SIDE-アリサ
年の瀬も近づいてきたこの日、また一つ毎年恒例の退屈なイベントが終わった。
パパ達はまだ用事があるみたいだから残ったけど、わたし達は一足早く帰宅する途中。
と言っても、すでにかなり遅い時間だし、子どもをこんな時間まで付き合わせないでほしいわ。
そんな道中、親友でもある同乗者に向けて思わず愚痴が零れる。
「はぁ……ホントこの時期は忙しくてやんなるわ。
パパ達だけならともかく、なんでわたし達まで……」
「しょうがないよ、アリサちゃん。みんな色々事情があるんだし、わたし達の我が儘だけで……」
「それくらいわかってるつもりよ……でも、なんか政治とか仕事の道具にされてるような気分になるし、やっぱりいい気持ちはしないじゃない。すずかもそうでしょ?」
「それは、そうだけど……」
まったく、なんでこう金持ってのはパーティとかで散財するのが好きなのかしら。
いや、わたしだってパーティとかのお祭り騒ぎは好きだけど……親しい人達と楽しい時間を過ごすわけでもなく、どうしてああも無駄にお金をかけて腹の探り合いとかをするのかしら? その辺は全く理解できないのよね。
「確かに、アレは凛の言う通り『金ピカ』よね。成金趣味って意味では」
「ぁ……」
と、話が凛の事に発展した瞬間、すずかが小さく声を漏らした。
わたしもすずかに僅かに遅れて、思わず眉根を寄せてしまう。
(~~っ、失敗したなぁ。努めて考えない様にしてたはずなのに、どうしてそういう時に限って考えちゃうかな)
あの日以来、凛はもちろん士郎とも会っていない。
士郎の事はもちろん心配だし、できればお見舞いに行きたいとも思う。
だけど、どうにもあの日の事があって顔を合わせづらいし、二人の事を考えると胸の奥に何かが燻る。
こんな状態じゃ、会うと何を言うかわかったもんじゃないわ。これも、二人に会えない理由の一つ。
しかし、今はそれよりこっちの方が問題か。
凛の話題に発展した瞬間から、車内を微妙な空気が埋め尽くしている。
このままってのは息苦しいし、ちょっと強引にでも話題を変えないと……。
「ま、忍さんは良いわよねぇ、ボディーガードって名目で恭也さん同伴できたんだからさ。
二人も向こうに残ったみたいだけど、今頃は二人っきりで楽しくやってるんじゃない?」
「…………そうだね、お姉ちゃんも楽しみにしてたみたいだし」
たぶん、今頃恭也さんは散々振り回されてるんじゃないかと思う。
それどころか、下手をすると婚約者って事で紹介されているかもしれない。
いや、ノエルさんを運転手としてよこしてくれた事を考えると、もしかすると今夜は帰らないつもりだったりして……これは、なのはとすずかが親戚になる日も近いか。
そんな事を考えながら窓の外に眼をやると、やはり特に面白味のない真っ暗な街並みが広がっている。
もう海鳴に入ってる筈だけど、こう暗くちゃ良くわかんないわね。
だけど、そこでふっと違和感に気付く。
「…………………ねぇ、すずか」
「? どうしたの?」
「いくらなんでも、暗すぎじゃない?」
「え? そう言えば…全然明かりがついて、無い?」
そうだ、いくらもう夜遅い時間帯とはいえ、全く明かりが無いなんて事があるだろうか。
そりゃ起きてる人の方が少ないだろうけど、それでもゼロって事はない筈。
にも関わらず、窓から見える範囲の家々の何処にも明かりがついていない。
これは…………異常だ。
しかし、異常だと思ってもただの小娘でしかないわたしにはどうしたらいいかわからない。
極最近非日常の世界って奴を知ったわたしに、この状況に対応できる危機管理能力などあるはずもないのだから。
だけど、隣に座る親友とこの車を運転する女性は違った。
「ノエル! 急いでウチまで戻って!!」
「はい! お二人とも、体を低くしてしっかり掴まってください!!」
ノエルさんがそう応えるのとほぼ同時に、エンジンが唸りを上げわたし達の体は座席に押し付けられる。
おそらく、思いっきりアクセルをベタ踏みして急加速をかけたのだろう。
月村家所有の高級車の性能はシャレにならない。
一瞬にして時速百キロを楽々とオーバーし、ものすごい勢いで街並みが過ぎ去っていく。
しかし、それにやや遅れて何かの唸り声の様なものが聞こえてきた。
■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!!!!
さすがにあんな不気味な唸り声を聞いて冷静でいられるほど、わたしは大層な人間じゃない。
誰かに答えを求めたでもなく、思わずこんな呟きが零れた。
「なんなのよ、これ。また魔法とかって奴?」
「それか、魔術の方かもしれない」
わたしよりも幾分か冷静な様子を窺わせるすずかの声。
ああ、そう言えば確かにそんなのもあったんだっけ。
わたしには違いなんてよくわからないけど、一応は別物なのよね。
「前に士郎君から聞いたことがあるの『命からがら逃げてきた』って。追手の心配はないって言ってたけど……」
「なるほどね、そっちの可能性もあるってわけか……にしてもアイツら、まさか本当に襲われたりしてないでしょうね。もし怪我でもしててみなさい、絶対に…………許さないんだから」
「アリサちゃん……」
あんな事はあったけど、わたしは今でも二人の事は友達だと思ってる。
それはきっとすずかやなのは、フェイトやはやてだって同じ。そりゃあ多少の蟠りは感じてるけど、それは変わらない。だから、やっぱりアイツらに何かあったんじゃないかと思うと、不安になる。
元気なら元気って、ちゃんと知らせなさいよね……。
だけどそこで、頭を低くしながらも窓の外を窺っていたすずかがある事に気付く。
「アリサちゃん、あれ」
「なに? って、なんなのよ、アレ。月が……」
「…………黒い」
空の中央には燦然と輝く白銀の月…ではなく、夜の闇よりもなお暗い黒によって染められた月が浮かんでいる。
それはあらゆる不吉と絶望を内包している様で、重い何かがのしかかってくるよう。
宙にかかる凶兆に急き立てられ、黄泉の孔から骸達でも溢れかえってきそうな雰囲気だ。
まったく、クリスマスに続いてこの街で何が起こってるってのよ。
凛達も心配だけど、なのは達も大丈夫なんでしょうね。
第46話「マテリアル」
SIDE-凛
とある年末の深夜。
日付が変わるか否かという時間帯に、私は野暮用を済ませて帰宅した。
とはいえ、遅くなる事はあらかじめわかっていたので、二人には先に寝ているように伝えてある。
なので、帰宅の挨拶もまた自然と小さい。しかし……
「ただいま」
「お帰りなさい、凛」
玄関をゆっくりと開けて静かに家に入ると、待ってましたと言わんばかりにリニスが出迎えた。
まったく、こいつときたら……先に寝てろって言ったのに。
「そんな眼で見ないで下さい。主を出迎えるのは使い魔として当然じゃありませんか」
「確かにそうかもしれないけど、主の言う事を聞かない使い魔ってどうなわけ?」
「そこはほら、自立心の芽生えという事で一つ」
はぁ、なんか段々と口が達者になってきている気がするのは気のせいかしら。
別に子どもじゃないんだから、今さら自立心もへったくれもないじゃないのよ、アンタ。
そんな事を思いつつ、言った所で意味はなさそうなので特に口にはしない。
リニスの方でもそれは承知しているのか、あえてそれ以上は掘り下げず話題を変える。
「ところで、様子はどうでした?」
「特に変化はないわ……『今日のところは』って注釈が付くけどね」
「そうですか……しかし、この半年の間にほとんど調整は終わったのでしょう?
