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[4708] 歩く道先は 憑依・TS有り (旧題 ゼロの使い魔、憑依物?テスト)
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/02/12 04:45
  初めての方は必ず読んでください
  それなのに『何これ?』なんて言われても困りますので

  以下概要

1・この作品は変な電波を受けて書いた物です、気ままに書いた奴です

2・気分転換が本体になった。

3・一応推敲しましたが、誤字脱字あるかもしれません、あればご報告だけでも良いのでよろしくお願いします

4・原作全てのネタバレを含みます、「何巻までしか読んでない」と言う方はお気をつけください

5・魔法について独自の設定を入れてます、下手すりゃ根底を覆すかも

6・この話は原作を読み終えている読者様と仮定して書いてます、故に詳しい説明とかないかもしれません。 気になった方は原作全部買っていってね!

7・タイトルに有るように、憑依されたキャラクターの性格が変わっています、その人のおかげで周りのキャラも性格変わっています

8・ジャンルとして「憑依」「TS(性別転換)」「原作知識有り」などが含まれます

9・見てやろうという方は『次を表示する』や『全件表示』でも押しちゃってください


 増えたり減ったり変わったりします、ご了承を



[4708] タイトル、なんにしよう・・・ 1話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/06/17 04:00
タイトル「気が付けば 桃色髪の 虚無少女(字余り)」とか……




 やっとと言うべきか。
 待ち侘びた……と言うほどでもないが、来るべくして来たその日。
 サモンサーヴァントによって、同胞が呼び出される日。
 いや、もしかしたら来ないかも知れない。
 すでに大きく乖離している以上、開かれないかもしれない。

 いやいや、『虚無』たる自分が呼ぶ使い魔は人間。
 おそらくは確定しているその事象に、異議を唱えても全くの無意味である事は確か。
 むしろ『それ』を知っているが故に、同情しているのかも知れないが……。


「それでは次、ミス・ヴァリエール」
「はい」

 名を呼ばれ、返事をして軽やかに広場の中心に歩んだ。
 左前腕、袖から取り出した杖を構える。
 瞼を瞑り、集中する。
 周りの雑音を一切排し、全身から引き出すのは精神力。
 引きずり出すと言っても過言ではないほどの過剰な物。
 引っ張られるような、大きな虚脱感を感じながら呪文を唱えた。

『宇宙の果てのどこかにいる、我が使い魔よ──』

 唱える、唱える、唱える。
 全力を持って唱えるは召喚呪文、コモン・サーヴァント。





 ─来たれ来たれ来たれ! 虚無が使い魔たる一柱、ガンダールヴ!─






 ─来たれ! ヒラガ・サイトよ!─






 世界は、暗転した。
 自分だけの意識が、セカイを読み取り、正確な情報を掲示する。
 次元にすら干渉する虚無の力の一端。
 開かれたのは召喚門<サモン・サーヴァント>、この門の向こう側では、門を見て不思議がる少年が居た。
 帽子つき青いパーカーに紺色のジーパン、この世界では見れない衣服に懐かしさを覚えながらも少年を見据える。

 門を裏に回ってみたり、鍵を突っ込んだりしたり。
 一通りの動作を終えて、少年は決意したように門の中に手を突っ込む。
 当然、門を介して此方に現れた少年の手。
 それをゆっくりと手に取り、引っ張る。
 引きずり込まれている事に気がつき、少年は驚いた表情で腕を引き抜こうとするが。
 一方通行が確定しているこの門から抜けはせず、少年は成す術なく門を潜った。

 爆風、土煙が舞い上がり視界を埋め尽くす。
 見れば少年が尻から座り込んでいた。
 訳が判らないと言った表情で辺りを見回している。

『……嫌だなぁ』

 そう思ったのは確か、アニメ一期のOP主題歌はファーストキッスだったか?
 まさに初めてのキスから始まる物語、自分としては御免被りたいが……。
 ……別に今する必要は無いと思うが、授業の一環でミスタ・コルベールが見ているならやって置かなくてはならない。
 一歩前に出る、いまだ晴れぬ土煙の中、現れた俺に見惚れているのだろう才人。
 ふっ、美少女なのだから仕方が無いか。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、五つの力を司るペンタゴン。 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 俺の容姿に見惚れ、未だ呆けている少年、『平賀 才人』に歩み寄って頬に手を当て、唇を重ねた。

「へ……?」

 1秒も無いキス、自分の表情はどうなっているだろうか。
 頬が上気していたりしないだろうか、してたらしてたで嫌だが……。

「エクスプロージョン」

 左手袖から杖を引き抜き、誰にも聞こえないほどほんの小さく呟き、土煙を吹き飛ばす程度の爆風が起こった。
 晴れる土煙、周りに居た他の生徒のマントやスカートをめくり上げる。
 それで起こった悲鳴と風が収まり、視線は才人に集まっていた。

「──『ゼロ』のルイズが平民を召喚したぞ!」

 誰かが言ったそれに、堰を切ったように上がった笑い声。
 少年は未だ訳がわからず、左手に走る痛みに悶えていた。
 笑い声が響く中、広場全体に通るような凛とした声を上げたのは桃色髪の少女。

「ミスタ・コルベール、コントラクト・サーヴァントは終わりました」

 胸に響く、その声は周囲の生徒を一発で黙らせた。
 『これだからガキは……』と内心思いつつも、監督役の教師、コルベールを呼び寄せる。

「お、おお、それではルーンを確認させてもらいますぞ」

 ふむふむ、これは見たことが……、とぶつぶつ呟きながら少年の左手を舐める様に見つめる。
 その光景に背筋を凍らせる少年、喚き出しながら手を払う。

『何なんだあんた! てかここどこだよ!』

 ああ、懐かしい。
 他人の口から『日本語』を聞くのは実に16年振りだ、……そういや一年の日数が違うから17年振りか?
 まぁ、どっちでもいい、久しぶりに『同郷』の人間に会えたのは本当にうれしい。

『後で説明するから少し静かにしててくれ』

 ハルケギニア語ではなく、日本語で嗜める。
 思いっきり外国人な俺が流暢な日本語を喋るなんて思いも寄らなかったのだろう、驚いた表情で固まった才人。
 コルベールも聞いたことが無い言葉で喋る俺に驚く。

「ミスタ・コルベール、授業はこれで終わりですよね」
「あ、ああ、それでは皆さん」

 授業は終了です、と言って浮かび上がり、校舎へ向かって飛んでいく。
 それに続いて他の生徒たちも舞い上がる。

「ゼロのルイズは歩いてこいよ!」
『サイト、立てるか?』
『え、あ、立てる……』

 誰か何か言っていたような気がするが、ほぼすべての意識は才人へ向いていた為に気が付かなかった。














『それで、えっと、名前は……?』
『ルイズで良いよ、長ったらしい名前なんでな』

 足を組んでベットに座る俺と、椅子に座る才人。

『はぁ……俺は平賀 才人です、それでここはどこっすか……?』

 ふてぶてしく喋る俺に、才人は何を感じ取ったのか危うい敬語で話す。
 勿論全て日本語。

『ハルケギニアのトリステイン王国、て言ってもわからねぇだろ?』
『全く』
『そうだろ、簡単に言うと異世界だ』
『……はぁ、いせかいっすか』

 思いっきり信じていない、まぁいきなり異世界って言われても信じる奴は居ないだろうな。
 居たら居たで『頭大丈夫か、こいつ』って思う自信がある。

『まぁそう簡単に信じられないだろうな、もちろんドッキリとか古いもんじゃないぞ』
『そっちのほうが信じれますけど……』
『こんな大掛かりなセット用意して、サイトを驚かせて何のメリットがあるんだ?』
『それも……、そうですね……』

 渋々、と言った感じで首を縦に振る才人。

『それで、そろそろ家に帰して欲しいんですけど……』
『すまん、無理だ』

 時間が止まった。
 もちろん才人の時間であって、俺の時間では3分ほどだった。

『む、無理ってどういう事ですか!』
『まぁ落ち着けって』

 勢いのまま掴み掛かってきそうな才人を嗜める。
 この体じゃ簡単に押し倒される、もちろん力も言わずもがな。
 それに気づいて、ゆっくり下がって座り込む才人。

『今は無理だって事だ、お前を送ってやる魔法があるにはあるが……』
『じゃあそれ使ってくださいよ』
『それが無理なんだよ、残念ながら呪文を知らなくてな……』
『その呪文があれば帰れるわけですね!?』
『そうだが、かなり時間が掛かるぞ?』
『……どれ位ですか?』
『うーむ、原作時間じゃ二年か三年位だったか……』
『にッ!?』

 驚愕を貼り付けた顔、予想してた期間より大分長かったのだろう。
 たった二年、されど二年、遠く長い時間である事は間違いなかった。

『落ち着けよ、勝手に呼び出しておいて申し訳ないが、俺的にはまだ帰って欲しくないんだ』
『……どういう事ですか?』
『いや、な……。 同郷の人間に会うのは久しぶりでさ……』
『同郷?』
『そのままの意味さ、日本人って事だよ。 もうかなり長いこと日本語で喋ってなかったからさ、結構辛いんだぜ? 周りに慣れ親しんだ母国語を喋れる奴が一人も居なくて、果ては『魔法』なんてファンタジーな代物まであると来たものだ』

 ホームシック。
 これの一言に限り、良い歳しておいて寂しくなったのは秘密だ。

『へ? ルイズはトリステイン人じゃないんすか?』
『もちろんトリステイン人だが、精神は違うくてな』
『精神……?』
『ああ、この世界じゃ『ルイズ』だが、日本人名は『西島 亮太<ニシジマ リョウタ>』って言うんだぜ』

 そう、俺は元日本人。
 極々普通だったはずの一般人で、二次創作小説なんかで良くある憑依物を絶賛体験中な人間だったりする。
 その点で言えば、才人も異世界召喚物な状態だったりするわけだが。

『いいよなぁお前は、少し時間は掛かるが帰れるんだぜ?』
『……? えーと『ルイズで良い』……ルイズもその魔法があれば帰れるんじゃ?』
『まぁ……、無理だろうな』
『何で?』
『だってなぁ……、元の世界じゃ俺死んだんだぜ』
『死ん……だ?』
『それノートパソコンだろ? 二次創作の小説とかは読んだ事無いか?』
『ありますけど……、ッ!』
『そう言う事』

 同じく、二次創作小説で有りがちな『元居た世界で死亡して、こちらの世界に来た』と言う状態。
 虚無魔法『世界扉<ワールドドア>』で元居た世界に繋いだとしても、『俺』の肉体が蘇ってその体に精神が戻る、なんて事は無いだろう。

『悲観すんなよ、死んだわけじゃないんだし、少し我慢して過ごしてもらえれば帰れるって、な!』

 組んでいた足を下ろして、励ますように才人へ言う。
 俺はもう戻れない、才人はまだ戻れる。
 励ます立場が逆だが、それも有りだろうと考えていたら。

『………』

 俯き何も言わない才人、だがその視線は……。

『はは、そういやサイト、お前結構エロかったよな』
『ッ!? ぐ、偶然っす! たまたまっす!!』

 才人の視線は、俺が履いているスカートの中。
 言うとおり偶然だったにしろ、あまり見られて気持ちが良いものではない。
 一転して崩れたシリアスは、笑いを誘う物には十分だった。

『いや、いいよ。 俺も結構恥ずかしいがな!』

 心は男でも体は女、しかも美少女。
 原作通りの性別じゃなくても良かったんじゃないかなーとか思ったり思わなかったり。

『でも良かったな、サイト』
『……何がですか』

 顔を紅くしながら言う才人。

『出会い系サイトに登録してただろ?』

 ブッ、っと口から唾を噴出しそうになったのを無理やり押さえ込んでいた。

『な、なんで!?』
『そこでだ、大切な話をしようと思う』

 またしても一転、ギャグっぽい雰囲気からシリアスに戻る。
 真剣な表情を読み取った才人も、また真剣な表情になる。

『俺が居た世界じゃな、この世界、と言うか『俺』じゃないルイズとお前、サイトの話を綴った文庫本が出てたんだ』
『ルイズじゃないルイズと俺……?』
『そ、俺が居た世界にお前は居なかったと思う。 居たのは『文庫本』と言う二次元世界の話だ』
『………』
『逆にサイトが居た世界に俺は居なかったのかもしれないが、平行世界って言えば分かるよな?』
『……はい』
『この世界もおそらくそれ、二次元、あるいは三次元で存在しているかも知れない世界の一つだったわけだ』
『ッ、じゃあ俺たちは……!?』
『違う違う』

 才人が言いたかったそれ。
 正解であり間違い、どちらでもない。
 何故なら確認する術が無いから。

『お前は確かに居る、もちろん俺もな。 ただ確認出来ないだけで、次元の壁を隔てて存在しているかも知れない世界って訳だ。 もちろんそれを否定できるわけもない、確認できる物じゃないしな』

 曖昧で不確定な世界、無限に広がる平行世界の一つ。
 さまざまな漫画やアニメ、小説などで広がる次元跳躍。
 俺が居た世界の科学技術じゃ成し遂げられていないし、そんな超能力を持つ存在も恐らく居ない。
 シュレーディンガーの猫だったか、有るかもしれない世界と無いかもしれない世界を考えることはできるが。
 片方が存在する、両方存在する、両方存在しない、と言う状態を認識する術がないだけ。
 自分から見れば確かに存在する、だが別の平行世界の第三者にとっては存在するかどうか分からないと言う事だけ。

『俺から見ればサイトの存在は二次元上だけの存在だったが、今は違う』

 逆の事も言える、才人から見れば俺は存在しない人間。
 だが、今は違う。
 次元を超えて出会ったそれは、確かな存在。

『ほら』

 立ち上がり、才人の手を握る。

『俺の手、何も感じないか?』
『……暖かい、です』
『だろ? この感覚は偽物じゃない、確かに存在するだろ?』
『……はい』
『他の奴らから見れば、俺たちの存在は薄っぺらい紙の上の存在かも知れん』

 だが、本人からしてみれば文字通り人の感覚をもつ存在、人間で違わない。

『ちゃんと生きてるだろ? 俺から話を振っといてなんだが、落ち込むな』
『はい……』
『……まぁ、これは前置きだが』

 こんな重い話が前置きかよ! と言いたくなった才人は吐露を抑える。

『ぶっちゃけ、呼び出したのが『俺』であるルイズでよかったな』
『……何がですか?』
『さっきも言ったとおり、俺はこの世界の事を文庫本で知ってたんだがな。 もちろんその内容はこの世界と通じる物があるわけだ』

 才人の手を放してまたベッドに座る。
 もちろん今度は足をしっかり閉じておく。

『はぁ……』

 何が言いたいのか今ひとつ分からないような才人。

『その物語上、主人公はお前で、ヒロインは『俺』ことルイズでな』
『主人公……』

 その響きが気に入ったのか何度か呟く才人。

『内容は主人公が大いに活躍する、ラブコメ……?』
『何で疑問文なんすか』
『ジャンルがちょっと分からなくてな……、まぁ今回の出来事のようなサイトが召喚されるところから始まるんだよ』
『そうっすか……』
『それでな、お前を召喚したルイズがこれまた気位の高い小娘でな、もちろん容姿は俺と同じだぞ?』
『そうですねー、美少女ですもんねー』

 いかにも棒読み。
 「どうでも良いよ」的な感じだが知っておいてもらいたいことであるから、止めずに語り続ける。

『その美少女は魔法が使えなくてな、劣等感バリバリ効いてて召喚されたお前をタコ殴りにして、お前はそのまま息絶えて……』
『な、何だって!?』

 如何に自分ではないと言っても同じ『平賀 才人』、それをフルボッコにする少女に恐れを抱いた。
 『可哀想……』、そう思って見知らぬ自分に哀悼の意をささげた。

『……まぁこれも二次創作の一つだが』
『………』
『いやいや、そんな目で見るなよ。 妙なテンションになっただけだって!』
『そんなつまらない冗談はやめて下さいよ……』
『……すまん。 でな、召喚されたサイトは色んな活躍をするわけだ』
『例えば?』
『そうだな、最初は一対一で魔法使いに勝ったり、トップクラスの魔法使いに勝ったり、一人で7万の軍隊を足止めしたり』
『ま、マジッすか!!』
『マジで、多少の努力はあったが強くなってたよ』
『すげー! 俺すげー!』
『お前じゃねーよ』

 突っ込みながら、椅子を引っくり返して立ち上がった才人を落ち着かせる。
 この才人と原作の才人は限りなく近くて果てしなく遠い存在。
 ヒラガ サイトの可能性の一つ、と言った所か。

『まぁ、俺が生きてた頃には完結してなかったわけで、一定の期間を過ぎたら『未来を知っている』と言うアドバンテージが消えるわけだ』
『まあ、そうっすよね』
『問題はアドバンテージが消えるまでの一定期間、この一定期間内にお前が元の世界に帰れるイベントが起こる』
『……帰ったんですよね?』
『……帰らなかった』

 そう、才人は帰れるチャンスを放棄した。
 一緒に居たい人の傍に居るために。

『何で帰らなかったんですか?』
『好きな人を放っておくことが出来なかった、それだけだ』

 単純、今目の前に居る才人が文庫本の才人と同一とは限らないが、見る限り結構単純な男である才人。
 家族からのメールを見て、涙さえ流したのに帰らなかった。
 一本気な性格の才人は好感が持てる、一方主人公にあるべくしてヒロイン級の女性からモテモテな才人はまじで嫉妬モノだが。
 
『そこでだ、俺が知っている話通り事を進めれば十中八九帰還イベントが起こる』
『はい』
『でもな、そのイベントが起こるまでにさまざまな事が起きる。 今言ったメイジに勝ったり一人で7万の大軍を止めたりな』
『はい』
『……超美人で巨乳の『ハーフエルフ』から好きだと言われたり、これも可愛いくて良いスタイルの『メイド』に迫られたり、こっちも美人でナイスバディの『王女様』からキスを強請られたり、寡黙で内心優しい見た目『美幼女』に慕われたり……』
『ま、ま、ま……ッ!!』

 落ち着けって、落ち着かないとぶっ飛ばすぞ?

『はい……』
『男として羨ましい限りではある状態が発生する訳だ』
『ですねぇ……』

 てめぇ……、その顔むかつくぞ?

『すみません……』
『……言いたい事は分かるよな?』
『……その時まで帰りたいって気持ちが持つかどうか、ってことっすか』
『そうだ、文庫本のサイトはそのイベントを放棄して残った。 その後に帰還イベントがあったかどうかは知らんが』
『………』
『選択肢は二つ、サイトが帰れるための魔法を俺が覚えるまで安全な場所で過ごすか、俺が知っている物語をなぞってそのイベントまでたどり着くか』
『……その二つ以外はあるんですか?』
『あるかも知れん、『俺』が居る以上ある程度想定外が起きるだろうし、最悪、その帰還イベントがこないかも知れん』
『………』
『だからと言ってサイトが帰れないわけじゃない、その魔法自体は存在しているから俺が覚えて唱えれば良いだけだ。 要は早く帰れそうな危険な道と、時間が掛かるだろうが安全な道を歩くかどうか、だ』
『危険な道になんか特典は付くんですかね?』
『多分、さっき言ったモテモテルートが付くと思われる』
『じゃあ危険な道で』

 早いぞおい。

『文字通り危険だぞ? 死ぬかも、というか死ぬな』
『し、死ぬような出来事があるんすか!』
『当たり前だろ、そんな羨ましい特典が付くんだから一度ぐらい死ね』
『ひ、ひでぇ……』
『臨死体験? それを過ぎればボチボチ安定期に入って死ぬような危険はなかったと思うが』
『はぁ……、所でそのイベントを無視してまで傍に居たい人って誰だったんすか?』
『俺』
『………』

 そりゃあ美少女だけどなぁ……。
 ってな感じの考えが見て取れる。

『容姿は俺って言っただろ、まぁ性格はきっついが、あれだ、ツンデレって奴だ』
『ごめんなさい』
『それ本人を目の前に言ったらまじでぶっ殺されかねないぞ』
『………』
『本当に『危険な道』で良いんだな? 後で『やっぱ安全な道で』なんて事には出来ないぞ?』
『……はい!』
『……さすが主人公、いや、煩悩か?』
『いやいや、そんな事は……』
『じゃあ決まりだな、言っとくがもちろん『俺』こと『ご主人様とラブラブルート』は無いからな?』
『いりませんよ、そんなの……』
『俺だっていらねぇよ』

 まぁよろしくな?
 あ、宜しくお願いします。

 握手を交わし、お互いを確認しあった。



[4708] 以外にご好評で・・・ 2話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/06/17 04:00
タイトル「役目ってなんだろな? 合ってそうでそうでもない」








 握手を終え、また同じように座る。

『男に『ご主人様』と呼ばせる趣味は無いから』
『俺だって呼びたくないですよ……』
『俺の精神が生粋の女の子だったら、ありじゃないか? とか思っただろ』
『そ、そんなことあるわけないじゃないスカ!』

 当たりだったらしい。

『じゃあ危険な道を歩くに至って、知って置かなければならん事を教えておく』
『はい』
『まずはハルケギニア語で喋れ』
「ハルケギニア語?」
「一発で喋べんなよ」

 即座に反応してきたことから、やはりアニメのサーヴァント契約の効果はあるらしい。
 いわく、『ハルケギニア語での会話』。
 今まで日本語で話していたのは、俺に日本語が通じるからであって。
 そうでない相手だとすぐさまハルケギニア語に変換されるらしい。
 もっとも、言葉が通じるだけであって、読み書きは出来ないだろうと当たりを付ける。

「ちょっと待て」

 部屋においてある紙とペンを取り出し、ハルケギニア語で『こ、こ、この馬鹿犬!』と書く。
 せっかくのくぎみーボイス、一度は言って見たい言葉。
 他にくぎみーボイスで言いたい事は『うるさいうるさいうるさい!』とか。

「これ、読めるか?」
「…… なんすかこれ?」
「ミミズがのた打ち回ったような文字か?」
「はい、汚いっすね」
「こ、こ、この馬鹿犬!」
「な、なんすか行き成り!」
「いや、書いてある言葉だが」
「………」

 侮辱的な視線は慣れているが、『可哀想な人』を見る目は久しぶりだった。
 気持ちいい……! なんて事は勿論無い。

「まぁ、これで分かった。 主従契約の効果でハルケギニア語は喋ることだけは出来るようだな」
「はあ、そうっすか」
「そういう描写があったからもしやと思ったんだが、まぁ読み書き出来なくても良いだろ」

 原作で読み書きをタバサから習っていた話はあったが、実際使用した場面はなかった……と思う。
 大体は覚えているが、細かいところまではさすがに記憶していない。

「読みたい文字があったら言ってくれ、読んでやるから」
「分かりました」

 次、一番大事であろう『ガンダールヴ』のルーン。
 危険な道を歩むに至って、才人の生死を分かつ能力。
 これが無ければ確実に才人は死ぬ、間違いなく。

「じゃあこれ持ってみろ」
「フォーク?」
「ああ、フォークだ。 何か感じないか?」
「いや、別に」
「ふむ……」

 認識、かな。
 武器だと認めれば効果が出るかもしれない。

「それは武器か?」
「は? 食器でしょ」
「いや、言い方が悪かった。 それで人を殺せるか?」
「……、首とか突き刺せば……ッ!」

 当たりか。

「体、軽くなったろ?」
「はい、何すかこれ」
「現在唯一にして、最後まで共に歩く武器だ」
「こ、これがですか……!?」
「フォークじゃねーよ」

 すかさず突っ込み、武器として使えなくは無いがこんな物が自身の命を支える物となったら嫌だろうに。

「『ガンダールヴ』のルーン、効果はありとあらゆる武器を使用できるようになるのと身体能力の向上だな」

 どれだけ凄い効果なのかは知っている。
 剣術の「け」すら知らない才人が怒りモード発動して、ワルドを一瞬で追い詰める事が出来るほど。
 ワルドが全盛期の御母様には劣るが、それでも凄まじいほどの使い手なのは確認済み。
 それを追い詰めるとなると、どれだけ凄いか一目瞭然。

 ……それを言ったら御母様がドンだけ化け物なのかと言えるが。

「へぇ」
「聞こえたか? ありとあらゆる武器、だぞ?」
「凄いっすね、剣とか槍とかっすよね?」

 腕が影を置き去りにしそうな速度でフォークを振り回す才人。
 まじではえぇ……。

「ちげぇよ、『現存するありとあらゆる武器』だよ。 戦闘機や戦車とかあれば、触れるだけで操縦方法が分かるんだよ」
「まじっすか!」

 マジです、チート級な能力です。
 それを言ったら虚無魔法はもっと反則的だが。
 主が反則なら使い魔も反則、コレジョウシキネ。

「一応、この世界に戦車とレプシロ? レシプロだったか……、どっちか忘れたがプロペラ式戦闘機が存在するのは確認している」
「何か、ファンタジーの世界の癖して科学兵器があるってのは……」
「こっちの世界で作られた物じゃない、てかこの世界にエンジンという概念ないしな」

 シエスタと仲良くなり、実物をすでに見せてもらっている。
 戦車のほうはロマリアにあるから見に行けなかったが、原作と同じ道筋ならある筈。

「ま、そのガンダールヴに胡坐をかいたから何度か負けたんだが」
「これで負けたんですか……」

 素人の俺から見ればプロを凌駕する速度、それでも負けたのだから人間の可能性って素晴らしい。

「これは……最強物になるかも」
「そしてモテモテ……」

 さもありなん、ニコポナデポ完備な最強才人様ご光臨。
 いやー、本当にファンタジー物って素敵ですね!

「勿論俺は対象外で」
「言われなくとも」

 その次、この世界の主力と言って良い攻撃手段『魔法』。
 偉大なる始祖『ブリミル』が伝え教えたと言われる自然現象を引き起こす物。
 つまり、魔法を使える者は皆偉大なブリミル様の師事を受けた人たちの子孫と言うわけだ。

「じゃあルイズも?」
「勿論、ブリミル様様よ」

 原作のブリミルはガンダールヴのサーシャに、色々と実験しようとしていた気がする。
 その度にぶっ飛ばされてたような……、なんか才人と俺じゃないルイズの関係に似ている気がした。

「そのブリミル様が広めた魔法が、今現在貴族の間で使われる魔法だ」
「へぇー」
「系統は5つ、RPGによくある火、水、風、土、そして失ったとされる『虚無』だ」
「ルイズは何系統っすか?」
『こっからは日本語でな』
「何でですか?」
『誰にも聞かれたくないからさ』
「あー、はい。『分かりました』」
『俺の系統は五つ目、虚無だ』
『伝説級の代物とか言わないっすよね?』
『チートなガンダールヴの主がチートでなくてどうする』
『それを言われたら……』
『魔法にはランクがあってだな、一種類しか使えなければ『ドット』、二種類掛け合わせれるなら『ライン』てな具合に増える。 また、同系統の魔法を二つ重ねることが出来れば『ライン』と言う判定だ』
『へぇー、ルイズはドット?』
『YES、掛けれる数は最高4つでそれに比例して魔法も強力になる』

 事実、掛け合わせた魔法は多様性に富み、色んな場面で活躍できる。

『だがしかし、虚無はほかの系統魔法を使えないが、それ単体でスクウェアクラスの魔法を凌駕するほど凄い』
『そんなに凄いんですか……』
『まぁな、人なんて100人単位で殺せるし、戦車や戦闘機も一瞬で鉄くずに出来るぞ』
『なんつー生物兵器……』
『大体は決まっている性質を突き進んだ物だと思えば良い、例えば……』
『こんなのとか』
『へ?』

 軽く杖を振ったとき、才人の背後から声が聞こえて振り返れば、今目の前に座っていたルイズが居た。

『え? 何で後ろ──』

 ルイズが座っていたベッドの方へ視線を戻すと、ベッドに座るルイズとその隣に座るルイズ。

『は?』

 また振り返る、椅子の背に手を乗せるルイズとそのルイズの肩に手を乗せるルイズ。
 また視線をベッドに戻す、ベッドに座る二人のルイズとその背後に寝転がるルイズ。
 またまた振り返る、背凭れに手を乗せるルイズとその肩に手を乗せるルイズと、その斜め後ろの椅子に座るルイズ。
 またまた視線をベッドに戻すと、ベッドに座る二人のルイズとその背後に寝転がるルイズと、枕を抱いてベッドの上に座るルイズ。
 振り返るたびにルイズが増え、室内には計15人のルイズが犇めき合っていた

『な、なにこれ!?』
『こ れ が 虚 無 魔 法 の 一 つ 『イ リュー ジョ ン』 だ』
『耳が! 耳が!』

 これが 15.1chサラウンドサウンドの力だ……。
 あ、サブウーファーがないから15chか。

『これは『幻像』を発生させる魔法で、俺が今まで見た物の記憶を映し出してるわけだ』
『す、すごいっすね……』
『幻像だから触れられないが、喋ったりする事は出来る』

 一人の幻像ルイズが才人に触ろうとするが、幽霊の如くすり抜ける。
 シャルロット……もといタバサが嫌いな幽霊に扮して脅かした時もあった。

『あれだ、科学技術で言えばホログラムだな、精度完璧な』

 生物の五感にさえ作用し、対象の認識を完全に誤魔化す事も出来る上、状況に左右されず完全なステルスも可能とする。
 イリュージョンの名に相応しい効果、まさにチート。
 ちなみに。

 イリュージョン [illusion]
 (1)幻影、幻想、錯覚、幻覚
 (2)〔美〕 二次元の画面に感じる、遠近感・立体感などの三次元的な錯覚。バロックの天井画はその代表例
 (3)3Dアダルト美少女ゲー(略

 魔法の効果は(1)の方。

『ものすごく反則だが、それに見合った問題点が一つ』
『問題点?』
『凄く疲れる』
『あー、使用MPが多いんですね』
『そうだ、低レベルの内に最強の魔法が使える様なもんだ』

 決められた志向性、それに特化した物であって文字通り突出している、特化している分だけ使用精神力がでかい。
 一回戦闘して、いちいち宿に戻るようなことになりかねん。
 杖を手放すと霧散していくルイズたち、残るのは本体と才人だけ。

『覚えているのは後二つ、見せても良いが室内で使う物じゃないし、系統魔法がないと意味がないものだ』
『なんか、使い魔が居る必要感じないっすけど……』
『まぁ、俺の使い方じゃさほど必要無いが』
『正しい使い方じゃないんですか?』
『本来は長ったらしい呪文を唱えて発動する広範囲型なんだよ、俺はそれを途中で中断してるから素早く発動出来るわけだ』

 これ、威力は落ちるが最終的には無詠唱で発動できそうな位凶悪な物
 基本的な系統魔法は最後まで唱えないと発動しない代物、それと比べると使い勝手は格段に上だったりする

『大体は反則的な能力、でも使用制限が高いと覚えておいてくれ』
『りょーかい』



 この後も魔法の説明は続き、ぶっちゃけもう理解している授業に出る気が起きなくて、そのまま才人への説明時間で一日が暮れた。



「まぁ本来ならここら辺でサイトの役割を説明しているだろうルイズ」
「それに文句言いながら聞く俺、と言うわけですね」
「うむ、簡単に使い魔の役割を話しておこう」

 その1、使い魔の視線は俺の物。

 緊急時じゃないと繋がりません。


 その2、使い魔は主に益をもたらす物を見つけてくる。

 ぶっちゃけこの世界を知らない才人じゃ無理だろ。


 その3、使い魔は主を守ること。

 大本命。

「1と2は無視の方向で」
「了解しました」
「それじゃあ寝るか」
「はい……、ってえぇ!?」
「何だよ、近所迷惑だろ」
「いやいや、これからの事は……?」
「そんなもん教えても仕方ないだろ、サイトに教えても手心加えておかしくなりそうだし」

 例えば翌日……だったかどうかわからんがギーシュとの決闘とか。
 香水を拾うか踏むか、原作かアニメの違いはあるだろうがシエスタが気障ったらしいギーシュに絡まれるのは間違いないはず。
 それを知った才人が先んじて拾うかもしれんし、そうなれば『私のために貴族様に反抗しただなんて!』な考えが無くなるかもしれん。

「なんかサイトは下手を打ちまくりそうで怖いんだよ」
「そんなこと……」
「学校の先生や生徒に『ぬけている』って言われた事あるだろ」
「うっ」
「死なない程度にアドバイスしてやるから、普通に過ごしてれば良いんだよ」
「大怪我はあるって事っすか……」

 召喚されて数日で死に掛ける怪我を負うのは仕様です、御理解御協力ください。

「頑張れ」
「それ聞いたら頑張りたくないんですけど……」
「……ハーレム」
「全身全霊を持って頑張らさせてもらいます!!」
「よろしい、サイトのベッドはそれな」

 人間が来るだろうと思い、わざわざ新しく購入したベッド。
 良かったな、俺が使い魔を人間として尊重する奴で。

「ルイズが言ってたルイズじゃないルイズは、その世界の俺をどう扱ってたんですか?」
「寝床は部屋の隅に置いた藁束で、扱いは卑しい駄犬」
「ひでぇ……」

 ホロリと一筋の涙を流してベッドに潜り込む才人。

「そうだ、外見とけよ」
「外?」
「……凄いぞ?」
「何が」
「見た方が早い」

 何か考えた顔でベッドから降り、窓を開けて広がった視界は──。

「すげぇ……」

 巨大な、蒼い月と紅い月が空に浮かぶ。
 遠近法でも無理があるだろ、て言うほどでかい月。
 俺が最初に見たときは、下手したら落ちてくるんじゃね? と思った。

「あ、風呂入るの忘れてた」

 この圧倒的な風景に感動していた才人。
 その後ろから空気読め的な発言に感動は一気に崩れ去った。

「サイトも入るか? この世界じゃ湯船を張った風呂は金持った奴ぐらいじゃないと入れないからな」
「入りたいですけど、着替えが……」
「今日は同じ奴で我慢してくれ、今度トランクスっぽいの用意しとくから」
「分かりました、それじゃあ入ります」





「じゃあ湯船を張ってくれ」
「はぁ!?」

 おいおい、生徒専用の大浴場に入れるとでも思ったのかよ。
 ……説明忘れてたから思っても仕方が無いが。
 俺と才人の目の前には小屋、場所はコルベールが研究所を構える学院の一角、のさらに端っこ。
 勿論オールド・オスマンとコルベールには許可をもらっている。

 俺も毎日此方の風呂に入っている、水汲みとかめんどくさいが、精神が日本人故に毎日入りたいのだ。
 以前に体が少女の物とはいえ、心は男。
 ツルペッタンから『グゥレイトォ!』と叫びたくなるボディの持ち主などさまざま。
 精神的に良くない、男を象徴するあれが無いからムラムラしたりはしないが。

「ほら、さっさとポンプを押す」
「へいへい……」

 キィーコーキィーコーと、音を立てて水を小屋内の釜に水が入っていく。
 それを見てランプから蝋燭を取り出し、日ごろ集めていた小枝と木に火をつける。
 勿論紙に火を付けてからだ、そっちの方が早いし。

「大体30分くらいで良い具合になる」
「はぁ、そうっすか!」

 異様に力入れて押す才人。
 まさかとは思うが……。

「覗くなよ?」
「覗きませんて!」

 美少女で可憐な俺、欲情しても仕方がないとは思うが俺からすれば本気で困った事になりかねない。

「じゃあ美少女が入った残り湯を──」
「するかってんだ!」

 本気でそう言う事されたら怖いが。

「どうする、先に入るか?」
「俺の残り湯で「晩飯食うの忘れてたな……」先に入ります……」

 キィーコーキィーコー。
 キィーコーキィーコーキィーコー。
 キィーコーキィーコーキィーコーキィーコー。

 ただ、ポンプが鳴らす音を聞きながら。
 空を見上げ、物語が始まると考える。
 懐かしいとは思う、だが帰ろうとは思わない。
 もう死んでいるのだ、この世界で一生を過ごすのも悪くない。
 原作を知っていると言う以上、行動しだいで確実に巻き込まれるのは確か。

 だがそれもありじゃあないか。
 才人が主人公で、誰がその隣に立つか分からない。
 それを見届けるのも良いだろう、才人が帰るために手伝うのも良いだろう。
 骨を埋める、その覚悟はこの体が幼き頃から、既に在った。


































「そうか、一緒に入りたかったのか」
「ちげぇよ!」



[4708] 今回は前二つより多め、しかし原作なぞり 3話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/06/17 23:10

 この世で気が付いた時には少女になっていた。
 脈絡が無さ過ぎてよく分からなかった。
 混乱するとどうしたら良いのかわからなくなるって本当だった。

『落ち着け亮太、KOOLになれ……』

 死亡フラグが立ちそうな言葉が聞こえてきた気がして、正気を取り戻した。
 現状把握のため辺りを見回せば、すんごい視点が低く、手は紅葉のように小っちゃく、動く速度は鈍く、なんかフリルが付いた女の子が着る服を纏っていた。
 周囲は物凄い豪華っぽい装飾が施された廊下、なんかイギリスとかフランスにありそうな、世界遺産の宮殿のような内装。

『落ち着け亮太、KOOLになれ……』

 俺は誰だ? ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラ……、違う!
 性別は? 女の……、これも違う!
 何人だ? トリステ……日本人だっての!
 ここは? ヴァリエール公爵家の自分の部……、違う違う違う!!

 俺はそんな名前じゃないし女でもない!
 ましてや聞いたことも無い国の人間じゃないし、俺は歩道を歩いて──ッァ!
 車が、歩道に……乗り出して……轢かれッ!?

「ガァ……、何……!?」

 嘔吐一歩手前、全身に走る痛み。
 腕が折れ、足が千切れ、内臓が潰れ、頭が……割れた。
 五体不満足、素人から見ても確実に致命傷……いや、即死か。
 でも、生きている。
 こんな、明らかに子供の体になって。
 夢? そうだったら良かったのに、現実は厳しくて泣ける。

 そして俺が俺と認識したその日、死に掛け一歩手前の高熱を出した。
 視界がまどろみ、喉や肺が焼けた様に熱くて、手足を思い切り叩かれたり引っ張られた様な激痛が走っていた。
 何がなんだか分からない、激痛と言う言葉が温く感じるほどの痛みを体中に感じ。
 また死ぬのか、死にたくない、その二つだけしか考えられなかったのを覚えている。

 涙を流し、鼻水を垂らし、口から涎を吐き出し、異常なほど発汗して40度を超える熱に魘される。
 呻き、叫び、声が枯れ果てていた中、ぐにゃりぐにゃりと歪む視界の中に4つの人影があった。
 顔は分からなかったが、その4人は誰だか分かった。
 御父様と、御母様と、二人の御姉様方。

「───! ────! ─────ッ!」

 多分自分の声、4人に喋りかけて居たんだと思う。
 嗄れ声で何を言ってるのか分からなかっただろうに、それでも理解しようとしてくれて、手を握っていてくれた。
 訳が分からない状態だったはずなのに、『嬉しい』と感じていた。

「─────」

 何を言ったのか分からない、それ以降視界が暗転して気を失ったんだと思う。

 次に目を覚ました時は、4人の笑顔。
 特に御父様は飛びつく様に抱きしめてきた、それを御母様が魔法で吹っ飛ばして引き剥がし、御姉様方が頭や頬を撫でてくれた。
 4人ともよく見ればクマが出来ていた、徹夜で看病していてくれてたんだろうか。
 ちいねえさまだってお体が悪いのにみんなといっしょに俺をかんびょうしてくれていた。
 そしてまたうれしいと、そう感じていた。

 知らないけど知っている、明らかな矛盾でありながら許容された記憶。
 
 『誰?』などとは言えない、知っているのだから。
 もし言ったとしても、4人を悲しませると言う事は理解できた。
 俺はそれを出来ない、したくないと感じた。

 それから数日、ベッドの上から一歩も降りれずに過ごし完治した後には、部屋一杯の見舞い品?
 自分の家は有数の大貴族で、俺が病気だと知った他の貴族からの見舞い品だった。
 中には王族からの品もあり、どれだけ高い地位に居て、心配……はごく少数だろうが、されてたらしい。
 ライバルと書いて好敵手と読まないツェルプストーからも来ていた。
 御父様は何か複雑な顔をしていたが……。

 起き上がり走れる様になったときには、御父様と御母様は仕事に戻り、御姉様方とお話して過ごした。
 何がどうなっているのか情報収集を行い、頭にある記憶と比較対照して現状の理解に勤めた。
 勿論以前のルイズと変わらぬよう演技をして。

『なん……だと』

 自分の状況を完全に理解したときには、ここが全く別の世界だということに絶望した。
 もう戻れない、自分は死んでここに居ると。
 泣きたくなった、帰りたくなった、でももう無理だと理解した。
 すぐに開き直れたらよかっただろうに、もう空気が澱む位落ち込み、家族を心配させてしまった。

『いかんいかん……、副作用で世界移動効果を持つアレ○ズとかザオリ○を掛けられたと思えば良い……』

 無理臭い設定で自分を無理やり納得させ、この世界で生きて行くことにした。
 その時から、俺は『西島 亮太』であり『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』となった。




 その数十秒後、恐ろしい事に気が付いた。
 窓に超美少女が映ってたのだ。
 廊下で奇声を上げて驚き、コケそうになった。
 今の今まで鏡で自分の容姿を確認していなかった。
 もうね、二次元の美少女が三次元になったらこれでもか! と言うほど可愛いわけで。
 立体化したフィギュアとか、あんな感じじゃなくてな。
 ググって見たことのあるビスクドールに近い感じの美少女、じゃなくて美幼女か。
 現実に居る……ここも現実だが、その世界のトップクラスの美女の数段上の美しさ、言い過ぎかもしれないが……。

 目の前に対峙したら『二次元命!』とか言えなくなるよ、きっと。
 あと『二次元への入り口はどこですか?』とか言えなくなる、保障するよ。
 なんたってそれを地で行ってる俺がそう思うんだから……。












タイトル「付けるとしたら、えー……思いつかない」












 
 認めたくは無いが、おそらくヒロインの位置に居る『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』の朝は早い。
 もう十年以上続けてきた習慣は早々変えれる物ではない。
 この世界に来て数ヶ月はダルかったが、続けていたらそうでもなくなった。
 慣れとは異常を日常にするから恐ろしい。
 才人に至ってはたった1日で慣れきってしまった感がある、俺のせいでもあるだろうが早すぎる。
 尋常ではない順応速度に、『やはり主人公か……』と思う。

「………」

 起き上がり、ベッドから降りる。
 未だ寝続ける才人を横目に、タンスやクローゼットから下着や衣服を取り出す。
 そういや、原作で才人に着替えさせてた気がするが、発情した才人が襲い掛かってたらどうしたのだろうか……。

「………やめとこ」

 つまんない考えを止め、ネグリジェを脱ぎ始める。
 勿論透けてない奴、男だったらパンツ一丁で寝起き出来たのだが、今ではそうは行かない。
 てか、あんな透けた物なんてよく着れるよ、と感心してしまうほどだ。
 衣服の擦れる音、脱ぎ捨てるように籠の中に投げ入れて、下着に手を掛けた時。

「……ルイズ……?」

 お約束過ぎて噴出しそうになった。
 才人が眠気眼で起き上がり、俺の方を見ていた。
 顔を出した朝日の光が窓の隙間から入り込み、薄暗い部屋で俺の存在を浮かび上がらせる。
 絹の様な腰まである桃色の長髪、日を反射するような健康的な肌、一枚の絵画的な雰囲気を出しているだろう。
 ちょっと才人の視点で見たいと思ってしまった。

「おい、着替えてるんだからこっち見るなよ」

 下着一枚、それ以外何も着けていない状態の俺。
 勿論背を向けてはいるが、才人はその背中をまじまじと見つめていた。
 身長153サント、スリーサイズはB76/W53/H75のツルペッタンだが十二分に女としての色気を持ち合わせていると思う。
 あ、一応Bカップ位はあるぜ?

「ご、ごごごめん!」
「謝る位ならさっさと視線外してくれ」

 ものっすごい恥ずかしい、男としての感性と女としての感性を持つ、両性っぽい微妙な存在だったりする。
 乙女の柔肌を見た責任を取ってもらうからね! 何てことは言わない。

『ところで俺の背筋を見てくれ、こいつをどう思う?』

 男だったらそんな事も言えただろうに、女としての羞恥心がそうもさせなかった。





「……エロいなぁ、サイト」
「ほんとごめん!」
「同じ男だったから分かるが、同じ感覚を持つ純粋な女だったらぶっ殺してたと思うよ?」

 ルイズの 攻撃!
 ルイズの 急所蹴り!
 きゅうしょに あたった!
 こうかは ばつぐんだ!
 才人は たおれた!
 才人は 目の前が真っ暗になった……。

 恐らくそうなる、あれが使用不可能になる可能性が高い攻撃を繰り出していただろう……。



 着替えて優雅に朝tea、その隣では勝手に正座して謝る才人、勿論土下座。
 なんでこう才人に正座が似合うかね? 遺伝子的に優れているたりするのかもしれん。

「しかし、何かで区切ったほうが良いか……」

 このままじゃ毎回見られかねん。
 病院にある奴のような、個人個人を仕切れるカーテンみたいな奴を設置したほうが良いか。
 取り付けるのがめんどい……、罰として才人にやらせればいいか。

「もう良いから立てって、飯食いに行こうぜ」

 飲み終えたティーカップを置き、立ち上がって正座する才人の肩を叩く。
 もうひとつの椅子にかけていたマントを羽織る。

「その……ごめん」

 赤面すんなよ、こっちまで恥ずかしくなる。

「次は無いからな」
「うん……」

 歩き出し、才人はその後ろに続く。
 ドアを開けてみれば、今開けたドアと同じ形のドアが3つ並び。
 その真ん中のドアが開いた。

「おはよう、ルイズ」
「おはよう、キュルケ」

 中から現れ挨拶をしてきたのは『キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー』。
 燃えるような赤毛と赤瞳で、褐色の肌を持ち、才人とほぼ同じ身長のグラマラスな少女。
 つーか、18に見えないほどの色気を醸し出している。

「す、すげぇ……」

 才人はキュルケを見るなり呟く、これを眼前にしたら凄いよ?
 何がって、……あれが。

「キュルケ、貴女また大きく胸を開けて、風邪引いても知らないわよ?」
「こんな陽気な日にきっちり閉めるなんて、煩わしくて嫌なのよ」

 擬音にすれば『ボイーン』とか『バイーン』とか、そんな音を上げそうな胸。
 動くたびに揺れる揺れる、ノーブラだしあんなに揺らして痛くないのかと常日頃に思う。
 こっちは揺れるほど無いから理解しかねるし。

「ところで貴女の使い魔って、それ?」
「そうよ」

 ほんの1秒ほど、才人を見つめたキュルケは。

「プッ、アハハハハ! 平民を召喚したって本当だったのね!」

 大きな声で笑い出した。
 それを聞いた才人は顔をしかめる。
 ……近代日本で貴族に当て嵌まる人間って皇族とかそこら辺しかいねーんじゃねぇか?

「そうね……、確かに平民よね」

 『ルイズ』は貴族だが、『俺』は平民、これは矛盾だ。

「『サモン・サーヴァント』で平民を呼ぶなんて、『ゼロ』のルイズらしいわね!」

 お腹を抱えて笑い続けるキュルケ、さらに顔を顰めた才人が声を上げようとして。

「そうね、『ゼロ』の私らしいわね」

 ──遮った。
 原作ルイズなら確実に激怒するだろう台詞、それを平然と認めて流す。
 確かに『ゼロ』のルイズならこれ以上の使い魔は望めないだろう。
 否定する要素など全く無い、今も、これからも。

「それで、そのでっかい火蜥蜴がキュルケの使い魔?」

 確かフレイムだったか、2メイルを超えるでっけぇ蜥蜴。
 尻尾の先が燃えてるし、立ち上がればポ○モンのヒト○ゲじゃねぇの?
 それに尻尾の炎消したら死んだりして。

「うお、なんだこいつ!」

 知らない才人は驚くが、『知っている』俺は驚かない。
 しかし、眼球がギョロギョロ動いてそこはかとなくキモい。

「そうよ、この子が私の使い魔『フレイム』よ!」

 おーりっぱりっぱ。
 才人はフレイムから発せられる熱気に押されていた。

「……冬は良さそうだな」

 確かに、暖房要らずっぽい気がする。

「触っても良いかしら?」
「ええ、良いわよ」

 スタスタと歩み寄り、頭と顎を撫でる。
 なんかストーブとかヒーターの背面を触ったときのような熱さ。
 やはり暖房生物として良さそうだ。
 気持ちが良いのか口端から火炎が吹き出ていあぶな!?

「いいのかよ、こんなでかい奴鎖に繋いでおかなくて」
「平気よ、命令しない限り襲ったりしないわ、臆病ちゃんね」

 才人の指摘は至極尤も。
 日本でこんな奴と出くわしたら恐慌するだろ、アマゾンの奥地でも居ないだろうが。
 
「この大きさ、火竜山脈のかしら? ほかのとこじゃ早々居ないでしょう?」
「ええ、ここまでの炎尾を持つサラマンダーは火竜山脈だけでしょうね。 私にぴったりだと思わない?」
「そうね、『微熱』のキュルケに十分見合うでしょうね」
「ふふ、アリガト」

 フレイムを撫でる手に重ねるように手を置くキュルケ。
 俺の手と一緒にフレイムを撫で回す。
 過剰スキンシップだぞ、おい。

「それで、貴方のお名前は?」
「俺?」
「そうよ、3人しか居ない状況でなんでルイズの名前を聞かなくちゃいけないの?」
「そ、そうだよな、俺は平賀 才人」
「ヒラガ・サイト?」
「正確にはサイト・ヒラガね」
「家名が逆ね、おかしな名前、って貴方貴族なの!?」
「平民にも家名が有る国らしいわよ」
「貴方、どこの生まれ?」
「東方?」
「東方なの!?」
「東方で悪かったな」
「悪くは無いけど……、まぁいいわ。 それじゃ、お先に」

 軽く笑いフレイムを従え、颯爽と廊下を去っていくキュルケ、自分の名前は名乗らないのね。
 フレイムがトカゲ特有の動きでクネクネと歩いて行く、やぱりそこはかとなくキモい。

「んー、やっぱりファンタジー……」
『はじめて見たが、流石に凄いな』
「あんなのが一杯居るのかよ」
『あれは特別、あれほどの使い魔を持つ奴なんて早々いねーよ』
「つか、何で日本語?」
『猫かぶり』
「……さいですか、てかあんなに言われて悔しくないのかよ」
『悔しい訳無いだろ、あれで合ってるんだから』

 キュルケは本気で侮辱しているわけではない、俺に対して発破を掛けているのだ。
 俺はライバルであるヴァリエール家が三女、魔法を使えないなんて競い合うことが出来ない。
 可哀想と思いつつも、戦うまでも無く勝利するなど面白くも無い。
 だから、あんな言い方をして俺を元気付けようとしているわけ。
 無論、キュルケは俺が魔法を使えることを知らないので、毎回あんな事を言っているのだが。

「あれで合ってる?」
『そ、俺の属性昨日教えただろ』
「ああ、きょ──」

 振り返って人差し指を口に当てる。
 日本語を知らないハルケギニア人からすれば、これ以上の無い暗号会話になる。

『ストップ、聞かれたくないから日本語で頼む』
『ああ、ごめん。 確か虚無だったよな』
『そ、虚無の別の読み方考えれば、これ以上のあだ名は無いからな』
『虚無の別の読み方……?』
『虚無の意味、分かるよな?』
『えーと、何も無いとかそういう意味だっけ?』
『存在しない、空虚なこと。 それをなんて言う?』
『……何も無いから『ゼロ』って訳か』
『そう言う事、それじゃさっさと食堂に行くか』

 名は体を現す、虚無の魔法使いである俺にとっては間違いなく合うあだ名。
 これで合わないとなると、どんなあだ名が……『爆発』のルイズとかか?

「りょーかい」

 理解した才人が肩をすくめて、俺の後に続いた。







 さしたる問題……他の生徒の視線と、才人が豪華な料理に驚きの声をあげていた事以外問題なく食事は終わった。

『毎日あんな美味い朝飯食ってるのか』

 そりゃあもう豪華な朝食、胃がもたれそうになる位の強烈な。

『あんなの毎日食ってたらすぐ飽きるぞ、今日はサイトが初めてだから食堂に行ったんだが』
『舌が肥える、ってか体重が肥えそうだな……』
『もっと質素な飯で良いんだよ、それこそ味噌汁と白飯とかな』

 もう十年以上食ってないが、と後に付ける。
 この世界に味噌と米が無い、だから食ってない。

『そうかー、これから味噌汁とか食えないのかぁ……』
『落ち込むなって、たった2~3年の我慢だ』

 下手すればもっと掛かるかもしれんが。

『それで、分かりきった授業に出たくないって言ってたのに何で?』
『使い魔の顔見せ、教師連中にも見せとかなきゃいけないんだ』

 あーめんどくせ、とヒソヒソ日本語で話す俺たち。
 完全に理解した内容を何度も繰り返しやってたら飽きもする。
 頭脳がハイスペックなルイズ、勿論俺もそれに沿って頭が良い。
 原作で頭が良い描写有ったっけ? と思ったが、努力家っぽいルイズは知識だけは溜め込んでいそうな感じがしたから。
 それを記憶するだけの能力はあったんだろうと考えた、事実、難なく授業を理解できたし。

『さっさと来いよ、シュヴルーズ』

 愚痴を零し、未だ来ない教師の名を呟く。
 さっきから視線がウザいったらありゃしねぇ。
 俺は良いが、どうも才人が居心地悪そうでいかん。
 キュルケは男囲ってるし、タバサは……居ないか。
 北花壇騎士団の仕事でガリアか……、この時期だとなんだったかな、ミノタウロス?
 吸血鬼かもしれんが、死にはしないだろう。
 そんなことを考えていれば、ふとましい……じゃない恰幅の良い婦人が教室内に入ってくる。
 才人はその人を見て指を刺す。

『シュヴルーズ』

 俺はそれに答える。
 紫はどうかと思うよ?

「皆さん、おはようございます。 春の使い魔召喚は大成功のようですね」

 にっこりと笑うシュヴルーズ。
 近所にいる人が良さそうな叔母様な感じ、紫はどうかと思うが。

「おやおや、変わった使い魔を召喚されたようですね、ミス・ヴァリエール」
「召喚できなかったからって、そこら辺の平民連れてくるなよ! ゼロのルイズ!」

 おいおい、えらい突っかかってくるな。
 そんなに俺を侮辱したいのか。

「ミスタ・マルコヌル、貴方の使い魔は非常に賢そうなフクロウですわね」
「ゼロでも分かるか! クヴァーシルはとってもとっても頭が良いんだぞ!」

 人間の才人には劣るがな。
 てかわざと名前間違えたのに気が付いてないよこいつ。

「それとミセス・シュヴルーズ、この学院の教師であるならば侮辱を進めるような発言はどうかと思いますわ」

 その紫の衣服もな。

「そ、それは確かに失言でしたわね。 ミスタ・マリコルヌもそのような発言は控えた方がよろしいですよ、わかりましたね?」
「ミセス・シュヴルーズ、僕は事実を言ってるまでの事です」
『つーか、あんた謝らねーのかよ』

 才人が呟く、俺以外には聞こえてないようだ。
 くすくすと笑い声が聞こえる、それを聞いたシュヴルーズは杖を振り、笑っていた生徒の口に赤土を詰め込んで黙らせる。

「貴方たちはそのままの格好で授業を受けなさい」

 口を封じられた為に笑い声が消える。
 口の中に土を詰め込まれたくは無いわな。

「それでは、授業を始めます」

 そういって杖を振ると、どこからいきなり小石が教壇の上に現れた。
 毎回思うが、どこから取り出してるんだあれ。
 空間でも曲げてたりすんのか?

「私の二つ名は『赤土』、赤土のシュヴルーズです。 これから一年、皆さんに講義します。 皆さん、四大系統はご存知ですね?」

 シュヴルーズはそう言って、昨日俺が才人に教えたことを話し始める。
 この世界の基礎中の基礎、流石に全部は覚えていないだろうが理解している才人は小さく頷く。
 一通り話が終わると、シュヴルーズは呟き小石に向かって杖を振る。
 すると、小石が光りだして変質した。

「そ、それはゴールドですか!? ミセス・シュヴルーズ!」

 キュルケが身を乗り出すように勢いよく立ち上がった。
 教壇の上にあった小石は金色に光っている。

「いいえ、違います。 これは真鍮です、私は『トライアングル』ですのでゴールドは作れません、作り上げれるのは『スクウェア』のメイジだけですので」

 文字通り、組み合わせる事が出来る属性が四つになる事からスクウェア。
 と言っても、4つ組み合わせることが出来るからと言ってゴールドを精製できるわけじゃない。
 土系統に比重を置いたメイジだけがゴールドを精製できる、勿論中途半端な精神力では分からない位の量しか作れないが。

「ゴールドって金だろ? そんなもんまで作れるのか」
「そうよ、同じスクウェアでも出来る人と出来ない人が居るけどね」

 俺が精神力そのままにスクウェアメイジだとしたら、ゴールドを作れるだろうと思う。
 それこそ教壇の上にある小石を丸ごと、な。

「ミス・ヴァリエール、授業中の私語は慎みなさい」
「申し訳ありません、ミセス・シュヴルーズ」
「お喋りする暇があるなら、貴女にやってもらいましょう」

 それを聞いてザワリと、教室に居るほかの生徒がざわつきはじめる。

「先生、ルイズにやらせるのはやめたほうが良いかと……」

 キュルケが手を上げ立ち上がり、やめるよう進言するが。

「どうしてですか?」
「危険です、どうしてルイズがゼロと呼ばれているのかご存じないので……?」
「いいえ、知りません。 ですが、彼女が大変な努力家だという話は聞いています。 さあ、ミス・ヴァリエール。 気にせずやって御覧なさい」
「ル、ルイズ、お願いだから止めてちょうだい」

 懇願するように言ったキュルケを無視し、階段状になっている生徒席から立ち上がる。
 その時誰も気が付かなかった、ほんの少し、分からない程度に口端を吊り上げたルイズの微笑を。

『サイト、机の下へ』
『……なんで?』
『失敗させる』

 昨日の魔法を見た才人は、ルイズが失敗するとは思わなかったが。
 虚無だとばれぬ様、あくまでゼロを保ち続けようとするルイズの姿勢を理解した。
 頷き、言われたとおり机の下に潜り込む才人。
 教壇の前に進み、シュヴルーズがルイズににっこりと微笑みかけた。

「ミス・ヴァリエール、錬金したい金属を強く思い浮かべるのです」

 んなこと分かってるよ。

 そう思いながら頷き、杖を取り出す。
 錬金の呪文を呟く、振りをして『爆発<エクスプロージョン>』の呪文を唱える。
 勿論すべて唱えない、ほんの一節、込める精神力もほぼ最低。

『吹っ飛びな』

 日本語でそう言って、小石を爆発させた。
 閃光と爆風、衝撃波が窓を打ってひびを入れ、その音と衝撃に驚いた使い魔たちが暴れだす。
 シュヴルーズは爆風の煽りを受け黒板に頭をぶつけ気絶、爆発した小石があった場所の表面は威力を物語るように抉れていた。

『さて、これで授業は終わりだ』

 杖を収めつつ、呟き。

「ちょっと失敗したみたいね」

 と飄々と言った。
 その言葉を聞いた他の生徒が猛然と怒りだす。
 暴言もさらりと受け流し、見えぬよう少しだけ笑った。



[4708] まずは一本立ちました 4話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/06/17 23:10





「早く知らせなければ……」

 早足で廊下を歩み、大事そうに本を抱える髪が薄い中年男性。
 コルベールは学院長室へ向かっていた。

 コルベールが早足で向かっている学院長室は本塔の最上階。
 その室内で白い口ひげと髪を揺らす老人、オールド・オスマン。
 威風堂々、貫禄を持って座るオールド・オスマンから5メイルほど離れた、入り口近くの机でペンを走らせ続けている深緑の髪を持ったミス・ロングビル。
 ふと、ペンが紙の上を走る音だけが響いていた室内に、人の声が響いた。

「オールド・オスマン、使い魔を使って私の下着を覗こうとするのは止めてください」

 ロングビルのヒールの下、小さなハツカネズミが潰れない程度の力で踏まれていた。

「むぅ!」

 クワっと表情が険しくなり、本当に老人か? この男と思えるような速度で杖を振り。
 『レビテーション』の魔法でほんの少しロングビルの足を浮かせて、ねずみとヒールの隙間を作る。
 これまた本当にねずみか? と思う速度で駆け抜けた使い魔『モートソグニル』。

「おお、おお。 あぶないぞい、モートソグニル。 人の足元をうろついてはいかんと言うとるじゃろ?」

 と白々しく言った。

「……白か、ミス・ロングビルには黒が似合うと思うんじゃがの……」

 ルイズが聞けば『いや、白もありだろ』と言い出しそうだが、生憎と学院長室には居ない。
 それを聞いたロングビルは机の引き出しから一通の書簡を取り出し、ペンを走らせ始める。

「下着を覗かれたぐらいでカッカしなさんな、そんなんじゃから婚期を逃すんじゃぞ」

 ロングビルがペンを走らせている書簡は王宮一直線の代物である。
 それを止めることはせず、飄々と笑い続ける。
 ロングビルは、『もう王宮への書簡じゃ止められないか、お暇しようかね……』とかなんとか思っていた。
 そんなオスマンの王宮をも恐れない態度にロングビルは疲弊していると、入り口が突如開かれてコルベールが入ってくる。

「オールド・オスマン! 失礼します!」
「なんじゃい、ミスタ……」
「コルベールです! ここ、これを!」

 コルベールが突き出すように見せた一冊の本、教師しか利用することを認められていない『フェニアのライブラリー』から持ち出してきた古い書物。
 それを見てオスマンは、ほんのわずか、もしそれを見ていれば誰であろうと震え上がるような、強烈な光を瞳に宿していた。
 瞼を細め、いつもどおりの表情へ戻してコルベールへ問う。

「この本がどうかしたのかね? まーたこんな古臭い物を漁りおってからに……」
「これです! このルーンです!!」

 コルベールは大いに興奮しており、オスマンの言葉を遮る。
 その本の題名は『始祖ブリミルと使い魔たち』と書いてある。
 本を開き、ページを捲って指を刺す。
 そこには『ガンダールヴのルーン』と書かれたページ。

「はぁ、全く君は……人の話を聞かんかい!」
「う、す、すみません……」
「ミス・ロングビル、すまんがコルベール君に紅茶を注いではもらえんかね」
「はい、お持ちします」

 椅子から立ち上がり、早足で部屋を出る。
 それを確認してオスマンが口を開いた。

「それで、おぬしは何を見つけたのじゃ?」
「はい! 恐らく『虚無』──」

 オスマンはさらに目を細めて、そのページに目を落とした。













タイトル「今なら無料でチート能力をお付けします」














 才人に机を運んでもらい、水を絞った布で爆風で付いた煤を拭き取る。

『机運ばせてすまんな』
『これくらいなら大丈夫っすよ』

 それこそ教室全体をぼろぼろにしていれば、一つ位文句も出ただろうが運んだのは教壇一つのみ。
 意外に常識が無い……、異世界に自分の世界の常識を求めても帰ってこないだろうが。
 そんな奴らが慌てふためく姿を見て、なんとも言えぬスッキリ感が有った才人。

『窓は……、俺たちじゃ無理だろ……』

 どう見ても3メイルを超えている窓ガラス、才人が俺を肩車しても一番上に届かんぞ。
 一方才人は女の子を肩車、それも良しと考えていなくも無かった。

『どうすんだ、ぜってぇ届かないと思うけど』
『用務員さんにでも頼むわ』
『俺たちがやるより、そっちの方が良さそうだ』
『それじゃあ飯だな』

 飯ばっかり食ってる気もするが、そろそろイベント発生するはずだから食堂に行かなくては。





「ちわー、三河……じゃない、こんにちはー」
「はい、何か御用でしょうか?」

 才人が食堂の裏口から訪ね、それに対応したのはメイド服を纏った少女。
 黒髪と黒目に、髪を纏めるカチューシャが印象的で、笑顔が可愛らしい少女の名は『シエスタ』。

「……えー、手伝って来いって言われまして」

 ルイズいわく、『才人がやらなくてはいけない事』だそうで。
 何かあるのだろうか、まぁやらなくてはいけない事ならやるしかないが。
 しかし、こんな可愛い子が居るなんて聞いてないぞ!

「えっと、どなたにでしょうか?」
「あールイズです、ルイズ・ドラ……ゴン?」
「ルイズ様ですか? ……もしかして、ルイズ様の使い魔になったって言う……」
「あー、俺のことでしょうね」

 春の使い魔召喚で、人間を召喚したのはルイズのみ。
 言い方を変えればルイズだから、人間こと俺を召喚したらしい。

「お名前を聞いても……」
「平賀 才人、サイトって呼んで良いよ」
「サイト……さん、変わったお名前ですね。 私はシエスタっていいます、よろしくお願いしますね」

 そりゃあ変わってるだろう、出身はどこかと聞かれれば東方と答えれば万事OKらしいし。
 そういや、平民に苗字は無いって聞いたけど、彼女も『シエスタ』で終わりなのだろうか。

「それでさ、手伝える事って無いかな?」
「助かります、貴族様方にお配りしますので、それを手伝ってください」
「わかった」

 才人は頷き、デザートが入っている箱に手を掛けた。





『しかし、アニメ基準だから困る』

 何がって? シエスタの事。
 ソバカス無いんだよなー、原作より可愛いし、ジュール・ド・モットが連れて行ったの頷ける。
 そう思いながら、大小様々な皿に盛られた料理を小分けして取り、口に放り込む。
 マルトーさんの料理は美味いが、さすがに毎日はキツイ。
 つか、出された料理の8割くらいは残されてるのが信じられん。
 米の一粒一粒にはな、仏様が宿って(以下略。

「デザートいかがっすかー」

 と、腑抜けた声が聞こえてきた。
 視線をやるまでも無く才人の声であって、原作通りに事が進んでいるようだ。
 見つかると止めろと言われかねないので、食堂の隅に移動する。

「いかがっすかー、デザート」
「一つ貰おうか」

 バッ、と金色の前髪を掻き揚げながら言ったのは噛ませ犬1号。
 胸ポケットに挿していた薔薇を右手で取り、才人へ向けた。
 さすがギーシュ! 恥ずかしくて俺にはできない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!
 本気であれが格好良いと思ってるなら、良い水メイジが居る病院を紹介したい。

「どぞー」

 『うわぁ……、恥ずかしくないのかこいつ?』とか思いながらデザートを皿に取り分けて、ギーシュの前に置く才人。
 
「なぁギーシュ、いい加減教えてくれよ。 お前が誰と付き合ってるのかさ」
「付き合う? フッ、この身は薔薇、不特定多数の女性を喜ばせる為にあるのでね」

 すげぇ……、原作でもここまでの発言してたか?
 ひたすら料理を口に入れながら、聞き耳を立てる。
 才人は才人で、近くに居たら馬鹿がうつりそうなので移動し始めるが、甲高い、ガラスが割れるような音が聞こえた。

「あ」

 才人が足元を見てみると、ほんの小さな、紫色の水溜りが出来ていた。
 それと同時に香ってくる、紫色の水溜りの正体は香水。

「……ん?」

 その香りに気が付いたギーシュは振り返って才人を見た。
 顔、胸、腰、足、そして足元と順々に視線を落として才人が踏んでいる物を見つけた。

「……いや、まさか……」

 立ち上がり、ゆっくりと才人に歩み寄る。

「……平民、その右足を上げたまえ」

 才人は言われたとおり、ゆっくりと足を上げると……。

「……ま、まさか……これ……は」

 ん? 踏んだっぽいな、という事はアニメ基準だったか?
 と視線を上げれば、ギーシュと才人が見えた。
 ……あれ、シエスタは?
 見れば、全く離れた場所でデザートを配っていた。

「………あれ?」

 ん!? 間違ったかな?
 なんか色々と。

「……平民、君は……なんて事を」
「ん? この香り、確かモンモランシーが特別に作ってる香水じゃ無かったか?」
「確かに、この鮮やかな紫色は自分用の特別な香水だったような」
「そうかそうか、ギーシュはモンモランシーと付き合ってるんだな! そうだろ?」

 ……ミスった、シエスタは二次創作の方だったか。
 如何せん、二次創作のほうを読みすぎて原作と混同していたらしい。
 手元に原作あればなぁ、と無理なことを思っていた。
 結果的に見れば、この次にギーシュは『決闘だ!』と言い出すだろうから問題なし、進路オールグリーン。

「けっ「ギーシュ様……」ケ、ケティ……」

 お、始まった。
 決闘だ! と叫びだそうとしたギーシュを遮ったのは栗色の髪をした、ケティと呼ばれた少女だった。

「やっぱり、ミス・モンモランシーと……」

 涙が今にもこぼれそうな瞳、女の子の涙は武器になると言うのは本当です。

「いいかいケティ、キミは誤解している。 僕の心の中には君しか居ない、決してモンモランシーではなくて……」
「へぇ、私じゃなくて、その子が心の中に居るのね」

 後ろから来るぞ、気をつけろ! もう遅いが。
 極上の笑顔でギーシュの背後に立つのはモンモランシー。

「や、やあ、モンモ──」

 言い終える前にテーブルに置いてあった、ワインが入っているカップを手に取り、振り返ったギーシュの顔面にぶちまけた。

「私しか居ないって言ったくせに、うそつき!」

 涙目で走り去るモンモランシー。
 そしてもう一人、ケティはボロボロと涙を流しながら。

「ギーシュさま……、さようなら!」
「ぶっ」

 モンモランシーと同じようにワインを叩きつけるようにぶちまけ、走り去る。

 こ れ は ひ ど い

 最後のとどめは鮮やかに──。

「二股を掛けたお前が悪い」

 才人が掻っ攫って行った。
 途端に笑いが起こり、次々とギーシュに声を掛ける友人たち。

「その平民の言うとおりだ、ギーシュ!」

 わははーと良い感じに酔っている奴ら。
 昼から酒飲むなよ……、午後の授業どうするんだ?

 拭く物が無く、ぼたぼたと髪から滴り落ちるワイン。
 ゆっくりと振り返って、足を組みながら座るギーシュ。

「いいかい、給仕君。 事の始まりは君が香水ビンを踏み割ったからだろう? もっと周囲に気を配ることは出来なかったのかね?」
「知るかっての、大体お前が二股掛けなけりゃこんな事にはならなかったんじゃねぇの? あと給仕じゃねぇし」

 至極尤も、反論の余地無し。





「……ああ、君か。 あのゼロのルイズが召喚したという平民は、道理で貴族に対しての礼を知らないのか。 悪かったね、君の無能なご主人様に言っておくから下がりたまえ」

 カチンと来た、何も知らない癖してルイズを無能と言うのかこいつ。
 才人のこめかみには一本の青筋が走っていた。

「うるせぇよナルシストが、ワインに溺れて溺死しろ」

 その言葉にギーシュもカチンと来た。

「やはり無能のようだな、ゼロのルイズは。 たかが平民一匹の躾も満足に出来ないとは」
「言ってろよ、キザ野郎。 そのゼロに劣る癖してよ」
「……もう一度言ってみたまえ、死にたければな」
「良いぜ、言ってやるよ。 一生その薔薇でもしゃぶってな、お坊ちゃま」



 売り言葉に買い言葉、ガタンと、椅子を倒しながら立ち上がったギーシュ。
 それに対して両腕を上げて構える才人。
 なんか原作よりひどくね?

「ほら、掛かって来いよ。 薔薇貴族」

 一触即発、ギーシュは辺りを見回して。

「……フッ、食堂を平民の血で汚すのは無粋だ。 僕と戦いたければヴェストリの広場まで来ると良い」

 踵を翻し、食堂から出て行くギーシュ。
 顔が赤くなっているギーシュの友人は『決闘だ決闘だー!』と叫びながら後を追った。
 2人ほど残り、才人を睨み付けるように見張っている。

「サ、サイトさん……、殺されちゃう……」

 才人が押していた台車を、自分のも含めて押しながら逃げるように走り去っていくシエスタ。
 まー、その後姿が可愛い事。
 
「なぁ、ヴェストリの広場って何処だ?」
「は、付いて来い、平民」

 やっと決闘の始まりだ。

 ……しかしこのウインナーうめぇな。











 ヴェストリの広場、『火』と『風』の塔の間にある中庭。
 あまり日が差さない、日中でありながら陰っている場所であり、教師の目を逃れやすい所でもあった。

「諸君! 決闘だ!」

 両腕を上げて宣言したギーシュ。
 それと同時に右手に持っていた紅い薔薇が、少しだけ光を灯していた。

「やあ、無能のルイズの使い魔君。 逃げずに来た事を褒めてあげよう」
「うるせぇよ、さっさと始めようぜ」
「フッ、ならば始めよう」

 ギーシュが言い切った時には、才人は駆け出していた。
 先手必勝! とは言わないが、先に攻撃を加えることが出来れば有利に働く。
 それを理解しての速攻、ズンズンとギーシュとの差を埋める才人。

「さすが平民、低俗だな」

 紅い薔薇を一振り、花びらが地に落ちると同時に、高速で地面の土が盛り上がった。
 物の1秒も無い、美しい装飾がなされた金属製の鎧がそこに生まれた。

「なんじゃそら!?」

 その威容に驚いた才人は足を止める。

「冥土の土産に教えてやろう、僕は『青銅』、青銅のギーシュ・ド・グラモンだ。 野蛮な平民を殴る拳を持ち合わせていない物でね、僕の『ワルキューレ』がお相手しよう!」

 言うが速し、一気に踏み込んできた女戦士の鎧、ワルキューレの拳が才人の腹に突き刺さった。

「ガッ!?」

 くの字に体が折れ曲がり、追撃にワルキューレのひじが才人の背中を打った。

「グウアッ!」

 大きな苦悶、腹と背中に燃える様な熱と痛みが走る。
 地に倒れ伏し、唸る様に痛みの声を抑える。

「ん? もう終わりかね、平民。 あれだけ啖呵を切っておきながらその程度では有るまいね?」
「ッ……、馬鹿言うなよ、もやし野郎」

 ゆっくりと起き上がろうとした才人。
 だが、それを止めたのはワルキューレの蹴りだった。

「ガアッ!」

 二転三転、咳き込みながら蹲る才人。

「ふぅ……、今謝るならこの程度で許してやろうじゃないか」

 たった3回の攻撃、これが人間の拳や足だったのなら起き上がれただろう。
 だが、それを打ったのは金属製のゴーレム、人の体より高い硬度を持つ打撃は人のそれと比べられない。



「だれ……が」

 いてぇ……、めちゃくちゃいてぇ……。
 このまま謝ってしまうのも良いかもしれない。
 そう思って、その考えを消した。
 何も知らないで人を馬鹿にする奴はむかつく、妙な正義感だよな……。
 内心笑いながら、ゆっくりと立ち上がる。

「来いよ、お人形ごっこに付き合ってやる」
「………、よく言った」

 ギーシュは瞼を閉じて、一瞬だけ考えた。
 魔法を使えない平民の癖にして、貴族によく啖呵を切った、と。
 先の暴言、それを一瞬忘れてギーシュは思い直った。

「気絶してしまえば、君が言うお人形ごっこに付き合えないだろうね」

 薔薇を構え、振ろうとした時。

「まだ終わるのは早いわよ」

 才人の目前に剣が突き刺さった。
 突き刺さった長剣と、それを持ってきたと思われる少女の声にその場に居た誰もが振り返った
 桃色の髪と、マントをなびかせて現れたのはルイズ。

「おお、ルイズ! 君の躾がなっていない使い魔を少し借りてるよ」
「ええ、これくらいなら幾らでも貸してあげましょう」

 そう言ったルイズの言葉にギーシュは眉を潜めた。

 『これくらい』

 どれほどの痛みか分かっているのだろうかと、ギーシュはルイズを見て思った。
 少なくとも立つのに何十秒と掛かるほどの痛みを感じているだろう平民、それを前にして……。

「さぁ、才人。 準備は整ったわ」
「ッ……ああ」

 苦しげにも、響くような返事を返した平民。

「良いのかね、ルイズ。 これから先は止められないよ?」
「ええ、止める必要なんて有りはしないもの」

 ルイズは才人を見て。

「立ちなさい、サイト!」
「ッ勿論……!」

 ゆっくりながら立ち上がる才人。
 剣を前にして、左手を伸ばす。

「さぁ、構えて」
「………」

 言われるがままに。

「あごを引いて、脇を閉めて、足は肩幅に」

 言われたとおりに、動く。

「そう、それで良いわ」

 ルイズは高らかに笑って命を下した。

「叩き切りなさい! サイト!」
「応ッ!!」

 先に感じていた痛みはまるでなく、体は羽のごとく。
 その踏み込みは疾風、その斬撃は強細風。
 その威容は、戦う者のそれ。

「なッ!?」
 
 ワルキューレを上回る速度で掛け、一閃。
 ギワン、と奇妙な音とともに袈裟切りに両断された青銅は、脆くも崩れ落ちる。

「ッ!」

 たった一体しか居なかったワルキューレ、それを両断され。
 平民と自分の間にあるのは空気のみ、あわてて杖を振る。
 花びらが空中で変形、質量が増大して先に切り捨てられた女戦士の鎧と化した。

「とろい!」

 今度は素手ではなく、各々武器を持っていたワルキューレ。
 だが、幾分か軽かった素手のワルキューレを超える速度で動く才人に、死重の武器を持ったワルキューレが反応できる訳もなく。
 忽ち2体が切り裂かれる。



「ば、ばかなッ!?」

 この変わり様はなんだ!?
 本当に、先ほどワルキューレの攻撃に打ちのめされていた平民か!?
 余りの変わり様、今ワルキューレを叩き切ってる存在がまるで違う物に感じていたギーシュ。

 ギーシュが考えていた事、それは正解。
 剣を握ったときから『平民の平賀 才人』から『ガンダールヴの平賀 才人』へと変わっていた。

 現れた伝説は、ギーシュのゴーレムを容易く切り捨てる。
 一閃、また一閃、剣が振るわれる毎にワルキューレが両断され、数を減らしていく。

 5、4、3、2と見る間に数が減った。

「邪魔だ!」

 そして最後の一体となった。
 その一体、ギーシュを守るように立ち、才人の進路を塞ぐが。

「ラストォ!」

 切り裂き、すり抜け。

「フゥー……、まだやるか?」

 ギーシュの首筋に刀身を当てつけた。

「ッ……まいった」

 ギーシュは薔薇の杖を手放した。







「勝ってしまいましたね……」
「うむ」

 先の一戦を『遠見の鏡』で見ていたオスマンとコルベール。

「やはり彼は……」
「言ってはならん」
「……何故ですか?」
「よく考えれば分かるじゃろう?」
「………」

 コルベールは眉を潜める。
 一番レベルの低いドットメイジであるギーシュ、だがまさしく彼はメイジであり、正面切ってただの平民に遅れをとることはない。
 しかし現実は違う、戦いが始まると同時に叩き伏せられた少年は、ミス・ヴァリエールが剣を持って現れた時から変化し。
 ギーシュのゴーレムを叩き切って、逆転勝利を収めてしまった。

「ただの平民であったならば、最初の攻撃で終わっていたでしょう」
「うむ」

 その逆転勝利を齎したのが、ガンダールヴの力であるならば……。

「学院長の深謀、恐れ入ります」
「誰にも言ってはならぬぞ、ミスタ・コルベール」

 利用されると、コルベールは理解した。









「ふむ……」

 コルベールが退出して、ロングビルも資料の整理をするために出て行ったきり。
 耳や目が無いか確認した後。

「さて、ミス・ヴァリエールよ。 歯車は回り始めたぞい、『虚無』が何を成すのか……見届けさせてもらうかの」









「いてぇ……」
「剣を離しちゃダメよ」
「分かってる」

 言う通り、剣を手放せば今以上の痛みが襲って来ることは間違いなし。
 最悪気絶するかも。

『こうなるなら、最初から剣持って行っても良かったんじゃねぇか……?』
『ダメだ、怪我してもらわないとな』
『うえ……』

 何故怪我をしないといけないのか分からないが、ルイズなりの考えがあるのだろうと考えはあっさり完結した。
 だが実際のルイズは、『怪我してもらうのは確定』と考えつつ食いすぎて腹痛に見舞われ、辿り着くのが遅れただけであった。

『ほら、部屋に戻るぞ』
『りょーかい』

 今だ騒ぎ立てる生徒たちを横目で流して歩き続ける。
 娯楽が少ないからって流血沙汰で興奮すんなよ……。
 自分がギーシュの立場に立てばビビる癖に。
 そんなことを考えながら歩き続けていると、人垣の外に見慣れたメイド姿の少女を見つけた。

「シエスタ」

 視線を送り、名前を呼ぶとすぐさま人垣の隙間を縫って近寄ってくる。

「はい、何か御用でしょうか」
「私は先生を呼んでくるわ、その間才人の面倒をお願いしても良いかしら?」
「は、はい。 お任せください」
「私の部屋で良いから、頼んだわよ」

 頷いたシエスタは左手にあった階段を、才人より先んじて上っていく。
 振り返って手招きして呼んだ。

「サイトさん、こちらへ」
「あ、ああ」

 無言で廊下を直進するルイズを見送ってから、部屋へ戻った。





「それじゃあサイトさん、椅子に座っていただけますか?」
「うん」

 剣を持ったまま、右手で椅子を引いて座る。
 その前に膝を着いてしゃがむシエスタ、手には濡れた布を持っており、砂や泥が付いた才人の顔を拭き始める。

「大丈夫ですか? サイトさん」
「あー、なんとか」

 かなり痛てぇけど、なんとかと言った所。
 横になりたいけど、めちゃくちゃ痛そうだしなぁとため息をつく。

「凄いです、サイトさん……」
「へ?」
「貴族様に勝っちゃうなんて」
「ああ、まぁ……はは」

 ほんとすげぇよ、ガンダールヴって。
 全てが鈍くなるし、あの金属の人形が紙みたいに切れるし。
 剣の切れ味かも知れないけど、それでも負ける気がしなかったのは確か。
 事前に教えて貰っていなかったら、困惑してただろうなぁ。

「私、感激しました! あんなに怖い貴族様に、魔法を使えないサイトさんが勝てるなんて!」

 シエスタの瞳がきらきらと輝いていた。
 その瞳に、俺が写り込んでいた。
 やさしく微笑むシエスタ。
 やべぇ、可愛い……。
 と、思い出した。

 『これも可愛いくて良いスタイルの『メイド』に迫られたり』

 ま、まさか!? 
 メイドっつーのは、シエスタのことか!?

「……、イヤッホッあだだ!」
「サ、サイトさん! 急に動くと──!」





 今日も才人は怪我をしながらも元気です。



[4708] 大体15~20kb以内になっている・・・ 5話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/06/17 23:10

『もう一丁!』
『まだ! まだ早い!』
『逝ける逝ける!』
『字が違う!』
『ある意味有ってるから問題ない!』
『アッー!』

 水を限界まで汲んでいた桶を、才人は倒した。
 ダバァー、びしょ濡れである。

『惜しい、幻の3段目までもう一歩』
『一個ずつ運ばしてください……』

 










タイトル「使い魔の一日は、多分大変」













 ギーシュとの決闘騒ぎから10日。
 安い秘薬を三つと、教師の水メイジの治療であっさり治った才人。
 重く見えた傷は、全くそんな事はなかった。

『これで小遣いが浮いた』

 原作にて大怪我した才人に、ルイズはトリステイン魔法学院に常備してある最高級の秘薬を使った。
 値段?

『ふぅ……』

 な位の代物。
 いくらトリステイン有数の大貴族のラ・ヴァリエール公爵家三女でもこの金額はないだろ、と。
 具体的に言えば4桁の金額、トリステインの一般市民10人が1年遊んで暮らせるほど。
 下級貴族だと3人ほど遊んで暮らせるか、中級だと1人、上級は無理だな。
 ラ・ヴァリエール公爵家は上級の中の上級、最上級に位置しますので出そうと思えば簡単に出せる金額です。
 しかも、小遣いで。

 日々の積み立ては大切です、覚えておきましょう。
 5桁の額を貯金していますが何か?

『朝食を作ってもらえる事に感謝して労働だ!』
『さすがにこれは無いわ……』

 桶を重ねて運ばさせようとしたり、縦3メイル、横4メイルほどまで積み上がった薪を1時間で全て割らせようとしたりするルイズに、才人はぶつぶつと文句を言った。
 才人は外で薪割りや水運び、俺は食堂の厨房で軽やかに皮むきとか。
 俺は女の子、才人は男の子、そう言う事だ。

「おう! 頑張れよ、『我等が剣』!」
「ええ、まぁ、任せてくださいよ……」

 ため息を吐きながらも、薪割り斧を持つことによってガンダールヴが発動して馬鹿らしい速度で薪を割っていたりする。
 その才人の背中を叩きながら、元気良く励ましたのはこの魔法学院のコック長であるマルトー。
 300人ほどの生徒とそれを講義する教師の胃袋を満足させる、料理の一手を、厨房を取り仕切る四十過ぎのおっさんである。
 食堂調理場に従事する調理師は50名ほど、料理を運ぶ為に出入りするメイドも含めれば100名を超える学院内最大の仕事場と言える。
 そこの長として、きびきびと一人一人細かく指示を出し、次々と料理を完成させていく。



「マルトー、皮向けたわ。 次は?」
「さすがルイズ様、てめぇら本職の癖して負けてんじゃねぇぞ!」
「さーせん! 親方ァ!」

 マルトーやら、担当を持つ調理師には及ばないが、下っ端を遥かに凌駕する優雅さと華麗さと軽やかさを伴って皮むきする俺は早い。

「それじゃあ、あの果実の皮をお願いしますぜ」
「わかったわ」

 今の時代、男でも料理位出来ないと結婚できないぜ?
 この厨房に通い始めてからもう1年ほど経過している。
 最初は『原作に出てくるキャラを取り込んでおこう』とか思ってきたわけだが。
 想像以上の慌しさに何か手伝える事は無いかと聞いたら。

『貴族様のお手を煩わせるなど……』
『手伝わさせなさい、命令しちゃうわよ?』

 ゴリ押し。
 それ以降朝手伝うようにしている、食堂で出す料理とは別に作ってもらうんだからそれも有りだろうと思う。
 使い魔召喚の日からの数日は、色々とやることがあったために手伝っては居なかったが。
 シュルシュルリと、1枚に繋がった果実の皮が量産されていく。
 今ではこうだが、初めの頃は凄まじいほど不器用だった。

『クッ!』
『あわわ、ルイズ様のお手が危ない……』

 趣味が編み物の癖して恐ろしいまでに手先が不器用。
 なんつーか、自分の意思に反して指先が勝手に動くのだ。

『コイツ……、(勝手に)動くぞ!!』

 とても……辛かったです……。
 矯正するためにかなりの時間を要した、今では勝手に動かず、綺麗に剥ける様になった。
 ……編み物はそうでもないが。





『やっと……オワタ』

 最後の一本を叩き割り、背後には積み上げたのは高さ2メイル、横5メイルに並べられた割れた薪。
 よくやった、と自分を褒めてやりたい。
 ガンダールヴのルーンにも感謝しなくては……、無かったら3倍以上の時間が掛かっていただろう。
 腕で額の汗を拭い、割れた2本の薪を積み上げたところに。

『ほら』

 飛んできた布、と言うかタオルに包まれた瓶を受け取った。

『喉渇いたろ、包んであるタオルで汗拭け』

 振り向いた先には、ルイズが朝日を背に立っていた。

『マルトーに報告してきな、朝飯はシエスタが部屋に持ってきてくれるってよ』
『ああ、わかった』

 解いて瓶コルクを力ずくで抜き、口を付ける。

『うめぇ……』

 汗をかいた後の水分おいしいれす^q^。
 汗を拭いながらも喉を潤した。
 その言葉を聞いたルイズは、少し笑って踵を翻した。

『先戻ってるなー』

 後ろ手に手を振りながら、朝日を一身に受けるルイズ。
 その全身は眩しいほど輝いていた。





「おやっさーん、薪割り終わりましたよー」
「もう終わったのか、さすが『我等が剣』!」
「親父さん、その呼び方止めてくれ」
「ルイズ様はもう行ったのか」
「とっくに」
「……なあ、我等が剣よ」
「だからそれ止めてくれって」
「なら、サイト!」
「なんっすか」

 妙に暑っ苦しいと感じる才人。
 それもそのはず、先の決闘で貴族を打ち倒した才人は学院で働く平民たちに大きな動揺を齎した。
 無理だと思われていた『平民が貴族に勝つ』、それを成し遂げたのだから平民たちから大変な人気を獲得していた。
 別の言い方をすれば『スカッとした』、それに尽きる。
 全体的に良い感触を持たれていない貴族たち、平民平民と見下し、あまつさえ先のギーシュのように『躾がなっていない』と言って危害を加えるのだ。
 これで好感触を持たれるはずが無い、ドMなどならありえるかも知れないが……この学院で働く平民たちにそんな変態は居ない。

「お前さんの御主人様、どう思うよ? 平民で使い魔だからって叩かれたりしてねぇか?」

 マルトーが聞きたかったのはルイズの事。
 ルイズも平民たちが嫌う『貴族』、そう言った事も才人にしているんじゃないかとマルトーは心配したのだ。

「まさか、親父さんは俺よりルイズのこと知ってるんじゃないんすか?」
「そりゃあそうだがよ……」

 才人が言った通り平民たち、特に厨房周りの者たちは断然才人より接した時間が多い。
 ほぼ全ての学院の平民たちから嫌われる貴族の中で、唯一と言って位プラスの感じを持たれているルイズ。
 それでもなお、無意識層まで刻み込まれた『貴族』と言う存在が、ルイズを怪訝に見てしまうのだ。

「あのルイズを見て、他の奴らと一緒に見てるなら、俺は親父さんたちに失望しちまうよ」

 才人の言葉を聞いて、ばつ悪そうに顔をそらす親父さんたち。
 精神を構築する元が大きく違うルイズ、ハルケギニアの貴族と日本人の平民。
 文字通り異星人ほどの違いがあり、平民として見下すことが出来ないで居るから、今の日課のごとく手伝いをしているのだ。
 『原作キャラを取り込む』と言う狙いがあったとしていても、必要以上にやさしくする意味が無い。
 現に才人が呼ばれる以前から、平民に手を上げる貴族を止める事なんてしょっちゅうあった。

「てか、ルイズが貴族だか平民だかで人を見下すなんてすると思わない」

 才人の言葉は信じすぎだろう、と思わなくも無かったが。
 これまでのルイズの言動は、才人の信頼を得るには十二分に有った。
 
「気分悪くさせてすまねぇな、才人」
「……?」
「俺たちはルイズ様も貴族だって見ちまったよ、ルイズ様は身分関係無く見てくれているのによ」

 喉から搾り出したような言葉を呟いたマルトーを、才人は目を丸くして見た。
 今では様付けで呼んではいるが最初の方はかなり嫌がっていた、しかし他の貴族に聞かれると厄介なことになるのでしょうがなく認めた。
 何か用入りの場合は口添えをしてもらったし、職場に不満な箇所があれば学院長に言って直してもらったりしていた。
 大抵の貴族は『平民を付け上がらせる』と反発したが、『付け上がってるのはお前らだろ、ボケが!』と猫かぶりの口調に変換して一喝したのも記憶に新しかった。
 勿論その前に、『環境の質が上がる』と丁寧に説明したが。

「なんだよ親父さん、分かってるんじゃないか」

 このマルトーの発言を聞いていたら『べ、べつに皆が心配なわけじゃないんだからねっ!』とノリノリで言いそうなルイズである事は違いない。

「サイトを心配しただけだっての」
「さすがサイトさんです!」
「さすがに我等の剣は格が違った!」
「なぁなぁ、サイトの剣はどこで習ったんだ?」
「酒持って来い! 酒!」

 厨房に居た全員が才人を囲み、わいわい騒ぎ出した。
 一瞬で押しつぶされる才人。

「何やってるの、貴方たち?」




 その囲いの外から響くような声、未だに帰ってこない才人や、朝食を持ってこないシエスタを心配に思い。
 厨房に足を運び直せば、喧しい一団が出来ているじゃないか。
 俺も混ぜろ! あ、酒はいいから。

「ルイズ様ァ」

 と酔っ払っていた何人かのメイドが絡みつく。

「ちょッ!」
「るいづざまぁーすでぎですー」

 酒に酔って、仕事はどうした!

「なぁに、大丈夫ですよ。 なんたって私たちにはルイズ様が居ますし!」

 この野郎! そこまで面倒見きれアッー!




「きゅるきゅる」

 そんなやり取りを、窓の外から見ていた赤い影がひとつ。








 ノートを眺める、授業内容は素通り。
 次の原作展開を日本語で書いてあるノートを眺めながら、細部について思い出しながら書き綴る。
 次は何だっけ……、間違いなく『土くれのフーケ』だろうが何か忘れている気がする。
 危険はあったか……? 勿論俺ではなく才人の。

「むにゃ……」

 隣ではいびきこそかいてないが、鼻提灯を作りそうなほどぐっすり眠っている才人。
 生徒なら起こすだろうが、使い魔の居眠りは禁止されている訳ではない。
 朝の一騒動で飲んだワインが効いているのだろう、あの時はひどい目にあった……。
 絡み付いてきたメイドがブラウスやプリーツスカートを引っ張ってくるので、皆の前で下着姿を晒してしまった。

 やってられん。

「サイト……」

 横目で見ながら考える、才人、才人、才人……。
 うーむ、思い出せん。
 少なくとも才人が危険になる事は、決闘、フーケ、その二つしかなかったはず。
 危険が無い物だとしたら、『ガンダールヴの左腕』位かな。
 無理に思い出す必要有るか……? と考えていれば、ノソリ、と動く燃えるような赤い皮膚を持つヒ○カゲ、じゃないフレイムと視線が合った。
 幅もでかいから通路の邪魔になるんだよなぁ、モン○ターボールで収納できりゃあ良いんだが。

「………」
「………」

 フレイム……、キュルケか。
 才人を誘惑してルイズが乱入するんだったか。

「きゅるきゅる」

 バッ、と勢いを付けてキュルケに向かって振り向く。
 同じような速度でキュルケが顔ごと視線を逸らした。
 ばればれだっての……。
 フレイムは今だ視線を向けてきている、主従契約能力で使い魔の視線で見ているのだろう。
 ノートにペンを走らせる、その書いた文字をフレイムへ見せた。

【永遠に愛し通すならどうぞ】

 フレイムは走って逃げた、そこはかとなくキモい。





「ハッ!?」

 才人が目を覚ましたときには、教室でたった一人であった。










『さて、偵察に行きますか』
「偵察?」
『そ、ちょっと色々あってなー』

 そう言ってルイズはベッドに座り、杖を取り出した。

『むぅ』

 一言唸ると、メイド服を纏う、見知らぬメイドが現れた。
 いたずらで顔の部分を才人に変えてみたりする。

「うえ!? 何で俺の顔になるんだよ」
『ちょっとした出来心だ』

 本当は朝の罰、酔っ払い集団と化したマルトー以下料理人&メイドの一団に襲われた際に、笑ってばかりで助けてくれなかった才人への罰。
 そして才人は嫌そーな表情、これだけで許してやる俺は中々寛大だった。
 顔が元に戻り、優雅に部屋の外に出て行く幻像メイド。

「なぁ、偵察って何だよ」
『この学院内で動き回ってる奴が居るんでな、そいつを監視しておこうかと』
『……泥棒でも居るのか?』
『ほお、よく分かったな』
『当たった……』

 まぁ、色々と見せ場作りもあるけどな。

『まぁ、気にするほどでもない。 盗ませないからな』
『……ルイズがそう言うんなら』

 衛兵にもで言った所で取り合わないか、あっけなく逃げられるだろうし。
 学院の教師は盗まれてからも、誰一人取り返しに行こうとしないしな。
 オスマンとコルベール以外は口だけな存在だったりする。










 学院本塔の宝物庫へ向かう階段を降りるのは深緑の髪を持つ、メガネを掛けた知的美人っぽい妙齢の女性。
 その女性が会談を降りきると、少し開けたスペースの先に巨大な鉄の門が重厚としていた。
 まさに鉄塊、明らかに人の力では開けられない重さの扉。
 さらに人の胴ほどもある太い閂が掛けてあり、同じように人の頭部ほどもある錠前がぶら下がっていた。

「いつ見てもでかいねぇ……」

 鉄壁、その言葉以外に合わないほど存在感が有った。
 見上げつつ、手首を振ると30セントほど伸びた魔法の杖が現れた。
 
「まぁ、とりあえずは……」

 女性、ミス・ロングビルは錠前に向けて魔法を唱える。
 開錠<アン・ロック>の魔法を完成させ、錠前に放つが。

「やっぱり無駄かね」

 普通の鍵なら文字通り鍵が開くだが、一向に外れる気配が無い。

「次は……」

 閂、ではなく門を見る。
 唱えるのは錬金、物質変化の魔法を完成させ放つが……。

「チッ、これもダメかね……」

 自信はあったんだがね……と呟く。
 ミス・ロングビル、その魔法の実力はトライアングルクラスも有るのだがこの門の前の防御力では無意味な代物であった。
 トライアングルクラスの魔法を防いだのは、スクウェアクラスのメイジが掛けた『固定化』。
 その魔法の効果は文字通り固定化、魔法を掛けたその時の物質状態を維持し続ける魔法。
 それは周囲からの干渉が無い限り、永遠とそれを維持し続ける物。
 たとえ周囲からの干渉があったとしても、その固定化の魔法を上回る力でなければ簡単に弾かれる。

 故に、この門に固定化を掛けたメイジは、ロングビルより優れたメイジである証明だった。

「さて、どうしよう──」

 と、呟いた時、先ほど自身が降りてきた階段から足音が聞こえてきた。
 瞬時に杖を縮めて、ポケットに収める。

「……おや? ミス・ロングビルではありませんか」
「これは、ミスタ・コルベール」
「ミス・ロングビルはこんな所で何を?」
「ええ、実は宝物庫の目録を作るようオールド・オスマンに仰せ付かったもので」

 ニッコりと笑ってコルベールを見つめる。

「はぁ、また大変な仕事をお受けしましたな、ミス・ロングビル」

 大変な仕事、この宝物庫には数百から千ほどの道具が収められており。
 見るだけでもかなりの時間を要する事は間違いない。

「オールド・オスマンはいかがされたので? 鍵ならオールド・オスマンが持っていたはずですが」
「ええ、そうなのですが……、あいにくご就寝中なので」
「なるほど、オールド・オスマンは一度寝ると中々起きませぬからなぁ」

 うんうんと頷きながらコルベール。

「急ぎの仕事ではないので問題は有りませんが、出来るなら一通り見ておきたかったのですわ」
「ふむ、なら後で私もオールド・オスマンの所へ向かいましょう」
「助かります」

 頷き、また微笑むロングビル。
 コルベールは軽く笑い歩き出す。

「ああ、ミス・ロングビル」

 立ち止まって振り返る。

「ご昼食はもう済まされたので?」
「いえ、宝物庫を覗いた後で頂こうかと思ってたのですが」
「ならばご一緒いたしませんか? マルトー料理長と知り合いでしてね、平目の香草包みなど──」
「ミスタ、この宝物庫はとても立派なつくりですわね」
「え、ああ、そうですな。 王家の物にも匹敵するほどだと聞いておりますよ」
「王家? それは何とも……」

 あいやー、露骨過ぎる話題の修正だなぁ。
 コルベールもついつい流されんなよ。

 二人が宝物庫前で会話しているその通路、壁際にじっとして動かない存在があった。
 先ほどルイズが作り上げた幻像メイドであり、文字通り壁と同化して存在を欺いていた。

「ええ、この門は単体のメイジでは開けられないでしょうな。 何人ものスクウェアメイジが集まって設計した物らしいので」
「それはそれは、ミスタ・コルベールは物知りでいらっしゃいますね」

 褒め殺し?

 会話が進み、ある程度コルベールが知っている情報を引き出した後、コルベールと別れたロングビル。
 会話内容に『破壊の杖』や宝物庫の弱点などが聞き取れた。

 俺が開けようと思えば簡単に開けれるな。
 幾らあらゆる呪文に対抗できるよう作られていたとしても、存在しない虚無魔法までは考慮されていまい。
 門でも、外壁でも、どちらでも良いので『爆発』で破壊、中に入って盗み出す。
 その間に誰か駆けつけても『イリュージョン』で自分か、あるいは相手の目を誤魔化せば完全犯罪の完成です。
 ……もしルイズが、虚無魔法に目覚めてから犯罪者にでもなったら手がつけられなかったな。

「巨大なゴーレムね……、今夜確かめてみるかしら」

 独り言は危険ですよ、『マチルダ』。










 外は夜、巨大な双月が辺りを照らす。

『さて、また偵察に行ってくるか』
『またかよ』
『犯人が動くんでな』
『なぁ、大丈夫なのか?』
『何が』
『ばれたりしないのか?』
『ばれたりする訳ないだろ』

 ちょっと考えれば分かりそうだが。

『誰も知らない魔法で、作り出す幻像も俺じゃない違う奴を基にしてるし、攻撃されても痛くも痒くもない』

 触れられないから捕まる事もない。
 自分自身であるから喋る事もないし、危険ならすぐにでも魔法を解除すれば良い。
 凄まじいほど隠密性があり、これほどまでに密偵に優れた魔法はないだろう。

『ばれる要素は?』
『……無い』
『だから裏で動き回れると言う訳だ』

 何か元気ねぇな。
 才人にはこれから良いことが起きるかもしれないってのに。
 ……起こったら、だが。

『サイト、廊下をうろついていれば良いことがあるかもしれないぜ?』
『……何が?』
『女の子』
『……女の子?』

 作り上げていた、窓から飛び出していく黒いフードをかぶった幻像メイド、映画のワンシーンみたいだな。
 それを見送ってから。

『ハーレムに入るか分からんが、女の子が誘いに来るかもしれん』
「まじっすか!?」

 喜び叫んで飛び出していった。
 ……煩悩め。
 意識を集中して幻像に視線を合わせた。
 ロングビルを見つけ、監視したがその日は動かなかった。











 才人がドアを開けて戻ってきた。
 ぶつぶつと呟きながら自分のベットに座った。

「何か疲れた……」
『どうした、何かあった?』
「有ったけど……、無かった」

 誘惑イベント自体は起こったが、妖しい雰囲気にはならなかった様で。

『元気出せ、明日武器でも買いに行こうぜ!』
「この前の決闘で使った奴は?」
『借り物だから返した』
「借り物だったのか……」
『こっそり拝借してきたから、返さんと不味いだろ』
「それは……、そうだなぁ」











『フレイムが居るからってネグリジェ一枚は寒いと思わないか?』
「ルイズって全部知ってたんだったよな……」

 才人はがっくりと落ち込んだ。



[4708] まさかの20kb超え 6話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/07/04 04:58










タイトル「考えすぎるのは、どうだろう?」














「居ない……わね」

 部屋の鍵を開けて中に入ってみれば、もぬけの殻。
 まさしく不法侵入、使用してはいけない開錠の魔法までも使ったのだ。
 ばれれば色々と怒られるのだが、恋の狩人、キュルケには問題無しだった。

「どこに行った──」

 とふとテーブルに視線をやれば、紙が一枚置いてあった。

「何かしら……」

 容赦なく人の、ルイズの部屋を漁るキュルケ。
 手にとって文字を読んでみれば。

【キュルケ、鍵はちゃんと閉めてね ルイズより】

「こ、行動を読まれていたの……!?」

 『知っている』ルイズからしてみれば、分かり易すぎて扱いやすかったりするキュルケだった。
 先のフレイムによる才人監視も同じ理由。
 驚愕しつつもキュルケは紙を破り捨てながら、部屋を見回す。

「鞄が、ない? 出かけたらしいわね」

 今日は虚無の曜日、せっかくの休みであるならば外に出かけるのもありえる。
 問題はどこに行ってしまったのか、既に学院の外なら探す事は絶望的。
 どうしようかと考えた所に窓の外。
 2匹の馬が学院門を抜けて駆け出していくのが見えた。
 乗馬主は明らかにルイズと才人、逃すかと言わんばかりにルイズの部屋を飛び出した。

 鍵どころかドアさえ閉めずに。





「タバサァ!」

 まるで怒れる紅獅子、キュルケが自室の隣のドアを叩く。
 今日は虚無の曜日、絶対に居るはずの人物を呼び続ける。

「タバサァ!!」

 ドンドンと、強くとドアをノック、と言うより叩く。

「タバサァ!!!」

 駄目、恐らく中で『サイレント』を掛けているに違いない。
 杖を取り出し、全力を持って開錠の魔法を掛ける。

「ッ!」

 かなりの抵抗力、開錠の魔法に抵抗するのは『閉錠<ロック>』の魔法効果。
 さすがと感心しながらも、さらに精神力を込める。
 震えだした内鍵、それが3秒と立たず外れてドアの開閉を可能とする。
 蝶番が壊れそうな勢いでドアを開け、ベッドの上に座る青色のショートヘアを持つ少女『タバサ』に詰め寄った。
 一度も視線をやらず、タバサは黙々と本を読み続ける。

「────!」

 空気振動を封じるサイレントの効果で、この部屋にある如何なる音が停止し、耳鳴りが響いていた。
 本を取り上げ、タバサの頭が壁に打ち付けそうなほど前後に揺らす。

「─────!」

 グラグラと揺れる体で、仕方なくサイレントの魔法を解いた。

「──サ! 今から出かけるわよ! 準備して!!」
「虚無の曜日」

 タバサはそう一言呟いて、キュルケの本を取り返そうとして手を伸ばすが。
 本を掲げたキュルケは立ち上がる、それだけで届かない。
 ピョンピョンと何度か飛ぶが、全く届かない。
 ベッドの上に載って飛び上がるが、やはり届かない。
 身長の差が実害を持って現れた瞬間だった。

「お願い! ルイズを追いかけたいの! 二人がどこへ行くのか突き止めたいの! お願いタバサ! 力を貸して!!」

 それはもう切実な願いだった。
 何か悔しい、その一言でキュルケの心情を表せるほど。

「出かけたの、馬に乗って! 馬じゃ今からじゃ追いつけないの! だから貴方の使い魔で──」

 そう言いきる前に、タバサはベッドを降りて窓を開けて口笛を吹いた。

「ッ! 有難う、タバサ!」

 甲高い口笛の音、その数秒後に聞こえてきたのは羽音。
 空を切り、風に乗った使い魔がタバサの元へ駆けつける。
 タバサが窓枠に乗って飛び降りる、キュルケもそれに習って飛び降りた。

「やっぱり、貴方の使い魔はいつ見ても素晴らしいわね!」

 落下した二人を拾ったのはドラゴン、水色の翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がった。
 6メイルを超える風竜、このサイズで幼生であり、それでもなお二人乗せても余裕が出来るほどの大きさだった。
 成体となれば、10メイルを越える事は容易に想像できた。

「どっち」
「正門、だったかしら」

 正門を出て行ったのは見た、その後の方向を慌てていた為に見忘れていたキュルケ。

「馬二頭、食べちゃだめ」
「きゅい」

 さらに舞い上がる、風竜は大空から目を凝らして二頭の馬を一瞬で見つけ出した。

「きゅいきゅい」

 風を切って加速し始めた
 それを確認したタバサはキュルケから本を取り返して、風竜の背びれにもたれ掛かった本を読み始めた。

「有難う、タバサ」

 キュルケはもう一度、感謝を述べた。






「はいどう!」

 手綱を握り、馬を走らせたのはルイズ。
 風がスカートが捲りあがり、下着を露にするが、本人はそんな事気にせずに駆け続ける。
 そのルイズが跨る馬の後ろにくっ付いているのは、同じく馬に跨った才人。

「うおぉぉぉ!」

 才人は雄たけびを上げているわけではない、馬から落ちないよう必死に手綱を握っていたらいつの間にか叫んでいただけだった。
 遅れないよう何とか制動して、ルイズの後を付いてく。

 グラグラ揺れる才人に人馬一体なルイズ。
 駆ける馬、馬と言う種類は同じだがサイズが違う。
 ルイズの馬は、まるで黒○号や松○。
 対する才人の馬は普通の馬、サイズが一回り以上の差があった。
 歩幅や乗馬主の技量の差もあり、距離が開いて居たりした。

『遅れているぞ、サイト!』
「無茶言うな! 初めて馬乗ったのぉぉぉぉーーーー!!」

 ルイズに届かない才人の声が街道に響き渡っていた。










「うう、腰が……」

 腰をさすりつつふらふらと歩く才人。
 その前には平然と歩くルイズ。
 馬は町の入り口にある駅に預けた。

『今のうちに慣れておいた方がいいぞ』
「慣れそうに無い……」

 時折内股になって歩く才人が微妙に気持ち悪い。
 腰を叩いたりしながらも、物珍しいのか辺りを見回している。

『少し休んでから行くか?』
「いや、俺の相棒を迎えに行くんだろ? それなら早く行った方が」
『錆びだらけの武器、好き好んで買う奴いねぇんじゃねぇか?』
「錆びだらけなのか……」
『見た目はな』

 デルフリンガーの真の能力を目の当たりにすれば、数万エキューと言う金額が付いても可笑しくない。
 扱えるかは別にして、虚無関係のアイテムはやはり反則級である。

「しっかし狭いよな、この道」

 人がごった返し、歩くのも一苦労ではあった。
 なんせ道幅が5メイルも無い、さらに商人が道端に陣取って肉やら野菜、果物や雑貨品など並べて売っているのだ。
 そうすれば、人が歩ける道幅はさらに狭まり2~3メイルも無い。

「せまッ!」
『チッ、めんどくせぇ』

 思いっきり舌打ち、1.5メイルほどしかない俺では人の波に飲み込まれて流されてしまう。
 ならばどうすればいいか、簡単、盾があれば良い。

『サイト』

 ギュウギュウと押しつつ押されつつ、才人を呼び寄せ手を握った。

「え?」
『ほら』

 無理やり引き寄せる。
 同年代の女の子と手を握るなどと、初めての出来事に才人は慌てふためく。

「え、ちょ、何?」
『ほらほら、もっと近づく』

 そう言って肌が触れ合いそうなほど近寄って。

『さぁいくぞ』

 才人との位置を入れ替わった。
 替わると同時に手を離し、才人を進行方向へ回転させる。
 才人の背中に両手を当て。

『get ready?』
「へ?」
『steady, ──go!』
「は?」

 全力で押した。





「まじで……止めてくれ……」
『人ごみにむしゃくしゃしてやった、楽を出来たから後悔はしていない』

 才人を盾にして強引に人ごみを進んだ。
 ドンドンとぶつかる才人のうめき声を聞きながら突き進み、目的の裏路地まで侵入した。

『しかし臭うな』
「くせぇ」

 今だぶつかった跡が痛いのだろうか、体をさすっている才人。
 視線を外せば色々とゴミや汚物がある、今度『アンアン』が来たら提案しとくか。
 さて、目的の場所はピエモンの秘薬屋の近くの筈だったな、あの武器屋。
 秘薬屋なんて行ったこと無いが。

 と視界を上げるとぶら下がった看板が目に入った。
 あれ、本当に銅製か? ただ錆びて茶色くなった看板にしか見えないが。

『多分あれだな』

 足を向けて、店まで一直線。
 既に疲れていた才人はのそのそと後に続いた。





 羽扉を押して開ける。
 暗がり、日中だと言うのに室内は暗く、ランプの明かりでなんとか武器の位置が分かるほど。
 暗くする理由、目利きの妨害とか?
 目が合い、店主の親父が口を開く前に。

「客よ」
「貴族様が剣を? こりゃおったまげた!」
「……どうして?」

 止めない、どうしてもこの親父に聞きたい事があったから。

「いえ、若奥さま。 坊主は聖具をふる、兵隊は剣をふる、貴族は杖をふる、そして陛下はバルコニーからお手をおふりになる、と相場は決まっておりますんで」
「へぇ、なら──」

 店内を見回した視線を、流し目で店主を見る。

「平民は何をふるのかしらね?」

 ブリミル教信徒、軍人、貴族、そして陛下がふる物を決まっているのに、何故平民が無いのが気になった。
 ブリミル教信徒でも軍人でも貴族でもない平民も居るだろうに。

「……こりゃあ、一本取られやした。 平民がふるものなんて考えもしやせんでした」

 身の振り方、なんてのもありかもしれん。
 上に立つ貴族が無能ならば、下に座る平民にその付けが回ってくる。
 さっさと見切りを付けて、別の土地に行く方が幸せと言う事もある。

「そうね、こんな問答しに来たんじゃなかったわ。 私は剣を買いに来たの」

 そう言われた店主は才人を見た、下から上に、見定めるように見た

「この方が剣をお振りになるので?」
「ええ」

 ツコツコツと木張りの床が音を鳴らし、剣が乱雑に積み上げられた棚に歩み寄り。

「サイト、多分ここら辺にあるから探してちょうだい」
「こん中にあるのかよ」

 見るからに歯が欠けてたり、錆びてたりす武器が積み上げられている。

「若奥さま! そんな質の低い物をお選びになるので!?」
「そうよ、サイトにぴったりな剣がこの中にあるのだから、しょうがないでしょう?」
「お待ちを! 少々お待ちを!」

 そう大きな声で言って店の奥に走っていく店主。
 かの高名なシュペー卿の剣でも持ってくる気か。

「本当にこの中にあるのかよ」

 才人が怪訝な顔でその積み上げられた剣の山を見る。

「有るわ、聞こえてるんでしょ?」
「………」
「だんまり? 店主に黙ってろなんて言われてるから黙ってるのかしら、デルフリンガー」
「……娘っ子、どうして俺の名前を知ってやがる?」

 と、ルイズと才人しか居ないこの場で第三者の声が聞こえきた。

「……誰も居ないじゃん」

 才人が驚いて辺りを見回すが、やはり二人しか居ない。
 それなのに聞こえてくるのはルイズとも、才人とも違う声。

「『知っている』のだからしょうがないでしょう、それでデルフリンガー?」
「……なんでぇ」
「貴方は『使い手』にもう一度振るわれたいと思わない?」
「ほんと、どこまで知ってやがる」
「貴方が振るわれたいと思うなら、考えなくも無いわね」
「……はっ、おもしれぇ娘っ子だ! 良いぜ、使い手を連れてきな!」
「……サイト」

 カタカタと揺れる大剣を見て、次に才人を見た。

「喋る剣かよ、おもしれぇ」

 驚きながらも笑い、柄を掴んで引き抜いた才人。
 現れたのは刀身が錆びだらけ、明らかに物を切ることが出来ない剣であった。
 長さはルイズの身長ととほぼ変わらない1.5メイルほど、長くて才人でも確実に腰に下げれない。

「この小僧っこが使い手…・・・かよ、見損なってたぜ」
「……使い手ってなんだ?」
「ガンダールヴの事よ、そうよね? ガンダールヴの左腕?」
「けっ、娘っ子にはかてねーや」
「おま、お待たせを……デ、デル公!?」

 煌びやかな、所々宝石が散りばめられた大剣。
 刀身は光を反射する鏡のように輝いている代物を持ってきた店主。

「おう、親父。 そんな駄剣じゃなくてこの娘っ子、俺を買うってよ」
「若奥さま! そんなボロ剣よりこちらの方が!」
「ボロ剣とはなんでぇ!」

 一生懸命進めてくる店主、この剣が偽者だと知っているのだろうか?
 知ってて売ろうとしているなら色々と考えがあるんだが。

「店主」
「なんでしょう!」
「その剣、名剣なのかしら?」
「すげぇ……、この剣かっこいいな」

 かっこいいと強いは等号じゃないんだぞ、才人。
 キラキラ光っていかにもRPGの後半で出てきそうな剣だが。
 手に入れてみたら実はエクスカ○パーだった、なんてするかもしれん。

「へい、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿が鍛え上げた物で、強力な魔法も掛かってるんで鉄も一刀両断でさぁ!」

 と自慢げに語る店主。
 才人も「おお! それは凄そうだ!」とか言っていた。

「サイト、持って見て。 本当に名剣なら買いましょう」
「若奥さま、おやすかあ有りませんぜ?」
「エキュー金貨で2000枚位かしら?」
「……よくお分かりで」
『なぁルイズ、1エキューって幾ら位なんだ?』

 ヒソヒソと耳打ちする才人。

『1枚3万円位だな、それが2000枚だから日本円で6000万位か?』
『ま、まじかよ……』

 根っからの庶民である才人、こっちの世界に来る前に購入した一番高い物は10万円ちょっとのノートパソコンだった。
 それなのに、この世界に来て初めての買い物が6000万……、眩暈がした。

「持ってみて、サイトなら『分かるから』」

 ガンダールヴの能力なら、それがどのような武器であるか理解できる。
 名剣なら如何に強力か理解できるはず。

「わ、わかった」

 約6千万の剣にゆっくりと手を伸ばし、柄を握る。

「……なんだこれ?」

 やはり偽者か。
 柄を握って1秒もすれば、才人が眉を潜めた。

「店主、その剣要らないわ」
「わ、若奥さま、お値段が高すぎるので?」
「この剣、すぐ折れると思うぜ?」

 鉄どころか岩さえ切れずに折れる。
 フーケのゴーレムで実証済み。

「貴族に駄剣を売り付けようとするなんて、気を付けないと危険よ?」
「ま、まさか!? 証書もついておりやすぜ!!」
「それも偽者でしょう、なんなら試し切りでもしてみる?」

 信じれないのなら結果を目の前にすれば良い、分かりきってるが。

「……本当に偽者で?」
「親父、そんなすぐに折れちまう剣なんてさっさと捨てちまえよ」
「うるせぇ、デル公! この剣が幾らしたと思ってやがるんだ!」

 二束三文で買い取った物だったりしたりして。

「200エキューもしたのに……」

 普通10倍の値段で売るかよ!

「店主、デルフリンガーの値段お幾ら?」
「……へぇ、100で結構でさ」
「そう、それじゃあこれ」

 エキュー金貨が入った袋をカウンターに置いた。
 ゆっくりと袋を取って数え始める店主。
 始めは遅かったが、次第に早くなる数える速度。

「わ、若奥さま……?」

 数え終わった頃に、驚いた顔をしてルイズの顔を見る武器屋のおっさん。

「確かにエキューで、支払ったわよ」

 踵を翻して、店外に出るルイズ。

「待てよルイズ!」

 慌てて追いかけるが。

「ちょっと待ってくれ!」

 と呼び止められて振り返る。
 おっさんは店の奥に引っ込み、すぐ出てきた。

「これ持ってってくれ!」

 そう言って投げてきたのは鞘、剥き出しの刀身だったのを思い出した。

「ありがと!」
「こっちこそ! 若奥さまに『感謝します』と伝えてくれ!」
「あ、ああ、わかった」

 走って外に出る、階段の中ごろを下りていたルイズに並んだ。
 デルフリンガーを鞘に収め、背中に担ぐ。

「けけ、娘っ子も優しいねぇ」
「あのおっさん、感謝しますって言ってたぜ?」
「そう、それは好かったわね」
「なぁデルフ、何が優しいんだ?」
「なに、娘っ子は『剣の代金を支払っただけ』さね」
「……?」

 階段を降りきり元来た道を戻ろうとしていたが。
 ルイズはふと立ち止まった。

「どったの、ルイズ」
『いや、原作通り追いかけてきてないかなと』
『……誰が?』
『キュルケとタバサ』
「お二人さんよ、なに言ってんだ?」
『キュルケが来てんのか』

 デルフは知らない言葉に疑問を投げかけ、才人は辺りを見回す。
 路地のどこかに居るって書いてあったな、流石に王宮があるこの街でシルフィードを飛ばせないだろう。

『もしかしたらあのおっさんが、キュルケにあの剣売るかも知れないからなぁ』
『あんな使えないもん、2000エキューで買うなんてきつ過ぎるだろ……』
「おいおい、俺にも分かる言葉で喋ってくれよ!」

 試し切りをしてへし折っとけば良かった。
 今から戻って……。

「……お二人さん、お客さんだぜ」

 ぞろぞろと、路地裏の細い道から怪しい男どもが現れた。
 大通りをぶち抜いたときにぶつかったお礼に来たお客さんだろうか。
 迂闊過ぎたか、確実に以後が予測できなくなる。
 俗に言われる『バタフライ効果』だった。





「……まずいわよ、タバサ」
「危険」

 虫が湧き出てくるように男どもが現れる。
 明らかに二人を囲んでしまえるほど、如何に才人が強いと言っても明らかに無理。
 ルイズから離れれば、ルイズが襲われるし。
 傍で守るにしても全方位から襲われたら……。
 間違いなく危機でルイズは明らかに足手纏い。

「助けるわよ」
「了承」

 キュルケが胸の谷間から杖を取り出した時。
 囲いの一角が吹き飛んだ、錆びた大剣を振るい、男どもをなぎ倒す才人。

「最悪ッ!」

 ルイズの姿が見えない、傍を離れるのがどれほど危険か……。
 捕まったルイズを想像して、最悪の状況が頭を過ぎった──。

「……捕まっていない」

 タバサの杖先が男どもの一団へ向けられると、素早く動いて剣を振るう才人とそれに劣らず追従するルイズ。

「……嘘」

 速い、あれは本当にルイズ……?
 おかしい、あれほどの動きなど今まで一度も見た事が無い。
 二人は流れるような動き、そのすり抜ける動きで男たちが伸ばす腕や、武器を軽やかに避けて囲いの外へ逃れた。

「どういうこと……?」

 男たちの一団相手に踊るのは二つの陰。
 抜けると同時に反転、疾風の速度を持って接敵。
 なぎ払われた男が吹っ飛び、他の男を巻き込んで3メイルほど転がる。
 ルイズは才人の背後に付かず離れず、敵が割り込めない距離で才人の背後を守る。
 ルイズが居る以上才人の背後から襲い掛かれない、だからルイズを捕まえるか何とかしようとするが一歩届かない。
 既に勝敗は決まった、囲えるほどの数ではなくなった男たち。
 死屍累々、とは言わないがうめき声を上げて倒れ伏す男たち。

 あの数でも捕らえられなかった、なら今の数では絶対に不可能と考えた男たちは一目散に逃げ出していた。

「……あっけないわね」

 危惧していた問題など元より無かったようだ。
 でも、才人はともかく、ルイズまであんな鋭い動きが出来るとは今まで思いもしなかった。
 少なくとも、近接戦闘を好むメイジ位しか……。

「……こっちに来る」

 角から覗いてみれば、左手に錆びた剣を持つ才人がこっちに向かってくる。

「あら、ばれてる?」
「ええ、とっくにね」

 振り返れば、タバサに杖を突きつけられたルイズが立っていた。

「タバサ、杖下ろしてくれる?」
「………」
「ルイズ、貴女……」

 タバサに杖を突きつけられ、杖をなおしながら向き合ってくるルイズ。

「それでキュルケ、鍵閉めてきた?」
「え?」
「え、じゃ無いわよ。 私の部屋の鍵、開けて中に入ったでしょう?」
「な、なんのことかしら?」

 タバサはキュルケとルイズを交互に見て、杖を下ろす。
 その中で、何故簡単に背後を捕らえたか考えていた。
 答えは簡単、イリュージョンでキュルケとタバサの感覚を誤魔化した。
 勿論、先ほど襲い掛かってきた男たちも同じように騙し、本体は既に囲いから逃れてキュルケたちを探していた。
 才人の背後に追従していたのは幻像ルイズ、本物があのような速度で走れるわけが無かった。

「しらばっくれる、それも良いかもしれないわね」
「……あれ、キュルケじゃん」
「あ~ん、サイトォ! さっきの格好良かったわぁ!」
「え、あ、そ、そうか?」

 その話をしたくないキュルケと、抱き付かれて顔が緩む才人。

「キュルケ」
「なに? 嫉妬しちゃいやよ?」
「私、確かに見せたわよね?」
「……何を?」
「授業中、フレイム、愛」
「……さぁ、全く覚えてないわ」
「はぁ……」

 思いっきりため息をつく、部屋の鍵とかはまぁ許そう。
 キュルケが昨日見せた言葉通りにするなら、問題無い。
 だが、才人を引き込んでおいて簡単に捨てるようならば許しはしない。
 ハーレム、と言うか女の子目当てに頑張る才人。
 あの帰還イベントに届く時には、原作宜しく誰かのためにこの世界に残る可能性もある。
 
「あのね、キュルケ……」
「何よ」

 そう考えて、キュルケの行動は気に入らない。
 今まで付き合った男たちの中で、それこそ本気で愛し合いたいと思う者も居ただろう。
 そんな状態で捨てられた男は簡単に激情に狂う、所謂ヤンデレ化して夜道で背中を刺される、と言った状況も起こりかねない。
 人の感情など簡単に暗がりに落ちてしまう、キュルケの行動は暗がりに誘い込む危険である物だと理解していない。
 才人に絡んで、その嫉妬が才人に向けられる事も十分にありえるからだ。

「キュルケ、本気で警告するわ。 今すぐ貴女の行動を考え直しなさい、……殺されるかもしれないわよ」
「……なに物騒な事言うのよ、私が簡単に──」
「『私』に背後を取られたくせに、よくそんな事が言えるわね?」
「ぅ……」
「人間なんて簡単に壊れるわよ? 平民も貴族も関係なく、ね」

 原作じゃアンリエッタとか良い例だ。
 好きな人が死んだから、その復讐に固執してまだ延びるはずだった戦端を開いてしまった。
 今だ起こらぬ事象だが御父様もよくアルビオン侵攻を危険だと見抜いて、諸侯軍派兵をしなかったもんだ。
 人の命は金で買えない、いや、神聖アルビオンとの戦争では派遣するはずだった命を金で救ったか。
 まぁ結果的に才人の活躍により、港周辺で起こるはずだった虐殺は無くなり、代わりに足止めをした才人が一度死んだ。

 ご都合主義では有るが、才人が居なければ、先にウェールズ皇太子へ会いに行った時にルイズは死んでただろうし。
 他の、ギーシュ、キュルケ、タバサまでも死に至っていたかもしれん。
 英雄が歩む道は、血に濡れたものか。

 具体的な描写はされてないが、戦争で死んだ人間の数は数千は届いただろう、もしかしたら万に届くかも。
 『戦争だから人が死ぬのは仕方が無い』なんて、当事者からすれば絶対にそんな事は言えない。
 原因は他にも色々あるだろうが、引き金を引いたのは復讐に燃えるアンリエッタに違いない。
 やり方は他にもあっただろうに、マザリーニ枢機卿も苦労する。
 人を巻き込んで自壊する良い例だな。

「絶対なんて無いんだから、程々に気を付けなさいよ」
「平民なんかに足元掬われる訳が無いでしょう?」
「勘違いは止めなさい、キュルケを捕らえる事が出来る平民だって幾らでも居るわよ? それに、貴女が囲っている人物は全員貴族の子息、それこそ秘密裏に練達のメイジを遣してキュルケを捕まえに来るかもしれないのよ?」

 考えれば切りが無い、プライド高い貴族が『振られた』などと大っぴらに言われたくないし、あきらめる者が大半だろうが。
 だがそうでない人間は? プライドゆえに泣き寝入りできない貴族だったら?
 そういう行動も無きにしも非ず、いいとこ慰み者になって飽きたら殺される、なんて十分にありえる。
 俺が知ってる人間じゃ、アニエス、メンヌヴィル、ワルドなど貴賤関係無く捕らえる、あるいは殺す事の出来る者など幾らでも居る。
 陰に隠れる実力者など幾らでも居る、平民でもアニエスのように『メイジ殺し』なんて言われる者も居るだろう。

「落ちぶれて傭兵になったスクウェアメイジが来たら、貴女は逃げ切れるの?」
「考えすぎよ」
「注意するだけなら幾らでも出来るわよ? 理解しなさい、起こってからでは遅い事を」

 それこそ、今ここで俺がキュルケを捕らえる事も、殺す事も簡単に出来る。
 ……虚無と言うチートが有ってこそ出来るわけだが。

「いい? 私は警告したわよ? 私が言った事が現実になっても、あなたを助けられないかも知れないわよ? タバサだって、サイトだって、貴女のご両親だって、手が届かない所に連れて行かれても、私はどうにも出来ないわよ?」
「……ルイズ、どうしたのよ? いつもと違うわよ、貴女」
「別に、日頃から考えてた事を口にしただけよ」

 そう言って踵を返した。
 とっくに手を離されていた才人もルイズの後を追いかける。

「……もう、なによ一体」
「……一理ある」
「ルイズの言った事?」

 タバサは頷いて、ルイズと才人が行った道へ歩き出す。
 イリュージョンを知らないタバサが、どうして背後を取られたのか辿り付けなかった。
 サイレントなど、その可能性を考えて、ルイズのあだ名を思い出した。

『実力を偽ってる?』

 妥当すぎる考え。
 だが何のために偽っているのか、自分と同じような複雑な背景でもあるのか。
 と、考え続けるタバサであった。



[4708] 区切りたくなかったから、25kb超え 7話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/07/04 04:59

 『土くれのフーケ』
 俺好きなんだよなぁ。
 なんつーか来るものがあってな、イザベラとかも好きだぜ?
 痛いのは嫌だから、暴力無しで口論してみたいわ。

 ……俺ってMかなぁ。








タイトル「演技は疲れるよな?」









「知ってるだろーが、おらぁデルフリンガーってんだ。 宜しくな、相棒」
「俺はヒラガサイト、ルイズの使い魔やってるんで宜しくな」
「私の名前はルイズよ、どうせ名前全部覚えなさそうだし」
「そんなになげーのか?」
「デルフの3倍位ね」
「そりゃーなげぇ、覚えらんねーわな」

 6千年も存在してりゃ、要らん記憶消さんと駄目だろうな。
 ……忘れてるんじゃなくて、切欠で思い出すようになってるようだが。

「それで娘っ子、なんで俺の事知ってるか教えてくれるんだろ?」
「教えるかどうか『考えてあげる』と言ったのよ?」
「なら考えた結果は?」
「教えない」
「……娘っ子ぉ、そりゃあひでぇぜ?」
「私は嘘をついてないわよ? 使い手に振るわれるんだから我慢なさい」
「なら、いつかで良いから教えてくれ、それなら良いだろ?」
「そうね、私が墓にでも入ってからでいいなら」
「……相棒、おめぇの御主人様は性格わりぃな」
「………」
「否定しなさいよ」



 二人と一本は、馬に乗って学院の帰路に着く。
 その上空、眺めるのは風竜に乗る二人、タバサとキュルケ。

「……ねぇ、タバサ」
「………」
「ルイズの事、どう思う?」
「……不可思議」
「タバサでもそう思うわけね……」

 考えれば何かとおかしなルイズ。
 貴族に有るまじき言動、先の暴漢どもとの戦いで見せた動き。
 そして、音も無く、私やタバサの背後をいとも簡単に取ったルイズ。
 ルイズたちが戦っていた場所と、私たちが隠れていた場所との距離も結構開いていた。
 どう考えても、速過ぎる……。

「そうね……、サイトも気になるけどルイズも気になってきたわね」

 何かあると、感づいたキュルケはニヤリと笑う。
 タバサは街に来る時と同じように本を読み続ける。

「タバサも気にならない?」
「………」
「そうよね、タバサも気になるわよねぇ」

 気になるのかならないのか、返事を返していないのに勝手な解釈をするキュルケ。
 だけど、気にならないと言えば嘘になる。
 どうやって背後に回りこんだか、その一点限りだが。

「うーん、サイトにちょっかい掛けつつルイズも……」

 ぶつぶつと呟くキュルケ、余りこちらに迷惑を掛けないなら手伝っても良い。

「………」

 本の内容を読み解きながら、もう一つの思考で考えていた。
 









 二人が、ルイズと才人が学院に付いた時には日が完全に落ちていた。
 今からでもマチルダを監視できるか……?

『今日も探るか……』
『今日も?』
『確か今日動くはずだ、それに出くわすのは俺たちだからな』
『どんな奴?』
『30メートルはあるでっかいゴーレムを使うメイジな』
『30って……、あのキザギーシュが使ってた奴みたいな?』
『あれのでかい土人形バージョンだな、あれだけのゴーレム生成技術ならスクウェアに届くかもしれんが』
『そんなのどうやって倒すんだよ』
『ドカンと一発、な』
『ドカン?』
『そ、ドカン』

 ドカン? 爆弾でも使うのかと考える才人。
 正直そんなにでかい奴なら、切りつけてもさほど効かなさそうだし。
 一発で吹っ飛ばすようなものを使うんだろう、と考えていた。

「だから、俺にもわかる様に喋ってくれよ!」
「良いじゃない別に、わかろうがわかるまいがデルフには殆ど関係ないんだし」

 まぁ、デルフが虚無関係の、原作にも出てきていない設定を話すならば教えてあげても良いが。
 恐らくそれは無いだろうなぁ、と思い直す。
 それこそ『シャイターン』やその『門』、『大災厄』がどんな事であったのかなど知りたい事など山ほどある。
 だが、知っているであろうデルフは封印されていると言って良いほど、記憶は無くなっているし……。
 始祖の祈祷書のような、必要になったら内容が読めるようになると似た感じでは有るが。

「ちぇ、相棒と娘っ子だけの秘密ってわけかよ」
「そうね、今の貴方じゃ間違っても教えられないわ」
「そうだぜ、秘密だ秘密」

 デルフはベラベラ喋るタイプではないが、才人と似てうっかり喋りそうな感じがする。
 念には念を、気を付けるだけなら幾らでも出来るし危険なものは出来るだけ取り払うか。
 てか、才人と共有する秘密は『俺が誰か』、『ある程度の展望を知っている』位だろうが、なにを嬉しそうにしてるんだか。

 馬小屋へ赴き、一室に入れ、一撫でしてから紐を解く。

『先に風呂……入っとくか』
『あー、そうしたい』
『何時も通り頼むぜ』
『任されよ、入れてくるな』

 そう言って、風呂小屋へ走り出した才人。

「さてと」

 見送ってから自室へ歩き出す、これからマチルダを監視しなければならない。
 何時に動き出すかわからない為、長時間集中しなければならないだろう。
 それに取られる精神力も半端じゃないだろう、明日の分も残しておかなければいけないな……。

「辛い夜になりそうね……」






「───よね、ルイズの部屋って」

 自室前に来てみれば、部屋の中から聞き知った声がする。
 ドアに手を掛ければ当然鍵は閉まっておらず、開ければ燃えるような紅髪と、凍ったような蒼髪の少女たちが居た。

「何してる訳?」
「あら、ルイズ。 遅かったじゃない」
「風竜と比べられたくないわね」

 馬の数倍の速度で飛ぶ風竜、どう考えてもキュルケ達より早く学院に着けると思えない。
 ところで、早くシルフィードの変身した姿見たいなぁ。
 あのアホっぽい所とか良いと思うよ、タバサが杖で叩く所も良いと思う、うん。

「それで、何か用?」
「安心して、ルイズに用が有って来た訳じゃないから」
「安心したわ、サイトは外に居るからさっさと出て行ってちょうだい」
「あら、そうなの?」
「そうなのよ、タバサも自分の部屋で読んだ方が静かでしょう?」

 そう言ってタバサを見る、タバサもこちらを見たが1秒も経たずに視線を本へと戻した。

「………」

 動く気無し? もしかしてキュルケは剣を買ったのか?

「……いえ、ルイズに用は有ったわね」
「……何よ」
「そう、これよ!」

 後ろ手に隠していたのは……、やっぱり剣か。
 かの高名なシュペー卿の剣ではないが……、才人に選ばせるつもりか?
 ここもバタフライ効果、物が変わっているが原作であるルートには沿っている。

「サイトにプレゼントでもする気?」
「おーい、水入れてきたぞ、ってなんでキュルケが?」
「サイトォ! これ、貴方のために買ってきたから使ってちょうだい! そんなボロ剣よりこっちの方が良いわよ!」

 デルフが飛び出して文句を言おうとしたが、才人が抑えて黙らせた。

「うおッ……、なんか派手だなぁ」

 おっさんの武器屋で見たシュペー卿の剣よりは劣るが、中々美しい装飾が施されたもの。
 見栄え重視かと言われば、NOと答えられるような無骨さも備えていた。
 しかし、才人から見れば、昼に見た剣と同種の様であると感じているようだ。

「持ってみればわかるでしょう、良い剣なら貰っておけば良いし」
「うぃ」

 そう言って才人は柄を握る。
 シュペー卿の剣と同じように、1秒ほどで眉を潜めた。

「いや、これ……、かなり良い剣だと思う」

 ほぉ、キュルケの見立てか、おっさんのお勧めか。
 どちらにしろ才人が言う通り良い物なんだろう。

「でしょう? 1000エキューもしたのよ!」

 うわぁ……恋のためなら大金もいざ知らず、か。
 ツェルプストーの家訓は凄いな……、俺だったら絶対買わないぞ。

「良かったじゃない、サイト。 良いもの貰えたわね」
「これだけの物なら早々刃こぼれとかしないと思うよ」
「それじゃあ決まりね」
「……何がよ」
「サイトに剣二本なんて要らないでしょう?」

 ……そう来たか、となるともうフーケは動き出してるか。
 あーくそ、儘ならねぇ。
 こんな会話してるならもう動いてるだろうな、マチルダの生足見逃した!

「……はぁ、で、キュルケはどうしたい訳?」
「決まってるでしょう、サイトにそんなボロ剣は似合わないから捨てちゃいなさいって事よ」
「──! ───!!」

 デルフが暴れてるよ、なだめるのは才人に任せれば良いか。

「残念だけど、サイトは二本同時に扱えるから問題は無いわ」
「そういう話じゃないわよ、片方が豪華で、もう片方がボロ剣なんて駄目よ、見栄えって大切なんだから」

 だから片方だけにしろって?
 ガンダールヴなら両手に別の武器持って戦えるんだから、わざわざ戦力ダウンしてまで一本に縛る必要ないだろ……。

「……どうしたい訳?」
「さっき言ったじゃない、そっちのボロ剣を捨てなさいって」
「……1000エキュー出すから引いてくれない?」
「お金の問題じゃないわ」

 恋の問題か!
 はぁ……。

「わかったわ、勝負しましょう」
「ふふ、決闘ね!」
「違うわよ! 剣を木に吊ってから、先に魔法でロープを切った方が勝ち、なんてどうかしら?」
「あら、良いのかしら。 ゼロのルイズが魔法で勝負なんて」
「負けるつもりならこんな提案しないわよ」

 内心疲れてしょうがなく勝負する事になり、4人は中庭へ向かった。












 まるで自分が立つ場所こそ地面だと言いそうな感じに、本塔の宝物庫外壁に立つフーケ。

「ふざけてるわね、こんな厚さじゃ私のゴーレムでも壊せそうに無いか……」

 物質構成に秀でた『土』の系統のフーケ、足の裏で厚さなど測ることは造作も無い。
 それ故に高い防御力に気が付き歯噛みする、それほどまでに強固な宝物庫。

「ここまで来たんだ、あきらめるわけには──」

 言葉を区切って即座に飛び降りる、レビテーションを掛け、着地の衝撃を散らして中庭の植え込みに身を隠した。
 身を隠した理由、それは4人の存在。



「ここら辺で良いかしら?」
「ええ、そうね」

 ばっちり本塔の外壁が見える、恐らくどっかの茂みでフーケが見ているだろう。
 ここはルートをこなしながら勝負に勝利する、それが一番だろう。

「うーん、いい木が無いわね……、!」

 キュルケが気づいて上を見上げる、そこには物を引っ掛けやすそうなでっぱりがあった。
 あんな高い位置から才人はぶら下げられたのか……、ルイズとキュルケ、とんでもないな……。
 見れば50メイルは有りそうだった。

「あそこに引っ掛けましょう、タバサ、お願いね」

 柄にロープを結ばれて、出っ張りに引っ掛けられた二本の剣。
 双月の光に照らされて、この距離でも形がはっきり見える。

「使う魔法は自由、ハンデで私が後攻で良いわよ」
「そう、先攻を譲ったのを後悔しない事ね」

 魔法を使えないからと言って舐めている、見下す事がどれほど危険か教えてやろうじゃないか。

「エオルー・スーヌ・フィル……」

 小声で爆発の呪文を唱える、狙いは本塔の壁とデルフのロープ。

「行きなさい! ファイアボール!」

 チカチカと光る玉が走ったと思えば、両方のロープが千切れ、本塔の壁が爆発した。

「……私の勝ちね」

 最後ファイアボールにしたから狙い通り当たらなかった……のか?
 まぁ、千切れたし俺の勝ちだろう。
 有耶無耶にもしたいし、見てるんだろう? 壁にひび入れてやったんだからさっさと出て来いよ、フーケ。

「……いえ、これは再戦でしょう? 両方千切れ──」

 そう言い掛けて、俺とキュルケの背後に巨大なゴーレムが現れたのは。
 助かった……、もっと早く出て来いよ!

「な、なにこれ!?」

 定番な驚き方をするキュルケ、即座にその手を取り駆け出した。

「呆っとしてないで、さっさと走りなさい!」

 何十トンも有りそうなゴーレムが歩くたびに地面が揺れる。
 目標はやはりひびが入った本塔の壁か。
 空ではタバサがシルフィードで旋回していた。
 才人は勿論俺達の後に続きながら。

「でけぇ!」

 その大きさに驚いていた、30メイルもあるゴーレムをほぼ真下から見上げればでかいと感じるだろうに。

「あんな大きなゴーレムを操れるなんて、多分トライアングルかそれ以上あるメイジね……」

 大正解、あれだけの奴は早々作れないだろう。
 ゴーレムが進む方向と、その90度違う方向へ駆ける俺達。

「ふぅ……この距離なら」

 まぁこっちには来ないだろう。
 来てもらったら困るが。
 巨大な土ゴーレムが本塔の壁の目前と迫る、既にその腕は変質し始めている。
 あれだけの量を鉄に錬金するなんざ、本当に良いメイジだな……。

「あそこ……、宝物庫!?」

 と仰々しく驚いてみれば、キュルケも同じような驚き方をしていた。
 拳を振り上げたゴーレム、放ったパンチが壁に減り込んだ。
 まぁ原作どおり、壁に穴開けて、何かを持って逃げ出しましたよ、フーケさん。
 さて、見張る必要全く無くてよかったぜ。
 無駄に精神力使わなくて済んだし、さっさと風呂入って寝るか。

「逃げるわよ、追いかけなきゃ!」
「私達じゃ無理よ、風竜に乗ってるタバサにお願いしないと」

 多分見つからず逃げ切るだろう。
 ゴーレムを土に戻した後、その土の下を、錬金で穴でも掘って逃げたか。

「タバサァー! 追いかけてぇー!」

 タバサが軽く杖を振って追いかけ始める風竜、ズンズンと足音を鳴らして学院の外へ逃げていくゴーレム。
 その後、やはり逃げ切ったフーケ。
 明日学院長に呼ばれるし、帰ろうか。














「『破壊の杖、確かに領収いたしました。 土くれのフーケ』か、してやられたのぉ」

 翌朝、学院教師とそれを目撃した4人……貴族どもから見れば3人だが……集まり、宝物庫外壁の穴を見つめていた。

「土くれのフーケ!? この学院に忍び込むとは、薄汚い盗賊め!」
「衛士は何をしていた! これだから平民は!」

 ともう突っ込む気も起きない言い草に、精神的に疲れるわ。
 呆っと喚いている教師、では無く壁に開いた穴を見ていた俺。
 やっぱ虚無は反則的だな……と考えていた。

「──ス・シュヴルーズ! 昨日の当直は貴女ではありませんか!!」

 ハッ、と気が付けば苛められていたシュヴルーズ。

「わ、私は……」

 良いから、さっさとどうするか決めてくれ。
 と意思を込めてオスマンを見る。

「これこれ、余り女性を苛めるものではない」
「しかし!」
「ミセス・シュヴルーズを責めて破壊の杖が戻ってくるとでも?」
「戻って気はしませんが、責任の在りかを!」
「……ふむ、なら責任の在りかを決めておこう」
「そうです! ミセス・シュヴルーズ──」
「この中でまともに当直をした者は手を上げると良い」

 そう、俺の視線が届いたのか。
 オスマンが緩やかな口調で言った。

「どうしたのかね? 責任の在りかを示すならば、誰がきちんと当直をこなしていたか調べねばならぬだろう?」

 ほう、やるな。
 誰も上げなかった教師陣の中で、たった一人だけ手を上げた。

「ほっほ、コルベール君はちゃんとこなして居ったか」
「万全、とは行きませんでしたが……」

 髪が薄い頭をかきながら、遠慮がちに上げた。
 衛士に確認すれば恐らく証言を貰えるだろう。
 コルベール先生、まじめで良かったなぁ。

「ミスタ……なんだっけ?」
「ギトーです!」
「ミスタ・ギトー、君に責任を追求する権利はあるかね?」
「うっ……」
「有るとしたら、こなしていたコルベール君位かのぉ」
「オ、オールド・オスマンは責任を追及でき──」
「残念ながら、わしでも出来はせぬだろう。 わしもこの学院に賊が入るなどと、思いもせんかったからのぉ」

 深く頷き、視線をコルベールへやるオスマン。

「ミスタ・コルベール、君になら責任追及を任せれると思うのだが……」
「……いえ、そんな事をしている場合じゃないかと」
「おうおう、確かにそうじゃ。 そんなことは後回しにして、今は奪われた秘宝をどう取り戻すかじゃて」
「はい、一刻も早く取り返さねば」
「うむ、それで、犯行の現場を見ていたのは君達かね?」

 やっとこさ、視線がこっちに向いた。

「はい」
「良かろう、見た事を詳しく説明したまえ」

 一歩前へ出て、見た事全てを話す。

「巨大なゴーレム、30メイルは有るかと言うゴーレムが現れて、宝物庫の壁を打ち抜きました。 その後壊れた壁の中に入って何かを持ち出してました、黒いローブを被っていたので男か女かわかりませんでしたが、恐らくトライアングル級、もしかするとスクウェア級のメイジだと思われます」
 
 ざわりと、スクウェア級と聞いて動揺する教師陣。
 ここの教師は殆どがトライアングル、スクウェア級となるとオールド・オスマン以外……居るけど。
 殆どが実践をこなした事のない、型だけを持つ素人なメイジで間違い無し。
 有るとしたらコルベールぐらいか。
 オスマンのランクは恐らく想像だがな。

「厄介じゃのぉ、ミス……む? ミス・ロングビルはどこへ行った?」
「ミス・ロングビル? おかしいですね、この騒ぎで姿を見えないとは」
「うーむ、何処へ……」
「オールド・オスマン!」

 噂をすれば影がさす、緑の髪の当人が現れた。
 はいはい、頑張った頑張った。

「申し訳ありません、オールド・オスマン。 調査をしていたら遅れてしまって……」
「調査とな?」
「はい、盗賊のフーケが入ったと聞き、今まで調査しておりました」
「ほほ、仕事が速くて助かるのぉ」

 ひげを撫でながら笑うオスマン。
 つかこの対応、ロングビルがフーケだと知ってそうだ、狸爺め。

「近隣の農民に聞いたところ、それらしい人物を見かけたと」
「ほ、居場所がわかったのかね?」
「はい、恐らくは。 学院から徒歩半日、馬で4時間ほどの森の廃屋に入っていく、黒のローブを着た人物を見たそうです」

 ありえん(笑)。
 『黒のローブ』と言ったのは今さっきオスマンに聞かれた時だ、それ以外では一度もローブを被っていたとか、その色は黒だったとか喋っていない。
 聞いてたにしたって、徒歩半日、馬4時間の森って、穴が開いているのに気が付いたのは日が顔を出したとき位だぞ? 往復すれば単純に倍だし。
 どう考えても無理だろ、夜中に発見して調査しに行ったとしても、先にオスマンやら教師陣に報告するのが筋だろ。
 わざわざ奪われたの黙ってた意味が有った、キュルケもタバサもさほど重要じゃないらしく、報告しないで一晩過ごしてたし。
 盗んだ手並みは良いが、あんまり頭良くないぞ? その行動。

「ならば早く王宮に報告して──」
「それはならんぞ」
「何故です!」

 声張り上げすぎ、ギトー。
 耳が痛いわ。

「無能の烙印を押されるじゃろうなぁ」

 呟くように行ったオスマン、その言葉にギトー他教師陣が停止する。

「この問題、我等だけで解決せねばならんだろう。 降りかかった火の粉を払えんで何が貴族か、確実に無能などと評価されるじゃろうな」

 こっちを見るなよ。
 まるで俺が能無し……、そういや俺は能無しで通ってるんだったか。

「反論は?」

 誰もが声を出さない、プライドなんぞに固執する貴族じゃ間違いなく反論できないだろう。

「ならば、捜索隊を編成するかの。 我ぞフーケを捕らえて見せると、秘宝を取り戻して見せると言う者は杖を上げよ」
「………」

 やっぱり居ないか。
 スクウェアかもしれないメイジにトライアングルが挑むとか、普通に考えれば無謀だわな。
 オスマンやコルベールなら行けるだろうが、二人とも行かないだろう。
 オスマンはここの指揮があるし、コルベールは戦闘をしたくないと考えてるだろうし。

「居らぬのか? 何故じゃ? 無能ではないと払拭できるのじゃぞ?」

 誰だって死にたくわないわな、そう思って杖を上げる。

「ミ、ミス・ヴァリエール!?」

 シュヴルーズが驚いて声をあげる。
 他の教師も同様に驚きで目を剥いていた。

「あ、貴女は生徒なのですよ!?」
「誰ぞ杖を上げないじゃ有りませんか、ならば現場を目撃した私が行くしかないと思いますが?」
「し、しかし……」

 その言葉を聞いて杖を上げたのがもう一人。

「ミス・ツェルプストーまで!?」
「ヴァリエールに負けていられませんわ」

 そういうと思ったよ。
 それじゃあ……。

「ミス・タバサも!?」

 まぁゼロのルイズと親友のキュルケだけを行かせるような冷たい子じゃないしな。

「タバサ、あなたは行かなくても良いのよ?」
「心配」

 まぁ、なんてやさしい子……、とか言い出しそうなキュルケ。
 『……心配何かじゃない』、ツンデレタバサなんてありかもしれん。

「ほっほっほ、ならば3人に任せるとしよう」
「オ、オールド・オスマン! 危険です、生徒達だけで行かせるなど!」
「誰も行かぬのじゃろう? ならば彼女等に任せるしかあるまい」

 そうオスマンは区切って。

「それに、彼女達は優秀じゃ」

 タバサを見て。

「ミス・タバサはその年で『シュヴァリエ』の称号を持つと聞いておる」

 文字通り天才だな、この時点でスクウェアに片足突っ込んでそうだし。

「本当なの? タバサ」

 小さく頷く、なんか可愛いな。
 そのまま視線を横にずらすオスマン。

「ミス・ツェルプストーは優秀な軍人を多く輩出する家の出じゃ、それの彼女自身トライアングルでかなり強力は炎を操ると聞いておる」

 それを聞いてオスマンを見て微笑むキュルケ。
 そして、最後。

「ミス・ヴァリエールじゃ、彼女の才は今だ開いては居らぬが……」

 またも視線を横にずらして才人を見る。

「皆も知っている通り、彼女の使い魔は先の決闘。 あのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンに勝ったではないか」

 魔法を使えない平民でありながら、魔法を使う貴族のギーシュに勝った。
 それだけで箔が付く代物だと誰もが気づいている。

「『メイジの実力を見るなら、使い魔を見よ』、皆が知っている格言じゃ」

 それだけの使い魔を召喚した俺はTUEEEEEEEEEE! な訳で。

「この3人に勝てるものは居るかね?」

 捜索隊を募った時と同じ、誰も前に出ない。
 文字通り実力者で無いと早々勝てんよ。

「居らぬな? ならば、彼女等に任せる。 ミス・ロングビル、済まぬが馬車の手配を」
「はい」

 それからはとんとん拍子、馬車を用意して、キュルケのフレイムは置いていく事になって、ロングビルが御者を買って出て、5人で出発して。
 うーん……、どうするかと馬車で揺られながら考えていた。
 その隣ではキュルケが才人の腕に絡みつき、何か話していた。

 ……取り込むか? マチルダを。

 その一点、彼女が登場するのはアルビオン行きの港でほぼ最後だと言えるだろう。
 後の巻じゃもう出て来ないような台詞言ってたような気がする。
 破壊の杖じゃ色々下手踏んでたが、基本的には有能なんだなよなぁ。
 確か、ティファニアとか孤児の子供達を養うために盗賊やってるんだったよな。
 となると金で釣れるか? あるいはティファニアたちの事でも話して脅迫もありか……。
 まぁ、とりあえず取り込む方向で行くか……。

「────ングビルは学院長の秘書なのでしょう? 御者など他の者にやらせれば良かったのに」
「オスマン氏は身分に拘らない方なので、御者は直接見た私が案内した方が早く付けるでしょうし」
「貴族じゃない? 差し支えなければ教えてもらえませんこと?」

 そう聞いたロングビルは一瞬、誰も気が付かない時間視線を尖らせた。

「その……あまり話したくは……」
「いいじゃないの、教えてくださいな」
「キュルケ、余りしつこくしないの」
「なによ、ちょっと知りたくなっただけでしょ」
「断ったのに?」
「……お喋りしようと思っただけよ」

 しつこい女は嫌われますよ。
 もうキュルケの評価を落としてるマチルダだろうが。











 薄暗い、生い茂る木々の草々が日の光を遮っている。
 その森を進む馬車、進んで数分もすれば馬車では通れない茂みと小道が見えた。

「ここからは徒歩で行きましょう」

 さーて、けっこう時間たったけど無事に着いたな。
 マチルダ籠絡を考えてた、金で釣ってティファニアで止めを刺す。
 最初からこれ一択だった気がするが……。

「見えました、あの小屋です」

 思いっきり廃墟だな、窓ガラス割れてるし。
 どう見ても人が住める……、一時的な拠点だから住む必要ないか。

「さて、どうしましょうか?」
「基本は中にフーケが居たとして、誘き寄せて小屋の外に出たら一斉攻撃、でしょうね」

 誰もが頷く、居なかった場合は秘宝を探してみる、それだけ。
 で、索敵兼囮は才人で決まりとして……。

「それじゃあ、お願いね」

 俺の言葉に才人が頷いて、剣を握る。
 キュルケが文句言うからそっちの剣を握ってた。
 デルフ、泣くなよ。






 一足、軽やかに小屋へ近づき窓から覗く。
 数秒覗いた後、腕を胸の前で交錯した。
 居るわけないわな、本人が俺の直ぐ隣に居るわけだし。

「誰も居ないよ」
「罠……じゃなさそう」

 タバサが『探知』の魔法を唱える、罠が無いと分かればそう言って中に入るタバサ。
 その後にキュルケと才人が続く。
 勿論俺はいろんな意味で魔法を使えないので外で待機、都合良いけど。

「ミス・ヴァリエール、私は辺りを警戒してきますね」
「わかったわ、気をつけて」
「はい」

 杖を取り出し頷いて、森に入ってくロングビル。
 さて、俺も……。
 マチルダの背中を見ながら杖を取り出し振るう、最初から周囲と同化した幻像ルイズを作り出す。

『籠絡出来るかなぁ』

 自信無さげに呟いてしまった。













 地面が揺れた、フーケのゴーレムが周囲の土を基にして現れた。
 俺はとっくに逃げ出している、ルイズが変なプライド出すから才人が危険になった訳だし。

「皆! フーケのゴーレムが出たわ!」

 その声を聞いて飛び出してくる3人、間一髪小屋が潰される前に脱出できた。
 ギリギリだったぞ、あぶねぇ……。

「フレイムボール!」

 キュルケが杖を取り出して唱えた魔法、杖先から2メートルはある火球が飛び出しゴーレムへ直撃した。

「ッ、あんなの倒せないわよ!」

 大してダメージを与えられない、与えるとしたらトライアングル以上の広範囲攻撃じゃないと駄目だろうな。
 タバサの方も同様、殆どダメージを与えられないし。

「うおぉぉぉ!!」

 やっぱりここは才人に頼るしかない、切り札的な存在だな、いろんな意味で。
 疾風の踏み込みで肉薄してゴーレムの足をぶった切る、が数秒で再生した。
 このサイズで再生能力つきか、精神力の消耗が大きいだろうがかなり厄介な存在だ。
 才人もそれを理解しているようで、切る頻度が一気に落ちる。
 さっさと切り札を使うか。

「タバサ! 『破壊の杖』を!」

 滑空、すぐさま俺の前に下りてきて破壊の杖、と言うかロケットランチャーを受け取る。
 そりゃあこの世界にこんな精巧で、軽くて個人で携帯できる大砲があるなんて想像も出来ないわな。

「サイト! これ使って!」

 俺の叫びに気が付いた才人がゴーレムを振り切って、一気に戻ってきた。

「これって……」
「一発よ、外さないで」
「……分かった! 離れてくれ!」

 それを聞いて飛び上がるシルフィードとタバサ、俺は才人の隣へ立つ。
 才人がロケットランチャーを展開して狙いを付ける。

『これで終わりだ、フーケ』
「吹っ飛べぇぇぇ!!」

 才人が引き金を引くとシュコンと、抜けたような音が鳴って飛び出したのは66mmHEAT弾頭、尾を引いて飛び。
 寸分違いなく、ゴーレムの胸部に突き刺さって爆発した。
 たーまやーって、威力おかしいだろこれ。
 対戦車ロケランが、10メートル以上あるゴーレムの上半身を丸々吹っ飛ぶなんてありえん。

『凄いな……』
『凄い……』

 いろんな意味で。











 震えた、私のゴーレムの上半身が丸々吹き飛んだ。
 なんて威力、まさしく破壊の杖に相応しい……。
 使い方も分かったし、頂くとしましょうか。
 そう思い笑って、茂みから出ようとした時。

「茶番はここまでで良いでしょう、もう飽きてきたからね」

 背後から声が響き、反射的に杖を向けた。
 居たのは木陰に立つ人、小柄で、暗闇で見えない筈の、鳶色の瞳がはっきりと浮かんでいた。

「何者です!?」
「うーん、素の口調で話してもらえないかしら?」

 暗闇から現れたのは。

「ミス・ヴァリエール……?」

 確かに先ほどまであの広場に居たはずだ。
 一度も視線を外していないし、もしや偏在……!?
 ほんの一瞬、横目で広場を見ると……。
 誰も……居ない!?
 砕け散って崩れたゴーレムや、それを破壊したガキどもが見当たらない。

「ミス・ヴァリエール、貴女は……」
「私の事はどうでも良いわ、貴女と取引にしにきたのよ」
「取引……?」
「ええ、もう盗賊家業から足を洗わない? 『マチルダ』」
「ッ……!」

 その言葉に電撃が走った。

「何故知っている!」
「皆そればかりね、『知っているから』としか答えられないわ」
「ふざけて!」

 杖を振るう、私がマチルダと知っているからには消えてもらう!
 呪文を唱え、発動させたのは『ストーンスピア』。
 地面から瞬時にして突き出された石の槍、鋭利な一撃を持って桃色髪の少女の腹部を貫いた。

「……ねぇ、私は取引しに来たって言ったのよ?」
「なっ……」

 確かに刺さっている、が何事も無かったかのようにすり抜けた。
 偏在じゃ……ない?

「ねぇ、マチルダ。 このまま盗賊を続けても危険なだけよ? だからね──」
「黙れ!」

 再度発動したのはストーンスピア、同じように鋭利な一撃が幾つも少女に襲い掛かるが。

「話を聞いてよね」

 同じようにすり抜けた。
 何故消えない! 確実に致命傷、偏在なら消えるはず!
 本人にしても、確実に貫いてるにもかかわらず、全く外傷無く立ち続けるはずはない!

「くっ」

 一歩、近寄ってくる。
 本能的に、後退って居たとこの時気が付かなかった。
 恐怖、言葉に表せばまさにそれ。

「近寄るんじゃない!」
「もう、人の話を聞けって」

 そう言いながらも足を止める少女。

「近寄らないから、話聞いてよ?」
「………」

 息を呑む、どうやってこいつから逃れるか、それだけを考えていた。

「ああ、言っておくけど逃げられないからね? 話を聞いて受けてくれないと」

 ……つまり、断れば殺すとでも。

「私的にはそうしたくないけど」
「……一応、聞いてやろうじゃないか」
「最初からそうしなさいよ」

 呆れたように言った少女、その可愛らしい仕草がより恐怖心を引き出す。

「私は貴女に盗賊を止めて欲しい」
「……無理だね」
「そう言うと思ったわ、その代わりに私が雇うから、止めない?」
「……雇う?」
「そ、お金が必要なんでしょう? それなら私が出すからね、どう?」
「怪しいったらありゃしない、雇って何させる気だい」
「そうね……、情報収集でもしてもらいましょうか」
「何のだい」
「『レコン・キスタ』」
「……聞いたこと無いね、なんだいそりゃ」
「聖地奪還を掲げる馬鹿な人達よ」
「聖地……? 本気で言ってるのかい?」

 エルフが居る聖地、過去幾度と無く連合軍が攻め立てて一度も勝てなかった戦い
 どれだけ無謀か、考えれば分かる事だろうに

「そ、馬鹿ばかりだからね。 それに、少なくとも貴女の願いも叶うかもしれないわよ?」
「私の願いだって……?」
「うん、アルビオン王家の消滅」
「ッ……、何者だい」
「私の事はどうでも良いって言ったでしょう? 知りたければ命を代価に払いなさい」

 愛らしい、人形のような瞳が急激に細まる。
 心を突き刺すような……、こいつ……。

「年間1000エキューでどうかしら? 勿論エキュー金貨よ」
「……少ないね、大貴族様の三女ならもっと出しな」
「そうね、1500」
「まだまだ、このあたしを雇うなんて全く足りないよ」
「強欲ね、まぁ養っていくためには仕方がないと思うけど」

 どこまで知ってる……、まさかあの子の事まで……。

「2000、良い情報持ってくればその都度別に出しましょう」
「……2000ね」
「悪くないと思うわよ? 情報収集が終わればまた学院で秘書続けても良いしね」
「確かに悪くはないね」
「でしょう? あなたにもしもの事が有れば……」

 少女が一息付いて、私の最大の弱点を付いてきた。

「『ティファニア』が悲しむわよ?」
「ッッッ……!!」
「私だって彼女の泣き顔なんて見たくないわ、こっちにも色々事情があるしね」

 全部知っている……?

「それで、どうするの?」

 脅迫ね、なんて恐ろしい娘だよ。

「良いじゃないか、雇われてあげるよ」
「そう、それは良かったわ」

 にっこりと、極上の、背筋が凍る笑みを浮かべた少女。
 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだった。



[4708] 14kb位、そういうわけで原作1巻分終了の 8話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/08/21 04:01

「良いじゃないか、雇われてあげるよ」

 ぃよっし! 来た! 籠絡成功! これで勝つる!
 下級貴族の年給の4倍は出すんだ、頑張ってもらおう。

「そう、それは良かったわ」

 嬉しくてつい笑っちまった。
 ……なぜ、後退る? 顔青いぞ?

