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[4665] 父を訪ねて三千里 メイドな勇者に恋した魔族 【DQ3】
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2009/08/02 00:20
 初めまして。日高蛍です。

 題材はドラクエ3ですが、短編集みたいな形にするつもりです。
 独自設定が多く、コメディ路線です。
 作者の趣味があちらこちらに顔を出しています。
 遅筆です。駄目駄目です。
 最初だけは前後編二話連続投稿しようと思います。
 最初からグタグタですが、良ければしばらくお付き合い下さい。


 11/23 いちいち話が分断されて読みにくいと感じ、思い切ってあとがきを廃止しました。

 11/30 サブタイ付けてみたり。

 6/9 思うところがあって若干修正。

 7/20 31話、違和感があったのであわてて推敲し直し。



[4665] 一里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2008/11/02 11:50


 湾内の狭い海を抜けると港街であった。夜の底が白くなった。岸辺に船が止まった。

 空は晴天。木箱を降ろす男達の横をすり抜け、石造りの地面に降り立つ。



 俺は今、アリアハンにいた。



 人の交通手段を使用しての旅はあらゆる情報に通じた俺にとっても初体験であり、正直ちょっと楽しかった。



 そう、『人の』、だ。



 魔族たる俺は魔王軍ではそれなりに重要なポジションにおり、その関係ですでに世界中を巡っていた。

 何故魔族である俺が人に化けてまでアリアハンまで来たかというと、ある勇者候補がついに16歳の成人を迎えたから。

 つまるところ、ソイツが魔王軍にとって脅威となるか、なるようなら早々に潰してしまおう、そういうことである。







 アリアハンの城下町は活気で溢れていた。この辺に配置された魔物はあるいは子供にすらどうにかできるような雑魚ばかりで、人々もさして脅威としていないようだな。

 実際はアリアハン兵の練度が低くさして強い魔物を置く必要がない、というだけなのだが。いい気なものである。

「アルス、だったか」

 一人、誰に言うわけでもなく呟く。

 確かそんな名前だった。人間に関する情報は少なく不確かなのだ。

 諜報もそれなりに潜り込んでいるが、そもそも人に自力で変身出来る魔族自体が少ない。特定のアイテムを使えばともかく。

 勇者オルテガは人間としてはかなり強い類だった。ならば、その子であるアルスもそれなりの素質を持っていると踏んでいい。

 今は経験が浅いかもしれないが、だからこそ今のうちに始末する必要が出てくる。

 さて、どうしようか……やはりまずはルイーダの酒場に行くべきか?

 勇者候補を始末するのはなかなかに面倒な仕事だ。いきなり押し掛けて蹴散らせてしまえば「なぜ魔物が自分達の内情を理解している?」という疑問に繋がり、諜報部員達の存在がバレてしまう。

 だからこそ、適度な所で適度に強い魔物に殺させる、というのが一番なのだ。

 それが、人間達が「ボス」と呼ぶ連中だったりする。

 ただ勇者の力量の見極めるのが問題で、あまり過小評価してしまうと無意味に経験値を積ませかねない。

(あるいは、俺自身がパーティに加わって様子を見るか……?)

 結論からいうと、結局はこの案が採用された。

 ……多少……多分に、予想外な経緯となったのは否めないが。







 ルイーダの酒場は人々で溢れかえって……はいなかった。

「あら、お客さんですか?朝早くご苦労様です」

「ああ……なんだ、ここは冒険者で溢れかえっていると聞いていたが」

 屈強な戦士達がひしめいているのを想像していたので、かなり拍子抜けだ。

 だがすぐに、俺の疑問に店員とおぼしき女性は苦笑しながら答えてくれた。

「ここは曲がりなりにも『酒場』ですよ?冒険者達の交流の場でありお食事をお出しする飲食店でもありますけど、人が集まるのは基本的に夕方からです」

 それもそうだ。

「しかし、となるとどうしたものか……」

 夕方まで待つか?手段としては確実だが、それは流石に非常識だろう。お店にも迷惑がかかる。

「仲間を探しに来たのですか?」

「ある男の旅に同行出来れば、と思ってはるばるやって来たんだ」

 自然に自分の意図を漏らす。神経質なまでな隠密行動をすると逆に怪しまれると判断した結果だ。

「特定の人、ですか。でしたら、名簿から名前をお探ししますよ?」

 そうか、そういえばここはそういうシステムだったな。

「では頼めるか?」

「はい。ルイーダさん、ちょっといいですかー?」

 って、君が調べるのではないのか。

 思わず顔に出ていたのか、彼女は簡単に説明してくれた。

「ここは大勢の冒険者さん達の情報が集まる場所ですからね、魔物の中には情報収集の為に人に紛れている者もいるって噂もありますし」

 うわ、情報漏れてる。この地区の奴は左遷決定。レイアムランド辺りに。

「だから、個人情報はルイーダさんが一括管理しているんです。……あ、ルイーダさん」

 彼女の見た方につられて目を向けると、バニーガールの衣装を着た妙齢の女性が店の奥から出てきた。

 そういえば、目の前の彼女はメイド服だ。長い黒髪を白いリボンでまとめた姿はお城などで見掛ける正当派なものであり、酒場の衣装とは少し趣が違う。何か意味があるのだろうか。

「どうしたんだい……おや、お客さんかい?珍しいね、こんな時間から」

「朝早くから失礼。とある冒険者を探して来たのだが」

 それで何を求められているか理解したのだろう、ルイーダは「はいはい」と言いながらカウンターの下をあさりだした。

 と、ひょいと顔だけカウンターの影から覗かせ、ルイーダは店員の少女に話しかける。

「そういえば、さっき裏手であんたのお母さんに会ったよ。なんかあんたを探してるみたいだったけど」

「えっ?……あっ、いけない!今日は用事があるんだった!ルイーダさん、失礼します!」

 あいよ、と返事をするルイーダ。そのまま彼女は店を出ていく……と思いきや、再び俺に向き直った。

「あの、お名前を聞いていませんでしたね。なんとお呼びすれば?」

「あ、ああ。俺はロビンだ」

 これは偽名ではなく本名だ。魔族にだって名前はある。

「ロビンさんですか。探し人、見付かるといいですね!」

 そういって、とびっきりの笑顔を見せた。

(――――――えっ?)

 なんだ、今の。

 俺の、3つある心臓が一瞬変に跳ねた気がした。

 顔が熱くなる。え?え?

 彼女はすぐに立ち去り、俺は無人の扉をぼうっと眺めていた。

「お待たせ……って、どうしたんだい?」

「い、いや、なんでも、ないぞ?」

「……そうかい?ま、いいけどね」

 あの子の笑顔にやられる男って結構いるし、とかほざいてくれる。……えー。

「惚れた、のか?」

 我ながら呆然とした声を出していた。それほどまでに想定外だった。

「あたしに聞かれてもねぇ」

 そんな。俺は魔族で、あの娘は人間だ。そんな―――

「どうしよ……」

 頭を抱える。

「なんだい、案外ウブだね」

 ほっとけ。





 本当に、綺麗な笑顔だった。



 欲しい、と思った。



 もらっちゃえ、と決意した。





「あの娘と結婚しよう」

「……落ち着いてるようで、意外と無茶な性格だね」

 魔族だからな。

「性格は『せけんしらず』っと」

 何か書いているが、まあいい。

「そんじゃ、誰を探しているか教えてくれ」

 そうだった。それが本題だったな。生涯の伴侶を発見してしまい忘れていた。

「アルスだ。勇者オルテガの子供の、今年16歳になったという」

 告げると彼女はポカンとして、後に大爆笑した。

「あははははははははははははははは!!!!!」

 笑い過ぎだ。

「何がおかしい?」

「何が、って、あんた、そりゃ、あははっ」

 実に気持ちのいい笑いである。この女は長生きするのだろうな。

「だって、さっきまで普通に話してたじゃないか!あんたの訪ね人とさ!」

 何を言っている?アリアハンに到着してから話した人物など数えるほどしか……

 しか………

 しか…………

 しか……………!?

「真坂」

「そうだよ、さっきまであんたが話してたアレがアルスだよ!」

 あの、黒髪のメイドの女の子。

 あの娘が、勇者―――!?

 「異端」は孤立するが故に「異端」だ。分かり合える道理はない。

(なんて、ことだ―――)

 目の前が真っ暗になった。

 魔族である俺と相思相愛である彼女が、実は正反対に位置する『勇者』であったなんて。

「そもそも、何故勇者がメイドなんだ……」

「ああ、そりゃアルには昔からの友達がいてね、そいつの趣味だよ」

 ちなみにアルの家はこの店の向かいでね、昔っからよく手伝ってくれてるんだ。などと訊いていないことまで話すルイーダ。

 俺は失意のあまり、近くの椅子に崩れ落ちるように座った。

「……なんで、そんなにショックを受けてるんだい?元々勇者と旅に出る為にアリアハンに来たんだろ?むしろ、好都合と受け取るところじゃないか」

「俺は―――魔族だ」

 ルイーダが息を飲むのが判った。

 俺は語った。何故アリアハンに来たのか。そして、俺と彼女のあまりにも哀しい運命を。

「そうかい……まあ、これ飲んで元気出しな!」

 ドン、とテーブルを割る気ではないかと思うほど強く叩き付けられたジョッキ。俺は冒険者達をまとめる彼女の器の大きさに感激しつつ、それを飲み干した。





 ロビンは麻痺して動けない!





「なにを仕込んだ、ルイーダァァァッッ!!!!」

「じゃ、兵士さん後は宜しくねっ」

 投げキスとウインクをかますルイーダに騎士達は動揺しながらも、俺を逃がすつもりはないらしく左右からガッチリと掴んで引き擦っていった。

 どの道麻痺して動けないわ、下等生物共がっ!




[4665] 二里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2008/11/23 16:21
 始めに見えたのは、レンガ造りの狭い室内だった。

 薬かなにかで眠らされていたらしい。ルイーダの酒場以降の記憶がない。

 しかも、上を向いて寝そべったまま手足を固定されている。

 くっ……無様な。

「……知らない天じょ」

「誰が発言を許可しました?」

 俺の顔をハイヒールの踵で踏み付ける赤いドレス姿の金髪女。

 美人、といっていいだろう。すましていれば可愛げのありそうな顔立ち……否、今現在も普通の男なら誰もが見惚れるような笑顔だ。

 笑顔で、男の顔をハイヒールで踏み付けるような女に見惚れる男がいるかはともかく。

 ……いるんだろうな、多分。

「何者だ」

 痛みを顔に出さず女を睨みつける。さて俺に待ち受けるは尋問か、拷問か。

「それより、さっきなんと言いかけたのか教えて下さらない?」

 ところでパンツ丸見えだぞ。

「……何故」

「いいから」

 よく判らないが、言い直せばいいのか?

 気に食わないが、今は従っておこう。

「……知らない天井だ」

「拷問を開始します」

 コロス!ゼッタイコロス!

「貴方の名前は?」

 ふん。

「ロビン」

「頭が悪いのね、そんなことはもう知っているの。それくらい判らない?もう少し機微というものを理解なさったら?ほんとカスね。産まれてきて申し訳なくないのかしら?」

 ぶち、っと拘束用の鎖を引き千切った。

「あまり舐めるなよ、小娘……!」

 この程度の拘束で、魔族たる俺が押さえ付けると本気で思ったのか?だとしたら真性の馬鹿だ。

「小娘ではありませんわ。私(わたくし)、フローラという名前がありますの」

 フローラ?

 聞いた名だ。それに、この娘の纏うドレスはかなり高価な品に見える。つまり……

「ククク……ハハハハハ!……アリアハンオウノ、ヒトリムスメカ!」

 俺は人間に関する情報にも深く関わる役割を担っていた。

 だからこそ、人の要人に関する知識も、下手な一般人の人間より豊富なつもりだ。

 変身魔法を解除して、本来の姿を顕す。

 青い肌、人の数倍はある巨体、まがまがしい翼。

 それは、まさしく魔物を越える存在―――魔族。

 コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!!!

 モウイイ、ユウシャ、ツレテカエル。ソレデイイ。

 ヒョウテキハオンナ、ウデノヒトフリデ、ツブス―――!

「あらいやだ、醜い姿。ねぇアル、貴方もそう思わない?」

 アル?

 よく見るとフローラ姫の後ろに顔を真っ青にした我が伴侶がいた。

「こ、これは違うんだ!」

 思わず叫ぶ。嫌だ、彼女に嫌われたくはない。

「あらあら、魔族であることを否定して虚言で誤魔化そうというの?心底腐ってますわ」

「クッ―――貴様の性根の方が遥かに腐り果てているだろうっ!」

 内心、五十歩百歩だろ、と冷静な部分が呟く。まあな。

「フローラの悪口を言わないで!」

 叫んだのは、アルだった。

 涙を目の端に浮かべ、掌を強く握り締め、それでも真っ直ぐに。

「フローラは、私の昔からの友達なの!フローラを傷付けるなんて、そんな人だったなんて……!」

 いや、人じゃないが。

「ロビンさんなんて、大っ嫌いっ!」

 痛恨の一撃!

「ち、違う……俺は君が……」

 駄目だ、生きてゆけない。

 まさか、俺がここまで本気になる女がいるなんて。

 そもそも、俺はどうして人間を滅ぼそうとしていたのだろう。

 魔族だから?そんなのは理由にはならない。

 本能?いや、アルを愛したのもまた本能だ。

 矛盾。互いに根拠のないそれは、永遠の平行線。

「私、が……?」

 目を向けると、アルは俺の言葉を待っていた。

 救われた、気がした。

 まだ、彼女は俺を見捨てていない。

 まだ、間に合う。

「俺は、君を……」

 姫はポン、と手を叩き、

「食べたいのですの?」

「えっ?まあ、それは確かに」

 俺も男だし。

「いやあああぁぁぁぁ!」

 アルは泣きながら部屋を飛び出して行った。

 唖然としたまま固まる室内の空気。

 取り合えず、変身魔法をかけ直す。

「……姫」

「なんですの?」

「俺に、恨みでもあるのか?」

「別に」

 俺を嘲笑うかのように見下すフローラ。身長が自身より高い相手を見下すなんて、器用だな。

「私は、人と魔族の関係などどうでもいいですわ」

 それは、一国の要人としてはあまりに狂った考え。

「けれど―――」

 だが、その宝石のような瞳はただひたすらに真摯であり。

 その小娘とは思えぬ威厳に、「もう少し違う場所で発揮しろよその風格」と少しアリアハンの未来を心配する。

「―――アルは、私のものです」

「……アルにメイド服を着させた古い友人って、お前か」

 いや、可愛いけど。







 姫と一時休戦し城中の兵士にアルを捜索させた結果、彼女は城の一番高い場所……塔の屋根の上にいた。

 というか、メイドがスカートをはためかせ下界を見下ろしているのはなかなか変わった光景である。あんな場所に翼もなしで登れるとはアルも一応勇者であるらしい。

 ルーラの応用であるトベルーラを使ったとも考えられるが……旅立つ前から使用可能か?

「おい、アル」

 飛翔魔法で俺も尖塔に立つ。

「……何か、ご用ですか」

 時は既に夕刻。

 赤く塗り染められた空や町々を背後に、夕日を背負い俺を睨むよう見据える黒髪のメイド。



 それは、一つの完成された世界であった。



「俺は―――」

 何を言うべきか。

 何を隠すべきか。

「俺は、君を殺しにきた」

 表情には出さずとも、彼女の白い手が微かに揺れた。

「けれど、辞めにしようと思う」

 何か、ふっきれた。

 ヤケになった、というべきか。

「俺を、君の旅に同行させてくれ」

 俺の言葉が意外だったのか、口をポカンと開けたままアルは絶句した。

「―――えっと、それは」

「俺は、君と」

 喉がカラカラに渇く。

 畜生、人間ってのはこんなに面倒なのか。

 俺は、君と。

「君と、ずっと―――」

『砲撃、開始―――っ!!』

 は?

 遥か眼下には、並んだ大砲と軍服を着た姫。ミニスカートの軍服など何処の国で採用されている?

「フローラッ!?くっ、アストロン!」

 金属の如く固まるアル。待て、俺は対象外か。

 鋼鉄変化魔法アストロンは仲間全員が対象。つまり、俺は彼女に認められていな―――





 そして、俺は完膚無きまでに吹き飛んだ。





 つーか、自分の城を壊すなよ。

「フローラァァァァァ!」

「お父様、無駄な犠牲ではないですわ!」

 ……無様な。







 翌日、早朝。

 アリアハン港に巨大な軍艦が停泊していた。

 他を圧倒する威圧感。左右に100門以上並ぶ大砲。

 かつて、人が世を支配した時代。アリアハンはこの旗艦「レイチェス号」を始めとした数百を越える艦隊により、地上の覇者となった。

 今でこそポルトカが造船技術では頂点とされているが、アリアハンとて―――人々の記憶から失われて久しいが、その冶金技術・魔導技術は人間界最強として高い標準を保っている。

 則ち、俺達が今乗り込んでいるのは魔族からしても決して軽視出来ない地上……海上最高の兵器なのだ。

「そんな軍艦で旅に出る勇者なんて、いいのだろうか?」

「いいのですわ。アルは充分強いですもの」

 姫は以前のドレスに戻っていた。旅を舐めているとしか思えない。

「普通の冒険者は、レーベを経由して誘いの洞窟から大陸に渡るんだが」

「アルを普通の冒険者と同一視しないでほしいですわ」

 まあ、色々普通ではない。

「おや、仲がいいのですね」

 アルが紅茶を持って来てくれた。本当に色々普通ではない。

「ありがとう、アル」

「いえ、どういたしまして。ところでロビンさん、一つ質問してもいいですか?」

「どうした?」

 まだ何かあっただろうか。彼女と俺のわだかまりは完全に溶けた……かはともかく。

 アルは少し言い難くそうに、

「その……ロビンさん、その首輪は趣味ですか?」

「違う」

 変な誤解をしないでほしい。これはむしろ姫の趣味だ。

「へぇ、珍しい。フローラが人を気に入るなんて。もしかしてそういう関係ひゃっ!?」

 姫がアルに後ろから抱き付いていた。

「駄目ですわよ、アル。そんなお馬鹿さんな想像をするダメイドに育てた覚えはありませんわ」

「ごっ、ごめんなさひゃあ!いや、だめ、そこはっ」

 エロい。そして勇者をメイドに育てるな。

「おい、姫」

「なんですの?」

「混ぜろ」

「死になさい」

 額に冷たい感触。これが冶金技術の結晶、『銃』という兵器か。流石に初めて見た。

「そ、それじゃあその首輪は、んっ……あ、あぁ」

 甘い息を漏らすな。襲いたくなる。襲わせろ。

「これは昨日差し上げた友好の証ですわ」

 随分な友好の証だな。

「その、ロビンさんにどうして呪いの首輪を?」

 呪われてるのかよ。

「駄犬には丁度いい鎖だとは思わなくて?」

 つまり、趣味、と。

 昨日、城ごと吹き飛ばされた後、目を醒ました時には既にこれは装着されていた。まさに俺の意思など何処吹く風だ。

 このパーティにおける俺の位置は「捕虜」や「ペット」であるらしい。一応は仲間と認められたようで何より……

「……認められたのか?」

「フローラは、少し変わってますけれどいい娘ですよっ。認めてくれてるに決まっています!」

 頬を膨らまさせ上目使いで訴えてくるアル。

「そ、そうだな」

 『少し』?

 だが、魔族を曲がりなりにもパーティに入れてしまうあたり大物なのは間違いない。

「さあ、再び世界地図をアリアハンの国旗で埋め尽すのですわっ!艦長、出航なさいっ!」

「ハッ!」

 ……早くも本来の目的を見失っているが。

 慌ただしくなる船内。真っ白な帆が張られ、レイチェス号はゆっくりと湾を抜ける。

 右手に見える小さな島と塔。本来なら俺達もあそこで腕試しをしたりし、自らの足をもって歩まなくてはならないはずだった。

 そして、後方の遥か遠くに半壊したアリアハン城。

 どこで間違えたのだろう。魔族が仲間になったあたりか。勇者がメイドなあたりか。後ろで高笑いしてる金髪女か。

「オ―――ッホッホッホ!」

「フローラ、まずは何処へ行くの?」

「手慣らしにランシールへ向かいますわ!」

 ……全て間違えている。




 今週のNGシーン

「小娘ではありませんわ。私(わたくし)、フローラという名前がありますの」

「ククク……ハハハハハ!……アリアハンオウノ、ヒトリムスメカ!」

 変身魔法を解除して、本来の姿を顕す。

 青い肌、人の数倍はある巨た―――

 ガツン。

「ちょっと、頭つかえてますわ」

「そうだな。そもそも狭い部屋って最初に言ってるし」

 書き終わった後で気付いた。でも気にしない。



[4665] 三里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2008/11/09 11:26
 あらゆる土地の格が高い聖職者達が一生に一度は修行に訪れる娯楽なき島。それが、ランシール大陸である。

「大陸でしたの?この島が」

「まごうことなき大陸だ。世界で最も小さな、だが」

「へえ、物知りなんだね、ロビンって」

 ひねくれた感想を述べる姫に、素直に感嘆の声を出してくれるアル。

 多くの船乗りや騎士をレイチェス号に残したまま、俺達3人は降船する。初めて冒険らしい光景だ。



 例え、ドレスとメイドでも。



「確かこの島は小さな村がまばらにあるだけの土地だったはずですわ。どこかに大きな神殿がある、という噂は耳にしたことがありますけれど」

「じゃあどうして最初の目的地にしたの?」

 アルの言葉に姫は憐れみの目を向ける。

「アル、このパーティの組み合わせを見てご覧なさい」

 見るまでもない。

 実力のいまいち判らない勇者に、そもそも戦力なのか不明なフローラ姫。

 あとは魔族である俺。これでも腕に覚えはあるが、この先やっていけるかは疑問だ。主にこいつらの世話の面で。

「ええと……勇者、戦士、武道家?」

 姫が戦士?俺が武道家?初耳だな。

「そうですわ。つまり私達に足りないのは、回復魔法の使い手―――僧侶なのです」

「大丈夫か、姫?」

 急にまともなことを言い出した。こんな理知的な話を持ち出すなんて、影武者を間違えて連れてきたか?

「相変わらずお馬鹿ね、死んだ方がいいわ。大丈夫に決まっているでしょう?ここは僧侶にとっての聖域なのですわよ」

 優れた人材がいないはずがない、と言いたいらしい。俺の「大丈夫」の意味を正しく理解しなかったようだ。

「でも、それらしい人はいないよね」

 辺りを見渡すアル。そもそも、こんな獣道のような場所にいるはずがない。

「そこで、この捕虜の出番ですわ。貴方ならなにか知っているのでしょう?」

 なんて女だ。目的の為ならば手段を全く選ばない。そもそも勇者より前に出ている。

 だがしかし、裏切ったとはいえそう簡単に情報を与えるわけには「ロビン、心当たりはある?」

「ああ、任せておけ」

 惚れた女に頼りにされるのは、やはり嬉しいもの。魔族なんてもうどうでもいい。滅べ。

「この先に小さな村があるが、その裏山には神殿が隠されている。格の高い僧侶は必ずそこで修行するんだ」

 この島自体、人の手があまり加わっていないことから神秘が多く残っている。その上大陸の中央にある『地球のへそ』は最もこの世界の中心に近い場所とされ、神々の神秘が未だ生きた状態で残り続けているのだ。





 知識(人)の中心・ダーマ神殿。



 世界(神)の中心・ランシール神殿。





 これら二つの聖地が、人に踏み入ることの許された最上の土地となる。

 ……ところで『地球』ってなんだ?地名か?

「そんなに大層な場所ですの?まさか」

 姫の発言をアルは否定する。

「うんん……うまく言葉に出来ないけれど、人を超越した力を感じる。なんだか、懐かしい……」

 ほう、と感心する。流石は天に選ばれし勇者、何か呼び合うものがあるのだろう。

「うん、こっち。着いて来て」

 冒険開始以来、最初の勇者が先頭になった形である。









 辿り着いたのは、小さな村。

「この村の裏山に、神殿があるんだね」

「裏山、と言いましても」

 あまりに山に密着して村が存在する為、裏山のどの辺りに神殿があるのか判らない。思った以上に見付けにくそうな場所にあるらしい。

「そうだ、あの人に聞いてみようよ」

 村娘に駆け寄るアル。

「あの、聞きたいことがあるのですけれど」

「ここはランシール。小さな村よ」

 そんなことは訊いていない。

「あの、」

「ここはランシール。小さな村よ」

「あ」

「ここはランシール。小さな村よ」

 カチャリと、隣で激鉄を下ろす音がした。

「私達は、大切な使命をおびた身。知ること見聞きしたこと全て白状なさい、平民」

 銃口を突き付けられた娘。だが、彼女も只者ではなかった。

「ここはランシール。小さな村よ」

 見事なプロ意識であった。

「……チッ」

 あからさまな舌打ちをする姫。

「アルの前で、こんなものを見せるわけにはいきませんね」

 つまりアルが居なければ引き金を引いたのか。

「行きましょう、アル、捕虜A。こうなったら人海戦術ですわ」

 パチンと指を鳴らす。

 花壇の裏。

 道具屋の影。

 墓の下。

 民家の屋根。

 ありとあらゆる場所から、騎士達は湧いて出てきた。

「レイド騎士隊長。神殿を探しなさい」

「ハッ!」

 一気に散る騎士兵士。

 勇者は、一連の流れを着いてゆけぬまま見守っていた。

「やっぱり、勇者の器じゃないのかな、私……」

「気にするな。あの姫が変なんだ」







 ランシールの神殿は確かに存在した。

 確かに大きい。ダーマより人は少ないが、魔力・神格の平均はかなり高い。

 魔に属する俺には少し辛い環境だが、アルには違うらしい。いつも以上に生き生きしている。

「わぁ、大きい!それに、凄く立派……」

 はしゃぎ回る様は成人を迎えた娘には見えない。

「取り合えず中へ入り……駄目ね、鍵がかかってますわ」

「えっ!?」

 凄く残念そうな顔で振り返るアル。

 それはそうだ。冒険者に開放されているダーマ神殿とは違い、こちらは修行の場。

「そう簡単に入れるはずがないな」

「そんなぁ」

 実に残念そうな勇者。君もかなり目的がズレているな。

「ですけれど、内部の人間ならば出入りが出来るというわけですわね」

「出来る出来ないは兎も角、入れてはくれまい」

 ふふん、と鼻を鳴らす姫。また何かする気……!?

「ま、待て!ここで実力行使(武力行使)は不味い!国際問題になるぞ!」

 なぜ俺が人間の国際情勢について気を遣わなければならない?

「はあ?……貴方、私がそんな手段に出るほど思慮に欠けた人間だと思っていまして?」

 今までが今までである。全く思っている。

「まあ、見ていなさいペットA」

「中に入れるの、フローラ?」

「えぇ、任せなさいな」

 アルの頭を撫で、姫は俺に問うた。

「この辺にいる僧侶で、賢者の素質を持っていて、レベルの高そうなのはどなた?」

 そんなご都合主義な人材、そうそう……

「……マジか」

 居た。

 蒼い髪を持つ、人間の年齢にして10歳ほどの少女。

 戦士や武道家からみればただの愛らしい修行僧だが、多少なり魔力を扱う術を持つものからすれば違う意見が出るはずだ。

 とてつもなく高い神性。大洋の如く莫大な魔力。

 間違いなく、神に選ばれし者―――賢者の素質を持つ。

「あの娘、ですわね」

 姫は身に余る大きさの箒で懸命に掃除をする少女に近付く。

「あの、いいかしら?」

「はい?なんでしょう」

 鈴の鳴るような声。魔族である俺には少し不愉快な響き。

 フローラは腹黒さを完全に隠した表情で困ったように小さな宝石箱を取り出してみせる。どこから出した。

「この中には亡くなったお父様から10歳の誕生日に頂いた、大切なネックレスがあるのだけれど……どうやら、鍵を無くしてしまったみたいなの。貴女、ひょっとして開鍵魔法を使えないかしら」

 姫の親父は生きてるはずだが。

「まあ……解りました。困った人に救いの手をさしのべるのは神に遣える者として当然の義務。喜んで、ご協力しましょう」

 そして、少女は杖を正面に構え、集中する為に目を閉じる。

「数多の封印よ、その戒めより解き放たれよ―――アバカム!」

 唱え終わる瞬間、姫は少女の肩をポンと軽く押し向きを変える。





 ガチャン。





 封印は解かれた。宝石箱ではなく、神殿の扉の方の。

「さ、行きますわよ」

「う、うん」

 さっさと不法侵入を果たす姫と勇者。

 呆然と涙ぐみながら立ちほうける賢者少女。

 最悪だった。



 



[4665] 四里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2008/11/23 16:17
 真っ青な顔をしたまま立ち尽す少女。

 それを眺める俺。



 沈黙が、痛い。





「あ―――なんだ、君に責任はないと思うが」

「……ランシール神殿は資格なき者は決して立ち入ってはならぬ場所……それを、私が禁を犯してしまうなんて……」

 遂には少女はえぐえぐ、と泣き出してしまった。

 さてどうしたものか。

 俺からすればアル以外の人間などどうでもいい。だが、一応仲間が招いた事態でこの子が責められるのはさすがに不敏だ。

 一応、慰めておくか。

「その、な。あの女は災害みたいなものだ。少なくとも君が人の助けになりたいと思った気持ちは、嘘偽りのないものだろう?だったらいいじゃないかと思うが」

 こういうのは勇者の役割ではないか?

「ちゃんと説明すれば、神父だって分かってくれるはずだ。相手が悪かった」

「そう、ではないのです……」

 泣きじゃくる少女。

「私がしっかりしていれば、あの方も人を騙すような行いはしなかった―――私は、人が罪を犯すのを、止められなかった―――」

 いや、それは、君の責任ではないだろう。

 というか、あの女が罪を犯さないなど有り得ない。

 など、思ったことをそのまま伝えても解決にはならない。本当に人間とは面倒だ。

 きっと、この子は、世界平和を本気で夢見ている類なのだ。

 途方もないお人好し。別の言い方をすれば、狂信者。

 笑顔で手を振るだけの神、或いは己が内に芽生えた理想。

 そんな、ありもしない世界を夢見る子供。

 そこまで考えて、気付いた。

 この子は、初めて理想に裏切られたんだ。

 これだけの素質を持つ少女ならば、昔から温室のような空間で熱心な信者に囲まれて育ったはず。

 人とは共通したルールさえあればあらゆることを可能とする。例えば―――メイド服の少女を、勇者としたり。それは、『勇者』というルールがなければ成立しない。アルは、アルとして普通に生きたはずだ。

 同じ理想を共有する者同士なら、少女は理想に辿り着けた。

 フローラ姫は、この子にとっての初の『例外』だった。つまり、それだけなのだ。

「それで、君はどうする?」

「えっ……?」

「相手に自分の理想を押し付けるか?それとも、合い成れぬ相手として存在を否定するか?」

「……そんなの、どちらも、間違っています」

「そう思うならそうすればいい。ただ判るのは、いくら文面で理想を目指しても近付きはしないってことだけだ」

 世界平和などどうでもいい。この少女が堕ちようがどうでもいい。そんなこと、俺には関係ない。

 これで泣き止みはする。あとは勝手に理想を追い掛け、裏切られ続けるといい。

 少女は法衣の袖でごしごし涙を拭い、顔を上げた。

「あの、ありがとうございま―――」

 ま?

「―――魔族?」

 しくじった。

 顔を青くし、赤くし、また青くする賢者少女。面白いが、笑い事ではない。

 ここはランシール。強い力を持つ聖職者達の巣窟。

 そして目の前にいる少女はその筆頭。

「なぜ、ここに」

 正直に答えるか?駄目だ、アルに迷惑がかかる。姫はどうでもいいが。

「おや、スイ」

 スイと呼ばれ老人に目を向ける賢者少女。

 真っ白な法衣に、深く刻まれた皺。歳は60を超えているか。

 その目元は優しげでありながら威厳と力強さに満ちている。

「神官長様」

 神官長かよ!

 マズイマズイマズイマズイマズイ。

 人間は、本当に面倒だ。

「おや、この方は?」

 ―――っ、

「旅の、方です」

 ―――何だと?

「そうでしたか。こんなところまでよくいらっしゃいました」

 神官長は俺が魔族だと気付いてはいないらしい。

「いや、連れが迷惑をかけているが……」

「おや、やはり勇者御一行の方でしたか」

 予想はしていたが、神殿内でも何か騒ぎを起こしたのか。

「まったく、アル一人で行かせるなんてとんだ試練ですわ!」

 ズカズカと全ての元凶が扉から出てきた。

 賢者少女がビクリと震え俺の陰に隠れる。彼女にとって姫は魔族より危険らしい。

「どうしたんだ?アルは?」

「勇者様には地球のへそへ向かって頂いております」

 神父の言葉に眉を潜める。

「なぜ、あんな場所に。しかも一人で?」

「それは……スイ、君から話してもらえるかな」

「は、はい。神官長様」

 恐る恐る前に出る少女。しかし俺の服の端を未だ掴んでいる。

 姫より俺の方がマシなのは理解出来るが、にしても先程なぜ嘘を吐いてまでかばったのか。神の使徒にとって、それは少なからず罪であるはず。

「お初にお目にかかります、勇者御一行様。私の名前はスイリスフィース・ノバ・ルギーニと申します。スイとお呼び下さい」

 ルギーニ?どこかで聞いたような……

 内心首を捻る俺に構わず彼女は続ける。

「私は幼い頃から予知夢の類を視ることがあるのですが、7日ほど前にルビス様が夢に姿をお見せになったのです」

 精霊神ルビス。

 この世界に住み理性を持つ生物ならば知らぬはずのない、最高峰の神。

 その歴史は古く、記録によると少なくとも一万年と二千年前から愛して……げふん、存在しているとされるほど。

「ルビス様がお伝えになったのは、『近い内に勇者がランシールに現れる、その際には神殿最大の秘宝をお渡しするように』というものでした」

 スイの説明に神官長は頷き、説明を引き継ぐ。

「スイの予見は外れた例がありません。しかしながら、ランシール最大の秘宝は地球のへその最深部にあり……その上、一人でしか入ることを許されはしない」

 何故。

「修行の場、ですから」

「だからって―――」

 山脈の向こうに、雷の柱が落ちた。否、天を貫いた。

 視界が白く染まり、数瞬後に鼓膜が破れるかと思うほどの爆音。

 勇者のみが許される魔法―――雷撃。

「使えたのか」

「言いましたわよ、私は。『アルは充分強い』って」

 何かの冗談のようにズカズカと立ち上がる光柱と爆音。

 はっきりいってあんまりな光景だが、彼女の身に心配はないらしい。





「それでは秘宝を勇者様がお持ちになるまで、お茶でもしていましょう。私共に嗜好品は厳禁ですが、お客様用には用意していますので」

「神官長様、その前にお話があるのです」

 姫の呼び掛けに一度は背を向けた神官長が再び振り返る。

「なんでしょう、フローラ姫」

「実は、スイリスフィース様は魔法を悪用していましたの」

 再び絶望的な顔をする賢者少女。

「まあ、それは頂けませんね」

「まだ子供ですので多少の悪戯心は仕方がないとはいえ……禁を犯すのはやりすぎですわ」

「それはそれは」

「そこで提案なのですが、罰という意味も込めて私達の旅に同行させるのは……」

 それが目的か。全て、彼女の策略だったのだ。

「待て、おい」

 流石に洒落にならない。彼女が否定しないのを知りながら罪を捏造するなんて。

「神官、この子はなにもやってはいない。全部この馬鹿姫の作り話だ」

「あら、人に命じられたならば銃の引き金を引いても罪には問われないのですの?」

「お前な!」

 姫に掴みかからんというところで俺を止めたのは、ずっと服の裾を掴んでいた少女の手だった。

「私が、禁を破ったのは、事実だから」

 神官長はスイを見据える。その眼光は老人とは思えぬほど鋭い。

「スイ、貴女の真面目さは間違いなく美徳ですが、いつかそれは貴女自身を滅ぼしますよ?」

「神官長様―――私」

 いっぱいいっぱいの子供の心で、だが逸れることを知らぬが故に真っ直ぐに見返し。

「逃げたくは、ないのです」

 どれほど、老人と少女のにらめっこは続いただろうか。

 ふっと、老人は顔を緩め、

「スイリスフィース。罰として、彼等に同行することを命じます。―――貴女には知識より、生きた経験の方がずっと大切でしょうから」

 スイリスフィースは静かに頭を垂れ、俺達に向き直った。

「ふつつかものですが、宜しくお願いします。私、頑張ります」







 神官長と姫は神殿に入ってしまった。

「貴方は行かれないのですか?」

 なぜか俺と共に外に残ったスイに問われる。

「自殺行為だ」

 気合いでここまで来たが、ここより先は一つの完結した世界―――聖域という名の結界。

 入れば、ただでは済まない。

 しかし、この子供と二人っきりになってしまった。互いの相性は良くなさそうだが。

「何故俺をかばうような嘘を吐いた?聖職者失格だぞ」

「――――――っ」

 黙秘かよ。うつ向いたまま黙り込んでしまったな。

 嫌われたのか?やはり敵対する存在になれなれしくされたのはプライドが傷付いたのか。

「……ありがとう、ございました」

 ―――なにがですか?

 思わず敬語で返した。心の中でだが。

「魔族は、人の敵だって、そう教わっていました」

 まごうことなき敵だな。

「ですけれど、貴方は私を先程かばってくれました」

「……まあ、何事にも例外はあるものだ」

 そう、姫は例外。あれは全てに対し宣戦布告をするような魔族も人間も超越した災害の具現。立ち向かうのに、両者の区別など無意味だ。

「人間を愛する魔族、なんて方もいらっしゃるんですね」

「例外だよ、だから」

 やはりアルは例外だ。人間を滅ぼす時が来ようと彼女は生かす。そんで妻にする。

「その……お名前を、教えて頂けませんか?」

 どれだけ忌み嫌おうと礼儀は通す、か。嫌味なほど真っ直ぐな少女だ。

「……ロビンだ」

「ロビン、さん」

 復唱し、頬を染め僅かに笑みを浮かべる。

 まさか呪をかけたりしないだろうな。というか名前を口にするだけで顔を赤くするほど嫌悪するか。

 あれ、というか何故俺がアルを愛していることを知っている?

 妙な認識のズレに頭を捻りつつ、俺達はアルが帰ってくるまで其処につっ立っていた。






「ひっく、ひっく」

 女の泣き声。そして、カリカリカリカリ……と続く金属の擦れ合う音。

「うっ、うっ、怖かったよ……暗くて、壁は喋るし、顔は話すし、像はものを言うし……」

 こっちでも泣きながら少女が登場。彼女が泣いているのは俺としては大問題だ。

「大丈夫―――さあ、おいで」

 両手を広げてスタンバイするも、アルは姫に泣き付いてしまった。なんてことだ。

「あああああ、あの、その方は……?」

「……落ち着け。さっきも見たはずだが、それが勇者アルスだ」

 全力で後退し壁に背中を付けているスイリスフィース。なんだろう、そんな引くような光景だろうか。

 黒髪のメイドが全身に返り血を浴び、銅の剣を帯電させつつ床に引き攣りながら泣きじゃくっている。

 それだけ、なのだが。

 ちなみにアルに怪我は一切ない。

「それで、秘宝は手に入りましたの?」

「うん……。たぶん、これ」

 取り出したるは、赤い竜をかたどった置物。

「赤じゃなくて、青。……手に入れた時は」

 ああ、ただ血塗られて赤く染まっただけか。

「こんな置物が秘宝?変な土地ですわね、ランシールって」

「あの、地球のへそにあった物が、ただの置物だということはないと思いますが……」

 姫のあんまりな物言いにスイがへっぴりごしで反論する。服を掴むな。

「まあ、確かに貴重なんだろうな。精々漬物石くらいにしか使えなさそうだけれど」

「じゃあ、これはあとで船の厨房に持っていくね」





 アルスは、赤い漬物石を手に入れた!





「あの、ロビンさん」

 小声で話し掛けてくるスイ。どうした。

「その、間違いだったら凄く失礼なのですけれど……」

 彼女は一瞬言葉に詰まり、意を決したように訊いた。

「その首輪は、趣味ですか?」

「違う」





 今週のNGシーン

 魔に属する俺には少し辛い環境だが、アルには違うらしい。いつも以上に生き生きしている。

「わぁ、大きい!それに、凄く立派(な神殿)……」

「ああ……(神殿の)中、入るか?」

「判らない。少し、(試練が)怖いかな……」

「怖いのは俺も同じさ(魔族だから)。さあ、俺の手をとって」

「うん……一緒に、(神殿の中に)いこうねロビン」



 あまりに下品な為ボツ。ここに載せるのも躊躇いました。でももったいない。




[4665] 五里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2008/11/16 13:02

 レイチェス号はなにごともなく平穏に海を迷走していた。

 甲板の上を船乗り達が慌ただしく駆け回り、船という密室での生活で不足しているものを絶えず補充し続ける。船での食事で新鮮な野菜や真水を口に出来るというのは意外と凄いことなのだ。

 海の魔物がたまに襲っては来るが、大抵はそのふざけた大きさの船体にビビって逃走する。大王イカなどの大型な魔物は果敢に向かって来る場合もあるものの、近付く前に大砲の一斉砲撃で塵と化す。

 つまり、ヒマだった。

 欠伸を堪えていると、目の前をメイドが横切る。なんとなしに気になって彼女が入った扉を押す。

「マリーさん、お部屋の掃除は終わりました。厨房に戻りますね」

「はいよ!でもアンタは勇者なんだから、仕事はあたしらに任せていいんだよ?」

「いえ、何もしていないのは苦手なので。なんでも申し付けて下さい」

「イイコだねえ、そんじゃ頼むとしようかっ」

 マリーと呼ばれた中年女性の指示により、部屋の端でジャガイモの皮を剥き始めるアルス嬢。

 いい加減慣れたが、これがあの勇者オルテガと血縁とはな。

 見たことはないが容姿はきっと母親に似たのだろう。あの暑苦しい男の面影はまったくない。

「手伝おう」

「あっ、ロビン。いいんだよ、ゆっくりしてて」

 ナイフを持ちアルの隣に腰を降ろす。

「ヒマなのは俺も一緒だ。付き合わせろ」

「そうなんだ。うん、ありがとう!」

 ああ、この笑顔だ。はっきりいって反則である。

 どうやら人間の社会において異性を襲ったりするのは褒められる行為ではないようだ。人の価値観など知ったことではないが、アルに嫌われるのは困る。

 ならばどうすればいいかと調べたところ、優しさを見せたりするのは求愛行動の一種に繋がるとスイが教えてくれた。魔族が勇者と愛し合うのが気に食わないのか、えらく不機嫌にしてしまったが。

 しかし、それでアルの笑顔が拝めるなら価値はある。

「でも先に手を洗ってね」

「面倒だな、人間っていうのは。そんなことを気にしなくては食事さえ食べれないのか」

 魔族ならば、生で肉を食べようがなんだろうが問題ない。それから見ると、本当に人は脆弱に映ってしまう。

「訊いていいか?お前の母はどんな女なんだ?」

 ふと疑問に思い尋ねる。

「お母さん?そうだね」

 クルクルとナイフを回しながら思案する。器用というかなんというか。

「綺麗な人、かな」

「それは判る」

 アルを見れば美人なのはすぐ判る。そんな外面的なことではなく……

「ううん……ごめんなさい。なんて言えばいいのか解らないかな」

 そして、彼女は自身の過去を話した。幼いころから戦いを学んだこと。オルテガとアリアハン王は友人で、それでフローラと仲良くなったこと。

 剣や魔法の修行。姫の暴走に付き合う日々。

 そのような平穏を知らない日常の中で、唯一変わらなかったのは「ただいま」と言うと「おかえりなさい」と返ってくる、母のエプロン姿。

 だからこそ、アルにとってそれを守り続けた母は勇者であり―――憧れだった。

「そうか」

「うん」

 妙な空気が流れる。

 俺は母親なんて知らない。居るのかも解らない。

 だから、アルに共感することが出来ない。

 俺は、彼女との間にある壁にガツンと頭をぶつけた気分だった。

「……ねえ、この船が今どこに向かっているか聞いてる?」

 少し無茶な話の転換。気を遣わせたか。

「いや、知らないな」

 というか、勇者が行き先を知らないのは問題ではないか。

「私は、どこに行けばいいかわからないから」

 苦い笑みを浮かべるアル。

 それは『当分の目的地』という意味ではなく、もっと漠然としたものを指している、そんな気がした。







「ハンカチは持ちましたか?」

「はい」

「着替えは足りてますね。たまには連絡を下さい」

「はい、神官長様」

「あとは……ああ、常に最低限の装備はしておくのですよ。旅では何があるか判らないのですから」

「わかっております、神官長様」

「それと……」

「いい加減にしろ。お前は子煩悩な父親か」

 そろそろ苛立ってきたので話を止める。いつまで経っても船に乗れない。

 神父はやたらとスイを気にかけて解放しようとしなかった。アルや姫はもう乗り込んで準備をしているというのに、というか姫なら置いて行きかねない。

「いえ、スイは一年前からここで修行していましてな。つい子か孫のように接してしまうのです」

 それは面白い冗談だ。

「とにかく乗り込むぞ。ではな、神官長殿」

 また長話が始まりこのまま動かなそうな気がしたので、スイの鞄を奪いさっさと歩く。スイが小さく何か言った気がするが無視。

「おやおや。それではスイ、頑張るのですよ。フォズ様には私からしっかりと伝えておきますから」

「はい。それでは、失礼します」

「貴方も」

 神父が少し大きな声を張る。貴方、って俺か?

「スイリスフィースをお願いします、魔族さん」

 ……気付いてたのか。食えないジジイだ。







 そして、食堂室。4人は一同に会して長テーブルを囲む。

 当然姫が上座として、メイドとはいえアルも普通に席につく。スイも格式張った食事には慣れているのか、物怖じしている様子はない。

「この船は今、西へ向かっていますわ」

 夕食後のお茶を飲みながら姫はアルの問いに答えた。

「西、だと?」

 ランシールから西に行ったところで何か特別な場所があるわけではない。ネクロコンド大陸に着けば魔王城はあるものの高い山々でとても乗り越えられはしないし、周辺の村々も魔物達の猛攻によりあらかた滅んでしまった。

「西、ですわ。東から来たのだから、行くのは北か南か西だけでしょう?お分かり?」

 冷笑を浮かべ説明する姫。指で上・下・横と指示し、まるで子供にものを一から教え込むような口調。バカにし過ぎだろ、オイ。

「直接行けないにしても情報を集める必要はありますわ。私達の最終目的に用意が不足ということはありませんもの」

「おや、お前の目的はアリアハンの『かつての』栄光を取り戻すことではなかったか?」

 皮肉で返してみる。俺は受けてばかりでいられるほど温厚ではない。

「……貴方、目的を履き違えるなら船を降りて下さらない?」

 冷めた目で軽蔑した視線を送る姫。

 魔族だ。コイツは人間だが、心は誰より魔族だ。俺が推薦状を書いてやる。それ持って、魔王城に行ってこい。

「でも、既に各国の調査団がテドン周辺を探索しきっているはずです。ダーマ神殿でも資料を読んだ記憶があります」

「ええ、『テドン周辺』は探索が終了していますわ」

 ああ、そういうことか。姫にしてはまともな考えだ。

「フローラ、どういうこと?」

「テドンは真っ先に魔物に襲わせた村でな。ネクロコンドの支配が終わった後も、しばらくの間は魔物達の拠点となっていた。つまり探索が終わったのはあくまで『周辺』で、テドンそのものは未だ手付かずなのか」

「そういうことで―――なんですの、艦長」

 渋いおっさんが姫に耳打ちする。そして浮かぶ姫の満面の笑み。

「皆さん、夜遅くですが……次の目的地に到着しましたわ」

 立ち上がり姫は丸窓のカーテンを開く。

「なに―――?」

 思わず呟く。

 窓から見えたテドンの灯り。

 何故―――どうして、滅んだはずのテドンに灯りがともっている……?




[4665] 六里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2008/11/16 13:02
 はじめに

 若干グロテスクな表現があります。ご注意ください。



 テドンの村には人がいた。

 小さな村だが、人々は魔物に屈っさぬという覇気と活気で溢れている。ふむ……

「どういうことですの?まさか、調査団の報告が間違っていたと?」

 珍しく困惑した様子の姫。

「いえ、違います」

 スイが断言する。

「違うとはどういう意味ですの?」

「ロビンさん、貴方なら判りますよね」

 あえて俺に振るか。

「どういうこと、ロビン?」

 正直に応えていいものか。アルならどういう反応をするかすぐ予測出来てしまうからな。

「―――とりあえず、今日は宿屋に泊まろう。明日になれば少しはマシになるだろうから」

「そうですね。私もそれがいいかと」

 話が通じる俺とスイは、首を傾げるアルと姫を置いて結論を出す。

「なんですの!私を無視して勝手な行動しないで下さいませ!」

 ふと服を引っ張られる感覚。やはり姫は怖いのか、賢者少女。

「賢者ではなく僧侶です。……洗礼を受けていません」

 ならアバカムとか使うなよ。

 膨れっ面のフローラ姫。傍目から見れば美しく愛らしい少女だ。だからこそ危険なのだが。

「これはむしろアルの為の措置だ」

「私の?」

「そう、君の」

 姫は俺を見て、アルを見て、スイを睨んで(小さく悲鳴が聞こえた)、溜め息を吐いた。

「判りましたわ。安宿に泊まるのは嫌ですが、貴方達の判断に従いましょう。この広い心に感涙し、脱水症状に苦しみなさい」

 悠然と宿へ向かう姫。それに付き添うアル。

 俺とスイは振り返り、闇に浮かぶ家々を見る。

「夜だというのに活気があるな」

 まるで、魔王の力を未だ知らないかのように。

「はい。―――驚く間すら、与えられなかったのでしょう」

 スイが辛そうに返事する。

 彼女は俺をしばらく見上げ、首を横に振ってから宿に駆けて行った。

 訊かれても否定はしない。

 俺は、魔族だ。

 そして、夜は更けた。





『たーらーりーらー、ぱっぷっぷー(宿屋の効果音)』





 物音が聞こえ俺は目を醒ました。

「―――あ、ロビン。起こしてしまった?」

「アル……おはよう」

 普段いかなる格好で寝ているかはともかく、彼女は今朝はメイド服のままベッドに腰掛けていた。ただ白いエプロンをしていないので、控え目ながらドレスのような美しさも見え隠れする。

「おはよう。まだ寝ててもいい時間だよ?」

「君は朝から何を?」

「目が一度醒めてしまったから。村の朝の空気でも吸おうかな、って思って」

 それは―――推奨しかねる。

「ふぅむ……」

「どうかしたの?」

 小首を傾げるな。

「俺も付き添おう。どの道、すぐに解ることだ」





 数分後、アルの悲鳴が村に木霊した。





「誰も……居ませんわ」

 村の様子を見て、呆然とした様子の姫。だがその両手には拳銃が握られており、戦闘者としての油断は一切ない。

 ちなみにアルは俺にガッシリとしがみついていた。その体は思っていた以上に華奢で庇護欲をそそられる。残念ながら胸の感触も皆無だが。

「建物なども見て下さい。ずっと、整備された様子がありません」

 アルとは反対側にしがみついたスイが説明する。

「―――滅んでいたのです。テドンは、遥か昔に」

 ところで、何故しがみつく賢者少女。

「……ずるいです」

 右側にアル、左側にスイ。

 ああ、聖なる波動で気持ち悪い。なにがずるいのか。あぁ、アルに抱きつかれていることか。

 未だうつ向いて震えている勇者。可愛いらしいが、無意識に帯電するのは止めてくれ。それも聖なる属性なのだから。

「では昨日のは亡霊だと?死んだことも気付かないなんて、鈍い人達ですわね」

 肩を竦めてみせる姫。それは生者の内はそう考えてしまうかもしれないが、器のない魂とはそういうものなのだ。

「とにかく、彼等を然るべき場所へと導きましょう。それが、私の役目です」

 スイが俺からようやく離れ、小さなビンを取り出した。

「それは?」

「聖水です。儀式の簡易的な触媒に使おうと思って」

 村一つ丸ごととなると、さすがにスイでもきついのか。

 ちなみに触媒とは儀式に使用するアイテムなどを言う。神父が持っている十字架もそうだし、あるいは魔法使いの杖も簡易儀式を補助する触媒の一種といえる。

 時には、本来の目的から外れている触媒もありうる。魔法を使うのにそこらの枝を使ったり、魔法陣を書くのに普通の筆を使ったり。ようは、術者の技量によればなんでも触媒になりうるのだ。

 スイの聖水の使い方もそれに近い。全く外れているとは言わないが聖水は本来魔物に襲われ難くするマジックアイテムだ。それを亡霊の成仏に使用するのは彼女の技量あってこそ、だろう。

「これを村の外周に撒きます。ロビンさん、手伝って頂けますか?」

 俺かよ。

 渋々ビンを受けとる。

「魔物にとっての聖水は人間にとっての硫酸みたいなものなんだがな」

「あ……ごめんなさい、そういう知識に一番精通しているのは貴方かと思って。やはり私一人でやります」

「馬鹿を言え。俺をただの魔物と一種にするな」

 そう、この身は魔族。聖水などで怯んだりはしない。

「では俺はあちらから始める。村の反対側で会おう」

「あ、はい。ありがとうございます」

 頭を何度か下げて、ビンを傾けながら歩き出す。あまり下ばかり見て歩くと―――

「きゃう!?」

 ごちん、と木に突撃する馬鹿一人。それを見られたからか俺を一度振り返り、顔と額を赤くして口をパクパクする。金魚かお前は。

「み、見てましたか?」

「見ていない。だからさっさと行け」

「はい……」

 とぼとぼ去るスイ。見てたかと訊かれ見ていないと即答するのは見てた証拠である。







 しばらく歩くと、スイが正面からやってきた。

「ここが村の反対側ですね」

「そのようだな」

 俺が流してきた聖水のラインにスイのそれを合流させる。そこで、彼女の聖水は尽きた。

「では、村の中心に行きま……!?」

 スイが急に表情を引き締めそちらを見る。当然俺も感じた。

 とても、とても強い「無念」の情。

 それは目の前の、石造りの建物から発せられていた。

「今のは……ただの亡霊ではないです」

「そうだな、さぞかし未練があったのだろう」

 建物の扉に近付き、それがやたら強固な造りになっていることに気付く。

「なるぼど―――牢獄か」

 ならば、これほど強い念が残っていることも納得がゆく。建築物が強固であるが故に魔物の犠牲になるのが遅かったというのもあるし、そもそも罪人ならば心残りもさぞ多かろう。

 ガチャンと鍵が開いた。お得意のアバカムか。

「この思念の方だけは個別に成仏させなければならないです。未練が、強過ぎる」

 悠然と中に入るスイ。

 いや、違うな。手が震えている。僧侶が幽霊を怖いのは問題あると思うが。

「仕方がない。俺が前を歩く」

「ロビン、さん?」

「魔に属する俺ならば悪霊だってそうそう手出しは出来ない」

 肝心な所でしぐじられても困るしな。

「―――ありがとうございます」

「ふん、どういたしまして」






 ソイツは、牢屋の1番奥にいた。

 腐敗しかけた肉体。……まるで、つい最近まで生きていたと思わせるような。

「う―――っ」

 白骨化していないのが現世への未練のせいなのか、その特殊な環境のせいなのかは判断しきれない。

 子供にはショッキングな光景だったのか、スイが俺の服の裾を引っ張っていた。自力で立て、軟弱者。

 いや。それでも目は反らさぬあたり軟弱ではないか。顔は青いが。

「あ―――あぁ―――」

「……どうした?」

 スイの目の焦点が合っていない。口が無意味に開閉し、眼球が上下左右に動き回る。





「 かゆ うま 」





 ……なに取り憑かれているんだ。

 頭痛を堪える。神官が簡単にのっとられるなんて。鍛練が足りん。

 しかし、どうしたものか。



「ずっと  ずっと待っていた  」



 亡霊がなにか言っている。適当に受け流そう。

「ああ、はいはい」

 霊を追い出すか?いや駄目だ、魔の力で無理矢理にとなるとスイの精神まで影響を受けてしまう。



「これを  渡すに  ふさわしい者が来るのを」



「ああ、来るといいな、ずっと待ってろ」

 では聖なる力、だが俺には……そうだ、これがあったな。

 手の中の聖水、まだ3分の1ほど残っている。



「旅の人  どうか  このグリーンオー」



「食らえ、悪霊退散」

 頭の上から聖水をぶっかける。

 数秒間の沈黙。その後、

「……冷たいです。しょっぱいです」

 濡れて顔に張り付いた前髪の隙間から、ジト目が俺を見ていた。彼女らしかぬ視線だが、本来の精神が表に出れたらしい。

 というか聖水ってしょっぱいのか。

「取り憑かれてたぞ。それを助けてやったんだ。感謝こそされ恨まれる筋合いはない」

「あ―――そうなんですか?」

 慌てた様子のスイ。

「その、ロビンさん、お手数を……って、なにをしているんですか!?」

 俺は手首から先だけを魔族のそれに戻し、死体に手を突っ込んでいた。

 この男はなにかを渡そうとしていた。だがこの辺にそれらしき物はない。

 ならば、この者の下。死の間際に守ろうと覆い被さったなら。

 腐敗した亡骸は移動させられもしない。ならば、これしかあるまい。

 ぐちゃりと手を引き抜く。となりでスイが目を回しかけているが無視。

 俺が手にした物。それは―――

「―――漬物石?」

 血まみれ肉片まみれだが、それはランシールで手に入れた物と一緒だった。

 ……量産品なのか?この男、漬物石マニア?





 ロビンは赤い漬物石(2個目)を手に入れた!





 アルと姫の場所まで戻ってきた俺達は、早速儀式を完成させるべく呪を唱えた。

「邪なる威力よ、退け」

 拳を握りしめ、「むうううっ」と呻く賢者少女。

 そして、呪文が口にされる。

「マホカトー……」

 って、破邪魔法!?

「r」「やめんかっ!」

 咄嗟に頭を叩き魔法を無効にする。

 マホカトールというのは、魔方陣内に存在する邪悪の眷属に負荷を与える魔法だ。俺ほどの力の持ち主ならば無効化も不可能ではないが。

 全くいい度胸だ。俺が範囲内にいる状態でそれを使うとは。

 涙目で頭を抑えこちらを見るスイ。ふん、自業自得だ。事のついでに俺を浄化しようとするとはな。油断も隙もない魔性の女め。

 やっぱりコイツ、俺を嫌っている。それを全く表に出さないのだから、本当に腹黒いガキである。

 結局、聖水は撒き直しとなった。






[4665] 七里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2008/11/16 13:03

 レイチェス号は今日もまた軽快に迷走していた。

 空は蒼穹に染まり、太陽がジリジリと照り付ける。

 当然だが船の上はそれなりに揺れ、それはこの見張り台の上となると余計ひどくなっている。少し気持ち悪い。

「レイド」

「なんだ、魔族」

「なんで隊長のお前が見張りなんてしているんだ?」

 レイドは覗き込んでいた双眼鏡を下ろし、俺に呆れた目を向けてきた。

「暇だからだ。騎士は基本、陸の上が仕事場だろう。海ではやることがない」

 堂々と言うなよ。こいつにもそれなりに責任というものがあるだろう。

「お前はどうなんだ。勇者様の尻を追わなくていいのか?」

「なに、駆け引きというやつさ」

 そう、たまには相手を焦らすことも必要なのだ。昨日資料室で読んだ本にそう書いてあった。

「……まあ、好きにしろ」

 レイドはそう残しマストの上から降りていった。

 レイチェス号で一番高い場所であろうここは、先にいった通りマントの先端、見張り台だ。本来雑兵が担当する場所であるはずだが何故か俺が来た時にいたのはレイドだった。ランシールにて人海作戦をかましたあの騎士隊長である。

 その男もいなくなった今、ここは俺の独壇場である。これでゆっくり寝れるな。

「お待ちなさいっ!さあ、来るのですわっ!」

 下から姫の声が聞こえた。また誰かに迷惑をかけているのだろう。

「やっ、誰か助けてっ!」

 ……今の声はマイハニー?

 下を覗き込む。

 甲板の上で、姫と勇者が追いかけっこをしていた。

 無論、鬼は姫だ。いうまでもないが。

 その姫は相も変わらず暑苦しいドレスを着込み、海上で魚を獲る為の網を手にしている。それでアルを捕獲しようとしているらしい。

「食らいやがれでございますっ!」

 手にしたそれを投げると、張られたロープの上を疾走していたアルは(なんて場所を疾走しているんだ)足をもつらせ、甲板に叩き付けられ―――

「まずい!」

 咄嗟に足元に転がっていたロープを投げる。流石というかアルはそれを見事に手に取り、転落を免れた。

「何者ですの!?不敬罪ですわ!」

 すげぇ恐怖政治だ。

 すかさずアルを引き上げる。魔族の腕力なので一振りでアルはここまで昇って来た。

 そのまま彼女は手すりに身軽に着地する。

「ロビンだったんだ。ありがとう、助かったよ」

「どういたしまして。……それで、姫はなにをしていたんだ?」

 さあ? と傾げるアル。でもいつものことだから、と流してしまうあたりこの娘も変人に含まれるのかもしれない。

「でも、服が生臭くなっちゃった……あの網、お魚を獲る為の物だよね」

「みたいだな」

 袖をクンクン嗅いで、「イカみたいな匂いがする」と自身を評するアルス嬢。

「きゃあああ!来ないで下さい!」

「まあ、失礼な子ですわっ!ちょっと着替えをして頂きたいだけですわよ」

 再び下を見る。

 今度は、スイを追いかけ回していた。

「きゃあっ」

 だが生粋の魔法使いタイプである彼女に戦士(?)である姫から逃れる術はない。あっさりと捕獲され、ズルズルと網に入ったまま引き擦られている。

「フィッシュ、ですわ」

 意気揚揚と獲物を船内に持って帰る姫。死んだ魚のような目をした賢者少女。

 ふと、目が合った。





 賢者少女が助けて欲しそうな目でこちらを見ている!





    無視する。

   →目が合わなかったことにする。





 断末魔をフィードアウトさせながら、スイは扉の向こうへと消えていった。

「今、悲鳴みたいのが聞こえなかった?」

「さあ、マーマンかなにかだろ」

 それでいい。困っている人を救うのが僧侶の本望だからな。スイリスフィース、誇っていいぞ。安らかに眠れ。

「それじゃあ行くね。見張り、頑張って」

「なんだ、もう行くのか」

「うん、服を着替えたいし、オーブンに入れたクッキーがそろそろ焼き上がるから」

 今日のお茶請けか。甘いものは好きではないが。

「子供っぽいって思う?」

「なにがだ?」

 彼女は照れたように頬をかきながら、

「私、甘いものが好きで昔っから子供っぽいって言われちゃうんだ」

「そんなことはない。俺も甘いものは好物だしな」

「本当?」

 うむ。君の作るものならヘドロだって食べてやるさ。

「じゃあ、おやつの時間楽しみにしててね。今日のは自信があるんだ!」

 ひょいと柵から下に飛び降りるアル。トベルーラが使えるとはいえ、心臓に悪いからやめてほしい。

 さて、昼食まで時間もあるしひと眠りしよう。





 昼食時、賢者少女は食堂に現れなかった。





 廊下で、青いオバケを見つけた。

 断っておくが実際にオバケなわけではない。ただ、青いマントを頭からかぶって顔まで隠した子供がうろちょろしているのが度々見かけられたのだ。

 というか、どう見てもスイリスフィースだ。

「なにをしている、変質者」

「……わ、私は怪しいものではありませんよ?」

 現実を真っ向から否定されても困る。

 マントで更に顔を隠し、完全に真っ青になってみせる不審人物。

「それでは、私はこの辺で失礼します」

 そそくさと退散しようとするスイ……ではない、不審人物。

 なんとなく癇に障ったので、マントの裾を踏んでみると見事に顔から床に落ちた。見るからに痛そうだ。

「―――――――――っ!!!」

 鼻を押さえたまま顔を上げないスイ。マントが剥がれて顔が確認されたのでもう名前でいいだろ。

「ロビンさん!今のは流石に危ないでしょう!私だって怒る時は怒りますよ!?」

 鼻の頭を赤くして睨みつけてくるスイ。残念だが全く迫力がない。

「すまんな。踏みつけるのはやり過ぎた。俺が悪い」

「えっ!?」

 素直に謝られるのがそんなに意外か、目を見開いて数瞬固まった。失礼な。

「いえ、その、私の方が元を辿れば原因なのですし、その喧嘩両成敗というかここはお互いさまというか、いえロビンさんも悪気があったわけではないのですし……」

「そうか、まあそれはいいとして」

「いいんですか?」

 釈然としてなさげな彼女はおいといて、それよりも気になることがあった。

「露出狂に目覚めたのか?」

「違います!これはフローラ様に無理やり、いや、見ないで下さい!」

 スイは慌てて廊下の陰に隠れてしまった。お前のようなまな板を見ても楽しくはない。

 彼女は今、妙に露出度の高い格好をしていた。

 肩ひものないミニスカートのワンピース。服自体は普通なのだが、やたら布の面積が少ない。上も下も。

「……で、それはなんだ?」

「け、賢者の正装です」

 ああ、なるほど。あらゆる魔法に精通し果ては剣なども扱える職業、賢者。そのオールマイティーさから賢者の服装は対魔力面において高い効果を持つ生地を使い、それでいて動きを阻害しないように身軽に作られている。

 彼女が身に纏っているのはそういう服なのだ。決して、ただ露出度が高いだけではない。

「洗礼を受けていないから自分は賢者ではない、ということを前に聞いた気がするが」

「別に着てはならないという法はないのですが……それより、恥ずかしいです。あまり見ないで下さい」

 ありもしない上や下を必至に隠そうとするスイ。

「姫の趣味か?」

「……私に聞かれても困ります」

 まあ、これ以上俺がここにいても迷惑か。

「じゃあ俺は失礼する。風邪引くなよ」

「はい、へくちっ」

 早速か。まあ馬鹿ではないという証明だ、喜べ。







 船が大きく揺れた。

 当然だがここ、見張り台は更に大きく揺れた。

 時は深夜だというのに似つかわしくない爆音が轟く。また姫か?いや、アイツとて自分の所有する船で破壊活動はしないだろう。城は砲撃したが。

「何者だ」

 基本夜行性の俺はあまり寝ない。寝るのは趣味のようなものだ。

 なので本でも読みながら見張りを買って出ていたのだが……我が伴侶の眠りを妨げるとは。

「いい度胸だな」

 戦艦に横付けされた小さな船を睨みつける。コイツがどうやら爆発を起こしたようだ。

 一飛びでレイチェス号の甲板まで降り、常識知らずの訪問者達と対峙する。

「何の用だ、客人」

「へえ、早いね。正規の軍人だってもう少しもたついてるのに」

 小さな船―――もちろんレイチェス号と比べたら、である―――の舳先に立っていたのは、意外なことに女性だった。

 華美でありながら動きやすさを徹底的に追及した衣服。そして、人間の若い女性としては破格の貫録。瞬時にコイツが船のトップと判断する。

「悪かったな、もたついていて」

 俺の隣にレイドが立った。

「遅いぞ、騎士隊長」

「だから悪かったといっている」

「遅過ぎる」

「何度もいうな!」

 五月蠅い、耳元で吠えるな。

「……なあアンタ等。アタシは何時になったら名乗っていいんだい?」

 ふん、と鼻を鳴らし切り捨てる。

「おおかた賊かなにかだろう。この場で切り捨てる」

 アルが起きてくる前に始末する。こんなことに勇者を煩わせはしない。

「へえ、大した自信じゃないか」

 女は両手にそれぞれ剣を構える。それだけで、かなりの使い手と判断出来た。

「勝手なことをしないで頂きたいですわ、騎士隊長殿、ペットA」

 背後を僅かに見ると、ドレスを纏った戦士が仁王立ちしていた。

 というか何時着替えた。その逆光を作るバックライトはなんだ。スモークはどこから出てる。

「お客様を歓迎するのは船の責任者である私の役目。貴方達は下がっていなさい」

 構えるは二丁銃。

「しかし、今日はお客様のいらっしゃる予定はないはず。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですの?」

「はっ、名を問う時は自分から、だろ?」

 姫は絶対零度の微笑を浮かべ、

「それはごもっとも。私、アリアハン王家王位継承権第3位フローラと申します」

 へえ、と小さく哂う賊の女。

「じゃあアタシも名乗らせてもらうよ。アタシはドクマ。由緒正しい大海賊の娘さ。あたしらはこれでも義賊でね、あるもん全部頂いていかせてもらうよ」

 それはそれは、と表情を喜色に染める姫。

「ええ、軟弱な貴族のお坊ちゃんを相手にするよりよほど素敵ですわ」

「そりゃあ光栄」

 美女同士が液体窒素の笑みで向かい合うこの場において、彼女達を邪魔出来るものなどいない。

 というわけで、間に立っていた俺とレイドはさっさと避難した。

「働け、騎士隊長」

「黙れ、愛玩動物」



[4665] 八里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2008/11/23 16:18
「あんた、ほんとに王族にしとくにはもったいないよ!」

「あら、あなただって海賊をやらせておくのはもったいないですわ。私の妹としてお城に来ない?」

「ははは、勘弁しとくれ!」

 互いの肩をバシバシ叩き合いながら度数のきつい酒を飲む二人。

「…………」

「…………」

 ええと、どうなった?

「レイド」

「俺に訊くな」

 俺達は今、海賊の家にいた。







「来な、お姫さま」

「あら嫌だ、せっかちですわね」

 レイチェス号に飛び乗って来たドクマ。それを姫はスカートの中から取り出した二丁銃で迎撃する。

 獣のように間を置かず咆哮する銃口。

 獣のように白い太股に咆哮する男共。

 ドクマはそれを短剣で切り払い、かわす。その動作には一切の無駄がなく、さながら豹の疾走のようだ。

「玩具で遊んでるんじゃないよ!」

 ドクマは一瞬で懐に入り両手の剣を薙ぐ。

 決まった、と誰もが思った。

 だというのに、姫は。

「玩具?結構」

 二丁銃の銃身で、刃を止めていた。畜生、惜しい。

 限界まで接近した二人の間にマズルフラッシュが光る。

「―――っ!」

 紙一重で切り払ったのだろう、ドクマは僅かに距離を取り、再び構える。その表情に油断はない。

「最近の玩具は、存外物騒ですわよ」

 タラリ、と。

 ドクマの頬からは、血が滴っていた。

「……そうみたいだねぇ」

 再び獣の笑みを浮かびあがらせるドクマ。

「さあ、決闘の始まりですわ」

 決闘。

 ルールなきルール、力が全て、力こそ正義。

 崇高でありどこまでも野蛮な、己が誇りと誇りを賭けた削り合い。

 王族であろうと平民であろうと、海賊であろうとそのルールは不変。

 故に―――今、二人は対等な存在として向かい合っていた。

「食らいなさい」

 姫はスカートから銃というには巨大な火器を持ち出す。

「うおおおおおおっ!」

 というかスカートが捲れ上がるたびに吠えるな、野郎共。どうしてコレに欲情出来る。

「サブマシンガンだ」

隣でレイドが言った。

「銃、なのか?」

「一種には違いないな」

 姫は「さぶましんがん」を構え、乱射する。

 さきほどとは比べ物にならない連射。それは撃たれる側からすれば銃弾の壁に等しいだろう。

 だというのに、その壁をドクマは。

「はああああああああああ!!!!!!」

 両手の剣を別々に振るい、全て切り捨てていた。

 あまりの剣撃と衝撃波に地面やマストに切れ目が入る。手の動きは最早視認が難しいほど速い。

 だが姫はここで攻撃の手を緩めはしない。右手でサブマシンガンを撃ったまま、左手で胸の谷間から短い筒状の物を取り出す。

 それを見、レイドの顔色が変わった。

「手榴弾だ!」

 姫は口の端を吊り上げ、犬歯でピンを引き抜く。

「破片が全方向に飛ぶぞ!全員隠れろ!」

 レイドの発言を聞き、甲板に登って来ていた海賊やレイチェス号の兵士達も血相を変えて物陰に隠れた。

 途端、爆発音が轟く。

 魔族であり生命力の強い俺は隠れはしなかったが、やはり体の何箇所かに破片を埋め込まれた。人間というのは物騒な玩具を作るな、全く。

 筋肉に力を入れてそれを体内から追い出す。

 さすがに姫も乱射を終了し、様子を見ていた。

 煙が晴れる―――が、そこには。

「いない―――?」

 ドクマの姿は、影も形もなかった。

 辺りを油断なく見渡す姫。

 しかし、それは間違いだった。

 姫の立つ場所に影が差す。

 微かな風切り音に反応し、上を向く。

 そこには、冴え冴えした月光をバックに、全ての指を使い数十本もの短剣やナイフを構えるドクマの姿があった。

 宙に舞ったまま、全ての武装を投擲する。それはさながら刃物の雨。

 重力により加速しかしない刃物達は無感情に姫に突進し、彼女はそれを拳銃で迎撃する。

 銃声が響くたびに金属音が鳴り、刃が目の前から退場する。

 時間にすれば僅かだったが、その間にほとんどの剣は撃墜されていた。

 しかし、そう上手くはいかない。

 残り一本、最後の迎撃の為に引いた撃鉄は、カチリと軽い音を鳴らしただけで終わった。

「弾切れ―――!?」

 さも姫も顔色を変える。

 迫る切っ先。

 それを、姫は……

「っくぉ、のぉ!」

 ……素手で―――銃身で殴り払った。

 最悪角度によっては手を大きく切られていた。だがそこは流石は悪魔に祝福された女、僅かに手を血に濡らすだけで終わる。

「はああああああ!」

 しかしドクマの猛攻は終了していない。

 大きく真上から振り被った剣の一撃。体勢を崩していた姫は紙一重でそれを受けるも、爆音とともに膝まで床に体を陥没させる。

「くぅっ!」

 苦渋を滲ませた姫のうめき声。剣は銃身に大きく傷を入れ、半ばまで侵入している。

「やるじゃないか、ナイフを殴りつけて落とす奴なんて初めてみたよ」

 本気で関心したかのようなドクマ。途端床が耐えきれなくなったか、破片を撒き散らし姫は甲板の下に押し落とされた。

 一瞬の沈黙、後に海賊達の喝采。ドクマも一仕事を終えた顔をして表情を緩めた。

「どうだい?あんたらの大将はこの通り潰れたよ?」

 どうやら俺に言っているらしい。

「……まさか」

 思わず喉で笑う。

「あの女が、そう簡単にくたばるか」

 その言葉を理解したか、ドクマが顔を引き締めたその時。

 地面から、手が生えた。

「んな!?」

 その細い手はドクマの足首を掴み、そのまま横に移動する。当然ドクマもそれに引き摺られて地面を滑走した。

「っつ!!このぉ、舐めるなぁ!」

 ドクマは手にした一振りの剣を地面に何度も突き刺し、下にいるであろう姫を仕留めんとする。

 というか、制動ではなく攻勢するあたり兇暴な女だ。

 だがジグザグと床下を駆ける姫にはなかなか刺さらない。

 迫るマスト。人の胴体ほどの小さな柱だが、人の強度で衝突すれば骨が砕ける。

 しかし姫に容赦や遠慮という言葉はない。盛大に衝突した二人の衝撃で船は揺れ、マストが轟音をたて倒れる。

 木片で視界が塞がる。それが晴れた時に立っていたのは、ドクマではなく姫であった。

 ドレスは布きれと化し、パラパラと風で飛ばされる。

 そこにいたのは、体に密着したスーツを身に纏い、全身に銃火器を装備した戦士の姿だった。

「この姿を晒すのは初めてです」

 お嫁にいけませんわ、と溜め息を漏らす姫。大丈夫だ、お前などもらう物好きな男はいない。

 瓦礫に手を突っ込み、ドクマの首を掴み一気に持ち上げる。

「チェックメイト、ですわ」

 花が咲いたような笑顔。本当、将来誰が貰うんだろう、この女?

 額から血を流し、目を閉じたまま動かないドクマ。

 詰め、か?

 いや―――違うな。

「くく」

 女海賊は哂う。眉を顰める姫。

「貴女―――」

「お前さん、実戦経験はどれくらいだい?」

 唐突な質問。怪訝そうに眼を細めながらも、姫は素直に答える。

「言葉を覚える前から銃を握ってましたわ」

 すげぇ。

「あたしは二本足で立つ前から剣を握ってたよ?」

 もっとすげぇ。

「その差かね、これは」

 ヒュンヒュンヒュン、と鳴る風切り音。

「なにを……!?」

 後方から聞こえるそれは、徐々に大きく、近くなってゆく。

 僅かに振り向く姫の目が見開かれる。

 飛来するのは、ドクマの剣。

 彼女が月明かりを背後に剣を振り下ろした時。

 その時には、もう投げ放っていたのだろう。

 剣は幅が広く僅かに曲がった奇妙な形をしたものだ。おそらくブーメランのような構造になっている。

 つまり、ドクマは少なからずこの展開を予想出来ていたということになる。

 確かに並大抵の実戦経験で取れる行動ではない。それにかかった姫を非難出来る奴などいないだろうが。

 姫が視線を逸らすのを予期していたのだろう、ドクマはその瞬間僅かに間合いを取る。

 右手から獣のように突進する剣。

 左手から鳥のように飛来する剣。

 姫は手首を翻す。

 気付くと、両手首に小さな、本当に小さな銃が握られていた。

 体を大きく開き左右同時に迎撃を試みる姫。

 接触ギリギリまで引き付ける。その目は鷹のように鋭い。

 静かに―――本当に、静かに引かれる引き金。

 射出された小さな銃弾は片や飛来する剣を撃ち落とし、片やドクマの一閃により二つに切り裂かれた。

 迎撃は失敗した。

 姫に迫る刃。両手は間に合わない。

「取った――――――!」

 誰しもが、目を瞑った。

 そう。俺と、姫と、ドクマと、レイド以外の全員が。

(―――ほう)

 少しレイドを見直す。この男の目は、目の前の現実を全て受け入れることを覚悟した人間のそれではない。

 この期に及んで、姫の圧勝を一切疑っていない目だ。

 ガギン、と響く金属音。

「っ……!!!!!!」

 眼光のみでドクマを圧倒する姫。

 姫は刃を止めていた。



 歯で。



「ありえん」

 何処かのそーりょの口癖が漏れる。

 分厚いはずの剣が噛み砕かれる。

「ふふっ」

 恋する乙女の笑顔。

 その笑顔でするりとドクマの腕に足を絡ませ、折りにかかる。

「ぐっ!」

 みしみしと軋むドクマの腕。彼女は歯を食い縛りその腕を力任せに振り上げる。

 そして姫がひっついたまま、地面に打ち下ろした。

「っがああ!!」

 もう一度。

「は、ああああ!!!」

 再度。

「つっ、――――――!!!!」

 更に。

「              !!!!!!」

 ……そろそろ誰か止めろ。

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 おーい。

「                                 」

 もう発音になってない。

 と、地面から手を引き抜くと、姫がくっ付いていない。

「やっと、取れたか」

 片方の剣は遥か遠く、片方の剣は砕かれた。

 故にドクマに残された武器は拳のみ。

 幽鬼のように立ち上がる姫。

 拳を構えるドクマに喜色を浮かべ、ベルトのフックを一つ外す。

 音を立てて落ちる銃器達。

 そこからは、美しさの欠片もない殴り合いだった。

「やっちまえー!」

「お頭、素敵だー!」

「ぶっころがせ、銃姫ー!」

 決定的な命の危険がなくなったからか、双方のレギュラー達も喚声をあげる。

 血塗れになりながら、それでも拳を上げる二人。

「不毛だな」

「……否定出来ん」

 頭を抑えるレイド。

 なんというか、深夜の甲板より夕日の浜辺が似合う光景だ。

 決闘という雰囲気は霧散してる。ただの喧嘩だ、これは。

「どっちが勝つと思う?」

「姫様に決まっている」

 こいつに聞いたのが間違いだった。

「そうだな、俺は姫が勝つ方に賭ける!」

「それじゃあ俺はドクマだ!」

「せっかくだし赤い方を選ぶぜ!」

 俺達の会話がきっかけとなり、金を賭ける奴まで表れ出す。

 知らないぞ、俺は。誰が収集を付けるんだか。



「「「ク、クロスカウンター!」」」



 見ると、互いの腕を交差させ女二人は相討ちしていた。

 その格好のまま後ろに崩れ落ちる。お約束。

「くくく」

「ふふふ」

 不気味に笑う二人。

「はーはっは!気に入ったよ、お姫さま!」

「私もこんなに楽しめたのは久しぶりですわ!」

 笑顔で寝転がったまま殴り合う。何がしたいのか、彼女らは。

「友情が芽生えたようだな」

 ……なんか、もう相手にしてられん。

 踵を返し、さっさと自室に戻ることにする。







 翌日、目覚めると海賊船とレイチェス号は大陸に停泊していた。

 以下、冒頭に戻る。







 ちなみに、アルは夜中の喧噪に気付くこともなく眠りこけていたそうだ。

 スイは目を醒ましたが、小柄であるが故に人ごみを突破出来ず後ろの方でジタバタしていた。無様だな、ちびっこ。






 今週のNGシーン1


「では俺はあちらから始める。村の反対側で会おう」

「あ、はい。ありがとうございます」

 頭を何度か下げて、ビンを傾けながら歩き出す。あまり下ばかり見て歩くと―――

「ぬわーーっっ!!」







 今週のNGシーン2



「おおかた賊かなにかだろう。この場で切り捨てる」

 アルが起きてくる前に始末する。こんなことに勇者を煩わせはしない。

「へえ、大した自信じゃないか」

 女は両手にそれぞれ剣を構える。それだけで、かなりの使い手と判断出来た。

「勝手なことをしないで頂きたいですわ、騎士隊長殿、ペットA」

 背後を僅かに見ると、スケスケネグリジェにナイトキャップ、ぬいぐるみを抱きしめた戦士が仁王立ちしていた。




[4665] 九里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2008/11/23 16:19

「あんた、ほんとに王族にしとくにはもったいないよ!」

「あら、あなただって海賊をやらせておくのはもったいないですわ。私の妹としてお城に来ない?」

「ははは、勘弁しとくれ!」

 互いの肩をバシバシ叩き合いながら度数のきつい酒を飲む二人。

「…………」

「…………」

 ええと、どうなった?

「レイド」

「俺に訊くな」

 俺達は今、海賊の家にいた。

 ……ん? デジャヴ?





 そこかしらに火が掲げられ、周りは深夜と思えぬほど明るい。

 あれから意気投合した二人は、何故かその流れで酒盛りに直行した。

 海賊と船乗りと騎士達の入り乱れた宴会。開けた場所に大雑把な料理と大量の酒が用意され、星空の下で騒いている。

ある者は歌い、ある者は叫ぶ。統一性の欠片もないが、こういうのが一番人間らしい。

 酒の入ったコップを煽る。あまり美味くはない、酒の味まで大雑把とは。

「飲みなさい!飲むのです!」

 声の方を見ると、姫がスイに杯を押し付けていた。

「い、いえ、私は聖職者ですから」

 姿は賢者だ。いや賢者も聖職者か。

「なんだい、アタシの酒が飲めないってかい?」

 隣のドクマがいかにもな理由で勧める。本当に酔っぱらいはタチが悪い。

「「スイリスフィース・ノバ・ルギーニ!」」

「はっ、はい!」

「「飲め」」

「の、飲めません!」

 さすがに信仰心だけは人並み以上だ。規律は死守するか。

「嬢ちゃん、勘違いしてないかい?」

 妙に優しげな声でドクマが語りかける。

「勘違い、ですか?」

 話に付き合うこともないのにな、コイツも。

「船の上では飲み物といえば、普通は酒なんだよ?水は腐っちまうからね」

「えっ?でも、レイチェス号ではお水を頂いてますが……」

「あの戦艦は最先端技術を集結させた船ですわ。型式は少々古いですが、技術レベルは世界最高峰。真水程度いくらでも入手出来ます」

 知らず知らずのうちに贅沢をしていたと知って僅かに落ち込むスイ。

「だがそれは本来あり得ないことだ。船の上では酒が水。酒が飲めないようじゃ水の上にいる資格はない」

「ですわ」

 息合ってるな、お前ら。

「つまりあたし等にとってこれは水。飲めないっていうのは、全ての船乗りに対する侮辱と取っていいんだね?」

 逃げ道を失ったな、ちびっこ。

 ふと、目の端にスカートが靡く。

「ロビン。ここにいたんだ」

 給仕が隣に腰かけてきた。

「どうした、勇者?」

 アルは困ったように首を振って、

「ちょっと疲れたな、って」

 ずっと寝てたろ、お前。

 まあ息抜きに俺の隣を選ぶあたり、やはり二人の相性はいいのだろう。判りきっていたことだが。

「みんな元気だね」

「お前は……楽しそうだな」

 アルは騒ぎの世話で多少疲れた顔を見せているが、それでも騒ぐ馬鹿どもを嬉しげに見ていた。

「うん。みんなの笑顔が勇者の活力だもん」

 そんなことを言い切れるのが勇者たる所以か。

「……ねえ、ロビン」

「なんだ?」

 ねだるような上目使いはやめろ。

「魔王って、どんな人?」

 人じゃないが。

 しかしなんと表現するべきなのか。大魔王ではなく魔王だしな。

「一言でいうと蛙だ」

「……帰る」

 勇者といえど許容しかねる洒落だぞ、それは。

「でも魔王は倒さないといけないし―――本当にカエル?」

「蛙だ」

 カタガナでは可愛らしいニュアンスになる。やはり漢字が適切だろう。

「実は違う人が魔王でした、なんてオチはない?」

「何度も言うが、魔王は蛙だ」

 魔王はな。

 じゃっかん涙目になっている勇者。

 そんなに蛙が嫌か。まあ俺もアイツは嫌いだが。

「なんですの?夜はまだまだ長いのですわ!」

「この程度かい?そんなんじゃ海ではやってけないよ!」

 馬鹿姫と馬鹿海賊の声が轟く。

「どうしたのかな?」

「アイツ、そろそろヤバいかもな」

 賢者少女がぐったりと倒れていた。

「スイ!?フローラ、もう飲ませたら駄目!」

 アルが慌てて立ち上がり、少女と姫に割って入る。

「もう、なにをしているの!こんな子供にお酒を飲ませるなんて!」

 スイを抱え怒鳴るアル。その剣幕にフローラは若干驚きと―――脅えを見せた。

「そ、そのですわね、これは」

「フローラ?」

「……ごめんなさい。調子に乗っていましたわ」

 姫は素直に頭を垂れた。

「へぇー、アンタでも一目置くとは。さすが勇者だね」

 アルの背中をバシバシと叩くドクマ。だがアルは酒を飲ませたもう一人の主犯、ドクマにも鋭い眼光を向ける。

 それを真っ向から向けられ、硬直した後に視線を逸らしアハハと乾いた笑いを洩らすドクマ。

 なんというか、本当に勇者である。メイド服なのに。

「スイは船につれていきます。いいですね?」

 コクコクと頷く二人。アルはスイを背負おうとして、巧くいかなかった。

 なんとなくじれったい。それに重労働は紳士の仕事だろう。

「俺が運ぶ」

 スイを横抱きに持ち上げる。意識のない人間を運ぶのは案外難しいものだ。

「ありがとう」

 小さく礼を言われた。

「それでは失礼します」

 一礼し、踵を返すアルス。

「なんだ嬢ちゃん、もう行っちまうのか!?」

「俺にもお酌してくれよ、メイドさん!」

 俺はわらわら寄ってくる男どもを蹴飛ばしつつ道を作る。

 それでも群がる馬鹿ども。

「あの、道を開けて下さい」

「つれねぇなあ、もっと構えよ!」

 アルの腕を掴もうとした男の手を払い退ける。我が伴侶に触れようとはいい度胸だ。

「邪魔だ―――カラミティウォール」

 デコピンの要領で扇状に衝撃波を放ち馬鹿どもを薙ぎ払う。

「えっと、やり過ぎじゃ……」

「力は抑えた。死にはしない」

「死んでないけど、死屍累々とはしてるよ?」

「死にはしない」







「それで、なにが訊きたかったんだ?」

 二人っきりで、船に向かう道中尋ねる。

「なにが、って?」

「さっき、魔王のことを訊いてきたろう」

 くそ、人を抱えた状態では森の枝がやたら鬱陶しい。

 レイチェス号のある岸まではどれくらいか。今度盗賊に転職して鷹の目を会得するのもいいかもしれない。

「あぁ」

 彼女は頷きつつ、

「その、私はちゃんと勇者をやれるのかなって」

 予想外な疑問を口にした。

「お前は勇者だろう。あの男の血を引き、雷鳴を纏い、人を救わんとしている」

「あの男?」

「オルテガだ。……お前の父親だろう?」

 アルはキョトンとして、俺に訪ねた。

「お父さんを知ってるの?」

 ぎくり。

「ま、あな」

 こんな場所でばれるのは想定していなかった。そのせいで少しだけ言葉を濁す。

 そう―――俺は、オルテガと会っている。十年以上前、あの炎の中で。

「あの男とは腐れ縁だ」

「ふぅん……」

 彼女はそれ以上聞いてこなかった。

 俺が話さないと察したからか。アル自身に興味がない、ということはないはず。

「……何時かは話す。何時かは、……話さなければならないことだ」

 そう、これは俺の口から話すべきこと。

 俺とオルテガに、何があったか。





 丁度十年前、あの火山口で。





「で、どうして自分を勇者足りえないと思うんだ?」

 話を戻す。これ以上過去について話すことはない。

「勇者って、本当に正しい存在なのかな、って思うんだ」

 なるほど。そういう話か。

 他の人間ならば解らないだろう。魔に属する俺だからこそ、すぐ理解出来た。

「私は小さい頃から正しく生きるように求められてきた。けれど、やっていることは相手を傷付ける術を極めるだけ」

 独白は続く。

「魔物にも、感情はあるんだよね。切ったりしたら悲鳴を上げるんだから」

 勇者は戦う者。眼前にいる敵を、完膚なきまでに叩き潰す専門家。

 魔王云々もその流れ。王を名乗る以上、それにはそれの正義があると考えたのだろう。

「人も魔物も、姿が違うだけで同じ心を持つというなら―――それは英雄なんかじゃなくて、単なる大量殺戮者なんじゃないか、って」

「そうだな」

 その考えは間違いではない。

 所詮、戦争なのだ。

 異なる者同士が己の生存を賭けて殺し合う、それだけ。

「魔族からすれば、勇者は魔王だ。人類攻略に際し最も邪魔な存在でしかない」

 英雄ではある。戦争で活躍した者も英雄と呼ぶのだから。

 だが、それが正義かといえば、やはり疑問符が付く。

「魔物は、どうして人間の生活を侵すの?」

「なら、なぜ人間は魔物を殺す?」

 こういう言い方はズルい。我ながらそう思う。

「村から村へ移動する時、魔物と人が出会えば殺し合う。それはなぜだ?」

「それは―――彼等が、襲ってくるから」

「なぜ襲う?」

「……食べる為」

「そうだ。大半の魔物は食べて明日を生きる為に、目の前の動物に襲いかかる」

 今日の俺は妙に饒舌だ。酒が回っているのかもしれない。

「人だって魚を釣る。獣を切る。鳥を射る。それと、どう違う?」

「……違わない」

「そうだ。そうやって、俺達は何万年も前から殺し合って生きていた」

 アルはそれ以降黙ってしまった。

 俺も、それ以上話すことがなかった。

 スイは……どうでもよかった。

 俺が言ったのは、地上で最もポピュラーな俗論。

 理由などいらない。ただ、答えがそこにあるだけ。

 そんな、一番簡単な、一番つまらない解答。

「―――でも、私とロビンは、こうして殺し合わないで一緒にいるよね」

 どれだけ歩いたか。

 ポツリと、前触れもなくアルはそう囁いた。

「こうやって、一人一人と仲良くなっていけば、いつかはみんな仲良く暮らせるよね」

 ……馬鹿だ、こいつ。

 今世紀最大の馬鹿勇者だ。オルテガも大層バカだったがこいつはそれを超越する馬鹿だ。

 神ですら不可能なことを子供の発想で考えやがった。

「そうだな」

 そして、俺も馬鹿だった。

「うん、そうだよ」

「そうだな。そうなんだろう」

 自分が言ったことが愚かな夢想であることくらいアルも理解している。

 だが、それでも前進する。

 それが、彼女にとっての「勇者」なのだから。

 いつかは、彼女は残酷な選択を選ぶ瞬間が来るのだろう。そんなことが解らない少女ではない。

 でも、それを知りながらも、彼女は毅然と立ち続ける。その場で自身の往く道を見失いなどしない。
 
 なぜなら、なぜなら彼女は―――

(俺の、妻だからな)

 理由などそれでいい。小難しい屁理屈よりよほどマシだ。

 魔族である俺がどこにいくのかなど判りはしない。

 だから、俺はそれを知る為に船に乗っているのだ。

 それはきっと、アルも、姫も、スイも同じなのだろう。

 例え、魔族と勇者が別の時を生きる種族だったとしても。







 翌日、人気の少ないレイチェス号の早朝甲板掃除を手伝っていると、頭を抑えた馬鹿どもが船に戻ってきた。

「まったく、だらしないですわ。あの程度でこのザマなんて」

「そういいなさんな。ウチの馬鹿どもだって今頃家では唸ってるんだろうし」

 唯一平気そうな姫とドクマが乗り込んでくる。海賊側の見送りは彼女だけのようだ。

「そんじゃあね、簡単にくたばったら首はないと思いな!」

「貴女こそ。死んだら殺しますわ」

 笑う二人。互いの殺人予告をしてなにが楽しいのか。

「そうだ、これやるよ」

 ドクマが取り出したのは赤い―――置物?

