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[4777] 水色の星S(灼眼のシャナ再構成)【完結】
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2009/02/28 13:48
 まず、謝罪を。
 
 前作『水色の星』を、私の機械音痴というひどく愚かな理由で一日以上『エヴァ掲示板』の方に移していてしまった事をここにお詫び申し上げます。
 
 本当にすみませんでした。
 
 
(まえがき)
 この作品は同じ掲示板にある『水色の星』という同作者の作品の続編にあたるものです。
 この作品をご覧になる場合はまず『水色の星』の方から読む事をオススメします。
 はっきり言って、この作品から読み始めても全く意味がわからないと思います。『六章』から始めるつもりですしね。
 
 今回は顔見せ兼プロローグって事で‥‥‥
 
 
 開幕。
 
 
 
 
 
「あの日、坂井悠二は当たり前のように自分の日常に生きていた。
 こんな平和な日々がずっと続くと、否、それすらも考えずにただ生きていた。
 そんな彼の日常は、ある日突然燃え落ち‥‥否、燃え上がった。
 明るすぎる‥‥水色に」
 
「‥‥‥平井さん。何やってんの?」
 
「ナレーション♪」
 
 茶味がかった長い髪をチョンと両側で縛った、紫がかった瞳の少女、平井ゆかりに、平凡な容姿の黒髪の少年、坂井悠二が言う。
 
「なれーしょん?」
 
 そう訊くのは水色の髪を肩までで揃えた水色の瞳の儚げな印象の少女、近衛史菜、本名"頂の座"ヘカテー。
 
 三人は親友同士の関係にある。
 
「解説っていうか宣伝みたいな感じのやつの事!」
 
「?、誰に解説しているのですか?」
 
「しかも、それ随分前の事だろ」
 
「ええぃ、黙れ主役達!こういう裏事情は脇役にしか知る事の許されないトップシークレットなの!」
 
「よくわかんないけど、平井さん出番少ないっけ?」
 
「前の最終章じゃ影薄かったともさ。ま!、あの場で目立とうとするほど空気読めなくもないからね」
 
「「最終章?」」
 
「あ〜‥‥‥私の日記!、日記の話♪」
 
「なんか嘘っぽいんだけど」
 
「シャラップ!」
 
 
 彼らは今、自らの通う御崎高校に向かっている。
 
 この、非日常を内包した日常を、今日も生きている。
 
 そして、到着。
 
 
 
「おはようございます、坂井君。おはよう、ゆかりちゃん、近衛さん」
 
 ヒュヒュヒュヒュ!
 
 パパパパァン!
 
 出会い頭にヘカテーの放つ不意打ちじみたチョークの投擲、それを両手に構えた黒板消しで叩き落とすおとなしい外見の少女は、
 
 吉田一美。
 
 とある事情により、ヘカテーとは宿敵の間柄である。ちなみに見た目通りの性格ではない。
 
「ふふふ、近衛さんってば、朝からおてんばさんだね?」
 
「次は‥‥当てます」
 
 
「よう、今日もやってんなあ」
 
「仲良き事は素晴らしきかな」
 
 呑気に声をかけてくるのは、美をつけてもいい少年、佐藤啓作と、大柄な少年、田中栄太。
 
 
「あれの何処が仲良く見えるのよ!あんた達男共が頼りないから、ゆかりが毎度止め役になってるんでしょ?」
 
 そう二人をたしなめるのは、可愛いというより、格好いいといった容姿のスポーツ少女、緒方真竹。
 
 
「みんな、そろそろ席につかないと朝礼始まるぞ?」
 
 と、その場の全員をまとめようとするのはクラスのヒーロー、メガネマン、のはずなのだが最近、酸素や二酸化炭素や窒素なんかとの一体化が著しい池速人。
 
 
「はい、皆席つけー」
 
 
 そして教師が教室に入ってくる。
 
 
 
 
 御崎市、住宅街から少し離れた場所に、最近まで買い手が見つからず、最近になって買い取られた豪邸がある。
 
 
「ガッコウ‥‥ねえ」
 
 そんな風にぼやいているのは銀色の長髪の青年、"虹の翼"メリヒム。
 
「わざわざそのような時間を割く環境に身を置く事は不要かとも思ったのでありますが」
 
 そう妙な口調で返すのは『万条の仕手』、ヴィルヘルミナ・カルメル。
 
「"監視"のため、か?、そう過剰に警戒する事はないと思うがな」
 
「あの方は、まだ坂井悠二に対する疑念を晴らしていない。当然と言えば当然であります」
 
「‥‥‥へえ。俺がいない間、本当に面白い事になっていたらしいな」
 
 意外そうな、面白そうな声でメリヒムが言う。
 
 その脈絡のない言葉の内容と合わせて、ヴィルヘルミナは怪訝な表情を浮かべる。
 
「あの慎重で石頭な君がねぇ」
 
「お互い様であります。大体、何の話でありますか?」
 
「さっきの言葉。まるで、自分は坂井悠二への疑念が無いみたいに聞こえたが?」
 
 言われ、気付く。
 
 そうだ。『あの方は』などと言えば、その他は信用している事になる。
 
「そう‥‥‥でありますな」
 
 そして、認める。
 
 
 事実、この街にいる紅世の徒、フレイムヘイズ、その全ての中で、坂井悠二に不当な評価をしている者はいない。
 
 
 一人を除いて。
 
 
 
 
「あ〜たま痛〜い。マルコシアス何とかして〜」
 
「ったく、何でそうなんのがわかってて飲むかねえ?」
 
 佐藤啓作の家の室内バーでアルコールに敗北して床に転がっているのは、『弔詞の詠み手』、マージョリー・ドー。
 
 相棒にして契約者たる"蹂躙の爪牙"マルコシアスといつものやり取りをしている。
 
「あんたが、お喋りを、やめられないのと、一緒だってのよ」
 
 息も絶え絶えにそう言う。はっきり言って少々無様である。
 
「ヒーヒッヒ!ならおとなし〜く黙ってるとすっかなあ?」
 
「きっ、『清めの炎』〜〜」
 
 
 まあ、いつもの彼女だという事だ。
 
 
 
 
「えー、今日は皆に突然だが、転校生を紹介する」
 
 ざわざわとにぎわう教室。
 
((‥‥嫌な予感がする))
 
 悠二とヘカテーは同時に思う。
 
 というか、もはや予感などという不確定なものではない。
 
 すぐ間近に、気配を感じるのだ。
 
 常人、いや、人ならざる存在感を。
 
 
 ドアを開き、一人の少女が入ってくる。
 
 堂々、といえば聞こえはいいが、言い方を変えれば不遜ともとられかねない態度で教卓の前までくる。
 
 
(‥‥‥‥はぁ)
 
 勘弁して欲しい。
 
 ただでさえ、最近は奇妙で傍迷惑な連中が周りに集まってきているのに、さらに学校生活にまで侵食してくるのか?
 
 しかも、この少女はその中でも一番苦手だ(というか、苦手という意味ではこの少女だけだ)。
 
 
「シャナ・サントメール。よろしく」
 
 
 転校生として今、教室に入ってきたのは、見紛うはずもない。
 
 悠二が名前をつけたフレイムヘイズ。
 
 『炎髪灼眼の討ち手』、シャナだった。
 
 
 
 
(あとがき)
 前に、前作、『水色の星』を投稿していた水虫といいます。
 
 原作十七巻を読み、一期最終話に際して、読者様がたから信じられないほどの数の感想を頂いた事で復活した次第であります。
 
 非常に非常にありがとうございます。
 
 いや、モチベーションが上がるのなんの、もうね、踊りますよ?、っていうかちょっと踊りました。
 
 前作の感想で、少しは休むように言って下さった読者の方も多々いらっしゃいましたが、まあ、休みたい時はあとがきにでも一言入れて休みますので。
 
 なんか、携帯だからかSECONDの記号上手くいかないし、Sで行きます。
 
 
 一期まで読んで下さった方、またよろしくお願いします。
 
 初めて目にする方は、一期から読んで下さると嬉しいです。
 
 というわけで、二期スタート!



[4777] 水色の星S 六章『夜を往く魔物達』 一話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/11/13 21:46
 
「あれからしばらく経つ、そろそろ俺たちの仕事の再開といくか」
 
 西洋のシーツお化け、あるいは、東洋の獅子舞と見える異形が、語りだす。
 
「俺たちのモットーは!?」
 
「安全運転、安全運行!」
 
 制帽制服、ゴーグルとスカーフで顔を覆った運転手が応え、
 
「危機に対さば、即退散」
 
 ざんばら髪を雑に束ねた着流しの和装、目に隈の化粧を施した二十代半ばの女が締める。
 
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 それは、その英語教師にとってそこそこは慣れたプレッシャー。
 
 しかし、かつて感じたような視線ではない。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 教室のど真ん中の席で腕を組み、まるで見下すような、教師に対する敬意をまるで含まない視線を飛ばしてくる黒髪のロングヘアーの小柄な転校生、シャナ・サントメール。
 
(ダメだ)
 
 反応してはいけない。
 
 近衛史菜の時よりも何かトゲのようなものを感じる。
 
 あの少女は単に教師願望のようなものがあるだけで自分に悪意は向けなかったが、この転校生は違う。
 
 確実にきついカウンターを食らうに違いない。
 
 近衛史菜のブレーキ役たる坂井悠二の知り合いでもあるらしい(またか、と思う)が、この転校生のブレーキになるとも限らないし、そもそも席が離れている。
 
 ダメだ、自分から地雷を踏む事はない。
 
 しかし、教師の自尊心は口を開かせる。
 
 
「こっ、こらサントメール!、教科書を開かんか!、不真面目だぞ!」
 
 
 そして、
 
「"お前"‥‥‥‥」
 
 彼を突き動かした自尊心は砕かれる。
 
 
 
 
 
「‥‥‥随分、こざっぱりしたな」
 
「静かで良いです」
 
「皆、耐性無いなー」
 
 
 昼休み、教師をその頭脳と不遜な態度で次々と撃沈したシャナ・サントメールにより、教室は静かなものだ。
 
 悠二達のグループ以外、皆、避難している。
 
「まあ、ヘカテーにしたら良かったんじゃない?
 午前中、全部先生やれたんだし」
 
 以前のプール以降、仲良くなり、『ヘカテー』と呼ぶようになった緒方がそう言う。
 
「はい」
 
 迷わずそう応えるヘカテー。満足そうである。
 
「坂井君、おべ‥‥‥」
 
 吉田一美が坂井悠二に弁当を渡そうとして、中身を見て固まる。
 
 それを横目で見て、得意そうにしているヘカテー。
 
「てめぇ!、またやりやがったな!?」
 
「小腹が空いたので」
 
「嘘つけ、この小動物が!、苦しそうにしやがって!」
 
 そう、吉田が度々、悠二に弁当を持ってくる。という、ヘカテーにとって面白くない事態を阻止するため、ヘカテーは午前のうちに吉田の弁当を自分が食す、あるいは弁当を渡す際に物理的に妨害するという、激しく短絡的な手段を用いていた。
 
 元々、食欲旺盛だが、言うほど大食いではないというヘカテーである。四時間目の前に食べた吉田弁当のせいで今、弁当を食べるのが少し苦しそうだ。
 
 もちろん、吉田もやられっぱなしではない。
 
 ヘカテーの盗み食いを予期し、弁当にタバスコなどを仕込んでヘカテーを苦しめた事も多々ある。
 
 二人がそんないつもの争いをする中、
 
「シャナちゃん、こっちおいで!」
 
 平井が、少し離れた席でお菓子の山を貪っていたシャナを机ごと引き寄せる。
 
「え?、私は‥‥」
 
「いいからいいから♪」
 
 それを横目で見る悠二。
 
 フレイムヘイズ相手でも相変わらず自分のペースに持ち込んでいく平井に少し感心する。
 
「‥‥‥なあ、佐藤、あの子もフレイムヘイズなんだよな?」
 
「らしい」
 
 『この世の本当の事』を知る面子の中で、一人、情報が遅れている田中が小声で佐藤に訊き、佐藤も小声で返す。
 
 一方、シャナ。
 
「‥‥‥まあ、いいけど」
 
 あまり人が多いのを好まない彼女だが、この平井ゆかりの人柄は気に入っていたし、無為に断るのも憚られたので妥協する。
 
 横はまだうるさい。
 
 
「こうなりゃ私の分の弁当渡してやる!」
 
「させない、阻止します」
 
「あ、蝶々!」
 
「え?」
 
「隙あり!」
 
「あ、卑怯です!」
 
 
 うるさい。
 
 また"坂井悠二"関係の騒ぎらしい。
 
 
 一応、人格くらいは認めてやってもいい気にはなったが(というか、ヴィルヘルミナ達が認めているのに否とも言えない)、何となく気に入らない事に変わりはない。
 
 騒ぎは無視して手にしたメロンパンをかじる。
 
 そのカリカリとした表層の生地をかじり、食感を味わい、次にもふもふとした中のパンをかじる。
 
 これを交互にやる事でメロンパンというものの持つ二つの魅力を最大限に引き出す事が出来るのだ。
 
 これをわかっていないやつが多くて困る。
 
 まあ、自分もヴィルヘルミナに教わったのだが。
 
 
 至福の時を味わっていると‥‥
 
「?」
 
 周りの面々が自分に注目している。
 
 何故だかわからないが、少々居心地が悪い。
 
「‥‥‥‥何?」
 
 そう訊く自分に、周囲の面々が応える。
 
「いや、何ていうか‥‥」
 
「ねえ?」
 
「無茶苦茶うまそうに食べるな〜と」
 
「シャナちゃん、かわいい!」
 
「‥‥‥坂井君って、小さい子が好きなんですか?」
 
「‥‥‥吉田さん。勘弁してよ」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 
 二人ほど妙な、というかよくわからない視線を向けてくるが、大体皆、好意的な視線を向けてくる。
 
 『メロンパンを食べる時には笑顔でいていい』
 
 『天道宮』を旅立つ時、ヴィルヘルミナが渡してくれたもの、あの暖かい日々で、ご褒美としてよくもらったもの。
 
 そのメロンパンを食べる時は、『完全なフレイムヘイズ』である自分も笑顔でいていいという不文律を、いつの間にか作っていた。
 
 そして、今、その笑顔に、自分に向けて、好意的な視線を受けている。
 
(今の、私)
 
 シロがいる。
 
 ヴィルヘルミナがいる。
 
 自分はフレイムヘイズ。
 
 『天道宮』にいた頃に望んでいたものは、すでに全て手にした。
 
 そして今、『自分』に向けられる新たな関わり。
 
(今の、私)
 
 もう一口、メロンパンをかじる。
 
 そして、メロンパンのせいにしてニッコリと笑う。
 
 また何故か騒ぎだす周囲。
 
『流離いの果てで、いつか、"そのままのお前"に接してくれる者も、現れよう』
 
 かつて、アラストールにそう言われた時、「接して"くれる"」という言い回しに疑問さえ持ったものだが、今ならわかる。
 
 そして、アラストールは『これ』を知っていたんだろう。
 
 また、メロンパンをかじって笑顔になる。
 
 許されたから作る笑顔でも、『天道宮』を懐旧する笑顔でもない。
 
 ここにある『今』に、微笑む。
 
 
 
 
「それでね、その時、貫太郎さんったら‥‥‥」
 
 夜、今日はヘカテーの所望により、悠二が晩御飯の炒飯を作っている。
 
 その間、母・千草が居候の少女に単身赴任で今はいない夫・貫太郎の惚気話をしている。
 
 悠二は「またか」と呆れていたし、ヘカテーも以前は、話を聞きながらも、直接面識の無い相手にさほどの興味は抱かなかったのだが、今は違う。
 
 この坂井千草の姿は、自分やヴィルヘルミナ・カルメルと同じ、それも自分たちと違って、『それ』を成し遂げた先にある姿なのだ。
 
「結婚した時のきっかけはそんなにロマンチックじゃなかったんだけどね。
 結婚した後のあの人、本当にかわいかったのよ?」
 
「‥‥ケッコン?」
 
「生涯を共にします、って誓う儀式の事、かな?
 『永遠の愛を誓います』って」
 
 千草は、ヘカテーの無知を笑わない。
 ただ、この世慣れない少女に微笑んで、大切な事を教えていく。
 
 ただ、結婚の話題だから仕方ないとはいえ、恥ずかしいセリフをさらっと言う。
 
 これがあるから悠二は母の惚気を聞く時、全身がかゆくてしょうがないのだ。
 
 まあ、両親の仲の良さを示されるのは息子として悠二は悪い気はしていないのだが。
 
 話が炒飯男に逸れた。
 
 今、千草の惚気を聞いているのはヘカテーである。
 
 そのヘカテー。
 
(生涯を‥‥共に?)
 
 それを自分に当てはめる。思い浮かべるまでもなく、眼前の女性の息子が当てはまる。
 
(永遠の‥‥愛を、誓う?)
 
 『愛』
 
 そう、かつて戦った"愛染他"ティリエルが、彼女の兄に使った言葉。
 
 自分が悠二に抱く、『好き』、その、もっとはっきりした形。
 
 千草の言葉を、ゆっくり飲み込んでゆく。
 
(永遠の愛)
 
 今の自分の抱く、この熱くて、痛くて、どうしようもない気持ちが、確たるものになる。
 
(生涯を共に)
 
 こちらはもっとわかりやすい。
 
 『悠二とずっと一緒にいたい』、それは、自分の気持ちが恋心だと気付く前からあった、自分の願い。
 
 心からの願い。
 
 
 理解する。
 
 『結婚』、それは自分が悠二に求める全てを含み、おそらく、自分がまだ知らない、何か素晴らしいものを秘めた儀式。
 
 それを、その坂井貫太郎とやらと共に体現した坂井千草を、眩しいものでも見るようにヘカテーは見る。
 
 そんな少女の心のうちを知ってか知らずか、千草は続ける。
 
「それで貫太郎さんと結婚して、私は主婦をしてるの、貫太郎さんの妻を」
 
「妻?」
 
「ヘカテーちゃんに近い言い方だとお嫁さんかしら」
 
 どこまでも惚気ながら、少女に知恵を吹き込んでいく。
 
(‥‥お嫁さん?)
 
 それが、この坂井千草。
 
 想い人との永遠を誓った姿。
 
 今の自分にとっての、憧れの姿。
 
(お嫁さん)
 
 望む。
 
(悠二の、お嫁さんになる)
 
 目指す。
 
 
 それを成し遂げた眩しい女性に、恥ずかしさに耐えながら告げる。
 
 この女性、悠二をよく知り、自分の恋を成就させた女性の助けが欲しかった。
 
 
「‥‥私は、悠二が‥‥‥‥‥好き‥‥です」
 
 消え入りそうなか細い声で紡ぐ。
 
 聞こえるかどうかすらわからないほどの小さな声で、協力要請の形にすらなっていない意思表明。
 
 そんな少女の振り絞った、ギリギリの勇気に、
 
 ぽん
 
 千草は、少女の頭に手を乗せ、なで、
 
「頑張りましょう、ね?」
 
 優しい微笑みを返した。
 
 
 その日は七夕。
 
 夜、星を見ながら皆で短冊に願いを書いて吊す約束だ。
 
 
 悠二の作った炒飯を食べたら出かけよう。
 
 少し早いけど、彼と少し歩きたい。
 
 
 
 
(あとがき)
 感想数に狂喜し、また踊る自分。鏡で見たくない光景です。
 シャナは最終的な形は決めてるけど、過程が手探りですね。扱いにくいキャラだ。



[4777] 水色の星S 六章 二話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2008/11/15 04:04
「願い事、かあ。何にしようかな」
 
 七夕に際して、御崎神社に集まる面々。
 
 どうせ平井が引きずり込んだのだろう、シャナまでいる。
 
 空も雲一つ無い快晴で星がよく見える。
 
 四月末から我が家に住み着いている特大てるてる坊主のおかげかな、と失礼な事を考える悠二。
 
 そんな無礼者の短冊を横から覗き込む、てるてる坊主(ヘカテー)と平井ゆかり。
 
 ちなみに、今日のヘカテーは彼女の十八番とも言える、大きな白いマントに白い帽子の巫女装束である(千草や平井に服を見立てて買ってもらったりするから実は結構色んな服を持っている)。
 
 まあ、星空にも合うし、当人いわく、あの大きな帽子の中には夢と秘密が詰まっているらしいので、七夕にはもってこいだ。
 
 
「悠二、どんな願い事にしたのですか?」
 
「どうせ後でバレるんだから隠さず見せる!」
 
 などと訊いてくる二人。
 
 隠すも何も‥‥‥
 
「いまいち、思いつかないんだよな」
 
 実は悠二は結構本気で悩んでいた。
 
 短冊に書く程度の他愛無い願い、だが、ここにきて予想外に悠二を悩ませている。
 
 人間ではない自分。歳を取らない自分。すでに異能を持つ自分。
 
 どう生きていくか、いつかは決めねばならない。
 
 歳をとらず、外見も変わらない以上、どれだけ長い目で見ても十年、いや五年で周囲に疑問を抱かれるだろう。
 
 
 実は最近なにかと騒がしかったし、この自分の問題について考える事も少なかったのだが、まさか七夕でこの問題が浮き出てくるとは思わなかった。
 
 ちなみに、『ヘカテーを守れるくらい強くなる』、というその問題とは別にある願いは書かない。
 
 皆いるのに恥ずかしすぎる。
 
 
 そこでふと、他の皆の願い事が気になった。
 
「そういうヘカテーと平井さんはどうなのさ」
 
「私は‥‥‥」
 
『大命成就』
 
 何だこりゃ。
 
「私は‥‥見せたげない!」
 
 ケチ。
 
 平井に深く詮索せず、別の短冊を覗き込む事にする。
 
 
 まずは池速人。
 
『もっと、関わりを持ちたい』
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 目的語が抜けているが、たとえそれが何であったとしても哀愁が漂う。
 
 こっちが切なくなるような内容である。
 
 とりあえず、親友・メガネマンの肩をぽんと叩いておく。
 
 次は‥‥佐藤。
 
 
『強くなりたい』
 
 いた。これ書いてるやつ。
 
「佐藤?、これって‥‥‥」
 
「いつかはマージョリーさん、街出てくだろ。そん時、ついていけるくらいには‥‥‥な」
 
 小声でそう返す。
 
 が、
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 悠二は絶句する。まさか、そこまで入れ込んでいたとは思わなかった。
 
 だが、絶句したのは別の理由からだ。
 
『人間がフレイムヘイズと旅をする』
 
 この佐藤の願いは、無謀以前、不可能だ。
 
 今まで紅世に関わる者達の戦いを体で味わい、自身も異能者たる悠二にはわかる。
 
 人間とフレイムヘイズの、決して埋められない差が、わかる。
 
「‥‥‥‥‥」
 
 そんな友人の、無謀だが真剣な願いを思い、そう決められる事、その心にわずか羨望を抱く。
 
 
 次は、緒方真竹。
 
『このままゴールイン』
 
 なるほど、この間のプール以降、着々と進行を見せている田中との事だろうという事は容易に想像がつく。しかし、皆もいるというのに大胆な事だ。
 
「えへへ」
 
 頬など掻いて誤魔化しているが、書き直すつもりはないらしい。
 
 
 次は、シャナ。
 
『使命遂行』
 
 この子に気の効いた願い事など期待した自分が馬鹿だった。
 
 と、自分の願い事を決められていないくせに偉そうに評する悠二。
 
「何よ?」
 
「別に」
 
 ちなみに、彼女に『サントメール』の姓をつけたのは、意外にもヘカテーである。
 
 いつまでも論争するメリヒムとヴィルヘルミナ(とアラストール)を見兼ねて、
 
「サントメールで良いのでは?」
 
 と、特別深い意味を込めたわけでもなく、どうでもよさそうにただ、先代、マティルダ・サントメールの名からとった姓を言っただけなのだが、それは育ての親全員が納得する姓であった。
 
 そういう経緯で彼女の名は、シャナ・サントメールである。
 
 話が逸れたが、次、田中。
 
 あれ?
 
「田中も決まらないのか?」
 
「ああ、何書けばいいかと思ってな」
 
 実は、田中も田中なりに悩んでいる。
 
 佐藤同様、憧れの女傑についていく願いもあれば、最近、どうも気になる、緒方真竹の事もある。
 
 悠二とは別の意味で迷走していた。
 
 
 次は、いや、最後は吉田。
 
『合体』
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 見れば、横から吉田が流し目など送ってきている。
 
 あ、胸のボタンを一つ外して‥‥‥
 
 ヒュヒュン!
 
「っ!、何するのかな?、近衛さん☆」
 
「‥‥‥乳おばけ」
 
「だーからおっぱいっていえよな。お前これ男の浪漫だぜ?」
 
 ヒュヒュヒュン!
 
「っ!」
 
「黙りなさい」
 
 まあ、いつもの二人か。
 
 
 
 一通り見てみたが、意外と皆真剣に書いている。
 
 さて、自分は‥‥
 
「‥‥‥よし」
 
『現状維持』
 
「何これ?、坂井君」
 
 緒方が不思議そうに訊くが、傍にいたヘカテーや平井は気付く。
 
 悠二の願いに。
 
(まだ、『ここ』にいたい)
 
 そう、いつかは外れた道を行く。それが揺らぐ事はないだろう。
 
 でも、もう少し‥‥
 
 そんな悠二の手を、ヘカテーがとる。
 
「‥‥大丈夫です」
 
 焦らなくていい、という事だろうか。
 
 まったく、自分が心配させてどうする。と思い、お返しとして頭をなでる。
 
 悠二になでられるヘカテーは、初めてこの大きな帽子を少しだけ恨んだ。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 平井の短冊、悠二と似て、だがその先にあるものが決定的に違う願い。
 
『ずっと、皆一緒でいたい』
 
 佐藤同様、平井もどうしようもない現実に反発する願いを書いた。
 
 ただ、平井と佐藤で違うのは、現実を正しく理解しているかどうかという事だ。
 
 いずれ来るだろう別離、坂井悠二がそれを受け入れつつある事を知り、平井は珍しく表情を曇らせる。
 
 
 ヘカテーの『大命成就』に重ねるように糊で張りつけた短冊、『悠二のお嫁さんになる』。
 
 
 紅世に関わる者達も皆、どうしようもない現実にあらがおうとしていた。
 
 
 
 
「綺麗‥‥‥」
 
 御崎神社、服が少しくらい汚れるのも構わず、皆、地面に寝転がって天を仰ぐ。
 
「綺麗だな」
 
 星座は知らない。だからただ見える光景の美しさに感嘆を漏らす。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 かつてはその星天に、彼女の神への祈りを捧げていたヘカテー。
 
 だが今、彼女の願いを彼女の神に祈るのは不忠であるように思われた。
 
 いや、正直に認めて不忠だ。
 
 今自分は自分の願いのために、『大命』を引き延ばしているのだから。
 
 "でも"‥‥‥
 
(悠二は私が守る)
 
 『大命』を、自らの使命を放り出す気などない。
 
 だが、悠二には『大命』の核たる『零時迷子』が宿っている。
 
 そして、『零時迷子』を除き、トーチとして共に在ろうと思っても、同じく『大命』の核たる自分が"恋心"を寄せる悠二に、仮装舞踏会(バル・マスケ)がどんな対応をするか、あまり明るい予想はできない。
 
 それでも‥‥‥
 
(悠二は私が守る)
 
 こんな運命の中で、誓う。
 
 きっと、叶えてみせる。
 
 そのために、一番大切な事。
 
(悠二に、好きになってもらう)
 
 好きになってもらう為に、努力する。
 
 おばさまも協力してくれると言ってくれた。『花嫁修行』というやつをするのだ。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 不思議なものだ。
 
 はじめはただのトーチとしか思っていなかったのに、いつからこれほど強くて、熱くて、痛くて、寒くて、どうしようもないほどの気持ちを抱くようになったのだろう。
 
(わかるはずがない)
 
 気持ちに気付いたのさえ、ちょっと前からなのだ。
 
 そんな自分が、いつからこの気持ちを抱いていたかなど、わかるはずがない。
 
(でも‥‥‥いい)
 
 いつから、など関係ない。
 
 この圧倒的な想いの前で、何の意味も持たない。
 
 
 そう思い、悠二に目をやろうとして、別なものが映る。
 
「!」
 
 いて当たり前、平井ゆかりが目に入る。
 
 なぜそんな事に驚くのか、自分でもわからない。
 
 周りを見渡す。
 
 オメガ、シュガー、タカナ、メガネ、一応、乳おばけとサントメール。
 
 そして、親友・平井ゆかり。
 
 『人間の友達』。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 『別れるのが悲しい』、それは、この友人達にも当然あてはまる。
 
 首をふって、浮かんだ嫌なイメージを振り払う。
 
 別れのイメージを振り払う。
 
 その時、平井も同じ想いを抱いていた。
 
 
 皆、何かを想って、星空を仰いで、何も言わない。
 
 悠二もそうだ。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
(仮装舞踏会、だったっけ‥‥)
 
 いつか、外れた世界を歩いていくだろう自分。
 
 それを想像し、真っ先に浮かんだのはやはりヘカテーだ。
 
 自分に『この世の本当の事』を告げ、今まで一緒に戦ってきた、誰より近しい少女。
 
 『零時迷子』を持つ自分と一緒にいるならば、人を喰わないと言った少女。
 
 やはり、ヘカテーと一緒に歩いて行く事になるのだろうか。
 
 しかし、彼女も何か、大きな組織に属しているらしい。そう単純な話でもないだろう。
 
 大体、ヘカテーが自分といつまでも一緒にいてくれる保証などないし、
 
 『外れた世界を歩いて行くから』、なんて理由で一緒にいて欲しいなどと言いたくない。
 
 そんな考えがよぎり、その事が別の考えを想起させる。
 
(ヘカテーと一緒に‥‥か)
 
 いい加減、自分に呆れ返る。
 
 ヘカテーが自分の事を好きかも知れない。という考えをした事ならあるが、"とりあえずそれは関係ない"。
 
 今、呆れ返るのは、"自分がヘカテーを好きかどうか"、それをいまだにはっきりとわからないからだ。
 
 考えてみるが、そもそも考えてわかるような事ではない。
 
 好きか嫌いか、で問われれば間違いなく好きである。
 
 しかし、恋愛感情だと断言はできない。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
 もし、いつか一緒に旅立つ時が来るならば、その時までに答えを出す。
 
 出さなければならない。
 
 
 
 悠二は、そして少年少女達はそれぞれの心を映す鏡のような美しい星天を、ただ黙って眺め続けた。
 
 
 
 
 
(あとがき)
 次話、いつになく早めな非日常突入、のつもりです。
 感想ももらえ、テンション上げて行きます。



[4777] 水色の星S 六章 三話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/11/16 04:34
 七夕からしばらく経ったある日曜日。
 
 坂井家では、息子がいない時の恒例行事が行われていた。
 
「火加減は中火で、固まってきたら弱火にしてね?」
 
「はい」
 
 坂井千草とヘカテーである。
 
 自分の胸の内を明かしたヘカテーと明かされた千草は二人、共同戦線を張って坂井悠二を陥落させようと目論んでいる。
 
 悠二に好かれるための努力。そのための第一段階として、宿敵・吉田一美がしていたお弁当作戦からとりかかっている。
 
 なぜ今までこれを思いつかなかったかを悔やむヘカテー、しかし、あまり成果は思わしくない。
 
 元々、ヘカテーは美術と家庭科だけは全然ダメであった(ちなみに、美術は平井もダメだ)。
 
(また、失敗)
 
 フライパンにこびりつき、何故か焼き加減は部分部分で黒焦げから生までという幅広い(要するに無茶苦茶)ものになってしまう。
 
 卵焼きを作りたいのに、いり卵にすらならない。
 
 味見以前の代物である。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 悠二は、ヘカテーのこの影の努力を知らない。
 
 『おいしいご飯を作ってくれる女の子』という風に思ってもらう事が目的なのだ。
 
 それに、そういう打算を抜きにしても、悠二が自分の作った料理を食べて『おいしい』と言ってくれたら、きっとそれは凄く嬉しいと思う。
 
 千草からの教え、そしてそこから自分で連想した結果から、ヘカテーはそう考えている。
 
 いずれにしろ、まだ悠二に教えるには時期尚早である。
 
 こんな無様なところは見せられない。
 
「もう一度、お願いします」
 
「はいはい、何度でも付き合いますよ」
 
 
 花嫁修行はまだまだ続く。
 
 
 
 
 その頃、悠二。
 
「なぜ、なぜ私と"あの子"が引き離されねば‥‥」
 
「わかりましたよ。何度目ですか、その話」
 
 
 借りていたCDを返しに寄った佐藤邸で、酔っぱらいに捕まっていた。
 
「で?、要領得ないけど、何でまた『万条の仕手』だけ別居中なわけ?」
 
 そう、メリヒムとシャナが平井の仲介で外界宿(アウトロー)の援助を受け、住居を設けたにも関わらず、ヴィルヘルミナはまだ平井家に居候している。
 
「メリヒムのわがままだよ」
 
 まあ、自分に片想いの相手と一緒に暮らす事に抵抗を感じるのもわからないではないが、ヴィルヘルミナが少々不憫だ。
 
「嫌なやつであります。あまつさえ、あの子まで引き込んで‥‥うぅ」
 
「あの子って、『炎髪灼眼』だっけ?、この街に来たの」
 
 ちなみに、悠二より早くヴィルヘルミナのやけ酒に付き合っていた『弔詞の詠み手』、マージョリー・ドーは、直接シャナとはまだ面識がない。
 
 両者、別に用もないのに顔を合わせるつもりもないし、両方の契約者の仲があまりよろしくないからだ。
 
「そう、シャナ・サントメール。一回会ってみたら?」
 
「やーよ、面倒くさい。それよりあんた、今日は"頂の座"は一緒じゃないの?」
 
「今日は家にいるよ」
 
「ヒャーハッハ!、いよいよ愛想尽かされたか兄ちゃん?」
 
 母やヘカテーに半ば追い出されるようにして出かけた悠二は少し気にしていた事を言われてむっとなる。
 
「ただ家にいるってだけだろ?、愛想尽かすも何も‥‥」
 
「二人共!、私の話を聞いているのでありますか!?」
 
「傾聴」
 
「「はいはい」」
 
 
 
 その頃、佐藤家の庭では佐藤と田中がトレーニングに励んでいた。
 
 
 
 
「では、平井君。『万条の仕手』にくれぐれもちゃんと伝えてくれよ。
 『傀輪会』と『剣花の薙ぎ手』の連名の通達なんだから」
 
「はい、任せて下さい!」
 
 平井ゆかりは御崎市に隣接している大戸に来ていた。
 
 彼女が師事している関東外界宿第八支部がここにあるからである。
 
 ヴィルヘルミナと第八支部のパイプ役として書類を受け持つのもいつもの事だが、今回は少し仰々しい。
 
「それで、最近の上海の外界宿の事件の目撃情報は?」
 
「いや、平井君?、その書類届けてくれるだけでいいんだけど‥‥‥」
 
「言われた事やるだけなんてヤです。通達内容だけじゃ情報不足なんてざらなんですから。
 "出発"までにこっちで集められるだけの情報は集めておきます」
 
「‥‥平井君、まさか君も行くつもりかね?」
 
「もちろん♪、先方に伝えておいて下さいね。了承の場合、構成員一名と、協力者数名の同伴で参ります。って!」
 
 
 
 
 そして、夜が来る。
 
 場所は虹野邸の広い庭。
 
 夜の鍛練、自在法での戦いの鍛練である。
 
 今日の悠二の鍛練のお相手は、ヘカテー。
 
 ヘカテーが手にした笛から高音を発し、沸き上がった水色の炎が無数の竜を形作り、悠二に襲い掛かる。
 
「くっ!」
 
 大きく横に飛び、その攻撃を躱す。が、ヘカテーはすぐさま二発目の竜の怒涛を放つ。
 
 悠二は右腕に絡み付く自在式を一瞬浮かび上がらせ、次の瞬間生まれた轟然と燃える銀の炎を竜の怒涛にむける。
 
 その炎が、中空で大蛇に変じる。悠二の自在法『蛇紋(セルペンス)』である。
 
 ボンッ!!
 
 盛大な破裂音を立て、竜の怒涛が貫かれ、ヘカテーに迫る。
 
「っ!」
 
 タンッと跳んで、銀蛇の一撃を躱すヘカテー。
 
 さっきまで立っていた場所が一瞬で焦土と化す。
 
「ふっ!」
 
 さらに悠二の繰るに合わせて『蛇紋』はうねり、その頭部を旋回させてヘカテーを襲う。
 
 ヘカテーは脅威的な反射と対応で『飛翔』し、危うく躱す。
 
 そして、
 
「は!」
 
 悠二に向け、小さな炎弾。速さも威力も並以下のそれを一直線に放つ。
 
 だが‥‥‥
 
「うわ!」
 
 そんな稚拙な攻撃に悠二は驚き、『アズュール』の火除けの結界を張り、防ぐ。
 
 と同時に、銀炎の大蛇と繋がっていた悠二の右手の炎も消え、制御を失った『蛇紋』はまるで見当違いの方へと飛んでいく。
 
「威力、速度ともに申し分無し。そして誘導という付加要素まで付いている。大した自在法、ですが‥‥‥」
 
「‥‥‥うん。わかってる」
 
 悠二の『蛇紋』は確かに威力も速度も誘導能力もある。
 
 だが、当然、その力に見合うだけの存在の力を消耗するし、今、ヘカテーが示したような欠点もある。
 
 そう、"手動式"であるという事。
 
 蛇と悠二の手が炎で繋がっていて初めて制御でき、さらに『蛇紋』を操っている時、銀蛇の行使に注意を割かれ、さっきのように隙が生じてしまうのだ。
 
 当然、顕現させている間に存在の力を消耗し続けもする。あまり外しまくって出し続けるわけにもいかない。
 
「目下の目標は、『蛇紋』を使いながらちゃんと相手への対応を取れる集中力を身につける事。
 力の底上げはそのあとです。」
 
「わかった」
 
 自在式いじりで新しい自在法を模索、修得し、この鍛練でそれを実践する。
 
 悠二はそうやって戦う力を少しずつ身につけるやり方をとっている。
 
 
 そして、シャナも。
 
「はあああああ!」
 
 『贄殿遮那(にえとののしゃな)』から炎が溢れ、煌めく紅蓮の大太刀になる。
 
「やっぱり、武器だと顕現させやすいみたい」
 
 名を与えられて以降、炎をどんどん扱えるようになっている。
 
 やはり、育ての親達に囲まれているこの環境がいいのだろう。
 
 流石、といえる成長だ。
 
 もっとも、本人は慢心などしない。むしろ、より成長の早い悠二を目の敵にしている節さえある。
 
 
 内心で喜んでいるのは育ての親たるメリヒムやヴィルヘルミナである。
 
 『娘』の成長に、ばれないように目を細める(ちなみに、シャナにはばれている)。
 
 
「まだ、腕の顕現は難しいか、炎の剣を使い、慣れ、感覚で掴んでいくしかあるまい」
 
 シャナの胸元から、アラストールが、内心は別として諫める。
 
「うん」
 
 その理由や妥当性もわかっているため、シャナも頷きで返す。
 
 その姿は、少し前と同じに見えてわずかに違う。
 
 欠けていた大切な何かが埋められたような『根』の強さを感じさせる。
 
 もっとも、埋められてはいても満たされたわけではない。
 
 それすら、使命以外にあまりに未熟な少女は気付けない。
 
 
 
 ドクン
 
 
「零時か‥‥」
 
 悠二の力が、回復する。
 
「はい、鍛練も終了した所で皆さん注目!」
 
 何故かヴィルヘルミナに付いてきて、危険だからとメリヒムやヴィルヘルミナの側にいた平井が呼び掛ける。
 
「えー、こほん」
 
 なにやら偉そうに構えているが、何故か目だけ真剣だ。
 
「本日、上海外界宿総本部の『傀輪会』と、フレイムヘイズ『剣花の薙ぎ手』虞軒の連名で、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルに協力要請が届きました。
 こちら、日本関東外界宿第八支部の返答として、カルメルさんの返事を頂かなくてはなりません」
 
 なるほど、フレイムヘイズの仕事か、カルメルさんも大変な事だ。
 
 しかし‥‥
 
「何でそれを"皆"に言うんだ?」
 
 激しく嫌な予感がする。
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥てへ♪」
 
「誤魔化すなよ!、何たくらんでる!?」
 
 くいくい
 
 袖を軽く引っ張られる、目をやればヘカテー。
 
「‥‥ゆかりが、考えそうな事です」
 
「‥‥‥‥わかってるよ」
 
 ちょっと、悪あがきしてみたかっただけなのだ。
 
 
「それじゃ、張り切って行ってみよー!、初の海外進出!」
 
 
 そしてこっちを見てウインクしてくる。
 
 ヘカテーに目を向ける。
 
 そして頷き合う。
 
 仕方ない。
 
 
「‥‥‥行こうか。中国」
 
 
 夏休みは、まだ始まっていない。
 
 
 
 
(あとがき)
 というわけで中国です。御崎サイドはしばらくなしです。
 早くぐぁーと展開進めたい、しかしまだやるべき話が多々あります。



[4777] 水色の星S 六章 四話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2008/11/17 01:30
 
「『百鬼夜行』?」
 
「そ」
 
 
 上海外界宿(アウトロー)からヴィルヘルミナに届いた協力要請、それに帯同して悠二、平井、ヘカテー、シャナ、当然依頼を受けたヴィルヘルミナは中国行きの船に乗っている。
 
 メリヒムは来ていない。
「興味ない」
 だそうだ。
 
 マージョリーには伝えてすらいない。わざわざ面倒事に巻き込む事も無いだろう。
 
 そもそも、『炎髪灼眼の討ち手』、『万条の仕手』、『弔詞の詠み手』ほどのフレイムヘイズがわけありとはいえ一つの街にいる事の方が不自然なのだ。
 
 戦力不足、というわけでもない。ヘカテー、ヴィルヘルミナ、シャナ、そして悠二まで来ているのだから。
 
 
「簡単に言えば『運び屋』だね。気配隠蔽の能力で他の徒達を別の場所に運ぶ連中ってわけ。
 そのせいでフレイムヘイズが、追ってた弱い徒に逃げられたり、厄介な徒が違う場所にこっそり移動されたりする」
 
 
 ちなみに、パスポートの類は写真だけ撮って偽造してくれた。
 フレイムヘイズは契約の際、人間としての全て、関わりや『そこにいた証』も全て失う(そうでなくても不老である)。戸籍も当然無く、国内外の移動にも外界宿が支援してくれるのだ。
 
 ありがたい事だ。頭が上がらない。
 
 
「それで?、その運び屋を倒せって依頼って事か?」
 
「ううん、『それはどうせ無理』だから。
 『百鬼夜行』は一度自分達を襲撃されたら数年は活動を停止する。それが最低限、絶対の目標にして、今回の依頼内容」
 
 この平井の説明を、悠二、シャナ、ヴィルヘルミナは聞いている。
 ヘカテーは聞いていない。
 
 正直、ヘカテーは悠二と平井を守りに来ただけだ。別に外界宿の依頼などどうでもいい。
 
 まあ、悠二も平井が行かなければ付いて来る事は無かっただろうから似たようなものだが。
 
 そんなわけで、ヘカテーは今、中国の観光雑誌にご執心だ。気分は修学旅行である(本人は修学旅行という言葉を知らないが)。
 
 
「随分弱気なんだな。っていうか、そんなにその『百鬼夜行』って強いんだ?」
 
 平井の言葉に悠二は息を呑む。
 歴戦の強者らしいヴィルヘルミナに依頼したのに『どうせ無理』という。
 
 ちなみに、悠二は会う徒やフレイムヘイズの全てが世に知られる腕利き、札付き、強者ばかり。メリヒムに至っては幻の類である。
 
 という無茶苦茶な経緯から、実はシャナ、ヘカテー、ヴィルヘルミナとは認識に大分ズレがあったりする。
 
 
「強いっていうか。逃げるのが病的に上手いんだよ。
 隠蔽と遁走に秀でた能力と、すぐ逃げる習性のおかげでね」
 
 それを聞いて安心する。
 
 というか、やたら詳しい平井に呆れる。
 もはや自分どころかシャナやヘカテーより精通しているのではなかろうか?
 
 
「けど、それならこの面子なら捕まえられるんじゃ?」
 
「厳しいでありましょうな」
 
 ヴィルヘルミナが口を挟む。
 はて?、らしくない見解だが。
 
「カルメルさんも、今まで"二回"出し抜かれてますからね。アラストールさんも、一度」
 
「ヴィルヘルミナが!?、‥‥アラストールも?」
 
 シャナが驚愕の声をあげる。
 
「数百年前に、先代『炎髪灼眼の討ち手』、マティルダ・サントメールと二人で追って、逃げられて。
 そして数年前、一番最近に『百鬼夜行』が活動してたのを襲撃したのもカルメルさん。そのどちらも逃げられてる」
 
「‥‥‥本当に詳しいでありますな」
 
「失態露見」
 
 恥を上塗りするティアマトーを、ヴィルヘルミナが自分の頭ごとゴンと殴る。
 
 っていうか本当に詳しいな。数百年前とかどうやって調べたのかさえ謎だ。
 
 
「まあ、襲撃するだけでいいなら楽かな。すぐ逃げるんなら危険もないだろうし」
 
 くいくい
 
 ようやくこの旅の概要を知り、肩の力を抜く悠二の袖をヘカテーが引く。
 
「悠二、このサーカスというのが、上海であるようです」
 
「うん。見に行こうか」
 
「私サーカス見るの初めて!」
 
 
 状況説明が終わった雰囲気が流れ、途端に修学旅行全開になる悠二、平井、ヘカテー(は、元からか)。
 
「‥‥‥ヴィルヘルミナ。何でこいつら連れてきたの?」
 
「成り行きであります」
 
 呑気な同伴者に呆れるシャナ。ちなみに、現地に着いたら自分も連れ回されるという運命を、彼女は知らない。
 
 
 
 
「ふぅ」
 
 船内でババ抜きをしている女性陣を残し、風に当たりに出てくる悠二。
 
(もし、池がいたら大変だろうな)
 
 と、乗り物酔いの凄まじい友人を思い浮かべる。
 
 
 そして、ふと目を向けた先から、少女が一人出てくる。
 
 
(シャナか‥‥)
 
 
 
 
 その頃の御崎市。
 
「はあ!?、ユージとか『万条の仕手』とその他が中国行き!?」
 
「は、はあ。マージョリーさんによろしくとか言ってましたよ」
 
「あんたねえ。最近、私の出番少なすぎでしょうが!、ユージや"頂の座"はともかく何で『万条の仕手』ばっかり!、ああ、北京ダックの気分だったのに」
 
「そんな事俺に言わないで下さいよ!」
 
「‥‥‥オーケー、わかったわ。行くわよ、マルコシアス」
 
「ヒヒッ!、いーぜえ、最近ご無沙汰だったしなあ」
 
「何するつもりなんですか?」
 
 そう訊く佐藤に、マージョリーは振り返り、
 
「決まってんでしょ?」
 
 不敵な笑みを見せるのだった。
 
 
 
 
 
 人は触れ合う、"それ"はその接触に乗じて、増殖するように拡大していく。
 
 
 
 
「‥‥ババ抜きはどうしたんだ?」
 
「飽きた」
 
 
 気まずい。
 
 というか、出会い、そしてその後に互いの認識を思いっきり否定しあったからか、悠二にとってこの少女は苦手意識が強い。
 
「お前は何でここに来たの?」
 
「ちょっと気分悪くなってきたから、風に当たりに来ただけだよ」
 
 胡散臭げな目を向けてくる。常に警戒されているというのも気分が悪い。
 
「‥‥あんたは何でフレイムヘイズなんかになったんだ?」
 
 とりあえず、何か話さないと息が詰まりそうだ。
 
「お前には関係ないことよ」
 
「坂井悠二」
 
 そこでシャナの胸元のペンダント、神器『コキュートス』から遠雷のような声が発せられる。
 
 シャナの契約者、"天壌の劫火"アラストールだ。
 
「何?」
 
「この子は特別中の特別ゆえ、"それ"を訊く事はさしたる問題ではないが、フレイムヘイズに契約の事を訊くのは禁忌に等しい行為だ。以後、改めよ」
 
 言われ、気付く。
 
 そうだ、フレイムヘイズは復讐者。その契約した理由を訊くのは、相手の悪夢について踏み込んで訊くようなものなのだ。
 
 
「‥‥ごめん」
 
 素直に謝る。
 
 シャナはそれにわずか目を見開き、何故か居心地が悪くなる自分を自覚しながら返す。
 
「私は復讐者じゃない。この世のバランスを守る使命の遂行を誓い、自らこの道を選んだ。
 だから、私に謝る必要はないわ」
 
 つい、余計な事まで言ってしまう。
 言ってから後悔する。このミステスはこういう事を言えば必ず何か訊いてくるのだ。
 
 その考え通り、悠二。
 
 シャナがフォローのような事をしたのは意外であったが、それより引っ掛かる事があった。
 
「それって、フレイムヘイズになりたくてなったって事か?」
 
 
(ほら来た)
 
 予想通り、ずかずかと訊いてくる悠二、それを誘発してしまった自分に嘆息する。
 
 無視してしまおうか?
 
 
「ふん。この子は使命、それを果たす事を誇りとし、自らが歩く最高の道だと見定めたのだ。自分の意志でな」
 
 しかし、アラストールが応えてしまった。
 
 自分より『正しいに決まっている』アラストールに文句を言えるわけもない。
 
 
「自分の意志で、か‥‥。」
 
 その言葉は、悠二にとって感慨深いものだった。
 
 世界のバランスだの使命だのには共感しがたいが、自分の生きる道を自分の意志で決め、歩いている。
 
 それ自体は、いまだ自分の進む未来が手探りな状態である悠二にとって羨望さえ抱ける強さである。
 
「すごいな‥‥。」
 
 感嘆、そして自嘲を滲ませてぽつりと呟く。
 
 
 その悠二の背中に、後ろを歩いていた男性、少しつまづいてバランスを崩した男性の指が、
 
 触れた。
 
 
 
 
(見つけた!)
 
 
 
 
「なっ!?」
 
「これは!?」
 
 
 悠二達の乗っている船、それを突然、強烈な突風が襲う。
 
「きゃああああ!!」
 
「何だこれ!!」
 
「うわああああ!!」
 
 船内がパニックになっていくのがわかる。
 
 風も勢いを増していく。
 
「封絶」
 
 事態を理解したシャナが封絶、因果孤立空間を展開する。
 
 『普通の人間達』は静止し、何も認識できなくなる。
 
 風は、凄まじい勢いとなり、竜巻と化す。
 
 力は風。
 
 色は、琥珀。
 
(この色は!?)
 
《見つけた》
 
 音ではない呼び掛けが悠二に届く。
 
《やっと、見つけた》
 
 この色、かつて御崎市にいた、いや、自分の中にいた男と同じ色。
 
《私よ、ヨーハン》
 
 そう、『永遠の恋人』ヨーハンと同じ色。
 
《会い、たかった‥‥》
 
 その呼び掛けに込められる愛しさ。
 
「今すぐ、"そこ"から出してあげる」
 
 遂に声となって聞こえる。
 
 その姿。
 
 目につくのは両肩の鳥とも人とも見える顔を象った盾のような装飾品。
 華奢な身に、各所布を巻いたつなぎのような着衣で覆った美しい女。
 
 長く、美しい碧の髪と瞳。
 
 姿に見覚えは無い。
 
 聞き覚えはある。
 
 そして、この色と、言葉と、それに込められた想い。
 
 全てが一つの名前に直結していた。
 
(さい‥‥ひょう)
 
 
「"彩飄"、フィレス!」
 
 
 
 
(ヨーハン)
 
 淋しかった。
 
(ヨーハン)
 
 でもまた会えた。
 
(ヨーハン)
 
 もう二度と‥‥
 
(貴方を離さない)
 
 
 
 
 
(あとがき)
 今回、ヘカテーの出番少なめ。ヘカテー派のための作品、とはいえストーリーにもこだわりたい水虫でした。
 感想が早くも百超えたー!、テンション上げざるを得ませんね。



[4777] 水色の星S 六章 五話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2008/11/18 03:55
「ヨーハン、今、そこから出してあげる」
 
(ヨーハンの奴、何やってんだ!?)
 
 
 突然の『約束の二人(エンゲージ・リンク)』の片割れ、"彩飄(さいひょう)"フィレスの襲来。
 
 そして、この様子はどう見ても、『零時迷子』から『カイナ』のミステスとなって助けだされ、恋人を探すために旅立った『永遠の恋人』ヨーハンと会っていない。
 
 そして、間違いなくまだ『零時迷子』の中にヨーハンがいると思っている。
 
 つまり‥‥‥
 
 
「もう二度と‥‥」
 
 その手に、琥珀色の光を宿し、こちらに伸ばしてくる。
 
 至極当然の事として、愛する男を中に秘める"入れ物"を、開けようとしてくる。
 
 その光が、悠二の胸に伸びる。
 
(ちっ!)
 
 悠二も右手に銀の炎を出し、それを吹き散らす。
 
 ただの入れ物のはずの少年の起こした奇怪な現象にわずか戸惑い、しかし再び恋人救出を実行に移すフィレス。
 
 そこで、
 
「待て!」
 
 上から紅蓮の少女が斬り付ける。
 
 突然のそれを躱し、フィレスは大きく下がる。
 
 
「シャナ!」
 
「呼び捨て?」
 
「どうでもいいだろ、そんな事!」
 
「"彩飄"よ。まずは話を聞け!」
 
 
 あまりに無意味な戦いを止めようとするアラストールの言葉にフィレスが返すのは、
 
「邪魔よ」
 
 それだけ。
 
 
「‥‥話を聞いてくれそうにもないな」
 
 何でこう、紅世に関わる輩とは会う度会う度、戦う事になるのだろう。
 
 例外なんてそれこそヘカテーくらいである。
 
 いい加減、うんざりする。
 
 ポケットから取り出した白い羽根を、大剣型宝具・『吸血鬼(ブルートザオガー)』へと変じさせる。
 
 そして、とりあえずおとなしくしてもらうため、大剣を構えてフィレスに向き直‥‥!
 
 
 構える悠二の後ろから強風が吹く。それが、フィレスの肩にある盾の開いた口に風が、周囲の竜巻が吸い込まれていっているのだと気付く間に、フィレスはこちらに向けた指を、一弾きし、
 
 
 ゴッ!!
 
 
 指先から放たれた琥珀の衝撃波が、悠二の、横にいたシャナの全身を叩く。
 
 そして瞬間、目の前に現れる。
 
「ぐあっ!」
 
 手甲をはめた拳を叩きつけられ、シャナが吹っ飛ばされる。
 
「この!」
 
 眼前のフィレスに『吸血鬼』を振るう悠二。
 
 その大剣が‥‥
 
(なっ!?)
 
 フィレスの腕の周囲を取り巻く暴風に軌道を流される。
 
「がっ!」
 
 そして悠二も殴りとばされる。
 
(くっ!)
 
 殴りとばされながらも、フィレスに向け、炎弾を放とうとして気付く。
 
(あの人の気配がわからない!?)
 
 自在法・『インベルナ』。体の周りに発生させた"自分自身"としての風で相手を包み込み、"フィレスの気配"で相手を呑み込む。
 
 存在の力の流れ、相手の攻撃の気配。それら全ての感知を無意味にする恐るべき自在法。
 
 それは気配を読んで戦う達人にとっては致命的な欠落である。そして最悪な事に、悠二は異常なまでの感知能力を備え、それを頼りに戦っている。
 
 
「ぐあっ!」
 
 まるでわからない方向から、『インベルナ』に乗ったフィレスの拳撃が再び放たれる。
 
 普段、感知能力に頼っていた悠二だからこそ、まるで五感が一つ奪われたかのように思う。
 
 
「はあ!」
 
 そこで横から飛び出してきたシャナがフィレスを蹴り飛ばす。
 
「坂井悠二、目で見て捉えろ!」
 
「わかってるよ!」
 
 
 
 
 何故、邪魔をする?
 
 ヨーハンが、目の前にいるのに、何でフレイムヘイズまでが邪魔をする?
 
 
「返して!」
 
 今すぐに取り戻したい愛しい人を求めて、フィレスは叫ぶ。
 
 
 しかし、
 
「『星(アステル)』よ」
 
 その叫びに返るのは頭上から降り注ぐ、水色の流星。
 
(今度は、なに!?)
 
 見上げれば、水色に輝く、神秘的な巫女。
 
「「はああああ!」」
 
 
 そして、眼下から向かってくる銀と紅蓮の炎。
 
 
「くっ!、あああああ!!」
 
 莫大な量の風を生み、それから生まれた竜巻でそれらを流し、防ぐ。
 
 
(ヨーハン!)
 
 
 
 
 
(しぶとい)
 
 いきなり自分達の船を襲われたヘカテーは、船から飛び出し、戦況を見た。
 
 そこには悠二に襲いかかる琥珀色の風、そして悠二と一緒に戦う紅蓮の少女。
 
 この事態を引き起こした女、色で理解していた"彩飄"フィレスに強烈な怒りを覚え、即座に『星』を放った。
 
 ヨーハンの手前、穏便に済ませるべきであり、しかし悠二が戦っていたという事は、話を聞かなかった、あるいは信じなかったという事だ。
 
 そして、悠二の口から血が流れている。
 
 想い人を傷つけられた怒りで目の前が真っ赤になる。手加減する冷静さを手放し、琥珀の竜巻をも貫く力を練る。
 
 ヘカテーの周囲の光点が眩しいほどに光量を増し、強力無比な光弾を生み出す。
 
(許さない!)
 
 感情に任せてその光弾を放とうとするヘカテーと、フィレスの前に、
 
 一人、立ちふさがる。
 
(!)
 
 フィレスと、そしてヘカテーとも大切な繋がりを持つフレイムヘイズ、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
 
 
「‥‥‥ヴィルヘルミナ?」
 
 フィレスも、友人の姿、そしてその行為に気付く。
 
 自分を、庇っている。
 
 あの星天を思わせる光に、対峙し、ただ両手を広げて立ちふさがっている。
 
 そして、水色の巫女は攻撃を止めた。
 
 
「フィレス、まず話を聞いて欲しいのであります」
 
 そこですぐ思い出す。
 一刻も早く!
 
「嫌!、ヨーハン!!」
 
 眼下のミステス、そのうちに在るはずの恋人へと手を伸ばす。
 
 
 だが、
 
 その横にいた紅蓮の少女の大太刀から、その髪や瞳と同色の炎が沸き上がり、強大な紅蓮の大太刀となる。
 
 それが放たれる。
 
 
「くっ!!」
 
 異常な熱量を伴うその火炎を躱し、再び恋人を目指そうとするが、いない。
 
 そんなフィレスの真後ろ。
 
 "紅蓮の炎の中"から、『アズュール』の火除けの結界に守られた悠二が飛び出す。
 
「話を聞けって‥‥‥」
 
 その、今は大剣を左手に持ちかえて、空いた利き腕たる右手を振り上げ、
 
「言ってるだろ!!」
 
 その鋼をも砕く剛力による拳撃をフィレスのあごに打ち下ろした。
 
 
 フィレスが、凄まじい早さで落下していく。
 
 
「カルメルさん!」
 
 はっ、と気付いたように、ヴィルヘルミナは落ちるフィレスを無数のリボンで捕らえる。あるいは優しく受けとめる。
 
 
 
「絶妙連係」
 
「即席タッグにしては、ね」
 
 ティアマトーの称賛の言葉に、悠二はおかしそうに応えるのだった。
 
 それを、無垢な少女は複雑な想いで見つめる。
 
 
 
 
「といった経緯で、ヨーハンは今、貴女を探して旅をしているはずなのであります」
 
 
 悠二の一撃でほんの一、二分気絶していたフィレス。
 
 今はリボンでグルグル巻きにされ、ヴィルヘルミナから説明を受けている。
 
 だが‥‥
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 反応は思わしくない。
 
 『零時迷子』を取り出して確認しなければ気が済まない、といったところだ。
 
「‥‥‥‥ヴィルヘルミナ。今の話だと、あなたはヨーハンが『零時迷子』から助けられる瞬間を見ていない。
 あなたが、騙されている可能性を‥‥否定できない」
 
(!)
 
 今まで考えた事もない可能性を突かれ、わずか動揺するヴィルヘルミナ。
 しかし、確と応える。
 
 
「このミステスは確かに、自らの想う先すらわからず、押しが弱く、悠二ゅう不断から名をとったような半端で愚鈍なミステスでありますが、信用だけはして良いのであります」
 
「あんたそれでフォローしてるつもりか!?」
 
 
 悠二は当然のように抗議をあげるが、フィレスが受けた印象は意外に大きい。
 
 この友達は、確かに情で動く女性だ。
 
 だが、そのあまり変わらない表情同様、それを表に出す事はほとんどない。
 
 そのヴィルヘルミナが、これほど直接的な言葉をぶつけるほどに、この少年に気を許している。
 
 
「‥‥‥‥解いて、ヴィルヘルミナ」
 
 
 何かを納得した様子のフィレスに、ヴィルヘルミナはリボンを解く。
 
 フィレスは下を向いて何も言わない。
 
「"彩飄"フィレスの討滅。どうか思い止まって頂きたいのであります。
 フィレスはヨーハンとの誓いで人を喰らう事は絶対にないのであります」
 
 ヴィルヘルミナは後ろ、悠二やヘカテーではない。徒と戦う使命を持つフレイムヘイズ、シャナに言う。
 
 『完全なフレイムヘイズ』に自らの情にこだわる部分を見せる事に抵抗がないわけではないが、そうも言っていられない。
 
「うん。これだけ弱まってたのも、今まで人を喰らっていなかった結果なんだろうし」
 
「大した志操の固さよな」
 
 二人の『炎髪灼眼の討ち手』も同意する。
 世界のバランスを崩さない限り、彼女達が討滅する対象にはならない。
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 一人黙っているヘカテー。
 
 悠二を助けに出てきて、悠二を傷つけた相手を許す事になり、悠二と並んで戦ったのはシャナ・サントメール。
 
 納得しろという方が無理だ。
 
 悠二が悪いわけではない。状況と成り行きでこういう結果になった。それだけの事。
 
 しかし、
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 それでも人の気も知らずにへらへらしている悠二に、思う所はある。
 
 
 仕方ないとはいえ、これで万事解決、全て良し、と言わんばかりの悠二に納得できない。
 
 悠二をなんだか、許せない生き物のように睨む。
 
 この欝屈とした気分を、どうすればいいか考える。
 
 そして思いつく。
 
 名案であるように思われた。
 
 
 
 ガブリ
 
 
「っ!、いてててて!、ちょっ、ヘカテー!?」
 
「んぐ!!」
 
 ガブリ!
 
「ちょっ、痛いってヘカテー!」
 
「んんぐっ!」
 
 ガブリガブリ!
 
「噛み付かないでくれ!」
 
 
「‥‥なんかヘカテー。どんどん小動物みたくなってくるね」
 
 安全な様子を察して出てきた平井ゆかりが呆れたように呟いた。
 
 そして、面白そうにフッと嘆息する。
 
 
 
 
 封絶は告げる、戦いを。
 
 封絶は告げる、異能を持つ存在を。
 
 封絶は告げる、喰らうべき獲物を。
 
 
 
 
(あとがき)
 思ったより短くまとめられて安心してる今日このごろです。
 文中の『悠二ゅう不断』は誤字にあらず、優柔不断から名をとった悠二、をわかりやすくする措置です。



[4777] 水色の星S 六章 六話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2008/11/18 22:12
 
 ガブリ
 
 悠二が、騒ぎながらこちらを見ている。
 
 痛いらしい、少し溜飲が下がった気分になる。
 
 ガブリガブリ!
 
 また、悠二が騒ぐ。
 
 もう鬱憤は晴れたような気もするが、この行動自体が楽しい。
 
 カプリ
 
 歯を立てるのはやめて、唇で強く挟む。
 
「あっ、ちょっと痛くなくなったかも」
 
 先ほどの悠二の態度への理不尽な仕返しは、もう思考のうちにない。
 
 純粋に、悠二との触れ合いを楽しむ。
 
 やってしまってから気付くが、こんな事をして嫌われないだろうか?
 
 悠二の腕を噛んだまま、上目遣いに見る。
 
「ヘカテー、そろそろ離して?」
 
 怒っているようには見えない。若干困っているといったところだ。
 
 自分は、悠二に嫌われる事に過敏に反応してしまうが、よく考えたら悠二に怒られた事など一度もない。
 
 そういえばおばさまが‥‥‥
 
『例え好きでも、男の人の言いなりになるような人になっちゃだめよ?』
 
 と、花嫁修行の時に言っていた。『少しわがままなくらいが丁度良い』とも言っていた気がする。
 
 悠二も怒っていない。嫌われていない。
 
 だから‥‥‥
 
「はむ‥‥‥」
 
 もう少し、わがままする。
 
「‥‥‥ん」
 
 甘える。
 
 
 悠二との触れ合いを、文字通り"噛み締める"。
 
 ちゅう〜
 
 楽しい。嬉しい。幸せだ。
 
 ヘカテーは、恥、周囲の目、自制心、見栄、それら全てを忘れ、悠二を求めてしまう。
 
 
 
 
(‥‥‥ヘカテー?)
 
 噛み付いてきたのはまだいい。
 
 何か気に入らない事があって、この色々な意味でズレた少女が噛み付くという常識はずれな行動をとってもさほど驚かない。
 
 だが‥‥‥
 
「‥‥はむ」
 
 強く噛み付くのをやめた後、唇だけで悠二に喰いついてくる。
 
 何故か、凄く嬉しそうだ。
 
 ちゅう〜
 
 しかし、もはや口付けのようになっている。
 
(‥‥おかしい)
 
 このヘカテーの姿は‥‥懐いているとかそういう姿ではないのではないか?
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 目をつぶり、余計な先入観、今の自分の混乱を無理矢理忘れ、目を開く。
 
「‥‥‥‥ん」
 
 優しく、忘我の様子で自分の腕に口付けているヘカテー。
 
 それを、まるで戦いの最中の時のように、全くの平静を保って、見る。
 
 その姿は、どこまでも‥‥"愛しさ"に溢れていた。
 
(ヘカテーが‥‥僕を、好‥‥き?)
 
 それが一度頭をよぎると取り繕った平静は即座に吹き飛ぶ。
 
 顔を、無茶苦茶な熱さが襲う。
 
 鼓動が早くなる。
 
 そして気付く。
 
(可愛い)
 
 
 今までだって可愛いとは思ってきた。
 
 純粋で、無垢で、どこかぬけている女の子。
 
 素直で、手間のかかる、そこも可愛い女の子。
 
 戦いや鍛練の時には、純粋ゆえの確たる意志と揺るぎない有り様を見せる、眩しいほどに強い女の子。
 
 強さと儚さ、その二つのギャップが魅力的な女の子。
 
 
 そんな事は、今までだって思っていた。わかっていた。
 
 だが、今気付いたのはそんな今までの認識を軽々と打ち破る‥‥
 
 "恋する少女"としてのヘカテーの姿。
 
(可愛い)
 
 気付けば、もう知らない時には戻れない。
 
 可愛い。可愛い。どこまでも可愛い少女。
 
 自分に恋慕の想いを込めて、我を忘れ、その腕に愛おしそうに口付けている少女。
 
 
 そんな少女に、一切の思考もなく、ただ"触れたい"と思って、呼び掛ける。
 
「ヘカテー」
 
 
 
 フィレスは、自分の恋人を身のうちに宿しているかも知れないミステスを見ていた。
 そんな時、水色の少女、"頂の座"ヘカテーがミステスの少年にかじりついた。
 そしてしばらくして、それはまるで口付けのように優しくなる。
 その姿には、その想いには、馴染みがあった。
 
(私と‥‥同じ)
 
 愛しい人と触れ合える喜びに満ちた姿。
 
 あの水色の少女が、まだ会話さえかわしていない『紅世の王』が、突然近くに感じられるようになった。
 
 そして、もう一つ、沸き上がる気持ち。
 
(ヨーハン)
 
 それは、羨望。自分も、ヨーハンに触れ合いたい。
 
 そんな気持ちを抱きながら、フィレスは自分の鏡のような水色の少女を見つめる。
 
 
 
 
「ヘカテー」
 
 ビクッ
 
 自分を呼ぶ悠二の声に、その声に込められた真剣な響きに、ハッと我に返る。
 
 また、『暴走』してしまった。
 
 "恋心"に支配されてしまった。
 
 怯えるように悠二を見る。
 
 何を考えているまではわからない。
 
 だが、真っ直ぐに自分を見るその視線でわかる。
 
 わかってしまった。
 
 
(気付‥‥かれた)
 
 自分の持つ、この狂おしいほどの恋心を、悠二に見抜かれた。
 
 それがわかってしまった。
 
(ダメ。まだ、好きになってもらっていないのに‥‥)
 
 まさしく自分の撒いた種。誰に言い訳する事も出来ない自分の責任。
 
 わかっている。わかっていて、それでも恐い。絶望が、体中を支配していく。
 
 これから受けるだろう"拒絶"に、心底からの怯えを感じる。
 
 カチ
 
 軽く、固い音が聞こえる。
 
 カチ、カチカチカチ
 
 すぐに、それが自分の歯が震えているのだと気付く。
 
 気付き、より早く現状を理解していた体に、頭が追い付く。
 
 追い付くと、体と心が同じ位置までくると、今度は体全体が無茶苦茶な勢いでガタガタと震えだす。
 
 恐怖と絶望で、全身がバラバラにされていく。
 
(助けて!!)
 
 心許せる親友か、尊敬に値する保護者か、仲の良いおじさまか、自らと同じ三柱の眷属か、彼女の神か、あるいは、これから絶望を与えるだろう想い人かに叫ぶ。
 
 
 ぎゅっ
 
 
 そんな可哀想な、恐怖に震える少女の体を、暖かさが包み込む。
 
 想い人たる少年が、予期していたものと正反対のもので自分を包み込んでいる。助けて、守ってくれている。
 
「大丈夫。怖くないから」
 
 そう言って、優しく抱きしめて、頭をなでてくれる。
 
 
(‥‥‥ああ)
 
 
 無茶苦茶に振幅する自分の心が、今何を思っているのかヘカテーにはもうわからなかった。
 
 
 全てを観念したかのような、この少年に与えられる全てを受け入れたいかのような気持ちで少年に目を向ける。
 
 真っ直ぐに、自分を見つめてくる。
 
 そこに、冷たさの欠片も感じない。
 
 悪い予感は、しない。
 
 
 悠二の唇が動く。
 
 ついに"期待"が、恐怖を超える。
 
 
(何を言って"くれる"の?)
 
 
 
 
 
 突然、気配が現れる。
 
 万が一に備えて張り続けていた封絶に、巨大な気配が現れる。
 
 それは凄まじい速さでこちらに迫ってくる。
 
 速い、というより、"大きい"、気配の範囲、すなわち体の面積が大きい。
 
 
「なっ!?」
 
「む」
 
「敵接近!」
 
「‥‥‥‥え?」
 
 
 ヴィルヘルミナやシャナは、その気配に即座に反応する。悠二も、ヘカテーの事を気にしながらも構える。
 
 ヘカテー一人が、そんな現れた気配にすら気付かず、『期待』に胸を一杯にしていたヘカテーだけが周りの突然の挙動に間抜けな声を出す。
 
 
 ふらっと目をやれば、海面から伸びる巨大なハ本の足。
 
 悠二は、あれに構えるために、今、『吸血鬼(ブルートザオガー)』を手にしている。
 
 
 あれが、自分の、大切すぎる瞬間を台無しにした。
 
 頭が焼け付くように熱く、同時に凍り付くように冷たい。
 
 かつて、ヴィルヘルミナ・カルメルが悠二と戦い、悠二を串刺しの血まみれにした時以来だ。
 
 これほどの怒りを覚えるのは。
 
 
(よくも、よくもよくもよくもよくも!!)
 
 
 ここに、水色の破壊神が誕生した。
 
 
 
 
 
「きゃっ!!」
 
 巨大な蛸の足が悠二を、、ヴィルヘルミナを襲う。
 
 しかし、その足が起こす波によって衝撃を受ける船、今叫び声をあげた平井ゆかりが一番危険だ。
 
(時間をかけてられないか)
 
 何故、封絶、つまりフレイムヘイズがいる可能性の高いここにこの徒が入ってきたのかわからないが、そんな事より今はどうこいつを倒すかだ。
 
 平井の持つ白い羽根。そのうちの一つの効力に封絶の中で動けるというものがあるが、これは、通常なら封絶の中で静止し、破壊されたものは、あとから修復できるが、静止しないものは修復できないという性質に則って、平井がもし封絶の中で怪我したり、死んだりすればなおせない事も指す。
 
 しかも海の上、逃げ場なし。
 
 早めに勝負をつけたいが‥‥‥
 
「はあっ!」
 
 悠二は銀の炎弾を放つが、それは海中にいる徒の本体には当然届かず、海面に当たって水蒸気爆発を起こす。
 
 船の上から紅蓮の大太刀を放つシャナも同様のようだ。
 
 というか、船に注意を引き付けるような真似はむしろやめてほしい。
 
 ヴィルヘルミナも、炎を多用しないが、元々単純な破壊は不得手である。
 
 そして、おそらく一度でも海中に引きずり込まれればまず助からないだろう。
 
 気配も相当にでかい。
 
 以前聞いていた、海洋上で人を襲う徒、『海魔(クラーケン)』というやつだ。
 
 近年ではほとんど見なくなったと聞いていたのだが‥‥‥
 
 ともあれ、"自分達"に出来るのは、海面から飛び出して、まるで"捕食"するかのように襲ってくる、海色の炎を沸き上がらせる蛸の足を攻撃する事くらいだ。
 
 
 そこで、"自分達"に含まれない一人が遅蒔きながら飛んでくる。
 
 そう、炎でなく光弾を得意とし、海という環境を苦にしない。さらにこの中でフィレスを除けば最も空中飛行が速い少女。
 
 
 そう、ヘカテーならこの徒に対抗でき‥‥‥
 
「絶対に、許さない!」
 
 怖い。
 
 
 
 
(ヴィルヘルミナ)
 
 自分を庇ってくれた友達。
 
(ヨーハン)
 
 本当に、今、自分を探して旅をしているのだろうか?
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 ヨーハンに会いたい。
 
 今すぐ、『零時迷子』を開けて、ヨーハンを救い出したい。
 
 ヴィルヘルミナが、"騙されていてほしい"。
 
 もしそうなら、今すぐヨーハンに手が届く。
 
 "でも"‥‥‥
 
 
 思うのは、友達と、もう一人。
 
 "頂の座"ヘカテー。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 そんな、事実としてはあまりに無意味な葛藤を続けるフィレス。
 
 その"分け身"の一つに‥‥‥
 
(!)
 
 気配察知が当たる感覚。
 
 すぐさま、"その先"で"ここにある物"とは別に、『傀儡』を実体化させる。
 
(ヨーハン)
 
 そして、ほんのわずかな希望をかけて、『傀儡』を気配察知に向かわせる。
 
 
 そして‥‥‥
 
 
 
 
(あとがき)
 本当なら今回で『海魔』戦終わらせるつもりだったのに、水虫に妙なスイッチが入ってしまいました。
 次話、『海魔』の名前と決着といきます。



[4777] 水色の星S 六章 七話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2008/11/19 21:59
 
「『星(アステル)』よ!!」
 
 ヘカテーの頭上に、光り輝く水色の星天が広がる。
 
 それが、海中に潜む徒に問答無用に降り注ぐ。
 
 
 ドドドドドドォン!!
 
 
 明るすぎる水色に輝く盛大な水柱が次々に生まれる。
 
 だが、
 
「ぎ‥‥‥がああああ!!」
 
 まともな声にすらなっていないひどく聞き取りづらい叫びを上げ、その足を暴れさせる『海魔』。
 
(しぶとい)
 
 だが、性質的にこの『海魔(クラーケン)』に対抗できるのは自分だけだ。
 
 "個人的な恨み"もある。先ほどの、今まで一度として感じた事が無いほどの『期待』。その期待の先にあったであろうものを、この『海魔』の襲撃で台無しにされた。
 
 あのまま、悠二が何か凄く嬉しい事を言ってくれるような気がしていたのに‥‥‥
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 気配を掴む。
 
 どうやら、見た目以上の脅威のようだ。
 
 以前戦った"愛染自"ソラトよりさらに粗雑で荒々しいが、凄まじい存在感と違和感を撒き散らしている。
 
 さっきの耳障りな叫び声といい、どうやら、『達意の言』すら繰れないらしい。
 
 まあ、この『海魔』が何であれ関係ない。
 
 
 跡形もなく消し飛ばしてやる。
 
 
「集え」
 
 大杖『トライゴン』を舞いのように踊らせ、ヘカテーの周囲の光点が光量を増し、大杖の遊環の先に吸い込まれるように集まっていく。
 
 そして、いつもの『星』とは違う。全ての光弾を束ねるように舞わす。
 
 凄まじい怒りの籠もった流星の川。
 
 
「『星』よ!!」
 
 "無数の流星の、一条の光"、それを、無粋な『海魔』に撃ち放つ。
 
 
 カッ!と、辺り一帯が明るすぎる水色の輝きに覆われる。
 
 その場にいた全員の視界が光に包まれる。
 
 
 そして、
 
 
 ドォオオオオオン!!
 
 
 激しい轟音が響き渡り、桁違いの水柱が立ちのぼる。
 
 海水が、文字通りの『津波』となる。
 
(まずい!)
 
 
 その津波が、平井ゆかり、シャナ、フィレスを乗せた船に迫る。
 
 怒りに駆られて、加減を間違えた。
 
 
 すかさず、船と津波の間に飛び、津波に『星』を放つ。
 
 そして‥‥‥
 
「弾けよ!」
 
 津波に触れる直前で『任意爆発』させ、船を襲う津波を無力化させる。
 
 ふう
 
 親友とおまけの危機を脱し、安堵のため息を吐くヘカテー。
 
 
 その‥‥背後。
 
 一本の巨大な蛸の足。
 
「っ!」
 
 
(直撃を避けていた!?)
 
 
 バァン!!
 
「っああ!」
 
 ヘカテーの体よりはるかに巨大な蛸の足に叩き飛ば‥‥‥‥されない。
 
(吸‥‥盤!?)
 
