな加速でこっちの子にぶつかったら飛んでいってただろうしね」


そういって『空似』はポンとキャロの頭に手を置いた。
先ほどから何も喋らないキャロに違和感を感じ、どこか怪我でもしたのかと思ったのだが、違うようだ。彼女は、それこそ穴があくほどに『空似』を見つめていた。
じぃ……。擬音にしてしまえばこの程度だが、しかし穴が開いてしまいそうに。


「……げふふんっげふふんっげふふふんっ!!」(リズム良い咳払い)

「ちょ、キャロさんっ」

「え、あ、あの、ありがとうございましたっ! その、局員の方ですか?」


それはエリオも気になっていた所である。なってはいたのだが、何となく失礼になるかと思って聞かなかったのだ。

近くにいると感じる魔力反応。恐らく先ほど身体強化した名残であろう。魔力の残り香のようなものがふわりと漂っている。
自慢ではないが、エリオは先ほどの加速魔法に自信を持っていた。それを身体強化だけで、正確に襟首を掴む実力。さぞかし名のある人物ではないだろうか。


「ははっ、違う違う。少しだけ魔法をかじってるだけ」

「……そう、ですか」

「おう。それじゃ、人待たせてるからもう行くな。気をつけろよ、そんなフード被ってるとまたずっこけるぞ」


そしてその女性はぽんと頭をなで背を向けた。


「あ、はい! 本当にありがとうございました! 私、キャロです! お名前聞いてもいいですかぁっ!?」

「石田門左衛門忠則でござ~」


そういって『空似』はぷらぷら手を振りながら人ごみにまぎれるように姿を消した。

なんと言うか、すごくカッコいい女性だった。迎えの二等空尉も綺麗でカッコいいのだが、それとはまた別の、何か男らしいものを感じた。右目をずっと瞑っていたのは、何か怪我でもしていたのだろうか。


「なんか、助かっちゃいましたね」

「はい……。あ、自己紹介が遅れました。キャロ・ル・ルシエ三等陸士であります」

「あ、僕は―――」

「エリオ・モンディアル三等陸士、ですよね? えへへ、よろしくお願いします!」


そう言ってキャロはフードを下ろした。
出てきたお人形のような顔と、その可愛らしいくりくりとした瞳は笑みの形を作っており、エリオの心臓を跳ね上げるのには十分な威力を発揮。


「あ、っと、うん、よろしく!」


不謹慎かも知れないが、そう、単純に嬉しかった。







[4602] nanosts04 機動六課
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/06/07 13:41


04/~機動六課~





風が気持ちいい。

なびく前髪を乱暴に手櫛で整え、眼下に広がる空間シミュレータへと視線を送った。
ノイズが走ったように若干乱れるそれは数秒のうちに本物と大差のない情報に変化。廃墟のようなビル郡が広がった。
陸戦用空間シミュレータ。なのはの監修のもと作り上げた最新鋭の訓練フィールドだ。新人が四人、遠目にもため息を漏らしているのが分かった。


(アタシも最初見たときは驚いたな。……ん?)


ふと薄い気配を感じた。
一瞬、肩がビクリと反応しかけたのを気合で押さえ込み、視線だけ送る。
敵でないことなど最初から分かっていた。なじみの気配だ。


「お前は参加しないのか、ヴィータ」

「っは、まだまだ。歩きたてのひよっこを訓練してる暇はねー」


思ったとおり、シグナムだった。
馬鹿みたいに目立つ頭と乳をしているくせに常に気配を薄く保つ。そしてよく後ろから近づくのは、正直やめて欲しい。まあ、『発生』してから十年の仲。もう慣れたものだか。


「そうか。今お前が相手をしたら新人が壊れてしまうか?」

「だから壊れないトコまで なのはに教導してもらうんだよ」

「正直なことだ」

「うっせー。だいたいシグナムだって分隊の副長なんだから訓練参加したっていいんだぞ」

「私は剣を振うだけだ。人にものを教えるようなガラじゃない」


それはアタシもだよ、とヴィータはため息をついた。
もともと主を守るために、主の敵と戦う事だけに許されている存在だ。今回はたまたま違っただけ。運が良かった、と言っていいのかは謎だが、それでも今は楽しい。この日常は崩れて欲しくない。だからなれない教導だってするし、余り好きではない管理局にだって入っている。
それなのに、


「ずりー。アタシばっか貧乏くじ引いてる気がする」

「まぁそう言うな。適材適所というやつだ」

「適材でも適所でもねーと思うけど……」


今更か。
決まっていることにぐだぐだ文句を言うのはやめよう。それよりも先にやる事がある。


「ま、どうにかこなすしかねーか。それで、今夜は?」

「少し残務がある。明日なら付き合える」

「ああ、だったら明日。時間は何時も通りでいいか?」

「ん。私も助かっているからこう言うのもなんだが、余り無理はしすぎるなよ」

「……ありがと。んじゃアタシもうちょっと近くで見てくるから」

「ああ」


そうしてヴィータは屋上から飛び降りた。風を切るのを身体で感じながらシグナムに礼を言う。
無理をするなとの言葉に、うんとは言わない。心遣いは嬉しいし、真剣に自分を心配しているのもありありと感じる。
しかしそれでも、少しくらい無理でも無茶でもしないと、強くはなれない。

まだ新人の訓練を見てやれない理由にもう一つ。それは自分の訓練だ。本当は今夜もしたかったのだが、相方に仕事が入っている様子。仕方無しに一人でやる羽目になりそうだ。

強くなりたい。

目の前で誰かが傷つくのを見るのは、そんなのは嫌だ。一緒の空にいる限り、仲間は二度と墜とさせない。だから強くなる。今よりももっと。
敵は日常を乱すやつ。壊すやつ。侵すやつ。そんなやつらに鉄鎚を下す。
アタシはもっともっと―――、


「強くなる、っぞおおお!」





。。。。。





第一回模擬戦訓練。
ティアナたちの相手はAMFという特殊なフィールドを発生する魔道機械だった。


「AMF、アンチマギリンクフィールドか。確かに厄介だけど……」


どうとでもなる。魔法しか消せないとなると尚更に。そうティアナは考える。
眼下にはガジェットドローンという魔道機械を追い立てているスバルが映っていた。
確かに足場の形成や飛行の邪魔をされるととんでもなく厄介だが、AMFはバリアではないのだ。物体の動きをそのまま妨げるものではない。
だとするならば、だ。
前衛の二人、スバルとエリオはそのままでいい。特に使用魔法を変える必要は無いし、攻撃も頭を使う必要も無い。動きにさえついていければ問題はないのだ。魔法がなくても捕まえてボコボコに殴ればいつかは壊れるだろう。
そして何より、


(スバルの攻撃をあんな機械が耐えられるはずがない)


インヒューレントスキル、振動破砕。
本人は隠したがっているので今使うことはないだろうが、ガジェットのような魔道兵器には高威力を発揮するはずだ。発動すれば指先一つ触れるだけで壊せる。
事情を知っているため、宝の持ち腐れとまでは言わない。だが、視線の先でガジェットにいいように踊らされているスバルを見るとモヤモヤしたものがこみ上げてくるのも事実。


(はぁ……これって嫉妬、なのかな……)


サイテー。
ティアナは口の中だけで呟き、いけないな、と首を振った。
理解っていたこと。理解っていること。敵わない。
認めていたことだ。何も諦めろと言い聞かせるわけではなく、今出来る己の最善を尽くすだけ。今はそれでいい。

瞼を閉じ、ティアナはスバルに念話を飛ばした。


(こぉら、馬鹿スバル! その程度にやられてんじゃないわよ!)


必要以上に明るく。
スバルには自分の内側を見られたくはなかった。こんな醜い感情、汚い想い、無くなってしまえばいいのに。


(ごむぇえんティア~。でもアイツやたらと足速いし、ウィングロードも消されるしで……)

(二人して後から追っかけてたらそうなるに決まってんでしょうがっ、ちょっとは頭を使いなさい!)


ちょいちょいとアドバイスをし、念話終了。
適当に挟み撃ちにしてしまえば楽勝だろう。バカバカといつも罵ってはいるものの、スバルはそこまで頭が悪いわけではない。自分で考える力も持っている。前衛二人はこれでいい。


「問題は私たち……てか私か」


先ほど別れたキャロには大見得きって“何とかできる”と言ったが、失敗したらどうしよう。またもため息。
キャロは本当に何とかできるのだろう。いかにも堅物……というよりも誠実そうな子供だ。出来ると思ったから出来ると言ったのであって、自分のように虚栄心からの言葉ではないはず。


(俗物。……自覚してるだけマシかな?)


狙撃のポイントを探し、ビルの屋上から屋上へ飛び移る。少し高い。後一つとなりのビルへ。
ぴょんと宙を駆けたとき、視界の端にガジェットを捕らえた魔法が映った。


(あらまぁ。ホントに何とかしちゃったじゃない)


また心の隅からモヤモヤと。ふと天才という言葉が頭に浮かんだ。

召喚魔法。
修めてしまえばそれ自体がレアスキルになるとまで言われる、習得者の数が極端に少ない魔法。
ティアナも使えるかと言えば、もちろん使える。恐らくゴミ箱に入っているティッシュの切れ端くらいなら呼び寄せることが出来るであろう。

そのようなものなのだ。

当たり前の話だが、凡人に使える魔法はやっぱりそれなりだ。
スバルは天才的、とまではいかないまでも、やはり近接戦闘には才がある。さらに『とっておき』もあり、きらきらと輝いて見えた。

エリオはどうだろうか。
比べるまでもなく、単純な戦闘能力では彼のほうがティアナより上であろう。そもそもひーこら言ってとったBランク資格を、もう既にエリオは持っていたのだ。また電気の魔力変換資質なども有している。

ティアナにはない。持てない。感じない。
彼らが持っているものは一切、ティアナには手が届かない。一方ティアナが持っているものはちょっとした努力で届きそうなものばかり。
劣等感で嫌になる。周りが天才ばかりで、エリートで特殊能力もちばかり。皆が皆、『主人公』に見える。
ティアナは自己嫌悪の海に嵌った。この負け犬根性をどうにかしないとな、とは考えるものの、やはり考えてしまうわけで。

ぐるぐる。
ぐるぐる。

何度同じ考えが頭をよぎったか。このままではバターになってしまう。


「―――だぁもうっ! やめやめ、んなの気にしてたって何にもなんない!」


しかしティアナは強かった。卑屈になっても仕方がない。簡単には割り切れないが、今は、


「こんちくしょうっ、下手に人の心つついてくれちゃって!」


ぶっ壊してやるわよ!

ビル郡を縫うようにして通りに出てきたガジェット。その数二体。その速度は、スバルの言うように予想を超えて速かった。これならスバルが泣きつき念話をして来るのも分かる。
己のデバイスにばしゃ、ばしゃ、と二発カートリッジを入れ込んだ。手に帰ってくる反動を楽しみ、ゆっくりと眼前に構える。


「こちとら射撃型、ちょっと足が速くてちょっと魔法が消せてちょっと可愛いらしい外見しててもねえっ!!」


アンカーガンの前にスフィアが固まる。いつもより多少密度を高くし、


「―――そんな程度で引き下がってたんじゃ、『ココ』じゃ生き残れないのよ!!」


形成したスフィアに魔力外殻を張る。多重弾殻射撃。フィールド系防御を突き抜ける、AAランクの技。
AMFによって魔力が消されるのを想定した上で、消されても良い膜状バリアでスフィアを包み込み、本命をブチ当てる。
本来、ティアナには荷が勝ちすぎる魔法。

移動するガジェットに照準を合わせながらスフィアを包もうとするが、なかなか上手くいかない。膜状のバリアがスフィアを完全に包みきれなかった。

こめかみから汗が伝った。小さくない焦りが、ティアナの心臓に生じる。
カートリッジは二発も消費した。魔力は足りているはず。それならば考えられる原因は一つで、ただティアナの実力不足だ。自身の魔法に翻弄されているにすぎなかった。


(固まれ、固まれ、固まれ、固まれえ……っ!)