「これは?」

「さあね。たまたま手に入れたんだけど、換金しようにも「それを売ろうなんてとんでもない!」なんて言われちまってね。値打ちはありそうだし旅の邪魔にはならんだろ」



 ロビンは赤い漬物石(三個目)を手に入れた!







NGシーン

「なんだ嬢ちゃん、もう行っちまうのか!?」

「俺にもお酌してくれよ、メイドさん!」

 俺はわらわら寄ってくる男どもを蹴飛ばしつつ道を作る。

 それでも群がる馬鹿ども。

「あの、道を開けて下さい」

「つれねぇなあ、もっと構えよ!」

 アルの腕を掴もうとした男の手を払い退ける。我が伴侶に触れようとはいい度胸だ。

「邪魔だ―――バルス」

 滅びの呪文を唱え、地上が全て崩壊する。

「えっと、やり過ぎじゃ……」

 天空の城繋がり(ロト三部作には出てきません。いや、ゼニスの城がありましたっけ?)



[4665] 十里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2008/11/23 16:20

 アリアハンを発って一月と少々。

 レイチェス号は忘れられた島・ルザミに到着した。

「ルザミは流刑地ですわ」

 簡素な港の端で、下船作業を眺めながら姫が説明している。

「神の定めた定理を否定し、物理法則と数式のみを信じた現実主義者達の末路」

「フローラ、なんだか詳しいね」

 アルはそう口にするが、この女も政に係る立場だ。それくらいは承知していてもおかしくはない。

「当然ですわ。ほら。あの男なんて」

 姫が指さした先にいる、みずほらしい服を纏った男。

 そいつは姫に気付き、顔を青ざめさせ悲鳴を上げて逃げていった。

「学説は面白くて好きでしたが。私のことを暴君などと称した罪、万死に値しますわ」

 ……いや、なにも言うまい。こういう女だ。







 どうやら姫はドクマにこの場所を聞いたらしく、島流しにあった学者も多くいることから情報収集がてら立ち寄ることにしたようだ。

 ルザミは小さな島だ。総人口は100人にも満たない。資源も食糧も少ない。

 だが、その文明は驚くほど進んでいる。それも当然、あらゆる技術は彼らの努力の結果なのだから。

 すべては効率的に運営され、わずかな労力で最低限の生活が送られるよう工夫された世界。家には大型の天体望遠鏡などが設置されている場所もある。それも最新型の反射望遠鏡。

 集落の真ん中まで到着すると、姫はパンパンと手を叩き視線を集めた。

「それでは、そろそろお昼にいたしましょう」

「飯かよ。情報収集をするんじゃないのか」

 思わず訊ねる。

「そんなのは兵に任せればいいのですわ」

 確かに情報を集めるのに最も効率的なのは人海戦術だ。だが、なにか間違っている。勇者一行として。

 パチンと指を鳴らすと、四方八方から兵やメイドが現れた。兵は村人に剣を突き付けつつ情報を問い質し、メイドは集落の中心だということを無視してその場を食卓へと変貌させる。

 ばさあ、とテーブルに被せられる白いクロス。それが青空や太陽と実にミスマッチである。

「さて、それでは皆さんが戻るまで待っていましょう。レイド、今日のメニューはなにかしら?」

「はっ。メインは子羊のビーフシチューです」

 すぐさま答える騎士隊長。言葉使いが微妙に間違っているのは本職ではないからか。

 あと羊なのにビーフ。

(――――――?)

 ふと、殺気を感じた。

 背後から発せられるそれは―――少なくとも俺とアルに向けられたものではない。

 それじゃあいいか。他の奴は守る対象ではない。

 軽い破裂音。

 レイドは頭を下げ一歩後退し、手にした剣で虚空を切った。おお、レイドやるな。

「何者だ」

 レイドはそのまま後ろを睨む。

 真っ二つに切断された弾丸が宙に舞い、そして地に落ちた。

「腕は訛っていないようじゃな、レイド」

 現れたのは、飄々とした老人。

 この島でいて気品のある衣服を纏い、その眼光は決して島流しに遭い落ちぶれた者のそれではない。

 レイドは男を見て目を見開き、姫も振り返り微かに視線を細めた。

「まあ、フリント博士ではありませんか。お久しぶりですわ」

 どうやら姫の知人のようだ。しかも微妙とはいえ敬意を払っている節すらある。

「ふん。ワシとしては二度と会いたくはなかったがな」

 老人……フリントは懐に銃を仕舞いつつ愛想なく答える。

「それで、どうしたのだ姫よ。このような辺境に、お主の好奇心を満たす物などありはしないぞ」

「知っていますわ。それより、貴方がどうしてここにいるのかが気になるのですが」

「ふん。あの様な頭の固い馬鹿どもと問答しているより、ここで気ままに研究している方が遥かに身があるというものだ」

 姫がいうには、この男は城お抱えの学者の中でも特に変わり者だったらしい。

「つまり、馬鹿と天才は紙一重。賢者は一見愚者の如し。ですわ」

「フローラ。本人が目の前にいるのにそんなこと言っちゃ駄目だよ」

「いいのじゃよ、アル。この馬鹿姫の在り方は死んでも治らん」

 意外なことに、ジジイのアルを見る目はこの上なく優しげだった。まるで自身の孫を見ているようだ。

 ちなみにアル、姫の評価を窘めながらも否定してないが。

「ようだ、ではなく実際この方は勇者殿の祖父にあたる方だ」

 レイドが耳打ちしてきた。

「爺さん、だと?どっち側のだ?」

「父親側だ」

 ということは、オルテガは……

「このじいの 息子じゃ!」

「……そうか」

 こんな島まで来て得た情報が、こんなのか。

 なぜだか凄く悔しくなってきた。この島、消滅されていいだろうか。

「ふむ。こういう食事は久々じゃな」

 唸る俺を尻目に、なぜか当然のように椅子に座るフリント。

「改めてご紹介した方がよろしいですわね」

 ほとんど音を立てずナイフとフォークを使う姫。

「この方はフリント博士。アリアハンにおいてあらゆる方面に対し権威だった、だった、だった人間ですわ」

 三回過去形にしたな。

「天文学・医学・数学・そして考古学。いいえ、それよりなにより素晴らしいのは」

 頬に手を当て、うっとりとした表情で語る。

「機械工学―――私の可愛い子達を設計した鬼才なのです」

 つまり、姫御用達の銃火器の生みの親、と。

「まあ、それに反比例したのか。芸術や音楽に関する能力は皆無なのですが」

 昔なにかあったのか、遠い目をする姫。

「ふん。お主にくだらん玩具を与えたのはワシの人生最大の失敗じゃ」

 そう切り捨てフリントはワインを煽る。

「それより。勇者は魔王を倒す為に旅立ったはずじゃ。なぜこのような土地に足を踏み入れた?」

 どうやらこの爺さんが島に来たのはかなり最近のようだ。少なくとも、俺達が旅立った後なのか。

「そうでしたわ。懐かしい恩師に会ってつい目的を忘れてしまいました」

「恩師、なのですか?」

 最近空気と化していたスイリスフィースが尋ねる。

「まあな、頭は良かったから教えがいはあったが……む?」

 そこで初めて気付いたように賢者少女に目を向けた。

「お主はなんじゃ?賢者……か?」

 薄着の少女を胡散臭げな視線が幾つも射抜く。

 賢者少女はそれにたじろぎ―――はせず、手を腰に当てて無い胸を張った。

「私はスイリスフィース・ノバ・ルギーニと申します。お見知りおきを」

 よく見ると、足元は長靴下となり白い太股は数センチしか覗いていない。

 これで露出度の低さを克服出来たと考えているらしい。

 全員の注意がその数センチに集まる。

「……………………」

 徹底的に集中する。

「――――――――――――」

 村人や騎士までが注目しだした。

「                      」

 鳥や小動物まで集まって来た。

 スイの顔がみるみる赤くなる。

 涙目となり、青い外套で体を素早く隠す。

「み、見ないで下さい」

 なにがしたかったのか。このチビすけは。

 こほん、と小さく姫は咳ばらいをする。

「貴方ならば勇者の助けとなる情報を有してないかと思いまして」

 そしてかなり強引に話題を戻した。

「ふむ、魔王打倒に関する情報か」

 フリントはしばらく考え込む。

「……オーブ」

 おや。珍しい単語が出てきたな。

「オーブ?お爺ちゃん、それなあに?」

「詳しくは解らん。だが、その名を持つアイテムが勇者に必要であるとダーマの大神官が予言したらしい」

「えっ?フォズが?」

 ダーマ出身の少女が呟いた。







「あの、本当にダーマまで行くのですか?」

「諦めろ。オーブのような希少なアイテム、人の知識の中心・ダーマ神殿にでも出向かなければ情報の探しようがない」

 結局俺達は船まで戻ってきた。

 ルザミでの収集はオーブに関することだけだった。俺だって元々名前だけならば知っている伝説のアイテムだが、フォズ大神官の預言に関する件は初耳だったので無駄足ではなかったといえよう。

 ただ、問題は移動方法だった。

「遠いよね、ルザミからダーマまでは」

 アルが地図を覗き込む。

 確かに遠い。レイチェス号に乗っておきながら遠いもなにもないと思うが。

「そこで、瞬間移動魔法ですわ」

 姫の指がルザミからダーマにひとっ飛びする。

「仮にも賢者の卵。ルーラくらい簡単ですわね」

 ちなみにルーラはレベル12、アバカムはレベル35で覚える。

「そうですが……その」

 もじもじと上目使いで見上げる賢者少女。なにが言いたい?

「ルーラ、練習以外で使ったことがないのです。移動は馬車か船でしたので」

 ブルジョアめ。

「問題ありませんわ。魔力量は十二分。あとは制御の問題ですから」

 魔法が一切使えない姫がなにか言っている。

「大丈夫、私はスイを信じてる」

 アルの激励がそれに続く。

 そして、最後に俺を見る。

 いや、なにを言えと。

 なにを期待している、ちび賢者。

 しばらく睨み合い、思わず溜息が漏れた。

「頑張れ」

 頭を軽く叩く。聖なる波動が痺れる。

「は、はいっ!」

 なにが嬉しいんだか。急に張り切り出したスイは両手を高く上げ、詠唱を開始した。

 レイチェス号のような巨大戦艦ごとの瞬間移動。これを成すには本当に莫大な魔力と繊細な制御が必要となる。

「―――風に潜み世を巡る数多の精よ。我らが道しるべとならん大地に眠る霊脈よ」

 スイの魔力の渦は暴風となり、俺達を船ごと包む。

「その理に従い、我らを彼の地まで送り届けたまえ―――ルーラ!」

 刹那、視界は真っ白になった。



[4665] 十一里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2008/11/30 12:47


「見なさい、人がゴミのようですわ!」

 姫が両手を広げ、笑顔で叫んだ。







 俺はダーマに何度か来たことがある。だから、視界が開けた瞬間そこが件の聖地であるとすぐ察することが出来た。

「着いたようだな」

「うん、偉いよスイちゃん」

 アルに頭を撫でられなにやら喜んでいる賢者少女。

「上手くいったみたいでよかっ……」

 そのまま、彼女の顔が固まった。

 その視線を追って、四人全員が空を見上げる。





 レイチェス号が、絶賛墜落中だった。





 圧倒的質量を誇る巨大戦艦が、落ちていた。

「高度3000フィートといったところですわね」

「最後の最後で制御を手放してしまったんだな」

「スイちゃん、誰にでも失敗はあるよ」

 ゴミのようにぽろぽろと何か(魔族の俺でも具体的な単語にしたくない)が落ちている。

 隣で姫がなにかきゃいきゃいと喜んでいた。

「さて、どうしましょう?」

「放っておくわけにはいくまい」

 何度もいうが只今絶賛墜落中。

「と、止めないと!」

 スイが妙なことを言い出した。

 この状況からあれを止める?どうやって。

「―――風に潜み世を巡る数多の精よ。我らが道しるべとならん大地に眠る霊脈よ」

 つい先程も聞いた詠唱だ。

「その理に従い、敵を異邦の地まで送り飛ばしたまえ―――バシルーラ!」

 ぴたっ!と船が空中で停止する。

「止まりましたわ」

「止まったね」

 スイの魔力が船やこぼれ落ちる人間を個々に包む。

「凄い制御能力だな」

「ですわね」

 蓄積された魔力が解放され、船やら人やらなにやらが四散する。

 360度に四散する。

 バピューン!と四散する。

 まるで、花火が空に球体を描くように。ただ、それを成すのが火の粉ではなく人間だというだけで。

「スイちゃん、詰めが甘い」

「どうして最後に制御失敗する?」

 呆然と空を見上げるスイリスフィース。

 宙を舞う人型の一つがこちらに飛んで来る。

「避けろ、賢者少女。そこは落下ポイントだ」

 スイの手を引っ張って数メートル動かす。

 ぐちゃ、と男が落ちてきた。

「レイド騎士隊長。生還おめでとうございます」

「……ありがとうございます、姫様」

 生まれたての牛のように足を震わせ立ち上がる。キモい。

「その、お怪我はありませんか」

「強いて言えば重体です」

「……ごめんなさい。私のせいで」

 手早く回復魔法をかけるスイ。そんな奴にベホマは勿体ない。涙のどんぐり(雀の涙程度の体力を回復する、薬草以下のアイテム)で充分だ。

「あの高さから落ちてよく生きているな。アリアハンの人間にしては頑丈だ」

 俺の調査ではあの辺の兵士は世界で一番練度が低いと思っていたが。

「ふん。俺の騎士隊を舐めるな」

 本人曰く。アリアハン王女近衛騎士隊の実力は世界一、らしい。

「近衛騎士隊の平均レベルは40くらいだよ。隊長のレイドともなると50はあるだろうし、練度は決して低くはないと思う」

 アルの言が本当なら確かに低くない。というか高い。

 来月からアリアハン周辺の魔物を強化しよう。地下世界くらいに。

 ちなみにその騎士隊だが。

「目的地がダーマであることは明確なのですから、遅かれ早かれ皆この地に集結するかと」

「そう。それではスイ、それまでダーマ神殿に逗留する許可を頂けますか?」

「えっ、あ、はい。私にその権限はありませんが、取り計らいましょう」

「感謝します。とはいえ」

 姫はスイに微笑み、

「元を糺せば貴方が原因なのですが」

 最後に責任の所在をはっきりとさせておく。賢者少女も引き攣っている。







 ダーマ神殿の中には要人用の宿泊施設もある。姫はこれでも姫なので許可を取るのは容易だった。

 神殿の外見は城と大差ない。いざという時は砦としてそのまま運用出来るように作られており、玉座の間の変わりに大神官の祭壇が存在するだけ。

 中は左右対称の構造となっており、注意深く観察すれば構造からして巨大な魔方陣になっていると気付く。

 その中心が、この先にある部屋だ。

「失礼します」

 神官に案内され、スイが扉をノックする。その扉の先には広大な面積を誇る祭壇と、その中心に立つ幼い少女がいた。

「お久しぶりです、スイリス」

 その少女はにっこりと微笑み、勿体ぶって祭壇から降りる。

「そして初めまして。私が大神官を務めさせて頂いております、フォズでございます」

「初めまして。私は勇者として旅をしている、アルスです」

 お、固まった。

 スイによく似た少女は笑顔のままアルを凝視する。

「……その。変わった、装備品ですね。とてもよく似合っています」

 そのあまりに杓子定規でつまらない台詞に、つい落胆を覚える。

「―――なんだ、失望した」

 思わず口から漏れる。

 衛士達が色めき立つが、それこそ些事だ。

「そんな三文芝居しかしないなら部屋に戻らせてもらう、俺は」

 噂に聞く、絶大な力を持つ大神官。

 魔族の俺は本来彼女を探るのも危険であり、直接見たことはなかった。

 いい機会だとどんな奴か気になり着いてきたが、えらく面白みの欠片もないガキだ。

 些か拍子抜けして、踵を返―――

「と、こんな人ですから。フォズも気軽に話していいと思いますよ?」

 苦笑しつつスイが一歩進む。

「改めて。一年ぶりです、フォズ」

 フォズも僅かに躊躇いを見せ、だが先のつまらない表情よりはずっと素直な子供の笑顔で応えた。

「はい。元気で良かった、お久しぶりですスイリス」

 双子のような少女達は抱擁を交わす。

 こうして見ると本当に似ている。若干スイの方が髪は短く、フォズは長い髪を腰当たりで纏めている。あとは服装の違いか。

「お互いの修行が終わるまで会えないと思っていました」

「うん。私も、正式な賢者の洗礼を受けるまでここに戻るとは思わなかった」

 どうやらスイは本当に賢者になる為に修行をしていたらしい。

「で、どうして洗礼を受けてないのにそんな恰好をしているのです?」

 それはもういい。







「そうですね……オーブ、ですか」

 フォズは目を閉じる。

 それから彼女の口調はスイの普段の言葉のような、若干砕けた雰囲気になった。これが彼女の普通なのだろう。

 観察していて気付いたが、この二人は互いにのみ通用する距離、というものがあるらしい。まあ二人だけの禁断の関係とか肉体な関係があるに違いない。

 あんな祭壇では落ち着いて話が出来ないので、俺達は中庭のテーブルに移動していた。ケーキと紅茶も完備され、アルは話にほとんど参加せずお菓子の消費に勤しんでいる。お子様二人より子供っぽい。

「オーブは名前こそ有名ですが、その実ほとんど具体的な情報が存在しないアイテムです。どのような形状なのかも、どこに存在するのかも判りません」

 大神官でさえオーブについてはあまり知らないそうだ。役に立たない。

「ではこの神殿の資料室を利用しても宜しいですか?おいおい集結してきた騎士達も駆り出しますので、最終的にはかなりの人数になるでしょうが」

「構いません。手配しておきましょう」

 これは総勢100人以上いると知らずに答えている気がする。

「感謝しますわ」

 こういう交渉事はやはり姫の役割だ。勇者が目立ってないとか、そういうことは言わない。

「スイリス。貴女はその間、ガルナの塔に行ってみたらどうです?」

「ええっ!?」

 スイがフォズの提案に素っ頓狂な声を上げた。五月蠅い。

「スイちゃん、ガルナの塔ってなぁに?」

「賢者になる人間が挑む選定の塔だ。修行を積んだ者だけが入ることを許され、それでも帰ってこない奴すらいると聞く」

 アルの問いに俺が答える。フォズが「お詳しいですね」とか言うが無視。

「その、私には早いかと。修行だって過程の半分くらいしかこなしていないのですし」

「実力的には充分到達してるのでしょう?それに、塔の内部には一人付き添いが許されますし、ね」

 フォズはそう言って、悪戯っぽく俺を見た。

「……俺が一緒に行け、と?」

「貴方は頼りになりそうですから、魔族さん。スイリスもそう思うでしょう?」

 スイは拒絶のあまりか、顔を赤くして口をパクパクさせていた。

 唖然とするスイを無視し、フォズは一度姿勢を正して俺に頭を下げる。

「私の大切な友人を宜しくお願いします、ロビン殿」

「―――解った」

 舌打ちしたくなるような気分で承諾する。魔族と見破った後で俺の名前を出す、ということは魔族としてではなく個人として依頼しているのだ。

 これで断れば俺が悪役みたいではないか。いや、魔族は悪役だが。

「ありがとうございます。ああ、ところで」

 フォズが思い立ったように訊ねてくる。

「失礼ですが、その首輪は趣味ですか?」

 ダマレ。久々に言われたぞ、それ。



[4665] 十二里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2008/11/30 12:48

 ダーマ神殿より僅かに北上した岬にある、途中から二股に分かれた巨大な塔。

 古来より人々はこの塔を登り、そしてある者は倒れ、ある者は涅槃へと至った。

 それが、ガルナの塔。

 聖者の選定を執り行う、神の試練の具現。

 ……俺、なんでここにいるんだ?

「それでは行って参ります」

「はい。スイリスフィース様、お気を付けて」

 塔を管理する神官に言葉少なげに告げ、俺とスイはその内部に踏み込んだ。





 しっかりとした煉瓦作りの壁と天井。所々に存在する明かり窓により、視界がいいわけではないが手持ちの光源は必要ない。

 しばらく歩くと広いホールに出る。そこから別々の方向に道が伸びていた。

「分かれ道、ですね」

「それ以外に行ける場所はなさそうだな」

 ここは試練の場だ。ただのダンジョンではない。

 故に中が一筋縄ではいかないのは予想していた。その為に、半月ほどかけてこの塔のことを入念に調べていたのだ。

 結果、判ったことが幾つか。

 ここでの最終目的は、「悟りの書」なる胡散臭いアイテムを手に入れること。

 内部には、様々な罠や謎解きが存在すること。

 元より生きて帰って来た者が少ないのだ。情報は、それくらいだった。

 とにかく先に進む。立ち止まっていても進展など望めはしない。

「―――すいません。私事に付き合わせてしまって」

「まったくだ」

 前を見据えたまま応える。一応俺が前衛なので、咄嗟の魔物への対処はこちらの仕事だ。

 しかし、微妙な組み合わせだ本当に。前衛と後衛が揃っているのでバランスはいいはずだが、属性が真逆過ぎる。

 長い廊下を抜ける。窓がないので塔の内側なのだろう。

 光源がたまに天井に設置されており、だがそこから魔力を感じたりはしない。そもそも魔法で壁の向こうを探ったりも出来ないので、塔全体がかなり高度な魔導技術により建築されていると見える。少なくとも、そうであることを隠蔽出来るほどに。

 まあ、それも当然だ。ここは神が地上に残した数少ない遺産なのだから。

「スイ。なぜ、賢者を志した?」

 無言で歩くのも案外苦痛なので、適当に話かける。注意が削がれない程度に。

「皆が、そう願ったからです」

 こいつは自分が神様だとでも思っているのだろうか。

「私を育ててくれた人々が、私の未来に賢者がふさわしいと考えたから」

 ……人々?

「それを鵜呑みにした、と」

 素直というか馬鹿というか。つい悪意なく苦笑してしまう。

「彼らの願いが私を構成する一部だから。だから、私は賢者になります」

 言い切ったな。コイツも多少は成長しているらしい。

 しばらく塔を登る。罠なども多数あるが、まだ常識の範疇だ。

「ところで」

 フリスビーのように飛来する金ダライをその都度、炎で融かし落とす。

 くそっ、なぜ横に飛んで来る。落ちてくるならまだ我慢出来るのに。

「お前は両親に育てられたわけではないのか?」

 育ててくれた人々。まるで、親がいないかのような言い方に思えた。

「はい。私は父上が早くに亡くなってしまっているので」

「ええい、鬱陶しい。ベギラゴン―――だが母親もいるだろう、普通」

 俺は母親の顔など知らないが。

「母はフォズの教育係で、忙しい方でしたから」

 それに、と寂しげに笑い、

「ランシール神殿に行く一年ほど前に、母も亡くなりました」

 今から二年前か。

「……お前、幾つなんだ?」

「今年で10になります」

 二桁になったばかりだったのか。

「しっかりしているからもう少し上だと思ってたな」

「そ、そうですか?」

 なにを嬉しそうにしている?

 女は若く見られた方が喜ぶものだと文献で読んだが。やはり変な奴だ。







 塔の天辺まで到達する。

 一筋縄でここまで来たわけではないが、時には俺の力技で、時には賢者少女の小賢しさで障害を突破した。スイはこれでも僧侶としての実力は世界トップクラスなのだ、他の挑戦者には困難であってもそれが俺達に当てはまるわけではない。

「ここが目的地、ではないのですね」

「そのようだな」

 尖塔の屋上から見る景色はなかなか見応えがあったが、とにかく上に行けばいいというものではなかったようだ。

 太陽の位置から時間を割り出してみる。

「入口から7時間も経ったのか」

「では午後1時、ですか」

 ぐう、と。

 小さくお腹を鳴らす賢者少女。

「……飯にするか」

 赤面するスイに提案する。

「……はい」

 床に布を敷き、アル特製のお弁当を二人でつつく。

「晴れた日に景色のいい場所でお弁当を食べるなんて、ピクニックみたいです」

 確かに妙に和んでしまっているが。雑魚がスイの聖波動で寄ってこないのも理由の一つ。

 まあ、その聖波動のせいで俺も乗り物酔いのような気分なのだが。

「見て下さい、ダーマ神殿が見えます」

 見ると、確かに神殿とその城下の町が遠くに見える。

 目を凝らす。神殿に、小さな人影が確認出来た。

「アルが手を振っているな」

 神殿の上部にあるテラス―――フォズの私室らしき場所に彼女はいた。

 振り返してみると、満面の笑みを見せてくれる。

 これこそ和み。聖波動で疲弊した肉体を癒してくれる。

「よく見えますね」

「魔族だからな」

 なんで勇者が見えているかは知らない。どうでもいい。

「大神官も隣にいるな」

 こちらを向いてなにか言っている。流石に声は聞こえないが、読唇術くらいは当然心得ている。

「『スイリス頑張って』」

「えっ?」

「そう大神官が叫んでいる」

 スイは僅かに考え、ダーマに向かって叫んだ。

「フォズも、頑張って―――!」

 ……読唇術で意思疎通をしているのに、声を大にする必要はないのだが。

 フォズは一度アルの方を向き、再び笑顔で手を振った。







 昼食後、再び『悟りの書』の捜索を再開する。

 屋上から観察して怪しい空間を見つけたので、一旦下の階に降りて壁をぶち壊し先に進む。スイが反対しそうなのでその前に敢行した。

 歩きながら、不意にスイが話し出した。

「この関係が、ひょっとすれば逆になったのかもしれません」

 俺と賢者少女の関係が?

「私とフォズの、です」

「そうか」

「はい」

 沈黙が続く。

「―――なぜ逆になったのかもしれないか、というと」

 勝手に語り出した。訊いていないのに。

 どうやらこいつも会話に飢えていたようだ。俺もさっき同じことをしたので仕方なく付き合ってやる。

 両者の関係が逆転、か。そういえばスイとフォズの違いはどこにあるのだろう?

「素質の違いというか。フォズは儀式魔法が得意で、私は即興魔法が得意なのです」

 なるほど。故にフォズは転職儀式などを取り仕切る大神官に、スイは戦闘魔法を扱う賢者へと育てられたのか。

「それに、私達の家系は代々聖職に就いてきたのですが……フォズはその本家筋なのです。彼女の方が一つ年上ということもありますし」

「やはり血縁なのか」

「言っていませんでしたか?フォズと私のお母様が姉妹なのです」

 つまり従兄。

 ああ、なるほど。いつかスイの家名に聞き覚えを覚えた気がしたのはそういうことか。

 のちに大神官となる少女の教育係長を務めた、高位の神官。その女の姓がルギーニだったはずだ。

「ロビンさんのような方からすればどうしようもない生き方なのかもしれません」

 確かにな。人の望みに応え自分を犠牲にする。俺ならば絶対そんな生き方はしない。

「けれど、私はいままでの歩んだ道が間違っていないと信じたい。……信じる」

「そうか」

 スイが俺を見上げる。

「……それだけですか?他にもなにか反応があると思ったのですけれど」

「俺はそれを否定するほど偉くはない。―――たわけ、見くびるな」

 苦笑しつつ偉そうにしてみる。

「―――はい、すいません」

 やはり苦笑しつつ謝罪する少女。いったいどこまで理解しているやら。

「それは、本当ですか?」

 不意に。

 本当に不意打ちで、第三者の声が室内に木霊した。

「貴女は、自身の生き様を全肯定出来るのですか?」

 ソイツは、前方の闇の中よりゆっくりと歩み寄る。

 水色の外套。

 青い髪。

 露出度の高い服。

「え―――」

 スイの目が見開かれる。当然だ、俺からしてもその人物の登場は予想外が過ぎる。

「どうしました?なにを驚いているのです、ここが如何なる場所か知っていれば有り得ない事態でもないでしょうに」

 それは、小馬鹿にしたように口元に手を当て笑った。

「私はスイリスフィース。……貴女の、心の闇です」

 ……心の闇って。

 唐突に視界が歪み、空間を跳躍する。

「っ!旅の扉だと!?」

 異空間常時接続術式。

 かつて賢者達が世界を結ぶ為、様々な場所に設置した永続型転移魔方陣。

 それを俺ですら見抜けぬほどの精度で偽装するとは、流石は賢者選定の塔といったところか。

 すぐに亜空間が安定する。

 そこは、なにもない広い部屋だった。

 室内は丸く天井はステンドグラスのドームとなっており、そこから透過した光が地面を色鮮やかに彩色していた。

 だが、ここはどこでもない。この塔の内部でありながら、物理的手段では絶対に侵入することの不可能な『存在しない空間』。

 その中心に、スイの偽物は立っていた。

「こんにちは。ここがガルナの塔の最深部です」

 偽賢者が語り出す。

「私は嬉しいです。ここにお客様がいらっしゃるなんて、何百年ぶりか」

 しかも魔族さんまで、と楽しそうにのたまう偽賢者。

「ここで、賢者となれるかどうかの試験を行うのですか?」

「試験は前々から……それこそ貴方が生まれた瞬間から始まっていたのですが。その結果が出る場所かと問われれば、肯定致しましょう」

 回りくどい、厭味な口調だ。ベギラゴン叩き込んでいいだろうか。

 しかし随分な仕掛けである。最深部への入口は塔のどこにも存在せず、資格なき者は終わりなき廊下を歩き続ける羽目になるのか。

「話を進めろ。お前は何者だ」

「私は すべてを つかさどる者」

 すべて、か。大きく出たな。

「この私に おしえてほしいのです。あなたが どういう人なのかを……」

 話し方が変わった気がするが?

「貴女は、自分が賢者足りえる存在であると言い切れますか?」

「……そう、努めてきたつもりです」

「本当に?」

 偽賢者が目を細める。対し、賢者少女は挑むように目を逸らさない。

「貴女は、回避の出来る悪行を放置したことはないと?」

「っ」

 賢者少女がほんの僅かに怯む。

「例えば、土の上を這い擦る、取るに足らない小さな命。それを貴女は一度も踏みにじったことはないと?」

「それは……」

「例えば、船での豪華な食事。贅沢なそれを『美味しい』などと思ったことは一度もないと?」

「…………!」

 嫌らしいな。聖女には必要悪すら許されないのか。

 絶対的な「正」の象徴。そんな生き方、人である以上不可能だというのに目指すのか。

「例えば、昨日出会った飼い犬。他の名があることを知りながらポチと呼んだりはしなかったと?」

 は?

「例えば、洗礼なしで着ているその服。破廉恥ながら案外最近は気に入ってたりはしないと?」

「そ、それは……!」

「例えば、貴女の将来の夢。実はボッキュンボンのせくしーぼでぃーが昔からの憧れだと、そんなことはあり得ないと?」

「…………!!!」

 完全に項垂れ、崩れ落ちるスイ。

 それを偽賢者は笑顔で以て見下す。

「結論は一つ」

 そして、最後の審判を下す。

「私(貴方)に、賢者の資格などない」

 重い空気が、室内を支配した。

 震える賢者少女。背を向け立ち去る偽賢者。

 第三の傍観者として、イモをスライスして揚げた菓子を食べる俺。

 どれだけ時間が経ったか。一瞬のような気もしたし、数時間のような気もする。

「―――それでも」

 賢者少女が、ゆっくりと立ち上がる。

「目指すって決めたから―――進むって、決めたんだから―――!」

 ……なんだ、これ?

 いいのだろうか、賢者選定がこんなので。怒られたりしないのか。

「そうですか……。これであなたのことが すこしはわかりました」

 偽賢者が片手をスイに向ける。

「では これが 最後の質問です」

 偽賢者とスイの体が光にのまれ、粒子となり姿を消す。

 俺は、その場に放置された。

「……帰っていいのか、俺?」





 それから、『最後の質問』よりスイが帰還するのになんと三日もかかった。

 その間の俺の行動だが。





 一日目

 朝食

 訓練

 昼食

 読書

 夕食

 就寝

 



 二日目

 起床

 朝食

 狩り(食料が尽きた)

 昼食

 メタルスライムでレベル上げ

 夕食

 就寝





 三日目

 起床

 朝食

 怪しい影とトランプ(大富豪。階段・革命あり)

 昼食

 スカイドラゴンでロデオマシーン

 夕食

 就寝





 以上。三日間の行動である。







 唐突に帰還したスイ。気を失っているので遠くから棒で突くと、すぐに目を醒ました。

「うわあああああん!」

 そしていきなり俺に抱きついてくる。

「ぐっ……!!!」

 聖波動で想像を絶する苦しみ。だが悲鳴など上げない。絶対に。

「怖かったです!魔族はいやです―――!」

 いや、俺がその魔族なのだが。っていうか離れろ!

 なぜか泣きじゃくる賢者少女。向こうでなにがあったのか。

「見事です、スイリスフィース」

 偽賢者も帰還していた。

「その身が異形となりつつも、絶望せず人々に理解されようと努力を貫いた姿勢。貴女は、まことの賢者に相応しい」

 三日前とは違い、慈悲深く暖かな笑顔の偽賢。

「ただ、誤解が誤解を呼び最後には一国が滅ぶ様は最早悲劇というより喜劇でしたが」

 なにやら相当悲惨な目に遭ったようだ。

「どうぞ、これを」

 立派な外装の一冊の本を差し出す。おそらくこれが悟りの書なのだろう。

 スイはそれどころではないので仕方なく俺が受け取る。

 お前、いい加減離れろ。服に鼻水やら涙やら付けるな。聖波動が気持ち悪いんだ。

「それでは、スイリスフィース。貴女が真の賢者となれる時を楽しみにしています」

 そう言い残し、偽賢は光となって姿を消した。

 この状況を収拾せずに。

 目的の物は手にいれた。さて、帰るか。

「道理に仇名す反霊よ、魔の眷属の配下より常世への帰路を示せ―――リレミト」





 不思議なチカラにかき消された。







 NGシーン



「私は すべてを つかさどる者」

 すべて、か。大きく出たな。

「この私に おしえてほしいのです。あなたが どういう人なのかを……」

 偽賢者は紅茶を一口飲み、

「さあ 私の質問に はいかイエスで答えるのです。用意は いいですか?」



[4665] 休憩所 スイリスフィース・ノバ・ルギーニ
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2009/06/09 23:30
 これは、私がランシールへ修行に発つ前のお話。

 フォズが未だ修行僧であり、私のお母様がご健在だった頃。

 今から2年前の、ダーマ神殿でのお話です。





「フォズ、魔法陣の形は六芒星で良かったですか?」

「違います、スイリス。六芒星は邪悪を示す記号。ここに使うのは五芒星です」

 私は当時8歳。

 一つ年上のフォズと共に、連日修行やお勉強の日々を送っていました。

 周りには沢山の教育係の人達。それぞれ、私では到底敵わぬような各専門分野の達専門家の方達です。

 いつからこうして二人で学んでいたか、なんて覚えていません。私達は幼い頃からずっと、ダーマで修業をし続けてきました。

 修行をして技を磨けば、それだけ人々が幸せになる。どういう因果関係があるのかはよく判りません。きっと、大人になれば解ります。

 今日のお勉強は、私が苦手な儀式魔法の練習でした。

「ではフォズ様、魔力を」

「はい、先生」

 お母さ……先生の指示に従い、フォズが魔法陣に魔力を流します。

 すると魔法陣を形成する線がほのかに発光し、中心に置かれた植物の種が目を醒ますように急成長し出しました。

「よく出来ました、フォズ様。これは加速魔法・ピリオムを儀式と触媒を要いて増幅したものですが、まだまだ未成熟な貴女でも手順さえ踏めば本来と同等の効果が得られることが解りましたね?」

 私の母親であるこの人は儀式魔法の権威であり、教育係の皆さんを統率するリーダーの役割を担っていました。

 ですから自分は、私より儀式魔法に適正のあるフォズを羨ましく思っていた時期があります。今思うと、とても愚かなことを考えていました。

 例え私がどんな愚娘であっても、お母様は私を愛して下さった。そんなことさえ、当時は気付けなかったのです。

「はい、先生。ですが戦闘用魔法を、これほど手間をかけて行うことに意味はあるのですか?」

 先生は頷きました。

「その通りです。これは、実践する場においては要を成さない、あくまで実験。ですが、今出来る限界に挑むということは決してマイナスにはなり得ません」

 先生は私とフォズの頭を優しく撫でて、仰ります。

「貴女達は『大いなる神官』と『賢き者』とになる資格を持っています。きっと私のような才能のない教師など、すぐに追い抜いてしまうでしょう」

「そんな!お母様は私達を買被り過ぎですっ」

 私にとってお母様は憧れでした。だから、お母様が自身を低く評するのにはショックを覚えてしまいました。

「お母様ではありません。先生とお呼びなさい、スイリス様」

「……はい」

 修行の場やお勉強の最中では、お母様は自分をそう呼ぶことを固く禁じていました。ケジメ、というものの為だそうです。

 ですが、お母様も私のことを「スイリス」と呼んでいるので人のことを言えないと思うのです。

「スイリス」とは親しさに関わらず、お母様やフォズなど家族やそれに類する人達だけが私を呼ぶ時に使う呼び方です。なのでお母様の言い分では、正しくは「スイ」と呼ばねばならぬはず。

 ……とは口にはしません。これを機に「スイ」と呼ばれてしまうようになったら悲しいですから。

「ではスイリス様、貴女もどうぞ」

「はい」

 先程と同じ手順を踏み、魔力を流し込みます。

 今度はメラを増幅させています。賢き者になるには戦闘魔法に精通せねばならないらしいです。賢き者であれば言葉で争いを治めねばならぬはずなのに、なぜでしょう?

「きゃあ!?」

「スイリスッ!」「スイリス!?」

 目の前で炎が燃え上がり、小さな爆発が起こりました。なんで?儀式は間違っていないはずなのに?

 鼻がヒリヒリ痛みます。火傷を負ったようです。

 お母様が手早くホイミを唱えてくれました。凄く鮮やかな詠唱でした。

「これは―――そうか、魔力が大き過ぎたようですね」

 手早くヒャドで消火して、お母様は言いました。

「それは……暴走ですか?」

 魔法使いの中には魔力を抑えきれず手当たり次第に攻撃してしまう人もいるそうです。私も、そんな恐ろしい人間なのかと思うと鳥肌が立ちました。

「いいえ。炎として具現している以上、術式も魔力の扱いも失敗はしていません」

 どうやら心配することではないそうです。よかった。

「魔力量はスイリス様の方が上なのです。その分戦闘中の貯めが少ないというのも、貴方が賢者に推薦された理由の一つですから。今回はその魔力量を見誤っただけですね」

「では、これは失敗ではないのですか?」

「いいえ。術式の限界を見切って魔力量を調節するのも技能の一つです。感覚を間違えぬよう、十二分に鍛錬なさい」

「……はい」

 ピシャリと言われ、思わず落ち込んでしまいました。

 このままでは、いけない。もっと巧くなって、お母様を見返しましょう……!

「スイリス、目が炎になっていますが……」

 気のせいです、フォズ。







 今日はフォズと共に座学です。

 先程まで先生(お母様ではありません。男性の方です)が教えて下さっていたのですが、なにやら用事があるらしく自習を私達に言い付けて退室してしまいました。

 私とフォズは顔を突き合わせて、大きな本を一緒に読みます。

「生物の進化は、種の中で生存により適した個体が生き残り、その個体が親となることで更に適した個体が発生する、というサイクルを延々と繰り返した結果であり……うんん」

 難しいです。どうやらフォズもいまいち理解出来ないらしく、首を捻っています。

「生存に適した……とはなんでしょう?」

「攻撃魔法の得手不得手、ではありませんよね」

 どうやら生物としての能力の差とは、子を成す能力の差を示すようです。雌はより逞しい雄を、雄はより生殖能力が高い雌を選ぶ、というように。もちろん、人間ではそんな単純な法則が曲がり通るはずはありませんが。

 しかし、生殖能力ですか……あ、そういえば。

「シスイ様がお母様を見て『ボッキュンボンのせくしーぼでぃーじゃのう』と仰ってましたが、もしかしたらあれがそうなのかも」

 大神官であるシスイ様が、お母様を物陰から見つめて小さくそう呟いたのを聞いたことがありました。言葉の意味が解らず騎士カシムに尋ねたところ、「エロジジイの戯言です。聞かなかったことにしてあげて下さい」と言われました。

「なるほど、確かに多くの殿方は美しい女性を妻にしたがるそうですし」

 フォズも頷いてくれました。やはり、生物としての本質はそこにあるようです。

 原理や理屈は解り兼ねますが、覚えていきましょう。賢き者になるのに知識が不要ということはありえません。

「お母様も『人としての高みを目指すことを忘れてはなりません』と言っていました。きっと沢山努力をして『せくしーぼでぃー』を得たに違いありません」

「即ち、私達が目指すべき目標は―――」

 私とフォズは一度頷き、確信しました。

「「ボッキュンボンのせくしーぼでぃー」」

 こうして私達は、また一つ賢くなりました。







 魔法のお勉強に、最近手間取っている気がします。

 フォズは儀式を成功させられるのに、私は未だ最も初歩の火炎魔法・メラすら使えません。

 上手く制御出来ないのは問題です。とはいえ、こればかりは実践を繰り返し感覚で学ぶ他ない分野。座学ではすぐ限界を迎えます。

 と、いうわけで私はお勉強の時間以外にもこっそり練習することにしました。

 場所はシスイ様の事務室。シスイ様は今ランシールへと出向いており、大神官様の留守中にお部屋に入る不届き者はまずいない。

 つまり、ここならば誰にも気付かれず魔法を練習出来るのです。

「―――あれ、ここは……」

「ここはこうなって―――」

 どうも、魔法陣を上手く書けません。

 増幅の術式を使用した魔法行使しか習っていないのに、その術式を書けないのではお話になりません。私は必至に魔法陣を書きました。

 四苦八苦した末に、ようやく完成しました。

 早速魔力を流し込んでみます。



 その日、シスイ様の部屋でボヤ騒ぎがありました。



 いいえ、はっきり言いましょう。私が魔法に失敗し、火を放ってしまいました。

 初めて見るあまりに暴力的な炎に恐れ、自身がしたことに怖くなり、私は咄嗟に逃げ出してしまいました。

 その後、シスイ様がお帰りになりました。

 火はシスイ様の机にあった多くの書類を焼き、そしてシスイ様がなにより大切にしていた手紙を燃やしてしまっていました。

 でも、私が犯人だということは、誰も気付いてはいませんでした。

 いえ、ひょっとしたら気付いていた人もいるのかもしれません。ただ、立場として言えなかっただけで。

 私は怖かった。自分が罪から逃げ出すような卑怯な人間だったなんて。人の為にと自分が学んだ力が、こんな危ないものなんて。

 神官達の視線が、私がやったのではないかと責めている。

 騎士達もきっと、私がやったのだと知っている。

 私は次第に疑心暗鬼となり、食事すら手に付かなくなりました。

「スイリス、夕食の時間です。部屋から出てきてください」

 フォズが私の部屋の前で何時間も待ち続けていたのは気が付いていました。けれど、私は出ていく勇気がありませんでした。

 そうすると逃げる自分がもっと嫌になり、こんな自分を見せたくなくもっともっと惨めな気持ちになりました。

「出てきて……出てきてください。お願いです、スイリス」

 フォズは何度でも、何度でも私の部屋の前に来ました。

 空いた時間は必ずその廊下へ訪れ、夜になれば寒い廊下で毛布に包まって寝る。

 いっそ、こんな穢れた人間など見限ってしまってくれれば。そう何度も思いました。

 どれほど、そうしていたか。

 私は、部屋から出ることにしました。

 きっとこれは逃避です。逃げることであり、私は間違った道を選ぶことになります。

 けれどそれは私の問題。シスイ様は犯人を探して未だ苦労なさっているかもしれない。他にも迷惑を受けている方がいるかもしれない。

 フォズにも迷惑をかけられない。これ以上無理をしては、大切な彼女が病気になってしまいます。

 ですから、主よ。私は今一度だけ、逃避する罪を背負います。

 憔悴していた私に、もう誇りもなにもない。だから、最後に残った「逃げたくない」という意思だけは貫こう。

 私は、シスイ様のお部屋のドアをノックしました。

 シスイ様は私の話をずっと黙って聞いていました。

 泣きはしなかったです。泣いてしまえば、シスイ様は同情をしてしまう。そんな自分は許せなかった。

 涙は流さずとも、心情を、貯めこんでいたものを全て話し終えました。

 少しでも残せば私は正しく裁かれはしない。だから、私が考えたことやったことを全てお話しました。

 シスイ様は話し終えた私の頭に手を乗せ、一言こう言いました。



 神に仕える者として、神に背いてでも違えてはならないことがある―――



 そして、私を抱き締めました。

 この言葉の意味は、未だに解りません。シスイ様がなにを仰りたかったのか。私は何を負ったのか。

 だから、解るその日まで一字一句覚えていようと思います。

 私は結局不問となりました。

 いえ、きっと違います。

 私は、許されることを許されなかった。

 だから私は自分で罪を償うしかない。私にしか出来ない方法で、私に出来る僅かなことで。

 お母様にはとても怒られました。

 けれど、その悲しげな表情が目に焼き付いて、それがどんな言葉より辛かったのを覚えています。

 もう、逃げない。

 目の前の目標―――賢者を目指す。

 人々の願いではなく―――否、それすら自分であるのだから。

 自分で、そう決めたのです。





 あとでシスイ様に伺ったところ、あの手紙は勇者オルテガ様が我が子とその友人に宛てた手紙だったそうです。

 そんな大切な物を燃やしてしまった、と自分を責める私にシスイ様はこう言いました。

「あの方がそう簡単に死ぬはずがない。きっと生きて、自分で伝えるべき言葉は伝えるはず。だから、気に病む必要はない」

 無論、手紙を燃やしたことは謝らねばならん。だからいつかアリアハンへ赴き、オルテガ殿に頭を下げるがよい。

 シスイ様はそう続け、私はそれを胸に刻みました。

 アルスさんには以前このお話をして、お許しを頂けました。アルスさんの友人という少年……今では私より年上ですが……その方には、いつかアリアハンへ赴き直接謝罪しようと考えています。

 ちなみにアルスさんに聞いた話によると、その友人は今は芸人としてアリアハンで活躍なさっているそうです。

 全ての職業に適性がなく消去法で嫌々遊び人に就職したものの、ある日笑いの神が彼に降りたらしく今では酒場で毎晩大人気とのこと。

 曰く、「やはり俺は遊び人が天職だったらしいな」。

 神官をしていればはっきりと感じるのですが、天職に巡り合える方は意外と少ないです。夢を追い掛ける人は、いつだって素敵ですよね。

 閑話休題。お話に戻ります。







「……わしの後任として、フォズ神官を正式に大神官へと任命する。スイリスフィース神官も今より一年後から、ランシール神殿にてより一層賢者としての修行を積んでもらう。両者とも、楽な責務ではないが押し潰されぬよう努力を怠らぬこと」

 そんなシスイ様の表明があり、あまりに唐突な大抜擢を受けたフォズや一年という猶予があるとはいえ遠くの地で修業を行うことになった私がシスイ様を問い質したり、次期大神官確定と言われていた神官長様と様々な権力争いがあったり。

 話せばキリがありませんが、そんな紆余曲折の果てに私達がともに机を並べる最後の授業の日となりました。







 最後のお勉強はお母様の授業でした。

 修行僧ではなくなり大神官という肩書を得たフォズは、これから一人で食事を取ったり仕事をこなしたりせねばなりません。

 それは、異邦の地で修業をする私も他人事ではありませんが……二人の一年間という歳の差が、私にとって心の準備期間となった形です。

 私達は早めにお部屋に入り予習を行っていました。最後の授業で情けないところは見せられません。

「――――――。」

 フォズの見守る中、心の中で慎重に詠唱を唱えて魔力を具現化します。

 すると、手に持った紙が燃え落ちました。

「―――どう、かな……?」

 たったこれだけのことに、私の額は汗が流れています。

「凄いです。無詠唱魔法なんて、始めて見ました」

 目を丸くして驚くフォズ。特訓の甲斐があったというものですね。

 いえ、勿論大人の方に付き添いをお願いしての練習ですよ?

 ともかく、私はなんとかメラ程度なら詠唱なしでも使用出来るようになっていました。長い時間精神集中しなくてはならず、その間身動きもとれなく魔力のロスも大きい、更に炎はマッチ程度という「一応出来る」域から出ないものですが。

 それでも、正当な賢者でも実戦応用が困難とされる高等技術です。これはお母様に自慢出来るかもしれません。

「私も負けていられません」

 そう言って魔法陣の復習をするフォズ。

 フォズは既に転職の儀を行えるほど、儀式魔法に関しては精通していました。儀式魔法を不得手とする私には到底真似は出来ません。

 とはいえ張り合うようなことはしません。私は私が成すことをする。成せることをする。それだけです。

 極大魔法の応用論理を暗唱したり、守備力増強魔法を更に増幅する魔法陣を試し書きしてみたり。

 そうやっているうちに、さすがにおかしいと思ってきました。

「来ませんね、先生。どうしたのでしょう?」

 そう、フォズが言う通り。時間に厳しいはずのお母様が、いつまで経っても部屋にいらっしゃらないのです。

「待ってみますか?」

「いえ、こちらからお迎えしましょう」

 そう返されるのは解っていました。私とてここでお母様を失望させるつもりはありません。

 入れ違いになった時の為に書置きを残し、廊下に出ます。

 そこにいたのは、口元を血で汚して床に倒れていたお母様の姿でした。







「今夜が峠じゃ」

 急遽城下町からお呼びしたシスイ様が、そう告げました。

 シスイ様曰く、お母様は元々お体がそれほど強くなかったそうです。

 そんな話は聞いたことがありませんでした。私の知っているお母様は、いつだって優しくて、強くて、厳しくて、でもたまに見せてくれる笑顔が誰よりも素敵な人でした。

 私は椅子に座って、床をずっと眺めていました。

 お母様がこの世からいなくなるかもしれない。それは、私にとってあまりに非現実的な仮定でした。

 そう、いなくなるはずがない。シスイ様は今夜が峠と仰りました。つまり、夜が終わればまた元気になるのです。

 そうだ。明日になったら、久しぶりに抱き付いてしまいましょう。心配をかけられたのだからそれくらい許されるはずです。

 そう考えると、むしろ明日が楽しみになってきました。笑みすら浮かんできます。

「スイリス……」

 フォズがなにか言いたげに私を見ていました。

「どうかしましたか?」

「……スイリス」

 どうしたのでしょう?私の名前を何度も繰り返して。

「……貴女を思って、言わせて頂きます」

 フォズは私を真っ直ぐ見据えました。

「それは、違います」

 ピシリ、と。

 何かにヒビが入る音が聞こえました。

「……なにが、違うのですか?」

「貴女のお母様は―――」

 言わないで。

「もう―――」

 言わないで下さい、それ以上。

「たす」「やめてえぇ!!!」

 聞きたくない!聞かない!

 耳を、目を力いっぱい塞いでフォズの言葉を拒否しました。

「シスイ様はああ仰いましたが、私から……私達から見れば、先生の生命力は」

 私はフォズを突き飛ばしていました。

 転んだフォズの上に飛び乗り、叫びます。

「違うっ―――!お母様は、死なない―――!死ぬはずがない―――!!」

 必死に否定しました。

 実のところ、フォズの言う通りです。

 私とて神官の端くれ。お母様の生命力が絶望的なほど弱くなっているのを嫌でも知覚出来ていました。

 けれど、私はそれを必至に否定します。

 地面に背中を打って呻いているフォズが、それでも絞り出すように言いました。

「助かりません」

「っ―――!なんで!?なんでそんなことを言えるんですか!?フォズはお母様が嫌いなんですか!?」

 叫んで、後悔しました。

 フォズは、とても辛そうでした。

 彼女には両親がいません。

 フォズがお母様を少なからず、どういう目で見ているか。

 お母様がそれを、どう受け止めているか。

 そんなこと、とうの昔に知っていました。

 だからこそ、フォズは私を「スイリス」と呼ぶのですから。

「っご、ごめんなさい……」

 言葉にした途端、先程まで気配もなかった涙が溢れました。

「ごめんな、さいっ……!ごめんなさい!」

 泣きじゃくって、フォズの顔も見えなくて。

 私の泣き声だけではなく、彼女の嗚咽が混ざっていることもすぐ気が付いて。

 私達はその体勢のまま、抱き合って大声で泣いていました。





 次の日、太陽が顔を出す直前。

 お母様は、お亡くなりになりました。





 それから一年。

 私はランシールへと発ちます。

「行って参ります、お母様」

 お母様の眠る小さなお墓の前で、しばしの別れの挨拶をします。

 その隣にはフォズ。見送られる時は二人に、と思いここでお別れすることにしました。

「お体にお気を付けて、スイリス」

「それは貴女も同じです、フォズ」

 私はお母様のお墓を一度見て、数歩後退して改めて黙礼しました。

「では、馬車に待って頂いてますので」

「はい」

 さようならは言いません。

 私は踵を返し、馬車へと向かいました。

 お母様が心配しないように、背筋を伸ばして真っ直ぐに。

 私がこの地に戻るのは、予定を繰り上げて一年後。

 風変わりな勇者一行の一員として、などとは夢にも思っていませんでした。







 お母様。私は忘れていません。

 貴女が常日頃から言っていたこと。人として忘れてはならぬこと。

 私は、貴女の娘としてはあまりいい子ではなかったかもしれないけれど。

 それでも。貴女が到達したその高見に、いつかは行ってみせる。

 そう、それは―――

「―――ボッキュンボンのせくしーぼでぃー」

 私は、諦めません。







 あとがき(臨時開店)

 作者がノロウイルスでダウンです。

 本来、ダーマ編は11話・12話のみでした。

 ですが、フォズの出番が少ない。実質11話のみ登場ですし、その11話も私としてさえ屈指の短さ。

 フォズが足りない。危機感を覚えた私は咄嗟に外伝を書くことを思い付きました。
 
 ついでにリバースの危機感も急上昇でした。

 そして、書き上げたものを読み直して一言。

「……やり過ぎたか」(おい)

 本来はスイの母親が健在で、現大神官を務めているという予定でした。フォズ云々は後から思い付いたので、妙に設定がチグハグに。

 まあこれはIFというか、あくまで外伝というか、なんというべきか。三日月様どうでしょう?

 私がフォズを書いてもイマイチ魅力不足のような。やはり私が年上好みだからか(待て)。

 これでダーマ編は終了です。つまりフォズの出番は終わりです。

 ではでは。



 追伸。文章力不足を感じる今日この頃。

 「ここをこうした方がよい」などのお言葉、更に誤字脱字報告が頂ければ感謝です。



[4665] 十三里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2010/05/10 01:14
 歩きながら悟りの書を読みふけるスイ。

 何度が頭を壁にぶつけてからは、仕方なく手を繋いで歩いていた。

 外にいた神官が微笑ましげに指さしてくる。

 ……なんだろう、この恥辱?

「なにが書いてあるんだ、それ」

「凄いです。失われたはずの禁術や秘術がてんこ盛りです」

 てんこ盛りか。





 ダーマに帰還してみると、騎士隊がほぼ集合していた。

「総勢140名、騎士・兵士・船員・その他スタッフ全員確認致しました」

「結構」

 カップを啜る姫の背中に、レイドが跪きそう報告する。

 というか本当に全員生還しやがった。アリアハン周辺の魔物を強化しよう。地下世界くらいに。

 姫の傍らにいた勇者が俺達に気付く。

「あれ、二人とも帰ってたんだ」

「ああ。……アル、今帰った」

「お帰りなさい、ロビン、スイちゃん」

 まるで新婚だ。うむ。

「私、お二人の子供ですか?」

「心を読むな」

 早速禁術を悪用したか。いきなり聖女としての道を踏み外した。

 そんなことがありながら、ダーマ神殿に滞在し一か月が過ぎていた。







 その間判ったことが幾つかある。

 オーブとやらは計6つ。

 世界中に散らばっており、様々な色が存在する。

 その全てを手にしたものは神の翼、『不死鳥ラーミア』を従える資格を得る。

「ですわ」

 姫が長々と説明した。

 俺達は既にダーマを旅立っている。悟りの書、オーブに関する情報、その両者を達成した以上長居する理由はない。

「レイドさん、レイチェス号はどの辺りで発見されたのでしょうか?」

 気まずげにスイが問いかける。こいつのせいだから反省しているのか。

 ところで総勢144名の大軍が歩いているはずなのに、なぜかレイドを含めて5人しかいない気がするが。

 あとの139人はどこにいるのか。

「え?いるよ、あちらこちらに」

 アルがその場でクルリと回転する。可憐だ。

 俺でさえ気付けないそれになぜ、などとはもう思わない。俺の婚約者なので当然だ。

「それで、レイチェス号ですが」

 話を遮りレイドが話す。

「ここより北西の、オリビアの岬です」

 随分遠いな。

「それでは、一度バハラタ地方から回り込む必要がありますね……」

 そういうスイの額にはオレンジ色の宝石がはめ込まれた、純金製のサークレット。

 フォズの取り仕切る洗礼の儀に際し、正式に賢者になった証として彼女自らの手で与えられたものだ。これで自他共に正真正銘の賢者少女となったわけである。

 ……フォズといえば。



「頑張って下さいね、スイリス。私はいつでも貴女を応援しています」



 などと俺を横目に見ながらスイを送り出していたが。魔族になど負けるな、という意味だったのだろうか。

 それに赤面しつつ慌ててフォズと俺を交互に見やるスイ。俺に対する敵意がバレるのを恐れたのだろう、計算高い女である。

 などと考えつつひたすら南へ歩く。

「てっきり姫なら馬車を用意するかと思ったが」

「馬車は狭いから嫌ですわ」

 歩きながら銃の手入れをする姫。確かに狭い馬車でそんなことをされたらこっちが参る。

 ……会話が途切れる。

 アルが、小さく歌を口ずさむ。

「草原超えて、荒野超えて~♪」

「眠たい目を、こすって~♪」

「時間を、忘れて~♪」

「まだ見ぬ町を、目指そう~♪」

 独唱は、いつの間にか合唱となる。

 男と、ばったりと出くわした。

「去れ」

「いきなりですか!?」

 体格からして、普通の村人だ。森の中で出くわすような人種ではない。

「どうしたんですか?随分慌てているようですが」

 アルが小首を傾げ尋ねる。それに若干顔を赤らめる男。

「死ね。ここがお前の眠る場所だ」

 骨まで残すつもりはないので、早速体を魔族に戻す。

「もう、ロビンなにやってるの?」

 勇者に窘められた。命拾いしたな、雑種。

 体を縮めつつアルが話を聞く。なんだ人間、その目は。言いたいことがあるなら言え。

「ば、化け物……!」

 言いやがった。

「ロビンは化け物じゃないよ!」

「ロビンさんは化け物じゃありません!」

「これはウチの愛玩動物ですわ!」

 俺を擁護するアル、スイ、姫。スイは裏があるとして姫の発言は色々問題だ。

 話が進まないのでアルが一人事情聴取を続ける。

「……つまり、婚約者の人が誘拐されたのを一人で助けにいこうとしてたの?」

 咎めるようなアルの視線。それはそうだ、素人が本物の賊に敵うはずがない。

「行こう、みんな」

 カクンと進路を変える勇者。

「……まあ、勇者だしな」

「そうですわね、それでこそアルですわ」

「神に仕える者として、困っている人を見過ごすわけには参りません」

 さて、勇者だけを先行させるわけにはいかないか。







 なんらかの目的で作られた洞窟なのか、そこはやたら人工的な空間だった。

「ここは……保存庫なのか」

 かなりジメジメしているが、中には木箱や宝箱が散乱していた。かつて存在した国が蓄えた物資なのだろう。

「もっとも、ほとんどが賊に回収されているようですが」

 姫が宝箱の鍵部分を触り検証する。

 スイはずっと黙っている。絵に描いたような悪人に対峙するのは初めてなのか、緊張しているようだ。

「意外と深い洞窟だね。……こっちが下、かな」

「はい。確かこちらに」

 男―――自称グプタの案内で先に進む。一人で乗り込むだけあって最低限調べてきたらしい。

 階段の下にあった木製の扉を開くと、そこは灯りの設置された生活空間だった。

 壁は洞窟のままだが、部屋自体はかなり広く家具なども揃えられている。かなりの期間賊の拠点として機能しているようだ。

 その部屋の中心。

 半裸の男が、悠然と立っていた。

「よお」

 頭にはマスク。下はパンツ一丁。

 そんな変態ルックでありながら、その威圧感と威厳は全く損なわれていない。

 身長3メートルは超えている。全身極限まで鍛えられた肉体と、それに刻まれた数々の傷痕。

 その手に握られているのはドラゴンの頭部を模した飾りが付いた、二枚刃の巨斧。

「―――まさか、魔神の斧?」

 俺でさえ思わず呟いてしまう。賊の頭程度が装備していい武器ではない。

「ほう、こいつを知ってるのか。面白れぇ」

 ブゥン、と鉄の斧のように軽々とそれを振るう男。

 それだけで、なんてことのない斬撃一つで、壁に数メートルの亀裂が走る。

「―――貴方は?」

「俺か?」

 アルの問いに、不適に笑みを浮かべる男。

「俺はカンダタ。……そんで、お前は?」

「勇者アルス、です」

 剣を抜いたまま構えるアル。

 勇者、という言葉を聞き、カンダタの目が僅かに見開いた。

「―――ほう。勇者、か」

 魔神の斧を真っ直ぐにアルに向けるカンダタ。

「んで、勇者様?俺とやろうってか?」

「はい。貴方が、私の前に立ちはだかるなら」

 ……カンダタ?

「加勢しますわ、アル」

「参ります、カンダタさん」

 アルの後ろで構える姫とスイ。

 何かがひっかかる。この男、どこかで見たような……





『オルテガさん。ロビンさん。僕、二人みたいに強くなれますか?』





「えええええええええええええええええええええ!!!!!!??????」

 違う!絶対違う!

 アイツはもっとモヤシっ子だった!

 っていうか僧侶だった!チビだった!

 違う!別人だ!有り得ない!

「……どうしましたの?」

「どうかしましたか、ロビンさん?」

「変な物食べた、ロビン?」

 胡乱な目で三者三様に言ってくれる。最後のアルが一番酷い気がするが。

 カンダタがなにか言いたげな視線を寄こすが、無視することにする。

「いや、なんでもない。存分に戦え」

 瞬時に平静を取り戻す。

(姫、スイ、手を出すな)

 小声で指示する。

(どういうことですの?)

(あの男は、アルをどうこうすることはないはずだ)

(どうしてですか?)

 三人、顔を近付けて会議中。

(とにかく、手を出すな)

 説明が面倒なので話を切り上げる。

「んじゃ、来いよ。勇者様」

 アルは返答せず一気に間合いを狭める。

「速い」

 アルのまともな戦闘を見るのは初めてかもしれないが、ここまで速いとは。

 足音すらない無駄のない歩行。全身のバネを生かした突進。

 彼我の距離は瞬時にゼロになる。完全なるアルの先制攻撃。

 神速の一閃。

 しかし、カンダタとて常人ではない。

「そんなものか?」

 奴は、アルの剣筋を防いですらいなかった。

 鋼のような肉体に銅の剣はうっすらと線を残すことしか許されず、再びアルは間合いを―――

「逃げんなよ、勇者様」

「―――!」

 轟音。

 爆発のようなそれが奴の踏み込みだと気付くのに、僅かに時間が必要だった。

「っはあ!」

「っらあああああああ!!!!」

 アルの気合はカンダタの咆哮にかき消される。

 剣は巨斧に軌道を捻じ曲げられ、その狂暴な牙をアルは紙一重でかわす。

「遅せえ!!!」

「速い―――!」

 その巨体に似合わぬ速度。振るうスピードはアルと同等か、それ以上。

 アルは小柄さを生かし、全力でそれを避け続ける。

 否、それしか出来ないのだ。

 一歩踏みしめるごとに地面にクレーターを描くような重量の足捌き。

 稚拙ながら豪快な、逃げ場のほとんどない斧筋。

 なにより、圧倒的なパワー。

(強い……!)

 それは、この場にいる全員の感想だった。

「はあああ!!」

 合間を見て大きく振り被り、剣をカンダタの頭部に叩き付ける。

 それを、あまりにも無骨な『技』を以って巨斧で受け止める。

「その程度か。残念だよ、勇者様」

 鍔迫り合い―――斧と剣なのでこういうのは正しくはないが、互いの刃から火花を散らしつつ至近距離で会話する二人。

「そうですか?」

 アルは嬉しそうに笑い、呪を紡いだ。

「―――ライデイン!」

 金属同士が触れ合っている状態での電撃魔法。

 術者のアルはともかく、その全ての電流がカンダタへと流れ込み、魔力の奔流が部屋の家具らを全て壁まで吹き飛ばす。

 地面に洩れた電撃が絨毯を蹂躙し、紫電が両者を幾重にも包む。

 唐突だが、彼女愛用の銅の剣は特注で青銅ではなく純粋な銅である。

 本来長距離から使用するライデイン、それを通電性の高い銅の剣で送り込んだのだ。威力は本来のそれより向上して、高位の魔物ですら一撃で葬れるはずである。

 だが、それを。

「ああ。―――本当に残念だ」

 カンダタは、つまらなしげに耐えて見せた。

 電撃が消滅し、アルがトンボ返りしつつ距離を確保する。

「貴方―――」

 愕然とするアル。俺だって信じられない。

「そんなもんが『勇者』だと?ふん、笑わせやがる」

 魔神の斧を構え、奴は集中を始める。

「その程度の器だっていうなら、あの人のガキであろうが関係ねぇ」

 静かに話しつつも、気迫が高まっていくのがここからでも解る。

「―――お家に帰りな、勇者の子よ」

 闘気が腕に流れ込み、元から太かったそれが倍近く膨れ上がる。既にその片腕だけで成人男性ほどはあるだろう。

「ぬううううっっ!!!!」

 そして、右手の巨斧を振り下ろす。





「覇王―――快心撃ぃぃ!!!!」





 それは、全てを食らい突撃する暴力だった。

 アルに直撃した『斬撃』は壁や天井を突き破り、地上にまで到達する。

 地上から見れば火山が噴火したのかと勘違いしそうな、人智を超えた一撃。

「くっ、煙で見えん……!」

 土埃で視界が確保出来ない。だがそれは地上より吹き込んできた気流により瞬時に流された。

 洞窟そのものを半崩壊させた一撃により、地下であるここまで日光が届く。

 アルは、覇王快心撃の直線上―――最後に見た地点より遥かに後退したが、それでも腕をクロスさせ頭を守ったまま立っていた。

 トレードマークのメイド服も、長い髪もボロボロである。

 だが、それでもその双眸は怯んでなどいなかった。

「強い」

 アルが一歩踏み出す。

「強い、です」

 二歩目には駆け足になる。

「私が戦った誰よりも、強い」

 三歩目には全力疾走になっていた。

「だから……私も、全力で行きます」

 低姿勢で疾走する勇者。



「―――世を闇は覆う時、天の道に彼の者はあり」



 静かな、だが荘厳ですらある詠唱。



「人の業を犯す時、魔の道に我はあり」



 それは、まるで懺悔。



「ならば、覇道はただ一つ」



 勇者にのみ許された、勇者だというだけで背負わされた圧倒的責務。



「全て奪いし雷よ。我が罪を代償としよう」



 アルは手を地面に向け、名を唱える。





「ギガ、デイン」





 室内に、洞窟全体に電撃が迸った。

「っつう!!!!!」

 聖波動で俺まで被害を受ける。これが、彼女の電撃魔法か……!

 あまりのエネルギー量に室内が分子レベルから崩壊し始める。

 その威力に、カンダタとはいえ苦痛を隠せていない。

 だが、歯を食いしばり悲鳴を漏らさないのは流石というべきか。

「その、程度か……!!!」

 カンダタがアルを睨む。

「いいえ」

 それをアルは否定する。

「これは、単なる足止めです」

 アルは魔法を使用している最中も、突進を止めていなかった。

 そのまま剣を右手だけで振り被り、最後に10メートルほどの距離から跳躍する。

 剣には生命力が纏う。ただ、一筋の技。

「これが私の全力全開―――!」

 そして、二匹の獣は衝突する。



「アル―――」

 魔力すら使用しない、『究極の剣技』。

「―――ストラッシュ!!!」



 アルの、微妙なネーミングセンスの必殺技が炸裂した。

 彼女はそのままカンダタの隣を通り過ぎ、更に10メートル先に着地する。

「――――――見事」

 最強の巨人は、その姿を確認することもせず轟音と共に倒れた。



[4665] 十四里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2009/06/14 09:19

 いつまでも秘密にしていると本当に殺し合いになりそうなので、早急に種明かしとすることにした。

「それじゃあ、カンダタさんはお父さんの仲間だったんですか?」

「おうよ!」

 ガハハハハ、と馬鹿笑いしてカンダタが覆面のまま酒を飲み干す。

 聖なる川に寄り添う町、バハラタ。

 その河原にある店舗で俺達は食事をとっていた。





「どうぞ、皆さん」

 誘拐されていたグプタの婚約者・タニアが料理を配膳する。

「フローラ、お昼からあまり飲んじゃ駄目だよ」

 アルがそれを手伝っている。

「これは水ですわ」

 姫はアルの忠告など聞き流して酒を一気に飲み干した。その様子をカンダタが「やるじゃねえか」と褒める。お前、昔は下戸だったろ。

「レイド。賊はどうしました?」

「現在騎士を何名か付け、町の外で隔離しております」

「そう。預かっていても邪魔なだけだから、早急にこの町の責任者に引き渡しなさい」

「承知しました」

 レイドが姫の命を受け外に駆けて行った。

 事後処理もこれで終わりだ。全員がグプタ・タニア両名のもてなしの食事に集中する。





 結論からいえば、カンダタは賊ではなかった。

 まあ、気付いていたから手出ししなかったのだが。





「俺がたまたまこの町に立ち寄ったらよ、町の奴らが人攫いだって騒いてきやがる。変な疑い掛けられたままってのも気持ち悪いからな、適当に蹴散らしてやったんだ」

 はい、簡単な説明ありがとう。

「オルテガおじさまの仲間、ですか」

 姫が頷きつつ確認する。

「おーよ。オルテガさんとロビンとホビットじいさんと、そんで俺。その四人で世界を回ったんだよ」

 待て、聞き捨てられないことがあるが。

「偉くなったなカンダタ。俺は呼び捨てか」

「いいじゃねえかよ、お前は若えままなんだし」

 挙げられた四人中俺が一番年上なんだが。

「ロビン、お父さんの仲間だったんだ」

「違う」

 俺の否定に混乱顔のアル。

「仲間ではない。少し、一緒にいただけだ」

「ツンデレですわ」

「これがツンデレですか……」

 姫とスイがこそこそ話している。言葉の意味は解らんが、魔族の耳ではその程度の小声は丸聞こえだぞ。

「がっはっは、しかし美味ぇなあこの料理!」

 この地域の特産である黒コショウを使った料理を馬鹿食いするカンダタ。

「そういえば、お前は昔からこれが好きだったな」

「おうよ!」

 ちなみに俺はあまり好きではない。むしろ食材の味を生かしたものが好きだ。

「生食いですの?魔族はこれだから嫌ですわ」

 肩を竦める姫。

「違う。生でも食えるが、俺は刺身とかが好みなんだ。貴族趣味というやつだ」

「貴族趣味とも違うと思いますが……」

 スイの控え目なツッコミは無視する。

「カンダタさんはお父さんが……その、亡くなった後、なにをしてらしたんですか?」

 アルが途中躊躇しつつも問う。父の死などとうの昔に受け入れているのだろうが、それでも生前オルテガと親しかった者には言いにくいのか。

「俺か?まあ、色々だな」

 色々?

「最近じゃあロマリアあたりの賊を潰したり、小さな村の男どもを鍛えてやったりだな。この前はあの辺で出没するっていう幽霊船を沈めてやったぜ」

「立派ですね。いい人だったんですか」

 時折アルは素で失礼なことを口走る娘だと思う。

「まあな!勇者が旅立った以上、魔王との決戦は近い!その時になって俺等が前線にいる間、町や村を守る奴が必要だろう?」

 正論かもしれんが、『俺等』、だと?

「お前も俺達に着いてくるつもりか」

「いいや、その気はねえ」

 俺の問いを否定するカンダタ。だがさっきは前線と言ったが。

「まず一つ。まだシャンパーニ地方の鍛え方が足りねえ。これから決戦までの間にみっちり鍛えてやらにゃならねえ」

 ごつい指を一本立てて解説する。

「そして二つ。お前さんは」

 指をもう一本立て、カンダタはアルを見据える。

「まだ弱い」

 負けといてなにをいうか。

「アルは地上最強ですわ!」

 姫がカンダタに食ってかかる。だがそれを軽く無視。

「ロビン、お前なら判るだろう?オルテガさんは、今の俺よりもっと強かった」

 それを聞いて姫も黙る。勇者の父を持ち出されてはなにも言えまい。

「断っておくがアルス、お前さんとやりあった時の俺は本気じゃなかった。本気じゃあ、なかった」

 二度言うな。

「俺の助力が欲しけりゃあ、本気の俺を倒してみな。いつでも相手にしてやるからよ」

「はいっ」

 元気よく返事をするアル。

 その生気に溢れる返事を聞いて、若いっていいな、となんとなくしんみりした気分になった。







 深夜、星の見えない曇った空。

 俺とカンダタは、それを見上げながら話していた。

 10年という人間には長く、魔族には短い時間を清算する為に。

「しかしなあ、オルテガさんにあんな娘がいるなんて知らなかったぞ」

「俺もだよ、それは」

 人間であるカンダタにも情報は届いていなかったのか。もしかしたら、なんらかの彼女の存在を秘匿する必要性があった?

 って、勇者の候補がメイドであるなど誰も言えないか。一瞬深く考えて損した。

「10年、ねえ。俺もすっかりオッサンになっちまった」

「そうだな。その変わりようは驚いたぞ」

「色々あったんだよ、色々な」

 初めて会った時はバキすら満足に使えない僧侶だったカンダタが、よもや最強クラスの戦士になっていようとは。しかも身長が二倍近くなってやがる。

「……お前、言ってないんだな」

 カンダタが唐突に話す。

 だが、意味は充分過ぎるほど理解出来た。

「時が来たら、だ」

 覆面越しの視線がこちらを向く。

「その時になったら、話す」

「本当か?」

「信用ないな」

 ククク、と喉で笑う。

「そうじゃねえがよ。娘本人にとなると、やっぱり言いづらいんじゃねえか?」

「それはそうだ」

 だがな、カンダタ。俺だって魔族としての誇りはあるんだ。

「けじめも付けられない男には、成り下がるつもりはない」

「そうかよ。じゃあ、しっかりと伝えな」

 そう言い、カンダタは宿に戻って行った。

 一人、暗い空を見上げる。

「―――わかっている」

 10年前、ネクロゴンドの火山口にて。

 俺とオルテガは、全力で殺し合った。

 なんの為にでもない。

 互いの、譲れぬものの為に。

 そして―――明日の朝の為に。

 その結果、片方が消えた。

 ただ、それだけ。

「……とどめを刺すつもりはなかった、なんて言っても許してはくれないんだろうな」

 夜空だけは、いつの時代も同じ光景を映していた。







 賊討伐の礼としてそれなりに豪華な食事と宿を与えられ、俺達はその翌日すぐに旅立つことにした。

 そもそもバハラタまで歩きで来るのに、既に一か月を要しているのだ。急ぎの旅ではないが、時間は貴重である。

「急ぎの旅だよ、ロビン」

 さらりと我が伴侶に訂正される。そうだったな、早く魔族を死滅させて俺達の理想郷を目指さねば。

 バハラタの清流の前で町の人々に見送られ旅立つ。

「お前はシャンパーニにいくんだろう?」

「おう。じゃあな、ロビン、見習い勇者、それにお嬢さん等」

 相も変わらずの変態ルックで片手を上げ、踵を返す―――かと思いきや、パンツの中からなにかを取り出して俺に放ってよこした。

 俺はそれを避ける。地面に落ちたのは、女性の横顔を模ったペンダント。

「これは?」

「昨日言った幽霊船があるだろ?そん中で拾ったんだ」

 妙な怨念を感じてよ、と後頭部を掻く変態。

 そういえばこいつも元僧侶だったか、と思いつつ木の枝でそれを引っ掛け持ち上げてみる。野郎のパンツに入っていたものを直接触りたくはない。

「確かに、とても強い無念の情を感じます」

 スイがテドンと同じような感想を述べる。

「こんなものを受け取っても仕方ないんだが」

「そうか、まあそうだよな。路銀にでもなればと思ったんだ」

 どうせ道具屋でも買い取り拒否されたのだろう。そんなものを人に押し付けるな。

 ふと、視線を逸らすと聖なる川。

「この川に放り込めば、魂も休まるんじゃないか?」

「そうですね。それは充分にありえます」

 プロとしても同意見のようだ。遠慮なく投げ捨てる。

 ぽちゃん、と小さく水を撥ねて沈むペンダント。

 ふむ。いいことした。

「俺らしくもないな」

「うんん、凄く素敵なことだと思うよ。優しいね、ロビンは」

 苦笑する俺にアルが微笑みかけてくれた。そうだな、これで良かったんだ。







 道中―――オリビアの岬に到着するまで、更に約一か月。

 その間、特にトラブルもなくひたすら北へ歩きっぱなしである。

 途中に洞窟らしきものがあったが用事はないので無視した。

 いや、あったな。そういえば一つ。

 そう、それは。延々と続く森を歩いていた時のこと―――







 丁度休憩するのに適した湖を見つけた俺達は、そこで一晩過ごすことにした。

 騎士隊は狩り。メイドは食事の準備。アルはその手伝い。スイはその手伝いの手伝い。

 森の中ということで視界は悪い。桶に水を汲みに来た俺は、接近するまでそこで水浴びをする人影に気付けなかった。

 彼女は美しいブロンドの持ち主で、プロポーションも良く、なにより美しかった。

 健康的で細く白い肢体。ほどよく筋肉のついた体のライン。

 それは、湖の精を思わせるような幻想的な光景だった。

「…………」

「…………」

 見つめ合う俺と姫。

 永遠に続くかと思われた時間は、姫によって破られる。

 姫の口元が歪んでゆき、それは発せられた。

「きゃああああああああああ!!」

 森中に響き渡る悲鳴。

 いや、悲鳴ではない。

 なぜなら、彼女の表情は喜色に染まっていた。

 湖の底から取り出される『さぶましんがん』。

 つまり。正当な俺を抹殺する理由を得た、歓喜の叫びだったのだ!





 森の中、銃弾を掻い潜りつつ思った。

 ……幻想的、なんて思うんじゃなかった。







 ―――などという日常の果てに、ようやくオリビアの岬に到着である。

 オリビアの岬は大陸の内側にある、小さな二つの海を繋ぐ海峡だ。

 その西側に、見慣れた巨大戦艦の姿があった。

「懐かしい気がするね、この船で過ごしたのはたった数か月なのに」

「そうだな」

 アルの言葉に同意する。

 各地を転々とする生活を送っていた俺にとって、久しい固定された住居だった小さな船室。

 予想外に、あの小さな部屋に俺は馴染んでいたらしい。

「良かった、特に壊れていないみたいですね……」

 スイが胸を撫で下ろしている。確かに壊れていればコイツの責任だからな。

 いや、こんな徒歩での二か月にも及ぶ旅を強いられたこと自体コイツの責任なのだ。デコピンくらい許されるべきではないか。

「駄目だよ。ロビンのデコピン、人が吹き飛ぶでしょう」

 アルに窘められた。スイは額を押さえ慌てて勇者に隠れる。

「そもそも壊れていないかどうかは、これから調べることですわ。しばらく使っていなかったのですからお掃除やメンテナンスも必要でしょうし」

 姫は手早くレイドに指示を飛ばし、レイチェス号を使えるように準備を整える。

「ここから先は本職にお任せします。マリー」

 姫が整列したメイド達の、最前列に立つ女性に話しかける。気の強そうな妙齢の美人だ。

 ……というかお前ら、いつの間に整列した?どこから湧いて出た?

「はい、承知しました。……さあみんな、張り切っていくよっ!」

 マリーと呼ばれた女性……確かメイド長だったか。

「「「はいっ!」」」

 彼女の声に元気よく返事をするメイド達(プラス勇者)。本当、若いっていいな。

「さああんたも!」

 マリーに背中を思い切り叩かれる。痛い。

「俺、か?」

「自分だけ遊んでる気かい?別に大して期待はしてないから、自分の部屋くらいは掃除しときな!」

 お前の背後で姫がパラソルの下、文庫本を読んでいるのは遊んでいるうちに入らないのか?

 などとボヤいても仕方がない。端から戦力外の俺と、努力してもいまいち戦力外なスイは自室の掃除に勤しむこととなった。







「こんなものか」

 自室の掃除、終了。

 元より持ち物が少ないのだ。窓を開けて埃を払って雑巾かけて、それでことは済んだ。

 さて、どうしよう。このまま部屋に引き篭もっているのも不健全だろう。魔族が不健全なのは悪いことなのかはともかく。

 ……アルの手伝いにでも行くか。

 廊下に出て、長い通路を何度も曲がる。

 あちらこちらに掃除をするメイド達。正直、歩きにくい。

「申し訳ございません、ロビン様。こちらは唯今立て込んでおりますので……」

「ん、そうか」

 いつも使う廊下が通行不可だったので、別の方向から回り込む。

「ロビンの兄貴!ここは現在メンテ中だ!出直してきな!」

「そうか、頑張れ」

 作業着の男達が塞いでいたので更に回り道をする。

「ここは女性用の更衣室への道です。お引き取り下さい」

「そうだったか。すまない」

 窓から飛翔魔法で飛び、近くの窓に入る。

「邪魔するぞ」

「きゃあ!……ロビンさん、どうして窓から?」

 そこはスイの部屋だった。質素ながら女性的なアクセントが多数見受けられる。

 あとは目を引くのは、大量の本が納められた棚。

 彼女は暇な時はよく資料室から借りた本を読んでいる、と聞いたことがある。その本を一時的に保管している場所なのだろう。

「どうも廊下が塞がっていてな。面倒だから外から回り込んだ」

「そうですか。でも、女性の部屋にノックもなしに入ってはいけませんよ」

「……そうだな」

 なにが女性だチビッ子、と思うも正論なので頷いておく。

 スイの部屋がある区画は女性部屋ばかりの地帯だ。なので、廊下に出ても景色に見覚えはない。

 というか船という空間自体、殺風景で似たような景色が続くのだ。

 この状況を端的かつ正直に言うと、

「迷った」

 残念ながら近くに窓はない。外から回り込むのは不可能だ。

 手当たり次第に扉を開ける。

 人の気配がない。この辺は倉庫などが密集しているらしい。

 どれほどノブを押したか、その時入った部屋は薄暗く、怪しげな機械で満ちていた。

「機関室か?」

 だが、機関室ならば人がいてもいいはずだ。そもそもレイチェス号は帆船である。オートメーション化が進んでいるとはいえ、これほど大規模な機械施設は必要ないはず。

 とはいえレイチェス号は未だに謎が多い船だ。なんとなく室内を眺める。

 流石は世界最高峰の工学技術の結晶。よく判らない機械ばかり。

 しばらく歩くと、操作卓のようなものに行き着いた。

 パネルを観察する。レバーの下には、それぞれの役割が記されていた。



『人型変形』

『超絶分離』

『魔導合体』

『超必殺技』

『究極自爆』



 ……忘れよう。俺は、なにも見なかった。







 遭難の末にようやく太陽を見る。外はこんなにも眩しかったのか。

「ロビン、掃除終わったの?」

 アルがデッキブラシで甲板掃除をしていた。

「ああ、少し手間取ってな」

 迷宮脱出に。

「すまない。今すぐ手伝う」

「あ、もう終わりそうだよ?」

 確かに、よく見ればメイド達は片付けを始めている。遅かったか。

「これで出発の準備は終わりか?」

「そうだね、ほぼ終わりかな」

 んんー、と背筋を逸らして伸びをするアル。健康的な美しさが素晴らしい。

「―――ん?」

 目を凝らす。

「どうかした、ロビン?」

 アルが俺と同じ方向に目を向ける。

「島、か?」

 海上に、小さな島が浮かんでいた。

「島なんて珍しくないと思うけれど」

「そうなんだが……」

 自然な島なら他にも見える。

 だが、それは魔族の視力で見れば異質な島だと判断出来た。

 絶壁の崖の他にも、上陸可能な場所には高い塀。粗末でありながら堅牢な建築物。

 それは、さながら―――

「―――牢獄島か」

 ルザミより遥かに重々しい空気を纏う島が、そこにはあった。







 NGシーン

「ロビン、お父さんの仲間だったんだ」

「違う」

 俺の否定に混乱顔のアル。

「仲間ではない。少し、一緒にいただけだ」

「ツンデレですわ」

「これがツンデレですか……」

 姫とスイがこそこそ話している。言葉の意味は解らんが、魔族の耳ではその程度の小声は丸聞こえだぞ。

「と、とにかく勘違いするな。あんな奴、本当に仲間なんかじゃないんだからな」

「ツンデレですわ!」

「ツンデレですか!」

 黙れ、お前ら。



[4665] 十五里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2008/12/21 16:00
「お弁当は持った、水筒も持った……あ、おやつ忘れてた」

 鞄に手早く探検の道具を詰め込むアル。内容はともかく、手際は熟練の冒険者のそれだ。

「バナナはおやつに含まれるかな?」

「含まれないだろう。常識だ」

 適当に応えつつ、俺もその隣で準備を進める。







 怪しげな牢獄島を発見した俺達は、出発までの時間を島の探索に当てた。

 参加者は二人。俺と、アルス嬢。

 彼女がいる以上、気付かぬうちに船が出発しておいてきぼりを食らうことはないはず。姫がアルの不在を見逃しはしまい。

 甲板から小舟を降ろし、荷物を積む。

 気分は、ちょっとしたピクニックであった。

 上陸後、牢獄を地下まで降りる。途中開かない扉があったが、アバカムマスターをここまで呼ぶのも面倒なので破砕した。

「で、ここが最深部か」

「あっと言う間だったね、意外と」

 本当にな。色々な意味で。

 そこにあったのは、一振りの剣。

 片刃の長剣であり、攻撃力はそれなり。装飾は見事である。

 だが、それだけ。名剣には違いないがこれ以上の武器とて当然存在するし、パーティで剣を使うのはアルだけだ。

「アル、お前これ使うか?」

 一応訊いてみる。

「えっ?いいよ、故人の物なんだし。この銅の剣が一番しっくりくるしね」

 愛おしげに特注の銅の剣を持ち上げて見せるアル。

「―――ん?」

 さてどうしようかと地面から引っこ抜いてみると、違和感があった。

「これは、祝福か?」

 大地の精霊の後押しが、剣に祝福を与えているようだ。

「霊剣、っていうあれ?」

「あれ、だ。しかも四大精霊クラスの祝福とはな」

 火水風土、そのうち一つの精霊に祝福されている霊剣など探して手に入るものではない。理屈の上では世界に4本しかないのだから。

「値段を付けられるようなものじゃないから、換金は出来んしな……荷物になるだけか、結局」

 まあ、レイチェス号の倉庫は容量だけはふざけたほど大きいからな。放り込んでおくくらい問題ないか。

「持っていくの?」

「有効利用してやるもの供養の内さ」

 適当に言い訳しつつ道具袋に放り込む。

 こうして、息抜きのピクニックは終了するかと思われた。







「あれ」

 ことの始まりは、アルの二文字の呟きからだった。

「あれ、なにかな」

 小舟の上で、アルが俺の背後を指さす。

 首だけを捻り、それを視認する。

「―――渦潮?」

 海面が、渦巻いていた。

 だが、普通の渦潮ではない。ならばアルは反応しなかったはずだ。

 その渦は集結しつつ、だが水中に拡散はしていない。

 つまり集まるだけ。

 それは徐々に勢いを増し、隆起してゆく。

 更に、周囲の水の精を暴食する圧倒的な力を知覚する。

「まずいな」

 あれがなにかは朧げにしか判らないが、周囲に害をばらまく危険な存在であることは十二分に理解出来た。

 舟を漕ぐ速度を上げ、レイチェス号へと急ぐ。

「なに、あれ!人になるよ!」

 アルが背後の『それ』に指を向ける。

「―――すまない、振り向いてる余裕はなさそうだ!様子がおかしければ口頭で教えてくれ!」

「あれは……女の人の形になっている!」

 言った途端、『それ』は高速で俺達を追い越し―――レイチェス号へと向かった。

「――――――っ!」

「きゃあぁ!」

 傍を通った瞬間、途方もない怒りと悲しみの波動が俺達を襲う。

 そうだ。あれは、やっぱり。

「亡霊、か……!」

「亡霊って、あの……テドンの人達みたいな?」

 女の亡霊はレイチェス号へと取り付き、破壊活動を始める。

 すぐさま帆が張られ、逃避へと移るレイチェス号。

 だが亡霊は水の上を駆けるように滑り、最強の戦艦の船体に傷を負わせる。

「そうだ、けれど格が違う。あまりの怨念や無念のせいで周囲のエレメンタルを食らい、呪いの域に達した亡霊だ!」

 水で形作り、生前そのままを再現しているのであろう体。それは着ている服すら例外ではない。

 美しい娘ではある。

 身に着けている服も高価なもの。魔力で再現された幻だが、生前も身に着けていたのと寸分の違いもあるまい。

 だが、周囲に纏う水流が、その憎悪に染まった瞳が本能にまで認識させる。

 あれは、敵だ!

「岬の呪い―――まさか、オリビア!?」

 アルが口走ったその名前に、女……オリビア?が停止する。

 水上に立ったまま、俺達を観察する生気のない瞳。

「知り合いなのか?」

「違うけど……有名な話だよ。死別した恋人を憂いて、身を投げた貴族の少女のお話」

 その舞台が、ここというわけか。つまりあれは自縛霊の一種なのだろう。

 自分の過去の話を持ち出されたのが気に入らなかったのか。

「風に潜み世を巡る数多の精よ。我が翼とならん不可視の揚力よ。その理に従い、我を望む進路まで舞い運びたまえ―――トベルーラ」

 彼女は俺達に標的を移す。水の触手が小舟を粉砕し、俺達は空へと逃げた。

『ヘリィィィィィィックゥッ!!!!!』

オリビアが叫ぶ。

数十本もの水流の触手が俺達を襲う。動きは単調なので避けられるが、捕まればかなりまずいだろう。

「なんで私達を襲ってくるの!?」

「理性なんてもうないはずだ!力そのものに成り過ぎた!」

 あまりのマナの濃度により、彼女本来の魂などほとんど形は残っていないはず。故に、あれは純粋な災害なのだから。

 そもそも、彼女に恨みを買った覚えなどない。一切ない。

 ないったら、ない。

「そんな―――」

「いいから、船に逃げるぞ!」

『ドコダァァ!?ヘリックゥゥゥゥ!!!』

 アルの手を取ってレイチェス号の甲板に着艦する。

「愛玩動物!どこに行ってましたの!?」

 姫の怒声が響く。

「ごめんなさいフローラ。ちょっとしたピクニックのつもりだったの」

「アルならいいのですわ。全ての責任はこの魔族に……アルと二人でピクニック!?」

 羨ましいですわ!と場違いな主張をする姫。それどころではない。

「楽しませてもらった」

 それどころではないが、一応煽っておく。

「―――いい度胸ですわ。貴方とは一度、決着をつける必要があると思ってましたのよ」

「―――結構。面白い、人間の姫君よ。圧倒的な種族間の差というのを教えてやろうか」

 睨み合う俺と姫。

 互いに戦闘の姿勢を取る。俺は拳を、姫は銃を。

 俺とて聖人ではない。この首輪、いい加減体を洗うのに邪魔だと思っていたのだ―――!

「ロビンさん!フローラ様!横、横!」

 スイの叫びに横、とやらを確認すると、甲板に乗り上げ騎士達を蹴散らすオリビアの姿。

 生前武術を嗜んでいたわけではないらしく、力任せに騎士達を殴り飛ばすだけだ。

 しかし纏わりつく二桁の騎士を腕の一振りで薙ぎ払う姿は、その華奢な姿と相まって異常としかいいようがない。

 二人同時に舌打ちする。

「今はこちらが優先か」

「そうですわね。船が壊されるのは困ります」

 俺はオリビアに一瞬で近付き、拳を叩きこむ。

 吹き飛ぶオリビア。だがダメージを与えられた様子はない。稼いだ距離もたかだか約30メートル。

 船の横方向に殴ったのだが、この船の幅は30メートルなど遥かに超えているので、未だ甲板の上にオリビアはいた。

「なら、これはどうだ」

 無詠唱でピリオムを使用し、神速で接近しつつ拳にメラゾーマを纏わせ打ち抜く。

『アベシッ!!』

 水である以上炎はそれなりに有効だったのか、一撃で船の外まで追い出した。

 稼いだ距離、実に300メートル。

 豪快に水飛沫を上げ、跳ね石のように何度も海面に叩き付けられるオリビア。

「呪文のキャンセル!?そんな高等技術を使えるなんて……!」

「失礼だな、賢者少女。俺とて遊びで魔族をやっているわけではない」

 戦闘中に呪文を唱えず魔法を使うのは、時間の節約以上に大きな意味がある。

 戦いとは論理だ。その上で相手に次の手を読ませない、というのは想像を絶するアドバンテージとなる。剣士ならば刀身が見えない、くらいの卑怯さなのだ。

 だがそれが出来るなら魔法使いは皆やっている。賢者とてメラの詠唱キャンセルすら困難であり、魔族であっても可能なのは極一部だ。

 以上、特技自慢である。

「最低限の時間は稼いだ。次はお前の番だ。でかいのを決めろ」

「は、はい!」

 スイは杖を掲げ、詠唱を開始する。

「―――絶対の支配を敷く悪魔よ。全てを包みし永久の眠りよ」

 彼女の周りに冷気が渦巻く。

「汝、その犠牲を望むのであれば。彼の者を、悠久の氷河にて見守ろう」

 そして、杖を向ける。

「―――マヒャド!」

 ヒャド系最強の呪文、マヒャド。

 それは海上などで使用すれば、直径数キロもの巨大な流氷をでっちあげてしまうほどの冷気を伴っている。

 レイチェス号の横に広がる海面は瞬時に水平線まで白く染まり、水中の動植物は生態系が掻き乱されたことすら気付かず眠る。

 事実、それは水で構成されている限り亡霊とて例外ではなく。こちらに再び接近してきていたオリビアは、周囲の水の触手ごと氷の彫刻と化した。

「やり、ましたか?」

 杖を構えたまま確認するスイ。

 前方には、一種芸術品とすらいえるような女性の人型。

 一瞬にして冬景色となった海を船は疾走し、この間に更にオリビアから距離を稼ぐ。

「……残念だが、違うらしい」

 それは、自身を砕きながらも。

『ヘリィィィィィィ……!!!!!』

 ヒビが走り、指が砕け、それでも全力で拳を振り上げ。

 流石は怨念だけで呪いに至った亡霊といったところか。その程度の欠損は苦痛でもなんでもないらしい。

『……クゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!』

―――そして、自分を戒める流氷を叩き割った。

 蜘蛛の巣状に全方向に広がる亀裂。

 刹那、爆音と共に氷はダイヤモンドダストと化し、海は白から本来の青へと戻る。

「化け物め」

 俺の呟きなど聞こえるはずもなく、オリビアは再び滑り出す。

「全門、砲撃開始!」

 姫の指示で大砲の弾が撃ち込まれるも、奴にそんな攻撃が効くはずがない。

 肉体の一部が欠けようと、所詮水。瞬時に再生する。

「無駄だ、姫。物理衝撃が効く相手ではない」

「ならば、魔力衝撃ならば別ですわ!」

 なに?