 痛みで朦朧とする意識の中、ヘカテーは自らの体を蛸の足に付着させるものに気付く。
 
 だが、気付いてどうこうできるわけでもない。
 
 
 まだ、体が動かない。
 
 
 体の半分近くが吹き飛び、ちぎれた体から海色の炎を吹き出させる『海魔』は、ヘカテーをその足に捕らえたまま海中に潜ろうとする。
 
 そこで、
 
「はっ!」
 
 『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルのリボンが、ヘカテーに巻き付き、海中に引き込まれるのを防ごうとする、が‥‥
 
「くっ!!」
 
 あんな巨体と力比べなど出来るわけもない。
 
 あっさり力負けし、引っ張られる。
 
 
 ブチッ!
 
 海色の炎であぶられたリボンはその巨体の力も加えてちぎれる。
 
 そして、ヘカテーを捕らえたまま『海魔』は海中に戻っていく。
 
 
 
 
「ヘカテー!!」
 
 海中であの徒に対抗できる術はないはずだ。
 
 まして、ヘカテーはダメージを抱えている。
 
 もう、冷静に作戦を立てる時間も、余裕もない。
 
 
(ヘカテーが、死ぬ?)
 
 かつてない危機感。
 
 かけがえのない少女を失う恐怖。それに有効な策を持たない自分への無力感。
 自分とあの徒への怒りによる熱さと、少女を失う恐怖による寒さ、荒れ狂う激情が悠二の胸中を巡る。
 
 
 もう、止まれなかった。
 
 
 無駄死ににしかならないであろう事はわかっている。
 
 だが、もう止まれなかった。
 
 
 そんな思考が頭を駆け巡るのもほんの二、三秒。
 
 悠二は、一切の打算を捨てて、海中に飛び込んだ。
 
 
 
 
(‥‥ヨーハン!)
 
 傀儡が向かう先、夢にまで見た最愛の恋人。
 
 すぐさま、自分の『本体』を傀儡のいる場へ向かわせる。
 
 自在法・『風の転輪』を解き、力の全てを"在るべき場所"、最愛の人の隣へと向かわせる。
 
 いや、一つだけ戻さない。
 
 自分を庇ってくれた、自分のために苦しみ続けた友達への、けじめをつける。
 
 それに、伝えたい事もある。
 
 
「ヘカテー?、坂井君?、引きずり込まれた!?」
 
 横で騒ぐ人間の少女。
 
 平井ゆかり、だったか。
 
 そして、どうやら空を飛べない自分が許せないらしい『炎髪灼眼の討ち手』。
 
 まずは、この二人をどうにかしなければならないだろう。
 
 飛ぶ。
 
 
「なっ!?」
 
「フィレスさん!?」
 
 
 
 騒ぐ二人を無視して、友達の横に行く。
 
「フィレス?」
 
 海中に引き込まれた少女と、その少女を追っていってしまった少年、今自分に何ができるか思案していたヴィルヘルミナ。
 
 突然のフィレスの行動に怪訝な声を出す。
 
「ヴィルヘルミナ、あの船にリボンで、帆を張って、さらに補強して」
 
「フィレス?」
 
 フィレスが何を言っているのかわからない。
 
「大丈夫」
 
 だが、さっきまでと様子が違う。あのフィレスの顔はまるで‥‥
 
「"また会えるわ"」
 
 
 ヨーハンと共に在った頃の笑顔そのもの。
 
 
 
 
 
(ヘカテー!)
 
 
 海中を進み、ヘカテーと『海魔』を追う悠二。
 
 そして追い付く。
 
 なぜ海中で追い付けたのか?
 
 その疑問はすぐに氷解する。
 
 こちらに向き直っている。この絶好の環境で自分を仕留めようというのだろう。
 
 ヘカテーを見る。
 
 あの後からずっとあの足に締め付けられ続けていたのだろう。
 
 かなり弱っている。
 
 しかし、生きている。
 
 最初に、その事に対する安堵、その次にヘカテーを痛め付けた徒に対する怒りがあり。
 
 そして、その徒が自分やヘカテーを見る視線に込められた"食欲"。
 
(ヘカテーを、喰おうとしてる)
 
 それに気付いた時に抱いた感情が最後。
 
 明確な"殺意"だった。
 
 
(っこいつ!!)
 
 動きが著しく鈍る水中で、体が半分近くちぎれているとはいえ、巨体な『海魔』に向かっていく。
 
 無謀にも。だが、完全な無策でもない。
 
 
 バァン!!
 
 先ほどのヘカテー同様、足で殴りつけられる。
 
 が、
 
「ぎぇっ!」
 
 殴られると同時に、大剣を足に突き立てる。
 
 動きが鈍くなっても、あれだけ的が大きければこれくらいできる。
 
 そして、
 
(裂けろ!!)
 
 大剣の刃に血色の波紋が浮かび、蛸の足が突然無数に刻まれる。
 
 悠二の持つ『吸血鬼(ブルートザオガー)』、存在の力を込める事で刃に触れているものを斬り裂く魔剣である。
 
 
(まだまだっ!)
 
 さらに、『海魔』が苦しむうちに、ヘカテーを捕らえた足を、今度は『吸血鬼』の特殊能力を使わずに斬る。
 
 
(よしっ!、あとは一度上に上がって‥‥‥)
 
 そんな風に"暢気"に思う悠二の眼前。
 
 怒りに燃える『海魔』の眼があった。
 
 
 
 
「『黒い嵐(カラブラン)』」
 
 フィレスが呟くと同時。
 
 荒れ狂う竜巻が生まれ、海中に突っ込む。海に渦潮のように穴があき、突き進む。
 
 
「「っ!?」」
 
 その竜巻が悠二とヘカテーを飲み込み、フィレスの眼前、つまり海上まで運ぶ。
 
「へ?、あの‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 
 まさに今、『海魔』の脅威にさらされていた悠二とヘカテーはいきなり暴風にさらわれ、目の前にはフィレス、というわけのわからない状況に目を白黒させる。
 
「フィレスさん?、あの、ありがとうございます」
 
 助けられたらしい事に気付いた悠二が礼を言うが、フィレスはそれを無視する。
 
 『この体で』こんな力を使い続けるのは限度がある。
 時間がないのだ。
 
 
 トン
 
 悠二に抱えられているヘカテーの額に、琥珀色の光を宿した指先をあてる。
 
 
 ヘカテーに、伝えたい事をわからせるように、いくつもの光景を見せる。
 
「‥‥‥‥‥あ」
 
 全てを理解したらしい、自分と同じ、でもまだ満たされない未熟な少女の頭を撫でる。
 
「頑張って」
 
 最後に、穏やかな微笑みを見せる。
 
 
 ゴッ!!
 
 
 そこで突然暴風が吹きすさび、悠二とヘカテーを再びさらう。
 
 そして二人が飛ばされたのは、先ほどの船の上。
 
 
 これで、良し。
 
 
 再び『黒い嵐』を使い、今度は巨大な『海魔』を海中から引きずりだす。
 
 
 荒れ狂う暴風の中、いるのはフィレスと『海魔』のみ。
 
「"最後に"名前を訊いておきましょうか」
 
 似合わない、偽悪的な笑みを浮かべ、眼前の『海魔』を見る。
 
「‥‥ほう‥‥‥‥い‥‥ん」
 
 聞き取りづらい事この上ない。
 
「"朋飮"、ね。嫌な真名」
 
 この調子じゃ、この世で名乗る通称すら持ってはいないだろう。それに、真名だけで十分気分が悪い。
 
 
(ヴィルヘルミナ)
 
 もう、無駄な会話をやめ、始める。
 
 フィレスの体がどんどん薄くなり、琥珀色の、風の球へと変じていく。
 
(今度の時は‥‥ヨーハンと二人で会いに行くわ)
 
「ぎっ!」
 
「さよなら」
 
 完全に風の球へと変わったフィレスが、『海魔』に告げる別れ。
 
 そして、ここに在るフィレスの全てを込めた風の球が膨れあがって‥‥‥
 
 弾けた。
 
 
 爆発的な風が、『海魔』を呑み込み、悠二達を乗せた船、ヴィルヘルミナが帆を張り、補強した船を遠方まで荒々しく運ぶ。
 
 
 
 短すぎる再会は終わった。
 
 でも、数奇な運命は真実を知ったすぐあとに一番大切なものを返してくれた。
 
 友達とはまた離ればなれ。
 
 だけどまた会いに行く。
 
 今度は『約束の二人(エンゲージ・リンク)』として。
 
 
 
 
(あとがき)
 これからしばらく忙しくなり、一、二週間くらい更新がないと思います。
 また再開した時に見て下さると嬉しく思います。感想もらうとさらに嬉しく思います。



[4777] 水色の星S 六章 八話
Name: 水虫◆70917372 ID:c93f9a0e
Date: 2008/11/29 09:39
 
「ヘカテー、平気?」
 
「‥‥‥はい」
 
 
 あの後、船は"何故か"ずれていた進路を調整して中国に向かっている。
 
 ヘカテーの特異な能力で『器』を合わせ、ダメージを等分化した悠二とヘカテー、平井達は、今、外にいる。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 ヘカテーは混乱していた。
 
 悠二が無謀にも自分を助けようと海に飛び込んだ。
 
 その事自体はとても嬉しい(抱きしめたい)。
 
 だが、そんな危険な事はして欲しくない。
 
 しかし、その事で悠二を責めるわけにもいかない。
 
 悠二にそんな行動をとらせたのは、自分の未熟さが招いた事だと理解しているからだ。
 
「‥‥‥‥‥」
 
 これだけなら『混乱』はしない。
 
 混乱するのは、この事も含めて同時に色んな事が起こりすぎたからだ。
 
 あの時、悠二は自分に何か言おうとした。そして、今、何か言ってくれそうな気配は無い。
 
 もう、悠二は自分の恋心に気付いているだろう。
 それも、動揺の一因だ。
 
 そして、"彩飄"フィレス。
 
 海中で絶体絶命の危地にあった自分達を助けてくれた紅世の王。
 
 フィレスが指先に込めた光は、ヘカテーにフィレスがあの時何をしたのかを明確に伝えていた。
 
 人の触れ合いに乗じて己の感覚を広げていくフィレスの自在法・『風の転輪』。
 
 最初にいきなり悠二の前に現れたのもこの自在法で悠二の『零時迷子』を感知したためだ。
 
 そして、感知した先にすぐさま『本体』を呼び出せられるわけでもない。
 
 自分達が見て、戦って、助けられ、あの時、自爆したかのように見えたフィレスは、フィレスが『風の転輪』で具現化した『傀儡』であり、本当のフィレスは生きている。
 
 そして、その『風の転輪』が、別の場所で『永遠の恋人』ヨーハンを見つけた事も、フィレスはヘカテーに伝えていた。
 
 喜びに溢れた涙と笑顔で、ヨーハンに抱きつくフィレスの姿を。
 
 
 ヘカテーは、これらフィレスに伝えられた事を、皆に‥‥『風の転輪』の能力をここまで深くは理解していなかったヴィルヘルミナにも伝えている(これを聞いて、ヴィルヘルミナはフィレスの自爆を目にした時からの茫然自失から立ち直った)。
 
 
("彩飄"は‥‥何故‥‥)
 
 ヘカテーがフィレスから伝えられ、皆に伝えていないのは一つだけ。
 
 一つの光景だけ。
 
 
 
 
 秋の空。時計塔の屋根の上。
 
 そこに立つ、二人の男女。
 
 
 "彩飄"フィレスと、『永遠の恋人』ヨーハン。『約束の二人(エンゲージ・リンク)』。
 
 
 今と違うといえば、その片割れ、ヨーハンが『人間』である事。
 
『ずっと君を見ていた。そして、ずっと君だと決めていた』
 
 目の前の少年に対し、一切の否定を持たず、しかし、だからこそ怖い。
 
 この気持ちを、欲望だと思っていた。
 だが、違う。
 
 彼と二人でこの世を放埒し、逃げて、大笑いしてきた。
 だが、違う。
 
 この先にあるものは、大笑いなどではない。
 
 なら、何が待っている?
 
 逃避行の果てに、答えがあった。
 
『君を愛している。僕は、君と一緒に、どこまでも行くんだ』
 
 それは、『恋』だったのだ。
 
 
 いつだって叶えてきた少年の夢、願いが、他でもない"彩飄"フィレスの全てだとわかった。
 
 わかって、たまらなく怖くなって、思わずその場から逃げ出した。
 
 与えた自分の全てが、彼を満足させられなかったら?、叶えた自分の結果が、彼を失望させたら?
 
 そんな想いに駆られて、逃げた。
 
 数時間たち、戻ってきて、同じ場所に、変わらないヨーハンの微笑みがあった。
 
『僕は、ただ君についていくだけの自分が嫌だった』
 
 変わらない微笑みで、戸惑う"恋人"に語り掛ける。
 
『君は、僕を愛している。僕も、君を愛している。
 僕らは、一緒にいたい、離れたくない、絶対にだ。
 その望みを、一緒に持っている。それを、僕は確信している』
 
 抵抗する恋人を優しく抱きしめ、語り掛ける。
 
 フィレスはもう、抵抗しなかった。二人で夜空に飛び上がる。
 
 そして、時計塔がばらけていく。
 
『フィレス、僕らの宝具を作ろう』
 
 ヨーハンはもう踏み出した。
 
『フィレス、時の継ぎ目を迷わせて、僕と永久に、君と共に、ここに在ろう』
 
 フィレスも、それを追う。
 
『時に悪戯をしよう。巡った時を、零時で迷子にしてやろう』
 
 二人は隣に並ぶ。
 
『さあ、願って、愛する人よ。僕と永久に在りたいと』
 
 ばらけ、二人の周囲を舞っていた時計の部品が、ヨーハンに吸い込まれていく。
 
『そうして、僕は君と永久に在るために‥‥ミステスとなる』
 
 少年は誓い、二人は共に歩きだす。
 
 
『さあ、僕の時よ、止まれ。美しき、君と在るために‥‥』 
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 この事を、皆に伝えていないのは、自分"だけ"に向けられたものに思えたからだ。
 
 光景、言葉、そしてその時のフィレスの気持ちがダイレクトにヘカテーに伝わってきた。
 
 何故そんな事をしたのかはわからない。
 
 だが、フィレスは自分に、恋に迷う自分に、一つの道を示してくれたのだ。
 
 そう‥‥‥
 
(『愛』)
 
 あんな風に、相手に全てを求められて、自分の全てが、相手を満たす。
 
 自分の全てが、悠二に求められる。
 
(羨ましい)
 
 
 あんな風になりたい。
 
 悠二と、寄り添って、どこまでも一緒に‥‥
 
 『約束の二人』と自分達は違う。
 全く同じ『愛』は、望めないのかも知れない。
 
 いや、悠二に好きになってもらえない限り、『愛』すら望めない。
 
 それでも、だからこそ、目指す。
 
 いつか、きっと、と。
 
 
(ありがとう)
 
 大切な時を見せてまで自分に『愛』を伝えてくれた"先輩"に、心の中で礼を言った。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 先ほどの『海魔(クラーケン)』に強打されたヘカテーの背中をさすりながら、悩む悠二。
 
 『海魔』が現れる前、自分に触れてくるヘカテーの姿で気付いた。
 
 まず間違いなく、ヘカテーが自分に好意を抱いている。
 
 今までも、そう考えた事がなかったわけではない。
 
 しかし、どうせ他愛無い妄想だと片付けてきた。
 
 それが、現実となった。未だに信じられないが。
 
(だって、僕は‥‥‥)
 
 綺麗で、可愛くて、儚くて、強くて、そんなヘカテーが、今まで何度もヘカテーに助けられてきたような情けない自分に好意を抱くなど、まさしく驚天動地の事態と言えた(と、悠二は思った)。
 
 
(じゃあ、"僕は"どうなんだ?)
 
 ヘカテーの気持ちはわかった。ならば、自分はどうなのだろう?
 
 好きか嫌いか?、で問われれば、もちろん好きなのである。
 
 しかし、それはヘカテーが自分に向けるような"好き"なのだろうか?
 
 憧れや友情と履き違えてはいないか?
 
 自分はいずれこの外れた世界を歩いていく。
 
 その事からの打算のような考えはないだろうか?
 
 
 考えた所でわかるような事ではない。
 
 自分の情けなさにいい加減嫌気が差す。
 
 "好きがわからない"
 
 ヘカテーの想いに答えを出す以前、前提条件にすら達していない自分が虚しかった。
 
 直接ヘカテーに『告白』という形を取られていない事が唯一の救いか‥‥
 
 
(‥‥‥くそ!)
 
 心中で口汚く吐き捨てる。
 
 あの時、あのまま何か掴めたかもしれないのに‥‥‥‥
 
 あの『海魔』の襲撃を、今となってはヘカテーより悠二の方が苦々しく思っていた。
 
 
 
 
「よっ」
 
 船の手すりに乗る。
 
 さっきまでの封絶の中の荒波に比べれば揺れの小さい事小さい事。
 
「はぁ」
 
 平井ゆかりは、似合わない溜め息を吐く。
 
 紅世の戦い、親友達の戦い。
 
 その中の自分は役立たずどころか足手まといだ。
 
 いや、足手まといにさえならず、誰にも気付かれずに巻き添えで消える。
 
 そうなってもおかしくない。
 
 
 たった今、嫌というほどに思い知らされた。
 
(わかってた‥‥つもりだったんだけどね‥‥)
 
 
 本当に、ちっぽけだ。
 
 
 外界宿(アウトロー)に関わろうと、当然だが『こういう』分野では何も変わらない。
 
 共に在る事の限界を、突き付けられたみたいだ。
 
 
「ちぇっ」
 
 そんな軽い抗議を言の葉に乗せる。
 
 平気な振りをする。
 
 そんな程度の強がりしか出来なかった。
 
 
 
 
(気に入らない)
 
 成り行きで、坂井悠二と共闘する事になった。
 
 それは仕方ない。使命のために私的感情を、『駄々』をはさむつもりはない。
 
 気に入らないのは、それで予想外に坂井悠二と息が合ってしまった事だ。
 
 最初に会った時から、何かと気に喰わないやつだったというのに。
 
 しかも、その後の『海魔』の襲撃に、自分は何も出来なかった。
 
 そして、海中に引きずり込まれた"頂の座"を、坂井悠二が助けに行った。
 
 何故、助けに行く?
 
 海中でなす術がないのは坂井悠二も同じはずなのに‥‥
 
 何故、命を‥‥いや、存在をむざむざ捨てるような真似をする?
 
 行った所で、"頂の座"を助けられるわけでもなかった。今回はたまたま"彩飄"が助けたから助かった。それだけだ。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 何か知らないが、苛々する。
 
(やっぱり、嫌な奴)
 
 フレイムヘイズ『炎髪灼眼の討ち手』シャナ・サントメールは、そう結論づけた。
 
 思考の最中、実は坂井悠二と息が合った事が気に入らなかったのではない事には、気付かない。
 
 
 
 
(‥‥‥フィレス)
 
 悩める少年少女とは裏腹に、ヴィルヘルミナ・カルメルは、友達の無事と、またいつか必ずある再会に、淀みの無い喜びを胸に抱く。
 
 
 
 
 それぞれの想いを乗せ、船は中国を目指す。
 
 
 
 
(あとがき)
 忙しいのもとりあえず一段落したので再開します。
 久しぶりなので上手く書けたかな?、とか緊張してます。
 フィレス編からいきなり中国じゃ説明不足なので、心理描写の回を一回挟みました。
 またお目通し、感想など、よろしくお願いします。



[4777] 水色の星S 六章 九話
Name: 水虫◆70917372 ID:c93f9a0e
Date: 2008/11/30 04:54
 
「メイド・イン・チャイナ!」
 
「で、ありますな」
 
「中国上陸」
 
「‥‥‥平井さん、何か違うと思うよ。」
 
 
 坂井悠二一行、中国上陸。
 
 一見冷静に見えるが、悠二とて少し興奮している。
 
 初の海外なのであるからして。
 
 
「よっしゃ!、そんじゃ店を冷やかしつつ上海行くよー!」
 
「遊びに来たのではないのであります」
 
「使命遂行」
 
「情報収集ですってば♪、行くぞヘカテー!、シャナ!」
 
 行って、ちびっこ二人の手を引き、駆け出す平井。
 
 いつの間にか、シャナ"ちゃん"がとれている。
 
 
「‥‥‥平井ゆかり嬢が賢明なのか否か、時々わからなくなるのであります」
 
「破天荒」
 
「平井さんは馬鹿じゃないですよ。全部わかってて楽しんでるだけで」
 
 疲れた風に呟くヴィルヘルミナに、平井の親友たる悠二がはっきりと応える。
 
「‥‥そうでありますな」
 
 ヴィルヘルミナとて、平井と一緒に住んでいるのだ。ある程度、平井の事はわかる。悠二に言われて、納得する。
 
 
「僕らも行きましょう。平井さんじゃないけど、せっかくの中国だし、楽しまないと」
 
 行って、三人娘を追い掛ける悠二。
 
 仕方なくついていくヴィルヘルミナ。
 
(別に、私は中国がそれほど珍しいわけではないのでありますが‥‥)
 
(引率)
 
 
 ティアマトーに言われ、観念する。
 
 それに‥‥
 
 "あの子"も、満更ではなさそうだ。
 
 
 
 
「小・籠・包!」
 
「おいしいです」
 
「メロンパンは?」
 
「メロンパンは日本が考えたらしいよ」
 
「甘いものばかり食べるのは感心しないのであります」
 
「糖分過剰」
 
「あ!、あの人チャイナ服!、可愛い〜!、私もいっぺん着てみたいなぁ♪」
 
 
 完全に旅行気分全開ではしゃぎ回る平井一行(今、リーダーは完全に平井だ)。
 
 シャナも振り回されている。
 
(ん?)
 
 平井の視線の先、シャナは気付く。
 『天道宮』にいた頃、ヴィルヘルミナに着させられた服だ、が‥‥
 
「ヴィルヘルミナ。あの服、戦闘能力の高い者が着用するものだって‥‥」
 
「その通り。彼女は自らの技量をわきまえず、あの服を着用している。あれは悪い例であります」
 
 偉そうに語るヴィルヘルミナだが、実際は、シャナにチャイナ服を着せていた当時、人気アイドル主演のカンフー映画を彼女が見た、というだけだったりする。
 
「カルメルさん、嘘を教えちゃダメですよ」
 
「嘘なのですか?」
 
 ヘカテーが無邪気に訊いてくる。
 
 ヘカテーの想いを知り、悠二はなんとなくヘカテーと距離を置いてしまっているのだが、ヘカテーは気にせず悠二に近づく。
 
 以前のヘカテーなら、悠二の態度を拒絶と思い、近づくのを躊躇っただろうが、今は違う。
 
 フィレスのおかげだ。
 
 『愛』を向けられる。自分の全てを求められる。それは恐ろしい。
 
 それを教えられたからだ。
 今、悠二は自分を嫌っているわけではない。
 
 だから、避けない。
 
 
「うん。別に強い人しか着ちゃいけない服じゃないんだ」
 
 ヘカテーが自然体である事で、悠二のわだかまりも融けていく。
 
 
「ってなわけで!、服買いに行こ、服!」
 
 
 そして再び平井がはしゃぐ。
 
 
 正式に依頼を受けるのはいつになるのか。
 
 
 
 
 その頃の御崎市。
 
《『葉書の読み手』魔女理銅子!》
 
《その相棒、丸子師走!》
 
《《魔女理銅子の朗らか人生相談!!》》
 
《はい。今日から始まりました朗らか人生相談。
 少年少女の青臭い恋の悩みから生きた化石の愚痴まで何でも相談に乗ります》
 
《ヒャーハッハ!、日本でこれやるのは初めてだなぁ。我が寂しき仲間外れ、マージョぶっ!》
 
《バカマルコ。何、本名出そうとしてんのよ。大体仲間外れって‥‥ブツブツ》
 
《拗ねてねーで仕事だ仕事》
 
《そーだったわね。んじゃ、一枚目の葉書、え〜と、『オセロ』さん》
 
《私には好きな人がいます。けど、その好きな人に接近してくる小動物がいるんです。
 あまりにいつも一緒にいるからこの前、そのS君と小動物+αの後をこっそりつけてみたんですが、何故かS君と小動物が同じ家に入っていったんです。
 これって、たまたまですよね?、その後、同じ事を何回か繰り返して、同じ結果だったんですけど、たまたまですよね?
 あと、時々、朝に様子を見に行ってみたら、その家にメイドとか転校生が出入りしてたりするんですけど、それも全部たまたまですよね?
 うん。たまたまだよ。大丈夫。きっと違う》
 
 
《何だこりゃ?、相談なのに自己完結してんじゃねーか》
 
《まあ、自己完結してるみたいだし、私から言える事は一つね。そんなたまたまはありません。もっと現実を見ましょう》
 
《俺からも一つ、ストーカーはやめとけ》
 
《と、いうわけで二通目〜、『シュガー』さん》
 
《映画の話なんですが、凄い力を持った女性の旅に、普通程度の力しかない少年がついてゆこうとするにはどうすればいいでしょうか?》
 
《‥‥‥なんか、どっかで聞いたような話だな。我が『葉書の読み手』、魔女理銅子》
 
《‥‥そうね。ま、世の中どうしようもない事なんていくらでもあるんだから、現実を受け入れなさい》
 
《おめえ、さっきからそればっかりじゃねーか》
 
《そんだけ夢見がちな子供が多いって事よ。んじゃ、三通目〜、メガネマ‥‥‥あれ?、もう時間?、というわけで、今回の『魔女理銅子の朗らか人生相談』はここまでです》
 
《二通しか読んでねーな。『葉書の読み手』の名もべそかくぜ》
 
《うっさいバカマルコ。中華食べに行くわよ。日本で我慢するから》
 
《ん〜じゃ、さっさと行くか。可愛い子分共を引きつれてなあ、ヒヒッ》
 
 
 変なラジオ番組が放送されていた。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 中国のとあるホテルの一室。
 
 悠二はベッドに寝転がっていた。
 
 明日は上海に行き、依頼を受ける。
 
 今日は結局、平井達と共に旅行精神全開で遊び回っていた。
 
 いつも通りにひたすら楽しそうな平井であった。変わった事といえば一つ。平井が密かに悠二に告げた事だ。
 
『中国では坂井君は出来るだけ気配小さく抑えて。
 あと、出来れば弱そうにしといてね♪』
 
 言われなくても、無闇に気配を大きくするつもりなどないが、何故わざわざ自分だけに念を押すように言ったのだろうか?
 
 そこまで信用がないのだろうか?、いや、何か引っ掛かる。
 
 
(‥‥‥そうだ)
 
 今日一日感じていた違和感に気付いた。
 
 平井が、"はしゃぎすぎ"なのである。
 
(まあ、いいや)
 
 初の海外で舞い上がるのもわかる。
 
 
 旅の疲れを癒すため、目を閉じて眠りにつく。
 
 
 ちなみに、部屋割りは悠二、平井・ヘカテー、シャナ・ヴィルヘルミナである。
 
 一人寝は久しぶりだ。
 
 高校生の考える事じゃないな、と少し自分に苦笑した。
 
 
 
 
 バスは走る。
 
 ただのバスではない。
 
 運び屋『百鬼夜行』の運転手、"輿隷の御者(よれいのぎょしゃ)"パラの輪廻、『温柔敦厚号』である。
 
 その運転手も、乗客も、人間など一人もいない。
 
 そのバスの最後尾。
 
「ふふ、この体、今までで一番使い勝手がいいわ」
 
 金色の髪、袖無しの暗い赤のドレスを着た可愛らしい少女。
 
 後頭部から一対の羊の角が生えている。
 
 上機嫌らしい少女の言葉に、その隣、マントと硬い長髪、幾重にも巻いたマフラー状の布で顔を隠す、長身の男が返す。
 
「ふん。お前がその体を手に入れる手伝いをした俺の苦労も少しは考えてみてはどうだ?
 あまつさえ、お前の付き添いでこんなバスに同乗させられるとは、やはり遺憾の一言に尽きる」
 
「その事ならもうお礼を言ったはずでしょ?
 次の仕事があの『探耽求究』だからって、八つ当たりしないでくれる?」
 
 ぶつぶつと喋る男にピシャリと言い放つ。
 
 図星だったのか、男の不機嫌な空気が増す。
 
「いまだ、かの『教授』とは直接的な面識は無いが、伝え聞く所によれば相当な変質者であると聞く。
 何故この俺がそのような者に雇われねばならんのか、これも我が生の因業と受け入れるよりないか」
 
 いつまでもぶつぶつと愚痴る『友達』に、呆れたように少女は言う。
 
「何をカッコてけてるんだか。
 何故も何も、貴方が酔っ払って、『俺のマグナム44は絶好調だ。どんな依頼でも受けてやる』とか騒いでオーケーしたのでしょう?、私は止めたわよ」
 
 
「‥‥‥これも我が生の因業と‥‥‥」
 
「し・つ・こ・い。それより‥‥‥」
 
 男の言葉を遮り、少女は真剣な顔になってから訊く。
 
「本当なの?、その『零時迷子』を、あの『仮装舞踏会(バル・マスケ)』が追ってるって話」
 
 その話の内容に、男はマフラーの下の表情を僅か陰らせる。
 
 もちろん、気付かれてはいない。
 
「無論だ。この俺自ら、三眼の女怪に渡された式の打ち込みまでは済ませたのだからな」
 
「‥‥そう」
 
 それを聞いて、少女の瞳は夢見るように輝く。
 
「私が手に入れる。手に入れてみせる。その"ミステスの体を"」
 
 男は夢を語る少女の言葉を黙って聞く。
 
「そうすれば、きっとなれる。誰にも無視できない‥‥大きな、ちっぽけじゃない存在に‥‥‥」
 
「‥‥‥‥『仮装舞踏会』の狙う宝具に目をつけ、ただで済むはずもあるまい。
 それほどの"ミステスの体"を手にし、そこで満足できんか。やはりお前は『哀れな蝶』だ」
 
 男の、そんな侮辱の言葉を混ぜた『気遣い』を、少女は理解する。
 
 理解して、しかし止まる気はない。
 
「貴方のような、強大な王にはわからないわ」
 
 
 バスが止まる。
 
 男と少女は降りる。
 
 二人が目指すのは‥‥
 
 日本。
 
 
 
 
「ギュウキさん。よかったのか?、あれほどの力の持ち主、いざという時の『盾』にできるかも知れなかったのに‥‥」
 
 バスに乗っていた二十半ばの女、『百鬼夜行』の用心棒、"坤典の隧(こんてんのすい)"ゼミナが、バスのボンネット先端に掲げられている、木製の角張ったフードマスコットに言う。
 
「ああ。あれは多分、"壊刃"サブラクだ。あんなのを『使う』方がよっぽどおっかねえさ」
 
 訊かれたフードマスコット、『百鬼夜行』の頭目、"深隠の柎(しんいんのふ)"ギュウキは応える。
 
「"壊刃"!?」
 
 驚くゼミナに構わず、ギュウキは続ける。
 
「降ろしちまった乗客の事はいい。問題は‥‥」
 
「問題は?」
 
 横から訊ねるパラ、同様にギュウキの言葉を待つゼミナに答える。
 
 
「どうも、フレイムヘイズがこの中国に入ったらしい」
 
 
 
 
 餌には気付いただろうか?
 
 早すぎても、遅すぎてもいけない。
 
 ある程度の余裕を持たせた上で、焦らせる。
 
 タイミングが鍵だ。
 
 
 
 
(あとがき)
 感想が二百超えた!、PVが十万超えた!
 テンション上がります。
 久しぶりにも関わらず感想くれる方が多くて感無量です。
 ここに無上の感謝を。



[4777] 水色の星S 六章 十話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/11/30 22:34
 
『"この世の歩いていけない隣"、紅世から渡り来る異界の来訪者、人を喰らい、この世に在る"紅世の徒"』
 
 前にも‥‥これと同じものを見た。
 
「知ってるよ」
 
 何も無い世界。語り掛けてくる"黒い自分"。
 
『徒が人を喰らい、それによって生まれた歪みが、いつか紅世とこの世、双方に大きな災いをもたらす"大災厄"を招くと危惧した王達は、人の身のうちに体を宿し、同胞を狩る決意をした』
 
 随分と、今さらな説明だ。
 
『そうして生まれた討滅の道具。
 契約の際に、人間が幻視する境界の光景から名付けられた彼らの総称。
 それが"炎の揺らぎ(フレイムヘイズ)"』
 
 これは初耳だった。
 おかしいとは思っていたのだ。
 炎使いは少ないくらいなのにフレイムなんて名前なのが。
 
『徒に喰われた人間は、歪みを抑え、討滅の道具を引き付けないために、その残りかすによる緩衝材・代替物を残す。それがトーチ』
 
「知ってるよ」
 
 変なやつだ。いや、黒い自分という時点で変なのだが。
 
『そう、お前は知っている』
 
 そこで、黒い自分は一呼吸あける。
 
『それで、どうする?、この世の真実を知り、この世の在り方を知り、そうして全部知ったお前は‥‥何を望む?』
 
 予想だにしない時に、予想だにしない問いかけを掛けられ、答えに窮する。
 
「‥‥‥僕は」
 
『良い』
 
 何を言えばいいかもわからず開こうとした口を、黒い自分が制する。
 
『確たる決意を持った時、先の問いかけに応えよ。坂井悠二』
 
「あっ、あんたは‥‥一体‥‥」
 
『今しばらく、お前の行く末を見守ろう』
 
 何なんだ、こいつは。
 
 妙に掴みづらい存在感。
 その言葉に混じる諧謔の風韻。
 今まで出会ってきた、どんな相手とも違う。
 
 目の前にいるのが『黒い自分』という事も忘れ、そう思う。
 
『選ぶがいい』
 
 
 そこで、目が覚めた。
 
 
 
 夢‥‥前にも同じ夢を見た。
 
 そして、前の夢も、この夢も、異様に鮮明に覚えている。
 
 未だ、自分の行く末さえわからない自分への自問自答。
 
 それが夢として現れた。
 
 この時、悠二はそう思った。
 
 
 
 
 中国は上海市。
 
 その街の一画にある喫茶店に、一人の女性と一人の少女。
 
 
「‥‥‥私が呼んだのは『万条の仕手』のはずだ。
 何故、随伴の構成員、しかも子供一人しかこの場に姿を見せない?」
 
 力感に溢れた細い体にピッタリあったスーツを着込んだ、異様な貫禄を纏う女性。傍らに紅梅色の刀袋を置いている‥‥‥‥が、目の前の少女に、非難の色を隠す気もなく言う。
 
 そんな女性の威圧感にも動じる事なく、平気な顔で少女、平井ゆかりは答える。
 
「ここで『万条の仕手』と『剣花の薙ぎ手』が接触、なんて事を嗅ぎつけられたら元も子もありませんから。私で我慢して下さい、『剣花の薙ぎ手』虞軒さん。“奉の錦旆(ほうのきんぱい)”帝鴻(ていこう)さん」
 
 知った風な口をきく日本の外界宿(アウトロー)の末端構成員の小娘の言葉に、虞軒は気を悪くする。
 
「私と『万条の仕手』が会った程度でそれがすぐ『百鬼夜行』に伝わるものか。
 平井ゆかりだと?、そんな名前聞いた事もない。新参が独断で勝手な真似をするな」
 
 そして遠慮なく弾劾する。これでとびあがって『万条の仕手』を呼びに行ってくれれば良し。
 
 でなくば‥‥‥
 
「伝わりますよ?、そのためにわざわざ"目立つように"騒いで上海まで来たんですから」
 
 しかし、虞軒の思惑をあっさり無視して平井ゆかりは言う。
 
 しかし、その反応より、今言った言葉の内容の方が問題である。
 
 "わざわざ目立つように"?
 
「‥‥どういう事だ?」
 
 言われ、平井は荷物を入れた大きなカバンから大量の書類を取り出す。
 
「これが、『傀輪会』から送られてきた資料。
 弱小の徒の急な消失。厄介な王の突然の出現。確かにそれらしい出来事が起こっているけど、これだけの情報で即座に運び屋『百鬼夜行』に結び付けて、しっかり裏付けも出来てる。
 すごいです。」
 
「それをやったのは項辛だ。私ではない」
 
 自分じゃない。しかし、あの男を褒められるのは悪い気分はしない。
 
 虞軒の機嫌が、少しばかり良くなる。
 
 平井は今度は分けていた別の資料。先ほどの『傀輪会』のそれより膨大な量の資料を虞軒の前に押し出す。
 
「そして、これが私が日本で集めた『百鬼夜行』の資料。その中でも、襲撃から逃走までの細かい経緯が記されているものだけを集めたものです」
 
 言われ、目の前の資料に目を通す。
 
 なるほど。自分が知っているような情報も多分にあるが、『対策を立てる』上で役に立つもののみを厳選してある。わかりやすい。
 
「その経緯を見る限り。『百鬼夜行』の三人は隠蔽や遁走に長けていても、感知や探査の能力は持ち合わせていないと思います。
 しかし、それでもフレイムヘイズの襲撃に対して、周到に、あらかじめ知っていた風に対処している節が見られる。
 乗客の徒から情報を集めたにしても、不自然な例が数多くあります」
 
 言いながら、平井は虞軒にその不自然な例を記した資料を渡してくる。
 
 目を通し、言われた事を意識して見れば、確かにおかしい。
 しかし、こんな些細な事、普通は見落とすか、他愛無い情報として判断してしまいそうなものだが‥‥‥。
 
(‥‥この少女はそれにきづいた?)
 
「この事の結論として私が出した答えは、『百鬼夜行』は"人間の扱いに長ける"。多分、外界宿の人間やフレイムヘイズよりも」
 
「‥‥‥‥‥は?」
 
 目の前でたった今、その有能さを示した少女のあまりにも突飛な言葉に、虞軒が似合わない間抜けな声をあげる。
 
「近年‥‥って言ってもここ百数十年くらいの事ですけど、外界宿が近代的な組織に変容してから、古い徒の組織の多くが瓦解した。
 それは人間社会における徒側の情報網発見と孅滅が重点化されたからです。
 『百鬼夜行』のフレイムヘイズの出し抜き方が、この情報網の探り合いで勝っていると仮定すれば、納得がいくんです」
 
 信じがたい。
 
 徒は通常、人間を軽視する。そうでない徒でも、人間と交えるのは『個人的な関わり』である。
 
 そんな徒が、『社会的な生き物』としての人間を、人間以上に理解している。
 
 この少女はそう言っているのだ。
 
 今までのフレイムヘイズや外界宿の人間の認識を覆す発想。
 
 やはり信じがたい。
 
 だが‥‥
 
「面白い。それで、お前はどうしたい?」
 
 虞軒がこちらのやり方に合わせてくれるらしい事を察した平井は、堅苦しい表情を消し、いつもの楽しそうな表情で言う。
 
「"釣り"なんてどうですか?♪」
 
 
 
 
(‥‥‥‥疲れる)
 
 平井が外界宿の人(詳しく聞いてない)に会いに行って、悠二は上海の街を観光していた。
 
 もちろん。ヘカテー、シャナ、ヴィルヘルミナも一緒だ。
 
 自分も海外は初めてだというのに、世間知らず二人(+ズレてるメイド)の世話をするのは予想以上に疲れる。
 
 しかも厄介な事に、悠二はまだ翻訳の自在法・『達意の言』を使えない(習ってない)。
 
 
「‥‥‥カルメルさん。よかったんですか?、平井さん一人に行かせて」
 
「彼女がああいった行動を取る以上、何か考えあっての事でありましょう。
 それに‥‥‥」
 
 そこで言葉を区切ったヴィルヘルミナの視線の先を見る。
 
 意外と楽しそうなシャナと、予想通り楽しそうなヘカテー。
 
 それ以上、無粋な追及はせず、ヘカテー達を見る悠二。
 
 考えるのは、昨日からの平井の不自然な挙動。
 
(確か‥‥『百鬼夜行』だったっけ)
 
 中国に渡る船で平井に聞いた今回の依頼の標的である徒の事を思い出す。
 
 隠蔽と遁走に長けた『運び屋』。
 
 自分に気配を抑え、弱そうにしていろと言ったあの言葉。
 
 そして平井の性格。
 
 
(‥‥‥‥なるほどね)
 
 
 悠二は、平井が推測した『百鬼夜行』の細かい特性などは聞いていない。
 
 だが、同時に通常の徒が持つ情報網の『常識』も知らない。
 
 だからこそ、短絡的に、あるいは余計な先入観無しに平井の考えを見抜けた。
 
(‥‥‥囮か)
 
 察しはついても、今は余計な事をせず、平井の考えに合わせておいた方がいいだろう。
 
 要するに、『フレイムヘイズの庇護下にある非力なミステス』になりきる事である。
 
 
「でも、シャナやヘカテーはともかくカルメルさんまで変な行動しないで下さいよ。面倒みきれなぶっ!!」
 
 馬鹿にしたような語調で諭す悠二を、当然の事として裏拳で殴り飛ばすヴィルヘルミナ。
 
(‥‥?)
 
 違和感を覚える。
 
 今の一撃。
 
 今の坂井悠二ならあんな風に吹っ飛ぶような威力は込めていないし、避けられたとしても驚かない。
 
 だが、現に坂井悠二は見事に吹っ飛び、道の真ん中に大の字だ。
 
 こんなつもりではなかったのだが?
 
 
 「いてて」とか言いながら起き上がっている。
 
 "頂の座"が見ていなかったのが救いか。
 
 
 その"頂の座"、悠二が立ち上がり、歩き始めた頃にこちらに近寄ってくる。
 
「ヴィルヘルミナ・カルメル。あれは?」
 
 指し示すのは同じ服を着ているカップル。平井ゆかりがいないから自分に訊こうというのか。
 
 まあ、坂井悠二に訊く事じゃない事は察しているらしい。
 
 仕方ない。
 
 
 
(何だあれ?)
 
 いきなり、ヘカテーとヴィルヘルミナが口をパクパクさせ始めた。
 
 たまに平井ともやっているあれだ。
 
 悠二に聞かれたくない話がある時。ヘカテーと平井は唇を読み合って堂々と『内緒話』をするのだ。
 
 ヴィルヘルミナとやってるのを見るのは初めてだが。
 
 二人が口パクをやめる。『内緒話』は終わったらしい。
 
 
 ヘカテーが近寄ってくる。
 
 本当に、この自分に好意を抱いてくれているらしい少女に、自分は何をしてやれるのだろうか。
 
 そんな悠二の葛藤を知らず、ヘカテーは自分の大きく白い帽子に手をかけ‥‥‥
 
 ぴょんとジャンプして、ぽふっ、と、その帽子を悠二にかぶせた。
 
「‥‥へ?」
 
 
 見れば何故か満ち足りた顔をしている。
 
 これは‥‥まさかペアルックのつもりなのか?
 
 ヴィルヘルミナに目を向ければ、うんうんと無表情を頷かせている。
 
 何だあの満足そうな仕草は。
 
 
 明らかに間違った事をヘカテーに教えたヴィルヘルミナに腹も立つが、今は‥‥‥
 
「♪」
 
 どうすればこの笑顔を曇らせないで済むかを考える事だ。
 
「あの、ヘカテー?」
 
「何ですか?」
 
 
(‥‥‥眩しい)
 
 どうすればいい?、この自分には恐ろしく似合わない帽子をかぶり続けるしかないのか?
 
 
 その日、悠二は結局ずっと帽子をかぶり続ける羽目になった。
 
 『惚れられた弱み』とでも言うべきであろう。
 
 
 
 
(あとがき)
 この章の話は、『百鬼夜行』の特性をフレイムヘイズ側が知らない、という仮定を基にして書きます。
 実際の所、原作でどうなのかはよくわかりません。



[4777] 水色の星S 六章 十一話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/12/03 00:07
 
 上海の街外れ。
 
 パラの燐子、『温柔敦厚号』と、『大人君子号』が停泊地にて逗留している。
 
「遅れちまったな」
 
 乗客の徒達が雑談に興じているのを余所に、『百鬼夜行』の頭目、"深隠の柎"ギュウキが先ほどまで使っていた『人化』を解きながら手下二人に話し掛ける。
 
「どうでしたか?、ボス」
 
 
 平井の推測は的中していた。
 
 『百鬼夜行』、その中でも、頭目のギュウキの"人使いの才能"は、徒としてはあり得ないほどに高く、情報収集も人間を用いていた。
 
 そしてギュウキは、その慣習としていつものように人間からフレイムヘイズの現状把握に行っていたのだ。
 
 そのギュウキが、二人の手下に現状報告をする。
 
「すぐにわかった。『万条の仕手』だ」
 
「‥‥‥‥またか?」
 
 数百年前、最強と謡われた『炎髪灼眼の討ち手』マティルダ・サントメールと共に自分達を襲い、さらに近年襲撃を受け、運行ルートを潰しに現れたフレイムヘイズの名前にうんざりしたようにゼミナが応える。
 
 しかし、ギュウキの方はさほど嫌そうな顔はしていない。まだ、このルートを築いてまるで時間も経っていない。惜しくないはずはないのだが‥‥
 
「まあ、聞け。その『万条の仕手』だが‥‥どうやら今は、ミステスの庇護をしているらしくてな。それも‥‥‥」
 
「それも?」
 
「そのミステス、感知能力の宝具が入ってるらしい」
 
 給仕服の女性や小柄な少女に振り回されながら、時折、「あっちだ」だの「感じ取れなくなった」だのと呟く薄気味悪い少年の目撃情報を多数聞く事ができた。
 
 行き逢った徒から、それがトーチである事もわかっている。
 
 フレイムヘイズと一緒にいる唐突に遠くに注意を払うトーチ。
 
 予測は簡単についた。
 
 
「「感知能力!!」」
 
 ゼミナとパラが歓喜の叫びを上げ、慌てて口を塞ぎ、周りの乗客に聞かれていないか確認する。
 
 頼まれれば運ぶ。騒動からは逃げる。そんな金科玉条を持つ彼らにとって、喉から手が出るほど欲しい宝具である。
 
 
 しかしそれでも‥‥
 
「しかしまあ、やんちゃをする気はねえけどな」
 
「ええ。安全運転安全運行が私達のモットーですからね」
 
 未練も執着もある。しかし、危険を侵す気はない。
 
 『万条の仕手』から戦って宝具を手に入れようなどと彼らは当然考えない。
 
 奪うチャンスはうかがうが、少しでも危険を感じれば‥‥‥
 
「危機に対さば即退散」
 
 
 
 
 悠二達が上海に着いてから三日。その間、ちゃんとそれらしい行動もとってきた。
 
(そろそろ、いいかな)
 
 この作戦。まだヘカテー達には話していない。
 
 平井と悠二しか知らない。他の三人に言わない理由は単純明快。
 
 演技できるような性格ではないからだ。
 
 しかし、そろそろ話しておくべきだろう。
 
 
 部屋を出て、朝食の席につく。その場で説明しよう。
 
 
 ‥‥‥‥‥‥
 
 
「なるほど。しかし、何故それほど早く我々の存在が奴らに知れていると判断したのでありますか?」
 
「‥‥‥カルメルさん。鏡見て下さい」
 
「私はそれで構わない。その編成なら警戒されないはずだし」
 
「何故‥‥私ではダメなのですか?」
 
「『タルタロス』の隠蔽があってもヘカテーは見た目を知られてるでしょ?、念のためだよ」
 
 
(‥‥‥‥‥‥)
 
 作戦は聞いた。
 
 妥当性も理解できる。
 しかし、許容しがたい事も事実。
 
 悠二の扱いも、その編成も。
 
(!)
 
 妙案を思いつく。
 
 我ながら今日は冴えている。これならイケる。
 
 しかし、賛成してはもらえないだろう。
 作戦としてのメリットはほとんどないのだから。
 
 だから、秘密にしておいて独断で決行しようと決める。
 
 
「わかりました」
 
 この場は素直に了承しておこう。
 
 
「"仕込み"は私と坂井君でやる。あとは各自で役割を果たして。
 私は離脱したあと、外界宿(アウトロー)総本部に向かうから」
 
 
 一人、作戦に全面的には賛成していないヘカテー。そもそも彼女にとって『百鬼夜行』などどうでもいいのだ。
 
 平井が説明し、シャナとヴィルヘルミナが頷くなか(ちなみに悠二はさっきの発言のせいで無様にひっくり返っている)、ヘカテーは可愛い『悪戯』(客観的には)を企む。
 
 
 
 
 街を歩く悠二、ヘカテー、平井、シャナ、ヴィルヘルミナ。
 
 人通りの多い道だ。ここならばすぐに伝わってくれるだろう。
 
「スゥ」
 
 息を吸い込み‥‥
 
「何それ!、私が悪いって言ってるの!?」
 
 大声で叫ぶ。
 
「そうは言ってないだろ?、けどこっちの言い分も聞いてくれてもいいじゃないか!?」
 
 それに悠二も怒鳴り返す。
 
「もともとそういう話だったじゃない!、あとから文句つけないでよね!!」
 
 この会話の内容自体に意味は無い。"目立つため"にやっているだけだ。
 
「仕方ないだろ!?、こっちだって都合があるんだから!」
 
 道行く人達が、いきなり道の真ん中で口喧嘩を始めた二人の若者を足を止めて見る。
 
(‥‥‥十分か)
 
 ドゴッ!!
 
「ぐあ!!」
 
「もうあったまきた!、しばらく顔見せないでよね!、行こ、近衛さん、カルメルさん!」
 
 悠二を殴り飛ばし、背を向け、ヘカテーとヴィルヘルミナの手を取り、歩きだす平井(念のため、『ヘカテー』の名は出さない)。
 
 
 平井に手を引かれるヘカテーの、引かれていない方の手に、一本の黒い筒がある。
 
 
 
 
「いててて」
 
(殴るとは聞いてないぞ)
 
 しかも女の子がグーで殴るのは感心しないし、痛い。
 
 
「行くわよ。坂井悠二」
 
 予定通りに残ったシャナが気遣いゼロで言う。
 
 これで、『非力なミステスとそれを庇護する"新米"フレイムヘイズ』の出来上がりだ。
 
 いくらなんでも、フレイムヘイズが二人いて、その両方がミステスを放置するというのは不自然だし、逆に警戒される恐れがある。
 
 未だにシャナが少々苦手な悠二としては気が進まなかったが、これ以上の編成はまずない。
 
 前を歩くシャナに追い付こうとして歩を早める悠二、その視界が‥‥
 
「!、なっ?」
 
 全く違う景色に変わる。
 
 いや、視点の高さも、今出した声すら違う。
 
「ヘカテー、坂井君とシャナが二人きりで落ち着かないのもわかるけど、あんまりキョドらないでね?」
 
(‥‥‥ヘカテー?)
 
 小声で話し掛けてくる。今いるはずのない平井の声、自分に使われたらしい『ヘカテー』の言葉、今の光景、全てに混乱する。
 
「このまま、まず間違いなく私達の方に『足止め』を差し向けてくるはずであります。平井ゆかり嬢、早めに離脱した方が‥‥」
 
「わかってますよ。あとは、坂井君とシャナのお手並み拝見、かな?」
 
 
「な!?、ちょっ!?」
 
「挙動不審」
 
「ヘカテー、騒いじゃダメだってば」
 
 
 作戦は滞りなく進行中である。
 
 
 
 
(上手くいった)
 
 前を歩くシャナに続く悠二。その体に意志総体を宿すヘカテーである。
 
 以前、ヘカテーと平井の意志総体を入れ替えた宝具・『リシャッフル』。
 
 この作戦で、悠二とシャナが二人きりになる、というヘカテーにとっては甚だ面白くない事態を何とかしようと思い、ヘカテーが使ったのがこの宝具である。
 
 何故シャナと体を交換し、悠二と二人きりになろうとしなかったかというと、出来ないからだ。
 
 この宝具はレンズを覗き込む事で使用者と対象者の意志総体を入れ替えるが、その効果は、『互いの間に"心の壁"がある』と発現しない。
 
 シャナとヘカテーではまず無理である。
 
 
 そして、悠二となら出来た。
 
 これは、二人の間の信頼の証明でもあった。
 
(嬉しい)
 
 悠二の事は、知らないわけではないが、きっと、知らない事の方が多い。
 
 自分も、悠二に話していない事がたくさんある。
 
 それでも、自分達の間に『壁』は無い。
 
 若干の恐怖を払いのけて試した甲斐があったというものだ。
 
 
 シャナと悠二の二人きりも阻止できた。
 
 前を歩くシャナを見る。
 
(‥‥‥‥‥‥)
 
 おそらく、シャナ自身も、ヴィルヘルミナでさえ気付いていないだろうが、中国に着く前後の時期から、シャナの悠二への態度が微妙に変わってきている。
 
 それにヘカテーは気付いた。おそらく、この場に吉田一美がいても気付いただろう。
 
 そういうものだ。
 
 
 紅世の関わりがある分、シャナは自分にとって吉田以上に危険な宿敵に成り得るのかも知れない。
 
 『炎髪灼眼の討ち手』というだけで、ヘカテーにとっては十分、相容れない存在であるというのに。
 
 
 元々、ヘカテーは愛想のいい方ではない。しかし、特定の誰かを嫌いになるような娘でもない。
 
 そんなヘカテーも、このシャナ・サントメールは受け入れがたかった。
 
 悠二の事もあるし、『それ以外』の事もある。
 
 性格以前に仲良くできない要素が多すぎるのだ。
 
 
(負けない)
 
 ともあれ、今の自分は悠二に好かれる事を第一としている。
 
 やはり、それに関する事で対抗意識を燃やす。
 
 
 最近、わかった事がある。最近になって理解できた事がある。
 
 自分が悠二をこれほどまでに求めるようになったのは、オメガに言われ、自分の想いに気付いてからだ。
 
 漠然とした、ただ大きくて方向性の無かった想いが、それをきっかけに、はっきりと、強く、熱く、形を持ってからだ。
 
 それを、このシャナ・サントメールにもあてはめて考える。あてはまる。
 
(気付かないで)
 
 自分の大事な人を、この少女に奪われたくない。
 
(お願いだから)
 
 
 そんな風に願ってしまう自分が、炎髪の少女が想いに気付いても平気だという自信の持てない自分が‥‥‥
 
 とても弱く思えた。
 
 
 
 
(あとがき)
 うーん。次の次辺りで六章終わらせたいかなぁ。
 書かないといけないエピソードがまだまだあるからあまり一つの話を長くするわけにも‥‥‥。



[4777] 水色の星S 六章 十二話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2008/12/07 23:08
 
「それで、今貴方は坂井悠二の意志総体を宿していると?」
 
「破廉恥」
 
「その表現やめてくれ」
 
 
 ヘカテーの『リシャッフル』により、ヘカテーの体に意志総体が移った悠二とヴィルヘルミナは、今、街から離れている。
 
 同様に街を離れているシャナやヘカテー(イン・悠二)とはまるで違う方向に、だ。
 
 『百鬼夜行』は、逃げの算段をうつ時、自分達を追跡する者が強力である場合、乗客を足止め、あるいは『楯』とする手をよく使う(騙して)。
 
 
 乗客達に討ち手を襲わせ、そうやって自分達への追撃の注意を逸らし、その間に自分達は気配を隠して去る、というわけだ。
 
 今回もあちらにちゃんとこっちの状態が伝わっていれば、『万条の仕手』への足止めがくるはずである。
 
「その体、うまく扱えるのでありますか?」
 
「そんな事言われても、こんな経験した事無いし‥‥‥」
 
「まあ、私共には"あの時"同様、捨て駒同然の徒がくるはず、私一人でも問題ないはずでありますが‥‥‥」
 
「問題は"あっち"ですか‥‥?」
 
 
 作戦では、先の喧嘩騒ぎで『万条の仕手』と別れた『感知能力のミステスと新米フレイムヘイズ』を『百鬼夜行』に狙わせる事になっている。
 
 乗客の中でも腕利きの徒や『百鬼夜行』と戦うのは別動隊のシャナとヘカテーになるはずなのだが‥‥
 
「たとえ"頂の座"がまともに戦えずとも、あの方なら『百鬼夜行』程度に遅れをとる事はないのであります」
 
「心配無用」
 
 二人の『万条の仕手』はそうは言うが、悠二としてはやはり心配だ。
 
 ヘカテーも、悠二の体などで戦った事などあるはずはないし、シャナにいたっては‥‥
 
「あの子はフレイムヘイズになった、まさにその瞬間から史上最悪のミステスと言われた『天目一個』と戦い、死闘の果てにこれをくだし‥‥‥」
 
 確かに強いとは思うが、ヴィルヘルミナの評価が正しいかと言えばそこはかとなく疑問が残る。
 
 要するに‥‥
 
「‥‥‥親バカ」
 
「む、今何か仰いましたか?」
 
「別に何も?」
 
 
 
 
 坂井悠二の様子が何かおかしい。
 
 いつもなら自分に対する時は大抵、妙に困ったような顔をしているのだが‥‥
 
「‥‥‥‥‥」
 
 無口、無表情。今から『百鬼夜行』と対するゆえの緊張とも思えない。
 
 何か、不愉快だ。
 
 
「‥‥‥‥何よ?」
 
 仕方なく訊く事にする。
 
 それに対し、坂井悠二は首をかしげるだけ。
 
 
「っ〜!、何変な顔してんのかって訊いてるのよ!」
 
「‥‥‥別に私は変な顔などしていません」
 
 
「‥‥‥‥私?」
 
「貴様、何かおかしなものでも喰ったか?」
 
 アラストールも怪訝な声を出す。坂井悠二が自分に対して敬語など使った事はないし、自称は『僕』のはずだ。
 
「貴女には関係の無い事です」
 
 その、これまでとはあまりに違う態度に、カッとなり怒鳴りつけようとした、その時‥‥‥
 
「なるほどな」
 
 胸元の『コキュートス』から、アラストールが納得の声を出す。
 
「『リシャッフル』か。そうであろう?、"頂の座"?」
 
("頂の座"?)
 
 『リシャッフル』という言葉に聞き覚えは無かったが、そちらの名前の方に疑問を抱く。
 
「互いの意志総体を、交換する宝具です。囮役は私がします」
 
 悠二なヘカテーが、自身の作戦が上手くいった事を得意気に宣告する。
 
 
 意志総体の交換。
 
 つまり今、坂井悠二の体で自分に対しているのはあの徒の巫女だという事か。
 
 なぜ入れ替わったりしたのか理由はわからないし、同伴するのが坂井悠二だろうと"頂の座"だろうと、自分がやる事に変わりはない。
 
 しかし‥‥‥
 
「おまえ、その体、まともに扱えるの?」
 
「心配いりません」
 
 何の根拠もなしに断言するヘカテー。
 
 しかし、シャナとしては先の質問の内容よりも気に掛かっている事があった。
 
 『"頂の座"の態度で話す坂井悠二』
 
 この現状がひどく落ち着かない。いや、正直に認めて不愉快だった。
 
 思えば、この巫女とこんな風に真っ向から話した事はほとんどない。
 
 坂井悠二や平井ゆかり、学校の他の生徒を間に介する形でしか接してこなかったためだ。
 
 向こうも、こちらに対して少なくとも良い印象は持っていない。それくらいはわかる。
 
 だが、それを坂井悠二の姿でやられると‥‥
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 こんなに腹の立つ顔をしていたのか、というくらい気に喰わない。
 
 
 そういえば、何故いつもこの巫女は自分に若干の敵意を向けてくるのだろう?
 
 フレイムヘイズだから徒が嫌うのは当たり前、では通らない。
 ヴィルヘルミナとは結構仲良しに見えるからだ。
 
 坂井悠二ならともかく、この巫女に嫌われるような事をした覚えもない。
 
 
 未熟な少女は、何故自分が嫌われているかがわからない。
 
 自分の内面すら、使命と家族、その二つ程度しか把握できていない。
 
 未熟なヘカテーより、さらにさらに未熟であった。
 
 
 
 
「『万条の仕手』とミステスが別れた。新米らしいのがくっついてるが、乗客はどうだ?」
 
 今しがた、再びの偵察から戻ってきた『百鬼夜行』の頭目、"深隠の柎"ギュウキが、『手駒』の確認をする。
 
「"壊刃"達の後に一人、約束通り下ろしてしまいました。たしか、"駆掠の轢(くりゃくのれき)"です」
 
「あの逃げ上手か、まあいい。他の腕っこきは逃がさなかったな?」
 
 "輿隷の御者"パラの答えに、満足そうに問い返す。逃げ上手など、『楯』には要らない。
 
「ああ。それより、その新米っていうのはどうなんだ?、ギュウキさん」
 
 それに応えたのはパラではなく、"坤典の隧"ゼミナ。
 
「ああ。ガキの娘っこだ。そんなフレイムヘイズ知らねえし、一応キアラ・トスカナかと思って確認したが、違うみてえだ。間違いなく新米だ」
 
 
 この『百鬼夜行』の三人は、実のところ、持っている存在の力はそれなりに大きい。
 戦いから逃げ、騒動から逃げ、そんな彼らの性質から"王"と呼ばれる事はない。しかし、そんな彼らの性質こそが、"名の知れた王"に比すれば格段に見劣りする彼らを永い時、生き長らえさせてきたともいえる。
 
 そんな彼らをして、いや、そんな彼らだからこそ、感知能力の宝具は魅力的に見えた。
 
 
「それじゃ、そのミステスと新米が『万条の仕手』と合流なんてしないうちに‥‥‥」
 
「やるぜ」
 
 
 三人は悪巧みを決行する。
 
 
 
 
「それで、大丈夫なのか?、意志総体を交換したのだろう?」
 
 場所は上海外界宿(アウトロー)総本部。言うは『剣花の薙ぎ手』虞軒。
 
「まあ、大丈夫なんじゃないですか?、仮にも"頂の座"ですよ」
 
 応えるは先刻、ヴィルヘルミナ達と別れた平井ゆかり。
 
「‥‥本当に"頂の座"なのだろうな?、にわかに信じられぬのだが」
 
 仮装舞踏会(バル・マスケ)の巫女が、『零時迷子』のミステスと共に下界で過ごしている、という確かに普通ならまず考えられないような『事実』を、虞軒はまだ疑っていた。
 
「まあ、いざとなればシャナだけでも追っ払うくらい出来るでしょ。逃げが第一の『百鬼夜行』ですし」
 
「それで逃がすようではお前達がわざわざこんな面倒な真似をしてきた事が無意味となるはずであろう?」
 
 平井の言葉に厳しく返すのは、虞軒の腰にある華美な拵えの直剣。神器『昆吾』にその意志を表出させる"奉の錦旆"帝鴻。
 
「いいえ?、元々、坂井君組で戦えば倒せる、なんて楽観視はしてませんから」
 
「‥‥‥何だと?」
 
 なら、今までの作戦は何だったというのか。平井の言葉の意味が、虞軒にも帝鴻にもさっぱりわからない。
 
「襲われれば乗客を足止めにして、自分達は宝具を奪って逃げる。それが『百鬼夜行』。
 もし、標的にしたミステスと新米フレイムヘイズが予想外の使い手だった場合、『百鬼夜行』はどうすると思いますか?」
 
 考えるまでもなく、虞軒は即答する。
 
「逃げるだろう。その逃走を阻止するためにお前はこんな手間をかけたのでは‥‥‥」
 
「そう、必ず逃げると思います。そして、おそらくそれを成功させる」
 
 虞軒の言葉の中途で平井は言う。
 
 
「この魚を捕まえるには、釣り針だけじゃなくて網がいるんですよ」
 
 
 
 
「ひゃーはっは!!、こいつらがそのフレイムヘイズか!?」
 
「殺せる、殺せる」
 
「ようやく出番か」
 
「よっしゃ、やるぜ!!」
 
 
 ヘカテーな悠二とヴィルヘルミナを、道の両側を塞ぐように止まったボンネットバス、パラの燐子、『温柔敦厚号』と『大人君子号』である。
 
 その中から、次々と異形異様の徒達が現れてくる。
 
「思った通り。捨て駒同然の徒達でありますな」
 
「予想通り」
 
「‥‥‥徒って、普通あんな感じなんですか?」
 
 全く平静なヴィルヘルミナとティアマトーと違い、悠二はビックリしている。
 
 前の『海魔(クラーケン)』の時も密かに驚いてはいた。
 
 悠二が今まで会った徒はあの『海魔』を除いて全てが人の姿をとっていたため、あの『海魔』が特別で、普通は人の姿だと思っていたのだ。
 
 
 しかし、目の前にいるのは化け物揃い。
 
「徒に見た目など関係ないのであります。それよりも‥‥‥」
 
「わかってますよ」
 
 ヴィルヘルミナの意図を察し、前方のバスに向けて炎弾を放つ。
 
 色は、"銀"。
 
 
 ドオォオン!
 
(‥‥‥‥よし)
 
 ヘカテーの体でも力を扱える(慣れてはいないが)事を確認し、同時に徒達の足を奪う。
 
 
 悠二自身は気付いていないが、これはヘカテーと今まで幾度となく『器』を合わせ、感覚を共有してきた結果でもあった。
 
 そして、炎の色。どうやら意志総体の方に準ずるらしい。
 今、当たり前だが悠二(ヘカテー)の 中に『零時迷子』、いや『大命詩扁』はない。色が銀なのはもう悠二自身の炎が慣らされて、変色してしまっているためだ。
 
 
 バスを破壊され、徒達が慌てるうちに、ヴィルヘルミナが後方のバスを炎弾で破壊する。
 
 
「てめえら!、あんまり調子に乗るんじゃねえぞ!!」
 
「今の炎、銀!?」
 
「八つ裂きにしてやる」
 
 
 徒達が騒ぐ。
 
 悠二とヴィルヘルミナは平静だ。
 
「力は扱えるようでありますな。であれば、後方半分は任せたのであります」
 
「孅滅」
 
「へえ。それくらいには信用してもらえるようになったって事ですか?」
 
「戯言無用」
 
 
 背中合わせに声を掛け合い、戦いに向かう悠二とヴィルヘルミナ。
 
 
 この徒達は、特別弱いわけではない。
 普通の徒、ただそれだけだ。
 
 この数でかかれば普通の使い手には勝てる。
 
 だが、今回は‥‥‥
 
 
 
 相手が悪すぎた。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回は水虫的解釈や水虫的設定が多い回でした。
 『リシャッフル』時の炎の色とか。
 不満などもあるでしょうが、この作品ではこんな感じです。ご了承を。



[4777] 水色の星S 六章 十三話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/12/07 07:39
 
 ヘカテーの、いや、悠二の全身からおびただしい量の銀の炎が立ち上る。
 
 悠二は、多人数と戦った経験が無い。
 
 ヴィルヘルミナとの体術の鍛練で、多角攻撃への対応を反復して教え込まれたくらいだ。
 
 実戦では初めてだし、何より、今は体の大きさなど、普段通りに出来ないところが多い。
 
 そう考えた悠二のとった選択、“ハッタリ”だった。
 
「な‥‥!?」
 
 必要以上の力の顕現で相手に“逃げる事”を強く意識させる。
 
「こいつ!?」
 
 それは図に当たる。『こっちは大勢、だが相手は強い』、この状況で即座に逃げには入らない。しかし誰も率先して攻めはしない。
 
「う‥‥あ‥‥」
 
 こうなってしまえば、もう数が多いだけの『的』にすぎない。
 
 
 悠二の、いや、ヘカテーの細い腕に、複雑怪奇な自在式が絡みつき、次の瞬間、炎が轟然と沸き上がる。
 
「喰らえ!」
 
 自在法・『蛇紋(セルペンス)』。猛る銀炎の大蛇が、徒達に襲いかかる。
 
 
 その後方、
 
「神器『ペルソナ』を」
 
 ヴィルヘルミナの頭のヘッドドレスが解け、狐を模した仮面へと変わる。
 
 戦装束に姿を変えた『戦技無双の舞踏姫』は、そのリボンを怒涛の如く徒達へと伸ばす。
 
 
 悠二に対する徒達に、銀炎の大蛇が襲いかかり、その長く大きな体で徒達の逃げ道を塞ぐ。
 
 ヴィルヘルミナに対する徒達に、その仮面から溢れる純白の万条が迫り、一人残らず捕える。そのリボンの表面に、桜色の自在式が浮かぶ。
 
 
 それは同時だった。
 
「「爆ぜろ!」」
 
 
 悠二に対していた徒達、ヴィルヘルミナに対していた徒達、その双方が、
 
 銀と桜に呑まれて消えた。
 
 
 
 
「網‥‥だと?」
 
「はい。簡単に言うと二段構えですね。『百鬼夜行』は乗客を楯にして、ヘカテーやシャナから隠れて逃げる。そこを叩きます」
 
 所変わって上海外界宿(アウトロー)総本部。
 
 平井ゆかりと『剣花の薙ぎ手』虞軒である。
 
 
「しかし、その追撃は誰がする?、もう人員は‥‥」
 
「いるじゃないですか♪、ここに」
 
 平井の言葉の意味する事に、数瞬遅れて虞軒は気付く。
 
「‥‥‥私か?、いやまて、私には今、やつらの居場所もわからんのだぞ?
 気配隠蔽を使われてはなおさら追撃など‥‥‥」
 
 冗談じゃない。それが出来ていれば最初から応援など呼ばないし、皆が皆、『百鬼夜行』を取り逃がしてはいないはずだ。
 
「気配隠蔽を“使わせる”ためにシャナやヘカテーに暴れてもらうんですよ」
 
 わけがわからない。
 
 今度は何だと言うのか。
 
「はいこれ。御崎市にいる仲間から作ってもらった通信用の自在式の栞です」 
 
「通信?」
 
 栞を虞軒に手渡し、平井は今度は二枚の白い羽根を取り出す。
 
 
「ナビは私がしますから♪」
 
 
 
 
「へっ、何だこいつらは?」
 
「わざわざ手伝え、何て言うからどんなのかと思えば、ガキと喰いかすじゃねーか」
 
「気の毒だがな、死んでもらうぜ」
 
 
 悠二達とは別方向に街から離れていた悠二なヘカテーとシャナ。
 
 その眼前に現れた徒達。
 
 悠二達の方に向かった徒達に比すれば、“それなりに”大きな力を持った徒達だ。
 
 『百鬼夜行』が悠二達の方に向かわせた徒達は『やられる事を前提とした捨て駒』。
 今、『感知能力の宝具』を奪わせようとしている徒達は『いざというときの楯』である。
 
 無論、『百鬼夜行』の三人はこの場に姿を見せてはいない。隠れてみている。
 
 
(ボス。『温柔敦厚号』と『大人君子号』がやられたようです)
 
 パラが小声で頭目、ギュウキに自らの燐子、すなわち『足止め』の敗北を告げる。
 
(ちっ、もうちっと持ちこたえられねえのか。足止めにもなりゃしねえ)
 
(さっさと片付けよう。『万条の仕手』に気付かれる前に)
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 そんな相手達の思惑を、平井の作戦を聞き、理解しているヘカテー。
 
 個人的には『百鬼夜行』などに興味は無いし、この時点で当初の(ヘカテーの)目的である平井ゆかりの安全確保はほぼ完了してはいる。
 
 だが、『零時迷子』に、悠二に手を出す事は許さない(今は自分が入ってはいるのだが)。
 
 
「おまえ達、私達と戦う気?」
 
 シャナ・サントメールが、眼前の徒達と会話を始める。
 
 先ほど立てた作戦通り。『百鬼夜行』自身が姿を見せない場合は、シャナが時間を稼ぎ、自分は『百鬼夜行』の位置を探る。
 
「‥‥‥‥‥」
 
 感覚を研ぎ澄ませる。
 
 以前、“愛染”との戦いの時にも感じた悠二の感知感覚。その後も何度も『器』を合わせて感じてきた感覚を研ぎ澄ませる。
 
(気配隠蔽を使っていようと‥‥‥)
 
 おそらく、目で見える位置。かなり近い場所に潜伏しているはずだ。それなら、悠二の鋭敏な感知能力なら‥‥
 
(‥‥見つけた!)
 
「サントメール。“いいですよ”」
 
 
 少ないボキャブラリーで必死に時間を稼いでいたシャナに『準備完了』を告げる。
 
「遅い」
 
 一言文句を言い、次の瞬間、自在の黒衣『夜笠』を纏い、その黒い髪と瞳が煌めく紅蓮に燃え上がる。
 
「へ?」
 
 今まで『今から仕留める獲物』に余裕綽々で話し掛けていた眼前の徒はその変化に一瞬呆け‥‥
 
「はっ!」
 
 目の前の少女の黒衣から抜き出された大太刀の一閃で斬り倒される。
 
 
「このガキっ!!」
 
「なめんじゃねえぞ!」
 
 
 その眼前の紅蓮の持つ意味を深く知らない若い徒達がシャナに怒りのままに向かう。
 
 そして、ヘカテーは飛び上がる。
 
 
(馬鹿な!?)
 
(『炎髪灼眼』だと!?)
 
 
 物陰に潜んで様子を伺っていた『百鬼夜行』はこの意味に当然気付いている。
 
 気付き、即座に逃げに入ろうとする彼らの後ろに‥‥
 
 トン
 
 黒髪の少年(に見える)が降り立つ。
 
「な?」
 
「へ?」
 
 『百鬼夜行』の三人が、事態を呑み込むよりも一瞬早く。
 
「『星(アステル)』よ」
 
 水色の流星が放たれた。
 
 
 
 
(まずは一人!)
 
 初太刀で上手く一人倒せたシャナ。
 
 『百鬼夜行』の索敵は坂井悠二‥‥じゃなくて“頂の座”に任せ、自分は目の前の徒達に集中する。
 
「くたばれぇ!」
 
 叫び、炎弾を放とうと右手に力を集中させる半魚人のような徒。その力が具現化する前にその右腕を斬り飛ばす。
 
「ぎゃああああ!!」
 
 痛みに叫び、動きの止まった半魚人を、そのまま返す刀で斬り倒す。
 
(あと五人!)
 
 シャナの右側から、少し離れた位置から徒が二人、炎弾を放とうと掌をシャナに向けている。
 
 斬り込むには、間合いが遠い。
 
「死ねえ!!」
 
 炎弾がシャナに向けて放たれる。
 しかし、斬り込むのは無理と即座に判断し、対応していたシャナはもう力を練り終えている。
 
「燃えろ!」
 
 『贄殿遮那』から沸き上がる炎が紅蓮の大太刀となり、放たれる。
 
 炎弾二つを呑み込み、そのまま炎弾を放った徒二人もまとめて焼き払う。
 
 
(あと三人!)
 
 
 ドドドドォン!
 
 離れた場所にある古びた倉庫が水色の爆発に吹き飛び、辺りが爆煙に覆われる。
 
 そこから、影が四つ飛び出す。
 
(“頂の座”、しくじったの!?)
 
 実際にはヘカテーのミスというより、『百鬼夜行』の長年培ってきた危機察知能力の生んだ結果であるが、シャナにはどちらでもいい。
 
 
 優先して倒すべき『百鬼夜行』に向けて、足裏を爆発させて飛ぶ。
 
 
 
 
「『出ろ』」
 
 平井の言葉に合わせて、そのだだっ広い一室に上海を細部にまで模した箱庭が広がる。
 
「これは‥‥『玻璃壇』か!?」
 
「知ってますか、さっすが♪」
 
 これが平井の言うところの『網』。かつて“狩人”フリアグネが所持し、ヘカテーに渡り、今は平井が預かる宝具・『玻璃壇』である。
 
「『玻璃壇』は徒は映さない。けど、存在の力の流れや自在法なら細部に映してくれます。
 『百鬼夜行』が気配隠蔽の『自在法』を使ったら、それを逆に『目印』にして追撃します」
 
 
「‥‥お前には本当に驚かされる」
 
「敵を騙すにはまず味方から、なんてね」
 
「ふふ、お前。最初からこの私をあごで使うつもりだったな。いい性格をしている」
 
 言いながらも、虞軒は楽しげですらある。
 
 多分、褒めてはいない意味合いのその言葉をしかし、平井は褒め言葉として受け取る。
 
「ふふ、自分でもそう思います♪」
 
 こんな自分が好きで、楽しいからだ。
 
 
 
 
「はああああ!」
 
 爆発の勢いでゼミナに斬りかかるシャナ。
 
 しかし、ゼミナはそれより一瞬早く、後ろからの斬撃を手に持ったツルハシで受けて吹っ飛ぶ。
 
 シャナの向かう先には悠二の体のヘカテー。
 
「お、お前!、どけぐ!!」
 
「くっ!」
 
 爆発の勢いで思い切りタックルをかましてしまう。
 
 バランスを崩し、二人そろって落ちていく。
 
 
(水色?、何がどーなってんだ!?)
 
(パラ、『ヒーシの種』はまだか?)
 
(ゼミナさんも、『地ばしり』の方を頼みますよ!)
 
 二人が落下している最中、『百鬼夜行』は『逃げ』の算段を立てる。
 
 
「はあ!」
 
 『飛翔』を使えるヘカテーがシャナより素早く行動し、『百鬼夜行』に向かう。
 
 それに立ちふさがるのは、『百鬼夜行』の用心棒にして、戦力の要、“坤典の隧”ゼミナである。
 
 手にしたツルハシを振り回し、ヘカテーを襲う。
 
 ヘカテーも、悠二の持つ『吸血鬼(ブルートザオガー)』でそれに立ち向かう。
 
 ギィン!
 
 大剣とツルハシがぶつかり、ヘカテーが『吸血鬼』の特殊能力でゼミナを攻撃しようと刃に存在の力を流そうとした、その時‥‥‥
 
「はああああ!」
 
 後ろからシャナが紅蓮の大太刀を放つ。
 
(邪魔を!)
 
 別にシャナは邪魔しようとしたわけではない。
 
 ヘカテーの行動を、『相手の動きを止める、自分へのサポート』と判断しての攻撃である。
 
 その灼熱の炎を、ヘカテー、そしてゼミナがかろうじて避ける。
 
 
「ふん!!」
 
 ゼミナが手にしたツルハシで思い切り地面を叩く、否、砕く。
 
 凄まじい土煙が沸き上がり、ヘカテーを、シャナを、乗客の徒達を、『百鬼夜行』を覆い隠す。
 
 
(どこ!?)
 
(『百鬼夜行』は?)
 
 
 シャナとヘカテーも、当然のように標的を見失い、
 
 
(そこ!)
 
 僅かな気配に反応し、ヘカテーが大剣を振り下ろす。
 
 
 ギィン!!
 
 そこにいたのは‥‥
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 同じように敵だと思って紅蓮に燃える刀を振り下ろしたシャナだった。
 
 
 つくづく噛み合わない二人である。
 
 
 
 二人と『百鬼夜行』の戦いは、まだ続く。
 
 
 
 
(あとがき)
 ゼミナの『じばしり』、上手く変換出来なかったんですよね。
 シャナは難しい漢字多くてたまにこんな事態に陥ります。ご了承を。



[4777] 水色の星S 六章 十四話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/12/08 22:41
 
 土煙の舞う『戦場』。
 
 シャナとヘカテーが互いに刃を合わせている間、『百鬼夜行』の乗客、生き残っていた三人の徒も動揺していた。
 
 自分達も土煙に包まれてしまっている。これでは敵の場所がわからない。
 
 
 そんな三人の前に、ゼミナが土煙を巻き上げる前に全員の位置を確認していたギュウキが飛び出す。
 
「なっ!?」
 
 そして、三人の乗客達を布状の自在法・『倉蓑笠(くらのみのかさ)』で覆い隠す。
 
(気配隠蔽?、逃げろって事か?)
 