「取引できたし、そろそろ戻りましょうか」
「……そうだね、その前にひとつ」
「なに?」
「あんた、本当に何者なんだい?」

 しつこいな、雇い主だから知って置きたいとは思うだろうが。
 あんまり脅すと逃げそうだからなぁ。

「……そうね、一つだけなら教えてあげるわ」

 正体、この少女の正体は……。

「ルイズ、『ゼロのルイズ』よ」

 最大のヒントだ、有り得ないと除外すれば永遠に答えは出ないぞ?

「そりゃあ、学院内のあんたのあだ名だろうに」
「ふふ」

 ただ笑う、それ以上は答えない。
 『忘却』を覚えていれば教えてやっても良かったが。

「戻りましょう、皆が心配しているわ」
「……わかった」





 そう答えた時には、桃色髪の少女は瞬時に消える。
 やはり偏在……、ではないのかね……。
 知らない魔法? 新しい魔法なのかね。
 まるで幻のように、伸ばす手をすり抜けて遠ざかる。
 もし、あんな状態で魔法を使ってきたなら……。

「ほんと、恐ろしいガキね……」

 思い出して震える、下手すれば偏在以上に凶悪な魔法じゃないか。
 そう考えて、先ほどの自分の行動がどれだけ馬鹿な真似だったか理解する。

「はぁ……、厄介な奴に目を付けられちまったもんだよ」

 茂みから抜け出る、私が居ないと騒ぎ立てていたガキどもが一斉にこっちを向く。
 破壊の杖を、あの桃色髪のガキの使い魔が持て余している。

「ミス・ロングビル! あのゴーレムを操っていたフーケは見なかった?」
「申し訳ありません、茂みに隠れていた人物を見つけたのですが、大きな音が響いた時に取り逃がしてしまいました……」
「あんな大きなゴーレムが一撃でやられたんですもの、敵わないと思って逃げたのかも」
「申し訳ありません……」

 あーあ、こんな凄い物諦める他無いのかねぇ。
 高く売れるだろうに……。

「それは、破壊の杖で?」
「ええ、小屋の中に置いてあったわ。 追っ手を小屋事叩き潰そうと思ったんでしょうね」
「失敗して私たちを倒そうとした、それにも失敗して逃げた」

 そう言う事にしてくれたら有り難いわね。
 捕まりたくないし。

「しょうがないわね、ここから追いかけるのは無理でしょうし、一旦学院に戻りましょ?」

 キュルケがそう言って、全員が頷く。
 今月の仕送り、どうしようかねぇ……。










タイトル「8話で1巻相当?」












 ガタンガタンと、小さく揺れる馬車の荷台。
 その中には4人が座り、各々好きな事をしていた。
 才人はやはりキュルケに絡まれて鼻の下を伸ばし、タバサは本を読み続ける。
 そして、ルイズはおもむろに立ち上がって、御者台のマチルダの隣に座る。

「ミ、ミス・ヴァリエール?」

 ほんの少しだけ笑う少女、それを見て鳥肌が立った。
 な、なんだってんだい! 何で笑顔を見て鳥肌が立つんだい!

「ねぇ、ミス・ロングビル」
「な、なんでしょう?」
「一応教えておくわね、『あれ』、もう使えないわよ?」
「……本当ですか?」
「ええ、わからないと思うし、多分バレはしないけどね」

 なんだい、一回限りの物だったのかい。
 それならもう狙う必要無くなったね。

「まだ使えたら……と思ったでしょう?」
「そんな事は……」
「もしかして、あれだけじゃ足りなかったの?」
「あれで十分と……」
「そう、もっと出せたけどあれ以上望むなら色々考えてたし」
「ど、どんな事を……」
「ふふ」
「ッ!」
「……気になる?」
「い、いえ……」
「そう、残念ね」
 
 またも微笑んで、背筋に悪寒が走る。
 こいつ……、苦手だ。





 ああ、マチルダは良いなぁ。
 体が男だったなら、お嫁さんにしたい位。
 つか、話しかける度に震えてるんだが、なんでだ?

「……どうかしたの? 顔色悪いわよ?」
「いえ……、何でも有りません」

 なんか腕を摩ってる。
 精神力でも使いすぎたのか……?

「本当に大丈夫?」
「はい、問題ありません」

 肩に触れようとすると、触れられぬよう体を傾けるマチルダ。
 あらー、……嫌われた?
 取引の時のイリュージョン、異様な雰囲気を出したのか?
 何にしても良い印象は無いだろうなぁ。

「……そう」

 嫌われぬよう、努力しようと考え。
 立ち上がって、荷台に戻ろうとして──視界が傾いた。

「あ──」
「ミスッ!」

 車輪が石を踏みつけて、縦に揺れた。
 その反動、バランスを取りきれなかった。
 掴む物は何も無い、ただ空を切るだけ。

 やばい、落ちる。


 受身ってどうするんだっけ。

 地面の凹凸が激しくないか。

 落ちたら死ぬのか。


 そう、意味の無い事を考えて、瞼を閉じた。

 ……衝撃が来ない、代わりに感じたのは腕を引っ張るの手の暖かさ。

「気を付けて下さい」

 引っ張り上げられた時にその勢いのまま、マチルダの胸に飛び込んだ形になった。
 落ちないよう、抱きしめられる様に助けられた。
 その耳元、小声で。

「マチルダ、ありがとう」
「ッ、いえ」

 あぶねぇ、こんなので死にたくねぇぞ。
 マチルダとの抱擁は終わり、手を離される。

「ルイズッ!」
「ちょっと! 気を付けなさいよ!」
「あ、ごめんね?」
「はぁ……、まじでビビったぜ」

 荷台に戻る時、差し出されたキュルケの手を借りて戻る。
 才人は安堵しながら、キュルケは文句を言いながら、タバサは杖を握りながら。
 謝りながら荷台に乗る俺を見ていた。

 その中で一人、マチルダだけは俺ではなく前を見ていた。












 それからハプニングは無く、文字通り無事に学院に着いた。
 あんなハプニングは、これから現れるであろう強敵より怖い。

「良くぞ破壊の杖を取り戻してくれたのぉ」

 うんうんと、嬉しそうに頷きまくるオスマン。
 だが、その笑顔は直ぐに消えてしまった。

「君達の功績は素晴らしいと思うのじゃが、この功績に対して君達に贈れる物は限られておる」

 王宮に報告してないし、シュヴァリエや勲章な申請出来んだろうな。

「そこでじゃ、名誉に関わる物では無く、こんな物しか用意できんが受け取ってくれい」

 と引き出しから取り出したのは4つの袋。

「これは?」
「エキュー金貨500枚じゃ、何分勲章などは贈れんのでな」

 ほお、太っ腹だな。
 キュルケはマジで喜んでるし、あの剣買わなければよかったんじゃね?

「……ありがとうございます」
「いやいや、君達はこれでも安い位の事をしてくれたのじゃ。 こちらこそ感謝を述べよう」

 わざわざ立ち上がって頭を下げる。
 こういうとこは好感が持てるよな、オスマンって

「さて、話は終わりじゃ。 君達はこれから用があるのじゃろう?」
「用……ですか?」

 あんなに楽しみにしてたくせに、すっかり忘れてるキュルケ。

「そうじゃ、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃぞ?」
「わ、忘れておりましたわ!」
「ほほ、舞踏会の主役は勿論君達じゃ。 しっかり着飾るのじゃぞ?」

 俺とキュルケ、タバサは頭を下げて退出しようとするが。

「おお、忘れておった。 ミス・ヴァリエールは聞きたい事が有るので残ってはもらえんか?」
「……わかりました」
「あ、俺も聞きたい事が」
「わしに答えられる事なら。 コルベール君は下がりなさい」
「う」

 才人の話を聞きたかったのか、あからさまに落ち込んで退室した。
 学院長室に残ったのは3人、俺と才人と、オスマン。
 それを確認して杖を一振り、恐らくサイレント。

「それで、如何したのかね?」
「……? オールド・オスマンが話が有るのでは?」
「そういう意味ではなくての、どうやって懐柔したのか聞いておきたくての」

 やっぱり知ってたんじゃねぇか。
 この言い方、ロングビルは戻ってこないと踏んでいたのか。

「ごく簡単です」

 ジャラリと、先ほどオスマンから渡された、金貨が入った袋を擡げる。

「ふむ、それが必要な事情があったのかの?」
「はい」
「わしもそうすれば良かったかの?」

 して欲しくなかったぜ。
 筋がだいぶ代わるし、ここら辺から大きく変わり始めるかもしれんし。
 多分、ストーリー的に盛り上がってまいりました!

「それはわかりません」
「……そうじゃな、何事も終わってからしかわからんしのぉ」

 会話が途切れる、マチルダをこれからどうするかは聞いてこないか。
 盗賊を止めると言うならこのまま秘書として雇い続けるつもりかな。

 とその間に、才人が声を入れる。

「えーと、もう良いっすかね?」
「うむ、言ってごらんなさい」
「えー、なんで破壊の杖がここにあったんですか?」
「む? あれはわしの命の恩人が使っておった物じゃ」

 そう言って懐かしそうに語りだす。
 オスマンが若い頃、といっても何十年も前からこの容姿だったらしいが。
 森を散策していた時、ワイバーン、よくRPGゲームに出てくるトカゲに羽付けたような小さい竜種だな。
 それでも3メートルほども有るが、そいつに襲われ危機一髪! と言うところで、いきなり現れた男がロケランでワイバーンをフッ飛ばしたと言うわけ。
 あんな30メートルあるゴーレムの上半身を吹っ飛ばすロケランで、明らかに耐久力が劣るワイバーンをぶっ殺したのだ、間違いなくオーバーキル。

「彼は怪我をしておってな、学院に運び込んで治療をしたのじゃが……」
「亡くなったんですか?」
「うむ、彼は破壊の杖を2本持っておった。 その一本を恩人の形見として預かり、保管しておったのじゃ」
「もう一本は如何したんですか?」
「一緒に彼の墓に埋葬したよ」

 しんみりとした雰囲気が流れる。

「残念じゃった、直接礼を言いたかったのだがの……」
「……それで、その人はどこから来たとか、誰に呼ばれたとかは……?」
「いや、わからん。 亡くなる直前まで『帰りたい』とうわ言で言っておった。 少なくともこの土地の人間ではなかっただろう、見た事が無い衣服を身に着けておった」

 十中八九、俺が生きていた世界か才人が居た世界の人間、それか限りなく近い平行世界の人間か。
 どっちにしろ大体の歴史は似通り、ロケランが有る世界だと言う事はわかる。
 て、何で言葉が通じたんだ? ハルケギニア語って地球のどっかの言語に似てるって設定あった気がするが……、どこだっけ。

「たぶん、その人は俺と同じ世界の人間だと思います」
「ふむ、彼もまた『虚無』に呼び出された人間かも知れんな」

 そう聞いた才人は驚いて俺を見る。
 オスマンが言ったとおり、何十年も前に虚無属性のメイジが居たかもしれない。
 確かめる術はないが、日食……月食だったか忘れたが。
 月と太陽が重なった時に、空間でも歪んでどっかの世界と繋がる時か。
 ガンダールヴの『槍』の召喚に巻き込まれてこの世界に来るしか術はない。
 予想できる物と、確立された物を合わせても3つしかない訳だ。

「オールド・オスマンは私が虚無だと知っているわ」

 原作、それを知っている俺は御父様と御母様、オスマンの3人は信頼できると考えた。
 もう何年も前になるが、俺が十になる前に御父様と御母様に連れられてオスマンに話しに行ったのだ。
 いずれこの学院に入学する事になるだろうと、色々便宜を図って貰おうとした。
 信じさせる方法は才人と似たような事をしただけ、さすがにオスマンも驚いていたようだが。
 入学やら試験やら便宜を図ってもらった、裏口入学?

 と言っても、トリステイン魔法学院には入学試験なるものがない。
 ある事にはあるが、単純に学力を見るだけの筆記試験があるだけ。
 それで良いのかと思うが、魔法は貴族であれば使えて当たり前と言う常識があるためにそうなってるのかもしれないが。
 点数? ルイズの頭なら主席だろ、常識的に考えて……。
 馬鹿っぽく見えるギーシュやマリコルヌも学院では下のほうであるが、一般貴族よりは頭が良かったりする。

 ……頭が良くて、大貴族の娘で、素晴らしく美少女で、魔法属性が虚無。
 婿入りか嫁としてはパーフェクツだな、ルイズは。
 勿論俺の観点でだが。

「じゃあ俺の事も?」
「ガンダールヴじゃろ?」
「マジかよ」
「ミス・ヴァリエール、彼に虚無の事は?」
「大体は」
「守秘させる事は?」
「それも」
「ふむ、良いかねガンダールヴ」
「は、はい」

 一気に凍りそうな視線、それに反応して才人は背筋を伸ばした。

「絶対じゃ、絶対に自分がガンダールヴなどと言ってはならぬぞ?」
「わかってます、ルイズを利用させたくありませんし」

 うざったらしい王宮貴族とかな。

「うむ、違えれば彼女は必ず危険の渦中へと放り込まれる。 勿論わしも、ミス・ヴァリエールのご両親も、一言も喋る気は無い」

 そう、ばれるなら俺か才人しかありえん。
 拷問とかそう言う手も有るが、3人とも恐ろしく練達したメイジ、同じスクウェアでも歯が立たないほどの使い手たちだ。
 捕らえようとしても返り討ちに合うのが関の山だったりする。

 しかし、既に自ら危険の渦中へ前進してるがな。

「俺も喋りません」
「うむ、信じておるぞ」
「はい」

 そう言って微笑む爺、王宮策略とかはオスマンに任せた方が良いな。

「他に聞きたい事は?」
「いえ、ないっすね」
「ならば、そろそろ準備しなくては間に合わなくなるぞ?」

 別に出なくても良いけどな、舞踏会。
 頭を下げて学院長室を出る、その自室へ戻る通路で。

『サイト、安心しろ』
『何が?』
『お前は死なせん』
『俺だって死にたくないさ』
『ああ、だから気を付けろ。 これから文字通り危険な道になる』
『……下心があったけど、自分で選んだんだ。 覚悟決めてるさ』
『それなら良いさ』

 そう言って笑い、才人の背中を叩いて一撫で。

『……とりあえず、疲れたから風呂頼むぜぇ』
『……俺だって疲れたんだけど』

 スタスタと無視して自室への道を歩む。

『ほんと、性格悪いよなぁ』

 デルフを買った帰り道で聞いた言葉を、いまさらながら肯定した才人であった。

『あー、ドレスどうすっかなぁ』
『適当で良いじゃん』

 原作で着てたのって何色だっけかなぁ。
 髪と同じく桃色? ……どれでもいっか。
 つか、入ったときに名前呼ぶの止めて欲しいわ。











 風呂に入り、髪を乾かし、ドレスを用意して着こなす。

『サイト、後ろ頼む』
『ういよ』

 髪を持ち上げ、ドレスの背面を止めてもらう。
 ……うなじに息を吹きかけるなよ。

『これで良いか?』
『OK、苦しくないし丁度良いわ』

 上半身を振ってみるが、問題なくフィットして痛みを感じない。
 ドレスの一部コルセットみたいで嫌なんだよなぁ、下手に付けるといてぇし。

『髪留め取って』
『これ?』
『それ』
『ほい』

 長い桃色の髪を束ね、綺麗に巻き上げる。

『人差し指辺りに留めてくれ』
『ここで良い?』
『それで良い』

 髪留め、大きなバレッタで後ろ髪を支えてポニーテイルに近い髪型にする。
 宝石箱を手に取り、勿論玩具ではなく一つ数千エキューもする首飾りを付ける。
 同じようにイヤリングも着け、立ち上がる。
 最後に白のロングドレスグローブ、肘より先で留める手袋を着ける。

『……ところで俺の容姿を見てくれ、コイツをどう思う?』
『凄く……、綺麗です……』

 ここまで着飾って綺麗じゃないとやってられん、ちやほやされたい訳じゃないが。

『さて、主役は遅れて、あるいは最後に登場だろう?』
『だなぁ』
「……ジェントルマン、エスコートをお願いできます?」
「……喜んで」

 才人は俺の手を取り、導くように歩く。
 それに付いて、歩く。
 舞踏会場まで、さほど時間は掛からない。
































「舞踏会場ってどこだよ!」
『食堂の上の階だっての!』



[4708] 2巻開始っす、しかし7話は並みに多く 9話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/07/04 05:00

 学院の図書館、『フェニアのライブラリー』の一角で本を収納する女性はロングビル。
 資料として利用した本をオスマンからなおす様に言い付けられて仕事をこなしていた。

『その一、マチルダの名前を知る怪しい人物が『レコン・キスタ』に誘いに来る、かもしれない』

 その中で思い出すのは、雇い主であるルイズが指示した内容。

『その二、返事は直ぐ返さず、少し悩んだ振りをして返事を了承する』

 先の取引、マチルダを雇用した時にルイズが言っていた『情報収集』の仕事。

『その三、得た情報は直ぐに送らなくて良い、確実に送れると判断した時で良い』

 ティファニアたちへの仕送り金の話をしたところ、500エキューを出してくれた。
 これは雇用金2000エキューから引かない、となんとも太っ腹な事を言っていた。

『その四、もし誘いに来なければ、アルビオンにでも渡って『レコン・キスタ』の事を探る事』

 貴族様々、とは言えないがこういうのは悪くない。

『その五、危なくなったら直ぐ逃げて良い』

 指示されたのはたった五つ、それを果たせなくても何も罰さないと言った。
 五つ目は言われなくてもそうするが、わざと怠けたら考えがあると言っていたので、気を入れてやるしかない様だ……。
 また、オスマンに長期休暇の申請を出せば恐らく直ぐ通るだろうととも言っていた。
 あの小娘は好色爺にも通すだけの力があるらしい、どんだけでかいのか、ますます厄介な奴だと思いなおした。

「……転覆、ねぇ」

 いろいろ考える。
 アルビオン王家が転覆するのもかなり確率が高いと言っていた。
 事実、今アルビオンは荒れているらしい。
 そこには『レコン・キスタ』と言う組織が暗躍していて、もうそろそろ何かを仕掛けて一気に事態を悪化させ、王家転覆と言うわけらしい。
 そこまでの情報を得てなお、私に情報収集を頼むなんてあの小娘は何を考えているのかわからない。
 一時世間を賑わせた盗賊とは言え一個人、得られる情報は微量で有ると思うが。

「それに……」

 アルビオン王家に連なる者、現国王や皇太子も死ぬらしい。
 害を成さないエルフを匿っていると言うだけでモード大公やお父様を殺し。
 さらにティファニアさえも手に掛けようとした、絶対に許さない、この手で殺してやると思ったが……。

『貴方は手を下せないわ』

 あの小娘はそう言い切った、何をどうしてそう判るのか。
 そうならない状況になると、確信しているような……。
 回る思考、結論を出そうとしていた所に。




「土くれ、だな?」



 
 あの小娘が言った通り、道化が現れた。
















タイトル「やばい、タイトルもネタ切れ」















 そのマチルダに指示を与えた人物は夢を見ていた、懐かしい夢を。
 ルイズで有りながら俺となった起源、懐かしきは昔のラ・ヴァリエール公爵家本邸の舞台にした夢だった。





 ふらふらと、後退る。

「うう、どうして……どうして……」

 少女は呻く、涙こそ流していないがそこにある感情は本物。

「どうして……」

 その場所は自室の一角、鏡台の前で膝を付いていた。

「どうして……、どうして……」

 その感情を爆発させた。

「どうしてこんなに可愛いんだァァァァ!!!」

 自分の容姿に嘆いていた。
 俺がこの体に入って……?
 多分入ったのだろう、それに気が付いて昼夜が10回過ぎた。
 この十日の間に死に掛けたりしたが、治った後は自分がどういう状態であるのか調べる事に専念した。
 自分が誰で、ここがどこで、どういう状況なのかを。

 名前、『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』
 この世界に来たときから気が付いていた、この世界は『ゼロの使い魔』の世界で俺は主人公の片割れだと。
 最初は否定したけど、数日過ごせば信じるしか出来ないし。
 足掻いてもどうにもならない、ってな。

 ここがどこか、『ラ・ヴァリエール公爵家領地の実家の自室』。
 間違いなく、記憶にあるし。
 だが何かおかしい、記憶が整合しないのだ。
 例えれば、二つの違う動画を半透明にして合成、それを見ているような感じ。
 わかるけどわからない、言っている俺も良くわからない。
 記憶はそんな感じ。

 どういう状況なのか、『幼女です』。
 まぁ文字通り子供。
 体が小さいし足が遅いし力も無い、そしてこの世界の貴族の基本、魔法が使えない事。

 それを使える体じゃないんだから、幾ら頑張ってもファイアボールやエア・カッターなんてでねーよ。
 と、魔法の練習を放棄したら、御母様が出てきた。



「ルイズ、何故魔法の練習を怠けたのか説明しなさい」。

 鬼、か……。
 俺は別に怖くねーけど、ルイズが怖がるのだ。
 本能に刻まれた恐怖、見たいな感じで体が勝手に震えたりする。

「あ……ぅ……」

 呂律も回らなくなる、どれだけ怖いんだよ。
 だが、このまま黙っていても説教され続けてしまうのは勘弁。
 なんとか震えを押さえ込み。

「……無駄だからです」

 とルイズではなく、俺で言ってしまった。
 途端に眉を寄せたカリーヌ母さん、発した声のトーンが低くなった。

「……理由は有るのですか?」

 敬語が迫力を倍増させる。
 本物のルイズはこう言う話し方をしない。
 訝しんだろう、本当にルイズなのかと。
 懐の中では杖でも握ってるのかもしれん。

「はい、御母様から見て、私の魔法行使に何かおかしいと感じるところはありますか?」
「……いえ、貴方の詠唱は見事です」
「でしょう、精神の練り込みも十分に行えています」

 そう言ってカリーヌ母さんの瞳を見つめる。
 その問答は直訳英語のような会話。

「なら何故発動しないのか、御母様はそれをお考えになった事はありますか?」
「勿論有りますが、原因を見つけるには至りませんでした」
「……私は理由が先ほど分かりました」
「発動しない理由とは?」
「私が系統魔法が使えないからです」

 火・水・風・土、貴族ならば全員が絶対に使えるどれかの属性。
 それを使えないとなる、ルイズが貴族ではない、『ブリミルの教えを受けた者の血が流れていない』と言う事か。
 もう一つ、系統魔法ではない属性だと言う事。

 魔法を使えるカリーヌが腹を痛めて産んだ娘が、魔法を使えない訳が無い。
 どこまで行使出来るか、そこは才能の有無で決まるが、『貴族』と言うのは威力や精度など関係なく、『絶対』に魔法を使えるのだ。
 たった二つで、その片方は有り得ないと否定されたから、後は簡単。
 残る選択肢、ルイズの属性は今は存在しない『虚無』だと言う事。

「……まさか」

 眉を限界まで顰ませる。
 ほんの少しだが、表情の色が変わり続ける。
 有り得ないと否定しながらも、その可能性が有る事に気が付いている。

「そのまさかです」
「……何故分かったのですか?」
「分かりません、練習していて『これは使えない』と唐突に理解してしまいました。 何故そう思うに至ったか、それも分かりません」

 そう、何故俺の意識が芽生えたのか、それがわからない。
 一息溜めて。

「……私は『違う』と、感じてしまいました」

 いろんな意味で違う、この世界で極めて特殊な属性を持ち、思考や常識も全く違う『別の世界の人間の精神』。
 なのに自分が『ルイズ』ではないと否定が出来ない、有耶無耶なのだ。

 気が付けば、泣いていた。
 何故泣くのかと聞かれれば、わからないと答える。

 いや……違う、『違う』から。
 『違う』から泣くのか。

「ルイズ……」

 そう、御父様と御母様、そして姉様とちいねえさまとは『違う』から泣くのだ。
 名高きラ・ヴァリエール公爵家の三女で有りながら、存在自体が『違う』のだ。
 心は俺であるが、ルイズでも有る、内も外も『違う』から、泣いたのだ。

「ルイズ、泣いては駄目。 女は簡単に涙を見せては駄目よ」

 そう言ったカリーヌ母さんはルイズを抱きしめた。
 ハンカチで涙を拭いて、生まれてから数回しか見せた事無い笑顔をルイズに向けた。

 ……いや、驚いた。
 笑顔が綺麗なのだ、やはりルイズの母親でルイズが歳を取ればこんな感じになると思われる。
 それに……これが『デレ』で、御父様はこれにやられたのだろう、多分。

「ルイズ、御父様にも話しましょう。 これからどうするか、3人で考えましょう」

 その言葉に頷き、これも数年振りなのだが手を握って並んで歩いた。






「……と言う夢を見たのさ」

 あのトロール鬼やオグル鬼が震えて逃げ出すほどの母が向けてくれた美しい笑顔と。
 初めて俺が泣いた日の出来事を夢に見てしまった。
 今考えると何故あの時、御母様は俺の言葉を信じたのか。
 普通なら「何を言っているの、くだらない戯言を言っている暇があるなら魔法の練習をしなさい」とか言った筈だろうに。
 何を持って信じたのか、わからない。
 勿論その後、御父様と御母様の目の前で、中途半端に覚えていた虚無魔法を唱えたら使えた。
 証拠を目の前につけられたら信じるしかないしな。

 系統魔法と違い、虚無魔法が何故中途半端に唱えるだけで使えるかって、多くが『イメージ』で構成されているからと考える。
 基本的で本当の威力、それを発動させるためには呪文が必要なわけだが、虚無魔法は呪文とイメージに二層化された魔法形態であると思う。
 『イメージ』と言うあやふやな中身を支える外枠が『呪文』と言った感じである。
 系統魔法は『呪文』と言うエンジンをこしらえて、その中に精神と言う名のガソリンを入れて動かす感じだと思う。
 両方そろえて『1』、実体化するわけだが。

 その完成した『1』の半分である『呪文』を省けば系統魔法は発動しない、動かすエンジンが丸々無いのだ、入れるべき代物が無いから何も変わらない系統魔法。
 一方虚無は、イメージという動かせる原型があるのだから、注ぎ込めば外枠が無くても一応動かせると言う訳。
 まぁ完全な『1』にはならないが、『イメージ』だけでも限りなく、呪文を唱えて発動した威力に近付けさせられる。
 それが無詠唱発動となる、がそんな都合が良いものではない。
 極めて『1』の威力に近づかせた無詠唱魔法は、ちゃんと呪文を唱える方法とは違って、恐ろしいほど精神力を使用する。
 それこそ何倍も、一発で気絶するほどに持っていかれる、その上気絶したから発動しないなんて当たり前。
 もとよりルイズの精神力量でも普通に唱えて気絶しかけるのだ、それの倍以上もって行かれたら気絶しない方がおかしい。

 不効率すぎる、超緊急事態、1秒後に死んでしまうとか言う状態じゃないと使えない。
 まぁ当たり前に都合の良いことなんて存在しない、きっちり等価交換な物である。
 原作中で『詠唱を途中で中断しても発動する』と言うのは、魔法が未完成のまま行使されると言う物。
 未完成だから威力が低く、使用する精神力が少なくなると言う事に他ならない。

 故にだ、始祖ブリミルは『神の盾、ガンダールヴ』など4人の使い魔を使役したのだ。
 敵を見て、使いたい魔法を思い浮かべて、声を出さずに発動する、なんて使い魔が存在する意味が無い。
 そうなれば世界の基盤を壊すし、『そんなのは他の漫画や小説でやってくれ』と言った様な感じ。

 多分、世界の原則? ゼロの使い魔原作者のお力? よくわからんが俺TUEEEEEEな状態を防ぐための鎖だろう。
 まぁそれでもチート状態なのは変わらないが。





「きれいな顔してるだろ、うそみたいだろ、死んでるんだぜ、それで」
「あいぼぉぉぉぉおお!!」
「死んでねぇよ!」

 この前打ち所が悪かったら死んでた事態に陥りましたが?
 毛布を跳ね上げながら起き上がる才人に言った。

「さっさと起きて、寝すぎると体に悪いし授業にも遅れちゃうわ」

 クローゼットとタンスから衣服と取り出してベッドに放る。
 才人を召喚して次の日に天井に取り付けたカーテン、部屋中央を横断するように引いた。
 ネグリジェに手を掛け脱いで洗濯籠へ放る、下着一枚でブラウスを取る。

「相棒、そんなに凝視すんなよな」
「ばッ! デルフお前何言って!?」

 カーテンの向こう側から聞こえるのは咎めるデルフと慌てる才人の声。
 朝日で俺のシルエットが丸々見えているらしい。
 前に俺、言ったよな。

『次は無いって』

 その声を聞いて、慌てていた才人が止まり、息を呑む音が聞こえた。

「まぁ……これ位なら別に良いけど」

 と言ったら安堵のため息が聞こえてきた。

「おいデルフ、危険な事言うなよ!」
「おいおい相棒、俺が悪ぃのかよ!」

 ギャーギャー喚き出す才人とデルフ、何変わらない日常の風景だった。
 我慢できなくなった才人が襲ってきませんように。





 着替えが終わり食事、そして教室へ赴く。
 扉を開ければ一斉に視線が向いたが、すぐ各々がやっている事に視線を戻した。

「はぁーい、サイトにルイズ」
「おはよう、キュルケ、タバサ」
「おはようさん」
「………」

 返事で返さず、少しだけ杖を揺らすタバサ。
 それを見て、軽く手を振る。
 その後席に座り、才人がその隣に座る。

『ルイズは鬼畜っと』
『何だよいきなり』
『原作じゃ教室でサイトの公開調教するんだぜ、ルイズって』
『まじっすか』
『それに倣って俺もしようかなと』

 朝の件もあるし、と言って才人を横目で見る。

「済みませんでしたァァ!」

 椅子から飛び降りて土下座をする才人。
 なんと見事なジャンピング☆DO☆GE☆ZA☆。
 この才人は間違いなく伸びる、主にマイナス方向へ。
 その時は『このサイトはわしが育てた』とでも言ってやるか。

「次からは気を付けるように」

 と言うか、毎日見られてた?
 とか考えていると、この授業を担当する教師、ギトーが現れた。
 一睨み、それだけで生徒は全員着席する。

『サイト、キュルケの後ろに行っててくれない?』
『……なんで?』
『多分風最強房がキュルケを吹っ飛ばすから』
『判った、受け止めれば良いんだな?』
『そう言う事』

 頷いた才人はしゃがんだまま階段を上り、他の生徒の使い魔が居る最上段の一段下。
 キュルケの背後に座り込む。

「それでは授業を始める、私は『疾風』、疾風のギトーだ。 私の授業中に私語は一切許さん、質問が有るときは必ず手を上げよ」

 黒色の長髪に黒色のマント、どっかで見たことのあるような魔法使いルックのおっさん。
 実際は若いのだが、そうは見えない雰囲気が有った。

「さて、諸君等は全員理解しているだろう四つの系統魔法。 その中で最も強い属性は何かわかるかね……ミス・ツェルプストー」
「そうですね……、それは勿論『火』ですわ」
「ほう、何故そう言えるのかね?」

 フッ、と軽く馬鹿にしたような表情を作るギトー。

「『火』はあらゆる物を照らし燃やし尽くす、恋や情熱も。 そう思いませんこと、ミスタ・ギトー?」
「残念ながらそうは思わない、今から最強の属性をお見せしよう」

 腰から杖を取り出したギトー。
 自然体、かどうかは知らんが佇む。

「ためしに、君が言う最強の『火』を私に撃ってみたまえ」

 挑発しおってからに、キュルケは見事に引っかかったし。

「怪我じゃ済みません事よ?」
「問題ない、『火』に愛されしツェルプストーと言われたのは偽りかね?」

 キュルケから笑みが消える、教師と言えど馬鹿にした報いを受けてもらうと杖を取り出し、呪文を呟きながら手首で杖を一回転。
 1メイルはある見事な赤い火球が現れた、近寄るだけで炙られる熱量を持つ『ファイアボール』が撃ち出された。
 小さな火の粉を残しながら直進する火球、当たれば無事ではすまない、爆発すらも起こすだろう。

「これが最強たる所以」

 一振り、あれほど赤く燃え盛っていた火球が一瞬で掻き消され、とどまる事を知らずにキュルケを襲った。
 突風、火球を消し飛ばしキュルケを吹っ飛ばしたのは『ウインドブレイク』。
 ドッドスペルにトライアングルスペル当てりゃ簡単に消えるだろうが、アホくせぇ。

「『風』は全てをなぎ払う、『火』も『水』も『土』も、恐らくは『虚無』さえも吹き飛ばすだろう」

 いいえ、虚無はあんたが放ったウインドブレイクごと爆風だけでぶっ飛ばせますよ?
 後ろではキュルケを受け止めていた才人、『ああん、サイト! 私を守ってくれたのね!』とか言っていた。

「風は目に見えない、だが見えないからと言って頼りない物ではない。 風は君達を常に包み込み、守る盾となり、必要ならば敵を吹き飛ばす矛にもなるだろう」

 なんか演説っぽくなってきたぞ。

「そう、風は最強であり。 最強と言わしめる魔法がこれだ」

 杖を構え、瞼を閉じて唱え始める。

「ユビキタス・デル・ウィンデ……」

 精神力に溢れる風メイジなら確実に強力な武器となる魔法、『偏在』か。
 一瞬、ギトーの体がぶれたときにはもう一人、隣にギトーが立っていた。

「これが『偏在』、風で作り出したもう一人の自分。 精神力が続く限り存在し、必要とあらば魔法さえ使用できるという魔法だ」

 この遍在は『風のラストスペル』とも言われる強力な呪文、ギトーが説明した通りもう一人の自分、あるいは複数の自分を作り出し。
 本体と同調した意思を持って行動する、風のゴーレムとでも言えば良いだろう。
 その真価、それは魔法が使えることにある。
 分け与えた分だけの精神力を有し、その分だけ魔法を使用できる。
 要するに個人でありながら多数、複数の攻撃で手数が倍以上に跳ね上がる訳だ。

「この遍在が──」

 まぁ嬉しそうに説明し始めたギトー。
 それを遮ったのは教室の扉を開けたコルベールだった。

「……ミスタ?」
「いや、授業中申し訳ありません、ミスタ・ギトー」
「何か?」
「はい、えー皆さん。 よく聞いてください、今日この学院にトリステインが誇る一輪の花、アンリエッタ姫殿下が行幸なされる事になりました」

 そう聞いて一気に教室が騒がしくなる。
 アンアンの来訪か、使い魔品評会じゃなくて助かった。
 ……才人には両手に剣を持って落ちてくる紙を粉々に切り刻んでもらうとこだった。

「静かになさい! ……したがって今日の授業はすべて中止、生徒の皆さんは正装に着替えて正門に整列する事、わかりましたね?」

 それを聞いた生徒は一斉に頷いた。












「なぁルイズ、姫殿下って?」
「そのままの意味よ、王の息女、次期王様ね」
「そんな偉い人が来るのか」

 自室で正装に着替える、と言ってもいつもの制服であったが。
 そう言った才人はキュルケに貰った剣を磨いていた。

「相棒、そっちばっかり磨かないで、俺も磨いてくれや」
「嫌だよ、錆落とすのめんどくさいんだぜ」
「なぁ、頼むぜ相棒!」
「めんどくせぇって」
「いいじゃねぇか、俺と相棒の仲だろ?」
「知り合いって半月も経ってないぜ」
「友情は一瞬の時でも成立するんだぜ!」
「別にー、友情なんて感じてないけど」

 才人も中々デルフに厳しいよな。
 朝のあれで怒っているのか。

「そろそろ行きましょうか、集まり始めてるわ」
「りょーかい」
「ちょ! 待って! 置いてかないで!」

 素でデルフを置いて行こうとしていた才人であった。






 全生徒が正門前から学院内まで整列し、一斉に杖を掲げる。
 その杖を掲げられた道を進むのは馬車、その側面に付いたレリーフは聖なる一角獣ユニコーンに水晶の杖を重ねた王室の紋章。
 王室専用の馬車を引っ張るのはレリーフと同じ、『ユニコーン』であった。
 ユニコーンが引く馬車が学院の門を潜り、本塔の玄関の前で止まる。

「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなぁぁぁぁぁりぃぃぃぃぃ!!」

 これ、恥ずかしいよ?。
 舞踏会でも言われたが、踵を返して外に出たくなったわ。

「おおすげぇ! あれってユニコーンじゃないのか!?」

 才人は幻想上の生き物を見て興奮していた。
 さらには同じように幻想上の生き物である鷲の翼と上半身、ライオンの下半身をもつ『グリフォン』や。
 そのグリフォンと馬のハーフである『ヒポグリフ』。
 赤い毛皮、コウモリのような皮膜の翼、サソリのような毒針の尾を持ち、ライオンの頭をした『マンティコア』。
 この場で含めれば、多くの幻想上の生物が存在していた。

「さらに珍しいドラゴンまで居るんだから、そこまで驚かなくて良いじゃない」

 珍しさで言えばドラゴン、タバサの風竜『シルフィード』の方が遥かに上の存在だ。
 そんな才人をなだめていると、降りてきたアンリエッタとオスマンが玄関前に見える。

「あれが王女ねぇ、私のほうが美人じゃない?」
「確かにキュルケは美人だけど、タイプが違うわよ」

 アンリエッタが淑女、貞女な感じで『美少女』。
 キュルケが原始的、余り着飾らない豊満な色気で『美女』。
 俺やタバサは人形っぽい、無機質的な可愛さで『美幼女』……はちょっと違うか。
 ともかく比べる美しさが違い、それぞれがその方面に秀でた美しさが有ると言う事。

 さて、ワルドは……居るな。
 いや、居なくても良かったが。

 その後、オスマンとアンリエッタが学院内に入ると解散となった。






『先に風呂入っときゃよかったなぁ』

 肩に手を当て頭を動かす。
 疲れているわけじゃないが、なぜかそうしてしまう習慣があった。

『で、あのイケメンはルイズの何なんだ?』
『元婚約者』
『こ、婚約者!?』
「なぁ相棒、いい加減俺も磨いてくれよ」
『そ、虚無だと両親とオスマンに話してから解消した、口約束の婚約者』

 公爵家領地近くのおっさん……は言い過ぎか。
 お兄さんとしておこう、俺なんか精神年齢だと40近いし。

『はぁー、婚約者かぁ』
『まぁ頑張れ』
『……手ごたえが無くて寂しいぜ』
「まじで拗ねちまうよ……」

 各々、と言うか俺が待っている人物が来るまで才人は俺に付き合うわけだが。
 いい加減待ち疲れた俺は、風呂にでも行こうかなぁと考え始めた頃にやっとドアがノックされた。
 初めに長く二回、それから短く三回のノック、暗号、このノックをするのは俺ともう一人だけ。

「サイト、少しだけ開けて」
「うぃ」

 頷いてノブに手を掛け、人の腕一本ほど通れる位ドアを開けると杖が覗いた。
 杖先から淡い光が部屋の隅々まで照らして、危険な物が無いか確かめる。

「何も危険なものは無いわ」

 その言葉を機に、ドアを押しのけて入ってきたのは黒の頭巾を被り、同じ黒のマントを羽織った人。
 それを邪魔と言わんばかりに脱ぎ捨てて飛びかかってきた。

「いきなりそう言う事をするのは危ないわ、アン」

 飛び込んできたその人物は、ルイズの幼馴染であり、上に立つ者。

「ああ! ルイズ!」

 アンリエッタ・ド・トリステインであった。

「……サイト、大丈夫?」

 床でのた打ち回る才人。
 アンリエッタがいきなりドアを押し開けたため、才人は手首を強打して痛みの余りに転げまわっていた。

「ごめんなさい、ルイズ! 居ても立っても居られなくて!」

 謝る相手が違うぞ、アンアン。
 そして才人、凄く痛そうだ……。

「もう、前にも言ったでしょう?」

 可愛らしく笑うのはアンリエッタ。
 同じく笑って嗜めたのはルイズ。
 余り大きくない部屋に、二本の美しくも可憐な華が咲いていた。




「まずいぜ、これ……」

 手首の痛みもあるが、室内に二人の美少女。
 ルイズだけでも十分目の保養なのに、もう一人見た事無い美少女が現れるなんて、と微妙にハァハァしていた才人だった。
 ハッ! と気が付いて起き上がり、問い掛けた。

「えーっと、ルイズ。 この人誰?」

 アンリエッタが来訪していた時、幻獣で興奮していた才人はアンリエッタを見逃していた。

「貴方こそ、どちら様?」

 私を知らないの? とは思わず普通に聞き返したアンリエッタ。
 それに答えたのはルイズ。

「この子はアンリエッタ姫殿下、彼は私の使い魔よ、名前はサイトって言うの」
「す、すみません!」



 先に聞いた姫殿下、未来の王様だとわかった才人は座って頭を下げた。
 それを気にした様子も無くアンリエッタは笑いかけた。

「いえ、構いません。 それにしても……」

 才人を下から上に眺めた後。

「ルイズって本当に変わってるわね!」
「……アン、まさかその言い方……」
「ち、違うわ! ルイズだからこんな話し方を……」

 慌てふためいて訂正したアンリエッタ。
 中々上々のようだ。

「そう、肩が張るだろうけど気を付けてね?」
「ええ、ごめんなさい、ルイズ……」
「気にしてないわ、それで何か用が有って来たのでしょう?」
「……ルイズは何でもお見通しね」

 そりゃあ原作を何度も読んでるしな。
 大筋は変わってないし、アンがここに来るなんてお見通しよ!

「その、相談が有ってここに来たの……」
「アン、もしかして『あの方』?」
「ッ、本当に凄いわ、ルイズ」

 少し震えたアンリエッタ、真剣な瞳でルイズを見た。

「私はこの度、ゲルマニアに嫁ぐ事になりました」

 ルイズは変わらずアンリエッタを見つめ、才人は椅子に座ってその話を聞き入る。
 原作ならここらへんで反乱を起こしたアルビオン貴族を貶しただろうが、そうはいかん!
 アンリエッタと幼馴染を利用してよく会い、相手を不用意に貶したり見下さないように言い聞かせた。
 上に立つ者が、下の者を意味も無くと貶したりすれば、体面を重んじる貴族は反感を抱きかねない。
 いずれ女王になるアンリエッタには、暗君となっては欲しくないし。
 その暗君になった代償、弊害が国民の命、ポンポン死んでもらっちゃ色々拙い。

「来るアルビオンへの牽制ね? それに、もし戦争になっても、同盟を盾にゲルマニア軍を引っ張り出せる」
「そうです、そうなればアルビオンは簡単に攻めてはこないでしょう……」
「でも、その同盟を封じる手があると」
「……はい、今ほど……後悔した日はありません」

 驚いてルイズを見るアンリエッタ。
 対するルイズはひと時も表情を崩さない。

「いえ、それは後悔するものじゃないわ。 アンはその時とても幸せだったのでしょう?」
「そうです、だけど……」

 その一瞬、幸せを感じて、その幸せの為に国全体を巻き込もうとしている。
 彼を心配して、国を心配して、どちらを取るかと悩み明け暮れたか。

「それを取り返せば良いのね?」
「それは無理です」

 ……何?
 ウェールズが持ってるんじゃないのか、手紙。

「それはあの方に当てた手紙です、ですがそれを持つあの方はいまや城に引きこもり、包囲されていると聞きます」

 何だよ、ビビらせんなよ。
 てっきりもう奴等の手に渡ったのかと思ったぞ。

「今のトリステインでは、ニューカッスル城を攻め落とした軍勢に押し潰されるでしょう」
「それはさせません、皇太子から受け取ってきましょう」
「危険です、ルイズ! 彼等がどれほどの数か──」
「今現在では5万を超えているでしょうね」
「………」

 最終的には7万だしな。
 てか、今は軍勢と対峙しないし。

「アン、昔私が言ったこと覚えているでしょう?」
「はい」
「言ってみて」
「……一つ、意味も無く相手を貶したりしない」

 それを聞いて頷く。

「二つ、まずは自分で考え抜く」

 そう、まずは考える。
 人が人である為の証拠である、それを使わないで即座に他人に頼む事は自身を無能だと言いふらしているようなもの。
 考えた結果を出して、信頼できる人に相談するとかして貰わないと駄目駄目だ。

「三つ、守れない約束はしない事」

 これも当たり前だろう。
 些細な約束さえ守れない奴は信頼どころか信用すら危ない。
 俺だって約束した事全て守ってきたし。

「四つ、尊く然と在れ」

 先の口調や気軽い態度はそれだけで品位を貶す。
 他人が居ない、親しい友などの間ではそれでも良いが。
 そういう場所ではない王宮などでは、特にアンリエッタなどは悠然として居なくてはならない。
 そう、王とは見下されてはいけない、不用意に見下してもいけないが。

「偉いわ、ちゃんと覚えていたのね」
「忘れるわけ無いわ!」
「そう、だから私は三番目を守る。 『約束』するわ、手紙は必ず受け取って戻ってくるって」
「……良いの、ルイズ?」
「ええ、絶対よ」
「『約束』よ、ルイズ。 絶対に……」

 死地に行かせる事を申し訳ないと思っているのか、ボロボロと涙を零すアンリエッタ。
 原作アンアンはまじで鬼畜だからなぁ、『調教』しといて良かった。

「そう、サイト殿はルイズの使い魔だったわね」
「ええ」

 思い出したように、振り返って才人を見る。
 その才人は椅子から立ち上がって、膝を付いた。
 一応才人にトリステインの礼式を教えている。

「サイト殿、その剣を見た限り騎士様だと思います」
「はい」
「ならばお願いします、彼女を、ルイズを守る盾であり剣となり、守っていただけませんか」
「最初からそのつもりです」
「……ルイズを、私の友を宜しくお願いいたします」

 そう言って右手の甲を差し出してきた。
 才人はその手を取って、ルイズに気が付いた。
 左人差し指を唇に当て、右手の親指と人差し指で輪を作る。

『手の甲、駄目、唇、OK、レッツゴー』

 瞳の輝きが大きくなった才人。
 頷いて立ち上がり。

「え?」

 腰に手を回して引き寄せ、アンリエッタの唇に自分の唇を合わせた。

「!?!?」

 ほんの数秒、驚きの余り才人を押しのけて、ベッドの、ルイズの上に倒れこむ。

「アン、大丈夫?」
「え、ええ……」

 抱き抱える形となったルイズはアンリエッタの顔を覗き込み、その唇を親指でなぞった。
 ここはやっとくべきだろうな、唇強奪。

「そう」

 にっこりと笑うルイズ、才人は飛び跳ねていた。
 気が付いたアンリエッタは顔を真っ赤にして、起き上がった。

「き、騎士様の忠誠にむ、酬いるのは……」

 内心混乱しているらしい、ウェールズとはもうキスしてたっけ?
 と考えていれば。

「きぃさまぁぁぁぁーーーーー!! 姫殿下にぃぃぃーーーーーー!!!」

 大声を上げてはいってきた闖入者。
 薔薇の造花を握って今にも襲い掛かってきそうなギーシュであった。

「うるせぇ!」

 それを平然と蹴り倒す才人。

「うぐおぉぅ!」

 ロー、才人のひたすらローキックに耐え切れなくなったギーシュは転倒する。

「くぬが! てめ! あの時は痛かったぞ……、痛かったぞぉぉーーー!」

 決闘の時、ワルキューレに殴られた痛みを今ここで返す才人。
 ストンピングの嵐、さすがに頭とかは踏みつけないが尻など容赦無く踏みつける。

「よせ! やめて、痛! やめてください!」

 ついには敬語にまでなって懇願したギーシュ。
 威張り上がるとこういう目に遭う。

「……ギーシュ、貴方も一緒に行きたいのね?」

 這いつくばったままうんうんと頷くギーシュ。
 その背後では才人がギーシュの足を持ち上げて、腰の上に乗った。

「うらあぁぁーーー!!」
「うぎゃぁーーーーー!!!」

 逆えび固めであった。

「アン、このギーシュ・ド・グラモンも連れて行っても?」
「グラモン? あのグラモン元帥の御子息?」
「外して良いわ、サイト」
「りょーかい」

 途端に崩れ落ち、ビクンビクンと痙攣して呻くギーシュ。
 この時点で、原作でもそうだったか才人とギーシュの力関係は逆転している。

「む、息子で御座います、姫殿下」
「貴方も私の力に?」
「はい、全身全霊を持ってお力に……」
「……ありがとう、ギーシュさん」
「ありがたきしあわ……せ」

 と感激と痛みの余り死んだギーシュ。
 それを放って置いて話を進める。

「アン、ひとつ確かめて起きたいことが」
「何?」
「手紙の事、『誰にも』相談していない?」
「……ええ、枢機卿やお母様にも……」
「そう……」

 ……原作じゃ、即効でばれてたよな。
 あれがどうしてばれたのか良くわからん、アンアンがワルドに喋ったのか?
 まぁ、今回は誰にも喋ってないらしいし、ワルドがなんて言って現れるか楽しみだ。

「それでルイズ」
「なに?」
「これを」

 瞼を閉じて、胸に押し付けるように持った後。
 ペンを走らせようとするアンリエッタ。
 一言、『亡命して欲しい』と書くつもりだろう。

「アン、それは駄目よ」
「え……?」

 絶対に受け入れない、つまらんプライドに固執するだろうウェールズにそんな言葉は苦しめるだけ。
 ならば、一言。

「『愛していた』と」
「ッ……」

 それを聞いて、約束した時よりさらに大粒の涙を流し始めた。

「どうして……、どうして駄目なの?」
「皇太子は、それだけは絶対に受け入れない」
「どうして、どうして!!」

 半狂乱になって叫ぶアンリエッタ、隣に聞こえていようが関係ない。
 ここで言っておいた方が良い。

「アンを苦しめてしまうから」

 その事に苦痛を感じていたウェールズ。
 状況的にはトリステインに遠からず進軍してくるだろう。
 だから意味が無い、自分が亡命しても変わらぬ現実。
 ならば少しだけでも、殆ど変わらないその時を伸ばそうとしているのか。

「どうして……、どうして……」

 崩れ落ちるように座り込むアンリエッタ。
 その問いに答えるのはやはりルイズのみ。

「アンを愛しているから」

 その言葉を聞いて、堰を切って泣いた。

「その言葉は皇太子を苦しめる、だから……」

 愛していた、と決別の言葉。
 その思いを胸に、死に赴くだろう。
 せめて、その最後の心は思いに溢れて居てもらいたい。

 それが俺の考えた、早い弔いだった。



[4708] やばいな、中々多く…… 10話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/07/04 05:01

「姫殿下……、幼馴染へのご訪問は終わりましたかな?」
「……隊長」

 ルイズへの相談が終わり、赤くはれた目を押さえながら迎賓室へ戻るアンリエッタ。
 そこへいきなり声が掛かり、アンリエッタが振り返れば。
 濃紺色に白のグリフォンが描かれたマントを羽織る美丈夫が立っていた。

「如何に我等が御身をお守りしているとは言え、たった一人で出歩くのは些か感心致しかねます」

 そう言って膝を付いたのは『ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド』。
 トリステインが誇る魔法衛士隊の一つ、『グリフォン隊』の隊長であった。

「貴方達が居たからこそ、ですわ」
「それこそが我等の存在意味でありましょう」

 膝を付いて俯くワルド、それを見据えてアンリエッタが口を開く。

「子爵、なぜ子爵は私と彼女が幼馴染だと?」
「我が領地と、ラ・ヴァリエール公爵家領地とは隣り合っております、故に私もルイズとは幼馴染に近い関係であります」
「ルイズと……?」
「はい、一時期は婚約者にも選ばれたのですが、何か不都合が有ったのかすぐに解消されてしまいましたが」

 ほんの少し、だがとても楽しそうに笑うワルドにアンリエッタも吊られて笑みを浮かべた。

「……ルイズは、変わらず息災で有りましたでしょうか」
「ええ、とても」

 ワルドは深く頷いた。

「……姫殿下は、何かお悩みでも?」
「………」
「解消したのはわかりかねますが、もしそうでないなら、何なりとお申し付けください。 この身は殿下の卑しき僕で御座います、例え火の中水の中、迫り来る死であろうと我等を止める事は出来ませぬ」
「……期待しても、よろしいのですね?」
「その御期待、目に見える形でお答えしましょう」
「明日の早朝、ルイズ達一行が旅立ちます。 その護衛を」
「確かに、目的などは……?」
「それは全てルイズが知っています、必要ならばルイズに」
「は、この任務、必ずやご期待に沿えるよう」

 仰々しく頷いたワルド、それを見て頷いたアンリエッタは歩き出す。
 ゆっくりと立ち上がったワルド、見えぬよう口端を吊り上げていた。





 やっぱりそう来るかー。
 と、廊下の壁と同化していた幻像ルイズ。
 こう、『すまない……、盗み聞きして(略』とかで来ると思ったが。
 定番過ぎてちょっと残念だが、やはり付いて来るのは確定済みか。
 思惑通りに事が運んだ、とか思って笑ってるしこいつ。
 見られていないと感じれば、誰だって思い思いの行動するか……。

 ふふ、俺はその点抜かり無し。
 どこから情報が漏れるかわからないから常に演技さ!。
 才人との会話も日本語だし、でもバレバレな情報……。
 ミョズニトニルンがガーゴイルでも使って監視しているのか?
 そうだったとしたらどこで俺が虚無だとばれたのか……。
 ……もうちょっと自重してみるか。

『(……さっさと寝よう)』

 廊下の先へと消えていくアンリエッタとワルド、二人が見えなくなる前に幻像は霧散した。












タイトル「全てはシナリオ通りに進んでいる……?」













『俺は日が昇る前に起きるぞ! サイトォォォォーーーー!!』

 数日風呂に入れない事にちょっと嫌悪感。
 烏の行水なんてレヴェルじゃねぇーぞ! 体を拭くだけが精一杯……だと。
 その……ふふ、ちょっと失礼なんですが……鼻を……つまんじゃいましてね……。
 学院生徒や教師、女性は香水とかで誤魔化してるんだが、男は臭う奴が居るんだよな……。
 せめて2~3日に一度ぐらいは体ぐらい拭けよと、そう思いながらデルフを才人の上に落とした。

「グオッ!」
『前にも言ったが、寝すぎは(略』
「まだ……暗いです……」

 アンアンが帰ってから30分もしないうちに寝ました、まだ外は真っ暗です、以上。
 てか、才人出かける準備してないし。

『さっさと起きろ』
「ヒギィ!」











「で、また馬か……」

 場所は正門前、俺と才人は馬を撫でながらキザ野郎を待っていた。
 服はいつもの学院指定の奴、足には乗馬用ブーツ、これって蒸れるからなぁ。
 才人はいつもどおり帽子付きの青いパーカーに、紺色のジーパン。
 背中にはデルフとキュルケに貰った剣を右肩と左肩、交差させて担いでいる。
 と言うか、原作これしか着てなくね?。
 ルイズが似たようなの作って複数持たせているのか、それともずっと……。

「言ったでしょう? 慣れておいた方が良いって」

 帰ってきたら新しい服作ってもらうか……、持っているはず無いのに毎日同じ型の服に着替えていると思っていたから駄目だ、俺。

「また腰が……」
『ロデオマッスィーンですね、わかります』

 見たくないけど。

「やあやあ、お待たせ」
「おせぇ」

 ギーシュに容赦ないぜ、この才人はよ。

「ちょっと手間取ってね」

 薔薇を構えながら、『フッ』とか言いやがる。
 いちいちポーズ取るなよ、時間掛かるだろ。
 さっさと後の巻のギーシュに変化しないかなぁ。
 
「それで、ルイズにお願いがあるのだが……」
「良いわよ、さっさと用意して」
「え? 何のお願いか聞かなくて良いのかい?」
「使い魔でしょう? ギーシュのなら問題ないから」

 確かモグラだったよな、地面を掘って進むのが異常に速い奴。
 付いて来れるなら問題なし、断る理由もない、脱出手段でもあるし。
 さっさと許可を出して自分が乗る馬を撫でる、デルフを買いに行ったときに乗った馬。
 名前は『クラウン』、意味は道化や王冠とかそんな意味。
 この馬はラ・ヴァリエール公爵家領地にある有名牧場の産育馬、俺の体が小さい事もあるがそれでも他の馬よりでかい。
 この馬は……良い馬だ。
 ルイズの特技は乗馬です、乗りこなせるようになると楽しいぜ、乗馬って。
 ちなみに鞍数は余裕で200を超えている、夜も昼も乗って走り回ってたぜ。

 クラウンを一撫ですると、気持ち良さそうに鼻息を鳴らした。

「そうか! ありがとう!」

 と言って地面を踏み鳴らすと、ギーシュの足元の土が盛り上がりモンスターが顔を出した。
 ジャイアントモール、直訳で『巨大モグラ』。
 人間ぐらいの大きさ、立ち上がればギーシュと同じぐらいはある。

「ああ! ヴェルダンデ! ぼくの可愛いヴェルダンデ!!」

 土塗れのモグラに頬擦りするなよ、服に土が付いてるぞ……。

「モグモグモグ」

 と鼻を引く付かせてルイズを見た。

「サイト、止めて」
「承知!」

 突如走り寄って来たモグラと、才人がガッツリ組み合った。
 のこった! のこった! ルイズへ迫ろうとするモグラ、それを力ずくで抑える才人!
 モグラが重心をずらす! 才人は慌てて切り返す!

「このモグラ……!」

 中々やる!

「おりゃあ!」

 力負けした才人は剣の柄を握ってガンダールヴ発動、片手だけで押し返し始める。

「モグッ!?」

 このままでは押し倒されかねない、と踏んだモグラが深く腰? を落として耐えようとしたが。

「掛かったな、アホめが!」

 即座に引っ張って、モグラのバランスを崩したが。

「のわぁ!」

 と、自分もバランスを崩して一人と一匹は倒れた、短い時間だったが良い勝負だった。

「さぁ、遊んでないでさっさと行きましょう」

 ヴェルダンデを引っ張り起こすギーシュと、服に付いた土を払い落とす才人。

「すまないね、しかしなんでヴェルダンデはルイズに……何? 宝石の匂いがした? 持ってるのかい、ルイズ?」
「持ってるわよ」

 水のルビー、始祖の秘宝をな。
 王家が所有する秘宝の一つ、これで祈祷書とか香炉が有れば完璧に呪文覚えられるんだけどなぁ……。
 そう考えながら、素早く馬を駆け上がって跨る。
 サドルステッチ、所謂横向き座りでも良いんだが。
 余り激しい動きには耐え辛く、走りっぱなしの状況になると跨って乗るより腰が痛くなってしまう。
 だから女性に好まれない『跨って乗る』を好む、そっちの方が色々と良い。

「えーっと、こっちに足をかけて……」

 確認しながら跨る才人と。
 俺と同じように、貴族の嗜みと言って良い乗馬の経験があるギーシュは軽やかに跨る。
 全員が馬に跨り、ヴェルダンデが地面の下へ潜った。
 さあ出発と言うところで。

「待ちたまえ」

 と声が掛かった。
 やっぱり来たか、揃うタイミングでも見ていたのか?
 そう考えて今だ深く落ちる朝もやの中から、重い足音共に一匹と一人の人物が現れた。

「貴方は……ワルド?」
「ああ、ルイズ! 久しぶりだね!」

 ギーシュは『誰だ?』、才人は『コイツって、ルイズの元婚約者か』と表情に出した。

「久しぶりね、……何故ここに?」
「……姫殿下から護衛を命じられた」

 久しぶりの再会に笑みを浮かべていたワルド、ルイズに問われてすぐに笑みを消して真剣な表情になった。

「護衛、ね……」
「ああ、残念ながら君達が向かう目的地などは知らないが、全力を持って護衛せよと命じられたのでね」
「そう、姫殿下が……頼りにさせて貰うわ」

 最初だけな、と心の中で付け加える。
 ただ付いてくるなら断る事も出来るが、姫殿下の命と付け加えられたなら断る事は出来ない。
 正直漫才なんて見ないで出発すれば良かったか、……それでも道中で追いつかれるだろうが。

「僕の名は『ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド』、王家と王城を守る近衛隊の一つ、『グリフォン隊』の隊長を勤めさせてもらっている」

 才人とギーシュに向かって一礼。
 才人は小さく頭を下げ、ギーシュはわざわざ馬から下りて深く挨拶を返す。
 全貴族の憧れ、魔法衛士隊の一つ『グリフォン隊』。
 その隊長が目の前に居るとあってギーシュは喜んでいた。

「僕はギーシュ・ド・グラモンで御座います」
「グラモン……? まさか元帥の子息かな?」
「はい、父で御座います」
「やはり、元帥には何度か戦略の手解きを受けたことがあってね、中々会う機会は無いが、今度僕が『よろしく』と言っておいたと伝えてくれないかい?」
「勿論でございます、確かにお伝えしましょう」
「はは、頼むよ」

 談笑し始めた二人、それを嗜めたのはやはりルイズだった。

「ごめんなさい、二人とも。 余り時間は無いと思うから早く行きましょう」
「ああ、そうだね。 すまない」

 二人は馬とグリフォンに跨る。

「さぁ、出発しましょう」

 その号令に皆が頷き、手綱を握った。










「始祖ブリミルよ……、彼の者達にご加護を……」

 そう願を掛けるアンリエッタと、自分で入れた紅茶をすするオスマンが学院長室に居た。

「姫殿下、そう思いつめる事はありませぬぞ」
「何故ですか? 私が頼んでいながら彼女達の身が心配でなりません」

 一層強く、指を強く組んで窓の外を見る。
 そこには走り去る馬とグリフォンが見えた。

「おや、姫殿下は信じないのですかな?」
「……いえ」

 ルイズなら私が出せなかった答えを出してくれると、そう信じて相談したのだ。
 そして、そのルイズが出した答えが『ルイズ自身が手紙を受け取りにいく』と言う、思いがけない答えだった。

 変わっていると、そう思ったアンリエッタ。
 聞かされていた大貴族、ラ・ヴァリエール公爵家三女も、その他の王宮貴族たちと同じだろうと子供心で考えていた。
 だが、実際はまるで想像とは違った、一線を画していると。
 確かに貴族然としていたが、貴族に有りがちな平民差別を一切持たなかった少女。
 『全てが貴族を中心に回っているわけではない』、『平民が居るからこそ貴族が成り立つ』など、信じられない言葉を吐いた。

 全てが逆の発想、貴族ならば絶対に思い付かないであろう考えを次々と聞かせてくれた。

『アン、貴女が毎日食べている食事、貴方は作れる? その食事に使われる食材を、病気無く育てる事が出来る?』
『そんなことできないわ』
『でしょう? 貴女が着ている服だって作ったり出来ないでしょう?』
『できないわ』
『貴族だからって、魔法が使えるからって、今言った事を出来る平民より優れているわけじゃないのよ?』
『うん』
『むしろ、魔法と言う物が無ければ確実に私や貴女は、貴族の皆が貶む平民以下の存在なのよ?』
『………』
『わかったでしょう? 貴族は、私たちがここに居られるのは平民が毎日頑張っているからなのよ? 私たちが原っぱで遊んでいるときに、汗を流して働いているのよ?』
『うん……』
『考えを変えなきゃ駄目よ? そうしないと何れ皆怒っちゃうわよ、『馬鹿にして』『見下して』と、アンや貴女のお母様を叩きに来るかもしれないわよ?』
『いや、そんなのいやよ』
『私も嫌よ、だから頑張らなくちゃ。 皆が笑って暮らせるよう、泣かないで済むように変えていかなくちゃ』
『……うん』
『だから、貴族だから、平民だからなんて考えは要らないの。 平民にだって頭の良い人は居るわ、強い人だって居るわ』

 それが当たり前だと間違えないで、アン。
 貴女は頭が良いんだから。





「私はルイズを信じます、彼女なら……」

 裏切らないと、私を助けてくれると。

「ほほ、杖は既に振られ、わしらには待つことしか出来ませんぞ」

 私が困れば、手を差し伸べてくれるように。
 彼女が困ったときは、私も手を差し伸べる。

「ならば祈りましょう、ルイズ達に始祖のご加護を……」













 

 港町ラ・ロシェール、山の中腹に設けられた小さな街。
 小さな街でありながら、港町ということで常に人口の十倍以上の人で賑わっている。
 街の概観は良く、両側面に聳える崖を錬金で削り整えられた建物で並び。
 高く聳える崖のおかげで、入る光が少なく日中でも薄暗い。
 その街の奥ばった箇所、狭い裏路地を抜けたとこにある『金の酒樽亭』は連日満員御礼だった。

 その理由は内戦状態となっている戦地帰りの傭兵で溢れ返っているためだった。
 取っ手の付けられた、酒が入った樽杯を打ち合わせて乾杯や。
 気の荒い傭兵同士が殴りあったりして、非常に騒々しかった。
 そして口々に『アルビオンの王様は終わりだなぁ!』『共和制乾杯!』などと言う声も聞こえてくる。

 そんな中に、羽扉を開いて入ってきたフードを被った、ローブから浮かび上がったシルエットを見る限り女が金の酒樽亭に入ってきた。
 男しか居なかった空間に、恐らくは見目麗しい女性が入ってくれば、必然的に視線を集める。
 その女性は上等な肉料理とワインを頼んで、座る。
 勿論代金もその時手渡す。

「こ、こんなに宜しいんで?」
「部屋代も含めてるわ、空いてる?」

 声も上等、美しい調べでもあった。
 目深く被っていたフードを脱ぐと、ほめる様な口笛や声が上がる。
 美女、中々見れないような緑の髪を持つ美しい女性、マチルダであった。
 そんな美女が一人となると、男どもは目配りをして何人かが女に寄った。

「お嬢さん、お一人でこんな場所へ来るとあぶねぇぜ?」

 ニヤニヤと、いやらしい笑みを浮かべた男達。
 女性は気にした風でもなく頼んだ料理を待っていた。
 その男の一人が女性の隣へ座って、女性の顎に手を当てた。

「こりゃあ良い女だな、男漁りにでも来たんだろ? 俺たちが相手をしてやるよ」
「あらごめんなさい、どうせなら見目麗しい殿方に相手をしてもらいたいわ」

 男の手を叩いて、離させる。

「おい女、あんまかっこつけんなよ」

 と言って腰からナイフを取り出そうとして。

「死にたいなら遠慮無く串刺しにしてあげましょうか?」

 男のナイフは一瞬で刃が崩れ落ち、そのナイフを持っていた男の首筋に杖を突き当てる。

「ま、まさか、貴族!?」

 途端に恐れ戦く男達。
 まぁ、魔法を見せられちゃあ傭兵と言えども怖がるかね。
 このまま串刺しにしてやっても良いのだが、と思って本題を切り出す。

「あんたたち、傭兵だろう?」
「あ、ああ」

 杖を収めつつ、室内を見渡す。

「あんたが言っていた男を漁るってのはあながち間違いじゃないね、私は傭兵を雇いに来たのさ」
「俺たちを?」
「厳密に言えばあんた達じゃないが、まぁ傭兵なら誰でも良いさね」

 そう言って袋に手を掛けて、中からコインを一枚取り出してテーブルの上に置いた。

「エキュー金貨じゃねぇか」
「そうだ、貴様等の言い値で金を払おう」

 と、先ほどまで室内に居なかったマントを羽織る、白の仮面を被った男が居た。

「な、なんだてめぇ!?」
「俺の事などどうでも良い」

 そう言って人の頭ほどもある袋を取り出して、マチルダが座るテーブルの上に置いた。

「さぁ、どうする? 俺に雇われるか、今答えを出せ」

 仮面を被った男はそう言って笑った。













 駆ける、4人は馬とグリフォンを走り続けさせる。
 途中何度か駅で馬を交換したが、それでもグリフォンとルイズが乗る馬は疲れ知らずな様に駆け続けていた。
 既に半日以上、才人とギーシュは馬の背中に倒れ掛かってぐったりしていた。

「まじで疲れた……」

 と道中何度も呟くが、殆ど休憩しないで走り続けたおかげか。
 日が地平線に沈みきった頃には視界の奥に港町の明かりが見え始めていた。

「やっとか……」

 疲れた……、腰が痛いというもんじゃない。
 今降りたら倒れそうなほど疲弊していた才人たち。
 ルイズとワルドの二人はさほど疲れて居ないようで。

「あ、あの二人、化け物か」

 とギーシュが呟いていたのが才人の耳に入っていた。
 正直、半日どころか12時間以上駆け続けるなんて乗りすぎた事も何度もあった。
 技術もあるが、それを経験しているルイズやワルドの肉体的、精神的疲労は圧倒的に才人達より少なかった。

「あれが、ラ・ルシェーロかぁ」
「ラ・ロシェールだよ、僕は何度か言った事あるんだがね」

 駄弁、やっとゆっくり休めると思った二人は喋りだす。
 道中は走る事に夢中で殆ど喋っていなかった。

「あー、座りてぇ」
「………」

 ふと視線をやったルイズは、何か右側を何度も見ていた。
 何かを気にしているような、右の崖から何か──。
 そう見やった時、燃え盛る松明が崖の上から幾つも降り注いできた。

「な、なんだ!?」

 慌てふためくギーシュ、とっさに右手に剣を取った才人。
 ヒュン、とこの世界に来る前に聞いたことがある音が聞こえた。
 野球で体験した事がある、耳元を通り過ぎるボールのような、高速で空中を走る物体が出す風きり音。
 それよりさらに速く、甲高い音が耳に入った。
 嫌な予感、手に握る柄に力が入った。

「相棒、上だ!」
「なんか来るぞ!!」

 馬上で剣を構えつつ、強化された身体能力でバランスを取りながら手綱を引く。
 馬の足を止めつつ、降り来る物を視界に収めた視界に収めた。

「き、奇襲だ!!」

 ギーシュが叫ぶ。
 それは矢、不味いと考えつつ、剣を振ろうとすれば。
 烈風が舞い起こり、飛来した矢を纏めて舞い上げたのはワルドの魔法だった。

「無事か!?」
「何とか……」

 ガンダールヴによって蓄積されていた疲労を軽減。

「ギーシュ! こっちに来いよ!」

 呼び寄せて、次撃に備えて馬を下りたが一向に次が来ない。
 代わりに聞こえたのは悲鳴と羽ばたく音。

「シルフィード、ね」

 ルイズが呟いて見上げれば、月を背に飛ぶ竜が見えた。
 背に乗るのは当たり前にタバサとキュルケだろう、武器を買いに行ったときのように窓から俺たちが出て行くのを見たのか。
 ゴロゴロと崖から落ちてくる男達、よく死なないな、こいつら。
 高さ10メイルはあろうかと言う崖、その絶壁には岩等が凸凹してるのに。

 翼を羽ばたかせ、降りてきたのはやはりキュルケとタバサ。




「はぁ~い、お待たせ」
「タバサ、助かったわ」

 普通にキュルケを無視してタバサに礼を言う。

「ちょ、ちょっとルイズ! 私に一言は?」
「一言って、キュルケ何もしてないじゃない」

 ただシルフィードの背中に乗っていただけ、矢を防いで傭兵どもを叩いたのはタバサだし。
 キュルケに言う礼なんて一つも無い。
 タバサはタバサで、本を読みながら朝の挨拶のように杖を少し揺らすだけ。

「もう、礼儀知らずね!」
「何もしてない人に言う言葉はあるけど?」
「……聞かないでおいてあげるわ」

 負けを悟ったキュルケはすぐに引き下がる。
 そのままワルドに近寄って何か話し始める、何時もの誘惑だろうと無視して才人と一応ギーシュにも話しかける。

「怪我、してない?」
「ああ、なんとか」
「一応ギーシュは?」
「一応とは何だね! 一応とは!」

 心配してやってるんだから、文句言うなよ。

「してるの? してないの?」
「いや、子爵のお陰で傷一つ無いさ」
「そう、サイト。 もうすぐで港町だから」
「わかった、さっさと休みたいぜ……」

 才人はデルフを離し、大きく肩を落とした。

「相棒は体力ねぇなぁー、もっと鍛えようぜ」
「すぐに強くなるなら苦労はしないっての……」

 ガンダールヴがそれに該当している事に気が付いてないのか?

「ワルド、ラ・ロシェールで一泊しましょう」
「あ、ああ、そうしよう。 出発は明日一番の船で良いかい?」
「ええ」

 まとわり付くキュルケをあしらいながら返事を返すワルド。
 キュルケの相手頼むわ、ワルド。

「それじゃあ、行きましょうか」

 ワルドではなく、グリフォンに断られたキュルケは才人の馬に乗る。
 きゃあきゃあ騒ぎながら才人に捕まるキュルケ、才人は背中に押し付けられた双丘を全身で感じ取っているのか嬉しそうな顔。

「襲ってきた奴等を調べなくて良いのかい?」
「必要ないわ、山賊だったら時間の無駄だし、誰かに雇われたにしろ捨て駒でしょうしね、雇った人物も特定は無理でしょう」

 馬に跨って手綱を握る、ラ・ロシェールまで十分も無かった道を駆け始めた。



[4708] 区切りたくないところばかり 11話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/10/23 23:57

 金が有るからと言って、ラ・ロシェールの一番上等な宿に泊まる必要あるのかと。
 貴族だからと言って、対面を気にして一々金掛けてちゃなぁ。
 と、その宿『女神の杵』の外観を見上げる。

「ルイズ、行き先はアルビオンで良いのかい?」
「……ええ、朝一の船ね」
「わかったよ、それじゃあ交渉しに行こう」
「ええ、キュルケ、部屋取っておいてくれないかしら?」
「わかったわ、一番上等な部屋で良いんでしょう?」
「……普通の部屋で良いじゃない」
「駄目よ、貴女はともかく私が嫌なのよ」

 そう主張するキュルケ、だったら付いて来るなよ……。
 金は無限じゃないのに、勿体無いぞ。

「行こうか、ルイズ」
「……ええ」

 渋々だが、それを認めてワルドの後を付いていく。
 その視界の端にはだれる才人とギーシュを見て、踵を返して歩く。
 桟橋までは歩いて数分、ワルドと並んで歩いた。

「……ルイズ」
「……なに?」
「君は変わらないね」

 と唐突な言葉。

「貴方は変わったわね」
「……どこがだい?」

 そう聞かれて、指先を自分の目へ向ける。

「変わったわ、以前とは、最後に会った時とは別人の様な眼ね」

 足は止めない、止める意味が無いから。
 以前は、昔のワルドは物の見事に好青年だった。
 演技とかではなく、魔法の才に溢れ、他の人を心配するような貴族の鑑であった。
 今のワルドとは比べ物にならない、人間だった。

「……わかるかい?」
「ええ、あの時のワルドとはとても違うわ」

 俺の知らない何かがあった、そのせいで豹変してしまっている
 介入できない、気が付けば既に終わっていた事だった
 ワルドの父と母が亡くなって、それが切っ掛けだろう
 何者にも負けない『力』を渇望して、祖国であるトリステインを裏切った
 今はそうでないとしても、すぐにそれが現実の物となる

「……そうだね、ルイズが言う通り変わったんだろうね」

 乾いた笑い声、疲れているようにも感じたそれはとても儚く感じる。

「そういえば昔、僕達の両親が勝手に決めた『婚約者』の話が有ったじゃないか」
「ええ、酒の席で酔いつぶれた私と貴方の御父様が勝手に決めたあれね」
「うん、それが解消された理由、ルイズは知っているかい?」

 口約束とは言え、一時期は婚約者の約束までしたのに一方的な反故、と言うのは言いすぎだろうが。
 御父様と御母様がワルド家の領地に態々足を向けて、それの解消を申し出た事は中々衝撃的だった。
 その理由は簡単、私が『虚無』だと判明したからである。
 ワルド家が信頼できない訳ではなく、ただ知られたくなかった。
 ワルドの両親と、ワルド自身が納得して婚約者解消を受け入れたから良かったが。
 そうでなかった場合には、色々と体面に傷が付いていたかも知れなかったが。

「いえ、知らないわ。 婚約者だと言う事さえ知らなかったのに、いきなり婚約解消したなんて言われてもね」
「ははは、文字通り行き成りだったからね」
「そうね、……あれかしら」

 ワルドとの会話を区切り、桟橋に視線を向ける。
 その桟橋の先で繋がるのは巨大すぎる木、それも地球でお目に掛かれないほどの。
 見上げても夜空と同化して天辺は見えない、恐らくは数百メイルは確実な高さであろう。
 その樹木の近く、大きな建物が幾つも並んでいた。

「倉庫ね、事務はまだ居るかしら」
「居てくれないと困るだろう?」
「そうね」

 明かりがついていた建物を見つけ、そこへ歩み寄る。












 なんて事ない話。
 人それぞれ、誰にでも事情があったという訳だった。












タイトル「だらしねぇな!?」













「それじゃ、私とサイト、タバサとルイズに、ギーシュと子爵ね」
「どこをどうしたらそうなるわけ?」

 桟橋から戻ってきてみれば、なんとも凄い事を言っていたキュルケ。
 そう言うのは学院だけでしてもらいたい。

「あら、お帰りなさい」

 ワルドはそれを聞き流しながら席に着いた。
 俺もそれに続いて椅子に座った。

「明後日まで船は出せないそうだ」
「……どうして明後日まで船が出せないの?」
「今の風石量ではアルビオンまで飛べないらしい、そこで『スヴェルの月夜』から明日の朝にかけて一番近づいた時に飛ぶらしいよ」
「へぇ、そうなの」

 すぐに興味を失ったキュルケ、だれる才人に構い始める。
 さっさと休んだ方が良いかもしれない、明日は才人とワルドに戦ってもらわねば。

「今日はもう寝ましょう、皆疲れているでしょう?」
「そうだね、部屋割りは……」
「サイト、行きましょう」
「あいよっと」

 だらけて起き上がる才人、その視線はワルドへ向いて『へっ』と笑っていた。
 ……やっぱりワルドの事が気に入らないのか、『イケメンは俺の敵』と言った信条でも有るのか。
 その背中を叩いて、さっさと行くように促す。

「ちょっとルイズ、ずるいわよ!」

 と金切り声を上げて止めたのはキュルケ。

「……何がずるいのよ」
「サイトは私と同じ部屋で寝るのよ!」
「はぁ?」

 キュルケは本気で才人を狙ってるのか?
 中々落とせないからって、落とすまでの過程を楽しんでるんじゃないだろうな?

「……本気?」
「私は何時も本気よ」

 すぐに燃え尽きるくせして。

「ならサイト、決めて」

 俺じゃなく才人に決めてもらえば文句言わないだろう。

「へ?」
「サイトがどっちを選んでも文句言わないから」
「ねぇ、サイト。 私と同じ部屋が良いわよね?」

 胸元を大きく開けて、色仕掛け。
 これは……、けしからん!
 ブルンブルン、俺と才人とギーシュが食い入るように見ていた。
 ギーシュ、モンモランシーが余り大きくないからって……。

「う……、お、俺は……」

 苦悩する才人。
 弾ける若者の性欲か、死に掛け一歩手前のようなうめき声を上げる。

「サ、サイト。 僕は君がどちらを選んでも何も言わないさ!」
「ギ、ギーシュ……」

 理解者ぶって応援している振りして、見捨てた
 『僕と一緒の部屋で寝ようじゃないか』とか言ってやれよ……、ニュアンスを間違えれば凄く危ない気もするが。

「お、俺は……、俺は!」
「私よね、サイト?」

 スカートまでひらひらさせるキュルケ、……何がお前をそこまで駆り立てる?

「皆疲れてるんだから、早く決めてくれない?」
「じゃあルイズで!」
「な、なんですってッ!? ヴァ、ヴァリエールに負けたと言うの……?」

 はい決定、てか俺がキュルケとタバサと一緒に寝れば良かったんじゃね?
 がっくりと膝を付いたキュルケを無視。

「そう、じゃあ行きましょう」
「あ、ああ、ルイズ!」

 と今まで見守っていた? ワルドが声を掛けてくる。

「大事な話があるんだが……」
「今じゃないと駄目?」
「出来れば、すぐが良いのだが」
「……わかったわ、そうね……」

 後で私の部屋に来て。
 そう言って鍵を取り、才人を引き連れ二階への階段へ歩を進めた。













「まぁ、そこそこね」

 室内を見渡しながら一言。
 貴族用を謳っている割にはそこそこ、と言った感じ。
 トリステイン随一の大貴族の自分から見れば、と付けなければいけないが。

「はぁー、これでそこそこなのかよ」

 一般人から見れば十分すぎるほど豪華。
 才人も例外ではなく、色々装飾された壁や置物を見て唸る。
 花瓶とか、まぁ一つ50エキューも行かないだろうな。
 鑑定眼もあります、このお嬢様。

『サイト、明日はやってもらう事が有るから』
『なに?」

 声を抑えて、日本語で話しかける。
 いや、会話自体も余り聞かれたくないのだが。

『……ワルドと戦ってもらう』
『……あいつと?』
『そうだ、正直言って今のサイトが3人居てもあしらわれる位強いぞ、ワルドは』
『ガンダールヴ使っても?』
『負ける』
『そんなに?』

 覚醒イベントをこなして、能力をギリギリまで上げれば勝てるだろうが。
 今の才人はスイッチが付いてないから負ける。
 最強の一角がどの程度なのか、確認しておくのも良いだろう。

『強くなれる、必ずな』
『……わかった』

 と顔を近づけて話していれば、ドアがノックされた。

「ルイズ、いるかい? 僕だ」
「開いてるわ」

 一度才人の肩を叩いて離れ、椅子に座りなおす。
 つか、置いてあるのワインだけかよ。
 寝る前に一杯だけ飲むか。

「失礼するよ」
「そこに座って」

 ドアを開けて入ってくるワルドに着席を進め、ワインを杯に注ぐ。
 ワルドは才人を一遍見て、ルイズに薦められた通り座った。

「それで、話って?」
「ああ、彼には席を──」
「必要ないわ、話って?」

 にべもなく断る。
 
「彼は、任務内容を知っているのかい?」
「ええ、そういえば、ワルドに紹介して居なかったわね」

 隣に立っていた才人へ手を向ける。

「私の使い魔、ヒラガ サイトよ」

 才人は軽く頭を下げるだけで喋らない。
 本能的に嫌いだと感じているのだろうかね。

「……いや、まさかとは思ったが。 君は変わってるなぁ、人が使い魔とは思ってなかったよ」

 じゃあ今まで才人を何だと思ってたんだよ、使用人が剣持つわけねぇし。
 ……ああ、フーケのおかげで持たせる貴族が増えてたんだっけ。

「余り時間を掛けるのもあれだし、本題を聞きましょうか」
「そうだね、……僕達はこれからアルビオンに行く。 それはさっき行った桟橋で確認したけど、その行く理由を聞きたいんだ」
「そうね……」

 ワルドを見る、注意深く観察するように。
 そして一度だけ瞼を閉じて数秒、口を開いた。

「私たちはウェールズ皇太子に会いに行くの」
「……プリンス・オブ・ウェールズか」
「ええ、皇太子からある物を受け取りに行くの」
「……だから僕が護衛に遣わされたんだね」
「そうね、ギーシュとかはオマケだけど、本当なら二人で行く気だったわ」

 なんて嘘だけどな!
 アンアンに直接命を下される俺と才人。
 アンアンを追って直接部屋に来るギーシュと、無理やり付いてくるキュルケに、それを付き合わされるタバサ。
 そして、『虚無』である俺の身を確保し、アンアンがウェールズに当てた手紙を奪い、そのウェールズの命を奪うために一緒に行動するお前。
 例え命じられなくても付いてきただろう、その6人で行く事は決定済み。
 原作じゃあ、まじで二人で行こうとしてたが……。

「今のアルビオンがどれだけ危険か、知っているのかい?」
「勿論理解している、例えこの身がどうなっても皇太子に会いに行ってたわ」
「……君は考えているようで、無謀だね」
「……かもしれないわね」

 少しだけ笑う、窓から入る月光が俺と才人の影を引いた。。

「……皇太子から受け取るある物、聞いても?」
「……そうね、死ぬかもしれないから。 もしもの時があったら、私たちの代わりに持って行ってもらいましょう」
「もしも、なんて事は起こさせないよ。 なんたって僕が付いてるしね」
「……ふふ、そうだったわね。 ……皇太子から受け取るのは手紙よ、今彼の手に存在するのは困った事になるもの」
「手紙、ね……」

 思わせぶりだな、知ってるくせに。

「任務内容はこれだけよ、理解した?」
「ああ、了解したよ。 君の安全は全力を持って確保させて貰う」
「『グリフォン隊』隊長の力、当てにさせて貰うわ」

 少しだけ笑い、ワルドは杯を取って傾けてくる。

「任務の成功を」

 それに頷いて、同じく杯を合わせた。





『かぁー! 何だよあいつ!』

 ワルドが部屋から出て行って数秒としないうちに才人が口を開いた。

『何が「任務の成功を」だ! かっこつけやがって!』

 腕を摩りながら、才人は文句を言った。

『カッコいいのは本当だろ? サイトも少しだけカッコいいんだから悔しがるなよ』

 ほんと、三次元で見ると学校のクラスで人気が出そうな感じの顔だったりする。
 人当たりも悪くないし、『ぬけて』なきゃ少しはもてただろうに。

『俺が、かっこいい?』
『不細工ならキュルケは寄って来ないぞ?』

 キュルケは文字通り面食い、如何に名門貴族であろうと不細工なら全く相手にしない。
 それで言えば、才人の顔は合格点と言えるのではないか?
 単純な強さに引かれた、と言う可能性もあるが。

「あの兄ちゃん、なんか気に触っちまうなぁ」
「デルフもわかるか!」

 シンパシーでも感じたか、日本語がわからないデルフが才人の言葉に肯定を示した。

「あの坊主が成長すりゃあ、あの兄ちゃんみたいになるんじゃねぇか?」
「あの坊主って、ギーシュか?」

 『フッ』と髪を掻き揚げながら笑うギーシュ(大人)が浮かんだ。
 知らない者から見ればカッコいい、なんて言えるかもしれんが。
 知ってる者から見れば、笑ってしまいそうな……。

「そんなこと言っても彼が変わるわけじゃないし、そろそろ寝ましょう」

 と、その前に。

「ねぇサイト、お湯、貰ってきてくれない?」
「? 何に使うんだ?」
「何って、体拭きたいだけよ」
「ここ、風呂ないのか?」
「無いらしいのよ、どこが貴族向けなんだか……」

 ルイズは可愛らしく首をかしげて、はぁ、と心底嫌そうにため息をついた。
 しょうがねぇなぁー、貰ってくるか。

「ちょっと宿の人に貰ってくるわー」
「お願いね」

 走ってドアから出て行く才人、それを見送ったルイズ。
 そして壁に立て掛けられていたデルフが、カタカタと喋りだす。

「娘っ子、相棒の扱いうめぇよな」
「そう?」
「さっきの会話、わかんなかったが相棒の事褒めてただろ?」
「よく分かったわね」
「嬉しそうな顔してたしよ、……誘導したな? 相棒が文句言わずに動かせるためによ」
「本当の事しか言ってないわよ」
「……素でやってたんじゃ余計性格わりぃよ、娘っ子」
















 背伸び、ベッドから降りて腕を上に伸ばして体をほぐす。
 喉から競りあがってくる欠伸を手で隠しながら、部屋を見渡す。
 何時も通り才人は未だ……、鼻提灯なんて始めて見たぜ……。
 着替えながら膨らむ才人の鼻提灯を見ていた。
 今日は起こしはしない、恐らくワルドが起こしに来るだろうしそれまで寝かしておいてやろう。

『さぁ、飯飯』

 ドアを開けて廊下に出ると。

「………」

 タバサが丁度通り掛けていた。
 ……ネグリジェのままかよ、キュルケが無理やり連れてきたんだったよな。
 服とか買った方が良いか。

「おはよう、タバサ」
「………」

 杖が前後に揺れる。

「朝食はもう取ったの?」

 杖が左右に揺れる。

「そう、一緒に食べない?」

 杖が……数秒立ってから縦に揺れた。

「それじゃあ行きましょう」

 頷いて並んで歩く。
 ふむ、以前より慣れてきたか。
 前は興味無しの無反応だったからなぁ、挨拶してもスルーだし。
 デルフ買いに行った時あたりかな? イリュージョンで簡単に背後とっちまったし。
 警戒されて、あるいはどうやって背後を取ったのか気になって興味を出しただけだろう。
 まぁ、気にしてくれる事は良いことだ。

「さて、何食べようかしら」

 俺、才人、キュルケ、タバサ、ギーシュ、物語の柱は主にこの5人。
 モンモランシーやマリコルヌとかはどっちかって言うとサブっぽいし。
 その中でタバサは、物語前半部分の根幹位置に座る人物だ。
 特に重要な人間、大きく関わってくるし、仲良くしておいた方が良いな。
 一階の酒場、同じように泊まっていた客が数人ほど居ただけ。

「タバサは?」
「……これ」

 ……はしばみ草のサラダ付き魚料理か、と言うかはしばみ草サラダが付いてたからこれ頼んだだろ。

「タバサ、こっちもどう? はしばみ草を巻いて食べるとおいしいわよ?」

 どこだっけ、韓国? どっか忘れたけど、焼いた肉にサラダ巻いて食べる奴。
 あれをはしばみ草でやってみたら、意外に癖になる味になってしまった。
 独特の苦味と、あの焼いた肉の香ばしさが……涎が垂れそうだ。

「……おいしい?」
「少なくとも、私は美味しいと感じたわよ」

 給仕を呼んで、はしばみ草のサラダと肉料理を頼む。
 それとは別にはしばみ草のサラダをもう一皿。

「……同じ物」

 ……虜になるが良い、タバサよ。





「っーあぁー!」

 背伸びをして大あくびをかく。
 頭をかきながら辺りを見回すが、ルイズの姿は見えない。

「どっか言ったのか……」

 もう一度背伸びをしてベッドから起きた。

「相棒、寝すぎだぜ?」
「ルイズが起こさなかったから良いんだよ」

 何か有るときは必ずルイズが先に起きて、俺を叩き起こす。
 それが無いときは今みたいにぐっすり寝たりするわけ。

「なんだっけか、寝すぎは体にわりぃとか娘っ子言ってただろ」
「だから今日は良いんだっての」

 デルフとキュルケから貰った剣を担いで、外に出ようとするとノック。

「誰だ?」

 声を掛ければ、帰った来たのは。

「お早う、使い魔君」

 あのギーシュ以上のキザ野郎だった。
 起きてから始めてみた顔がこいつ、どうせならルイズとかキュルケとかタバサって子のほうが良かった……。

「何か用っすか?」
「ああ、ルイズに君の事を聞いてね。 君は『ガンダールヴ』なんだろう?」
「……え?」

 あの爺さんから絶対に知られてはいけないと言われた言葉。
 それをなんで……、こいつ知ってやがる……。
 気が付けば手が剣の柄を求めるように、揺れる。

「……違ったのかな? いや、僕は兵関係に興味があってね、君のそのルーン、どこかで見た事があったんだよ」
「………」
「もし君が伝説とまで言われた『ガンダールヴ』なら一度手合わせしてみたくてね」
「……はぁ」
「それに、ルイズは君の事を頼りにしてるんだろう? 昨日も話したとおり、最初は君と二人だけで行く予定だったそうじゃないか」

 ……そういやそう言ってたな、ルイズ。

「それだけの信頼を置いているんだ、少しは出来ると思ったわけだが……」

 ワルドは一呼吸おいて。

「違ったのなら申し訳ない、失礼だがたいした様には見えなかったのでね」

 しっかりと挑発しやがって、乗ってやるよ。

「そうっすねぇ、まぁそこら辺のメイジには負ける気はありませんがね」
「ほう、やはりそこそこはやるのかね?」
「まぁ、あの盗賊フーケを撃退する位には」
「……フーケ? あの土くれかね?」
「ええ、学院に侵入した奴をぶっ飛ばしてやりましたよ」

 キラリと、ワルドの瞳に光が走った。

「それは凄いな、良ければちょっと手合わせを願いたい」
「いいっすよ、どこでやるんすか?」
「この宿の中にはに錬兵場があるんだ、そこでやろうか」

 才人は口端を吊り上げて笑い、ワルドも同じように笑い返した。












 おーやってるやってる。
 ワルドが俺を中庭に呼び出して来てみれば、原作通り才人とワルドが戦ってらぁ。

「うおぉぉぉぉ!」
「ほう! なかなか!」

 左手にデルフリンガー、右手にキュルケの剣を握ってワルドに肉薄。
 時間差でワルド目掛けて剣を振るが、ワルドはそれを難なく逸らし避ける。
 避けられたのを確認して才人は右足で踏み込み、右の剣を突き出す。
 ワルドはそれを杖であるレイピアで完全に逸らし、跳ね上げるように迫ったデルフリンガーの刀身を同じように逸らす。

「まぁ、負けるか」

 才人が押しているようで、全て軽やかに逸らされている。
 力と速度の才人と、技と速度、力の三つを備えるワルド。
 拮抗してはいない、ワルドは今だ攻撃を繰り出していないのだから。

「中々に早い、だがそれだけだ」

 右手の剣を受け止め、そこから滑るように才人の肩目掛けて打ち込む。
 それを割り込ませたデルフで受け止める。

「この程度ならば、本物には勝てない」

 猛攻、並みのトライアングルなら確実に切り裂かれているだろう才人の攻撃を全く問題にせずに、受け流し続けるワルド
 そこから攻撃を割り込ませる。
 正直ここまで差があるとは思わなかった。
 原作とは違い、『ガンダールヴ』と言う力を持っている事を理解させてはいたが……
 少なくとも一撃は加えられるであろうと、考えていたが現実は違うか。

 さらに速度を上げて打ち込んでくるワルド。
 それを辛うじて受け流した才人。

「勝負あり、か」

 あの様子じゃまだ速くなる、それにまだ魔法を使っていない。
 ガンダールヴを持ってしても、素人じゃ歴戦のメイジでは勝てないか。

「デル・イル……」

 小さく、受けることに必死な才人は気が付かない呪文詠唱。

「相棒! 魔法が来るぞ!」
『エア・ハンマー』

 空気が弾けて横殴り、デルフの忠告も空しく弾き飛ばされた才人は積み上げられたタルの壁にぶつかる。
 ガランガラン、と崩れるタルの下敷きになる才人、そして落ちて来た剣。

「勝負あり、だ」

 タルの下敷き、少しだけ見える才人の姿。
 ワルドはタルの傍に落ちていた剣を踏みつけて、才人へ杖を向ける。

「残念ながら、君ではルイズを守れないようだ」

 フッ、とワルドが笑ったその時、空が切れた。
 激しい金属音、ワルドの杖が空を舞い、その杖とぶつかったデルフも空を舞っていた。
 ワルドが立っていた位置は、大剣のデルフが十分に届く距離だった。
 タルの中からそれを見た才人は、タルを弾き飛ばしながら渾身の力を込めてデルフを振り抜いた。
 強撃、それに耐え切れなくなり手放したワルドと、その振り抜きに耐え切れなくてすっぽ抜けた才人だった。
 
「これは……引き分けかな?」

 互いに武器を失った二人、落下して地面にぶつかった音が響いた。
 肩をすくめ、ルイズを見るワルド。。

「いいえ、ワルドの勝ちね」

 横から判定を言い渡す、これが実戦なら態々近寄らずにエアカッターでも打ち込めば才人は死んでいた
 だからワルドの勝ち、単純な答え。

「……そうか、そう言う事にしておいて貰おう」

 レイピアを拾い上げるワルド。

「だが、君ではルイズの身は守れないだろう」

 杖を収めながら、改めてワルドは言う。
 才人は答えず、変わりに答えたのはルイズ。

「そうね、今のままじゃあ無理ね」

 でも……、と呟き。
 悔しそうな才人は顔を挙げ、ワルドはルイズの瞳を見つめる。

「すぐに強くなるわ、この旅でね」

 そう言って笑うルイズは、才人に手を差し出して引っ張り起こす。
 デルフとキュルケの剣を拾い上げさせて、振り向いた。

「もうお昼過ぎよ? 二人ともお腹すいてるでしょう?」

 ただルイズは宿へ戻りながら、二人に言った。



[4708] 早く少なく迅速に……がいい 12話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/10/23 23:57

「相棒、負けちまったな」
「ああ……」
「お、喋る余裕ないとおもてたんだがね」
「んなこたぁねぇよ」

 ランプの明かりで照らされた室内で剣を磨く、もちろんデルフじゃないが。
 砂埃やワルドに踏まれた靴跡を拭いて落とす。
 確かにあいつに負けたのは悔しい、めちゃくちゃ悔しい。
 デルフの言ったとおり、喋りたくないほど落ち込んでたかも知れない。

「……でも、あんな事言われちゃあなぁ」

 『すぐ強くなるわ』

 それを聞いてなんかこう、ルイズの期待に答えたくなっちゃったのである。
 落ち込んでる暇ねぇ、とか思い始めちゃったのである。
 あんな可愛い声で言われたら、頑張りたくなっちゃう才人だった。

「しっかし、あの貴族は強いな。 相棒の動き悪くねえと思ったんだがよ」
「剣を握ったら俺だけ速くなると思ってたんだけど、普通に動いてやがった……」

 ガンダールヴ、あらゆる武器を扱いこなし、身体能力を常人以上に跳ね上げる。
 体は頑強になり、膂力は岩をも切り裂き、知覚速度は全てが遅く感じる。
 素人の才人であっても、トライアングルメイジに匹敵する力を齎した。
 だが足りない、それを持ってしても、負けた。

 才人の感覚に難なく付いていくワルド、それだけ速く、機敏である。
 そう、己の才能と努力で『今』のガンダールヴを凌駕して居るワルドであった。

「エア・ハンマー使ってきたから多分風だと思うがよ、それにしたって早過ぎるぜ」

 二つ名『閃光』、身体能力、魔法詠唱速度、どちらにとっても見合った二つ名。
 風属性が戦闘向きと言うのはまさにと言った物。
 風のイメージに付いてくる『素早い』を体現すれば、あれほどにまでなる。
 エリート中のエリート、魔法衛士隊隊長の肩書きは伊達ではない。
 と言っても本来ならガンダールヴは、魔法を使えるからと言って人間に負けるほど弱い能力ではないのだが。
 ある程度鍛えている者ならば、今の才人より断然強いガンダールヴであっただろう。
 先のワルドと拮抗、あるいは凌駕していたはずだ。

 基本、『身体能力』×『能力底上げ』=『ガンダールヴ』
 そこに技術とか、感情の振れ幅とか付くものの基本はこの式で強化される。
 例えば10の力を2倍で20になるが、体を鍛えて11の力になれば、強化されて22の力になる。
 簡単に言えばそんな感じ、元が高ければ高いほど驚異的な能力を発揮するのがガンダールヴである訳だが……。

 強いて言えば、『才人』だから負けたのだ。
 差ほど鍛えていない少年が幾ら能力を倍加したとは言え、自身を鍛え上げ、魔法を磨き、実戦を幾度と無くこなしたワルドに勝てるのは遠い話。
 才人はそれにあんまり気が付いていない、どうやって早く強くなるか。
 その一点に考えを集める才人は、地道な努力が一番の近道と言う事に気が付いていなかった。



「地道に鍛えるしかねーよ、相棒」
「でもよぉ、それじゃあ何時までたってもあいつに勝てねーよ」
「……なぁ相棒、ちょっとは考えてみろよ」
「……なんだよ」
「あの兄ちゃんの事だよ、あの兄ちゃんが最初から強かったと思ってんのか?」
「そりゃあ……」

 無い、そんな最初から強い奴なんて居ない、と思う。
 どんな物でも、時間を掛けて繰り返して強くなる。
 才能といった物でその時間が短くなったりはするが、それでも何十何百と言う時間を掛けたのは当たり前。
 才人は言われてやっと気が付いた、自分が強いのではなく、ガンダールヴが強いと言う事を。

「そっか、俺じゃあないんだよな……、俺が強いんじゃないんだよな……」

 遠くばかり見て、足元など見ない。
 最も確実で、最も信頼できる物を見ないで居た。
 剣を握って半月も無い、それもあったが、ワルドに届かず負けたのだ。

「意外に早かったわね」
「……ルイズ」

 振り返ればルイズがドアの前に立っていた。



 それをわかっていても負けただろうが、それに気が付けば後は強くなるだけ。

「何をすれば良いのかわかったんでしょう?」

 腕立てをして、腹筋をして、スクワットを行う。
 それだけで、強くなれる。
 それを続ければ、強くなる。
 それだけで人の手が届かぬ領域に立てるのがガンダールヴ。
 その才能と努力を凌駕するガンダールヴが、才能と努力に凌駕された。
 超常が最強ではない事の証明か、人の可能性を見せてもらった。

「……うん」
「なら頑張って、それだけで貴方は死に難くなるのだから」

 強くなることは、死に難くなると同意と言っても良い。
 倒される前に倒す、攻撃してくる敵が居なくなるのだから当たり前。
 不意打ちとか、狙撃とか、まぁ非常に対処しにくい物もあるが、それでも正面に対峙する類の戦闘ならトロール鬼だろうと死に難い。

 ……その超反則臭いガンダールヴを容易く凌駕するのが虚無のメイジだが。

 話聞いてて思ったんだが、デルフは限定解除でもされてるのか?
 それとも買った時に言った『ガンダールヴ』で思い出したのか、まぁどっちでもいいが。
 悔しさをバネに、とか青春物っぽい展開な気がする。

「……ルイズが言ってた事、わかった気がする」

 ……なんか言ったっけ?。

「そう、それは良かったわ。 自分が強くなれると確信してるとこで悪いけど」

 そう言って見た先の窓の外、入ってくる月の光を遮る巨大な何かが出現した。

「な、なんだ!?」

 室内の暗度が跳ね上がり、才人が走ってベランダに出る。
 窓の外に聳えるもの、それはゴーレムだった。
 そのゴーレムの肩に座るのはフーケ、ではなくマチルダ。

「あんた……、そのゴーレム」
「ふふ、久しぶりだね」
「あんたがフーケだったのか!」
「ええ、そうよ。 あの時、破壊の杖で私のゴーレムが破壊されたのが悔しくってね」

 笑みを浮かべるマチルダの隣、白い仮面を被り、黒いマントを羽織る人間が居た。
 ただ佇み、会話には入らない。

「その悔しさを形にして、坊や達に返そうと思ってね!」

 ゴーレムの腕を振り上げさせた一瞬、ルイズはマチルダと視線が合った。

「サイト!」

 手を取り、部屋の中に引っ張り込むと同時に巨大な岩の拳がベランダを一撃で破壊した。

「げ、岩のベランダを一発で破壊しやがった!」
「驚いてる場合じゃないでしょう!」

 引っ張って引っ張って、部屋の外へ出る。
 廊下の先、階段の下から色々な音が聞こえる。
 傭兵が群れて襲ってきたんだろう。

「下に行きたくないわね」

 覗けばキュルケたちがテーブルを盾にして矢を防いでいる。
 しかし降りなければいけない……、位置的に何本か矢が飛んでくるかも。
 カウンターの方は見えないが、他の客や店主が蹲っている事だろう。

「……行くわよ」

 才人は頷く、ここでじっとしていても仕方がない。
 身を低くして、出せる最大の速度で駆けた。



「……ふぅ、運が良かったかしら」

 矢が一本も飛んでこずに何とか滑り込んだ。
 飛んできて頭に刺さったりでもしたら終わりすぎる。

「それで、排除できそう?」
「出来ると思う?」
「無理でしょうね」
「なら聞かないでよ」

 キュルケとわかり切った問答、頭を出せば即矢が飛来。
 こんな距離まで詰められ矢面に立たされれば、自慢の魔法は役立たず。
 窓の外にはマチルダのゴーレムの足、進退窮まったから早く提案しろよ。

「街の手前で襲ってきた奴等、あれ関係かしら?」
「でしょうね」
「放っておいたのは……どうかしら?」

 そう言ってキュルケが見る。
 どうしろってんだよ、あいつ等が雇い主の事知ってる訳無さそうだし。

「殺せって事? それも良かったんじゃないかしら」
「……淡々としてるわね」
「なわけないでしょう、殺そうと目に前にすれば震えるわよ」

 安全な場所で過ごし、人が死ぬような光景は一度足りとも見た事が無い。
 前の世界だって殺し殺されなんて全くありえなかったし、……殺されはあったか。
 殺す事を確実に躊躇う精神だと断言できる。

「この状況の打破、考えはある?」
「んー、今のとこ無いわね」
「俺も」
「僕も無いね……」

 口々と苦しい答えが出てくる中。

「あるが」
「ある」

 と声を出したのはワルドとタバサ。
 囮作戦だろう、実戦を経験してる奴は如何に損害を抑えつつ、成功させるかの考えに富んでいる。
 ぬるま湯で育ったお坊ちゃんお嬢ちゃんじゃ、浮かばんだろうなぁ。
 俺も原作知ってなきゃ、囮なんて考えなかっただろう。

「この任務の作戦成功は、半数が辿り着けば成功とされる」

 辿り着いて手紙貰っても帰れなきゃ意味は無いが。
 まぁまずは貰わないと進めないか。

「囮」

 タバサは杖でギーシュ、キュルケ、そして自分を指した。

「……行けるのね?」
「……問題無い」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 囮って……」
「そのままの意味だ、使い魔君」
「今すぐ行って」

 狼狽する才人、囮として残る。
 下手すれば、捕まって嬲り殺しか。

「皆で行けないのかよ!」
「サイト、残念だけど全員では行けないわ。 誰かが敵を引き付けなくちゃね」
「ううむ、死にたくは無いね……。 姫殿下やモンモランシーにもう会えなくなるのは寂しいし、傭兵ごとき簡単に撃退して見せるさ!」

 そう、震える体で勇気を振り絞って言ったギーシュ。
 キュルケやタバサは普段どおり平静に言っていた。

「そうね、帰ってきたらキスでもしてもらいましょうか、サイト」

 キュルケは才人にウインク、才人は不安そうな顔でただそれを見つめるだけ。

「他のも教えて貰う」

 タバサはルイズに向かって言う、それを笑って返したルイズ。
 ああ、あの焼肉サラダ巻きを気に入ってくれたのか。

「そうね、帰ってきたら色々と教えてあげるわ。 私、約束守れない人は嫌いだから死なないでよ、『約束』」

 そう言って、右手小指を差し出す。

「……?」
「同じように、小指出して」

 指きり、げんまんと呼ばれる約束の印。
 タバサの小指に自分の小指を絡ませる。

「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます、ってね」

 縦に軽く振って、小指を切るように離した。

「ルイズ、なかなかエグいわね……」
「問題無いでしょ、約束を守るならどんな事を言っても良いでしょうし」

 それを聞いて、タバサが反対の小指を差し出す。
 それを見て、同じように指を絡ませる。

「ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます……、『約束』」
「……ええ、『約束』するわ」

 それを見ていたキュルケやギーシュが、才人と同じように指切りをした。

「それじゃあ、行こうか」
「お前等、死ぬなよ!」
「死ぬ気なんて無いから、さっさと行ってらっしゃい」

 低い姿勢で歩き出し、裏口へ駆ける。

「やらせない」

 タバサが杖を振ると途端に風が3人を包んで、飛来する矢を逸らす。
 ルイズ、才人、ワルドの3人には裏口へ入っていった。

















「あーらら、燃え盛ってるわねぇ」

 ゴーレムの肩から下を見下ろせば、燃え盛る炎に身を焼かれて転がりまわる傭兵の一隊。
 あれじゃあすぐ水の治療受けないと死んじゃうわね、と淡々に他人事として見る。

「まぁこんなものでしょうね」
「だろうな、俺は裏口から出て行ったほうを追う」
「こっちはどうすりゃいいのさ」
「好きにしろ、焼くなり煮るなりな。 合流はあの酒場で」

 杖を持って仮面の男は飛び降り、空に溶けるように消えた。

「まったく、何か一言でも教えてくれりゃあ良いのにね」

 金稼ぎのチャンスを失って少しばかりがっかりするマチルダ。
 二人の雇い主は同じ方向に行ったし、どうしようかねぇと考えていれば。
 さらに女神の杵の入り口から炎が噴出し、周囲に居た傭兵どもを火に巻き上げる。

「まぁ、小娘には悪いけど、一応足止めさせてもらうさね」

 下に居る傭兵達を踏み潰さないようゴーレムが歩き出し、宿入り口へ向かって足を上げる。

「この程度で、死んでくれないでおくれよ」

 下ろすと同時に、入り口が轟音を立ててぶっ壊れた。





「まずいわねぇ、ゴーレムが居る事忘れてたわ」
「こ、こうなれば……!」

 ギーシュが入り口が壊れるのを見て立ち上がり、ワルキューレを作り出して突撃しようとするが。
 キュルケにブラウスの袖を引っ張られてこけた。

「何死にたがってるのよ」
「は、離したまえ! 男ギーシュ、薔薇のように散りて──」

 ドゴンッ、とワルキューレ7体が3秒も立たずに蹴散らされた。

「……ワルキューレが無かったら即死だったようだね」
「私が居なかったら、でしょう」

 キュルケがギーシュを止めなければ死んでいた、それだけ。

「そ、それでどうするんだね? このままじゃあ押し込まれてしまうよ!」
「……薔薇、たくさん」

 ギーシュを見てタバサが言った。
 案を聞かされたギーシュは喜んで頷いた。





「次で終わっちまうよ、そろそろ──」

 と、入り口を見ていたマチルダ。
 その全開した入り口から薔薇の花びらが噴出してくる。

「花びら……?」

 次々と、数百枚はあろうかと言う薔薇の花びらがゴーレムの表面にくっ付き始める。
 噴出すのが止まり、次の瞬間花びらが液状に溶け出す。

「ッ、あのガキども!?」

 それが何なのか気が付き、咄嗟に飛び降りたとき。
 宿内から30サントほどの火球がゴーレムの足に直進、当たると同時に一瞬で火がゴーレムの全身を包み上げた。

「……けっこうやるわね」

 ぼろぼろと、巨大な火柱のように燃え上がっていたゴーレムが崩れ落ちた。
 それを見て、傭兵どもは竦み上がった。
 あれほどのゴーレムが負けた、と言う事は魔法を使えない自分達が勝てるわけが無い。
 となんとも直結的な考えを浮かばせて、蜘蛛の子のように散って逃げ始めた。













 後ろを横目で見ると、非常に明るい火柱が上がっているのが見えた。
 階段をひたすら上る、かなり疲れるがそんなことは言ってられんだろう。
 息も絶え絶え上りきると、視界に広がる丘と、その先に有る巨大な樹。
 桟橋の役割を果たす枝が、四方八方に伸びているのが見える。

「上手くやってそうね」
「そうだね、あれだけの火柱を上げるなんて良い具合の囮だ」
「あれが港? すげぇ……」

 驚嘆の声をあげる才人、正直見事な樹木。
 火柱を見る俺とワルド、港を見つめる才人。
 あれなら十二分に意識を逸らせるだろうが……。

「誰──!?」

 才人の背後から飛び越えてきた仮面の男。
 元より俺が目的の奴には関係ないか!

「ッ!」

 場所は桟橋の踊り場、少しだけ開けた場所で襲撃を仕掛けてくる仮面の男。
 俺はヘッドスライディング、捕まえようと伸ばした手を辛うじて避け、地面へダイブした。

「相棒!」
「てめぇ!」

 両手に剣を持った才人が男の背後に迫り、交差させるように振る。
 それを難なく避けて受け止めた仮面の男。

「しゃがめ!」

 ワルドが奥で杖を振り、錬兵場で才人を吹っ飛ばしたエア・ハンマーを打ち付けたが。
 対抗していたのか、振り向きざまにエア・ハンマーで相殺、その隙にルイズに手を伸ばす。

「なにッ!?」

 相殺されたとは思っても見なかったと言った感じのワルドが、驚きの声をあげる。
 わざとらしいんだよ! 当たったらどうするんだ、俺の上でやるのは止めてくれ!

「やらせるかよ!」

 才人がエア・ハンマー同士による衝突で出来た突風を耐え切り、仮面の男へ切り込む。
 今度こそ、その一撃を繰り出すが杖で受け止められる。

「らぁぁぁ!!」

 受け止めるなんて許るさねぇと言わんばかりに、そのまま力任せで降り抜いた。
 男は声も漏らさずに足場から吹っ飛ばされ、空に投げ出される。

「それでは避けられまい!」

 再度ワルドのエア・ハンマー、『フライ』で浮き上がっていた為に避ける事も相殺する事も出来ずに直撃。
 衝撃で杖を手放して落ちていく仮面の男。

「……あれでは助かるまいな」

 覗き込み、叩きつけられて落下していく男を見るワルド。
 杖を手放しての落下、仮面の男は確実に地面に叩き付けられるだろう。
 才人はルイズに駆け寄り、起き上がらせる。

「大丈夫か!?」
「ええ、ちょっと痛いけど」

 顔には傷が付いてないが、飛び込んだ時の衝撃で擦り傷などが出来ていた。
 胸が大きかったら出来なかっただろう、ヘッドスライディング……。

「ルイズ」

 そう言ってワルドが杖を振る。
 杖先に光が宿り、その光がルイズの傷口に張り付く。
 見る間に傷が塞がった。

「これでいい、乙女の肌に傷は似合わないからね」
「ありがとう、ワルド」

 一応微笑んで傷を治してくれた事には礼を言おう、だがその台詞は気持ち悪いから。
 才人も同じことを思ったのか、少しだけ嫌そうな顔をしていた。

「急ごう、傭兵どもがこっちに来るかもしれない」

 頷いてまた駆け出す。















 階段を駆け上がる、枝が伸びた先に一艘の船が留まっていた。

「あれだ」

 枝沿いに駆けて船へ走りこむ。
 枝からぶら下がっていたタラップに乗って降り、船の甲板降り立つ。

「……あー? なんだおめぇたち」
「船長はどこだ?」
「寝てるよ、船に乗りてぇなら──」
「今すぐ船長を呼べ」

 杖を突き出し、脅迫するようにワルドは言った。

「き、貴族様!?」

 船員の一人が走り出す、恐らく呼びに行ったんだろうが。
 急いでるからって杖を突き付けるのはどうかと思うよ?
 肩で息をしながらその光景を見つめる。
 しばらくすれば船長帽を被った初老の男が眠気眼で現れた。

「船長か? 今すぐアルビオンへ出港してもらいたい」
「な、無理言わないでくだせぇ。 今から出発しても着く前に風石が底を付いちまいます!」
「足りないならば僕が補おう、風のスクウェアで十分足りるだろう?」
「なぁルイズ、風石って?」
「風の魔法力が詰まった石よ、それから出される風力で船が浮くの」

 才人の問いにルイズが答えつつ、ワルドと船長の商談が成立していた。

「……それなら何とか、代金の方は弾んで頂けるのでしょうね?」

 ワルドは懐から袋を取り出し、船長へ突きつける。

「これで足りるだろう?」
「へ、へぇ! 十分で、おめぇら起きやがれ! 出航だ!!」

 寝ていた船員達をたたき起こして、準備をさせる船長。
 やっとアルビオンか、……空賊船に出会えるか?
 一応原作沿いだが、ずれればすれ違いかねない……。
 めんどうだから会えますように!

 指を組んで願いたくなっていたルイズだった。



[4708] やっぱこのくらいの量が一番だ 13話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/10/23 23:58

 眼下に流れる雲を眺める。
 空を翔る帆船、どう見ても海の上しか走れない船でありながら。
 風石と言うファンタジー物質によって空を翔る、これがSFなら重力制御とか大推力スラスターとか必要だろう。
 元居た世界じゃローターとジェットエンジンのあわせ技? VTOLとか。
 精神はそんな極普通の、大掛かりな道具などが無いと個人飛行さえ出来ない世界出身の俺は考えていた。













タイトル「空飛ぶ……」















「山に港があるってのには驚いたけど、まさか空飛ぶなんてなぁ……」
「これが普通だから困るわ」

 当の昔にラ・ロシェールの街は見えなくなっている。
 アルビオンの港まで明後日の昼頃だと言っていた、その前に皇太子の空賊船だろうが。
 何時頃空賊だったっけなぁ、と考えているとワルドが近寄ってきた。

「話によると、王軍はニューカッスル城周辺に構えて、今も戦ってるらしい」
「……皇太子もそこでしょうね」
「恐らく、生きてはいるだろうが……」

 今も元気に空飛んでます。
 そらとぶうぇーるず、使用PPは少なそうだ。

「出来れば、皇太子が亡くなる前にお会いしたいわ……」
「……死ぬしかないのかな、皇太子って」

 死ぬ必要あるかと聞かれれば、……どちらでも良いと答えるだろう。
 ハーレムにアンリエッタを加えるに当たって、絶対に行う必要があるウェールズ死亡イベント。
 それと連動してガンダールヴ覚醒イベントもある。
 ワルドに付いていく事を拒み、ウェールズが殺されて、ルイズが殺されかける。
 それを主従契約能力で見て、駆けつけた才人が激昂、ガンダールヴの能力と、デルフリンガーの能力を現し出すのが大まかな内容。

「……少なくとも、亡命とかはしないでしょうね」
「……そうか」

 俺としては、どうしてもガンダールヴ覚醒イベントをこなしたい。
 俺だけではなく、才人の生死に関わってくるためだ。
 ウェールズが死ななきゃそれが起こらないと言うなら、確実にウェールズに死んでもらいたい。
 死なないで、そのイベントが来るなら生き残ってても良い。

 だが、違った未来は分からない。
 それが絶対に来ると断言できない。
 俺が危険な目にあって、その場に才人がいれば起こるだろうが。
 その時に俺が死ぬかもしれない、才人が死ぬかもしれない。
 今回の事ももしかすると死ぬかもしれない。
 だがある程度似通う未来と何が起こるかわからない未来、どちらに賭けるなどと考える事も無い。

 この事を黙っている俺は嫌われるかもしれない、怒りもするだろう。
 だが、命には代えられない。
 優先すべき事はウェールズの命ではなく、才人の命だからだ。
 もし死んでしまえば、ハーレムやら、元の世界に帰るやら、何もかも終わり無くなってしまう。
 それだけは何としても避け、『絶対に才人を死なせない』と言う『結果』で出さねばならない。
 そして、『才人が元の世界へ帰れる』と言う選択肢も必ず用意しなければならない。

 なら俺一人で動くのは?
 ……駄目だ、もうこの状況で一人歩きは危険すぎる。
 既に目を付けられているし、確実に命に危険が及ぶ道を歩まなければいけない、俺だけでは絶対と言って良いほど操られるか死ぬ。
 今、たった3つの虚無魔法で切り抜けられると思えない。
 だから連れて回る……、ガンダールヴの才人を強くしなければならない。
 確かに、才人は危ない道を歩くと言ったし、その覚悟もしたと言った。

 だからと言って、それを選んだ才人だけに責任を押し付けるのはおかしすぎる。
 ただ同胞と、日本人と話したいと思ってこの世界に引きずり込んだ、浅ましい俺。
 そう考えて浅ましすぎると、自己嫌悪になってしまう……。
 何度考えたか、帰れる道を用意するのが俺に出来る償いの一つである。

「港に下りてからは、考えて動かなきゃね」
「ああ、反乱軍が港を押さえて入るだろうが、すり抜けてニューカッスル城へ向かうしかない」
「………」

 ここら辺からだろう、人が死ぬと言う現状になり始めるのは。
 ルイズも才人も、ここから精神を鍛え上げられていく、人の死を目の当たりにして。
 ……耐えれるだろうか、俺は。
 皮膚の下に流れる、赤い血が大量に流れ出す光景に、耐えられるだろうか。
 先の不安、先の見えない未来から来る不安とは、また違う恐怖が広がる。

「……そろそろ寝ましょうか、昼過ぎまで何かある訳じゃないけど……」

 そう振り向いたとき、ワルドが口笛を吹いた。
 ……なんだ? 何を……グリフォンか。
 翼を羽ばたく音、力強く翼を下ろせば体が浮き上がり、すぐさま船より高く舞い上がって甲板に降り立った。
 しかし、かっこいいな、グリフォンって。
 ヒポグリフも捨てがたい、御母様のマンティコアもイカスぜ。
 タバサのシルフィードも最高だろうが、魔法衛士隊が騎乗する三種の幻獣はカッコいいに尽きる。
 そんな現実逃避とも言える考えを浮かべ、その恐怖を無理やりにも消していた。

「近くで見るとより、ね」
「だなぁ、乗ってみてぇ」

 多分今じゃ無理です、手元に置いておき、実力を示せれば良いが……。
 グリフォンはワルドに頭を一撫でされると座り込んでいた。

「それじゃあ行きましょう」
「どこに?」
「どこにって、サイトはここで寝る気?」

 空へダイブでもする気か、お前は。
 ここは空の上、今の高度1000メイル以上はあるんじゃないだろうか。
 風もあって結構肌寒いし、もっと高度が上がれば寒くなる。
 防寒具もないのにここで寝るとは、死ぬ気か。

「ほら、さっさと来る」

 才人の腕を引っ張り、船内に入った。
 通路へ進み、客用の部屋に入る。
 まぁ、空間が制限されるだけあって狭いが、二人で寝るには十分なスペース。

『しかし、ベッドが一つか。 詰めれば十分寝れるかな』
『ルイズがベッド使えよ、俺は床で良いし』
『そうか、じゃあこれ』

 ベッドから毛布を2枚、薄いが1枚を床に引く。

『少しはマシになるだろう』
『……ああ、わりぃ』

 そう言ってもう一枚を手渡し、ベッドに寝て毛布代わりにマントを被る。

『あれ、2枚しかないのか』
『2枚だな』
『じゃあ──』
『要らん、俺はマントがあるし』

 薄くても1枚下に敷いとけば大分違う。
 それに毛布一枚上に有るだけでも精神的に違う、安心感? なんか寝てるって感じがするし。
 体が資本のガンダールヴが風邪を引くのも困る訳で。

『……あんがと』
『ああ』

 ベッドに乗り体を丸めて横を向く、マントを肩まで引っ張り上げて瞼を閉じる。
 今日は走りすぎて疲れた……。










 ……瞼を開いた、船内まで聞こえる大声で目を覚ました。
 アルビオンが見えたのか……。
 上体を起こし、背伸びをする。
 体が痛い、筋肉痛か。
 それに、ちょっと汗が臭うかもしれん。
 もう一度背伸びをしてベッドから起きる。
 それを見たデルフがカタカタと喋りだす。

「お、娘っ子、お目覚めか」
「デルフは寝る必要ないものね」
「二人が寝ちまうから寂しいんだぜ?」
「こっちは寝ないといけないもの」

 デルフを一遍して、才人の傍に座って揺らす。

「サイト、起きて」
「……ぅ……ん」
「ほら、早く」
「……zzz」

 ……揺らすのを止めて立ち上がる。

「お? またかい」
「ええ、Mなのかしら」
「えむ? なんだそりゃあ」
「こう言う事をされるのが好きな人たちのことよ」

 デルフを掴み持ち上げる、そして才人の上に持ってきて。

「っうおお!?」

 ガキンと、才人がほんの数瞬前まで寝ていた場所にデルフを落とした。

「あ、あぶねぇ!」
「言ったでしょう? 一回で起きないと落として起こすって」
「危なすぎるだろ!」
「だから、鞘の中腹が当たる様落としてるわよ?」

 主に腹、頭は明らかに危ないので。

「娘っ子が優しく起こしてる時に起きない相棒が悪い」
「死ぬって!」
「それで死んだら笑い種よね」

 ほら、さっさと起きると言って手を掴んで引っ張り起こす。
 才人は大あくびをして起き上がった。

「甲板に上がりましょう」
「ああ」

 頷いて剣を拾い、背中に担ぐ才人。
 俺はマントを一度掃い、羽織る。
 才人を引きつれ、ドアを開け、通路に出て歩き、階段を上る。

「良い天気ね」

 手をかざして日を遮る。
 空は晴天、見上げれば雲一つ無く、青い空が有るだけ。
 アルビオンがあるならここは高度3リーグだろうが、殆ど息苦しくない。
 初めてここまで上ったが、てっきり少しばかり息苦しいかと思ってた。
 登山とかしたことねぇかならなぁ……、それともこの世界の酸素が多いのか?。

「ほんとだ、真っ青だな」
「雲は隣ね」

 船は雲と同じ高さで飛んでいる。
 水平に見れば、殆どの雲が同じ高さか下にある。
 それと別にするのは。

「あれが浮遊大陸『アルビオン』よ」

 巨大な雲、その上に、まるで水に浮かぶ葉っぱのような大陸。
 半分ほど下は雲に覆われ、どうやって浮いているのかよく分からなかったり、某天空の城のように巨大な風石が地中にあったりするのだろうか。

「船が浮くのは理解できたけど、あんな物が浮くなんてファンタジー過ぎない?」
「仕様だからしょうがないわ、いつか調べてみましょう」

 そうしよう。
 てか、まだ空賊船は来ないのか?。
 1時間もしないうちに到着しそうだが。

「右舷上方雲中! 船一艘確認!」

 見張りの船員が耳を塞ぎたくなるほどの大声を上げる。
 黒塗りの船体、舷側に並ぶ幾つもの大砲、あれは空賊船だな、と見た。

「あれって戦艦?」
「バトルシップと言った方が良さそうね」
「襲ってくるの?」
「空賊なら襲ってくるでしょうね」

 そんな緊張感の無い会話をしていると、ぐんぐん速力を上げてこの船と並走する。
 ずらりと並んだ大砲がこちらを向いており、逃げようと舵を切れば、一発撃ち放たれた大砲によって船の先端にかすった。
 鉤付きのロープが次々と投げられ、舷縁に引っかかる。

「精神力はこの船を浮かせる為に使って打ち止めだよ、大人しく停船した方が身の為だろう」

 ワルドを見ると肩を竦め、船長に言っていた。
 言われた船長は目に見えて落ち込み、ぶつぶつと呟いていた。





 続々と乗り込んでくる空賊たち、中には杖を持った男が数人。
 おいおい、あのメイジの杖、如何にも金掛かってるじゃねぇか。
 そっちの奴の杖も、もっとみすぼらしい奴にしとかないと一見でばれるだろ……。
 本当に空賊を装う気があるのか知りたい。

 それを見ていると、前甲板に繋がれていたグリフォンが暴れだし、眠りの雲で眠らされていた。
 眠ったのを確認してから、一人の派手な衣服を着た男が甲板に下りてきた。
 船長を聞き出し、それに答えた船長と問答をはじめる。

 それもすぐに終わって、視線がこっちを向く。
 よし来た、船倉に閉じ込められるのはめんどいし、さっさと皇太子に会うか。
 大股で近寄ってくる男、その視線は下から上へ見定めるような視線を俺に向けてくる。

「かなりの別嬪が居るじゃねぇか」

 俺は才人の後ろに隠れる振りをして。

『手を出すなよ』

 と才人に耳打ちをした。

「なあ、お嬢ちゃん。 俺たちの船で働かねぇか?」
「お断りよ、誰が貴方達のような下郎に」

 空賊の男が才人を押しのけ、ルイズの腕を掴む。
 才人は我慢した、『手を出すな』と言われたから我慢した。
 本当なら剣を抜き取ってぶん殴ってやりたい、でもルイズは何か考えがあって俺に言ったのだろうと考えた。

「言うじゃねぇか、気に入ったぜ」

 引っ張り出し、引きずるように甲板へ歩き出す。
 才人とワルドとの距離が離れたのを確認して。

「離し、ッて!」

 サッカーボールキックよろしく、後ろ向きの男の股間を蹴り上げる。

「ぐおぉぉ!」

 ふはは、痛かろう?
 軽く蹴っただけでも激痛が走る男の急所だ、その痛み、わからいでか。

 手加減をしたとは言え、結構な痛みで膝を付いた男。
 それでも腕を離さないため、暴れる振りをしながら。

『気品溢れるアルビオン貴族様、トリステインから特命大使が来たと皇太子に伝えてくれません事? それと今の行い、大変申し訳ありません』

 周囲の誰にも聞こえないよう、目の前の男だけに聞こえるよう呟く。

「ぐ……」

 男の呻きが見る間に小さくなる。

「この、小娘が……。 こいつ等も運べ、身代金がたっぷり貰えるだろうからな!」

 男はにやりと笑い、俺も少しだけ口端を吊り上げた。。




















「こっちだ、付いて来い」

 平坦に言った空賊の男。
 その男を先頭に空賊船の船内を歩く。
 俺たち3人の周囲に杖を持ったメイジが囲んでいる。
 もちろん俺たちは杖をもってはいない、才人も剣を取り上げられている。
 その男に付いて通路を歩き、階段を上った先は恐らく船長室。
 装飾をそこそこ施された部屋で豪華なディナーテーブルを中心に、ニヤける男達がテーブルに沿って並び立ち。
 その一番上座に座る船長らしき人物、拳ほどある水晶が先端に付いた杖をいじる男が見える。

「おい、お頭の前だ、挨拶をしやがれ」

 言った言葉に頷き、スカートの端をつまんで挨拶を述べた。

「ご機嫌麗しゅう、ウェールズ・テューダー皇太子殿下。 私の名はトリステイン王国ラ・ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。 此度は我等が主、アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下からの密命を受け、ウェールズ・テューダー皇太子殿下への密書を言付かって参りました」

 長ったらしい挨拶と今回の任務内容を、テーブルの上座に座る空賊船の頭に間違いなく言った。
 それを聞いていた頭と並ぶ男達が一斉に目を剥いた。
 才人とワルドも二人して驚いている。

「なにを言ってやがる、俺は皇太子なんて大層な──」
「失礼、カツラがずれていますが」

 言葉を遮り言って、反射的に頭に手をやる男、勿論ずれてはいないカツラ。

「……してやられたかな?」

 笑い出してルイズに聞く男。
 それににっこりと笑い返すルイズ。

「一つ聞いて良いかな」
「何なりと」
「どうして分かったんだい?」
「……一目で分かります、まずは其方の御方」

 視線をやると、ルイズ達が乗っていた船に乗り込んできたメイジの一人。

「其方のお方が持つ杖、鉄の拵えに微細ながら美しい装飾が施されています。 其方のお方も、そして其方のお方も」

 見やれば、三人とも杖を取り出して視線を落としていた。
 才人は言われて見ればと、その男達の杖を見る。

「たかが空賊にそこまでの装飾を施す意味と金銭は無いかと、それに」

 並ぶ男達に視線を一遍。

「如何に身を汚そうとも、あふれ出る気品は隠せませんわ」

 少しだけ笑って、ルイズは言った

「……は、ははは! なんと言う慧眼!」

 男、かつらを脱いで笑い出したのは金髪の凛々しい青年。
 一頻り笑った後、立ち上がった。

「大使殿には大変な失礼をいたした、貴族が名乗ったならば、こちらも名乗らなければいけないだろう」

 佇まいを直し、真っ直ぐに姿勢を正す青年。

「私はアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
「……皇太子殿下、まずは御確認を」

 そう言って指に着けていた水のルビーをウェールズへと向ける。
 それを見て、無言でウェールズは同じように指に着けていた指輪を外す。
 その二つの指輪を近づければ、美しい虹色の光が溢れ出した。

「……本当に、アンリエッタか」

 嬉しそうに、名を呟いた。
 ウェールズが着けていたのは水のルビーと同じく、アルビオン王家に伝わる始祖の秘宝が一つ、『風のルビー』だった。

「皇太子殿下、こちらが密書に御座います」

 懐から取り出した手紙、それをウェールズに手渡す。
 その手紙に視線を落とし、トリステイン王家の花押を見やる。
 そして、その花押に口付け、慎重に封を開ける。
 中の手紙を取り出して読み耽るが、顔を挙げ手紙に書いてある事を聞いてくる。

「姫は結婚するのか? 彼女が、あの、従妹が、愛らしいアンリエッタが……」

 気丈に、だけど微かに震える声でウェールズは言った。

「……はい」
「そう、そうか……」

 再度手紙に視線を落とし、最後まで読み終わる。
 ウェールズは気付いているだろう、手紙に残る涙の跡を。
 アンリエッタがどんな思いで書いたのか、どんな感傷で書き綴ったか。
 そして、最後の一言が、どれほどアンリエッタの心に暗い物を落としたのか。
 ウェールズは瞼を閉じて数秒、開いてルイズに言った。

「了解した、この手紙に書いてある通りにしよう。 それが一番良いだろう」

 微笑み、ウェールズは手紙を仕舞う。

「すぐに、とはいかない。 一度ニューカッスル城へ戻らなくては手紙の通りには出来ない、大使殿には申し訳ないが、ご足労願いたい」
「はい、この程度さほど変わりませんわ」





 ああ、この青年は、これから死んで……。
 いや、俺が見捨てるのか……。

 来る現実に、胸の奥底が締め付けられた気がした。



[4708] 詰まってきた 14話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/10/23 23:58

 片舷54門の大砲が一斉に火を噴いた。
 轟音、大気を叩く発破が雲の中に隠れる、俺たちが乗る『イーグル号』に振動を伝えた。

「クッ」

 苦しそうな呻きをもらしたのはウェールズ、雲の切れ目から見上げるのは巨大なフネ。
 『ロイヤル・ソヴリン<王権>』と名が付いていた、この世界屈指の巨大戦艦。
 今では反乱軍の手に落ち、反乱軍が始めて勝利した戦地から取って『レキシントン』と改名されている。
 高い攻撃力、竜騎兵の搭載機能など、屈指と言えるだけの性能を持ち合わせていた。
 そのレキシントン号の舷側から現れ出たのは砲門、片方54門の発射口が一斉に火を噴いていた。
 狙いはアルビオン王家の最後の砦、ニューカッスルの城だった。

「ああやって、時折城へ向けて砲撃してくる。 叛徒どもは我々の精神を削り甚振っているのさ」

 文字通り、苦虫を噛み潰したような表情のウェールズ。
 相当悔しいのだろう、良いようにされっ放しなどと。

「あんな物、まともに相手は出来ないでしょうね……」

 高機動戦艦なら或いは、といった感じもしなくは無い。
 といってもそんな概念は無いに等しいこの世界、大型小型で巡航速度の違いは有るものの、大体は近い速度しか出ない。
 風石は浮かぶ事しか出来ず、推力を生み出しはしない。
 ほぼ全てのフネの推力は、マストに張った帆、そこで受けた風によって進む。
 プロペラで推力を得たり、ジェットエンジンで加速したりなんてしない。
 プロペラ使って推進力得たのはコルベールが作ったフネが世界初じゃなかったっけ。

「ああ、あのような化け物を相手に出来るフネはほとんど無いだろう。 勿論我々のフネもその例外に無い、だから身を潜めて我々しか知らない秘密の港へ行くのさ」

 自嘲した笑みでウェールズが呟いた。













タイトル「フネは空、船は海、この微妙なニュアンスはめんどい」













 視界ゼロといって良い雲中を進む。
 見えはしないが、上にはアルビオン大陸があるだろう。
 そのでっかい大陸の下を通れば、当然日なんて届かない。
 慣れない船員なら簡単に上にある大地にぶつかり、座礁してしまうが
 王立空軍航空士は何ら問題なく、的確に自身が居る場所を割り出して進んでいく。

 湿った雲、水分を多量に含んだ霧に近い雲がひんやりと冷え、甲板に居る全員の頬を撫でる。
 進む、杖先から灯される光で周囲を確認、さらに進む。
 それを何度も繰り返していれば、雲が薄くなった空域に出る。
 見れば真上、縦に並べたイーグル号が三艘入りそうなほど大きな穴が開いていた。
 レキシントン号でも十分に入れるだろう、それほどまでの大穴。

「この大穴はニューカッスル城の秘密港に続いている」

 明かりを灯したまま、大穴に入り込むイーグル号。
 その後に続くのは、ラ・ロシェールでルイズ達が乗り込んだ『マリー・ガラント』号。
 操舵するのはイーグル号に乗っていた船員だった。






 湿った、鍾乳洞内。
 進むにつれ、光が増していく。
 見れば岩壁に生え覆う、白い光を放つコケが見える。
 数がそろえば、日中のような明るさで鍾乳洞内を照らしていた。

「着岸! 船降ろし準備!」
「アイサー!」

 フネが流れぬよう幾つもの紐で固定され、それを確認してから手押しでタラップを取り付ける。

「それでは行こうか、大使殿」
「はい」

 ウェールズとルイズ、その後に続く才人とワルド。
 タラップに足をかけて、港へ降りた。
 そこを待っていたのは、年老いたメイジ。

「おお、パリー! 今日は途轍もなく良い戦果だったぞ!」
「ほお、殿下がそこまで言うほどの物ですかな?」
「ああ、硫黄だ、硫黄! それも大量にだ!」

 両腕を広げ、大声で最高だと言ってのけるウェールズの声に、この港を警備している兵士達が声を上げる。

「硫黄だって?」
「本当か! これなら……」
「殿下が持ち帰った戦果、火の秘薬とは!」

 次々に上がる声、それは波となってすぐさま大きな歓声になった。

「うおぉぉー! これで叛徒どもに一矢報えるぞ!」

 と、奮い立たせるような歓声だった。
 それを聞いたウェールズは頷き、パリーと呼ばれた老メイジは涙を零す。

「殿下、わたくしは今日ほど嬉しい日は……、いえ、先の陛下に御仕えした時、殿下がお生まれになった日を除けば一番ですぞ!」
「ああ、これで王家の名誉と誇りを、栄光ある敗北を見せ付ける事が出来る」
「そうでありましょう、明日にも名誉と誇りを見せ付ける事が出来ましょう」
「……ほう、明日か」
「はい、明日の正午に攻城を開始すると、忌々しい叛徒どもが旨を伝えてきおりました」
「そうか、間に合ってよかった」
「はい、戦に間に合わぬなどと恥以上でありましょうぞ!」

 談笑、その内容は明日にでも自分達が死ぬだろうと言う話。
 死を受け入れ恐怖する、その中で笑みを零すとは如何程の精神か……。

「して、そちらの方々は何方で?」
「ああ、トリステインからの大使殿だ。 重要な用件で王国に参られたのだ、丁重に持て成してくれ」

 ほんの一瞬、パリーの顔が怪訝な表情となり、すぐ笑みに変化した。

「これはこれは大使殿、わたくしめは殿下の侍従を仰せつかっております、パリーと申します」

 仰々しくも優雅に、頭を下げた。
 それに返し、同じように頭を下げる。

「遠路遥々ようこそお出で下さいました。 大した持て成しは出来ませぬが、今宵は祝宴が催されますのでぜひともご出席くださいませ」






 ルイズたちはウェールズに付いて歩き、天守閣の一部屋に入る。
 部屋の中は質素の一言、木製のベットに机と椅子の一セット、壁には戦いの模様を記したタペストリーが貼られている。
 一国の皇太子がこのような部屋で就寝しているとは思えない部屋だった。
 その部屋においてある机に歩み寄るウェールズ、引き出しを開けて取り出したのは宝石箱。
 首にかけていたネックレスをはずし、その先端に付いていた鍵を宝石箱の鍵穴に差し込む。
 カチリと、鍵を開けて蓋を開ければ目に入るのはアンリエッタの肖像画。
 蓋の裏に愛する人が描かれた宝石箱の中に、愛する人が書いた手紙。

「それは……」
「……大切な宝箱でね」

 宝石箱を見つめて嬉しそうに呟くウェールズ、その中から手紙を取り出した。
 見れば擦れて、端々が切れ切れになっていた。
 愛し惜しい様に口付け、手紙を開いて心に刻み付けるように読み直す。

「……これが件の手紙だ、確かに返却した」
「はい、確かに」

 同じく引き出しから取り出した封筒に手紙を入れ、ルイズに手渡すウェールズ。

「明日の朝にイーグル号が非戦闘員を乗せて出港する、大使殿はそれに乗って帰りなさい」
「……はい」

 原作ならここでルイズが問うただろう、何故戦うのか、死ぬと分かって逃げないのかと。
 意味の無い問答を、貴族の、王族の誇りを理解しているだろうルイズが問うたのだ。
 『死して誉れ』なんて言葉が出るような、ルイズであったはずなのに。
 そう考えて、ウェールズを見た。

「……ラ・ヴァリエール嬢、何か用があるのかね?」
「一つだけ、お聞きしたいことがあります」
「何なりと申してみよ」
「……二人とも、皇太子殿下と二人きりにして貰えないかしら」

 少し俯き、視線を外す。
 二人は見ない、見る意味が無い。

「……何か大事な問いであるようだ、申し訳無いが席を外してくれ」

 才人とワルド、互いにルイズとウェールズを見て返事を返す。

「はい」
「分かりました」

 頷いて外に出る二人。
 それから数秒、保っていた沈黙を破る。

「最後にお会いしたのは3年ほど昔の事でしたでしょうか」
「……申し訳ない、何処で会ったか……」

 毎日何百人もの貴族に会ったりするから、全部は覚えきれないだろうな。
 ましてや他国の貴族、王族とか主要な人物で無い限り記憶に留めるのは難しい。

「3年前、マリアンヌ皇太后様の御誕生日に祝う席にて」
「……そうか、あの時の日に」
「はい、勿体無くもあの時、アンの影武者を務める事に相成りました」
「桃色がかったブロンド……、まさかとは思ったがアンリエッタが言っていた影武者は、ラ・ヴァリエール嬢だったのか!」
「はい、あの時にアンと皇太子殿下がお会いになっていた事も知っていました」

 ラグドリアン湖で水浴びをしていたアンリエッタを見つけたウェールズ。
 何を喋っていたのかはもう覚えていないが、何度も逢瀬を重ねたのは知っている。

「アンが、皇太子殿下に水精霊の御許で誓いを交わしたのも」
「それも知っているのかい……?」
「いいえ、推測に御座いました」
「……またしてやられたね」

 知っているから、口にした。
 推測と言うのは、今のような発言が出たから言っただけ。

「それで、聞きたい事とは?」
「皇太子殿下は姫殿下を、アンを愛していますか?」
「……何を」
「密書の末尾、その言葉の返礼を」
「あの言葉、ラ・ヴァリエール嬢が……?」
「はい、皇太子殿下が決して受け入れぬだろう言葉の代わりに」
「………」

 瞼を閉じて、肩が、少しだけ震えていた。

「……ラ・ヴァリエール嬢、私は──」
「私はウェールズに聞いているのです。 アルビオン国皇太子、ウェールズ・テューダーに聞いているのでは有りません」
「……それが、どのような事か分かって言っているのかね?」
「はい、貫く覚悟をお持ちの方にお聞きするのです。 それ相応の罰を受ける覚悟もあります」

 この人柄だ、いきなり縛り首などは無いだろうが……聞かなきゃよかったか。
 だが、あの一言を書かせたのは俺だ。
 だから聞いておく、一人の男、ウェールズが、一人の女、アンリエッタをどう思っているか。
 言葉で現したいと、何度も心の中で呟いただろう、呪文を。

「……私は、私は」
「………」
「私は、アンリエッタを『好き』だった」

 それを聞いて瞼を閉じる。
 ……例え二人っきりでも、例えただの男でも、例え明日に死ぬ身であろうと、言えないのか。

「……ありがとう御座います、これでアンも皇太子を……」

 諦めきれないだろう、残照のように、心にウェールズを焼き付けて。
 ウェールズと近い年頃の男、才人と重ね合わせるだろう。
 悲しみで、ウェールズを求める。

「感謝する、ラ・ヴァリエール嬢。 君が大使で良かった、こんなにも心に残せるとは……」

 ……良かったのか、好きな人と一緒に居れない事が。
 恋した事も、愛した事も無い俺が。
 つまらない人生だったと言われるような俺でも、好きな人が出来たら一緒に居たいと思ったのに……。

「……さぁ、そろそろパーティーの時間だ。 君達は我等アルビオン王国が迎える最後の来賓だ、是非とも出席して欲しい」

 その言葉に、すぐに頷く事は出来なかった。






 課せられた責務は個人を縛る。
 その位置が高ければ高いほど、締め付ける。
 先のウェールズのように、愛している人に愛してると言えないような。
 言動を縛る、唯一自由なのは心だけか……。

「ずいぶん豪勢だなぁ、……やけっぱちに見えるぜ」
「強ち間違いじゃないわね」

 パーティー会場の端で、開かれる祝宴を見つめる二人。
 そこへワルドが相槌を入れる。

「気を付け給え、貴族は誇りと名誉を譲れないのだ。 決して自棄になっている訳ではない」

 こいつ、何時仕掛けてくる気だ?
 知らぬ間に俺との結婚の神父役をウェールズに頼んでいた訳ではないし。
 普通に考えれば、俺とウェールズとワルドの3人きりになった時ぐらいしか……。
 先にウェールズでも仕留めてから、俺を狙うか……? 逆もありえる。
 考えていれば、会場にウェールズが現れた。
 あんな美形が現れれば黄色い声も上がるわな。

 アルビオン貴族や貴婦人に挨拶をしながら王座へ向かう。
 王座に座るジェームズ一世の耳に口を寄せて、耳打ち。
 それを聞いて、ウェールズに支えられながら立ち上がるジェームズ一世。

「皆の者、今までよくこの無能な王に付いて来てくれた。 朕を支え、立たせてくれた忠臣たちよ。 明日の正午、我等王軍に反乱軍、『レコン・キスタ』が総攻撃を仕掛けてくる」

 パーティー会場を一望、一人一人に視線を合わせるように見渡す。

「その時には、既に戦争、戦いではなくなるだろう。 攻撃は一方的な虐殺へと変わるだろう。 ……朕は諸君等が魔法で焼かれ、切り裂かれ、貫かれる姿を見とうない。 剣に、槍に、鉄砲に、傷つき倒れる姿を見とうない」

 区切ると同時に咳、血を吐きそうな勢いで咽た後、何とか抑えて声を出す。

「故に、朕は諸君等に暇を出す。 明日の正午前にイーグル号がここを離れる、諸君等もこれに乗り、アルビオンから離れるが良い」

 王の命、勅命として扱われる言葉に誰も答えない。

「おや、陛下が何かを喋っておらせられる! 大変申し訳ありませぬが、もう一度陛下の御声をお聞かせ願えぬでしょうか!」
「確かに、陛下には大変失礼を! もしかすると『全軍前へ! 叛徒どもを殲滅せよ!』との御言葉かもしれん!」
「おお! さすが陛下で在らせられる! 当にこの身は王へと忠誠を誓っておるのに、益々傾倒してしまうではありませんか!」

 誰一人、先の言葉に頷く者は居ない。
 答えるのは軽口で、王を称え、進軍の命令を望む声ばかり。

「ばかものどもめが……」

 小さく、ウェールズだけに聞こえるように呟くジェームズ一世

「そこまで朕の命を受けたくば聞くが良い! 敵を殲滅せよ! 名誉と誇りを汚す者どもを悉く薙ぎ払うのだ!」
「おおぉぉぉぉ!!」

 重なる声、戦意は漲り、今にも出撃しそうなほどの熱気。

「だがしかし! 今宵は祝宴である! よく食べ、よく踊り、よく歌え! 戦うのは明日からで十分じゃ!」
「確かに確かに! さぁ、皆の者! 今宵の馳走は一品であるぞ!」

 一気に騒がしさは増す。
 こっちに気が付いたアルビオン貴族が次々と酒や料理を進めてくる。
 それを失礼にならない程度に受け流す。
 彼等が陽気に振舞うのを見ていて辛くなったのだろう、才人が肩を落としていた。

「サイト、嫌なら出ても良いのよ」
「……いや、居るよ」
「そう、無理しちゃ駄目よ」
「……ああ」



 次々と来る貴族と歓談、会話に入れなかった才人は壁際に寄って座り込んだ。

「何でだよ……」

 呟く、何であんなに楽しそうに出来るのか分からなかった。
 もっと泣いて、怖がって、逃げ出しても良いじゃねぇかと、考える。
 何で、笑えるんだよと、考え続ける。
 そんな考えの才人に気が付いたのはウェールズ。
 囲んでいた貴婦人達に断りを入れて、才人に歩み寄った。

「君はラ・ヴァリエール嬢の使い魔君だったね?」
「はい」

 立ち上がってウェールズの問いに答える。

「トリステインは人を使い魔にするのか、変わってる国だね」
「トリステインでも珍しいですよ」

 なんたって今のところ、3人しか人の使い魔は居ないらしいし。

「……どうしたんだい? 顔色が悪いようだが、気分でも?」
「ちょっと気分悪いです、その、あの人たちを見て」
「何故だい?」
「……無理に明るく振舞ってるようにしか見えなくて、死ぬのが怖くないのかなと」
「心配してくれるのかい? ……君は優しいな」
「んなこと、ないっすよ……」
「ははは、ラ・ヴァリエール嬢のようだ。 二人して私たちを心配してくれている」

 ルイズの名を聞いて、顔を上げる。

「死ぬのが怖くない、なんて人間は居ると思うかい?」
「……居ないと思います」
「だろう? 僕だって怖いさ、勿論彼等もね」
「ならなんで!」
「……君ならどうする? 君の大切な者が危なくなって、自分しか立ち向かえなかったら、君はどうする?」
「……そりゃあ戦うと思います」
「そう言う事だよ、僕達は守りたいものがあるから戦う。 決して譲れぬ大切な者の為に戦うんだ」
「それで、死ぬとしてもですか?」
「勿論だとも」

 わからなかった、何故ここまで覚悟を決めれるのか。
 大切なものを守りたいのは分かる、だけどそれのために残された者はどうなるんだ?
 泣いて悲しむだろう、自分のために死んだと聞いて怒る人も居るかもしれない。
 あの姫様だって、皇太子の事を愛していて、死んだらあの時以上に泣くかもしれない。

「泣きますよ、お姫様」
「……ああ、泣くかもしれないね」
「絶対に泣くと思いますよ」
「そう、なるだろうね」
「泣かせないようにする事も、出来るんじゃないんすか?」
「……そうすれば、トリステインにとってとても不味い事になるだろう。 私が亡命などすれば、城を落とすより先に、トリステインを攻める事になるだろう」

 喉が詰まる、言葉が出ない。
 何か言いたいのに、何も言えない。

「……今のはアンリエッタに言わないでくれよ? あの愛らしい花が涙で濡れるなんて嫌だからね」
「もう、泣いてます」
「……そうだったね」

 どうしても、お姫様を泣かせなければいけないのか。
 これ以上言っても、ウェールズの心を変えられないんじゃないかと、考える。

「……それじゃあ、僕は戻るよ。 これ以上待たせると何か言われるだろうしね」

 踵を返して、中心へ戻っていくウェールズ。
 ただ見送るだけしか、才人は出来なかった。











 翌朝、目が覚めれば来賓室だった。
 起き上がってみるが、才人の姿は見えない。

「………」

 それだけだ、それだけで嫌な予感が走った。
 致命的なミスを犯した気がした、昨日だって今日に備えて殆どワイン飲まなかったのに。
 そんな一杯二杯で酔いつぶれるほど酒に弱くはない、なら何故?
 立ち上がって、ふら付きながらドアに駆け寄る。
 浮かぶ疑問を後回しにして、ノブに手を当てまわす。

 開けば。

「やぁ、ルイズ。 やっと起きたかい?」

 手に杖を持って、笑顔を浮かべるワルドが立っていた。



[4708] あれ、よく見れば2巻終了と思ったがそうでもなかった 15話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/10/23 23:59

「相棒! 来るぞ!」
「分かってる!」

 迫り来る影に向かい、デルフを振り払うが容易く避けられ、鋭い一撃が身を貫こうと襲い掛かる。
 場所は礼拝堂近くの倉庫、ワルドからルイズがここで待っていると聞いて来て見れば、いきなり襲い掛かってきた仮面の男。
 デルフが気が付かなければ、不意打ちの一撃で殺されていた。
 ぞっとする、避けていなければ首や胴が一発で落とされていた、なんてデルフが脅しを掛けて来ていた。

「ッ!」

 迫る仮面の男。
 もう一方の剣で捌き、デルフを突き出す。

「鈍いな、やはり伝説は伝説か」
「うおぉぉぉ!」

 ひらりと、ラ・ロシェールの桟橋で襲ってきた仮面の男は簡単に避ける。

「フッ!」

 剣と杖がぶつかり合い、甲高い音を鳴り響かせる。
 攻めて攻められ、守り守られ一進一退の攻防、のように見える戦い。
 先のラ・ロシェールでのワルドとの戦いと似ている。
 軽やかに、しなやかに、強靭の体現した仮面の男。

「『エア──』」。

 魔法の呟き、目標を叩く空気の槌だと判断して飛び退くが。

「『──ハンマー』!」










タイトル「ロリコン、それも一種の真理」











 真上から叩き落された。

「ガァッ!」

 才人の体が床に叩きつけられて、弾んだ。
 とんでもない威力、1メイルも無い高さから叩き落された人の体が、2メイルほどまで弾んだのだ。
 威力は押して知るべし、肉体の強度を引き上げるガンダールヴでなかったのなら、車に轢かれた蛙のように叩き潰されていた。

「ほお、今のを耐えるか」

 感心した様に呟く仮面の男。
 激しい痛み、背中と頭を地面で強打した。
 クラクラと、視界が歪む。
 特に左の視界が激しい、文字通り歪んで見ている風景が認識できない。

「相棒! 起きろ! やられちまうぞ!」

 クラクラと歪む、歪みが一際大きくなった時には、左目には全く別の物が見えていた。

「え?」

 下から見上げるように、ワルドの顔が左目に映っていた。
 杖を握り、にこやかに。
 視線はゆっくりとワルドから遠のくが、一歩近づいて距離を埋める。

「なん……?」

 よく分からない、何故目の前に居ないはずのワルドの顔が浮かぶのか。
 何故この視界はゆっくりとワルドから離れるのか。

 何故、あんなにもワルドの顔が、喜悦に満ちているのか。

「耐久に富むだけがガンダールヴか、伝説を学べてよかったよ。 それじゃあ──」

 仮面の男が杖を上げる。

「死ぬがよい」
「あいぼぉぉぉ!!」
「ッ、ァアア!!」

 死の宣告と、叫びと、全力の回避。
 片腕の力だけで、体を跳ね起こして、首を刈り取るエア・カッターの一撃を避けた。

「しぶとい、小賢しい平民が」
「ッうるせぇ!」

 距離を詰めてくる男、対して剣を構えて受ける。
 切り、払い、突き、縦横無尽に迫るレイピアを避けて、受け流して、捌く。

「──そろそろ終わらせるとしよう、それに向こうもかたが付く」
「ッ、やらせねぇ!」

 右目だけで仮面の男を捕らえ続けるのはかなり無理があったが。
 痛む体で踏み込み、逆袈裟に切り上げる。

「……そうだな、冥土の土産に教えてやろう」

 あっさりと、飛び退いて避ける。
 右目に仮面の男、左目に何かを喋りながら迫るワルド。

「何をだよ!」

 訳がわからない、何でこう言う事になってるのか。
 あの時頭を打ったからこんなのが見え始めたのか。

「何、ウェールズは今死んだと言う事だよ」

 疾風、受け流し損ねた刺突が肩を掠める。
 パーカーが裂け、血が滲んだ。

 ……こいつ、今なんて言った?

「相棒ッ! 魔法が来──!」
「ッ!」

 仮面の男が言った、信じられない言葉。
 まだ戦いが始まっていないのに、ウェールズが死んだと言って退けた。
 その言葉で呆けた隙に突風、ウインド・ブレイクによって車と激突したような、激しい衝撃が才人を襲った。

「ッガ……ァ」

 吹き飛ばされ、床を何度も転がる。
 全身を叩かれたような、激しい痛み。
 先ほどのエア・ハンマーにも劣らない威力。
 視界が歪む、今にも両手の剣を落としそうになる。
 咳をしながら、迫っているだろう仮面の男を見た

「信じられないのかね? まぁ、魔法を知らぬ平民では無理は無いか」

 こいつの他にも敵が居た?
 何時入ってきた、今城の中に居る軍人は少ないけど、簡単に見逃すようなへまをしない筈だ。
 くそ、見たくもねぇワルドの笑顔がうざったらしい!

「もう一つ土産だ」

 そう言った仮面の男は、左手を顔の、仮面に手を掛けて外した。
 仮面の下の素顔、それは今も左目に映るワルドだった。

「嬉しかろう? 正体が知れて」

 何でワルドがここに居る? 今左目に見えてるのは何だ?
 ルイズは今どこに居る? ウェールズは誰に殺された?
 
「護衛がスパイだった、なんてとても面白かっただろう?」
「何で、何であんた……」
「ウェールズを殺して、手紙を手に入れて──」

 区切る、ため息を付いて

「ルイズも死んでしまう」
「───」

 は? 誰が死ぬって?

「残念だ、彼女は一緒には来てくれないだろう」

 誰が殺すんだ? 何で殺すんだ?

「如何に愛らしい小鳥とは言え、言う事を聞かなければ首を捻るしかあるまい。 そう思わないか? 使い魔君」
「てめぇ……」

 才人が唸る、瞳には殺意が漲る。

「──そうだ、相棒! 心振るわせろ!」

 左手のルーンが一際、今まで以上に輝く

「そうだ、ガンダールヴ! 力を溜めろ! お前は主を守る盾だ!」

 言うより速し、床が陥没するギリギリの踏み込み。
 右手に持つ剣で、才人が放った袈裟懸け。
 先ほどとは二周り以上の違いを見せた一撃に、辛うじて受け止めたワルドの体が沈む。

「娘っ子に仇なすこんなくそ野郎、ぶった切っちまえ!!」

 左手、輝く刀身を現すデルフリンガーが、ワルドの右肩から順袈裟に両断した。

「───」

 呻きさえ上げず、ワルドが切り裂かれて、消えた。
 こんな奴の死に様なんてどうでも良い、消え始める前から才人は駆け出して、部屋を出た。














 才人が、ワルドの遍在を切り裂くたった数分前。
 今までルイズが寝ていた来賓室のドアの向こう側。
 開けてみれば立っていたのはワルド、その笑みは爽やか。
 その笑顔を見てまずった、と思った。
 落ち着いて状況を確かめるべきだった。
 杖を取り出してイリュージョンでも先に掛けるべきだった。

「ルイズ、もうすぐ正午になってしまうよ」
「……もう、そんな時間なのね……」

 ゆっくりと扉を閉めて、通路に出る。
 下手な行動はしない、杖を持ったワルドがどれだけ危険か承知している。
 どうする? 杖を取り出すか?

「迎えに来てくれたの?」
「ああ、そうだよ。 もうすぐ奴等が攻めてくる、さっさとこんな城から抜け出そう」
「……そうね、早くサイトを探してフネに乗りましょう」
「使い魔君のことは心配要らない、彼はイーグル号に乗ってもう逃げて行ったよ」

 嘘付け、才人が俺を置いて行く訳無いだろう。
 一緒に帰ると言ったのに、こんな約束を守れない奴じゃない。

「……そんな訳ないわ、早く探しましょう」

 走り出そうとして、ワルドに腕につかまれた。
 ゆっくりと引っ張られて、振り向かされた。

「そっちではないよ、ルイズ」
「ッワルド、痛いわ」
「ああ、すまない」

 無理やり引っ張られれば、簡単にこの身を引きずる事も出来るだろう。
 言って離してもらえたのは僥倖か。

「……ワルド、何故杖を持ってるの?」
「何って、もうすぐ奴等が攻めてくるからさ。 君にもしもが有ったらいけないからね」
「……ありがとう」

 一歩下がる、それを見てワルドから笑みが消える。

「何故、離れるんだい?」
「……、探しに行かなきゃ」

 一歩、また下がるがワルドも一歩、前に歩を進める。

「彼はもう逃げてしまったと、言っただろう?」
「………」

 ワルドの抜いた状態に、勝てる訳がない。
 杖を引き抜いた瞬間には、俺か杖が吹き飛ばされる。
 もしかしたら、切り刻まれるかもしれない。

 やばい。

「ワルド、その目、怖いわ」

 俺は下がる、ワルドは進む。

「そうかい? 僕は普通と思うんだけどね」

 既に濁っている。
 ……もう、ウェールズはやられたのか?

「……行こう、ルイズ。 僕と一緒に」
「ええ、脱出してトリステインに──」
「いいや、違うよ」

 くそ、もう殺したのか。
 才人は、何処だ?

「行こう、ルイズ。 僕には君の力が必要なんだ」
「……トリステインじゃないって、何処に行く気?」
「決まっているだろう? 『レコン・キスタ』だ」

 ここで言うか!
 どうする? 付いていく気は無いが、付いていかなければ殺しに来る。

「……貴方、貴族派だったの……?」
「そうだよ、我々はハルケギニアの将来を憂い集まった貴族連盟、国境など無く全てが繋がっているんだよ」

 手を大きく広げ、見えもしない天を仰いで喋る。
 凶悪な笑み、俺ではなく俺の力を見て笑っている。

「わかるかい、ルイズ。 我々は『聖地』を奪還する、忌まわしきエルフを駆逐するには君の力が必要なのだ」
「……何を言ってるの? 私に力なんて──」
「あるのさ、大いなる力が。 エルフどもを消し飛ばせる大いなる力が!」
「何を言ってるのかわからないわ、ワルド」

 後退る、狂気と言って良い信仰。
 持たざる力を信仰し、その力を持つ俺を手中にせんと迫る。

「さぁ、行こう。 世界を手に入れるんだ」
「……私、世界なんて要らないわ」
「ルイズ、君が必要なんだ。 君の才能が、君の、始祖ブリミルに劣らぬ力が!」
「要らない、要らないわ、ワルド。 だって、私の世界は生まれた時から手に入れているんですもの」
「……ルイズ、頼むから言う事を聞いてくれ。 聡明な君なら、分かるだろう?」
「分かるわ、貴方が……力尽くで私を従わせようとしているって!」

 体を傾けながら、かかとを翻して走る
 ワルドはそれを見ながら、呟いた。

「……残念だよ、ルイズ」

 ワルドは、一瞬で加速した










 
 

「ッ!?」

 角を曲がったと同時に、T路地の壁が切り裂かれた。
 強引に連れて行くんじゃなくて、すぐ殺しに来るか!
 駆け行く場所は……礼拝堂しかない。

「ハァ、ハァッ!」

 尻目に見れば、光が見えた。
 魔法が来ると、全力で駆けて逃げる。
 次の時には、風の塊が身を掠った。

「ッ、ハァ、ハァ」

 不味い不味い不味い、杖を抜いて振り返る暇が無い。
 そうすれば振り向く前に殺される。
 そんな必死な思いを他所に、背後から風がワルドの声を運んでくる。

「ルイズ、待ってくれ。 一緒に行こう、そうすれば……」
「ッァ、嫌よ! 貴方に付いて行っても何も良い事なん──」

 ボン、と背中に強すぎる衝撃が走った。
 飛ぶ、差し詰め思い切り背中を押されたように飛ばされて、転がる。

「駄目だよ、ルイズ。 僕は君を殺したくは無い、そうさせないでくれ」

 風が、声を運んでくる。
 痛む背中、それを我慢して無理やり起き上がる。
 くそったれが、……しょっぱなから殺しに来る奴が何言ってやがる。
 ズグンと痛みが走るがそれを我慢して駆ける、曲がり、直進して、あの場所へ。

「ッア、アア、ハァ……」

 飛び込んで入れば、見えたのは

「ウェールズ……」

 血を流し、始祖ブリミル像の前で倒れ伏すウェールズが居た。
 血溜りが出来て数分は経っているのだろうか、恐らくは事切れているだろう。

 ……してやられた、来賓室で見たあの笑みは任務成功を確信して浮かべたのか。
 不自然なまでにあっさり眠った俺、『スリープ・クラウド<眠りの雲>』や薬か何かで俺を眠らせたか。
 終わったことだ、それの詮索はもう良い。
 俺が寝てもすぐには動かなかったのだろう、先ほどまで俺の部屋に来なかったのがその証拠。
 朝になり、もうすぐ戦が始まると言う時に動いたワルド。

 何か大事な話があるとでも言って二人きりになったのか。
 最初からウェールズより勝っているワルド、すぐに魔法を行使してウェールズを仕留めた。
 才人のほうは分からない、俺と同じで眠らされたり……もしかしたら。
 嫌な考え、訪れてはいけない結末が脳裏を過ぎる。

「違う、死んでいない……」

 絞り出した声、最悪すぎる結末。
 何としても才人を探し出さなければ、だが。

「ルイズ」

 声だけが耳に入る、とっさに礼拝堂の長椅子の傍に隠れる。
 探しに行くには、こいつを如何にかしなければ。
 袖から杖を取り出し、小さく呟いた。






「ルイズ、どこだい?」

 追いついて、礼拝堂の入り口に立つワルドが居た。
 カツンカツンと、床が靴音を鳴らす。
 杖には明かりが灯っている、俺が姿を現せばすぐにでも撃ち込んで来る。

「ここかな? ……違うね、ならこっちかな?」

 いちいち長椅子の足元を見ながら歩くワルド。
 俺に大いなる力が有ると分かってるんなら、それを使えるかもしれないと考慮に入れろ。

「どこだい? かくれんぼはすぐ終わってしまうよ」

 確かに、このまま続けても終わるだろう。
 俺を見つけられず、逃げられたと言う結末に。
 ウェールズ、あんたの事はしっかりアンアンに伝えて──。

「めんどうだ、炙り出させて貰うよ」

 こいつッ!?