膜状バリアはゆらゆらと、固まったかと思えばほつれ、ほつれたかと思えばまた色を濃くする。術式の、馬鹿にしたようなその動きに焦燥感とイラつきが。


(固まれ……、かたま―――)


正直、あんまり気は長くないほうだと思う。


「んのぉ、さっさと固まれっつってんでしょうが、この×××××スフィア!!」


もちろん文句などではなく自分を鼓舞する為の言葉。そのせいかどうかは分からないが実際にバリアは固まり、多重弾殻射撃の準備はオッケイ。


「バリアブルゥ……、シューット!」


発射された弾丸は移動するガジェットを軽々背後から捕らえ、AMF領域に入ってもその威力を減衰させることはなかった。魔法の成功を意味する。気を抜くつもりはないが、ほっとしたのも事実だ。

がつん、と金属らしい音を立て一体目を貫通。

問題は二体目だ。
ティアナはアンカーガンを強く握り締めた。威力よりも速度重視で発射された弾丸は、その誘導操作が難しい。思いがけぬところでアイス屋を見つけたスバルのようだ。


(……っは、それなら簡単か)


心中笑いながら、


「―――言うこと聞きなさいよっ、この馬鹿スバルっ!!」


もちろんこれも文句などではない。自分を鼓舞する為の言葉だ。間違いなく。ああ、間違いなく。

そしてその結果上手いこと誘導は成功。蛇の背中を伝うように進行方向の定まらなかったスフィアは思い出したように方向を変え、二体目も難なく貫通した。

ボン!とわざとらしく爆発するガジェットを確認し、力が抜けたように膝をつく。


「は、ははは、出来た……。これでちょっとは―――」


肩を並べることが出来ただろうか。
力の入らない身体を大の字に。そしてアンカーガンを胸の上に置いた。

その時だった。


(ごめええんティアアア!!)


突然の念話。


(はぅおっ! なん、なによ!?)

(わ、私何かした!? 何かダメだった!?)

(いや、だから何言ってんのよアンタ?)

(だ、だってさっきバカって……)


引きずる様に身体を起こし、ビルの端から下を除くと明らかに肩を落としているスバルが見えた。ティアナにはさらにその頭からシュンと垂れた犬の耳が見える。
ティアナはクスクスと笑いながら、


「ちょっとスバル弾が言うこと聞かなかっただけー!」


バリアブルシュート → スバル弾。
こっちのほうが言うことを聞きそうだ。





。。。。。





ツ、ツ、ツ……ぷるぷるぷる~。がちゃ。


「あ、しもしも~? しもしもしもしも~? 俺です。あ? いや俺だって俺! だからお―――。はい、すみません。うん、うん。いやホントすみません、生まれてきてすみません。あ、んでさ、頼んでたの出来てる? 出来てるんだったら早速試したいんだけど……。いやいやお前がデバマスじゃ無い事なんて知ってますよ。……はあ? できないだあ? そこを何とかしろって言ってんだよ! 出来ないじゃねーよ、やれよ! 諦めんな! もっと熱くなれよ!! ……ああ、うん分かった、もういいよ、んじゃ」


クソッタレが。
次だ次。まったく皆分かってねーよ。ロマンを分かってねー。

ツツ、ツ……ぷるぷるぷる~。がちゃ。


「……あ、もすもす? おらだっぺさ。あん? おらだっぺよおら。まんず分かってねだべか、おらだっていって―――。うん。ゴメンね。それでさ、頼んでたの出来てる? 出来てるんだったら今からでも取りにいくんだけ―――。あ、おいコラっ! あ~もう! なんだってんだよ、いきなり切るやつがあるかあ?」


ちくしょうが。
次だ次。

ツ、ツツ、ツ……ぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷる~。


「……。……。でねー」


しねっ。可愛い女以外全部しねっ!
はい、次ね次。
……くっそー。結局コイツの世話になるのかー。

ツ、ツ……ぷrがちゃ。


「ちょっぱや!」

『や、久しぶりだね。元気だった?』

「あ、ああうん、久しぶり。元気してたよ。そっちは?」

『ん? ん~……元気、だけど……正直、退屈だよ。つまんない仕事押し付けられて、それをただこなしてるだけって感じかな。何度も辞表書いて提出してるんだけど、辞めないでくれって泣きつかれちゃってさ、結局流されちゃってるよ』

「へ~、変わったね。お前って割とすっぱりいきそうなタイプだと思ってた」

『まぁ、今のところわた……っこほん。ごめんごめん。今のところボクにしか出来ない仕事もあるしね。これをほっぽり出して逃げるのはもう少し先でもいいかなって』

「ん~。やっぱ社会人は違うね。何かこう、落ち着いた感がある」

『ふふ、そういう君は全然変わってなさそうだ』

「うっせ。……つかさ~」

『ん?』

「なんかこう、驚きとかないわけ? 俺が電話してんだけど」

『驚いたさ。驚いて、考えて、ああそういうことかって勝手に納得しただけ』

「……さっきの取り消す。やっぱお前変わってねーよ」

『そう?』

「おう。……あー、そんでさ、結構前の話になんだけど、頼み事したの憶えてる?」

『ちゃんと憶えてるよ。ちゃんと作ってあるし、技術も発展したからね、結構すごいのになっちゃったよ。お姉さんに弟子入りしてまで作ったんだから。まったく、直接お姉さんに頼めばいいのに』

「馬鹿言ってんなよ。ヤツは使用者の安全性とか全然考えてねーんだから。あれは既にオナニーですよ。自己満足の塊ですよ。自分のやりたいことやたらと突っ込んで、そんでイっちゃってるんですよ」

『ま、君に対してだけなんだろうけどね、それは』

「だからお前に頼んだんだよ。まぁその内取りに行くから。あ、そうだ、お礼に髪の毛切っちゃるよ。俺、資格は取れなかったけど師匠から皆伝はもらったから。どうせ長々と伸ばしてんだろ?」

『……色々ツッコみたい所だけど、とりあえずよろしく。あ、それと来る時はちゃんと連絡入れてね。急に来られるとちょっと困るから』

「ん。じゃあ今から行くわ。たぶん十分くらいでお前ン家に着くから。じゃ」

『は!? ちょっとま』


ぷつ、ツー、ツー、ツー……。





。。。。。





一週間がたった。

毎度の事ながら、吐き気が小さな小さな体を襲う。
弱音と共にそれを飲み込み、ボトルに用意されていた水で咽喉を潤した。


「っはぁ、はぁ……」


ダウンとして隊舎の外周を回り、それで軽くミーティング。
それで今日も一日の終わりなのだが、自分の体力のなさに嫌気がさした。


「はぁ~い、お疲れキャロ」

「は、あ、はい、お疲れ、さまです~」


自分とは違い、軽い調子で頭から水をかぶっているスバルは疲労を余り感じさせない。

決して軽くない不安がキャロを襲った。
戦闘ポジション的にあまり大きな移動がないとは言え、それでも自分の体力はあまりに貧弱ではないか。事実、ティアナはスバルに次いでゴールをきった。ティアナのポジションもキャロと変わる事無く、戦闘中はあまり動かない。前線メンバーの援護に回ることが多いのだ。そしてエリオも。歳は変わらないのに前の二人に喰らいついていく。息を激しく乱しながら、瞳の色も鈍りながら、それでも手足の動きは止めない。

ラストの外周は、これはダウンなのだ。ウォーミングアップとは違う。それなのに何故。
それは何度となく感じた疑問だった。

そして聞けば皆口を揃えてこう言うのだ。


『負けていられない』


競争意識。

スバルは常にトップを切る。その瞳は常に前を向いており、その先になのはが居るのは後で聞いた話だ。

ティアナは戦闘中の巧みな指揮。射撃の腕。どれをとっても誰にも『負けて』なんかいない。それでも彼女は反吐を吐きながら訓練に勤しんだ。ギリギリのラインで、その先に歩を進めようとする。真似は出来ない。

エリオは違う。いや、違うと思っていた。普段の柔らかな物腰。少し困ったように頬を掻きながら、それでいて笑うのが似合うような少年。そう思っていた。
しかし実際に訓練に入ると、ああ、やっぱり男の子なんだな、と思うようになった。自分とは違う戦闘感性。そして実は、意外と負けず嫌い。
本人が言っていた。スピードだけが取り柄だと。そしてその通りに、他人の背中を見るのは悔しいのだろう。本人は気付いているのかいないのか、静かに闘志を燃やすタイプだった。

では、キャロはどうだろうか。

フェイトには憧れているが、それでもスバルのように『目指す』わけではない。フェイト本人からも、私のようになるな、といつも口すっぱく言われている。
かといってティアナのように周り全員と張り合えるかといわれれば、そんなのは御免だ。ティアナと自分は違う。先に神経が参ってしまう事なんか目に見えている。
ではエリオのように誰にも負けたくない、なにかプライドのようなものを持っているだろうか。そのようなもの、逆さにひっくり返しても在りはしない。


(……こんなんじゃ、皆においていかれちゃうよ)


自身が召喚した竜でさえ満足に扱えず、まともな攻撃魔法はつかえない。今はブーストアップが重宝されているが、いつかは来るはずなのだ。もう必要なくなる日が。全員が順調にレベルアップを繰り返し、キャロがいなくても目標を破壊できる日が。

自分の想像に肝が冷えた。ふつふつと鳥肌が立ったのも分かる。


「キャロ~、ミーテ行くよ~」

「……あ、はいっ」


優しげなスバルの笑みに、不安を感じたのは間違いではない。








[4602] nanosts05 全力少年
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/06/16 13:06

05/~全力少年~





目覚まし時計がなる、5秒前。狙い済ましたかのように瞳が開いた。
ぱちり、と使命を果たそうとした目覚ましを止め、布団から這い出る。
そこには寝ぼけ眼など無い。当然のように身体を起こし、まずは気配を絶った。二段ベッドの上段から物音をなるべく立てずに、慎重に、ゆっくりと降りる。
目標はすぐ目の前。距離にして2m。ちょっと腕を伸ばせば届きそうな距離だが、自身の得意分野は相手の吐く息すら身体で感じることが出来るまでの近接戦闘。2mは、まだまだ寄ることの出来る距離だ。相手の攻撃を防御するのも、寧ろ近いほうがやり易いというもの。

いまだ眠りについている目標に接近。ゆっくりと身体を跨ぎ、


「……ん、ぅう……ん」


朝日を浴び、覚醒が近いことを知った。瞼がぴくぴくと動いているのは、それはもう起きる証拠。

グズグズしている暇は無い。やるなら今しかない。行け、やれ!
脳裏で騒ぐもう一人の自分。それに慌てるなと諭し、一つつばを飲み込んだ。同時に腰を下ろす。柔らかい腹肉に臀部が接触。毎朝のことなのに飽きずに騒ぐ心臓は、それはそれで可愛いと思う。