 自分達を包んだ自在法の性質からギュウキの意図をそう解釈する徒だが、すぐにそれが間違いだと気付く。
 
 他ならぬ、自分達自身が発する声で。
 
「『炎髪灼眼』、まさか二代目が現れているとはな!」
 
「その水色の炎と星、貴様一体何者だ!?」
 
「まあ、どちらにしろ関係ない。貴様らはここで死ぬのだからな!」
 
 
 自分が全く意図していない叫びを上げた事に驚き、慌てて布を取り去る、その腕が違う。
 
 自分の腕ではない。木製の作り物っぽい腕に変わっていた。
 
 横を見る。自分と同じように自分達の姿に戸惑うゼミナとパラ。いや、おそらく、自分と同じ乗客。
 
 "『百鬼夜行』と同じ姿の自分達"。
 
(あっ、あいつら‥‥‥‥)
 
(俺達を囮にしやがった!?)
 
 
 気付いても、もう遅い。
 
 土煙は少しずつ晴れていき、自分達の口から『勝手』に発せられる声は、先ほどのフレイムヘイズ達に自分達の位置を知らせてしまう。
 
「さあ!、とっととかかってこいや!!」
 
(俺じゃない!、俺じゃないんだ!!)
 
 
 
 
(ゼミナ、どうだ?)
 
(ダメだ。地力が違う。できて善戦、そんなところか、しかも相手は二人)
 
(パラ、『ヒーシの種』は撒いたな?)
 
(はい。あとは、ゼミナさん)
 
(ああ、もう長居は無用だ)
 
 
 土煙に紛れ、『百鬼夜行』は逃亡を図る。
 
 
 
 
 ギリギリギリギリ
 
「シャナ。何をしている!?」
 
 悠二なヘカテーと無駄に鍔迫り合いをしていたシャナがハッと使命に立ち返り、辺りを見渡す。
 
 土煙が晴れた先に、二十代半ばの着流しの着物の女。ゴーグルとマスクで顔を隠した運転手。獅子舞のようなシーツお化け。
 
 強気に叫び、態度で怯える奇妙な『百鬼夜行』の三人だった。
 
 
「行くわよ!」
 
 今まで鍔迫り合いをしていた悠二なヘカテーに言い、全速で『百鬼夜行』に突っ込む。
 
「!」
 
 その中途で気付くものがあった。
 空中を、いくつもの岩塊が飛び交い、まだ晴れぬ土煙の中に向かっていっているのである。
 
 そして、
 
「グォオオオオオ!!」
 
 幾十百の岩塊で作り上げられた鬼が、土煙を裂いて現れる。
 
 パラの自在法・『ヒーシの種』。パラの体組織たる制服の内の暗い翳り、それを物に取りつかせて操作する自在法である(ちなみに、この自在法を使っているせいで今、本物のパラは首だけしかない)。
 
 
「グアア!!」
 
 叫び、その巨腕を打ち下ろす鬼。その一撃を躱しながら、強気の発言の根拠はこれか?、とあたりをつけるシャナ。
 
「サントメール。避けなさい」
 
 そして後方から、水色の流星群が放たれ‥‥
 
「わっ!」
 
 シャナがかろうじてこれを躱し、
 
 ドドドドォン!!
 
 岩塊で出来た鬼を粉々に打ち砕く。
 
 
 イライライライラ
 
「お前!、今私ごとやるつもりだったでしょ!?」
 
「被害妄想です」
 
 シャナの抗議にも、しれっと応えるヘカテー。
 
 そして、未だに納得していないシャナに一切構わず、走って逃げる『百鬼夜行』を追跡する。
 
 飛んで。
 
 
 イライライライラ
 
(私だって‥‥‥)
 
 前の『海魔』との戦い、そして今飛び去る『坂井悠二の姿』に対する反発と意地と‥‥それ以外。
 
(飛べる!!)
 
 "頂の座"を、坂井悠二を、『見返してやりたい』。その、強い気持ちがシャナの炎に変化をもたらす。
 
 自身に想えば自己の強さに、他に及ぼせば自在法に。
 それが存在の力。
 
 
 使命に生きる自分。ただそれしかなかったシャナは、それゆえに以前は炎さえ使えなかった。
 
 そんなシャナだったが、、再びの家族を得た、自分自身として生きる暮らしを得た、そりの合わない『協力者』を得た‥‥
 
 そして、それらを象徴する『名前』と、それをよこした嫌なやつを得た。
 
 
「はああああ!」
 
 紅蓮の少女の背中から、熱なき炎が沸き上がり、形を変えていく。
 
 それは紅蓮の双翼。
 
 
 自身気付かぬまま、また一つ少女は変わる。
 
 
 
 
 その高速飛行で逃げる『百鬼夜行』の三人よりも遥かに疾く飛ぶヘカテー。
 
 あっという間に三人の前方に回り込む。
 
「『星(アステル)』よ」
 
 回り込むと同時に放たれた光弾が、ゼミナと見えるそれを打ち砕く。
 
(‥‥?)
 
 その、先ほど刃を交えたはずの『百鬼夜行』の用心棒にしてはあまりに呆気ない最後に、ヘカテーは疑問を抱く。
 
 
「はああああ!」
 
 しかし、その疑問は向こうから飛んでくる光景によって、消えていく。
 
 それは、紅蓮の炎を翼のように広げるシャナ・サントメール。
 
「燃えろ!」
 
 そして、放たれた紅蓮の大太刀に、パラも焼き尽くされる。
 
 あとは、頭目、ギュウキのみ。
 
 
 飛び、ギュウキに向けて大剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』を振るう。
 
 しかし、同時にシャナもその大太刀・『贄殿遮那』に、灼熱の炎を纏わせ、ギュウキに振り抜く。
 
 
 そのあまりの熱量に、ギュウキは蒸発するように消え‥‥‥
 
 ギィイン!!
 
 再び二人の刃がぶつかりあう。
 
 
「貴女がでしゃばらなくても、私の一撃で終わっていました」
 
「でしゃばったのはお前でしょ?」
 
 
 またも二人が不毛な争いをしている最中‥‥
 
「む?、シャナ、そこを見ろ」
 
 アラストールが気付く。
 
「これは‥‥‥」
 
 それは、さっきまで土煙に隠れて確認出来なかった大穴。
 
 ゼミナの遁走の自在法・『地ばしり』の名残り。
 
 シャナとヘカテーは、ここに至ってようやく、本物の『百鬼夜行』を取り逃がした事に気付いた。
 
 
 
 
「ふぅ、どうにか逃げ切れたな」
 
「ギュウキさん。あれはどういう事だ?」
 
「わからねえ。二代目『炎髪灼眼』ってだけでも驚いたってのに、何であのミステス、『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の巫女と同じ力を‥‥‥」
 
 ギュウキの力で気配を隠し、パラの力で陽動し、ゼミナの力で逃げ延びた『百鬼夜行』の面々は、山の一画で落ち着いて休んでいる。
 
 主に、体組織の大部分を『ヒーシの種』に使ってしまったパラのために。
 
 
 不測の状況下で、『炎髪灼眼の討ち手』と"頂の座"の両者から逃げ切るその技量は、さすがと言えるだろう。
 
 だが、本当に恐いのはこれからだった。
 
 
「確かに、信じがたい話ではあるな。私とて、直接見るまでは想像しがたい」
 
 その頭上から突然かけられた声に三人はぎょっとなり、見上げれば、スーツの腰に、紅梅色の帯で直剣を下げた女、『剣花の薙ぎ手』虞軒。
 
「この奇策、見事に図に当たったな。大した娘よ」
 
 この状況を作り出した少女を称賛するのは、直剣に意思を表出させる"奉の錦旆"帝鴻。
 
 そして、その姿を戦闘形態へと変える。
 
「ゆくか、帝鴻」
 
「応」
 
 
 その直剣を抜き放ち、構える。
 
 虞軒の腰に巻かれた帯が、鞘が、終には服や虞軒自身の体までもが紅梅色の火の粉となって解けてゆく。
 
 そして、虞軒は穏やかな顔で力の開放を告げる。
 
「『捨身剣醒(しゃしんけんせい)』」
 
 瞬間、残された体も飛散し、火の粉は紅梅色の霞へと変ずる。
 
 ただ一つ残された神器『昆吾』。その刀身に優美な花紋様が点り、柄を霞が握りなおす。
 
 それは、霞が織り成す優美な盛装を茫漠と象った、紅梅色の天女。
 
 これこそ、東洋屈指を謡われたフレイムヘイズ、『剣花の薙ぎ手』。
 
 
「覚悟」
 
 一言、次の瞬間、雪崩の如き紅梅色の霞を纏った直剣が、『百鬼夜行』に襲いかかった。
 
 
 
 
「‥‥‥徒って、こんなに弱いもんなのか」
 
「今の連中は"並みの徒"、貴方が今まで戦ってきた相手を基準に考えられても困るのであります」
 
「認識改定」
 
 
 呆けたように呟く悠二(ヘカテーの姿でやるから可愛い)に、ヴィルヘルミナとティアマトーは言う。
 
 実際、悠二は『普通の徒』と戦った事はない。
 今までの相手から徒は皆、自分よりも(基本的に)強いようなイメージを持っていたが、実のところ、悠二の知る徒やフレイムヘイズは世に名だたる強者やくせ者ばかり。
 
 認識の基準がズレても仕方なかった。
 
 もっとも、持てる存在の力のみで判断するのもかなり危険ではある。
 
 小さな力でもどんな特異な能力を有しているかわからない。
 
 気配の大きさだけでは決して侮れない、自在法とはそういうものだ。
 
 悠二の師である"螺旋の風琴"リャナンシーが良い例であろう。
 
 
 ヴィルヘルミナとしては、それよりも気になっている事がある。
 
「‥‥『蛇紋(セルペンス)』の任意爆発でありますか。いつの間にこのような‥‥‥」
 
「至極器用」
 
 
 言われ、悠二は答える。
 
「僕にとっては『蛇紋』は炎弾に近いくらい使いやすいですから、前からできないかなって思ってたんですよ」
 
 実際には、もう少し深い理由がある。
 
 以前、『蛇紋』を使っている時に防御が甘くなる、との指摘を受けた悠二であるが、攻撃と防御を同時にやるのは想像以上に難しい。
 
 一朝一夕で身につくものではない。
 
 それゆえに、まず、相手に『躱されにくくする』ための工夫を考えた悠二の出した結論でもあった。
 
 つまり、『誘導式の炸裂弾』である。
 
 
「やはり、貴方は自在師の方に適性があるようでありますな」
 
「格闘未熟」
 
 その答えに、悠二の成長を認めながらも、憎まれ口は忘れない。
 
 
「‥‥‥それを言わないで下さいよ」
 
 
 当たり前だが、未だに悠二は体術の鍛練でヴィルヘルミナに一太刀たりとも入れる事が出来ない。
 
 以前戦った時に、『吸血鬼』の特殊能力を借りてようやく、かすり傷を負わせた程度である。
 
 
 この事に関してはぐうの音も出ない。
 
 
 そんな風に、自分達の役割を終えた悠二達は喋りながら街に戻って行く。
 
 
 
 もし今、悠二に本来の感知能力があれば、気付く事が出来たのだろうか?
 
 
 戦いの最中、封絶の端に居て、戦いが終わる前に去った気配に。
 
 
 
 
(あとがき)
 予定では、次がエピローグのつもりです。
 まとめられれば。
 感想をもらえるとやる気出ます。今、何やらPVがカウントされないようなのでなおさらですね。
 モチベーションの九割を占めてます。



[4777] 水色の星S 六章エピローグ『危難の胎動』
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2008/12/10 10:11
 
 華美な直剣に率いられ、紅梅色の霞が乱れ舞う。
 
 
「時間を稼ぐ、急いでくれ!」
 
 『百鬼夜行』で唯一戦闘に適した“坤典の隧”ゼミナが、手にしたツルハシで懸命に応戦する。
 
「パラ!、まだ出来ねえのか!?」
 
 “輿隷の御者”パラが、その、すでにかなり少なくなった体組織を振り絞り、周囲の物質に取りつかせ、無数の人形を生み出す。
 
 その間にも、凄まじい熱量を持つ霞の天女にゼミナはツルハシを振るう。
 
 地を割るほどの一撃を受け、しかし天女は散り、解け、また直剣を核にその姿を取り戻す。
 
「出来ました!。ボス、急いで!」
 
「応!」
 
 動くだけ。それだけの力しか持たない人形達に、ギュウキは次々と『倉蓑笠』をかぶせていく。
 
 
「くっ、あああああ!」
 
 用心棒としての役割を果たすゼミナ。霞への攻撃は無駄と知り、神器『昆吾』にツルハシを叩きつける、が、破壊するどころかヒビ一つ入らない。
 
 逆に凄まじい高熱の霞を受け、たまらず飛びすさる。
 
 
「ゼミナ!、もういい、逃げるぞ!」
 
 
 ギュウキのその声に応え、さきの戦いの時と同様、地にツルハシを叩きつけ、土煙を巻き上げる。
 
 
 『百鬼夜行』は、虞軒が自分達の居場所を突き止めたからくりを理解しているわけではない。
 
 だが、さっきまでと同じ逃げ方をするほど愚かでもない。
 
 パラの生み出した人形、動くだけの力しか持たないそれら、しかしその全てがギュウキの『倉蓑笠』を纏って土煙から飛び出し、逃げていく。
 
 
(まずい!)
 
 虞軒はすかさず紅梅色の霞で土煙を吹き散らす。
 
 だが、もはやどれが本物か見分けられない。
 
「っ!、“わかるか”!?」
 
 飛び出した全ての『百鬼夜行』、それら等しく目で見え、気配は感じられない者達を前に、虞軒は手にした通信用の栞に一応の確認をとる。
 
《ダメです!、数が多すぎる!》
 
 宝具・『玻璃壇』を見張る平井が栞ごしに答える。
 
 自在法を映してくれる『玻璃壇』は今、『百鬼夜行』の生み出した、ダミーを含めた全ての『倉蓑笠』を映し出している。
 
 『百鬼夜行』が最大の危機に際して使った全力の隠蔽と囮が、全くの偶然に最良の効果をもたらしていた。
 
(くそ!)
 
 これほどまでに有利な状況を作ってもらっておきながら、ここ一番で自分が『百鬼夜行』を取り逃がしつつある事態に心中悪態をつく。
 
「やるか、帝鴻」
 
「ゆくぞ!」
 
 両手を広げ、飛翔する天女の身が解け、霞全体が平たい円盤状の力の渦へと変わる。
 
 『剣花の薙ぎ手』の戦闘形態、『捨身剣醒』の奥義。
 
「っはあああああ!」
 
 
 紅梅色の円刃が、まるで回転鋸のように“全ての『百鬼夜行』”を討ち果たすべく迫る。
 
 
 そして‥‥‥
 
 
 
 ‥‥‥‥‥‥‥‥
 
 
 
 
 『百鬼夜行』との争いがあったその日の夜、悠二達は上海の中華料理で夕食と洒落込む。
 
 この席には、状況確認と、悠二やヘカテーの紹介も兼ねて虞軒も参加している。
 
「それじゃ、結局‥‥」
 
「ああ、仕留めた保証はない。情けない事にな‥‥」
 
 そう、最後の一撃で逃げる『百鬼夜行』を次々と両断した虞軒。
 
 しかし、その圧倒的な破壊力ゆえに、人形と本物との手応えの違いがわからなかったのである。
 
 あの中に本物がいて、あれで仕留めたかもしれないし、仕留めた『百鬼夜行』の中に本物は入っていなかったかもしれない。
 
 今となってはわからない。
 
「そう悲観する事もないでしょ!、もし生きてても、これで連中、少なくとも中国で運び屋やろうなんて思わないだろうし」
 
 自嘲する虞軒に、平井がどこまでも軽く言う。
 
「っていうか平井さん?、そういう作戦なら最初から言っててくれてもいいじゃないか?」
 
「坂井君‥‥じゃなくてヘカテー達で仕留められればそれにこした事なかったんだし、いざとなれば次がある、なんて甘えにしかならないよ♪」
 
「‥‥‥本当、いい性格してるよ」
 
「褒めてる?」
 
「呆れてる」
 
 
 今回の作戦について細かく聞いていなかった悠二が平井に文句を言う。
 
 そんな悠二を虞軒は不思議そうに見る。
 
 
(妙なやつだ)
 
 さっき、自己紹介は済んだ。
 
 『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の巫女が下界でミステスと過ごしているという異常な事態にも戸惑ったものだが、何故かそれ以上に気に掛かるのがこのミステスだ。
 
 
 別に、存在感が大きいわけではない。見た目も大して目を引くものではない。押しが弱く、普通なら目立たないのが当たり前なように見えるのだが‥‥
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 周りに目をやる。
 
 『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
 二代目・『炎髪灼眼の討ち手』シャナ。
 徒の巫女・“頂の座”ヘカテー。
 今回、その類を見ない才を見せ、虞軒が密かに認めた平井ゆかり。
 
 
 この、通常考えられないほどの異様な面子の中に、この少年が混ざっていて違和感がない。
 
 いや、むしろこれほどの面子が揃っているにも関わらず、この坂井悠二がこの一行の中心に見えるというのが本当に妙だった。
 
 そう思った。
 
 ついさっき初めて会ったばかりの自分が、である。
 
 わけのわからない少年であった。
 
 
 そんな風に思われている悠二。
 
 実は軽い感激に浸っている。
 
 徒やフレイムヘイズの中で、出会ってから戦いにならない相手などヘカテー以来である。
 
 涙がにじむ。
 
 まあ、こんな事で喜べてしまう自分はもう色々とやばいのではないかと思わないでもないが、いつまでも感傷には浸れない。そろそろ“あっち”も何とかしなくてはならない。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 その“あっち”である少女に目を向けると、ぷいっと体ごとねじって悠二に背を向ける。
 
 『百鬼夜行』との戦いであまりにもお粗末な連携をした一人(アラストールに聞いた)、ヘカテーである。
 
 その事でさっき、悠二、平井、ヴィルヘルミナによるお叱りを受けたのだが、どうやらやりすぎてしまったらしい。
 
 相当、おかんむりになっている。
 
 
 対するヘカテー。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 確かに、実戦であんな無様な連携をやってしまった事も、勝手に意思総体を交換した事も悪いとは思うし、悠二達が心配して叱った事もわかる。
 
 しかし、あんなに怒る事はないではないか。
 
 
 叱る際に、悠二が一番強くヘカテーを嗜めた。
 それゆえ、ヘカテーは今、ひどい想い人に対して拗ねているのだ。
 
 
 背中ごとそっぽを向いたヘカテーの正面に悠二が回り込んでくる。
 
 再びぷいっと体を背ける。
 
 今さら何だというのか、どうせ自分は肝心な時に仲の悪いパートナーといがみあう愚か者だ。
 
 ほっといてほしい。
 
「‥‥ヘカテー」
 
 そんな声で呼び掛けてもダメだ。
 
 男の人の言いなりになるような女にはなってはいけないのだ。
 
 いつもいつも素直に言う事を聞くと思ったら大間違いである。
 
「ねえ、ヘカテー」
 
 キュン
 
 呼び掛ける悠二の声に、優しさと申し訳なさが混じる。
 
 心が揺れる。
 
 もう怒っていないと、安心していいと言ってあげたくなる。
 
 いや、ダメだ。
 
 自分は悠二より遥かに年上なのである。
 
 簡単に折れて、譲ってはいけないのだ、大人として。
 
 悠二に背を向けたまま、しょうもないプライドと戦うヘカテー。
 
 本当の大人は叱られて拗ねたりはしない。
 
 その肩に手を添えられ、そっぽ向けなくしてから、またも悠二が回り込んでくる。
 
 何だ、今度は強行手段か。
 
 しかしヘカテーは簡単には屈しない。
 
 首を限界まで捻ってそっぽを向く。
 
「ほら、こっち向いて」
 
 今度はヘカテーのほっぺたを両手で挟んで自分の方を向けさせる悠二。
 
(‥‥あ)
 
 “想い人に『顔』に触れられる”という滅多にない嬉しい出来事に、ヘカテーの顔に朱が差す。
 
 しかし‥‥まだ‥‥屈しない。
 
 こんな色仕掛けに乗るほど自分はお安くないのである。
 
 
 意地っ張りな少女である。
 
「ヘカテー」
 
 再び悠二が呼び掛ける。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 赤面し、わずかに潤んだ瞳で、しかし、精一杯の抗議を込めて悠二を見る。
 
 駄々っ子のように(というか駄々っ子そのものだが)少し頬を膨らませて睨むその姿は可愛いだけなのであるが。
 
 
(ずるい)
 
 と、ヘカテーは思う。
 
 こんな風に優しく声をかけて、ほっぺたに触って“くれる”。
 
 そんな風にしてこちらの不満を氷解させてゆく。
 
 ずるい。
 
 
 この期に及んで何を言うつもりなのか。
 
 もし少しでもさらなるお説教や、調子のいい要求を口にしようとすれば、その唇を奪ってやる。
 
 
 思いっきり間違った大義名分をかかげ、悠二の次の言葉を待つヘカテー。
 
「明日、サーカス見に行こうか?」
 
 ヘカテーの顔が、パァッと明るくなった。
 
 
 
 
「どうやら、一応の解決にはなったようでありますな」
 
「‥‥『万条の仕手』、あれが“頂の座”か?」
 
 
 茶を飲みながら言うヴィルヘルミナに、虞軒は訊く、その視線の先にはすっかり機嫌を良くして杏仁豆腐をパクつく三人娘の真ん中のヘカテー。
 
 色々な意味で予想外極まりないのだが。
 
「子供の引率には『天道宮』で慣れているのであります」
 
「養育係」
 
「いや、そういう事ではなくてだな」
 
 
 何か、『万条の仕手』も以前会った時と変わっているような気がするのは気のせいだろうか?
 
 
「‥‥‥まあいい。あの坂井悠二と“頂の座”の事はお前に一任し、我らは口出しも手出しもしない。それでいいか?」
 
 その、素っ気なさに込められた信頼に、
 
「感謝するのであります」
 
 ヴィルヘルミナは礼を言う。
 
 
 その翌日、悠二達は揃ってサーカスを見に行った。
 
 『観光』そのものも大いに楽しみ、日本へ、御崎へと帰るのだが、
 
 その話はまたいつか。
 
 
 
 
 はっきりと見た。
 
 銀の炎。
 
 自分は、それの意味するところをよく知りはしない。
 
 戻って伝えよう。
 
 自分の同志達に。
 
 
 
 
 御崎へと帰る悠二達。
 
 
 夏休みが、始まろうとしていた。
 
 
 
 
(あとがき)
 う〜む。今イチな感じかも。あとで墓穴掘りそうな展開かもだし、エピローグにしては締まらない。
 
 自信喪失中の水虫でした。



[4777] 水色の星S 七章『白緑の探求者』一話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/12/12 15:59
 
「よし。これで大丈夫!」
 
 母と見えないほど若々しい女性が小柄な少女にエプロンを着せる。
 
「おばさま、いつもすいません」
 
「そんな事気にしないの。ちゃんと出来た時に少し味見させてね?、それでおあいこ」
 
 今日の朝の鍛練は虹野家で行われている。
 週三日が坂井家、週四日が虹野家なのだ。
 
 朝、鍛練しない日は基本的にない。
 
 悠二はもとより、ヘカテーも中国での失態から、鍛練に熱心になった。
 
 悠二を守る。そんな自分でありたいと思っているヘカテーには、あの『海魔』の時、自分の油断から悠二まで絶体絶命の危地に招いてしまった事はかなり堪えた。
 
 実際、"彩飄"フィレスの予想外の救援がなければ悠二もヘカテーも今、生きてはいないだろう。
 
 それほどの窮地だったのだ。
 
 
 まあ、それはそれとして今日は恒例のお弁当修行である。
 
 悠二は虹野家へ鍛練に行っている。
 今のうちにやるのだ。
 
「で、ありますな」
 
「精進」
 
 
 
 
「今日は"頂の座"は?、ヴィルヘルミナもいないみたいだけど‥‥」
 
「"今日は眠いです"だってさ。カルメルさんは知らないけど」
 
 所変わって虹野邸。
 
 悠二とシャナ、そして庭に生えている木によりかかって寝ている"虹の翼"メリヒムである。
 
 
「まあいいわ。じゃあ、始めるわよ」
 
「‥‥待て、今日は俺の日だったな?」
 
 早速鍛練に入ろうとするシャナをメリヒムが制する。
 
 もう、悠二は体術の基本的な『骨組み』は出来ている。あとは技量全体の底上げをしていく段階。
 
 要するに、細々と教わる必要は無くなってきているのだ。
 
 それを監督たるヴィルヘルミナが判断してからは組み合わせを変えた『仕合い』をしている。
 
 そして今日は悠二とメリヒムの日(と、シャナとヘカテーの日)なのだ。
 
 
「行くぞ」
 
 言うが早いか、手にした木の枝による神速の刺突が悠二の顔の横を過ぎる。
 
「っ!」
 
 メリヒムが外したわけではない。悠二が避けたのだ。
 
 避け、まだ構えてもいなかったため、だらりと下に下げていた木の枝を振り上げる。
 
 下から来るその一撃をバックステップで躱すメリヒム、悠二はそのバックステップに合わせて踏み込み、振り上げた木の枝をそのまま振り下ろす。
 
 それを自分の木の枝で受けとめるメリヒム。
 
 いや、受け流す。
 
 斬撃の軌道を逸らし、今度はメリヒムの方から踏み込み、膝蹴りをカウンターの要領でたたき込もうとするが、それは悠二の空いた左腕に止められる。
 
 バシッと悠二の木の枝を弾き、自分の木の枝を横薙ぎに一閃させ、それを悠二が退がって躱すのを待ってから刺突に切り替える。
 
 悠二はその刺突を体を捻って躱し、そのまま独楽のように体を円運動させて遠心力で木の枝をメリヒムに叩きつける。
 
 ガァアン!
 
 メリヒムはこれを受け止めるが、その一撃に込められた速さ、重さに一瞬動きを止める。
 
(今だ!)
 
 動きを止めたメリヒムに蹴りを放つ。
 
 が‥‥
 
「ふっ!」
 
 メリヒムは姿勢を低くしてこれを躱し、逆に悠二の足を払う。
 
「わっ!」
 
 蹴りを放っていた体勢で軸足を払われ、見事にすっ転ぶ。
 
 そして、倒れた悠二にメリヒムは容赦なく一撃を‥‥‥‥
 
「おーおーやってるねえ♪」
 
 そこで外野から声が聞こえる。
 
(助かった‥‥)
 
 完全に一本とっているにも関わらず打ち込もうとしていたメリヒムの一撃から逃れた悠二。
 
 その原因に目を向ければ‥‥
 
「平井さん、どうかした?、こんな朝から」
 
 この平井ゆかりはたまに(朝夜問わず)鍛練に顔を出すが、学校がある日(まだギリギリ終わってない)の朝に顔を見せるのは珍しい。
 
「いや、私も眠かったんだけどね。我らがヘカテーの頼みとあれば‥‥」
 
「ヘカテー?」
 
「何でもない。カルメルさんなら今日は千草さんトコ行ってるよ♪」
 
「千草の所?」
 
 さり気なく話題を逸らした平井と、その逸らした話題にあっさり食いつくシャナ。
 
「別にいいだろう。この人数でもやれない事はない」
 
 シャナの疑問をあっさり切って捨てるメリヒム。
 
 ヴィルヘルミナをフォローしているというより、本気でどうでもいいからなのだが。
 
「次は俺とシャナの組み合わせだな」
 
 そして、若干穏やかにに次の組み合わせを言う。
 
(‥‥‥親バカ?)
 
(親バカ)
 
 平井と悠二は小声でそう言う。
 
 
 揃いも揃って親バカなのだ。
 
 
 
 
「ふっ!、ふっ!」
 
 その頃の佐藤邸。
 
 二人の少年がトレーニングに精を出している。
 
「なあっ!、佐藤、俺達、結構、体力ついたと、思わないか?」
 
 腹筋をしながら相方にそう訊く田中栄太。
 
 事実、佐藤はともかく田中の運動能力は元々御崎高校の生徒中、『人間の男子』では一番だった運動神経にさらに磨きがかかっている。
 
 佐藤にしても以前よりは幾分ましになってきているのだ。
 
「いや、でもやっぱりマージョリーさんに付いていくってんならまだまだだろ」
 
 その、田中に比べて明らかに劣る佐藤は、自分の非力さ、そして『自分の思い描くマージョリーの凄さ』との遠さを思い、その表情に陰が差す。
 
「あ‥‥ああ」
 
 対する田中。
 
 こちらは別の意味で表情を陰らせる。
 
 憧れの女傑についていく。それを目指してこのトレーニングを佐藤と共に始めたのだ。
 
 だが、それは田中にとって、一つの別れも意味している。
 
 その事に関して、悩みを吹っ切ってトレーニングに励んでいるわけではない。むしろ、悩んでいるからこそ、それを誤魔化すためにひたすら体を動かしているとさえ言えた。
 
 そして、純粋にマージョリーを目指してトレーニングする佐藤に対し、自分があまりに腑甲斐なく思えたのだ。
 
 二人はトレーニングを続ける。
 
 荒れていた中学時代。
 
 『暴力』というあまりにも未熟な形で自分達を取り巻く環境に自分達を誇示していた二人(佐藤は『狂犬』などと呼ばれていた)は、そんなはた迷惑な行為からは抜け出したとはいえ、
 
 まだ、自分達の力で現状を変えられると思っていた。
 
 二人は、フレイムヘイズと人間の決して埋められない差を知らない。
 
 
 
 
「おい、マージョリー」
 
「んん‥‥‥何よ?」
 
 当然のように惰眠を貪っていた『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーに、マルコシアスが声をかけ、それにマージョリーが不機嫌そうに返す。
 
「御両人の"無駄な努力"、止めてやんーのか?」
 
「‥‥何だ、その事」
 
 
 マージョリーは、"その辺りの事情"は当然だが理解していた。
 
 しかしそれでも二人の無謀で無益な行いを止めないのは、圧倒的な差を理解させる事で少年達の矜持を砕きたくないからだ。
 
「あの二人にも、いずれわかる事よ」
 
 
 二人の馬鹿な望みを初めて聞いた時、マージョリーは鼻で笑う気さえおきず、「どうせすぐ諦める」と放置し、軽薄だが情に厚いマルコシアスでさえ、思いっきり笑い飛ばした。
 
 のだが‥‥‥
 
「御両人がああ言い出してから結構経つぜ?」
 
 二人は諦めずにトレーニングを続けている。
 
「‥‥‥‥だから?」
 
 マルコシアスの言わんとしている事を察した上ですっとぼけるマージョリー。
 
「‥‥‥ま、いーけどよ。懐かれてんのはお前なんだしよ、我が甘口の師、マージョリー・ドーよ」
 
 そんなマージョリーの心情を察し、これ以上突っ込みはしないが、余計な一言を言う相棒を、
 
 バンッ!
 
 マージョリーは平手打ちで黙らせた。
 
 
 
 
「とぉころでドォーミノォー、今回の私達の実験の要諦が何であるが分かぁーっていますねぇー?」
 
 どことも知れない空間、その床に壁に天井に、馬鹿のように白けた緑色の紋章が多数輝いていた。
 
 その中で頓狂な声を上げるのは棒のように細い白衣の"教授"。
 
 隣に付き添うのは二メートルを越すガスタンクのようなまん丸の"燐子"ドミノ。
 
「えー、あー、それは無論、分かりませ、いえ分かっていますので不勉強なわけでは、でも分かっていないのでご教示を、いえどっちかというとつまりそのほひはははは」
 
「なっぁあーに、あやふやなことを言っているんです?、知ぃーっているのか、それとも知ぃーらないのか、はっきり言ったらどぉーうなんです?」
 
 教授はそのにゅうっと伸びたマジックハンドで、ドミノの頬に当たる部分であり発条をつねりあげながら言う。
 
「だって教授は私めが知ってます、って言ったら『ナンデシーッテルンデスカ』ってつねりますし、知りません、って言ったら『ナンデシーラナインデス』ってつねるじゃありませんははひはいひはい」
 
 さらにつねる。
 
「なぁーまいきな口はもおーっと嫌いですよ?、正直にぃ言えば良いーんです」
 
 しかし、その教授の問いに応えるのはドミノではない。
 
「ふん。正直に言えというのであればこの俺が応えてやらん事もない。
 元来、無為に他者を中傷する事はこの俺の本意ではないが、貴様に限っては弁解の余地など皆無であろう。誰であれ、そのイカれたからくりを理解する事などできようはずもない。
 いや、理解する気にもならんな」
 
 ぶつぶつと文句を言う硬い長髪とマント、巻き布で顔を隠す長身の男、"壊刃"サブラク。
 
「ふっふーん。どぉーせ貴方ならそう言うとおもぉーっていましたよ。しかぁーし、先駆者とは理ぃー解されぬもの!、その程ぃー度の事でへこたれる私ではあぁーりませんね」
 
「全くあの女、俺にこのような変人を任せ一人『零時迷子』を探しに行くなどと‥‥そもそもトーチを巡る特定の宝具を探すなど何十、何百年かかる事か‥‥」
 
「しぃかーし、今回はそんなナァーンセンスな貴方にも一目でわかるスゥーペシャルでパァーフェクトな発明をご覧に入れましょう!、ドォーミノォー!」
 
「はいでございますです、教授」
 
 二人はまるっきり噛み合ってない会話を繰り広げ、ドミノが一本の大剣を持ってくる。
 
 西洋風の両手で持つ型の大剣、相当な業物と容易に察する事が出来る風格が宝具全体に漂っていた。
 
「む、我が宝剣『ヒュストリクス』。貴様、いつの間に我が手元からそれを奪って‥‥‥」
 
「さぁあー!、今こそ愚鈍な貴方が私の発明の素ぅー晴らしさにその身を震わせる時ぃー!!」
 
 そして、ドミノから受け取った『ヒュストリクス』の"柄元のスイッチ"を押す。
 
 ギュイイイイイン!!
 
 高らかな機械音を上げ、『ヒュストリクス』の刀身が高速回転する。
 
 その機能美に酔い痴れる教授。
 
 もはや言葉もないサブラク。
 
 
 その機械音は、二人の仲を完全に引き裂く音にも聞こえた。
 
 
 
 
(あとがき)
 朧気に七章の構想が出来てきたのでスタート。
 いや、最近ペース落ち気味だけど感想くれる人がたくさんいてくれて嬉しい限りです。



[4777] 水色の星S 七章 二話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/12/13 21:13
 
 結局、玉子焼きは修得できなかった。
 
 だが、あの後、悠二より一足先に帰ってきたゆかりの言を取り入れた料理を作ってみた。
 
(おばさまは、美味しいと言ってくれた)
 
 それに‥‥
 
(他の料理も、ヴィルヘルミナ・カルメルよりはマシだったはず)
 
 今朝やってきて、自分も料理を学びたいと言い出した時は驚いた。
 
 しかし、『同じ立場の者』として、気持ちはよくわかる。自分の『花嫁修行』に関しては、おそらく同居人である平井ゆかりに訊いたのだろう。
 
 そして、あの料理の腕前にはさらに驚いた。
 
 まさか未熟な自分が同情してしまうほどだったとは‥‥‥。
 
 
 ヴィルヘルミナ・カルメルは、『天道宮』にいた頃から、掃除、洗濯、裁縫、果ては『天道宮』に近代的な電気や水道を通す工事をたった一人でやってのけるなど、異常なほど有能なメイドっぷりを発揮していたが(というか、そこまでくるともはやメイドでも何でもない)、料理だけは全くの不得手であった。
 得意料理はサラダと湯豆腐という辺りからその実力は推して知るべしである。
 
 話が逸れた。
 
 
 とにもかくにも、今まで吉田一美に対して虚しすぎる対抗策ばかり講じてきたヘカテー。
 反撃開始である。
 
 
 
 
 そして、御崎高校、昼休みである。
 
「さ・か・い・くぅん☆、またお弁当作ってきたんですけど」
 
 いつものように(?)、悠二に弁当を渡そうとする吉田一美。
 
 悠二、平井、ヘカテーの三人が揃って欠席していた事に関して疑問がなかったわけでもないが、平井に訊いてもはぐらかされたし、今はとにかく悠二へのアピールである。
 
 何だかんだ言ってもやや劣勢、というか“接点”という部分においては大幅に遅れをとっている気がする。
 
 そう、今の恋愛戦線を分析する吉田。
 
 その胸中には疑惑が広がっている。
 
(妙だな)
 
 いつもなら弁当の盗み食いや実力行使で止めにかかってくるライバルが妙に静かだ。
 もちろん悠二用の弁当も無事。
 
(何考えてやがる?)
 
 そんな吉田の視線の先のヘカテー。
 
 
 ゆっくりと、深呼吸をする。
 
(大丈夫)
 
 お弁当の特訓に際し、坂井千草に教わった言葉を思い出す。
 
 
『ヘカテーちゃん。お弁当を作ってあげるっていうのは、"その人が好きなんです"って言ってるのと同じ事なの』
 
 それを最初に聞いた時は激しく狼狽したものだ。
 
 自分が何も知らないうちに、吉田一美はすでに悠二に好意を示していたのである。
 
 自分は違う。長い間、自覚すらなく、悠二に想いが伝わったのも"バレた"だけだ。同時に思う。
 
 以前、自分は一度『その場』から逃げ出した。
 
 しかし、吉田一美はその時、悠二にお弁当を渡しはしなかった。
 
『勝負な。先に坂井君を振り向かせた方が勝ちの。
 今回は見逃してやるからよ』
 
 吉田一美が何を考えてあんな行動をとったのかはわからない。
 
 だが‥‥あれは貸しにしておく。
 
 
(大丈夫)
 
 もう一度、気を落ち着ける。
 
『でもね。いくらお弁当を渡して好意を表しても、ちゃんと言葉にしないと相手は応えてくれないものなの、"こういう事"では特にね』
 
(そう‥‥)
 
 今から行う行為で、悠二に"決定的な答え"を求めるわけではない。
 
 自分の想いの事は、もう悠二に知られてしまっているはずである。
 
 だからこれは‥‥
 
("思いやり"を、届ける行為)
 
 
 
 
 くいくい
 
「え?、何、ヘカテー」
 
 お弁当を差し出してくる吉田に対して(ヘカテーが妨害しないから)どう返事しようか迷っていた悠二の袖口をヘカテーが軽く引く。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 何も言わず、かばんの中を探り出す。
 
 かばんを探りながらも、悠二がこっちを見ているか、チラチラと確認している。
 
(‥‥頑張る)
 
 覚悟は決めた。これが決定的な答えに直結するわけでもない。
 でも、やはり恥ずかしい。
 
 だから、頑張る。
 
 
「〜〜〜〜っ!」
 
 気合い一閃。
 
 しかしいかにも控えめで弱々しく、ハムスター柄の布で包んだお弁当箱を悠二に差し出す。
 あまりの気恥ずかしさに言葉も出せていない。
 
 
(‥‥ヘ‥カテー‥?)
 
 ヘカテーの気持ちには確かに気付いていた。
 
 というか、気付かされていた。あの中国行きの船の上で。
 
(もしかして‥‥)
 
 最近ことあるごとに家から締め出されていたのは‥‥そういう理由だったのだろうか?
 
 しかし、なんというか、未だに信じがたく、時にはあの時に見た姿は何かの勘違いだったのかと思う事さえあったのだが‥‥こう露骨な好意の示し方をされると‥‥‥いや、そういう事ではなくて、ただ‥‥
 
(可愛い)
 
 耳まで真っ赤にして、恥ずかしくて仕方ないといった様子なのに、それでも一生懸命に勇気を振り絞ってお弁当を差し出してくるヘカテーが、とても可愛かった。
 
「こ・の・え・さん?」
 
 そんな悠二の思考を吉田の一言が中断させる。
 
「私の方が先にお弁当渡してたんだけどな〜☆。あとから出てきてちょっと厚かましッ!」
 
 ヒュヒュッ!
 
「邪魔を‥‥‥」
 
「コラお子さま。お前日頃の自分の行い思い返してみ?」
 
「私は子供ではありません!」
 
「鏡見ろコノヤロー!」
 
 
 またも争いを始める二人。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 何か、軽い感動に浸っていた自分は一体‥‥?
 
「ほら坂井君。食べたげなって。ヘカテーの修行の成果だよ♪」
 
 そんな悠二を急かす平井。
 
「わかったよ」
 
 包みを解き、中身を改める。
 
 これは‥‥‥
 
「寿司?」
 
 
 弁当箱の中にはサーモン、トロ、キス、金八、カッパ巻き、とにかく様々な寿司が所狭しと並んでいる。
 
「いやぁ、ヘカテーって火加減がアレだったかむっ!」
 
 自分の欠点を悠二に暴露しようとする平井の口をヘカテーが塞ぐ。
 
「つーかお前、お弁当に寿司ってどーいうセンス?」
 
 そして吉田が茶々を入れる。
 
「おばさまは美味しいと言ってくれました」
 
「おばさま?」
 
「秘密です」
 
 そして黙って悠二を見るヘカテー。
 
 早く食べて感想を聞かせて欲しいと言ったところか。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 パクっ
 
 ‥‥‥うん。
 
「美味しいよ」
 
 
 そしてに微笑みかける。
 
 瞬く間に朱に染まるヘカテーの顔に。
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
(何をあんなに騒いでるんだろう?)
 
 たかが弁当。
 
 たかが一食分の食事。
 
 坂井悠二や"頂の座"や吉田一美があれほど騒ぐ意味がわからない。
 
「はむっ」
 
 いつものように騒ぎには介入せずにメロンパンにかじりつく。
 
 こういう時、昼食の席取りで近くになる緒方真竹の他愛無い話を聞きながらお菓子の山を食べるのが自分の慣習。
 
 ただ、今日のメロンパンはあまり美味しくない気がする。
 
(‥‥保存状態が悪かったのかな)
 
 そんな風に思った。
 
 
 そんなシャナを偶然横目で捉えた平井ゆかり。
 
 中国に行った時辺りから悠二に対して微妙な変化を態度に示すシャナを見て。
 
「ふぅ」
 
 軽いため息と困ったような笑顔を送った。
 
 
 
 
 そして放課後。
 
 特にする事がなかったためいつもの三人組で帰ろうとしていた悠二、ヘカテー、平井を‥‥
 
「なあ、ちょっといいか?」
 
 呼び掛ける声あり。
 
 悠二達が目をやれば佐藤、田中コンビである。
 
「どうかしたのか?」
 
 微妙に言いづらそうな二人に怪訝な顔をして悠二が訊ねる。
 
「いや、おまえさ。たまにちょっと傷作って学校来るだろ?、やっぱりおまえもトレーニングとかしてんのかなって思ってさ」
 
 何だ、そんな事を訊くのをためらっていたのか、と思い、深く考えずに悠二は応える。
 
「ああ、してるよ。朝早起きするのが辛いんだけどね」
 
 本当は叩き回されるのも辛いのだが自分の恥をわざわざ伝える事もない。
 
 
 それを聞いた佐藤。
 
(やっぱり)
 
 彼らがついて行こうとしているマージョリー・ドー本人は、自分達のトレーニングに協力するどころか真面目に受け取ってすらくれない。
 
 そして二人(というか佐藤)が目をつけたのが坂井悠二。
 
 本人も、よくは知らないが火を出す事はできるらしいし、何よりフレイムヘイズや徒の知り合いがたくさんいる。
 
 少年としての強がりから、悠二に頼る事に抵抗がないわけもないが、そうも言っていられない。
 
 いつマージョリーの気が変わって、あるいは悠二が"銀"の事を話して、マージョリーが旅立つかも知れない。
 
 彼女の事情を知っているがため、悠二に「まだ教えないで欲しい」などと言えるわけもないし、いくら悠二が友達でもそれは了承しないだろう。
 
 言うと決めたら言うだろう。普段押しが弱いのにこういう所では譲らない。
 
 悠二のそんな性格を佐藤は理解していた。
 
 
 何より、自分はまだまだ弱い。身近にいる田中への劣等感が佐藤の焦りに拍車をかけていた。
 
 
「俺達もそのトレーニング、参加させてくれないか?」
 
 
 佐藤のその言葉に、悠二が、平井が、ヘカテーが驚愕した。
 
 そして佐藤の横にいる田中は終始無言。
 
 
 未だに迷いがある自分。それを考えないようにしてトレーニングに励んでいた自分が今、焦る佐藤に流されてどんどんと"あっち側"に踏み込んで行くような気がしていた。
 
 
(俺は‥‥どうしたいんだ?)
 
 自分への問いかけに、答えはまだ出せなかった。
 
 
 
 
(あとがき)
 さてさて、ぐだぐだ感と隣り合わせな今日この頃。調律編は原作でも二巻分ありますからまとめるのは長くなりそうです。



[4777] 水色の星S 七章 三話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/12/15 04:09
 
「俺達もそのトレーニング、参加させてくれないか?」
 
(さっ、参加って言っても‥‥‥)
 
 悠二は、人間とフレイムヘイズの絶対的な差を知っている。
 
 たとえ佐藤の提案を受け入れ、二人が鍛練に参加したとしても、その差が埋まる事もあり得ない。
 
 ただ、二人にそんな"現実"を突き付ける事になる。そして、悠二としても理解できる"少年の矜持"を砕く事にも‥‥‥
 
「‥‥いや、ほら、メリヒムもカルメルさんも結構気難しいっていうか‥‥いきなり参加って言われ‥‥」 
「いいよ」
 
 下手な言い訳を並べる悠二の言葉を遮り、平井が了承する。
 
(ちょっ、平井さん!?)
 
 同じくフレイムヘイズと人間の差を理解しているはずの平井の言葉に内心で非難の声をあげる。
 
「ただし、最初は見学だけ。いい?」
 
「いい!、いい!、やったな田中!」
 
 平井のその言葉に無邪気に喜ぶ佐藤。
 
(‥‥いいのか?、これで)
 
 悠二にはまだ困惑があった。
 
 
 
 
「何であんな事オーケーしたのさ?」
 
 あの後、佐藤と田中の二人と別れた後の帰り道。
 
 悠二は平井に非難混じりに先ほどの事について訊く。
 
「今隠しても、二人のためにならないよ」
 
「だからって‥‥‥」
 
「坂井君」
 
 平井の意図が読めずに食い下がる悠二を、いつになく真剣な平井の一言が遮る。
 
 そして、ゆっくりと語りだす。
 
「私もさ。最初、何も知らなかった時に、坂井君とカルメルさんが戦ってるのに封絶の中から出なかったでしょ?」
 
 平井はある意味で佐藤達とかなり近い立場にある。
 
 だからこそ、悠二より深く二人の事を理解できた。その上で佐藤の提案を了承したのだ。
 
「あの二人も、このまま"そういう事"に巻き込まれたら同じ事するかも知れない。あの時の私だって、運がよかっただけだしね」
 
 その、あり得た可能性。
 
 "自分の戦いの巻き添えで友達が死ぬ"という事に改めて気付かされ、悠二は硬直する。
 
「つまんない事に拘ってないで早めに現実を教えてあげた方がいいんだよ。
 マージョリーさんについて行くっていうのが本気なら尚更ね」
 
「‥‥‥‥ヘカテー?」
 
 その平井の言葉に返す言葉が見つからず、傍らのヘカテーに意見を求める意味を込めて目を向ける。
 
 コクッ
 
(‥‥‥‥‥‥)
 
 どうやらヘカテーも同意見らしい。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 ここに来て悠二も気付く。自分が佐藤達に現実を突き付ける事を避ける理由が、"一時的"に二人を傷つけたくないというただの『甘え』なのだという事に。
 
 そして、無意識に、現実を二人が受け入れられないと考えている二人の矜持に対する侮辱であるという事に。
 
「わかったよ」
 
 いくつも死線をくぐってきたというのに相変わらず、『自分が人間の頃』と変わらず平井のこういう所には全くかなわない。
 
 だが、何故かそれが嬉しかった。
 
 人ではなくなって、あんな異常な体験を経て‥‥変わらない関係。
 
 それがどうしようもなく嬉しかった。
 
 
「ありがとう」
 
「?、何が?」
 
「別に?」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 変な事を言ってはぐらかす悠二を睨む平井。
 
「ま!、いいや。行くぞヘカテー!、クレープ食べ行こ!」
 
 せめてもの嫌がらせに、可愛らしい少女の手を引き、悠二の傍らから連れ去る。
 
「ちょっと待ってよ」
 
 慌てて追い掛ける悠二。
 
 いつも通りに見える平井の笑顔。
 
 手を引かれるヘカテーはそこに僅かな淋しさを見いだす。
 
 『差』にどうしようもないものを感じているのは、何も佐藤達だけではない。
 
 
 
 
 夜の佐藤家の庭。
 
 佐藤の提案通りに、悠二達は鍛練を見学する事を認めていた。
 
 佐藤家の庭というのも、平井が決めた事だったりする。
 
 二人の事はマージョリーが見守る方がいいと考えたためだ。原因でもある。
 
 
「なーんでまたここで鍛練なんかするわけ?」
 
「まーた、久しぶりだなぁ、天壌の。そいつが新しい契約者か?」
 
 初対面のシャナにマルコシアスが語り掛ける中、マージョリーは何とも言えない顔をしている。
 
 ちなみにこの場にメリヒムは現れていない。
 
 元々、メリヒムは自分の家で行われる鍛練にしか参加しない。
 
 たまに千草と世間話をする時だけ坂井家の朝の鍛練に現れるのだ。
 
 
「それじゃ、今日の鍛練、とりあえずシャナの炎の構成ね」
 
 鍛練の予定表を手に、平井が鍛練の開始を告げる。
 
「ヴィルヘルミナ」
 
「了解であります」
 
 シャナの呼び掛けに応じ、今日、悠二達の突然の提案で虹野家に行けなかったせいで若干不機嫌なヴィルヘルミナがリボンを伸ばし、シャナと悠二に繋げる。
 
 自在法の鍛練には、零時になったら完全回復する悠二の存在の力を使う。もはや習慣である。
 
「はっ!」
 
 気合い一閃。
 
 悠二から流れくる力を使い、シャナの背中に紅蓮の双翼が生み出される。
 
「うむ。もう翼は楽に構成出来るようになったな」
 
「うん。一度覚えたら、そんなに難しいものでもない」
 
 アラストールと、"自分達の力"の感覚を確かめ合う。
 
 その理想的な成長の姿に、養育係は目を細める。
 
 そして‥‥
 
(う‥‥わ‥‥‥)
 
 初めてこれほどの不思議を見せ付けられた佐藤は圧倒されていた。
 
 同じクラスで、同じ教室で、メロンパンを嬉しそうにかじり、教師を圧倒し、無愛想ながらも最近は自分達と一緒にいるようになった少女、シャナ・サントメール。
 
 その背中から紅蓮に燃える炎の翼が広げられている。
 
 その瞳と髪も同じく紅蓮。
 
 まさしく考えられない不思議が目の前にあった。
 
 
 驚愕はそれに留まらない。
 
 鍛練が続くにつれて次々に見せ付けられる異様な世界。
 
 平井家のメイドらしいフレイムヘイズから無数に伸びる生き物のように動くリボン。
 
 近衛史菜、いや、ヘカテーの周囲に生まれる水色の流星群。
 
 そして、燦然と輝く銀の炎と大剣を操る、坂井悠二。
 
 何より、少し前までは自分達とそう大差ないと思っていた。いや、むしろ喧嘩などの事態が起こった時は『自分が守る側』だとさえ思っていた少年。
 
 それが、今信じられない光景を見せ付けている。
 
 肌に伝わる空気を灼く感覚が教えてくれる。
 
 あの炎を自分がもし受ければどうなるのかを。
 
 
(‥‥‥‥俺は)
 
 まさか、フレイムヘイズや徒だと聞いていたシャナやヘカテーだけじゃなく、この坂井悠二さえもこれほどに自分とは違う。
 
 
(これが‥‥俺達とマージョリーさんとの距離‥‥)
 
 少しずつ実感していく絶望を伴った現実に逆らうように、傍ら、先ほどまで悠二が素振りに使っていた大剣を手に取る。
 
 だが‥‥‥
 
(おっ、重い‥‥!)
 
 どころではない。
 
 地に置かれた大剣を、数センチ浮かせる事しかできない。
 
 持つ事すら叶わない。
 
 しかもそれは"片手持ちの大剣"。
 
(坂井は‥‥こんなのを片手であんな軽々と‥‥)
 
 
 少年は少しずつ現実をわからさせられていく。
 
 この場に田中はいない。
 迷いを持ったまま、これ以上踏み込む事を避けたのだ。
 
 どちらが正解かは、まだわからない。
 
 
 
 
「どーいうつもりよ?」
 
 佐藤家の庭先、マージョリーは悠二に今回の事について問いただす。
 
 そこにはやはりわずかに険がこもる。
 
 位置の問題で、マージョリー(とマルコシアス)と悠二以外はこの会話を聞いていない。
 
「あんたもわかってただろ?、あのままじゃいけないって」
 
 自分と同じく、全てわかてていた上で少年達を気遣っていたマージョリーに告げる。
 
 無論。マージョリーも悠二の意図などわざわざ訊かなくてもわかる。
 
 それほどに佐藤は分かりやすかった。
 
 
 だが、強がりな少年のため、そして、現実をわかったあの少年が自分にどう接するのかわからないという自身自覚していない不安から、愚痴同然に言っているのだ。
 
「‥‥‥あ〜あ、酒が欲しいわ」
 
「皆はほっといてか?」
 
 その悠二の言葉に、皆に目を向ける。
 
 目に映るのはまだ大剣を相手に唸っている佐藤。
 
 
「‥‥しばらくそっとしてやんなさい。そのうち自分で整理をつけるでしょ」
 
 そう言って中に引っ込むマージョリー。
 
 その胸中、佐藤の事とは別に抱いたものがある。
 
 さっきの鍛練、悠二の出す"銀"の炎を当然マージョリーは目にしている。
 
 だが、それを見ても、以前なら徒全てに対して撒き散らしていた殺意が湧いてこない。
 
 『"銀"の炎を目にしているのに』。
 
(まずい‥‥かな)
 
 そう、自分の心に対して思った。
 
 
 
 
(‥‥‥‥‥‥)
 
 悠二は佐藤を見る。その視線にこもるのは同調。
 
 悠二も、力を使えず、自分の無力感を痛感した事は何度もある。
 
 その現実に対して少年として抱く反発も。
 
 現実を見せ付けない方が良かったのか?
 
 と、性懲りもなく考えてしまう頭を振り、そんな考えを振り払う。
 
 何も知らないまま首を突っ込めむ事がどれほど危険な事か。
 
 実を言えば、鍛練で見せた人間とフレイムヘイズの差はまだ抑えた方なのだ。
 
 本当の戦いならば、家が吹き飛び、ビルが倒れ、街は焼かれる。
 
 そんな大規模でデタラメな力を見せ付けていないだけまだましである。
 
 
 これで佐藤が"こっち側"から身を引いたとしても不思議ではない。
 
 全部知り、体験して、それでも突き進む平井の方がどちらかといえばおかしいのだ。
 
(でも‥‥その方が佐藤のためかな)
 
 
 そう、内心で呟いた。
 
 
 
 
(あとがき)
 展開があまり進んでいない。
 次あたりから原作六巻見習って日常とシリアス同時進行で行く予定です。



[4777] 水色の星S 七章 四話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/12/17 02:59
 
 パァン!
 
 朝の坂井家に、乾いた音が響く。
 
「痛っ〜!」
 
「これで私の40勝目ね」
 
 手を押さえて痛がる悠二を得意そうに見下すのは、長い黒髪の少女、シャナである。
 
 この40勝というのは朝の鍛練に行う仕合いの戦績の事だ。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 悠二としては、事実である以上、反論しても分が悪い事はわかっている。
 
 しかし、言われっぱなしも癪なので同じく事実で抵抗する。
 
「40勝"2敗"だろ。ちゃんと数え痛っ!」
 
「うるさいうるさいうるさい」
 
 そんな少年の指摘は少女のさらなる追撃で黙らせられる。
 
 理不尽な話だ。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 それを不愉快そうに眺めるヘカテー。
 
 悠二への扱いもそうだし、あまり『危険分子』を悠二に近付けるのも気に入らない(ちなみに、この危険というのは身命に関するものではない)。
 
 そして、もう一つ気掛かりな事。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 手に持った戦績表を眺める。
 
 悠二はシャナに2勝、メリヒムに1勝、自分とヴィルヘルミナには一度も勝てていない。
 
 それを腑甲斐ない、と思うわけではない。
 
 むしろ逆だ。
 
(‥‥‥成長が、早すぎる?)
 
 初めて出会った時のシャナと同じ疑問を、ヘカテーも感じていた。
 
 悠二が自分と出会ってから‥‥『こっち側』に関わりだしてからまだ半年と経っていない。
 
 だというのに、『炎髪灼眼の討ち手』、"虹の翼"という異常な相手に一、二回とはいえ勝ち星をあげている‥‥どちらかといえば苦手な体術で、だ。
 
 それも、棒っきれの仕合いでの話。
 
 実戦で、もし悠二の持っているのが『吸血鬼(ブルートザオガー)』なら、勝率はさらに上がるだろう。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 確かに、強くなる要素はあった。
 
 元々、悠二に秘められた才能は感じていたし、自分の『器』の共有や、おそらくは『零時迷子』、あるいは『大命詩編』による鋭敏な感知能力。
 通常の人間はもちろん、フレイムヘイズでさえありえないほどに濃密な戦いを短期間に経験もしてきた。
 
 それら、強くなる要素は十分にある。
 
 強くなっても不思議ではない。だが‥‥‥何か引っ掛かる。
 
 何か‥‥才能や経験以外の"自分の知らない要因"。
 
 ゾクッ
 
 あるかどうかもわからない"それ"に、何故か強い怖気を感じる。
 
(確か‥‥悠二が劇的に成長したのは、『弔詞の詠み手』との戦い‥‥)
 
 自分は最後の方しか知らない戦いの様子を、『弔詞の詠み手』かヴィルヘルミナ・カルメルに訊いてみようか、と考えるヘカテー。
 
 その目の前に悠二の顔。
 
「ふ‥‥ふぇっ!」
 
「? どうかした?。はい、冷たいお茶」
 
「っ〜〜!」
 
 熱くなった顔を冷ますようにお茶を奪いとり、ぐいっと飲み干す。
 
 嬉しいのは嬉しいのだが、いきなり顔が近くなると動揺してしまう。
 
 そんな少女達をリビングから眺めるヴィルヘルミナと坂井千草。
 
「‥‥大分、扱いが手慣れてきたようでありますな」
 
「無意識」
 
「あらあら」
 
 もう一人の少女の表情の変化には気付かず、呑気に喋っていた。
 
 
 
 
 その日の夕方、吉田一美は愛犬の散歩に出かけていた。
 
 坂井悠二へのアプローチは「何か空回ってる?」とか最近思い始めたが無論きのせいだろう。
 
 きっとそうだ。
 
 まあ、それはそれとして、最近は転校生のシャナ・サントメールまで不穏な空気を醸し出している。
 
 ただでさえあの近衛史菜が牽制するように坂井悠二の傍にいるというのにまったくもって厄介だ。
 
 そんな風に考え事をしながら愛犬に急かされて散歩する吉田一美の前に‥‥
 
(?)
 
 道の真ん中、吉田の行く手を遮るように、一人の少年が立っていた。
 
 十にも満たないと見える小さな姿に、夏も盛りというこの時期に長袖のパーカーに太いスラックス。そのうえフードを頭からスッポリとかぶり、極め付けにその少年の身の丈の倍はあろうかという巻き布でぐるぐる巻きにした太い棒を右肩に担いでいた。
 
 それが、異様な存在感をもって立ちふさがっている。
 
 
「君、どうかした? この暑い中、厚着して、変な物担いで(道の真ん中につっ立ってんじゃねえよこのガキ)」
 
 その言葉には反応せず、少年は口を開く。
 
「あなたは、"知っている"のですか?」
 
 
 何かが、変わろうとしていた。
 
 
 
 
「‥‥‥この気配、徒かな? かなりでかいけど」
 
「‥‥いえ、周囲に力の乱れもありませんし、気配も穏やかです。フレイムヘイズでしょう」
 
 その頃、悠二達も一つの気配を掴んでいた。
 
 ちなみに、今はヘカテーがこの前見つけた鳥の親子の住む木に鳥小屋をくくりつけている最中である。
 
 悠二が鳥小屋を設置している間、鳥達はピピッと鳴きながら、ヘカテーの肩に頭にとまっている。
 
「第八支部に、そんな情報、入ってなかったけど、ね」
 
 そんなヘカテーにとまる小鳥に触るべく、そ〜、と近寄りながら言う平井。
 
 何故か知らないがヘカテーは鳥、というか動物に好かれるのだが、それが平井や悠二に適応されるかは別の話だ。
 
「‥‥大丈夫です」
 
 "小鳥"に言い、指先にとまらせ、平井に近づける。
 
 そして、小鳥はおとなしく平井に撫でられる。
 
 ヘカテーの平井に対する信頼が小鳥に伝わったかのような光景。不思議である。
 
「やっ‥‥たー! 見た? 見た? 野生の小鳥触った!」
 
「はしゃぐと逃げるよ?」
 
 軽い興奮状態の平井とそれを見て苦笑する悠二。
 
 珍しくお姉さん(?)な所を見せる事が出来て嬉しそうなヘカテー。
 
「それで、そのフレイムヘイズほっといていいのか?」
 
 木から下りながら話を戻す悠二。
 
 
「‥‥悠二、これ以上厄介事に首を突っ込むつもりですか?」
 
「‥‥やめとく」
 
 そろそろ祭りがあるのだ。妙なのと関わりたくないし、今まで会ったフレイムヘイズは虞軒を除いて全員と出会い頭に戦いになってしまっている。
 
 向こうからどうこうしない限りは極力関わらないようにしよう。
 
「それじゃ、鳥小屋もつけたし、そろそろ帰ろうか」
 
「はい。また‥‥」
 
「今度は私単体でも懐いてよね!」
 
 鳥達に別れを告げ、帰路につく。
 
 嬉しそうに鳴いて見送る鳥達。
 
 そんな、何気ない日常。
 
(こんな時間が、いつまで続くか‥‥)
 
 大切な日常を、悠二は噛み締める。
 
 
 
 
 我が家を目指し、街を歩く悠二達。
 
 つらつらと他愛無い話をしながら歩く三人の前に、下校時には珍しい人物が現れる。
 
(‥‥む)
 
 その人物を目にし、過剰に警戒を働かせるヘカテー。
 
 吉田一美である。
 
「あっ☆、坂井君。こんにちは。こんな所で出会うなんて奇遇ですね☆」
 
「はは‥‥そうだね」
 
「おー、久しぶり! エカテリーナ!」
 
 吉田の連れている豆芝の犬の頭を撫でる平井、そして‥‥
 
「エカテリーナ?」
 
 その名前らしきものを訊ねるヘカテー。
 
「うん。うちの愛犬、吉田・ドルゴルスレン・ダグワドルジ。
 愛称はエカテリーナって言うんだよ☆ ヘカテリーナ?」
 
 それに飼い主の吉田が答える。
 
 ヒュヒュヒュヒュ!
 
 パパパパァン!
 
「私はヘカテリーナではありません」
 
「あら、違った?」
 
 侮辱への返礼としてチョークの投擲を吉田に放つヘカテリーナ‥‥ではなくてヘカテーと、それを黒板消しで寸分の狂いもなく叩き落とす吉田一美。
 
 この二人はいつもこんな物を持ち歩いているのだろうか?
 
 
「ふふ、それじゃ、また明日学校で、さ・か・い・君☆」
 
「う‥‥うん。また明日‥‥」
 
 行ってエカテリーナと共に歩きだす。
 
 それを見送る悠二。
 
 
(吉田さんって‥‥あれ、本気なの、かな?)
 
 吉田一美が自分に仕掛けてくるアプローチ(?)が露骨‥‥というか何か変なため、ただ単にからかわれているような気しかしてなかったりする。
 
 そんな、さりげなくひどい坂井悠二を、吉田一美は振り返って見つめていた。
 
 その手には、一つの片眼鏡(モノクル)がある。
 
 
 
 
「‥‥佐藤?、今日はトレーニングやらないのか?」
 
 いつもの佐藤邸の庭で、田中栄太が佐藤啓作に心配そうに声をかける。
 
(やっても意味無いんだよ!)
 
 声をかけられた佐藤の方はといえば、"あれ"を目にしなかった親友に、そのどうしようもない苛立ちを心中だけでぶつける。
 
 実際には無反応でしかなかったが、それでも佐藤の様子がおかしいのはすぐにわかる。
 
「‥‥‥悪い」
 
 佐藤も、今の自分の様子が他人から見てどうなのかわからないわけではない。
 
 だが、"だったら自分はどうすればいいのか?"
 
 そんな無力感が体を支配する。
 
 平気なふりをする事ができない。
 
 
(見なかった田中の方が‥‥正解だったのか?)
 
 
 どうしようもない現実に、少年はまだ答えを出せない。
 
 
 
 
 その日の夜。
 
 新しい気配と関わりあいになりたくないため、今日の夜の鍛練はお休みである。位置を知らせたくはない。
 
 さっさと寝る坂井悠二とヘカテー。
 
 悠二としてはヘカテーが自分に恋心を抱いていると気付いてからはさすがにまずいとは思ったのだが、それを伝えようとした時のヘカテーの表情に勝てなかった。
 
 要するに、また同じベッドで寝ているのである。
 
「すぅ‥‥すぅ‥‥」
 
 傍らで眠る水色の少女の髪を撫でる。
 
 男の人の隣で寝ているというのに、その寝顔にはたとえようのないほどの安心感と幸福感が見てとれる。
 
 可愛い。
 
 一度知ってしまうと、『ヘカテーが自分を好き』という『事実』は、とてもわかりやすい。
 
 行動の端々に、時には露骨に、自分に対する好意が見てとれる。
 
 何故今まで気付かなかったのかと思うほどだ。
 
 そして、それに気付けばさらに可愛い、可愛い少女。
 
 
(僕なんかの、どこを好きになったんだろう?)
 
 はっきり言って、そこは全くといっていいほどわからなかった。
 
 まあ、理由自体あるのかないのかわからないし、ヘカテーの感性はあまり普通とは言い難いので考えるだけ無駄だろう。
 
「‥‥‥‥ん‥」
 
 小さく寝言らしき呟きが聞こえる。
 
 髪を撫でるのをやめ、その顔に手を添える。
 
 その手の暖かさに、少女は手に頬をすり寄せる。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 未だこの少女への想いが恋や愛だと断言できない自分。
 
 もし告白という形を取られたとしても言うべき言葉が見つからない。
 
 こんなにひたむきに自分を求めてくれる少女に、『"好き"かどうかわからない』などという状態で答えを出すような不誠実な真似は絶対にできない。
 
 だからこそ、自分の気持ちさえはっきりしない自分に、心底むかっ腹がたった。
 
(ちゃんと考え‥‥いや、感じよう)
 
 
 
 少年は悩む、自分の心と、目の前の少女のために。
 
 
 
 
(あとがき)
 七、八章と内容が濃くなる予定だから長さ調整しないとダラダラな感じになりそう。
 その辺気をつけて行こうかと思います。



[4777] 水色の星S 七章 五話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2008/12/17 13:55
 
 ぎゅっ
 
(?)
 
 いつもと違う感触に、眠りから意識が戻り始める。
 
 しかし、嫌な感触ではない。どこかで、幾度か感じた感触。
 
 柔らかく、優しく、包まれている。
 
(これは‥‥?)
 
 その安らぎの正体を確かめるべく、自分を包む、夢に誘われるような心地よい温かさに何とか打ち勝ち、重いまぶたを開く。
 
 青。
 
 その視界いっぱいに青が埋め尽くされている。
 
 その意味する所を、寝惚け頭でじわじわと理解していく。
 
 見慣れた、Tシャツの青である。
 
 これが視界を埋め尽くす事自体は、実は結構ある。
 
 すぐに寝てしまい、なかなか起きない自分はなかなか寝ている悠二にお目にかかれないが、たまにそんな機会があれば遠慮なく抱きついている。
 
 だから今も、寝惚けた自分が抱きついたのだろうか?
 
 なら、この自分を包む温かい安らぎは‥‥?
 
 
「っ!」
 
 ようやくになって自分の今の状態を理解する。
 
 悠二に、抱きしめられているのだ。
 
(嬉しい、嬉しい、嬉しい)
 
 高鳴る鼓動。熱くなる顔。満たされる心。
 
 その全てが喜び。
 
 
 “自分から”ではなく、“悠二から”、こんな風にしてもらえる事は珍しい。
 
 意識的か無意識的かはわからないが、こんなチャンスを逃す手はない。
 
 自分を抱きしめる悠二に擦り寄り、そのまま眠りにつこうとして‥‥
 
(!)
 
 一つの見落としに気付き、そんな自分を褒め称える。
 
 キッと睨んだ先には‥‥一つの物。
 
(っ、ん〜〜!)
 
 悠二に抱きしめられた状態で小さい体と手を懸命に伸ばす。
 
 ぎゅっ
 
(‥‥‥はぅ)
 
 腕から逃げられるとでも思ったのか、より強くヘカテーを抱きすくめる悠二。
 
 中国の時や、たまに平井家にお泊まりする時には平井の抱きまくらと化しているヘカテーだが、相手が想い人であれば、当然その意味は大きく異なる。
 
 このまま全てを忘れてその腕に身を委ねてしまいたいという強い衝動に駆られるが、歯を食い縛り、魂を奮い立たせ、これに耐える。
 
 まずは『あれ』を何とかしなければならないのだ。
 
 ヘカテーの、仇を見るような視線の先には、一つの器物。
 
 名を、『目覚まし時計』と言う。
 
 
 
 
「よう」
 
 その頃、吉田一美。
 
 朝早く、夏でなければ真っ暗であろうその時間に、昨日の怪しい少年と出会っていた。
 
 昨日の会話を思い出すと、正直、未だに頭をはたいてやりたくなる。
 
 
『ああ、気配の端が濃く匂ったのですが‥‥協力者ではないのですか?』
 
『ふぅむ、綺麗な目をしておる。適任なように思えるがの』
 
『‥‥‥おい』
 
『協力してもらいたいのですよ。知らずにとはいえ、我々の同胞に関わった者として』
 
『わん?』
 
『ふむ、君はこの街に住んで何年になるかね?』
 
『わん?』
 
『だからこっちに訊けぇえー!!』
 
 
 その後、“色々と”聞かされ、妙な片眼鏡(モノクル)も渡され、約束通りこの時間、この場所にやってきた。
 
 当たり前だが、学校はさぼる気満々である。
 
 その原因たる“フレイムヘイズ”、“不抜の尖嶺”ベヘモットと、その契約者『儀装の駆り手』カムシン・ネブハーウはその姿を見て、返事を返す。
 
「ああ、やはり貴女の方が来てくれたのですか」
 
「ふむ、予想通りといえば予想通りじゃな」
 
「つーか、エカテリーナに頼むか普通? 馬鹿か? 馬鹿なのか?」
 
 吉田の不遜な物言いにも特に気分を悪くした様子もなく、カムシンは口火を切る。
 
「ああ、それで、昨日渡した『ジェタトゥーラ』は使ったのですか?」
 
 カムシンが吉田に渡した片眼鏡型宝具・『ジェタトゥーラ』。
 
 存在の力を感じる事の出来ない人間にも、トーチの存在やその消失を見極められるようにする宝具である。
 
「使ったに決まってんだろ。“全部知った上で手ぇ貸す”っつったのはこっちなんだからな」
 
 この『儀装の駆り手』は、フレイムヘイズの中でも特殊な存在。
 
 この世の歪みを生み出す徒を討滅する事よりも、徒によって生まれた歪みを修正する『調律師』なのだ。
 
 大抵、永い戦いの時を経て、復讐心を擦り減らしたフレイムヘイズがなるものであり、このカムシンも例外ではない。
 
 ヴィルヘルミナやマージョリーが子供に見えるほどの時を生きる、『最古のフレイムヘイズ』であった。
 
 そして、『調律』には、『この世のあるがまま』を感じてしまうフレイムヘイズではなく、『本来そこにあったもの』に“違和感を感じられる”『人間』の協力が不可欠なのである。
 
 そして、この街の歪みを正す協力者として、吉田が目を付けられた。
 
 必要最低限の事だけ伝えて、協力だけ得ようという意図を隠そうともしないカムシンらの態度に吉田は納得せず、“全部”知る事を望んだ。協力を確約する事を条件に。
 
 そして、そのための宝具を吉田は受け取り、今日がその協力を約した日。
 
 
「‥‥ふむ。それで、どうじゃったかな?」
 
 『ジェタトゥーラ』を使った結果を訊ねるのはカムシンの左手首にあるガラス細工の飾り紐型の神器『サービア』に意思を表出させるベヘモット。
 
「良いな。特に片眼鏡(モノクル)ってのが。片目は普通なのに片目だと人が消えるみたく見える。あれが『とーち』なんだろ?」
 
 訊かれた内容が違うとわかって、しかし別の感想を口にする吉田。
 
 この二人に“そんな事”まで答えたくはない。
 
「ああ、そうではなく、貴女の身の回りの人達の安否についてです」
 
 が、続くカムシンの一言で台無しになる。
 
 殴りたい。
 
「‥‥‥家族は無事だ。友達も無事。けど‥‥惚れた相手がなぁ‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 吉田のその言葉に、カムシンは僅かに顔を逸らす。
 
 そんな境遇にある少女の顔をじっと見つめるのは酷というものだった。
 
(ベヘモット)
 
(ふむ、仕方ない。別の協力者を探すとするかの)
 
 
 少女の境遇に同情はする。して、しかしとる行動は次の協力者を探す事。
 
 『使命感の塊』
 
 少女にこれ以上の協力を強いる事はしないが、少女のために何かする気もない。
 
「‥‥巻き込んでしまった事はお詫びします。このまま『何もなかった』事にして日々を過ごす事をお勧めしますよ」
 
「すまん事をしたのう」
 
 自分達は『ジェタトゥーラ』を渡す前に、「知らない方がいい」と警告し、それを聞かなかった吉田が辛い現実を知った。
 
 それでも非は非日常をもたらした自分達にある。
 
 吉田に手を差出し、『ジェタトゥーラ』を返すように促す。
 
 しかし、吉田は先の言葉に対して、カムシン達の予想と異なる返答を返す。
 
「あん? 協力はするって言ったろーが」
 
「‥‥は?」
 
 惚れた相手がすでに人ではなく、すぐに消えてしまう存在だと知った(らしい)少女の、あまりに状況にそぐわない態度に、動揺というものから極めて遠いカムシンが呆気にとられる。
 
「んで? 具体的に私は何すりゃいいんだ?」
 
「‥‥お嬢ちゃんはそれを知って、平気なのですか?」
 
 常は使命以外の事に興味すら持たないカムシンが、“協力に関係の無い”問い返しをしていた。
 
「平気なわけねーけどな。“そうだって知ってれば”やりようもあるからな」
 
「やりよう、ですか」
 
 カムシンの持つ異様な存在感も、この世の本当の事にも、少女の“芯”は揺るがない。
 
「散りゆく花のように、ってな」
 
 
 
 
 どことも知れない暗闇、白衣の教授の覗き込む先に、馬鹿のように白けた緑の紋様が渦巻いていた。
 
「いぃーよいよ実験が始まりますよぉーお? ドォーミノォー!」
 
 それはこの世に紅世の徒の不思議を“現し”、その稼動を図に“表す”『自在式』。
 
 
「んー? んんんんー?」
 
 唸りを上げて数秒、長い白衣の男は突然怪鳥のような叫びをあげる。
 
「ドォーーミノォオオーー!!」
 
「はぁーーい!!」
 
 
 打てば響くようにシャリリリて金属を擦り合わせるような声が応える。
 
 自在式と動揺の炎を吹き上げながら現れたのはガスタンクのようなまん丸の物体。
 
 ミイラ男のようにグルグル巻きに巻かれた発条に、大小の歯車を両の目とした顔。手足も顔同様、パイプや歯車で“それらしくいい加減に”形づくられている。
 
「あなた様の忠実なる“燐子”ドミノはここにおりますですよぉおーーって痛い痛いでほはひはふふふ!?」
 
「どぉーこへ行っていたのですか。おかげで私は暗闇で寂しく独り言なんか言ってしまったじゃありませんかぁー!?」
 
 現れた『ドミノ』のほっぺたを伸ばしたマジックハンドのように変化した手でつねりあげる。
 
「ふひはへんふひはへん‥‥‥教授のご指示通り、下で『夜会の櫃(やがいのひつ)』の整備をしていたんでふひはいひはい」
 
 またつねる。
 
「ドォーミノォー? 遠回しに私を責めていますねぇー?」
 
「ほんはほほはひはへん‥‥‥痛たたた」
 
 パッとようやくドミノを解放した白衣に、ドミノは丁寧に声をかける。
 
「あー、ごほん。では教授、いよいよでございますね」
 
「そぉーうです、ドォーミノォー!」
 
 訊かれて白衣の教授はいきなりテンションを上げる。
 
 
「さぁーて、いぃーよいよ実験が始まりますよぉー! これほどの『歪み』はそぉーうはありませんからねぇーえ!」
 
 
 
 
(あとがき)
 年末年始が近づくと何かと忙しげ。そういえば原作は次巻が二月だそうで、いつになく早いです。
 SS書く上でも一読者としても嬉しい限り。



[4777] 水色の星S 七章 六話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/12/19 02:43
 
 自在式を地に広げ、褐色の心臓と見える『それ』、『儀装の駆り手』カムシンの自在法・『カデシュの心室』の中に、一人の少女がいる。
 
 言わずと知れた『調律』の協力者、吉田一美である。
 
「ああ、どうですか? お嬢ちゃん」
 
 カムシンが事前に街の各所に刻みつけたマーキング・『カデシュの血印』を中継点にし、『カデシュの心室』に入った人間を街と調和させ、違和感、すなわち『歪み』を感じ取ってもらう。
 
 これが『調律』に必要不可欠な作業であり、カムシンが吉田に頼んだ仕事である。
 
 
「ああ‥‥わかる。この街が本来の姿とは違うのが感じ取れる」
 
 そして今、その作業をしている真っ最中である。
 
「ふむ、何だかんだで人選を間違ってはいなかったようじゃな」
 
 吉田の言葉にベヘモットが僅かに喜色を表す。
 
 実はこの協力者探しが調律で一番厄介な作業なのだ。
 
 そして吉田は続ける。
 
「ああ‥‥明らかにおかしい。この坂井って家の隣は私の家だったはずだ」
 
「わん」
 
「ついでに私の家のすぐ側にはコンビニとスーパーとパチンコがあったはずだ」
 
「わわん」
 
「‥‥ああ、どうやら妄想とイメージが交ざり合っているようですね」
 
「‥‥ふむ、思ったより時間がかかりそうじゃな」
 
 
 吉田と、なぜか随伴しているエカテリーナの協力で、調律は進んでいく。
 
 
 
 
 その頃。
 
 御崎市ミサゴ祭り。
 
 この語呂が良いような悪いような祭りに、御崎高校一年二組、いや、御崎高校のほぼ全員が浮き足立っていた。
 
 悠二はこの祭りに去年まではメガネマン・池速人に誘われて参加していたのだが、今年は誘われてはいない。
 
 なら、参加しないかといえばそんなわけもない。
 
 理由は訊くまでもないだろう。
 
 
「ねね、ヘカテー。今日私達ミサゴ祭り行くんだけど一緒行かない?」
 
「悠二と行きます」
 
「平井ー。祭り誰と行くのー?」
 
「ふふん。我が妹分と弟分と行くのだよ。羨ましかろう?」
 
 
 平井は元々その明るさと人懐こい性格で友達は多い。
 
 そしてヘカテー。入学当初はまあ、確かに危険視もされていたが、最近は随分雰囲気が変わった事もあるし、何よりその小動物的な言動や雰囲気が実は大人気である。特に女子に。
 
 
 そんな二人がクラスメイト達の誘いをこのように断っているのだが、自分はまだ何も言ってはいない。
 
 いや、行くけど。
 
 というより、誰が弟分だ。
 
「佐藤と田中はどうする、祭り?」
 
 なんの気なしに近くにいた佐藤と田中に訊く悠二。
 
「いや、俺はその‥‥なあ?」
 
「?」
 
 何やら歯切れの悪い田中に疑問を抱くが、すぐに疑問は氷解する。
 
 田中の、話題を振られた事で意識しての事か、向けた視線の先に緒方真竹がいるのだ。
 
 
 ニヤリと笑みを作り、ポンポンと肩を叩く。
 
「な!? お前違うぞ! これはそんなんじゃ!」
 
 その悠二の仕草にあからさまに狼狽する田中。
 
 うん。たまにはこういう立ち位置もいいものだ。
 
「佐藤は?」
 
 まだ騒ぐ田中を無視して、佐藤に話題をふる。
 
 
「マージョリーさん誘ってみようかと思ってんだけど‥‥望み薄だよな〜」
 
 "あれ"以来、佐藤は『現実』と『理想』のあまりの違いに思い悩んでいるのだが、それを普段、面に出すほど子供ではない‥‥と思いたい。
 
「まあ、難しいかもね。あの人連れ出すのは。そういえば、今日は吉田さん休みなんだな、珍しい」
 
 
 そんな風に他愛無い会話も今日のミサゴ祭りで持ちきりである。
 
 
 そして、シャナ・サントメール。
 
「祭り‥‥あの騒がしいの?」
 
 クラスメイトの何人かから誘われはしたが、とりあえず断った。
 
 元々、人混みが好きではなく、何より、ヴィルヘルミナが何というかわからない。
 
 しかし‥‥
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 坂井悠二に目をやる。
 
 今まで自分が意味の無い事。と割り切ってきた事が本当に無意味なのか。
 
 違う。
 
 それはもう、わかっているのだ。
 
 わかったからこそ、炎を出せた。
 
 
 認めたくはないが、あいつのおかげで‥‥‥
 
 
「祭り‥‥かぁ」
 
 
 
 
「ああ、ありがとうございました。もう十分です」
 
「大した事はしてねーよ」
 
 
 街のイメージの構築も一通り終わり、あとは式を構成して調律するのみ、つまり‥‥
 
「私の仕事は終わりだな」
 
「ええ、どうもありがとうございました。おかげで今夜辺りには調律出来そうです」
 
 調律に必要なイメージさえ出来れば、もう人間である吉田に出来る事はない。
 
 別れ時であった。
 
「んじゃ、もう行くぜ。どれくらい"時間が残ってるか"わかんねーし、今日は大一番だからな」
 
 言って背を向ける吉田に、カムシンはただ別れを告げる。
 
「ああ、それでは」
 
「もう会う事のないよう祈っておるよ」
 
 
 無駄な事はしない。ただそれだけではない。
 
 この少女が今から『どうしようもない事』に向き合うだろう事を察して、しかしかけるべき言葉がないからだ。
 
 打開策などあるわけもない。同情など、この少女には無意味、いや、侮辱だ。
 
 
 少女と少年はまた別の道を行く。
 
 それがまた、交わる事はまだ、知らない。
 
 
 
 
「ヘカテー? 平井さん? 早くしないと祭り始まっちゃうよ?」
 
 一人リビングでのんびりとくつろぐ坂井悠二。
 
 男というのは祭りでも楽なものである。
 
 まあ、今ヘカテー達が和室で何をしているかに全く気付いていない辺りはかなり鈍いのだが。
 
 そんな少年には天誅が下る。
 
 タッタッタッタッ
 
「ゆカテー・コンビネィション!!」
 
「ごふっ!」
 
 後ろから駆けてきた平井と、『坂井君を驚かせよ?』という平井の提案に乗ったヘカテーの絶妙な連係、ダブルドロップキックが炸裂する。
 
 
「痛てて、いきなり何す‥‥‥‥」
 
 蹴られて振り返り、二人の姿を見てようやく今まで何をしていたのか気付く。
 
 いや、見惚れる。
 
 
「ふふん。どーかね少年?」
 
「どう‥‥ですか?」
 
 そう、二人は今、艶やかな浴衣姿になっていたのである。
 
 ヘカテーは白を基調とした水色の雪模様、平井は緑を基調とした桃色の花模様の浴衣である。
 
 今から祭りに行くというのに、全くこの事態を想像していなかった悠二は、この完全な不意打ちに見惚れてしまう。
 
「ほら、何か言ったげないと!」
 
 平井に言われ、ハッと気付く。ヘカテーが不安と恥じらいに溢れている。
 
「‥‥可愛いよ」
 
 かぁああああ!
 