それなら、気にし過ぎではありませんか?」
「かもしれない。だけど、並行世界の転移なんて私にもわからない事だらけだもの。
私は自分の事を過大評価する気はないわ。この体の事にしたってそう、不測の事態なんていつどんな時でも起こり得る。ましてやそれが、あんな力技を使った後ともなれば尚更ね」
こんな夜中の野暮用というのは、私達が最初に踏んだ土地の調査。
つまり、半年前に私と士郎が例の“孔”を通って辿り着いたあの森の事だ。
「その上、通ったのは大聖杯を利用して作った道。それがあの呪いの影響を全く受けていないなんて、とてもじゃないけど私には保証できない。なら、最低限のアフターケアとしてあそこの管理は私の仕事でしょ。
もし何かあったとしたら私の責任だし、何かないか調べて、何かあった時には対処できるようにしとかなきゃね。万が一にもあの呪いが出てきちゃったりしたら、さすがにシャレにならないわよ」
「それはそうなのでしょうが、ここのところ毎晩じゃありませんか」
「まあ、確かに今までは週一くらいのペースでやってたけど、あんな騒動のあった後でしょ。
さすがに、今は慎重に様子を見ないと怖いのよ。ジュエルシードの時だって、結構気を使ってたしね」
ジュエルシードの時は発動場所が局地的だったり、或いは時の庭園という高次空間で発動してくれたりしてくれたおかげで目立った影響は与えていなかった。
しかし今回の闇の書事件は、この辺り一帯にその影響を与えている。
何しろ戦闘範囲は広いし、街一つ丸々結界で覆うなんて力技もしたのだ。
それらが万が一にも私達が通って来た孔、正確にはその跡地に影響を与えていないとは限らない。
なにもないに越した事はないけど、何かあったりしたらと思うとゾッとする。
調べるだけなら日中でもいいのだが、下手に人目につく危険は避けたい。
もし本当に何かあった時、観測するという行為そのものが引き金になるかもしれない。
それで余計な人間を巻き添えにしたり巻き込んだりしては遠坂凛一生の恥じだ。
そうである以上、出来る限り人がいない時間帯を選ばざるを得ない。
一応大聖杯そのものは一度破壊してるし、向こうにいるうちにおかしなものがないか一通り調べてある。
だが、なにぶん私は「うっかり」の遠坂だ。見落としやらど忘れをしている可能性は大いにある。
となると、どれだけ石橋を叩いても叩き過ぎという事はないだろう。
もしかすると、私が気付いていないだけで一緒に残滓くらいはこっちに来ている、ないし後を追って来るかもしれない。普通に考えればまずあり得ないが、絶対とは言い切れないしね。
リンディさん達の方でも、闇の書の闇の消滅に伴う余波被害が発生するのは予想の範疇らしい。
今のところはその様子はないらしいが、いずれ何かしらの形でそれも起こるだろう。
そっちと併発する可能性だって捨てきれないし、やはり監視は必要だ。
「ま、昨日少し違和感みたいなのを感じはしたけど、そっちはもう調整済みだからね。
今日見てきた感じだと上手く直せたみたいだし、とりあえず心配はいらないでしょ」
「それならいいのですが、あまり無理はなさらないでください。士郎に続き、凛にまで倒れられては……」
「わかってるわよ。心配してくれてありがと。でも、そっちこそ少し気にし過ぎじゃない?」
まったく、過保護というかなんというか。リニスは少々心配性な気がする。
別に子どもじゃないんだから、自分の体調管理くらいできるって言ってるのに。
だけど、これも一種の好意の表れなんだから無碍にできないのよねぇ。
「それはそうかもしれませんが……お忘れですか? 私はフェイトの教育係だったんですよ」
「…………ああ、なんか納得」
そう言えば、確かにあの子もそういうところあるわよねぇ。
「それにしても、管理局に委ねる、というわけにもいかないのが困ったモノですね」
「別にリンディさん達の人格と能力を疑うわけじゃないけど、一応私は専門家で張本人だしね。
リンディさんはあたりをつけているとはいえ、それでも下手に情報を与えたくないもの」
あの人の人柄及び能力、共にそれなりに信頼している。
だからまあ、別にこの件で協力を仰ぐくらいはしてもいいのかもしれない。
とはいえ、それはやはり個人に対してモノ。組織に対しての忌避感は変わらない。
そうなってくると、余程の事がない限り協力を求める気にはならないのよね。
それに、実際自力でなんとかなってるわけだし。
それはそれとして、リニスが起きてるって事はもしかして……
「士郎はどうしてるの?」
「起きてますよ。先に寝るようには言ったのですが……」
「起きてる張本人が行っても説得力はないわね」
「……はい……」
それなりに自覚はあるのか、ションボリとした様子で項垂れるリニス。
まあ、起きてる理由は私の帰りを待つだけってわけじゃないでしょうね。
おそらくは、あの話もあるのだろう。
実際、私自身なのは達に私達の事を話すかどうかは迷っている。
話す事それ自体は特に問題はない。
要は情報があの子達から漏れなければいいわけだから、それだけならやりようはある。
ま、そのやりようってのもそれはそれで問題なんだけど、今はそれはどうでもいい。
重要なのは、生きたままあの子達の口を閉ざさせる手段が私達の手にあるという事。
それも本人達の意向など完全無視で、一度でも同意させれば施術は可能だ。
だからまあ、別に情報漏洩という意味ではそれほど問題はない。やるかどうかはともかく。
問題なのは……
「巻き込みたくない、だけどもう手遅れなのかもしれない。
厄介というか業が深いというか、わかっていたつもりだけど…私達も大概傍迷惑ね」
「ですが、それは凛達の責任では……」
「どうなのかしらね?」
リニスの思いはありがたいけど、責任の所在を問うことに意味はない。
責任が有ろうが無かろうが、巻き込んでしまえば同じことなのだから。
だから、巻き込んでしまう前に距離をとるつもりだった。
一通りのことを教えたら「はい、さようなら」で終わらせるつもりだったんだけどな……。
気づけば、なんとも対応に困る状況に置かれてしまっていたのだから頭が痛い。
今さら距離をとっても時すでに遅しって可能性もあるし、まだ間に合うかもしれない。
まったく、中途半端が一番困るわ。どっちかはっきりしてくれたら、身の振り方も決められるのに……。
だが、事態は私に悩む時間すら許してはくれなかった。
「っ!?」
「凛、これは!?」
「なんなのよ、これ?」
上手く言葉にできない違和感。
結界……っぽいけど、こっちに来て知ったどの結界とも何かが違う。
むしろ、こちら(魔術)寄りのような印象さえ受ける。
しかし、深く探るより前にカーディナルが告げた。
《マスター! リンディ提督より秘匿回線から緊急通信です》
「は? いいわ、繋げて」
カーディナルから唐突にもたらされた報告に、一瞬気の抜けた声が漏れたがすぐに気を引き締める。
先日、念のために私達の間だけで取り決めた秘匿回線に通信を入れてきたのだ、只事ではないのは間違いない。
内容までは予想できるはずもないが、ロクな事じゃないだろう。
「どうかしたの?」
『無事なようね、良かった。士郎君やリニスは?』
「? 一応こっちは全員無事だけど、一体どうしたのよ?」
厳密には士郎の安全確認はしていないが、ずっとこの家にいた以上問題はないだろう。
リニスが無事なのだから、アイツもほぼ同じと考えていい筈だ。
『たった今、日付が変わるのとほぼ同時に街全体を結界の様なものが覆ったわ』
「そこまでは私も感じた。他に何かわかる事は?」
『実は、並行して闇の書とよく似た反応を観測したの。それも、一つや二つじゃない。
反応の大小を無視すれば、数は百を優に超える。それどころか、五百にも届くかもしれないわ』
例の、闇の書の消滅に伴う余波被害って奴かな?