そして、


「朝だよ~、起きて起きて~」


言葉と同時に、ティアナの胸を揉む。柔らかい。温い。もにゃもにゃしている。手のひらの感触で下着を着けていないことを悟る。
そして何度指先をお肉に埋めたか。ばちっ、とティアナの瞳が開かれた。同時に目線が胸元へと。


「おはよ、ティア」


朝の挨拶は大事だ。そう思う。


「―――し……っ死ねぃ!!」


マウントを取っているスバルに対してのティアナの朝の挨拶は拳。
当然スバルには当たる事無く、ヒョイヒョイと避ける。そして揉む。


「おはよ~、だよ」

「なぁにが、おはようだあ! っこの、このこの!!」

「あは、当たんない当たんない、もっと拳は軽く握らなきゃ!」

「うっさいうっさいうっさい!!」


ティアナの拳がびゅんびゅんと風を切る音を聞きながら、今度はくすぐり攻撃へと。
暴れて捲くり上がった服のしたからわき腹へ両手を滑り込ませ、わきわきと指先を動かした。


「ほらぁ、おはよ~」

「くひっ、は、く、くく! い、言うもんかあっ!」

「ほらほらほらぁ」

「あっ、あ、ちょ、ぅくくっ」

「あれぇ? 何か今日は耐えるね、ティア」

「ううっ、うううっ、ひゃ、ははっ!」


だが、そろそろだ。
まともに呼吸できずに顔を真っ赤にしているティアナは、それはいつもの光景。そろそろ白旗を上げてくるはず。

とどめを。スバルは思った。
わき腹を擦っていた指先をさらに奥へ。横乳をスルーし、脇そのものに手を出した。かり、と少しだけ引っかくようにして指を動かす。


「―――うあっ! ば、かぁ、ひひゃ、っは、あ、っははは!!」


最後の抵抗なのか、ティアナはスバルの頭を掻き抱いた。同時に己の胸へと導き、ぎゅうぎゅうと力を込めるが、それで黙るスバルではない。むしろティアナのツインドライブに若干の興奮を覚る。
スバルは指先の動きを多少速め、かくかく痙攣し始めているティアナに追い討ちをかけた。


「おはよ~はぁ?」


鼻腔にティアナの体臭を、顔面に体温を感じながら問えば、


「わか、分かったっ! 降、参っ降参! おはよっ! おはようスバル!!」

「えへへ、おはよティア」


そこでようやく二人の朝の挨拶が終わった。
はあはあと荒い息をつき、ぐったりとスバルの頭を抱くティアナ。そのティアナの上に、胸に顔を埋めしがみ付くように全身でティアナを感じているスバル。
いつもの朝の光景だった。そう、なんら変わらない。訓練学校も、前の部隊でも同じようなことをして、同じように毎日が進んでいた。

変わる。スバルはそう思っていた。
自身の暴走気味のティアコン発言。いくら気持ち悪くない、気にしていないと口では言っても、やはり何か違うものかと思っていたが、変化無し。
気持ちが伝わらなかったのはもちろん残念だが、それは予想していたこと。今は変わらず接してくれるティアナと、それを支えてくれる日常に感謝だ。


「んふふ、ティアいい匂いする~」

「う、さい、ばかスバル……」


ぺち、と力なく頭をはたかれた。





。。。。。





「おはようエリオ」

「あ、ティアナさん、おはようございます」

「あんたも毎日早いわよね。私たちより後に来たこと無いんじゃない?」

「そんな、僕も今来たところですよ」


はにかむように笑顔を作るエリオは素直で可愛い。
少しだけ弟が出来たような気分になる。隊で一番お姉さんのティアナとしては負けてはいられない。もう少しだけ早く集合場所に到着しようと心がけた。
というか朝、スバルが馬鹿な事をせずに普通に起こしてくれるだけでいいのだが……、難しいだろう。どうにもスバルはアレでその日のテンションが左右されている気がする。


「ティアナさんの言うとおりなら今日あたり、ですか?」

「なによ、信じてないの?」

「いえっ、そういう訳じゃなくて!」

「まぁ見てなさい。そしてちゃんと構えとくのよ?」

「了解です」


何の話かというと、訓練だ。
機動六課に入って二週間弱。戦技教官のなのはの教えに何とかついて行っている四人だが、実力の向上を自身で感じるほどにその能力を開花していった。

特に顕著なのが、このエリオ。
年端もいかないこの少年は完全に天才と呼べる部類の人間であった。恐るべきはその学習能力。一度喰らった攻撃、防がれた攻撃、塞がれた退路、おおよそ戦闘に必要なその全てを瞬時に身体に覚えさせることが出来る人間だったのだ。
一度もらった攻撃は、相当な実力差が無い限り、恐らく喰らわない。持ち前のスピードで避けるか、もしくはカウンターを狙っていく。

ティアナなどは完全に努力型の人間なので多少の嫉妬もあるのだが、それを馬鹿らしいと思わせるほどにお人よしなその性格。将来モテそうなニオイがプンプン漂う。

そしてそんなティアナも実力の向上はきちんと感じている。劇的にではないが、ゆっくりでも一歩一歩前進しているのだ。
ポジションが同じである なのはの行動を観察し、なぜそう動くのか、なぜそう攻撃したのか、一つ一つを考察。納得した所でそれを盗むよう努力する。陸戦と空戦の違いはあるが、それでも大変勉強になるものだ。

訓練が始まって二週間、ティアナはその間ずっと なのはを見てきた。隊員の実力も把握している。恐らく、誰よりも。
そのティアナが考えるに、今日だ。今日は『何か』ありそうな気がする。

何段階あるかは判らないが、自分たちは全体的に一段階レベルアップしている。そろそろ次の段階に移れるはずだ。自惚れではなく確信を持ってそういえる。
そしてスパルタ思考の なのはなら第一段階の『卒業試験』のようなものを用意していておかしくはない。その内容がなんなのか分からないのが痛いが、何かあると分かっているのといないのでは随分差があるだろう。

ふぅ、と一つため息をつき心底願う。


「なるべく簡単なのがいいわね……」

「なのはさんに『楽』を期待しないほうがいいんじゃないでしょうか?」

「……そうなのよね。ま、頑張りましょう。クリアできない内容じゃないはずだから」

「はい、がんばりましょう!」






そして、まぁ当然、簡単なはずはなかったのだが。





。。。。。





騎士カリム。
はやてが幼少の頃から付き合いのある、聖王教会所属のベルカ騎士である。はやてにとっては姉のような存在で、これまでもたくさん世話になっている人物の一人。機動六課の設立だって、カリムがいなければ危ういところだった。

そのカリムの私室にはやては呼び出され、午後の優雅なティータイム。
二、三世間話をしたところで、


「部隊の方はどう?」

「順調やで。カリムのおかげや」

「ふふ、そういう事にしておくと、お願いもしやすいかな」

「なんやぁ、今日はお願いかぁ?」


ちょっとだけちゃかしたようにはやては言うと、カリムの表情は少しだけ困ったように。

次いで、ティータイムは殺伐としたものに変化した。目前にいるカリムがパネルを操作すると、二人をカーテンが包む。人には見られたくないし、聞かれたくない話なのだろうな、とはやては予想し、事実そうだった。


「……これ、ガジェット……」


空間に映し出された映像を見、はやてが呟いた。
見たことのないタイプもいるようだが、特徴を捉えれば見まがう事はない。明らかにガジェットである。


「ええ。一型のほかに、二型と三型。特にこの三型は随分大きい。戦闘能力は分からないのだけど、用心するに越した事はないわ」


諭すようにカリムが言って、はやては一つ頷いた。
そして出てくる二つ目の画像。
『そのもの』は目視できないが、


「レリックやん」

「そ、レリックね」


出てくるのが早い。カリムの『予言』によれば、これが出てくるのはまだ、もう少し先のはずだった。
はやての言いたいことが分かるのか、今度はカリムが頷いて、予定通りにはいかないわね、と小さく呟いた。

はやては顎に手を添えて。


(どっかで……狂った?)


カリムの保有するレアスキル、プロフェーティン・シュリフテンは確かによく当たる占い程度の的中率しかない。だが、言い方を変えればよく当たる占い程度の的中率はある。よく当たる占いといえば、それはわりと当たるものではないだろうか。百%とは言えないまでも、七十から八十くらいなら、当たってもおかしくないのである。
それが、外れた。外れたと言っても小さな小さなズレのようなものだが、確かに外れている。

この先に起こるはずの『レリック事件』。それに対抗するために機動六課を設立したのだ。初っ端にこれでは、どこでどうズレて来るのか分からない。
カリム本人がそれを分かっているのだろう。その表情は憂いに支配されている。


「ごめんなさいね、はやて」

「ん?」

「もうちょっと、絞り込めればいいんだけど……」

「ええのええの。そんなん気にしとったらハゲるで」


はやては明るく笑いながら、パネルを操作。周囲を締め切るカーテンを開いた。


「こっちにはな、最高戦力がおる。こないだ入れた新人も十分に期待できる。心配なんて、なぁんもいらん!」

「そうは言っても……」


表情の変わらないカリムにはやては指先を突き出した。
少々心配事が多すぎる。もうちょっと笑ってて欲しいのだ。


「予想できひんから人生なんよ。先のことが分かるなんて、そんなんおまけや。カリムはな、そのおまけで沢山の人の事救おうとして、そして実行しとる。……後はこっちに任し。多少のズレは なのはちゃんがふっ飛ばして、分からん事はフェイトちゃんが切り裂いて、何ともならん事は私が消したる! ……なんちゃって」


おどけたように はやてがぺろりと舌を出すと、カリムはようやく笑い始めた。

そう。どうにもならない事をどうにかして見せるのだ。
はちゃめちゃむちゃくちゃ引っ掻き回して、勝手に死んでいった彼のように。はやてのリスペクト対象なのである、彼は。

あんまり深く考えていても何ともなりはしない。
自然に生きて、出来る範囲で何かをしようと思った。そして はやての『出来る範囲』はかなり広い。多少の無茶は承知のうちだ。


(諦めなければ何とかなる……やもんな、ディフェっちゃん)


入り込んでくる太陽光に、彼の姿を幻視しながら。





。。。。。





「フェイト~、お腹空いたよぉ……」

「も、もうちょっと待って。公安地区に付いたら何か買ってくるから」

「モツゴロウさんがお勧めするアレがいい」

「うん。……ついでにお菓子買っちゃおうか?」

「いいねぇ。ほら、隊舎のガキども……、スバルとティアナだっけ。そいつらにも何か買っていったら? 少しは懐かれるかもよ?」

「……ホント? 怖がらせたりしない、かな?」

「いやまぁ、怖がられるだろうけどさ」

「……、……何がいけないんだろう」

「人の噂もなんとやら……。ぜんぜん嘘っぱちだね」

「ホントだよ。五年も六年も前のことなのにな……」


そう言って、ちょっとだけむくれながらフェイトはハンドルを切った。
その乱暴な運転に助手席に乗るアルフが楽しそうに笑う。

ただいま運転中。はやてを聖王教会へと送り届けた帰りである。ちょっと所用があり帰りに寄る所があるが、それでもお昼には帰り着く。そのときには皆でご飯を食べようね、と六課を出る前に言って来たのだが、エリオとキャロは元気よく返事をしてくれて、スバルとティアナは曖昧に頷くだけだった。