 悠二から言われる初めての『可愛い』に、ヘカテーは真っ赤になる。口元も、笑みを抑えられない。
 
 悠二も、頑張ったのだ。これが今、自分が言える限界だという所まで言ったつもりである。
 
「平井さんも、似合ってる」
 
「お! 珍しいね。素直に褒めるとは。少しは成長したのかな?」
 
 意外と嬉しそうな平井がくるりと回って、ゆでダコヘカテーに抱きつく。
 
 
「そんじゃ行くよ! いざミサゴ祭り!」
 
「可愛い‥‥‥私、可愛い‥‥悠二に‥‥‥」
 
 
 
 
「そういうわけなのであります」
 
「‥‥‥どういうわけだ?」
 
 所変わって虹野邸。一人の来訪者が訪れている。
 
 
「ですから、今日はミサゴ祭りというカーニバルが開催されているのであります」
 
「外出推奨」
 
「だから! 何故それを俺に言いに来る。一人で勝手に行けばいいだろう!」
 
 ヴィルヘルミナの遠回しな、しかしバレバレなお誘いをメリヒムは断固として断る。
 
 全く、『大戦』の時からまるで進歩がないやつだ。
 
 あの時も戦いであるにも関わらずドレスを着込み、戦う直前まで仮面をつけず、自分が愛したマティルダとは正反対の接し方で自分の心を得ようとしていた。
 
 いい加減あきらめればいいものを。
 
「シロ」
 
 そこで横から『娘』の声が掛かる。
 
 
「!」
 
 赤に白抜きの花模様。
 
 紛う事無き浴衣姿(という衣装をメリヒムは知らないが、娘の艶姿に知識も理屈も無意味だ)。
 
 
「坂井悠二の監察も兼ねて、祭りに参加する‥‥じゃなくて‥‥しよう?」
 
「たこ焼き、焼そば、金魚すくい、射的に輪投げであります」
 
「娯楽満載」
 
 
 きんぎょすくい? たこやき? 焼そばは知ってる。
 
 しゃてきに、わなげ?
 
 
 そしてシャナと行く。
 
 
「いいだろう。暇潰し程度にはなる」
 
 格好つけているがその足取りはやや軽い。
 
「痴れ者が」
 
 どこからともなく聞こえてきた声、それに気付きメリヒムは一つのペンダントを水槽に放り込む。
 
「うぬぅ! 貴様、またこのような‥ぬぉ、ぬるぬるする‥‥!」
 
 そして中に飼育しているイカの足にペンダントが絡む。
 
 言うまでもなくアラストールである。
 
 
 メリヒムがシャナに目を向けているうちに、ヴィルヘルミナは己をリボンで包み、純白の浴衣を纏う。
 
 そして用意しておいた紺色の帯で素早くキュッと締める。
 
 締めた所でメリヒムがこちらを向く。
 
 まさに、驚愕という名のスパイスを加味した最高のタイミング。
 
 『戦技無双の舞踏姫』たる絶技を使った一瞬の衣装変化。
 
 言葉少なに繰り出したその一撃は‥‥‥
 
 
「何をしているヴィルヘルミナ・カルメル。置いていくぞ?」
 
 気付いてももらえなかった。
 
 
「ううっ‥‥ふぅう〜〜!」
 
「残念無念」
 
 
 
 
「行くわよ、カーニバル!」
 
「ほ‥‥本当にいいんですか!?」
 
 
 佐藤も、マージョリーの勧誘に成功していた。
 
 というより、マージョリーが今を悩む少年に気を遣ったといった方が正しい。
 
 マージョリー・ドーは好き勝手に暴れ、だらける勝手な人間に見えがちだが、実はかなり面倒見のいい人間である。
 
 それが、大事な子分の事となれば尚更だ。
 
 それに、ちょっと祭り自体が楽しみだったりする。
 
「田中のやつはオガちゃんと行くみたいなんで、もう行きますか? 向こうで会うかも知れないし」
 
 対する佐藤。
 
 実はマージョリーの気遣いに気付いている。
 
 曲がりなりにも一緒に住んでいるのだ。それくらいはわかる。
 
(情けないな)
 
 とも思うが、こんなチャンスを逃がす気はない。
 
 彼本来のお調子者な面が顔を出している。
 
「それじゃ行くかい、大将!」
 
 いつもマージョリーの酒の匂いばかりかがされて実は相当乗り気なマルコシアスの号令と共に、マージョリーと佐藤もミサゴ祭りに向かう。
 
 
 
 
 それぞれの想いを乗せて、ミサゴ祭りが、始まる。
 
 
 
 
(あとがき)
 祭りまで行きませんでした。そろそろゆるりとシリアス風味に(でも次話は楽しいお祭り書きたいかも)



[4777] 水色の星S 七章 七話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/12/21 00:21
 
「いや〜人多いね、こりゃ。ヘカテー、ちゃんと手、繋いでなよ?」
 
「はい」
 
 ぎゅっ
 
「‥‥‥あのねぇ」
 
 
 祭りの人混みをかき分け進む悠二、ヘカテー、平井の三人組。「はぐれないように手を繋ご!」という平井の提案にヘカテーがすかさず食い付いた。
 
 悠二としては恥ずかしいので遠慮したかったのだが、多数決で二対一、可決である。
 
 民主主義でも何でもない。数の暴力である。
 
 
「♪」
 
(‥‥まあ、いっか)
 
 ところで、同年代の男女二人に挟まれるように手を繋いでいる小柄な少女。
 
 一体自分達は今周りからどういう風に見られているのだろうか?
 
 平井もヘカテーもそういう事を気にするタイプではないが、悠二は気にしてしまう。
 
 それにしても‥‥
 
(何か、懐かしいな)
 
 ミサゴ祭り自体は懐かしいというほどでもないが、池と来ていた去年までとは大分‥‥いや、全然違う。
 
 去年までは高校になってからこんな風になるとは想像もしていなかった。
 
 まあ、端的に言うと自分が女の子と頻繁に遊びに行くとは思っていなかった。
 
 実際にはもっと異常な事態になっているのだが、こんな、"年頃の少年らしい"自分への驚嘆を感じたのが懐かしいのだ。
 
 "人間らしい"、感じ方。
 
 ふと、なんの気なしに思い出す。
 
 昔は、両親とこの祭りに来る事もあった。
 
 
 父と母に連れられて、今のヘカテーみたいに手を繋いで‥‥自分は‥‥
 
 
「りんご飴、あるかな?」
 
 久しぶりに、食べたくなった。
 
 
「りんごあめ?」
 
 悠二の呟きに頭に?を浮かべるヘカテー。聞き慣れない単語である。
 
「りんご味の飴じゃないよ? 飴で果物のりんごを包んでるお菓子の事。
 でも、坂井君りんご飴好きなんだ?」
 
「はは‥‥まあね」
 
 
 子供っぽいかな? と思わないでもないが、あえて否定する事でもない。
 
「りんごを‥‥飴に?」
 
 目をぱちくりさせているヘカテー。世間知らずで好奇心旺盛な少女である。
 
「百聞より一見ってね。ほら‥‥あそこ!」
 
 平井が指差す先に、りんご飴の屋台。
 
 
 その、横の横の屋台は‥‥‥‥
 
 
 
 
 ペシャリ
 
「う‥‥」
 
「ふん。また、失敗か」
 
 金魚すくいの店の前に、変わった三人がいる。
 
 桜色の髪の、間違いなく美女。銀の長髪の男。そして一人だけ姿形に違和感のない黒髪の少女。
 
 言わずと知れた虹野ファミリーである。
 
「少し貸してみろ。こんな魚類に遅れをとるようでどうする」
 
 三度目の失敗を喫するシャナを見かねて、メリヒムが名乗りをあげる。
 
 構え、一匹、一番大きな金魚に狙いを定め、そして、目にも止まらぬ速度で
 
 ペシャン!
 
 ポイ(金魚すくいの道具)の膜を破る。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥シロ」
 
「ぷ」
 
 
 メリヒムの自分以上の失態に、シャナは期待外れだと言わんばかりの声を出し、アラストールはそれを嘲笑う。
 
 キッと天敵を睨むメリヒムの肩に、さり気なく(な、つもりの)手が掛けられる。
 
「任せるのであります」
 
「適材適所」
 
 純白の浴衣に身を包み、ポイと椀を構える勇ましきヴィルヘルミナ・カルメルである。
 
「今こそ、遠慮容赦一切無用」
 
「仮面禁止」
 
「行くのであります」
 
 シャシャシャシャシャッ!
 
 凄まじい速さ、柔らかさ、滑らかさを備えた正に"舞い"と称すべきポイの動きに、水槽の金魚達は次々にお椀の中にさらわれていく。
 
 もちろん、ヴィルヘルミナの持つポイの膜に僅かなほころびすら見てとれない。
 
 あっという間に水槽の中は水だけになってしまう。
 
「速さや威力に捉われているからこの程度の遊戯すら満足にこなせないのであります」
 
「所作未熟」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 自らの技巧を披露する『戦技無双の舞踏姫』。
 
 明らかに感嘆しているシャナに対し、メリヒムはふてくされている。
 
 そして、
 
「‥‥‥‥シロ?」
 
 次々と金魚を水槽に戻していく。
 
「‥‥ふん。あんな軟弱な器物に頼らずともこの俺ならこんな魚類ごとき素手でとらえ゛!」
 
「や・め・ろ。カルメルさん、ちゃんと見張って下さいよ。
 あんたの担当でしょ」
 
 金魚すくいを勝手に金魚掴み取りに変えるという暴挙に出ようとするメリヒムの頭を後ろからはたく少年。
 
 隣の隣のりんご飴の屋台に向かっていた悠二である。
 
「坂井悠二! 貴様自分が何をしたかわかっ‥‥」
 
「おー! シャナとカルメルさんも来てたんだ。あ、メリーさんもいる」
 
「誰がメリーだ!」
 
「私は‥‥担当などと‥‥そのような‥‥」
 
「赤面」
 
「‥‥坂井悠二、平井ゆかり、"頂の座"」
 
「‥‥‥‥奇遇ですね」
 
「ふん、痴れ者が。いい気味だ」
 
 
 当然、平井とヘカテーもいる。
 
 りんご飴を買いに行く途中で見慣れた、騒いでいる後ろ姿に、様子を見に来てみれば案の定である。
 
 世話の焼ける。
 
 
 くいくい
 
「ん?」
 
 繋いだ手を引いて、悠二の注意を引くヘカテー。
 
 可愛い娘である。
 
 その視線は、りんご飴の屋台に注がれている。
 
「ああ、ごめん。買いに行こうか。それじゃ、カルメルさん、シャナとメリヒムの世話頼みましたよ」
 
「言われるまでもないのであります」
 
「な〜んか坂井君。皆の保護者って感じだね。お疲れ様♪」
 
 
 挨拶程度だけして別れる悠二達と虹野ファミリー。
 
 せっかくの祭りをメリヒム達のフォローで費やしたらつまらない。
 
 ヘカテーだけで十分である。
 
 
 ちなみに、ヘカテーがりんご飴への興味だけでなく、今日は三人水入らずで楽しみたいと思っている事は平井しか気付いていない。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 シャナは去りゆく悠二達の背中を見送る。
 
 自身気付かないまま、その視線は悠二とヘカテーのつながれた手にいく。
 
 シャナは、何を自分が感じているのか、それに疑問すら持ちはしない。
 
 だが‥‥
 
「ヴィルヘルミナ、りんごあめって?」
 
 それに興味を持った。
 
 きっと‥‥そうなのだ。
 
 
 
 
「よ‥‥良かったのか? クラスの女子の誘い断って」
 
「い、いいんだってば、今さらそんな事言わないでよ」
 
 同じくミサゴ祭り、しかし違う場所を歩く初々しいカップル。
 
 緒方真竹と田中栄太である。
 
 すでに二人で祭りに来ているというのに何と不毛な会話な事か。
 
(ええぃ! 何訊いてんだ俺は!?)
 
 それを自覚していた田中が頭を振り、誤魔化すように切り出す。
 
「ほら、オガちゃん。射的やってるぜ。やってみないか?」
 
「う、うん」
 
 わりとバレバレな誤魔化しであったが、緊張しているのは緒方も同じ。
 田中の気遣いに乗り、二人で射的に向かう。
 
 元々、中学から友達だった二人である。こうして何軒か回るうちに自然な雰囲気になれる。
 
 
 しかし、射的の方はというと‥‥
 
 ぱちん!
 
「あちゃ〜、残念。惜しかったね〜」
 
 屋台のおじさんの嬉しそうな声が響く。
 
 田中がゴム鉄砲でど真ん中に命中させた人形は揺るぎもしない。
 
「‥‥射的っておかしいよな。あんな弱い威力で物が倒れるわけないぜ」
 
「まあまあ、そういう事もあるって」
 
 店のおじさんに聞こえるか否かという位置で文句をたれる田中を、緒方が宥める。
 
 すでに一軒目で雰囲気が自然なものになりつつある二人。
 
 その二人に、後ろから声が掛けられる。
 
 
「あら、エータじゃない。そっちは‥‥え〜と」
 
 その声に振り向けば、モデル顔負けの豪勢なプロポーションを"隠そうともしない"女傑・マージョリー・ドーと、佐藤啓作。
 
 少々線が細い佐藤は、まあしかしそれなりに浴衣が似合っているが、マージョリー、その扇状的な体型は浴衣には似合わない。
 
 隠そうとする気もない。本人いわく、「"私"を隠すんじゃ意味無いわよ」だそうだが、着物の着方としてははっきり言って零点である。
 
「オメガちゃん?」
 
「緒方です! そういあなたはプールで‥‥って"栄太"?」
 
 呼ばれ慣れてしまっている不本意なニックネームに反論し、目の前の、以前一度会っている女性を思い出す途中で不穏な単語に気付く緒方。
 
「オガちゃん。外国の人なら珍しくないだろ? ファーストネーム呼びなんて」
 
 さり気なく緒方‥‥ではなく田中にフォローを入れる佐藤。
 
 この不測の事態にあたふたしているだけの田中よりよほど世渡り上手である。
 
「それは‥‥そうだけど‥‥。だったらこの人何なのよ!?」
 
 しかし佐藤のフォローも虚しく、根本的な質問をする緒方。
 
 以前のプールや今の状況から、普通なら佐藤とマージョリーとの仲を邪推する所なのだが、明らかに田中との仲を邪推している辺り猜疑心全開である。
 
 
「はいはいはい。何もそっちに訊く事ないでしょ?
 私の名前はマージョリー・ドー。細かい説明は省くけど、平たく言えばこの子達の親分よ。それ以上でも以下でもない」
 
 
 目の前のまどろっこしいやり取りに、マージョリーがすっぱりバッサリ切って捨てる。
 
「え?、いや‥‥親分って‥‥‥」
 
「それよりエータ、あんたこんなのもまともに出来ないわけ?」
 
 緒方の追及も鮮やかに流し、田中が文句をたれていた射的に目をつける。
 
「こういうのは‥‥ね!」
 
 ゴム鉄砲を素早く構え、次々に放つ。
 
 パパパパァン!
 
 横に並んでいた人形が四つ、ほぼ同時に倒れる。
 
「ど真ん中じゃなくて、頭のてっぺん狙うのよ」
 
 得意気に言いながらくるくるとゴム鉄砲を回るマージョリー。
 
 緒方と田中もさっきまでの騒ぎも忘れ、拍手までしている。
 
「‥‥マージョリーさん。今のまさか‥‥‥?」
 
「実力よ? 実力」
 
 
 こちらも、それぞれの形で祭りを楽しんでいる。
 
 
 
 
「よ、吉田さん。良かったらこれから一緒にミサゴ祭りに‥‥‥」
 
「ブツブツ‥‥‥花火が上がる前に二人きりになって、二人で花火を眺めて‥‥花火の音で掻き消えそうな、だがしっかりと耳に届く"好きです"、これしかねえ」
 
「あ‥‥あの、吉‥‥」
 
「待っててね〜☆ さかっいきゅぅ〜ん☆」
 
 
 
 
 各々が、それぞれの想いで過ごすミサゴ祭り。
 
 その花形である花火が打ち上げられるまで、あと少し。
 
 
 
 
(あとがき)
 丸一話、ただの祭りの話に費やしてしまいました。
 展開もそれなりに進めねば、と思っているんですがねえ。
 ところで、昨日気付いたけど前作と合わせたら感想の数が千を超えていました。
 いつもこんな作品を見て、感想を下さる方々に今日も感謝を。



[4777] 水色の星S 七章 八話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/12/21 21:14
 
「へい、りんご飴二つね」
 
 屋台のおじさんから悠二とヘカテーの分のりんご飴を受け取る(平井は"食べ辛いからパス"だそうだ)。
 
「はい、ヘカテーりんご飴‥‥って何やってんの?」
 
 振り返って見れば、
 
 パクパクパク
 
 コクコク
 
 またそれ(読唇術)か。
 
 これを二人がやってる時は大抵平井がヘカテーに妙な入れ知恵をしていると相場は決まっている。
  
 案の定、内緒話を終えたヘカテーの眼差しは明らかにどこか間違ったやる気に満ち溢れていた。
 
(‥‥りんご飴)
 
 平井に授けられた知恵を活用するために悠二の隙を伺うヘカテー。
 
 りんご、というのは人間で言うところの神話にも出てくる"禁断の果実"。
 
 『大命』よりも優先すべきものが出来てしまった自分が"初めて"を捧げる触媒にふさわしいのかも知れない。
 
 
「ヘカテー?」
 
 呑気に訊いてくる想い人。恥ずかしい、そして少しばかり恐い、だが‥‥
 
 てっ、と何も言わずりんご飴を渡すように手を差し出すヘカテー。
 
「?」
 
 今までの妙な間は何だったのかと思いながらもりんご飴を差し出す悠二。
 
 それを受け取り、次の瞬間‥‥
 
「あ!」
 
 ヘカテーに差し出した方とは反対の手に持たれたりんご飴。つまりは悠二のりんご飴にヘカテーが飛びつく。
 
 そして‥‥‥
 
 チュッ
 
 口付ける。
 
 そしてパッと離れ、悠二が「交換しようか?」とか言いださないうちに自分の飴を舐める。
 
 甘い。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 そして無言で悠二を見つめる。恥じらいと不安を含んだ視線。
 
(‥‥何だったんだ?)
 
 ヘカテーの挙動不審に疑問を抱きながらもりんご飴を口にする悠二。
 
「!」
 
「よっしゃ!」
 
 その瞬間、ヘカテーの表情が喜びと羞恥に染まり、平井が喝采を上げる。
 
(‥‥‥‥‥あ!)
 
 ここに来て悠二は二人の狙いにようやく気付く。
 
 『間接キス』
 
 ついさっきまで悠二が考えもしなかった単語である。
 
「‥‥‥‥はぅ」
 
 悠二が、自分がキスしたりんごを口にするか否かという緊張にさらされていたヘカテーが安堵する。
 
 当たり前だが、撫でてもらったり、抱きしめてもらったりする時の温かい感触の喜びなどない。
 
 だが、悠二と間接的にでも唇と唇を合わせるという事実、そしてそれを認識する事は、何というか‥‥良い。
 
(いつか‥‥間接的ではなく‥‥)
 
 そこで自分が思い浮べた光景に顔を真っ赤にして俯く。
 
 ふと、手にしたりんご飴が視界に映る。
 
(‥‥わぁ)
 
 今さらながらに気付く。不思議なお菓子である。
 
 緊張から解かれ、そして恥ずかしさを誤魔化すようにりんご飴を見つめ、無邪気な好奇心が刺激される。
 
「ヘカテー、それはガリッと噛んで中のりんごごと齧るんだよ♪」
 
 不思議なお菓子に戸惑うヘカテーに平井が楽しげに言う。
 
(‥‥‥ま、いっか)
 
 それを見ている悠二。
 
 よく考えたら同じベッドで寝ている方があれな気もするし、大体、間接キス云々なら平井ともした事がある(ジュースの回し飲みとかで)。
 
 
 嬉しそうな笑顔のヘカテー。
 
 今日の彼女は一段と楽しそうだ。
 
 普段はあまり変化しない表情も、今はとても晴れやかである。
 
 きっと、誰が見ても笑顔だとわかるはずだ。
 
 
 満面の笑顔で、少女は禁断の果実にかぶりつく。
 
 
 
 
 『儀装の駆り手』カムシンとその契約者"不抜の尖嶺"ベヘモットは堤防の土手に座っていた。
 
「ああ、どうやら今から花火が打ち上げられるようですね」
 
「ふむ、美しい炎の花が咲く中で街の歪みを正すのもまたオツなものじゃな」
 
 言って立ち上がり、背負った長い巻き布を解く。
 
 その中身は鈍色の無骨な鉄棒。およそ小さな子供が持てるとは思えないそれを、カムシンは片手で振り回し、ドンッと地面に突き立てる。
 
 周りに人もいるが、無論カムシンはそんな人間の目を全く気にしない。
 
 人々も、今は奇妙な少年よりも夜空に咲く花の方が気になるらしい、対して注目はしていない。
 
 そのカムシンの左の掌に、褐色の炎が灯る。
 
 それは吉田一美が感じとった、『この街のあるべき姿』のイメージそのものと言える炎。
 
 その炎を見て、僅か表情に真剣味が増す。
 
「ふむ、お嬢ちゃんはどうするつもりなのかの?」
 
「ああ、どんな事であれ、彼女は大丈夫でしょう。決して後悔はしない。
 自分が良かれと思った方へと、迷わず進めるはずです」
 
 ほんの僅かしか接してこなかった少女を迷わずそう評するカムシンに、ベヘモットも雰囲気だけで同意を表す。
 
 そう、自分も今は、今も、『良かれ』と思った事をするだけだ。
 
「起動」
 
 掌の炎が形を変え、
 
「自在式・『カデシュの血脈』を形成」
 
 街中にカムシン達が仕掛けたマーキング・『カデシュの血印』が褐色に光る。
 
「展開」
 
 掌の血が鉄棒に巻き付き、この街の調和を表す紋様がその表面に浮かび上がる。
 
「自在式・『カデシュの血流』に同調」
 
 
 街全体の、いや、街そのものの存在の力が、歪められたその姿をあるべき姿へと変えていく。
 
 懐かしさで癒し、憩いで包み、安心で埋めていく。
 
「調律、完了」
 
 これで、終わり。
 
 
 そのはずだった。
 
 
 
 
「だあ、見つからねえ! あれ? そういえば祭りに来るって聞いたわけじゃねえぞ? もしかして来ても無い?」
 
 吉田一美が、坂井悠二を探して祭りの中、駆ける。
 
 
「何で田中達と別れたんですか?」
 
「馬っ鹿ねえ。それくらいの気が遣えなくてどうすんの。そんなんじゃ、いい男になれないわよ?」
 
「ヒャーハッハ! 見かけ倒しの飲んだくれに言われたくねえだろぶっ!」
 
 佐藤とマージョリーの周囲の人間が、突然の奇妙な声に驚き。
 
 
「「花火?」」
 
「そう、言うなれば観賞用の炎の体現であります」
 
「あの煙出して弾けるやつ?」
 
「それはおそらく日本式とは異なるものでありましょうな」
 
「ふん。どんな物にしろこの俺を魅入らせるのはあの秘された宝剣のような炎のみぐっ!」
 
 ヴィルヘルミナが二人の世間知らずを相手にし。
 
 
(花火が、上がったら‥‥‥‥‥)
 
「オガちゃんとこの祭りに来んのも久々だよな。中学の頃、俺荒れてたし」
 
(田中に好きだって言おう)
 
 緒方が、その想いを伝える覚悟を決め。
 
 
「ヘカテー、花火見た事ある?」
 
「はなび?」
 
「まあまあ、坂井君。芸術は理屈じゃないよ? 百聞は一見に如かず! 見てのお楽しみとしよ!」
 
「‥‥絶対ヘカテーの反応楽しみにしてるだろ?」
 
「トーゼン!」
 
 
 悠二と、ヘカテーと、平井が座って花火を待つ中‥‥‥
 
 
 ドンッ
 
 
 花火が上がる。
 
 それが弾け、大輪の花を咲かせ、
 
 それが突然‥‥‥歪んだ。
 
 
 
 
 どことも知れない空間。馬鹿のように白けた緑の炎と自在式が今、轟々と燃え盛り、爛々と輝き、その力の顕現を如実に物語っている。
 
「ドォオーーーミノォオーーー!!」
 
「はあーーい!!」
 
「見なさい! この稼動の様! エェーキサイティング! エェークセレントォー!!」
 
「エークセレント! では私めは予定通りに活動開始致しますです!」
 
「んん、よぉーろしい! お前にしてはェエークセレントな手際です! もし成功したらいい子いい子してあげましょーう。‥‥ただ」
 
「ただ?」
 
「だぁーれが私の真似をしなさいと言いましたか、ドォーミノー!」
 
 
 白衣の教授と、その燐子ドミノ。
 
 二人は歪みへと目標を定めていた。
 
 
 
 
「ああ、"奴"ですね。やられました」
 
 本来の調律にはあり得ない現象に気付き、カムシンはその原因にあたりをつける。
 
「気配も全く感じなかったしのう。何を考えとるのか」
 
 
「な!?」
 
「!」
 
「何?‥‥あの花火」
 
 人々が歪み、異様な輝きで弾けた花火に一瞬どよめくが、次の瞬間には、もう何事も無かったかのように花火に歓声を贈る。
 
 
 この異様な事態に気付けているのは『紅世に関わる者』だけ。
 
 そこには‥‥
 
「これ‥‥‥また何かあったのかな?」
 
 平井や、
 
「あんのジジイ! 歪み直すとか嘘っぱちか!?」
 
 吉田や、
 
「何だよ!? これ?」
 
「マージョリーさん! 徒ですか!?」
 
 佐藤や田中も含まれる。
 
 
 
 
「何か、かなり広範囲の自在法が仕掛けられていたようです」
 
 楽しい一時を邪魔されて不愉快そうにヘカテーが言う。
 
「‥‥もしかして、あの新しく現れたフレイムヘイズの仕業かな」
 
 悠二はこの事態を引き起こしたのが、昨日現れた気配(カムシンの事だ)だと推測する。
 
「‥‥一旦、皆集まった方がいいかもね。坂井君、場所わかる?」
 
 平井の提案に頷き、この街にいる仲間達と集合を試みようとして‥‥‥
 
 突然、景色が変わった。
 
 
「!」
 
 周りを見渡す。平井もヘカテーもいない。
 
 間違いなく、何らかの自在法だ。
 
「‥‥‥厄介そうだな」
 
 
 
 
(悠二!?)
 
 いきなり消えた悠二、その光景に内心で恐怖を感じ、次の瞬間景色全てが変わる。
 
「‥‥あ」
 
 平井も、当然自分の側にはいない。
 
「く!」
 
 何かの自在法の干渉を受けたのだと気付き、最優先で感覚を研ぎ澄ませる。
 
 しかし、研ぎ澄ませる必要もなく気付く。
 
 悠二の気配を感じとれる。
 
 どうやら、位置と無事を知らせるためにわざと気配を大きくしているらしい。
 
 とにかく、悠二と、仲間と合流して新しい気配の方へと向かおうとするヘカテーに。
 
「おい」
 
 後ろから声が掛けられる。
 
「お前、今どっから出てきた?」
 
 聞き慣れた声。
 
 いつも、口喧嘩している相手の声。
 
 "どこから出てきた?"
 
 この、普通の人間全てが異常を異常と認識出来ない状況下で?
 
 振り返る。
 
(吉田‥‥一美)
 
 
「ちびっこ! お前何ともねーのか!?」
 
 "こんな事態"だからか、まるで心配でもしているかのように声を掛けてくる。
 
 だが、それより何よりヘカテーが疑問を、いや、恐怖を感じたのは‥‥
 
 
(何故? そんな顔をするの?)
 
 それではまるで‥‥
 
 
 "理解"しているようではないか。
 
 
 
 
 宿敵を"近く"に感じた。それは恐怖。
 
 それはただの直感。
 
 当たって欲しくない予感。
 
 しかしそれは的中する。
 
 
 少女は少女の前に、対等な場所に現れたのだ。
 
 
 
 
(あとがき)
 今章はバトルパートはサクサク進めます。
 
 原作でもあんまりバトルって感じでもなかったし。



[4777] 水色の星S 七章 九話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2008/12/24 11:07
 
「駄目‥‥か」
 
 これで三度目。
 
 この妙な自在法のせいか、"封絶が使えない"。
 
 
 それは悠二にとって、いや、誰にとっても相当な脅威であった。
 
 封絶の中なら壊れた存在を後で修復できる。
 たとえそれが人間であっても(もっとも、喰われ、存在を失った者はトーチとするしかないが)。
 
 それが無い状態で戦いが起これば、どれだけの被害が出るか‥‥‥
 
(やっぱり、皆と合流して慎重に動いた方がいいか)
 
 そう考え、感知能力を研ぎ澄ませ、仲間の気配を探る。
 
 わりと近くに二つ。
 
(カルメルさんと、シャナか)
 
 どうやらメリヒムは自分達同様どこかに飛ばされたらしい。
 
(カルメルさんとシャナ以外の気配はバラバラ‥‥か)
 
 平井や佐藤達の居場所はわからない。こんな事ならあの通信用の栞を自分ももらっておけば良かった。
 
(とりあえず、近場の方から合流するか)
 
 周りの人達は不思議な現象を目の当たりにしても、すぐにそれを"当たり前のもの"として認識してしまうようになっているらしい。
 
 封絶が使えなくされているのは厄介極まりないが、これだけは好都合だ。
 
 遠慮なく、飛ぶ。
 
 
 
 
(ど、どうなってんのよ!?)
 
 辺りの異変、明らかな自在法の発現に、『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーは困惑していた。
 
 この街にはすでに、数多くのフレイムヘイズや徒が来訪している。
 それぞれ理由はあったが、これほどの面子が一つの場所に集まるなど異常以外の何でもない。
 
 だというのに、また新たな徒?
 
 
「マージョリーさん。徒は一度会ったらもう一生会わないって‥‥‥」
 
 以前の親分の言葉を思い出し、佐藤が一言。悪意が無いのが余計にタチが悪い。
 
「う、うるさいわね! 私だって間違える事くらいあるわよ」
 
 そのマージョリーの一言で、この事態が完全に徒の仕業だと気付いた佐藤は、しかし‥‥‥
 
「それで、今から街をこんなにした徒をやっつけに行くんですよね!?」
 
 この事態に、いや、この事態だからこその一種の興奮状態に入っていた。
 
 周囲の人間誰もが気付く事さえ出来ないこの状況で、あるがままを感じられる。
 自分が、"特別な存在"であるかのような錯覚を彼に与えていた。
 
 自分がただの人間、その認識を薄れさせていた。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
 佐藤のそんな内心までは気付かず、その言葉だけに対し、マージョリーが考えるのも数秒、答えは出た。
 
「‥‥いや、いいわ」
 
 "あれ"以来。徒全てに対して向けていた憎悪、どころか、情けない事に戦意すら湧いてこない。
 
 マージョリー・ドーは自分に残された居場所に、今まで無かった心地好い居場所にただ留まっていた。
 
『坂井悠二に"銀"の事を聞かせてもらう』
 
 それを理由として、この状況に甘んじていた。
 
 
「え‥‥‥‥」
 
「この自在法仕掛けた徒は『万条の仕手』達に任せて、私はあんたやエータやユカリを連れてとりあえず街を離れる。
 こんだけゴロゴロ凄腕が揃ってんだから、私が気張る必要ないでしょ」
 
 
 その親分の、憧れの女傑の言葉に、佐藤は心底腹が立った。
 人任せにして、"足手まとい達"を連れ出す役を自分から買って出る。
 
 自分が理想とした女傑。その期待と信頼を裏切られた気がしたのだ。
 
 
「‥‥何か、弱気ですね」
 
 常なら決して言わないであろう非難が口を突いてでる。
 
「はぁ!? 誰に言ってんのよ?」
 
 その短い非難に込められた想いに"気付いて"、マージョリーの方も苛立つ。
 
 
 勝手に憧れて。
 
 勝手に期待して。
 
 勝手に失望する。
 
 "何も知らないくせに"
 
 その、子分の身勝手さに、自分でも驚くほどの怒りを覚えた。
 
 
 しかし、それは佐藤も同じ。
 
「マージョリーさんが行かないって言うんなら、俺が行きます。殺されたって、何もしないよりマシだ」
 
 先ほどから続く『錯覚』も手伝って、腑甲斐ない親分を焚き付けるつもりで言う‥‥‥が、本気な部分もかなり混じっている。
 
 そして、逆効果だった。
 
 
「‥‥‥あんた、自分が何言ってんのかわかってんの?」
 
 先日、坂井悠二や平井ゆかりが計らってわからせたはずの人間とフレイムヘイズとの違い。
 
 その上での佐藤のこの発言は、呆れを通り越して怒りや悲しみをマージョリーに与えた。
 
 揺れる佐藤は、しかし、そんな親分の"優しさ"に気付かない。
 
 
「足手まといなんか、ごめんですよ」
 
 そう言って、背を向けて走りだす。
 
 
(あ‥‥‥)
 
 駆け出す佐藤に、何か言おうとして、やめる。
 
 悪いのは、あっちだ。
 
 
「‥‥ほっといていーのかよ? 我が薄情な守護者、マージョリー・ドー?」
 
「‥‥‥いーのよ。どうせあいつには、徒の居場所だってわかりゃしないんだから」
 
 佐藤が徒に巻き込まれる。その可能性が頭からとんでしまうほどに怒っている契約者に‥‥
 
(重症だな‥‥こりゃ)
 
 マルコシアスは『グリモア』から溜め息のようにボッと火を吹いた。
 
 
 
 
「‥‥‥‥おい」
 
「知りません」
 
「‥‥‥私、まだ何も言ってねーぞ。何か知ってんだろ、お前」
 
「知りません。何も知りません」
 
 人の位置を入れ替える効果のあるらしい自在法により居場所を強制的に変えられたヘカテー。
 
 そこで出会ってしまった吉田一美に追及を受けていた。
 
 調律の媒介となった事でこの撹乱の影響から免れている吉田に対して、"吉田にとっての普通な反応"をとってしまった事で疑いを持たれてしまっている。
 
 そして、ヘカテーは嘘が下手である。すごく。
 
 
(何故‥‥何故?)
 
 そんなヘカテーは今、吉田以上にパニックに陥っている。
 
 吉田がヘカテーにしている質問は、ヘカテーから吉田にしたい質問でもある。
 
 何故、"この状態"を理解できているのか?
 
 しかし、ヘカテーにとって、それは気にはなるが、知らなければならない事ではない。
 
 現に、吉田はこの状態を理解している。
 ならば、下手に質問などして、こちらの情報を知られる方がまずい。
 
 悠二と自分のいる、"こちら側"に近づけてはいけない。
 
 一刻も早く、ここから立ち去るのだ。
 
 
「待てコラ」
 
「きゅ!?」
 
 さっさと立ち去ろうとするヘカテーを後ろから抱えあげる吉田。
 
 
「今さら"私は何も知らない一般人です"が通じると思ってんのか?
 あきらめろ。お前にポーカーは無理だ」
 
「放しなさい!」
 
「黙れ小動物」
 
 抱えあげられる事で背中に当たる吉田の凶悪なブツが、ヘカテーにさらなる恐怖を感じさせる。
 
 ただでさえ料理やこのブツで、そして、容姿は‥‥‥良し悪しがまだよくわからないが。
 
 とにかく何かと自分より優れているものを持つこの宿敵を、さらに『こちら側』に引き込んでなるものか。
 
 そうは思うのだが、異能を使って逃げ、それを吉田に見せてしまっては本末転倒である。
 
 いっそまた先ほどの自在法で居場所を変えてもらえないか、などと神頼みのような事を考えるヘカテーの耳に‥‥‥
 
「キャー!」
 
「何だあの花火!?」
 
「車の向きが全部メチャクチャだ!」
 
 撹乱を受けて、狂乱に陥る人々の声が届く。
 
 しかし、狂乱に陥った人々は、次の瞬間にはまるでそれが当たり前かのように振る舞うのである。
 
 
 全く、異常な光景と言えた。
 
(っ! そうだ!)
 
 今さらのように気づき、封絶を張ろうとする。
 
 これで騒ぎも、吉田の事も解決‥‥‥
 
(張れない!?)
 
 封絶が張れない。
 
 いつものように因果孤立空間を展開しようとするが、外部の世界と切り離そうと広げた力の流れを掻き乱される。
 
 
(っ!?)
 
 その意味するところに気づく。
 
 封絶が張れない。修復が出来ない。おそらく、戦いが迫っている。
 
 人間が、街が、限りなく危険な状態にあるのだ。
 
 
「お前、やっぱり"わかってる"な」
 
 人々を見て顔色を変えるヘカテーに、吉田はそう言った。
 
 
 
 
「それで、新しい気配の方に向かうの?」
 
「‥‥いや、もっと怪しいのがある」
 
 
 先ほど合流した悠二、シャナ、ヴィルヘルミナは祭りの中心部に向かって飛んでいた。
 
 新しい気配を疑いもしたが、やはり満場一致でフレイムヘイズだという事らしい。
 
 なら、"こちら"の方が怪しい。
 
 
 ミサゴ祭りのど真ん中に位置する、『櫓』と、その周辺である。
 
 悠二の鋭敏な感知能力が、この撹乱だらけのメチャクチャな状況で、ここの撹乱の流れが強い事を見抜いたのだ。
 
「相変わらず、感知だけは鋭いようでありますな」
 
「便利」
 
「だけって‥‥‥失礼だな」
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 封絶が張れない事で、全員が集合するのを待たずに事態の収拾を最優先させ、この三人で行動しているわけだが。
 
 それが、シャナを妙に明るい気持ちにさせていた。
 
(何でだろ?)
 
 ヴィルヘルミナと一緒に戦う。
 それは当たり前のように嬉しい。
 
 『完全なフレイムヘイズ』として、それが正しいのかはわからないが、やはり嬉しい。
 
 しかし‥‥‥
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 先ほどよりも、ヴィルヘルミナやメリヒムと一緒に祭りを歩いていた時よりも、気持ちが明るいのだ。
 
(変なの)
 
 "嫌いなはずのやつ"がいるのに‥‥‥
 
 
 そんな疑問も、嬉しさも、少女は使命への炎で隠していく。
 
 それが誤魔化しだなどとは、露ほどにも思わない。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 目の前、騒ぎ、現れ、消え、不自然に落ち着く人々。
 
 張れない封絶。
 
 考えるまでもない。
 
 危険だ。
 
 自分を守る術の無い人間にとって、あまりにも危険だ。
 
 
『逃げんのか?』
 
 恐い。この少女は、自分みたいに臆病ではない。
 
『勝負な。坂井君を振り向かせた方が勝ちの。とりあえず今日だけは見逃してやるからよ』
 
 自分とは大違いだ。
 宿敵が悠二に近づくだけでこんなにも恐い自分とは。
 
 悠二が、吉田一美を好きになってしまうかも知れない。
 
 恐い、恐い、恐い。
 
 "でも"‥‥‥
 
 
「‥‥しっかり捕まっていなさい。飛びます」
 
「は? ってうわ!!」
 
 自分を抱えていた吉田ごと飛び立つ。
 
 
 恐い。悠二をとってしまうかも知れない恐ろしい宿敵。
 
 "でも"、こんな所において行くわけにはいかない。
 
 それに‥‥‥
 
 
 
 頭をよぎる、悠二との日々。
 
 永い、永い時を生きてきた自分の、悠二と出会うまで感じた事がない気持ち。
 
 宝石のような、いや、そんなつまらないものなどよりはるかに綺麗で大切な、思い出。
 
 自分の全てを使って、守りたいもの。引き寄せたいもの。いつまでも寄り添っていたいもの。
 
 
 たとえ‥‥これが吉田一美を真実に近づける結果になろうと‥‥‥
 
(絶対に、負けない!)
 
 
 
 
(あとがき)
 サクサク進めるつもりです。しかし、薄っぺらにならない程度で。
 どちらにしても過去最長になりそうです。多分。



[4777] 水色の星S 七章 十話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/12/25 00:31
 
「オガ‥‥ちゃん」
 
 田中栄太は、御崎市にいる紅世に関わる者の中で、一番今の状況を理解できていなかった。
 
 マージョリーに『この世の本当の事』を教えられ、現に、彼女が起こした"ちょっとした不思議"なら目にしてきた。
 
 だが、まともに紅世の力、自在法に触れるのは今回が初めてである。
 
 気づいたのも誰よりも遅かった。
 
 マージョリーに前もって渡されていた、少々、力を込められた付箋を持っていなければ気づけたかどうかも怪しい。
 
 花火を見上げ、それが歪み、周囲が騒ぎ、何故か落ち着き、そして、気づけば隣にいた緒方がいない。
 
 最初は、迷子かな? とさえ思った。
 
 彼はそれからしばらく後、周りの異様な態度で気づいた。
 
 "これ"は自在法であると。
 
 
(この街に徒が、人喰いの化け物が!?)
 
 そう気づき、『自分はどうすればいいのか?』と、悩む。
 
 常日頃から、「マージョリーについていく」、そう言っていた。
 
 そう思って、毎日トレーニングしてきたのである。
 
 だが、実際に徒が現れ、そして、先ほどまで自分は緒方といた。
 
 彼女はどこに行った?
 
 何らかの方法で移動させられた?
 
 それとも‥‥自分が気づかないうちに‥‥
 
『俺達は封絶っつー特殊な空間を使っててな。そん中で起こった事は、普通の人間は気づく事も出来ねーんだ』
 
 以前、マルコシアスから受けた説明が思い出される。
 
 まさか、もうその『ふうぜつ』が張られているのか? いや、聞いていた話と今の状況は随分違い。
 
 だが、ふうぜつじゃないとしても、自分には緒方の身に何が起こったのかわからない。
 
(‥‥‥姐さん。すいません!)
 
 
 親分の手伝いに行く事をあきらめ、少年は少女を探す。
 
 
 
 
 祭りの喧騒からやや離れた、人通りも少ないそこに一人、長い銀髪の男が立っている。
 
 "虹の翼"メリヒムだ。
 
(何かの自在法か)
 
 大体の現状を理解し、しかし解せない点がある。
 
 これほどの大仕掛けを気配を感じさせずに行う。
 
 そう簡単に出来る事ではない。
 
 それこそ、小さな気配と超絶的な力の高効率な活用が出来る『小夜啼鳥(ナハティガル)』、いや、"螺旋の風琴"くらいのもの。
 
(さて、どうする)
 
 元々、メリヒムには世界のバランスを守る。などという使命感は無い。
 
 単純に自分のテリトリーを侵す不届き者に対して憤る。
 
 そんな彼に、
 
「あら、虹野さんじゃありませんか」
 
 穏やかな声が掛けられる。
 
 振り返り見れば、
 
「奥方か」
 
 坂井悠二の母、千草である。
 
 簡素な模様の浴衣を身につけている。
 
 祭りで坂井悠二に出会った時には一緒ではなかったが、後で合流する予定だったのだろうか。
 
 
「奥方も、祭りを見物に来ていたのか?」
 
 疑問もそのままに訊く。
 
「ええ、ヘカテーちゃんやゆかりちゃんが、"お買い物が済んだら来て"って、ふふ、可愛いでしょう?」
 
 可愛い、とはその二人の事だろうが、ゆかり‥‥平井ゆかりか。
 
 そういえばあの小娘は自分をメリーなどと呼称していたが、腹立たしい。
 
 
 ちなみに、メリヒムは御崎市に戻って来た際に会い、その後も鍛練に度々顔を出す平井の事は一応知っている。
 
 
「虹野さんもお祭りに? シャナちゃんと一緒にですか?」
 
 千草の方も明るく訊ねる。
 
 最近の千草は、息子が高校に入ってから可愛い女の子の『お友達』が増えて絶好調である。
 
「まあな。シャナと、一応ヴィルヘルミナ・カルメルとだ」
 
 誇るべき『娘』と来た事をやや自慢気に言い、ついでにおまけの名を口にする。
 
「まあ!」
 
 しかし千草はその答えに両手をパンと合わせて感嘆の声を上げる。
 
 その喜色に、メリヒムは疑問を抱く。
 
(シャナと会えるのがそれほどに嬉しいのか?)
 
 などと推測するが、当然外れる。
 
 
「カルメルさんもご一緒なんですか! いつも何かと避けていらっしゃったようなので、てっきり仲がお悪いのかと‥‥」
 
 千草はヴィルヘルミナの恋心については知っている。
 そして、その上でメリヒムのとる態度も今まで幾度と無く目の当たりにしてきた。
 
 だからこそ、『メリヒムがヴィルヘルミナと一緒に祭りに出かける』。
 
 それは千草には実に微笑ましい事のように思えたのだ。
 
 
 当然、メリヒムはそんな誤解を見逃さない。
 
「‥‥‥奥方、少し昔の話をしようか」
 
 
 これ以上、無用な誤解を広めないよう、語る。
 
 いや、誇るのだ。
 
 自分が曳かれ、愛した女を。
 
 
 
 
「「っ!?」」
 
「うわっ!?」
 
「驚愕」
 
 ドォン!!
 
 
 櫓に向かって飛んでいたはずの悠二、シャナ、ヴィルヘルミナが、何故か突然"地面に向かって"突撃、撃沈した。
 
「痛てて、何だこれ?」
 
「おそらく、これも撹乱の一種であろう」
 
 悠二の素朴な疑問に、いたのか、という魔神が答える。
 
「櫓と、その周りね」
 
 シャナがその効果範囲を、今受けた撹乱から推測する。
 
 
 どうやら、徒やフレイムヘイズの使う異能さえねじ曲げる強力な『撹乱』が使われているらしい。
 
 櫓どころか、その周りの提灯がつるしてある一帯にすら近付けない。
 
 
「っは!」
 
 ヴィルヘルミナが鋭く吼え、無数のリボンを櫓に伸ばす、その表面には桜色に輝く『阻害』や、『防御』の自在式が浮かび上がっている。
 
 しかしそれら全てがデタラメな方向に曲げられ、目標を見失う。
 
「やはり、ダメでありますか。であれば‥‥‥」
 
 試しに使った攻撃が当然のように成功しなかったヴィルヘルミナが、悠二に向けて目で合図する。
 
 "こういう場合"は、自在師の方が適任である。
 
「わかってる。ちょっと待って下さいよ。マージョリーさんみたく、すぐ出せるわけじゃないんだから」
 
 言いながらも、悠二の両手の間には銀に輝く自在式が踊っている。
 
 どうやら、ヴィルヘルミナがリボンを伸ばす前から力を練っていたらしい。
 
 そして、
 
「ふっ!!」
 
 掌に在る銀炎の周囲を、十重二十重の自在式が取り巻いた状態で放たれる。
 
 ありったけの他の存在からの干渉を阻害する自在式に守られた炎弾は、しかし櫓までの距離、半分も行かないうちに自在式を破られ、炎弾は空に飛ばされる。
 
 悠二が習慣的に行っている自在法、自在式鍛練の成果であったのだが‥‥
 
「‥‥あれでも駄目かぁ」
 
「正攻法だと突破は難しい?」
 
 自在法の行使に関しては自分より、いや、ヴィルヘルミナよりも優れていると認めざるを得ない悠二に訊ねるシャナ。
 
 口調が、やや柔らかくなっている。
 
 
「? ああ、多分正面からじゃ、マージョリーさんでも無理だと思う。
 でも、これだけの自在法なら、多分何か仕掛けがあるはずだ。まずはそれを‥‥‥」
 
「破壊」
 
 シャナの普段と違うその様子(ヘカテーがいない為だ)を不思議に思いながら、今の自在式の手応えからそう判断する悠二の言葉を、ティアマトーが引き継ぐ。
 
「その仕掛けの見当は?」
 
 そして、ヴィルヘルミナの根本的な質問。
 
 
「‥‥やっぱり、他の皆とも一度合流しよう。平井さんの『玻璃壇』は必要になってくると思うし、例のフレイムヘイズも何か知ってるかも知れない」
 
「わかった」
 
「「「「?」」」」
 
 いつになく素直なシャナに、悠二、ヴィルヘルミナ、ティアマトー、アラストールはまたも頭に?を浮かべるのだった。
 
 
 
 
「そう、あの女は美しいという言葉では言い表わせない。
 淑女と呼ぶには苛烈に過ぎ、女傑と呼ぶには高雅に過ぎる。まさに秘された宝剣と称するにふさわしい‥‥‥‥」
 
 人も少ない石段に座り、メリヒムは延々と先代『炎髪灼眼の討ち手』、マティルダ・サントメールの自慢話をしていた。
 
 顕現の規模を抑え、白骨となっていた数百年はもちろん、それ以前でもこれほどに『彼女』の事を口にして話した事があっただろうか。
 
 懐かしむように、振り返るように、次々に言葉が口を突いてでる。
 
 紅世に関する事をついつい口にしてしまいそうになる事ももう何度目か。
 
 坂井千草の持つ独特の穏やかさ、柔らかさが、本来口数の多い方ではないメリヒムに"話そう"という気を起こさせていた。
 
 
「ふふ‥‥虹野さんがそれほどに褒められるなんて、よほど素敵な方なのでしょうね」
 
 そんな、自分にはまるでわからない話を延々と、しかしとても嬉しそうに語るメリヒムの話を、千草も嫌な顔一つせずに聞き入っている。
 
「それで‥‥まだそこに残るものが在るのですか?」
 
 そして、メリヒムがようやく少し黙った所で口を挟む。
 
 メリヒムの話し方や、今、その女性がどうしているかなどについて全く触れない事から、そのマティルダという女性がすでに何らかの事情でいなくなってしまった事に気づいていた千草が、『今の』メリヒムに大切な質問をする。
 
 少し不躾かも知れないが、彼には必要な事に思えたのだ。
 
 だからこそ、出来るだけ柔らかい、遠回しな言い方をする。
 
 訊かれたメリヒムは、千草が単純な好奇心ではなく、"自分のために"訊いている事がわかったために、答える。
 
「‥‥‥‥"いや"」
 
 彼女の姿は、目に焼き付いて離れない。
 
 永遠に忘れる事などありはしない。
 
 だが、もう彼女の死を目の当たりにしてからずっと消える事の無かった、
 愛する女を止め得ずに地に転がった日の、心を火箸でかきむしられるような痛みや熱さはもう、無い。
 
 あの少女との、最期と思われた別れ、その時に無くなっていた。
 
 自分は、彼女への愛を完遂させたのだ。
 
 
「‥‥だったら、『今』に目を向けてみるのも良いかも知れませんよ?」
 
 メリヒムの迷いの無い言葉を訊き、穏やかにそう言う千草。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 その言葉を受け、悪くない気分に浸るメリヒム。
 
(確かに‥‥それも悪くない)
 
 甦ってみて、今の世も悪くないと思えるようになってきていた。
 
『私はもう、新しい時を見ているのであります』
 
 ふと、先の千草の言葉と、かつてのヴィルヘルミナ・カルメルの言葉が重なり、ふと気づく。
 
 坂井千草の顔が、妙に嬉しそうになっている。
 
 これは不味い。
 
「だが、それとヴィルヘルミナ・カルメルの事は関係無い」
 
 それとこれとは話が別だ。
 
 これ以上、妙な邪推をされてたまるものか。
 
 
 メリヒムのその言を受け、千草は「あらあら」と困った風に笑うだけである。
 
 
 
 
 悠二達が去った後、ごそごそと櫓の中から、二メートルはあるガスタンクのような体の燐子が出てくる。
 
 『お助けドミノ』である。
 
 ガチャガチャと櫓をいじくっている。
 
 どうやら、この仕掛けに関わる重要な作業の真っ最中であるらしい。
 
「ガオー! 私は忙しいんだ!! 早く逃げないと食べちゃうぞ人間どもー!!」
 
 周りでやかましく騒ぐ人間達を脅かして追っ払う。
 
 そんな中、一人の少女と目が合う。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥えーと、ども♪」
 
「‥‥‥‥逃げないんでございますですか?」
 
「逃げます!!」
 
 
 脱兎の如く駆けて行く。
 
 ドミノはもう少女には目もくれず、作業を再開する。
 
 忙しいのである。
 
 
(セッ‥‥‥ーフ!!)
 
 少女は、先の自在法で居場所を変えられた、
 
 
 平井ゆかりだった。
 
 
 
 
(あとがき)
 メリークリスマス。読者の皆様。
 
 今回はかつて無いほどの字数制限ギリギリでした。
 では良き聖夜を。



[4777] 水色の星S 七章 十一話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2008/12/25 20:56
 
「‥‥‥で? お前が"紅世の徒"って事か?」
 
「‥‥‥はい」
 
 吉田一美を乗せ、"頂の座"ヘカテーは飛ぶ。
 
 飛びつつ、最低限の説明はしている。
 
 悠二が『零時迷子』の力で自然消滅しない事は話していない。
 
 それが"どちら"に転ぶかわからないからだ
 
 どうやら、吉田一美は『調律』の協力者として『こちら側』に踏み込んだらしい。
 
 
 
「それで、お前は当然坂井君がトーチだって知ってんだよな?」
 
 案の定、自分が徒だと告げたのにまるで動揺しない。というか、流された。
 
「知っています」
 
 これは、隠しても意味がない。
 
「それでも好きなんだな?」
 
 質問というより確認の口調。
 
 これに返す答えは、決まっている。
 
「好きです」
 
 誇るように、悠二を、そして彼を好きになれた自分を誇るように告げる。
 
 その姿、背中越しにも分かるその姿に、吉田は僅か感嘆を覚え、しかし当然引きはしない。
 
「だったら、互いになおさら急がねーとな。一気に勝負かけてやる」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 それを聞いたヘカテー。
 
 どうやら、悠二がすぐ消えると思わせてもこの少女には意味がない。むしろ逆効果であると悟り、隠す事をやめる。
 
 不老であると告げた方がマシである。
 
(‥‥‥話そう‥)
 
 ヘカテーは力を得ていた。
 
 悠二への想い、強く、熱い想いがある。
 
 それは拒絶される恐怖と常に隣り合わせである。
 
 だが、そんな恐怖をものともせずに突き進む吉田一美。
 
 その存在が、それに対する対抗心が、悠二へと手を伸ばす力になっていた。
 
 そして今、吉田は『この世の本当の事』を知り、なお悠二を奪わんとしている。
 
 もう、怯えて、立ち止まってはいられない。
 
 
 また一つ、少女は変わる。
 
 
 
 
「ああ、つまりあなたは彼女達の庇護下にある『ミステス』というわけですか」
 
 『撹乱』の中心と思われる場所への侵入を断念した悠二達。
 
 とりあえず、一番近くにいた『儀装の駆り手』の気配に行き着き、ひとまずの自己紹介を終えた。
 
「それだけじゃない。坂井悠二の『零時迷子』の効能で、人を喰らわずにこの街にいる"頂の座"やシ‥‥"虹の翼"もいる」
 
「『弔詞の詠み手』もであります」
 
「補足」
 
 
 はじめに姿を見た時、驚いたものだ。
 
 ヘカテーやシャナよりさらに幼く見える外見、しかもよく見ると、深くかぶったフードの下や、わずかに見える手首から先には無数の傷がある。
 
 フレイムヘイズなら傷なんて残らないと思うのだが?
 
 
「‥‥‥それは‥‥本当ですか?」
 
「ふぅむ、少しばかり信じがたい事ではあるのぅ」
 
 説明はシャナとヴィルヘルミナに任せている。
 
 実直で、余計な言葉遊びを使わない彼女達の会話術は、こういう時間の無い時には重宝する。
 
「すぐにわかる。今、こっちに気配が一つ向かってるから‥‥‥」
 
 そこでシャナが悠二に目で訊ねる。
 
 誰か、まではわからないらしい。
 
「ヘカテーだよ」
 
 鋭敏な感覚を持つ悠二にはわかる。ヘカテーはいつも一緒にいるし、マージョリーの気配はわかりやすい。
 
 ヘカテーとメリヒムの気配を間違えるわけがない(ほど似てない)。
 
「坂井悠二、"頂の座"、"虹の翼"の危険の無さは、この私が保証するのであります」
 
 明らかに異常な面々の弁護を、ヴィルヘルミナが確として答える。
 
 初対面で殺されかけた身としては、彼女がそんな事を言うのは少々感慨深いものがある。
 
「‥‥‥‥ああ、いいでしょう。あなたや"天壌の劫火"が見定めている以上、我々が今さら見極める事はありませんから」
 
 
(まったく、カルメルさん様様だな)
 
 前の外界宿(アウトロー)の時といい、ヴィルヘルミナの『こっち側』の信頼度、知名度には頭が上がらない。
 
 彼女がいなければ、また出会い頭にフレイムヘイズと戦う羽目になっていたかもしれない(ちなみに、シャナやマージョリーはこういう分野ではあまり当てにはならないと思っている)。
 
「それで、今度はこっちが訊く番だ。この状況、何かわかる事はないか?」
 
 今まで会話をシャナとヴィルヘルミナに任せていた悠二が口を挟む。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 その悠二の問いには応えず、ヴィルヘルミナに目で訊ねるカムシン。
 
 それに、ヴィルヘルミナが応える。
 
「いささか以上に認めるのは癪でありますが、彼は作戦、実戦共に戦力と呼べるのであります」
 
 そういう意味か。
 
 当たり前だが信用がない。
 
 だが、何だろうか。
 
 この『儀装の駆り手』の態度は何かいちいち癇にさわる。
 
 
「ああ、ならばいいでしょう。おそらく、この自在法は我々がこの街に施した『調律』の印を利用されたものだと思います」
 
 利用できるとわかると掌を返したように状況を話しだすカムシン。
 
 やっぱり気に入らない。
 
 しかし、今はそれより‥‥
 
「『調律』?」
 
「世界の歪みを正す自在法よ」
 
「この街はすでに、幾度もの戦いを経て大いに歪んでいる。『調律師』が現れるのも必然というわけだ」
 
 悠二の素朴な疑問に、二人で一人の『炎髪灼眼の討ち手』が応える。
 
 なるほど。しかし、『都喰らい』を企み、大量の人間を喰ったのは"狩人"フリアグネだが、その幾度もの戦いの半分以上がフレイムヘイズの所業なのだがその辺りどうよ。
 
 まあ、無論そんな事をわざわざ言う場面ではない。
 
「その『調律』の印さえ壊せば、この状態が戻るんじゃないのか?」
 
 そうすれば、あの騒ぎの根幹と思われる櫓に突入できそうだ。
 
「ああ、出来ればいいのですが」
 
「出来ればって、あんたが仕掛けたんだろ? その自在式」
 
 カムシンの言葉に、悠二が頭に?を浮かべる。
 
 自分の行使した自在式を消せない自在師‥‥いや調律師などいるのだろうか?
 
「ああ、単純な推測です。"奴"が、自分の仕掛けの鍵とした血印に、易々と手出しさせるとは思えませんから」
 
「‥‥‥奴?」
 
 こいつには、この騒動を起こした徒(と思う)に心当たりでもあるのだろうか?
 
「ああ、それは到着しとからにしましょう。もう着いたようですから」
 
 言われ、カムシンの視線の先を追うと、明るすぎる水色に輝く少女がひと‥‥り?
 
 いや、何か乗ってるような気が‥‥‥‥
 
「「「え゛」」」
 
 
 
 
「さかっいきゅぅ〜〜ん☆」
 
「‥‥‥下りろって言ったのに、下りろって言ったのに」
 
 いきなり猫かぶり全開の吉田一美と、何故か激しく参っているヘカテーの登場。
 
 まったく、意味がわからない。
 
「‥‥‥何で吉田さんがここにいるの?」
 
 見当外れなようで実は全てを同時に訊ける質問。
 
 
 その問いに、何故かカムシンが答える。
 
「ああ、彼女は今回の『調律』の協力者です。何故ここに来たかまではわから‥‥‥"サカイくん?"」
 
 今さらながらにカムシンも気づく。
 
 吉田一美の言っていたトーチとなった想い人と、この『ミステス』の名前が同じ。
 
 悠二も気づく。
 
 吉田一美が、友達がまた、『こちら側』に引きずり込まれた事を。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 怒りを隠そうともせずにカムシンを睨み続ける悠二。
 
 以前にも似たような怒りを覚えた事がある。
 
 誰とは言わないが、ヴィのつく奴。
 
 今がこんな状況でなければこっちから喧嘩を売っていたかも知れない。
 
 しかし‥‥
 
「まあ、こんな非常事態でも巡り合うなんて、何か運命を感じますね、さ・か・い・くん☆」
 
 ヒュヒュン!
 
「人の背中からスッポンのように離れなかったくせに、何をぬけぬけと」
 
 
 当の吉田がまるで気にした様子がないのに自分が怒るのも変な話だ。
 
 だが、何か機会があったら一発思い切り殴ってやる。
 
 それよりも‥‥
 
「ヘカテー」
 
 いつもより強い、厳しい口調で語り掛ける。
 
 その、悠二が怒っている事を感じ、ビクッと震える少女に、しかしこれだけはちゃんと訊かねばならないと質問する。
 
「何で、吉田さんを連れてきたんだ?」
 
 
 ヘカテーは、違うと。
 
 無関係な友達を巻き込んだりしないと。
 
 そう思っていた悠二の、抑えきれない悲しみが声に伝わる。
 
 
(‥‥‥‥あ)
 
 その悠二の悲しみが、ヘカテーに伝わる。
 
 自分が、悠二を悲しませてしまった事を悟る。
 
「‥‥‥‥ごめんなさい」
 
 謝る。
 
「そうじゃない! 何で連れて来たのか理由を訊いてるんだ!」
 
 悠二は、ヘカテーのとった安易な行動にカッとなり、つい怒鳴ってしまう。
 
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
 
 悠二を悲しませた自分が許せず、しかし悠二に嫌われる事にだけは耐えられないヘカテーは、ただひたすらに謝る。
 
 許しを乞う。
 
 
(嫌いにならないで、嫌いにならないで、嫌いにならないで!)
 
 以前、自分の恋心を悠二に悟られた時と同等か、それ以上の、何にも勝る恐怖がヘカテーを襲う。
 
 ガクガクと全身が震える。歯の根が合わない。涙が溢れてくる。
 
 
 ただ謝るだけのヘカテーにむっと来た悠二だったが、ヘカテーのその態度に、怒りも完全に忘れ、戸惑い、そして‥‥‥
 
 ゴッ!!!
 
 殴り飛ばされた。
 
 吉田一美に。
 
 
「あの場にほっとく方が危ないって考えたんだよ。このお節介なちびっこは」
 
 今ばかりは猫もかぶらず、悠二に言う。
 
 宿敵だろうが、不当な弾劾からは助ける。
 
 想い人だろうが、理不尽な行為には殴る。
 
 それは彼女の曲がらない、曲げてはならない部分だった。
 
 原因が自分にあるというのならなおさらだ。
 
 
(‥‥‥‥あ)
 
 吉田に殴られた事より、その言われた内容に、悠二は強い衝撃を受ける。
 
 自分が、とんでもない勘違いをしていたのだと。
 
 ヘカテーは吉田を助けようとしたのだと。
 
 自分はそんなヘカテーに怒鳴りつけたのだと。
 
 そして、ヘカテーが謝り続けるのは‥‥
 
 ただ自分に嫌われたくなくて必死なだけなのだという事に。
 
 
 今も、ヘカテーは殴り倒された自分にすがりつき、ひたすらに謝っている。
 
 悠二が怒った事も、悠二が殴られた事も、全部自分のせいだと思っているのだろう。
 
 
(僕は‥‥‥何を‥‥?)
 
 自分は何をしてしまったのだろう。
 
 こんな、純粋で不器用すぎる女の子に、一体何を‥‥‥。
 
 
 頬を一筋、涙が流れる。
 
「う‥‥‥ぅぅ、ぅ」
 
 何で、こんな‥‥
 
「ぐ‥‥‥、う、うぅぅ‥‥‥‥」
 
(僕は、何で、こんなに‥‥‥ちっぽけなんだ)
 
 
 嗚咽を堪えながら、力いっぱい目の前の少女を抱きしめる。
 
 ヘカテーも、それに応えて抱きしめかえす。
 
 二人とも、泣きながら抱きしめ合う。
 
 共に在るのが当然のように、それが一つの形のように。
 
 
「嫌いになんて、ならないから‥‥‥」
 
「‥グス‥‥‥本当に?」
 
「本当に。それに‥‥ごめん」
 
「? 何が‥‥ですか?」
 
 抱擁の中、謝る悠二の意図がわからない。
 未だに、悠二が悪いとは思っていない。
 
 そんな少女に‥‥
 
「ごめん‥‥ごめん‥‥‥」
 
 今度は悠二の方が、謝り続ける。
 
 この少女に、嫌われる事が恐いのだ。
 
 
 
 すれ違い、噛み合わない二人の心は、今は間違いなく重なっていた。
 
 互いに強く、相手を求めていた。
 
 
 
 
(あとがき)
 何やら感想を見ると、シャナ派も意外に多い様子。このSSを読んでくれる方って、シャナ派とヘカテー派、どっちが多いんだろ?



[4777] 水色の星S 七章 十二話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2008/12/27 03:51
 
 すりすり
 
 自分を抱きしめる悠二の胸に頬擦りする。
 
 もう、二人共泣いてはいない。
 
 悠二は、謝り続けるのはやめた。
 
 よくわからないが、どうやら許してもらえたらしい。
 
 もう、悠二は怒っていない。悲しんでいない。泣いていない。
 
 嫌いにならないと言ってくれた。
 
 それだけで、全身を蝕んでいたあの底冷えするような恐怖が綺麗さっぱり消えていた。
 
 そして、恐怖が無くなった途端、気づけば、目一杯悠二に甘える行動をとっている。
 
 我ながら、現金だと思う。
 
「ん!」
 
 悠二の胸に力いっぱい顔を埋める。
 
 この至福の時を、一秒でも長くと。
 
 
 
 
(泣き止んで‥‥くれた?)
 
 小柄なヘカテーを抱きしめているため、顔は見えない悠二であるが、胸に顔を擦り付けられるのを感じる。
 
 いつもの小動物のような雰囲気を醸し出している。
 
 名残惜しいが、今はいつまでもこうしていられる状況じゃ‥‥‥
 
 そこではたと気づいて周りを見渡す。
 
 ヴィルヘルミナがニヤニヤした雰囲気(無表情だが)。吉田は、自分がこの状況を招いたからか"今回は仕方ないか"という顔。シャナは"普段"通りである。
 
 見られている事をすっかり忘れていた。
 
 まずい、あれだ。凄く、恥ずかしい。
 
 
「ああ、どうやら落ち着いたようなので、話の続きをしましょうか」
 
「ふむ、あまりのんびりする時間があるとも思えんしな」
 
 二人で一人の『儀装の駆り手』がこの恥ずかしいような、気まずいような空気を軽々とぶち壊す。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 悠二としてはありがたいような、ありがたくないような微妙な心境であるが、確かに状況が状況だ。
 
 ヘカテーを放して、話の続きを‥‥‥
 
(?)
 
 離れない。
 
 ヘカテーが離れない。
 
 悠二に抱きついたままカムシンを氷のような無表情で睨む。
 
 元々、大昔の因縁があって許しがたい討ち手、さらにこの仕打ち。
 
 この時、ヘカテーはカムシンを『絶対に仲良くなれないやつ』と判断した。
 
 
 
 
「"探耽求究(たんたんきゅうきゅう)"ダンタリオン?」
 
「"教授"、でありますな」
 
「なるほど、極めつけだ」
 
 
 カムシンの言う"心当たり"を聞いた悠二、ヴィルヘルミナ、アラストールの三者三様の反応。
 
 "探耽求究"ダンタリオン。
 
 己の知的探求心のみに突き動かされて生きる"紅世の王"。
 
 この世と紅世、双方の在り様に関わる『実験』を幾度も繰り返し、その興味の対象はコロコロ変わり、さらに他者の迷惑をまるで考えないため、徒の中でも彼を嫌う者は多い。
 
 何より厄介なのがその"変人"と称すべき人格に、あの"螺旋の風琴"と並ぶ天才的な技能を備えている事である。
 
 思考が全く読めない上に、どんな事をやらかしても不思議ではない。
 
 厄介極まりない男。通称"教授"である。
 
 
 しかし、悠二としてはそういうプロフィールよりも気になる事が二つ。
 
 一つは、
 
(どっかで聞いた事あるような‥‥‥)
 
 いつか、大分前に、すごく日常的な場面でその名前を聞いた気がする。
 
 もう一つは、
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 その名前を聞いた途端、悠二の背中に隠れてしまったヘカテーである。
 
 そのヘカテーを見て、何かが繋がり、思い出される。
 
(あ!)
 
 最初の一度以降、正式な名前を使われた事がないためにすぐには思い出せなかった。
 
("おじさま"か!)
 
 
 そう、ヘカテーとの日常会話にも時々名が出る、昔からの仲良しらしい"おじさま"の本名である。
 
 しかし、何故それで自分の背中に隠れてしまうのだろうか?
 
 そのおじさまと戦いたくない、とかそういう理由であろうか?
 
「ああ、そういえば"探耽求究"は『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の客分でもありましたね。
 今回の事は?」
 
「知りません」
 
「結構」
 
 
 そんなヘカテーに、この企みが『仮装舞踏会』の仕業か?と訊いて、返事を受け、すぐに興味を失うカムシン。
 
 "教授"の動機など推測しようとするだけ無駄であるし、この"頂の座"は『万条の仕手』が太鼓判を捺している。
 
 何より、『仮装舞踏会』という組織自体が、『大戦』に『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』の援軍として参加して以降の数百年、大きな活動を起こしていない(それ以前も、千年単位で『武力抗争』と呼べるものは起こしていない)。(ちなみに、『とむらいの鐘』は、かつてメリヒムが身を置いていた徒の『軍団』である)
 
 どころか、この世に渡りくる徒達に、この世を生きるための封絶、トーチの配置などの『常識』を、『訓令』という形で説いているらしい。
 
 それは徒にとってはフレイムヘイズに狙われないための知識だが、同時に世界の歪みを最小限に抑える事にもなる。
 
 そういう意味では、フレイムヘイズの側にとってもありがたい面もある組織、『徒の外界宿』とでもいうべき集団だった。
 
 
 ヴィルヘルミナが当時、ヘカテーを過剰に警戒しなかった理由にも、これが多分に含まれる(『個人的』な理由で世を荒らす"千変"などは別だが)。
 
 
「‥‥‥‥よし、とりあえずカムシン。あんたはその印が壊せるかどうか試してみてくれ。僕とヘカテーは平井さんを探す。
 カルメルさんメリヒムを探して下さい。シャナはマージョリーさんとか佐藤がここに来た時のために吉田さんと待機」
 
 とりあえずの情報交換も済み、各自、各々の役割を悠二が割り振る。
 
「ああ、いいでしょう」
 
「了解であります」
 
「「‥‥‥‥‥‥‥」」
 
 
 簡単に同意するカムシンとヴィルヘルミナ。
 
 小さいの二人は返事をしない。
 
 
 ヘカテーはおじさまの事でまだ思う所があるのだろう。
 
 シャナは‥‥まあ、こんなもんか。さっきまでが単に機嫌が良かっただけなのかも知れない。
 
 
「‥‥‥ふっ!」
 
 掌から銀の自在式を生み出し、それに今から行使する力のイメージを込める。
 
 カムシンから驚いたような気配を感じるが、無論無視する。
 
(イメージは、静かな水面に石を放り投げる事)
 
 まだ支離滅裂で意味を為さない力の羅列が、悠二のイメージに沿って、力と意味を持っていく。
 
(石が落ちた所から波紋が広がって、水面に出てる障害物に当たって、はね返る)
 
 自在式を乗せた手をかざし、解放する。
 
(はね返った波紋を感じる事で、障害物の位置がわかる)
 
 街中に向け、銀色の自在式が広がっていく。
 
 『探知』の自在法である。
 
(‥‥‥‥見つけた!)
 