「『ウインド・ブレイク』」

 先ずは一発、礼拝堂の置くにあるブリミル像へ向かい、強力すぎる突風を打ち出した。
 複数の長椅子と、ブリミル像が吹っ飛ばされて壁に打ち付けられ、中ごろから折れ壊れる。
 なんつー威力、部屋の半分、端から端まで見事に吹き飛ばされていた。
 俺ごと、まとめて吹き飛ばす気か!
 危険を感じて一気に駆け出し、礼拝堂の外へ出ようとして。

「居ないね、こっちか」

 振り向き様に、空気の壁を撃ち放った。
 一瞬で、まるで絨毯が捲り上がるように長椅子が突風で巻き上がった。
 その効果範囲にいた俺も、同じように吹き飛ばされる。
 長椅子が砕け、空中でルイズの体を打ち付ける。
 砕けた破片も、手足に突き刺さっている。
 顔は腕で守ったので破片刺さっていないし、他に刺さった部分も致命的な物ではない。

 が、打ち付けられた痛みが半端ではなかった。
 床にも叩きつけられた、全身を強打して、気絶してもおかしくなかったのになんとか今も意識があった。
 故に、全身を襲う痛みが一気に気分を悪くする。

「そんな所に居たのかい」

 床に叩きつけられた衝撃で杖を離してしまっていた。
 メイジにとっての命綱を離してしまい、イリュージョンの効果が失われた。
 周囲と同化して、隠していた姿が露になった。
 杖が傍に落ちる、その音が嫌によく聞こえる。

「ああルイズ、僕の可愛いルイズ。 なんて痛ましい姿だ、もう大丈夫だよ」

 い、ってぇ、お前がしたんだろうが……。
 あああああ、くそ。
 うごけ……。

 動かぬ体、辛うじて回る思考。

「さっきの言葉は嘘だったんだろう? 僕を困らせるために言った冗談だろう?」

 歩み寄ってくるワルド、杖先は一度として俺から逸らさない。

「嘘だと、冗談だと言ってくれ。 まだ間に合うよ」
「……お、断り、よ、貴方なんか、に、付い、て……」

 たどたどしい、上手く回らぬ呂律。
 コイツには絶対に付いて行かない。
 死にたくはないが、死んでも付いて行かない。

「……残念だ、とても、残念だ」

 俺が言った言葉を聞いたワルド、その表情は一瞬で消えて無表情。

「これで僕は、君を殺さなくてはいけなくなった。 分かっていただろう? こうなる事を君は選んだ、とても残念だよ」

 歩み寄る。
 俺を殺すと、歩み寄る。
 息が苦しい、上手く呼吸を出来ない。
 胸の上に何かが圧し掛かっているかのように、ずっしりと俺の動きを阻害する。
 腕が動かない、足が動かない、頭は……ギリギリで。

「ぁ……ぅ……」

 呂律も回らない。
 絶望的な状況で、数秒後には死体となる自分で。
 ワルドが魔法を放つだけで、終わってしまう。
 迫り来る死に、意識が痺れる。
 才人は、才人は無事なのか、と終わりかけの意識はそれに集約されていた。






「…・・・さようならだ、ルイ──」

 そう、言い切る前にワルドが止まった。

「まさか……」

 あの使い魔と戦っていた遍在が消えた。
 その事実に、ワルドは一瞬だけ驚き狼狽した。
 それを逃さなかったのはルイズ。

「ぅ……」

 止まったワルドを見て全力。
 腕に掛けた力は出しえる最後の力。
 腕が動いて、そばに落ちている杖に指が届いた。

「ェクスゥ──」

 指に掛かる、杖の感触が意識をたたき起こす。
 狙いは一点、揺れる視界にワルドを捉えた。

「プロゥ、ジィオン──」

 回らぬ呂律で限界まで省いた詠唱。
 代償として、俺の精神をガリッと、抉った。
 視界は文字通り白黒、毎秒十回を超えて脳に危険信号を送る。
 落ちるなと、歯を食いしばる。
 落ちれば終わると、意識を叩き起こす。
 モノクロの世界に、意識の端っ切れを乗せる。

「ッガア!?」

 人の胴体ほどの、小さな爆発。
 直撃ではなかった、ワルドの数メイル前方で爆発。
 ワルドが放つウインド・ブレイクに届く風圧を持って、その部屋にある全ての物を吹っ飛ばした。
 その風圧に糸が切れた人形が二つ、ゴロゴロところがって壁に叩きつけられた。
 ワルドは空中で姿勢を直して着地、怪我を負っているように見えない。

 くそ、くそ……。
 倒せなかった、こっちに来る。
 やばい、殺される。

 意識が無くなれば、死の恐怖から逃れるために気絶していればどんなに良いか。
 でも、それでも落とさない。
 しがみ付く、死にたくないと。
 もうどうも出来ない、杖はどこかへ飛んでいった。
 だから願った、ルイズの命を救う、最後の望みを呟いた。

「……イト」














「くそ、くそ、くそ!!」

 左目には、今だ映るルイズの現状。
 光る手の甲、ガンダールヴになって駆ける才人は風。
 それでも、足りない。
 ルイズが吹き飛ばされ傷ついた。
 それを見てズシリと、心に重い何かが圧し掛かる。

「クッソォ!」

 ルイズの体に突き刺さる木片、血を滲ませ流す。
 ワルドと、血だらけで転がっているウェールズも見える。
 見えるだけで、何も出来ないもどかしさ。

「ルイズゥゥ!!」

 叫んで走る、もっと速くと願う。
 もっと、もっと速くと願う。
 もっともっと、もっと速くと願った。

「相棒、心を振るわせろ! そうすればお前の願いはきっと叶う!」

 もっと、間に合うように、速く!
 光が強く、願いに答えるように、強く光る。
 既に人類最速、人では出せない速度で駆ける。
 場所なら分かる、ガンダールヴが主の居場所を教えてくれる。

 曲がり角は強引に、壁に剣を刺して減速し。
 引き抜けばクラウチングスタートのように、体を低く。
 床に着く指は、抉りそうな勢いで力を込め。
 足で床を蹴り上げた。

「まにあえぇぇーー!」

 右手に剣を取り。

「うおぉぉぉ!!」

 壁に向かって振りぬいた。
 













「ッ……、して、やられたか」

 もう身じろきさえしないルイズを見て、嘆息。
 怪我は負ってないが、少し耳に勘高い音が鳴っている。
 既に目覚めていたのか、大いなる『虚無』。
 先ほどの姿を隠していた魔法も、恐らく虚無の力か。

「……君の命を、奪わねばならないとは……」

 故に、残念な気持ちになった。
 歩み、杖を掲げる。
 エア・カッター、風の刃で命を切り刻む。
 彼女の力は聖地奪還のためだけで良い、それ以外に使われるなら、要らない。

「……さようなら、愛しの可愛いルイズ」

 杖を振り下ろそうとした時、壁を切り裂いてぶち抜いた才人が現れた。

「……邪魔だ」

 振り向きざまにエア・カッターを放つ。
 不可視の風の刃が、才人に襲い掛かるが。

「てんめぇぇぇぇ!!!」

 激怒している才人に、振るわれたデルフリンガーによって簡単に打ち消された。

「なに!?」

 風より速き踏み込み。
 先の遍在を切り裂いた斬撃をお見舞いするが。
 紙一重、薄皮一枚で避けきるワルド。

「おおぉぉぉぉ!!!!」

 咆哮、許さないと迫る才人にワルドは飛び退きながら呪文を呟く。

「ユビキダス・デル……」

 途端にワルドの姿がぶれ、3体の遍在ワルドが現れた。
 着地して、ほぼ同時に襲い掛かった遍在ワルドたち。
 左右から繰り出される、レイピアの攻撃を受け止め、斬り返しの一撃で遍在ワルドの首を落とす。
 霞のごとく消え去る遍在に目をやらず、本体と残り一体への攻撃を加えようと走る。

「ック、違いすぎる!?」

 圧倒的、ラ・ロシェールで才人を簡単に打ち据えたワルドがいまや、簡単に切り裂かれようとしていた。
 先ほどの遍在さえも切り裂いたその力、これが本当のガンダールヴかと考えを改め直した。

 バックステップ、本体は遠ざかりながら呪文を唱え。
 遍在は隙を生み出すべくレイピアで攻撃を加える。
 だが、それも簡単に切り裂き、迫る。

「風の領域に飛ぶか!」

 天井すれすれ、才人は飛び上がって両手の剣を振りかぶる、狙いはワルドの両肩。
 それを見て一瞬の詠唱、『閃光』の二つ名に相応しい速度で魔法を放つワルド。

「地へ落ちろ!」

 風の槌、エア・ハンマーが正面から振り下ろされ。
 同じように振り下ろされたデルフリンガーによって、容易く吸い取られて消える。

「ば、かな」

 呻く、魔法を打ち消し、あまつさえこの身に届くとは。
 ワルドの左前腕、才人の剣は胴体にこそ届かなかったものの、ワルドの左腕を切り落としていた。

「ッぉ……」

 追撃が来ないのを良いことに、飛び退きながら礼拝堂入り口まで飛んだ。
 ガンダールヴの傍に落ちた腕は諦める。
 どうするか、このまま戦うか、引いて後を任せるか。
 考えを巡らせる。



 もう一方、追撃を掛けない才人は、急激に力を失っていくのを感じていた。
 足は棒のようになり、立ち上がることさえ非常に厳しい。
 腕だって、何十キロもある重りを付けられているかのような感覚。
 これ以上戦える状態ではなかった。
 まだ奴は生きている、左手を切り落としたとはいえ俺より体は動くだろう。
 立てる、まだ立てると言い聞かせるように力を足に入れる。

「ぐ……、目的は一つだけ達成された……、それだけでも、良いか」

 才人は立ち上がり、ワルドを見据え。
 ワルドは立ち上がった才人を見据える。
 あの速度でまた攻撃を加えられて、今度は避けれるだろうかと考え、否と結論。
 もうすぐ攻め入ってくるだろう、レコン・キスタの軍勢に後を任せようとして。

「……いつ、わりの……」

 そう、ルイズが呟いたのが聞こえた。
 それ以上は小さく、聞こえなかったワルド。
 才人はどうやってワルドを追い出すか考えて、聞いていなかった。

「………」

 数秒の停滞、ワルドは才人が開けた穴から飛び出して、礼拝堂を後にした。
 才人はそれを確認して安堵、足に力を入れ続けて立つ。
 ガランと、右手に握っていた剣を落とし、デルフを杖代わりにして歩く
 たどり着けば、ウェールズとルイズの倒れた姿。
 呼吸が荒くなる、二人とも赤いのだ。
 もしかして、と最悪の状態を想像して青くなる。

 ゆっくりと、ルイズの手に触れる。
 暖かい、一瞬躊躇ったが耳をルイズの胸に当て、心音を聞いた。

「動いてる」

 安心してもう一方、ウェールズを見てみると、胸に赤い穴が開いている。
 中身が、見えた。

「グッ……」

 一瞬で襲ってきた吐き気を何とか抑える。
 素人の自分から見ても、これは死んでいると分かった。
 ルイズは生きているがウェールズは死んでいる、前者は嬉しく後者は悲しい、一概に喜べなかった才人。

「くそ……、くそ……」

 落ち込む、外では戦いが始まったのだろうか、音が聞こえ始めていた。
 ルイズは気絶しているのか、動かない。
 どうする、背負って逃げるか。
 でも、こんな動かない体で、ルイズを背負う事すら難しい。
 どうしようかと悩んでいれば、ルイズの口が開いた。

「ぁっ……」
「ルイズ!」
「ぁあ、サイ、ト」
「ああ、俺だ!」

 抱き起こしたルイズの表情が一瞬だけ、笑みとなる。

「うぇ、ルズ、ゆ、……」
「何だ? 王子様?」
「ゆ、び……ぃ」
「指?」

 震え上げられた腕、指を刺しているつもりだろうが手首は上がっていない。
 見れば、ウェールズの指には赤く染まった指輪が嵌められていた。

「これか? 外せば良いのか?」
「そ……ぉぅ」

 その血に濡れた死に顔、半目でとても悔しそうな顔に見えた。
 ウェールズを見て黙祷をささげ、指輪を抜き取る。

「相棒……、体はどうだ?」
「……凄く重いけど、なんとか」
「そうか、限界まで動いたって訳だ。 ガンダールヴの限界までな」
「限界が着たら、こうなるのか……」
「ああ、体を強くするのがガンダールヴ。 勿論限界もあるさ」
「そうか……」
「娘っ子も死にゃあしないだろうが、このまま放って置くのも不味いぜ」
「ああ、どうすりゃあ……」

 ガンダールヴの力が無かったら、ルイズが殺されていた。
 俺だってワルドの野郎に殺されてたかもしれない。
 これからどうするかと、考えれば。

「待つ……の、くる」
「待つ? 誰か来るのか?」

 この城で誰が来るのか、上では戦っているはずだし。
 来るとしたら敵だけだけど……。

「待……て、る、くる……け」
「くる……? くる、け? ……キュルケたちか!?」

 小さく頷く、キュルケたちが無事で、助けに来るのか。

「ま……つ、の……」
「ああ、来るのを待とう」
「ぁ、ぅ……ぅ」

 まだなんか喋ろうとして、項垂れるルイズ。
 気絶したのかもしれない。
 ルイズが言ったとおり待つべきか。
 俺の動かない体で、ルイズも同じ。
 喋るだけでも精一杯だったルイズを歩かせるなんて出来ない。
 歩いて逃げられないから、ルイズが言った様にキュルケを待つことにした。
 抱き起こした体勢のまま、何分経ったか。
 どんどん大きくなる音、上で戦ってる人はもう居ないかもしれない。

「来るのかな……」

 ルイズはキュルケたちが来ると言っていたが、先に反乱軍の奴等が来そうだ。
 もしそうなったら、何が何でもルイズを守る。
 動かない体に鞭打ってでも、絶対に。
 誓い、ルイズを見れば瞼を閉じて、寝て、……気絶している。
 早く来いと、何度目か考えていると、やっとお望みの連中が来た。
 すぐ隣の土が盛り上がり、床石が割れて頭を出したのはモグラ。

「まさか床下からかよ」

 シルフィードとかで飛んできて、ここまで歩いてくるのかと思ってた。

「こら、ヴェルダンデ! お前は何処までって、サイトじゃないか!」
「おせぇよ! 危なく敵が来るとこだったぜ!」
「いきなり何の話……」

 ギーシュが俺を見て、俺が抱き起こしているルイズを見て固まった。
 全身に破片が刺さって血を滲ませているルイズ。

「な、なな! ル、ルイズが!!」
「おい! 回復魔法は使えないのか!?」
「え、いや、僕は使え──」

 ギーシュの顔を足蹴にして、穴に押し込む。
 それを確認してキュルケとタバサが穴から出てくる。

「サイト、無事──ルイズ!?」

 血に塗れたルイズを見て驚愕の声を上げるキュルケ。
 すぐ隣ではタバサが座り込んで杖をルイズに向けていた。

「頼む、ルイズの怪我を治してやってくれ!」
「抜いて」

 頷いて、3人でルイズに刺さった破片を抜く。
 それを確認してすぐに光が傷を塞いでいく。
 これが大きな傷だったなら、確実に治せなかった。
 小さな破片でよかった、とタバサが呟く。

「……ねぇサイト、何があったの?」
「……あいつが、ワルドが裏切り者だったんだ」
「子爵が?」
「ああ、王子様も……やられちまった」

 才人の視線の先。
 仰向けに倒れ伏すウェールズ。
 キュルケは目を細め、ギーシュは慌てふためく。

「して、やられたようね……」
「こ、皇太子なのか!?」
「……ああ」

 最悪、殆どワルドにしてやられた。
 最初からルイズと手紙と皇太子を狙っていたのだ。
 見抜けなかった、いけ好かない奴だけど仲間なのだと心の中で思っていた。
 その結果がこれだ、お姫様を守る奴が裏切るなんて思っても見なかった。

「くそ……」

 大体の破片を抜き終え、傷が塞がったのを確認する。

「行こう、帰ろう」

 吐き出すように言った。
 任務は終わった、もうすぐ敵が来る。
 ルイズを抱え上げようとして、倒れかけた。
 それをギーシュが支える、ルイズのほうはキュルケが抱き上げて背負う。
 タバサ、キュルケ、ギーシュ、そして才人の順にモグラが空けた穴に入った。
 穴にもぐる一瞬、才人はウェールズを見て呟く。

「お姫様に、必ず」

 この指輪を届けると誓った。
 指輪を抜き取った時、そうした方が良いと思った才人であった。



[4708] こっちが2巻終了と3巻開始 16話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/08/21 04:07











タイトル「とても死にそうです」













 空を切る、滑空するのは風竜シルフィード。
 トリステインの王都、トリスタニアの上空を突っ切り駆ける。
 5人も背中に乗せて、その速度は衰える事を知らず。

 アルビオン空域から滑空中、ルイズが目を覚ました。
 血が抜けたせいなのか軽い貧血気味で、顔が青い。

「王宮に、行かなくちゃ」

 ルイズの有無を言わせぬ一言にタバサは従い、トリスタニアへ進路を変更して今に至る。



 飛行禁止の王都上空に、未確認の飛行生物。
 それに気が付いた魔法衛士隊『マンティコア隊』は即座に警戒レベルを上げ、上空へ飛び上がる。

「止まれ! この空域は飛行禁止である! これ以上進むのなら──」

 高速で突っ切った。
 見事抜かれたマンティコア隊だったが、すぐに反転して風竜を追いかける。
 進行方向は王宮、襲撃しに来たのかと判断して杖を抜き魔法を唱え始めたが。
 足が速い風竜は王宮上空までたどり着き、王宮中庭にゆっくりと着地していく。
 それを見て次々と着陸した風竜の周りを取り囲むマンティコア隊

「貴様等! ここが王宮だと知っての行いか!」

 マンティコア隊隊長、ド・ゼッサールが大声を上げた。
 見れば、風竜から降りてきたのは5人の子供。
 燃えるような赤髪で長身の少女、眼鏡を掛けた青髪で小柄な少女、金髪で口に薔薇を銜えた少年、ふら付きながら降りる桃色髪の少女に、それを支える二本の長剣を背負った黒髪の少年。

「杖を捨てろ!」

 桃髪色の少女が簡単に杖を投げ捨て、その他の少年少女も杖や剣を置く。
 ゆっくり、支えられながら歩く少女と支える少年。
 ゼッサールの前に歩み寄り、声を発した。

「私はラ・ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズで御座います」

 ゆっくり礼、頭を下げた。
 ゼッサールは聞いた名前に少し眉を潜めた。

「ラ・ヴァリエール公爵様のご息女とな」
「はい」
「……確かに、似ている」
「御母様にはド・ゼッサール殿の事を聞いております」
「……なに? なんと言っていた!?」

 途端に大声になったゼッサール。
 剣幕もそれ相応に険しくなる。
 お母様にフルボッコにされて鍛えられたらしいからなぁ、なんと言われてたか気にならなくはないだろう。

「……修練が足りぬ、と」
「な、なん……ッ」
「お気を付けを、もしかすれば……」

 顔が青くなるゼッサール、昔にお母様が課した厳しい訓練を思い出したのだろうか。

「不味い、不味いぞ……。 あれで足りぬとなると……」

 魔法衛士隊の訓練は厳しく行っている、今でもギリギリな訓練なのに、さらに今以上の訓練を課せばどんなことになるやら。
 そんな事を考えつつ、ぶつぶつと呟くゼッサール。

「ゼッサール殿、御母様のことは後にして……」

 自分から振っておいて何だが、先に進むよう促す。

「む、申し訳ない。 些か昔の……いや、態々王宮の中庭に下りた用件を聞こう」
「此度は姫殿下の密命を帯びて参りました、姫殿下に『任を果たしました』とお取次ぎを──」
「ルイズッ!」

 ふらりと倒れ掛かったルイズを才人が抱き支える。
 ワルドから受けた傷のダメージと、ほぼ無詠唱魔法発動に大きく体調を崩していた。
 勿論数時間で治るはずもなく、今も立つのだけで精一杯だった。

「……その内容を開示してもらおう、そうでなければ姫殿下への耳に入れることは出来ぬ」
「お姫様直々なんだよ、さっさと取り次いでくれよ!」

 声を上げる才人に、ド・ゼッサールは眉を潜めた。
 見たことが無い人種、杖ではなく剣を置いていた事から貴族ではないと判断した。

「馴れ馴れしい平民だな、貴族に従者風情が話しかけると言う法は無い、黙っていろ」

 その言葉を聞いてムカッと来た才人。

「平民が貴族に話しかけてはいけない法など、ありませんわよ」

 声を上げようとした才人より先に、ルイズが言ってのける。
 格差社会は辛い、本気で。

「御早くお取次ぎを、これを取次がなければゼッサール殿の首が飛びますよ?」
「いや、その様な取次ぎこそすれば首が飛ぶ」
「本当に宜しいのですね? 確実に魔法衛士隊から強制除隊、貴族爵位の剥奪もありえますが」

 そう嘯いて、ゼッサールを見る。
 唸り、迷う。
 そう言い切るだけの内容か、と悩む。

「……分かった、今──」
「ルイズ!」

 取次ごう、と決めたときにはアンリエッタが声を上げて中庭に走り寄って来る。
 ルイズはそれを見て、ふっと笑う。

「姫殿下……」

 容赦なく抱きついてくるアンリエッタ。
 体が痛いわけではないが、揺らされると頭に響く。
 こんなに頭が痛いのは、何年か前に詠唱なしで発動させたイリュージョンの時以来か。

「無事だったのね! 危ない目にあってないか……」

 アンリエッタは見て気が付いた、ルイズが着ている衣服に穴が開いていたり破れていたりしていた事に。
 才人だってそこまで酷くは無いが、掠れていたりしている。
 命に危険が及ぶ事があったと、懸念通りだったと。

「ご、ごめんなさい……私は……」
「姫殿下、この様な場所でお話しする内容では」

 嗜め、部屋で話そうやと視線で訴えた。

「そうね、場所を変えましょう。 ……彼等は私の友人です、心配はありません」

 探す視線、この5人に視線をやるが、ワルドやアンリエッタの愛しい人の姿が無いと気が付いていた。
 ゼッサールに言って魔法衛士隊を引かせるアンリエッタ。
 それに頷いて、中庭から飛び立つマンティコア隊。

「それでは行きましょう、ルイズ。 他の方々も部屋を用意させましょう」

 アンリエッタの言葉に、皆が一様に頷いた。






「……子爵が、裏切り者?」

 ルイズと才人がアンリエッタの居室に招かれ、アルビオンで起こった事のあらましを話す。
 ラ・ロシェールの道中で雇われた傭兵に襲われた事、それを撃退したキュルケたちと合流した事。
 街で傭兵の一群に襲われた事、アルビオン行きのフネに乗れば空賊に遭遇した事、その空賊がアルビオン王党派でウェールズが乗っていた事。
 件の手紙を返してもらった事、その後ワルドに襲われた事、今現在ちょっと頭が痛い事など。

「そんな、まさか……」

 向かい合って座るルイズとアンリエッタ、才人はルイズの隣に座り、ワルドと戦った事を話した。

「わた、わたしが……ああ」

 ぼろぼろと、手紙を握り締めながらアンリエッタが涙を零す。
 ワルドが裏切り者で、ウェールズの命を狙う刺客で有ったと。
 それを送り出したのは自分で、ウェールズが死んだのは自分のせいだと。

「アン、泣くのは止めて」
「ルイズ……、私が……」
「アンが泣く姿を見たら、皇太子は喜ばないわ」
「そうですお姫様、王子様が姫様の泣く姿を見たくないって言ってました」

 才人は約束を破った、ウェールズは言わないでくれと頼んだのに。
 だが、才人はその約束を破って良いような気がした。
 勿論本人が良いと言っていないから駄目なのだが、ウェールズが聞けば『しょうがないな、使い魔君は』とでも言って笑って許してくれそうな気がした。
 短い間ではあったが、才人はウェールズのことをそう捉え考えていた。





 ……才人が何時ウェールズと話したのかは分からないが、確かにそう言ったのだろう。
 原作でも愛し合ってるように、この世界も勿論愛し合っていただろう。
 なら尊ぶのはウェールズの言葉、泣いて悲しむのはウェールズを冒涜するに等しいか。

「だから泣いては駄目よ、気丈に振舞って貴方が強い事を見せ付けなさい。 貴方が愛した女は、強いのだと教えてあげなさい」

 ……なに言ってんだか、止められたくせに、見殺したくせに。
 ラ・ロシェールの道中でワルドを殺す事も出来たのに、ガンダールヴ覚醒のために放って置いた。
 俺が殺したようなもんだ。
 そこにゾンビと化した操られているウェールズ、アンリエッタにはさらにつらい思いをさせてしまう。
 くそ、あたまがいてぇ。

「それとアン、これをお返すわ」
「水のルビー……、それはルイズが持って居て貰っては駄目ですか?」
「……何故?」
「今回の、忠誠に酬いた褒賞、とでも思ってくれれば」
「……分かったわ、なら──」

 才人を見る、確か原作じゃ風のルビーを外していたはずだ。
 視線に気が付いて、才人がポケットを漁る。

「えっと、お姫様。 これを」

 差し出した赤い何かがこべり付いた指輪。
 それを受け取り、その赤みが何なのかとアンリエッタが見ると。

「これ……は、風の……」

 ウェールズの血が付いた、風のルビー。

「はい、王子様が渡してくれって」

 ただルイズに言われて抜き取った指輪。
 本人はもう事切れていて、でも指輪を抜き取る時、そう言った方が良いと才人は感じていた。

「ウェールズ様が……?」
「はい、その、なんて言ったら良いか……多分お姫様の事愛していたと思います」

 血に濡れた指輪を嵌める、台のサイズが大きかったがアンリエッタが呟いて杖を振れば丁度良いサイズとなった。
 血も消え去り、愛しそうにルビーを撫でたアンリエッタ。

「……ありがとうございます、優しい使い魔さん」

 そう言って才人に微笑む。
 才人はそう言われて、ウェールズにも優しいなんて言われた事を思い出していた。

「私も……、あの方を愛しておりました」

 一筋、アンリエッタの頬を伝った涙があった。






 アンリエッタと話が終わり、シルフィードに乗って魔法学院へ帰る一行。

「ねぇ、ルイズ。 貴方が受けた任務って、成功したのよね?」
「……ええ」

 重い頭でキュルケの問いに答える。
 二日酔いなんて目じゃないほど、頭が軋む。
 視界がぶれる、視界が歪む、視界が……。

「どんな任務内容だったの?」
「言え、ないわ」
「ふぅん、ギーシュは内容知っているんでしょう?」
「え、ああ、……知らないよ」
「じゃあ何でルイズ達と一緒に居たのよ」
「ぐ、偶然だよ! 何か面白そうだったから付いていっただけだよ!」
「じゃあその荷物何なのよ、偶然見つけたにしては凄い用意が良いじゃない?」

 何としても聞き出そうとするキュルケ、絡まれたギーシュはたじたじで。
 知らない振りをするギーシュを見切り、標的を才人に変えたキュルケ。

「ねぇ、サイトは勿論知っているでしょう?」
「ああ、知ってるけど」
「なら教えてくれるわよね? あれだけ手伝ったんですもの」

 しなを作りながら才人によるキュルケ。

「ごめん、教えられない」
「どうして?」
「えっと……、お姫様が言っちゃいけないって」

 本当はルイズが言っていたのだが、キュルケがルイズに絡みそうだったんでお姫様に変更した。

「いいじゃない、私は誰にも言わないから」
「……キュル、ケ、いい加、減になさい」
「良いじゃない! 私とタバサだけが知らな──」

 キュルケがそう言いかけて、ルイズは倒れた。
 一度はブレーカーが上がって目覚めたが、また落ちた。
 無詠唱魔法を使用後に起き続けるのは、かなり頭痛が激しくなる。
 昔に唱えた時は、二日ほど寝込んだ。
 今回も同じように脳が休息を欲して、無理やり意識を落とした。

 体がゆれ、シルフィードから落ちそうになるのを才人は手を伸ばしてそれを支えた。

「……ルイズ、無事なのよね……?」

 アルビオンから出る時も怪我を負って気絶していたし、傷を治したのにまた気絶した。
 目が覚めたから大丈夫だとは思っていたけど……。

「気絶してるだけ」

 タバサが杖を振って答える。
 その状況で、任務の内容が何であったか等聞ける雰囲気ではなかった。
 才人も渋い顔を作り、ルイズを見つめている。

 その後、誰も言葉を発せず。
 学院に戻り、ルイズは二日間眠り続けた。









 ルイズが二日間の眠りから少し覚める前。
 ルイズと才人が一日だけ滞在した、ニューカッスル城は見るも無残な状態であった。
 度重なる砲撃と、レコン・キスタの最後の攻撃で城は陥落。
 少ない手勢で戦った王軍は当たり前に全滅、敵味方問わず死体が転がっていた。

 城自体の攻略は30分も掛からなかったが、その間にレコン・キスタが受けたダメージは恐るべき物だと言えた。
 たった三百ほどの数で、二千人以上の反乱軍を返り討ちにしたと言う。
 如何にほぼメイジだけであった王軍とは言え、二千人、その他怪我人などを含めると四千名以上の損害だった。
 決死、その言葉が似合う王軍の抵抗は予想以上だったと言えた。
 そんな今は存在しない王軍の大戦果、後に語られるには十分すぎるほどの結果だった。

「……こんなものだろう」
「そんなもんかしらね」

 焼き焦げた死体、上半身と下半身が泣き別れた死体、胸に大穴を開けた死体。
 十の死体があれば、九はレコン・キスタ兵士の死体。
 勝負に負けて戦いに勝った、それを眺めていたのは二人の人物。
 一人はウェールズを討ったワルド。
 もう一人は目深くローブを被ったマチルダであった。

「チッ」

 とマチルダが唐突に上げた舌打ちに、ワルドがその視線の先を見た。
 兵士が死体から宝石などの金品類を剥ぎ取ったりして喚いている。

「盗賊であるフーケも拾えばよかろう?」
「はん、死体から奪うのは意味が無いのさ」
「ほう」

 目を細めてマチルダを見るワルド。

「傲慢な貴族から大事にしているお宝を奪い取って、あたふたする光景を見たいのさ」
「美学か?」
「……さぁね、少なくともそっちの方が良いね」

 歩き出し、城の、ワルドがルイズと、そして才人と戦った礼拝堂へ赴く。
 天井が落ち、瓦礫で床の部分が少しも見えない。

「ここかい? あんたが言ってたあのお嬢ちゃんとガンダールヴが死んだ場所って」
「そうだ」

 ワルドは肘から先、手首より前から切り落とされた左腕を摩る。
 才人の怒れる一撃で切り落とされた腕。

「……ただのガキだとは思ってなかったけど、あんたの腕を落とすほどやるなんてねぇ」
「油断した、と思っては居ない」

 遍在を使ってまで本気で戦い、腕を切り落とされた。
 対して才人は最初の遍在で食らったエア・ハンマーとウインド・ブレイクを一回ずつだけ。
 だがそれは、本気でない状態の時だ。
 本気の状態、あの礼拝堂で戦った時に放った魔法は全て無力化された。
 どちらが勝ったと聞かれれば、十中八九才人が勝利したと言える戦いだった。

「だが、恐らくは死んだだろう。 俺と戦ってかなり消耗していたはずだ」

 今思えばあの時、ゆっくり立ち上がったように見えたが。
 実はかなり消耗していて、立つのだけでも精一杯だったのではないかと考えていた。
 失態、あそこで攻めれば奴とルイズを殺せていた。
 手紙も奪えて、任務は完璧にこなせていた。

「悔やんでも仕方があるまい、先に奴等の死体を見つけるのが先だ」

 杖を振ると部屋を覆う竜巻が起こって、あらかたの瓦礫を部屋の外に吹き飛ばす。
 その中で、たった一つ死体があった。

「これは、ウェールズ皇太子様じゃあありませんか」

 おどけて言って見せたマチルダ、その中でもう一人の雇い主の言葉を思い出した。

『貴女は手を下せない』

 言った通り現実となった。
 ワルドがウェールズを殺し、ジェームズ一世も兵士どもに串刺しにされた。
 自分が一切手を下すことなく、アルビオン王族は死に絶えた。

「そう言う事かね……」

 小さく呟く、あの小娘はここまで予見していたのか。
 ワルドが敵で、ウェールズを殺すとこまで完全に見切っていた?
 そこまで分かっていて、何故ワルドを止めなかったのか。
 それなりの力が有ると思えるあの小娘、もしかすれば王族にも通じているかもしれない。
 そうだとすれば警告も出す事が出来たんじゃないだろうか?
 積もる予測、想像の域を出ないが少なくとも王家が滅びる事は分かっていたのだと考えた。

「なぁーに、考えても仕方が無いか……ん?」

 落ちている絵画に目を付け拾い上げてみる。

「はぁー、こりゃあ……穴?」

 拾い上げた絵画の下、穴が開いており、覗いてみれば奥の方まで続いていた。

「ねぇワルド、もしかしてあいつ等……」
「何だ……!」
「ここから逃げたのかも、知れないわねぇ」
「………」

 沈黙して穴を見つめるワルド。



 逃げた、だと。
 ……不味い、あの二人を逃がしたのは不味い。
 ルイズの姿が消える魔法、ガンダールヴの戦闘能力。
 どちらもスクウェアクラスのメイジに匹敵する厄介さ。
 前者は風の探知をもってしてでも見つけられない、文字通り目にも耳にも、音でさえ擦り抜けて近寄ってこれる存在。
 あの時、ウインド・ブレイクで炙り出そうとしていなければ、確実に逃げられていた。

 後者は純粋な戦闘能力、魔法をかき消す剣に、風のスクウェアを越える速度で駆ける。
 剣を振るえば人を両断し、一撃で死に至らしめるだろう。

「クッ」

 立ち上がって瓦礫を蹴り飛ばす。
 それを見たマチルダは「へぇ」と笑った。
 逃した獲物は大きい、押し潰されかねないほど大きかった。
 あの二人と同時に対峙すれば、やられかねないと考えていた所にワルドの名前を呼ぶ声が聞こえた

「おーい、子爵! ワルド君!」
「これは閣下」

 振り返って膝を付いたワルド。

「件の手紙は見つかったかね? 婚姻を阻む我等の救世主は!」
「……申し訳ありません閣下、どうやら手紙は獲物ごと逃がしてしまったようです。 言い繕えぬミスです、何なりと罰を……」

 ワルドが膝を付いた男は、オリヴァー・クロムウェル。
 球状の帽子に緑のローブとマントを羽織り、両端が跳ねた金髪を持つ、30台半場の男だった。

「何を言うワルド君! 君は単身城に乗り込みウェールズを討ち取ったのだぞ! 褒めて称えこそすれ罰を与えるなどと出来はすまい!」
「しかし閣下、ウェールズを仕留めは出来ましたが……」
「良い良い、終わったことだ。 罰するにしても君の功績が大きすぎて罰が無くなってしまう!」
「は」
「それで、其方の女性を紹介してくれないかね?」
「彼女は土くれのフーケ、トリステインの貴族を震え上がらせた者です」
「おお! 君があの噂の! お会いできて光栄だよ、ミス・サウスゴータ」

 マチルダは男、クロムウェルを見る。
 軽い感じの男だ、威厳が殆ど感じられないような男。
 私がかつて捨てた名前を知る男。
 こいつ、衣服から見てもアルビオンの司教か。

「紹介が遅れたね、私はオリヴァー・クロムウェル。 昔は管区を統べる司教を、今はレコン・キスタの総司令官を勤めさせていただいておる」
「閣下は既に総司令官では有りません、『皇帝』陛下ですぞ」
「おお、そうであったな」

 わざとらしく笑うクロムウェル、それを見てマチルダは好きになれそうに無いと感じていた。

「トリステインとゲルマニアの同盟は余にとって、レコン・キスタにとって余りいい物ではない」
「確かに、『聖地奪還』には支障をきたすでしょう」
「うむ、故にだ。 私は偉大なる始祖ブリミルから力を与えられてここに居る」

 と仰々しく言うその言葉は、何か引っかかる感じがしたマチルダ。

「閣下、そのお力とはどのような物でしょう?」
「うむ、ミス・サウスゴータは四大系統はご存知だろう?」
「はい」
「私はその四大系統とは別の、第零番目の力を与えられたのだよ」
「零番目……、まさか!」
「そう、伝説と言われし『虚無』だよ」

 にっこりと笑う男、その笑みは……何か薄い。
 あの時に感じた、あの小娘の笑みとは圧倒的に違う矮小さ。
 比べる意味が無いのに比べてしまった自分に、あの笑みを思い出した自分がちょっと嫌になった。
 微笑んだままクロムウェルはマチルダから視線を外し、その後ろにあったものに気が付いた。

「おお、彼はウェールズ皇太子ではないか!」
「はい」
「ふむふむ……」

 クロムウェルは一頻り頷いて。

「ミス・サウスゴータ、貴女に虚無のお力をお見せしようと思うのだが、どうだね?」
「是非に」

 そう答え、クロムウェルの一挙一動を見逃さずに見つめる。
 杖を引き抜き、聞いたことの無い呪文を呟く。
 そして杖を振れば。

「ッ!?」

 ウェールズが瞼を開いて起き上がった。
 胸に開いていた穴が見る間に塞がり、青かった顔色も今まさに生きているかのような肌色に戻っていく。
 マチルダは息を呑んだ、死んだ人間が今目の前で蘇ったと。

「やぁ、大司教」

 微笑んで挨拶を掛けるウェールズ。

「お早う皇太子、今私は皇帝なのだよ」
「これは失礼を、閣下」

 膝を付いて臣下の礼を取るウェールズ。

「どうだね? ミス・サウスゴータ」
「す、素晴らしい……お力です、わ」
「だろう? この力を授かったからにはなんとしてでも、あの忌まわしきエルフから聖地を奪還したいものだよ」

 大きく笑い、ウェールズを見て。

「行こうか、ウェールズ君」
「はい」

 頷いてクロムウェルに付いていくウェールズ。
 その姿が見えなくなってマチルダは呟いた。

「……馬鹿な、ありえない……」
「虚無とは生命を操る力らしい、死者をも生き返らせるとなると信じざるを得ん」

 あれが虚無、その力は凄まじいと感じる。
 そう考えて、本当にあれが虚無なのかと疑問を浮かべてしまった。
 あのルイズの属性も虚無だと聞かされた、生命を操るならばあの時自身の傷をすぐにでも治して逃げていたのではないかと考える。
 礼拝堂でルイズが見せた、姿を隠した魔法。
 どの系統の魔法でも説明できないために、あれは虚無なのだろうと思えるが。
 風の探知さえすり抜ける姿を隠す魔法が、生命を操る事にどう繋がるのか。

『……いつ、わりの……』

 礼拝堂から去るときに聞いたルイズの小さな声。
 それも引っかかった、『偽り』、ルイズはそう言ったのではないかと。
 閣下の操る虚無が『偽りの力』だと言ったのではないかと。

 心の奥底にくすぶる火種を、残したワルドだった。



[4708] これはどうかなぁ 17話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/03/09 13:54

「……知ってる天井に決まっている」

 瞼を開くと、……近頃よく瞼を開くとから始ま……メタメタァ!

 1年以上見続けてきた、トリステイン魔法学院の自分の部屋。

「あー……」

 引っかかる、各関節が音を出しそうなほど硬く鈍い。
 痛む関節、体を慣らすために無理やり起きる。

「……腹減った」

 食料寄こせと可愛らしく鳴る腹の音。
 良かろう、思う存分食らうが良い!
 ……と意気込んでもベッドから降りるのもきついわけで。

「だ、誰か……」

 自分以外誰も居ない部屋で、ミスってベッドからずり落ちて助けを呼んだ。












タイトル「日常がこれほど尊いとは、泣けてくる」













 ルイズがベッド脇にてジタバタしている頃。
 サイトは厨房へ行っていた。
 マルトーやシエスタに頼んで、何時起きるかわからないルイズのために朝昼晩と食事を運んでいた。
 寝ている間の世話はシエスタが殆ど行っていた、主にルイズの体を拭くだけだが。

 本人が聞いたら悶絶するだろう、それは決まった未来でもあった。

「おやっさーん、昼飯お願いしまっすー」
「応! シエスタに持って行かせるから部屋で待っていろい!」
「あいよー」

 すぐに厨房から出て、手に持っていた洗面器に水を汲みに行く。
 中庭にある水汲み場でなみなみと水を汲んで寮に入っていく。
 零さないよう脇に洗面器を抱え、畳んであるタオルを手に持って部屋に戻る。

「──……」

 ルイズの部屋の前、中から物音が聞こえてドアを開けば。
 必死にベッドの上に戻ろうともがくルイズが居た。

『サ、サイト。 ちょっと手伝ってくれ』

 腕はベッドに乗っているが、それ以外は全部だらしなくだらけていた。
 すぐに洗面器とタオルを置いて、ルイズを支えるサイト。
 その間にネグリジェが捲り上がっており、綺麗な背中が丸見えだった。

『大丈夫か?』
『ああ、無理するとこうなるからな。 早く完全な物にしないと駄目だわ』

 サイトは肩を貸す、それを借りて何とかベッドに戻ったルイズ。
 もたもたと横になり。

『腹減った……』

 仰向けに寝て、ピンクブロンドの髪がベッドの上に広がった。
 さらさらと、数日洗っていないにも関わらず綺麗に流れていた。
 それを見ながら、サイトはルイズが目を覚ましたら聞こうと思ってた事を口にした。

『なぁ、ルイズ』
『……なんだ?』

 椅子に座ってルイズを見るサイト。
 椅子に座ったサイトを見るルイズ。

『ワルドが裏切り者だって、知ってたんだろ?』
『ああ、勿論知ってた』

 知ってて当然、ルイズは最初に『知っている』と言っていた。
 詳細は変わるだろうが、知っている通りに動けばそうなると確信していた。

『……どうして放っておいたんだよ』
『そうするしか選ぶ道が無いからだ』

 サイトから視線を逸らさず、言い切るルイズ。
 サイトも視線を外さずルイズを見る。

『ルイズなら、止めれたんじゃないのか』
『止める必要なかったのに、何故止める必要が?』
『ッ! 王子様が死んだんだぞ!』
『ああ、そうだな』

 平静と、感情無く言ってのけたルイズ。

 なら、王子様を見殺しにしたって事かよ。
 お姫様に言った言葉も、王子様の事を思っての事だと思ったのに。

『……わざとかよ』
『当たり前だろう、そうしなければいけないから、見逃した。 おかげで俺も下手打って死に掛けたがな』

 やれやれ、とため息を付いたルイズ。

 自分だって危ない目にあったってのに……。

『何でそんな平然と言うんだよ! 人が死んだんだぞ!』

 椅子を倒しながら立ち上がる。
 それを見て、平然とルイズは答える。

『人が死ぬなんて当たり前だろ、ここは日本じゃないんだぞ?』
『そんなの分かってるよ! あいつと戦っていやと言うほど分かったよ! だけど、王子様の事は簡単に止められてたんじゃないのかよ!』
『だって仕方ないだろう? そうしないと──』

 俺たちが 『シヌ』 かもしれないんだから。

『……なんで王子様を助ける事が、俺たちが死ぬ事繋がるんだよ』
『俺が馬鹿な事したからな、好き勝手動いてな』

 その結果が、原作からの微妙な乖離。
 大筋、主軸の流れを通りつつ細部の変化。
 両親とオスマンに自分が虚無だと知らせる、マチルダの取り込み、ワルドからの攻撃を受けて危険な状態に。

 前二つはこれから齟齬が出るだろう、ワルドからの攻撃は既に結果が出た。
 原作でも危険ではあったが、ルイズは血を流すような攻撃を受けていない。
 せいぜい吹っ飛ばされただけ、だが俺の場合は文字通り血を流して倒れ伏した。
 この差、まだこれが小さなずれだとしたら? これ以降さらに大きな歪みとして顕現したら?
 間違いなく今回以上にダメージを受ける可能性がある。
 それを踏まえてある程度行けるかも知れないと考えた。

 勿論楽観視、既に原作知識は参考になる程度の考え。
 大筋をなぞっているのなら、これから先はワルド戦の時のような危機は無い、と思いたい。
 ずれがこのままで収まるか、さらに大きな歪みとして現れるか。
 前者ならなぞる、後者なら……変わること覚悟でサイトと共に身の安全を図るべきかもしれない。
 要はこれからだ、伸るか反るかを考えるべき時期に入ったと言う事。

『一番危険だと思えるアンの密命を無事に過ぎたこれから先、早々死ぬような出来事はない。 勿論細部は違い、今回のような事が起きないとは言えないがな』
『何でそこまでやるんだよ』
『さっきも言っただろ? 『そうしなきゃいけない』からだ』
『ルイズが死ぬ事になってもかよ』

 その言葉を聞いて、ルイズは笑った。

『死なないさ、少なくとも時期が来るまでな』

 楽しそうに、笑う。
 それが途轍もなく、嫌な物に見えた。

『そんなのわかんないだろ!』
『……まぁ、そうだな。 正確には死ねない、だったな』

 用意するまで、俺は死ねない。
 サイトが元の世界に帰れると言う『選択肢』を用意するまで。

 ルイズは笑う、サイトを見てやさしく笑う。

『それまで守ってくれよ、サイト』

 俺も、全力で守るからさ。

 そう言われて、サイトは押し黙ってしまった。






「ルイズ様! お目覚めになったんですね!」

 ノックして、室内にサイトがいるか確認したシエスタ。
 だが、帰ってきたのはサイトの声ではなくルイズのものだった。
 ドアを開け、料理の載った台車を部屋の中に入れる。

「シエスタ、心配かけたかしら?」
「それは凄く! 厨房の皆だって凄く心配してました!」

 はきはきと、慣れた手つきで料理を並べるシエスタ。
 その間一度たりとも口は閉じない。

「ルイズ様が授業を休んでどこかへ行かれたって聞いて、数日経ったら気絶したルイズ様が学院に戻ってきたじゃありませんか!」
「ええ、色々あってね」
「それは分かっています、私たちに話せる内容じゃ無い事も分かってます! そんな事はどうでも良いんです、ルイズ様が傷を負って帰って来たことが問題なんです!」
「……えっと、それはどうして?」
「どうして? どうしてと言いましたか!?」

 その剣幕は凄まじい、俺とサイトはたじろいた。
 シ、シエスタ……? 何でそんなに怒って──。

「私たちはルイズ様に何時も助けてもらっていました、その恩を返したい、ルイズ様の手助けになりたいと思っているのです!」
「え、ええ、そうなの……ありが──」
「なのにルイズ様は私たちに心配を掛けて! 心労で倒れた子も居るんですよ! 『もしかしたら、ルイズ様はこのまま目を覚まさないんじゃ』なんて考えてた子も居るんです!」

 ……何だこれ。
 確かに叩かれそうになったメイドを助けた事もあった、困っているコックに口添えをした事もあった。
 それだけで、何で心労で倒れるほど慕うんだよ。 普通に過労とかじゃないのか?
 打算が有ったなんて考えない……んだよなぁ、そういえば。
 一般的な貴族と違いすぎる接し方が心に食い込んだのか……?

「それは……ごめんなさい。 歩けるようになったらその子に謝りに行くわ」
「そうしてください、喜びますから」

 と胸を……なかなかでけぇなおい、今度触っても良いか聞いてみようかな。

 エッヘンとか言い出しそうなシエスタ、既に食器を並び終えていた。

「それじゃあ」
「え?」
「あーん」
「……これは?」
「あーん」
「いや、シエスタ?」
「あーん」

 あんあん言うなよ。
 そりゃあ体は動かしにくいが、動けないと言うほどではない。
 スプーンを持とうと思えば。

「……あ」

 落ちた、手から滑り落ちた。
 ……格好の的、言い逃れられぬ理由。

「はい、それじゃあルイズ様。 あーん」
「持てる! 持てるから!」

 何とか拾い上げようとして、その度ポロリと落ちるスプーン。

「決定的ですね、あーん」
「そ、そんなことは……」
「サイトさん、今のルイズ様は介護されるべきだと思いませんか?」
「え? ああ、そう思うよ」 

 そりゃあ分かるよ、俺がこの事黙ってたのを怒ってるんだろ?
 そんな顔で笑うなよ、謝るからさ、何とか──。

「あーん」
「サイト、さっきの事は謝るからね? これからの事もちゃんと教えるから、シエスタを止めてくれない?」
「あーん」

 スプーンを持ったシエスタが迫ってくる。
 サイトはニヤニヤと。

「いや、あのね?」
「あーん」
「いや……」
「あーん」
「シエ……」
「あーん!」

 あ、あ、アッー!






「なんて言うと思ったの?」

 スプーンごと頬張る、口の中にスープの芳しい香りと舌が蕩けそうな味わいが広がる。
 やはりマルトーの料理は美味い。

「今度はそっちのお願いね」
「はい!」

 喜んで他の料理を取るシエスタ。
 先ほどの表情と打って変わって、唖然とした表情のサイト。

「サイト、貴方は選択を誤ったわ。 あそこでシエスタを止めて、私から情報を引き出す事を選ぶべきだった」

 俺を困らせようとしたのは間違いだった、シエスタのように可愛い子からなら問題無い。
 サイト以外に見てる人間は居ないし、多少恥ずかしいが俺としては断る理由など何も無い。
 折角チャンスを上げたのに、『ぬけてる』な。
 それにやっと気が付いたサイトは、『しまった』と言った表情で頭を抱えていた。

「最善を引き出す事を覚えなきゃ、ん、ありがと」
「いえいえ」

 そう言ったときにはサイトが猛烈な勢いで食事を食べ始める。

「ち、ちくしょー! グホァ!」
「サイトさん!」

 頬張りすぎて咽るサイト、シエスタに背中を摩られていた。





 その日は体を動かす事に勤めた。
 数時間掛けて行ったストレッチ、体がギチギチに強張っており、多少の痛みに耐えながら解す。
 昼過ぎには朝と同じように食事、終わればまたストレッチをして、ある程度体が動くようになれば歩いてみる。
 走るのは痛いが、動けるようになったならウォーキング。
 サイトは隣で倒れぬよう支える。
 歩いて歩いて、夜には体を動かして日常生活に支障が無い位まで戻せた。
 結構動いたから、すぐ寝れたのは良かった。

 翌日、アルビオンへ行く前と同じような日常へと戻っていた。
 ルイズはサイトとより早く起き、デルフを落とそうとする。
 サイトはそれを間一髪で避けて抗議、いつもの決まり文句で終わる。
 シエスタが運んできた食事を取り、着替え、教室へ向かう。

『プリン食いたいな……』
『ファーストフードが懐かしい……』

 俺は10年以上食ってない。 あの味が懐かしい、再現できないかなぁ。
 甘味のクックベリーパイも良いが、ああいう洋菓子も食べたくなる。


 


 教室のドアを開けるとすぐさま囲まれた。

 何々? 俺たちが休んでた間何か危険な冒険して、とんでもない手柄を立てたって?

 ギーシュとキュルケを見た、二人とも目を逸らした。
 中身は言ってないが、それを仄めかす事を言ったのか。
 飛んでくる質問を流してかわし、クラスメイトの波を掻き分ける。

「ねぇギーシュ、私言ったわよね?」

 ズンと一歩、生徒席の階段を一歩。
 ルイズの底冷えするような声に、ギーシュが青ざめた。

「キュルケも、サイトが教えちゃいけないって言ってたわよね?」

 また一歩、階段を上る。
 危険を感じたのか、二人を囲んでいたクラスメイトの一団が素早く離れた。

「ねぇ、二人とも……、聞いてる?」

 上る、上る。
 視線はギーシュとキュルケに交互に移す。

「守秘義務って知ってる? ああいうのって一言も喋っちゃいけないのよ?」

 とうとう二人が座る高さまで上る。
 体の向きを変え、机と椅子の間を歩く。
 一番近いのはギーシュ、ゆっくりだが確実に距離を詰めるルイズ。

「いい、いい、い、言ってないよ! ぼ、ぼぼ僕は何も言ってないよ!?」
「……そう、なら」

 キュルケを見る。
 ギーシュと同じように狼狽し始めた。

「私も言ってないわよ! ルイズが何をしたのか知らないもの!!」
「そうだったわね、ならタバサ?」
「言ってない」

 タバサに聞いたら即座に帰ってくる。
 一応聞いただけで喋るとは思えないし。

「そう、じゃあ大体を知っている二人よね?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 本当に僕達は喋ってない!」
「本当よ! 私たちが出て行くのを見た人が居ただけよ!!」
「へぇ、そうなの」

 歩みを止める、そして。

「それなら謝るわ、ごめんなさい。 でもね、もし喋ったりすれば──」

 右手を伸ばす、手刀の形にして首を横切らせた。

「こうなるから」

 首チョン、首切断を示す。
 それに気づいて、ガクガクと頭を揺らして頷く二人。
 そんなのを見れば、確実に何かがあったと感じ取るクラスメイトたち。
 だが、ルイズの威容を見て気にはなるが、ビビって探りを入れるのを止めたクラスメイト。
 勿論諦めたのは全員ではなかった、金髪の、見事な縦巻き髪を揺らしてルイズを言い止めた少女が居た。

「ルイズ、本当に何が有ったのよ」
「何でもないわ、ただ王宮に行ってただけよ」

 ギーシュとキュルケがうんうん頷き、タバサは変わらず本を読み続けている。

「嘘おっしゃい!」
「もう、いい加減にしてよ。 幾らギーシュが心配だったからって」
「ちょ! ギーシュなんかどうにも思ってないわよ!」

 それを聞いて、ずぅーんと落ち込んだギーシュ。
 可哀想に、ツンデレを相手にするのって大変だな。

「モンモランシー、貴女は王宮からの命令を無視出来るの?」
「うっ」
「でしょう? 人に喋れない事だから言わないのよ、それ位分かりなさい」

 それを聞いて、悔しそうにモンモランシーが言った。

「ふ、ふん! どうせたいした事無いのよね、魔法を使えないゼロのルイズが大手柄なんて立てられる訳無いわよね。 フーケだって偶然で撃退できただけでしょう?」
「ええ、そうよ。 偶然撃退しただけよ、なぁーんて事無いわ、運が良かっただけよ」
「そうよ、貴女なんか──」

 いい加減にしてくれ。
 ギーシュが心配だったのは分かったから俺に絡むな。

「もう」
「な、なによ!」

 立ち上がってモンモランシーに近寄る。
 近づいて、耳に口を寄せる。

「出かけてる間、ギーシュは貴女の事ばかり心配してたわよ?」
「……え?」
「モンモランシーモンモランシーって、うるさい位にね。 貴女、かなり愛されてるわよ?」

 モンモランシーはギーシュが居る方を見つめて停止。
 ギーシュが落ち込みから何とか立ち直り、視線に気が付いてモンモランシーを見ると。

「ッ!」

 モンモランシーは走って自分の席に戻っていった。

「グハッ!」

 ギーシュは嫌われたと思って死亡。

 こいつらおもしれー。

 その後丁度良くコルベールが入ってきて、授業が始まった。





「えー、それでは皆さん、授業を始めます」

 といって教壇の上に何か奇妙な物体を置いた。
 形にすれば『エンジン』、中身を良く知らない素人が描いた様なエンジンだ。
 その授業だったのを忘れていた、正直コルベールの授業は小中学校にあった工作の授業みたいで好きなんだよな。

「おっほん、誰か私に火の系統の特徴を、教えてくれないかね?」

 軽く咳をして、生徒達を見渡せば。
 殆どの視線がキュルケへと集まってる。
 火の系統として有名なツェルプストー家、そこの出生で自身も『微熱』などと二つ名が付けられているキュルケにはピッタリか。

「ふむ、ならミス・ツェルプストー、火の特徴を教えてくれないかね?」
「ええ、分かりました」

 爪やすりを机の上において答えるキュルケ

「情熱と破壊、それが火の系統の真髄ですわ」
「そうとも!」
「本当にそうでしょうか?」

 茶々を入れてみる。
 ほぼすべての視線がこちらに向いた。

「本当にそれが真髄でしょうか?」
「何よルイズ、本領の私が言うから間違いないわよ」
「なら貴女は火を理解してないわね」
「……なんですって?」
「ミス・ヴァリエール、説明してもらえないかね?」
「はい」

 そう言って立ち上がる。
 一旦教室に居る人間全てを見回して、口を開いた。

「確かにミス・ツェルプストーが言うように、情熱を除いて特性の破壊力が有名ですが私はそうとは思えません。 まずは外」

 窓の外に指を刺す。

「我々が享受している日の光、あれは私たちの空の上で巨大な火の玉が燃えているからです。 我々の体を照らし、暗闇を消し飛ばす。 まずこの時点で破壊と言う点で繋がりません」

 コルベールが頷く、キュルケも見直した様に頷く。

「他には料理、肉を焼いて頬が落ちるような焼き加減を作れます。 我々が着ている衣服も日の光によって、乾燥させて気持ち良い状態にしています。 故に私は思います、火は与えてくれる物であり奪う物でもある、と。 破壊だけなどと思うのは見当違い甚だしいと考えました」
「素晴らしい! ミス・ヴァリエールが言う事は最もだ!」

 コルベールは拍手、キュルケは微妙な顔をしている。
 本場と言って良いゲルマニア人の自分が、『水』を司るトリステインに火の講釈を承るとは思いもしなかった。
 本当なら文句の一つでも出たかもしれない、だがルイズが言ったように納得できない部分が殆ど無かったからだ。

「……さすがね、ルイズ」
「これ位普通よ、火は貴賤問わず人々に浸透しているわ。 水だって、地だって、風だって、全部が知られている事だけで成り立ってるわけじゃないし」

 単体では効果を発揮しないが、組み合わせると途端に応用が広がる。
 一つだけで語るべからず、火と風を組み合わせれば乾燥速度が跳ね上がるし、水と土が組み合わせれば植物が芽生えさせる事が出来る。
 全てが組み合わさって、世界が成り立っているのだ。
 それに気が付かず、これが上だ、こっちの方が上だなんて優劣付けても意味が無い。
 魔法にも言えるだろうが。

「キュルケ、火だけを追求してもつまらないわよ?」
「考えておくわ」
「そうですぞ、ミス・ツェルプストー。 得意な属性だけを伸ばしてもすぐに限界は訪れます、苦手だからと言って他の属性を蔑ろにしてはいけません」

 そのまま教壇の上に置いてある物体を見る。

「これだってそうです、見てなさい」

 コルベールの足先に有ったふいご、空気を送るポンプを踏む。

「まずはこのふいごで風を送り、中にある油を気化させます」

 シュコーシュコーと何回か踏んだ後。
 物体に開いていた小さな穴に杖先を入れる。

「その状態で火を付ければ……」

 ボンボンボン、と物体の中で爆発音。
 中で気化した油に引火、その熱エネルギーで円筒の中に有るクランクが回る。
 それと繋がり連動している車輪が回って、円筒の上に付いている蓋が開いて、中から可愛らしいヘビ人形が頭を出す。

「ほら、この通りですぞ!」

 嬉しそうに笑うコルベール。
 しーんと、誰も声を発しない。
 それを見た俺の隣に座るサイトが唸った。

『なぁ、ルイズ。あれってもしかして……』
『そう、エンジンだよ。 原型だがな』
『まじで?』
『まじで、コルベールは天才だな』

 この世界に科学技術なんてカテゴリーは殆ど無い。
 簡単な物はあっけなく魔法で実現できる、難しい物でも複数メイジが集まれば可能だからだ。
 水車などはあるが、それどまり。
 今コルベールが見せたエンジンの原型、拙いながら最先端の科学技術と言える。
 エンジンと言う概念を知っていれば、もしかしたら作れるだろう現代人。
 だが、コルベールは全くそれを知らず、自らの発想だけでそれを実現した。
 この人は誰がなんと言おうと天才だ、現代で技術革命を起こした偉人並みに凄い。

「素晴らしいです! ミスタ・コルベール!」

 俺が立ち上がって拍手をする、サイトも同じように拍手。

「『風』を送って、『水』に属する油を気化させ、『火』でその気化した油を点火させて、『土』でその爆発を耐えるだけの金属を錬金する。 四つの属性を上手く組み合わせて動力を生み出すなんて!」

 仰々しいが、この賞賛する気持ちは本物。
 俺にあれが作れるかといえばNOだ、魔法が使える使えない云々、あれだけの発想を浮かべる事などできん。
 確かに魔法を使って実現させているが、その概念を考え出したのは凄すぎる。

「おお分かるかね! ミス・ヴァリエール! 今はこのヘビ君が顔を出すだけですが、改良すればもっと凄い事が出来ますぞ!」

 例えば馬車にエンジンを載せれば自動車、水の上に浮かぶ船に乗せれば風要らずの船舶になる。

「そんなの魔法を使えば良いじゃないですか」

 はい? お前等の精神力は無限ですか?
 数時間に渡って魔法で動かし続けられるんですか?
 ちょっとは考えろ。

「馬鹿ね、4つの属性を上手く組み合わせていると言ったでしょう? これがもっと精巧に、大きくすればスクウェアメイジでも運べない重い物でも動かせたりするのよ」
「ミス・ヴァリエール、他人を馬鹿呼ばわりはいけません。 ですが、今言ったとおり改良すれば人の、メイジの力を超える物を生み出せますな」

 進みすぎた科学技術は魔法と同意、ってなんかの小説で読んだ気がする。
 事実、地球じゃメイジを凌駕した存在が幾らでも有る。

「先生、凄いですよ! いやー、エンジンを作れる人が居るなんて驚きです!」

 サイトも褒め称える、まぁそれでコルベールがサイトを気に入るんだろうが。

「えんじん?」
「それの名前ですよ! 俺たちの世界じゃそれを実際に作って役立ててます!」
「なんと! 君が居た場所はこれを実用化しているのかね!」
「はい、今言ったように馬車に載せたり船に乗せたり!」
「おお! それは凄い! その国はどこだね!? 君の居た国とはどこだね!?」

 目を輝かさせて、サイトに迫るコルベール。

「え、えっと、東方です」
「東方? ロバ・アル・カリイエかね!?」
「えー、そうなってます」
「まさかあの恐ろしいエルフが居る地を……いや、召喚されたから通らなくてもハルケギニアに来れるか……。 なるほどなるほど、東方は学問が盛んだと聞いたことが有る、君の生まれはそこか! ぜひ一度行ってみたいものだ!」

 飛行船フラグ成立。
 俺も一度行ってみたいものだ。






 爆発なんてさせませんでした。
 言われてしょうがなくエンジンに点火させたが、火を付けれそうな魔法は爆発しか使えない。
 杖突っ込んで限界まで絞った爆発を撃つ、粉々に吹き飛ぶ限界ギリギリで耐え切ったエンジン。
 円筒にひびが入りまくってたよ、コルベールには悪い事をした。
 細かい制御に向いてないんだよな、虚無は。

「んー、明日には完全かな」

 首筋に手を当て首を回す、まだ少しだけ引っかかるが問題無い。
 カーテンを引いて、クローゼットからネグリジェを取り出す。



「なぁ相棒、いい加減錆び落としてくれよ」
「いいじゃねぇか、戦う時あのキラキラしたのになれば」
「馬鹿言っちゃいけねぇ、あれは魔法を吸わなきゃ無理なんだぜ?」
「いいじゃん、錆び錆びだったら相手切れないし、魔法吸ったらキラキラのになれば」

 それを聞きながら、鏡台の椅子に座ってブラシで髪をすく。

「やっぱり、髪が少し痛んだかしら……」

 自分の髪を眺めてルイズが言った。
 どこがだよ、とサイトは言いたくなった。
 部屋のランプとは別に、窓から入る月の光りがルイズを、その髪を照らして輝く。
 座って髪をすくだけなのに、恐ろしいほど綺麗だった。
 清楚で可憐で、物の見事に絶世の美少女と言える可愛さを放っていた。
 それを見て、ため息を吐いた。

「相棒、そんなに錆び落としが──」

 デルフを鞘に押し込んで壁に立て掛ける。
 ベッドに潜り込んで、毛布を被る。
 髪をすき終えたルイズは、そのサイトに言った。

「お休み」
「ああ、おやすみ」

 ルイズがベッドで横になる、同じように毛布を被る。
 それからは音が殆ど無くなった。
 あるのは時折他の寮生が廊下を歩く小さな足音と、虫の鳴き声と、ルイズの寝息だけだった。

 数分、或いは数十分経ってサイトはおもむろにベッドから起きた。
 寝ているルイズに視線をやる、立ち上がってベッドから降り、ルイズのベッドへ歩み寄る。

「………」

 ルイズが寝ているのを確認して。

「俺、わからないよ」

 小さく呟いた。

「ルイズが何を思ってワルドを見逃したのか、どうして王子様を見殺したのか」

 何か考えがある、それだけは分かる。
 だが、それだけだ。 これから起きる事とか殆ど教えて貰っていない。

「どうしたら良いのかわかんねぇ、このままルイズの言う通りで良いのか、わからねぇんだ」

 ベッド傍まで近寄り、寝ているルイズの顔を見る。

「何をしたらいいんだ、どうしたら良いんだ」

 膝を付く、ルイズのベッドに流れる髪を触る。

「教えてくれよ、このままじゃ怖いんだよ、ルイズが遠くに行っちまいそうで……」

 あの時、ワルドがルイズを襲っていた時なんて特に感じた。
 居なくなってしまうのだと、恐怖を感じた。
 心の震えが、それが力になるのがガンダールヴ。
 でも何度もあんな気持ちになるのは嫌なんだ。

「だから……」

 そのまま顔を近づけて、すぐベッドから離れた。

「……はぁ、なにやってんだろ」

 自分のベットに潜り込む。
 またため息を付いて、瞼を瞑った。






 それから数分、或いは数十分。
 ルイズが瞼を開いた。
 サイトと同じように起き上がり、見て立ち上がる。

『ごめんな、サイト』

 ベッドによって小さく呟く。
 顔を見て、ベッド脇に膝を付く。
 頬を指で押してみる、起きない。
 枕を抜いてみるが起きない。

『嫌な思いさせたよな、許してくれなんて言わない』

 その代わりに。

『絶対に戻すよ、サイトが居た世界に』

 だから、もう少し付き合ってくれ。
 俺の償いを、責任を果たさせてくれ。

『死なせないから、もう少しだけ……』

 サイトの髪を撫でる。
 サイトは眠ったまま、もしかしたら起きてるかもしれないけど。

「必ず、私が貴方を守って見せるから」

 夜は更ける。
 独白、思いは互いに届いたかは、分からない。



[4708] 15kb、区切れるとさくさく 18話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/03/09 13:53

「おお、来たか。 開いとるぞ、入りなさい」

 オスマンに呼び出されて学院長室。
 ノック、返事が返ってきてドアを開けて中に入る、ドアを閉めると同時に施錠された。
 鍵を閉めた時と同じく、オスマンはもう一度杖を振った。
 外から聞こえてくる音が消えた、サイレントか。

「これで良い、……先日はご苦労じゃった、君達のおかげで同盟破棄の恐れは取り除かれた。 ……ウェールズ皇太子の件は残念じゃったが」
「はい、私の力が足りないばかりに……」
「いやいや、君はよく頑張ってくれた。 そのおかげで、来月には無事王女とゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われることが決定した」

 そうか、やっとアンアンが結婚するか……。

「はい……」
「して、今回ミス・ヴァリエールを呼び出したのはこれじゃ」

 本命と言わんばかりに、机の上において差し出してきたのは一冊のかなり古びた本。

「これは……」
「分かるかね? それは『始祖の祈祷書』、王室から送られてきた物じゃ。 本物かどうか分からぬが、王室が持ち出してきたと言う事は『一応』本物じゃろう」

 『始祖の祈祷書』、ハルケギニアの至る所にある初代虚無のメイジ、始祖ブリミルが携えていたと言われる本。
 真偽を別にして、その数は数百数千、集めれば『始祖の祈祷書』のみの図書館が作れるほどだと言われている。

「トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式には貴族より選ばれた巫女を用意しなければならん。 そうじゃの……言ってしまえば『めんどくさい』じゃろうが、始祖の詔を読み上げなければいかん」
「そんな事はありません、姫殿下の詔を謳い上げる大役、拝命させていただきます」
「そう言ってくれると姫も喜んでくれるじゃろう、わしも肩の荷が下りるわい」

 笑いながら本を薦めてくるオスマン。
 頷いて手に取る、ページを捲っても何も描いてない本。
 水のルビーを取り出して指に嵌める。
 そしてまた本を開けば。

「……これは本物ですね」
「やはり、分かるかの」
「これを読みし者は、我が理想と目標を受け継ぎし者なり。 またその力を担いし者なり……」
「白紙であったが、読めるのかの?」

 茶色く煤けた紙面の上に、黒い文字が見え始めた。

「はい、虚無の担い手だけが読める様になっています」
「そうか、故に本物かどうか今まで証明できんかったのじゃな」
「はい、いくら読み解こうとしてもただのメイジでは絶対に無理でしょう」

 二つの条件、属性が虚無である人間と、王家に伝わる始祖の秘宝が一つ、『四種のルビー』のどれかを付けている事。
 前者は王族の血を引いていなくてはいけない、後者は国宝であるルビーの装着。
 自然と限定され、元より少ない虚無の担い手の覚醒がさらに少なくなる。
 例え王族でも、魔法が使えないと言うだけで嫌われたりするのだ、簡単に秘宝たる祈祷書やルビーに触る事さえ出来ないだろう。
 それでさらに確率が下がる、目覚める確率は確実に小数点以下になりそうだ。
 なのにこの時点で虚無の担い手が恐らく4人とも揃っているだろう、それは天文学的な確率か決められている運命か。
 どちらにしてもハルケギニア6000年の歴史が動く、ご都合的な覚醒である事は間違いない。

「これより、ミス・ヴァリエールは始祖の祈祷書を肌身離さず持ち歩き、詔を考えなければならぬ」
「はい」
「これは姫が直接ミス・ヴァリエールを指名したのじゃ。 一生に一度有るか無いかの、大変名誉な事じゃ」
「はい」
「……建前はそこまでじゃ、祈祷書に何が書いてあるか聞かせてくれんかね?」
「……異教徒に奪われた聖地を奪還せよ、呪文の詠唱が長きにわたるため注意せよ、などと書かれています」

 それを聞いて眉を潜めたオスマン。

「異教徒に聖地奪還……かの、異教徒とは『エルフ』の事と思うかね?」
「……分かりません、そもそもブリミル教の教えすら分かりかねます」
「ほほ、ミス・ヴァリエールも中々言うのぉ」

 今ここにロマリアの聖堂騎士団が聞いて居れば、宗教裁判に掛けていただろう。
 まぁ、そんな事は無理だろうが。
 己が罰しようとしている存在が、己が信仰する始祖の力を持つ存在だと知れば……まぁ教えたりせんですぐ逃げるが。

 つーか、今だ若輩である筈のヴィットーリオが何故最高位である『教皇』に着けたかが分からない。
 ああいうのって大体年功序列とか、なんかそういうのが有るんじゃないの?
 それではないとすると、得意の智謀で伸し上がったか、信仰する始祖の力を見せ付けたのか。
 或いは両方とも考えられるし、まぁどちらでも良い。
 ヴィットーリオがジョゼフと同じく厄介な存在である事は否めない。

「わしも、ブリミル教などどうでも良いがな」

 爺も言ってんじゃねぇか。











タイトル「考える事は人間の証明」











「汝病める時も、健やかなる時も……これキリスト教だっけ……」

 まさしく異教……、いや、ばれないか……?

 日が落ち始め、自室で指輪を付けたまま祈祷書を開いていた。
 ベッドに寝転びながら詔を考えながら、ページを捲る。
 当たり前に、初歩の初歩の初歩の虚無魔法『爆発<エクスプロージョン>』や『幻像<イリュージョン>』、『解呪<ディスペル・マジック>』の呪文『だけ』が浮かび上がっている。
 すらすらと読み、絶対に忘れぬよう頭に叩き込む。
 デルフに因れば必要な時に浮かび上がると言っていた筈、なら今は必要な時期ではないって事。
 いや、もしかしたら他の魔法も読めるかなとか思ったりはしたが、現実は甘く無かったりする。

 確かルイズの虚無属性は『攻撃』を司っているらしく、3つの魔法も攻撃、幻惑、無効化とRPGで重要そうな能力だ。
 ……だから原作ルイズはあんなに攻撃的なのか?
 如何に平民で使い魔と言っても、馬用の鞭で叩くのはどうかと思うよ? 蚯蚓腫れとかでは済まなさそうだし。
 百叩きの刑とか聞いたこと有ったが、あれ百回叩く前にショック死するらしいからな……、知らないとは言えルイズすげぇ……

 そんな、完全に外れた思考をしてればすぐ日は落ち続けるわけで。

「お腹減った……」
「相棒は風呂行ってんぜ」
「デルフは置いていかれたんでしょ」
「湯の中に剣を付ける馬鹿がどこに居るってんだ」
「そういう意味じゃないわよ、達人は常に手が届く位置に武器を置いてるそうよ?」
「つまり相棒はへたれと?」
「歴代の盾の中ではどうなのよ」
「さぁーどうだろうかねぇ、覚えちゃいねぇ」

 まぁ、なんて使えないインテリジェンスソードだこと。

「サーシャとかは凄そうだったわねぇ」
「……サーシャ? 娘っ子、何でその名を知ってやがる」

 知られぬ名、ガンダールヴと言う名称だけが広まり、その本人の名前は伝わっていない。
 まぁ、人間ではなくエルフだった事から意図的に消されたのかもしれないが。

「初代の盾で、ニダベリールと漫才をしてた人?」
「……あいつの事も知ってるのかよ」
「少なくとも見た事も聞いた事も喋った事も無いのに、本人が言ったかどうか分からない教えを説いてる人たちよりは知ってるわ」
「本当に、どこまで知ってやがる。 娘っ子」

 トーンが下がる、デルフもそんな声出せたのか。

「少しだけよ? 貴方達の根幹に付いては何も知らないわ」
「ほんとかね、疑わしいよ」
「疑ってどうするのよ、六千年も昔の事よ? 別に知っていても、貴方に害を及ぼすような事は言わないわよ」
「そりゃあわかるが、相棒にあんな事言うような娘っ子にゃあそんなことする意味なさそうだがね」
「……? サイトにあんな事?」

 何か言ったっけ。

「黙ってろってんだろ? 言わねぇよ、心配してる事は言わねぇーから安心しなって」
「はぁ? 意味分からないんだけど」
「おいおい、忘れろってか? 難しいねぇ、わざと忘れるのは難しいでよ」

 震えてカタカタ喋るデルフ、呆れたような声。

「言わねぇからもう止めようぜ、娘っ子。 相棒も風呂から帰ってくるんじゃねぇか?」

 話の筋が分からない、お前は何を言っているんだ的な。
 つか、デルフはどこまで思い出してんの?

「貴方、どこまで思い出してるのよ? サーシャやニダベリールの事も思い出してるんでしょ?」 
「さぁね、娘っ子が言った名前だけしか思い出してない。 どんな性格だったとかわからねぇーよ」
「本当かしら、忘れてる振りしてるだけなんじゃ?」
「止めてくれよ、そんな事しても意味ねーだろうがよ」
「……まぁ、それもそうね。 でも思い出した事はすぐに教えなさいよ?」
「分かってるよ、使い手に会わせてくれた事にゃあ感謝してるしな」

 忘れてるとは言え、意思を持って『本物』を知る存在。
 どれほど貴重な物か、それこそ分かりかねん。
 誰も知らぬ、自分だけの情報は切り札になるしな。
 初代のヴィンダールヴとミョズニトニルンの記憶も欲しいな……。
 ヴィットーリオの事だ、ヴィンダールヴの記憶は手に入れているんだろうな。

「……もしかしてそこか?」

 確か、虚無の四の四が揃って初めて目覚める、みたいなこと言ってたよな。
 揃って目覚めなきゃエルフは撃退できない。
 それなのにジョゼフが死んでも何か策が有る様な事言ってたし。
 何か虚無に関する何かを知ったのか、文字通りエルフを駆逐できるような何かが……。
 虚無の覚醒無しで強力なエルフを駆逐する物、聖地を傷つけずエルフだけ……?
 ……想像が付かないが、ヴィンダールヴの記憶からなにか強力な武器でも見つけたのかもしれん。

 つか、何故エルフを敵対視しているのか分からん。
 聖地を占拠しているなんて名目が付いてるが、エルフ自体は表立って攻撃してこようとはしていない。
 ジョゼフに聖地に入ろうとする人間を抑えてくれ、なんて言ってた気がするが。
 そのエルフが異教徒、神様じゃなくて聖エイジスとか、ロマリアと似た物を信仰しているのに異教徒。
 接触をもとうとしないから、知りえないから異教徒と決め付けるか。
 第一、信仰する教え、その教えが間違ってるなんざ早々考えられないのか……、いや、考えないのか……。

 ……中途半端に知っているのは辛い、考えれば考えるほど厄介。
 二次設定が馬鹿みたいに浮かんでくる、実はエルフはハルケギニアに侵攻してきている敵をぶっ飛ばしている、とか。
 実は聖地とはエルフが居る土地の事ではなく、その外、サイトが『記録<リコード>』の魔法で見せられたブリミルとサーシャが居た土地だった、とか
 まぁ二次設定は使い物にならんのは確か、どうして完結する前にこっちの世界に来てしまったのか……。

「はぁ……」

 どうしよ、知りたい事は山ほどあるのに一つも知る事が出来ない。
 記憶の魔法があれば、デルフの記憶を見ることが出来るかもしれない。
 それの取得も、出来るならば目指していくか。
 今のところは、主軸に乗るしかない。
 それ以外に道はないし、俺が世界扉を覚えられれば一発で解決なんだが……。

「お風呂に入って来ようかしら」

 考えても先に進めない、時間が過ぎてイベントが来るのを待つしかない。
 いずれにしろ、まだ時間はある筈だ。
 今はマチルダの情報に期待するか……、孤児院ごと逃げたりしないよな……?

 タオルと、替えの衣服を持って部屋を出る。
 ついでにデルフも持って行ってやろう。

「いやいや、濡らさないでくれよ、錆びるから」

 知るか。





 なんと言うキャッキャウフフ。
 なんと言う混浴。
 なんと言う……、いいなぁ。
 窓の外から見れば風呂小屋の湯船の中に、サイトとシエスタが居るじゃあないですか。
 これは羨ましい、俺も入りたいが恥ずかしいし、先に飯でも食ってくるか。

『それで、サイトさんのお国ってどんなところですか?』
『えっと……貴族とか平民とか関係なく皆平等でさ』
『皆平等……、なんですか』
『ああ、みーんな平等、この世界みたいに貴族が平民傷つけるような事もないよ』
『とても良い国ですね、皆平等かぁ……』
『簡単に手を上げれば捕まっちまったりするし、少なくともこっちよりは良いと思う』

 少なくとも、貴族が平民を虐げるこの世界よりは良い。
 だから、返してやる。
 簡単に人が死ぬ世界から、日本に返してやるさ。

 そう思って、踵を返して厨房に向かう。
 マルトーはまだ居るかな、居ないと晩飯抜きになってしまう。
 つか、この世界の子は大胆だねぇ。






『ありがとう御座います、サイトさんのお話、とても面白かったです。 また今度聞かせてもらえますか?』
『いいよ、こんな話だったら幾らでも』

 シエスタは微笑んで。

『あの、その……』
『? 何?』
『……後ろ向いてて、もらえますか?』
『あ、ごめん!』

 慌てて湯船の中で振り返るサイト。
 それを確認して湯船から立ち上がるシエスタ。
 体を拭いて、タオルを巻きつける。
 ドアを開けばすぐ傍に、釜の火の傍に干してあったメイド服を取り込んで身に着ける。

『それじゃあサイトさん……、楽しかったです』
『ああ、俺も楽しかった』
『はい……、その、また『一緒に』お風呂入りましょうね』

 そう言って走り去るシエスタ。

『……なん……だと!?』

 また一緒に?
 また、一緒?
 ……これは脈あり?

 シエスタからのアプローチ? を受け取ったサイトは有頂天になっていた。

『YAHOO!!』






 厨房に戻ってくると、居たのはマルトーさんと他コックさん達と、サイトさんの主であるルイズ様だった。

「マルトー、これ美味しいわね」
「でしょう? 20エキューと80スゥもしたんですから」
「はぁ、どうりで。 でも素材の味を生かすのはコックの仕事だしね」
「そう言ってもらえると、料理人冥利に付きますってもんでさ」

 平民の年間生活費の実に六分の一、紛う事なき高級品。
 そんなものを平然と食べるルイズ様。

「ん、シエスタじゃない。 お風呂は楽しめた?」

 振り向き様に言われた言葉に、顔が赤くなった。
 もしかして、ルイズ様は外で聞いてたのだろうか。

「申し訳ありません! ルイズ様!」
「別に良いわよ、シエスタになら毎日貸してあげても」
「……え?」
「サイトだって良いって言うだろうし、私も許可するんだから文句はないでしょうね」
「えっと……、それは嬉しいのですが」
「何? 何か不味い事でも?」
「いえ、そんな事は!」
「サイトの方はどうするの?」
「サイトさん……ですか?」
「そうよ、サイトの事」

 口を拭いて、立ち上がり。
 ゆっくりと歩み寄ってくる。
 私の傍まで来て。

「好きになったんでしょう?」
「ッ!?」
「いいわ、サイトだって満更でもなさそうだし、ね」

 耳元で呟き、妖しく笑うルイズ様。
 頭の中で響く声に、声が出なかった。
 そのまま肩を叩いて。

「マルトー、美味しかったわ。 まだ残ってるなら貴方達で食べて良いわよ、いつもそうしてるんでしょ?」
「バレておりやしたか」
「そんな高い物、捨てるなんて馬鹿みたいじゃない。 サイトの食事は部屋に届けてね」
「わかりやした」

 足取り軽やかに差って行くルイズ様を、ただ見送る事しか出来なかった。







「居ないと思ってたら」
「食事に行ってたわ、サイトの分も部屋に届けてもらうから居なさいよ?」

 デルフを壁に立て掛ける。
 つか、持って行った意味ねーな。

「剣士たる者、武器を手放す事叶わず。 お風呂でイチャつくのは良いけど、デルフ放っておくと拗ねるわよ?」
「相棒は外に出る時以外、いっつも置いていくからな」
「いや、だって重いしよ、喋りすぎてうるせーんだもん」

 もん、じゃねーよ。
 男にそれは似合わねぇぞ。

「そっちの方が体力付くでしょう、地道に強くなるわよ」
「……ルイズがそう言うなら」
「よろしい、私はお風呂入ってくるから」

 ドアから出て行くルイズ。
 それを見送って。

「なぁ、デルフ」
「なんだね」
「ルイズの事、どう思う?」
「……変な娘っ子だとは思うよ」
「なんか言ってた?」
「なんだ、おれに密偵でもさせる気か?」
「……そうじゃねぇけど、何も言ってくれねぇからわかんねーんだ」
「は、心配するこたーねぇよ、娘っ子はいっつも相棒の事心配してるからな」
「そりゃあ……」

 これから先のことは教えてくれないが。
 おれの事を守るだとか、元の世界に返してやるとか。
 言葉に現して、心配してくれている事は分かる。

「それでも、何かなぁ」
「相棒、おめぇは娘っ子に何求めてんだ?」
「説明だよ、説明」
「説明して、何か変わるのか?」
「あたり前だろ!」
「何が当たり前かしらねぇが、どこがどう変わるんだね?」
「そりゃあ、これから出てくる敵の事とか」
「ふーん、じゃあ相棒はあの王子様を殺した、いけ好かねぇ野郎が敵だと知ってたらどうしてたんだね?」
「そんなのぶっ倒してたに決まってるだろ」
「宿に泊まってる時、簡単に負けちまったのにか?」
「う……」

 勝ったのはガンダールヴの能力を最大限発揮した時。
 それ以外の戦いでは、あっさり負けた。

「そういうことだよ、もし娘っ子が相棒に教えてたらもっと酷い事になってたかも知れねぇよ?」
「……デルフも似たような事言うんだな」
「娘っ子が何をどこまで知ってるのかわからねぇ。 でもな、相棒が言ったような事してたら、確実におめぇさんは殺されてたぜ?」
「………」
「分かるか? 娘っ子は相棒の事を心配してるんだ、考えておめぇさんに教えてねぇんだろうよ」

 相棒の事、よく分かってるねぇあの娘っ子。
 と言いながら笑うデルフ。

「……ルイズの言う事、聞いててもいいのかなぁ」
「多少危険なとこには連れてくだろうが、確実に死にそうな場所だと絶対に行かせないと思うぜ?」
「そうかな」
「ああ、分かるよ、おれにゃあな」

 カタカタと鳴らすデルフ。

 昨日の夜、二人のすれ違った言葉を知るデルフには、二人が心配し合っている事を十分に理解できていた。



[4708] 区切ったか過去最小に…… 19話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/03/09 13:57

 始祖の祈祷書を受け取ってから七日ほど経った。
 詔は定番の、日本の洋式の挙式で神父さんや牧師さんが言うような。
 あの誓いをハルケギニア風に変えただけ。
 言う機会はなさそうだが、一応考えておいた。

「惜しい、今のは手前で落とせば……」

 中庭でボール遊びに興じるお子様達。
 木に吊るされた籠にボールを入れる、バスケのフリースローのような事をしている。

「手を使ったほうが面白いかと思うが……、魔法操作の練習にもなるか……?」

 レビテーション、魔法を使って遊んでる他の生徒達。
 それを見ながら中庭の一角に有るテーブルに座り、優雅にお茶を飲む。
 東方からの輸入品とか何とか、やはり日本の緑茶に似ている感じがして良いな。
 足元においてある籠には勿論編み物セット。
 不可解な指の動きを克服するために、練習しているのだが……。

「これは無いわね……」

 振動幅約2サント、日本語で言えば2センチ。
 ……怖いなんてモンじゃねーぞ!
 ガクガクブルブル、擬音で言えばそんな感じ。
 良くルイズはあそこまで編めたな……、輪を作った糸に上手く編み棒が入らないのだ。
 裁縫の針の穴に、糸が通らないのは分かる。 穴が小さくて微かに指が震えたりしてな。
 だが、これは桁が違う、その10倍以上有る大きさの輪っかに上手く入れられないのだ!

「克服なんて……、できるのかな」

 独白するほど呆れる、それほどまでの絶望的な指の動き。
 くそ、セーターとか、マフラーですら怪しいぞこれ。
 唸りながら、ひたすら穴に通して、別の箇所に編み棒を突っ込んだりして編んでいく。
 震える指をひたすら見つめ、動かそうとしていた時に後ろから肩を叩かれた。

「ルイズ、何してるの?」
「これ、何に見える?」
「……なにこれ、ヒトデ?」

 分からないといった顔で、隣の椅子に座るキュルケ。
 ……そう見えても不思議じゃないな、俺もヒトデくらいにしか見えん。

「一応セーターね」
「は? これが?」

 嘘でしょ、って言いそうなキュルケ。
 俺も嘘だと信じたい。

「編み物してるんだけど、どうも指が上手く動かないのよ」
「幾ら指が上手く動かないからって、こんなのが出切る訳無いじゃない」
「これでも?」

 編み棒を取り、糸を通して編み始めようとすれば。

「……それ、何かの冗談? それともわざと?」
「残念ながら、本当のことよ」

 どう見ても編み物をしているような指の動きではない。

「それおかしいでしょ、どう見ても!」
「なら止めてみる?」

 その言葉に、キュルケがルイズの手をとって抑え付けようと力を込めるが。

「ね?」
「ちょっと待ちなさいよ、本当におかしいわよこれ!」

 抑えられない、変わらず震え続ける指、と言うか手。
 これは絶望的だな、他の人に押さえつけて貰っても動くのだ。
 もはや自律機動の指先、「止めて! 私は編み物なんてしたくない!」とかなんとか。

「克服しようと思ったんだけど、無理そうよね……」
「水メイジに見てもらったほうが良いんじゃない?」
「正常だって」
「……お手上げね」

 文字通りお手上げ、弛まぬ努力によってこそ越えられる壁……か? ちょっと疑問が残るが。

「こっちの本は?」
「本は本よ」
「そんなの分かるわよ、題名を聞いているのよ」
「『始祖の祈祷書』」
「ふーん、何でそんな……白紙じゃない」
「そうね」
「そうねって、何でこんな酷い偽者持ち歩いてるのよ」
「それ、一応本物よ?」
「これが? こんな白紙のページしかない本が?」

 あははははと笑い出すキュルケ。
 メイジなら知らない人は殆ど居ない本、偽者も多いと言う話も知ってるだろう。

「それ、一応『王家』が認めた『国宝』よ?」
「……節穴なの?」
「不敬罪で投獄ね、まぁそう思うような本だけど……」

 エキューにすれは数十億位行くんじゃない? もしかしたら百億超えるかも。

「……は?」

 資本主義のゲルマニア貴族であるキュルケ、金に換算して言った方が分かりやすいだろう。
 それを聞いたキュルケは目を剥いた、少なくともトリステインの国家総予算に近い位の価値はありそうだ。

「トリステイン王家が認めた、本当の始祖の祈祷書。 態々国の宝物庫から取り出してきたんだって」
「……値段の事は置いておきましょう、本物かどうかも置いておきましょう。 問題はなぜルイズがそんな物を持ってるか、って事よ」

 一個人が、如何な大貴族でもそんな額は持ち合わせないだろう。
 ラ・ヴァリエール公爵家や資産家として有名なクルデンホルフ大公家でも、五分の一にさえ届くかどうか……。

「そうね、置いておきましょう。 私がこれを持ってるのは、今度結婚する姫様の詔を詠み上げるためよ」
「……そう言う事、この前のアルビオン行きもそれに関係があるのね?」
「そうね、私やサイトが死んでたら、同盟はご破算になっていたでしょうね」

 キュルケは目を細める。
 だが、それもすぐ止め。

「先日、アルビオン新政府が不可侵条約を持ちかけてきたそうよ? 知ってる?」
「いいえ、意味の無いものなんて知る意味ないじゃない」
「意味が無いって、条約よ条約。 そんな簡単に──」
「破ってくるでしょうね」
「……まさか、そんな名誉を貶める事を貴族がするわけ無いじゃない!」
「貴族の名誉で見ればそうよね、だけど奴等が掲げる目的のためなら意味無いわよ」
「奴等の目的って何よ」
「教えると思う?」

 少し笑ってキュルケを見る。
 対してキュルケは真剣な表情。

「知っても良いことなさそうだから、聞くのはやめておくわ」
「賢明ね」

 視線を手元に落とす、ぶるぶると震える指で編み物を再開する。

「……クッ」
「止めなさいよ、見ていて危なっかしいわ」
「こんなチャームポイントにすらならない事は、直しておいた方が良さそうだから」

 編み棒がぶつかり、カチカチと音を立てる。

「そこまでして編んで、誰かに上げるの?」
「上手く出来たら……、サイトにでも……、上げよう……、かしら!」
「へぇ、使い魔さんにあげるんだ」
「キュルケも欲しいの? ……上手く出来たなら……、あげるわ……よ!」
「別に要らないわよ、そんな未確認生物なんて」
「……こっちに、通すのね!」



 何か凄い事になっているルイズ。
 どう見ても編み物をしているような動きに見えない。

「ふぅん、いいのかしら?」
「……こっちね……、なにが?」
「厨房のメイドよ、昨日も何かしてたしね」
「別に良いわよ、あの子なら」
「なんで私は駄目で、あの子良いのよ」
「もう忘れたのかしら?」
「……覚えてるわよ」
「そう? 男遊びを止めた様には見えないけど」



 今だキュルケは男を囲っている。
 せっかく注意したのに、無駄だったようだ。

「止めたら、認めるのね?」
「駄目よ、サイトを落とした後すぐまた始めそうだもの」
「なによ、最初から認める気なんて無いじゃないの」
「微熱のキュルケらしくない、何時もなら男の彼女に許可なんて取らないでしょ」
「そうね……、ルイズだからかしら?」
「……なにが?」
「そうねぇ、貴方の慌てふためく顔見たいだけかも知れないわ」

 悪女だなぁ、キュルケ。
 手玉に取る、って言うのはおかしいが。
 キュルケが絡んできた時は、大人の対応で返すからなぁ。

「慌てふためく、ねぇ……」
「そうじゃない、タバサほどじゃないけど感情が薄く見えるわよ?」
「アルビオンの時は慌てふためいてたかもね」
「それは見逃したわね……」

 心底残念そうに、はぁっとため息を付いたキュルケ。
 そんなに残念か!

「そんな事言わないの、人が困る姿見て楽しむのは最低よ?」

 他人の不幸は密の味?

「そうねぇ……、本当に良いのね?」
「問題無いわ、サイトが彼女を選ぼうと選ぶまいとね」
「なら、今ルイズの部屋に行ったら、面白い物が見えるかもよ?」
「問題無……」

 待てよ、何かあったような……。
 考えながら立ち上がる。

「……あら? 問題無いんじゃなかったの?」
「………」

 なんだっけ……、ノートに書いてたっけ。
 そのノートは部屋の中。
 とりあえず行かなければ。

「忘れ物、取りに行ってくるわ」



 それを見てキュルケはニヤっと笑っていた。

 










タイトル「一撃必殺」













『ま、待った! そういうのは不味いって!!』

 と声が聞こえてドアを開けてみれば。

 そうかそうか、サイトがルイズのベッドにシエスタを押し倒したように見える場面だったか。
 見た後はサイトを追い出すんだっけ、ならここは乗っとくか。





「あ」
「……え?」

 二人が振り返れば、ルイズが居た。
 能面のような、感情が抜け落ちた……顔。

 実際は色々考えていて感情が顔に出ていなかっただけなのだが。

 二人にはそう見えて、時間が止まっていた。

「……サイト」
「は、はいぃ!」

 指で刺す、ドアの外を。

「言いたい事、分かるわよね?」
「えっと……、何がでしょうか?」
「サイト、数日の暇を与えるわ、その間戻ってきちゃ駄目よ?」

 ニッコリと、そう言って退けたルイズ。

「な、なんでだよ!」
「何で?」
「そうだよ、なんで──」
「シエスタも出て行きなさい、何時までもそのままで居られると迷惑だわ」
「ルイ──!」

 ドン、と押し飛ばされる。
 よろけて倒れそうになり、立て直せば。

「早く出て行きなさい」

 そう、冷たい声で言われた。
 カチンと来た、そりゃあルイズのベッドの上でこんな事になっちまったけど。
 一つ位言い訳させてくれたって良いだろ!

「聞こえなかったかしら」
「わかったよ」

 何も教えてくれない、ただルイズの良い様だけに進められていく現状にサイトはイラだっていた。
 憮然に答え、二本の剣を抱えて出て行く。





「シエスタ」
「あ……あぁ」
「シエスタ、立ちなさい」

 俺を見て震えるシエスタ、そういや筋金入りの貴族嫌いだったっけ?
 俺は別だとか思ったんだろうな。

「早く!」
「はい!」

 ブラウスをはだけさせたまま立ち上がる。
 見れば少しだけ震えている。

「………」

 無言で近寄り、シエスタは震えて瞼を瞑っていた。

「いくら認めたとは言え、私の部屋でこんなことしちゃ駄目よ?」

 出来るだけ優しい声で語りかける。
 両手でブラウスのボタンを閉めて、メイド服を正す。

「これで良いわね、おかしな所は無い?」
「あ、有りません!」
「そう、それなら宜しくね」
「……何がでしょうか?」
「サイトの事よ、マルトーに言っておくから出来るだけサイトを世話してあげて」
「あの、ルイズ様は怒ってらっしゃるんじゃ……?」
「そりゃあ怒るわよ、自分のベットでそう言う事されればね。 シエスタは嫌じゃないの?」
「い、いえ! 私も……」
「でしょう? それ以外の事なら別に怒りはしないわよ、いちゃつくのは時と場所を考えて、ってね」



 ほら、サイトを追いかけて。

 そう言って送り出そうとするルイズ様。

「なら、どうしてルイズ様はサイトさんを……?」
「そちらの方が都合が良いからよ、それともサイトの世話を焼くのは嫌だったかしら?」
「そんなことは……」
「ならお願いね」

 背中を押されて、部屋の外に出る。

「多分どこかに行くと思うけど、サイトが守ってくれるだろうから付いて行ってあげて。 あ、私がこう言っていたなんてサイトに言っちゃ駄目よ?」

 ルイズの口からすらすらと出てくる言葉に、シエスタは頷くしか出来なかった。



[4708] そんなに多くなかった 20話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/08/21 04:08

『む、書いてないな……』

 ノートを捲るが今回のことは書かれていなかった。
 才人がシエスタを押し倒す……、やっぱり無い。
 その次に来るのは『ゼロ戦回収』、その次が『結婚式で開戦』。
 これを書いたときの俺も、細部は覚えていなかった。

『多分どこかへ行く、でもどこに行くか分からない……』

 間に入る、言っちゃ悪いがどうでも良い話。
 まさに間話、こっからゼロ戦回収の流れに入ると思うんだが……。
 何時帰ってくるか……、後でも付けてみるか?
 一人……では無理だな、色々な理由で。

『帰ってくるまで待っとくか』

 ベッドに寝転がり、ノートのページを捲って次を進展を覚えておく事にした。














タイトル「幸せなんて人それぞれ」















 ヴェストリの広場の片隅。
 無言で剣を振る人物、才人が居た。

「フッ、フッ、フッ」

 一振り毎に強風音、振り上げて下ろす。
 振るだけでも筋力トレーニングになると、ルイズの言っていた事をこなしていた。
 あんな風に言われて、何も教えてくれないルイズにイラっだってはしても、その言葉が間違いだとは思わなかった才人。
 デルフも同意して、今に至る。
 正直やる事が無い、本来なら今頃掃除でもしていただろうが……。

「はぁ……」

 剣を下ろして、その場に座り込む。
 あれは俺のせいじゃねぇよ、と考えつつもシエスタのせいにするわけでもなく。
 じゃあ誰のせいだと考えて、やっぱ俺のせいかな……と考える。
 でもやっぱり俺のせいじゃねぇよ、と思考のループに陥っていた才人。
 一人では抜ける事適わない現状に頭が沸騰、喉が渇いて近くにあった瓶を手に取ってラッパ飲み。
 それはワインで数分もすれば酔いが回り始め、木の棒とボロ布を使って作られているテントの中に転がり込んだ。





「おーい、ヴェルダンデ! どこに居るんだい、ヴェルダンデ!」

 愛しの使い魔、ヴェルダンデを探しに来て見れば。

「……何だこれは?」

 ボロっちい布で作られた三角錐の、テントっぽいものが設置されている。
 周りを見れば瓶とか、籠とか、食べかすのようなものが散乱していた。
 誰か居るのか? と中から光っているテントの中を覗き込めば。

「モグモグ!」
「ああ! ヴェルダンデ! こんな所──」

 這い出て来ようとしたヴェルダンデがすぐさま中に引き込まれた。

「な、なに!?」

 すぐに追いかけてテントの中を見れば。

「いいじゃねぇか、俺の酒が飲めおうぅぇぁ!」
「……こんなところで何をしているのだね、サイト」

 泥酔した才人が、ヴェルダンデを抱き枕のように掴んでいた。
 その手には剣が握られており、如何に人以上の力を持つヴェルダンデでも、強化された才人の膂力から逃れる事は難しかった。
 おかしな声を、吐きそうな声を上げる才人を見て呆れるギーシュ。

「おや? 君はキュルケの使い魔じゃないか。 まさか君も引きずり込まれたのかね」
「きゅるきゅる」

 見ればキュルケの使い魔、フレイムも居た。
 その口には肉が銜えられており、自前の火炎で肉を炙ってすぐにほお張る。
 セルフ調理、テントの中にはなんとも美味しそうな、肉の焼ける匂いが漂っていた。

「……そうか、それは大変な目に。 ……サイト、いい加減ヴェルダンデを離したまえ!」

 狭いテントの中でヴェルダンデを抱えて転がる才人。
 ゆうに100キロを超えるヴェルダンデを平然と転がすのはガンダールヴだから可能であった。
 まさにカオス、このテントの中に限ってはいろんな法則が乱れていた。

「ええい! 離した──ゥゴア!」



 外にまで転がりだしてきた才人とヴェルダンデに轢かれるギーシュ。
 ピクピクと痙攣するギーシュ、それを見ながらワイン瓶を大きく呷った。
 そんな惨状を見て、小走りでやってきたのはシエスタ。

「遅くなりました! って、サイトさん!」
「うぇーい」
「もうこんなに飲んで! 一日一本って言ったじゃないですか!」
「う、しゅいません」

 ヴェルダンデを離し、すぐさま正座して謝る才人。

「貴方達も! ちゃんと見ててくださいって言ったじゃないですか!」
「す、すまねぇ……」
「きゅるる……」

 怒るシエスタに押されて、すぐに謝るデルフとフレイム。
 それを聞いて、轢かれえて痙攣しているギーシュを横目に、テントの周りを素早く片付ける。

「サイトさん、これお昼ご飯です。 私の分もありますから一緒に食べましょう」
「ふぁい」

 正座していた才人を立たせて、服に付いていた土埃を払い落とす。
 そのまま手を取って、テントから少し離れた場所で籠を開き、中から料理を取り出していく。

「はい、あーん」
「あーん」

 食べ続ける二人をよそに、ギーシュは今だ倒れ伏していた。





「……別の借りてこようかしら」

 自室にて椅子に座り、足を組んで読書に耽る。
 手には一冊の本と、テーブルの上に数冊の本。
 図書館、それも教師しか閲覧許可を出されていない『フェニアのライブラリー』に置かれている書物だった。
 オスマンに虚無を調べる、なんて口実に有益になりそうな本を片っ端から借りてきて読む。
 タバサほどの活字中毒ではないが、それに次ぎそうなくらい読んでいると言う自覚は有る。
 どっかの誰かさんが『知識は宝だ』とか言ってた気がするし、覚えておいて損は無いだろう。
 つか、ルイズの記憶力半端じゃないね。 スポンジが水を吸い込むように覚えていくわ。

「あら、元気そうね」
「……キュルケ、ノックした?」
「したわよ、夢中になって読んでたんでしょう」
「そう言う事にしておくわ、それで何か用?」

 本から視線を上げれば、ドア前に立っていたのはキュルケ。

「貴女が三日も休んでいるから、心配してきたんじゃないの」

 そういやもう三日も休んでたな、コルベールの授業が無かったから行く気は元より無かったけど。

「そうなの、ありがと」

 すぐに本へ視線を落とす、今良い所で考えながら読むには丁度良い箇所。
 正直余り邪魔して欲しくは無いが、別の思考も入れながら読むには良いかもしれん。

「ギーシュが言ってたわよ、ルイズが使い魔を追い出したって」
「ええ」
「それで、追い出した理由を聞いても良い?」
「サイトがシエスタと人のベッドでいちゃついてたから、で良いわね」
「……それを見てあなたは追い出した、ってこと?」
「そう言う事にしといて」

 いい加減な物言いに眉を潜めるキュルケ。
 歩み寄ってもう一脚の椅子に座る。

「ちゃんと答えなさいよ、貴女はどうして追い出したのよ?」
「そう……修練、ね」
「修練?」
「そ、剣士としての修練」

 訓練、ねぇ……と訝しげな表情を浮かべたキュルケ。

「……今のままじゃ折れそうだもの」





 ページを捲りながら、そう言ったルイズ。
 その可愛らしい表情は、少し歪んでいた。

「ねぇキュルケ、サイトをどこかに誘ってくれない?」
「……どこに?」

 内心跳ね上がった、どうして才人を誘おうとしているのを知ったのか、と。

「どこでも良いわ、平民では危険だけど、メイジならそうでもない場所、そんな都合の良いところ無いかしら……」

 はぁ、とため息を付きつつ、こちらを見るルイズ。
 その後、読み終わったのか本を閉じてテーブルの上に置いた。

「そうねぇ……、当てがあるからそこへ連れて行ってあげましょうか?」
「……それは良いわね、お願いして良いかしら?」
「勿論よ、つまらない授業よりよっぽど有意義よ」

 笑って返すルイズ。
 それに任せなさい、と言って返した。





 その日の夜、ボロっちいテントの前に現れたのはキュルケ。
 テントの中は明るく照らされているようで、入り口らしき所から光が漏れ出していた。
 そのボロ布を捲ると。

「ばきゃよー! なにがひみるら! だへりのいられーってのー!」
「ぼくはねー! うわひなんきゃしてらいってー! ちょぉーっとね、キスしただけじゃらいかー」

 グデングデン、もう前後不覚になりそうなほど酔っ払いが二人居た。

「ずいぶんと楽しそうねぇ、私も入れてくれる?」
「キュウケ? いいよいいよー、はいっちゃってー!」
「お邪魔するわね」
「どうぞどうぞ、これでもどぞー!」

 強引に酒を進めてくるギーシュに杖を一振り、炎が噴出し一瞬でギーシュに巻きついて燃え上がる。

「目は覚めた? あんな状態でお話なんて出来ないから」
「……はい」

 絶妙なコントロールで二人を傷つけずに衣服の一部を燃やし尽くした
 勿論周囲も燃やし尽くされており、テントは丸ごと無くなっていた。

「それじゃあ、行きましょう」
「行きましょう、ってどこに?」
「宝探しよ」

 放り投げるようにばら撒いたのは地図。
 真新しいのやら、擦り切れ茶色く変色した物まで。
 それを拾い上げたギーシュが呟いた。

「……キュルケ、これはどう見ても偽者じゃあないのか?」
「かも知れないわね、色んなとこ回ってかき集めたんだから」
「思いっきりまがい物じゃないか、こんな物にお金出して破産した貴族だって何人も知ってるよ」
「そういう人も居るでしょう、でもね、この中に本物の『宝の地図』が無いなんて断言できないでしょう?」
「む」

 確かにそうだが……、と考え始めていたギーシュ。
 それを無視して才人に寄った。

「ねぇサイト、ルイズの事気に入ってないんでしょう?」
「……そんな事は」
「あら、私にはそう見えないわよ? どうせルイズが何にも聞かないで追い出したりしたんでしょう?」

 だめよねぇルイズったら、最初こそは普通に扱っていたようだけど、自分で召喚しておいてちょっと他の女を見ただけで言い訳一つさせないで追い出して、責任取らずに放っておくなんて貴族の片隅にも──。



「うるせぇ!」

 キュルケにここまで言われて、ムカ付いた。
 あの時のギーシュもそうだ、何も知らないでただ見て、上面だけ見て好き勝手に言いやがる!
 本当の自分をさらけ出さないのは、お前ら貴族を信用すらしてないってことだろ!

「何も、何も本当のルイズを知らないで勝手な事言うなよ!」

 それを聞いて驚くギーシュとキュルケ。
 言ってからしまったと気が付いた。

「……あらあら、ここまでルイズの事信頼してるなんて思わなかったわ」
「いや、まったく。 十分に君は使い魔だね」
「いや、あの、これはですね……」
「サイト、貴方はルイズの前でカッコいい姿を見せれなかったから苛ついてたんじゃない?」
「そんな事は……」

 ……無いと思う、だってワルドを撃退した時だって……ルイズ見てただろうか。
 いやいや、カッコいいところを見せられなくて苛ついてるんじゃない。
 何も教えてくれないから苛立ってるわけで、ちゃんとした説明があればこんな事にならなかったわけで。

「そんな貴方にこれよ、これ!」

 宝の地図、どうしてこれがそれに繋がるんだろうか。

「多分野生のオーク鬼とかも居るでしょうし、ストレス発散も出来るわよ?」

 普通そんな危険がある場所に誘う?
 そう思う才人とギーシュだった。

「ギーシュもどう? 宝を見つけてお姫様にプレゼントすれば……」
「よし、行こうか」
「簡単に乗せられてんじゃねーよ」
「サイトはどうするの? これを修練だと思ってやれば良いじゃない、終わって一回り成長したんだって見せ付ければ良いじゃないの」

 むぅ……、強くなる → 信頼してもらえる → 色々教えてくれる → 万事解決。

「その話、乗った!」

 才人も単純だった。



「駄目ですダメですだめです! そんな危険なところにサイトさんを行かせられません!」

 と断固として拒否したのはシエスタ。
 どこら辺から話を聞いていたのか気になるが。

「サイトさんはそんな危険な所に行かなくてもいいんです!」
「貴女、サイトが強くなるのを邪魔するの?」
「サイトさんは十分に強いです! 其方の貴族様を倒したじゃありませんか!」
「ギーシュはドットなのよ? 平民でも倒せるくらいに弱いのよ?」

 グハッ! と倒れるギーシュ。
 才人はその肩を叩いてやる。

「十分です、サイトさんが剣を振るえばどんなメイジ様だって倒して見せます!」

 そういって才人の左腕を引っ張るシエスタ。
 脱いだらすごい胸の感触が、左腕に伝わっている。

「そんなの分からないわよ! ギーシュより強いメイジなんて幾らでも居るんだから!」

 キュルケもそう言って才人の右腕を引っ張る。
 はちきれんばかりの胸が強く押し付けられる。
 才人は極楽を味わってうっとりしていた。

「サイト!」
「サイトさん!」
「どっちか」
「決めて」
「ください!」
「え?」
「決めて!」
「ください!」

 ……どうしよう、どっち選んでもあんまりいい感じがしない、と考える才人。

「俺は……、宝探しに行くよ。 強くならないとダメだし」

 キュルケは嬉しそうに、シエスタは悲しそうな表情。

「な、なら私も連れてってください!」
「だめよ、平民なんか連れて行っても足手まといになるだけじゃない」
「いいえ! 連れて行ってもらいます! それに私は料理ができますよ? お口の肥えた貴族様方は、簡単な料理に満足できるんですか?」
「……そうね、でも貴女の仕事はどうするの?」
「大丈夫です、お暇はすぐもらえます!」
「そう、本当に良いのね? これから行く場所は本当に危険よ? 魔物がわんさか出て襲ってくるわよ?」
「問題ありません、サイトさんが守ってくれます……よね?」
「え、ああ、もちろん」
「……分かったわ、それじゃあ早速準備していきましょう!」

 それを聞いた3人はうなずいた。












 そのころ、遠く離れたアルビオン大陸の空軍工廠の街『ロサイス』。
 その街にアルビオン皇帝、オリヴァー・クロムウェルがお供を連れて視察に来ていた。

「まさにと言った感じだね、旧名の如き世界を収めれるような力を持つだけの事はある。 そう思わないかね、艤装主任?」
「確かに、これほどの船ならばそう思えても不思議ではありません」

 と言ったが、クロムウェルが言っている事などどうでもいいと思っているのは『ヘンリ・ボーウッド』。
 先の反乱戦争、レコン・キスタから言わせれば革命戦争だそうだが、その時の戦果を認められてレキシントン号の改装艤装主任を任されていた。

「何度見てもすごいな、あの主砲! 射程は……幾つだったかね?」
「トリステインやゲルマニアの戦列艦が搭載するカノン砲の1.5倍です」

 クロムウェルのそばに控えていた女性が答えた。

「おお、そうだったね、ミス・シェフィールド」

 全身を黒いコートで隠すような、それでも若い女性だとわかった。
 そしてその雰囲気、あたりの温度が一段低いような冷たい印象が見て取れた。
 マントをつけていない、おそらくは貴族で無いだろうが、何か然とした感じもする。
 そう、よっぽどクロムウェルなどよっぽど上の存在に見えた。

「こんな物を積んだロイヤル・ソヴリン号に勝てるフネなど、世界中どこを探しても居ないでしょうな」
「ミスタ・ボーウッド、ロイヤル・ソヴリンなどもう存在しないのだよ」
「これは失礼を、しかしながら高々結婚式にこんなものを積んでいくとは、下品な行為に見られますぞ」

 数日中に行われるトリステイン王女とゲルマニア皇帝の結婚式。
 それに招かれるクロムウェルが乗るレキシントン号、そこにこの新型カノン砲を乗せていくなど権力政治に他なら無い。
 今でさえトリステインとゲルマニアの二国の軍事力を上回るアルビオン共和国が、そんなものを乗せていくなど示威行為にしか見えない。

「おや、ミスタ・ボーウッドには話が行ってないのかね?」
「……何の話でしょうか?」

 眉をひそめ、クロムウェルが発した言葉にボーウッドは耳を疑い、顔を青くした。

「馬鹿な! 先日の不可侵条約を締結した意味がありはしませぬか!」
「何を言っているのかね、あれはただの政治的判断に過ぎない。 要は時間稼ぎなのだよ?」
「そのような言い訳が通じるなどと本気で思っておられるのですか! そのような破廉恥な行為、アルビオンの悪名を世界中に広めてしまいますぞ!」

 一歩、クロムウェうに詰め寄るボーウッド。
 それを制したのはシェフィールドと呼ばれた女性と同じように、そばに控えていたフードをかぶったメイジ。
 杖を突き出し、ボーウッドと視線が交差した。

「そのようなこと、かつての上官にも言えるかね?」
「なッ、殿下……!?」

 フードの下、それは討ち死にされたと聞いたウェールズ・テューダーその人であった。
 反射的に膝を突く、それを見て左手を差し出したウェールズ。
 ボーウッドは同じように、反射的にウェールズの手の甲に口づけをした

「っ!?」

 口に伝わった感触は、冷え切った肉。
 人の温かみではなく、氷のような感触だった。

「行こうか」

 クロムウェル一行はボーウッドの隣を通り過ぎる。
 呆然として、ウェールズのことを考えていたボーウッド。
 あれはウェールズ殿下なのかと、ゴーレムの可能性も考えたが、手の甲に走っていた水の流れが本人だと証明する。
 死んでいるのに生きている、ボーウッドは身震いをした。
 そして思い出す、クロムウェルが虚無を扱えると言う噂を。

「あの男、いったい何をする気なのだ……」

 




 クロムウェルは帰路に付いて、傍に居た一人の貴族に話しかけた

「子爵、竜騎兵の隊長としてレキシントン号に乗ってくれたまえ」
「あやつの?」
「いいや、君の実力を買って乗ってもらうのだ。 竜には乗ったことはあるかね?」
「いえ、ありませんが、乗れぬ幻獣などこのハルケギニアには存在しないと存じております」

 ははは、君になら乗りこなせぬ幻獣は居ないだろうと言って笑うクロムウェル。
 だが、その笑いはすぐに消えてワルドと向き合った。

「君はなぜ余に従う?」
「陛下がこれから私たちに見せてくれるだろう、世界を見たいが為です」
「聖地、かね?」
「それもありましょう、ですが一番は閣下の御力、でしょうか」
「ははははは! 言ってくれるな、子爵!」

 クロムウェルの笑い声を聞きながら、首に掛けてあったペンダントを弄る。
 その先に付いているロケットを開き、その中には美しく微笑む女性の肖像画があった。

「見せてもらいます、閣下の『虚無』を」















 もう一方、渦中のトリステインの王宮。
 アンリエッタの居室では結婚式で着るためのドレスの仮縫いをしている女官や召使で溢れていた。

「姫様、右腕をお上げくださいませ」
「……ええ」

 ゆっくりと、周囲に比例してゆっくりと体を動かすアンリエッタ
 それを見て目を細める女性、アンリエッタの母である大后『マリアンヌ』の姿もあった。

「アンリエッタ、元気が無いようね」
「いいえ、そんなことはありませんわ。 こんな目出度い結婚式に元気が無いなどと」
「……望まぬものだとは分かっていますよ、貴女にも愛しい人が……」
「はい、居ま『した』。 ですがそれはもう過去のことです」
「とても残念なことです、貴女にはつらい思いをさせてばかり……」
「母さま、そのようなことはありません。 生きて結婚することが女の幸せ、いつの日かそう申したではありませんか」
「国のため、民のためとは言え……、ですがこれは貴女の為でもあるのよ」
「分かっております、母さまは私の身を案じて居てくれるのは、分かっております」
「……愛しい娘や」
「母さま、私は幸せです。 とても幸せです」

 ポロリと、一筋の涙を流したアンリエッタ。
 それを見て抱きしめたのはマリアンヌ。

 国と民のために、始祖の誓いを破ってしまう事に。
 居なくなってしまったウェールズを裏切ってしまう事に、アンリエッタは涙を流していた。



[4708] ぜんぜんおっそいよ! 21話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2008/12/03 21:42

 共有、使い魔の視界を同じくして見る。
 空に影、タバサのシルフィードが廃墟の上空を飛んでいた。
 廃墟の寺院、壁面は雨風にさらされ、壮麗なステンドグラスは見る影も無く粉々。
 何年も人が近づいていないことが伺える。
 それでも、素朴と言う叙事と言えるような雰囲気があった。

「………」

 寺院の周りには目だった生き物は居ない、確認できるのは5人の人影だけ。
 太い、タバサとその手に持つ杖が簡単に隠れる木の裏に隠れ、キュルケが居る方向へ手を出して合図する。
 それを100メイルほど離れた木の影から見ていたキュルケ、杖を取り出して呪文を呟きながら杖を振った。
 見る間に30サントほどの火球が現れ、大気を焦がしながら勢いよく飛んでいく。
 目標は門柱の傍に生えていた木、着弾と同時に火球が大きな音を立てて爆裂。
 轟音を立てて木が勢いよく燃えていた。
 それを見てタバサは杖を握り締め、精神を集中する。

「ブギィィィ!!」
「ピギィィィィ!!」

 耳障りな泣き声をあげて出てきたのは、豚。
 2メイルはある巨体に、分厚い脂肪を持った、人型の豚。
 種族名『オーク鬼』、この開拓村が放棄された原因の魔物。
 困った事に人間が駆逐しなければいけない理由、『人間の子供が好物』と言う放って置けない嗜好を持っていた。
 それが群れを成して開拓村に襲ってきた、大半が平民であった町の人間は逃げるしか術を持たず。
 この土地の領主に何とかしてくれと頼んだものの、兵を森の中に出す事を渋った為、しょうがなくこの町を放棄したと言う訳だった。



「プギュァァァァァ!!」

 棍棒、人の胴さえある太い木の棒を振り回して燃える木をなぎ倒す。
 直感、自然に火が発生する事など滅多に無い、落雷などであるものの空は晴天。
 すると考えられる原因は人間、醜いオーク鬼は鈍い頭で考えていた。
 餌が近くに居ると。



「………」

 タバサは考える、予想以上に多く、この数では一網打尽に出来ない。
 数は十数匹、うまく罠にはめる事が出来るかどうか、と。
 そんな考えを無にする行動に出た人物が一人。
 オーク鬼の目前に青銅の戦乙女が7体現れた。
 眉をひそめる、打ち合わせと違う。
 あのゴーレムでは簡単にやられてしまうと思った時には4体のワルキューレが薙ぎ倒されていた。
 まずい、1匹位ならと思ったが手傷を与えただけ、倒すに至っていない。

「ラグーズ・ウォータル……」

 木陰から姿を現し、唱え杖を振る。
 杖先が光り、タバサの周囲に数十もの氷の矢が現れ。

「イス・イーサ・ウィンデ」

 『水』『風』『風』のトライアングルスペル、『ウィンディ・アイシクル』が放たれた。

「プギヤァァァァァ!!」

 断末魔の咆哮、手負いのオーク鬼を囲むように飛来し、様々な方向から突き刺さった。
 キュルケもタバサと同じタイミングで身を現し、杖を振った。
 『火』『火』『火』のトライアングルスペル、『フレイムカノン』を放った。
 業火、3メイルを超える火球が地を抉り焦がしながら直進、避けようとしたオーク鬼の方向に沿って曲がり、直撃、爆炎と共に破裂した。
 余波、叩きつけるかのような風圧が襲い掛かり、敵味方問わずバランスを崩す中、二つの影が躍り出た。

「はぁぁぁぁ!」

 迫り化け物へ向かって気合一閃、剣戟の一撃を煌かせ、たじろいていたオーク鬼の腹を切り裂いたサイト。
 高速で駆ける中、オーク鬼の首にぶら下がった……人骨、小さい、子供の頭蓋骨。
 やっぱり、ここは俺の世界のルールとは違うと感じる。
 やらなければ、やられると。

 両腕に力を込め、土煙の中オーク鬼目掛けて駆ける。
 晴れぬ土煙の中、叫ぶオーク鬼、フレイムもキュルケのフレイムカノンに負けないような火を口から噴出し、豚を丸焦げにする。
 火炎の息吹と血に濡れた刀剣が踊り、豚の屍骸を次々と量産する。
 シルフィードからの視界で確認したタバサは、風を巻き起こして土煙を吹き飛ばす。
 居たのはサイトとフレイム、その一人と一匹に倒されて残り5匹となったオーク鬼だけだった。

「ラグース……」
「ウル……」

 オーク鬼を見ると同時にタバサとキュルケは呪文を唱え、サイトとフレイムは構えなおす、ギーシュはもう一度ワルキューレを作り直してオーク鬼の一体に差し向けた。
 氷の矢が突き刺さり、火の球が炸裂し、2本の刀剣が翻り、火炎の息吹が纏わり付き、7体のワルキューレが腹、肩、頭の順で次々と襲い掛かった。

「プギュルアァァァァァ!!!」

 一際大きな断末魔が重なった、その鳴き声を最後のオーク鬼は全滅した。














タイトル「今思ったけど、これサブタイトルじゃね?」














「ギーシュ! あんた何やってるのよ!」

 ギーシュを小突いて怒鳴りつけるキュルケ。

「あいたっ!? 何をするんだね!」
「あんたこそ何やってんのよ! せっかく作戦を考えて罠仕掛けたのに!」
「あんな罠に早々引っかかるものかね!」
「あんたが提案したんでしょう! なのに自分で潰して!」
「戦は先手必勝さ、僕はそれを実践しただけだ」
「なら提案なんかしないでよ!」

 ヴェルダンデが穴を掘り、油をまいた。
 その後穴を偽装して、落とし穴として完成させた。
 それだけで1時間ほど掛かった、完全に無駄な時間だった。

「まぁまぁ、誰も怪我しなかったし、これでいいじゃん」
「そんな事態になってたら、誰か死んでたでしょうね」

 にらむようにギーシュを見るキュルケ、ギーシュはヴェルダンデを撫で回していた。
 そんなゴタゴタしていた所に、シエスタがサイトに飛びついてきた。

「凄い、凄いです! あんなに一杯居たオーク鬼を一瞬で!」

 サイトの腕に抱きついたまま、オーク鬼の死体を横目で見るシエスタ。
 その瞳には恐怖が映りこんでいる、シエスタの故郷でも年に一度か二度、こういった魔物が襲ってきたりしていた。

「えっと、シエスタ? ちょっと剣を拭きたいから手を離してほしいかなーって」
「あ、すみません」

 この感触はいつ味わっても良いけど、さっさと拭かないと血がこべり付いちまう。
 手を離してもらい、良さそうな葉っぱを捜す。

「くせぇ! 相棒、早く拭いてくれ!」
「臭いって、デルフに鼻なんてあるのか?」
「なんとなく臭そうじゃねぇか?」
「確かに臭いけど……」

 目らしき物がないのに周囲が見えているデルフ、魔法ってすげぇと再度思い直すサイト。
 しゃがんで生えている大きな葉っぱを千切って拭う。
 その時気が付いた、手が震えていることに。

「……慣れるしかねぇよ、相棒」
「わかってるよ」

 戦いに慣れる、要は殺し合いに慣れるということ。
 今さっき相手になったオーク鬼も、魔物とは言え生き物だ。
 現に、血と脂を撒き散らして死んだ。
 相手を倒したからと言って良い気分にはなれない、そんなので良い気分になるほどサイトの心は愉快ではない。

「殺す事、かぁ……」

 抵抗は勿論ある、そうしなければ自分が死んでしまうと言うのもわかる。
 だが、向こうでは無かった。
 虫とかは殺すことはある、だがそれは認識の問題であり、小さな虫も『生き物』なのだ。
 それがただ種類や体積の違いでしかない、結局は『殺している』事に他ならない。

 震える、いまさらに、それに気が付いて震えた。

「サイトさん……」

 震えるサイトの手に重ねてくるシエスタ。

「無理、しなくても良いんですよ? ルイズ様に言えば、きっと戦わなくて良いって言ってくれます」

 確かに、言ってくれるかもしれない。
 もう良い、敵が居ない安全な場所で過ごしても良いと。
 ルイズが少しだけ笑って、そう言う光景が頭に浮かんだ。

「ルイズ様ならきっと言ってくれます! そうだ、私の村で一緒に過ごしませんか? いい葡萄が一杯取れるんですよ、ワインでも造って過ごしましょう!」

 それも良いかもしれないと考えて、だめだと考え直す。
 確かにそういう道をルイズは提案してくれた、でも選んだのは自分。
 危険かもしれない、死ぬかもしれない、戦う道を選んだのは自分。
 警告も聞いた、安全な道に戻る事は出来ないと確かに聞いた。
 それでも、選んだのは自分で。
 いまさら『やっぱ安全な道で!』なんて言えねーよ。

「サイトー! 寺院の中に入ってみましょー!」
「ああ! 今行く! 行こう、シエスタ」
「……はい」






 その日の夜、一行は寺院の中庭に陣取って、焚き火を囲んでいた。
 寺院を探った結果、真鍮のネックレスや銅貨が数枚。
 オーク鬼十数匹倒した結果にしては、お粗末なものだった。
 褒賞金でもかけられてないかなーとか思う始末。
 そう考えながら晩御飯としてシエスタが作ったシチュー、『ヨシュナヴェ』を食べる。
 ヨシュ……寄せ鍋? そう聞こえなくも無い。

「サイトさん、おいしいですか?」
「美味いよこれ、やっぱシエスタが居て良かったな」

 美味しいの一言に、シエスタは笑顔で喜んでいた。
 どこかで食べたことある懐かしい味がした。
 だからだろうか、親父さんには悪いが、学院で食べる料理より美味しく感じた。
 ギーシュやキュルケも頷く、タバサはどこからか取り出したはしばみ草をシチューの中に入れていた。
 サイトはあんな苦いのよく食べれるな……、とか思っていた。
 ルイズも食べてたし、本当は美味しいのか? とかも思ってたりした。

「キュルケ、もう学院に帰らないか? 流石にこんなのばかりじゃ割に合わないよ!」
「もう一件だけ行きましょ、もう一件だけね」
「……それで、なんと言うお宝かね?」
「『竜の羽衣』よ」

 キュルケがそう言った途端咽たシエスタ。
 何度も咳をするシエスタの背中をさする。

「そ、それ本当ですか!?」
「ええ、貴女知ってるの?」
「はい、それがある場所、私の故郷です」
「きゅいきゅい」

 一度軽く羽ばたいて、シルフィードが肉を頬張っていた。
 

















 夜が明け、5人と一匹は空飛ぶシルフィードの背に乗ってタルブの村を目指していた。
 その道中、竜の羽衣がどんな物であるか説明していた。

「インチキなんです、名ばかりの秘宝で空なんて飛べやしない代物です」
「マジックアイテムとかじゃないの?」
「いいえ、ただの鉄で出来たものなんです」
「ただの鉄、ねぇ」

 シエスタは頷く、言われているような代物ではないと。
 サイトはその恥ずかしそうなシエスタの顔に気が付いた。

「えっと……その持ち主は、わたしのひいおじいちゃんなんです」
「貴女の?」
「はい、ある日突然現れたんです。 皆が言うには竜の羽衣に乗って、東方から来たって」
「東方? サイトと同じ出身かもしれないわね」
「んー、どうだろなぁ」

 東方出身ということになっているが、実際は違う。
 この世界の出身じゃないわけだし、誰も確かめたこと無い東方という事にしているだけだ。

「でも、皆信じていなかったそうです。 竜の羽衣に乗ってきたなら、もう一度飛んでみろって誰かが言ったそうです」
「飛んだの?」
「いいえ、もう飛べないって言い訳したそうです」
「まぁ、それはそうよね。 証拠が無きゃそんなの信じられないでしょうし」
「はい、もう飛べない、もう帰れないと言ってタルブの村に住み着いたんです」
「……もう帰れない、か」

 それを聞いてサイトが少しだけ顔を顰める。
 そのシエスタのひいおじいちゃんが『もう帰れない』と実感した時、その心情はどんな物だったんだろうか。
 泣いたりしたのだろうか、開き直って笑ったりしたのだろうか。
 ルイズが絶対に帰してやる、と言っている以上信じてはいるが……。
 自分がそうなったら? そう思うと、何とも言えない気持ちになった。

「変わり者だったようね、相当家族に苦労掛けたんじゃない?」
「そうでもありませんでした、竜の羽衣以外ではとても良い人で働き者だったそうです」

 お金を貯めて、貴族様に固定化の魔法まで掛けてもらってた始末ですけど。
 そう言って笑ったシエスタ、キュルケやギーシュも笑う。
 可笑しな人だな、と。
 ……似たような状況のサイトは笑えなかった、右も左もわからない土地で自分の持ち物が少しだけ。
 縋りたくもなるかも知れないと、ネガティブな方向の思考にいってしまう。

「そんな代物、勝手に持って言っちゃ駄目なんじゃないか? 町の名物なんだろ?」
「名物と言うより、個人の私物と言った方が良いですね。 ……その、サイトさんが欲しいとおっしゃるなら父に掛け合ってみます」

 わざわざ金を払ってまで固定化を掛けてもらったのだ、どう言う物だろうかと興味が沸く。

「たとえインチキな代物でも、欲しがる好事家なんて幾らでも居るわよ。 売るとしても出来るだけ高く買い取ってもらいましょ」
「君は中々悪い女だなぁ」

 ギーシュが呆れ声で言って、シルフィードはタルブへ向かって羽ばたいた。















『これで終わりかよ、生殺しなんてもんじゃねーぞ!』

 全て終わっていない、続きが無い本。
 やめるなら全部書き終えてからにしろよ、と毒づきテーブルに本を放り投げる。
 体感的には漫画や小説が盛り上がってきた所で、To be continued...と出た感じ。
 わくわくしながら、続きを妄想しながら一週間もしない内に忘れそうだな……とかも考える。
 ここ数日は自室に篭って読書三昧、一時間単位当たりタバサ以上に本を読んでやったぜ! とか自慢できそうなほど読んだ。
 読みたい本はまだまだある、サイトが帰ってくるまで時間があるはず。 ならば読むしかなかろうと意気込んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。

「開いてますよ」

 そう言ってドアが開くと、入ってきたのはオールド・オスマン。
 手に取っていた本を置いて、軽く頭を下げる。

「体の具合は……、よさそうじゃな」
「ええ、病気一つ無く」

 椅子から立ち上がって一回転、スカートの端をつまんでお辞儀する。

「いやはや、長く休んでいると聞いての」
「ご心配をお掛けて申し訳ありません」
「ほっほ、何事も無ければよろしい。 それで、詔はできたかね?」
「当に出来上がっております、お聞かせしましょうか?」
「はやいのぉ、聞かせてもらおうかの」

 言って聞かせる。
 キリスト教の誓約だったか、それの神ではなく始祖の改変バージョン。
 悪くは無いと思うが。

「悪くは無いの……じゃが」
「ええ、政略結婚に合わないような物を考えましたので」
「……悪辣じゃのぉ」

 夫婦となってどんな時でもお互い支え合え、何と似つかわしくない事か。
 まぁ駄目なら駄目で良い、どうせ言わないんだし。

「ところで、ガンダールヴはどうしたのかね?」
「修練へ出しました」
「修練とな?」
「はい、今のままでは駄目ですので」
「ほぅ、スクウェアメイジを打ち倒したのに、それでも足りぬと?」
「全く、這う這うで撃退したに過ぎません。 鍛え上げていた者なら一刀両断でしたでしょう」

 もし、ワルドがガンダールヴなら凄まじいガンダールヴに違いない。
 それこそ全盛期の御母様を凌駕するほどの強力な使い魔となっていただろうな。
 個人の力量に比例して強くなるガンダールヴならではと言った所か。

「ふむ、素人でもスクウェアメイジを撃退できるガンダールヴ、かなり恐ろしいものにも感じるがの」
「オールド・オスマン、力とは使い方です。 それ位はお分かりでしょう?」
「いや、全くそのとおりじゃて。 一方に傾かなければそれは無害なものじゃろな」

 善でも悪でも、傾けば牙を剥く。
 平らであれば無闇矢鱈に干渉はすまい、するとすれば力とは関係ない第三者。
 力が扱えると分かれば、いろんな手を使い取り込もうとする。
 抑止力とか、そんな建前で保有して自分、あるいは自国を優位な位置に立たせる。
 近代地球で言えば核とか、一度使えば終わりそうな力だ。
 虚無はそこまでじゃないが、少なくとも個人には絶大な効力を発揮するのは確か。

「彼は大丈夫なのかね?」
「大丈夫になってもらいます、そうなってもらわなければ……」

 これから襲い掛かってくる火の粉を払わなければならない。
 払えなければ、火達磨になって死んでしまう。
 もちろん一人では払わせない、共に払うか先立って払うか、あるいは代わりに被るか。

「そういう事になる可能性があるのは辛いのぉ……」

 頷く、知られれば強力な抑止力として祭り上げられるだろう。
 原作の神聖アルビオン共和国本土戦のように、武器として、盾として国に使われることになる。
 端的にはそうなるだろうが。

「そうなった場合にも、生き残るだけの力を付けてもらわなくちゃ……」
「……もし、困ったことがあればいつでも頼るが良い。 すぐに力になるぞい」

 鋭い視線、真剣な意思が伝わってくる。
 国ではなく、個人を憂うか。
 まったく、このオスマンは別人だな!

「ありがとうございます」
「ほっほ、授業のほうはわしから言っておこう。 彼が帰って来るまで好きにすると良い」
「はい」
「それではの」

 笑いながら去っていくオスマン。
 見送った後に、窓の外へ視線をやる。

「強くならなくちゃ……」

 内も外も、何者にも負けない力を。



[4708] 休日っていいね 22話
Name: BBB◆e494c1dd ID:b25fa43a
Date: 2010/03/09 13:55

「嘘だろ……」

 それを見て、触れる。
 鉄の塊、『竜の羽衣』。
 それは、戦闘機。
 そして、まだ『生きている』とガンダールヴのルーンが教えてくれる。












タイトル「ゼロ戦は国立科学博物館や大和ミュージアムなどで実物が見れるそうです(ゼロ魔に出て来るゼロ戦と同型かはわかりませんが)」













「なんで、これが竜の羽衣……?」

 場所はタルブの村の近く。
 タルブの村から、ほんの少し離れただだっ広い草原の片隅に建てられている寺院。
 強いて言えば木材でできた車庫のような寺院の中、竜の羽衣が鎮座していた。
 シエスタが言っていた通り、固定化が掛けられている為に錆一つ無い状態。



「あの、サイトさん、どうしたんですか? 何か気になることでも……?」

 戦闘機を真剣に見つめるサイト、それを心配に思ったシエスタが問いかけるが反応を返さない。
 キュルケやギーシュは竜の羽衣を見て、シエスタが言っていた通りインチキな代物だと感じていた。

「これが飛ぶ? 冗談も程ほどにしてほしいな」
「こんな物が飛ぶなんて、想像できないわよねぇ……」

 それを聞きつつタバサは、竜の羽衣を真剣に見つめる。
 見たことが無い特異なフォルム、ある程度構想は掴める。
 フネと同じく胴体から突き出した翼はバランスを取るための物。
 胴体前方に付いている風車は何のために付いてるのか、今一つわからなかったが。
 おそらくはフネと同じように飛ぶために考えてつけられたものだろう。
 人が乗り込めるだろうスペース、座席を確認。
 後ろの突起物もバランスを取るもの? と言う推測どまり。
 少なくとも羽ばたいて飛ぶ類のものではないと考えていた。

「……なぁ、シエスタ」
「はい」
「シエスタのひいじいちゃんが遺した物って、ほかに無いかな?」
「えっと、お墓と遺品が少しだけ……」
「それ、見せてくれ」

 そう言って振り向いたサイト、それを聞いたシエスタは頷いた。






 タルブの村の共同墓地、ほとんどが白い石で作られた墓石に、一つだけ黒い墓石があった。
 日本でよく見られる、墓石。
 この世界では見られない、日本語が書かれている墓石だった。

「この墓石、ひいおじいちゃんが生前に作った物だそうです。 異国の文字で墓碑銘が書かれているんで、誰も読めないんですよね」
「……そうか、誰も読めるわけ無いよな……」

 おそらく、世界中探してもこの文字を読める人間は俺とルイズだけだろう。
 完全な異世界で、文字が通じるわけが無い。
 その文字を指でなぞりながら、読み上げた。

「大日本帝国海軍少尉佐々木武雄、異界ニ眠ル」
「え?」
「そう書いてあるよ」

 立ち上がってシエスタを見つめる。
 ひいおじいさんが日本人なら、シエスタの黒目黒髪も十分に納得できる。
 聞いた話じゃこの世界の人種はほぼ全てが外国人、黒目黒髪のような日本人特有の外見を持つものは全く居ないらしい。
 キュルケのような赤髪やタバサの青髪、果てはルイズの桃色髪のようなファンタジー色が極めて濃い。
 言えば希少、その日本人と外国人のハーフのシエスタ。

「シエスタはひいおじいちゃん似だって、言われたこと無い?」
「は、はい! どうしてわかったんですか?」
「それは……、とりあえず竜の羽衣のとこに戻ろっか」






 寺院に戻ってきて、飛行機『ゼロ戦』に手で触れる。
 左手のルーンが光り、機体の状態をありありと伝えてくる。
 空を駆ける為の手足となり、同じように空を駆ける敵を食い千切る『武器』。
 ならばガンダールヴの特性が発揮される、その能力が一つ『武器の状態を完璧に把握する』。
 それのお陰でどれが駄目でどれが良いのか、理解してまだ飛べると把握する。

「サイトさーん、これがひいおじいちゃんの遺品です」

 走ってきたシエスタが持っていたのは、ゴーグルと飛行服。
 質素な、灰と茶色を混ぜた色。
 襟周りには少し茶煤けた毛皮、つなぎを厚手にしたようなイメージ。
 二の腕部分には、見たことある日章旗が付いていた。
 もう一つはゴーグル、キャノピーが割れた際に入ってくる風圧を防ぐためのものだろう。

「ひいおじいちゃんの形見はこの二つだけだそうです、ほかには何も無いって言ってました」
「……ありがと」
「あ、あと遺言があったそうです」
「遺言?」
「はい、あの墓石の碑銘を読める人が現れたら竜の羽衣を渡すようにって」
「……じゃああれ、貰っていいのか?」
「はい、サイトさんが嘘を付いてる様に見えませんから、問題無いと思います」

 もう一度ゼロ戦を見る、軽くさすって。

「じゃあ、有難く貰っておくよ」

 燃料が調達できれば、このゼロ戦はまだ空を飛べる。
 管理とかめんどくさそうだが、持っていた方が良さそうだと判断した。

「もう一つ、その人物に『なんとしてでも竜の羽衣を陛下にお返ししてほしい』って、陛下ってこの国のお方じゃありませんよね……、誰なんでしょう?」

 ……天皇陛下、かな。
 確か軍を動かしていた一番偉い人が天皇だったと思う。

「多分、俺と同じ国の陛下だったと思うよ」
「サイトさんの?」
「うん、シエスタの黒目黒髪、俺と同じだろ? 俺の生まれた国じゃ、ほとんどの人が黒目黒髪なんだよ」
「だからお墓の文字が読めたんですね! ひいおじいちゃんと同じ国の人だったなんて……その、運命を感じちゃいますね」

 頬を染めてサイトを見るシエスタ。
 確かに変な運命を感じる、なぜ俺と同じ日本人なのか。

「竜の羽衣、本当に飛ぶんですね……」
「これは竜の羽衣って名前じゃないよ。 俺の国の言葉で言えば『ゼロ戦』って言うんだ」
「ぜろせん、ですか?」
「ああ、その、前に言ってた飛行機の話をしたじゃないか。 それがこれなんだ」
「あの時聞かせてもらった話ですか……、それじゃあこのぜろせんは……」
「燃料があれば、今でも飛ぶと思う」

 あるかわからないけど。


「ねんりょう? 何ですかそれ?」
「飛ぶために必要な……燃える水、かな」
「聞いたこと無いですね……」
「だろうなぁ、フネで言えば風石が無い感じかな」

 フネも、風石が無ければ浮かべない。
 飛行機も燃料がなければただの鉄。
 どっかで燃料見つけて、飛べるようにしたいなぁ。











 その日、一行はタルブの村に泊まることとなった。
 貴族が泊まる、その話が小さな村中に駆け回り、村長までが挨拶に来る事態となった。
 泊まる家はシエスタの実家、まぁ最初は笑顔の中に怪訝な感情が見えたが、ルイズ様の……と言えばすぐ吹き飛んだ。
 ルイズが泊まったことあるの? と聞けばすぐに、はい、と笑顔で返事が返ってきた。

「ええっと、1年ほど前にぜろせんを見に来たんです。 その時に私のうちに泊まっていかれて、弟たちにもとても気に入られてましたよ?」

 ……知ってたんだよなぁ、墓石の文字も読めたはずなのに。
 なんでゼロ戦持って行かなかったんだろ?

「ルイズは墓石とかは見たのか?」
「はい、見てましたよ」
「読んでた?」
「いえ、何も言わずに村に戻りましたから……」

 ルイズが読めない訳が無い……、これを知ってるからか。
 遺言の事まで知ってるから読まなかったのか?
 でも、貰わなかった理由が良くわからない。

「ルイズ様は弟たちと遊んでくれたんですよ、ほら、これとか教えてもらったんです」

 そう言ってシエスタの手のひらに乗っていたのは、折り紙の鶴。

「面白いですよね、これ。 四角の紙がこんな鳥になっちゃうなんて」
「これは折り紙?」
「はい、ルイズ様はそう言ってました」

 折り紙なんて久しぶりに見た、小さい時に折ったきり。
 中学へ上がる頃には全くそんな遊びなんてしなかった。
 折り紙とかより、TVゲームなんかの娯楽の方がよっぽど楽しめた。
 そう思えば、この世界には電気とか通ってないんだよなぁ。
 外で友達と走り回ったり、家でお絵かきとか、その程度のことしかできないよな……。

「この遊びも教えてもらいました、ルイズ様はいろんな遊びを知ってるんですよね」

 次に取り出したのは輪っかになった紐、綾取り。
 ブームと言うか、子供たちの遊び方が大きく様変わりしたらしい。
 先の折り紙や綾取り、外での遊びにしても『鬼ごっこ』とか『けいどろ(どろけい)』など。
 子供の頃誰もが遊んだことのあるだろう遊び、ルイズはそれを教えたのだと言う。

「子供たち皆喜んでますよ」
「だろうなぁ」

 シエスタの弟たちは笑顔で遊んでいる。
 それを見ているシエスタも幸せそうに笑い、なんだか羨ましくなった。
 何年か家族と会えない、そう思うだけで少し悲しい気持ちになった。





 その日の夕方、一人
 サイトは村の傍にある草原を眺めていた。
 本当に広い、脛より下の背丈の草。
 それが遠くまで続いているのだ、日本じゃ見ることが出来なさそうな草原。
 風になびく草々、波打って揺れる草原はとても綺麗な風景だった。
 日本にあれば観光名所にでもなるだろう、人の手が全くと言って良いほど入っていない。

「サイトさん、ここにいらっしゃったんですか。 お食事の用意が出来ましたよ」

 ただ草原を眺めるサイトへ近寄ってきたのはシエスタ。
 いつものメイド服とは違う、若草色の長袖シャツに栗色のスカート。
 自然の香りが漂ってきそうな衣服を身にまとっていた。

「……サイトさん、ここの草原、とても綺麗でしょう?」

 地平線へ落ちる太陽が赤く燃え上がり、その光で草原を赤く染め上げていた。

「うん、かなり綺麗だと思うよ」
「でしょう? 私の自慢なんですよ、ここの草原」
「ああ、綺麗だ」

 上の空に言った言葉だが、それ以外言えない様な景色。
 シエスタは頬を染めて、サイトを見つめる。

「サイトさん……、あの」
「………」
「サイトさんがひいおじいちゃんと同じ国の人と話したら、良ければこの村に住んでもらえないかって」

 シエスタは俯いて自分の指を弄る。

「ひいおじいちゃんと同じ国の人と出会うなんて、これも何かの運命だろうって。 そしたら、その、私もご奉仕を止めて一緒に帰ってくれば良いって……」

 立ったまま、サイトはただ草原と空の間をただひたすら見つめている。

「……でも、サイトさんはそうしませんよね? その、サイトさんはいつもルイズ様ばかり見て、いらっしゃいますから」

 頭を上げて、サイトの横顔を見る。





「わかってます、私よりルイズ様を選ぶって、そう思います」
「……違う、そうじゃない」
「え?」

 重い口がやっと開いたかのように、語りだすサイト。

「俺、どっちかを選ぶなんてしないと思う。 いずれ帰らなきゃいけないんだ」
「……東方へ、ですか?」
「いや、もっと遠く、東方よりもっと遠くの、自分の家に帰らなくちゃ」
「……どうしてもここに、居られないんですか?」
「帰る道が無ければ、ここに居る事を選んだかもしれない。 でも、帰れる道があるって、ルイズが言ってたんだ」

 必ず用意してやる、必ず無事に帰してやる。
 ルイズはそう言って、背中に触れてくれた。
 嘘じゃない、必ず約束は守るって、そう言った。

「ルイズ様が?」
「うん、無理やり呼び出して、帰れる道を用意しないなんて最低な人間だって。 だから必ず返してやるって、そう言ったんだ」

 シエスタは見つめる、語るサイトの横顔を。
 今までルイズと触れ合ってきたシエスタは、ルイズが言っている事を理解できた。
 あの人は約束を破らない、口にしたことは必ず守る人だと言うことを知っていた。

「シエスタはどう思う?」
「ルイズ様のことですか?」
「うん、ルイズが、約束を守ると思う?」
「………」

 守る、あの人は約束を守る。
 そう思って、口に出せなかった。
 ルイズ様は約束を守って、サイトさんが居なくなる。
 そうなれば……、もう会えなくなるかもしれないと。





「……俺、守らなくちゃ。 この力で、守りたい人を守らなくちゃ」

 なんかどうでも良くなった、シエスタに問いかけてから、そう思うようになってきた。
 ルイズが何も教えてくれないことなど、別にどうでも良くなっていた。
 ただ嫌だったんだ、ただルイズの後ろに付いて歩くのが。
 横に並んで歩きたかったんだって、そう思っていたんだ。
 それを、ただ教えてくれないからってそっちに向けてたんだ。
 だから、隣を歩けるような男になってやる、と。

「サイトさんは……、もし、ルイズ様が帰れる道を用意できなかったら……」
「そうなったら、この世界で暮らしていくよ。 この力だってあるし、皆を守れるし」
「なら……なら、待ってても良いですか? こんな最低なことを思ってしまう私ですけど、帰り道が見つからなかったら……」

 そのまま黙りこくるシエスタ、帰って欲しくないと考えることで口に重石が付いたのだろう。

「……約束できない、その、先の事なんてわからないし……」
「そう、ですよね。 さっきのは忘れてください!」

 あわててそう言ったシエスタ、思い出したように言った。

「そうだ、さっき学院の伝書フクロウが届いたんです!」

 ミス・ツェルプストーやミスタ・グラモンが授業をサボりまくったから先生たちがとても怒っていらっしゃるそうです。
 お二人とも慌てていましたよ、どうしようどうしようって。
 それと私のことも書いてありました、姫様の結婚式が終わるまでそのまま休暇を取って良いって。
 だから休暇が終わるまでここに居ます、とはにかみながら言うシエスタ。

「それと……、あのぜろせんは飛ばせるんですか?」
「どうだろ、何とか出来そうな人に相談してみるよ」
「飛べたら素敵でしょうね、……飛ばせるようになったら一度で良いから乗せてくださいね!」
「もちろん! シエスタのひいじいちゃんのものだから、何度でも乗せるよ!」





 窓の外を見る、複数のドラゴンがゼロ戦を降ろしている。
 その時にはサイトを追い出してから一週間以上経過していた。
 読書三昧だったから、差ほど時間を気にせず過ごすことが出来た。

『意外に掛かったな』

 コルベールがゼロ戦に走り寄って、サイトにこれは何なのだと聞いていた。
 それもすぐに終わり、コルベールがギーシュに袋を渡し、その袋を竜騎士達に渡していた。
 ……輸送代金の立替か、後でコルベールにお金返しに行こう。
 その後、二人は学院内に入ってく。
 それを見送ってから、自分の部屋に戻った。





『幾ら位だろ……』

 エキュー金貨が入った袋を手に取り、何枚あるか数える。
 あれだけの物をタルブから学院まで運んだんだ、そこそこの値段になるに違いない。
 とりあえずピッタリ200枚、別の袋に入れる。
 口を紐で締めている最中に、ドアが開かれた。

「お帰り、サイト」
「あ、ああ、ただいま……」

 なんか恥ずかしそうに返事をするサイト。
 ……シエスタとあんなことしてたのを俺に目撃されて気まずいのか?