しかし、それにしても規模が大きい。
余波被害っていうくらいだから、そうたいしたものじゃないと思ってたんだけどなぁ。
それに、日付が変わる瞬間を狙う辺り、どこか作為的だ。
魔術的に見て、日付が変わる瞬間は重要な意味があるし……。
でも、今はそんな事を考えてる場合じゃない。もしこれがそうだというのなら、何かしら手を打たないと。
「そっちはどうするつもり?」
『反応は全て移動している事から考えて、何かしら目的なりなんなりがあって行動しているのだと思われるわ。
それも反応の小さなものは集団で、大きなものは個体で動いているみたい。だから、小さい集団に武装局員を当てて、大きな個体にはクロノをはじめ単独での戦闘能力の高い人員を当てるつもりよ』
「妥当な線ね。なのは達は?」
『今エイミィが連絡してくれているところなんだけど、皆どうもやる気みたいね。
フェイトさん達はもとより、守護騎士達やはやてさんも協力を申し出てくれたわ。本当に、あの子達には足を向けて寝られないわね』
そう語るリンディさんの声には隠しきれない陰があり、またも巻き込んでしまった事への後悔が滲んでいる。
しかし、それなら初めから伝えなきればいいだろうに。この程度、予想の範疇なんだから。
そう思ってそう言ってやったのだが、返ってきた答えは意外なもの。
『返す言葉もないわ。でも言い訳をさせてもらえるのなら、伝えないわけにはいかなかったのよ』
「どういう意味?」
『この結界、どうやら封時結界に近い性質を持っているみたいね。今現在、この街には魔法関係者以外の人間は存在しない。いえ、正しくは魔法関係者だけをこの結界内に隔離したと言うべきかしら?』
なるほどね、確かにそれは知らせないわけにもいかないか。
というか、知らせないもなにも遅かれ早かれ気付くのだから隠す意味がない。
下手に混乱をきたすくらいなら、さっさと知らせてしまった方がマシだろう。
『それも、厄介な事に関わりの度合いは関係ないみたい。今わかっている範囲では、高町さん達は全員取り込まれてるし、どうやらすずかさんやアリサさん達もみたいなの。
それに当然と言えば当然なんでしょうけど、小さい方の反応は主にそちらの方に向かっているわ』
はぁ、それはまた面倒な話だ。何が狙いかは知らないが、ちょっとでも関わってたら後は無差別か。
なんでまた、ちょこっと関わっただけの人達まで巻き込むかなぁ……。
とはいえ、愚痴っていても仕方がない。まずはやる事を明確にしないと。
「すずか達はどうしてるの?」
『幸い、アリサさんは今すずかさんのお宅にいるみたい。そこで、例の防犯装置を中心に防衛線を築いているわ。高町さんの方は、自力でなんとかすると言っているのだけど……念の為、両方に武装局員を応援に送るつもりよ』
「それで問題ないんじゃない? 小さい反応の主がどの程度の相手かわからないけど、反応が小さいって事はたいした事ない筈だし、ヤバそうなら改めて大規模の応援を出せばいい」
『そうね、私も同意見よ』
やはり先に大物を潰して、それから雑魚の掃討をする方が確実だろう。
雑魚を潰しているうちに疲れてしまった、ではシャレにならないしね。
『私にあなた達への命令権はないけど、あなた達は前線に出ない方がいい。フェイトさん達と会うのは気まずいでしょ? 今回は、自分達を護る事にだけ集中して』
「ありがたいわね、そうさせてもらうわ。あの子達の集中を乱しても仕方がないし、その辺りが妥当でしょ。
もし何かある様だったら、その時にまた連絡してちょうだい」
『ええ』
ま、確かにそれが今のところ一番マシな選択だろう。
士郎の事もあるし、ここを空けるのは望ましくない。
とそこで、家の近くに不穏な気配が近づいてきている事を張り巡らせた結界が感知する。
数が多い事を考えると、例の反応の小さい集団の方か。
「リニス、アンタは士郎の護衛と監視。アイツの事だもの、ジッとしてる筈がないわ」
「わかりました。凛は、出られるのですね」
「そうするしかないでしょ。敵さんの姿ってのも、一度見ておきたいしね」
はてさて、やっこさんはいったい何者なのかしら。
そうして私は、リニスに士郎を任せ戦場に出る。
そこでまさか、あんなものを眼にする事になるとは露知らず。
* * * * *
敵を迎え撃つべく外に出た私の眼に映ったのは、何処か既視感を抱かせる光景だった。
「冗談でしょ……なんでこいつらが」
宙に浮く私の眼下に広がるのは、いつか見たような光景。
私はこんなもの知らない、だけど私はこの光景を知っている。
矛盾している筈なのに、それを矛盾と感じない自分がいた。
■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!!!!
それは、まるで蜜に群がる蟲の様だ。
それも、どいつもこいつも計ったように同じ顔をした黒い獣の群れ。
声ならぬ声の大合唱は、まさに阿鼻叫喚の地獄そのもの。
普通の人間なら、容易くあれらの餌食となる事請け合いだ。
ここから視認できるだけでも、そいつらが軽く三百を超えている。
確かに、リンディさんの言っていた事は本当らしい。
だが、その事に少なからず安堵を覚える自分もいる。
憶えの無い記憶が囁く、あの時はこんなものではなかったと。
あの四夜の終末で見たそれは、正しく無限。躯は際限なく増殖し、淀む事無く街を覆った。
それが、私の脳裏に刻まれた「ある筈のない記憶」の光景。
そして、今眼下に広がる光景は存在しない記憶にあるその焼き写しだろう。
明かりは消え、人々は消失し、街の生気は凍りついている。
存在しているのは、大なり小なり魔法に関与した者だけ。
しかし、現状街を覆うそれは虫食いがいいところだ。
確かに数は半端ではないが、それでも街全体で五百程度なら大した事はない。
一度に襲いかかるわけでもなさそうだし、一ヶ所に集まって相手にし続けないわけでもない。
実際、こっちに向かって来ているのは多くても全体の五分の一がいいところだろう。
百、厄介な数である事は認めよう。マラソンバトルをするには数が多すぎる。だが……
「なんでかしらね、それくらいなら何とかなる気がするわ」
この既視感の出所も、何となくだが予想はできている。
だからたぶん、あの時に戦った事があるからわかるのだろう。相手の強さ、戦い方、それらがわかるが故に、百程度ならまだ許容範囲という自信が生じる。
或いは、過去にもっと絶望的な戦いを経験した事があるから感覚がマヒしているのかもしれない。
しかし、なにはともあれ……
「まさか、すんなりここまでたどり着けるなんて思わないでよ……ね!」
地脈から吸い上げ、家に溜めこんでいた魔力を解放する。この家そのものが、私にとっての魔力タンクだ。
故に、他の場所でならいざ知らず、事この家の付近に限れば私の貯蔵は普段の数倍。
この程度の数に負ける道理など存在しない。
「『Fixierung(狙え),EileSalve(一斉射撃)――――!!!』」
人がいないのはありがたい。そういう状況でなら、遠慮呵責なく薙ぎ払う事が出来る。
家から引き出し、体を経由して宝石に溜めこんだ魔力を一気に解放し、何の着色もせずに黒い群れに向けて放つ。
魔力の塊が着弾すると、まるで埃の様に黒いそれらが舞い上がる。
(ふむ、どうやら記憶との差異はほとんどない……むしろ、多少弱いくらいか。
この分なら何とかなりそうだけど、問題はなのは達の方ね。変に躊躇ったりしてないといいんだけど……。
ま、そっちにしたって何かあれば連絡くらい来るでしょ。こっちとしても迂闊にここは離れられないし、リンディさん達に任せるしかないか)
こればっかりは私にもどうしようもない。ただ単純に、この状況下では手が足りないのだ。
この家を、ひいては士郎を守る事となのは達への援護、この両立は私一人では不可能。
リニスを送るって手もあるけど、士郎の事を考えるとやっぱりね。
それに、私やリニスが援護に行ってなのは達を動揺させてたら世話が無い。
となれば、やはり私達はここの防衛に集中するのが得策か。
心配ではあるが、あの子達だってそれなりに経験は積んでいる。
バックアップだってあるわけだし、自力でなんとかできるだろう。
(にしても、こいつら一体どこから来たのかしらね)
私の記憶にあるアレに酷似してる事から考えて、私の記憶をベースにして生じた可能性が高い。
だけど、それにしても不可解な点が多い。
最後に来た報告によると、どうやら反応が大きい方は闇の書の残滓が作り上げた複製の様なものらしい。
それも闇の書と関わった人間達、つまりなのはとかフェイトとかの偽物。
より正確には、「闇の欠片」と呼称されたそれらは魔導士達の過去の記憶を再現した思念体と聞く。
破壊された防衛プログラムを、なんとかもう一度再生しようとしてるとか何とか……。
だとすると、これもそれと似たような性質の筈だが……あの夢に出てきていないこれらをなんで再現できたのだろう。私が憶えていれば関係無いのかもしれないけど、それにしたって……。
そんな事を考えながらも雑魚を薙ぎ払って行く。
とはいえ、さすがに数が多い。
幾ら纏めて十体くらいはふっ飛ばしているとはいえ、それでも徐々に近づかれるのは避けられない。
おそらく、遠からず連中はここに到達するだろう。
そこから先は、あの時と同じような戦い方になるのかな。
だが、そんな私の予想は容易く覆された。
「ブラスト……ファイアー」
「電刃衝!!」
平坦な声と妙にテンションの高い声が響き、見憶えのある砲撃と直射弾が夜空から放たれた。
私に……ではなく、黒い獣達に向けて。
着弾箇所にいた獣達は、まるで木の葉の様に蹴散らされ消滅した。
直撃を免れた者達はまるで蜘蛛の仔を散らすようにその場を退く。
だが、すぐに天を仰ぎ奇怪な賛美歌を唱和する。
『■■■■■■■!!』『■■■―――――!』
それはまるで神を崇める信徒の様であり、支配者を前に跪く臣下の様でもあった。
一瞬なのは達の仕業かとも思ったが、即座にそれを否定する。
私に向けて叩きつけられる、尋常ならざる敵意と殺意がそれを否定していた。
「あなた方は下がってください。
この方は私の大切な標的、邪魔になるようでしたら先に薙ぎ払いますので、あしからず。
まあ、あなた方にも仕事があるでしょうし、邪魔にならない範囲で動く分には構いませんので、そのように」
何やら丁寧な口調で物騒な事を宣言したのは、やけに見覚えのある少女の姿。
しかし、その容姿は私の良く知る人物のそれとは違う。
服の彩色が、纏う雰囲気が、髪型が、眼つきが、様々なパーツが彼女を高町なのはではないと告げている。
同様にその横にはこれまたフェイトによく似た、でも明らかに違う人物がいる。
「ホラホラホラホラ! さっさと消えなよ、ここはお前達みたいな雑魚のいていい場所じゃないんだからさ!!