 
 『探知』の自在法と、悠二の鋭敏な感知能力を合わせた驚異的な捕捉術。
 
 平井の持つ、ちょっとした力を持つ羽根や栞の位置を特定する。
 
「それじゃ、吉田さん。こんな事になっちゃって残念だけど、今は‥‥」
 
「わかってます。邪魔だけはしませんから」
 
 久しぶりにノーマルで返す吉田。
 
「シャナ、吉田さんを頼んでいいか?」
 
「構わない。どうせ今は、こっちから何か出来る状態じゃない」
 
 理路整然と応える、その姿が今は頼もしい。
 
 
「ヘカテー、行くよ!」
 
 ヘカテーの手を引き、悠二は飛ぶ。
 
 
 その後ろ姿を、シャナと吉田は見守る。
 
 
「‥‥‥形勢不利、かな」
 
「今はまだ、この撹乱をどうにかしないとどうしようもない」
 
「"そっち"じゃねーよ。そういや、お前は"何"?」
 
「フレイムヘイズ」
 
「あっそ」
 
「‥‥驚かないの?」
 
「今さらってもんだろ?」
 
「‥‥‥お前、図太いの?」
 
「強いの」
 
 
 居残り組は他愛無い話を続ける。
 
 
 
 
(今の、坂井君の自在法、かな?)
 
 街に放たれた自在式の飛んできた方に走る平井。
 
 手にした羽根が一瞬銀に光ったため、悠二であると推測している。
 
 先ほどの怪物(ロボット?)の特徴。
 
 最近、第八支部で警戒をするよう言われていた"探耽求究"の燐子、『お助けドミノ』だろう。
 
 滅多にあるデザインではない。
 
(およ?)
 
 
 走る平井の目に、一つの景色が映る。
 
 はて、いつも坂井家に行く時には目にするのだが、何故だか今、目がいった。
 
 
(電柱に隠れてこそこそと覗いてたんだっけ)
 
 あの時は、ヘカテーが外界宿の関係者、悠二もそれに関わる関係者。
 人間ではないなどとは考えていなかった。
 
 覚悟を決め、だが無知で。
 
 人間には介入しようのない戦場に留まった。
 
 
『応えろよ‥‥何で平井さんを巻き込んだ!?』
 
「‥ふふ」
 
 何となく、笑みが零れる。
 
 普段は押しが弱いくせに、無謀はお互い様ではないか。
 
『出来るだけ、遠くに離れて、全速力で。
 あとで‥‥全部話すから』
 
 楯にでもなるつもりだったのだろうか。
 
 結果的に、ヘカテーが来ていなければどうなっていた事か。
 
「‥‥‥ばーか」
 
 
 腹いせに悪口を言ってみる。
 
 嘘つきは嫌いである。

 
「‥‥‥‥‥」
 
 あれから、色々あった。
 
 外界宿で仕事したり、中国で『剣花の薙ぎ手』虞軒と一計を仕組んだりもした。
 
 しかし、やはり‥‥‥遠い。
 
「‥‥‥‥‥」
 
 やめだやめだ。
 
 深刻ぶって考えるのなんか、似合わない。
 
 らしくない。
 
 
 『今』を、大切に生きる。
 
 悠二やヘカテーと、いつか避け得ぬ別離がある。
 
 そんな事は考えない。
 
 今を、精一杯楽しんで生きてやる。
 
 
 しかし、
 
(何で今さらあんな場所に感傷的になっちゃったのかな)
 
 
 軽く、軽く疑問を抱いて、走る平井の目に、飛んでくる二人の親友が映る。
 
 
 
 
「調律‥‥‥で、一美も巻き込まれたわけ?」
 
「‥‥‥うん」
 
 
 なるほど、どうやらもう一人の親友も見事に巻き込まれたらしい。
 
 自分も似た立場だし、とやかく言われるのを好むタイプではない。
 
 それに‥‥
 
「全然動揺してなかったでしょ?」
 
「よく、わかるね」
 
「付き合い長いからねぇ♪ それで、ヘカテーは何で"そう"なの?」
 
 いつもより輪をかけて挙動不審なヘカテーを指して平井は言う。
 
 実はヘカテー。教授と戦う事にも確かに抵抗があるのだが、それ以上に教授から実家へ、実家からベルペオルへ自分の近況が伝わる事が何より恐いのである。
 
 楽しい下界生活が終わってしまうかも知れないし、何より、悠二がどうなってしまうかわからない。
 
 
(今回ばかりは、目立たず、人任せで‥‥)
 
 もちろん、悠二の炎も見せてはならない。
 
 いとも簡単に『零時迷子』だと推測されてしまうに違いない。
 
 先ほどの自在法も危険だったが、薄い力の発現だったため、遠くから見たら色はかなりわかりづらかったはずだ。
 
 
「"おじさま"だよ」
 
「‥‥‥あ! "おじさま"か!」
 
 悠二同様、おじさまについては何度か聞かされていた平井も気づく。
 
 
「悠二、今回は私達はなるべく目立たず、支持に回りましょう」
 
 
 ヘカテーの言葉に、悠二と平井は困ったように顔を見合わせる。
 
 
 
 
 少女の懸念が杞憂に終わるかどうか、それは馬鹿げた天才の出方次第。
 
 
 
 
(あとがき)
 前作のあとがきに応え、感想をくれた読者が多数。どうやらヘカテー派が過半数、そして以外に吉田が二番人気な模様(いや、感想だけじゃ断言は出来ませんが。
 感想をくれた方々、ありがとうございます。
 
 そしてヘカテーの大昔の因縁、これは原作で『あったかも知れない』程度ですが、新刊の際に矛盾が出ないようにちょっと入れておきました(原作で因縁がなければオリジナルにするつもり)。



[4777] 水色の星S 七章 十三話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/12/27 22:48
 
「随分とまあ、豪勢な面子だこと」
 
「戦争でもおっ始めようってか、ヒャッヒャッ!」
 
 
 全員集合。
 
 いや、田中は見つかっていないが。
 
 
「これで緒方がいりゃ、弁当が食えるな」
 
 平井ゆかりの事情と、佐藤や田中も一応の関わりがある事を聞いた吉田の第一声がこれだ。
 
 誰か忘れてる気がするが、無論気のせいだろう。
 
 
「じゃあ、吉田さん。いい?」
 
「はーい☆」
 
 
 カムシンから『調律』の詳しい内容を聞いた悠二の考えた打開策。
 
 調律の媒介となり、この街の在るがままの姿を感じる事ができる吉田に、『カデシュの心室』で、"今の御崎市"のおかしい所を感じ取ってもらう事だった(ちなみに、案の定カムシンは血印を破壊出来なかった)。
 
 抵抗が無かったといえば嘘になるが、最近、吉田の『素』の性格を理解してきた悠二は、しぶしぶ話す事にした。
 
 要するに、"こういう所"は平井とよく似ていて、のけ者にされる方が嫌だろう、という事だ。
 
 
「ああ、では行きますよ」
 
 吉田の了解を得たと判断し、カムシンが吉田に向け、手をかざす。
 
 ゴゥッ!!
 
 褐色の炎が湧き上がり、吉田の全身を包み込む。
 
 カムシンを今一つ信用出来ない悠二がつい身構えるが、炎から敵意や害意は感じ取れない。
 
 そしてその炎が‥‥
 
 
「へ?」
 
「は?」
 
 カッ!
 
 
 突然の事態に間抜けな声を上げる悠二と佐藤の眼前で群青の閃光が走る。
 
「そこ、見たら死刑ね」
 
「脅しじゃねーぞ、ヒヒぶッ」
 
「あんたもよ」
 
 すぐさまバッ! と背を向ける悠二と佐藤。
 
 そしてヴィルヘルミナに背を向けさせられるメリヒムと、その辺にあったズタ袋に放り込まれるマルコシアスにアラストール。
 
「おまえもです」
 
 そして、ヘカテーにカムシンも背を向けさせられる。
 
 マージョリーの機転に感謝しているヘカテーである。
 
 
 そう、『カデシュの心室』に入った今の吉田の姿は、裸だった。
 
 
「? 何で皆向こう向いてんだ?」
 
 心室内にいる吉田にその自覚はない。
 
「いやー、一美セクシーだよ。うん」
 
 平井が一言で説明する。
 
「なっ!? 今裸なのか!? あ☆ 坂井君は見てもいいんですよ☆」
 
「悠二‥‥」
 
「見ないって!」
 
 吉田のとんでもない提案とヘカテーの恐いような可哀想なような声を受けてたまらず否定する悠二。
 
 というか、平井のあの一言でわかったのか。テレパシーか?
 
 
「ほら一美、今は緊急事態なんだから。何かわかる?」
 
 吉田達のやり取りを平井が一言で切って捨てる。
 
 訊かれた吉田、
 
「‥‥わかんだけどよ。どう表現すりゃいいんだ?」
 
 違和感を感じ取れたらしいが、言葉で言い表わすのは難しいようだ。
 
「あ、そっか。んじゃ、ちょっと下がっててね」
 
 そして平井は一枚の羽根を放り投げ、それが中空で銅鏡へと変わる。
 
「『出ろ』」
 
 そして地に着く寸前で展開し、御崎市を細部に示した箱庭となる。
 
 
「これ‥‥『玻璃壇』ね」
 
 マージョリーが、初めて見るそれに反応し、思わず感嘆の声をあげる。
 
「はりだん?」
 
 佐藤が、"つい"質問してしまう。
 
 
 佐藤とマージョリーはあの突発的な離脱から、今まで一言も言葉を交わしていなかった。
 
 二人共、子供っぽい意地を張っている。
 
 まあ、仲直りのきっかけにはなるかも知れない。などとマージョリーは思う。
 
「かなり昔に、"祭礼の蛇"って紅世の王がいてね。そいつが自分の作った『大縛鎖』って都を見張るために作った宝具よ」
 
「天裂き地呑むってぇ化け物だったんだがな。都作った途端にフレイムヘイズ達に袋叩きにされちまって一発昇天よ! って、"頂の座"の前でする話じゃなかったな」
 
 マージョリーとマルコシアスが大雑把に説明する。
 
 ちなみに、マルコシアスが言い直したのはヘカテーが『トライゴン』をズタ袋に向け、マルコシアスがその気配に反応したためである。
 
 不愉快な事実と、化け物などという不躾な呼び方が気に入らなかったからだ。
 
 いや、そう思っているならその方が"都合がいい"。
 
 いや、悠二の事もあるから何とも言えないところもあるのだが。
 
 
「ふぅん。これか」
 
 平井の納得の声でヘカテーが我にかえる。
 
 『玻璃壇』が吉田のイメージを映し出し、違和感の原因たるそれが褐色に光る。
 
 ミサゴ祭り全体に飾られている、はりぼての『鳥』だった。
 
 
 
 
「さーて、行きますか!」
 
 走る平井ゆかり。撹乱の媒介があの鳥の飾りだとわかったとはいえ、やはりあの『櫓』に敵がいる可能性が一番高い。
 
 奇しくも、あの櫓に至近まで接近した平井が隠密行動をとる事になった(気配は人並み、近づくルートを知っているという事情からだ)。
 
 ちなみに、佐藤もついてきているのだが‥‥‥
 
 
「‥‥平井ちゃんは、ただの人間なんだよな?」
 
 さっきから何か変なテンションなのだ。
 
『‥‥‥そだけど?』
 
 微妙に、佐藤が何が言いたいのかを察して、少し間をおいてから応える。
 
『ならさ! ただの人間でもさっきの平井ちゃんみたいに力を扱えるって事だよな? この付箋を扱えれば、俺も‥‥‥‥』
 
「ストップ」
 
 呆れたものだ。
 
 あの鍛練を見せ、現実を突き付けたつもりだったのに、前よりひどくなっている気がする。
 
 効果が無かったのだろうか? いや、効果があったからこそ、"認めたくなくて"抗っているのだろう。
 
 そんな風に、似た立場だからこそ佐藤の心境を理解する平井。
 
 だからこそ‥‥
 
「佐藤君はさっきの廃ビルに戻って」
 
 今は、連れて行けない。
 
「な、だって平井ちゃん一人じゃ‥‥俺だって少しは役に‥‥‥」
 
 気持ちはわかる。だが、気持ちだけじゃどうにもならない。
 
「はっきり言うよ。今の佐藤君に付いて来られても逆に困るの」
 
 立ち直って進むにしても、諦めて身を引くにしても、一度はっきりと思い知るしかない。
 
 思い知った時が、"手遅れ"にならないように、今、言う。
 
「役立たずでも、ちゃんと自覚してれば邪魔にはならない。手伝える事も、何かあるかも知れない。でもね‥‥‥」
 
 その言葉のショックで立ちすくむ佐藤に、重ねて言う。
 
 自分は、"悠二やマージョリーほど優しくない"。
 
 だから‥‥『憎まれ役』になってやる。
 
「"身のほど知らず"は足手まといだよ」
 
「!」
 
 
 佐藤はその、決定的な一言を受けて、完全に茫然自失となる。
 
 平井は立ちすくむ佐藤を置いて走り去る。
 
 振り向きもしない。
 
 走り去る平井に、立ちすくむ佐藤は、言い返す言葉も、追い掛ける気力も、持てなかった。
 
 
 
 
「さて、行くか」
 
「「‥‥‥‥‥」」
 
 いざ行かんとする悠二。
 
 しかし、同伴の二人。
 
 ヘカテーとマージョリーは無言である。
 
 ヘカテーはわかる。
 
 さっきの平井とのやり取りだ。
 
 
『ヘカテー、街が大変な事になったら、悲しいでしょ?』
 
『でも‥‥‥‥』
 
『今回の目的は、どっちかっていうと"教授"の討滅じゃなくて、この調律を利用したヤバそうな実験を止める事なんだから』
 
『しかし‥‥‥』
 
『坂井君!』
 
『何?』
 
『これ上手く行ったらヘカテーにご褒美!』
 
『『ご褒美?』』
 
『そ! ご褒美! それでいいね、ヘカテー?』
 
『ご褒美‥‥‥ご褒美‥‥‥はい』
 
 
 というやり取りがあったのだ。
 
 目が期待に満ち満ちているヘカテー。
 
(バレないように、こっそり頑張って、ご褒美を‥‥‥)
 
 誘惑に負けて、危険な橋を渡ってしまう自分を許して欲しい。
 
 ちなみにヘカテーは、まだ経験した事の無い触れ合い(キスとか‥‥他はあまり知らない)を期待しているのだが、悠二が(今度、ホットケーキでも焼いてあげよう)とか考えている事は知らない。
 
 
 だから悠二には、ヘカテーが心ここにあらずなのはわかるが‥‥
 
 変なのはマージョリーだ。
 
「マージョリーさん。どうかしたんですか?」
 
「‥‥‥うっさいわね。何でもないわよ」
 
 
 佐藤と、何か変な感じだったが、どうやらそれだけではないように思える。
 
 だがまあ、本人が話す気が無いなら仕方ない。
 
 
「それじゃ、カムシン。吉田さんを頼むよ」
 
 友達をこいつに預けるのはどうにも心許ないが、シャナは『街の外』から来ている新たな気配(平井が櫓で"教授"のただ一人の燐子、『ドミノ』と遭遇している事から、教授本人と思われる)。
 
 それの迎撃に向かったし、すでにメリヒムとヴィルヘルミナも各々の配置に向かっている。
 
 不服だが、こいつに任せるしかなかった。
 
 それに、今は何より平井が心配である。
 
 気配を持つ自分達が同伴しては、逆に危険だし、この状態での『気配隠蔽』はロクな効果が出なかった。
 
 佐藤がついていったはずだが‥‥大丈夫だろうか。
 
 
「悠二、行きますよ」
 
 心配する悠二、そしてマージョリーの手を引き、ヘカテーが飛ぶ。
 
 平井が心配なのはヘカテーも同じ。
 
 だからこそ、平井が上手くやった時に、すかさず『櫓に攻撃しなければならない』のだ。
 
 
 
 
 飛び立つ三人。
 
 残されたのは吉田とカムシン。
 
 
「‥‥‥ああ、ゆっくり話す暇もありませんでしたが、幸か不幸かはわかりませんが。どうやら坂井悠二君はただのトーチとも違ったようですね」
 
 現状、自分のする事が無くなって、ようやく自分が巻き込んだ少女に気を遣うカムシン(ちなみに、マージョリーやヴィルヘルミナから、『封絶が使えないから、"何もするな"』と言われた)。
 
 
「みてーだな。なーんか、『散りゆく花のように』の方がまだ勝率高かったような気もするけどな」
 
 吉田のその言葉に、さすがのカムシンも少々呆気にとられる。
 
「‥‥‥おかしな人ですね。あなたは」
 
「単なる『恋愛至上主義』だよ」
 
 カムシンの、何とも言えない心境で言った一言に返す吉田。
 
 
 『愛』
 
 それは、カムシンにもわかる。とても、とても懐かしい想い。
 
 
 自分を看病し、助けてくれた。
 
 自分の"唯一の持ち物"である父を喰らおうとした。
 
 自分が、殺そうとした。
 
 自分を、殺そうとした。
 
 戦った。殺し合った。数百年も。
 
 そして最後に、抱きしめ合う中で自分が殺した。
 
 
 "大好きな怪物"
 
 互いに互いを想い。
 
 それでも、『良かれと思って』殺し合った。
 
 
 そこに、矛盾は無い。
 
 いや、そもそも理屈すら存在しない。
 
 自分は知っている。
 
 それが『愛』だ。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 今、隣にいる少女から、久しぶりにその想いを深く思い出させられ‥‥
 
 フードを深くかぶり直した。
 
 
 そのうちに、ほんの微かな微笑みが、ある。
 
 
 
 
(あとがき)
 サクサク終わらせるつもりだったのに、なかなか長引きます。
 原作のここら辺が二冊分だから仕方ないと言えば仕方ないんですが。
 
 ところで、前作『水色の星』と合わせ、この話で百話に達しました。
 これを機に、この作品を読んで下さる皆様に感謝を述べたく思います。
 いつもありがとうございます。



[4777] 水色の星S 七章 十四話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/12/29 22:05
 
 河川敷にほど近いベンチに、今はその長い髪を黒に冷えさせる少女が一人。
 
 シャナである。
 
 マージョリーによると、街の外に出ようとすると、あの『撹乱』が発動して、飛ぶどころではないらしい。
 
 この『撹乱』の大元らしき櫓と鳥は、他の仲間達に任せて、自分は街の外から迫ってくる"探耽求究"の対処が担当だ。
 
 街の外に出られない以上、今は待つしか出来ない。
 
 櫓との距離も離れているから、作戦が上手く行っても街の外に出られるようになる可能性は極めて低い。
 
 だから、自分はいざ、"探耽求究"がこの街に着き、直接何かやらかそうとした時にそれを止める。
 
 仕掛け自体は崩すつもりなのだから、この待機は念の為、とも言えるが、相手は強大な力を持つ紅世の王である。
 
 油断は出来ない。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 ふと、この可笑しな状況に想いを馳せる。
 
 撹乱だらけの御崎市、の事ではない。
 普通は一人一党のフレイムヘイズ達が、知らぬ間にたった一人のミステスの決めた作戦の方針に沿い、行動している事だ。
 
 『調律』の協力者に、街の違和感を感じ、映しとってもらう。
 
 それも、坂井悠二以外に気づく者はいなかった。
 
 そして、櫓の撹乱の突破には平井ゆかりの協力が採用。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 誰かと一緒に戦う。
 
 フレイムヘイズになる前、憧れていた。夢見ていた。
 
 ヴィルヘルミナを連れて、シロと一緒に徒と戦って旅をする。アラストールのフレイムヘイズとして。
 
 それは、そのあり得ないはずの夢は、現実のものとなった。
 
 現実となり、それだけに留まらない。
 
 この街にいるミステスの監察。それが結果的に自分にもたらした、『フレイムヘイズ以外の事』。
 
 ヴィルヘルミナと、シロと、アラストールと、そして、新しく出会った、"そのままの自分に"接する者達。
 
 今まで自分が知らなかった事、知ろうともしなかった事が、使命そのものである自分を取り巻き、固めて行く。
 
 悪くない、いや、正直に認めて、温かい気分になれる。
 
 でも、いや、だからか。
 
「‥‥‥‥ふぅ」
 
 ヴィルヘルミナとシロが、街中に待機している。
 
 そして、坂井悠二達も、櫓の対策に向かっている。
 
 自分はここに一人。
 
 いや、アラストールと二人。
 
 皆と離れている。
 
 それだけの事が、何故か無性に寂しかった。
 
 少し前まで、それが当たり前だったというのに。
 
 
「ねえ、アラストール」
 
「何だ?」
 
 胸の上のアラストールに話しかけ、それに返事が返る。
 
 それが少し嬉しくて、少女は他愛無い会話を続けた。
 
 少し、ほんの少し前までなら、そんな"不必要な"会話をする事も無かった。
 
 その事に少女が気づくのは、夢中になって喋り続けた後だった。
 
 
 
 
 ミサゴ祭り中心の櫓に、撹乱を受けないギリギリの至近まで近づいた影が三つ。
 
 悠二、ヘカテー、マージョリーである。
 
 しかし‥‥‥
 
「‥‥‥あんた、そのお面は何のつもり?」
 
「ヘカテー?」
 
 マージョリーと悠二の疑問に応えるのは、
 
「ヘカテーではありません。私はヴィルヘルミナ・カルメルで‥‥"あります"」
 
 キツネのキャラクターのお面をそこの屋台で購入したヘカテーである。
 
 何故にこの状況でヴィルヘルミナの真似などしているのか?
 
「こんな小っさい『万条の仕手』、見たことないわよ」
 
「ヘカテー、遊んでる時じゃないんだよ? わかる?」
 
 そう諭す悠二だが、もちろんヘカテーの方は大真面目である。
 
 顔を『カンターテ・ドミノ』に見られるわけにはいかないのだ。
 
「私は真剣です。二人共、私は今しばらく、『戦技無双の舞踏姫』となりま‥‥あります。
 そのつもりで接して下さいのであります」
 
「「‥‥‥‥‥‥」」
 
 トンチキなヴィルヘルミナ口調で大真面目に話すヘカテーに、リアクションの取れない二人。
 
「それから悠二、炎は使わないように。マージョリー・ドー。よろしくお願いしあります」
 
 ‥‥‥まあ、いいか。
 
 それにしても、炎を使うな? そういえば悠二の発案した『もう一つの打開策』を全力で拒否していたが、何か事情でもあるのだろうか。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「マージョリーさん?」
 
 ヘカテーの言葉に、マージョリーは反応しない。
 
 いや、反応しないというより‥‥‥何か、おかしい。
 
 悠二が訝しそうにマージョリーを見る。
 
 その視線に、居心地が悪くなったのか、
 
「‥‥‥わかったわよ。要はユカリの栞に、収束する一発をブチ込みゃいいんでしょ?」
 
 頭をがしがしと掻きながらそう言う。
 
 実のところ、今のマージョリーは、戦意、戦う理由を完全に見失っていた。
 
 何をしたくて、何のために、今、何をやっているのか、自身でわけがわからなくなっている。
 
 実際に戦いが始まっていると言うのに、『弔詞の詠み手』の戦意の証たる炎の衣『トーガ』が纏えず、得意の『屠殺の即興詩』が"浮かばない"というのが、今の状態の深刻さを如実に物語っていた。
 
 今も、
 
(そのくらいなら‥‥謳えなくても‥‥‥)
 
 という若干複雑な想いで、ヘカテーの頼みを了承したのだ。
 
「!」
 
「来た!」
 
 
 
 
「むむむ、来たなフレイムヘイズどもー! んもー、ここまで来たらおとなしく滅びを待ってりゃいいものを」
 
 櫓の中、街中に仕掛けた『我学の結晶エクセレント29147-惑いの鳥』を操作しているドミノがぶつぶつと言う。
 
 先ほども何か、干渉の自在法を使っていたようだが(位置的に見えなかった)、性懲りもなく、と思う。
 
「うん?」
 
 目の前のフレイムヘイズ、と、何だろう。
 
 お面をつけた小柄なのと‥‥ミステスが浮いている。
 
 さらに、
 
「おんやー?」
 
 櫓の側に、また人間が迷い込んでいる。
 
 脅かして追い払っても追い払ってもまたすぐに平静に戻ってしまう。
 
 面倒くさい。
 
「ガオー! 人間めー! 早くどっかに行かないと食べちゃうぞー!」
 
 櫓に付けられた大窓から顔を出して脅かす。
 
 が、
 
「ちょっと待って下さい。もうちょっとで終わりますから」
 
 その人間、少女は逃げるどころか、せっせと、ペタペタと櫓に何か貼りつけている。
 
 そういえば、さっきもこの娘いたような‥‥
 
「じゃ♪」
 
「あ、はい、さようならでございますです」
 
 もう用は済んだらしい。
 
 回れ右して駆ける。
 
 
 まったく、フレイムヘイズが来ているというこの忙しい時に変なのを貼りつけないで欲しい。
 
 群青色の栞なんて、櫓に合わない。後で剥がしておかないと‥‥‥って、
 
 
「撃ってきたぁ!」
 
 フレイムヘイズが群青の炎弾をこちらに放つ。
 
 すぐさま、撹乱を使って、その攻撃をねじ曲がら‥‥‥
 
「ない!?」
 
 ドォオオオン!
 
「んギャァアー!」
 
 
 
 
「よし!」
 
 作戦成功。
 
 平井が付けた目印に、マージョリーの炎弾が、まるで磁石の引き合うように吸い寄せられ‥‥そして命中。
 
「んギャァアー!」
 
 何やら、櫓からコミカルな叫び声が聞こえる。
 
 例の、『お助けドミノ』だろうか?
 
「もう一丁、行くわよ」
 
「ただの櫓にしちゃやたら頑丈だしな、ヒヒッ」
 
 コミカルな叫び声を上げた櫓に、マージョリーが再びの炎弾を放つ。
 
 が、妙だ。
 
 彼女にしては随分と控え目な攻撃である。
 
「ひゃわぁあー!」
 
 再び叫ぶ櫓。
 
「ううっ‥‥! ふっ、フレイムヘイズめぇ〜〜!」
 
 涙声なんだけど。
 
「こーなったら〜‥‥」
 
 ? 何だ?
 
「変形開始!」
 
 
 言葉の通り、櫓がガシャガシャと姿を変えていく。
 
 まるで変形ロボットだ。
 
(っ! まずい!)
 
 でかい。
 
 元々大きな櫓に、やたらと細く、長い手足が備わり、広場にそびえていく。
 
 平井が‥‥逃げ切れていない。
 
 
(やば‥‥‥)
 
 背を向け、走る平井。
 
 後ろからの奇妙な音に振り返れば、巨大な、暴れる鉄の足が迫っている。
 
 櫓が変形するなど、予想外もいいところだ。
 
 無理だ。躱せない。
 
 悠二も、ヘカテーの言い付けを破り、炎弾を放とうとして思う。
 
 無理だ。間に合わない。
 
 
 そして、迫る鉄の足が‥‥‥‥
 
 ドォン!!
 
 弾き飛ばされる。
 
 水色の光弾によって。
 
 
「‥‥‥ヘカテー」
 
「ヴィルヘルミナ・カルメルで"あります"」
 
 危険をおかし、親友を助けた少女はやっぱりシラを切る。
 
 
 
 
(あっぶなー!)
 
 ヘカテーに窮地を救われ、その機に走り去る平井。
 
 佐藤を連れて来なくて良かった。とさりげなく思う。
 
 もし蛮勇に駆られ、あの場に踏み留まっていれば、ヘカテーの援護でカバーしきれはしなかっただろう。
 
 そんな事を思いながら走り、何とか逃げ切る。
 
「カルメルさん! 作戦成功! 上手くいきました!」
 
 手にした通信用の栞に叫ぶ。
 
 自分が危機一髪だった事は言わない。
 今、伝えるような事ではない。
 
 
《了解。では私と"虹の翼"は、所定の通りに行動するのであります》
 
 栞から、返事が返る。
 
 
 
 
「では、始めるのであります」
 
「‥‥何故俺がお前と組まねばならん」
 
 
 街中、悠二達とは別位置、最も鳥の飾りが集中している大通りに待機していたヴィルヘルミナとメリヒム。
 
 この組み合わせにメリヒムは文句を言っているが、悠二には、封絶が使えず、攻撃が逸らされるようなこの状況でメリヒムを一人で行動させるつもりはさらさらない。
 
 下手に『虹天剣』など使われてはたまらない。
 
 ヴィルヘルミナはメリヒムのお目付け役も兼任である。
 
 
「む」
 
「!」
 
 そんな二人の周囲で、はりぼての鳥達が、馬鹿みたいに白けた緑に発光し、飛び立つ。
 
 まるで本物の鳥のように。
 
「櫓を攻撃すれば撹乱の媒介をそこに集中させる。
 坂井悠二の読み通りだったという事か」
 
「そのようでありますな」
 
 そして二人は立ち上がる。
 
 メリヒムはその右手に細剣を下げ、ヴィルヘルミナはその顔を仮面で隠す。
 
「行くぞ」
 
「ええ」
 
 
 『大戦』では、敵として戦った。数百年、言葉も交わさず共に過ごした。
 
 しかし、初めてだった。
 
 この二人が、剣の向きを揃えるのは。
 
 
 
 
 とぼとぼと、あり得ないほどにゆっくりと、佐藤啓作は歩を進める。
 
(足手‥‥まとい)
 
 今まで、決して認めたくなかった。口に出す事は禁忌とさえしてきた言葉。
 
 それを、はっきりと言われた。
 
 他でもない。"自分と同じ"でありながら、自分より深く紅世に関わってきた平井ゆかりに。
 
 平井は、自分を心配して、しかしそれだけではない。
 
 はっきりと、『邪魔』だと言ったのだ。
 
 
(俺は‥‥どうすりゃいいんだ!?)
 
 
 
 心中で叫ぶ彼の問いに、当然答えは返らない。
 
 
 
 
(あとがき)
 七章、あと二、三話で終わらせられると良いなぁと思う今日この頃。
 すでに百話を超えたわけですが、完結まで書く事が出来れば何話になることやら。
 ちなみに、今のヘカテーの愛称はヘカテルミナでお願いします。



[4777] 水色の星S 七章 十五話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2008/12/31 04:40
 
《カルメルさん! 予定通りです! 鳥ケラトプス、集まってきます》
 
「それを言うならプテラノドンでありましょう」
 
「翼竜」
 
「‥‥‥素直に鳥だと言えんのか」
 
 
 ヘカテー達の襲撃を受けたドミノ、自分の下へと『惑いの鳥』を集結させ、『撹乱』で身を守るつもりである。
 
 その鳥を何とかするのがヴィルヘルミナとメリヒムの担当だ。
 
「坂井悠二達が櫓を攻撃し、敵が撹乱に気を回せぬうちに破壊するのであります」
 
「言われずともわかっている!」
 
 
 櫓を目指す鳥に向け、細剣をかかげ、飛ぶメリヒム。
 
 万一の危険を考慮し、『虹天剣』は使わない方針になっている。
 
 だが‥‥
 
(『虹天剣』だけが芸じゃないから‥‥な!)
 
 
「っは!」
 
 ギュィイイイイン!
 
 細剣が高速回転し、さらに、切っ先から七色の炎が溢れだす。
 
 虹の炎は渦を巻き、細剣の切っ先を先頭に、メリヒムの刺突を巨大なドリルと変え、鳥達を呑み込む。
 
 
 本人はかっこいいつもりらしいが、傍で見ていたヴィルヘルミナの感想は‥‥‥
 
「‥‥美味しそうでありますな」
 
「虹氷果」
 
 レインボー・ソフトクリームである。
 
 
 
 
「教授ー! 助けてー! 『弔詞の詠み手』と変なミステスと青っぽい『万条の仕手』がぁー!」
 
「新・ヴィルヘルミナ・カルメルであります」
 
 
 櫓ロボの周りを、悠二達は飛び交う。
 
 しかし、ヘカテーのトンチキな変装が通用している。
 
 何で変装なんかしてるのかは知らないが、やるだけやってみるものである。
 
 
「はあっ!」
 
 手にした『吸血鬼(ブルートザオガー)』を、櫓ロボの腕に叩きつける。
 
 ガァアン!
 
 硬い。
 
 斬れない事は無いが、深くない、斬り落とせない。
 
「っこの!」
 
 マージョリーも、さっきから炎弾しか使わない。
 
 いや、あれは‥‥
 
(使え‥‥ない?)
 
 力の顕現が弱々しく、ひどく不安定だ。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 彼女の戦意を喪失させる原因、心当たりはある。
 
 むしろ、原因は自分であるとさえ言える。
 
 だったら、
 
(僕が何とかしなくちゃ)
 
 
(ったくもう! 何だってのよ!)
 
 悠二の察した通り、戦意を、戦うための力を失っているマージョリー・ドー。
 
 実際に戦いになれば、また体の奥から殺意が、戦意が湧いてくるかと僅かに期待していた。
 
 だが、結局何も変わらない。
 
 戦いの場において、今の自分はこれほどに空っぽだ。
 
(まったく、情けないったらないわね)
 
 自嘲気味にそう思う。
 
 
 くいくい
 
 そんなマージョリーの袖が、軽く引かれる。
 
 キツネのキャラクターのお面を着けた少女。
 
 "頂の‥‥"いや、ヘカテルミナか。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 もはや不調を全く隠せていないマージョリーを見つめるヘカテー。
 
 マージョリーは、他のフレイムヘイズと違って鍛練に参加していないがため、ヘカテーと接する機会はそう多くない。
 
 だが、ヘカテーはマージョリーの事を実は結構気に入っていた。
 
 あのプール後の宴会や、今までのわずかな触れ合いの中で、マージョリーの意外と面倒見のいい人柄を感じ取っていたのだ。
 
 悠二や平井や千草の例にもある通り、ヘカテーは包容力のある人物を好む。
 
「マージョリー・ドー、戦えないならば‥‥」
 
 そして、ヘカテーは素直だ。思った事を口に出し、その淀み無い意志で行動に移す。
 
「あなたも守りま‥‥あります」
 
「は?‥‥‥あんたが‥‥私を?」
 
「はい」
 
 
(‥‥‥ヘカテー)
 
 そんなヘカテーを悠二は嬉しそうに見る。
 
 変わったな。と思う。
 
 出会った時は、少なくともフレイムヘイズを助けたりするような子じゃなかったように思う。
 
 まあ、いつ変わったかは明確にはわからないだろう。
 
 彼女は日常で、自分達と過ごした日々の中で少しずつ変わっていったのだから。
 
 そんな感慨深い想いを感じる悠二。
 
 それとは裏腹に、マージョリーはわけがわからない。
 
 何で、戦意を喪失して戦えなくなっている自分が、あまつさえ徒に助けられねばならないのか。
 
 痛烈な皮肉にさえ思えたが、そんな子ではない。
 
 どこまでも純粋な気持ちから言っているのだろう。
 
 だからこそ、何も言えない。
 
 よろしく頼む、などと言えるわけがない。
 
 だが、虚勢を張るにも、今の自分は現にこの様だ。
 
 
 ヘカテーに返事が出来ないマージョリー。
 
 そして、そんなマージョリーを見るヘカテー。
 
 二人が"大切な"会話をしている僅かな時間、櫓ロボと戦う悠二。
 
 
 三人が三人共、気づく。
 
「「「!」」」
 
 街に、巨大な気配が入り込んで来る。
 
 "探耽求究"ダンタリオンである。
 
 
 
 
「ああ、来たようですね」
 
「ふむ、相変わらず騒がしい気配じゃ」
 
 廃ビルに待機していたカムシンも、当然この気配に気づく。
 
「お嬢ちゃん。もう一度、イメージしてもらえますか?」
 
 そして、この自在法の正体を、今の現状なら把握出来ないかと考える。
 
「‥‥いーけど、てめえは箱庭向いて振り返んなよ」
 
 そんなカムシンの要求をあっさり飲み、再び『カデシュの心室』に入る吉田一美。
 
 そして気づく。
 
 新たに街に現れた『それ』は違和感どころではない。
 
 歪みを正し、違和感を無くす『調律』と正反対のもの。
 
 歪み、呑み込み、消滅させる力そのものだった。
 
 そのイメージは、そのまま『玻璃壇』に映し出される。
 
「な! これは‥‥『逆転印章(アンチシール)』!」
 
「ふむ、常々信じられん事をする奴じゃと思っとったが、今回はさすがに呆れたわ」
 
 二人の『儀装の駆り手』が、驚愕する。
 
 教授の実験しようとしているのは、カムシンの『調律』の逆転。
 
 歪みを正す自在式を乗っ取り、正反対に作用させ、歪みを加速度的に増長させる。
 
 それは、すでに大きな歪みを持つ御崎市にとって、『消滅』を意味していた。
 
 だが、教授は実際に試し、目にしたものしか信じない。
 
 危険だろうが迷惑だろうが、興味さえあれば何でも試すのだ。
 
 この、歪みの極大化が起こす未曾有の事態に、"自分も巻き込まれる"と知っていて、それでも構わず実験する。
 
 変人の変人たる所以だ。
 
 
「‥‥‥『弔詞の詠み手』」
 
 考えるのも数秒、すぐに行動を決める。
 
「櫓はどうですか?」
 
《ちょっと待ちなさいよ! 変なロボットに変形して‥‥わっ!》
 
 どうやら、てこずっているらしい。
 
 ‥‥‥仕方ない。
 
 
 窓(のような穴)から飛び出し、隣の廃ビルに着地する。
 
「ああ、事情が変わりました。少々荒っぽくなるかも知れませんが‥‥‥」
 
 背にした鉄棒を振り回し、ドン! と下に突き立てる。
 
「今から私も出ます」
 
 
 
 
「来た」
 
 髪を瞳を紅蓮に燃やし、シャナは飛ぶ。
 
 その背には、中国で新たに身につけた力である紅蓮の双翼がある。
 
 そしてその目に映るのは‥‥‥
 
「列車!?」
 
 線路を通り、怪物列車、『夜会の櫃』がやってくる。
 
 街中に仕掛けた『惑いの鳥』、奪ったカムシンの血印、そしてこの最後のピースである『夜会の櫃』がそろった時、歪みは極限まで膨れ上がり、この街という存在そのものの"完全消滅"が訪れる。
 
 大太刀、『贄殿遮那』をかかげ、少女は怪物列車に挑む。
 
 
 
 
「『儀装』」
 
 廃ビルの一室に一人、カムシンは唱える。
 
「『カデシュの血印』、配置」
 
 言い終わると同時に、部屋の床に壁に天井に、『調律』の際に街に仕掛けたのと同じ自在式が無数に生まれる。
 
「起動」
 
 そして、褐色の心臓、『カデシュの心室』がカムシンを包む。
 
「『カデシュの血脈』を形成、同調」
 
 部屋中の『カデシュの血印』から炎が伸び、褐色の心臓へと繋がる。
 
 そして‥‥‥
 
「展開」
 
 
 
 
「うそだろおい!」
 
 カムシンが飛び込んだビルを見ていた吉田の前で、ビルが爆発した。
 
 かに見えたが、土煙を巻き上げ、中から現れた"それ"は、ビルの上層部分をまるごと"使った"『瓦礫の巨人』。
 
 爆発したのではなく、『作り出した』のである。
 
 重々しくも滑らかに動かされたその腕が、心臓に位置する場所から出てきた鉄棒、『メケスト』を掴む。
 
 さっきまであんなにごつく見えていたあの棒が、まるでエンピツだ。
 
「ああ、お嬢ちゃん。これは元々、棍でもマーキングの道具でもなく‥‥」
 
 吉田の心を読んだかのようなタイミングで語る、巨人の中にいるカムシン。
 
 そして、メケストに、褐色の炎で連なる瓦礫が集まる。
 
「『鞭』です」
 
 
 言った通りの瓦礫の鞭を振り上げ、その先端の瓦礫が切り離され、褐色の炎を噴いて遠く離れた櫓に向かって飛んでいく。
 
 自在法・『ラーの礫』である。
 
 
 真っ直ぐに、櫓を目指して飛んでいく。
 
 
 
 
 ギィイン!
 
 櫓ロボと戦う悠二。
 
 ヘカテーの事情はよくわからないが、"教授"も近づいている。
 
 『蛇紋(セルペンス)』で一気に破壊してしまった方がいいだろうか。
 
 マージョリーは今、飛びくる『鳥』を次々に破壊している(今の状態では、それが適任である)。
 
 ある程度の数が揃えば、再びあの『撹乱』が櫓を守るだろう。
 
 そうなれば、また平井が近づけるわけもない。
 
 櫓は完全防御となる。
 
 だから鳥の破壊の方が優先される。
 
 マージョリーが近づく鳥を破壊し、その間にヴィルヘルミナとメリヒムが全ての鳥を破壊する。
 
 だからドミノの相手は悠二とヘカテーがしているのだが、ヘンテコロボットとはいえ、『吸血鬼』だけでこの巨体と戦うのはきつい。
 
「ん?」
 
 何か、向こうから飛んでくる。
 
 ドォオオオン!!
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
 瓦礫、コンクリートの塊、それが猛スピードで直撃。
 
 櫓にではない。
 
 悠二の目の前の地面にである。
 
 この色、カムシンか。
 
 なるほど。
 
 マージョリーやヴィルヘルミナが封絶無しであいつを戦わせたくなかった理由がよくわかった。
 
 思う間にもう一つ。
 
 
「「ぎゃあー!」」
 
 悠二とドミノ、揃って叫ぶ。
 
「殴る! あいつ絶対あとで殴る!」
 
 
 
 破滅を連れて、列車は走る。紅蓮の少女は、それに相対する。
 
 
 
 
(あとがき)
 全然サクサク行けませんでしたが、あと一、二話で終われそう。
 明日は更新出来そうにないから、これが今年度最後の更新。今年最後の、読んでくれてありがとうございます!



[4777] 水色の星S 七章 十六話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/01/01 21:34
 
「効くかな?」
 
「試してみるが良い」
 
 
 二人で一人の『炎髪灼眼の討ち手』は、目の前の怪物列車相手に短く確認しあう。
 
 先ほど、カムシンから『実験』の概要は聞いた。
 
 絶対に阻止せねばならない。
 
 
「燃えろ!」
 
 大太刀・『贄殿遮那』を振り上げ、その刀身から溢れる炎を紅蓮の大太刀へと変え、撃ち放つ。
 
 それを受け、しかし怪物列車・『夜会の櫃』の"先頭部分は"焼け焦げない。
 
 後部車体のみがこんがりである。
 
 どうやら、先頭部分を守ったのはあの馬鹿のように白けた緑の自在式によるものらしい。
 
 
《っなぁーんて、デンジャァーラスなことをしてくれるんですかぁーー!?》
 
 耳が痛くなるような声がスピーカーから聞こえ、列車の天井が開き、パネルがせりあがって、中から運転席と‥‥運転手が出てくる。
 
「‥‥‥何でわざわざ危険な外に出てくるの?」
 
「理屈を問うな。そういう奴なのだ」
 
 
 シャナとアラストールが若干呆れる間にも、教授は額にあったメガネをいそいそと掛け直し、
 
「こぉーれで勇気百倍視力十倍! んん、んんんー?」
 
 そして、眼前の、列車の車体に降り立ったのシャナを発見し、ビシィッと指差す。
 
「なぁーんてことをしてくれるんです!? 真っ正面からぶち当たらないから後部車体が焦げてしまったではあぁーりませんか! そぉーもそも‥‥‥‥‥」
 
 何やら文句という名の演説を始める教授を、当然シャナは待たない。
 
 腰溜めに『贄殿遮那』を抱え込み‥‥‥
 
「この『夜会の櫃』は『逆転印章(アンチシール)』発動の最後のピィースでさえあるデリケェートな‥‥‥‥」
 
 神速で教授に突っ込む。
 
 教授に存在の力の集中、自在法発現の予兆は見られない。
 
 しかし‥‥
 
 ガシャッ
 
「な‥‥‥うあ!!」
 
 車体の一部が突然開き、現れた巨大なハンマーがシャナを殴りつける。
 
 列車から放り出されそうになり、必死に列車の端を掴んでこれに耐える。
 
「油断するな。皆、奴の外見に騙される。いや、中身も見た目そのままなのだが、意表を突くという事のみならば指折りの『王』なのだ」
 
「ごっ、ごめんなさい」
 
 契約者に短く謝り、教授に向けて刃を向け直す。
 
 その胸に、この街に暮らす少女として、この企みを阻止したいと願う気持ちがある。
 
 だがそれは、使命遂行と同義なため、『完全なフレイムヘイズ』の妨げにはならない。
 
「ふーふふふふ、『逆転印章(アンチシール)』発動までの暇潰しにちょぉーどいいですねぇー。 少しの間遊んであげましょぉーう!」
 
 ご自慢のハンマーの成功に、教授は得意満面に腰に手を当て、偉そうに宣戦布告する。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 ちょうどいい。
 
 この街に来てから、知らなかった事をたくさん知った。
 嬉しい事も、楽しい事も知った。
 
 だが、妙にイライラする事もよくあったのだ。
 
 それら使命以外のものを、使命に混ぜて、少女は吠える。
 
「"全部"焼き尽くしてやる」
 
 
 
 
「教授ー! 早く来てー! いくら私でも『ラーの礫』が直撃したら持ち堪えられませんよー!!」
 
《っなぁーにを泣き言を言っているんですぅー? おまえはそれでも私の助手ですかぁー!?》
 
「助手だろうと怖いものは怖いんでございますでひはいひはい」
 
 『我学の結晶・エクセレント7931・阿の伝令』ごしに、情けない助手・ドミノはマジックハンドにつねりあげられる。
 
《『我学の結晶エェークセレント29147・惑いの鳥』を最低限残して集めろと言ったではあぁーりませんか! 何をやってるんです、ドォオーミノォー!?》
 
「でもさっきから全然『惑いの鳥』が集まらないんでございますでひはいひはい」
 
 またつねる。
 
《とにかく! 何としても逆転印章(アンチシール)発動まで持ち堪えるんでぇーすよぉー?》
 
 そしてブチンと通信が切れる。
 
 
「そ、そんなぁー、教授〜!」
 
 泣き言を言うドミノの目に、足の裏から褐色の炎を吹き上げて飛んでくる『瓦礫の巨人』が映る。
 
 そして見る間に目の前までやって来て、着地。
 
 その巨腕を振り上げ‥‥
 
 ゴォオオン!!
 
 櫓ロボを殴りつける。
 
「や、やったなぁー!」
 
 ドミノもそう簡単にやられはしない。
 
 彼は、世に名立たる偉大なる超天才にして、真理の肉迫者にして、不世出の発明王にして、実行する哲学者にして、常精進の努力家にして、製法建造の妙手にして、お料理お裁縫もちょっと上手い紅世の王・"探耽求究"ダンタリオンの助手なのである。
 
「ガァオォー!!」
 
 櫓ロボの四本足のドロップキックが瓦礫の巨人を襲う。
 
 四本全てを防ぐ事が出来なかったカムシンは倒れるが、当然のようにドミノも倒れる。
 
 ドミノが前もって周囲の人間を追い出していなければ何人犠牲者が出ている事か。
 
 櫓周りで踊りが行われるのがミサゴ祭りの恒例の行事であり、今、戦場は都合良くだだっ広い空間が出来ている。
 
 もちろん、戦いが長引けば危険な事は言うまでもない。
 
 
「‥‥‥どこのロボット大戦だ」
 
 などと呑気に感想を漏らす悠二の袖を、ヘカテーがつまむ。
 
「悠二、"あれ"をやりましょう」
 
 カムシンから実験の概要を聞いたヘカテー。
 
 この街を、自分にたくさんのものをくれて、これからもくれるはずの街が消える。
 
 看過出来るような話ではない。
 
「いいの? ヘカテー」
 
 悠二は控えめに訊く。
 
 ヘカテーの言う"あれ"とは、悠二が考えついた時にヘカテーが頑なに拒んだ作戦の事である。
 
 しかし、ヘカテーはコクリと頷く。
 
 教授がもう街に入って来ていて、まだドミノも何とか出来ていない。
 
 もはや手段を選んでいられる事態ではない(ヘカテーはシャナをあてにしていない)。
 
 それに、もう色は見られている。
 
(悠二の炎さえ隠せば、きっと大丈夫)
 
 そう思い、悠二の手をそっと握る。
 
 『器』を合わせる。
 
「‥‥わかった。マージョリーさん!」
 
「ああ、そういやあんたは炎の色、見せちゃダメだったんだっけ? ま、それくらいならいいけど‥‥ね!」
 
 悠二の呼び掛けに応え、天に向けたマージョリーの指先から群青の自在式が街に広がる。
 
 悠二が先刻使ったものと同タイプの、使用者以外にも感じ取れる『探知』の自在法。
 
 広がり、跳ね返る波紋が、先ほどまではわからなかったが、今は飛んで、力を発現しているがために浮き彫りになった『鳥』の気配を悠二に、そしてヘカテーに伝える。
 
「攻撃は全て真上から」
 
 ヘカテーが、
 
「威力は鳥を壊して、でも貫通しない程度」
 
 悠二が、これから行う攻撃の微調整を声に出して確認する。
 
「悠二の炎弾は‥‥ダメです」
 
「わかってるよ」
 
 心配性な少女にクスリと笑い、感覚を研ぎ澄ませる。
 
 そして‥‥‥
 
 
 
 
「っはあ!」
 
 かざした左手から、紅蓮の炎弾が放たれる。
 
「むぅーだむだぁ!」
 
 しかしそれは、突然現れたマジックハンドに握られた中華鍋によってあっさり阻まれる。
 
 どころか、その内に紅蓮の炎を暴れさせたまま、シャナに襲いかかる。
 
「くっ!」
 
 シャナは炎を内包した鉄塊を回避し‥‥
 
「こーの"我学の‥‥"」
 
 すぐさま、懲りずに自慢話を始める教授に斬り掛かる。
 
 しかし‥‥‥
 
 ツルッ!!!
 
 その中途で何かを踏み、次の瞬間縦に三回転するほどに豪快に転ぶ。
 
「ェエークセレントォー!! この超絶的によく滑るバナナの皮の実験も着々と進んでいるようでなぁーによりです!!」
 
 そして、バナナの皮に転んだ少女を‥‥‥
 
 ぽちっ
 
 手元にあったボタンを押す事で開いた『落とし穴』にご招待する。
 
「つぅーづいて! 『我学の結晶エェークセレント29004・毛虫爆弾』!」
 
 そして再びぽちっと。
 
 何やら列車内から少女のヒステリックな叫びが聞こえてやかましいが、中のフレイムヘイズが使う炎はジェット噴射のように『夜会の櫃』を加速してくれる仕組みとなっている。
 
「さあ行くのでぇーす! この世の真理を知るために!!」
 
 
 教授と、とてもとても可哀想な少女を乗せて、列車は破滅を運んで行く。
 
 
 
 
「『星(アステル)』よ」
 
 悠二とヘカテー、二人の繋いだ手元から、水色の光弾、針のように小さく細いそれが空に昇り‥‥
 
((行け!))
 
 街へと降り注ぐ。
 
 その光弾は、街を飛び、メリヒムとヴィルヘルミナが破壊し、今もまだ百の単位で残る『鳥』達。
 
 それらに正確無比に降り注ぐ。
 
 動いていようと、その動きを捕捉し、確実に射ぬく。
 
 以前、"愛染の兄妹"との戦いで見せた、悠二とヘカテーの『器』の共有による連携。
 
 しかも、以前とは違い、悠二も"ヘカテーも"成長している。
 
 マージョリーの『探知』の力も加え‥‥‥
 
 ほんの数秒。
 
 
 全ての『惑いの鳥』は砕かれた。
 
 
 
 
(あとがき)
 新年あけましておめでとうございます。
 
 次でエピローグの予定。いや、まず確実にエピローグです。
 長かったなあ。七章。
 
 何はともあれ、今年もよろしくお願いします。



[4777] 水色の星S 七章エピローグ『砕ける世界』
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/01/02 21:06
 
「やっ‥‥たのか?」
 
 鳥の破壊担当だったメリヒムが呆けたように言う。
 
 当然といえば当然だ。
 
 街中を飛び交う数百にも及ぶ鳥達がほんの数秒で、しかもまるで周囲に被害も無しに破壊されたのだから。
 
 もっとも、メリヒムが『これ』を見るのは二度目だが。
 
「‥‥‥私達は一体何のためにここに配置されたのでありましょうな?」
 
「‥‥‥言うな」
 
 実際の所、最初から『これ』をやっていれば問題解決だったのだが、全てはヘカテーの個人的事情である。
 
 だが、メリヒムとヴィルヘルミナは無論、その理由を知らない。
 
「やれやれ」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「今のはお前か? ヴィルヘルミナ・カルメル」
 
「私ではないのであります。確か以前にもこのような事が‥‥‥」
 
「だが、女の声だったぞ」
 
「確かあれは『弔詞の詠み手』との戦いの後であります。どこからか知れず『やれやれ』と‥‥」
 
「錯覚」
 
「‥‥‥ティアマトー?」
 
「‥‥‥"夢幻の冠帯"、まさかお前が‥‥?」
 
「超錯覚」
 
「ティアマトー? 進化したのでありますか!? ティアマトー!?」
 
「激烈錯覚!」
 
 
 成長したのは、何も悠二だけではない。
 
 
 
 
「よし」
 
 未だ残る『探知』の余韻、そして手応えで全ての『鳥』を破壊した事を悟る悠二。
 
 これでもう列車も櫓も関係ない。
 
 『鳥』で撹乱を使っていた櫓は操るべき『鳥』がもう無い。
 
 列車の方も、『逆襲印象(アンチシール)』とやらの最後のピースだったらしいが、他のピースは全て壊した。
 
 もうどうやっても『逆襲印象(アンチシール)』は発動しない。
 
 
(あとは、"教授"とドミノだけか)
 
 
 
 
「ッノォオオー!! 何ぁんて事ですかぁあー!? 私の我学の粋を結集させた『逆襲印象(アンチシール)』の布石がぁあー!!」
 
 『夜会の櫃』に乗り、紅蓮の爆火で加速していた教授が、自らの実験の失敗を悟って叫ぶ。
 
《教授ー! どうするんでございますかぁー!?》
 
「そぉーもそも奴は何をやっているんです!? 何のためにあぁーんなナァーンセンスな男を雇ったと思ってるんでぇーすかぁー!?」
 
《‥‥‥自分も巻き込まれるのに気づいて逃げたんじゃあひはいひはい》
 
 『阿の伝令』越しに正論を言う助手を、これまた『阿の伝令』越しにつねりあげる。
 
「こぉーなったらアレです!! アレをやりますよ、ドォォーミノォオー!!」
 
《はいでございますです教授! 必殺技ですね》
 
「そう! 我々のひぃーさつわざを使うんでぇーすよぉー!?」
 
 助手のナァーイスな呼称に、満足気に合わせる教授であった。
 
 
 
 
「爺い! もう『逆転印象』の心配は無いわ。さっさとその櫓潰して終わりよ!」
 
「ああ、わかりました。手っ取り早く終わらせます」
 
 マージョリーの言葉に、最大の危機を回避したらしいと知るカムシン。
 
 得意の大威力で一気に櫓を叩き潰そうと力を練る。
 
 しかし、その眼前で‥‥‥
 
「?」
 
 櫓がその四本の足を目一杯踏ん張り、
 
 ばいぃいい〜ん!!
 
 まるでノミのように空高く跳ねる。
 
 あの巨体で、ありえないジャンプ力。
 
 しかも‥‥‥
 
「あれは‥‥‥」
 
 さらにありえない光景。
 
 怪物列車が、シャキーンと凛々しく、飛行機のような安定翼を広げて、"飛んでいる"。
 
「‥‥‥何で最初から飛んでこなかったんだ?」
 
「飛んで見せて、驚かせたかったのでしょう。おじさまはそういう方です」
 
 カムシンからそう離れていない位置で、悠二とヘカテーが呟き合う。
 
 確かに驚いた。しかしそれだけでわざわざ線路を通ってくるとは何とも‥‥
 
「げ」
 
「あ」
 
「え」
 
「な!?」
 
 マージョリー、カムシン、ヘカテー、悠二、その全員が、完全に、本気で驚いた。
 
 ガチン!!
 
 櫓の足が、
 
 シャキーン!
 
 列車の、変形した部分に接合され、あれはまるで‥‥‥‥
 
「「「「合体!?」」」」
 
 
 ドカーン!
 
 四人が言う直後に、無意味に合体した櫓列車の後ろで雷鳴が轟く。
 
 また随分と凝った仕掛けである。
 
「‥‥‥驚いた」
 
「流石おじさまです」
 
 何故かちょっと嬉しそうなヘカテー。
 
 何でヘカテーがそのおじさまと仲が良いのか少しわかった気がする。
 
 それはともかく‥‥
 
「シャナの気配、あの中なんだけど‥‥」
 
「未熟です」
 
 捕らわれのシャナを未熟の一言で片付けるヘカテー。
 
 いや、確かに見事に捕まっているのだが。
 
 
「ッェエークセレントォー!! ドミノ! 次はアレです! アレをやるんでぇすよぉおー!!」
 
「はいでございますです教授」
 
 言って、櫓の右腕をこちらに向けてくる。
 
 と、同時に、カムシンの『瓦礫の巨人』が、力がため込んでいくのを感じる。
 
(やばい!)
 
「ロケットパァーンチ!!」
 
「『アテンの拳』」
 
 櫓の右腕、『瓦礫の巨人』の右腕、その双方が、肘から褐色と白緑、異なる炎を吹いて飛ぶ。
 
 あんな物が街に落ちたら‥‥‥‥
 
(!)
 
 途端、街中全てが陽炎のドームに覆われる。
 
 そういえば、もう『撹乱』が消えているのだから封絶が使えても不思議じゃない。
 
 この色は‥‥
 
「メリヒムか!」
 
 
 何て珍しい気の利かせ方をするのか、明日は雪が降る。
 
 いや、助かったけど。
 
 ドォオオン!
 
 などと思う間に、『アテンの拳』が櫓のロケットパンチを粉砕し、列車に直撃‥‥しない!?
 
 ねじ曲げられ、街に落ちて行く。
 
 今回の最優秀賞はメリヒムで決定だ。
 
「むぅーだむだ! この我ぁー学‥‥ん? んんー?」
 
 自分の自在法の自慢をしかけ、教授はようやく封絶の色に気づく。
 
 虹色。
 
「ん、ん、ん、んー?」
 
 さらに目を凝らす。
 
 遠くから飛んでくるあれは、まさしく『万条の仕手』。
 
 そして、真下の方にいるのは‥‥まさしく小さめの『万条の仕手』。
 
 二人の『万条の仕手』、そして『虹の翼』。
 
 
「ふっふふふふふ! ドォォーミノォオー!」
 
「はい教授! 何でございますか!?」
 
「こぉーれはまさしく! 何らかのミィーステリアスな事象を経て蘇った"虹の翼"と! 人間としての未来を失ったはずのフゥーレイムヘイズとの間にこぉーだからが恵まれたという、まさにエェーキサイティングな事件という事でよろしいんですねぇえー?」
 
「そ!? それはホントでございますですか教授!?」
 
「確証はあぁーりません! だからこそ捕まえて実験実験また実験! さあドミノ! 今すぐ虹の翼ファミリーを捕まえ‥‥‥」
 
 ズガァアン!
 
 新たな研究対象に瞳を輝かせる教授の後方。
 
 その炎を『夜会の櫃』の推進力に活用されていた‥‥
 
 正確には『我学の結晶エクセレント29004・毛虫爆弾』によって炎を使わざるを得なくされていた『炎髪灼眼の討ち手』が、どこまでも物理的な攻撃で列車内から這い出てきた。
 
 髪を振り乱し、着物は着崩れ、半泣き完全逆上のひどい姿である。
 
「よくも‥‥よくもよくも‥‥‥!」
 
 不味い。
 
 正面からの攻撃でないと、しかもこんな至近で。
 
 ガァアアン!
 
 シャナは、『夜会の櫃』の片翼を、壮絶な怒りの籠もった斬撃でバターのように斬り飛ばす。
 
 まっ逆さまに落ちる櫓列車。
 
「この‥‥‥‥」
 
 さらにその真上から‥‥‥‥
 
「大バカァー!!」
 
 灼熱の紅蓮の大太刀が、『夜会の櫃』を見るも無惨な骨組みへと変える。
 
 
 しかし‥‥
 
 ポヒュン!
 
 まるでUFOのような乗り物に乗った教授と、頭だけのドミノが脱出する。
 
「今回の実ぃ験は失敗に終わりましたが、新しい研究対象も見つかったのでよぉーしとしましょう。行きますよドォォーミノォオー!!」
 
 そして、圧倒的な速さで逃げ去る。
 
 あまりに咄嗟の事で、誰も反応出来ない。
 
 いや、一人だけ教授の行動を予測していた。
 
「おじさま!」
 
 ヘカテーである。
 
「だぁーれがおじさまでぇーすか!? 私は『万条の仕手』を姪に持った覚えは‥‥‥」
 
「右下の方を見てください!!」
 
 その言葉に従い、操縦席の右下に目をや‥‥
 
 ポチッ
 
 ピッ‥‥ピッ‥‥ピッ‥‥ピーン!
 
 ドッカァアアン!!
 
 
 UFOは見事に、爆発した。
 
「‥‥‥何だったんだ? 今の」
 
 意味のわからない教授の突然の爆発に、悠二は傍らのヘカテーに訊く。
 
「自爆スイッチです。おじさまはいつも操縦席の右下に設置します」
 
「‥‥‥何で自爆したの?」
 
「おじさまは自爆スイッチに目が無いからです」
 
「ヘカテー、よかったの? おじさま爆破して」
 
「おじさまなら頭があふろになるだけで済みます」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 自分の理解を超えた教授の性質を語られ、思わず黙る悠二。
 
 しかし‥‥‥何とも不思議な信頼があるらしい。
 
 トコトコと前を歩くヘカテー。
 
 
 それを追おうとして、ふと気づく。
 
 『撹乱』はもう無いはずなのに、妙な違和感が無くなっていない。
 
(後遺症か何かかな?)
 
 あれだけ引っ掻き回したのだから、当然といえば当然だ。
 
 だが‥‥今気づいたが、この感じは、あの『鳥』や列車から感じていたのとは少し違うような気がする。
 
 薄くて、何かモヤモヤしてて‥‥‥
 
(何か‥‥ヤバい)
 
 この違和感に、たとえようもない危機感を覚え、思わず叫んでいた。
 
「皆、避け‥‥‥!」
 
 栞に叫ぼうとした悠二の声を遮るように、戦いの終わりに安堵する戦士達を嘲笑うように‥‥
 
 全てが呑まれる。
 
 
 茜の刃に。
 
 
 
 
 全ては再び、戦いの中へ。
 
 
 
 
(あとがき)
 はい。大方の読者様の予想通りになりました。意外性無くて申し訳ない。
 七、八章は初の連章。
 では次から、バトル三昧のタン塩‥‥ではなく短章の八章です。
 よろしくお願いします。



[4777] 水色の星S 八章『茜刃過ぎ去りし後に』一話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/01/03 06:29
 
 溢れる。
 
 茜に燃える炎と凶刃が溢れる。
 
 油断、ではない。戦いは不意打ちが基本だ。
 
 ましてや今の今まで戦っていたのだ。気を抜くはずがない。
 
 それなのに、
 
 咄嗟に纏った黒衣、『夜笠』をまるで紙のように貫いて、自分を襲う。
 
 全く容易く、その意識を奪われた。
 
 
 
 
 見覚えがある。
 
 何度も何度も襲撃された。
 
 なのに、いつも、今回も、突然の不意打ちを察知する事が出来なかった。
 
 その刃と炎の怒涛をいなそうと構える。
 
 だが、目に映る。
 
 銀髪をなびかせる剣士が。
 
 決して忘れる事など出来ない思い出が、半ば無理矢理に頭をよぎる。
 
 その先にある死を享受して、それでも振り返らずに行った男が。
 
 自分と友人達の絆を、命を蝕んだ茜の炎が。
 
 頭では理解している。
 
 自分一人なら、いなせる。無傷とはいかずとも、軽傷に抑えられる。
 
 だが、『心』は思うようにはならない。
 
 心の奥底に刻まれた『傷』が、自分の冷静な部分をあっさりと打ち砕き‥‥‥
 
 体はもう動いていた。
 
 
 
 
 大雑把すぎる攻撃をしていた最古のフレイムヘイズに、怒鳴るように文句を言っていた。
 
 突然の襲撃。
 
 正確性に欠けるらしいその攻撃は、瓦礫の巨人の反対側に浮かぶ自分には届かない。
 
 凄まじい攻撃力。
 
 だが、大威力を誇るフレイムヘイズの生み出した巨人の耐久力を信じ、巨人の陰に留まる。
 
 攻撃が止んだ時、中にいるフレイムヘイズ本人にまで攻撃が及んだのか、瓦礫の巨人は崩れ落ちた。
 
 
 
 
「な‥‥‥‥?」
 
 周りにいる、今まで自分が戦った。あるいは共に戦った仲間や、今日知り合った無茶苦茶な威力を誇るフレイムヘイズが、何の力の発現の気配もなく湧き上がった茜の怒涛に倒れていく。
 
 見える位置にいたシャナや瓦礫の巨人はもちろん。メリヒムやヴィルヘルミナの気配も突然弱まった。
 
 気配が消えていないのが唯一の救いか。マージョリーは‥‥‥無事か?
 
 何故自分とヘカテーのいるこの場だけが襲撃されていない?
 
 
 危難に際して切れる悠二が、瞬時にそんな思考を巡らせる中‥‥
 
「!」
 
 いきなり、全くのいきなりに目の前に、硬い長髪に、全身をマントや布で隠した男が立っていた。
 
 考えるまでもなく一瞬で悟る。
 
 “教授”などより遥かに戦闘向きの『紅世の王』。
 
 それが即座にわかるほどに、大きく、強い気配の持ち主。
 
「な!?」
 
 何故こんな気配に今まで気づかなかった!?
 
 あり得な‥‥
 
 ズバッ!
 
(あ‥‥‥‥)
 
 悠二がそれを口にする。抵抗する。助けを呼ぶ。
 
 それら一切を行う暇もなく、浅く、数ヶ所を、斬られた。
 
 壊さないように、動けないように。
 
 
 
 
「悠二!」
 
 異常な事態に呆然と動けず、声に振り返れば、もう悠二が斬られている。
 
 あれは‥‥
 
「‥‥“壊刃”、サブラク」
 
 名を呼ばれた男、“壊刃”サブラクは、『依頼人の身内』に対して、殺気を解く。
 
「まったく、あのイカれた教授は、この俺よりも“頂の座”や『こいつの銀の炎』に多く接していると聞いているが‥‥。
 いかに優れた技術と知識を持ち得ようとやはり狂人は狂人に過ぎぬというわけか」
 
 ぶつぶつと、ヘカテーに言っているのか独り言なのかわからない言葉を紡ぐ。
 
 “悠二が探知や干渉の自在法を使うのを見ていた”サブラク。
 
「何故、こんな‥‥」
 
 未だ混乱するヘカテーが、感情だけの言葉を言う間にも‥‥
 
「俺が三眼の女怪から受けた本来の依頼は『零時迷子』にかの式を打ち込み、宝具自体をも奪取する事。
 かつては半端な結果に終わってしまい、俺の『殺し屋』としての矜時を傷つけたものだが、こうして時を経て依頼を完遂出来たのは‥‥認めたくはないがあのイカれた教授の引き合わせによるものか」
 
 ぶつぶつと話すサブラクの言葉に、ようやくヘカテーは思考が追い付く。
 
 この『王』は、かつて、『大命』の鍵として『零時迷子』に目をつけた同じ『三柱臣(トリニティ)』の“逆理の裁者”ベルペオルの依頼、まだ終わりと思っていなかったらしい依頼を果たそうと、今、悠二を‥‥
 
「もっとも、かの“逆理の裁者”の身内が『零時迷子』のミステスと行動していようとは予想外。
 いや、あのイカれた教授の実験に巻き込まれる恐れさえあった以上。貴様がここにいた事には感謝すべきなのかも知れんな」
 
 
 『こいつ』の力は聞いている。自在法・『スティグマ』。
 
 一度つけた傷を、時と共に広げる力。
 
 悠二に浅い傷をつけたのは、破壊による無作為転移を避け、だが少しずつ広がる傷で戦えないようにするためか。
 
 他の皆は‥‥自分の感知能力では今一つ曖昧だが、やられてはいない、と思われる。
 
 考え方を変えろ。
 
 これはチャンスだ。
 
 悠二の傷は浅い。
 
 他の皆はわからないが、信じるしかない。
 
 だが、噂に聞く気配察知の不意打ちは、今、自分の目の前に現れた事により意味を失くした。
 
 
「これも一つの幸い。今ここで『零時迷子』を貴様に渡す。貴様の口から三眼の女怪に伝えてもらいたい。『依頼は無事完遂したと』な。ここにいる死に損ない共は、事のついでに始末してお‥‥‥」
 
 ヒュッ! と、サブラクの頭がつい今まであった空間を、大杖『トライゴン』が過ぎる。
 
 
「‥‥‥‥何のつもりだ?」
 
 いきなりの事に、大杖を手にした目の前の巫女に、サブラクは訊ねる。
 
「‥‥‥おまえは、悠二の事を知っている。そして悠二を傷つけた‥‥」
 
 言いながら、ヘカテーは想う。
 
 この街も仲間も、今はもう大切なものになった。
 
「だから、おまえは生かして帰すわけにはいかない」
 
 そして何よりも、愛しい少年を。
 
「おまえはここで、滅します」
 
 
 
 
「ヘ‥‥カテー?」
 
 傷ついた体で、二人の会話を聞く。
 
 以前、師である“螺旋の風琴”からも聞いた。
 
 『永遠の恋人』ヨーハンを襲った“壊刃”とヘカテーは、何かしらの繋がりがあると。
 
 自分はそれを知って、だからこそ『零時迷子』のミステスで在り続ける事を決めた。
 
 そして今、ヘカテーははっきりと、目の前に現れた“壊刃”らしき男を倒すと。
 
 以前に何があったのかは知らない。
 
 今、ヘカテーにとって『零時迷子』がどういうものなのかもわからない。
 
 だが、一つだけ言えるのは、今のヘカテーにとって、それら全ての事よりも、この街や、仲間の方が大切なのだという事。
 
 過去の事は知らないが、もう、以前のヘカテーとは違うのだ。
 
 
「場所を変えます。ついて来なさい」
 
 溢れる殺気を隠そうともせずに、ヘカテーはサブラクを悠二達のいるこの場から離そうとし、
 
「‥‥‥依頼人の身内と戦うというのは、俺の流儀に反するが、依頼遂行こそが最優先。邪魔をするなら、貴様も除くぞ」
 
 その殺気からヘカテーを『敵』と判断したサブラクがその案に応じる。
 
 敵戦力の分散は、サブラクにとっても都合がいいらしい。
 
 
「ヘカテー!」
 
 今のヘカテーの在り様を見せられ、今の自分の無力さを痛感し、叫ぶ。
 
 振り返るヘカテーの顔には、先ほどまでの凍てつくような殺気は欠片も無い。
 
「大丈夫」
 
 穏やかに、優しく、純粋に、少年に微笑みかける。
 
(‥‥綺麗だな)
 
 と、こんな時なのに思う。
 
 一点の迷いも、淀みも無い。純粋無垢な意志力からなる、ヘカテーの強さ、美しさ。
 
 今という状況も忘れ、魅せられていた。
 
 そんな悠二に、ヘカテーは誓う。
 
 
「貴方は、私が守ります」
 
 
 
 
「‥‥‥ああ、“これ”は、“壊刃”です、か」
 
「生きてる? 爺い」
 
 サブラクの察知不能の不意打ちは、瓦礫の巨人の体さえ貫き、カムシンの体に達していた。
 
 もっとも、瓦礫の巨人があったからこそ、致命傷には到っていない。
 
 が、
 
「どうにも‥‥戦える状態ではありませんね。傷口が広がっていくのがわかります」
 
「ふむ、奴お得意の『スティグマ』じゃろう」
 
「回復どころじゃない、か」
 
 横たわるカムシンに語り掛けているのはマージョリー・ドー。その姿は‥‥
 
「‥‥‥『弔詞の詠み手』、貴女は無傷なのですか?」
 
「おかげさまでね」
 
 そう、マージョリーはカムシンの瓦礫の巨人の側にいて、結果としてそれを『盾』とする事でことなきを得ていた。
 
 無論、カムシンはそんな事に腹など立てない。
 
 わざわざ二人揃ってやられる方が間違っている、と考える。
 
「ああ、それは何より。ところでこれは‥‥」
 
 “頂の座”の手引きなのではないか。と、あまりのタイミングの良さからヘカテーを疑うカムシン。
 
 その雰囲気から、カムシンの言いたい事を、まだ言葉にしていないうちに把握したマージョリーが即座に否定する。
 
「そーゆうわけでもないみたいよ」
 
 正確には、指を指して見るように促す。
 
 
 その先で、茜と水色がぶつかり合うのが見える。
 
 
 
 
 無垢な少女は杖をとる。
 
 それは正しい事なのか、三柱の眷属たる彼女がとる行動として正しい事なのか。
 
 わからない‥‥ふりをする。
 
 
 今はただ、想いのままに‥‥
 
 守りたいという想いのままに、戦う。
 
 
 
 
(あとがき)
 ようやく八章、長かった七章でした。
 と言っても八章は短章です。七章との連章でもあります。
 いやー、ホント、こんなに続くとは最初思ってませんでした。
 皆様のおかげですとも。いつもありがとうございます。



[4777] 水色の星S 八章 二話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/01/04 21:34
 
 ギィイン!
 
 サブラクの持つ剣と、大杖『トライゴン』がぶつかり合う。
 
「ふん!」
 
 サブラクはすぐさま左手にもう一振り剣を生み、刺突を放つ。
 
 それを紙一重で躱し、鍔迫り合いになっていた方の剣を払い、その勢いのまま『トライゴン』の石突きをサブラクの胸に突き立てる。
 
「ぐっ!」
 
 僅か退き、そのまま片方の剣で"もう片方の腕を斬り落とす"。
 
「!」
 
 その行動に驚愕するヘカテーの眼前で、斬り落とされた腕が茜の、ジェット噴射のような炎となって、握っていた剣を飛ばす。
 
「っ!」
 
 至近から放たれたそれを、超人的な反射で弾き飛ばすヘカテー。
 
 しかし、弾き飛ばされた先で、剣が砕け、周囲に無数の剣の雨を降らせる。
 
「!」
 
 高速の『飛翔』で、建物の間を縫うように飛び、それを凌ぐ。
 
 飛びながら思う。
 
 体術にそれほど大きな差はない。いや、やや、こちらが劣るか。
 
 先ほどの石突き、隙を捉え、かなりの存在の力を込めた。
 
 しかも、自分の腕をためらいなく斬り飛ばし、その腕もまた生えている。
 
 技量よりも、"耐久力"がまるで違う。
 
 それに引き換え、サブラクの『スティグマ』がある以上、こちらは向こうの攻撃が擦るだけで命取りになる。
 
(接近戦は無謀‥‥)
 
 だが無論、白旗をあげるつもりはない。
 
 
(遠距離で仕留める!)
 
 
 
 
 マージョリーはヘカテーとサブラクの戦いを見ていた。
 
 カムシンにはこの戦いを託されたが、やはり戦意が湧いてこない。
 
「‥‥戦らねえのか?」
 
 そんなマージョリーに、マルコシアスが狙ったかのようなタイミングで言う。
 
(‥‥"わかってるくせに"言うなってのよ)
 
 などと、勝手だとわかっていながら思う。
 
「今の私じゃ、足手まといが関の山よ」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 そんな事をぬかす相棒に、マルコシアスは何も言わない。
 
 今までも、"こんな事"はあった。
 
 何百年も戦いの生を歩んでいるのだ。ずっと心折れずに戦えという方が酷であるし、何よりこの心優しい狼は、そんな"駄々"を契約者に許してきた。
 
 しかし今回は‥‥
 
 あまりに間が悪すぎる。
 
 原因が彼女の存在理由そのものに関わるだけに、生半可な言葉など通じない。
 
「ケーサク! 聞こえてんの! ケーサク!」
 
 ひとまず、子分を連れて離脱しようと、栞に声を送るマージョリー。
 
 ちなみに田中はデートの最中にこんな事態が起こった以上、もうあの女の子を連れて遠くに離れただろうと決めつけている。
 
 田中栄太という人物をよく理解しているのだ。
 
 
《マージョリーさん!? 何なんですかこれ! これが例のフーゼツ!?》
 
「騒ぐんじゃないわよ。あんた、今どの辺にいんの?」
 
 栞ごしにパニックに陥っているとはっきりわかる佐藤に、先ほど口喧嘩した時の偉そうな態度は何なのかと思う。
 
 
 
 
「『星(アステル)』よ」
 
 迫りくる炎の怒涛に、明るすぎる水色の流星群が飛ぶ。
 
(貫け!)
 
 より力を凝縮した光弾の一つ一つが炎を突き抜け、複雑な曲線を描いてサブラクに向かう。
 
 その間にも、ヘカテーは炎の怒涛をその高速飛行で躱し、『トライゴン』をサブラクに向ける。
 
 ドンッ!
 
 "曲線を描いた"『星』とは違い、"真っ直ぐに最短距離を進んだ"不可視の突風が『星』より一拍早くサブラクを襲う。
 
「ぬぅ!?」
 
 攻撃としての威力など無い突風は、しかし『星』を躱すつもりで構えていたサブラクの動きを一瞬止める。
 
 その一瞬で十分。
 
 ドドドドドン!!
 
 曲線を描いた『星』が全弾サブラクに命中する。
 
(まだまだ!)
 
「舞われよ」
 
 水色の閃光み晴れぬうちに、さらなる『星』を放ち、まだ姿も見えないサブラクを逃げ場の無い星天に閉じ込める。
 
「抱かれよ」
 
 そして、星空がその内に在る全てを圧し潰す。
 
 ドォン!
 