『どうしたんだ?』
『え、いや……さ』

 もじもじすんなよ、はっきり言え。

『あの、ごめん!』
『何が?』
『あのー……、シエスタと……』
『……別にいちゃつくのはかまわんけど、俺のベッドの上でするのは勘弁してくれよな?』

 せめてサイトのベッドにしてくれ、そう言ってサイトを見た。

 睦言にしたって、自分のベッドで頼む。

『その、俺を追い出すのって、決めてたことなのか?』
『決めてたよ、ゼロ戦ゲット出来て良かっただろ?』
『別に俺が貰わなくても良かったんじゃないか?』
『あれはサイトの所有物で良いんだ、維持費とかはこっちで出すから気にすんな』

 紐を締め終え、袋を持って立ち上がる。

『コルベールのとこ行こうぜ、金返さなきゃ』
『あ、ごめん』
『沿っているならこれ位安いもんだ』
『沿ってる?』
『今のとこ上手く行ってるって事だ』

 そうなのか、と疑問気にルイズの隣を歩くサイトだった。





「あらあら、もう仲直りしちゃったの?」

 見ればルイズとサイトが何か話しながら歩いている。
 二人とも時折笑って楽しそうだった。
 それを見る三人、手にモップや雑巾を持って窓拭きをしていた。
 無断で外出に授業欠席に外泊、まぁ良く窓拭きだけで済んだものだと思わなくも無い。

「あんなに文句を言っていたのに、もう仲直りかね。 単純なものだ」

 ギーシュはいまだモンモランシーと仲直りしていない。
 あんな仲良さそうな姿を見せ付けられれば、窓拭きも加わって多少苛ついていた。

「………」

 羽ばたくシルフィードに乗って、モップで窓を拭くタバサ。
 興味なしと言わんばかりに掃除に専念する。

「それにしてもあの二人は面白いわよねぇ」

 よいしょ、と言いながら雑巾で窓を拭く。

「何がだね?」
「二人の関係よ、主人と使い魔って感じがしないわよね」
「言われてみれば、そうだね」
「険悪な関係になったと思えば、すぐに仲直り。 一度壊れそうな関係になって、元に戻るのって難しいわよ」
「それなのにあっさりと、確かに可笑しいな」
「友達以上恋人未満? くぅー! 面白くなってきたわね!」
「うーむ、秘訣かなにかあるのだろうか……」

 騒ぎ出すキュルケと、二人を見てうなるギーシュ。
 一枚の窓を拭き終わったタバサは。

「……計画通り?」

 実に正鵠を射た発言をしていた。



[4708] 詰めた感じがある三巻終了 23話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/03/09 05:55

 サイトが帰ってきてから3日後、一通の手紙が届いた。
 差出人は『ロングビル』。
 マチルダとの約定、ちゃんと守ってくれて良かったぜ。
 手紙を開こうとして、デルフが置いてある事に気がついた。

「また置いていって」
「また置いていかれたぜ」

 デルフを置いていったサイトは、ここ毎日ゼロ戦の点検をしていて今部屋には居ない。

「で、誰からの手紙だい、娘っ子」
「一人で読みたいからデルフは外ね」

 手に取り引きずって自室のドアを開け、隣の壁に立てかける。

「なんだい、知られたくねぇってか?」
「知られて良いなら貴方を外に出さないわよ」
「ちげぇねぇ!」

 ドアを閉めて椅子に座りなおす。
 封を開けて手紙を取り出す。
 開いて文面を見れば……。

「はぁ、これはまた……」

 トリステイン国内の貴族たちの名が記されていた。
 数は約20、中小貴族からトリステインの司法機関、『高等法院』の長の名まで記されている。
 一番上に書いてある名前、リッシュモン、もう定番といって良いほどの守銭奴。
 二次創作じゃ極めて高い確率で裏切ってるからな、裏切ってるだろうなぁと言う想像は簡単についた。
 その他書かれている名前、有名な者から全く知らぬ者まで、全てがレコン・キスタと関わりを持つ者だった。
 一部の者は証拠もあるらしい、リッシュモンなどは無かったが。

「よく調べたわね……」

 これはかなりの価値はあるだろう情報。
 『土』系統にして、中まで入り込む『風』の如き。
 生まれもって来る属性を間違えたんじゃないか、マチルダは。
 マチルダにとりあえず1000エキュー加算、何か近頃面白い位に金が出て行くな。

「……どうしようかしらねぇ、終戦後にアンへ教えようかしら」

 ……脅迫してもつまらんしな、良い事起きなさそうだし。
 金は……、今のとこは十分。
 この貴族たちが使えそうなら、レコン・キスタと手を切らせて自分の手足とするのも良いか……。
 なんにせよ今は保留、さっさと決めて、後で「こうしとけばよかった、ああしとけばよかった」なんてなったら嫌だから。
 この情報の有効な使い道を選ばなければいけない。
 馬鹿と鋏は使いよう、阿呆と剃刀は使いようで切れる。
 そんな感じ。

「……やっぱり、大分腐ってるのね」

 政治は黒いとかよく聞いたが、保身に走る者はやはり多い。
 中の情報を売って身の安全の保障をしてもらう、プライドより命をとる者もやはり居る。
 現状負けるだろう陣営と共に散る、俺だって嫌だしな。
 その情報を売る者たちの中には、執政に関わる者たちも居る。
 秘密とせん情報の半分以上が暴かれているだろう。
 もう丸裸と言ってもいい状況、やはりゲルマニアと同盟を組んでいないとあっさり落ちていた可能性があったな。

 レコン・キスタからすれば面白い位情報が流れてくるだろう。
 アルビオンの誇る空中艦隊を手に入れ、地上戦力も7万とトリステイン・ゲルマニア同盟軍の戦力を上回っている。
 これで負ける方がおかしいと言える戦力を手に入れている、……それをひっくり返すのが俺達なんだが。
 この状況を凌ぎ、アンアンには立派な王女様になってもらおうか、困れば手を貸してやるし、困った時には手を貸してもらおう。

 広場でゼロ戦のエンジン起動に喜ぶサイトとコルベールを眺めながら、次の展開を考えていた。













タイトル「足りなければ何でも使う、何でも」













 その日の夜、日が落ちてからもゼロ戦を磨いていたサイトがようやく帰ってきた。
 蝶番が壊れそうな勢いでドアを開け、部屋に入ってくる。

「ルイズ! 回った! エンジンが掛かった!」
「知ってるわよ」

 大きな音を立てながら回るプロペラを見たのだ、あれでエンジンが掛かってないと言う奴を見てみたい。

「他の部分は大丈夫? 油圧とか……有るのかは知らないけど」
「固定化のお陰で殆ど無事だった、後はガソリンがあれば飛べる!」
「そ、期待してるわ」
「……そっけねぇな」
「そんな事無いわよ? 今もワクワクしてるわ」

 自分で操作できないのはちょっと残念だが、俺と同年代の男ならパイロットに憧れたものだ。
 第一戦闘機に乗る機会なんぞ全くと言って良いほど無かった、金出せば乗れただろうがその金も無い。
 だから乗れない、乗れなかった。
 異世界に来て、その機会が来たのだから運が良いとも言えなくは無い。
 ……飛ぶ先が戦場なのはいただけないが。

「サイトこそ嬉しいでしょう? 昔の戦闘機とはいえ操縦できるんだから」
「そりゃあ勿論!」
「勿論私も乗せてもらうわよ、乗らなくちゃいけないもの」
「あー、その前にシエスタとの……」
「……そうね、シエスタが戻ってきたら一番に乗せてあげなさい」

 それは無いだろうが。
 まもなく会戦する、そしてゼロ戦の行く先は戦場。
 乗れる事を喜ぶのは不謹慎か。

「サイトのお手並み、楽しみにさせてもらうわ」
「任せとけ!」

 サイトは上機嫌でデルフを取り。

「お! ついに錆取──」

 どかしてキュルケから貰った剣を磨き始めた。

「あいぼぉぉぉーーーー!!」
「……いい加減磨いてやりなさいよ」

 部屋には悲しみのあまり震えるデルフと、上機嫌でキュルケの剣を磨くサイトと、それを呆れた視線で見るルイズが居た。













 結婚式、トリステインとゲルマニアの同盟と言う名の結婚式は一ヶ月と三日後に行われる。
 それに先立って神聖アルビオン共和国の特使、国賓を持て成す役を仰せつかったのはラ・ラメー伯爵。
 その伯爵は俗に言う貧乏ゆすりで足を揺すり、約束の刻限を過ぎても来ない国賓に苛立っていた。

「ええ、まだか。 犬畜生どもは!」
「伯爵殿、その気持ちには賛同しますが、そう大声で言うのはあまり気持ち良いものではありませぬぞ」
「ふん、恥も無く自らの王を手に掛けた者などに、頭など下げたくも無いわ!」

 仰せ付からなければ、絶対にこのような役を断っていただろう。
 それほどまでに見下げた品位のアルビオン共和国に怒っていたラ・ラメーだった。

「む、来たようですな」

 ラメーが乗船しているフネ、トリステイン艦隊旗艦『メルカトール』号の艦長のフェヴィスが声を出した。
 艦長と同じ方角を見るラメー、雲の切れ目から姿を現したのは巨大な船首。
 レキシントン号が先頭に、アルビオン艦隊が降下してきていた。

「……凄まじいな、伊達に『王権』を名付けられただけのことは有る」
「確かに、彼のフネは200メイルを超えていると聞きます。 これだけのフネは世界中探しても見つかりはしませんでしょう」

 同じフネ乗りとして、最高峰のフネを操ってみたいと言う心もあった。
 だが、今はそんな事を思っていて良い状況ではない。
 降下してきたアルビオン艦隊が、トリステイン艦隊と同高度に並び、併走してくる。

「貴艦隊ノ歓迎ヲ謝スル、アルビオン艦隊旗艦『レキシントン』号艦長」
「……艦長名義とは、確実に嘗められていますな」
「ふん、あれほどの物を与えられて、勘違いを助長させたのだろうな」

 仕方がないと、ラメーは考える。
 彼我の戦力差は一目瞭然、ゲルマニア空軍と併せても並ばないほど強大なアルビオン艦隊。
 侮辱されているとわかっても、これ以上怒ることなど無い。
 自分が逆の立場に居たならば、同様に見下していただろうと考えていた。

「返信、『貴艦隊ノ来訪ヲ心ヨリ歓迎スル、トリステイン艦隊司令長官』、以上だ」

 それを聞いた仕官が復唱、マストの水兵も復唱して旗流信号をはためかせた。
 のぼった旗流信号、それにレキシントン号は礼砲で答えた。
 空気振動、空の大砲から放たれた礼砲は肌を打つ様な衝撃が辺りに走った。

「ッ、礼砲にしてここまで届くか」

 弾が込められてはいない大砲、込められていたとしてもこの距離では届かない。
 それを分かっているラメーは冷や汗をかいた。

「答砲用意!」
「何発撃ちますか?」
「七発で良い、簒奪者には最下位で構わぬだろう」

 それを聞いてフェヴィスが口端を吊り上げて笑う。

「答砲準備! 順に七発、準備出来次第撃ち方始め!」

 答砲、順に七発撃ち出された空砲は、アルビオン艦隊の一艘を撃沈した。


















 それから一刻も立たず、アンリエッタがゲルマニアへの出立でおおわらわであった王宮に一報が届いた。

 『艦隊全滅』

 矢継ぎ早にアルビオン共和国からの宣戦布告文が届き、誰もが目と耳を疑った。
 曰く『自衛の為にトリステインに宣戦布告する』と、どう考えてもおかしな物であった。
 それに対する行動の為に、将軍や大臣たちが素早く集められ会議を行っていた。
 その会議室の上座に座る、ドレス姿のアンリエッタ。
 表情は凛々しく、飛び交う意見を全て耳に入れていた。

「アルビオンへの特使を派遣する、双方の誤解で全面戦争に発展しないうちに──」
「成りません」

 悉く発せられる意見を取り入れ、マザリーニ枢機卿が特使の派遣を提唱した所にアンリエッタが口を挟んだ。
 俯き、指にはめられていた風のルビーを強く包んだ。

「特使など派遣しても無意味です」
「……何故です、特使を派遣して誤解を解かなければ──」
「考えても御覧なさい、自らが拠って立つ王を辱め、あまつさえ亡き者にした者たちが策を弄して攻め入ってくるなど、恥も外聞も無い見下げた人間が統べる国ですよ? 言ったではありませんか、条約締結の際にその可能性が十分に有ると」

 確かにそう言った、ルイズの入れ知恵であったが納得するだけの説得力があった。
 アンリエッタがそう言っても、殆どの者たちが一笑して無視したのだ。
 その結果がこれ、全面戦争に発展しかけている状況となった。
 アンリエッタのみが声を発し、以外が声を失う中、急報が届いた。

「急報です! アルビオン艦隊が降下して占領行動に移りました! 場所はタルブ、ラ・ロシェール近郊のタルブです!」

 息を切らす伝令、その言葉に誰もが起きては困る戦争を予感した。

















 その頃、渦中のタルブの町ではアルビオン艦隊から降下してくる竜や兵士で阿鼻叫喚。
 家々に火を放ち、逃げ惑う住民を殺して回る。
 領主の軍勢は当の昔にワルドによって蹴散らされ、進行を阻む者は居なかった。

「……こんなものか」

 無表情、かつての祖国を蹂躙するワルドは、何の感情も無く風竜に跨り辺りを見回す。
 有る程度の命令を飛ばしているものの、積極的に虐殺に加わる訳でもなく。
 ただ兵の進行の邪魔になるであろう家々を燃やして回るだけ。
 ワルドの下を通り過ぎる住民を何度も見逃した、率いられる竜騎兵たちもワルドの思惑に賛同、逃げる平民たちには一切攻撃を加えなかった。

 運が良かった、住民が逃げるその方角は南。
 南の森を目指して逃げる住民たちの中に、黒目黒髪の少女とその兄弟たちも居たのだ。
 もし、ワルド率いる竜騎兵隊が攻撃に加わっていたら、シエスタたちは風によって切り裂かれていたか、火炎によって火達磨にされていたに違いなかった。

 ワルドは命令を出す、まだ存在している家屋を焼き討つために。




「こっち! 早く!」

 シエスタたちは風竜の下を走って通り抜け、今だ形を残す家々が並ぶ通りを抜けて、町の外へ出る。
 そのまま草原へ入る、一番足の遅い弟を抱えて走る。
 息が切れるが、走り続ける。
 辺りには疎らながら人が見える、同じように南の森へ逃げ込もうとしている人たちだろう。

 振り返り見れば、燃えるタルブの町。
 上空には竜騎士たちが飛び、町には兵士が居る。
 早く逃げなくちゃ、と恐怖で痺れる体を無理やり動かす。
 額に汗流し、弟たちを連れて、南の森へ駆けていくシエスタたち。
 心にサイトを浮かべて、助けを求めていた。

















 翌朝だった、会戦の一報がトリステイン魔法学院に届いたのは。
 トリステイン艦隊の壊滅と宣戦布告文、今後の行動を決める会議。
 それらによって対応が何度もずれ込んで、今し方一報が届いたのであった。
 その一報、急使の言葉を聴くオスマンは唸った。

「会戦……とな」
「はい、敵艦隊は巨艦レキシントン号を筆頭に十数艦、すでに降下した兵が三千に及び、タルブの町を占領下においてその近くの草原に陣を張っております」
「戦況は如何か」
「掻き集めた兵は約二千、地上兵力だけならば勝てる可能性がありましたが……。 敵艦隊の支援砲撃で迂闊に攻撃を仕掛けられない状況です」
「援軍要請は?」
「すでに、しかしながら到着は三週間後と絶望的であります」
「……駄目じゃな、見捨てる気であろう、ゲルマニアは」

 机に肘を着き、指を組んで静止するオスマン。

「不味いぞ、諸侯軍も間に合わんじゃろう?」
「はい、一番近い領地の軍でも一週間ほどと……」
「二千の手勢では三週間も持たんじゃろう、一週間も怪しい、その間に奴らはトリスタニアを陥落させてくるじゃろうな」

 学院長室に張り付いていた二人、急使を案内したルイズとサイトは一部始終聞いていた。
 顔を見合わせ、すぐに口を開く。

『サイト、サイトはゼロ戦を動かす準備を、私はコルベールを起こしてくる』
『……ああ、助けに行かなきゃ』
『無事かどうかは分からない、探すより先に艦隊を叩き潰す』
『どうすんだ? ゼロ戦に爆弾なんて積んでないぞ?』
『爆弾代わりに俺が行く、まとめて吹っ飛ばすよ』

 歩き出す、杖を取り出しながら思考を冷やしていく。

『あんなでかいフネ、一発で吹っ飛ばせるのかよ』
『何も全壊させるわけじゃない、飛べなくすれば良いだけさ』

 浮力の要、風石を爆発で吹き飛ばす。
 それだけで良い、問題は幾つかあるが。

『さっさと行く』

 背中を叩いて押し出す。
 そのまま走り出すサイト。
 それを見てコルベールの研究室に向かって走り出した。






「ミスタ・コルベール、起きてください」
「ふむぅ……、どうしたのかねぇミス・ヴァリエール」
「ガソリンは用意できていますか?」
「ああ、サイト君が言っていた量はすでに出来てるよ、ほら、そこに」

 研究室の隅に樽、5本のガソリンが満杯に入った樽が並んでいた。

「ゼロ戦の所まで運んでいただけますか?」
「今から出ないと駄目なのかね?」

 あくびをして、眠たそうに言うコルベール。

「はい、今すぐでないと間に合いません」

 渋々と言った表情でレビテーションを樽に掛けて浮かす。
 そのまま二人で押してゼロ戦の所まで運んだ。





 広場に着くとすぐにゼロ戦へガソリンを注ぐ。

「ミスタ、プロペラが回った後前方から風を吹かせてもらえませんか?」
「ん? 何故かね?」
「この広場では十分な速度が出る前に壁にぶつかってしまいます」
「前から風を吹かしたら、余計に遅くなるのでは?」
「揚力です、翼の周りに空気を循環させて揚力を得るんです」
「循環? ふむ、この翼はそういう構造なのか……、分かった、動き出したら風を吹かせよう!」

 操縦席に座り、計器を弄くっていたサイト。
 立ち上がって手を差し伸べてくる、それを掴んで翼の上に乗って座席の後ろに乗り込む。

「通信機邪魔ね、戻ってきたら外しましょう」
「相手が居ないんじゃ意味ないしな。 先生、お願いします!」

 コルベールは頷き、ゼロ戦から離れて杖を取り出す。
 それを見てキャノピーを閉める。
 コルベールが杖を振るとプロペラが回りだし、エンジンが始動する。
 計器を見てスイッチを触り、発進に最適な状態へゼロ戦を移す。

「行ける?」
「ああ、余裕」

 ルーンが機体の状態を教えてくれて、問題無しと判断。
 シエスタから貰ったゴーグルを付けてブレーキを解除、高速で回り始めるプロペラによってゼロ戦が前進を始める。
 ルイズがコルベールへと手を振れば、風が吹き始め、サイトがプロペラの回転をさらにあげる。
 車輪を操舵、ゼロ戦を最長の滑走距離に位置付ける。
 次第に加速し始め、3秒と経たずに人が追いつけない速度に到達。
 風の強烈なものになり、機体がゆれ始める。

「行けるぜ!」
「まだだ、まだ足りねぇ」

 サイトの声にデルフが答え、まだ滑走が必要と声を出す。

「相棒、ギリギリまで引き付けろよ」
「わかった、ギリギリだな」

 それで飛べるとデルフは言った。
 ルーンもギリギリでなくては飛べないと教えてくる、サイトはそれに素直に従う。

「カウルフラップ、ピッチレバー、スロットルレバー……」

 点呼するかのように、次に行う操作を言いながら動かす。
 最後の操作が終わった途端、比にならないほど加速し始めるゼロ戦。
 グングンと学院の壁に近づいていく。

「まだだ、まだだぞ」

 唾を飲み込む、失敗すれば壁に激突だがそんな気はさらさら無い。
 パチンパチンとスイッチを入れ、操縦桿を少し引けば車輪が微かに跳ね始める。

「まだ、まだ、まだ……」

 最大速度まで後数秒、壁激突まで後数秒。
 一瞬の見切り、それをデルフに任せた。

「まだ、まだ、まだ──今だ!」
「おらぁ!」

 掛け声と同時に目一杯操縦桿を引いた。
 途端にゼロ戦は浮き上がり、車輪が壁に掠り、ゼロ戦は大空に舞った。
 そこから空を切って加速、見る間に高度を上げていく。

「うおぉー! 飛びやがったぜ!」
「ったりめぇだろ、そういう風に出来てるんだからよ」

 そう言いながら冷や汗をぬぐうサイト。
 後ろを見るとルイズは瞼を閉じて、小さく呟いていた。
 声を掛けちゃ駄目だとすぐに前を向く。
 サイトが思った通り、ルイズは自己にのめり込み精神を高めていた。
 そのままスロットルレバーを全開、タルブの村へ急行した















 タルブの町を焼いていた火災は収まっており、無残な風景と化し。
 町を焼いたアルビオン軍は近くの草原に陣取り、ラ・ロシェールに篭るトリステイン軍との決戦を待ち構えていた。
 地上兵力の上に竜騎士隊が飛び、さらにその上に艦隊が停泊し、ラ・ロシェールへの艦砲射撃の準備をしていた。
 それをさせまいとトリステインの竜騎士隊が攻撃を何度か仕掛けていたが、その全てが返り討ちに会い撃退されていた。

 アルビオン艦隊旗艦レキシントン号艦長のボーウッドは勝敗が着いたと考えていた。
 トリステインの艦隊は壊滅、艦砲射撃を防げるだろう竜騎士隊も悉く撃退。
 そして間も無くその準備が終わる、ラ・ロシェールに砲弾を撃ち込んで地上の兵士が突撃を掛ければトリステイン軍も壊滅するだろうと。

 そんな思惑、それを無に帰す存在がすぐ傍まで近づいてきている事を、知り得もしなかったボーウッドだった。






「あれが……タルブの町かよ」

 小さく見えるそれ、黒煙を上げて今だ火が燻る町が見えた。
 それを見たサイトは奥歯を噛んだ。
 あの小さいながら幸せそうな町が、焼け落ちた。
 怒りが込み上げて来る、あの町の中にシエスタたちが居るかもしれないと。
 もしかしたら、最悪の状態になっているかもしれないと。
 操縦桿に力を込める。

「あいつら……、ぶっ飛ばしてやる!」

 聞くと同時に操縦桿を思い切り左下に引っ張り倒す。
 機体を左斜めに捻らせ、上昇。
 宙返って一気に下降し始めた。






 上空、何かが飛んでいると認められた時には、鋼鉄の顎が火竜の頭と首、翼膜を貫いていた。
 首に突き刺さった弾丸が、ブレスを吐くために必要な油袋に直撃、破裂するかのように爆発して竜騎兵共々大空に散った。
 その横を高速ですり抜け、急降下を続けるゼロ戦。
 狙いはその爆発した火竜の遥か下方、爆発に気がついた他の竜騎兵隊。

 照準に合わせ、引き金を引く。
 撃ち出された二十ミリ機関砲弾と七.七ミリ機銃の二重奏。
 秒速500m以上で飛翔する弾丸を避ける事など出来ず、被弾した竜騎士。
 ハルケギニアにおいて甚大な火力、20ミリメートルの弾丸は魔法を持ってしても防げない威力であり。
 如何に硬い鱗を持つ竜とは言え、まるで濡れた指で障子の和紙を突き破るようかの様に撃ち抜く。

 撃ち抜いた事を確認したと同時に操縦桿を引く。
 機体を水平にして、同高度の竜騎兵に目掛けて飛ぶ。
 またも照準にあわせ、トリガー。
 光った時には打ち抜かれ、次々と竜騎士隊は空に散っていった。

「相棒、まだ来るぜ」

 計六匹、撃ち落とした所にデルフが警告。
 三騎が組んで、撃ち落とそうと狙ってきていた。
 すかさずスロットル全開、最高で500km/h以上を出せるゼロ戦に、せいぜい150km/hしか出せない火竜が追いつけるはずも無く、見る間に距離が離れる。
 そこでインメルマンターン、縦方向の百八十度旋回。
 機体を捻り上げて垂直上昇の後、操縦桿そのままに曲がり、背面姿勢のまま、三騎の斜め上から弾丸が襲い掛かった。

「逃がすかよ!」

 火竜のブレス範囲外から撃ち出される弾丸によって一匹目は翼を引き千切られ、二匹目は胴体に深々と突き刺さり落下していく。
 それを見て恐怖に戦いた竜騎兵は急降下して逃げようとしたが、七.七ミリ機銃掃射によって穴だらけとなった。

「十ほどこっちに向かってきてるぜ」
「全部落とす!」

 操縦桿を引いて反転、飛んで向かってくる竜騎兵隊へ向かい加速した。







 




「何? もう一度言ってみろ」
「は、竜騎兵隊が全滅しました!」
「たった十分ほどの戦闘で全滅だと?」

 トリステイン侵攻軍最高司令官『サー・ジョンストン』は顔色を変えた

「冗談は休み休みにしろ!」
「て、敵は一騎、風竜以上の速度で翔け、射程の長い強力な魔法で我が方の竜騎士を次々と討ち取ったそうです」
「ふざけるなッ!!」

 伝令に掴みかかろうとするジョンストン。

「ワルドはどうした! 奴も討ち取られたかッ!!」

 激昂するジョンストンは喚き散らす。
 伝令はたじろぎ後退る。

「い、いえ、被害に子爵殿の風竜は含まれて居りませんが……、姿が見えぬとかで」
「あの生意気なトリステイン人め!! 臆したか! あんな者に竜騎兵隊を与えたばかりに!!」
「落ち着きくだされ、司令長官殿。 その様な姿を兵に見せれば士気が下がりかねませんぞ」

 ボーウッドがジョンストンを嗜める。
 大声で喚き散らすジョンストンは邪魔以外何者でもない。

「何を言うか! 艦長の稚拙な指揮のせいで貴重な竜騎士隊が全滅したのだぞ! 貴様はどうやって責任を取るつもりだ!!」

 さらに声を上げて掴み掛かってくるジョンストン。
 ボーウッドは小さくため息を吐いて、鍛え上げられた右拳を打ち放った。
 ジョンストンの頬に当たり、転げた後に白目をむいて気絶したジョンストン。

「連れて行け、邪魔なお方を置いておけば勝敗に関わるからな」

 そう言って気絶したジョンストンを従兵に運ばせる。
 今後の責任を、ただ喚くだけの人物など必要ない。
 押してるとは言え、戦場で足を引っ張る味方が居れば簡単にひっくり返りかねない。

「竜騎兵隊が全滅したとて、今だ艦隊は無傷。 子爵も何か策があっての事だろう、諸君らは死なぬ様勤務に励むが良い」

 一息ついて、命令を出す。

「艦隊全速前進、左舷砲撃準備」

 命令を聞いた水平は復唱、全てのフネに旗流信号で伝えた。

「……英雄か、たった一騎で竜騎兵隊を全滅させるとは……」

 だがたった一騎、たった一人で艦隊を撃ち滅ぼせるほどの力を持った個人など居ない。
 押し退けられる壁と、そうではない壁がある事をボーウッドは知っている。
 レキシントン号を筆頭としたそれは後者、たった一騎に撃ち滅ぼせる壁ではないことを教えてやらねばならなかった。
 そう考えて、命令を下す

「左舷を除いた砲門は直ちに弾種変更、散弾に切り替え命令有るまで待機」

 視界の奥に見えた天然の要害、ラ・ロシェールを捉えてそこに布陣したトリステイン軍を確認した。







「距離五百! アルビオン軍視認!」

 見えた、タルブの草原を進んでくるアルビオン軍。
 三色のレコン・キスタの旗をはためかせ、進軍してくるのが見えた。

「ッ……」

 静かに、ゆっくりながらも確実に詰めて来るアルビオン軍に、アンリエッタの背筋に恐怖が走った。
 振るえ、ユニコーンを撫でる振りをして隠す。

「大いなる始祖よ、我等に加護を──」

 そこで祈りは止まる、進軍してくるアルビオン軍の遥か上空に巨大なフネが見えた。
 それと同時に、舷側が光り、艦砲射撃がトリステイン軍に襲い掛かってきた。
 揺れる大地、砕ける削れる岩壁、舞い上がる砂埃と血飛沫。
 暴虐的な力が自軍を容赦無く甚振る、それを見て叫びそうになったアンリエッタだが、何とか押さえ込んだ。

「メイジ隊前へ! 空気の壁を張って砲弾を防ぐのだ!」

 マザリーニが命令を掛け、それに呼応したメイジ隊が杖を掲げて振る。
 途端に空気の壁が二層三層四層と、あっという間に分厚い壁を作り出す。
 そこに目掛けてまたも砲弾が襲い掛かる、空気の壁にぶつかる砲弾は砕け、あるいは逸れる。
 だが、貫いてくる砲弾も勿論あり、その度悲鳴が上がる。

「姫殿下、この砲撃が終わればすぐにでも敵は突撃を掛けて来るでしょう」
「……持ちこたえる事は?」
「かなり難しいでしょう、とにかく迎え撃たなくては」

 頷くアンリエッタ、少しでも深く考えるようになったアンリエッタは。
 戦を知らずとも、勝算が薄い事など感じ取っていた。
 砲弾によって傷ついた二千と、無傷で進行してくる三千、どう考えても勝ち目は少なかった。












 一方空、ゼロ戦を駆るサイトとルイズは竜騎兵隊を全滅させていた。
 遥か先の雲の切れ目に、何時か見た巨大なフネを見つけた。

「ありゃあ……、無理じゃねぇか?」
「……無理かな」

 スロットルを開き、上昇しながらレキシントン号に近づいた。

「でも、近づかないとな。 そうしないとルイズもなんか出来なさそうだし」
「無理だろうよ、敵が多す──」

 左舷艦砲射撃を続けるレキシントン号の右舷がいくつも光った。
 途端にゼロ戦に何にかが当たった、キャノピーが割れ、翼にも小さな穴が幾つか開いた。
 遅れてきた轟音、破片で頬を切ったサイトはすかさず操縦桿を押して、下降させる。
 バレルロール、螺旋を描きながら降下して第二射を避けた。

「散弾だ! 面で狙ってきやがる!」
「くそッ!」

 操縦桿を引いて水平に立て直し、スプリットS、インメルマンターンの逆向きで旋回させた。
 水平に戻ると同時にスロットル全開、加速して射程外へ逃げる。

「あれじゃあ近づけねぇ!」
「上よ、フネの上」

 今までずっと黙っていたルイズが声を発する。

「フネの真上は死角さね、大砲も自分の真上には向けられねぇ」

 デルフが補足して言った。
 サイトは頷いて、操縦桿を引く。
 どんどん高度を上げ、レキシントン号より高く舞い上がる。
 後は落ちるようにフネの真上について旋回し始める。
 ルイズは座席横の隙間から這い出てくるように抜けて、サイトの膝の上に座る。
 そのままキャノピーに手を掛ける。

「唱えるわ、その間は気をつけて」

 返事を待たずキャノピーを開け放つルイズ。
 顔を打つ強風の中、サイトの肩に乗って掛けてあるベルトの隙間に足を入れて固定する。
 杖を力強く持ち、額に杖先を当てていた。






 遥か上空、風竜が飛べる最大の高度を飛んでいたのはワルド。
 遥か眼下には緑色の竜が飛んでいる。
 先に竜騎兵隊が襲われた頃に、乗っている者に気がついていたワルド。
 あの中にルイズが乗っていると。
 そしてあの竜を操っているのはガンダールヴであると、確認できていた。

 正面から戦って勝てるか? そう考えて否定した。
 正面に立てば、あの光る何かで他の竜騎士たちのように引き裂かれる。
 ゆえに奇襲を選んだ、予想通り大砲を向けられない上空に来るだろうと。
 読みは当たり、フネの上空を旋回していた。

「一撃必殺、君たちが本物かどうか……試させてもらう!」

 手綱を引いて、風竜を一気に降下させた。



「相棒! 上から来るぞ!」

 聞くと同時に操縦桿を倒す、機体が捻り烈風を避けきった。

「ッぉ!」

 ゼロ戦が大きく揺れる、当たった訳でもないのに風圧だけで攻撃を受けたような振動が走った。
 スロットルを開く、下降しながら加速し始めるが、敵の風竜は見る間に距離を縮めてくる。

「相棒、撃ってくるぞ!」
「やらせるか!」

 操縦桿は動かさず、補助翼を左に動かしながら、右フットバーを踏み込む。
 機体の水平を保つために、昇降舵を操作して保つ。
 それだけで機体が揺れ始め、同じ速度のままゼロ戦が横に『滑った』。

「何ッ!?」

 加速し続けていた風竜は、ゼロ戦を簡単に追い越し、視界から消える。
 ゼロ戦を探したワルドが振り返った時には、ゼロ戦からのマズルフラッシュだった。
 撃ち出したのは機銃、七.七ミリ機銃がワルドと風竜に襲い掛かり、身を抉った。

 大きく揺れ、その速度のまま降下する技術『木葉落とし』。
 敵の攻撃をかわしつつ、降下させるためサイトは使った。
 だがその弊害に敵は元より自機の命中率が下がるのだが、サイトは難なく風竜を捕らえて攻撃に移った。

「がッ!」

 ワルドの肩と背中、風竜の鱗を貫いて体内を蹂躙する。
 手綱を離し、落下していくワルドと風竜。
 サイトはそれを確認して、機体を加速させて上昇した。
 そんな激しい軌道の中、変わらずルイズはサイトの肩に乗ったまま呪文を呟き続けていた。





 足りない、まったく足りない。
 原作並みの威力を実現するには到底足りない精神力。
 16年間溜め込んできた精神力であれほどの威力を発揮するのだ。
 ちょくちょくと幻像を使っていれば、足りなくなるのは必然。
 だが、ここで同等の威力の爆発を使用しなければならない。
 でも、それを引き起こせる精神力は足りない。
 ならどうすればいいか、この答えなど当の昔に出ている。



 エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ。


 精神力を回し加速させる。


 オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド。


 渦を作り、数瞬毎に大きくなっていく。
 巨大な渦となって、体の中からあらゆる物を精神力に変換して引きずり出す。
 今現在生み出されることのない精神力が渦に溜められていく。


 ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ。


 足でサイトに合図を出す。
 気づいたサイトが操縦桿を押し、レキシントン号の真上から急降下し始める。
 溜まりに溜まった精神力が、今か今かと暴れている


 ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル。

 
 詠唱完了、破壊を生み出す魔法が完成。
 そしてその威力を正しく理解して、破壊するものだけをイメージする。
 杖先から光がほとばしり、目標に向かって振り下ろされた。







『エクスプロージョン』







 光球が艦隊を包み込んだ。
 荒ぶる爆風、全方位に広がるはずのそれは、光球の中心から目標に向かって蛇の様にうねり船体の一部を食い千切った。
 まるで数多の首を持つ蛇、次々と伸びて風石のみを消滅させた。
 





「何が……」

 レキシントン号の上空に現れた光の球。
 それが一瞬にして肥大化し、アルビオン艦隊全てを包み込んだ。
 その後、目が焼け切れそうな閃光が辺りを包み、収まれば落下している敵艦隊が見えた。
 フネが浮き上がるための絶対必要な風石の消滅、それを知らなかったアンリエッタは呆然と佇んでいた。
 落下する敵艦隊の中から、今だ光る何かが飛んでいるのをマザリーニが見つけて叫んだ。

「見よ! 敵艦隊は滅んだ! 始祖が使わした神の竜によって!」

 生き残っていた軍人たちが、空を見上げる。
 光を放ちながら飛び続ける翼、気づいた者から歓声を上げた。
 見る間に歓声は広がり、耳を劈くほどの物に変わった。
 その中で、アンリエッタはマザリーニに尋ねた。

「枢機卿、神の竜とは一体……?」
「私にも分かりかねますな」

 少しだけ笑ってアンリエッタを見るマザリーニ。

「真っ赤な嘘ですが、強ち間違いではないかも知れませんぞ」

 見上げればまだ飛んでいるなにか。
 近くで見なければ、それが何なのか分からないだろう。

「しかし、そんなことはどうでも良いのです。 殿下、今やるべき事は敵軍を打ち破ること、違いますかな?」
「そうですね……」
「使えるものは何でも使う、政治と戦の基本ですぞ。 殿下、貴女は今日からこの国を統べる王となるのです、覚えておきなさい」

 アンリエッタは頷き、水晶の杖を掲げた。

「始祖の加護は我等に有り! 全軍突撃! 我に続けッ!」

 最高潮になった士気は、兵に多大の力を与えていた。




 その頃、空のゼロ戦ではルイズがサイトに寄り掛かっていた。

「大丈夫か?」
「何とか、ね」

 だるいが体は動かせる。
 無詠唱で撃ち放つ魔法よりはきつくは無かった。

「そうか、またあの時みたいに倒れるんじゃないかと思った」
「あれは、無理やり使ったからよ、今回のはちゃんと呪文唱えたから」

 感じるのは虚脱感、ではなく喪失感。
 今回の魔法行使により失ったものがあり、それは二度と取り戻せない。

「タルブのとこに戻らなくちゃ」
「ああ、シエスタ無事かな……」
「多分ね」

 タルブの上空につく頃には、空が赤くなり始めていた。
 サイトとシエスタが眺めたあの草原に着陸、キャノピーを開け放ってサイトは立ち上がる。
 この草原はさほど変わっていない、そう安堵しながら辺りを見回せば。

「シエスタ!」

 森から走ってくる黒目黒髪の少女が居た。
 サイトは飛び降りて駆け出した。
 ルイズはそれを見て瞼を瞑る。

「……娘っ子、本当に大丈夫なのか?」
「……大丈夫、問題ないわ」
「それなら良いがよ」

 サイトはルイズが失った物に気が付かない。
 ルイズも言う気など無い、それをサイトが知るにはまだ先の事。

















 『虚無』を扱う者は心せよ。

 志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。

 『虚無』は強力なり、その詠唱は永きに渡り、多大な精神力を消耗する。

 詠唱者は注意せよ、時として『虚無』は『命』を削る。



              ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ



[4708] これが……なんだっけ 24話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/10/23 23:59

 むかしむかし、あるところに……言うほど昔でもないが。
 三年ほど前に、二人の男女が居りました。
 少年、名はウェールズ・テューダー。
 少女、名はアンリエッタ・ド・トリステイン。
 二人の出会いは、少女の母、マリアンヌ皇后の誕生会でした。
 盛大に開かれ、贅の限りを尽くし、さまざまな国から招かれた貴族。
 毎晩、それこそ2週間も続けられる大園遊会に嫌気が差し、少女は寝泊りする天蓋から護衛を付けずに抜け出しました。



 要は独りになりたくなった、そう言う事だろう。
 つか、俺も抜け出したい……。 安易に影武者受けるんじゃなかった。

 後を付けるのは幻像、本体はアンアンの身代わりとして天蓋に居る。
 ベッドに寝て、髪だけを見せて。
 ……アンアンと同じ栗色に染め上げたピンクブロンドの髪を。
 染色って髪痛むんだけど、特殊魔法染料だから大丈夫か?
 この長さまで伸びるまで何年も掛かるんですよねー。
 痛んだからって簡単には切れん、ショートヘアも良いかも知れんがやはりあの髪でないと。
 そんな事を思いつつ、談笑する二人を見る。

 名勝として名高いラグドリアン湖、天の双月から照らされる柔らかい光が湖に反射。
 人の手では絶対に作り出す事が出来ない、幻想的な風景の中。
 その景色の中に立つのは美男美女、二人は立っているだけで絵になっていた。
 指で四角の枠を作り、その中から景色を含めて覗けば名匠が画き上げた絵画の如き。
 絵心無い俺でも綺麗だと思う、何か美人ってだけで得してる感じがするのは一般的容姿の人の思い込みか?

 アンアンの身代わりにされた俺の事など露も知らず、楽しそうに笑う二人。
 おそらくは叶わないアンアンが誓約を、水精霊の御許で誓う。
 それを理解しているウェールズは愛を誓わず、共に歩くことを誓う。

 未来において、死ぬ間際でも同じ言葉を吐くだろうウェールズ。
 俺が介入すれば助かる、なんて不確かな事を起こすことは無い。
 どうなるか分からないので五分五分。
 数年後に召喚するだろう、使い魔次第。

 一部を除いて『絶対』なんて言葉は適用されない。
 人為的な、作り出された状況ならば存在するだろうが、そうでない場合は存在しないだろう。
 つまり、俺がウェールズを助けるために動いても、助かるとは限らないと言う簡単な話。
 ウェールズは助かりましたが、俺が死にました、なんてアホらしい状況も嫌だし。
 警告を出すにしたって、怪訝な目で見られるだろう。
 ウェールズはそんな目で見るか分からないが、十中八九可笑しいと思われるかな。

 今現在の執政ではこういう不具合が出るでしょう、何てのもありだろう。
 二次創作でも似たような事して一目置かれてたりするが、俺がウェールズなら話を聞くだけ聞いてそれで終わりだな。
 確かに説得力の有る説明だ、だから採用しようなんて事は無理。
 進言するにしたってどうだろうなぁ、政治のいろはを知らない若造に指摘されても……。
 大体王は最終決定権を持ってるだけで、執務は枢機卿らへんがやってんじゃないの?
 少なくともトリステインではそうだし、アルビオンが同じかどうかは知らんが。

 じゃあ自分が王になって決めればどうか……、無理。
 王と成る上で政治を学ぶと言う事になっても、間に合わないだろう。
 その前にレコン・キスタもとい、ジョゼフが手を出してくる。

 まぁ……、無理だな。
 すでに手遅れのとこまで来ているはず、幼少の頃ならあるいはと思うが……。
 今俺がウェールズになったとしても、死亡フラグを回避出来るとは思えない。
 さっさと亡命してもワルドに殺されそうだし、サクっと別の国外へ逃げるくらいしか思いつかん。

 何か出来るだろう俺だが、何もしない俺。
 そのまま行けば死ぬウェールズ、そのまま行かなくても死ぬだろうウェールズ。
 ゆえに、その恋が成就する確率は悲しいほどに少なかった。
















タイトル「腹ペコこそ最高のスパイス」
















 トリステインの城下町、ブルドンネの街は凄まじい熱気に包まれていた。
 不可侵条約を無視して攻め込んできたアルビオン侵攻軍を、アンリエッタ率いるトリステイン軍が撃破したのが数日と立たずに国中に広がったのだ。
 侵攻軍に怯えていた国民は、文字通り喜んだ。
 自分に害が無いなら上は誰でも良いと言うのが本音だろうが、タルブの村での惨状の事が耳に入ればそうも思えなくなっていた。
 もしこの町まで攻め込まれてたら? 侵攻軍兵士に殺されていたかもしれない、街が焼かれていたかもしれない、と。
 縦しんば殺されなくとも、生活が厳しくなったりしないだろうか、など考えがネガティブな方向に行ってしまっていた。
 そこにトリステイン軍の勝利と言う朗報、これでまたいつもと変わらず、安心して暮らせると簡単に考えて喜んでいたのが大半だった。

「アンリエッタ王女万歳!」

 そこら中から聞こえてくるアンリエッタを褒め称える声。
 噂に尾びれ背びれが着くとは言え、劣勢の中逆転勝利を収めたとなれば誰もが指揮したアンリエッタを認めざるを得ない。
 ……アンリエッタの指揮と全く関係ない、イレギュラーなアルビオン艦隊の壊滅があったとしてもだ。
 当人のアンリエッタは、ユニコーンに引かれる馬車の窓から時折手を振る。
 それだけで歓声が大きくなる、歓迎されたそれは文字通り凱旋であった。

 その耳が痛くなるほどの歓声を、中央広場の片隅で見つめる男たち。
 アルビオン軍の貴族たち、その殆どが指揮官やその副官、艦長、副艦長etc……。
 所謂、部隊や軍を率いる上等な軍人ばかりであった。
 その貴族たち全員が捕虜宣誓を行っており、これを破って逃げれば名誉や家名が地に落ちる。
 ゆえにハルケギニアの貴族には絶大な効果を与え、逃げようなどと言う考えを封じるものであった。
 
「あれが『聖女』様か、まだ子供じゃないか」

 ユニコーンに引かれる豪華な馬車を見るのは、ルイズの『爆発』によって落とされたアルビオン艦隊旗艦レキシントン号艦長、ボーウッド。
 トリステイン軍を指揮し、アルビオン侵攻軍を打ち破ったのが幼さが残る子供だとは思いもしなかった。
 その呆然と見るボーウッドの隣、横に肥えた貴族が答えた。

「ふむ、まだ成人もしていない様だね。 兵を中まで引き込む為に自らを囮にするか、幼いながらも卓越した指揮能力、立派な女王になるんじゃないか?」
「確かに、艦隊を落としたあの光をすぐに使わなかったのは、殲滅するためだったのかね」
「さぁね、しかしながら、侵攻軍をただ撃退しただけ、それだけでアルビオンを屈服させたような雰囲気だ」

 言った通り、尋常では無い喜びよう。
 疑問に思うほどに激しかった。

「そこの君、君だよ」

 ボーウッドは斧槍を抱えた兵士に呼びかける。
 それを怪訝な顔で答え、近寄る兵士。

「お呼びでしょうか、閣下」
「ああ、少し疑問に思ったのでね。 国民のこの喜びよう、確かに侵攻軍を撃退したが少々喜びすぎだと思うのだが」
「それは女王の即位式も兼ねておりますので」
「なるほど……、そういう事か。 いや、これは答えてくれた礼だ、新しい女王陛下の誕生を祝って一杯やりたまえ」

 ポケットに入っていたエキュー金貨数枚を兵士に手渡す。
 それを握らされて少しだけあくどい笑みを浮かべた。

「は、新しき女王陛下の祝賀で一杯いただくとします」

 元の立ち位置に戻る兵士を見つめ、つぶやいた。

「これであの怪しい皇帝陛下に従わずに済むか」

 虚無を謳うあの男、名誉も誇りも無いクロムウェルにうんざりしていたボーウッド。

「それで、どうする?」
「どうする、とは?」
「捕虜にトリステイン軍への志願兵を募っているそうだ、どれ位鞍替えすると思う?」
「なかなか多そうな気もするね、決着が付けば様変わりしそうだが」
「だろうね、なんにしても軍人は廃業だ。 あんな光を見た後じゃ、もう戦列艦に乗れないよ」
「同感だ、アルビオンは末恐ろしい国を相手にしたもんだ」






 ボーウッドたちが見つめる馬車、その中に座るのは主役のアンリエッタと枢機卿のマザリーニ。
 此度の戦勝とアンリエッタの女王戴冠式、マザリーニにとって今日ほど嬉しい日は無かった。
 これほどまでの笑みを浮かべたのは、実に十数年振りの笑顔であった。
 もう一人、アンリエッタは平然とした表情。
 マザリーニはこれに気づき、アンリエッタに問いかけた。

「ご気分が優れないので? 馬車に乗っている時に殿下の笑顔は一度たりとも見た事がありませんぞ」
「いいえ、気分が優れないのではありません。 今は笑う気分になれないのです」
「何故です? アルビオンの侵攻軍を撃退し、殿下は戴冠式を経て女王へ、これほどめでたい日など早々ありませんぞ」
「そうですね、そのめでたい日が数多の命の上によって成り立っていると思うと、早々楽しい気分にならないわ」
「殿下……」

 ラ・ロシェールでの立て篭もりの中受けた砲撃、それだけで百人以上の死傷者を出した。
 逃げる兵に追撃を掛けた時も反撃を受けて死んだ者も居る、戦いに犠牲は当たり前とは言え。
 無価の命、それが幾つも散って逝った者が居るのに……。
 もっとうまく指揮を出来ていたら、死んだ人を減らせたんじゃないかと、そう考えるアンリエッタ。

「殿下、お分かりと思いますが仕方ないなどとお考えになってはなりませんぞ」
「分かっていますし、理解もしています。 でも、私が至らないばかりに掛け替えの無い人たちが逝ってしまったのです」
「ならば、その者達の命を無駄にせぬよう勝たなければなりません」
「分かっております」
「このマザリーニ、歴史に残るような立派な女王になるための助力、如何ほども惜しみませんぞ」
「ありがとう、枢機卿」

 頼りになる人たちは居る、お母様や枢機卿、そしてルイズ。
 それだけと言っていいほどだが、最も傍に居てほしい人はもう居ない。
 あの日誓った……、誓約は守られない。
 誓った人は居ない、此度の戦いで死んでいった者たちのように逝ってしまった。
 今回と同じように、自分が至らないばかりに。

「厳しいようですが、亡くなった者は帰ってきません。 出来る事はそうなる者を減らす努力をする事ですぞ」
「はい、それが出来なければ私は存在する意味がありませんから」

 お飾りでは駄目なのだ、祖父のような、彼のフィリップ三世のような数多の貴族が押し並べて恭しく頭を下げるような。
 名実共に力の有る王ではなければならない、力有る存在はそれだけで人を惹きつける。
 ルイズが言っていたように、つまらぬ括りを外さなければ確実にトリステインという国は消滅してしまう。
 ここからが転換期、力有る国に変わる、変えるための転換期。

 そう考え、先の戦いの報告書。
 自軍の被害総数や捕虜の数、そしてアルビオン艦隊を落とした光を放ったと思われる竜騎兵の事が記されていた。
 謎の竜騎兵に撃墜されたアルビオンの竜騎兵の話が事細かに綴られていた。

『トリステインの竜騎兵は風竜に勝る素早さで空を翔け、一瞬だけ光り、竜の鱗をたやすく砕く見えない強力な魔法攻撃を用いて仲間の竜騎兵を次々に撃墜した』

 風竜より速く空を翔け、竜の鱗を容易く砕いた見えない魔法攻撃を使う竜騎士。
 あの艦隊を打ち落とした光を放ったのもその竜騎士では? と考えられた。
 そんな竜騎士などトリステインには存在せず、さらに調査を進めた所。
 タルブの村に伝わる竜の羽衣というマジックアイテムらしいと分かり、それは先日とある少年に譲ったという。
 その少年は、黒目黒髪の、親友のルイズの使い魔だという事が分かった。

 撃墜された竜騎士が言うには、桃色の髪と黒色の髪を持つ二人が乗っていたとの事。
 調査した衛士はその二人がラ・ヴァリエール公爵家三女とその使い魔ではないかと推測。
 本来ならすぐにでも話を聞きたいが、公爵家三女と言う存在であるために王女であるアンリエッタの裁可を待つと記されていた。

 アンリエッタが桃色髪と黒色髪の人間はと聞かれれば、その二人しか思いつかない。
 この報告書通りなら、ルイズは竜の羽衣と言うマジックアイテムに乗ってアルビオン艦隊を壊滅させたと言う事になる。
 つまり、アンリエッタはまたルイズに助けられたと言う事。

「ルイズなの……?」

 あの光は、トリステインを救った暁の光であった。










 一方、熱気に包まれる城下町と艦隊を落としたのがルイズなのかと考えるアンリエッタを他所にした平和な日常の学院。
 戦争などまるで関係ないかのような雰囲気をかもし出していた魔法学院であった。



「これ、マフラーか!」

 人があまり来ないヴェストリの広場の一角、ベンチに腰掛けている二人の人間。
 一方は首に長いマフラーをかけた少年、サイト。
 もう一方はその長いマフラーを編んだ少女、シエスタ。
 危機から救った少年と救われた少女、ゼロ戦に乗る時の防寒対策と救ってくれたお礼にマフラーをサイトへプレゼントしたシエスタ。
 一人用ではない、明らかに長いマフラーを自分にも巻きつけるシエスタ。
 二人寄り添って恋人同士な雰囲気を醸し出していた。

「どう見ても恋人同士です、本当にありがとうございました」
「誰に礼言ってんだね、娘っ子」
「頑張る私と頑張っているサイトと頑張ってくれるシエスタによ」
「あの二人に言うのは分かるが、自分に言うのはおかしくねぇか?」
「手回しは十分、ラヴラヴでも問題ナッシング」
「なっしんぐ? なんだそりゃ」
「気にしないでいいわ、デルフが使う機会一度たりとも来ないから」
「へぇへぇ」

 またデルフを置いていってとサイトを探していたらこの風景。
 長大なマフラーを首に巻いて嬉しそうなサイト、寄り添って鼻の下が伸びてるぞ。
 しかし、あのマフラーは上手いな、今度……駄目か、あの震える手じゃ無理だ。
 遠くからマフラーを眺めていると、ギーシュがベンチとは違う方向から走り寄ってきた

「ああ! ヴェルダン──」

 膝を着いてモグラに頬擦りしようとしたギーシュを、問答無用で穴の中に引っ張り込んだ。

「ゴフッ!」

 頭から穴の中に落ちて、強打。
 死んでもおかしく無さそうな声を上げていた。

「……大丈夫?」
「……そう思うなら、いきなり引っ張らないでくれ……」

 首を摩りながら起き上がるギーシュ、あまり関係ないけど首の骨が折れても十数秒以内なら治せる水の治癒ってすごいよな。

「ルイズ、こんな所に穴掘って何してるんだい」
「あれよ、良い雰囲気じゃない?」
「あれ?」

 穴から顔を出して、指差されたほうを見るとベンチに座る二人が見える。
 イチャイチャ、彼女が居ない男が見たらしっとマ○クになってもおかしくない状態だった。

「ふむ、僕もモンモランシーとああいう風になりたいね……」

 暗い、物が腐りそうなオーラを出すギーシュ。

「まだ仲直りしてないわけ?」
「簡単に言ってくれるね、彼女の心は繊細で壊れやすいんだ」
「ギーシュはそれを無視して引っ掻き回すような男ね」
「な、なんだと!?」
「二股」
「ウッ!」

 胸を押さえてうずくまるギーシュ、こうかは ばつぐんだ。

「愛想つかされる前に謝ったら?」
「……謝ったよ、それでも……うう」
「泣かないでよ、全部ギーシュが悪いんだから」

 自業自得の言葉が良く似合っていた。

「……ルイズは良いのかい? サイトが他の女に取られても」
「私のものじゃないのに、取られても文句無いわよ」
「本当かね? 彼はずいぶんルイズの事を心配していた様だが」
「私のほうが心配してるわよ、上手く行く事をね」
「上手く行く? 何がだい?」
「気にしなくてもいいわよ、それよりも誰がサイトにぴったりなのか気になるわ」
「ふむ……、あの平民とお似合いな感じもするがね」
「まぁ、それは否定できないわね。 ……タバサとかも良いと思わない?」
「タバサ? あのキュルケと一緒に居る子かい?」
「そうよ、私より背が低くて蒼髪の」

 シエスタもぴったりだが、タバサも似合いそうで良いな。
 なんかサイトより背が低いほうが良く合いそうな感じがする、その点でキュルケはすでにアウト。

「似合うかね? 彼女と殆ど話した事ないから分からないが」
「そう? 見た目で優しい子だと思ったけど」

 冷たく見えて優しい、キュルケとつるむのが可笑しく見えるが嫌々と言った感じが見えない。

「アンも……、微妙かしら」
「アン……? まさか」
「姫殿下、色々きついでしょうが」
「王族に平民、どう考えても無理だろう?」
「まぁ、普通に考えればね」

 救国の騎士とお姫様、RPGでも結構有るカップリングだ。
 悪くは無いと思う。
 ティファニアも良いだろうなぁ、原作ルイズが言った『胸っぽいなにか』を早く見てみたい。

「姫殿下が駄目なら……、モンモランシーとかもありじゃない?」
「何!? それだけは駄目だ! 絶対に駄目だ! 何としても駄目だ!!」

 険しくなるギーシュの剣幕、二次創作じゃ少ないがモンモンとカップリングもあった気がする。
 マチルダや姉さまやちい姉さまも有った、アニエスも有った気がする。
 ハーレムも勿論ありだな、つか最強系は大体がハーレムだしな。

「愚図愚図してると、コロっとサイトに傾くかもしれないわよ?」
「馬鹿な! それは有り得ない、絶対にだ!」
「なら何度も謝って、許してもらいなさい。 『二度と他の女にちょっかいを出しません』とか誓約書でも書いたら?」
「う、そ、それは……」

 吃るなよ。

「モンモランシーの事好きなんでしょ? 愛してるんでしょ? 遊びたい年頃とか思わないで、しっかり手を繋いで貰いなさいよ」
「……そうだね、もっと謝ってみるよ」
「誠意を見せればすぐにでも許してくれるわよ、なんだかんだ言ってモンモランシーもギーシュの事好きみたいだし」
「ほ、本当かね!?」
「本当よ、アルビオンから帰って来た時にギーシュがずっと貴女の事考えてたって言ったら、顔赤くして自分の席に戻っていってたし」
「………」

 何か嬉しそうな顔で黙ったギーシュ、そこまで思ってるんなら他の女に目をやるなよ。
 つか、その顔きもい。

「ほら、『善は急げ』よ。 モンモランシーを何処かに誘うなりしてご機嫌を取ってきなさいよ」
「そうするよ! ありがとう、ルイズ!」

 嬉しそうに飛び出して走り去るギーシュ。
 モグラ探しに来たんじゃないのかよ、置いていってるし。

「単純ねぇ」
「相棒と同レベルだな」
「同意」
「む、あの嬢ちゃんと似てたな」
「そう? 真似してみようかしら」
「誰の真似?」

 降って沸いた、平坦な声。
 見上げると青い髪が風で靡いていた。
 あれ、ここでタバサ出てきてたっけ?

「あら、タバサ。 どうしたの?」
「何してるの?」
「あれ」

 ギーシュのときと同じように、指差した方向にサイトとシエスタ。
 今だ寄り添って話してた、もうキスとかしちゃえよ。

「何してるの?」
「観察、後カップリング予想かしら」
「かっぷりんぐ?」
「サイトには誰がお似合いかって言う事よ」
「そう」

 ……俺が気になるってか。

「タバサは何か用?」
「……教えて」
「何を?」
「約束」
「ああ、あれね」

 ラ・ロシェールで二手に分かれる時にした約束。
 申し訳ないが、近頃色々ありすぎてすっかり忘れてた。

「……入る?」
「………」

 小さく頷いて穴の中に入ったタバサ。
 ……俺、なんで穴の中に誘ったんだろ。
 と言うか誘いに応じないで欲しかった。

「……えーっと、はしばみ草を使ったものでいいのかしら?」

 コクンと小さく頷くタバサ。
 ふむ、人気投票で常に上位に食い込むだけのことはある。
 頷く動作だけでも、すごく可愛いな。

「そうねぇ、『天ぷら』とかも美味しいわね」
「てんぷら?」
「そ、揚げる物に特殊な粉を多めに溶かした冷水を付けて熱した油で揚げるものよ。 食べ過ぎると太っちゃうけど、とっても美味しいわよ」
「………」

 何かタバサの瞳が輝いている気がする。
 小柄なのに健啖家だったよな、タバサって。

「明日にでも作って貰いましょうか?」

 うんうんと頷く、食事で釣ってる気がビシバシと感じる。
 マルトーに言って作ってもらうか。

「………」
「……他にも有るけど……、聞く?」

 うんうんと頷くタバサ。





「そうねぇ、巻き寿司にも……」

 気が着けば夕方近くまで穴の中で話し込んでいた。

「もう夕方だし、また今度にしましょう」
「……巻き寿司」
「……ちょっと酸っぱい水で味付けした米……、えーっと、米って言うのは小さい穀物の実でね、それを水を入れて炊いた物で、その米とすっぱい水を混ぜ合わして焼いたお肉とかお魚の切り身を巻いた物よ」
「………」

 なんか食い付きが良すぎて離してもらえない。

 こんな約束するんじゃなかったと、後悔しながらタバサに話し続けるルイズであった。



[4708] 急いでいたので 25話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/03/09 03:21

「あれ、えーっと、タバサだっけ?」

 サイトが部屋に戻ると、桃色髪の少女と蒼色髪の少女が向かい合って椅子に座っていた。
 両膝の上に両手を置いて、真剣な眼差しでルイズを見るタバサ。
 ルイズはひたすらタバサに話しかけている、タバサはそれを真剣に聞いている光景。



「……何してんの?」
「……約束を守ってるのよ、……先に言った醤油、砂糖、みりんなどを混ぜた割下……味付け用の調味料ね、それを煮立たせてその中にお肉や野菜を入れるの」
「……すき焼き?」
「よく分かったわね」

 本格的な料亭などで食った事無いので、どこの家にもある自分の家のオリジナルすき焼きを教える。

「十分に火が通った具材を、お皿に入れた溶き卵に付けて食べるのよ」

 関東のほうじゃ、締めにうどん麺とか入れるそうだが。
 俺は関西、九州男児だったので残り汁で味付けした麺を食べた事が無かったりする。
 すき焼き風うどんなら食った事があるが、別物っぽそうなので除外。

「残り汁で味付けした麺がまた良いんだよなぁ!」

 サイトは元東京在住関東人でした。

「ごめんね、私は九州だったから違うのよ」
「九州って、そんなに違うのか?」
「どうかしら、修学旅行以外で市外にすら出た事無かったからよく分からないわ」
「ふーん、なんか損してる気がするよ」
「そんなに美味しいの?」
「おう、あれは絶対最後に持ってこないとな!」

 自信を持ってお勧めできる食べ物、と言った感じでサイトが胸を張る。
 ……そんな風に言われると食べてみたくなるじゃないか、腕前云々ではなく調味料類が乏しいハルケギニアで再現はかなり難しいが。

「美味しい?」
「美味いな」

 頷いてサイトが答える。
 すき焼きと言えば豪華な感じがする、たぶんサイトも同じと思う。
 ここの食堂の料理は確かに美味い、だが庶民料理も豪華な料理に負けない位美味いと思うぞ。

「食べてみたい」
「無理ね」
「んー、無理だろなぁ」
「なぜ?」
「一つ、調味料が無い、二つ、麺が無い、三つ、その両方が手に入れられない、分かった?」
「……食べた事あるって言った」
「私はたまたま東方から流れてきたので、食べれただけ。 サイトは東方出身だから食べた事があるの、どうしても食べたいならかなりのお金と時間が掛かるわよ?」

 しょぼーんとした様なタバサの表情、正直言って可愛い。
 そんなタバサはともかく、東方は日本と似通った物が幾つかあるのだろう。
 例えば『緑茶葉』とか、東方産の触れ込みで入ってくる物で探せば似たような物が見つかるかもしれない。
 とは言っても、大体が高い。
 東方産の代物は数が少ないし、パチモンも多い、本物を探し出すだけで結構な労力が掛かる。

「……残念」
「残念だけど、今回は天ぷらで我慢してね」
「わかった」
「え、明日天ぷら作るの?」
「そうよ、再現するのは簡単だったしね。 サイトが来てから食べてなかったけど」

 ハルケギニアに小麦があった、地球の物と全く変わらない小麦があったから小麦粉が簡単に作れた。
 小麦の種子を石臼でゴリゴリと引くだけでスーパーで売っているような小麦粉が作れ、卵もあるので揚げてみようとなった。
 新鮮な魚貝類と天つゆが無いのはちょっと残念だが、塩を付けて食べる。

「朝から……、はちょっと重いわね」
「昼か夜っぽいよな、天ぷらって」
「確かに」

 朝に揚げ物など、なんと体に悪い。
 夜のメインディッシュで頂くのが良さそうだ。

「そう言う訳で明日の夜ね、明日の夕食の時間に来てもらえるかしら?」

 タバサは頷き、立ち上がる。
 杖を持ったまま、部屋を出て行った。

「……はぁ、疲れた」
「なんかあったの?」
「ずっとタバサと話しててね、少し喉が痛いわ」

 ティーカップに注いである緑茶を呷る。
 本当なら湯呑みとかの方が良いんだがね。

「どんくらい話してたん?」
「サイトがシエスタといちゃついてた時から今までずっと」

 ティーカップを置いてサイト、ではなく首にかけてあるマフラーを見る。
 近くで見るとより良い物に見える、普段から編んでたりするのだろうか。

「……見てたの?」
「見てた、なにか進展した?」
「進展?」
「これ、とか」

 右手人差し指を唇に当ててみる。
 そのまま指でなぞって、唇を小さく動かす。

「いやぁ……、行ってないです」

 まぁそうだろう、押しが弱いとか思えなかったりする。
 キスとか、それ以上に進展してたら俺はサイトを褒め称える。
 奥手とかそんなんじゃなく、女の子と付き合ったことの無い恋愛初心者がそこまで行けるか?
 俺だってそんな突き進めなさそうだし。

「まぁ、がんばれ」
「……うっす」

 シエスタはこれから激しくなってくるのだろうか……。
 サイトがなかなか振り向かないからって、ヤンデレ化しないだろうな。
 ……大丈夫だろう、俺は何もしてないし。

 『ルイズ様……、いえ、ルイズ! 貴女が居たらサイトさんが(中略)ですから死んでください!』、何て事にはなりませんように。

 行き過ぎた妄想が現実に成らぬ様、不安になりながら夜は更けていく。
 














 ロンディニウム郊外の寺院、そこの一室に二つの影があった。



 なぜ俺は寝ている?
 目が覚めて、最初に浮かんだ疑問はそれ。
 軋む体を起こし、至る所に巻かれている包帯を見た。

「ん? やっと起きたかい」

 顔を上げれば見知った顔、土くれのフーケ。

「俺は、なぜここに居る」

 風竜に乗って、トリステインの竜騎士を撃ち落していたはずだ。
 なのに、粗悪な部屋で寝ているのか分からなかった。

「なぜ? あんたはあの鉄の竜に撃ち落とされたのさ」

 苦労したよ、闇ルート使ってあんたをアルビオンまで運んだのは、と付け加える。

「鉄の……、あの飛行機械か……」

 言われて思い出す、あの二人が乗る飛行機械に奇襲を掛けて、簡単に返り討ちにされてしまった事を。

「まだ動くんじゃないよ、水のメイジに三日三晩『治癒』の魔法を掛けさせたんだ。 それくらいの重症だったからね」

 辺りを見回し、ベッドの隣に置いてある机の上に置いてあったペンダントを見つけて手を伸ばす。
 が、今一歩の所で届かない。

「そのペンダントを取ってくれ」
「ずいぶんと大切なもののようだね、それ」
「ああ、唯一の物だからな」

 ペンダントを受け取り、ロケットを開いて中を確認する。
 中には肖像画が一枚、美しい女性が描かれていた。

「随分と綺麗な人だね?」
「母だ」
「……母親? あんたは今だ乳離れが出来ないのかい?」

 微妙な笑顔を浮かべ、ワルドを見るフーケ。
 ワルドは眉をひそめてフーケを見る。

「母を思って何か悪いのか? 自分を生んでくれた両親を思うことが何がいけない?」
「……いけないわけじゃないが」
「たった二人の親だ、大事に思わぬほうがおかしい。 それともお前は両親が嫌いだったのか?」
「そんなわけあるかい、大好きだったさ」
「そういう意味では、誰もが乳離れを出来ていないと言う事だ」

 そう言い終えると同時に扉が開き、シェフィールドを従えたクロムウェルが現れた。
 ワルドを見てニッコリと笑い、口を開いた。

「目が覚めたようだね、子爵」
「クロムウェル閣下、申し訳ありません。 二度も失敗を……」
「いや、子爵の責任ではない。 有るとすれば我ら指導部が敵戦力分析を怠った事だろう」
「しかし……」
「気にするではない、如何に子爵が優秀であろうともあれは止められなかっただろう」
「……あれ、とは?」

 疑問を口にして、それに答えたのはシェフィールド。
 前と変わらぬコートをかぶった、表情の伺えない女。
 常にクロムウェルが引き連れるだけあって、何かしらの能力を持っているだろうとワルドは考えた。

「突如アルビオン艦隊上空に光の球が現れ、艦隊を飲み込み、収まった時には全てのフネがやられていたそうです」

 簡潔、平坦な声でアルビオン軍が被った被害を言ってのける。
 無視できぬ損害、一瞬で受けた損害を前にしてクロムウェルは相変わらず笑みを浮かべている。

「その光とは、一体何なのでしょうか?」
「ふむ、おそらくは虚無」

 一撃で艦隊を壊滅させるほどの魔法、そのような凄まじい力が虚無といえど出来るのであろうか?
 一個人でそこまでの精神力を賄えるのだろうか?
 それが出来るのであれば、虚無のメイジは如何に恐ろしい存在か……。

「虚無を扱う余とて、全てを知る訳ではない。 歴史の闇に埋もれる秘密を、トリステインは見つけたのかも知れぬ」
「秘密……」
「その光は、まるで太陽が地上に落ちたかのようだと聞き及んでおる。 それを扱う術を、始祖の祈祷書から見つけたのかも知れぬ」
「それを使って、艦隊を吹き飛ばしたと?」
「恐らくな、それをなしたアンリエッタは今や『聖女』と崇められておる。 それに、そのまま王女へと即位するとな」
「その秘密を知る女王、彼女を手に入れれば国と秘密も手中に収めることが出来るでしょう」

 それを聞いてクロムウェルは笑みを浮かべる。

「そこでだ、余は直々に戴冠のお祝いを言上したいのだ。 何、恋人と道中をともにすれば退屈を紛らわせる事も出来よう、そう思わないかね? ウェールズ君」
「はい」

 ドアを開けて入ってきたのは、クロムウェルによって蘇ったウェールズ。
 生きている人間と見紛うほどの生きる屍。 だがその声、表情は少しの抑揚が無い。

「ぜひとも君の恋人を、我がロンディニウムの城までお越し願いたいのだよ。 頼めるかな?」
「かしこまりました」

 ウェールズは呟いて一礼、頭を下げた後すぐ部屋を出て行った。

「では子爵、聖女がロンディニウムの城にお越し頂き、晩餐会を開いた時には君に出席を願おう」

 ワルドは頷く、それを見届けてクロムウェルたちは退出した。
 その後に、フーケが吐き捨てるように言った。

「下劣だね、あの男。 貴族以前に人としてどうかと思うよ」
「貴族かどうかなど問題では無い、要は掲げる目標を達成できるかどうかだ」
「……そうかい、どんなことにもルールって物があると思うがね」

 同じように吐き捨てて言ったフーケは、立ち上がって部屋を出て行く。

「目的を達成できなければ、意味はない……」

 ワルドはロケットを手に取ったまま、一人呟いた。







 所変わってトリステイン、王宮にてアンリエッタは人を待っていた。
 女王に即位してから朝昼晩と引っ切り無しに来客の応対をしていた。
 その数は以前の倍以上、その上戦時下と言う状況も相まって休みすら挟めないほどだった。
 そんな状況で、これから会う人物のお陰で短いながらも休みと言って良い時間を得る事が出来た。
 部屋のドア、ノックの後に意中の客が到着した事を告げられる。

「通して」

 ドアが開かれれば、桃色髪の少女と黒色髪の少年が立っていた。

「ご機嫌麗しゅう御座います、陛下」

 部屋へ入る前に恭しく挨拶。
 サイトも頭を下げる。
 単なる通過儀礼に過ぎず、王と臣下と言う立ち位置を示しただけに過ぎない。

「下がって宜しい」

 ドアを開けた呼び出し役が頭を下げて退出。
 ドアが閉められ数秒も経たずにアンが駆け寄り、抱きしめてきた。

「ルイズ、ルイズ!」

 ……なんつーか、じゃれ付く犬のような気もしなくは無い。

「アン、立ち話もなんだから座りましょう?」
「……ええ、そうですね」

 部屋の真ん中、王宮だけあって超一級品のテーブルとソファーがある。
 俺とアンアンは向かい合って座り、サイトは俺の隣に座る。

「それで、今日私たちを呼んだのは?」

 アンアンの使者が今朝学院を訪ね、俺とサイトを呼んでいると聞いて授業を休み王宮に来た。
 呼び出した理由はあれしかないわけで、むしろそれしか想像できない。

「……先日の戦についてです」

 これ以外の話題が来たらどうしようと考えてたり。

「先日の戦、ねぇ」

 サイトは隣で錆付いたブリキの玩具の如く、ガッチガチに緊張していた。

「アルビオン艦隊を落としたあの光、あれはルイズが放ったのでしょう?」
「うーん、もっと掛かると思ってたけど、意外に早く調べ上げたものね」

 トリステインにも調査などを専門とする部署もあるだろうが、そこまで優秀だとは思っていない。
 同系統の部門は、ガリアやロマリアが一枚も二枚も上手だから低く見すぎているだけかもしれないが。

「では、やはり……」
「ええ、あれは私たちが起こしたものよ」

 頷く、隠す意味などないから正直に話す。
 原作でもばらしてたし。

「また、ルイズに助けられたわね……。 ラグドリアン湖でも、私の代わりにベッドに入ってくれて」

 3年前のあの日も、今回の戦争でも。
 俺にとっては目論見が有って動いているに過ぎない。
 ……アンアンからすれば、手を差し伸べてくれる存在に違いは無いのだが。

「それで、これが本題」

 始祖の祈祷書、テーブルの上に置いて自分たちが虚無であるとアンリエッタに言った。

「……これは『本物』、私も『本物』でサイトも『本物』。 後は分かるわね? アン」
「ええ、この事は誰にも言わないわ」

 伝説、物語の中でしか語られる事が無かった生きる伝説。
 世界中、トリステインのみならずガリア、ロマリア、ゲルマニアとあの光が艦隊を壊滅させた事は知られているだろう。
 その強大な力が手に届く位置にあるなら、伸ばしてくるだろう。
 敵は外だけではなく内にも居る、私欲の為に使おうとする者は絶対居る。
 むやみやたらに使われてはいけない力、抑止力となるには十二分な物である事は間違いない。

 頷いたアンリエッタはサイトを見て、口を開く。

「ルイズ、彼はどの使い魔に該当するのですか?」
「『神の盾、ガンダールヴ』よ」

 アンリエッタは腕を伸ばし、サイトの左手を取った。

「ガンダールヴ、始祖ブリミルが用いた四の使い魔が一つ……」

 サイトの左手のルーンから視線を上げて、サイトの目を見るアンリエッタ。

「もう一度お願いいたします、ルイズを守る盾であり剣となり、ルイズを守ってください」

 手紙を貰いにアルビオンへ向かうよう頼まれたときと同じ、アンリエッタはサイトへお願いするように言った。
 サイトは頷き、あの時とは少しだけ違う回答で答えた。

「はい、必ず守って見せます」

 力強く頷くサイト。
 原作通りの力を備えてほしいものだ。

「ありがとうございます、やさしい使い魔さん」

 なんかドレスのポケットを弄り、中から宝石や金貨を取り出してサイトに握らせた。
 指輪とかはポケットに入れとかないで、宝石箱に入れとけよ……傷付くだろ。
 そんな事を思いつつ、「こんなに受け取れません!」「そう仰らずに!」と押しつ押されつつ譲らない二人を嗜める。

「そんな漫才してないで、さっさと次の話に行きましょ」
「まんざい?」
「……滑稽な問答を演じている二人の事よ」

 つまらなくて苦笑されている若手芸人みたいな二人。
 実は俺、そういうの嫌いなわけで。
 そんな場面だったらすぐテレビのチャンネル変えるわ。

「アン、私たちに話したい事はこれだけじゃないでしょう?」
「──本当にルイズは鋭いわね!」

 アンリエッタは部屋の一角に置いてある机に駆け寄り、羽ペンを取って羊皮紙に走らせる。
 書き終えて羽ペンを振れば、王のみが使える花押が羊皮紙に打たれた。

「ルイズ、これを」

 羊皮紙に書かれていた内容、トリステイン国内全てへの通行許可と、国内全ての公的機関の使用許可。
 国内のどこかへ移動するなり、警察を含む国が管理する施設などを利用出来ると言う事。
 これを見せて一声発すれば、それはアンリエッタ女王の命と同じものとなり断る事が出来無くなるわけだ。

「今後もルイズに頼る事になるかもしれません、その時に貴女が好きな様に動けないのでは意味がありませんから」
「可能性は有るかもしれないわね、勿論最初に『自分で考えて』から相談してね?」
「ええ、……その、私では手に負えない事件が持ち上がった時には相談させてもらいます」

 一国の女王が解決できない事件って、半端じゃなく大きいよな。
 幾ら虚無とは言え、出来る事と出来ない事はあるさ。

















 アンアンとの面談も終わり、さぁ帰ろうとなって馬車が無い事に気が付いた。
 ちょっと待てよ、帰りの馬車は無しかよと愚痴を零す。

「仕方ないわね……、街でも見て帰りましょうか」
「歩いて帰るの?」
「なわけないでしょう、帰りには馬車でも借りるわよ」

 あるいてかえるだなんて とんでもない!
 足が棒になるぞ。

「戦勝祝いで賑わってるし、面白い物でも見つけられるかも」

 振り返りざまにサイトを見る。
 「う、うん……」と小さく呟くサイト。
 それをおかしく思い、少しだけ笑った。

「それにしてもこの感じ、懐かしく感じるわ……」
「そうだなぁ、縁日の祭みたいだ」

 神社の境内に並ぶ露天や屋台。
 大きなたこ焼きや甘い綿菓子やべっこうあめ、くじ引きなんかもあって人が溢れ返る光景。
 どれもが少し値段が高くて、それでも子供のころは欲しい欲しいと親にせがんだものだ。

「行きましょう、突っ立ってても面白くないわよ」

 サイトはそれに頷いて、隣に付く。
 日本の祭と差ほど変わらない、人種の違いは有るものの特有の熱気が日本に居た時の感覚を思い出した。

「ほんと、懐かしいわ」




 そう呟き隣に歩くルイズの顔は、どこか遠くを見るような視線。
 日本の事を思い出してるんだろうか、その表情がとても切なく見えた。
 いきなり見知らぬ場所へ、それも自分ではない人間になった。
 それがどれだけ恐ろしい事か、自分はまだ良い。
 そりゃあ右も左も分からぬ異世界に無理やり召喚されたが、故郷を知る少女が必ず送り返してやると言ってくれた。
 だが、ルイズはそうではない。

 たった一人で、強制的に移動させられて一人。
 周りは知らない人ばかりで、日本と全く価値観が違う世界で十年以上も過ごした。
 孤独と言っても良いんじゃないか?
 俺が同じ状況になったらどうしていただろうか、有り得ないと否定して逃げたりしていただろうか?
 それに我慢して過ごしても、帰れないと分かったら……。
 怖いと思った、知っているだけなんて慰めにもならないんじゃないかとそう思った。

「なぁ、ル……」

 隣を見て、言葉が途切れた。

「……あれ?」

 さっきまで隣にいたルイズが居ない。
 はぐれた? 辺りを見回してもあの桃色の髪が見当たらない。

「ルイズー?」

 駆け足で走る、こう言う場合ってどっちが迷子になるんだろうか。
 そんな事を考えて走り続ければ、桃色の髪と紺色のマントを羽織った少女が見えた。
 その隣、男がルイズの腕を掴んでいた。
 それを見た途端、体が軽くなって気がした。
 素早く駆け出し、ルイズを引っ張ろうとした男に迫り、掴んでいる腕を止めた。

「遅いわよ」
「ごめん、考え事してたらはぐれちまった」

 男の腕を掴んだまま、ルイズを見た。
 いつもと変わらぬ表情、安堵や落胆ではない、平坦な表情だった。

「ああ!? ガキは引っ込んでろ!」
「その手、離せよ」

 振り返りながら男へ向かって言った。
 昔ならすぐに引っ込んでいたかもしれない、こんな怖い顔をした男に凄まれたら逃げてただろう。
 だが、今ではこの程度なんて事は無い。
 『本物の恐怖』、ワルドの殺気やあの時ルイズが居なくなってしまうと言う恐怖感に比べれば屁の河童。
 小さい子供が睨んできている程度にしか感じなかった。

「離せよ」

 もう一度言って、左手に力を込める。
 右手はすぐにでも剣を握れるよう軽く開いておく。
 男は俺と、背中に担ぐ二本の剣を見る。
 その後舌打ちしてルイズの手を離す、それを確認してから俺も手を離した。

「おい、行くぞ」

 他の傭兵仲間を促して歩き去って行った。
 その後、カタカタと震えてデルフが喋った。

「流石は相棒、かっこいいねぇ」
「うるせーよ」
「良いんじゃない? 颯爽と現れるヒーローで」

 少し笑ってデルフに同意するルイズ。
 そう言われると照れてしまうサイトであった。






 傭兵達とのいざこざの後、面白いものは無いかと二人で歩き回って居た。
 その中でほぼ同時に足が止まる、二つの視線は露店へ注がれていた。
 露店に置かれているのは剣や鎧、盾とか時計に帽子など。
 アルビオン軍からの分捕り品、捕虜から回収したものを流した品。
 
「お客さん、お目が高いねぇ。 これはアルビオンの水兵服でして……」

 どう見てもセーラー服、セーラーの日本語訳が確か水兵だった気がする。
 つまり……、これで勝つる!(欲望的な意味で)。

「……似合いそうね」
「うん……、え?」

 セーラー服は黒目黒髪の人が着ると似合うと思うんだ。
 たとえばシエスタとか、思い切り日本人ではない俺が着ても、まぁ微妙だろう。
 ゲームではルイズが着てたが、あまり似合ってなかった気がする。
 外人チックなルイズにはセーラー服より、ブレザーとかの方が似合うと思う。

「似合いそうだと思わない? シエスタに」
「……すごく……」

 深く、強く頷く。
 これは買いだ、絶対に買いだ。
 買わなければ損をする、絶対にだ!

「店主、買うわ」
「へ、へぇ、三着で一エ」

 言った時には、店主の前に金貨が落ちた。
 クイックドロー、まさに銃の早撃ちの如く金貨を抜き取って放った。

「ふふ、帰ってからが楽しみだわ」

 ニヤリと笑って、水兵服を手に取る。
 サイトも笑い、数日中に見れるだろう光景を想像していた。
 それを見ていた露店の店主は。

『よく分からない、何か危険なものを見た気がする……』

 と酒場で語っていたそうだ。



[4708] おさらいです 26話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/01/20 03:36

「シエスタは居る?」

 厨房を開けて入ってきたのは二人、ルイズとサイトだった。

「ルイズ様? 一体どうしたんでさぁ?」
「マルトー、シエスタはどこ?」
「シエスタ? シエスタは今洗濯物を取り込みに」
「ありがと、行くわよ」
「おう!」

 厨房の中に入る事はせずに勝手口のドアが閉められ、二人は出て行った。

「どうしたってんだ?」

 マルトーは何かあったのかと、首を傾げていた。











タイトル「合法で犯罪」












 歩く、いつもの洗濯物を干している場所へ。
 サイトの手には袋、その中に街で買った水兵服が入っている。

「居るかしら」

 遠目に見える広場の一角に、多数の洗濯物を干しているのが見えた。
 複数のメイドが洗濯物を取り込んでいる、その中に夕焼けの赤い光を受ける黒髪の少女が見えた。

「おーい、シエスター!」

 サイトが手を振って呼びかける、その名前の持ち主が手を止めて振り返った。
 駆け寄るサイトと笑顔で迎えるシエスタ、とても青春してるな。
 うんうんと頷いていれば、視線に入る他のメイドたち。
 素早く洗濯物を収納していく中で、もたつくメイドが一人。
 言えば動きが悪い、歩き方もどこかおかしい。
 メイドの一群に歩み寄り、俺に気が付いたメイド達が目に見えて動きが悪くなる。

「そこの貴女」

 名前が分からないので指差し、先には幼さが残るメイドだった。
 夕日に照らされているため正確な色は分からないが、茶色に金色を混ぜたような合色。
 前髪は揃えられていて、腰には届かない後ろ髪を結んでいる。

「は、はいぃ!」

 跳ね上がりそうな勢いで驚き、頭を下げた。
 顔、胸、腰、足と見やれば中々に可愛い子。
 背は俺よりも高い、150以上160未満位だ。
 よくよく見れば、少しだけ揺れていて立ち方すら安定していない。

「その足、どうしたの?」
「あ、足? べ、べつにどうもしてません!」
「ル、ルイズ様! この子はですね……」

 年長の、と言っても二十歳に届いていないメイド。
 厨房で見た事あるメイドが庇う様に間に割って入ってくる。
 何々? あれが来ているから今日は少し調子が悪い?

「……嘘おっしゃい」
「貴族様に嘘など付けません!」

 そのメイドの後ろで震えるメイド。
 『あれ』とは女の子特有のもの、男の金的のように女の子しか分からない痛みだ。
 人によっては恐ろしく痛むそうだが、この子の場合は何か違う。
 主に腹部にくるはずの痛みなのに、なぜ足を引きずるのかと疑問に思った。
 つまり、このメイドはあれではなく、何か別の事で辛い状態になっている訳だろう。

「どうもしてないなら、私の前で歩いて見せなさい」

 それを聞いて顔を引きつらせる年長のメイド。
 後ろで震えるメイドに振り向き、肩に手を置いて小さな声で語りかけている。

「──……─……ね、……─って」

 涙目で頷き、歩き出すメイド。

「………」

 先ほどより歩き方に違和感がなくなっているが、その顔は酷いものだった。
 思い切り顔を顰め、何かを我慢しているような表情。

「全然問題は有りません、貴族様」

 無理やりくせぇ凌ぎ方。
 一時しのぎにも無理がある、どう見たって苦しそうなのは明らか。

「問題ねぇ……、こっちへ来なさい」

 ゆっくり歩み寄ってくるメイド、俺より年が下だろうか。
 まぁ失礼だが、現物を見つけたほうが早そうだ。
 俺の2メイルほど手前で止まるメイド。

「スカートを捲りなさい」
「………」
「ル、ルイズ様!」
「早く!」

 怒鳴り付けるように言えば、一度だけ大きく震えてスカートに手をかけた。

「ルイズ様、お願いします。 どうかお止めになって下さいませ!」

 年長のメイドが膝を付いて、両手を組んで頭を下げる。
 だが、俺は止めてやらない。

「どうか、どうかお願いします!」
「駄目よ、さぁ捲りなさい」

 何度も懇願してくる年長のメイド。
 それを一蹴して、急かした。
 震えながらもゆっくりとスカートを捲くるメイド。
 すね、ふくらはぎ、膝と順に見えていく中、太ももに差し掛かれば肌の色とは全く違うものが見えてきた。
 白のドロワーズ、かぼちゃパンツでも通じるだろう膨れた下着。

「……そのままよ、動いちゃ駄目」

 そう言って一歩前進、膝を付いてスカートの中を覗く。
 本来白一色であるはずのドロワーズは、太もも辺りが赤黒く変色していた。
 ドロワーズの下、巻かれている包帯も見え、それも変色している。
 まさか一日中このままで動いてたわけじゃないだろうな……。

「包帯はいつ替えた?」
「あ、朝です」
「新品よね? 使い回しではないわよね?」
「は、はい」

 どれだけの出血量だこれ、こんなに赤くなるまで放って置いたのか?
 貧血とか起こしても不思議じゃない位、痛みもあるだろうし我慢し続けてたのか。
 よく見れば包帯の下の凹凸が大きい、皮膚が破れてたり肉が見えていたりするかもしれない。

「下ろして良いわ」

 手を離してスカートが普段の位置まで戻る、よく見ればスカート部分に黒ずみ。
 エプロンには付いていないが、凝視しないと分からない程度に血が付いている。

「貴族に叩かれたわけ?」
「……はい、貴族様にぶつかってしまって」
「メイド長はこれを知ってるの?」
「……いえ」

 やりすぎだろう、馬鹿どもが。
 ぶつかっただけで皮膚が破けて肉が抉れるほど叩くって、常識的に……ああ、これが詰まらん貴族の常識か。
 よほどイラ付いてたか、平民だから問題無いだろうと叩いたのだろう。
 しかも両足、太ももが酷い事になっている。
 そいつを見つけ次第ぶん殴る……、とは行かないな。
 報復の報復をこのメイドにしてくるかもしれんし。
 いや、『私のお気に入り』に手を出したと嘘の理由付けてぶん殴るのもありかもしれん。

 この学院の貴族の9割以上がラ・ヴァリエール公爵家より格が低い家柄。
 簡単に『ゼロのルイズ』と蔑んでいるが、もしそれが御父様の耳に入れば間違いなくその家に抗議の文を送りつけるだろう。
 『家の娘を馬鹿にするとは良い度胸だな、そっちがそういう事言うなら考えがあるぞ?』とか。
 親馬鹿の極みみたいな御父様だからなぁ、本当にやりかねん。

「お願いします、ルイズ様! この事は誰にも……」
「駄目よ、きっちり報告するわ」
「そ、そんな! どうかご容赦を!」
「駄目ったら駄目、きっちり暇を貰いなさい」
「お願いします! どうか、どうか!」

 怪我をしているメイドはぼろぼろと涙を流している。

「貴女達、この子が居なくても仕事は出来るわね?」

 冷ややかな視線、それを向けながら返事をするメイドたち。
 この問答に気が付いたサイトとシエスタが走りよってくる。

「ルイズ様、これは一体?」
「この子に暇をあげるだけよ」
「お願いします! 何卒!」
「何度もうるさいわねぇ、駄目だってさっきから言ってるでしょ」
「暇……、誰をですか?」
「その子」

 指差したメイド、変わらず泣いている。

「如何してですか? この子が何を……」
「サイト、後ろ向いてなさい」
「あ、ああ」

 振り向いたのを確認して、怪我しているメイドのスカートを捲った。

「これじゃあ、仕事できないでしょう?」
「……ひ、酷い」

 シエスタはそれがどういう状況なのか理解した後、反射的に視線をそらした。
 包帯の下はグロテスクな状態になってるかもしれん。

「だから暇を出すの、分かった?」
「理由は分かりましたが……、ですが行き成り暇を出すのは」
「これ以上悪化したら、足を切り落とさなくちゃいけないわよ? それでもこのままで働かせたいの?」

 足を切り落とす、その言葉だけで周囲の声が途絶える。
 怪我して泣いているメイドも泣き止んだ。
 この世界で身体障害者になるのは恐ろしく大変な事になる。

 この子の怪我が悪化して足を切り落とす羽目になり、実家に帰ることになるとしよう。
 この子の実家が貧乏だったら? まぁ大体は食い扶持減らすために捨てられたりするかもしれない。
 そうでなくともあまり良い目にはあわない、足を使わない仕事なんて数えるほどしかないし。
 その仕事も健全者で埋まってるだろう、十中八九家族のお荷物になるわけだ。
 現代日本じゃそういう人たちの手助けをする政策もあった気がするが、ここは貴族至上主義のハルケギニアだからそんな物はない。

「分かるわよね? このままじゃ彼女は好い目にあわないわ、だから暇を出すの」
「えーっと、もういいか?」

 サイトが声で割って入る。
 それを聞いてスカートの裾を手放す。

「いいわよ」
「……どうなってんだ?」

 振り返って聞いてくるサイト。
 事のあらましを説明してやる。

「この子が足に怪我してるのよ、結構酷いから治しなさいって言ってるのに嫌がってるわけ」
「足を切り落とす位酷いのか?」
「そうね、少し放置すれば切り落とさなくちゃいけなくなると思うわ」

 数日もすれば膿とか湧いてくるかもしれない。
 包帯を巻いただけで除菌とかしてないだろうし、そもそも医療用薬剤が差ほど発展していないハルケギニア。
 魔法であっさり治せるから発達など全くしてない、万能ゆえに停滞を招く。
 発展、発達が異常なほど止まっているこの世界。
 ハルケギニア六千年の歴史、この地名が出来上がった頃から差ほど変わっていないらしい。
 幾ら万能とは言え、文字通りの異常。

 たまたま進化しなかったのか、何か理由があって進化できなかったのか。
 闇の中にある真実ゆえに暴けない。
 真実を知るなら元の世界に戻って原作でも読むか、自力で探るか。
 どちらにしても、今は極めて難しいが。

 ……話はそれたが、高い給金をもらえるここのメイドたちでも簡単に手が出せない薬品。
 その上、学院に置いてある薬剤はほぼ全てが貴族の為だけに使われる。
 故にここの平民は、傷口を水で洗ったり包帯を巻く程度しか出来ない。
 治療するならば街で買ってくるしかない。

「ならさっさと病院とか行った方が良いだろ」
「でしょう?」

 何を愚図る必要があるのか、足を失ってもいいのか。
 俺とサイトはなぜそんなに嫌がるのか分からないといった感じで首を傾げる。

「サイトさんまで……、どうにかならないんですか?」
「だから、今どうにかしようって言ってるんでしょ」
「つーか、何でそんなに嫌がってんの?」
「それは嫌がりもします、解雇なんてされたらとても困りますから」
「……解雇? 何で解雇する必要が出てくるのよ?」
「だって、こんな怪我してたら……」
「別に治してから戻ってくればいいじゃない、こんな怪我解雇する理由にならないわよ」
「……え?」

 なぜそこで驚く、そりゃあ貴族にぶつかったのは運が無いが。
 全てこのメイドが悪いわけじゃないだろ。

「こんな足で仕事なんて出来ないでしょうから、怪我を治してきなさいって言ってるのよ? どこで解雇するなんて事になったのよ」
「え、ルイズ様が『暇を出す』って……」
「暇でしょう? 休暇の事を言ってるのよ」
「………」
「……?」
「暇って、首にするって意味なかったっけ?」

 ……それか!

「解雇に何てさせないわよ、言い含めておくからしっかり治してきなさい。 いいわね?」

 またボロボロ涙を流しながら頷くメイド。
 この学院に勤める平民が貰う給金は、他の場所で働くより遥かに高い。
 例としては料理長であるマルトー、そこらの下級貴族より多く貰っている。
 そんな高い給金をもらえるこの職は、当然就職倍率が何十倍にもなっている。
 基本有能、よく働く者を選ぶに当って勿論病気や怪我している者は即座に跳ねられる。
 仕事中も例外ではなく、すぐに治らない怪我を負えば簡単に首になるらしい。
 つまり歩くだけでも苦痛を伴う怪我をしたこのメイドは、すぐに首になってもおかしくないからあんなに懇願してきたのか。

「もし首にされたなら言いなさい、その時は色々用立ててあげるから」

 クビにさせないって言っときながら、クビにされたんじゃ色々恥ずかしい。
 少なくとも使えると判断されて、この学院へ奉仕に来ているのだろう。
 どっかのそこまで平民を酷く扱わない屋敷にでも推薦状だせば一発、こう言う時にラ・ヴァリエールの名が役立つ。

「それとこれ、治療費に当てなさい」

 一言治療してもらえ、ではすまない。
 こんな怪我治癒の魔法を使わなきゃ完治するまで数ヶ月掛かるだろうし、そんな長く通院してる暇などないだろう。
 金渡してさっさと治してもらったほうが、この子にとって都合が良いだろうし。

「それで足りる?」

 サイトがそう言いながらポケットから、アンアンに貰った金貨を差し出す。

「そうね、秘薬の相場幾らだったかしら」

 最高級のものは数千エキュー、一番安い物でも数十エキューしたはずだからちょっと足りないか。

「借りるわね」
「いや、デルフ買った時の借りも有るし」
「あれは私が好きでしたんだから、気にしなくていいわよ」

 サイトの手のひらにある金貨を取り、メイドに握らせる。
 こう言う偽善の自己満足は金が有ってこそ、たまにはこんな気分に浸るのも悪くないだろう。

「しっかり治しなさい、良いわね?」
「あ、ありがどうございまず!」
「ほら、そんなに泣かないの」

 ハンカチを取り出して涙を拭ってやる。
 ったく、何でこの世界の女性はやたらと可愛いんだ?
 勿論、心は女なスカロンとかは除くぞ。
 と言うか泣き過ぎ、ハンカチが重くなってきた。


















タイトル「散財は金持ちの特権、だと思う」


















 怪我しているメイドがようやく泣き終わって、自室に戻ってみればタバサがドアの前に座り込んでいた。
 その隣にはなぜかキュルケ。
 拙ったな、すっかり忘れてた。

「ごめんね、タバサ。 色々やってたら遅くなっちゃったわ」

 アンアンに呼ばれて馬車で王都まで、面談終了で街を散策。
 水兵服をゲットして、シエスタに手渡し。
 そこで怪我しているメイドを見つけて治して来い。
 そして夕暮れ過ぎちゃった。
 
「なんて心の中で言っても意味は無く……」
「ちょっとルイズ、遅いわよ」
「……? 何でキュルケが居るの?」
「居ちゃいけないの?」
「ええ」
「……言ってくれるわね」
「それで、何か用?」
「タバサが珍しい物を食べるって聞いてね」
「相伴にあずかろうって訳ね」
「平たく言えば、そう言う事ね」

 失念、タバサとキュルケはセットだったのを忘れてた。

「食堂のものほどじゃないわよ?」
「簡単に済ませるの?」
「違うわ、食堂で出される料理は嫌いじゃないけど、毎日食べるような物じゃないし」
「だからいつも食堂に居ないのね」

 食堂の料理は豪華絢爛で、カロリーが凄そうなものばかり。
 ここの貴族の大半は血中コレステロールが酷い事になってそうだ。
 動脈硬化とかで死んでる人多いんでないか?

「あれ位普通でしょう?」

 タバサが同意して頭を縦に動かす。

「……そう、だから脂肪が胸に行くのね……」

 キュルケを除く、3人の視線がキュルケの胸に集中。
 バインバイーン、何時も通り揺れてるな。
 俺だって巨乳に……、ロリ巨乳……?
 その方面の人たちには嬉しいだろうが、俺は薄い方が良い。
 何か似合わなさそうな感じがする、小さい体にでっかいもん付けても色々不都合が出そうだし。
 ちい姉さまが咳をしながら『胸のせいで肩がこっちゃって……』と言っていたのを、姉さまが聞いて凄まじい視線を胸に送っていたのを思い出した。
 ……でかけりゃ良いってモンじゃないな、うん。

「必要な分しか作ってもらってないから、キュルケの分はないわよ?」
「すぐ作ってもらえばいいじゃない」
「なら自分で言ってきなさい、面倒な事を人に頼むんじゃないわよ」
「しょうがないわねぇ……、フレイム!」

 キュルケが自分の使い魔を呼ぶと、キュルケの部屋からヒトカ……よく見れば一つ上に進化したポケ○ンか。
 頭に紙と羽ペンを……どうやって乗せた?
 それを受け取って素早く紙にペンを走らせる。

「これ、厨房までお願いね」
「きゅるる」

 ぽんと頭に紙を乗せてフレイムを送り出す。
 のそのそ歩いていくフレイム、その後に考えた。
 風で飛んでくだろ、常識的に考えて……。

「さぁ、これで良いわね」

 キュルケは杖を振り、人の部屋の鍵を開けようとする。
 その腕を掴んで制止、鍵持ってる本人が目の前に居るのに魔法で開けようとするなよ。

「他人が自分の部屋にずかずか入り込むのって、どう思う?」

 威圧感を持たせるよう、ニッコリと笑って問いかける。

「……それは嫌よね」
「でしょう?」

 キュルケの腕を放し、鍵を取り出して開錠。
 座ってタバサと天ぷらの話をしていたサイトが立ち上がって後に続く。

「部屋に届くから待ってましょう」






 と十数分待っていれば、ドアがノックされる。
 ドアを開ければサービスワゴンを押すメイドが数人、それに乗せられディッシュカバーを被せられた料理。
 素早くテーブルの上に乗せられる中、二人前しか乗せられないテーブルに気が付いた。

「……ワゴンの上に置いてて良いわ、二人はテーブルで食べてちょうだい」
「良いの?」
「お客様なんだから、ワゴンで食べさせるわけには行かないでしょ」

 サイトと隣り合ってベッドに座る。
 ディッシュカバーを開ければ、綺麗な黄金色の揚げ物。
 さすがマルトー、以前より上手くなってやがるぜ。
 揚げ物の内容は、川エビをメインとした野菜や鶏肉と計6種類ほど。
 個人的には日本の白飯も欲しいが、稲が無いので当に諦めた。
 似たような穀物は有るらしいがまだ炊いた事は無い、今度炊いてみよう。

「これがてんぷらって奴? 変な色ね」
「そう思うなら食べなくて良いわよ」
「冗談よ、……油で揚げてあるのかしら?」

 箸を手に取り、天ぷらを掴んで小皿に入った塩に付けて頬張る。

「美味ぇ、こっちに来てから天ぷらを食えるとは思わなかった」

 箸を使って齧り付き、半分涙目で咀嚼するサイト。
 まだ1ヶ月も経っていないのに……。

「へぇ、結構美味しいわね」
「素材が生きている」

 ナイフとフォークで食べるキュルケとタバサ。
 エビを切り分けて食べるのは分かるが、一口サイズの野菜はどうかと思うよ。
 パクパクと好評なようで、タバサがあっという間に食い尽くした。

「………」

 タバサはナイフとフォークを置く。
 だが、視線はキュルケの天ぷら一直線。
 まるでネコじゃらしを見る猫のよう、まさに釘付け。

「………」

 見られている事を理解しつつ、何も語らず食べ続けるキュルケ。
 すごい精神力だ……。
 恐らく、今のタバサの瞳は魔眼級。
 視線が交差したときには食い物を差し出してしまう強制力を持った『誓約』!
 今のキュルケにタバサの存在は見えていないだろう、天ぷらに夢中と言うわけではなく意図的に遮断していると見た。

「………」

 これが『友情』の力か……。
 一度も獲物から視線を離す事無く、食い入るように見続けるタバサ。
 そこまで気に入ってもらって、日本人(心だけ)として嬉しいよ。
 だが残念だけど、それ以上は無いのよ。
 箸を握りなおし、天ぷらを掴もうとして。

「──ッ!」

 タバサの視線と交差した。
 恐るべき速度、視線を逸らす事すら許さないタバサの首旋回能力。
 その蒼い瞳の奥、獲物を捕らえたと言う確信の光が宿っていた。

「………」
「………」

 サイトも感じ取ったのだろう、決して視線を上げずに天ぷらだけに集中していた。

「……食べる?」
「……食べる」

 箸で掴んでいたのははしばみ草の天ぷら。
 持ち上げて構えた。
 対するタバサは椅子から立ち上がり、数歩で俺の料理が置かれたワゴンの前に立った。
 少しだけ屈んで、ゆっくりと口を開ける。

「………」

 タバサの顔が近づく、箸を近づける。
 あと10サント、7サント、5サント、2サント。
 そして、カチリと歯と歯がぶつかり音が鳴った。

「「ぶっ」」

 タバサの口に入る寸前、天ぷらを挟んでいる箸を引いた。
 口に入ると思っていたタバサは、容赦なく噛み付こうとしたが。
 俺の巧妙な策略によってはしばみ草の天ぷらを味わう事が出来なかった。
 その音を聞いた二人、サイトとキュルケが噴出しそうになって顔を逸らした。
 キュルケは肩まで震わせて我慢している、サイトも左手で口を押さえている。
 こんなに簡単に引っかかるとは思いもしなかった、サイトたちもこんな光景になるとは思ってなかっただろう。

「そこじゃ食べにくいでしょう? ほら、こっちにいらっしゃい」

 自分の隣を左手で軽く叩き、座る事を勧めた。
 恥ずかしいのか、ほんのり頬を染めたタバサが隣に座る。

「はい、あーん」

 じぃーっと、口を開けずに見つめてくるタバサ。
 また同じ事をしないか危惧しているのだろうか。

「あら、要らないの? 残念ねぇ」

 箸先が方向転換、タバサではなく自分のほうに向ける。
 タバサの視線が一瞬天ぷらに向き、すぐまた戻る。

「……いる」

 ……可愛いねぇ、おたく可愛い過ぎるよ。
 箸を再度タバサに向けて、口の中に入り込んだ。
 モグモグ、餌付けみたいでいいなこれ。
 モグモグモグモグ。
 モグモグモグモグモグモグ。
 モグモグモグモグモグモグモグモグ。
 天ぷらは全てタバサの胃袋に収められて、俺の分が全て無くなった。
 お腹は空いたまま、だが心は暖かい夜を過ごせた。


















 翌日、俺達は更なる至福を味わう事となった。

 ああ、世界はこんなにも眩しい……。
 このような幸せが有っていいのだろうか?
 世界が俺たちを祝福してくれているようだ。

 俺は膝を着いて蹲り、サイトは這いつくばっている。
 二人で作り上げた芸術品を見て、また悶えるのだ。
 
「ね、ねぇシエスタ……」
「な、何でしょうか?」

 顔だけを何とか上げて、シエスタを見つめる。
 多少引きつりながら笑顔を見せるシエスタに、また悶えそうになるが。
 何とか抑えて要望を一つ。

「くるりと、回ってはみてもらえないかしら?」

 ガバっとサイトが顔を上げシエスタを見た、その瞳はギラギラと輝いている。
 希望に満ち溢れ、煩悩に塗れたキレイな瞳。

「回った後に『お待たせ!』って元気よく言ってみてくれ!」
「待ちなさい! それは危険よ!」
「危険? それがどうしたって言うんだ!」
「戻れなくなるわ! 別の、もっと安全な──」
「いいや! 俺は進むと決めたんだ、危険な道を!!」
「サイト……、貴方がそこまで言うなら……!」 



 そんな問答をするルイズ達を見るシエスタは引いていた。

 昔母に聞いた『関わってはいけない人』の人物像に、ルイズとサイトが重なるのだ。
 しかし、この二人は恩人。
 その願いを無碍にはしちゃいけないと良心が囁いた。
 そんな考えをしていたシエスタに、二対の瞳が射抜く。

「さぁ! くるっと回って『お待たせ!』と!」
「は、はい」

 急かされ頷き、つま先を支点として一回転。

「お、お待たせっ!」
「NO! 違う! ちがぁーう!!」
「ひっ」
「サイト! もっと優しく言いなさい! 相手は美少女なのよ!!」
「うっ、ごめん……」
「……さぁシエスタ、幼馴染を待たせた時のように言って御覧なさい」
「は、はい」

 何か慈愛に満ち溢れたような笑みで言うルイズ様。
 言われた通り、自分が遅れてきて謝るシーンをイメージ。
 そして、くるりと回り、スカーフが踊って、スカートが舞い上がる。

「お待たせ!」
「ガッ!」
「ウグッ!」

 その言葉を聴いた二人が倒れた。
 ピクピクと、まるで痙攣しているかのように震えていた。
 倒れた二人、そんな中でもサムズアップした手を向けられていた。

「だ、大丈夫ですか!?」

 駆け寄ろうとして、制止された。

「大丈夫……よ、ちょっと感極まっただけだから……」

 震えながらも起き上がるルイズ様。
 まるで生まれたての小鹿のように震えていた。




「大丈夫、大丈夫よ。 ええ、問題ないわ」

 とても恥ずかしそうなシエスタ、その顔は赤くなっているのが分かる。
 たかがセーラー服を着た女の子、そう思うのは無粋。
 確かにただの女の子がセーラー服を着て、回っただけならここまでならない。
 シエスタに渡した水兵服、試行錯誤の結果、理想を極限まで詰めた一品。
 上着とスカート、両方の丈を極力詰め、シエスタが動く度にへそと、下着が見えそうな位置までスカートが舞うのだ。

 震えるほど悶えたのは、そんな高威力セーラー服を着ているシエスタが『美少女』だからだ。
 シエスタの容姿は間違いなく美少女、十二分にカテゴリーに入る。
 スタイルもかなり良く、そんな女の子に『お待たせ』なんて言われてみろ。
 女っけが無かった俺達は震えたくもなる。

「落ち着け、大丈夫だ、問題なんてありゃしない……」

 自制しているような呟きをしながらサイトが起き上がる。
 これほどの威力、世の青少年にとっては猛毒なんじゃないか?

「ふぅー……、大丈夫、まだやれる」

 この程度で悶えるなどと、何と程度が低いと自分を一喝。
 まだ時間はたっぷりある、焦る必要などどこにも無い。
 
「ふ、ふふ、次は何をしてもらおうかしら」

 ニヤリといった擬音が似合う笑みを浮かべてシエスタを見る。
 サイトも同様の笑みを浮かべてシエスタを見る。
 そんな二人に見られるシエスタは後退った。

「ま、待ちたまえ!」

 無粋、本当に無粋ったらありゃしない声が制止を掛けてきた。
 声がする方に振り向けば、気障男とマゾ豚が不自然な歩き方でやってきた。

「シエスタ、サイトの後ろに」
「は、はい!」

 サイトに飛びつくようにして、シエスタはサイトの後ろに隠れる。

「今のはなんだね? 今のは、今のは一体なんだね!?」

 震えながら言うギーシュと、隠れているシエスタを指差すマリコルヌ。

「今の服はけしからんぞ! まったく持って! けしからんゾォ!」
「こ、ここここんな!? もっとよく見せたまえ!!」
「これはききき、危険すぎるぞ!!」

 ふらふらと危うい足取りでサイトへ近づいていく二人。
 接触などさせるものか!

「そこまでよ」

 立ちふさがり、二人の足を止める。

「これ以上進むなら、それ相応の覚悟をしてもらうわ」

 その声にハッ、と正気に戻った二人。

「じゃ、邪魔をしないでくれたまえ!」
「そっちが邪魔なのよ」

 腰に手を当て、睨むように見据える。
 大切な時間を邪魔しよって、無事ですむと思わないことだな。

「ル、ルイズ! あの衣装は何なんだ! 脳髄を直撃するような! あの! 危険な!」
「俺の故郷の夢が詰まった代物さ、脳髄を直撃してもおかしくないぜ」

 サイトが代弁する、これは俺達の故郷の魅惑の魔法が掛かっている。
 着る者の美しさを際立たせ、当人が美人であればあるほど効果が増すという危険極まりない代物。
 実際俺達は脳髄に甚大なダメージを負った。
 これは危険すぎる、男の夢と希望的な意味で。

「これをモンモランシーにでも着せる気?」
「ああ、何としても……着てもらう!」

 握り拳を作り、頼んでもいないのに宣言するギーシュ。
 モンモンが着ても似合う事は似合うだろう、シエスタよりは下だろうが。

「ギーシュ! モンモランシーが着ているとこを僕にも見させてくれ!」
「断る! モンモランシーの可憐な姿を見ていいのはこの僕だけだ!!」
「殺生な! 頼むギーシュ!」

 何か喧嘩し始める二人。

「行きましょ、付き合ってられないわ」

 二人を放って置き、サイトとシエスタを促す。
 ギーシュにセーラー服をやれば、モンモンが着させるだろう。
 マリコルヌにやったら、自分で着ると言うどう考えても危ない人にしか見えない事をするし。
 いっそのことタバサとかに着せたほうが良い、食事で釣って着てもらうか……?

「ま、待ちたまえ! ゆずってくれ たのむ!」
「な なにをする きさまらー!」

 飛び掛かってくるギーシュとマリコルヌを避け、一着だけ反対側に放り投げた。
 二人はまるで飢えた犬、地面に落ちたセーラー服を拾おうとして走り出した。

「マリコルヌ! その手を離せ!」
「離したら僕にも見せてくれるか!?」
「断るといっただろう!」
「だったらこの衣装はやれん!」

 何か取っ組み合いの大喧嘩になってきた。
 お互いセーラー服に手をかけ、破れない程度に引っ張り合う。
 ……そこだけは手加減するのね。
 だが一分もしないうちに決着、ギーシュが勝利を掴み取った。

「やったぞ! これをモンモランシーに!」

 セーラー服を抱え、走り去るギーシュ。
 走り去る前に、俺に礼の一つ位言っていけよ。
 争奪戦に負けたマリコルヌは地に転がっていた。

「これは……ひどい」

 彼女を持つものと持たざるもの、断崖絶壁のような溝があった様だ。
 地球のマリアナ海溝ほどの、巨大な。

「シエスタ、あまりにもあれだから少しだけ笑いかけてもらえないかしら?」
「え、あ、はい」

 少しだけ嫌そうなシエスタ、その気持ちは分かるが哀れすぎて目尻に涙が浮かびそうになった。
 近寄り倒れ伏すマリコルヌに、やさしく声を掛けたシエスタ。

「あの、貴族様……。 そのように落ち込まず元気をお出しください」

 微笑みかけ、マリコルヌの顔を覗くシエスタ。
 その微笑みを見たマリコルヌは。

「……可憐だ」

 そう呟き、シエスタは身の危険を感じてすぐにサイトの後ろに逃げ戻った。
 これで十分だろう、まだ見たいというなら金でも払ってもらおうか。

「マリコルヌ、そんな事ばかり考えてるから女の子が近寄ってこないのよ? 少しは自分の体のことも考えて、身嗜みを整えなさいよ」

 太い男より細い男、脂ぎった奴より断然だ。
 この際美形だとか不細工だとか、それを除いて選べば自ずと決まる。

「それじゃあ行きましょ、マリコルヌもいつまでも蹲ってないで戻りなさいよ?」

 俺を先頭に、サイトとシエスタは後に続いた。






「モテたい……」

 3人が見えなくなった頃、マリコルヌは切に呟いていた。



[4708] 遅すぎた 27話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/03/09 13:54

「ギーシュ、もう渡したの?」
「ん? ああルイズ、勿論渡したさ!」
「なら代価を払ってもらわないと」
「……代価?」

 少しだけ顔を顰めたギーシュ。
 それを見てニヤリと笑う俺。

「当たり前じゃない、せっかく人が素敵な服をあげたのに礼の一つも無いなんてねぇ?」
「……あれほど素晴らしい代物を発見した事には感謝しているよ、だがね……」
「文句言わない、断るなら返してもらうけど?」
「……望みはなんだね?」
「簡単よ、それはね……」














タイトル「悩む少女達……?」















 セーラー服を着たモンモランシーが教室に入ってきて、男子の視線が投げかけられ、女子からは妬みと羨望の視線を一身に浴びる。
 俺の視線は男子側に属していた、セーラー服いいね。
 モンモランシーは視線を独り占めできて嬉しい様だ、……劣情もあるのに。
 しかしどう見てもコスプレにしか見えないから困る、事実コスプレだが。

 可愛いけどなぁ、やっぱり外人さんにはブレザーと思ってしまう。
 故に今度タバサにでも着てもらおう。
 ……外人さんには本当にセーラー服が似合わないのかを確かめるだけ、確かめるだけなんだ!
 ちなみにキュルケに着せる予定は無い、……何か犯罪くさいし。

「ちょっと……、何であんた達が居るのよ」
「……良いじゃない、ケーキ持ってきてあげたんだから」

 ギーシュにはモンモランシーとのお茶会に参加させてもらうよう頼んだだけ。
 渋り捲くったが、セーラー服返還をちらつかせた途端了承した。
 上下関係がしっかり分かってるじゃないか、ギーシュよ。

「良くないわよ、平民まで連れてきて……」
「モンモランシー、名前があるのだから名前で呼んであげないとダメよ」
「どうして平民の名前を呼んであげなきゃいけないのよ」
「簡単よ、モンモランシーが名前じゃなくて『貴族』と呼ばれたらどう思う?」
「無礼な平民には罰を与えるわ」
「その平民が貴女より強くても?」
「うっ……」

 横目でサイトを見るのはモンモランシー、サイトはギーシュの隣でケーキを突付いてた。
 油断しなければ、この学院の大抵の貴族に勝てるサイトだったりする。

「ぜってー太るだろ、毎日こんなの食ってちゃ」
「全部食べるわけじゃないさ、サイトの言う通り太るからね」
「残すのかよ、もったいねー」

 とか何とか、金持ちの思考は良く分からんと言った感じ。
 有限の資源を無駄遣いとは感心しませんな。

「それで、どうするの?」
「……は? 何が?」

 ヒソヒソと、モンモンに耳打ち。

『試すんでしょう? 惚れ薬を』
「なっ!?」

 椅子から飛び上がりそうになって声を上げるモンモン。
 それを聞いて視線を向けてくるギーシュとサイト。

「どうかしたのかね? モンモランシー」
「な、なんでもないわ……」
「もう、少し触れただけなのにそこまで驚かなくていいじゃない」
「っ……い、いきなりは止めなさいよ」

 睨みつけてくるモンモン、『知っている』事も在るが秘薬を買いに行っていると言う事も聞いた事がある。
 つまりだ、記憶と照らし合わせれば惚れ薬を作っていると言う事。
 そして、本来なら今この時がギーシュに飲ませようとする場面だろう。

『どうして知ってるのよ』
『浮気性のギーシュと貴女が色々な秘薬を集めている、そして調合の得意なモンモランシーが今一番望んでいる事を考えれば、ね』
『……ルイズでも分かる訳?』
『気が付いてるのは私くらいじゃない?』

 人の心を察知するなんて真似、早々出来ない。
 年の功を重ね、その中で数多の人間と接すればなんとなく分かるようになるかも知れんが。
 少なくとも俺には無理だ。

『……それで、どうする気よ』
『効果を試すんでしょ、私が被験者になるから試してみない?』
『何でルイズで試さなくちゃいけないのよ、これを作るのに結構掛かってるんだから』

 世の中は金だそうです。

『幾ら? 言い値……とは言えないけどそこそこ出せるわよ?』
『……どうしてそこまで試したがるのよ』
『人生ってのは何事も経験なのよ、苦く辛い思い出も何れは自分を伸ばす糧になると思わない?』
『思わないわよ』

 豊富な経験は人を強くすると思います。

『と言うか、何でルイズはそんなに試したがるのよ』
『何事も経験よ』
『経験って……、好きでもない男性に惚れたい訳? ……まさか!』
『つまらない冗談言ったら爆発させるわよ?』

 それを聞いて、あからさまに安堵のため息を吐いたモンモン。
 ギーシュに惚れたいなんぞ、色々終わる気がする。
 ……モンモランシーに失礼か。

『……どうしても体験してみたくてね、モンモランシーからしても悪くはない条件だと思うけど?』

 正しく惚れ薬として効果が出るか、その費用は被験者が全額負担。

『ついでに解除薬の費用も出しちゃいましょう』
『そうねぇ……』
『勿論禁制の品を作った事も喋らないからね?』

 薬製作の経験を得られて、製作代金の全額保証。
 その上、ばれたら間違いなくお咎めを受ける代物の守秘。
 明らかに裏がありそうだと、訝しい表情を浮かべるモンモランシー。
 断ったら断ったで、『おいおいねーちゃんよ、こりゃあ国が禁止した代物じゃねぇーか?』とか脅すつもり、原作じゃサイトがしてたけど。

『……絶対ギーシュを見ないでよ?』
『見ない見ない、眼を瞑って飲むからすぐギーシュを連れてってよ?』
『あの平民で試すわけ? いくら使い魔だからって……』

 チラリと男二人を見ると、シャドーボクシングをしていた。
 しかも口で効果音出しながら、子供過ぎて一瞬で脇腹が痛くなった。

『……疑問は大いに残るけど、モンモランシーもあれよね』
『……言わないで』

 どうしてあんなのを好きになってしまったんだろう……、と言った表情のモンモン。
 恋愛は好きになった方が負けとか、惚れた弱みとかそういったものだ。
 モンモランシーがモテるとかは聞いた事ないが、ギーシュはその面で幾人もの女の子に惚れられている。
 初期のギーシュはなんか『女の子と付き合うのが楽しい』と言うより、『恋愛するのが楽しい』といった感じに見える。
 自分を薔薇に例えるあたり、女の子、ではなく恋愛を楽しんでいるように見えた。

 まぁ、決闘イベントで人気が落ちてはいるが、やはり顔なのか好意を寄せている女の子が居ると言う訳だ。
 ギーシュの事を好きなモンモランシーからしてみれば、『自分だけだ』と言われているのに他の女を見る。
 いわゆる嫉妬と言う奴で、自分だけを見て欲しいと言う気持ちが有る事が良く分かる。
 勿論その気持ちは理解できる、付き合って結婚してバカップルのような生活を送りたい……のかもしれん。

『それじゃあお願いね』

 座りなおし、サイトを正面に捉える。
 惚れ薬、薬を飲んでから初めて見た人物に惚れる。
 老若男女関係無くだ。
 己の意思とは全く関係ない、心を強制的に改変させる代物。
 他人によって変化させられる意思、これが禁制品になる理由が尤もだ。

 それを作って使用しようとしていたモンモランシー、何と恐ろしい……。
 そこまで思われているのにすぐ他の女に目移りをする気障男。
 ギーシュの自業自得だから、使われても可哀想とか思わないが。

 一滴、ワイングラスの中に垂らされた惚れ薬。
 波が走るようにワインが一瞬だけピンクに染まり、元の色に戻る。

「『ほら、これで良いわよ』、ギーシュ、ちょっとこっちに来てちょうだい」
「ん? なんだね?」
「いいから早く!」

 立ち上がってギーシュの腕を掴んで引っ張る。

「おわっ! いきなり何をするんだね、モンモランシー!」
「ちょっと話したい事があるのよ!」
「話した事とは何だね?」
「その……、二人には聞かせたくない話よ!」
「二人には聞かせたくない話……? 分かったよ」

 しょうがないなぁ、モンモランシーは。
 とか言い出して部屋の隅、モンモンと共に俺の背後へ回った。
 息を飲む、どうなるか予想だに出来ないのが怖い。
 原作みたいにデレるのか、あるいはツン尖るのか。
 はたまた……、文字通り予想出来ない状況に陥るのか。
 解除されて恥ずかしさのあまり悶え苦しむのか……、むしろ悶え苦しむのは確定事項な気もするが。
 だがやらねばならん、ラグドリアン湖に行かねばならんのだ。

 瞼を閉じる、手に取っていたグラスを口に当て傾ける。
 口に含み、喉へ通らせる。

「……ん、サイト」
「なに?」

 黒目黒髪の、これから惚れるであろう少年の名を呼んで、瞼を開いた。





「行きましょう」

 グラスに注いであったワインを一気に飲み、いきなり立ち上がったと思ったら俺の手を握ってきた。

「へ?」
「モンモランシー、近日中に持ってくるわ」
「え、ええ……」

 釣られて立ち上がり、それを機に引っ張られる。
 柔らかい手、抗えずにそのまま引かれる。
 手を繋いだまま、部屋の外に出た。
 そのままずんずんと廊下を歩き続ける。

「ル、ルイズ?」
「……そろそろ寝ましょう?」

 ルイズは手を握ったまま振り返って、ニッコリと笑った。
 うっ、可愛い……。
 花が咲いたような笑顔、つい釣られて笑ってしまう。
 頷いてルイズの部屋へと戻っていった。





 手を繋いだまま廊下を歩き、途中で手を繋いでいるのを見られて猛烈に恥ずかしくなったが。
 それを我慢して部屋に着き、室内へと入った。
 部屋に入ったにも関わらず、手は繋いだまま。

「……その、少し後ろ向いてて」
「あ、ああ」

 そう言われ、手を離そうとしたらさっきより強く握られた。

「……? ルイズ?」

 ルイズは名残惜しそうに、ゆっくりと手を離す。

「……後ろ、向いてて」

 恥らうように俯いて、上目使いで見てくる。

「はぅ!」

 胸が痛い、肺とか心臓の病気じゃない。
 ルイズにときめいたのだ、あまりに可愛らしい仕草に俺の心が悲鳴を上げたのだ。
 これは拙い、このルイズはまさしく女の子。

「サイト?」
「え、あ、ああ、ごめん」

 急いで後ろを向く。
 それを確認してルイズが動き出した。
 小さく軋む音、クローゼットの引き出しなどを開ける音。
 それが途切れ、次に聞こえてきたのは擦れる音。

「……デルフ、この音ってまさかあれじゃないよな?」
「あれだよ、相棒。 娘っ子も大胆だね」

 まさか、カーテンで仕切らずに……き、着替え?
 いやいや、そんな事はあり得ない。
 あれほど見るなと言われ、それなのに自分はカーテンで仕切らない?
 いやいやいや、ルイズはそんな事するはずが無い。
 じゃあ振り向いてみる? 駄目駄目! 絶対駄目だ! 命が無くなる!
 もやもやとした考えの中、衣服が擦れる音が途絶える。

「……お、終わった?」

 その声は返ってこず、答えは行動で示された。
 後ろから手を握られた。
 そのまま引っ張られ、ルイズのベッドの前まで寄った。

「一緒に寝ましょ?」
「……へ?」

 あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ……。
 『カーテンを引かずにルイズが着替え終われば、一緒に寝ようと誘われた』。
 な……何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何を言われているのか分からなかった……。

「ね?」

 気が付いたときにはベッドに引っ張り倒されていた。
 握っていた手を離された時には、抱きかかえられる様に頭に腕を回され。
 そのまま、ルイズの胸に抱き寄せられた。

「はがッ!?」

 恐慌した、ルイズが俺を抱きしめている。
 それもむ、むむ、胸の感触が感じられるぐらいにッ!!

「は、はわわ……」
「大丈夫、大丈夫よ」

 それを聞いて後頭部を優しく撫でてくるルイズ。
 それだけでもがこうとするのを止めてしまった。

「大丈夫よ、サイト」

 まるで母が子をあやす様に、撫で続ける。

「気にしなくていいの、ただ無くさぬよう思い続ければいいの。 私が頑張るから、だから……」

 頭を解放し、その手でサイトの顔に手を当てるルイズ。

「気にしなくていいわ、大丈夫よ」

 そのまま、額にキス。
 また抱きしめられた。
 そんな行動に、サイトの思考はヒートアップ所かオーバーヒート。
 ルイズのあまりの変わりようと、仄かにルイズの甘い香りが漂い、感極まったサイトは気絶してしまった。





「……はッ!?」

 と眼を覚ませば、視界は暗い。
 感じるのは軽い圧迫感、頭に何か巻かれ……。

「くぁwせdrftgyふじこlp;@!」

 ルイズに抱きしめられていた。

「……起きた?」

 もがく俺を見て、ルイズはやさしく微笑み抱き起こされた。

「どうしたの?」
「い、いや……」

 訳が分からない、この子は本当にルイズですか?
 勿論答えてくれる者は居ない。
 誰か、誰か教えて!

「……そう、着替えるから後ろ向いててね?」
「ああ……」

 ベッドから降りてドアの方を向き、床に転がっていたデルフと剣を取る。

「……なぁデルフ、おかしくないか?」

 ひそひそと語りかける。

「これでおかしいと感じなきゃ、相棒の方がおかしいよ」

 そりゃそうだ、あからさまに態度が変わったのに気づかないなんて鈍感過ぎる。
 ……でも、どうして急に変わったんだ? 昨日の夜から急におかしくなったし……。

「サイト、朝食を食べに行きましょ」
「え、ああ」

 声を掛けられ考えを中断、着替え終わったルイズはそのまま流れるように手を握ってきた。
 いや、手を握ると言うより絡めると言ったほうが適切なぐらいに変化した握り方。

「行きましょう」

 ……これはきつい、これほどまでの美少女が俺の手を握る。
 昨日も感じたときめき、物凄く痛いのに心地良いのだ。
 俺は駄目なのか? 変態になっちまったのか?
 お、俺はマゾなんかじゃない! 違うったら違うんだ!

「ほら、行きましょ」

 引っ張られる、それに釣られて歩く。
 サイトには抵抗すると言う考えは浮かばなかった。





「マルトー、朝食は出来てる?」
「……へぇ、出来てますが……」

 おやっさんの視線が俺とルイズの絡まった指に注がれていた。
 繋がれていない右手で『違う違う』と顔の前で振る。
 ルイズが居る所で『ルイズがおかしくなった』と言えなかったサイト。
 言ったらルイズが悲しみそうで口に出せなかった。

「毎朝ありがとう、マルトー。 他の皆もありがとう」

 ニッコリとおやっさんと、その他大勢の調理師やメイドさんたちに感謝を述べるルイズ。
 その笑顔を見た者達がぴたりと止まる、なんと言う破壊力か。
 やはり可愛……、ハッ!?

「おはようございます、ルイズ様、サイトさん」

 と、圧倒的でとても冷たい怒気を感じて視線を移せば笑顔のシエスタが立っていた。

「お、おはよう……」
「おはよう、シエスタ」

 同じく笑顔で挨拶を返すルイズ。
 や、やめて! なんか挑発してるように見えちゃう!

「モテモテですね、サイトさん」
「い、いや、シエスタ……、これは──」
「シエスタ、朝食は食べた?」

 言い訳しようとしたら、ルイズが割って入ってきた。

「え、食べましたが……」
「そう……」

 そう言って俺と手を繋いだまま、シエスタに歩き寄り。

「お昼は一緒に食べましょ?」

 シエスタの手を握った、勿論握り方は絡める様に。

「ル、ルイズ様……?」
「嫌?」
「い、嫌ではありませんが……」

 と助けを求めるかのように俺を見てくるシエスタ。
 俺も助けて欲しいです。

「シエスタ! い、一緒に食べようぜ!」

 助け舟ではないが、一応話しておきたい。

「……はい、わかりました」
「そう、良かったわ」

 微笑む、それを見てシエスタが『はうっ』と小さく声を上げた。
 やべぇ、女の子にも有効なのか、ルイズの微笑みは。
 




 調理場の端、テーブルに並べられる料理。
 一通り並べられ、椅子が引かれる。
 だがルイズは座らず、メイドさんに断って椅子を動かした。

「ル、ルイズ?」
「何?」

 俺の隣、ルイズは椅子をぴったり付けて座る。
 座れば肩が触れ合い、少し座りにくい。
 ナイフとフォークを取って食べ始めるルイズ。
 後ろではシエスタの視線が凄まじい。

「えっと……、食べにくくない?」
「全然」

 な、なんだ!?
 なぜくっ付くのか!?

「はい、サイト」
「へ?」

 向けられたフォークにはナイフで切り取った肉。
 まさか……。

「あーん」
「ちょ、ちょっと待った! 俺の分はあるから!」
「そう? 男の子だし足りないかと思って」

 そう言って引っ込め、自分の口へ運ぶ。
 租借、肉が噛み磨り潰されルイズの喉を通る。
 唇に付いたソースを舌で嘗め取った。
 それを見ていた俺を見て、妖しく微笑んだ。

「………」

 鼻血とか出てないだろうな……。
 ナイフを置き、鼻をさする。
 良かった、鼻血は出てないようだ。

「どうしたの?」
「いや、なんでもない」

 顔を覗き込んでくるルイズ、なんかこのルイズは色々とやばい……。






 朝食が終わり、部屋に戻る。
 勿論手は握ったまま、勘弁してください……。

「ルイズ、授業に出なくていいのか?」
「出なくていいわ、そんな事よりも大切な事が有るもの」

 手を繋いだままベッドに座る。
 状況に寄っちゃいい感じなのだが、そういった気分になれない。
 それからは昼まで話していた。

「何か欲しい物は無い?」
「私の家の事を話してあげる」
「サイトの家の事を話して」
「秋葉原ってどんな感じ?」
「近々お米を炊いてみようと思うの」

 と差し障りの無い話に興じた。
 俺の家族の話をすれば、眉を顰めて悲しそうな顔になったり。
 ルイズの使い魔で良かったと言うと、はにかんだように笑い。
 平民の扱いが悪すぎると言えば、共感して怒り出す。
 話せば話すほど、ルイズの表情がころころ変わっていた。
 






 弾む会話とルイズの表情で時間の経過を忘れる、気が付けば昼前になっていた。
 昼と言えば朝約束した昼食、シエスタと食べるのだがあの静かな怒りを湛えた笑み。
 あれをもう一度見るのか……、と内心ビクビクしていた。

「もうお昼?」
「もうすぐ昼飯時」
「……そうね、行きましょうか」

 話してる間も手を繋ぎっぱなし、気持ち悪くないかと聞いてもそんな事は無いと返事を返してくる。
 正直手のひらは汗でかなり湿っているのだが。
 手を繋いだまま立ち上がり、ドアへ向かって歩くとノックが聞こえてきた。

「だれ?」
「……私です、シエスタです」

 それを聞いてドアを開ける。
 開けた先にはシエスタがバスケットを持って立っていた。

「お食事……お持ちしました」

 シエスタの視線は繋がれた手、とても怖い。

「外で食べましょ? ね、シエスタ?」

 そんなシエスタとは対照的に、笑顔で迎えるルイズ。
 シエスタの手を取り、そのまま引っ張られた。





 広場に出ると、一角に空いてるテーブルを見つける。
 いい場所が開いていたとルイズが笑顔を輝かせ、走り寄った。
 そこに陣取り、椅子を隣り合わせに並べるルイズ。

「ほら、早く早く!」
「あ、ああ……」
「わかりました……」

 この子誰? そう言えるほどの変わりよう。
 それを見たシエスタが困惑の表情を浮かべていた。

「……サイトさん、その、ルイズ様はどうかなされたんですか?」
「……昨日の夜から急におかしくなって……、今までずっとこんな感じ」

 いい加減ルイズの異変に気が付いたシエスタ。
 いつもの威厳溢れるような凛とした姿ではなく、無邪気にはしゃぐ子供そのもの。

「……いきなりおかしくなって……、どうしたら良いんだろ」

 急激な変化に戸惑い、何をしたら良いのかわからない。
 戻す、と言っても方法もわからないし、どうして急に変わったかすらもわからない。

「いきなり、ですか……」
「もう、何やってるの!」

 走り寄ってきたルイズに手をつかまれ、二人して引っ張られる。

「サイトはこっち、シエスタはこっち」

 3つ並べられた椅子、その真ん中にルイズは座り。
 その両隣に座ってと手で示した。
 示されるまま椅子に座り、ルイズが嬉々としてバスケットを開いた。
 取り出されるサンドイッチ、それを手渡しで受け取る俺とシエスタ。
 それを確認して、ルイズは自分の分を取ってかぶりついた。

「……うん、美味しいわ」
「美味い、美味いよシエスタ!」

 本当に美味しい、コンビニとかで売ってるサンドイッチより断然。
 笑って二人してシエスタを見る、それに答えるかのようにシエスタも笑う。
 見ようによっちゃ、3人の家族に見えなくも無いと思う。
 俺が父親、シエスタが母親、ルイズが娘……、そう言ったら怒りそうだけど、そう見えなくも無い。
 ……はぁ、俺何考えてるんだろ。





「……サイトさん」
「……なに?」
「ルイズ様の様子、心当たりがあるんですが……」
「ああなった原因わかるのか!?」
「ええ、わかるんですが……」

 昼食後、お腹一杯で眠くなったのかルイズは瞼をこすっていた。
 聞けば昨日ずっと起きていたらしい、つまり俺の寝顔を一晩中見ていたらしい……なんてこった。
 とりあえず昼寝しようとルイズの部屋に戻り、なぜかシエスタと3人で手を繋いだまま川の字になって寝ていた。
 ……ベッドに横になり数分もしないうちにルイズは寝て、シエスタと話すチャンスが出来て今に至る。

「たぶんですけど、惚れ薬だと思います」
「ほれぐすりぃ!?」

 ファンタジーの代名詞と言っても良い『魔法』に並ぶだろう道具、『惚れ薬』。
 やっぱりと言うか、当たり前と言うか存在していた惚れ薬。
 つまりルイズは惚れ薬を飲んで、俺に惚れたと言うわけか?

「はい、惚れ薬だと思うんですが……、国が定めた禁制品なんです。 それなら急激に変わったのも説明できますし……」
「きんせいひん……、使っちゃいけないって事?」
「はい、作るのも禁止されてたと思います」
「そんなもん使っちまったって訳か……、でもどこで使ったんだろう……」
「飲んで初めて見た人を好きになる代物なんですが、そんな物をルイズ様が進んで飲むとは思えませんし……」
「飲み物?」
「はい、飲むタイプしかないと聞いた事有ります」

 ……飲む。
 昨日の夜、ルイズがおかしくなる前になんか飲んでなかったか? モンモンの部屋で。
 ……ルイズの部屋に戻る前に飲んでたワイン?
 長い事眼を閉じていて、ワインを飲んだ後だ。
 それからだ、それからルイズがいきなり手を握りだしてきたのは!

「そうか、あいつらか……」
「あいつら? 飲ませた人が分かったんですか?」
「ああ、ちょっと問いただしてくる」

 そう言って起き上がり、今だ強く握られる手に気が付いた。
 指の一本一本、ゆっくりと確実に外していく。
 失敗して起きたらずっと握ってきそうで怖い。

「……よし、ごめんけどルイズの事見ててくれないか?」
「はい」

 シエスタは強く頷き、俺は二本の剣を担ぐ。
 あの二人、ルイズをこんなにしてくれてどうしてくれようか……。
 手を組んで、鳴らない指を動かす。

 ふふふふふ、と笑いながら部屋を出て行くサイトであった。










 ルイズの部屋から出て走り回る事十数分、食堂から出てくる金髪縦ロールと金髪気障男を発見。
 直ちにホバクする。

「たてろぉぉぉぉおおおおおるぅぅぅぅうう!!!」

 叫びながら走り寄って来る、おどろおどろしいサイトの姿にモンモランシーは軽く悲鳴を上げ。
 それを服装から辛うじてサイトだと判断したギーシュはサイトに呼びかける。

「サ、サイト!? どうしたんだね!?」
「ギィシュゥ! そこをどけェい!」
「モンモランシーに何の用があるんだね!?」

 ギーシュがモンモンをかばう様に立ちふさがる。

「ルイズの事で話がある!!」

 それを聞いたモンモランシーが『うっ』と声を上げる。
 モンモランシーのうめき声を聞いたサイトは確信した。

「やっぱり……、俺が言いたい事分かるよなぁ?」
「……分かるわよ」
「ならどうにかしてくれ!」
「いいじゃない別に、あんな状態のルイズを見れるなんて」
「良くない!」
「ちょっと待ってくれ! 一体何がどうなってるんだい!?」

 会話の意味がわからないギーシュが割り込んでくる。

「この縦ロールが!」
「縦ロールって言うな!」
「だから落ち着きたまえ!」

 いちいちギーシュが割って入ってくるので説明してやった。

「は? 今何と?」
「だからぁ、惚れ薬って言ってんだろ」
「ほ、ほれぐ──!」
「ちょ! 大声で言わないでよ!」

 モンモンは慌ててギーシュの口を塞ぐ。

「な、何でそんなものを入れたんだね!」
「……ルイズが自分から言い出したのよ、飲んでみたいって」
「ルイズが?」
「そうよ、……その、確かに惚れ薬は作ったけど、言い出したのはあの子なんだから」

 ルイズが自分で? あのルイズは意味のない事をするタイプとは思えない。
 惚れ薬を飲む事に意味があったのか?
 いや、そんな事よりさっさと解除してもらわないと。

「ルイズが頼んだのはわかった、だけど俺は何とかして欲しいんだよ」
「見てたわよ、あのルイズがあんな風になるなんて見ものだったわ」
「作ったのはモンモンだろ! 他人事みたいに言わないで、早く何とかしてくれよ!」
「ほっといてもそのうち治るわよ、貴方だって貴族に惚れられて気分がいいでしょ?」
「よくねぇ! そのうちっていつだよ!」
「個人差があるし、一ヶ月か一年か……」
「な……」

 あんな状態が一年も……?
 堪ったもんじゃない!

「ふざけんなよ! 解除薬とかあるんだろ!? それよこせ!」

 一歩前に出る、睨みつけるようにモンモンを見た。

「わ、わかったわよ! でも、解除薬作るための秘薬が足りないのよ。 惚れ薬で全部使っちゃったし、値段も張るからすぐに買えないし……」

 約束したお金もルイズからまだ貰ってないのよ、と付け加えた。

「幾らだ、幾らいるんだ!」
「500エキュー位いるわよ」
「ずいぶん高価な薬だね……」

 それを聞いてポケットを弄る。
 女王様から貰った金貨や宝石を手渡した。

「これで足りるか!?」
「すごい……、って平民の貴方が何でこんなに持ってるのよ!」
「勘違いすんなよ、泥棒とかしたわけじゃないからな! いいか、これで高価な秘薬とやらを買ってすぐ作れ! 良いな!!」

 何度も念を押してモンモンに約束させた。












「ただいま……」

 小声、そっとドアを開けて部屋の中を覗くと二人ともベッドに横になっていた。
 結構長い時間話してたのか、部屋に戻った時には日が暮れていた。

「サイトさん」
「解除薬、作ってもらう事になったよ」
「それは良かったです……、サイトさん」
「ん?」
「私、お仕事が有るそうなんでそろそろ……」
「あーごめん、面倒見てもらって……」
「いえ、問題ありませんから。 他の皆だって、ルイズ様のお世話なら喜んでしますよ?」
「そ、そうなのか……」

 今までのルイズを見てたら、そりゃあ慕われるのはわかる。
 でも喜んでってのは行き過ぎな気も……。

「それじゃあ私、行きますね」
「ああ」

 ゆっくりと指を外し、ベッドから降りるシエスタ。
 少しだけベッドが軋み、揺れたルイズが小さく声を出した。

「は、早く行くんだ!」
「は、はい!」

 今のルイズに捕まれば仕事どころではない。
 指と言う鎖に絡められ、寝食共にしなければいけない。
 慌てて出て行くシエスタ、ドアが閉まるとほぼ同時にルイズが眼を覚ました。

「……ん、サイト?」
「な、なんだ?」
「……シエスタは?」
「仕事があるから行っちゃったよ」
「そう」

 み、見られている!?

「な、なに?」
「いえ」

 ルイズがベッドから降り、立ち上がる。
 その瞳、妖しい光が映りこんでいた。
 それを見て震えが来る様な悪寒、ここに居たら危険だと警報が鳴った。

「ル、ルイズ……?」
「なに?」

 歩いてくる、ゆっくりだが確実に距離を詰めてくる。
 それに反応して同じ距離だけ下がる。

「……どうしたの?」
「い、いや……」

 また一歩、また一歩。
 だが下がれる限界はすぐに訪れた。
 背後にはドア、これ以上下がる事は出来ない。

「た、助けてデルフリンガー!」
「オレは道具だ、相棒」

 なんて使えねぇ剣だ!
 デルフを投げ捨てながらドアへ向かって振り返り、ノブを掴む。

「ッ……あれ!?」

 ドアノブが回らない、幾ら力を込めようと微動だにしない。

「な、なんで? なんで!?」

 ガチャガチャと必死にドアノブを回そうとする。
 何で回らないの!?

「『ロック』よ、ドアは開かないわ」

 そう聞こえた時には、背中に抱きつかれた。

「ねぇ、サイト」
「な、なにかな……」
「どうしたらいいと思う?」
「……何が?」
「良く分からないの」

 黙って聞く。

「とてもぐちゃぐちゃで、めちゃくちゃで、ずっとぐるぐる回ってるの。 とても痛いの、ズキズキするの、刺されたような痛みって言うのかな。 サイトを見てるととても痛いの」
「そ、それは……」
「わかってるの、これが薬のせいだって。 わかってるのに、とても痛いの。 もう我慢できそうに無いの、ねぇサイト」
「………」
「どうしたら良いと思う?」

 胸に回した腕が震えている。
 訳が分からなくて混乱してるのか?
 つまり、持て余してるの?

「明日になったら治るから、今日まで我慢してくれ」
「……一緒に寝てくれる?」
「ああ、なんなら手だって繋いでやる」
「……うん」






「……え?」

 エスカレートした。
 昨日はベッドに押し倒されて抱きしめられた。
 今日はベッドに押し倒されて抱きつかれた。
 どこが違うって? ……それはルイズが俺の胸の上で抱きつくように乗っていたのだ。

「……は?」

 見た目どおり、軽いルイズ。
 俺の胸に頭を乗せ、摺り寄せるように。
 見上げるように、上目使いで見つめてくる。

「ルイ──」

 ルイズの右手親指が、俺の唇を撫でた。
 ルイズの左手は、俺の右腕を抑えている。
 足を絡め、体をこすり付けるように。

「……サイト」

 あれ? もしかして……。

「サイト」

 まさか、罠?
 あの震えてた腕とか、不安そうな顔は……全部嘘?

「サイトォ」

 顔に絡み付くような指。
 鳴き上げる甘い声。
 それを聞くだけで痺れる、視界が真っ白になるような酷い感覚。

「あぁ、サイト」
「ッ!」

 首筋に掛かる吐息。
 その次には唇が、俺の首筋に触れる。
 吸い上げる、印を付けるように強く。

「ッはぁ、ぁっ……」

 何度も何度も、吸い付けては離し、また違う場所に吸い付く。
 力ずくで引き離す事が出来なかったせいで、鎖骨から頬近くまでいくつものキスマークが付いていた。
 言葉を発さず、見ればルイズの潤んだ瞳。
 ゆっくりと迫ってくる唇。

「はッ」

 息が漏れる、俺を求めるルイズの背に手を回そうとしていた。
 抱きしめよう、強く、強く。
 ルイズのように強く、求めて、抱きしめて……どうする?

 そう考えて、抱きしめようとした手が止まった。

 今のルイズは薬でおかしくなっているだけだ。
 モンモンが言ったように一ヶ月か一年か、解除薬を飲まなくても何れ効果が切れる。
 その時になって、後悔してしまわないか?
 勢いに流されて、おかしくなっている時に付け入って、人に話せないような事をしていいのか?
 今のルイズは本当の気持ちなのか?
 絶対に違う、禁制品になるような強力な薬でおかしくなって居るだけだ!

「ッ待て待て待て!!」
「あっ」

 悶絶一歩手前で気が付き、ギリギリで顔を逸らしてもがいた。
 するとルイズはコロンと俺の上から落ちる。
 チャンスとばかりに、すかさず逃げてベッドから転げ落ちた。

「いてて……」

 起き上がり、ベッドから離れる。

「サイトォ……」

 見れば切なく俺を求めるルイズ。
 それを聞くたびに、頭が熱くなる。
 そう、熱くなって、冷める。
 今のルイズは薬でおかしくなってるだけだ。
 明日になれば、解除薬を飲んで元のルイズに戻るんだ!

 そう思いながら、一晩中狭い部屋で追いかけっこをしていた。












「……サイト、ずいぶんやつれてるが何があったんだね……?」

 翌日の夕方、何とかルイズの猛攻をかわし続け。
 半場ルイズから逃げるようにモンモンの部屋に来た。

「……ルイズに襲われた」
「襲われた? ルイズに?」
「……ああ」

 鏡を見たら目の下に濃いクマが出来ているだろう。
 一晩中ごたごたしていたのだ、半端なく疲れていた。

「……聞くが、どういう意味で襲われたのかね?」
「……性的な意味で」
「なッ!?」

 ギーシュが大げさに驚いた、うるさいから大声上げるなよ……。

「で、モンモン。 解除薬は?」
「……作ってないわ」
「……は? 今なんて?」
「だから、作れなかったのよ」
「……はぁ!?」

 作れない……?
 解除薬が、作れない?

「なぁんだそりゃぁぁ!!!」

 怒号、物凄い怒りが湧いてきた。
 今剣を握ればすごい事になりそうだ。

「どういうことだぁ!! 作れないってぇぇ!?!?」
「ひ、秘薬が売ってなかったのよ!」
「売ってなぃぃ!? モンモンはどこで買ったんだよ!!」
「同じ店で買ったのよ、でも売り切れてて……」
「じゃあいつ手に入るんだよ!」
「わからないわよ、入荷の予定がずぅーっと無いって言ってたし……」
「……何だそれ、ふざけんなよ……」

 項垂れ座り込む。
 これから毎晩あのルイズに襲われちまうのか……?

「サ、サイト、元気を出すんだ。 君はルイズの事は嫌いじゃないんだろ?」
「……嫌いじゃねぇよ、好きなほうだよ……」
「なら良いじゃない」
「良くねぇぇぇ!!! その秘薬はどっから取ってくるんだよ!?」

 勢いよく立ち上がり、モンモンを見る。

「……ラグドリアン湖に居る水の精霊の涙なんだけど、最近連絡が取れなくなったらしいの。 だから秘薬を手に入れられないのよ」
「こっちから行けばいいだろ! さっさと準備しろ!」
「は? 何で私が──」
「……禁制品」
「うっ」

 小さくうめくモンモン。
 とどめの一発をお見舞いしてやる。

「そうだ、一つ良い事思い出した」
「良い事? 何だね、それは」
「姫さま……今は女王様か、その女王様とルイズは親友なんだよなぁー」

 唐突な、凄まじい事実。
 幼少の頃から遊び相手を務め、今も大の仲良し的な二人。

「……え?」
「直接会う機会があってなー、使い魔の俺に絶対ルイズを守ってくれって言われちゃったんだよなぁー」

 その大事なお友達が別人のようになってしまいました。
 さて、ルイズがそうなってしまった原因を作った人はどうなるでしょう?

「………」
「その女王様にルイズがこんなになってしまいましたって、言ったらどうなるかなぁー?」

 みるみるモンモンの顔色が悪くなる。
 ギーシュも想像したのか、息を呑んだ。

「あーあ、女王様はめちゃくちゃ怒るだろーなー。 牢屋に入れられる所か、縛り首とかになっちゃうかもなー」
「い、いいいい、行くわ、ラグドリアン湖に行くわ!!」
「わかってくれたかモンモン!」
「も、勿論よ! 準備にちょっと時間掛かるし、明日の早朝にしましょう!!」
「そうだね、さすがにルイズをそのままにしておくとばれかねないね。 勿論僕も付いていこう、サイトが居るとは言えモンモランシーの騎士である僕が行かないわけにはいくまい」
「……別にギーシュは付いてこなくて良いわよ、よわっちいし」
「何を言うんだい、わが恋人よ。 君を一人で行かせるわけ無いじゃないか」

 あはははは、と笑うギーシュ。

「つか、お前の浮気が一番の原因なんだけど」
「……そうよ! ギーシュが私だけを見てくれればこんな事にならなかったのよ!」
「へ?」
「この落とし前、きっちり取って貰わないとなぁ……」

 背中に担いだ剣の柄を握る。
 モンモンは杖を取り出す。

「え? え?」

 俺とモンモンを交互に見るギーシュ。

「ちょ、ちょっと待──」





 五分もすれば、ぼろきれの様なギーシュが出来上がっていた。



[4708] 一転さ 28話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2009/01/10 03:54
 部屋に戻っても昨日と変わらず、迫り来るルイズから逃げ回る。
 寝不足で疲れている体に、二日連続の追いかけっこは過酷であった。
 サイトが居ない時寝ていたルイズは体力が有り余り、ついにはサイトを追い詰める。
 進退窮まり、サイトはついに奥義を繰り出した。
 その名は『ガンダールヴ』、眠気や疲れを無理やり吹き飛ばし逃げ回る。
 端から見れば滑稽だろう、だが当人達にとっては色々と死活問題であった。














タイトル「ガンダールヴはとってもつおい……?」














 夜が明け、翌日の早朝。
 まるで聳え立つ壁のような馬、王子様から手紙を返してもらう時にルイズが乗っていた馬。
 名前は『クラウン』って言うらしい、ギーシュやモンモンが乗る馬より一回り以上デカい馬。
 筋骨隆々? 改めて見るとすんげぇ筋肉とか盛り上がってるよ、この馬。

「……サイト、本当に大丈夫かね……?」
「平気平気、さっさと水の精霊の涙ってのを手に入れようぜ、は、ははは」
「……そんな乾いた声で笑わないでくれたまえ、少し怖いから」

 そんなギーシュの言葉を聞き流す。
 馬を見上げつつ、右腕に絡みつくルイズを感じる。
 本当ならシエスタに任せて3人だけで行くはずだったのだが、おれが居ない間ルイズはおれの名前を呼びながら学院中探し回っていたらしい。
 学院に置いておけば、それこそ帰ってくるまで探し続けるかもしれない。
 惚れ薬がバレるとか言う以前に、あらぬ噂が飛び交う事必至なのは勘弁して欲しかった。

「馬に乗るから、ちょっとだけ離してくれ、な?」
「うん」

 断って離してもらい、鞍の足掛けを使って跨ぐ。
 それを確認してから寄って来るルイズに手を差し伸べる。
 手を取り一気に上り、ストンと馬背の左向きに座るルイズ。
 その肩は寄りかかる様に、俺の胸に触れていた。

「はぁ……」

 悩ましいため息、と言えば良いのか。
 ルイズを見れば、ずーっとこっちを見つめっぱなし。
 夜の時と同じように、妖しい光を瞳に宿している。

「は、はは、ははは」

 めちゃくちゃ疲れる旅になりそうだ。














 馬を走らせて数時間、道中悉くちょっかい掛けてくるルイズに疲弊しながら昼ごろ湖に到着。
 手綱握ってるのに、わき腹突付いてくるのは止めて欲しい。
 何度か落ちそうになり、怒ろうと思ったのだけど……。

「ふふ……」

 と艶やかに笑うルイズ、俺の反応を楽しんでいるようだった。
 それを見たらなんか怒る気が無くなった、この笑顔は反則だろ!

「はぁ……」
「……どうしたの?」
「いや……、何でもない……」
「まさか……、どこか怪我でも!?」
「のわっ!」

 そう言いながら上着を捲って腹や胸を触ってくるルイズ。
 とうとう人目を気にせずに襲い掛かってきた!

「怪我なんかしてない! してないから!」
「……本当に?」
「今見てどっか怪我してたか?」
「してなかったわ」
「だろ? だから怪我してない」



 と、そんな会話を聞くギーシュとモンモランシー。

「……モンモランシー、ルイズに飲ませたのは本当に惚れ薬なのかい……?」
「惚れ薬……、のはずよ。 何度も確認して作ったんだから間違えてない……はず」
「言い切れないんだね」
「作り方や材料だって全然違うのよ? どう間違ったら惚れ薬の材料で媚薬みたいなのが出来るのよ」
「そうは言ってもね、あれは……その、少々異常だと思うが……」

 もう一度ギーシュは二人を見る。
 べたべた、と言うかルイズがサイトに抱きついてしまっている。

「なんて羨ま……、ゲフンゲフン」

 モンモランシーの鋭い視線にあわてて咳をするギーシュ。
 
「とにかく、あれは本来の惚れ薬の効果とは違うんだね?」
「いえ、惚れ薬の効果事態としては正しいと思うけど……」
「ふむ……」
「惚れ薬は飲んでから初めて見た人に惚れるのだけど、元からある感情も大きく増やすのよ」
「元から? ならルイズは最初からサイトに?」
「その可能性が大きいと思うわ、元から大きな気持ちがあったのなら、ああなっても不思議じゃないと思うけど……」
「なら僕が飲んでもあんな風にならないと?」
「……そうね、すぐ他の女に目移りするギーシュじゃ、あんな風にならないでしょうね」
「そ、そんな事無いさ! 僕だってあんな風になってたさ!」
「……そう、帰ったら確かめてみましょうか」

 そう言ってモンモランシーはニヤリと笑った。
 しまった、とそう思った時にはもう遅い、ギーシュはモンモランシーの手の内だった。














「それにしても……、水かさが異常に増えてるわね……」
「水面に……屋根? 水没してしまっているようだね」

 モンモンは馬から下りて、波打ち際まで歩み寄り水に指先を付ける。

「……水の精霊が怒ってる、何に対して怒ってるのかわからないけど」
「水触っただけでわかるのか?」
「水のメイジは『水の流れ』が見えるから、そのくらい簡単にわかるわよ。 ましてや『モンモランシ家』だもの、わからないほうがおかしいわ」

 今だおれに抱きついたまま、ルイズが注釈を入れる。
 最初のほうは抱きつかれ恥ずかしかったが、何時間もその状態が続けば慣れてしまった。

「へぇ、モンモンの家って結構凄いのか」
「水の精霊とトリステイン王家とは旧い盟約で結ばれているの、その際の交渉役を何代も勤めてきたわ。 ……今は他の家が勤めているけど」
「なんかあったのか」
「父上が馬鹿なこと言って、水の精霊の機嫌を損ねたのよ。 そこら辺の貴族よりよっぽどプライド高くて、機嫌を損ねたら大変なのに……」

 手を額に当て、眼に見えて落ち込むモンモランシー。
 大事な役目を降ろされたのは相当堪えたようだった。

「水の精霊ってどんな姿してるんだ? 文字通り水なのか?」
「当たり前でしょ、『水』の精霊なんだから水で出来てるのよ」
「形は? RPGだと大体女性の姿してるよな」
「あーるぴーじーと言うのが良く分からないけど、基本的には交渉役の姿を取る事が多いわ。 そうね、大体はとても……」
「もし、貴族様方」

 モンモランシーの言葉を遮って現れたのは初老の男。
 どうやら隠れてこちらを見ていたようだ。

「何か用?」
「貴族様方は水の精霊への交渉に参られたのですか? それなら助かった! この水を何とかして欲しいもんで」

 それを聞いた一行、確かに交渉しに来たが水かさを下げてもらいに来た訳じゃない。

「いえ、私たちは……」
「わかったわ、水かさを下げてもらうよう頼んでみましょう」
「本当ですか!?」
「ちょ、ルイズ!? 何言ってんのよ!」

 簡単に出来るわけ無いじゃない! と声を荒げて抗議するモンモランシー。

「そんなに難しいのか?」
「簡単に聞き入れてくれるなら交渉役なんて必要ないわよ!」
「ダメねぇモンモランシー、状況を利用したらいいじゃない」
「……状況? 何を使おうって言うのよ」
「水の精霊が怒っている原因を取り除けばいい、そうすれば色々都合がいいわ」
「原因って……、私たちが手におえないものだったらどうするのよ」
「問題ないわ、簡単だもの」
「簡単って、どうして怒ってるのか知ってるの?」

 そう聞くが、ルイズは口を閉ざしてサイトを引っ付き始める。

「ちょっと教えなさいよ!」
「……いいじゃない、夜になれば分かるんだから」
「あの、貴族様方……。 わしらの嘆願は……」
「数日中に水かさを下げてもらうから、安心しなさい」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

 何度も頭を下げる初老の農夫、だがルイズは一遍も見ずにサイトの胸に顔をうずめたり、撫で回していたりしていた。
 サイトはサイトで嬉し恥ずかし、引き剥がしてくっ付かれ、くっ付かれて引き剥がすを繰り返していた。

「答える気なさそうだし、水の精霊に何で怒ってるのか聞いたほうが早くないか?」

 引き剥がしながらモンモンに言う。
 言う必要が無いってんなら、水の精霊に聞いたほうが早そうだ。

「……はぁ、全くイライラするわ。 何で私がこんな目に……」

 一頻り頭を下げた後、初老の農夫は去り。
 モンモンはブツブツ呟きながら、腰に下げた袋から一匹の蛙を取り出した。
 見事なほど黄色い体に、これは触ったら危険だろうと思わせるような黒い斑点。
 昔テレビで見た、アマゾンとかのジャングルに居るような毒を持ったカエルに見えた。

「うえ、何だそのカエル」
「何だとは失礼ね、私の使い魔の『ロビン』よ。 馬鹿にしないでちょうだい」

 そういいながらモンモンは針を取り出し、指の腹に突く。
 小さな赤い玉、血で出来たそれをカエルの頭に垂らした。

「良い? ロビン。 私の旧いお友達、水の精霊を見つけてきてちょうだい。 見つけたら『盟約』の持ち主の一人が話をしたいと告げて」
「げこ」

 と一度鳴いてピョンピョンと波打ち際に向かって飛び跳ねていく。

「呼びに行ったのか?」
「そうよ、見つかったら呼んで来てくれるわ。 ……覚えていたらの話だけど」
「ほんとに呼んできてくれるのか? 来ませんでしたじゃ話にならねーぞ」
「水の精霊次第よ、こればっかりはどうにもならないんだから」

 ほんとに大丈夫なのか? 来てくれないと真剣に困るんだけど。
 馬から下りて、同じように降りてきたルイズを抱きかかえる。
 本当なら、女の子特有のこの柔らかい感覚を堪能したい所だが、『おかしくなっている』と考えればそういう気分に成れなかった。

「『水の精霊の涙』か……、見たこと無いんだがどういう物なんだい?」
「正確に言えば涙って言うのは比喩よ、本当は体の一部なのよ」
「体の一部ぅ? 切り取ったりするのか?」
「切り取る、と言うか分けて貰うのよ。 直接貰わなきゃいけないのに、街の闇屋はどうやって仕入れてきているのか見当もつかないわ」

 モンモンがそう言い切った時、湖の水面が大きく膨れ上がった。
 光を放ち輝いて、見る間に大きくなり始める。

「……もしかして、あれが?」
「そうよ、交渉するから少し黙ってて」

 そう言われて黙る、湖のほうを見れば水の塊が縦長く伸びている。
 なんつーか、グネグネ動いて気持ち悪い。
 外見はあれだが、太陽の光を反射していて綺麗と言えば綺麗かもしれない。

「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。 水の使い手で、旧き盟約の家系の一員よ。 カエルに付けた血を覚えているなら、私たちにわかる言葉で返してちょうだい!」

 またグネグネと動き出し、水の塊がモンモンの姿へと模った。
 そしてどこからか聞こえてくる、震える声。

「覚えているぞ、単なる者よ」
「良かった、水の精霊よ! お願いがあるの」
「聞こう」
「あつかましいと思うけど、貴方の一部を分けて欲しいの!」

 またもグネグネ、あれは考えている動きなんだろうか……。
 揺れが収まり、水の精霊の表情が笑顔に変わった。

「お、OKなのか?」
「断る、単なる者よ」

 ごくあっさりと断られた、なら笑うなよ!

「……サイト、お願いしてみなさい」
「へ?」
「サイトなら、聞いてくれるわ」

 そうルイズが言って、モンモンが反対した。

「無理よ、意味が無いから黙っててよ」

 そうは言っても、モンモンよりルイズの言葉のほうが重要なので実行してみた。

「なぁ、水の精霊さん。 出来る事なら何でもするから、一部を分けてくれないか?」
「ちょ、あんた!」

 水の精霊が揺れる、今までの中で一番揺れる。
 時折光りながら激しかった揺れは落ち着き、どこからとも無く声が聞こえてきた。

「よかろう」
「え!?」

 頷いてくれるとは思わなかったんだろうモンモンが思いっきり驚いた。

「何でもすると言ったな」
「は、はい!」
「ならば、我に仇成す貴様らの同胞を撃退してみせよ。 我は水を増やす事で手一杯、今まで奴らにいい様にされてきた」

 同胞? 仲間ってこと?
 そいつらが水の精霊を攻撃してる?

「同胞って?」
「そのままの意味だ、貴様ら人間が我に対して攻撃を仕掛けてきている。 その者らを撃退して見せれば、我が一部を進呈しよう」
「水の精霊に攻撃って……、相当な使い手かもしれないわね。 ……そんな奴と戦いたくなんて無いわよ」
「モンモンは戦わなくていいよ、おれがやるから」

 水の精霊を見る。

「そいつらを撃退してやる、だから約束守ってくれよ!」
「約束を守らぬ理由が無い、信に足る結果を見せれば我が一部を進呈しよう」

 よし、ばっちり聞いた。
 後は襲ってくる奴らをぶっ飛ばすだけだ!

 そう思いながら腹が減っては戦は出来ぬ、来る襲撃者をやっつけるために昼飯の準備をする事と成った。




 
 











「直接攻撃している? そんな奴らを相手に出来るのかね……?」

 水の精霊を攻撃してる奴らは、湖のそこに居る精霊の本体を直接攻撃してるらしい。
 モンモンが言うには水に触れるとアウトらしい、だから空気の球の中に入って、湖の底を歩く。
 本体を見つけ次第攻撃、と言うわけだった。
 そんな奴が相手なら、仮眠を取っといて正解だった。

「命知らずでしょうね、それをやるだけの実力があるのだからそうも言えないでしょうけど」
「トライアングルかスクウェアか……、どちらにしろ手ごわい敵のようだね」
「関係ねぇ、そいつらをさっさとぶっ飛ばして涙を手に入れる!」

 既に日が落ち、あたりは双月の光で照らされている。
 一行が居るのはガリア側の湖畔、水の精霊が言うにはいつもこっち側から来るらしい。

「……本当にやるの? 殺されるかもしれないのよ?」
「やるしかねぇーよ、そうしなきゃルイズを元に戻せないんだし」
「長くても一年我慢すれば元に戻るのよ? これ位で命を賭けるなんて馬鹿らしいわ」
「馬鹿らしくてもやるんだよ、俺がやられたらさっさと逃げていいから」
「何を言ってるんだいサイト、平民である君が戦って貴族である僕らが逃げるわけには行かないよ」

 フッ、と薔薇を構えてポーズを決めるギーシュ。
 アホなギーシュの言動も、今は頼もしく見えた。

「サンキュ、でも本当に危ないならさっさと逃げろよ」
「逃げるなんて考える前に、倒せる作戦考えなくちゃ」

 と口を挟んできたルイズ。
 昼ごろからずっと黙ってたのに。

「作戦……?」
「そうよ、敗北を勝利に反転させる作戦」
「……何か策があるのかい?」
「役割分担、適材適所。 上手くやればスクウェアの一人くらいは簡単に倒せるわ」
「貴女ねぇ、そんなに簡単なら水の精霊が梃子摺る訳ないじゃない」

 そりゃそうだ、あんな大量の水を操れる奴がやれるならおれたちの出番なんか無かったはず。

「不敬だけど、水の精霊は知恵が足りないわ」
「本当に失礼だね……」
「力の加減を理解できればスクウェアの10人や20人、簡単に殺せるわよ」
「水の精霊って、そんなに強いのか?」
「加減がわかっていればね、今の水の精霊じゃ簡単に出し抜かれるわ」

 つまり、普通の状態ならめちゃくちゃ強い?

「それで、作戦なんだけど……ギーシュ、2メイルほどの土の壁はいくつ位作れる?」
「土の壁? どこに作るんだね?」
「敵の周囲、何層も囲むように出来る?」
「ふむ、距離にもよるが……」
「そうね……、あの小石がある場所ならどれ位作れる?」

 指を指した方向、波打ち際の近くに小石が落ちているのが見えた

「あの距離なら20くらいは出来るかな」
「そう、このくらいの距離に襲撃者が居たら壁を作って。 これより遠くでも出来るだけ壁を造って、余裕があるなら土の塊でも嗾けてかく乱して」
「わかった」
「サイトは土の壁を盾にして襲撃者に近づいて峰で叩いて。 近づくときは足を止めちゃダメよ、絶対土の壁を壊しに来るから」
「ああ」

 さっきまでのルイズは裏腹に、凛々しく作戦を言っていた。
 ……と思ったが、やっぱり抱きついたままなルイズ。
 一瞬効果が切れたのかも、と期待したがそううまく行かないらしい。
 
「モンモランシーはこれを」
「袋? 何が……」

 開けて中を見れば、入っていたのは水の秘薬。
 モンモンが視線を戻せばルイズの鳶色の視線と交差していた。

「モンモランシーは戦わなくていいわ、怪我した時はお願いね」
「……ルイズ、最初から知ってたんでしょ? 用意が良過ぎるわ」
「勿論知ってたわ」
「なら教えてくれても良かったじゃない!」
「教えてたらどうしてた?」
「………」
「知ってても知らなくても、殆ど意味がないから教えなかったのよ」

 言葉に詰まるモンモン、言われたとおり何かできる訳でもなかった。

「別に他意があった訳じゃないわ、知ってても知らなくても害は無かったから言わなかっただけ。 気分を害してたらごめんね」
「……ふんっ」

 勢いよく顔を逸らしたモンモン。
 こんな状態でも惚れ薬飲む前のルイズが出てきていた。
 ……やっぱり薬が切れ掛かってる? それならもっと早く切れて欲しい……。






 作戦会議が終わって数時間。
 双月は天高く頂点まで上り、斜めに落ちていた影が垂直に。
 いつもの如く、双月は力強い光をてんから降り注ぎ続けている。
 目を凝らさなくても十分辺りが見える、これなら敵の位置を見失ったりはしないだろう。
 モンモンは杖を持ったまま黙っている、よく見れば手が震えていた。
 それに気が付いたギーシュが優しく語り掛ける。

「……モンモランシー、君は安全な場所で見ているだけでいいんだ。 そこまで怖がらなくていいさ」
「う、うるさいわね、別に怖くなんて無いんだからっ!」

 ここに来てツンデレ爆発。

「ギーシュはどうなのよ、怖くないの?」
「いやぁー、この前もっと酷い状態にあったからね。 これくらいなんとも無いさ」

 アルビオンの時か。
 脱出する時、本当に来るとは思わなかった。
 そういや、あの時ありがとうって言ってなかったな……まいっか。
 とか思ってればどう見ても怪しい人物が二人、湖畔を歩いているのが見えた。
 真っ黒なローブ、頭からかぶり男か女かすらわからない。
 一人は身の丈以上の杖を持っているのが分かる。

「……来たぞ」

 その一言で二人が固まる。
 ルイズはさすがに邪魔になるのがわかっているのか、抱きつかず手を握っているだけ。
 ずっと手を握るで止まってれば良かったのに!

 そんなことを思っても現状は変わらず。
 ルイズと繋いでいた手を離す、代わりに剣の柄を握る。
 怪しい二人組みを見れば、一人が杖を掲げて呪文を唱えているようだった。

「それじゃあ、作戦通りにな。 ギーシュ、オーク鬼の時みたいに勝手な事すんなよ」
「分かってるさ、今度は作戦通りにするよ」

 薔薇の杖を掲げる。
 おれたちが隠れている場所と、怪しい二人組みが立つ場所は予定の距離より少し遠かった。
 欲を言えばもっと近くが良かったが、そう簡単に自分の思い通り行く訳がない。
 ぶちぶち愚痴など言わず、それを考慮して作戦に織り込む、とルイズの一言。

「頼むぜ」
「ああ、行くぞ!」

 デルフともう一本の剣を鞘から抜き出し、ガンダールヴのルーンが輝きだす。
 ギーシュは立ち上がり、森の中を移動しながら杖を振る。
 振り終えると同時に二人組みの周囲の土が盛り上がり、視界と射線を封じる壁郡が出来上がった。
 瞬間駆け出す、両剣の切っ先が地面に当るかどうかの擦れ擦れ。
 走る靴音と、時折切っ先が擦る音を鳴らして土の壁郡に向かって走りこんだ。





 壁の上、盛り上がった土が蛇のように畝って二人組みがいる場所へ降り掛かるが。
 火炎と風刃が交互に飛び出して、土の塊を燃やし切り刻む。
 敵は動いていない、そう感じて半時計回りに土の壁に沿って走る。

「ッ!」

 炎や風によって壁がぶち抜かれ始める。
 ギーシュの攻撃を捌きながら壁を破壊する位の余裕は有ったらしい。
 次に駆け込もうとした壁が吹き飛ばされる。
 一か八か、向こうの魔法が早いか、俺が叩きつけるのが早いか賭けた。

 急転換、壊れた壁の手前で曲がり、壁郡の中心部、二人組みがいる所へ駆け出す。
 一人はこっちを向き、もう一人は背中を向けていた。
 迷わない、こっちを向いてる奴に躍り掛かった。
 右手の剣の刃を返す、峰を向けて振り払おうとするが。

「相棒! 俺を構えろ!」

 それよりも早く魔法が放たれた。
 反射的にデルフを盾にして見えない攻撃、風の魔法を受け止め吸い上げた。
 それを見て驚いたのか、一瞬の硬直。

「ォラッ!」

 チャンスは逃さず、右手の剣を振り払った。
 振るわれた剣を長い杖で受け止められたが、強化された腕力でかまわず振りぬいた。
 吹っ飛ぶといった表現で間違いない感じで飛んでいくが、大して効いていないのか身軽に着地。
 それを確認と同時にデルフを水平に寝かせる、一歩前に出ればもう一人のメイジに刃が届く。
 二人は厄介、一人でも倒せれば後は簡単に勝てる!
 前に出て振り払おうとして、腹に一撃を食らった。

「ガッ!?」

 衝撃と激痛、吹っ飛び転がる。
 転がり終わる前に無理やり立ち上がり、駆けた。
 悠長に転がっていれば、やられる。
 長い杖を持ったメイジともう一人のメイジ、そして俺との位置は一直線。
 左手には魔法を吸収するデルフ、つまり目前のメイジはぶっ倒せる!

 一歩、メイジは杖を振るい火球を作り出す。
 二歩、その火球を俺に向かって撃ち出す。
 三歩、それをデルフで薙ぎ払い吸収。
 四歩、切っ先をメイジの首に突きつけた。

「「動くな」」

 声が重なった。
 長い杖を持つメイジは、後ろからルイズに杖を突き付けられていた。

「……杖を離せ」
「……サイト? サイトじゃない!」
「……へ?」

 突きつけた相手から聞いた事が有る声。

「まさか……、キュルケか?」

 フードの下、紅髪を持つ褐色の少女はキュルケだった。

「それじゃあもしかして……」

 奥、見ればフードを脱いでいたのはタバサだった。

「何だよ、お前らだったのかよ……」
「そっちこそ、どうしてこんなとこに居るのよ?」
「それは後で説明するわ……」

 強敵の正体は良く知る人物、キュルケとタバサだった。
 途端に脱力、ため息をついた。

「あー、いてぇ」

 忘れていた痛みがぶり返してきた、腹に視線を移すと……。

「あれ?」

 服に穴が開いていて、その周囲が真っ赤だった。





「モンモランシー!!」

 ……いてぇ。
 痛みに耐えかねて膝を着く。
 腹には5センチ位の穴が開いてるじゃん、これってヤバいよな?
 右手で触れれば真っ赤、左手で触っても真っ赤になるだろなぁ……。

「早くこっちに来て!!」

 正座のように座り込む。

「相棒、まだ死なねぇからしっかりしろ!」
「分かってるよ、あれだろ。 眠くなったりしたらやばいんだろ? 痛いけど、眠くないからまだ大丈夫じゃないか?」
「サイト! ああ、どうすれば……」

 キュルケが膝を着いておろおろしている。
 キュルケの脇から見えるルイズとタバサ……?
 今だタバサはしゃがみ続け、ルイズは杖を突き付け続けていた。

「早く治療を!」

 大声で言っていたルイズ、その表情は……。


 能面のような、感情が全く見えない表情だった。



[4708] スタンダードになってきた 29話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2009/01/16 00:24

「ルイズ、杖を仕舞いなさい!」

 横になり、モンモンに治療される中キュルケが声を荒げた。
 見れば今だルイズがタバサの背中に杖を突きつけている。

「ルイズ! 杖を降ろしたまえ! 彼女らが敵でない事など分かってるだろう!?」

 水の精霊を攻撃しようとしていたのはキュルケとタバサで、同じ学院のクラスメイトで面識があり、友達と言える位の親しい間柄。
 お互いに事情がある、そんな事少し考えれば分かるはずなのに今だ警戒を解かないで居るルイズ。

「黙りなさい」

 そう言われ二人は押し黙る。
 それだけの迫力があった。

「ああ……タバサ、とても残念よ」

 優しく語り掛けるように、タバサに声を掛けるルイズ。

「貴女の事大好きなのよ? とっても大好き、抱きしめたり撫で回したり、キスだってしてあげたいわ」

 母が愛しい子に語りかけるような、背筋が凍えそうな声。
 そのままの意味では読み取れない声、それは感情を押し隠した物。
 綺麗で美しくて、笑顔で我が子の首を絞めるような……恐ろしい声。

「本当は許してあげたいわ、でもそれは出来ない。 だって……」

 声質が、真の意味に合った物へと変わった。

「貴女は私の一番大事な人を傷つけた」











タイトル「本気で困る」












 後ろから声を掛けてくる人物は、私のほぼ真後ろの位置。
 まるで耳元で囁く様に、声を忍ばせて語りかける。

「とってもよ? とっても、とってもとってもとっても……よ? 私の大事な大事な、とても大事な人」
「………」
「動くなと言ったでしょ?」

 杖を動かそうとしたが制止を掛けてくる、ひしひしと感じる圧力。
 動けば即攻撃を仕掛けてきそうなほど、暗い感情が込められた声。

「タバサの大切なもの……、思い浮かべて御覧なさい?」

 大切なもの……、大切な……。

「そう、貴方の『お母様』」
「ッ!」
「それが他人の手によって傷つけられる、どんなに屈辱的で、どんなに悔しくて、どんなに後ろめたい事か……。 貴方なら分かるでしょう?」

 大切な母様、傷つける者が居れば、殺してやる。
 その気持ちを、私と同じ気持ちを、ルイズはぶつけて来ている。

「……ルイズはどうしたいわけ?」

 ……事故とは言え彼を攻撃して傷つけた私を許せないと言う事?
 確かにお互いが誰かを認識していない状態で戦闘が始まった。
 こっちは分からない、向こうも分からない。
 確かめようとしてもこっちはフードを頭から被り、向こうは土の壁を盾にして高速で走り回る。
 更には月夜と言えども薄暗い、動体視力がよく夜目が利く視覚でないと判別などできない。

「簡単よ、サイトに危害を加える者は誰であろうと許さない。 今も、そしてこれからもただの一人も許す気は無い」
「………」
「許さないわ、絶対に。 そう、『存在』することすら『許さない』──」

 言い終わる直前、動いた。
 しゃがみながら反転、長大な杖を背後のルイズへ向かって突く。
 手応えは、無い。
 何も感じない、何も、誰も居ない空間に杖が空を切っていた。

「それじゃあ、タバサ」
「ッ!」

 声が聞こえて振り返れば、文字通りの眼前。
 息が掛かるくらいの距離。
 近すぎる、密着と言っていい距離。
 その距離で、ルイズは『笑っていた』。

「さような──」
「やめろッ!!」

 と止める声。
 反射的、咄嗟に飛び退いた。





 今だ塞がっていない腹を押さえて立ち上がる。
 それを見ていたモンモンは止めようとしなかった。

 今ルイズは何をしようとした?
 杖をタバサに向けて、振り下ろそうとした。
 つまり……。

「駄目よサイト、今ここでこの子を殺しておかないと」

 くそ、やっぱりか!