なんかやだ。絶対に誤解されている。
確かに、いやさ確かにフェイトはちょっと前には暴れに暴れて筆舌しがたい暴挙を犯罪者へとかました事があるが、それはもう終わっているのである。もう終わった事なのである。今はもう落ち着いてるし、そんな事全然ない。エンジェルフェイトなのだ。死神とか言われるのやだ。
それなのに、周りの人間は分かってくれない。もちろん自分に原因があるのだが、言い訳すら聞いてくれない。皆逃げる。
どうしようどうしよう。そう思って、もう年単位の時間が流れた。


「うう……」

「な、何も泣く事ないじゃないさ」

「だってだって、私、もう良い子なのに……」


さめざめと涙を流していると助手席からアルフが身体を乗り出してきて、舌を伸ばしてきてそれを舐めとられた。
何時まで経っても子供だねぇと呟くアルフに言い返せないのが痛いところである。

そして。
ピーピー、と不吉な音と共に不吉な画面が車内に映し出された。アラート。瞬間的にそう判断し、


「チッ」


フェイトの目つきは急激に鋭く尖り、眉根はこれでもかと寄って、俄然大きな舌打ち様。


「……そんな事やってるから……」

「あ……」


ちょうどよくグリフィスからの通信が入ってしまい、彼はひぃと息を呑んだ。
フェイトの噂が消えるのは、まだまだ先になりそうである。





。。。。。





実戦。たった今受け取ったデバイスで、実戦。
そんな馬鹿なことはない。訓練で魔力も消費しているのに、デバイスの調整なんか欠片もしていないのに実戦。情け容赦なく鳴るアラートが非常に腹立たしかった。


「ありえない」


移動中のヘリの中、ティアナはぽつりと呟いた。
何かおかしい。おかしいぞこの部隊。新人も新人のド新人のこの四人を、実戦投入? へそで茶を沸かすわ。いや何か違うか。
いや、まって、心の準備が出来ていない。今から本物のガジェットと戦うといわれても、そんなの、出来るかもしれないけれど、自信がない。準備が足りない。
ティアナは物事に対してしっかり準備をして取り組む派なのだ。もちろん緊急事態なのは理解しているが、今は訓練明けで疲れてて、魔力だって消費してて、たった今もらったデバイスとなんて一言も話していないのに。

不安げになのはの方を向けば、にっこりとした笑みが返ってくるだけだった。


(スパルタ……。いやいや、スパルタとか、そういうもの? これって、アレじゃないの? 何か仕組まれてて、実はこれがデバイスを受け取る資格があるかどうかの試験とか、そんなんじゃなくて、マジのマジで、実戦?)


無性に腹が立ってきた。何考えてんだこの人。本気でそう思った。私は天才じゃないのよ。声を大にして叫びたかった。
しかし、


「……空からガジェットが来たみたい。私は空に出るから、下の指揮はティアナ、任せたよ」

「任せてください!」


しかししかし、負けず嫌いとかその辺の反骨心が、こんな返事を返してしまうのである。
ちがうのちがうの。ホントは不安でしょうがないの。ホントのホントは指揮なんかに自信はないの。お勉強はたくさんしたけれど、実戦じゃ初めてなの。

ティアナの手は知らず震えていた。
指揮なんて重要で重大なものを任されて、小隊の失敗は私の責任になってしまう。絶対に成功させなくてはならなくて、とてもじゃ無いが、心臓が持たない。
何度でも言うが、ティアナは自分のことを凡人だと思っている。事実、仲間内四人の中では一番その言葉が似合う。
努力はした。たくさんしている。これからだって妥協を許すつもりはない。だけど、しかし、それだって、


(こ、怖い───)


思った時、震える右手はスバルに捕らえられていた。
びく、と肩を跳ねさせ、ゆっくりと視線を送ると、いつも以上に凛々しいスバル。


「あ、な、なに……?」

「大丈夫。私が付いてる」


今度は心臓が跳ねた。
なんでこっちの心情が分かるんだ。そこまで分かりやすい顔をしていたのだろうか。


「……何言ってんのよ。えぇい、はなせはなせ!」

「んふふ~、いいのかなぁ? いいのかなぁ? また震えても知らないぞぉ?」

「ふ、震えてなんてないわよ! 錯覚よ! 幻覚よ! 目の病よ!」

「ん。それでこそ。じゃあ、大丈夫だよね?」

「う」


ころりと態度を変えてしまうスバルに、ああ、また慰められてしまったなと思い、こんなんじゃ駄目だと自分を鼓舞した。
そう、実戦がどうした。今まで、長くはないが今まで なのはを見てきて、無理な事をさせる人ではないことは分かっている。なのはは出来ると思ったからこそティアナに任せた訳で、その期待に応えるのが生徒の役目というものだろう。

よし、やってやろうではないか。

思い、ティアナはもう一度スバルと視線を合わせ、


「さんきゅ」

「ほいほ~い」


一々腹の立つヤツだ、と少しだけ笑いながら。


「大体あんた、緊張とかないわけ?」

「ふふふ。今日はすごい良い日だったからねー」

「あん?」

「ティアのおっぱいいっぱい」

「帰ったら覚えてなさいよ……」

「いっぱいおっぱい」

「やっぱ忘れなさい」

「やだ」

「忘れろっ」

「無理!」

「わぁすぅれぇろぉ!!」

「無ぅ理ぃいい!!」


ティアナはスバルの頭をぽかぽか殴り、スバルはケラケラと笑いながらいたいいたいと言った。
そして数秒、はた、と思い直せば今は緊急事態で、その時 なのはは柔らかい笑みをたたえながら、


「もう、大丈夫だね」

「あ、はい……、すみません」

「いいよ。出撃前は誰だって緊張する。そういう時ね、仲間っていいでしょ?」

「はい!」


本当にどこまで見抜かれているのだろうか。さらに、どこまで分かりやすい性格を自分はしているのか。ティアナは顔を赤くしながら俯いた。

そしてなのはが二言三言キャロと話していて、小さくて聞こえなかったが、何だか励ましているようだった。
よく見ているんだな。ティアナにはキャロの様子がおかしいことに気が付かなかったし、いや、本来の自分なら気が付いているはず。しかし、動揺と緊張に支配されていて、それどころではなかった。
なるほど。緊張ばかりしていても、もちろん力は発揮できない。当たり前に考えて、今度からは味方のフォローを考えて見ようと心の片隅に置いた。


「それじゃ、行ってくるね。皆なら大丈夫。自分の事を信じて、仲間の事を信じて、そして頑張ろう」


にっこりと笑いながら、なのははハッチから飛び出していった。





。。。。。





「よぉし! 隊長達が空を綺麗に掃除してくれてるおかげで、無傷で降下ポイントに到着だ! 頑張れよ、ひよっこ達!」


その時、心臓はいつも通りに血液を送っていた。緊張はない。戦いを前にした興奮もとくには感じない。
開け放されたハッチから入ってくる風に、燃え立つような紅蓮の髪をなびかせながら、静かにエリオは瞳を閉じた。


(いける。できる。倒せる)


自分に言い聞かせるように。
エリオは自分のことを正しく認識できる人間であった。客観的に、第三者の目で。自身の戦闘スキルがあれば、この任務は、少なくとも自分から崩れる事はない。
多少自己中心的な考えだが、それもしっかりと分かっている。自己中がどうした。そのための仲間だ。
詰まったときにはティアナが指示をくれる。つもりもないが、負けそうになったらスバルがいる。力が足りなければキャロがいる。その中で、全力で敵を倒す。
閉じた瞳を開いて、先行する二人を見送って、


「行こうか、キャロ」

「うん」


なのはの言葉が効いたのか、キャロは多少不安げな顔をしているが、出撃前よりは随分とマシになった。
隣に座るキャロのことだ。もちろん気が付いていたが、何と声をかけていいのか分からなかった。この時ほど自分を不甲斐なく思ったことはない。とりあえず“大丈夫?”とは聞いてはみたが、キャロは頷くだけに終わった。
しかし、やはりなのはは凄い。どの辺りをどう緊張しているのか、そういうのが分かるのだろうか。的確に二、三アドバイスをして、するとキャロはマシになる。

真似は出来ないなぁ、と何と無しに思って、パチリ、と次の瞬間にはスイッチが切り替わった。
思考の戦闘スイッチ。恥ずかしいので誰にも言わないが、エリオはこの切り替えの事を心の中でそう呼んでいる。

キャロと顔を見合わせ、頷きあって、そしてハッチから飛び出した。
ばたばたと風に鳴る服を無視し、


「セットアップ、ストラーダ!」


十二両編成の列車。その尻の方からエリオとキャロは前に詰めるように敵を破壊していく。スバルとティアナはその逆。
任務内容は敵の全機破壊とレリックの確保。七両目の重要貨物室にあるそれは、どのようなものかははっきりと教えてもらってはいないが、とにかく危険なものなんだとか。

とりあえず、全部壊せば結果は後から付いてくるだろうと簡単に考え、ごぉん! と天井をへこませながらエリオは車両のケツに着地した。
油断なくデバイスを構え、後方に着地したキャロに視線を送る。


「僕が先行するから、バックアップはお願い!」

「は、はい!」


AMF領域内の戦いなので楽には行かないだろうが、負けるつもりなど微塵もない。
エリオはストラーダで天井に穴を開け、車両内に入り込んだ。すると出てくる出てくる。わらわらうじゃうじゃ。虫かお前ら。心中ツッコミを入れて、


『──Sonic Move──』


ばぢり。
電光を走らせながら加速した。
エリオの真骨頂は高速戦闘。エリオにはスバルのように一発の大きさがない。ティアナのように視野を広く持つのも苦手。キャロのように味方をフォローする事なんか、もっと苦手。
だから速度を選んだ。速度さえあれば、どんなヤツよりも速く走る事が出来れば、当たり前だがどんなヤツでも追いつく事は出来まい。
脳裏には石田門左衛門忠則に捕まった時の事が映し出されるが、それがどうした。あれから過酷な訓練に打ち勝った自分は、あのころよりももっと速くなっている。
さらに、こういう車両の中などの、狭い場所は好きだ。小さな身体を生かして、天井も、壁も、すべてを足場にして、


「切り裂けぇえ!!」


槍の先端に魔力刃を浮かばせながら、まずは一体目のガジェットを切り裂いた。真っ二つになったそれは爆発、する前にすでに加速。
壁際の二体目を貫いたときに、ようやく一体目の爆発が起こって、すでに視界に三対目を捕らえているエリオは更に、もっと速く。
とても上品とはいえない加速。手当たりしだい(足当たりしだい)に足場をへこませて、直線的に加速。がんがんがんがんがん!! と、車両がどんどん壊れていくのが分かるが、それでもなお加速した。


「うぉあああッ!!」


目に付くすべてを破壊して、六体目のガジェットを通りざまに分断。ぼん、と少し間抜けな音を立てて爆発。
ケツの車両に居た敵は破壊完了。身体から立ち上る電光を収めながら加速を解いて、ふぅと一息。


「……キャロ、降りてきても大丈夫だよ!」

「す、すごいね、エリオ君。フォローなんてする暇なかったよ」

「うん、ありがとう。でも僕にはこれしか出来ないから。自分に出来る事を突き詰めれば、誰かを守れるかなって」

「すごいね。すごいよ!」


まるで自分の事の様に喜んでくれるキャロが愛らしく、ついつい赤面し、いかんいかん、と。任務中のくせに何をやってるんだと自分に言い聞かせ十一両目へと続く扉を開いた。
予想通りだが、まぁそこにもうじゃうじゃ。ガジェットは『見つけた』とでも言いたそうに、その目(?)を光らせ、にゅるにゅると触手のような物を伸ばしてくる。

瞬間的に加速。切り裂き、爆発。

うん、とエリオは確信した。
勝てる。確実に勝てる。なのはとの訓練が始まったばかりのころは一体のガジェットに苦戦していたのに、今ではこうも楽になった。
自分に力が付いている事の自信と、背中に守る存在がエリオを強くする。

もっと速く、もっと速く、


「もっと! 強くッ!!」


伸ばした魔力刃で車両ごとガジェットを切り裂く。天井がすっ飛んで行って、太陽が見えた。
後ろに置いたキャロに、爆風すらも食らわせるもんかと思った。キャロのことを考えて、思考の戦闘スイッチが曖昧になる感覚。
一目見たときからなのだ。石田門左衛門忠則に捕まった後、すっぽりと被っていたフードをおろした彼女は、可愛かった。可愛かったし、可愛いし、可愛いのだ。

エリオは自分の事を客観的に見れる人間。だから、照れとかそういうのを全部抜きにして、


(好きになっちゃったんだ!)