 水色に燃え、サブラクと思われる『それ』はビルの屋上に轟音を立てて落下する。
 
 我ながら上手くやれたものだ。
 
 あれほどの使い手相手なら、その実力を発揮する間もなく倒してしまうのが一番いい。
 
 迂濶な攻めでも無かった。隙を見せず、対処の難しい攻撃で畳み掛けた。
 
 自分でも及第点。後で悠二に褒めてもらおう。
 
 
 そんな事を"呑気"に考えるヘカテーの直下、たった今サブラクを仕留めたはずのビルの屋上から‥‥
 
「!」
 
 茜の怒涛が立ち昇ってくる。
 
 その上に立つサブラクには‥‥
 
 かすり傷一つ無かった。
 
 
 
 
『貴方は、私が守ります』
 
(守る、かあ)
 
 今までも、その行動で示してくれていたが、実際に言葉でそう告げられたのは初めてだ。
 
 嬉しい、ような、情けない、ような、何やら複雑な気分な悠二である。
 
(だけど‥‥)
 
 嬉しいとかはともかくとして、その言葉に甘んじるわけにもいかない。
 
 冷静に戦況を分析しても、今、自分が身をもって味わっている『スティグマ』の力。
 
 今のヘカテーの攻撃でもまるで倒せない。一気に倒せない以上、『スティグマ』がある以上、ヘカテーでも勝つのはかなり難しい。現に今も、躱す事に集中せざるを得ないためか、防戦一方になりつつある。
 
 と、冷静な部分で把握するのと同時に‥‥
 
 『いつまでも守られる存在で在りたくない』
 
 という実に感情的な想いもある。
 
 それら二つが合致している以上、自分の行動を妨げる理由にはならない。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 傷の具合、先ほどよりも、当たり前だが広がっている。
 
 だがまだ浅い。
 
(これ以上傷が広がって、手遅れにならないうちに‥‥‥‥)
 
 一つの決意を秘める悠二の右手に、銀の輝きが灯る。
 
 
 
 
(押され‥‥てる?)
 
 佐藤と栞ごしに会話しながらも、マージョリーはヘカテーの戦いぶりを見ている。
 
 先ほどまで圧倒的に攻め立てていた。今も要所要所で光弾をサブラクに食らわせているが、サブラクの勢いは衰えない。
 
 『スティグマ』を受けないように躱す事に集中しているのだろう。
 
 攻撃の回数が減ってきている。
 
 このままでは‥‥
 
《マージョリーさん?》
 
 佐藤の声で、思考の海から引きずり戻される。
 
 そうだ。
 
 どちらにしろ、"どうせ今の自分に何も出来やしない"。
 
「ああ、あんた今、そんな所にいんの? ユカリと一緒なはずじゃなかった?」
 
 会話を戻す。
 
 一般人を逃がす事くらいなら出来る。
 
「え‥‥いや、その‥‥」
 
「? 何よはっきりしないわね。ま、いいわ。今から行くからおとなしく待って‥‥‥」
 
 ドォオオン!
 
 妙に歯切れの悪い佐藤の言い分を聞くのが面倒になり、さっさと拾いに行こうと考えたマージョリーの言葉を、遠く、茜色の炎弾が弾ける音が遮る。
 
 
 それきり、佐藤からの応答は無かった。
 
 
 
 
 飛ぶ。
 
 ビルより低い高度、サブラクに見えない高度で、佐藤に聞いた場所まで飛ぶ。
 
 きっと、何かの間違いだ。
 
 "頂の座"と"壊刃"が戦っている場所と、佐藤がいるはずの場所は大分離れている。
 
 流れ弾。
 
 そんな言葉が頭をよぎるが、そんな考えをすぐさま振り払う。
 
 そんな、そんな酷い偶然があってたまるか。
 
「!」
 
 たどり着き、目にしたのは、佐藤から聞いた場所と、きれいに一致する場所が、崩れた建物の下敷きになっている光景。
 
 辺りの、今は封絶の中という理由で止まっている人間達も、崩れた瓦礫につぶされ、無惨な姿をさらしている。
 
「あ‥‥」
 
 全身を、絶望が襲い、身体中の力が抜け、その場にへたれこむ。
 
「何で‥‥何で‥‥!」
 
「おめえの望んだ結果だよ。我が怠惰なる愚者、マージョリー・ドー」
 
 この世のあまりの酷さを嘆くマージョリーに、マルコシアスからの辛辣な言葉が続く。
 
「なっ!」
 
 今まで、この心優しい狼がここまで自分を責めた事はない。
 
 言われた内容と合わせて受けた衝撃に文句を言おうとして‥‥
 
「わかってたはずだ。人間に栞を渡せばこうなる事くらい」
 
 さらに、マルコシアスは畳み掛ける。
 
「わかってたはずだ。徒をほったらかせばこうなる事くらい」
 
 事実を、今までマージョリーを傷つけまいと言わなかった事実を突き付ける。
 
「おめえは全部わかってた。でも何もしなかった。ケーサクを突き放す事も、責任持って守ってやる事もしねえで、ただ『自分は脱け殻だ』って愚図ってただけ、あげくこのザマだ」
 
 その言葉から伝わってくる。今、数百年共に在った相棒は、本気で怒っている。
 
「おめえは何とかする事が出来た。なのに何もしなかった。どの口で、誰に文句を言うよ?」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 わかっている。わかっていた。
 
 そのはずだったのに‥‥
 
「やらなかった事は‥‥罪なの?」
 
「そう思うなら、それもおめえの勝手さ」
 
「今度のは、壊したいものじゃない。守りたいものだったのに‥‥」
 
「‥‥ケーサクの奴に、聞かせてやりてえな」
 
 ズキ
 
 その名前が、胸に痛みを与える。
 
 辛い。辛い。辛い。
 
 苦しい。逃げ出したい。
 
 "でも"‥‥
 
「また、こうなるのね‥‥」
 
「ああ」
 
「全て失って、罪に濡れて、這いつくばってから‥‥」
 
 この、どうしようもない『地獄』を、それでも‥‥‥
 
「やり直すのね」
 
 
 そう、再び戦う意気を取り戻すマージョリーの耳に‥‥
 
「マージョリー‥‥さん」
 
「!」
 
 今、一番聞きたい声が届く。
 
 無我夢中に瓦礫の山に飛びつき、掘り返す。
 
 いた。
 
 瓦礫でぶつけたのであろうが、額や体の数ヶ所から血を流しているが、うまい具合に瓦礫と瓦礫が引っ掛かり、大怪我というほどのものはしていない。
 
(ちょ、うあ!)
 
 その姿に気が弛んだのか、佐藤の死を確信した時にすら一切流れなかったものが、ぼろぼろと頬を伝う。
 
 隠すが、まるで隠せていない。その自覚もある。
 
「‥‥‥わかったでしょ。あんたみたいな人間どころか、私だっていつ死んだって何の不思議もない。
 "ここ"はそういう所なのよ!」
 
 誤魔化すように、しかし同じ過ちを繰り返さないように強く、告げる。
 
 
 しかし、その、絶望的な宣告を受けて、佐藤は全く別の事を考えていた。
 
 マージョリーの、憧れの女傑の涙が、そうさせていた。
 
『今の佐藤君について来られても、困るの』
 
 平井に言われた言葉が、
 
『身のほど知らずは足手まといだよ』
 
 頭をよぎる。
 
 だが‥‥
 
(関係ない。それでも俺は‥‥)
 
 それでも進む気持ちが、今、ここにある。
 
『私だっていつ死んだって‥‥』
 
(それも、関係ない)
 
 
「マージョリーさん」
 
 気持ちが、そのまま言葉になる。
 
「俺に何が出来るのか、"ここ"がどれだけ危険か、マージョリーさんが‥‥死ぬなんて事も、全部関係無いんです」
 
 佐藤の言葉、今までにないその強さ、深さに、マージョリーは言葉が出ない。
 
「俺は、あなたを生かす。生かす事だけに全てを賭ける‥‥‥‥」
 
 自分は無力だ。
 
 自分は無知だ。
 
 だが、もう迷わない。
 
 
「それだけでいいんです」
 
 
 
 
 少年の抱いていた憧れ、それはこの時、この瞬間に、
 
 その形を変える。
 
 
 
 
(あとがき)
 マージョリーは結構好き。ノリノリで書いてます。
 
 携帯の字数制限と戦いました。



[4777] 水色の星S 八章 三話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/01/05 04:29
 
「俺は、貴方を生かす。生かす事だけに全てを賭ける。
 それだけでいいんです」
 
 
 佐藤の、この世の現実を知らされ、たった今も死にかけた直後の、あまりにも大胆な発言。
 
 色んな意味で。
 
 その言葉を聞き、マージョリーも、マルコシアスも、ぽかんと呆け、言葉を失う。
 
 言った佐藤も、心底本音の言葉だったとはいえ、自身の言った言葉に自分で何やら気恥ずかしくなり、黙る。
 
 しばらくの時を、遠くで響く轟音がやけによく聞こえる静寂が続く。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 その静寂を、
 
「‥‥‥‥‥ぷっ」
 
 マージョリーが破る。
 
「あっははははは! ちょっ、あんた、‥‥ぷっくく〜〜!」
 
 静寂の中、今までの重苦しい空気は何だったのかというほどに明るい笑い声が響く。
 
 まるで、"笑うという事"が、それ自体が楽しくてしょうがないというように、マージョリーは笑う。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 そのあまりの変貌に、今度は佐藤が呆気にとられ‥‥
 
「‥‥‥‥っ!」
 
 自分の、自分では命懸けとさえ思っていた決意を笑われていると気づく。
 
「マージョ痛っ!」
 
 反射的に文句を言おうとした佐藤の額に、パチンとデコピンを食らわせる。
 
「‥‥馬鹿ね‥‥‥」
 
 微笑みを浮かべたまま、下を向く。
 
 
 人として生きてきた時‥‥
 
 誰かに、いつも頼られていた。
 
『***様、どうぞ力を貸して下され』
 
 父を支えて、その嫡出子としての命を繋いだ。
 
『***、頼む、わしが生き延びねば、我が家は‥‥』
 
 迎えた破局。無能な父を逃がすため、僅かな家臣と共に籠城。自分は和睦を勝ち取るが、逃げた父は殺された。
 
『***様、私は生きて、あの子に会いたい』
 
 捕虜となった兵達を、望みに応じて蜂起させ、脱走。自分も含め、逃げ出した。
 
『***様、俺たちが生きるためなのです。許して下され』
 
 しかし、他でもない逃がした兵達は、ほんのはした金で自分をあの『館』へと売った。
 
『***姉さん、お願いだから助けて』
 
 そして、そこの娘達に、また一方的に頼られる。
 
 
 頼られ、仕様がなく支え、裏切られ、そして‥‥それでも、その張りで生きる自分。
 
 その全てに、いい加減、ウンザリしていたのだ。
 
 だから、全部壊そうと思ったのだ。
 
 ドォオオン!
 
 また、轟音が響く。
 
「‥‥今、誰が戦ってるんですか?」
 
 佐藤が、今が戦闘中である事を思い出して、マージョリーに訊く。
 
「"頂の座"よ。なーんか、てこずってるみたいね」
 
「ヘカテーちゃんが、ですか!? 他の皆は!?」
 
「騒ぐんじゃないわよ。今から黙らせて来んだから」
 
「! マージョリーさんが、戦うんですか!?」
 
「"大事な子分"にちょっかいかけてくれた礼、しなきゃなんないでしょ? あんたはさっきの廃ビルに戻ってなさい。一ヶ所にまとまってた方が"守りやすい"のよ」
 
 わざと、"してやる"風に言ってみる。少年の覚悟に当て付けるように、からかうように。
 
「!」
 
 その言葉に感動しているらしい佐藤。
 
 この分じゃ、先が思いやられる。
 
 
 だが、先ほどの佐藤の言葉で、自分の『盲』が晴れた事も事実。
 
 だから、賭けてみたくなった。
 
「んじゃ、もうさっきみたいなヘマすんじゃないわよ!」
 
 飛び立つ。戦うために。
 
「マージョリーさん! 俺、頑張りますから!」
 
「!」
 
(頑張る、か)
 
 まあ、今の段階にしては及第点、という事にしておいてやろう。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 ウンザリしていたのだ。"あの時の"自分は。
 
 でも、『盲』は晴れた。
 
 今は‥‥‥‥
 
 
『感謝、しているのであります』
 
『八つ当たりでも構わない。何度でも、受けとめてやる』
 
『貴女も、私が守ります』
 
『貴女を生かす、生かす事だけに全てを賭ける』
 
 
「ひっさびさに、ブッ飛ばすわよ、マルコシアス!」
 
「ヒャーハッハ! やっぱこうでなきゃあな! 我が麗しの酒盃(ゴブレット)、マージョリー・ドー!」
 
 
 もう、一人じゃない。
 
 
 
 
「‥‥‥‥む」
 
 揺すられる感触に、目を覚ますヴィルヘルミナ・カルメル。
 
「起きたか」
 
 
 揺すっていた男、銀の長髪の嫌なやつが、無愛想に言う。
 
 ‥‥お互い様か。
 
「どうやら、"頂の座"が戦っているらしいな。
 『これ』がお前の言っていた『スティグマ』か?」
 
 大丈夫か? の一つも言わない男の言葉に、空を見やれば、飛び交い、ぶつかり、燃える、水色と茜色。
 
「そう、自在法『スティグマ』。時と共に傷を広げる力であります」
 
 質問に答えながら、メリヒムの指す『これ』に目をやる。
 
 メリヒムの体に刻まれ、今も広がり続ける『スティグマ』(無論、メリヒムはヴィルヘルミナについた傷ではなく自身の傷を指した)。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 気絶する前、自分が咄嗟にとった行動。
 
 この男を、あまりにも奇異な巡り合わせを経て、また自分の前に現れてくれたこの男を、庇った。
 
 それが、結果として今の現状を作っている。
 
 
 庇い切れず、傷を負ったメリヒムと、当然のようにメリヒム以上の傷を負った自分。
 
 無理に庇えばこうなる事くらい、頭ではわかっていたのだが。
 
 二人揃って戦闘不能。
 
 実際に結果として現れると、何ともお粗末な話だ。
 
 当然、指摘される。
 
「‥‥何故、あんな真似をした?」
 
「‥‥‥私の勝手でありますな」
 
「恐怖投影」
 
 余計な事を言うティアマトーを自分の頭ごとゴンと殴る。
 
「‥‥お前一人なら、戦えなくなるほどの傷は受けなかった。違うか?」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
「それがわからなかったお前でもないだろう?」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
("わかりきった事を"いつまでも‥‥)
 
 からかっているつもりなのだろうか。腹立たしい。
 
「嫌なやつ」
 
「自覚はある。が、直す気はない」
 
 
 嫌味のつもりで言った言葉も、そんな風に返される。
 
(やっぱり嫌なやつ)
 
 そう思いながらも想う。
 
 こうして、この、行ってしまったはずの想い人と、言葉を交わしていられるだけでも、あり得ないほどに幸福な事なのだと。
 
 
 
 
「はあっ‥はあっ‥‥はあっ‥」
 
 もう、何十、何百発の光弾を叩き込んだだろう。
 
「ふん。あれほどの力を連続して使い続ければ、遠からず消耗するは必然。
 もっとも、この俺に『スティグマ』がある以上、そうせざるを得なかったであろうがな。結局、貴様にそうさせる力と技を持つ、俺の実力が呼んだ必然的な結果であると言える」
 
 あり得ない。何故、何故‥‥
 
「そろそろ、眠ってもらおうか。やはり依頼人の身内を殺すのは俺の流儀に反する。死なない程度に耐えてみせる事だな」
 
 あれだけの攻撃を受けて、傷一つつかない?
 
 もはや、耐久力がどうこうなどという問題ではない。
 
 サブラクの長口上よりも、その異常なまでの耐久力に戦慄を覚えるヘカテー。
 
 そのヘカテーに、サブラクがまた襲いかかる。
 
 大丈夫。
 
 速さなら、こちらが上のは‥‥‥
 
「!」
 
 距離をとろうとしたヘカテーの眼前に、サブラクが一瞬で間合いを詰めて現れる。
 
(速い!)
 
 いや、違う。自分が疲労し、遅くなったのだ。
 
 そして、サブラクはこちらの油断を誘うために、わざと今まで遅く見せていたのだ。
 
(やられる!)
 
 ゴォオッ!
 
 茜色の炎の怒涛が、ヘカテーを呑み込む。
 
 その中に、刃は無い。
 
 『スティグマ』を使わずに、気絶させるつもりか。
 
(ダメ)
 
 このまま、自分が負ければ、自分が死ななくても、負ければ‥‥
 
 炎の熱が、力を使いすぎて弱ったヘカテーの意識を蝕んでいく。
 
 
(悠‥‥二‥‥)
 
 薄れゆく意識の中で、自分を灼く炎が、急に消えた。
 
 そして、別のものが自分を包む。
 
 自分の、大好きな感覚に、包まれる。
 
「悠‥‥二‥‥」
 
 最後の力で、想いを言の葉に乗せる。
 
 
 そして、意識は暗転した。
 
 
 
 
「貴様、我が『スティグマ』を受け、広がる傷を抱えてなおこの俺に挑むか。 俺が『永遠の恋人』を葬った時節を考慮すれば、貴様の実力などたかが知れ‥‥‥」
 
「どかーん!!」
 
 ヘカテーを助けに現れた悠二に長々と語るサブラクを、横合いからの陽気な声が中断する。
 
 ずん胴の獣の短い両足蹴りが、サブラクをふっ飛ばす。
 
 もちろん、それでどうにかなるサブラクではない。
 
 何事もなかったかのように戻って来て、また長々と喋る。
 
「ふん、貴様が『弔詞の詠み手』か。あの不意打ちを凌いだとは、大したものだと言いたい所だが、それは一撃必殺を旨とせん、俺の流儀が呼んだ不快な結果に過ぎん」
 
「ま、運が良かっただけってのは認めたげるわ」
 
 サブラクの長ったらしい侮辱を、あっさりと受け流すマージョリー。
 
「貴様も『殺し屋』の名を冠すると聞く。本業が殺し屋たる俺にとって、貴様のような『戦闘狂』と同類に見られるは不快の極み」
 
「一緒にされたくないのはこっちだって同じよ。大体、私は『殺し屋』なんて名乗った覚えは無いし、どっちかって言えば、『歌姫』って呼ばれたいかしら」
 
 余裕の態度で軽口を叩く。
 
「歌‥‥そうか、貴様は確か詩を謡うそうだな。
 『屠殺の即興詩』‥‥だったか?」
 
「ご名答。そうね、あんたには‥‥‥」
 
 マージョリーの顔に、獰猛な笑みが浮かぶ。
 
 
「とびきり惨いのを聞かせたげるわ」
 
 
 
 
(ヘカテー)
 
 腕の中で、傷つき、意識を失った少女の名を、心中で呼ぶ。
 
 彼女は戦ってくれたのだ。
 
 この街を、自分達を守るために。
 
(遅れて、ごめん)
 
 助けに来るのがもっと早ければ、ヘカテーをこんな目に遭わせる事も無かったかも知れない。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 もう、子供の無邪気な憧れでは済まされない。
 
 ただ、そうしたい、そう在りたいという願望であってもいけない。
 
 それを願い、実行した自分の力が、『結果』となる。
 
 だから、絶対にその言葉を果たさねばならない。
 
 
「ヘカテー」
 
 今度は、声に出して呼び掛ける。
 
 水色の少女の指先が、僅かにピクリと動く。
 
 
(今度は‥‥)
 
 
「僕が君を守る」
 
 
 
 
 昂ぶっているのだろうか。
 
 『向こう』の様子がわかる。
 
 巫女が危ない。
 
 だが、今の自分に何が出来ようか。
 
 
「僕が君を守る」
 
 
(‥‥‥‥‥‥)
 
 そうか、なれば‥‥‥
 
 
『任す』
 
 
 そのたった一言、空耳のような一言だけが、少年の頭に響いた。
 
 
 
 
(あとがき)
 アニメ三期やらないかなーと思いながら、完結までモチベーションが保てるかという不安と戦う今日この頃。頑張れ自分。負けるな自分。



[4777] 水色の星S 八章 四話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/01/06 03:43
 
『ペニィ!』
 
 群青の獣が放つ炎弾が、
 
『ペニィ! ペニィ!』
 
 次々とサブラクを捉え、
 
『ペニィ積もればお金持ち、っと!』
 
「ヒャー、ハー、ターマヤー!」
 
 とどめのデカい炎弾が、サブラクを燃え盛る弾丸へと変え、ふっ飛ばす。
 
 その炎弾一つ一つが、ふぬけていた時とは比べものにならない威力。
 
「ふっふ〜ん。なーんだ、憎しみ以外でも結構戦えるじゃない」
 
「みてえだな! ッヒヒ!」
 
 自身から湧き出る力と自信に、『トーガ』の獣はそのキバだらけの口をU字にして笑みを作る。
 
 
 だが、楽観出来る相手ではない。『スティグマ』がある以上、一撃もらうだけで命取り。
 
 カムシンの『瓦礫の巨人』の装甲さえ破ったのだから、炎の衣『トーガ』で防げるわけもない。
 
(ま、食らわなきゃいいんでしょ)
 
 と思いながら、ヘカテーを下に下ろして来た悠二に目をやる。
 
 酷い傷だ。深くは無いが。
 
「あんた、『火除けの指輪』持ってたでしょ。何よその火傷」
 
 悠二が着ているのが半袖のため、見るからに痛々しい火傷が腕に見える。
 
 よく見ると、ただの火傷じゃない。抉られたような傷口の上から焼いたような酷い傷。
 
「‥‥‥死ぬほど痛かったけどね」
 
 ひどい汗を流しながら、そう言う悠二。
 
(こいつ‥‥)
 
 マージョリーは、その傷と、今の悠二の雰囲気から、悠二が何をしたのか察する。
 
 『スティグマ』は、『サブラクの剣でつけた傷』を広げる。
 
 だから、傷口を“抉りとり”、さらにそれによって生まれた傷口を焼き潰して出血を止める。
 
 最初の傷が浅かったから出来た芸当なのだろうが、それを実際に実行するのは並大抵の事ではない。
 
 っていうかもう考えるだけで痛い。
 
 しかも、それで上手く傷の拡大を防げる保証もなかっただろうに‥‥
 
(ふーん、“頂の座”も、案外男を見る目、あるじゃない)
 
 
 と、改めて悠二への評価を上げるマージョリー、そして悠二の前に‥‥
 
「なるほど、今までそのようなやり方で我が『スティグマ』を凌がれた事は無かったが、だが結果として貴様が今負う傷も、戦闘可能な状態にギリギリ止まっているにすぎん」
 
 やはり何事も無かったかのように、サブラクが炎の怒涛に乗って昇ってくる。
 
「こいつの事だから、無茶は覚悟の上でしょうよ」
 
「うちの酒盃(ゴブレット)に八つ当たり奨めるくれえだからな、ッヒヒ!」
 
「それでも、二対一だ。それに、泣き言言ってられる状況じゃないからな」
 
 
 三者三様に答える。態度の違いこそあれ、皆共通するのは『覚悟』。
 
 勝つ、『生き残る覚悟』。
 
「‥‥‥よかろう。この俺も、全身全霊でもって貴様らを排除する」
 
 その双剣を標的に向けて、戦いを始める。
 
「我が『殺し屋』たる矜持に賭けてな」
 
 
 
 
(マージョリーさん。こいつ、何かネタがある)
 
(んな事はわかってるわよ。けど、とにかく『スティグマ』食らわないようにすんのが先決)
 
 互いにしか聞こえないように、ヘカテーとサブラクの戦いを見ていた悠二とマージョリーが呟き合う。
 
 
(攻撃させない)
 
(攻め続けるわよ)
 
 
 互いの考えが合致していると確信し、まずは、マージョリーが仕掛ける。
 
 
『バンベリーの街角へ』
 
『馬に乗って見に行こう』
 
 詩を謡い、強力な自在法を発動させる、『弔詞の詠み手』たる彼女の力。
 
『白馬に跨がる奥方を』
 
『指には指輪、足に鈴』
 
 マージョリーとマルコシアスが謡い、周囲に群青の炎が溢れる。
 
『どこへ行くにも伴奏つき、よ!』
 
 『屠殺の即興詩』。
 
 
 炎が形をとり、無数の炎の矢へと変わる。
 
 そして、高速でサブラクに飛び、突き刺さり、爆発する。
 
(手応えあり!)
 
 さらにマージョリーは歌う。
 
 
『六ペンスの歌を歌おうよ』
 
『ポッケにゃ麦がいっぱいだ』
 
 マルコシアスも歌う。
 
『二十四羽の黒ツグミ、っは!』
 
『パイんなって、焼かれちまう、っと!』
 
 湧き出た力は無数滞空する炎の弾丸となり、雨のように、雪崩のようにサブラクに降り注ぐ。
 
 
 ドドドドドォン!
 
 爆音と爆炎が溢れる。
 
 
 だが、
 
(ほら来た!)
 
 ヘカテーとの戦いを見ていたマージョリーの予想通りに、炎を裂いてサブラクが飛び出してくる。
 
 視界の悪さに、マージョリーの反応は遅れてしまうが、動揺は一切無い。
 
「もらったぞ!」
 
「でもないみたいよ?」
 
 マージョリーが軽く言うと同時に、横合い、炎に潜んでいた悠二がサブラクに飛び掛かる。
 
 片手持ちの大剣『吸血鬼(ブルートザオガー)』を持った右手の手首に左手を添え、全体量と、全力で振り下ろす。
 
 サブラクは左の剣でこの一撃を止めるが、
 
「っは!!」
 
 悠二の一撃の重さが、サブラクの剣をバキッと折り、『吸血鬼』はそのままサブラクの体に深々と食い込む。
 
(裂けろ!)
 
 さらに、魔剣『吸血鬼』の力、『込めた存在の力で刃に触れるものを斬り刻む力』が、サブラクの体をズタズタに引き裂く。
 
「!」
 
 しかし、結果として攻撃した悠二の方が驚愕し、急ぎ大剣を引き抜いて離れる。
 
 サブラクはその一瞬の動揺を突こうとして‥‥
 
「何ボサっとしてんのよ!」
 
 群青の獣の太い腕に殴り飛ばされる。
 
 ハッと我に帰る悠二。
 
 ひとまずは吹き飛ぶサブラクを追撃する。
 
「っおおおおおお!」
 
 自在法・『蛇紋(セルペンス)』
 
 左手に自在式が一瞬巻きつき、溢れかえる炎は銀の大蛇を形作り、サブラクに喰らいつき、そのまま御崎市駅へと飛んで行く。
 
 そして、銀蛇とサブラクが地に激突すると同時に、
 
「爆ぜろ!」
 
 銀炎の大蛇は膨れ上がり、爆発する。
 
 破裂した銀の爆炎は、焦土と化した駅とその周囲に、巨大な大穴を穿つ。
 
 まだ慣れていなかった一番最初の時を除けば初めてに等しい“全力の『蛇紋』”。
 
 使った悠二自身が驚くほどのその大威力の中で、やはり無傷のサブラクが立っていた。
 
 
 
 
(こいつは、何で今動けない皆を攻撃しないんだ?)
 
 戦う。虹の封絶の中で、銀と茜と群青の炎が暴れ、ぶつかる。
 
(いや、攻撃しないんじゃない。そんな理由あるわけがない。
 しないんじゃなくて、“出来ない”んだ)
 
 悠二とマージョリーは、“攻め続ける”事でサブラクにまともな攻撃をさせないようにしていた。
 
 そして、攻め続ければ必然的に生まれる隙を、互いにカバーしあう事で、無茶なはずの攻めを有効なものへと変えていた。
 
(あの広範囲の不意打ちは、最初の一回だけ。そして、さっきから見てると、こいつは明らかに個人レベルの感覚しかない)
 
 その戦う間にも、悠二の頭は流れるようにヘカテーでさえ、いや、ヴィルヘルミナ、フィレス、ヨーハンの三人でさえ歯がたたかなった恐るべき難敵を分析する。
 
(こいつは、やっぱり“傷つかない”わけじゃない)
 
 さっきの『吸血鬼』の一撃で間近で見て、確信を深めた。
 
 やはり、斬れてはいる。焼く事も出来る。
 
 だが、回復どころか、『再生』というのも生ぬるいほどの速度で傷が消えるのだ。
 
(前の、“愛染の兄妹”の時と似てるけど‥‥)
 
 実力も、回復速度も、“愛染”とは比較にならない。
 
 何より、あの時は燐子、『ピニオン』だったか、の気配を感じる事が出来たが‥‥‥
 
(!)
 
 そこで気づく。
 
 “おかしな気配”なら、さっきからずっと感じているではないか。
 
(この、薄くてモヤモヤした変な気配が、こいつにとっての『ピニオン』だとしたら?)
 
 気配の中に取り込まれているから、中の自分達には全く気づかれずに、不意打ちも、回復も出来るのではないか?
 
 いや、回復、いや再生が速すぎるという事は、それだけスムーズに、自分の手足のように‥‥
 
(まさか‥‥)
 
 “この街そのもの”が、巨大なサブラク自身?
 
 感知能力を、先ほど『蛇紋』で空いた大穴に向ける。
 
(やっぱり、あの大穴にだけ、この薄い気配がない)
 
 そして、今のサブラクはどう見ても個人レベルの感覚しかない。
 
(体は街そのものくらいに巨大な徒。あそこにいるサブラクは人形のようなもの、けど‥‥)
 
 それが、あいつの『脳』なのではないか?
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 推測に過ぎない。
 
 だが、このままただ戦い続けて勝てるとも思えない。
 
(『これ』に、賭ける)
 
 そう考え、マージョリーに伝えようとする悠二、
 
「!」
 
 気づく。
 
 今戦えるのは自分とマージョリーだけ、目の前のサブラクに、二人がかりで攻め続ける事でなんとか『スティグマ』から逃れている状態。
 
 相手の正体がもし自分の推測通りだったとしても、“ただ戦い続けるしか選択肢がない”。
 
(そ‥‥んな)
 
 ヴィルヘルミナが無事なら、その圧倒的な回避、防御力で、サブラクの『脳』と体を切り離す仕掛けをする間、一人で戦い続けて時間を稼げたかも知れない。
 
 自分やマージョリーにはそれほどの技巧はない。
 
 メリヒムやカムシンなら、この街ごとサブラクを倒すほどの大破壊を起こせたかも知れない。
 
 自分やマージョリーに、サブラクと戦いながらそんな事が出来るほどの破壊力は無い。
 
 
「ユージ!」
 
 マージョリーが叫ぶ。
 
 自分の考え、そしてそこから繋がる絶望に思考を向けていた悠二に、攻めるマージョリーの一瞬の隙をついて、隙だらけの悠二にサブラクが襲いかかる。
 
 圧倒的な炎の怒涛、広すぎて躱せない。
 
 炎の中に、無数の剣が暴れている。
 
 火除けの指輪『アズュール』でも防げない。
 
 
(く‥‥そ!)
 
 いくら二人がかりで戦い、相手の正体に思考を向けていたとはいえ、戦闘中に、こんな時に隙を見せてしまった自分に憤る。
 
(守るって、言ったんだ)
 
 あの少女を、
 
(僕がやられたら、この街が、皆がやられたら‥‥)
 
 きっと、あの子は泣いてしまうだろう。
 
 純粋で優しいあの子は、泣いてしまうだろう。
 
(それじゃ、ダメだろ!)
 
 その悠二の心に、どこまでも残酷な現実が、茜の怒涛が迫る。
 
(く‥‥そ!)
 
 
『やれやれ』
 
 
(!)
 
 頭に、声が響く。
 
 そして、自分の中で何かが変わろうとする感覚が、悠二を襲う。
 
 そして、その感覚が『顕現』しようとした、その瞬間‥‥
 
 
 ボンッ!!
 
 
 悠二に迫る炎の怒涛、その中にあった無数の剣。
 
 それら全てが、あっさりと吹き散らされる。
 
 
 力は風。
 
 色は、“琥珀”。
 
 
「お久しぶり、ってほどじゃないかしら?」
 
「タイミングはバッチリだったみたいだね」
 
 
「馬鹿な!」
 
 その、突然現れた『二人』に、さすがのサブラクも動揺を全く隠せない。
 
「貴様は、俺が殺したはずだ!」
 
 無理もない。そう、その片割れは、サブラク自身が『大命詩編』を打ち込み、その命を奪ったはずなのだから。
 
 
「『約束の二人(エンゲージ・リンク)』だと!?」
 
 
 
 
 因縁を持つ殺し屋と恋人達は、ここに再び巡り合う。
 
 想いは全て激突へ。
 
 
 
 
(あとがき)
 思ったより長くなりそうです。描写をおろそかにしたくないと思って書いてたら予想より伸びてたりします。
 しかし後悔はしていない。
 
 今回の悠二のやり方で『スティグマ』が破れるとは原作にはありません。
 水虫的解釈、設定でございます。平にご容赦を。



[4777] 水色の星S 八章 五話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2009/01/08 05:26
 
「っはああああ!」
 
 かつて、最愛の恋人を絶対の窮地に追い込んだ男を前にして、"彩飄"フィレスは怒りも露に琥珀の竜巻を放つ。
 
「ぐっ、おおおおお!」
 
 
 たまらず吹き飛ぶサブラク。
 
 
「また、面倒に巻き込まれてるね」
 
 『永遠の恋人』ヨーハンの方は対照的に、悠二に対して穏やかに話し掛ける。
 
「ホント、助かったよ」
 
 悠二も、未だ動揺醒めやらぬ様子でそれに答える。
 
 答えながら、先ほどの推測、現れた『約束の二人(エンゲージ・リンク)』、かつて、ヴィルヘルミナとこの二人が敗北した時の話を思い返し‥‥
 
(‥‥‥うん)
 
 一つ、思いつく。
 
(行けるかも)
 
 
「ヨーハン、作戦を説明するから、聞いてくれる?」
 
 悠二の、作戦という言葉に、皆を連れて逃げる気満々だったヨーハンが、少し間を置いて頷く。
 
 
「サブラクを、倒すんだ」
 
 
 
 
(どういう事だ?)
 
 突然現れた『約束の二人』、だが、"彩飄"フィレスが少しの間、自分に攻勢をかけ、再び『永遠の恋人』ヨーハン共々姿をくらました。
 
 今、自分と戦っているのは、『弔詞の詠み手』と、例のミステス。
 
(何故『約束の二人』は退いた? 逃げるにせよ、あの二人なら傷を負った仲間を連れて逃げる事も容易なはず)
 
 と、今の不可解な状況に、"壊刃"サブラクは思考を巡らせる。
 
 しかし、察知不能の強力無比な不意打ちと、悠二の推測通りの街ほどに巨大な体と耐久力を持つ彼は、今まで不意打ちの後、『スティグマ』で傷ついて行く標的を力押しで倒す選択以外をして来なかった。
 
 その、『街に体を浸透させる』という性質から、逃げる敵を追うには不適だが、大抵の相手なら初めの不意打ちで仕留められるので問題もなかった。
 
 
 それらの慣習と自信の下、サブラクは余計な思考を切り捨てる。
 
(いずれにせよ、俺がとる行動は変わらぬ。眼前のミステスを捕らえ、『弔詞の詠み手』を始末し、傷ついた残りの死に損ない共も始末する)
 
 『約束の二人』の逃げ足は知っている。この状況なら後回しにした方がいい。
 
 
 と、目の前の相手を倒す事に集中する。
 
 大剣を手に向かってくる少年、
 
(特殊な力を持つ宝具のようだが、それだけでこの俺と斬り結ぼうとは笑止。
 その大剣がこの俺に通じぬ事すらさきの一撃で察せぬか)
 
 心中で長々と侮辱し、その大剣を右の剣で押さえ、左の剣で、少年の肩を貫く。
 
「!」
 
 しかし、手応えがおかしい。
 
 気づくや否や、少年と見えるそれが、銀の炎となってサブラクに襲いかかる。
 
(『脱け殻』か!)
 
 未熟なミステス風情にしてやられたと憤るサブラクの周りを、いつの間にか群青の獣達が円形に取り囲んでいる。
 
『薔薇の花輪を作ろうよ、っは!』
 
『ポッケにゃ花が一杯さ、っと!』
 
 そして、歌に応えるように、全周一斉に爆発する。
 
「喰らえ!」
 
 さらに、群青の爆炎に呑まれるサブラクを、銀炎の大蛇が咬みちぎり、しかし瞬く間に再生する。
 
 
(おのれ、ここまでとは!)
 
 二人がかりで攻め続けているとはいえ、紅世に名だたる『殺し屋』である"壊刃"サブラクが、一撃入れる事も出来ずに一方的にやられている。
 
 全く、今の悠二とマージョリーの強さは異常だと言えた。
 
 元々、ミステスになってから半年も経っていない悠二はもちろん、マージョリーも悠二達と戦った以前とは見違えるようになっている。
 
 文字通り、『化けた』のだ。
 
 
(このままやつらの攻撃を受け続け、その後に『約束の二人』と戦えば、よもや我が本体の力をも使い果たす恐れも‥‥)
 
 
 かつて、これほどに圧倒された事の無いサブラクは、初めて最悪のケースを想定する。
 
 
 
 
 『永遠の恋人』ヨーハンは、サブラクに狙い撃ちにされないよう、建物よりも低い高度で、御崎市を飛び、巡る。
 
 悠二に頼まれた事とは別に、ヨーハンにはサブラクに対抗する一つの策があった。
 
 "『スティグマ』破りの自在式"。
 
 彼が『零時迷子』のミステスであった時、サブラクには幾度となく襲撃されていた。
 
 それに対して、逃げるしか無かった彼らが、編み出そうと模索し、しかし"一度は"間に合わなかった自在式がこれであった。
 
 そして‥‥
 
「ヨーハン、貴方が何故?」
 
「お前が、『永遠の恋人』か?」
 
 初めに向かったヴィルヘルミナ達の所で、『スティグマ』を細部に解析する事で完成する。
 
 "虹の翼"がいた事には驚いた。
 
 しかし、いくらサブラクの不意打ちとはいえ、ヴィルヘルミナがこれほどの深手を負った事は初めて出会った時くらいなのだが。
 
 
 完成した自在式を手に、今度は悠二に託された策を実行すべく、残りの悠二の‥‥いや、自分にとっても仲間の所へと向かう。
 
 
 悠二に、仲間達の詳しい話は聞いていない。そんな暇は無かった。
 
 助けに向かう先で、
 
 
「おまえは‥‥?」
 
「もしや‥‥『永遠の恋人』ヨーハンか」
 
 いちいち驚く。
 
 『炎髪灼眼の討ち手』、ヴィルヘルミナがよく嬉しそうに、誇らしげに話していた子か。
 
 
「‥‥ああ、『スティグマ』破り、ですか」
 
「ふむ、それは助かる。わしらもこれにはどうにも手を焼いておってな」
 
 『儀装の駆り手』カムシン・ネブハーウ。
 
 最古のフレイムヘイズにして、恐るべき『壊し屋』。
 
 随分と賑やかな街である。
 
 
 集まった仲間に、悠二の策を説明する。
 
 
「ああ、なら私が陽動をやりましょう」
 
「ふむ、派手な方がいいじゃろうからな」
 
 まず、カムシンが名乗り出て、
 
「私は向かった先で奴の動きを封じる役をやるのであります」
 
 ヴィルヘルミナも、自分に適した役を提案する。
 
 
「なら‥‥‥」
 
「最後は私とシロが、やる」
 
 最後にシャナとメリヒムが当初、悠二が考えていた役となる。
 
 
 "『スティグマ』破り"の力で動ける人員が増え、悠二が言っていたよりも充実した形となった。
 
 悠二の推測が当たっているなら、これで決まる。
 
 
 しかし、
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 周りの面子に視線を巡らせる。
 
 先ほど話した悠二の突飛な(とも言える)策にまるで疑いを持っていない(シャナは少し変な顔をしたが)。
 
 相当な堅物と聞くカムシンでさえ同意している。
 
 
(信頼されてるね)
 
 
 そんな風に微笑ましく思った。
 
 
 
 
「はあっ、はあっ、ユージ、まだぁ!?」
 
「ぜぇ、ぜぇ、僕に訊かれても‥‥!」
 
 
 サブラクを圧倒していた悠二とマージョリー。
 
 いかに絶好調とはいえ、隙を作らずに攻め続けていれば当然疲労が溜まっていく。
 
 
「ふん、散々手間をかけさせられたが‥‥」
 
 サブラクの足下の茜の怒涛が容積を縮め、
 
「そろそろ‥‥」
 
 大圧力の砲弾のように、
 
「決別の頃合いだ!」
 
 放たれる。その先には、無尽の耐久力を誇るサブラク。
 
 
「やばい!」
 
「避けろぉ!」
 
 
 悠二とマルコシアスが叫び、しかし力を凝縮したその一撃はあまりにも速い。
 
「っ!」
 
 マージョリーは何とか躱すが、体勢を崩す。
 
 
 そして、高速旋回するサブラク、
 
(避けられない!)
 
 と、迫るサブラクを見ながら思うマージョリーの前に、
 
「っおおおおお!」
 
 悠二が大剣を手に躍り出る。
 
 ガァアン!!
 
 凄まじい轟音を立て、悠二とサブラクの剣がぶつかり合う。
 
 しかし、
 
「くっ‥‥!」
 
 悠二はその圧力に押し切られ‥‥
 
 ズッ!
 
 肩を深く斬り裂かれる。
 
 時と共に、『スティグマ』が悠二を蝕む。
 
 絶体絶命、まさにその時‥‥‥
 
「むっ!」
 
 街の方から、個人レベルの感覚しかないサブラクでもはっきりわかるほどの強い自在法の発現。
 
 ヨーハンの『転移』。
 
 
(来た!)
 
(遅いっての!)
 
 作戦決行の合図に、悠二とマージョリーは内心で喝采を叫び、急ぎ封絶を引き継ぐ。
 
 そしてすぐに、
 
 ドォオオオン!!
 
 遠方に現れた『瓦礫の巨人』が、瓦礫の鞭を振るい、街を無差別に破壊していく。
 
 
(馬鹿な! 『スティグマ』の傷は、すでに行動不能の段階に達しているはず‥‥)
 
 次から次に立ちふさがる敵に、サブラクはいい加減苛立ちを隠せない。
 
 しかし、それよりも、あの『儀装の駆り手』の行動は‥‥‥
 
(俺の正体に、気づいている!?)
 
 そう気づき、『恐怖』する。
 
 
 そして、『こちらがサブラクの正体を知っている』と気づかせる事で、動揺を誘うのもカムシンの役目だった。
 
「!」
 
 
 琥珀の風が、サブラクを包み込む。
 
 この瞬間のために姿を隠していたフィレスによって。
 
「こうして飛ぶのは"二度目"ね。"壊刃"サブラク」
 
 そして、サブラクを捕らえたまま、フィレスは封絶の、御崎市の外へとまさに風のように飛ぶ。
 
 自在法・『ミストラル』。
 
 かつて敗北した時に、倒れたヴィルヘルミナからサブラクを引き離した時に使った自在法。
 
 "その時同様"‥‥
 
「ぐっ、おおおお!」
 
 サブラクの意思総体を宿した人形と『本体』が、ブチブチと切り離される。
 
 
 そしてあっという間に『ミストラル』は目的地へ、"『転移』で飛んだヨーハン達が張った、別の封絶"へとたどり着く。
 
 
「終わりよ!」
 
 その封絶の中へと、フィレスはサブラクを叩き落とす。
 
 そしてすぐさま、
 
「っは!」
 
 待機していたヴィルヘルミナのリボンがサブラクを縛り上げる。
 
 ただのリボンではない。この瞬間のために全力で『硬化』した特別製だ。
 
 
 そして、本体から切り離され、傀儡の自由さえ奪われたサブラクの目に‥‥
 
 
(‥‥これまでか)
 
 虹と紅蓮、異なる、美しい翼を広げる二人の戦士が映る。
 
(よもや、義理立てのつもりで仕掛けたものが最後の拠り所になるとはな‥‥)
 
 あるいは、あの女の大言に、この強大な自分が、柄にも無く期待でもしていたのか。
 
 『誰にも無視されない存在』に、あいつならなれるとでも考えていたのか。
 
 いつも笑い飛ばしていたのに、とっている行動は真逆とは‥‥
 
(‥‥やはりおまえは、『哀れな蝶』だ)
 
 ただ癪だ、というだけで、この最後の時に毒づく。
 
 自分でも、馬鹿だなと思う。
 
 
「「っはあああああ!」」
 
 紅蓮の大太刀と『虹天剣』。
 
 絶望的な脅威が迫る。
 
 
(一度くらい、認めてやるべきだったか、なあ、メ‥‥‥‥)
 
 
 心の中の呟きは途切れる。
 
 それが、"壊刃"サブラクの最期だった。
 
 
「"我々の"、勝利でありますな」
 
「随分と、"我々"が増えたわね?」
 
 
 サブラクの消滅を確認したヴィルヘルミナとフィレスは、ようやく決着のついた因縁に、微笑んで言い合った。
 
 
 
 
 悠二によって引き継がれた封絶。
 
 燦然と輝く銀。
 
 それを、少女は綺麗だと、そう思った。
 
 
 
 
(あとがき)
 次話、エピローグ。
 気合いは入れました。



[4777] 水色の星S 八章エピローグ『赤い涙』
Name: 水虫◆70917372 ID:c93f9a0e
Date: 2009/01/07 22:14
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 歩く、祭りの喧騒も収まる街を、ゆっくりと歩く。
 
 自分が今、何をしているのかわからない。
 
 今のこの状態を、現実だと思えないような感覚。
 
 
 見つけた時、すでにその着物は赤く染まり、その肌は蒼白だった。
 
 最初のサブラクの不意打ち、それが流れて当たった、ただそれだけ。
 
 ほとんど当たっていないような、薄く皮が裂けた程度の傷、しかしその傷に宿る『スティグマ』は、人間であり、抵抗力の無い彼女を深く、深く蝕んだ。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 怒鳴りつけるように、フレイムヘイズ達に叫んだ。
 
 わかっていた。もうどうにもならない事をわかってなお、叫んでいた。
 
 そんな自分の手を、他でもない彼女が止めた。
 
 聡明な彼女だ。わかっていたのだろう。
 
 『二人にして欲しい』、最期の時が迫るその時に、そう言った彼女に、誰も何も言えなかった。
 
 ヘカテーが気を失っていなければ、無理にでもついて来ただろうか。
 
 彼女は、それを許しただろうか。
 
 考えても、意味は無い。
 
 今、彼女を腕に抱えて歩いている現実が全てだろう。だが、それを現実だと思えない。
 
 
「‥‥平井さん。ここでいいの?」
 
 
『‥‥連れてって欲しい所、あるんだ』
 
 平井がそう言い、悠二が平井を運んだのが、ここ。
 
 
「‥‥‥うん」
 
 御崎大橋のあるごく普通の河川敷、そこの石階段のある一画。
 
「‥‥ここ、何かあるの?」
 
 何故平井がここに来たがったのか、知りたかった。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 平井は少しの間黙る。
 
「‥‥この景色、好きだから」
 
 その声に、僅かに残念そうな余韻が残る。
 
 
「‥‥綺麗でしょ?」
 
 話すのもつらいのだろう。平井はゆっくりと語りだす。
 
 悠二も、止めない。
 
「‥‥夕焼けがさ、よく見えるし、川にも映ってて‥‥」
 
(平井‥‥さん?)
 
 夕焼けなど、見えるわけがない。
 もう日などとっくに落ちている。
 
 意識が混濁している。
 
 そして、もう‥‥
 
(目が‥‥見えてない)
 
 その事実に気づき、しかし、悠二はそれを口には出さない。
 
「‥‥うん。綺麗だ」
 
 平井は、その景色を見たかった。あるいは見せたかったのだ。
 
 そう、綺麗なはずだ。
 
 しかし、認めたくない現実感は少しずつ輪郭を帯びていく。
 
「平井さんの、秘密の場所?」
 
「‥‥ふふ、私にだって、秘密くらいあるよ?」
 
 
 穏やかな会話、事実そうだろう。
 
 だが、心は千々に乱れていく。
 
 
「‥‥私ね、後悔はしてない、よ。自分でも、間抜けな終わり方だと思うけど、『こうしたい』って、思ったよう、に生きられたから」
 
 体からどんどん力が抜けていく感覚に、平井は本当に話すべき事を語りだす。
 
 
『席、お隣さんだね。私は平井ゆかり、これからよろしく!』
 
『あの、池君ってさ、彼女いないのかな、って思って』
 
 
(な‥‥んで‥‥)
 
 
『‥‥私ね、フラれちゃった』
 
『あー、思い出したら腹立ってきた! 坂井君、今日はとことん付き合ってもらうからね!』
 
『近衛さんは転校してきたばっかりだから知り合いが隣の方がいいと思うんです!』
 
『説明してくれるかな? 坂井悠二君』
 
 
 昔の事が、思い出されてしまうんだろう?
 
 
『人間だから特別扱い?』
 
『はいよー、シルバー!』
 
『ナレーション♪』
 
『だから、ヘカテーが起きてる時にブチュッと』
 
『ゆカテー・コンビネィション!』
 
 
(‥‥‥‥嫌だ)
 
 冗談じゃない。縁起でもないではないか。
 
 
「‥‥ホントはね、ずっと、皆一緒にいたいって、思ってたの。人間とか、徒とか関係無く、皆でずっと‥‥‥」
 
 平井が、あの平井ゆかりが、“力なく”笑っている。弱々しい声で話している。
 
「‥‥馬鹿だよね。そんなの無理だって、わかってたはずなのに」
 
 土手に腰かける悠二に、平井が背を預け、悠二が支える今、悠二の頬に手を添える。
 
「‥‥ヘカテー、泣かせたらダメだからね。“私がいなくても”、坂井君が支えてあげれば大丈夫」
 
 その言葉に、怒鳴りつけたくなった。いなくてもなんて言うなと、怒鳴りつけたくなった。
 
 でも、そうする力が、無い。
 
 目の前の、血に濡れた、もう目も見えていない平井の姿が、全ての行動を起こせなくさせる絶望感を悠二に与えていた。
 
 
「‥‥‥ありがとね」
 
 平井は本当の最期を自覚して、微笑む。
 
 いつものように楽しそうで、いつもより穏やかで、綺麗な笑顔。
 
 でも‥‥
 
「‥‥‥後悔してない」
 
 
 泣いている。
 
 泣いているのだ。あの平井が、笑顔で別れようとしている平井が、湧きあがる悲しさに、淋しさに、泣いているのだ。
 
「私‥‥楽しかった」
 
 隠せないほどに、笑顔で隠せないほどに悲しいはずなのだ。
 
 今まで、一度として泣いた姿を見せた事の無い、平井ゆかりが。
 
 
「でも‥‥‥」
 
 悠二の頬に添えた手を動かし、優しく撫でる。
 
(あ、ぁあ、ああ‥‥)
 
 
「‥‥もう、ちょっと‥‥だけ‥‥皆と‥‥一緒に、いたかっ、た‥な‥‥」
 
 その添えた手が、
 
 落ち‥‥‥‥
 
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああぁ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 目が、覚める。
 
 胸が、痛い。
 
 
 隣にいるヘカテーは、もう起きている。
 
 うなされていたのか。
 
 心配させてしまったのか。
 
 
「‥‥‥ごめん」
 
 短く、謝る。
 
 
 自分がこんな状態では、心配されて当たり前だ。
 
「‥‥‥悠二は、悪くありません。ゆかりも、許します」
 
 そう言って、手を握って安心させようとしてくれる。
 
 いや、許されるような事では、ない。
 
 
「‥‥‥ごめん」
 
 もう一度、謝る。
 
 
 謝って、下に降りて顔を洗う。
 
 少し、頭を冷やした方がいい。
 
 無闇に周りに心配をかけるような態度しかとれないようでは、ダメだ。
 
 
(‥‥僕は‥‥‥)
 
「うりゃ!」
 
 パチン!
 
 自虐的な思考に陥る悠二の頬に、後ろから挟み込むようにビンタが食らわせられる。
 
「ったく、どーせこんな事になってると思ったよ。
 いつまでやっとるか少年♪」
 
 明るい、明るい声。
 
 確かに、それが耳に届く。
 
 そこに、一片のわだかまりさえ見てとれない。
 
 許されるはずがない。
 
 そう思い、事実この罪が消える事はないだろうと考える一方で、その声に、全て救われたような気がした。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 嫌われても、呪われても仕方ないというのに。
 
 それだけで、許してくれたとわかる、そんな声だった。
 
 
 ふ、と笑みが零れる。
 
 いつまでもウジウジとするのはやめよう。
 
 大切なのはきっと、これからどうするかなのだ。
 
 少しは、彼女の前向きな強さを見習おう。
 
 
 とりあえず今は、
 
「おはよう、“平井さん”」

 
 目の前の親友に、微笑んでおはようを言おう。
 
 
 
 
 少年は拒絶した、少女の死を。
 
 少年は奪った、少女から人間としての死と生を。
 
 少年は喰らった。人間の、親友の存在の一端を。
 
 
 
 
 真っ直ぐに歩いた少女は一つの終わりを迎える。
 
 しかしそれは、形を変えてまた立ち上がる。
 
 かけがえのないものを失って、少女はそれを奪った友を憎まない。
 
 そして少女は、また歩きだす。
 
 その胸に一つ、灯りを宿して。
 
 
 
 
 
(あとがき)
 
 悩みました。今までで一番悩みました。
 
 ここで平井は死なせた方がきっと作品全体の深みが出る。
 
 平井は人間でこそだ、と思う人も多いはず。
 
 大体、最初は死ぬ案の方が有力だったじゃないか。
 
 でも愛着湧いちゃったしな。
 
 原作やアニメでも死んでるし二次くらい。
 
 いやいやいやいや
 
 という葛藤があったんです。
 
 
 結局甘さに打ち勝てなかった私をどうか許して下さい。
 
 この作品の中で一番悩んだ分岐点でした。
 
 死なせるか否か。すっごい悩んだのですが結局こうなりました。
 
 余談ですが、私の『トーチ』の解釈は、
 
 トーチは人間だった頃の記憶も意識も持っていて、その存在の力も、正真正銘本人の残りかす。
 
 しかし、体は代替物として作られた物。
 
 という事から、トーチは『別人や紛い物』ではなく、『本人の幽霊』みたいなものだと捉えております。
 
 少なくともこのSSではそんな感じで行きます。
 
 余余談ですが、エピローグタイトル『赤い涙』は、劇場版の平井ゆかり消滅の際の曲名。すごく好きな曲です。
 
 他の面子の話は九章持ち越し。
 
 ちなみに九章は完全無欠の日常話。鍛練はあってもバトルは一切無しです。
 別名ヘカテーの夏休み。



[4777] 水色の星S 九章『日常の中で』一話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2009/01/09 03:56
 
「‥‥‥‥あれ?」
 
 何か、違和感がある。
 
 この状況、この物事の流れに違和感を感じる。
 
(封絶って、やつか?)
 
 そうだそうだ。そういえば徒はどうなった?
 
 街、これといって戦いの後のようには見えないが、これも修復された後だという事か?
 
(ん?)
 
 誰かが階段を上ってくる。
 
 下の立ち入り禁止を無視して上ってくるという事は、あの、味方という事。
 
(さ・か・い・きゅーん☆)
 
 そしてすかさず着物を着崩し、見えそで見えない状態にしてから床に倒れる。
 
「!」
 
 下に倒れ伏しているからわかりずらいが、駆けよってくる。
 
(今だ!)
 
 ガバチョッ!
 
 ドサッ
 
 
「怖かった。坂井君。助けに来てくれたんですね?」
 
「∴♀♂℃¥$c!」
 
「ああ、こんなに暖かい。こんなに優しい坂井君が、人間じゃないなんて事、絶対にありません」
 
 戦いの後、倒れた少女、突然の抱擁、魅惑の肢体、存在全肯定。
 
 これは‥‥いける!
 
 
「私は、そんな坂井君が好きなんです」
 
 キマった! よし、後は勢いに任せてめくるめく官能の世界へ‥‥
 
「ははは、あの‥‥吉田ちゃん?」
 
 ‥‥‥‥は?
 
「俺、坂井じゃないんだけど‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
 ドゴォッ!
 
「ぐぇえ!」
 
「立てチェリー(童貞)。頭蓋骨変形させてやる」
 
「ちょっ!? 俺が何したって‥‥‥‥」
 
「黙れ」
 
 ギリギリギリ
 
「ああ、お嬢ちゃん、そのくらいにしておかないと危険ですよ」
 
 
 さりげなく戻ってきたカムシンがそう告げても、吉田はやはり佐藤を締め続けた。
 
 
 
 
 戦いが終わってすぐに、またこんな事にならないよう、満身創痍の傷を押してカムシンは『調律』を終えた。
 
 そして、あの熾烈な戦いを終えて二日。どうやら今まであの教授の起こした事変によって、調律した街に何か異常が無いか見て回っていたらしい。
 
 そして今、旅立つカムシンを見送ろうと一同集まっている。
 
 
「ふぁ〜あ。カムシンさん達も何も日曜の朝から行かなくてもいいのにね。眠い」
 
 早朝の六時に真南川御崎大橋が待ち合わせである。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 
 あれから、平井はほとんど常に、悠二の傍にいる。
 
 平井の人間としての存在を喰らった悠二の傍にいる。
 
 もう、平井の体は成長しない。歳もとらない。悠二から力の供給も受けなければならない。そして、彼女が死んだ後に、彼女が生きていた証すら消える。
 
 この世の真実を知らない人々の、記憶にすら残らない。
 
 そして、平井はあのまま人として死ぬ事も出来たのだ。
 
 あの時、人として死に、皆が彼女を覚えている。彼女が生きた証が残る。そんな選択も出来た。
 
 だが、悠二は『平井の意志とは関係なく』、人間を捨ててでも在り続ける事を強いた。
 
 
 実際、平井が絶命寸前という状況下とはいえ、ヴィルヘルミナやカムシンよりもよほど質が悪い。
 
 
 極めつけが『これ』だ。
 
「ま、私も慣れなきゃね! これからは鍛練にも『参加』するし♪」
 
「ゆかりも参加するのですか?」
 
「もちよ♪」
 
 
 『人間を失った自分に悩む』のではなく、『罪悪感に苛まれる悠二』を心配して傍にいるらしいという事。
 
 まるで、傍で自分を見せて、『気にする必要はない』とでも言うかのように。
 
 
(全く、本当に‥‥)
 
 どうしようもないな。と思う。
 
 
 この期に及んで平井に心配などかけている自分が心底情けなかった。
 
 だから、まずはしっかりしなくてはならない。
 
 
 今のヘカテーの事も、今の平井の事も、原因、そして今後に関わるのは間違いなく自分なのだから。
 
 
「わざわざあいつの見送りに行くという事に気が進みません」
 
 悠二と対照的にヘカテー。
 
 実は、不謹慎ながらこの状況に喜んでしまってさえいた。
 
 このまま『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の目から隠れて悠二と生きる。
 
 悠二の存在を『仮装舞踏会』から守る手段を探す。
 
 それら、悠二に振り向いてもらってからの未来を密かに考えていた。
 
 振り向いてもらえなかった時の事は、考えるだけで辛かった。
 
 
 そして、そんな思い描いていた未来にさえ、親友である平井との別離は、避け得ぬものとしてあった。
 
 それが、晴れた。
 
 もう平井は人間ではない。
 
 存在する事に力を消費し、悠二から力の供給を受ける必要があるという点も、もう人を喰らわない事を誓った自分と大して変わらない。
 
 
 これからどうなるかはわからないが、ヘカテーは悠二と、そして平井と共にその道を進める事に喜んでいた。
 
 平井の辛さを想い、しかし、そう、喜んでしまっていた。
 
 
「はは、ヘカテーも坂井君もカムシンさんとは相性悪いね」
 
 
 そして当事者たる平井ゆかり。
 
 実は悠二が考えているほど沈んでいるわけではない。
 
 自分が、人間ではない別のものへと変わってしまった事に対して、言い知れない恐怖感があるのは事実。
 
 自分が死んだ後に、自分が生きた証が残らない事が悲しいのも事実。
 
 
 だが、
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 "嬉しい"のも事実なのだ。
 
 
 いくらしがみついても結局届かなかった二人に、確かに届いた。完全に同じ場所に立てた事もそう。
 
 もう、これから先は、すぐには無理でも、いつまでも戦いの足手まといではなくなるだろう事もそう。
 
 そして何より‥‥
 
「ありゃ、まだ皆来てないね、早く来過ぎたかな」
 
 
 死にたくなかったのだ。
 
 今まで、覚悟を決めて、『こっち側』に足を踏み入れて、
 
 結果的にあの時致命傷を負って、運良く最期の時に悠二と語らう事も出来た。
 
 あの時の言葉に、嘘偽りは一切ない。
 
 後悔してはいなかった事も、楽しかった事も。
 
 そして、まだ皆と一緒にいたかった事も。
 
 
 覚悟なら決めていた。上辺だけの覚悟でも無かった。
 
 だがやはり、悲しかった。
 
 死にたくなかった。
 
 さよならなんて嫌だった。
 
 
 だから、『今の自分』を憂いてはいない。
 
 心の底から思い知ったのだ。
 
 自分は、人を捨ててでも皆と一緒に生きたいと思っていたという事に。
 
 
 
 
「ああ、これで全員揃いましたね」
 
 御崎大橋に集まる異様な面々。しかし実際には集まっているのは全員ではない。
 
 メリヒムと、そして、田中栄太も来ていない。
 
 メリヒムが来ないのは別に意外でも何でもないのだが‥‥
 
「佐藤、田中は?」
 
 ちなみに皆、あの場にいなかった田中を除いて、平井の事情は知っている。
 
 まあ、悠二の事を受け入れて、平井の事は受け入れないはずもないからそこは大した問題ではないのかも知れないが。
 
 平井を同じ立場にしてしまった悠二からすると、やはりまだ知らないだろう田中と平井の接触が気に掛かる。
 
 しかし、佐藤の返答は遅い。
 
「‥‥‥‥佐藤?」
 
 何だと言うのだろうか?
 
「‥‥あいつ、来ないってさ。それに、あいつあの後から何か変なんだよ」
 
(田中が変?)
 
 
 あの時、自分だけ姿を見せなかった事を気にしているのだろうか?
 
 田中なら、意外とそういう事を気にしてそうな気もする。
 
 
「まあ、来ないなら来ないでいいじゃないですか。こんな朝早くですし」
 
 吉田がフォロー。
 
 そういえば、平井の事で気にする余裕もなかったが、吉田も『こっち』に巻き込まれてしまったのだった。
 
 その吉田、カムシンの方を向く。
 
「ほら」
 
「あ」
 
 深くかぶったフードを外し、持ってきた麦わら帽子をカムシンにかぶらせる。
 
「餞別だ。真夏にフードじゃ暑いだろ」
 
 丁寧な喋り方はしない。自分に真実全てを隠さず話してくれたこのカムシンには、猫をかぶる気にはどうにもなれない。
 
 その貫禄と堅物さから、人間、フレイムヘイズ双方にそんな態度をとられた事のないカムシンは、柄にもなくやや慌て、しかしすぐに平静を取り戻す。
 
「ああ、ありがとうございます」
 
 寂びた声で礼を言い、しかしすぐに帽子のかぶり具合を確かめ始める。
 
 
 カムシン・ネブハーウという人物を知る誰もが、密かに驚愕する。
 
 その姿は、見た目通りの子供にしか見えなかった。
 
 
「ああ、最後に一つ。忠告をさせて下さい」
 
 具合良く帽子をかぶると、また寂びた声で話しだす。
 
 さっきの様が見間違いに思える。
 
「話を聞く限り。いや、今の現状だけで説明できますが、この街には異常な頻度で、異常な面々が次々に来訪しています」
 
「う、む」
 
 カムシンの、全く今さらな言葉に、アラストールが低く唸る。
 
「もちろん、杞憂であればそれに越した事はありませんが、この街が『闘争の渦』である可能性もあります」
 
(闘争の渦?)
 
 聞き慣れない言葉に、悠二や佐藤や吉田は怪訝な顔をする。
 
 平井はしない。知っているからだ。
 
 
「それも考慮に入れて警戒して下さい。ここがかつての『オストローデ』にならないとも限らない」
 
 その言葉を知っている者は当然。知らない者も、何やら会話の不穏な雰囲気に緊張する。
 
「例えそうだとしても、阻止するのみであります」
 
「断固」
 
 彼女にとって悪夢に通じるその言葉に、ヴィルヘルミナは断固として応える。
 
 二度と、繰り返さない。
 
 
「ええ、あなた方を信頼してはいます」
 
「ふむ、じゃからこそわしらも安心してこの地を去れるというものじゃからな」
 
 
 ベヘモットはその言葉を合図のように、カムシンに促す。
 
 別れの時だ。
 
 最後にカムシンはもう一度吉田の方を向く。
 
「ああ、お嬢ちゃんの選択がどうなるかは分かりませんが‥‥」
 
 そこで、少し口が止まる。
 
 侮辱にならないかと、僅か躊躇って、だが『良かれと思って』続ける。
 
「あなたが『良かれと思って選んだ事』が報われるよう祈っていますよ」
 
「後悔するガラじゃねえよ。心配無用だ」
 
 と、吉田はカムシンの"期待"通りに突っぱねる。
 
 だが、さらに続く。
 
「報われなくても、後悔はしない。お前も、そうなんだろ?」
 
「!」
 
 
 自分の感情を感じさせないはずの態度から、信念の根幹たる部分を見破った吉田に驚愕と、感嘆を覚える。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 気分がいい。
 
 こんな出会いは本当に久しぶりだ。
 
 
「ありがとう。"吉田一美さん"」
 
 背を向けて去るカムシンの、振り返って別れを告げたその時‥‥
 
 
 確かにその表情に、笑顔があった。
 
 
 
 
(あとがき)
 前章エピローグ、なかなかに反響が大きかったようです。凄まじい数の感想を頂きました。
 
 愛されてるなあ、平井嬢。
 
 ありがとうございます。
 
 では、のんびりとした日常編に入ります。



[4777] 水色の星S 九章 二話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2009/01/10 03:55
 
「げほっ! ごほ! きょ、教授、大丈夫でございますですかぁ〜?」
 
「キーッ! おのれおのれ! わぁーたしの実験がぁあっ!」
 
 
 UFOの墜落地点。
 
 ヘカテーの予想通りに、その長髪をマリモと化している細長い教授とドミノ。
 
 
「ふ〜ふっふ、しかぁ〜しぃ、新たな研究対象も見つかりましたからねぇ〜。ドォオーミノォー! では早速あのフレイムヘイズの子を捕らえる計画を‥‥‥」
 
「探したよ。同志、"探耽求究"ダンタリオン」
 
 
 新たな研究に燃える教授の叫びを、別の声が遮る。
 
 やる気に水を差された教授はやや不機嫌そうに体を縦に後ろに曲げ、その声の主を見やる。
 
「んーふっふ、そぉーの呼び方をされるのもひぃーさしぶりですがねぇー。私はあなたなど知ぃーりませんよぉー?」
 
 振り向いた先にいた興味なさそうにこちらを見ている男。
 
 それを見て教授も興味を失う。
 
 何かつまらないやつに見えたからだ。
 
「確かに、俺は直接あなたに会った事はない。知り合いの知り合いと言った方が正しいか」
 
 すでに教授は男の方を見ていない。
 
「そぉーれで、私に何か用でもあるのでぇーすかぁー?」
 
 言いながら、すでに歩みは男と逆の方に進んでいる。ドミノも当然ついてきている。
 
「中国で同志・カシャから面白い話を聞いた。あなたの力が借りたい」
 
 男はそんな教授の態度を全く気にしていない。
 
 自己の存在を周囲に誇示する者が多い"徒"には珍しい気質である。
 
「ん〜ふっふ、残念で〜したねぇ〜? 私は今まさにェエーキサイティングな実験にとりかかろうとしている真っ最中でしてねぇ〜」
 
「あなたにも興味深い話のはず。もっとも、俺から話すまでもなく知る事になったようだが‥‥」
 
 そこでようやく教授は足を止める。
 
 気に掛かる言葉があった。
 
「どぉいう事ですかねぇ?」
 
 振り返り、メガネがキラリと光る。
 
 男の方は、教授のその態度に内心密かに驚かされる。
 
「‥‥‥あの街に実験に行ったのに知らないのか? "銀の炎"と『零時迷子』の関連はあなたから聞いたと言っていたんだが‥‥」
 
 『零時迷子』、その言葉に教授はピキーンと背筋を伸ばす。
 
「頼みというのは、その『零時迷子』で一つの『実験』をしてもらいたい、という事。あなたにとっても、悪くない話じゃないか?」
 
 男が言い終わる前に、すでに教授はやる気全開である。
 
「ドォオーミノォー! 何をしているんです!? 早くUFOの機体を修復するんですよぉー!?」
 
「ええ!? 教授、でも『零時迷子』は『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の大切なひはいひはいひはい」
 
「ドォーミノォー? あなたは私がベルペオルとサーレがシイタケよりも嫌いな事を忘れたんでぇーすかぁー?」
 
 ドミノをマジックハンドでつねり上げる教授に、男は勧誘の成功を悟り、無関心そうなその顔の口の端が、僅かに上がった。
 
 
 今から二日ほど、前の話である。
 
 
 
 
 スゥ、と息を吸い、フゥ、と吐く。
 
 
 悠二は、あの時までトーチを作った事などなかった。
 
 トーチの構築など、徒やフレイムヘイズなら誰でも出来る簡単な干渉なのだが、錯乱状態だった事もあり、何をどうやったのかよくわかっていない。
 
 実際の所、悠二が行なったのは、通常のトーチの形成とは異なる。
 
 ほんの火の粉一欠片の存在を喰い、『人間・平井ゆかり』を、何の加工も無しにそのまま形を変えて『顕現』させた。
 
 これは、通常の『緩衝材としてのトーチ』の作り方ではない。
 
 その人間が、過去、現在、未来において、世に与える影響力・『運命という名の器』に、その力の総量を定めて生まれる作り方。
 
 
 むしろ、『戦闘用のミステス』の作り方に近かった。
 
 ヨーハンがミステスになった時も、このやり方だったらしい。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 平井は、外界宿(アウトロー)で働き、高校卒業後には正式に採用される予定だった。
 
 さらに、平井はまだ耳にしていないが、中国での活躍からか、『剣花の薙ぎ手』虞軒直々の紹介文により、『東京総本部』からの勧誘まで来ていた。
 
 外界宿で活躍し、世界に、『人間として』大きな影響を与える"はずだった"平井ゆかり。
 
 その、世に与えるはずだった影響力は、そのまま平井の『運命という名の器』として力の総量を定めた。
 
 
 ヘカテーほどではないが、十分に『紅世の王』並みの力の総量である。
 
 平井が将来的にどれほどの大人物になるはずだったかを物語っている。
 
 
 そして今、その力は外れた世界を生きるための力となった。
 
 
(‥‥‥よっし!)
 
 これは、その最初の一歩。
 
 
「封絶」
 
 自在法発現と同時に、美しい音色が響き渡り。
 
 坂井家全体を、陽炎のドームが包み込み、地面に奇怪な火線が走り、炎が溢れる。
 
 その炎獄を染めるのは、透き通るような"翡翠(ひすい)"。
 
 本来なら平井を喰った悠二の炎の色に準ずるはずだが‥‥‥
 
 
「よし、成功!」
 
「封絶の色が‥‥」
 
「この色は‥‥宿した『宝具』の製作者の色でしょうか?」
 
 そう、平井は悠二に喰われた後、体内に宝具を取り込んだ。
 
 かつてヘカテー達が戦った"愛染の兄妹"が所持していた『オルゴール』。
 
 一度打ち込んだ自在式なら、どんな複雑な式でも半永続的に奏でられる。
 
 『ミステス』という形になる事で、本来の、『一つ所に据えていなければ動かない』という枷は外れたようだ。
 
 『動いて当たり前のオルゴール』だからだろうか。
 
 
「う〜ん。他に考えられないね」
 
 平井の目下の課題は、身に宿す『オルゴール』に『封絶』や『炎弾』などの基本的な自在法を打ち込み、その自在法を『オルゴール』の力で行使する事で自身が身につけていく事である。
 
「まあ、色違いの方がカラフルでいいかもね♪」
 
「‥‥カラフルはメリヒムで十分だろ」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 
 悠二も、いつもの態度を取り戻してきている。
 
 ヘカテーは最近、悩む悠二に何かと気を遣い、どうにもペースを見失っていたのだが、ここにきてヘカテーも調子が戻ってきた。
 
 
(炎の色‥‥‥)
 
 平井は、『オルゴール』の影響が無ければ悠二と同色の炎だった、という部分に着目する。
 
(‥‥おそろい)
 
 今度、悠二をちょっとだけかじってみようか、色がおそろいになるかも知れない。
 
「よっし! 今度は自力でやるか!」
 
 平井はやる気十分である。
 
 元々、たまに鍛練に顔を出して『リシャッフル』でヘカテーと体を交換して"色々と"遊んでいた。
 
 適性は確認済みである。
 
「っよ!」
 
 平井の胸の灯りから、封絶を現す自在式が飛び出す。
 
 『オルゴール』には、一度に一つの自在式しか刻んでおけない。
 
 
「封絶」
 
 再び翡翠色の空間が形成される。
 
 ちなみに、平井が誤って自分を焼いたりしないように、悠二は『アズュール』の火除けの結界を最大にして、平井も結界内にいる。
 
 ちなみに、シャナやヴィルヘルミナ達は本日お休み。
 
 あの『スティグマ』に延々苦しんだのだ。たまの息抜きも必要だろう。
 
 
「‥‥‥ちょっと不安定かな?」
 
「‥‥ゆかりは悠二ほど自在師向きではないようです」
 
 地に描かれる、少々雑な火線を見て、悠二とヘカテーが評する。
 
 悠二はヘカテーとの『器』の共有をした後、封絶は一回で完璧に発現させている。
 
「まだまだ、もう一丁!」
 
 親友達の酷評もなんのその。
 
 
 平井ゆかり、奮闘中。
 
 
 
 
 明くる日の事。
 
 朝の鍛練で組み手を終えた後の学校である。
 
 教授の騒ぎや、"壊刃"サブラクの襲撃、『約束の二人(エンゲージ・リンク)』の再会(今はホテルにいる)、平井ゆかりの転生など、やたらと濃密な休日だったので何やら学校が久しぶりな気がする。
 
 
「おはようございます。さか‥‥‥」
 
 ヒュヒュヒュ!
 
 吉田の挨拶すらも終わらないうちにヘカテーの『おしおき星(アステル)』が飛ぶ。
 
 もはや吉田も"関係者"である。弱腰になってはいられない。
 
 チョークの先を少し尖らせてある。
 
 赤いチョークだから問題ない。
 
 
「ヘカテー、今のシャレになってないよ?」
 
「大丈夫だよ、ゆかりちゃん。それはね、この小動物が私を恐れてる証拠だから。私が優勢な証拠だから☆」
 
 ゴォオン!
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 そんないつもの騒動をとりあえず放置し、悠二はクラスを見回してみる。
 
 佐藤と、緒方が話している。
 
 珍しいツーショット、いや、緒方が田中以外の男子と二人ってだけで珍しいから佐藤がどうとかいうわけでもないのだが。
 
 
 その佐藤が、悠二を見つけ、手招きする。
 
 何だろうか?
 
 悠二まで来た事で、僅かに緒方が狼狽する。
 
 佐藤は悠二に説明せずに、緒方との会話を再開する。途中からでも通じるという事か。
 
「で、田中はその後は?」
 
「あ、いや、それはちょっと‥‥‥」
 
 何やら恥ずかしそうに口籠もる緒方だが、佐藤の様子もかなりおかしい。
 
「オガちゃん、話してくれよ、大切な事なんだ!」
 
 声に、全く余裕がない。
 
 その大声に、ようやく緒方が話し出す。
 
 悠二は、昨日田中の様子がおかしいと言っていた佐藤の言葉を思い出し、この会話の意図を知る。
 
「わ、わかったわよ。だから、迷子になってまた見つけた時に‥‥その、泣きながら抱きついてきたんだってば。
 はは、田中も大袈裟だよね。たかが迷子で」
 
 
 緒方は、恥ずかしそうに誤魔化す。
 
 
 だが、その言葉で悠二は凍りつく。
 
 佐藤はその悠二の反応を見て、自分と同じ考えだと悟り、自分の『嫌な想像』がより有力になった事に苦虫を噛んだような顔になる。
 
(‥‥‥迷子?)
 
 間違いなく、祭りの時の話だろう。
 
 あの時、あそこは『戦場』だった。
 
(泣きながら、抱きついて‥‥?)
 
 あまりにも田中らしくない行動。
 
(まさか‥‥)
 
 あの田中に、そうさせるだけの『何か』が起こった。
 
 『何か』、とは何か?
 