「タバサはルイズの友達だろ!?」
「ええ、とても大事な友達よ? でもね、友達より大切なサイトを傷つけた」

 タバサを睨みつけるように見る。
 それもすぐに逸らし、穴が開いたおれの腹を見るルイズ。

「ああ、こんな傷が付いてしまって……。 なんて謝ればいいか……」
「こんなのすぐに治るって、そんな事よりどうして殺すなんて言うんだよ」
「だって、サイトを傷つけたのよ? 放っておいたらもっと酷い事になるわ、今の内に殺して私の家に行きましょ? 時間は掛かるけど、覚えるまで安全に暮らせばいいわ。 ね? そうしましょ?」

 縋り付くように、おれの手を取る。

「ルイズ……」
「ちょっとちょっと、ルイズったらどうしちゃったのよ?」
「……タバサ、すぐ殺してあげるから少し待ってなさい」
「だから! 殺すなんて言うなよ!」
「駄目よ、タバサと居れば酷い事になるわ。 殺して禍根を断たなきゃ」

 それを聞いて、タバサが杖を構える。
 睨みつけ、杖先はルイズへと向けられている。

「タバサ、杖をおろして! ルイズは少しおかしくなってるだけよ!」
「ルイズ! 杖を離せ!」

 サイトがルイズの杖を取り上げようとして、キュルケがタバサの前に立ちふさがる。

「駄目、駄目よ。 このまま進めないわ! こんなにもズレて、修正なんて出来っこない! サイトなら分かるでしょう? このままじゃ死んじゃうかもしれないわ! そんなの駄目! 絶対に駄目よ! サイトは絶対に私が帰してあげるの!」

 嗚咽を上げ、ルイズが涙を零して泣き始めた。
 ルイズが言っている事は良く分からないが、タバサと居ると何か危険な事になるらしい。
 ……おれとタバサ、いや、ルイズとタバサが居れば危険になるって事か?





「ねぇルイズ、どこまで知ってるの?」

 そうルイズに聞いた。
 涙を拭きながらこっちを見るルイズ。

「タバサの事、知ってるのね?」
「……知ってるわ」
「……『それ』も知ってるのね?」
「知ってるわ、それが何?」

 この子……、私がタバサと一年以上付き合って、つい先日教えてもらった事をとうに知っていた?
 どこで知ったのか、何故知ったのか。
 色々と考える事があるが、今はこのおかしなルイズを止めなくてはいけない。

「いえ、知ってる事なんてどうでも良かったわね」

 双方納得できる状態にしなければならない、そうしなければ今にでも本気の殺し合いを始めそうな二人。

「ルイズ、貴方はタバサがサイトを傷つけたから許せないの? それともタバサが危ないから許せないの?」
「……両方よ」
「どうしたら許してくれるの?」
「許す? そう思えるなら最初からこんなことしないわ」
「……つまり、貴方はタバサを……殺したいわけなのね?」
「二つ、タバサが消えるか、タバサの『叔父』が消えればいい話よ」
「……貴方、どこまで──」
「どうして、知っている」

 遮ってタバサが一歩、杖を構えたまま前に出た。

「言っていいの? ここで、貴女がどういう存在か」
「ッ……」

 どう考えてもおかしい、眼が据わってるし、いつもと全く感じが違う。
 暗い雰囲気と言えばいいのか、感情で言えば憎悪。
 怒りを向けてきていた。

「貴方……、本当にどうしちゃったのよ……?」

 




 人目、モンモランシーとギーシュと彼。
 全く関係ない人間に知られたくない。

「何言ってるのか分からないけどいい加減にしてよ! サイトの怪我だって治してないのに!」
「あ」

 と声を上げたのはモンモランシー。
 見れば今だ腹部から血が流れ落ちていた。

「いってぇ……、治ってないの忘れてた……」
「……もう、馬鹿ねぇ」

 打って変わってルイズの優しい声。
 叩き付けるような殺気など、今は微塵も感じない。
 腹を押さえ、前屈みの彼に肩を貸すルイズ。
 どくどく、と流れ出ている液体。
 あれは、私が傷つけた。

「治るまでじっとしてなさい」

 彼を横に寝かし、その隣に座り込むルイズ。

「ルイズ、まじで止めてくれ。 殺すなんて言わないでくれよ、そんなの……、ダメだろ」

 ルイズの腕を掴んで、懇願するように言った。
 それを聞いて、微笑んで頷く。

「分かったわ、サイトがそう言うなら」
「……あ、ああ。 ありがと……」

 こんなにあっさり頷かれるとは思っても見なかっただろう、少しほうけた表情で言っていた。
 ……でも、この変わりようは?
 隣を見れば、キュルケもあっけらかんとした表情でルイズを見ている。

「ちょっとギーシュ」
「……なんだね?」
「あれ、どうしたのよ」
「……惚れ薬を飲んだらしいよ」
「ほれぐすりぃ?」

 惚れ薬、あれほど心を乱せる物? 何時もの彼女とは全く違う。

「僕も良く分からないんだが、ルイズが惚れ薬を飲んでしまってね。 ……サイトにべったりなんだよ」
「はぁー、惚れ薬、ねぇ。 こんなに凄い効果があるなんて思いもしなかったわ」
「モンモランシーの話では、ここまではならないらしいよ。 あんな風になるのは、ルイズが特殊らしいと言う事ぐらいしか」
「ルイズが特殊……? たしかに特殊よね……」

 二つ名通りの意味ではない、彼女には何かがある。
 思い出すのはトリステインの城下街、ブルドンネ街で彼が剣を買ったときの光景。
 音も無く、背後に立たれる。
 どれほど致命的か、魔法が使えるか使えないかなど関係ない。
 背後に立って短剣で一刺し、毒でも塗れば確実に、かつ俊敏に相手を消せる。
 ……それができる彼女は特別、特殊な何かがある。

 最初はただ一風変わった貴族だと言う感覚しかなかった。
 だけど、私の、数えるほどしか居ない情報を持つ者。
 叔父、ガリア王ジョゼフとの確執や、エルフの毒で心狂わされた母の事まで知っている。
 どこで知ったのか、何故知っているのか。
 油断ができない存在、その一言に尽きる。

「僕らは惚れ薬の解除薬に必要な秘薬を取りに来たのだよ」
「それで何で私たちと戦う事になるのよ」
「聞けば水の精霊が攻撃されていると言うじゃないか、そいつらを撃退すればその秘薬を貰うと言う約束したんだよ」
「で、私たちがその襲撃者だと?」
「状況的に君達しか居なかったし……、間違えてすまなかったね」
「……いえ、間違えては無いんだけど……」

 ギーシュは眉を顰めた。

「まさか、本当に君達だったのかい!?」
「……私たちは領民が困ってるから何とかしてくれって頼まれたのよ、そしたらいきなり襲われてねぇ」
「ううむ……」
「参ったわね、私たちは水の精霊を退治しなきゃいけない。 貴方達は水の精霊を守らなくちゃいけない、困ったわねぇ」

 3人は、治療するモンモランシーと、治療されるサイトと、そのサイトの手を握るルイズを眺めていた。














「貴方を襲う者は居なくなったわ、約束どおり貴方の一部をちょうだい!」

 ほんの数秒、水の精霊が振るえて水の精霊の一部が弾け。
 モンモランシーが持っていたビンの中にそれが納まった。
 昨日の夜、サイトの治療が終わった後色々話し合って話を決めた。
 水の精霊退治を一時中止して、どうして水かさを増やしているのかを聞く。
 解決できるような事なら協力して、できそうに無いならまた考えると言う問題の先送りする事になった。
 だが、襲撃者退治の事は水の精霊は信じてくれたようだ。
 水の精霊の涙を受け取り、水の精霊の輪郭が崩れ始める。

「待ってくれ! 聞きたいことが一つあるんだ!」

 サイトが止める。
 ぶれていた輪郭が元に戻り、水の精霊はその場に留まった。

「聞こう」
「どうして水かさを増やすんだ? 水かさが増えて困ってる人がいるんだ、良かったら止めて欲しいんだけど……」
「月が万を超えるほど交差する時の中、我と共にあった秘宝が奪われた」
「秘宝が盗まれた?」
「そうだ、貴様らの同胞が我が守る秘宝を奪っていった。 故に我は水で満たす、全てを侵食した暁には奪われた秘宝の在り処を知るだろう」
「めちゃくちゃ気の長い話で……」
「我と貴様らでは時の概念が違う、貴様らが何十何百と世代交代を繰り返しても我は存在する」
「水の精霊って不老不死なのか?」
「我に『死』と言う概念は無い」

 さすがファンタジー、水が触ってもいないのにグネグネ動いて喋る。
 おまけに不老不死と来たもんだ。

「じゃあさ、俺たちがその秘宝とやらを取り返してくるから、水かさを元に戻してくれないか?」
「サイト、確かに約束を守ったとは言え、そう簡単に信じて──」
「良いだろう」
「ええ!?」
「遠き昔にガンダールヴは我との約束を守った。 そしてまたガンダールヴは我との約束を守った。 ガンダールヴならば信ずるに値する」
「ガンダールヴ? なにそれ?」

 おれとルイズ以外は聞き覚えの無い言葉に頭を捻っている。
 ……ガンダールヴか、だからルイズはおれの言う事を聞いてもらえるって言ったのか。

「それで、その秘宝の名前はなんて言うんだ?」
「『アンドバリ』の指輪」
「アンドバリ……、聞いたこと有るわ。 確か偽りの命を死者に与えるって言う、『水』系統の伝説のマジックアイテム」
「そして、その死者を操る。 世界の理から逸脱させる物」
「え? ルイズ知ってたの?」
「………」

 おれの腕に抱きついたまま、水の精霊を見つめているルイズ。

「世の理を知る者が居たか。 その人間が言ったように、死者を世の理から逸脱させる力を持つ、旧き水の力を持つ指輪」
「そんな物、誰が盗ってたんだろ」
「貴様らの同胞が、風の力を行使して指輪だけを持ち去った」
「そんなアイテム、使い所なんてあるのかしら?」
「使いどころなんてわからねぇけど、その指輪は必ず取り返して来てやるから、水かさを増やすのは止めてくれ!」
「わかった、指輪が戻ってくるなら水かさを増やす必要は無い」

 またもグネグネと水面に戻り始める水の精霊。
 だが、一人の、タバサが呼び止めた。

「待って、聞きたいことが有る」
「聞こう」
「貴方は私たちの間で、『誓約』の精霊と呼ばれている。 その理由を聞きたい」
「……我は変わらぬ、故に貴様らは願うのだろう」
「………」
「幾ら時を過ごそうとも我は変わらぬ、故に貴様らは変わらぬ我に変わらない誓いを立てるのであろう」

 それを聞いたタバサは頷き、指を組む。
 そのまま膝を着いて瞼を閉じた。
 それを見たキュルケが、祈るタバサの肩に手を置いた。
 ルイズも同じように、指を組んで膝を着く。

「ギーシュ、あんたも誓いなさいよ」
「……? 何をだい?」

 頭に『?』が出そうな感じで頭を傾げるギーシュ。
 それを見たモンモンはギーシュをどつく。

「何のために惚れ薬を調合したと思ってるの!?」
「あ、ああ! ギーシュ・ド・グラモンは誓います、これから先モンモランシーを一番目に愛し──」

 またどついた。

「何よ一番目って! わたし『だけ』って誓いなさいよ! わたし『だけ』って!」

 ギーシュはモンモランシーのあまりの剣幕にたじろぎ、どうにも守れそうに無い口調で誓っていた。
 そんな中、サイトは一人だけ立ち眺めていた。
 誓う事……、一つあった。
 そう思い、見よう見まねで指を組んで膝を着く。
 誓う内容は……、ただ一人を守り抜く事だった。

 
 














 一行が学院への帰路に着き、学院に到着していた頃。
 トリステイン王国女王、アンリエッタ・ド・トリステインは自室で酒を煽っていた。
 女王と成ってから激減した自由な時間、朝起きて食事と言った必要なものを除いてほぼ全ての時間が執務。
 それを寝る前までこなしている、過剰な執務であることに間違いなかった。
 慣れない仕事に休まる時間さえない、それはアンリエッタの心労を激増させていた。

「……はぁ」

 またワインを注ぎ足し、口に付ける。
 一口、それだけで飲み干す。
 そしてまた注ぎ足す。
 飲みすぎかしらと、揺れる頭で考える。

「はぁ……」

 ため息が止まらない。
 どうしても暗い気持ちになってしまう。
 それは何故か、酔って昔の事を思い出すからだ。
 女王になる前は楽しかった。
 ウェールズ様が居て手紙を交わし、時折ルイズとお話して楽しく笑いあう。
 それだけだったのだが、それがとても楽しかったのだと思えるのだ。
 今だ短い人生で、そう、充実した日々だったことが女王になってから良く分かった。

 今は、違う。
 朝起きて食事をし、机に座って執務をこなす、そのまま夜を迎えて就寝。
 それだけで一日が終わる、なんて面白みの無い一日か。
 私に笑みをもたらしてくれる存在がとても遠い。
 執務が忙しくルイズを呼び寄せる事ができず、ウェールズさまは亡くなった。

「……はぁ」

 不幸な事ばかりではない、先の戦争で勝利し、アルビオン侵攻軍を撃退。
 自身は女王へ即位し、民は自身を『聖女』と呼び敬愛してくれる。
 ほら、幸せな事もあるじゃない。

「………」

 そう考えて、女王になる前の日々には敵わないと考える。
 ルイズの事はまだ良い、生きているし元気にやっていると聞いている。
 だが、ウェールズさまはそうではない。
 二度と声を聞くことも、姿を見ることも、触れる事さえできない場所へと旅立たされた。
 それが、一番辛い。

「どうして、あの時おっしゃってくれなかったの?」

 たどたどしい足つきで立ち上がり、ふらふらとベッドに歩み寄り倒れこむ。
 そのまま両手で顔を隠した。

「あの一言を聞ければ、私は頑張れた……」

 隠した手の内側から、透明な液体が頬を伝って流れ落ちる。
 一番聞きたい言葉を発してくれる人物はもう居ない、この世にはもう存在しない。

「ダメね……、強くなるって誓ったのに」

 涙を拭い、着替えようと立ち上がるとドアがノックされた。

「……誰? こんな夜中に何か用?」

 と返事を返すが、ただノックで帰ってくる。

「……名乗りなさい、こんな夜中に女王の部屋を訪ねる者が、名を名乗らない法などありませんよ」

 声のトーンを下げる、頭を振り、杖をしっかり握る。
 不埒者かも知れない、魔法衛士隊の警備を抜けてくる者が早々居るとは思えないが。
 もう一度声を掛ける。

「いい加減になさい、これ以上名乗らないのであれば人を呼びますよ」

 そう言い切って、返ってきた声に愕然とした。
 あまりの驚きに杖を取り落とそうとしてしまった。

「僕だよ、アンリエッタ」

 聞きたい声、見たかった姿、触れたかった体。
 求めて止まない、死んでしまったはずの人物がドアの向こう側に居る。

「こんな……、飲みすぎたかしら、こんなにはっきりと幻聴が聞こえるだなんて……」

 振り払う、そんなはずは無いと。
 ワインの飲み過ぎて悪酔いしただけ、きっと疲れているんだわと。
 そんな思いを、ドアの向こう側に居る人物は打ち砕いた。

「僕だよ、アンリエッタ。 このドアを開けてくれないか?」
「……ま……さか、嘘……」

 杖が、落ちた。

「何が嘘だい? まさか、僕が死んだなんて信じていたのかい?」
「嘘……、そんな、嘘よ……」

 ドアに駆け寄ろうとして、留まった。
 自分の指にはめた風のルビーを強く握る。
 これは何? これはウェールズさまの形見で、ルイズ達が必死の思いで持ってきてくれた物。
 じゃあ、ルイズが嘘を付いていた? それこそまさか、ルイズは嘘なんて付かない。
 ルイズは真実をもって答えてくれる、なら……あのドアの向こう側に居るのは誰?

「君は手紙にある言葉を書こうとしてくれたんだね? 僕に『亡命』して欲しいと」
「そん……な」
「初めは皇太子としての責務を果たそうと、例え君の言葉であろうと貫こうとしたよ。 でもね、使者のヴァリエール嬢に諭されたよ、『国はまた建て直せる、でも人の命は直せない』ってね」
「ウェールズ、さま……」
「ああ、ヴァリエール嬢に死んだと聞かされたから、信じたんだろう? 事実は違うよ、僕はこうして生きている。 死んだのは僕の影武者だよ、敵を欺くには味方からと言うだろう?」

 優しい口調、例えドアで阻まれ見えなくとも、あの優しい笑顔が見える。
 
「……そうだね、もしかしたら僕は偽者かもしれないって思ってるんだね? なら証拠を聞かせよう」

 息を呑み、震えながらその言葉を待った。
 あの合言葉、ラグドリアン湖で何度も聞いた言葉。
 大切な、合言葉。

「……風吹く夜に」

 それを聞いた時には駆け出していた。
 ドアノブに手を掛け、回す。
 ドアを開け放てば……。



「やあ、アンリエッタ」

 夢にまで見た笑顔が、そこにあった。

「ああ、ウェールズさま……、よくぞ、ご無事で……」

 勢いよくアンリエッタはウェールズの胸に抱きつく。
 胸に顔を寄せて、涙を流し嗚咽を上げる。

「ああ、アンリエッタ。 君は変わらず泣き虫だね」

 ウェールズは腕を回し、アンリエッタの頭を撫でた。

「だって、だって!」
「もう泣かないでおくれ、アンリエッタ。 僕はこうして生きている」
「ウェールズさま、ウェールズさま……」

 そう言ってウェールズはアンリエッタの涙を拭う。

「逃げ延びたのはいいけど、追っ手から逃れるため拠点を何度も変えていたんだ。 最近やっとトリステインにたどり着いてね、君が一人で居る時間を調べるのに苦労したよ」
「……もう、ウェールズさまも変わらず意地悪ね。 私がどんな気持ちで今まで過ごしてきたか、貴方はお分かりにならないでしょうね」
「そんな事無いさ、君の気持ちは僕と同じ気持ちだ。 だからこうして迎えに来たんじゃないか」

 しばらく、ウェールズとアンリエッタは抱き合った。

「遠慮などなさらず、すぐにでもこの城にいらしてくれれば良かったのに。 今のアルビオンにトリステインを攻める力など、ありはしませんのに」

 アンリエッタは笑った、愛しい人が生きていて、これから一緒に過ごせると言う状況に心躍らせていた。
 だが、それもすぐに打ち砕かれる。

「……アンリエッタ、僕はここに居られない」
「……え?」
「僕はアルビオンに帰らなくちゃいけない、アルビオンを、レコン・キスタから取り戻さなければいけない」
「そんな、幾らアルビオン艦隊が無くなったとは言え、彼の者らの戦力は一国と戦えるほどの力があるのですよ!」
「大丈夫だ、国内には僕に協力してくれる人はたくさん居る。 でも、それだけじゃ足りないんだ」

 ウェールズはアンリエッタを見つめる。
 アンリエッタの瞳には笑みを浮かべたウェールズが映っていた。

「もっと信頼できる人が必要なんだ、だから君に一緒に来て欲しいんだ」
「……そんな、お言葉は嬉しいのですが……。 私の身は一国の王、そのような冒険は王女時代ならいざ知らず……」
「無理は承知の上だ、君が、『聖女』と言われる君の力が必要なんだ」

 その言葉を聞いて、アンリエッタの鼓動は跳ね上がった。
 愛しい人から必要とされる、嬉しくて堪らない。
 その衝動が、今までの寂しさと酔いによって加速されていた。
 それでもなお、アンリエッタは女王の責務を枷にして衝動に抵抗する。

「これ以上私を困らせないでくださいまし、今人を呼びますから。 この話はまた明日、ゆっくりと……」
「明日じゃ間に合わないんだ、今出なければ……」

 驚く、今だ十分程しか経っていないというのに。
 もう別れてしまわないといけないなんて。

「愛している、アンリエッタ。 だから僕と一緒に来てくれ」

 唐突、今まで一番聞きたかった言葉が耳に入った。
 勿論自分の耳を疑った。
 あの日のラグドリアン湖や、交わした手紙の中でも一切出てこなかった言葉。
 終に聞くことが無かったはずの言葉。

「今……なんと?」
「僕は、アンリエッタを愛している」

 立ち竦む。

「アンリエッタ、僕と行こう」

 そんな放心したアンリエッタに唇を重ねるウェールズ。
 瞼が落ちる、気が付かぬ内に眠りの魔法を掛けられ夢の世界へ落ちていった。

 その時には、アンリエッタは決められた恋の終焉を迎える事となる。

















 夜が明け始めた。
 日が昇り、大地を遍く光で照らす。
 夜が明ける前に学院へ着いた一行。
 そのまま流れ作業のようにモンモランシーは解除薬の製作に取り掛からされた。

「少しは休ませなさいよ!」
「だが断る!」

 そんな訳で日が昇る頃には完成した。
 モンモランシーの部屋、中央を占めるテーブルの上の坩堝の中に、出来上がったばかりの惚れ薬解除薬が入っていた。

「これ、そのまま飲めばいいのか?」
「ええ」

 解除薬が入ったるつぼを取る。

「ほら、ルイズ。 解除薬だ」

 持って近づけると、ルイズはその可愛らしい表情を顰めた。

「……臭いわ」

 臭い、そう思って匂ってみると言った通り臭い。
 こりゃ何かに混ぜて飲んだ方がよさそうな臭いだった。

「なんかに混ぜて飲ましても効くのか?」
「ええ、効くけどそのままの方がすぐ効果出るわよ」
「そのまま……か」

 結構きつそうな味してそうな解除薬。

「ルイズ、このまま飲んでくれないか?」
「……サイトがそう言うなら、飲ませて」
「分かった」

 るつぼをルイズの唇に近づけるが、ルイズは顔を横に振る。

「違うわ、飲ませて」
「ああ、だからほら……」
「違うの、飲 ま せ て」

 飲ますって、普通に口から飲むんじゃないの?
 そう思ってモンモンを見れば、意味が分かっているのかニヤニヤと笑っていた。

「何だよモンモン、ルイズが言ってる事分かるのか?」
「何となくだけどね」
「当てずっぽうで良いから教えてくれ」

 さっさと飲んで元に戻ってもらいたい。

「簡単よ、おそらくは……口移しね」

 ……は?
 口移しって、あれ?
 俺の口に含み……、ルイズにキスして……。

「な、なんだそれ!?」
「ルイズ、私が言ってる事で合ってる?」

 それを聞いて大きく頷くルイズ。

「ま、まじかよ!?」
「飲ませて」
「……な、なぁルイズ。 飲んだ後じゃダメか……?」
「ダメ」
「そんな事言わずに!」
「ダーメ」

 チクショウ! 可愛らしくポーズ決めやがって!!
 そこまでおれを困らせたいのか!?

「……飲ます方法無い?」
「あんた男でしょ、男らしく覚悟決めなさいよ」
「いや、そうは言ってもなぁ……」
「ほら、さっさと飲ませなさいよ。 いつまでも部屋に居られると迷惑なのよ」
「……モンモンが惚れ薬作らなきゃ、こうならなかったんだけど」
「だから、解除するためにわざわざ水精霊の涙を取りに行ったんでしょ!」
「……はぁー」

 覚悟を決め……られない。
 勿論しょうがないとも思わない。
 無理やり飲ませる? 絵的に色々不味いしなぁ……。

「ああもう!」

 そう言ってサイトの手のるつぼを奪い取るモンモランシー。

「へ?」

 と間抜けに口を開けたサイトへるつぼを突っ込む。

「もっ……」
「行きなさい!」

 まるで飼い主がペットに命じるかのようにサイトを指差したモンモランシー。
 それに応じてルイズが飛びついた。
 吸い付くように、サイトとルイズの唇が合わさる。
 そのままサイトの口を蹂躙、解除薬を自分の口に移した。
 離れれば糸、二人の唇に掛かる艶かしい糸。

「っはぁ……」

 飲み干す、瞬間に解除薬は効果を発揮した。

「………」

 ルイズの挑発的だった笑みが一気に消える。

「あ、言っておくけど記憶は消えないからね」
「……へ?」
「惚れ薬飲んであんたにやってた事、全部覚えてるわよ?」
「そう、なんすか……」

 言うの遅いよ!
 ほら……、ルイズの顔が見る見る……変わらない?

「ル、ルイズ……?」

 声を掛けたときには、ぶん殴られた。



 掬い上げるような左リバーブロー。
 体をくの字に曲げ、頭が下がった所に右ストレートが頬に突き刺さった。
 その反動でサイトは倒れ、音を立てながら頭を打つ。
 すぐにルイズはドアに体当たりしながら開け、走り去っていく。

「ちょ、ちょっと! こいつ置いていかないでよ!」

 モンモランシーの叫びは届かなかった。


















 マジかよ……、何でこうなるわけ?
 心が違うから原作通りにはならないだろうと思ったけど、これは酷すぎるだろ!
 と、薄暗くなったアウストリの広場の一角にあるベンチに一人座り、両手で顔を覆って足をばたばたと動かす。

「恥ずかしい、恥ずかしすぎる!」

 恥ずかしい事その一、人目を憚らずにサイトと手を握る。
 恥ずかしい事その二、夜、サイトを抱きしめて一晩中その顔を眺めている。
 恥ずかしい事その三、カーテンを引かずにサイトのすぐ傍で着替える、時には全裸になった。
 恥ずかしい事その四、寝る間際、サイトに襲い掛かった、性的な意味で。
 恥ずかしい事その五、サイトにキスマーク、それも過剰に。

 ダメだって! これはダメだって!
 18禁はダメだって!
 何でこんなになるの!? サイトに襲い掛かるって、痴女みたいじゃないか!

「アッー!!!」

 それに最後のはなんだ!? 口移しで飲ませろ?
 馬鹿言ってんじゃねぇ! 恋人でも早々やらないことを何でしなきゃいけないんだよ!!
 俺とサイトは恋人か? ちげぇだろ!!

 バタつかせる足が加速、悶えすぎて我慢できない。
 これだけならまだいい、恥ずかしいの一言で済ませられる。
 だが、湖のやり取りはアウト過ぎる。
 タバサ相手にネタバラしとか有り得ん! 自分で話を変えるなんてどう言うつもりなんだよ!
 絶対怪しまれてる、120%個人面談タイムが入る。
 最悪、殺しに掛かってくるかもしれない。

「もーなんでよぉー!!」

 自分が分からなくなる、こんなことしたらサイトが帰れなくなってしまう。
 そんなのダメだろ! ハルケギニアに定住させるとかふざけるんじゃない!
 くそ! くそ! くそ!
 自分を殴りたくなる、自分自身に怒りを向ける。

「ここに居たんだ」

 と、今最も会いたくない人No.1が現れた。

「………」

 足をバタつかせるのを止め、両手は顔に覆ったまま停止。
 金属音、鞘を鳴らし、サイトは隣に座ったようだ。

「探したぜ、どこ見て回っても居ないし」
「………」
「そ、その……気にすんなよな。 惚れ薬のせいであってルイズのせいじゃないし……」
「………」
「ほら……、あの……、その……」
「……ごめん」
「………」
「あんなになるなんて、思わなかった……」
「いや、ルイズのせいじゃないし……」
「そういう可能性も有るって、ほんの少しだけ考えてたのよ。 でも、可能性があるのに無視したの」
「………」
「そうしなきゃいけないって、こうしておかなきゃ進めないって」

 崩壊、それが最大最強の敵。
 絶対に向かいたくない敵、それが訪れれば最も恐ろしい事になる。
 不明瞭な未来、それが何よりも恐ろしい。
 俺が死ぬかもしれない、サイトが死ぬかもしれない、両方死ぬかもしれない。
 死ななくても、サイトが帰れなくなるかもしれない。

 そうなれば責務の放棄に匹敵する、なんて最低な人間か。
 拉致、監禁にも当たるだろう。
 二度と元の世界に戻れないという意味で、この世界に閉じ込めるという意味で。
 何が貴族か、何が尊い存在か。
 どう考えても最低、元の世界で広がっていたサイトの可能性を摘み取る。
 他人の一生を、踏み躙る。

「最低よ……」

 手を膝の上に置く、顔は俯いたまま。

「……気にすんなよ! 必要な事だったんだろ? なら良いじゃねぇか、そうしなきゃいけなかったんならそうするべきだろ!」
「サイト……」
「……いや、その……ちょっと危ない時も有ったけど、ルイズも頑張ってるんだと思ったら……な」

 手を出してたら、解除薬後あれが再起不能になるまで踏み潰してたかもしれん。
 とりあえず……。

「ありがと……」

 まだ結構恥かしい、暗くて分かりにくいがサイトの首筋に今だキスマーク残ってるし。
 原作でもやってたけど、一個しか付けてなかったような。
 今見た限り五個は固い。
 なにやっとんじゃ己は。

 まぁなんにしても、惚れ薬は終わったか。
 色々心労が溜まりまくりだ……。
 次のイベントで心臓発作とかで死んだりしないだろうな?
 はぁ……、結構鬱りそうだ。 次のイベントは……。
 次の、イベント?

 次のイベントって何だっけ……。
 えー、惚れ薬を飲む。
 水の精霊の涙を取りに行く。
 キュルケ&タバサ組と交戦。
 涙を貰って、どうして水かさを増やしているのか聞く。
 で、水の精霊が守っていた……。
 ……そうだった、この次のイベントは……。

「キュルケ! タバサ!」
「おわっ!」

 名を呼びながら立ち上がる
 近くに居るはずだ、いや、居なきゃいけない!
 前、居ない。
 右、居ない。
 左、目を剥いて驚いているサイト。
 なら……後ろか。

「呼んだんだから早く出てきなさい!」

 ベンチの背凭れの後ろ、以前サイトとシエスタを覗いていた穴に紅髪と蒼髪の少女達が入っていた。

「は、はぁい……」
「キュルケ! タバサ!」

 さすがに怒鳴られるかと思ったのか、二人は返事をしない。

「ラグドリアン湖から帰ってくる道で、誰かとすれ違ったでしょ!?」
「え、ええ……、どこかで見たことがある顔だと思ったんだけど思い出せなくて……」
「ウェールズ皇太子よ! マズった、すっかり忘れてた!」
「……そうよ、ウェールズ皇太子よ! あんな色男を忘れるなんて、私も疲れてるのかしら」

 言われてやっと思い出したといわんばかりにキュルケが頷く。

「皇太子って……、確かに死んでたぞ!」
「そうよ、確かに死んだのよ。 でも私たちは皇太子を見た、つまり……」
「……指輪か!」

 アンドバリの指輪、死者に偽りの命を与え操る代物。
 惚れ薬中の俺とキュルケが見たのは、アンドバリの指輪によって操られている死人のウェールズ。

「間に合うかしら……、タバサ! 貴方のシルフィードを貸してちょうだい!」

 馬じゃ間に合わない、例え他の馬より足の速いクラウンでも追いつけない。
 ベンチの背凭れを乗り越え、穴の前に立つ。
 タバサはそれを聞いて、首を横に振る。
 くそ、あんな事言ったから警戒してるのか!

「交換条件、何故貴方を知ってたか教えてあげるわ!」

 それを聞いて数秒、黙考して穴から飛び出したタバサ。
 着地と同時に口笛を吹いた。

「……約束」

 杖を向けられて一言。

「ええ、約束を破るのは嫌いですもの」





 降り立ったシルフィードの背中に、四人は乗り込む。

「まずは王宮……じゃない私の部屋の窓に寄って」

 前アンアンから貰った王権行使許可証を持っていかなくてはいかん。
 シルフィードは飛び上がり、俺の部屋の手前でホバリング。
 杖を振りながら窓に飛び掛かる、枠に足をかけ部屋の中に入り、置いてあった許可証を鷲掴み。
 ポケットにねじ込む。

「ルイズ……、魔法使えたの?」
「コモンマジックなら少しね、タバサ、王宮に向かって」






「行き先は王宮、飛んで」
「きゅいきゅい」

 タバサは頷く、4人を乗せたシルフィードは月夜の空に大きく羽ばたいた。



[4708] 動き始めて4巻終了 30話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/02/12 04:47

 流石風韻竜シルフィード。
 先住魔法、と言うか精霊魔法で風の精霊の力を借りているためか、並の風竜より一段と速い。
 流石に音速は無理だろうが、それの半分ぐらいは簡単に出しそうだ。
 そんな凄まじい速度で飛翔するシルフィードのお陰で、2時間ほどで王宮に着いた。
 かなりの速度で着陸、王宮の中庭に風が吹き荒れた。
 大慌てだった中庭は更に大慌て、魔法衛士隊が降り立った風竜を一斉に取り囲んだ。

「ッ、またお前達か! 面倒な時に姿を現しおって!」
「隊長、状況の説明を」
「何故貴様らに説明など──」

 シルフィードから降り、半ば押し付けるような形で王権行使許可証を手渡す。
 マンティコア隊の隊長、ゼッサールはその書面を見て目を見開く。
 女王から王権の行使を正式に認められ、行使する許可を書き記された書簡。

『ルイズ・フランソワーズ・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 右の者にこれを提示された公的機関、および公的機関の者はあらゆる要求に答えるものとする』。

 そう書かれていた、つまりこの場に居る誰よりも偉い、命令できる立場にある上官だと言う事であった。

「ハッ、申し訳ありません。 今から二時間ほど前、女王陛下が何者かによってかどわかされました」

 急激な姿勢の変化、直立して敬礼、上の者に対しての敬礼であった。
 それに驚いたのはキュルケとタバサと周りのマンティコア隊の隊員であった。

「誘拐犯は警護の者を蹴散らし、馬で駆け去りました。 その追跡はヒポグリフ隊が請け負っており、我々マンティコア隊はその者らの証拠が無いか捜索しておりました」
「どっちへ行ったか分かる?」
「ハッ、賊は街道を南下している模様です。 おそらくはラ・ロシェールに向かっていると推測されます」
「……アルビオンの手引き、ね」
「恐らくは、既に近隣の警戒と港に封鎖命令を出しているのですが、間に合うかどうか……」

 足の速さはヒポグリフより風竜の方が上、その風竜を扱う竜騎士隊は先の戦いで全滅している。
 つまり、馬より足が速いとは言えヒポグリフでも追いつけるかどうか分からないと言う事。

「……隊長、これから貴方達マンティコア隊に、かなりの苦労を背負ってもらう事になるわ」
「……? それはどういう意味でありましょうか?」
「ヒポグリフ隊が全滅するかもしれない、そういう意味よ」
「全滅ですと? そんなまさか……」

 踵を返し、シルフィードの背中に乗り込む。

「タバサ、ラ・ロシェールへの進路に飛んで、出来るだけ低空でお願いするわ」
「お待ちください! 我らと同じ精鋭であるヒッポグリフ隊が全滅とは!?」
「貴方達は今の任務を続けなさい、女王陛下は絶対に連れ戻すわ」

 シルフィードは飛び上がる、心中に疑問を渦巻かせるゼッサールを置いて。













タイトル「お別れ」













 シルフィードは読む、人間とは比べるのもおこがましいほど優れた感覚によって空気の流れを読みきる。
 『人』と『竜』、そのスペックは種族としての地力の違い。
 身体能力なら恐らく最高級、いかなガンダールヴでも容易く屈服させるだけの力がある。
 単純な膂力だけではない、『韻』ともなれば人をはるかに上回る知能を有する。
 主従の契約の恩恵を受けなくとも人語を解するほどだ。

「近くに血の匂いがあるかどうか、分かる?」

 嗅覚、聴覚、視覚、どれもが人より上の感覚を持ってすれば多少離れ、人では感じられないものを理解できるだろう。
 使い魔は有効に使わなければいけない、……他人の使い魔ではあるが。
 
 それを聞いたタバサは杖でシルフィードの頭を撫でた。

「きゅい」
「ある」

 都合上喋れないシルフィードの代わりにタバサが答える。
 ヒポグリフ隊はもうやられてたか。
 ならもうすぐ見つかるはず……。

「ならそちらの方へ飛んでちょうだい」

 街道の数メイル上を飛ぶシルフィード。
 これ以上低く飛ぶと、街道を進む者に接触しかねない。

「……あった」

 シルフィードが速度を緩める、着地して見れば街道に人、馬、ヒポグリフの死体が転がっていた。
 風の刃を受けたのだろう、ばらばらになっている者や、焼き焦げた物体、立ったまま貫かれ死んでいった者。
 スプラッター、血や内臓が飛び散っている光景。

「……ダメだった様ね」

 気分が悪い、既に吐きそうな位気持ちが悪い。
 サイトやキュルケも思い切り顔を顰めている、タバサは見慣れているのか全く変わっていない表情。
 吐き気を催そうとも、見なければいけない。
 避けられたはずの未来、それを意図して起こした現実。
 ヒポグリフ隊隊員が死ぬ一因でもある俺は見なくてはいけない。
 見る、首が落ちている。 見る、腸が飛び出している。 見る、四肢が無くなっている。 見る、頭に穴が開いている。

「ッ……」

 喉に焼ける感覚、胃液がせりあがって来ているのが分かる。

「皆来て! 生きてる人が居たわ!」

 そうキュルケが声をあげ、駆けつける。
 見れば倒れ伏す男、衣服から見てヒポグリフ隊隊員だろう。
 腕には深い、いや、大きな貫通傷。
 風の刃でやられたのか、二の腕が大きく縦に切り裂かれ、向こう側が見えていた。

「グッ……、あんたたちは?」
「女王陛下の救援に来た者よ」
「なら……、気を付け……」
「きゅいきゅい!」
「タバサッ!」

 男の警告と、シルフィードの鳴き声が聞こえた時。
 タバサが杖を掲げてドーム状の渦巻く空気の壁を作り出し、飛んできた魔法を巻き込んで発散させる。
 見事、タバサは十を越える攻撃魔法を一発も撃ち抜かせることなく防ぎ切った。

「誘拐犯のお出ましね」

 そう言って全員が構える、
 ゆらりと、草むらの影から現れたのは複数のメイジ。
 左腕が無い者、首が大きく裂けた者、胸に大きな穴を開けた者。
 常識で考えれば生きているはずの無い者たちも居た。

「こいつら……、まさか全部……」
「そう、無理やり永遠の眠りから起こされ、操られる哀れなメイジ」

 攻撃を仕掛けてこない、タバサの魔法の前にドット程度の魔法では通じないと判断したのか。
 この場に居る、恐らくは最後の操られる者が現れた。
 見ればサイトの左手にあるルーンが光り、それが少しずつ強くなっている。
 死者に鞭打ち、偽りの命を与え、アンアンを攫おうとした策略に怒りを覚えたのだろう。

 確かに、戦争に卑怯な手など無いと言えるだろう。 だがそれは、生きている者同士での話だと考える。
 剣や槍で攻撃する? 有りだろう。 亜人や獣を戦線に加える? これもありだ。 魔法を使って優位に進める? 常套手段だ。
 だが、これだけはいただけない。 死者に働かせるなど、おこがましいにもほどがある。
 貴様らは神にでもなったつもりか? 使えるものなら何でも使う、そうは言っても程度ってものがあるだろう?

「お久しゅうございます、ウェールズ皇太子」

 内心腸が煮えくり返るのを表に出さず、トリステイン流の挨拶。
 俺を除いた一行は、一様に驚きを上げた。

「ああ、ヴァリエール嬢か。 久しぶりだね」
「はい、皇太子の御加減も随分優れているようで」
「そうだね、こんな気分は早々味わえないだろうね」
「……そちらに女王陛下はいらっしゃいますね?」
「ああ、居るよ」

 と、聞いて見てみればウェールズの背後に隠れるようにアンアンが居た。

「お話させていただいても?」
「僕達は急いでいるからね、数分で良いなら」
「御配慮、有難うございます」

 視線を向ければ、ガウン姿のアンアンが震えていた。

「手短に話すわ、アン。 これは貴女の意思なのね?」
「ル、ルイズ……」
「……その双肩に背負うと決めた国を捨てると、そう決めたのね?」
「ッ……」

 アンリエッタが息を呑んだ、その時。

「──イーサ・ウィンデ。 『ウィンディ・アイシクル』」

 既に唱え終わっていたタバサの詠唱。
 瞬時に周囲の水蒸気を集め、凍らせ作った氷の矢。
 杖を振り下ろされたと同時に放たれた。

「……無駄だよ、君達の魔法では僕らを倒せない」

 音を立ててウェールズの胸を貫いた氷の矢、その傷は見る間に塞がっていく。

「さぁ、アン。 今決めなさい、私たちと共に戻るか、そいつらに付いてくか」

 アンアンの驚きの表情、ウェールズも周りの奴らと同じ状態だと分かってなかったらしい。
 更に縮こまり、震えながら頭を振る。

「違うわ……、この人はウェールズさまよ……」

 こんな風になっても好きな人は好きな人、か。

「……お願い、私たちを行かせてちょうだい」

 搾り出すように言った言葉。
 また足りなかったらしい、アンアンは一つの考えしか考えなかったようだ。

「……そう、分かったわ。 有難うございました、ウェールズ皇太子」
「うん、分かってくれたか。 それじゃあアンリエッタ、行こうか」
「……はい」
「お待ちください、ウェールズ皇太子」

 アンアンの肩を抱いて、進もうとしたウェールズを引き止める。

「まだ何かあるのかね?」
「はい、皇太子に一つお聞きしたい事が」
「何だね?」

 これで決める。

「ウェールズ・テューダーはアンリエッタ・ド・トリステインを愛しておられますか?」
「……ああ、僕はアンリエッタを愛している」

 それを聞いて瞼を閉じる。
 ……やはりこの存在はウェールズではない、例え死のうとも口には出さなかった言葉を、こんな簡単に吐くような人物ではない。
 聞けるとするならば、肉体と言うしがらみから解き放たれ、この世ではない場所で再会した時だ。

「サイト、その操り人形を壊すわよ」
「……ああ」

 俺とサイトは睨むようにウェールズを見る。
 キュルケとタバサも、同じように構えていつでも動けるようにしている。

「ルイズ!?」
「何かしら、アンリエッタ・ド・トリステイン」
「ッ……、命令よ、ルイズ・フランソワーズ。 今すぐ道を開けてちょうだい」
「お断りするわ、女王でもない人物に命令される謂れなんて無いもの」

 全てを捨てるというなら、もう女王ではない。
 盲目して、その先の未来を見ない。
 どんな結末が来るのだろうかという考えが無い。
 ……余りにも稚拙、頭は良いのに愛が全てを狂わす。

「さぁ、行くわよ。 アンリエッタ・ド・トリステイン、いえ、アンリエッタ。 貴女に行かれたらとても困るから……」
「ぁ……」
「ここで終わってもらうわ」

 それが合図、サイトが疾風となってウェールズに切りかかる。
 が、それをさえぎる水の壁。

「駄目よ! ウェールズさまには指一本触れさせないわ!」

 はは、放心したかと思えば機敏に動くアンリエッタ。
 少し羨ましいかな、こんな状況になってまで愛する者のために動くのは。

「下がれ! エクスプロージョン」

 アンリエッタと水の壁の間で爆発が起こった。
 アンリエッタと水の壁を吹き飛ばし、サイトは一気に飛び下がっていた。

「ファイアボール!」

 キュルケが火球を撃ち出し、タバサは飛んでくる魔法を巻き込み撃ち落す。
 4対12、3倍の戦力差で圧倒的不利……ではなかった。
 ウェールズとアンリエッタを無視して周りのゾンビどもを消していく。

「エクスプロージョン!」

 ゾンビの胴が吹き飛ぶ、幾ら腕や足が無くなろうとも動くなら、それを繋ぐ胴を消し飛ばせばいい。
 単純な切り突きが効かないと理解したのか、タバサは全体の支援、サイトは抜けてくる攻撃をデルフで吸収する。
 ある意味完成された陣形、単体を狙う攻撃では一人たりとも倒せない状態となっていた。
 一体、また一体とエクスプロージョンとファイアボールで消していく。

「行けるわね」
「……そうも簡単に行かないようだわ」

 ポツリと、世界はこちらの優位を覆されかねない領域へと変化していく。

「……雨」

 空は、巨大で分厚い雨雲を従えていた。
















「ルイズ! 杖を捨てて! 貴方達を殺したくないわ!」

 豪雨、10メイルほどの距離に居る者が見難くなるほどの雨。
 その中で、アンリエッタは叫んでいた。

「貴方達の勝利は無くなったわ! 水の領域たるこの場で勝てると思ってるの!?」
「………」

 答えない、答える必要が無い。

「皆、敵は恐らく一撃必殺の魔法を撃ってくるわ」
「一撃必殺? まさかあの二人、スクウェアだってんじゃないわよね?」
「……それ以上よ」
「それ以上? スクウェアが最強じゃねーのか?」
「………」

 王家に連なるタバサは理解したのか、来る魔法を想像しているのだろう。

「王家のみに許された魔法、『ヘクサゴン・スペル』」
「ヘクサゴン……ですって?」

 二つの属性を掛け合わせた、合成魔法。
 城さえ撃ち砕くと言われるほどの強力な魔法。
 恐らく、虚無のメイジを除いて最高級の威力を誇るだろうそれ。

「ちょっと、そんなのどうすればいいのよ!」
「六芒星の魔法、防ぐ事は叶わないでしょうね」

 見れば二つの光り、雨のカーテンに遮られた向こう側に青と緑の光りが揺らめいていた。

「サイト、私たちを守って」
「……任せろ」

 出来れば止めさせたい、だがあれを受け止める者が居なければ皆一緒に死ぬ。
 恐らくサイトは酷い怪我を負う、だが原作サイトが受けきれて、このサイトが受けきれないなんて道理は無い。
 どっちに転んでも、サイトに頼るしかない。

「タバサ、出来るだけ衝撃を散らすために、私たちの周りに空気の壁を作って」
「………」
「キュルケは飛ばされないよう、タバサでも抑えておいて」
「出来る事なさそうだものね」

 如何に早く、力を込めた詠唱を終わらせるか。
 それが明暗を分けることなど、考えずとも判りきったことだった。














 その言葉を聞いたとき、頼られてるのかと考えた。
 見れば雨を巻き取りながら、竜巻がうねっていた。
 あれを止めるって事で良いのか。

「相棒、見せ場が来たんじゃねーか?」
「何言ってんだ、最初から最後まで見せ場だっての」

 3人が固まっている場所から一歩前に出る。

「相棒の仕事は簡単さね、『守る』、これだけさ」
「簡単じゃねーか」

 軽口を叩きつつ、両手の剣の柄を強く握る。
 左手のルーンが一層光りを増した。

「おめぇさんはガンダールヴ、『神の盾』さ。 あの程度の攻撃から主人を守れないんじゃ、これから先守っていけねーぜ」
「うるせーよ、あの程度受け切ってやるって」

 後ろの方では、ルイズが唱え始めたらしい。
 それを聞いた時、体に力が漲って来る。

「これが『ガンダールヴ』さね、悪くねーだろ?」
「ああ、文句無し」

 ちっとも怖くない、勇気が漲る。
 あんなの簡単に受けきってやると、根拠の無い自信で満ち溢れる。

「気持ち、思い、願い、そして信頼。 それが全部一緒になって相棒の力になる、忘れんなよ。 おめぇさんは敵を倒すんじゃねぇ、『主人を守る』存在だってな」
「知ってるよ、そういうものだって教わったんだからな」
「はぁー、娘っ子はどこまで知ってんだかねぇ」
「まぁ、無駄口は終わりだぜ!」

 見るも巨大な、アメリカとかで発生しているハリケーン。
 あれの水バージョンの竜巻が凄まじい速度で迫ってくる。
 明らかに人より速い、あんなものから走って逃げ切れるわけ無い。

「決めたんだからよォ!!」

 デルフを前にして剣を重ねる。
 剛風、大地を抉り攫う威力の竜巻を真正面から受け止めた。

「ギッ!」

 みしり、と体が軋んだ。
 指先、爪が剥がれる。
 皮膚、数センチもある深い裂傷が幾つも出来た。
 瞼、切り裂かれ眼球に痛みが走る。
 駄目だ、と考えるその度に轟音で聞こえないはずの声が聞こえる。
 そしてまた踏ん張る、大地が窪むほど全力で踏ん張る。

「オオオオォォォォッ!!」

 息が出来ない、なのに咆哮を上げる。
 竜巻がデルフリンガーに巻きつきながら吸収され続ける。
 まだだ、まだだ、まだだ。
 まだ、完成していない!
 踏ん張り続ける、全身全てに力を込めて。

 骨が軋んでいるのが判る、指だって千切れそうだ。
 だが、そうならない。
 俺に力を与えてくれる、だから耐えられる。
 だから、守って居られる。
 だから、守り続けると誓った!

「あ、相棒!?」

 押し返す。
 こんなもんに押し潰されるほど弱くねぇ!
 こんなもん!

「ぶっ潰してやらァー!!」

 デルフリンガーが竜巻を切り裂くように、一気に吸い込んだ。
 見る間、1秒も無いほどの時間で荒れ狂う竜巻は消滅した。
 それと同時に、ルイズの呪文が完成したと、背中に感じた。
















「……もっと早く出来てれば」
「いや、十分早かったと思うぜ」

 かすれた声で、サイトが言った。
 『ディスペル・マジック』で竜巻ごと消し去ろうとしたら、サイトが竜巻を押し返して吸収しきった。
 それは凄いとしか言いようが無い、デルフに吸収され威力が弱っていたとは言え、受けきるどころか押し返すなんて思いもしなかった。
 押し返すって、おかしいだろ。 幾らルーンで身体能力を強化されてるとは言え、人間ごときが何トンもある物体を巻き上げる竜巻を押し返すって……。
 たとえファンタジーでも度が過ぎればギャグにしかならないな。

 いや、こんな事考えてる場合じゃない。
 見れば傷が酷い、ありとあらゆる場所から血が流れ出しているサイト。
 今はタバサが応急処置をして、すぐ死ぬような怪我では無くなったが。
 それでも長時間放って置けば死に至るだろう。
 立ち上がって倒れ伏していたアンアンの元に寄る。

「アン、起きて」

 名前を呼びながら揺する。
 精神力を使い切って気絶してるだけ、一時すれば目を覚ますだろう。
 だが、その一時を待っていられるほど優しくは無い。

「アン、起きなさい」

 強く揺する。
 まだ起きない。

「起きなさい!」

 ついに頬を叩く。
 他の皆はその声に驚きを上げる。

「ちょっとルイズ!」
「いいのよ、時間が無いんだから」

 さっさと起きてもらわないと。

「……ッ」

 小さく声を上げて、アンアンが起きた。

「起きたわね、さぁ立って」
「ルイ……ズ?」

 無理やり引っ張り起こす、ふら付いていようが関係ない。

「さぁ、傷ついた者を治して」
「ぇ……あ」

 やっと思い出したのか、目を覚ましたように瞼を見開いた。
 落ちていた杖を拾い上げ、アンアンに押し付ける。

「今十分な治癒を掛けられるのはアンしか居ないわ」

 精神力が無いなら、底を掠ってでも治療してもらう。
 サイトを含め、怪我人は複数居る。
 アンアンは震えながらも杖を受け取り、次々と治療していった。





 一頻りの治療の後、怪我が治った者たちは死体を街道脇の木陰に運ぶ。
 アンアンも手伝おうとしたが、それを留める。

「貴女はこんな事してる場合じゃないわ」

 手を握り引っ張る、行き先はウェールズの元。
 それが判ったのか、アンアンは抵抗し始めた。

「ルイズ! 手を、手を離して!」
「権利が無いなんて思ってるんじゃないでしょうね?」
「……そうよ、私はこの場に居る皆にあわせる顔が無いわ!」
「そんな事関係ないわ、権利では無く義務なのよ」
「……義務?」

 何としても顔を会わせなければいけないだろう、もう時間が無い。

「ええ、この人を愛した、最後の義務よ」

 そう言って、横になっているウェールズの隣へ無理やり座らせる。

「……判りますか、皇太子」

 優しくウェールズの肩に触れ、小さく揺らす。

「ルイズ……、何を──」

 完全に死んでいると思ったのだろう。
 それを覆すように、ウェールズが声を発した。

「……判るよ」
「ッ!」
「……そこに居るのかい、アンリエッタ」
「ウェールズ……さま」

 そう言って手を握らせる。
 冷たい、おおよそ人の体温では無い。
 死んでいるのに生きているという矛盾を、水の力は実現していた。

「はい……、私です、アンリエッタです……」

 涙を零しながら、手を強く握るアンリエッタ。
 すぐ立ち上がってその場を離れた。





「タバサ、行きたい所があるからシルフィードを呼んで」
「何処?」
「ラグドリアン湖」

 そう言って二人に視線をやる。
 タバサもそれを見て頷いた。
 口笛を吹けば、安全のため離れていたシルフィードがすぐに飛んできた。
 シルフィードを引き連れ、二人の元へ戻る。

「……ルイズは、何処までもお見通しなのね」
「……有難う、ヴァリエール嬢」
「いえ……、皆手伝って」

 サイトとキュルケが頷く。
 二人でウェールズの体を持ち上げ、シルフィードの背中に乗せる。
 アンアンは膝の上にウェールズの頭を乗せ、支える。
 6人はシルフィードに乗って、ラグドリアン湖に向かった。






 ラグドリアン湖、ハルケギニア一と名高い名勝は、空が白み始める時には更に美しさを増していた。
 一番と言う触れ込みも十分に納得できる景色。
 だが、ウェールズはそれを確認する事が出来ない。
 時間が迫っているのか、既に目は見えなくなっていた。

「懐かしいね……、君と始めて出逢った月夜を思い出すよ」
「……はい」

 アンリエッタは肩を貸して、ウェールズを並んで歩く。
 その胸は紅く濡れ、ゆっくりとだがその染みが広がっていた。

「あの時の君は……、とても美しかったよ」
「まぁ、ウェールズさまったら……」

 一歩ずつ歩く毎に、アンリエッタの肩にはウェールズの重みが掛かる。
 既に一人で歩く事は出来ないだろう。
 生命が、抜けている。

「いや、間違いだったよ」
「……え?」
「今はもっと綺麗だよ」

 瞼を開いてはいるが、焦点はアンリエッタに合っていない。

「そ……んな、ウェールズさまったら。 相変わらずお上手ですね」

 視線を向けられたアンリエッタは、涙を流していた。
 恐らくウェールズも気が付いてるだろう、アンリエッタが泣いている事に。

「……残念だ、とっても残念だよ」
「何がでしょうか?」
「君と出会えたことだ……。 そう、王族ではなく、一介の貴族として出会えていたら……」

 言葉を途切る。
 それを待つアンリエッタ。

「君と出逢って、同じように恋に落ちていただろうね」
「……はい」
「そうだね、そうだったなら君の領地か、僕の領地か。 どちらでもいいね、庭付きの家でも建てて一緒に過ごせただろう」
「……はい」
「そして……庭に花でも植えれば……、年中の開花を楽しめたんじゃ、ないかな」
「……はい」

 ウェールズの足が止まる。

「……誓ってくれ、アンリエッタ」

 文字通り絞り出している声。
 ほんの数分と持たないと、ウェールズは理解しているのだろう。

「何を誓えと? おっしゃってくださいな」
「──僕を忘れると、他の男を愛すると」

 アンリエッタが息を呑んだ。

「無理、無理よ。 嘘は誓えないわ」
「お願いだ、アンリエッタ。 君が僕を忘れるという誓いを、聞きたいんだ」
「どうして、どうしてそんなに酷い事をおっしゃられるの?」
「……君の、幸せのためだ」
「いいえ、貴方に愛される事が私の幸せなのよ」
「君を、不幸にしたくは、無いんだ」

 話は平行線。
 もうすぐ終わってしまうウェールズ、それを愛したままならアンリエッタはずっと引き摺ってしまう。
 そうなれば、アンリエッタは心に傷を残してしまうかもしれない。
 故の、自分を忘れて他の男を愛して欲しい。
 そうしたら、いつかこんな男を愛していたと、思い出として語れるようになるだろうと考えた。

 もうすぐ命尽きてしまうだろうウェールズ、それを愛したままでもアンリエッタは構わなかった。
 ずっと心にウェールズを残せると、永遠に愛した人となるだろう。
 他の男なんて必要ない、本当に必要なのはあと数分で居なくなるであろうウェールズだけ。
 そうすれば、生涯この男だけを愛していたと、思い出として語れるようになるだろうと考えた。

「君を不幸に、したくは無いんだ」
「馬鹿をおっしゃらないで、貴方があの一言をおっしゃってくれれば、私は永遠に幸せなんです」

 そう、人の幸不幸など他人には決められない。
 ウェールズが不幸だと思っても、アンリエッタにとっては幸せな事なのだ。

「……どうしても、誓ってくれないんだね?」
「はい、私が誓うのは唯一つ。 ウェールズさまを永遠に愛する事ですわ」
「……本当に……、良いんだね?」
「さっきからそう言ってるじゃありませんか」

 涙を零しながら、アンリエッタは微笑んだ。

「……無理強いして、すまない」
「いいえ、私の事を思って言ってくれた事なのでしょう? それならば、謝る必要などありはしませんよ」
「ああ、アンリ、エッタ」

 二人は抱き合う、いや、ウェールズがアンリエッタに寄りかかっているだけだろうが。
 一言、タバサに小さく声を掛ける。
 そして、不意に、二人の周囲は無音となる。

「ああ、何処までも気が、利くようだね……」
「……ええ、わたくしの、最高のお友達ですのよ」
「そうだね、彼女には……助けられてばかりだ」

 ほんの数秒言葉が途切れる、そして男は言葉を口にする。
 女はそれを聞いて、より一層涙を流した。












 ゆっくりとウェールズを、横たわらせるアンリエッタ。
 絶対に他人が聞いてはいけない言葉を、ウェールズは口にしたのだろう。
 涙を流してはいるが、とても嬉しそうに笑うアンリエッタ。
 それを見て思う。

「……変わっちゃったわ」
「……? 何が?」
「……何でもない」

 昨日の夜に自分で言った、『修正できない』。
 それが今、実感できた。
 この場面、涙を流すような感動的な場面のはずだ。
 だが、今俺が感じているのは背筋が凍るような恐怖。

『完全に話が変わった』

 原作じゃ、他の男を愛すと誓うはずだった。
 なのに……、アンリエッタは誓わずに、ウェールズだけを愛すと変わらぬ思いを告げた。
 そう、順調に行けば未来で起こる筈だったアンリエッタのサイトに対する恋心イベントが、消えた。
 干渉しすぎた、単純な、アンリエッタの事を言えない浅はかな考えで起こした行動。
 そのつけが、回り始めた。
 これほどまでに後悔した日は無い。
 遠き日の自分に言ってやりたい、『お前は何て事をしたんだ』と。

「ッ……」

 怖い。
 怖い。
 こわい。
 不明瞭な未来が、怖い。

 来る変化した未来に、吐き気を覚える位の恐怖を感じていた。



[4708] 4巻終わりと5巻開始の間 31話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/03/09 05:54

 ラグドリアン湖から帰ってきて、ベッドに丸まっていた。

 震えていると言っても過言ではなかっただろう。
 未来がここまで怖いとは、思いもしなかった。
 被った毛布の中から、もう一つのベッドを見る。
 規則的な呼吸をして寝ているサイト。

 ラグドリアン湖に水の精霊の涙を取りに行く前の徹夜、学院に帰ってくるまでたった四時間もない仮眠。
 果ては激しい戦闘と、二度の大怪我。
 治癒の魔法で怪我が治ったとは言え、体力が回復するわけじゃない。
 そんな傷つき、疲れ果てた体をガンダールヴで支えていたはずだ。

 本当なら、もっと怪我は小さかった筈だ。
 もっと疲れていなかった筈だ。
 ……そんな状況に変えてしまったのは、俺。

 以前、『ルイズ』になる前に感じていた未来への漠然とした不安感。
 このままで良いのかと、現状に対して意味の無い不安を感じていた。
 これはただの不満足、もっと良い暮らしがしたいとか、もっと良い物を食べたいとか。
 欲求不満と言ったものだろう。

 そんなつまらない感情とは違う、心の底から感じ取れる塊。
 話の変化に対して、確固として存在する『恐怖』と言う感情。

「………」

 この変化がどう捩れて現れる?
 知らない奴が出てきたりしないか?
 敵が増えたりしないか?
 致命的で、対処できないような事が起こったりしないか?
 それが原因で死んだりしないか?
 そうなった場合に責任が取れるのか?
 償いが出来るのか? 

「……ダメだ」

 こんなセカイより、極めて死ぬ確率が低い世界からの強制的な召喚。
 数多無数に存在する平行世界の中の一つの世界から引っ張り込んだ。
 つまらない、つまらなさ過ぎる自己満足の為に一人の人間の命を『殺そうとしている』
 死なせたりしてしまったなら、どう足掻いても償いなど出来ない。
 永遠に失われた命を取り戻す術など無い。

 伝説と言われるほど強力な『虚無』であろうと、命の蘇生など出来ないかもしれない。
 殺人に対する償いなど、『死ぬ前の完全な状態に戻す』と言う奇跡以上の有り得ない事をしなければいけない。
 この世界がファンタジーに属する物でも、『生命の蘇生』と言うご都合主義な物は一切無いはず。
 少なくとも系統魔法では絶対に出来ないだろう。

 死んだら死者、生きていれば生者、決して前者から後者へと移行する事など無い。
 旧き水の力を持つアンドバリの指輪、力としては凄まじい物であるが、やはり変わらない。
 死者は死者、動く死体に過ぎない。

 つまり取れない責任と、償えない過ち。

 自己嫌悪とストレスの渦、抜け出せない螺旋のループ。
 泥沼、それも底なしの。
 たった一人、沈み行く思考。





 完全に夜が明けるまでの短い時間は、一瞬の永遠だった。



















タイトル「意味の有る嘘、意味の無い嘘、後者は悪辣」




















 終わりの無い、回り続ける思考。
 切っ掛けが無ければ浮かぶ事が出来なかっただろう。
 ベッドに入ってからずっと同じ姿勢で、気が付けば窓から朝日の光が入ってきていた。
 外は完全に日が昇っているのだろう。
 それを認識できる状態に意識を引き戻したのは声、サイトの寝言。
 何かを呟いているが、なんて言ってるのかは分からない。

「………」

 毛布を退けて、ベッドの端に腰掛ける。

「お、娘っ子はもう起きたのか」
「黙ってなさい、サイトが起きるでしょう」
「……そりゃあすまねぇ」

 一喝、そのまま黙りこくるデルフリンガー。
 頭が痛い、たった一日程度の徹夜で頭が痛む。
 『解除<ディスペル・マジック>』で精神力を使いすぎたのか。
 だが解除を使ったときに『無くなる』感覚はしなかった、削る必要が無い位に溜まっていたらしい。

「………」

 唇が乾いている、喉が張り付いてくるような感覚。
 立ち上がる、何か飲もうと落ち込んだ頭で考える。
 ネグリジェを脱ぎ捨て、何時もの服装、白のブラウスに黒のプリーツスカートを着付ける。
 その動作一つ一つが鈍い、精彩を欠いている。
 そしてはぁ、と吐き出すため息。
 何でこんな風になったんだろうか、理由など分かりきっているのに考えてしまう。

 全てが自分、両親に自分が違うと打ち明けたのも、アンアンが変わるよう吹き込んだのも、サイトを無理やり召喚したのも。
 全て自分でやったことだ、全て、自業自得。
 それだけならよかった、自分だけが変わった結果を受けるのだから。
 だが、これは違う。
 皺寄せが俺だけじゃなくサイトにも来る、アンアンにも来る、タバサにも来る、キュルケにも来た。
 果ては国さえも滅ぶかもしれない。

 ……憶測、全てはただの妄想。
 片手間に吐き捨てていい内容、それなのに怖い。
 否定も肯定も出来ない、どちらとも『こんな風になるわけがない』と言う判断できる証拠が無い。

「ィッ……」

 いつの間にか歩いていた、そしたらドアにぶつかった。

「おいおい、娘っ子。 だいじょぶか?」

 額を摩りつつ、ドアノブを回して外に出た。



「……どうしたってんだ?」

 ふらふらと出て行くルイズを見ながら、デルフリンガーは呟く。
 先ほど娘っ子が『黙れ』と発した姿と、その迫力が一瞬で見る影も無くなったその姿、明らかに違う存在に見えた。
 覇気が無い、その一言で表せるような姿だった。

「……ルイ、ズ……むにゃ……」

 そんな状態の娘っ子を知らない相棒は呑気に寝言を言っていた。

「……どうしたのかねぇ、娘っ子は」

 ルイズの豹変したその姿に、デルフリンガーは唾の金具を鳴らした。











 ルイズは一人、廊下を歩く。
 寮の廊下を歩く、階段を下りる、食堂への通路を歩く。
 その間に一切人とすれ違わなかった。
 食堂のドアに手を掛けないで、ドアがある壁沿いに沿って歩く。
 1分も歩けば食堂の裏口が見える、大量の食材を運び入れる搬入口、その隣の人員用勝手口。
 それを潜り抜けて、厨房内に顔を出す。

「ヴァリエール様、おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます」
「おはよう」

 ルイズの顔を見るなり頭を下げるメイドたち。
 その動きは湖が割れるかの如く、ルイズがまっすぐ歩けるよう道が開けた。
 中には笑顔を向けてくる者さえ居る。

 道を譲る、道を開ける、他の貴族でも出来るだろう。
 だが、メイドたちは笑顔を向けはしないだろう。
 言えば、ルイズだからこそ向けてきているのだが、この日の本人は全く見向きもしていなかった。





 搬入口から聞こえてくる声、それは挨拶で、挨拶されている方の名前が耳に入った。
 振り向いて見れば、私より背が低くて、私より綺麗で、私より偉い人。
 ピンクブロンドの、腰まで伸びた艶やかな髪を揺らして現れたルイズ様。
 本当なら名前で呼ぶには恐れ多い貴族様で、でも他の貴族様とは全然違う御方で。
 ルイズ様本人は『名前で呼んで良い』と仰っていましたが、殆どの人は『恐れ多い』とルイズ様を家名でお呼びしています。
 『ルイズ様』と呼ぶ人はほんの数人、マルトーコック長やシエスタさんと言ったルイズ様と親しい人ばかり。
 私もルイズ様と呼べない中の一人です。

 何時もなら微笑を湛えて挨拶を交わしているはずなのに、今日に限って無表情でした。
 マルトーコック長が元気よく何時もの挨拶を掛けても、一言二言返すだけ。
 誰だって機嫌が悪い日だって有りますよね、ルイズ様もそういう日なんだろうと思っていました。
 ですが、良く見れば機嫌が悪いだけでは有りませんでした。
 顔色も悪く、学院に戻って来た時には雨で濡れていたようです。
 風邪でもお引きになったのかと考えましたが、風邪を引いた時に見られるような事はしていませんでした。

「紅茶を、裏のテラスに持ってきて」

 その声、心なしか棘を含んでいたようでした。
 やっぱりただ御機嫌が悪いだけなんでしょうか、それとも風邪?
 どっちにしても心配です、何時もならあのようなお顔を見せないような方ですので……。

 そんなルイズ様の身を案じていれば、後ろから肩を叩かれ振り返るとお姉ちゃんがトレイを持って佇んでいました。

「そんな顔して、ほら、ヴァリエール様に持って行きなさい」

 そんな顔?

「……はぁ、自分で分かっちゃ居ないなんてねぇ。 ……ヴァリエール様にお礼を言いたいんでしょう? チャンスなんだから、しっかり言って来なさい」

 お姉ちゃんが言っている事が良く分からないけど、ルイズ様にお礼を言わなきゃいけないのは確か。

「うん!」

 頷いて、ティーポットが乗ったトレイを受け取る。
 そのまま駆け出すように、搬入口へ足を向けた。





「はぁー、あの子ったら……」

 嬉しそうだけど不安そうな、何とも微妙な表情で駆けて行った。
 自分が奉仕をするメイドだってこと、分かってるのかしらねぇ。

「年頃の子なら、あれで良いと思うがよ」
「でもここは貴族様が通う魔法学院、下手な粗相はとても危ないと思いますが」
「普通ならダメだが、ルイズ様ってんなら話は別だ」

 いつの間にか後ろで頷くマルトーコック長。

「……コック長、仕事、止まってますが」
「おっと、いけねぇ!」
「……まったく、誰も彼もヴァリエール様ヴァリエール様。 貴族様と平民だってこと、分かってるのかしらねぇ」

 あの子だけじゃない、マルトーコック長やシエスタ、その他大勢のメイドはヴァリエール様を違う者として見ている。
 確かに他の貴族様とは全く違うお方、あの子の怪我の治療費を出したし、職場の環境改善を施したのは記憶に新しい。
 そこで考える、どうしてこんな事をするのか。
 他のメイドなら『心がお優しい』、なんて考えで済ませられるかもしれない。

 だが彼女にとってはそんな事は『ありえない』と言って良かった。
 ここで働いてもう5年ほどになる、それだけ居れば数多の貴族をその目に焼き付ける事になる。
 数にすれば数百人、勿論全部覚えているわけではないが。
 メイドの中では古参の部類に入る、それより長くこの学院に奉仕している平民は相当に少ない。
 そんな彼女にして、『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』は異質と言えた。
 何故異質か、彼女が見てきた貴族の中で、平民を見下さなかった貴族は『たった一人も居なかった』。

 故に異質、おかしな貴族様だと考える。
 そもそも何故優しくする必要があるのか、ヴァリエール様は貴族様で、それに見合った高圧的な態度で接して来ればいいのに。
 酷い言い方だが、別にあの子の怪我を治してやる必要も無い。
 怪我が原因であの子が辞めさせられても、決してヴァリエール様の所為ではない。
 ……同情? 自分が貴族でお金持ちだから情けを掛けてやろう、と言う事なのだろうか。

 言い訳としてはそれがぴったり来る、やっぱり見下しているのだろうか。

「……変な貴族様だね」

 その答えはヴァリエール様しか持ち得ない。
 聞いてみるのも良いけれど、今はあの子の事の方が大事。

「さぁーて、今日も頑張りましょうか!」

 一度手を叩いて小気味良い音を鳴らす。
 ヴァリエール様のお姿を見て消沈していたメイドたちを動かした。
 
 







 風でなびくピンクブロンドの長髪を見つけ、ルイズ様が座るテーブルへ足を向ける。

「し、失礼します」

 自分でも分かる吃った声。
 ルイズ様を前にして、緊張しているのが分かる。
 少し震える手で、ソーサー、ティーカップの順で置く。
 残ったポットを手に持ち、トレイを脇に抱える。
 ゆっくりとティーカップにポットを近づけ、傾ける。
 薄い紅色の液体が注がれる。

「どうぞ……」
「ありがと」

 頬杖を着いたままルイズ様が一言。
 その視線は一度としてこちらに向く事は無く、遠い空を見つめたまま。

「………」

 呆っと眺めているだけかと思ったら、時折小さく呟やくルイズ様。
 声が小さすぎて、草木が揺れる音だけで聞こえなくなる。
 やっぱり具合が悪いのでしょうか。

「……あ、あの」
「……なに」

 冷たい声、何時もと全く違う感情。
 親しみを持てない様な声。

「あの……、その……元気を出してください」

 つい出た言葉がそれ。
 何の脈絡も無い、ただ励ますだけの言葉。
 ですが……。

「出せるならとっくにそうしてるわ」
「あ……あの、お加減が悪いのでしょうか?」

 やっぱり風邪を……。

「……ねぇ、貴女」

 と、顔だけを向けてきた。

「はい!」
「貴女は、大切な人は居る?」
「大切な人、ですか?」
「ええ……、とても大切な人」

 ……誰か、ルイズ様にとって大切な方がお亡くなりに……?
 だからこんなに落ち込んでいるのでしょうか。

「居ます、父さんや母さん、姉弟の家族。 それにお姉ちゃんだって、とても大切な人です」
「……そう」
「それが何か?」
「……貴女は、大切な人が危なくなったらどうする?」
「危なく? ……助けます」
「助けようとしても貴女の手が届かない、助けられない時はどうするの?」
「頑張ります、手が届くように、一生懸命頑張ります」
「頑張っても、届かなかったら?」

 手が届かない、助けられない。
 それは自分の頑張りが足りないから。
 だったらもっと頑張る、手が届くように。
 私は貴族様ではないし、魔法を使えないけど。
 頑張る事だけは出来る、だから……。





「それでも、頑張るしかないと思います」
「………」
「頑張って頑張って頑張り抜くしかないと、私はそう思ってます」
「そう……」

 頑張るしかない、か……。
 そうだよな、頑張って何としても無事に帰さなくちゃいけない。
 悩むだけで行動しないなんて、やること一杯有るだろ……。

「そう、そうね。 頑張るしかないわよね」

 それしか手は無いのに、怖がって対策を考えないとは。
 結構参っているのかもしれない、心身共に休息が必要かも。

「はぁー……」

 深呼吸のようなため息。
 湯気を立てていたティーカップを手に取り、一気に呷る。

「……熱い」

 ティーカップを置く、口の中や舌がヒリヒリと紅茶の熱で痛む。
 だが、それで多少頭が冷えた。
 考える、どうあるべきかを考える。
 ポジティブに考えろ。
 例えば、危険な状況が改善されるかもしれない、味方が増えるかもしれない。
 どっちかが起きれば、あるいは両方起きれば原作以上に良い方向へと進むかもしれない。
 ネガティブになりすぎて悪い方向にしか考えなかった、良い方向にだって行く筈だ。

 ものは考えよう、別の方向から見れば良いだけだ。
 惚れ薬もタバサへの疑惑を植え付けるだけじゃなかった、魔法の行使に必要な精神力の蓄積もあっただろう。
 天秤に掛ければ、明らかに悪い方だと傾くが。

「必要以上に考える意味は無い……、必要は無い……」
「ヴァリエール様……?」

 あらゆる出来事に対して対策を立てるのは必要だ。
 何たって命が掛かっている、自分だけじゃなくてサイトやトリステインの国民の命。
 だが立てるだけでもダメだ、その状況に対して臨機応変に対応しなくてはならない。
 もう原作どおり、元より原作の世界ではないのだから完全に原作通りには進まない。
 ならばどうするか? 答えは簡単! と言いたいがそうでもないから困る。

 達成できるかどうかを除けば、ジョゼフとヴィットーリオの暗殺だろう。
 イリュージョンで人目を気にせず侵入、居場所を見つけ出して毒を塗りたくったナイフで一刺し。
 その程度で危険は無くなる、敵が居なくなるから何も危ない事は無い。
 ……確かに危険が無くなるが、最も大きな問題が一つ浮き上がる。

『サイトが帰れるかどうか』

 これが最大の問題。
 二人を消して安全を確保できた、次は世界扉の習得だが……。
 覚えられる確率が低い、そもそも覚えられるのかが疑問だ。
 デルフが必要になれば読めるように、使えるようになると言ってたはずだ。
 今最も必要としている世界扉、それが見えない、読めない、使えない。
 これから時が過ぎて読めるようになるのか? 多分無理だ。

 虚無には属性がある、一括りに出来ない。
 俺が『攻撃』属性であり、ヴィットーリオが『移動』属性である。
 『世界扉』が世界を股に掛けて『移動』する門、ならばヴィットーリオが世界扉を覚えて当然だろう。
 攻撃属性の俺が、移動属性の世界扉を覚えられるのかが分からない。
 火属性のメイジが水属性の魔法を覚えにくい、覚えられないように、対になる属性、あるいはかけ離れた属性を覚えられないのと一緒。
 系統属性で証明されている事が、虚無の中でも当てはまる可能性がある。

 そう考えて始祖ブリミルは規格外で笑えてくる。
 膨大な精神力に、恐らく全ての虚無魔法を行使できるイレギュラー。
 少なくとも攻撃属性の爆発と、多分移動属性の世界扉も行使できてた。
 後者はそういう描写があったかどうか覚えてないので自信がないが、少なくとも移動属性に含まれるだろう世界扉もどきを使えていた。
 完璧な虚無の担い手、正直めちゃくちゃ羨ましい。
 本人に会えるならその頭を叩いてやりたい。

 弟子達が虚無を受け継いだ時に分かれたりしたのだろうか、それなら完全な状態で受け継げよ……。
 もしそうなってたら今より酷い事になってそうだが……。

 ご都合主義に『始祖の祈祷書をたまたま開いて見てみたら、色んな虚無魔法が見えて使えるようになってました!』とかありえんし……。
 確かティファニアが祈祷書を見てみても、爆発すら読めなかったような。
 必要としていないだけだったのかもしれん……、だがサイトと一緒に居たいとか思ってたはずだ。
 戦渦に巻き込まれ、戦う力を望んでたりしてなかったか?
 もしそう思っていたなら読める可能性があったはずだ。
 そうなると、『必要になった時に読める』と言うのは信憑性が低いと言う事になってくる。

 『必要になった時に読める』と言うのは『【真】に必要になった時に読める』なんて解釈もありか。
 命の危機が迫っていたりとか、よほど切羽詰った状況でなきゃ読めないのか?
 じゃあ何故祈祷書を初めて手に取った時、俺は三つの魔法を読めたのか。
 知識があるから読めた? 必要としていたから?
 それなら世界扉も読めていても可笑しくはないはず。

 なら今の俺は必要としていないのか?
 『絶対にサイトを元の世界に返す』と言う誓いは偽りなのか?
 それこそ可笑しい、これは絶対的な義務、決して降ろす事は出来ない責務。
 必要としていないなんてありえない。

 実は裏設定とか有るんじゃないだろうな? 何かをしなければいけないとか、何かが必要になるとか。
 ……始祖の秘宝? 特定の魔法はそれらが必要なのか?
 祈祷書とルビーだけじゃダメなのか? 虚無の魔法が全部記されてたりしないのか、祈祷書って。

「………」

 ……くそ、分からない事ばかりで嫌になる。
 こんな状況になったのは自分の所為だし、もっと考えて行動すればこんな事にはならなかった筈だ。
 自分に向けても解消されないイライラが募る、他人に向けるなんて事も出来ない。

「──……エール様、ヴァリエール様!」
「……っと、何?」
「……あの、紅茶の御代わりは如何なさいますか?」
「ええ、貰うわ」

 思考にのめり込んだ所為か、殆ど声が聞こえてなかった。
 ……考えすぎもダメか、周りが見えなくなっている。
 道先が見えない、不明瞭で不透明で不安が膨れ上がる。
 如何すれば……。

「……ぞ、……リエール様?」

 また聞こえなかった、やっぱり休息を取った方がいいだろうな……。
 いや、考えすぎるのを直すべきか。

「ありがとう……、貴女のお蔭で少し気が晴れたわ」

 極簡単な事さえ気が付かない、このメイドさんが居なけりゃ今もベッドで震えてただろうな。
 頑張らなくては、色んなものの為に。

「精一杯頑張ってみるわ」

 顔を上げ、向き直ってメイドさんに言う。
 そうしたら、パッと花が咲いたような笑顔を浮かべる。

「いえ! ありがとうございます!」

 声を上げて頭を下げるメイドさん。
 ……礼を返された、何がありがとうか良く分からないが。

「……どうしたの、いきなり」
「えっと、先日のお礼を……」

 ゆっくりと顔を上げれば、はにかんだ笑顔。

「先日……、何かしたかしら」
「はい、ヴァリエール様に怪我の治療費を出してもらいまして……」

 セーラー服の時か。

「……あー、あれね。 綺麗に治った?」
「はい、ヴァリエール様のお蔭で綺麗に」

 と言いながらメイドさんは、自分のスカートを捲り上げた。

「ちょっ!」

 ドロワーズが少し見えたところで反射的にスカートを掴んで引き下ろす。
 周囲を確認、自分とメイドさんしか居ない。

「ちょっと、誰も居ないからってスカートを捲っちゃダメでしょ!」
「す、すみません……」

 綺麗に治った事を確認させる為であっても、同性とは言え女の子が簡単にスカートの中身を見せちゃいけないだろ。
 ……そういや怪我を確認する時、この子のスカート捲っちゃったな……。
 しかも、多数のメイドさんの前で。

「……いえ、私こそごめんね」
「いいえ、ヴァリエール様は悪くありません!」

 と力強い瞳で見つめられる。

「この事じゃなくてね? 怪我してたときのよ、人前でスカート捲っちゃって……」
「あれは怪我の具合を確かめただけですので、ヴァリエール様に一切非はありません」

 そうは言っても人前でスカートを捲るなんざ、痴漢行為の犯罪です。
 ……と言っても、そう言う法律って貴族に適用され難い過ぎるな。
 偉い人だから云々、揉み消され泣き寝入り、或いは誰にも言えなくてそのままなんて事も大いに有り得るだろうなぁ。

「一つだけ、お聞きしたい事が」
「何?」
「その……、どうして私にお情けを掛けていただいたのですか?」

 至極尤もな疑問。
 自分に情けを掛ける意味はあるのかと言う疑問。

「……そうね、自己満足よ。 私はお金が有り余ってる貴族で、貴女は治療費を出せない平民。 可哀想ねって、同情しただけよ」

 確かにお金を出した、返さなくても良いとも言った。
 それだけで見れば聖人君子のような人間、だが実際はある程度の打算があった。
 『貴族が平民に情けを掛けた』なんて平民の間に広まれば、少なくとも嫌われる事も無いだろうと言う考え。
 嫌われるより好かれた方が良いのは言わずもがな、八方美人に見える。
 その特典、他の貴族より何かしら優先してくれるだろうと言う考えがあってのことだ。

「幻滅したでしょう? 他の貴族と変わらないものね」
「いえ! そんな事はありません! 他の貴族様は決してこのような事は致しませんので!」
「まぁそうよね」

 好き好んで平民に金を出す何処に貴族が居るのか。
 妾とか、お気に入りの娼婦とかには出すかもしれんが。
 こう言った限定的な場所で、しかも金を返さなくて良いなんて貴族としては正気が疑われる。
 疑われてもどうでも良いが。

「ともかく貴女はお金のことを気にしなくて良いし、この事で気に病む事も無いの、分かった?」

 空になったティーカップ、それと一緒に視線を向けながら言い含める。
 金出して感謝される、そしてお礼を言われる。
 自己満足の極み、だがそれが過剰だったりするとなかなか嫌なものだ。
 何度も何度も頭を下げられるといい加減にしてくれって思う、果ては助けなきゃ良かったなんて思ったりもする。
 ならそんな事しなきゃ良いと思うが、これがごく簡単に出来る立場にあるって言うのが問題なんだろう。

 治療費がごく軽く出せる金額で、困っているのがかなり可愛いメイドさん。
 もうこの時点で助けない理由が消える、自分が男だったらフラグが立ちそうな出来事だ。
 可愛い子にお礼を言われるし、その子の生涯を救ったという自己満足もたっぷり。
 これで助けないなんて、凄まじく狭量な人間だろ。

「は、はい……」
「ん、それで良いわ。 紅茶持ってきてくれてありがとうね」

 ティーカップを置いて立ち上がる。
 今度お礼に美味しいものでも用意しておこう。
 メイドさんの肩を軽く叩いてその場を立ち去った。

 後に残るのは、空のティーセットとルイズの後姿を眺めるメイドだけだった。









 ドアが開く音、ノック無しに入ってくるのはキュルケか部屋の主であるルイズのみ。
 振り返ってみれば、ピンクブロンドの小柄な少女。
 脳内シミュレーションはばっちりだ、後は実践するだけ!

「なぁルイズ、その……」
「お早うサイト、昼食は厨房にあるから食べてきなさいね」
「え、あ、ああ……おはよう」

 ごく普通に、普段と変わりなく挨拶。
 出鼻を挫かれて、念密に繰り返した脳内シミュレーションが全部吹き飛んだ。

「………」
「……? どうしたの?」
「……なんでもない、なんでもないよ……」

 デルフが言ってたような、酷く落ち込んだような感じが一切見えない。

(おい、デルフ。 何時も通りじゃねーかよ)

 椅子に座り、テーブルの上に置いてあった本を手に取るルイズ。

(……おっかしいなぁ、部屋を出る前はかなり不機嫌だったんだぜ)
(どこがだよ、なにが『娘っ子を慰めてやんな』だよ)
(いやいや、本当に機嫌が悪かったんだって!)

 ヒソヒソと小声で話す。
 話ながらルイズの姿を横目で盗み見る。
 本当に機嫌が悪いのかと、視線を向ければ。

「………」
「………」

 視線が合った。

「……チラチラこっち見て、何かあるの?」
「いやぁ……ははは……、俺ゼロ戦見てくるよ!」

 何か悪い事をしたわけでもないのに、居た堪れなくて部屋を飛び出してしまった。










「……デルフ、何かあったの?」
「……何も無かった、何も無かったのさ。 ただ相棒は……自分に負けたのさ」
「……?」

 哀愁をたっぷり含んだデルフの言葉。
 なんで自分に負けたのか、そもそも何をして自分に負けたのか。

「気にする事はねぇ、本当に何も無かったさ」
「……そう、ならいいけど」

 何かあったらしいが、何も無い。
 当人が言うのだから間違ってはいないだろう、多分。
 ……いやいや、今はこんな事考えてる時じゃない。
 対策を練っておかなければ。
 えー、次のイベントは……、魅惑の妖精亭か。

「………」

 魅惑の妖精亭で着る仕事服、あの格好はやばかった気がする。
 確か背中丸見えで、ミニスカート。
 布の面積が結構少なかったような……。

「……恥ずかしいんじゃない?」

 色々際どい。
 接客業、ターゲットが男の飲食店。
 飲食物の代金と、接客した際に貰えるだろうチップで売り上げを出す。
 言い方が悪いが、客を垂らしこんでチップを巻き上げる店。
 それを利用してウェイトレス同士を競わせ合うチップレースもある。
 頑張れば収入が増えるし、お客に気に入って貰えればリピーターとしてまた来てもらえる。
 チップレースの優勝商品の……、なんだっけ。

 えー、何か魅惑の魔法が掛かった服を着て、より一層チップをもらえたりする訳だ。
 要領が良いと収入が高いレベルで安定する職業とも言える。
 それを考え出したスカロン……かどうかは分からないが、考え出した奴は商才があると言えるだろう。

 それでだ、俺は可愛い、美少女と言って憚らない容姿。
 媚びた態度で振舞えば、男の一人や二人、簡単だと思う。
 メイドカフェとかで働けば、一番人気になれる自信もある。
 魅惑の妖精亭であっても人気ナンバーワンにもなれるだろう。

 だから、嫌。
 何で見ず知らずの男に媚を売らなきゃいけないのか。
 そりゃあそうしなきゃいけないのは十分に理解してるが、どうせなら可愛い女の子の方が良かったり。
 ……そういや、美男子風女の子が執事服着て応対するような店があったような。
 全く関係ないが……、とりあえずやらなきゃいけない。
 ガッツリ気力が削れる、……これは仕事だと思って割り切るしかないか。

「はぁ……」

 情報収集って言ってもなぁ、なんか有力な情報ゲットできたっけ?
 精々徴税官が来るだけじゃなかったっけか。
 でもなぁ……、とノートを捲る。
 見れば『魅惑の妖精亭、アンアンが尋ねて来る』と書かれている。
 起こる原作イベントが書かれているノート、当たり前だがこと細かく書かれていない。

 書き始めたときから細かく覚えていないと言う状態。
 確かに原作好きだが、大まかにしか覚えていない。
 ファンブックとかも買ったことないし、買えばよかったか……。

 魅惑の妖精亭に行かなかったらアンアンとすれ違うよなぁ。
 てか、もしかしたら来ないかもしれんよな。
 いや、アンアンの心情が変わったとは言え内政的にはあんまり変わらないか。
 どっちにしろ破壊工作されちゃ堪ったもんじゃない、ゲームのSLGやRTSじゃ内政妨害は当たり前。
 敵の妨害が成功したら手痛い所のダメージじゃなかったりする、物に寄っちゃそれが直接勝敗に関わる。
 如何に上手く凌ぎ、如何に効率よく敵の動きを妨害できるか。

 現実とゲームをごっちゃにするのは良くないけど、現実にされて防げなかったら間違いなく国力低下を招く。
 だからお偉いさん方は警備の強化とか考える。
 アンアンも多少は考えていたのだろう、だから原作で情報収集してくれーって頼んだって事か。

 ……そういや、アニエスが初登場だったか?
 アンアンが新設した平民だけの『銃士隊』、魔法を用いず剣と銃で敵を打ち倒す。
 装備は断然劣るが現代歩兵のような感じか、魔法なんて使えないからそうなって当たり前だが。
 後はそのアニエスがリッシュモンをKill Youだったはず。

「行くか、行かないか……」

 転換期、大筋は変わっていないと信じて原作展開をなぞるか、ご都合主義を信じて全く違う行動をするか。
 ……後者は正直ものすごい抵抗感がある。
 原作の味方が敵になるかもしれない、状況が更に悪化するかもしれない。
 逆に良い方向に行くかもしれない、『かもしれない』故にダメなのだ。

 『分からない』事が二の足を躊躇う所か、別の道へと足を向けさせる。

「……はぁ、どうにかならないかなぁ」

 博打なんて御免過ぎる。
 退路が無い状態で、地雷原に突っ込むしかないならそうするが。
 余裕が有るなら間違いなく迂回するだろう。

「はぁ……」

 この考えを後回しにするかしないか、それだけでも頭痛がするほど悩む。
 ……いや、これは後回しにしなきゃいけなかった。
 何故俺が知っているのか、タバサが話を聞きに来る。
 悩みの種がどんどん増えていく、そして芽吹いて大樹になりそうな感じがする……。

 とりあえず、と言うか絶対にタバサは敵に回すのは止めておく。
 上手くジョゼフを排する事が出来れば、もう一人の女王陛下のお友達が出来る訳で。
 アンアンとタバサ……、もといシャルロットの助力があれば大抵の危険は凌げるだろう。
 問題は何処まで話すか。
 勿論全部は話さない、ジョゼフやヴィットーリオはもう俺の事を『虚無の担い手』として認識されてるだろう。

 どちらも俺の事を取るに足りない小娘的な認識だと思う。
 その慢心が俺にとって最大のチャンスだろう、原作でもそんな感じだった気がする。
 タバサは直接ジョゼフには会わなかったよな、イザベラが命令して任務に行かしてたし。
 他人の秘密など漏らさないだろうタバサ、寡黙な感じがGOODだ。
 まぁそれでも殆ど話そうとは思わないが。

 信頼は時間を掛けて育て上げる、今は大幅ダウン中だが。
 原作10巻位まで生き残れていたなら相応に信頼を勝ち取っているだろう。
 教えられない理由は、敵対しているから色んな方面に危険が及ぶ、とでも言って抑えるか。
 タバサの母親を持ち出せば渋々ながらも納得してくれそうだ。
 『敵ではない、むしろ味方寄りだ』と教えなければ。

 全部教えてイベントがすっ飛んできたら怖いし。

「……はぁ、納得できる言い訳考えておかなくちゃ」

 タバサへの言い訳を思案、自身が望む方向へ舵を取れるかどうかを考えていた。
 そこに割って入ってくるデルフ。

「なぁ娘っ子、さっきから何ぶつくさ独り言言ってんだ?」
「悩んでんのよ」
「朝不機嫌だったのはそれの所為かい」
「そうよ、だいぶ落ち着いたけど」
「……相棒、頑張れよ」
「何か言った?」
「いや、なんでもねぇ」

 ……サイトもデルフも、何かおかしいな。
 こっちにも影響が出てるのか、今のうちにサイトの保身を考えなくちゃいけないだろう。
 隠れ家でも作っておくべきか、領地に引き篭もっても恐らく意味は無いだろう。
 最悪色んなものを捨てて逃げるしかない、……そうならない為に出来る事をしなくては。

「はぁ……」

 窓の外を眺めながら、ため息を一つ付いた。










「ねぇタバサ、私も一緒に行っていいかしら?」

 そう言って声を掛けてくるキュルケ。
 場所は食堂、話を聞きに行くのは昼食をとってからにする事にした。
 そこでキュルケが食堂に現れ、今の言葉を掛けてきた。
 それを聞いて、首を縦に振る。
 歩く、キュルケと平行して寮の廊下を歩く。

 幾つもの疑問、疑惑。
 それを晴らしうる答えを持つ者が、この扉の向こう側に居る。
 右手の杖でノック、返事が返ってくる。
 左手でドアノブを掴んで回す、ドアを押して開いた。
 中で椅子に座っていた人物はこちらを見るなり微笑んだ。

「いらっしゃい、タバサ」
「はぁい、お邪魔するわね」

 椅子に座ったまま、その端整な顔を歪めるルイズ。
 大きなため息さえも吐いていた。

「……キュルケ、邪魔だから出て行ってくれない?」
「もうちょっと包んで言いなさいよ」
「ごめんなさい、言い方を変えるわ。 本当に邪魔だから出て行ってくれない?」
「……酷くなってるじゃないの」
「私はタバサとだけ話したいのよ、キュルケが事情を知っているからと言ってこの話を聞く権利を持ってないわ」

 表情に不快感を露にして、声を荒げるルイズ。

「権利ですって? もう十分関わっているのに知る権利がないって、おかしいでしょ?」
「これから私が話す事は、完全な当事者しか知ってはいけない話なの」
「だから私は当事者でしょ、タバサがどうしてここに居るのか、どうしてあんな任務を押し付けられているのか、知っているのに何故当事者と言えないのよ」
「正直言って、貴女に知って欲しくないのよ。 これ以上関わって欲しくないの」
「あら? 私の事心配してくれてるの?」
「そうよ、そうでなきゃこんな事言わないわ」

 ルイズとキュルケが睨み合う事数秒、すぐに視線を逸らしてこちらに向けてくる。

「タバサ、どうしてもキュルケにも聞かせたいと思ってるなら、この話は無かった事にさせてもらうわ」
「ちょっと! 貴女約束破る気!?」
「ええ、キュルケも聞くと言うなら破らざるを得ないわ」
「……どうして?」

 既にキュルケは知っている、私が誰で、何のために頑張っているのか。
 それなのに聞かせたくないと言うのはどういう事なのだろうか。

「キュルケが部屋を出て行くというなら話すわ」
「ダメ、一緒に」
「……どうしても巻き込みたいの? 下手……しなくても死ぬわよ?」
「守る、あいつの手を一切触れさせない」
「無理よ、貴女は背負いきれないわ」
「そんな事ない」
「貴女のお母様を背負っているのに、キュルケまで背負うの? 冗談じゃないわ、貴女は絶対に背負いきれない」
「守り抜く、絶対に」
「その自信は何処から? 絶対に守りきるって、どうして言えるの? 今も無理しているのに、キュルケも背負ったら守る守れない以前に、貴女が先に終わってしまうわ」

 私が無理をしている?

「貴女は下ろせない、背負った者を捨てれない。 そして貴女は押し潰される、そうなるのが簡単に予想できる、だから余計なものを貴女に背負わせたくは無いの」 






 性根が優しい為に、選べない。
 大切なものだから、その小さな両腕で抱え込む。
 それはとても大きくて、背負うのはとても辛い。
 苦しくてイヤになる、でも大切なものだから下ろせない。
 悪循環、時が経てば思い入れが増えてより重くなる。

 ……嵌っている、たった一人で、『母親』を言う大切なものを背負っているだけで。
 その身と心を軋ませて、15歳と言う少女が耐えられぬ重みに耐え続ける。
 心を凍らせて耐え続ける、既にひびが入っていることも知らずに。
 例えれば凍った湖の氷上、湖面に入り続けるヒビ。
 割れればどうなるか考えも付かない、精神が壊れたりしないか、大してダメージを受けないかもしれない。
 ……予想斜め上の結果が出るかもしれない。

 確か心の形成期は15歳前後から始まると聞いた事が有る。
 その心の形成期の真っ只中のタバサ。
 重鈍な重りを柔らかな心の上に置く、そうなれば歪む所ではない。
 歪み、潰れまいと心を凍らせる。
 そうなってからどれ位の時が経ったか、タバサは……シャルロットの時に見せてくれたあの笑顔は、今はどこにも存在していない。
 重しが無くなっても、あの笑顔は戻ってくるのか。

 あの時の、湖で出会った時の笑顔を浮かべる事が出来るのか。
 原作ではサイトのお蔭で解けてきてはいるが、その殆どが凍ったまま。
 ジョゼフが死んでも、母が正常に戻っても、あのままなのかもしれない。
 心苦しい、ウェールズの時と同じように放って置くのが良いんだろうか。
 救えるなら救いたい、だがそれによって起きる変化が怖い。

 ……やはり、前と同じで放って置くしか無いか。
 タバサやキュルケ、御父様や御母様、姉さま方より……サイトの方が優先順位が上。
 優先すべき事は、タバサの事ではないのだから。

「……そうね、タバサの判断に任せようかしら」
「………」
「私とタバサだけで話し、その聞いた話をタバサの口からキュルケに聞かせるかどうか、それを貴女に委ねるわ」
「あら、意味が無いわねぇ。 タバサは私に話してくれるわよ?」
「聡明なタバサなら、キュルケには話さないと思うからこの提案を出したのよ」

 と言うか、キュルケよく食いついてくるな。
 原作でもこんなんだっけか?

「それでいいなら話すわ、ダメなら話さない。 言っておくけど無理強いは無駄だから、よく考えてね」

 一応言っておく、実際されたら即吐くだろうが。

「……それで良い」
「そう、良かったわ」

 タバサは目配り、キュルケは頷いて部屋を出て行く。
 そしてドアを閉める前に一言。

「いい、ちゃんと全て教えなさいよ?」

 そう言い切って、ドアを乱暴に閉めた。





「座って」

 促され、テーブルを挟んだ向こう側。
 ティーカップを二つ、それを置いて紅茶を注ぐルイズ。

「それじゃあ、タバサが聞きたい事に答える方式で良いかしら?」

 頷く、要点だけを話してもらえる方が良い。

「私のことは何処まで知ってるの?」
「その前にサイレントをお願いして良いかしら、それと探知もお願い」

 頷く、杖を握ったまま呪文を詠唱。
 小さく振ると外から聞こえて来ていた音が全て無くなる。
 その後探知、この部屋の中を隈無く調べ上げる。

「異物は無い」
「ありがとう、貴女も他人に聞かれたくないでしょうしね」
「話して」
「……貴女の本名は『シャルロット・エレーヌ・オルレアン』、今は亡き現ガリア王国国王ジョゼフ一世の弟、シャルル大公の一人娘。 現在は偽名としてタバサと名乗りトリステイン魔法学院で修学中、時折ジョゼフ一世から出される任務を『北花壇騎士団員17号』としてそれを処理している」

 抹消された事実、今何処に居るのか、そもそも生きているのかすら分からないはずの私の事を知っている。
 秘匿とされている北花壇騎士団の存在も知っている。
 どうやって調べたのか、団員同士さえ知らない号数まで言い当てた。

「どうして調べ上げる必要が?」
「必要だったから、そうしなければいけないから」

 それを聞いて、ルイズが少しだけ笑った。

「そうね、どうして必要か。 これが一番大事よね」

 ルイズがティーカップに注がれていた紅茶を口に付ける。
 その動作一つ一つに注意を払う。
 見逃さない視線に気が付いたのか、少しだけ笑うルイズ。

「私が貴女を調べた理由、それはね……」

 一言一言区切る、まるで焦らすかのように。

「貴女の叔父、『ジョゼフ』が私の敵だからよ」
「───」

 てき? 『てき』とはあの倒すべき『敵』?
 彼女が、ルイズがあの男を敵と見ている?
 相容れぬ、滅ぼさねばならない存在?

「……どういう、意味?」

 帰ってきたのは明確な答え、御父様に付いている人達が心に思っても口には出さなかった言葉。

「そのままよ、ガリアの王は私にとって倒すべき敵。 殺し殺され、命を狙い合う関係」

 ねらいあうかんけい?
 何故? トリステインの公爵家の三女と、ガリアの王が殺しあう必要があるの?

「何故狙い合うのか、それはまだ言えないわ。 私が言わなくても貴女は知る事になるけど」
「何が……」
「タバ……シャルロットがジョゼフを狙い続けるなら、絶対に知らなければいけない事が有るの。 ……違うわね、知ってしまう事がある、ね」

 知ってしまう事?
 あいつと敵対するに値する何かを、目の前の人物は持っていると言うのか。

「何故教えられないか、それはシャルロットが何れ必ず知る事になるという事と、……貴女と、貴女の周囲に居る人物に危険が及ぶかも知れないからよ」

 周囲の人物、母やベルスランに危険が及ぶ。
 その一言で、杖を握る手に力が入る。

「もしそれがジョゼフに知られれば、問答無用で貴女と、貴女の周囲の人物を消しに来るでしょうね」
「……そこまで大きな事?」
「ええ、とても大きいと思うわ。 通常じゃ考えられない事でしょうし」
「考えられない……」
「今それを知れば、貴女は重大な支障を来たすかもしれないわ。 だから教えられないの」

 どれだけの事実か、全く予想が付かない。
 掴むにしても手掛かりが少なすぎる。

「……どうしても?」
「言えないわ」
「………」

 顔色を変えず、答えるルイズ。

「調べる事も止めておいた方がいいわ、恐らく監視されてるしね」

 窓を背にしているのは、唇から読み取られるのを防ぐためだろうか。

「他には何かある?」
「……今はない、聞いた事だけを知りたかった」
「そう」

 ルイズがまたティーカップを手に取って飲む。

「……それを知る時が来たら」
「………」
「この話の意味を、もっと詳しく話して」
「ええ、その時が来たら貴女は権利を……いえ、聞かなければいけない義務が発生するわね」

 それを聞いて立ち上がる。
 背を向け、ドアへ向いて歩いていくが、問いかける様な声が聞こえてくる。

「私は貴女の敵ではない、でも……、味方でもないわ」
「どういう意味?」
「今私は貴女の事を支援できない、でも敵対をする気は無い。 私は貴女の行動をただ見るだけしか出来ないわ」
「………」

 杖をカツンと音を立てて、サイレントを解除。

「押し潰されないよう、心を強く持ちなさい。 誰にも屈しないよう、とても強くね」

 言われなくとも、奴をこの手で倒し、母を元に戻すまで終わらない。
 それが誓い、違える事が無いよう水の精霊で交わした誓約。





「……凄いわね」

 タバサが部屋の外へ出て行ってから一人呟く。
 あれが復讐者の瞳か、異様な眼力がある。
 瞳の奥で何かが蠢いている、比喩ではなく本当に何かが蠢いている。
 力強いと言えば良いのか、圧倒されるモノがあった。
 現代日本じゃ決して見られる事が無い瞳、圧倒的な意思が込められている。

 正直に言えば恐ろしかった。
 小柄な、15歳の少女がする瞳ではない。
 狂気を宿していると言っていいかも知れない。
 それだけ母親は大事な存在なのだ。
 それで言えば、俺の大切な人はサイトとなるだろう。

 自身より上に置かれる存在。
 失う事への恐怖、守りきれなかった事への後悔。
 理解できるが故に、怖いのだ。
 あのタバサと俺は、同じ思考をしているかもしれない。
 大切なものを守るために、『他の者を切り捨てる』という考え。
 どうでもいい人物なら、容赦なく切り捨てる。
 あのタバサも切り捨てる事が出来るだろう。

 ……15歳の少女が、そういう考えを持つのは非常におかしい事だが。
 『虚無』なんて物が無ければ、タバサは今もあの時の笑顔を浮かべていただろう。
 虚無によって狂う、担い手も、その周囲の人々も。
 狂信も劣等感も、全て無くて……笑って過ごせていたかもしれない。






 幾ら考えようと答えは出ない。
 ただの人間の考えなど、まるで意味が無い。
 例えどんな道だろうと進むしかない、それしか方法が無い。






 歩く道先は、光か闇か。
 生きて進むか、死んで止まるか。
 未だ終わりは分からない。



[4708] 5巻開始の 32話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/10/23 23:59

 寝る、だらける。
 疲れているようだから、授業も休んで静養。
 といってもやる事は何時もと変わらない。
 朝起きて、着替えて、朝食を済ませ、自室に戻って本を読む。
 なんと平和な時間か、ここ最近動きっぱなしでこんなまったりした日は無かったなぁ。
 失って初めて分かるものって奴だ、この一瞬を大切に。

「──ゥゥゥイズゥ!!」

 と思ったらすぐに終わった。
 聞き覚えのある声、叫んでいるのは十中八九俺の名前。
 足音大きすぎるだろ、ドスドス聞こえてくるぞ……。

「あんた一体何言ったの!? タバサが全然教えてくれないのよ!!」

 と、大声を発しながら蝶番が壊れかねない勢いでドアが開かれる。
 実はこのドア、固定化が掛かってるらしいんだよね。
 人間の力程度じゃ壊れないらしい、掛けたメイジさん乙。

「もう少し声を抑えなさいよ……」

 正直耳が痛い。
 女の子なんだから、ドスドス足音を鳴らしながら走ったり耳が痛くなるような大声出すんじゃないよ。

「そんなのどうでも良いのよ! 一体タバサに何言ったのよ!」
「何って、タバサが教えなかったなら教える訳にはいかないでしょ」

 そう言う約束、タバサが教えてないなら俺も教えない。
 元よりキュルケに教える気は無い、原作と同じ通り進めばキュルケも知る事になるし。
 タバサに重大な事は一つしか話してないが、それで納得したならまぁいいかと思うけど。
 しかしタバサはキュルケに教えないだろうし、押し掛けて来るだろうと思っていたがここまで五月蝿いとは。
 なんと言うか淑女の行動ではない、名誉有る貴族とは懸け離れたモノだが「キュルケだからしょうがない」と思わなくもない。

「確かに話すかどうかはタバサに任せたわ、でもあんな風になるなんて普通思わないでしょう!」
「あんな風?」
「あんな……殺気立つなんて、あんたが何か吹き込んだんでしょ!」

 自分がやる事を再確認したのだろう。
 気を引き締めたと言って良いかな

「あれじゃ昔以上に酷いわ……」

 確かに、今と昔じゃ同じ人物と思えないほどの変わりよう。
 勿論キュルケが知るのはこの学院に入った頃のタバサだろう。
 オルレアン公が亡くなる前は天真爛漫で、花の様な笑顔を浮かべる少女だったんだよ……。

「嗾けたりなんて下手な事出来ないわ。 下手な事されたら個人間の問題じゃなくなるのよ、下手したら国と国が争う問題なのよ」

 そうは言ったものの既に個人間の問題じゃ無くなっている、見えざる虚無が中心となりとんでもなく酷い話になっている。
 キュルケが言う様に何かを吹き込んで予想も付かないような事をされたら、さらにとんでもない事になる可能性もある。
 そう、タバサの行動はこっちにとっても死活問題。
 過剰干渉の調整もしなきゃいけないし、原作以上の苦境に立たされるかも知れないし。

「キュルケ、今の私はタバサに何もしてあげられないわ」
「『今の』? いつか何かをしてあげる訳?」
「するわよ、……しなきゃいけないってのも有るけど」
「ふーん……、何かしてあげるってのは賛成してあげるわ。 でもね、その結果が酷い事になったら許さないわよ?」
「いい事教えてあげるわ、誰もが考える最悪ってのは本当の最悪じゃないのよ」
「……どういう事よ」
「私やキュルケが考えるような最悪、現実ってのは更に上行くものよ」

 『誰もが考える最悪は最悪ではない』
 どっかのだれかが、漫画か小説か。
 詳しくは分からんが、この一言は同意できる。
 人の想像力は限界がある、そして現実はその想像の上を行く。
 無残と言う言葉が可愛いほど、酷い結末が起こり得ると言う事。

「……もう一度言っておくわ、ルイズの所為でタバサが酷い目に合ったら許さないから」
「その時は潔く罰を受けましょう」
「その言葉、忘れちゃ駄目よ」
「勿論」

 それを聞いて、鼻息を鳴らしながらキュルケは部屋を出て行く。
 キュルケの友達思いも感極まる、暗に「タバサが大怪我とかしたら殺すぞ」と言われているようで怖いが。
 キュルケも大分変わってるな。
 原作でもタバサの事を心配してたが、ここまでじゃなかったはずだ。
 親友だから、なんて感じだったはずだが今のは文字通り『大事な人』みたいな……。

 妹だろうなぁ、タバサは。
 異様なほど過保護になってるし、掛け替えの無い友になったか。
 俺の知らないとこで何か有ったんだろうか……。
 そう言う事があってもおかしくは無い、知らないとこで何かが起こるのは当たり前か。

「対策を練るのって大変ね……」

 つぶやきながら紅茶を一口、高級品はやっぱり美味い。
 とか思っていればフクロウが窓から部屋の中に入ってくる。
 翼を羽ばたかせ、俺の肩に……いだっ!

「いだっ! 爪! 痛っ!」

 肩に食い込む爪、痛みの余り振り払った。

「──っぅ、こう言う時窓枠に止まるもんでしょう!」

 ワシとか腕に止まる際、厚手のグローブを付けてその鋭利な爪から保護する訳だが。
 いきなり入ってきて肩に止まった上、そんなグローブ持ってない訳で必然的に爪が肩に食い込んだ。

「いつつ……、ブラウスに穴開いちゃったじゃないの」

 ワシ程ではないが、鋭利な爪があることは確か。
 素早く振り払ったお蔭か、幸い爪は皮膚を貫かず血は出ていなかった。
 言った言葉が理解できたのか、窓枠に止まり大きく翼を開いていた。

「良い? いきなり人の体に止まっちゃ駄目よ? 伝書として働くならそれ位覚えておきなさい」

 理解したのか一度だけ鳴いた。
 それを聞いて左肩を摩りながら立ち上がり、銜えていた書簡を受け取り開く。

「……同じで良かったわ」

 書かれている内容は情報収集任務、街で怪しい動きが無いか、平民の間でどんな噂が流れているのか。
 と言った原作そのままの任務、……正直貴族に、親友にやらせる内容ではない事は確か。

「大体は変わって欲しくないけど……」

 やはり調教は余り効果が無かったのか……。
 変わってたら変わってたで困るが、根本は変わっていなかったらしい。
 まずは考えろと言ったのに、……周りに頼れる人が居ないからか。
 腹心が俺とアニエス位だけってのはどうかなぁー、枢機卿位は信じて良いと思うが。
 芳しくは無い調教結果に悲観しててもしょうがない、街に出る準備をしなくてはと小さなバックを引き出した。














タイトル「可愛い」















 一方、サイトはコルベールと共にゼロ戦を整備していた。
 サイトの中では終わったように見えた戦争、だが現在は直接的な戦闘が起こっていないだけだとルイズに言い聞かされた。
 裏でゴソゴソ動いていたり、工廠で艦隊の再建を行っているそうだ。
 つまり、またこのゼロ戦で戦場に赴かなければいけないかも知れない。
 状態を万全に、自分だけならまだしもルイズも乗せる事にもなるかもしれない。
 そんな時に故障が起きたら目も当てられない。

「うーん、弾どうにかならないかなぁ」

 整備に注ぐ整備でゼロ戦の状態は万全、だが武器が無い。
 と言うか撃ち出す弾丸が少ない、搭載量が少ない。
 現行、21世紀の戦闘機と比べるのは酷だが圧倒的に少ない。
 連射する銃なのに弾数3桁行かないってどういう事?
 二十ミリがめっちゃ少ない、弾道修正入れると総弾数の半分以上掛かる。

 燃料満タンならトリステインの端から端まで飛んで、二往復出来ると言うのに戦う武器が足りない。
 先のアルビオン侵攻艦隊の戦闘だけで8割から9割使ってしまった。
 これじゃあ次に飛ぶときは逃げ回るだけしか出来ない。

「サイト君の国には、こんな飛行機が沢山有るんだろう?」
「ありますよ、ゼロ戦みたいに戦う奴とか、人やモノを運ぶ大きな輸送機とか」
「これより大きいのかね?」

 桶に注いだ水で雑巾を濡らし、ゼロ戦を拭きながら答えた。

「戦う奴はゼロ戦と同じくらいと思いますけど、輸送機は10倍とかありそうだなぁ」
「10倍!? これよりも10倍大きい鉄の塊が空を飛ぶのかね!?」
「ちゃんとした大きさ知らないですけど、飛びますよ。 俺も乗った事有りますし」

 中学の修学旅行で乗ったことがある。
 わざわざ窓席を譲ってもらって窓の下に広がる雲を見たもんだ。

「速さとかになるとやっぱ戦闘機の方が断然ですけど」
「どれ位かね?」
「2倍とか3倍くらい違うんじゃないすかね」
「……ハルケギニアより進んでいるとは思っていたが、桁違いのようだね」

 コルベール先生から見れば、ゼロ戦とかオーバーテクノロジーって奴だろうなぁ。
 しみじみそう感じながら雑巾を洗う。

「魔法が無いって言っていたね?」
「俺が知る中じゃ全く」
「魔法が無いから科学が進んだのかね」
「ですねぇ」

 ワックス欲しいなぁ。

「他には何があるのかね?」
「うーん、こっちには無い物ばかりだからなぁ……」
「一般的に普及しているもので良いんだよ」
「一般的……、電話とか車とかパソコンとかも有りますね」
「でんわにぱそこん……、車と言うのは大体が想像付くが」
「車はエンジンで車輪を回す馬車みたいなものです、電話は遠くの人と話すための機械ですね」
「ほう、遠くに居る人と話せるのかね」
「はい、遠く遠く、もし使えたとしたらここから東方の向こう側まで届きますよ」
「なんと!? ……いやはや、サイト君の話には驚かされてばかりだ」

 その言葉を聞いてやっぱりと言うか、日本とは全く常識が違うなぁと思い直すサイト。

「……武器とかはどうかね?」
「有りますよ、危ないのが一杯」
「やはり銃などが発展しているのだろう?」
「そうですね、こっちの銃って一発ずつしか撃てないんでしたっけ?」
「そうだね、一発毎に筒の掃除をしたりしないといけないね」
「連射できたり一々掃除しなくても良かったと思いますよ」
「連射……ふむ、一発ずつでは脅威になりえないが連続なら……」

 とか何か物騒な事を呟いていた。

「……いや、いかんいかん」

 思い出したように頭を振る先生。

「科学と言うのは諸刃の剣、と言う事か……」
「使い方次第って奴じゃないですかね、後使う人」

 よく漫画とかで「道具が危ないんじゃない、使う奴が危ないんだ!」とか見たりする。
 人を傷つける目的で作られた奴でも、使わなきゃただの物だとか。
 周囲数十キロメートル……、こっちの単位で言えば数十リーグ吹き飛ばせる爆弾が有るなんて知ったらどれぐらい驚くだろうか。
 と考えるものの口にはしないサイト。

「いい事を言うね、道具や魔法にしたって使い方次──」
「サイトさーん!」

 と先生が良い事を言おうとした所で遮る声。

「ここに居たんですね、サイトさん」

 肩を揺らして呼吸するのはメイド服の女の子、黒目黒髪なのに輝いて見えるシエスタ。

「そんなに急いでどうしたんだ?」
「はぁ……、はぁ……、ふぅ……あのですね、私の家に遊びに来ませんか!」

 そんな提案、気を利かせてかコルベール先生はそそくさと立ち去っていた。

「いやいや、行き成りどうしたんだ?」
「明日からルイズ様が夏期休暇じゃないですか、だからですねぇ……」

 と俯いて両手の人差し指同士をつつきながら。

「遊びに来ませんか?」
「ふッ……ッグ!」

 上目使いで言われた。
 サクっと視線のナイフが胸に刺さった。
 痛い、これは痛い、ときめいて痛い。
 可愛いなコンチクショウ! と内心悶絶するサイト。

「どうかしましたか?」
「い、いや……ルイズに聞いてみないと……」

 ハハハハハと半笑いで返すサイト。
 それを聞いたシエスタは、なら聞きに行きましょう! とサイトの手を取って駆け出す。

「ちょ! そんなに急がなくても良いだろ!」

 とか文句言いつつも、顔がニヤけていたのが何人かのメイドに見られていたそうだ。






「ゴメンね? 用事が出来ちゃって一緒に行けないの」
「それじゃあ……、サイトさんも……?」
「ええ、一緒に行かなきゃいけないの」
「そう、ですか……」

 しょぼーんとがっかりした顔。

「本当にごめんなさい、シエスタ。 本当に行きたいのだけど、とても大事な用なの」
「いえ、ルイズ様が御気に病む事じゃ有りませんから」

 と笑顔で言ってくれるシエスタ。
 原作じゃ貴族と平民と言う隔絶した差が有りながら、ラブコメの『恋のライバル』で果敢にルイズへ挑発を掛けるシエスタ。
 本来なら『平民如きが、何その口の利き方?』とか言ってぶっ飛ばされてもおかしくない世界なのになぁ。
 シエスタは『挑戦者<チャレンジャー>』、恋の為なら己の身も省みず! 何とも剛毅な女の子だが。
 干渉しすぎた所為で原作とは大分違う、なんと言うかラブコメになってない。

「本当にごめんなさい」
「ですから、御気になさらず」
「……多分時間が掛かると思うけど、早く終わったら寄らせて貰うわ。 いきなり来るかもしれないけど、それでも良いかしら?」
「はい!」

 と嬉しそうな顔で笑ってくれるシエスタ、ほんまええ子や……。





 とか思いながら荷物を纏め上げる、シエスタが部屋から退室して30秒後の話である。

「……どこ行くの?」
「007」
「ジェームズ?」
「ボンド」

 スパイとして国際的に有名なあの人。
 勿論ハルケギニアではたった一人も知らないが。

「スパイ?」
「YES」
「何でそんな事するんだ?」

 命令だから、としか言えません。
 と言えば本末転倒になるので、届けられた手紙の内容を教える。

「はぁーん? 治安維持ねぇ……」

 正直、「何で俺たちがこんなことしなくちゃならないの?」と言った感じで首を傾げるサイト。
 仕方ないだろう、原作イベントなんだから。
 やりたくないけどやらなくちゃいけないと言う、結構なストレスが溜まる状況。
 サイトはまだ良い、裏方で皿洗いしてりゃいいのだから。
 俺なんか際どい衣装で何処ぞの男に接客をしなくちゃならん、何が好きで名前も知らん野郎に触られなきゃならんのだ。

「文句言わない、やる気なくなるでしょう」
「始めっから無いけど」
「言わない!」





 ぶつぶつ文句を言うサイトに荷詰めをさせようとして……。

「剣くらいしかなかったわね、持って行くの」
「さすがに下着とか有るんですが」

 代えの下着、最悪何日も履きまわし……。
 想像して嫌な気分になった。



 いつもの衣服、白のブラウスに黒のプリーツスカートで門を出る。
 うろ覚えの記憶を頼りに馬や馬車ではなく歩きを選ぶ。
 ちなみに馬では半日の半分、6時間も掛からずトリステイン王国首都トリスタニアに着けるが。
 歩きだと12時間以上掛かる、ずっと歩き続けるわけではないので日に表せば2日ほど掛かる距離。
 道中宿があるわけでもない、つまり野宿になるわけで。

「お米食えよ!」
「あったらいいですね」

 日中の一番日が強い時間帯は木陰で休む。
 一番暑い時間帯に歩いて、熱中症にでもなったら堪らん。
 大きな木の根を椅子代わりにして座り、昼食としてシエスタが作ってくれたサンドイッチを頬張る。

「うまうま」
「かゆ うま」
「食事中にそれは酷くないか?」
「ゾンビじゃ無いけどグールは居るのよね」
「マジで?」
「まじで、そしてグールを生み出す存在と言えば吸血鬼。 漫画やアニメのような超存在な感じじゃないけどそっちも居る」

 人間大好きツンデレ旦那とか、月のお姫様とか。
 あんな規格外じゃない、生殖行為を行うし長いものの寿命だってある一種の生命体。
 居たら居たですんごい事になるが。

「ゾンビとグール、死んでると言う意味では同じよね」
「……血を吸われてグールになったり?」
「血を吸い殺した相手、ってのが付くけど。 吸血鬼自体は魔法でも見分けられないし、グールも外見は生前のままだからねぇ」
「厄介すぎないか、それ」
「だから『最悪の妖魔』なんて言われてるのよ。 内側からじわじわ削って行って、幾つかの村が消えてるし」
「すごいな……」
「ちなみにタバサは吸血鬼を一体倒しています」
「やっぱ吸血鬼って強いの?」
「障害物の無い広い場所で正面切って戦うなら勝てるでしょうけど、森とかじゃスクウェアメイジでもやられるわね」
「うえ」

 実物なんて見た事無いが、初歩の精霊魔法を使い、身体能力も人間以上。
 生命力も勿論高い相手によく勝ったと言えるタバサ、ヒロイン補正なんて物も有っただろうがよくやった。

「水、飲むでしょ」
「うん」

 と、ビンそのままを手渡した。
 グラス? コップ? ビンだけで重たいのに何で嵩張る物持って来なきゃいけないのだ。
 つくづくペットボトルが便利なものだと考える。

「プハァー!」

 とサイトがどっかのスポーツドリンクのCMばりに額を拭きながら、水をラッパ飲み。

「良い飲みっぷり、明日の分はどうするの?」
「………」

 ハッと気が付いたサイトが持つ水の入ったビン、中身は既に三分の二ほど減っている。
 対する俺のビンは十分の一すら減っていない、今日の夜と明日の分まである程度計算して飲む。

「どうすんの?」
「……何とかなる、たった二日だし!」
「飲み干して分けてくれってのは無しだからね」

 勿論と相槌を打つサイト。
 言った通りにならなきゃ良いんだけど。





 1時間、2時間と喋り、遠くに見える山を見ながら木陰で休憩。
 時間的には3時のおやつと言った所か、勿論おやつなんて持ってきてないから食べないが。
 立ち上がってスカートに付いた汚れを掃う。

「そろそろ行きましょ、足の疲れも大分取れたし」
「あいよ」

 朝学院を出て、昼前まで歩き続けていた。
 何度か小休止を挟み、昼食ついでに大休止を取る事となった。
 そしてそれも終わり、また王都トリスタニアに向かって歩き出す。

「こう言うのもたまには良いわね」
「だよなぁ」

 時期としては夏、草木が青々として自然豊か。
 こう言った風景など、地方の田舎にでも行かなきゃ見れない景色だ。
 コンクリートジャングルではない良い景色。

「こっちに来るまで野宿なんてするとは思わなかったぜ」

 コンクリートやアスファルトでは無い、土で慣らされた道を歩く。
 
 現代っ子が野宿って耐えられないんじゃないか?
 野宿するのって中学とかである林間学校……、うーむ。
 俺の時は自分でテント立てたが今の子はどうなんだろうなぁ、林間学校とか言いながらホテルとかで寝てたりして。

「……もうすぐ本格的な野営をすることになるわ」
「やえい?」
「戦争が始まるし」
「あー……」

 これから数週間もすればアルビオン共和国と本格的な、万の軍勢が投下される戦争が始まる。
 正確にはもう始まってる、水面下の戦いで凌ぎ凌がれと言う状態。

 ……もしかして、アンアンは裏切り者の炙り出しの為、ルイズに城下街で間諜やってくれって言ったんじゃなかろうか。
 疑わしい者に監視をつけ、ゾンビウェールズの時と同じく、己の身をかどわかされた、攫われた状態にした。
 裏切り者は自分達の手以外で女王が行方不明になったとなれば、便乗して今度こそ攫う算段でも考えるだろう。
 或いは探したが、本当に何処に行ったか分からない場合はそれはそれで構わない。
 もし女王が戻ってこなくても構わない、己の地位と財産は守られるのだから。

 恐らくはそんな考えの裏切り者達、このような考えをアンアンは予見でもしたか。
 原作のように、敵国と通じる者との接触を図った時に取り押さえると言う選択を取った。
 そして自身はどの貴族さえも知らない場所、サイトの居場所に身を寄せる。
 一人で動くのは危ないから、こっちに来るまでアニエスが護衛でもしてたのかね。

「……腐ってるな」
「腐ってるのよ」

 アンアンじゃなくて執政に食い込んでいる奴が。
 あと数ヶ月もすれば滅ぶかもしれない国に、いつまでも居座る強欲者は居ないだろう。
 死にたくない、失いたくないって気持ちは良く分かる、分かりすぎて一方的に否定できない感情。
 まぁ俺が幾らそんな感情を持っていようと関係無い、リッシュモンは確実に死んでもらう訳で。
 リッシュモンを捕まえてとか考えたが、その場に居ないだろうし変える必要もないのでアンアンには何も言わない。
 アニエスの復讐の一つが達成されるしな。

「そいつ等どうにかならないのかな」
『どうにかなるわよ、とりあえずは一人確定してるし』
『……誰が裏切ってんのか分かってるのか?』
『ほぼ裏切り確定な奴が一人、アンアンもそいつに狙いを定めて捕り物進行中』
『アンアン……』
『アンアンッ!』
『……色々あるのな』
「無い方がおかしいわよ」
「それもそうか」





 それから数時間休みを挟みながら歩き続けた。

 ……しんどい。

 大体の移動は馬か馬車だから、こんなに長時間歩くのは足にくる。
 二人でとぼとぼ、男だからと言う理由で荷物を一手に引き受けたサイトは更に疲れていた。

「確かめないから」
「ハァ……ハァ……」

 返す気力も無いようです。
 そりゃそうか、テントや衣服、食い物とか諸々背負っている。
 こっちに着てから鍛えていると言っても、三ヶ月ほどしか経っていない。
 ここらへんから筋肉の付き始めが実感できると言った所か。
 ……以前より逞しくなったっぽいとは言え、毎日見てるからその違いが全く分からないが。

 と言うか、腹筋がシックスパックなサイト……。

「……はっ」
「ハァ……あ? どうしたんだ?」
「いえ、何でもないわ。 日も落ち始めたし、そろそろテント仮設場所探しましょうか」
「ああ……、まじ疲れた」

 道端に座り込んで荷物を下ろすサイト。
 だらしねぇな、とか殆ど荷物を持ってない俺が言ってみる。
 下ろした荷物から色んなものを取り出す。
 盛っている荷物の大きさの半分以上を占めるテントを引っ張り出し、張れそうな目ぼしい場所を捜す。

「雨が降らなきゃいいけど、……降らないか」
「なんで?」

 実はこのテント、綿で出来ている。
 結構強く引っ張っても破けないし、通気性も良いから寝苦しくない。
 だが、綿なだけあって吸水性が良く、湿りやすい。
 そうなればテント内はじめじめするし、水分を含むからテント自体が重くなる。
 乾かすのだって時間が掛かるし、持ち運びには苦労する訳。

「綿って、あのもこもこする奴?」
「それ以外あるの?」
「……ない、と思う」

 街に着いたら適当に売っぱらう予定の使い捨て。
 本当なら一晩使ったらそのまま置いて行きたいぐらい。
 この世界でテントと言ったら綿製のしかない、現代地球のように合成繊維など無いからしょうがない。
 
「要らぬ杞憂、かしら」

 見上げれば紅く染まり始めた空、紅と蒼の光りを放つ双月も見え始めている。
 朝も昼も快晴、夜も変わらず快晴で雨は降らないだろう。





 それから良い設置場所を探し、街道が見える位置に良い場所を発見。
 せっせとテントを建てて寝る準備を始める。
 近くに川無かったなぁ、体すら拭けないとは結構嫌だな。
 と近場の岩に座って空を見上げる。
 すっかり日が落ちて双月が盛大にその身を主張し、その周りには数多の星が美しく輝いている。

 しっかしいつ夜空を見上げても、ものすごく星が輝いている。
 フロンガスだっけ、ああ言うオゾン層を破壊するものが出てないし、大気がクリーンなのでほぼありのままで見られる訳だ。
 田舎の夜空は綺麗と聞くが、ハルケギニアでは何処で見ても綺麗な夜空だ。
 大都会でも夜空が此処まで綺麗なら、人の心すら癒してしまいそうだ。

「ポエマーで恥ずかしいっ!」

 失礼な。

「ファンタジーと言う中二世界で、こう言う事言っても恥ずかしくないのよ」
「……そうか?」
「そうよ」
「……そうなのか」
「そうなのよ」

 そうだよね?
 さっさと晩御飯の片付け、寝る準備を始める。
 屋根の方は結構堅くならしてあるが、地面と触れる床は結構柔らかい。
 綿だけあってか、これならそのままでも眠れる。

「あーまじで疲れるわねぇ」

 首に手を当て頭を揺らす。
 薄手の毛布、それを被りながら寝そべる。

「お休み」
「ああ、お休み」

 それから何分たったか。
 ルイズの寝息が聞こえてくる頃に、瞼を開くサイト。
 頭を少しだけルイズのほうに傾け、ルイズを見る。
 規則正しい寝息を聞き、上体を起こす。
 そしてサイトは笑った。

 サイトにとって楽しい時間が来た。
 ルイズにはルイズの秘密が有るように、サイトにはサイトの秘密がある。
 それは……。

「………」

 ルイズの寝顔を眺める事だった。
 これの何処が秘密か、知られたら怒るだろうがそこまで大きくない。
 ならば何故秘密とするのか……。

「た、たまんねぇ……」

 それはサイトの行動であった。
 ただ見るだけで終わっているなら秘密になりえなかった。
 ルイズの寝顔、整った造形は『生きる人形』と言って良い作り。
 神が作り上げた人形、それが人間。
 その中でも美しい方に入るだろうルイズ。
 そのルイズを見ながらサイトは頬を緩ませる。
 
 人間と言うのは欲望の塊と表現される事が良くある。
 視覚で十二分に堪能した後、人はどういう行動に出るのか。

『他の五感でも堪能したい』

 そのサイトが選んだ五感は、『触感』であった。
 欲望に負けたと言って良い、見るだけでは飽き足らずに手を出してしまった。
 そんなサイトの奇行をデルフリンガーは「止めておいた方がいいぜ」と制止したにも拘らず手を出した。
 それからルイズには言えない秘密となった。

 ……別にルイズがお嫁に行けなくなる様な事をした訳ではない。
 ただサイトは、『ルイズの頬を突付くようになった』だけである。
 ぷにぷに、擬音で表せばそんな感触の頬。
 柔らかくてすべすべで、突付いた指を押し返すような弾力があった。
 ニヤつくサイト、つんつん、つんつんと何度も頬を突付く。

 普通ならば夜中頬を突付かれでもしたら、手で払ったり、目を覚ましたりするだろう。
 だが突付かれるルイズは、それらに対して殆ど反応を示さない。
 夜寝て、朝起きるまで寝返りを一度か二度するだけ、現代地球の医学的知識がある者なら異常に近い状態に見えただろう。
 そんな医学的知識など無い、普通の高校生であったサイトは気が付いていなかった。

 夜中女の子の頬を突付く男、サイトは間違いなく危ないが、実を見ればサイトにとって悪くない行動でもあった。
 それは頬を突付いて多少なりとも反応を示せば、サイトは安心を感じる。
 魔法を使って気絶した時の様に、全く反応を示さない訳ではないからだ。
 初めてルイズが気絶した時、もう目を覚まさないんじゃないか? 死んでいるんじゃないのか? と感じるほどに無反応であった。
 サイト自身は気が付いていないが、それはストレスを感じるほどの物であり、イラ付きやすくなって居たりした。

 だが死んだように眠っていたルイズが目覚めれば、それは綺麗さっぱり消え去り、逆に充足感すら生まれている。
 そうなったのは相乗の効果、主従契約効果で心の隙間に入り込み好感を持たせる魔法と、日頃のルイズの言動が充足感の底上げをなした為。
 サイトの心に広がる『根』は止まる事を知らずに太く、長く、日に日に雁字搦めの鎖のように締め上げていた。











「………」

 テントの中まで朝日が瞼の上から主張する。
 数十秒、ぼんやりとテントの天井を見つめ続ける。
 はぁ、と一つ溜め息を付いて顔を横に倒せばサイトの寝顔。
 物凄い近い、5サントほどしかない距離。
 そして、いつも以上に頬がヒリヒリする。

「………」

 顔を戻して起き上がる。
 背伸び、腰や首を回して体のコリを解す。

「デルフ」
「毎晩娘っ子の頬を突付いてる」

 立ち上がり、デルフを持ち上げる。

「………」

 頭に落としてやりたい衝動に駆られるが、流石にそれはまずいので自重していつもより高い位置からデルフを手放した。

「──ッフグォ!」

 デルフが腹の上に落ち、狭いテントの中でのた打ち回るサイト。

「起きたかしら?」
「ゴホッ、フッゥ、フぃ……」
「あのね、頬がちょっと痛いのだけど」
「……ごめんなさい」

 腹を押さえ、俺を見上げたまま謝るサイト。
 その隣に座り、右手人差し指をサイトの頬に当て押し込む。

「これってどうなの? 夜中人の頬を突付くのってどうなの?」

 グリグリ、手首を左右に捻りながら頬を弄る。

「い、いや、あのさ。 ルイズの頬が柔らかそうで……」
「素直で宜しい、だけど刑罰の軽減には届かない」

 グリグリグリ、押し込む力と捻る速度を上げる。

「いて、いてて……」
「………」
「い、痛いんだけど……いて」

 グリグリグリグリ、サイトの頬が赤くなり始めて手を止める。

「……まぁ良いわ、これで許してあげる」
「……ありがと」
「夜中勝手に人の体を触るのはどうかと思うわよ」
「……ごめん」
「はぁ、頼りにしてるんだからしっかりしてよ? 良い? わかった?」
「……ああ!」

 犯罪紛いの事しておいて、そんな笑顔で返事するなよ。

「さっさと起きて片付ける!」
「了解ッ!」

 と元気良く返事をして、テントから出て行くサイト。

「……はぁ、一体何考えてるのかしら」
「おめぇさんの事だよ、娘っ子」
「関係あるように見えないんだけど」
「……まぁいいがね、相棒は心配してるのさ」
「私より自分の方が先でしょ、全く」

 それを聞いてどっちもどっちだ、と笑うデルフ。

「うっさい」

 そう言ってデルフの柄を踏みつけた。





 昨日と変わらず、大した変化も無く延々と歩き続け、お昼過ぎには王都トリスタニアが見えてきた。
 ハァハァと息を切らしながら街に到着、予想したとおりサイトの水は全部飲み干してしまい分ける破目になった。
 だから考えて飲めって言ったのに。
 少しだけ休み、すぐさま財務庁を訪ねてアンアンから貰った手形を換金。
 さっさと平民っぽい服を購入して着替えた。

「お腹空いたし、休憩がてらに昼食頂きましょ」
「さんせぇい」

 ついでに荷物の一部を処分して結構すっきり。
 へろへろなサイトを連れ歩き、食事処を捜す。
 残念ながら何処の店が美味しいなんて情報は持っていない。
 よってその時の気分と視覚と味覚と腹の鳴り具合で決めるしかない。

「良い香りがする店でも探しましょっか」
「そうしよう、と言うか座りたい」

 言うな、足の裏とアキレス腱が痛い。
 イタイイタイと摩れば。

「む、良い匂い」

 肉の焼ける良い匂いが。
 そして腹がグゥーっとなる。

「決まりね」

 たまには焼肉を食いたくもなるさ。
 足を運び、焼けた肉を食う。
 うめぇ。





「今度は眠くなってくるな」
「宿とって寝たいけど、やることがあるから駄目ね」
「……用事があるって言ってたけど、それのこと?」
「そ、やっておかなくちゃ」

 お腹一杯、昼食を済ませて次の行動を考える。
 確かカジノ、お金が云々の話で金増やす手はないかと言うのでカジノだったはず。
 しかし何処にあるのか分からない、なら捜すしかなかろうよ。

「何処にあるのか分からないのよね、捜さないと」
「なにが?」
「賭博場」
「とばくじょう?」
「カジノよ、行かなきゃ」
「なんで? 金ならあるじゃん」
「増やすんじゃないのよ、遊びに行くの」

 カジノ、カジノねぇ……と呟くサイト。
 時間つぶしと言って良いかも、金が有ろうが無かろうが魅惑の妖精亭に行くのは確定事項。
 だが正直自信が無い、カジノでお金を擦った後物乞いに間違われ、と言う展開だったはず。
 多分カジノがある通りでスカロンと会うとは思うが……、最悪の場合は直接魅惑の妖精亭に言って雇ってもらうように頼むしかない。
 とりあえず決まっている予定を再確認して定食屋を出る。

「さて、どこにあるんでしょうね」

 見た所この通りには無いようだ、カジノといえばネオンで派手な建物。
 と言うのはまず無いだろう、禁止してはいないが出してもいいとは言えない法律具合。
 有るとしたら路地裏だろう。

「聞いた方が早そうね」
「通りって幾つ有るんだ?」
「そんなに多くないわ、位置的にも多分こちら側でしょうし」

 人ごみの中、周囲を見渡しそれっぽい建物を捜す。
 さっさと見つけて遊ぼうか、と思うところに可愛い声。

「いらっしゃいませー、東方からの輸入品、『お茶』は如何ですかー」

 反射的に振り向いた、サイトも釣られたようで振り向いていた。

「……カッフェ」
「もしかして、あれか?」
「……あれね」

 視線を向けた先、白と紺色のメイド服を着た女の子が呼び込みをしている店。

「……あれか」
「どうしよう……」
「なにが?」
「私としてはカジノに行きたいわ。 でも……」

 チラリチラリと視線を送る先にはやっぱりメイド服の女の子達。
 そう、あれは『メイド喫茶』と言う物だった。
 日本のとある有名な電気街にしかないような店、……素人考えの思い込みだが。
 本物のメイドさんに囲まれて生活しているが、こう言う庶民的なメイドもありなんじゃないかと思う。
 ……そうだ、カッフェの実状を確かめておくのも悪くないかもしれない。

「駄目だろ、行かなきゃ」
「……そうね、ここでずらしちゃ意味無いわよね」
「ああ、ここはカフェに行かなきゃ」
「………」

 なんと言う会話の食い違い、力を入れて喋るサイトの瞳はどこか輝いていた。
 やはりサイトは優柔不断なのか、シエスタって可愛い本物のメイドがいるってのに。

「……行きたいの?」
「……いや、ルイズが行きたいんだろ?」
「……サイトでしょう?」
「ルイズだろ」
「サイトでしょ」
「………」
「……サイトが行きたいって言うなら」

 行った方がいいのか? たしか魅惑の妖精亭のライバル店っぽい言い方をしてたし、魅惑の妖精亭の対抗店となるか確かめておいたほうが良いのかも知れない。

「行こう!」
「……行きましょうか」

 そう思い込み、二人はメイド姿の女の子が呼び込みをする『カッフェ』に入るのだった。





 が。

「まず……」

 サイトが呟いた、一口含んで広がる苦味。
 このお茶を入れたのは誰だぁ! ほぼ無表情でテーブルの傍に立つ店員メイドさんです。
 入れ方がなっていない、お茶は湯飲みへ均等に注ぐ。
 一度に注ぐと濃淡、一杯目が濃く、二杯目が薄くなるので半分ずつ交互に入れたりして均等にするのだが。
 この店は湯飲みに最初から全部注ぐ、そりゃあ濃くなるわ。

 二杯目、三杯目は丁度良くなるだろうが、一杯の値段が割高。
 サハラを通る輸入品だけあってそこらの店で紅茶飲むより倍以上高い。
 故に大体一杯で終わる、女の子目当てに何杯も飲むほど金持ちは少ないわけだ。
 入れ方を知らない、紅茶とは違う入れ方だから仕方がないかもしれん。
 と言うか紅茶の入れ方で入れてるのか? 蒸らしたりするとより苦味出るから正しい入れ方じゃないと苦すぎる。

「……ちょっとしたティータイムにもならないわね」

 こんなの飲む羽目になるなら、素直にカジノっとけば良かった。
 と言うか、これでは魅惑の妖精亭の脅威にはなり得ないと思う。
 そりゃあ一時的な売り上げの低下は招くものの、時間が経てば売り上げは元に戻るだろう。
 どうしてか? 今繁盛しているのはお茶が『珍しい』からであって、お茶自体が美味い訳ではないからだ。
 女の子達も可愛い事は可愛いのだが、余り愛想が無い。

 よって時が経てば勝手に消える店と判断した。

「釣りは要らないわ」

 エキュー金貨を1枚置いて席を立つ。
 このセリフ、一度言ってみたかったんだ。



「釣られちまったなぁ」

 とサイトが零す。
 カッフェから出て、次なる目的地へと足を進めながらの会話。
 うん、女の子に釣られた。
 理解しているので否定はしない、可愛いってのは正義<ジャスティス>だし。
 と言うか、この世界に女性の不細工は居るのか? どいつもこいつも、部類は違うが美人さんばかりだ。
 腕を組んで歩く、いまだ見えぬ世界の謎がまた一つ加わった。












 どう言う事だ? カジノが無いってどう言う事だ?
 カッフェから出てカジノを捜すが一向に見つからない。

「だぁーれも知らないって事は無いんじゃないの?」
「有る筈なのよ、無くちゃいけないのよ!」

 無ければ進めない、拙い。
 いや、いっその事カジノに行かなくて通りで待ってみるか?
 待つ時間が長くなるだけで、スカロンが来ないというわけじゃない。
 ……駄目か、多分カジノがある通りだから……。
 くそ、何で無いんだよ!

「……どうするか」

 どうするべきか、直接魅惑の妖精亭に……。
 いや、スカロン経由じゃないと断られるかも……。



 楽観視と言う致命的な失態を犯して思い悩むルイズだった。



[4708] 大好評営業中の 33話 
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/08/21 04:12

「なぁ、いつまで座ってりゃいいんだ?」
「………」

 日はすでに落ちた、空には双月が光りを放っている。
 ……拙い、スカロンが通らなかった。
 いや、通り過ぎたのかもしれない。
 もしかしたらまだ通っていないかも。
 どれにしろ、この時間帯はやばい。

 間違えた所は何処だ? 歩きじゃなくて馬か馬車で来たのか? 歩きでも到着したのが早すぎたのか?
 いや、カジノに行けなかったのが……。

「………」

 座ったまま頭を抱える、カジノの位置なんて調べようと思えば調べられた。
 楽観してた、原作通りにアンアンからの命令書が来たからそうなるだろうと。
 ……こんなのは何回目だ? 馬鹿すぎて話にならん。
 何でこんな簡単な事を忘れるんだよ……。

「……ルイズ? 大丈夫か?」
「……ええ」

 こめかみを人差し指で突付きながら立ち上がる。
 ……魅惑の妖精亭に行かなくては。

「行きましょ」
「ほんとに大丈夫か?」
「大丈夫、自分の馬鹿加減に呆れてるのよ」

 生かしきれていない、色々と。

「……なぁ、俺ってそんなに頼りないか?」
「……何がよ」
「これからの事だよ、大事な事だから教えてくれないってのは分かるよ。 でも少し先の事ぐらいは良いだろ? ルイズばっかり苦労してるようで嫌なんだよ」

 またその事か。
 大きく溜息を吐いて、才人に向き直る。

「前にも話したけど……知って、先の事を知って手心を加えないって自信がある?」
「あるに決まってるだろ!」

 即答する才人、口先だけじゃ駄目なんだよ。

「……目の前に一人の女の子が居ました」
「……?」
「この女の子は傷つき倒れて居ます、放っておけば数分と経たずに死んでしまうかもしれません」
「何だよいきなり」
「でも目の前に居るサイトは今すぐにでも助ける事が出来ます、……サイトならどうする?」
「助けるに決まってるだろ!」
「その子がいずれ貴方の大切な人を殺す事を知っていても?」
「ッ!」

 例えば、その傷付いている子が才人の大切な人を殺す事にでもなったら?
 そんな設定をつければどう出るか。

「大切な人じゃなくてもいいわ、他の、例えば何百何千何万と言う人が死ぬ事になったとしたら?」
「………」
「どうする? それを知ってて助ける?」

 苦渋の表情、悩み苦しみ出し難い答え。
 ……分かりきった答えだ、才人ならきっと──。

「……助ける」
「………」
「その子を助けて、誰も死なないようにする」

 ほらな。

「だから教えられないのよ」
「何でだよ!」
「それじゃあサイトの言う通り、その子を助けて誰も死なせない様にしました。 その次は?」
「その次?」
「そう、助けて諭して、これから起きるはずだった、知っている出来事が全て無くなったら?」
「………」
「その子を助けた所為で、もっと多くの人が死んだら? 大切な人がより多く死んでしまったら? そうなってしまった原因がその子を助けてしまった事なら?」

 どうだろう、冷静で居られるだろうか?
 罪の意識に苛まれたりしないだろうか?
 心が壊れたりしてしまわないだろうか?

「そうならないと絶対の自信を持って答えられる? 今回は上手く行って、次も上手く行くって保証出来るの?」
「それ……は」
「ご都合主義なんて毎回起きないのよ、奇跡なんて起きないから奇跡って言うのよ? 未来予知なんて人間は持っていない、今ある情報だけでやっていかなきゃいけないの」

 如何に変化させないか。
 今更に気づいて、才人じゃなく自分に言い聞かせるように。

「分かってる? 失敗すれば死ぬのは私だけじゃない」
「……皆、死んじまうのか?」
「私や知人だけで済むなら軽い方よ、最悪何万何十万と関係無い人まで死んでしまうのよ」
「………」
「たった一人だけでもとても重いのに、そんな数の人を背負えるの?」

 俺は背負えない、たった一人だけで精一杯なのに見ず知らずの人まで背負えない。

「私はそれが怖いのよ、だからサイトには教えてあげないの」

 知っている事は悪くない、手心を加えてしまうのが駄目なのだ。
 そして先に通じる出来事が消えるのが駄目なのだ。
 だから俺は、アンアンが泣く事を理解してウェールズを切り捨てた。
 今才人に求めるのは誰かを助ける為に誰かを見捨てると言う決断力。
 それが出来ないなら教えられない、今も、これからも。

「サイトにはサイトの、何も知らないでサイトが思うように動けばいいの。 誰も気にする必要はない、その時にサイトが好きなように動けばいいのよ」

 そうであった方がとても楽だ。
 最初から『気位とプライドが物凄く高く、扱いにほとほと手を焼くような性格』のルイズで行っていれば、ここまで悩まず済んだだろうが。

「わかって、サイトが頼りないんじゃないの。 私が駄目なだけよ」
「………」

 口を開き、何かを言おうとするが声が出ない。
 反論しようとして何を言えば良いかわからない、そう言った感じの才人。

「行きましょう」

 この話はもう終わり、そう示すように歩き出す。
 一歩、二歩、三歩と進んで振り返る、立ち止まったままの才人は口を閉じ、ただこっちを見つめてくる。

「………」

 進んだ分だけ戻る、才人の前に立ち手を取り繋ぐ。

「今はそんなに時間が無いの」
「……わかった」

 渋々だ。
 言うべき言葉が見つからないから口を閉じているだけ、あればすぐにでも開いてるだろう。
 才人を引っ張って歩いていく。

 ……才人じゃない、俺が頼りないんだ。










タイトル「看板娘見習い」












 道すがらに魅惑の妖精亭の場所を聞いて歩く。
 リピーターが多いのだろうか、行った事がある、通っているという人が多く、すぐに場所が分かった。
 
「お、お嬢さんもあそこで働いたりしないのかい?」
「働きたいと思ってます、雇ってもらえるかは分かりませんが……」
「そうかそうか、お嬢さんのような綺麗な子が入るならまた楽しみだなぁ」

 などと言った会話を繰り返し、魅惑の妖精亭に辿り着いた。
 もう営業しているだろう、正面から入るのは憚られるから裏口へ。
 コンコンと何度かノック、数秒後にドアの覗き穴が少し開いて視線が合う。

「何か用?」

 防犯対策だろう、気に入った女の子のストーキングとかもありそうだし。
 とりあえずちょこちょこと事情説明。
 お金が無いとか、雇ってもらえる所を捜しているとか。

「雇って欲しい?」
「はい」

 覗き穴が全開、視線を左右にやって他に誰も居ないか確認。
 そうして覗き穴が閉じられ、内鍵が外れる音がした。

 裏口のドアが開けられ、出てきたのはスカロンの娘『ジェシカ』
 艶やかな黒目黒髪の、シエスタと同じ日本人の血を引く少女。
 やはりどことなくだが似ている、目元とか結構な。
 そしてと言うかやっぱりと言うか、可愛い。
 これで辛うじて手が届きそうな女の子? 冗談は休み休みに言え。

「うちがどう言う店か知ってて言ってる?」
「はい、飲食店ですよね?」
「そうね、飲食店だけどスキンシップもある店よ?」
「知っています、ここで働かせてもらいたいんです」
「……ふぅん、ちょっとゴメンねー」

 と俺の顎に手を当て、顔を近づける。

「……へぇ、これなら十分すぎるわね。 肌も綺麗だし、髪も……、なるほど……」

 もう気づかれたっぽいな、働ければ良いんでどうでも良いが。
 詮索して言いふらすような性格じゃなかった気がするし。

「……あの、どうでしょうか? 雇ってもらえるんでしょうか?」

 少し声を抑える、これポイント。

「そうね……」

 視線を俺から、後ろに居る才人に移す。
 同じ様に値踏み、そうして頷く。

「うん、良いわ。 これなら文句でないと思うわ」
「ありがとうございます!」

 と喜んでおく、断られたら困るので本気で嬉しいのだが。
 そんな俺とは対照的に、くらーい感じの才人。
 まださっきの話を根に持ってるのか。
 つぶやく様に「よろしく」と言って軽く頭を下げた。



「じゃあ入って、今お父さん呼んでくるから」

 お父さん? ここの店主の娘さんなのか。
 と思い、数十秒待っていればごっつい、男が着ないような服着た気持ち悪い中年のオッサンが現れた。

「この子達?」
「うん、悪くないと思うんだけど」

 腰をくねくねと動かし歩くジェシカの父。
 それを見て才人は気持ちが悪くなった、何とか我慢するが表情が半笑いと言ったようなものになっていた。
 なんとか、本当に何とか我慢して表情を戻してルイズを見てみれば、何時もと変わらぬ表情。
 さすが、と思った才人だったが、良く見るとルイズの口端がピクピク震えていた。
 ルイズでも無理だったらしい、結構我慢していたのが見て取れた。

「お名前は?」
「ルイズです」
「サ、サイトです……」

 声が震えてないだろうか、我慢してるのがばれないだろうかと冷や汗を掻いた。

「わたくしの名はスカロン、この店『魅惑の妖精』亭の店長よ」

 くねくねっ。
 顔を背けたくなった、だが背けたら絶対に印象が悪くなる。
 そう思い我慢。
 と言うかこんな可愛いジェシカが、こんな気持ち悪いスカロンから生まれるとか遺伝子おかしくね?
 勿論産んだのはスカロンじゃない母親の方だけど、遺伝子無視してるだろこれ。

「……そうね、ルイズちゃんはとても良いわね!」
「あ、ありがあとうございます」

 ルイズの口調が可笑しい、我慢している、我慢している事が確定した!

「ルイズちゃんは接客をして貰いましょうか、サイトくんは皿洗いで良いかしら?」
「は、はい」
「それじゃあジェシカ、ルイズちゃんを着替えさせて」
「分かった」
「サイトくんはあれ、皿洗い宜しくね♪」
「う、うう、はい……」

 トイレに駆け込みたくなった才人であった。
 





 注文され出来た料理を運ぶ、所謂ウエイトレス。
 制服は白を基調としたコルセットに近いキャミソール、指先を出し肘まで覆うグローブと丈の短いスカート。
 頭にはメイドが付けるようなカチューシャ、キャミソールの背中は大きく開き、露出度はかなり大きい。
 視線を集めるように作られた制服、劣情を催すと言って良い。
 それは触ってくれと言っているようなもの、ところがどっこいそうはさせないとウエイトレスの女の子達は巧みに避ける。

 物理的な回避ではなく、触ってこようとすればその手を握り返したりして防ぐ。
 男女の恋人が手を繋ぐような握り方、それに笑顔をプラスすれば落ちる。
 どれだけこいつ等弱いんだと思わなくも無い、プラス美少女だから仕方がないと言えなくも無い。

「ご、ごめんなさい……」

 つい掴んでしまった服の袖を離した。
 それを見た男は何度か小さく唸る、良いのか? ここで帰ってしまって良いのか?
 まだ一緒に居て欲しいみたい、でもそんな事言えない。
 勇気を振り出せない、そんな時に俺が立ち上がって帰ろうとしたからつい掴んでしまったんじゃないのか?
 ここでまだ一緒に居れば俺に対しての好感が上がるんじゃないのか!?

「とか考えてるのか、考えていそうだよなぁ」

 お客を見送りながらそう呟く。
 まだ残ろうとした客に、そのお金で今度また来てくださいと上目使いで言った。
 うんうんと何度も頷いて帰っていった。
 正直これで良いのかと、普通裏と言うか金を儲けたい為だけにそう言ったのだとか考えないのか?
 ……単にそう考える俺が捻くれているだけだろうか。

「……遠いわね」

 何がって、目標まで。
 目的の時が来るまで数ヶ月、進級の前だったか後だったか。
 とにかく長い、それまでやって行けるかどうか不安になってきた。
 下手に考える時間が有るとネガティブの方に行きやすくなってる様な……。
 また疲れた、なんてなぁ。
 戻るか……。

「ぷっ」

 戻ろうと振り返れば何かにぶつかり、真後ろに何かが有った。
 見上げれば分厚くてボリュームがあって、結構堅い……スカロンの胸。

「……ルイズちゃん、中々やるわねぇ」

 仁王立ちのスカロンが居た。
 何だこの圧倒的なボリューム。
 筋骨隆々のくせにくねくね動くなよ、おぼろげの記憶にあるアニメの動きより気持ち悪いぞ!

「周りの方々を見てて、同じ様にしてみたんですけど……」
「観察力もあるのね」
「えっと……、無いと生きて行けなかったので」

 主に精神的な意味で。
 公爵家の家名狙って寄って来る男どもがうざったらしかった。
 ……来る度にスルーしてたから関係ないか。

「……辛い人生だったのね」
「そんな事ありません、両親は私の事大切にしてくれたし、サイトも居るんで……」
「健気ね!」

 とか言ったら一瞬で泣き始めて、腕を広げ立ち上がった熊が目前に現れた。
 それは暴虐、避ける事も防ぐ事も叶わぬ。
 この身は矮小で、どうにも出来ない手詰まり状態。
 つまり……。
 やめっ! 抱きついてくるな!
 く、苦し、胸毛がァッー!





 スカロンに連れられ店内に戻ってくる、少し青い顔したルイズを睨む様に見る才人。
 皿洗いしながらガン付け、恨みがましい視線は物理的な力を持ちそうなほどだった。

「………」

 才人に与えられた仕事は皿洗い、こういった職業の殆どは掃除から始まる。
 次々と運ばれてくる汚れた皿、洗っても洗っても切が無い。
 そんな状況なのに手は止まり、意識の全てをそちらに回す。
 ルイズが憎い、という訳ではないが、そう言った感情が込められているかのような視線。

 分かっちゃ居るんだけど納得できない。
 あの説明だって『例えば』の話だって事も分かってる。
 なら断言出来たんじゃないのか?
 出来る、やってみせるって。
 そう言えた筈なのに、ルイズの顔見たら声が出なくなった。

「………」

 何でだろうと考える、言えた筈なのに言えなかった。
 どうしても腑に落ちない、言えないのは喉に何かが引っかかったから。
 その引っかかった物が分からない、考えるけど何なのか全く分からない。
 
「………」

 モヤモヤする、スッキリしない。
 どうしても気になり、胸や頭を掻き毟りたくなった。

「こら! 手が止まってるわよ!」

 と怒鳴り声。

「す、すみません!」

 と現実に戻され、反射的に謝る才人。
 急ぎ手を動かし、皿を洗っていく。
 怒鳴りつけた子、ジェシカがその隣に立って才人が洗った皿を拭き始める。

「さっさっさっと! 一つ一つに時間掛け過ぎよ、油が付いてるものは後に回して汚れの少ない奴から洗うの」
「そうなんだ」

 言われた通り、ベトベトの油が付いた皿を後に回し、見た目汚れの少ない奴を洗い始める。

「後ね、出来るだけ大きい物からだと重ねられて洗い易くなるわ」
「うん」

 とまたも言われた通り実践する。
 すると洗った皿の枚数が時間当たりに比べ増え始める。
 それでもジェシカが洗った皿を待つ時間が結構有った。
 暇な時間、数秒だがやる事が無い時間。
 となれば口を出したくなるのがジェシカだった。

「ねぇ、聞いてなかったんだけど、ルイズとの関係って何?」
「か、関係?」
「うん、関係」

 そう聞かれ、うーんと唸る。
 言って良いものだろうか、ルイズは教えちゃいけないって言ってなかったし。

「ね、どんな関係?」

 好奇心に満ち溢れた表情のジェシカ。

「あー、うーん……」

 歯切れの悪い才人、それを見たジェシカは更に好奇心を掻き立てられた。

「ここに居る子達は皆訳ありなの、誰だって聞かれたくない事だってあるし、それが分かってるから誰も詮索しないわよ」
「なら余計に駄目じゃん、店長の娘さんだからって」
「だって気になるじゃない? 兄妹って言うには似て無さすぎるし、サイトはでっかい剣を背中に二本も担いでさ」
「………」
「ルイズって貴族なんでしょ? で、サイトがそのお守り?」

 ドンピシャすぎてぐうの音も出ない。

「ルイズって綺麗すぎるのよね、髪はさらさらで、肌もつるつるで、普通に暮らしてたらあんな風にならないわよ」
「むぅ……」
「……うーん、でもねぇ」

 と、核心を突いたって言うのにジェシカは唸り始める。

「貴族にしてはあれなのよね、……慣れ過ぎてる?」
「慣れ過ぎてる?」
「うん、手馴れてるって言うか。 それっぽくないのよね……」

 すげぇ、そこまで分かるモンなのかと才人は感心する。

「ほら、貴族ってプライド高いでしょ? 平民相手にあんな風に出来る貴族なんて居ないわよ」

 と、視線をずらせば厨房の向こう側。
 お客とお客を相手にする女の子が居るフロアがあった。
 その中、お客と女の子達に混ざって働くピンクブロンドの、背の小さな女の子が見えた。

「あ、チップ貰ってる。 やるわねぇ、初日でチップ貰う子なんて久しぶりだわ」
「………」

 それを聞きながら、才人はじぃーっとルイズを見つめる。
 枯れ枝のような男、線が細いお客の隣に座って笑顔で口を開いている。
 ワインを注いであげたり、切り分けた料理をフォークにさして、それを男に向けて食べさせたり。
 ましてやて、てて手を繋いでいるとな!?
 俺だってそんなに手を繋いだこと無いのに! あーん、なんてされた事無いのに!!