だからガジェットを切り裂く。
次へと続く扉を開けて、もう一つ扉を開けて、もううんざりするくらい居るけれど、エリオの速度は落ちる事を知らなかった。
後ろに守るその存在には怪我をさせる事無く、そしてエリオは八両目の扉を開く。

とたんに感じる、魔力の減衰。


「───ッキャロ、下がって!!」


目前の敵は大きかった。
今までのガジェットは小型で、エリオの身長を越えるなどなかったのだが、目の前のこいつは大きい。軽々とエリオの身長を超えて、エリオが二人分でちょうど良いくらい。

くそ、と珍しく汚い言葉を吐いて、エリオはストラーダを正眼に構えた。
所詮は機械。意思なんかはないだろうが、何となく圧迫感のようなものを感じる。身体の力が抜けていくような感覚とあわせて、AMFのせいだろうなとあたりを付けた。


「フォローします!」
『──Boost Up──』


だが、その援護はエリオに届かない。


「あ、こ、こんなに遠くまで……っ」


AMFの領域が広い。でかい図体は見せ掛けではないのだ。
触手のような腕(?)が伸びてきて、エリオは一つ汗をたらした。事前の情報にはない敵だ。どの程度の攻撃力があって、どの程度の防御力があるのか。魔力を抑えられている今、攻撃は通じるだろうか。

脳内を巡る不安要素に、後ろに居るキャロに。


(僕が、守る……)


ストラーダの噴出口から煙が立った。
エリオの身体を電光が走る。


「キャロ、下がって」

「わ、私も手伝えるよ! 私も、一緒に訓練したよ!」

「キャロ、お願いだか───ッ!」


瞬間、大型のガジェットは魔力弾による攻撃を仕掛けてきた。
背後にキャロが居るために加速を使えず、エリオは止まって障壁を張る。が、もともとエリオの障壁強度はそこまで高くない。障壁の強度を上げるくらいだったら避ける。そんな訓練ばかりしてきた。一発食らうごとに干渉光が弾けて、防御もきちんと練習しておくんだったと後悔。


「キャロッ、お願いだから下がって!」

「やだよ! あのガジェット強い! 一人じゃ無理だよ!」

「でも───」


正直、キャロはブーストアップが使えなかったら……。
その先は考えないようにして、今にも涙を流しそうなキャロへと視線を送った。


「私も訓練したのにっ、ここでも邪魔者扱いするの?」

「ちがっ、違うよキャロ! 君は邪魔なんかじゃないんだ! 僕が守るから、邪魔なんかじゃない!」

「守られてばっかりは、もういやなの!」


自分に仕えてくれる竜に守られて、フェイトに守られて。

しかし、そんな事エリオは知らない。
障壁がいよいよもたなくなってきて、エリオはストラーダを構え直した。
一か八か。特攻でもかましてやろうかというとき。

ふわり。

身体が浮いた。


「は?」


間の抜けた声をだしてキャロをみれば、


「え?」


キャロも浮いていた。

魔法じゃなくて、何これ?

瞬間、ガクン! と、今度は落ちる感覚。
まさか、まさか、とは思いつつも、思いつく事態が一つしかなかった。


「───脱線したぁ!?」


身体にかかるGが、その事実を深めて、


「うわぁぁあああああ!!!」


エリオとキャロは同時に悲鳴を上げた。







[4602] nanosts06 全力中年
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/06/16 13:05
06/~全力中年~





はいどうも、俺です。いいでしょ? これでいいでしょ?
何か色々あってこうなってああなってなぁぁあああん!! てな感じで、今眼下には貨物列車が走っています。
ほら、アレじゃん。俺さ、ストライカーズの開始とかよく覚えてなかったからさ、とにかく一番最初の事件、これを目撃すれば間違いなしな訳ですよ。
この崖の上で生活し始めて一週間って所です。よかったよ、一週間できてくれて。あんまり長い事こんなところに居ると崖の上が似合うあの人みたいになっちゃうからね。

そんなこんなで三角座りしながら、事件発生を待っていると、お? おお? 来た! ヘリキタ! ヴァイスキタ! ……ああ! なのフェイ! 久しぶりに見たよあいつらぁ……。育ってる……、育ってるよあいつら。


「おろろろ~ん……妹の……わしの妹の、晴れ姿じゃぁい」

『オヤジ・くさい・ですね』

「……まぁ、中身的にはそろそろお兄さんを名乗れなくなっては来てるけどさ……へへ」

『加齢臭が・します。ファブる・べきかと』

「……」

『くさい・です』

「……」

『におい・ます』

「……お前、さ」

『イエス』

「そろそろ、俺さ、怒っても、いいよね?」

『だが・断る!』

「そのだが断るを断る!」

『その・だが断るを・断るを・あえて断りゅ!』

「……」

『……』

「噛んだなテメエ」

『たまには・萌え要素を・追加してみましりゃ。……かみまみた・すみません』

「……今日も良い感じだな、俺ら」

『イエス・マスター』


なんて馬鹿みたいな会話をしていると、お、きたきた。新人フォワード。
名前はね、えーと、スバルとティアナと……エリオ? エリオットだっけ? まぁとにかく、あとはキャロ。実際よく覚えてないんだよね、その辺。

さぁ、皆さん頑張ってください。俺は帰る。ちょっとこの後スカリエッティのアジト探しがあるからさ。
え? 当たり前でしょ? わざわざ最後まで残しとくわけないじゃん。見つけ次第デストロイですよ。あんなのがいるからストライカーズとか始まっちゃうんだよ。無し無し。あいつイラン子。ささっと潰して、それで終わり。
管理局にはアジト見つけたときか、もう壊したときにでも連絡すりゃいいだろ。スカリエッティ倒したから後ヨロシコ。こんな感じで行こうかと。アジトの場所も、まぁ、大体の目星は付いてるしね。なんと言ってもこっちには超絶頭脳☆ミラクルユーノがいるし。


「よぉし、帰るか」

『フェイトには・会わないの・ですか?』

「アルフみたいに嬉ションしたらどうすんだよ。部下の前でやったら……、さすがにあのアホの子でも傷つくだろ」

『……恥ずかしい・ですか?』

「べ、別に恥ずかしくねーよッ! は、はは恥ずかしくなんて、ないんだからねっ!」

『なんというツンデレ』


だってフェイト、俺より大きいんだもん。
ちょっと色々事情があってね、俺さ、まだちゃんと歳相応に育ってないんだよね。あとシェルのせいで。いまんトコ……十五、六? まぁそんなもん。
するとどうだね。俺の身長、フェイトに届いてないんだよ。いや、小さいころからアイツのほうが大きかったけどさ。だけど、だけど俺には兄としての矜持ってもんがありんす。妹を見上げるお兄ちゃんとか……泣けるわ馬鹿たれ!

まぁ、冗談ですが。いや、身長の事は冗談抜きにフェイトのほうが大きいんだけどね。
それにほら、今見つかっちゃったらさ、管理局とか色々とウザイのが出てくるだろ? 俺は管理局の脳みそがスカリエッティと繋がってるって知ってるし、あの脳みそが元凶だってのも知ってるし、とにかく単独で行動したほうが都合がいいんだよね。

……ユーノにはバリバリお世話になってるけど。
しっかし可愛くなってた。ユーノ可愛くなってた。俺の見間違いじゃなければ、明らかに可愛かった。何かおかしい可愛さを放ってた。あの可愛さは絶対におかしかった。ユーノの髪の毛パチパチ切ってるときにもう辛抱たまらんかった。頭おかしくなりそうだった。
なんでかなぁ? なんであれで男? アイツ性別偽ってね?
いや、本気でなんかおかしいんだって。体形とか……、うん、胸はなかったけど尻の感じとか……、あぁ、そういや俺も人の事いえねぇや。

俺さ、クローンなんだよね。何を今さらといわれるかもしれませんがね、クローンなんですよ。骨格がね、フェイトなんですダヨ。アリシアなんですよ。
……言わずもがな。この辺で勘弁してくれ。ホルモンバランス狂いまくって、一時期おっぱい膨らんできたからね。アレは焦った。とりあえず揉んではみたけど、アレは焦った。
将来イケメンコース間違い無しだと思っていた俺は馬鹿だったんだよ。イケメンどころか、ナヨメンを通り越して、女メン(にょめん)だぜ。誰がどう見ても男の子には見えない罠が張り巡らされてた。ナンパとかされる。男から。何か違うだろそれ。女にモテろよ俺。何やってんだよ俺。


「……あがー」

『?』

「シェル、俺の身体を何とか男らしくはできんのか」

『はい? 十二年前から・女らしく・しているのに・何を・今さら』

「!」

『何か・問題でも?』


こ、ここここ! こ い つ ! !


「……俺の尻を見てみろっ……」

『イエス』

「───興奮すんだろがッ! 馬鹿かテメエ! 何してんだテメエ! 鏡見て興奮すんだろが! ムチムチしてきてんだろがッ!! 俺はまたホルモンの問題かと思って病院に行きたかったけど色々と登録抹消されてるから行けなくて不安の日々をすごしてたんだぞテメエ! 馬鹿かテメエ! 戻せ! 男らしくしろ!! ガチムチマッチョにしろ!! 憧れの! ガ☆チ☆ム☆チに!!」

『いまさら・無理・です』

「アッ───!! アッ───!! アッ───!!!! あぁぁぁああああああああぁぁぁん!!!!」


嘆けり。たもれ。おじゃまんぼ。だれかたすけれ。


『私も・使うのですから・いいでは・ありませんか』

「……でもさでもさ、おれ、このままいったら、ただのお姉さんじゃん。綺麗で美人で可愛くておっぱいは無いけどとんでもなくハイスペックなただのお姉さんじゃん」

『なにか・問題が?』

「……銭湯とか?」

『他には?』

「……。……。……あんま無ぇな」


銭湯でも股間にぶらぶらちんこぶら下げてきたお姉さんくらいにしか思われないだろ。なんだ、ホント大したことないな。


「……はぁ。いいやもう。うん。帰ろう。帰るぞ」

『イエス』


後は原作通り頑張ってください。
なんかエリオは落ちたりとかするはずだけど、頑張ってください。俺は影ながら応援してますよ~。

……お、応援して……、


「シェ、シェル?」

『イエス』

「ででで電車、浮いて」


ます。誰がどう見ても浮いてます。
ふわっと、何か、レールの間に挟まりでもしたのかい? いやいや、いやいやいやいやいや───、


「───原作はどこさいっただーッ!!」


俺は、その時にはすでに崖から飛び降りてた。

エリオとキャロ辺り。
    ↓
■■■■■■■
         ■
         ■←先頭車両。

電車がこんななってた。
後先考えないのは昔からの事だけど、いやさ今回は行かなきゃちょっとまずいだろどう考えても。電車落ちちゃいますよ。前のほうの二両が、もうぶらぶらしてますよー。
やばいって、やばいってそれ。そっちのほうスバルとかティアナとか居るじゃん。あの二人、死ぬんじゃね?