まったく、これだからゴミはイヤなんだ。ゴキブリみたいにどこにでもいるんだもん」
と、明らかにフェイトなら絶対に言わない様な単語を連発している。
しかも、口調というか使う言葉のせいか、何処か頭が足りて無い印象を受けるなぁ。
なんて言うか、色々残念な感じかしら。フェイトの知性を、こいつからはまるで感じない。
人格に関して言えば、どっちもあんまり似てないけど。
だが、獣達は唯々諾々として少女たちの命に従う。
ほとんどの者はその場から姿を消し、僅かに残った者達も遠巻きにこちらを見ているだけだ。
外見的には年端の少女の命令に大人しく漆黒の獣達が従う光景は、いっそ異様でさえある。
しかし、命を下した少女はその様子に満足したのか、ゆっくりとした動作で私に向き直る。
「さて、お初にお目にかかります、わたしは……」
「僕は『雷刃の襲撃者』、またの名を『マテリアルL』お前を倒す戦士の名だ、メイドの土産に憶えておけ!
う~ん、やっぱこの響きはカッコイイなぁ。
でも、メイドさんに何を持っていくんだろう……ってイタイ! な、何すんだよ!?」
青いツインテールをこれでもかと引っ張られ、首をのけぞらせながら文句を言う。
なのは似の方は、何やら不機嫌そうにぐいぐいと引きちぎらんばかりに引っ張ってるし。
「あなたが割り込んでバカな事を言ってるからでしょう。
今はわたしが話しているのです。順番は守って頂きたいですね、バカなんですから」
「バカバカ言うな! バカっていう奴がバカなんだぞ!!」
いや、やっぱアンタバカだわ。
って、そういう事じゃなくて……
「では今度こそ、わたしは『星光の殲滅者』あるいは『マテリアルS』とお呼びください」
「それで、アンタ達はなんなわけ」
「一応、分類上は我々も闇の書の残滓が作り上げた思念体になります。
しかし、通常のそれとは異なり自我を持つ構成素体ではありますが……」
「つまり、核みたいなものって事でいいわけね」
「はい、その認識で構いません」
「うぅ~~~~~~……僕を無視するなぁ!!」
「「バカは黙ってなさい(下さい)」」
「なんだよ、どいつもこいつも!!」
しかしこっちのなのは似の方はともかく、フェイト似の方を核に再生したらどうなるのやら。
別に、こっちが核になる分にはさして危機感が湧かないんだけどねぇ。
「で、そのお偉いマテリアル様達が二人も一体何の用?」
「いえ、二人ではなく―――――――――三人です」
その言葉と共に、新たな気配が現れた事に気付く。
「あらあら、今度ははやてのそっくりさんなわけ?」
「ふん、我とあの様な小烏を同列視するとはな。いや、所詮は塵芥、その程度の眼しか無くて当然か。
よい、無礼を許すぞ。痴れ者に対する寛容もまた、王の務めだからな。
我は『闇統べる王』『マテリアルD』。拝謁の誉れに浴し、歓喜の涙を流すがよい」
誰がよ……。にしても、これはまた随分と無駄に偉そうなのが来たものだ。
ま、それでもあの「金ピカ」程じゃないか。
アレだったら今頃「王の御前であるぞ、頭が高い。疾く自害せよ」くらい言いかねないからなぁ。
まあ、そんな回想は今は必要ないか。とりあえず、一番話が通じそうななのは似の方に聞いてみますかね。
「じゃ、改めて聞くけど三人も連れ立って何の用なわけ?」
「「「…………………………」」」
「どうしたのよ」
「いえ、それが我々もなぜ揃ってあなたの所に来たのか判然としないものですから」
「はぁ?」
こいつらは、まさかなんで自分がここに来たかすらわからないと言うのか?
「確かに、あなたとあの少年も優先すべき破壊対象ではあります。しかし、だからと言って他の方々より優先しなければならないわけでもありません。それどころか、元となった人物の破壊こそが最優先とも言えるでしょう。
にもかかわらず、我々はまずあなた方を破壊する事にした。それがわたし達にも不可解なものでして」
嘘は……言ってない。本当に、心の底から困った様子でこいつはそんな事を語っている。
他の二人にしたところで、言葉にこそしないがどこか釈然としないものがその表情から窺えた。
しかし、だとすると何でまた私が袋にされなきゃならないのよ。
「まあ良いわ、結局やる事は変わらないんでしょ?」
「はい、その点に関して疑う余地はありません。我々はあなたを破壊し、あなたは我々を破壊する。
結果は、運命が決めてくれる事でしょう」
「そ。それで、誰からやるの? それとも三人まとめて?」
「はっ……なぜ我が庭師の仕事をせねばならぬ。我が動かずとも、下々の者達が為せばよい。
王は座し、下僕が献上する美酒を味わえば良いのだからな」
「別に、我々は役柄が違うだけで序列があるわけではないのですが……まあ、良いでしょう。
要は『砕け得ぬ闇』さえ再生できればいいのですしね。
それと、答えを述べるのなら否です。我々は同胞ではありますが、そもそも集団行動には向いていません。
故に、三人協力して戦った所で混乱するだけで無意味でしょう。なので……」
一人ずつってわけか、本当に三人集まったのは偶然っぽいわね。
三人いるのなら、全員でまとめてかかった方がいいでしょうに。
できれば今のうちに三人纏めて倒せればいいのだけど、こいつらお互いの事をまるで信用していないらしい。
お互いに微妙に距離をとり合ってくれているものだから、おかげで三人纏めて攻撃するってわけにもいかない。
下手に不意打ちしても、一人を倒した瞬間に二人に狙われそうなのよね。
狙ってやってるんじゃなくて、お互いへの警戒心でそれをやってるってんだから頭が痛いわ。
ま、それは仕方ない。せめて今は、各個撃破できる事をありがたく思わないと。
それで、先鋒は誰なのかと思っていると……
「僕がやるぞ、いいな」
「ええ、お好きなように」
「……さっさとやらんか下郎」
「よ~し。さあ、正々堂々かかってこーい」
どうやら、あのいろいろ残念そうなのが相手らしい。
フェイトの姿を模しているところからして、スピード重視なのは間違いない。
そう判断して身構えた瞬間―――――――――――奴の姿が消えた。
「何処を見ているんだい!!」
「ちぃっ!」
一瞬にして背後に回られ、その状態から大鎌が振り抜かれる。
それを直前で回避しながら、相手の早さに舌を巻く。
それはつまり、フェイトの早さに舌を巻いたのと同義だ。
(まったく、味方だとありがたいけど、敵に回ると厄介極まりないスピードね。
多少の技術や経験の差なんて、この速さの前じゃ意味がない。シグナムが手古摺ったのも頷けるわ)
とはいえ、悠長に考え事ばかりもしていられない。
第一印象通り、思いっきりイケイケの性格をしている様で、鎌を構えなおし小細工抜きで再度突っ込んでくる。
勢い良く縦横無尽に振り抜かれる鎌をかわす、かわす、かわす。
そうやって回避しつつ、こちらも反撃に出る機会を窺う。
だけどこう速いと、攻撃の間隙を縫って反撃するのも一苦労だわ。
でもま、やりようはあるけどね。
「『Vier(四番、), Der Klumpen des(爆ぜよ豪風)Windes wird befreit(吹き荒べ)!!』」
周囲の砂やら埃やらを巻き上げ、一瞬視界を埋め尽くす。
その間に距離をとり、体勢を立て直す。
「うわっぷ! って、砂煙……ずるいぞ!!」
「目潰しなんて搦め手の定石でしょうが。ホラ、今度はこっちの番。
『Viel Topfwiesel sind bereit(斬り裂け), es zu schneiden(無影の刃)』」
動きが鈍っているところへ大小数十にも及ぶ風の刃を叩きつける。
普通なら細切れの肉片に変わるところだが、そこまでの効果は期待していない。
幾らフェイトの薄い装甲とはいえ、これだけで仕留めきれるほど甘くはないだろう。
だいたい、そう簡単に当たってくれるなら苦労はない。
そして、それは案の定なわけで。
「こんなものが当たるか!!」
「でしょうね。だからこっちが本命よ。
『Brennen Sie(劫火よ、), verbrennt alle Schmutzigkeit(不浄を焼き尽くせ)!』」
これだけのスピードがある相手に狙い撃ちして充てるのは難しい。
なのはや士郎ならともかく、そもそも精密攻撃の苦手な私には無理だ。
ならやる事は一つ、多少避けたくらいじゃかわせないくらいの範囲に攻撃をばらまく。
この手の相手は、そもそも近づけさせないのが定石だしね。
「くそ! それでも僕は飛ぶ!! 誰であろうと、僕の影を掴む事は出来やしない!!