 
「‥‥お、おはよう」
 
 その時、教室の入り口に、田中がやってくる。
 
 田中は、悠二と佐藤の姿を見て、表情を"強ばらせて"、目を逸らした。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 もう、間違いない。
 
 あの、異常な状況下で、あの男らしい田中の心を折るだけの『何か』があったのだ。
 
 あの時、あそこは『戦場』だった。
 
 『何か』は、いくらでも想像できる。
 
 
「田中」
 
 だが、悠二は田中に声をかける。
 
 確かめたかった。
 
 今の田中が、自分をどんな目で見るのかを。
 
 確かめなければ不安だった。
 
「おはよう」
 
「ああ、おはよう」
 
 田中は、目を合わせない。
 
 だが、その声にこもるのは、恐怖というより、『顔向けできない』といった種類のもの。
 
 
 友人の、異常な経験を経ても根元の部分は変わらない事を知り、悠二は僅かに安堵する。
 
 
(大丈夫、だな)
 
 きっと、立ち直れる。
 
 悠二はそう思った。
 
 
 自分はいつか、人の"振り"すら出来なくなる。
 
 その時、ここから旅立たなければならないだろう。
 
 だから、今ここにある日常は、悠二にとってかけがえのないものだった。
 
 
 
 もう、それが崩れるのは、嫌だった。
 
 
 
 
(あとがき)
 原作で『オルゴール』は、ティリエルが持ってましたが、ティリエルが作ったとは明記されておらず、誰が作ったかもわかりません。トーチの下りもかなりオリジナル



[4777] 水色の星S 九章 三話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/01/10 17:39
 
「‥‥‥‥はぁ」
 
 疲労困憊でため息をはく。
 
 
 ここは佐藤家、迫る期末試験に向け、悠二、平井、ヘカテー、シャナ、吉田、緒方、田中、当然佐藤、そして悠二が拾った池である。
 
 シャナがこんな使命と無関係な事の誘いに乗ったのは意外だったが、訊いてもどうせ「監察よ」とか言うに決まってるから訊かない。
 
 この企画を言い出した緒方や、元々成績が思わしくない佐藤、田中は当然ピンチ。
 
 そして、成績自体は中の下から上を行ったり来たりの悠二だが、色々あって欠席が多い。
 
 成績優秀なヘカテーや平井とは違い今回はピンチである。
 
 
「悠二、ぼーっとしないで下さい」
 
「‥‥‥はい」
 
 ヘカテーはいつぞやの学者スタイルで全力で悠二の先生になっている(この姿は女子に大ウケし、あの吉田でさえ『可愛い』と言ってしまった)。
 
 補習とやらで夏休みが削られてしまうという事を聞いて、ヘカテーも必死である。
 
 悠二が補習ではヘカテーにとっての夏休みも魅力半減だ。
 
 
 平井と吉田お手製の夕食も済み、二人はそのまま皿洗いをしている。
 
 皆に勉強を教えているのは池だ。久々の活躍に、皆が、彼に関する記憶の整合性をつけていく。
 
 平井と吉田は、勉強はいいのかという問いに対し、
 
「余裕☆
 
「ま、赤点とかはしないっしょ!」
 
 らしい。
 
 
 そんな平井と吉田は‥‥
 
 カチャカチャ
 
「ふーん。つまり坂井君と同じ『ミステス』で、これからも坂井君の供給がいる、か?」
 
「まね」
 
 ミステスについて詳しくは知らなかった吉田。
 
 今直接訊いている。今さら遠慮するような間柄でも、性格でもない。
 
「一美はどうする?」
 
「‥‥‥何が?」
 
「いや、一美なら外界宿(アウトロー)で働かせろ! とか言うかと思ってさ」
 
 平井は吉田にはこういう事をさらっと口にする。
 
 吉田の性格も、性質も良く知っている。
 
 佐藤のような無謀な真似をしない事も、覚悟した時の強さもわかっているから無用な気遣いはしない。
 
「ま、坂井君次第だな」
 
 と、さらりと言う吉田。
 
 当面はそんな気はないらしい。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 平井が変わった。
 
 その事と、今の平井と自分の関係を思い、何故だか、頭をよぎる。
 
 
『やーい、吉田の泣き虫!』
 
『カエルくらいで泣いてんなよなー』
 
 小さい頃、本当に自分は泣き虫だった。
 
『こらー!』
 
 思えば、随分長い付き合いだ。
 
『そこの! 一美をいじめると許さないよ!』
 
 幼稚園からの親友だ。
 
『うわー! 平井が来たぞ! 逃げろ!』
 
 何度、助けられただろうか。
 
『ほら一美、立って』
 
 何度、手を差し伸べてくれただろうか。
 
『一美は可愛いから、男の子は照れ隠しでいじめちゃうんだよ』
 
 その姿に、強く、強く憧れた。
 
(私も‥‥‥)
 
 あんな風に‥‥
 
(ゆかりちゃんみたいに、強くて、優しい女の子に‥‥‥)
 
 なりたかった。
 
 
 
「‥‥‥‥‥」
 
「‥‥どしたの一美。いきなり黙っちゃって?」
 
「別に?」
 
「なんっか気になるなー」
 
「だから何でもないっての!」
 
 
(何をどう間違ったんだろうな)
 
 
 随分と、昔の事を思い出した。
 
 
 
 
 キョロキョロ
 
 戻ってくるのが遅い平井と吉田を探して、シャナは佐藤家を歩く。
 
 一番勉強が必要なく、一番教えるのに不適格だったためだ。
 
 いい選手がいい教師になれるわけではないいい見本である。
 
 
(台所は‥‥?)
 
 大体、何故自分はこんな所にまで来ているのか、鍛練まで休んで。
 
 そこまで常に監察する必要などないし、大体、普段のプライベートにはあまり自分は関わっていない。
 
(何やってるんだろ)
 
 坂井悠二の監察など、平井ゆかりに任せて、この街から出て行ってしまおうか。
 
 "頂の座"はともかく、彼女なら信頼できるし、外界宿(アウトロー)を通して連絡も取り合える。
 
 
 何より、あの坂井悠二は自分のペースを狂わせる。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 なら、何故そうしないのか。
 
 シロの供給の事も、いつもいつも一緒にいる必要などない。
 
 シロはそもそも力の規模を抑えて数百年力を補給せずに在り続けたのだ。
 
 このまま数年程度坂井悠二に会わなくて何の問題がある?
 
 
 そんな思考に捕らわれるシャナは、
 
「み、み〜ず〜」
 
 一人の女傑の接近に気づかない。
 
 ドサッ!
 
「っ!」
 
「うう‥‥痛‥‥」
 
 酔っぱらいと、もつれて倒れる。
 
 
「おまえは‥‥‥」
 
「『弔詞の詠み手』か」
 
 シャナとアラストールは、先日一度共闘を組んだ相手をそこに見つけた。
 
 
 
 
「‥‥で、何よ? こんなトコまでついてきて」
 
 酔っぱらいマージョリー、何やら神妙な面持ちのシャナを前にしたマルコシアスの『清めの炎』により復活。
 
 ここはマージョリーの城、佐藤家室内バーである。
 
「‥‥あなたは何故、坂井悠二を今すぐ解析しないの?」
 
 目の前の少女は、そんな問いかけをしてくる。
 
 "銀"と自分の事は、『万条の仕手』にでも聞いたのだろうか。
 
「別に? んな事しないでもそのうち話すってユージご当人が言ってんだから、焦る必要がないだけよ」
 
 シャナの問いに、マージョリーは全く気楽に応える。
 
 安全で確実な手掛かりが目の前にあるのに、あんなブラックボックスをいじる気はない。
 
 
「‥‥何で、あんな怪しいミステスを信用するの?」
 
 今まで、メリヒムやヴィルヘルミナに訊いても今一つ要領を得ない答えしか返って来なかった問いを、今度はマージョリーに投げ掛ける。
 
 まあ、要領を得なかったからこそ自ら学校にまで来て監視しているのだが。
 
 
(‥‥‥ふーん)
 
 しかしマージョリーは、会話の内容自体よりも、少女の態度にこそ注視する。
 
 そこにあるのは、純粋な疑問でも、必要な情報を集める勤勉さでもない。
 
 ただ『認めたくない』という子供っぽさである。
 
 
「お子ちゃまね」
 
「みてーだな、ッヒヒ!」
 
 マルコシアス共々、問いとは全く関係のない返答。
 
 シャナは黙って、ただ不機嫌そうに唇を引き結ぶ。
 
 
「使命だの義務だの考える前に、まず、『自分がどう感じてるのか』見極めなさい。でないと、いつか何もかも見えなくなるわよ」
 
 
 言いたい事だけ言って、話は終わりとばかりにシッシッと手を動かすマージョリー。
 
 
 これ以上訊いても無駄と悟り、シャナも平井達の探索に戻る。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 使命を考える前に?
 
 違う。自分は使命そのものだ。考える以前の問題である。
 
 自分がどう感じてるのか?
 
 わかりきっている。気に喰わない。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 本当に、そうだろうか?
 
 
 マージョリーに言われた通り、少女は自分を見失いつつあった。
 
 いや、今までも、『自分』が見えていなかった。
 
 
 
 
 勉強会を終わり、半ば強引に勉強会に参加させられた田中と、佐藤。
 
 何故か佐藤家を離れて、近くのコンビニに来ている。
 
 大事な話があるらしい。
 
「‥‥佐藤、話って、いうのはさ」
 
 長く黙っていた田中が、その重い口を開く。
 
 佐藤も、大体見当がついている。
 
「わかってるよ。‥‥あの祭りの時、何があった?」
 
 最近の元気のない理由を、相談してくれるものだと思った。
 
「‥‥‥俺さ。あの時、徒が来たってわかってたのに、オガちゃんを探しに行ってたんだ」
 
 だが、佐藤の予想は、甘かった。
 
「なかなか見つからなくて、いつの間にか周りですげえ音とかしだすし、変な空間に包まれるし、爆発とかするし‥‥」
 
 田中は、思い出すのも辛いという風も露に語り続ける。
 
「ようやく、見つけたと思ったらさ‥‥」
 
 ついに、一番口にしたくない事を言う。
 
「オガちゃんが‥‥オガちゃんが‥‥!」
 
「!!」
 
 佐藤も、ようやく田中が『こう』なってしまった理由を悟る。
 
 あの、自分が全くの無力だと思い知らされる空間で、田中に『何か』があった。
 
 それは、身も震える至近での爆発か、人間達の吹き飛ぶさまか、などと佐藤は思っていた。
 
 だが、違った。
 
 田中にとって、かけがえのない少女が、封絶という復元可能な状況下とはいえ、巻き込まれたのだ。
 
「ずっとその場でへたれ込んでたら、後で周り全部直っていった。
 オガちゃんも元に戻った。散々泣いた後に、オガちゃんが元に戻るの見て思った」
 
 すでに今この時、田中は泣いている。
 
「俺、生きてるオガちゃんを見ていたい。散々、姐さんに子分だのついてくだの行ってた。
 お前と一緒に進むんだと思ってた。でも、俺は‥‥」
 
 一枚、付箋を取出し、佐藤に渡す。
 
「姐さんに伝えてくれ。俺は腰抜けだって、根性無しの半端者だって」
 
 佐藤には、今まで同じ道を歩いてきた親友との間にある付箋、それが、自分と田中との間に出来た距離のように見えた。
 
「‥‥ちげーよ馬鹿」
 
 佐藤は知っていた。今までも、田中が迷い続けていた事を。
 自分のようにあがいていただけじゃなく、田中は迷っていた。
 
 だから‥‥
 
「お前は今‥‥」
 
 これで、良かったのだ。
 
「半端者を卒業したんだよ」
 
 
 
 
 佐藤の言葉に、田中は完全に泣き伏せた。
 
 ようやく田中が落ち着いた頃、佐藤も自分の決意を話しだす。
 
 
「平井ちゃんがさ。ずっと前から『外界宿(アウトロー)』って所で働いてるみたいなんだ」
 
「あうとろー?」
 
 聞きなれない単語に、田中は首を傾げる。
 
「フレイムヘイズの情報交換支援施設だ。俺、そこで働かせてもらえるよう、平井ちゃんに掛け合ってもらうつもりなんだ」
 
 
 そう、あの後、自分と同じ立場にあったはずの平井が、悠二達と一緒に中国に行っていた事を思い出した佐藤は平井を問い詰めた。
 
 そこで、『外界宿』の存在を知った。
 
 自分もミステスにして欲しい。とも考えたが、悠二の苦悩は佐藤にだってわかる。
 
 というか、それがわかってなお口にしてしまいそうになった瞬間、悠二の苦悩を知る平井とヘカテーに殴り飛ばされた。
 
 
 覚悟は決めたはずなのに、目の前に在りもしない希望がぶらさがった途端に揺らいだ自分には似合いの対応だと思う。
 
 ちなみに平井はまだ第八支部で働いている。
 
 これから外れた世界を進むならなおさら必要との事らしい。
 
 元々外界宿はフレイムヘイズも利用するし、平井がミステスだろうと大した問題ではない。
 
 
「‥‥平井ちゃんだってあんな事になったんだし、危ないってのはわかってるんだけどな‥‥」
 
 田中は平井がミステスになったと知った時、怯えた。
 
 平井にではない。
 
 もしかしたら"緒方が消えてしまっていた可能性"にだ。
 
 平井の前でそんな反応をしてしまった事に、田中は猛烈な罪悪感を覚える。
 
 佐藤にも話した以上。平井の誤解も解かねばならないと思う。
 
 そんな田中に、佐藤は続ける。
 
「でもそれが何だってんだ。"決めちまったんだから"、しょうがねーじゃねえか」
 
 マージョリーを生かす。
 
「俺、平井ちゃんに頼んで、外界宿で働かせてもらう」
 
 
 そのために、『自分がやれる事』をやるだけだ。
 
 
 
 
 少年達は道を違える。
 
 だが、彼らを突き動かすものは同じ。
 
 ただ、大切な女(ひと)のために。
 
 
 
 
(あとがき)
 何かシリアス続きましたが、多分次からほのぼの。
 ヘカテーの夏休み。



[4777] 水色の星S 九章 四話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2009/01/11 16:37
 
「‥‥悠二」
 
「ん? どーかした、ヘカテー?」
 
 学生の天敵、期末試験や成績発表も、とりあえず補習などは免れた悠二達。
 
 いや訂正、佐藤と田中が補習である。
 
 
 まあ、とにかく補習を免れた悠二。
 
 平井の事でしばらく今一つ元気がなかった悠二だが、ようやく調子を取り戻した(無論、忘れるわけもないが)。
 
 それに伴い、悠二を心配していたヘカテーも本調子。
 
 ようやく、『あの約束』を持ちかける余裕が出来た。
 
「‥‥ご褒美」
 
 上目遣いに、目を期待に輝かせながら言うヘカテー。
 
 そう、ミサゴ祭りの騒動にて悠二は、“教授”に正体がバレる危険を冒したヘカテーにご褒美をあげる約束を交わしたのだ。
 
(ご褒美‥‥ご褒美‥‥)
 
 今から悠二がくれるであろうご褒美に瞳を輝かせる。
 
 唇に、とまでの贅沢は言わない。
 
 こちらにも心の準備などもある。
 
 だから、久しぶりにおでことか‥‥ほっぺたなどでも妥協しようと思う。
 
 
「ああ、ミサゴ祭りの時の約束か」
 
「!」
 
 悠二が約束を忘れていなかった事、いよいよ来るご褒美の瞬間に鼓動が早くなる。
 
「ちょっと待っててね」
 
 言って‥‥ホットプレートを用意する。
 
 小麦粉を、砂糖を、卵を、材料を次々に用意し、適量で混ぜ始める。
 
 焼く。
 
「久しぶりだからうまく出来るといいけど」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 悠二があまりにも自然に行動するものだから、ヘカテーも口を挟めない。
 
 ひっくり返す。
 
 両面綺麗な黄金色だ。
 
「はい、お待たせ」
 
 バターを塗って出来上がり、悠二としてもうまく出来たホットケーキ。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥ヘカテー?」
 
 嬉しい。確かに悠二お手製のおやつは嬉しい。
 
 だが、その、何というか‥‥
 
 パクパク
 
「おいしいです」
 
「良かった。タネまだあるからどんどん食べて」
 
 悠二ホットケーキに舌鼓をうちながら思う。
 
 
(‥‥あきらめない)
 
 
 
 
「つまり、ヨーハンと再会した後、のんびりと観光をしながら御崎市に向かっていたと」
 
「まあ、そうなるわね。ヨーハンの話だと、ヴィルヘルミナはここに戻るだろうと思ったし」
 
 平井家に客人来たる。
 
 『約束の二人(エンゲージ・リンク)』である。
 
 
「あの時は本当に嬉しかった。ずっと会いたかったヨーハンにまた会えたから」
 
「僕の方がもっと会いたかったさ」
 
「私の方が」
 
「僕の方さ」
 
「私」
 
「ぼぐ!?」
 
 
 睦み合うフィレスとヨーハン、家主たる平井、後ろからヨーハンをはたく。
 
「痛いじゃないか、何をするんだい?」
 
「何か、イラッと来ました」
 
「私のヨーハンを叩かないで! 痛っ! ‥‥ヴィルヘルミナ?」
 
「イラッと来たのであります」
 
「馬鹿林檎」
 
 
「「‥‥‥‥‥」」
 
 バカップルとの評価を受けて、ちょっと不満、ちょっと嬉しい『約束の二人』。
 
 ふと、ヨーハンが平井に目を向ける。
 
「‥‥“大丈夫”なのか?」
 
 その問いには、彼と同じミステスへと変じてしまった平井への気遣いが見てとれる。
 
 平井はヨーハンとは違い、自ら望んでミステスになったわけではない。
 
 唐突な話題転換にも関わらず、それは平井に通じる。
 
 確かに、自分で選んだわけではない。
 
 だが‥‥‥
 
「嫌だとは、思ってないんですよ」
 
 そう、
 
「私は『ここ』を進みます」
 
「‥‥そう」
 
 フィレスといつまでも在りたいと願い、ミステスとなったヨーハン。
 
 トーチの中をランダムに移動するタイプのミステスも、徒に道具として生み出される戦闘用のミステスも、自らの境遇を知り、その現実を呪わない者はまずいない。
 
 望んでミステスになったヨーハンこそが異例中の異例なのだ。
 
 だから、平井が今の自分を悲観していない事を知り、安堵する。
 
「まあ、自分で納得してるんならいいんじゃない?」
 
 以前、顔を合わせた程度のフィレスも、今の平井に何の隔意も持たない。
 
 ヨーハンが恋人なのだから当然といえば当然だ。
 
 前に会った時と大分雰囲気が違うが、彼女の半身たるヨーハンが傍にいる今の方が地なのだろう。
 
(そういえばカルメルさんが‥‥)
 
 フィレス本来の性格はでたらめに楽しく明るい性格だと言っていたか。
 
「‥‥‥貴女自身が現状に納得しているのなら、私から言う事はないのであります」
 
 ヴィルヘルミナも、平井とは浅い関係ではない(というか同居人だ)。
 
 平井が“自分同様”人間を失ってしまった事には胸に少なくない痛みが走る。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 だが、坂井悠二の気持ちも、苦悩もわかる。
 
 傍目には無感動に見えるヴィルヘルミナだが、その内面は誰よりも情に深い女性だ。
 
 
 だから今は、平井が今の彼女自身を受け入れている事を素直に喜ぼうと思う。
 
 
「ま! 湿っぽい話はこれくらいにして、フィレスさん?」
 
 微妙に固くなった空気を、平井自身がうち払う。
 
「な、何?」
 
 いきなり場の空気が変わり、話を振られてフィレスが戸惑ったように応対し、平井が畳み掛ける。
 
「面白い話、あるんで・す・け・ど♪」
 
 もの凄いいい笑顔で、フィレスに言いながら、にやりとヴィルヘルミナの方を向く。
 
(ま、まさか!?)
 
 甚だしく嫌な予感を感じ、ヴィルヘルミナが狼狽し、それにフィレスが目ざとく気づく。
 
「何? 何? 面白い話って?」
 
「むふふ、それがですねえ〜」
 
「や、やめるのであります」
 
「恋心暴露」
 
「はは、楽しそうだね」
 
 
 こちらはこちらで、夏休みを満喫している。
 
 
 
 
 キュッ! キュッ!
 
 
 何をするでもなく過ごし、度重なる鍛練や戦いに精神的に疲れていたのか、悠二はソファーで横になって昼寝している。
 
 要するに、チャンスである。
 
 無駄に軽快なフットワークで、右に左に蛇行しながら悠二に近づくヘカテー。
 
 その姿はさながらエセ忍者である。
 
 キュッ! キュッ!
 
 
 確かに、悠二お手製のホットケーキはおいしかったし、嬉しかった。
 
 だが自分は、親しいおじさまと戦い、“壊刃”とも戦った。
 
 いや、確かに結局は助けられてしまっ‥‥
 
『僕が君を守る』
 
 かぁあああああ
 
 そうだ、悠二は、自分を守って‥‥‥
 
「!」
 
 ハッと気づく。確かに悠二がそんな風に思って、実際に戦ってくれた事はとて嬉しい。
 
 だが、それとこれとは話が別である。
 
 危うく色仕掛けにしてやられる所だった。
 
 
 本来のご褒美の条件よりも自分は頑張ったのだ。
 
 それなのに、食べ物で済まそうという悠二の考えが気に入らない。
 
 おいしかったけど。
 
 もっと、こっちの気持ちを汲んだご褒美をくれてもいいと思う。
 
 おいしかったけど。
 
 
「すぅ‥‥すぅ‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 よく寝ている。
 
 
 もはや、悠二に自分の想いはバレてしまっているのだ。
 
 今さら、『求愛』してなんの問題があるというのか。
 
 今、正当なご褒美としてその唇に口付けて何の問題があるというのか。
 
 
 自分の願望を理論武装で固め、いざ悠二の下へ行く。
 
 ドキドキ、ドキドキ
 
 全神経を唇に集中し、目をつぶり、顔を近づける。
 
「‥‥‥‥‥?」
 
 接触しない?
 
 
「ヘカテーちゃん?」
 
 ふと気づけば、自分の体が浮いている。否、抱えあげられている。
 
 自分を抱えあげている人物に目をやると、そこには悠二の母たる坂井千草。
 
「おばさま、放してください」
 
 今、とてもいい所なのだ。
 
「ヘカテーちゃん、いくら何でも寝てる悠ちゃんの唇を奪うのは感心しないわよ?」
 
 違う。これは正当なご褒美なのである。
 
「求愛です」
 
「私はね、口と口のキスは誓いのようなものだと思っているの」
 
 腕の中でじたばたと暴れるヘカテーに、千草は穏やかに語りかける。
 
「誓、い?」
 
「そう、誓い。自分の全てに近付けてもいい。自分の全てを任せてもいい。そう誓う行為」
 
(‥‥誓い)
 
 悠二が、自分の全てに近付いてくれる。
 
 自分の全てを、悠二に任せられる。
 
 自分の全存在に関わる事だけに、少しの不安こそあるものの、喜びがそれを遥かに上回る。
 
「誓います。誓うから放して‥‥」
 
「ヘカテーちゃん? 悠ちゃんをあまり買い被っちゃダメよ? あなたはとても高い。それは私が保証してあげる。
 だから、あまり自分を安売りしちゃいけないわ」
 
 
 そこで、ヘカテーはようやく暴れるのをやめる。
 
(‥‥‥安売り?)
 
 今、悠二にキスするのは、もったいない事なのだろうか?
 
 買い被ってなどいない。見誤ってなどいない。
 
 ずっと一緒に戦ってきた自分は確信している。
 
 安売りというが、吉田一美もいる。シャナ・サントメールも少々怪しい。
 
 いつ悠二を奪われるかわかったものじゃない。
 
 自分などより悠二の方がよほど高いような気がする。
 
 こんな自分で悠二を買えるなら安いものだ。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 頬を僅かに膨れさせ、不満も露に千草を見る。
 
 しかし、今回ばかりは千草も折れない。
 
 息子と、娘同然のこの少女のファーストキスをこんな形で成立させるわけにはいかない。
 
「ヘカテーちゃん。誓うっていうなら、悠ちゃんと一緒に誓った方が良くない?」
 
「悠二と、一緒?」
 
 その言葉だけで、何だか嬉しい気分になる。
 
「自分の全てをあなたに任せます。自分の全てにあなたを近づけて構いません。そういう事を、一緒に誓えたら素敵だと思わない?」
 
 
 悠二が、自分に全てを任せてくれる。
 
 自分は悠二の全てに近づける。
 
 
 それは、甘美な響きを持ってヘカテーの心に染み渡る。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 未だ眠る悠二の唇に、未練がましく目を向ける。
 
 勝手に誓ってしまいたい。
 
 あの唇に、自分の唇を重ねてしまいたい。
 
 
 でも‥‥‥‥
 
「‥‥‥いつか、“一緒に”‥‥」
 
 
 何とか誘惑に打ち勝ったらしい少女に、千草はようやく安堵のため息をはく。
 
 
(悠ちゃん、いつからこんなに隅に置けなくなったのかしら?)
 
 高校に入ってから、やたらと美女や美少女を家に連れてくる息子に、からかいにもにた感情を抱いた。
 
 
 
 
(あとがき)
 今章は必要な部分以外は書きたい放題ののんびりとした日常で行きます。
 長さとか全然わかってません。



[4777] 水色の星S 九章 五話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/01/13 05:29
 
 島国の何処かの街、とある自然公園の芝生に、一人、袖無しの暗い赤のドレスの少女が座っている。
 
「ふぅ」
 
 軽く、ため息をはく。
 
 意気込んでみたものの、世界に数えきれないほど存在するトーチをランダムに移動する特定の宝具を探すなど気が遠くなる話だ。
 
 封絶の中で動けるらしいから、確認する術は存在するのだが、やはり見つけるのは難しい。
 
 もうしばらくサブラクと共に行動しておくべきだっただろうか。
 
 焦ったところで見つかるようなものではないし。
 
 と、そこまで考えて、
 
(‥‥‥いや)
 
 それは無理だっただろう、と考え直す。
 
 サブラクと別れた時の事を回想する。
 
 
『ねーねー、サブちゃんって何の仕事してるのー?』
 
『俺はこう見えても、殺し屋なんだぜ』
 
『えー、うそー!?』
 
『うそよ、う・そ』
 
『えー、そうなのー?』
 
『‥‥‥サブラク』
 
『本当だ』
 
『うふふ、殺し屋っていうなら"そこ"にでっかい武器を隠してるんじゃない?』
 
『おうともさ、でっかいマグナム44をなぁ!』
 
『サブラク!』
 
『『あはははは! もうサブちゃんったらー!』』
 
『サ・ブ・ラ・ク!』
 
『武器だけじゃないぜ。でっかい夢も詰まってんだ。おぉっと、"浪漫"もなぁ!!』
 
『『あはははは!』』
 
『いぃやっほーい!』
 
『‥‥‥もういい』
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 今思い出しても腹が立つ。
 
 女性と食事に行くのに何故にキャバクラをチョイス?
 
 しかも思いっきり羽目を外して騒ぎこけて。
 
 
 一発殴ってから飛び出してきたが、どうせ次の日には全部忘れているだろう。
 
(あの‥‥バカ!)
 
 
 思い出して腹を立てるという不毛な事をしている彼女の後ろに、
 
「はじめまして、"戯睡卿"メア」
 
 いつの間にか、男が一人、立っていた。
 
 徒か。
 
「‥‥悪いけれど、今、ある馬鹿の事を思い出して気分が悪いの。用件なら後にして下さる?」
 
 普段なら挨拶くらい返すが、今は馬鹿のせいでつい不機嫌な対応をしてしまう。
 
「その馬鹿‥‥"壊刃"サブラクの事だ」
 
「‥‥‥え?」
 
 男の思わぬ返事に、つい呆気にとられる。
 
「‥‥何故、私とサブラクの事を知っているの?」
 
「中国で『百鬼夜行』のバスに二人で乗ったんだろう? 我々の同志が偶然そこに乗り合わせていてね。
 盗み聞きするつもりはなかったらしいが」
 
「‥‥‥‥‥」
 
 なるほど、世間も狭いものだ。
 
 それにしても、サブラクの話? 一体何だというのだろうか?
 
「‥‥‥いいわ。聞かせてもらいます」
 
 
 話を聞く価値はありそうだ。
 
 
 
 
「最近、あの子の様子がおかしいのであります」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 夏休みのとある日。
 
 ヴィルヘルミナに捕まる悠二。
 
 ヘカテーは何やら、突然コブラのマーチが食べたくなったとか言ってコンビニに行っている。
 
「‥‥で、何で僕に言うんですか?」
 
 どういう人選だ。
 
 いつも首にかかってる保護者や、同居している保護者にでも訊けばいい。
 
「"天壌の劫火"も、メリヒムも、わからないようなのであります。
 あの子自身、自覚がないらしく、当人に詰問するも無意味」
 
 頼りにならない保護者一同である。
 
 というか、呼び方が"メリヒム"になっている事を突っ込んだら負けだろうか。
 
 前は"虹の翼"だったはずだが。
 
 
 どちらにしても、
 
「‥‥で、何で僕に言うんですか? 平井さんは?」
 
 そういった事は平井の方が鋭いし、女の子同士だ。
 
「平井ゆかり嬢は、楽しそうに『自分の口から言う事じゃない』と言うのみで答えてくれないのであります。
 『そんなんじゃ保護者失格ですよ』とも呆れられたのであります」
 
 
 実際のところ、シャナの異変を明確に把握しているのはヘカテー、平井、吉田の三者のみ。
 
 千草でさえ細部にはわかっていないので、ヴィルヘルミナを責めるには当たらない。
 
 
(‥‥なるほどね)
 
 悠二としては、平井がほっといて問題なしと判断しているなら無理に原因を探る必要性を感じないのだが、保護者として、ヴィルヘルミナが不安になるのもわからないではない。
 
 だが‥‥
 
(そんな事言われてもなあ‥‥)
 
 シャナの様子がおかしい事すら気づかなかった自分に原因などわかるわけがない。
 
 
「とりあえず、どう様子がおかしいのか教えて下さいよ」
 
 
 
 
 御崎市、旧住宅地をてくてくと歩く小さい麦わら帽子と白いワンピースの少女。
 
 言わずと知れたヘカテーである。
 
 その手にはコブラのマーチが入った袋が下げられているが、向かう先は坂井家ではない。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 
 前からあった疑問。
 
 悠二の急成長。
 
 マージョリー・ドーとの戦いを境に、悠二は明らかに急激に成長していた。
 
 そして、前の"壊刃"サブラクとの戦い。
 
 悠二が成長していたとはいえ、渡り合える相手ではなかったはずだ。
 
 一対一で、自分でさえ歯が立たなかったほどの相手。
 
 そして、その後の鍛練でも前とは動きが違う。
 
 戦いの中で"また"急成長したのは容易に想像できる。
 
 ヘカテーは今、自分が立ち合えなかったその二度の機会を目撃していたはずのマージョリーに話を訊くべく、佐藤家に向かっているのだ。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 悠二にはこの事は内緒である。
 
 自分の杞憂かも知れないし、無用な不安を与える事はない。
 
 
 そんなヘカテー、到着。
 
 ピンポーン
 
 インターホンを鳴らすと、家政婦のような人が出てくる。
 
 シュガーは留守らしい。そういえば補習をくらったのだった。
 
 
 友達だ、という言葉で中に案内してもらう。
 
 事実、前に悠二と一緒に自分を助けてくれたらしいマージョリーを、ヘカテーは友達だと認識している。
 
 
 そして中で、
 
「!」
 
 思わぬ人物に遭遇する。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 マージョリーと共に室内バーにいたその人物。
 
 
 ヘカテーの苦手なシャナ・サントメールだった。
 
 
 
 
「うう〜ん」
 
 ヴィルヘルミナの話を要約すると、
 
 最近のシャナは、考えこんでいる事が多くなった。
 
 突然苛ついたようにカッと怒りを表すようになった。
 
 逆に、いきなり妙に沈み込んだりする事もあるらしい。
 
 
 確かに心配になるような話であるが、平井がほっといているのにも何か理由があるのだろうか。
 
 
「何か心当たり、あるいは対策は?」
 
 などと訊いてくるヴィルヘルミナ。
 
 が、心当たりはやはりない。
 
 しかし、対策というか、平井以外に頼りになりそうな人には心当たりがある。
 
 
「とりあえず、マージョリーさんトコに行きませんか?」
 
 
 
 
「「‥‥‥‥‥‥」」
 
 先日言われた事が頭をもたげて悩む事が多くなっていたため、再びマージョリーに会いに来たシャナ。
 
 悠二の異変についてマージョリーに訊ねに来たヘカテー。
 
 
 ヘカテーはシャナに、シャナはヘカテーに自分の相談内容を聞かせるつもりはない。
 
 ただ無意味に黙り込んで向かい合って座っている。
 
 
「何なのよ、これ」
 
 わけのわからない事態に、純然な被害者たるマージョリーが頭をガシガシと掻いてぼやく。
 
 さらに、
 
「マージョリーさん、いますか?」
 
「『弔詞の詠み手』、少々お訊ねしたい事が‥‥」
 
 
「「「「あ」」」」
 
 
「‥‥‥本当に何なのよ」
 
「随分とまあ頼りにされてんなあ、我が頑強な大黒柱、マージョリー・ドブッ!」
 
 とりあえず、茶化すマルコシアスははたいておく。
 
 
 
 
 クピクピクピ
 
「おまえは‥‥いらない」
 
 クピクピクピ
 
「おまえが‥‥いらない」
 
「真似するな」
 
「そっちこそ」
 
 
 向かい合って酒をあおる小さいの二人。
 
 状況が変わったせいで誰も相談が出来ず、ただの飲み会と化している。
 
 相性の悪い二人。
 
 酒で軽くなった口で悪口の応酬をしている。
 
 
「で? あんた達も何か相談なわけ?」
 
「‥‥そのつもりだったんだけどね」
 
 
 悠二、ヴィルヘルミナ、マージョリーはバーに並んで、シャナとヘカテーのやりとりを眺めながら座っている。
 
 
 だんだん悪化してきた。
 
「二人‥‥っていうかシャナが潰れてから話すよ」
 
「あの子がここに来ていた以上、やはり貴女を頼って正解のようでありますな」
 
 小さいの二人に聞こえないようにそう話す。
 
 
「‥‥はあ、私はあんた達のお母さんじゃないってのよ」
 
 当然の権利としてマージョリーはぼやく。
 
 
 あ、ついにキャットファイトに発展した。
 
「ああなったら時間の問題ですね」
 
「? 何がでありますか?」
 
「ほらあれよ、アルコール入った状態で動き回ると‥‥‥」
 
 
「「きゅう」」
 
 バタン
 
 
「こうなるわけです」
 
「そゆこと」
 
「なるほど」
 
 
 ダウンした二人を、ソファーに運ぶ悠二とヴィルヘルミナ。
 
 
「で、相談なんですけどね」
 
「はいはい、手短に頼むわよ」
 
 
 
 悠二とヴィルヘルミナは相談を持ちかけ、マージョリーは話を聞いてから納得したような顔をして、その後で平井と同じ答えしか返さない。
 
 
 
 そして、三人にとっても、その場はただの飲み会と化すのであった。
 
 
 その頃‥‥
 
 
「あれが‥‥‥?」
 
「そう、虹野邸です」
 
「いいのかな。ヴィルヘルミナに黙ってこんな」
 
 
 野次馬根性丸出しの三人(二人?)が、"虹の翼"メリヒムを訪れていた。
 
 
 
 
(あとがき)
 九章、大筋流れは決まったけど、長くなりそうです。展開遅いけどご了承を。



[4777] 水色の星S 九章 六話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/01/13 09:03
  
「ん、しょ!」
 
 
 塀をよじ登り、庭を一望する。
 
 いた。
 
 庭に生えている大きな木に背を預けて日陰でお昼寝中のようだ。
 
 
「いました。寝てます、木のトコで」
 
 
 以前ヴィルヘルミナと旅をしていた『約束の二人(エンゲージ・リンク)』だが、ヴィルヘルミナの片想いの相手について聞いた事は一度もなかった。
 
 出会った当初、彼女は想い人、"虹の翼"メリヒムを失った(と思っていた)、それは深い傷として胸のうちにあり、話す事さえ辛かっただろうから当たり前ではある。
 
 事実、悠二達がヴィルヘルミナと出会う前にメリヒムに出会い、復活させていなければ、悠二達やシャナですらも、ヴィルヘルミナの片想いを知る事はなかっただろう。
 
 
 とにかく、フィレス(とヨーハン)にしてみれば、あの堅物な友達が恋した相手(これだけで何か面白い)。
 
 しかもあの『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』の両翼が右、"虹の翼"メリヒムである。
 
 
 大いなる好奇心と僅かな老婆心で以て、『確認』する必要がある。
 
 しゅた!
 
 
 庭に侵入。
 
 気配からして、シャナはいないらしい。
 
 
 ササッ!
 
 接近。
 
 標的をつぶさに観察する。
 
(どうですか?)
 
(顔は一応‥‥)
 
(及第点だね)
 
 小声で確認しあう野次馬トリオ。
 
「あとは性格ね。ちょっとお茶に付き合ってもらいましょう」
 
 フィレスがいきなり声を潜めるのをやめ‥‥
 
「っは!」
 
 琥珀の突風を放つ。
 
「!」
 
 攻撃の気配に即座に目を覚ますメリヒム。
 
 すかさず飛びすさり、これを躱す。
 
 ドン!
 
 派手な音を立てて、大木の幹が軋む。
 
 
「‥‥何のつもりだ。おまえ達」
 
「ハロー! メリーさん。遊びに来ました♪」
 
「いい加減な男だったらうちの子はやれないわよ」
 
「ごめんね。騒がせちゃって」
 
 
 手荒な挨拶と共に、メリヒムの品定めが始まる。
 
 
 
 
「恋されるってのは、すごくおっかない事なの、わかる?」
 
 もはやただの雑談飲み会と化している佐藤家室内バー。
 
 いや、本来それが正しいのだろうが、とにかく、先ほど聞いた相談内容、シャナの異変について聞いたマージョリー。
 
 見ただけではそこまではわからなかったが、ヴィルヘルミナの話で"それ"が何なのか、大体見当はついていた。
 
 だから、余計なお節介として、『恋愛に関する話』を悠二とヴィルヘルミナにしている。
 
 自分の口から伝えるような事ではないから、これが精々の『協力』だ。
 
 ちなみに、『それ』が悠二だとは露ほどにも考えてはいない。
 
 
「普通じゃ考えられないような力を捧げられる。真摯の重さ。
 その力を呵責なく使い潰せる。ゾッとするほどの愉悦。
 温かい安らぎと表裏一体の綱渡りのような緊張、恋や愛っていうのは、相手にそういう事を"感じさせる"ものなの、わかる?」
 
 
 マージョリー先生の深い言葉に、深々と頷く生徒二人。
 
 悠二は"恋される側"として、ヴィルヘルミナは"恋する側"としてそれを受けとめる。
 
 なるほどと思う。
 
 ヘカテーの想いを知り、ヘカテーが自分に嫌われると感じたらしい時の、あの今にも壊れてしまいそうな姿が思い出される。
 
 
 ヴィルヘルミナとしては、そんな力をたやすく使い潰されている哀愁が漂う。
 
 
 マージョリーの気遣い虚しく、二人はその話をシャナの事とは一切結びつけず、あくまで『自分の』参考にしていた。
 
 まあ、マージョリーの方も、今や酔いが回ってただのおしゃべりになっているからあまり人の事は言えないが。
 
 
「マージョリーさんこそ、佐藤や田中はどうなんですか?」
 
 ここで悠二、少年二人のために軽いジャブとしてフォローをだす。
 
 ちなみに、マージョリーは田中に起こった事を知らないし、付箋も佐藤が預かったままだ。
 
 佐藤としても、複雑な思いがあるのでまだ言っていない。
 
 
「あれはただの無邪気な憧れ。あの二人からそういうものを感じさせられた事は‥‥‥」
 
『あなたを生かす、生かす事だけに全てを賭ける』
 
「‥‥‥‥ゴホン。とにかくユージ、あんたが"頂の座"にそういうものを感じさせられてるっていうなら、それだけあの子が本気って事。
 私達外野からじゃ、"そんな風に見える"の域を出ないからね」
 
 悠二の質問を絶妙な話題転換で流すマージョリー。
 
 悠二の方も、"図星"を指され、狼狽する。
 
「我にもわかる! 我らが愛は共に歩む全てであった!」
 
 何やら、ワインの入ったコップに漬けておいたペンダントからも同意の声が上がる。
 
 いい感じに酔っているらしい。
 
 
「『万条の仕手』もよお、せっかくのメイド服なんだから有効活用しねぇとダメだぜぇ?」
 
 同じく、ワイン入りのタライに漬けておいたマルコアスも口を出す。
 
「メイド服?」
 
 当のヴィルヘルミナには自らの服装が不自然な自覚は当然ない。
 
 
「ユージ。おめえも男ならわかるよなぁ、男の浪漫をよぉ! あの『尽くしてあげます』って感じが、あぁあ!」
 
「いや、その感覚はわからないでもないけど‥‥」
 
「‥‥『万条の仕手』のどこにそんな要素があんのよ?」
 
「一体どういう事でありますか?」
 
 
 いつの間にやらただの酔っぱらいの絡みに成り果てつつあるその場で、
 
 悠二の「わからないでもないけど」の発言の際、眠っていたはずの水色の少女の指が、
 
 微かに動いた。
 
 
 
 
「それで、結局おまえ達、何しに来た?」
 
 虹野邸の無駄に広いリビングで、今四人が座っている。
 
 
(‥‥ゆかり、こいつはお客さんにお茶も出さないわけ?)
 
(っていうか、この家に料理出来る人いないから台所は基本、空です)
 
 
 まずメリヒムのマナーを測るフィレス。
 
 とりあえずマイナス1ポイント。
 
 
「だ・か・ら、遊びに来たんですって♪」
 
「用が無いなら帰れ。昼寝の邪魔だ」
 
 ビキ
 
 マイナス3ポイント。
 
 
「ああ、その、今日はヴィルヘルミナとの事について話を聞きたいなと思ったんだ」
 
 ヨーハンが穏やかに質問するも、
 
「おまえ達には関係ない事だろう」
 
 ビキビキ
 
 マイナス5ポイント。
 
「平井ゆかり、お前も何とかしろ。折角別々に居を構えたというのに事ある毎にこの家を訪れられては意味がない。
 お前はヴィルヘルミナの同居人だろう?」
 
 マイナス、10ポイント。
 
 ドッカァアアン!!
 
 
 ついにフィレスの堪忍袋の尾が切れ、目の前の大きなテーブルをひっくり返す。
 
「ちょっ、フィレス!?」
 
「ダメだわ。こんなちゃらんぽらんで非道な男にうちのヴィルヘルミナは任せられない」
 
「ドウドウ、フィレスさん落ち着いて、ね?」
 
「これのどこがいいの? 何このエゴイスト。何この欝陶しい長髪。ゆかり、こういうのどう?」
 
 怒れるフィレスを宥めるヨーハンと平井。
 
 しかし当のメリヒムが火に油を注ぐ。
 
「お前にどう思われようと構わん。大体、お前の恋人だって随分な優男だろうが」
 
 プチン
 
「‥‥いいわ、成敗してあげる。表に出なさい」
 
「面白い。お前に俺の相手が勤まるかな?」
 
 
 フィレスとメリヒムがずかずかと外に出ていき、前代未聞のバトルを繰り広げる中、
 
 それを見物する二人のうちの一人、平井ゆかりは気づいていた。
 
 メリヒムのヴィルヘルミナへの呼び方が、フルネームの『ヴィルヘルミナ・カルメル』から、ファーストネームの『ヴィルヘルミナ』に変わっていた事を。
 
 
 
 
「あ〜、何で夏休みなのに学校なんて行かなきゃならないんだか」
 
 いや、赤点をとったからなのだが。
 
 面倒な補習を終えて、佐藤啓作が我が家に帰宅する。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 田中は、家に来ない。マージョリーに合わせる顔がないらしい。
 
 自分が、まだ田中に渡された付箋をマージョリーに返せないのは、田中が『自分の側』から完全に決別する事に未練でもあるからなのか、自分で自分がよくわからない。
 
 ガチャリ
 
(ん?)
 
 靴がいっぱいある。
 
 客が来ているのか。他はともかく、このブーツはすぐに誰のものかわかった。
 
(カルメルさんと、あと三人か)
 
 自分が不在なのにまだいるという事は、マージョリーの客だろう。
 
 
 鞄だけ自室に放り込み、室内バーに向かう。
 
「マージョリーさん、誰か来てるんですか?」
 
 来てるとわかっているのに何故か訊ねながら入ると‥‥
 
「ああ、佐藤おかえり。皆酔い潰れちゃってさ」
 
 坂井悠二、ヘカテー、ヴィルヘルミナ・カルメル、シャナ・サントメール、そしてマージョリー・ドー。
 
 見事に皆、酔い潰れている。
 
 悠二を除いて、
 
「‥‥坂井、皆、いつから飲んでたんだ?」
 
「えーと、来てすぐだから、朝の十一時かな」
 
 この光景に、明らかな違和感がある。
 
「坂井お前、気持ち悪くないの?」
 
 何故悠二だけけろっとしているんだろう?
 
 前の宴会の時もそういえば。
 
 
「‥‥そういえば、今まで酔った事無いな」
 
 
 坂井悠二、大蛇(うわばみ)。
 
 
 
 
 夢うつつで聞いた少年の一言、しかし少女はそれを幻だとは思わない。
 
 否、幻であろうと一つのきっかけと捉える。
 
 
 
 
(あとがき)
 十章から多分またシリアスなんで、今のうちにほのぼのをやりたいだけやる腹積りです。



[4777] 水色の星S 九章 七話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2009/01/16 18:37
 
「それでメリーさんがね‥‥‥」
 
「また妙な事をしでかしたのでありますか?」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 
 所は平井家の食卓。
 
 そこにいるのは平井ゆかり、ヴィルヘルミナ、そしてヘカテーである。
 
 ヘカテーは本日、平井の家にお泊まりだ。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 別にヘカテーが平井の家に泊まる事はそれほど珍しい事ではない。
 
 坂井千草に見せられないような怪我をしてしまった時はもちろん、ヘカテーだけなら『パジャマパーティーだ!』とか言って平井が連れ去る事もよくある。
 
 今回も平井が誘い、ヘカテーが了承し、前々からの約束で来ているのだが、ヘカテーには別の目的もある。
 
(‥‥‥メイド服)
 
 
 あの時、夢うつつで聞いた話を現実とするなら、メイド服には男性にはわかる"浪漫"があって、ヴィルヘルミナ・カルメルはそれを活用出来ていないらしい。
 
 自分が活用出来るとは限らないが、活用出来ないとも限らないのではないか?
 
 "浪漫"を身につければ、振り向いてくれるのではないか?
 
 
 悠二誘惑を企むヘカテー。
 
 大体、自分からの想いを知っているはずの想い人が返事どころか、そのテの話題にすら触れないのだ。
 
 ヘカテーとて不安になる(しかし、返事をもらうのも怖いというジレンマもある)。
 
 悠二と一緒に住んでいたり、悠二と一緒の布団で寝たり、最近は悠二が寝呆けて抱きしめてくれる事も多くなった。という環境でなければ不安に耐えられていないだろう。
 
 
 ヘカテーは、平井お手製の焼きうどんを食しながら、そんな思考を巡らせる。
 
 巡らせながら、さりげなくピーマンをヴィルヘルミナの皿に移す。
 
「ヘカテー、ちゃんとピーマンも食べなさい」
 
 
 バレた。
 
 
 
 
「う〜ん。細っこいなぁヘカテー♪」
 
 平井とヘカテー、バスタイム。
 
 ヘカテーの背中を流す平井である。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 振り返り、横目でヘカテーが見るのは、平井の胸部。
 
 確かに、乳おばけ吉田の方が大きいのだ。だが、平井の方が線が細い。
 
 対比で胸も大きく見える。
 
 自分も細いが‥‥薄い。
 
 
「ほら、そんな顔しない。女は胸じゃないぞ? ヘカテー」
 
 ヘカテーが向けてくる羨望の眼差しを平井は一蹴する。
 
 女の子は、実際に相手が気にしなくても自分のスタイルを気にしてしまう生き物である。
 
 その事はわかっているが、"自分達"には不毛な悩みだ。
 
 この姿は、もう変わらないのだから。
 
 平井も女の子である。当然、髪の手入れは毎日している。
 
 そんな時、ふと気づくのだ。
 
 髪が、全く伸びていないと。
 
 自分はもう人間ではないのだと。
 
 
「ほら、交代! 我が背中を流せヘカちゃん」
 
 もちろん、そんなふとした時に感じる寂しさや不安を他者に気づかせる平井ではない。
 
 特に、悠二にだけは、絶対に気づかせてはならない。
 
「‥‥ゆかりも細いです」
 
 もちろん、平井とていつもこんな風に思っているわけではない。
 
 そんな僅かな寂しさは、すぐに溶け消える。
 
「むっふっふ、食べた分のカロリーを消費するような生活スタイルの為した業なのだよ」
 
 
 軽口を叩く平井。ついこぼれた、人間としての生活スタイルを『過去のもの』として語る平井に、ヘカテーは気づかなかった。
 
 
 今、ヘカテーは‥‥
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
「ひゃっ!? コラヘカテー、何すんの!」
 
 男の浪漫を研究中である。
 
「ふっふっふ、そっちがそういうつもりなら、うりゃ!」
 
「ふぁっ!? やりましたね!?」
 
「ヘカテーが先でしょ、覚悟はいいかな?」
 
 
 二人じゃれ合いながら、楽しい一時は過ぎていく。
 
 
 
 
 キュッ! キュッ!
 
 
 例によってエセ忍者ステップで軽快に動くヘカテー。
 
 目指すはかつて平井の両親が暮らしていたと思われる、現・ヴィルヘルミナルームである。
 
 
 平井は今、テレビでアルセーヌ・ショパンの三代目を見ている。
 
 ヴィルヘルミナは入浴中。
 
 チャンスは今なのである。
 
 カチャカチャ
 
 この前テレビで見たシーンを真似して、閉まってもいないドアの鍵穴をいじり、開いた(当たり前だ)ドアから中に侵入する。
 
 
 部屋の端の方に、クローゼットがある。
 
 やはり、思った通りだ。
 
 いくら『清めの炎』があり、いつも同じ服装をしているとはいえ、本当に全く同じ服を使い回しているはずがない。
 
 実用的な意味だけでなら問題はないが、やはり精神的に気分が悪いはずだ。
 
 自分も、いつもの巫女装束は予備をたくさん持っている。
 
 ガチャリ
 
 
(やっぱり)
 
 ヴィルヘルミナ・カルメルのトレードマーク、メイド服が大量に掛けられている。
 
 他にもいくつか私服があるが、着ているのを見た事がない。
 
 しかし野暮な事は考えない。彼女も自分と同じ、『愛の求道者』なのだから、好きな人によく見られたいがための葛藤が‥‥
 
 カァアアアアア
 
 自分で考えた恥ずかしい言葉に自分で真っ赤になるヘカテー。
 
 ダメな自分である。
 
 頭をふりふりして気恥ずかしさを振り払う。
 
 
 いざ‥‥‥
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
 着てみた。
 
 大きい。
 
 だぶだぶである。
 
 ヴィルヘルミナ・カルメルにぴったりなのだから当たり前の事だったのに、何故気づかなかったのか。
 
 ガチャリ
 
「「あ」」
 
 突然開いたドアに目をやれば、服の持ち主たるヴィルヘルミナ・カルメル。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 
 両者、どう反応して何を言えばいいのかわからないような沈黙が続く。
 
 そして、
 
 
「どうかしたんで‥‥‥」
 
 平井ゆかりも現れる。
 
「「「‥‥‥‥‥」」」
 
 またも場の空気が固まる‥‥が、すぐに氷解する。
 
「‥‥‥‥‥か、」
 
 平井ゆかりによって。
 
「か・わ・い・い!!」
 
 サイズのあっていないだぶたぶのメイド服に身を包み、恥ずかしそうにしている小動物のようなヘカテー。
 
 彼女のツボに入ったらしい。
 
「カルメルさん! ヘカテーにメイド服着せてたんなら何で教えてくれなかったんですか♪」
 
「い、いえ、私は‥‥」
 
 たまらず、ぎゅうっとヘカテーを抱きしめる平井と、何がなんだかわからないヴィルヘルミナとヘカテー。
 
「ああ、かわいい。このままお持ち帰りにしてしまいたい。あ、ここ私ん家じゃん♪」
 
 一人でどこまでもテンションを上げていく平井。
 
 ヘカテーがやたらめったらモフモフされている中。
 
「‥‥それで、一体何故このような事を?」
 
 
 ヴィルヘルミナがようやく正しい質問をするのだった。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 ずず、とヴィルヘルミナがお茶を啜る。
 
「つまり、あの場での"蹂躙の爪牙"の妄言を聞いてこのような行動を?」
 
 コクリ。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 呆れたものだ。事情はわかったが、何故わざわざ部屋に忍び込む必要があるのか。
 
 それにしても、健気な娘である。
 
「ヘカテー、成長したんだね。お姉さんは嬉しいぞ?」
 
 平井はもう感涙ものらしい。
 
 
 まったく。
 
「了解。明日の朝、カブト虫狩りに行く前に細かい寸法を測るのであります」
 
 てっきり叱られると思っていたヘカテーは、その予想外の言葉にキョトンとする。
 
「どうせならきちんとした大きさの方が良いでありましょう?」
 
 何やら、瞳がウルウルとしている。
 
 そこまで喜ばれるような事を言った覚えはないのだが。
 
「あ‥‥ありがとうございます」
 
 感極まってお礼を言う"頂の座"。
 
 部屋に侵入した事も、勝手に自分の服を着た事も、咎めるつもりはない。
 
 全てはこの少女にそうさせる、あの坂井悠二が悪いのだ。
 
 そう、いつだって、心を奪った方が悪いのだ。
 
 などと心中で『自分達』を正当化する。
 
(尽くしてあげる感じ、か)
 
 自らも着ている給仕服を見て、そういう風には見えないらしい自分を思い、僅かにため息をはく。
 
 目の前のこの水色の少女を見ていると、"蹂躙の爪牙"の妄言もあながち間違いではなかったのかという気になってくる。
 
 
 第一、視覚的な意味だけでも激しく可愛かった。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 ついでに、あの子の分も作っておこう。
 
「カルメルさん、私も私も!」
 
「了解であります」
 
「給仕天国」
 
 
 そんな、夏の日の1ページ。
 
 
 
 
(あとがき)
 何か区切りがわからなかったので今日は短め。
 っていうか、ただでさえ長くなりそうな九章なのに何一話丸々メイド服に費やしてんだろ自分。



[4777] 水色の星S 九章 八話
Name: 水虫◆70917372 ID:fc56dd65
Date: 2009/01/16 18:41
 
 ガッ!
 
 朝の坂井家、木と木がぶつかり合う音が響き渡る。
 
 
「っふ!」
 
 『殺し』を乗せた一撃。しかし眼前の坂井悠二はこれを体勢を大きく沈めて躱し‥‥
 
「っは!」
 
 足を払う一撃を繰り出してくる。
 
 跳んでこれを躱すが、
 
「もらった!」
 
 中空にある自分に、さらにもう一撃が放たれる。
 
 前より、"返し"が速い。
 
 ガァン!
 
 自分の木の枝でこれを受け止めるが、重すぎる。
 
 体勢を崩して吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる前に受け身をとる。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 強い。あの祭りの時を境に、また動きに磨きがかかっている。
 
 元々、腕力が並ではない。動き一つ変わるだけでこれほど厄介だとは。
 
 だが、自在法で引けをとり、体術まで追い付かれてたまるものか。
 
 
 後足をぐっと踏み、勢いのついた刺突を繰り出そうと構えたところで‥‥
 
「悠ちゃん、シャナちゃん。そろそろ時間よ?」
 
 坂井悠二の母、千草が鍛練終了を告げる。
 
 千草は、この一般人には必要ないはずの鍛練自体について何も訊かないし、止めない。
 
 ただ、こうやって鍛練の時間に区切りを持たせる事を自分の役割りだと考えているらしい。
 
 
「今日の所は、無勝負ね」
 
 少しだけ、残念だ。
 
 
 
 
「悠ちゃん。女の子相手なんだから顔とかにぶつけないようにしなきゃダメよ?」
 
「‥‥僕の方が殴られてるんだけど‥‥わかったよ」
 
 坂井家の縁側に腰掛けて、オレンジジュースを飲む、悠二とシャナ。
 
 そろそろ母の前でする鍛練にも何か工夫が必要かも知れない。
 
 ちなみに、平井家のお泊まり会につき、今朝は悠二とシャナのみである。
 
 メリヒムは自宅以外の鍛練には参加しない。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 今の自分の状況と、心境を意識してみるシャナ。
 
 今、まさに今この瞬間においての『今』である。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 どうやら初めの頃はともかく、今、自分は坂井悠二を嫌っているわけではないらしい。
 
 坂井悠二と自分の二人しかいない鍛練だが、胸中に不快感はない。
 
 
「そういえば、悠ちゃん今日は‥‥‥」
 
「うん。このまま出掛けてカブト虫狩り、だってさ」
 
 そんな思考の最中、嫌いではない(と思われる)坂井悠二と、嫌いではないどころか好きな坂井千草が何やら話している。
 
 そう、悠二は今日はこのまま出掛けて平井、ヘカテーと合流してカブト狩りに行く事になっている(最初、ヘカテーが『リベザル狩り』と言っていたから意味がわからなかった)。
 
 ちなみに、ヘカテーはカブト虫(リベザル)を図鑑で見て知っている。
 
 
「‥‥カブト狩り?」
 
 シャナはただ意味がわからない風につぶやくのだった。
 
 
 
 
「っりゃ!」
 
「っ!」
 
 平井のマンションの屋上でも、悠二達同様に鍛練が行われていた。
 
 平井とヘカテーの組み手である。
 
「よし、ヘカテー、お風呂入ろ!」
 
 自在法構築は悠二ほどの適性は無かった平井。
 
 しかし体術の方は呑み込みが早い。
 
 ちなみに、ヴィルヘルミナはもう平井とヘカテーの寸法を計り終えている。
 
 
 鍛練を終え、お風呂に入り、朝食を済ませ、出掛ける。
 
 それらを二人で行なう姿は、仲の良い姉妹のように見えた。
 
 
「行くぞヘカテー、カブト虫狩り!」
 
「はい」
 
 
 
 
 平井とヘカテーとの待ち合わせ場所に向かう悠二。
 
「あそこでメロンパン買う」
 
 と、シャナ。
 
 何故かついてきている。
 
 悠二としては、ヘカテーとシャナがまたいがみ合わないか心配である。
 
 スーパーのパン売り場で、鍛練の時と同じかそれ以上に真剣な眼差しでメロンパンを睥睨するシャナ。
 
 このままでは待ち合わせに遅れかねないと判断した悠二、一つのメロンパンを手に取り、奨める。
 
「これは? 本物のメロンの果汁入りとか書いてるぞ」
 
 しかし、
 
「ダメよ」
 
 一蹴。
 
「メロンパンっていうのは網目の焼型がついてるからこそのメロンなの! 本物のメロン味なんてナンセンスである以上に邪道だわ!」
 
 いっそ見事なまでのメロンパンへのこだわりを見せるシャナ。
 
 周囲から感嘆の声が漏れる。
 
 恥ずかしくなった悠二は、シャナにメロンパンを手短に選ばせて、スーパーを後にする。
 
 
「お前、前に見た時メロンパンの食べ方がなってなかった。まずはこう、カリカリな部分を食べて、その後に内側のモフモフな部分を食べるの。
 そうする事でバランス良く双方の食感を味わえる」
 
 悠二にとって激しくどうでもいい持論を披露してくる。
 
「あ、そう」
 
 と生返事をすれば、
 
 ギロ!!
 
 洒落にならない眼で睨んでくる。
 
 何なんだ。
 
 
「‥‥何で世間知らずもいい所なのにメロンパンだけやたらとこだわるんだ?」
 
 その問いに、シャナは一瞬だけ迷い、
 
「これを食べるのは、"ここに私がいる"って事なの」
 
 最高に意味のわからない事を言い、そして満開の笑顔でメロンパンにかぶりつくのだった。
 
 
 
 
 目的地。街から少し離れた森に入る階段の前に、虫取り網に麦わら帽子の少女が二人。
 
 ヘカテーと平井である。
 
「ごめん、遅れて」
 
 謝り、近づく悠二、しかし平井やヘカテーは悠二の方を見ていない。
 
 その横のシャナを見ている。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 無言で近づき、ぎゅうっと悠二の腕を抱き寄せてシャナを睨むヘカテー。
 
 これでもかというほどの独占の意思表示。
 
 この行動が悠二にどう思われるかは今、思考のうちにない。
 
 今までの経験から、『退いてはいけない』事を知っているのである。
 
 
 そしてシャナは確信する。『坂井悠二と"頂の座"が揃うと不快である』と。
 
 そして悠二は照れる。ヘカテーの露骨な愛情表現に。
 
「よ! この幸せ者♪」
 
 平井はとりあえず、悠二を肘でつっつきまくる事にした。
 
 
 
 
「わざわざカブト虫を捕まえる意味がわからない」
 
 ついて来たくせにカブト虫狩り否定派らしいシャナ・サントメールが何やら文句を言ってくる。
 
 せっかく三人でリベザルの子供たちを捕まえる、楽しい休日のはずだったのに。
 
「嫌なら帰れば良いのです。誰も止めません」
 
 はっきりくっきり宣告する。
 
「お前に命令される筋合いはない」
 
「命令ではありません。推奨です」
 
「とりゃぁあ!」
 
 言い合う二人の会話を切って平井が叫ぶ。
 
 そして、大木に蹴りを入れる。
 
 ドシン!
 
 木は大きく揺れて、ヘカテーは事前に平井に聞いていた情報から即座に跳びすさる。
 
「へ?」
 
 ヘカテーの行動の意味がわからず、シャナは一瞬呆気にとられ、
 
「シャナ、上だ!」
 
 アラストールが叫ぶが、手遅れだった。
 
 ぼとぼとぼと
 
 今の平井の蹴りにより落ちてきたカブト虫、クワガタ虫、合計五匹。
 
 何の運命の悪戯か、それは全てがシャナ一人に降り注ぎ、張りついた。
 
「‥‥‥‥き」
 
 忌まわしい記憶が、怪物列車の中で体験した忌まわしい記憶が蘇る。
 
「きぃゃああああ!!」
 
 常ならばあり得ない種類の叫びを上げるシャナ。
 
 平井にも、ヘカテーにも、悪意は無かった。
 
 ただ、今の彼女達は夏を駆けるカブトハンターだったというだけだ。
 
 
 全くの反射的行動の下、二人はカブトやクワガタを網に捕らえた。
 
 シャナごと。
 
 
「きぃゃああああ!!」
 
 
 楽しい楽しい夏休み。
 
 
 
 
「「‥‥‥‥‥」」
 
「ほら、機嫌直して、二人共」
 
「シャナももう仕返しはしたでしょ?」
 
 
 カブト虫狩りも終えた帰り道。あの後、シャナはヘカテーと平井にカブト虫達をけしかけて仕返しをし、平井はこれに耐え、ヘカテーはしてやられた。
 
 結果としてヘソを曲げたヘカテーとまだ不愉快醒めやらんシャナが残ったのだ。
 
 悠二と平井はご機嫌とりに四苦八苦である。
 
(ん?)
 
 そんな悠二の目に、一軒の店が映る。
 
 パン屋さんである。
 
 いいタイミングだ。
 
 これでヘカテーはともかく、シャナの機嫌は直せる。
 
「平井さん。ちょっと二人みててね」
 
 平井に小さいの二人を托し、店に入ってパンを買う。
 
 ちょうどメロンパンが焼きたてらしい。
 
 自分と平井の分も合わせて四つ買ってから戻る。
 
 
「ほら、これあげるから機嫌直して」
 
 未だにそっぽを向き合っているシャナとヘカテーにメロンパンを差し出し、平井にも手渡す。
 
「‥‥‥あったかい」
 
 彼女の代名詞のはずのメロンパンを手にし、何故か戸惑うシャナ。
 
 おずおずと、その温かくて柔らかいメロンパンにかぶりつく。
 
「!!!!」
 
 声こそ出さないものの、異常なまでの反応を示す。
 
 肩が震えるどころではない。ちょっと体が浮いたほどだ。
 
 目を丸くしてメロンパンを見つめ、感動にうちふるえる。
 
(こ、れが‥‥‥)
 
 先ほどの不機嫌などもはや雲の彼方である。
 
(本当に、メロンパン!?)
 
 無我夢中で手の中のメロンパンを貪るシャナ。
 
 
「「‥‥‥まさか」」
 
 平井と悠二、気づく。
 
「パン専門店のメロンパン‥‥‥」
 
「‥‥初めて?」
 
 コクコク
 
 悠二と平井の問いに応える間も惜しいとばかりにパンを食べながら頷く。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 少しだけ呆れる悠二。
 
 あれだけ偉そうに語っていたくせに『本物のメロンパン』を食べた事すらなかったとは。
 
 まあ、ああいう間違った知識を与えるメイドには心当たりがあるから敢えて訊きはしない。
 
 
(‥‥‥おいしそう)
 
 そんなシャナの様子を見ているヘカテー。
 
 カプリ。
 
(おいしい)
 
 だが、自分にはシャナ・サントメールほどこのパンにこだわりはない。
 
 いつまでもいがみ合っていると、悠二達にも迷惑をかける。
 
 それに、あの食べっぷりは見ていて面白い。
 
 
 あっという間にメロンパンをたいらげるシャナ。
 
 足りない、と思いっきり顔に書いてある。
 
「‥‥‥はい」
 
 自分のメロンパンを半分にちぎる。
 
「半分、あげます」
 
 
 そしてシャナにあげる。
 
 この時、初めてシャナ・サントメールから好意的な視線を感じたヘカテーであった。
 
 
 
 
 『炎髪灼眼』を継ぐ偉大なる者はその日、人生最大級の喜びを知った。
 
 
 
 
(あとがき)
 展開遅っ! 自分でもびっくりするくらい進んでません。
 メイド服に続いてカブト虫に一話使ってしまった。



[4777] 水色の星S 九章 九話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2009/01/16 18:43
 
 カブト虫狩りも終わり、最後の最後で大喜びするシャナという珍しいものも見れた。
 
 なかなかに有意義な休日だったと言える、が‥‥
 
 
(‥‥視られてる?)
 
 シャナと別れ、一路坂井家を目指す悠二、ヘカテー、平井(今日は平井が坂井家にお泊まりだ)。
 
 しかし、その帰路の途中から、
 
「これ、人間だよね?」
 
「もう随分視られています。意図的に尾けているとしか思えません」
 
 
 そう、何やら視線を感じるのだ。ヘカテーと平井も当然のように気づいている。
 
「さて、どうする?」
 
「このまま帰って家の場所知られるのはまずいかも。うち、単身赴任だし」
 
「では、散りますか?」
 
 
 ヘカテーの提案に、悠二が頷き、
 
「"釣れた"人が、ちょっとだけ気配大きくするって事でオーケー?」
 
 平井が補足する。
 
「じゃ、せーの!」
 
 差し掛かった十字路、来た道以外の三方にそれぞれ別々に歩き出す。
 
 
 これで、三人のうち、誰を尾けていたかを突き止めようという事だ。
 
 
(こっち、ですか)
 
 バラけたにも関わらず、視線を感じるヘカテーが、自分が尾けられていた事を知る。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 歩きながら、自然な動作で右手首の『タルタロス』を外す。
 
 
(あとは‥‥‥)
 
 
 
 
(参ったな)
 
 珍しく、女の子、それも二人を連れて歩いていたから"つい"あとを尾けてみたが、まさかいきなり別れるとは。
 
 まださほど暗くない夕方とはいえ、女の子を一人で帰らせるとはまだまだマナーが足りない。
 
(仕方ない)
 
 自分も一人だから一人しか無理だが、家まで危険がないか陰ながらエスコートさせてもらおう。
 
 やはり、小さい子の方が危険だろう。
 
(しかし‥‥)
 
 コソコソと尾けながら思う。
 
 一体どういう関係なのだろう?
 
 もう一人の娘は同年代みたいだから恋人かも知れない(もうそういうお年頃だろう)。
 
 だが、あの子はどうだろうか? さっきの娘の妹にも見えない、そもそも妹なら帰る方角が違うのも変だ。
 
 などと、水色の小柄な少女の正体を想像している、と、突然‥‥
 
(なっ!?)
 
 少女が振り返り、何か、白いレーザーのようなものを放ってきた。
 
 パァアン!
 
 隠れていた電柱を盾にする、そして白い煙が撒き散らされる。
 
(これは‥‥チョークか!)
 
 しかしあの速度、しかもチョークが粉々になるほどの威力。
 
「とりゃあー!」
 
「っ!」
 
 驚くのもつかの間、後ろから元気な掛け声と共に蹴り、危うく躱す、が、転ぶ。
 
「うちの可愛いヘカテーを狙うとはいい度胸! 覚悟はいいね!?」
 
 さっき別れたはずの女の子。
 
(‥‥二重尾行、か)
 
 このままでは確かに警察に突き出されても文句は言えないが、この二重尾行が示し合わせたものならば当然‥‥‥
 
「‥‥‥何やってんのさ?」
 
 やはり、来ている。
 
「‥‥‥父さん」
 
「‥‥ただいま、悠二」
 
 
 
 
「「すいませんでした」」
 
「いや、あれは父さんが悪いよ。どう考えても」
 
「はっはっは、面目ない」
 
 
 渋い顔とは裏腹に、三十過ぎくらいの若い顔立ち、細い体躯のはずの体は何故か強靭な線を感じさせる、男。
 
 悠二の父、坂井貫太郎である。
 
 
「まったく、危険がないかエスコートって、父さんがまるっきり不審人物じゃないか」
 
 今、皆揃って坂井家で夕食をとっている。
 
 しかし、ヘカテーの素性はどう説明したものか、母のように気にしないでくれたら助かるのだが。
 
「だが、前に会った時には女の子の友達と遊びに行くなんて全然無かったじゃないか。やはり気になるだろう?」
 
「それとこれとは関係ありません」
 
「いや、あれは悠二が女の子をほったらかし‥‥」
 
「黙ってください」
 
 一家の大黒柱のはずの貫太郎、最愛の妻に有無をいわさず黙らされる。
 
「少しは気をつけてくださいね、貫太郎さん。あなたは昔から茶目っ気が変な方向に飛びすぎてるんですから」
 
 可愛い少女二人を不安がらせた事に若干の怒りを見せる千草。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 そんなやりとりを見ながら、萎れるヘカテー。
 
 日頃から、『とても大好きで大事な人』、外国に単身赴任している『優しくて可愛い人』と千草から何百回と聞かされた相手に、勘違いとはいえ攻撃をしかけてしまった。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 平井も珍しく萎れている。
 
 あれでは勘違いしても仕方ないとはいえ、実際に話してみると悪い人ではない、いや、掴み所はないが良い人である事は間違いない。
 
 しかも千草が日頃から良く惚気る相手をすっ転ばしてしまったのだ。
 
 
 理屈は関係なしにションボリする。
 
 
「二人共、何度も言うようだけど、あれは父さんが悪いんだから、気にしないでいいよ?」
 
 そんな二人の心境を正確に見極め、フォローを入れる悠二。
 
「っっっ、いや悠二、しばらく見ない間になかなか出来る男になっているじゃないか」
 
 テーブルの上に並ぶ、明らかに多すぎると思われる料理を、まさに『片付ける』といった風に、ごくりと呑み込む貫太郎。
 
 見ている平井とヘカテーがギョッとする。
 
「「反省して(ください)よ」」
 
 そして家族二人に指摘されてまたへこむ貫太郎。
 
 
「‥‥‥ふふっ」
 
 その和やかな光景に、平井もようやく罪悪感から解放される。
 
 僅かに笑みが零れる。
 
「そうそう、やっぱりゆかりちゃんは笑ってないと!」
 
 そんな平井に、千草は見ている方がドキッとするほどに包容力のこもった微笑みを向ける。
 
「ど、ども」
 
 平井といえど、この包容力には少々かなわない。
 
 
 そして、ヘカテー。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 先ほどの貫太郎の食べっぷりで、別のスイッチが入ったらしい。
 
 いわゆる、『対抗心』である。
 
 パクパクパクパク!
 
「あらあら、ヘカテーちゃん、そんなに慌てて食べるとのどに詰まるわよ?」
 
 こちらは心配無しと判断した千草、ムキになってパクパクする小動物に微笑む。
 
(心配、無用か)
 
 家に度々訪れ、片方は新しい家族であるらしい少女達を見て、貫太郎は安堵する。
 
 一家の大黒柱として、家に出入りする人間の本質は見極めていたかったが、どうやら二人共にいい子であるらしい。
 
 それだけわかれば、細かい素性はどうでも良い。
 
 
「む、ヘカテーさん。私と張り合うつもりかな? いいだろう、不肖坂井貫太郎、全身全霊をもって相手をさせてもらおう」
 
「‥‥ヘカテー、無理しないようにね?」
 
 
 悠二の懸念は的中し、二十分後、満腹に苦しむヘカテーがリビングのソファーに横たわるのだった。
 
 
 
 
「マージョリーさん。今日の夕飯‥‥」
 
 いつもの習慣として、マージョリーに夕食のリクエストを訊きに室内バーに赴く佐藤。
 
「う〜ん‥‥むにゃむにゃ‥‥」
 
 そして、例によって寝ているマージョリー。
 
 
 しかし、
 
(ん?)
 
 一つだけいつもと違う点がある。
 
 マージョリーの相棒、マルコシアスの意識を表出させる神器『グリモア』の傍に、シャーペンが転がっているのだ。
 
 普段、この部屋にそんな物は置いていな‥‥
 
 『マージョリーの、ドキドキダイアリー』
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 よく見ると、『グリモア』に何か変なピンクの紙が貼ってある。
 
「よ、よおケーサク、我が麗しの酒杯(ゴブレット)ならまた寝てるぜ、晩は適当に考えてくれや」
 
 マルコシアスの様子も、どう考えてもおかしい。
 
 まるで、怪しげな本を隠しているのを隠そうとする中学生のようだ。
 
 フラリと、何かに引き寄せられるように『グリモア』を手に取る。
 
 
「よせケーサク! 世の中にはなぁ、知らない方がいい事だってあるんだぁ!」
 
 マルコシアスの制止も届かない。
 
 いけない事だとわかっていても、抗えない何かが目の前にあった。
 
 そうだ、マージョリーもこの前、自分の日記を勝手に読んだではないか、お返しだお返し。
 
 などと理論武装して、ついに、そのうちの一ページを開く。
 
 
『今日も一人、徒を倒す私。ちょっぴり、後悔。
 だって、この世の存在は、虫も花もオケラもアメンボも水虫も、みーんな生きているんですもの♪ ガ・ン・バ♪
 なーんて、ウソ☆ てへ♪ だって私、フレイムヘイズだし、徒は、残らずぶっ殺しちゃうんだから!
 ミ・ナ・ゴ・ロ・シ☆』
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥ケ、ケーサクよぉ?」
 
「‥‥マルコシアス、俺は何も見てない。そうだろ?」
 
 
 背を向けて、歩きだす。
 
 今まで見た事の無い、マージョリーの一面であった。
 
 佐藤は、そんな部分を、むしろ可愛いと感じた。
 
 
 
 
 
「「ファンパー?」」
 
「そ!」
 
 
 坂井悠二の部屋、ヘカテーと一緒にベッドに座る平井からの思わぬ提案である。
 
 
「三日後の土曜に皆で行こ!」
 
 『大戸ファンシーパーク』。

 
 数年間に御崎市に隣接した大戸市に開業したテーマパークである。
 
 ヘカテーはもちろん、平井や悠二もまだ行った事はない。
 
 だが、平井が通う外界宿(アウトロー)第八支部も大戸市にあり、通勤の時に目に入るから行きたくなったとの事らしい。
 
 ちなみに悠二はこの『ファンパー』の略称を知らずに話を合わせようとしたあげく、トンチキな受け答えをして恥ずかしい思いをした事がある。
 
 
「ま、お二人でデートとしけこみたいんなら私は遠慮させてもらうけど?」
 
 行く事を前提に悠二を茶化す平井。
 
 言ってしまってから、誰にも気づけないほど微かな寂しさがよぎる。
 
 自分も行きたい。
 
 
 しかし、悠二がからかいに反論する前に‥‥
 
 ぎゅ
 
 ヘカテーが平井の袖を強く掴む。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 沈黙が、気まずさ、重苦しさの欠片もない、どこまでも暖かく、穏やかな沈黙が場を支配する。
 
 
 その沈黙を、
 
「うん‥‥‥」
 
 悠二が破る。同じく、暖かな声で。
 
 
「行こうか、『ファンシーパーク』」
 
 
 
 
 相変わらずの石頭。
 
 諦めるつもりは毛ほどもないらしい。
 
 無理矢理に訊き出した話によると、あの傲慢長髪には惚れた相手がいて、数百年単位で彼女の想いは無視し続けたらしい。
 
 ひどい話だ。彼女の何が不満だというのだ。
 
 確かに頭固くて強情で微妙にズレてるが可愛いではないか。
 
 強くて美しいではないか。
 
 彼女の魅力すらわからないあんなボンクラを認めるわけにはいかない。
 
 大体、振り向かないというなら尚更不幸なだけではないか。
 
 
 
 
 風の恋人の片割れは、ただ、友達を想う。
 
 
 
 
(あとがき)
 うーん、展開悩んでます。二択で。
 そろそろ平井の鍛練描写も書きたい今日この頃です。



[4777] 水色の星S 九章 十話
Name: 水虫◆70917372 ID:c93f9a0e
Date: 2009/01/18 04:39
 
「ふっ!」
 
「やっ!」
 
 繰り出される右の拳を左手で止め、さらに右の掌底を繰り出す。
 
「むっ!」
 
 眼前の少女はバックステップでこれを躱し、右のハイキックを仕掛けてくる。
 
 僅かにかがみ、その一撃を躱し、さらに蹴りによって体が泳いだ隙を狙って、
 
「っは!」
 
 拳を、少女の顎の先端に"かすらせる"。
 
 
「あ‥‥あれ?」
 
 その一撃で少女はカクンとへたりこむ。
 
 顎の先端を打たれると、脳からの信号を一時的に断たれるのだ。
 
 
「あー、悔しい! ヘカテーとかカルメルさんならともかく坂井君にやられるの何か悔しい!」
 
「そんな簡単に追い付かせないよ。っていうか何で僕だけ?」
 
 
 平井と悠二、朝の鍛練。
 
 シャナ、メリヒム、ヴィルヘルミナは本日は虹野邸にて鍛練である。
 
 ヘカテーは‥‥
 
 
「で、出来た‥‥」
 
 千草と一緒に朝ごはんの支度である。
 
「やったじゃない、ヘカテーちゃん!」
 
 初めての、黒くない玉子焼きの完成である。
 
 
「しばらく見ない間に、随分と坂井家も賑やかになったね」
 
 悠二の父、貫太郎が以前にはなかった光景、庭で少女とトレーニングをする息子と、息子のために料理を頑張る居候の少女に、感嘆の声を漏らす。
 
 何か、別の家に帰ってきたみたいだ。
 
「悠二」
 
 平井がトイレに行き、ヘカテーがパンを焼いている隙を見て、訊いてみる。
 
「ヘカテーさんと平井さん。どっちが本命なんだ」
 
「っぶ! ごほっ、げほっ、な‥‥な!?」
 
 貫太郎の脈絡の無い突然の問いに麦茶を吹き出す悠二。
 
(ふむ)
 
「決めてないようだな」
 
「き‥‥決める?」
 
 貫太郎の言葉に狼狽する。
 
 ヘカテーの事は訊かれても仕方ないような気はしていたが、まさか平井までとは。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 まず、前提として自分はどうにも、『好きがわからない』。
 
 ヘカテーが自分に好意を抱いてくれている事は気づいているが、『自分が』好きかどうかは今一つよくわからない。
 
 平井に至っては異性として好かれていると考えた事も‥‥‥
 
『‥‥二人に、してもらえませんか』
 
 ‥‥多分ない。
 
 大体、以前、自分に池との仲を取り持つ役を頼んだのは平井である(最近は池の事を忘れている事も多いが)。
 
 
 思考が逸れたが、本命も何も、今や立場上、心情上、ヘカテーとも平井ともこの先ずっと一緒だろう。
 
 それは、二人の在り様を変えてしまった自分の責任、そして望みである。
 
 
『‥‥貴方次第だと、言いましたから』
 
『‥‥私、楽しかった』
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 悠二の思考はいつの間にか逸れていた。
 
 これから歩む道、もう二度と味わいたくない、大切な二人を失いかけた絶望。
 
 足手まといになるのが嫌で、強くなろうとして、戦ってきて、それなのに‥‥結局平井は人間を失った、いや、自分が奪った。
 
 
 あれから、少しは強くなった。‥‥と思う。
 
 それなのに、守れなかった。
 
 この、『どうしようもない事』だらけの世界を‥‥
 
(これから‥‥どう進む?)
 