「セットアップ!」

『了解!』


あーあー! もう完璧バレた! 何やってんだよホントに! 計画いきなり頓挫かよ! せっかくサーチャーに映らないトコに隠れてたのに!

ぶつぶつ文句をたれながらも、仕方ないか。初っ端で死人を出すわけにもいくめえ。
ファーストフォームを構成し加速。背中の羽が一枚散り、金の魔力光が噴出する。かっとんでいく景色を横目に見ながら、着地するところは八両目。
拳を叩きつけて、爆発を起こして、


「あん!? 何だテメエ!!」


とりあえず図体のでかいガジェットが居たからぶっ壊しといた。殴って爆発粉々。楽勝すぎる。所詮機械。
その下からもぞもぞと、なにやらうごめく物を発見。……エリキャロ見っけた。気を失っているご様子。
優しく起こすとかできない。何となく、原作をみていたからなのかは知らないけど、何となくキャロのほうを先に起こした。


「おい、おい! さっさとどっか行け! 落ちるぞこの電車!」

「……え、あ、……?」

「なぁにボケてんだぁ? ホラ、さっさと行けって!」

「は、はい」


キャロは不思議そうな顔をしながらエリオを揺り動かして……、え、えぇいノロノロしやがって! 分かってんのこの子? 電車・落ちる・崖から!
もうその動作がとろとろしてるのがね、ああもう、いいもう、ええいもうッ!!

拳を車両の壁に叩きつけ、爆発を起こした。
ビクリと跳ね上がるキャロの肩。いや、驚かそうと思ったわけじゃなくて、外がみたかったの。ほら、ちゃんと穴が開いてるでしょ? 僕怖くないよ。
んで……、お、居た居た。フェイトさん発見。脱線したのを見て、こっちに文字通り飛んで来てる。

うん。おっけい。
むんず、とキャロとエリオの襟首を掴み、


「え? え?」

「はい、いってらっしゃーい」


ぽい。
さぁ先を急ごう。きゃーとか聞こえない。なんも聞こえない。大丈夫。竜呼べなくてもフェイトが間に合うから。

えっさほいさと進めや進め。
扉を開いてまた開いて、……レリック見つけたんだが……、うん、一応持っていこうかな。
よし、と息継ぎ完了。はいはい進めや進め。小脇にレリック抱えて、ああ、管理局側から見たらどう考えても不審人物なんだろうなぁ。

目にはいるガジェットは基本的にシカト。それより先にスバルとティアナ。あの二人優先で行きましょう。

脱線の衝撃でゆがんだのか、扉が一々引っかかるので全部壊してます。そしてこの電車、さっきからずるずる動いてる。マジで落ちかけ。ヤバイな。ホントにやばいよ。そろそろ逃げないとヤバイ。

ちょっと冷や汗を垂らしながら四つ目の扉を、爆・発!
金色の魔力光に視界を奪われて、


「───誰!?」

「ん?」


ティアナ発見。


「フェイッ……、……その抱えてるものを下に置きなさい!」

「いや、そんな警戒しなくても……」

「早くしなさい! 次は撃ちます!」


ティアナが構えたクロスミラージュの先に魔力がたまっていくのをみて、こりゃ本気な感じ。


「あい分かった。置くから、置くよ? いい?」

「……」


シェルで覆われた右手をばんざいしたまま、左手だけで床にレリックを置いた。
じろじろと動作の一つも見落としません。そんな目で俺を見るんじゃないよ、ティアナさん。てかさっさと逃げないと危ないって分かってる?


「あー、いいか? 俺、敵じゃないから。OK?」

「NO!」

「いやそんな! この電車落ちかけてるってマジで!」

「その顔で俺とか言うなっ!」

「そっちかゴメン! 怪しいもんじゃない! 石田門左衛門忠則と申す!」

「そのイシダモンザーがなんでフェイト隊長と同じ顔なのよ!」

「イシダモンザー違う! 石田・門左衛門・忠則!」

「いいから質問に答えなさい!!」


だ、駄目だ。捕まえられる前の猫みたいな反応してやがる。フーッ! ってしてやがる。
正直面倒臭い。なんでこんな目に会うんだ畜生。善意で助けに来たのに。

けっ、けっ。
そんな調子でむくれてると、またも車両が『ズレた』。
ああ、ちょ、本気でまずい。本当にヤバイ。これ絶対落ちる。


「おい、分かったろ今の。マジで落ちるって」

「……」

「ああクソ、もういい! 選べ! 俺に気絶させられて脱出するか、自分の足で脱出するか!」

「ふざけんじゃないわよ!」

「ふざけちゃいねぇよ! 銃おろせ! そんなモン向けんな!」

「……、……ホントに、敵じゃないのね?」

「俺がガジェットに見えるんかお前は?」


一瞬考えたようにティアナは俯いて、顔を上げたときには迷いは無くなっていた。


「……それなら、スバル運ぶの手伝って」

「あん?」

「仲間が怪我してるの」


とことん原作通りにゃいかねぇな。どっかで見てんじゃねぇの、神様? 俺にそんな試練を与えて楽しいのかね? そろそろ怒るよ?

ティアナが後ろを向き、俺はそれについて行って、十歩も進まないうちに列車の崩れてしまった部分、その下敷きになってしまっているスバルが居た。どうやらこっちもいい具合に気を失っているらしく、ぐったりとしたご様子。
とりあえず俺の身体強化は、シェルのおかげで通常の魔導師とは比べ物にならないくらいの威力を発揮している。だからこんくらいの瓦礫なら楽勝。
うんしょ、と両手で掴み上げて、俺が持ち上げてる間にティアナがスバルを引きずり出した。頭から流れている血をふき取って、そんなにひどい怪我ではないのか、ホッと一息ついたように見える。


「んじゃ、さっさと逃げろよ」


右手を上げて、なのはとか来る前にさっさと逃げようかと。


「待ちなさい」

「いやだ」

「待ちなさいっ」

「断る」

「待って!」

「んだよチクショウ!」


状況分かってるでしょ? 本気でやばいんだってば!


「……協力して。しなさい」

「何の? もう逃げるだけだろ? 面倒臭いのは嫌いです」

「私達の任務は、これの確保と……」


ティアナは大事そうにレリックを抱えて、


「後は、ガジェットの全機破壊」


アホかこいつ。……いや、局員としては正解なのかな? 俺だったらまず一目散に逃げると思うけど。

俺の心情を知ってか知らずか、ティアナは申し訳無さそうな顔をしてはいるが、意思は曲げそうにない。
本気で面倒だなこの女。なんでそんな頭固いんだよ。もっと楽に考えようぜ、楽に。逃げちゃえばいいじゃない。逃げてその後で壊せばいいじゃない。むしろなのは達に全部任せちゃえばいいじゃない。

……あれか? また凡人がどうとかで無理してんのか?
そういうのには関わりたくないんだよ。おじさん疲れちゃったんだよ。全力の若者見ると眩しく感じちゃう年頃なんだよ。


「えと……スバルはどうすんの?」

「私が背負う」

「本気で?」

「……そうよ」

「頑張りすぎはよくないと思うけど……」

「このくらいしなきゃ、皆に追いつけないのよっ!」


なぜ俺に心情を語るか貴様! そんなの聞きたくないって! 勝手にやっててよもう!


「とにかく断る。俺帰るからね?」

「待ってよ!」


可愛い女の子が待って待って言うんじゃありません。言うこと聞きたくなっちゃうじゃないですか。


「待って、お願いよ! ……初めての任務でこんな、一人にしないで……、怖いよ……」


だからなんで見ず知らずの俺に!?
まさかアレか。お前もしかしてテンパってんのか?
確か……初めての任務で、初めてのデバイスで、初めての本物ガジェットで、始めてのアクシデントで……。うん。俺だったら発狂してるね。間違いねえ。間違いなくテンパってるわ、コイツ。
ま、まずいな。ちょっと可愛く思えてきたな……。何だこれ罠か? こいつ実は腹の中で黒い笑いを上げてたとしても可愛いぞこれ。


「……ガジェット壊したら、逃げる?」


罠にかかりました。


「うん」

「ん。じゃあちょっと後ろに下がってろ」

「?」


スバルを背負いながら、ティアナは俺の後ろに二、三歩後ずさり。

久々だかんなー。ちゃんと決めれるかな。
ふぃ、と一つ息をつき、意識下で意識する。なんてちょっと分けわかんない事言ってるみたいだけど、俺の精神感応性物質変換能力(アルター)はそんな感じで発動します。
バキィン! と列車内の瓦礫とか天井とか、その辺を塵に変えて、


「セカンドフォーム」

『イエス・マスター』


セカンドフォームを形成。
以前みたいな痛みは無くなったけど、圧迫感はそれなりに。ぎゅうぎゅう締め付けられる感覚で、俺の腕は更に大きく。
背中からは丸みを帯びた、出来損ないの翼のようなもの。何時も通り。
リンカーコアがぎゃんぎゃん騒いで魔力を排出。ばっきんばっきん壊れる周囲は魔力に変換変換。
左手を前に突き出して、そこに金色のスフィアを形成。
俺は相変わらず射撃やら砲撃やら、そんなんができない。中途半端な、射撃とも砲撃とも付かない、遠距離攻撃。

そしてアクセルホイールは回転を始めた。
ひゃんひゃんびゅんびゅん。空気を切る音が心地よくて。


「俺の腕もってかないでね?」

『マスターの・根性・しだいです』

「ハッ、それなら失敗のしようがねぇな!」

『ええ・そうでしょう!』


背中に溜め込んだ魔力を爆発させて、その場で横に一回転、二回転、三回転。
形成していたスフィアに目標を定めて、


「シェルブリットォ……ッ」


回転する力も全部拳に込めて、


「バァストォオオオ!!!」
『──Extermination──』





。。。。。





帰りのヘリの中、ティアナは呆けたように天井を見つめていた。
スバルの怪我は大した事がなく、それに安心したって言うのもある。エリオとキャロも見た感じでは怪我はないようだし、それについては本当に、一安心だ。

初めてのデバイスでの、初めての任務は失敗に終わった。
あくまでもティアナ的な失敗で、レリックの確保とガジェットの破壊は完了しているので、管理局的には成功と言っていいのだろう。
だが、


(なによアレ)


窓を覗きこんで、離れていく現場に視線を送った。
未だに、もうアレが発動して数十分が経っているのに、そこには薄く金色の残滓が残る。魔力光が輝いていて、幻想的な光景になっていた。
見たことのない魔法。というか、本当に魔法なのかどうかが疑わしい。

自分の事を俺と呼ぶフェイトの偽者は何かを放った。
ぐるぐる回りながら、スフィアに拳を打ち付けて、そこから何か出て行った。眩しすぎて目を閉じて、漸く目を開けたときには何も無かった。

なーんにも無かった。
ぜーんぶ消えていた。

は? と間抜けな声を出して、偽者が消えていることに気が付いて、あたりを見回してもどこにも居ない。
残ったのは色濃く残る魔力の残滓と、扇状に抉り取られた絶壁と、手元にあるレリックとスバル。
混乱する頭で、そこになのはが来てくれなかったら本当に泣き出していたかもしれない。
なのははとにかくティアナの頭を撫でてくれて、よく頑張ったねと褒めてくれた。ちがう、私じゃない。言っても、それでもティアナは頑張ったよと褒めてくれた。