いけ、光翼斬!!!」
風の刃を避けながら放たれたのは、フェイトのハーケンセイバー。
放たれた回転する刃は、こっちの攻撃を抉るように切り裂く。
やはり、攻撃手段までもがあの子達に似通っている。
だがそれなら、こっちの方が有利かな。地下にある水道管をぶち抜き、そこを水源に術を行使する。
「『Tränen Sie(水流逆巻き、), fließt rückwärts und schluckt alles(押し流せ)!』」
水は電気をよく通す。逆に言えば、水には電気を拡散させる効果がある。
水系の術をぶつける事で漏電させ威力を散らし、その脅威を取り除く。
何しろ、術の名称こそ違うが、その内容は良く見知ったモノ。
発動段階のモーションで、ある程度何をしようとしているのかは予想できる。
そして、あの子達と同じ攻撃をするってのなら、対策なんて用意済みだ。
むしろ、知らない攻撃をしてくる方が厄介なのだが、その様子はない。
幾らスペックが高くても、良く知った攻撃ばかりならどうとでもなる。
ましてやこいつの場合、動きが直線的で読みやすい。それはつまり、どこに向けて動くかも予想できると言う事。
「『Neun, (九番)Ach, (八番)Sieben(七番)!
Stil,sciest,(全財投入)Beschiesen(敵影、 一片、),ErscieSsung(一塵も残さず)!』」
回避先を先読みし、そこに向けて範囲の広い攻撃をばらまく。
この辺は純粋に経験がものを言う領域だ。闇の書としての蓄積より、元となった人物の影響を色濃く受けているのだろう。おかげで、先読みをさらに読まれると言う事は今のところほとんどない。
あの子達にはまだ、こっちの考えを読み切れるだけの経験がないって事か。
「やりたい放題やってくれるじゃないか。それなら、天破・雷神槌!!」
「それも知ってる! そんな苦し紛れに使ったって意味がないわよ」
「だろうね。なら、こうすればいい!!」
バインドと雷撃の併用魔法を回避したところへ、スピードを活かして間合いを詰められる。
私がどこへ避けるか読んで動いたのとは、違う。
コイツ、私が動いたのを見てから無理矢理方向転換しやがった。
まったく、スペック任せのなんてでたらめを……。
このままだとあの鎌でバッサリやられてしまう。となれば、これしかないか。
「ああもう、これ痛いんだからね。『Es scheint nicht(白き閃光が), daß ich überwältige(全てを覆う)!!』」
自分が巻き込まれる事を承知の上で魔力の光が私達を包む。
もちろん威力は抑えてあるけど、痛い物は痛い。
しかし、発動する直前驚いた顔で急停止していたのは見えた。
どうやら、狙い通りになったようだ。
だが、それを待ってましたとばかりに動く奴がいる。
「申し訳ありませんが、横槍を入れさせて頂きます。パイロシューター」
「だろうと思ったわよ!!」
平坦な声と共に放たれる誘導弾。それを、危ういところでガンドを撒き散らして撃ち落とす。
普通に考えて、でっかい隙を見せた敵を放っておいてくれる筈がないのだ。当然、その瞬間不意打ちするだろう。
しかし、向こうさんはそれなりに今の奇襲に自信があったらしい。
「読まれていましたか」
「当たり前でしょうが。っていうか、敵が他にもいるのに警戒を怠るなんてありえないでしょ」
「なるほど、勉強になります。
なにぶん、わたしの素体は人が好すぎるようでして、この手のズルイ戦い方は苦手なようです」
まあ、確かにあの子らしいっちゃ、らしい話だけどね。
「オリジナルとの力量差を考えると、今のわたし達が個々に戦っても勝利は難しいでしょう。
好みではないのですが、最優先事項を疎かにするのも本末転倒ですし、ここは節を曲げる事にした次第です」
「評価してくれるのは嬉しいけど、今回に限ってはいい迷惑ね」
ま、確かに一対一なら勝てる可能性は十分にある。
だけど、これが二対一となると……ちょっとマズイかな。
しかしそこへ、横槍を入れられた側から物言いが出る。
「おい! 手を出さないんじゃなかったのか!!」
「そんな事は一言も言っていません。わたしは『集団行動に向かない』と言っただけで、指を咥えて見ているなどとは言っていませんよ。むしろ、隙あらば殲滅するくらいのつもりで見ていましたから」
だろうと思ったのよ。さっきからずっと首筋がうすら寒かったから、何かあるだろうとは思っていた。
そもそもこの程度の奇襲、昔はしょっちゅうだったし。
とはいえ、さすがにわざわざ別個体として構築しただけはある。まず間違いなく、素体となった二人よりも強い。
(さすがに、そんなのを二人も相手にするのはきついわね。
一人ならまだどうにかなるんだけど、これを二人相手にするとなると……)
厳密には敵はもう一人いるわけだが、アレは本気で手を出しそうにない。
とはいえ、だからと言って無視もできない。二人を相手にしつつ、常にそっちにまで気を配るのは中々にキツイ。
ま、どちらにせよ三人で来られたら飽和するんだろうけど……。
二人相手にするのだってしんどいってのに……どうしたものかしら。
だが、そんなこちらの思案をよそに、向こうは向こうで何やら言い合っている。
「いいから手を出すな! なんなら、先にお前をこの刃で斬っても良いんだぞ!」
「わかりました、極力手は出しません。あなたも、手を出す隙を与えないように頑張ってください」
「言われるまでもない! 僕は飛ぶ、誰よりも高く、誰よりも疾く!!」
上手い事丸め込まれてるけど、アイツ絶対また手を出すわね。
それも、下手するとコイツ諸共私を消すつもりかもしれない。
っていうか、一石二鳥とか狙ってる感じもチラホラ……。
これは……マジでヤバいかもしれないわね。
Interlude
SIDE-リニス
凛が外で闇の欠片のマテリアル達を相手に孤軍奮闘するのと同じ頃。
私も、士郎を守って屋敷の中で穴熊を決め込んでいるわけにはいかなくなっていた。
理由は単純。敵が攻めてきたからに他ならない。
だが、それは無論マテリアル達などではない。
三人のマテリアルは凛に足止めされている以上、こちらに来られる筈がないのだ。
ならば、残る敵は一つ。初めにこの屋敷に侵攻してきた、件の黒い獣達。
一度はマテリアルSに掣肘されその場を退いていたのだが、本来の目的までは忘れていなかった。
むしろ、そのマテリアルSの言葉に従っているとも言える。
(邪魔にならない範囲で動けと言われて、わざわざ戦場を迂回してきたみたいですね。
律義と言うかなんというか……)
アレにそんな思考能力があるのかは怪しいが、事実としてそうなっているのだから仕方がない。
或いは、足止めされたのはこちらの方なのではないだろうか。そういう疑問さえわき出てくる。
とはいえ、こうなったらいつまでも籠城していても仕方がない。
屋敷に施された防衛機構は堅牢だが、それでも数の暴力の前には遅かれ早かれ破られるだろう。
ならば、凛に任された役目通り、この場を死守するのが私の責務。
そう決心し、私もまた戦場に立つべく一歩を踏み出す。
ところが、そこで背後から何とも覇気に欠ける声が掛けられた。
「なぁ、リニス」
「なんですか、士郎」
「いい加減……これ解いてくれないか?」
後ろを振り向けば、そこには文字どおりの意味でイスに縛り付けられた士郎の姿があった。
いっそ、ギチギチという音さえ聞こえてきそうなほどに拘束はきつい。
それどころか、床に直接杭を打ち、拘束帯の端が縫い付けられている。
動こうとするのなら、床をはがすくらいの気概が必要だろう。
だが無理もない、と言うかこの程度は当然だ。
これくらいしておかなければ、この人は間違いなく、絶対に戦いに参加しようとする。
クリスマスの夜に負った傷は、未だそんな事が出来るほどに回復しているわけがないのに。
いや、それを承知の上で無茶をするから性質が悪い。
彼のそういう所を凛達の過去から散々聞かされた身としては、口調がツンケンしてしまうのも仕方がないだろう。
「理由を仰ってください。納得できた場合には釈放します」
「いや……さすがにこんな状況で俺だけ……」
「それが理由なら、釈放は許可できません。確かに状況は悪いですが、あなたに無茶をされる方が迷惑です」
「そ、そこまで言わなくても……」
「とにかく、あなたはここで大人しくしていればいいんです! わ・か・り・ま・し・た・ね!!」
正直、主にも等しい方へ向ける言葉ではないという事は承知している。
しかし、人の心配ができる様な状態でもないくせにこうやって命を削ろうとするこの人に、沸々と怒りに似た感情が湧いているのも事実。せめてこんな時くらい、大人しく頼って、任せてくれてもいいでしょうに。
どうしてこの人はこう、何でもかんでも背負いこもうとするのか……。
凛の長年の苦労の一端が、身に沁みる様な気持ですよ。
だが、それでもなお士郎は諦めない。
「で、でもさ……」
「なんですか?」
「いや、そんなそこはかとなく不機嫌そうな顔しなくても……」
「させているのはあなたでしょうが!!」
ああもう、本当にこの人はどうしてくれましょう。
いっそ、凛から教わった絞め技で落としてしまいましょうか?