 今まで姫が魔法的な攻撃を行ったのを見たことはない。そもそも彼女の攻撃法はすべて質量兵器なはずだ。

「ふふん、アリアハンの技術を見くびってもらっては困りますわ」

 あれを装填なさい、とレイドに指示を飛ばす。

「そう仰ると思い、既に準備は完了させております」

「結構。亡者への花束としては破格ですわ」

 姫はオリビアに腕を向け、号令を放った。

「生者の知恵を知りなさい。―――魔術式同調法Nゼロ型大砲玉」

 左方の100門の大砲が同時に火を噴く。

 超々々弩級の船が僅かに傾くほどの衝撃と轟音。

 いや、それ自体はさきほどまでの大砲と変わらない。

 しかし、オリビアのいる海上にて変化はあった。

 閃光が迸ったかと思えば、連続して聞こえる破裂音。

 その爆発は、一つ一つがイオナズンに匹敵するように見受けられる。

 爆発は互いに同調・増幅し、最終的には直径数百メートルの火球となり、爆ぜた。

 圧倒的なエネルギーの前にオリビアは身動きすら出来ず、衝撃の中に飲まれていく。

 なるほど、確かに凄い。

 かつて地上を支配したアリアハン、その高度な魔導技術と科学技術を要いて極大爆発呪文を封じ込めた主力兵器。

 『魔』術式同調『法』『N0(ゼロ)』型大砲『玉』。

 即ち、略称『魔法の玉』。

「あまりの威力に製造禁止となった、と聞いていたが」

「ええ、これはレーベの村に山ほど備蓄された在庫の一部ですわ」

 なるほど、製造禁止でも使用禁止ではないといいたいのか。姫らしい屁理屈だ。

「しかし、これなら―――」

 満面の笑みを浮かべていた姫の顔が、水蒸気の晴れた海面を見てはっきりと引き攣った。

「信じられないな」

 そこには爆発以前と変わらずに水面に立つ、オリビアの姿。

『キク、カァ……!』

 否、禍々しい雰囲気は以前より増加した気さえする。

「ロビン、こうなったら私のギガデインで―――」

「船ごと感電する気か、お前は今回は休みだ」

 第一あれがギガデインで倒せるかも保障はない。

 不満そうなアルの頭を撫でてやると、スイがこんなことを言い出した。

「時間を、稼いで下さい」

 見ると、その手には悟りの書。

「禁術を使う気か?」

「それしかありません」

 使うのは初めてなのだろう、顔は明らかに強張っている。

 どうしようか。スイの禁術でも通用しなければ、思い当たるすべての方法がまず駄目だろうと判断される。

「ロビン」

 アルが、俺の手を握っていた。

「スイちゃんを、信じよう」

 その目は、いつものように真っ直ぐ俺を見据える。

 ……なるほど。なにも出来なかろうが、仲間を全力で信頼するのが勇者、か。

「……解った。アル、離れていろ」

 数十メートルまで接近していたオリビアに向け、静かに手刀を放つ。

 静かに、だが膨大な魔力を籠めて。

「カラミティ・ウォール」

 俺が本気で放った衝撃波。

 速度は遅い。

 だが、決して止まることを知らない。

 アルストラッシュが『究極の剣技』であれば、カラミティ・ウォールは『究極の力技』。

 魔族において特に魔力の多い俺が、その魔力を術式などを介さず単純に放つ、本当にただそれだけの技。

 それだけであるが故に、止められなどしない。

 この200年近い人生で、極希に引き裂く奴や回避しきる人間はいた。

 だが、止められたことは一度とてない。

 オリビアはカラミティ・ウォールを見据え、両手を左右に広げる。

『アクア・ウォール』

 立ち上がる波。それも、津波。

 魔力の波と水の波、それが真っ向から衝突する。

 当然、水など瞬時に突破すると思っていた。

 それは間違いではない。なかった。

 だが―――突破した瞬間水は補填され、どれだけ削ろうとカラミティ・ウォールはそれ以上先へ進むことを許されない。

 二つの波は重なり合い、内海を真っ二つに分け隔てる高さ数十メートルに及ぶ壁となった。

「―――屈辱だ」

 俺のカラミティ・ウォールが前進と止めるなど―――!

 更に魔力を注ぎ込む。オリビアも水量を増し、壁は更に高く、左右に長くなる。

 だが、進まない。

 200年間不敗であった、俺の必殺技が今この瞬間相殺されている……!

「――――――っ!」

 頭を冷やせ。これは時間稼ぎだ。

 そう。もしカラミティ・ウォールがこのまま前進しようと、オリビアが素直に撃破されてくれるとは限らない。

 だからこそ。

「出来たっ!」

 賢者少女が、ここで出てくるのだ。

「……なんだ、それは」

 思わず訊ねる。

 スイの左右の手からは全く対照的な魔法が同時に展開されていた。

 右手に冷気―――ヒャド。

 左手に炎―――メラ。

 拳を握り、それらを前で融合させる。

(――――――っ!!!)

 目の前の暴力的な魔力もそうだが、それ以上に本能で判断出来た。

 これは、危険。

 それぞれは魔法使いであればある程度で再現可能なレベルなのに、それらを反発させず合成させただけでこれほどまでに危険な術となるのか。

 違う、前提が間違っている。

 そもそも二つ同時に魔法を使うのが高等技術。まあ、それは俺がさっきやったようにまだ許せる。

 だがその次。融け合うことすら許さず二つを融合させるには、両方を最大出力かつ全くの同出力で行わなければならない。

 そんなのは攻撃魔法に長けた俺だってまず不可能だ。天性のセンスと途方もない技量がなくては術者が食われる。

 なるほど、流石はダーマ秘伝の禁術。

 スイは両腕を弓のように引き絞る。オリビアに真っ直ぐ向けられた光の矢。

「極大消滅呪文―――」

 そして、手の平を開く。

「―――メドローア!!!」

 消滅という円柱が、大気を、海を、世界を穿った。

 原子レベルから矢の延長線上に存在した全てを消滅させ、水も、衝突していた壁も、その遥か向こうに見える山すら軌道を逸らすことも叶わず抉られる。

 あまりにも強力で、圧倒的な魔法。

 その前では、最強の亡霊さえ無力であった。

 オリビアはそこにいた気配すら消失させ霧散する。

 瞬間、時は動き出し抉れた円柱状の空間に音を発てて海水が流れ込んだ。

「やった、か……?」

 どうやら、今度こそこちらの勝利らしい。

 だがあまりの生命力の強さに、また不意に現れるのではないかと精神が削られる。

「自縛霊なのですから離れれば、どちらにしても攻撃してくるのは不可能になりますが……」

「と、なると岬を超えるまでは油断出来ないのか」

 オリビアの岬、という名まであるのだからこの崖が境界になっているのだろう。

 結局、レイチェス号が海峡を抜けた後でようやく力が抜けて、俺達はその場で倒れるように眠りについた。

「―――安らかにお眠り下さい、オリビアさん」

 どこかで、心優しい勇者の祈りが聞こえた気がした。







 どこからか、水の音がした。

 中身がほとんど入っていないコップをストローで飲むような、ズゴゴゴゴ、という音である。

 そういえばここはレイチェス号の甲板だ。オリビア戦で魔力を使い過ぎてその場で眠ってしまったんだ。

 でも海上であれば水の音など当然。甲板に耳を当ててみれば、さきほどの音が更にはっきり聞き取れる。

 ……なんか、気になる。

 ゆっくり立ち上がって、欠伸を一つ。

 甲板の上では騎士や勇者や姫や賢者が未だ夢の中にいる。姫、お前今回自分ではなにもしてないだろ。アル、君も今日は休みだったが寝むたいなら寝ていなさい。

 寝ぼけた頭で船内に入り、下に降りていく。

 ぴちゃん、と水の音がして床を見れば小さな水溜りがあった。

 どこから漏れているんだろう。大きい戦闘だったから、浸水の一つや二つあって当然か。

 そう呑気に考え、更に一つ下の階へ行く。

 そこは、いつの間にか室内プールに模様替えされていた。

「…………」

 現実を受け止めよう。階段から下が室内プールと化して侵入出来ない。

 目がはっきり醒める。

 まずい。この浸水量はなんかやばい。

「落ち着こう。落ち着こうな、ロビン」

 自分に言い聞かせる。

 そして、息を大きく吸う。

「全員、起きろおおおおお!!!!!船が沈むぞおおおおおお!!!!!!!!」







「無様ですわ」

 それ、俺の決め台詞なんだが。

「姫様、直ぐにどこかの港に入り応急処置をする必要があります」

 艦長が姫に報告する。

 俺が皆に鉄拳ザメハを振るった後、主要メンバーはブリッジに集合していた。

「応急処置?完全修復は不可能ですの?」

「はい。あの規模の破損を完全に修復するには、アリアハンかポルトガの大型ドックに入る必要があるかと」

 あの後大至急調べたところ、オリビアとの戦闘によりレイチェス号は小さくない被害を受けたようだ。そういえば最初の方で思い切り船体を傷付けられていたな。

「でも、どっちにしても遠いいね」

 アルが地図を見て応える。

「行くとすればポルトガが宜しいかと。アリアハンでは大海を抜ける必要がありますので、途中で様子を見る為に適当な場所に停泊するということが出来ません」

 艦長が流石に経験豊富な助言をする。と、ここでスイが小さく手を上げた。

「あの、私がルーラで適当な街まで」「とにかく至急港入りする必要があるのですわね。しかしこの辺は村も町もないみたいですわ」

 姫がスイの発言を途中で切り上げた。あのルーラを知る者ならばナイス判断だと思う。

 アルがこちらを見た。

「ロビンはどう思う?」

 俺か?

 地図を覗き込む。少し遠いいが、ここから大陸沿いに南に行くと村があるようだ。

「ここで応急処置してから出発するしかないんじゃないか?」

「そのようですわね。まったく」

 姫がスイを睨み付ける。顔を青くして俺の後ろに隠れる賢者少女。

 ルーラのミスはこいつの責任だが、その先のオリビアは責任外だと俺は思う。なので好きに隠れさせておく。

「じゃあ艦長、ひとまずここへ向かって下さる?」

「ハッ!」

 テキパキと仕事を開始する船長。それをきっかけに各々は自分の部屋などに戻る。

 最後に残ったアルが、地図を見て村の名を読み上げた。

「最果ての村・ムオルかぁ」



[4665] 十六里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2008/12/21 15:58

 くどいようだが、今日も元気にレイチェス号は暴走していた。






 大規模な船体の損傷など微塵も感じさせない、世界最強の戦艦の威風堂々とした雄姿。

 超然とした風格で前進する船体はそのままムオルの小さな港に突っ込み、小舟や桟橋などの施設を破壊しつつ陸に乗り上げるように停止した。

 しかし世界最強の名は伊達ではない。船体に張り巡らされた厚いミスリル銀の装甲はその程度では傷すら付かず、最新工学に基づいて設計されたそれは一切の歪みも生じさせはしない。

 かつてアリアハンにも存在した大艦巨砲主義的な思想により、予算・技術の上限を度外視して造られた唯一戦艦。

 それが、『レイチェス号』。まさに勇者が乗るに相応しい世界最強戦艦。

「その世界最強戦艦の突撃で、凄い被害が出ているんだが」

 ブリッジから眼下を見下ろし姫に伝える。人間離れした視力で人的被害が出ていないのは確認しているが、それでもこの港が復旧するのにどれほど時間と労力を要するのか。

「仕方がありませんわ。このサイズの船が入港すること自体、無茶なのですから」

 それはそうだが。だからと言って乗り上げることはなかろう。

 俺の呆れ顔を嘆息と共に、慈悲深げに姫は宣う。

「愛玩動物一号。いいことを教えて差し上げます」

 姫はまっすぐ俺を見据える。その瞳はどこまでも澄んでいた。

「世の中、大抵の問題は金で解決します」

 こいつ最低だ。







 家から飛び出して来た村長らしき老人と姫が対峙する。

 場所は村のど真ん中。老人は顔を青ざめさせ、杖を握る手は細かく震えている。

 対し、姫はいつもの笑顔。十人いれば十人が惚れるような、可憐なそれを振り撒いている。

 俺と勇者と賢者少女は一歩引いて俯いている。勇者と賢者少女は申し訳なさから。俺は関わりたくないから。

「ご、ご、ご、ご、ご」

 どもり過ぎだ、老人。

「ごごご、ご用件は何用で如何なさいましたか、お姫様」

 むしろ哀れになってきた。もう帰っていいぞ、俺達が後始末はするから。

「話が早くて結構ですわ、村長様」

 姫はにっこりと嗤う。

「実は、私の大切な船が少しばかり壊れてしまいましたの。応急処置は済んでいるのですが、何分大きな損傷なもので一度港に停泊した上で更に応急処置をし直すべきと判断した次第ですわ。ですから、その間この村の港を貸して頂きたいのですの」

 借りるもなにも、もう占拠しているよう見受けられるが。

 村長の後ろでは「明日からどうやって魚を取ればいいんだ」と嘆く漁師達。当然港にあった舟はすべてレイチェス号に押し潰されている。

「み、港をお貸しすればよいのですか?」

「はい。私達も困り果てております」

 じゃぎん、と姫の後ろに控えていた多くの騎士達が一斉に抜刀する。

 姫は王子を射止めるような、はにかんだ笑みを浮かべる。

「温和かつ人道的な返答を期待させて頂きますわ」

 やっぱこいつ最低だ。







 応急処置はしばらく時間がかかるらしい。

 しばらくは丘の上での暮らしになるということで、村の隣に張ったベースキャンプに私物を移動させる。

 これから僅かな間とはいえ自室となる三角テントの小さな室内を眺め、思わず溜息が洩れた。木の壁のある生活は一瞬だったな。

 荷物などあってないようなものなのですぐ暇になる。村でも散歩しようか。

 村では避けられた。子供には逃げられ、大人には敵意の籠った目を向けられる。まあ魔族なのだし気にはならないが。

 だが、アルはどうだろう。人のいい彼女はこんな目を向けられて苦しんではいないか。

 その考えに至ると、いてもたってもいられなくなった。村中を走ってその可憐極まりない姿を探す。

 いた。

 メイド服に包まれた均等の取れた肢体。

 いかんせん悲しい胸元の平原。

 人形のように美しい顔立ち。

 なにより、その心を温かくしてくれる笑顔。

 思わず見とれ、そして2秒後に蘇生した。

「アル」

 俺に気付き顔を上げる。

「ロビン。どうしたの?」

「いや。……なにをしているんだ?」

 彼女の様子は特に問題なさそうだった。どうやら村人の手伝いをしているらしい。

「船が沈没しかけてて緊急事態だったとはいえ、村の人達にはご迷惑をかけてしまったから。お詫びも兼ねて、武器屋さんのお手伝いをしているの」

 なるほど。それはそれでアルらしいか。

 俺が惚れた女なのだ、変に心配するのはむしろ過小評価した侮辱行為に当たるか。俺もまだまだ修行が足りない。

 見ると、彼女が持ち上げているのは武器の入った木箱だった。かなりの重量がありそうだ。

「俺も手伝おう。力仕事だろ」

「うんん、いいよ」

 断られた。寂しい。

「それより船から荷物を降ろすのを手伝いに行ってくれる?あっちの方が今は大変そうだから」

 ふうむ。俺としてはアル以外を手伝う理由などないのだが。それでも頼まれた以上断る理由はないか。

「承知し……た?」

「どうしたの?」

 返事の途中、俺の視線は木箱の一つに納まった兜に集中していた。

 どこかで見たことがある、そんな気のする角の付いた兜。

 なぜか気になる。

 手に取って、あらゆる方向から眺める。……なんだろう?

「あっ、それは駄目だよ!大切な預かり物なんだ!」

 恰幅のいいオジサンが駆けて来た。

「別に武具の取り扱いくらい心得ている。それより、これはなんだ?」

「それはこの村に昔来た戦士様の忘れ物だ。武器屋に置いてこそいるが、売るつもりはないよ」

 買うつもりもないが。

「大切になさってるんですね。その戦士様と仲がよろしかったんですか?」

「ああ、俺だけじゃない。村の皆、ポカパマズさん……その戦士様のことが好きだったさ」

 照れたように言うオッサン。よほど人気や人望のある男だったのだろう。名前は変だが。

「そうか。また訪ねてくるまで大事にしてるがいいさ」

「いわれなくてもそうするさ」

 返事は当然、即答だった。





 賢者少女が船の上と下を何度も行き来していた。

「それはなんだ?」

「あ、ロビンさん」

 紙に包んだ小さな箱状の物をテントに収めてゆくスイ。

 返事が来る前にピンと来た。

「これは本です。そんなに持ち出せはしませんが、お船にはしばらく上がれないと聞きましたので。移せるだけ移しておこうと思って」

 そういうが、少女の力では一回の往復で運べる量など微々たるものだろう。今だって、数冊を重ねて運んでいるに過ぎない。

 下に移す量が以前見た彼女の部屋の本棚程度だとしたら、終了まではかなりの時間がかかりそうだ。

「今どれくらい進んでいる?」

「えっ?なにがでしょうか?」

「本を降ろす作業だ。全体の何割くらい終わっている」

 言い方が悪かったのか、もう一度確認する。

「ええと、これで半分くらいです」

 あの本棚の半分か、ならまだ時間はかかるな。手伝う仕事はこれでいいか。

「俺も手伝おう。暇でな」

 スイは数秒間目を見開いたままで、その後再起動した。

「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 ところで、その窺うような目はなんだ。俺が手伝うのがそんなに異常か。

「いえ、そんなことはありません」

 ならなんだったのだろう、さっきの視線の意味は。

「お気になさらないで下さい。ロビンさんはやっぱりそういう人ですね」

 くすくすと嬉しげに笑うスイ。

 ……なるほど、子供の無邪気な笑みの下で、「この偽善者が」という風に俺を罵って冷笑しているのだろう。悪女め。





 その流れで、本を運び終えた俺達は同じテントの中で本を読んでいた。

「…………」

「…………」

 沈黙が流れる。

 俺は手元の歴史書をのんびりと読む。人間側から見た歴史というのも面白い。

 ただ、一つ気になるのはさきほどから感じるスイの視線だった。

 魔族と狭いテントで過ごすというのは彼女にとって平静ではいられないようなことなのか、かなり短い間隔で俺と本の間を視線が行き来しているのが気配で解る。

 不意打ちで目を向けてみると、慌てて逸らす。

 そんなに嫌なら言えばいいものを。

「あ、あの」

「どうした」

 ようやく口を開いた。

「そうだ、その、喉渇きませんか?お飲み物をお持ちしますが」

「読み物をしている時に飲み食いは厳禁だろう」

 製本技術がもう少し進歩すれば別かもしれないが、本というのは基本貴重品だ。

 だからこそさっきも一冊一冊紙に包んで運んでいたのだし、読書好きであるスイがそれを知らないはずはないのだが。

 もしや俺を毒殺しようと?まったく、油断も隙もない奴。

「そ、そうですね」

 それだけ言って引き下がる賢者少女。

 沈黙、再び。

 ……なるほど。100年前のあの戦争ではこういう背後関係があったのか。

 ……ふむ。こういう解釈も出来るのだな。

 ……ここは間違っている。あの時魔物が暴走したのは、別の理由だ。

「いい天気ですね」

 ……ん?

「どうした?」

「いえ、いい天気ですよね」

「それがどうした?」

「い、いえ、なんでもないのです」

 しどろもどろして顔を赤く染め本に視線を落とすスイ。

 なんなのだ、さっきから。

 しばらくスイを観察してみる。

 眼球の動きからして本は読んでいない。いつまで経ってもページは進まず、頬を赤く染めてぼうっとしていた。

 風邪でもひいているのか。

「ロ、ロビンさん」

「なんだ?」

「ええと、その」

 スイはテントの中を大きく見渡し、それから今気付いたように手元の本を持ち上げた。

「この本、世界の神話をまとめた本なのです」

「そうか」

「えと、面白いです」

「どんなところが」

「ユニーク」

 なにがしたいのか。

「ほら、見て下さい。この竜なんて、首が8つもあるんですよ。びっくりです」

「ああ、あれは初めて見たら驚くかもな」

「はい。見てみたいですね」

 ようやく嬉しげに笑うスイ。理由は不明だが、俺が興味を示したのがポイントだったらしい。

「見に行くか?」

「へっ?」

 間抜けな声を出す賢者少女。

「丁度時間もあるしな。やることがないというなら、紹介してやるが」

 彼女の持つ本を覗く。

 8つ首を持つ伝説の竜。

 その名を、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)という。





「ここから南にあるジパングという島国に八岐大蛇はいる」

「ジパング、というと黄金の国ですか」

 黄金などなかったが。

 スイと共に旅の準備をする。行程もほとんどが草原なので往復したところでさほど時間はかかるまい。

 厨房でマリーに頼み、保存食を幾らか分けてもらう。

「ナイフ、ランプ鞄に、詰め込んで~♪」

 なぜか上機嫌で歌いながら準備をする賢者少女。そんなに八岐大蛇がお気に入りなのか。

「どうしたの、スイちゃん?なんだかご機嫌だね」

 アルが厨房に入ってきた。一番に反応したのはスイではなくマリー。

「これからロビン坊とお出かけだってさ」

 妙な呼び方をされた。

「へえ、そうなんだ。デート?」

「違う」

 にこにこしながら尋ねるアル。どうやらヤキモチを焼いているらしいな、可愛い奴。

「珍獣見学だ。ここから南にある国に、知り合いがいるんでな」

 言って、思う。どうせなら彼女を連れて行ってもいいのではないか?スイとのことを変に勘違いされたら困るしな。

「アル、お前も来るか?どうせ暇だろう?」

「うんん、いいよ、私は。お仕事があるしね」

 いや、お前勇者だろ。

 仕方がないのでマリーに目配せをする。

 マリーは苦笑しつつも俺の意を汲みとってくれた。流石年増。

「行っといでよ、アル」

「いえ……でも」

 申し訳なさそうな顔をする勇者。

「そもそもアンタは正規のメイドじゃないんだしね。いっつも頑張ってもらってるし、息抜きは必要さ」

 ねえ皆、と後ろを向くと、メイド達は一様に頷いていた。

「えっと、でも……スイちゃん、いい?」

「別に私は構いませんよ」

 どこか不機嫌そうに返すスイ。さきほどまでは機嫌が良かったのに。

 女心は秋の空、というが。そもそも女という歳ではないか、コレ。

「その、それじゃあ。フローラの許可が貰えたら、同行しようかな」

 最大の障害の名が出てきた。





「私も行きますわ」

 ほらやっぱり。

「同じ場所にずっと留まっているなんて、暇……王族としてあるまじき怠慢ですもの。優雅な者は一点には留まってはならないのですわ」

 よく判らない理屈を持ち出し、同行を申し出た姫。こうなるのが解っていたからこいつには話を通したくなかった。せっかくの俺とアルの二人旅(+α)が。

「船の責任者が不在、というのはよくないだろう」

 一応反論してみる。

「勇者が不在、というのはもっと論外では?」

 正論で返された。

「ええと、ジパングですわね。ここから南ということですが」

 嬉々として食道の壁に掛けられた世界地図を見る姫。

 後ろからアルやスイもその国を探す。

「……ここですの?」

「そうだが?」

 怪訝そうな声を洩らす姫。なにかしたか?

「島国、ですわよ?」

「そうだが?」

 皆、なにを問題視しているんだ?

「どうやって海を超えるの、ロビン?」

 アルが代表して訊いてきた。

「どうやってって、飛べばいいだろ」

 俺やアルは飛翔魔法を使えるのだ。スイだってルーラが使える以上トベルーラも使えるはずである。問題はない。

 ちなみにルーラとトベルーラは難易度こそ同程度だが、原理は違う。

 町や村などは大抵、霊地として優れた場所に出来る。霊地ということは当然霊脈も通っており、ルーラはその霊脈をレールとして利用し移動する魔法なのだ。

 故に、制御は大雑把でよく、短時間かつ少量の魔力で瞬間移動を成せる。

 だがトベルーラは違う。霊脈とは無関係な場所を移動するこの魔法は、浮遊・姿勢制御・推進など全て自身の魔力で行う必要がある。だから魔力消費もルーラより大きく、時間もかかってしまうのだ。

 とはいえ、俺やアル、スイほどの魔力量ならこの程度の海峡は簡単に渡れる。

「私はどうしろと?」

「泳げばいいんじゃないか?」

 唯一飛べない姫が睨んできた。怖いって。

「ご冗談でしょう?」

「出来ないのか?」

 この女の体力なら問題なく大洋横断出来ると踏んでいるのだが。

「海水などに入ったら髪が傷んでしまいますわ」

 そんなことか。凄くどうでもいい。

 と思いきや、アルとスイは大きく頷いていた。解せん。

「……仕方がありませんわ。私は今回はお休みさせて頂きましょう」

 なんと、最大の障害と思われた災害が引いた。奇跡である。

「アル、一瞬たりとも気を抜いてはなりませんよ」

「うん。旅の途中で油断したりはしないよ」

「そういう意味ではありません。敵というのは、案外身近にいるものなのです」

 目の前に本人がいるというのに、お構いなしで姫はアルに注意事項を言い渡していた。

 旅先でなにがあろうと、お前には関係ないだろう。というか余計なことをいうな馬鹿姫。







「ドント、クライ~♪」

「レッツ、トライ~♪」

「諦め~、る~な~♪」

 移動中の光景だが、どうでもいいので割愛。







 トベルーラで海峡を越え、ジパングの土地に降り立つ。

 突然村の中心に降りた俺達に現地人は驚いていたようだが、どうでもいい。

「さて、アイツの家に行くか」

「家に住んでいるんですか、その方は?」

 家、というか城、というか。社なのだがな。

「まあ、ついてこい。……アル、うろちょろするな、迷子になる」

 好奇心旺盛な勇者様が勝手にどこか行こうとしたので、手を握る。

 なぜか反対側の手も掴まれた。

「私も迷子になったらいけませんから」

 にっこりと笑うスイ。背景に黒いオーラが見えるが。遂に本性を垣間見せたな。

「爺ちゃん、あれなにー?」

「ふむ、ガイジンの3人家族じゃなあ」

「なるほど、仲良しアルね」

 現地人になぜか誤解された。一人変なのがいたし。





 赤い門が幾つもある道を抜ける。

「この門、城壁があるわけでもないのに意味はあるの?」

「宗教的な物だ。気にするな」

「黄金ではないのですね、建物は」

「信じてたのか。そんなのは迷信だ」

 ジパング講座をしつつ社に足を踏み入れる。

「ああ、靴は脱げよ」

「靴下で建物に入るのですか?」

 珍しげに並んだ靴(木製のサンダルだが)を眺める二人。

「ロビン、やけにこの国に詳しいね」

「前に住んでいたことがあるからな」

 アルの問いに端的に答えると、

「これ、そこの異人よ」

 奇妙な髪型をした男に呼び止められた。

「ここは卑弥呼様の住み家じゃ。立ち入ってはならん」

「その卑弥呼に用事があって来たんだ。ロビンという男が会いに来た、と伝えろ」

 俺の物言いが気に入らなかったのか、一瞬ムッとする男。

「それはならぬ。どこの馬の骨ともしれん異人のために卑弥呼様を煩わせるわけにはいかぬ」

 まあ、当然か。仮にも一国の王だ。ここまでスルーされていた方がおかしい。

「伝えるだけでいい。それで拒否するならすぐ立ち去る」

「……まあ、良いだろう」

 男は近くにいた着物の女に目配せする。女は一礼し、部屋の奥へ向かおうとして―――立ち止まった。

「ふん、久しいな、ロビン」

 純白の上着と赤いロングスカート(実はズボン)……平たく言えば巫女装束で現れた、髪の長い女。

 歳の頃は十代後半といったところか。魔族であるから最後に会った時からそうそう見た目は変わっていないが。

 気の強そうな釣り目に、鼻筋の通った凛々しい顔立ち。

 黒髪は艶やかであり、腰あたりで白いリボンにより結られている。

「生きていたか。……べ、別にほっとした、などということはないからな。勘違いするなっ」

 以前と変わらず「俺を嫌っている」と主張を忘れない彼女こそ、俺の昔からの幼馴染みにして現在この国の王に成り変っている魔族。

「相変わらずだな、卑弥呼」

 そして、ヤマタノオロチその人であった。



[4665] 十七里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2009/06/14 09:19
「それで?」

 卑弥呼は半目で頬突きしつつ俺達を眺めた。

 あれから彼女の案内で、応接間にあたる部屋に通された俺達。

 俺と卑弥呼は正座をしているが、アルとスイの二人は足を崩して床に腰を降ろしている。

 初めは彼女達も郷に入れば郷に従え、ということで挑戦していたのだが、どうやら痺れる以前に巧く座ることすら出来ないらしい。なので卑弥呼承認の上で足を崩させたのだ。

 その、卑弥呼だが。

「アリアハンで消息を絶ってから半年近く、一体どこでなにをしているかと思えば……おなごを連れて優雅に観光だと?」

 いかん、目が据わってきた。

「まったく、せめて連絡くらいよこさんか!この大うつけが!」

「そうだな。心配させたのは謝ろう。すまない」

 一応、素直に謝罪してみる。

「し、心配などしておらんわ!別にお主などどこぞで朽ち果てるのがお似合いじゃ!たわけ!」

 なぜか顔を赤くして必至に訂正される。

 相変わらず嫌われているな。一応こいつは俺の部下、という位置付けなのに。

「ただお主は昔から気まぐれにあっち行ったりこっち行ったり……その、お主がいなくなろうと別に困りなぞせんが、それでも色々落ち着かないのじゃ!馬鹿者!」

 ガー、と吠える卑弥呼。

「仲良しなんですねぇ」

 アル、その評価はどこから湧いて出た?

「……お主は?何者じゃ?むしろこ奴のなんじゃ?」

 卑弥呼はアルを睨む。が、気にした様子もなく彼女は朗らかに答えた。

「アルスと申します。ロビンは私の旅を色々手助けしてくれる、大切な仲間です」

「アルス―――まさか、勇者オルテガの……」

 卑弥呼が驚き、俺を睨む。何故だ。

「どういうことじゃ、ロビン」

「……これはあれだ」

 さて、どれだろう?

「プランGパターン41、第十三項だ」

「……ああ、あれか」

 納得したように頷く卑弥呼。誤魔化せたか。

 ちなみにプランGパターン41、第十三項とは端折って説明すれば「人間のフリして仲間になって、勇者を抹殺しよう大作戦」である。

「これは失礼した、勇者殿。よくぞこのような僻地まで参られた」

 社交用の笑顔で対応する卑弥呼。今更だとも思うが。

「いえいえ。異国の文化を学べて、とても有意義です。いい国ですね、卑弥呼様」

 アルはお世辞の類はそう言わないので、これは本心なのだろう。

「そうかそうか、話が解る勇者じゃのう」

 自分の治める国を褒められて、卑弥呼は嬉しげに顔を綻ばせる。

「でも、どうして魔族が王になっているのですか?」

 空気読め賢者少女。

 卑弥呼のバックにぴしりとヒビが入り、その硬直した笑顔のまま俺の前までやってきた。

 そして俺の首元を掴む。

「ばれてるではないかああああああ!!!!!!」

「まあな」

 首を高速でブンブン前後させる手を払い退け、拳骨で卑弥呼の頭を殴る。

 ゴツン、といい音がした。中身は詰まっているな。

「っ、なにをするのじゃ!」

「落ち着け。これは高々度な作戦なんだ」

 適当に誤魔化そう。

「作戦、じゃと?」

「そうだ。俺は自分の正体を自分でばらしたんだ」

 俺の言葉に訝しげな顔をする卑弥呼。

「魔族と人間は色々違う。価値観、食生活、その他もろもろな。だからこそ、早々に正体を明かして信用させたところで勇者を……」

「なるほど、仕留めよう、と」

 いやいや、射止めよう、と。

 口には出さない。これは卑弥呼が勝手に勘違いしただけ。これでいい。

「そういう会話は、形だけでも密かにするべきでは?」

 スイに突っ込まれる。俺と卑弥呼は特に小声で話していたわけでもないので、なるほど丸聞こえだったろう。

「と、いう冗談だ」

「そうじゃ。嘘じゃぞ、これは」

「うん、解ってる。ロビンはいい人だもんね」

 満面の笑みで頷くアル。

 騙しておいてなんだが、それでいいのか勇者。

「……それで、ロビンさん。この女性が例の?」

 スイが無理に話を変えた。結果的に俺としても好都合なので乗ってやる。

「そうだ。例の、だ」

 スイは卑弥呼を見て「なるほど……」と神妙そうに頷く。憧れの珍獣に出会えて感激しているのだろう。

「なんじゃ?わしがどうかしたのか?」

「気にするな。この旅の目的を一応達しただけだ」

 これで八岐大蛇を見る、という目標は達成だ。この後は観光でもして帰るとしよう。

「それで、感想は?」

 意味は特にないが、興味本位で尋ねる。

「ええと」

 答えに窮する賢者少女。頬を指先で掻き、目をそれとなく逸らす。

「だから、なんなのじゃ!わしになんの用があったのじゃ、童女よ?」

「いえ、その……異なる文化の、位の高い方がお知り合いにいらっしゃるとロビンさんに伺いまして。大変、容姿が凛々しくお美しい方と聞いていたもので是非御眼にかかれれば、と思った次第であります」

 スイは窮地をすげぇぼかした言い方で乗り切ろうとしていた。

 異なる文化、とは文面通り受け取れば『ダーマとジパング』だが、正しくは『人間と魔族』だ。

 位が高い、は『王』ではなく『高位の魔族』という意味だろう。

 凛々しくお美しい……これはよく解らない。ただあの神話の本には挿絵で町を炎で蹂躙する八岐大蛇が描かれていたので、あれをそう評したのではないか。

 つまり、訳せば「魔族の偉い奴が知り合いにいると聞いて、見た目ヤベー化け物らしいし怖いもの見たさで来た」だな。

 だが卑弥呼とて長く生きている魔の眷属。そんな不自然な言い回し、通用するはずは……

 と、思いきや。

「なっ、それを、ロビンが言ったのか!?」

 卑弥呼はなぜか顔を赤くして狼狽していた。額面通りに受け取って照れているのか?

「はい」

 返答するスイからはこれ以上聞かないでくれオーラが発せられている。

 慣れない嘘を吐いたからだ。いや、神の使徒として嘘は辛うじて吐いてないのだが。これはほぼアウトだと思う。

「そうか、そうなのか……いや、思わぬ収穫であったな」

 なぜか何度も確認するように頷く卑弥呼。ふと俺と目が合うと、慌てて逸らした。

「ま、まあ。なにもない国じゃが、ごゆるりとするがよい。目ぼしいものなぞないが、見て回りたいというのであれば案内しよう」

「宜しいのですか?」

 真っ先に反応する勇者。彼女はいつだって初めて接する物に対し興味津津である。

「うむ。わしもそれほど仕事があるわけではないのでな。時間が遅くなってしまうから、行くならばあまり悩む時間はないぞ」

 二人の少女は、同時に頷いた。







「あれが富士じゃ。この国で一番大きな山で、見ての通り活火山じゃな」

 軽く赤い夕陽に染まった富士山を見上げ、スイは感嘆の声を上げる。

「凄いです、綺麗な形をしています」

「そうじゃな。あれほどの大きさで整った形をしている山といえば、ネクロゴンドの火山くらいじゃろう」

 頷き、丁寧な解説を加える卑弥呼。昔からこういうところ、案外細かい。

「ネクロゴンドの火山……お父さんが行方不明になった場所ですか」

 複雑そうな顔で返事をするアル。ネクロゴンドの火山といえば世界屈指の険しさで有名だが、それ以前に父の最後に確認された場所を知らぬはずはない。

「勇者オルテガか……わしは会ったことはないが、彼の者も確かこの国を訪れていたはずじゃ」

「そうなのですか?どのような目的で?」

「さあな。その当時、この国を脅かしていた魔族を成敗する為ではないか?」

 そう言い、俺を悪戯っぽい目で見る卑弥呼。何が言いたい。

「ロビンさん……」

 悲しげに俺を見つめるスイ。そんな目で見られる筋合いはないし、別に大したことはしていない。ない。

「……とにかく、次へ行くぞ」

 卑弥呼の引率で数分歩く。確かこの道の先は……

「ロビンさん!黄金です!黄金の国です!」

「本当だったんだ、ジパングには黄金が溢れかえっているって」

 大きな池に浮かぶように建てられた、2階と3階が金箔張りになっている木造建築物。

 ジパング、といえばこれである。本来は3階のみ?知らんな。

 無論、その他モロモロ名所と呼ばれる場所は全てここから数分で行ける。蝦夷地の摩周湖でさえ精々半日だ。

「残念じゃが、わしの知る限りこれ以外に黄金らしい建物はないな」

「それにこれは比較的新しい建物のはずだ。黄金の国、なんて呼び名は昔からあったからまず別件だろう」

 卑弥呼の説明を補足する。

 そんな説明も気にせずはしゃいで建物に入りこむ二人。普段は立ち入り禁止されているはずだが、卑弥呼がいるので止められはしない。

 3階の窓から手を振るアルに手を振り返してやる。

「あれが勇者とはな」

「意外か?」

「当然じゃ」

 卑弥呼は池に背を向け、柵にバランスよく腰掛ける。

 俺もその横に立つ。

「やれやれ、お嬢様達がはしゃいでいるうちに話すべきことを話してしまうか」

「なんだ、俺に緊急の連絡でもあったのか」

「そういうのではない。単に世間話じゃよ」

 ぺしぺしと腰掛ける柵を叩く卑弥呼。俺もここに腰を降ろせということらしい。

「こうして話すのも久しぶりか。魔族は時間があるとどうしても思い込んでしまうの」

「ま、あな」

 十年前もそうだった。

 人と共に生きていると、魔族がどれだけ時間を無駄にして生きているかが解る。

 脆弱で数ばかり多いが故に、人間ほど全力で生きている知的種族もない。

 俺は、そう思う。

「もう、200歳か、お主も」

「お前は幾つになった?」

「まだ190歳じゃ。というか女に年齢を訊く時は注意せい、馬鹿者」

 上目使いで睨む。

 そういう何気ない姿を見ると、本当に綺麗になった、と感じる。

 それと反比例して、どんどん嫌われていったが。

「覚えておるか?初めて会った日のことを」

「覚えているはずないだろう。何年前だと思っている」

 呆れたように言い返すと、卑弥呼は少し俯いてしまった。

「……180年前じゃ。わしが10歳の誕生日を迎えた日、お主とわしの親がわし等を引き合わせた」

 そうだっただろうか。よく、覚えていない。

「驚いたわ。いきなり男と会わされて、将来お前の主になる男だ、などと言われたのだからな」

 ―――ああ、思い出した。

 魔族間では、世襲制なども多く残っている。親が子の仕事を決めるなど珍しくはない。

 確か……

「わしはそれまで、主の下で完璧に指示に従うことを教えられてきた。じゃが、いざその上司と顔を合わせてみれば、現れたのはさほど歳も変わらん男じゃった」

 卑弥呼は生まれる前から、俺の部下となることが決まっていた。

 親達は彼女に俺の保守をさせるつもりだったのだろう。だが、俺は部下を連れて歩くのを嫌い、一人旅や単独行動が多かった。

 卑弥呼は幼い身で必死にそんな俺の後ろを着いてきた。

 けれど俺と卑弥呼では歩く速度が違った。距離は少しずつ開いてゆき、いつしか振り返っても卑弥呼はもういなくなっていた。

 俺は彼女を裏切り続け、最後までそれを貫いた。

 そして、俺はいつの間にか卑弥呼に嫌われていた。

 そう、これは俺の失態。俺の責任。

 嫌われて当然なのだ。俺は、彼女を立ち止まってでも待つべきだったのだから。

「……たわけ、この馬鹿が」

 目を細め、俺を射抜く視線。

 なるほど、この国を十年治めたことで確かに成長している。この眼差しは、以前の彼女にはなかったはずだ。

「立ち止まるお主など―――ではない。わしが追いかけてきたのは―――」

「……なにか、言ったか?」

 小声故に断片的にしか聞き取れなかった。なんと言ったのか。

「……うつけ者が」

 唐突に酷い言い草である。

「たわけ、この鈍感が。と、言ったのじゃ!」

 耳元で叫ばれた。

「怒っているのか?」

「当然じゃ!」

 すっと立ち上がり、俺を指さす卑弥呼。

「まったくいつまでもふらふらふらふらと!ええい、急にムカついてきたわっ!そこに正坐せいっ!」

「断る」

 無意味に服を汚す趣味はない。

 よく判らない理由で怒り出した卑弥呼を静めることも出来ず、俺達は観光を終え社に戻った。

 保守というか、むしろお目付け役である。







「もう日も落ちたのじゃ。今夜くらいは泊まるがよい」

 そう卑弥呼に言われ、俺達はジパングに一泊することにした。

「すいません、急に来て泊めていただくなんて」

「気にするな勇者殿。わしも社は騒がしいほうが過ごし易い。それに、この国は外来人に対処する設備や店がないからの。もともと半鎖国をしているような国なのじゃし」

 卑弥呼に言われ、俺もそれを思い出した。確かこの国には宿や道具屋など、どんな小さな村でもあるような店舗さえ存在しない。そういう国なのだ。

 俺達は客間を貸し与えられ、運ばれてきた夕食を食べる。

「てっきり卑弥呼も同席すると思ったのだが」

 この社の長なのだから、彼女も同席して夕食を摂るものと思い込んでいた。そう疑問を抱き、女中に訊ねてみる。

「卑弥呼様は、やらねばならないことがある、とのことでした」

 客人を放っておいてまでか。

 この国の文化と照らし合わせても、あまり褒められた行為ではない。とはいえ一国の頂点に立つ者がそうそう遊んでいていいはずもなく、別に文句をいうつもりもないが。

「ロビンさん。これ、なんですか?」

 見てみると、賢者少女が納豆と格闘していた。

「これは腐ってる……わけではないみたいだね。発酵食品?」

「ああ、アルはさすがに判るか」

 メイド服は伊達ではない。いや、本職は勇者なのだからまごうことなき伊達メイドだが。

「うううっ」

 スイは納豆に対し、とてつもなく拒絶反応を示していた。確かに匂いも味も癖のある食べ物だからな。

「無理して食べることはないぞ。聖職者が食糧を無駄にするのはどうかと思うが」

 拒否するならすればいい。その時、お前は神に仕える資格を失うが。

 とりあえず、スイには現実を突き付ける方向でいくことにする。

「ロビン、苛めちゃだめだよ」

「そうだな」

 路線変更。

「貸せ賢者少女」

 スイと自分に出された二食分をご飯にかける。流石に溢れそうである。

「あ、いえ……やはり自分で食べるべきです。目を逸らすわけには」

 スイの目の前に二食分の納豆を差し出してみる。なら食え。

「……無理です」

 無念、と言いたげに俯く。

 納豆云々以前に、盛られた米の量が違う。スイのお腹に収まる量ではない。

 ちなみに、勇者は普通に食べていた。その逞しさが可憐である。

 そんな、何気ない会話を交わしていた折。

「……………………?」

 僅かに、耳朶に届いた。

 女中同士の話声。魔族にしか解らない程度の小声だが、隣の部屋でなにか話している。

 いや、それだけなら普段から幾らでも聞こえている。だが、穏やかではない単語が聞こえた気がする。

 曰く―――

「神隠し―――?」

 呟くと、アルもこちらを向いて頷いた。彼女にも聞こえたらしい。

「どうしたのです?」

 スイが呑気に俺とスイを見比べる。

「……どこまで聞こえた?」

「その……」

 言い難そうに言葉を濁すアル。

 どうやら彼女の耳には俺以上に情報が入ったらしい。

 どうも、気になった。

「話してくれ、アル」

 少し待ってみると、決意したように教えてくれた。

「最近神隠しがあって、八岐大蛇が人を攫っているんじゃないか、って」

 それは、色々な意味で不可解な話だった。







 深夜、お手洗いのふりをしてこっそりと起きる。

 正直、俺はあまりアルの話を信用していない。

 いや、これでは語弊があるか。正しくは、その噂話を信用していない。

 魔族はあまり人を食らわない。それは優雅とは真逆なことであるとされ、人の肉を食らうのは下級の魔物が多いのだ。

 その変わりなにを食らうかといえば、生命力。

 魔力や精神力、精力と呼ばれるものを、相手を傷つけることなく食らう。

 それが、魔族だ。

 まあ確かに卑弥呼のような大雑把なタイプは肉体ごと人間を食らったりもするだろうが、そもそも人を糧にすること自体優雅とはかけ離れたことである。

 そう、例えれば人間が猿を食糧にしないのと同じ。

 面倒な割に、利点がない。

 だから、俺はこの話がくだらない噂でしかないと踏んでいたし、実際訊いてみるとそうだった。

 社を奥まで進む。目指すは、かつての俺の部屋。

 音を発てず襖を開き、就寝中の規則正しく胸を上下させる卑弥呼にそっと近付く。

 傍まで来ても、目を醒ます様子はない。

 俺は彼女の耳元まで顔を寄せ、小さく囁いた。

「―――おい、変種ヒドラ」

「誰が変態ヒドラじゃああ!!!!!!」

 やっぱり起きていたか。この女が不用意に接近を許すはずはない。

 あと変態とは言ってない。

「なんじゃお主は!人がせっかく夜這いかと思って覚悟やらなんやらを決めていたというのに!この覚悟を返せ!」

「知るか。お前が勝手に勘違いして覚悟したんだろう。なんで俺がお前を夜這いしなくてはならない」

「なら夜中に来るな!用事があるなら起きている時に来い!時間など幾らでも作ってやるわ阿呆!」

 一気に捲し立てる卑弥呼。他の人間が起きるから静かにしろ。

「それで、なんなのじゃ。こんな夜中に来るということは、人目を憚う内容じゃろう」

 寝巻の白装束を整え、布団の上に正坐して俺を真っ直ぐ見る卑弥呼。

「解っているなら話が早い。お前、人を食っているのか?」

「……なんの為にじゃ?」

 ぽかん、と呆けた顔をされる。

「噂を聞いてな。この近辺で神隠しがあるらしいが、お前が攫って食っているということになっているらしい」

「―――あほくさ。なぜそんな無意味なことを」

 白けた顔をする卑弥呼。やはり八岐大蛇は無関係か。

「当然じゃ。……それに神隠しの噂については、理由の検討はつく」

「なんだ、そうなのか?」

 思ったより深刻な問題ではないようだ。

「だから、お主らも入って来て構わんぞ。いつまでもそこにいたら疲れるじゃろう」

 卑弥呼が襖の向こうに話しかけると、勇者と賢者が入ってきた。

「あう……ばれちゃってましたか」

「お主の気配は読めなかったが、その童女の気配は隠されてすらいなかったようじゃが」

 一応隠密行動をしているつもりだったのか、スイは驚愕を顔に張り付けている。あれでどうして隠密だと思えるのか。部屋から出る瞬間からして、気配駄々洩れだったが。

「結局気になってついてきた、か」

「うん。ごめんなさい」

「別に構わん」

「その、私も謝罪したいと思います。ごめんなさい」

「……謝罪は、受取ろう」

 スイの言葉に素直に反応するのは気が引けたが、筋は通すべきだ。

「とにかく、そんなに気になるならば案内するぞ」

「何処にだ?」

 卑弥呼は廊下から庭に降りて、古井戸の前に立った。

「神隠しで行方不明になった人間が、夜な夜な娯楽としている場所へじゃ」

 古井戸の奥からは、楽しげな音楽が聞こえてきた。



[4665] 十八里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2009/01/11 15:58
 古井戸を降りると、そこは音楽と光の溢れる遊戯施設だった。

「……ジパングの地下に、いつの間にこんなものが」

 華やかな絨毯に装飾、シャンデリアなどが天井で煌めいている。音楽は軽快に流れ、人々は嬉々として壇上を眺めていた。

 壇上は迷路のようになっており、人が巨大なサイコロを転がして出た目の数だけ進む。

 これは、まさかあれか?

「そうじゃ、あれじゃ」

 卑弥呼は頷き、

「スゴロクじゃ」

 それをあっさり肯定した。





 村人らしき男がマス目を進んでいく。

 部屋の広さは、ゆうに100メートル四方はあろうか。

 人口密度は高くはないが、それでも二桁は人間がいるのが見て取れる。

「まさか、夜な夜なここに遊びに来る奴らの噂が独り歩きして八岐大蛇と繋がりました、なんて言うんじゃないだろうな」

「恐らくはそうじゃろう。噂に関しては先ほど初めて聞いたが、ここに内密に訪れる双六中毒者は多い」

 ……病んでるな、この国。

「でもなぜこのような娯楽施設を?税の還元というには偏ってますし」

 アルの言葉は尤もだ。これでは井戸の底に気付いた一部の人間が楽しむだけである。

「現実はもっとひどいぞ。これは、ある一人が暇と付き合う為だけに作られた空間じゃからな」

 ある一人?

「うむ。……ほれ、あそこにいるじゃろう」

 卑弥呼が目を向けた先にいたのは、十二単衣を着込み壇上に熱い視線を注ぐ女だった。

 歳は二十歳くらいか。気配からして100%の割合で人間である。

 容姿はそれなりに整っている。おそらくは高貴な者なのだろう。あまり大物という気もしないが。

「どなたなのですか?」

 スイが代表する形で尋ねた。

「卑弥呼じゃ」

 は?

「わしが入れ替わる前にこの国を統治しておった、本物の卑弥呼じゃ」

 ……オリジナルがいたのか。

「えっと……でも、卑弥呼さんも卑弥呼なのですよね?」

 そうだ。こいつは180年前に会った時から卑弥呼という名だった。この国限定の偽名などではない。

「偶然の一致じゃ。……むしろこの名前だけが理由で、わしはジパングの管理を申し付けられたのじゃ」

「そんな理由で、か?」

「そんな理由で、じゃ。まったく、外見年齢もなにもかも違うわしが選ばれたせいで、潜入はかなり大変じゃった」

 しみじみと目を閉じ頷いて、彼女は語り出しやがった。

「まず本人に接近するのに現地の文化に関する情報を徹底的に収集。それから変装して社に潜入しこの国の卑弥呼に接触。なんとか傀儡にしてここに移し、人間の卑弥呼の知人全てに暗示をかける。更にあの卑弥呼に関する個人情報を書き換えて……」

「もういい。興味ない、そんなことは」

 俺が制止すると、卑弥呼は俺をジト目で見据えて来た。

「ちなみに、わしをここに寄こしたのはお主の親父殿じゃ」

「すまん。幾らでも話には付き合おう」

 なぜ俺が親父の失態を帳尻合わせをせねばならない。

 世襲制を敷く魔族界の問題点について考えを巡らせていると、卑弥呼(人間の方である)がこちらに気付いた。

「おお、大蛇ではないか」

 随分フレンドリーである。これで幽閉されているといえるのか。

「先程も参られたが、まだなにかあったのかえ?」

 どうやら夕食時に不在だったのはここの管理業務だったらしい。

「いや。紹介しよう、こちらはオルテガの子、勇者アルス。この男はわしの古い知人のロビンじゃ。それと……む、あの賢者の童女はどこへ行きおった?」

 スイが気付かぬ間にいなくなっていた。

 どうして迷子になる時は完全な隠密行動となるのか疑問だ。俺やアルすら気取れないとは。

「まあ、良かろう」

 彼女に関してはスルーが決定された。

「とにかく、久しくこの国に参られた客人じゃ」

「うむ……オルテガ殿の。確かに面影があるのぅ」

 頷きつつアルスの顔を確認する卑弥呼(人間)。

 いや、面影ないから。あんなオッサンとこの可憐な女性の、どこに共通点を見出せる?

「初めまして。アルスと申します。あの、貴女が本物の卑弥呼様なのですか?」

「待て。その言い方はあんまりじゃ。魔族のわしとて、生まれた時から卑弥呼なのじゃぞ」

「あ、ごめんなさい。そういう意味ではなかったの」

 平和だな、世界って。

「そうじゃ。この卑弥呼が来て以来、我はこの地下で酒と肴と娯楽の毎日じゃ」

 駄目人間である。

「その、辛くはないのですか?」

 訊き辛そうにしながらも最重要な要点だけは抑えておく。

「いいや。最初の方は色々不満があったが、卑弥呼は我の注文を可能な限り叶えてくれたからの。むしろ今では働いたら負けだと思っておる」

 駄目駄目人間である。

「その注文の一つが、このふざけた施設か」

「うむ。これだけのものを極秘かつ短期間で作り上げるのには多額の費用と優れた政治手腕が必要不可欠じゃろう。卑弥呼は我の代行を見事にこなしておる」

「いやいや、あまり煽てるな、卑弥呼」

 卑弥呼同士は肩を叩き合いじゃれ合っていた。

 というか税金でこんなの作るな。民の血税を無駄にするな。

「ねえ、ロビン」

 アルが服の裾を引っ張っていた。

「スイちゃん、探した方がいいと思う」

「……そうだな、俺もそう考えていたところだ」

 実はどうでも良かったが、アルの意見は俺の意見である。

 壁に沿って室内を歩く。

 彼女は簡単に見つかった。

「なにをしてるんだ?」

「ひゃっ!?」

 背後から声をかけると予想外に驚かれる。なんなんだ。

「い、いえ、私は神の使徒ですからこういう類は!」

 なにやら弁明しだすスイ。

 ここは、スゴロクの出発地点。

 スイの手にはゴールドパス。また珍しい物を。

「無様だな。聖職者が娯楽に興味を持つとは」

「あぅっ……!」

 痛いところを突けたのか、罪悪感たっぷりの顔で狼狽してくれるスイ。

「そ、そうです……私としたことが、浅はかなっ……!」

 面白いほど苦渋を滲ませ拳を握り締める賢者少女。

 手にしたゴールドパスが軋む。折るなよ、レアアイテムなんだから。

 しかし、確かに彼女は最近はしゃいでいた気がする。聖女としては自重すべきだったかもしれない。

「―――だが、恥じることではあるまい。人が人であることを恥じて、なにを成せるというのだ」

 昼に人と魔物の時間感覚の差について考えることがあったので、ついそんな、らしくない言葉が続いてしまった。

「欲望があるからこそ人は高みを目指すのだ。なにも為さず虚無に支配された者こそ、恥ずべきあり方ではないか?」

 まあ、こういう人間を俺が勝手に嫌いなだけだが。

 スイはポカンと俺を見つめ、それから噛み締めるように目を閉じる。

 なにやら、思うところを与えてしまったようだ。

「そう、ですね。それもまた、真理の一つなのでしょう」

 そして、頭を深く下げる。

「ロビンさんには、とても敵いません」

 よく解らないまま降伏された。

 スイは数秒考える素振りを見せ、スゴロクの上に立つ。

「それでは、挑戦してみますね」

 小さくガッツポーズをするスイ。

「スイちゃん、頑張って」

 応援する勇者。

 スイは大人でも大きいと思えるほど巨大なサイコロを放り投げる。案外軽い素材で出来ているらしい。

 何度が弾み、サイコロが止まる。

 出た目に従い、彼女は壇上を進む。



 落とし穴だった。



 抜けた床を視認したあと、落下までの刹那に俺とスイは視線を交わした。

 一回目から大当たりで、涙目のスイ。

 俺は、そんなスイに笑みを浮かべ頷いてみせる。

 断末魔を響かせ、賢者少女は奈落の底に落ちていった。

「祝福しよう、賢者よ。見事な最後だった」

 後ろでは、人や魔族無関係に皆一様に頷いていた。





 卑弥呼の私室で緑茶を啜っていると、ふと奇妙な扉を見つけた。

『魔の眷属以外立ち入り禁止』

 関係者以外立ち入り禁止、みたいなノリでさらっと書かれているが。卑弥呼は自分が人外であることを隠す気があるのだろうか。

「おい、卑弥呼」

「「なんじゃ?」」

 同時に返事をされた。ややこしい。

「大蛇」

「なんじゃ?」

「あの扉はなんじゃ?……なんだ?」

 言葉使いが移ってしまった。

「ああ、あれか?あれは富士の地下に繋がっておっての。たまに休むのに使う通路なんじゃ」

「ああ、なるほど」

 卑弥呼のような炎の属性を持つ魔族は、人間向けの建物より火山の内部などの方が快適に過ごせる。

 そういえば俺もよく火山の洞窟でのんびりしていたな。

「久しぶりだし、行ってみてもいいか?」

「元はお主が力技で作った洞窟じゃろう。好きにせい」

 今の管理人もそう言っているし、そうさせてもらおう。

「ねえ、私も行っていい?」

 アルが興味を示してきた。

「む……しかしのぉ。人間には少しばかり過酷な環境じゃぞ?」

「危なそうならすぐ戻るから。駄目?」

 その上目使いの懇願するような目は反則だと思う。

「いいぞ。いざとなれば、俺が守る」

「うん。ありがとう、ロビン」

 卑弥呼(本当にややこしいが大蛇の方だ)が眉を潜めて俺達を見ていた。スイもたまにそういう目をするし、やはり俺達が相思相愛なのは色々逆境が多いのだ。





 溶岩が流れる洞窟を進む。

 焼け溶けた岩石が川となり、圧倒的熱量と共に洞窟内を赤く照らす。

 俺はともかくアルは落ちたらさすがにまずいので、手をしっかりと繋ぐ。

「私、そこまでドジじゃないよ?」

「いや、その服を見るとなぜか転びそうな気がしてな……」

 運動神経がいい彼女は転ぶどころか躓くことすら滅多にないが、それでも用心に越したことはない。

 多少上機嫌で歩いていると、目的の場所はすぐに着いた。

 壁に設置された松明に魔法で火を灯す。

 そこは岩で作られた祭壇だった。

 絨毯が敷かれ、玉座のように構えるそれは大きさからして人間用ではない。

 というか、俺用。

「懐かしいな。もう十年も来ていなかったのか」

 あの頃俺は、仕事を終えると必ずここで寝ていた。

 そう。あの男が来たのも、俺が就寝していた時である。

「俺がここで休んでいたらな。あの男はこともあろうか声を掛けるでもなく襲いかかってきやがったんだ」

「あの男?」

「勇者オルテガだ」

 ここは、あの男と初めて会った場所。

 そして、俺が初めて人間に負けた場所。

「オルテガはなにを考えたか、俺に戦いを挑んできた。―――まあ、返り討ちにしてくれたが」

「負けたの、お父さん?」

「一度はな」

 その数か月後、オルテガは再び現れた。





『しつこい人間!暑苦しい顔を張り付けていちいち来るな!』

『黙らんか魔族!我がレベル上げの糧となるがいい!』

『お前それでも勇者か!それでも正義の味方か!』

『たわけっ!次のイベントに進むにはお前が邪魔なのだ!』

『知るか!だいたい次のイベントってなんだ!?』

『亡国の姫を助け、ローザの愛を手に入れる!』

『いや、お前、既婚者だろう!?』

『悪いか!!!!!』





「今となっては、いい思い出だ」

「そうなんだ」

 苦笑しつつも、相槌を打ってくれるアル。

 あの時会った人間の娘と、十年経った今こうして旅をしているのだ。

 縁とは、いつでも不思議なものである。

「ロビン、お爺ちゃんみたい」

 失礼な。まだピチピチの200代だ。

「とにかく、俺はオルテガに負けた。それまで人間に負けるなど、考えたこともなかった」

 俺はオルテガという男に興味を持った。暇さえあれば強襲して戦いを挑んだ。

 途中から面倒になり、一緒に並んで旅をしていた。

 いつもケンカばかりしていたが、それでも今思い返すとなぜだか楽しかった気がする。

 この旅も、いつかそうやって思い返す日が来るのだろうか。

 そう思うと、少しばかり寂しかった。

「―――でも、ロビン。ロビンは昔この国に住んでいたんだよね?」

「そうだが?」

「勝手にお父さんの仲間になって良かったの?」

「仲間じゃない、腐れ縁だ。間違えるな」

 訂正すると、「ツンデレだねー」と笑うアル。

 だからそれはどういう意味だ。国語辞典にはなかったぞ。

「その単語はともかく、勝手に役職を放り出して世界を回るのは褒められた行為ではないが……俺は魔族の中でも意外と偉い方でな。ジパングにいたのはむしろ経験を積む為だったんだ」

 どの道、その後は各地の魔物分布を調節するという役職に就くのは決まっていた。ジパングを抜けた俺は自動的に実地研修の終了予定を繰り上げて昇進し、その後任として卑弥呼がこの地に来たのだ。

「―――そろそろ帰るか」

「もういいの?」

 さっさと背を向け、祭壇を後にする。

「ここにはなにもない。俺達が目指すのは、少なくともこの先ではない」

「そう。ロビンがそう言うならいいんだけれど」

 アルは軽く駆けて俺を追い越し、覗き込むように笑った。

「でも、私は来てよかったよ。きっとこの場所は、確かに未来に続いてる」

 それは、いかにも人間らしい笑顔だった。







「ゴールしました!!」

 スゴロク場に戻ると、スイがスゴロクをクリアしていた。

 歓声を上げる地元住人に笑顔でピースして答えるスイ。

 それを微笑ましげに眺める卑弥呼×2。

「今戻った」

「む、ロビン。どうじゃった、久しい寝床は」

 別にどうということでもない。

「懐かしかった、とだけ言っておこう」

「相変わらず気取った男じゃのう」

 どこがだ。

「スイはずっとスゴロクをしていたのか?」

「うむ。彼女も立派な中毒者じゃ」

 支配人に太鼓判を押された。

「あっ、ロビンさん、アルスさん!見て下さい、こんなに景品を頂きましたよ!」

 スイの後ろを見ると、山のように景品が積み重なっている。

「貴重な物も多いが……どうやってレイチェス号まで運ぶ気だ?」

「―――あ」

 失念していたのか、景品の山を見て固まる賢者少女。

「ええと。その、どうしましょう」

「必要な物だけ持って帰ればいいんじゃないかな」

 アルが提案する。しかし、この中で必要な物?

「俺達はほどんど装備品が固定されているからな。正直、あまり必要ない」

「うう、そうですか」

 せっかく貰ったのに、と項垂れるスイ。しかしすぐ顔を上げ、一つの小さな桶を持ち上げた。

「見て下さい、これはジパングの近くの国で食べられている漬物だそうです!景品にありました!」

 それがどうした。

「この漬物石、見覚えがありませんか?」

 スイがそれを持ち上げる。それは、確かにいつか見た量産品の漬物石―――

「あっ」

 ぽろり、とスイの手から漬物石が落ち、中の漬物に突入した。

「「「「「「……………………」」」」」」







 アルスは、赤い漬物石(キムチまみれ。4つ目)を手に入れた!







 深夜、目が冴えてしまった俺と卑弥呼は(何度もいうが魔族は夜行性である)キムチなる漬物をつまみに日本酒を楽しんでいた。

 人間であるアルとスイは明日に備え既に夢の中。なので、会場は卑弥呼の寝室だ。布団も出しっぱなしである。

「ほれ、お酌くらいしてやるぞ」

「いらん、自分で注ぐ」

「お主、本当に空気が読めんの」

 勝手に注がれる透明な液体。こういうのはゆっくり飲んでこそ、だろう。

「酔っているな」

「酔ってなどおらん」

 俺に酌をするなど、普段の卑弥呼には考えられない。なんせ嫌われているのだから。

 彼女はくすくす笑う。

「本当に、お主は死んだ方がいいな」

 実に嫌われている。

「そういうところは死なねば治らんか、死んでも治らんか……遠いの」

「なんだ、お前にも夢とか目標があったのか?」

「夢の一つや二つはあるわい」

 それは気になるな。

「酒の肴に聞かせろ」

「お主、最低じゃな」

 ずばっと言い切られた。

「まあ、よい。わしの夢は、な……」

 天井を見上げる。白い喉元が眩しい。

「可愛いお嫁さんじゃ」

 ……ふ。

「ふはははははははははははははははははははっ、はははははははっ、はh」「黙れ」

 寝ている者達の迷惑にならないように腹を抑えて必死に押し殺し笑うと、思い切り握り拳で殴られた。

「くくっ、しかしお嫁さんか。可愛いお嫁さんか」

「ぬっ。お主に話したのは間違えじゃったな」

 不機嫌になった卑弥呼をなんとかしようと、言葉を探す。

「いや、案外似合っているのではないか?そうしていると、実に扇情的で美しい」

 酒が回り、少し体勢を崩して頬を赤く染める卑弥呼はなかなかに色っぽかった。彼女の意外と肉感的な体つきとそれを包む白装束が、濡れ場的なものを連想させるのかもしれない。

 って、俺も酔っているな。コレに欲情しかけるとは。

「なら、襲うか?」

「断ろう。あとが怖そうだ」

 お主の子じゃ、と赤子を渡されたら死ぬ。死ねる。

「そうか。残念じゃの」

「気もないことを言うな」

「いやいや。お主の子を孕めば、将来は安泰じゃからのお」

 少し背筋が凍った。養育費、という言葉が頭を過る。

「冗談じゃ。そんな理由で子を成すほど落ちぶれてはおらん」

「……ならいいが。あまり心臓に悪いことをいうな」

「ふん、3つもあるのだから一つ止まったところで問題はあるまい」

 あるだろ、色々と。

「ああ、もう。お主など死ねばいいのに」

 実に爽やかな笑顔でコップを掲げ宣言される。マジで嫌われまくっているな。

「残念ながら死ぬ予定はない」

「当然じゃ。死んだら殺す」

 よく、解らない。

「お主の方がよほど酔っておるな。普段はこんなに正直ではなかろう」

「そう……か……?」

 目の前がクラクラしてきた。

「よい。片付けはわしがするから、お主はもう寝ろ」

「なに、を……俺は……」

 急に瞼が重くなり、敷いてあった布団に倒れこむ。

「やれやれ。お休み、ロビン」

 ―――ああ、おやすみ。







 翌日、起きたら目の前に秀麗な黒髪の女が寝ていた。

 なにがあった。なぜ、俺が卑弥呼と同衾している!?

 頭が痛くて思い出せない。酒を飲んでいた記憶はあるのだが……

「ロビン、朝ご飯だっ……て……」

 唐突に襖を開いたアルが、同じ布団で寝ている俺達を見て凍りつく。

「失礼しました。ごゆっくりどうぞ」

 姫に教育されたのであろう、プロメイドの顔で一礼し退室するアル。

「違う!アル、違うんだこれは!」







 なんだかんだで旅立ちの準備も完了し、村の中心まで卑弥呼に見送られる。

「また来い、勇者殿、賢者殿」

「はい、卑弥呼さん」

「お元気で。お体にお気をつけて」

 女三人はいつの間にか仲良くなっていた。

 ちなみにアルの誤解は解けた。解けた……はず。

「解ってるよロビン」と笑顔でさわやかに返されたのは、「もちろん卑弥呼とはなにもなかったと信用している」という解釈でいいはず。いいのだよな?

「お主も。怪我するなよ」

「心配するな。俺を誰だと思っている」

「心配などしておらん。ただ周りの足を引っ張るなと言っておるのじゃ」

 さようか。

「じゃあ、もう行くぞ」

「うむ」

 一歩、二歩。卑弥呼が俺達から後退する。

「ああ、そうだ。ロビン、一つ聞かせろ」

「なんだ?」

 まだなにかあったか?

「プランGパターン41、第十三項。あれ、嘘じゃろ」

「……なぜ?」

「長い付き合いじゃからの」

 サラリと言われ、少しショックである。バレていないと信じてたのに。

「勇者殿、一つよろしいか?」

「なんですか?」

 急に振られ小首を傾げるアル。

「人の寿命はせいぜい100年。じゃが、魔族は1000年以上生きる」

 魔族の成長感覚はおおよそ人間の十倍とされている。更に魔王クラスなどは4桁生きてもおかしくはない。

「元よりお主らは違う種族。その関係を否定はせぬが、実際問題最後まで付き合えるのは同族なのじゃ」

 卑弥呼はアルを真っ直ぐ指さす。

「わしは、負けん」

 それだけ言うと満足したのか、彼女は頷いて社へ戻って行った。

「……え、えと。どういう意味だったのかな?」

「さあな。あいつの動言一つ一つに意味を求める方が間違ってるぞ」

 二人して首を傾げていると、スイがぽつりと呟いた。

「なんというか―――不憫です」



[4665] 十九里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2009/01/11 15:59

 そろそろ断る必要もないと思うが、レイチェス号は今日も元気に迷走していた。

 いや、違うか。今回の航海は明確な目的地があるのだった。

 大陸の更に彼方、二つの大洋を超えた先に存在する巨大な港を備えた城下町。

 王国・ポルトガ。

 大規模な周辺人口の密集地であり、そして世界最高を誇る造船国である。

 ……などと言ったら姫が叫ぶこと間違いなしなので、間違っても口には出さない。

「由々しき事態ですわ!」

 夕食中、姫が結局叫んだ。





 ムオルを出港して一週間。一応の応急処置を終えたレイチェス号は、これから未開の大陸に沿って世界地図の端を超える。

「旅を始めてもうかなり経つというのに、未だに当面の目的すら果たせていませんわ!」

 食堂の上座で拳を握り力説する姫。

「「「当面の目的?」」」

 三人揃って復唱する。

「……ああ、オーブだな」

「……オーブだね、目的といえば」

「……魔王打破の為、私達に時間はないのですからね」

 三人揃って頷く。

「あなた方……今、忘れていませんでした?」

 虎すら失神するのではないか、という目で俺達を睨む姫。

 それに俺達は淀みなく応える。

「そんなことはない。オーブのことを忘れた日など一日もない」

「勇者だもの。いつだってオーブはおのれのつよさの中に刻まれてたよ」

「ごめんなさいっ……!ほんとは忘れてましたっ!」

 姫の殺気に一人陥落した。

 涙目の賢者を引き摺って退室する姫。5分後、姫が一人で戻ってくる。

「ですが、私達はこともあろうか6つもあるというそれを、まだ一つも見つけられていないのです!」

 確かにそうだ。この調子では全て揃うのはいつのこととなるか。

「ですから、私は独自に調べましたの。オーブを効率よく手にするにはどうすれば良いのか、騎士隊の皆さんを使って」

 騎士隊に頼んだのなら独自とは言わない。

「私は資料室を、寝る間も惜しませて探させましたわ」

 最近レイドがぐったりしてたのは寝不足か。

「そして見つけたのです!オーブ探究の鍵が、これから向かう未開の大陸に存在するという情報を!」

「アル、このムニエル美味いな」

「そう?良かった、いいお魚が釣れたんだ」

 無視してアルとの会話を楽しむ。和食派の俺としてはやはり魚は嬉しい。

「行きますわよ!魔王を倒す、第一歩ですわ!」

 叫ぶな。片足をテーブルに乗せるな。

「魔王を倒せば私達は世界の恩人!」

 それで?

「即ち、最早アリアハンの世界征服は完了も同然!」

 本音が出た。

「さあ、行きますわよ!名もなき未開の大陸へっ!」

「フローラ、テーブルに登っちゃ駄目だよ。白い布は、靴の跡とか汚れが取れにくいんだから」

「そんなことは些事ですわ!」

 やおら、勇者は立ち上がった。

 スタスタと真っ直ぐに部屋の中に存在する柱の前に立つ。

 それを片手で掴み、粘土のように握り潰した。

「フローラ?」

「私が間違っていましたわ。謝罪致します」

 ほのかに怒気を纏った勇者に、姫は即座に頭を下げた。

 柱はひしゃげて、内側には鉄筋が覗いている。

 こういう時、我が伴侶はなかなか怖い。







 船が泊まれる場所が見当たらず、仕方なく俺達は小舟で大陸に上陸した。

「ではレイド騎士隊長。捜索を開始なさい」

「ハッ!」

 ビシリと敬礼を決め八方に散らばる騎士共。レイドも大変である。

「私達も参りましょう。時は金なり、ですわ」

「えっと……どこに?」

 唐突に出発を宣言した姫に、アルが問う。

「騎士隊の人達に一帯を調べてもらう、っていうのは説明されているけど。私達もそのお手伝い、っていうわけではないんだよね?」

「当然ですわ。私達が狙うは本命。レイド達に任せたのは、あくまでどうでもいい範囲です」

 最初から徒労で終わることが確定しているレイド達騎士隊が不憫でならないのは俺だけか。

「最も、これとてあまり信用出来る情報ではないのですが……この先にある泉には、なにか不可思議な力があるそうです」

「それが、オーブを探す鍵になると?」

「憶測ですわ」

 いまいち本人も納得出来ないソースのようだ。

「とにかく、行ってみねば真相は解るまい」

「解っていますわ」

 結論を出し出発する姫。

 ちなみに荷物は俺が持つらしい。一体なにが入っているやら。







 一行は森林を歩く。

 先頭に姫。続いて勇者。そして俺。最後尾がスイ。

 その、最後尾が問題だった。

「ヘーイ、ロビーン!ゲンキデスカー!?」

「…………」

「オーイ?キャンユーリッスーン!?」

 スイはずっとこんな調子だった。

 目に生気がない。虚ろな瞳は虚空を眺め、口元は半分に切ったスイカのように笑顔。

「あー……OK、OK」

 適当に相づちを打つ。

「ウエリー!?オオノー!カミハシンダ!」

 お前、神官だろ。というか、どうみても洗脳されている。

 姫を伺い見る。こいつが犯人なのは確定している。

「なんですの?」

 視線に気付いた姫が訝しげに睨み付けてくる。

「お前、コイツになにをしたんだ?」

「アイアム、モーマンタイ!!」

 シャーラップ。

 ああ、と小声で頷く姫。

「大したことではありませんわ。最近弛んでいるようでしたので、矯正し直したまでです」

 まず碌なことは吹き込まなかったのだろう。

「失礼な。ただ、未開の地仕様にしたまでですわ」

 この土地はこんな奴ばっかりなのか?

「イエェェェェェッ!!!」

 黙れ、下等生物。

「アイルビー、バアック!」

 ああ、ウザい五月蠅い黙れ静かにしろ。

「ヘーイ!ジゲヨサーン!カモー」「カラミティ・エンド」

 手刀を叩き込み気絶させる。本来は魔力を要いる技だが、今回はさすがにそこまではやらない。やったら冗談抜きで首が折れる。千切れる。

「辛子味噌・遠藤?」

 勇者よ、それは食べ物か?人か?

「とにかく、調教し直せ。もう少し言葉が通じるように」

 首根っこを掴んで押し付けるようにスイを示す。

「まったく、我儘ですわね」

 今信じられない評価をされた気がする。

「それに調教ではなく矯正ですわ。アブノーマルな方向へ向けるつもりはありません」

 このパーティに入った時点で手遅れだと思うが。

 スイと荷物を背負い、更に歩く。

 森の中に光が増し、異質な空間が近付いていると察知出来た。

「というか、いつも俺がこいつを背負ってないか?」

 背中でグースカ寝ている少女を揺らす。「あはー」とか、変な声が漏れた。

「それだけ相性がいいってことだよ。きっと」

 それはない。ないったらない。

 木を潜り抜けると、そこにあったのは澄んだ泉。

 さほど大きくはない。木々の隙間から洩れた日が幻想的な、穏やかな空気を持つ空間。

「これが、お前が言っていた泉か?」

「さあ。貴方の方がはっきりと判断出来るのではないですの?」

「こういうのは賢者の仕事だ」

 なぜかリタイアしているが。実行犯は俺だが、原因は俺ではない。

 仕方がなく俺が確認する。確かに、あまり普通の泉ではない。

 なんと言えばいいのか―――澄んでいるのだ。

 物理的に不純物云々、ではなく。

 水中に居るのは水の精霊。それは常識だ。

 だが水中に気体が溶けている以上少なからず風の精霊も紛れているものである。また、泥水であれば土の精霊もいる。さすがに火の精霊はいないが。

 それが、この泉からはない。

 本当に純粋。そうとしか言いようのない、普通過ぎて異常な泉だった。

「さ、て。そろそろお時間ですわ」

 姫がアルに目配せすると、彼女はすぐさま俺の荷物からお弁当の用意をする。

「……捜索ではないのか?」

「腹が減っては戦は出来ぬ、ですわ」

 むしろ討ち死ね。というかルザミでも似た展開だったな。

 手早く準備をするアル。仕事に勤しむ女性は美しい。

「はい、出来上がり。ロビンは和食が好みだって言うから、おにぎりも用意したんだ」

「む。感謝する」

 さすが我が伴侶。気が効く。

 手を洗い、一つ持ってかぶり付く。洗わずに掴むと怒られるのはもう学習済みだ。

「食事前の挨拶を忘れなければ完璧なんだけれどね」

「うむ。頂きます」

 もう一口。中身は筋子か。やるな。

「う……ん」

 スイがうめき声を洩らし、目を僅かに開いた。

「……アス・ファ」「カラミティ・エンド」

 即刻退場。

「でも、なんの変哲もない泉に見えるのだけれど」

「そうですわねえ」

 泉を覗き込む姫。背後から突き落とそうかと一瞬本気で考えた。

「見たところ、泉の周辺にはなにもなさそうですわね。オーブが転がっていれば話は楽だったのですけれど」

「そもそもオーブがどういう形状か、それすら判らないんだ。探しようがない」

 負け犬思考ですわね、とナチュラルに切り捨てられる。本当に突き落とそうか。

「二人とも、お茶は飲む?」

「頂きますわ」

「頂こう」

 アルは水を汲む為に泉の側にしゃがみ、水面を眺めて止まった。

「……どうした?」

「えっ?うんん、ちょっと思い出したことがあって」

「なんですの、アル?どんな些細なことでも構いませんわ、教えて下さいな」

 しばし逡巡し、アルは俺が背負っていた荷物袋から一本の剣を取り出した。

「それは―――牢獄島で手に入れた剣か」

「うん。精霊、って聞いてもしかしたら関係があるんじゃないかなと」

「でも、水の精霊と土の精霊ではお話が別ではありませんこと?」

 顎に手を当てて考える。

「いや。確かにそうかもしれないが、試してみる価値はあると思う。その剣は武器というより、それとはまったく別の用途に使うのが正しい使用方法なんじゃないかと思うんだ」

 武器としてはお粗末だが、四大精霊の祝福を帯びる剣がそれだけで終わる品なはずがない。なんらかの正しい使用法があるのは間違いないと考えられる。

「それじゃあ、投げ込んでみるね」

 アルは泉に近付き、

「きゃあ!?」

 盛大に水飛沫を上げて落ちた。

「ドジっ子メイドに目覚めましたわ!?」

 なにか言っている姫を無視して、あわてて駆け寄る。

 すると、水が隆起して人型となっていった。なんだなんだ。

「―――オリビアかっ!?」

「クッ!こんな大陸まで追って来るなんて!」

 咄嗟に警戒するが、形作られたのはオリビアとは別の女性だった。

『―――私は泉の精霊』

 らしい。

『貴方が落としたのはこの……』

 片手を水に突っ込み、それを持ち上げる。

『勇者アルスですか?』

 青と黄色の服に紫の外套。色気の欠片もない、いかにも勇者な姿のアルが現れた。

『それとも……』

 もう片方の手を突っ込み、再び持ち上げる。

『給仕アルスですか?』

 今度は見慣れたメイド服のアルだった。びしょ濡れの服がエロい。

 俺と姫は顔を合わせ、頷く。

「メイドだ」「メイドですわ」







 調査は徒労に終わった。

 泉では妙な精霊にからかわれただけで終わり、精霊が去った後、姫は泉にありったけの手榴弾を投げ込んで満足げに頷いていた。

 大地の剣(正式名称が判らないので、一応こう呼ぶ)は泉を覗き込んでも見つからなかったので、そのまま捨て置いた。別にこれから必要になるアイテムでもあるまい。

 船の私室で、ベッドに横たわり天井を眺める。

 魔族は暇を潰すのが得意だ。それはどうでもいいことに生き甲斐を見出すことであったり、ただぼうっとしていることであったりと様々だが。

 このまま寝てしまおうか。いや、そろそろ夕食の準備が始まる時間帯か。

 ベッドから起き上がる。アルの手伝いをしよう。

 身嗜みを整え、部屋から廊下に出る。

「あ、ロビン」

 いきなりアルと出くわした。

 彼女も隣の部屋から出る瞬間だった。奇遇である。

 というか、今更だが隣はアルの部屋だったりする。こういうところに運命を感じるあたり、俺もロマンチストだな。



『性格は「せけんしらず」っと』



「…………」

 誰だったか、今の言葉を言ったのは。

 なんだか今頃になってムカついてきたんだが。本当、誰だった?

 ……まあ、いい。

「これから夕食の準備か?なら手伝うが」

「いいの?ありがとう!」

 何度同じ問答を繰り返しても、彼女は本心から笑顔でこう言ってくれる。誰にでも出来ることではない。

 アルと共に厨房へ向かう。俺もすっかりここの顔馴染みとなってしまった。

「そんじゃあロビン、アンタはそっちで皿を洗いな!」

「承知した、マリー」

 一枚一枚、丁寧かつ素早く洗う。真水は貴重なので節水を心掛けるのも大切だ。

 アルの様子を見る。勿論手は止めない。

 だが視線を逸らそうと問題はない。半年以上皿洗いや皮むきを続けた俺は、既に心眼を以って作業をする領域へと昇華されていたのだ―――!

 と、いうのはどうでもいいとして。

 アルはおもむろに赤い漬物石を取り出した。漬物でも作るのかと思えば、そうではないらしい。

 漬物石の丸い部分を使い、パン生地を叩く。

「それ、使い方間違ってないか?」

 漬物を漬けるという本来の目的以外で使えば、最悪破損の危険すらある。保証の対象外となるし、あまりお勧めは出来ない。

「でも、これ結構万能器具なんだよ?凄く頑丈だし、他にも色々使えるし」

 アルに合わせて視線を向けると、確かにメイド達は漬物石を様々な方法で活用していた。

 あるメイドは裏の平らな部分をまな板に。

 あるメイドは翼の部分を包丁として、キャベツを千切りに。

「一つ足りなくないか?」

「あ、最後の一つは騎士隊の人達が運動不足解消に球技をしたいから、って持って行ったんだった」

 つまり騎士の脚力で蹴っ飛ばしても棒で打っても壊れないのか。確かに頑丈だ。

「あまり量産されていない物みたいだから、またあれば欲しいと思ってたり、ね」

「そうか、まああれば確保しておこう。あまり期待はするな」

「うん。ありがとう、皆も喜ぶよ」

 俺としては君が喜んでくれればいいのだが。それがアルの望みであれば、別に構うまい。







 未開の大陸北方、のんびり見張り台の上から釣りをする。

 釣り糸の長さはかなり長い。100メートルはあるのではないか。

 しかし、ここ以上に落ち着く場所もないのだ。俺ならば多少やりにくいが釣りも可能だし、気にはしない。

 下を見ると、他の騎士達も釣りに興じている。一種の釣りブームであった。

「ふあ……」

 欠伸を一つ。

 流れる入道雲を見つめ、遠くまで来たなと改めて思う。

 くい、と釣り糸が引っ張られた。

「獲物か?」

 思いっきり竿を引く。

 超巨大な海蛇が、海中より飛び出してきた。

 船全体が海水の雨を浴びる。塩水は掃除が大変なのに。

 大質量の海獣の出現により船が大きく揺れる。

「フィッシュ」

 これは言わねばなるまい。人として。

 咄嗟に釣り糸と竿にスカラを使用する。本来は守備力強化魔法だが、たぶんこれで糸が切れたり竿が折れたりはしなくなったはずだ。

 糸が引っ張られ、足を踏ん張ると船が大きく傾いた。でかいだけ力も凄い。

 海蛇が低重音で唸り、大気の振動で船全体がビリビリ震える。

 さて。海蛇を眺め、呟く。

「……海王・リバイアさん?」

 さすがに、俺も途方に暮れた。

 そんな、いつものこと。



[4665] 二十里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2009/02/01 17:36
 海王・リバイアさん。



 全長250メートル以上の、レイチェス号に匹敵するような海蛇。


 魔王軍にも人間軍にも属さない、完全中立の存在。

 全ての海の魔物を統括する、その生命力の強さから不死ともされた覇者。

 実は、別嬪さんの許嫁がいるとか。

「……なんだこれ?」





 再び糸が引かれる。レイチェス号は加速し、船ごと引き摺られる。

 つまりレイチェス号の加速分の重量を俺が支えているわけで、さすがにふざけるなと言いたい。

「おい!あれはなんだ!?」

 レイドが見張り台に昇って来た。

「見て判らんか。海王だ、海王」

「あんなの釣るな!」

 俺に言うな。

「だが釣ってしまったものはしょうがないだろう」

「ならば食っていいのだな!?」

「当然だ」

 ……なに?食う?

 突然なにを確認してくるのだ?気が触れたか?

 レイドは腰に刺した剣を抜き、見張り台から飛んだ。

「諸君―――久々の肉だあああああ!!!!!!!!」



「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」」」



 ひいた。

 凄くひいた。

 轟音のように、騎士達の雄叫びが響く。

 なにこいつら。なんで肉にこれほど執着しているのか。

 一飛びで海王の背に着地(着海王?)したレイドは飛び込み前転の要領で勢いを殺し、更に淀みなく地面―――海王に剣を突き刺してそのまま全力疾走する。

「勇敢なアリアハンの騎士達よ、遂に我々は肉食動物へと返り咲くのだ!!!!……もう魚は飽きたああああああ!!!!!!!!」



「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」」」



 ひいた。

 物凄くひいた。

 だが、納得も出来た。

 どうやら、レイチェス号で肉を食べるのは一部の人間のみらしいのだ。

 無論貯蔵はある程度余裕を持って積んであるはずなので、メイドや技師なども肉は口に出来る。

 でもなぜか騎士隊は優先順位が低く、いつも魚魚魚。

 健全な精神は健全な肉体に宿る、つまり魚魚魚。

 骨太元気今日も元気、なので魚魚魚。

 それが半年以上も続けば、さすがに誰だって叫ぶ。

 ……かもしれない。

 そういえばオリビアの岬でもムオルでも本格的な食糧の補給は出来なかった。未開の大陸に上陸した際も全員探索に駆り出され、狩りをする時間はなかったろう。

 この前のムニエルを思い出す。主要メンバーである俺達でさえ、魚中心の生活となっていたのだ。肉の備蓄はもうないと見ていい。

 しかし俺は魚嫌いではない―――というか好きだ。なので、やはりこれほどの執着を見せるのは異常としか思えない。

 海王の背中に騎士隊が何十人も移る。アリが大型の昆虫に群がっている情景が目に浮かぶ。

 と、海王が海に潜ろうとしていた。くぐもった低音の咆哮が海に響く。

「全員、剣を突き刺せ!振り落とされるな!!!」

 戻る、という決断はしないのかレイド。少しいつもの冷静さを見せろ。

 船はどんどん引っ張られ、かなりの距離を移動していた。

 丁度進路は東だ。問題あるまい。

「ロビン。糸はもう切っていいよ」

 アルが飛翔魔法でここまで飛んできた。

「どうしてだ?あんなに肉を欲しているんだ、もう少しくらい付き合ったっていいだろう」

「うん。でも、騎士隊の人達じゃトドメは刺せないから」

 なるほど、そういうことか。

 魔法を解除する。糸は容易く切れた。

 水の抵抗により急制動するレイチェス号。

 海王は遂に水中へと戻る。しかし剣を刺されているのが煩わしいのか荷重が消えた分、先ほどの数倍の速度で泳ぎ出した。

 俺とアルは空を飛び、暴走する海王を追う。

 時折、水中に出て呼吸をする海王。その度にレイドが剥がれていないかと確認する。残念ながら全員しぶとくくっついていたが。

 そのまま結構な距離を移動する。

「これくらい離れれば大丈夫じゃないか?」

「うん、そうだね」

 朗々と詠唱をする勇者。

「食材を裁くのは私達の役割―――行きます」

 捌く、のニュアンスが違った気がしたのは気のせいか?

「ギガデイン!」

 最強の雷は騎士達を巻き込み、海王は腹を見せて浮かび上がる。

 その上でいえーいとハイタッチする騎士達。

 なんでギガデイン食らってピンピンしてるお前ら。というかお前ら自力で魔王倒せ。





「この馬鹿騎士!仮にも王と名の付く存在を食べようなど、言語道断ですわ!」

 みんなで正座して姫に説教された。

 とはいえ、姫も多少は反省したらしい。

「騎士達を労うのも王族の務めですわ」

 と、備蓄していた残り肉を全て騎士達に振る舞うことにしたらしい。全員嬉々と、甲板で準備を進める。

 ところで、この女は俺達が海王と戦っている間なにをしていたのだ?

「スイを矯正し直していましたわ」

 姫の背後に、小柄な姿を見付ける。

「スイ。正気に戻ったか?」

「はい、お陰様で」

 にっこりと笑い頷く賢者少女。なんとか元の人格に戻ったようだ。

「フローラ様の素晴らしいご指導を受け、心身共に生まれ変わったようですわ。おほほ」

 ……訂正。戻ってない。

 あんまり哀れなので、拳を握り締める。

「鉄拳ザメハ」

 ゴツンと脳天を殴る。

「っつうぅ、なんですか今の!?……私、どうしてここに?」

 やっと正気を取り戻したか。

 スイは状況を認識しようとして周囲を見渡し、そして姫と目が合う。

「いやあああああああ!!!!許して下さいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい―――!」

 顔を引き攣らせ泣きながら俺に飛び付くスイ。

「意味の不明な謝罪は受け入れられませんわ。出直していらっしゃい」

 呆れたように立ち去る姫。

 脅えきって俺の服にしがみ付く賢者少女。

「……まあ、なんだ。肉食うか?」 





「私、フローラ様に嫌われているのでしょうか?」

 夕食に、甲板隅の焼き網を囲んで肉を食べる。

 肉を網に乗せ、焼けたものからさっさと小皿に移す。

 ジパングで卑弥呼に貰った日本酒もあるので、俺は上機嫌だ。

 というかなぜ俺が、スイの相談に乗っているのだろう。

「ただの被害妄想なのかもしれません。けど、やはりフローラ様は私を嫌っている気がするのです」

「……そうか?」

 焼きながら相槌を打つ。

「別にそういうわけではないと思うが」

「そう、ですか?」

「ああ」

 嫌っているというより、むしろ玩具として気に入っているように見受けられる。

 最も、玩具にされる方はたまったものではないだろうが。

「まあ……うん……なんだ、その?」

 考えれば考えるほど姫が悪く思えてくる。というか、姫が悪い。

 スイはコップの透明な液体をチビチビと飲む。

「やはり、あのことを許して頂けていないのではないかと思うのです」

「あのこと?」

「はい。私が、瞬間移動魔法の制御に失敗したことです」

 なるほど、それがあったか。

 とはいえ―――

「船の破損は制御の失敗によるものではない。その後のオリビア戦が大きいだろう」

 確かにスイがルーラを成功させていれば、俺達はオリビアと戦うことにはならなかった。

 だがそれは不可抗力であったし、それにしてもスイは姫に何度も頭を下げているのを俺は見ている。

 結論。やっぱり姫が悪い。

「ふむ、そうだな。少しばかり抗議してくるか」

 立ち上がり、姫の姿を探す。

「えっ?抗議って、ロビンさんがですか?」

「そうだが?」

 妙なことを言い出す。自分で抗議するから今奴を探しているのだ。

「ロビンさんには、フローラ様と対立する理由はないのでは?」

 色々ある気がするが。首輪とか首輪とか。

 いや、スイが言いたいことも解る。だが、そういう問題ではないのだ。

「勘違いするな。船の主であるあの女が道を違えれば、それは船全体の歪みになる。それを早い段階で修正するのに、上下関係も対立云々も関係はない」

 どうあろうと、この船は運命共同体なのだ。故に、その命運に関わることであれば一介のメイドであれ船主に意見を申し立てる権利がなくてはならない。

 これは、上に立つ者としての器の問題。間違うことが恥なのではない。間違いを認められぬことが、恥なのだ。

「姫はまあ、人格はあんなのだが、器でいえば小さくはない。少しばかり年長者として説教してくるさ」

 優雅にワインを嗜む姫を見つけ、歩き出す。

 と、手を引っ張られて足をすぐ止めた。

「……勉強になりました、ロビンさん。私などまだまだ未熟です」

 なにを今更。お前が未熟者であることなど皆知っている。

 真摯な双眸で俺を見上げてくるスイ。

「さきほど、上下関係も対立云々も関係ないと仰いましたよね?」

「言ったが?」

 妙な迫力を感じさせるその瞳に、つい聞き返す。

「私に、行かせて下さい」

 ……なるほど。

 その若さ故の真っ直ぐな考えについ苦笑する。

 まったく、羨ましいものだ。聖魔関係なくこういう人間は嫌いではない。

「そうか、なら伝えたいことを全部ぶちまけてこい」

「はい」

 頷き、賢者少女は大股で歩む。

 俺はその数歩後ろを着いてゆく。

 そして、スイはフローラと対峙した。

「どうしましたの?二人とも」

 不思議なものを見るように首を傾げる姫。

「フローラ様、お話があります」

 スイは右手を、その人差し指を姫に向け、言い放った。

「私を含めた全クルーの待遇改善を求め―――決闘を申し込みます!」

 吹いた。

 いや、決闘!?