「あんな状態よ、貴族っぽいけど貴族じゃないって感……サイト?」

 視線が鋭くなっている才人、それは戦いに赴いているような表情だった。

「……ははぁ~ん、サイトってば……」

 ジェシカは才人の顔を見て、怪しい笑みを作る。
 才人はフロアのルイズを見る事に全力を注ぎ、ジェシカの事を見ていなかった。



「ふぅーん、貴族じゃなくて貴族だった? どっかのお嬢様だったけど、没落して平民に? で、サイトはルイズに惚れてるからルイズについていくって訳かな?」

 それなら多少納得がいく、没落したのが最近でここに来る前に他所で働いていたからこういう風に出来る。
 生きる為に何とかプライドを押し込め、働いている内に平民と普通に接する事が出来るようになった、ってとこかな。
 中々面白いじゃないの、結局は他人の不幸話だけど、貴族となれば様見ろと思ってしまう。
 そんな没落貴族に付いていくなんてより興味が出てくる、才人と、その才人を惹き付ける何かがルイズに有るんだろうと興味を持つ。

「ねぇサイト、教えてくれても良いでしょ?」
「……駄目」

 ルイズを見ている才人の手が止まっていた為、活を入れると何とか動き出した。

「誰にも言わないから、ね?」
「だーめ、誰だって他の人に聞かれたくないことが有るだろ」

 ごしごしと皿を洗う。

「良いでしょ? 本当に誰にも言わないから」

 と前屈みになって、才人を上目遣いで見るジェシカ。
 そして強調される胸、どう見てもルイズより上、シエスタにも勝っている胸囲。
 特殊な性癖でもなければ注視してしまうだろう、男の性とでも言うべきか。

「………」

 才人は息を、唾を飲み込んだ。
 そしてジェシカは掛かったと確信する。

「ね? 良いでしょ?」

 追い討ちと言わんばかりに才人にしなだれ掛かった。
 才人の胸にジェシカの肩、視線は見事に胸を追尾している。
 もう一つ二つ、追い討ちをかければ落ちるとジェシカは予感。

「サイト、ね?」

 才人の手を取り、自身の胸へと押し当てようとした時。

「そう言うのは人目が無い所でやってもらえないかしら」

 と間に割って入ってきたルイズだった。
 それを見て才人が大慌てで手を引っ込めた。

「ちょっと、接客はどうしたのよ」
「店長が休憩して良いって」
「……それなら」

 父である店長の言葉ならしょうがないと、この場は諦める。
 次はルイズに聞いてみようかしらと、目標を才人からルイズへと変える。

「ルイズ、サイトと貴女の事で話してたんだけど。 貴女って貴族よね?」
「……貴族? 私が?」
「ええ、勘だけど、そうにしか見えないのよね」

 ダイレクトにアタック、遠回しに聞いても同じ様に遠まわしではぐらかされない。
 ここは肯定か否定か、直接答えてもらった方が良いとジェシカは考えた。

「……そうですね」

 と、呟きながら流し台に立つルイズ。
 置いてあった、今だ洗っていない皿を洗い始める。

「貴族だったら問題が?」

 この子……。
 平民にやらせるような仕事を自分から?
 先に考えた『貴族だった』説が信憑性を増す、それとは別に『やはり貴族じゃない』説も持ち上がる。

「無いけど、どうしても平民に見えなったから」
「………」

 才人より断然早く皿を洗い続けるルイズ。
 差し出される洗った皿を、ジェシカは素早く布で水滴をふき取っていく。
 そうしてドンドン積み上がって行く洗った皿。

「……やっぱり貴族じゃないの?」
「さぁ、どうでしょうか」

 手際が良い、こう言った事にも手馴れているのはどう言う事だろう。
 やっぱり貴族じゃないのかな。

「サイト、そっちのお皿お願い」
「あ、ああ」

 と止まって会話を聞いていた才人も皿洗いに参加。
 才人が加われば、洗った皿を拭くより早く洗った皿が増えていく。

「教えてくれない?」
「………」

 答えない、そうしてやはり何か有ると考える。

「一つ、面白い言葉があります」
「……何?」

 突然、この話の流れからは出ないような言葉。
 振るだけの意味があるのだろうと、ジェシカはルイズを見つめる。

「……女は秘密を着飾って女になる、そう思いません?」

 そう言って皿を洗う手を止め、鳶色の瞳をこちらに向けてきた。

「……っぷ、アハハハハ! いいね! 面白い事聞いた!」

 自分の素性を聞かれたくないからって、こんな言葉が出るとは思いもしなかった。
 馬鹿にしてるわけじゃないが、つい笑いが出てしまった。

「ルイズの言うとおりね、うん。 気にはなるけど、聞かないことにする」

 と言っても興味が無くなった訳じゃない、それどころかもっと知りたくなった。

「これ位なら出来るでしょ」

 そう言ったルイズ、溜まっていた皿が半分にまで減っていた。
 休憩時間を才人の皿洗いに費やすなんてねぇ。

「時間だわ」

 濡れた手を乾いた布で拭いた後、何度か手を振ってフロアへと戻っていくルイズ。
 うん、おかしいわね。

「ルイズって面白いわね、雇って正解だったかも」
「うん」
「サイトが頷くのは可笑しいわよ」
「あー、うん」
「あはははは!」

 二人は皿を片付けながら、ルイズのことを話し合うようになっていた。





「はい、皆。 お疲れ様!」

 と閉店した店のフロアでスカロンが労いの言葉を掛けた。
 時間はあと一時間もすれば、朝日が昇るくらいの時刻。
 ルイズはあれからずっと接客、才人はずっと皿洗い。
 フラフラで瞼がすっごく重い、まるで重力が何倍にも増えたかのような重さ。
 それでも背筋を伸ばしてスカロンの言葉を聞く。

「今日は皆楽しみにしていたでしょうお給金日、もう一生懸命頑張ってくれてたから今月は色を付けておいたわ!」

 女の子や厨房のコック達が歓声を上げる。
 いいねぇ、何時もよりお金が貰えるのは本当に嬉しいよねぇ。
 とか思いながら給金が入った袋を手渡していくスカロンを見るルイズ。

「はい、ルイズちゃん、サイトくん」
「え? 俺たちも?」
「ええ、ルイズちゃんが頑張ってたからね」

 チップ幾ら位貰ったっけ。
 瞼どころか思考すら重くなっていく、早く寝たいとそればかり考え始めていた。

「……こんなに?」
「殆どルイズちゃんのチップだけどね、初日でそれだけ貰えるってのは凄い事なのよ!」

 才人が袋の中身を確かめると、金貨や銀貨が何枚も入っていた。
 才人の手に乗ったお金を見て、すごいすごいと他の女の子達が褒めてくる。
 一人の平民が何もせず一月暮らせる位の額、一日でこんなに稼げばかなり良い方じゃない?
 噂話も結構聞けたし……。

「期待の新人よ! これからも頑張ってね!」

 




 スカロンによるお給金配りと閉店の挨拶が終わればあとは休むだけ。
 宛がわれた部屋は二階の客室、が並ぶ廊下の突き当たりにある梯子を上った先にある屋根裏部屋。

「……楽しそうだったな」
「何が」

 屋根裏部屋の窓を開け、入り込んでこようとした蝙蝠を全力で追い払いながら聞き返す。

「接客」
「……まだ子供ね」

 その言葉に才人がむくれる。

「どういう意味だよ」
「アルバイト、した事無いの?」
「有るよ、その金でパソコン買ったし」
「なら分かるんじゃないの?」
「……何が」

 ベッドの毛布を取り、窓の外で振って埃を落とす。

「……子供ね」
「だからッ!」
「愛想よ、相手を喜ばせる為のおべっか」

 接客業、お客に対して不快感を持たせるのはマイナス。
 好感を持たせ、また来たくなる様、嫌がられない程度に愛想を振りまく。
 来店するお客の数は利益に直結する、まして魅惑の妖精亭は客から貰うチップがあるため接客する女の子はそれを良く分かっている。

「社会人なら誰だって分かると思うわ、サイトもアルバイトした事あるなら人間関係の大事さ、分かるでしょ?」
「………」
「確かにな」

 とかデルフ、意思があるったって剣だろうが。
 人……じゃない剣付き合い? そんなモン全くねーよ。

「分かったなら……、いや、分かってそうね」
「いやーな空気があるってのは分かるぜ」

 人間関係の悪い、ギスギスした職場なんぞで働きたくは無い。
 修復できないなら転職何なりした方が良いと思う、転職できる仕事かどうかの問題はあるが。
 愛想笑いの一つでもしてれば大体は悪くはならない、尤もここはポジティブな人たちばかりだからそうはならないが。
 お客を取られたら自分の魅力が足りないからだ、と言わんばかりに自分を磨くのだ。
 ギスギスした関係になるわけが無い、健全とした客の奪い合いみたいになっている。

 貴族の社交界でも愛想やおべっかはごく当たり前だ、隆盛を誇る公爵家でも常にふんぞり返れる訳じゃない。
 爵位が公だからと言って、誰もが頭を下げてくるわけじゃないし。
 侯爵、伯爵相手にもおべっか使って機嫌を取っておかなくてはいけない。
 初めて社交界に出てみて、そういった物があるのかと驚いたものだ。
 てっきり、『私に付いて来れば良い』と言って終わりそうだと思っていたからだ。

 一国の王ならそれで良いのかもしれんが、国で序列一桁台の力を持っていてもそれはそれ、これはこれ。
 内政頑張るにしても隣り合った領地の貴族やら、生産した物の物流通すならもっと広い範囲で交友を築いておかなければならない。
 そう言った不和協和の良し悪しで儲かったり儲からなかったり、力で押し通すだけじゃ進まないと言う難しさがある。
 勿論それを上手くこなし、領地を栄えさせれば間違いなく名領主と言われるようになるだろうが。

「はぁ……、疲れた」

 そんな事を理解していれば、不和なんて起こそうとは思わない。
 そうじゃなくとも和気藹々、そう言った職場でも初日となれば居心地が悪い。
 気遣いもしなければいけないし、自分は一番下なのだから。
 更には見ず知らずの男にお酌したり、手を握ったりしたから余計に疲れる。

「寝るわ」

 とベッドの上に乗れば、ベッドの足が折れ、大きく傾いた。
 予想外の事に体勢を崩し、ベッドから転がり落ちた。
 才人は反射的に手を伸ばし、ルイズの体を支える。
 形としては尻餅を着きそうになり、俺の背中を才人が支え、その才人の肩に頭が乗った状態。

「……あー、これじゃあ寝れないわね」
「……だな」

 ベッドの足が折れたことにより、見事に斜めってる。
 むかーしに見た『ドリフ』みたいな、体を張ったギャグっぽくなっていた。
 寝れない事は無いだろうが、確実に転げ落ちそう。
 しょうがないからベッドの毛布を床に敷く。

「……どうにもならないのよ」

 横になりながらそう一言、それは心に圧し掛かる言葉であった。



[4708] 始まってしまった 34話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/08/21 04:09

「はぁい! 皆!」

 とスカロンが手を叩いて注目させる。
 話した内容はお待ちかねのチップレース、俺は待っていないけど。
 待ってない人が居れば、待っていた人も居る。
 つまり俺たちが働きだす前からここで働いていた人たち。
 拍手と歓声が沸きあがり、一気に店内が騒がしくなる。

「皆知っているでしょうけど、今週は新人さんたちも居るからこの『魅惑の妖精』亭の成り立ちを説明しちゃうわ!」

 キャッキャッとうれしそうに体をくねらせ、スカロン曰く。
 むかーしむかし、400年ほど昔のトリステインを治めていたアンリ三世。
 アンリ三世は超美形の王様、妖精の生まれ変わりとも言われた絶世の美男子。
 ニコポを簡単にやってのける顔した王様が、『魅惑の妖精』亭の前身、『鰻の寝床』にお忍びで足を運んだことから始まる。
 お忍びで来た王様はナデポも出来ると言うのに、『鰻の寝床』で働いていた女の子の給仕に逆ニコポを受けたらしい。

 国の最高権力者で最も気高き血を引く王族のアンリ三世、それが一平民の娘に恋をするなど有ってはいけない事。
 悩みに悩んだ結果、この恋を諦める事となったアンリ三世。
 だが、ただで諦めるのは我慢できなかった。
 そこで恋のよすがとしてビスチェを仕立て、その娘に送った。
 スカロンの先祖がその話を聞いて、いたく感銘して店の名を改名したらしい。

「そう、そしてこれが……」

 素早く視線を落とす。
 見えるのはスカロンの足だけ、それより上は決して視界に入れない。

「『魅惑の妖精のビスチェ』よ!」

 スカロンが上着とズボンを脱ぎ捨て、素肌と下に着ていたビスチェが露になったらしい。
 それと同時に後ろのほうから盛大に咽る声が聞こえた、聞きなれたアクセント、十中八九咽たのは才人だろう。
 これがあることすっかり忘れてた、すまんと内心謝っておく。

「400年前、アンリ三世が恋した娘に送ったビスチェ! これは我が家の家宝、装着者の体に合わせて大きさを変える魔法と、『魅了』の魔法が掛けられているわ!」

 それを見て『素敵!』『なんて綺麗なの!』とか、『流石ミ・マドモワゼル……』とか肯定的な声ばかり聞こえてくる。
 恐らくくねくねポージングをしているんだろうスカロン、トラウマになりそうなんで絶対見ないようにしておく。

「今週から始まるチップレース、その優勝者にはこの『魅惑の妖精のビスチェ』一日着用権を上げちゃうわ!」

 えー……、今スカロンが着てるんだろ? じゃあ原作のルイズも一度スカロンが着た奴を……すげぇ。

「では皆さん! グラスを持って!」

 別の意味で原作ルイズを尊敬していると、いつの間にやら話が終わっていたらしい。
 慌ててテーブルに置いてあるグラスを取る。

「チップレースの成功と商売繁盛と……」

 軽く咳をし、年齢性別相当の声で。

「女王陛下の健康を祈って、乾杯!」

 グラスを掲げた。
 それに釣られ、俺はつい視線を上げてしまって死にそうになった。













タイトル「良い女とは確あるべき、宿命かな」













 そんなこんなで始まったチップレース、基本やる事は余り変わらない。
 客に媚びてチップを貰ってその額で競う、それだけだ。
 ここは勝った方がいいのだろうが、正直言えばあれを着たくない。
 恥ずかしいとかじゃなくて、純粋にスカロンが着た奴を着たくないと言うのであって。
 勝てるか負けるかと言うのはどうでもいい、稼げなくても恐らく徴税官が来るだろうし。

 あー、でも勝たないと外れちゃうしなぁ。
 ああ、勝ったら勝ったで着ないで置いておけばいいか。
 ……うー、頑張ってる才人にご褒美で着て見せるのも……、これが原作だっけか?
 なら勝っておいた方が良いか、そうなると徴税官次第って訳か。
 来ない可能性も低くはないと思う、現にスカロンと通りで出会えなかったし。

 でもなぁ……、重要なイベントでも無かった気がするしなぁ。
 とか先の見えない出来事に悩みながらも接客。

「魅惑の妖精亭へようこそ」

 とりあえず営業スマイルで入ってきたお客さんへ挨拶。
 美少女の笑み、ゼロ円スマイルって奴だ。

「お一人様ですか?」
「ああ」
「ではこちらへ」

 と案内、運良く空いていた席に座らせ注文をとる。
 鳥の炙り焼きに赤ワインね、すぐ持ってきますよ。
 厨房によって受けた注文をテーブル番号とともに伝える、コックさんたちがフロアに伝わらない程度の声で返事を返してくる。
 20秒も待てば小樽に入った冷えたワインとグラスを渡される。
 それを持ってお客さんの所へ戻る。

「お待たせしました」

 微笑んでグラスをお客さんの前に置き、ワインのコルクを抜いてグラスに注ぐ。

「どうぞ」
「あ、ああ」

 呆然として俺を見るお客さん、グラスをつかんで一気に飲み干す。
 対応に驚いているのか、俺の美しさに……どっちでもいいか。

「御代わりは如何でしょうか?」
「お願いする」

 中々殊勝なお客さんだ、普通なら「さっさと注げ」とか言うんだけどな。
 初心っぽいお客さんの差し出されたグラスにワインを継ぎ足す。

「お客様、誰か御希望の子はいらっしゃいますか?」
「え?」
「……魅惑の妖精亭は初めてで?」
「ああ、良い評判を聞いていたから一度来て見たかったんだ」
「それはそれは、このお店は気に入った子にお酌とかさせる事が出来ますよ」
「そうなんだ」
「一通り見て、どの子か眼鏡に適いましたか?」
「あー、君でいいよ」
「はい」

 初めての人は大体適当なんだよな、とりあえず対応してくれた人を選ぶ。
 次来てくれた時に本命の人を選ぶと。

「お名前は?」
「ロイス」
「ロイスさんですか、お住まいは?」

 このどう見ても原作に出て来て居ないロイスさんは、王都に住む人らしい。
 背は才人より頭一つほど高く、顔はウェールズに似てる感じの金髪さん。
 で、今日は仕事でこっちに来て、今はその帰りに寄ったと言う。
 噂話に魅惑の妖精亭を何度か聞いた為、懐も暖かくなっているから一度行ってみようとなったらしい。

「──でね、こっちは悪くないのに向こうが貴族だからって平謝りしてね……、はぁ……」
「逆に考えるですよ、こっちがそれで手を打ってやったんだって。 我侭な貴族にわざわざ付き合ってあげたんだって思えば、少しは楽になると思いますよ」
「……そうかぁ、そう言う考え方もあるか」
「人の心なんて見えないんですから、幾らでも心の中で馬鹿にしてやれば良いんですよ。 俺たちがお前らを養ってやってるんだってね、勿論口に出しちゃだめですよ?」
「はは、首を切られたくないから口には出さないよ」

 ワインで酔って顔を紅くしたロイスさん、誠実そうに見える人、まぁ聞く話じゃ誠実なんだろうけど。
 そう言う人は内心ストレスを溜めやすいと聞いた事がある、たまに発散してやら無いと失敗した時に根元から折れたりしかねない。
 酔いが回り始めて愚痴が出る、それに耳を傾け他愛無い話に興じる。
 勿論ずっと話しているわけじゃない、食事も終わり話も切りがいい所で終わらせる。

「お住まいは近いって言ってましたよね? まっすぐ歩けます?」
「ああ、大丈夫。 ちゃんと立てるし歩けるよ」

 注文した料理を完食、ワインも全て飲みきった。
 酔いも程ほどに回っているだろう、それでもしっかり立って歩いている。

「お会計は此方です」

 と席を立って入り口へ案内、会計に近づくと他のお帰りのお客さんと被り列が出来る。
 見れば料理の代金とは別に、相手をした女の子にチップを渡していた。

「ああ、渡さなきゃいけないのか」
「必要ありませんよ」

 すまし顔でいらないと言ってのける。

「いいのかい? 今何かやってるんだろう?」
「こんな事にお金を出すなら、それを自分や家族のためにお使いになっては?」
「それは……、うーん。 そうだねぇ」
「……はい、丁度。 またお越しくださいね」

 手渡された銀貨と銅貨で、料理の料金と同じ丁度支払ってもらう。

「ああ……、うん、また来るよ」

 その時までここに居るか分からんけどね。
 店を出て歩いて帰っていくロイスさんを見送る。

「皆あんな風だったら楽なんだけどねぇ」

 割合的に見れば粗暴な輩が少ないが、傭兵崩れとかも来るし仕方が無いと言えなくも無い。
 基本選り好みしちゃいけないからどうにもできんが、寧ろそこは手腕が発揮されるという事だ。
 そんな技能なんて磨きたくないわけだが、そんなこんなでチップレース一日目は1エキューも行かないチップだけで終わった。





「次に若い人と半年以上の差が在るわけで……」

 翌日、材料の仕込みや食器などの用意。
 フロアで接客する女の子は開店数時間前に湯浴みをしておく。
 汗かいたままでお客さんの相手は出来んと言うことで。

 そうして準備が終わり、開店すればお客さんが流れ込んでくる。
 一気に店内はヒートアップ、厨房もフロアもてんてこ舞い。
 何とか落ち着いてフロアを見渡せば固定のお客さんばかり、その人たちを持つ女の子たちはいつも以上にチップを貰う。
 その固定のお客さんが多くて、偶然立ち寄っただけなどのお客さんが少ない。
 入店の制限をしているわけじゃない、単にテーブルが足りなくてお店に入っても座れやしない。

「悪くは無いけど、正直申し訳無いわよね」
「そうだな」

 本来ならヘルプにでも入るべきなんだろうが、殆どがチップレース上位陣のお客さんばかりだからフロアに出てもやる事が無い。
 ヘルプが不足してるわけでもないので、新人は新人らしく才人と一緒に皿洗いをする。
 流石に何時間も立て続けに来るわけじゃないから、閉店までにはフロアで接客する時間も来るだろう。

「ルイズー、ご指名よー」

 と一番人気のジェシカが厨房に入ってきて声を掛けてくる。
 予想以上に早い出番だった。

「お客さんのお相手は?」
「少し休憩、結構チップも貰ったし」

 そう言って貨幣が入った、ずっしりと重そうな麻袋を見せた。
 流石一番人気、今週だけで一年やって行けるだけのお金溜めれるんだろうな。

「ほら、お客さん待ってるわよ」
「ええ」

 濡れていた手を拭いて、掛けていたエプロンを脱ぐ。

「13番、昨日の人よ」

 ああ? 昨日の人って言われても30人位相手したから分からん。
 まぁ、とりあえず接客しとくか……。





 厨房を出て行くルイズを見ながらも皿洗いの手は止めない。

「………」
「気になる?」

 顔を逸らしながら一言。

「べ、べつにー」
「あは、あはははは!」

 それを聞いてジェシカがいきなり笑い出した。
 苦しそうに、お腹を押さえて何とか立っていると言った感じ。

「な、なんだよいきなり!」

 どうにかして笑いを抑えようと、咳き込みながらも状態を整えるジェシカ。
 大きく深呼吸しながら、なんとか会話できるようになった。

「はぁ……っ、ふぅ……ごほっ。 ……サイトってば判り易すぎ、そんな言い方してると『気にしてる』って公言してるようなもんよ」
「そんなことねーよ」
「あらそう?」
「ああ、全然気にならねーっての」
「あ、キスした」

 反射的にフロアに視線を向ける。

「……そういうのやめてくれよ」

 ルイズは今だ椅子に座ってさえもいない。
 ただテーブルのそばに立ってお辞儀をしているだけ。

「気になるんでしょ? 我慢しない方がいいと思うけどなー」
「我慢してねーよ、……確かに気になるけど」
「素直になっとかないと、横から浚われるわよ?」
「ルイズがそれで良いってんならかまわない」
「……はぁ、駄目ねェサイトって」
「んだよ」

 やれやれと言った感じにジェシカが肩をすくめた。

「それでサイトが後悔しないって言うならそれで良いけど」
「するかよ、ルイズはぜってーそう言う風にはならないしな」
「……へぇ、やっぱ事情があるんだ?」
「……い、やぁ……何も無いよー」

 何をしようとしているとか知らないが……、教えてくれないし、それはルイズの頭の中だけなので調べることも出来ない。
 何かあるって言っても何も無かったら……、ルイズが動くんなら何かあるんだろうし……。
 判らないルイズの言動に、才人は腕を組んでうなり始める。

「うーん……」
「何かあるの?」
「あるのかなぁ……?」
「何よ、その微妙な言い方」
「俺もよくわからね」

 自然にその言葉が出てきた。

「……本当に知らなそうってのが厄介よね」

 何が面白いのか、ジェシカは少し笑った。






「昨日の今日とは思いませんでしたが」
「僕もそう思うよ……」

 テーブルの脇に立ち、お客さん、ロイスさんと白髪が目立つ年配の男性に向かいお辞儀をする。

「ようこそ、魅惑の妖精亭へ」
「ほぉ……」
「何か?」
「いんや」

 椅子に座って腕を組むおっさん、初老に入っている感じがする。
 眼光は鋭く、強面と言われるような顔。
 おのおっさんがこっちをじーっと見つめてくる。

「ご注文はお決まりですか?」

 と華麗にスルーして仕事をする。

「えっと、じゃあ鳥の炙り焼きに……」
「二日連続で脂っこいものを取るのはお勧めしませんが」

 鳥の炙り焼き、これって結構値が張る。
 出す部分は軽く焦げ目の付いた鳥皮と胸肉、それにたれを付けるんだが結構油が付いている。
 健康を考えるならここは魚とか、野菜大目の脂身が少ない肉料理が良いと思うんですよ。
 別に大好物と言うわけじゃなかったら、他の料理にしておいた方が良いと説明。
 と言うか二日連続同じ物って飽きるんじゃない? とやんわり。

「なるほど」
「肉ばっかり食ってて何が悪いんだ?」
「早死にします」
「……なるほど」

 説明すっ飛ばして起こりうる結果だけを伝える。

「最悪がそれですが、基本的には太ったりしますね。 後病気を患いやすくもなります、貴族の方々って突然亡くなってる方が多いんじゃないでしょうか」

 それだけじゃ何が何だかわからないから、ごく簡単な弊害を説明しておく。
 突然死ぬメカニズムを詳しく、と言われても医学的な事などわからんから答えられんが。
 とりあえず太った貴族が多いのは肉を大量に含む豪華な料理を好むからであり、太った平民が少ないのはパンとか野菜のほうが多いからであって。
 体質的な、太りやすいとか太りにくいとかそう言ったものじゃない。
 大体大量に用意して少ししか食べないからなぁ、もったいないおばけに祟り殺されるぞ!

「ふむ、中々に博識だな」
「役に立たない雑学ですが」

 役に立つ所と言えば、関連した話題取り位しかないんじゃないだろうか。
 ……なんでこう言うどうでもいいこと覚えてるんだろうな。

「相手の関心を引っ張り出すには使えるだろう?」
「それはそうですね、そこから繋げる方が大事だとは思いますが」
「商売ってのは客に対してどれ位関心を引き出せるか、それが儲けるコツだと思わねぇかい?」
「それは判りますが、この程度の話題で稼げるほど甘くは無いでしょう」
「ちげぇねぇな」

 個人店なら儲けられるかもしれないな。
 しかし商店として売り物の数や質に左右されない、働く人間に左右されるもんだから支店を多く持つ大きな店では使えない戦法。
 つか何? 何でこんな事聞くんだ?

「それでは別の料理を……」
「鳥の炙り焼きだ、それと……一番良いワインを持って来い」

 ぽんっと硬貨がぎっしり詰まった袋、恐らく財布だろうをテーブルの上に置いたおいたおっさん。
 それを聞いてメニュー表に載っている一番高いワイン、貴族が頼むようなワインの値段を思い出した。

「一番となりますと、100エキューになりますが」
「100? 結構安物なんだな」
「魅惑の妖精亭は値段が高いものを置いているんじゃありません、質が良い物を置いているんですよ」

 スカロンの意向なのか、料理の値段は全体的に一段安い。
 数が出て売り上げを出すようにしているんだろう、それともチップがあるから多少安くしているのか。
 どちらのしろ、量を出しながら質を一定に保つなんて難しい事をやってのけている。
 経営者の才能あるスカロン、姿と中身が一致しない例に上げられそうだ。
 というか、100エキューで安いってこのおっさん貴族なのか?

「すぐにお持ちしますね」

 軽く皮肉でも込めてやろうかと思ったが、どんだけ堪え性がないのかと思い止めた。

「……なるほど」

 何がなるほど、だ。
 値踏みしてますよー、って感じが丸見えなんだが。
 どうでもいいので視線を無視し、ワインを頼むために厨房に戻れば。

「何してんの?」

 ジェシカが笑いながら座り込んでいて、才人が嫌そうな顔でそのジェシカを見つめていた。
 そんな才人は俺が厨房に入ってきた事に気が付いて、一瞬で表情を変えておろおろし始めた。

「ルッ!? なんでもない! なんでも無いよ!!」

 何が『なんでもない』なのか、この慌てようからどう見ても何かあるようにしか見えない。
 ……これも『変えた』所為かぁ、と思いながらワインを頼む。

「100エキューのワインを一本お願いします。 ……ジェシカ、そんな所で転がってたら厨房の人たちの邪魔になるでしょ。 サイトも、皿洗いの手が止まってるわよ」

 それを聞いて驚いた顔で立ち上がるジェシカ。
 才人は『100エキュー? すげぇな』とか感心したように言った。

「本当に100エキューの? このごろ全然出てなかったあのワイン?」
「そうなの?」
「……やるわね」
「元から頼む心算だったみたいよ」

 貴族じゃないだろうが、傭兵とかには見えんし。
 なら平民の中で一番儲けてそうな商人って所か。
 そんだけぽんっと出せるなら、腕の良い商人だろう。

「そうねぇ……チップにならないけど、売り上げに貢献したって事なら……」
「それは規則から外れるでしょ」

 チップを貰ってポイントとなるのに、それじゃあルールなんて意味が無い。
 勝ち負けを競うなら正々堂々、優勝賞品はお金を稼げるアイテムだしね。

「ルイズはそれで良いの? そっちで換算してもらえば上に食い込むと思うけど」
「泡銭……、違うわね。 とりあえず必要な分だけで良いの、生きていける分だけでね」

 貴族のような、馬鹿みたいに金を使う生活など害悪にしかならない。
 それに慣れきれば、それ以下の暮らしを出来なくなる。
 虚栄や自尊心もある、止めようと思っても止められない麻薬のような生活だ。
 だから出来るだけ質素に暮らす、それが俺である為にやってきた事。
 部屋は全く飾り気無いし、俺と才人のベッドや筆記用の机、食事用のテーブル、後はクローゼット位しかない。

 たまーにお茶などの輸入品を買ったりするが、長期間持つようなものだし何度も買わない。
 小遣いの量がかなり多いので、いろいろ買っても無くならないし。
 そんな生活をしてればお金はたまり続ける訳で、溜める楽しみってのも見出してる。
 だが金は溜めるだけのものじゃない、使って何ぼとか言う奴だ。
 有意義な事には使うし、無意味な事には使わない。

「……ルイズってば本当に変よねぇ」
「失礼ね」

 判断しかねている、ってとこか。
 普通の貴族なら絶対にこんな事言わないだろう、と言うかばれても問題ないから別にいいし。
 ワインを持って来てくれた厨房の人に礼を言って、ワインを持って厨房を出る。
 その背後で、厨房からジェシカの笑い声が聞こえてきていた。

「……何やってんだか」

 まぁチップレースはジェシカの圧勝だろうね。
 確か原作でもダントツ一位だったはずだし、ジェシカが持ってきたチップの入った麻袋。
 ジャラッジャラの中々重たいチップの量、銅貨って事は無いだろうし、中身は銀貨か金貨、新金貨が殆どだろう。
 二日目であれだけ貰ってたら一位確定だろ。
 圧倒的な実力差を感じながら、ワインを持って担当のテーブル、ロイスさんたちの元へ戻った。

「お待たせしました」
「遅い」
「申し訳ありません」

 決められた定型文のような会話。
 なんかサービスしてやるのも良いか、……そんな事しても俺にとって嫌な評価を貰いそうだからやっぱ止めとくか。
 テキパキ、グラスを置いてビンのコルクを抜いて少しだけワインを注ぐ。
 そして注いだそれを二人の前に置いて。

「どうぞ」

 進めた。
 食前酒、この銘柄のワインは結構良い物だし、料理を食べる前に一度味わい、料理を食べた後に飲んで二度美味しいって事で。

「そう言う楽しみ方もあるのか……」
「食事は一番身近な『娯楽』ですから、色んな楽しみ方をしようと言うことで色んな料理が出来たんですよ。 今日は嫌な事があったから美味しいものを食べて嫌な気分を吹き飛ばそう、今日は嬉しい事があったから奮発しよう。 そう言うこと、思ったことありません?」
「確かにあるな」
「嫌な気分の時に不味い物を食べたりしたら、より気分が滅入りますよね。 逆に美味しい物を食べれは少しは和らぎますし、気分転換にもなるでしょう。 言わば心の掃除ですよ、汚れを無くしてすっきりってね」

 ああ、寿司食いたくなってきた。

「いや、君は色んな事を知ってるね」
「詰まらない雑学ですよ」

 ここに来てからよく出ること。
 よく覚えてるなって位に、肝心なことは忘れるのになぁ……。

「……? どうしたんだい?」
「いえ」

 軽く落ち込んだのを気付かれた、すぐに表情を戻して答える。
 ロイスさんの隣で、同じ様に気が付いたおっさんもこっちを見ていた。
 なんだ、二人とも人の反応を機敏に感じ取れる能力でもあるのか?

「少しだけ嫌なことを思い出しただけですよ」
「……えっと、良かったら……」
「私はロイスさんとそう言う関係ですか?」
「え? いや……」

 出会って二日目だ、これが数年来の付き合いがある友人なら話すかもしれん。
 尤もそれはごく普通の悩み事であって、こっちの内容は内容なだけに才人以外には絶対話せない。

「そう言った事を話すにはかなり時間が足りませんよ」
「……ああ、そうだね」

 しょぼーんと、眉がハの字になって落ち込みましたって感じのロイスさん。
 軽く受け流せよ、『はは、確かにそうだね』とか爽やかに笑って言えばいいのに。
 その隣でおっさんは笑いを押し殺したような声を小さく上げていた。

「何か?」
「こいつは全く……、ぶくく」

 反応見て楽しんでるな、このおっさん。
 勿論俺じゃなくてロイスさんの反応。

 この後、料理が来てそれを食いながら話す。
 やれ貴族が煩わしいとか、やれ貴族が業突く張りとか、やれ貴族が頭が悪いとか。
 99%位貴族への愚痴を漏らしていたおっさん、ロイスさんはそれを聞いて頷いていた。
 その話を聞き、同意出来ることばかりだったから賛成の頷きばかりしていた。
 時折『棚卸』とか聞こえたから、やっぱりこの人たちは商人らしい。
 
 よく聞くが、金はある所には有る。
 金持ちの代名詞である『貴族』は領地経営で賄う、と言っても大半が領地を持っていないが。
 領地を下賜されていない、領主ではない貴族はどっかの役職についてその仕事の給与で暮らす。
 役職すら持ってない貴族は、どっかの貴族に取り入って領地の一部を代理経営させてもらったりしてなんとか暮らしていく。
 ラ・ヴァリエールは伊達に公爵家では無く、かなりの規模の領地を持っている。
 御父様一人では流石に全てを見通すことは出来ないから、目を掛けた貴族に代官を任せたりしている。

 『経営』と言う点では規模は違うがあまり差が無い、領主は人をやりくりして、納税と言う形で金を手に入れるに対し。
 商人は物をやりくりして、商品の代金と言う形で金を手に入れる。
 扱うものが違う上位、下位互換である事に間違いは無い。

 名領主や名店主ともなれば、やはり多くの金が入ってくる。
 これだけの金を簡単に出せるおっさんやロイスさんも良い商人なんだろう。





「ほれ」
「どうぞ」

 と言って金貨を渡してくる二人。
 食事を終え、会計に向かう最中での一コマ。
 渡してくる金貨はチップ、金持ちに目を付けられた。

「必要ありませんよ」

 と昨日と同じ事を言っておく。

「満足いくものを提供してもらったんだ、代価として受け取るってのが礼儀だろ?」

 あんなので満足ってのも、もっと無愛想で行けば良かったか。

「片手間で披露した物に御代は頂けませんよ」
「片手間? あれで片手間か……」

 それが失言だと悟った、おっさん、結局名前聞いてないけどおさんがニヤリと笑う。
 まだ『底』がある事に気が付かれた。

「……ええ、適当に話しただけですのでチップなんていただけ──」
「おいにーちゃん、こいつへのチップはどうすりゃいいんだ?」

 会計担当の店員さんへ料理の代金と共にチップを手渡した。
 エキュー金貨一枚ありゃ家族で飯食いに行けるし、物だって買える。
 貢物って事になるのか? ……お気に入りの女の子に……うーん。

「またな、お嬢ちゃん!」

 ワハハと笑いながら、来た時とは一変して豪快っぽいおっさんになっていた。

「それじゃあ」
「……またのお越しを」

 会計担当さんが受け取っちゃったからチップに加算された。
 ルイズと書かれた麻袋に手渡された金貨を入れている。

「うん、また来るよ」

 頷いて店を出て行く二人。
 ……明日も来るんじゃないだろうか。





「俺はこのステーキな」
「僕はミートパイで」
「私はこのシチューとリンゴパイ」

 一人増えた。
 チップレース三日目の夜、ロイスさん一行に一人女の子が増えた。
 ロイスさんと同じ髪色の、後ろ髪を紐で結び纏めた女の子。
 ……家族かァー!

「御注文を確認させていただきます、ステーキにミートパイにシチューとリンゴパイの四点でよろしいでしょうか?」
「それとワインと水な」
「畏まりました」

 さっさと料理を作って貰うため厨房に引っ込む。
 三日連続かー、ロイスさんと女の子は兄妹で、おっさんは父親って所か。
 嫌な予感がモリモリするんだけど。

「……めんどくさい事になった」
「何が?」
「昨日のお客さんがね……」
「何かしたのか?」

 皿洗いに励む才人の横で、つい愚痴を漏らしてしまう。

「……ただ連続で来てるだけよ」
「嫌なことでも言われたのか?」
「……そうじゃないけどね、余り良い予感が……」
「予感?」

 何で連続で、しかも妹連れてくるんだろうね。
 俺の事家族にでも話したのか?
 普通こう言う所に行ってるって家族に言わないと思うんだけどなぁ。

「……そんなに嫌なら」
「向こうはお客、暴言は吐かないし料理の代金もしっかり払う。 そんな良識有るお客さんを追い出すのはダメね」
「……何が嫌なんだ?」
「埋めて来てる感じが……」
「うめて?」
「多分予想通りと思うから嫌なのよねぇ、これが自意識過剰だったら良いんだけど」

 話の内容がよく分からないといった感じの才人。
 分かっても分からなくても良いんだけどね、あまり関係ないし。

「……はぁ、まあ頑張ってくるわ」
「嫌なら嫌って言えよ!」
「ええ、ありがと」

 そんな才人の気遣いにほろり、気合を入れなおしてワインと水の入ったビンを持ってテーブルへ戻った。
 トレイに乗せたビン2本とグラスを3つ、テーブルの上に並べてそれぞれに注ぐ。

「ふぅーん……、へぇー……」

 この子もか。
 正面向かって人の顔をじろじろと、結構失礼なことよ。

「こちらの可愛らしい方は?」

 とりあえず微笑んで、この子が誰だか聞いてみる。

「う」

 おおっと! 女の子が俺の笑顔を見て仰け反りましたよ!
 ……はぁ。

「僕の妹だよ、名前は──」
「ユミル」

 
と微妙な顔で名前を告げるユミルちゃん、例に漏れず結構なかわいこちゃん。
 金髪で可愛い顔、ロイスさんを女の子にして幼くすれば出来上がるだろう顔だ。

「ルイズです」

 名乗られたなら返さなければいけない、挨拶には挨拶をって奴。
 普通ならこの後に『以後お見知りおきを』とか『宜しくお願いします』など付けるわけだが、敢えて付けない。
 なぜなら……。

「ねぇ、ルイズちゃんって兄さんの事どう思ってる?」

 これだもんなぁ。
 そりゃ確かに可愛いと思うよ? ロイスさんじゃなくて俺がな。
 『人形の様な』、『咲き誇る花の様な』とか付いても良い位可愛いんだ。
 自分の事だから自画自賛になるんだけど、可愛いから仕方ない、可愛いは正義とか言うし。
 そんなこんなの俺に惚れたって事でいいのか? 別の意味は無さそうだがとりあえず答えておく。

「別に何とも」

 それを聞いて、ロイスさんは小さく息を漏らした。
 ……あー、惚れたんだな、ロイスさんは。
 ここでそう言うことには絶対ならないと宣言しておくのもいいが、勘違いだったら恥ずかしいしもうちょっと様子を見る。

「……何か?」
「気が付かないんだ……」
「ロイスさんが私に惚れたりでもしました?」
「うっ」

 まるで発作を起こしたような、確信を突かれてロイスさんが息を漏らす。

「これだけしてりゃ、流石に気が付くか」
「気が付いたのはユミルさんの一言です、流石に露骨過ぎるので」
「うん、気が付いて欲しかった」

 だろうな、そんな気が無いなら絶対言わないだろうし。

「それで、まさかとは思いますがロイスさんの嫁にでもしようと?」
「その候補だな、それも今終わったようだが」
「顔は可愛いけど、中身はどうかなと思って」

 人の恋に家族とは言え介入してくるのはどういうことよ。
 つか、候補って事は他の人がいるって事だろ? その人んとこに行けよ。

「特技は? 料理は出来る? 算術は出来るよね? 貴族の相手できるくらいの礼儀は知ってる?」

 特技は編み物(笑)に料理もそこそこ、算術、と言うか数学だが高校レベルには、貴族だから礼儀もばっちり、他国のも網羅してるよ。
 と言うか終わったんだろ? 聞く必要ないじゃん。

「答える必要が?」
「兄さんが好きになった相手だもの、将来の姉になるんだから知っておいた方が良いと思うでしょ?」
「思いませんね」

 無い、断言して良い。
 俺はロイスさんの嫁にはならない。

「ロイスさんには申し訳ないですが」

 ロイスさんの評価は『良い人』、それだけ。
 これが最大で、これ以上上が無い。
 だからここで終わり。
 長期間接し続けることは無い、出会いはここで、別れもここで。
 決して同じ道を歩くことは無い。

「ロイスさんが望むお答えを返す事は出来ません」

 顔を見てはっきりと断る。
 あやふやで答えるもんじゃない、少なくとそう思う。

「あー……、残念だよ。 うん……」

 落胆、表情は全てそれで占められていた。
 優良物件なんだから、別に俺じゃなくても良い人が見つかるよ。
 背が結構高くて、顔が良くて性格も良い、家は平民だが儲けている商人だし。
 引く手数多だろう、ルイズになる前の俺もこんな人間でありたかった。

「……ふむ」

 恋愛話はこれで終わり、ロイスさんの気持ちを俺が断り、嫁さん候補は取り消し。

「なぁ、本当にロイスの嫁に来ないか?」

 と思ったらおっさんが終わらせなかった。

「父さん!」
「……今の会話、聞いていました?」

 どう聞いてもKY(空気読め)な言葉です、本当にありがとうございました。

「正直気に入った、家に来い」
「お断りします」
「照れなくて良い、俺に似てハンサムな息子だからな」

 ほんとKY(空気読め)。

「恥ずかしいから断ったんじゃありません」
「ならどうして断った? ここらの、そこらの落ちこぼれ貴族より金持ってるぜ?」
「お金とか地位とか、そんな物はどうでも良いんです。 ただお嫁に行くより大切な事があるだけです」
「大切な事って何だ? それが終わったら家の嫁に来るのか?」
「終わっても行きません」
「強情だな」
「どっちがですか」

 視線が交差する、漫画とかだったら確実に火花が飛んでいるだろう。

「何で嫌なの? 身内贔屓だけど、兄さんはかなり良い方だと思うけど?」
「ロイスさんが嫌って訳じゃありません、と言うかユミルさんもそう言うことを?」
「うん、何かルイズちゃんって覇気があっていいよね」

 訳分からん。

「家はな、商人の家系だ。 こいつが次の頭で、一人でやっていけるほど小さくはねぇ」

 だから嫁さんを選ぶのか。
 と言うか、あんたんとこの事情とかどうでもいいんだが。

「馬鹿じゃいけねぇのよ、分かるよな?」
「ええ」
「お前さんは算術は出来るんだろう?」
「……多少は」
「儲けるってのは色んな事しなくちゃならねぇ、単純に笑顔で相槌打ってても物は売れねぇのよ。 何より要領が良くちゃいけない、頭も回らなくちゃいけねぇ」
「それだけ大事なら、昨日知り会ったばかりの人間を候補に入れるのはどうかと思いますが?」
「そこは直感だ、お前さんは顔はいいし、性格も良い感じだ。 俺の嫁さんにそっくりだぜ?」

 俺みたいな人間が他にもいるって、それはそれで奇跡的な平民だな。

「比べないでください、奥さんに失礼です」
「うん、お母さんに似てるんだよね。 言い方とか」

 だから比べんな、似非女の子の俺と本物の女性と比べるのはダメだろ。

「つまり私自身を見てないわけですね? なら尚更行く気はありません」
「何だ? お前さん自身を見たら家に──」
「父さん、ユミル、帰ろう」

 おっさんとユミルちゃんの猛攻を遮ったのはロイスさん。

「ルイズさん、ごめん」

 そう言い謝り、数枚の金貨を置いて二人を引っ張り店の入り口に向かうロイスさん。

「ちょ、まだ晩飯がきてねぇだろうが!」
「母さん一人にしてるんだ、出来るだけ早く帰ったほうがいいだろ」
「そうだけど、兄さんの──」
「いいから!」

 と似合わず声を荒げて、二人をグイグイ引っ張りながら出て行った。

「……はぁ」

 面倒くさい事になった。
 こういうのって粗暴な輩より性質が悪いわ。
 あのおっさんのような、一度断ったものを何度もしつこく来るのは好きじゃない。
 しっかり断ったしもう来ないだろう、と言うか余り来て欲しくない。
 ロイスさんはちゃんと納得したみたいだから、来て貰っても普通に対応できるだろうが。

 多分、次来て貰っても事務的な態度でしか対応できないだろう。

 これも『俺』だからこその変化か。
 テーブルの上に置かれた代金を手に取り、会計担当に渡す。
 頼んだ料理は俺たちの飯にでもしてもらうか。



[4708] 終わってしまった 35話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/02/12 04:39

「最後にもう一度、馬鹿な事聞いてみるよ」

 歩みを止めて、ルイズがロイスへと振り返る。

「僕と結婚を前提に付き合ってほしいんだ」














タイトル「諦めない、それがコツ」













 四日目、チップレースは佳境に入ってきた。
 店は昨日よりも賑わいを見せている、明日、明後日となればさらに凄い事になるだろう。

「聞いたわよ?」
「耳が早いことで」

 皿を洗いながら話しかけてくるジェシカ、その内容は昨日の事。
 狭い店内で噂などすぐに広がる、他の女の子たちが聞いていたのだろうか。
 接客しながら耳を傾けられるってすんごいな、俺は目の前のことに集中して無理だろうなぁ。

「良い人じゃないの、ここらの平民の中で一番の男じゃないかしら?」
「性格は良いし、顔も良い、お金も持ってる、それだけじゃない」
「全部揃ってるじゃないの」
「私にとって一番大切なものが欠けてるわ、だから断るのよ」
「これ以上何が必要なのよ」
「……そうねぇ」

 何が足りないって、……存在?
 多分俺の隣に居られないと思うんだ、ロイスさんは。
 俺とロイスさん、じゃなくて俺とサイト、じゃないと駄目な気がする。
 それが一番『正しい』、ロイスさんと居るのが間違っていると言うわけじゃないが。

「……一緒に居られないから、かしら」
「一緒に居られないって……、やっぱりそう言うこと?」
「さぁ、どうかしら。 どちらにしても私はあの人と一緒にはなれないわ」
「……勿体無いわねぇ」
「アプローチすればいいじゃない」
「こっち見ないわよ」

 好きな人が居るのにあっちこっち見るのはちょっと駄目だなって思うよ、軽く流されるようなら浮気確定な気もするし。
 その点一途そうな人だから、付き合う人からすれば安心だろうけど。

「で? 一番人気のジェシカさんは厨房で油売ってて良いんで?」
「暫定一位でごめんねー!」

 ドスンと置いた、昨日から比べ倍に膨らんでいる麻袋。
 トンでもないよ、この子は……。

「100超えてそうね」
「超えてるんじゃない?」

 チップレースとは言え、一週間も経たずにここまで稼ぐなんざ凄まじい。
 男を手玉に取る術に長け過ぎ、相手にしたら限界まで搾り取られそう、貯金が出来ない的な意味で。

「ルイズはどれ位よ」
「30エキュー位だったかな」
「あんたも大概よね」

 さもありなん。

「………」

 本の数秒の沈黙、食器を洗う音と濯ぐ音。
 洗うルイズの横顔を覗くジェシカが口を開いた。

「……あんた、あの人に来て欲しくないって思ってるでしょ?」
「思ってるわよ」
「どうする?」
「嫌とは言えないわよ」
「そ、ならそのままで良いわね」

 そう言って笑うジェシカ。
 心配で良いのか、そういった感情を向けてきてくれているんだろう。

「ここは『外してあげましょう』位言っても良いんじゃない?」
「そうして欲しい?」
「いいえ」
「でしょ? だから言わないのよ」

 フっと笑うジェシカ、分かってると言いたげな笑み。
 これはまずいね、可愛いじゃないの。
 結婚したら夫を尻に敷くんだろうが、不満を感じさせない生活になるんじゃなかろうか。
 このジェシカなら簡単にやってのけそうだけども、夫になる人は幸せなのか不幸なのか……幸せだろうな、うん。

「ジェシカのそう言う所、好きよ」

 その一言に、ジェシカは一瞬驚いた表情を浮かべた後、ニヤリとあくどい笑みを見せた。

「あは、いきなりそう言うことを言うのは反則じゃない?」
「そう?」
「そうよ、それを男にやると危ないわよ」

 ニコポを狙ってやってみた、狙ってやってみたが流石に同姓のジェシカには効果がないようだ。
 笑い掛ける → その笑顔に惚れる = ニコポ。
 一目惚れを誘発させる危険な技術だ、前提条件として『かっこいい』とか『可愛い』とか『整って』いなければいけないが。
 ジェシカの言う通り、並の男なら容易く落ちる美貌だからしょうがない。
 ニコポはまだいい、笑いかけるだけで良いのだから。

「……そうね、今度やってみようかな」
「頭を撫でてあげるのも良いんじゃないかしら?」
「撫でる?」
「例えば仕事を頑張った人には『よく頑張ったわね』、とか言って撫でてみたら良いかも」
「子ども扱いされて嫌じゃない?」

 いきなり赤の他人に、しかも大人にそういう事するのはかなり気が引ける。
 これが子供、年齢が2桁になった前後ならなんとか。

「世の中には特殊な人間も居るのよ、それを見極めるのが難しいのだけど」

 ジェシカの演技力を持ってすれば妹や幼馴染、年上のお姉さんとか色々出来たりする。
 男を誑し込めるのが凄い、そうではなくては一週間で100エキューとか稼げない。
 さらには巧みな話術で相手を引き込む、『自分に気があるんじゃないか?』と思わせるのだからやばい。
 通えばこっちを向いてくれるかもしれない、ならもうちょっとお金を掛けようじゃないか、とか。

『嵌っている……、すでに泥中、首まで……』

 そう言えるほど『してやられている』。
 まぁ、こんな風に言うと悪女みたいに聞こえるが、実際はお客の泡銭しか持って行かない。
 料理の代金と、その時持っている『チップとして出せる金額』のみ。
 良心のためか身を削って出そうとするチップは断る、そうして絶妙な悪循環を生み出している。
 男から全てを搾り取る悪女にはなれないが、店を儲けさせる事が出来る一流の給仕であるジェシカだった。

「……まぁねぇ、確かに居るけど」
「甘えてくる男には良いんじゃないの?」
「やりすぎるとずかずか踏み込んでくるから、いろいろ考えなきゃいけなくなるわよ」

 あーそうか、ストーカーとかあるかもしれんな。

「それは考えなきゃいけないわね」
「折り合いが大切だからね、適度適度って奴よ」

 ニコポナデポ、それ自体は容易い。
 問題はその後、惚れさせた後の……言い方が悪いが『処理』の仕方だ。
 人の感情を利用する商売で、そういったものはつき物だ。
 やり過ぎれば深入りしてくるし、使う度合いが難しいのね。

「使えると思ったんだけどね」
「使えそうだから使えないのよ」

 手当り次第ニコポナデポしてやったぜ! その後nice boat! なんてなったら笑い話にもならない。
 責任を取るという意味でなら使っても良いかもしれんが。
 そんな会話をしながら皿洗いをこなす、懸念していた人たちは店が閉まるまで来なかった。
 流石に諦めてくれたか、こう言うので周りがせっつくのは嫌になるから助かる。
 まぁ、冗談がってジェシカが突っ込んできたのはご愛嬌か。







「来たよ」

 手を上げて挨拶をしたのはユミルちゃん。
 昨日来なかったから今日来ないとも限らなかったわけで。

「いらっしゃいませ」

 愛想笑いで迎撃、何かロイスさんじゃなくて別の人が居るし。
 さて、今まで来たのは親父、息子、娘、この家族で足りない物は何でしょう?
 正解は親父の空気を読む能力……ではなく、母親だった。

「こんばんは」

 嫌だなぁ、物凄い嫌だなぁ。
 背は高い、170位は有りそうでスタイルも良い。
 輪郭も整っていて文字通り美人、物腰は柔らかそうで優しそう。
 何だこの親父、リア充じゃねぇーか。
 息子は美形、娘も美形、さらに嫁まで美人で商売は繁盛、親父の顔も渋い方面のかっこいい感じ。
 ええい! しっ○団はまだか!

「いらっしゃいませ」

 人生勝ち組の親父に嫉妬しながら美人の奥さんにお辞儀。

「また来たぜ」
「いらっしゃいませ」

 縁談を進めなきゃ気の良い親父なんだろうけどなぁ。
 酒飲んでウハハー! とかで終わりそうだけども。

「分かるか? 俺の嫁さんだ」
「おめでとうございます」

 人生勝ち組になれて。

「良いだろう? こんな美人を嫁に貰えて」
「………」

 それを聞いて瞬時に自分の顔を抑える。
 顔が惚気を聞いて歪んでないか、嫌そうな顔をしていないかと。
 人の惚気など楽しい物じゃない、そんなのは他でやって欲しい。

「あん? どうした?」
「いえ……」

 落ち着け、素数を数え……ても落ち着けるか。

「……席にご案内します」

 ウダウダやってても仕方ない、接客接客ゥ!

「あら、ありがとう」
「いえ」

 ユミルちゃんと奥さんの椅子は引いてやる、男は自分で引け。
 しっかし、家族連れなんてこの人たちだけじゃねーの?
 魅惑の妖精亭は9割が男、その殆どが単品。
 大体女性が来るところではない、しかも見た目が良いだけあって、他の客の視線が結構集まっている。
 まぁそんな鼻の下が伸びる視線を向ければ、隣にいる女の子に頬など抓られるのだが。

「それで、今日もまたあの話ですか?」

 まだやるの? いい加減分かれよ的な意図を含めてその話題を振る。

「俺はそうしたいんだがなぁ……」
「ごめんなさいね、家の人が無理やり進めて」

 と横から入ってくる奥さん、この事をやっぱり話したのか。
 それで奥さんが怒った、かどうかは分からないが止めたんだろう。
 今日来たのは謝罪かな、そこら辺だと思うけど。

「だから、今日来たのはこの縁談をゆっくり進めようと思ったの」
「………」

 なんぞこれ!?

「……すみません、何度も断っているんですが」
「ロイスと知り合ってまだ一週間も経っていないでしょう? ならゆっくり付き合っていけば……」

 飛んでるぜ、この人……。
 お付き合いを断る → それは知り合って間もないから → なら時間を掛ければ良いじゃない → 時間が経てば受けてくれるでしょう。
 多分そんな感じ、なんて思考回路。

「……はぁ」

 リアルにため息出るぞこれ。

「……良いですか? 私は『断った』んです。 『これ以上』は進まないんです、わかります?」
「それは……」
「すみません、本当にロイスさんとはお付き合いできないんです。 知り合って間もないとか、そんな理由から断っているんじゃないんです」
「本当に駄目なの?」
「はい」

 強く頷く、こういうタイプって強く言わないと分かりそうも無い。

「……残念ねぇ、良さそうな子なのに」
「おいおい、諦めるのか?」
「しょうがないじゃないの、本人が嫌がっているのだし」
「ここは押していく方が良いって、そうすれば近いうちに……」

 俺が折れるって? ありえんから。

「彼女は嫌だと、そう言っているでしょう?」
「お……、そうだな……」

 よえぇー! あの笑顔で凄まれたら怖いけど。
 男は弱く、女が強い。
 そう言う世界の法則でもあるんだろうな。
 目に見えぬ、肌で感じられぬ避けようが無い世界の摂理を思いながらおっさんを見る。

「それではこの話は終わりですね、ご注文でもお聞きしますが」
「ねぇねぇ、私と友達にならない?」

 何が何だか分からない、縁談話が終わったらユミルちゃんがお友達になろうと言ってきた。
 おっさんに似て空気読めを受け継いだのか、と言うか意図が丸見え。

「……すみません、そちらも遠慮しておきます」
「何で?」
「もう少ししたら、ここを辞めて王都から離れますし」
「何だ、王都に居られねぇのか」
「はい、やることもたくさんありますし」

 下手しなくても国外まで行っちゃうし。
 残念ながら今は永住できるほど暇ではないの、ゆっくりしたい。

「……残念」

 ほんと、何でここまで食いついてくるのかよく分からない。

「ルイズちゃんかわいいよルイズちゃん」

 容姿の御眼鏡に適ったらしい。

「算術出来るんだろ? 必須だからなぁ」

 計算得意って程でもないけど、それなりに。
 
「直感?」

 シックスセンシズ?

「礼儀も知ってるし、算術も出来る。 人を相手にするのもそれなりに出来てるしな、商人の嫁に来るには十分って事よ」
「家としてもこんな可愛い子がお嫁さんに来るなら、大歓迎なんだけどねぇ」

 深い事付き合わず家に入れて、性格悪かったらどうすんだよ。
 まぁ、今しっかり終わったし、気にする必要もなくなった。

「……残念だぜ、とてもなぁ。 お前さんならうまくやっていけそうだと思ったんだがなぁ……」
「私じゃなくて、もっと似合いの人が他に居ると思いますよ」
「今んとこはお前さんが一番なんだよ、ロイスに寄ってくる奴はあいつを見ちゃいねぇのさ」

 と愚痴が始まりだした。
 まだワインすら届いてないんですけど。

「……先にご注文をお伺いします」
「ん? ああ、そうだったな。 飯を二の次にしてたから忘れてたぜ」

 ガハハと笑うおっさん、クスクスと笑うユミルちゃん、フフっと笑う奥さん。
 ロイスさんならここで苦笑でもするだろうか、そんな感じが簡単に予測できる。
 ……これで家族か、『家族』をやってて良いなぁ。
 団欒をする場所があれだけど。

「お決まりになりました?」

 その問いに「ああ」とおっさんが答え、料理と飲み物を選ぶ。
 ユミルちゃんと奥さんも同じ様に頼む。

「バランスが悪いですよ」
「ほっとけ」
「野菜も食べましょうね」
「こっちのサラダもくれや」

 おっさんは完全に尻に敷かれている。
 美人を嫁に貰った代償だろうか、それですむなら安いもんだな。

「ただいまお持ちしますね」

 お辞儀、頭を下げ席を立った。





 一方、一番人気のジェシカは油を売っていた。

「うーん、笑ってるわね。 もしかして受けちゃったのかしら……」
「いやいや、そんな事絶対無いから」
「顔、引きつってるわよ」

 泡が手に付いているにも関わらず、手で顔を押さえたサイト。

「だめねぇ、サイトは。 そんな風だと呆れられるわよ?」
「何がだよ」
「『そんな事無い、ありえない』って良いながら一々気にしてるじゃないの、それってルイズを信頼して無いって事でしょ?」
「そ、そんな事……」
「無いって言い切れないわよねぇ? 今までだってすぐ声を上げて振り向いてたし」
「………」
「まぁ、信じ続けるってのはとても難しいから分からなくも無いけど」
「何が言いたいんだよ」
「別に、恋してるなーって」
「し、してねぇよ!」

 顔に付いた泡を拭き落としながら、叫ぶようにジェシカに言った。
 そんなサイトの物言いにジェシカは面白そうに笑う。
 からかわれている、それが手に取るように分かったサイト。

「それが駄目なのよ、どう見ても気にしてますよーって言ってる様にしか聞こえないの」

 ジェシカもルイズをネタに話を振れば、サイトが面白いように食いつくからからかっているだけ。
 サイトが引っかからなければ、さっさと止めて他の事をしている。

「本当にそうじゃないなら余裕を持たなきゃ」
「うるせっ」

 ごしごしと皿を洗い続けるサイト。
 そんなジェシカは厨房に入ってくるルイズを見つけ、喋りかけながら近寄った。

「ねぇねぇルイズ、サイトってば……」
「うわっ! そう言う事やめろよな!!」
「また油売って、二日前も似たような事してなかった?」

 笑うジェシカ、慌てるサイト、呆れるルイズ。
 忙しい厨房の一角は、こんな雰囲気が出来上がっていた。
 鍋を振るうコックからしてみれば余り良いものではないが、随分と楽しそうに笑うジェシカを見ていると『まぁいいか』と言う気分になって見逃してしまっていた。





 注文を受けた料理を伝え、いつも通りの二人が居る厨房を後にする。
 いっつも楽しそうにやってんのな、あの二人。
 これはサイトにフラグでも立ったか。
 とか思いつつ、水とワインのビンが入った小樽を持ってあの席に戻る。

「申し訳ございません、お客さんが多くて料理が出来るのは少し掛かりそうでして」
「繁盛するってのは良い事だ、待たせるのはあれだがな」
「すみません」

 コック結構居るんですけどね、それでも間に合わないと言う。
 高い売り上げ出したらボーナスとか出るのかね? チップがあるからどうだろうか。

「あー、そういえば」
「ん?」
「聞きたい事があったんですよ」
「ほうほう? 聞きたい事?」
「ええ、そちらで食料って扱っています?」
「そこそこな、何でだ?」
「いえ、もうそろそろ戦争が始まりそうですし」
「……ああ、確かにな」

 戦争、国と国とが争う戦い。
 大量の人と人が殺しあう。
 そうすると武器や防具が必要になり、製造や買取によって多大な資金が必要となる。
 さらに戦う人、軍人や傭兵を戦える状態にしておく為に食料が必要となる。
 この時代位の軍隊は大規模化して来てるはずだし、原作でも軍人や傭兵、亜人によって数万規模の軍勢が整えられた。

 戦える状態を維持するためには絶対に栄養補給である食事が必要であり、数万の人員の食事を賄うには武器や防具以上に金が掛かる。
 貯蔵している食料を引っ張り出し、他所からも買い付ける。
 そうしてまで『保つ』事が最優先とされる、そうしなければいざと言う時戦えないから。
 まぁトリステインには常備軍が無いからそう言う支出が無い、基本戦争となれば国が抱える貴族の諸侯軍を募り、それを王国軍として立たせる。
 兵が足りなかったら傭兵でも雇って『壁』にして使う、どこの国でもそこら辺は変わらない。

 そうしてやっと防衛、或いは遠征に出る訳。
 国土小さいし、収入もそんなにある訳じゃないから常備軍なんて金掛かるものなんて置いておけないが。
 で、軍を軍として機能させるには食料が必要となり、金出して食糧を買う。
 無論大量なんだから他に行く数が少なくなり、食べ物全般の値段が上がるわけだ。
 そうなると売るのはやっぱり商人で、そこら辺を扱う商人であるおっさんなら、今現在の食料の値段が上がってるか下がってるか分かるかなって事。

「なるほど、言われればこの頃じわりじわりと上がって来てるな」
「……他国のもわかります?」
「アルビオンの方は結構顕著らしいぜ、みーんなアルビオンが買ってるって話してるぞ」
「……近い内に起こりますね、戦争」
「終わっちゃいねぇからな」

 大量に買い取るって事は、近い内大量に使うって事だろう。
 諜報とか持っていない小娘にも簡単に分かるんだ、隠す気など無いのだろう。
 隠さなくてもどうせやるってのはわかってるんだから、そこら辺はどうでも良いか。
 アンアンに現状報告送るとき、一緒に載せとくか。
 あとマチルダが持ってきた裏切り者情報も。

「戦争ね、お偉いさんたちは構わないだろうが、下である俺達が一番苦労するって分かってないんだろうよ」
「上は上で苦労があると思いますよ」

 悪戯に攻める方なら馬鹿だろうけど、防衛戦、攻められ守る戦いなら仕方が無いだろう。
 戦争状態が長く続くなら打って出るのも理解できる。
 小国トリステインは格式と自尊心だけの国と言われるだけの弱さがある。
 長期間戦禍に曝されると国が持たない。

「そう考えるともう後が無いのかも……」
「あん? なんだって?」

 長期間守り続けられるほど富国じゃない。
 国の存続を選ぶなら、一か八かの打って出ると言う選択肢しかない気がする。
 向こうは引く気が無いし、裏のスポンサーが居るためトリステインより一回り以上強い。
 長期戦になれば勝率は無し、零になる。

「現状から考えれば、トリステインは戦争して勝つしかないのだと思うんですよね」
「……なんかあんのか?」
「そうですねぇ、相手は大儀に酔って引く気は無いでしょうし、近い内確実に大規模な戦争が起きるって事ですよ」
「聖地奪還、だったか? そんなのは貴族だけでやって欲しいよなぁ」
「ブリミル教徒ではないんですか?」
「始祖様なんて居ると思うか?」
「神様はどうかは知りませんが、始祖様なら昔に居たのは確かだと思います」

 ブリミル教徒じゃないって結構珍しいな、このハルケギニアはブリミルと言う一神教だけだからなぁ。

「居たのか?」
「らしいですよ、証拠もあるそうですし」
「はぁん、証拠って言われても信じられねーが」
「始祖の使い魔が使っていた武器とか、確実に本物ですけどね」
「何で言い切れる?」
「インテリジェンスソードって分かります?」
「なんだそれ」
「魔法に因って喋る剣ですよ、それが見つかったんですよね」

 大事な事を忘れているけどな。

「ほぉ、そうなのか。 ……ん? そいつってかなりの……」
「国宝級ですよ」
「なるほど……」

 あー、喋りすぎた。
 疲れてんのかね。

「出所、気になります?」
「耳が遠いな、そんな情報でたらすぐに噂話にでも聞こえて来るんだがよ」
「まぁそうですよね、とりあえず情報の出所は『貴族』ですよ」
「客か?」
「いえ」

 おっさんと視線が合うこと数秒。

「まぁいいか!」

 と元気よく言った。
 本当にアバウトだな、この人たち。

「ええ、今はどうでも良い事ですよ」
「今? 後も有るの?」
「機会があれば、ですけど」

 とりあえずユミルちゃんに笑って返しておく。

「そうなんだぁ……、まだ可能性があるかも?」
「友達と言う可能性ならありますけど」

 嫁は無いけど友達ならある。

「手繰り寄せる……!」

 どんだけだよ。

「ルイズちゃんはルイズちゃん、ね?」
「……そうですね」

 不思議系だ、この人。
 感じがちいねえさまに似てるな、包容力でもあるのかね。
 なんだかんだ、おっさんが知っている話を色々聞いて情報を統合する。

 一つ、アルビオンが食料品を買い集めてるらしい、トリステインも買っているらしいが今はまだ高騰はしないだろうと言う所。
 二つ、このまま続けば当たり前に物価が上がる、平民は生活が苦しくなるだろう。
 三つ、戦争が始まれば税金も上がる、堪ったもんじゃない! と言う話が聞こえ始めている。

 どれもある程度予想できる物だからこんなもんだろうと思う。
 かと言って暴動や反乱の扇動とか、そういった行動をしている者の影も形も見えない。
 そう言う噂も聞いてないし、出る話は大体が国と自分の行く末ばかりだ。
 あと若輩のアンアンを心配する声。

「ふぅ……、まぁそれ位だな」

 とおっさんが料理を平らげ、満足そうに言う。
 よく食うな、その魚料理3皿目だぞ。

「ありがとうございます、とても為になりました」

 座ったまま頭を下げる。

「良いって事よ!」

 と笑うおっさん。
 おっさんおっさん言ってたけど、名前はグライスで、奥さんはメアリさんだとさ。

「それじゃあ帰りましょうか」
「だな、腹も膨れたし」
「ルイズちゃん、お手紙ちょうだいね!」
「一箇所に居られないので、こっちからしか送れませんが……」

 文通か、携帯電話なんぞの文明の利器的な道具は無いから基本手紙一本なんだよね、しかも伝書鳩。

「それでいいよ」

 申し訳ない、多分そんなに送れない。
 内心謝り、ユミルちゃんに笑顔で答えておく。
 それを聞いて3人が立ち上がる、それに続き、会計前まで先導する。

「またのお越しをお待ちしております、その時は縁談は無しですよ?」
「分かってる、……怒られたくないしな」

 と最後の方は小声だった、恐妻家だったとは。

「それじゃあまたね、ルイズちゃん」
「ちょうだいよ! 手紙絶対ちょうだいよ!」

 熱烈な感じで手を握ってくる。
 本当にどうした、ユミルちゃん……。

「ほれ、幾ら必要だ? せっかくだから一位にでもしてやろうか」

 なんと言う金持ち発言、今一位になるには120エキューくらいか。

「結構稼いでるんだな」
「後二日有りますし、150エキューは超えますね」
「……うーむ、やり手だな」
「店一番ですよ」

 と言いつつ料理の代金とチップ、120エキューほど置いていく。
 幾ら稼いでるんだ、この家族。
 下手な貴族より金持ちってか、取られる税金が凄そうだ。

「良いよな?」
「ええ」
「もっと出そうよ!」
「手持ちが無いんだよ」

 チッ、と舌打ちするユミルちゃん。
 すんごいキャラ変わってるんだけど。

「また明日な」
「……はい、ありがとうございました」

 出入り口を潜り、お辞儀して3人を見送る。
 ……そういやロイスさんは来辛かったのかね、聞き忘れてたわ。





 と思ったらロイスさんだけが来た、時間にしたら午前4時ぐらい。

「いらっしゃいませ」

 勿論指名が来る、何しにきたんだ?
 とは言わないけど、あんなんなったら流石に来難いと思うんだけど。

「いや……その。 ルイズさんがもうすぐ居なくなるって聞いて……」

 おっさ……グライスさんかユミルちゃんにでも聞いてきたのか。
 こんな時間にご苦労様です。
 お客もまばらなので、周りに他の客が居ない席へと案内する。

「聞いた通りですよ」
「……そうなんだ」

 椅子に座り、がっくーんと落ち込むロイスさん。
 分かりやすいなぁ、ほんと。

「えっと、王都から出るんだって?」
「はい、色々ありますので」
「残念だよ、その……色々と」

 振られた上に、その人は王都を離れてどこかへ行く。
 何か切ない恋物語みたいだな。
 多分へこむ、俺もロイスさん側だったらへこむ。

「短い間ですが、お知り合いになれて良かったと思います」
「……近い内に行くのかい?」
「はい」
「……そうなんだ」

 ずぅーんと、ひたすら重い。

「今生の別れではないんですから」
「それは、そうだけど」
「ユミルさんともお手紙のやり取りもしますので」
「ああ、そんな事言っていたね……」
「そんなに落ち込まないでください、そんな顔されると……」

 と、こっちも悲しそうな顔をする。

「あ、ああ。 ごめん、ちょっと気が動転しちゃったよ」

 と、ロイスさんは笑顔を作る。

「あの話をお受け出来ないのは本当に申し訳ないと思っています」

 そう言って一息溜め。

「ロイスさんにはもっとお似合いの方が居ると思います。 世界の半分は女性なんですから、もっと良い方が居ますよ」

 このルイズ容赦せん!
 恨みは無いが徹底的に断たせてもらう!

「あ、あははは……。 そうだね、女性は君だけじゃないんだよね」

 すみませんね、本当に受けるわけには行かないんですよ。

「似合いの女性、かぁ……」

 高望みか、妥協か。
 俺だと多分好きになった人が理想の女性になるけどな。

「ロイスさんにお聞きしますが」
「……なんだい?」
「『本当』に私が好きなんですか?」
「それは……」
「分かりました」

 口ごもる、それが答え。
 正直なんと答えようと変わらないんだけど。

「やっぱりお付き合いできません」
「……そうだね、僕がなんと言おうが君は頷いてくれない」
「はい」
「……ふぅ、何か吹っ切れた気がするよ」

 そう言って微笑むロイスさん。
 未練を潰したか。

「注文、いいかな? 晩御飯食べてなくてね」
「お伺いします」

 あれとこれ、サラダも付けてこのワインを。
 そうして注文を受ける。

「分かりました」

 頷き、すぐに厨房へ向かって注文の料理を伝える。
 伝えたらすぐ戻る、椅子に座ってたわい無い話に花を咲かせる。
 楽しい食事か、傷心の食事か分からない。
 どちらかと言えば傷心だけど。
 会話して食事して、過ぎる時間は矢のごとく。

「うん、ここの料理って美味しいね」
「ただ女の子が接客するだけのお店だと思いました?」
「いや、うん」
「オーナーが凝り性でして、『お客様にはより良い時間を過ごして貰いたい』と思ってるそうで」
「なるほど」

 本当にそう思ってるかは知らないけど、良い物を出したいってのは本当のようだ。

「……それじゃあ、お会計を」
「はい」

 頷き立ち上がる、並んで会計へと歩き料理の代金を支払う。

「これ」

 と差し出すのはチップ。

「グライスさんも結構な額置いていったので……」
「幾らだい?」
「120エキューほど……」
「………」

 何してるんだ親父は、と言った感じで手で頭を押さえるロイスさん。
 ロイスさんも流石に出し過ぎだと思ったか。

「……それじゃあ、これ」

 とロイスさんがどっさり硬貨が入った麻袋を置いた。
 あの親父の息子は、やはりあの親父の息子だった。

「こんなに必要無いんですが、第一勝とうって余り思ってませんし」
「余りと言う事は、少し位はあるんじゃない?」
「……まぁ、少しは」
「なら取っておいて欲しい」

 気持ちを物に、と言う奴か?

「……良いんですね? 幾ら稼いでるって言ってもこれだけ出すのは……」
「良いんだよ。 自分で稼いだんだから、自分が好きなように使って当然だと思わない?」
「それは……、そうですねぇ」

 世の中の奥さんに財布の紐を握られている方には羨ましい限りの話ですな。

「うん、ルイズさんには一位になって欲しい。 だからチップとして出すんだ」
「……ありがとうございます」

 そうとしか言えない。
 感謝の言葉を聴いたロイスさんは笑って頷き、会計を済まして外へと出る。

「……その、少し歩かない?」
「すぐ近くまででしたら」
「ありがとう」

 またも微笑み、肩を並べて歩く。
 本当にすぐ近くだ、歩数にして二十歩も無い。
 並んで歩くが、ロイスさんが足を止めて一歩前に俺が出る。

「………」

 それに気が付き振り返る。

「……最後にもう一度、馬鹿な事聞いてみるよ」

 俯き、歩みを止めていたロイスさんが顔を上げた。

「僕と結婚を前提に付き合ってほしいんだ」

 真剣な表情。
 これ以上の無い覚悟を秘めた顔。
 だからこそ一言で終わらせる。

「……ごめんなさい」

 そう言って頭を下げる。
 それを聞いたロイスさんは。

「こんな迷惑に付き合ってくれてありがとう」

 そう言って笑い、歩みだして隣を通り過ぎ、街路の向こう側へと消えた。
 そうして、本当の意味での二人の縁談は終わった。












 今日最後の指名客、ロイスさんが帰ればやることは皿洗いだけ。
 サイトと並んで汚れた皿を洗いすすぐ。
 それも終わりようやく一日、チップレース五日目の仕事が終わった。
 お疲れ様、と厨房のコックさんたちや給仕の女の子達と挨拶を交わして自分の部屋へと戻る。

「……ふぅ」

 完全に終わりだ、ロイスさんと、家族のグライスたちとの話も終了。
 明日からは知り合いのお客となり、要らん事に気を揉む必要も無くなる。

「……行水だけでもしとこうかな」

 空調の無い室内、人が込み合い窓とか開けてるけど結構蒸し暑い。
 素肌を晒している面積が大きいキャミソールとは言え、やはり汗はしっかり掻く。
 仕事前に汗とか落とすとは言え、流石にこのまま寝るのは嫌。
 とりあえず着替えて汗でも拭こうかな。

 腰のリボンに手を掛け解き、そのまま背中の紐を解き始める。
 紐が解け、締め付けが無くなったキャミソールが緩む。
 そうして他の支え、もうちょっと大きければ引っ掛かったりして落ちなかったんだろうけど。

「……小さいって言われてるみたいでなんか嫌ね」

 胸からお腹の部分のキャミソールがめくれて、上半身の裸を曝け出す。
 これってどっちに似たんだろうか、お母様は大きくは無いけど小さくも無いって感じだけど。
 先祖に薄い人が居たのだろうか、ちいねえさまは正しく大きいし。
 姉さまは俺と同じか、同じ遺伝子を引き当ててしまったのか。

「……可哀想に」

 他人事じゃないけどな!
 そうして己の薄さを悲観していれば。

「ルイズー、飯はもうちょ……」

 あ、サイトたんインしたお!
 そのアスキーアートを思い出させるように、床にある板、扉が開いてサイトが顔を出した。

「ッ!」

 反射的に腕を胸へと押し当てる。

「………」

 バタン。
 無言で床板が閉まった。

「……サイト、顔出しなさい」

 有無を言わせぬ声。

「………」

 それが聞こえゆっくりと床板が開き、サイトが上半分だけ顔を出す。

「見た? 見えた?」
「いえ、まったくもって見えてません」
「本当に?」
「見えてないです」
「嘘は?」
「ついてないです」
「誓える?」
「えっと……、女王陛下と始祖ブリミルに誓って」
「そう……」

 腕で胸を隠したまま、部屋の隅に移動するルイズ。
 そうして部屋の隅に置いてある物を拾い上げた。

「私の不注意よ、食事を持ってくるから数分は掛かると思ってたの」
「……そ、そうですか」
「ええ、しょうがないわ。 忘れてもらうにも『忘却』は使えないし……」
「ぼ、ぼうきゃく?」

 少しずつサイトの頭が下がっていく。

「暴力を振るうのもどうかと思うの」
「そ、そうです……よね」
「ええ、だから約束して欲しいの」

 ルイズが手に持った物を見て、サイトはその用途に思いを馳せ怯えた。

「ええ、約束。 もし見えていたとしても思い出さないって」
「み、見えてない! 知らないものを思い出すなんてできっこない!」
「……そう? そうだと良いんだけど。 でも、もしよ。 もし見えていてサイトが嘘付いてたら……」

 手に持つ物、それは先日折れたベッドの足。

「これ、突っ込むから」

 どこにと言う質問も不粋だろう。
 突っ込むのだ、太いベッドの足を、あそこに。
 それを理解できたサイトは震えた。

「約束します! 思い出さないって!」
「……見たのね」
「み、見てない! 本当だって!!」

 そりゃあもう必死である。
 あんなの突っ込まれたらやばい、貞操とかじゃなくて命がやばい。
 あんな尖った木片が、剣山みたいになっているのを突っ込まれたら命がやばい。

「……そう、それは良かったわ」

 にっこりと笑うルイズの顔が恐ろしい。
 悪鬼羅刹が逃げ出すような笑顔。
 ヒィ! と小さくサイトが声を上げる。

「……じゃあ、これは誓いね」

 とルイズはベッドの足をテーブルの上に置く。
 尖った先を上にして。

「忘れちゃ駄目よ? 忘れたらひどい事になっちゃうから」
「イエッサー!」

 そうしてルイズはサイトに背中を向ける。
 腕で隠したままだと色々制約が付く、だからキャミソールを戻しておこうと手を掛けるが。

「……サイト、手伝って」

 背中の紐は一人じゃ届かない。
 だからサイトを呼んで手伝ってもらう。

「……ああ」

 床の板を開き、中に入ってくるサイト。
 歩いてルイズの背後まで進む。
 そうしてみるのは背中、シミ一つ無い綺麗な背中。
 夕方いっつも見ている背中だけど、今は何か違うように見える。

「どうしたの?」
「……いや、なんでもない」

 紐を手に取り、キャミソールの穴に通していく。

「……なぁ、ルイズ」
「なに?」
「あれ、どうなったんだ?」
「しっかり断ったわ」

 紐を通し終え、蝶々結びにして指を離す。
 近くに居る所為か、少しだけルイズの匂いがサイトの鼻腔を刺激する。

「……ほんとか?」
「嘘付いてどうするの?」
「いや、だってまんざらでも……」
「有り得ないわ、私はやる事があるのよ? それを放棄して色恋に現を抜かすなんてふざけてるわ」

 体の向き、位置は変わらずそのままで会話を続ける。
 ルイズは日が昇っている窓の外を見つめ、サイトはルイズの流れる髪を見つめる。

「……ッ」

 紐を結び、下ろそうとしていたサイトの手が、ルイズの髪をその手のひらで流そうとしていた。

「心配するな、って言えないけど。 私は止めないわ、必ず、ね」





「………」

 俺ってこんなんだったか?
 このまま抱きしめたいって思っちまって。
 欲求不満って奴なのか、そりゃあそう言うことこっち来てから……。

「……サイト?」
「……ん? 何?」
「聞いてなかったでしょ」
「あ、ごめん」
「もう、呆けるのは全部終わってからよ」
「うん」

 頷いて、手を下ろす。
 手に触れるルイズの髪が、さらりとサイトの肌を撫でた。

 サイトの心に残るのは……。



[4708] まだまだ営業中の 36話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/01/20 03:38

 そうして、五日目が終わり翌日。
 チップレースの最終日、店の開店前にスカロンは全従業員をフロアに集めた。

「チップレースは今日で最終日、女の子は皆頑張っているし、コックの皆だって頑張ってる!」

 くねくねっ、流石に6日もあれを見ていたら慣れてくる。
 人間って凄いよな。

「売り上げもいつものチップレースより凄いわ! だからみんなの頑張りを称えてボーナスを奮発しちゃうわよっ!」

 わぁっと店が騒ぎ返す。
 ボーナスって大人の味だよな……。

「渡すのは今じゃないけど、お店が終わってから! 皆期待しててね! それじゃあチップレース恒例の中間発表よ!」

 くねくねスカロンが小さな胸ポケットから一枚の紙を取り、それに視線を落とす。

「……第三位! 九十八エキュー六十五スゥ、八ドニエのチップを貰ったのは……ジェンヌちゃん!」

 拍手が巻き起こり、名を呼ばれた栗毛の女性が優雅に一礼。
 うん、可愛いね。

「お次の第二位……、百六十エキュー七十八スゥ、八ドニエのチップを貰ったのは……不肖、私の娘、ジェシカ!」

 とスカロンが宣言するも、拍手は起こらず。
 フロアに居る殆どの者が『まさか』と驚きの表情を浮かべている。

「うっそぉ、一位だと思ってたのに!」

 ジェシカも驚いている、知らなかったのか。
 他の皆もどうせジェシカが第一位だろうと言う思いもあったんだろうけど、そうは行かんのであります。

「そして第一位、二百八十五エキュー九十三スゥ、二ドニエのすんごいチップを貰ったのは……、なんとルイズちゃんよ!!」

 これまたポカーン、お金持ち強し。
 とりあえず頭を下げておく。

「とんでもないの捕まえたわねぇ」
「偶然ですよ」

 最強主人公光臨ですか? 夜の女王も近い。
 このまま行けば間違いなく優勝、行かなくても優勝すると思う。
 グライスさんらがまた来るようなこと言ってたし。
 来てまたチップ大量に置いていくんじゃなかろうか……、多分ジェシカたちは逆転するのは無理だろうからチップは断るか。

「運も実力の内って言うじゃない? これだけ離されると逆に爽快だわ」
「……まだ持ってきそうなんですよね」
「……本当に?」
「今日も来ると思います」
「……ほんと、とんでもないの捕まえたわね」
「どちらかと言うと捕まったと言った方が良いかも……」

 これが善意、と言うか単なる好意であるからより性質が悪いのか。
 悪意が少しでも見え隠れしてたなら、一気に突き飛ばしてそれで終わらせたんだが……。

「それにしても、たいしたモンだわ……」

 じゃらんじゃらん、チップ用麻袋二つ目入りましたー!
 ちなみに魅惑の妖精のビスチェ無しでは初めてらしい。
 つまり俺は魅惑の妖精のビスチェ並みの金を稼いだ、と言うかチップを置いていかれた訳だ。
 ここの給仕のやり方とさほど変わらん、惚れた惚れられたで相手が金持ちだったに過ぎない。
 やりすぎた、『違う展開』になったからロイスさんたちが出てきたんだろう……。

「そんなに良いものじゃないわ」
「なによ、こんな大金出しといて……」
「色々あるの。 店長、話を進めてください」

 筋骨隆々の腕を組み、仁王立ちと言った感じにスカロンはこちらを見ていた。
 話を遮ったから怒ってるのかもしれん。
 だが、実際はウンウンと頷くだけ、慈しむような瞳で正直キモい。

「ルイズちゃんの言う通り! お話を続けるわ!」

 ……キモいキモい言い過ぎか、失礼だな。

「今回のチップレース、ルイズちゃんがとても凄いチップを貰ったわ。 でも今日は最終日だけど月末よ! まだ上位に食い込める可能性もあるわ!」

 流石に逆転できるって言わないか、まぁそれもそうか。
 一番人気のジェシカでも月末で200エキュー行くか行かないか、それの1.4倍以上の差を付け、なおかつさらに稼ぐ可能性がある。
 普通逆転できるとは言えないか。

「良い? 大きな差が在るからといって諦めちゃダメよ!」

 確かに。

「それじゃあ皆! 張り切っていくわよ!」

 スカロンの張り上げた声に、従業員達も声を張り上げた。













タイトル「変質しないもの、そう簡単には変わらない」
















 そういや最終日か、なら、金の亡者が来るんだったな。
 まぁ王権行使許可証を見せて終わりそうだが。

「とか思いながらも皿洗いするとさ」
「何言ってんだ?」
「やんごとなき独白」
「はぁ……?」

 首を傾げるサイトと共に皿洗い。
 チップレース一位が厨房で皿洗いっておかしい話だよね。
 まさに一攫千金、戦いは数ではない、質なのだよ!
 ……一対数万とかなら話は別だが、一週間ほどのチップレースで数万のお客とか無いから。

「そうそう、剣を部屋から持ってきておいて」
「なんで?」
「なんでって、使うかもしれないからよ」
「……やばい奴でも来るのか?」
「……そうねぇ、国が定めている税金を必要以上に搾取している徴税官なら来るけど」
「何だそれ、犯罪じゃないのか?」
「多分そいつの上の奴が握りつぶしてるんでしょうね、そうして願いが聞き入れられない平民は諦めている、っと」
「んだよそれ、最悪じゃねぇか!」

 徴税官で貴族だから逆らえない、下手に反抗すれば今まで以上に税金を掛けられる。
 だから口を噤む、それに耐え切れない者は徴税官の上役に掛け合うが、その上役もグルだから意味が無い。
 そして掛け合った者は酷い目に合う、例えば冤罪を掛けられ引っ立てられたり、過剰すぎる重税を掛けられ資産を根こそぎ持っていかれたり。
 正しく権力を笠に着ての嫌がらせ、パワーハラスメントが日常的に起こっている。

 通常なら反乱が起こっても不思議ではない、寧ろこの状態が何十年も続いている方がおかしい。
 そうなると反乱を起こさない理由がある訳で、それは言わずと知れた魔法の存在。
 完全な刷り込みと言って良いだろう、魔法を使えない者はメイジに勝てない。
 メイジ殺しなんて早々居ないし、居てもぶっ叩かれて消えるのが多いし。

「そうよ、だから異常搾取する外道はここで叩くのよ」

 重税で路頭に迷った者はどれほど居ただろうか、無実の罪を着せられ投獄や強制自白の拷問を受けた者はどれほど居ただろうか。

「本当なら徹底的に根絶やしにでもしたんだけどね、それをするだけの力なんて無いから」

 王権行使許可証を与えられてても出来る事と出来ない事がある、王と言えど万全とは言えない。
 なら出来る範囲でやっておこう、これもやっておかなくてはいけないイベントだから。

「目には目を、歯に歯を。 暴力なら暴力を、権力なら権力で潰すのよ。 お似合いじゃない?」
「ぶ、物理的に?」
「……まぁ許してやる事になるんだけど、とりあえず不正をさせないようにするわ。 ……ここも被害にあってるし」

 多分ここら一体の店で一番儲けている店だ、徴税官の目に留まらないはずが無い。

「……そいつらが魔法を使ってくるかもしれないから?」
「そうよ、武器無しで戦いたくないでしょ?」
「そりゃそうだ」

 内部浄化の力が全く無いんだろうな、例えば査問委員会とか。
 尊き格式? 貴族の誇り? そんなものよりお金美味しいです^q^的な。

「漫画じゃよくそんな奴居るけど、本当に居るんだな」
「……まぁ、政治に携わらないとそんなの分からないしね」

 裏の政治献金とか、資金洗浄とか、明るみに出ないだけで実在するわけで。
 日本でそう言う犯罪がニュースで流れてても、『この人こんな事やってたんだ』位にしか認識しないだろう。
 実際俺だってその程度にしか思っていない。
 勿論薄情とか関心が薄いとか言われるだろうけど、普通にそれを聞いて憤慨するのは殊勝過ぎる人間か、あるいはそれに関係ある人物位だ。
 つまり、このことに関して関心を引くには『被害にあう』と言う事しかない。

 目に見える実害が無い、それだけで人は関心を無くす。
 『近くで通り魔事件があった、怖いわね』、もうその程度だ。
 自分と関係ないから、被害に遭ってないから、だからこそどうでも良いと興味を無くす。
 関心を持つにしても結局は『終わった後』、被害に遭ってからだ。
 あの時弾劾しておけば、あの時注意していれば、そう後悔する。

「まぁ、今それを正すようにしているから……」
「そうしてもらわないと困るだろ」
「そうは言っても自力で解決出来ない事だからしょうがないわ、外からの力が加わらないとどうにも出来ない状態になってるからね」

 上下の境がくっきりだ、徴税官と平民、数十メートルもある分厚く高い壁が出来上がっている。
 壁を乗り越える道具は無い、ただ下から見上げるだけしか出来ない。
 登り乗り越えるには上から、徴税官かそれ以上の高さからの手助けが必要となる。
 無論、そんなことしようとする人間は居ない、知らないことに手を出すことは出来ないからだ。

「そこで偽善の味方の登場です……っ!」
「正義の味方で良いじゃん……」
「正義なんて人それぞれでしょ、誰かにそれを押し付けるわけじゃないし。 私がやらなくちゃいけないからやる、それだけよ」

 ね? 簡単でしょ?
 私がこうするからお前等もこうしろ、って押し付けるのは良くないよ。
 皆がそうしてるからってんなら従うかもしれんが、ぼくがかんがえたせいぎのありかた(笑)を押し付けられちゃたまらねぇ!

「別にお金を溜めるのが悪いわけじゃない、問題はその貯め方」

 ケチでもいいよ、問題ない。
 だが徴税官、テメーのやり方はダメだ。
 他人に迷惑掛けんなよ、死活問題だし。
 テメーもやられたら怒るだろうがよ!
 ママに教えてもらわなかったのか? 自分が嫌な事を人にするなってよ。

「しかし、本音と建前は違うからしょうがない」

 自分で言っておいてすぐ否定、人間ってそんな簡単な生き物じゃないですよね。
 金に目がくらむ、それも致し方なし。

「でもそれってなぁ……」
「お母さんが病気に掛かっちゃった、でも医者に診せるお金が無い! そんな時にすぐお金を稼げる仕事があった、でもそれは犯罪で……。 さぁ、どうする?」
「それって反則だろ!」

 ですよねー。

「でも世の中にもそう言う人間も居るの、徴税官は絶対違うでしょうけど」

 徴税官にそんな事情があったなら俺は泣くよ。
 お金を手に入れてお母さんを治してあげたんだろ? まだ罪を重ねるのかよ! とか何とか言いながら。

「ま、とりあえずは叩くわ」
「うん、そうして欲しい」

 とヒソヒソ、大声で話せるわけ無いです。
 鍋で食材を焼く音、寸胴の鍋で食材を煮る音、厨房から出る料理を行う音で近くに居ないと聞こえない位の音量。
 唯一聞かれそうな、一位奪還に躍起になっているジェシカはフロアで接客しまくってるし安心。

「ほら、取りに行ってきなさいよ」
「ああ、うん」

 と手に付いていた泡を洗い落とし、デルフとキュルケが買った剣を取りに走るサイト。
 ……そういやキュルケが買った剣って、どっかの名工が作った奴なんだろうか。
 とか考えながら汚れた皿をカチャカチャ、蛇口をひねれば水が出るなんてモンは無いから水は溜め置きだぜ。

「……最悪」

 と、たまたま厨房に戻ってきていた給仕の女の子が、フロアのほうを見つめて呟いたのが聞こえた。
 一瞬嫌味でも言われたのかと思った、「ああん!?」と振り返ったら全然別の方向見てました。
 視線は厨房から接客のフロア、見えたのは店の入り口に肥えたおっさん。
 その周囲に貴族、軍人風の貴族も居る。
 それを見たスカロンが高速で入り口に駆け寄り、肥えたおっさん、つまり徴税官へと対応する。

「……またあいつ、たかりに来たっての」
「あのクソッタレ貴族め」

 と厨房でヒソヒソ、過去に何度もあったらしく今にも飛び掛り殺さんばかり視線を浴びせている。
 めちゃくちゃ嫌われてますがな、徴税官殿。

「この前来たばかりじゃない、また税金と称して盗って行く気かしら……」
「お前等の私腹を肥やすために俺達は働いてるんじゃないだぞ……!」

 奥歯をかみ締めるように、積もりに積もった恨み言。
 夜道に一人だったら殺される、そう確信出来る位の迫力がある。
 心中で死亡フラグが立っている徴税官に念仏でも唱えていると、フロアで動きがあった。
 徴税官一行が杖を取り出し、何か言えば他の客が一斉に、逃げ出すように店を出る。
 あーあ、勘定済ませてない人一杯だよ。

「最低、何であんな奴が徴税官なのよ」

 至極……、尤もです……。
 店の女の子は全て厨房に、誰もあんな奴の相手したくないと渋い顔。

「……チッ、毎度ながら最悪ね」

 ジェシカが皆に聞こえる位の大きな舌打ち。
 相当嫌そうな表情、素行が悪い輩でも嫌な顔一つせず対応するジェシカが、だ。
 ジェシカが王様なら問答無用で首が落ちてるな、あの徴税官。

「……ワインってどれ持っていけば良いんです?」
「え? ああ、これだけど……」

 コックの一人にそう聞いて、ワインをお盆に載せる。
 厨房から徴税官を見つめる一群、給仕の女の子たちの脇を通り過ぎてフロアに出る。

「ル、ルイズ!?」

 それに気付いたジェシカが呼ぶも、時既に遅し。
 軽やかにフロアに躍り出て、フロアの中心にあるテーブルに陣取っている徴税官一行の下へ歩み寄る。

「いらっしゃいませ、徴税官様」

 我が家の格式を見るが良い!
 渾身の一礼、王侯貴族と縁も縁もあるトリステイン切っての大貴族。
 ラ・ヴァリエール公爵家が三女の礼儀を見よ!

「何だお前は、この店は子供を使って居るのか!」
「………」

 何こいつ、どの国でも通用する格上相手への礼式なんだけど。

「いやですわ、徴税官様。 私の身形はこのようなものですが、歳は数えで17になりますの」

 俺がした礼儀に気が付き、何人かの取り巻き貴族が目を丸くして俺を見る。
 そこら辺に通じている奴も少しは居るって事か、徴税官と同じく金に目がくらんだのかね。

「……確かに、よく見ると中々小奇麗な顔をして居るではないか。 言うだけあって体……、胸のほうも小さいな!」

 そう言われて、顔を逸らして俯く。

「……そのような事仰られて、徴税官様の瞳に見つめられると……」

 その仕草を見た徴税官、チュレンヌはヌフフと笑った。

「どれ、このチュレンヌさまがその胸の大きさを確かめてやろうではないか」

 わきわきと、両手の指を動かしながら腕を伸ばすチュレンヌ。
 その時、やけに大きな、重い金属を落としたような音が厨房から響く。
 その音を聞いたチュレンヌは腕を止め、厨房の方へと目をやれば。

「な、なんだ貴様!?」

 両手に一本ずつ剣を持った男、厨房からサイトがゆっくりとだが歩いて来ていた。
 両方とも鞘から抜き出しており、ギラリと刀身が店内の光を反射している。
 それを確認した瞬間、取り巻き貴族が一斉に杖を引き抜いてサイトへと向ける。

「いいかげんにしろよ、おっさん」

 搾り出したような声、聞き様に因っては震えているような声かもしれない。
 10を超える杖の数に物怖じしないサイト、左手、デルフリンガーの切っ先をチュレンヌへと向ける。

「まさか、まさかとは思うけど。 ……その手で触ろうとしたんじゃないだろうな」
「貴様! 貴族に剣を向けるとは、この無礼者を捕らえろ! 縛り首にしてやる!」

 どう見てもどちらとも怒り心頭、サイトのような他人のために怒れる奴って何か良いよね。
 自身に心境を重ね、他人の苦しみを想像して憤慨する。
 力になれるなら力になると言った風に、優しい……と言えば良いのか、そう言う考えが出来る奴に好感が持てる。
 だがいきなり剣を持って登場はやりすぎだ、とりあえずサイトを嗜める。

「サイト、剣を下ろしなさい」
「でもこいつら……」
「良いのよ、下ろしなさい」

 と少し強めに言う、そうすれば渋々と言った感じでデルフを下ろす。

「私の従者がとんだ失礼を」

 向き直り心無い謝罪、王が臣下に言うように。
 チュレンヌを見下して言う。

「貴様の従者だと!? このような無礼をはたらきおって!」

 チュレンヌも杖を引き抜き、こちらに向けてくる。

「はい、私を思ってくれる大事な従者ですわ。 チュレンヌ徴税官」
「不愉快だ! 貴様等は縛り首! この店は取り潰しだ!」
「あら、ごめんなさい。 徴税官にそんな権限はもうありませんので、杖を下ろしませんか?」
「何だと!? 平民如きが大口を叩きおって!」
「女王陛下は大変お嘆きになっておりますよ、貴方の様な貴族の風上に置けない者が居る事に」
「黙れ! 貴様のような平民が……ッ!?」
「本当にお嘆きになっておられますわ。 このような、陛下から与えられた職務を忠実にこなせない者が居るなどと……」

 一枚の羊皮紙をしっかりと見えるようテーブルの上に置く。
 その羊皮紙はこの国のトップ、女王アンリエッタの名で書かれた王権行使許可証、その行使権利を与えられた者はラ・ヴァリエール公爵家の三女。
 国の最上位に立つ王と、この国で最も隆盛な貴族として上げられる大貴族の三女の名が書かれた羊皮紙。
 それに目が釘付けとなったチュレンヌ、取り巻きもそれを見て絶句している。

「ば、馬鹿な、こんな物が……」
「偽物だと? このようなもの偽造すればどのようになるかお分かりになるでしょう?」

 王家と公爵家の名を騙る者、間違いなく指名手配される。
 捕まれば……、おお怖い怖い。

「チュレンヌ殿、女王陛下はこの国の現状を大変嘆いておられます。 国の根本たる政治に、貴方のような民を苦しめる不正が横行している事に」
「………」

 ゴクリと唾を飲み込むチュレンヌ、周りの貴族たちも同じ様に息を呑んだ。

「女王陛下はこの国をより良い国、清く正しい国にしたいとお考えなのです。 その一歩が私のような直属の女官ですの」

 顔を引きつらせるチュレンヌ、今まで行っていた不正を思い返しているのだろう。

「さて、チュレンヌ殿には二つの選択肢があります」
「せ、選択肢……?」
「ええ、自らこの職務を辞める事と、女王陛下の名の下に罪を裁かれる事。 さぁ、どちらがよろしいでしょうか?」
「……こ、こんな事が」

 うろたえたチュレンヌが王権行使許可証を手に取る。

「……こんな事など有り得ん!」

 その手に力を入れ、王権行使許可証を破り捨てた。

「……はぁ」

 チュレンヌの取り巻きは、それを見て顔面蒼白になった。
 馬鹿だろ、こいつ。
 何とち狂ってんだよ、これ破るってどういう意味か分かってんだろうに。

「選ぶのですね? 陛下に罪を裁かれる事を」
「ふざけるな! 貴様のような平民がこのような、恐れ多くも女王陛下と公爵家の名を語るとは!」
「周りの方々は如何なされますか? チュレンヌ殿は女王陛下に弓を引くようですし、貴方方も彼に付いて行くのですか?」

 激昂するチュレンヌを無視し、冷静に取り巻きへと話しかける。
 怒り狂うチュレンヌとは反対に、非常に冷めた目でチュレンヌを見始めている取り巻き貴族。
 ここで止めてりゃ、少しはましだったかもしれんのに。

「ああ、答えてくださる前に一つ、心に留めていただきたい事が。 私の意向は女王陛下の御心と思ってくださって構いません」

 止め、つまり俺が「お前クビね」と言えば実際女王陛下の名の下にその命が下される。
 職を解かれるような理由がしっかりある以上、アンアンも間違いなくクビにするだろう。
 つまり今の俺は女王と同等、媚よ! 跪け! 汚物は消毒せねばならん。

「わ、我々はどうなるのでしょうか……」
「貴様!?」
「そうですね、『徴税官に脅されて仕方なく手を貸していた』と言うのはどうでしょうか? それに『悪事がばれ、女王陛下直属の女官に手を上げようとした所を取り押さえた』、と付けばお咎めは軽くなり、名誉は守られるでしょう」

 それを聞いて取り巻きの目の色が変わった。
 サイトに向けられていた杖が、チュレンヌへと向き始める。

「き、貴様等!? 私が与えた恩をあだで返すのか!」
「チュレンヌ殿、我々は女王陛下の忠実なる僕であります。 女王陛下から直々に認可を受けた女官殿に手を上げるとなると、幾らなんでも見過ごす事は出来ないのでありますよ」

 やだねー、超保身に走り始めたよ。
 そうなるよう仕向けたのは俺なんだけど。

 そうして強者から一転、弱者へと転身したチュレンヌは狼狽し始める。

「ば、馬鹿な。 貴様等、このような事が……」
「諦めなさい、足掻いても何も変わりませんよ」

 残念ながら許す気など無い。
 私腹を肥やすためだけに、管轄区域一帯の平民を苦しめるのは見逃す事は出来ん。

「わ、わたしは……」

 杖を手放し、その場に座り込むチュレンヌ。
 貴様さえ居なければ! とか言って襲ってくるかと思ったけど、そんな事はなかった。
 そんなのは漫画やアニメの見すぎだね。

「それでは皆様方、チュレンヌ殿をふさわしい場所にお連れしてください」
「はっ、失礼致します」

 誰かが放った魔法により、チュレンヌは風のロープで縛り上げられる。
 運命の分かれ目だった、気紛れで別の店に行っていたら、どうしても外せない仕事でも入っていたら。
 俺が魅惑の妖精亭に居ないときに来ていたら、今まで通り変わらずの徴税を行っていただろう。
 大小さまざまな干渉があるとは言え、『変わった事』と『変わらない事』がある。
 しかし世界の修正力とか、そんなどうやっても信じられない物があるとは思えないし。

「いつまでもそんなの構えてちゃ、危ないわよ」

 チュレンヌを見送るまでもなく、剣の切っ先を床すれすれのまま持つサイトを嗜める。
 憩いを提供する酒場で二振りの刃物を持つ男、どう見ても危ない人です。

「なんでぇ、せっかく出番が来たと思ったらもう終わりかよ」

 デルフが文句を言うが、殺傷沙汰なんて戦争の中だけにしてくれ。

「……要らねぇじゃん」
「動きを止めると言う意味でなら必要だったわよ」

 もとよりそれだけを必要としたんだから、戦いにならなくて良かったじゃない。
 戦ったら勝てる、それは簡単でも求めるのは物理的な手段での勝利ではなく、精神的な、暴力を使わない勝利が良い。
 痛い思いなんてしたくないし、して欲しくない。
 破られた王権行使許可証をしまい、席を立つ。

 ワインと一緒に持ってきていたテーブルクロスで軽くテーブルを拭く。
 そうして開けていないワインをお盆の上に載せて厨房まで戻った。
 こんな床に鞘を置いておくなよ、邪魔だろ、と跨ぎながらも厨房の入り口を潜れば。

「ちょっとちょっとちょっと!!」

 とジェシカ、その他の女の子達が一斉に群がってきた。
 バインバインボイン、もふもふ、良いね。

「あいつに何したの!?」
「こういう事して、貴族の誇りは無いんですかって聞いただけよ」
「ばっ、そんな事聞いたらただじゃ済まないでしょ!」
「実際済んだけど……」

 ジェシカたちの剣幕にちょっと怯えたように言う。

「周りの方が騒ぎ出して、そのまま連れて行っちゃったんだけど」
「んなわけないでしょッ!!」

 やっぱダメか、普通あんな事、サイトの事な、をして無事で居られるわけが無い。

「……なんて言って欲しいの?」
「本当の事よ! あの業突く張りの徴税官があんな顔して落ち込むとか、スカっとしたわ!」

 と嬉しそうに叫びだす、相当我慢してたんだろうな。

「……徴税官がクビになっただけよ、課税率も適切なものへと戻るわ」

 これからは不条理な課税率、徴税官が私腹を肥やすような税金は取られない。
 それはこの一帯にも適応される、少なくとも次の徴税は大きく減るものとなる。

「……それって、本当?」
「ぬか喜びしてる姿見て、悦に浸る性格じゃないわよ」
「本当に、あいつの相手しなくて良いの?」
「ええ、別の貴──」

 ──族がなる、と言い切る前にジェシカに抱き締め上げられた。

「のあ!」

 グイっとジェシカの腕が背中に回り、一気に引き寄せられて顔が胸に押し付けられる。

「ちょぉ!」

 いくら俺が軽いとは言え足が付かない位に持ち上げられるのは……。

「ありがとう」

 ジェシカは耳元で囁く様に、感謝の言葉を呟いた。
 ……なにこれ? 何でこんな風になっているのか分からない。
 あんた貴族だったのね! → そうよ、悪い? → 別に、皆訳有りだから気にしないわよ、見たいなやり取りじゃなかったっけ。
 それが何で……、周りからすすり泣く様な声が聞こえるんだ。

「ありがとう、ありがとうルイズ」

 もう一度ジェシカが言う。
 チュレンヌ何しやがったんだ、ざまあみろ! で終わるんじゃなかったのかよ。

「……下ろしてくれると、嬉しいんだけど」

 視界の端にはスカロンに抱きつかれ今にも死にそうなサイト。
 凄くサイトの背骨をへし折りそうです。

「あ、ごめん!」
「別に良いけど……」

 周囲から集まるこの視線、学院のメイドたちと似たような視線。

「あいつ、何したの? 泣く様な酷い事でもしてたわけ?」
「……知ってる? ここがこんなに繁盛してる理由」
「……いえ」
「ここら一帯でまともな営業で来てるのって、ウチも含めて数軒しかないのよ」

 先に言ったように、重税で搾り取られ、お客に出す料理の材料すら買えなくなって止むを得なく閉店したり。
 冤罪を掛けられて投獄されたりと、店が繁盛するのは可愛い女の子がお相手をしてくれるだけじゃなかったと言う事。
 つぶされた店、投獄され今も牢で過ごす親、そう言った者たちが大半を占めているらしい。
 コックも、給仕の女の子も、皆訳有りで苦しい思いをしてきた。
 流石に全ての理由がチュレンヌじゃないが、結構な割合でチュレンヌだと言うのも事実。

「だから嬉しいのね……」

 苦しみを生み出した元凶はチュレンヌ、そして先代、先々代の徴税官と結構長い事こんな風になっていたらしい。
 悪しき行いが是正され、今までのように徴税官に怯えるような日々を過ごさなくて良い。
 その重圧から開放されると知り、嬉し涙を流した、と言うわけ。

「……悪化してるんじゃないの、これ」
「え、なに?」

 コメディタッチじゃないぞこれ、もっと軽い感じで終わるはずなのに。
 イラストがラブコメっぽいのに、中身はダークでシリアスな展開だったなんて表紙詐欺みたいな……。

「……ルイズ? 黙り込んで、どうしたのよ」
「……え? あ、なんでもないわ。 皆がこれ以上苦しまなくて良かったわねぇって」
「そりゃそうよ! こんな日が来るとは思ってなかったもの、ねぇ!」

 そうして歓声が上がる。
 本当に嬉しいんだろう、中にはボロボロと涙を流す子まで居る。
 そうして周りを見ていると、変わっても良かったかもと思えてしまう。
 この変化で変わる事と言えばなんだろう、魅惑の妖精亭関連のイベントって他にまだあっただろうか……。

「……うん、ルイズが居て良かったわ!」

 もう一度ジェシカに抱きしめられる。

「だからそんなに持ち上げないでよ」

 足が付かないのよ、人間って地面に足付いてないと落ち着かないの。

「あら、ごめんね」

 もう一度放してもらい、またサイトのほうを見れば。
 背骨をへし折られて(比喩)床に付していた。
 ……スカロンの抱擁を食らったサイトが一番苦労したのかもしれない。

「それじゃあお客さんも居ない事だし、チップレースの結果発表をしちゃいましょう!」

 スカロンはチュレンヌをクビにした俺の正体を華麗にスルー、詮索する事も無いってか。
 聞かれないなら話す必要ないか。

「まぁ、数えるまでも無いけどね」

 チップレース二位のジェシカが追いついていない、そうなれば順位は変わらずとなれば。

「優勝! ルイズちゃん!」

 となる。
 巻き起こる拍手、やっぱり一応頭を下げておく。
 一位はいいけどなぁ、ストーリー的には一位になっておいたほうが良いのだけどなぁ。





「これって……」

 盛大と言って良いだろう、流石に魔法学院の食事よりも劣るが中々の量に質だ。
 それがずらっと並べられ、美味しそうな香りが店内に漂っている。
 形式としては立食に近いか、フロアのテーブルに並べられた料理を立ったまま皿にとって食う。
 一位決定と同時にパーティみたいな状態になっていた。

「いいね! いいね!」

 ユミルちゃんが嬉しそうな声を上げる。
 パーティ状態の中に、なぜかグライスさん一家も居た。
 あの後すぐ顔を出し、チップレースで一位になる最大の要因を作ったお客さん。
 じゃあご一緒しますか、って事になり参加する事となった。
 値段が高い物も落としてくれるし、限定だがチップも大量、お客としては特上になるんじゃなかろうか。

「もう来ないって訳じゃないがな、今までよりは断然少なくなるぞ」

 との事、俺目当てで来ていたからそうなるわな。
 俺を中心に、周囲をグレイスさん一家やスカロン、ジェシカなどが囲んでいる。
 スカロンとグレイスさんは知り合い、と言うか顧客のようだ。
 ロイスさんとも話し、時折笑い声を上げる。
 ユミルちゃんとメアリさんはジェシカと話している、同じ様に親交があるんだろうかね。

 一方サイトはサイトで、女の子に褒められ嬉しそうに剣を振り回している。
 剣舞とでも言えば良いのか、150サントもあるデルフと、もう一本の俺より確実に長い剣を振り回している。
 流石ガンダールヴか、大の男が両手で持つ剣を片手で、しかも二本も振り回してるんだから。
 しかし。

「危ないじゃないの……」

 射程距離が、剣を持つサイトの腕の長さも含めれば2メイルを超えている。
 注意しているとは言え、万が一があるかもしれない。
 そう言う意図を持ってサイトへ視線を送る。

「………」

 じぃーっと、見るが。

「すごーい!」
「い、いや……。 それほどでも……」

 と喜ぶ女の子の揺れる胸を見て、鼻の下を伸ばしているサイト。
 女の子を見るのは良いけど、そんな危ない事までする必要ないじゃない。

「……はぁ」

 この騒がしさ、ここから呼びかけても聞こえはしないだろう。
 料理を取り分けるフォークと入れる小皿を置き、ブンブンと剣を振り回すサイトの下へ歩む。
 そうして近づく、危ない事をしているサイトに。

「……サイト、それは何?」

 腕を振り回すサイト、そこから少し離れた位置から話しかける。
 いや……、近づいてみて分かったが、これ本当に危ないぞ。

「何って……」
「振り回しているそれ、何に使うか知っているでしょう?」

 武器だよ武器、攻撃能力を有する道具。
 傷つけたり壊したり捕まえたりする武器、それをこんな所で使うのはどうよ?

「今すぐ仕舞いなさい」

 剣を鞘から抜き出した時から、非日常へと成り代わる。
 サイトには出来るだけ使って欲しくない、だって使わない分だけ危険に身を投じる回数が減るから。

「……ごめん」

 分かってくれるか、分かってくれないと困るけど。
 鞘に剣を収めるサイトを一遍し、凄い凄いと言っていた霞の髪色をした女の子に言って聞かせる。
 
「あれは危ない物だからむやみに振り回して欲しくないの」

 出番が薄いデルフには申し訳ないが、本来の用途では余り出てきて欲しい物じゃないし。

「あの、ごめんなさい……」

 それを聞いて頷く。
 誰かを傷つける道具だって、少し考えれば分かるだろう?
 確かに、両手に150サント以上もある剣を持って、軽い棒のように振り回せるってのは凄いがね。
 これが儀礼用の奴だったら何も言わなかったよ。

「さぁ、そんな物振り回すより美味しい料理を食べなきゃね」

 冷めた料理を食べるなんてとんでもない!
 食べるなら暖かい内が一番だろ? さぁ食った食った。

「サイトも、お腹減ってないの?」
「うん、減ってる。 いっちょ食うか!」

 言うが早し、剣を鞘に仕舞ってテーブルに着くサイト。
 こういうノリが軽くて後まで引き摺りそうに無い所が良いね。
 それを見送り小皿を置いたテーブルまで戻ると、組み合わせが変わっていた。
 ロイスさんとジェシカ、スカロンとグレイスさんとメアリさん。
 ほうほう? ロイスさんとジェシカなんて良いんじゃないの?

「私はルイズちゃんの方が良いけどなー」
「ジェシカのほうがお似合いだと思うんだけど」

 と傍に寄って来たユミルちゃん。
 前回のサブタイトルはこれの事だったんだよぉー!!

「確かにジェシカさんはしっかりしてますけどぉ」
「どこが気に入らないの?」
「気に入ってるよ? でもルイズちゃんのほうがもっと気に入ってるの」

 何故俺が「ちゃん」でジェシカが「さん」なんだ。

「諦めた方が良いですよ、義理の姉妹になる事はありませんから」
「くぅ、こんな可愛い義姉さんが欲しかった……!」

 小さい姉ってそんなに良いのかね。

「とりあえず、ユミルさんはお幾つで?」
「ん? 16だけど?」
「なら私の事はちゃんではなくて、さんと付けてください。 これでも年上ですから」
「……幾つ?」
「17」

 それを聞いて口を開けるユミルちゃん、俺はニヤリと笑う。

「見た目で年下って決め付けるのはどうかと思いますよ?」

 顔立ちが幼いし、背も小さいからって年下に見るのは良くないぜ。
 視線を落とし、小皿を取って料理を取り分ける。

「……まさか、まさか名実共に姉さんだったなんて!」

 いつからユミルちゃんの姉になったんだよ。
 そんな感想を思いつつ料理をパクつく。

「ニーサンニーサン!! ネーサンだった!」

 こいつ、何を言ってるんだ? と言った感じで話しかけられているロイスさん。
 またいらん事になりそうだからさっさと移動、ちょうどよく目に入ったサイトの下に行く。

「……お肉ばっか」

 隙を見て横から野菜をサイトの皿に乗せる。
 もうちょっと考えて食べようぜ、太りたくないだろ。

「ありがと」
「別々に食べるから駄目なのよ、一緒に食べると感じが変わるからお勧めよ」

 クルクルと肉にレタスのような野菜を巻いて食べる。
 美味しいねぇ、コックさんたちがよりを掛けて作っただけのことはある。

「……さっきはゴメン」
「何が?」
「剣の奴」
「一度目は問題ないの、二度目がなければ良いののよ」

 ムシャムシャ、うめぇ。

「……これもあったのか?」
「何の話よ」
「ルイズが『知ってる話』だよ」
「……ああ、有っても無くてもどうでも良い話だから」
「そうなのか?」
「ええ、流石に全て同じって訳には行かないけどね」
「そうなんだ」
「そうなの、そんなに心配しなくても良いわよ」

 そう言って笑ってやる。
 サイトも苦笑いのような笑み、心配掛け過ぎかぁ。

「その時を楽しみなさい、私も楽しむから」
「……ああ」

 二人並んで、料理を小皿に取る。
 そうして時間が過ぎる。
 楽しい時間とはすぐ過ぎる物か、料理もあらかた無くなり後は片付け。
 ロイスさんたちも帰ることとなり、こっちに挨拶をしにきた。

「ルイズさん、また今度」
「はい」

 とりあえず笑顔、営業スマイル。
 サイトにもお辞儀をして、グライス一家は帰っていった。
 俺の隣にいるサイトを見て、視線が揺らいだようだが、もう気にする事でもない。

「さっさと片付けて、寝ましょうか」
「だな」

 店員総出、いつもの閉店時間よりも早く終わった。
 片づけが終わり、さあ寝ようかねと言う所にスカロンが待ったを掛けた。

「はぁーい、皆! お待ちかねのボーナスよ!」

 手早く従業員に袋を渡して行くスカロン。
 すっかり忘れてた、結構重みのある袋。
 開けて中を見れば、エキュー金貨50枚ほど入っていた。
 こんなに渡せるって事は、かなり儲けがあったんだろうね。

「皆がとーっても頑張ってくれたお陰、これからもこの魅惑の妖精亭をよろしくね!」

 疲れているだろうに、力の篭った声で返事をする全従業員。
 従業員と店が一体って感じで、こりゃあ悪くない。
 同じ様に返事をしながら、今日は解散となった。





 翌日、何時も通り開店準備から閉店まで仕事をこなす。
 開店前に何時ものキャミソールでフロアに出ると、スカロンが魅惑にビスチェを着ないのかと聞いてきたが。

「着ません」

 とはっきり断り、勿体無いわねぇと呟かれた。



「魅惑の……ねぇ」

 仕事が終わり部屋に戻ると、変わらず魅惑のビスチェが壁に掛けられている。
 仕事はもう終わったし着る機会なんて無し、部屋で着るのも余り乗り気ではない、寧ろそんな気は無い。
 だがどうしても着て欲しいってんなら着てやらんでもないけど。
 とサイトに聞いてみたら。

「うーん、見てみたい……かなぁ」

 そう呟くサイト。
 スカロンの抱擁的な意味で功労者のサイトを労うのもありか。

「疲れてるから少しだけよ」





 ため息を吐きながらも、着てくれると言う事で。
 明らかに似合わないようなスカロン店長が着て、「これも悪くないんじゃないか?」と思うほどの効力。
 なら美少女のルイズが着ればどうなるか。

「……うん、可愛い」
「当たり前でしょ」

 ルイズの体を包む黒い生地に、すらりと伸びる手足がまぶしい。
 なんと言うか、店に出るときのキャミソールより生地が薄いんじゃないの?
 ルイズの体のラインが浮き上がって見えるような気がする。

 よほどセンスが無い服を着なければ、可愛さなどさほど変わらない。
 可愛いのは可愛いんだけど、元から可愛いからあんまり意味が無いのかな?
 サイトは想像していたほどでもなかったなぁと思っていた。

 そう思うのは当たり前で、結局はサイトに魅了など余り意味の無い魔法だった。
 それに気がつけないのは、やはりサイトだからだろうか。




[4708] 思い出話の 37話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bed704f2
Date: 2010/01/20 03:39

 タバサは思い出す。
 キュルケと出会い、友達になった日の事を。













タイトル「君の美貌が悪いのだよ、……フフフ、ハハハハハ!」













 夏、四つの季節の中で最も熱を孕む期間。
 木造の、機械的空調設備のカケラすらない部屋。
 部屋に吹き込んでくる自然の風は皆無に近く、滞留する室内の空気は変わらず熱を持ち続ける。

「あっつぅーい、タバサァもう一度お願い」

 そうなれば暑さでだらけ、タバサの部屋で男には見せられない姿のキュルケ。
 熱には強いが暑さには弱かったキュルケが、タバサが生み出した小さな氷の粒が混じる冷風を受けて。

「気持ち良いわぁ」

 と、そのだらけた姿と同じく、だらけた声を上げる。
 そんなキュルケとは対照的に、汗一つ掻かずにベッドの上で本を読むタバサ。
 右手には杖を握ってゆっくり揺らし、キュルケに冷風を送っている。

「タバサ、何読んでるの?」

 その問いに本を傾け、表紙の題名をキュルケへと見せる。

「愚問だったわね」

 タバサが読んでいた書物、それは当たり前に魔法に関する考察が書かれているものだった。
 何時もタバサが読んでいる本は、全てが魔法に関する本。
 むしろ1年以上友人として付き合ってきて、それ以外の。
 例えば小説とか宗教とか、そういった実在する魔法に関係ない本を読んでいる所など見たことが無い。

「……あーもー、何でこんなに暑いのかしら。 火の様な熱さは好きだけど、こうじわじわいたぶるような暑さは好きじゃないのよねぇ」

 二人がいるのは学院の寮、キュルケはこの休みにタバサを誘って実家に帰るつもりだった。
 つもりだったのだけど、タバサはその誘いに首を縦に振らず、結局は実家に帰らないでタバサと一緒に居る事となった。
 別にこの事に関してタバサが頷こうが頷きまいが、タバサに合わせる事を決めていたので文句など無い。
 文句が出るとしたらこの部屋、と言うか寮。
 まるで蒸し風呂のように暑い、長時間我慢するには高い忍耐力が必要になりそうなほど。
 暑い暑い、殆どの教師や生徒は帰郷しているし、こうなれば水浴びでもしようかしらと思った所に。

「いぃやぁーーー!!」

 と階下から大きな悲鳴が聞こえてきた。
 何事かとキュルケとタバサは顔をあわせ、飛び上がるように立ち上がってタバサの部屋を出る。





「何って作るって、ナニでしょうねぇ」

 階下の部屋、モンモランシーの部屋ではギーシュがモンモランシーに殴られていた。

「いい加減にしてよ! 最近ちょっと変わったと思ったら、またこれだもの!」
「やましい事なんて一切無いよ! ちょっとモンモランシーが暑そうだなぁと思っただけだよ!」
「一言目にやましい事が無いって言うのが怪しいのよ! もう! これなら残るんじゃなかったわ!」
「誤解だ! 誤解だよモンモランシー!」

 どたばた、若い男女が暑い部屋で何やってるやら。

「いや、まぁいいけどね。 ヤるのは良いけどあんまり大声出さないで欲しいのよ、暑くなるから」
「何もしないわよ! って何勝手に入って来てるのよ!」

 モンモランシーが顔を赤くして反論する。

「そう思うなら大きな悲鳴を上げないでくれる? 何事かと思ったじゃないの」
「そ、そんなに大きかったかしら……」
「いぃやぁー! って。 無理やりするのは良くないわよ、ギーシュ」

 それを聞いたギーシュが真顔になり。

「いやだなぁ、君達。 何か勘違いをしているようだね、僕達は新しいポーションを開発してただけだよ」

 フッ、とバラを手に持ち前髪をかき上げる。
 ナニをしようとしていたのかしっかりキュルケは理解しており、ギーシュの言い訳など耳に入ってなかった。

「……寮にいても男女の営みしか無さそうだし、どこか行きましょうか」
「何よ、男女の営みって!」
「ナニよ、直接言って欲しいの?」
「んなわけないでしょ!」
「あー、あっついわねぇ……」

 モンモランシーの癇癪を聞かずに胸元のシャツを指先でつまんでパタパタ、あざとくギーシュがそれを視界に納め、それに気が付いたモンモランシーがギーシュを叩くと言う何時も通りの展開となっていた。
 そんな代わり映えのしない二人をほったらかし、キュルケとタバサはモンモランシーの部屋から出る。

「タバサァ、さっきの冷風もう一度お願い」
「……無限じゃない」

 数回ならば良いが、数十回となると中々の精神力を使う事になる。
 今日だけで既に10回近い、最近のも含めると結構な数。
 精神力の上限は勿論個人差があり、回復量も個人差がある。
 少なくとも一日で全快などまずありえない、……任務もある、精神力の使いすぎはメイジにとって致命的な問題。

「そんなに使わせてたかしら……、暑いけど我慢しましょうか」

 キュルケのそんな呟きを聞きながらも、タバサは冷風を送る。
 結局は冷風を送ってくれるタバサを見て、キュルケは笑みを浮かべた。

「魔法にばっかり頼るのも問題があるわねぇ、やっぱり出かけて涼みましょうか」

 とタバサの答えを聞かず歩き出す。
 そんなキュルケに内心にも不快を表さずに付いていくタバサ。
 以心伝心に近い、正しく親友といった表現が似合う仲であった。





 モンモランシーの部屋を後にし、タバサの部屋に戻ってきた二人。
 出かける事が決まった、じゃあどこに行こうという話。
 移動手段として馬より断然早いシルフィードが居るから、王都へ行ったとしても日が落ちる前に学院に戻ってこれる。

「んー、行くとしたら……」

 答えなど最初から決まっている。

「トリスタニアしかないわよねぇ……」

 この国で一番華やかなのは、王都トリスタニアしかない。
 退屈を潰せる場所なんて、大きな街くらいしかない。
 その大きな街などは、やはりトリスタニアだけしかない。
 だから行くのはトリスタニア。

「それじゃあ行きましょうか」

 タバサが窓の近くで口笛を吹けば、数秒でタバサの使い魔のシルフィードが飛んでくる。
 二人は窓枠から身を乗り出して飛び降り、シルフィードの背に乗って王都トリスタニアへと向かった。





 漫才をしているギーシュとモンモランシーは放って置いて、キュルケとタバサはシルフィードに乗って王都トリスタニアまで一直線。
 夕暮れ成りかけに街へと入る二人、基本的な目的は冷涼、その次に暇つぶし。

「いい所ないかしらねぇ」

 こう色々と楽しめそうな所が、とキュルケは言うが心当たりなど無いタバサ。
 キュルケももちろん無いから呟いているんだろう、分からないなら……。

「ねぇちょっと、ここら辺で楽しめそうな飲食店って無いかしら?」
「なんだぁ? 邪魔す……き、貴族!?」

 と道すがら知らないかと聞く、言い止められた男は一瞬だけキュルケの美貌にいやらしい表情を浮かべたが、羽織るマントを見てすぐに表情を変えた。

「知ってるの? 知らないの? さっさと答えなさい」
「こ、ここら辺でしたら魅惑の妖精亭が一番かと……」

 途端に畏まった男が弱弱しくその店の名を言った。
 それを聞いたキュルケはそう、と踵を返して歩き出そうとすれば。

「ああ、忘れてたわ」

 とキュルケがまた振り返り、男はビクリと震える。

「大事なことだったわ、魅惑の妖精亭はどっちにあるの?」
「向こうの裏通りに……」
「本当にそこは楽しめるかしら?」
「時折貴族の方々もいらっしゃってるようですから……」
「そう、それなら少しくらいは楽しめそうかしら」

 スカートのポケットからある物を取り出して、男へと放る。
 キュルケから投げられたそれをあわてて受け取り、自分の手のひらを見ると金貨が一枚。

「そういえばルイズはどこ行ったのかしらね、他のみんなと同じで帰省かしら?」
「分からない」

 そう話すキュルケとタバサの後姿を見て、ただ男は呆っと突っ立っていただけだった。





「魅惑の妖精、ねぇ。 名前負けしてなきゃいいんだけど」

 貴族も行く位の店だ、それなりには楽しめるであろうと考えるキュルケ。
 楽しめなかったらそれはそれで問題がある、もうすぐ日は完全に落ちてしまうから。
 夜の帳が下りてからも良い店を探し回るのは面倒臭い、出来れば魅惑の妖精亭が満足行く店であって欲しいと言うのがキュルケの気持ち。

「で、ここどこなの?」
「分からない」

 男の言っていた通り、裏通りに入っては見たものの、それっぽい店が見当たらない。
 まぁ迷ったのかもしれない、と暢気にも考える。

「表通りに戻って聞きなおしましょうか」

 目的地が分からないのに延々と歩き回るのは馬鹿でしかない、再度聞きなおすか誰かに案内させたほうが断然早い。
 そうしようと手前にあった十字路から左右を確認すれば。

「……あれかしら」

 右見て左、200メイルほど先には居酒屋らしき店。
 その店の前できわどい、キュルケからすればそれほどじゃない衣服を身に着けて呼び込みをしている女の子が数人。
 振り返ったキュルケはタバサに視線を合わせ。

「あそこで良いかしら?」

 と聞けば、タバサはその店を見ずに頷く。

「じゃあ行きま……」

 しょう、と言おうとして止まった。
 何かを見てキュルケは止まり、その状態から数秒して動き出す。
 半ば呆然としていたキュルケは一歩引き、タバサに顔を向けて、曲がり角を指差した。

「……ねぇタバサ、あれって見た事がないかしら?」
「?」

 指を指された曲がり角、従って覗いてみれば。

「……ある」

 と、タバサは簡潔に答える。

「やっぱりねぇ、何であんな事してるのかしら」

 曲がり角、魅惑の妖精亭側からは見えない位置でキュルケは顎に手を掛け首を傾げる。
 二人、キュルケとタバサが見たのは魅惑の妖精亭前でお客を呼び込む女の子たち。
 その中に、頭一つほど小さいピンクブロンドを見つけたのだ。

『なぜ貴族である彼女が、平民に混じってあのような事をしているのか』

 そう考えて思いつくのがアルビオンの事。
 あの時は王宮、さらには今の女王陛下との話もあったし。
 今回も何かやっているのかしらねぇ、と考える。
 『変人』、学院で言えばミスタ・コルベールがその呼び方で挙げられるが、ルイズも負けず劣らず別方向で変人と言われている。
 魔法が使えず……、これはこの前分かったから違うけど、貴族でありながら平民に媚びている、とか陰口で言われている。

 普通逆でしょう? 平民が貴族の怒りを買わぬよう媚びる。
 トリステインだけじゃなくてもガリアやロマリア、ゲルマニア、その他の小国でも変わらない。
 その構図が逆になって何になるのか、平民から人気を得られるかもしれないが、それがどう役立つのか分からない。
 それこそ他に貴族と親しくして繋がりを持っていたほうが遥かに役立つのに。

「……考えても無駄そうね」

 考えを止める、深い事考えても推測だけに終わるだろうし、直接ルイズに会ってからかうの方が有益に感じる。
 むしろそうしてどう言った反応を返すか、そっちを考えるほうが遥かに楽しく思えるキュルケだった。
 タバサはタバサで、客を呼び込んでいるルイズをじーっと見るだけ。

「行きましょうか」

 タバサは頷く。
 これは行くしかない、行かねばなるまい。





 その時タバサは気づいた、キュルケの笑みに。
 30サント近くの身長差がある二人、キュルケを見上げるタバサは満面の笑みを見た。
 基本的に冷ややかなキュルケ、怒ったり悲しんだりする表情はまったくと言って良いほど見せないのに。
 事ルイズが関われば面白そうな笑みを浮かべるのだ、もちろん怒ったり悲しんだりもする。
 キュルケがここまで他人に関心を寄せるのは珍しい、事情を知る前から私にも関心を寄せているのも良く分からないけど。



 そんなキュルケと出会ったのはトリステイン魔法学院、フェオの月ヘイムダルの週、ラーグの曜日であった。
 その日は入学式、壇上で簡素ながらも立派な言葉で話している学院長。
 一応耳に入れながらも私はただ知識を深め、魔法を効率的に運用するために本を読み続けていた。
 そんな、いわゆる勉強を邪魔したのが背の高い、燃えるような赤い髪の女性。

「貴女、これがどう言うのか理解してるの?」

 そう言いながら赤い髪の女性、キュルケは読んでいた本を奪った。
 なら貴女は理解できない本を読むと言うの? 理解しているからこそ読むと言うのに。
 そんな事はおくびにも出さず、取られた本へと手を伸ばす。

「無言じゃ分からないじゃないの、その口は何のためにあるの?」

 その伸ばした手を、キュルケはさっと避けた。

「……返して」
「この本の中身、理解してるの?」
「……してる」
「じゃあこの『気象中に高速で風を回転させれば何が起こるのか』と言うの分かる?」
「氷ができる」

 科学的に言えば凝結と言われる、水蒸気と言う気体から、氷と言う固体に相転移する現象。
 科学的に証明されていない事、証明できるほど科学が進んでいないためにタバサも知らない事ではあったが。
 ほぼ全ての人間が水を冷やせば氷になる、ハルケギニアではその程度の認識だけで十分だった。

「……じゃあこっ──」
「ほっほっほ、勤勉さは評価に値するがの。 今は式の途中じゃて、もう少し静かにしてくれると助かるのぉ」

 上から聞こえてくる声に、キュルケとタバサは同時に視線を上へと向けた。
 フライで浮き上がるオスマンが二人を見下ろして、にっこりと笑みを作っていた。

「あら、申し訳ありません。 随分と退屈な話でしたので」
「つまらぬしちと長すぎたかの、今度からはもう少し簡潔にしておこう」

 慇懃無礼、敬意を払うべき学院長に平然とそう言って退けたキュルケ。
 一方オスマンは大して気にした風ではなく、また笑いながら戻っていく。
 この時、タバサはキュルケの事を少しだけ見直した。
 トリステイン王国にあるトリステイン魔法学院の学院長を勤めるのは『オールド・オスマン』。
 他人の事などどうでも良いタバサでも知る高名なメイジ、普通なら萎縮してもおかしくは無い相手だと言うのにこの物言い。
 豪胆なのか、それともただオールド・オスマンの事を知らないだけなのか。

「……ああ、そう言えば貴女の名前は? 私は『キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー』、トリステインの隣国ゲルマニアの出身よ」
「タバサ」
「……タバサ? 随分と可笑しな名前ね! まるで人形の名前じゃない」

 そう言われて自然と視線が鋭くなる。
 知らぬが故の言葉、だが知らぬからと言って馬鹿にして良いものではない。
 ましてはこの名前は楔、外れぬよう食い込むよう忘れぬよう鎖と繋がる大事な名前。
 僅かばかりに殺意さえ込められた視線を、キュルケはただ笑い気が付いていなかった。
 見直したばかりなのに『どうでも良い相手』へとすぐに落ちる、いい加減無視して本を取り返そうとすれば。

「随分と失礼ね、貴女」

 見かねたのか、笑うキュルケを咎める声が一つ、割って入ってきた。
 その声の主はタバサより10サントほど背の高い、ピンクブロンドの長い髪を持つ少女だった。

「ああ、色欲に狂ったフォン・ツェルプストーなら仕様が無いのかしら」
「なんですって?」
「あら? 理解できないの? 色好みし過ぎて頭が沸いちゃってるの? なら教えてあげましょうか」

 思い切り侮辱されていると理解したキュルケの表情が険しくなった。
 そうして見るからに嘲笑を浮かべるピンクブロンドの少女。
 気に障ったのだろう、特大の侮辱をたたき付けた。

「フォン・ツェルプストーが馬鹿にした名前が、この子にとって大事な名前だったらどうするの? 譲れないものだったらどうするの? 馬鹿にされた貴女ならどうする?」

 ……核心を突く、こちらの事情を知っているかのように。
 視線を向けて警戒する、想像通りに私の事情を知っていて近づいてきた理由を考える。

「お互い初対面なのでしょう? 年を一緒に過ごした友人なら笑って済ませられる話だけど、初見の相手を馬鹿にするなんて貴族の心構え以前の問題だと思わない?」

 視線が鋭くなっているキュルケ、反撃とばかりに口を開いた。

「そう言う貴女はどうなのかしら? 少なくとも私は貴女の事を知らないし、今貴女が言ったように初対面の相手を馬鹿にしてるじゃありませんこと?」
「聞いた事無いかしら? 礼儀を知らぬ者に返す礼儀はないって、ねぇ?」

 ピンクブロンドの少女はこちらを見て微笑んだ。

「……それは確かにね。 謝るわ、ごめんなさいタバサ」
「……いい」

 ピンクブロンドの少女から顔を逸らし、取られた本を返してもらう。

「ふぅん、そこら辺の貴族のような馬鹿じゃないようね」
「ふん、こちらに非があるなら認めるし謝罪もするわ」
「そこは認められるわね」

 不敵に笑うピンクブロンドの少女と、それを見て顔をしかめるキュルケ。

「私の名前は聞いていたわね? 貴女の名前、聞きましょうか」
「『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』ですわ。 よろしくね、お隣さん」 
「ラ・ヴァリエール……、道理で気に障ること」
「あら、私は嫌いじゃないのに」
「嫌っているような言い方にしか聞こえなかったわね」
「さっきみたいな礼儀無しは嫌いなのよ」

 やはり変わらず、ルイズと名乗った笑う少女に、面白くなさそうに腕を組んだキュルケ。
 その間に、どうでもいいと考える私が居た。
 この時が初めてだった、私とキュルケと、何れ来る出来事を手中に収めるルイズの3人が並び立ったのは。





 入学した一年生、毎年90人前後の貴族の子弟がソーン、イル、シゲルの三つのクラスに振り分けられる。
 私とキュルケはソーンのクラスに、ルイズはイルのクラスへと配属される。
 尤もそんな事などどうでも良かった、どこに属しても黙々と勉強に励むだけ。
 周りが幾ら騒ごうと干渉する意味が無いし、する暇も無い。

 だからだろう、クラスの構図がどのように変化していたかなど知る由もなく。
 だれか知らぬ、両親と私を馬鹿にした男子生徒へ魔法の教授をしたり、キュルケと決闘する破目になったなったのは。
 
 事の次第はキュルケの性格と美貌から始まる。
 本人にその気が無くとも……、今思えばあったのだろうけどキュルケの美貌に引っかかった男子生徒たちと、その男子生徒たちを慕う女子生徒がそれに嫉妬したのが始まり。
 初めは新入生歓迎舞踏会、上級生が会場を飾りつけ、主催として立ち振る舞う。
 そうして様々な料理が並んでいた。

「………」

 パーティなどよりよっぽど興味が持てる料理を見て、すぐにでもタバサはテーブルの前に着き料理を食べ始めた。
 スプーンとフォーク、それらを武器として並べられた豪勢な料理に突きつける。
 切り分け戦利品として皿の上に置いた料理にフォークで刺し、口の中へと入れて止めを刺す。
 もぐもぐと、周りのざわめきを無視して食べ続け、ダンスなど一度もせずに新入生歓迎舞踏会は終わった。

 次の日、教室で本を読んでいれば隣の席にキュルケが座り、読んでいた本を取り上げられた。
 またか、などと思いながらも本を取り上げたキュルケを見る。

「昨日のあれ、貴女の仕業?」

 昨日のあれ、とは何の事か。
 昨日あった出来事と言えば新入生歓迎舞踏会くらい、その時に何かあったのだろうか。
 とりあえず首を横に振っておく、周囲を無視して料理を食べ続けていただけなのに、昨日のあれなどと言われても訳が分からない。
 それを見たキュルケはポケットから一枚の布切れをタバサへと放った。

「昨日ね、私のドレスが魔法で切り裂かれたのよ。 しかも会場の真ん中でね」
「知らない」

 見た事も聞いた事も無い、どうでも良いことに意識を向ける意味など無い。
 御愁傷様としか言えない、大方誰かがキュルケに恥を掛かせ、私に罪を擦り付けようとしたのだろう。
 日ごろのキュルケの言動からすれば自業自得としか思えない。

「復讐? この前の謝っただけじゃ足りなかったのね」

 そう言いながらこっちを見つめてくる。

「……この落とし前、しっかりつけるから覚えておきなさい」

 教室中の生徒に聞こえる声で、キュルケは言い自分の席へと戻っていく。
 その意味、それはすぐに分かる事になった。



 この日の授業が全て終わり、放課後自室に戻る廊下でふと気が付く。

「………」

 扉が開いている、自分の部屋の扉が僅かながら開いている。
 ロックを掛け忘れた、でも出る時は確りと閉めたはず。
 ドアノブに手を掛け、ゆっくりとドアノブを引けば。

「………」

 まずは嗅覚に干渉してくる、開けるなり臭ってくる何かが燃えたような臭い。
 次に視覚に干渉してくる、黒焦げの『本棚』。
 位置的に見て間違いない、焼け残った本も床に散乱していた。
 ドアを閉めてしゃがみ、それを手に取る。

「………」

 僅かながら唇をかむ、焼き焦げた本棚に収めていた書物。
 その中にはまだ目を通していないものがいくつもあった、さらには金貨を積まなければ手に入らない貴重な書物もあった。

「………」

 これは言う通りに付けなければならない、落とし前を。
 室内を灯すカンテラの光、ベッドの上に置かれた赤い髪の毛を風で窓の外へと運んだ。



 夕食も終わり、腹もこなれてきた時間。
 日はとうに落ちて、双月が天高く上りその存在を主張していた。
 時間的には十二分におあつらえ向き、『落とし前』をつけるには教師たちが寝静まっている今が良い。
 そうして父の形見である大きな杖を持って部屋を出る、目的地は隣の部屋。

「こんな夜更けに誰よ」
「落とし前」

 ドアをノックすればキュルケの声、一言掛ける声の意味をすぐ理解したのだろう。
 少しだけ軋む音を出したドアが開かれた。
 ドアの向こうから現れたのは、笑みを浮かべたキュルケ。

「それじゃあ行きましょうか」

 たわわな胸の谷間から杖を取り出し、タバサに先んじて歩き出した。
 場所も時間も聞くことは無い、『今』が落とし前をつける時。
 だから先立って歩くキュルケの後を付いて行く。
 そうして着いたのはヴェストリの広場、昼間でも人気がない場所に、夜中にある筈も無くキュルケとタバサの二つの存在しか居なかった。

「落とし前をつけるにはもってこいの時間に場所ね、ここなら多少騒いでも誰も来ないわ」
「………」
「それじゃあ、始めましょうか」

 皮切り、言い終えると同時に二人は杖を振るう。
 しかし同時でありながらキュルケの魔法が早かった。
 キュルケの家系は軍人家系、何代も続く家系のほぼ全てのメイジが軍人としての教育を受けている。
 キュルケも例に漏れず、丁寧かつ素早い詠唱を叩き込まれており、ほぼ独学で魔法を鍛え上げてきたタバサと差を付けていた。

「……へぇ、やるじゃない」

 キュルケの杖先から放たれたのは巨大な火球、2メイルを超える火球が、当たれば火傷で済まない威力でタバサへと邁進。
 タバサは先に撃たれると判断し、飛び退きながら素早く魔法を切り替えて詠唱、大気の水蒸気を集め凍らせ、分厚い氷の壁を作り出す。
 炎と氷のぶつかり合い、ジュッと氷が一気に蒸発する音と共に火球と氷壁が弾け消え去る。
 次はこちらの番と言わんばかりにタバサが杖を振り、瞬時にキュルケの周囲を囲む氷の矢。
 装填完了、囲む氷の矢先に向けて一斉に放たれた。

「………」

 全方位を囲まれても飄々と、問題ないと言わんばかりにキュルケは杖を振る。
 それは炎の羽衣とでも言えばいいのか、キュルケの体に巻きつくかのように炎が舞い踊る。
 殺到する氷の矢を炎の衣が撫で、悉く溶かし尽くした。
 どちらも見事、瞬時に作り出し前後左右上と悉く退路を防ぐ配置の氷の矢、衣服を僅かにも燃やさずに全身を覆う意のままに動く炎。
 メイジとして高いと言わざるを得ない技術を、二人は容赦なく振るった。

「……うーん、自信有ったのだけど」
「……同じく」

 どちらもだ、怠惰に耽るそこ等の貴族より別格だと言う自信はあった。
 現に二人とも高い技術を持ち合わせ、一瞬の判断、最善を下せる思考もある。
 だから二人ともこうなるとは思っていなかった、一撃で決着がつくと思っていた。
 ある意味間違っては居ない、間違いなく一撃で決着がついたのだから。

「ごめんなさいね、頭でっかちな子供だと思ってたわ」
「こっちも、頭の悪い好色家だと」

 お互いどっちもどっちな感想、言動を見ていたらそう取られてもおかしくは無かった。

「それで、そっちは何されたの?」
「本が焼かれた、貴重な物もあった」
「あらま、結構値が張ったりする?」
「する」
「それじゃあ『落とし前』をつけさせなくちゃね」

 キュルケの杖先から光、『ライト』を唱え、いくつかの明るい光が空へとあがる。
 太陽の光ほどではない、半分ぐらいの明るさになっただろう、その光に照らされ影が伸びた者がいくつも。
 その中で、キュルケは一人見初めてその下へ歩く。

「ごきげんよう、ミスタ・ヴィリエ。 この様な夜更けに、この様な場所で何を?」
「い、いや、散歩をだね!」
「まぁ、月夜に散歩なんてなかなか高尚なご趣味ですこと」

 明らかに自分たちを超えた力量を見せられ、悲鳴を上げながら、蜘蛛の子が散ったように逃げ出すがタバサが杖を振る。
 瞬間、風がうねりロープとなって逃げ出したものたちの足に絡みついた。
 バタバタと倒れ、匍匐全身で逃げようとする輩も居たが、もれなく全身を縛って動けなくする。

「ミスタ・ヴィリエ、話したい事があるから少しよろしくて?」
「も、もう寝る時間だから寝ないと!」
「そんなにお時間は取らせませんわ」

 ヴィリエとキュルケが呼んだ男子生徒が「ヒィ!?」とキュルケの顔を見て悲鳴を上げた。

「貴方達でしょう? 私のドレスを切り裂いたり、タバサの本棚を焼いたのは」

 そう切り出す前から笑顔など消え失せていた。

「な、何を証拠に!?」
「知らないのかしら、私たちのレベルになると魔法のオーラって言うのかしら、そう言うのが分かるのよ」
「そ、それは君たちにしか分からないものなんじゃないのかな!?」
「そんなわけ無いでしょう、ここの教師の誰もに聞いたって分かるって答えるわよ」
「そんな……、僕じゃない!」
「言葉より行動で証明してもらおうかしら、そうねぇ……。 とりあえず『つむじ風』でも起こしてもらいましょうか」
「う……」
「タバサ」

 タバサが頷いてヴィリエの拘束を解く。

「さぁ、違うと言うなら貴方のつむじ風を見せて御覧なさい」

 キュルケが杖先をヴィリエに向ける、向けられてヴィリエはくぐもった声を漏らした。

「どうしたの? 貴方じゃないんでしょう? なら見せられるわよね」
「い、いやぁ……、杖は部屋に置いてきてね……」
「なら取りに行きましょうか、部屋に杖を取りに戻ってつむじ風を見せる、これで晴れて無罪の証明なんだから簡単よね」
「うぐぐ……」
「どうしたの? その足に絡んでいた風のロープはもう外れているわよ?」

 さっさと立て、立って杖を取って来いとキュルケは言っている。

「ほら、早くお立ちなさい。 それとも……」

 キュルケの杖先から炎があふれ出て、ヴィリエの周囲を焦がした。

「無理やり立たせて欲しいのかしら?」
「ヒィ! ヒィィィ!!」

 立ち上がり逃げ出したヴィリエに火の玉を打ち出す。
 絶妙なコントロールであぶり、周囲で慄いていた生徒にも炎をお見舞いしていた。





「まったく、立ち向かう根性すらないんだったら大人しくしてればいいのに」

 この広場でキュルケとタバサの決闘を覗き見していた者たち全員縛り上げ、火の塔の出っ張りに引っ掛けて逆さまにぶら下げた。
 杖無しの状態で、20メイルはある高さから逆さにぶら下げられる。
 泣け叫ぶ者が居れば、あまりの高さに気絶している者も居た。
 キュルケからすればそれ位後悔してもらわないと溜飲が下がらなかったりする。
 笑みを作りぶら下がった者たちを見ていれば、タバサが杖を向けてきた。

「演技」
「フフ、そうよ、あぶりだす為の演技」

 誰が犯人かなど最初の方で気が付いていた、正確に言えば気が付かされた。
 ヴィリエが杖を振る怪しい影を見たと言ってキュルケとデートの約束を取り付けた後、間髪入れずルイズがやってきたのだった。

『風邪引くわよ』

 そう笑いながらだ。
 カチンと頭に来たが、すぐに頭を冷やして答える。

『こんな季節に風邪なんて引かないわ、ただ涼しくなった位よ』
『暑がりそうだものね、キュルケは』

 さらに笑みを深めて言うルイズ。

『で、貴女も笑いに来たの?』
『もう笑ってるわよ』

 声を漏らしながら隣のソファに座るルイズ。

『うるさいわね、それじゃあもう用は済んだでしょ』
『本命は別にあるわよ』
『……何よ』
『キュルケのドレスを切り裂いた犯人を知りたくないかしらって、思ってね』
『予想は付いてるわよ』
『あらそう? まさか杖を持っていない人を犯人だ、なんて言わないわよねぇ』
『何よそれ』

 フフフと笑いながらもルイズは立ち上がる。

『よーく見ておきなさいよ』

 それだけ言って立ち去った。
 それが第一因、キュルケの視線に僅かながらタバサの姿を捉えていた。
 黙々とテーブルに向かって料理を食べている姿が見えた。
 他の事などどうでも良いと言わんばかりに、誰かに声を掛けられようと無視して。
 ひたすら何かに取り付かれたかのように料理を食べていたのが見えてしまった。

『なるほど……』

 魔法を行使するには杖が必要だ、ヴィリエが言う犯人は『青髪の小さな女の子』。
 該当するタバサは見た所杖は持っていないし、食事に集中している様子。
 この時点では容疑者の一人でしかなかった、だけどタバサと会う毎に犯人である可能性が薄れていく。
 タバサが使う杖は『2メイルを超える大きな杖』、舞踏会には杖を持って来ていなかったし。
 決闘が始まって魔法の打ち合いを始めれば、完全に犯人ではないと分かった。

「恨み辛みなんて馬鹿みたいに買ってるわ、だからこそ分かるものもあるのよ」

 決闘は最終的な確認、タバサが犯人ではないと確かめる物でしかなかったけど。

「さっさと吐かせておけばよかったわね」





 そうしておけば貴女の本が燃えずに済んだのに、とキュルケが呟く。

「でもまあ、本ばかりじゃ分からない事も沢山在るわよ」
「……例えば」
「あるじゃないの」

 そう言ってキュルケは私の胸を指した。

「喜び、怒り、悲しみ、楽しみ。 恋だって愛しさだって、知識を欲しがる好奇心だって『心』から出るものじゃなくて?」
「………」
「本だけで全部理解できるなら、多分色んなものがつまらなくなるわよ」

 だから友達になってあげるわ、そうすればもっと広がると思うけどね。

 そう言われて、暖かい何かがタバサの『心』に吹き込まれた。
 タバサに成ってから、そう言われたのは初めてだった、それ以前と言えば一度だけ。
 でも誰に言われたのか覚えていない、顔も声も名前さえも覚えては居ない。
 だけど覚えている、『友達になりましょう』と言われたのを。
 あれは、誰だったか、あの湖で、手を握って……。

「……タバサ?」

 不思議そうな顔で、キュルケが覗き込んでくる。

「……友達」

 覚えていないのは、覚えている必要が無いからだろう。
 思い出すのをやめて、キュルケに返した。

「それじゃあ一杯やらない? 少し位は飲めるでしょう?」

 頷いて歩き出す、ぶら下げた者たちを置き去りにして。



[4708] 友情の 38話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/02/12 04:46
「一役買ってるのなら感謝の一つ位くれても良いんじゃない?」
「あら? 確かにルイズの一言は聞いたけど、最初っから誰が犯人なのか分かってたわよ」
「まさか、そっちじゃないわよ」

 魅惑の妖精亭の一角にあるテーブルに三人が座っていた。
 キュルケとタバサが堂々と魅惑の妖精亭前に現れれば、ルイズは普通に笑顔で二人を出迎えた。
 その笑顔を見て残念そうなキュルケと、どうでもいいと無表情なタバサ。
 おいでおいでと誘われるまま、元から入るつもりであったから間違いだが、二人は魅惑の妖精亭に入った。

「それで、また危ない事してるわけ?」
「社会見学よ」
「説得力ないわねぇ、この前のアルビオンの延長だとか言った方がまだましよ」
「じゃあそういう事にしておけば良いじゃない」
「しゅひぎむって奴? 流行らないわよ」
「流行り廃りの問題じゃないわよ」

 最新の流行語が『守秘義務』、なんだそら。
 お国の上層部しか扱わない、いわゆる機密情報が流行どうこうで公開とかそんな国滅ぶだろ。















タイトル「食事は楽しくしましょう、一人で食べると寂しいよ」















「それで、ご注文は何になさいます?」

 と軽く笑みを作って仕事中だとアピール。

「そうねぇ、とりあえず全部かしら」

 キュルケは持っていたメニュー表をテーブルに放り投げながら言う。

「手持ちは?」
「あら、ルイズ持ちに決まっているでしょう?」
「お客様、ここはお金を払って飲食する場ですの」

 奢らせようったってそうは行かない、全品とか合計1000エキュー超えるんですけど。

「奢らないわよ」
「ほかの生徒が押しかけてもいいの?」
「店が繁盛するからいいわよ、どんどん呼んでくださいな」
「ケチねぇ」
「使う所を弁えてるって言って頂戴、それにツケにしても払えない代金になるんだからやめてよね」
「御いくら?」
「自分で数えなさいよ」

 メニュー表を取ってキュルケへと差し出す。
 その開いたメニュー表のワインの項目、三桁のエキュー金貨が必要な値段が何行も並んでいる。
 金額に驚いたのか、少々眉を潜めて問いただす。

「……ここって平民用じゃないの?」
「ごくたまにだけど貴族も来るからね、安いだけの置いておくと五月蠅いもの」

 と言っても収めている金額三桁ワインの本数は全て一本や二本、高くて何本も置いておけないよ。
 あれだ、安いワインを『これ○○産の有名なワインです』って言って出したらどうなるんだろう。
 自称グルメ(笑)な貴族は鵜呑みにして美味いと言うのだろうか、……なんかそういうのがテレビであった様な。
 
「……してんのよ、早く注文取りなさいよ」
「ん? ああ、忘れてた」

 もう一回注文よろしく、と言って注文を聞く。

「……あのねぇ、友達とは言えこっちは客なのよ?」
「………」
「ルイズ?」
「……あー、そうね」
「ちょっと、どうしたのよ」

 多分嫌われては居ない、と思ってたけどまさか正面から友達認定が出るとは。

「ちょっと驚いただけよ」
「……? 何によ」

 その問いにキュルケへと人差し指を向ける。

「面と向かって友達なんて言われると思ってなかったから」

 今のように面と向かって言うような性格じゃなかった気がする。
 個人的にはそういう感じがしない、特定の人物には温かさを向けるが、そうでない者には冷たい。
 そうだとしたら俺は特定の人物に含まれるということだろう、これもまた関わったせいで違ってきている部分なんだろう。
 こうやって友達と言われるのは微妙な気分だ、単純に嬉しいと言う気持ちと変わってしまった事への不安が混ざってね。

「……失礼ね、今までどう言う目で見てたのよ」
「自己中心的でわがまま、男を取っ換え引っ換えの尻軽女」
「喧嘩売ってる?」
「はいはい、美味しいワイン一本奢ってあげるから。 ああ、あと友達にはすごく優しいわよね」

 笑みを作りながら立ち上がり、最後の一言で顔色を変えるキュルケを見て厨房へと戻る。

「これもありなのかしらね……」

 変えて良かったと思える事があるのだろうか、いずれそう思える時が来るんだろうか。
 溜息をつきながら厨房の両開きドアを開け中に入る。

「オルエニール産のワインを一本」

 人差し指を立てて奢るワインの名を口にする。
 ここのワインは値段の割に味が良い、俺好みの味だけどお薦め出来る。

「ありがとう」

 一分程待てば小樽に入った冷えたワインを、厨房の人が持ってきてカウンターに置かれる。
 それを手に取りゴシゴシと汚れた皿を洗うサイトに視線をやって、すぐに厨房を出る。
 ドアの向こうに広がるフロア、その視線の先には……。

「居ないじゃん……」

 キュルケとタバサが座っていたテーブル、二人の姿は見えない。
 とりあえずそのテーブルに向かい、上にワインを置く。
 椅子に座っていないのは何故か、周囲がいつものざわめきとは違うのは何故か。
 そして外から悲鳴と轟音が聞こえてくるのは何故か。

「そう言うのも有った気がするわね」

 数分、二分掛かったかどうかの間に騒動が起こり、決闘に到るまでになった。
 で、今外でその決闘が行われてると言うところか。
 進行早すぎるだろ……。
 しょうがないので足を向け、店の外に出てみれば。

「グアッ!?」

 三人のメイジが水平に吹っ飛んでいた。

「終わり」

 そう宣言して、杖で音を鳴らすように石畳に着く。

「本当に口程でも無いわね」
「キュルケもやったの?」
「いいえ」

 まぁタバサの一撃で三人とも吹っ飛んだから当たり前か。
 キュルケだったら吹っ飛ばされず服が燃え尽きただろうなー。

「あんなの相手にしてないで」

 心配になってくる、キュルケとタバサではなくて。
 士官、トリステインの軍人、前線で戦う部隊に命を出して率いる貴族。
 職業軍人かは知らないが、軍人であるからに戦う事を第一とした貴族であると言うのにこれだからな。
 三体一で一方的にやられるなんて……。

「ああ、先手でも譲ってもらった?」
「タバサがやるって言うから任せたのに、子供のメイジだからって先手を譲ってきたんだから」
「舐めてるわね、その結果があれだから笑い話にもなりはしないわ」

 国のために戦うってならもっと頑張れよ、戦争の機運高まってるんだからさぁ。
 見下すなんて以ての外だろ、まぁ相手がタバサだからしょうが無いような気もするけど。
 スクウェア目前のイチオシメイジのタバサちゃんは、風属性メイジの中で中々の才能を保持している。

「早く入りなさいよ、数で押さなきゃ駄目な奴らなんか放っておいて」
「そうね、まぁ何もしてないけどお腹空いちゃったわ」

 そう言って魅惑の妖精亭に入り直す二人。

「……無様をまた見せ付けに来るのね」

 起き上がって慌てて気絶している二人を抱え、逃げ出して行く軍人を見る。
 本当に不安だ、失笑すら出ないつまらないコメディを見ているような感じ。
 量で負けるなら質で勝負、とも行かないだろう……。
 他の国に比べてトリステインの軍はメイジの数が多い。
 それが悪いとは言わないが、魔法が使えるからと言って頭が切れて良い働きをする平民より、ただ魔法をぶっ放すだけしか出来ない貴族を優先したりしている。
 量で負けて質でも負ける、戦況を覆せるような将官も居ないと来たものだ、と言うか極悪な策を練れそうな奴が敵だからなぁ……。
 
「不安すぎる……」

 たしかあの逃げて行く軍人は、部隊を連れてまた戻ってきたような気がする。
 その時もう一度戦ったような気がするが、どうなったかは覚えていない。
 これはどうでも良い、本当に心配なのはアルビオン戦争でのサイトの安否だ。
 十中八九ジョゼフやヴィットーリオに目を付けられているだろう、奴らが原作とは違うどう言った介入をしてくるのかがものすごく不安だ。
 普通に搦め手とか怖すぎる、気が付いたら孤立とか普通に有りそうで怖い、もっと周りとか変わって関係を強化しとくべきか……。
 でもやり過ぎて全く違う展開とか、本当にどうしたらいいのかわからなくなるのも避けたい……。

「──っと、ルイズ!」
「……ああ? 何?」
「あんたどうしたのよ、さっきも呆っとしてたし疲れてるんじゃないの?」

 ……あーもー、考える事が多すぎて他の事に意識を向けてられない。

「かもしれないわね」

 確かに疲れているのかも知れない。
 日曜の朝にやってる魔法少女アニメっぽい衣装を来て可愛らしいポーズを決める無表情のタバサとか思いつくなど、かなり危ないかも知れない。
 店内からこちらを見ていた二人、そんな返事を返しながら妖精亭に入った。





 やる事が終われば一つ、魅惑の妖精亭は御食事処。
 つまりは食事を取る、たあいも無い話を三人、と言うかタバサは殆ど喋らないからほぼキュルケだけと話す。
 無論タバサにも話題を振るが首を縦に振るか横に降るか、それか「興味ない」の一言で終わる。
 普通ならタバサの態度に怒ったり呆れたりするだろうが、こうなってしまった事情を知っている為に簡単に流す。

「それで、前に言った他の属性も考えてみた?」

 話題を降った相手は火一辺倒のキュルケ、タバサのように風と水をかけあわせた魔法でも考えれば良いのにと思った訳で。

「要らないわよ」
「勿体無いわねぇ、色々使えそうなのに」
「例えば? そう言うんだから何か思いついてるんでしょ?」
「そうねぇ、ファイア・ストームとかどう?」
「風ねぇ、火との相性は良いでしょうけどね」

 キュルケと相性良くないのか。

「土は? 地面や空気を錬金で油に変えて燃やすとか」
「フーケのゴーレムを燃やした奴ね、出来ない事はないけどそんな遠くで錬金出来るわけじゃないし」
「媒介があればちょっとは距離を伸ばせるでしょうね」

 水は対極に位置するから使えないだろうな、水蒸気爆発とか使えそうなんだけど。

「うーん、タバサと一緒に居るなら合体魔法でも考えた方が良いかしら」
「あんなの無理でしょ」
「そうでも無いわよ、要はしっかりと理解してれば良いのよ」
「………」

 今まで興味なさそうだったタバサが、魔法関連の話になると耳を傾けてきた。

「ちょっと前に受けたヘクサゴン・スペルは、どう言う理屈で効果が跳ね上がるのか分かる?」

 それを聞いてキュルケは顎に手を添えて考える。
 首をかしげ、思いついた言葉を口にする。

「……上手く魔法に魔法を乗せてるから?」
「そういう事、相乗効果って奴でね、上手く噛み合えばいつも以上の効果を発揮するの」
「じゃああのスクウェアを超えるような水の竜巻は、噛み合った結果だってこと?」
「そうそう、まぁアレは四王家の特異な血筋じゃないと無理だけど」
「じゃあ無理じゃないの」
「そうでもないのよね、ロマリアにも似た様な合体魔法があるのよ。 血反吐を吐くような訓練の末に使えるようになるらしいけど」

 たしかロマリアの聖堂騎士隊が使えたはず、名称が有ったはずだが全く覚えていない。

「そっちの方が現実的だけどね、血反吐を吐くような訓練とかしたくないんだけど」
「そんな事わかってるわよ、合体魔法の例を上げただけでしょ」
「……使い方次第?」
「そう言う事」

 タバサの一言に微笑んで頷く。

「あれらは同時に使って効果を得られるって話よ、合体魔法の定義はなにも同時に使うだけじゃないって事よ」
「それが無理だから言ってるんじゃないの」
「……あのね、最初から無理だって決めつけて行動するのは小さい人間がすることよ?」
「常識的に考えれば無理じゃないの、そう考える貴女の方がおかしいのよ」
「それが小さい人間って事なのよ、世に言う天才は別方向からのアプローチを掛けるの」
「……どういう事よ」
「そうね、タバサは風寄りだけど水も使えるわよね?」

 首を縦に揺らしてタバサが頷く。

「そしてキュルケは火が得意、一見水と火は真逆で相性が悪いでしょ?」
「そうね、私はこれっぽっちも水が使えないわ」
「火は苦手」
「そう、そこが目の付けどころよ。 相性が悪く苦手とするからこそ反発が生まれる、それを利用するの」
「回りくどいわね、答えを先に言ったらどうなのよ」
「説明してあげた方がわかりやすいでしょ、絶対そっちの方が理解しやすいってば」
「同意」

 そう言ってタバサも頷いて同意、それを見たキュルケは肩を竦めながらも黙った。

「それじゃあここからが要点ね。 キュルケ、火に水を被せたらどうなると思う?」
「どうなるって、火が消えるでしょ」
「そうね、じゃあタバサ。 水に火を当てたらどうなる?」
「火が消える、あるいは水が蒸発する」
「何当たり前のこと聞いてるのよ」
「そうね、これは当たり前のことよ。 じゃあこれを過剰にしたらどうなると思う?」
「過剰?」
「そう、思いっきり過剰にしたらどういう事が起きると思う?」
「………」

 キュルケとタバサ、思い付かないのか黙りこくる。
 まぁ俺も詳しいことは説明出来ないからあれだけど。

「分からない? 正解を言いましょうか?」
「分からないわよ、火が消えたり水が蒸発したりするんじゃないの?」
「想像出来ない」

 あら? タバサは知ってそうと思ったんだけど。

「正解はね、『爆発』が起こるのよ」
「……貴女がいっつも起こしてるあの爆発?」
「少し違うけど、あんな爆発ね」

 正確に言えば衝撃波?