流石の士郎も、意識を失ってまで無茶はできない筈ですし……。
む、単なる思いつきですが、割と良いアイディアかもしれませんね。
それなら士郎の心配をする必要もありませんし、私も戦いに集中できます。なにより、面倒がありません。
しかし、そんな私の内心に気付いたのか、士郎がおずおずとした様子と震えた声で謝ってくる。
「リニス……俺が悪かった。だから、その笑みはやめてくれ。正直…………すごく怖い」
「なっ!? し、失礼なことを言わないでください! 私は、真剣にあなたの身を案じているのですよ!!」
まったく、人の気も知らないで。
こちらがどれだけ心配しているか知りもせず、あまつさえ「怖い」とはなんですか「怖い」とは。
いえ、こんな時、こんな状況で遊んでいる場合ではありませんでしたね。
「用件がそれだけなら、私は行きますよ」
「待て待て、せめて抗魔術くらい解いてくれても良いだろう!?
これじゃ、いざという時に自分の身も守れないぞ!」
まあ、確かに言っている事は正しいですね。
何しろ、士郎の体を縛る拘束帯には凛特製の抗魔術がかけてある。
そのおかげで、拘束されている士郎は魔術回路の働きが乱れ、魔力を生成できなくなっているのだ。
それはつまり、現状一切の魔術行使ができない事を意味している。
確かに、そんな時に敵に襲われれば一巻の終わり。
ええ、言い分はわかりました。ですが、こちらの答えは既に決まっています。
「却下します。私に凛がかけた抗魔術“だけ”を解くなどと言う事はできません。まさか、拘束帯諸共外せなどとバカなことは言いませんよね? 拘束する必要があるからしているのに、態々外す人がいますか。
そもそも、魔術を使えるようになったら確実に無茶をするのが眼に見えているのに外すわけないでしょう」
「ぅ……た、確かにそれはそうなんだが……」
「それに、士郎の言う可能性は私が突破される事を前提としたものです。そんなに私が信用できませんか?」
いえ、実際難しい所だろう。何しろ、個々の力はともかくアレだけの数が相手だ。
弱体化している私に、一体いつまで支えられるだろうか。
士郎とてその事は承知している筈だが、私を慮ってか言い辛そうにしている。
「大丈夫です。確かに私一人であの全てを殲滅するのは難しいですが、一時の間だけ支えるくらいはできます。
凛がマテリアル達を倒すまでの間、死力を尽くして食い止めて見せますよ」
そうは言うが、実のところそれは楽観的な見方だろう。
何しろ、今回の戦闘は凛に不利すぎる。
まず、リンは自分だけでなく後ろにあるモノまで守りながら戦わねばならないのに対し、あちらにそんなモノはない。守りながら戦う場合、どうしても取れる選択肢は狭まり、常に後ろを気にしなければならない。
場合によっては、家を守る為にその身を盾にしなきゃならない時もあるだろう。
と言うか、なのはさん似のマテリアルに限れば明らかにそれを狙ってそうなんですよね。
しょっちゅう家に向かって砲撃を放つものですから、凛はそれを何度も体を張って防ぐ羽目になっている。
その上、凛は二人の動きだけでなく三人目まで警戒しなければならない。
その結果、更に気が分散する。逆にあちらは全く遠慮せず動き、手加減なしの攻撃が可能。
それがどれほど凛の力を制限しているかは、苦戦を強いられている現状が如実に物語っている。
宝石剣を使うという手もあるのでしょうが、難しいですね。
『アレは一撃一撃が大味過ぎてこういう局面には向かない』とは凛の弁。
最強の手札が、その時における「最適の手札」とは限らない。
下手すると、家を瓦礫の山に変えてしまいそうなんだとか……。
それに、彼女らのスペックなら片方が宝石剣の一撃を止めている間に、もう片方が攻め込んでくるなんて真似も可能でしょう。それならいっそ、対応力の高い通常戦闘の方がマシというのが凛の考え。
故に、せめて別ルートで進行してきている獣たちだけは私が何とかしないと。
こちらの心配をしなくて済むようになるだけでも、少しは戦いやすくなるはずです。
まあ、実際問題として、私一人で抑えきれる物量の限界を超えていそうなんですけどね。
士郎がその事に気付いていない筈がない。しかし、それでも私の思いを汲んで信じてくれる。
何があろうと、必ずや生きて守りぬいてみせると言う決意を汲んでくれたのだ。
「…………わかった。だが、死力を尽くすのは良いが―――――――死ぬなよ。
俺も、凛だって、誰もお前に死なれてまで守って欲しいなんて思っちゃいないんだからな」
「人の事を言えた義理ですか? ですが、私もあなたを非難した手前、同じ事はできませんね」
そうだ、士郎の無茶を否定した以上、私もまたそんな真似をするわけにはいかない。
二人の為に死ぬことに躊躇はない。だが、それは本当に最後の最期。今はまだ、その時ではない。
だが、引き合いに出された士郎は憮然とした表情になり、そのまま不貞腐れた様に言う。
「ま、なんと言われても仕方がないのはわかってるさ」
「ああ、自覚はあったんですね」
「……言う様になったじゃないか。まあ、それはそれとして、俺に無茶をして欲しくないんだったら、危ない事はするなよ。ヤバそうなら……何が何でも割って入るからな」
まったく、どこの世界に自分の身を脅迫のネタに使う人がいますか。
だからあなたは危なっかしいと言われるんですよ。
ですが、そういう事ならなおさら無茶はできませんね。
「ご安心ください。あなたと違って、死ぬのは嫌いですから」
「俺が死にたがりみたいに聞こえるから、その表現はやめてくれ」
「当たらずとも遠からずだと思いますけどね」
私の言葉に、どんどん士郎の頭が下がって行く。
その様子を見て、思わずクスクスと笑みが零れる。こう言う軽口をたたくなど以前の私からは考えられませんね。
ですが、そんな自分と、自分が自分でいられる今が愛おしい。
だから戦おう。愛おしい今と、その象徴を守る為に。
* * * * *
そうして戦場に出て眼にしたのは、まさに悪夢のような光景。
数えるのも馬鹿らしいほどの獣の群れが、様々なルートを通り進行してきている。
これだけの数を相手にするのかと思うと、思わず背筋が凍りそうになった。
だが、同時に奮い立ちもする。
(……いえ、この程度で悪夢などと言っては二人に笑われますね)
そう、あの二人が見てきたものに比べれば、目の前に広がるそれのなんと生温い事か。
確かに圧倒的数の差は、絶望的なまでの戦力差を見せつける。
しかし、結局はその程度だ。所詮「絶望“的”」に過ぎず、真なる「絶望」には届かない。
二人が見て、立って、戦ってきた戦場に比べればこの程度……。
二人に仕え、二人と共に歩むと決めたのならば、この程度で怯んでなどいられない。
「ランサー、セット」
展開するのは、かつてフェイトに教えたフォトンランサー。
今展開できる限界の25を展開する。普段なら頼もしくさえ感じるであろう魔力弾の輝きが、今はどうしようもない程心もとない。25の魔弾程度では、あの数を前には焼け石に水でしかないからか。
だが、だからと言って挫けることなど出来るはずもない。
今となってはフェイトの足元に及ぶかさえ怪しいが、それでもあの子に魔法を教えた者としての矜持がある。
大恩ある二人に仕える者として、二人の信頼に応える義務と誇りがある。
背負ったもの、支えるモノを再確認し、尚の事負けられなくなった。
蠢く獣達を睥睨し、背後に展開した魔弾に向けて号令をかける。
「フォトンランサー、ファランクスシフト………………ファイア!!」
一斉に魔弾は解放され、秒間六発の高速連射は無数の魔弾と化し獣達に襲いかかる。
獣達を、まるで紙屑のようにある時は貫き、ある時は蹴散らす魔弾。