「待て!それはハードル高過ぎだ!」

 子供というのは、いつだって両極端である。中庸という言葉を知ってほしい。

 ……真坂。

 ゆっくりと振り返る。そこには、俺の日本酒。

 さきほどスイが何かを飲んでいた気がするが。あれ、酒?

「ほう、面白いことを仰りますわ。決闘の意味をご理解なさっているのかしら?」

 決闘。

 ルールなきルール、力が全て、力こそ正義。

 崇高でありどこまでも野蛮な、己が誇りと誇りを賭けた削り合い。

 王族であろうと平民であろうと、聖女であろうとそのルールは不変。

 故に―――この説明、前もしたような気がする。

「無論です。私は、今出来る最善の正義を成す。それが偽善であっても」

 指を向けたまま無駄に堂々と言い放つスイ。

「駄目だよ、スイちゃん。フローラは……」

「アルは黙っていなさい。これはこれは私とスイとの問題ですわ」

 姫は懐から出した銃をスイに向ける。

「私の得物は玩具です。けれど、故に不殺を貫けるほどよく出来ていない。それを承知した上での発言ですわね」

「はい。勝った暁には私の言葉、しっかりと聞いて頂きます。それに手加減が苦手なのは、私も同じですから」

 険呑とした空気に右往左往な勇者。

 と―――



「よく言ったね、スイリスフィース・ノバ・ルギーニ!」



 闇夜にその声は響き渡った。

 誰だ、誰だ。



「その決闘、あたしに見届けさせてもらうっ!」



 レイチェス号のマストに数本ナイフが突き刺さる。

 ナイフの柄から伸びたロープは船の外……海上の闇まで伸びており、ソイツはそのロープで空中ブランコしながら飛び移ってきた。



「夜にうごめく悪を討つ、無法に生きる闇の番人!」



 現れた女は口上を述べ、無駄にカッコよくポーズをキメる。



「―――義賊頭・ドクマ参上!」



 また変なのが増えた。

「……ああ、ルザミに行く前会った海賊か」

 この地点から南下すれば海賊の家だ。近くはないが驚くほど遠くもない。

「久しいね、年寄り魔族!」

「誰が年寄りだ。ぴっちぴちの200歳だ」

 出会い頭に失礼なことを。

「まあ、お久しぶりですわドクマ」

「ああ、生きてたかクソ姫」

 挨拶している最中にも、続々と海賊達が乗り移ってくる。そして焼き肉を食う。

「話が伺わせてもらったよ。決闘はあたしらの得意分野だ、任せな!」

 なにを任せるのか。

「そうだな―――ここじゃあ少しばかり手狭だ。それに前と同じじゃ芸もない」

 以前、とはドクマと姫の決闘か。確かにあの時も甲板でやりあっていたし、今回はその上障害物が多い。

「もっと広くて、互いの戦い方を生かせる場所」

 ドクマと姫は周囲を見渡し、最後に暗い空を見上げた。

「悪くない。……舞台はあそこにしようか」





 大小何十本もそびえ立つ、長くて50メートルはあるであろうマスト。

 それらに張り巡らされた、数百本は下らないと思わしきロープ。

 落ちて、甲板や海面に触れたらその時点で敗北。

 それが、彼女達が選択した戦場だった。

 スイと姫、両者は100メートルほど離れた見張り台に構える。

 さて、どうなるやら。

 落ちたら失格というルールは一見、スイに好都合に思える。

 スイは飛翔魔法トベルーラが使用可能。故にそうそう落ちはしまい。

 だが姫とて銃を中心にした戦闘法。空中目標物は絶好の的だろう。

 勝負は、五分と五分。そう判っていたからこそ、ここを選んだのだ。

「―――参ります」

 告げ、姫が疾走する。

 ロープの上を、マストを、あやゆる足場を跳躍し一気に距離を稼ぐ姫。

 その様はさながら―――否、この世にあのような運動が可能な生物などいまい。

「万物の営みを見守りし悠久の風よ。命を運営すべしこの世覆う大気よ」

 スイはその間も一歩も動かず、詠唱を紡ぐ。

「集い、纏い、覆い、狂い、その暴風にて全てを蹂躙せよ」

 接近する姫。

 それを感情を排した目で確認し、小さな賢者は魔力を解き放つ。

「バギクロス!!」

 全てを薙ぎ払う暴風。

 真空の刃が何十閃も放たれ、ロープを細切れにする。

「ほう」

 思わず、感嘆の声が漏れた。

 そう。それが正解だ。

 スイではどうあっても、姫との接近戦では勝負にはならない。

 だからこそ、それ以前に接近を許さぬ戦い方をせねばならない。

 あの賢者が一人で戦っている場面など見たことはないが、そのあたりの判断はしっかりと出来ている。

 ロープという足場を失った姫は、咄嗟にまだ柱に繋がったままの縄に捕まり―――

「させません、重圧魔法・ベタン!」

 ―――スイが発生させたと思わしき重力波により、それは阻止された。

 見たことのない魔法だ。一定範囲の円内に加重を発生させる魔法のようだが、これもダーマ秘伝の禁術の一つか。

「くっぅ!!」

 姫が、その周囲のマストが圧倒的な重力によって崩壊し甲板へと直行する。

 しかし姫は殴り付けるように無事なマストに手を打ち込み、握力のみで制動した。

 騎士達が何名か巻き添えで潰れているが無視。

 姫は重力波範囲から逃れていたマストに猿のように飛び移り、素早く設置されたダイヤルを操作する。

 番号を回し、小さな鉄扉から出されたのは……銃?

「随分と大型な銃だな」

 俺だって銃を見たのはこの船に乗ってからだが、いままで見た銃の中でもそれは最大級の大きさに思える。

 なにせ、姫の身長とさほど変わらないほどの長身を誇るのだ。

「アンチ・マテリアル・ライフル!?」

 隣でレイドが慄く。

「姫様、本気でやる気なのか……!?」

「まあ、あの女はいつだって本気だろう」

 どうやら物騒な銃らしい。

 仰向けになるように、柱に足を絡ませて上下反対に大型銃を構える姫。

「仕方無いわ。天使を呼んであげましょう」

 引き金を引き、拳銃とは比べ物にならないほど兇暴な銃声が響いた。

「ひゃあ!?」

 突如見張り台の床に空いた大穴に驚き、即座に飛翔するスイ。

 床板を貫いた銃弾がそのまま柱を大きく抉り削っているのに気付き、その顔を青褪めさせる。

 そのまま慌てて高速飛行を開始する。素早く動いて標準を付けさせないつもりか。

 しかしその間、姫から視界から外したのは失策だ。姫は既に姿を消しており、彼女が視認するのは漆黒の闇のみ。

 ピュン、とスイの直ぐ傍を通過する弾丸。

 それは四方八方から飛来した。

 狙いがかなり甘い。恐らく、様々な場所にトラップを設置したのだ。

 スイは一度足場に降り立ち、その場で舞うようにクルリと一回転する。

 靴先で床に刻むのは魔法陣。あれは……増幅術式。

「この身を守りし魔法の盾よ、己を殺めんとする刃を打ち払え―――スカラッ!」

 魔法陣に魔力が注がれ、僅かに発色する。

 なるほど。守備力増強魔法・スカラを更に増幅したのか。これならば銃弾などまず通るまい。

 だが、スイ。それでは足りない。

「どうです、フローラ様っ」

「甘い、ですわね」

 いつからそこにいたのか。

 スイの背後、数十メートル離れた場所に立つ姫は銃を構えていた。

「魔法の玉のように、手の平サイズの銃に魔力を込める術も開発されていないわけではありませんわ。例えば、この―――」

 そして、引き金が絞られる。

「魔弾銃、などのように」

 射出される魔力弾。

 崩壊する銃身。

 って、一発使い切りかよ。

「まだ試作段階で、製造でかなりの費用がかかるのに……」

 レイドのボヤキは無視する。

「賢者とはいえ、イオナズンは堪えるはずですわ!」

 魔力はスイに衝突し―――

「……化かしあいは……私の勝ちですっ!!!」

 スイの正面に出現した、光の壁により反射した。

「っ、それは……!?」

 姫の顔が驚愕に染まる。

「マホカンタッ!」

 あやゆる呪文を跳ね返す、究極の対呪文魔法・マホカンタ。

 それを、姫に悟られぬよう無詠唱で使って見せたのか。

「ロビンさんほど鮮やかには出来ませんが―――私とて、伊達に賢者なわけではありません!」

 反射したイオナズンは姫に向かい、破裂する。

「きゃああ!?」

 高温の中、悲鳴を上げる姫。

 火球は船上方を破壊し尽くし、火の粉と瓦礫が大量に降ってくる。

 ……また船が壊れた。

「っ、っっ!!やって、くれますわ」

 火の中からゆっくりと歩み寄る姫。ドレスは焼け落ち、姿はいつか見たピッチリスーツ。

 いつもの二丁銃を握り、一気に駆ける。

「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 スイは即座にメラとヒャドを融合し、メドローアを構える。

「これで―――終わりです!」

 そして、彼我が衝突する直前―――



 足場が崩壊した。



「はい?」

「あら?」

 宙に投げ出される二人。

 咄嗟にスイは飛翔魔法を唱える。

 姫もスイにしがみ付く。

「って、なんで私に掴まるんですか!?」

「仕方がありませんわ!近くに掴む物がなかったのです!いいから飛びなさい!」

「無理です!制御出来ま、あああぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 落下する二名。

 そのまま、ぐしゃ、という感じで甲板に落ちた。

「引き分けか?」

「そうじゃないか?」

 レイドと確認し合う。

 落ちてなお言い争う二人。「なんで飛ばないのですの!?」「無理です!無茶です!」と、互いの言い分を叫び合っている。







 結局、決闘の勝負は付かぬまま終わった。

 待遇改善の件も、進歩のないまま放棄。

 姫がスイに無茶をさせるのも何時ものこと。

 けれどそれ以来、姫の騎士隊に対する無茶が少し減った、とはレイド談。

 それに、二人の関係が少しだけ穏やかになった気がする。

 そんな、些細な船の上のお話。



[4665] 二十一里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2009/01/25 16:10

 船の修復と肉消費を目的に、レイチェス号は最後にもう一度上陸する。

 とはいえ大半の者は修理などする気はなく、今日中に肉を食い尽さんと意気込んでいる。

 大陸に寄り添うように浮かぶ島。

 そこに海賊船とレイチェス号の二隻が接岸する。

 荷物が降ろされ、幾つも天幕が張られる。

 今日は、祭りである。







 仮設の屋台が立ち並ぶ通りを歩く。

 商っているのは騎士や海賊達だ。甲冑を脱ぎ棄てエプロンを纏い、剣ではなく菜箸を持つ。

 それもまた、男達の一つの生き様だった。

「ロビンさん、見て下さい!綿あめですよ」

「そうだな、嗜好品厳禁女」

 隣を歩くチビ賢者がはしゃぐ。

 またもや自分が聖職者であることを忘れているようだ。それでいいのか。

「ふっふっふ、甘いですね」

 スイは目を細めにやりと笑った。挑発的なつもりかもしれないが、様になっておらず馬鹿っぽい。

「勿論聖職者である以上褒められた行為ではありませんが……修行を終えた私に嗜好品厳禁という縛りは『一応』存在しないのです!」

「そうか、ならば褒められた行為じゃないが買え。褒められた行為じゃないが存分に買え」

「…………」

「…………」

 なにか言いたげに見上げてくる双眸。

「ふむ、なにか食うか」

 構う理由もなかったので好きなことをさせてもらう。

「スイちゃん、綿あめは私と食べよう?」

 アルがスイに提案した。

「そうですね。冷たいロビンさんなんて放っておいて二人で食べましょうか」

 なっ。

 賢者少女の奴、俺をはぶりやがった。スイの癖に生意気な。

「美味しいですね、アルスさん」

「甘いね、スイちゃん」

 幼女とメイドが仲良く一つの綿あめを食べる。

 結果的に言えばアルを取られた形だ。

 気を遣え、せっかく二人っきりで食べ歩きデートを狙っていたのに。

 これはご破算だな、と溜め息を吐く。

 俺達の側を、武装した騎士達が駆け足で通り抜けて行った。

 今回の主目的は船体の修復、そして物資の調達。

 なので騎士達の中には狩りに積極的に参加する者も多い。

 ここでどれだけ肉を貯蔵出来るかは彼らにとって死活問題なのである。浅ましいことこの上ない。

 レイドが騎士達に叫ぶ。

「諸君、目標は一人あたり5頭だ!それ以下の者は船には乗せん!」

「「「「「オォ!!!」」」」」

「単独で30頭仕留めた者は航海中の肉食が優遇される!死ぬ気で狩れ!」

「「「「「オォ!!!」」」」」

「では逝くぞ、アリアハン王女近衛騎士隊!」

「「「「「オオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」」」」」

 ……なんだ、この辺の生態系狂わすなよ。





 仮設された四角いリンクの上では、懲りずにドクマと姫が殴り合っていた。

 周囲の観客はそれを肴に談笑したり、賭けに興じたりしている。

 が、どうでもいいことだったので俺達三人はベンチに並んで買った物をのんびりと食べていた。

「見てロビン、金魚すくいだよ。金魚なんてどこから調達したんだろうね?」

「よく見てみろ。中身は金魚じゃない。船の上で釣った魚だ」

 あれは詐欺だな。マグロをどうやって紙ですくえというのだ。

「ロビンさん、私にはこのたこ焼き多過ぎます」

「捨てろ」

「はい、あーん」

 聞いていない。

 だが捨てるのは勿体ないので、スイの持つ爪楊枝に刺さったたこ焼きを食べる。若干冷めているが美味い。

「……これ、たこじゃないな」

「そうなんですか?」

 大方、適当な海産物を入れたのだろう。

「あ……これ、間接……!?」

 何かに気付いたように、突然顔を赤く染め出すスイ。

 関節?ああ、軟骨かなにか入れたのか。なるほど。

 関節でなぜ赤面するかは不明だが、賢者は基本的に変人なので気にしてはならない。

 メロン果汁0パーセントのジュースを飲み、正面の男に目を向ける。

 気にはすまいと思っていた。

 気にしたら負けだと信じていた。

 だが、なぜお前はずっとそこにいる。

『ヘイ!ザッツ エジンベア ペーポー!』

 嗚呼、また変なのが出てきた。

「どちら様でしょう?」

「アル、無視しろ。ああいう類は反応すると喜ぶ」

 極彩色の民族衣装を纏い、頭に羽を付けた男がこちらに槍を向けていた。

「でもロビンさん、あの人は私達に用事があるのでは?」

「そうだよ。勇者として、人の話を無視するのはいけないことだと思います」

 なぜか俺の味方がいないんだが。

『ユーアー ジス タイリーク カイタク!?』

 早くこの大陸を去りたい。

 こんな奴ばっかりなのか、本当にこっちは。

 文明的な向こうの大陸が懐かしい。

「ホームシックですね。私もランシールにいる間、少し経験があります」

 スイに頭を撫でられた。

「……失礼。彼は貴方がたの言葉は不自由でしてね」

 極彩色男に続いて登場した、白毛のソイツは流暢な言葉使いで俺達に頭を下げた。

「私は喋る馬のエドワード。彼はスー族のアルフォンス。エドとアル、とお呼び下さい」

「断る」

 アルスとアルフォンスが被っている。

 白馬は気品ある面持ち(馬面だが)で通訳を買って出る。

『ユーアー ウィー セーラーフク!?』

「貴方達はこの大陸を征服しに来たのですか?」

 応えるは、勇者。

「違います。この土地の糧を、少しだけ分けて貰えればそれで」

「野兎の一匹も残すな!!この地の糧を奪い尽せ!!!」

 空気を読まないレイドの叫びが響き渡る。

「あの方はそう仰っていますが」

「彼は少し追い詰められて、病んでいるんです。優しい目で見てあげて下さい」

 勇者は案外遠慮がなかった。病んでいるのは否定しないが。

『ターダー プリーズ! メーク タウン!』

「私は……アルフォンスは、ここに町を作りたいと考えています。その為には商人が必要。西から来た皆様に、町を作れるだけの商人を紹介して頂きたいのです」

 いきなりそれか。初対面でそれはない。

「無様な。余所者の力を借りなければ町一つ作れないか」

「はい。知識がないならある人に助力を頼む。それが私の考えです」

 実に人間的だ。良くも悪しくも。

「商人……遊び人なら心当たりがあるけれど。妙に頭が回る人」

「いえ、商人で」

 駄目だろ、遊び人は。

「ごめんなさい、商人に知り合いの人はいないです。いたとしても町一つ作る重労働、受けてくれる人がいるかどうか」

 そんなことを引き受けるとしたら、よっぽど暇な奴かなんならの事情で身動きとれない人間だろうな。

 ……身動きがとれない人間?

「いなかったか?そんな暇人」

「誰のこと?いつ会った人?」

 確か、どこかの島で出会った男。

 思い出せ。あれは―――

「ひょっとして、私のおじいちゃん?」

「そう、それだ」

 フリントと言ったか。あの老人。

 姫が言うには、あらゆる学問に精通した天才。

 ならば経済学も嗜んでいるだろう。そうでなくても、文明を一から作るには最適な人材といえる。

「うーん。まあ、おじいちゃんなら町くらい作れるだろうね」

「その方を紹介して頂けませんか?商人でなくても、それに余る人間ということならばこちらとしても歓迎です」

 鼻息荒くして近付くな、馬。

「それじゃあ、私がルーラで行ってきますね」

 賢者少女が立ちあがる。

「大丈夫なのか?」

「はい!なんたって賢者ですから!」

「そう、それじゃあお願いスイちゃん」

「任せて下さい。……ルーラッ!」





 只今老人絶賛落下中。





「……うむ。この島に町を作りたいとな」

「はい。平坦で地盤も安定しているので、土地としては申し分ないかと」

 ジジイがスイにこってりと説教した後、二人……ではなく一人と一頭は町作りの概要について話し合っていた。

「どうしましたの?……フリント博士、なぜここに?」

 タオルで汗を拭きながら、姫がやってくる。

「決闘はどうなったんだ」

「親善試合と言って下さいな」

 そうですか。

 アルが姫に軽く説明する。

 姫は呆れつつ、俺達を軽く睨んだ。

「……そういうことは一言相談してほしいですわ。追放された人間を外に出すなら、然るべき許可を取る必要があるのですから」

「そうなの?ごめんなさい」

 素直に謝るアル。

「まったくもう。アル、罰として今晩私の部屋に来なさい」

「なにをする気だ!?」

 思わず叫ぶ。

「貴方の知るところではありませんわ。ああ、貴方は罰として男子トイレ掃除一週間です」

 いまいち釈然としないながらも頷く。規律は大切だ。

「それでフリント博士、話を受けるおつもりですの?」

「む。いたのか、馬鹿姫。うむ、面白そうじゃしの。ところで―――」

 フリントは白馬に鋭い眼光を向ける。

「別に、なにをしても構わんのじゃろう?」

 こいつに一任するのはかなり危険な気がしてきた。

「一つだけ条件があります」

 やはり姫も、最低限の首輪だけは着けておくらしい。

「町の名前はフローラバーグですわ」

 ……まあ、名前くらいで納得するなら姫としてはかなりの譲渡か。

「断る。フリントバーグじゃ」

 それに真っ向から反抗するジジイ。

「それじゃあ、ハンバーグということで」

 アルが謎の名称を出し、何故か全会一致で承認された。







 祭りも終わる。

 一晩明けた後、ドクマと姫は挨拶もせずにそれぞれの船に乗り込む。

 ただ、不敵な笑みを互いの端目に映しながら。

 海賊は海賊の、俺達は俺達の海路を行く。







 夢を見た。

 何も見えない夢。

 真っ暗で、誰かの声だけが聞こえる夢。

 それは誰の声だったか。

 聞き覚えがあるのに、思い出せない。

 ひょっとしたら―――知らない。

 俺の知らない声。

 俺の知らない女。

 アルスじゃない。

 フローラでもない。

 スイでもない。

 それ以前の知り合い―――卑弥呼でも、他の魔族でもない。

 体が揺れているのが解る。

 走っている?

 俺が、ではない。

 誰かが、俺を運んでいる?

 状況を認識しようとして必至になり、気付く。

 体中が痛い。

 体が動かせない。

 痛い。

 痛い。痛い。いたいいたいイタイイタイイタイ―――!

 なんだ、これは、なんで俺が死にかけている!?

 恐らく、重症を負った俺を誰かが運んでいる。

 こんな経験があっただろうか。

 俺は幼い頃から強い力を持っていた。殺されかける、などという稀有な経験はほとんど持ち合わせてはいない。

 ならば、それ以前?

 本当に無力なほど幼かった頃の記憶?

 知りたい。

 ここは何処か。

 ここが何時か。

 目をこじ開ける。

 ぼんやりとした光。

 それが、流れていく。

 誰?

 人影が見える。

 誰なんだ?

 やたら揺れるせいで、その人影がどうやら女性だとしか判らない。

 誰だよ、畜生……!

 精神力を振り絞り、その人物を目視する。

 そして、見た。

 血塗れの美しい女。

 曇り気味の星空の下、疲労困憊しつつ、それでも彼女は走り続ける。

 俺は揺れる光景の中、その女の顔を見上げていた。

 周囲を見ることは出来ない。故に、ここがどこかも判らない。

 ただ判ったのは彼女が幼い俺を抱いていること。

 それと、きっと彼女が俺の母親ということだけだった。







 ……なんだか凄く妙な夢を見た気がする。

 そこは自室のベッドの上。見慣れた天井。

 目を擦る。まあ、どうでもいいか。

 夢などいちいち覚えていられない。気分を入れ替えよう。

 目覚めは悪いが、気にしても仕方がない。

 甲板まで出て、大きく伸びる。

「―――お」

 海の先に、微かになにかが見えた。

 水平線は約5キロメートル先と聞く。なので俺が最初にそれを見つけたのは、単なる偶然だろう。

 それはともかく。

 妙に機嫌が良くなる。これで非文明的な生活も終わりか。

 少し経つと、水平線はやがて地平線となる。

 幾つも停泊する大型船。

 小さく見える建物。

 巨大な、白亜の城。

 やっと着いたか―――王都・ポルトガに。

 つい浮かぶ笑顔。

 長い旅も、これで別の局面に入ったと言っていい。

 思えば長かった。

 アリアハン。ランシール。テドン。ルザミ。ダーマ。バハラタ。ムオル。ジパング。そして、ハンバーグ。

「なあ、お前ら」

 背後に立つ、頼もしき仲間に言う。

 主語もなにも必要はない、そんなものは俺達に必要ない。

「はいっ」

「ええ」

「うん!」

 三者三様の応え。

 4人は決意も新たに、拳を天に付き付ける。

 そして、叫んだ。



『俺達の戦いはこれからだ!』





 《完》



[4665] 休憩所 フローラ・フォン・ルーク・ド・アリアハン
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2009/06/10 21:54
 むかしむかし、アリアハンにとても可愛らしいお姫様がいました。

 彼女の名前はフローラ。フローラ・フォン・ルーク・ド・アリアハン。

 そんな、とっても長い名前を持った女の子です。

 これは、お姫様と勇者様が出会った頃のお話。

 今より10年前の、始まりの地でのお話です。







「お勉強は飽きましたわ」

 頬を膨らませ訴えるフローラ様。彼女も今年で7歳です。

「そう仰られましても……民の上に立つ者として、学ぶことは幾らでもありますわ」

 勉強係の人はその愛らしい少女に、死ねばいいのにと思ってしまいました。

「これからの王族は、勉学だけではならない。もっと文武両道でなくてはと思いますの」

 お姫様の訴えに、教育係が反論します。

「確かに王族とて武を治めるのも大切。とはいえ、貴女様はまだ子供です」

「そう主張すれば、敵も攻撃を止めて下さるのですか?」

 中途半端に正論だったので、教育係も返事を出来ません。

「確かフリント博士が新型の銃を開発したと聞きましたわ」

「そうなのですか?」

 教育係に武器開発の最新情報など必要ありません。というかなぜ姫が知っている、という感じでした。

「見に行きましょう」

「次は弁論術のお勉強です」

 さすが、このお姫様の教育係に任命された女性でした。

 とはいえ最終決定権は姫にあります。

「見に行きましょう」

「チッ」

 教育係は舌打ちしました。とっても憎々しげな表情でした。







「素敵ですわっ!」

 お姫様は狂喜乱舞しておりました。

 新型の銃はそれまでの銃とは全く違いました。

 そもそも銃の歴史は、フリント博士が若い頃にその原型を生み出したことから始まります。

 その後改良され最初に実戦投入されたのが、発明より数年後。

 火打石を打ち付けて着火するそのタイプの銃は、発明者の名からフリント・ロックと呼ばれました。

 それを皮切りに、様々な火器が開発されます。

 それに伴い個人の戦いであった戦は、やがて物量対物量の戦いへと移行しました。

 いいえ、正しくいえば物量対個人。

 銃火器はアリアハン軍の独占技術。対し、他国の軍や賊達が要いるのは旧式の武器。

 ぶっちゃけ、単なるイジメみたいな光景だったそうです。

 とはいえ銃といえば、普通は単発式。一発撃ってしまえば、再び使用するのにかなりのタイムロスがあります。

 それを改善しようと様々な試みが行われました。それは正に試行錯誤の連続でした。

 その解決法の代表格、回転式のリボルバーが発明された際にはとても大きな衝撃だったといいます。

 お姫様にとっての銃とは、その重くて装填数も少ないリボルバーが基本だったのです。

 ですがその年、銃の歴史は変わりました。

 オートマチック。グリップに弾倉を納めるという新発想により、銃は新たな時代へと突入したのです。

 お姫様が持っていたのは、その試作品でした。

「今はまだ重くて扱いにくいですが……火薬室が一つしかないというのは、内部機構の効率化によってはかなりの軽量化となりますわ。装填数も倍増するはずです」

「その通りですな。ええまったく」

 フリント博士はお姫様の考察を軽く流していました。

「試し打ちして構いませんか?」

「お好きになさいな。ええまったく」

 丁字型の、拳銃というにはあまりに重く巨大な拳銃。装弾数は8発。その重量は1・3キロを超えます。

 ですが姫はそれを軽々と扱い片手で試射します。6歳児です。

「命中精度は悪くないですわ」

「劣化させる理由がなかったですから」

 ふふ、と小さく笑い姫は注文します。

「これと同じ物を二つ下さらない?」

「そうですな、ええ……は?なんじゃとこのガキ?」

 初めてフリント博士はお姫様の方に向きました。

「この銃を普段から使いたい、と言ったのですわよ」

「試作品じゃぞ?弾も詰まりやすいし、改善せねばならん部分も多いんじゃ」

「気に入りましたの。お願い致します」

 いつの時代だって暴君なお姫様が珍しく頭を下げました。これではフリント博士も断れません。

 その後、お姫様は本当にこの二丁の銃を愛用し続けました。無論、10年後の旅でもです。







 お姫様は手に入れた二丁銃を構えました。

 向かい合うのは見習い騎士のレイド。

 中庭はギャラリーでいっぱいです。

 お姫様は時折、こうして騎士の中から一人選んでけっと―――模擬戦を楽しみます。

「あの姫様、これは……」

「どうかしましたの、レイド?」

 ニッコリと笑顔を見せるフローラ姫。10歳になったばかりのレイドも、つい顔を赤らめてしまいます。

「い、いいえ。参りましょう」

「はい。いいお返事です」

 お姫様は二丁の銃を交互に乱射しました。

 咄嗟にレイドは、大理石の柱の陰に隠れます。

「照れ屋なのですわね」

「いえ、単に被弾したくないだけですが」

 二人はダンスを舞うようにクルクル柱の周りを回ります。

「お待ちになって下さいな」

「嫌です」

 舞踏は加速し、二人はぐるぐるぐるぐる回ります。

「ふふふ」

「ははは」

 後に騎士達は二人を評します。

『首輪の紐を追い掛ける犬か』、と。







 フローラ様は今日も元気です。

 壁を蹴り破ってお城から脱出したお姫様は、気の向くままに散策を楽しんでいました。

 お姫様の歩く道には、兵士や騎士がところどころに倒れています。彼女を捕獲しようとして返り討ちにあった人達です。

「さて、どこに行きましょう?」

 お姫様を縛れるものなどありません。

 気ままに歩いていた結果、お姫様は酒場の前まで来てしまいました。

「これが、かの有名なルイーダの酒場ですわね」

 早速入店します。

 酒場の中にはほとんど人気がありませんでした。それも当然、まだお昼です。

「おや、可愛らしいお客さんだねぇ。あんた、何処の子だい?」

「お初にお目にかかります。私、フローラと申しますわ」

「へえ。お姫さんかい。あたしはこの酒場の主のルイーダだよ、よろしくね」

 自分を特別扱いしない人種は、彼女にとって初めてでした。

でも特別感慨を覚えるわけではありませんでした。

「お酒を下さいな」

「さすがにそれはやめときな」

 苦笑して女主人は注文を却下します。

 姫自身、自分にはアルコールを分解しきる能力がまだないことくらい把握していました。注文したのは受理されればラッキー、程度の考えです。

「炭酸水はありますの?」

「金はあるのかい?」

「むう」

 当然、お姫様は無一文です。お金など触ったこともありません。

「よお、ルイーダ」

 背後から声が聞こえました。

 振り返るとそこには、一人の男が。

「なんだ、あいつの娘っ子も一緒なのか。珍しいな」

 お姫様の親とはつまり王様。それをあいつ呼ばわり出来る人はそういません。

 彼は、その数少ない一人でした。

「オルテガ様、お久しぶりですわ」

「うむ。久しぶりだ、フローラ」

 男の名前はオルテガ。勇者オルテガ。

 世界を巡り、あらゆる魔を打ち砕き、そして伝説となった男。

「どうしたんだい?滅多にアリアハンに戻ってこない男が」

「なに、そろそろ魔王城に挑むのでな。色々挨拶回りしなくてはならんのだ」

 心配ばかりかける男へのささやかな皮肉に、苦笑してしまう勇者様。

 お姫様は勇者様の隣に佇む、小柄な人影に気付きました。

「どなたですの?」

 お姫様は回り込み、その人物をはっきりと見ました。

 黒い艶やかな髪の、小さな子供。年齢で言えばフローラ様よりもっと下かもしれません。

 とても華奢で、なにより美しい瞳を持った子でした。

 髪が短いせいで男か女か判らない中性的な雰囲気を纏っていますが、そんな性別や年齢を超越した「何か」を持っている。お姫様はそう思ったのです。

(……欲しい)

 お姫様は思いました。これは自分のものだ、と。

「性格はわがまま、と」

 ルイーダはなにかを書き込んでいました。

 お姫様はじゅるりと涎を拭い、その子に近付きます。

「あなた、お名前は?」

「ア、 アルス」

 アルスは邪気を纏うお姫様に完全に怯えていました。

「さあ参りましょう、アルス。新たな世界へご案内致しますわ」

 本能的な危機感を覚えたアルは脱兎の如く逃げ出しました。さすが未来の勇者、直感も天才的です。

 ですがアルが兎ならば、お姫様はそれを大人げなく全力で狩る獅子。

 彼女は犬が逃げる獲物を追いたくなる論に従い、店を駆け出て行きます。

「やれやれ、元気だな子供達は―――それではルイーダ、俺はこれで失礼する。今日中に回らなくてはならない場所も多いのでな」

「なんだ、そうかい。ま、あんたなら魔王を倒せると信じているよ」

 オルテガが一歩出ると、そこには不機嫌そうな男が立っていました。

「……遅いぞ、オルテガ」

 男は腕を組み、真っ直ぐ勇者を見据えます。意外と普通の人に出来ることではありません。

「いつまで待たせる気だ」

「どれだけせっかちなんだお前は……本当に190年も生きているのか?」

 オルテガは呆れたように男を睨みました。

「まだ時間はかかる。町の外で待っていろ、ロビン」

「俺は犬か?」

 不満げに男は勇者様と歩きます。

「そういえば、さっき店から子供が二人出てこなかったか?」

「出てきたが、それがどうした?」

「……いいや、なんでもない。忘れろ」

 少し考えましたが、彼は二人の素生を明かすことはやめました。この男が興味を持つとも思えなかったのです。

「そうか」

 これが勇者と魔族の、本当の初めての出会いでした。







 お姫様はとても上機嫌でした。

 先日見つけた小さな勇者は、彼女にとって最高の玩具でした。

 貴族のようなドレスも良し。村娘のようなワンピースも良し。

(今日はなにを着せましょうか?)

 考えただけで涎が溢れます。

 今日もまたお姫様はルイーダの酒場へ赴きました。

(そうですわ。今度はメイド服を着せてみましょう)

 面倒見のいいアルスに、メイド服はよく似合うはず。

 問題があるとすれば、どのような口実で着せるかです。ドレスやワンピースのように普通のお着換えとは訳が違います。

(まあ、力づくで構いませんか)

 店内は時間も夕方近いので、お客様もちらほらと見受けられます。

「こんにちは、ルイーダ」

 お店を手伝っていた小さな勇者が応えます。

「いらっしゃようなら」

 アルスはお姫様を視認した瞬間踵を返しました。

 超速で逃避したアルを神速で確保し、押し倒して服を脱がせにかかります。

「いやっ!助けてぇ!」

「……なにをしているんだ、お前は」

 傍にいた少年が呆れたように呟きました。

「あら、いましたの?」

「はじめからいた」

 彼は、勇者の家の居候です。けれど不幸にも大人の事情で名乗れないのでした。

「やめてやれ。本人が嫌がっていることをするもんじゃない」

「喜んでますわ」

「喜んでないよ!?」

 本人に否定されたので、仕方がなく離れます。乱れた着衣を直しつつ、アルスも続きます。

「ところでルイーダはどうしましたの?」

 店員はアルを含めずとも何名かいるのですが、肝心の店主が不在でした。もう何度もこの店には来ていますが、こういうことは初めてです。

「さあな。兵士が来て連れて行ったが」

「そう……ついに不法な薬を扱っているのがばれてしまったのですね」

 これはお姫様の勝手な想像です。ルイーダの酒場は王宮認定の健全なお店です。

「そういう雰囲気ではなかったな。なにか、重要な連絡があったらしい」

「ルイーダさんがお城に呼ばれる連絡って?」

「俺に聞くな」

 そこに二人の男が入店してきます。

 そして、店内の戦士達に大声で告げます。

「聞いてくれ、みんな!」

 なにが楽しいのか、その口元にニヤついており人に嫌悪感を抱かせます。

 しかしそんな反応は無視しているのか気付いていないのか、男は言葉を続けました。



「勇者オルテガが死んだ!火山口に落ちて、骨すら残らなかったらしい!」



 皆が言葉を理解した途端、店内を静寂が包みます。

 そして、困惑と失望の声が漏れます。

「なにが伝説だ、大したことなかったなこの国の勇者も!」

 隣の、もう一人の男も亡き勇者様を侮辱します。

 お姫様はショックで崩れ落ちるアルスを咄嗟に受け止めました。

「この子をお願い」

「御意」

 少年にアルスを託し、お姫様は疾走します。

 この男達を許す気はありませんでした。突然現れ友を傷付け、尊敬する勇者様を侮辱した彼らを叩きのめす。そしてお城に至急戻り事実を確認する。

 思えばルイーダもそれで呼ばれたのでしょう。更に言えば、オルテガ様の奥様もお城に呼ばれているはず。

 一人の男に接近し、脛をローキックします。

「――――――痛っ!」

 この込み合った室内では、自慢の二丁銃も使えません。

 お姫様は戦闘においても天才です。

 直感的に弱点を見抜き、小さなおててで男の股間を握り潰しました。

「ぐはああっ!」

 苦悶の表情で倒れる男。

 彼はこの後、金髪の女を見ると顔を引き攣らせて逃げるようになりました。

 お姫様は科学に関しても天才です。

 即座に近くのテーブルの酒瓶を握り、飛翔します。

 そしてその瓶を、もう一人の男の頭部に叩き割りました。

「ぐはっ!?」

 度数の高いアルコールを被る男。

 マッチを壁に擦り、お姫様は優雅に着火しました。

「ぎゃああぁ!」

 火達磨となり、転げ回る男。

 彼はこの後、お酒を嗜まなくなりました。







 二人はお城へ向かいました。

 部外者扱いである少年は同行しません。

 玉座の間は、重い雰囲気に包まれていました。

「お父様」

「……聞いたのか、フローラ」

 勇者の死は真実でした。

 彼の妻と子は泣き崩れ、兵士達も顔を伏せます。

 この日、世界は最後の希望を失ったのです。

「しかし、オルテガ殿ほどの者がやられるとは……」

 王は深く溜息を吐きました。

「ご家族にも、なんとお詫びを申し上げればよいのか」

 玉座を立ち、一国の王は勇者の妻に深く頭を下げます。

 王としてではなく―――あの男の友として。

「オルテガ殿の奥方。まことに、申し訳ない……」

「ありがとうございます、王様。私も覚悟は出来ておりました」

 彼女は目を閉じ、鉄の心を以って微笑んで見せます。

 逃げる為ではなく、立ち向かう為。

 例え剣を持てなくとも、彼女は勇者の選んだ女性であり―――未来の勇者にとっての、憧れだったのです。

「それに夫は立派に戦いました。きっと本望だと思います」

 王は小さく頷きました。

「しかし、実に惜しい命を失くしたものだ―――最早魔王に挑めるような者はおらぬ。我々にはもう希望はないのか……」

 その言葉に、彼女も沈黙します。

 素質で言えば、アルスも低くはありません。なにせ世界で最も偉大な勇者の血を引いているのだから。

 ですがアルスは母の傍らで俯き泣いたまま。元より戦いに向いた性格とはいえません。魔王を倒すなど、到底不可能と思われました。

 しかし、お姫様は動きました。

 アルスの正面に立ち、その小さな体を抱き締めます。

「泣かなくてもいいのです」

「う、うう……えぐっ」

 耳元に顔を寄せ、二人のみに聞こえるほど小さな声で囁きました。

「あなたは、あなたの進みたい方向へ進めばいい。誰にも強要などさせません。この、私が」

「ひっく……フローラ、が?」

「ええ」

 お姫様は少し離れ、大きく頷いて見せます。

「ですが―――アルスが勇者を志すなら、私はどんな苦境でもお付き合いしますわ」

「ふえ……」

 アルはフローラ様に抱き付きます。

 沈黙は、僅か数瞬。

「私―――勇者になる」

 その小さな宣言は、ですが全員に届きました。

「戦いは嫌だけれど、誰かを傷付けるなんて嫌だけど、それでも、泣いてるだけなのは、きっと、もっと嫌だから、だから、―――勇者に、なる」

 幼い子供の嗚咽混じりで精一杯な、それ故に誰よりも真摯な誓い。

 その場にいた誰もが自身の無力を責め、そしてその誓いの尊さに震えました。

「ならば、私はそれにお付き合いしましょう。ですからアルス―――」

 お姫様は、二人だけの内緒話のように囁きました。

「メイドになるのです」

「メイ……ド?」

「はい。メイドこそ天に最も近い職業。人を救うにはメイドが一番。実をいえばオルテガ様もメイドでした。アル、メイドです。メイドなのです。メイドこそ天職です。メイドであるべきです。メイドメイドメイドメイドメイドメイドメイド……」

 何度も繰り返すお姫様。

 アルスの瞳もやがて虚ろになり、「めいどめいど……」と呟き始めました。

「わたし、めいどになる」

 単なる洗脳でした。







 NGシーン



 私ことスイリスフィースがルーラによる転移を終え着いた場所は、見たこともない村でした。

「あ、あれ?」

 どうしたことでしょう?

 自分がルーラと相性が悪いことくらい自覚しているつもりですが、魔法を発動した本人が目的地以外に到着したのは流石に初めてでした。

「とりあえず、村に入りましょうか」

 突っ立っていても事態は進みません。村の入口近くにいた、どこかアルスさんに似た雰囲気の人に話しかけてみます。

「あの、すいません」

「ようこそ旅の人!ここはデスコッドです」



 スイリスフィース、遂にルーラ音痴を極める。







 あとがき(冬季限定臨時開店)



 こんにちは。最近年上趣味が暴走して人妻まで興味を持ち始めた日高蛍です。

 姫の名前ですが、ミドルネームは適当です。銃の歴史も適当です。

 これ、ドラクエという世界観を借りた、ただのオリジナル?という気が最近していまあすが気にしてはいけないのです。

 NGシーンは触手は浪漫様の作品を読んだ影響です。キャラをお借りしたことをここでお詫び致します。



[4665] 二十二里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2009/06/10 21:53
 どす。

 レイチェス号の食堂で妙な音が鳴った。

 どす。どす。

 その音は定期的に、一定の間隔を開け発せられる。

 どす。どす。どす。どす。

 その女―――姫の持つナイフがテーブルに突き刺さる音。

 何度も、何度も。

 どすどすどすどす。

 姫の機嫌の悪さに呼応してか、ナイフが突き刺さる間合いも縮まる。

 どすどすどすどすどすどすどすどす。

 加速するビート。犠牲となっている机は既にボロボロである。

 どどどどどどどどどど。

 目にも捉えられぬほど白熱する机苛め。

 ど―――――――――。

 最早連続した音ではなく続いた一つの音に聞こえてしまう。

 ど――――――ドギャアッ!

 最終的に、机は耐え切れず真っ二つに割れた。

 そして姫は叫ぶ。

「あんのポルトガ王ッ!いつか絶対この国を植民地にしてみせますわっ!!!」

 いつだって、時代はこうして変わる。







 レイチェス号は軍艦である。なので、港に入るには特別な許可が必要だ。

 戦争状態でもないアリアハンとポルトガなので、それ自体に問題はない。だが今レイチェス号は大至急ドッグ入りせねばならない状態だった。

 つまり、レイチェス号は入港を断られたら終わりということである。それは他国の軍艦が普通に入港するのとは違い、一つのポルトガのアリアハンに対する『借り』という側面がどうしても残った。

 いや、それだけならば姫もここまで怒りはしない。国という単位ではこの程度で恩を売ったことにはならない。

 せいぜい、船に備蓄された黒コショウを全て対価として支払わされただけだ。

 問題は、その後だった。

 姫とアルは入港した直後、ポルトガ王に会いに行った。勇者と姫だ、最低限の挨拶は必要である。

 その対談の時。

 ポルトガ王が、姫に対して言ってしまったようだ。



『やはり船はポルトガが一番じゃな。アリアハンの船が悪いということはないが、魔物に壊されて航行不能になるようでは技術力も知れているというものじゃろう』



 姫でなくたってキレる。







 巨大な船がポルトガの1番ドッグに入る。ポルトガにおける最大のドッグであり、ここ以外にレイチェス号の入れる場所はない。

 綺麗に納まった船を宿泊施設の窓から眺める。

「で、どれくらいかかるって?」

「急いでも数か月はかかるって言われたみたい」

 問いにアルが答える。

「ではしばらくは、この町で過ごすんですか?」

 スイは窓から顔を出して喜んでいた。大きい港町が珍しいのか?

「それは姫が決めることだが……」

 あの無駄にアグレッシブな女がおとなしくはしていまい。

「というか、姫はなにをしている?」

 城の施設に奴の姿はない。平和だが、目の届く場所に居なければそれはそれで不安になる。

 変な意味じゃなくて、危険物の管理的に。

「フローラは色々手続きしてる。あれで結構忙しい人だから」

「そうか。……アル、それじゃあ今からどこかに」「そうはいきませんわっ!」

 勢いよく扉が開く。ガッテム。

「皆さんっ!」

 なんだ。

「旅立ちですわ!」

 ……アグレッシブ過ぎる。





「オーブ集めは始まってすらいないです」

 姫の演説が始まった。何度もいうが、机の上に立つな。

「ロマリア、イシスの両国ならばなにか判るかもしれません。ポルトガでは何も情報を得られませんでしたが」

 最低の国ですわ、と付け加える。

「最低の国ですわ」

 一度では足りなかったのか、もう一度言う。

「最低最悪言語道断の国ですわ」

 苛立ちが蘇ってきたらしい。

「ともかく、まずはロマリアだね」

「ええ。もうこんな船を作るしか能のない国に用はありませんわ」

「その国に世話にならざる負えない奴に言われてもな」

 つい苦笑してしまった。事実なので姫も苦虫を噛むような顔をするだけで、反論はしない。

「とにかく、出発ですわ」

「それは構わないが、どこに行くんだ?」

「とにかく、出発ですわ」

 ノープランかよ。そんなにこの国に世話になるのが嫌か。

「とりあえず、各国の王様に話を聞いてからじゃないかな」

 つい、全員がアルに注目した。

「え、えと?なにかな、変なこと言ったかな?」

 かな?かな?と、その反応に勇者張本人が狼狽する。

「いや、そういう訳ではないが」

 今まで旅の最終決定はずっと姫がしてきた。

 はっきり言って、アルがこれからのことを提案するなど初めてではないか?

 いままで居て居ないような感じだったが―――ここは喜ぶべきところだろうか。

「駄目なら、それで」「違いますわ、アル。それは違います」

 姫はアルの言葉を遮る。

「言ったはずです。アルが勇者を志すなら、私はどんな苦境でもお付き合いします、と」

 そして、半ば強引に抱き締めた。

「……そうだったね。うん、ありがとうフローラ」

 彼女も穏やかな表情で抱き締め返す。

「では早速参りましょう―――寝室へ」

 結局それか。







 関所を抜け、王都ロマリアに到着する。距離的には大したことがないのであっという間だ。

 ちなみに騎士やスタッフ達は船に置いてきた。パーティ以外で同行するのはレイドのみである。

「綺麗な町だね」

 アルがロマリアの町を一望してそう評する。端的で陳腐な表現だが、これほど景観に優れる王都もそうないので黙って頷く。

 煩雑でありながら、人々の良識により法的な措置を介さず整備された町並み。

 潮風が街道を通り抜け、人々の活気と混ざり合う。

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 そんな町の空気を台無しにする叫びが響いた。

「邪魔だ邪魔だああああぁ!」

 大通りを失踪疾走する巨体。否、変態。

 上半身裸にパンツ一丁。しかも覆面。

 更に、3メートル超の筋肉隆々。

 景観的に邪魔だったので、メラゾーマを放つ。

「覇王―――快心撃ぃ!」

 変態アタックで相殺された。

「って、ロビ」「ベギラゴン」

 極大魔法によって町並みを業火で焼き尽くす。大丈夫、変態にビビって人はいなくなっている。

「てめぇ、なにをするロビ」「メドローア」

 物は試しとやってみる。

 俺がやっても単にメラゾーマとマヒャドになるだけだ。どうやるんだろうな?

「いいかげんにしやがれ!ロ」「カラミティ・ウォール」

 名前を呼ぶな名前を。お前の関係者だと思われたらどうする。

「きくかよぉ!」

 振り下ろされた魔神の斧による快心の一撃が、カラミティ・ウィールを左右に裂く。

 だがその一瞬が命取りと知れ。

「バシルーラ」

「うおぉ!?」

 変態をすっ飛ばす。これで美しいロマリアに戻ったな。

「色々破壊されたけどね」

「力は抑えた。死にはしない」

「死んでないけど、死屍累々とはしてるよ?」

「死にはしない」

 町の一角が消滅したくらい、人間なら簡単に修復するだろう。種としてのゴキブリの如き生命力こそ人の強さだからな。





 姫はロマリア王に、この騒ぎを賊の撃退による必要最低限の犠牲と説明した。

 事実、カンダタはどうやら本当にロマリアの『金のシャチホコ』を奪ったらしい。なにをやってんだあいつは。

 ちなみにオーブに関する情報は得られなかった。

 本来の目的が一言で説明されるのはどうかと思う。

 ということで、次に目指すはイシス。

 変態?んなもん知るか。







「そうさ ベホイミよ♪」

「ベホイミよ♪」

「ベホイミよ♪」

「ベホイミよ♪」

「ここで ベホマズンが使えたら♪」

「危ない!死にそう!死んだー♪」

 いつものように皆で歌って歩く。最後の部分は勿論姫が担当だ。

 俺達はイシスに行く過程で、アッサラームへと向かっていた。

「で、スイ。この首輪に繋がった鎖はなんだ?」

 呪いの首輪にごっつい鎖を結ばれ、その端を何故かスイが握っている。なんのつもりだ。

 スイは目を逸らしつつ、

「アッサラームはその……そんな町だと聞き及んでいますし」

 じゃらじゃらと鎖がうるさい。

 というか、誇り高き魔族たる俺はなぜ甘んじて首輪に引っ張られているのだろう。

 憮然としつつも考える。

 不夜城・アッサラーム。別名・男の楽園。

 まあ、言わんとするところは判る。だが……

「言っておくが、俺は人間の雌に性的興奮など覚えんぞ」

「えっ!?ボッキュンボンはお嫌いですか!?」

 ぼっきゅんぼん?

「い、いえ。なんでもありません」

 バツが悪そうにそっぽを向かれた。

「種族が違うんだ。性的快楽を求め合う関係を望むはずあるまい」

「そ、そうですか」

 ってなぜ俺が自身の性癖を暴露しているんだ?そしてなぜほっとしている、賢者少女?

 ころころと表情を変えるスイを眺めていると、ふとこの前試しに使ってみた魔法を思い出した。あの極大消滅魔法・メドローアである。

「メドローアですか?あれはそう簡単に使えませんよ?」

 いや使いたいわけではないが。

「本当?」

 勇者が上目使いで微かに笑みを浮かべて問いかけてくる。

「……すまん。ちょっと使ってみたい……かもしれない」

 歩きつつメラとヒャドを融合してみる。やはり昨晩何度かやった通り、二つは反発して消失してしまった。

「昨晩練習するほど使いたかったんだ?」

「練習ではない。試してみただけだ」

 だから微笑ましげに笑わないでくれ、アルス。

 仕方がないだろう。俺は、攻撃魔法は全て習得済みなのだ。ダーマの禁術と電撃系魔法を除いて。

 聖属性の電撃はともかく、メドローアは無属性。論理的には使えるはず。

「物事にはすべて対立する存在があります」

 スイが魔法抗議を始める。

「正義と悪。光と闇。物質と反物質。男性と女性。実数と虚数。天と地。それら相反する概念を同時に行使して莫大なエネルギーを得るのが消滅魔法です」

 と・は・い・え、と指を一文字ずつ左右に振る。

「魔導論理的に融合可能とはいえ、まったく同等の出力を扱うのはとても困難です。魔力量が多い分、制御が大雑把な魔族の方々に消滅魔法は特に会得困難でしょう」

 会得する為の講義で、不可と言われたんだが。

「……というか。正義と悪とか、光と闇とか、そういうものまで融合出来るのか?」

「魔導論理的には」

 そればっかりだな。

「その中でも炎と氷は最も単純で融合しやすいエネルギーです。故にメドローアは、人という存在に許された最上の矢。それ以上となると、最早人間業ではありません」

 つまり、結論から言うと?

「貴方に素質はない。そういうことですわ」

「……何故お前に断言されねばならん、姫」







 日が沈んでからようやく、アッサラームに到着する。

 本来、冒険において夜間は進行を控えた方がいい。魔物との戦闘を考えれば一日の半分以上歩くというのはあまりに疲弊し過ぎるのだ。

 しかしこのパーティは能力だけはやたら高い。もう町も近かったこともあり、少々無理をして到着が遅くなってでも敢行することが選択された。

「はーい、お兄さん」

 大通りを歩いていると、さっそく露出度の高い女が話し掛けてきた。

「なんだ、雑種?」

「って失礼ねー!私は純血!」

 びしっ!と手の甲で叩いてくる。

 なんだ、この女?随分馴れ馴れしくて無礼だが。

「それより、私といいことしないかな?」

「しない」

「はい、一名様ご案内!」

 聞いてねえ。

 ずっと歩き詰めだったのだ。そろそろ宿でゆっくりしたい。

「女、よく聞け。俺はお前に欲情などせん。他の男でも漁っていろ」

「普通の男じゃ駄目なんだよねぇ」

 頬に手を当て溜息を吐く女。なんなのだ本当に。

「あの……」

 スイが女をじろじろ見る。

「む……むむむ」

 女もそれに対抗する。

「あの、あのあの」

「むむ、むむむむ」

 なにを睨めっこしている、お前ら?

 むー?と唸って女をじろじろ睨んで眉を寄せるスイ。

「どうしたんだ?」

「……貴女、……?」

 考えるも、結局は結論を出せずに首を傾げる賢者少女。

「むむむ、なによーちびっこ」

「誰がちびっこですか!?」

 そのままぎゃーぎゃーと騒ぎ出す二人。

 付き合ってられん。さっさと行こう。

「いいの、この二人を放っておいて?」

 アルに耳打ちされる。

「かまうまい―――相性が悪いということはなさそうだからな」

 後ろを見ると、二人は未だ言い合っていた。







 アッサラームを翌日には経つ。長居する理由など元よりない。

 大金を払いキャラバン一つを丸ごと買収し、砂漠越えに挑む。

 砂漠はあらゆる生物にとって鬼門だ。原住している生物とてそれは例外ではない。

 少ない糧。過酷な環境。

 まあ俺は平気なのだが、人間である以上他3人に無理は禁物だろう。

 ラクダに乗ってウトウトしていると、遠くに覚えのある山が見えた。

「―――ネクロゴンドの火山か」

「―――そう、あれが」

 勇者が俺の呟きに反応してラクダを止める。

「―――歴史上、最強の勇者が散った土地、ですか」

 姫も感慨深げに遠い目をする。

「…………うう」

 一人、ラクダ独特の揺れに賢者少女だけぐったりしていた。

「アル、挑んでみたいのですか?」

「うん」

 いや、肯定すんなよ。まだオーブは一つも見つかってないのに。

「なら、お父さんは何をきっかけに火山に挑んだの?」

「あの男が考えて行動してたとは思えん。行きたかったから、だろう」

 ……あれ?似た者親子?







 ネクロゴンドの火山。

 その世界最大の標高を誇る山は、本来世界地図のどこにも存在してはいなかった。

 ネクロゴンド王国はかつてより複雑な山々が入り組んだ、高山地帯に形成された国だった。

 内海に浮かぶ小さな島。そこに構える白亜の城はロマリアの景観とすら遜色ない見事なものとされた。

 山々に点在する村や町には特有の文化があり、特産物が世界中に輸出される。

 そんな、剛健ながらも美しい大国。それがネクロゴンド王国。

 だが地下世界と地上世界が繋がった時、大国は滅んだ。

 ギアガの大穴を中心に、二つの世界が通じた際の衝撃波は一つの大陸全体に余波を及ぼす。

 丘は剣山へと隆起し、平地は奈落へ通じる谷に変じた。

 加え、兇暴な魔族・魔物の出現。

 町や村を繋ぐ道を失い、魔の眷属が闊歩する大陸がいつまでも文明を保持し続けるはずなどなかった。

 そして、ネクロゴンド王国は消滅する。

 美しい城はバラモス城なる魔窟へと変貌し、そこに至るあらゆる道は天変地異によって封印される。

 そう―――本来の正規ルートである、現在は火山となったこの道を通る以外は。

「確かにこの火山さえ越えれば、ほとんど魔王城に直通と言っていい平原がある」

「そっか」

 火山を見上げ、メイドな勇者が呟く。

 もう目で見える場所まで、来てしまったな。

 いつまでも、黙ってはいられない。

 前々から決めていたのだ。

 10年前なにがあったか、それを彼女に語るとしたら―――彼女が、あの男と同じ場所に立った時しかないと。

「―――うん、ありがとう」

「もういいのか?」

「うん。今日はただの下見だから」

 話すとすれば、オーブが全て集まった時。

 決意が鈍る、ということはありえないがこれはこれで嫌だな。

「でも、思ってた以上に険しいですわね。登る為の順序や道筋があるのかしら」

 姫の疑問にレイドが応える。

「そのようです。オルテガ様も、何度も調査を重ねたと記録にありましたし」

「そうですの。勤勉ですわね、レイド」

「恐縮です」

 ビシリと敬礼する騎士。

「その貴方を見込んで頼みがあります」

「なんなりと」

「ネクロゴンドの火山周囲における、地形調査を命じますわ。私達が再び訪れるまでに完全掌握なさい」

「ハッ!……は?」

 アリアハン王女近衛騎士隊隊長・レイド。

 余計な知識を披露した為、ネクロゴンドの火山口に赴任決定。







 NGシーン



 火山口を発つその日の夜、二人の男が静かな森の中で逢瀬をしていた。

「俺は、しばらくこの火山を調べることになった」

 一人はレイド。極悪なお姫様に無理矢理従わせられる、哀れな騎士。

「―――そうか」

 もう一人はロビン。非道なお姫様に無理矢理愛玩動物にされた、無様な魔族。

「ふん、それだけか?冷たい男だ」

 レイドはロビンに近付き、腕を掴む。

 ロビンはそれを、怯えたように振り払った。

「っ! やめろ、レイド……!これを見ろっ!」

 ロビンは自分の首にかけられた、呪いの首輪を示す。

「俺は、あの女のペットだ……お前のご主人様の、な」

「―――関係ない」

 言い切り、レイドは強引にロビンの唇を奪った。

「そんな口上で俺を忘れられると思っているのか?―――舐めれらたものだ」

「レイ―――ド?」

 彼は呆然とした。彼の知る騎士隊長は、騎士道精神に溢れ人を軽く扱うことなどしない。

 ロビンにとって、そのレイドは未知であった。

「そんな馬鹿なことを言う魔族には……お仕置きが必要だな」

 その冷たい瞳に思わず震えるロビン。

「俺のことを忘れられないように、お前の体に俺を刻みこんでやる」

「あっ―――」





 ……なんて展開を2秒くらい考えてしまった私を許して下さい。



[4665] 二十三里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2009/02/15 15:00

 再出発したキャラバンは、ようやく砂漠越えを達成しイシスへ到達した。

 オアシスを中心に、砂漠の民から自然発生した王国であるイシス。

 苛酷な環境を生きてきた彼らは、当然それに対する自然信仰的な畏怖や敬意が強い。

 その為か、イシスの生活や文化というのは……まあ、言ってしまえば質素だ。

「質素ですわ」

 姫、思っても口に出すな。失礼だろ。

 大通りもどこか砂っぽく、日焼けをしない為か人々は暑苦しい衣服を着込んでいる。

「……質素だな」

「貴方も失礼ではありませんか」

 ジト目で俺を見る姫。

「しかし、この暑さに火山の熱さが加わるとなると……」

 人間に耐え切れるのだろうか?

「大丈夫ですわ、レイドとて伊達に騎士隊長を務めているわけではありません」

「信頼しているんだな」

「まあ……それなりには」

 そっぽを向きつつも肯定する姫。

「なるほど、信頼しているが故に、あのような危険な任務も気軽に任せられるというわけか」

 二人の絆、と称するべきものを垣間見た気分だ。

「ええ、彼は昔からよくやってくれていましたから」

 姫は遠い目をしつつ頷く。

「信頼に足りうる、見事な使いっパシリですわ」

 言うと思った。

 馬鹿姫から離れ、アルの姿を探す。

 彼女は、キャラバンのターバン男と談笑していた。単なる世間話らしい。

「遠くにある、あの三角形の建物はなにかな?」

 アルの疑問にキャラバン男が朗らかに応える。

「ありゃあ、昔の王様のお墓だぜ!すげえだろ!?」

「凄いですねぇ」

 暑さで頭が逆上せているのか、ボウっとした表情で相槌を打つ勇者。

 いや、あの建築物……ピラミッドの建築は確か、単なる公共事業のはずだが。墓という役割の方がついでだったはず。

 覚え違いだったかなあ?と悩んでいると、一匹の猫が俺達の前を通り過ぎた。

「―――ん?」

 とりあえず尻尾を踏んだ。

「ウギャア!?」

 猫は悲鳴をあげて睨み付けてくる。

「なんだ畜生?俺とやるつもりか?」

 しゃがんで白猫の体を持ち上げる。魔族たるもの、猫が相手だろうと容赦しない。

「シャ――――――!」

「ギャ――――――!」

 互いに牙を剥き出して唸り合う俺と猫。

「……ロビンさん、猫と同レベルで喧嘩しないで下さい」

 見られた!?しかも生暖かい目で見られた!?

「だが、コイツが生意気な目で俺を見ていたんだ」

「先に尻尾を踏んだのはロビンさんでは?」

 そこから見ていたか。

「しかし、な」

「なんです?」

 賢者少女は腰に手を当て、睨み気味に俺を見据える。

 勿論そんな視線に怯む俺ではない。猫を持ち上げ、スイに示して見せる。

「どう思う?この種族的格の差を弁えない不遜な態度は」

「そうですね、ロビンさんの態度は猫に失礼でしょう」

 最近お前、キツくないか?

「この国で、猫は神聖な動物とされるのですよ?それを苛めてたとなると、それなりに重罪に問われたはずです」

「その法は魔族にも適用されるのか?」

「あー、ロビンさんらしい屁理屈ですね」

 なんか納得された。

「……む?」

「どうした?」

 スイは猫をジロジロ眺める。

「にゃあ?」

「あなた、どこかでお会いしました?」

「にゃああ」

「そうですか?」

「にゃ」

「いえ、なにやら似た気配を、どこかで感じた覚えがあって」

「にゃにゃにゃーにゃ、にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ」

「そうですか……苦労しているのですね」

「にゃあ……にゃーにゃにゃにゃうにゃ」

 完全に納得したわけではないようだが、それでも頷いて猫を解放した。彼女達の間で話は終了したらしい。

「それでよ、ピラミッドの中にはとんでもない武器があるんだぜ!」

「とんでもない武器、ですか?」

「おう!なんでも武闘家専門の武器なんだが、それを目的にピラミッドに向かった冒険者は一人足りとも戻って来なかったって話だ!」

 俺達の後ろで、勇者とキャラバン男の話は続いていた。

 あー、あったなそんな話。そんな物騒なものを人間に確保されても困るということで、魔王軍でも捜索隊が形成されたことがあったはずだ。

「黄金の爪、だったか」

 資料を見たことがあるが、デザインはかなり悪趣味だった。

 武闘家として興味がないわけではないが―――死んでも装備したくない類だな。







 イシスの王宮は、やはり独特の文化故か他国とは異なる様相を呈していた。

 大理石で作り上げられた、天井の高い謁見の間。

 光源は温度を僅かでも下げる為か最低限の明かり窓に限定されており、オアシスからくみ上げたと思しき水流が気加熱を奪う。

 長い年月の内に発達したそれらの工夫により、王宮内はかなり涼しい風が流れていた。

 なにより、猫。

 猫、猫、猫。

 猫だらけ、である。

「……体が痒くなってきそうだ」

 アレルギーはないはずだが。

「静かになさい」

 ぴしゃりと姫に咎められた。

 そこに登場するは、妙齢の女。

 砂の国の美姫・クレオパトラ。

 長い歴史を誇るイシスにおいて、永久に民衆を総べてきた王女。

 白い肌に体のラインがはっきり見て取れる絹のローブを纏う、絶世の美女。

 歳を取らぬとも、天女の血を引くともされる、勇者とはまた異なる生きた伝説。

 その気配は人という種の範疇に納まりきっておらず、威厳は扇情的な衣服であることを感じさせぬほど覇気に満ちている。

「皆が、私を褒め称える。でも、一時の美しさがなんになりましょう?」

 意味もなく王女は語り出す。

「姿形ではなく、美しい心をお持ちなさい。心には、皺は出来ませんわ」

 聞いていません。

「王女様、お尋ねしたいことがあるのです」

 勇者が本題に入る。

「オーブ、という物をご存じですか?」

「オーブ……ですか?申し訳ございません、存じませんわ」

「そう、なのですか」

 うわ。数か月掛った旅路が数秒で終了しましたが。ががががが。







「どこかでお会いした気がしませんか、王女様?」

 宿でスイが呟く。

「お前、そればっかりだな最近」

「そうですが。感じませんか、近視感?」

「感じないな」

 そうですか?と納得し切れていない様子のスイ。

「お昼からずっとその調子でしたわね、貴女……よもや、美人の王族ということで私と同一視しているのでは?」

「それはない」「違います」

 きっぱり否定されて不貞腐れる姫。

「むー」とか唸って頬を膨らませる姫。やめろ、ウゼェ。

「アルはどこかにお出掛けしてしまったようですし、今宵はもう休みますわ」

 コキコキと指を鳴らし、スケスケネグリジェ姿の姫は自室に戻ろうとする。

 その背中に声を掛け、訊ねた。

「アルはどこかに出かけているのか?」

「そうですわ。夜遊びなんてしない、真面目な子だったのに……ううっ」

 目の端にハンカチを当てる馬鹿姫。しかし、アルが夜遊び?イメージ出来んな。

「まったくですわ。いつもは8時には就寝する子なのに」

 それは早過ぎな気がする。

「とにかく、アルの居ない夜に興味はありません。また明日」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみ」

 ひらひら手を振って退室する姫。

 さて、俺はどうしようかな。アルがいないのなら現実世界に興味はない。

「俺も寝るか」

「あの、ロビンさん。お休み前にもう一度だけ」

「なんだ?」

「王女様、本当にどこかでお会いしませんでしたか?」

 しつこいな、お前も。

「そんなに気になるのか?」

「気になります」

「どうしてもか?」

「はい」

 ……仕方がない。このままブツブツ言われ続けても鬱陶しいしな。

「なら、来い」

 はい?と首を傾げるスイを横抱きに持ち上げ、宿の外まで出る。

「ちょ、ロビンさん、なにをっ!?」

 騒ぐチビ賢者を無視し詠唱を紡ぐ。

「―――風に潜み世を巡る数多の精よ。我らが道しるべとならん大地に眠る霊脈よ」

「しゅ、瞬間移動魔法?どこに行くのですか?」

「その理に従い、我らを彼の地まで送り届けたまえ―――ルーラ」

 最低限の魔力で霊脈を辿り、目的の地まで瞬時に移動する。

 伊達に魔力制御に自信があるわけではない。スイのような暴走は論外だ。

 トン、と砂の地面に着地する。

 景色はさして変わらない。ただ、この町は夜が深まれば深まるほど賑わいが大きくなるというだけで。

「……アッサラームですか?」

「ああ。ほら、あそこにいる」

 女がふらふらぶらつき、男を見定めている。

「王女様?」

 その露出度の高い衣服を身に纏うのは、ご存じぱふぱふ嬢。

「あ」

 スイと王女(?)の目が合う。

「…………ちわっ」

「…………どうも」

 微妙な挨拶を交わしたのち、王女(?)は逃げた。

「あ、あれ?」

 現状を飲み込めていないスイは立ち尽くす。

「王女様が、どうしてあそこに?」

 まだ解らないのか、このスットコドッコイは。

「イシス王女の肩書き、忘れたか?」

「え?えと、絶世の美女とか、天女の血を引くとか、歳を取らぬとかですか」

「その中で明らかに嘘くさいのがある気がするが」

「歳を取らぬ、という部分ですか?」

 そう、それ。

「それほど若々しいという意味合いでは?」

「にしても言い過ぎだろう。実際、永遠を生きているんだ、あの女は」

 この目で確認しているから事実だ。少なくとも人間の寿命以上の時代を、アレは玉座に居座り続けた。

「そんなはずは……人間が不老不死を体現するには、それこそ賢者の秘術くらいは必要です」

「人間ならな」

 固まる賢者少女。

「ち、違うんですか?」

「魔の気配だろう?お前が薄々感じていたのは」

「えええっ!?」

 想定すらしていなかったのか、思っていた以上にびっくりしているチビッ子。気付けよ、聖職者。

「ま、まさかロビンさんのお知り合い!?」

「お前、馬鹿だろ?」

 つい口走る。

「あんな知り合いはいない。おおかたはぐれ魔族か、魔物から突然変異したかだろう」

 アウトローな奴はどんな世界にでもいるし、魔物であるにも関わらず高い魔力と知能を持つ奴が出現することも、稀にだがあるのだ。

「まったく、はぐれ魔族のような規律を乱す奴は好きではないのだが」

「貴方がそれをいいますか、貴方が」

 失礼な。俺がいつ規律を乱した?

 勘違いするな。俺が正しく、それ以外が間違っているのだ。

「まあ、魔の眷属が王位に治まっているのはいいとして」

 いいのか?この娘の価値観もかなり狂ってきている気がする。

「その女性がなぜ、アッサラームに?」

「ふむ」

 ここからは推測が多分に含まれるが、と前置きをする。

「あの女は、さして格の高い魔ではない。ただ魔力制御に関しての能力に突出したタイプなのだろう」

 そうでなければ、仮にも一国の王に成り変るなど不可能だろう。変身魔法でも使用しているのだが、俺ですら魔術式がほとんど把握出来なかった。これは意外と凄いことだ。

「変身魔法は使用中、常に魔力を消費する。だが魔力の絶対量が少ないのであれば、頻繁に外部から供給するしかあるまい」

 スイの表情が強張った。俺の言いたいことが解ったのだろう。

「つまり―――人を襲っている、と?」

「噂にならない以上、巧く隠蔽しているのだろうが」

 さして害でもないと判断し、放置することにしたのだが……プチ賢者にそのつもりはないらしい。

「調べましょう」

 ずかずかと歩き出すスイ。

「どうするつもりだ?」

 はぐれ魔族などどうでもいいが、取り敢えず着いて行く。

「本人を発見出来れば僥倖ですが……どれだけ隠蔽しようと、居ると判っているなら魔力の残滓くらい見つけ出せるはずです」

 普通は出来ないがな。この賢者なら可能、か。

 匂いを追う犬の如く、テトテトと歩き続けるスイ。

 大したものだ。ちなみに俺にはなにも判らない。

 この町にいるであろう数多くの魔法使い・僧侶などの魔力残滓から特定のものを辿るなど、最早人間業ではないな。

 それから残滓を追い町中を歩いた。

 裏道を抜けたり、屋根の上を歩いたり、生ゴミに突っ込んだり。

「…………」

 あの女、見つけたら一言言ってやらねば。

 障害物コースを何度も超えると、最終的に到着したのは民家の屋根の上だった。

「ふっふっふ、きたなー、魔王軍よ!」

 パフパフ女がこちらを指差し叫ぶ。

「あの、そちらが魔王軍なのでは?」

 律儀に訂正するスイ。

「ちがうよ、私はフリーダムだもの」

 フリーランスと言いたいらしい。

「随分、玉座に居座っている時と雰囲気が違うな」

 んー、と目を瞑りクルクル回る偽王女。

「あれは本物の王女様の真似だからねー」

「……では、その本物の王女様は今どこに?」

 気の抜けた偽王女に緊張した面持ちで問う賢者少女。

 ピタリ、と回転を止め背中だけ見せて偽王女は夜空を見上げる。

「死んだよ?」

 スイの小さな体が、一瞬揺れた。

「そう、ですか」

「うん」

「そして、貴女が今、イシスの王女に成り変っている……人間の生命力を糧にして」

 その瞳は幼子と思えぬ、勇者と同じ種の光を宿していた。

「間違いありませんか?」

「そうだよ、うん。その通り」

 ゆっくり女が振り返る。

「―――それで、どうするの?わたしを倒すというなら」

 真っ直ぐこちらに右手を伸ばす。

 その手の平に出現する業火。

「相手になるよ?」

「結構―――貴女に覚悟が出来ているなら、私は私が成すべきことをする」

 杖を構え、目の前の敵を見据えるスイ。

「うん、判り易いのは大好きだよ」

 偽王女は掴み所のない余裕を崩しはしない。

 おそらく、始めてではない。

 真実に近付いた者を、こうして打倒してきたという自負がそこからは伺えた。

「参ります!」

「おいて、ちびっこ!」

 偽王女の業火は直径10メートル近くまで燃え上がり、闇を大きく照らす。

「めらぞーまー!」

「ヒャダルコ!」

 魔力の多さに任せ、瞬時に氷結魔法を放つスイ。魔法のランクが違うので威力は劣るが、それでも一瞬だけ炎と氷は拮抗する。

「手伝うか?」

 一応訊ねる。

「結構です、手を出さないで!」

 やはり、自力で倒すつもりか。

 しかしスイにそれが可能だろうか。仮にも、相手は100年以上に渡り一国を操り続けた魔族なのだ。

「―――いや」

 違うな、アルならばそれはもう堂々とスイに一任してみせるだろう。

 ここはそれに倣おう。

「まあ、なんだ―――頑張れ」

「はいっ!」

 威勢のいい返事と同時に、一人と一匹の魔法使い達は魔力を撒き散らし闇夜に交差した。



[4665] 二十四里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:4fba4285
Date: 2009/02/22 16:27

 スイのヒャダルコと偽王女のメラゾーマが衝突する。

 眠らない町・アッサラーム。

 その止まぬ喧噪を眼下に、建物の屋根の上で二人は対峙していた。

 ヒャダルコは中級魔法。上級魔法であるメラゾーマにはどうしても劣る。

 だがスイとて伊達に賢者ではない。その莫大な魔力により通常以上に強化されたヒャダルコは、辛うじてながら業火と拮抗を果たしていた。

「やるね、ちびっこ!」

「ちびじゃありません!」

 杖を持たぬ方の手を広げ、炎を顕現する。

 無詠唱のメラが業火と氷結を迂回し、王女に向かう。

 流石に偽王女に、メラゾーマを含めた二つ以上同時の魔法行使は不可能なようだ。メラゾーマを消し、ヒャダルコとメラを跳躍して避ける。

 偽王女の居た空間で氷と炎が衝突し、消滅した。

 なかなかの運動能力だ。あの距離まで迫っておきながら完全回避するか。

 スイは偽王女が飛んでいる合間に、杖の切っ先を地面にぶつけるように擦り付ける。

 その場でくるりと回り、増幅魔法陣を形成。

「この身を守りし魔法の盾よ、己を殺めんとする刃を打ち払え。スカラ」

 守備力増強魔法を手早く唱える。以前に比べ、手際がよくなっている。

 これで接近戦は封じた。偽王女の接近戦能力がどの程度かは未知数だが、先の運動能力を考えれば低くはあるまい。というか、スイより直接攻撃が苦手な奴などそういない。

 偽王女はひらり、と着地して両手をスイに向ける。

「いてつくはどー!」

 冷気のような、反属性を付加した魔力を解き放つ。

 凍て付く波動。あらゆる能力付加系の魔法を解除する、極一部の魔族のみ使用可能な希少技能だ。これによってスイのスカラは無効化された。

「って、ええ?」

 思わず変な声が漏れる。いや、凍て付く波動とか、なんでそんなのを扱える?

 まさかそんな返しをされるとは思わなかったのであろう、スイはその場で止まり、杖を構えたまま硬直する。

 王女も姿勢を低くし、スイの行動を伺う。

 先に行動を起こしたのはスイ。まあ、先手先手を打たなければ負けるからな、コイツは。

「やぁ!」

 無詠唱メラ。それを射出した瞬間、更に魔力を込めてメラミ並の火力とする。

 偽王女は高速で詠唱を終え、こちらは本物のメラミを放つ。

 衝突する二つの炎。火力は若干偽王女が勝っていたが、衝突地点は遥かに王女寄りだった。

「地を吹き抜ける風よ。我の名の元に断罪せよ―――バギ」

 その間に放たれる真空の刃。

 天井床を這うように疾走するそれを、偽王女は最低限の高さだけ跳んで避けた。

 そのまま、姿勢を低く駆け抜ける偽王女。

 それを無詠唱メラで迎撃するも、距離はかなり詰められた。

 接近すれば反射神経が上の方が有利となる。乱射される炎も狙いが甘くなり、逆に偽王女は魔法を避けるのに余裕を持ち始めた。

(やはり、スイが不利か)

 魔法技能は同等。だがスイは前衛が居ない以上魔力の多さを生かせず、逆に偽王女は魔力の絶対量が多くないながら運動神経の高さから接近戦はむしろ有利。

 似たようなタイプの二人だが、能力の差異が結果に出始めた。

 何度か似た応酬を繰り返し、偽王女はスイに飛び掛かる。

「火の精よ、風の精よ。その調和を乱し炸裂せよ」

 スイも早口言葉のように神速を以って詠唱する。あの文面は―――

「イオッ!」

 爆発呪文。熱でも炎でもなく、爆発という現象にて相手を殺傷することを目的として構築された呪文。

 それ故に―――そう、これほど効率よく目くらましが可能な魔法もない。

「フギャア!?」

 猫のような悲鳴をあげ、そこでよろめく偽王女。

 煙が晴れた時、スイはその場には居なかった。

「ど、どこにいったのー!?」

「ここですっ!」

 偽王女は夜空を見上げる。

 そこには、飛翔魔法で闇夜を舞う幼女。

「シューット!」

 4つの無詠唱メラ。これが、彼女の現在の限界なのだろう。

 小さな炎は全て小さな賢者の制御下に置かれ、同じく飛翔する偽王女を追う。

 偽王女はそれを悉く爪で切り払う。しかし4つ目は対処し切れず、僅かに身を屈めることで回避した。

 しかし、そのタイムロスは賢者少女としては充分。

 偽王女がメラ×4に対処している間に、スイは炎と氷を融合させる。

「受けて見て、ダーマ禁術のバリエーション!」

 そのまま、天に……偽王女に矢の矛先を向ける。

「これが私の全力全開!―――メドローア!!」

 吹き荒れる魔力が矢に集中し、直線状の全てを消滅させる。

 回避も防御も不可能な、賢者少女最強の一手。

(初めて会った時は、魔力が強いだけの未熟者だったのに―――もう違う。的確で、巧い)

 スイの気付かぬうちの成長に、軽く悪寒が走る。

(迷ってたら、殺られる)

 今までコイツに対して油断してきた感があるが、これからは一層警戒して対応しよう。

 大気を、空間を抉り直径10メートルほどの光柱は偽王女を貫く。

 ―――かと、思われた。

「マホ―――」

 偽王女の前に光の壁が生まれる。

「―――カンタ!」

 呪文反射魔法。あらゆる魔法を跳ね返す、メドローアに対処可能な数少ない魔法。

「な!?」

 驚きの声を上げ、咄嗟に再び矢を形成するスイ。

 それを着弾寸前で迎撃し、二つの消滅魔法はスイの眼前で相殺された。

「っ、」

 悔しげに唇を噛む。とっておきの魔法が防がれるとは思わなかったのだろう。

 しかし、彼女の驚愕はまだ終わらなかった。

「えーっと?」

 偽王女は小さく炎や氷を作り、首を傾げた後に―――融合させた。

「こんな感じ?」

「そ、そんな―――」

 呆然とするスイ。

 偽王女はそんなスイに構わず、矢を構えた。

「メド、えっと、メドロー……ヤ?」

 微妙に名前を間違えつつも、消滅魔法はスイに解き放たれた。

「ま、マホタンタッ!」

 再び相殺するのは、さすがに魔力消費が大き過ぎるのだろう。相手と同じように反射呪文を唱えメドローヤを迎撃するスイ。

 だが、それを再び偽王女はマホカンタで反射する。

 それを反射し、更に反射し、もういっちょ反射し……と延々とラリーを続ける二人。

 メドローアの速度は恐ろしく速い。光速とはいかなくとも、魔法中最速の部類に入るだろう。

 だからこそ、二人とも射線上から離脱出来ず反射するしかないのだ。

 それだけではない。スイは万が一メドローアが回避された際、町に着弾しないように偽王女より下まで降下した状態で魔法を撃った。

 それ故に、スイは回避出来る状況となってもそれを選べない。避ければ、背後に存在する町をメドローアが貫く。

 これらの理由により、二人は最強の魔法を反射し合うという、見た目はシュールながらあまりに危険な競技を繰り返し続けなければならないのだ。

 その合間に思考する。

 成程、この偽王女の本質が理解出来たかもしれない。

 つまり、こいつは術式の天才。

 否、それをいえばスイとて天才だ。だがこの女はそれ以上―――鬼才といっていい。

 禁術であるメドローアを一目でコピーし、希少技能の凍て付く波動を使用する。

 メラゾーマを無詠唱で顕現するのも、モシャスを誰にも悟られず発動し続けるのも。

 そもそも、多いとはいえない魔力でスイと渡り合うことからして―――術式における才能と技能は、スイを超越しているのだ。

 ジリジリと後退する偽王女。

 一定の距離が開くと、最後の反射魔法を行った後に一気に離脱する。

 町を背後にするスイはそれを跳ね返せねばならず、その為一泊後手に回る。

 偽王女はその僅かな時間に、手の平に炎を形作る。

 彼女が最初に行ってみせた、無詠唱メラゾーマ。

 だが今度はスイにヒャダルコを使用する余裕はなかろう。

「これで、わたしの勝ちっ!」

 瞬時に燃え上がる炎の玉。

 直径10メートルに及ぶそれを、振りかぶりスイに投げ付ける。

「っく、ぅぅ……!」

 咄嗟にヒャドを形成するも、圧倒的に威力が違う。

 渾身の魔力を込め、ヒャドを強化するスイ。

 規模で劣っていながらも、その氷結は小柄なスイの躯体を最低限守る盾として機能する。

 だが、それがヒャドの限界。ただ魔力量を強化するだけで上級魔法に敵うなら、そもそも別の魔法として分類などされない。

「むむ、がんばるね、ちびっこっ!」

「ちびっこ、じゃありません……!」

 いや、チビだろ。

「なら、これでっ!」

 偽王女は業火を放つ右手、その人差し指以外を握る。

 なにをするつもりだ?人指し指一本でメラゾーマを維持するのは見事だが―――って、真坂。

「め」

 中指を伸ばし、そこから炎を発する。

「ら」

 薬指を伸ばし、更に炎を生む。

「ぞー」

 親指を伸ばし、同じく炎を顕現する。

「ま」

 そして最後に、小指でも同様に炎を作る。

「ふぃんがぁ・ふぁいあ・ぼむずぅ!」

 途端、小さく燃えるだけだった4指の炎は、人差し指のメラゾーマと同等の火力を得た。

 メラゾーマを5つ同時行使。炎は町を覆うほどに燃え上がり、単体対象の魔法の域を遥かに超えてしまう。

 ―――だが、これは偽王女にしても賭けのはず。これほどの火力を得る為には、どれだけ魔力を効率よく運用しようと限界がある。

「っくぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」

 ありったけの魔力をつぎ込み、ヒャドを維持するスイ。

 だが、それでもどちらが優勢かは明らかであった。

「今度こそ―――私のっ!」

 勝ち、と勝者の笑みを浮かべようとした偽王女。

 だが、それを遮るようにスイは笑ってみせた。

「私の―――勝ちですっ!」

 町の空を覆う炎。

 その中を、小さいながら明らかに異質な火球が飛んだ。

 その小さな火球は莫大な炎を貫き―――スイのヒャドと融合する。

「なっ!?」

 顔に驚愕を張り付ける偽王女。

 スイの目の前で、光の矢が形作られる。

 全てを貫く矢には、どんな業火とて通用しない。

 5つ分の火力を有するフィンガー・ファイア・ボムズなる技とてそれは例外ではない。

 炎からすればあまりに小さな矢は、だが炎を切り裂き、消滅させ、偽王女の身を貫いた。

「メドローアっ……!」

 息も絶え絶えに、辛うじて魔法の名を呟くスイ。

 一体最後のメラはどこから放たれたのか。

 第三者の放ったものならば、融合など出来ない。ならば、あのメラは間違いなくスイが撃ったもののはず。

「―――そうか」

 先程、メラを4発同時に無詠唱使用した時か。

 あの時、偽王女は最後の1つを対処しきれずに避けた。

 あれから、今までずっとメラを維持し続けて来たのだ、このチビ賢者は。

 偽王女は力を失ったように、ぼとりと天井の床に落ちる。

「なんで生きているんだ?」

「非殺傷設定です」

 あっそ。

 魔力がすっからかんでフラフラしているスイを後ろから支える。

「す、すいません」

「ああ」

 最低限警戒しながらも、偽王女の落ちた場所に近寄る。

 そこに居たのは、一匹の猫だった。

「これが―――魔族の正体ですか」

「そうだ。イシスでも見たろ?」

「……あの時の白猫ですか」

 ぐったりする猫を持ち上げる。すぐ目を醒ました白猫は「うにゃー」と少し暴れたが、すぐそんな気力も尽きたのか大人しくなった。

「そんなに暴れなくても結構です」

 スイは精一杯の笑顔を作る。

「私は、お話がしたいだけですから」

 そういう奴こそ信用出来ないのだ。お話=砲撃魔法だったりするからな。







 アッサラームより帰還した俺達は、白猫を宿屋まで連行した。

「騒がしいですわね」

 欠伸をつつ寝巻き姿の姫が現れる。そして白猫を見て一言、

「夜食ですの?」

「あるいは」

 「ふぎゃー!」と騒ぐ白猫。やがましい、誰がお前のような畜生を食うか。

「なんですの、コレ」

「捕虜だ。気にするな」

「ふぅん」

 目を細めつつ尻尾を踏む。

「ふぎゃあ!」

「意味もなく苛めないで下さい」

 スイは白猫を取り上げ、姫を軽く睨んだ。

「スイ、捕虜を付けあがらせてはならないの。徹底的に精神を追い込み、手を出さずに自白させる。それがスマートな尋問というものですわ」

「駄目です。私はお話する為にこの人を連れて来たのです」

「お話?」と訝しむ姫。姫には魔力を感知出来ないので、この白猫がただの畜生に見えるのだろう。

「お前、その状態でも話せるんだろう?何時までだんまりしている」

「……む。こんな可愛いちっちゃな動物を苛めて、人として恥ずかしくないのかな?」

 急にペラペラ喋り出す白猫。

 それに対しそれぞれが己が意見を返す。

「む。そ、それは……」

「ダマれ、下等魔族」

「キモい、下等珍獣」

 いや、キモいは酷いと思うが姫。

 再び黙り込んだ白猫をテーブルの上に放り、三人で囲むように立つ。

「で、弁明があれば聞きますよ?」

「むうう。やるなら一思いにやれーい!」

 なんか偉そうだな、こいつ。





 グダグダだったので省略して纏めると、この猫は本来イシス王女の飼い猫だったらしい。

「普通の猫が魔族化するのですの?」

「たまにな。高い魔力資質を持つ野生動物が、魔物と化した例があるだろ」

 アルミラージが兎の延長線上ながら、魔法を使用したりな。

「その中で更に資質があれば、魔族の域にまで昇格する可能性もある」

 スイ風に言えば、『魔導論理的』には。

「その飼い猫が、どうして自分の主を殺すなんて」

 悲しそうに問うスイ。それに憤慨したように白猫は叫ぶ。

「殺してないっ!なんで、わたしがおうじょ様を!」

 コイツが殺したのではないのか?

「おうじょ様は、病気で死んだんだよ!」

 再びグタグタだったので要約すると、本物の王女はたまたま一人で行動している際に病気で亡くなったらしい。

 だがそれを見ていたのは一匹の白猫のみ。

 人々に慕われていた王女が亡くなり、白猫も悲しんだ。

 だから、白猫は王女の死を隠した。白猫が誰にも負けないと自負する魔法技術を使って。

 それから百年。

 一匹の白猫は、延々と他人を演じ続けることとなる。

 それは、ある意味どこまでも猫らしい―――孤独で、誇り高い生き様。

「うう、いい話ですねっ」

 感涙している賢者少女には悪いが、なんというか……

「つまらない話ですわ」

 姫が切り捨てた。

「現実から百年以上も逃げ続けたおバカさん加減は褒めてあげますが。そのような選択が、一体誰の利益になるというのです。断っておきますが、貴女の王族に対するその認識はたんなる侮辱ですわ」

「そ、そんな言い方しなくても!」

 姫の物言いにスイが食ってかかる。

 俺としては、とにかく不毛という感想しか浮かばないが。それにしても、魔族からしても短いとはいえないそれだけの年月、そんな一人芝居をよくもまあ続けたなと思う。

「わたしは、おうじょ様が死んでみんなが泣かないようにって―――!」

「死なない人間などいるものですか。死はいずれ訪れる。奴隷であろうと、王族であろうと」

 圧倒的威厳を背後に、姫は白猫を見下す。

「ですが、誰もが地面這い蹲って無様で罵られそれでも前を睨みつける、その権利を与えられているのです」

 権利は、な。

 確かにそれを、前進を選ばない人間は必ずいる。

 それを否定する気はない。相応の覚悟を以っているなら、それはそれで人間らしい。

 だが、その選択権を奪う権利など、誰にもない。

「私はもう寝ますわ。まったく、不愉快です」

 言いたいことは言い、さっさと退室する姫。

 白猫は、その背中を睨みつつもなにも言わなかった。

 彼女が言葉を発するのは、背中が扉の向こうに消えた後。

 誰に言うわけでもなく、呟いた。

「……でも、それでも……わたしは、みんなが悲しむのは嫌だった」

 溜息を吐く。

「それで、どうするんだこれから?これまで通り王女に成り変わり続けるのは流石に無理だろう」

「そう、だね。わたしは魔力だけで生きているんだし、それもなくなれば死体も残らないで消えて終わり、かな。できるかぎり傷付けないようにはしたけど、人にも沢山迷惑かけちゃったし」

 自覚はあったのか。

「……それなら」

 俯いていたスイが顔を上げる。

「それなら、私と契約しませんか?」

「けいやく?」

「主従の契約を結ぶつもりか?」

 精霊や死霊―――魔力のみで構成された生命に自分の魔力を提供し、それを対価に力を借りる。それが契約だ。

 しかし、その手のものにはリスクが付いて回る。

「解っているのか?一個の生命の責任を負うというのは、考える以上に重いことだぞ?」

「なんだかロビンさん、野良犬を飼いたいと言った私を咎めたお母様みたいです」

 知らん。

「どうしてわたしを生かすの?」

「殺す理由なんてないからです」

 つまり、一方的なスイの都合。

「これは私の我儘です。貴女には関係ない、こちらの勝手」

 だから、と賢者は続ける。

「貴女が、選んで下さい。誰でもない、貴女の意思で」

 それは、ある意味残酷な選択なのかもしれない。

 白猫は僅かに迷い、そして小さく頷いた。





 朗々と詠唱を紡ぐ。

 魔力のラインを通す為の契約魔法。この契約を結んだら最後、スイはこの白猫の行動全てに責任を負わねばならなくなる。

「我、汝と契約を望む者」

 だからこそ契約魔法には互いの魔力の共有だけではなく、どちらかが盟約を反故にした際相手を拘束する為の術式が織り込まれる。あくまで対等な立場で結ばれるのが契約、一方的な立場で結ばれるのが使役と言えるだろう。

「スイリスフィース・ノバ・ルギーニの名において、汝の行動を戒める」

 まあ、ぶっちゃけスイの魔力量なら契約なんて知ったことか!と力ずくで無効化出来るだろうが。めんどいので白猫には教えない。

「汝―――えっと、名前はなんというのです?」

「ないよぅ。なまえなんていらないもん」

 拗ねた。

「王女様は名前を与えてくれなかったのですか?」

「いっぱいいたもの。猫」

「そう―――じゃあ、私が付けてあげる」

 スイは白猫を自分の顔の高さまで持ち上げ、そっと口付けした。

 最も簡易的な契約法。先までの詠唱はあくまで制約であり、本来はこれだけでいい。

 いや、もっと過激で確実な契約方法もあるのだが……スイと白猫では無茶だろう。気にしてはいけない。

 そして、瞬間両者の間には魔力のラインが通り、スイは制約の最後の呪を紡いだ。

「貴女の名前は、ゲレゲレ」

「ふぎゃあ!?」

 センスは最悪だった。



[4665] 二十五里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/05/17 19:48
「はい、ロビン。プレゼントだよ!」

 翌日、アルが俺になにかを手渡してきた。





 アッサラームでの戦闘がスイの勝利で終わり、これで砂漠地帯でのイベントも終わったかと思ったのだが。

「ロビンさん、レイドさんのこと忘れていませんか?」

「……そんなことはないぜ?」

 忘れていた。

 ともかく、アルが俺にプレゼントらしい。拒否する理由など地下世界の果てまで存在しないので、喜んで包みを開ける。


 ……そして、硬直。

「どうかな?ロビンなら装備出来ると思ったんだけれど」

 はにかんで上目遣いでこちらを見るアル。

 うん、気持ちは嬉しい。君も可愛い。

「ああ―――サイコーだぜ。ありがとう」

 頭痛を全力で無視し、歯をキラリと光らせてウインクする。

 いや、気持ちは嬉しいんだが……

 手の中にある、趣味の悪い装飾の武器を観察する。

 基本は『鉄の爪』という武闘家専門装備と同じだ。

 だが、黄金。ぴっかぴか。

 そしてなにより『顔』。

 装備した状態にとなると、『顔』と目が合う。

 手の甲辺りに張り付いた、気味の悪い黄金色の顔がこちらを見ているのだ。

(……夢に出てきそうだな)

 即ち―――『黄金の爪』。

 史上最悪のデザインセンスが特徴な、武闘家専門の武器である。

「えっと、気に入らなかった?」

 まずい、気取られたっ!?

「いや、本当嬉しいぜ!ありがとうよっ!」

 ビシッ!と親指を立てる。アルも笑顔でびしっ!と親指を立てる。

「そう?次の戦闘が楽しみだね!」

「おうよ!俺の時代が始まるぜ!」

 『ぜ』!