ため息をついて、ティアナ以外の全員が寝てしまっているものだから誰かに話を聞くこともできなくて。
そしてもう一度窓を覗いたとき、なのはが操縦席のほうから現れた。
敬礼は必要だろうかと考えて、何となくだるくって、なのはさんなら許してくれるかな、なんて甘えて。


「お疲れ様」

「あ、はい、お疲れ様です」

「ふふ、皆寝ちゃってるね」

「はい、何だか、えぇと、とにかく混乱してて……」

「うん。ゴメンね。脱線するなんて……、考えてはいたんだけど、あの列車、理論上じゃあと百キロ出しても脱線なんてすることないから油断してた。アレは私達の責任だよ」

「いえ、……その、私ももっと注意しておくべきでした。もらったデバイスも調子がよくて、あんまり簡単に物事が進むから、慢心があったんだと思います」

「ティアナは真面目さんだぁ」


おどけた様に言う なのはは、珍しく子供のようだった。
非常に大人っぽく感じるのだが、なのはも十九なのだ。ティアナとだって余り変わらない。どんな過去があって今のポジションに付いたのか、勝手に調べるのも悪いのでずっと放って置いたが、気になるといえば気になる。

そして特別気になるのが、あの偽者である。
どう考えても無関係では通らないあの顔。『似ている』ではなくて『同じ』なのだ。


「……なのはさん」

「うん?」

「あの、変な事聞くようですけど……、イシダモンザー・エモン・タダノーリって知ってますか?」

「え、何? なんかの呪文?」

「ええと、イシーダ・モンザーエモン・タダノリだったかな?」

「イシーダ……いしーだ……いしだ……、い、石田?」

「あ、そうそう! 石田、石田!」

「もしかして、もしかしてっ! い、石田門左衛門忠則!?」

「それそれ! それです!」

「どこで聞いたの!?」


焦ったような、嬉しそうな、困ったような、今にも泣きそうな、そんな表情でなのはが迫ってきた。
石田門左衛門忠則とは一体何者なのか。もしかしたらティアナが知らないだけで、有名人なのか。


「あの、列車内で鉢合わせて……、協力してもらいました」

「その人、と、とと特徴は?」


ああ、それならば簡単だ。


「フェイト隊長と同じ顔をしてました」


瞬間、なのはの膝が崩れてぺたりと床に腰を下ろした。
ティアナは混乱気味にあうあう、と呻きながらどうしたもんかと。なんと、なのはの膝が濡れてきているのだ。涙的な意味で。


「あはっ、ホント、何やってるんだよ、ディフェクト君……」


とにかくティアナはポケットからハンカチを取り出して、優しく優しくなのはの頬をふき取った。
笑顔で泣いて、声を震わせながらありがとう。なのはをここまでしてしまうディフェクトという人物に興味がわいてきて、しかし簡単には聞けない雰囲気。
まぁ、いつか聞ければいいか、と問題を放り投げて、ティアナはもう一度金の魔力光に視線を預けた。







[4602] nanosts07 あほのこたち
Name: もぐきゃん◆bdc558be ID:e4b7aa8d
Date: 2010/06/16 13:06

07/~あほのこたち~





事後処理を終えて、大方の現場検証も終えて、ようやくフェイトは一息ついた。もちろん今にも飛び出したい気持ちでいっぱいだったが、しかし何の確証もないのに飛び出すなんて、そんな事は大人のフェイトにはできない。フェイトはもう大人なのだ。使い魔は「何時までも子供だね」というが、フェイトだって成長している。やって良い事といけないことくらいはきちんと弁えているのである。


「あの、テスタロッ」

「なに?」


その瞳は冷たかった。鋭く尖っていた。眉根はどうしようもないほどに寄っていたし、誰がどう考えても不機嫌だった。


「いえ、あの、……こちらの調査は、ほとんど終わりましたので……」

「そう」

「は、はい」


フェイトに残務終了の知らせを持ってきた男がいやに可哀想になるが、しかしフェイトは知っていたのだ。この男が、誰が報告に行くかと仲間内でジャンケンをしているのを! 何ということだろうか。フェイトはまさかそこまで恐れられていて、怖がられていて、嫌われているなんて、そんな事思ってもみなかった。
涙をガマンしていたらこんな顔になってしまって、それがまた誤解を与えている事に気が付いているのに、フェイトにはどうしようもなかった。
ずる、と一度だけ鼻水を啜り、お疲れ様と残してその場を去る。もう帰って不貞寝してやると心に誓い、しかしその前に是が非でも確認せねばならないことがあるのだ。
フェイトは先ほどまで列車があって、崖があった場所まで飛んだ。今は何にもなくて、とにかく何にもない。


「アルフ」

「はいよ」

「……見た?」

「うんにゃ」

「で、でもさ……」

「うん」

「だ、だよね?」

「だろうねぇ」

「え、えと、その……」

「ディフェ───」

「ああ待って待って!」


すぅはぁすぅはぁ。フェイトは四回深呼吸した。
一回目の深呼吸で呼吸を整え、二回目で心臓の調子を元に戻し、三回目で心に予防線を張って、四回目で覚悟完了。


「よし!」

「……あれ、誰なんだろうねぇ、フェイト?」

「に、ににに、にに兄さんだよっ!! 兄さんに決まってるよ! だってあんな馬鹿なことして! 私と一緒の魔力光だし! また私がこんなっ、電車消して崖えぐって、無茶苦茶な事したって噂されてるけど! 全然気にならない全然気にならない!」


フェイトは二度も三度も首を振り、エコモードのアルフを抱きしめた。
やったやったと飛び跳ねた。とりあえず、確証はないけれど、とりあえず何だか生きているようなそうでないような、でも、0パーセントじゃない。もしかしたら、ご、ごごご50パーセント、いやいや、30パーセントくらいにしておこう。そうしないと外れたときにまた傷ついてしまうから30パーセントくらいにして、その30パーセント分喜ぼう。
フェイトは30パーセント分の喜びを表現した。
とりあえずアルフを抱きしめて顔をぐりぐりした。アルフにたくさんキスをした。人型に戻ってもらってまでキスをした。アルフの股間がじんわり濡れていたけどキスをした。起動させっぱなしだったバルディッシュをぶんぶん振り回した。だよねだよねとバルディッシュに聞いた。イエッサーイエッサーとバルディッシュは言ってくれた。魔力が漏れ出して電気変換した。ぱちぱちと花火みたいで、とても綺麗だった。アルフが痺れてあばばばと言った。とにかく嬉しかった。


「やっっっ、っっったぁぁあああああ!!! かも知れないよアルフ!!」


予防線を張るのは忘れない。


「そうだねぇ……ホント、そうだ……」


アルフも泣き出して、鼻水を垂らしていたけど、とにかく、嬉しかったのだ。
二人はばんざーい(かもしれない)ばんざーい(かもしれない)と両手を振って、そしてその奇行は色々な局員に、当たり前だがバッチリと目撃されていた。


「は、破壊の跡を喜んでいるぞ!」

「なんという破壊神……、彼女は死神なんかじゃなかったんだ! いろんなものをぶち壊したくてたまらない、破壊神だったんだよ!」

「な、なんだってー!!」


ばんざーい(かもしれない)しているフェイトたちには、もちろん聞こえていなかった。





。。。。。





眼鏡をかけている彼は、子供の頃から眼鏡をかけていた。小さな小さなころからあだ名はメガネだった。それは彼の、何にでも生真面目に取り組むその性格も手伝ったのだろうが、とにかく彼は小さなころからメガネと呼ばれていたのだ。
生まれついての視力の悪さから眼鏡をしていて、からかわれる様にメガネといわれるのが彼は嫌いだった。目が悪くて、そのことで親を恨んだことだってある。
眼鏡は新しくなっても彼はメガネと呼ばれ続けた。彼は世間一般的に言うならば頭がよかった。だからこんな子供みたいな悪口(?)で腹を立てることはなかったが、それでも気分がいいものではなかった。周りの人間が全員ガキに見える。小さなころから彼は大人びていたし、大人の考えを持っていた。

彼は母に頼んだ。飛び級をしたい。まわりのレベルが低すぎる。母はいい顔をしなかったが、そうしないと眼鏡を叩き割るぞと脅した。すると母は笑いながら「ようし、じゃあ高校いってきなさい」と言った。
魔法学校の生活は、とても楽しいものだった。だれもメガネとは呼ばずに、グリフィスと呼んだ。嬉しかった。勉強のレベルだって自分にあっていたし、子供ながらに自分はよく出来るほうだということに気がついた。
しかし、ちょうど彼が魔法学校に入学してふた月がまわったころだった。またも飛び級の生徒を迎えると言う。同じクラスに、あと二人も。
そのことに対して、彼は何も思わなかった。なぜなら高等学校程度の学力、無理をすれば結構覚えられるもんだから。そんな考えだった。

入学してきた二人は、凄かった。とにかく凄かった。何が凄いかと言われれば、全部凄かった。
友達になりたくて、しかし二人はいつも一緒に居た。金色のほうに近づくともう片方は、嫌な顔はしなかったが、なんだかちょっと不機嫌そう。
ああ、共依存関係にあるのかな、と自分よりも年上なのにちょっと馬鹿にした。けれども、実力は認めていたし、純粋に凄いと思っているのも事実。結局仲良くなれずに、数週間が経った。

そして金色が、なんとなんと、AAランクの教員を打倒した。凄い。凄い凄い! 友達になりたい!
しかし、だがしかしメガネと呼ばれた。
またそれか。もうちょっと大人かと思っていたが、金色はメガネと呼び続けた。グリフィスが嫌だというと「古今東西伝統的なあだ名じゃないか!」。そう言っていた。
しだいに、ちょっとずつ、グリフィスは眼鏡が嫌いではなくなった。メガネと呼ばれるのは、これは僕の個性なのかもしれない。そう思い始めた。
相変わらず金色たちはベタベタしてて、付き合っているんじゃないか? ついにそんな噂まで流れ始めた。
だけどメガネはまったく気にしなかった。友達になれれば、それでいい。入学当初から近づけなかった距離は、少しづつ短くなっていった。

金色は凄い。熱い。有限実行。
カッコよかった。メガネは武装隊に入ることを決意した。いや違う。武装隊には以前から入りたかったけれど、ここまで強い思いではなかった。局員になれれば……。もしかしたらその程度だったのかもしれない。
だからメガネは努力した。たくさんたくさん努力した。金色と同じ授業をとったし、そして迷惑をかけて、しかし彼の役に立ったこともあった! 嬉しかった。ただ嬉しかった。僕にだって。そんな思いがメガネの中で強く芽吹いた。

局員試験を受けた。もちろん武装隊。だが落ちた。メガネは試験に落ちた。
なんという事だろうか。落ちてしまった。そしてその理由が、眼鏡だった。眼鏡だったのだ。メガネは生まれついて視力が悪かった。だから眼鏡をしていた。外してしまうと冗談ではなく「メガネメガネ」してしまうほどにメガネはメガネだったのだ。
親を恨んだ。誰かのせいにしていないと、とてもじゃないがまともで居られないような気がした。
そしてメガネは、自殺を考えた。
この世界には、選ばれた者と選ばれない者が居るのだと幼心で理解した。
眼鏡ごしにメガネは地面をみた。校舎の屋上に立って、メガネは眼鏡ごしに地面を見たのだ。落ちれば死ぬ。もちろん理解していた。馬鹿なことをやっている自覚もあった。けれども、メガネの心は眼鏡をかけないでも見えるくらいにひどく荒れていた。