非殺傷設定と言う安全装置を外したそれは、まごう事なき凶器となって敵を駆逐する。
着弾にやや遅れ、破壊の衝撃で巻き上げられた砂煙により、獣達の姿が覆い隠された。
景色を覆い隠すまでにかかった時間は、ランサーの発射から一秒となかっただろう。
だが、そこで攻撃の手を休める事はしない。
今が最初で最後の好機。この機を逃せば、おそらく後は多勢に無勢の劣勢を強いられるは必定。
故に、景色を塗り潰されたその後も、ランサーが叩き込む。今のうちに、少しでも敵の数を減らす為に。
そうして五秒間に渡ってランサーを放ち続け、計750発の射撃を漆黒の軍勢に叩き込んだ。
「ふぅふぅ、ふぅ……さ、さすがに、これだけやれば……」
倒しきれぬまでも、半分くらいは減らせたのではないだろうか。
しかし、仮に半数を倒せたとしても、尚半分が残っている事になる。
ならば、決して気を抜いていい筈がない。
大急ぎで呼吸を整え、次なる一手の為に魔力を練る。
そうして煙が晴れると、そこには半数どころではない敵が残っていた。
「……やはり、そう都合よくはいきませんか。
そういう事でしたら、いくらでも、いつまででも付き合って差し上げましょう……御覚悟を」
相手に向けたというよりも、むしろ自身を叱咤する為の言葉。
これより先、何があろうと行かせはしない。その決意と覚悟を言葉に乗せ、自身を鼓舞する。
元より、私一人でこの大軍を打倒できるなどと思いあがるつもりはない。
そもそも、役割を履き違えてはいけないのだ。
私の役割は、粘って粘って足止めし続ける事。
凛でも良い、管理局でも良い。誰でも良いから、援軍が来るその時までこの場を死守する。
それが私にできる範囲で、私も生き残れる唯一の方策。
自身を砲台とし、再度ランサーを展開する。だが、そんな自分に違和感も感じていた。
「元が動物なせいですかね。やはり、こう言った戦い方は性に合いませんか」
そう呟きながらも、ランサーを放ち続ける。
ただし、先程までの様な手当たりしだいの乱射ではなく、一発一発狙いを絞っての精度優先の射撃だ。
出鼻を挫く意味もあって初めは派手にいったが、魔力の浪費は避けたい。
いつまで戦わねばならないかわからない以上、消耗こそが一番恐ろしい敵だ。
幸い敵に飛行能力はない様ですし、距離と跳躍、そして投擲などに注意すれば無難に戦える。
本当は、白兵戦の方が性に合いますし得意なんですがね。
ですが、多勢に無勢の中で敵陣に飛び込むなど自殺行為。
ヒットアンドアウェイで各個撃破する手もありますが、リスクを考えると旨味は少ないでしょう。
私が捉えられる可能性もありますし、なにより一ヶ所に集中すれば他方が手薄になります。
最悪、手薄になった場所から攻め崩されるかもしれません。
ならば、やはりこうして距離をとって、全体を把握した上で一体ずつ討っていくのが最善ですか。
とはいえ、これはこれで問題がある。
「いかんせん、数が多すぎますね……討ち漏らしだけは気をつけないといけないのですが……」
数が数だけに、一定ラインより先に行かせないというのが難しい。
だがそこで、思いもよらぬ角度から援護射撃が割り込む。
「『Ein KÖrper(灰は灰に) ist ein KÖrper(塵は塵に)―――!!』」
眩い輝きを放つ流星の如き宝石。それは漆黒の奔流の渦中に落ちると、その場にいた獣達を消し去り空白を生む。
それを見て、声ならぬ声で「弱音吐いてる暇があったら手を動かせ」と叱咤された気がした。
「っ! ……まったく、御自分とて他に気を回す余裕など無いでしょうに……。
ですが、主がここまでやっている以上、私が弱音を吐くわけにはいきませんか」
本当に、難儀な主を持ったものです。
しかし、その難儀さに喜びと誇りを抱いているのですから、始末が悪いですね。
主をサポートするのが使い魔の使命。
にも拘らず、その主に手伝わせていては立つ瀬がありません。
凛が己が戦いに集中できるよう、私も無様な姿は晒せませんか。
Interlude out
そうして、戦い続けてどれくらい経っただろう。
一つ言えるのは、限界は思っていたよりも早く訪れつつあるという事だけ。
度重なる波状攻撃を撥ね退けた代償に、私の体には少なくない傷が刻まれ、身体を重くするには十分な疲労が蓄積していた。
「ハァハァハァ…ハァ……ったく、ホントにしんどいわね」
「驚きです。良くわたし達を相手にこれだけの時間耐えられますね。
わたし達は一応、オリジナル+αで設定されている筈なのですが……防戦一方とはいえ、驚嘆します」
額から流れる血を拭いながら肩で息をする私に向け、闇の欠片のマテリアルは惜しみない讃辞を向ける。
ま、その上から目線が気に食わないんだけどね。
だから、精々虚勢を張って憎まれ口を叩く。せめてそれくらいはしてやらないと、腹の虫がおさまらない。
「そうたいしたことじゃないわよ。
やっぱり連携なんてできて無いからさ、アンタが横槍入れる瞬間には隙が出来る。
おかげでこうして立ってられるわけだしね。むしろ、二人がかりでも攻めきれない事を恥じるべきじゃない?」
「そうかもしれません。しかし、性能と数の差が戦力の差とは限らないと言う事ですか。
むしろ、連携の取れない集団は戦力を減じる事になる、良い経験をさせていただきました。
しかし、そろそろ限界でしょう?」
そう、この十年で防戦には慣れたから何とかなってたけど、いかんせん不利な要素が多すぎる。
後ろにある守らなきゃならないものとか、いまだに動こうとしない三人目のこととか色々あるけど、それだけじゃない。今まさに、獣達はこいつらの邪魔にならない範囲で別ルートから家に侵攻している。
一応リニスも迎撃に出てるけど、多勢に無勢は否めない。
なもんだから、こいつらの隙をついて援護しなきゃならないときた。
こいつらの相手をしながらのそれは、真実綱渡りに等しい。
救いがあるとすれば、獣達も含めてどいつもこいつも連携と言うものをする気がない事か。
獣達ですら、邪魔にならない範囲で動く以外は自分勝手に動いてるし……。
もしこいつらの間で僅かにも連携があったらと考えると、正直ゾッとする。
とりあえず、家に溜めこんだ魔力もあるからそっちはまだ余裕。
しかし、いかんせん体力と体が持たない。
体力はガリガリ削られ、体にはダメージが徐々に蓄積していく。
もうしばらくは保たせられるが、遅かれ早かれ、いずれにしろ私は――――落ちる。
さて、このままだとジリ貧だし、どうしたものかと考えるが……あまり時間もない。
「まだ戦わねばならない相手もいますし、ここで力を削られるのも無意味ですね。
早めにケリをつけて、次の相手を探す事にしましょう。
あなたも、あまり抵抗なさらないで頂ければ、優しく――――殺して差し上げますよ」
「お断りよ。石に齧りついてでも生きろ、ってのはなのはにも教えた事だし、知らないわけじゃないんでしょ」
「ええ、念のために言ってみただけです」
「ゴチャゴチャうるさいな。いいから、君は我が剣の前に死ねばいいんだよ!」
まったく、少しは空気を読めってのよ。これだからアホの子は……。
にしても、あの物騒な大剣はどうにかならないかしら。
サイズと威力は大剣、にもかかわらず重量は全く比例せずに軽いってどういう反則よ。
あの手の巨大な武器ってのは取りまわしと重量がネックなのに、アレにはその弱点が無い。
実体があるのが唾と柄あたりだけなんだから当然だろうけど、それにしたってズル過ぎる。
今は槍形態のカーディナルでいなしてるけど、スピードと一撃の威力の差はいかんともしがたい。
「さあ、我が雷刃の露となれ!!」
「誰が! 先にあんたが消えろ!
『Setze unter (包囲拘束)、Druck aufwärts(内圧上昇)!!