「うん!大切にしてね!」

「当然だ!死ぬまで愛用し続けるぜ!」

『ぜ』!

 ……死ぬまで愛用かぁ。

 いや、でもこれを回収する労力と苦労から考えれば、それくらいしなければ報いれないかもしれない。確かこれの放置されている階層は、かなり悪質なトラップが設置されていたはずだ。

 アルなら簡単に回収出来そうだが、考えないことにする。ありがたみが減る。

 よし、少し想像してみよう。



『ロビン E黄金の爪』



 闇夜を切り裂く三条の爪痕!

 魔の物が最期に見るは、間抜けな黄金フェイス!

 そして、颯爽と愛用の『黄金の爪』を翻す最強の武闘家!

 その名はロビン! 勇者パーティの最後の良心!



 ……どうしろと。







 イシスを発った俺達は、船との合流予定地点である北へ向かった。

 レイチェス号の修繕が予定通り終わっているなら、イシス北の海岸で待ってもらう手筈になっている。終わってなければ、その時はその時だ。

「睡眠不足、今日も耐えて♪」

「長い旅を、続ける♪」

「二次元世界に、広がる♪」

「遥かな、宇宙♪」

 皆で歌いつつ海岸に到着。ところで二次元世界って?

 しかし、海岸に停泊していたのはレイチェス号とは別の船だった。

「どういうことですの?」

 姫が首を傾げ、船の乗員を呼ぶ為に銃を何発か撃つ。

「て、敵襲か!?」

「総員、戦闘配置!」

「事態を誰か報告しろ!なんだ今の攻撃は!?」

 当然、船の上ではこうなった。

「黙りなさい」

 姫が船に飛び乗り、鮮やかに制圧する。

 どうやらレイチェス号の代理の船らしい。妙に見覚えのある船員達が、恨めしそうに姫を見ながら話した。

「なんですかその目は。これは事故ですわっ。……もう、うっかりさんね私ったら」

 舌をちろっと出してコツンと自分の頭を小突いて見せる。止めてほしい。否、病めてほしい。

「……つまり、船の修繕が間に合わなかったから代理の船を用意したのか」

「いざとなれば私のルーラでも宜しかったのに」

 宜しいわけあるか、へっぽこ賢者。お前のルーラなど信用出来ん。

「貴女のルーラなど信用出来ませんわ」

「フローラ、はっきり言ったら可哀そうだよ!もっと何重にもオブラートに包んでさり気無く伝えないと!」

 姫も姫だが、勇者。お前もどうなのだろう。

「ふむ、しかし久しぶりの船旅だな」

 落ち込むスイを無視して、ぞろぞろと乗船する。

「狭いですわ」

 レイチェス号と一緒にするな。本来の勇者はきっとこれくらいの船で旅をする。

「とっととポルトガへ戻りましょう」

「フローラ、ちょっといいかな?」

 勇者が小さく手を挙げた。

「どうしましたの、アル?」

 アルは手の平を合わせて、ウインクしつつ提案する。

「シャンパーニ地方に寄ってほしいの」

 シャンパーニ地方?ポルトガの北に存在する、だだっ広い地域だが……

「あんな田舎になんの用だ?」

「……ロビン、本気で言ってる?」

 白い目で俺を見るアル。なにかあったか?

「仲間だったんでしょ、カンダタさんとは」

「あー……カンダタか。勿論覚えていた」

 それと、何度も言うが。

「仲間じゃ」「「「はいはいツンデレツンデレ」」」

 …………。

「と、なると、カンダタとの決着を着けるつもりか?」

 気にしたら負けだ、もう知らん。

「うん。あまり後回しにするのもどうかと思うから」

 確かに、『金のシャチホコ』を強奪していた以上どこかに雲隠れしている可能性もある。

 ……そもそもなんで強奪などしたんだ、アレは。







 どんぶらこ、と船旅である。

「沈まないっていいですね、ロビンさん」

 ニコニコ話すスイ。椅子に座り、床に届かない足をぶらぶらさせている。

「そうだな。少々手狭だが、沈む心配がないのは気が楽だ」

 ちなみにゲレゲレは船の中を駆け廻っている。ネズミでも探しているのだろう。

 緑茶をずずっと飲みつつ、机に置かれた紙に筆を走らせる。

 大雑把に世界地図を描き、今までの航海ルートを書き示す。

「しかし、どこにあるんだろうなオーブは」

「そうですねぇ」

 スイが隣から地図を覗き込む。

「いままで行った場所にはないのかな?」

 簡易台所で食事の仕込みをしつつアルが疑問をあげる。機能を優先した小さな船なので、専用の調理場などは存在しない。

「どうだろう、むしろあったとしても見逃している可能性の方が高い気がするな」

 ちなみに姫はいない。いたらこんな話は出来ない。

 今頃、部下達が持ってきた書類の処理に追われているのだろう。死ぬまでやっていればいいのにな。

「お前の幼馴染みの預言に、なにかヒントとか他にないのか?」

「フォズの預言ですか?あったなら本人が教えてくれていると思いますが」

 スイによく似た大神官の姿を想像する。会ったのが半年ほど前なのだから、やはり背も多少は伸びたのだろうか?

 む?フォズが成長するのだから、スイもやはり大きくなっているのか?

 以前の彼女をイメージし、現在の彼女との齟齬について考える。

「ろ、ロビンさん?どうしたんですか?」

 じっくり賢者少女を観察する。

「……あ、あの、ジロジロ見ないで下さい」

 青い外套で体を隠すスイ。

「どうしたの、ロビン?」

「いや、スイだが……初めて会った時と比べて、さして大きくなっていない気がしてな」

 まあ、そう感じるのはいつも傍にいるからだろうが。

「大きなお世話ですよっ!?まだ子供なんですから、変なこと期待しないで下さいっ!!」

 顔を真っ赤にして叫ばれた。

「……?いや、子供だから大きくなるんだろう?」

 人間にしても魔族にしても、10歳前後は一番成長が著しい時期だと思うが。

「いや、そうかもしれませんが!やっぱりボッキュンボンなんですか!?」

 ボッキュンボン?

「スイちゃん、ロビンはたぶん身長のことを言っているんだよ?」

「へっ?」

 賢者少女は数瞬口を開いたまま硬直し、そのまま俯いてぶつぶつ呟き出した。

「……どうし、た―――!?」

 彼女の小さな体に、莫大な魔力が溢れる。

「万物の輪廻よ。始まりしものに終焉を。終わりしものに虚空を。与えられぬものに最期の慈悲を―――ザキ」

 いや、死の呪文!?

「ロビンさんの、馬鹿馬鹿馬鹿ぁ!!」

 頭に響く昇天呪文『ザキ』を振り払い、手を振るう。

「カラミティ・エンド!」

「ぬわーー!!」

 延髄に直撃した手刀により、スイは目を回して気絶する。

「まったく、これが噂に聞くパーティアタックか……」

 そもそもザキは動物に近い魔物を対象とした魔法だ。魔そのものである魔族にはほとんど効かないと言っていい。

 それくらいスイも理解した上で使用したのだろうが……いや、ドサクサに紛れてマジで殺ろうとしたのかもしれん。危険な女である。

「ところで、ボッキュンボンってなんだ?」

「私にそれを訊くの、ロビン?」

 進路は北。航海は順調である。







 シャンパーニ地方の港は、通常船を改造した急造戦艦で溢れていた。

 この地方は広い平地の広がる、防衛に適していない土地だ。

 だからこそ戦力を一点に集めて、ということなのだろう。その人口密度は一見しただけでも本来の平均を上回っていた。

 何重にも守りが築かれ、見張り用と思わしき建設途上の高い塔が聳える。

 俺達はそんな、一種物々しい空気を纏う港に船を入れた。

 スイスの村―――本来はのどかな田舎であるはずの村は、その規模を町にまで大きくしていた。

「軍港化していますわね」

「魔物の大軍が攻めてきても対抗出来るようにだろう」

 よし、俺から手回ししてここには絶対に攻め込まないようにしてやろう。親切であって天の邪鬼では決してない。

「駄目だよ、ロビン。こんなに頑張っているんだから、ちゃんと攻め込まなきゃ」

「ふむ、それもそうか」

 やっぱり完膚なきまでに叩き潰そう。いや、離反しかけている俺にそこまでの権限があるかは解らないが。

 上陸し、適当に歩き回る。

 男達が大量の武器を運び、戦いの準備を整えている。皆忙しそうに、それでも希望を目からは失わせずに。

 これをカンダタがやっているのか。俺の知っているカンダタには、こんなことは出来ないはずだったのに。

「確かに、大したものですわね。評価に値しますわ」

 珍しく姫も変態を褒めた。

 外見的な変貌っぷりにも驚かされたが、中身も相当変わった―――無論、上に。

 だが―――

(全部、変わっていく)

 人間の一生など短い。魔族の感覚からすれば、あまりに。

 判っていることだ。経験していたことだ。そして、好ましいことだ。

 だが、それでも寂しいと思ってしまう。

 それはつまり俺が現状を気にいっているということの裏返し。

 いつだって―――人の心を揺らすのは、天才ではなく馬鹿なのである。

 ……ま、その程度で怯む根性もしていないが。

 所々で現場のリーダーらしき人間に訊ね、カンダタの所在を確認する。

 そして辿り着いたのはあの塔の側に設置された、小さな小屋だった。





「止まれ、怪しい奴め!」

 門兵に制止された。

「ここはカンダタ様の住居だ!許可なく立ち入ることは許されん!」

 様?

「門兵としては失格ですわ。急用で訪問した要人という可能性は考慮に入れませんの?」

 確かに。

「ならば問う!貴様らは何用で来た!」

 代表として、勇者が一歩前に出て、胸に手を当てて言う。

「私はアリアハンの勇者、アルスです。カンダタさんにお会いしたく訪ねさせて頂きました」

「メイドな勇者などいるものか!」

 いないよな、普通?

「その、でも本当に勇者なのですが」

「ならば証明してみせよ!」





 只今ギガデイン中。





「ピッカー!」とブイサインをする勇者。

 最近存在感が薄かったので、この放電はいい気分転換になったようだ。

 そこが実に愛らしい。

 黒こげになりピクピク動いている門兵を踏み付け、一行は小屋へと進む。

「その……頑張って下さい。ベホマ」

 スイが背後で回復魔法を使っているようだが、どうでもいいことである。

「うにゃあ」

 スイの頭に乗った白猫が、間抜けに一声鳴いた。





「ようこそ、我が城へ」

 変態はノックもなく入ってきた俺達を、気分を害した様子もなく出迎えた。

 下半身はパンツ一丁と以前と変わらないが、人の上に立つものとして最低限身だしなみには気を使っているらしい。大男は前回と違いぴっちぴちのタキシードを羽織っていた。

 そして足を組み、優雅にシャンパングラスを傾ける。

「元気そうだな、へん、ダタ」

「誰だ、ヘンダタって」

 一瞬変態と呼びそうになった。

「ふん、お前も元気そうじゃねえか、ロビン」

 小さな瓶を放り投げられる。俺も飲め、ということか?

「随分大がかりな魔王軍対策をしているんだな。せいぜい自衛団を作る程度だと思っていたぞ」

 牙でコルクを抜き、直接口を付けてシャンパンを煽る。

「ふん、用心はするに越したこたぁねえだろ」

 それは当然そうだ。本来の生活が成り立たなくなっては元も子もないが、見る限りその様子もない。

「んで、なにしに来た?侵略か?」

「それはもう少し待て。準備が整ったら存分に壊滅してやる」

 隣にいたカンダタ子分が血相を変えて口を開閉していた。冗談だぞ?

「蛙を駆除するのを手伝いたいんだろう?だから、そのチャンスをやる」

 無論、蛙とは魔王である。カバにも見えるが。

「ほう?俺達がチャンスを『貰う』立場か?」

「当然だろ?お前よりアルの方が強いんだ」

 いつか約束された、アルとカンダタの試合。

 アルが勝利すれば、カンダタは俺達に助力『させて貰う』。

 こちらから仰ぐのではない。それこそが、アルの背負う責務の本質なのだから。

「ほら、アル。お前もなにか言え」

 アルの背中を押してカンダタの前に立たせる。

「な、なにかってなにを?」

 困惑するアル。なにかって、そりゃあ。

「従え、変態―――とか」

「ほう、俺のどこが変態なんだ?」

 言え言え、とアルの背中を押す。

「は?……って、違います!私は思っても決してそんなことを口にしたりはしません!」

「っつーことは、思ってはいるってことか」

「いえそれは……否定出来ませんが」

 ここで否定しないのはアルの美点だと思う。

「私がここにいるのは、カンダタさんに魔王軍との戦いにご協力して頂きたいからです」

「やっぱり俺が協力する側なんだな?」

「はい。魔王を倒す責は私が負います」

 蛙の駆除には責任感じなくてもいいのにな。むしろ、英雄として生きるその後が問題だ。

 世界を救うという偉業は、確実に彼女の人生を苛むだろう。

 だが―――それから彼女を守るであろう人間も、ちゃんとここにいる。

 無論、俺も。

「なので、倒させて下さい」

 指をさし、カンダタに許可を取るアル。

「おうよ―――倒されてやるほどの力があるか、計ってやる」

 カンダタは口の端を吊り上げ、それを受け入れた。

 タキシードを放り捨て、愛用の戦斧を手に取る。

「ふぎゃ―――!!!」

 投げ捨てられたタキシードを被ったゲレゲレが叫んだ。よろしくないスメルだったらしい。









 塔の下にある練習場。

 変態と勇者は対峙する。

 ここに、変態と使用人の舞踏が再び開始された。



[4665] 二十六里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/05/24 13:55

「―――っ」

 刹那の貯め。

 後に、それは爆ぜる。

「っらあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 魔神の斧を手に、10メートルの間合いを0秒に限りなく近い時間で踏み込む変態。

 巨木のような足によって蹴られた大地は爆破の如き衝撃を生じさせ、変態は音速すら超えてアルへと肉薄する。

 一瞬遅れて追撃する、環状のソニックブーム。

 周囲の小屋や人まで吹き飛ばす衝撃波を、それをも超える変態をアルはその身一つで迎撃する。

「っ!」

 巨船が突っ込んだかと思わせるほどのインパクトを、小さな勇者は自ら吹き飛ぶことで緩和する。

 宙に放られるアル。

 それを追撃する変態。

「風に潜み世を巡る数多の精よ。我が翼とならん不可視の揚力よ。その理に従い、我を望む進路まで舞い運びたまえ、トベルーラ」

 落ち着いた様子でアルは詠唱し、跳躍した変態をかわす。慣性に囚われているカンダタはアルが僅かに逸れるだけで標的を逃すこととなった。

 間を置かず、アルは更に呪文を唱える。

「天の道に彼の者はあり。神鳴る覇道を彼の者は踏破せん。魔を蹂躙す雷よ。我が勇を代償としよう」

 天に暗雲が覆う。

 メイド服をはためかせ、怒り狂う雷雲を背にこちらを見下す勇者。

 ……ちょっと怖い。

「―――ライデイン」

 その声を合図に、人知を超えた黄金の剣が大地に放たれる。

 地上のほぼ全ての敵を貫くであろう神の一撃は、だがやはり変態には届かない。

「覇王快心撃いぃっ!!!」

 変態の振り下ろした斧、その衝撃波は雷を霧散させ、更にアルに襲いかかる。

 迫り来る変態的衝撃波。

 それをアルは一旦剣を鞘に納め、抜き放ち際に限界以上に加速させることで切り裂いてみせた。

 あれは―――ジパングの剣術、『居合い』。

 本来あの国特有の剣でこそ行える剣術だが、それを直剣で敢行出来るのは彼女の技量故か。

 アルが斬撃を迎撃している間に、変態は詠唱を高速で紡ぐ。―――詠唱!?

「万物の営みを見守りし悠久の風よ。命を運営すべしこの世覆う大気よ。集い、纏い、覆い、狂い、その暴風にて全てを蹂躙せよ」

 この魔法は―――そうか、コイツも元は僧侶だったか。

「バギクロス!!」

 数え切れぬ程の、大量の真空の刃。

 一つ一つの威力は低くとも、それを空間全体に放つとなれば空を飛ぶ相手にはたまったものではない。

 刃全てが完全に制御され、アル一人に殺到する。

「――――――っ!!」

 アルを襲う、決して見えない風という名の暴力。

 彼女はそれを途方もなく速い剣捌きで、可能な限り切り捨てる。―――おそらくは、勘で。

 それでもメイド服は切り裂かれ、白い肌が露出する。

 ……エロい。

 見えそうで見えない程度にボロボロなメイド服。

 だがこの程度で勇者は倒せない。むしろ、これは時間稼ぎだ。

 変態は自身にとって不利な戦場である空中からアルを引き擦り落とす為、塔の中に駆けこむ。

 見張り台として急ピッチで建設されている、シャンパーニ全体を見守る塔。

 その名も、シャンパーニの塔。

 もう少しネーミングについて考えても良かったと思う。そのまま過ぎる。

 アルも誘い込まれていると理解しているだろう。だが、変態はアドバンテージのある戦場から出てくるはずはない。

 あれは、そういう男だ。腕力頼りのようで、誇りもなにもなく使えるものは全部使う。

 それでも足りなかったからこそ―――魔導の道を捨て、斧を手にしたのだろう。

 窓から塔の内部に突入するアル。

「……見えんな」

 完全に室内戦に移行してしまった。

 剣戟や爆音は時折轟くが、中の様子は外にいる俺達からは全く解らない。

「仕方無い、飛ぶか」

「お付き合いします」

 スイと共に飛翔し、窓から中を伺える位置に停止する。

 一人飛べない姫がこちらに発砲してきたが、スイが強化スカラとマホカンタを併用しているので危険はなかろう。

 姫がスイの防御を破れる武器を求めて船に戻っていく。どうしても俺達だけ観戦出来るのが気に食わないらしい。

 塔では、巨体とメイドが己の得物を振るう。

 やはり狭い空間であれば変態の優勢だ。

 高速で部屋から部屋に移動する両者。

 疾風のように壁や天井を駆け抜ける勇者。

 全てを粉砕し直線的にそれを追う変態。

 剣と戦斧がぶつかる度、火花が散り、閃光が室内を照らす。

「はあああああああああああああああああっ!!!!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 音速を超え、人としての限界を超え、物理法則すら超えぶつかり合う魂。

 常人であれば、ただ空間が自然崩壊しているようにしか見えない、それほどの白兵戦。

 一撃交わるだけで、その部屋の上下左右全てが罅割れ崩壊する。

 やがて、幾つも存在していた空間と空間を分断する仕切りはなくなり、大きなフロアと化す。

「―――失策か」

「ええ―――その通りですっ!!!」

 二人の距離は約30メートル。

 狭い塔の内部に突入し、始めてそれだけの距離を直線で立った。

 アルは疾走する。

 一切無駄のない、ただ一太刀のみの為の助走。

 銅の剣を背後に構え、跳躍する。

「アル―――」

 どこまでも鋭い闘気が剣に纏い、一閃が迸る。

「―――ストラッシュ!」

 余計な亀裂など生じさせない、細く、深い斬裂が床に刻まれる。

 何十メートルにも刻まれる斬撃。

 だが―――それでも、切っ先は変態に届いていなかった。

「俺を殺しきるには、少々足りんな、勇者……!」

 変態の両腕が膨張する。

 血管が浮かび上がり、闘気が滾る。

 魔神の斧を右手に。

 そして、超重量を誇る武器・バトルアックスを左手に。

「二刀流―――それが、貴方の本当の戦闘スタイル……!」

「おうよ―――刀じゃねえけどな」

 二枚刃と三枚刃の斧が協調しながら乱舞し、互いの隙を埋め合う。

 余計なものなどない、だがそれ故に完璧な太刀筋。

 アルに一切の反撃は許されず、状況は終始変態の優勢となった。

「ですが―――それだけで、アルスさんの必殺技を耐えきった理由にはならないはずです」

 隣のスイが呟く。

 その通りだ。二刀流であろうが両腕に闘気を纏わせようが、それはあくまで攻撃力の上昇を図っているに過ぎない。

 究極の斬撃を防ぐには、純粋な防御力を向上させる以外にはない。

 だが、よく見てみろチビ賢者。

「あの男の股間に付いているもの、なんだと思う?」

「……セクハラですよ、ロビンさん」

 セクシャルハラスメント?

「装備品の話をしているのに、何故性別など持ち出す?」

「装備品、ですか?」

 スイは変態に向き直し目を凝らす。そして、驚愕に顔色を染めた。

「あれは―――!?」

 俺も視線を向ける。

 変態の股間に装備された、その『ある意味』伝説級の防具に。

「般若の、面……!」

 二つのツノの生えた、恐ろしい表情のマスク。

 究極の防御と引き換えに、装備者の理性を根こそぎ奪う最悪の防具。

 それが、変態の股間にくっついていた。

「あれは、装備した者を破壊衝動に駆らせ混乱状態に追い込む忌まわしいアイテムです!なのにどうしてあの人は……?」

「はっ、よく気付いたな嬢ちゃん!」

 応えたのは、装備している本人だった。

「確かにこの面は呪われていやがる―――だが、その呪いを捩じ伏せられるとしたら?」

「そんな―――浄化もせずに呪いに耐え切るなど、人間業ではありません!」

「ならば、人間の限界を超えるまでだ!!!」

 地上に数多存在する、呪いの武具。

 その全ての呪いを、文字通り『捩じ伏せる』。

 聖なる波動で中和するわけでも、同じ魔に染まり同調するわけでもない。

 真っ向から、その精神力のみでアイテムを従わせる。

 その名も―――

「―――幻魔戦術」

 まさしく、それは戦士の頂点に君臨するに相応しい最強の戦闘法であった。

 巨変態と勇者は塔を昇る。

 天界を目指さんとする龍の子のように、その背に翼など不要と証明するように。

 最強と最速は刃を交えつつ、そして屋上まで到達した。

 未だ作りかけのまま、本来あり得ぬ場所に存在する小さな平地に二人は向かい合う。

 地上100メートルはある、天が手に届きそうなほど空が近い空間。

「「ここなら―――」」

 奇しくも、両者は同時に叫んだ。

「全力で、剣を振るえる!!!!」

「全力で、ぶっ飛ばせる!!!!」

 そして両者は互いが勝利を確信していると理解し、笑みを浮かべる。

 勇者はより高みへ駆け昇らんとする喜色を。

 変態は眼前の敵を叩き潰さんとする獰猛を。

 最強の巨体は鉄骨を足場にし、より高く跳ぶ。

 ひしゃげる鉄骨が物語るように、高く、高く。

 最速の勇者は祈るように詠唱を紡ぎ、剣を構える。

 暗雲が空を覆い、そのエネルギーが剣に帯電する。

 変態は両腕を振り被り、全てを込め同時に振るった。

「覇王―――」

 闘気は左右から、強力な斬撃として放たれる。

 それぞれは逆回転の斬撃であり、二つの渦が重なった瞬間凶悪という言葉では有り余る槌へと変貌した。

「―――激烈掌!!!!!!」

 槌は塔を上から下へ貫き、建築物全てを崩壊し尽くす。

 凝縮した台風のようなそれは、最早人間の肉体の限界など超越している。

 何百トンもある瓦礫を撒き散らし、その様は巨大な掘削機のようだ。

 辛うじて塔としての体裁を保つだけとなったシャンパーニの塔。

 骨組に近い姿となった塔の頂上には、未だ勇者の姿があった。

 勇者は構えを崩さない。

 剣に帯電する電圧は更に上昇し、紫電がステージ全てを暴れる。

 その様は、正に雷神。

 勇者は駆ける。

 敵に、光に迫る速度で。

 天に滞空する変態に、その最強の斬撃を解放する。

「ギガ―――ストラッシュ!!!!!!」

 最強の剣は天を、海を、大気を切り裂き、変態を貫き―――塔を真っ二つに裂いた。





 訪れる静寂。

 変態は、ニヤリと笑った。

 口にせずとも、奴がなにを思考したか誰もが理解した。



 ―――流石。

 流石は、勇者。

 否―――それでこそ、勇者。

 この時、変態はようやく彼女を真の勇者と認めた。



 塔は左右に断たれ、轟音をたてて崩壊する。

 それを見下ろし、アルはゆっくり剣を鞘に納める。

 眼下には瓦解した塔。

 そして、その下敷きになり死屍累々とする兵士達。

 アルはこちらを見る。

 涙目で、「どうしよう?」と言いたげに。

 ……いや、俺にそんな目を向けられても。

 スイが慌てて下に降り、回復魔法を使用する。

「俺、しーらね」

 まあ、アルとスイが二人で回復魔法を行使すれば死人は出まい。ベホマズンがあるし。

 俺は肩を竦め、爆発した。

「ぬわーー!!」

 遠くにはRPGを担ぐ姫の姿。

 ガッテム。油断した。

 姫の凄絶な笑みを端目に、俺は意識を手放した。



[4665] 二十七里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/05/31 11:46

 目を醒ますと、目の前に黄金の魚が居た。

「……ゲレゲレか」

「それは酷いと思うよー?」

 顔に肉球を押し付けられた。







 白猫を退けて、その小さな部屋を見渡す。

 部屋は微かに揺れ、窓からは水平線が望まれる。どうやら船の中らしい。

 今はポルトガへ帰港する最中のようだ。

「結局どうなったんだ?」

 というか、どうして猫が俺を看ていたんだ?

 そしてこの黄金の魚はなんだ?赤い漬物石の類似品か?

「にゃー」

「猫のフリをするな」

「ふりじゃないもの、猫だもん」

 とりあえず後ろ足を両手で掴んで、上下に振ってみる。

「うにゃにゃにゃにゃにゃ」

「おらおらおらおら」

「ふにゃにゃにゃにゃにゃ」

「……なにをしているのですか?」

 また見られた!スイに見られた!?





 呆れたように入室してきたスイは、俺に事情を説明した。

 まあ、説明もなにもない。カンダタは勇者に協力を約束し、俺達は倒壊したシャンパーニの塔を尻目にポルトガに帰るところというだけだ。

 ついでに、ロマリアの国宝である『金のシャチホコ』は譲り受けたらしい。多くの武器製造に金属を欲していたというだけで、別に国際情勢を考えた上での行動ではないようだ。

「国宝を潰して武器に、というのも凄い話ですね」

「飾っておくよりは有意義だと思うがな」

 「そうですね」と同意するスイ。こいつもなかなか合理主義な考え方をする。

 腹が減ったので食堂に移ることにする。

「おはよう、ロビン」

「おはようございます、ただ飯食らい」

「……ああ、おはよう」

 寝起きから素敵な挨拶をされた。

「体は大丈夫?」

 アルがすぐさまお茶を用意してくれる。

「ああ、問題ない。不意打ちでやられただけだ」

 アリアハンでもそうだったが、俺を気絶させるなどという快挙を成し遂げるのはなぜ大砲とかそういう無粋な武器ばかりなのだ。

「それを言い訳にするのは戦士としてどうかと思いますわ」

 言いながら拳銃を分解整備する姫。

「……自分の部屋でやれ」

「いいじゃありませんの。誰に迷惑をかけているわけではありませんわ」

 精神衛生的に俺が被害を受けている。

 溜息を吐き、姫との話を打ち切る。これ以上話していると頭がおかしくなりそうだ。

「アル、ところで『金のシャチホコ』がどうして俺の部屋にあるんだ?」

「フローラが邪魔だから、って」

 自分の部屋に置け。

 溜息を吐こうとして、もういい加減疲れたのでお茶を啜る。

「アル、なにか軽食を用意してくれないか?」

「うん、解った」

 それでおにぎりを用意するあたり流石である。

「お前は洋食派だろう?」

「私の家はみんな洋食派だよ」

「というかアリアハンに和食文化はありませんわ」

 そう、ない。なのにアルはなぜおにぎりとか作れるのだ?

「それがメイドですわ」

「そうか」

 なんとなく納得出来た。

 二つあったので一つは食堂で胃に納め、もう一つは外で海を見ながら食べることにする。

 マストに昇り、本来ここで見張りを雑兵に降りてもらう。

 いつもは暇を持て余したレイドが先に居るのだが、奴はここにいない。

 そのことに妙な物悲しさを感じ、100年もすれば今俺の周りにいる全員がこうして居なくなると思い当たり軽く頭を振る。

 永遠など、ないのだ。

 マストに背を預け、空を仰ぎ見る。

 晴天。置き去りにされた白い雲が点在するだけの、蒼い空。

 変わり続けるということ。

 それは悲しく、そして途方もなく素晴らしいこと。

 今まで何度も経験し、何度も乗り越えてきた。

 ……いかんな。カンダタと再会して以来、こういう考えが堂々巡りしている。

 いや、それ以前から、か。

 オルテガの子と出会った時はなにも感じはしなかった。別に親は親。子は子だ。

 例えあの腐れ縁と何があろうと、任務に私情を持ち出す性格ではない。

 俺はなんの躊躇もなく、アルを殺そうと動いた。

 だが、結局俺は任務を放棄することを選んだ。

 人の隣を歩むことを選び、自身の感情を優先させた。

 そう、10年前のように。

 全く―――どうして、人間の寿命はこうも短いのかね。

「ロビン」

 まあ、それを了承した上で俺はこの船に乗っているんだが。

「ロビンッ」

 おにぎりを全て飲み込み、ぺろりと指を舐める。

「ロビンッ!」

「―――む」

 アルが俺の顔を覗き込んでいた。

「どうした、アル?」

「うん。少し―――話があって」

 隣いい?と問うアル。

 無論俺は肯定する。

 潮風で靡く髪を抑え、彼女は並んで腰掛ける。

「で、どうしたんだ?」

 空を見上げたまま訊ねる。

「その、見当違いなことだったらごめんね」

 そう前置きをして、彼女は俺を見据え問うた。

「ロビン、ひょっとして、……私のことが好きなの?」

「なにを今更。俺はお前を愛している」

 思い切り噴き出すアル。面白いリアクションをありがとう。

「な、へ、え!?」

 目を白黒させて狼狽する勇者様。

「ほ、本気!?」

「……本気だが?」

 今になってそれを疑われるのは悲しいのだが。

 というか今まで俺の好意に気付いていなかったのだろうか、この人。

 軽く落ち込む。

「で、も!でも、私とロビンは」「関係ない」

 聖と悪。魔と人。相反する部分は多いが、そんなのは知ったことではない。

「こうやって、一人一人と仲良くなっていけば、いつかはみんな仲良く暮らせる―――そう言ったのはお前だ、アル」

 海賊の家で、こいつは魔と聖の共存の可能性を志した。

 それを今更撤回するような、つまらない女ではないはずだ。

「そ、その。でも倫理的にね?」

 それを言ったら姫とかは生きていけまい。

「う、うう」

 俯いて呻き、アルは足早に見張り台から降りて行った。

 ……なんだろう、この反応?







 小さな船はポルトガに入港する。

 船の穂先に立ち、大小様々な船が揃う港町を眺める。

 一番大きなドックには、見覚えのある巨大戦艦。

「相変わらず法外な大きさだな」

 ……返事がない。無視されているようだ。

 おかしい。この場にはパーティ全員揃っているのに、なぜ俺は独り言を言わねばならないのだろう。

「なあ、スイ」

「そうですね」

 一瞬聖なる波動を発したのはなにか言外のメッセージか?

「なあ、姫」

「死ね」

 これはまあ、どうでもいい。

「なあ、アル」

「…………」

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 …………………………。

「そうだね、レイチェス号くらいの大型船となるとアリアハンでも簡単には造れないから」

 なんだ、今の間は?しかも返答の内容が微妙にズレてる。

「アル、俺のことが嫌いか?」

 回りくどいのは嫌いなので率直に問う。

「そんなことはないよ?でも、いきなりあんなことを言われても困るから」

「……なにを言ったんですか、ロビンさん?」

 スイが本能だけで魔法を発動しているんだが。しかもザキ。

 姫が銃口を後頭部に押し付けているが、その程度で俺がどうにかなるとでも?

「そうか」

「うん」

「そうなのか」

「うんうん」





 微妙な空気のまま、ポルトガ城へ移動する。

 とはいえ俺とスイは指定された部屋で待機だ。例の如く、二人はポルトガ王に会いに行っている。

「また、余計なことを言われなければいいんだが」

 窓辺に腰掛け、ガラス越しに外を眺める。

 ガラスに映ったスイは、行儀よく椅子に座りこちらを見据えていた。

 怒気を纏っている、というわけではないが機嫌がいいわけではないだろう。

 いつもの柔らかい雰囲気はなく、微かに目を細め俺としっかり合わせたまま逸らさない。

 ガラスの反射越しに睨み合う俺とスイ。

 いや、俺に彼女に対する敵意もなにもない。ただスイは俺になにか思うところがあるようだ。

「なんだ、スイ」

「いえ、街並みが綺麗だと思って」

「嘘を吐け。その角度からは空しか見えないだろう」

 半透明なスイは一瞬不機嫌そうに眉を潜めたが、それだけだった。

「……確かに、使徒として嘘はいけませんね」

 スイは立ち上がり、真っ直ぐ俺に向き合った。

 ならば、俺もそれに倣わねばならまい。

「ならば、言わせて頂きましょう」

 窓辺から立ち、スイと向き合う。

「私は、貴方とアルスさんが仲良くすることが―――不愉快です」







 手続きを終え、レイチェス号は出港する。

 戦艦はゆっくりと大陸から離れ、雄姿を人々の心に刻む。

 巨大戦艦は全ての傷を癒し、再び海上最強の兵器として返り咲いた。

「返り咲きましたわ」

 姫が満面の笑みを浮かべ、ブリッジで指揮を取る。

「それで、何処に行くんだ今度は?」

 この女のテンションは下がることはないのだろうな。

「説明致しましょう」

 そういうのは出港する前にするものだと思う。

「結果的に、この周囲の国家においてオーブの情報は得られませんでした。特にポルトガでは」

 まだ恨んでいたのか。

「特にポルトガでは」

 二度言うな。

「最早私達は世界全体をほぼ回ったと言っていい。その上で情報が得られなかったとすれば、あとは情報を有していそうな人物に当たるしかないでしょう」

「と、なると―――ダーマか?」

「いいえ。あそこは調査目的で立ち寄った以上、調べ尽くしています」

 まあ、騎士達を総動員して調べまくってたよな。調査が進むにつれ騎士の数が増えフォズの顔がどんどん引き攣っていったのが印象的だった。

「そこで、我らが勇者の意見を受けハンバーグへ向かうことが決定されました」

 随分ジューシーな町の名前だな、相変わらず。

 姫の後ろで微かに挙手して自己主張している。勇者、どうかしたか?

「あ、うん。忘れられてないかなって思って」

 特に意味のある自己主張ではなかった。

「フリント博士もフォズ大神官と同様新たな情報が得られる可能性は低いですが、新しい町を作るという過程でなにか有意義な情報を入手したかもしれません。少なくとも、今世界で一番人の出入りが激しいのは彼の町でしょうから」

 次第に遠ざかるポルトガ城。

 そのテラスに、記録で見たことのある顔があった。

「ポルトガ王?……暇人だな」

 こちらをニヤニヤ見つめる暇王を視界に納めてしまい、俺ですら若干気分が悪くなる。

「ポルトガ王がこちらを見ていますの?」

 姫も双眼鏡を覗き込み、歯をガリと噛み締め、双眼鏡を握り潰した。

 今更姫の器物破損にリアクションを取る者はいない。とはいえ、今回のそれの理由が判ったのは俺だけだろう。

 ポルトガ王の呟いた言葉を、姫と同じく読唇術で理解したからな。



『ふん、でかいだけの船だな。余程アリアハンの技師は見た目を重視するらしい』



 姫がリアルタイムでキレた。

「レイド、例のものを使用します。―――レイド?」

 姫は若干戸惑い気味に周囲を見渡し、何かに気付いたようにバツが悪そうに眉を顰める。自分で置いてきたのを忘れたか。

「ともかく、艦長。例のものを使用しますわ。準備なさい」

「例のもの、ですか?」

 艦長にはそれでは通じなかった。戸惑った様子で、姫を恐る恐る窺う。

 姫は一瞬言葉に詰まり、部屋から出て行く。

「…………。」

 会話がなくなった。

 スイは居るのに黙りっぱなしだ。というか、昨日からずっと口を効いていない。

 アルもどこかぎこちなさを感じているのか、所在なさげに視線を逸らしている。

 と、急に船が揺れた。

 大きく傾き、ブリッジのただでさえ高い高度が更に上昇する。

「な、何事だ?艦長!」

「こ、これは―――フローラ様がレイチェス号の隠し機能を発動したようです!」

 隠し機能?

 窓から飛び出し、外からなにが起こっているか確認する。

「……これは」

 頭痛がする。そうだ、この船にはこんな機能があったはずだ。

『オ―――ホッホッホ!これがレイチェス号の真の姿、『鬼船城』ですわ!!』

 巨大ロボに変形したレイチェス号がポルトガを睨み付ける。

 その視線の先には、引き攣りまくったポルトガ王。

 さっさと船に戻り、アルに告げる。

「寝る」

「どうしたの、急に?なにを見たの?」

「すまん、答える気になれん。寝る」

 なお響くフローラの高笑いを頭から追い出し、さっさと自室に戻る。

 後日、ポルトガからの使者が船に現れ友好同盟の締結を求めたという。



 ……?

 ポルトガとは友好同盟。

 ロマリアは国宝を確保。

 イシスは偽王女を捕縛。

 ……やばい。微妙にだが、姫の世界征服計画が進んでやがった。







「私は、貴方とアルスさんが仲良くすることが―――不愉快です」

 昨日のスイとの会話。

 日の光で温められた優しい室温の洋室にて、俺とスイは向かい合った。

 肌に触れる温度とは相反し、両者の温度は冷める。

「勇者と魔族が親しくなることが、そんなに不快か?聖職者」

「なにかアルスさんに言いましたよね?」

 その言葉で思い出すのは、俺にとっては確認のような愛の告白。

「言ったが―――なぜ知っている?」

 あの時盗み聞きされていたのか?いや、俺がスイの気配を掴み損ねるとは考えにくい。

「間違わないで下さい。私だって、女なのですよ?」

 スイは目を細めて笑った。いつかとは違い、本当に不敵な笑みで。

 ふん、と鼻を鳴らす。

「女という歳か?」

「これでも背は伸びています。成長期なんです」

 知るか。

「仮に言ったとして、お前に関係のあることではない」

「そんなことはありません。仮に関係ないことだとしても、ならば舞台に上がるまでです」

 舞台に上がる、だと?

「はい。もう、この立ち位置は嫌です。今の私は、嫌なんです」

 目を閉じ、自らを再確認するように一語一語しっかりと紡ぐ。

「情けない考え方なのは自覚しています。立場に反しているのも知っています。でも、それでも私は逃げたくない」

 これが結局、私の本質なのでしょう。彼女はそう自嘲するように笑う。

 そして、俺に告げた。

「ロビンさん。私は、貴方をお慕いしております」



[4665] うざったがれるもの
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/06/09 23:33
「アルス、僕はね……メイドになりたかったんだ」


 ある夜、父は私にそう言った。

「なぁにソレ?なりたかったって、今は諦めちゃったの?」

「うん。メイドはね、大人になると名乗りにくくなるものなんだ」

「ふーん……それじゃあ、仕方ないね」

 私は、一つ頷き―――

「だったら―――」

 私が、メイドになる。

 そういうと父は心から安堵したように笑みを浮かべ―――

 ―――ああ……とても、安心した…………



「こんな内容をアルには教えましたわ」

「姫、やっぱアンタ最低だ」

 魔族と姫がこんな会話をしている頃、遠い大陸で一つの歴史が綴られ始めていた。







 未開の大陸。

 原住民のみが生きる、文明に取り残された大陸。

 その面積は小さくはない。西の巨大大陸にこそ劣るが、かつて世界の中心であったアリアハン大陸の総面積を超えるほど広大だ。

 しかしながら、未開の大陸を開拓せんと考える者はほぼ皆無であった。

 左右から二つの大洋に囲まれた未開の大陸は、辿り着くだけで重労働である。その上原住民は文明人に対し警戒的ときている。

 それら二つの障害を超えてまで、価値がどれだけあるか未知数な土地を切り開くのはナンセンスと言わざるおえない。

 そもそも―――西の巨大大陸でさえ、未開の土地は多く存在するのである。

 遠くの危険な土地を開拓するよりは、近くの安全がそれなりに保障されている土地を選ぶのは当然だ。

 しかし、例外はある。

 小さな小屋に集まった三人―――二人と一頭は、この土地に町を作ろうと真剣に顔を寄せ合っていた。







「まずは、聞かせて貰いたい。なぜ、この土地に町を作ろうと考えた?」

 鋭い眼光を持つ老人が極彩色男と白馬に問う。

『ウイ キャント ガイコー』

「私共の考えはこうです。西の大陸においては、機械工学・魔導技術は当然ながら社会的なシステム・制度などもこの大陸の文明を圧倒している。文明同士の接触が少ない現時点ではさほど問題ないにしても、いずれ人間はその英知を以て大洋を容易に超える術を得るでしょう。―――いえ、もう得始めている」

 老人……フリント博士は黙って頷いた。

 フリントが設計したレイチェス号はこの世界の基準でいえばオーバーテクノロジーである。他国の船では未だ確実といえるレベルで大洋を横断することは出来ない。

 だが、そのレイチェス号すら設計自体はかなり旧式なのだ。

 当時のアリアハンでその技術力であるならば、現在の他国では?

 追い付いている、とは言わない。

 だが、決して侮れるものでないことも老人は理解していた。

『ショクミン ノーセンキュー』

「だからこそ、なんとしてもそれに対抗するだけの文明を得ておく必要がある。―――それを怠れば、いずれ訪れる両大陸間の交易時代において私達は見下され、不法な関係を築かれてしまうでしょう」

「ふむ。その時になって相手の良心に期待するのは愚行であろうな」

 白馬は頷いた。

「これが、私達の町作りの理由です。ご理解して頂けましたか?」

「ふむ。つまり、好き勝手やっていいということじゃな」

 神妙そうに納得する老人。

 こいつ本当に理解してるのか、とエドは考える。

「だが、それだけではあるまい?」

「と、言いますと?」

 フリントの眼光が一瞬迸る。

「この地は、かつてある国に略奪をされた過去があるはずじゃ」

 その言葉に、エドとアルは身を固くした。

「……仰る通りです。私共は、かつてエジンベアによる侵略を受けました」

『エジンベア ツエーガナ』

「当時はスー族の総力を以て撃退しましたが、それでも多くの命と糧を奪われた歴史があります―――その悲劇を繰り返さぬ為に、対抗する力を得たい。そういう思惑があるのは否定しません」

「なぜ隠した?」

「隠したわけではございません。我らにとっては文明大陸全てが等しく脅威なのです。ただ、エジンベアがその一つであるというだけで」

「ク―――エジンベアをその程度の認識とするか」

 笑いを漏らすフリント。

 フリントは承知していた。エジンベアという国が、どれだけ強欲で強大であるか。

 長い歴史を持つ剣術。多くの侵略戦争により培われた戦略。

 アリアハンはかつて技術と奇策、いわゆる搦め手に類する手段によって世界を制した。

 無論、侵略を行ったのではない。しかしながら世界最強の戦力と国力により、諸国家の中において最大の発言権を有していたのは事実だ。

 しかし、エジンベアのみはアリアハンに従属するような態度を取りはしなかった。

 全面戦争となればアリアハンが勝っただろう。しかしそれでも、圧倒的技術差がありながらなお侮れぬほどの武力をエジンベアは有していたから。

「当面の脅威がエジンベアであることは間違いない。ですが、もっと長い目で見てもスー族は一つの国として世界と渡り合えるようにならなければならないのです」

「なんとも、無茶な注文じゃな。エジンベアと対等に在れる国をゼロから作ろうなどとは」

「ゼロではありません。スー族の者達は、我らに協力すると意思を固めております」

「……人手の確保から動かねばならん、というわけではないのだな。流石にそこから頼まれたらどうしようかと思ったわい」

 じゃが、とフリントは続ける。

「人材は、絶対的に足りて居らんの」

「それは……そうですが。追々増やしていけばよいのでは?」

「そうはいくまい。単純な人口ではなく、人の上に立てる人間。それも信用のおける者が多く必要となるじゃろう」

 その様子に、エドは違和感を覚える。

「当てがあるようですね」

「ルザミの者達を呼ぶ」

 フリントは即答した。

「あの島の住民は姫の横暴や姫の気まぐれ、姫の傍若無人の結果島流しに遭った者も多い。その中で元々わしの部下だった者や、信用における者を連れて来る」

「成程。しかし、どのように?」

「わしのルーラで往復するが?」

 フリントは何度かルザミとハンバーグを往復し、学者達を移動させた。

 その数、約50名。

 彼等は長年に渡り世界を先導し、新たな技術を培ってきた猛者達。

「フリント様、お久しぶりです」

「フリント、また貴様と共に研究が行えるとはな」

「姫様ごめんなさい姫様ごめんなさい姫様ごめんなさい……」

 アリアハンの技術者、20名。

『ヘーイ、ハロー』

『アイアム スチール アルケミスト』

『フローラ、ソーリー フローラ、ソーリー フローラ、ソーリー……』

 スー族の戦士、約100名。

 多くの部下を手に入れフリントが最初に着手したのは、鉄の調達である。

 最新鋭の技術とはほとんどが鉄による機械工学だ。更にフリントの専門である故に、その有意義性を理解し尽くしていた。

 実地調査を技術者達が、鉄の採掘をスー族の戦士が行う。

 初めは原始的な手作業だったが、鉄が採掘されるにつれ道具が発展し、効率化され、果てには重機となった。

 資源の存在しないルザミで抑圧されていた技術者魂は未開の大陸というArcadiaにより解放され、昼は輝いた瞳に笑みを浮かべ研究に勤しみ、夜は血走った眼球に奇声を上げて研究に勤しんだ。

 油田など当然のように発見され、フリントにその報告が上がる頃には製油所が完成する。

 これにて工業技術はアリアハンと並んだ。

 しかしこの程度でフリントは納得しない。食糧の調達元は未だ広大な自然である。

 次に着手したのは、当然その工学技術を最大限に利用した農業である。

 気球を飛ばし天気や地形を常に把握する。そのデータを元に、効率のみを優先させた大規模なプランテーションを展開する。

 元より総人口がさして多いわけではない。食糧は瞬時に飽和量に達し、備蓄は右肩上がりとなる。

 これにて、付け焼刃感が否めないが技術面に後れは無くなった。

「そろそろじゃな」

 相も変わらぬ小さな小屋の一室、老人は口の端を吊り上げ嗤った。

「と、いいますと?」

 エドは問う。

「来るぞ―――奴らが」

 奴ら、が誰なのか。首を捻るエドだが、熟考させる間もなくスー族の戦士が小屋に飛び込んでくる。

『エジンベア ktkr』

「なんですって―――!?フリント博士、今彼がエジンベアの者がこの地に来たと……!」

「たわけ、その程度訳されずとも解る」

 エドは彼の聡明さに愕然とした。

 この短期間で、癖の強いスー族の言葉を解するようになるとは。天才は語学まで天才らしい。

 最新鋭の戦艦が一隻、ハンバーグの港に停泊する。

 最近形となったハンバーグの港には、多くの船が停泊している。

 過剰気味となっている作物や、重機によって採掘される鉄が世界中に輸出されてゆく。

 外貨が大量にハンバーグ内に入り、原住民と研究者以外の人間もかなり見かけるようになった。

 この地は『辺境』から新たな『大都市』としての地位を手に入れかけている。

 更に言えば、そう遠くない未来には『国』となるだろう。

 そんな将来有望な土地を、エジンベアが見逃すはずがなかった。

 戦艦から現れる100名ほどの使節団。

 彼らは最初から変わらぬ、フリントが政を行う小さな小屋を見て失笑した。

 彼らは知らない。真正面以外から接近した時、これでもかと埋め込まれた地雷の洗礼を受けることを。

 彼らは知らない。何百もの矢が降り注ごうと、増幅スカラの魔法陣が刻まれた小屋には一本足りとも通らないことを。

 彼らは知らない。どれほど卓越した暗殺者であろうと、何千本も張り巡らされたレーザーを掻い潜ることは不可能であるということを。

「で、エジンベアの者が何用じゃ?」

 礼儀もへったくれもない態度で使節を出迎えるフリント。

 彼の素生を知らぬ使節は「やはり蛮族を纏めるのは野蛮な脳なしか」と、心の中で嘲笑った。

「我らエジンベアは、新たな国家として形となりつつある貴殿らに助言をしたいと考える。我らの培った法に守られるならば、永久の繁栄が約束されるであろう」

 圧倒的な武力を背後に控えさせた、それは事実上の『命令』。

 それを、フリントは

「カエレ カエレ カエレ カエレ カエレ」

 そーりょ的に追い払った。

「……貴様、その返答の意味、真に理解しているのか?」

 猫の皮を脱ぎ棄てた使節の言葉を、フリントは笑みすら浮かべて切り捨てた。

「戦争がしたいのじゃろう?―――よろしい。では戦おう」

 その狂気の返答に愕然とする

 別の使節が叫ぶように説得する。

「フリント殿!良くお考えください。つまり陛下は、名高きエジンベア海軍と戦うことになるのですぞ!」

「大使殿はお忘れか?わしのモノはわしのモノ。お主のモノもわしのもの」

 後の歴史家は、この思想傾向を『フリントニズム』と呼んだ。

「ご苦労だった。諸君。無事なご帰国を望む。使節の外交特権は、今より24時間後に消滅する」





 彼らが去った後、エドとアルはフリントに詰め寄った。

「なぜ、あのような敵意剥き出しな対応をしたのですか?―――貴方は、もう少し冷静な人間だと思っていたのですが」

「ふん。どの道、従属するか戦うかしか選択肢はないのじゃ」

「それにしても、時間は必要です。それを稼ぐ努力くらいあっても良かったのでは?」

「地力が違うとはいえ、急な行動が取れんのはエジンベアも同じじゃよ」

 フリントは各方面に支持を飛ばした。

 着々と進められる戦の前準備。

 スー族は、普段は意外と温厚な性格である。

 とはいえ未開の大陸という過酷な環境を自由に生きる民族。屈強で勇猛な戦士であることは間違いなく、士気は日に日に上がっていった。

 そんなおりだった―――エジンベアより、一人の男がフリントを訪ねたのは。







 長い歴史の中、ただひたすらに磨き上げられた美しき王宮。

 過美とも贅沢ともとれるほど財を注ぎ込まれた建築物であるが、決して悪趣味という印象を抱かせはしない。

 ほとんど光が差し込まぬ玉座の間。しかし、緻密な彫刻の施された装飾はその暗闇にあっても曇ることはない。

「失礼致します」

 その薄暗い道を、一人の男が歩いていた。

「クゼイル、只今参りました」

「来たか、クゼイル大将」

 玉座に座る男に頭を垂れる男。

 クゼイル―――若干25歳にしてエジンベア大将にまで上り詰めた、名門貴族出の騎士である。

 秀麗と精悍、その二つの言葉がよく似合う面持ちに一国の王にて自身の主の前だという気負いは存在しない。

「もう既に聞いているとは思うが。未開の大陸、その西端にて一つの国家が出来つつある」

 王は語る。

 彫刻のように微動だにせず、自身の一挙一動が『正』であると信じるように。

 そして、それは王国という場において絶対の法であり、事実である。

「彼らは、友好を求める我が騎士に、こともあろうかこう言いおった」

 王は拳を握り締め、その言葉を再現した。

「カエレ カエレ カエレ カエレ カエレ」

 兵士が何人か吹いた。

「これほどまで露骨に愚弄されたのは、いつ以来だろうか」

 この瞬間、王の脳裏にはありし日の記憶が蘇った。

 アリアハンの幼い姫。

 かつて、アリアハンを訪れた時その少女はエジンベア王にタックルを敢行した。

 「申し訳ございません、おじ様っ(はぁと)。余所見して走ってしまいましたわ♪」などとすぐさま謝罪して来たのだが。その瞬間脇腹に肘を全力で突き刺したのは、エジンベア王と彼女のみ知る事実である。

 一体なにが気に食わなかったのか。この少女は、幼子でありながら戦火を望んでいるとでもいうのだろうか。

 彼女がその日おやつのケーキを食いそびれていたと知ったのは、エジンベアに帰国してからである。

 頭を何度か振り、忌まわしき屈辱の記憶を振り払う。

「クゼイル大将」

「はっ」

「―――既に宣戦は済まされた。彼の地に、我が国の旗を掲げよ」

 もう幾度と行われた、統治という名の侵略。

「御意」

 クゼイルは眉一つ動かさず、それを受け入れた。





 廊下を歩きつつ、彼らは話していた。

 一人はクゼイル大将。そしてもう一人は、彼の直属の部下である中将。

「本当に、やるんですかい?」

「王命です。今に、始まったことではないでしょう?」

「でも大将、気付いてるはずですぜ。この国にはもう守るべき誇りはないって」

「そうですね、最早この国の矛盾は致命的でしょう」

「だったらどうして―――」

「そこまでです、中将」

 中将の言葉を遮るクゼイル。

 彼が言おうとしたことは、間違いなく正論。だがここはエジンベアであり、彼らは軍人。

 大義なくして国など成り立ちはしない。その義にどれだけ決定的な欺瞞が在ろうと―――

「―――それでも私はこの国の大将なのです」





 彼らが向かったのは未開の大陸、ハンバーグ。

 小さな小屋に、部下も連れずに彼はフリントと対していた。

「あなたは自分のしていることが正しいと、信じていますか?」

 フリントに、真っ向から問うクゼイル。

「無論じゃ。わしこそ正義。むしろ、わし以外が悪じゃ」

 それがどうした?と言わんばかりに堂々と言い切るフリント。

「……相変わらずですね、貴方は。あのお姫様の性格形成の一端は間違いなく貴方が起源ですよ?」

「ふん、久々じゃなクソ餓鬼」

 クゼイルはかつて、アリアハンに留学をしていた。

 だからこそフリントの名に心当たりがあり、部下から話しを聞いたクゼイルは単身この土地へ赴いたのだ。

「まさか貴方がこの国の長だとは思いもしませんでした」

「そうじゃな。まさか、お主がエジンベアの大将まで上り詰めていようとはの」

 一瞬だけフリントの瞳に、穏やかな光が宿る。

 だがそれはすぐさま消え去った。

「本気で、やる気なのですか?」

「それをお前が言うか、エジンベア大将」

「―――っ。貴方とエジンベアが争えば、結果がどうであれ多くの血が流れるのですよ?」

 クゼイルはフリントの天才性を正しく理解していた。

 この男は無駄なことなどしない。無駄な血など流さない。

 戦う以上―――勝つつもりなのだ。

「違うな、クゼイル」

「は……?」

「エジンベアを潰す必要はない。一度―――ただ一度、エジンベアの『本気』の攻撃を防げればそれでよい。ようは、この国が大国と渡り合える国力を有していると周囲に示すことが重要なのじゃよ」

「……ですが」

 それでも、血が流れることには違いない。

 そういう歴史があったと知っていても、クゼイルは直々に侵略を行ったことはない。

 世界が魔王の猛威に晒され、それどころでもなくなった故に結果として人々は戦争から解放された。

 小競り合いや賊の討伐ならばともかく、国家間の戦をクゼイルは見たことがないのだ。

「そう、じゃな。無意味な血が流れるのは確かに面白くないの。どうじゃ、一つ『ルール』を決めないか?」

「ルール、ですか?」

「そうじゃ。殺傷能力のある武器は使用せず、殺された者は顔に『死亡』の紙を貼る。これならば構うまい」

「……そんなルールが通じるはずあるますまい」

 戦場を知らぬクゼイルにしても、それが馬鹿げた提案だと理解出来た。

 戦場とは、人と人の本能が狂いぶつかり合う場所。

 互いが死を避ける為、その全てを以って相手を駆逐する空間。

 そこに、手加減や思惑など入り込む余地はない。

 なにより、その思想に問題があるとはいえ―――クゼイルの下にいる騎士達は、エジンベアの誇り高き騎士なのだ。

 彼らにそのルールを厳守させることなど、無茶を通り越して不可能だろう。

「それはそっちの都合じゃ。やるならば、こちらは戦士達を完全に納得させてみせよう」

 フリントは一歩近付き、クゼイルを睨み上げた。

「大将なら、器を見せんか」

「はっ、はい!」

 フリントの眼力に、両者の力関係は留学当時まで遡っていた。





 エジンベア艦隊50000人vsスー族100人。

 これほどの戦力差があるならば、例え劣勢力側が名軍師の率いる軍であったとしても良くて『侵略』、悪く言えば『蹂躙』と成る。

 しかし後の歴史家はこれを、このように定義した。

 これは、『戦争』だと。



 ここに、史上最大の『遊戯』が幕を開ける。







 NGシーン





 [第二魔法的世界の出来事]



 大きく傾き、ブリッジのただでさえ高い高度が更に上昇する。

「な、何事だ?艦長!」

「こ、これは―――フローラ様がレイチェス号の隠し機能を発動したようです!」

 隠し機能?

 窓から飛び出し、外からなにが起こっているか確認する。

「……これは」

 そうだ、この船にはこんな機能があったはずだ。

『オ―――ホッホッホ!これがレイチェス号の真の姿、『鬼船城』ですわ!!』

 巨大ロボに変形したレイチェス号がポルトガを睨み付ける。

 その視線の先には、引き攣りまくったポルトガ王。

 さっさと船に戻り、アルに告げる。

「ライバル登場だ」

「どうしたの、急に?なにを見たの?」

「すまん、答える時間が惜しい。出る」

 再び飛び立った俺は、自身の力を解放する。

 変形したレイチェス号とほぼ同等の巨体を誇る、真の姿に。

「これが俺の本当の姿―――『鬼岩城』だぜっ!」

 『ぜ』!



[4665] うざったがれるもの ~散りゆく者への「秘儀・死者の目覚めっ!!」~
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/06/14 09:28

「上陸開始!」

 エジンベア騎士達の咆哮が、未開の大陸の海岸線に轟いた。



 クゼイルは、フリントの能力を正しく理解していた。

 無論、フリントの技術をクゼイルが把握出来ているわけではない。

 だが、それでも彼の下で学んだ経験が訴えていたのだ。

 あの男ならば、想定される最悪を悉く再現してみせる。既存の戦法などあの老人の前では恰好の餌食である、と。

 故に、クゼイルが最初にとった戦法は『突撃』。

 1000名の上陸部隊を、策も授けずに突進させたのだ。

 威力偵察という意味合いが強いが、それでも『死なない戦争』だという前提だからこそ許される戦法。

 そして、圧倒的数の利があるからこそ可能な戦略。

 小舟にそれぞれ数名ずつ乗り込み、全力でオールを漕いで陸を目指す騎士達。

 それを迎え撃つは、50名足らずのスー族の戦士。

 しかし彼らが構えるのは弓矢ではなかった。

 二名で運用する、重機関銃。

 それが、即興で作られた防壁に20挺設置されていた。

 高い位置から狙い撃ちにされ、バタバタと倒れていく甲冑姿の男達。

 無論、被弾箇所には『死亡』の紙。

(無駄に器用なことを……流石はフリント博士)

 作戦の結果は、ある意味クゼイルの予想通りだった。

「やれやれ、なんつー技術力ですか」

 単身沖合にてそれを眺める、エジンベアの軍艦。

 その船上にて、望遠鏡を覗く中将がボヤいていた。

「アリアハンの『銃』って奴ですかい?こりゃあ、思った以上に過激ですな」

「留学した時に見た物とも、違う気がしますが……」

 睨み付けるようにその銃口を見つめるクゼイル。

「なにせ、あの方の知識にはアリアハンの最新技術が納められていますからね。あるいは未だ名もない、最新鋭兵器なのかもしれません」

「やってらんねぇ」と頭をガリガリ掻く中将を軽く窘めつつ、クゼイルは即断する。

「一旦撤退します。おぼろげとはいえ敵の攻撃能力の高さが計れましたからね。充分です」







「そうか、撤退したか」

『ウイ』

 小さな小屋で、フリントは戦士の伝令を受ける。

「再び来るでしょうか?」

「当然じゃ。とはいえ奴らの船の足の速さからして……一か月は稼げたの」

 エドの問いに、フリントはそう目安を付ける。

 エジンベアの船では風力以上の加速は不可能、故に往復の一か月である。

 ちなみに海上に控えているという可能性はない。

 先日広域レーダーが開発された為、断言出来ている。

 ハンバーグ島周辺の立体映像をリアルタイムで表示する3Dディスプレイを睨み、フリントは考察する。

「だが、今回奴らの進撃を防ぎきれたのは、敵が一か所から攻めてきたからに過ぎん。全方位から同時に攻められれば100名足らずで防げる道理はないの」

 キーボードを叩き、侵略予想のルートを3Dマップに追記する。

「次は総力戦じゃ」

 技術力で圧倒していようと、所詮戦争は数である。

「長引けば長引くほどこちらの技術力が向上するからの。徹底的に準備を行った上で、一気に仕留めに来るじゃろうな」

「……100対50000、ですか。やはり無謀過ぎる戦力差ですね」

 エドが呻くように再確認する。

 100vs50000。一人につき500名撃破出来て、ようやく対等となる戦力差。

 これを覆すほど強力な個人用兵器は、無論フリントとて知らない。

「とはいえ禁忌や禁術を犯すわけにはいかんからの。『死亡』の紙を貼れんし、他国にまで警戒されてしまう」

 フリントの言う禁忌や禁術とは、その名の通りアリアハンの法の元に禁じられた手段である。

 あまりに強大かつ純粋な『力』である為、秘匿され、封印された技術。

 例えば、一発一発がイオナズンと同等の破壊力を有する魔法の玉。

 更に言えば、純粋科学によって作られた町一つを消滅させるほどの爆弾も存在する。

 そんなものを使用すれば、間違いなく艦隊であろうが国であろうが数分で消滅させられるだろう。

「そんな、そんなものがあるのですか」

「認めたくないものじゃな、若さ故の過ちというものは」

「……貴方が開発したのですか。なぜ、そこまでして兵器を開発するのです?」

 フン、とフリントは鼻を鳴らす。

「そこに技術発展の余地があるからじゃ」

 どこぞの登山家のようなことをいうフリントであった。







 軍事開発を進める中、一隻の船がハンバーグへ入港した。

 軍艦でこそあるが、それはエジンベアの船ではない。

 流線形の装甲を持つ、帆を持たない戦闘艦。

 アリアハン軍所属・防衛攻撃船レオナ。

 その仰々しい装備は単装機関銃・対潜機雷・果ては対空ミサイルとひたすらに攻撃に特化している。

 全長は精々100メートルほどの船だが、レイチェス号とは違い基礎設計からして最新鋭であり、奇襲に限定すればレイチェス号をも凌駕する火力を秘めた戦艦。

 ちなみに、レオナとはアリアハン第一王子ディーノの妻の名である。

 余談としての感が強いが、レイチェスも今は亡きアリアハン王妃の名であり、ディーノ・フローラの母親だ。

 故に、その船の代表は当然王子ディーノであった。





 毅然と歩む精悍な顔立ちをした男。

 父親譲りの黒髪を持ち、その瞳には理知的な光を宿す。

 歳は未だ青年と呼んでいい。

 しかし、その表情には年齢には似合わぬ苦悩を浮かべていた。

「なにを考えているのだ、フリント博士……?」

 彼は歩む町並みを観察する。

 そこは、既に『未開』の言葉が当て嵌まらない都市と成り果てていた。

 灰色の繋ぎ目のない石畳。

 その上を馬の不要な、機械仕掛けの車が走る。

 四角形を基調とした塔が立ち並び、街頭には常時変化し続ける絵が鎮座していた。

 技術先進国・アリアハンをも超越する文明レベルに、必至に頭痛を堪えるディーノ。

 しばらく進むと、道は広場へと繋がる。

 フリントの小屋前に自然に出来た広場には、巨大なオブジェが存在した。

 オブジェの台座に刻まれた文字を読む。

『偉大なる自身の偉業をここに称える』

 自画自賛だった。

 オブジェも、よくよく見てみれば誰か理解出来ぬほどに着飾った彼の男の姿を模している。

 アリアハンの正装とスー族の民族衣装を融合させた極彩色のスーツに身を包み、その右手は奇妙な彫刻を掲げている。

 飛び散ったペンキが辺りに斑点を描き、整然と整備された町並みの中その場だけが明らかに統一感を乱していた。

(相変わらずのセンスの無さだな)

 ディーノは覚えていた。

 フリントの発案でアリアハン城の防衛能力補強工事を行った際、荘厳な城が魔王城も真っ青な魔境へと変貌したことを。

 慌てて取り壊そうにも、その防御力故に数あるアリアハンの大工達が匙を投げたことを。

 唯一取り壊しが可能なフリントが同意するのに一年を要し、その間アリアハンは魔王城であり続けたことを。

 王女フローラでさえその話が話題に昇ると遠い目をする、それほどの悪趣味の極地。

 その癖、フリント自身の研究室のみは依然普通の外観を有しているのである。

 つーか、わざとやってんじゃねーのかテメー。ざけんじゃねーぞ。

 ディーノは内心そう毒づきつつ、目的の相手と対面した。

「久しぶりだな、フリント博士」

「カエレ カエレ カエレ カエレ カエレ」

 目すら向けず、フリントは言い放つ。

「いや、貴方が呼んだんだろう……」

 久しく会った恩師に、早速疲れを覚えるディーノ。

「ふむ……おぉ。そうだぞ、無論お主を試したのじゃ。わしの注文を覚えているかどうかな」

「もう、なんでもいい」

 ディーノは早速外交としての役割を放棄することにした。

「それより、なにを考えている。様々な問題行動からアリアハンを追放された貴方が、未開の大陸で国を興すなど」

「人を歩く問題のように評するな」

 問題行動もそうだが、トドメとなったのはアリアハン城の魔王城化と、アリアハン宝剣の強奪である。

 とはいえ―――

(この男を閉じ籠めておくのに、あの孤島という檻は脆弱過ぎたか)

 天命には二種類ある。

 切り開く覇道と、導かれる運命。

 フリントという人物に俗物的な物欲などない。男を突き動かすのは、ただひたすらな研究心。

 だからこそ、ひたすらにタチが悪い。

「まあ―――いい。封じられぬ獣など殺すか野に放つしかないのだからな。ただし、貴方が如何なる運命を辿ろうとアリアハンは擁護出来ないことは理解しておいでだな?」

「元よりわしを切り捨てた者達じゃ、今更期待などしとらんよ」

 ディーノとて、口ではなんと言おうとフリントを尊敬し、目標としていた。

 ただ、時代が、世界がこの男の存在を許容し切れなかったのだ。

 と、格好よく納得することにした。

「それより、依頼しとったものじゃが」

「あ、ああ。確かに存在したぞ」

 葛藤を押し殺し、ディーノはトランクを机の上に持ち上げる。

 フリントは頷き、その鍵を開いた。

「既にここまで再現されている。硬化ベークライトで固めてあるが……間違いなく、生きている」

 それは例えるなら、琥珀に包まれ封印されたことで時代を超えた古代の昆虫、といった風情だ。

 しかしそれは宝玉のような歪な形ではなく、内包された生物も見たことのない珍妙なものである。

「―――エジンベア撃退計画の要だな」

「そうじゃ」

 フリントは口の端を吊り上げ、鋭い眼光を虚空に向け嗤った。

「かつて地の果てで行われていた、人造勇者製造計画の遺産。―――最初の勇者、竜の騎士じゃよ」

 どうみても黒幕か悪役の顔だった。

(いっそ、一思いにここで始末してしまおうか?)

 ちょっと真剣に考えたディーノだった。

「ご苦労。もう用はないから、帰っていいぞ」

 虫を払うが如く、しっしと手を振って帰還を促すフリント。

 そのあんまりな対応に、ディーノも流石に呆れ果てる。

「他に、ないのか?他国の使節なのだ、宴くらい開くのが礼儀だろう」

 思い返してみれば、出迎えさえない。それがこの国の主の姿だった。

 気心の知れた仲とはいえ、親しき仲にも礼儀あり、である。

「ふむ、そうじゃな」

 フリントはディーノを見据え、

「一つ、頼まれ事を受けて貰えるな?」

「アンタ、マジ地獄堕ちろ。つーか頼み受けること確定かよ」







 エジンベアの侵攻が再開された。

 圧倒的な物量差を以って、四方より同時襲撃が開始される。

 その進撃全てにクゼイルの常套ながら秀逸な策が存在しており、数の利も相まって戦線は最早鉄壁と化していた。

 対するフリントは人員不足を火力で補う。

 最新鋭の重火器(非殺傷設定)が、一騎討千の英雄100名を造り上げた。

 しかし、個人が戦線をどれだけ混乱させようと、5万の精鋭が必ず合間より侵入する。

 故に、自然と防衛線はハンバーグの周囲に小さく張られることとなった。

 ハンバーグはレイチェス号が上陸した港がそのまま発展した町である。

 地平線の彼方まで埋め尽くされた、エジンベアの騎士達。

 水平線には幾つもの帆が立ち並ぶ。

 エジンベアが選択した物量戦は、自然挟撃となった。

 海上に設置された機雷(非殺傷設定)も時間が経つにつれ突破する船が増え、町の周囲に埋蔵された地雷原も多大な騎士達の犠牲(非殺傷設定)の末に意味を失いつつある。

「南方の平原防衛線、5000の軍により侵入されつつあります」

「西方より入電。物資、底を尽きかけているとのことです」

 フリントは相も変わらぬ質素な小屋の中、目を閉じたまま通信兵の報告を受ける。

「想像以上ですね、この進軍速度の速さは……」

『オーイエー……』

 エドとアルの両名は鎮痛そうな面持ちでその報を聞く。

 フリントは微動だにしない。

 ただ、ゆっくりと目を開ける。

「――――――違う」

「フリント殿?」

 小屋のドアを黙って睨み付けるフリントに、エドは怪訝そうに訊ねた。

「なにが違―――」「来る」

 刹那、ドアが吹き飛んだ。

 小屋の内部に突入するエジンベア兵。

 突然の事態に困惑する間もなく、制圧される司令部。

「チェック・メイトです」

「ふん」

 長剣の切っ先を向けるクゼイルに、フリントは鼻を鳴らして応えた。

「な、なぜここまで敵兵が!?」

「どれだけ広範囲をカバーしようと、小人数ならば突破は不可能ではありません。まして、スー族の戦士をほぼ全て防衛に回している現状ならば尚更」

「―――っ、まさか。5万の敵、全てが陽動ということですか」

 エドはその結論に驚愕する。

 敵主力を引きつけている間に主力を潰す。

 その方法論自体は、ありふれたものである。

 だが、それを刺客に一任するのではなく大将自身が務めているということに驚愕した。

 この小屋も決して無防備ではない。むしろ、侵入など考慮に入れるまでもないほど堅牢に築かれている。

 それをこうも静かに突破してみせた男に、全ての戦士が冷や汗を禁じえなかった。

 ただ一人、フリント以外は。

「―――? 予測、出来ていたのですか?」

「無論じゃ。お主の考えなど普遍的過ぎて欠伸が出るわい」

「貴方の戦略論と比べられても困るのですが」

 苦笑するクゼイル。

「予測していたというのなら、どう対応するのです?無手である貴方になにが出来るというのです」

 クッ、と喉を鳴らすフリント。

「……武器ならば、有る」

 急激に膨れ上がる老人の覇気。

 それに、クゼイルは思わず剣を振るう。

 交わされたルールに従い、握るのは木剣。

 しかし、達人たるクゼイルが振るえば、それは城壁をも切り伏せる凶器。

 それをフリントは。

「このワシの……右腕の中にあるのだあ!!!!」

 スーツの裾より伸びた、長剣で受け止めた。

「暗器!?しかもそれは―――!」

「アリアハンが宝剣、バスタードソードじゃ!!」

 バスタードソード。

 激しい怒りがこめられた剣。戦士が装備出来る武器ではグリンガルの鞭と並んで強力(by公式ガイドブック)。

 鞘に納められた今、その切れ味が発揮されることはない。しかしその剣としての完成度は木剣の比ではない。

「覇亜ァ!!!!」

 気迫と共に、横薙ぎに振るわれる剣。

 その剣戟は小屋の壁を、その内部に隠されたミスリル銀の装甲板ごと切り裂いた。

「な、出鱈目な」

「それが、『勇者』というものだ」

 再び振るわれた剣を辛うじて防御するクゼイル。

 その反動で30メートル以上後退するも、宝剣の直撃を受けた木剣に破損はない。

 それはあくまでただの木剣である。内部に鉄心を仕込まれているわけでも、スカラの魔法がかけられているわけでもない。

 しかし達人たる彼が握ることで、剣気を纏い、鋼鉄の如く硬度を有していた。

 そういう意味では、クゼイルもまた『英雄』である。

「どうした、その程度なのか―――エジンベア大将」

「宝剣持ち出しておいてそれですか、フリント博士」

 衝突する『勇者』と『英雄』。

 鋼のように堅牢な剣を振るうフリントに、クゼイルは速さで対抗する。

 クゼイルの剣術とて、エジンベアに古くから伝わる堅実な『業』である。決して、奇を狙うその場凌ぎな『手段』ではない。

 その一太刀一太刀が、基本にして奥義。

 それでも尚速度でフリントの剣に対抗出来るのは、純粋に身体能力の差だった。

「む―――年寄りを労わる思いやりが足りんな」

「よく言います―――ですが、やはり貴方とて歳には勝てないようですね」

 激しい剣戟の爆ぜる最中、茶飲み話のように気軽に話し合う両者。

「そのようじゃな。……だがワシは、『英雄』ではなく『勇者』じゃぞ?」

 クゼイルはその言葉の真意を一瞬図りかねる。

 刹那理解し、大きく跳び退いた。

 だが。

「遅い―――ギガデイン」

 世界が、紫電に蹂躙された。

 無詠唱で発動された、勇者最強の呪文。

 確かに肉体は衰えていた。

 しかし魔法とは、精神で以て紡ぐもの。

 現在の勇者とて成し得ぬ、最強の呪文の無詠唱発動。

「グッ、ア、ァァ…………ッ!!!!」

 雷に貫かれ、悲鳴を上げそうになるクゼイル。

 しかし、それだけは許容出来るはずがない。

 エジンベアの騎士として―――一人の男として。

 長き戦乱の世の中、培われ受け継がれてきたエジンベアの精神。

 だが時代は変わり、最早それが残るのは個人の魂にのみ。

 それでも尚、クゼイルは倒れない。

 騎士にとって、膝を着くのは自身の敗北以外の何物でもないのだから。

 故に―――

「倒れる理由など、在りはしない」

 ―――それでも、エジンベアの大将だった。





「これが、本当のエジンベアの武人……」

 エドは、その騎士の姿に自らの浅はかな認識を恥じていた。

 彼はエジンベアに対する遺恨を、政務にまで持ち出す気はなかった。

 しかしそれでも、かつてこの土地であった歴史はこの白馬に、全てのスー族に蟠りを残していた。

 結果論であっても、この瞬間彼らを色眼鏡越しに見ていたと理解したのだ。

「よく―――よく、見ておきましょう、アル。この決闘は、ハンバーグとエジンベアの決戦なのですから」

『ぅゎι゛ι゛ぃっょぃ』

 今一つ解せていないアルフォンスも、この戦いが重要なものであるとは理解しているようだ。

 最後の騎士と老勇者の乱舞。

 それは、長く、永く続いた。







「それで、どうするのです?私の身と引き換えにエジンベア軍を撤退させるつもりですか?」

 結局負けて簀巻きとなったクゼイルが、いじけたように問うた。

「って、あれ?いつ決着がついたのですか?」

『ズガーン、ボカーン、イヤーン、ぐふっ』

「ああ、そういう経緯ですか」

 白馬と極彩色の会話を尻目に、フリントは高笑いをする。

 割と混沌だった。

「さあ、クゼイルよ。共に目撃者となろう―――エジンベア軍の最期の、目撃者に」

 戦士達が必至に復旧する室内、大型ディスプレイの電源が立ち上がる。

「なにを……?このままならば、どの道エジンベアは数で押し切ります。まだ隠し玉があるのですか?」

「報告します!」

 割り込むように叫ぶ伝令。

「スー族の全部隊員、平原防衛線へ集結完了です!」

 クゼイルは怪訝そうに眉を潜めた。

 確かに、戦士を陸の防衛線に集結させればそちらは防衛しきれるだろう。

 しかし、無防備となった海岸防衛線はどうなるのか。

「まさか―――禁術を使用する気ですか?」

「ルールは厳守するぞ」

 ルールを守りつつ、海岸を防衛する、そのような手段があるという。

 おおよそ、クゼイルにはそれが想像出来なかった。





「冷却終了!ケイジ内全てドッキング位置」

「パイロット……エントリープラグ内コックピット位置に着きました!」

「了解!エントリープラグ挿入!」

「プラグ固定終了!第一次接続開始!」

「エントリープラグ注水!」

「主電力接続全回路動力伝達、起動スタート!」

「A10神経接続異状無し!初期コンタクト全て異状無し」

「双方向回線開きます!」

「第一ロックボルト解除!」

「解除確認アンビリカルブリッジ移動!」

「第一第二拘束具除去!」

「1番から15番までの安全装置解除」

「内部電源充電完了、外部電源コンタクト異状無し!!」

「初号機射出口へ!!」

「5番ゲートスタンバイ!」

「進路クリア、オールグリーン!」

「発進準備完了!」

「了解!フリント博士、構いませんね?」

「勿論だ。エジンベアを撃退せぬ限り我々に未来はない」

「了解、発進―――最終安全装置解除!」

「フリントゲリオン初号機、リフト・オフ!!」

 想像出来るはずがなかった。





 傍若無人を絵に描いたような巨大ロボットがディスプレイの中狭しと暴れ回る。

 船から船に飛び移り、巨大な『死亡』の字をマストに書く。

「これも、貴方の仕事ですか」

「そうだ」

「なんなのです、アレは?」

「人造人間フリントゲリオンじゃよ」

「フリントゲリオン?」

 うむ、と小さく頷く。

「最初の勇者であり人と神竜の子である『竜の騎士』を解析、更に巨大ロボにした」

「神に対する冒涜ですよ?」

「あくまで解析しただけじゃよ。あとは3台の粒子コンピュータによるドラゴニックオーラの擬似的なエミュレートに過ぎん」

「……なぜ巨大ロボットに?」

「浪漫だ」

 クゼイルには言葉の半分も理解出来なかったが、それでも自軍が敗北したとだけは痛いほど感じていた。

 溜息一つ吐き、クゼイルは素撒きを解く。

「帰らせて頂きます。―――二度とこの地を攻略しないよう、王を説得します」

「出来るのですか、そのようなこと?」

 エドがクゼイルに詰め寄った。

「出来る出来ないではなく、します。……鼻息が近いです。湿った風がっ」

「し、失礼」

 エドは解った。目の前の武人は、命を賭して今の言葉を達しようとすると。

 敗軍の将というだけでも責任を問われるかもしれない。なのに、その立場で敵国の待遇を進言すれば最悪死罪となるかもしれない。

 それでも、暗欝な顔一つせず平然としてみせるクゼイルを、エドは心から尊敬した。

「それでは行きますね。お元気で、皆さん」

「うむ。……また、遊びに来い」

 フリントの言葉に苦笑し、外套を翻しクゼイルは去った。

「……宜しかったのですか、行かせても」

「止められんよ、誰にもな。……ふん、考え方だけはいっちょまえの武人となりおってからに」

 それでも、フリントは嬉しそうに笑っていた。

「それに、手は打った。問題無かろう」

「手は打った?一体何を?」







 エジンベア王はビビっていた。

 今日、アリアハンより小包が届いたのだ。

 包の中身は洋菓子。

 王の脳裏に蘇る屈辱。

(どういう、どういう意味なのだ、これは……!?姫が、アリアハンのあの姫が私になにを求めているのだ……!?)

「申し上げます!クゼイル大将がお戻りになられました!」

「そ、そんなことはどうでもいいっ!私は忙しいと伝えろ!」

「はっ……?し、しかしクゼイル大将がなにやらお話があると……」

「知らん、知らん知らん知らんっ!許可する、なんでも許可するっ!!!」

 顔を青褪めさせて震える王に、兵士も顔を引き攣らせて退室した。







 レイチェス号は7か月ぶりに、ハンバーグへ入港した。

 この半年にあったことをフリントに聞きつつ、政治の中心である小屋へ向かう。

「私の名前を勝手に使いましたの?」

「悪いとは思ったのだがな、あれもワシの弟子じゃ。大目に見ろ」

 フリントの話を聞き流しつつ、俺はハンバーグの町並みを眺めていた。

 車輪すら存在しない車が飛び交い、世界樹より巨大な塔が乱立する。

 旅の扉の応用だろうか、「てれぽーたー」なるものが各地に設置され外出に建物から出る必要すらない。

 レイチェス号を超えるオーバーテクノロジーの町が、そこには存在した。

「……凄い、と素直に驚くべきところなのだろうか?」

「おじいちゃん、ノリノリだねー」

 隣を歩くメイドの少女も苦笑い気味だ。

「むしろ、これだけの技術力があってなぜレイチェス号は帆船なのだ?」

 俺の疑問に、姫が応えた。

「風情がありませんわ、スクリューなんて」

「そんな理由か」

「大事ですわよ。ずっと乗り続けるものなのだから、気に入らないところは徹底して排しなければなりませんわ」

 姫自身、こういうピカピカした光景が好きではないのか。

 確かに、鉄板剥き出しの船というのは落ち着かないのかもしれない。戦艦然とし過ぎていて。

「……ところで、スイはどうした?」

 この前アイツが俺に盛っていると宣言してから、あまり顔を合わせていない。変な奴である。

「スイちゃんは……船でお留守番しているよ。色々考えることがあると思うし」

「そーなのかー」

 特に興味もないので、間延びした返答となる。

「着いたぞい」

 そこには、見覚えのある小さな小屋。

 そしてその正面には、悪趣味な像。

 顔色を悪くした姫が、即座に視線を逸らす。一体何があったのだろう。

「あははは……まあ、色々」

「色々、ね」

 恐らく人を象っていると思われるそれを見上げる。

 そのまま像の掲げる、彫刻らしき物を注視する。

 赤いペンキを塗りたくった、竜のような置物……

「……漬物石?」







 アルスは、赤い漬物石(5つ目)を手に入れた!







 あとがき



 人妻に飢えています(挨拶)。

 最近グッとくる人妻がいません。

 BA-2様の「幻想立志転生伝(転生モノ)」に登場するマナ様ぐらいでしょうか。

 いいですね、年上の美人は大好きです。

 でもルン可愛いよルン。



 内政物は本当に無理です。適正がありません。



[4665] 二十八里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/06/21 18:20

 ハンバーグを発ったレイチェス号は、東に進路を取った。

 再び大洋を超え、ロマリアを囲む内海へ侵入する。

 ポルトガの町並みを左方に捉えつつ、船首に立つ。

 陸地が近いからか、白い海鳥が頭上を飛び交う。

 潮風を背後より浴び、降り注ぐ日光を体全体で受け止める。

 ……なぜだろう、両手を左右に広げたくなる。

 やるべきなのだろうか。否、やるべきだ。

(……違うっ!)

 落ち着くんだ、俺!

 ここで流されたら人として駄目だ!魔族だが!

「なにをしているの、ロビン?」

 背後から声が掛った。

「―――アル」

「うん、どうしたのこんな場所で」

「いや、……海を眺めていた」

 手を広げてアイキャンフライ!の衝動と戦っていた、とはとても言えない。

「隣、いい?」

「ああ―――あ?」

 返事をする前に、スルリと滑り込まれた。

「…………」

「…………」

 なんだろう、この間?

「あのね、ロビン。スイちゃんになにか言った?」

「いや、なにも言っていないが?」

「……ごめんなさい、聞き方が悪かったみたい。スイちゃんとなにかあった?」

 なにかあった、か。

 最近彼女には避けられているようなので、心当たりがあるとすればロマリア城でのアレだろう。

「どうやら、スイは俺に盛っているらしい」

「さっ、盛っ……!?」

 なにを咳き込んでいるんだ、アル?

「困ったものだな、全く」

「そ、そうなんだ」

「うむ。それが聞きたかったのか?」

「えっと……予想外だったからどう対処すればいいか解らないんだけれど」

 アルは視線を逸らしつつ、頬を掻く。

「スイちゃん、この頃元気ないよね」

「そうなのか?」

 さして気にしていなかったから、あまり印象に残っていないが。

「大方、読みかけの本でもあって部屋からあまり出てこないだけだろ」

 瞼を閉じるアル。

「うん、解った」

 そう呟き、一人頷く。

「なにがだ?」

 そして目を開いた時、彼女はすっごい笑顔だった。

 冷や汗が背筋を辿る。

 まずい。なんだかEMERGENCY。

「色々言いたいことはあるけれど、まずロビンに言わなくちゃいけないのは―――」

 襟を掴まれ、笑顔のまま持ち上げられる。

 身長差から、俺の爪先は地面からはほとんど離れないが、それでも宙ぶらりんの状態で足をばたつかせる俺。

「あ、アルスさん?どういたしましたのでありましょうか?」

 俺を締め上げるメイドは笑顔のまま、俺を見上げて言い放った。

「女の子にそこまで言わせたんだから、ちゃんと向き合いなさい」

「ぎょ、御意」







 とは言われたものの。

 結局、なにと向き合えばいいのだろう?

 アルは『自身で考えろ』、という方針だ。解答を提示する気はないのだろう。

 姫は……戦力外。

 結局、自分で考えるしかない。

 いや、こういう時今まではどうしていた?

 賢者少女に人間の機微に関する知識を借りるのが通例だが―――

「それは、なにか違う気がするな」

 問題の当人に訊ねるのは、反則云々以前に情けなさ過ぎる気がする。

「ふぅむ」

 騎士隊長が不在なので、独占可能な見張り台の上で大の字になって空を見上げる。

 ちなみにハンバーグに立ち寄った際追加された広範囲レーダーにより、見張りは実質必要ない。

 賢者少女の姿を思い浮かべてみる。

 向き合う、か。

 確か……

「賢者の家系の生まれで、父親は早い段階で死去―――母親は高位の神官であり、大神官と賢者少女の教育係―――」

 このくらいなら、一年以上旅を共にしていて当然知っている。

「―――違う」

 経歴を羅列したところで、彼女と向き合ったことにはなるまい。





 初めての出会いは、ランシール神殿。

 俺が彼女に賢者の資質を見出したばかりに、姫に濡れ衣を着せられレイチェス号に乗船した。

 だが彼女は強制されてこの旅に同行していたわけではない。望んで、船に乗っていた。

 最初は融通の効かない愚かな餓鬼だと思った。事実そうだった。

 ルーラの才能が致命的に無かった。

 弱いくせに、俺の命を微妙に狙い続けている。

 戦うことを嫌うくせに、眼前の敵から逃げるのをもっと嫌う。

(―――?)

 そういえば、彼女は卑弥呼のことは敬愛していたはずだ。

 ということは、スイは魔族を一概に見てはないということか。

 真っ直ぐで、捻くれていて。

 勉強熱心で、好奇心旺盛で。

「むむむ」

 改めて見直すと、いい部分しか浮かばない。

 どこまでも聖職者で、魔族も人も関係なく対等で。

 それでいて、俺だけを『特別視』していた。

 これは間違いないだろう。常日頃から、それは確実に感じ取っていた。

 その『特別視』という前提に間違いがあったとしたら?

 彼女の言が本心だとしたら、『特別視』の内容が嫌悪ではなく恋慕だとしたら?

「―――まずい」

 大前提からして覆ってしまう。

 嫌う理由がない。

 ああ……それはまずい。

 こんな変化は、俺には受け止められない。

「―――っ、そういうことかっ」

 よくやく理解した。

 魔族と聖職者、なんて立場の違いに縛られていたのはスイではない。

 あくまで、俺だけがそんな些細なことを気にし続けていたのだ。

 勇者であるアルを愛していながら、聖職者であるスイを毛嫌いしていた。

 なんて―――

「なんて、無様だ」

 俺はまた、気付かぬまま失おうとしていたのか。







「俺……今までスイのことを、ちゃんと見ていなかった」

 目の前に腰掛ける少女に、俺は視線を逸らさず告げた。

「えっ―――?」

「正直、ずっと勘違いしていたようだ。スイリスフィースは聖職者であり、魔族である俺を敵としか認識していないって」

「そう、ですか」

 悲しげに目を伏せる彼女に、ありもしないはずの良心が痛む。

 そうだ、初めからこうすれば良かったのだ。俺が愚鈍なばかりに、彼女に心労を強いてしまった。

「色々考えた―――何度も、何度もな」

 俺はまた、気付かぬまま傷付けようとしていた。

 何百年も前に、同じ過ちを犯していたというのに。

 そして、一つの結論に達した。

 穴だらけでも、今の俺にとって唯一の真実。

「俺は、お前のことが」

 言おうとした俺を、彼女は手で制した。

「一つ……一つだけ、聞かせて」

 彼女は、そして俺に問う。

「どうして私に報告するの?」

「……一応」

「一応……」

 どうした、アル?頭痛でもするのか?

「そもそも、それ結論じゃないよね。ただの現状確認の段階だと思う」

「む、手厳しいな」

「勇者だもの」

 脱力したように、机に頭を乗せるアル。いつも忙しく動き回り、テキパキした印象があるからかこういう姿は珍しく映る。

「確認するけれど―――ロビンは、その……私のことが好き、なんだよね?」

 頭は下ろしたまま、赤面しつつも真っ直ぐ目を向けてくる。

「そうだ」

 この気持ちは揺るぎようがないので、俺も最低限の言葉で見据えて返事をする。

「困る、なぁ……急にそんなこと言われても。私もロビンのこと、責められないね」

「そんなことはない。スイの心に気付かなかった俺は、やはり問題がある」

「気付けなかったのは私も同じだよ。……ロビンが、まさかそんなふうに私を見てたなんて」

「それは……俺が、魔族だからか?」

「違うよ」

 はっきり即答された。

 つまり、根本的に男として見られていなかったということか。

「このことは、もう少し考えさせてくれる?」

「ああ。待っている」

 そうだな、一年以上続いた関係を変えようというんだ。それ相応の時間は必要なのだ。

 俺とアルにも、俺とスイにも。







 レイドと合流する為、船は地図の上でイシスとアッサラームの丁度中間辺りの湾となった場所に停泊した。

 ここより南へ向かえば、あの火山である。

 オーブの情報が全く集まらない現状、捜索を一旦打ち切り魔王城への到達経路を確保することを優先した結果この航路は決定された。

 砂漠は馬車など、すぐ車輪が埋まってしまい走れない。しかしハンバーグで入手した反重力自動車は地上数十センチに浮上している為、地面状況に関わらず高速で移動出来る。

 もっとも、これ以上は上昇不可な為火山やその向こうは使用出来ないだろう。草原や平原を移動するには便利そうだが。

 姫の要望により『くーらー』を全開で、車内はむしろ寒い。

 ちなみにハンドルを握るのはアル。血縁故に、こういう突拍子もない発明品に一番耐性があるのである。

「レイドは元気かしら」

 助手席に座る姫が呟いた。

「心配するくらいなら、放置をするな」

「心配などしていませんわ。私の騎士がこの程度でどうこうなるとでも?」

 強気に言ってみせるのは、いじらしいと思うべきところか?

 しかし砂漠+火山のコンボは、流石にレイドでもキツいと思う。干からびてなければいいが。

 隣に座るスイを、ちらりと見る。

 スイも視線だけをこちらに向けていた。しかし慌てて逸らされる。

 でも俺は逸らさない。

 しばらく眺めてみる。俺の視線に気付いているようで、見事なまでに正面だけを見据えていた。

 姿勢正しく膝の上に手を置く姿は、人としての模範を体現しているようだ。

 美人というには幼過ぎる、聖女と呼ぶには平等過ぎる、子供と呼ぶには賢し過ぎる。

 どこまでも真の通った、中途半端さを持った少女。

 最近は挨拶と最低限の会話程度しかしていない。今となって思い返してみると、俺とコイツは意外と日常会話を交わしていたのだと思い知った。

 一度、ゆっくり話をする必要がある。アルに「向き合え」と言われたからではなく、俺自身がそう思う。

 窓の外を眺める。

 遠くに、形の整った世界最高峰の火山が見えてきた。







「で、到着したわけだが―――レイドはどこだ?」

 車内で凝り固まった体を解しつつ、山頂当たりを見上げる。

「近場の宿屋とかで待っていれば、合流出来ないかな?」

「宿屋なんてありませんよ、この辺りには」

 微妙に機嫌の悪そうに応えるスイ、それに対し苦笑しつつ彼女の頭を撫でるアル。

 女心など専門外も甚だしいが、アルの方が大人の対応をしたとだけは判った。

「だが、この大きな山中から一人の人間を探すのは大変だな。詳しい人間がいればいいが」

 空を見上げると、魔物が飛んでいた。

「……?」

 あのシルエット、見覚えがあるような……?

 目を凝らすと、高高度に首が8つあるヒドラの姿が見えた。

 バッサバッサと4枚の巨大な翼をはためかせ、ヒドラは大空を飛翔している。

「スイ、メドローアを頼む」

「はっ?メドローア、ですか?」

 きょとんとするスイに、指先で上を示してやる。

「あっちに、ズカンとやってくれ。非殺傷設定で」

「は、はあ」

 手馴れた様子で光の矢が構成される。

「こっちですよね?」

 ああ、スイの視力では見えないのだったな。

「いや、もうちょっとこっちだ」

 彼女の後ろに回り込み、若干の方向修正をする。

 なぜかスイが狼狽していた。……後ろから密着したからか?