そのとき、扉が開いた。
金色と、片割れだった。相変わらずベタベタしているなと思った。
金色は自分にあっていることを見つけろといった。お前の部隊運営、指揮理論がよかったとヒントまでくれた。メガネは眼鏡の奥にある瞳から涙をこぼした。
だって、金色は最後にこう言ってくれたのだ。「グリフィス」。
彼から聞いた、初めての名前だった。金色はグリフィスのことをメガネメガネと呼んでいたくせに、こんな時だけグリフィスと呼んだ。
グリフィスは屋上に取り残されて、しばらく嗚咽を漏らし続けた。
部隊の運営と指揮。グリフィスは自分にあっていることを見つけた。身体を苛めるよりも、確かに楽しかったのだ。

時は流れて。
こちらロングアーチ。機動六課の運営、指揮全般を担当する。
部隊長が所用で出かけており、その間にガジェットが出現。フェイトに市街地飛行許可を与え、ガジェットを破壊するのに最適な方法を見つけ出す。
部隊長八神はやてがちょうどよく帰ってきて、サーチャーが何かを拾った。グリフィスは、この時ばかりはメガネに戻って眼鏡を拭いた。見間違いかと思ったのだ。眼鏡を装着し、武装隊を目指していたメガネではなく、部隊運営、指揮に力を入れたグリフィスに戻る。
モニターに、それこそ視線で人を殺せるほどの威力を込めてかじりついて、金色を幻視した。
そして。


「───ディフェクトさあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!」


彼は吼えた。





。。。。。





隊舎全体を揺るがすような咆哮を聞いても、はやてはいたって冷静だった。というよりも、現実感がないと言ったほうがいいのかもしれない。
とにかく呆けた様子で、ぽやぽやとしながらグリフィスに仕事を押し付け、お腹痛いお腹痛いといって逃げてきた。グリフィス一人でも十分にこなせる残務なので任せても問題はないだろう。
問題があるのは、彼が言ったディフェクトさん、である。


「いけないいけない。私ったらいけないわ」


普段は使わない標準語になるくらいには、はやては混乱していた。
とりあえず廊下をぐるぐると歩き回って、何となく目に付いたソファで三点倒立をしてみた。


「……」


頭に血が上ってくる。


「……」


顔が赤くなってくる。


「あの、部隊長?」

「なんやー?」


職員の一人が恐る恐るといった調子で話しかけてきた。
はやてはいつもどおりにこやかな笑みを浮かべながら振り向いた。いつも通りのはずなのに、職員の顔はちょっと残念そう。ああどうしたんだろうかと思って、そういえば三点倒立をしていることに気がついた。


「……下着、見えてますよ」

「どないやねん!」


はやては謎の言葉を残してその場を颯爽と後にした。

混乱しているのが自分で分かるほどに混乱している。
この混乱は、どうだろうか、ディフェクトに初めて唇を奪われた時くらいかもしれない。あの時は女の子同士かと思っていて、ノーカウントだったのだが、それは彼のホースで幻だと悟った。
十年も前のことなのによく覚えているなと自分自身感心して、よし、そろそろ混乱するのはいいのではないだろうか? と自分の頭をぽかぽか殴った。
ふぅ、と息をついて。


「ディフェっちゃんやんか! なんや! 何で生きとんの! あかんあかん! あかぁん! ヤバイ、めっちゃ嬉しい! おぎゃあ言うて生まれてきたときと同じくらい嬉しい! 生まれた! いま生まれた!」


はやては何となく二度目の誕生日を迎えてしまった。
見紛う事無く、アレはディフェクトだった。間違いない。なんと言ってもこの私、八神はやてが言うのだから間違いない、と脳裏で二人目の人格が生まれそうになるのを必死で止めて、生きているんだなと思った。
すると膝の調子がおかしくなって、力がどんどん抜けていってしまう。
おろろ、と小さく呟きながら廊下の壁に手をやって、もうすぐそこが自室だということに気がついた。

うん。休もう。多分今の私は頭がおかしい。
冷静な部分が、失礼なことに はやてをそう判断して、はやては自室の扉を開いた。ベッドに倒れこむように横になって、とりあえず枕を引き寄せて、


「寝れるかアホー!」


満面の笑みで枕をぶん投げた。
あははと笑いながらベッドを殴りつけて、そして泣き出した。


「なんや……、なんやぁ……」


なんや。知らんそんなもん。
はやては久しぶりに泣いた。思えば、なかなか涙を流したことのない子供だったなと自分を評価した。
だけど、今回この時こればっかりは我慢できそうになかった。水分補給しないと死んでしまうのではないかと思うほどに涙は溢れてくる。自分自身で驚くほどに。人間はこんなにも涙を流すことができるのかと驚くほどに。
はやてはディフェクトが死んだときも、こんな涙を流すことはなかったのだ。アレはもしかして、死んだことを受け止めていなかったのではなくて、どこかで生きていると思っていたからなのかもしれない。
感極まった。まさしくこの事をいうような気がする。


「ああもうっ、生きとんやったら連絡ぐらいしたらええのに……んもう、んもう……」


へら、とまた笑顔に変わって。


「ほんま、ほんまよかった……」


へにゃ、と泣き顔に変わる。

一人で二面相ばかりをぐるぐると往復して、気がつけば一時間余りがすぎていた。
ようやく冷静になった頭でこれはまずいと思った。部隊長が、まだ隊員が帰ってきていないのに仕事を放棄するなど、あってはいけないことだ。実際のところ、どこの部隊でも起きていることだが、しかしだからこそ はやてはそういう事のないようにと考えていたのだ。
ぶんぶんと首を振って、出直さなければならないと自身を鼓舞。鏡を覗いて、まずはあまりにもひどい顔を洗おうと思った。


「ふぅ……、よし。生きとる。今はそれでよし」


放り投げた枕を拾って、はやてはまた部隊長になった。





。。。。。





そしてひよこストライカーズ達は帰ってきた。
ばたばたとうるさく回るヘリのローターにウンザリしながら四人は自室へと向かう。
報告書は明後日までに提出。通常、すぐにでも取り掛かるところだが、自身の余りの不甲斐なさからスバルはそれをできないでいた。
二段ベッドの上からティアナを見れば、彼女ははぁ、はぁ、と時折ため息をつきながらもきちんと端末をいじくっている。報告書を書いているのだ。
スバルはその辺りがティアナの凄いところだと思う。スバルはどちらかというと、本能で生きるタイプだ。今はやりたくないなと思えば、もちろん後回しにするし、期限ギリギリになってしまうことも珍しくない。
しかしティアナは違う。やらなければならないことはすぐにやる。スバルとは違い、理性で生きている。

すごいなぁと感心しながら、スバルはベッドの上からティアナの可愛いつむじを眺め、口を開いた。


「ん~、ティアー、ちょっとくらい休もうよー。せっかく明日はお休みなのに……」

「そのお休みを潰したくないから今やってんでしょ。あんた、泣きみても知らないからね?」

「ティアのマネっこするからいいもーん」

「私まで怒られるでしょ!」


ティアナが机の上にあったヌイグルミを投げてきて、スバルはそれを難なくかわした。ティアナにへらりと笑いかけると、彼女はぶるぶると肩を震わせて。


「んがー!」


二段ベッドの上へと突撃をかましてきた。
ぽかぽかぽかぽか。ティアナの拳がスバルの頭を何度か叩き、それでもへらへら笑っているスバルに呆れたのか、隣に倒れこんでくる。
もういい、もういいもん、と呟いているのが、スバルにとってはとても愛らしいのである。


「頑張りすぎはよくないんだよ、何にでも」

「……何かどっかで聞いたようなセリフね」


ティアナはスバルから奪った枕に顔を埋めてもごもごと。
何を思い出しているのかは分からないが、自分以外にもちゃんと言ってくれる人は居るんだな、と少しだけの安心。
理性が強すぎるティアナは、少しだけ無理をしすぎる。それは訓練校時代もそうで、スバルは教官からその事でティアナをしっかりと見てやれと言われたのを思い出した。


「……あ」

「うん?」


思考の海に入り込もうとしていたところを強制浮上させられ、スバルは疑問を掲げた。


「そういえば、アイツもそんなこと言ってたわ」

「アイツ?」

「石田よ石田」

「ああ、私のこと助けてくれた人? どんな人だった? ちゃんとお礼言いたかったな」

「あんたはすぐ懐くからよしときなさい。まともなヤツじゃなかったわよ」

「へぇ。珍しいね、ティアがそんなこと言うなんて」

「だってもう無茶苦茶なんだもん。あんたはいいわよね。見てないし、報告書もわりと楽に書ける」

「む。次はちゃんと最後まで起きてる!」

「あはっ、何よ、怒ったの?」

「そんなことないもーん」

「ごめんごめん、機嫌直しなさいよ」


そういってティアナは頬をむにむにと突付いてきた。
スバルはわざとらしく頬を膨らませて、もっと私に構えとアピール。しかしティアナがよしよし、と頭を撫でてくれると、どうしようもなく顔は緩んでいくのだ。ああ、本当に、どうしようもないティアコンだなぁと自分で思う。


「それでそれで、どんな人だったの?」

「ん、とね……、背中から角……いや、羽かな? とにかくそんなのが生えてて、右手は見たことのないデバイスに覆われてた。こう、右の首筋のところに……何て言ったらいいのかな、ライン・パターンの刺青みたいな線が入ってたわね。あごのトコ位まできてて、一本は右目のしたまで届いて、横に伸びてたわ。あれ絶対不良よ、不良。ヤンキーよ。髪の毛長くて、それは綺麗だったんだけど、自分のこと俺とか言うの。喋り方も下品な感じだったし、何か、ついついもったいないって思っちゃったわね。……それでね、なんと、驚くべき事に!」


ティアナはもったいぶったように言うが、しかしスバルはその先を知っていた。間違いない。きっと、間違いない。


「……フェイト隊長と、同じ顔……とか?」


ピンチのときに来てくれるのは、女神様だって、スバルの中では決まっているのだ。


「あら? 何よ、知ってた?」

「ティア……」

「なによ」

「嗚呼ティアナ」

「だからなに?」

「ティアナ・ランスタァ!!」

「ああもううっさい!! だからなによ!!」

「それ! 女神様だよ! ティアがいつも馬鹿にしてた、私の女神様!」


何かもう、色々とバレバレである。





。。。。。





「ごめん」

「訳を聞こうか?」

「バレたわ」

「そ」

「怒んないの?」

「まね。どうせこうなるんじゃないかなぁ、なんて思ってた。君、考えなしだし」


つ、冷たいじゃないかユーノ。何時になくクールじゃないかユーノ。こんなことならまだガミガミ怒られたほうがマシなのに!


「はぁ、もうちょっと独り占めできると思ってたのにな……」

「ん、何を?」

「君を」

「……え、と。……ええと、うん、何だろうか。なんて言って欲しい?」

「なんて言いたい?」

「俺は君の魅力にメロメロメロメさ、ユーノ」

「ボクもだよ、ディフェクト」


太陽のようにとは表現できない。向日葵でもなくて、もっと静かで、柔らかくて。だからユーノは水面に浮かぶ月のように微笑んだ。
なんだこれユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。ユーノ可愛い。


『私の・マスターは・もう・駄目かも・わからんね』



















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