「水の塊に高熱の火を当てれば爆発が起こる……」
「詳しいことは私も分からないから説明出来ないわ。 身近……とは言えないけど、熱した油に水を落とせば結構爆発するわよ」
「つまりタバサが水の塊を作って、私がその水の塊に熱い火を当てればドカンって訳?」
「問題は絶対に起きるって訳じゃないって所かしら?」
「……これだけ長引かせておいて、使えないってどういう話よ」
「だから例だって言ってるでしょ、フーケのゴーレムを燃やした時の奴だってギーシュと協力したんでしょ?」
「ギーシュが花びら飛ばしてそれを油に錬金、その油を私が燃やしたのよ」
「ほら、合体魔法じゃないの。 つまりは1と1を合わせて答えを3や4にするのが合体魔法よ」

 ギーシュはドットメイジだから錬金はドットレベルだろうし、キュルケが火を付けた魔法だってドットレベルにさえ届くかどうか疑問の物じゃない?
 ドットとドット、1と1でフーケのバカでかいゴーレムを燃やし尽くしてトライアングルやスクウェアにも匹敵する効果を上げた。

「……確かに簡単だけどね……」

 納得行かないのか、中々渋い顔でキュルケが唸る。

「一人だけじゃすぐ限界が来る、だからこそ他の人と協力して効果と範囲を広げるの」

 ヘクサゴン・スペルや聖堂騎士隊が使う合体魔法、それは誰かと協力して使う魔法。
 どちらも個人の限界であるスクウェアを容易くしのぐ効果、王家の血であったり血反吐を吐くような訓練と言った厳しい条件をクリアしているからこその限界突破だ。
 俺が言ったのは相乗効果の足し算魔法、と言った所。
 勿論一人でも出来る話ではあるが、誰かと協力する事によって一人一つの魔法により集中と力を込められる。
 時間も短縮できて、精神力の消費を抑えることも出来る。

「一人の限界を超えて、より早く目標に辿りつけたりするのよ」

 そう思わない? と二人を見る。

「まぁね、あんなでっかい水の竜巻目の前で見てたら頷くしか無いわよ」
「………」

 キュルケは頷くが、タバサは頷かない。
 発した言葉の意図でも勘繰ったのか、声を出さないし頷きもしない。

「他にも一つ考えたんだけど、無理そうだからやめとく」

 と逸す為に話題を出した。

「どんなのよ?」
「ほら、水が雷を通すのは知ってるでしょ?」
「そうね、雨の日に近くに雷が落ちて痺れ死んだ人も居るそうね。 それじゃあライトニング・クラウドを水を通して相手に当てるわけね?」
「でも魔法で作り出した水は多分無理なのよねぇ」
「……? どういう事?」

 魔法で水を作る際、空気中の水蒸気を集めて水の塊を作るのだが、集めるのは水蒸気『だけ』。
 つまりは不純物が無い、電気を運ぶ物質が無い『純水』の状態で水の塊を集め作る。
 純水自体が完全に電気を通さないかはちょっと分からないが。
 例えば地面に魔法で作った大量の水を撒いておいて、その上を通りがかる人間を水に撃ち込んだライトニング・クラウドで感電させられるかがちょっと疑問。
 地面に撒いたら不純物を取り込むだろうけど、魔法で集めて作った水だし、魔法の効果が続いていて純水のままかもしれないと言う考え。

 昔魔法で作ってもらった水を飲んでみたが不味かった、それで判断するのはあれだけど多分魔法で作った水は純水だろう。
 もしかしたら完全に不純物が存在しない水なのかも知れない。

「ルイズ、それって綺麗な水が不味いって言ってるようなものよ?」

 科学的な言い方をしても分からないだろうから、わかりやすく掻い摘んで説明したらこう言われた。

「タバサ、今小さな水の塊を作れる?」

 じゃあ証明しようじゃないかと、タバサを見てお願いする。
 親指と人差し指で2サント程の隙間を作って大きさを伝えて、その指を見てタバサは頷き、小さく杖を降る。
 するとテーブルの上に丸い2サント程の水の塊が出来上がる。

「はいどうぞ、魔法で作った綺麗な水ですよー」

 浮く小さな水の塊がキュルケの口元へ移動する。
 その様子にキュルケは小さな笑みを作り、俺を見た。
 不味い筈が無い、そう思っているのだろうキュルケは水の塊を口に含んだ。

「………」

 口に含んで数秒、キュルケの顔から笑みが消えた。
 それを見て今度は俺が笑みを作る。

「舌ってのはね、色んなものを感じ取って、それを混ぜ合わせて『味』にするのよ。 混ざり物が無い水を飲んで美味しくないのは、舌が感じ取るものが無いからなの」
「……変なこと色々知ってるわね」
「伊達に筆記試験一位じゃないわ。 雷を通さないのは混ざり物が無いから、水自体が雷を通しているんじゃないのよ」

 まぁ逸れてるけど結局は試してみなきゃ分からない代物、実用に耐えうるか疑問な話だった。

「まぁ要はフーケのゴーレムを燃やしたようなやり方だと、少ない精神力で大きな効果が上げられるって話ね」

 待ち伏せで森丸ごと焼いて敵部隊の全滅とか狙えそう、四方八方からファイアボールとか撃つよりは精神力の消費を抑えられるだろうね。
 小賢しい……じゃない、頭のキレるメイジはこれ位簡単に思いつくだろうけど。
 こう言う効率的な魔法の運用方法を考えるのも、魔法が使えるメイジの特権じゃなかろうか。

「少しは為になる話だったわ、お酒のつまみになるくらいのね」

 そう言って開いたワインのボトルを指で持ち上げ揺らす。

「味は悪くないでしょう、そのワイン」
「ええ、料理にも結構合ってたわ」

 そうそう、貴族ってやたら『美味い料理には高いワイン』って風潮があるんだよな。
 料理に合うワインを選ぶってのがあんまり無い、ソムリエみたいなのが居ないからかね。
 キュルケが注文した料理は白身魚の香草焼、タバサが注文した料理は塩漬け鶏肉の包み焼き。
 出したワインは両方オルニエール産、キュルケには白、タバサには赤。
 確か肉には赤で魚には白だったはず、それに則って出してみたが良い評価をもらえたようだ。

「………」

 今だはしばみ草を食べているタバサもワインを全部の飲み干している、少なくとも料理には合ったようだ。
 うむ、無心でもしゃもしゃと食べるタバサは可愛いな。
 そんな事を考えていたら、キュルケが大きなあくびをし始めた。

「せめて口は隠しなさいよ」
「あら失礼」

 と言いつつも変わらずの素振り。

「帰っても日が落ちるだろうし、泊まっていきましょうか」

 そう言うキュルケ、実は魅惑の妖精亭は宿もやっており、二階がその部分に当たる。
 それを知っているキュルケは学院寮に帰るのが面倒臭くなったのか、泊まっていこうとタバサに提案。

「部屋、開いてるわよね?」
「多分開いてますわよ」
「じゃあ良い部屋一室頼むわ」

 そう言って取り出したエキュー金貨を十枚ほどテーブルに置いた。

「確認してくるから少し待ってて」

 離れたテーブルで接客していたスカロンへと寄り、くねくね動く体を出来るだけ視界に収めないよう一等室に泊まりたい客が居ることを知らせる。

「バッチリおうけいよん! やっぱりルイズちゃんのお客は良い人ばかりね!」

 とかくねくね、抱き着かれかねないからさっさと引き上げて事務所から一等室の鍵を取ってくる。
 戻り待っていたキュルケとタバサが立ち上がり、案内をする後に続く。
 二階への階段を登り、二階の一室、魅惑の妖精亭で一番良い部屋のドアの鍵を外し。
 ドアを開ければ寮の自室の3倍くらいの広さがある部屋が広がっていた。

「まあこんなものでしょ」
「元は平民用だし、ラ・ロシェールの女神の杵とは比べられないでしょ」

 止まるだけなら十分過ぎる部屋だ、貴族にしたら下に位置するようなレべル。
 節制しようぜ!

「さっきのとは別の食事代も入ってるから、またお腹空いたら降りてきなさい」
「ええ、そうするわ」

 軽く手を振ってドアを閉める。
 さて、次はテーブルの片付けだな……。
 僅かに軋んで小さく音を鳴らす廊下の床板、それと一階のフロアの喧騒如き賑わう音を耳に入れながら一階ヘの階段へと歩んだ。









 一階へと降り、キュルケとタバサの食事の後を片付ける。
 貴族としてのマナーが有るために、他の客よりも断然片付けやすい。
 テーブルに汚れとか付いてないんだぜ、お客さんも皆こうなら楽なんだけどなぁ。
 ナイフとフォークをケースに収め、食器を持ち運びやすいよう重ねる。
 それを持って厨房へ、せっせと皿を洗っているサイトの隣に置く。

「キュルケとタバサが来てるわ、二階でお休み中」
「え? なんで?」
「噂になってる魅惑の妖精亭に来てみたんだって」

 世界の修正力(笑)は今だ健在なのか? そんなもん有ったら俺はとっくに死んでるだろうけど。
 となればまだ繋がっているのだろう、そこまで乖離をしていないと。
 それが判断を鈍らせるんだが……。
 水を絞った布巾を手に取ってフロアに戻る、テーブルへ戻ってさらりと拭いて小さな汚れを拭き取る。
 ピカピカ、次のお客が使うにしてもも十分な清潔さだ。

「……よし」

 うん、と一度頷く。
 椅子も綺麗に並べ直し、次の客を迎え入れる準備を整えた。
 そうしたら。

「そこの給仕、先程のレディたちはどこへ行かれた?」

 と声を掛けられて振り返ると、タバサにぶっ飛ばされた三人のメイジがいた。

「先程の? 貴族様でしたら二階でお休みになられてますが……」
「ふむ……、どうする?」
「呼ばせればよかろう、逃げられぬよう網を張っておいてな」
「確かに、先程のレディたちを呼んでこい」
「……はい、しばらくお待ち下さい」

 と丁寧な対応をして二階の階段へと向かう、情けないメイジの復讐イベント来ました。
 階段を登り廊下を歩く、そして一等室、キュルケとタバサが居る部屋のドアをノックして呼びかけた。

「キュルケとタバサ、起きてる?」

 二度ノック、そうして待ってるとドアが開いてタバサが姿を見せる。

「お客さん、さっきのお礼がしたいんだって」
「……どれくらい?」
「かなり居ると思うわ、逃がさないようなことも言ってるから窓の外に見張りが居るかも」
「わかった」

 そう言って頷き部屋から出る。

「キュルケは寝てるのね、こういう時こそ出番だってのに」
「いい」

 これも借りなのだろうか。

「何人居るか分からないけど、流石にタバサでも無理でしょ」

 足手纏いにならない人手が要るでしょう? と聞けば小さく頷く。
 タバサクラスのメイジで足手纏いにならないって、トライアングル以上の何度も実戦を経験している手練でないと無理。
 あるいは『特殊』な人物か。

「そうね、囮ぐらいにはなるでしょう」

 と言えばタバサがこっちを見る。

「あの差で正面切って戦えば認めざるを得ないでしょう、囮は用意するから後はタバサ次第になるわ」

 広範囲の攻撃魔法で奴らを薙ぎ倒す、負けを認めさせるのは全員叩きのめさなければいけないだろう。
 三体一で敵わなかったお礼に自分の部隊持ってくるようなメイジなのだ、それ位してやらないと理解できないだろう。
 王権行使許可証を出しても良いんだが、破れてるし信じないだろうな。

「具体的に」
「私も手伝わないといけないでしょう? 流石に一人で行かせるほど薄情じゃないわ」
「………」
「キュルケは要らないわね、サイトを突っ込ませた方がいいかも……」

 デルフの魔法吸収とガンダールヴサイトの機動力から持ってすれば、そこら辺の雑兵など相手にならんだろう。
 それでも出来るだけ戦わせたくないが……、逃げに徹すれば怪我を負うことはないかな。
 俺は魔法使えんしなぁ、爆発を相手の上にでも使えば終わりそうだけど周りに被害が出るし。
 幻影もあんまり使いたくないな、誰だって作り出せるのは知られたくないし、使って後ろに下がるのもあれだし。
 解呪はさらに使えんし、精々爆発をちょこちょこ撃つだけか。

「作戦は私とサイトが突っ込んで撹乱、その間にウィンド・ブレイクでも使って纏めて吹き飛ばして。 相手が長話するようならその間に詠唱してすぐ撃ってちょうだい、卑怯なんて言われるでしょうけど戦場でそんな物が通用しないことを教えてあげなきゃ」

 要はタバサとサイト、俺は幻像で同じく撹乱でもするか。

「わかった」

 その場で考えた作戦にタバサは頷く。
 ……簡単に頷いたのには打算があるんだろうなぁ、以前タバサたちの背後を取った魔法を見極めようとかさ。

「それじゃあ行きましょ」

 タバサが頷いて歩き出す、僅かに軋む廊下を歩いて階段。
 それを降りようとした所で、階段を登ってきた人物に声を掛けられた。

「ちょっとルイズ! なんか外に兵隊がいっぱい居るんだけど、何か知って……」

 そう言って手すりに手を掛けて止まるのはジェシカ。

「ちょっとこちらの用事で来てるだけ、すぐに終わらせるから」
「そちらの貴族様とご関係が?」

 大きな杖を持つタバサが貴族と分かり、丁寧語でジェシカ。

「普通にしゃべっても良いでしょ?」

 隣のタバサに聞けば頷く。

「……えっと、それじゃあ普通に。 日が落ちる前にやってた決闘の奴?」
「ええ、三対一で負けて名誉をずたずたに引き裂かれたから自分の部隊でお礼をしようって、なんとも狭量なメイジをお仕置きしてあげようってね」
「それはまた……」
「ああ、サイトを呼んできてもらえないかしら。 剣を持って私の所に来るよう言って欲しいんだけど」
「いいけど、大丈夫なの? 百人位居そうなんだけど……」

 足の付根、太ももに結びつけていた杖を引き抜く。

「問題ないわ、心配してくれてありがとうね」
「そう……、それじゃあ出来るだけ怪我をしないようにね。 そちらの貴族様も」
「……ありがとう」

 心配されることなど無かったのだろう、少々驚いたのか止まったタバサ。
 口から出たのは小さな感謝だった。
 それを聞いてジェシカは笑い、軽快に階段を降りて行く。

「まぁ人間よ、貴族だろうが平民だろうがね」

 今のタバサでは無く、昔のシャルロットなら少しくらいは考えていたかも知れない。
 だが今のタバサは他の事など眼中にない、唯一点復讐に力を注いでいるから見向きもしない。
 優しいから一人でやろうとしているのか、邪魔だと考えるから一人でやろうとしているのか、俺的には両方かなと思う。

「………」

 俺の声に返さず、階段を降り始めるタバサ。
 タバサがシャルロットに戻り、あの笑顔を浮かべることが出来る日はいつ来るのだろうか……。











「サイト!」

 せっせと皿洗いしていた所にジェシカが厨房に入ってくる。
 なんか慌てているような感じ、その声を聞いて振り向く。

「なに?」
「皿洗ってる場合じゃないわよ! ルイズたちが外の兵隊と戦うらしいのよ!」
「……え?」
「ほら! 早く手を洗って! 剣持ってルイズのとこに行かなきゃ!」

 隣に経ってジェシカが桶を取って、おれの手に水をかける。

「なにしてんの!」

 いきなりの事で混乱していた俺を叱咤し、気が付いて言われた通り手の泡を洗い落とす。

「はいはいはい! さっさと動く!」

 手拭きでごしごしと濡れた手を拭き、背中を叩く。

「サイトはルイズの騎士なんでしょ! さっさと行く!」

 尻を蹴っ飛ばされ、言われるままに剣を取る。
 よく分から無い、なんで兵隊と戦うことになってるの?
 まぁルイズに聞いたらいいか、と駆け出し厨房を出る。



「まったく、あれでしっかり守れるのかねぇ」

 見送るジェシカは腰に手を当て、一言呟く。
 厨房にいた女の子やコックはそれに頷いていた。










 カツンカツンと階段を降りきり、妖精亭の入り口で立っていた貴族たちと視線がかち合う。

「おお、これはこれは! 先程の件で礼を述べたく参りました」

 随分と大きな声でそう宣言する。
 入口の外にはずらりと兵が並んでおり、整列していた。
 ボコる気満々じゃねーか、本気でこういう大人になりたいと思えない。

「ところであの赤髪のレディは如何されたのですか?」
「必要ない」

 淡白にタバサが言う。

「必要ない、とはどういう意味ですかな?」

 言葉の意図に気付いたのか、頬を引き攣らせながら隊長らしき男の隣のメイジが言う。

「彼女は今就寝しておりまして、代わりと言ってはなんですが代替を用意させていただきました」

 俺がそう言うと真ん中の隊長らしき男が。

「関係ない者は黙っていろ」

 と一刀両断。
 勿論そんなもので黙るわけもなく。

「いえいえ、私めも関係有ります故に口を開かせていただきますわ」

 見せつけるように杖を取り出した。
 三人の士官が驚き、逆に口を閉じた。

「彼女と私、そして私の従者が皆様のお相手をさせていただきます」

 そう言ってから厨房から出てきたのはサイト、両手に鞘に収められた剣を持っている。
 三人の士官と二人の少女、さらには二振りの剣をもった少年を見て店内がざわめく。

「さぁ、外へ参りましょうか」
「……いやはや、随分と剛毅な。 だからこそですかな、このような下賤な場所で働いているなどと」

 平民が集まる酒場で働く貴族など没落しか居ない、とか考えてるんだろう。
 そんな貴族が居れば十中八九没落、家名を落とした元貴族の存在。
 だが現実はそんな単純じゃないんだよ。

「御託は良いから外に出ませんこと? 私情で駆り出される下士官や兵たちを待たせるのも無粋でしょうから」

 同情はするよ、こんな士官の下に配属された人たちにさ。
 本当、これから吹っ飛ばされる人たちには同情しか出来ない。

「……なぁ、なんでこんな事になってるんだ?」

 と傍に寄ってきたサイトに耳打ちされる。

「……心が狭い奴がキュルケたちに絡んできたのよ、それを断ってキュルケが挑発したもんだから決闘になったんだけど」
「……それでキュルケたちにやられたって?」
「……そう言う事、名誉は消え失せたから、顔真っ赤にして自分の部隊を持って来たってわけ」
「……何と言うか、ご愁傷さま?」

 ヒソヒソと小声で事情を説明。

「……とりあえずサイトは動き回って引っ掻き回すだけでいいわ、攻撃はタバサに任せるから」
「……殺し合いなんてしたくないって」
「……殴ってもいいわよ? 拳でも剣の腹でも、死なない程度になら」
「……ルイズはどうすんの?」
「……魔法で同じようにかき回すわ」
「……了解」

 その会話の中でまるで嘲笑のごとく笑みを浮かべた為か、三人の士官の表情が怒りへと変わっているのが分かる。
 店内はざわめきに色立ち、先程の決闘より大事になっている事に驚きを隠せない。

「どうかなさいまして?」
「……その言葉、後悔なされぬよう」
「ええ、そうですわね」

 三人の士官が踵を返して外に出る。

「サイト、始まったらすぐに敵の奥へと進んで。 足を止めるとタバサの魔法に巻き込まれるわ」
「わかった」
「あいつらが前口上でも話し始めたら動かなくて良いわ、その時は魔法を撃ち込むから」
「あいよ」

 そう作戦を話し、三人の士官の後に続いて店を出る。
 店の外は暗い、日はすでに落ちて世界を闇色へと染めている。
 それでも魅惑の妖精亭や他の建物から漏れる光で、どこに誰が居るのかぐらいは分かる。

「かしらぁーーーー! 右!!」

 出るやいなや号令、ずらりと並んだ兵隊が整列する。
 ビビらせるつもりか? うん、確かに数は多いな。
 結構居るな、そう考えながら人数を数えていれば三人の士官が一歩前に出た。

「───」

 すでにタバサは呪文の詠唱を始めて居る、小声で唇も殆ど動かしていないから聞こえていないのだろう。
 それに気が付かぬまま、三人の士官の内の真ん中、隊長らしき男が話し始めた。

「先程は見事な魔法のお点前だった、侮り先手を譲ったのは確かに……」
「──『ウィンド・ブレイク』」

 そう喋っていた隊長っぽい男とその隣にいた副官らしき男たちが吹き飛んだ、それはタバサの容赦ない魔法。
 いや、一応手加減しているから死人は出ないだろうけど、先頭の三人は大きく吹き飛び、その後ろに並んでいた兵隊たちも変わらず吹っ飛んだ。
 飛んだ数は二十人は堅く、吹っ飛んだ兵に巻き添えを食ってぶつかる他の兵。
 まるでボウリングで投げ転がされたボールがピンにぶつかって纏めて倒れる光景のよう、後ろの兵士達はいきなりの出来事を呆然と見ていた。

「………」
「ラナ・デル・ウィンデ、『エア・ハンマー』」

 固められた空気が槌となり、驚きながらも今だ無事に立っている兵に振るわれる。
 横に振るわれたエア・ハンマーはさながら野球のバットだろうか、勿論兵士がボール役。

「ナイスヒット、内野安打確実ね」

 開始宣言する間もなく、戦いは殲滅戦へと移行していた。
 正直俺とサイトは要らなかったようだ、いきなり指揮官が戦闘不能になり、多分隣に居たのは副官だろうし。
 命令が下されぬまま戦闘が発生して慌てふためくだけとなる、そして容赦なく魔法が行使されて殴り吹き飛ばされて気絶する。
 タバサの詠唱に気が付いていたら、前口上なんて言わなければ、多分勝負の行方は分からなかっただろう。

「この数だし余裕を持っても不思議じゃないけど」
「なんか可哀想になってきた」

 悲鳴を上げて逃げ惑う兵士たち、それを漏らさずタバサが打ち取っていく。
 小柄で無表情な女の子が強力な魔法を行使する、恐怖を感じてもおかしくなさそうだし逃げたくもなるわ。

「ぐふっ!?」

 そんなこんなでボコンと最後の一人がエア・ハンマーで殴られ気絶、通りには倒れた兵士が散乱していた。
 さて、指揮官殿はどこかなーっと死体、もとい気絶している兵士を踏まぬよう歩く。
 最初に吹っ飛ばされた三人を探し、士官だけあって装備が違うからすぐ見つかる。
 倒れ伏す指揮官、隊長のもとへ歩んで見下ろす。
 怪我とかは見られない男は、白目を向いて気絶している。

「サイト、こいつの頭叩いて」
「え?」
「剣の側面で殴ってよ、そうすれば起きるだろうし」
「えっと、死人に鞭打つみたいで嫌なんだけど……」

 と問答してれば、タバサが杖で男の頭を叩いた。

「いがッ!?」
「うわ!」

 ゴン、といかにも鈍い音を出して杖先が男の顔に振り下ろされたのだ。
 それを見たサイトが声を出して顔をしかめた。
 かなり痛かったんだろう、変な悲鳴を上げて男が目覚めた。
 起き上がり顔を抑え、呻きながらもこちらを見る。

「ぐっ……なんと、卑劣な」
「三対一で負けたからって百人以上の兵隊を持ってくる、そんな心の狭い貴族に言われたくはないわね」
「ぐぅ……っ」

 苦しそうに呻く、自覚有るのかよ。

「あのねぇ、貴方達は軍人なんだからもっとしっかりして欲しいんだけど。 こんな簡単に不意を突かれてちゃ、戦場に出たらすぐ死ぬんじゃない?」
「……戦場に出たことが無い小娘に……」
「お生憎さま、しっかりと殺し合いを経験済みですわよ」
「………」

 ぬくぬくと育った、何も知らない子供だと思ったか?

「簡単な挑発に引っかかって、こんな私情に軍隊引っ張り出すなんて首が飛んでも知らないわよ」
「………」
「もう少し考えて行動しなさい、お願いだから不安にさせるような行動は慎みなさいよ?」

 戦場の矢面に立って戦う軍人、国の防衛力の要。
 こんな体たらくを見せつけられたら不安にもなる、アルビオンとの戦争はもうすぐなんだから。
 こう、安心感が出るようしっかりと腰をすえて欲しい。

「終わったし戻りましょう」
「まだ皿が結構残ってるんだよな」
「はいはい、手伝うから」
「………」

 ぞろぞろと店内へと戻り、向けられたものは拍手だった。
 普通のメイジならば拍手など向けられなかっただろう、だが百人以上の兵士相手に反撃も許さぬ速度で叩き潰したのが一人の小さな少女だったのだから拍手が巻き起こる。

「何か飲んで行く?」
「……水」

 おっと、ちょっくらタバサの顔が紅い。
 そんなに動いてないと思うけど、アルコールが回ったか。

「他には何か要る?」

 その問いに首を横に振る。

「持ってくるわ、座ってて」

 と、食事の時と同じ席の椅子を引いてタバサを座らせ。
 のろのろ歩くサイトの背中を叩いて走らせる、お客さんが居る前で何時までも剣を見せてんじゃない。
 何度も背中を叩きながら厨房へ。

「水を一杯」

 と入るなり人差し指を立てて要求。
 だがそんな言葉は通じなかった、一分経ったかどうかの時間で戻ってくるとは思ってなかったのだろう。
 厨房の皆は俺とサイトを見て静まり返った。
 黙ってないで水くれよ、水。

「……えっと、もう終わったの?」

 フロアの客が五月蝿い位に沸いていて、今だ外で戦っていると思ってたのか。

「もう終わってるわよ」
「……兵隊さん全員倒したの?」
「倒したわよ、今も倒れてると思うから見てくれば?」

 と言っても誰も見に行かない、戦う事になった俺とサイトがここに居る以上言葉通り終わっていると取ったのだろう。

「……やっぱりメイジって、……えーっと、すごいわね」
「そりゃあね、呪文唱えて杖を振るだけで火とか風が出るんだから凄いんでしょうね」
「それで、どうやって倒したのよ?」
「私とサイトは何もしてないわよ、あの子が全部片付けたわ」
「何もしてないの? あんなにやる気満々だったのに?」

 そんな風に見えたのか、どっちかって言うとやりたくないが本音なんだけど。

「あの子が一人で薙ぎ払ったのよ、私は相手が話し出すようならさっさと魔法を撃ってと言っただけ」
「じゃあその通りになったんだ?」
「あんなタイプの貴族は名乗り出るの好きだから、軍人の癖に戦場でそんな事言っても意味ないってわかってないのでしょうね」

 多勢に無勢の状態だったから、わざわざ前口上とかやったんだろうけどさ。
 少数が多数に勝つには策を弄する必要があるし、卑怯だなんだ言われても勝った方が正義なのは歴史が証明している。

「いえ、そんなのどうでも良いのよ。 水をグラスに一杯貰えない? お客さん待ってるんだけど」
「あ、ごめん!」

 ジェシカがわたわたと慌ててグラスを取り出して水を注ぐ。
 それを受け取ってトレーに乗せ、厨房を出てタバサの元へと戻る。

「どうぞ」

 テーブル、タバサの前にグラスを置くと、すぐに手に取り口を付ける。

「………」

 半分ほど残して、グラスを置く。
 中々良い飲みっぷりを見届けてから隣の椅子に座る。

「……見たかった?」
「何を」
「私の魔法」
「………」

 当たりか? 表情で読み取るなんて無理だから勘だが。

「ゆっくりね、焦ると零れ落ちるわ」
「………」
「私も随分と苦労してるのよ? まぁ馬鹿のせいも有るんだけど」
「……苦労じゃない」
「そう、大切な事だものね。 傍から見て苦労に思える事でも本人は苦労じゃない、そうじゃないと難しいもの」
「………」

 そろそろ決めなければならないかも知れない。
 元より原作の世界ではない、似通った世界なのだから違いは出る。
 私の行動はそれを増幅させているだけ、怯え続けるんじゃなくて大胆な行動に出る必要があるかも知れない。
 ……だが今は、決められない。
 そう思っていても決断する事が出来ない、まだ恐れている。
 ゾンビウェールズの件でラグドリアン湖から帰ってきた時ほどではないが……、手に負えない出来事が来る事に怯えている。

「……私も貴女も、上手くやらないと未来が無いわ」
「手を伸ばしてくると?」
「もう伸ばしてきてるわ」
「………」

 前世の記憶、原作知識と言う物も当てには出来なくなってきている。
 現にキュルケとタバサが叩きのめした士官が、復讐で兵隊を連れてくる事は覚えているが、先程の戦いに俺とサイトが加わったかどうかなど覚えていない。
 そもそも魅惑の妖精亭に来るのはキュルケとタバサだけだったか? 他にギーシュとか居たんじゃないのか?
 朧げや辛うじてのレベルじゃ無い、完全に記憶から抜け落ちている。
 後の巻になるほど新しい記憶だと言うのに、時間の経過がそれを妨げ失わせる。

「……もしかしたら、いつか貴女に助けを求めるかも知れないわ」

 お互い正面を見て、視界の端に入れる程度だった視線が重なる。

「キュルケに頼むかも知れない、ギーシュにだって、モンモランシーにだって」
「………」
「実際に助けてくれるかは分からないけど、そう思える人が居るだけでも心が軽くなるわ。 ねぇ、タバサ」
「……わからない」
「……いつか分かる日が来るわ、来なきゃいけないわ」

 大事な事だ、多分俺にとってもタバサにとっても。

「……随分と暗くなったわね、軽く何か食べる?」
「……要らない」
「そう、タバサはよく食べるからまだ行けるかと思ったんだけどね」

 まぁ先が分からないのは当たり前で、見えてる道の先の一つが原作のルートだと言うこと。
 勿論その道に持って行きたいが、望みは薄いだろう。
 となれば関係を強化しておかねばならない、アンリエッタやタバサ、キュルケだってコルベールだって、ギーシュでもいざという時力になってくれるだろう。
 だからこそ。

「……カレー食べたいなぁ」
「………」
「和風ハンバーグも良いし」
「………」
「揚げ出し豆腐とか、濃いタレを掛けて揚げたての内に……」
「………」
「ああ、ラーメンも食べたい……」
「………」

 外した視線、耳だけがこちらを向いている。

「オムライスも……」
「………」
「焼き鳥とかさぁ……」
「………」

 本当に食い物への関心度高いな。
 オムライスとか焼き鳥は出来そうだから今度試してみるか。
 そんな事考えながら、食べ物の名前を呟いていればタバサが耳を立てて聞く。
 覚えている限りの食感とか言葉にして、興味を掻き立てる。

「……今度作ってみようかしら」
「!」

 決定的な反応だった。
 タバサが一瞬視線だけを向けてきて、その視線と俺の視線が重なり目が合った。
 あまりの分かりやすさに肩を揺らして笑う。

「ねぇ、タバサ。 今度作ってみるから試食してみてくれない?」
「………」
「……だめ? だめならキュルケにでも──」
「する」
「……ッ、ありがとう」

 腹筋が引き攣る、本当にタバサちゃんは可愛いねぇ。






 そんな事をタバサと喋ったりしていれば、キュルケが店へと降りてきた。

「……なにしてんの?」

 テーブルには幾つもの料理と、結構な種類のワインが置かれている。

「何って、何に見えるの?」
「……暴飲暴食?」
「試飲試食ね」

 ソムリエって結構必要とされるんじゃないかなと思うわけで。
 美味しい料理に合う美味しいワイン、それを選んでおけばお客にお薦めして気に入ってもらえれば……と言う思惑。

「キュルケも手伝う? お代は要らないわ」

 俺の自腹、金払うしスカロンに許可を貰ってるから食っているんだけど。

「なら相伴させてもらおうかしら」

 キュルケは椅子に座って、フォークとナイフを使って料理を食べ始める。

「ワインと交互にね、どれが合うのか教えてくれると有り難いわ」
「……合うワインを探してるのね」
「美味しい料理に合うワイン、より美味しく食事をするには必要なことよ」
「それは同意ね」

 グラスを傾けワインを口に含んで飲む。

「ああそうそう、キュルケ、タバサに一つ貸しね」
「……何の話よ」

 口の中のものを飲み込んでからキュルケが言った。

「キュルケが寝ている間に報復に来た一個中隊を、タバサが平らげました。 挑発して事を大きくしたのはキュルケなんだから、しっかりと後処理をしたタバサに貸しよね」
「そうなの?」

 タバサは頷く。

「そう、ありがとう。 いつかこの借りは返させていただくわ」

 にっこりキュルケは笑い、タバサもキュルケを見て頷く。
 仲が良いのは良きことかな、料理を食べワインを飲みながらもそう考えていた。



[4708] 覚醒? の 39話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/08/21 04:04
タイトル「ろくぶて」








「ああ、次は毛布だ……」

 屋根裏部屋の小さな窓、才人が通れるかどうかと言う小さい窓からベッドの毛布を引っ張り出す。
 なだらかな屋根の上、部屋の椅子を屋根の上に並べて、その上に毛布を乗せる。

「こういうのは叩いちゃいけないのよ、叩いて出るのは埃じゃなくて解れた繊維なんだから」

 そう言いながらも毛布を箒で掃く。
 これの為だけに買ってきた新品の箒が威力を発揮する。

「近所のおばちゃんがすごい勢いで叩いてたけど」
「それは毛布や布団の寿命を縮めてるだけよ、肌触りとか長く使いたいなら優しく扱わないと」

 衝撃で繊維が解れ、まるで埃のように出るから勘違いしてより叩く。
 それが繊維が解れてふんわり感などを失わせる原因、叩きすぎた毛布などは柔軟剤使ってももう柔らかくはならないだろう。

「なんでこんなどうでも良い事は覚えてるんでしょうね」

 ささっと毛布を掃きながら、埃などを落とす。

「よし」

 一通り掃き終わり、あとは日干しで寝具を殺菌だ。
 ダニとかしっかり殺しておかなきゃな。
 干し終えて軽く衣服を叩いて埃を落とす。

「さて、だらだらしましょうか」

 魅惑の妖精亭の開店時間は日暮れから、閉店時間は夜明け位。
 基本的に12時間位は働く、勿論休憩や交代もあるので単純に見た時間ほどは疲れない。
 が、才人はそうでもなかった。
 アルバイトをした事が有るらしい才人、何の仕事か知らないが高校生だろうしそれほど長時間働く類のものではなかっただろう。
 ここ数日呆っとしている時が結構有る、基本ポジティブな才人でも精神的な疲れは溜まるらしい。

「だらだらって、毛布は干してるのに何すんの?」

 寝る事もできないじゃん、と尤もな才人。
 休日を寝て過ごすと言う人は結構居るだろうな、才人はそうでも無さそうだが。
 とりあえずストレス発散でここはパァーっと散財するのも……、するもん無さそうだよなぁ。
 ゲームセンターなどあるわけが無く、現代地球の日本で出来た暇潰しなんて買い物くらいしかない。

「そうねぇ、食べ歩きでもする? 大通りなら屋台も有るでしょうし、食べられないようなゲテモノは出してないだろうし」

 金はある、諜報活動資金として貰った手形を換金したのと、ここで働いて得た金が有る。
 一家族が一年を余裕で過ごせる金額を所持している、明らかに大金で日本円で表したら一千万位余裕で有りそうだ。
 その上これから使う予定は無かったはず、だったらまぁ少しくらい使っても問題ないだろう。
 そういえば活動資金は後で返さなきゃいけないんだろうか。

「食べ歩きかぁ」

 うーん、と腕組みをして唸る才人。
 多分金欠気味だっただろうし、食べ歩きなんて金が掛かるようなことはしたことが無いだろうな。

「なら行くしかないでしょう」
「え?」
「多少食のバランスを崩しても問題ないでしょ、寧ろサイトは食べるべきね」
「美味しいもんを食いたいと思うけど……、と言うかルイズが食いたいだけじゃ?」
「そうだけど? サイトは美味しいもの食べたくないの?」

 美味いものが食える、それが惜しくも無い金額で買えるとなれば誰だって買うんじゃなかろうか。
 まぁ買って食べてみなければ分からないが、少なくとも口に合わないもの以外で不味いものは出てこないだろう。

「そりゃあ、食べたいけど」
「渋る理由が無いじゃない、さっさと出かける用意をする」

 やる事が分からない、今日と言う日は仕事が休みで、何をすべきか分からない。
 部屋に篭ってて良いのか? それとも外へ遊びにでも行くのか?
 沿う事を選んでいるために、知らない出来事に対して判断が付かない。
 これが『有った』事でももう覚えてはいない、十年間この世界で過ごし、覚えなくてはいけない情報に記憶が圧迫される。
 そうすると『古い記憶』が圧縮されて奥底へと仕舞われる、切っ掛けがあれば思い出せると言うがその兆候など皆無。
 最近は特に顕著に現れている、覚えていた事を覚えているのに、その内容が分からないと言った感じばかり。

 そもそも記憶とは脳が保存しておく事であり、俺と言う意識に実体、俺の記憶を収めているはずの『脳』は存在しない。
 だと言うのに『覚えている』のはどういう事なのだろうか、まさか『魂』なんてものが保存していたりするのかもしれない。
 難しい哲学的な話、どうしてこうなのかを探求しようとは思わないからどうでもいいが。
 つまりは思い出そうとしても思い出せない位にまで落ち込んでいる、本当の意味で大筋しか覚えていない。
 もしかしたらここがターニングポイントなのかもしれない、記憶に頼らず俺が動くべき方向を決める分岐点。

「……だったら今思う最善よね」
「なんか言った?」

 振り返って聞いてくる才人に笑みを向ける。
 最適最善を選ぶ、それはとても難しいことだ。
 それが出来る者が居たらまさしく勝者であろう、未来予測所か観測の域に達した神智。
 流石にそこまではないが、人生の勝者とも言われる者たちは自身にとって最も良い選択を選んだと言う事。
 俺もその者たちに加わると言うなら、全身全霊を賭けて最善を選び望む未来への道先を整えなければならない。

「お腹すいたなって」
「寝る前に食べてたじゃん」

 ごそごそと荷物を漁る才人は振り向かず言った。
 確かに日が昇らぬうちに夕食を食べ寝たのだから、7時間位ほどしか経っていない。
 それだけしか時間が経っていないのにお腹が空いたなどと、恐ろしく消化速度になってしまう。
 まるで胃袋の中はマグマで煮えくり返っている、そこに落ち込むものは見る間に溶けてマグマの一部に……、なワケがない。
 ただ小腹が空いたとかその程度だっての。

「大食漢じゃあるまいし、そんなに早くお腹が軽くなるわけないでしょ」
「ルイズはそんなに食べないしな」

 わかってるなら言うなよ、そういう事言ってると他の女の子にぶっ飛ばされるぞ。

「用意は?」
「出来た」

 財布は持った、服は庶民的なものにした、杖も潜ませて、才人も剣を担ぐ。
 準備は万端だ、これでどこへ行こうとも……。

「いやいや、持って行きたい気持ちはわかるけど」
「……なんかあったらどうすんだよ」
「そこはさっさと逃げるに決まってるでしょ、それとも目立たない武器でも買っておく? ナイフとかさ」
「そりゃああった方が良いな」

 ごく簡単に食べ歩きから武器屋へと変更。
 いやまぁ、買った後は食べ歩きになるんだろうけど。

「デルフでも買った武器屋にでも行きましょうか、そんなに遠くないし」
「おいおい、オレも置いてくのかよ!」
「……持って行っても良さそうね」

 基本武器の類は持ち歩いて良い、抜いて振り回したりしたらアウトだけど布でも巻いときゃ問題ないはず。
 普通に剣を腰に据えた傭兵とか歩き回ってるしな、大通りでそんな奴がうろついてたら職質受けちゃうこと請け合いだが。
 今回は裏路地をうろつくからそういう事も無いだろう、有ったら有ったでどうすっかなーとも考えるが。

「……やっぱりさっさと逃げましょ」
「適当だねぇ」

 一応これでも気を張ってたんだけど。
 全部忘れて休日を楽しむ、と言う事は出来ないからなぁ。
 そんな気楽に考える、ポジティブな思考が欲しい。

「……ああ」

 行く前に才人には話しておかなければならない。
 これから知らないことばかり起きるかも知れないから、注意をしておこうって。
 約束したのにこれじゃあだめだな……、心配を掛けるし結局は才人を危険な場所へと追い込んでしまうかもしれない。
 これを話た時の才人はどんな顔をするだろうか、帰れないかも知れないって言ったら何なことを思うのだろうか。
 約束をしといて駄目になったなんて、どれほど失望されるだろうか。

 軽蔑されるかも知れない、嫌われるだけなんて随分と優しい事だ。
 憎まれるかも知れない、殺意を持たれたりするかも知れない。
 それでも、背に腹は代えられない命。
 それだけで済むなら僥倖、例えそうなったとしても全身全霊を持って約束を守らなければならない。

「……サイト、すこし話したい事が有るんだけど」

 前もってきちんと知って置いて貰った方が良い、そう考えて才人を見て口を開いた。





 そうして真っ直ぐ見つめられる才人は、打って変わって真剣な表情のルイズを見つめ返す。

「話?」

 表情が薄いルイズの顔を見て、可愛いなぁと言う感想が浮かんでくる。
 ……いかんいかん、真剣な話っぽそうだしそんな事を考えてちゃ駄目だ。
 そう考えながら長い睫毛が綺麗に並び、深い鳶色の瞳が揺らめくのを見ていた。
 腰くらいまで伸びる桃色掛かった艶のあるブロンドが、窓から入ってくる風でたなびき。
 透き通るような白い肌が、太陽の光でより美しさを際立たせる。

「………」

 真剣に聞こうとしても、気が付けばルイズの可愛さを考えていた。
 髪はさらさらだし、肌も柔らかいし。
 うーむ、何と言うか可愛いって罪だよな。
 とかいつの間にか腕組みして才人は頷いていた。

「……ん?」

 自分が頷いていたことに気が付き、腕組みを解いてルイズを見るも先程と変わらない状態でそこに居た。

「……あれ、もう話しちゃった? ごめん、考え事してて聞いてなかった……」
「何言ってんだ相棒、娘っ子はまだ何も言ってねぇぜ?」
「そうなの? そりゃよかった」

 話しを聞けと怒られるかと思ったが、まだ話してないんなら怒られないなとほっと一安心。

「それで、話ってなんだ?」
「───」
「なに?」
「─────」
「……ルイズ? どうしたんだ?」

 パクパクと口を開くだけで、音らしき音が出ていない。
 まるで酸欠に陥った金魚のように、声を出さずにただ口を開くだけ。

「どうしたんだよ、大丈夫か!?」
「おいおいおい、どうしたってんだ!?」

 様子がおかしい、ルイズの綺麗な顔が歪みまるで苦しそうな表情。
 果ては両手で喉を押さえ、辛そうな表情を浮かべていた。

「ルイズ!?」

 すぐに駆け寄って肩を掴む。
 ルイズは俯き、苦しそうに肩を揺らして息をする。

「医者、医者!?」
「落ち着け相棒!」

 わたわた、どうしたらいいか分からないでただ来るはずも無い医者を呼ぶ。

「誰でも良いから呼んでくるんだよ!」
「ああ!」

 そうデルフから言われ、振り返って床に有るドアを開けようとしたが腕を掴まれ止められる。
 振り返れば俯いたままのルイズ、喉を抑えていた手は降ろして俺の腕を掴んでいた。
 ルイズの腕の力じゃ全然痛くないけど強く握っている。

「ルイズ?」

 やっぱ様子のおかしいルイズに声を掛ければ、ゆっくりと顔を上げて行く。
 角度的には上目遣い、打って変わって才人を見るルイズの顔には一切の苦しみは見えず、僅かばかりの笑みを浮かべていた。















タイトル「そうだなぁ、好み的には大きいほ(この先は赤い染みで読み取れない)」

















 同時刻、トリステイン王宮の通路の一つを歩く影が一つ。
 前髪を額で切り揃え肩にも届かない金髪を僅かに揺らし、鋭い視線、淀みない蒼い瞳をまっすぐ正面へと向けたまま歩く。
 明らかに戦いを意識される鎖帷子を着込み、その上からサーコートを羽織る女性騎士。
 場所は王宮であるからに、すれ違う者皆貴族。
 腰に下げられているのは杖ではなく剣、それを見て彼女の背後で囁かれる見下した誹謗中傷、しかしながらそれの何一つ内に入れることなどしない。

 この女性騎士は叩き上げられた剣、アンリエッタが翳して振り下ろす武器。
 なればつまらぬ汚れを付け、切れ味を鈍らせるなどやってはいけない事。
 それを胸に、誰も彼も一遍もせずに目的の場所まで歩き続ける。
 長い通路を歩き続け、廊下の突き当りにあるアンリエッタの執務室前。
 その王家の紋章が描かれたドアの隣に控える、護衛の魔法衛士隊隊員に取次を願う。

「陛下は只今会談中である、時を置いて参られよ」

 だが魔法衛士隊隊員は嫌そうな顔を隠そうともせず、『アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン』に言い放つ。
 だがアニエスは引き下がる事はなく、アンリエッタから何時如何なる時でも機嫌を伺える許可を貰っていると言い返す。
 これまた嫌そうな表情を浮かべ、アニエスに待つように言ってドアを開けて執務室へ入っていく。
 それから一分も掛からず魔法衛士隊隊員が戻ってきて、入室の許可を与えた。
 そうしてドアを潜り、アンリエッタの執務室へ入ると二つの人影がアニエスの視界に捉えた。

「……なるほど、確かに不可能ではないかと思われますが」
「やらなければならないのです、こういった輩が跋扈していればこの国はすぐにでも滅びるでしょう」
「……分かりました、計算した後すぐにでも仔細をお持ちします」
「頼みましたよ」
「お任せください」

 そう言って頭を下げ踵を返して、アニエスにも僅かに頭を下げ退出して行くデムリ財務卿。
 デムリ卿の姿が完全に見えなくなってから、アニエスはアンリエッタの御前へと進んで膝を着く。

「アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン、参上つかまつりました」

 頭を垂れ、アニエスはアンリエッタの言葉を待つ。
 それを椅子に座りながら見て、アンリエッタは命じた件の成否を問う。

「……調査の方はどうでしたか?」
「は、仔細をこちらに」

 頭を上げ、懐から書簡を取り出してアンリエッタに捧げる。
 受け取った書簡をアンリエッタは丁寧に開き、中に書かれている事に目に通す。

「……やはり、と言うことですね」
「はい、間違いなく手引きした者が居ます」

 その内容は、死して操られるウェールズがアンリエッタを拐かし、簡単に連れ出せた理由が書かれている。
 王宮に出入りするための門、夜が更けて閉めるはずの門がとある人物の一言によって一時的に開放されたままになっていた。
 無論警備の者が居たが、簡単に打ちのめされて侵入を許している。
 偶然、その可能性も確かに存在するが。

「このお金、非常に大きな金額ですこと」

 記されている五桁の数字は最近ばら蒔かれた裏金の金額、裏金を渡した人物が領地持ちで、領地運営資金などであればさして問題も無かった。
 領地運営資金であってもアンリエッタは問題にしているが、お金をばらまいた男はこの様な大金を掴む事はかなり難しい。
 領地を下賜されておらず、年金だけで貯めて行くにしても軽く数十年は掛かる。
 今の地位に着いてから貯め始めたにしても、ばらまかれた金額の半分も行かないだろう。
 つまりは何らかの方法でこの男は大金を手に入れ、お金をばらまいて自分に従うよう働きかけたのだ。

「あの男の屋敷にも、最近アルビオン訛りが酷い者が度々訪れているそうです」

 それはとても素晴らしいタイミング、最近の怪しい動きに多額の金銭の入手。
 疑うなと言う方が難しい、策を弄して動きを隠していたこの貴族。
 ここに来て大きな動きを見せたのが運の尽き、逃す手など無く喉を掴んで首をへし折る。
 愛を貫く約束を胸に秘め、アンリエッタは愛しき人に卑劣な行いをさせた者を憎悪する。

「その者は」
「姿が見えなくなっております、恐らくは消されたのでしょう」
「この情報、間違いは?」
「何度も確かめました故、有ったとしても大きく食い違うほどではないかと」

 アニエスの顔から書簡へと再度視線を落とすアンリエッタ。

「お金だけを愛する売国奴、金銭と引き替えにこの国の機密を明かしたのでしょう」
「あの男の裁き、如何なされましょうか」
「もう一歩踏み込む必要が有ります、今のままでは証拠が足りません」
「ではこのまま泳がせるので?」
「ええ、貴女はこのままあの男の行動を追い続けていればよいのです。 そうすれば明日にも──」

 アンリエッタの言い続けようとした言葉を遮ったのは、ドアのノック音。
 アンリエッタにとってかなり大事な話を中断させられた事に、僅かばかりに苛立ちを含んだ声で問う。

「……何用です」
「陛下、高等法院のリッシュモン法院長がお見えになられております」
「……アニエス、リッシュモンとの話が終わるまでここに控えているように」
「は」

 アンリエッタの言葉に頷くアニエス、机の前から身を引いて部屋の壁際に寄って佇む。

「許可します、入るよう伝えてください」
「はっ」

 ドアの向こう側から命を受け取って答える魔法衛士隊隊員。
 それから十秒も経たずドアが開き、高等法院の長が姿を見せた。

「失礼しますぞ、陛下」
「これはリッシュモン殿」

 贅を凝らした豪華な衣服を身に纏った貴族、トリステインの司法権を担うリッシュモンに向けてアンリエッタは微笑む。
 リッシュモンは同じように笑みを返す、部屋の端に居るアニエスなどまるで目に入っていないかのように振舞う。

「急な来訪、何か急ぎの用でもお有りに?」
「枢機卿から聞きましたぞ、なんでも遠征軍を編成すると言うでは有りませんか!」
「ええ」

 仰々しく両腕を広げるリッシュモンを見て、アンリエッタは簡潔に頷く。

「戦列艦の建造に諸侯軍に配る武器、傭兵を数万に軍を維持させる為の食料。 国庫が空になるレベルの物、それを実行する為の資金はどこから調達するのですか?」

 少しだけ上ずった声でアンリエッタに問うリッシュモン。
 続けて指を居り数えながらも声を上げる。

「兵站を機能させ続けるのもかなりの金が必要となります。 国庫にはそれを成し遂げるだけの金は入っておりません、そのような事をやれば戦わずにしてこの国は崩れてしまいますぞ」
「リッシュモン殿、資金を賄うための手段もとうに打っておりますし、枢機卿とも話はついております。 国民には窮乏を強いることにはなりますが税率を上げることも決まっております」
「そのような事をすれば平民から怨嗟の声が上がりましょう、下手を打てば平民共が暴れかねませんぞ!」
「無論その対策を打っております、考え浮かび上がる問題点についても対処済みですので」
「しかしですな……」
「リッシュモン殿、財務卿からも可能だと言う答えを既に得ています。 早急にアルビオン打倒を成し遂げなければならない現状、遠征軍の編成に賛成できかねると言う者たちは先が見えていないだけです。 恐らくは贅沢を出来なくなるからそう言うのでしょうね……、それに──」

 言い続けようとしたアンリエッタは口をつぐみ、視線が何度か動いてリッシュモンの無駄に目をやった。
 数百エキューは軽く掛かるであろう衣装や、杖に施された豪華な装飾など、アンリエッタと比べると無駄が散りばめられた物。
 一方アンリエッタの装飾品は被る王冠や、貴族の証であるマントの留め金にしているアクセサリー位しかない。
 最低限、女王に見えるだけの物しか付けていないと言うのに、目の前のリッシュモンは高価な指輪やネックレスなど金に糸目を付けていない物ばかりを身に付けている。

「率先すべきわたくしはこう言った最低限の物しか身に付けていませんよ、それに王族を守る近衛の騎士たちには無駄な装飾を控えるよう申し付けております。 見栄を張るのも貴族ならば必要でしょう、ですが彼らは職務を遂行させる事に見栄は必要有りませんもの」

 上に立つ者が模範を示さねばならぬ時、負けてしまえば贅沢など罷り間違っても口には出来なくなりますよ。
 と強めてリッシュモンへと言う。

「……これは参りましたな、陛下が返答に窮したならばもっと強く反発出来たでしょうに」
「法院の参事官たちの意見を流すようで申し訳ないのですが、この国は迷いを持ち悩む時間など有りはしないのです」
 
 無理をしてでも押し潰される前に押し潰す、得て居る情報から既に大きな戦力差が出来上がっている。
 もしアルビオンからトリステイン国内に揚陸でもされれば一巻の終わり、多勢に無勢の力押しにて首都トリスタニアまで駆け上がってくる。
 戦力差から防衛など出来ず、出来たとしても長期間それを維持出来るほどトリステインは力が無い。
 既に背水の陣で不退転を決め込まなければいけない状態になっていると、ルイズの手紙に書かれていた。
 国の諜報からも悪い情報ばかりであったし、ルイズの言葉は間違いであって欲しいレベルの事であったが……悪い事に事実であると言う話ばかりであった。

「おわかりになられますか、リッシュモン殿。 誰であろうと関係なく力を合わせねばならない時なのです」
「……陛下、予想以上に王として成長しておりますな」
「何時まで経っても子供のままで居られませんもの」
「……陛下のお考えは分かりました、しかしながら法院の参事官たちは皆難色を示していることをご了承いただきたい」
「それは分かります、傍から見れば間違いなく難事でしょうし」
「いやはや、本当に陛下は成長なされた。 女王陛下がこのまま成長なされ、あの偉大なるフィリップさまの様になられる事を願っておりますぞ」
「お祖父様のように、偉大なる王となれるよう努力は惜しまぬつもりです。 リッシュモン殿には我等祖国のため、非才な我が身にご鞭撻のほどよろしくお願いします」

 リッシュモンは頷き、退室の意向を告げてアンリエッタの執務室から出て行った。
 その際、壁際によっていたアニエスの事など、まるで居ないかの様に一顧だにせず退室した。

「……これが年の功と言うものでしょうか、随分と厚い面の皮ですこと」

 リッシュモンが退室すると同時に、アンリエッタは浮かべていた笑みを消す。

「あのようにへつらい上の者に取り入り、下の者には金をばらまいて自分に付いてくる様しているのでしょう」
「でしょうね、やっている事は汚らしいですが、上手く渡りを付ける様だけは見習うべきかも知れません」
「そのような! ……陛下はあのような汚らしい男から、物事を学ぶ事などありはしません」
「いずれはあのようなやりとりも覚えなければなりませんから」

 そうアンリエッタが言えばアニエスが眉を顰め、悔しそうな顔をした。
 王となるには子供で居られない、純真で居られるのは子供のときだけ。
 汚れを身に含んで、汚れを操り切らなければならない。
 しかしながらあの男のようにお金の為に王を売り、国まで売りつけるような汚れなど纏いたくはない。
 そうしてアンリエッタは考える。

「……纏っているのかしら」
「……は?」

 私の大切な親友は、大人の世の中を知っているのだろうか。
 いえ、知っているでしょうね。
 こういう世界であることを、ルイズは小さい時から知っていた。
 だからあんなことを、幼少の頃から言えたのでしょう。

「彼女の方が向いてそうね」

 フフ、と笑みを零し、ルイズが王冠を被り王として振舞う姿を想像する。
 手際よく喋り、堂々と振舞い、数多の宮廷貴族にかしずかれて王座に座っている。
 先見の明にて問題を見抜き、最善を選んで手を打つ。

「……陛下?」
「ごめんなさい、すこしね……」

 そうやって真っ直ぐ立つルイズが見えてしまう。
 私よりルイズの方が王に相応しいんじゃないかと思える。

「気にしないでちょうだい、それよりも貴女が知っておいた方が良い事があります」
「……どういった物でしょうか」
「他の裏切り者ですよ」
「陛下が御察しの通りで御座いましたか」
「あの男のように似た者も居るでしょう、そうでなく仕様が無かったと言った者もいるでしょうね」
「御命令を、直ちにその者らを調べ上げ……」
「それには及びません、すでに幾人かの裏切りを証明する証拠を抑えているようです」

 それを聞いてアニエスが片眉を僅かに上げた。

「残念ながらあの男の証拠は無かったようですが、元よりあの地位まで上り詰めたのだから慎重であっても可笑しくはないでしょう」
「随分と優秀な者なのですね」
「ええ、彼女にも頼んで正解でした」

 アンリエッタが微笑みつつも、机の引き出しから手紙を取り出す。

「……彼女、とは?」

 そのような笑みを殆ど漏らさない、そもそもアニエスに見せたことの無い本当の笑みに気が付きアンリエッタが言う存在を問いかけた。

「私が最も信頼する者です。 計画していた事を起こすに当たって、非常に有効な手札を私の懐へ収めてくれましたから」
「非常に喜ばしいことです」
「彼女が居なければ、今頃私はこの場に居なかったでしょう。 彼女はいつも私の期待に応えてくれる、ですから私は私で居られますのよ」
「………」

 膝を着き、頭を垂れ俯いたままのアニエスの前へと進む。

「彼女との出会いは喜ばしいこと、勿論アニエスとの出会いもとっても喜ばしいことよ。 貴女が居なければあの男の尻尾を見逃していたでしょう」
「……その方と比べられるほど、私は役立ってはおりません」
「何をおっしゃるの? 貴女はタルブでの戦いで貴族に勝る戦果を上げました、シュヴァリエの称号を与えたのも戦果に見合う物だと判断したまでです。 そして今も、貴女は十分に私の期待に応えてくれています」
「私のような者に、もったいない──」

 アニエスの言葉を遮って、肩に手を置く。

「そんな事を言っては駄目よ、貴女は貴女で有り、その魂の高潔さは生まれとは何ら関係ないのです。 もし彼女が今の貴女の言葉を聞けば、強く叱っていたでしょうね」
「その方は……、貴族なのですか?」
「ええ、母を除いて唯一信頼できる貴族です」
「……大変な失礼に当たりますが、随分と変わった方のようで」
「でしょう? 彼女にはいつも驚かされてばかり」

 自然と笑みが零れてくる、やっぱりアニエスもルイズの事を変わった者だと思ったようだわ。

「いずれ顔を合わせる時もあるでしょう、彼女のことはその時にでも」
「は」
「貴女は事前の計画通りあの男の影を追ってください、上手くゆけば必ず追い詰め捕らえることが出来ましょう」
「は、お任せください」

 アンリエッタはアニエスを真っ直ぐ見据え、命を下す。

「……アニエス、貴女がもし捕えられないと判断したならば……わかりますね?」
「必ずや」

 もう一度アニエスは頷き頭を垂れる、膝を付いたアニエスの肩に一度水晶の杖を触れさせる。

「貴女の本懐、必ず成し遂げなさい」

 そうしてアニエスは退室して行く。
 アンリエッタはその後ろ姿を眺め、アニエスが執務室から退室してから窓際に寄る。

「……ええ、許しませんとも。 ウェールズさまを殺した者も、命じた者も、謀略した者も、誰一人許しませんとも」

 外の景色を眺めながら暗い笑み、僅かに口端を上げてアンリエッタは笑う。

「頼みますよ、アニエス」

 見せしめはきちんとしておかなければ、今後も裏切り者が出てしまいますからね。
 そうやって声を出さずに、アンリエッタは一人嗤った。

 もっと考えなくては、炙り出しも必要でしょう。
 あの夜の事と関係無い者は赦しを与え、絶対遵守を約束させれば良い。
 逃げる者は相応のものを与えましょう、そうすれば皆喜んで跪くでしょうね。
 ああ、本当にルイズは凄いわ。
 私が思うことを見抜いて、私が動きやすいよう整えてくれる。

「敬愛すべき始祖ブリミルよ、貴方が私へと運命を示された事に憎悪の念を抱かずには居られません」

 アンリエッタは幸せだ、楽しい事だけの花畑は壊れてしまったが。
 大事な親しい友を得て、愛して止まない人との出会い、平民とは言え信頼できる忠臣と迎えられたことを。
 アンリエッタの幸せはある意味それで完成されていた、親しい友との和が広がり、愛する人との子を儲け、信用と信頼を置ける臣下と国を治めていけた。
 そんな未来を迎えていたはずだ、そんな未来の中を過ごして行くはずだった。
 だからこそ許せない、ウェールズさまを殺し、トリステインまでも殺そうとするなど絶対に許せはしない。

 故にもっと考えなければいけない、国を正し、仇を滅ぼす為に。
 物思いに耽け、こなすべき執務が止まっていた所へドアの向こう側から声が掛かる。

「陛下、マザリーニ枢機卿がお見えになられております」
「通すように」
「は」

 ……遅いじゃないの。
 執務室に来るよう呼びつけたマザリーニが、予想外の来訪とは言えリッシュモンより遅く来た事に腹を立てる。
 そんな思いを飲み込みながら、ドアを開けて姿を見せた、灰色のローブを着た少々痩せこけた男。

「遅いですよ、要らぬ演技をせねばならなくなったでは有りませんか」

 開口一番の言葉がマザリーニに放たれるが、向けられた本人はどうともせず畏まって頭を下げる。

「申し訳ありません陛下、成すべき事が山ほど有りまして」
「それを押してでも来て欲しいと言うのはわがままでしたか?」
「すぐにも向かいたいところでしたが、思いを折半せねばならない事を耳にしまして」
「呼んだ理由は枢機卿が思う事でしょう、その為にも早く来て欲しかったのですが」
「では、増税や遠征についてお聞かせ願いたい」
「こちらへ」

 アンリエッタが呼びつけ、マザリーニが机へと近寄る。

「税率を上げることに付いては遠征軍編成を賄うために行います、足りぬ分には他国への借金を申し出ております」
「……陛下、そのような大事、なぜ相談いただけなかったのです」
「最初から決まっていたことです、不要な会談など時間の無駄でしょう」
「確かに陛下はこの国の施策を決定付ける立場におられますが、一存でお決めになられるのは我等が不要と仰られているものと取られかねませんぞ」
「では、何故相談しなかったのか、お分かりになるかしら?」
「………」

 真っ直ぐ見つめるアンリエッタに、マザリーニは沈黙する。

「枢機卿、何も貴方が信頼出来ないと言うわけでは有りません。 今は少しでも早く動かねばならないのです」
「我等がトリステインの現状は芳しくないとは十分に理解しておりますが、そこまで性急に動くと足元が覚束ずに、誰も付いて来れなくなりますぞ」
「足元を固めつつ、軍備の再編を急がねばなりません。 此方と向こうの時間は等しいのです、時間を掛ければその分向こうも再編を済ますでしょう」
「アルビオンが艦隊を編成しきる前に、討つと?」
「でなければ此方が滅びます」
「ふむ、その理由は?」
「得て居る情報によれば敵の数は約七万、これに空軍が加われば間違いなく押し負けます。 以前の侵攻軍のように奇跡を待つ事など出来ません」
「……それについては納得出来ましょう」
「税率を上げる決断をしたのは、これを見て貰った方が早いでしょう」

 机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出す。
 それを受け取り羊皮紙に書かれた文字を見て、マザリーニは驚きの声を上げる。

「……なんと」
「良い話では有りません、このようなことが普遍に行われているなど放ってはおけませんから」

 書かれているものは過剰の徴税についてだった。
 ルイズが見つけ正した徴税官など、国が定めた税率以上に税をむしり取り、懐に収めていた者たちの一覧表。
 例えば国が定めた税率を100とすれば、徴税官がむしり取っていた税は普通に120や130を超えている。
 中には二倍三倍と、どう考えても平民が生活していけない金を徴税していた者すら居た。
 ルイズが罷免したチュレンヌはその二倍三倍の中の一人であり、調べた結果同様の徴税官も何人か見つかっている。

「財務卿には名誉挽回の機会を与えました、本来管理し看破すべき事を見過ごしていたのですから」
「これは……、私の責でもありますな」
「ご尤も、これは断固として見過ごせぬことでしょう?」

 マザリーニ枢機卿、そう呼ばれて居るが実際の役職はトリステインの『宰相』。
 王の下の位置し、国政を補佐する役割、つまりは数多の行政を纏め上げて王へと案を差し出す者。
 纏め上げる役職である故、国一番の忙しさを持つ、それを現実の物として苦労に塗れ痩せているマザリーニの姿が物語っている。
 しかし、このような国の腐敗を齎す出来事を見過ごすなど許してはいけない立場。

「私の拙い執務で枢機卿には苦労を掛けています、それでも──」
「いえ、これでも仕事は減ったのですから、陛下が謝ることではありません」

 遮って言うマザリーニ。
 アンリエッタが女王に即位する前までは、アンリエッタがやっている仕事丸ごとマザリーニがこなしていたから。
 最近は短いながらも休憩時間を取れる位にはなっていた。

「……枢機卿には苦労を掛けますが、私はどうにかしてトリステインを存続させたいのです。 その為の一手が今回の増税と徴税官の摘発なのです」
「過剰な徴税を止めさせて、その分増税を課すのですか。 この件では正しい税率を課している領主たちが文句を発せかねませんので、各個に分別して税率を考えねばなりませんな」
「ええ、贅を尽くすために増税を課している貴族には領地没収を──」

 そう言ったアンリエッタにマザリーニは驚き、待ったを掛ける。

「それはお待ちください! 幾ら何でもそれは行き過ぎではありませんか」
「何をおっしゃるのです、自身の為だけに他者へ負担を強いるのは国の内憂に違いありません。 いえ、その者はトリステインを衰退させようとしている国賊と変わりありませんよ」

 事実、重い税を掛けている領主は少なからず居る。
 重い税に喘ぎ、働けど働けど暮らしは豊かにならない、それどころかまともに生活出来なくなる平民だって居る。
 そうして税を払えなくなった者はどうするか、その領地から逃げ出すのだ。
 逃げ出す前に食事の回数を減らしたり、必要な物以外には金を使わず税へと回すのが一般化しており、それが限界を迎えた者たちが逃げ出すのだ
 逃げ出して、国内の他の領地へ行くならばまだ良い、結局はそこでトリステインへと税を収めるのだから。

 問題は国外へと逃げることだ、外へと逃げるとその国へ税を納めなくなる。
 そうして逃げた分だけ他の者へと説がのし掛かり、払えなくなってまた逃げ出す。
 負のスパイラルに陥って、領地から次々と平民が逃げ出して、残っている者に増々税が負担されて無理となる。
 限界を見極められず逃げ出せなかったものは、色んなものを手放して最後には死んでしまう。
 それを理解していない領主は間違いなく国を衰退させる原因の一つ、それならば領地を没収してもっと賢い貴族に管理させた方がましに違いない。

「枢機卿ならばお分かりになられるでしょう?」
「ええ、理解し納得出来ましょう。 それでも領地没収は確実に怒りを買いかねません、せめて重税を窘め警告を与えるほどにしておかねば」
「なるほど、では内密に調査官を送り、以後も続けるようであれば領地没収に」
「……それがましでしょうな、しかしながらいきなり重い罰を与えるのは感心しかねますな」

 中々に国を考え行動しているアンリエッタを嬉しく思うマザリーニではあったが、いきなり領地没収を提案する辺り執政者として未熟者。
 だがこれであれば将来も期待出来るのではないか? と内心考える。

「では枢機卿、それの調整はお任せしても?」
「お任せください」
「頼みましたよ、それと遠征軍の編成に関しての資金なのですが」
「それが一番の問題です、税で賄うにしても到底足りませぬが」
「借金を申し出ました」
「……申し出ました? もしや、もう既に……」
「ええ、打診済みです」

 アンリエッタの言葉を聞いて、マザリーニは頭を抱えたくなった。

「……どこへ打診されたのです」
「クンデンホルフへと」
「……ふむ」

 クンデンホルフ大公国、近年新興した国。
 先々代のトリステイン国王、フィリップ三世によって領地を賜り独立した国。
 非常に豊かな財力を持ち、トリステイン国内の多くの貴族に金を貸している。
 トリステインと隣接するも、軍事力など他国からの侵攻に対して退ける力のない国。
 貿易などもやはりトリステイン絡みで依存している、その分財力があるのでうってつけだろう。

「クンデンホルフとならば悪くはないでしょう、向こうもこちらに恩を売っておきたいでしょうから」
「トリステインが落ちれば、クンデンホルフに目が向くなど分かりきったことですしね。 それを含めて打診しております」
「ならば十中八九、資金の提供を受けてくれるでしょう」
「そうでないと困りますわ」

 マザリーニの予想では、ガリアやゲルマニア辺りに申し出たかと思ったのだが。
 無論クンデンホルフも予想に入ってはいたが、いざ聞くとなると中々悪くない国。
 大国と言われるそちらに目をやらず、隣接しつつ持ちつ持たれつつの関係を発展させる事が出来るクンデンホルフ。
 未熟者ゆえの視点なのかも知れない、とマザリーニは考える。

「クンデンホルフの他に、申し出はされておられるのですか?」
「ガリアとロマリアもあったのですが、あまり良い噂は聞かぬものですから」
「ゲルマニアには?」
「しておりません、今のところクンデンホルフのみに」
「どれだけ引き出せるかが問題ですな」
「ええ」

 アンリエッタは強く頷く、場合によっては自ら交渉の席に立つ事も吝かではない。
 それを言えばマザリーニは反対する、遠征軍編成の資金に喘いでいるとは言え、女王自ら進み出るのは舐められると。
 自分や財務卿にでも命じてくれれば喜んでやると、そんな今後の政治にアンリエッタとマザリーニは話しあうのだった。






「ほら、さっさと行くわよ」
「ちょっと待ってくれって! 本当に大丈夫なのかよ!」
「大丈夫よ、ちょっと喉が詰まっただけ。 まぁなにかあっても魔法で簡単に治せるから、気にしなくて良いわよ」

 魅惑の妖精亭を出て、二人は路地裏を歩き大通りを目指す。
 さっさと歩いていくルイズに、それを追いかける才人。
 あのおかしな様子から一転して、何事も無かったかのようにルイズは武器屋へさっさと行こうと歩き続ける。

「いや、だって……。 どう見たっておかしかったし、デルフもそう思うだろ?」
「オレもそう思うがよ、もう何ともないんだしダイジョウブなんじゃねぇか?」
「もう何ともないったら、それともなに? どこかおかしなところでもあるの?」

 そう言って立ち止まり振り返るルイズは、腰を手に当て胸を張る。
 自信満々に胸を反らし、僅かに膨らんでいる胸を視界に収め居た堪れなくなった才人は顔を逸らした。
 大平原の小さな丘、咄嗟に才人の頭の中にはその言葉が浮かんできた。

「……ねぇ、今失礼なこと考えたでしょ?」

 無論そんな才人の表情を見過ごすわけがないルイズ。

「し、しつれいってなんだよ! こっちはるいずをしんぱいしてるってのに!」
「考えてたわけね、この私の胸を見て。 例えばナイムネとか、考えてたんじゃないの?」

 ねぇ、どうなのよ。
 そう言って才人の顔をしたから覗き込むように、ルイズは顔を突き出してくる。

「ば、馬鹿言うなよ! オレはネ、ルイズがとっても苦しそうだったから、またそうならないかって心配してるってのに!」
「……ふぅ~ん」

 如何にも意味ありげな、ルイズは疑いの目を向ける。
 そうして更に一歩、距離を詰めた。

「……心配してくれてありがと、もうあんな風にはならないから安心して」
「………」

 数秒見つめ合い、ルイズは一歩後ろに下がって離れる。

「いいこと? 私の心配をしてくれるのは嬉しいわ。 でもね、一番心配しなくちゃいけないことは……」

 人差し指だけを立てた右手を伸ばし、俺の胸に指し当てる。

「貴方なの、一番はサイトの無事、二番目は帰り道かしらね。 私のことなんてどうでもいいの、三番目以降にでも考えててちょうだい」
「んだよそれ、どうでもいいなんて言っちゃだめだろ」
「まぁそれもそうね、でも私の一番はサイトなの。 約束もしたし、それが責任ってやつでしょ?」
「……じゃあいいよ、俺は帰らなくていいよ。 自分を大事にしない奴に約束とか言われたくないし」

 言ってそっぽを向いて、チラリと横目でルイズの顔を見た。
 どう言う顔をするんだろうか、そんな悪戯心もあった。
 そうしてしまったと、一瞬の内に後悔してしまった。
 横目で見たルイズの顔はゆがんでいた、とても悲しそうな顔をして俺を見ていた。
 今にも泣き出しそうで、すぐに顔を伏せて──。

「いっ!?」

 張り手が飛んできた。
 パンッ、と小気味良い音が鳴って、頬を叩かれた。

「……次はないわ、今度同じような事を言ったらただじゃおかないから」
「………」

 ヒリヒリと痛む頬。
 その頬に手を当て、呆然とルイズを見る。

「……返事ッ!」
「は、ハイ!」

 反射的に、大声で声を上げる。

「よろしい、それじゃあ行くわよ」

 踵を返してルイズが歩いていく。

「……相棒、今のはねぇよ」
「……ごめん」
「オレじゃねぇだろ」
「……ああ」

 とりあえず追いかける、なんて謝ればいいんだろ。
 謝罪の言葉を考えながら、才人はルイズを追いかけて行った。



[4708] 自分勝手な 40話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/08/22 01:58
タイトル「自己中とは違うね」









 ギィ、と羽扉の蝶番が軋む。
 そこそこの年月が経っているだろうフローリングに踏みしめて、店内に姿を見せる二人。

「オヤジ、生きてるかー」

 俺の背中の鞘から顔、ではなく鍔を覗かせる。

「これはこれは貴族様! 以前は真に──」

 ルイズと俺が入ってくるなり、カウンター席に座っていた店主が立ち上がり、笑顔を作って揉み手。
 その際デルフの言葉は無視していた。

「店主、そんな事を聞きに来たんじゃないわ」
「ご入用で?」
「ええ、実用性のある短剣を見繕ってくれないかしら」
「ただいま!」

 と勇んで店の奥へと消えていく。
 俺はそれを見た後、同じく店内を見ているルイズの背中をちらりと見る。

「あんまりかわってねーな」

 先程のこともあり、話しかけにくかった俺は話題を振ってみたが。

「………」

 無言でスルーされた。
 これはマズイ、今までなら相槌の一つでも打ってくれたと言うのに今回は無言。
 やばい、相当怒ってる! と言う結論に至ってしまった。
 とりあえずどうしたら許してくれるのか、そう考えてデルフが言った通りに謝ってみようとルイズに声をかける才人。

「……っと、ルイズ」

 ほぼ即断で決めたあたり変に行動力が有る才人。
 そんな声に僅かばかり首を回すルイズ。
 才人から見れば、ルイズの目尻と頬しか見えない。
 勿論微妙な角度で表情は見えず、あとは肌と長いピンクブロンドだけ。

「なに」
「こ、こっち向いて欲しいなぁと……」
「……はぁ」

 一つ、随分と重そうなため息をルイズは吐いた。
 そうして振り返る。

「なに」

 いつもと変わらない表情に仕草、目と目に視線が繋がる。

「……ここに来る前の──」
「許すわ」

 そう才人が言い切る前に、ルイズは才人が欲した言葉を吐いた。

「………」

 先んじて言われた才人は黙る、これを言い出す事を予想していて当たり前だった。
 別にこれはどうでも良かった、いっつもなんか考えているようだし驚くことじゃない。
 黙った才人が気になった所は別、ルイズはあんな顔をしておいて、俺が謝ろうとしたらすぐに許すと言った。
 それが不思議でならなかった。

「許す?」
「許すわ」
「なんで?」
「なんでって……、反省したんでしょ?」
「そうだけど……」
「反省したのなら許さない訳には行かないじゃない」
「……いや、何か、許す許さないの話じゃなかったような……」

 もっと怒鳴られるぐらいに何か言われるかと思っていたのに。
 あんな悲しそうな顔をしたルイズの口から、簡単に『許す』と言う言葉が出るのがとてもおかしく感じた。

「許す許さないって、そういう話でしょ」
「……なんかちがうんだよ、ルイズが」
「……意味が分からないんだけど」
「なんかこう、もやもやするんだよ。 なんて言うのかな、ここがおかしいんだよ」

 なんて言えばいいのか分からない才人は、身振り手振りでルイズに話す。

「……サイトが言いたいことがちっとも分からないんだけど」

 言葉に出来ないから伝わらない、才人も何が言いたいのか分からない。
 ただ感情を表すだけで、その感情が何なのか分からない。
 言えない自分にむかむかしてきて、それを感じさせるルイズにもむかむかしてくる。
 まさに喉まで出掛かっている感じ。

「くそ、なんだ、よくわからねぇ!」
「こっちが分からないわよ」
「あれだよあれ! ほら、あの……あれだ!」
「……お願いだから、あれとかこれとかじゃなくて名詞を出して」
「相棒は娘っ子に違和感を感じてるんじゃねぇか? 俺も思うに娘っ子の態度がおかしく感じるんだよ」

 そう言って助け舟を出すのはデルフリンガー。
 それに乗っかって何とか分かってもらおうと腕を動かす。

「こいつの言う通り! なんかこう……ここでルイズの口から許すって言葉が出るのがおかしいんだよ!」
「……私は許しを与える立場じゃなくて、赦しを請う立場って言いたいわけ?」

 そういったルイズは形のいい眉を顰め、腰に手を当てる。

「そうじゃなくてだな、いまここで娘っ子の口から許すって出るのがおかしいって事なんだがね」
「だから──」
「そうじゃねぇんだよ! ほら、その……そうだ! ルイズはもっと怒っていいんだよ!」

 そうしてやっと思いついた一番単純な感情の一つを口にする。

「……なんで? もう許すと決めたし怒っていないんだけど」
「そうだよ、ルイズは早すぎるんだよ」
「なにが」
「許すのが早すぎるんだよ、俺が怒られるようなことしても、すぐ次には許すって出てくるんだよ」
「それの何がいけないのよ」
「だってそうだろ、俺を引っ叩く位に怒ってたのに、すぐに許せるのっておかしいだろ」

 むかむかする、いらいらする。
 誰かから嫌な事を言われて怒って、言ったそいつや物に当たりたくなる。
 じゃあ当たったりしてその気分がすぐに晴れるのかと、そう聞かれたら頭を横に振る。
 心ん中でむかむかやいらいらが絶対残る、そんなにすぐ消えるもんじゃない。
 俺はそうだ、自分と他の人が同じってわけじゃないけど、普通そういうもんじゃねーのか?

「……つまり私はもっと怒って、サイトの頬を一回叩くだけじゃなくて、腫れ上がるぐらいに叩いた方がいいってこと?」
「そんなになるまで叩いて欲しくないけど、俺は言っちゃいけない事言っちまったんだろ? だったらもっと怒っていいと思うんだよ」
「……はぁ、サイトはそう言う性癖があったのね」

 さっきより軽い溜息を吐いて、どうしてそうなるのか分からない事を言った。

「ちょ、何でそうなるんだよ!」
「普通もっと怒って欲しい、なんて言わないわよ」
「怒って欲しいんじゃなくて! もっと怒っても良いって言ってんだよ! 何で俺がそんな変態になってるんだよ!」
「踏まれたりしたら嬉しいんじゃないの?」

 ルイズに踏まれる? ……仰向けならルイズの、ってちがう!

「誰が好き好んで踏まれたがるかよ! そう言うのは他の誰かがやるから、俺はどうでもいいんだよ」
「……マゾね、一人居たような気がするけど」
「それから離れてくれ!」

 なんかおかしい話に、大声を上げたくなった。

「……さっきも言ったけど、私はサイトを許すと決めているの。 それを覆す気は無いし、それについてもう怒ることはないわ」
「だからなんでそんなにあっさりしてんだよ」
「そう言う性分なんだからしょうがないでしょう、分かっているでしょうけど私は他の人と違うの。 それを基準に考えてる?」
「そりゃあ分かってるよ、分かってるから言ってんだよ」
「分かってないじゃないの、分かってないからそういう事が言えるのよ」
「分かってる、ルイズは違う。 俺とは違うし他の奴らとも違う。 だからってそんな考え方で良いわけあるかよ」
「………」
「分かってるんだよ、違うって。 ルイズはルイズだし、俺は俺だし、デルフだってデルフの考え方が有るって分かってるんだよ。 でも……、俺はルイズの考え方が気に入らない」

 真っ直ぐ見つめる、ルイズは視線を逸らさないけど口は開かなかった。

「……さっきは悪かったよ、あんなこと言っちまって。 でもよ、俺が帰るにはルイズも生きてちゃなんねぇんだから、俺より下みたいな言い方やめてくれ」

 命の値段が違う、さっきのルイズの言い方はそんな風に聞こえた。
 だからムカっとした、そりゃあ召喚されたんだけど、好奇心で最初に触ったのは俺なんだから。
 いや、帰してくれるってのはうれしいけど、そこで命が何だとか、優先順位がどうとか、そんなのが出てくるんなら無理して欲しくない。
 頭で考えなくても、そう思ってたから帰らなくていいって口に出したんだと思う。

「違うわ」

 そんな考えを、思いをルイズは否定した。

「私は貴方が無事に帰って欲しいと思ってる」
「……俺はそんな風に思って欲しくない」
「思いとか考えとか、それを持って人は動く。 サイトがそう思うように、私もこう思ってるの」
「俺は、それのせいでルイズが怪我したりするのは嫌なんだよ」
「私もよ、やらなくちゃいけないって考えてて、サイトが傷付くのを見てきた。 それを見てこれほど後悔した事はないわ、自分にさえ殺意が湧くほどに私は私を許せない」
「じゃあ辞めちまえよ! そんなになるんだったら俺はっ!?」
「お願いだから、それはもう言わないで」

 そう言って、ルイズは俺の頬に手を当ててくる。

「……もう一度それを言ったら、全部ダメになるわ」
「ダメになるって、何がだよ」
「多分……」

 そう呟いて、ルイズは手を離し口を閉じた。
 続きを言わずに、顔を横に向ける。

「……なんだよ、多分って」
「それは……、全部変わると思う」
「……アレが変わるってこと?」
「そうね……、アレも全部変わってわからなくなるだろうし、私と貴方の関係も全部変わると思う」
「変わったらどうなるの?」
「さぁ、少なくとも今の関係は全て終わって、予想も付かない形になるでしょうね」

 ジロリと、目だけ動かしてこっちを見た。

「……そんなに?」
「ええ」

 ルイズが知る原作と言う世界、目の前のルイズとは違うルイズが居て、今の俺と違う俺が居る世界。
 キュルケとかタバサとか、ギーシュとかモンモンとか、同じだけど違う皆が居る。
 ルイズはそれと同じようにしようと動き、俺はそれを壊そうとしているのか?
 もう一度『帰らなくていい』と言ったら、今の関係が全て終わってどうなるんだろうか。

「……どうなるんだよ」

 分からないから、想像も出来ないから呟いた。

「分からないって言ったでしょ、想像出来ることのどれもが起こっても不思議じゃないわ」
「……どんな事思いついたんだ?」
「在り来りな事よ、私が死んだりサイトが死んだりするかもしれない。 大きく見ればこの国が無くなったり、もしかしたらハルケギニアが滅んだりするかも知れないわね」
「またそれかよ!」
「後者は大きく、と言うか長期的に見ればと言った方がいいわね。 少なくとも前者は十分起こり得る、だから私は……」

 そうしてまた口を閉じた。

「……俺、どうすりゃいいんだよ。 言ったら悪い事になりそうだし、言わなきゃ変わらねーし」
「………」
「なぁ、ルイズ。 それって本当に悪いことばっかになるのか? ほら、当てになるか分からねーけど、アレは使えたりしねーの?」
「それは……、使えると思うわ。 でも、使ったらどうなるか分からないわ」
「そんなのいつだって同じだろ」
「使えないわ」
「なんで」
「………」
「なんでだよ」
「………」

 聞いても答えないルイズ、そのまま後ろを向いた。

「なぁって」

 いつまでも答えないルイズに、前に回り込んで聞こうと歩き出そうとして。

「……怖いから」

 小さく呟いた声、それを聞いて足を止めた。

「とても怖いの、何もかも分からなくなるから」
「何もかも分からないって、そんなの当たり前だろ。 未来が見えるなんて、そんな神様みたいなこと誰も出来ねーよ」
「……そうね、でもその神様しか出来ない事を知ってるの。 だったらそうするしかないじゃない、それ以外に知らなくて、それ以外の事が起きたらどうすればいいのか分からないもの」
「どうなるか分からないってのは当たり前だし、そんな事ばっか考えてたらやってけないだろ」
「……サイトには分からないでしょうね」
「わからねーよ! それを知っているだけしか知らねーし、教えてくれもしないのにどうやって分かれって言うんだよ!」
「……そうね」
「だったら教えてくれよ! 俺にだって何か出来るだろ!?」
「駄目よ」

 それだけはハッキリと言った。
 今までは迷うような間があったのに、これだけはすぐに言い切った。
 それが、ムカつく。
 だから、俺がやりたいようにやる。

「じゃあいいよ、もう教えてくれなくていいよ。 たしかルイズは言ったよな、俺が思うように動けばいいって。 だからそうする」

 それを言えば、ルイズの小さな肩が揺れた。
 口を止めることなく、俺は言いたいことを言った。

「俺は帰れなくてもいい、俺はルイズの近くに居たい。 だから俺は好きなようにする、それが一番ルイズを守れそうだし」





 才人に取って『すき』と言う言葉はよく分からない。
 可愛い彼女が欲しいとか思って、出会い系サイトに登録なんてした。
 使う前に召喚されたので、結局は登録しただけであったが。
 とりあえず可愛い彼女が欲しい、今も昔もそれは変わらない。
 だがその間には『恋』とか『愛』だとか挟んでいなかった、ただ一つの結果として『可愛い彼女が欲しい』に集約して収束していた。

 素敵な恋愛がしたい、なんて乙女チックな考え方を持っていないし、だから可愛い彼女が欲しかったわけじゃない。
 それは独り身の男が『彼女欲しいな』と呟くようなレベルのもの、あれとかそれとか、いわゆる劣情のモノであったのは確か。
 それが基点だったのは間違いなかった、可愛い彼女とにゃんにゃん……を想像してハァハァと息を乱す事も無いわけじゃなかったけど。
 男なら一度は有るだろう経験に、才人も例外はなく当てはまった。

『あー、可愛い彼女が欲しいなぁ……』

 可愛い彼女、いわゆる見た目が可愛くて、才人の好みに合うような容姿の女の子。
 その少女がルイズであったのは、ある意味必然だった。
 虚無の担い手が呼ぶのは、自身と最も相性が良い『人間』だから、最も相性が良い才人が召喚されるのは必然だったのだ。
 そこに思いは存在しない、どれほど強く願おうが、最も相性が良い存在の前にゲートが開くのだから。

『な、なんだこれ!?』

 目の前に現れた鏡っぽいなにか。
 驚き声を上げるが、周りの人達はそんな声にも反応しない。
 まるで見えていないかのように、そんな異常な状況にして才人は鏡っぽい何かに興味を持ってしまった。
 向こう側が見えない、銀色のなにか。
 裏に回ったり、家の鍵を取り出して突っ込んでみたり。

『大丈夫、なのか?』

 鍵を突っ込んでも何も起こらない、もしかして吸い込まれるかも、なんて思ったがただそこにあるだけで何も起こらない。
 大丈夫そうだし、触ってみるか。
 なんて命の危険があるかも知れないものに、深く考えず手を突っ込んでしまった。

『やべッ!?』

 一気に危ないと感じ取った、突っ込んだ手が引き抜けない。
 それどころかどんどん勝手に入り込んで行く。

『やべぇ! これやべぇ!』

 一人でわーわー叫ぶが、誰も彼も無視して通り過ぎて行く。
 必死に引き抜こうとするが、全力を込めても引き抜けない。
 そして才人は恐怖を感じた、銀色の鏡っぽい何かに沈んで行く手が、向こう側の何かに当たっていたから。
 何かに掴まれている、やっぱり引き抜こうとするが、ドンドン銀色の鏡っぽい何かに吸い込まれて行く。
 助けを呼んでも無視され、本当にヤバイと感じて、最後は一気に右手が掴まれた何かに引っ張り込まれた。
 そうして潜った先には土煙、咳が出るようなモヤモヤとした景色だった。

 くそ、一体なんなんだ! そう叫ぼうとして、同じように土煙の中に居る人影を目に入れてしまった。
 それは形のいい眉に、鳶色の丸く踊るような瞳。
 肌は透き通るように白くて、輪郭も綺麗に整っている。
 土煙の間から注ぐ太陽の光を反射して輝くブロンド、光の当たり具合によってピンクにも見える長い髪。
 そんな綺麗な少女が、僅かばかりに笑みを浮かべてこっちを見ていた。

 その時、才人に電撃が走った。
 要するに一目惚れだった、グサリと才人の心に突き刺さったのだ。
 あの鏡っぽいものはなんだったのか、ここはどこなのか、そんなのが全部吹き飛んだ。

『可愛いガイジンの娘さんだな』

 終始そればかり思い、土煙の中一挙一動全てを視線で追う。
 そんな可愛い娘が才人の前に歩いてきて、目の前でしゃがみこんだ。
 そうしてより近くで見た、本当に可愛い。
 本当に釘付けだった、逸らしたくても逸らせない、才人の視線を縫いつけたかのように動かせない。
 だからこそしっかりと見た、整った長い睫毛や、綺麗に通った鼻筋、触れれば柔らかそうな唇。

 その姿を真っ直ぐと見据え、伸びてきた手にも反応しない。
 頬に添えられた小さな手は柔らかくて暖かい。
 顔をそらすとか、逃げようとか、そんな事が思い付かなかった。

『へ……?』

 近づく顔に近づく唇、そして想像通り柔らかい唇が触れた。
 触れていた時間はほんの一瞬だった、それでも触れていたと分かる。
 そうして離れて行く顔は、少しだけ頬が紅くなっているように見えた。
 それがいじらしく見えて、より才人の心を掴んだ。
 それはちりちりと焼けるような熱い感覚、実際左手が焼けているかのようにものすごく痛くなったが。

 体験したことの無い痛み、それもものすごく痛い。
 可愛い娘に弱い才人でも文句の一つでも言いたくなる。

『何なんだあんた! てかここどこだよ!』

 声を上げるが周りの怪しい奴らは、聞いた事ない言葉で話してて何を言ってるのか分からない。
 これはやばい、本当にやばいかも知れない。
 如何に楽天的な才人でも、見知らぬ場所に連れてこられて、なんかよく分からない言葉で話してるガイジンさんばかりだと冷や汗が出る。
 あの可愛い娘とのキスは生贄とかの印だったりするのかも知れない、そう考えて才人は怯えていたら。

『後で説明するから少し静かにしててくれ』

 と、何ともその姿から想像出来ない言い方で、日本語が返ってきた。
 それで頭が冷えたのかも知れない、周りをたしかめる余裕とか出来た。
 とりあえず周りのガイジンさんが、目の前の少女に何か言っているのは分かる。
 そしてその言葉の意味はよく分からないが、馬鹿にした声とかは分かってしまった。
 馬鹿にしてからかいあざ笑う、才人なら即殴りかかるような事でも目の前の娘さんは平然として。

『サイト、立てるか?』

 少しだけ微笑んで、手を差し伸べた。



 それから色々あった。
 俺はすぐに帰れないとか、並行世界とか小難しい事とか。
 その話してる途中、スカートの中が見えたりして。
 随分と男らしい話し方だったけど、ちょっと頬を染めて恥ずかしいと言うのもどこか可愛らしかった。
 なんか元日本人の男と言っても、喋り方とか男っぽい女の子にしか見えない。

 とりあえず一体どういう事なんだと話して、これからの事を聞かれた。
 安全な道か危険な道か、ハーレムとか英雄とか、男の子なら一度は憧れる物がある。
 選択肢を出したのはルイズで、選ぶのは俺。

 憧れる物があったからそっちを選んだのが違うと言えない、でっかい剣を握って敵をばっさばっさと切り倒す、なんて憧れた時があった。
 そこに可愛い女の子、ヒロインが出てきて恋人になる、そんな物語なんて沢山ある。
 そりゃあ勿論作り物だってしっかり分かってるし、ファンタジーでもSFでも、世界中探してもそんな物はないと知ってるんだ。
 でも、無いと思ってたものが目の前に有ったら、さわってみたいし知ってみたい。
 俺はそう思った、だから。

『じゃあ危険な道で』

 ファンタジーに冒険は付きものだ、手ごわい敵と戦って苦戦しながらも勝つ、まさにファンタジーの王道だ。
 それが俺を待っている、そう考えるとワクワクしちまった。
 そう言ったら本当に良いのかとか、ハーレムなんて死ねとか言われたけど、それでもいいと答えた。
 
『言っとくがもちろん『俺』こと『ご主人様とラブラブルート』は無いからな?』

 反射的にいらないとか言っちゃったけど、ルイズ位に可愛いなら良いかも知れない。
 実は元男で喋り方も男で、さらには仕草も男っぽい。
 なのにめちゃくちゃ可愛くて、どう考えてもルイズがヒロインにしか見えなかった。
 と言っても、俺がルイズと同じようになったらこんな事言われたくないだろうなーと、言わなかったけど。

 その後も色々あった、落ちてきそうなほどでっかい月が二つあったり、入れないかなと思っていた風呂に入ったり。
 次の日になれば下着だけのルイズを見ちまったり、シエスタと知り合ったり、ギーシュと決闘して勝ったけど痛い目にあったりした。
 怪我を治して貰って、その次は武器、デルフリンガーを買いに行ったり。
 お姫様が来て空に浮かぶ国へ行ってくれとか、ワルドの野郎に襲われて怪我したルイズとか。
 そっからだ、俺が心配し始めたのは。

 最初の方は良かった、元男の西島さんと言っても可愛い女の子。
 その日は眠れないくらい興奮してた、寝返りを打ったルイズにドキドキしたりして、これから起こるだろう冒険にワクワクしてた。
 まぁそんなのは一ヶ月も経たず終わったけど。

 待ってたのはハラハラドキドキだ、勿論楽しいとか感じる方のじゃない、どうなるか分からない不安になるようなものだった。
 一番最初はアルビオンで怪我したルイズの事だった。
 怪我が治ったって言うのにまた気絶して、そっから二日も眠りっぱなしだった。
 あの野郎が裏切る事を知っていて、それのせいで王子様が死ぬことだって知っていたのに見逃して。
 そのせいで自分が怪我したってのに、それなのにまた笑って、それを見て手を強く握り締め震えるくらいに怒った。

 でも許した、俺のためにそうしたんだって言われて怒るに怒れない。
 アルビオンから帰る時に気絶したときはまじで心配した、魔法ってやばいんだなって感じたし。
 その後は知っていることの中身を教えてくれなくて怒った。
 これもまぁ許した、俺が知ってると危ないって言ってた、デルフもそんな事言ってたし。

 そしたら今度は寝てる時動かなくなるんだぜ、召喚された時には普通に寝返りうってたのに。
 今じゃピクリとも動かず寝てるんだよ、寝言とか言わないし、小さな寝息しか聞こえないんだ。
 アルビオンから帰ってきた時の気絶みたいに、全く動かないのが心配になった。
 このまま目を覚まさないんじゃ、なんて考えてしまった。
 それも心配無用になったから良いけど、最近じゃ息をしてるかなんて確かめるようになっちまってるし。

 怒って心配して、また怒って心配する。
 なんつーか、それが嫌になった。
 心配してくれるのは嬉しいし、帰れるようにしてくれるのも嬉しい。
 でもそれのせいでルイズが傷つくのはなんか違うような気がした。
 なんか、俺のせいでもあるのに、全部ルイズが背負い込んでるようで嫌になった。

 そりゃあ元男でも今は女の子なんだし、もっと頼って欲しかった。
 頼りないから頼ってくれないのかと思ったけど、そうじゃなかった。
 怖いから、未来が分からなくなるから、つまり俺が帰れなくなるからか?
 だったらもうどうでも良い、ルイズが自分勝手に俺を心配してくれるなら、俺は自分勝手にルイズを心配する。





 イライラして、ハラハラして、怒って、心配して、そう思うようになった感情がしっかりと心の中にあった。
 喜ぶ姿を想像して、怒る姿を想像して、悲しむ姿を想像して、笑う姿を想像して。
 どんな姿を想像しても楽しいんだ、ルイズと一緒に居れたら楽しいんだ。
 そう考えて思う気持ちが、感情が何となく分かった。

「俺はルイズを守りたいって思うようになっちまった、守れるなら帰れなくても良いかなって思っちまった」

 僅かに肩を震わせるルイズの背中を見る。

「どうしてくれるんだよ、こんなの初めてだぜ。 こんな事思ったの初めてだ、こんなに守りたいって、守ってやりたいって思ったの初めてなんだよ」

 一歩足を出して近づく。

「責任取ってくれよ、召喚された時のキスだって初めてなんだぜ。 初めてばっかりで、責任取ってルイズを守らせてくれよ」

 さらに一歩、もう手を伸ばさなくても触れられる近さ。

「俺さ、多分ルイズの事がすきなんだ。 だからさ……」

 震えるルイズを後ろから抱きしめた。

「俺をルイズの傍に居させてくれ」

 そう言ってなんか熱くなってきた、俺の顔が。
 こいつはクサイ! 気持ち悪いとか言われて突き飛ばされたらどうしよう……。
 間違いなく凹む、立てなくなりそう。
 多分真っ赤っかな顔で悶々と考えていたら、ルイズの前に回した腕が、袖の部分がなんか熱い。
 なんだ? と後ろからルイズの顔を覗き込めば泣いていた、流した涙が袖の上に落ちて染み込んだだけ。

「ルイズ!? な、何で泣……!?」

 そんなに嫌だったのか、泣いているルイズから離れようとしてまた抱きしめた。
 離れようとして抱きしめる、何でそうしたのかはルイズが倒れそうになったから。

「ルイズ? ルイズ!?」

 いきなり力が抜けて崩れ落ちそうになるルイズ、それを支えて倒れないようにした。

「なんだよ、一体どうしたってんだ!」

 膝をついて腕の中で横たわるルイズを見る、その顔、頬には涙が伝った後が残っている。
 それどころか今も、少しだけど涙を流している。

「……嘘だろ? もしかして、これが……?」

 こんな、ルイズがこんな風になるのがさっき言ってたことなのか?
 全ての関係が終わるって、そう意味なのかよ!

「ルイズ! 起きろ!」
「相棒、揺らしたりしない方が良いんじゃねぇか?」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
「おめぇさんが愛の告白なんかしたからじゃねぇの?」
「………」

 デルフに言われて、一瞬で落ち着いた。

「どうして娘っ子がそうなったのかは知らねぇが、とりあえず戻った方が良いんじゃねぇか?」
「……そうだな」
「おまえさんもよくやるな。 初めてだぜ、店の中で貴族様に愛の告白する平民なんて」

 と、タイミングをはかっていたように店の親父が奥から出てくる。
 その手には、さっきルイズが頼んだ短剣を持っていた。

「死ぬほど難しいことに挑戦するなんざ、俺にはできねぇ。 だから餞別代わりにこれをやる、おまえさんが死体で発見されねぇことを祈ってるぜ」
「死……、何でそんな話になるんすか!」

 顔を紅くして、短剣を差し出してくる店の親父に言った。

「何でって、今は平民の服着てるがその奥様は貴族様だろ? 平民と貴族がお遊びで付き合うならともかく、おまえさんは真剣なんだろうし、結婚とかになってくるとやばいぜ?」
「けっ、けっこんんん!?」
「……その奥様がおまえさんが良いって言っても、親は間違いなく反対するだろうな。 反対されてもおまえさんが良いってんなら、親はおまえさんを殺して終わらせれば良い話だしな」
「……そんなことあるの?」
「あるに決まってんだろ、ほらよ」

 押し付けるように短剣を渡され受け取る。

「悪い虫が付かないよう、仲の良さそうな使用人を殺すような貴族だって居るんだぜ。 おれが言った通り恋仲の平民を殺さない貴族が居ないって言えねぇーだろうがよ」
「オヤジ、妙に親切だな」
「こんな命知らずは見たことねぇんでな!」

 笑うオヤジに早まったかもと悩む才人。
 そうして腕の中で眠るルイズを見る。
 それだけで色々吹き飛んだ、俺は好きにやるって決めたばっかりじゃねーか。
 ……結婚とかは置いといて、守りたいから守る、すきだから一緒に居たいんだ。

「うん、頑張るよ」

 そう考えたら自然と口に出た。
 店の親父はそれを聞いて笑い。

「代金は要らねぇ、負けて死ぬんじゃねぇーぞ!」

 と励ましてくれた。





 武器屋を出てからガチャガチャと、腰に付け直した剣の鞘が地面を擦れ音をたてる。
 背中に背負ったままだとルイズを背負えないから、腰に付けたけどうるさい。
 そんな音を鳴らしながら魅惑の妖精亭に戻る、うるさい音にもルイズは目を覚まさずに力なく背中に全身を預けていた。
 目は開かないし、口も閉じたまま。
 また眠ったままになるんだろうか、また何日も眠ったままになるんだろうか。

 気持ちに嘘はないと思うけど、こんな風になるなら言わない方が良かったかも知れない。
 がっくりと落ち込みながら歩き続けて、魅惑の妖精亭にたどり着く。
 裏口、従業員用の出入口が有る路地に入り、頑丈そうな裏口を見てまた歩き出す。
 その裏口の前に着き、開けてもらおうとノックをしようとすれば。

「ルイズッ!!」

 悲鳴のような呼び声、いきなりの声にハッとして右を見れば、頭にすっぽりと被るフードを被った人間が走り寄ってくるじゃないか。
 中々の怪しさに慌ててデルフを抜こうとするも、長いため引き抜けず、中途半端に鞘に戻してから店の親父に貰った短剣を取り出す。
 左手のルーンが光りだし、ルイズを背負ったまま離れるために飛び退いて、その反動で鞘からデルフが飛び出して落ちた。

「優しくしてぇ……」

 そんな様子にフードを被った人間は足を止め、フードを脱ぐ。

「使い魔さん! ルイズは! ルイズは一体どうしたの!?」
「……女王様?」

 見た事が有る顔だった、この前も直接見た人だしこの国の女王様だし、忘れるわけがない。
 とりあえず知ってる顔なので、短剣をおさめる。

「ルイズに一体なにがあったのですか!?」

 すごい剣幕、顔が怖いわけじゃないけど、何か押されるような勢いがあった。

「い、いきなり倒れたんです……」

 愛の告白をしたら倒れました、なんて言えるわけもなく、ただいきなり倒れたと反射的に言ってしまった。

「ああ、そんな、ルイズ……」

 女王様は俺の背中に回って、気を失っているルイズの頬を撫でていた。

「えっと、女王様はなんでここに?」
「……そうでした、どこか隠れられる場所はありませんか?」
「隠れられる? ……それじゃあ──」

 魅惑の妖精亭に、と言おうとした所で表通りから大声が聞こえてきた。

「探せ! まだ近くに居られるはずだ!」

 ガチャガチャと、鎧の擦れる音を鳴らして兵士たちが走っていた。

「こっちです」

 背中に隠れていた女王様に言って、魅惑の妖精亭の裏口へと進みノックする。
 少し待てば、裏口の覗き穴が開いた。

「あれ? サイトじゃない、遊びに行ったんじゃないの?」
「そうだけど、ルイズが倒れて……」
「今開けるわ」

 そう言ったジェシカが裏口のドアを開ける。
 開かれたドアの前にジェシカ、すぐに俺の隣にいた女王様を見て。

「この人は?」
「ルイズの友達」

 簡単に答えて、裏口を潜る。
 女王様もそれに続いて、ジェシカへと頭を下げた。

「アンと申します、ルイズが倒れたと聞いて心配で……」
「そりゃあ心配になるわね」
「水桶とかタオル、頼んで良いか?」
「わかったわ、早く寝かせてきなさい」
「ありがと」

 こっち、と女王様に言ってルイズを運んで行く。
 階段を登り、二階へ。
 廊下を歩いて突き当たりの屋根裏部屋、天井であり床でも有る扉を開け、下からルイズを支えて貰って中に入る。
 入ってから、ちょっと前に足を直したベッドにルイズを寝かせようとして、毛布とか干していたのを思い出した。

「すみません、ベッド直すんでルイズを」
「ええ」

 背中から降ろしたルイズを、女王様が抱いて支えた。
 素早く窓を開けて、干していた毛布とか枕を手荒く掴んで部屋に戻る。
 出来るだけ素早くベッドを整えて、女王様が膝を着いて支えていたルイズを抱き上げる。
 そうして寝かせた後、また窓の外にあった椅子を部屋に直しこむ。

「ありがとうございます」

 太陽の光で暖かくなっている椅子、尻が熱くなるけど俺は椅子に座って女王様はルイズの隣に、ベッドに座った。

「いったいなにがあったんですか?」
「大事な用がありまして、抜け出してきたのですが居ない事が知られたようで」
「そりゃあそうでしょう、この前の事があったのに……」
「……ええ、この前の、ウェールズさまの事もあって王宮から抜け出してのです」
「王子様の?」
「……ルイズに協力をしてもらおうかと思ったのですが、この様子だと……随分と無理をさせてしまっていたのですね」
「………」

 女王様はベッドに横たわるルイズの髪を優しく撫でた。

「……いつも私はルイズに頼りっぱなし、ルイズが倒れるまでそれに気が付かないなんて……」

 悲しそうな顔で、女王様は言った。
 そんな事はない、と知らない事を言えるわけもなくて別の言葉が出る。

「これからどうするんですか?」
「……明日、絶対に外せぬ用があるのですが、その為には明日まで身を隠さねばならないのです」

 王宮に居ちゃ駄目なんだろうか?
 駄目だからここに居るのか、と一人完結して頷く。

「大事な事なんですか?」
「ええ、ここにルイズが居ることは報告で知っていましたから、一日ルイズの傍に……」

 そう言って今度はルイズの頬を撫でる。
 ルイズを心配してるんだろう、だったら一緒に居た方が良いかも知れない。

「それじゃあ一日ここに居られるよう、店長たちを説得しておきます」
「ありがとうございます、使い魔さん」

 ルイズの看病って事で、一日だけ居られるよう言ってみよう。





「いいわよん」

 ルイズの大事な友達で、友達の女王……じゃないアンもルイズを心配しているから、一日だけで良いから屋根裏部屋に居させて良いか。
 そうスカロン店長に聞いたら快諾で返ってきた。
 訳ありと見抜いたのか、『働いて貰いましょう!』なんて言わなかった。
 流石に女王様をあんな格好で仕事なんてさせられない。
 ジェシカも何も言わず看病とかの手順を女王様に教えて、すぐに屋根裏部屋を出て行った。

「………」

 水を絞った綺麗な布で、ルイズの顔を拭いていく女王様。

「……女王様は何をするつもりなんですか?」
「……捕り物です、ルイズに調べさせていたのもそれがあっての事です」

 捕り物? そういや確か街に来る前に裏切り者が居るって言ってたような。

「確かルイズが、裏切り者を捕まえるために女王様が動いてるって言ってたような……」
「……流石はルイズね、秘密が絶対漏れぬように動いていたと言うのに」

 女王様は嬉しそうに笑った。

「ルイズが調べてくれたおかげで多くの裏切り者を見つけることが出来ました、その中でも最も大きく肥えたネズミを捕ろうと言うものです」

 同じく笑ったまま、それを見て才人はどこか寒くなった気がした。

「……女王様?」
「……私はルイズのおんぶに抱っこばっかりで、何も返せてはいないの」

 今度は乾いている布で、僅かに濡れたルイズの肌を拭く。

「この子のお陰で今の私が居るの。 ウェールズさまの事はとても残念だったけれど、この子のお陰で本当を見つけられたの」
「………」
「私はもう無くしたくないの、ウェールズさまを亡くして、ルイズまで亡くしたらどうなるか分からないのです」

 怖い、と。
 女王様は呟いた。

「私達の居場所どころか、命すら奪おうとする輩が怖いのです」
「……俺もです、ルイズが居なくなるなんて考えられないです」
「ええ、私もです。 ……ふふ、ルイズってば私より一つ年下なのよ? それなのにこんなにも凄くて、私が言いたい事をすぐに分かってくれる。 ……それがいけないのかも知れないのね」

 ルイズの頬を撫でて、撫でるその手の親指でルイズの唇を弄る。

「ルイズに寄りかかり過ぎていたのね、本当は私の事なんて煩わしいなどと思っていないかしら?」
「……そう思っていたらどうなんですか?」
「………」
「本当に邪魔なんて思ってたら、女王様に近寄らないんじゃないんですか? 女王様より全然一緒に居る時間が短いですけど、ルイズがそう思ってたらさっさと離れると思いますけど」
「……そうですね、ルイズはいつもハッキリ言ってきました。 私が女王になってからも変わっていません、使い魔さんの言う通りでしたね」
「ルイズじゃないんで寄りかかってくれって言えませんけど、俺だったら手伝いますんで」
「……ありがとう」





 それからルイズの看病をしつつルイズの昔の事とか聞き、日が暮れていった。
 日が落ちてからもルイズは目を覚まさず看病、と言ってもやる事は大体終わってるから屋根裏部屋で静かに過ごす。
 途中雨が降り出し、女王様を探してる巡邏が来たが、スカロンが体良く追い払ったとか。
 ジェシカが持ってきた夕食を受け取り、女王様と二人で食べた。
 食事が終わって、一息付いた所で女王様が口を開いた。

「……使い魔さんにお願いがあります」
「ん? なんですか?」
「明日の捕り物にお力を貸して欲しいのです、あの時も私達メイジ相手に勇敢に戦った使い魔さんのお力を……」
「良いですよ」

 と軽く返事を返した。

「……良いのですか? もしかしたら危ないことが……」
「俺たちって結構危ないことしてきましたよ、今更一つ増えたところで変わらないと思いますけど」
「……申し訳ありません」
「女王様が謝ることじゃないですよ! 俺もルイズもそんな怪我してないですし」
「……ありがとうございます」

 と言っても結構危ない怪我とかしたけど、傷は残ってないし今生きてるし。
 それでいいじゃないかと才人は考えていた。

「手を貸すって何すれば?」
「捕り物の時に、その相手の拘束をお手伝いして欲しいのです」
「良いですよ、殺せーなんて言われるよりはましですし」

 鞘に入れた剣でぶん殴れば、いやでも気絶するし。
 ぱぱっと近づいて一発振り下ろしてやればすぐ終わる。

「助かります」
「……ルイズがそれをするよりも良いですし」

 今のちぐはぐに見えるルイズにして貰うなら、俺が代わりにする。

「ルイズはジェシカに見て貰っとこう」
「……ええ」
「捕まえて終わりですよね?」
「そうですね、あの者を捕らえれば……終わりです」

 よし、ワルドみたいなメイジなんて早々居ないって話だし、楽勝だな。
 そう考える。

「それじゃあもう寝た方が良いかも、女王様はルイズと一緒に寝てください」
「使い魔さんはどこで寝るのですか?」
「床ですけど」
「え?」
「床です、……いっつも床で寝てるわけじゃないんで!」
「ああ、そうなのですか。 てっきり……」

 てっきり何なんだ。

「えっと、それではお休みなさい」
「お休みなさい」

 そうして今更気が付いた、女王様がフード付きローブを脱ぐと、その下から白いドレスが現れた。

「……女王様、それ着替えた方が良いんじゃ?」
「ええ、ですが着替えがありません」
「平民が着る服なんですが、ルイズの着替えならありますけど」
「そうなのですか? ……平民に混じって情報を集めるのですから、当たり前でしたね」

 とりあえずルイズの着替えを籠から取り出し、渡そうと振り返れば。

「ちょ、なんで!?」

 平然と才人の前でドレスを脱ぎ捨てたアンリエッタ。
 左腕で顔を隠しながら着替えを持った右腕を突き出す。

「ありがとうございます」

 受け取ってさっさと着付ける。

「……女王様、いきなり脱ぐのは止めた方が良いと思います」

 眼福であったのは確かだけど、世間知らずとかそんなレベルじゃなかった。
 やっぱり使い魔って時点で人間に見られてないんだろうなぁ、だって呼ぶのが名前じゃなくて「使い魔さん」だし。
 あと胸が大きかった、そう考えたらいつか聞いたルイズの低い声がどこからとも無く聞こえてきた気がした。

「そうなのですか?」
「そうなんです、ルイズはそんな事しませんよ」
「そうなのですか」

 いくら世間知らずだからって、言えば分かるだろうしルイズの名前を出しときゃ次は考えてくれるだろう。

「もう良いですか?」
「はい、少し苦しいですが」
「なに……、そうでしたね、ルイズ用に買ったんでしたね!」

 ルイズとボリュームが違う、ルイズ用に買ったんだからボタンが閉まらないのは当たり前だった。

「……すみませんけど、それで我慢お願いします……」

 出来るだけ見ないようにした。
 煩悩をたたき起こすような胸の谷間の前に、ルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズ……。
 念仏のようにルイズの名前を唱え続けた、こうでもしないと視線が釘付けになりそうだった。
 好きだっつったのに、他の人の胸を見るのは駄目だろ!
 そう考えながらも横目でチラチラ。

「私、こういう服を着るのは初めてですの」

 ぶるるん、咄嗟に右手で鼻を抑えた。
 なにあれ、キュルケよりは小さいけどジェシカに負けないぐらいに大きい……っ!
 ルイズ用のシャツが頑張っていた、まるで『ここはおれが支える! 先に行け!』と言わんばかりにシャツが開くのを抑えているボタンが見えた。
 ぱっつんぱっつんだから、ボタンとボタンの間の隙間から胸の谷間が見える。

「……えっと、早く寝ましょう」
「ええ、そうですね」

 これはマズイ、非常にマズイ。
 だからさっさと寝てもらいたい。

「ルイズと一緒に寝るなんて、本当に久しぶり」

 ルイズの方を見ながらベッドに横になる女王様。
 ……こう言う状況じゃなかったら、本当に楽しかったかも知れない。
 ああ、こうなったの俺のせいかなぁ。
 そう考えながら、床に敷いた毛布の上に寝転がる。
 明日にはルイズの目が覚めてれば良いな。

 魔法なんて使ってなかったし、明日には目を覚ますだろうと考えて瞼を閉じる才人だった。



[4708] 5巻終了な 41話
Name: BBB◆e494c1dd ID:bbd5e0f0
Date: 2010/08/21 04:13

 アンリエッタ・ド・トリステインにとって幼馴染みはどう言う存在か、と聞かれたらこう答える。

「とても大切な人よ」

 生涯を通して最も高い位置に上げられる親友、彼女無くして自分はあり得ないと言い切るほど。



 初めて出会ったのは、新たな遊び相手として充てがれた時だった。
 トリステインの大貴族、ラ・ヴァリエール公爵家の三女、一つ年下の女の子と聞かされた。
 歳が近いし、身長も差ほど違わないとも聞き、気に入るだろうお父様が言っておられたのを覚えている。

「お初にお目にかかります、アンリエッタ姫殿下。 私はラ・ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。 本日は殿下のお遊び相手としてお伺いさせて頂きました」

 私の部屋で仰々しく頭を下げ、名乗ったのは私より小さな子。
 私より小さく子供と思う女の子は、トリステインの礼式に則った最上の儀礼にて会釈する。
 それが終わり、ゆっくりと頭を上げる少女はお人形のような子だった。
 太陽の光を浴びて色合いを変える子の髪に目を惹かれ、気が付いたら口走っていた。

「髪、さわってもいい?」

 それを聞いて何度かまばたきした子、ルイズ・フランソワーズが頷いた。
 礼を返さなければいけない私に何も言わず、膝を付いて頭を垂れた。

「こっち、こっちでみたほうがきれいだわ」

 膝を着いたルイズ・フランソワーズの手を取って、窓の近くに引っ張る。
 太陽の光が入り込む窓際で、もう一度ルイズ・フランソワーズは膝を付く。

「きれいね!」

 腰に届かないぐらいのきらきらと光を浴びて色めく髪、少し頭を傾ければ違う色に見える。
 見た事が無い輝きだった、私はふらふらと頭を揺らしながら金色と淡紅色にころころ変わる髪色を喜びながら見ていた。

「お父様とお母様から頂いた宝物でございます」

 ルイズ・フランソワーズは頭を垂れたまま言った。
 今思えば本当に子供だった、ただ見たこと無い物に興味を抱いて見入るだけ。
 どう言うものか気にせず、表面だけを見て判断していた。

「宝物、いいなぁ」

 ルイズ・フランソワーズの髪を触りながら、私は呟いた。
 指先に絡ませ、くるくると遊ばせてみる。

「姫殿下の髪もお美しいと存じ上げますが」

 顔を伏せたままのルイズ・フランソワーズに言われて、ルイズ・フランソワーズの髪から自分の髪へと変える。

「こんなくらい色はいやよ、あなたみたいな色がよかったわ」
「姫、今のお言葉の訂正なさってください。 陛下や大后様がお聞きになられたらお嘆きになります」
「ほんとうのことだもの、うそはだめだとお父様とお母様がいってたわ」
「……私はその色、嫌いではないのですが残念です」

 鳶色の目が私を見て、残念そうに揺れた。

「どうして? あなたみたいにきらきらした髪のほうがきれいじゃない」
「そうですね、好みの問題と言うことでしょう。 淑やかで深く見えるその髪色、是非この手で触らさせていただきたいものです」

 
それを聞いて、私はスカートの裾を持ち上げて座る。

「わかったわ、どうぞさわってちょうだいな」

 そう言ってルイズ・フランソワーズを見る。

「……それでは失礼を」

 顔を上げたルイズ・フランソワーズはその両手を伸ばし、私の頬から髪を掻きあげる様に髪に触れる。
 髪がもつれて指に引っ掛からないように、ゆっくりと手を動かしていく。

「殿下、こんなにも美しいでは有りませんか。 このような髪を要らないなどと、とても残念でなりません」

 優しく触れられる、それが少し気持ちが良くて、お母様に髪を梳かれているような。

「……わからないわ」

 座り込んだまま、ルイズ・フランソワーズの手に身を任せて瞼を閉じる。

「そうですか、いずれ分かるようになる時が来るでしょう」












タイトル「勝手知らずななんとやら」












 ゆっくりと瞼を開き、横になって今だ目を覚ましていないルイズを見た。
 その横顔は就寝する前に見た時と変わらない、ただゆっくりと呼吸して眠っている姿。
 夢、幼き頃に出会った時の夢。

「……貴女の言う通りだったわ」

 ルイズの左側から、左手を伸ばして右頬に触れる。
 ルイズが言っていた事、あの人も綺麗だと言ってくれた髪。
 何時も手入れを欠かさぬよう、注意を払ってきた。
 その注意を払うようになった、美しいと言ってくれたあの人は亡くなってしまった。
 だから、もう半分の意味、それに縋り付くしかないのでしょう。

 もう一度ルイズの頬を撫で、次に髪に触れる。
 昔に見たあの美しい色合いが弱くなっている気がした。
 倒れるほど疲れているのでしょう、それが髪にも現れていると。
 何度かルイズの髪を梳き、起き上がる。

「………」

 ベッドから降り立ち上がり、床に寝ているルイズの使い魔さんを見る。

「使い魔さん、起きて下さいまし」
「……あと、ごふん……」

 むにゃむにゃと、起きる様子の無い。
 視線をずらし窓の外を見れば、夜に降り始めた雨はすっかりと上がっていた。

「……まだ時間はあるわね」

 窓の外の日、上がってからまだ一時間と言った所でまばゆい光が世界を照らしている。

「起きて下さいまし」

 視線を戻して、今度はしゃがんで肩に触れて揺らす。

「……もうちょっとぉ……」
「……起きて下さいまし、これではルイズの体を拭けないではありませんか」
「……むにゃ」

 そう言えば使い魔さんの体が少し揺れた、それを見て一つ思う。

「……まさかとは思いますが、寝た振りなどをしてはいないでしょうね。 そうやって不埒な考えを持っているなどと考えたくは有りませんが……」

 己の杖としているいつもの水晶の杖ではなく、予備の小さな杖を取り出す。

「もしもと言う事が有りますからね、『イル・ウォータル・スレイプ・クラウディ』」

 少々抑えたスリープ・クラウド、青白い雲が使い魔さんの顔に纏わりついて、寝ているならより深い眠りへと落とす。

「ふが……」
「………」

 コテンと頭が落ちる、それを見て才人への評価が一つ下がったアンリエッタだった。






 そうしてアンリエッタはルイズの体を拭くための布や水桶を貰いに行くため、屋根裏部屋から降りる。
 魅惑の妖精亭、二階の客室が並ぶ廊下を歩き、一階への階段へと降りる。
 その途中、すれ違う宿泊客、それは男性客で小さめの服を着るアンリエッタへといやらしい目付きを向ける。
 それに気が付かないほど鈍感ではないアンリエッタは、すまし顔で流しながらも内心で後悔していた。
 裏口から入った時に見たこの店の衣装、随分と卑猥な物。

 下着が見えそうなほどの短いスカートに、体のラインが浮かび上がるようなかなり生地の薄いコルセット。
 背中は大きく開いて、体を隠している生地の面積が信じられないほど少なかった。
 あれがこの店の仕事着ならば、ルイズも同じような衣服に身を包んで仕事をしていたのだろう。
 高貴な貴族、由緒正しき公爵家の三女であるルイズに、任務とは言えあのような格好をさせたのは自分であると言う事。
 それがどうしても辛かった、手紙を送る前に戻れるなら戻って手紙を破り捨てているだろう。

 あのような者に夜な夜な相手をして、情報を集めていてくれたのだろうルイズ。
 大切な者であるのに、どういう風に情報を集めているのか知らなかったとは言え、あんな事をやらせたのは自分であると。
 平民の市井を知らなかった、どう言う方法で集めるのかと理解して居なかった。
 それが免罪符になる事は無い、そうさせるに至る命であったのは間違いなかった。
 ルイズが倒れた一端を担うのは自分でもあるのが、許せない事でもあった。

「すみません、体を拭く布とぬるま湯を頂けませんか?」

 一番人が居るだろう厨房を覗いて、通り掛かった人に声を掛ける。
 ルイズの体を拭くために必要だと言えば、快諾して持ってきてくれるようにしてくれた。
 笑顔を向けて頷いてくれる、それがルイズの為であると一目で分かった。
 予想以上にルイズは馴染んでいたのだと、少なくとも反感など持たれておらずにやっていたのが分かった。
 もしかしたら虐げられているかもしれない、そんな思いも簡単に吹き飛んだ。

「ねぇ、ルイズが目を覚ましたの?」

 と、誰かが後ろから肩を叩き声を掛けてきた。
 それは昨日裏口のドアを開けてくれた女性だった。

「いえ、まだ……」
「そう、早く目を覚ますといいわね」
「はい」
「ところでどうしたの? 何か用?」
「はい、ルイズの体を拭こうと思いましてお願い致しました」
「そうなの? すぐ持ってくるわ」

 そうして彼女が厨房へと入ろうとすれば、先ほど頼んだ方が布とぬるま湯が入った桶を手に持って現れた。

「手伝おうか?」
「お願いします」

 女手一つでは、いくらルイズが軽いとは言え少々厳しい。
 ルイズの体を支える役、ルイズの体を拭く役と分けた方が時間が掛からないだろう。
 そう考え至ってアンリエッタは頷く。

「ありがとうございます」

 礼を言って受け取り、足を階段へと向けると。

「私が持ってきたのに」
「やること終わってるなら譲るけど?」
「うっ……」
「サボる口実に使うんじゃないの」
「純粋に思っただけよ!」
「だったらテキパキとやる、それが一番でしょ?」

 倒れたルイズの面倒を見る、それについて後ろで揉めていた。
 昼前、サン・レミの聖堂が昼前を知らせる鐘を鳴らす頃にはここを出て行かねばならない。

 とても大事な用、直接出向き太り肥えたネズミを叩き潰さねばならない。
 そうしなければいけないのだが、そうすると眠るルイズを一人置いていかなければいけなくなる。
 置いていきたくは無い、しかし出向いて……。

「……アン、どうしたの?」
「いえ……」

 迷いが出た、この人たちにルイズの面倒を見てくれと言ったら引き受けてくれるでしょう。
 でもルイズの使い魔さんを勝手に借りていいのか、目が覚めた時に居なかったら心配するのでは?
 もしルイズが倒れていなければ、予定通りに助力を請いていたはず。

「……あ」

 そうして気が付く、結局はルイズに寄り掛かっていることに。
 使い魔さんを借りる、それはルイズの力を借りている事に違いない。
 ルイズが召喚して、契約した使い魔さん。
 つまりルイズの力の一つであり、使い魔さんを借りる事はルイズの力を借りている事。
 なぜ昨日気が付かなかったのか、また寄り掛かっているのではないですか。

 唇を噛む、自分の都合の良い事ばかりを考えていた。
 ルイズなら助けてくれる、手を貸してくれる。
 そうしてもらった時の疲れを、ルイズの疲労を全く考えていなかった。

「そうでした……、私は……。 私のためだけではなくて……」

 あの子に何かをしてあげられた?
 私はあの子に……、一番欲しかったものを、ウェールズさまから永遠の愛を頂く事ができたと言うのに……。
 それに見合うことを、何かしてあげられた?

「……アン?」
「……何でも有りません、行きましょう」

 掛けられた声に返し、階段に向かって歩き出す。
 床と同じく僅かに軋む階段を上り、無言でアンリエッタの後ろに付いて来るジェシカ。
 何かある、妙に鋭い勘がアンリエッタの素性を嗅ぎ付ける。
 気になる、気になるけど問いただす様な真似はしない。
 ジェシカからすれば、アンは恩のあるルイズの友達で、貴族であるルイズの友達なら、またアンも貴族でしょうと考えていた。

「……なるほど」

 二階の廊下の奥、ルイズと才人が寝床としている屋根裏へと上る梯子。
 桶をジェシカへと預けて梯子を上るアンリエッタを下から眺めるジェシカ。
 ばっちりと短めのスカートから覗く足とお尻、見えた白い下着を目に入れて、ジェシカは浮かべた想像が当たっているだろうと確信を深めていた。






「まだ寝てる、ほら、サイト!」

 屋根裏部屋に入るなり、床に寝転がっていびきを掻いていた才人が見えたジェシカ。

「疲れているようですから、もう少し寝かせておいて貰えませんか?」

 ジェシカはたたき起こそうとして、アンリエッタに止められた。

「……そうね、ルイズの世話があるから今日も休みにした方が良さそうね」

 ルイズが倒れているのに仕事に出ろ、なんて言えるほどジェシカやスカロンは厳しくはない。
 もしそんな性格なら魅惑の妖精亭はここまで流行っていなかっただろう。

「……まぁ、いつ起きるか分からないし」

 ジェシカは寝転がっている才人を両手で押して、ルイズが寝ているベッドとは逆へと体の向きを変える。
 アンリエッタはテーブルの上に桶を置き、ベッドに近寄り腰掛ける。

「脱がすので支えてもらっても良いでしょうか」
「途中で起きたらまずいんじゃない?」
「いえ、ぐっすりと眠っていますので大丈夫です」

 何度も起こそうと体を揺すりましたが、起きる気配は微塵も。
 そう言われてジェシカはそれなら大丈夫かな、そう思って頷いた。

「こっちからでいい?」
「はい」

 ジェシカがルイズの頭側に移動してベッドの上に乗り、腕を使ってルイズの上半身を起こす。
 アンリエッタはルイズが着ている黒のワンピース、それに手を掛け引き上げていく。
 腕を通してワンピースを脱がした下には白のスリップ、それも同じ様に脱がしていく。
 見る間にワンピースとスリップの下に隠されていたルイズの肌が露になる、今のルイズが身に着けているのは下着だけ。
 上半身裸で下着だけ身に付けた美少女がベッドの上で眠っている、もし才人がそれを見ていたら飛びついていた可能性が極めて大きかったのは言うまでもない。

「上から拭いていきましょう」

 顔から拭き始めてぬるま湯で濡らした布と乾いた布、出来るだけ丹念に、汚れや水滴を残さないようアンリエッタが拭いていく。
 首、肩、腕、胸、そうして拭いていき。

「………」
「アン?」

 布を手放して、アンリエッタは右手をルイズの体に這わせる。
 その手は胸の下、浮き上がっている肋骨へと触れられている。

「……こんなに」

 小柄なルイズ、それほど肉や脂肪が付いてないとは言え、一目で分かるほど大きく浮き上がっている肋骨。
 横になっているから、それだけだとは思えなかったアンリエッタ。
 痩せ細っていると言って良い状態。

「……ルイズは、食事をしっかりと取っていますか?」
「ええ、しっかりと食べていたようだけど。 太りにくいだけかもしれないわよ?」

 そこは羨ましいわねぇ、とジェシカは言う。

「……それだけならいいのですが」
「食べてなかったりしたら、サイトが何か言うでしょ? 黙ってて、なんて言われても文句言いそうだし」

 床に転がって眠る才人を二人は見る。

「……そうですね」

 アンリエッタは才人に頼んだ、ルイズを守って欲しいと。
 それに才人はしっかりと頷いた、だったら食事を減らして弱るような真似をさせる事はないでしょうと考える。

「傍に居られないのですから、彼に任せるしか有りませんね……」

 本当なら傍に居たい、居て欲しい、だがそんな願いは己の責務によって露と消えている。
 現状、アンリエッタは我慢するしかない、対応しなくてはいけない問題が多く、大きい。
 やるべき事が終わったら、そう考えて女王としての役目を務めようと努力していた。

「まぁ、サイトはルイズにぞっこんのようだしね」

 ニヤニヤとジェシカは笑いつつ、拭きやすいようルイズの体を動かす。

「でなければ困ります。 ルイズのために動かないと言うのであれば、不要でしょうから」

 それを聞いたジェシカは驚いた、言った時のアンリエッタの表情は非常に冷めており、声も心なしか低くなったような気がしたからだ。

 ……大事にされてるねぇ、ルイズは。

 そう思いながらアンリエッタが拭き易いよう、ルイズを動かすジェシカ。
 ルイズの脇やお腹を拭いてから、二人の動きが止まる。

「……下も?」
「下は……」

 どうしよう、アンリエッタはそう少しだけ迷った後に。

「最後に」

 結局は二人に着ていた物全てを剥がれ、全身くまなく拭かれて着替えさせられたルイズだった。
 少々時間を掛けてそれが終わった後、布を桶の中に入れてアンリエッタはジェシカへと向き直る。

「……申し訳有りません、御願いが有るのですが」
「ん、なに?」
「お昼前に大事な用がありまして、その為にここを出なくてはなりません」
「いいよ、ルイズの面倒はしっかり見とくから」

 アンリエッタの言いたい事を察したジェシカは頷き、ルイズへとブランケットを掛けていた。

「ありがとうございます、それと彼が起きたら伝えて欲しい事が一つ」
「伝えて欲しい事?」
「はい、『昨日のお話は無かった事に、ルイズの事を御願いします』と」
「……わかった、伝えておくわ」
「ありがとうございます」

 ジェシカは頷き、アンリエッタは礼を述べる。

「まだ時間あるわね、昼食は食べていく?」
「いえ、またルイズの所に戻ってきますのでその時にでも」
「そう、わかったわ」

 ジェシカは桶を手に取り、片付けてくると屋根裏部屋を後にした。



 








 タニアリージュ・ロワイヤル座、劇場としてはそれなりの大きさの建物。
 そこに馬車が一台、入り口の前に止まる。
 かなり豪華な馬車、その中から豪華な衣服を纏った男が降りてくる。
 それと同時に寄ってくる御者の小姓は鞄を受け取ろうとするが。

「必要ない、馬車で待っておれ」

 そう言って劇場の入り口へと入っていく。
 それを離れた裏路地の入り口から見ていたのは複数の女性。

「馬車の確保、御者もしっかりと押さえておきなさい」
「はっ」

 一人は全ての命令を出す女王、フードを被ったアンリエッタ。
 そのアンリエッタを囲むように佇むのは直属の銃士隊、命令されると同時に弾けた様に動き出す。

「それでは参ります」
「お気を付けて」

 アンリエッタは頷き、差し出されたいつもの水晶の杖を受け取る。
 本来で有らば前後左右にアンリエッタの周りを固めるのが基本であったが、銃士隊全てを所定の位置に配置している上、怪しまれず行くには一人で行動した方が良かった。
 故にフードを目深く被り、路地裏から出て劇場へとアンリエッタは歩き出す。
 人の流れを分けて進む、通りを横断して後数歩で劇場の前だというのに、それを遮った存在。

「そこのフードを被った者」

 獅子の頭を持ち蛇の尾を持つ、馬より速く地を駆ける幻獣。
 幻獣らしく、その存在感は人と比べ物にならない。

「フードを脱げ」

 アンリエッタの歩みを遮ったその幻獣、マンティコアに跨るのは魔法衛士マンティコア隊の隊長、ド・ゼッサールだった。
 アンリエッタが失踪したと聞き、全隊を持って捜索に当たっていた。
 一晩中探していたためか、顔に疲労が表れていた。
 それを僅かに見てアンリエッタはマンティコアに近付く。

「ぬ、止まれ!」

 ゼッサールはフードを被った人物に制止を掛け、腰の杖を引き抜こうとした所にマンティコアが命令もしていないのに膝を着いて座り込んだ。
 ゼッサールが駆るマンティコアは、フードを被っている人物が誰か理解して座り込んだのだ。
 それを知らぬゼッサールはいきなりマンティコアが座った事に慌てるが、フードの人物が顔を上げた事により目を丸くして驚く。
 アンリエッタはマンティコアの頭を撫でながら、人差し指を唇の前に持ってきてゼッサールに静かにとジェスチャー。
 すぐさまマンティコアから降りて、アンリエッタの元によるゼッサールは声を抑えてアンリエッタに問い掛けた。

「……陛下、一体どこへ行かれていたのですか。 陛下が居なくなったと知らせを受け、我々は一晩中探していたのですぞ」
「苦労を掛けます、隊長。 疲れている所に申し訳ないのですが、貴下の隊でこのタニアリージュ・ロワイヤル座を包囲してください」

 一瞬怪訝な顔をしたゼッサールだったが、アンリエッタの真剣な表情を見て疑問を掻き消し頭を下げる。

「……はっ」
「決して、誰であろうとこの劇場から出してはなりません。 無理やりに出ようとする者は必ず拘束する事、これは勅命です」
「陛下の随意に」

 素早くマンティコアに跨り、立ち上がらせて走り出す。
 近くに居た他のマンティコア隊員に命令を告げ、隊を挙げて任務に着く。
 それを確認してからアンリエッタは劇場に足を向けた、薄汚い売国奴を捕らえるために。





 本来なら切符を買わずに押し入る事も出来るのだが、そうしたことによる混乱などで逃げられる可能性もあったために、普通の町娘のように切符を購入して劇場の中に入る。
 フードの内から視線を走らせるアンリエッタ、目的の人物を見つけてその席へと目指し歩き出す。
 劇場ホールの中の席は半分ほど埋まっている、その内の殆どが女性。
 席から舞台の上に視線を移せば、見目麗しい役者たちが役を演じていた。
 役者たちの一挙一動に、客の大半が女性で黄色い歓声が上がる。

 無論、見目麗しい役者にアンリエッタが惹かれるわけがない。
 永遠に愛す事を誓った人が居るアンリエッタに、いくら姿が美しい者が求愛しても僅かにも靡く訳が無い。
 役を演じる役者など無視して段差を降り続けて、目的の席にへと向かう。
 他の席に座る客に頭を下げつつ、目指した座席にへと座るアンリエッタ。
 その隣の席に座る人物は、チラリと視線をアンリエッタも向けた後。

「失礼、その席に連れが──」
「参りませんわ」

 フードから覗く顔と声を聞き、アンリエッタの隣に座っている人物、リッシュモンが驚き目を剥いていた。
 すぐにリッシュモンは調子を整え、隣に座ったアンリエッタに声を掛けた。

「……陛下がお隠れになられたと聞いて心配しておりましたぞ、いつぞやの誘拐のような事がまた起こったとも……」
「ええ、あの時は本当に大変な事になりましたわ。 ですが今回のはアルビオンに国を売ろうとしている人物を捕らえるため、態々人目を忍び姿を隠させていただきました」
「………」

 フードを脱がず、アンリエッタは真っ直ぐと舞台を見たままリッシュモンへと話し続ける。

「私が連れ出された時にアルビオンの者を手引きした罪、この国の重要機密を金で売っていた罪。 その他もろもろ、数えれば切りが有りませんわね」
「……それで、陛下が言う者は一体どのような人物でしょうか?」
「金に魂まで売った男ですわね、お金をかき集めてばら撒き、自分に従わせるよう工作し、従わねば罪をでっち上げ謀殺するような、とても卑劣な高等法院長」

 その人物は一人しか居ない、名は言わないが誰であるか示している。

「逃げる算段はつきましたか? 例えばあの舞台の上にある抜け穴から逃げようと? それとも私を振り切って出入り口からでも?」

 それを聞いたリッシュモンは表情を歪めた、自分の行いが全てばれている、その上逃走経路も把握されていると。

「どうぞお好きな逃走経路をお選びになってくださいまし、勿論どう足掻いても逃げられませんが」

 宣告する、ここでお前は終わりだとアンリエッタが言う。
 だが、その程度で諦めるリッシュモンではない。

「なるほど、全ては陛下の手の内でしたか。 まんまとしてやられましたな!」

 リッシュモンは声を上げて笑いながら、両手を打って音を鳴らした。
 それと同時に舞台の上で演じていた役者が演技を止め、隠し持っていた杖を引き抜いてアンリエッタへと向ける。
 これも演技なのかと観客が声を上げるが、杖を突き出したままの状態で止まる役者たちに疑問の声を上げ始めた。

「煩いッ! 芝居は黙ってみろッ! これから声を発した者は殺す、冗談ではないぞ!」

 煩わしいと思ったのか、リッシュモンは声を荒げて他の観客を脅して黙らせる。
 静かになった劇場内に満足したリッシュモンは立ち上がって、アンリエッタへと向き直る。

「抜け穴が使えない、当然劇場周囲も取り囲んでいるのでしょう? でしたらあなたを人質にとってアルビオンへと渡る事にしましょう」

 アンリエッタの手を取ろうとして。

「まさか、役者がアルビオンのメイジだと気が付いていないとお思いで?」

 アンリエッタは視線を真っ直ぐ舞台に向けたまま。

「排除」

 一言呟くと同時に、怯えていた観客の女性たちが素早く動き出した。
 耳を両手で押さえたくなるほど、劈く轟音を響かせて煙が上がる。
 その瞬間には、杖を構えていた役者たちが崩れ落ち、体中から血を流して息絶えていた。
 耳を劈く轟音を鳴らしたのは銃、それも数十丁という数。
 劇を観賞していた女性客の殆どがいきなり銃を取り出した事に、アンリエッタに杖を向けていたメイジたちは驚いた為に対応が遅れ撃ち殺された。

 リッシュモンや撃ち殺されたメイジたちが気付けないのは無理がない、何せ銃を撃ち放った全員が平民なのだから。

「……さて」

 アンリエッタはおもむろに立ち上がり、フードを脱ぐ。
 僅かにリッシュモンへと顔を向けて、呆然としたリッシュモンの顔に視線を向けた。

「お次は?」

 その声を引き金に次々と観客の女性たちが懐から短剣や、隠して持ち込んだのだろう剣を引き抜いて二人を囲んでいた。

「……無いのでしたら終わりですわ」

 アンリエッタは周りの銃士隊員を見回した後、アンリエッタはリッシュモンから離れ歩き出してまた一言。

「捕らえなさい」

 その命に従い、銃士隊が包囲を狭めてリッシュモンに迫る。
 だが捕まる気など無かったリッシュモンは懐から杖を引き抜き、呪文を唱える。
 銃士隊の数が多く、一人魔法で殺したとしても、その間に他の奴らが群がってくる。
 忌々しい羽虫どもめ! 迫ってくる銃士隊に悪態を吐き、リッシュモンはフライで飛び上がって、なんとしても逃げ果せようとして失態を犯した。

「聞こえなかったのですか?」

 劇場の天井スレスレで飛ぼうとしたリッシュモンの足に絡みつくもの。
 アンリエッタに襲い掛かって人質にしようとした方がまだ勝算はあったかも知れない。
 だがリッシュモンが選んだのは一刻も早いこの場からの逃走、それが明暗を分けたかもしれない。

「言ったでは有りませんか、もう逃げられないと」

 それはアンリエッタが魔法で作り上げたウォーター・ウィップ、大気中の水分を集めて作り上げた、透き通る水の鞭は容易くリッシュモンの足を捕らえた。
 フライで浮き上がろうとするリッシュモンと、絡ませたウォーター・ウィップで引き摺り下ろそうとするアンリエッタ。
 魔法の技量だけで見れば、拮抗してどっちつかずになっていた、かもしれなかった。

「ぬぐっ!?」

 何人もの男が引っ張っているかのように、見る間にリッシュモンの浮かぶ高さが下がっていく。
 勿論、アンリエッタが腕力で引き摺り下ろしているわけではない。
 単純な魔法の効果、リッシュモンのフライによる浮力より、アンリエッタのウォーター・ウィップの引っ張る力の方が強かった。
 そもそも、アンリエッタが使う杖は代々王家に伝わるマジックアイテム、その効果はメイジが使う魔法の効果を強化するもの。
 特に水系統は強化具合が大きく、ヒーリングともなれば秘薬を用いたと勘違いするほどの治癒力を発揮する。

 つまり、水系統のウォーター・ウィップはマジックアイテムの杖の恩恵を強く受けて、通常よりも強力になっていた。
 その強化された水魔法による結末、引き摺り下ろされると言うリッシュモンにとって認めたくない現実。
 3メイル、2メイル、1メイル、そうして命運は決まった。

「ぐあっ!?」

 座席を足場にして飛び上がる影、鈍色に光を反射する剣の切っ先が弧を描いてリッシュモンの右手首を大きく切り裂いた。
 影は軽やかに着地し、リッシュモンは右手首を切られた事により杖を取り落として落下する。
 カランカランと落ちた杖が音を立て、杖を失ったリッシュモンは座席の上に落ちて呻く。

「チェックメイト、もう逃げ場は無いぞ」
「ぬぐ、……私が声を掛けてやったというのに、誑かされたか!」
「確かに、貴様に誑かされたな」

 リッシュモンの右腕を貫いた影、銃士隊副隊長のミシェルが転がる杖を踏み止めて切っ先を向けた。
 そんな問答など無視し、アンリエッタはミシェルに命令を下す。

「副長、売国奴をチェルノボーグの最下層まで丁重にお送りなさい」
「はっ」
「寄るな、平民どもめが!」

 往生際が悪く、右腕の手首近くから血を流しつつ、リッシュモンは捕らえようと迫る銃士隊に向かって腕を振るい暴れる。

「……陛下、死なない程度によろしいでしょうか」
「喋る事が出来るのなら、ある程度は認めましょう」

 ミシェルはアンリエッタが認める言葉を耳にした時、剣を振り上げて、狙い済ました一撃を放つ。

「──ぐああぁぁぁ!」

 振り下ろした剣はリッシュモンの右手を完全に切り落としていた。
 右腕からの膨れ上がる激痛にリッシュモンは悲鳴を上げ、右腕を押さえて座席から転げ落ちる。

「……ああ、もし魔法を使われて逃げられたりしたら面倒だわ」

 リッシュモンの苦しむ姿など見ても意味がないと、アンリエッタは劇場の入り口へと向けていた足を止め。
 思い出したように振り返り、痛みの悲鳴を上げていたリッシュモンを見て。

「左手も切り落としなさい」

 その命を聞き、即座に動いたのはやはりミシェル。
 鞘に収め直していた剣の柄を再度掴み、鞘から擦らせながら引き抜く。

「仰せのままに」

 それを聞いたリッシュモンの顔が見る間に青くなっていく。

「待て! 止めろ!」

 剣の柄をを握ったままリッシュモンに近寄るミシェル。

「く、来るな!」

 這ってでも逃げようとしたリッシュモンを、他の銃士隊員が踏み付けたりして動きを抑える。
 そんなリッシュモンにゆっくりと歩み寄り、ミシェルは剣を回転させ逆手に持ち、狙いを定めて。

「ぁっぎぃああぁぁぁぁ!」

 剣の切っ先をリッシュモンの左手首に突き下ろした。
 ミシェルは手首を貫通して床に突き刺さっている剣の切っ先を引き抜き、もう一度狙いを定めて突き下ろす。

「ふぅぃぎああがががあっ!」

 醜い悲鳴を上げるリッシュモン、ミシュルが突き下ろした剣の刃は狭く、それなりに細いリッシュモンの手首とはいえ一撃で切り落とすのは難しい。
 故に二度三度、念入りに突き刺してリッシュモンの左手首を切り落とした。

「……このままそのか細い首に刃を振り落としてやりたいが、それは隊長に譲るとしよう」

 切っ先に付いた血を払い、拭き取って鞘に剣を収めたミシェル。
 見下す瞳には怒りの炎が浮かんでいる、リッシュモンの策略により邪魔になった父を謀殺され、母もその事に病み亡くなってしまった。
 その上、リッシュモンに『それは王族のせいだ』と唆され、恨みを抱き、刃を向けようとした所にアニエスによって阻まれた。
 本来ならば縛り首、どう罪を安く見積もったとしても死刑は免れぬ大罪。
 アニエスはなぜこのようなことをしたのかミシェルに問い質して話を聞けば、出てきた名はリッシュモン。

 金に心を囚われたリッシュモンの名を聞き、アニエスは今情報を集めている者が誰であるか話し。
 自分の身の上までミシェルに聞かせた、リッシュモンがやっている事、それを聞いて最初は嘘だと信じなかったが。
 集めている証拠も見せ、いずれ必ずやリッシュモンを討ち取ると、恨み辛み、ミシェルが浮かべていた感情が可愛く見えるほどの激情を見せた。
 その思いが本物だと理解したミシェルは後悔を見せ、アンリエッタに謝罪、どのような罰でも受けると言った所。
 アニエスは処罰を下すのは待って欲しいと、せめてリッシュモンを捕らえるまで延ばして欲しいとアンリエッタに嘆願した。

 アンリエッタはそれを受け入れ、リッシュモンの事に関しての働き振りに応じて処罰を決めると言った。
 さらには今までと同じ様に、銃士隊の副隊長に据えたまま。
 心を入れ替えず、また命を狙うかもしれないと言うのに、その判断を下したアンリエッタにミシェルは驚いた。
 馬鹿げた判断だ、そう思ったミシェルにアンリエッタは言った。

『期待は裏切るものではない事を、覚えていてもらいたいわ』

 普通であれば考えられないような判断をしたアンリエッタに、ミシェルは感服。
 誰が父を謀殺したのか、真の犯人を調べ上げた結果を見て燃え上がる様な怒りを感じた。
 さらには銃士隊隊長であるアニエスの身の上に同情した事、アンリエッタによってその復讐の機会を与えられた事など。
 ミシェルはより深く考えを改め直し、アニエスと同様に、アンリエッタに心からの忠誠を誓った。
 故に向けるのは怒りの双眼、床で蠢く金に魅入られた屑を見る。

「……平民、如きがぁ!」
「その平民如きにやられているメイジが居る様だが?」

 痛みに苦しみ、睨むようにミシェルを見るが。
 その視線にミシェルが返したのは顔面への蹴り、歯を圧し折るほどの力を篭った蹴りだった。

「ぐがあぁ、うごごお!」

 いい加減煩くなったのか、銃士隊員がリッシュモンに猿轡を掛け、まともに喋れなくしている。
 そんなリッシュモンを見て、アンリエッタは水晶の杖を向けて近付いた。

「そうでしたわ、途中で死なれたら困りますから」

 リッシュモンへと水晶の杖を向けて、ヒーリングを使ってリッシュモンの傷を癒す。

「あが、ああああぁぁ!」

 切り落とされた腕の傷、血が流れ出す側面が塞がれ血が止まる。
 アンリエッタが行ったのは傷口を塞ぎ、出血を防ぐだけの簡単なヒーリング。
 水のスクウェアメイジが高級な秘薬を使ったヒーリングを施せば切り落とされた腕の接合も可能であるが、この場でそれを行ってやる者は居ない。
 つまり腕の傷口が塞がった今、リッシュモンの手は二度と接合する事は無い、これから一生両手を使う事無く生きていくしかなかった。
 だが、その心配は長く続かない事をアンリエッタはしっかりと理解している。

「出来るだけ早く、アニエスを私の下へ」
「ただちに」

 そもそも、アンリエッタはリッシュモンの事などもうどうでもよくなっていた。
 走っていくミシェルを見つつ、考えるのはルイズのことだった。






 待つ事数分、ミシェルが呼びに行ったアニエスをアンリエッタは劇場内部の入り口で待っていた。
 傍には銃士隊員が控え、もしもの時に備えている。

「………」

 ただ水晶の杖を持ち、椅子を勧められても必要ないと断り、もうすぐ来るだろう者を入り口で待っていた。
 そうして外から金属が擦れる音と足音を聞いて入り口に視線を向ける。

「遅れて申し訳有りません、陛下」

 急ぎ現れたのは、劇場の抜け穴の先で待機していたアニエスと、呼びに行ったミシェルの二人だった。

「そんな事はどうでも良いわ。 アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランに命じます、銃士隊副隊長を補佐とし、リッシュモンから有益な情報を引き出しなさい。
 またその情報を引き出す過程に置いて、ありとあらゆる行為をトリステイン王国国王、アンリエッタ・ド・トリステインの名において認めます」
「は! その任、謹んでお受け致します」

 アンリエッタの足元にアニエスとミシェルが膝を着き、頭を垂れて頷く。
 宣言した内容は、情報を引き出せるなら拷問も許可すると言う物。

「それと、情報を引き出した後の処分は貴女方に全て任せます」

 それを最後に、アンリエッタはアニエスとミシェル、その二人の間を通り抜けて劇場の外に出た。

「……感謝いたします、陛下」

 アニエスとミシェルは心の底から、アンリエッタに対して感謝の念を持ち、より一層忠誠を誓った。









 タニアリージュ・ロワイヤル座で起こり、終わった捕り物劇。
 ほんの一部の者には死ぬほど大不評な筋書きだったが、それ以外には好評で幕を閉じた劇場と関係無い、魅惑の妖精亭の屋根裏部屋で目を覚ますのが一人。

「あが……」
「やっと起きた? サイト」

 妙に重たい瞼を開き、目を覚ましたのは才人。
 ゆっくりと体を起こして、声がした方向を見る。
 才人の視線の先には椅子に腰掛けるジェシカと、寝る前と変わらずベッドに横たわるルイズの姿。

「慣れない仕事で疲れてた訳? ずいぶんとぐっすりと寝てたようだけど」

 あー、そう呟きながら才人は頭を掻いた。

「……わかんね」

 一回目が覚めたような気がするが、多分二度寝したんだろうと考えた。
 現に起きた時の事を覚えてなかった才人だった。

「もうすぐお昼よ、昼食用意してるけど食べる?」
「……うん、食べる」

 ぐぅ、とお腹が鳴り、腹が減っている事がわかる。

「それじゃあ持ってくるわね、あと今日も休みでいいわ。 ルイズを放っておけないでしょ?」
「……おけねー」

 顔を叩きながらの才人、それを聞いてジェシカは笑って立ち上がる。

「それと、アンが『昨日のお話は無かった事に、ルイズの事を御願いします』って言ってたわよ」
「……昨日の?」

 覚醒した意識で部屋を見渡せど、アンリエッタの姿が見えない事に才人は気が付いた。

「じょ……、アンはどこいった?」
「もう出て行ったわよ、大事な用があるからって」

 昨日の話って、裏切り者を捕まえる話だったよな。
 それを無かった事にするってのは、別に俺は要らないって事か?

「……アンとどっか行く約束でもしてたの?」
「そうだけど、行く必要無くなったらしい」
「……ルイズを置いて?」
「ルイズが起きてたら多分行ってたんじゃないかな、危ないらしいし代わりに俺が行こうかなーと」
「……なるほど、それは男の仕事ね」

 どこに行くのか、それを聞いてない才人は追いかける事は出来ない。
 その上アンリエッタからルイズを頼むと言われたら、余計に追いかける事は出来ない。
 追いかけていったとしても、怒られそうだと思う始末だった。

「とりあえず昼食持って来るわ」
「ああ、頼むよ」

 才人は立ち上がって背伸びをし、ジェシカは床の扉から部屋を出て行った。

「………」

 その様子を見て、扉が閉まった後。
 ベッドに寝ているルイズを見た。

「………」

 あれ? なんか忘れているような……。
 寝ているルイズを見て、なぜか脳裏にアンリエッタの声が響いた。

『……起きて下さいまし』

 ハッとして才人の顔色が急速に青くなっていく。
 恐る恐るベッドに近付き、ルイズに掛けられているブランケットの端を掴んで少しだけめくって見る。
 
「……や、やべぇ」

 才人は寝る前に見たルイズの服と、今来ている服が違う物だと気がついた。
 次々に思い出していく、アンリエッタがルイズの体を拭こうとして才人を起こそうとした事。
 それに寝たふりをしてその光景を覗き見ようとした事、それを見抜かれ魔法を掛けられた事。

「あわ、あわわ……」

 才人は恐ろしくなった、下心を出したばかりにアンリエッタの怒りに触れたんじゃないかと。
 いやまて、本当に怒っているなら御願いしますなんて言わないはずだ! なんとか希望を見出そうとして考えながら部屋をうろうろする。
 どうしよう、どうしよう、考えても言い案が浮かばない。
 この際やっぱり寝ていましたで通すしかないのか、そうしてがくぶるしていた才人はいきなり鳴った物音に飛び上がった。

「サイトー、持ってきたから受け取ってくれない?」

 床の扉から顔を出したジェシカ、才人は溜息を吐いて浮かんでもいない額の汗を拭うように腕を動かす。

「なにしてんのよ」
「い、いや、なんでもない」

 才人は扉に寄って、下から差し出される昼食を受け取って、テーブルの上に置く。
 ……飯食ってから考えよう、才人は現実逃避に入った。





「ねぇサイト」
「なに?」
「あのアンって子も貴族でしょ?」

 昼食をテーブルの上に並べ、スプーンを動かしていた才人の動きが止まった。
 正解である、貴族も貴族、なんたってこの国の王様。
 ジェシカは些細な動揺であっても見逃さなかったが、それ以前に才人はあからさま過ぎた。

「いいわよ、何も言わなくても。 当たってても外れててもどっちでも良いから、第一独り言だしー」

 そんな才人を見てジェシカは笑みを作り、話を続けた。

「ルイズにも言える事なんだけど、動き方があれなのよね」
「……あれ?」
「そ、『あれ』」

 あれと言われても才人はピンとこない、なにがあれなのか全く持って分からない。
 その疑問に答えるのもジェシカ、才人は黙ってジェシカの話を聞く。

「真っ直ぐなのよね、背筋が。 こうやって、ピンっとね」

 才人がジェシカを見れば、口で言ったように背筋を真っ直ぐにしていた。

「歩く時だって真っ直ぐだし、座ってる時も真っ直ぐ。 なんて言うか、いっつも人の目を気にしてるような感じなのよ」

 すげぇ、本当にすげぇ。
 才人はただ感心した、自分が全然気にしてなかった事に当たり前のようにジェシカは気が付いた。
 そこでどうやって貴族って事になるのかよく分からなかったが、とりあえずすげぇと思ってしまった。

「ま、それはただの推測の一つだけだったけどね。 決め手になったのは下着よ」

 そう言ったジェシカは、右手の人差し指を立てた。

「下着?」
「サイトも男の子だし、詳しく話すつもりは無いけどね」

 ジェシカが言った下着とは、世間一般の平民が穿く女性用下着のドロワーズ。
 才人が知っている一般的な女性用下着とはパンティーと呼ばれるあの形状、ドロワーズと違う膨らんでいない肌に密着するタイプ。
 ハルケギニアでは基本的にパンティーは高級品、それこそ毎日ドロワーズではなくパンティーを穿けるのは裕福な家か貴族くらいなもの。
 先日の徴税官の事で、実はルイズは没落していない現役の貴族でそれなりの偉い立場にある、と言う認識が魅惑の妖精亭内で定着していた。
 だったら裕福な平民ではなく、貴族だと判断するに至る当たり前の出来事。

「それにルイズが貴族だとして、その友達が平民な訳ないでしょ? ……いやまぁ、ルイズなら平民の友達も居そうな気はするけど」

 現に今の寝ているルイズも、体を拭く時パンティーを着用していた、その上換えも所持していた。
 仕事の時に穿くのは当たり前、スカートの丈が短いキャミソールでドロワーズなんて穿けば、全く持って見栄えが悪い。
 そうではない時、昨日のルイズの時のように休日に穿くような子は魅惑の妖精亭に居ない。
 何枚か店で支給をしているとは言え、休日も穿いていれば、ワインを零したりした時などの換えが足りなくなったりするから。
 そう言う点で休日に穿くような子は居ない、居るとすれば自前で所持している者だけだった。

 しかしハルケギニアでは一定の品質で大量生産などと言う概念は無く、基本的に手工業、オーダーメイドに近い性質を持つ。
 一着一着、手で直接編み上げたりする物である為に、それに見合うだけの値段が掛かる。
 その上、ルイズが穿くのは肌触りなどを重視して、絹など高級な生地を使ってある物。
 女性用下着の中で間違いなく最高級に位置する、魅惑の妖精亭で支給しているものとは比べ物にならない品質。
 ジェシカはルイズの体を拭いた時に、換えの下着を見て触れていたため、とんでもない高級品だと気が付いた。

「考えれば、徹底的に叩き込まれたような整った姿勢に、徴税官をクビに出来る権限を持ってて、平民じゃ全く手が出ないような高級品を身に付けている。 ここまで揃ってて貴族じゃないって言う方が無理なんじゃないかな」

 才人は何にも言えない、ばらしちゃ駄目とか言われていないけど、逆にばらしても良いとも言われていない。
 できる事は知らない振りだとか、はぐらかす事だけ。
 勿論そんなのはジェシカにとってバレバレで、ちょっと話を振れば面白いように才人が反応するために簡単に分かってしまう。
 だからといって言い触らすわけでもなく、魅惑の妖精亭でそんなことをする者も居ない。
 ジェシカたちからすれば、知らない振りをするならその意を汲み取って、素性を聞かなかったり喋らなかったりする。

 ジェシカは好奇心旺盛だからか、よく才人に話を振るが聞いた話はスカロンを含めて誰にも喋らないようにしていた。

「まぁ、ルイズやアンが貴族でもどうでもいいけどねー」

 流石に未だにばれていないと思うほど才人は阿呆ではない、ばれてても黙っててくれるなら何か言うわけじゃないし。
 そんなところで考えれば感謝した方がいいのかな。

「……それにしても、早く目が覚めると良いわね、ルイズ」
「……ああ」

 二人は未だ眠り続けるルイズを見た。
 早く目を覚ませば良いのに、そう考えながら。



[4708] 6巻開始で 42話
Name: BBB◆e494c1dd ID:d1278d24
Date: 2010/10/24 00:00
 トリステイン魔法学院に続く街道に、豪華な装飾が成された四頭立ての馬車が進み揺れていた。
 以前アンリエッタがトリステイン魔法学院へ行幸した際、乗っていた馬車に匹敵する豪華な装飾。
 馬車の側面に刻まれるレリーフ、家名を表す紋章を見て大多数の貴族たちはその王族もかくやの豪華さに、なるほどと納得するだろう。

 その紋章、家紋から読み取れる家の名は『ラ・ヴァリエール』、貴族が多いトリステインでも屈指の大貴族の馬車。
 それに続く何台もの馬車、馬車を囲む幻獣などに乗った護衛から食料、機能的に豪華な寝台を取り付けてある大きめな馬車。
 そして世話をする侍女を十人ほど乗せた馬車、計数台になる馬車が街道を静々と進んでいた。

「……何もお父さまが直々に迎えに行かなくても」

 僅かに揺れる馬車の中には、ウェーブが掛かった長い金髪が馬車と連動して揺れ、僅かにずれる眼鏡をなおす女性。
 切れ長の目に気が強そうだ、多くの者がそう思うだろう端整な顔つき。
 ルイズが成長したらおそらく似通った顔になるだろう、この女性の髪をピンクブロンドにすればより似ていると予想できる顔。
 顔つきに表れているものは性格を現し、実際に気位が高く己の地位に見合った性格をしているが、今は鳴りを潜めて鳶色の瞳で向かいの座席に座る父を見て口を開いた。

「いや、私も行ったほうが良い」

 その女性の父、左目にモノクルを掛け、娘と同じく金色の、若干白が混ざり始めた髪。
 足の間に杖を立て、その上に両手を置いて座る。
 口髭を生やし、視線を細めたその姿は威厳が感じられる。

「……確かにルイズが倒れた事は心配でしょうが」

 その金髪の女性、ラ・ヴァリエール三姉妹の長女、ルイズの姉であるエレオノール。
 傲慢で高飛車なきらいがあるエレオノールにしては、どうにもしおらしく見える表情で呟く。
 彼女は公爵家と言う五爵の最上位の令嬢であるためか、自身と同等かそれ以上の者、あるいはエレオノール自身が認めた相手以外には見下して見る傾向がある。
 しかしながら流石に家族の事となると、それを超えた所で心配する様子を見せた。

「うむ」

 彼女の父は迷いを見せず頷く、それを見てエレオノールは少しだけ笑った。
 いつもの事だった、父は娘たちの事を可愛がる。
 長女であるエレオノールも可愛がられた、次女であるカトレアも可愛がられた、そして末女であるルイズも可愛がられている。
 その時その時で娘たちを大事に扱うのが父親、偏りも有るかもしれないが愛されていると分かるほどに可愛がるのがヴァリエール公爵ことピエールだった。

「……お父さま、女王陛下に呼びつけられたと聞きましたが」

 話の機転、合流する事となった原因をエレオノールは父に聞いた。

「『一個軍団を編成されたし』、陛下はそう申された」

 それを聞いたエレオノールは驚きを表情に浮かばせ、あの噂は本当だったと確信する。
 女王陛下はアルビオンへと攻め込む気で居る、と。

「お父さまは戦に反対しておられたと記憶していますが」
「ああ、だが返事はまだ出しておらん。 ほんの少しばかり、考える時間を頂いた」

 エレオノールはてっきりその場で断ると考えていた、今言った通り父は声を上げて反対していたからだ。
 なのに考える時間を貰うなんて、迷いが出たのかしらとエレオノールは考える。
 エレオノールの一声に険しい表情を浮かべたピエールに、その思いを深めるが。

「確かに、今も反対はしている」
「ではなぜ?」
「……陛下に意見を求められたのだ、攻めるならばどうすればよいかと。 わしは言ってやったよ、負け戦を仕掛けるべきではないとな。 そう上申したのだが、陛下から考えさせられる事を返された」
「……それは?」
「……勝ち戦にしなければ、トリステインは滅ぶとな」

 それを聞いたエレオノールは驚愕した。
 戦争が起こり攻めるか守るか、未だその段階であったと思ったのにもう結論のような物が出ている事に。
 話の中でエレオノールは色々考えて、王政府は遠征すれば負け戦になると分かっているのに、戦わねばならない事態にこの国は陥っていると判断した。
 負け戦を勝ち戦に、そうしなければいけないほどトリステインは進退窮まっているんじゃないかと。

「ただの復讐であれば即座に断ったのだが、理詰めで話されれば断るわけにもいかんだろう」

 眉を顰めた表情のままピエールは考える、勝たなければトリステインは滅びると言った後のアンリエッタの言葉。
 それが遠征に反対する気持ちを鈍らせ、考える時間を貰う事になった。
 その言葉は誰もが持つであろう一つの感情。

『これ以上、大切な人を亡くしたくはないのです』

 そう、アンリエッタは真剣な表情で言った。
 無論それだけで考えさせられるピエールではない、単純に戦略的な話も相俟っての事。

 現在の所、トリステインとゲルマニアの連合軍で将兵の合計は約7万、資金などの問題もありこれ以上将兵の数は増やせない。
 兵が身に着ける武器や防具、急ピッチでの艦隊の建造などもあり、無い袖は触れない状態に近い。
 それもトリステインの周辺国からの借金をしている状態でだ、その上厚かましくも軍の派遣も要請して居る始末。
 だが周辺国で一番の財力を持つクンデンホルフ大公国はかなり乗り気で、借金の申し出と戦力の派遣を安請け合いの如く承諾した。
 トリステイン王家に恩を売れると同時に、大公国をアルビオンから守れると言う一石二鳥であった為だった。

 そのトリステイン・ゲルマニア連合軍とほぼ同数、同じく約7万と言う地上戦力をアルビオン共和国は保持していると言う報告。
 しかも限界に近い連合軍と違い、未だ共和国軍は空の艦隊と地上の将兵を増やし続けている。
 その上追い討ちと言わんばかりにトリステインからの内通者まで、空を封鎖して干上がるのを待つと言う考えはピエールの中から無くなり始めている。
 攻めても勝てる確率は低いが、守っても勝てる確率も低くなっている。
 アルビオンの資金源は? また内通者が出るのでは? ピエールは話を聞かされて、そう言った多数の念が湧き上がってきていた。

 つまりは、攻めるも守るも共に悪手となり得る。
 その考えに至り、即答出来なくなっていた。
 考えを同じに攻める事を反対するか、考えを変えて攻める事に賛同するか。
 結局決めかねたまま、馬車はトリステイン魔法学院へと進んでいく。










タイトル「ご覧の寝台はルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの提供でお送りします」











 突然の訪問、慌てたのは勿論学院側だった。
 今は夏期休暇で生徒の大半は帰省、教師も同じように学園から出払っていた。
 学院の門の番をしてる衛兵は真っ直ぐと続く街道の向こう遠くから、異様に豪華な馬車と、急ぎ駆け足で走ってくる白馬を見た。
 馬、確かに馬、だが前足の付け根辺りから大きな翼が生えている、あれはただの馬ではなく幻獣の天馬、ペガサスだった。
 今日は誰かが尋ねてくるなどという連絡は受けていない、となれば学院の生徒かその親御かととりあえず身嗜みを整えてペガサスに跨って向かってくる男を見た。

「学院長は居られるか」

 それは身なりのいい男、腰に豪華な装飾が成された杖を挿して声を上げる。

「お、居られますが……」

 馬上でも背を真っ直ぐ伸ばし堂々として、門番のその返答を聞き要件を告げた。

「ラ・ヴァリエール公爵様とそのご息女様がお見えになる、至急学院長にお取次ぎを願う」

 それを聞いて門番の衛兵たちは目をむいた、やってきたのはトリステインで一二を争う大貴族。
 そんな大物がいきなりやってくるなど、衛兵たちはざわめき始めるが。

「静かにしろ! ただいま知らせてきますので、申し訳ありませんが門の外でお待ち頂けますようお願いしたい」

 衛兵の仲で一番の年長である、衛兵長が落ち着いた口調でそう言うが。

「学院長が遅くならなければ問題ない、出来るだけ早く知らせ迎えられる準備を」

 そう言った身なりのいい男、明らかに貴族だと思われる存在はペガサスを反転させ来た道を戻っていく。
 見送る衛兵たち、だがすぐに知らせるために門の内側に居た衛兵は走り出した。







「予想通りじゃったか」

 慌てて知らせに来た衛兵から話を聞き、一人杖を突きながら正面玄関へと降りるオールド・オスマン。
 末の愛娘が倒れたと聞けば飛んでくるだろうと、ルイズが学院へと入学する前に尋ねてきた公爵夫妻の状態から見て愛しておるのだろうと感じ取っていた。
 むしろ娘が倒れたと聞いて会いに来ない親では無いだろうと結局はオールド・オスマンの想像通りだったという事だった。
 カツンカツンと杖を突く音を鳴らして廊下を渡り、階段を下りる。
 早くミス・ロングビルの長期休暇終わらんかのーと思いながら、正面玄関から身を覗かせれば学院の正門を潜る馬車が見えた。

 オールド・オスマンは階段を下りて馬車が止まるのを待ち、暑いのーと一つ呟く。
 馬に引かれて惹かれて到着して止まる豪華な馬車、その馬車の周りには幻獣に乗った十を超える護衛のメイジたち。
 御者台から降りた小姓が素早く移動し、馬車の外から声を掛けて扉を開く。
 そこから降りてきたのは金髪の、初老に至る男。
 降りてオールド・オスマンと目が合うなり寄って一言。

「この度の突然の訪問、真に──」
「そんなもんはいらんいらん、礼儀を欠いたかもしれんが子を心配する親なら当たり前じゃ」

 ピエールが謝罪を述べようとした矢先、オールド・オスマンは気にする必要は無いと遮る。

「ほれ、わしなんかより大事な用があるじゃろう?」

 そう言ってオールド・オスマンは杖を正門から右にずれた方角へと向ける。
 杖の先には学生寮の塔、愛娘はあそこに居るぞと示していた。
 ピエールは頭を下げ、後に続いて降りてきていたエレオノールも同じように頭を下げた。

「わしの秘書が居れば案内させたんじゃが、長期休暇に入っておってな」

 それを見やった後にオールド・オスマンは寮に向かって歩き出す。

「無論、彼女を迎えに来たんじゃろ?」
「はい」
「では案内しよう」

 ピエールは神妙に頷き、進むオールド・オスマンに付いていく。
 それを見て同じく付いていくエレオノールはどうにも釈然としなかった。
 確かにオスマン氏はオールド、『偉大なる魔法使い』と呼ばれているが何が偉大かなど僅かにも聞いた事が無い。
 一見には飄々としたじいさんにしか見えない、だと言うのに比肩する存在が極めて少ないラ・ヴァリエール公爵家の当主である父までも敬う。
 どうにも納得できないが、父と同じように振舞い敬意を見せた。



 そんなエレオノールと違い、ピエールはゆったりと歩くオスマンの背中を見ていた。
 ピエールが敬意を払ったのは魔法の腕が凄まじいとか、その家柄などではなくオスマンの人間性に払った物。
 『約束を守っている』と言う一点に敬意を払っている、もう十年近く昔の約束を守り続けている点にだ。
 無論事が事、知られれば間違いなく末娘の未来は波乱に満ちる。
 なぜ末娘は貴族が貴族たる魔法を、それも大いなる始祖ブリミルと同一の属性を持ってしまったのか。

 それは光栄極まりない事、間違いなくトリステイン王家は始祖ブリミルの血脈を引いていると言う証明に他ならない。
 当然トリステイン王家との血縁関係である庶子、始祖ブリミルと同一の属性に目覚めてもおかしくはない。
 だがなぜ正当な嫡子であるアンリエッタ女王陛下ではなく、何代も前のトリステイン王の庶子と言う源流から外れている末の娘なのか。
 誇るべき誉れであるはずなのに、その偉大な属性によって迎える未来にピエールは心苛まれる。
 家族を愛するが故に、ラ・ヴァリエール公爵家と言う格式や身分が反発して苦しみを大きくする。

 なぜ系統属性ではないのかと。
 末娘から自身の属性が虚無だと知らされてから数日は、酒が入っていたとは言え妻であるカリーヌに泣き言を夜な夜な漏らして強く叱られた事もあった。

『父親であるあなたがそんな事でどうするの』

 と、杖まで取り出されて叱られた。
 勿論魔法を使う気など無かっただろうが、『烈風』と謳われた妻が杖を取り出すだけでも相当な脅しになる。
 何十年もの付き合い、若き日の魔法衛士隊から付き合っているのでその厳しさは身に染みている。
 魔法の技術とかではなく、精神的なもので妻に負けて頭が上がらなくなっていた。
 末娘はそんな妻の若い頃と似ており、あのピンクブロンドを後ろで纏めたら瓜二つと言ってよい。
 いや、もしかしたらルイズの方が美人かもしれない。

 その妻と同じ風、それかエレオノールやカトレアの土、あるいは自分と同じ水のどれかに目覚めて欲しかった。
 もう何年も前からそう考え、意味の無い事だと何度も繰り返してきた。
 いくら変更を願ったところで変わりはしない、だから必要最低限で留め表に出ないようにした。
 知る人物を最小限に、自身と妻のカリーヌ、トリステイン魔法学院長オールド・オスマン、そして本人のルイズのみ。
 それこそ王室にも知らせずにする事を決め、ルイズには無能などと陰口を叩かれるかもしれないが魔法を使わないようにと話せば一言目で了承した。

 初めは渋るかと、そう思ったがむしろ危ないからと言う理由で賛成してきた。
 あの頃は魔法を上手く使えず、カリーヌに叱られ泣きじゃくっていたルイズ

 
あの日、ルイズが高熱を出して寝込んだ時を境に一変した。
 子供らしくない、小さかった頃のエレオノールやカトレアとは全く違う、中身が入れ替わってしまったような印象を受けてしまった。
 年齢相応の無邪気さや明るさなどが鳴りを潜め、落ち着き払っていると言ってよかった。

 杖を握り、確固とした言葉で見た事も聞いた事もない魔法をルイズは私たちに見せた。
 これがあの私の可愛いルイズなのかと、父さまと呼んで抱きついてきたルイズなのかと。
 瞳には以前のルイズには無かった知性を宿し、私たちの子供である筈なのに瓜二つの別人を見ているような気さえした。
 戦慄した、虚無の覚醒とは心まで変えてしまうのか、子供を大人へと変え、修めていない知識までその身に与えるのか。
 あのルイズは、ルイズに似た別の存在だと思った方が納得が行ってしまうほどだった。

 私がそう感じ、考えてしまったというのに、カリーヌは断言した。

『あの子はルイズ、誰でもない私たちの娘。 あなたにはあのルイズが、本当に別人のように見えているの?』

 ルイズが私に自分の事を教えてくれたあの日、あの子は不安で瞳を濡らしていたのよ?
 私と繋いだ手を、あの子は絶対に離そうとしなかったの。
 そんな不安がっているあの子を、親として抱きしめて上げられないの?