「マセガキ」

「うっ」

 集中を乱したのか、予告なしに射出されたメドローアはヒドラをかすって天空の彼方へ消えた。

「……ほとんど直撃コースだったぞ」

 こちらに気付かせるだけのつもりだったが……軌道修正が甘い内に発射してしまったので、かなり際どかった。

「―――……なぁぁぁぁぁ」

 死んだか?と慌てて探すと小さく未確認浮遊人物が。

「―――にぃぃぃぃぃ」

 それは地獄まで轟くような声を発しながら、こちらへ自由落下してくる。

「―――をぉぉぉぉぉ」

 空から落ちてくる巫女装束。速度の上昇と接近により加速的に大きくなる人影。

「するんじゃああああああ――――――!!!!!!!!」

 紅白色の女性は、真っ直ぐ俺の横顔に右足を突っ込んだ。

「ぐはぁっっ!!??」

 時速数百キロで衝突した踵がめり込み、地面に激突。更にバウンドして宙を舞う。

「ぐふ」

 大きく跳ねた後、トドメに思いっきり潰される。

「な、なにをする……」

 俺に覆い被さっている女は、数秒間死んだように黙り込んでいたがゆっくりと顔を上げた。

 地獄の釜の底から睨み付ける、正しく魔王の如く。

「人に不意打ちで魔法を放っておいて、言いたいことはそれだけかロビン……!」

「……すまん」

 まあ、全面的に過失はこちらにあるので謝るしかないのだが。

「久しぶりだな、卑弥呼」

「うむ……そうじゃな」

 卑弥呼は立ち上がり、袴の埃を払う。

 長い黒髪に、紅白の袴姿。

 ジパングの女王で幼馴染みの、魔族の少女だった。

(190歳で『少女』はキツいか?)

 いや、人間換算で19歳程度なのだ。同じ歳で「魔法少女」を名乗る3人娘がいるかもしれないし、少女もギリギリOKだろう。

 ……ほんっとうにギリギリだな。

 風で盛大に乱れた髪を直すと、見慣れた強気そうな瞳を俺に向ける。

「で?素晴らしい再開の挨拶じゃったが、あれはわしに対する絶縁状かなにかか?」

 変な誤解をされてしまったようだ。

 殺し掛けたのは事実である。

「卑弥呼」

「なんじゃ?」

 真っ直ぐ向き合い、頭を下げる。

「申し訳ない。謝って済むことではないが、お前が望む償いはなんでもする」

「……お主、本物のロビンか?」

「? 正真正銘本物だが―――ともかく。ただこちらに気付くように合図をするつもりだったんだ、必要以上に驚かせてしまったな」

 まあ、非殺傷らしいから当たっても死なないが。ゲレゲレで実証済みだ。

「わっ、私も……!」

 頭を下げようとしたスイを制止する。コイツは関係ない。

「本当にただの事故、のようじゃな」

「そうだ。それに、俺がお前に敵意を持つなど有り得ない。例えお前が俺を嫌ってもな」

 これは俺の偽らざる本心だ。一度彼女を傷付けた、その過去は何百年経とうと忘れはしない。

 俺は、卑弥呼に感謝している。あの時拒絶しながらも、未だに友人でいてくれていることに。

 卑弥呼は目を丸くし、そして溜息を吐いた。

「別の場面で言って欲しかったがの……まあ、先程のは水に流そう」

「いや、だが」

 それでは、俺の気が済まない。

 故意ではないとはいえ、幼馴染みを殺しかけたのは想像以上の罪悪感だった。

「ふぅむ……なんでもする、か?」

「ああ」

「なんでもか?」

「……ああ」

 なんか冷や汗が流れたが。

「ふふふ……なんでも、か」

 ―――墓穴ってるみたい?

「と、ところで、君はなんでここにいるんだい?」

 微妙にキャラが変わりつつも、必至に話題を逸らす。

 贖罪?明日から頑張ろう。明日から。

「む?なんじゃ、わしの属性を忘れたのか?」

「属性?……ああ、そうか」

 ジパングの洞窟もそうだが、こういう火山地帯は卑弥呼にとって過ごし易い環境だ。むしろ平温の中より楽に活動出来るはずである。俺は無属性だから、そういう感覚は解らんが。

「質だけで言えばジパングの地下より更に上等じゃからの。たまに来るのじゃ」

「そうなのか」

 ジパングとて火山帯だが、ここは現役の活火山だからな。

「ということは、この辺は詳しいのか?」

 丁度いい道案内が見つかったかもしれない。土地勘さえあれば、レイドを探すのもまだ楽になるはずだ。

「そうじゃな。10年近く洞窟を増築してきたから、ジパングからネクロコンドの洞窟まで直通で行けるぞ」

 ……スマン、レイド。

 お前、無駄骨みたい。







 火山の洞窟を進む。

 暑い。

 というか、熱い。

「卑弥呼」

「ん?」

「……目の前を溶岩が流れている、とは聞いていないぞ」

「なんじゃ、怖いのか?」

 からかうように笑う卑弥呼。

「いつからそんなに女々しくなったのじゃ?」

 悪意はないのだろうが、失念している。

「こいつら、そろそろ危険なんだが」

 人間三人が、目を回していた。

 否、勇者は何故か平気だ。姫も。

「スイ、寝たら死ぬぞ」

「それは雪山での注意事項だよ、ロビン」

 いや、火山でも死ぬと思うぞ?

 顔を赤らめ、ぼうっと虚ろな目で歩くスイ。

 熱でのぼせているようだが、右へ左へフラフラと危なっかしい。何度か溶岩に片足突っ込みかけた。

「スイ、対溶岩用の魔法とかないのか」

「あ、はい勿論ですよー」

 間延びした返事で応えるスイ。

 そして呪を紡ぐ。

「絶対の支配を敷く悪魔よ。全てを包みし永久の眠りよ。汝、その犠牲を望むのであれば。彼の者を、悠久の氷河にて見守ろう―――マヒャド」

 それは別に対溶岩用魔法じゃないだろ、と内心ツッコんでしまった。

 その呪文の判断ミスに気付かずに、止めることもせず。

 冷気と灼熱が触れ合った時、当然氷は溶けて体積の膨張が発生する。

 上級魔法と自然の溶岩の衝突は、熱風を超え爆風として周囲へ拡散した。

 つまり―――水蒸気爆発。

 咄嗟に傍にいたスイを抱き抱え、爆心地に背を向ける。

 真っ白な爆風は視界を封じ、俺達を吹き飛ばした。 

 全身に衝撃。

 魔族の肉体なれば大きなダメージではないが、彼女はそうはいかないだろう。

 聖属性による反発を覚える暇もなく、壁に打ち付けられる。

 こいつは―――無事か。

「スイ……」

 目をパチクリして現状をいまいち理解出来ていなさげな彼女の頭に手を乗せる。

 そして、グーで殴った。

「……この馬鹿者ぉ!」

「きゃう!?」

 割と本気で殴ったので、目を回すスイ。

 冗談じゃない。こんな馬鹿な理由で死んだら墓石になんと刻めばいいのだ。溶岩程度のぬるま湯に落ちようが死なない体だが。

「ロビンさん?……あっ」

 自身がしたことを次第に理解出来てきたのか、顔面蒼白となってゆく。

 だがそれでは気が済まん。年長者として有難い説教を夢に見るまで聞かせてやる。

「有難いんですか、魔族なのに」

「口答えをするとは余裕があるな。今晩は眠れないと心得ろ」

「し、承知」

 反省しているのか、項垂れて説教を受ける馬鹿賢者。

 俺の怒りに呼応してか、洞窟全体も低く音を発てて揺れている。

 ……む?

「な、なにか揺れているよ?洞窟全体が」

「揺れてますわね。なかなか盛大に」

「ふぅむ。どうやら今の爆発で溶岩の流れが変わったようじゃの」

 冷静だな、卑弥呼。流石は火属性。

 なぜか姫も余裕全開だが。こいつは天界から地下世界まで突き落としても死にはしないだろうな。

 ではなくて、卑弥呼、なんだって?

「じゃから、溶岩の流れが変わっておる。元より力技で人工的に作った洞窟じゃからの。今みたいな爆発があればどこかしらに無理はかかるはずじゃ」

「それはつまり?」

「ふむ。来るとすれば、そこじゃな」

 卑弥呼が指さす壁面。

 次第に罅が入り、地響きが大きくなる。

「そういうことは早く言」「来るぞ」

 途端、視界が今度は赤に染まった。

 素早くスイの襟首を掴み、直線となった通路の入り口側に飛び退く。

 スイが蛙のような呻きを漏らしていたが無視。

 我ながら華麗に着地する。しかし―――

「―――ぬかったか」

 俺達二人だけ、反対側に来ていた。




[4665] 二十九里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/07/06 23:36

 アリの巣のように地中深く絡み合う洞窟と溶岩。

 似て非なるそれらが、極めて物理的な衝撃により交わった。

 灼熱の河は仲間達を引き裂き、二人は取り残される。

 目の前を通過する赤い奔流を睨み付け、俺は苦々しく呟いた。

「―――ぬかったか」

「それ、さっきも言ってましたよ?」







 余計なツッコミを入れるチビ賢者を一発殴り、これからのことを考える。

「俺一人なら溶岩の中も突破出来るのだが」

「……お好きなように、どうぞ」

 拗ねているらしい。

「置いて行かれたら、お前はどうするというのだ?」

「若干上方に向けてメドローアを放てば、地上へ直通のトンネルが作れます」

 その途中に溶岩流があったらどうする。

「とにかく、動こう。適当に歩いていれば、そのうち合流出来る」

「その自信がどこから湧き出てくるのか不思議です。少し分けて下さい」

「構わんが、キクぞ?」

 握り拳を示してみる。

「結構です。それより、遭難した時は動かない方が良いと聞いたことがありますが」

「その通りだ、よく知っているな」

 ルートが特定されている冒険では仲間とはぐれた時、不用意に動かない方がいい。

 まして卑弥呼はこの洞窟を熟知している様子。俺が動いてプラスとなる要因など、ない。

 しかし―――

「性に合わん」

「そ、ですか」

 呆れたようにスタスタ歩き出してしまうスイ。

 慌てて前に出る。

「後衛のお前が前に出るな」

「……はい」







 薄暗い洞窟を歩き続ける。

 完全な闇の中での冒険では、複数の光源を用意するのが鉄則である。

 複数と言っても二名しかいないので、俺達は両方即席松明を手にしている。

 片手が使えない以上もう片方の手で敵に対処せねばならず、既に右手には黄金の爪を装備していた。

「あの……その手の甲、前方か内側に向けてもらえませんか?視線が合っているみたいで落ち着きません」

「なら右後方を歩け」

 外側以外に向けたら、それはそれで俺の視界にまで入るのだ。

「ふむ」

 黄金フェイスをスイの眼前に突き付けてみる。

「やめて下さい!怖いです!揺らめく炎が反射して、むしろ怖いです!」

 ふっ。勝った。

 …………。

 二人して、少し虚しくなった。

「聖職者、訊いていいか?」

「なんでしょう、魔族さん?」

「俺に盛っているというのは本当か?」

「貴方に恋慕を抱いているのは本当です」

 スイは気負いの一つも見せなかった。

「気のせいではないか?」

「かもしれませんね」

 暗い洞窟の中、背中の気配が妙に心細く思える。

「生物学的には、恋愛感情は生殖活動の一特色に過ぎないようです」

 身も蓋もない話だな。

「なので私がロビンさんに恋愛感情を抱くのは不自然です。聖職者と魔族とで生殖が可能かも怪しいですし、そもそも私は子を成せる年齢に達していませんから」

「不自然だな、それは」

 理知整然と生殖云々言っているお前が一番不自然に見えるが。

「私なりに色々考えて、色々な本を調べて結論を出した結果―――」

「……お前はややこしく考え過ぎではないか?」

「―――結論を出した結果、」

 スルーしやがった!?スイの癖に!

「貴方への恋慕は、無知故の勘違いと考えるのが妥当です」

「そうなのか?」

 だとしたら、今まで思い悩んだのはなんだったのだろうか。

「若気のいたり、若さ故の過ち、初恋の幻想、まあ言い回しが幾つもありますが……そうである可能性は否定出来ません」

「そうか」

 ならば、これが俺とコイツとの関係の終わりだろう。

 案外つまらないエンディングだった。

 これもまた、一つの『永遠』の形だろう。

 終焉という名の永久を迎えただけだ。

 スイの判断は人間らしかぬものであり、だが正しい。

「でも、ロビンさんの仰ることはもっともです」

 と、内心結論が出されたはずの会話は、なぜか延長戦が開始された。

「……どの辺の俺が仰ったことが、もっともなんだ?」

「私はややこしく考え過ぎでは、というところです」

 自覚はあったのか。

「結論は先に出ています。何度も考えて論理的に否定しても、同じ答えに辿り着くんです」

 ……訂正。やっぱり、彼女は人間だ。

「私は、貴方といたい。貴方と、同じ時を刻みたいのです。だから、この思いが勘違いだとしても、私はこの今の気持ちを信じます」

 その言葉は、畏怖すら覚えるほどの、信仰に匹敵する強靭な意思。

「私は、貴方を愛し続けます」

「それ、は……」

「解っています、ロビンさんが誰をお慕いしているかは。でも、だからと言って引き下がるつもりはありません」

 これが、彼女の一面であり正体。

 彼女を彼女たらしめているのは、その莫大な魔力でも魔導の才能でもない。

 どんな窮地に立とうと、敗北を知らぬ精神力。

 天でも魔でもない、神の姿を象った人という名の種の頂点。

 俺を見据えるその瞳は、まさしく巫女であった。

「私に魅力がないなら、これから磨きます。―――これからが、勝負です」





 なにやら言いたいことを言って満足げなスイ。

 「目指すはボッキュンボン」などと一人頷いている。

 対し、俺は若干憂鬱である。

 問題は再び先送りとなったようだ―――ってかそればっかだ。

「こうやって借金塗れになっていくんだな」

「お金に困っているのですか?」

 返事をするのも億劫である。

 上機嫌なスイから発せられる聖波動により、魔物の気配が近付いた側から離れていく。

「うふふふふふっ」

 笑うな。

「くっ、くふふっ。ぐふ」

 いや、無理して堪えるな。笑っていいから。

「というか聖波動を引っ込めろ。ビリビリする」

 波動から逃れる為早足で歩くと、背後の賢者も早足で着いて来る。

「ロビンさん、ビリビリするんですか?」

「当然だろう、俺は魔族だぞ」

「ふーむ?」

 指先を顎に当てて、もう片方の人差し指を……

「うひょひょぉ!?」

 ……俺の背筋に這わせやがった。

「なにをする、変態!?」

「変態とはなんですか、ロビンさんを思って実行したのに」

 意味が解らない。

「いえ、少し疑問に思って。今ビリビリしましたか?」

「したが、気色悪さでそれどころではなかった」

「したんですか?」

 しましたよ。

「確認しますが、ロビンさんは魔族ですよね?」

「……そうだが」

 さきほどからなにが言いたいんだ。

「さっき、ロビンさんに抱き締められた時」「待て、俺がいつお前を抱き締めた?」

 賢者少女は恥じ入る花の可憐さでほざく。

「私を、あの爆風から守ってくれた時ですよ」

「ああ、お前が余計なことをしでかしてくれた時か」

「あの時、ロビンさんから聖波動を感じたんです」

 ……なんだって?

「どういう、―――意味だ、それは」

「そのままの意味です。ただ事実を言っただけですから」

 俺から聖波動?

「間違いだろう、なにかの」

 思わず断言してしまう。

 200年魔族として生きている俺が、聖波動など発するはずがないと。

 個人の魔力残滓すら追尾出来る彼女が、波動の勘違いなどするはずがないと。

 双方とも確信を持てるからこそ、間違いと断ずるしか出来なかった。







 洞窟の質が変わった。

 卑弥呼が力技で作り上げた壁ではなく、もっと古く朽ちた壁。

 多くの魔物が行き来したことにより、通路としての意味が明確にされたトンネル。

「ネクロゴンドの洞窟と合流したのか?」

「うむ。自力で辿り着くとはの」

 通路の奥から、光が差していた。

「―――卑弥呼、居たのか」

「あんまり過ぎではないか、その反応は?」

 すらりとした巫女装束が立っていた。

「さて、ロビン。わしはお主に言いたいことが幾つかあるが、どれからがいい?」

「聞かない」

「そういうな。遭難場所から動き回ったことか、人間の小娘とキャハハウフフしておったことか。心配をかけた友に謝罪の言葉すら口に出来ないその狭量についてか?」

「……卑弥呼」

「なんじゃと?」

「俺を、友と呼んでくれるのか」

 思わず、涙が零れそうになった。

「嫌われていると思ってた」

「……嫌いじゃ。お主はいつだって一人早合点して、勝手に結論を出しおる。そんなお主など、大嫌いじゃ」

 卑弥呼は見上げるように俺の瞳を覗き込む。

「魔族は確かに孤独。とはいえ、誰も孤立を強いてなぞおらん」

 そうなのかもしれない。

「卑弥呼、お前、俺のことを心配してくれていたのか?」

「今頃気付きおったのか、馬鹿者。わしはお主の腹心じゃぞ」

 なぜか俺の手首を痛むほど捻り上げつつ、彼女はそっぽを向いて言い切った。

「そ、それはいいとする!」

 いいとして、だろうそこは。

 自分で散々捲し立てといてそれか。

「私もいますわ」

 とうに気付いていたが、卑弥呼の後ろに姫もいた。

「……それがどうした?」

「いえ別に?ただの報告ですわ」

 ですわ? ですわ? ですわ? ……と洞窟にエコーが響く。

「スイも、怪我はしませんでした?」

「はい、フローラ様」

「火傷はしてませんか?」

「少しだけ。すぐ治しました」

「そう、痕が残ったら大変です。あ、それと」

 姫はすぐさま安堵を消し、スイに問う。

「変なことされなかった?」

 ヲイ。

「姫、それよりアルはどうした」

 付き合ってられないので、先ほどから姿が見えない勇者のことを訊ねる。

 最後に見た瞬間は姫より溶岩から離れた場所に立っていた。姫が無事ということはアルも無事なはずだ。

「ここですわ」

 姫が視線を更に背後へ向ける。

 そこには、背を壁に預け座り込むアルの姿があった。

「―――アル!?」

 思わず駆け寄ろうとして、姫に膝で腹を打ち抜かれる。

「ぐはっ!?」

「静かになさって下さいな。ただ眠っているだけですわ」

「き―――グッ、ぜづ、だ……ガハッ、と……?」

「いや、まずは呼吸を整えんか。少し吐血しつつ話すな」

 それどころではない。しかし、ただの気絶?

「貴方と別れた後、急に倒れたのです」

「どうしてまた」

「さあ……対処法がない以上、焦っても仕方がありませんわ」

 姫の態度が、この事態に妙に馴れているように見えた。

 ひとつの直感が過ぎる。

「……よくあることなのか?」

「元々体の強い子ではありませんわ」

 ―――知らなかった。

「人に心配をかけることを良しとする人間に見えますの?」

「に、したって、」

「待って。貴方の後悔などどうでもいいの。今はアルをゆっくり休ませられる場所へ急ぐのが先ですわ」

 ……なんだよ、お前だって焦っているではないか。

「すぐ先に、広い広間がある。あまり気分のいい場所ではないが、そこへ向かうぞ」

 卑弥呼の先導で再び俺達は歩き始めた。







 そこは、大きなホールだった。

 コロッセオのように階段状となった、あまりに巨大な神殿。

 等間隔に築かれた横穴には、異形達の亡骸が納められている。

「ここは……」

「魔族の墓場じゃ」

 卑弥呼がそのホールの中心に佇み、歌うように続けた。

「ここが魔族の墓場なのか」

「うむ。お主は来るのは初めてなのかえ?」

「こんな辛気臭い場所、誰が好き好んで来るというのだ」

 神話の時代より続く、魔族の英雄達が列せられた墓場。

 力にのみ敬意を払う魔の眷属に置いて、尚最強であり続けた者達。

 古より眠り続ける彼らの燐が燃え、その空間のみ屋外のような光を保ち続けている。

 アルを寝かせ、野宿の準備をする。

 といっても灯りもあるのでやることなどない。

 規則正しく呼吸するアルに付き添う姫。スイも知識ではどうにも出来なかったらしく、自身の休息に終始している。

 卑弥呼だけが一人、物言わぬ魔族達を眺めていた。

「わしの両親も、ここに眠っておるのじゃ」

「そうか」

 彼女の親も、名の知れた魔族だった。

 確か―――時の勇者によって討たれたのだったか。

 別に彼らが災厄を齎したのではない。

 彼らが魔族だったから、討たれた。

 だからこそ、勇者など単なる殺戮の専門家の名でしかない。

「お主の父親殿は元気かえ?」

「アレがそう簡単に死ぬとは思えんな」

 だって、アレだし。

 ―――ふと、思い出した。

「卑弥呼、俺の母親についてなにか知っているか?」

 いつか夢にみた女性。

 あれが俺の母親なのか、未だにはっきりしていない。

 心情的には確定しているのだが、実を言うと母のことは周りから一切聞いたことがなかった。





 だが、卑弥呼は意外な反応を取った。

 あからさま過ぎるほどに、露骨に狼狽したのだ。

「―――っ、誰から聞いたのじゃ!?」

 気色を驚愕に染め、俺を見る卑弥呼。

 だが俺とて同じく驚いている。まさか、コイツがなにか知っていようとは。

 ……いや、チャンスかもしれない。

「お前の両親に最後に会った時、少し聞いたんだ」

 これならば、既に本人に確認しようがない。

 俺としてもこんな手は使いたくはないが、カマを掛けてみる価値はある。

「そうか……まあ、知らぬままというのも残酷じゃ。一体どこまで聞いたのじゃ?」

 む、一番されたくなかった返し方だ。嘘がバレる。

「さわりだけだ。話すというなら最初から話せ」

「そうなのか?ならば、話すわけにはいかん」

 うわ、話が終わった。

「お前は俺の腹心の部下だ、それでもか?」

「……それでも、じゃ」

 これは、相当固く口止めされているようだ。

 しかも俺より階級の高い魔族に。

 つーか、そんな魔族一人しかいない。

「間接的な上司に義理立てするより、直属の主である俺の言葉を聞くべきではないか?」

「違うの。これはわし自身の意思でもあるのじゃ。それでも訊ねるならば、先の『借り』の権利を行使する。これ以上訊くな」

 ……ここまで確固とした意思で拒否されるとは。

「―――解った。今回はこれで終わりだ。借りは無しだが」

「セコいの」

 ほっとけ。





 一段落したところで、確認しておきたいことがあったのを思い出す。

「卑弥呼」

「む?」

 彼女の華奢な肩に触れる。

「……セクハラか?」

「違う」

「ならば―――ああ、上司という立場を利用したパワハラか。なんという雄」

 なんか嫌悪たっぷりの目で見られているんだが。

 いや、それより。

「むしろ心地いいな」

「なぬっ!?」

 胡桃割り人形よろしく、赤面して口を開閉している卑弥呼。

「な、なな、体かっ!?体が目当てかっ!?」

「……意味が判らんが、同じ魔族の波動は久々だからな。同族の気配というのはやはり安心する」

「は―――あぁ?」

 口の開閉はそのままだが、顔色は普段に近付いた。

「なにが言いたいんじゃ、お主は?」

「そうだな、お前にも考えてもらうか」

 俺は、スイと二人っきりで歩いていた時の会話を大まかに伝えることにした。

「スイ曰く、俺は時折属性が変化するのだそうだ―――信じられないがな」

 一部の複数属性を有する魔物などならば理解出来る。

 だが俺は魔寄りの無属性。

 それが聖属性に変化するなど、男が女になるようなものだ。

「……それで?わしの魔波動が同調するか反発するかを確認した、と」

 遂に半目で俺を眺め出す卑弥呼嬢。

「ああ、死ねばいいのに」

 あんまりである。

「まあ―――つまり。お主は元より聖属性を有していた、と結論付けるしかなかろう」

 なるほどな。

「つまり、お前は全部知っているんだな」

「どういうことじゃ?」

 どういうこともなにもない。

「俺は、属性が変化したと言った。聖属性などとは一言も口にしていない」

 記憶にない母親。

 魔属性に隠された聖属性。

 それを知りつつ、180年近く何も言わなかった卑弥呼。

「全部―――全部、知っていたんだな」

 裏切られた、と思うのは筋違いだと理解している。

 ただ、無償に悲しかった。



[4665] 三十里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/07/12 14:26

 アルに無理はさせられない。

 姫のその判断は卑弥呼も含めた総意であり、未だ眠り続けたままの彼女を背負い俺達は洞窟を後にした。

 ちなみに消去法で姫が背負った。レイドがいれば奴に任せたかもしれんが。そのあたり公平で厳格な男だし。

 卑弥呼の案内の元、魔族の墓を超え洞窟の先へ至る。



 そこは、瘴気を纏う魔王城―――旧ネクロゴンド城と、それを取り囲む湖とを背後に敷いた小さな草原だった。

「こんな場所に続いていたのか……」

 例え守る存在が人の王から魔の王に変わったとしても、城の荘厳さは一切失われてはいない。

 否、むしろ威圧感は依然の非ではなかろう。

 広大なネクロゴンド大陸を制した証である、湖の上の城という途方もなく大規模な砦。

 人々に王の存在を知らしめる一個の芸術品にして、人間に許された最高峰の防壁。

 それが、小さくはない湖越しに俺達を圧倒していた。

「あれが―――魔王城ですのね」

「そうだ。全ての勇者が目指し、そして辿り着くことなく終わる場所」

 姫ですら、本来の目的を一時喪失し城に見入っている。

「ですが、あの程度の距離ならばトベルーラで渡れそうですが」

 スイの疑問は尤もである。

「だが、オーブの必要性を予言したのは他ならぬお前の友人だ。なにか意味があると考えるのが自然だろう」

 魔王城は、目の前にあるがまだ行くべき場所ではない。

 それより、今は優先せねばならぬことがある。

「卑弥呼。―――卑弥呼っ!」

「なんじゃ、ロビン」

 なぜか彼女は不機嫌だった。

 先の会話が原因としか思えないが、あれはむしろ俺が不機嫌になるべき内容だろう。

 こういうところ、彼女は変に子供っぽい。

「この近くに休める場所があるんだったな?」

「近くというか、そこじゃ、そこ」

 クイクイ指さす方向を向いてみれば、確かに小さな祠がある。

「……ああ、あそこか」

「知っておったのか、あの祠を」

「10年前の旅で立ち寄った記憶がある―――結界が張ってあって入れなかったがな」

 近付き、境界に足を半歩踏み入れてみる。

 肩コリに効きそうな具合にビリビリした。

「結界は未だ健在……か」

「私達は入れますわ」

 だからどうした?という顔で境界を超える姫。

 アルを休ませる為なのだから異論はないが、少しは申し訳なさそうにしてほしい。

「してほしいんですの?」

「……いや、やめてくれ」

 申し訳なさそうな姫など悪夢に相違ない。

「あの、私は入らせて頂きます」

 こちらは本心から申し訳なさそうである。治療の専門家が付き添わなければ意味がないので、こちらとしても残ってもらってはむしろ困る。

 結局、俺と卑弥呼だけが外に残った。

「二人っきりだな」

「そうじゃな」

 大きな岩に背を預け、二人で並んで座る。

「未だに不機嫌なのか」

「そんなことはありはせん。絶好調じゃ」

 ウソつけ。

 まったく、本当に人間換算19歳なのだろうか。アルより年上だぞ?

「さっきのは悪かったと思っている。お前にも言えないことくらいあるよな」

「その通りじゃ。あの視線は色々ショックだったぞ」

 悪かったというのに。

 直属の部下だからといって、全てを明かせばならぬ道理はない。

「怒っているのか?」

「怒らんのか?」

 質問を質問で返すな。

「お主は人間のようじゃのう」

「魔族も人間も、基本的な精神構造は変わらないはずだ。行動の優先順位が異なるだけでな」

 その時、神殿の内部から「よくぞ訊いた!」と叫び声が上がる。男の声だったが、誰だ?

「そうではなく、少し前のお主は……そうかっ!そういうことだったかっ!!」

「な、なんだいきなり?」

 突如叫ぶ卑弥呼。驚くからやめろ。

「勇者と共に行動しておったから、聖属性が表に出てきたのじゃ!」

「……あー、そういうことな」

 曰く、俺は元々聖属性を内包していたらしい。

 アルと一緒にいたせいでそれが活性化した。

 いや、アルだけではあるまい。スイも相当な力を有してる、両者とも要因といえよう。

「ならば、10年前―――アイツの旅に付き合っていた時はどうなる?」

「あの当時とて同じ状況だったはず。だがアルの勇者としての資質はオルテガを上回っておる―――その上聖女まで同席しておるとなると、受ける影響は相当なものじゃろう」

「だ、な」

 その上最近密着するイベントが多かった気がする。

「お主が勇者や聖女に好意を抱いているのも、要員の一つじゃろう」

「かもな。……って、聖女になんだって?」

「嫌いではないのじゃろ?」

「嫌いではないが」

「もうなんでもいいのかお主は?そのうち雌犬にまで手を出すのではないか?」

「雌ヒドラには手を出すつもりはないぞ」

 茶化すように言う。

 妙な沈黙が流れると、俺の肩に黒髪がかかった。

 香水ではない、温かな香りが鼻腔を擽る。

「―――わしはそんなに、魅力のない女か?」

 ……これで、少しも動揺しない男はオスではないと思う。

「のう、お主は。お主はこのまま人間となってしまうのか?」

 俺はその馬鹿げた問いを否定出来なかった。

「それは、困る」

 服の裾を掴まれる。

 縋るように、大人に置いてかれた迷子の子供のように。

(この目は―――)

 見憶えがある。

 現在の秀麗な卑弥呼の顔と、かつての幼く小さな卑弥呼の顔とが被る。

「離れるわけがないだろう」

 思わず、卑弥呼を抱き締めていた。

「立場が異なろうと、生きる場所が違おうとお前は俺と一緒にいろ」

「う、うぬ?」

 あやすように、困惑する彼女の髪を撫でる。

 彼女の存在に全ての責任を持つ。

 それがあの時誓った決意ではなかったか。

「お前は俺の―――」

 俺の、なんだ?

 部下?それでは立場だけの関係と認めるようなものだ。

 相棒?それも、なにか違う。

 俺達の間にあるのは?友情?親愛?恋慕?契約?

 どれでもあって、どれでもない。

 長く一緒に居過ぎた。なにもかも、曖昧となり過ぎた。

 この関係を一言で表せば、それは―――

「―――愛人?」

「主、馬鹿じゃろ?」





「わ、ロビンさんと卑弥呼さんが愛人でしっぽりしてます」

 スイが目を丸くして現れた。

「どうかしたか、チビバカアホマセガキ賢者」

「未だかつてない悪言ですね、それ」

 さしてダメージはないようだ。

「聖女の童も、この真の馬鹿に恋しておるのではないのか?」

「いえいえ、男は狼。愛人の一人や二人見て見ぬふりというのが甲斐性というものです」

 目を細め生温い視線を向ける聖女と魔族。お前ら……

「それでどうして出てきたんだ、お前は?」

「アルさんが目を醒ましたから、知らせに来たんですよ」

「アルはどうなった!?」

 スイに詰め寄ると、視線が更に温くなった。むしろ冷水となった。

「……原因は不明ですが、ただの貧血とみるのが妥当かと」

「それだけか?」

「原因は不明、です。私の知識の限りを尽くして調べましたが、現状ではなにも判りません」

「そうか」

 スイが判らないというなら、本当に判らないのか。

「今はどうしている?」

「ここの神官様が用意した食事を取っています」

 神官様?

「ここに人間がいたのか?」

「いなかったら誰が管理しているのですか」

 ごもっともで。

「それで、こんなものを頂きました」

 手にしているのは、赤い漬物石。

「もう余っているので捨ててきなさい」

「いえ、これ、オーブだそうです」

 …………。

「な、なんだってー」

「五月蠅いぞ、ロビン」

 卑弥呼に白い目で見られた。





「どういう展開だったんだ、神殿内で」

「どうもこうも。『なんと、ここまで辿り着く者がいようとは!さあ、このシルバーオーブを授けようぞ!』と」

「それだけか?」

「いえ、もう少し続きます」

 以下、スイの下手くそな演技混じりの解説。

「あら、漬物石じゃありませんの」

 アルをベッドに寝かせながら、姫が目を瞬かせる。

「漬物石ではないぞ、これはシルバーオーブ!不死鳥ラーミアを蘇らせる鍵なのじゃ!」

「不死鳥ラーミア!?」

 スイはその名前を知っていた。神の翼・ラーミア。一日に何千里もの距離を飛翔する、最高峰の神獣。

「その通り!魔王を倒すには不死鳥ラーミアを蘇らせるのが絶対条件なのじゃ!」

 神官談、ラーミアの復活には6つのオーブを集める必要がある。

 6つのオーブが集結した時、神の翼は蘇る。

「漬物石、幾つありました?」

「さあ……台所用品と化していましたから、アルさんに訊いてみないと判りません」

「というかなぜ、シルバーなのに赤いのですの?」

 ここで神官は「よくぞ訊いた!」と吠えたらしい。ああ、さっきの叫びはこれか。

「10年前、オルテガという勇者がこの地に訪れた!」

 ああ、知っている。

「その時、オルテガはシルバーオーブを私に託したのじゃ!」

 オルテガ、お前これのこと知ってたのかよ。

「なぜですの?勇者であるオルテガ様にも必要なものではありませんか」

「『貴方はオーブが6つ存在すると言った。だが私はまだ全てのオーブを見つけられていないようだ。これは、貴方が持っていてほしい』……これがオルテガ殿の意思である」

 オルテガがそんなことを言うか?アイツの一人称は『俺』だぞ。

「おとう……さん?」

 声に気付き、3人は現在の勇者に目を向けた。

「アル!目を醒ましましたのね!」

「……フローラ?」

 ぼんやりした瞳が辺りを見渡す。

「どうしたの、私?」

「アルさんは倒れたんですよ、洞窟の中で」

「―――そう」

 最近はなかったんだけれどな。そう呟くアルに、カンダタと真っ向から打ち合った勇者の横顔はなかった。

「……お父さんから預かった物を、私に渡してしまってもいいのですか?約束したんでしょう?」

「うむっ!約束が結ばれた時、真っ赤な誓いによりシルバーオーブが深紅へと染まったのじゃあ!!」

 スイ、回想一旦停止。





「どうしたのですか、ロビンさん。これからいいところなのにゅ?」

 スイの頬を左右から摘む。

「真っ赤な誓いってなんだ、真っ赤な誓いって!?」

「しりゅましぇんよぉ、しょおいってたんでしゅからぁ(知りませんよ、そう言ってたんですから)」

 まあ、大まかな流れは理解した。理解し難いが。

「なぜオルテガはオーブを預けたのじゃ?自分で持っていても良いではないか」

「自分が倒れた時、どこぞに放置しておくより見つけられる可能性が高いからだろ」

 それも含めた上での『約束』だったのだろうし。

 しかし、ここまで来てしまったか。

 スイは把握していなかったようだが、漬物石は6つ揃っている。

 ―――話す時が、ついに来たのだ。

「出発は、何時だ?」







 今晩は神殿に泊まるらしい。

「つまりわしらは野宿かの」

「つくづく魔族に優しくない姫だ」

 卑弥呼の拵えた鍋を二人で突く。

「お前、料理なんて出来たのか」

「本来お主の補佐がわしの役割じゃ。事務から掃除まで全て仕込まれておる」

 そりゃ、一国の主もこなせるわけだ。あの職業に必要なのはひたすら雑用的な器用さだからな。

「そういえば、お前の国はいいのか?」

「主らの都合で引っ張っておいて、それはないじゃろう」

 まあ、確かにな。

「別に王一人不在となっただけで崩壊するような脆弱な政治は行っておらん」

 おお、こいつ王として優秀だ。

「で、わしはどうすればよいのじゃ?」

「というと?ふむ、普通に出汁が効いてて美味い」

「それはどうも。……つまり、愛人を旅にはべらせるのかと訊いている」

 吹いた。

「―――冗談が過ぎるぞ、卑弥呼」

「さて?それはお主の器次第じゃな」

 しばし卑弥呼と見つめ合い、そして俺達は笑った。

「そうだな。ついて来たければ勝手について来い」

「狡さは格段に向上しおったな、狼め」

 またそれか。

「わしは一旦国へ帰る」

「そうか」

 中身のほとんど無くなった鍋をかき回す。

 頭上の気配が、魔の気配が解放され莫大に膨れ上がる。

 見上げると、首を八つ持つ巨竜。

「頑張るのじゃぞ、ロビン」

「おう、鍋美味かったぞ」

 風が吹き荒れ、2対の翼が巨体を飛翔させる。

 ……魔族形態であれば、俺よりでかいよなコイツ。







 早朝、神殿から仲間達が出てきた。

「おはよう、ロビン」

「おはようございます、ロビンさん」

「ケッ」

「おはよう、二人とも」

 朝の始まりは挨拶からである。

「チッ」

 挨拶からである。

「あれ、卑弥呼さんは?」

「帰ったよ、ジパングに。それよりアル、体調はどうだ?」

「平気。気分自体はすぐ良くなったから。心配かけてごめんね」

「いや、そうか。良かった」

「マゾクノサルナンテシンジマエ」

 ほっとけほっとけ。

「それより、ロビン。話したいことがあるの」

「お前からか?」

 俺から話を進めるつもりだったが、アルも俺に聞きたいことがあるという。

 まあ、時期から考えてアイツのことだろう。

「卑弥呼さんとはどうなったの?」

「とりあえず、愛人という立場に納まった」

 不倫は文化である。

「ふぅ~ん。ふうぅぅ~~ん??」

 なんだそれ?

「いいんだけれど……どこで話そうか?」

 そんなのは決まっている。

「これ以上とない場所があるだろう」

 随分久々の魔族形態となる。メイドな勇者がひらりと俺の背中に飛び乗り、姫に手を振った。

「私は出番なしですか?」

 ステイ、ステイだぜチビ賢者。

 姫とスイはレイチェス号へルーラで向かい、俺達は直接因縁の地へ向かうこととなった。

 進路は、ネクロゴンドの火山。

 ……ところで、スイにルーラ使わせて良かったのか?





 荒れ果てた大地を眼下に飛ぶ。

 思えば、こうして空を飛ぶのはいつ以来か。

「もう少しで火山?」

「ああ、この速度ならすぐだ」

 俺の視力であれば、ネクロゴンドの火山などとうに見えている。

「オーブだけれど、レイアムランドに持っていけばいいって。神官様が教えてくれたよ」

「レイアムランドか……」

 レイアムランドはここより遥かに南の寒島である。

 なにもないくせに、神代の遺跡とやらがあるせいで聖地に近い力場が形成されている島。

 なにもない故に魔にも聖にも侵されておらず、俺でも侵入可能である。

「お父さんも、行ったのかな?」

「行ったぞ。やたら寒かったのを覚えている」

 そうなんだ、と呟き、再び僅かに沈黙が挟まれる。

「私ね、本当のことをいうとお父さんのことあまり覚えていないんだ」

 まあ、10年前といえばアルは6歳だからな。

「ただ、今でもはっきり覚えていることもある」

「どんなことだ?」

 アルは嬉しそうに笑う。

「お父さんが、私にメイドになるって夢をくれた夜―――あの時のことは、今でも覚えてる」

 ……ごめん、アル。

 それ、姫の植え付けた偽記憶だから。





 火山口に到着する。

 適当な淵に着地し、姿を人に戻す。

「む?おい、ロビン!姫様はご一緒ではないのか?」

 レイドがいたのでレイチェス号にバシルーラで送っておく。

「聞きたいのはオルテガのことだろう?」

「うん」

 さて、どこから話せばいいか。

「アル、最初に言っておく」

 俺を見ながら溶岩に落ちていくオルテガを幻視しつつ、アルにまず断っておくことにした。

「オルテガをここから落としたのは、俺だ」







 NGシーン



「のう、ロビン」

「なんだ。卑弥呼?」

 卑弥呼が上目使いで俺を見上げてくる。

「先の約束はまだ有効かえ?」

 約束?

「お前が望む償いはなんでもする。そう言ったの?」

「言ったが、それはもう無効だろ」

「そういうな」

 そう笑い、卑弥呼は細い指を俺の首に絡み付けた。

「お主を見ていると、なんというか―――体が熱くなるのじゃ」

 俺の首の―――首輪に。

「わしの、犬になる気はないか?」



 バッドエンド425 ロビン飼育END



[4665] 三十一里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/07/20 22:44
【シリアス→ギャグの流れが不自然だったようなので、若干修正。流れは同じですが、心情的な部分を前に出しました】






 これは、十年前の冒険の物語。

 勇者オルテガはネクロゴンドの火山へ挑んだ。

 遠い、永遠に失われた旅の記憶。

 俺の、ささやかな罪と永久の後悔の記憶。 




 

 むさ苦しい男三人を眼下に、俺は空を飛んでいた。

 旅の連れはオルテガ、カンダタ、ホビット爺さん。

 正しくは、俺が連れでオルテガがリーダーだが。

 いや、別に俺がアイツに従っていたわけではないが。……ほ、本当だからなっ!

「おーい、ロビンーッ!空からなにか見えるかぁ!?」

 下でオルテガが叫ぶ。

「いーや。魔王城以外は見えない!」

「馬鹿か、それが目的地だろ!」

 知らん。俺はお前に着いて来ているだけだ。

「オルテガさぁん、速いですよぉ~」

 豪快に爆走しているオルテガとホビット爺さん。それを必至に追う軟弱僧侶。

 現在から想像出来ないが、このひょろっこいガキがカンダタである。

 使用可能な魔法はホイミ。以上。

 何時間も走ってきたからか、顔が青を通り越して土色となっている。

 が、まあ死にはしないと思う。

「お前、この旅で並み以上に体力は付いたんだから戦士に転職したらどうだ?」

 本職には程遠いいが、平均的な僧侶よりは頑丈になった気がする。それだけだが。

「僕は僧侶ですよぉ」

 思えば、この発言が変貌の原因だったのか?

「このまま魔王城まで行くぞ!」

「突貫かよ」

「ぬぅおおおおおおお!!!!!」

 これはホビット爺さんである。熱い男だ。それだけの、本能だけで突き抜ける男。

「ぶらあああああああ!!!!!」

 五月蠅い。

「待って、まって、マッテ、マ……テ」

 そろそろカンダタが泡を吹いているが、まあ気にすまい。

「よーし、ロビンそろそろ休憩するぞ!」

 ……こんな山奥でか?





 疲労困憊のカンダタが食事を用意する。

 実は野宿の準備はカンダタの仕事だった。

「めしいいいいいいぃぃ!!!!!」

 ところでホビット爺さんは今なにをやっているんだろう。

 まあ、どこかで隠居生活でも送っていると思うが。

「魔王城は近いのか?」

「山頂に登れば人間の目でも見えると思うぞ」

「その前に、洞窟だな」

「どうせまた突貫だろ」

「いや、空を超える」

「……まさか、俺に乗る気か!?」

「駄目か?」

「駄目だ。断る。却下。誰が臭いお前らを乗せるか。せめて風呂に入ってから言え妄言は。入ったとしても乗せないが」

 オルテガは参った、と肩を竦めた。

「ならば明日は登山だ」

 背後で顔を青くするカンダタがいた。

「の、登るんですかこの山を!?」

 魔王城はカルデラ湖の中心に建てられた城だ。即ち、洞窟は下から上に向かって続いている。

 登山唯一の道である洞窟でも充分険しいというのに、その岩盤の上を直接歩くとなれば如何程の危険度か?

 まあ、人間なら無理。オルテガのような規格外以外は。

 ちなみにホビットは種族的にОKである。

「大丈夫だろ」

「なんの根拠があるんですか、その断言に!?」

「カンダタ。お前、強い男になりたいんだろう?」

 オルテガの真摯な視線に心を打たれたらしい。カンダタは目が醒めたかのように瞳を輝かせた。

「わ、解りました!登ります!登ってみせますっ!」

「そうだ、その意気だ」

 嬉しそうに剛腕でカンダタの背中をバシバシ叩くオルテガ。

「いたっ、痛いですって」

「む、すまん」

「いえ……ところで、ご飯出来ましたよ」

「んじゃ、飯にするか」

 カンダタは料理が上手い。アルには劣るが、修業時代には神殿で雑用を多々任されていたと聞いている。

 ……あの巨体が、当時のPIYOPIYOエプロンを纏っている光景を想像してちょっと悪寒がした。

「はい、どうぞ」

「今日は洋食か」

 思わず不満げな声が漏れる。

 和食好きとしてはやはり米が良かった。アルが作れば洋食でも美味極まるが。

「文句をいうな、作ってもらった分際で」

 オルテガが窘めるように睨んできた。

「いえ、ロビンさんが和食好きだってことは判ってますし。気にしてません」

「そもそも飯といったらパンだろう。どうしてあんな粘つく穀物を口に出来る」

 流石にカチンときた。

「貴様、あんな綿を食う分際でえぇ!!」

「なにが綿じゃてめえ、糊食があぁ!!」

 オルテガは洋食、俺は和食。

 これだけは譲れない。喧嘩の理由で一番多い理由はこれだと思う。

「ケンカすんじゃねえええええええええ!!!!!」

 熱い男の声が轟いた。

 今まで黙っていたホビット爺さんである。存在感が薄いくせに、こういう場面では年長者として若者を窘める役割も担っていた。

 年長者といっても、俺より年下だが。雰囲気的にである。

「ごめんなさい」

「すいません」

 勇者と魔族、そんな不自然な組み合わせはよく衝突した。

 だが、今となればそれすら心地よかったとも思えるのだ。

 違うからこそ、共に有る事に意味を見出せる―――こんな調子で、旅は続いて来たのであった。





 えっちらおっちらと山を登る。

 初めは息巻いていたカンダタだが、既に瀕死の状態であった。

「死ぬ、死んでしまう、むしろ死む……」

「ほれ、行くぞ」

 仕方無く背負い、上を見上げる。

「もう少しで洞窟の出口か。あそこを過ぎれば小さな平原があったはずだ」

「魔の波動が、打ち消されるっ!僕の聖波動が掻き消されるうぅ!?」

 こんな脆弱な聖波動ならば俺の魔力に圧倒されるのも仕方がないだろう。僧侶としては2流3流どころか8流くらいだし。

「頑張れ、負けるな、最後まで走り抜けて~♪」

「なぜこんな時だけ優しいんですか!?」

 歌いながら登山する俺の背中をカンダタが殴る。

 こいつはそれなりに端正な顔立ちなので、これで女ならば……と思ったのは俺だけの秘密である。

 つーか、昔はこういう立ち位置のキャラだったのである。

「見ろ、遂にここまで来たぞ!」

 平原に辿り着くと、オルテガが水に浮かぶ魔王城を指さしていた。

「いや、俺は別に見慣れているし」

「はぁ、はぁ、はぁ、僕、もうらめぇ……」

「きたきたきたああああ!!!!!」

 興奮しているのはホビット爺さん一人である。

 この人はいつでも興奮している。

「しかし、流石にここらで一休みするべきか」

 そして野宿出来る場所を捜索した結果、あの祠を発見したわけである。

 無論結界で入れなかった俺は、会話の内容を知らない。

 10年後の現在となって聞いた話から推測すれば―――オルテガはここで、魔王城へ向かうのにはオーブが必要だと知ったのだろう。

 だがオルテガは所持していたオーブを、神官に預けた。

 そして翌日、俺に告げたのだ。

「帰るぞ。探しもんだ」

「はっ?お前、少し説明ぐらいしろ」

「面倒くせぇ、とにかく戻るぞ。ったく、聞いてないぞ魔王城に行くのにペットが必要なんて」

 そんなの俺も初耳だが。







 必死になって火山まで戻ってきた。

 戻ると宣言されたカンダタは顎が外れるのではないかと危惧するほど口を開き、そのまま石となった。

 うっとおしいので今日はホビット爺さんが背負うことにした。

 ってか昨日もそうすれば良かった。

 そんで、飯の時間である。

「カンダタがショックから立ち直ってないが、誰が飯を作る?」

 オルテガが未だかつてない真剣な顔で、俺とホビットに問うた。

「やるぜえええええええええええええええええええ!!!!!!!!!」

 なぜか普段よりやる気になっている爺さんだが、旅の中で料理スキルがないことは知っているので無視することにした。

「仕方がない、俺が作る」

「……お前がか、ロビン」

 なんだその目は、オルテガ。

「これでも夜食くらいは自分で作っていた。食えない物は作らん」

「ふん、せいぜい頑張ればいいさ」

 オルテガはなぜか飯にはうるさかった。……ひょっとして、アルも自分が作っているから文句がないだけで味にはうるさいのだろうか?同じ洋食好きだし。

 そう、洋食好き。

 これが、悲劇の始まりだった。

「……なんだ、これは?」

「飯だが、文句あるか?」

 俺は自分が作り上げた和食を満足げに眺めた。

 うむ、和食に限定すれば悪くない腕だと自負している。

「だれが、腐った豆のスープと糊粒を用意しろと言った?」

「―――貴様、言ってはならぬことを」

 そうさ、ジパング料理は世界的に見てもゲテモノ食いと称されることが多々あるさ。

 だが、永きに渡る歴史の中で培われた伝統料理を、腐った豆?糊粒?

「もう一度言ってもらおうか、これをなんと称した?」

「こんな味覚の狂ったヘドロ、誰が食うか」

 もう、誰にも止められない―――

「訂正しろ……勇者・オルテガあぁ!!」

「黙れゲテモノ食い魔族・ロビンっ!!」

 ―――こうして、俺とオルテガの戦いは始まった。







 この決闘には、俺達の明日がかかっていた。

 勝利した方が、今後の朝食の選択権を得られる。

 即ち―――朝飯はご飯か、パンか。

 誰もが一度は向き合うこの命題が、俺達を引き裂いたのだ。

 故に俺達に手加減はなかった。

 ホビット爺さんが雄叫びを上げても、復活したカンダタが泣きながら「僕の為に争わないで!」と叫んでも。

 剣が折れようが、魔力が尽きようが、魂の限り突進した。

「死ねええええええええ!!!!」

「黙れええええええええ!!!!」

 そして、それは起こった。

 オルテガの足元に落ちていたそれは、彼の重心を崩し―――火山口へと導く。

 バナナの皮がなぜ火山口の付近に落ちていたのかは、未だに解らない。

 ただ、灼熱の溶岩に落ちていくオルテガの目だけは今でもはっきり覚えている。

 オルテガの目は、はっきりとこう語っていた。

『それは、飯じゃねえ』

 こうして、時の勇者は散った。

 ―――俺が、殺した。



 なぜ、こんな結末を迎えたのか。 

 俺達からすれば、多少過激な程度のじゃれ合いのようなもののはずだった。

 食事の嗜好で譲り合うつもりなど毛頭ないが、殺そうなどとは間違っても思っていなかった。

 オルテガの死を境に、3人もそれぞれの道へと戻った。

 ホビット爺さんは山奥での質素な生活に。

 カンダタは修行の旅路へと。

 そして、俺は魔王城へと帰った。

 俺は本来の業務をこなすことに専念する生活へと戻る。留守にしていた間溜まった書類を適当に焼却処理し、魔物の分布範囲を大雑把に指定する。 
 
 空虚な生活の中、時折どうしても考えさせられた。

 きっと、少しだけ調子に乗り過ぎたのだろう。

 馬鹿騒ぎをして爺さんに怒鳴られ、揃って正坐をするのが俺達の旅の在り方だったはずだ。

 加減を間違えて、そして運が悪かった。

 それから俺は、漫然と時を過ごすこととなる。

 あの馬鹿勇者になにか言ってやりたい、でもなんと言えばいいのか解らない、そんな漠然とした思いを抱いて。 






「これが、真相だ」

 アルは俯いたまま、震えている。

 表情は判らない。

「逃げも隠れもしない。アル―――お前は、どうしたい?」

「そう……なんだ」

 彼女は拳を握ったまま震えていた。

 俺は黙って、彼女の判断を待つ。

「ロビン……」

 そして、俺の背後に立った。

 トスンと彼女の額が背に触れる。

「正直―――なんて答えればいいのか、解らない」

 黒髪がサラサラと靡いて、俺の腕を擽った。

「きっと、きっとこれは私には関係のない話なんだと思う」

「どういうことだ?」

 予想外の言葉に、思わず振り返りそうになった。

 服の裾を引かれ、慌てて正面に向き直す。

「ロビンは私に対して複雑な思いを抱えていたみたいだけれど、それでも私はこの件に関しては部外者なんだと思うんだ。……お父さんにもう会えない原因を作ったという意味では思うところが確かにあるけれど、逆に言えばそれだけなんだし」

 さっき言った通り、私はお父さんのことをほとんど覚えていないから。

 アルは寂しげな声でそう呟いた。

「これは、ロビンとお父さんの問題だから―――私は、なにも言うべきことはないよ」

 それが、彼女の回答だった。

「お父さんのことは、許してあげる」

 手の平を、背中に当てられる。

 ……あれ?

 静かに、本当に静かに俺の背が押される。

 慌てて見てみれば、彼女は穏やかに微笑んでいた。

「わざとじゃないなら、怒ってないよ」

 でも、と言葉は続いた。

「一旦溶岩で、頭冷やして来なさい」

 生憎俺は溶岩程度では死ねない。

 視界が、赤で染まった。染みるので、瞼を閉じる。

 これは……一緒に旅をしていい、という意味でいいのか?

 心に安堵が広がる。良かった、本当に良かった。

 口をもう聞いてもらえないかと思った。

 旅が、終わると信じていた。

 だが、俺はどうやら許されたらしい。

 ふと熱が引いた。どうやら溶岩を抜けて地下世界まで落ちたようだ。

 目を開く。





 天地が逆さまとなったアレフガルトの大地が、どこまでも広がっていた。






【シリアスは疲れたので、しばらくギャグパートに戻ります】



[4665] 三十二里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/08/02 00:06

 俺は空を飛び、迷走するレイチェス号を捜していた。

 アリアハンなどが存在するこの地上世界。

 その地中深く、硬い幾重もの岩盤の下には地下世界アレフガルトが存在する。

 無論、二つの世界は物理的に通じているわけではない。地上・地下というのは便宜上の呼び名である。

 昔、ある存在が『扉』を抉じ開けた。

 それは幾つもの異世界、それらの移動を可能にするほど強大な魔力を有した存在。

 地上世界は未だ名すら把握していない彼を、アレフガルトの民はこう呼んだ。

『大魔王』と。

 俺の知っている扉はギガアの大穴だけだったが、実は溶岩の奥深くも地下世界に通じていたらしい。

 こちらの『扉』は、恐らく作為的に穿れたものではないのだろう。ギガアの大穴が出来た際に偶発的に通じたものだと推測する。

 閑話休題。

 地下世界に移動してしまった俺は、さっさとルーラで『ギガアの大穴』を通過して船を探すことにしていた。

 しっかし、どこにいるのだあの船は。

 つーか、迷走するレイチェス号を発見するなど無謀過ぎはしないか?

「おそらく火山からレイアムランドの合間を航海しているのだろうが……」

 ……当てになるのか、この推理?

 この前姫が「スクリューなど邪道だ」等と言っていたが、あの船が予備動力を有していないとは思えない。

 つまり、海流や風からの推測は信憑性がない。

「あ、そうだ」

 レイアムランドで待てばいいのか。

 よし、行こう。

 ピューっと南に飛ぶ。

 次第に寒くなってきた。遠い水平線に、白銀の島が見える。

「ちゅ~~~~、ちゅるるる~る~、るるるる~、る~る~」

 大空を飛ぶとか戦うとか、そんな名の曲を口ずさみつつ俺は雪の島に着陸した。







 レイチェス号が現れた。

 船首に立つ姫。まるであいつがリーダーだと言わんばかりである。

 姫は俺には気付いていない。まだ遠くて人間の目では解らないはずだ。

 姫が船首にて、妙なぴょこぴょこ動きをしている。

 腕を上げようとしたり、下げたり。しきりに頭を振ったり。

 ……これはあれか。

 アイキャンフライ!の衝動と戦っているのだろうか。

 あ、姫が俺に気付いた。

 あれ?レイチェス号の船首が90度方向転換した?

 なぜか大砲がにょっきりと並び出てきた。

 おお、火を吹いたぞ。

 ……俺、なにかしたかな?







「ロビン!その姿―――溶岩程度じゃどうにもならないんじゃなかったの!?」

 アルが慌てて船から降りてきた。

「いや、その……溶岩程度じゃどうにもならんのだがな」

 だから、どうして俺にダメージを与えるのはこういう無粋な武器ばかりなのだ。

 俺だって剣とか槍とかと戦いたい。ギガデインとか味わってみたい。嫌だけど。

「確認するが、俺は旅に同行していいんだな?」

「これだけ一緒にいたのに、今更お別れなんて許さないよ」

 責任を取れ、ということか。

 こうして見ると、本当に心が温かくなる笑顔を振りまく少女だ。

「それは俺と添い遂げたいという意思で」「そこまでは言ってないよ」

 にっこり拒否された。

 続いてスイがタラップを降りてくる。

 おや、服装が変わっている。露出度の高い賢者服ではなく、野暮ったい神官服に賢者の外套。微妙に種類が違い邪道な気がする。

「この土地は寒いですから。薄着で歩ける場所ではありませんよ」

 情けない。それでもアリアハン男児か。

「私の出身はダーマです。それと女児です」

「知っている」

 だが、スイ。世の中には極寒の地で一人耐え忍ぶツワモノだっているんだぞ。

「どなたですか、それは?」

「ほら、あそこにいる」

 指さした方向には、堅牢そうなかまくらを更に補強する男。あのかまくらが彼の家なのだろう。

「誰でしょう?原住民ですか?」

「ここは無人島だ……しかし、誰だ?」

 なぜか気になった。

 会ったことがあるのだろうか? と疑問をひたすら捏ね回していると、向こうもこちらに気付いた。

「ロビンさんっ!?」

「誰だ、お前?」

 ずっこけた。

 即座に雪まみれの顔で俺に詰め寄ってくる。

「貴方の部下でしょう、部下!」

 部下?魔族なのか?

「すまんが、自分より弱い魔族の顔は卑弥呼くらいしか覚えていない」

 親父>俺>卑弥呼>カバ>無能王、以上である。

「私ですよ、アリアハン支部の諜報を担当していた魔族です!」

 ……ああ。アリアハンでの諜報活動がバレかかっていて、ついカッとなってレイアムランドに左遷してしまったアイツか。

 勿論後悔していない。無能な部下など不要である。

「仕事も出来ない奴が魔族を名乗るな。お前など魔物で充分だ」

「魔物……俺、魔物……」

「そうだ、魔物だ。スライム以下だ。ドラギーだ」

「ドラギー……俺、蝙蝠っすか……」

 いや、あれ蛾だが。

「それで、蛾。この島にある神殿は何処だ」

「神殿?あっちっすよ」

 指さした方向に目を凝らす。

「そうか、ありがとう」

 礼を告げると、ドラギーは目を瞬かせる。

「変わりました?ロビンさん」

「らしい、な」

 否定しても仕方がない。

「どうやら、俺も魔族を辞めかけているらしい」

 自嘲っぽく笑ってみる。

「なら、ロビンさんもドラギーっすね!」

 一発殴っといた。







 極寒の地をひたすら歩く。

 記憶がおぼろげながら、一度訪れたことのある俺が先頭である。

 続いてアル、スイ、姫、レイド、騎士団と並ぶ。

「というかレイド、居たのか」

「いたな。貴様、よくもバシルーラで吹き飛ばしてくれたな」

 まったく、最速で船まで帰還出来る方法を取ってやったというのに。

「レイチェス号は既に出港していて、海岸に突っ込んだがな」

 ……どうやって船まで追い付いたのだろう?

「私の前でルーラの話をしないで下さいませ」

 スイが露骨にビビっていた。

「なにがあったんだ、今回は」

 そういえばスイと姫は共にルーラで船に帰還したのだった。

「ウルって山奥の村に辿り着いたんだって」

 勇者が問いに応えた。

「ウル?そんな村あったか?」

「別の世界みたいでしたわ。浮遊大陸とか地上世界とか、そういうわけの判らない世界です」

 本当に何処だ、それ。

 つーか別の世界?

 バグで大魔王の真似事をするな。

 スイの魔力が莫大とはいえ、異世界への穴を穿つなど第二魔法的なことは不可能なはずである。

 こいつのルーラって、制御が不安定とかそういう問題なのか?根源とか真理の扉とかそういう領域に干渉してないか?

 そんな馬鹿な思考を巡らせつつ、俺達は神殿に辿り着いた。







 高床式に建築された神殿。

 あらゆる土地の建築方式とも異なる、神の時代の神殿。

 きっと、調べたことはないが材質すらも判別不可なはずだ。

 長い、長い白亜の階段を昇る。

 階段には上下左右一切の柱や支えがない。物理的に有り得ないような違和感の付き纏う代物だ。

 誰も、何も言わない。

 皆が、この神殿に圧倒されていた。

 ただ黙ってひたすら階段を進む。

 ……ところで、騎士達はついて来るな。あんまり大人数乗ったら本当に崩れそうで怖いんだ。





 でっかい卵が鎮座していた。

「○ッシーの卵ですわ」

「しっ!それは言っちゃ駄目だよ、フローラ」

 姫とアルがなにか話していた。

「では○を見る島デラックス?」

「……それも駄目」

 なに言ってんだ、お前ら?

 氷で出来たような神殿、その中央に据えられた卵。

 卵を守るように、両脇に双子の女性が立っていた。

「私はミルフィーユ」

「私はメルヴェーユ」

「「私達は、卵を守って「お二人は、ずっと立ってたんですか?」

 会話に割り込んでまで疑問をぶつけるな、アル。

 いや、俺もかなり疑問だったが。入った瞬間から立ってたし。

「「……私達は、ずっと待っていました」」

「そうなんだ。あ、話の腰を折っちゃってごめんなさい」

「いえ」「別に」

 グタグタだな、いつも通り。

「世界中に散らばる6つのオーブを、金の台座に捧げた時……」

「伝説の不死鳥・ラーミアは蘇りましょう」

 見ると、卵を中心として台座が設置されていた。

「ここに漬け……オーブを置けばいいの?」

「漬け?」「ツケ?」

 物理現象に真っ向から喧嘩を売った、質量保存の法則を無視した布袋型小結界。

 つまり『ふくろ』から赤いオーブを取り出した。





 アルがコトリとそれを置く。

 赤い、魔物の血に濡れたレッドオーブ。

 双子の眉がぴくりと動いた。むしろそれだけで済ませた忍耐に、俺の中では拍手喝采である。

 あれは最初に手に入れた漬物石だ。スイが仲間になった時、ついでに手に入れたものである。





 続いて2つ目のオーブが設置される。

 赤い、腐乱死体の肉片に塗れたレッドオーブ。

 双子が僅かに俯いた。肩が震えている。

 滅んだ村―――あそこで、俺とアルは初めて朝を共にした。健全な意味で。

 ……オーブ関係ないか。





 3つ目。割と綺麗な色をしたレッドオーブ。

 ……あれ、どこで手に入れたんだっけ?覚えていないな。

 双子の顔が輝いた。





 4つ目。ジパングで手に入れた、微妙に匂うレッドオーブ。

 双子の顔が絶望に染まった。

 未だ匂うということは、ずっとキムチの漬物石として活躍していたのだろうか。





 5つ目。フリントが赤いペンキを塗りたくった、色ムラのあるレッドオーブ。

 双子は実に微妙な顔をした。まあ、まだマシな状態だしな。

 あの町はどこまで発展したのだろう?考えるだけで頭が痛い。





 6つ目。真っ赤な誓いによって、赤く染め上がったレッドオーブ。

 双子はいっそ清々しいまでの無表情となった。

 俺としても、もう思い出すのすら面倒臭い。知らん知らん。





「「私達、この日をどんなに待ち望んだことでしょう」」

「「さあ祈りましょう」」

「時は来たれり。今こそ目覚める時」

「大空はお前のもの。舞い上がれ、空高く!」

 台座に捧げられた、6つのレッドオーブ。

 軽やかな音楽が流れる。

 双子が奏でる笛が、空間を支配した。

 彼女達はこの時の為に、永遠を生きてきたのだ。

 初めて聞く、それでも懐かしい旋律。

 オーブとラーミアの卵の発光が同調する。

 そして、殻に小さな罅が入った。

 パチ・パチ・パチ・パチ。

 ……旋律に、介入する無粋な音が混ざっていた。

 アルが手拍子していた。

 なにか勘違いしていないか、この勇者は。

 パチ・パチ・パチ・パチ。

 とはいえ彼女がそれを選ぶのならば―――俺に残された選択など、一つしかありはしないっ!

 アルに習い、俺も手拍子を始めた。

 仲間や騎士達の生温い視線が痛い。だが、負けるものか。

 パチ・パチ・パチ・パチ。

 姫まで参加した。

 アルに向けられる、「貴女は一人じゃない」という意思。

 姫は―――アルに殉じ、恥をかくことを選んだのだ。

 ちなみに相変わらず自分が間違っていると気付いていない勇者である。

 パチ・パチ・パチ・パチ。

 自分もやった方がいいと判断したらしい。スイが空気を理解しないまま隣でパチパチしていた。

 双子が凄く煩わしそうな顔をしている。

 「姫様に続けー!」と叫ぶレイド。

 騎士達が各々楽器を手にする。

 音楽に、騎士の雑な音が絡みついた。

 双子が物凄く嫌そうな顔をしているが、そんなことを気にする者は最早いなかった。

 適当でいい加減な旋律の中、遂にラーミアの卵が真っ二つに割れる。

 瞬間、殻は光の粒子となり爆ぜた。

 神々しいまでの白亜の翼が、左右に開かれる。

『我が名は、ラーミア。伝説を運ぶ、神の翼』

 ラーミアは長い首を勇者の前にまで伸ばす。

『何処へ向かうことを望む、猛き力の顕現存在よ?』

 猛き力の顕現存在?

 勇者と素直に言えよ。回りくどい。

 アルは仲間達を見た。

 ずっと旅を共にしてきた3人を、そして騎士達を。

「皆―――準備はいい?」

 返答は一つ、ただ頷くだけ。

 それにアルも頷き返す。

「次の目的地は、魔王城」

 ラーミアは甲高く一声鳴く。

『良かろう―――さあ、我が背に』「ロビン、お願い」

「承知した」

 俺は呪文を詠唱する。

 ラーミアを復活させた今、やり残したことなどない。

 んじゃ、さっさと行くとしよう。

「―――ルーラッ!」

 いざ、魔王城へ。







 勇者達は魔王城へ旅立った。

 復活したラーミアは、静かに硬直したままその場に留まっている。

「お疲れ様でしたー」

「お疲れー」

「お先でーす」

 騎士達も撤退準備を終え、神殿から出て行く。

 残されたのは、翼を広げたまま立ち尽くすダチョウ。そして双子。

 彼らは顔を見合わせ、呟いた。

「「私達は、ラーミアと待っています……」」

 既に神殿には誰もいなかった。



[4665] 三十三里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/08/14 19:48

 俺達は魔王城へと降り立った。

 黒い霧の立ち込める、この世界の魔物の中心。

 勇者オルテガすら立ち入れなかった地点に、その娘は立っていた。

「おっきー!」

「アル、迷子になるから勝手に歩くな」

 両手を広げて喜んでいる勇者を見ると、実に緊張感がなくなってきた。

 魔王城は内部を迷路のように改築され、一か所でも進路を間違えると魔王の玉座までは辿り着けない。

「というのが、侵入者から見た状態だ」

「内通者からすれば違うのですか?」

 それはそうだ。内部の人間まで迷うようなら最早欠陥建築である。

「ここが正面玄関だが―――実は横に業務用出入り口がある」

 魔王城に幻想を求めることこそ間違っているが、なんとなく現実感のあり過ぎる光景である。

 そういえばジパングの地下にも『魔の眷属以外立ち入り禁止』なる扉があった。

 ……ひょっとして、俺が異端なのか?俺の感性が変なのか?

 葛藤を内に秘めつつ、俺はノブを押した。

「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょう?」

 受付嬢が対応してきた。

「勇者が来た、第三警戒態勢を取れ」

「まあ、それはそれは」

 随分おっとりした受付嬢だった。

「みなさーん、勇者ですよー、怖いですよー」

 狼避けのベルのような物を振りまわしつつ、受付嬢は何処かに去ってしまう。これでいいのか魔王城。

「……ひょっとして、普通のダンジョンでも裏ではこういうやり取りがあったりするの?」

「まさか。ここは魔物達を統率する為の城だ、特別だぞ」

 一般に知能の高くない魔物の中、人の上に立てると判断された魔族だけが王宮勤めする資格を得る。実に生まれに左右される実力主義社会なのだ。

「さて、誰もいなくなった間に進もう」

「王に謁見しようというのです。身嗜みを整えなければ」

 言いつつ銃を弄る姫。勝手にやってろ。





「……みんな、俺はお前らに言わなくてはならないことがある」

「判ってる―――覚悟は出来ているよ」

 アルに習い、スイと姫も頷く。

 魔王城へと侵入して一時間。いい加減、俺もその事実を認めなくてはならなかった。

「すまない……迷った」

 ジト目×3が俺を貫いた。

「道案内を買って出ておいて、それですの?」

「買って出たつもりはない、これでも普通に進むよりは迷っていないはずだ」

「言い訳は男らしくないと思います、ロビンさん」

 うぐぅ。スイに駄目出しされてしまった。

「どうしようか?一旦、ロビンの見憶えのある場所まで戻る?」

「そうだな……内部構造はえげつないの一言だ、一度迷えばそれ以上前進したって事態は好転しないだろう」

 仕方がないので、地下通路を後退する。

「今度はこっちに曲がってみる?」

「いや、そっちはなにもないぞ」

 分岐路でアルが別の通路を示したので、即座に訂正させてもらう。

「貴方の意見はもう信用出来ませんわ」

 ひでぇ。

「そっちは上級魔族用の個室だ。本当に何もない」

「上級魔族、ですか?」

「ああ、宮勤めの奴のな」

「そういえば、ロビンって各地の魔物分布を取り仕切る仕事をしていたんだよね?」

「そうだ、だから俺の私室もあるぞ」

 埃溜まっているんだろうな、きっと。

「それじゃあ行きましょう」

「はい、ロビンさんの私生活を覗くのも一興です」

「そうだね、休憩場所は必要だし」

 お前ら、絶対興味本位だろ?





 一年ぶりの自室は、意外と小奇麗だった。誰か掃除したのだろうか。

「なんか、普通だね」

「普通ですわ」

「普通、ですね」

 だからなにを期待していたんだ、お前ら。

「大体、船にも俺の部屋はあるだろ。このメンバーは一回くらい入ったことあるんじゃないか?」

「うん、掃除で入ったことあるよ?」

「本をお借りした時、何度か入りました」

「誰が貴方の部屋など」

 ならいいだろ、あの部屋にあってこの部屋にないものなんてないぞ。

「ほら、そこはね。レイチェス号の部屋は、今言ったみたいに誰かが入る可能性もあるけれど、この部屋はそういう警戒心がないかなって」

 なにが言いたい、勇者。

「いかがわしい本の有無で賭けですわ」

 ほー?ちなみに誰がどっちに賭けているんだ?

「私が有る事に、アルとスイが無い事に100ずつ」

 なるほど、金額からみて本当にお遊びらしい。

 だが、一つ言わせてくれ。

「スイ、聖職者が賭け事は……今更か?」

「そうですよ。少しくらいの気晴らし、神も笑って見て見ぬふりしてくれるでしょう」

 笑顔で宣う駄目賢者。お前、本当に図太くなったな。

「冗談はさておいて、いかがわしい本はあるのですか?」

「ない」

 断言するのがコツである。

「嘘ですわね」

 断言された。

「第一目標はベッドの下ですわ」

 女三人が床に這い、寝台の下を覗き込む。お前らなにやってんだ……

「ないねぇ」

「やっぱりないんですよ、そういう物は。きっとロビンさんは高潔な人です」

「なにを言っていますの、この男は狼を通り越して魔族ですわ。いわば不潔の結晶」

 あるに決まっていますと探索を続ける姫。

 ところでお前ら魔王はいいのか?

「第二目標は本棚ですわ」

「背表紙を見る限り、怪しい本はありませんよ?」

「あ、判った。カバーだけ変えてるってパターンかな」

 よくもまあ、本人の前で家探し出来るものだ。

「甘いですわ、アル。こういう時はカバーではなく、10冊程度一気に取り出したら奥の壁に張り付けるように隠されているものなのです」

 妙に具体的である。

「親がこっそり探す時に本の場所が移っていたら気付かれる可能性がある故、一冊一冊取って確認するという盲点を突いた方法論ですわね」

 姫は自信有り気にそう捲し立てる。

 だが―――やはり、まだ甘い。

「あっ、ありませんわっ!?」

「だから、ないんだって。マジマジ」

「マジマジとか言ってるから、きっとあるんだね」

 そこは突っ込むな勇者!

「あ、変な結界があります」

 うわああああぁぁ!?スイにバレたあぁ!!

 だが大丈夫、隠密性を徹底しつつも魔力を全力で注ぎこんだ、俺の最高傑作だからな!

「はい解除」

 この馬鹿賢者がああああぁぁぁ!!!

「させるかぁ!」

 無詠唱ピリオムを発動し、最速でスイに肉薄―――しようとして、姫に羽交い締めにされた。

「っ、は、離せっ!」

「男らしくないですわ!さあアル、中身を!」

 やめろ、俺の絶対防衛線が、俺の小さな理想郷が!!

「えーっと、『ミミック写真集 ~勇者様、アイテムあげるから箱奪わないで~』?」

「不潔です!不謹慎です!」

 喚きながらチラチラ本を覗き込むスイと、堂々と関心するように頷きつつ読みふけるアル。

 ……も、いいや。どうせ俺は変態さんですよ。

「出版・魔王軍ラダトーム支部?これって何処?」

 アルが裏表紙を見て訊いてきた。

「地下世界唯一の王城のある町……って言っても判らないか」

「地下世界って?」

「この世界の地下にある世界だ」

「世界は幾つもあるのですの?」

 姫の疑問は自然だ。この世界の人間はアレフガルトに関する認知度が限りなく低いからな。

「並行世界というのは無数に存在していると聞いたことがあります」

 その通りだ、流石賢者。

「地下世界・地上世界というのは便宜上の呼び名だ。見かけの位置関係が上下に世界が重なっているように見えるから、そう例えられているに過ぎない」

 無数に存在する世界、その内二つが特定かつ一定の繋がりを得た。

 ちなみに天界は別の括りである。あれは並行世界群とも別の地点である。

「二つの世界が特定の繋がりを持つのですか?それは摂理に反します」

「そうだな、それは不自然な状況だ。今は強大な魔力によって保たれているが、それがなくなればあっという間に断たれるだろう」

 そう、魔力を発し続けている、あの男が居なくなれば。

「とにかく、この本はその世界の変態さんが作ったものってことだね」

 アルにまで言われた……







 意気消沈して俺は廊下を歩いていた。

 もう道案内をする気になれない。俺は穢された。

「どなどなどーなーどーなー」

「鬱陶しいですわ、静かにして下さいな」

 るーるるー。

「もう、このお城複雑過ぎるよっ」

 だから言ったろ、悪質の一言だって。

「スイちゃん、最深部まで直通の道を作れない?」

「そうですね、これ歩き回るのは体力の無駄かもしれません」

 頷き、光の矢を形成するスイ。

「メドローア!」

 あーあ、やっちまった。でもツッコむ元気なんてない。

 消滅した壁も床も真っ直ぐ貫くトンネルを進む。

 こっちは、あー、しっかりと魔王の玉座に通じてるっぽいな。どーでもいーけど。







 玉座の間に至った俺達は、そこで信じられない光景を目の当たりにする。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 一人は、魔物無双する筋肉ダルマの変態。

「ご、ごめん、マジごめん、勘弁、すいません助けて」

 一人は、変態に首を掴まれ引き摺られる蛙。あるいはカバ。

 ……魔王バラモス、なにやってんだ。

「おーい、カンダタ。どうしてお前がこの城にいるんだ?」

「おう、遅えぞ勇者!」

 質問に答えろ。

「バーロ、お前らが魔王に挑むっつーから急いで来たんじゃねえか!」

 それで、居なかったから勝手に無双してたと。

「お久しぶりです、カンダタさん」

「お久だぜ、アルス!」

 バラモスを棒で突く。生きているか?

「我は大魔王バラもす……そなたらのはらわた、食らい尽してくれるわー……」

 誰に言ってんだ、誰に。つーか大魔王って。お前魔王だろ。

「ぐふっ」

 あ、力尽きた。

 あんまり哀れなので、口に涙のどんぐりを放りこんでおく。

「さあロビン、俺を魔王の元に案内しな!」

「気付かないで倒していたのか!?」




 こうして、世界を恐怖に貶めた魔王バラモスは倒れた。

 久々に言いたい。……無様な。





 玉座の間には、光が満ちていた。

「今度はなんですの、バラもすの第二形体とか?」

「そんな上等なものをこいつが持っているかよ」

「ロビンさん、この方のことが嫌いなのですか?」

「好きではないな。自意識過剰だし、無能だし、中間管理職の癖に一つの世界を任されているからって偉そうだし」

 なんというか、小物なのだ。実は卑弥呼より弱いし。

『……私の声が聞こえますね?』

「だ、誰ですの!?」

 驚いた姫が四方八方に機関銃を乱射する。

「マシンガンとサブマシンガンは違いますわ!」

 知らん。



『貴方達は、本当によく頑張りました』



「ど、どうも」

 勇者が恐縮していた。



『さあ、お帰りなさい。貴方達を待っている人々の所へ』



「待て、お前が誰かくらいは答えろ!」

 咄嗟に叫ぶ。



『私は すべてを つかさどる者―――』



 ……ガルナの塔でスイに話しかけてきた奴か。

 しかし、相変わらず大きく出てくる奴である。



『―――に、配下として仕える一柱の神―――』



 あれ、続きがあった?



『―――に、部下として仕える精霊』



「随分とランクダウンしたな……」



『いえ、その』



 自称精霊の意識が昏倒している魔王に向いたのが判った。

 つまり、魔王が大魔王を自称していたのを見て、コレと同レベルと思われるのが癪だったわけか。



『とにかく、帰りなさい。さあ帰りなさい。帰れ、カエレ』



 お前はそーりょか。

 光が一段と強くなり、そして弾けた。

 思わず目を瞑る。

 そして目の前の光景は―――変わっていなかった。

「ん?どういうことだ?」

 カンダタが首を傾げる。

 アルやスイ、姫は消えている。どうやらさっきの『全てを司る者に配下として仕える一柱の神に部下として仕える精霊』によってアリアハンに運ばれたのだろう。

「つまり、あれか。カンダタはパーティじゃないから、俺は魔族だから除外されたってことか」

 カンダタと視線が交わる。

 男の瞳が雄弁に語っていた。

「今日は飲むか」、と。

 いいぜ、久々に付き合ってやる。

 俺達は肩を組み、ルーラを唱えた。



[4665] 三十四里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/08/30 15:31

 二日酔いの頭を押さえ、俺はアリアハンに降り立った。

 カンダタは再び部下達と世直しの旅に出るらしい。酔った様子も見せず、キメラの翼で何処かに飛んで行った。

 随分とあっさりした別れである。魔王を倒したというのにそれを誇らない、奴らしい背中が印象的だった。

 魔族の人生は長い。縁があれば、また俺達は巡り合うことだろう。

 ちゃんと納得した上なら、こういう別れもある。

 男同士に惜別など不要だ。特にああいう奴とはな。



 ……無論俺は、その再会があのような形となるとは想像すらしていなかったわけだ。





 久々のアリアハン城下町は、変わらぬ活気で満ちていた。

 外の魔物が居なくなったわけでもないのに、なんともまあお気楽な者達だ。

 無論、勇者が魔王を打倒したというのも大きな要因だろう。

 ……あ。そういえばあいつ等に大魔王の存在を教えていなかった。

 町に入ってすぐにある酒場、ルイーダの酒場に入る。

「いらっしゃ……なんだ、あんたかい」

「客に対する口調ではないぞ、ルイーダ」

「なにか頼む気なんてあるのかい、それじゃ」

 ないな。

「アル達の所在が知りたいのだが」

「あの子達なら魔王打倒の祝いで開催される、お城のパーティーに出席していると思うよ?」

 しまった、もうお祝いモードに入ってやがった。

「そうか、失礼する」

「待ちな、ロビン」

 呼び止められた。なんなのだ。

「ご注文は?」

 ……情報料かよ。





 俺は道端に転がり頭を抱えていた。

 二日酔いのところにジョッキ一気飲みは意外とダメージが大きかった。

 行き交う人々の視線が痛い。

 ……俺、なにしにアリアハンに来たんだっけ。

「そう、だ。アルに会いに来たんだ」

 朦朧とした頭で思考を進める。

「私に?って、ロビン大丈夫?今までなにしていたの?」

 黒髪の貴族少女がしゃがんで俺を抱え起こしていた。

「……誰だ?」

「え゛」

 少女は変な声を漏らして固まった。……あ、アルか。

「なんだその格好?」

 彼女は見事な漆黒のドレスを着こなしていた。黒髪と相まってよく似合っていたが、普段のメイド服と印象が違い過ぎて不覚にも最初誰か判らなかった。

「これからお城でパーティーに向かうところだから」

 まだ行っていなかったのか。

「それより、私としてはロビンが道端で倒れていた理由を知りたいのだけれど」

 正直に答えてもいいのか?俺の名誉に関わる気がするが。

「教えて、くれないの?」

 残念そうな、悲しそうな声色を聞いた瞬間俺は返答していた。

「少しばかり二日酔いでな」

「飲み過ぎ?」

「そうだ」

 はは、溜息を吐かれたぜ。

「そうだアル、綺麗だぞ」

「事後報告みたいに告げられても」

 ぽっと顔を赤くするのを期待したんだが、巧くいかないものだ。

「パーティーは夜から本格的に開かれるって聞いているから、とりあえずそれまで家に来る?」

「行く」

 即答した。





 彼女の家は一階がダイニング、二階が寝室となっているようだ。

「てっきり一階は階段だけかと思ってた」

 それで、面積が一階より二階の方が大きいのだ。

「そんな家はないと思うけれど?」

 おれもそう思う。

「―――お友達?」

 茶髪の女性が椅子から立ち上がって俺達を出迎えた。

「いらっしゃい。あら、貴方がロビン君?」

 話は聞いているわよ~うふふふふ~

 ……とか、そんなワンテンポずれた女性がアルの母親らしい。

 ところで俺の話が云々、の部分でアルが見事に狼狽していた。そう、俺がさっき求めていたリアクションはそれだ。流石母。

「お母さん、私達は夜まで部屋で休んでいるね」

「あら、あらあらあら?あーらら?」

「……?お母さん、その反応なに?」

「そういうのはいけないと思うわよ?」

「そういうのってどういうの?」

「色々な意味で禁断よ?」

 疑問符が飛び交う会話であった。

 しかし、アルとアル母では意外なほど雰囲気が違う。美少女と美女には違いないが、前者はスレンダーではっきりした印象を抱かせるのに対し後者はおっとり系美人である。

 ……ってことは、アルは父親似?いやまさか。

 隔世遺伝というやつだろう。それ意外認めない。

 もしくは、アルも成熟してきたらこうなるのだろうか。

 不意打ちでズキリと頭が傷んだ。

 そういえば二日酔いを醒ます為に休もうとしていたのだ。別にアルの私室に行く必要はない。

 そもそも酒場=酒という概念でついアルコールを注文した俺が馬鹿だった。果物水くらいあったはずだ。

 ……まあ、彼女の部屋というもの気になる。

「皆が俺の部屋を家探しした時の好奇心も、こういう感覚だったのだな」

「あんまり触ったりしたら嫌だよ、ロビン?」

 アルは笑顔で本をちらつかせる。……俺の秘蔵本!?

「か、返せ!」

「だーめ。没収です」

「そんな殺生な」

 あ、頭いてえ。

 とにかく彼女の部屋に御邪魔した俺は、家探しする余裕もなく丸テーブルに突っ伏した。

 嗚呼、白いテーブルの冷たさが心地いい。

「……なんで貴方がここにいますの?」

 聞き覚えのある声がした。

 アルはお茶を淹れる為に部屋にいないはずだ。そもそも声が別人。

 というか、なぜお前がここにいる。

「姫、お前はパーティーに出ていなくていいのか?」

 なぜかテーブルの向いで優雅にカップを傾ける姫であった。

「質問に質問で返さないで下さいまし」

 追い払うように手を振る姫。話せと促しているようだ。

「面倒くせぇ」

 だが俺には説明する元気もない。アルとの再開で多少復活していた気力も尽きた。

「お待たせ―――あれ?フローラもいたの?」

 家主に許可なく入室していたのか。

「私とアルは気の置けない仲なのですわ」

「気が置けなくてどうする。信頼してないって意味になるだろ」

 部屋が静寂に包まれた。

「ん?どうした?」

「うんん、ロビン疲れてるんだね」

「そうですわね、疲れているなら少し休むべきですわ」

 二人の視線が嫌に優しげだった。

 しかし、どういうことだ?アルはともかく姫まで俺を気遣うなど。

「ほらほら、私のベッドを貸してあげるから」

「女性のベッドを借りるのは問題があると思うが……」

「いえ貴方は即座に休むべきですわ。疲れを残すのはよくないことです」

 促されるままベッドに横たわる。

「いやいや、俺はお前達に教えなければならないことが……」

「いいから」

「だが」

「いいから」

 アルがラリホーを唱える。特に抵抗する気も起らなかったのでそのまま夢の世界に落ちた。







「そんなの認めねええええええええっ!!!!!」

「きゃああ!?」

 ベッドから跳ね起きた俺は辺りを見回し、そしてそこがアルの部屋であることを思い出した。

「……大丈夫か?」

「……ロビンこそ大丈夫?」

 黒いドレスのアルが部屋の隅で縮んでいた。さっきの叫び声で椅子から落ちたらしい。

「すまない、取り乱した」

 手を貸して立ち上がらせる。

「うんん。変な夢でも見たの?」

「ああ、黄金の爪の精霊を自称する男が現れてな」

「そ、そうなんだ……」

 アルは釈然としてなさそうな顔をしていたが、しかし俺はもっと釈然としていない。

「えっと、二日酔いは納まった?」

「そのようだな。休ませてくれて感謝する」

「困った時はお互い様、だよ。それより丁度良かった、そろそろお城に行く時間だから」

「そうか」

 俺は―――まあ、この格好でいいか。

 準備もほどほどに一階に降りる。

「あら、その調子だとなにも出来なかったのね」

 一番に母親が言った。

「出来なかったって、なにを?」

「だから禁断だって言ったでしょう?」

「禁断って?」

「迎えの馬車が来てるわよ?」

「ねえお母さん、禁断って?」

 やはり疑問符乱発だった。変な親子だ。

 玄関から外に出ると、立派な馬車が停まっていた。流石主役待遇。

「ほら、ひっかけるなよ」

 マナー通り、アルが乗り込むのをエスコートする。

「なんだか意外と様になってるね、ロビン」

「まあ俺も王族だからな」

「王族?」

 首を傾げるアル。

「気にするな。―――ああそうだ」

「なに?」

 不意打ちでもう一度やってみるか。

「綺麗だ、アル」

「……もう」

 俺の手を取って上目使いに頬を染める。

 やべ、可愛い。



 ……あれ、アルに伝えることがあったような?





「我が娘フローラと勇者アルス!そして我がアリアハンの騎士達は、一年半の旅を終え遂に魔王を打倒した!!」

 アリアハン王は仰々しく叫ぶ。

「多くの悲しみを乗り越え、我らは遂に平和を勝ち取ったのだ!!!」

 王は拳を突き上げ、貴族や来賓達は喝采を上げる。

 あっれー?なーんか、忘れてしまった気がする。

 ま、どうせ大したことではないのだろう。忘れるほどだしな。

「ロビンさん、アリアハンに来ていたのですね」

 賢者少女が近寄って来た。

「いたのか、スイ」

「いましたよ。演説に名前すら出てきませんでしたが、ずっといましたよ」

 唇を尖らせて拗ねていた。

 名前が出てこなかったのは俺も同じだ。立場的にアルスよりフローラの名が先に出たのは、仕方のないことだと思うが。

「この場では似非賢者服は浮いているな」

「ほっといて下さい。というかもう似非じゃないですよ」

 スイは壁際へとスタスタ戻って行った。

 様子を観察してみると、会場の隅に並べられた緻密な意匠の椅子に飛び乗るように腰掛けた。

 そして床に届いていない足をブラブラさせつつワイン瓶を傾ける。

「……お前、聖職者が堂々と酒はマズイだろう」

「だから、修業を終えた身なのですから」

 だからといってこの小さな体でアルコールを分解し切れるわけがない。

「というわけで、没収」

「ああ、私の元気の素が」

 中毒者が。

 スイから没収したワインをラッパ飲みしつつ会場を回る。

 次に出会ったのは、ダンスを申し込む男達に囲まれた姫であった。

「姫様。どうか私と一曲踊って頂けませんか?」

「立場を弁えなさい雑魚貴族」

「いえいえ、どうか私と如何です?」

「貴方の家に鏡はありませんのね」

「どけっ、貴様―――さあ姫、私の手を取って下さいますね?」

「貴方から貴族の爵位を剥奪します」

 まるで剣で切り捨てられるかのように撃沈されてゆく男達。

 と、姫が俺に気付いた。

 目が合ったまま俺達は互いに歩み寄る。

 人垣が自然に左右に割れ、二人は瞳に自分の姿が映るほど接近した。

 そして、姫が口を開く。

「貴方とは踊りませんわよ?」

「誰がお前などと踊るか」

 貴族の坊主らが叫びを上げ、散り散りに逃げて行った。姫を怒らせてはならない、と彼らの魂には刻み込まれているに違いない。

「暇ならば、あの子の相手をして下さいな」

 彼女が示した方向には、鶏肉料理を切り裂く妙齢の美女。

 「いえーい」とテーブルの周りを回りつつ、女性は妙にスケスケな服を揺らす。

 チラチラ見えそうで見えないエロイズムな光景に、周囲の男共は鼻の下を伸ばしきっていた。

「お前は……」

「あっ、ロビンはっけーん!」

 指をさすな指を。

「ゲレゲレ、久々じゃないか?」

「ゲレゲレ呼ぶなっ」

 それがお前の正式名称なのだ、諦めろ。

「それよりお前、今までなにをしていたんだ?」

 最近全く見かけなかったと思える。

「いやー船にネズミが大量発生してね、日々死闘の連続だったよ」

 一応魔族なのだからネズミに手こずるなよ……

「というか、レイチェス号にネズミの発生なんて余地があったのか?」

 姫の船がそんな不手際を許容するはずがない。

「あの船は下手に家具の裏に入ったら、レーザーで焼き殺されちゃうし」

 怖いな、おい。

「私が戦っていたのは、ポルトガで借りた船の方」

 そっちかよ。

 そして本当に船に不在だったのかよ。お前スイのパ・ペットだろ。

「うーん、いいねいいねアリアハン。イシスは質素だからこういうの無かったよ」

 ゲレゲレは器用にバギを制御し、肉を更に切り裂く。

「そういえば、あの人みたよ?」

「あの人?」

「そうそう、あの人」

 誰だ。コイツと話すとテンポが本気でズレる。

「ほらほら、アレアレ」

 どれ?

「オレオレ」

 詐欺?