――――Bohre ein Loch(水泡を穿つ)――――Fliege; ein Pfeil des Wassers(射抜け、蒼溟の矢)!!!』」
圧縮に圧縮を重ねた水の塊、その一点の拘束を緩めそこから高速の水流が放たれる。
高圧のかかったそれは、直撃すれば大抵の物体を貫通するだろう。
そう、当たりさえすれば。
当たるか否かというギリギリのところで奴は体を横倒しにし、辛うじて水の矢を回避する。
いや、厳密には回避しきれていない。右わき腹が深く抉られ、そこから止めどなく血が溢れる。
しかしそれに動じる事なく、むしろそれに喜悦さえ浮かべながらアイツは突貫してきた。
「危なかったよ、思っていたよりもずっと早かった。だけど、僕はもっと早い!」
宣言と共に振り下ろされる死神の刃。直撃を受ければ、それで勝負か決するだろう。
でも、それを受けるわけにはいかない。
アレならまだカーディナルでの防御が間に合う、そう思ったのだが……
「座興にしても間延びが過ぎるな、下郎。いい加減厭いた、疾く失せよ」
「ち、ここで動くわけ!?」
しまった、我様気質の気紛れさを忘れてた。
動き出す直前に四本のバインドが発生し、回避しきれなかった二本が左腕に絡みつく。
だが、いつまでもそちらに気を取られてもいられない。
正面を向けば、大剣は目の前まで迫っていた。
「あ、こいつまで勝手な事を……もういい! とにかくトドメは僕だ。それだけは譲らないからな!」
「この…いくら速くたって、そんな大振り……カーディナル!」
《了解、コニック・シールド!》
自由な右手を突きだすと、その先に円錐型の盾が展開される。
仮にもフェイトのコピー。魔力量の差は歴然だし、まともに受けては私の盾では保たない。
だからこそ、大剣を弾きいなす必要があり、その為にはこの形状が最適なのだ。
そう……最適の筈だった。
「そんなもので僕の剣を防げるわけないだろ!!」
「だぁもう! これだからバカ魔力はイヤなのよ!?」
一応、大剣は盾の表面を滑る様にして軌道をずらす事には成功した。
だがそれも、極僅かなもの。
大剣が盾を滑りあらぬ場所を切り裂くよりも前に、先に盾が粉砕され……剣が突き出した右腕に迫る。
ドタマをかち割られる心配は無くなったが、その代わり腕を持っていかれかねない。
単純な魔力量の問題じゃない。
おそらく、常時大剣が帯びている高電圧が原因だ。
つくづくこいつらのスペックの高さがイヤになる。
しかし、盾で防いだ一瞬が私の命脈を保つ。
「これで終わりだ!!」
「甘いわよ。そんな大振り、一瞬もあれば十分かわせるわ」
盾が粉砕されるのを確認するのとほぼ同時に、反射的に体は動いている。
盾に阻まれ一瞬鈍った隙を逃さず、捕らわれた左腕を基点に半身になってかわす。
だが、それでもなお完全とは言い難かった。
(つぅ!? 流石に、近づきすぎたかしらね……?)
相手に聞こえぬ声で、口内でそう呟く。
「側撃」という現象がある。
大雑把に言えば、雷が落ちると、落ちた物体の近くの物体もとばっちりを受けて感電するという自然現象だ。
早い話、私の腕と紙一重の距離にまで電撃を帯びた大剣が迫ったが為に、迸る電撃がこの腕を襲ったという事。
そして、電気には物体を伝導する性質がある。
結果右腕を伝い、大剣にまとわりついた電撃が全身を侵食して行く。
全身を奔る麻痺から来る虚脱感を無視し、残った左手でカーディナルを握り潰さんばかりに握りこむ。
そして、そこへさらに術を上乗せする。
「『Feuer flackert in einer(我が手に) Hand auf(豪火を灯す)!!』」
拳に宿った炎は、そのままカーディナルに伝播し炎の槍と化した。
同時に、渦巻く炎は絡みついたバインドを焼き切り、そのまま奴の腹に向けて槍を薙ぐ。
だがその直前、眼の端で何かを捉えた。
直感の赴くままに無理矢理炎槍の軌道を変え、迫りくる何かを殴りつける。
「ぐ……あぁ!!!」
渾身の力で振るった槍の一撃により、砲撃の軌道が逸らす事に成功した。
もし、気付くのが後刹那遅ければ間に合わなかっただろう。
しかしそこで、思いもよらぬ所から声が掛けられた。
「素晴らしい。直前で気付くその直感、一瞬の迷いもなく行動する決断力、突然の事態にも関わらず小揺るぎもしない術の安定性、多少手を抜いたとはいえ私の砲撃を殴り飛ばすその威力、正確に砲撃の横っ面を殴るその錬度。お見事の一言しかありません。
惜しむらくは万全のあなたと戦えなかった事ですが、詮無い事ですね。こんな事をした張本人である私に、そんな事を言う資格はありませんか」
敵から送られる称賛の言葉。でも、こちらはそれどころじゃない。
確かに砲撃の直撃は避けられたが、その代償は決して小さなものではなかった。
砲撃を殴り飛ばしたカーディナルはボロボロ。その上、電撃を直接受けた右腕には焼けつくような痛みが宿り、無理な動きをした左腕も悲鳴を上げている。
これまで一人で戦い続けたツケか、身体はしびれ思うように動かない。
特に両腕は酷く、痛覚以外の感覚が麻痺して指一本さえもロクに動かせやしない。
まさに満身創痍。これじゃあ、これ以上の戦闘は……。
いやそれ以前に、こいつはいつの間に私の―――――懐に入り込んだのか。
「驚くほどの事はありません。わたしがあなたの教え子を素体としている以上、あなたの教え子にできる事はわたしにもできます。つまり、これもまたある意味あなたのおかげという事なのでしょうね。
それでは、さようなら……先生」
光を宿す拳が鳩尾に迫るその光景は、どうしようもなくゆっくりに感じる。
回避はおろか、防御も間に合わないと言うその事実を突きつけられるように。
いや、魔力を籠め全身の筋肉を上手く使った一撃は、子どもの細腕でも十分な威力を与える。
生半可な防御は、それこそ無意味だろう。
そうして、鈍い音が私の腹から重い衝撃を伴って響く。
内功外功ともに鍛え抜いているが、それでも効いた。
むしろ、効いた程度ですんだのは日ごろの鍛錬のおかげか。ま、この状況じゃ気休めに過ぎないけど……。
「か、はぁ……」
予想していなかったわけじゃない。でも、反応するだけの余裕がなった。
いや、言い訳はやめよう。事ここに至るまでそんな素振りを見せていなかったものだから、思わず失念していた。
ある事は知っていたのに、全く使わなかったから可能性から除外していたのだ。
できた事と言えば、咄嗟に体から力を抜く事だけ。
向こうの力に逆らわず身体をくの字に折り、できる限り後方に衝撃を逃がしはした。
だが、それでも完全には殺しきれない。
結果、身体はグラリと崩れ、糸の切れた人形の様に地面に向かって落下していく。
制動をかけ、地面と激突する事だけは防げるだろう。
しかし、そこから先に繋がらない。例え墜落を防げても、既に手詰まりだ。
「さあ、これで終わりだ!! いくぞ、光雷斬!!」
そして、宣言通りトドメを刺すべく死神の鎌が私に迫る。
体勢を立て直すので精一杯の私は、これを為すままに受け入れるしかない。
そう、もし私が一人だったのなら。
「そうはさせん! 紫電……一閃!!」
「え? う、うわぁ―――――っ!?」
「ラケーテン……ハンマ――――!!」
「な!? あぐっ!!」
耳慣れた声は二つ。それにやや遅れ、何かが弾き飛ばされる音に続き、それらが周囲の建築物に衝突した。
まったく……遅いってのよ、あんたらは。
地面と激突する前に体勢を立て直した私は、ギリギリのところで四肢を使って着地し、手元の相棒を労う。
「ありがと、助かったわ」
《本懐です、お気になさらず》
「そ。じゃ、今は休んでちょうだい」
そう言って、ボロボロのカーディナルは待機状態になってひっこんだ。
あんな無茶したってのに、良く耐えてくれたと心から感謝する。
こいつがいなかったら、アイツらが来るまで保たなかったかもしれない。
そこへ、これまた良く知る二人が駆け寄ってくる。
「凛ちゃん、大丈夫ですか!」
「無事か、遠坂」
「なんだ、アンタ達も一緒なんだ。悪いわね、この忙しい時に」
集ってくれたのは、かつての敵であるはやての騎士達。
このマテリアルとやら達が現れた段階で形勢不利は明白だった。
逃げると言う選択肢が使えない以上、取れる選択は一つ。応援を求める事。
戦いが始まる前の段階でリンディさんに要請だけはしておいたのだけど、やっと来たか。
そうして戦いは、次の局面へと移る。
選手交代と共に、反撃の狼煙が上がったのだ。
あとがき
ここでマテリアル達に登場してもらいました!
といっても、本来のそれとは大分違ってきていますけどね。
いや、それよりも問題なのは、マテリアル達のキャラクターです。いかんせん、PSP版の決して寮の多くない情報から「こうするんじゃないかな?」と想像していかなければならないのが、結構難しい。
何となく、イマイチキャラクターを掴みきれていない感じがチラホラしています。
なんか、キャラがへんな事になってるかもしれませんが、大目に見て下さると幸いです。
ついでに、凛が大剣を防ぐ時に使った魔法「コニック・シールド」ですが、この「コニック」はまんま「円錐」と言う意味です。
もうちょっとカッコいい名前を探したかったのですが、よさそうなのが見つけられなかったもので……。
それと、切る場所は割と悩みました。
シグナム達が助けに来る前か、それとも後にするかですね。
ただ、救援が来る直前に切るのは22話で一回やっているので、今回は別の展開にしてみた次第です。
それと、なんかhollowの夜っぽい事になってますが、なんでそんな事になってるのかはまだ秘密です。
次回……には明らかにできるでしょうか? まあ、あまり当てにせずに待っていてください。