 ルイズはルイズのまま、心は変わっていないとカリーヌは言った。
 私は上辺だけしか見ていなかったのか? あの子が熱を出す前とは違う、虚無の属性だと告げられ、理知的な振る舞いを見て気が動転したのではないかと。
 だからこそいつも通り振舞った、出かける時、帰ってくる時の挨拶のキス。
 それを求めず、いつも通りに振る舞って見せれば、歩幅を小さく動かして近寄り、いつもと変わらぬキスを頬に。
 そうして「いってらっしゃい、父様」、とルイズも変わらずに振舞うのだ。

 その顔はルイズのまま、虚無だと分かる前のルイズのまま。
 やはり自分は虚無だとなんだと言って、娘を色眼鏡で見ていたのかと。
 カリーヌの言った通り、ルイズは変わりなく私たちの娘であった。
 




 オールド・オスマン、ピエール、エレオノールの三人は女子寮に着き、入り口への階段を登る。
 女子寮内に入り、右手の螺旋階段を上る。

「ん? 何階じゃったかの?」
「………」

 オールド・オスマンは一階上る毎に廊下へと顔を出し、ルイズの部屋があるかどうかを確かめていく。
 それ三度ほど繰り返して。

「うむ、この階じゃ」

 と一言、廊下へと出て歩き出す。
 それに続くピエールとエレオノール、夏期休暇で多くの生徒が帰省しているのだろう誰ともすれ違わずに目的の階。
 その階層、ルイズの部屋がある階の廊下の先には見たことがない服を着る黒髪の少年と、少年とほぼ同じ身長の赤い髪の少女。
 廊下を歩いてくる三人に気が付き、視線を向けるのは才人とキュルケであった。

「おや、オールド・オスマンじゃありませんか。 こんな所に何の用で? っとまぁ見れば分かりますけど」

 そう言ったキュルケは丁寧にお辞儀をした、先頭のオールド・オスマンとその後ろの二人へと。
 それを前にピエールとエレオノールは嫌な顔一つせず礼を返す、如何に国境を挟んだ仇敵と言え、お互い形振り構わず食って掛かるほど礼儀知らずではない。

「ミス・ヴァリエールは部屋で寝てるんじゃろ?」

 オールド・オスマンは言いながらもルイズの部屋のドアに近寄るが。

「ちょっと待ってください、ルイズは今体拭いてもらってるんで」

 才人がオスマンを止める。

「……ルイズ?」

 それを聞いてギロリと、ピエールとエレオノールの鋭い視線が才人に突き刺さる。
 愛しの末娘を、妹を誰とも知らぬ平民から呼び捨てにされるなど放ってはおけない。
 今にも二人とも杖を引き抜き打ち首にしてくれる、そんな気配を放ちながら才人を睨む。
 一方睨まれる才人は、何なんだこの二人と余りの迫力に後退った。
 そこらのヤンキーとか目じゃないくらいに怖い、強面のヤクザさえ可愛げがあるんじゃないかと言うほど。

「なんじゃい、聞いておらんのか」

 そんな恐れる才人に助け舟を出したのはオスマン、その声を聞いてピエールはハッとし。
 渋い顔を作りながらも、睨むのを止める。
 その様子にエレオノールは不思議に思い、問いかける。

「……お父さま?」
「……そこの平民、名は」
「え、俺? 平賀 才人です……」
「……貴様が、か」

 ピエールは聞いていた、虚無が召喚するのは人間だと。
 始祖ブリミルも人を使い魔としていた、そうルイズが言ったのを思い出したのだ。
 そうしてピエールは才人を上から下まで、おそらくはそうなのであろうとはかるように見定める。

「………」

 才人の黒髪から服、履いている靴にドアの隣に立てかけてある二本の剣。
 なるほど、服装などはともかくどう見てもそこらに居るような平民にしか見えない。
 こんな小僧を何の相談もなく使い魔にしたのか、と少し残念がるピエール。
 痛々しい空気の中、状況がわからないだろうとオスマンが注釈を入れる。

「うおっほん、こちらはミス・ヴァリエールの父親じゃ、でこっちが姉君」

 恐ろしいほどの適当な説明に、エレオノールの表情が歪む。

「ルイズのお父さんとお姉さん?」
「……お父さん?」
「……お姉さん?」

 二人してピクピクとこめかみに青筋を立て、お父さんお姉さん呼ばわりした才人を見る。
 いつか迎えるだろうルイズの婿に呼ばれる事になる言葉を、それをどこぞの平民に呼ばれるなどと。
 ふつふつと怒りが沸いてくる、誰がお父さんだ! と今この場で手打ちにしたくなる気持ちを押さえつけたのはやはりオスマンだった。

「長引きそうかね?」
「も、もうすぐ終わるんじゃないんですかね……」

 内心びびりながらも才人は答える、始まったのは五分くらい前だし、と。

「シ、シエスター、まだ終わらないのか?」

 助けてくれと言わんばかりに扉の向こうに居る二人のうちの一人、シエスタに才人は話しかける。

『もうすぐ終わりますので、もう少しだけ待ってくださいねー』

 対照的に明るい声で返事をするシエスタ、早くしてくれと才人は切に願う。
 ピエールとエレオノールは才人を睨み、睨まれる才人はその視線で疲弊し、才人の隣に居た筈のキュルケはさっさと自室に戻っていた。

「……ところで」

 やっぱりギスギスした空気の中、オスマンが一言。

「ずいぶんと彼女は頑張っておるじゃないか」

 髭をさすりながら才人を見るオスマン。

「……そうっすね、すごく頑張ってると思います」

 そう呟く才人は視線を落とした。

「でも……、俺は頑張って欲しくないかなーって思うんですよね……」
「ふむ、ではどうするのかね?」

 才人的には頑張って欲しくない、いやまぁ今回の倒れた事は自分のせいだと思っているが。
 頑張っている、それは良い事だと才人は思う。
 でもなんか違う気がすると考えていた、その頑張る内容が才人を帰すためだと言われた。
 だがそれも違うと才人は感じた、帰るために女の子を傷付くほど頑張らせるなんてそれでも男かと。
 単純に頑張った、と言うか無理した結果が傷付く事なのが才人にとって嫌なわけだった。

「ルイズが頑張らないで良い様、俺が頑張ります」
「ほう……」

 自分が頑張ればルイズは頑張らなくて済むんじゃないか? と、短絡的な考えであったが、ただ見てるだけは嫌だからこその言葉。
 それを聞いたオスマンは破顔した、頑張ると言った才人の顔が以前よりも成長しているように見えたからだ。
 だがそれを遮る者、黙って聞いていたルイズの父であるピエールが割って入る。

「小僧、ルイズが倒れた原因を知っているような口ぶりだな」

 ずいっとピエールが前に出て、オスマンを追い越して才人の前に立つ。
 ピエールから放たれるのは他者、この場合才人を威圧するオーラ。
 オスマンは笑みを保ったままその光景を見つめ、エレオノールも肌を打つようなオーラを出して才人を見つめていた。

「私の小さなルイズが頑張る理由とはなんだ? 病気を患わず、怪我も負っていないルイズは何故倒れた?」

 杖を引き抜き、才人へと向ける。

「貴様がそうだとしても、あの子が苦しむというなら……」

 杖先に光が点る。

「分かるな、小僧」

 才人はごくりと息を飲み、これやばくね? と向けられた杖先を見て思う。
 俺のせいでルイズが倒れたとか言ったら、攻撃してくるんじゃ……。
 ピエールの顔を見て才人は気が気でない、下手な事を言ったらその瞬間魔法を撃たれるんじゃないかと冷や冷やしていると。

「これこれ、ここは女子寮じゃ。 魔法を使う事は許さんぞ」

 それを制し、腕を下ろさせるオスマン。

「苦しいのかどうかは本人に聞かんと分からんじゃろうが」

 視線を才人に戻し。

「彼女は辛いなどと言っておったかね?」

 そう聞かれて才人は首を横に振る。
 アルビオンに行った時は辛そうな表情を一切見せずに笑っていた、その他も苦しいとか辛いとか一言も言わなかった。
 せいぜい魔法を使って疲れた、才人が聞いたのはそれ位しかない。

「ならば父親とは言え、不用意に娘の物事に首を突っ込めば嫌われるかもしれんの」

 ピエールは一度オスマンの顔を見て、杖を収める。
 結局は脅し、ルイズの為にならないのであれば容赦なく葬ると言う脅し。
 ピエールにとって優先すべき事は何処の誰かも知らぬ少年より、愛する娘、家族たち。

「確かに」

 最後にもう一度だけジロリと才人を見て、後ろに下がるピエール。
 何とか命の危険を通り過ぎた、冷や汗が止まらねぇよと今すぐにでもこの場から逃げ出したくなっていた才人。
 だがそれも不要となる、ガチャリとドアが開いて中からシエスタが現れた。

「終わりましたー……?」

 才人、オスマン、ピエール、エレオノールと見て言葉を途切れさせた。
 ピエールはそんなシエスタを一遍して、部屋へと足を進める。
 シエスタはシエスタで、豪華な衣服を纏うピエールを見て位の高い貴族だと把握。
 頭を下げつつドアから引いて、室内へと戻って壁際へと下がる。
 もう一人、ベッド脇でしゃがみこんでいたマロンブラウンの少女、同じくすぐに立ち上がって壁際に引いた。

「……ルイズ」

 ピエールがベッドに横たわる少女、娘であるルイズを見て一言。
 エレオノールも一度才人を睨んで部屋の中へ、ベッドの傍によってしゃがむ。

「異常は無いそうじゃ、一応秘薬を使ったヒーリングを掛けておる」

 同じくドアの敷居をまたいでオスマン、才人は部屋の外から三人の様子を伺っていた。
 エレオノールは一度ルイズの手を握った後、立ち上がってピエールへと譲る。
 入れ替わりにピエールがベッドの傍に立ち、ルイズの右手を取った。

「……確かに、異常は無いようです」

 水のスクウェアであるピエールは、乗せるように取ったルイズの右手から体内に流れる水を見ての判断。
 結果は少々水の巡りが悪い、体調で言えば少々疲れているといった程度。
 この分なら数日以内には目を覚ますだろうと、安堵の息を漏らす。

「それではオールド・オスマン」
「うむ」
「エレオノール」
「はい」

 ピエールに呼ばれたエレオノールが杖を取り出し、ベッドで眠るルイズにレビテーションを掛け浮かばせる。
 宙に浮くルイズを動かし、腕を出すピエールの胸のうちへとゆっくりと下ろす。
 そうしてルイズを抱きかかえるピエールは踵を返して部屋を出た。
 ピエールがルイズの自室から出て、廊下に佇んでいた才人に向かって一言。

「平民、お前も来るのだ」

 強く見られ、ルイズを連れて行くというなら無理やりにでもくっ付いていこうと思っていた才人に断る理由は無い。

「わ、わかりました」

 ピエールに向かって頷き、腕に抱えられるルイズを見た。
 そうしてピエールは廊下を進んで、階段を下りていく。
 一方、まだ部屋の中に居たエレオノールは。

「そこのメイド」
「はい!」

 と、ルイズの世話をしていた二人、シエスタと以前ルイズが足の治療費を出した少女マリー。
 その二人のメイドを見据えて一言。

「道中の侍女を務めなさい、良いわね」
「は、はい!」

 シエスタとマリーは強く頷いた、有無を言わせない迫力。
 それ以前に反論する事など僅かにも許されない、それが本来の平民の在り方。
 気軽に話しかけるのも一緒に食事を取るのも、ルイズが特殊どころか特異だからだ。

「………」

 エレオノールはカツンカツンと歩き出して部屋を出る。
 語る事も無いエレオノールは、才人がまるで居ないかのように振舞ってピエールの後を追う。
 それを見送って才人は大きく溜息を吐いた。

「……はぁ~、あれが大貴族って奴かよ……」

 疲れた、すっごい疲れた。
 魅惑の妖精亭で皿洗いしてるよりよっぽど疲れたと才人。

「サイトさん、急ぎましょう! 待たせたりしたら大変な事になりますよ!」

 そう言ったシエスタがばたばたと駆け出して才人の隣を通り過ぎた。
 その後にもう一人のメイド、マリーがシエスタの後に続いて走っていった。

「……と言っても準備なんて何すりゃいいんだろ」
「着替えくらいでいいんじゃねぇのか?」
「あーまー、そうだな」

 とりあえずズボンとかトランクスをバッグに詰めときゃいいかと、部屋に入る才人。

「うーむ、親ばかに磨きがかかっとるの」

 まだ部屋に残っていたオスマンが一言。

「余り気にする事でもないじゃろう、あ奴にとって大事な娘じゃからの」

 家族だから心配しとる、ガンダールヴも心配しとるじゃろ?
 そう聞かれた才人は頷いた。

「誰も彼もミス・ヴァリエールの事を心配しとる、良い事じゃ」

 オスマンは笑いながら、ルイズの部屋を出て行った。
 心配してくれる人が居るってのは良い事だ、……今頃母さんは俺の事心配してくれてるのかな。
 親の心を見た才人は、唐突に自分の母親の事を思い出していた。







 そうして三人、才人とシエスタとマリーは大急ぎで支度を整え、学院正門まで駆けつける。
 そこに並ぶのは十台を越える馬車がずらりと停まっていた。
 元から連れてきたであろう従者が三人を呼び付け、ピエールから命じられた内容を話す。

「二人のメイドはルイズ様のお世話を、そっちの君は馬車の中でじっとしていろとの事です」

 簡潔だった、才人には指差しであの馬車と、シエスタとマリーにはルイズが寝ている寝台馬車へと案内。
 一人残された才人はとぼとぼと指差された馬車へ向かい、誰も乗っていなかった馬車に一人寂しく乗った。
 一方、大きめの馬車の二倍ほど長い寝台馬車の前に案内されたシエスタとマリーは、その豪華さに息を呑んだ。
 ああ、やっぱりルイズ様は大貴族のご息女なんだ、と。
 いつも気軽に話しかけられ、隔てなく接するルイズは否定できないほどの貴族である事を思い出した二人。

 そんな中見蕩れていては出発できないと、早く寝台馬車に乗るよう急かされる。
 失礼しますと扉を開いて二人が馬車の中に入れば、快適そうな寝台の上にはルイズが眠っていた。
 その寝台のすぐ脇にはエレオノール、入ってきた二人に視線を向け。

「良いこと、ルイズの世話は逐一よ。 体を拭くのは日に三回、朝昼夜よ」

 体を拭いて着替えさせ、目を覚ましたらすぐに知らせる事!
 そう強くシエスタとマリーに言って、そのツリ目で見られた二人は。

「はい! お任せください!」

 軍人であれば敬礼しそうなほど、ピンっと背筋を伸ばしてエレオノールに返事をする。

「もし一度でも怠ったらただでは済まないと思いなさい」
「はい! 畏まりました!」
「タオルケットなどはそこの棚、水はその隣にある貯水槽についてる弁を右に回したら出てくるわ」
「はい!」

 その返事に満足したのか、たったそれだけの説明でエレオノールは寝台馬車から降りて行った。
 扉が閉まり、シエスタとマリーはお互いを見合わせた後、寝台馬車の中を確かめ始めた。
 まずは言われた通り、棚の中にあったタオルケットなどを確かめ、貯水槽もちゃんと水が出るかどうか確かめる。
 そして余り見られない陶器製の洗面器、桶も備え付けられてある。
 間違いなく高級な仕様、この寝台馬車にどれだけの金貨が使われているか二人には想像も付かない。

 とりあえずルイズの世話を、と思うのだが既に学院でルイズの体を拭いて着替えさせている。
 結局二人が出来る事と言えば、ルイズがいつ目を覚ましても良い様に準備をしておく事だけだった。





 まったくと言っていいほど揺れない寝台馬車、その中で数時間過ごして二人は窓から山の向こうに沈んでいく夕日を見た。
 小さな寝息を立てるルイズと、やる事無く椅子に座ってルイズを見る二人。
 数時間おきの休憩で、その度訪れるピエールとエレオノール。
 その間は席を外し、馬車の中で座りっぱなしで暇だーと嘆く才人と話したりするなど。
 そんなこんなで何度か休憩を挟みつつ、ラ・ヴァリエールの領地へと進んでいく。

 夕日が落ちてから数時間、ラ・ヴァリエールの従者、近侍や侍女たちが夕食の準備を進めていたりとする中。
 手伝うべきシエスタとマリーに手伝いは必要ない、ルイズ様の世話だけを見ていてくれと断られてやはりやる事が無い。
 結局用意してもらった食事と才人と一緒に取り、寝台馬車の中で眠っているルイズを見つめる。

「もうそろそろ体を拭いた方が良いわね」
「はい」

 シエスタが言ってマリーが頷く、学院を出発したのは昼過ぎ。
 あと二時間とせず馬車の進行は止まり、就寝の時間となる。
 その前にはルイズ様のお体を拭いておかなくちゃと、水を汲んでタオルを取り出す。
 馬車の扉の前にあるカーテンを引き、同じように窓についているカーテンを引いて閉じる。
 馬車内は魔法のランプの光で灯され、二人はテキパキと用意を整えた。

 シエスタはルイズに掛けられているブランケットを取り除き、マリーは寝台に膝を乗せてルイズのうなじに腕を回す。
 マリーによって上半身を起こされたルイズに、シエスタはネグリジェを裾から上げていき、両腕を上げて脱がす。
 下着だけとなったルイズを、濡らしたタオルで全身を満遍なく拭いていく二人。
 最後に下着を脱がせて、新しいものには着替えさせた。
 所要時間は十分も掛かってはいない、小さいとは言え完全に力の抜けた人を十分足らずで全身清拭を行うのは手馴れたせいか。

 そうしてこの日最後になっただろうルイズの世話も終わり、後は寝るだけという所になって。

「……やっぱり起きてなきゃいけないのかな」
「ミス・ヴァリエールがいつ起きるか分かりませんし……」

 エレオノールはルイズが目を覚ましたらすぐに知らせる事と言っていた。
 それは深夜であっても知らせるべき事であり、世話係を命じられた二人はすぐ知らせる事が出来るように起きておかなければならない。
 基本メイドは早寝早起き、日が落ちたら数時間で就寝に付き、日が昇る前に起きる。
 つまり日が落ちている現在、あと一時間二時間もすれば間違いなく睡魔が襲ってくる。
 二人はこの事に早く気が付いておくべきだったと後悔しつつ、二人とも起きておくのは難しいので交代で寝ましょうという事になる。

 才人も交えればもっと楽になるが、眠っているルイズに近づくなと直々に言われたので寝台馬車に近づけなかったりする才人。

「マリー、三時間で起こすから」
「私が先でも構いません」

 そう強く言うマリー、だがシエスタは首を横に振る。

「マリー、私はまだ眠くないからね」

 そういうシエスタは休日になれば、たまにだが夜更かしをする事もある。
 前の休日に買った小説を読んだりして、日が変わっても起きている事もあった。

「……わかりました」

 一方のマリーは今年で15歳になる、ルイズよりも年下の本当の意味で子供。
 日が変わるまで起きているのは相当に辛いはず、そういう理由もあり少しでも睡眠を取っておけば三時間は持つだろうとシエスタは考えていた。
 マリーはゆっくり頷き、ルイズが寝る寝台とは別の、今のような侍女が世話をする際に使うのであろう、馬車後部にある小さな寝台に寝る。
 そうして数分とすれば、ルイズとは別の小さな寝息が聞こえてきて、シエスタは小さく笑う。

「さてと」

 シエスタは立ち上がって桶に水を汲む、起きている事を決めたとは言え不意に睡魔が襲ってくるかもしれない。
 それを防ぎ眠気と飛ばす為に洗顔用に水を汲む、眠くなってきたらその都度顔を洗おうと用意していた。
 そうして一時間、二時間と経った頃、扉からコンコンとノックの音。
 シエスタは立ち上がり、誰だろうとカーテンを少しだけずらす。
 そのずらしたカーテンの向こう、窓には一人メイジが立っていた。

「どうかなされましたか?」
「公爵様から警備のついでに、お前たちが寝ていないか確かめろとな」

 もし二人とも寝ているなら、たたき起こすつもりだったのだろう。

「ミス・ヴァリエールが目を覚まされたらすぐにでもお知らせする為、眠るなんて出来ません」
「分かってるならそれで良い」

 そう言って護衛のメイジは馬車から離れていく。
 シエスタは扉を閉めて、カーテンも閉じる。
 起きていて良かったと改めて思い直す、寝ていたら無理やり叩き起こされて罰せられるかもしれないと安堵した。
 それからさらに一時間ほどして、三時間が経ったのを壁に掛けられている時計でシエスタは確認する。
 交代の時間を過ぎたが、余り眠くないのでもう少しマリーを寝かせて置いてあげようかなと。
 そう思って椅子に座りなおして、シエスタはルイズの顔を見た。

「……ルイズ様?」

 シエスタが目にしたのは、閉じられていた瞼がゆっくりと開いていたルイズの顔だった。



[4708] 長引きそうで 43話
Name: BBB◆e494c1dd ID:e6765bff
Date: 2010/10/24 01:14
 ゆっくりと開いた瞼を、何度か瞬きしたのをシエスタは見る。
 僅かに顔を傾け、シエスタの顔を見たルイズは上体を捻って肘を支えに起き上がろうとする。
 すかさずシエスタは傍に寄り、右手を肩から背中に、流れるように当ててルイズを支え起こした。
 はぁっ、っと搾り出したような溜息を吐いた後、右手を顔に当てたルイズは口を開いた。

「……ここは」

 少し掠れた声、それにシエスタは返す。

「ルイズ様の御父上がお見えになって、今はルイズ様の家に向かっている途中です」
「………」

 散漫とした動作で足を動かし、下ろそうとするも上手く動かせない。
 シエスタはルイズのふくらはぎの下に左手を差込み、僅かに持ち上げてルイズの左足を下ろす。
 右足も同じように左手を差し込んで下ろし、寝台に座った状態に。

「……どのくらい気を失ってたかしら」
「一週間ほどになります……、一体ルイズ様は何をしてらっしゃるんですか……?」

 シエスタは素朴な疑問を問う、純粋に心配しての声。

「色々よ」
「嘘です! いえ、本当でしょうけど……。 私、魔法の事はよく知りませんが、魔法を使い過ぎたら気絶するって言うのは知っています」
「だったらシエスタも知ってるでしょう? 私が何て呼ばれているか」
「知っています、だからこそ信じられないんです!」

 シエスタが語尾を荒げる、それを聞きながらルイズはゆっくろと瞬きして息を吐く。

「それで?」
「それでって……、何をしているのか分かりませんがもうやめて下さい! こんな事がこれからも続いたらルイズ様のお体が持ちません!」

 今回で二度目、ルイズが倒れ学院に戻ってきたのは。
 そのたびにシエスタはルイズの世話をし、着替えなどをこなしてきた。
 その過程、体を拭いたり着替えさせたりする際ルイズの肌を直接見たのだが、一度目より二度目の方が明らかにルイズが細くなっていた。
 ルイズは体質か小柄なためか、元より肉付きが良くなく、脂肪もあまり付いてはいない。
 細いルイズが今ではさらに細くなり、ただ横になっているだけで肋骨が浮き上がるほど細くなっていた。

 一度目に倒れてから二ヶ月ほど、それだけの時間で元から華奢なルイズがさらに痩せれるのかと言う不安感。
 ダイエットとかそういうレベルではない、ただでさえ少ない肉や脂肪をそのまま削ぎ落としているような気さえした。
 シエスタだって女の子、体重や肌、髪を気にする。
 太ってくれば体重を減らそうとダイエットに励むが、その成果が出るのは当分先。
 少なくとも二ヶ月で体重が減ったと実感出来るほどの変化は一度たりともなかった、だがルイズは実感できるほどに細くなっていた。

 太っているなら減らせる脂肪があるのだが、細くなったルイズには減るだけの脂肪がかなり少ない。
 なのにもとから軽いルイズが、どうしたらさらに細くなるのかと。
 この二ヶ月でさらに軽くなったルイズが、また同じように数ヵ月後に倒れたりしたらどうなるのか。
 その時は頬は痩け、骨と皮だけのような姿になるんじゃないだろうかとシエスタは心配していた。
 だがその心配をよそに、ルイズは自分の意思を話す。

「……シエスタのためでもあるのよ、残念だけど止められないわ」
「……私の?」

 何のために、と言う事を気にしていたシエスタは、まさか自分の名前が出るとは露にも思わず一言。

「広義の、もっと大きく見ればお国の為なのよ。 やっておかなければ街が火に包まれるかもしれないの、シエスタはタルブの町が燃えた時の光景をまた見たいと思う?」
「そんな!」
「……押し付けがましかったわね。 他にも理由は有るのだけど、シエスタたちにはそれが一番納得しやすい事だと思うわ」

 一度馬車内を見渡してそう言ったルイズは、目線の高さを合わせてしゃがむシエスタの肩に手を置いた。

「でも!」
「静かに、あの子が起きるわ。 ……もう寝なさい、私の世話で夜更かしなんかする事ないわ」

 寝台馬車の後部、世話係用の小さめのベッドに横になっている、明るい栗毛の髪をベッドに流すマリーを一度見る。
 視線を戻すルイズはシエスタの肩に置いていた手を、シエスタの首元に移動させて一度その黒髪を撫でた。
 
「そういえば、あの子の名前を聞くのをすっかり忘れていたわ」
「……マリーです」
「そう、マリーね」
「名前を呼んであげてください、それだけでマリーは喜びます」
「大げさね」

 そう言ってルイズは手を下ろす、シエスタは下げられた手に一度視線をやってから頭を横に振る。

「大げさじゃありません、ルイズ様はどれだけ皆に思われているのかご存じないからそう言えるんです」

 その黒く真摯な瞳はルイズを捕らえて離さない、それは信用と信頼に溢れた瞳。
 それを見てルイズは目を丸くする、あまりに真剣すぎる表情だったからだ。

「大体ルイズ様が入学なされてから、何度平民を気に掛けたと思ってるんですか!」

 シエスタはルイズがやった事を指折りで数え始めた。

「まずは学院の設備や機材の新調、貴族様方の環境が良くなるって言ってましたけど、実際は私たちのほうが大変助かっています!」

 料理に使う鍋やかまど、水を汲むための桶など貴族の世話をする為の必需品の新調。
 修繕を必要とする物は全部交換し、重たい物の運搬に便利なリアカーも導入された。
 つまり作業効率の上昇、仕事に掛かる時間が短くなり負担が減る。

「他には何度もメイドさんたちを助けてましたね、無体を振るう貴族様の間に割って入って! マリーの事だってそうですよね!」

 気にする事でもない事に気をやり、ほんの僅かなミスで平民に怪我をさせる。
 そのやり取りが行われる前に、声を上げて遮る。
 見苦しいとルイズが言えば、ゼロのくせにでしゃばるなと言い返され、だったらこっちに迷惑をかけるなと反論した。
 怪我をさせた平民は働けずに学院を去ることになる、そうすれば減った分だけ仕事が他の平民へと行く事になる。
 平民の補充にもそれなりの時間が掛かる、補充したとしてもすぐに満足できる仕事を出来るわけでもないと。

 その穴を埋める為に前から居る平民が頑張ったとして、ずっと頑張れるわけではない。
 無理をした分だけ疲れ、酷ければ倒れるかもしれない。
 そうなれば満足に働ける者が減り、その分さらに仕事の分担が増える。
 もしこんな悪循環に陥れば奉仕の質が下がり、怪我をさせた貴族だけではなく全体が迷惑をこうむる事になると。
 それを声を大きくして語り、その貴族のせいで平民のミスが増えて、関係ない自分が被害をこうむるのを許せるのかと。

『ミスタ、貴族なら相応しい品性を身に付けたらいかが? 些細な事など寛大な心で許してやると言うのが素晴らしい人物だと思うのだけど、これでは器の小さい男と言われても否定は出来ませんわよ?』

 そう真っ向から啖呵を切ったルイズ、周囲の観客と相まって体面を気にする貴族は明らかに無理して許してやったと言う。
 勿論気が収まらない貴族は嫌がらせを行うが、ラ・ヴァリエールと言う名が行き過ぎた嫌がらせを抑制させる。
 そもそも程度の知れた嫌がらせなど全く持って眼中にない、いまさら嫌がらせが一つ二つ増えたところで気にする事でもなかったからだ。

「お買い物に付き合わせたメイドたちに色々買ってあげたそうじゃないですか!」

 欲しい物があってトリスタニアに繰り出す際、一人で行くのもさびしく通り掛かったメイドに同行を頼んだ。
 勿論貴族の言葉に逆らえない平民のメイドは一言で頷き、学院の馬車でトリスタニアに向かったのだが。
 道中の馬車でやたらと話しかけられるし、トリスタニアに着いて買った物を持っってもらった際に重くないかと心配されたり。
 最後は付き合わせたお詫びに何か好きなものを買っても良いと、一人ずつ10エキュー渡されてとても驚いたと。
 平然と一月の給金に届きそうな金額を渡されて好きに使って良い等と、これが他の貴族であったら間違いなくやらない事。

「それに、それに!」
「もう良い、もう良いから……」

 まだまだあると少し興奮したシエスタを前に、ルイズは眉間を右手で揉みながら遮る。

「やった事はそれが当然だと思ったからよ、聖人君子じゃないんだから益の無い事はしないわ」
「せいじんくんし……? その言葉の意味は分かりませんが、ルイズ様は他の貴族様とは全然違います」
「当たり前よ、私は誰とも違う。 貴女が考える貴族とは掛け離れているわ、変人奇人と言っても良いわね」
「その変人奇人のルイズ様が私たちにとって、とっても好きなんです!」
「は、アハハ。 正面切って言われると変な気分になるわね」
「す、すみません」

 シエスタは自分が言った事に気が付き、申し訳無さそうな表情を作る。
 ルイズは顔は俯かせたままそれを見ずに顔から手を下ろす。

「良いのよ、本当の事だし。 私は貴族だけど貴族じゃないわ、私は私だけど私じゃない」
「……それはどういう」
「浅ましい人間だと言う事よ。 ……さて、外に誰か居るでしょうから呼んでくれる?」
「浅ましいだなんて!」
「シエスタ」

 ここで終わりだと、そう強めて名前を呼ぶルイズ。
 それを前にしてシエスタは折れなかった。

「いやです! ルイズ様が止めると約束してくれるまで誰も呼びません!」

 酷い事になる前に止めて欲しいと、シエスタは真剣に願った。
 シエスタの剣幕に、ルイズは一つ溜息。

「……ねぇ、シエスタ。 私のお小遣いって今どれだけ貯まってるか分かる?」

 唐突に出た、全く関係の無い話にシエスタは眉を顰める。

「……ルイズ様、今お小遣いの話をしてるんじゃ──」
「予想くらいは出来るでしょ?」

 シエスタの声を遮って、ルイズは答えを強要する。

「……1000エキューくらいですか?」

 渋々、話が進まないと思ったシエスタは予想を口にするが。
 その答えにルイズは首を横に振る。

「……2000ですか?」

 二倍、そう答えてみるもやはり首を横に振られる。

「じゃあじゃあ、5000!」

 今度は二.五倍、ここまでくれば平民にとって夢のような額。
 成人した平民一人が一年間生きていく為に必要な金額は120エキュー、質素な生活を心掛ければ100エキューでも問題ないだろう。
 つまりは5000エキューという金額は数十年間何もせずとも暮らしていける金額、少し節約すれば一生暮らしていける。
 そんな夢のような金額にも、ルイズは首を横に振る。

「……い、1万エキューですか?」

 そのさらに倍、もう一生何もせずとも暮らしていける金額。
 近代日本で例えれば数千万から億にも届くだろう、その金額をしてルイズはこう答える。

「正確には覚えていないけどね、今は5万エキュー以上は持ってるわ」
「ごっ!?」

 シエスタは言葉を詰まらせる、それは予想だにしない途轍もない金額だった。

「この私が、汗水流して田畑を耕したり、どこかの店で一生懸命仕事をしたりした事がないこの私が、5万エキューという金額を持っているの」

 ルイズの声の質が変わった、真剣みを帯びてシエスタに問いかける様に語りだす。

「ヴァリエール公爵家の三女と言う理由で、平民が一生働き詰めでも得られない金額を、たった17の子供が手に入れているのよ」

 貴族と平民、絶対に埋まらない溝。
 ルイズは貴族で、シエスタは平民、本来ならば絶対に近づく事はない距離。
 天と地、そう言っても過言ではないほどの距離がこの二人にはある。

「この5万エキューと言うお金、これは父さまが与えてくれたもの。 そう、これは領地に住む領民から得た税金から賄われているの」

 鳶色の瞳がシエスタの黒い瞳を捉える。

「父さまが領地の経営して得られたお金、これが父さまのものなら何の問題も無い。 領民の安全を保証し、働きやすくして、その代価に支払われた税金。 だけど私は違う、父さまの娘と言うだけで、ヴァリエールの領民に何かをしてあげたわけでもないのに得たお金」

 田畑を耕す苦労を、何かを作り売る事を、その日を懸命に生きることを知らない小娘が得て良いお金?
 そう聞かれて、シエスタは何も反応を返せない。

「何十何百エキューもする料理を毎日朝昼晩と食べ、何百エキューもする衣服を身にまとい、何千エキューもする宝石で着飾り、何万何十万エキューもする豪華な屋敷で過ごす」

 誰かの為に何かをしてやった事が無い人間が、他人の努力だけで生きていけるなんてシエスタは許せる?

「………」
「そんな人間は許せないわ、でも現実はそんな貴族ばっかり。 平民を家畜程度にしか見えていない者ばかり、土地に住ませてやっているから税を納めるのは当然と、やるべき事をやらず搾取だけを行う貴族ばかり」

 シエスタは許せる? 懸命に働けど税金として殆ど取られ、その日を必死に生きる平民たちを尻目に、贅の限りを尽くして笑う貴族を。

「……許せません」
「でしょう? 村や町を襲う亜人が現れれば討伐に人を動かし、日照りや雨ばかりで作物が枯れ果てれば税を軽くし、食べる物が無く飢餓に喘げば食料を配布する、そこまでして始めて税金を納めてもらえると私は思うの」

 勿論これは理想論よ、そこまで出来る財を持ち得て初めて実現できる類の理想。
 ここまで出来る貴族はごく僅か、でも襲ってくる亜人を討伐に向かわせる貴族も居れば、作物の収穫が期待できない時は税を軽くする貴族もいる。
 例え出来たとしてもわざとやらない貴族も居る、毎月パーティを開いて他の貴族と関係を作ろうと、ただ財を築こうとをするだけ。
 私はそんな貴族になりたくないわ、でも今は親のすねを齧って高い入学費や授業料を払ってもらい、高額のお小遣いを毎月貰っている。

「……でも、ルイズ様は」
「そのままの体勢はきついでしょ、座って」

 ポンポンと手で自分の右隣を叩くルイズ、シエスタは促されて隣に座る。

「働かずとも暮らしていける身分ってのはとても恵まれているわ、ちょっと気を抜いてだらければあっという間に堕ちて行く」
「それは、とても羨ましい事です」
「でもそれは違うわ、貴族じゃない。 いえ、貴族だけど、そう言う風に生きていくのはずっとずっと後のこと」

 若い頃は学業を学んで、祖父や父の教えのもと試行錯誤し、やがて一人前となって当主になれば学んだ経験を生かして領地を経営する。
 三十台、四十台、五十台となって、そこまで領民の事を考え行動して年老いて、初めて働かずに暮らしていくの。

「そんな人間になりたいけど私は女だし跡を継ぐことは無い、ヴァリエールの領民に何かしてあげるって言うのもあまり機会はなさそうなの。 だから今やっているのは地方だけじゃなくて、国全体の為になるようなことをしているのよ」

 もうすぐ戦争が起きるからね、とルイズは言う。
 その少しだけ浮かべた笑みに、シエスタは追撃の手が一気に緩む。
 この世にたった一つ、たった一人しか知らない『貴族の義務』。
 シエスタは自分たちの為を思ってと言う、その高潔な建前に感動を覚える。

「……だからねシエスタ、一つ約束して欲しいことがあるの」

 だからこそ裏に潜む本音を見抜く事は出来なかった。











タイトル「諦めたらそこで終了ですよ」











 夜の帳を上げる朝日が、地平線の向こう側から顔を覗かせる。
 だがその朝日が顔を見せる前から馬車の一団は動き出していた。
 正確にはラ・ヴァリエールの城で奉仕するメイドたち、その中にはシエスタとマリーの姿もある。
 食事に身支度などを、仕える貴族、ラ・ヴァリエールの名を持つ者の為に用意する。

 それを寝台馬車の中から窓越しに眺めながら、ルイズは用意された紅茶を飲む。
 そしてその隣に才人、起きて五分ほど経つが未だ眠気眼で目を擦っている。

「よく眠れた?」
「……いや、あんまり」

 寝よう寝ようと思っても、ベッドにした座席が硬かったり、今どこに向かっているのかとか。
 ちょっと痛い肩を擦りながら、サイトは隣に座るルイズを見る。
 一世一代の告白をした才人としては話しかけづらいが、どこに向かっているのかとか聞いておきたいと話しかける。

「寝難かったんじゃないの? サイトもこっちで寝れば良かったのに」

 一方、ルイズは何事も無くいつも通りに返してきた。

「ルイズのお父さんとお姉さんが、なんと言うかすげー怖かったから無理じゃないかなー……」

 険しい顔つきで杖を向けてきたルイズのお父さん、それとルイズを金髪にして成長させたような感じのお姉さん。
 毎晩一緒の部屋で寝てますよ、なんて言ったらまじで襲われそうな気がする。

「……何かされた?」
「何もされてないけど、ルイズをすっげー心配してた」

 話し方とか、顔見てたら家族の事を心配している父親と姉にしか見えなかった。
 ……そしたらルイズが倒れた原因の俺は、間違いなく悪い男にしか見えない。
 そう考えて、才人は悪寒でブルッと震えた。
 それを振り払うように頭を振って、この馬車の列がどこに向かっているのかを聞いてみた。

「……そういや、どこに向かってるんだ?」
「私の家よ、帰省ってやつね」
「ルイズの家ってどこらへんにあるんだ?」

 一口、紅茶を飲んでルイズが答えた。

「……トリステインの東端、北東って言ったほうがいいかしら。 とりあえずはゲルマニアとの国境に接した領地で、国境の向こう側はツェルプストー、キュルケの家がある領地と国境を隔てた場所よ」
「あー、なんかキュルケが言ってたような気がする」
「昔は小競り合いやってて、色々有ったようだけどね」
「小競り合いって?」
「そのままよ、派手に魔法を撃ち合ったり、彼氏彼女を取られたとか」
「なるほど」

 貴族ってのは全員メイジだし、魔法の打ち合いってのも納得できる。
 キュルケを見ていれば、彼氏彼女取られたってのも分かる。

「仲悪いの?」
「少なくとも、私はキュルケの事嫌いじゃないわよ。 キュルケの方はどう思ってるか分からないけど、家で見ると結構確執あるもの」

 人間関係で色々問題があるように、貴族間での交友も色々有るって。
 貴族のイメージなんてなんか毎日パーティでも開いて、美味しい物食べながら話しているような、そんな感じしかしなかったけど。

「……起きたようね」
「へ?」
「父さまと姉さま、挨拶してこなくちゃ」

 窓の外に視線を向けていたルイズがそう言って、右手を才人の左腕の前に差し出す。

「手を貸してくれない?」
「ああ」

 才人はその右手を左手で取り、ルイズより先に立ち上がる。
 腕に掛かる力もそれなりに、グっと力を込めてルイズが立ち上がる。

「……大丈夫か?」
「ええ、やっぱり食べてないと落ちちゃうわね」
「その、ごめん」
「そうね、とても困ったわ。 返事、今欲しいの?」

 そう聞かれて、才人はうっと呻いた。
 これは聞きたい、絶対に聞いておきたい。
 だが告白の答えがごめんなさいだったら、そう思うと怖い。
 でも、その怖さよりも返事を聞きたいと思う気持ちの方が強かった。

「欲しい、聞きたい」

 開き直りもあった、断られてもまだ何とかなると言う考えもあった。
 真っ直ぐに才人はルイズを見つめ、ルイズも真っ直ぐ才人を見つめる。
 ほんの僅か、数秒も無い間の後。

「ごめんなさい」
「………」

 振られた、振られた、振られた、振られた、振られた、何度も頭の中で反芻する才人は泣きたくなった。
 涙がぶわっと出てきそうになった、でもそれを必死に飲み込んで平静を装う。

「い、いやぁ、しょうがないよ。 さ、最初にそう言ってたもんな」

 無理だった、声が震えていた。
 好きな女の子に振られると言うのはこんなに辛いものだったのかと、そうして才人はまた一歩大人に近づいた。
 才人は顔をそらして、袖で目元を擦った。
 よし、涙は出ていない。

「本当にごめんなさい、その……サイトとは付き合えないわ」

 僅かに顔を背けられ、そう言われた。
 駄目押しだった、トンカチで叩かれたガラスのように才人の心は砕け散った。
 まさに涙目である。

「そうだよな、俺なんか……」

 目から汗が流れていた、これは汗なんだ、間違っても涙なんかじゃないと言い聞かせた。

「違うの! サイトが嫌いとかじゃないのよ!」

 そんな才人の様子に慌てたのか、乗せていた手を握り、一歩才人に近づく。

「嫌いじゃないわ、でも当人たちの好き嫌いで決めれる簡単な話じゃないの」
「いや、いいよ。 慰めてくれなくたって……」

 惨めになるだけだと、このままルイズの前から走り去りたいほど悲しかった。
 才人はもう一度袖で目元を擦る、袖を離すと目の汗で少し濡れていた。

「……好きよ」
「え?」

 そう自然に声が出てしまうほどに、才人は驚いた。

「サイトの事は嫌いじゃない、むしろ好きな方よ。 だからと言って彼氏彼女として交際する事は出来ないの」

 サイトが顔をルイズの方へと向ければ、真剣な表情が見えた。
 長い睫毛の下にある艶やかな鳶色の瞳の中心に、才人の顔を捉えていた。

「色々問題があるの、サイトが駄目と言うわけじゃないの。 難しい問題が幾つもあるのよ、だからそういう関係になる事は出来ないの……」

 ルイズは手を離す、そして馬車を降り始め。

「言い訳がましいけど、それだけは忘れないで」

 馬車を降りて歩き出していった。

「……なんだよそれ、訳わかんねぇよ」

 好きなのに付き合えない、武器屋の親父が言ってた意味なのかと才人は苦悶する。
 そう考えて。

「……まだチャンスはあるってことか?」

 一人馬車に残る才人は、そんな有るかも分からない機会に賭けたくなっていた。







 
 ルイズが目を覚まし、シエスタと話した後で護衛のメイジを呼び、目を覚ましたのを知らせるのは二人が起きてからで良いと言い。
 そう伝えてから、今の時間までラ・ヴァリエール公爵ことピエールとエレオノールはルイズが目を覚ましたことを知らなかった。

「父さま、おはようございます」

 だからこそ、眠っているはずの娘が出迎えてくるその光景に驚いた。

「ああ、ルイズ。 目を覚ましたか」

 ピエールが馬車から降り、娘のルイズに抱擁と頬にキスを交わす。

「心配したぞ、ルイズ」
「ご心配を掛けて申し訳ありません」
「皆心配していた、家族全員だ」

 険しい声、それでも愛が感じられる声。

「……それとルイズ、お前は私に黙っていた事があるな? 陛下からお前が倒れたと聞いたその後だ、お前は陛下からの命令でアルビオンへと行ったな?」

 そうしてスッとピエールの視線が鋭くなる。

「その時、あのワルドが裏切ったそうだな」

 黙っていた事、ピエールが聞いて居たらなんとしても妨害したであろう手紙奪還の任務。
 責める声を前にしてルイズは。

「はい、子爵の事は問題ありませんでしたし、しっかりと任務を果たしてまいりました」

 あっさりと認めた、それを聞いてピエールの表情が歪む。

「お前なら分かっていただろう? アルビオンはとても危険な状態だと」
「それでも行かねばなりませんでした、女王陛下の命でしたが自分で選んだ事です」
「その理由は一体なんなのだ? ルイズがそうせねばならない理由は」
「私だからです」

 はっきりと言った。

「私が『そう』だから行かねばなりませんでした、恐らくこれからも私が『そう』だから動かねばなりません」
「……どうしても必要なことかな?」

 責める口調から一転して、優しく語り掛けるようにピエールは聞いた。

「父さま、これから色んな事が起きます。 正直に言えば私が中心になるやも知れません」
「……では約束してくれ、せめて私たちには知らせて欲しい。 カリーヌもエレオノールもカトレアも、そして私もお前のことを心配しているのだ」
「はい、約束します」

 それを聞いてもう一度抱擁を交わす。

「エレオノールの所へ行ってきなさい、あの子も心配していたぞ」
「はい、ではまた後で」

 二人は離れ、ルイズは一つ後ろの馬車へと歩いていった。
 その後姿を見ながら、ピエールは素早く寄ってきたメイドに衣服の乱れを直させる。

「出発するまで護衛の半数を休ませろ」
「かしこまりました」

 命じて仰仰しくメイドが頭を下げ、設置されたテーブルへとピエールは歩き出した。





「姉さま」
「ルイズ」

 起きてから身嗜みを整えたエレオノールが馬車から降りると、末の妹が待っていた。
 目が覚めたという報告もなく、ついさっき目を覚ましたのでしょうと一歩ルイズの前に足を進め。

「いひゃいでひゅ」

 ぐいーっとルイズの頬を引っ張った。

「まったく、このちびルイズ! 倒れただなんて皆に心配を掛けて! それも二度! 陛下が仰らなければ黙っていたつもりでしょう!?」

 金髪をなびかせ、エレオノールは激しく叱咤する。

「家族だからと言って秘密を全て打ち明けろとは言わないけど、これは秘密でもなんでもなく知らせるべきことでしょう!」

 そう言って左手も頬をつねり上げて引っ張る。

「あひゅほ、いひゃひゅぎ、あだ」

 痛い痛いと言いつつも、抵抗せずにそれを受け入れているルイズ。
 自覚があると判断したエレオノールは、もう一度強く引っ張った後手を離す。

「帰ったら母さまとカトレアに謝りなさい、良いわね!?」

 ルイズは頬を擦りながら頷き。

「姉さま、心配を掛けてごめんなさい」

 そう言って頭を下げる。

「……はぁ、あなたって子は」
「あだっ」

 エレオノールは溜息を吐き、右手の人差し指でルイズの額にデコピン。

「もうこんな心配を掛けるんじゃないわよ?」
「それは約束できません」

 その切り返しで、エレオノールの片眉が僅かにつりあがる。

「それはどう言う意味? まさかこれからも何か危ないことするんじゃないでしょうね?」
「それは家に帰ってから、皆の前で話します」
「今言いなさい!」

 その剣幕の前に、ルイズは首を横に振る。

「二度手間です、姉さまも一度聞いたのをもう一度聞くのは煩わしいでしょう?」
「そ・れ・で・も! 今話しなさい!!」

 怒髪天を衝くが如く、怒りの形相でエレオノールはルイズを見る。
 埒が明かないと判断したルイズは、簡潔に説明した。

「此度の戦に参加します」

 その言葉を聞いて、エレオノールを支配したのは怒りではなく驚愕。

「あなた……何言ってるの!? この事は父さまには……」
「ですから、家に帰っ──」

 ルイズが言い切る前に、エレオノールはルイズの腕を掴んで無理やり引っ張り歩き出す。

「てから話します」

 ぐっと踵に力を込めて、無理やり足を止めさせる。
 引っかかったことに対して、エレオノールは振り返りルイズの顔を見る。

「その時、父さまや母さまに話します」
「自分が何を言ってるのか──」
「分かっています、姉さまが言いたい事はその時にお願いします」

 譲らぬルイズに、エレオノールは一つ溜息を吐く。

「……その時に、父さまと母さまにこってりと絞られなさい」
「ありがとう、姉さま」

 エレオノールは両親が認めるわけが無いと確信していた。
 魔法が使えぬルイズが戦場に出て何が出来るのかと、間違いなく足手まといになって危険に身を晒すことになるとわかっているから。
 全く思いがけない事を平然と言って、とエレオノールが呆れていれば。

「ところで姉さま、式はいつ挙げるので?」

 ビシッと空気が凍った。
 エレオノールの表情が凍りつき、見下ろす末の妹の表情も変化していく。

「………」
「まさか姉さま……、婚約を解消されたんじゃ」

 笑顔を浮かべていたルイズから、見る間に笑みが消えていった。

「されて無いわよ!」

 反射的に、エレオノールは事実を持って反論する。

「……それは良かった、姉さまも伯爵さまの事は嫌いじゃないんでしょうし」

 一言呟いて、追い討ちの如くさらに言葉を紡ぐ。

「では何故未だ、もう4年近くも式を挙げないのですか?」
「それは……」

 くぅっとエレオノールがうめく、彼女の婚約者、バーガンディ伯爵とはルイズが入学する二年と半年ほど前から婚約をしている。
 彼女が23歳の頃にお見合いとして出会い、お互い惹かれあった、とルイズは認識していた。
 事実、9対1以上の割合でツンデレであるエレオノールだったが、伯爵の話題を出せば慌てるほどに気にしている。

『は、伯爵さまは別に、そ、そんなに好きじゃ……、き、嫌いでもないけど……』

 それをカトレアとルイズは笑みを作って聞いていたこともある、顔を赤くして一生懸命好きじゃない嫌いじゃないと言い続ける。
 褒めれば喜ぶし、貶せば怒る、結婚は時間の問題ねとそう考えていた。
 だと言うのに4年、式も挙げず婚約状態のまま4年もの月日が経っていた。

「何故?」
「………」

 顔が見る間に赤くなるエレオノール、それを見て、ああなるほどと合点がいく。

「姉さま、人には忍耐と言うものがあります。 貴族でも平民でも、それは変わりません」

 単純に恥ずかしいのだ、一世一代の結婚式でもあるし、愛しい人と一緒になると思うと怖いのだろうと。
 ツンを極めかかったエレオノールだからこそ、デレの部分、素直になる事が出来ないで居た。
 要するに恋愛事に関して不器用なのだ、声を大きくして嫌いだと簡単に言えるのに、たった一言の好きが言えない。

「わかってる、わかってるわよ。 ちびルイズに言われる事じゃ──」
「父さまや母さまも、何も言っておられないので?」

 またエレオノールが呻く、エレオノールも27と言う年齢。
 ハルケギニアの結婚適齢を疾うの昔に過ぎている、父さまも母さまも早く結婚して欲しいと思っているはずとルイズは考える。
 だから姉の為、家の為に背中を押す。

「姉さま、伯爵さまは人気があると聞いたことがありますが」

 それを聞いて、バッと体ごと向けてエレオノールはルイズを見た。

「もし姉さまと婚約解消となれば、すぐにでも他の婦人方からお付き合いの申し出が来るんじゃないでしょうか?」

 実際バーガンディ伯爵は人気が出る要素を幾つも持っている、切れ長の瞳から整った顔、地位もそれなりにあるし人当たりも悪くない。
 結婚するなら妥当、ではなく上等の部類の相手。
 でなければエレオノールとの婚約も、ラ・ヴァリエール公爵家の当主のピエールとその夫人、カリーヌが認めるわけがない。

「……姉さま」

 ルイズは手のひらをエレオノールに見せ。

「良いのですか? 他の女に取られても」
「………」

 エレオノールの強張った表情が解け、一歩ルイズに近づく。
 ルイズに向かってゆっくりと伸ばされた手が頬へと迫り。

「いひゃあ、はんへぇ」

 頬をつねり上げた。

「何度も言ったでしょう! ちびルイズに言われる事じゃないと!」

 エレオノールは頬をつねる手を離し、ルイズから顔を背けるように振り返る。

「……ええ、言われるまでもないわ」

 背を向け少し震えた声で、もう一度呟く。

「帰ったらすぐに伯爵さまに手紙を出しましょう、勿論姉さま直筆で」

 そう笑いながらルイズは言った、素直になれないタイプは危機感を煽ってやらなければ後一歩を踏み出せないもの。
 ルイズとしてもお互い好意を持つ者が結ばれると言うのは祝福する、そうであるべきと思ってさえ居る。
 だからこそ本音を言った。

「幸せになってくださいね、姉さま」



[4708] あまり進んでいない 44話
Name: BBB◆e494c1dd ID:51f4faa7
Date: 2011/11/19 04:52
 チャンスがある、口で言うのも簡単だけどめちゃくちゃ難しい事ってのはよくわかる。
 まずは一番目に見える、ルイズのお父さんとお姉さんだ。
 ルイズに変なことすれば即殺す、そう思ってるのがすぐわかるくらいの目をしている。
 こいつはやばい、なにがやばいかって超ルイズを心配しているからだ。
 後姿の裸を見たとか伸し掛かられて首筋にキスされまくったとか、それを知ったら無言で魔法を撃ってくると思う。

 それはまあいい、いや、良くないけどデルフがあるから何とかなる……はず。
 次にルイズが途轍もない大貴族って事だ、少なくとも俺との恋愛とか結婚は無い。
 自分で言ってて悲しくなってきたけど、ちゃんと考えておく必要があるってことだ。
 それで、なぜ俺とルイズが付き合えないかっていうと、今言った通りルイズが大貴族の娘だからだ。
 確か家の格で見れば魔法学院でもトップクラスって聞いたな、トリステインでも有数の大貴族って奴だ。

 つまりルイズは貴族で、ルイズの召喚された俺は使い魔+平民と言う立場。
 本当なら俺はルイズの傍に居られない、なぜかって言うと平民だからだ。
 でもそれを無視してルイズの傍に、魔法学院で過ごせるのは使い魔って立場だから。
 これはわかる、ほかの生徒たちは最初っからそんな扱いしてたしな。
 ギーシュにも散々言われてワルキューレで殴られたし、さすがに俺でもしっかりわかってる。

 それでなぜ俺とルイズの恋愛とか結婚は無いのかって言うと、すごく簡単な話。
 ルイズは大貴族の娘だから偉い、俺は召喚された使い魔で平民だから偉くない。
 後魔法も使えない、使えても偉くないからあんまりかわらねーけど。
 なんて言いたいのかって言うと、貴族は貴族としか恋愛も結婚もできないって事。
 ルイズの家族だけじゃなくて、トリステインの貴族たちが皆猛反対してくる出来事って訳だ。

 俺とルイズのことなんだから好きにさせてくれよ! と思うが、俺には理解も納得もできないことが絡み合っているから無理という話。
 多分ルイズが無理だって言ったのもこれがあるせいなんだろう、血統とかんなもん知るかよと言いたい。
 言った所で聞いた貴族がめちゃくちゃ怒るから言わないけど、結局俺に出来る事なんて一つしかない訳だ。

「……娘っ子が聞いたら間違いなく怒るぜ?」
「それを言ったら俺も怒るに決まってるだろ、つーか怒るし」

 シエスタとマリーの後を付いていく才人は、背中のデルフリンガーと話しながら今後のことを考える。

「戦争も終わってないんだし、これからルイズが危険な所に行くかもしれない。 ルイズ一人じゃどうにもできなくても、二人なら何とかなるかもしれないって事もあるかもしれないだろ?」

 んな所にルイズ一人で行かせるかよ、と意気込む才人。

「……俺は振られちまったけどさ、まだチャンスはあるかもしれないし」

 未練がましい、しつこい男なんて言われるかもしれないが、少し考えるだけで胸がドキドキする人のことを簡単に諦められる訳が無い。
 あっさり諦めたら好きじゃなかったって事だ、だから俺はルイズにくっ付いて行く。
 この気持ちや想いは絶対に嘘なんかじゃない、だから俺はこのチャンスに賭ける。

「まあ相棒の好きにしたら良いさ」
「当たり前だろ!」

 俺の人生なんだから俺の好きにやる、ルイズにも言ったしそうするって決めた。
 そうして再度考えを固めた才人は、一つ気合を入れて旅籠の中に入った。







サブタイトル「忘れたんだしもう付けなくていいかもしれない」









 ドアを開いて旅籠に入ると外のときと同じく、わらわらと村人が溢れかえるも邪魔にならないように端っこを移動している。
 いくつかテーブルが並べられていて、その一つにヴァリエール親子が座っている。
 メイドの一団も壁端に寄っており、その中にシエスタたちも居た。
 護衛のメイジたちも四方に待機して、もしもの事が無いように警戒していた。
 それを見て才人は考える、俺が立つ場所ってどこだ? と。

 メイドさんたちと同じ場所? 俺メイドじゃないし違うな。
 それじゃあ村人の群れの中に入る? 確かに平民になるけど違う気がする。
 そしたら護衛の人たちみたいに立っとくか? まあルイズの護衛って意味ならあってるけどちょっと違うな。
 ……そうだよな、俺が立ちたい場所はこのどれでもない。
 ルイズの傍が良い、それも隣に立っていたい。

 簡単な答え、もう決意して用意していた気持ち。
 決めた想いは才人を動かす、自分が立っていたい場所へと足を進ませる。

「っ!? っ!!」

 ……はずであったが、それはあっけなく砕かれた。
 足を踏み出す直前に旅籠のドアが強く開かれ、そのドアノブが才人の肘を強打した。
 これほどの痛みを味わった事があるか? いや、ない。
 本当は腹に穴が開いたりして超痛い目に遭ってきたが、事この不意打ちは痛烈としか言えなかった。
 例えれば箪笥の角に足の小指をぶつける並の不意打ち度と強烈な痛み、地獄の苦しみと言って良いそれに才人は声を漏らすことなく悶絶する。

 息を漏らして肘を押さえつつ床に転がる才人は奇妙そのもの、だが旅籠の中に居た人たちの意識は別の、ドアを開けて入ってきた人物に向けられていた。
 当然痛みで床に転がる才人は肘の痛みだけに意識が割かれ、入ってきた人物の事など一瞬で頭の中から消え去る。
 それどころか走馬灯すら脳裏に過ぎっていた、中学校の頃後ろの席に居た友達に話しかけようとして振り返り、その拍子で肘を椅子の背もたれにぶつけた時の事など。
 腕はビリビリと痺れ、指が満足に動かせない状態、それをさらに強烈にした痛みを才人は味わっていた。
 静まれ俺の右腕(の痛み)ッ! 本気でそう思うほど才人は苦しんでいた。

 男の子は泣いちゃいけない、痛いからって涙流すなんて恥ずかしいし。
 普段そんな事を思っていても、いざその痛みを体感すれば涙の一リットルや二リットル軽く出る。
 おまけに鼻水を付けちゃおう、それくらいの出血大サービスの痛みにほろりと涙をこぼした才人。
 何とか痛みが弱くなってきてうぐぐと声を漏らすまでになった才人、その蹲る才人の背中に当てられたのは小さめの手。

「サイト! 大丈夫!?」

 ドアにぶつかりよろめいて蹲った才人を見て、すぐに駆け寄ってきたのはルイズ。
 背中に当てていた手は才人の肩へと移り、ゆっくりと引っ張り才人の体を起こしていく。
 才人は右肘を抑えていた左腕の袖で顔をこする、好きな女に泣き顔なんて見せたくはないと精一杯の抵抗であったが。
 ルイズは普通にその手をどかして、スカートのポケットからハンカチを取り出して才人の顔を拭う。

「いい、いいって! 大丈夫だって!」

 母が子の顔を拭うように、才人は目元に当ててくるハンカチをどけようとするも。

「指を痙攣させておいて言える言葉じゃないでしょう!」

 才人の右手の指、小指と中指を小刻みに揺らして、明らかに正常ではない状態にルイズは叱咤する。
 そうして手のひらに才人の腕を乗せるように下から支え、ハンカチをなおしながら刺激を与えないように優しく才人の指を触るルイズ。

「痛い?」
「……ずっと居たい」
「痛くない訳無いわよね」

 そう言って才人の指に注視するルイズ、その肩の上にはルイズと同じピンクブロンドの髪。
 重力に従ってまっすぐと下に伸びる一房の髪、下から上へと視線を上げていく才人ははっとして見惚れてしまった。
 ピンクブロンドの長い髪、鳶色の瞳、一目で性格が分かりそうな優しい顔立ち。
 ルイズを厳しく成長させた姿がエレオノールであるならば、優しく成長させた姿が才人が見る女性。
 だがルイズに似ているとはいえやはり違う、全体的に優しいそうな雰囲気を放ち、何より胸が大きかった。

「ごめんなさい、大丈夫かしら?」

 申し訳無さそうに言うのはルイズの姉であるカトレア、その姿を見てサイトは何も言えずただカトレアを見つめるだけ。
 はっきりと言えばルイズも大変可愛らしくてグッと来るのだが、残念な事に才人の大好物である胸がなんというか残念であった。
 その点カトレアは危険過ぎた、具体的に言えば脳髄に直接雷が落ちる位に危険であった。
 才人が思うルイズの好ましい身体的特徴に、大きなお胸をプラスした素晴らしい存在。
 完璧に近い、欲を言えばもうちょっと大きかったなら笑顔で親指を立てパーフェクトと言うその姿。

 しかし完璧なものなどこの世に無い、だが妥協するには十分すぎるほどの美しさ。
 寧ろこの人が理想と言っても良い、それくらいに才人の好みに直撃したのだ。

「はいはい、見惚れてないで指を動かしてみて」

 そんな才人の心情など見透かしたようにルイズが言って、顔を才人の指先へと向けさせる。
 言われた通り指を動かそうとしてみるも、燃えるように熱くまったく感覚が無い。
 つまり動かそうとしてもピクリとも動かない、痙攣で震え動いてはいるが動かそうとしてやっている訳ではないのでそれは除外。

「……駄目だ、めちゃくちゃ熱くてうごかねぇ」
「……冷やしたりするだけじゃ駄目そうね」

 そういったルイズが立ち上がろうとするも、その肩に手を置いて横から杖が伸びてきた。
 杖先から光が点り、才人の肘から先が僅かに光って痛みと熱が消える。

「カトレア、あまり走ったりするんじゃない」
「はい」

 ピエールが才人にヒーリングを掛け、カトレアを嗜めた。

「ちいねえさま、次からは気を付けて下さいね」
「ええ、本当にごめんなさいね」

 ルイズの言葉に頷き、才人に向き直り表情を曇らせて謝るカトレアに。

「だ、大丈夫ですよ! ほら!」

 吃りながらも才人は立ち上がって腕をぐるんぐるんと回し、もう全然問題が無いと示す。
 カトレアほどの美女が悲しい顔をするだけで損したような気分になる才人、もう痛くないし次から気を付けるんだから文句なんて無い。

「調子が良いんだから」

 呆れたようにルイズも立ち上がって言う。

「ほら、治ったのならあっちに行ってて」

 ルイズは才人を追い払うように、軽く押して促すも。

「いや、俺言っただろ。 好きなようにやるって、だから……」

 宣言するように言った才人、ルイズに諦めないとまっすぐに見る。

「ダメよ」

 だがにべも無くルイズは拒否。

「何でだよ」
「分かるでしょう? 『ダメ』なのよ」
「………」

 言い切って僅かに表情を歪ませるルイズ、それを見て何がダメなのか考えてみる才人。
 それもすぐに分かった、旅籠に居る人たちの視線が全て才人に向いていた。
 才人が主張する居場所はダメなのだ、時と場所と場合、その全てにおいて。
 才人は知らないが、ピエール、エレオノール、カトレア、ルイズの家族四人が顔を合わせて話すのは数年ぶり。
 この先の家に戻ってからでも話は出来るのだが、それでもそこに才人が割り込み居座るのは色々と不味い。

 それを言葉ではなく、表情で伝えようとしたルイズ。
 言われた才人も才人で納得が行かず不満に思うが、向けられている視線の中の一つにシエスタのもあった。
 シエスタは僅かに頭を横に振りながら、ルイズと同じように、声には出していなかったがダメだと口を動かす。
 その隣に立っていたマリーも不安そうな顔で才人を見ている、如何に才人がなんとも思っておらずとも望む言動を取れば評価を落とす。
 ただでさえピエールとエレオノールは才人に良い感情を持っていない、これ以上悪い印象を持って欲しくないために半ば強制して言う。

「サイトはあそこ、良いわね」

 そう言い切ってルイズは踵を返し。

「ルイズ、そんな言い方は……」

 すぐ近くに立っていたカトレアの手を取り、引っ張って座っていたテーブルへと戻っていく。

「良いんです、それよりも大事な事があるんですから」

 カトレアが一度顔だけ振り返り申し訳無さそうな顔をするが、才人はさっさと壁際に下がっていた。
 そうしてテーブルに着くヴァリエール親子、それぞれがルイズに言いたい事を胸に置くが、当のルイズはそれを切り出させないように最近の事を聞き始める。
 父のピエールも言いたい事はあるが、才人の存在がどういうものか知っている為にあえて何も言わない。
 エレオノールはなぜあの平民を、しかも男をルイズの傍に居させるのか分からないし、その事について何も言わないピエールに疑問を抱きつつ、自分が口を挟むことではないのかしらと口を噤む。
 カトレアはカトレアで、ルイズが真摯に構った才人のことが気になっていたが、その話は今する必要が無いと言う雰囲気を放つルイズにいつか話してくれるんじゃないかとなんとなく思って聞かなかった。

 そして渦中の一人、才人も不満がもりもり溜まっていく。
 だがそれも抑える、何とか、と言う訳ではなく家族が集まる風景に他人の自分が加わるのはおかしいと感じたからだ。
 ルイズとシエスタとマリー、それに鋭い視線のピエールとエレオノールに当てられたのもあった。
 ここに貴族とか平民とか関係ない、家族は恋人とかとは違う意味を持つ『大事な人』。
 才人もふと家族のことを思い出して寂しくなるときがある、そう考えて文句も言わず才人は下がった。

 そうして才人は、他の村人やメイドたちと同じように、ただ壁際で家族の団欒を目に収めた。





 旅籠で休憩を取り、出発して僅かに揺れる場所の中。
 時折デルフリンガーと会話しつつも、窓枠に片肘を着いて外を眺め続ける才人。
 流れ続ける放牧的な田園風景が延々と続く、遠くに大きな山、近くには小高い丘、時折藁の山が積んであったりする風景。
 それが何時間も続く、日が落ちても続く。
 才人は自分を褒める、ぼーっとしつつもその景色だけで数時間耐え切ったのだから。

 しかし限界、もう限界、飽き過ぎて何が何だか分からない。
 あれ? 何で俺馬車に乗っているんだろ? とか思い始めるほど飽きていた。

「……相棒、返事すらする気なくなっちまったか」
「……俺って一体なんだろうな」

 とか哲学的なことすらも吐き始めるほどに流れる景色に疲弊していた。
 そうしてふと、才人から見える外の景色に僅かに入り込んでくるものがあった。
 双月から照らされる景色は、小高い丘の向こう側から現れた大きな建物。
 一言で言えば城、でっかい城。

「……あ?」
「あん?」
「……城かぁ」
「と言う事は、やっと娘っ子の家に着いたってことかね」
「そうだなぁ、つーか城だなぁ……」
「相棒、本当に大丈夫か?」
「大丈夫なんじゃないか?」
「……こりゃまずいね」

 空ろな才人の瞳、暇とは遅効性で致死的な毒。
 それに犯されつつあった才人は、ようやくでっかい城がでっかい城だと認識し始める。

「相棒、もうすぐ到着するんだからしっかりしようぜ」
「そうだなぁ……、もうすぐで到着するんだよなぁ……あ?」
「もう窓の外を眺めるのは終わりってことだよ」
「……終わり?」
「終わり」

 才人は一度座席に立て掛けてあるデルフリンガーに目をやって、また窓の外の景色を見た。

「……城だよなぁ」
「……相棒が壊れちまった」
「……デルフ、あの城がルイズの家だと思うか?」
「だと思うよ、でなきゃ相棒がおかしくなっちまう」
「……すげぇよな、今までずっとルイズの家の領地だったのに、あの山の向こうもルイズの家の物なんだろ?」
「それが大貴族ってもんだろ、わかってたことじゃねぇか」
「……貴族、かぁ」

 あまりにも大きすぎて才人はよく理解できなかった。
 日本とハルケギニアの常識は全然違うくて、靄が掛かっていたような、漠然としていたルイズとの立ち位置が浮き彫りになり始めていた。
 大貴族、そうは言っても一般的な家庭の出身である才人にとって、土地持ちなんて見たことないし、せいぜい山一つか二つとか、その程度にしか思って居なかった。
 だが才人が今見る光景の全てが、それこそ山の一つ二つでは済まない、山数百分は軽くあるだろう景色の全てが何代も前から続くラ・ヴァリエール家の領地。
 隔絶している、トリステイン有数の大貴族、その言葉は才人の想像以上に巨大で重かった。

 それからさらに一時間ほどして、馬車一行は城へと到着する。
 落ちたら梯子や魔法が無ければ上れないほどの深く水に満たされた堀、その堀の向こうには重厚な城壁。
 その城壁の中に置かれるのは巨大な門、これまた巨大な門柱があって、その脇にはやはり巨大な、二十メイルはあるだろう人型の石像が佇んでいる。
 その石像、石のゴーレムは馬車を認識して上がっている跳ね橋を下ろすために橋を支える太い鎖を操り、跳ね橋を下ろして門へと続く道を作り出した。
 一言で言えば壮観、まさにファンタジーにあって当然と言った景色に才人は無意識にすげぇと呟いた。

 跳ね橋が下りれば馬車は当然進みだす、跳ね橋を渡り門を潜って城壁の内に入ればゴーレムは鎖を手繰って跳ね橋を上げる。
 才人はそれを見送った後、視線を進行方向に向ける。
 有るのは城、でっかいとは思っていたが間近で見ればさらにでかい。
 アンリエッタに会いに行ったときに見た王城と同じくらい、もしかしてそれより大きいかもしれない城。
 その城に近づいていく馬車、玄関と思わしき大きなドア、どれもこれも大きくて豪華としか言えないもの。

 何十人も召使がドアの傍に並んで城の主を向かい入れる、とりあえず才人も馬車から降りて歩き出し、ルイズたちの後を追う。
 これまた豪華な細工や調度品が置かれ飾られた城の中を歩き、その途中でメイドであるシエスタたちは控え室に向かわされた。
 才人は才人でどこに行くべきかに悩んだところに、どう見ても執事っぽい人に話しかけられ、晩餐会に同伴するようにと言われ、ダイニングルームへと案内された。
 やっぱりと言うか、才人が背中に担いでいた剣は預かられ、デルフリンガーが文句を言うも預かった人は驚いて変な顔をしながら持って行って通路の奥へと消えていった。
 そんな事があってダイニングルームのドアを潜れば、広がる広い部屋。

「カリーヌ、今帰った」
「お帰りなさいませ」

 そうラ・ヴァリエールの当主であるピエールが言えば、ダイニングルームで待っていた女性は頭を下げる。
 ルイズとカトレアと同じピンクブロンドの髪を頭の上で纏め、鋭い目つきをして五人を見た。
 その雰囲気は目つきと同じで、才人から見れば話しかけるのが躊躇われるほどの圧迫感を感じる人物。
 挨拶を交わしたピエールに続いてエレオノール、カトレアと流れるように挨拶をして頷いていく。
 久しぶりの再開だと言うのにカリーヌは表情を変えず、ただただ視線を送るだけ。

 その中でルイズだけは動き、カリーヌの元へと歩み。

「ただいま戻りました、母さま」
「よく帰りました、ルイズ」

 抱擁を交わした。
 その瞬間才人は見逃さなかった、僅かにカリーヌの表情に微笑が浮かんだのを。
 何だ、厳しそうに見えたけど気のせいだったか、と才人が思った時には表情がまた引き締まって鋭い視線が才人に突き刺さった。
 それもすぐに反らされ、ルイズの顔へと向けられる。

「お腹が空いているでしょう」
「はい」

 カリーヌの言葉にルイズは頷き、上座にピエールとカリーヌが座り、下座に三姉妹が座り、才人はルイズが座る椅子の後ろに立たされる。
 そうして始まった晩餐会、召使いたちが前菜を運んできて次々とテーブルに並べられる。
 それを見た才人は、魔法学院の食事よりも大分質素に見えた。
 一応テーブルマナーと言うか、貴族の食事には出てくる順番がある事を知っている才人は、これが前菜だと分かっていても質素に見えた。
 途轍もない大貴族、と言う割にはそれ程でもない見た目。

 見た目だけ質素で使われている材料が高級な物ばかりかもしれないと言うのも有ったが、貴族は見栄えを重視すると魔法学院で学んだ才人からすれば質素に見えざるを得ない。
 いや、家族だけの食事なんだから見栄えよくしてないんだろうか、と考えていれば強烈な空腹感に襲われた。
 日は疾うの昔に落ちて時間は深夜、お昼に食事を取ってから半日は過ぎていた。
 当然腹は空きルイズたちの前に出された食事からは凄く良い香り、食欲をそそる香りで鼻どころか腹が一つなった。
 美味そうだな、腹減ったな、そう感じ認識した瞬間から才人にとって永遠にも感じられる地獄のような時間であった。

「……父さま、母さま、大事なお話があります」

 前菜から食後の紅茶まで、それなりに会話を弾ませながら食事が終わる。
 銀のナイフとフォークを置き、テーブルに置かれたナプキンで口元を拭ったルイズ。
 それから口を開き、真剣な表情でピエールとカリーヌを見た。
 同じように食事を終え、視線を向けられた二人もルイズを見つめ返す。

「なんだね?」

 大事な話、もとよりピエールとカリーヌは茶化したりする性格ではなく、大事な娘の真剣な話であるために真摯に向き合う。
 その様子を見たルイズは、一度姉であるエレオノールに視線を向けた後両親へと視線を戻し。

「良い話と悪い話、二つあります」
「………」

 切り出した話は選択、おそらく良い話と悪い話、それに関係するのはルイズだけではなくエレオノールにも関係しているとピエール、カリーヌ、カトレアは見る。

「良い話と悪い話か、では悪い話から聞こう」

 選択権、話の主導を握るのは当主であるピエール。
 一つ鷹揚に頷いてピエールが選び、ルイズは選択された悪い話を話し出した。

「此度の戦争、私は参戦致す事にしました」

 純粋に驚きを表したのはカトレアのみ、残るピエール、カリーヌ、エレオノールは眉間にしわを寄せた。
 才人も才人でしかめっ面を浮かべ、ルイズの言葉に耳を傾ける。

「……その理由はもちろん話してくれるんだろう?」
「はい、その前に人払いを。 そして母さま、サイレントをお願いしてもよろしいでしょうか」
「わかりました」

 ピエールは控える召使いたちを退室させるように命じ、杖を取り出したカリーヌはスクウェアクラスの強力なサイレントを掛けて漏れる音を遮った。
 ルイズはそれを確認した後、ゆっくりと口を開いた。

「この度の戦争、アルビオン共和国との一戦、トリステインは間違いなく敗北します」

 そう言い切り、ピエールの眉間のしわがさらに深くなる。

「なぜそう思うんだね?」

 出来るだけ優しく聞き返すピエールに、ルイズは胸に手を当てるルイズ。

「私が関係しております、ですからトリステインは負けるでしょう」
「……ルイズ、あなた一体何を……」

 主語を抜いた、ルイズの秘密を知る者しかわからない会話に、秘密を知らぬエレオノールは理解出来ずに聞く。
 魔法を使えぬ妹が関係すればなぜトリステインが負けるのか、ピエールからトリステインは危険な状態だと聞かされてはいたがどうして敗北に繋がるのかわからないとエレオノール。
 カトレアは自分が口を出す事ではないとわかっているのか、口を開かず神妙に話だけを聞いている。

「……アルビオンに行った事と関係が有るのかね?」
「それもあるでしょう、ですが根はもっと深い所にあるんです」
「……どうにもならないのかい?」
「はい、おそらくは私でなければ無理かと」
「………」

 ピエールとカリーヌはルイズを見つめ、またルイズも両親を見つめる。

「……そうか」

 ピエールはルイズから視線を外し、カリーヌへと向け。

「わしも出る事になったようだ、カリーヌ、家の事を頼む」
「はい」
「……父さま、母さま?」

 それを聞いたエレオノールはまさかと二人に問いかける。

「ルイズが戦争に行く事を認めるんですか?」
「……わしとて行かせたくは無い、だが行かねばならぬのだろう?」
「はい」
「娘を戦場に行かせ、自身はのうのうと屋敷で寛ぐ事など出来ん。 軍務を退いているとはいえ、世継ぎも家には居らん、わしが出るしかなかろう」
「父さま! 魔法が使えないルイズが戦場に行ったらどうなるかお分かりなっているのになぜ!?」

 いやに理解が良い両親に、てっきり反対すると思っていたエレオノールは声を荒げてしまう。

「わかっているとも」
「ではどうして認めるんですか!?」

 魔法を使えない末の妹、戦場に出て何が出来るというのか。
 立ち上がってどう考えても足手まといにしかならない、そう主張して考え直してもらうように言うが。

「……ルイズ、構わないね?」

 ここでピエールが強行すればエレオノールは逆らえない、だがそれでは納得など出来ない。
 今まで秘密にしてきたルイズの虚無、エレオノールがアカデミーの研究員になった事からさらに話せぬものになった。
 だがこの様子、魔法が使えない、足手まといになるだけ、そう主張するエレオボールの言葉からはルイズの身の安全を考えたから出てきた言葉。
 だからこそ今この時、アカデミーの研究員ではなく姉妹の事として心配しているエレオノールに話そうとルイズに問う。

「私から話します」

 ピエールの視線を受け、ルイズが頷く。

「姉さま」

 ルイズはエレオノールを見る。

「ちい姉さま」

 今度はカトレアを見て。

「ごめんなさい、今まで黙っていた事がありました」

 ルイズは頭を下げた。
 それを受けたエレオノールとカトレア、今から話そうとしている秘密がピエールとカリーヌに戦争への参加を認めさせた要因だと悟る。

「姉さまが言っていた事、魔法が使えないと言うのは嘘なんです」
「……得意な系統に目覚めていたの?」

 それに頭を横に振るルイズ。
 その行動に訳がわからないと視線を鋭くするエレオノール、魔法が使えないと言うのが嘘で、得意な系統に目覚めてはいないと言う。
 矛盾したそれに答えを出したのはやはりルイズ。

「私が扱える属性は虚無です」

 答えでありながら一笑に付すことをあっけらかんと言うルイズ。
 その表情を見るエレオノールとカトレアは、ごまかす様なものが一切無くはっきりと言い切ったルイズに冗談ではない事がわかった。

「虚無って……、嘘じゃないんでしょうね?」

 それでも疑うのは当然、遥か昔に継ぐ者がいなくなった伝説の始祖ブリミルが扱ったとされる全ての魔法の起源。
 例え血の繋がった家族でも信じろと言われても簡単に信じられるものではない。

「すごいわルイズ!」

 そう思っていたのはエレオノールだけであった、カトレアは普通に驚きながらも立ち上がり、魔法が扱えないと思っていた末の妹が魔法を使えることに抱きつき喜んだ。

「……カトレア、まだ本当の事だと決まったわけじゃないでしょう!」
「お父様とお母様が認めているのよ? それにルイズはこんな嘘を付かないわ」

 立ち上がってルイズの後ろから抱きついたカトレアはエレオノールに言う。
 その様子に才人は一歩下がって、重なる二人を眺めた。
 すげぇ、変形してる……、何がとは言わないが見て才人は唸った。
 その視線もルイズが鋭い視線を横目で向けて来て、さっと視線がエレオノールの方へと向いた。

「……本当なんですか? 父さま、母さま」

 カトレアの言葉は最も、エレオノールより数倍厳しいカリーヌも頷いた事で嘘ではないと判断した。

「……それで、いつから目覚めていたの?」
「十年ほどに前になります」
「……随分と」

 かなり昔の事、事の大きさを知れば教えられない事にも納得できる。
 エレオノールは一つ溜息をついて、腰に手を当てる。

「あなたが魔法の事を黙っていた事、それはわかったわ。 でもそれがどうして戦争に行く理由になるのかも、話してくれるんでしょうね?」
「私の属性と同じく、虚無の関係です。 アルビオン共和国軍は虚無のマジックアイテムを駆使し、使用してくると思われます」
「……それは他の、例えばアカデミーなどで対処は出来ないの?」

 エレオノールが所属するアカデミー、王立魔法研究所は新しい魔法の研究やマジックアイテムを調べる機関。
 表向きはそうだが実際は役に立たない事ばかり研究しているところではあるが、保有する知識などは紛れも無く本物で実際に調べようとしたらなかなかの成果を残せると言う自負がエレオノールにはある。
 だがルイズは頭を横に振る。

「そのマジックアイテムは向こうの手です、現物が無ければおそらく対処は出来ないと思います」
「それはどんな物かわかっているの?」
「いいえ、だからこそ私が出向いて使用された際に押さえ込むために参戦するのです」
「具体的には?」

 マジックアイテムの中には使用されてからでは遅い物も沢山ある、そしてアルビオン共和国軍は最も効果が出るタイミングで使用してくるはず。
 そうなれば後手に回るしかなく、使われる前に何とか勝つしかないが、それが一体どんなもので、どういう効果があるのかわからなければ防ぐ事は出来ないとエレオノール。

「私が扱える虚無の魔法の中には系統魔法を打ち消すものがあります、それで無効化してまともに戦えるようにするのです」
「無効化! そんなものまであるの!?」

 それにルイズは頷く、系統魔法は一度使用すればどんな形であれ作用する。
 それを無効化する系統魔法など存在せず、曲り形にもアカデミーの主席研究員であるエレオノールは当然興味を持つが。

「エレオノール」

 それを嗜めるのはカリーヌ。

「話す時間は有るわ、明日にもゆっくりと話しなさい」

 いいわね? と言われエレオノールは頷くしか出来ない。
 実際すぐに戻ったりはしない、久々に家族が全員集まったのだからその時に話せば良い。
 そう考えてエレオノールは追撃を止める。

「それで、悪い話は聞いた、良い話とは何かな?」

 良い話、ルイズがそう言った話に期待を寄せるピエール。
 ルイズが参戦すると言う悪い話の後だ、口直しに好ましい話に期待しても仕方が無い。

「それは姉さまから直接聞いた方が良いと思います」

 そうしてエレオノールはハッとして、ルイズの顔を睨みつつも赤くなる顔。

「エレオノール姉さまの良いお話?」

 そう言ったカトレアは、思いついたようにルイズの頭の上で一つ手を叩き。

「バーガンディ伯爵さまと結婚なさるのね!」

 ぼぼぼと、音が出るならそんな感じにエレオノールの顔がさらに赤くなる。
 まるで鉄が赤熱するように、うううと唸りながら恥ずかしそうにするエレオノール。

「やっとですか」

 呆れたようにカリーヌが言い、ピエールは立ち上がって笑みを浮かべた。

「カリーヌ」
「はい」

 カリーヌが杖を取り出し、サイレントの魔法を解除。

「ジェローム!」

 ピエールがラ・ヴァリエール家の筆頭執事であるジェロームを呼び出し。
 すぐにダイニングルームのドアを開けて現れた執事に命じる。

「紙とペンを持て」
「かしこまりました」
「私と姉さまにも」

 返事をしてジェロームは走らず歩かず、素早く退室して主が希望する品を取りに行く。

「おめでとうごさいます、エレオノール姉さま」

 それをよそ目に心底嬉しそうにカトレアが言って、恥ずかしさでかまともに返事が出来なくなっていたエレオノールはうろたえ続けた。

「代筆なんて伯爵さまに失礼ですし、姉さまが直接書いていただけるならすんなりと進みますわ」

 同じように笑みを浮かべて外堀を埋めていくルイズ、エレオノールは強く睨むも赤面した顔では迫力などなく飄々と受け流す。
 ルイズとカトレアはエレオノールを座らせ、手紙に何て書くかエレオノールに言いながら考える。
 その言われる言葉には愛しいやら好きやら、本人を目の前にしたら決して言えない言葉ばかりが並ぶ。
 さらに赤面して、頭の上にやかんでも置けば沸騰しそうなほど。

「あ、姉さま!」

 だが急にエレオノールは立ち上がり。

「あ、あなたたち! 覚えていなさいよ!」

 そう捨て台詞を吐いてダイニングルームから駆け出し出て行った。

「エレオノール姉さまったら、あんなに恥ずかしがらないでいいのに」

 それを見ていた才人は慄いた、先ほどの光景は茶化すどころか拷問にも等しい恥ずかしさ。
 書いていたラブレターを見られた時、いや、それを上回るかもしれない恥ずかしさをエレオノールは味わっただろう。
 二人共あんなに可愛いのに、何て恐ろしい精神攻撃を使ってくるのかと驚いた。

「姉さまはツンデレだもの、押してあげなきゃ進めないの」

 いつの間にかルイズの視線が才人を捉え、ピエール、カリーヌ、カトレアも才人に視線を向けていた。

「父さま、母さま、ちいねえさま。 私、今日は疲れたのでもう寝る事に致します、おやすみなさい」

 そう言った時にはジェロームが紙とペンを持ってダイニングルームに入ってきて、頭を下げていたルイズは踵を返してジェロームの下に寄り、ペンと紙を受け取ってから。

「サイト、行くわよ」
「あ、ああ」

 呼ばれた才人はとりあえず振り返って三人に頭を下げ、ルイズの後を追いかけて行った。





「父さま、母さま、あの子はルイズの?」

 ルイズと才人が出て行って、紙とペンを置いて退出して行ったジェローム。
 三人だけとなったダイニングルームでカトレアが口を開く。

「そうだ」
「それじゃあルイズの恋人にでもなっちゃうのかしら」
「馬鹿言っちゃいかん、あの小僧はルイズの盾なのだ。 それ以外の理由など要らん」

 手紙を書きながらピエールは言う。

「ルイズ、すごくあの子の事を心配していたわ。 それに……」

 言いかけたカトレアは頭を振り、なんでもないですと言い止める。

「私も就寝しようと思います、父さま、母さま、おやすみなさい」

 おやすみとピエールとカリーヌは返事を返し、ダイニングルームの部屋を出て行くカトレアを見送る。

「……本当に出征なさるおつもりで?」
「ルイズだけを行かせることなど出来ん、それにあの小僧が使えないのならわしが守ってやらねばならん」

 ピエールとカリーヌ、二人とも本心は戦争になど行ってほしくはない。
 だがルイズが絶対に行かねばならない、行かなければトリステインは負けてしまうと、断言させる何かがアルビオン共和国軍にはあると説明で理解した。
 ラ・ヴァリエール公爵家はトリステイン王家の臣下、国が滅ぶような様子は見たくはない。
 要請による出征と、娘であるルイズを守れるように参戦すると言う、二つを叶えるためのもの。

「……必ず無事に帰ってきて」

 いつもの口調とは違う、カリーヌの言葉はいつかピエールと本心で向き合った時と同じもの。

「……わかっている、死ぬつもりなど無い」

 二人だけとなったダイニングルームにて、ピエールとカリーヌは肩を寄せ合った。









※才人の「ずっと居たい」は誤字では無いです



[4708] 昔話的な 45話
Name: BBB◆e494c1dd ID:9538ebba
Date: 2011/11/19 12:23
タイトル「際どすぎる」







 日が暮れて遅すぎると言って良い、久しぶりに家族全員が集まった晩餐を終えた後。
 エレオノールは二人の妹に対する扱いと、婚約者であるバーガンディ伯爵への手紙の事で悶々としてベッドの上で転がり。
 カトレアは一緒に妹と寝ようと思っていたが、早々に自分の部屋に引っ込んだことに悲しみつつも自室に戻り。
 ルイズは分かれ道の前で才人とおやすみと言って別れ、途中で合流したメイドを伴って廊下の奥に消えていく。
 才人はルイズと別れてからヴァリエールのメイドに案内されて、泊まった事は無いが想像するホテルのスイートルームのような豪華すぎる部屋で物の値段や体が沈み込むほどのベッドを気にしながら寝る事にした。

 寝ることにした、したのだが眠れない。
 よくわからないくらい高そうな家具や、体が半分くらい沈み込むベットだから眠れないのもあったが、才人がそんなに疲れていないのが一番の理由。
 やることもなく一日の大半を馬車の中で過ごし、肘を付いて窓の外を眺め、日が落ちれば硬い座席をベッドにして眠る。
 体の節々は痛いが一睡も出来なかった訳ではない、そもそも体力が有り余る年頃で息を切らす様なことをしていなければ一晩ぐらい軽く徹夜できる。
 そもそもルイズが戦争に行くなんて冗談じゃないと、一応行く理由を後ろで聞いていたとは言え納得できない。

 なあなあルイズなんで戦争に行くんですか? 行く理由聞いてたけど本当に行かなきゃいけないのか、とルイズに聞くも。
 話す時間はあるわ、明日で良いでしょ? と返されてうむむと唸った。
 確かにすぐ戦争に行くわけじゃない、明日明後日明明後日と何日か家で過ごすと聞いた。
 それじゃあ本当に行く必要があるのかしっかり聞かせてもらおうじゃないか、そう考えて頷いた。
 明日になればもっと詳しい理由を聞けると考えていたらトイレにも行きたくなった、それがより強く眠気を覚ます事になった。

 よく考えれば昼過ぎから食事もトイレにも行ってなかった、とりあえず尿意を解消するためトイレに行こうと部屋を出ることにした。
 ドアを開き廊下に顔を出す、広々とした廊下の壁にはランプが掛けられ、歩くには十分な光で照らされている。
 その光を見ながら部屋を出て廊下を見渡す、トイレに行きたくなったのはいいが肝心のトイレがある場所がわからない。
 とりあえずは歩き出す、立ち止まっていてもトイレは見つからないから。
 そうやって廊下を頻りに見回しながら歩いていると、一組のメイドさんたちが曲がり角から姿を見せた。

 歩き出してからそれなりに時間が経っている、まだ我慢できるがここでメイドさんたちを流してトイレが見つからなければひどい事になる。
 少々恥ずかしいが才人は一組のメイドに声を掛けた。

「……あのー、すみませんけどトイレってどこですか?」

 声の掛けたメイドさんからじろりと冷たい視線を向けられた、すると先頭に居たメイドさんの右斜め後ろのメイドさんが先頭のメイドさんに耳打ち。

「……こちらです」

 そう言われて案内される、その道中は無言で居心地が悪かった。
 いかにも歓迎されてないってのが分かるくらいの態度、知らないところでメイドさんたちに嫌われるようなことしちゃったのか俺は。
 落ち込みつつもトイレに案内され、入ろうとしたところで。

「終わりましたらすぐにでもお部屋へとお戻りを、部屋への道筋はお分かりですね?」
「は、はい……」

 最後まで冷たい感じで、軽く頭を下げてメイドさんたちは元きた廊下へと戻っていく。
 メイドさんたちを見送ったあとトイレに入り、溜息を吐きながら用を足す。

「なんかしたかなぁ、俺」

 トレイに用はなくなり、廊下へと出る。
 メイドさんたちに何かした覚えはない、まともに話したのはさっきが初めてだし。
 うーんと悩むがわからない、思い当たることなんて何も無いから思いつかない。
 考え過ぎなんだろうか? 美人なメイドさんの視線がどうしても気になって考えていたところに。

「……そういや何も食ってなかったな」

 大きく腹が鳴った、しかも二回。
 呟く前に一回、呟いた後にもう一回返事をするように鳴った。
 昼頃に飯を食ったがそれからは水さえ飲んじゃいない、ルイズ一家の夕食に付き合った後に
どっかで飯食うのかと思ったらそのまま部屋に案内された。
 もしかして持ってきてくれるんだろうかと思ったけど、そんなことなくお休みと言われた。
 こりゃルイズも忘れているな、我慢して寝れるだろうかと、考えながら歩き出すが。

「……あれ?」

 トイレを出て右に進んでいく、こっちから来たのは確かだったけど。

「右……いや、左だったか?」

 広々とした廊下、トリスタニアの王城と同じかそれ以上に大きいかもしれないお城。
 才人ははっきり言って迷った、はっきり言わなくても迷った。
 メイドさんの鋭い視線に押されて帰り道は大丈夫とつい頷いてしまった、その結果がこれだった。
 右を見る、誰もいない。
 左を見る、誰もいない。

「……どうしよう」

 まずい、帰り道が全くわからない。
 大声でも上げてみる? いやいや、深夜だし迷惑になるだろうし。
 それなら歩き回ったほうがいいか? 声上げて何事かと駆け付けられるのも嫌だし、廊下を歩きまわってメイドさんたちでも見つけたほうがマシ。
 そう考えた才人は歩き出し、自分の部屋なりメイドさんなり見つけられたらいいと廊下を見回しながら進む。

「………」

 とぼとぼと歩くが続くのは長い廊下だけ、何分経ったかわからないくらい結構歩いているけど誰とも出会わない。
 さっきメイドさんたちに会えたのは運が良かっただけなんだろうか、まるでこのでっかい城に誰もいないかのような静けさ。

「……くそ」

 歩いて歩いて、自分がどこにいるかすらわからない。
 こんな事なら明日まで我慢しときゃよかったなぁ、俺は一つだけため息を吐いた。
 なんだか疲れて壁に手を付き窓の外を見た、このお城に付く前から空にはでっかい二つの月が浮かんでいる。

「……え?」

 夜にしては明るい、この世界では普通の夜の中で見知った人影を才人は見た。
 ピンクブロンドの長髪を月光で輝かせる自分を召喚した魔法使い、ルイズが城の外を歩いていた。

「ルイズ?」

 いつもの格好じゃない、薄緑の服を着て歩いている。
 内側の白と外側の緑の二重となったスカート、袖辺りは白で肩からは薄緑。
 耳や頬ぐらいしか見えない後ろ姿で、一人ですたすたと歩いて城から離れて行っている。

「なにしてんだ?」

 お休みって言ったからもうとっくに寝ているのかと思っていた、なのに城の外を歩いていた。
 とりあえず窓を開け、ルイズへと呼びかけてみる。

「……ルイズー、おーいルイズー」

 控えめの声、周りを気にして大声を出さずに呼びかけたが聞こえていないのかルイズは歩いて離れて行く。

「………」

 才人は右を見た、誰もいない。
 左を見た、誰もいない。
 見えるところで外に出られるドアらしきものはない。

「………」

 ルイズがこんな夜中に何処へ行くのか気になる、だけど外に出れるような場所はない。
 だったら、と意を決して開いていた窓を跨いだ。
 窓の外に足を下ろし、小さくなっているルイズの後ろ姿を目指して駆け出す。
 出来るだけ速く走る、追いついて声をかけてどこに行く気なのか聞く。
 それだけのために走り、才人が駆けるのは城の中庭。

 軽く息を切らして走り、見えてきたのは大きく広がる湖だった。
 ルイズが足を向ける先はその広い湖、木橋に差し掛かったところで声を上げた。

「ルイズー!」

 手を振りながら呼ぶ、俺の声が聞こえて木橋の途中でルイズが振り返った。
 駆け寄る、タンタンタンと木の軽い音を鳴らして木橋を進む。

「……なにしてるのよ」

 駆け寄って両手は膝に置いて、はあはあと息をしながらルイズに言い返す。

「それはこっちのセリフだっての」
「私はちょっと小舟に揺られようかなって、才人は?」
「トイレ行ったらルイズを見かけたんだよ」

 それで追いかけてきた、息を整え顔を上げてルイズを見た。

「……サイト?」

 はっとした、キラキラと月光を反射して輝く水面、その光を背に受けて佇むルイズの姿。
 少しだけ首をかしげて、俺を見る姿はやっぱり綺麗で。

「……何もこんな時間に来なくてもいいだろ」

 周囲を見るふりをしながら、ルイズから顔を逸らした。

「こんな時間だから来たのよ」

 ルイズは顔を上、空へを向ける。
 それにつられて俺も空を見上げる、空には満天の星空と二つの月。
 顔を下ろした時にはルイズは背を向け歩き出していた、木橋を歩み池の小島へと向かう。
 その後ろ姿を追いかける、そして池の小島から桟橋へ、桟橋の先には一艘の小舟。
 ルイズはその小舟、二人くらいしか乗れない小舟に乗って座る。

「ほら、来て」

 言われるがままに歩いて小舟へ、乗り込んで座る。
 それを見てからルイズは小舟を係留していたロープを解く。
 僅かに揺れる水面、俺は自然とオールを掴んで漕いだ。

「お昼よりもね、夜の方が好きなの」

 広い池、もう湖と言って良いかもしれない広さ。
 その中で浮かぶのは一艘の小舟だけ。

「別に明日でも良かったんじゃないか?」
「明日からは色々しなくちゃいけないことができるもの、明日からここには来れないと思うわ」

 月光を反射する水面を見ながらのルイズ。

「………」

 俺はゆっくりとオールを漕いでいた、明るい夜の池の上でちゃぷちゃぷと波の音。

「……なあ、本当に行くのか?」
「ええ」

 なんで? と聞こうとして口をパクパクとさせた。
 明日話す、そういう約束に喉まで出かかった言葉を無理やり引っ込めた。
 それを見たルイズはくすりと笑う、目の前で金魚みたいに口を動かしてたら俺だって笑っちまう。

「しょうがないわねぇ」

 俺が何を言いたかったのか、わかったように笑ったままのルイズがまっすぐと見つめてくる。

「……サイト、私が貴方を召喚したあの日の言葉、覚えてる?」
「……覚えてる」
「話した内容の事で一番大事なこと、言ってみて」

 あの日、修理に出したノートパソコンを受け取りに行った時の帰り道。
 目の前に現れた銀色の鏡みたいなもの、宙に浮いて如何にも怪しいもの。
 裏に回ったり鍵を突っ込んでみたりした、好奇心の果てについには手を突っ込んでしまった。
 そして鏡の向こう側で触れられたのは温かい手、引っ張られて鏡を通り抜けた時には見知らぬ世界。
 煙がもくもくと立ち込める景色の中に居たのは少女、そこまで思い出して。

「……ラブラブルートは無し?」
「っそこじゃないでしょ! なんでそっちの方が大事になるのよ!」

 吹き出すようにルイズが違うと言う、俺には一番大事じゃないかと思ったけどルイズは違ったらしい。

「失敗したかしら……」

 はあ、とため息を付きながら右手を額に当てるルイズ、そのままの体勢で目だけをこっちに向けてくる。

「……本当はね、色々考えていたのよ」
「色々って何が」

 ルイズは手を降ろして、顔を横に向けた。

「……サイト、あの塔が見える?」

 ルイズが見ている先、顔を向けて同じ方向を見た。
 あるのはでっかいお城から結構離れた所に建っている、細長い塔があった。

「あるな、なんか細長いのが」
「あそこに閉じ込めようと思って」

 そう言った言葉に俺はまたルイズを見る、顔はそのままで塔を見ていたルイズの視線はゆっくりと俺に向けられた。

「……閉じ込める?」
「ええ」
「………」

 もう一度塔を見る、石造りの縦長い塔だ。
 城ほどの高さはないが、結構高く三十メートルくらいはあるんじゃないか?
 塔の壁には小さい窓が螺旋状に付いている、たぶん中は螺旋階段になってたりして、一番上に部屋があったりしそう。
 てっぺんの部屋のドアはがっしりと重そうなドアで、分厚い鎖で雁字搦めにされてでかい鍵がぶら下がってたりしていそうだ。

「………」

 そこまで考えてその塔からルイズへと顔を向け直す。

「………」

 もっかい塔を見る、でルイズをまた見る。
 そして恐る恐る右手の人差指を自分に向けてみると、ルイズが頷いた。

「……なんで?」
「それが一番安全だと思っているから」
「……俺を置いて行く気だったのか?」
「だって死ぬのよ? サイトは、アルビオンの、七万の軍勢に、一人で、向かっていくの」

 そして、死ぬの。
 そう、まっすぐとルイズは言い放った。

「……でも」
「死ぬわ、そして命を繋ぐ事は無い、私はそう思ってる」

 だから閉じ込めてでも置いて行こうと思った、一度も視線をそらすことなく俺を見つめたままルイズは言い切る。

「じゃあ、なんで言うんだよ」

 そう思っているなら俺に言わず、閉じ込めるように何かするんだろう。
 それに引っかかった俺はあの塔のてっぺんにあるだろ部屋の中で叫ぶ、椅子でも何でも窓やドアにぶつけて部屋を出ようとするはず。
 言ってしまえば俺は注意する、そんな罠に引っかからないように気を付ける。

「それじゃあ変わらないかなって、今までと同じになるんじゃないかって、だから私の中にあるもので決めようって」

 ルイズは膝の上に置いた右手を開き、顔ごと視線を開いた右手に落とした。

「……最初からこうしていれば、まだましだったかもしれないわね」

 深呼吸してから吐き出すように言って、ギュっと右左の手を握っていた。

「……サイト、これからは協力してもらうわ」
「……なんだよ今更」

 本当に今更だ、教えろと言っても駄目だと教えてくれなかった。
 協力する気なんて最初っからある、それを断ってきたのはルイズだ。

「教えるわ、私が覚えていること」
「……どういう風の吹き回しだよ」

 なのにいきなりこういう事を言ってくる、今まで教えないと言ってきたことは何だったんだ。

「変える、私の手で変える。 あいつらの手のひらじゃない、私の手のひらで踊ってもらう」

 そう言ってルイズは手を開いた。

「流される側じゃない、流れを変える立場に立つ。 ……もう変わっちゃってるけどね、変わっていくんじゃなくて変えていく」

 顔を上げるルイズ。

「でも無理ね、私だけじゃ変えることは出来ない」
「………」
「今まで黙ってきたわ、変えることを怖がって何もしなかった。 その上考えなしの行動ばっかり、本当に馬鹿よね」

 ルイズは疲れた顔をしてため息を吐いた、そんなに疲れてるんなら言ってやる。

「未来のことなんて分からないって言っただろ、考え過ぎなんだよルイズは。 それになんで変えられないって決め付けるんだよ」

 未来のことなんて分からない、俺だってそう思うし、それを言ったのはルイズだ。

「いいえ、してたわ。 何の確証もないのにこれくらいなら大丈夫だってね、私はおかしいのよ」

 わかるでしょ? そう言うルイズ。

「ああ、わかる。 それはわかるけど、なんで変えられないのかわからない。 今までルイズの知ってる通りに動いて全部同じになったのかよ、本当に何もしなくて変わらなかったのかよ」

 変えようとしても変えられないことがあるだろうし、何もしなくても勝手に変わることもあるはずだ。
 ルイズが知ることは違うんだ、ルイズじゃないルイズ、俺じゃない俺、同じに見えて同じじゃない。

「違うだろ? 変わらなかったことなんて無かったんじゃないか? て言うか、俺がこんな事言わなくても分かるだろ?」

 俺じゃない俺が居て、ルイズじゃないルイズが居るなら、同じになんかなるわけがない。
 ルイズが知ってることは俺達にめちゃくちゃ似ている別人の話、いくら似ていても別人なんだから絶対どこかで違う所が出てくる。
 こんなこと俺でも分かるくらい簡単なことなのに、なんで変えられないって思うのか分からない。

「ええ、だから言ってるじゃないの。 『私だけじゃ変えられない』って」
「……あ」

 はっとして思い出す、確かに言ってた。

「そう、私だけじゃ良い方に変えられないと思うの」

 そう言ってルイズは手の甲を上のまま手を差し出してきた。
 俺はその手を見た、俺の指とは全然細い指。
 強く握ったら折れそうなルイズの指。

「都合の良い事だとは思うわ、今まで黙ってて好き勝手してて。 それなのに……、手を貸して欲しいだなんて」

 それを聞いてはぁ、とため息を付いた。

「勝手すぎるだろ……」

 俺、連れてこられる前からこんなため息吐いてたっけ……。
 顔を上げればルイズは目を伏せていた、俺の一言が効いたのか辛そうな顔をしている。
 手伝うって言ってたのに断ったのはルイズだし、よく分からないけどあまりよくない状況らしいし、色々一人でやろうとしてたルイズには良い薬になったはず。

「ほんと、今更だろ?」

 俺の一言で下ろそうとしていたルイズの手を、すくい上げるように取った。

「……ほら、あれだ……、俺もね、ちゃんと言ったしね、今更だよ、今更……」

 最初から手伝うって気はあるんだし、手伝ってくれって言われたら手伝うに決まってる。
 そう思って取った手がなんだか熱く感じる、今やっと頼ってくれたことになんだか嬉しく感じてしまう。
 嬉し恥ずかしのままルイズを見ると、僅かに肩を震わせて左手の指で目元で零れそうな涙を拭い。

「……ごめんなさい、ありがとう」

 少しだけ笑って、震えそうな声を我慢したように言った。
 そのルイズを見て俺は引き寄せて抱きしめていた。
 なぜか? 簡単、可愛かったからだ。

「いてっ!」

 ほんの数秒、腕の中に収めたルイズに押し飛ばされ尻餅をついて小舟が揺れる。

「誰が抱きしめて良いなんて言ったの? 折角私が……」

 そうやって何かを言いかけていたルイズだが、頭を横に振って途中で止めた。
 目尻にためていた涙をもう一回拭いながら、視線を鋭くして俺を見た。

「……あのね、好きだとかなんだとか言ってたけどね、忘れてるでしょ、サイト」
「……忘れてるって何が」

 聞き返せば、ルイズは右手を自分の胸に当てた。

「私が何だったのか、すっかり忘れてる。 こんな事態を起こしてしまった、重要な起因を」

 そう言われて思い出す、体はともかく心は違う存在であると。

「そりゃあサイトからすれば本当のことか分からないもんね、それが真実だと証明する術がない訳だし。 それだと私のことなんてちゃんと考えてないように見えるし、私の顔だけで決めちゃったって思われても仕方ないでしょ」
「そ、そんなことねぇよ!」
「そう? じゃあ考えてみて、サイトはどうして私を好きだなんて思うようになったのかを」

 言われてむむむと考える、だけど答えなんてそこにあるんだから考えるまでもなかった。

「ルイズだから」
「………」

 そうを聞いたルイズは右手で右のこめかみをもみ始めた。
 いかにも呆れたと言いたげなルイズに、ついカッとなった。

「だって仕方ねーだろ! 顔だけなら好きだなんて言わねーよ! なんだよいちいち可愛い仕草しやがって! そりゃ確かにルイズは可愛いっての! でもな、顔とかよりも大事な事があるんだよ!」

 大声で、肩で息をしながら言いまくった。

「なんだよ! 今までだってそうだったし、メイドさんたちから色々聞かされたら色々考えちまうじゃねーか! ちょっとはこっちのことも考えてくれたっていいじゃねーかよ!」
「え、ちょ、ちょっ」
「何度でも言ってやるよ! 俺はルイズのことが好きなんだよ! 顔だけで好きになったとか自惚れんなよ! 今までルイズを見てきたから好きになったんだよ! それを何だよ、中身を見てないような言い方しやがって! 見てねーのはルイズのほうじゃねーか! いっつもルイズのこと考えてるのに俺のためとか言って見てねーじゃねーか!」
「……サイト」
「迷惑かもしれないけど仕方ないだろ! 好きになっちまったもんは!」

 そこまでまくし立てて、胸や顔に物凄く熱いものがこみ上げてきた。
 それは後悔じゃなくて、恥ずかしさで顔が真っ赤になっているかもしれないもの。
 一世一代…・・、二度目だけどハッキリと言ってやった。
 そしたらルイズは。

「……変態」

 口元を手で抑えて俯き、一言呟いた。

「好きになったものは仕方ない、か……。 それもそうね、相手のことを考えてないってのはあるけど。 だからこれからは考えるわ、貴方のこと」
「それって……」
「でも、告白の返事は出せないわ。 それでも良いって言うなら、……手伝って欲しいわ」
「……良いよ、手伝うよ。 むしろ手伝う、ダメだって言ってもやるからな。 と言うか変態ってなんだよ」

 二度目の告白をあっさりと流されたこと、それと大変ひどい事を言われたので抗議する。

「変態でしょ? ほら」

 ルイズは言いながらスカートの端を掴んで上げる、現れたのは白い太ももでまるで吸い込まれるかのように視線が向いた。

「考慮していない、違う?」
「そ、それは違うと思うしずるい」
「まあそうね、好きな女の子の太ももとか? もうちょっとで見えそうな下着とか? 健全な男の子なら見ちゃうかもね、あと彼女とか出来たらコスプレとかさせちゃいそうだわ」

 あと変なことも言わせそう、そんな事言いながらスカートの端を手放して顔を上げるルイズは笑っていた。

「そこはしょうがないわ、よほど酷くなければ見逃すけどね。 それに……、えーっと……。 ……ああ、そうそう、あの子にもそういう事させないようにしなくちゃいけないわね」
「……あの子?」

 あの子なんて言われても分からない、一体誰なのか聞けば。

「サイトが手伝ってくれるなら近いうちに会えるわ、それまでのお楽しみ」

 笑って言うルイズ、右手人差し指を立てて軽く振っている。
 気になる、気になるが大事なのはそんな事じゃない。

「……それで、どうするんだよ」
「私と一緒に居てもらう、これからの事もそうだけど戦場でも常に私のそばに居てもらうわ」
「……それはいいけど、俺に教えるってのは?」
「そっちは学院に戻らないと、今手元にないから」

 手元にないってことは紙かなんかに書いてるのか? そう言うの見たことないからあるとは思わなかった。

「……まだ話したいことあるかも知れないけどもう戻りましょう、寝ておかないと朝が辛いわよ」
「……うん」

 物がないってんならしかたない、学院に戻った時それを見せてもらえばいいし。
 戦争に行くなんて考えられないような事をしようとしていること、行かせたくないが行かなければひどい事になる。
 当然行かせたくはない、戦争なんて怖くて全身震えそうな恐ろしいものなんだろう。
 矢とか大砲の弾とか、魔法だって降り注いでくるかも知れない。
 そんな所にルイズを行かせるなんて冗談じゃない、でもルイズは止めても行くんだろう。

 だったら俺が守ってやる、神の盾なんて大層な名前が付いたもんになったし。
 なにより俺が守りたい、そう決めた。
 そうして俺はオールを漕ぎながら、大きな腹の音を鳴らした。





 夜が明ける、流石に深夜に釜に火を入れるのは問題があったために、才人にはパンとバター、水だけで空腹を凌いで二人は別れて就寝。
 日が登ってからはそれぞれがすべき事に向かい、慌ただしく一日が幕を開けた。

「おはようございます、父さま、母さま、姉さま、ちいあねさま」
「おはよう、ルイズ」

 ダイニングルームで挨拶をすれば全員が挨拶を返し、椅子に座って談笑をしながら朝食が並び終わるのを待った。

「……姉さま」
「……エレオノール姉さま」

 その談笑の中には座って待つエレオノールに向けられる話も当然ある。
 妹二人に見つめられて呼ばれるエレオノール、嫌な予感しかしなかった。

「……あの話はやめてちょうだい」

 どうせ伯爵さまへの手紙のことだろうと、そう考えて言うも。

「挙式の日程はお決めになりました?」
「バーガンディ伯爵さまをお呼びしてお二人で決めてもいいんじゃないかと思うんですけど、父さまと母さまはどう思われますか?」

 一足飛んで挙式、結婚式の話となってエレオノールはむせた。

「ふむ、それもそうだな」
「そこはエレオノールに任せます、良いですね?」

 妹二人はそこまで行って当然だと言った顔で話し、ピエールもその提案に乗り気で、カリーヌはエレオノールに任せるとこれ以上延ばすは無いと念を押す。

「そ、それは……、まずは、て、手紙を送ってからに……」

 キッと強い視線を妹二人に送るが、当の二人は飄々と受け流す。

「でしたらお早く送って差し上げねば、伯爵さまもお喜びになりますよ」
「……ぐぐぐ」

 ぐいぐいと押してくる二人にエレオノールはろくな抵抗も出来ず押され続ける。
 ルイズとしては勢いを弱めれば、この姉は引っ込んでしまうだろうと考えて強くプッシュする。
 カトレアは単純にエレオノールのことを祝っており、意図せず自然と背中を押すような発言を繰り返す。
 結局昨晩のように、為す術無くエレオノールは押し切られて手紙を書くことになった。
 そんなエレオノールにとっては屈辱的な朝食が終わり、天国で地獄な執筆タイムに突入していく中。

「ルイズ、話があるので私の部屋に来なさい」
「……はい、わかりました」

 食事の終わりに声を掛けるのはカリーヌ。

「時間は掛かりそうか?」
「それなりに」

 ピエールは今日の仕事をなげうってでもルイズに戦争とは何たるかを訓示しておこうとした。

「大事なことか?」
「それなりに」

 カリーヌの同じ言いようにピエールは少し考え。

「わかった。 ルイズ、カリーヌとの話が終わったら私の部屋に来なさい、いいね?」
「はい」

 ルイズは強く頷き、朝食は終わった。
 一度解散し、再度身なりを整えてカリーヌの自室へと向かったルイズ。
 十分ほど時間を掛けてカリーヌの部屋の前、扉に付いているドアノックハンドルを二度叩いて来訪を知らせる。

『誰です?』
「ルイズです」

 名乗り、ドアが開かれてカリーヌはルイズを招き入れた。

「座りなさい」
「はい」

 促されるまま、ルイズは一脚の椅子に座る。
 テーブルを挟んで向かいにはカリーヌが座り、ポットから紅茶を注いだティーカップをルイズの前に差し出した。

「ありがとうございます」

 それを取って少し口に含んで飲む、そのルイズを見届けてカリーヌは口を開いた。

「ルイズ、貴女が戦争に行って、恐らくは女王陛下のお側に控えることになるでしょう」

 ルイズの立場、それを考慮してカリーヌは告げる。

「重要な局面で前に出ることもありましょう、その際にルイズの重要性に異を唱える者も必ずや居るでしょう」
「はい」

 いくらアンリエッタがルイズは重要な存在だと言っても、それを内心疑問視するものも居る。
 事は単純、ルイズが女で有るための問題。

「貴女にどれほどの権限が与えられるかは陛下の御心一つ、それが高かろうと低かろうと重要な位置を占めることは間違いないのでしょう」

 古来から女が戦場に出ることなど笑い種に近いもの、それを語るカリーヌ。

「今となっては昔ほどの偏見は無いでしょう、ですがまだ存在することは確かです」
「………」

 ルイズは神妙になって聞く、真剣に話すカリーヌに重要なことだと理解して耳を傾けた。

「如何に優れた能力を持とうと、女と言うだけで見下されます。 そこで重要な局面になった時に、貴女が女だからと言う理由で命に忠実になれない者が出るやも知れません」
「……つまり、男になれと?」

 カリーヌが言いたいことを理解し、先んじて答えを言うルイズ。

「その通りです、私が魔法衛士隊に入る時も女と言うのは大きな足かせとなりました」

 魔法衛士隊は騎士、騎士は男しか成れぬもの。
 当時のカリーヌは名をカリンと改め、男装して魔法衛士隊に入った事をルイズに聞かせた。
 それを聞いたルイズは眉を潜ませた、その理由は単純で『男装してまで魔法衛士隊に入ったことを知らなかった』ため。

「女では門をくぐることは出来ない、ならば男として入ることを決めて門を叩いたのです」

 それは関係無いようで有る話。

「わかりますね? 私が鉄仮面を付けてマンティコア隊を率いていた理由を」
「はい」

 『女』であるから、それだけで男の貴族から舐められて見られるのだ。
 だからこそ顔の半分を鉄の仮面で隠し、屈強な男でさえ音を上げるような厳しい訓練と鋼鉄の規律を作り上げた。

「私と同じく仮面で顔を隠すのもいいでしょう、言葉使いや服装も気を付けねばならなくなります」
「大丈夫です、確実に男として振る舞いましょう」

 そんな事など問題にはならない、それだけのものをルイズは持っている。

「……それで、母さまが男装したときはどのような姿に?」

 そうルイズが聞いて、カリーヌが立ち上がる。

「こっちへ」

 鏡台の前へと移動し、ルイズも立ち上がってカリーヌの後に続いた。
 ルイズを鏡台の前に座らせ、その後ろで反転する鏡越しにカリーヌはルイズを見る。

「貴方達姉妹の中でルイズ、貴女が一番私の若い頃に似ています」

 カリーヌは鏡台から一つ髪留めを取り上げ、軽くルイズの髪をかき揚げる。
 そのまま纏め上げたルイズの後ろ髪を髪留めで留め、ポニーテイルへと作り上げる。

「視線を少し鋭く、そうです」

 肩に手を置かれて言われた通りにルイズは視線を細めて鋭く鏡の自分を見た。

「ええ、そっくり。 あの時は一昔前に流行った衣服を纏って、勇気で身を固めて歩んだものです」

 その時にお父様と出会ったのですよ、と短くピエールとの思い出をカリーヌは語った。

「衣服もあるのですが、今となっては流石に着れる物ではないでしょう。 それなりの物を用意させます、それを着て行きなさい」
「……どんな物か見せてもらっても良いですか?」
「ええ」

 頷いてカリーヌはワードローブ、タンスから平たい長方形の木箱を取り出して蓋を開いた。
 取り出したのは袖なしの、前止め部分にフリルの着いた白のシャツ。
 そのシャツの首周りには二本の白い線が入った長いリボンが結ばれている。
 下は同じく白のショートパンツ、それも通常よりもさらに丈が短いタイプ。
 その上に羽織る袖なしの青い上衣、長めでひざ下まである。

 当時でも垢抜けていない、つまりダサい格好の衣服。
 今着れる物ではないと言うのも頷けるが。

「……母さま、これを着てみても良いでしょうか?」

 三十年前以上の物、普通なら処分してもおかしくはないが、良い状態のまま取って置いてある理由は思い出が詰まった品である事が容易く想像できる。

「なぜです」
「……父さまを驚かせようかなと」

 それは悪戯に使いたいと言っているようなもの、それを前にカリーヌは。

「……自分の事はぼく、言葉を強く、特に語尾は強く強調して言うのです」
「母さま」

 認める旨、僅かにカリーヌは笑って言う。

「さあ、お父様が待っていますよ。 手早く着替えて、少しだけ練習しましょう」
「……はい!」





 それから三十分、朝食が終わってから一時間ほどしてピエールの自室のドアがノックされた。

「誰だ」
「ぼくだ」

 それを聞いてピエールはルイズだと思った、しかしルイズは『ぼく』などと言わず私と言っていた。
 声はまさしくルイズだ、そこは間違えようがない。
 では誰だ? ルイズそっくりの声で『ぼく』と言う者など知らない。
 まさか曲者かと考えたが、自身や家族の安全のため簡単に抜けるような警備にしてはいない。

「………」

 ピエールは考えこむ、開けるべきか否か。
 曲者なら扉を破壊してでも押し入ってくるだろう、第一ドアをノックして声を掛けてくるわけがない。
 その考えに至り、杖を取って即座に戦闘できるよう整えてからドアノブを握り、ゆっくりとドアを開けた。

「遅いじゃないか、サンドリオン」

 そこに居たのはカリンであった、腰に手を当て少し不機嫌そうに視線を細めてそこに居た。

「ん? どうした? 何か付いているのか?」

 カリンは青の上衣に手を掛けゴミでも付いているのかと見回す、一方のピエールは言葉を失っていた。

「お、お前は……」

 これは一体どういう事なのか、あまりにも似ている居る筈のない者が居て軽く取り乱していたピエール。
 その様子に驚いたのはカリンに扮したルイズだった、目を見開く父の様子にそれほど似ているのかと驚かすつもりが驚いてしまった。

「と、父さま?」
「……あ、ああ……、ルイズ、だな?」
「その通りです」

 ピエールから見えない位置にいたのはカリーヌ、姿を現して疑問に肯定をだす。

「……これはどういう事だ?」
「少しだけ、昔に返ってみただけですよ」
「……これは、なかなかきつい事だ」
「それはどういう意味でしょうか?」
「! い、いや、悪い意味ではないぞ!?」

 鋭いカリーヌの視線がピエールに突き刺さる、それに狼狽してしどろもどろ。

「ごめんなさい、父さま」

 頭を下げるのはルイズ、だがピエールはルイズの前にしゃがみ込んで頭を横に振る。

「ルイズのせいではないよ、昔のことを思い出すいい機会になった。 それにカリーヌにとても似ている、そっくりだ」

 ルイズの頬を軽く撫でて、うんうんと頷いたピエール。

「そんなに似ていますか?」
「ああ、お前もそう思うだろう?」
「ええ」

 当事者の二人が言うように、当時のカリーヌを知る者が見れば見間違えるほどに似ていた。

「全く驚いたよ、カリーヌにも」
「………」

 こんな事を認めるくらいに、ピエールはまさに思いも寄らなかった。

「……着替えてくるかな?」
「……母さま」
「もう着る機会など無いでしょう、この服に最後の全うな意味を」
「はい」
「わかった、ではこのまま始めようか。 カリーヌも良いね?」
「はい」

 そうしてピエールとカリーヌに、戦いについて指示を受けるための親子三人は部屋へと入っていった。



[4708] もしもな話その1 このポーションはいいポーションだ
Name: BBB◆e494c1dd ID:2903859b
Date: 2010/08/21 04:14

*注意*

 この話は本編と全く関係有りません。
 時系列的には惚れ薬前後の、本編とは関係ない完全なパラレルワールドです。
 悩みとか問題とか無いその場のノリでやっている、つまりこまけぇこたぁいいんだよ!!(AA略
 そんな感じで御願いします。









































「はいこれ、注文通りの代物よ」

 ある日の午後、モンモランシーがコルクで蓋をした試験管を俺の部屋に持ってきた。
 もう出来たのか! はやい! これで勝つる!

「予想以上に早かったわね、もうちょっと掛かると思ってたけど」
「私も興味あったから、そもそも禁薬じゃないから隠す必要もないし」

 そもそもこんな薬があることを知られていないので、無い物を禁制に指定しても意味が無い訳で。

「しっかりと効果を確かめてから持ってきたのよね?」
「ええ、解除薬もあるわよ」

 そう言ったモンモランシーの手の内に、青色の液体が入った試験管と橙色の液体が入った試験管が握られている。

「ブルーが薬で、オレンジが解除薬。 書いてあった通り効果は一時間しか持たないわよ」
「……実験もした?」
「しっかりと、自分で実験する訳には行かないから動物でね。 何度も試した後自分でも飲んでみたわ」

 勇気あるなぁ、実験動物で成功しても人間で成功するって訳じゃないだろうに。

「……どうなった?」
「……成功したわよ。 一時間で元に戻ったし、解除薬でも元に戻ったわ」

 嫌そうな表情を浮かべるモンモランシー、おそらくあれを見て驚いたのだろう。
 ギーシュと付き合ったままならいずれ見る事になるだろうし、保健の勉強という事で諦めろ。

「それは安心したわ」

 実験で確認済みというなら安心して使えるな。

「一気には無理でしょ? 持って帰るなら何度も往復しなくちゃいけないわよ?」
「……用意してるわけ?」
「してるわよ」

 モンモランシーを部屋に招き入れ、クローゼットの中に重ねて置いてある、膨れ上がった袋の一つの紐を解いて中を見せる。
 中にはエキュー金貨、一袋に二百枚入っている。
 それが十袋、締めて2000エキューもある。
 これらは全て薬の調合費用、さらには材料購入代金として十五袋を渡している。
 合計5000エキューも金を用意した、分けて運び込むの超めんどくさかったぜ。

「中を全部確かめておく?」

 袋の中の黄金の輝きにモンモランシーは息を呑んだ、この額になると貴族の子弟でも早々手に入れられない。
 日頃ポーションをせっせと作っているモンモランシーは材料代が足りなくて喘いでいる、香水とか作ってそれを他の生徒に売ってたりもする。
 本来なら『趣味が有るのはいいなぁ』とか適当に流すのだが、そう思わずモンモランシーのポーション調合スキルを頼る事になった原因に出会ってしまった。

 ある日俺はフェニアのライブラリーから面白そうな本を漁っていたら、表紙が古いせいか文字が擦れて読めない本を見つけた。
 その本の内容を確かめるため開いて読めば、書いてある事は薬の事ばかりだった。
 薬など興味は無い、適当に飛ばし読みしていて目を引く事がなかったため、閉じようとした最後のページに一気に興味を惹かれた。

 まじかよ、そう呟いてしまうほど衝撃的だった。

 正直に言えば初めて魔法を使った時よりも衝撃を受けた、こんな物が存在するとは、ファンタジーを舐めてた。
 惚れ薬があるんだから、こんな薬も存在してて良い筈だ。
 俺はよくそのページを読んで、正確に読み取れない部分が無い事を確認してから、本を持って図書館を後にした。
 その本を脇に抱え込んで、モンモランシーの部屋に飛び込んだのは数日前だ。
 手持ちをありったけ渡し、材料をかき集めて調合してもらった。

「……ある意味夢よね、これは」
「どんな夢よ」

 ステキ!

「さぁ持っていきなさい! そしてその薬を寄こすのよ!」

 テンション上がってきた俺を見て、モンモランシーはなんとも言えない表情で薬を手渡してくる。
 喜んで薬を受け取り、顔の前に持ってきて青と橙色の怪しい薬を見て笑う。

「……出来上がったのはこれだけ?」
「ええ、そもそも材料がめったに手に入らないんだから、これだけ作れただけでも感謝してよね」
「するする、ありがとーございますー」
「……してないでしょ」

 等価交換しただろ、材料費と調合費を全額出して、報酬も渡すんだから文句言わないでくれるかね。

「で、どれ位飲めばいいの? もしかしてこれで一回分? 何かに混ぜて飲んでも大丈夫?」
「一滴で十分よ、解除薬もね。 水でもワインでも効果は無くならないわ」

 たったこれだけで5000エキューもしたなら間違いかもしれなかった。
 だが複数回使える、楽しみが広がってやばいね。

「それじゃあさっそく……」

 テーブルの前に移動して、さっき水を飲むために使っていたグラスに一滴ポトリ。
 わずかに残っていた水と混ざり合った薬、グラスを傾けて一気に飲み干す。

「……そういえば、効果はすぐ出るの?」

 振り返ってそう言えば、古典的なボフンとピンクっぽい煙が全身を包んだ。
 苦しくはないが視界が遮られて、真っピンクでなんか嫌。
 手であおぎながら煙が晴れるのを待つ。

「……変わ……てる?」

 変わってた、絶壁と言うには難しい僅かな膨らみがある胸が、真の絶壁に。
 あとスカートとか下着がきつく感じる、この感覚は十数年ぶりだな。

「……まったく変わってないじゃない」

 モンモランシーから見て、だな。

「そう言わないでよ、色々変わってるんだからさ」

 ん? どっかの小さい錬金術師の弟みたいな声になってるか。

「……それはわかるけどね」

 身長は伸びていない、髪も変わっていない、女性としての胸がなくなり、男性のあれが出来ていた。

「さすが、この性転換薬は上出来のようだ」
「言ったでしょ、しっかりと試したって」

 後は着替えだな、容赦なくシャツを脱ぎ捨ててクローゼットに向かう。
 体は女の子特有の丸みが少なくなった感じか、なんと言うか鏡見たら少し細くなった感じを受けるかもしれないな。

「ちょっと! 私が居るんだからそういう事しないでよ!」
「とか言って、実験した時じっくりと見たりしたんじゃない?」

 主に自分の体を、特に下半身。

「なっ! そ、そんなわけないでしょ!」

 顔が真っ赤ですよ、ミス・モンモランシー。

「どっちでもいいですけど」

 キャミソールも脱ぎ捨て、スカートにも手を掛ければ。

「そ、それじゃあ失礼するわ!」

 そそくさとモンモランシーが部屋を出て行った、扉を閉めずに。
 ドア位閉めてくれよと思えば、入れ替わりに才人が入ってきた。
 すれ違ったモンモランシーを見つつ、部屋に入って俺が居る方向に顔を向け。

「……な、なにしてんだよ!?」

 上半身裸の俺、その姿を目に入れてからあわてて才人は顔を両手で覆う。
 才人、指に隙間が開いてますよ。

「いやな、モンモランシーにポーション作ってもらったから試してたんだよ」
「……薬?」

 背を向けたまま扉を閉める才人、その状態で聞いてくる才人に一言返した。

「そうだよ、性転換薬。 今の俺は男ですよ」
「……男!?」

 才人用に買ってたシャツやズボンを取り出して、トランクスもタンスから取り出す。

「いやさ、こうなった身としてはこういう展開も有りだと思うんだよね」

 遠い昔になくなってしまった男の象徴を目に入れて、確かにこんなのだったなと懐かしみながら着替える。
 ……下品だな、そう思ってしまう自分も居るから変わったんだなぁと感じる。
 とりあえずは変態だな、スカートと女物の下着を着る美少年的な意味で、つまり男の娘ってやつなのか。
 いやまぁ、そのままでも殆ど外見変わらないからスカートとか着けてても良いんだけど。
 性転換したからには全部脱ぎ捨て男物、トランクスやらシャツやズボンとか着る、サイズがちょっと大きいから袖や裾を折り曲げ完成。

「もう良いよ」

 シャツのボタンはしっかり閉めた、ズボンも然り。
 才人に声を掛け、振り返った才人が俺を見て。

「性転換って何だよ」

 ブスっとした表情の才人。
 かわいい女がかわいい男になったのがいやなのかね。

「面白いのを見つけてな、モンモランシーに作らせて見たんだ」
「……ずっとそのままでいるのか?」
「いや、一時間しか持たないらしいよ。 すぐ戻りたい場合も解除薬もあるし……」

 そう言って、俺はじっと才人を見つめる。

「……なんだよ」

 俺はゆっくりと椅子に座り、足を組んで左腕を背もたれの後ろに回して。

「飲まないか」
「絶対にいやだ」

 プイっと才人は顔をそらして断言した。

「えー、すぐ戻れるしいいじゃん」

 こんな機会めったに無いよ? と立ち上がりながら説得してみる。

「考えたこと無い? 自分が女に生まれてたらどんな風な感じになってたか」
「ない!」
「嘘は良くないよ? 少し見てすぐ解除薬飲めばいいんだし、解除薬が効果あるか不安なら俺が確かめるからさ」

 薬を混ぜた水を少し飲むだけで元通りさ!
 そんなことを言いながら、別のグラスに水を少し注いで、今度は橙色の薬を一滴落とす。
 一瞬水が色付いたが、すぐに無色透明に戻る。
 その解除薬が入った水のグラスをつかみ、ゴクリと喉を鳴らして飲み干せば。

「ほら」

 またボフンと真っピンクの煙が出て、元の性別に戻る。

「いや、わかんねーし」

 そうですよねー。

「……少しだけよ、しっかりと見てなさい」

 遺憾な事ながら、胸を張って胸の下、シャツの上から肋骨を左右の手で押さえる。
 そうすれば分かる、胸には小さいながらテントが出来ているのが。
 見ろと言った手前もあり、目をカッと見開いて才人が俺の胸を凝視していた。
 恥ずかしいが下を見せるわけにもいかないからこういう手段。

「……はい終わり」

 そう言って手を離し、最初に性転換薬を入れたグラスに水を少し注ぐ。
 また一滴垂らし、グラスを手に取って呷る。
 またピンクの煙、晴れれば男の俺が居た。

「ほーら、男でしょ?」

 同じようにシャツの上から肋骨を手で押さえるが、胸の膨らみなど確認できない。

「証明終了! さぁドリンクタイムだよ、ニーサン!」
「ニーサンってだれだよ……」
「ほらほら」

 同じグラスに水を少し注ぎ、青い薬を一滴。
 そのグラスを押し付けるように才人に手渡す。

「解除薬も用意しておくから」

 才人が持つグラスとは別の、解除薬を入れて飲んだグラスに水を注いで青い薬を一滴垂らす。

「これで心配は無くなったな、それじゃあ一気に行こうか」

 さあ! さあ!
 グラスを持って迫る俺を見て、逃れられないと悟ったのかグラスを受け取り一気に呷る才人。
 ゴクリと水が才人の喉を通って胃袋へ、すると同時にボフンとピンクの煙。

「さぁて、一体どんな娘がでてくるの……」

 もくもくとした煙が晴れてきて。

「………」

 グラスを手放した。
 グラスが砕けて、足元に水が飛ぶ。

「うわ! ちょ、なにしてんだよ!」
「………」

 煙が晴れた中にはいつもの青のパーカーと紺のジーンズを履いた才人。
 のような存在。

「………」

 一番に目に入ったのは胸だった。
 パーカーの胸の部分が大きく膨らんでいた、少々緩かった胸部から余裕が大きく減っていた。
 なんだこれは、まさか幻覚でも見ているのか。

「……これ、なに?」

 一歩足を踏み出して自然と伸ばした手が、才人の胸に実るたわわな物体を掴む。
 手に伝わる感触はやはり柔らかい、まさしく乳房。

「うわ!?」
「ねぇ、これ、なに?」

 明らかに手に収まりきれない、C……いや、Dカップはあるだろう胸がそこにあった。
 ジャンプしたら間違いなく揺れる、そして多分痛みが走る、そんな胸。

「……うーん、大きい」

 ムニュムニュボヨンボヨン、俺の手には余る大きさ。
 なるほど、女の子の才人はこんな風になるのか。

「いッ!」
「………」
「いだっ!?」

 ぐにゅぅ、っと指が才人の胸に食い込み、指の間から変形した胸がその弾力を主張していた。
 なるほど……、女体化才人は……。

「……ゆ゛る゛ざん゛!」
「まじ痛てぇって!」

 それを聞いてようやく手を離す、おお神よ、始祖ブリミルじゃなくて神よ。
 なぜ胸囲の格差社会を作りたもうたのか、これは効果が切れない豊乳薬が無いか調べなければならなくなってしまった。

「ごめんごめーん、ちょっとイラっとしちゃった☆」

 と言いつつ俺の顔は笑っていないのか、才人は腕で胸を押さえながら頬を引きつらせていた。







 気を取り直して改めて才人を見る。
 女体化という事で、男の角ばった感じが無くなり、体のラインに丸みが出ている。
 声は元の男とはぜんぜん違う、女の子の才人はこんな声だろうなぁと予想通りな感じ。
 身長は変わらないが、顔はどことなく小さくなっており、服装的に男に見えるがよく見れば女の子というのが分かるような……。
 というか、その胸に付いた脂肪がくそったれ!

「だから掴もうとするなよ!」
「チッ!」

 イメージ的にクラスに一人は居そうなボーイッシュな女の子、髪を染めていない黒のショートヘア。
 他の女子よりも少し背が高くて、男女係わらず気さくに声を掛けるような明るい子。
 顔はクラス一番じゃないが、それなりに可愛いく、スタイルも服の上から分かるような胸。
 その上ぬけていると、言い換えればちょっとしたドジっ娘。

 ああ、これは密かな人気が出そうだ。
 女子側から見ればどうか分からんが、男子側だと悪くないんじゃないか。
 高校生には己の性癖を確立するにはちょっと早いだろうか、とりあえず目に付くような胸とかで男子の人気をゲット。
 しかも本人は厭味が無い性格、要は付き合いやすい。
 妥協できない理想を持たなければ、彼女とかになったりしても重っ苦しくは感じないだろう。

 好感が持てるな、胸以外は。
 ……妬ましいと思う辺り、かなりルイズっぽい気がする。

「……しっかし、可愛くなってるよなぁ。 確かメイド姿もあったような気もする、それの挿絵も可愛かったような」
「……まじで?」

 男のルイズと女の才人、なるほど……そんなのもあったような気がするな。
 性転換した同士の男と女……?

 <●>  <●>

「な、なんだよ……」
「ふぅ……、いや、なんでもない。 ほら、鏡見てみれば?」

 そう言って才人の後ろに回り、鏡がある方に押して移動させる。
 ポンと押して鏡の前、反転して映る鏡の中には少女。

「……すげぇ、流石ファンタジー」

 自分の胸に手を伸ばすも、手前で止まり触るかどうか戸惑っていた。

「下もなくなってるでしょ?」
「……もうお婿にいけない」

 いいよ行かなくて、帰れないと分かったら責任はしっかりとってやるから。
 才人は微妙に内股になって凹んでいる。

「元に戻るから気にしない」

 無くなった時を実感した時の物足りなさは凄い。
 感覚的にはいきなり無くなるんだぜ、つい股間を押さえちまう。
 しかしそんな事はどうでもいい、問題は胸の奴!

「……ちょっとジャンプしてみたら?」

 触るのがだめだから、ジャンプしてみろよと勧めてみる。
 胸揺れ体験できるしどうよ、そう言えば才人は少し迷った後に頷いてブルンブルンボインボイン。

「いっ……、なんだこれ……」

 飛び跳ねるのを止めて胸、というか胸の下に手を当てる才人。
 掛かったなアホが!

「おっぱい星人なら覚えておこうぜ! 胸が大きく揺れると痛いんだぜ!」

 決してざまぁみろとか思ってはいない。

「……まじかよ、男の夢って痛いのか……」

 胸のなんかが弱くて、大きく揺れたりすると損傷して垂れ易くなるんだったか?
 とりあえず胸揺れは男にとってはうれしいが、女にとってはいろんな意味で苦しいものなのだよ。
 ……水のヒーリングで治りそうだけども、苦痛が起きると分かっているのに見せて貰うのもあれだし黙っておこう。

「で、触ってみないの?」
「……なんだかなー」

 素直に胸揺れを楽しめなくなった弊害か。
 ざまぁみ……、いや、そんな事オモッテナイデスヨ。

「あれだよ、女になったとはいえ自分の体だから、揉んでも虚しいだけだよ」
「……だよなぁ」

 なんかこう、ムラムラしない。
 俺はともかく、才人は間違いなく自分の体だからな。
 正直大きく変わったのは胸と股間のあれ位だろう、胸が無かったら普通に才人。
 一目見て、ん? と思うが、やっぱり才人で胸を見たら。

「……ゆ゛る゛ざん゛!!」
「だから止めろって!」

 後ろから鷲掴みしようとしたのが、鏡を見て分かったのかあっさり避けられた。

「……世界とは不公平なのね」
「ルイズちょっと怖いんだけど……」

 目とか血走ってないですよ。

「……はぁ、こうなったものはしょうがない」

 とりあえず髪を後ろで一纏め、いわゆるポニーテールにする。
 髪を留め、才人の隣に並んで鏡を見る。

「うーん、あんまり変わらんね」
「俺は別人になっちゃったけどな」

 一見してルイズと才人、そこはぜんぜん変わらない。

「サイコちゃんかわいいですよー」
「頭がおかしい人みたいだからやめてくれよ……」

 サコちゃん? ……どうでもいいか。
 そうして俺は鏡から離れ、テーブルの上に置いていた性転換薬とその解除薬を手に取って。

「………」

 駆け出した。

「あっ!」

 ネックに指突っ込んで引っ張り、自分の胸の谷間を覗いていた才人が走り出す俺に気づいて声を上げた。
 もう遅いわ!
 才人が振り向いた時にはドアにたどり着いており、ドアを引いて開き廊下に躍り出る、そこから階段へ向けて全力疾走。
 さて、追いかけてこれるかな? 走れば思いっきり胸揺れしちゃうぞ。
 廊下には他の女子も居る、皆俺の使い魔だと知っているし、物理法則に従って揺れる胸ってものも知っているぞ?

「フハ、フハハハハ!」






 寮から飛び出して学院内を歩き回る、追っ手(才人)の気配も無いしやりたい事をやろう。
 目的その1、女の子に声を掛ける、シエスタとか。
 目的その2、性転換薬を他の誰かに飲ませる、キュルケとかそこらへん。
 目的その3、……もう無いな。
 時間限定だし、ちょっと楽しむだけで終わっちゃうがまぁいいか。

 まずは洗濯物を干している広場に向かってみる、今の時間帯なら朝の洗濯物を干しているはず。
 とことこ歩いて広場に到着、おーおー予想通り洗濯物干してるね。
 腕組みしてシエスタが居ないか目を凝らす、居るはずだけどなーと思っていればやっぱり居た。
 他のメイドと同じくせっせと洗濯物を干している、流石に今声を掛けるのは邪魔になるから、干し終わるまで待ってみる。
 十分、二十分と経った頃には山のような洗濯物が全て干し終え、吊り下げられた洗濯物が風で揺れていた。

 流石エリートメイド、これ位簡単にこなせなけりゃここではやっていけんってか。
 とりあえず籠持ってぞろぞろ歩いていくメイドの一団に向かって、と言うかシエスタに向かって手を振る。
 そんな俺に気が付き、手を振り返そうとしたシエスタが腕をすぐ下げる。

「……ん?」

 ちらちらとこっちを見て、真っ直ぐに視線を向けようとしていない。
 ……なるほど、ピンクブロンドを見て俺だと判断したが、男子生徒と同じようなシャツとズボンを履いてるから別人と思ったのか。
 仕方ないからおいでおいでと手招き、シエスタと周囲のメイドはざわめき始める。

 もう一度手招き、そうするとメイドたちが恐る恐る自分を指差し始める。
 俺はそれを見て首を振る、残念だけど君じゃないのよと否定。
 次々と指差し首振りを繰り返して最後のシエスタ、ゆっくりと自分を指差したのを見て俺は大きく頷く。
 名前を呼んでやればすぐ終わったんだけど、それじゃあつまらんぜよ。
 他のメイドたちに急かされたのか、とことこ小走りで来たシエスタ。

「……あの、ルイズ様……でしょうか?」
「そうだよ、呼びつけて悪いね、シエスタ」
「……あの、ルイズ様?」
「Ja」

 その通りだと頷く、声もちょっと変わってるし男物着てるし、俺っぽい別人に見えるのかね。
 確証を得られないシエスタはおろおろして可愛いね。

「ちょっとシエスタと話をしたくてね、時間あるかな?」
「え、あ、はい」

 戸惑いながらシエスタが頷く。

「裏のテラスにでも行こうか、そこならあまり人は来ないし」
「……分かりました」

 ……おお、横暴貴族に渋々従うメイドのようだ。

「不安? 私っぽい別の誰かとでも思ってる? 見た目とかそんなに変わってないと思うけど」
「……やっぱりルイズ様なんですか?」
「私以外に見える?」
「……いえ、でも……」
「ニーサンだからしょうがないね」
「……にーさん?」

 よく分からないと頭を傾げるシエスタ。

「最近だらしねぇな」
「す、すみません……」

 俺の一言にあわててシエスタが謝るが、違うと断りを入れる。

「いやいや、私がだらしなくてね。 とりあえずテラスに行こうか」
「はい」

 俺が厨房の裏にある、俺以外の貴族は使わない平民専用と言って良いテラスへと歩き出し。
 その後ろをしずしずとシエスタは付いてきた。






 テラスに着くなり、シエスタは紅茶を入れてくると断りを入れて厨房へ。
 俺は頷き、一つの白く丸いテーブルを選び、セットとなっている白い椅子に腰掛ける。

 ……うーん、そんなに別人かね。
 背が伸びたり髪が短くなったりしてないんだけどなー。
 そう思いながらポニテの後ろ髪を撫でてみる、……髪質悪くなったか?

「お待たせしました」

 どこと無く手触りが悪くなっているような自分の髪、手櫛で梳いていたらカップとポットを載せたトレーを持ったシエスタが戻ってくる。

「失礼致します」

 いつもより余所余所しく、何処か畏まった仕草でカップに紅茶を入れていく。

「シエスタのも注いで、注いだら座ってくれ」

 出来るだけ重々しく言う。

「はい……」

 頷いて同じようにカップへと紅茶を注ぐ。
 シエスタは紅茶を注ぎ終わり、断って俺の向かいの椅子に座る。

「………」

 俺は真っ直ぐとシエスタを見る。
 シエスタはどこか視線が泳いで真っ直ぐ俺を見ていない。

「……シエスタに話したい事があるんだ」
「……な、なんでしょうか」
「……俺、かなり迷ったんだ。 本当は話しちゃいけない秘密の事、でも……」

 もう一度、視線を細めつつシエスタを見つめる。

「もう限界だ、ずっと我慢してきたんだから打ち明けてもいいよな?」
「……えっと、それは一体……?」
「……シエスタ、俺のことどう思ってる?」
「……え?」

 肘をテーブルの上に乗せ、顔の前に指を組む。
 いわゆるゲ○ドウスタイル、少しだけ顔を俯けて上目遣いになるように見る。

「……はっきりと聞きたい、俺の事をどう思ってる?」
「……そ、それは……」

 唐突の事でシエスタは顔を俯かせて、何かぶつぶつ言っている。

「俺さ、男なんだ。 本当は女じゃないんだ」
「……へ?」
「とある事情があって女の子の振りしてたんだ、でも本当は男」

 紅茶が注がれたカップを取って口を付ける、いつも通り美味いね。

「女の子に見える魔法を掛けてたんだ、でもそれを止めた理由はどうしてもシエスタに聞きたい事があったからなんだ」

 カップを置いてシエスタを見つめ。

「シエスタ、俺のこと好き?」

 CV・鎧の弟。

「そ、そんな事!」
「俺の事好きか嫌いか、それを聞きたいから男に戻ったんだ」
「……な、なんで」
「俺とシエスタが初めて出会った時のこと覚えてる? 一目見たときからシエスタのこと可愛いなぁって思ってたんだ」
「な、ななな!?」

 ガタリと立ち上がったシエスタの顔が見る間に赤くなっていく。
 ……脈ありなのか、俺も立ち上がって歩き出す。

「なぁ、シエスタ、俺の事どう思う?」
「……ル、ルイズさまはおんなのこであります!」
「だから男だって、ほら」

 シャツのボタンを一つ一つ外しながらシエスタに歩み寄る。

「何してるんですか!?」

 キャーキャー言いながら顔を手で押さえる。

「何って、男だと証明しなきゃいけないからさ」

 ボタンが全て外れ、シャツが開く。
 横からは見えないが、正面からは胸が見えている。

「確か俺が気を失ったまま帰ってきた時、シエスタが世話してくれたんだろ? だったら俺の体見たんだよね」

 ナイチチとは言え膨らみはある、だが今は完全に無い男の胸だ。
 ジリジリと下がるシエスタ、俺は歩いてどんどん近寄る。

「ほら、よく見て」

 後退るシエスタよりも速く歩いて近づいて、顔に当てられている手を取って自分の胸に押し当てる。

「これが女の子の胸か?」
「……あう、あうう……」

 流石に下はアウト、胸で勘弁して欲しい。

「聞かせて欲しいな、シエスタの気持ち」

 もう後ろは無い、シエスタの背後は壁だ。

「じょ、冗談で……っ!?」

 左手は後ろの壁に当て、足をスカートの上から、シエスタの両足の間に割り込ませるように当てる。
 身長差の関係から俺はシエスタを見上げ、シエスタは俺を見下ろしている。

「こんな背の小さい男は駄目か?」
「……ぁ、ルイズさ──」

 そうして大きな、陶器が割れる音が響いた。
 その音がした方向を見れば、俺とシエスタの中間位の背の娘。
 ブラウンブロンドとでも言えばいいのか、鮮やかな茶色と金色の中間と言った髪色の、足の治療費を出して治させたメイドさんだった。

「あわ、あわわわ……」
「マ、マリー!?」
「あわー!」

 恐慌したように震えていたマリーと呼ばれた少女は、変な悲鳴を上げて走り去っていった。
 壁に寄り掛かるシエスタと、壁に手を当て迫っているような俺、しかもシャツを開けさせてだ。
 邪推しても仕方が無い、シエスタはマリーを追おうとするが俺が邪魔で動けない。

「……あわーって、凄い声だな……」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃありません!」
「それもそうだ、本命が来たようだし」
「え?」

 そう言ってシエスタから離れ、シャツのボタンを留め始める。

「ルイズ!」

 左手にデルフを掴んだ才人が息を切らして現れた。
 立ち止まった慣性で、そのなかなか大きな胸がブルンと揺れた。

「……サイトさん?」
「……あ」
「フヒヒ」
「な、なんですかそれは!?」

 もしかしたらシエスタと同レベルの胸部装甲、こいつを剥がすのは苦労するだろうなぁ。
 とか思いながら俺はテーブルに戻って椅子に座る。

「ル、ルイズに変な薬を飲まされたんだよ!」

 となかなか可愛らしい声で才人、もう女の子でいいんじゃない?

「こ、声も……、ルイズ様! 一体どういう事ですか!?」
「そのままよ、私は男になって、才人は女になっちゃっただけ」
「……え? なんですかそれ……」
「シエスタ、俺の事好き?」

 出来るだけ自然に笑ってシエスタにさっきの続きを聞く。

「俺は好きだよ、どっかの貴族にシエスタが連れて行かれたら無理やりにでも連れ帰すくらいにね。 サイトももしシエスタが無理やり連れて行かれたら連れ戻すでしょ?」
「……そりゃ連れ戻すけど」
「サイトちゃんかっこいー」
「ルイズくんもかっこいいよな! だからいい加減戻してくれよ!」
「なんで? 放って置けば勝手に戻るんだしいいじゃない」
「それじゃあ駄目なんだよ! あいつらが……」

 と才人が言いかけて、遠くから聞いた事のある声で才人を呼ぶ声が聞こえた。

「……おっぱい星人たちに遭遇したわけね」
「あいつら俺だってわかってるのに胸揉ませろとか!」

 なん・・・だと・・・。
 ギーシュたち見境無さ過ぎだろ、妬んで才人の胸掴んだ俺が言えなさそうだけど、下心じゃないからいいよね!
 とりあえず解除薬をポケットから取り出して、シエスタが注いでいた紅茶に一滴垂らす。

「はい」

 カップが乗ったソーサーを手で押して才人に勧める。
 何でギーシュたちに才人の胸を揉ましてやらなくてはいけないのか、つかギーシュはモンモン居るだろ、チクるぞ。

「これで! ……熱っ!?」

 ゴクリゴクリとそれなりに熱い紅茶を一気に飲み干した才人から、ボフンとピンクの煙が湧き上がって元の男に戻る。

「な、なんですかそれー!?」

 卑怯な胸が消えて、元のぺったんこに戻ったのを見てシエスタが声を上げる。

「シエスタ、座りなさい」
「ル、ルイズ様、一体何なんですか!?」
「気にする必要は無いわ、シエスタはシエスタのままで居てちょうだい。 ほら、座って」

 シエスタに性転換薬飲ましたらどうなるのか興味はあるが、スカロンみたいに筋骨隆々になったりするかもしれないから知らないままで居よう。

「まったく、慌てふためくシエスタは本当に可愛いわね」

 才人は才人で、解除薬が入った紅茶を飲み干してからすぐ走って行った。
 胸部マッサージを要求したおっぱい星人どもに報復を掛けに行ったんだろう、現に遠くから悲鳴のようなものが聞こえるが無視。

「そういう事言わないでください! 私の純真を弄ぶなんて、ルイズ様ひどいです!」
「弄んだつもりは無いわよ。 私は本当にシエスタのことを好きだし、男だったらお嫁さんにしたい位よ」

 それを聞いたシエスタは、なぜか喉を詰まらせたような声を漏らす。
 可愛くてスタイル良くて家事も完璧、貴賎関係無かったら求め得る中でかなり良い女じゃないかね。
 そんなシエスタに好かれる才人は果報者だな、立場交代してくれねーかなー。

「……じゃあさっきの男だというのはやっぱり冗談だったんですね!?」
「残念ながらね。 今は体が男になってるけど、後三十分もすれば元に戻るわ」

 残念無念、まぁ永遠に効果が出続けたりするんならそもそも作らなかっただろうけど。
 色々問題あるんだよ、政治的な奴とかさ。

「もう一度聞くけど、私のこと好き?」
「……好きです。 で、でもそれはルイズ様だから好きなんですよ? 男とか女とかじゃなくて、ルイズ様が好きなんです!」

 シエスタは胸の横に、握った手を持ってきてなんか力説。
 あらら、そう言ってくれると嬉しいね。

「良かった、シエスタたちから嫌われるのは嫌だからね」

 貴族どもからは何て思われようと気にしないが、シエスタたちから嫌われたりするのは嫌だと感じる。
 なんと言うか親しみやすいせいか、平民寄りな感覚だからだな。
 シエスタに笑い掛けて、残る紅茶を一口。
 あー、平和だなぁ。
 遠くからまだまだ聞こえる悲鳴を耳にしながら、シエスタと紅茶を楽しんだ。















*あとがき*

 描写していない部分はご想像にお任せ、女体化才人の声とか。
 本編すすんだら別のキャラ絡ませてまた書く、アンアンとかテファとか。


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