「楽しんでいるみたいだね、ロビン」

 黒いドレスのアルがやってきた。

「やほー」

「やほー」

 アルとゲレゲレはテンポが合うのだな。彼女ものんびりした部分があるし。

「意外とこういう場では歩き回るタイプなの、ロビンって?」

「確かに、あちらこちら行ってる気がするな……」

 はしゃいでいたのだろうか、柄にもなく。無様である。

「さっきはテラスのようにも来てたよね」

「……いや、そっちには行ってないぞ?」

 割と料理の近くをウロウロしていたが。

「あれ、そうなの?さっき見かけたような気がしたんだけれど―――」



「久々だな、馬鹿息子」



 その声は、丁度アルの背後から聞こえた。

 アルは僅かに振り返り、理性が判断する前にすかさず距離を取る。

 男はアルやゲレゲレを無視するように俺だけを見据える。

「連絡がないと思えば、こんな場所に居たのか」

「―――親父」

 見た目は、最後に会った時と変わらなかった。

 俺がそのまま30代になったような容姿。年齢からいえば例え魔族でも老人然としているはずなのだが、これも若造りの一種なのだろうか。

 だが特別強大な魔力を持つわけでも、武器を持つわけでもない。

 男が展開する闇の羽衣が、波動や魔力等の一切を包み隠しているのだ。

「―――なに、貴方―――」

 アルが怯えたように剣に手を掛けようとして、空を切る。

 彼女も流石に、パーティーに剣を持ちこんではいなかった。

「あーほらほら、いたでしょ?」

「いたって、こいつかよ……」

 つい呟きが洩れる。つーかゲレゲレ、親父の顔知ってたのかよ。

「貴方が、ロビンのお父さん?」

「そうだ―――お初にお目にかかる、現在の勇者殿」

 朗らかに、本当に朗らかに述べる親父。

 それだけでアルは小さく震えた。

「しかし、父親を『コイツ』呼ばわりか?」

 苦笑を洩らす親父。

「これは少しばかり、お仕置きが必要だな」

 笑いつつ指先ほどの炎を生む。

 デコピンするように弾かれた炎は、弾丸のように一直線に俺に飛来した。

「マトリ―――ックス!」

 俺は素早く仰け反り返り、炎を回避した。

「チッ、外したか」

「……軽く本気だったろ」

 炎は人と人の合間を抜け、テラスを超えて闇夜の海に消えていった。

 人々は一瞬の出来事に気付かない。

 戦士としての勘もない貴族達は、親父という異常に気付けない。

 故に―――海上に突如発生した太陽に、事態を把握せず呆然とすることしか出来なかった。





 炎は城を抜け、城下を飛び超え、海を渡り、アリアハン湾の中心に存在する小さな島の塔……ナジミの塔に着弾する。

 刹那、塔は光に包まれた。

 白熱化するナジミの塔。

 熱は小島に納まらず、湾内の海水すら侵し始める。

 大量の水蒸気が爆ぜ、暴風として城まで揺るがす。

 果てることを知らぬ炎は更に拡大し、やがて湾を全て覆った。

 そして次に人々が見た光景は―――水が消滅し、地平線と化した海平線だった。




 呆然自失とする貴族達。

 意識を保っていた一部の仲間や騎士達も、次に行うべきことが判らず身動きを取れない。

 そんな中、最初に動いたのは姫だった。

 破裂音が轟き、全員が姫に注目する。

 そこには銃口を上に向け硝煙を漂わす戦士がいた。

「正直、私にも事態が把握出来ていませんわ」

 声は決して大きくはない。

 だがその響きには王族の覇気が満ちており、誰もが聞き逃すことなどない。

「ですが、ただ一つ言えることがあります」

 姫は閉じていた瞼を、ゆっくりと見開いた。

「生き延びる覚悟のない者は、この場を去りなさい―――邪魔です」

 もう一度引かれる引き金。

 途端、貴族達は叫び声を上げながら会場から退室していった。

 出入り口が渋滞状態となっており怪我人もいそうな勢いだが、姫はそれでも一刻も早くこの場を脱出させるべきと考えたのだろう。

 男は逃げ惑う者達など見えぬかのように俺達を見据え続ける。

「いいのか、ロビン?」

「なにがだ」

「お前達の中で、どうにか出来るのはお前だけだ」

 親父が窓の外を一瞬見る。

 ふざけた高さの波が、城下に迫っていた。

「畜生」

 素早くアル・姫・スイ、そしてレイドが親父を取り囲む。

 なまじ実力があるからこそ、理解出来ているはずだ。

 目の前の存在が、自分達の常識など通じない者であることを。

 今彼らの背を押しているのは、守るべき人間がいるという事実のみ。

 ちなみにゲレゲレは即効逃げた。

 才能も力もそれを育む環境にも恵まれ、敵らしい敵と対峙した経験のない彼らが初めて覚える絶対的な恐怖。

 それが、俺にまではっきりと伝わってきやがる。

 この場を離れたくはないが、それは恐怖を殺してまで壁を務めている彼らを裏切ることだ。

 俺はテラスの手摺りに立ち、黄金の爪を構えた。

 瞬時に限界を超えた魔力を練り上げる。

 収束する魔力が周囲の備品を破砕し、木々が根元から倒る。

 だが、それでも。

 足りない。たりない。タリナイ。

 あの津波を止めるには、この程度では足りない。

 俺の持ち技で対抗出来そうなのはカラミティ・ウォール。魔力量に任せ、防御不能の魔力波を放つ最強の力技。

 だがそれでも足りぬというのであれば―――更に大量の魔力を注ぐしかあるまい。

「カラミティ―――!!!」

 一つの衝撃波に込められる魔力は既に飽和状態に達している。

 ならば、複数の衝撃波を放てば良い。

 黄金の爪の3本の爪に、俺の魔力ほぼ全てが纏った。

 そして、それをただ力任せに振るう。

「―――ポロフォニア!!!!」

 カラミティ・ウォール×3。

 だがそれらはただ波状攻撃をしかけるのではない。

 互いが互いに協調し、増幅する魔力波。

 俺の今の全力攻撃は、首都を一つ飲み込まんとする津波と衝突し、拮抗した。

 胸が苦しい。

 3つある心臓が破裂しそうだ。

 不意に、月明かりが消える。

 空を見上げると―――機関銃のような雨が、俺を打った。

 海一つが消滅したのだ。蒸発した水蒸気が再び降り注ぐ、その雨の激しさはどれほどのものか。

 痛む体を叱咤し、屋内に戻る。

「なんだ、止めたか。多少は成長しているのだな」

「うるせ、馬鹿親父」

「黙れ、馬鹿息子」

 俺を見据える、揺らぐことのない視線。

「女にうつつを抜かしおって、早く持ち場に戻れ」

「断る」

「ふん」

 親父は皆の顔をゆっくりと観察し、アルを見据えた。

「さて、息子も戻ってきたことだ。挨拶と参ろう」

 男は笑みを浮かべ頭を揺らした。

 貴族ですら真似出来ぬほどに優雅な、正しく覇者のみに許される礼。

「我が名はゾーマ。これでも大魔王でな、世界の敵を生業としている」

 これがきっかけだったのか、姫が口を開いた。

「ロビン。なぜ、黙っていたのです」

「スマン、素で忘れてた」

 親父まで揃って溜め息吐かれた。

「まったく、なぜ人間の女などに興味を持つ?それは本能に反するはずだ」

「スイと同じことをいうんだな、だがそれが人間のはずだ」

「……この二人、親子です」

 スイ、なに今更それを確信してるんだ?

「お前にはあの雌ヒドラを与えてやったはずだ。生殖などあれで済ませ」

「んだと?」

「器量はそれなりにいい配合だったはずだが、具合が悪かったのか?」

 ああ……そうだ、親父はこういう奴だった。

 感情があるようで、カラクリで動いているような、そういう男。

 敵対する理由がないから気にしないようにしていた。

 だが、アイツは今なんと言った?

「貴様―――!」

「吠えるな息子よ、私に歯向かう力もないというのに」

「っ、」

 それは事実だ。

 だが―――だが。だが……

(なんだってんだ、くそっ)

 だが、の次が出てこない。

 本能がそれ以上の強者に対する反逆を認めない。

 強い者に従う。それが生物の本能。魔族の本質。

「最低です、貴方」

 ふと、切迫感が消える。

 だが、の続きを肯定する勇気をくれるのは、やはり勇者の言葉だった。

「神とか魔王とか、聖者とか魔族とか、それ以前に最低です」

 そこに、先ほどまでの気負いも恐怖もない。

 そうか―――彼女は、『アル』だった。

 彼女が彼女であれば、不条理に屈するはずなどないのだ。

 ゾーマは数歩歩み寄る。

 咄嗟に間に入ろうとして、手で払われる。

 それだけで、俺は吹き飛ばされた。

「なっ、なにをした?」

「手に闘気を込めただけだ」

 俺は自分があまりに簡単に退けられたことに愕然とし、スイの側で無様に横たわったまま身動きを取ることを忘れた。

 親父は俺など気にも留めずアルの顎に指を掛け、持ち上げる。

 アルは気丈にそれを睨む。

「なるほど、美しい」

 って、アルを口説く気かよ!?

「息子が入れ込むはずだ―――『アイツ』に似ている」

「……アイツ?誰のことだ?」

「お前の知る必要もないことだ」

 床に手を着き、立ち上がる。

 そこで、始めて隣のスイが震えていることに気付いた。

「なんですか、あの魔力……?」

 スイにはスイなりに、自分の魔力量に自信や自負があったのだろう。

 だが、その考え方が通用する相手ではない。

 むしろ、この男を前にして11歳かそこらの少女が正気を保っているのが僥倖なのだ。

「あんなメラゾーマ、知らない。火炎で一つ海が消えるなんて」

 ゾーマが初めて、スイに明確に意思を向けた。

「勘違いをするな、小娘」

「えっ?」

「今のはメラゾーマではない、メラだ」

 それは、魔導を嗜む者にとって正しく悪夢だったろう。

「ふむ、まあ帰路に親同伴である必要はないな」

 ゾーマは踵を返し、肩越しに俺に告げる。

「ロビン、そこはお前がいるべき場所ではない」

「……るせぇ、俺の居場所は俺が決める」

「そこにお前の場所があると、本気で思っているのか?」

 その問いは、俺の胸を真っ直ぐ貫いた。

「気付いているのだろう?魔族は人間とは違う。例え慣れ合おうと、最後には裏切りという事実が残るだけだ」

「なぜ言い切れる、予知能力があるわけでもないのに断言するなっ」

「お前が肯定しようと否定しようと、100年も経てばお前だけが残る。お前の思いを受け止める者など現れない。永遠に」

 親父の言葉は、なぜか唯一無二の現実としか思えぬ響きがあった。

 否定が全て、子供染みた我儘に成り下がる。

「父親としてお前に最初に教えたはずだ。魔族は、生きれば生きるほど孤独になる種族だと」

「―――いやに実感の籠った口調だな、ああ、そうか」

 実感していて当然だった。

「神を超えるほどの力を手に入れたアンタは、間違いなく誰よりも孤独だったな」

 親父は口の端を吊り上げる。

「お前もいつかは私と同じ場所まで来る」

「あんたに決められることじゃ、ない」

「指図するつもりはない。その通りだ、選ぶのはお前だ」

 その目は、やはり冷たい。

「精々選べ。そして足掻け。―――その果てで、待っている」

 言いたいことだけ並べて、親父は踵を返した。

 遠ざかる背中。

「待って下さい」

 それを呼び止めたのは、俺ではなくアルだった。

「なんだ?」

「貴方は、大魔王なのですよね」

 ゾーマは彼女の真意を図るように睨む。

「何故、貴方は人と敵対しているのですか?仲良くすることは出来ないのですか?」

「不可能だろうな」

 失望した、とでも言いたげにゾーマは気だるげに即答。

「勇者よ。私は、人間と敵対する存在だ」

「それは聞きました。けれど、それにも理由があるはずです。それに、親子は仲良くするべきです」

「……勘違いするな。理由など、どうでもいい」

 頭痛を堪えるように頭を手で押さえるゾーマ。

「私はお前達の敵だ。全てに否定されようと、私は人間を滅ぼす」

 魔族にも穏健派は意外と多い。

 人間という種を軽視する者はいるが、積極的に人を滅しようとする者は少ない。そも、人間は魔族の糧なのだ。滅ぼしては続きがなくなる。

 だが実力至上主義の魔族界において最強の親父がそう考えれば、それが魔族の総意となる。

 なぜ親父がそこまで人間を憎むのか、俺でも知らない。

 ただ一つ言えるのは……

「ロビン、ごめんなさい」

 ……親父一人殺せば、人間の犠牲が0とはいかなくとも激減する。

 アルは食器のナイフを握った。

 柄ではなく、刃を。

 手の平から滴る血が床に零れる。

 アルの生命力が、闘気が注がれ、剣の形と成った。

「―――っ!?やめろアル、それは命を削るぞ!!!」

「大丈夫」

「なにがだ!?」

「一撃で決めるから」

 闘気剣に雷が纏う。

 それは、既に黄金の剣とまで凝縮された、ただ一閃の為の兵器。

 その濃度故、ギガデインのような派手な放電など存在しない。

 生命力と魔力とを躊躇なく注ぎ込んだ、間違いなくアルの最強の一手。

 空間よりかき消えるような爆発染みた踏み込み。

「――――――っ!!!!!!」

 発声をも惜しみ、時空すら貫かんと発せられた切っ先は―――

「その程度か」

 ゾーマの手の平に、完全に封じられていた。

 愕然とするアル。

 集中が乱れた途端、剣に押し固められたエネルギーが暴風のように城を破壊する。

「な―――なんで?効いて、ない?」

「私は精霊神ルビスを封じた存在だぞ?そして勇者とは、ルビスより魔力を供給される権利を持つ人間のこと。ならば、勇者では私に敵う道理などあるはずあるまい」

 力なく、アルは崩れ落ちる。

 地面に衝突する寸前に走り寄って支えられただけでも、よくやったと思う。

 正しくいえば、俺にはそれ以上のことは出来なかった。

 間違いなく、今のアルの一撃は最強の中でも尚最強と言えた。

 歴代の勇者達でも成し得ぬ、最初で最後の一撃。

 それを、平然と受け止めるなど。

 気絶したアルを抱え俺は親父を見上げる。

 この時の俺の目は、間違いなく恐怖で染まっていたと思う。

(勝てない)

 この思いは、俺達の共通認識だった。

「無駄な時間を割いたな。今度こそ、さらばだ」

 誰も、なにも言葉を発せない。

 降り注ぐスコールの轟音だけが、城の中に反響し続けた。







 NGシーン(番外編・その時ナジミの塔では?雰囲気ぶち壊すのでカットされたシーン)



 ワシはナジミの塔にすむ老人Aじゃ。

 そう、アリアハンの新米冒険者達が腕試しに必ず訪れるダンジョン『岬の洞窟』。

 洞窟を抜けた先の塔、その最上階に住むナイスガイである。

 ワシの役割は訪れる冒険者達に助言をすること。

 ―――というのは、表向きの理由じゃったりする。

 真の目的は、冒険者の名簿を作成する為の監視役。

 即ち、ワシは人間に化けられるほど高位の魔族なのじゃ!

 とはいえ戦闘能力が必要な仕事でもない。この役割に求められたのは、名簿作成に際し必要とされる冷静な観察眼。そして正体がバレた時離脱出来る実力。

 だからこそ、レベル99のワシが選ばれた。

 苦節500年。人間の世に紛れ、ひたすらスライム相手にレベル上げをし続けた苦労が身を結んだといえよう。

 おっと、ワシの華麗なる出世の歴史は置いておこう。

 つまりワシの仕事は人間との戦闘ではない。

 むしろ長く人の世に居たいせいか、人間に敵意が湧かない。時折気に入った冒険者にはアイテムを譲ったりしてしまうほどじゃ。

 そんなことを許されるのも、ワシが高位の魔族だからじゃ。

 ワシは当然、魔物の頂点にて最強の魔族・バラモス様にも絶大な信頼を寄せられているのじゃ。

 お茶を淹れ、一口啜る。

 うむ、今日はなにやら城下が騒がしいの。

 まあそんな日もあろう。なにか大きな事態があったのなら、ワシに連絡が入らんわけがない。

 ……おや?

 城下―――というより、アリアハンの城より光が飛んできよった。

 最近開発された『銃』じゃろうか?なんにせよ、当たらなければどうということは―――

「むぅおおおおおおおお!!!!????」

 な、なんじゃこの熱量は!?

 まるで伝説に聞く、超魔力爆弾『黒の核晶』ではないか!

 アリアハンの姫君が開発を進めているとは聞いていたが、まさか実用化しおったのか!?

「な、め、るなあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 ワシは―――ワシは、誇りに賭けてこの炎―――!

「避けてみせるわああああ!!!!!!」

 知らんのか?ワシは大魔王からも逃げきってみせる!

 スライムとの死闘、幾度と訪れた敗北の危機、その中で編み出した秘儀。

「多重・キメラの翼!」

 幾つものキメラの翼を同時に使用する、最速の移動法!

 その速度、通常の三倍じゃ!

 一気にレーベまで離脱する。

 眼下に燃える、我が城たる塔。

「この屈辱忘れんぞ!バラモス様に懲らしめてやるよう頼んでやる、高位の魔族たるこのワシがああああああ!!」



 外伝・完



[4665] 休憩所 卑弥呼
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/09/23 15:15

 魔王・バラモス打倒。

 その一報は、ここジパングにも届いた。

 じゃがあの中間管理職魔族を倒したところで、勇者の旅が終わるわけではない。

 あの勇者パーティの旅はまだまだ終わらぬのだ。

 バラモス城側の祠で別れて以来、わしはジパングへと戻り旅立ちの準備を始めた。

 一国の主が長期旅に出ようというのだ。やっておかなければならないことは沢山ある。

「というか、奴は適当過ぎるのだ!思い付きで勇者に同行するなっ」

 いつもの3割増しで仕事を片付ける。

 10年前あの馬鹿がやらかした出来事を思い出す。

 勇者と喧嘩→勝利→再戦→敗北→仲間入り。

 ふざけているのか、馬鹿者。

 あの時国が混乱しなかったのは、一重に元より奴が国政を丸投げしていたからである。

 とはいえ私はそんな適当な仕事の出来る性格ではない。

 無駄な出費の節約、半鎖国状態から国際国家への地位向上、政治形体そのものの情報化社会に備えた近代化。

 ……まあ、地下に存在するあの施設こそ最大の無駄な出費なのじゃが。人間の卑弥呼の発言力は大きいので、飼い慣らしておく意義はある。

 あの我儘っぷりでは、どちらが飼われておるのか判らんが。せめてわしが国を離れる時、人間の卑弥呼なしでも国が立ち回るようにしとかねば。

 妙な使命感を抱きつつ、服を畳んで鞄に詰める。

「……おや?」

 懐かしい服が出てきた。

 小さな、小人が着るような洋服。

 というのはさすがに言い過ぎだが、それでもとても小さく思える。

「随分昔のものを、よく残っておったの」

 この大きさでは、おそらくはわしが生まれて10年そこらの時着ていた物だろう。

 今から―――180年前といえば。

「あ奴と出会った頃、か」

 わしとて昔から巫女装束を着ていたはずもない。地下世界に住んでいたころは、普通の洋服を着ていた。

 遠い記憶が、朧気だったはずの光景が、白いブラウス越しに過る。

 古い、古い物語。

 小さな洋服を握り締め、わしは父に手を引かれ訪れた城を思い返した。







 魔王城。

 その巨城を初めて訪れた者は、等しく一度楼閣を見上げる。

 巨体を有する魔族達、彼らを納める為に城は基礎設計から人間のそれとは規模が違う。

 更に、大魔王の魔力が常に張り巡らされた城壁は生物のように蠢き、全てを威圧する。

 城門から城を見上げる、10歳ほどの娘とその父親らしき壮年の男。

 上級魔族の娘であろうと将来最強クラスの魔族となる資質を有していようと、それは例外ではなかった。

「卑弥呼」

「はい、お父様」

「緊張でもしているのか」

「いいえ。ただ、驚いてしまいました」

「そうか」

 なにに、と問うわけでもなく会話は終わる。

 男は強大な魔族であり、忠実な武人だった。

 お前の娘を息子の許嫁に、と問われその場で了承してしまう男である。

 少女にとって、顔も知らぬ男と結婚させられるなど納得出来る内容ではなかった。

 そも、この会話は彼女が女児であると発覚した翌日の朝に行われていた。

 少女は父を嫌ってはいない。しかしながら、男の心がどこか欠落しているのは、なんとなしに知っていた。

 両者の間に家族愛はあった。それは、事実。

 だが、幼子は両親が愛を語らっている光景を一度と目にしたことがなかった。

「お母様は、人に決められてお父様と結婚したのですか?」

 娘は一度、そう母に訊ねたことがある。

 娘の不躾な質問に、母は肯定を返した。

「辛くないのですか?」

「そんなことはないわ」

 母は娘の頭を撫でて、笑ってみせた。

「私は、あの人を愛しているもの」

 結婚してから愛するようになったのか、結婚する前から愛していたのか。

 それを訊くことは、結局最後まで叶わなかった。

「ここだ」

 父親の先導に従い、城の一室に通る。

 中にいたのは、壮年の男性とまだ若い青年。

 この時点で、青年―――王子ロビンは20歳。魔族は20歳程度まで人間と同じように成長し、その後180年ほどは一定の容姿を保つ。そしてそれ以降外見の加齢が10分の1まで遅延する状態になる。

 ややこしいがつまり、この頃ロビンはそれなりに今と変わらぬ姿となっていた。

 互いの父親同士は、早速堅苦しい挨拶を始める。

 無論少女は、そんな回りくどい言葉遊びに付き合うほど忍耐を備えていなかった。すぐ暇になり、おのぼりさんのように城の備品を眺める。

 当然、視線は目の前の名も知らされていない許嫁に向いた。

 男もやはり暇そうな顔で、こちらを観察していた。

 そして、視線が合う。

 正しく大人と子供の身長差の二人は見つめ合い、笑った。

 男の笑みは実に皮肉気だった。

「ガキじゃないか」

 少女にとって、実に最悪な第一印象だった。







「ふぅむ、とはいえこんな小さな服、あっても仕方がないの」

 誰かに譲ろうにも、この国で洋服の需要などない。

 なにか別の物に仕立て直そうか。

「……そうしようかの」

 この国には大切にしていた物には魂が宿るという考えがある。

 180年放置しておいて大切といえるかどうかは疑問だが、それなりに思い入れもあって捨て難い。

 幸いワシはこういう作業も仕込まれておる。さして時間を食いもしまい。

 裁縫道具を用意し、さっそく糸をかたっぱしから抜いてゆく。

 さて、なにを作ろうかの?







 いつまでも話し込む親達。

 儀礼的な挨拶から始まり、次第に仕事話に突入し、聞き耳を立てるわけにもいかず子等は庭に出ることにした。

「…………」

「…………」

 完全に冷めきった空気だった。

 ロビンは女性をエスコートするという常識をぶっちぎり、蒼穹を仰ぐ。

 こういう時は殿方がエスコートするもの。だが、無論10歳の卑弥呼にそんな知識もない。

「―――あのっ」

 故に、少女は自身から話しかけてみた。

「なんだ?」

 一応返事はあった。

 「なんだ」ではなく「なんだ?」、子供とてこのニュアンスの違いを聞き分けるくらいなら出来る。

 一応、完全に無視をされているわけではないのだ。

 なので少女は努力してみることにした。

「わ、わしは卑弥呼じゃ」

「……知っている」

「……お主は?」

「知らないのか?」

 元より王族には、名乗られれば名乗り返すという感覚がない。

 自分に話掛ける者は自分の名を知らぬはずがないのだから。
 
 その感覚のズレが、こんなところに現れていた。

「ロビン殿、じゃろう」

 若干苛立ったように卑弥呼は返す。ロビンもやはり苛立ちを抑えるように眉を潜め、足を進めた。

 それに憮然と着き従う。

 つまり、互いに子供だった。







 調子に乗って作り過ぎたお手玉やエプロンやバックを見知った顔に押し付けつつ、わしはジパングの地下へと向かった。

「じゃあ、ここに判を押すのじゃ」

「働きたくない!働きたくないでござる!」

 コタツにしがみ付く人間卑弥呼を急かし、最低限の書類のチェックをさせる。

「まったく、これが一番骨の折れる仕事じゃな」

「そういうな。照れる」

 駄目だコイツ、早くなんとかしないと……

「まったく、そんなことでわしが居なくなった後この国を支えられるのか?」

「失敬な。我とて王としての教育くらい受け取るわい」

 その上で心配なのじゃ。

「というか、大蛇。お主いなくなる予定があるのかえ?」

「近く旅に出ようと思っておる。そのまま帰って来るかもわからん」

「ほう……男じゃな」

 無駄な勘の良さじゃった。

「違うわ、たわけ」

 認めるのも癪だったので、否定しておいた。

「まさかお主、二番目でも構わぬなどと思い始めていなかろうな?」

「違うと言っとるじゃろ」

「確かに主に情熱的な恋愛は似合わんが、それで納得出来るほど女を捨ててもいまい?」

「やがましい、このニート姫が!」

「むきになるということは、図星なのじゃな」

 ぐぐぐ、と拳を握って堪える。

 普段はグータラしとるくせに、なぜどうでもいい時だけこう鋭くなるのだ。

「お主には関係なかろう!」

「そうじゃな、全く無関係じゃ。どれ、ヒマ潰しに相談に乗ってやる」

「いらんっ」

 というか、今ヒマ潰しと言ったの?

「どうせ相手はあのボンヤリした男じゃろ?ほれ、馴れ初めを話せ。ヒマ潰しに」

「こ・と・わ・る!」

 NEET姫の口に煎餅を押し込める。

 そして即座に部屋から離脱。

 間抜けな笑顔らしき顔に固定された馬鹿姫が背後に追って来るのを感じつつ、わしはそれ以上の速度で地上に撤退した。







「お母様!私にあの方を愛することなど出来ませぬ!」

「まあ、どうして?」

 屋敷に戻った卑弥呼は、早速鬱憤を母にぶつけていた。

「偉そうです!」

「実際、王子様だもの」

 結局、政略結婚なのだ。

 そこに個人の意思など介入するはずがない。

 こんな我儘、母の迷惑となるだけ。そう卑弥呼も実際理解していた。

「別に、本当に嫌なら断ってもいいのよ?」

 ……と思っていたのは、実は卑弥呼本人だけだった。

「えっ?」

「親同士が勝手に決めたことですもの。本人が嫌だといえば、誰にも強制は出来ないわ。いざとなれば、私が話しを付けてあげる」

「そ、そんな軽い話だったのですか!?」

 自分には将来を決められた相手がいると、生まれた時から言い聞かされてきた。

 その為の勉強も、ひたすらしてきた。

 てっきり、破談となれば誰かが迷惑を被ると少女は信じてきたのだ。

「誰も迷惑と思わない、というわけではないけれどね」

「ならば―――」

「それでも、お父様も最後は認めて下さるはずよ」

「ですが大魔王様の説得はどうなるのです?」

「それも私がしてあげる」

 卑弥呼は、自身の母の評価を改めた。

 魔物界で最強と恐れられ、絶大な権力を誇る大魔王。

 その力は、全ての魔の眷属が協力しようと敵わぬほどとされる。

その大魔王に対し発言する母など、全く想像出来なかったのだ。

「だ、大丈夫なのですか!?」

「大丈夫よ。私、ユウちゃんと友達だったもの」

「……誰ですか?」

「あら。あの娘の話はまだしていなかったかしら?」

 それから彼女は、娘に昔話を聞かせた。







 社の自室へ戻り、後片付けに戻る。

 とはいえわしは少なからず動揺していた。

 姫卑弥呼との会話で断片的に思い返された過去。

 わしは最初、ロビンのことを嫌っていたはずじゃった。

 その感情が、いつ変化したか。

 記憶により深く潜ってゆけば、その答えはすぐ出た。

 否、正しくいえば片時も忘れた瞬間などなかった。

 後片付けが次第に家探しへと変わる。

 辺りに荷物が散乱し、今日一日分の作業が徒労となりそうだ。

 若干の焦りを覚える。

 どこかにあるはず。なくしたはずがない。そう、きっと奥深くに仕舞ったせいで見つかりにくいだけ。

 自分を宥めつつ、額に油汗を浮かぶことを止められなかった。

 ……まさか、本当に失くした?







 卑弥呼は再び、魔王城へ訪れていた。

 縁談をなかったことにする。その可能性を提示されたものの、彼女は受け入れはしなかった。

 正しくいえば、保留にした。

 あれだけ嫌悪感を抱いた男なのに、なぜかその提案を受け入れるのは躊躇われたのだ。

 それは結局迷惑をかけることに対する後ろめたさなのか、幼い彼女には判らない。

「また来たのか、魔族少女」

 判ったのは、やはりこの男はいけすかないということだけだった。

「と、突然の訪問失礼した、ロビン殿」

「まったくだな。婚約者でなければ追い返していた」

 殴っていいだろうか、と自問する姫君。

「それで、今日はなんの用だ」

「うむ。その……」

「ん」

「……、……。」

 覚悟を決めてきたものの、はやり気恥かしさはあった。

 馴れぬ種の緊張で、彼女の脳内語録が激減する。

 この甲斐性なしめ、と内心罵りつつ顔が紅潮するのを我慢する。

 頑張れわし!こやつが馬鹿な分わしが頑張れ!

「と、遠乗りでも如何かと思っての」

 端的にいえば、デートである。

「……」

 そして、ロビンはというと。

「……」

「どこに行くのじゃ!?」

「出掛けるのだろう?さっさと来い」

 危うく、置いていかれそうになった卑弥呼であった。





「それで、どこに行く?」

「お勧めとかはないのかえ?」

「お前が決めろ、レディーファーストだ」

 ただの思考放棄では?と、怒りを通り越して呆れ始めてくる。

 まともに受け取っては負けじゃと自分に言い聞かせ、それでも必至に男を観察する卑弥呼。

 ロビンを睨むその様は、客観的に見ても正しく戦いであった。

 城の屋上まで上ったものの、行き先が決まらず結局立ち往生する二人。

 ちなみに遠乗りといいつつ、移動法は当然ルーラだ。

「わしは……まだ屋敷からそれほど出たことがありませぬ。どこか、静かな場所は知りませんか?」

 まだ心を許していない卑弥呼は緊張から若干丁寧語混じりの妙な言葉使いをした。

 人間に近い姿となれる卑弥呼だが、人里に行った経験はない。

 言葉数が多くなったのは、緊張しつつも未知に好奇心をそそられる余裕が出てきたという現れである。

「静かな場所か。……上の世界でいいならば、心当たりがある」

「上の世界!?」

 いきなり遠い場所である。とはいえ、興味はあった。

 数百年前通じた別の世界。初めての遠出としては難易度がいささか高いが、卑弥呼にとってその提案は実に魅力的であった。

「うむ、そうしよう!」

「判った」

 頷き、王子は婚約者に手を差し伸べられる。

 それを掴むと、ロビンは詠唱を淀みなく唱えた。

 その様は、間違えようもなく王家の姿であった。







 彼女にとって、初めて見る青い空。

 大気が流れ、白い雲が伝説の怪物を彷彿させる迫力で迫る。

 誰もが気にも止めぬ、普遍的な青空。

 それが、彼女の前に圧倒的な存在感を以って迫っていた。

 「ここが―――地上世界」

 それはこの世界では当然の光景。

 地下世界では遥か昔に消え去った光景。

 場所が違う以上に、常識が違う以上に、風が違うと彼女は思った。

 確かに静かな場所である。とても人里とは思えぬ穏やかさだ。

(……というか)

「なんじゃ、この村は?」

「ここに勝る、静かな土地なんてない」

 その村は、人々が皆眠りこける奇妙な村であった。

「まさか呪いでもかかっておるのか?」

「よく判ったな」

 本当に呪われていた。

「昔エルフとなにかあって、呪われたと聞いている」

「ふぅむ。如何なる呪いなのじゃ?」

「『働いたら負けだと思う呪い』だ」

「なんじゃそれは……」

 卑弥呼は呆れているが、実のところ精神に作用しているので呪いとしては悪質である。

 よく見れば、確かに寝ぼけているだけの者もいた。

 ただ、ひたすら無気力。

 かなり悪質である。

 歩いている途中で立ったまま眠った老人。

 ボールで遊んでいる最中眠り、顔面ヒットした状態でのびた少年。

 立ったまま眠る村娘の側で、必至に眠気を堪えスカートの中を覗き込もうとしているオッサン。

 卑弥呼は取り合えず、この男は毒の沼にでも放りこんでおこうと思った。

 微妙に悪質な呪いに侵された、半死半生の村。

 ノアニールへと、二人は降り立った。







 長くなりそうなので、「つづく」と打ってみる。



[4665] 休憩所 卑弥呼 2
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/11/09 03:22

「ない、ない、ない……!」

 捜索三日目。

 宝物は、探せど探せど見つからなかった。

 捜索範囲は自分の執務室から社全体に拡大している。

 無論人を使ったりなどはしない。これはあくまでわし個人のことであるし、そもそも人にアレを見せる気などさらさらない。

 自分で探す分仕事が滞っている気もしなくもないが、まだ許容範囲じゃ。……たぶん。







『働いたら負けだと思う呪い』にかけられ寂れた村、ノニアール。

 目の前には、好奇心を否定し尽くす面白みの欠片もない風景が広がっている。

 色々と初冒険を台無しにされたことに対する憤りを覚えつつも、楽しまなければ損と歩き回ることになった卑弥呼とロビン。

 しかし、世界は二人を裏切り続けた。

「ここは武器屋、だったらいいと思う」

「願望?」

「こんにちは旅の人。昨日はお楽しみでしたね」

「なんのことじゃ?」

「鬱だ、店辞めよう」

「ま、待て!早まるな!」

(まともな店はないのかー!?)

「満足したか?」

「するかぁ!」

 卑弥呼は「どうだ」と言わんばかりに胸を張る婚約者の脛を蹴る。

 が、あっさりと避けられてしまう。

「なにが不満なのだ?望み通り、静かという条件を満たした人里だぞ?」

「ぬし、実は馬鹿じゃろ!?そうなんじゃろ!?」

「失礼な、俺は時期魔王だ。故に馬鹿ではない」

 ……この空間には、わし以外まともな人間がおらんのか?

 人生の真理に目覚めそうな気分の卑弥呼だった。

「しかし……なんとかならんのか、この村は」

「なんとかするのは、俺達ではなく勇者の役割だろう」

 それは当然、卑弥呼も重々理解していた。

 だが彼女はたった10歳、魔族と人との明確な境界など知らない。

 その合間が所詮曖昧なものであることも、それを解し自分の定義を敷くほどの図々しさもない。

 上に立つ者として教育された故に、卑弥呼はこの状況をどうにかせねばと考えた。

「どうせこの村にいても暇なだけじゃ」

 多少馬鹿王子に慣れてきていた少女は、若干強引に村を出た。







 ノアニールより遥か西。

 独自の文明を築く小さな集落、エルフの隠れ里は森の中に存在した。

 エルフとは分類的には人に近い種族である。

 しかし人間が自然より完全に独立した種族であれば、エルフは自然との境界を曖昧にすることで自己を守った種族。

 遥か太古異なる進化を選んだ二種族は片や地上に溢れ、片や世界に一か所里を残すだけとなる。

 彼ら独特の術式による結界は、森の中に隠れるように張られていた。

 否、隠れるではなく紛れる、の方が正しい。精霊の魔力を利用した結界は偽装の必要もなく木々に直接溶け込んでいる。

「精霊魔法というやつじゃな。存外、強力な結界じゃ」

「神に通じる魔法だ、強力なのは当然だろう」

 卑弥呼が恐る恐る手を伸ばすと、寸前ロビンに弾かれた。

「馬鹿なことをするな。全体力の三分の一は持って行かれるぞ」

「そ、そうか。すまなんだ」

 謝りつつ、卑弥呼はロビンを見上げる。

「……なんだ?」

「……解らんの、お主という男は」

「こんな短時間で理解されるほど薄い奴はそうそういまい」

「可愛くないの」

「俺になにを求めている」

「それもそうじゃな。それで、どうやって結界を突破するのじゃ?」

「魔力を流し込めば解除されると聞くが……別に部外者を執拗に拒んでいる結界でもない、侵入は難しくはないはずだ」

 なるほど、と思い卑弥呼は手を結界に添える。

「こうじゃな」

「あ」

 電撃じみた魔力が卑弥呼に炸裂した。





「なにをしているんだ、お前は?」

「ぬしが言ったのだろ……」

 プスプス煙を上げる美幼女、というのは実に奇妙な光景だった。

「なぜじゃ、言われた通り魔力を流し込んだというのに」

「小規模なドルオーラ的に強引に流し込めば、弾かれるに決まっている」

 ドルオーラは竜特有の、闘気を魔力で圧縮し放つ魔法だ。

 伝承として誇張された部分もあるが、『カラミティ・ウォール』と同系の魔族最強クラスの魔法であるのは間違いない。

 単純な圧縮率では劣るものの、竜闘気と併せて使用する為効果範囲はそれこそ小国であれば一撃で滅ぼしうる超魔法である。

「そんな高等魔法、わしには使えん」

「当然だ、アレはドラゴン種族の中でもごく一部が使用出来るだけだぞ」

 正しくいえば、ロビンの言葉は誤りである。

 卑弥呼が行ったように、使用するだけならば大抵のドラゴンが可能。しかし伝説に伝えられる最強の魔法として放ちうるのは、神竜やドラゴン系魔族最強の一部だけとなる。

「俺が言っているのは、ドラゴン系の魔族に結界の解除なんて繊細な魔力制御が出来るかということだ」

 ロビンは魔力の扱いが誰より上手いと自負していた。事実、魔族としてはトップクラスの制御技能であった。

 180年後に、10歳の賢者少女に徹底的に駄目出しされることとなるのだが。

 手際良く結界を解こうとするロビンを、卑弥呼は恨めしげに眺める。

 そのまま、後ろに傾いた。

「お、おおっ?」

 倒れかけた卑弥呼を、ロビンが溜息しつつ支える。

「本家でも体力の大半を放つ技を、成長過程のお前が使えば簡単に力は尽きる」

「むぅ」

 卑弥呼は唇を尖らせつつも、力が入らずに結局ロビンに体を預ける。

 ロビンは草むらに上着を敷き卑弥呼を寝かすと、自分もその隣でさっさと昼寝を始めた。

「……なんじゃ、この微妙な扱いは?」

 釈然としないものを覚えつつも、彼女は体力の回復を優先し瞼を下ろした。

 やはりこ奴は自分を女性として見ていないと確信しつつ。

 それでも彼が自分を、不器用ながらも気遣っている確信を得て、実になんとも言いようのないこそばゆさを感じつつ。

 妙にふわふわした浮遊感を眠気のせいと判断し、少女は眠りについた。







「大蛇。ほれ、大蛇や」

 誰かが、わしの肩を揺すっていた。

「お母様……?」

「こんな大きな子を成した覚えはないの」

 目の前に、卑弥呼がおった。

「寝て、おったのか?」

「寝てたの。まったく寝顔だけは素直だからに」

 子供扱いするな。

「なんじゃ、こんなところまで」

 周囲を確認し、改めて自分の表情は驚愕に染まった。

 ここはわしの執務室。即ち、地上。

「馬鹿な、なぜお主が地下から出てきた……!?」

 ありえぬ、この蓬莱ニートが自主的に外に出るなど……!

「失礼なことを言ってくれるの、我とて必要なら出てくるわ」

「外出が必要なほど濃い人生を送っているか?」

 わしの口に煎餅を押し込めて来ようとする卑弥呼。やめんか。

「仕事の話じゃ」

「む?あの書類は3日以内に書き上がればよいと言っといたろ?」

「あれから一週間経っとるがな」

 なん……だと……?

 部屋から飛び出し、女中に日付を確認する。

 間違いなく、卑弥呼に会いに行ってから一週間後だった。

 部屋に戻る。卑弥呼は綺麗に正座して茶を飲んでいた。

 対面に座り、茶を啜る。

 息を吐き、ふっと笑った。

「少しばかり、集中し過ぎたかの」

「恥ずかしいポエムでもなくしたか?」

 惨劇と言って差し支えない散らかった部屋を眺めた卑弥呼にそう評された。

「仕事、溜まっておるのか?」

「ん」

 指差された方向を確認すると、そこには

「なんにもないな」

「現実逃避ヨクナイゾ」

 大量の和紙が、比喩表現抜きで山となっていた。

 ―――さて。今日は徹夜か。







 今度こそ、エルフの里に入る。

 木漏れ日の射す涼しげな里には、小さな建物が点在した。

 青々とした木特有の匂いが香り、時間が止まったかのような錯覚さえ引き起こす。

「景色は珍しくもないが、空気は大分違うの」

「潔癖症のエルフらしいな」

 排他的で警戒心の強いエルフは闖入者に困惑し、物陰から両名を伺っていた。

 というか、物陰から尖った耳が飛びだしていた。

「馬鹿にされておるのだろうか?」

「単に馬鹿なのだろう」

 二人は勝手に奥へ進む。

「お前達、止まれ」

 勝手に進む。

「こら、待たないか」

 進む進む。

「待つな、行け」

「少し休憩するか」

「……どれだけ捻くれ者なのだ貴様」

 エルフの男が呆れた視線をロビンに向けた。

「ここより先は立ち入ってはならん。それとも、なにか森の女王様に用か」

「さて、どうかな」

「なんだ、その返事は?」

 エルフは訝しげな目を強める。ロビンの曖昧な返答を卑弥呼は慌ててフォローした。

「ノアニールの呪いを知っておるか?あれについて、話を聞きたいのじゃ」

「呪い?ああ、あのふざけた男の件か」

 得心がいったように頷くエルフ。対し、彼らの疑問は深まった。

「むむ、なにがあったのじゃ?」

「……そうだな、知りたければ直接女王様に訊ねるがよい。我々は基本来るものは拒まぬ」

 言い、去りゆくエルフ。

 なにしに来たんだという疑問を抱きつつ二人は更に里の奥まで進んだ。





「人間……ではないようね」

 出迎えたのは、ピンクブロンドのふわふわした髪を持つ妙齢の女性であった。

「お初にお目にかかる、俺は魔王の息子のロビンだ」

「魔王の息子、となると魔族の王子様なのね。……また変なのが来たみたい」

 眩暈を抑えるように指先を額に当てるエルフの女。

 同意で思わず頷く卑弥呼だった。

「私はエルフの長のカトレアよ。魔の王子様が私に何の用?」

 この態度は彼女の素である。何物にも縛られぬエルフ本来の気質を、この女性は如実に体現していた。

 とはいえ、この態度は訪れた者の緊張を取り除く要素ともなる。

 事実、卑弥呼は仮にも王である彼女に若干の親近を覚えた。―――少なくとも、魔王や厳格な父親よりは。

「わしは卑弥呼と申す。唐突で申し訳ないが、ノアニールの呪いについて聞かせて頂きたい」

「あら、その話?なぜ魔族の貴方達があの呪いについて訊くの?」

 二人は胸を張って答えた。

「好奇心じゃ」

「時間潰しだ」

 カトレアは頭を抱えた。

「……好奇心は猫をも殺す、という言葉を知っている?」

「猫程度しか殺せないとは、抑止力としては大したことはないな」

 なぜか自慢げなロビンである。

 卑弥呼は溜め息を吐き、自分だけで説得を試みることにした。

「女王よ。わしらは婚約者という間柄なのじゃが、如何せん歳が離れている。そんな若い二人の初めての遠乗りなのじゃ。どうか、ヒマ潰しのネタを提供してはくれぬか?」

「内容が変わっていないわよ?」

 カトレアは可笑しそうに上品に笑った。

「む……笑われるようなことは言っとらんぞ」

「貴女からすればそうかもしれないわね。でも、婚約者云々話している貴女があんまり可愛らしかったから」

 クスクス笑い続けるカトレアに卑弥呼は唇を尖らせた。

「ふふっ、ごめんなさい。でもあの呪いのことなんて聞いてもつまらないわよ?」

「それは困る。出来れば面白可笑しく話してたもうれ」

 カトレアは少し考え込み、二人に着いて来るように促した。





「ルイズ、私の可愛いルイズ。今いいかしら?」

「今忙しいの、あとにしてちい姉さま。……ハァハァ、さいときゅん燃え」

 小さなツリーハウスの中に案内された二人が見たのは、女王と同じピンクブロンドの少女がハァハァしている光景だった。

 その様は、真のHI・KI・KO・MO・RI。

「ねえルイズ、話を……」

「うるさいうるさいうるさい!」

 髪の毛を振り乱し地団駄を踏むルイズ嬢に、女王は肩を竦めた。

「……こんな調子なのよ」

 黒髪の少年の人形を舐め回す少女。

 まるで異世界CHI・KYU・Uにおける虚無のルイーズである。

「なんなのじゃ、あの人形は?」

「アルビオンの勇者サイトよ」

「アルビオン?何処じゃ、それは?」

 卑弥呼の疑問にロビンが答える。

「この大陸の西端にある島国だ。サイト、といえば7万の魔物の進軍を押し留めたとされる英雄だったな」

 巨大大陸の北西。この地帯は、古来より紛争と領地争いの絶えぬ土地だった。

 そして、アルビオンは現在でいうエジンベアの西側に位置する島国である。

 現在でこそ地図上からその名は失われてエジンベアで統一されているが、今でも彼らは西と東では別の土地と固く信じている。

「最も、そもそもそんな作戦自体なかったんだが」

 そう付け加えるロビン。

「魔物の進軍自体がなかったのなら、その武勇伝は?」

「ハッタリかなにかだろう、そもそもアルビオンの勇者はルビスの加護を受けていない『自称』勇者だ」

 自称勇者など、さして珍しくもない。

 この世界において勇者とは信仰的な象徴でもあり、そしてひどく曖昧なものである。

 無論国に認められた勇者ならば実力的にも疑いようがないが、勇者を名乗りつつ行うことは盗賊であったり、チンピラまがいなことまであるのだ。

「で、その自称勇者とお主の妹、どういう関係があるのじゃ?」

「この子、遠出した時にその勇者を見て以来こんな調子なの」

「チンピラなのじゃろう?よほど美しい顔立ちなのか?」

「いえ、私も見たけれど……鼻も低いしぱっとしないし貧相だし背も低いしオモロ顔だしセンス悪いし」

 森の王女は歯に衣着せぬ女だった。

 そして卑弥呼は勇者を 根拠もなくチンピラと決定していた。

「可愛い妹をこんな状態にされた逆恨み、手近な村を呪いでもしないと晴れなかったのよ」

「今逆恨みと言ったな!?」

 衝撃の事実だった。

「ついカッとなってやってしまったのよ。後悔はしていないわ」

「……とりあえず、あとで解きに行け」

「そうね。もう頃合いかしら」

 なんの頃合いだ、とツッコミを入れそうになる右手を押さえ卑弥呼は疑問だった部分を訊ねた。

「ところで、その勇者というのは鼻も低いしぱっとしないし貧相だし背も低いしオモロ顔だしセンス悪い、いいとこなしの男なのじゃろう?なぜ主の妹はそんな男に惚れたのじゃ?」

「貴女、流石に言い過ぎだと思うわ」

 卑弥呼は無言でツッコミを入れた。

「そうね、確かにその男は鼻も低いしぱっとしないし貧相だし背も低いしオモロ顔だしセンス悪いのだけれど、神の槍を持っているのよ」

「……胡散臭いの、仮に実物だったとしてもチンピラ程度に神器は扱えまい」

「いや、その情報は本当らしい」

 ロビンが神妙そうな顔付きで割って入った。

「俺も直接見たわけではないが、エジンベア王を襲った大型の魔物を3km先から射抜いたそうだ」

「それは……確かに凄いが」

 だとしても、一度感じた胡散臭さは簡単には晴れない。

 釈然としない思いを抱きつつも、話はついたので二人はエルフの里を去ることにした。







 ノアニールの呪いは解けた。

 「二人はあの村に寄るんでしょう?ついでにこの粉を撒いて来てくれないかしら?」というカトレアの横着により目覚めの粉なる危ないクスリを大気中に散布する魔族二人。

「ヒャハハハハハ!」

「ウヘェ、ウヘヘエ!」

「しゅぽぽぽぽぽぽ!」

 長い睡眠欲から解放され、狂喜乱舞の村人達。

「大丈夫なのか、この薬?」

「後遺症はないそうだ」

「副作用はあるのだな」

 危ないクスリに毒されては堪らないということで早々に村を去ることにした二人だったが、そこでロビンが卑弥呼に村の側で待っているように言った。

「ま、待て!わしをこんな場所に放置する気か!?」

「すぐ戻る。エルフの里に忘れ物をした」

「ならばわしも連れて行け!」

「断る」

「断るな!」

 結局、村の外で待つことになった卑弥呼である。

 時折聞こえてくる叫び声に震えつつ、ロビンに恨み事を呟き続ける少女は若干ホラーであった。







「ここまででいいか」

「うむ」

 地下世界に帰還した二人は、まず卑弥呼の実家の屋敷前に降り立った。

 この男にも、家まで送るくらいの甲斐性はあった。

「では、失礼する」

「ああ」

 無言で見つめ合う卑弥呼とロビン。

「……」

「……」

「……なんだ?」

「……いや、なんでもない」

 物足りなさを感じる卑弥呼。

 それがなにかは、幼い少女にはまだ解らない。

 去りゆく婚約者の、自分よりずっと高い背を見つめ、少女は踵を返す。

「……楽しかった」

 その呟きは、卑弥呼にもちゃんと聞こえていた。







 帰宅した卑弥呼を待っていたのは、使用人の男だった。

「なん……じゃと?」

 直立不動で卑弥呼を見つめる執事服の男。

「どいうことじゃ、……出鱈目を抜かすな!」

 卑弥呼の咆哮は、他の使用人達を震え上がらせた。

 両親にすら見せたことのないほどの覇気。

 高位の魔族二人の血を引いた卑弥呼は、親達すら凌ぐ素質を持ち生まれたサラブレットである。

 下級の魔物で構成された使用人達は、僅か10年しか生きていない魔族の少女にその血脈の本質を垣間見ていた。

 ただ一人、微動だにしない執事。

「確認の取れた、事実であります」

 彼もまた、激情を押えこむが如く淡々と告げる。

「旦那様と奥様が、人間に討たれました」

 魔族においてなお最強であった二人が討たれた。

 それは、魔の眷属達を混乱に追い込むに充分足り得る事実であった。

「……誰じゃ」

 俯き、震える卑弥呼。

「誰が、お父様とお母様を討ったのじゃ」

 執事は初めて躊躇う表情を見せたが、それをすぐに隠しその名を述べた。

「アルビオンの勇者・サイトであります」



 ―――ヤツか。

 卑弥呼の瞳に過るのは、間違いようもなく人間の宿敵・魔族の怒りであった。





 続く







 ガイデン ガ オワリマセンー。

 ちなみに私はゼロ魔が嫌いではありません。名前が思いつかなかったのでつい。



[4665] 休憩所 卑弥呼 3
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/11/09 03:21

「それで?」

 書類仕事の時だけかける眼鏡を直し、姿勢を正す。

「唐突になんじゃ」

 事務仕事を手早く処理するわしに、背面から擦り寄ってくる犬。

 ……もとい、人間の卑弥呼。

「それでそれで?ほれほれ、正直になるが良い」

 首に腕を絡ませるな、鬱陶しい。

 じゃが反応すれば調子に乗るので、無視で通す。こやつの対処にはそれが一番。

「好きなのじゃろう、こういうのが」

 無反応のわしの胸元に、卑弥呼の手がスルリと入る。

「―――って、なにをする!?」

「ふむ、やはりサラシか。巻いてそれだけの迫力なら、脱げばどうなるのだろうな?」

「知らん!わしにそういう趣味はないぞ!」

「我とてそんな趣味はないわ」

 ならやるなっ。

「それで?どうなのじゃ?」

「なにがじゃ!?」

「男とはどうなった?」

 脱力した。その話か。

「しかもこの眼鏡はなんじゃ。いやらしい」

「なにが」

「そんなに全属性を制覇したいのか?」

「火属性以外、持ち合わせておらんが?」

「ああいやらしい女じゃ、けしからん。けしからん胸じゃ」

 とりあえずロビンの話からは離れたらしい。

 蒸し返されても迷惑なので、性的嫌がらせは放置する。

「いやらしい、なんという嫁じゃ」

 嫁姑ごっこに突入した。

(う、鬱陶しい)







 人々が寝静まった深夜の国。

 静まり返った集落の広場。

 月明かりに照らされた黒髪の少女は、星空を見上げ小さく嘆息した。

 この国の特色である黒髪。

 少女は艶やかな黒髪を有する為現地人のようだが、実際は完全な異邦人である。

 変装用に調達した巫女装束を纏い、今日一日徒労となった諜報活動を思い返す。

 卑弥呼はジパングへ来ていた。

 アルビオンの勇者サイトがジパング出身との情報を得、調査へ来ていたのだ。

 卑弥呼は自分の両親を殺めた勇者を、既に過小評価していなかった。

 徹底的に調べ、必勝の法で『■す』。

 そう思考を走らせ―――身震いした。

(わしは魔族じゃ……魔族は人間を糧とするものじゃ)

 そう自身に言い聞かせるが、拒絶し続ける部分がどうしても残る。

 人間は両親を殺した存在。その憎しみは計り知れない。

 なのに、彼女は今まで目に付いた人間を殺そうと思わなかった。

 この様で、アルビオンの勇者を―――倒せるのだろうか。

 相手は魔族を撃破するほどの猛者。躊躇していい相手でないことは確かなのに。

 自分の割り切れない動揺に戸惑い、不甲斐なさが残る。

「しかし……」

 暗い空を、もう一度見上げる。

「いいのう、この装束は」

「勇者の話ではなかったのか?」

 いつの間にか魔族の王子が側に来ていた。

「ぬ、お主か」

「気付いていただろう」

 沈黙。

「いいと思わんか、この服は」

「気に入ったのか」

「うむ。情緒と機能性とデザインが素晴らしい。あと落ち着く」

「そうか」

 沈黙。

「今、誤魔化したな」

「一瞬騙されるお主に驚きじゃ」

 フン、と鼻を鳴らすロビン。

「敵討ちか?」

「そうじゃ」

「似合わないな」

 卑弥呼はロビンを睨む。

「主はなにをしに来たんじゃ。止めに来たのか?」

「まさか。やりたければやればいい」

 ロビンに止める意思はなかった。どちらにしても、背負うのは本人なのだ。

「俺はお目付け役だ、お前に万が一のことがないように見ているだけだ」

 戦闘の助言が欲しければ構わんが、とそっぽを向きつつ呟くロビン。ツンデレである。

「この国で情報収集していたらしいが、なにか判ったか?」

「うむ。どうやら、勇者はこの国の出身ではないらしい」

「……誤情報だったのか?」

「いや、勇者がジパング出身だというのは本人の口から出た情報じゃ。それが誤りというのであれば―――」

「―――勇者サイトは、嘘を吐く必要のある、後ろ暗い部分を持つ人間だと?」

「さて、な。虚偽を公言しているのは間違いなさそうじゃが」

 どうも胡散臭い、と卑弥呼は考える。

 というより、胡散臭い要素が多過ぎる。

「しかし―――それでも、お父様とお母様を倒せたのは事実。……神の槍、とやらの力か?」

「それが一番胡散臭いがな」

 一度、神の槍について調べる必要がある。

 卑弥呼は、敵の本陣・アルビオンへ乗り込むことを決めた。







「乗り込むことを決めた、のではないか?」

「着いて来るな、馬鹿王子」

 一旦二人は屋敷へ戻った。

 使用人は、今後の方針が決まるまで休暇ということになっている。場合によってはそのまま暇を出されるかもしれない。

 部下達の衣食住を守ることすら危ういことに無力さを覚えつつ、卑弥呼はたった数日で閑散となった庭に立ち尽くした。

 おかしなものだと思う。

 つい昨日、いや一昨日まではここに両親がいた。

 だが今は、卑弥呼とロビン、それと必要最低限の使用人のみ。

 そう考えると怒りが湧くが、すぐに悲しみがそれを上回る。

 自分は、戦いに、魔族に向かないのだろうか。

 自分自身すら否定してしまいそうになる弱さに嫌悪する。

「こんなことで―――仇討ちを果たし、この家を守ることなど……」

「贅沢だな、どちらかに絞れば果たせるだろうに」

「なに?」

 卑弥呼は彼の言葉に耳を疑った。

「それは……褒められておるのか?」

「勘違いするな。別にお前ならその幼さで家を復興することも不可能ではないとか、そういう評価をしているわけではない」

 何度も繰り返すが当時からツンデレだった。

「意外と買ってくれていたのだな」

「違うと言っているだろう」

 実にヤンデレだった。

「……もういい」

「なにがだ?」

「もう、仇討ちはせん」

「そうなのか?」

 ロビンは、それこそ意外と感じた。彼女は頑固な人間だと考えていたからだ。

 そして、それは事実である。

「ああ。お主がそういうなら、仇討ちなんてやめよう。わしはこの家の再興に集中する」

「本当に?」

 卑弥呼は胡乱な目でロビンを見る。

「しつこいぞ。なぜ疑う?」

「お前は、中途半端が嫌いな女だ」

 断言口調だった。

「妥協は必要じゃ。好き嫌いに関わらず、な」

「そうだな。お前がそう判断するなら、俺の役割は終わりか」

 ロビンは城へ帰ることにした。

 ルーラを唱え、姿を消すロビン。

 卑弥呼は男のいた空間を眺め、しばらくしてから執事を呼ぶ。

「キメラの翼を持ってきてたもれ」

「はっ。……あの、どちらへ?」

 応えてから、疑問を覚える執事。本来なら彼の在り方として許されるものではないが、指定されたアイテムに嫌な予感を禁じえなかったのだ。

 そして、その勘は至極正しい。

「エルフの里を経由して、アルビオンへと乗り込む」

 卑弥呼は単身敵地へ乗り込む為、ロビンに虚言を吐いた。

 ロビンはきっと、卑弥呼に危険が迫れば力を貸す。それが嫌だった。

 復讐に手段を選ぶことが嫌なのではない。借りを作るのが嫌なのではない。

 いざとなれば彼が助けてくれる、そう思ってしまう自分の弱さがなによりも嫌だった。

 幼かろうが、人殺しに躊躇おうが、彼女は誇り高き魔族だった。







 ガラの悪い男達がたむろする酒場。

 いつの時代でも、安酒を求める彼らを受け入れる店はあり続ける。

 女がいないわけではないが、彼女達も決して穏やかな職に就いているわけではないと誰でも判る。

 そんな空間に、不意に異分子が転がり込んだ。

 白い上着に赤いスカート。

 ジパングの巫女装束を着た卑弥呼である。

 その特異な姿に、酒場中の視線が集まる。

「……なんじゃ?子供が酒場に来るのがそんなに珍しいか?」

「いや、その格好が珍しいんだよ」

 女戦士が即座に指摘する。女子供が珍しいのも確かだが、特別魔力の高い魔法使いが子供の頃から実践を経験することは稀にある。

「なにをいう。これは、ジパングのれっきとした魔法使いの正装じゃ」

「そ、そうかい」

 あまりに自信満々に答える卑弥呼に、女戦士は「そうなのか」と納得した。

「……そう、そのジパング出身の勇者がこの国におると聞いてな。居場所を知っていれば教えてはくれんか?」

 出鼻を挫かれ若干調子を崩した卑弥呼だったが、無理に修正して予め準備していた文句を口にする。

 女戦士は卑弥呼の言葉を聞き、苛立たしそうに鼻を鳴らした。

「フン、悪いことは言わない。あれは勇者なんてもんじゃないさ、興味持つだけ無駄だよ」

「む?会ったことがあるのか、お主は?」

「ああ。確かに神の槍を持っているのかもしれないが、あれは駄目だ。しかも鼻も低いしぱっとしないし貧相だし背も低いしオモロ顔だしセンス悪いし」

 とりあえずこの言い回しは、アルビオンの勇者を指し示す基本らしい。

「とにかく教えてほしい。頼む」

 頭を下げる卑弥呼に、女戦士の方が慌てた。実はいい人らしい。

「まったく……アイツは、この町の東の平原にいるよ。あのふざけた神の槍には丁度いい場所さ」





 彼は、異世界の人間だった。

 魔法使いの召喚ミスによりこの世界に現れた異邦人。

 彼は自分の世界では軍人であり、大砲の担い手だった。

 訓練準備中に突如召喚され、一人乗り込んでいた彼は大砲ごと異世界へと召喚される。

 彼の名は自衛隊員サイト=ヒラガ。

 共に召喚された大砲の名は、90式戦車。

「ったく、ふざけんじゃねえぞ」

 サイトは愚痴るように呟く。

 彼が召喚された世界は、異世界・地球の常識が通じぬ世界だった。

 単独の人間が剣と呼ぶには巨大過ぎる鉄塊を振り回し、高ランクの魔法使いが一対一で争えば町が滅ぶとまでされる世界。

 そんな世界で、サイトはあまりに普通過ぎた。

 彼の持ち得る武器は44口径120mm滑腔砲と74式車載7.62mm機関銃のみ。

 しかもうっかり通りかかった魔族を撃破し、勇者扱いされたから堪らない。

 戦車は彼一人では動かせない。燃料も砲弾も無限ではない。

 だからこそビビりな彼は、こんな場所で一人魔族の反撃に怯えていたのだ。

 だが魔族の反撃は、彼の予想とは違う形で現れた。

「夜遅くに失礼。―――お前が、勇者か?」

「あん?」

 復讐者は、人間の・子供の姿だったのだから。

「巫女?」

「ほう、この服を知っておるのか。ジパングのことに関してはそれなりに調べておるのじゃな」

「あ、ああ。……いや、俺は元々ジパング出身だからな」

「アルビオンの勇者・サイトじゃな」

「……そうだ」

 この肩書は彼としても不本意だったが、現在の彼の収入は勇者として国から支給されるそれだけだ。

 かなりの金額なので、しばらく勇者のフリをしていれば当分の生活費は貯まる。

 その後は、好事家でも探して戦車を売り付け町に紛れればいい。

 町の方が村より紛れるのに適しているのは、どんな世界でも共通である。

 その計画は、この夜崩壊することとなったが。

 卑弥呼は、深呼吸を一つ。

 そして、丁寧とすらいえる魔力制御にて人の姿を捨てた。

 躯体はかなり小さい。それこそ、90式戦車とさして変わらない。

 幼い彼女は、ヒドラでありながら首が一つしかない。ドラゴン種族としてはあまりにも脆弱過ぎる力であった。

 だが、それでもサイトからすれば別。

 即座に放った炎のブレスは、彼の体を一瞬で包む。

「ぎゃあああああああ!!」

 断末魔のようだが、片腕をやられただけである。

 常識的に考えて片腕に大火傷を負えば、とても戦闘出来るものではないが。異世界ファンタジー的に見れば軽傷なのである。

 辛うじて炎から逃れたサイトは、戦車の中へと逃れる。

 元々レーダーに反応しない、生物の魔族に警戒していたのだ。彼は、戦車の上でハッチを開いた状態で構えていた。

 卑弥呼はその鉄の箱が如何なる物か理解していなかった。

 超長距離からの攻撃を可能とする『神の槍』対策として、人の姿で接近したのは正しかった。

 だが、槍という名前に惑わされ過ぎたのだ。

 砲塔が自身を向いても、それは槍に連想されなかった。

 彼女は畳み掛けるようにブレスを吐く。

 瞬間、副砲である74式車載7.62mm機関銃が火を吹いた。

 卑弥呼は零距離から砲弾を受ける。

 零距離だからこそ威力は大きかったが、それ以上に主砲の餌食となることは避けられたのが彼女の幸福だった。

 少女は咆哮すら上げず吹き飛ぶ。

 地面に叩き付けられた彼女は、原形こそ留めているものの明らかに重症。

 血を噴き出し、痙攣する子竜。

「やった―――か?」

 サイトは呟くが、まだ致命傷には至っていない。

 ドラゴンの生命力は、それほどまでに絶大なのだ。

「―――っ」

 卑弥呼は、戦車を睨み付ける。

(これが―――神の槍?)

 否、と彼女は断じた。

 この程度で、両親が討たれるはずがない。

 わしはまだ生きているのだから。

 しかし、死に態なのは事実。

 卑弥呼は最期の悪足掻きとばかりに、自身の魔力をかき集めた。

 口内に光が宿る。

 ドラゴン種族のみに許された、全ての生命力を放つ最強の技。



『ドルオーラ』



 不穏な気配に、再び銃口が卑弥呼へと向けられる。

 対し、卑弥呼は未だドルオーラの準備が整わない。

 速射性という観点においては、地球の兵器は異世界の魔法を超えていた。

 卑弥呼が今度こそ死ぬのだ、と理解した瞬間―――

 ―――90式戦車が、真横に倒れた。

「ここにいたか、探したぞ」

 卑弥呼の馬鹿婚約者が、当然のように立っていた。

「……なにをしているのじゃ、お主は」

「お前こそなにをしているんだ?」

 平然と戦車を蹴り飛ばした男を卑弥呼が睨む。

「なぜ、ついてきた?」

「俺はお前に会いに来ただけだ」

 戦車をサッカーの如く蹴り飛ばし続けるロビン。

 中身はそれなりに悲惨なこととなっていると想像出来た。

「この男に関しては俺が始末する。帰るぞ、卑弥呼」

 卑弥呼はロビンを更に睨む。

「……余計なことを、するな。これはわしの戦いじゃったのに」

「ああ。俺は、俺の戦いを済ませただけだ」

「なに?」

「お前に死なれるのは嫌なんだ。だから、お前を傷付ける存在は俺の敵だ」

 陳腐な殺し文句だったが、卑弥呼を落ち着かせる程度には間抜けなセリフだった。

「……解った。帰る。すまんが、送ってくれんか?」

「それが男の義務だな」

 義務ではなく自分の意志で案じて欲しい、と卑弥呼は思った。

 卑弥呼を背負い、ロビンは呪文の準備をする。

「―――と、そうだ」

「ん?」

 大きな背中に頼もしさを覚えていた卑弥呼は、不意に渡された小さな箱を落としそうになった。

「なんじゃ、これは?」

「さっきもドルオーラを使おうとしたろう?お前の今の実力では一発も満足に使えないんだ、保険として魔力回復アイテムくらい持っていろ」

 それは、エルフの里の道具屋でのみ購入可能なレアアイテム。

 箱を開いた時、卑弥呼は不覚にも落ちてしまっていた。

 長く自分を縛り続けるであろう、本能という呪いに。







「やっと見つけた……」

 若干疲弊しつつも、わしはようやくそれをみつけた。

 社中をひっくり返さんと探し上げ、その末見つからず途方にくれる。

そして意気消沈して不貞寝気味に布団にもぐりこみ、実家の宝物庫に保管していたことを不意打ちで思い返しアレフガルトまで遥々帰郷である。

 勿論仕事は山のように残っている。

 じゃが、コレをなくしたかもしれないという不安があっては元より仕事など手につきそうにない。なのでこれで良しとする。

「大事にし過ぎる、というのも考えものじゃな」

 今度からは普段から身に着けていることとしよう。―――ふむ、そうしよう。

 埃っぽい部屋の中、わしは小さな箱を手に一人にんまりと笑みを浮かべた。

 そっと箱を開く。

 それは、小さな指輪。

『祈りの指輪』と呼ばれる、魔力回復アイテム。

 一度も使ったことのないそれを、卑弥呼は薬指に嵌める。

「いいじゃろう?もう、お互い子供ではないのじゃし」

 長く放置されていた指輪は、それでも輝かしく、小さく光っていた。







 @火器



 さっそくですがアンケートです。次の展開のうち、どちらがいいですか?



① 大魔王に敗北→ロビン、勇者の実家に謝罪→アル母「別に貴方が(ry」→XXX

② 卑弥呼と決別→ロビン死亡→地獄→卑弥呼マザー「娘が迷惑を(ry」→XXX



 先に3票入った方が採用され……ダメですか。そうですか。


 夜中の3時に書いているので、誤字脱字矛盾点が凄いかもしれません。コメントのお返事は次回まとめてします、ごめんなさい。



[4665] 三十五里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2009/12/06 23:23

 馬鹿魔王によって半壊したアリアハン城。

 しかし城は、急遽呼び出されたフリント博士によって一晩で防衛機能を回復させていた。

「フリント様、こちらはどうします?」

「そこには爆発反応装甲を設置しておけ。……ああ、色はレインボーじゃぞ」

 魔改造される城を見上げ、昨晩から無言を貫いていた勇者はようやく口を開いた。

「ロビン、私は大魔王を倒すから」

「構わんさ。別に俺は親父のことをなんとも思っていない」

「それは嘘」

 断言された。

「ロビンは、あの人を父親だって理解しているよ。でも私も、引かない」

「マジであんな奴どうでもいい。……別にツンデレではないぞ」

「私なにも言ってないよ?」

 ラストダンジョンへと変貌していく、元アリアハン城。

 昨晩の騒動もあり、魔王復活は噂として城下町に広まっていた。

 それに引き続き、アリアハン城の極彩色化。

 人々は魔王がアリアハンに侵出したものと恐れ慄いた。

 曰く―――『魔王城移設問題』。

「……で、どうしてそう思うんだ?」

 姫だけではなく、変人なのはアリアハンの民を含めた国民性そのものかと。

「えっ―――と、勘?」

 かん(笑)。

「だが、しかしな」

 アリアハンの城下町、そして彼方の海岸線を見やる。

「俺のスーパー・カラミティ・ウォールで相殺したとはいえ、海岸線では相応の被害があったみたいだしな」

 それはレイチェス号も例外ではない。

 あの戦艦がそう簡単に大破するわけがないが、漢気溢れた艦長が船体を盾にしたらしく、モロに座礁……というか上陸してしまっているのだ。

「ところでロビンのネーミングは小学生だね」

「ピュアな口調で言われるときついぜ」

 咄嗟に口走った『ポリフォニア』も厨学生だったと思うが。

「大魔王、親父の城……俺の実家は地下世界にある。俺のルーラでは、船ごと運ぶことなんて出来ないぞ」

 スイのルーラなら可能かもしれないが。あれは二度と使用禁止である。

 座礁した船もスイルーラなら復帰可能だが、また異世界までいくのはご免だ。

「そこまで言いますか?」

 ちっこい賢者少女がジト目で俺を見上げていた。

「うん、ロビン。相手は子供なんだからもっと優しく丁寧に言わないと」

「手本を見せてくれ」

「えっ?」

 硬直するな、勇者。

「えっと」

「はい」

 見つめ合う勇者と賢者。

「そのね、スイちゃん」

「はい」

 見つめ合う勇者と賢者。

「あのね、スイちゃん」

「はい」

 見つめ合う勇者と賢者。

「……地下世界への移動は、なんとかなりそうだから」

「……あの、優しい慰めはどこに?」

「昨日フローラと話したんだけれど、やっぱり空からキアガの大穴を通り抜けるのが一番速いって結論になったんだ」

「あの、慰めは?」

 轟、と風が吹く。

『我の力が必要となったようだな』

 ダチョウが飛んできた。背中にはダチョウの卵を守護していた双子。

『我が名は、ラーミア。伝説を運ぶ、神の翼』

「慰めは?」

「「私達は、マジでずっと待っていました」」

「あの、慰めは?」

『我が名は、ラー(ry』

 お前らうるさい。

「あ、やっと来た」

 アルが待ちかねたと言わんばかりに呟いた。

「まさかアル、本当にこのダチョウで行く気だったのか?」

『駝鳥言うな。我が(ry』

「「あるまじき暴言で……な、なんです!?」」

 突如吹き荒れる暴風。

「スイ!少しうざったいからってバギクロスで攻撃するのはまずいだろう!?」

 立場的に問題なので、すぐさまスイを叱咤する。

「私じゃありませんよ!あんなのでも一応聖属性なのですから!」

 じゃあ、この風は?

「お―――ほっほっほ!フローラ・フォン・ルーク・ド・アリアハン、只今推参ですわっ!」

 姫が豪快に登場した。

 船に乗って。

 船、レイチェス号はラーミアを舳先でどつき、押し退ける。

『な、なにをするきさまらー!』

「レイチェス号は不滅ですわ!」

 それは知っている。知っているが……

「これはひどい」

「私もこれは反則だと思います」

「まあ、フローラだし」

 レイチェス号は、確かにレイチェス号だった。

 見憶えのない羽が生えていたり、竹トンボに似た風車が回っていたり、というか空を飛んでいたりするがレイチェス号だ。

「ゴリアテ?」

「この船の真の姿・レイチェス・ハイウインドですわ!」

「そっちか」

 ピュンピュンピュンと駆動音を響かせつつ浮かぶ巨大戦艦。

「さあ乗り込みなさいアル!」

「うん」

 俺達3人はトベルーラで乗船。ダチョウと双子はなにやら凍り付いているが、どうでもいい。

「さあ行きますわよ、世界の果てまで!」

「文字通りだねフローラ」

「自分の部屋が変わりないか確認してくるか」

「私も本棚が無事か見てこないと」





 飛び去るレイチェス号。

 それを見送るはダチョウと双子。

 彼らは顔を見合わせ、呟いた。

「「私達は、いつまでもラーミアと待っています……」」

 その言葉を聞いたのは、たまたま近くにいたフリント博士だけだった。

「丁度いい、暇なら対空イージスシステムのテストに付き合ってもらおうか」

『クエッ!?』





 地上世界と地下世界を繋ぐ、異界への亀裂・キアガの大穴。

 巨大なこの縦穴は、ネクロゴンドの中心、魔王城の側にぽっかりと口を広げている。

 世に絶望し飛び降りる者が絶えないという理由から、人間達の手によって封印が施されたはずだったが……きっと親父が通る時、余波で吹き飛んだのだろう。

 そもそもこんな場所に封印を施しに来る実力があるのなら、そいつが勇者になればいいと思うのは俺だけか?

 更に言えば、こんな場所まで来る気力があるなら違う方向に頑張れと思うのは邪道か?

 レイチェス・ハイウインドはゆっくりと穴を降下する。

 空から見れば巨大戦艦がとても入るようには思えなかったが、実に巧みな操舵によって船は岩肌に触れることなく浮かび続けていた。

「大したものだな」

「褒めるな、気色悪い」

 ちなみに舵輪を握っているのはレイドである。

 なぜお前がと問うと、こう返ってきた。

「俺のフルネームはレイド・ハイウインドだ」

 今まで苗字が明かされていなかったのは、こんな微妙な理由があった。

 とはいえ俺はスイと姫の苗字くらいしか知らないのだが。

 閑話休題。

 次第に、眼下に光が差してきた。

「下から光が差すのも、変な気分だね」

「そうかもしれないな」

 考えたこともなかったが、言われてみればなるほど奇妙かもしれない。

 光はみるみる大きくなり、そして船を包んだ。

 光量の急激な変化で眩んだ目の回復を待つ。

 そして、俺達が見たものは―――

「―――凄い」

 箱庭のような、切り取られた世界・アレフガルトであった。

「海の向こうが、滝になっている……」

 アルが囁く。

「アレフガルトの果て、通称『ワールドエンド』だな」

 一応解説しとく。

「あ、れ?この世界は、球体ではないのですか?」

 スイが船の縁から身を乗り出し、海平線を指さす。

「危ないからやめさない」

 ひょいと脇を持って安全圏まで退避させる。空を飛べる彼女には無用な心配だが、判っていても肝が冷えそうな気分だったのだ。

「……ロビンさん、あれ以来邪険な扱いはしなくなりましたけれど。今度は子供みたいな接し方になっています」

 唇を尖らすスイ。あれ以来……あの告白か。

「ならもう少し女を磨くんだな、賢者『少女』」

 むぅ、とそっぽを向いてしまう。そういうところが子供だというのに。

「痴話喧嘩はいいから、この世界のこと教えてくれないかな?」

 アルにさらっと痴話喧嘩とか言われた。傷付く。

「ほら、早く」

 脇腹を突いて来る勇者。

「なんか不機嫌じゃないか?」

「そんなことはないよ?」

 嘘だ、絶対不機嫌だ。

 この世界の説明を中断されたのが、よほど不満だったらしい。

「貴方も大概馬鹿ですわね……ああ憎らしい」

 銃を弄り始める姫。こいつが不機嫌になったらどうしようもないので、さっさと解説しよう。

「さて。スイがこの世界が球体ではないと考えたのは、あれが理由だろう?」

 遥か遠くに海平線の替わりに見える、切り立った滝。

 この位置からはその一部しか視認出来ないが、滝は確認出来る限り延々と左右に伸びている。

 そして、それは実際果てなく―――正しくいえば、再び両端が合流するまで続くわけだ。

「まるで、一般の方々が考える天動説の世界です」

 よく考えてみれば、上の世界でも地上は平面と考える者が大多数だったな。航海術が発達してきた以上知る人間は知っているみたいだが。

「イメージとしてはそれで合っている。もっとも、正しくは平坦ではなくドーム状に隆起しているのだが」

「それは……一応は球体の一部ということですか?」

 察しがいいな、流石賢者。

「この世界を作ったのは、精霊神ルビスという存在だ」

「精霊神?矛盾した言葉ではありませんか、それは?」

 さっきから返事するのはスイばっか。コイツくらいしか内容に着いていけないのだが。

「そうだな。元は精霊だったものが昇格して神になったらしく、存在としてはヘンテコだ」

「ヘンテコですか」

「……ヘンテコだが、力の規模は間違いなく並の神を超える」

 この世界を創造しただけでも、精霊の域ではない。

「世界創造の時点では、この世界も上の世界と同じく球体だった。球は物体の一番自然な形状だからな」

 表面張力ではないが、角ばった石も河の中では形を保てない。

 どのみち丸くなってしまうなら、初めからそう作るのは当然だ。

「だが、その精霊神ルビスを倒し、封印した存在がいた。それが―――」

「大魔王ゾーマ?」

「その通りだ」

 改めて、親父の出鱈目さが判る。

 魔族は精霊と同じ中間管理職的な立ち位置だ。

 それが、上位存在の神を打倒するとは。

 ……まあ、だからこその『大魔王』なのだろうが。

「世界を維持する精霊神ルビスが倒され、ワールドエンドと名付けられた孔は少しずつ世界を浸食していった」

「そしてついには円盤状にまでなってしまった、と」

 頷くだけで答える。

「では、いつかは完全消滅してしまうのでは?」

「当然そうなるな」

 まあ、人間だって馬鹿ではない。

「いよいよとなれば、上の世界に居住するさ。世界の心配はひとまず置いとけ」

「あ、下の世界では上の世界は認知されているんだ」

 意外そうにアルが反応。だが、

「そもそもこの世界の人間は、上の世界の移住者かその子孫だからな」

 アルはしばし黙考した。

「ねえ、ロビン。精霊神ルビス様は、大魔王より弱いから負けたんだよね?」

「まあ、時の運もそれなりに絡んでいただろうがな」

 正直俺も親父の本気を見たことがないので、はっきりとは判らん。

「ルビス様の封印を解いて共闘出来たら、少しは勝率が上がる?」

「ルビスの封印解除、か……」

 それは、ちょっとなぁ。

「やっぱり駄目?立場的に賛同しかねる?」

「問題があるというか、なんというか……」

 いや、やっぱり大問題か。

「はっきりおし。不具合があるなら言いなさい」

 姫に怒られた。

「それじゃあはっきり言うが、ルビスの復活にはあるアイテムが必要なんだ」

「アイテム?」

「妖精の笛、というんだが」

 アイテム自体が問題なのではない。

 その所在地が問題なのだ。

「いいから、行こうよ」

 痺れを切らしたのか、服を引っ張って催促するアル。

 はあ、仕方がない。







 妖精の笛は、自身の担い手を待つ聖剣のように地面に突き刺さっていた。

 長らく沈黙し続けた聖なるアイテムは、その輝きを失い、ガラクタのようにその表面を曇らす。

 手にしようと思えば、誰でも握れるそれは。

 ―――だが、万人を永きに渡って拒み続けた。

 精霊の笛が拒んでいるのではない。笛は、自身を持ち去る者をひたすらに待ち続けていた。

 しかし、それを拒むは周囲の地面。

 強烈な悪臭を放つぬかるみに、足は鈍り、人々はやがて興味を失った。

 そう、妖精の笛を守護する円形の施設。

 その名も―――

「こ、肥溜め……」

 誰だ、妖精の笛を肥溜めに放り込んだの?

「ロビン、ロビンって精霊神ルビス様が嫌いだったの?」

 鼻を摘んで訊ねるアル。

「いや、俺は適当な場所に笛を捨てただけだ。村人が目印か何かにぶっ刺したんだろう」

 温泉の村・マイラ。

 硫黄の匂いが充満するこの村の裏手にて、俺達は途方に暮れていた。

 硫黄はまだいい。慣れないが、温泉はいいものだ。

 だがこれは……

「……誰が拾う?」

「貴方ですわ」

「ロビン、頼りになるね!」

「尊敬します、ロビンさん」

 待てお前ら。

 男として、彼女達にやらせるのは確かに情けない。

 だが嫌なものは嫌だ。魔族だって勝てない相手はいる。

 というか、こうなることが判りきっていたから嫌だったんだ。

「く―――男は度胸!」

 手近な木の枝に登り、足を引っ掛けて逆さ吊りの要領で手を伸ばす。

「頑張れー!」

「初めて貴方を素直に尊敬しましたわ」

「カッコいいです、ロビンさん!」

 このシチュエーションのどこがカッコいいんだ、スイ。

 あと姫、本気でその生温い目はやめてくれ。

「あ、あと、ちょっと―――」

 震える指先を伸ばす。

 あとちょっと、3センチ、いや1・5センチ……!

「ロビン、危ない!」

「―――あ」

「退避ですわ」

 刹那の浮遊感。

 ああ、落ちたんだな、とどこか他人事のように考える。

 そして―――

「……犬神家」

 なんか言ったか、スイ?





 パーティー陣より温泉への10時間以上の入浴を義務付けられた俺は。

 若干ふやけつつも、レイチェス号の見張り台の上で風に当たってのんびりしていた。

 ああ、涼しい。あれ以上入っていたら茹で魔族になるところだった。

 ところで、女性陣から距離を取られているのはどうしようか。もう匂いの欠片もないというのに。

「まー、肥溜め男に近寄りたい女の子なんていないって」

 ゲレゲレが猫の姿で耳の後ろを掻いていた。

「お前船にいたのか」

「相変わらず失礼だね、王子様」

 敬意が足りん。よし、こいつには後々重要な使命を与えよう。

 ルビスが封印されている塔へレイチェス号は飛ぶ。

 しかし速い。船の前方に円錐状の雲が発生している。

「『あおんそく』で飛んでるんだってね」

「言われても判らないがな」

 スイに訊けば判るかもしれんが。

「ねえ、ルビスが本気で共闘してくれると思っているの?」

「さあな」

 普通に考えれば、人と神が肩を並べるなど有り得ない。

 だが―――

「アルなら、やれる」

 そんな予感めいた確信が、どこかにあった。

 目を細める。

 円形の、大陸と島の中間ほどの大きさの島の中心。

 記憶通りそこには、天まで伸びるような塔がそびえていた。




[4665] 三十六里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2010/01/04 00:31

 ルビスの塔に到着したレイチェス号。

 塔には窓一つなく、俺達は一階から地道に昇る。

「こういう普通のダンジョンも久しぶりだね」

「さっそく普通じゃない攻略法をやろうとしているのがいるがな」

 誰に指示されるわけでもなく光の矢を上に向けるスイ。

「えっ?駄目なんですか?」

 心底不思議そうにキョトンとするスイ。お前、姫に似てきたな。

「撃ちますよー」

 バピュンと放たれるメドローア。



 スイはメドローアをはなった!

 ひかりの矢がほとばしる!

 しかし、メドローアはひかりのかべにはんしゃされた!



「うおおおおお!?」

 紙一重で天井で跳ね返ったメドローアを回避する。

 さすがはダーマの禁術、俺の頬に一筋の血が垂れた。

「どうやら塔自体がマホカンタに似た魔法で保護されていますね」

「そのようですわね。地道に昇るしかないでしょう」

「まあ、それが普通なんだし」

 君達、少しは俺の心配をしろ。

「ロビンさん?どうかしましたか?」

「いや、どうかって」

「ロビンさんならメドローアくらい避けられるでしょうけれど、どうかしましたか?」

「…………どうもしないが?当然避けられるし全然問題ないが?」

「ですよねー」

 ……凄く騙されている気がする。





「これを見てみろ」

 しばらく塔を散策したが、道筋を探し出せない一行。

 彷徨うこと小一時間、ようやくそれらしいものを見つけた。

 高い吹き抜け。どうやら最上階まで続いている。

「この先にルビス様が封印されているのかな」

「昇降装置もあるし、そう考えていいだろう」

 俺は地面に設置された水色の円盤を指さす。

「昇降装置?」

「こう使うんだ」

 回転する円盤に乗る。

 当然、俺も回る。

「それでどうしますの?」

「よく見ていろ、こうだっ!」

 左右に手を伸ばす。

 竹トンボよろしく、俺は一気に最上階まで昇り詰めた。

「ほら、お前達も」

「やだ」

「嫌です」

 当然のようにトベルーラを使用するアルとスイ。

 勿体ない、便利なのに。

「まあ、姫は飛べないから……」

「私がどうしましたの?」

 姫が宙に浮かんでいた。

 ドレスのスカートから、火柱を噴出しながら。

「……いや、なんでもない」

「変な男ですわね」

 姫、ついに空まで克服したか。







 脅える子供のように、腕で身体を抱く女性。

 癖のある髪と、質素とすら思えるワンピース。

 あるいは、常人にはそれが神とすら判らないかもしれない。

 だが、その聖波動は。

 神の気配と称すべきそれは、石化していようと確かに感じられた。

「これが―――ルビス様」

 呆けたようにアルが呟く。

 否、アルだけではない。

 スイは勿論、姫ですら目の前の存在に自身を喪失していた。

 そして俺は―――

(きもち、わるい)

 聖波動、無理。

 スイで多少は馴れたつもりだったが、神は別格だった。

「大丈夫ですか?」

 蹲る俺の背中を撫でるスイ。やっぱお前わざとだろ。

「ロビンさん、神は嫌いですか?」

「……脈絡のなさに驚きだ」

 なんだ唐突に。

「真剣な質問です。お嫌いですか?」

「嫌いというか苦手だが……」

 種族的な苦手意識はある。

 が、そんなことを今尋ねてどうする気だ?

「じゃあ次の質問です。私は嫌いですか?」

「いや……別に」

 アルと姫が物珍しそうにこちらを見ているんだが。

「もっとはっきり言って下さい。嫌いですか?それとも、好き、ですか?」

 一見真顔だが、視線が微かに揺らいでいる。頬も少し赤い。

 意図が読めない。なにを考えている?こんな場所で盛る気か?

「それは、意味のある質問なのか?」

 無いと答えたらチョップしてやる。

「私を好きと言えば、聖波動が楽になる……かも?」

 そんな馬鹿な。

「はっきり声に出して。さあ!お腹の底から元気良く!」

 お前そういうキャラだったか?

「嫌いでは、ない」

「つまり?」

 どこまで言わせれば満足するんだ、こいつは。

「す―――好きだ。……変な意味じゃないからな、人として、だからな」

「ツンデ……げふんげふん」

 なにを言い掛けた?

「解っています、そういう意味ではないことは」

 アリアハン・コンビがすげぇ睨んで来ているんだが。聖女を誑かしているとか思われているのだろうか。

「楽になりましたか?」

「なるか!?……ん?」

 楽になった?

 聖波動は依然浴びているが、負担は軽減された気がする。何故……

「愛の力です」

「冗談は魔力量だけにしておけ」

「―――冗談じゃないもん」

 そこで子供に戻るな、マセガキ。

 拗ねてしまった賢者の頭を撫でてみるが、「手付きが雑です」と切り捨てられる。

 考えてみれば、彼女は俺のことを心配してくれたのだ。流石にこの扱いは酷いかもしれない。

 なので頭を更に撫でる。高速で。

「熱い!熱いです!燃えています!」

「ナデボというやつだ」

 知り合いの天使と悪魔に教えてもらった。

 頭が発火したスイが走り回る中、俺は腰を上げる。

「体調は治ったの?」

「ああ、何故あれで聖波動の耐性が得られるのか判らんが……アル?」

「ん?なに?」

 見れば、今度はアルがフラフラしていた。

 声色こそ自然だが、顔色も若干悪い。

 俺でも解る。これはどう見ても無理をしている。

「姫」

「ええ。アル、ここは一旦船まで戻りましょう」

 肩を担ごうとする姫を、アルはそっと振り払う。

「大丈夫だよ。今度来た時、ロビンの体調がまた治るとも限らないし」

「こんな男のこと……!」

 姫はそこで言葉を詰まらせた。

 俺より彼女を優先するのは勿論同意だが、それを言って聞く勇者様ではない。

「これは、前にアルスさんが倒れたのと同じ症状ですね」

 髪の毛を少し焦がしたスイが診察する。

 てっきりアフロになると思ったのに。

「それは全身全霊を以って回避します」

 いいから診察しろ。

「まあ―――そんなこともあるかな、と考えてはいました」

 あまりに自然に言われたので、すぐには言葉が理解出来なかった。

「お前、この症状の原因解明していたのか!?」

 思わず詰め寄る。

「判らないことをそのままにしておけない性格なので。ですが、仮説も多いですし……なにより」

 スイは姫に視線を向けた。

 彼女には珍しい、責めるようなきつい視線。

「フローラ様は、そもそも―――」

「アル、船に戻りましょう」

 表情を一切消した姫が、有無を言わさずにアルの手を引こうとした。

 アルはそれでも動かない。

「大丈夫、だいじょうぶだから」

 悪化していないか?

 というか姫、なにか知っている?

「これを使えばいいんだよね」

 懐から取り出した、白布に包まれた棒―――精霊の笛。

 それを吹こうとして、躊躇う。

「……帰る気になったか?」

「……吹かないと駄目?」

 まあ、イン・オブ・肥溜めだからな。

「どうしてもこの場で封印を解くというのなら、俺も考えがある」

 俺はおごそかに秘密兵器を取り出す。

「フ―――!フゥ―――!」

 暴れるな、ぬこ。

「ゲレゲレ?」

 スイの使い魔・ゲレゲレ。見張り台で捕獲した。

 更に暴れるのでハンカチで口元を封じ、ふしぎなふくろに放り込んでいたのだ。

「さあ、吹け」

 復活させるだけなら大して時間も食うまい。

「吹け、吹くんだ」

「いやー!うらぎりものー!」

 不敬罪だ、魔族の王子に馴れ馴れしい。

「普段気にしてないでしょ、ロビン」

「けじめというやつだ」

 嘘だが。

「吹け。遠慮なく」

 嘘だが。

「あ、あの、私の使い魔にあまり酷いことは」

「お前が変わるか?」

 笛を差し出す。

「ゲレゲレ、頑張りなさい」

「スイリスフィース、おまえもか」

 若干悟った目に至りつつあるゲレゲレ。

「精霊神の復活儀式なんて、神官最高の名誉じゃないかな?」

 今度はスイとゲレが争い出した。

「残念ながら私は精霊神ルビスなんて名前も知りませんでした。あと私は賢者です」

 神官なら知っていそうだが。

「フォズなら知っているかもしれませんが」

 こいつは知識より実戦寄りなんだっけか。

「ふぎゃー!ふぎゃらぁ!」

 暴れに暴れるぬこ。

 迫る笛。



 ―――計画通り。





「あなた方が私を目覚めさせたのですね」

 神々しい光を纏い、微笑むルビス。

 が、端っこで痙攣しているゲレゲレが鬱陶しくて集中出来ない。

「ありがとう、アルス」

 にっこりと笑うルビス。

 ゲレゲレの口から伸びたヌコトプラズムがアクセントである。

 ちなみに魔王打倒の助力の件だが。

「私は世界の縮小化を食い止める為、力を割かねばなりません。あまりお助けは出来ないでしょう」

 とか言われた。働けよ。いや働いているが。

「とはいえ大魔王の所業は目に余るものがあります」

 なんというか、他人事みたいな言い方だ。自分が封印されていたというのに。

「申し訳ないのですが、大魔王打倒は3人で果たして頂けますか?」

「―――3人?」

「はい。勇者、姫君、賢者の3人で」

「ほー。そういうことゆーか」

 やっぱり神は嫌いだ。それが確信に変わった。

 あからさまに俺はアウト・オブ・眼中か。

「あの、ルビス様」

 アルがおずおずと告げる。

「人と魔族との共存は、有り得ないのですか?」

「人と魔族との共存……ですか」

 ねーよwとか言うなよ。

「私はこの旅を通して、沢山の魔族と接しました」

 真摯な瞳で勇者は訴える。

 というか、「沢山」って俺と卑弥呼だけだろ。……あとバラモスと親父。

「私達は種族こそ違えど、それ以上の明確な差はありませんでした。生まれの違いは、戦いの理由足り得ないと思うのです」

「それを私に言ってどうなるのです?襲うのも襲われるのも私ではありません」

 ぶっちゃけやがったコイツ。

「ですが、心にとめておいては頂けませんか?その可能性を」

「―――昔、同じことを訴え、人々に駆逐された勇者がいました。貴女がなにを唱えようと、ただその歴史が繰り返されるだけです」

「なんだって?」

 知らない。そんな、魔と人との道を選んだ勇者など知らない。

 ―――違う。知らされなかったのか。

 人からも魔からもその考えを拒絶され、歴史から完全末梢されたのだ。

 アルが行おうとしているのは、世界を二分する『魔への挑戦』以上の困難。

 『魔』と『人』とを同時に迎え撃つ、歴代の勇者や魔王を超える苦行。

 その意味を、改めて思い知らされた。

 失敗は、即ち死を意味するのではない。

 最悪、存在そのものの抹消と同義なのだ。

「ですが―――」

「―――くどい」

 笑顔のまま、ルビスの纏う空気が一変。

「そもそも、私の役割は世界の維持のみ。それ以上はおまけです」

 これが『神』かよ。

「好き勝手殺し合って来たのは貴方達でしょう。正直言えば、知ったことではありません」

「無責任だな、創造主の癖に」

「これが『神』です」

 笑みは、封印され石像だった頃と同じ色を浮かべていた。

「更に言えばこれこそ『竜の騎士』の役割でしょう」

「竜の騎士……?」

 スイはこの言葉に心当たりがあったのか、僅かに瞳が揺れた。

「『勇者』とは人が名付けた呼び名。私が力を貸し与えた者の正式名称を『竜の騎士』というのです」

 スイを引き続き伺う。駄目だ、なにも窺えない。

「そして、これは人に限った味方ではない」

 凄いことをさらっと言った。

「魔族を超える魔力、竜を超える肉体、そしてそれを御する人の心。そうして作り上げられたのが『パワーバランサー』『カウンターガーディアン』『暴力による掃除屋』である竜の騎士なのです」

 それは、人間達が依存し続けてきた存在の真実。

「誤算は人の心を持つが故に、人間に加担し過ぎることでした。いえ、ならばいっそ―――」

 ルビスは腕を俺達―――アルに差し向ける。

「欠陥品と割り切って、新たな駒を用意すべきなのかもしれない」

「貴様ッ―――」

 俺はアルの前に割り込み、ルビスを睨む付ける。

 創造主?神?知ったことか。

 アルの敵ならば、それ以上でもそれ以下でもない。ただの敵だ。

 殺気を放った刹那、こちらが物理的に吹き飛びかねないほどの聖属性が吹き荒れる。

「魔族」

 ルビスは俺を、変わらぬ笑顔で見る。

「魔族。貴方はどれだけ人間を食べました?」

「そういうお前は今まで食べたパンの枚数を覚えているのか?」

 友人の吸血鬼を真似て言う。

「貴方はなにも変わっていない。今は菜食主義を貫こうと、想い人が亡くなればすぐ忘れて、人を食らう」

「食らわない。それは、アルが悲しむから」

「オルテガは悲しまないのですか?」

 ―――嫌らしい、厭らしい女だ。

「忘れますとも。私達(神々)は忘れない。けれど、貴方達(人や魔族)は忘れる。だからこそ争い続ける」

 それは、きっと真実。

 何度も『理想』を叩き潰してきた『現実』。

 ―――だが、それでも。

「それでも、私は、みんな仲良く暮らせる世界の方がいいのです」

 自分が言ったことが愚かな夢想であることくらいアルも理解している。

 だが、それでも前進する。

 それが、彼女にとっての「勇者」なのだから。

 いつかは、彼女は残酷な選択を選ぶ瞬間が来るのだろう。そんなことが解らない少女ではない。

 でも、それを知りながらも、彼女は毅然と立ち続ける。その場で自身の往く道を見失いなどしない。

「だから、俺もそれを見届ける。だから、俺は、食わない」

「あなた達が慣れ合おうと、そんなこととは無関係に世界は回る。あなた達が種族を超える愛を見出そうと、そんなこととは無関係に儚い命達は殺し合う」

「私にも竜の騎士にも魔王にも、なにも為し得ることは出来ない。それでも、あなた達が夢を見ることを止めぬというのなら」

 ルビスの背に純白の、否、光の翼が浮かぶ。

 ふわりと足が床から離れる。

 聖波動は波ではなく大気として、全てを満たす。

「示してみなさい。世界を成す一画として、その意思を」

 ルビスは右手に金色の鎖を握った。

 天界に伝わりし、最強の武器―――「破壊の鉄球」を構え。

 精霊神は、俺達と対峙した。



[4665] 三十七里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2010/03/01 01:43
「ふんどりゃー!!」

 全く以って女神らしかぬ声を上げ、破壊の鉄球が宙を舞った。

 大きく、隙だらけのモーションで振るわれる棒。

 黄金の鎖はギャラギャラと音を立て、無骨な鉄球は俺達の真上に到達する。

 余計な力はない。魔力による加重も、腕力による加速も。

 純粋な重力によって、それは迫る。

「ロビン、受け止めちゃ駄目っ!」

「ちょ、解っている!引っ張るな!」

 飛翔する女性3人+襟を掴まれ宙ぶらりんな俺。

 姫はジェットで飛んでいる。

 刹那、摩天楼に鉄球がめり込む。

 っつーか……

「でけぇ」

 でかい。ピンとこなくて判らなかったが、でかい。

 直径50メートル、50万トンを超える鉄球は塔の存在など無視し地面にまで吸い込まれた。

 更に地面は崩壊し、岩盤を貫き大穴を穿つ。

 鋼色の隕石は重力の底まで沈み、世界を貫いた。

「―――こんなふざけたのが、通常攻撃だと?」

 塔は面影など欠片もなく、鉄球は地中の底・ワールドエンドまで貫通した。

「どっこいしょお!」

 再び撓る鎖。

 鉄球は再度舞い、俺達へ迫った。

 俺達はそれを、ある程度余裕をもって避ける。

 威力は規格外だが、速度は落第点だ。

 瞬時に黄金の爪を装備し、加速する。

 神相手に手加減などない。三条の爪は炎を纏い、更に不死鳥を描く。

 一気に、空を舞うルビスに肉薄。

「カイザー・フェニックス・ナックル!」

 当たる、と確信した攻撃。

 ルビスの身のこなしは素人だ。体術で防御は出来ない。

 だが、俺は神の魔力量をまだ舐めていたらしい。

「」

 呪文どころか、貯めのロスタイムすらない魔力発動。

 それは当人にとっては魔法ですらなかっただろう。

 聖属性が吹き荒れる。

 全身から放たれたそれは、雷として物理現象に変換され周囲を満たす。

「―――が、はっ……!」

 それをモロに浴びた俺は極対の属性で身を焼かれる苦痛を覚えながら、それでも拳を進めた。

 ここまで来て、そのまま離脱など出来るものか。せめてこの一発は当ててやる。

「デイン」

 目前まで迫った拳。

 それを冷めた視線で見つめ、女神は呟いた。

 ライデインにすら劣る最弱の雷。

 それは俺とルビスの合間に、一条の小さな雷撃を迸せる。

 それは周囲に吹き荒れる雷からすればあまりに小さな一閃。

 故に俺は拳を構わず進め―――

「駄目―――!」

 アルの叫びを遠くに聞きながら、黄金の爪を、そして右腕を失った。

「――――――っ、!!!!、!?」

 想定外。

 あまりにも、規格外。

 俺の腕は、聖属性や魔力で焼かれたのではない。

 触れる直前に、その熱量で融解し、沸騰された。

 触れさえしなくとも必殺の域なんて、反則もいいところ。

 一も二もなく離脱する。腕より先をも奪われたら堪らない。

 だが間に合わない。当然だ、電気は光と同じ速度で走る。

 ルーラ?無駄だ、それでも離脱は不可能。そもそも詠唱時間がない。

 万事休す。視界が白く染まる。

「リリルーラ!」

 痩せ我慢で瞼を閉じずにいると、なぜか閃光の後見えたのはスイの顔だった。

「……よお」

「殴りますっ!」

 スイに殴られた。痛くはないが。

「今のはお前か」

 合流魔法リリルーラは仲間に合流する為の、ルーラの亜種である。

 ただし、ルーラが物理的移動なのに対しリリルーラは空間転位だ。だからこそ間に合ったのだろう。

「助かった。さすが賢者だな」

「お礼はいいですから神相手に突撃なんてしないで下さい!」

 正直すまん。

 頬を引っ張られ、眉を吊り上げるスイの説教に甘んじる。

 ルビスは律儀に待っていた。

「聖職者の言葉を止める理由はありません」

 すっげーむかつくんだが。

 勇者が、俺の腕を注視する。

 失った右腕が痛む。

「……すまん、爪を失った」

 せっかくアルに貰ったものだったのに。

「……それはいいよ。ロビンは自分の心配をして」

「さて、どうしたものか」

 その言葉は都合よく無視し、思考を回す。

 接近しただけでアウトならば、俺の直接攻撃は基本封じられている。

 仮に行うとしても、あの雷に耐えられる武器が必要だ。

 だがあれに耐えられる武器などそうあるまい。

 最低でも、神の金属・オリハルコンに匹敵する強度が必要。あるいは、雷に耐性を持つ武器か。

 ……ん?

「えっと、ロビン。使う?」

 アルに差し出されたのは精銅製の「どうのつるぎ」。

 これは耐えるのではなく受け流すのだが、確かにアルのギガデインにも対応していた。

 だが、これ、通電性高過ぎてモロにダメージ受けるって。

「ですが、周囲の雷さえ突破出来ればあとは生身です」

「神が生身の肉体を持っているのか?」

 ……目を逸らすな、スイ。

「一時的であれど、通用します」

 答えたのはルビス当人だった。

「貴方達が見ている『私』は、禁呪法でいう『核』に当たります。時間が経過すれば復元されるとはいえ、今ここで撃破することは可能です」

 オリビアみたいなものか。

「敵に助言していいのか?」

「どこに敵となりうる者がいると?」

 これが相手を動揺させる挑発だったら尊敬してやる。

「『それ』はお前の得物だ。自分の武器を簡単に貸すな」

 アルにどうのつるぎを押し返す。

「でも、ギガデインは効かないと思うし」

 真っ向から同じ属性だからな。逆に回復しかねない。

 攻撃手段としては物理攻撃に限られる。あるいは、神の防御をも突破する大魔力魔法。……あるのか、そんなの?

「でも近付いたらロビンみたいになる、と」

 いまいち敵の限界が判らないのが厄介である。

 あの雷王結界(仮名)による熱量分解の最大半径がどれほどか、せめてそれくらいははっきりしてほしい。

 少なくとも、この距離では効いていないが……最大出力なのか?

「なら、一撃で?」

 そう、相手が油断ないし手加減している今のうちに、一撃で。

「一撃で殺りますのね」

「殺ってどうする」

 半殺しにして言うこときかせる―――もとい、協力させるのが目標だろう。

「ではメドローアも駄目ですね」

 その「困った時のメドローア!」みたいなノリもやめなさい。二度と復活しなかったらどうする。

「となれば、やはり長距離攻撃ですわね」

 姫の十八番か。

「とはいえ……そこまでの一撃が出来るのか?」

 このレベルでの戦いとなれば、姫はどうしても力不足感がある。

 スイのように禁術を身に着けているならばともかく、攻撃力が武器の質量にほぼ比例する姫では個人の火力に限界がある。

「ご冗談。―――物量こそ人間種族最大の武器ですわ」

 パチンと鳴らされる指。

 俺達の背後に、巨大な気配が動いた。

「なに?」

 レイチェス号が、左右に割れる。

 竜骨を裂き、コンプレッサーの爆音を響かせ変形するレイチェス号。

 そして、それは現れる。

「大砲……?」

 それは大砲というにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさに鉄塊だった。

「80cm戦艦砲ですわ」

 豊満な胸を張って姫が解説する。

「全長42・9メートル、最大射程47キロメートル。使用砲弾は7・1トン魔弾砲」

 誰か、この馬鹿を止めてくれ。

「とにかく、15分持たせて下さいませ。離脱と発射に最低それだけ掛かりますわ」

 言いたいことだけ言って、姫は船に飛んで行ってしまった。

「15分経ったら船に戻って下さいな!」

 姫が戦線を離脱する必要性はあるのだろうか?

「操作とか色々あるんだよ、きっと」

 暇になってきたのか、無意味にクルクル回っているルビスを見やる。

 ピタリと止まった。

「……………うっぷ」

 しばしフラフラする間抜け神。

 今攻撃すれば、勝てるんじゃないか?

 ルビスは10秒ほどかけゆっくり呼吸を整え、それからやっと俺達を見据えた。

「私を倒す算段が付いたのですか?」

「本人はいたってそのつもりなんだろ」

「そう、ならば少し本気を出しましょう」

 苛烈を極める轟雷。

 天は分厚い暗雲に覆われ、大陸全体が闇に落ちる。

 黄金の雷が全てを満たす。

 今までの比ではない。一つ一つがギガデインに匹敵する雷―――それが百倍、数百倍のエネルギーを以って吹き荒れる。

「洒落にならん!?」

 落雷位置は完全にランダム、簡単には当たらない。だが、密度が濃過ぎる。

 遅かれ早かれ当たる。つーか、目の前まで来てる。

「り、りりりるーらぁ!!」

 強引に魔法を発動させ、アルの側に転位。

「なぜ私を選ばないのですか!」

 スイがなにか言っているが構っている暇はない。

「私を選らぶのもハズレだよ?」

「何故」

「雷、こっちにも来る」

 それは、勇者的な勘だったのか。

 迫る黄金色の光。

 駄目だ、無詠唱でももう間に合わない―――!

「きゃ、あああっ!!!」

「アル!?」

 アルが、避雷針のように手を伸ばし、雷を全て受けきった。

「だ、大丈夫!びっくりしたけれど、ダメージは大きくない!」

 勇者本人もその結果が意外だったのか、目をパチパチ瞬かす。

「なる……ほど」

 勇者の雷魔法はルビスには有効ではない。

 つまり、その逆も然り。

 属性が傾き過ぎているからこそ、俺の天敵であってもアルの天敵足り得ないのだ。

「ロビン!」

「おう!」

 アルの声に力強く返す。

「時間まで、私の後ろに隠れてて!」

「だが断る」

「ええっ!?」

 それしかない気もするが、情けないので却下しておく。

「防御に徹していればいいわけでもない。それに……」

「きょえええぇぇ!!!」

 ルビスは破壊の鉄球を振り下ろす。目標は―――!

 遥か遠く、空に浮かぶ点。

「―――っ!スイ、牽制!」

「はいっ!」

 ……あまり構ってやらないと、離脱したレイチェス号に標的を移してしまう。

 メドローアを即座に形成し、放つスイ。

 だがルビスは微動だにしない。

「当たらないと判っている攻撃に、対処する必要など―――」

 光の矢はルビスを掠り、長い髪をばっさり消滅させた。

「…………。」

 顔を引き攣らせ沈黙するルビス。

 短くなった髪は、まるで男性である。

 だが鉄球は既に宙。慣性のまま、船に突撃していく。

 俺は即座に飛び、横から押して衝突を阻止する。

 鉄球ではなく、レイチェス号を。

 こちらの方が圧倒的に軽い。海王に出来て、魔王(予定)の俺に出来ないはずはないっ!

「うおおおおおっっっっ!!!!」

 迫る鉄球。

 少しずつ動く船。

 間に合わない。衝突は免れない。

 だが、だがそれでも少しでも回避しなければ。

(俺が殺される!姫に!!)

 割と切実だった。

 巨大な鉄球は船の側面をガリガリと削る。

 ミスリル銀による装甲板を物ともせず、巨大な傷痕を抉る。

 だが、船は健在。よしっ、首が繋がった!

「あとでコロス」

 聞こえない、聞こえない!

 そして、スイといえば。

「手元が狂っちゃいました。てへっ」

 とか言いつつ、ルビスに笑いかけていた。

 確信犯だ、こいつ。

 ぺろりと舌を出して自分の頭をこつんと叩くスイ。神相手にいい度胸だ。

「―――賢者如きが、」

「―――神如きが、煩いですよ?」

 くすくす笑みを漏らしつつ、彼女は更に挑発を重ねる。

 ルビスの目が細まる。これで完全に、奴の目標はスイに移行したか。

 見事な魔法使いの戦い方だが、実にスイには似合わんな。

 俺とスイはアルに近付き、避雷針の恩恵に預かる。

(―――あと何分ですか?)

 そして小声で訊いてきた。腕時計をしているアルが答える。

(10分)

 あと3分の2か。

 そういえばスイも聖職者。ということは。

(スイ、お前もこの雷への耐性はあるんだな?)

 適当な魔法を乱射しつつ問う。全てルビスに届く前に消滅してしまっているが。

(アルさんほどではありませんが、一応耐えられます)

 ならこのまま、適度に挑発しつつ10分間逃げ切るべきか?

「いい加減に思い上がるのはよしなさい」

 放電が止んだ。

 酷く不機嫌そうな顔で、ルビスは天に両手を掲げる。

「私から逃げ切る?私に対抗する?私を倒す?」

 先程まで雷の雨を降らせていた曇天は圧縮され、天空に浮かぶ漆黒の月となる。

 

「―――ふざけるな」



 魔力が練り上げられる。



 違う、そんなレベルではない。



 世界が脈動する。



 あらゆるマナがルビスに屈伏し、空間がねじ曲がる。



「世を闇は覆う時、天元に我はあり」



 この、詠唱は。



「彼の業を許す時、魔導の果てに我はあり」



 何度も聞いた、アルと同じ詠唱。



「ならば、覇道はただ一つ」



 ―――違う。



 本質は同じだが、規模の桁が違う。



「全て救いし雷よ。我が願いを慈悲としよう」



 アルの雷は、彼女自身の力ではない。



 勇者として供給される、ルビスの力の一端。



 ならば―――



「グランド・デイン」



 ―――本来の神の力とは、どれほどのものか。



 光。



 極光。



 漆黒の月が、電撃として爆ぜる。



 それは、既に線ではない。



 先程までの雷すら児戯と思える、逃げる合間すらない空間攻撃。



 光は、全てを、大陸ごと飲み込んだ。



 駄目だ。



 圧倒的過ぎる。



 こんな、ふざけきった聖属性に晒されては肉体を維持出来はしない。



 死んだ。



 死ぬんだ、俺。



 この攻撃を放たれる前に、決着しなければならなかったのだ。



 スイのミスだな、これは。



 せめてと思い、アルに手を伸ばし―――



「そうですよっ、私のミスですよ!」

「な」

 マホカンタを発動し、俺を庇うように仁王立ちするスイ。

「私の挑発のし過ぎですよぉ!ごめんなさいっ!」

 涙目になって、必至に雷から俺を守るスイ。

 アルに対して雷はさほど効いていない。スイは、俺の為にマホカンタの複数対象発動などという無茶を行っている。

 だがそれでも雷を防げてはいない。あまりの魔力量にスイの魔法は対処し切れず、俺の体は確実に崩壊に向かっている。

「私のアストロンで―――」

「雷に金属変化魔法が効くとは思えません!」

 勇者専用の防御魔法は、勇者専用の攻撃魔法は想定していないということか。

「アル、スイを連れてルーラで離脱」「駄目ですっ!」

 小さな賢者は叫んだ。

「ルーラすれば、マホカンタが解除されてしまいます!そしたら―――!」

 そう、俺は死ぬ。

 そんなことは判っている。だから、俺ではなくアルにルーラを使うよう頼んだのだ。

「いいから、離脱しろ!お前だって何時までも耐えられるものじゃない!」

 マホカンタは突破されている、その影響はスイにも届いている。

 早く、早く逃げてくれ。

「ロビンさん、お願いがあります!」

「事態を解決する方法じゃなきゃ聞かんぞ!」

「アルスさんとちゅーして下さい!」

 …………は?

「私はロビンさんに死んでほしくありません!」

「いや、でもなんで?」

 状況を一時喪失して困惑する俺達。

「アルスさんがロビンさんを好きなことくらい、解ります!嫌だけれど、解るんです!だから、早く!!」

 いや、でも。

 顔を朱に染めるアル。……俺もか?

「そうすれば、なんとかなるの?」

「……ロビンさんは、助かります」

 アルに含みを持たせつつ答えるスイ。

 アルは頷き、俺の唇を奪った。

 ヲイ。普通逆だろ。

 アルの秀麗な眉辺りを見つめつつ、体を焼かれる痛みも忘れて彼女を抱き締める。

「私は、離脱します」

 目を伏せて告げ、スイはリリルーラを発動する。

 その声からは、全く感情が読み取れない。

 気にはなったが、俺の感情は目の前の少女を優先させた。

 マホカンタの効果は途切れたというのに、痛みがない。

「ん……」

 漏れた声は、アルのものか、あるいは俺か。

 気が付けば、光は止んでいた。

 重なった唇を別れさせる。

 体を離す。

 名残惜しげに、いつの間にか絡めていた指を解く。

「あっ―――」

 正気に戻ったか、視線を逸らすアル。

 俺も合わせていられず、下を向く。

 そして気付いた。

「体が……治っている?」

 スイが離脱してから、俺は直にグランド・デインに晒されていたはずだ。

 なのに、何故。

 スイはこれを、狙っていたのか?

『準備が整いましたわ!』

 突然聞こえた姫の声に、二人して跳び上がる。

「は、早くないか?」

 まだ15分は経っていない。

『急がせました!』

 急いでどうにかなるのか?

『アル、アストロンを!』

 言われるがままに金属変化魔法を使う。

 刹那、爆風が俺達をも飲み込んだ。

 グランド・デインにも匹敵しそうな、大陸を包む爆発。

 先の魔法で原型を失った大陸は、今度こそ消滅し海に沈んだ。

「なにこれ」

 アルが言葉を失って呟く。

「……まさかとは思うが」

 姫だって、そこまで馬鹿ではないと必死に自分に言い聞かせる。

 だがしかし、姫は凄惨と形容すべき壮絶な高笑いを上げ告げた。

『これが魔弾砲の真の力・黒の核晶ですわ!』

 …………馬鹿か、あいつ?

 黒の核晶。

 爆大な魔力を封じ込める性質を持つ、超希少な一種の魔石。

 否―――それは魔石のように多様性のあるものではない。

 あまりに強力。あまりに法外。

 それ故、純粋な破壊にしか転用出来ない欠陥品。

「……サイズは?」

 黒の核晶も、通常の魔石と同じく貯め込める魔力には限界がある。

 つまり、サイズでおおよその魔力解放時の爆発威力を予想することは出来るのだ。

 姫もきっと、ごく小型のものを使っていたはず。

 亜音速で再接近してきたレイチェス号。

「大丈夫、手の平に乗る程度ですわ」

「充分危険だ、この馬鹿っ!!」

 甲板上に現れた姫はキョトンとして俺を見た。

「この大陸は無人島ですわ。それに、世界が吹き飛ぶわけでなし」

 誰か、この馬鹿を本当に止めてくれ。

「成功、しましたか」

 スイが顔を強張らせ姫の隣に立つ。

「ああ、だが、どうして……」

「アル!?」

 姫が叫び声を上げる。

 アルが、トベルーラの制御を失い落下していた。

 慌てて拾い上げ、船の上に立つ。

「やっぱり、不調を押しての戦闘は無茶でしたわ!」

「そうみたい、ごめん」

 素直に謝るアル。

 自力で立ってこそいるが、それが精一杯という有様だ。

「とにかく、ルビスは倒せた。もう休んでい―――」

「誰が、倒された、ですか?」

 その場の誰もが、絶句した。

 聖属性の結界を失った精霊神。

 それでも、彼女は健在だった。

 ……化け物か、本当に。

 再び雷王結界が展開される。

「不死身か、お前」

「不死身ですが、なにか?」

 仲間達が身構える。

 だが、何故か俺だけはさほど危機感を抱いていなかった。

 怖くはない。

 あの程度の敵に、俺は苦戦していたのか?

 力が湧いて来る。解放しなければ、弾けてしまいそうなほどの力が。

「ロビンさん、まさか―――」

「どうかしたか、スイ」

 スイが俺を見て驚いている。理由なんて判らない。

「アル、剣借りるぞ」

 彼女の使用する「どうのつるぎ」を拝借する。

 この剣なら、いける。

 力を刃に沿わせる。

 周囲に纏われる、黒い雷。

「聖属性と魔属性の、相反する概念の融合魔法―――」

 なるほど、と思う。

 これは、スイのメドローアに近い技法なのだ。

 何故か俺にある、聖属性と魔属性。

 それが、やたらと簡単に混ざる。

 普段反発し、どちらかのみが発現している力が、きちんと両立されている。

 ルビスに向かって一直線に飛ぶ。

 ルビスは目を見開き結界強化するが、聖属性を内包する俺には効かない。

 剣を振り上げ、力を一気に解放する。

「エビル――――――ブレイク!!!!!」

 ルビスは、叫び声を上げすらせず、その場から消滅した。

 ……殺して、ないよな?





「なんか勝てた」

 頭をぽりぽり掻きつつ船に帰還。

「なんか、って……なんですの、今の?」

「知らん」

 なんか出来た。

 あはははは、と笑って誤魔化しておくと、スイが鋭い目を向けてきた。

「……やり過ぎです。もう、止められない」

 その言葉の真意を訊ねようとして、言葉を失う。

 アルの体が、半透明に薄れていた。

「ア―――ル?」

「あ、あれ?なに、これ?」

 呆然と、自分の手の平を見つめるアル。

「なに、どうしたの、私、どうしたの―――!?」

 あまりに唐突な事態に、錯乱したように頭を振り、そして俺に手を伸ばす。

 俺は咄嗟にその手を掴もうとして―――

「いや―――」

「アル―――!」

 右手は、虚空を切った。

 光の粉雪が空に舞う。

 パサリ、と。

 メイド服だけが、その場に残った。







 キスしてからがNAGEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!



[4665] 三十八里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2010/04/05 01:58


 皆、一様に沈黙を保っていた。

 その巨体からほとんど揺れることのないレイチェス号は、微かな加重だけが移動していることを報せている。

 テーブルの上に畳まれたメイド服。

 各々の、いつの間にか決まっていた定位置の椅子に腰掛け、それぞれが別の壁を無意味に眺める。

 口を開こうとして、躊躇し、止めて。

 そんなことを延々と繰り返していた。

 姫、アルのなにを知っていたんだ?

 スイ、アイツのなにに気付いたんだ?

 無神経に、無遠慮にすぐに問いただしたい。

 けれど、出来ない。

 そんな、沈痛な目をされては、なにも言えない。

 俺に出来るのは、彼女達が口を開くのをひたすら待つことだけだった。

「―――あの人は」

 先に、言葉を発したのは。

「アルは―――」

 姫は、独白のように呟く。

「―――オルテガ様の、子供ではありません」

 大前提をも覆す、その一言を。







「な、なん?」

 今、なんて言ったこいつ?

「あの子、アルスは、オルテガ様の子ではありません」

 姫はもう一度繰り返す。

「オルテガ様の子供、アルスという名の『少年』は、10年前に亡くなりました」

「……『少年』?」

「そう、です」

 俺はアリアハンに着くまで、アルスという娘の存在を知らなかった。

 いやそもそも、アルスという名は、女性としては不自然ではないか?

「オルテガ様の子供の『アルス』が亡くなったのは、彼の勇者が火山口に落ちて、『アルス』が次の勇者になると決意した晩。寝台の上で人知れず衰弱し、母親が気付いた時には冷たくなっていた」

「どうして―――また」

 姫は首を横に振る。

「原因は不明。発熱の形跡が見られた程度で、なにも判っていません」

 スイを伺ってみる。彼女も俺を見ていた。

「なんだ?」

「いえ」

 なんなんだ?

「私の話を聞きたくないんですの?」

 不機嫌そうな視線を向けられたので、姿勢を正して続きを促す。

「……とかく、夫と息子を同時に失った母君は目に見えてやつれてしまった。それはもう、どうにかしなければと思ってしまうほどに」

「お前がそこまで考えるとは、相当だったんだな」

「ですわ」

 軽口のつもりだったが、まさかの肯定。

「そんな時に、『彼女』は現れた」

「あの勇者ですか」

 ルビスが呟く。

「…………」

「…………」

「…………」

「―――ん?どうしました?」

 お前、さっき死んだろ。

 ルビスが平然とお茶を飲んでいた。

「たわけ、神殺しがそう簡単に成せるものですか」

「あんたが生きているってことは、オリビアも生きているんだな」

 ヒステリー女が脳裏に過る。

「誰です、それは」

 こっちの話だ。

「ルビス様。この船に乗り込んでいるということは、私達の考え方に協力して下さるのですか?」

「協力するわけではありません。ですが私は負けた。負けた以上、助力は致します」

「じゃ、俺にも茶を用意してくれ」

「死ね」

 デインを放たれる。だが効かん。

「……ふむ。やはり」

 ルビスは頷き、消えた。

「どこに行きましたの?」

「さあ……?」

「俺のお茶はどうなった?」

 また現れた。

「言い忘れましたが、戦闘はまだ出来ません。どこかの馬鹿が魔力を蹴散らせてしまったので、密度が低いままです」

「俺のお茶は?」

「ライデイン」

 効かん。

「……猛き力」

 意味深な言葉を残し、精霊神はまた消えた。

「猛き力の顕現存在」

 スイまで繰り返した。

 確か、あのダチョウも同じ言葉でアルを称していた。



『何処へ向かうことを望む、猛き力の顕現存在よ?』



 こんな感じ。

「―――言い得て妙、なのかもしれませんわね」

「というか、そのままです」

 結局、アルをただの少女だと思っていたのは俺だけということか。

「『彼女』は、アルは気が付いたらそこに居た。当然のように、いつの間にかあの家に住み付いていた」

 オルテガの生家の、あの家に。

 そして、夫と子を同時に失った母親は、『彼女』を我が子として扱っていた。

「初めは許せませんでしたわ。あの子がいる場所はあの子のものじゃない。死んだ、『アルス』の居場所だった。あの子は後からどこからともなく現れて、それを、名前すら奪った」

 ……どんな感情なのだろう。

 友人が、突然別人と入れ替わってしまったその心境は。

「『彼女』はなにも知りませんでした。無垢、という言葉があまりに当て嵌まった。知識も、常識も、なにもない。あるのは『アルス』いう名前だけ。それすら、『アルス』から奪ったもの」

 姫の唇が微かに震えていた。

 その胸に過るのは憤怒か、悔恨か。

「私達は調べた。アルがどこから来たのか。何故なにも覚えていないのか。そして、辿り着いた」

 姫はメイド服を手に取り、泣きそうな、それを必死に押し殺すような形容しがたい表情を浮かべる。

「彼女が、いえ、その存在が、そもそも人間ではないことを」

 ―――アルが、人間ではない?

「どういう、どういうこと、なんだ、それは?」

 正直。

 正直。予想はしていた。

 想定は出来ていた。

 可能性としては考えていた。

 アルが消えたのは空間の転位などではない。

 分解。

 風に溶けるように、世界に溶けた。

 人間はあくまで物質だ。存在が抹消されようと、残骸、死体が残る。

 それがなかった。

 そう、まるで、それは。

「精霊……フリント博士は、アルをそう定義しました」

 ルビスやオリビアのような、魔力で構成された存在であるということ。

「これは仮説ですが」

 姫はそう前置きし、博士の推測を明かす。

「『アルス』はそれ以前から勇者としての素質があった。けれど、ルビス様の加護はその時代の勇者であるオルテガ様に流れていた」

 だが、そのオルテガが死んだ。

「行き場を失った加護の力は、次の勇者である『アルス』に流れ込んだ。でもその力の総量は子供に到底耐えられるものではなかった」

 そして、次の勇者であった『アルス』は死んだ。

 この時点で勇者の資格を持つものは居なくなった。

 残されたのは勇者としての力。

 曖昧で境界のない加護の力は、寄り代となるはずだった少年の残滓を元に人間に極めて近い形として顕現する。

 即ち、『猛き力の顕現存在』。

 即ち、母親が、友が、姫が思う『アルス』のイメージ。

「……性別が反転したのは?」

「……私のイメージですが?メイド服が似合いましたが?なにか文句でも?」

 つっこまれたくないのか、苛立たしげに角砂糖を投げ付けてくる姫。

 彼女に余裕がない。

 珍しい事態に逆に俺は冷静になれているので、ここは黙って甘受しておく。砂糖も噛み砕く。

 惚れた女が消えたというのに、俺も随分冷たい男である。

「けれど、その存在には『核』がない。海に生まれた渦潮のように、力場が一つの概念として形作られただけの存在。だから、アルスさんは酷く不安定だった。……違いますか?」

 スイが補足する。

「その通りですわ。アルは体が弱いのではなく、存在が確定していない」

 ―――疑問が過った。

「なあ……」

「姫、もうそろそろマイラに到着します」

 レイドが割って入ってきた。

「そう、先行隊の宿の手配は?」

「完了しております。温泉街故、最低人員を除く全クルーの宿を確保出来ました」

「結構」

 この船はマイラに向かっていたのか。船の目的地まで意識の外だった自分に唖然とした。

 一礼し、レイドは退室しようとする。

 いつもと変わらない、無愛想を絵に描いたような背中。

「おい」

 思わず呼び止めていた。

「なんだ、魔族」

 奴はこんな時も変わらぬ反応をする。それが俺を苛立たせた。

「お前もアルとの付き合いは長いんだろう、なにかないのか?」

「泣いて喚いて嘆いて駄々捏ねれば彼女が戻ってくるのか」

 鼻を鳴らし、扉が音を発てて閉じる。

 ……なにも言えない。

 レイドに軟弱者と思われても仕方がない。

 訂正、やっぱ余裕ないな俺。

「それだけアルスさんの存在が貴方の中で大きかった。恥ずべきことはありません」

 スイはそう言う。心でも読んでいるのか。

 俺は返事などしない。礼くらい言いたいが、それこそあれだ。

 いつもの口癖を反射的に呟きそうになる。

 けれど、それこそ―――

 衝撃が食堂を揺らした。……着陸したようだ。

 姫が席を立つ。

「あれだけ口数の多いレイドは珍しいですわ」

 フォローしてくれたのか、それは?

「なあ、姫」

 最後に、俺は先ほど頭を過った疑問を訊くことにした。

「なんですの?」

「アルは……どうして、勇者になった?」

 彼女が勇者になると誓った『アルス』と別人であるなら、何故アルはその道を選んだのだろう。

 生まれ故の本能?違う、彼女は自分の意思で戦っていた。

「その質問にどれだけの意味がありますの?」

 姫は呆れたと言わんばかりに肩を竦めて見せた。

「あの子はアルですわ。理由なんて、それ以上でも以下でもない」







 クルー達の顔色は暗い。

 自分達の最終目的の要の喪失。それは確実に、なにかを狂わせていた。

 この突然湧いた休暇に、決まった期限は設けられていない。

 予定が決まり次第、というヤツだ。

 そういうのが、一番困る。

 アルがなにものか理解出来たところで、解決法が判らない。

 そもそも、なぜあのタイミングで消失した?



『……やり過ぎです。もう、止められない』



「―――スイ」

 そうだ。アイツは、アルが消えることを予見していた。

 姫以上のなにかを、アイツは掴んでいる。

 話を聞くため、彼女にあてがわれた部屋の襖を引く。

「スイ?スイスイ?……いないのか」

 反応がないことを確認してから、部屋を覗く。

 着替えが散乱していた。

「風呂か」

 戦闘の後だ、体を洗いたいと思うのも当然か。

 俺も一旦体を休めよう。片腕を失くして、ダメージが酷いのは確かだ。

 腰に納めた『銅のつるぎ』を触れつつ、俺も更衣室へと向かった。





 風呂は露天風呂だった。

「うひゃお」

 変な声が漏れる。

 魔族なので熱さには強い。が、この感覚はまた格別だ。

「……酒でも持ってくれば良かったか」

 身体には良くないらしいが、知ったことか。

 岩に背中を預け、星空を仰ぎ見る。

 いつだって、こうやって空を見てきた。

 永遠。

 俺が恐れ、求めてきたもの。

 アルがもしそういう存在なら。

 彼女を取り戻せば、あるいは手に入れられるのか。

「……くっだらな」

 そんなアルは美しくない。

 そんなものは、俺が求めるものではない。

 なんて、なんて無様。

 この刹那に永遠を求めるなど。

 この星空に永遠を見出すなど。

「―――ん?」

 気配?何奴?

 背中の岩の反対側から、人の気配がする。

 つつつ、と回り込んでみる。

 その人物も合わせて回り込み、逃げる。

 なんだコイツ。

 更に、つつつのつ、と回る。

 だが気配の主は一定間隔で動き続け、俺の視界から逃れ続ける。

 ……ははぁん。

 この宿に泊まっているのは現在パーティメンバーとレイドだけだ。

 つまり、可能性としてはレイドのみと限定出来る。

 こんにゃろ、さっきのことを気にして顔を合わせにくいんだな。

「まてよ、おい」

 小走り。奴も小走り。

 ぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる。

 あっはっは、待てよこのやろー。

 互いに意地になり気味に回る回る。

 と、見せかけて!

「フェイントォ!」

 即座に逆回転!

 湯煙に浮かぶ人影。

 白いタオルが目に止まり、頭に血が昇る。

 てめぇ―――!

 タオルの端を鷲掴み、体から引ん剥く。

「湯船にタオルを浸けるんじゃねえ!!」

「ひゃあ!?」

 ……妙に高く、幼い声。

 湯煙が晴れる。

 そのにいたのは、一糸纏わぬスイリスフィースの姿だった。

「―――あー、混浴か。すまんすまん、俺はもう上がるからゆっくりし」「メドローア」

 声に感情が籠っていない。





「お話があるのですよね」

 白い浴衣姿の賢者少女。意外と雰囲気が変わらない。少し雪女ちっく。

「……怒ってないのか?」

「慣れました」

 悪いことしたか?

「今更そんなことを気にしないで下さい。それで、なにを聞きたいのです?」

「姫の把握し切れていないこと全て」

「でしょうね」

 スイはどこか物憂げに星空を見上げる。

 星座は、彼女の故郷とは違う模様を描いている。

「ロビンさんにとって、私は都合のいい女なのですか?」

 ……気付かなかった。

 参っているのは、こいつも同じか。

 或いは、前々からそんなことを考えていたのか。

 少し自分のことばかり気にし過ぎていたかもしれない。

「頼りにしているのは、確かだ」

 前にも、こんなことがあった。

 目を合わせず話すのは、彼女の自分を守る癖なのかもしれない。

「スイ」

「はい」

「お前が困っている時は、俺が駆け付ける」

 俺はお前に依存したいわけではない。

 お前の知識は頼りにしている。

 だから。

「お前も、俺を頼りたい時は存分に頼れ」

「では早速」

 ぽふり、と寄りかかってきた。

「……おい」

 さっきの憂いを帯びた顔はなんだ。

 町灯りを瞳に映す、どこか非現実的な女性の横顔。

 白い浴衣に包まれた、小さな背中の少女。

 果たしてどちらがスイリスフィースという人間の本質なのか。

 そこまで考えて、俺は目的を思い出した。

「スイ、アルは」

「フローラ様の仮説は、間違っています」

 ばっさり、と彼女は否定。

「勇者はいつの時代も命の危機に晒されています。仮説通りなら、過去にも同じような症状で亡くなる勇者の血縁が多発していなければならない」

 そう、姫の仮説は絶望的におかしい。

 そんなことは姫だって気付いているはず。あの理屈は間に合わせだ。

 だがそうなると、今回の勇者は何故イレギュラーな事態となったのか。

 なにか、例外があったはず。

「それは、ロビンさん。貴方です」

「俺だと?」

「ロビンさんには聖属性があります。ですが魔族として生きていたロビンさんの中では、聖属性は完全に封じられていた」

「百歩譲って俺に聖属性があるとして、何故?……いや、それはいい」

 訊くとしたら、それは親父かアイツだけだ。

「その点は私も保留しています。オルテガ様との旅で、ロビンさんの聖属性は徐々に活性化していった。封じられたまま、気付かれぬまま」

 活性化、か。

「あり得るのか、そんなことが」

「知っているはずですよ、ロビンさんは」

 俺が聖属性の反発に苦しんでいる時、アルやスイに近付けば気分が楽になった。

「ルビス様の加護を受けていたのはオルテガ様だけではなく、ロビンさんもだったんです」

「その影響が俺になかったのは―――ああ、俺が無意識に封じていたからか」

「はい、正解です」

 俺は出来の悪い生徒か。

「そしてそれは火山口で爆ぜた。友人との仲違いによって、想定外の勇者であったロビンさんからも正規の勇者であるオルテガ様からも、『アルス』さんに一人に蓄積された二人分の力が一気に流れた」

 一人分なら耐えられた、だが二人分は『勇者』というシステムから見て想定外だったのだ。

 納得し、そこから導き出された結論に絶句した。

 そうか。そうだったのか。

「つまり、アルが消えたのは。アルが消滅したのは―――」

「魔導学的観点から見て接吻は一種のラインです。私とゲレゲレが接吻で魔力のラインを構築したように、アルスさんとロビンさんの間には細い通路が出来た」

「―――アルの、『猛き力』の行き先は―――」

「勇者として確定しつつあるロビンさん、勇者として不安定なアルスさん。その存在密度の差は、ラインの形成により決定的となった」

 スイは、判っていたのだ。

 判っていて、アルより俺を優先したんだ。

「―――俺は、アルの存在を奪ったのか」







 俺はしばらく、空を見上げていた。

 スイは気を遣ってか、先に宿へ帰っている。

 俺としてはスイを責めるつもりはない。

 アルより俺を優先したのは正直複雑な心境だが、それでも責められはしない。苦渋の決断でないはずがないのだから。

「―――さて」

 とりあえずは、親父でも絞めに行くか。

「竜退治はもう飽きた」

 ちょっとドラム缶押してくる。

「そう、貴方が」

 誰奴?

 月光をバックに、ドレスをはためかす暴君。

 お前か、お前かよ。

「どうした。お前も月見か」

 なんというか、いちいち派手な奴だ。

「貴方が」

 寒気を催す金属音。

 撃鉄が引かれ、銃口が俺を捉える。

 それはそれを、呆然と眺めた。

「貴方が―――」

 銃が吠える。

 獣より兇暴な、初期丁字型自動拳銃の咆哮。

 迫る銃弾。

「貴方が、『アルス』の、『アル』の敵ぃぃぃ!!!!!」

 犬歯を剥き出しに、血走った目を走らせる姫。

 フローラ。

 フローラ・フォン・ルーク・ド・アリアハン。

「そう、か」

 人間の姫君は、この夜。

 魔族の王子に、敵対する。

「永遠など、どこにもないか」

 銃弾が、額に突き刺さった。




[4665] 三十九里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2010/04/18 21:33
 銃弾は魔族の強靭な皮膚と頭蓋に阻まれ、致命傷と成り得はしない。

「……こいつは……効いたぜ……」

 頭に血が昇る。こいつは、誰に銃口を向けた?

「人間の痛みで言うと“柱のカドに頭をぶつけた”ってところかな……」

 面白い。ああ、オモシロい。

「おも、しろい!!!」

「ぐらええええぇぇ!!!」

 乱射される姫の二丁銃。

 かわし、防ぎ、無視する。

 7・65mm弾如きが通じると思うな!

「こんの、人殺しぃ!」

「誰が!!」

 姫が指笛を鳴らす。

 彼女の隣に突き刺さる鉄柱。

 鉄柱は左右に割れ、中から対戦車ライフルが飛び出される。

「お前、は、自分がなにをしたか判ってるのかぁ!?」

 千切るかのように引かれる撃鉄。

「お前は、アルスを!!」

「アルはまだ、死んでは―――」

「私の初恋を、殺した!!!」

 射出された銃弾を、俺は避けそこなった。

 脇腹が抉れる。

 アル、アルス。

 姫が言っているのは少女のアルだけではなく、少年のアルスも。

「なぜ、のうのうと!」

 立て続けに穿たれる銃創。

 建物の影に隠れるが、それすら突破し標準は俺を追い続ける。

「のうのうと、私達の前に居られる!?」

 再び地面に突き刺さる鉄柱。

 ―――なるほど、遥か上空にレイチェス号が控えている。

 だが今レイチェス号のスタッフは町にいるはず。

 『ほぼ』、全て。

 船のブリッジに目を凝らす。

「アイツか」

 レイドが舵を握って、俺達を見下ろしていた。

 アイツが単独で船を動かしているんだ。

 鉄柱が割けライフルより更に大型の銃が姿を現わす。

 否、それはすでに銃のカテゴリーには含まれない。

 2メートル近い本体。

 6つの銃身を持つ、総重量約300キロの重火器。

 確かあの種類の銃は―――

「ガトリングだったか」

「バルカンです」

 駆動音をがなり発て6つの銃身が回転する。

 連射される20ミリ弾。

 防ぐことなど考えない。微かな線にしか見えないそれを、防げるなどとは思わない。

「っく、見難い……!」

 こういう連射式の銃は、もっと光った派手なものじゃないのかよ。

「曳光弾など私には必要ありませんわっ」

 巧みに遮蔽物を利用しこちらを狙う姫。

 やりにくい。

 ちょこまかと走り回る姫は、魔族の目ですら捉えにくい。

 人間には重過ぎるはずのバルカンを担ぎ、瞬敏に音もなく駆ける姫。

 あれはなんだ。ジパングの特殊部隊・ニンジャーか?

 闇に落ちた村。とはいえ、空が明るかろうと彼女を捉えるのは困難極まりないだろう。

 まるでモグラ叩きだ。なのに、攻撃力は半端ではない。

「こんの、鬱陶しい!」

 肉体を魔族のそれに戻す。

 懐かしき怪物の姿。この皮膚ならば、この攻撃も通用しない。

「ですが、周囲への注意は散漫になりますわね」

 背中に冷たい金属が触れた。

「―――速」「遅い」

 ゼロ距離から銃爪が引かれる。

 時間にして数秒、僅かその間に数百発の弾が背中に突き刺さる。

 貫通はしない。

 しないが故、俺ほどの巨体が容易く吹き飛んでしまう。

「く、は……!」

 拳を握り締め、なんとか立ち上がらんとする。

「……ぶざ」「無様ですわね」

 ハイヒールの踵で頭を踏み付けられる。

「意外と、強いもんだ」

 心底、関心した。

 99対256。

 レベルの差は歴然としているのに。

「猪突猛進しか出来ない貴方と一緒にしないで」

 そんなつもりはないのだが。

「これが人間ですわ」

 戦術を研磨し、武器を進化させ、数の暴力で圧倒する。

「生きているなら、神であろうと殺して見せますわ」

 実際殺した。黒の核晶で。


 反撃は可能。魔力はほとんど消費していない。

 体力も、俺のタフさならダメージはゼロ。

 だがそれ以上に姫の言が気になった。

 こいつにしては、冷静を欠き過ぎている。

 ……いつだって暴走状態だが。

「なにをそんなに焦っているっ」

「なにをそんな悠長にっ」

 再び肉体を人間に擬態する。姫相手ではあまり意味がない。

「アルを消しておいて、アルスを殺しておいて、謝罪もなし!?」

「……アルは消えただけだ、死んでいない」

 姫の眼光を正面から睨み返し、正直に本音を告げる。

「アルスなど知らない。知らない人間に謝罪など出来ない」

「シネ」

 モーターが咆哮を上げる。

 劈くような銃身のアイドリング。

 その反動と振動だけで地面が揺れ、標準が暴れる。

 身体能力は圧倒的に俺が上だ。

 引き金を引く瞬間、姫を蹴り飛ばせば。

「サヨウナラ」

 後頭部へのバルカンが掃射され―――

「させんわっ」

 姫が炎に包まれ、吹っ飛んだ。

「―――誰」

 何度も転がった姫は、さしてダメージもない様子で立ち上がる。

 バルカンは地面に転がって、彼女から若干離れた位置に。

 そして炎を放った本人は、紺色のスカートと黒髪をはためかせ我彼の間に立つ。

「仲間割れにしては物騒じゃの」

 見憶えのあり過ぎる、吊り目の勝気な瞳。

 温泉街にマッチしていそうで結局浮いた巫女装束。

「卑弥呼……?」

 俺の婚約者が、悠然と仁王立ちしていた。

 唐突な登場に混乱するが、現れたのは卑弥呼だけではない。

 俺と姫の間に氷壁が築き上がる。

 ガラスのように透明なそれは、だが3メートルは厚さがありそうだ。

 氷壁の向こうに、蒼い髪の少女が舞い降りた。

 天使と見紛うように降り立ったのは、さきほど宿へ戻ったはずの賢者少女。

「物騒な物音がすると思って来てみれば……一体どうしたのですか?」

「……ふん」

 鼻を鳴らし、踵を返す姫。

 立ち上がり、姫に半ば叫ぶように言う。

「何処に行く。というかこれだけやっといて逃げる気か」

「この状況で私に正当性は見出せませんわ。経緯を話せば、お二人は貴方に着くでしょう」

 だから、その前に逃げるということか。

 ここで話を引き伸ばせば、話がややこしくなる。

 ……それに。

「らしくない。いつからそんな女々しい女になった?」

「貴方、私をなんだと思ってますの?」

 神を薙ぎ倒す女。

 いや、判っているんだ。姫は見た目以上に参っている。

 それに、俺の言い分はあまりに身勝手。だが、知らぬところで人が死のうと、心の底から悲しめる奴などまずいまい。

 だからせめて、自分の意志をはっきりと表すのが最善と信じた。

 これまでの旅で培われたものは、その程度で失われはしないと信じていた。

「これ以上貴方達と行動を共にする理由は有りません。私は離脱します」

「なん―――だって?」

 信じていたそれは、あまりに、あっさり否定された。

「パーティーは解散と。そう言ったのですわ」

 突然の事態に、俺もスイもしばし言葉を失う。

「ま、待て!魔王退治はどうする気だ!」

「興味ありませんわ」

「お前は魔王を倒すため、旅をしていたんじゃないのか!?」

「なにを言っていますの?私は、ただアルに同行していただけですわ」

 振り返りもせず、レイチェス号から垂れたロープを掴む姫。

 スイは姫を呼び止めようとして腕を伸ばし、俺を見、手を下げた。

 黙考し、舌打ちを一つ。

「……行け」

「ロビン、さん?」

「俺は大丈夫だ。姫に着いててやってくれ」

「そうは見えません」

 擦り寄る猫のように近寄るスイを、手の平で制す。

「頼む」

 余裕がないのはスイとて同じはず。

 だがそんな状況だからこそ、姫を一人にするのは避けるべき。

 柄ではないが、俺はこの期に及んで姫を気遣っているらしい。

「心配するな、こ奴にはわしが着いている」

 ポンポンと俺の頭を叩く卑弥呼。やめろ。

「……余計心配です」

「抜け駆けなど……せんとは保証出来んが」

 貞操の危機?

「判りました、―――また」

 一度礼をして、スイもまた飛翔し船に乗り込む。

 ところで139名の船員は、後で合流するのだろうか。

「なにかあれば、ゲレゲレに。あの子とはどんなに離れていても連絡出来ますから」

「判った」

 頷き、気付く。

 ゲレゲレ、アイツどこにいるんだ?

 レイチェス号は急上昇し、星空へ消える。

「さて」

 こほん、とわざとらしい咳ばらいをして、卑弥呼はこちらを見据えた。

「まあ、なんだ。久々じゃな」

「ああ……うん」

 妙に間の抜けた返事になったのは、不可抗力。





 俺達は若干場所を移し、宿の共同スペースでソファーに腰掛け向かい合った。

「なるほどの、あの勇者殿が」

「ああ」

 ちょっとアレだが、説明終了。

 道中卑弥呼が独特の意匠故注目されてしまうが、正直馴れた。

「お前は俺の母親について知っているのだったよな」

 宿は僅かな従業員を残し静まり返っている。明日船がなくて驚く船員達が今から不憫だ。

「う―――む。まあ今更隠しても仕方がないが……わしに訊くのか?」

 そういえば、口止めされているのだったか。恐らくは親父直々に。

「すまん。言わなくていい」

 上位者に従うのは魔族としての本能。それに贖えなど言えない。

「いや、言うぞ」

 どこか悲壮な覚悟を滲ませた表情を浮かべる卑弥呼。

「わしは、お主の部下じゃ。大魔王の部下ではない」

 それは、大魔王の軍に反旗を翻すという宣言に等しかった。

 そこまで味方でいてくれる彼女を、俺は誇りとすべきなのだろう。

 だが―――

「こんな地の果てまで来てしまったんだ。予定通り親父を絞めるさ」

 ……むしろ気分的に。

「親父殿に直接問う気か?死ぬぞ?」

「あの男は、よほどはっきり宣戦布告しない限り戦いにはならない」

 アルが切りかかったくらいでは、敵として認識していないのだ。

「善は急げだ。さっさと魔王城に行くか」

「善かは疑問じゃがな。……まあ、張本人から聞くのが筋か。わしとてただの監視役、最低限しか教えられておらん」

 息子に監視を付けるなと憤りを覚えつつ、俺はルーラを唱えた。







 王というのは、会いに行けば何時も王座の間にて玉座に座っている。

 わけもなく、大抵は執務室で書類を捌いているのが普通だろう。

 親父の場合は……あの男が書類仕事をするとは思えんな。部下任せかどんぶり勘定で済ませているはずだ。それでいいのか大魔王。

「お主がそれを言うな」

 几帳面な性格の卑弥呼がびしっと手の甲で叩いてきた。

 勝手知ったる魔王城。案内など付けず、俺達は廊下を歩く。

 そもそもこの城には生物がいない。使用人すらゴーレム化されている。

 時々思う。親父は、あるいはとても臆病者なのではないかと。

 絶対的な力を有しているにも関わらず、配下を近くに置かないのは―――裏切られるのが怖いのではないか。

 ……まさか、な。

「ロビン?どうしたのじゃ、急に黙ったりして」

 後ろに着いて来ている卑弥呼が、訝しげに訊いてきた。

 少し思考がそれていたか。確か……王の在り方的な話題だったな。

「馬鹿をいえ、俺はどんぶり勘定なんてしないぞ」

「そうじゃの、お主の場合はきっちりとやらせるか。部下に」

 深々と溜め息を吐く卑弥呼。

「お主はやれば出来る子じゃぞ?」

「そうだな、頑張れ」

 卑弥呼は間違いなく俺の部下である。

「……のう、ロビン」

 神妙な声色に、思わず振り返る。

「お主、親父殿を殺してもいいのか?」

「は?」

 呆けた声が漏れた。

「なにをいっている、力こそ全て。それが魔族のルールだろ」

「それは大魔王ゾーマのルールじゃ。お主のルールではない」

 ぐっ、と言葉に詰まる。

「お主は主体性がないの。謙虚と言えば聞こえはいいが、部下としては指針ぐらい示してほしいものじゃ」

「……アルを蘇らせ、彼女の望む世界にする。それが指針だ」

「肝心なところをわざと全力で無視したの」

 まあいい、と卑弥呼は先に進む。

 肝心なところ、か。

 姫にはああ言ったが、一番女々しいのは俺かもしれない。





 親父、と声を掛けようとして部屋に誰もいないので止めた。

 ここにいると思ったのだが、出かけているのだろうか。

「その前にノックぐらいするのが常識じゃろ」

「おや、バルコニーが開いているな」

「無視するな」

 俺はさっさとバルコニーに出る。

 そこには、信じられない光景が展開していた。

「―――まったくだ。最近の若者は、マナーがなっとらん」

 年寄り臭いことを垂れつつワインを煽る親父と。

「―――おうよ。その癖、人のことはグチグチとよぉ……」

 顔を赤らめて酒を煽るカンダタだった。

 なにやってんだコイツら。

 なにやってんだコイツら。

 大事なことなので二回言った。

「……よお」

 実に声を掛けにくかったが、とにかく目的を果たさんとする。

「む、我が息子よ。出戻りか?」

「うるさい、今日は訊きたいことがあって来たんだ。それとそれは卑弥呼だ」

 なんだこの酔っぱらい?

「おーよ、久々じゃねえかロビン。なにやってんだ?」

「それは俺の台詞だ」

 どうやったらカンダタが親父と酒を酌み交わしているのだ。

 いや、よく見ればそれは酒ではない。暗黒闘気だ。

「……人間が飲んで正気を保てるものではないはずだが」

 暗黒闘気とは、全ての悪意そのもの。

 常人が暗黒闘気を口にすれば、廃人になるか魔に染まるかのどちらかだ。

 この変態ほどの実力なら廃人にはならなかろうが、魔に染まっている様子もない。

「幻魔戦術だ」

「……そうか」

 そんな一言で納得しろというのか。

 若干の理不尽さを感じる。

「親父、俺の―――」

「勇者が消えたそうだな」

 ―――っ!

「知って、たのかよ」

「予想は出来ていた」

 なにを知っているんだ、この男は。

「卑弥呼、お前が役割を果たさなかったのが、結果的に勇者の消滅へと繋がった。懲罰はプラスマイナスゼロだな」

「…………元より、わしは大魔王ゾーマの元を離反する所存。懲罰など関係ない」

 唇を震わせ、それでも言葉を揺るがすことなく言い切る卑弥呼。いい女である。

 卑弥呼の役割は俺の監視、というより聖属性へ転がることを防ぐのが目的だったか。

 だが、それとアルの正体を知っていた理由は別だ。

「聞きたいこととは、お前の母親か?」

「そう、そうだ。俺の母親は何者だ、勇者だったのか、聖職者だったのか。何故大魔王の息子が、強い聖属性を秘めている」

「……ここで話すことではないな」

 親父は立ち上がり、城の更に上部へと飛翔する。着いて来いという意味か。

 ……ワイングラスにサランラップを掛けていたのは、全力で見逃せ。

 俺も追従し、城のほぼ天辺に降り立つ。

 親父は、遠くに見える町の明かりを眺めていた。

「ラダトーム?」

「そうだ」

 魔王城と海峡を挟み対岸に存在する、地下世界唯一の国家・ラダトーム。

「あそこが、お前の母親の生まれた場所だ」

「……俺の母は、人間だったのか?」

 親父は瞼を閉じ、首を横に振る。

「人間ではない。魔族でもない」

 そして開かれたその瞳には、明確な憎しみが滲んでいた。

「ラダトームの賢者共が作り上げた人造人間―――人造勇者だ」

 俺ですら、息を詰まらせた。

 それほどの憎悪。それほどの憤怒。

「―――魔と人は殺し合い続けてきた。歴史が始まったその瞬間から。永久に、延々と」

 大魔王は語る。

「この世界の人間は、ほぼ全てが上の世界の人間の子孫だ。居住当初、彼らはこの世界の力の強い魔物に対処し切れず、脆弱な防壁の中で震えながら生きていた」

 それは、もう旧い魔族しか知らぬであろう歴史。

「彼らは英雄を求めた。今でこそ国を、城を築く程度に進化したが、生物とは弱い。人も魔族も、弱者と定義された者は世を恨みそして救いを求める。―――そして、禁断の領域へと足を踏み入れた」

 人は決して美しいだけではない。時に、魔族以上の凄惨さを垣間見せる。

「『人造勇者製造計画』。3つ存在する神の宝具の一つ、王者の剣を触媒に賢者達が己の命を対価とし創った、伝説の複製品」

 それは地下世界で、人間社会で封じられた闇。

「『彼女』は人間を恨んでいた。自らを戦いの道具と扱い、自身はなにもしない人間達を」

 そして二百数十年前、俺が生まれる僅かに前。

 若き魔王と創られた勇者は出会い、恋に落ちてしまった。

「お前のご執心だったあの勇者、あれはお前の母に瓜二つだった。勇者という力場で形成された存在という意味では双子のようなものだからな」

 愛しあった二人は、人も魔もどうでも良かった。

 だが人々は、彼女を裏切り者として始末しようとした。

「彼女が私の前に辿り着いた時、その心臓は既に停止していた。そして、お前もまた深い傷を負いながらその腕に抱かれていた」

「復讐、なのか……?」

 いや、違う。

 人間を滅ぼすことなど、親父にとっては造作もないことのはず。

「復讐……?私は、そんな建設的なことなど考えんさ」

 乾いた笑みを浮かべ、大魔王は月を仰ぎ見る。

「破滅。終焉。審判の日すら生温い、時の終わり。過去も未来も全てを閉ざす、歴史の最期。―――つまるところ、ただの『八当たり』」

 そう、言いきった。

「息子よ。私には、もうお前しかいないのだ」

 だからこそ―――

「私を、殺してみろ」




[4665] 四十里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2010/05/10 01:13
「今日集まってもらったのは他でもない」

「どうしたの、ロビン?」

「今日のロビンさん、なんだか変です」

「雑種がなぜ取り仕切っているのですの?」

 レイチェス号の食堂。

 俺達は、時系列や本編の展開を超越し集まっていた。

「今日は俺達の『個性』について考えたいと思う」

「個性?」

 俺は重々しく頷く。

「小説とは『文字』だ。漫画やアニメのように絵があるわけではない。故に、個性的な口調・動言が誰の台詞かを判断する材料となる」

「ロビンさん、それは筆者の技量次第では?」

「一説には、登場人物の同時描写の限界は4人とまで言われるほどだ」

「無視しましたね」

 シャーラップ。

「でも、一応私達の口調は被らないようになっているよ?」

「そうだ。少なくとも、この4人の状態ではな」

「つまり5人目の登場人物が現れた時点で、この小説の会話文は成立しなくなると。そう言いたいのですの?」

「Exactly(そのとおりでございます)」

「そういう妙な返事をするから、判らなくなるんです」

 すまん。

「だからといって、その5人目に変な口調を強いるわけにもいかない。だからこそ俺達の中で特徴ある口調の定着を提案したいと思う」

「具体的にはどうするの?」

 咳ばらいを一つ。

 見よ、俺が昨晩寝ずに考えた新たな口調―――その答えを!

「こういうのはどうだろビン?」

「話しにくいだけだと思いますイリスフィース」

「誰が話しているかはすぐわかるけれど……アルス」

「アル、無理して語尾に付ける必要ありませんわフローラァ~(←優雅な感じ)」



 以上、電波を終了します。







 ラダトームの灯を眺めたまま、俺はしばらく摩天楼に立ち尽くしていた。

 明けることのない夜、厚い雲に遮られた星の光。

 親父の話は、それなりに衝撃的な内容だった。

 だったが、だからといって感慨があるわけもない。

 母親が何者であろうと、関係ない。彼女に囚われているのは俺ではなく親父の方だ。

 親父の望みは世界の終焉。物理的に壊滅させるのではなく、世界そのものを終わらせようというのか。

 …………なるほどな。

「意味解んね」

 餅は餅屋、そういうのはスイ任せだ。

 ……ともかく。ともかく、人類を滅ぼすとか、そういう目的ではない。

 人類くらい親父なら5分で殺れる。

 大袈裟な話ではない。なんせ、あの男は最下級の攻撃魔法・メラで海を消す化け物だ。

「世界を終わらせると言ってもなぁ」

「大層なことを考えるじゃねぇか、お前の親父はよ」

「―――カンダタ?」

 変態が後ろに立っていた。

 隣には卑弥呼も。

「世界を終わらせるとは神々を殺すということじゃ。この世界を支えるルビスだけではなく、あらゆる異世界をも支える『神竜』を殺害するということ」

「神竜?」

 卑弥呼は頷く。

「真竜ともいうの。全ての神を統括する存在であり、聖であり魔であり、神であり人である。そして、存在しながら居ない神じゃ」

「居ない?」

「そう、居ない。歴史にも現れず、実物を見た者もおらん。なにかをしたわけでもない。居ないが居るとされる神じゃの」

「詳しいな、卑弥呼」

「同じ竜じゃからの」

 答えになってない。ざっと聞いただけでも、魔族の竜と神竜とは別物だ。

「『竜』とは元を正せば力を象徴する言葉じゃ。古今東西問わず姿形に関わらず、最強とされた生物は『竜』と呼ばれた」

 同じ『竜』でも蛇っぽいヤツやトカゲっぽいヤツがいるのはそういうわけか?

「単純な力では、お主の親父殿より上だの」

「そんなとんでも存在かよ!?」

「当然じゃ。神竜の力には親父殿やお主のものも含まれる、文字通り『全て』じゃからの」

「ならば、どうやって殺すんだ?」

「天の塔に昇るそうだぜ」

 天の塔?

「言っとくが、わしらにもそれ以上は判らんぞ。わしもカンダタ殿もそんな知識はない」

「そうか」

 スイと合流した時に訊くか。だがあいつの知識はムラがあるからな……

「パーティを解散したんだってか」

 不意にカンダタが問うた。

「ああ」

「やめないのか、魔王退治」

「やめない」

 即答していた。

「だろうな、お前は魔王と戦いたがっている。それも、自分の意思で」

「そう、なのか?」

「―――やっぱ、気付いていなかったか」

 そうなのだろうか。

「俺はアルの笑顔が見たい」

「あ、青臭さ……」

「魔王が死んで平和な世界になれば、アルは普通の娘になる」

 剣も握らず、魔法も唱えないただのメイドに。

「なるかの?あのお転婆が」

 お転婆いうな。

「もしアルが戦いを忘れ、平和な世界で笑っていたら……その笑顔は、とても綺麗だと思うから」

 だから、今はこれでいい。

 俺がなぜ親父と戦いたいのか、それは後回し。

 それが解らない今は、今出来ることをするだけだ。

 だから、今は―――

「なに泣いてんだよ、ロビン」

「……泣いてない」

 ―――アルを、迎えに行こう。







 卑弥呼、改め八岐の大蛇に乗って俺は移動する。

「自分で歩かんか、怠け者」

「お前の方が速い」

 8つ頭を持つ巨大竜・八岐の大蛇。

 高位魔族の血筋。種族としての、そして個体としての潜在能力。

 それだけで、彼女は通常の竜を圧倒的に凌駕する。

 だが更に。更にその能力が8倍という、馬鹿げた突然変異。

 普段の様子からは計り知れないが、卑弥呼一人で百頭の竜をも迎え撃てる。

 そんな奴だからこそ、飛行速度だけで見れば俺より速い。

 目的地はルビスの塔。

 親父から得た情報を確認する為、ゲレゲレに会う必要がある。

 ……塔、大陸ごと沈んだ気もするが。生きていればいいが。

 ちなみにカンダタは不在。「今のお前に着いてはいけない」などとほざいてやがった。

「ほれ、見えてきたぞ。確かあの辺じゃ」

 卑弥呼の声に眼下を見やれば、確かに海面に大穴が。

 周囲は瓦礫が浅瀬を形成しており、一応所々に小島もあった。

 その中の一つの真上まで来る。

「降るぞ」

「うむ」

 卑弥呼の背から軽やかに地面に降りる。

 続いてしゅるしゅると卑弥呼が人間形体となり、着地。竜のまま着陸すれば島が沈む。

「…小さいな」

 女性としては平均だが、先程との対比からやたら小柄に見える。

「大きいのは不便じゃ」

 本人すら認めた。

 時代は小型化である。大は小をかねるの時代ではないのだ。

「さて。ゲレゲレ、ゲレゲレー!」

「ゲレゲレ殿ー?どこにおるんじゃー?」

 見渡してもあるのは瓦礫のみ。あとは破壊の鉄球で空いた大穴。

 ギアガの大穴を彷彿させるそれを覗き込む。

「落ちたのではないか?」

「だったらスイも、もう少し反応すると思うが……」

 自分の使い魔を見捨てるような奴ではあるまい。

 こうして、穴を覗き込んでいると飛び込んでみたくなる衝動にかられる。

「やってみないか、卑弥呼」

「自分でやれ」

 背後で、瓦礫の山の一角が崩れた。

「ん?」

 盛り上がる瓦礫。まさか。

「踏み付けて出れなくしてみるか」

「やめんか、意地が悪い」

 そして、爆発するように瓦礫が飛んだ。

 仁王立ちする美女。

 纏う土煙りすら風格とし、その扇情的な衣服を軽く払う。

 そして両手を握り締め、天空へと突き出し叫んだ。

「私復活!私復活!」

「ゲレゲレ、訊きたいことがある」

「優しい言葉もなし!?」

 元気だろ、お前。





「ふにゃあ、あの勇者様をねぇ」

「そうだ、再びアルという個体へと還元出来ないか?」

「一度天に召された魂を、もう一度一つに纏めるなんて無理だよ」

 そんなことは判っている。

「無理を承知で訊いている。なにか方法はないのか」

「無茶をいう人だねこのぉ」

 なにが楽しいのか、笑顔で俺の頬を突いて来るゲレゲレ。

「魔族の王子と知りながらこの態度……とんでもない度胸の持ち主じゃな」

 卑弥呼はなぜかゲレゲレに慄いている。

「貴方が言っているのは、海に落としちゃったジュースをまたかき集めろって言っているようなものだよ?」

 そんなことは解っている。

 死亡直前の、肉体に魂が残っている状態からの蘇生すら高等技術なのだ。

 魂が完全に霧散したあとからの蘇生など、千の賢者がいようと不可能なのだろう。

 けれど、スイとゲレゲレなら。

 彼女達ならあるいは、と思うのだ。

「私のご主人様は、あの子のこと、最初っから気付いていたよね?」

「ああ、そうみたいだな」

「だから、勇者様が消えた後にすぐ私に指示したんだよ」

 なに?

「どんな指示を?」

「この周囲に大規模な結界を張れって」

「そんなものがどこにある?」

 卑弥呼があたりをきょろきょろ確認する。

「鈍っちい竜族じゃ判らないって」

「喧嘩売っておるのか、この畜生は」

「……俺にも判らんな」

 まあ、こいつとスイの術式にケチを付けようとするのが間違いなのだ。

 大事なのは「どこに」ではなく「どのような」だ。

「世界を切り離す結界」

 また凄いのを張ったな。

「この周囲の世界を地下世界からほんの少しだけ切り離して、小さな別の世界にする魔法」

「それがあると、どうなるんだ?」

「どうもならないよ?」

 ヲイ。

「でも、海の中からジュースを集めるより湖の中から集める方が簡単だと思わない?」

「簡単か?」

「簡単なんだよ!」

 力一杯宣言される。

「難しいんだけれどね」

 殴りたくなってきた。

「ここから先は貴方の仕事。核を用意して、禁術法で復活完了さ」

「……そんなので大丈夫なのか」

 行程をすっとばされた。

「アルちゃんはいわば、『核のない禁術法生物』。それを形成しているのは『勇者の力』。つまり、『勇者の力』+『人生の記憶』=『アルちゃん』なわけ」

 なんとなく、漠然とだが理解した。

「俺が、自分に存在する『勇者の力』を禁術法で形にして―――」

「―――私がそこに、この空間内の力場を、『アルの魂』を叩き込むってこと」

 ……やはり、無理がある気がする。

「なあ、それでも」「それしかないんだよ」

 反論しようとして、遮られた。

 それまでのおちゃらけた態度ではなく、冷めてすらいる目で。

「私もご主人様も頑張って、一番確実な方法を考えたの。それにケチ付けようっていうの?」

「……すまない」

 そうだ、本来俺に口出し出来るレベルの話ではない。

 ここは彼女達を信じるしかないんだ。

「問題は核なんだよね。なにを核にすれば、勇者が出来上がるんだろう?」

「ん?いや、それは大丈夫だ」

 心当たりはある。

 親父の話では、人工勇者は神具を要いて生み出されたという。

 三つあるうちの一つ、王者の剣は遺失。

 ならばあと二つ。

「いえ、一つです」

 ルビスがふわふわと浮いていた。

「神具の一つ、光の鎧は地の果てに沈んでしまいました」

「……なにがあった?」

 ルビスは憂いを帯びた瞳で、大穴を見据えた。

「事故でした―――まさか、塔が崩壊してしまうなんて」

「馬鹿だろお前」

 50万トンの鉄球食らって無事な建築物があるか。

「待て、こ奴は誰じゃ?」

「お気になさらず。どうせ最終決戦まで、登場予定はありません」

 そういう発言するな。

「残り一つの神具は、魔王の爪痕と呼ばれる洞窟にあります」

「……あそこかよ」

 また面倒な場所に。

「知ってるんだ。そんじゃ、いってらっしゃい」

 知識がない故に気軽に言ってくれるゲレゲレ。

「まあ、肉弾戦主体のわしも着いとる。頑張るとしようではないか」

 卑弥呼に肩を叩かれた。







 魔王の爪痕。

 話によれば、全ての魔の眷属の生まれた場所。

 それ故か、内部では不思議なことが多々起こる。

 ぽっかりと口を開く洞窟に、俺と卑弥呼は進入する。

 そこにはなんと先客がいた。

「「あ……」」

 絶対的に洞窟探検には向かないであろう赤いドレスの姫。

 そして、影から現れた小さな少女。

「わぁー、これは偶然ですねー!」

 物凄く嘘臭い声を上げるスイ。

 ……謀ったな、お前。





 短いことーは気にするな!それワカチコワカチコー!



[4665] 四十一里目
Name: 日高蛍◆fd3f241f ID:fac356b4
Date: 2010/05/10 01:19
 レイチェス号はいつもとうってかわって、大人しく上空待機していた。

「暇だ」

 レイドのぼやきが静かなブリッジに消えた。







 魔王の爪痕。

 様々な力場が干渉し合い、奇妙な現象が起こる場所である。

 曰く、フシギな力で魔法が掻き消される。

 曰く、決して果てなく続いている。

 曰く、空間が入り乱れ内部が一定しない。

 いつしか、この洞窟にはもう一つ呼び名が生まれた。

 『不思議のダンジョン』。

 具体的な攻略法もなく、帰りも徒歩。

 まさに、マゾヒスト向け―――ないし、暇人向け。

 ……更にないし、マニア向けのダンジョンである。

「私達は、無言で洞窟を進んでいた」

 スイが沈黙にいたたまれなくなったのか、ぽつりと呟いた。

「…………」

「…………」

「…………」

「……すいません」

 ならやるな。

「いや、お前はよくやった」

 隣を歩くスイの頭を軽く叩いてやる。指が髪に絡まったが、しなやかなそれは簡単に解けた。

「怒っていません?」

「頑張ったんだろ?」

 その努力は無駄にはしまい。

 気が進まんが、チャレンジしよう。

「姫」

「盾が必要なのですわね?」

「っああ」

 淀みなく返された問いに息を止めそうになったが、癪なので即答する。

「ならば、急ぎましょう」

 再び沈黙。

 無言に、俺達は足を動かし続ける。

 ……俺無力。

「そっちはさっき確認したぞ」

 卑弥呼がマッピングしつつ告げる。

「こっちには不自然な空間がある。罠かもしれん」

「優秀ですわね、貴方の部下は」

 姫が卑弥呼をそう評した。

 調子に乗って言ってみる。

「レイドより優秀だぞ」

「それはないですわ、よ?」

 自分の部下を庇う姫。疑問符だが。

「あの、ロビンさん」

 スイが服を引っ張ってきた。

「歴史にはお詳しいですか?」

「あまり詳しくはないが……」

 今このタイミングで歴女気取りか、スイ?

「人造勇者製造計画をご存じですか?」

「……それが?」

 なぜスイがその名を?

「いえ。確認してからお伝えします」

 さっきから話が逸れまくっている。

 溜息を吐く。一旦姫のことは置いておこう。

「スイ、話は変わるんだが」

「なんでしょうか?」

「天の塔という場所を知っているか?」

「はい、それが?」

 ……は?

「知っているのか?博識そうで結局大事なことは無知なことの多いお前が?」

「酷い言い草過ぎませんか、ロビンさん」

 だってそうだろ、ルビスのことは知らなかったし。

「ですがどうしてその言葉を?かなり専門的な魔導学用語ですが」

「センモンヨウゴ?」

「はい」

 少し予想外な方向だ。

「『天の塔』とは、世界の重なり合った『焦点』のことです」

「ショーテン?」

 ちゃんちゃら・ちゃちゃちゃら・ちゃんちゃん?

「世界が幾つもあることはご存じですよね?」

「ご存じだ」

 上の世界と下の世界、少なくともこの二つは知っている。

「実際には沢山あるようです。精霊の世界や封印された世界などもあるとされています」

「フーイン?」

「注目する部分、間違ってます」

 それは失敬。

「幾つも気泡のように存在する世界、その全てが重なり合う場所が『焦点』です」

「……そこは、『場所』なのか?」

「むしろ『地点』と言うべきかもしれません。空間を、物理を超えた論理の先に存在する魔導学の『到達地点』」

 スイの説明は漠然とし過ぎてて、正直理解の範疇を超えている。

 普通の方法では行けない、ということは判った。

「俺の親父は、そこに行こうとしている。お前にその方法が予想出来るか」

「無理矢理抉じ開けるのでは?あれほどの魔力なら、局地的に神竜の限界を超えることも可能でしょうから」

 結局力技か。

 親父らしいといえばらしいが。

「そこに至るとどうなる?」

「全てが可能となります」

 また大きく出たな。

「塔に登るということは、あらゆる世界に属さぬ客観者となること。これは神竜と同質の存在となることでもあるのです。そうなれば、死者の蘇生・歴史の改竄・えっちな本の入手、想像し得る全てが可能になります」

 到達した者がいないので、あくまで定説ですがとスイは付け足した。

「『焦点』に辿り着くことを、我々学者は『天の塔に登る』というのです」

「そう、か」

 全てが可能となる。そんなことが可能なのか。

「大魔王はなぜ天の塔を求めるのですの?」

「世界を終焉させるそうだ」

 上の空で応えると、赤いドレスに衝突した。

 どうやら姫が急に立ち止まったらしい。

「悪い、少しぼうっとしていた」

「い、いえ、私こそ。……世界の終焉ですの、なるほど大魔王らしいですわね」

 コクコク頷く姫。彼女なりに驚いたらしい。

 そして姫は俺を一瞥し、姿勢を正す。なんなんだ?

「どうした?」

「いえ、その、あれですわね」

 姫が変だ。

「ロビン」

 姫は俺に真っ直ぐ向かい合った。

「……謝罪致します、あの時は私も少し動揺しておりましたわ」

「うおぉ!?」

 素っ頓狂な声を上げてしまった。

 姫が、姫が謝った!?

「私が謝りましたわ!?凄いですわ、私!?」

 自分でも驚いていた。

「ですがここまでですっ」

 そっぽを向く姫。

 これが、彼女の精一杯なのだろう。

 それに、これで充分。彼女の方から歩み寄ってくれただけで嬉しい。

 ニヤニヤしていると姫に足を踏まれた。

「別に許したわけではありませんわ。やっぱり貴方は死ねばいいのに!」

 そう言いつつ、足を速める姫。

 俺もそれを追いかける。そうだ、フローラ姫はやはり突撃隊長でなくては。

 どこまでも洞窟を突き進まんが勢いで爆走するパーティー。

 テンションが上がりっぱなしで無意味にバテ始めたころ、俺達は盾を見つけることが出来た。







 ルビスの塔跡地では、大規模な魔方陣が敷かれていた。

 如何なる原理か宙に浮かぶ、球体状の魔方陣。

 俺は複雑に構成されたそれを、船の甲板から眺めていた。

「立体型魔法陣だよ」

「名称なんてどうでもいい」

 俺の物言いに「圧縮率が」やら「魔力運用の効率が」やら蘊蓄を垂れるゲレゲレ。

 すまん、興味無い。

「そう言わないで下さい、ゲレゲレだって頑張ったんですよ?」

「聖属性と魔属性の融合理論なんだから!」

 凄そうなのは判ったから、本題に移ってくれ。

「飛び込んで下さい」

「まじっすか」

「まじです」

 ひたすら真顔で魔王陣を指すスイ。

 巨大―――直径50メートルはありそうな魔方陣は、下部が海面の浅瀬と触れている。

 あそこに立てということだろうが。

「……無害だよな?」

「頑張って下さい」

 質問の返答になっていない。

「本当に大丈夫なのか?」

「要望通り本題に移ったのに、文句の多い奴じゃのう」

 卑弥呼にまで駄目出しされた。

「いや、だが」「いいから飛び込め」

 姫に背中をヤクザキックされた。

 むしろ諦観の域で奈落の底に落ちる俺。

 つーか、次の手順を聞いていない。

 魔方陣に突入する。

「禁呪法は使えますか?」

「嗜む程度に少々」

「なら使って下さい」

 それだけ?

 浅瀬に降り立ち、全包囲に満たされた術式を見渡す。

 複雑過ぎて全く判らない。

 上を見ると、スイとゲレゲレが小さく頷いた。

 姫がこちらに向けてアハトアハト(88)を構えていた。

「なにをやっている?」

「失敗したら撃ち込もうかと思いまして」

「そうか」

 ま、今更気にすることでもない。

 俺は目の前のことに集中しよう。

 左腕に装備していた勇者の盾を掲げる。

 ブルーメタル製の、ラーミアの紋章が刻まれた盾。

 俺が装備出来るということもさることながら、放たれる聖属性が不快ではないのが苛立たしい。

 やはり、この身は確実に勇者に近付いてしまっている。

 ……だが今は、それが幸いした。

 自身の聖属性を手繰り寄せる。

 禁呪法とは、魔族が自分の生命力を核に分け与え、仮初の命を生み出す魔法。

 生命力を削るという特性故、人間が使用するのは不適切とされる。

 使おうと思えば使えるのだが、本来は寿命の心配がない魔族だからこそ実用可能な魔法。

 そして、禁呪法に必要とされるのが核。

 大きな力を秘めた物質やアイテムならばその特性を受け継ぎ、より強力な生命体として誕生する。

 つまり盾で禁呪法を行えば、術者がスイやゲレゲレでも『勇者』が出来上がるには違いない。俺が行うのは確実を期してだ。

 聖なる力が盾に収束する。

 ブルーメタルは光の粒子となり、そしてぼんやりと人の形を描いた。

 禁呪法の開始と共に、立体型魔法陣が発動する。

 幾何学に、何重にも描かれたそれは常に形態を変え、別の役割へと転じていく、

 その一つ一つを見ても、ほとんど式を把握出来ない。

 次々と再構築されるそれは、単独でも人類の英知の限界。

 それはこの大規模結界内側の、小さな世界から個人を探し続けていた。

 瞼を閉じる。

 イメージしろ。

 俺が構築すべきは、アルという少女の肉体。

 再構築された魂と拒絶反応を起こさないように、極限まで以前までの彼女と同じでなくてはならない。

 余分な、彼女の人格などは考えない。

 俺の先入観が混じれば彼女は彼女ではなくなってしまう。

 最低限の、彼女を形作る記号だけのイメージ。

 気配を感じる。

 質量が生まれ、魂が宿り、生命が胎動する気配。

 確かな手ごたえ。

 瞼を開く。

 そこに立っていたのは、どこか戸惑った瞳で俺を見上げる―――

「……アル?」

「……ロビン?」

 ―――全裸の女性だった。

「まあ、予想していたが」

「きゃああ!」

 必死に色々隠すアル。

「久しぶり」

 思わず抱き締めた。

「ろっ、ロビン!服!服ちょうだい!」

「ない」

 胸も含めて華奢な肢体。確かにアルだ。

 この小さな体温が、途方もなく有難かった。                             

「アルスさん、これを」

 スイが降りて来て自分の外套を渡す。

「ありがと、ってロビン、本当に放してっ」

「やだ」

 脳天に対空砲が直撃した。

「ぐふっ」

「定番の断末魔!?」

 そして降りてくる竜姫、その背中の銃姫。

「アルぅぅぅ!」

「あ、フローラちょっと待って」

 アルに抱き付こうとした姫が、その一言で静止する。

 手をわきわき動かして目を潤ませる姫。

「お触り禁止ですの?」

「そう言う問題じゃないの」

 勇者は幼馴染みには容赦がなかった。

 青い外套を纏うアル。

 スイが布の隙間から手を突っ込み、アルの体を触診する。

「んっ」

 手付きがエロい。

「なにかあった、スイちゃん?」

「いえ、一応確認しておいただけです。大丈夫ですよ」

 笑顔で応えるスイ。そんな賢者少女にアルは苦笑する。

「スイちゃんでも、嘘吐くんだね」

 スイが肩を震わせた。

「訊き方を変えるよ。私はあとどれくらい私でいられる?」

 なんと、言った、今。

「……半年ほどかと」

「どいうことですのっ!?」

 姫がスイの肩を鷲掴み前後に振る。

「やっ、やめて下さ、ぎぼちわるおえぇ」

 絶賛サブヒロインに有るまじき光景。

 アルが姫を止めた。

「私は一度消滅したから。今の私は新しく生み出された生命に、ただ憑依しているだけの状態。私の魂は異物だから、徐々に失われてしまう。違う?」

「ち、ちがいばせん」

 口元を押さえながら肯定するスイ。

「そっか」

 彼女は笑って、もう一度。

「そっか」

 そう繰り返した。







 星空を見上げていた。

 レイチェス号の一番高い場所から、足を投げ出し背中をマストに預けて。

 アルはあれから平静そのものだった。

 メイド服を身に纏い、本当にこれまで通りに。

 むしろ暗躍と隠し事を繰り返し、辛い役回りを演じていたスイの方が参っているようにすら見えた。

 二人とも弱さを隠すのが上手な類の人間だ。

「く……」

 悪態をつこうとして、やめる。

「アル!?」

「うおっ!」

 姫の叫びで跳ね起きた。

「なんだ、急にっ」

 見れば、見張り台によじ登ろうとする姫。

 びっくりした、3つの心臓がフルビートではないか!

「アルが来ませんでしたか!?」

 は?

「来ていないが……いないのか?」

「さよならですわっ」

 即座にUターンする姫。待てや。

「船からいないのか?洗濯物干しとか掃除とか厨房とかは」

「一通り見ましたわよっ!」

 そのまま飛び降りる姫。

 アルの姿が見えない、というが。

「いや、子供じゃあるまいし」

 流石に、ここで先走りして親父に挑んでいたりしたら色々落ち込む。

 確かに本心を明かしているようには見えなかったが、それでも―――

「…………」

 ―――ちょっと探してみるか。

 甲板に降りて見渡す。外部にはいないようだ。

 船内へ続く穴に降り、内部を探す。

「アル?アルー?」

 資料室の扉を開く。

「アル?」

「はい?」

「いつからお前はアルになった?」

 スイが返事をした。

「なにをしているんだ?」

「調べ物です」

「そうか、ところでアルを見なかったか?」

「いいえ」

「そうか……すまん邪魔したな」

 退室しようとして止められらた。

「どうした?」

「これ、見て下さい」

 示された本を見る。

「重そうな本だな」

「読んで下さいというべきでした」

「面倒だから掻い摘んで説明してくれ」

「……まあ、そうですね」

 ご説明します、とスイは眼鏡をかける。

「何故眼鏡を?」

「私は賢者、全属性を使えるんですよ?」

 意味が解らない。

「この資料はフリント博士が地下世界の研究を纏めたものです」

「洞窟の中での話、か?」

「はい」

 人造勇者製造計画。

 親父からその言葉を聞くまで、俺はこの名を知らなかった。

「私とフローラ様は、ロビンさん達とお別れしてからラダトームに身を寄せていました」

 レイチェス号の速度からすれば目と鼻の先だろうしな。

「当然フローラ様はラダトーム王宮に立ち寄ったのですが、王宮では人造勇者製造計画の後続計画が行われていたのです」

「なんだとっ!?」

 ラダトームの馬鹿共は、まだそんな実験をしていたのか!?

「勿論、賢者といってもあくまで『自称』。実質は別物の素人集団です。今の彼らには勇者を製造するなど到底出来ません」

 今自画自賛したな。

「ですが、彼らは彼らなりにかつての技術を再現しようとしたようです。そして、禁断の方法を編み出しました」

「人造勇者製造計画でも、充分禁断だと思うが」

 スイは首を横に振った。

「現代の自称賢者達は一から勇者を製造出来ないと悟り、予め用意した人間を勇者に改造する方法に切り替えたんです。その名も、人造勇者改造計画」

 ……開いた口が塞がらない。

「一通り計画を網羅しましたが、ほとんど長期に渡る拷問と同義です。人道など無視した計画でした」

 魔族の俺がいうのもなんだが、人としてどうなんだラダトーム。

「フローラ様は高潔な方です。すぐに関係者を粛―――ではなくOHANASIしました」

 流石は姫。留飲が下がった。

「その実験礎体となった人物を『オルテガ』というそうです」

 呼吸が止まった。

「……なんだって?」

「『オルテガ』です。本人確認は取れませんでしたが……」

 同姓同名?

 ……たぶん、違う。

 ずっと疑問だった。

 本当にアイツが溶岩に落ちた程度で死ぬのだろうか?

 その答えが、これか?

 ふざけるな。

「関係者は全て処分したんだな?」

「お怒りなのはフローラ様も同じです。信じて下さい、あの方のOHANASIを」

「そう、だな」

 姫もオルテガのことは敬意を表していた。

 ラダトームのことは一旦忘れる。

「奴の、今の所在は?」

「お一人で旅立ったそうです。……まともな理性など残っていないはずだというのに」

「……判った。教えてくれてありがとう、スイ」

「いえ。解析は私の本分ですから」

 安堵した表情を見せるスイ。俺が怒り狂うことを危惧したのだろう。

「ところで、アルスさんがいないのですか?」

「あ、ああ。姫が騒いでいてな。別に大事ではないと思うが」

「そうなのですか……私も探しますね」

「そうだな、頭数は多いほうがいいか」

 次へ行こう。スイとは別の方向に足を進める。

 ブリッジ、ダンスフロア、機関室、資料室と縦横無尽に船内を歩き回る。

 いない。これだけ歩き回れば目につかなそうな場所は踏破したはずだ。

 残るは調理室など、普段からアルが出入りする部屋のみ。

 そういった場所は姫が調べたはずなのだが―――

「一応覗いておくか」

 扉から室内を確認する。冷たいシンクが並んでいるだけで、人の気配はない。

 やはり無駄かと先へ進もうとして、いつかの記憶を思い起こす。

 調理室の隅、影になった場所。

 いつか彼女と共に行った、皮剥き作業。

 もしやと思い、死角を見やる。

 いた。

 ナイフを握ったまま、音もなく眠り続けるアルス嬢。

 きっと姫はここまで確認しなかったのだろう。

「―――馬鹿らし」

 ただの杞憂ではないか。

 それに振り回された俺も俺だが。

 立ち去ろうとして、気付いてしまった。

 その頬に、涙の跡。

「……よっと」

 アルの隣に腰掛ける。

 立ち去る気にはなれなかった。

 手寂さを覚えナイフを手に取り、ジャガイモを―――

「手、洗わないと駄目だよ」

「起きていたのか?」

 アルが俺を見ていた。

 薄暗い室内、その瞳は猫のように思えた。

「おはよ」

「珍しいな、お前が仕事の途中で居眠りなんて」

 というか、ありえまい。

 メイドオブメイドの彼女が。

「そんなこともあるよ」

 だからありえん。

「ロビン」

「ん」

「私は大丈夫だから」

 彼女の目は酷く穏やかだ。

「解ってたの、最初から」

「なにを」

「私は私だから。私の記憶がなくなっても、そこにいるのは私だから。だから、悲しまないで」

「馬鹿だろお前」

「馬鹿って……ひどいな」

 悲しげに微笑む少女。

 それが、酷く頭に来る。

「いいのかお前はそれで」

「もう覚悟は出来てる」

「消える覚悟じゃない。お前が消えるのは、ああそうだろうな。お前とスイの共通意見なんだ、変えようのない事実なんだろ」

 頭に来過ぎて、涙が出てきそうだ。

 怒りのままに言葉を吐き出す。

「いいのかよ、お前は。俺が覚えておくお前の笑顔が、そんな作りものでいいのかよ」

 笑顔が凍り付いた。

「俺は嫌だぞ。お前が消えちまうのだって論外だが、そんな笑顔をお前だって信じてこれから生きなきゃいけないなんてまっぴらごめんだ」

「……私だって」

 ナイフが床に落ちた。

「私だって、わたし、だって」

 その手を伸ばし、そして空を握り締め。

「ごめんね、演技へたで。あしたから、がんばるから」

「っ!ふ、ふざけるな!」

 アルを強引に抱き寄せる。

 腕の中に納まった彼女は、微かに震えていた。

「何度も言うぞこの馬鹿勇者、俺は、俺は―――」

俺は、なにを言おうと?

 なんと言っても、彼女を苦しめるだけだというのに。

「ロビン」

 短く紡がれた俺の名。

 刹那、唇を塞がれた。

 目の前の大きな瞳が揺れる。

「ん―――」

 温かかった。

 確かに、生きていた。

 なのに、この温もりは失われる。

「嫌だ」

「いやだよ、ロビン」

 例え覆らない運命だとしても。

「嫌だからな、俺は」

「いや、だよぉ……やだ、ああああっ」

 泣きじゃくるアル。

 そんな運命だとしても、だからこそ最期まで偽るまい。

 あとで傷付こうが後悔しようが、作り物の思い出などまっぴらごめんだ。 

「……ロビン」

 アルに押し倒される。

 馬乗りに俺を見下ろすアル。

「私の全部をあげる」

「アル、さすがに……」

 ここから先は、ほら、XXXだ。

「私のチカラ、全部ロビンにあげる」

 なにを言っている?

「禁呪法で私に宿ったロビンの聖属性、返すよ」

「なっ―――!?」

 どうして、そんなことを!?

「この身体にとって私は異物。けれど、ロビンの中でなら私はずっと生きられる」

 よく、判らない。

「この『私』は、私に姿を変えた『ロビンの力』。私の知識と技術は、ロビンの中でなら永遠に共に居られる」

 理解、してしまった。

 つまり、アルは。

「お前の戦闘技能を、俺に譲渡するというのか」

 アルは頷いた。

「いらないっ!俺にお前を食らえというのか!!」

 譲渡されるのは技術のみ。人格が俺に宿るわけではない。

 ただ、アルの消失を早めるだけなのだ。

「違うよ」

 アルは笑みを浮かべる。

「私がそうしたいの」

 その笑顔は、先とは極対のものだった。

 おれが恋したメイドな勇者の、偽りない笑み。

「ひどい、女だな」

「そうだね、ごめんなさい」

「いいさ」

 だから俺も笑ってやった。

「やろう」

 アルの体が、俺に密着する。

「ロビンが人間としての自分を理解すれば、私の技も扱えるはず」

 聖波動が満ちる。

「私の波動を感じて、受け入れて」

 難しくはない。

 互いの境界が曖昧となるような感覚。

「ね、キスして」

 アルが求めるように顔を突き出してきた。

「……さっきしたろ」

 視線を逸らす。

「最初もその次も、私からだったよ」

 近過ぎて、目を逸らす意味がない。

 切なげな瞳を間近で見続けると、頭がクラクラしてくる。

「ん……」

 互いに手放しで寄ったせいで、変なぶつかり方をした。

 苦笑を洩らし、髪を一撫でして口付けをする。

 そっと目を閉じる。

 きっと人様からすれば、下手くそな接吻。

 どんな奇跡も敵わない、ごく身近な永遠。

 次に瞼を開けば全てが終わる。

 俺がこの旅に同行してきた理由も、求め続けた答えも。

 刹那。

 唇が、そっと離れた。

「ロビン」

「ん」

「ロビンは、ロビンのやりたいように歩んでね」

「当然だ」

「うん。私の意思を継いで、勇者になろうなんて考えちゃ駄目だよ?」

「そこまで義理堅くはないさ」

「どうだか」

 見えはしないが、アルが笑ったのが解った。





 瞼を上げる。

 キョトンとした瞳で、俺を見つめる少女。

 そう、『少女』。

 年齢はスイより下。5、6歳程度。

 名も無き少女は、不思議そうに俺を見つめ、首を傾げた。

「お兄ちゃん、どこか痛いの?」

「―――ああ」

 少女の頭を撫でる。

「胸が、痛い」

 少女は困ったように眉を顰め、必至に俺の胸を擦った。

「だいじょうぶ?」

「ああ」

「本当に?」

「ああ、大丈夫。ありがとう、少し楽になった」

『少女』を伴い廊下に出る。

この子のことを、とにかく皆に話さなくては。

「……ですわ」

 姫が薄暗い廊下で、壁に背を預けていた。

「見て、いたのか?」

「ですわ」

 姫は『少女』の頭を撫でる。

 姫にしては不器用な笑顔だった。

「これで私もお姉さんですね」

 スイが手を振って自身の存在を主張する。

 まーた、こいつは無理しているな。

 その更に後ろにはレイドと卑弥呼。

 パーティではないからか、二人は一歩引いた距離で目配せするだけ。

「―――ロビン」

 姫が俺の名を呼ぶ。

 というか、名前呼ばれたの初めてな気がする。

「どうしますの?」

「なにがだ」

「これから、どうしますの?」

「俺が決めるのか?」

「そうですわ。私はアルに着いて行く。そのアルが、貴方に着いて行くと決めたのですわ」

 姫に明確な目的など初めからない。

 きっとこれが、姫なりの歩み寄り方。

 面倒な女だ。

「俺の目的なんて、至極個人的だぞ」

「貴方に崇高な使命感など最初から期待していませんわ」

「でも、ロビンさんは行く気でしょう?」

 俺のやりたいことなんて、実に下らない。

 勇者の物語でも、英雄の冒険譚でもない。

 伝説などもってのほか。

 それでもここまで来てしまったから。

 俺の隣に居てくれる馬鹿な仲間がいるから。

 刹那の夢ではなく、永遠の未来を生きなければ。

 変わりゆくことこそ、永久なのだから。

「行こうか」

 仲間達は頷く。

「ええ」

「はい」

 長きに渡った旅。

 その終点へ。

「最後の戦いだ」

 全ての決着を。

 決戦へ、赴こう。


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