 軽い会話のつもりで始めた問い。
 
 そこから連想し、悩む悠二。
 
 そんな悩みを持つ悠二の顔は、貫太郎が以前に見た顔とは全くの別物だった。
 
 
(‥‥変わったな)
 
 そう、父、貫太郎が内心で感銘を受けるほど。
 
 
 
 
 ヘカテーの黄色い玉子焼きを皆で食べ、褒められ、撫でられたヘカテーが大喜びではしゃぎ、食後に三人で人生ゲームをして、坂井夫婦が談笑して、そんな休日。
 
 ピンポーン
 
 来訪者来たる。
 
 
「お邪魔するわね」
 
 黄緑色の長い髪の女、線の細い見るからに優男然とした少年。
 
 そして涼しそうな薄手のポロシャツとジーンズ、の、完全無欠のペアルック。
 
 『約束の二人(エンゲージ・リンク)』である。
 
 
「えっと、家の悠二のお知り合いの方でしょうか?」
 
 初めて見る二人を、玄関先で応対する千草。
 
 奇妙な容姿の人物が訪れたら息子の関係者、と決めつけてしまっているあたりはどうなのだろう。
 
 いやまあ、実際そうなのだが。
 
 
「!」
 
 トントントン
 
 聞き覚えのある声に、ヘカテーが玄関に出てくる。
 
「フィレス」
 
 いきなりの、"真名ではない"通称。
 
 ヘカテーは、フィレスには以前の事で敬意を持っている。
 
「こんにちは。今日はちょっと、相談、かな」
 
「聞いてくれる?」
 
 
 コクコクと頷くヘカテーを見て、千草は二人が不審者ではないと判断し、また綺麗な娘と知り合いになれると喜ぶ。
 
 対して貫太郎、どんどん見せつけられる変容した坂井家に、流石に軽く嘆息した。
 
 
 
 
「メリヒムをどうにかしろ?」
 
 
 フィレスの話をまとめると、ヴィルヘルミナの想い人であるメリヒムを『品定め』に行った際、合格ラインを著しく下回る結果を出したメリヒムとフィレスは大喧嘩までやらかしたらしい。
 
 結局ヨーハンが割って入って水入りになったようだが。
 
 とにかく、それでヴィルヘルミナを泣かせる非道な骨を何とかしたい。しかしヴィルヘルミナは一途すぎる。
 
 どうしようか、という事らしい。
 
 
「あなたが"あれ"拾ってきたんでしょ? 協力して」
 
「"あれ"に迷惑してるのはこっちも同じだって。食い逃げするし、厄介事(メイド)押しつけて逃げるし、腕試しとかふざけた事言い出すし」
 
 
 揃って辛辣な評価を下すフィレスと悠二。
 
「けど、カルメルさんが好きだって言うなら仕方ないだろ? 口出しする事じゃないし」
 
「それで納得出来るなら最初から相談に来やしないわよ!」
 
 
 そんな事を言われても、こればかりはどうしようもない。
 
 惚れた相手が悪かったと思うしか‥‥‥
 
「振り向かせるのです」
 
 悠二の諦め全開の思考を、予想外の人物がぶった切る。
 
 ヘカテーである。
 
「"虹の翼"が今、ヴィルヘルミナ・カルメルに冷たいのは、ヴィルヘルミナ・カルメルを見ていないからです」
 
 『同じ立場』として、ヴィルヘルミナ救済に燃えるヘカテー。
 
「ま、全然見込み無しってわけでもないみたいだしね」
 
「「「そうなの!?」」」
 
 平井の言葉に驚く悠二、フィレス、ヨーハン。
 
 全く叶う目の無い恋に見えていたのだ。
 
「もう、よく見たらわかるっしょ?」
 
 軽く呆れる平井。
 
 お互い、呼び方が少し変わっているし、メリヒムのヴィルヘルミナに対するぞんざいな発言も、実は最近は本人には言ってなかったりするのだ。
 
 まあ、ヴィルヘルミナも気づいてなかったりするのだが。
 
 
「よっし、んじゃちょっと一肌脱ぎますか。坂井君、ヘカテー、ファンパー、ちょっとだけ遅らせるよ?」
 
 
 ここに、ヴィルヘルミナ恋愛推進委員会が結成された。
 
 
 
 
 その頃‥‥‥
 
「はあ」
 
 ため息を吐き、道を歩く少年一人。
 
 夏休みの宿題もすでに終わり、やる事もないのでうろついている。
 
 去年までは坂井悠二と遊ぶ事も多かったが、今悠二を誘うとかなりの確率で近衛史菜と平井ゆかりも一緒だ。
 
 何か、自分だけ浮いてしまう。
 
 いや、浮く=ちょっと目立つ、に惹かれないではないが。
 
 
「はぁ」
 
 もう一度ため息。
 
(吉田さんは、坂井の事が好きみたいだし、頑張ってミサゴ祭りに誘ったのに気づいてももらえなかった」
 
 
「どうせ、僕なんて‥‥」
 
「女々しいのであります」
 
「脆弱」
 
 
 いきなり、声を掛けられる。
 
(こ、この人‥‥)
 
 いつかのプールの時に見た、確か平井家のメイド。
 
「相手から明確な拒絶も受けないうちから音を上げるなど、男子にあるまじき貧弱さであります」
 
「蒟蒻」
 
「な!?」
 
 どうやらいつの間にか口に出していたらしい。
 
 いや、そんな事より、今まで誰も気にも留めなかった自分の悩みを、聞いてくれている?
 
「ど、どうすればいいんでしょうか!?」
 
 つい訊いてしまう。
 
「他者に多くを求めすぎなのであります」
 
「依存過多」
 
 一蹴。
 
 
「け、けど僕、元々あんまり積極的な方じゃないんです。それでも二人で祭りに行こうって言っ‥‥」
 
「全く、芯の弱い、腑抜け腰抜けな男なのであります」
 
 ひどい。っていうかこの人‥‥酔ってる?
 
「雲行きに怯んで怖じけづき、相手の出方ばかり伺って何も出来ない。まるで、自分の想いの先さえ定められない愚鈍な少年を見るが如し」
 
「だ、誰の事ですか?」
 
「坂井悠二」
 
「ちょっとそこに座るのであります」
 
 言って、思いっきりアスファルトな地面を指差す眼前のメイド。
 
 確実に酔っている。
 
「正座」
 
 ‥‥‥しかし、何故か逆らえないオーラが漂っている。
 
 大人しく座る。
 
 
「男子たるもの、一度決めた事はどんな逆境にあろうと最後までやり通すもの。
 でありながら、気づいてもらえないだの、他に想い人がいるだのと言い訳をして投げ出すとは‥‥そんな事で、愛の戦士たる七色に輝く男になれると思っているのでありましゅか!?」
 
「空気以下」
 
「そ、それは‥‥」
 
「戦うのであります」
 
「は?」
 
「吉田一美の前に堂々と正面から現れ、文字通り裸で想いの全てをぶつける。そこまでやってこそ‥‥」
 
「漢」
 
 
 酔っぱらいの妄言とも取れる。
 
 しかし、胸に響いた。
 
 今の、情けない自分に一番必要なのは‥‥『漢』。
 
「や‥‥やります! 僕、漢になります!」
 
 
 少年は走りだす。
 
 いつまでも、弱いままではいられないから。
 
 
 
「あ、いたいたヴィルヘルミナ。ちょっと作戦があるからついてきなさい」
 
「しかし、そんな漢に対しても、諦めない女性こそが、『女』、でありましゅ」
 
「絶対一途」
 
「何ぶつぶつ言ってるの。ゆかりと悠二が作戦立ててくれたから、とりあえずボンクラを振り向かせてからね、品定めは」
 
 
 妄言を撒き散らした給仕は、風の女に連れられて行く。
 
 
 
 
「この、変態メガネがぁー!!」
 
 少年はその日、飛んだ。
 
 空に向かって、高く、高く。
 
 
 
 
(あとがき)
 最初は池はアニメ版みたくファンパーに出す予定でしたが、何を間違ったか路線変更。
 まあ、ヴィルヘルミナサイド以外もちらほらと出‥‥せたらいいな。



[4777] 水色の星S 九章 十一話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/01/19 05:42
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 虹野邸の夜の鍛練、家主(?)たる"虹の翼"メリヒムは何となくやる気が湧かず、皆の鍛練を眺めている。
 
 
 
「さ‥‥め‥‥」
 
 腰を落として、両手を、右脇に添える。
 
「は‥‥め‥‥」
 
 その両手に存在の力を集め、炎として具現化する。
 
「波!」
 
 
 獣の口の様に突き出した両手から、翡翠色の炎弾が飛ぶ。
 
「よっしゃ、成功!」
 
「掛け声以外は及第点、かな」
 
「いいじゃん♪ 坂井君も一度はやってみた事あるでしょ?」
 
 
 平井ゆかり、『炎弾』習得。
 
 悠二ほどの自在法の適性こそないものの、シャナよりは筋が良い。
 
 
 とはいえ、シャナにも先輩の意地がある。
 
 そんな平井や、二人で自在式をいじっているヘカテーと悠二に向け、わざとらしく咳払いし、日頃の鍛練の、ヴィルヘルミナとメリヒム以外にはまだ見せていない力を行使する。
 
 
「っはあ!」
 
 一喝、振り上げた右腕から伸長するように、全長二十メートルにも及ぶ紅蓮の巨腕が生まれる。
 
 それは炎の腕であるにも関わらず、周囲の植物に焦げ目一つつけない。
 
 『物質化の炎』であった。
 
 おぉ、と驚く平井、むむ、と警戒するヘカテー、そして‥‥
 
 ヒュボッ
 
 何やらその辺にいそうな小さなサイズの炎の蛇を作る悠二。
 
 その蛇がヒュッと伸びて、脇にどけていた缶ジュースを"掴む"。
 
 ただの炎でこんな事が出来るわけもない。
 
 『蛇紋(セルペンス)』の、"物質化"、性質変化である。
 
「‥‥うん。出来た」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 
 自慢するつもりだったのにあっさり体現されて、シャナは少しばかり落胆した。
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 そんな光景を眺めるメリヒム。
 
 今、この光景と、いつもとの相違。
 
 ヴィルヘルミナがいないのだ。
 
 ここ二、三日、ずっとである。
 以前なら、虹野邸の鍛練に顔を出さない事は滅多になかった、というより、鍛練以外にも何かにつけて理由をつけてやって来ていたのだが、ここ二、三日はそれもない。
 
 別にいなくて不都合もないが‥‥‥‥
 
「"頂の座"」
 
「何ですか?」
 
「ヴィルヘルミ‥‥」
 
 プイッ
 
 訊ねる前からいきなりそっぽを向かれた。
 
(まあ、別に他にも訊く相手はいる)
 
 同居人である、
 
「平井ゆかり。ヴィル‥‥‥」
 
「都合が悪いって言ってましたよ」
 
 今度は質問する前に答える。
 
 何なんだ。
 
 大体、外界宿(アウトロー)の仕事を平井ゆかりに回しているあいつに都合など‥‥
 
「坂井悠二。ヴィ‥‥‥」
 
「色々あるんだろ。"色々"」
 
 色々って何だ、色々って。
 
「シャナ」
 
「シロには言うなって」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 
 何だというのか。
 
 こいつら皆知ってるのか、何故自分だけ知ってはダメなのだろうか。
 
 そこまで考えて‥‥
 
(‥‥‥ふん)
 
 深く考えるのをやめる。
 
 あの女がどこで何をしていようが自分に何の関係があるというのか。
 
 あの女が顔を見せないからといって何が不都合だというのか。
 
 そう、むしろ好都合ではないか。
 
 いない方がせいせいする。
 
(?)
 
 視線を感じて、目を向ければ‥‥
 
「「「「‥‥‥‥‥‥」」」」
 
 四人の子供たちの視線。
 
 何か、かわいそうなものを見るような眼差しである。
 
(なっ、何だ!?)
 
 がらりと変わった皆の態度、その理由に、メリヒムは全く心当たりがなかった。
 
 
 
 
「ようやく効いてきたな」
 
「これだけで三日。やっぱり手強いね」
 
「しかし、食いついてきました」
 
「これ、本当に上手く行くの? アラストール」
 
「我にはわからん」
 
 
 
 
 それからさらに二日、昼に、家に電話がかかってくる。
 
「虹野だ」
 
「もしもし、そちらにカルメルさんはいらっしゃいますか?」
 
 知らない声、なのに、ヴィルヘルミナの事を知っている。
 
「‥‥いない」
 
「ああ、失礼しました。"ここにいるわけない"か」
 
 ブチッ
 
 それだけ言って電話が切られる。
 
(‥‥‥ここにいるわけない?)
 
 どういう事だ。知った風な口をぬかしおって。
 
 というか、何者だ?
 
 ヴィルヘルミナとはどんな関係だ?
 
 
 まだ、ヴィルヘルミナは姿を現さない。
 
 
 
 
「どうだった?」
 
「少し不機嫌そうだったかも知れないな」
 
「メリーさんって、いつもわりと不機嫌そうだからなぁ」
 
「んじゃ、次行くわよ」
 
 
 
 
 さらに二日。
 
 家で現代の本を読んでいると、シャナがらじお(ヴィルヘルミナがつけた)を聞き始めた。
 
 耳に入る。
 
《魔女里銅子の、朗らか人生相談!》
 
《ヒャッハー! 今日も我が『葉書の読み手』魔女里銅子が切ない悩みをぶった切るぜぇ!》
 
 
(悩み相談、か。くだらない)
 
 そう決めつけ、再び読書に耽る。
 
 読みながらも耳には入ってくるが、意外とこういう他人の悩みを聞く趣向は面白いかと思ってくる。
 
 少しだけ傾聴。
 
《んっじゃ、本日最後のお便り‥‥》
 
 何だ、もう最後か。
 
《『桜色の給仕』さんから》
 
 ‥‥何だ。誰かを連想する。
 
《えー、『私は長年一人の男を想い続けていたのであります。しかし、その傲慢で利己的な骨男は一向に私に振り向く素振りがないのであります。そんな時、一人の男性と出会ったのであります。気さくで、不思議な雰囲気の優しい男なのであります。彼は私を好きだと言ってくれたのであります。私はどうすれば良いのでありましょう?』、だとよ》
 
(‥‥‥あります?)
 
 しかし、今の内容は‥‥‥
 
《あ〜ら、こんなのもう相談するまでもないじゃない》
 
 考えが追い付く前に、魔女里銅子なる人物が相談に答える。
 
《そんな馬鹿男ほっといて、その新しい男に乗り換えりゃいいのよ。女は愛されてなんぼなんだから》
 
《だーな、『桜色の給仕』もまんざらじゃねーんなら決定だ》
 
《それじゃ、放送時間も迫ってるんで、これで終了!》
 
《新たな恋に花咲かせよ! ヒヒッ》
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
 上手く、思考がまとまらない。
 
「シロ」
 
 シャナが話し掛けてくる。
 
「人生そういう事もある、って、千草が言ってた」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 まだ、ヴィルヘルミナは姿を見せない。
 
 
 
 
「本当にいいの? 父さん、母さん」
 
「浮気するような人とじゃ、安心して離ればなれに暮らせないわよ?」
 
「困った人の相談に乗るのが、私のモットーだからね」
 
「私には未だによく状況が理解出来ていないのでありますが‥‥」
 
「説明要求」
 
「「まだ内緒♪」」
 
 
 
 
 翌日。
 
「それじゃ、メリヒム。僕達このままファンシーパーク行ってくるから。シャナ借りてくよ?」
 
「ああ、わかった」
 
 
 鍛練終わりに、いつもの三人は遊びに行く。
 
 何故か今日はシャナもついて行くらしい。
 
 珍しい。
 
 
《えー、また『桜色の給仕』さんから!》
 
 また『あれ』か。
 
 何となく不快だから電源を切‥‥‥
 
《『私、決心がついたのであります。新しい恋に生きるのであります。本日十時、大戸ファンシーパークの入り口で待ち合わせ、彼に想いを伝えるのであります』。良かったじゃない》
 
《あとは告白さえ上手く行きゃ漏れなくハッピーエンドだなぁ、ッヒヒ!》
 
 
 ブチッ
 
 電源を切る。
 
 
 らじおというのは、こんなに放送時間がいい加減なものなのか?
 
 テレビジョンの方はわりと精密に調整されているというのに。
 
 いや、そんな事はどうでもいい。
 
 本当にヴィルヘルミナなのか?
 
 いや、そんな確証はどこにもない。
 
 いや、桜色の給仕で、あります口調などあいつ以外に‥‥‥‥
 
 最近姿を見せないのは、"そういう事"なのか?
 
「‥‥‥ふん!」
 
 だから何だというのか。
 
 あいつが誰と何をしようと知った事か。
 
 勝手にどこへなりと立ち去ればいい。
 
 
『私はもう、新しい時を見ているのであります』
 
『‥‥私の勝手でありますな』
 
『嫌なやつ』
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
 
 傲慢な剣士はただ、黙って虚を見つめる。
 
 
 
 
「チョコ、ターゲットは確認出来た? オーバー」
 
「こちらチョコ、まだ時間ではありません。焦りすぎですリーダー。アウト」
 
「何やってんの二人共」
 
 
 大戸ファンシーパーク前、一人佇むメイドを遠距離から見張る五人組。
 
 悠二、ヘカテー、平井、フィレス、ヨーハンである。新たにヴィルヘルミナ恋愛推進委員会に加入したシャナは『別な立場』から見張る事になっている。
 
 
「あれだけ頑張って用意したのにメリヒム来なかったら馬鹿みたいだな」
 
「まあ、そん時は大人しくファンパー楽しむとしよ!」
 
「はい」
 
「ヨーハン、テーマパークのデートも久しぶりね」
 
「そうだね、フィレス」
 
 
 もはや目的がズレ始めている悠二以外の四人。
 
 いや‥‥
 
「まあ、本当にメリヒムが来たらその時点で見張る意味あんまり無くなるし、僕達も好きに遊んでいい、かな」
 
 悠二もやや遊びに心惹かれている。
 
 
 そんな時‥‥
 
「! 来ました!」
 
 ヘカテーがメリヒムに渡した『タルタロス』。
 
 それに密かに仕掛けたマーキングの自在式をヘカテーが感じ取る。
 
「よし、シャナ!」
 
《わかった。貫太郎とそっちに向かう》
 
 隠れながら、ホシを探す。まあ、もし見つかってもここに自分達がいる事は前もって伝えてあるから大丈夫だと思うが。
 
 いた。
 
 目立つ銀髪を発見。
 
 
 
 
「まったく、なぜ俺がこんな真似を‥‥」
 
 行く時の交通手段を間違えて随分と手間取った。
 
 そういえばシャナ達も来ているは‥‥‥
 
「っな!?」
 
 
 ふと感じた気配に合わせて目を向ければ、夏場なのにコートの、細身なのに妙に線の強い男が歩いている。
 
 シャナと一緒に。
 
 
(なっ、へっ、ほっ!?)
 
 しかも、歩く先に‥‥
 
「いやぁ、お待たせして申し訳ない」
 
「時間通りであります」
 
(ヴィルヘルミナ、シロ、来てるって)
 
 
 仲睦まじく話す三人(シャナの小声の言葉はメリヒムにまで届かない)。
 
 
「な‥‥ぜ、シャナまで?」
 
 あれが‥‥ヴィルヘルミナの『二人目』。
 
 そして、シャナもあの人間をヴィルヘルミナの相手として認めたという事‥‥か?
 
 
 完全な混乱状態に陥るメリヒムをよそに、
 
 
 一行はいざ、大戸ファンシーパークへ!
 
 
 
 
(あとがき)
 実は、前作『水色の星』からの総合PVがひゃ、百万突破しました。
 歓喜の踊りをしながら、いつもこんな作品見てくれる皆様に無上の感謝を。



[4777] 水色の星S 九章 十二話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/01/24 11:15
 
「あの男、なかなかやるわね」
 
「本当に乗り換えた方が良いんじゃない?」
 
「息子の前で人の父親に何言ってんだ!」
 
 
 ファンパーのアトラクションを次々に回る坂井貫太郎、ヴィルヘルミナ、シャナ。フィレス曰く、あのエスコートは“なかなかやる”らしい。
 
 実際にリクエストしているのはシャナなのだが、シャナが子、ヴィルヘルミナと貫太郎が夫婦といった風な雰囲気はある。
 
 だが、悠二としては父に不倫を薦めるバカップルに怒鳴らずにはいられない。
 
「冗談よ冗談。あの骨もこそこそ見張ってるし、意外といい感じね」
 
「確かに」
 
 
 作戦を立てた自分達としても、メリヒムがここまで綺麗に引っ掛かってくれるとは思っていなかった。
 
 いや、思考回路自体は相当単純だから引っ掛かりはする気もするが、
 
 わざわざファンシーパークについてくるほどヴィルヘルミナを気に掛けているとは思っていなかった。
 
 これは本気でいけるかも知れない。
 
 
 ぎゅっ
 
 左腕を、また強く抱きしめられる。
 
 目を向ければ、さっきからずっと“フィレスの真似”をして悠二の腕に絡んで歩いていたヘカテー。
 
(デート‥‥デート‥‥)
 
 その目には、見張りより『デート』を楽しみたいという光が宿っている(デートの意味は事前に聞いている)。
 
 助けを求めるように右隣の平井に目を向ければ、
 
(遊びたい‥‥遊びたい‥‥)
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 まあ、ヘカテーのマーキングの自在式と、シャナの通信の栞があれば、必要最低限の事は見張らなくてもわかる。
 
 ただ、父にこんな事を頼んでおいて自分達は遊びまくるというのは‥‥
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 だが無論、自分だって遊びたい。
 
 何が楽しくて遊園地に来て父と友人(?)の女性のデート、そしてそれをこそこそ見張る骨なんて微妙過ぎるものを見続けなければならないのか。
 
「あ」
 
 悠二がそんな思考に捕われ、ヘカテーと平井が悠二に期待の眼差しを飛ばし、フィレスとヨーハンがイチャついている間に、
 
 ターゲットは姿を消していた。
 
 
 
 
(‥‥‥気に食わん)
 
 視線の先、ヴィルヘルミナとシャナ、そしてどこか包容力のある男。
 
 三人揃ってソフトクリームなど食べている。
 
 遠目から見ても、あの男が不思議な魅力を持っていそうな事はわかる。
 
 だが、どう長く見積もっても、数週間程度の付き合いのはず。
 
 いや、自分が蘇る前から実はデキていたのか?
 
『嫌なやつ』
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 いや、それはない。
 
 あの笑顔に決して嘘はない‥‥はずだ。
 
 
 だからこそ‥‥
 
(気に食わん)
 
 あいつの数百年の自分への想いは何だったのか? 少し魅力的な男が現れた程度で揺らぐほど脆いものだったのか?
 
 そんな程度の気持ちでマティルダと自分との間に割って入ろうとしていたのか?
 
 考えれば考えるほど、自分でも驚くほどの凄まじい怒りが頭を占めていく。
 
 
 ヴィルヘルミナの想いを無視し続けた張本人のメリヒムは、まったく理不尽に、自分勝手にそう思った。
 
 
 
 
(メリ、ヒム、が‥‥私を、気に‥‥して?)
 
(狼狽無様)
 
(うる、さいで‥‥あります)
 
 実際、ヴィルヘルミナは緊張でガチガチになっていた(猜疑心に捕われているメリヒムには“楽しそう”に見えてしまっているが)。
 
 まさか、あの自分を無視し続けた想い人が、自分の行動を気にしてこんな所まで来ているとは。
 
 自分は‥‥気に掛けてもらえているのだろうか?
 
 
「ほらカルメルさん。シャナさんが行ってしまうよ?」
 
 そう言って、貫太郎がヴィルヘルミナの手を引こうとした、その時‥‥
 
 バシャッ!
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 真上から氷入りのジュースをぶっかけられた。
 
 かけたのは、ファンシーパークでは当たり前にいる着ぐるみ。
 
 赤いたてがみの一角獣である。
 
 着ぐるみは、その役柄、声は出せない。しかし普通、何らかの謝罪の意思表示は示すものである。
 
 しかしその一角獣は、一切の謝罪も示さず、ジュースの入っていた紙コップだけ拾ってさっさと立ち去ってしまった。
 
「礼儀のなっていない着ぐるみでありますな」
 
 今回の事に協力してくれた坂井悠二の父親の、濡れた頭をハンカチで拭こうと手を伸ばすが‥‥
 
 パコン!
 
 今度は空の紙コップがどこからともなく投げ付けられ、貫太郎の頭に命中する。
 
「‥‥いや結構。自分のハンカチで拭かせてもらおう」
 
「貫太郎! ヴィルヘルミナー!」
 
 そして、向こうで騒ぐシャナの下へと行く。
 
 今のシャナは周りの珍しい光景に夢中になっている見た目相応の子供であった。
 
 作戦としてはそれで都合がいい。
 
 
 偽りの恋人達、そしてその『娘』は、またテーマパークに消えていく。
 
 
「でかした。着ぐるみ」
 
 そう礼を告げるメリヒムに、一角獣は親指をビシッと伸ばした。
 
 
 
 
「い‥‥意外とスリルあったわね」
 
「‥‥はい」
 
 ホシを見失い、追跡を諦めた悠二一行(投げ出したとも言う)。
 
 ジェットコースターに乗り、フィレスとヘカテーがダメージを受けている。
 
「空飛べるくせに何で?」
 
「固定されてるからじゃない?」
 
 悠二の疑問に、疲弊している二人に代わって平井が応える。
 
 なるほど。本来は安全のための固定具が、ヘカテー達にとっては『動きを封じられたまま叩きつけられる』恐怖を与えたらしい。
 
「フィレスも、ジェットコースターは初めてじゃないだろ?」
 
「だって、昔と全然違うのよ、ヨーハン」
 
「そう、怖かったねフィレス。おいで、抱きしめていてあげるから」
 
「あん、ヨーハン」
 
 人目も憚らずに抱き合うバカップル。
 
 そしてその真似をして悠二に抱きつくヘカテー。
 
 
「‥‥頼むからやめてくれ。恥ずかしいから」
 
 
 
 
 さらに悠二一行は遊びまくる。
 
 ヘカテーのリクエストで、子供向けの動くパンダの乗り物や、何やらミニカーのレースのような物にも参加した(それに付き合い、平井とヘカテー以外は少々恥ずかしい気持ちになった)。
 
 皆でファンパー内のチーズケーキや白玉あんみつを食べ、お化け屋敷に入り、色んなアトラクションで遊んだ。
 
 日が、暮れる。
 
 
「そろそろ閉まるわね。皆、何かやり残しはない?」
 
 と、フィレス。
 
「遊園地のラストって言えばあれしかないっしょ!」
 
 と、平井の提案により‥‥
 
「観覧車?」
 
「デートの最後はやっぱこれ! と、言うわけ、で!」
 
 言うが早いか、眼前に降りてきた観覧車に悠二とヘカテーを詰め込み、ガチャンとロックする。
 
 照れ臭さからか、悠二が何やら騒いでいるがもちろん無視である。
 
「‥‥‥あなた、損な性格してるわね」
 
 次の台に二人で乗るべく待機していた『約束の二人(エンゲージ・リンク)』の片割れ、フィレスが、平井にそう言う。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 それに、平井は数秒応えない。そして‥‥
 
 間を置いて、応える。
 
「‥‥いいえ」
 
 二人との思い出を、今を、これからを想い、応える。
 
「私は‥‥‥」
 
 振り返り、応える。
 
「世界一の幸せ者ですよ?」
 
 その笑顔には、永い時を生きてきた『約束の二人』にさえわからない、深さがあった。
 
 
 
 
「綺麗、だね」
 
「‥‥はい」
 
 悠二とヘカテー。
 
 照れ臭さから最初は騒いでいた悠二も、今はもう落ち着いている。
 
 観覧車が一番高い所まで上がり、街を染める夕焼けが見える。
 
 知識として、『こんなシチュエーションがある』とは知らないヘカテー、しかし、ただ、この景色を愛しい少年とより近い場所で共有したいと想い、悠二の隣に移動する。
 
 この、穏やかで不思議な空間の中、悠二もまるで慌てない。
 
 ヘカテーはその頭を、体を、悠二に預ける。
 
 二人とも、想う。
 
 いつまでも、いつまでも、こんな時間が続けばいいと。
 
 言葉はいらない。
 
 ただ、美しい夕陽を受けながら、互いのぬくもりを感じていた。
 
 
 
 
「ではそろそろ行こうか」
 
 大戸ファンシーパークを後にするヴィルヘルミナ一家(偽)。
 
「‥‥‥そうでありますな」
 
 結局、メリヒムが自分を気に掛けてくれていた事こそわかったものの、二人の仲が縮まったわけでもなく。
 
 下手をすれば誤解を招いて終わってしまいそうな流れに、不安と落胆に捕われるヴィルヘルミナ。
 
 シャナは作戦の効果(というか、微細な心理)などわかっていないから特に気にしていない。
 
 そんな二人を引き連れ、貫太郎は行く。
 
「色々とトラブルはあったが、埋め合わせはする。申し訳なかった」
 
「「?」」
 
 訝しがる二人に、そう告げる貫太郎。

 
 その二人の後ろ、少しだけ離れた場所にいる赤いたてがみの一角獣の肩がぴくりと動き、こくりと頷いた。
 
 
 
 
(あとがき)
 まず謝罪を。忙しい間更新遅れるとか言いながら一切更新出来ませんでした。
 テストが色んな意味で終わったから再開致します。
 
 次回、ヴィルヘルミナ恋愛推進編完結。



[4777] 水色の星S 九章 十三話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/01/25 21:44
 
「一度御崎に戻る」
 
《わかった。じゃあ先に御崎駅に行ってからその後に尾ける》
 
 
 少し貫太郎から離れて、栞で坂井悠二と連絡をとる。
 
 立場上、自分が一番適役だったとはいえ、悠二達は自分達を見失い、好き勝手に遊んでいたらしい。
 
 仲間外れにされたような寂しさをふと感じ‥‥すぐに振り払う。
 
 らしくない。
 
 
「シャナ」
 
「‥‥うん」
 
 『コキュートス』からアラストールが掛ける声に応え、そのままヴィルヘルミナと貫太郎から離脱する。
 
 ここからはいない方がいいらしい。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 今日一日、ヴィルヘルミナと男の様子を伺ったが、どうやら本当に目移りしたらしい。
 
 もう知った事か。
 
 もう話し掛けられても返事などしてやるものか。
 
 もう家の敷居を跨がせはしない。
 
 勝手にどこへでも行けばいい。
 
 あの女が半端な気持ちで自分を想っていようが、簡単に乗り換える尻軽だろうが自分には一切関係ない。
 
 などという事を頭の中で繰り返しながら尾行する足は止まらない"虹の翼"メリヒム。
 
 ふと気づく。
 
 先ほど御崎駅には着いたが、ヴィルヘルミナ達が向かっている方向。
 
 ヴィルヘルミナが居候している平井家の方角ではない。
 
 もう夜になるというこの時間にこの上どこに行こうというのか。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 何か、もう馬鹿馬鹿しくなってきた。
 
 シャナもいつの間にか消えている。
 
 何故無関係な自分がわざわざ後を尾けねばならないのか。
 
 もうやめよう。
 
 関係ない。知った事か。自分には一切関係な‥‥
 
 『御崎グランドホテル』
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 今、ここに入った?
 
 ホテル->宿泊施設->男と女が二人きりで入った?->‥‥‥‥
 
(‥‥‥関係あるか)
 
 あの尻軽のいい加減女がこのホテルにあの男と入ろうが何をしようが自分には全く関係ない。
 
 知らん知らん。絶っ対知らん。
 
 男と女が二、人で‥‥
 
「‥‥‥‥ああっ! くそ!!」
 
 走りだす。御崎グランドホテルに飛び込む。
 
「おい」
 
 受付嬢に凄む。
 
「妙なメイド服の女はどこの部屋に行った?」
 
「あ、あのお客様? そういう事はお教え出来ないので‥‥‥」
 
 チャキ
 
「教えろ。刻むぞ」
 
「ひぃい! 204号室です! 助けてー!」
 
「204だな」
 
 いきなり細剣で脅されてあっさり白状する受付嬢。
 
 ルームナンバーだけ聞いてさっさと一目散に走りだすメリヒム。
 
 
「‥‥死ぬかと思った」
 
「いや〜、ごめんね史ちゃん♪」
 
「何で私がこんな事までしなくちゃいけないのよ!」
 
 
 メリヒムが階段に消えた後、ぞろぞろと現れた悠二一行。
 
 平井は、受付嬢、外界宿(アウトロー)第八支部の末端構成員にして、"本物の"近衛史菜にねぎらいの言葉を掛ける。
 
「すいません。本物」
 
「ああ、あなたがヘカテーを追い返したっていう‥‥」
 
「はじめまして」
 
「苦労かけるわね」
 
 続き、ヘカテー、悠二、ヨーハン、フィレス。
 
 
「あ、あなたあの時の‥‥‥え? 本物?」
 
 随分前の事であるにも関わらず、特徴的な容姿のヘカテーを覚えていた近衛史菜。
 
「ヘカテー、史ちゃんの名前を偽名に使ってるの」
 
「ちょっ、初耳なんだけど!? ヘカテーってこの子の名前!?」
 
「重宝しています」
 
 衝撃の事実をさらりと暴露する平井、そしてさりげなく礼をするヘカテー。
 
「‥‥ダメですか?」
 
 近衛史菜が文句を言う前に、拗ねたように言うヘカテー。
 
 僅かに膨れた頬、さらに身長的に上目遣いになる。もちろんヘカテーはそんな事を意識してはいないが‥‥‥
 
(か‥‥可愛い!)
 
「ま‥‥まあ別にいいけど」
 
 あっさり了承。
 
 
「じゃ、史ちゃん。私達この後用があるからまたね!」
 
「ねえヨーハン、せっかくのホテルだし、私達も‥‥」
 
「ダメだよフィレス。今日はまだ用があるんだから」
 
「ホテルだと何かあるのですか?」
 
 この後の事は成り行きに任せて立ち去ろうとする一行。それをヘカテーの疑問が止める。
 
 全員がビシッと固まる。
 
(そういえば、この後は何が?)
 
 無性に好奇心をくすぐられるヘカテー。
 
 何より、自分と類似した立場にあるヴィルヘルミナの恋模様である。
 
「‥‥ホテル、204‥‥‥」
 
 フラフラと階段に向かうヘカテー。
 
 ガシッ!
 
 両脇から悠二と平井に両の腕を持ち上げられる。
 
「‥‥放して下さい」
 
「ヘカテー、ほら、まだ準備あるし、ね?」
 
「邪魔しちゃダメだって、カルメルさんの大一番なんだから」
 
「ま、お子様には早いわね」
 
「は、はは‥‥‥」
 
 
 じたばたと暴れるヘカテーを抱えて、一行は御崎グランドホテルを去って行く。
 
 
「‥‥今度、ゆかりちゃんに奢ってもらお」
 
 一人残った近衛史菜は疲れたように嘆息した。
 
 
 
 
「一体、何なのでありましょうか」
 
「企図疑問」
 
 一人、204号室でベッドに腰掛けるヴィルヘルミナ。
 
 貫太郎は先ほどこのホテルの高層バーに行ってしまった。
 
 埋め合わせ、だそうだ。
 
 何の事かわからないが、自分がここに一人残らなければならない意味が‥‥
 
「あ」
 
 そこまで考えて、気づく。
 
 もしファンシーパークに来ていたらしいメリヒムが、ずっと自分達を尾けていて、貫太郎と二人でここに入ったのを見ていたら?
 
 今まで演技である事が当たり前だったから全く意識していなかったが、これは誤解を招いても仕方がないとも言える。
 
 メリヒムが気に掛けてくれているか確かめる作戦だったはず(平井はヴィルヘルミナにそう伝えている)なのに、やりすぎだ。
 
 いや、いくら何でもずっと後を尾けて"くれる"ほど自分を気に掛けてくれているはずが‥‥‥
 
 ドガァアン!!
 
 いきなり轟音をたて、扉の鍵を破壊して何者かが乱入してきた。
 
 長身の、長い、銀髪の男。
 
「メリ、ヒム‥‥?」
 
 
 信じられないものを見るように、ぽつりと言った。
 
 メリヒムは、それに応える余裕はない。
 
「‥‥‥あの男は?」
 
「は?」
 
「あの男はどこだ?」
 
 静かな声、しかし異様な威圧感を伴っている。
 
 ヴィルヘルミナは混乱の極みにある思考で、もはや演技など全く忘れ、事実を告げる。
 
「坂井貫太郎氏は、もういないので、あります」
 
「悠二父」
 
「‥‥‥‥‥な、に?」
 
 その、聞き逃せない単語に、メリヒムの思考も瞬間、真っ白になる。
 
(坂井悠二の父親? じゃあ、俺の疑惑は誤解? いや、それ以前に今の俺は‥‥‥)
 
 『馬鹿』
 
 ガクッ!
 
「メリヒム?」
 
 あまりの情けなさにへたれ込む馬鹿に、ヴィルヘルミナが手を掛ける。
 
 今までずっと自分を振り向かなかった男が、自分を気にし、追いかけ、こんな所まで来てくれた。
 
 信じられないようなとてつもない幸福感に、これが現実だという実感さえ薄れている。
 
 こんな事が、現実にあり得るのだろうか?
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 対するメリヒム。
 
 間抜けな自分への情けなさと同時に、思う所がある。
 
 今回は、坂井悠二の父親、まず間違いなく自分の勘違い。
 
 だが、これが別のやつだったら?
 
 本当に乗り換えたのなら?
 
 自分には関係ない。
 
 さっきまでそう考えていたはずなのに。
 
 飛び込んで、ヴィルヘルミナは一人で、自分の勘違いで。
 
 そんな今、関係ないという思考が欠片も湧いてこない。
 
 "そういう可能性"はあったのだ。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 そうだ。
 
 もう、ずっと、何百年もこの女は自分を想い続けていたのだ。
 
 自分がマティルダに心奪われていた時、それを知った時。
 
 史上最大の戦いたる『大戦』、そんな戦いの最中。
 
 人を喰らわずに永く顕現するために白骨へとこの身を変えた時。
 
 この女の想いは、それをずっと無視し続けた自分に、いつでも向けられていた。
 
 
 それを今さら、無かった事になど出来はしない。
 
 
 ゆっくりと、立ち上がる。
 
(違う)
 
 無かった事になどさせはしない。
 
 今さら、想っていないなど、想いの先が変わるなど許さない。
 
 しつこい女。
 
 何百年経っても諦めないしつこい女。
 
 頭の固い。情に脆い。馬鹿な女。
 
 マティルダのような揺るがない強さなどない。
 
 脆さを含んだ、危うい強さでしかない。
 
 だが‥‥‥
 
『嫌なやつ』
 
『‥‥私の勝手でありますな』
 
 ずっと自分を、想い続ける女。
 
 マティルダのように、その美しさに痺れるような事はない。だが、認めたくはないが‥‥可愛い女。
 
 
 そう、この女は自分を想い続けているべきだ。
 
 想い続けていなければならない。
 
 そう在るべきだ。
 
 
 とんでもなく傲慢な男は、目の前の一人の女の在り様を自身の都合でそう思った。
 
 
 普段ならあり得ないほどに近く、立って見つめあう。
 
 ヴィルヘルミナが、戸惑い、狼狽しているのが手に取るようにわかる。
 
 弱い、女。
 
 そう思った。
 
 
 メリヒムも、明らかに常の状態にない。
 
 文字通り、炎のような狂熱に駆られる。
 
 
 目の前の、弱く、脆く、しつこく、馬鹿で、可愛い女。
 
 この女が、自分以外を愛するなど、絶対に許さない。
 
 自分だけにしか、この想いを向けてはならない。
 
 
(この女は‥‥)
 
 狼狽える女のあごに指を当て、僅かに上に向ける。
 
 そして‥‥‥
 
(俺のものだ!)
 
「んむっ!」
 
 
 熱さに任せてその桜色の唇に口付け、力の限り、思い切り抱きしめた。
 
 
 
 
 永く、悲しい恋に生きてきた一人の女。
 
 一人の、宝剣のような女しか見ていなかった一人の男。
 
 二人の想いはこの時、確実に通い合っていた。
 
 永く実らなかった想いは、ようやくその形を変える。
 
 蕾から姿を変えて開く、桜の花のように。
 
 
 
 
(あとがき)
 ヴィルヘルミナ重視な九章。次でエピローグの予定です。
 数日書いてなかったから長さ調節の勘が鈍ってる気がします。



[4777] 水色の星S 九章エピローグ『桜、咲いて‥‥』
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/01/27 03:21
 
「あちらは、上手く行ったのかな?」
 
 御崎グランドホテル高層バー。
 
 細身の体に力強さを感じさせる不思議な男。
 
 夏でも冬でも変わらないコート姿の坂井貫太郎である。
 
「まあ、あとはカルメルさん次第ですけどね」
 
 そんな貫太郎に微笑みかける、包容力そのもののような強く、穏やかな女性。
 
 今日の作戦の間、"赤いたてがみの一角獣"に扮して様子を窺っていた坂井千草。
 
 
「それにしても、わざわざあんな格好で見張りに来なくても良かったのでは。千草さん?」
 
 その事に気づいていた貫太郎、責めるわけでもなく、楽しげに訊く。
 
 対する千草。グラスに残ったワインを一飲みにして、やや軽くなった口で応える。
 
「‥‥いくら二人のためでも」
 
 "わがまま"を言うための飲酒だった。
 
「普段ほったらかしにされて‥‥私も寂しいんですよ?」
 
「‥‥はは」
 
 やきもちを妬いてくれたらしい、可愛い、最愛の妻。
 
 椅子ごと少し近づき、その肩を抱く。
 
 千草も、貫太郎の胸に頭をこてんと預ける。
 
「また、今度は私達二人でデートなどいかがかな?」
 
「喜んで。でも、とりあえず今日は‥‥」
 
「わかってるとも」
 
 
 また可愛い要求をしてくれる妻の意を、できる男である貫太郎はちゃんとわかっている。
 
 
「"いつもの"、だね」
 
「はい」
 
 
 日頃、寂しい想いをさせてしまっている分、今夜はそれを埋めよう。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 静まりかえった室内で。
 
 熱い想いのままに行動した男と、その想いを受けた女。
 
 その情熱的な口付けと抱擁の続く事、十数秒。
 
 
「‥‥んぅ」
 
「っ!」
 
 バッ!
 
 
 唇を合わせたまま、ヴィルヘルミナが動かした唇。
 
 それがメリヒムに正気を取り戻させ、思わず飛び退く。
 
「‥‥‥‥あ」
 
 先ほど、自分が異様な狂熱に駆られてとってしまった行動を反芻する。
 
 "好きでもないはずの女"に口付け、抱きしめ、自分のものにしようとした。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 メリヒムがとった行動が、"二人とも"信じられず、また、沈黙。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 そして、先に正気を取り戻したメリヒムが、"冷静な頭で"、再び熱さを取り戻す。
 
 違う。
 
 自分のものにしようとした、ではなく、自分のものなのだ。
 
 自分がこの女に想いを向けているかなど二の次、この女は自分を想っていなければならない。
 
 それが、何百年も自分を想い続けたこの女の『責任』なのだ。
 
 
 もはや、自分でもわけがわからない大義名分を掲げ、メリヒムはヴィルヘルミナを自分のものだと決めつける。
 
 
 そして、それを決定的な『形』にしようと、一歩、足を進める。
 
 
 
(今の‥‥キス?)
 
 ヴィルヘルミナが、事態を少しずつ飲み込んでいく。
 
(凄く、強く‥‥抱きしめ‥‥)
 
 飲み込むにつれて、顔が紅潮していく。
 
(メメメメメリヒムが‥‥わわわ私を‥‥‥)
 
 鼓動が、爆発しそうなほど早く、大きくなる。
 
(わっ、私、私を、メリヒムが‥‥‥!)
 
 もはや、夢見た事さえなかった、幸福の未体験ゾーン。
 
 ただただ赤く染まる全身(もはや顔のみではない)しか傍目にはわからないが、内心で素晴らしいほどにイカれるヴィルヘルミナ。
 
 そのヴィルヘルミナの全てを手に入れようと、その幸福全てを与えた男が一歩、歩みよる。
 
「ふ‥わ‥‥」
 
 それは、幸福感に意識を奪われそうになっていたヴィルヘルミナの意識を刈り取るには、十分だった。
 
 ボォン!
 
「‥‥はぅ」
 
 
 そこで、意識は桜色に呑み込まれる。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 いきなり爆発し、気絶し、倒れそうになったヴィルヘルミナを抱き止めたメリヒム。
 
 まさに今、この女の全てを手に入れようとした矢先に気絶。
 
 凄く、複雑な気分になる。
 
「鬼畜」
 
「‥‥まだ何もしていない」
 
「接吻抱擁」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 ヴィルヘルミナの頭の上のヘッドドレスから、ティアマトーが文句をたれる。
 
「姫幸福」
 
「骨求愛?」
 
 立て続けに質問してくるティアマトー。
 
 それに、"素直に"応えるメリヒムではない。
 
「‥‥この女を愛してなどいない。だが、この女は俺のものだ」
 
 気絶したヴィルヘルミナを背負い、歩きながら、ヴィルヘルミナ所有宣言をするメリヒム。
 
 もはや、自分勝手とかそういう次元ではない。
 
 言葉だけだとそう聞こえる。
 
 
「氷雪地帯」
 
「? 何が言いたい?」
 
「誤字指摘感謝」
 
「いいから早く言え」
 
「ツンデレ」
 
「‥‥‥お前、かたかなまで会得したのか。大体、つんでれとは何だ?」
 
「第一級極秘事項」
 
 
 くだらない話をしながら、二人にして三人は、御崎グランドホテルを後にする。
 
 
 
 
「遅い! おまえらがやろうって言ったんだろうが!?」
 
「いや、ごめんごめん♪ 思ったよりいいトコまで引っ掛かってさ♪」
 
「ごめんね、吉田さん」
 
「あ☆ 坂井君はいいんですよ?」
 
「ご苦労でした。下がりなさい」
 
「殺すぞ☆ 小動物?」
 
「私達は今日、デートでした」
 
「何!? 聞いてねーぞ! 坂井君☆ 後で私と一発どうですか?」
 
「ああもう! うるさいわよ小娘!」
 
「年増は黙ってろ」
 
「っはあ!?」
 
「やんのか? あん?」
 
「うるさいうるさいうるさい」
 
「吉田ちゃんもマージョリーさんも落ち着いて、カルメルさん達帰って来ちゃいますよ」
 
「いや、むしろ帰って来なかった場合は‥‥ね、ヨーハン?」
 
「そうなる、かなぁ?」
 
 
 
 
 ピンポーン
 
(?)
 
 おかしい。こんな時間まで留守か?
 
 ヴィルヘルミナを平井家まで運んだメリヒム。
 
 インターホンを鳴らしても反応がない。
 
 鍵も当然閉まっている。
 
「"夢幻の冠帯"、平井ゆかりは今日は留守か?」
 
「情報皆無」
 
「‥‥仕方ないか」
 
 
 足を、自宅、虹野邸へと向ける。
 
 今日だけだ、と自分に言い聞かせて。
 
 
 
「‥‥‥ん」
 
 道中、揺られる感覚に、気絶していたヴィルヘルミナの意識が覚醒する。
 
(‥‥‥背中?)
 
 そのあまりに不慣れな感覚に、自分がおぶられている事に気づくのが少し遅れた。
 
 しかし、現状把握よりも早く、落胆が胸中を占める。
 
(‥‥夢、か)
 
 メリヒムが、自分を追い掛けて来てくれるわけがない。
 
 抱きしめて、口付けて、自分をあんなに求めてくれるはずがない。
 
 いつだって、無視され続けてきたではないか。
 
 あんな事を夢に見てしまう自分の切望に、自分でおかしくなってしまう。
 
 わかっている、はずなのに、と。
 
 
 そんな風に、いつものように嘆く彼女の"幻想"は、次に聞こえた一言でたやすく払われる。
 
 
「起きたか」
 
「っ!」
 
 気づく。自分をおぶっているのが、自分に見向きもしないはずの想い人だと。
 
 気づく。"あれ"は、夢などではないと。
 
 
「‥‥‥あ」
 
 もう、言葉にならない。溢れだす幸福に、涙が出てくる。
 
「う‥‥うぅ、ふぅ、う〜!」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 そんなヴィルヘルミナを背負うメリヒム。
 
 起きたら、すぐに下りろと言うつもりだった。
 
 自分で歩けと、なぜ俺が運んでやらねばならないのかと。
 
「うぅ、ふぅう〜!」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 仕方ない。
 
 もう少し、だけだ。
 
 
 暖かい涙を流す女を背負い、傲慢な男は自宅を目指す。
 
 
 
 
(そういえば、途中からシャナはどこに行った?)
 
 自宅前、もはや、ヴィルヘルミナを下ろし、我が家の門をくぐろうとしで気づく。
 
 いくつもの気配が、虹野邸の中にある。
 
 
(‥‥そうか、今日は)
 
 一つの可能性に気づき、自宅の玄関に先に入るのをヴィルヘルミナに促す。
 
(?)
 
 未だあまり平静とは言えない状態のヴィルヘルミナ。
 
 今一つ事態が呑み込めないまま、扉をくぐ‥‥
 
 
 パァアーン!
 
「おめでとうございます!」
 
「結局、何がめでたいんだかよくわかんないんだけどね」
 
「ユージ、野暮な事言わないの」
 
「ヒャーハッハ! 派手にやろうぜ!」
 
「準備のほとんどは私達がしたんですよ?」
 
「帰って来たって事は、しくじったのね」
 
 
 いきなり、クラッカーと歓声に出迎えられた。
 
 見知った面々が、笑顔で迎えてくれている。
 
 
「ほら早く!」
 
 平井とヘカテーがヴィルヘルミナの手を引き、派手に飾り付けてあるリビングに連れていく。
 
 そこには‥‥
 
「おかえりなさい」
 
 自分同様、料理が苦手なはずの大切な少女が、エプロンを着て、大きな皿を手に持っている。
 
 ヴィルヘルミナもよく知る郷土料理、『パンネンクック』。
 
 ヴィルヘルミナが常から好物としている銘柄のチーズを乗せて焼いた、西洋風お好み焼きである。
 
 
 その横に、悠二の持ってきた新しいブーツ、平井の持ってきた白のワンピース、ヘカテーの持ってきた両生類型宇宙人のぬいぐるみ、マージョリーの持ってきた果実酒、吉田の持ってきたフライパン、フィレスとヨーハンの持ってきた、昔、自分達が旅していた時の写真入りの写真立て(佐藤と田中は飾り付けを全てやった)。
 
 その全てが、自分へのプレゼントである事に気づくのに、時間がかかった。
 
 
「‥‥ヴィルヘルミナ?」
 
 また涙が出そうで、それを悟られないように下を向いて唇を引き結ぶ。
 
「今日って、ヴィルヘルミナの『大切な日』だって言ってたから、一体何の日なの?」
 
 いつの間にか、メリヒムも隣に来ていた。
 
「それは‥‥」
 
 少女への返答を、告げる。
 
「お前が‥‥」
 
 今まで、あえて黙っていたアラストールも、告げる。
 
 ヴィルヘルミナも、涙に耐えて、告げる。
 
 
「私たちの許に、来た日であります」
 
 
 
 
 たくさんの者に祝福され、ヴィルヘルミナ・カルメルはこの日を過ごした。
 
 戦いに生きるフレイムヘイズたる彼女が溢れる幸福を掴んだのは、かつての戦友とは異なる場所。
 
 戦いの中ではない、
 
 
 日常の中で。
 
 
 
 
(あとがき)
 九章終了。十章も前半は日常編です。
 
 そしてどれだけ長くなるかあまり想像がつきません。
 
 ヴィルヘルミナ達の『大切な日』、原作とは時期が少々異なります。
 原作では九月? くらいかと思われます。少なくとも悠二達が学校に行ってる時期のはず。
 この作品では話の都合上、夏休み最中に変更致しました。



[4777] 水色の星S 十章『夢に踊る蝶』一話
Name: 水虫◆70917372 ID:c93f9a0e
Date: 2009/01/27 20:33
 
「‥‥よし」
 
 永かった。ここまで来るのに、何百という時を掛けてきた。
 
 いや、本来なら、こんなものでは済まなかった。
 
 一夜にして人間、万の位の力を何度も与えてくれた、自分を師などと呼んでいた少年のおかげか。
 
 消えかけのトーチの力を摘むのは、普通に人間から力を奪う事の千分の一、万分の一程度の力しか得られない。
 
 あの少年と出会えた事で、途方もないほどに永くなるはずだった時を、ここまで縮める事が出来たのだ。
 
 
 感謝、すべきだろう。
 
 だが、今は何より‥‥
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 地に描いた自在式、異様な数の、また異様に複雑に絡み合っているはずのそれは、凡人には理解出来ない。
 
 ただ、芸術的だと思わせる。
 
 その自在式の端に、トン、と、深緑の炎が灯るステッキの先端を下ろす。
 
 ゴッ!!
 
 轟然と炎が湧き上がり、自在式全体に輝きが溢れていく。
 
 その間にも、清げな老紳士の左手にある毛糸玉は、スルスルと解け、その中に込められた、永い時をかけて集めてきた力を、この自在法のために消費していく。
 
 地に描かれた複雑な自在式は形を変え、この世にあり得ない不思議を起こすため、またその在り様を示すため、その力を発現、変質させていく。
 
 今が自在法発現に最も重要な時。
 
 毛糸玉を、深緑に燃え盛る自在式の中に放り込み、両手をかざして制御に備える。
 
 ゴォオオオオ!!
 
 深緑の炎は渦となり、前代未聞の不思議を起こすための力を示すが、その自在式の炎は中心に吸い込まれ、一切の"無駄な力"の消費を無くす。
 
(いけ‥‥‥)
 
 自在式が、炎が、その中心に収束、凝縮していく。
 
 理論的には可能なはず。だが、当然ながら前例などない。
 
 上手くいってほしい。
 
 否、必ず成功させる。
 
(いけ!!)
 
 カッ!
 
 全ての力を一点に集結させ、自在法が完成する。自身の生み出した深緑の光の輝きが一帯を包み、視界が閉ざされる。
 
(見えない)
 
 成功したのか? 失敗したのか?
 
 何百年という月日が無に帰したかも知れないという恐怖。
 
 それほどの時をかけてまで望んだ物への期待。
 
 
 双方にその胸中を揺らしながら、視界が戻っていく。
 
 
「‥‥‥あ」
 
 視界が戻り、自在式の中心、力を集結させた所に、一枚の、額に入った絵画が、ある。
 
 それは、以前自分を妖精だと呼んで、馬鹿な事に笑い、馬鹿な事で喧嘩し、神の教えなどを自分に説いていたくせに、自分の使う自在法に目を輝かせていた男の描いた絵。
 
 自分が起こす不思議が、人を喰らって起こすものだと知った時、本気で怒り、心から泣いていた、男。
 
「ド‥‥ナー、ト?」
 
 自分が、何の疑いも持っていなかった、"人を喰らう"という行為。それを、彼の全てで否定された。
 
 そんな彼が怖くて、彼をそこまで怒らせ、悲しませた自分が怖くて、全てから逃げ出した。
 
 愛して、いたのに、逃げ出した。
 
 いじけて、逃げて、自分から全てを捨てた馬鹿な自分に、彼は、一つの希望を、果たされる事の無くなったはずの約束を、残してくれた。
 
『あの鎧のトンカチ爺さん‥‥あなたのことを知って、散々文句言ってたわ。
 "苦しむ振りをして、あいつに当て付けている、そんな自分に満足してるイジケ娘め"、ってね』
 
 それを、伝えてくれた者がいた。
 
『私、そういう奴が嫌いなの。本当に殺されたくなかったら、自分でなんとかしなさい』
 
 あの、宝剣のような炎の女が、そう言ってくれなければ、その約束に、応える事さえ出来なかった。
 
 でも、ようやく届く。
 
「ドナート‥‥」
 
『君の絵を描いたよ』
 
 あなたとの約束に、届く。
 
 トーチに身を借りた、仮初めの姿を捨てる。
 
 "自分自身の"目で見たかった。自分自身の手で触れたかった。
 
 それは、もう失われたはずの物、奇跡的な力で、だがあくまでも彼女の力で蘇った物。
 
 目で見て、確かめる。触れて、確かめる。
 
 絵に描かれた、薄い布を纏った、紫のベリーショートの儚げな印象の少女。
 
 それと全く同じ姿の、"螺旋の風琴"リャナンシーが、大切に、大切に抱きしめる。
 
 絵の中の自分は、微笑んでいる。
 
 彼と共に在った頃、そのままの無邪気な笑顔で。
 
 彼の中の、自分の姿で。
 
「う‥‥あぁあ‥‥」
 
 自分でも、種類のわからない涙が、とめどなく流れる。
 
 あの時、全てから逃げ出した弱い自分が憎い。
 
 そんな弱い自分に、『これ』を残してくれた、彼が愛しい。
 
 
「ドナート‥‥!」
 
 涙は、止まらなかった。
 
 
 
 
「‥‥で、少しは整理がついたかな?」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 ヴィルヘルミナのお祝い会(実際はシャナの記念日と言えたかも知れないのだが)。
 
 上がるだけ上がって、緩やかな落ち着きを見せていく宴の中、田中栄太が平井を、虹野邸の庭に呼び出していた。
 
「‥‥何で、そう思うんだ?」
 
 宴の中、田中栄太は一人、素直に、賑やかに騒げていなかった。
 
 前の、"壊刃"サブラクの襲撃の最中に起こった事が、彼に"紅世"に関わる事への恐怖を刷り込んでいたのだ。
 
 気まずさと申し訳なさを向けるマージョリーのいるこの場にも、歯を食い縛って現れた。
 
 日常の中で、大切な者と生きたいと思った。
 
 だが、"非日常に生きる友人達"も、"自分の日常"に在る大切なものだったからだ。
 
 その繋がりが、このまま自分が震えている間に、消えてしまいそうで怖かったのだ。
 
 実際に来てみれば、呆れるほどに『普通な』、温かく、楽しい宴だった。
 
 だからこそ、辛い。
 
 
「何かよくわかんないけど、ずっと塞ぎ込んでたのに今日は来たからね。悩み事は吹っ切れたのかなって思って」
 
 平井がミステスとなったと、人間ではなくなったと聞いて、自分は思わず、目に見えてわかるほどに恐怖を表してしまった。
 
 大切な少女が、砕かれる光景を目にした後、自分でも仕方ないとは思うが、あれで平井が傷つかなかったはずもない。
 
「‥‥‥あの時は、ごめん」
 
 聡明な平井ならこれでわかる。そう考えて、自分の犯した愚行、言いたくない言葉を削る自分に、また自己嫌悪する。
 
「‥‥いいよ別に。そりゃ、友達がいきなり人間やめました、じゃ、戸惑うでしょ普通」
 
 その言葉に、違う、と言い掛けて、やめる。
 
 言い訳にすら、なりはしない。
 
 だが、理由は話しておかなければならない。
 
「実は、あの時‥‥‥」
 
 腸のねじ切れるような思いで、言葉を紡ぐ。
 
 
 
 
「そっか、オガちゃんが‥‥‥」
 
「‥‥‥ああ」
 
 元々そんな陰性な感情を表に出す少女ではないが、やはり、傷ついていたのか、話しを聞き終えて、幾分さっぱりしたように見える。
 
「ん! 大体わかった!」
 
 飾り付けの石像の上に腰掛けていた平井が、ぴょんと着地する。
 
 話を聞いただけで、もう一切のわだかまりを無くしている。
 
 その強さに、自分の弱さに、胸が痛む。
 
「‥‥大切にしてね」
 
 普段とは印象の違う声色で、平井は言う。
 
「‥‥私も坂井君も、もう"そこ"には戻れないから」
 
 その言葉に、田中がバッと顔を上げる。
 
「勘違いしないでね。私は自分からこっちに踏み込んだの。そして、"こう"なった事も、実は結構喜んでる」
 
 田中が口を挟む暇もない。平井は"心配される筋合いの無い"自分の心情を紡ぐ。
 
「ただ、"そこ"が大事じゃなかったわけじゃないってだけ。だから、持ってる人には大切にして欲しい」
 
 田中は、そう言える平井に、自分の道を受け入れ、進む平井に、羨望を抱く。
 
 自分は、怖くて逃げ出しただけだ。
 
「俺は‥‥」
 
「この話はおしまい! 悪いけど、懺悔なんて聞いたげる柄じゃないの。私はパーチーに戻るからね♪」
 
 自分の、"無意味だとわかっている"自虐を、平井は聞く気はないらしい。
 
 本当に、自分がどこまでもちっぽけに見える。
 
 だが、
 
「‥‥いい加減、らしくない、な」
 
 まずはウジウジするのをやめろ、そう言われたような気がした。
 
 だからというわけではないが、もう少し、自分を許してみようと思う。
 
 自分が迷うのは、揺れるのは、大切なものがあるからだ。
 
 それくらいはカッコをつけたかった。
 
 
 田中から離れ、パーティーに戻る平井。
 
 去り際に、
 
「ま、どっちにいたって、足りないものはあるからね」
 
 ぽつりと呟いた。
 
 
 
 
 テレビの前のテーブルの近くのソファー。
 
 中心に座る、真っ赤になったヴィルヘルミナを囲む女性陣。
 
 普段ならこういう話に率先して参加するタイプではないシャナも、ヴィルヘルミナとメリヒムの話なら話は別だ。
 
 ヴィルヘルミナの右隣をキープしている。
 
 フィレスは訊き出し役だ。真っ正面に座ってニヤニヤ。
 
 ヘカテーは座るヴィルヘルミナの膝にちょこんと顎を乗せてヴィルヘルミナの顔を覗き込みながら目をキラキラと輝かせる。好奇心と、真剣な様の混ぜ合わさった面持ち。
 
 先ほど戻ってきた平井もしっかりと左隣をキープ。
 
 吉田は斜め前。マージョリーはヴィルヘルミナが座っているのと隣のソファーに寝転びながらもしっかり起きている。
 
 
 恋愛話が好きなのは女性陣皆同じらしい。
 
 
 いや、ヨーハンや佐藤、田中も興味ないふりしてちゃっかり会話が聞こえる位置にいる辺り、男もこの不思議カップルには興味津々である。
 
 ばか騒ぎも小康状態に入り、今からじわじわじわじわと話を訊くつもりである。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 こういう事を率先して話すタイプではないヴィルヘルミナだが、この結束の力を前にして無言を貫けばどうなるかわからない。
 
 喋るしかなかった。
 
 なにより‥‥
 
「自制不可」
 
「興奮状態」
 
「熱烈物語」
 
 
 頭の上の、一部始終を知っている相棒はノリノリで話す気満々である。
 
 口下手なのかおしゃべりなのかどちらかにしろと言いたい。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 周囲の好奇の視線に耐えかねて下を向けば‥‥
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 仔犬(ヘカテー)が、真剣すぎる熱い眼差しで上目遣いしている。
 
 ‥‥いいだろう。
 
 もう開き直ってやる。
 
 ごくごくごくごく
 
「おぉ! カルメルさん一気♪」
 
 平井の喚声を受けながら、ワイン(先端をリボンで"切り飛ばして"いる)を一本丸々空にする。
 
「‥‥では、そろそろお話しするのであります」
 
「赤裸々」
 
 
 もう、盛大に"惚気て"やる。
 
 
 
 
「坂井悠二」
 
「‥‥何?」
 
 ベランダにいる悠二とメリヒム。
 
 この骨がいると話がやり辛いと判断しての措置である。
 
 まあ、話は後で話し上手の平井に訊こうと思う。
 
 まあ、こんな話をするヴィルヘルミナというのを見たくないと言えば嘘になるが仕方ない。
 
 
「今日は、シャナが俺達の許に来た日だ」
 
「? ‥‥うん」
 
 
 今は、メリヒムを引き止める事に専念しよう。
 
「そんな日に、ヴィルヘルミナがお前の父親と出かけた。そしてお前たちは宴の用意をしっかりしていた」
 
「‥‥‥うん」
 
「シャナはお前たちが連れて行ったはずなのになぜヴィルヘルミナと一緒にいた?」
 
「いや、それ‥‥」
 
「お前の差し金か?」
 
 やばい。会話の方向が怪しい方に。
 
「あの、それは、だから‥‥‥」
 
「‥‥肯定と見なす」
 
「いや、ちょっ、待っ‥‥‥‥」
 
「消し飛べ」
 
「ぎぃやああああ!!」
 
 
 
 
(あとがき)
 いつもありがとうございます。




[4777] 水色の星S 十章 二話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/01/29 09:37
 
「‥‥と、いうわけであります」
 
 ヴィルヘルミナ、顔から火の出るような恥ずかしさに耐え、狂熱に駆られたメリヒムの熱い接吻と抱擁を激白。
 
「「ほぉおお」」
 
 フィレスとマージョリー、行為自体はさほど刺激的でもないが、それを"ヴィルヘルミナ・カルメルという人物がした"という事実に、凄く面白そうな声を上げる。
 
 キスの意味を根本的な部分で理解していないシャナはヴィルヘルミナや周りの反応に頭に?を浮かべ、ヴィルヘルミナの事を大して知らず、もっとディープなのを期待していた吉田はやや不満顔。
 
 そして‥‥
 
「「ふ‥‥わぁ‥‥」」
 
 話を聞いて赤面し、言葉もないヘカテーと平井。
 
 ヘカテーは当然として、平井も意外とうぶである。
 
「骨傲慢」
 
「ふんふん」
 
「姫所有宣言」
 
『!!!』
 
 その、気絶してしまったヴィルヘルミナさえ知らないティアマトーからの情報。
 
 メリヒムの、『ヴィルヘルミナは俺のもの』発言に、吉田、シャナもようやく反応、フィレスとマージョリーのテンションだだ上がり、ヴィルヘルミナ、平井、ヘカテーは不思議な熱さにやられてゆでダコ状態となる。
 
 キャーキャーと騒ぐ女性陣。少し離れた所で微笑むヨーハンと、聞こえてない振りをする馬鹿な少年二人。
 
 一度は小康状態に入った宴が、また大いに盛り上がろうとしていたその時‥‥‥
 
 ドォオオオン!
 
 
 封絶が張られ、庭が爆発した。
 
 
 
 
 あれから、数日。
 
 
「ふっ!」
 
「っや!」
 
 封絶に囲まれた虹野邸上空、一人の少女と一人の女性が飛び交い、ぶつかり合う(一方的にあしらわれているとも言う)。
 
 女性は"彩飄"フィレス。ヴィルヘルミナと骨の仲立ちをして以来、気まぐれにだが稽古をつけてくれている。
 
 生徒として対峙しているのは平井ゆかり。彼女が徒手空拳の戦いを学ぶなら、戦闘スタイルからいって、フィレスが一番適役である。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 それを見上げるシャナ。
 
 さも当然のように"空中の格闘"をしている平井を見つめる。
 
「まあ、人には向き不向きがあるからね」
 
 鍛練の相手たる坂井悠二、さりげなくフォロー。
 
 そう、悠二ほどの自在法の適性の無かった平井だが、一つだけ、異様に上手い自在法があった。
 
 それが『飛翔』。
 
 そういえば、人間だった頃にも、ヘカテーの体でひょいひょいと飛んでいた。
 
 もう飛行速度は悠二より速い。
 
 まあ、体術や他の自在法はまだまだだが。
 
 
「‥‥わかってる。行くわよ」
 
 珍しい気配りをする悠二に僅か嬉しくなり、そんな"甘え"を感じた自分を戒め、鍛練を開始する。
 
 もう、悠二は気を抜いたらやられる段階まで成長しているのだ。
 
 
 
 
 ギュン!
 
 高速で旋回し、フィレスの死角に回る平井ゆかり。
 
 その体に、翡翠色の羽衣を纏っている。
 
「っは!」
 
 360度自由な空中、体をひねり、踵落としを繰り出す、が。
 
 ガッ!
 
 後ろからの蹴りを、フィレスは裏拳でたやすく止める。
 
「速いけど、軽いわよ。もっと丁寧に存在の力を繰りなさい」
 
 その忠告を聞きながら距離をとる平井に、フィレスは一気に距離を詰める。
 
 いくら平井が『飛翔』を得意としていても、空中戦の大先輩には当然のようにかなわない。
 
 ドドドドドドッ
 
 両の拳から繰り出される凄まじい連撃、
 
「うっ、わっ、くっ」
 
 とても捌き切れず、
 
「っくぅ!」
 
 みぞおちに受けた一撃に、たまらず落下していく。
 
 ひゅうぅぅう、ぴたっ
 
 そして、地に着く寸前でなんとか浮く。
 
 
「ううぅ、痛ひ」
 
 腹を抱えて苦しむ平井に、追って着地してきたフィレスが話し掛ける。
 
「やられるにしても、急所の直撃は避けるようにしなさい。実戦で今の食らって動き止まってたら、あなた死んでるわよ」
 
「‥‥はぁい」
 
 
 そんな平井&フィレス。
 
 そして、ヘカテーは、
 
 
「ふっ!」
 
 メリヒム相手に鍛練中である。
 
 前に悠二を不当に(実際はそうでもない気もする)痛めつけた事を根に持ち、対戦相手に指名したクチである。
 
 ガッ! ガッ!
 
 拮抗した実力。
 
 互いに一撃入れる事も難しい。
 
 タンッ!
 
 打ち合いから、ヘカテーがバックステップで後退し、
 
「『星(アステル)』よ!」
 
 五本のチョークを投擲する。
 
「っ!」
 
 咄嗟にそれらを砕き払うメリヒム。
 
 しかし、それにより白煙に視界を奪われる。
 
 ドスッ!
 
「ぐあっ!」
 
 その一瞬の隙を突いて、ヘカテーの、『トライゴン』位の長さの木の枝がメリヒムの腹を突く。
 
 苦しむメリヒムに追撃しようとするヘカテー。
 
 今こそ悠二の痛みを思い知らせてやる。
 
 そう意気込むヘカテーだが、
 
「っ!」
 
 突然、前に突き出した力の向きを流され、宙に舞う。
 
 そして、シャナにKOされた悠二の上に着地する。
 
「ぐぇ!」
 
「鍛練に目眩ましを使うのは、感心しないのであります」
 
 
 ヘカテーにそう言うのは、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
 
 鍛練だろうと、実戦を考慮するなら不意打ちは基本である。つまり、今のはただの言い訳だ。
 
 チラリとメリヒムを見て、ポッと頬を染める。
 
 骨に骨抜きである。
 
 元々、数百年想い続けるほど好きなのだ。その相手からの熱烈なアプローチ。彼女は今、幸福の絶頂であった。
 
 復讐を中断させられたヘカテー、こちらも悠二と重なり、今は悠二と触れ合う感触だけが全てとなっていた。
 
 ヴィルヘルミナの狙い通りである。
 
 ヨーハンはその光景を微笑ましく見ているが、その笑顔は、次の瞬間固まる。
 
 
「昼食の支度が出来たのであります。冷めないうちにお早く」
 
 そう告げるヴィルヘルミナの指には、幾つも絆創膏が巻いてあった。
 
 ちなみに、夏休みという事もあって、今日は昼前の体術鍛練である。
 
 
 
「‥‥ゆかり、逃げていい?」
 
「‥‥出来れば私も逃げたいんですけど」
 
「‥‥カルメルさんの料理って、そんなに、なのか?」
 
「以前の私より、ひどいです」
 
「私ん家のキッチン無茶苦茶になったよね」
 
「何か、今朝から張り切ってた」
 
「ひどいな、皆」
 
「ならお前が食え、『永遠の恋人』」
 
「へえ、"君のヴィルヘルミナ"の手料理を僕だけが食べていいんだ?」
 
「‥‥‥俺も食う」
 
 
 失礼極まりない会話を続ける一同。
 
 それなりに特訓を積んだヴィルヘルミナとしては心外極まりない。
 
 目下の目標は、虹野邸への移住である。
 
 
 皆で渋々リビングに向かう中、悠二はさりげなくメリヒムに訊ねる。
 
「何でカルメルさんと一緒に住まないんだ? ようやく両想いになったのに」
 
 『俺のもの』発言までしといて、妙だと思う。
 
「? 何を言ってる。俺はヴィルヘルミナを好きになってなどいない。一緒に住む理由もない」
 
「‥‥‥‥は?」
 
 ‥‥‥今、何て言った?
 
「だから、俺はあいつに惚れてなどいない。ただ俺のものだというだけだ」
 
 呆れ返る。傲慢どころの騒ぎではない。いや、いくら何でもメリヒムがそこまで非道だとは思えない。
 
 恋愛感情抜きにヴィルヘルミナを束縛などしないだろう。
 
 つまり、自覚が無いか、照れ隠しか。
 
 どちらにしても‥‥
 
「‥‥中学生か、あんたは」
 
「ちゅーがくせい?」
 
「何でもない」
 
 
 思っていたよりずっと馬鹿らしい。
 
 
 
 
『‥‥‥‥‥‥』
 
 それぞれの思惑にある沈黙。
 
 眼前にある、皿全体に堂々と居座る、血のようにタレの滴る半球の針ネズミ、ではなくロールキャベツ、らしい物体。
 
 メリヒムと悠二の感想、
 
((何だ、これ?))
 
 平井、ヘカテー、フィレス、シャナ、ヨーハンの感想。
 
『‥‥黒焦げには、なってない』
 
 
「心配無用」
 
「特訓を積んだのであります。キャベツの切り方、肉の混ぜ方、味付け、煮込み、全てのレシピを応用して、一手間加えているのであります」
 
「美味向上」
 
 
「‥‥応用」
 
 アラストールがぼそりと呟く。
 
 確かに、『応用』だとか、『一手間加えて』だとかは、料理初心者の失敗理由ベストスリーには入るであろう鬼門である。
 
『‥‥‥‥‥‥』
 
 恐る恐る、皆がロールキャベツらしき物に箸を伸ばす。
 
 パクり。
 
「あ」
 
「え」
 
「む」
 
「へ」
 
「お」
 
「う」
 
 
『食べられる!』
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 とりあえず、褒め言葉だと好意的に解釈しておこう。
 
 
 ヴィルヘルミナの花嫁修行はまだまだ続く。
 
 
 
 
(あとがき)
 とりあえず、この話でヴィルヘルミナメインは一区切り。
 ここまでを九章にしとけば良かったかと若干後悔してます。




[4777] 水色の星S 十章 三話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/01/29 19:29
 
 もぞもぞ
 
 朝の布団の中、それは至福の一時。
 
 夏場にも関わらず、この部屋は快適な温度に保たれていた。
 
 部屋の中心、天井の辺りに、銀色に光る羽根が浮いている。
 
 これに、部屋の温度を調節している便利な自在法が込められている。
 
 部屋の鍵は閉めているから、悠二の両親に見つかる事もない。
 
 早朝、と呼ぶにもまだ早い時間。ヘカテーは夢うつつに目覚める。
 
 そして、宙に浮いた羽根にピッと指を向け、途端に羽根の輝きは銀から、明るすぎる水色に変わる。
 
 急に、部屋が冷え込む。
 
 ヘカテーにとって、これは最近の習慣だ。最初はともかく、今は、別に意図してやっているわけではない。
 
 本能的に行なっている。
 
 部屋が冷え込み、寒さから逃れるように、同じ布団で眠る想い人に思う存分抱きつき、体全体で擦り寄る。
 
 こうすれば、朝目覚める時、寒さからか、悠二も自分を抱きしめていてくれる。
 
 これでいい。このぬくもりの方がいい。
 
 
 寝ぼけた頭、意識の片隅でそう思い、愛しく、優しく、心地よいぬくもりに包まれて、ヘカテーはまた深い眠りに落ちて行くのだった。
 
 
 
 
(‥‥‥‥ん?)
 
 寒い。いや、暖かい?
 
 暖かさに目を向ければ、自分の胸に、腕の中に、水色の少女。
 
 安心しきったその寝顔、素直に可愛いと思う。
 
 
 もう、ヘカテーが抱きついてくるだけではなく、起きたら自分も抱きしめている事が多くなった。
 
 ふと、上を見上げる。羽根が水色に変わり、部屋の温度が下がっている。
 
「‥‥またやったのか」
 
 やめなさいと言っているのに、しょうがない子だ。
 
 しかし、その理由を考えると、やはり可愛い。
 
 眠る、無垢な少女、何となく、あごの下をちょいちょいと撫でてみる。
 
 くすぐったそうに身をよじり、今度は手を差し込む隙間もないほどにぎゅうっと強く抱きついてくる。
 
 本能的にでも、離れるという選択肢を取ろうとしないこの少女が、無性に可愛く、大切に思える。
 
 左手で、少女を包むように少女の左肩を抱き、右手で自分の胸に顔を埋める少女の頭を撫でる。
 
 夏休み、そんなに早く起きる理由もない。
 
 もう一度眠ろう。このぬくもりを抱いて。
 
 
 
 
「もう、行ってしまうのですか?」
 
 坂井貫太郎。普段は家を留守にして海外を飛び回っている謎の男である。
 
 今回も、数日の休暇をとったのみで、また行ってしまうらしい。
 
 そんな、想い人の父親に惜別の言葉を向けるヘカテー。
 
「すまない。しかしこれでも、いつもよりずっと長くいたんだがね」
 
 当の貫太郎は口調はあっさり、行動は急に、今朝いきなりの旅立ちを告げた。
 
 その旅立ちの場には、家族たる坂井千草、悠二、ヘカテー、そして遊びに来ていた平井の姿があった。
 
 
「こういう人なのよ、ヘカテーちゃん。なかなか捕まえさせてくれない人なんだから」
 
 言葉とは裏腹に、何故か幸せそうな千草を、ヘカテーは不思議に思う。
 
 自分が同じ立場なら、絶対嫌だ。無理にでも引き止めるか、それがダメならついていく。
 
(そういえば‥‥)
 
 ヴィルヘルミナの祝勝会の日、いや、翌日、坂井夫婦は堂々の朝帰りを果たした。
 
 どうも、御崎グランドホテルの高層バーで夜通し飲んでいたらしい。
 
(あの時のおばさまは‥‥‥何か‥‥)
 
 今のように幸せそうな笑顔で、そして常にはない、上手く言い表わせないが、不思議なオーラ、魅力? を漂わせていた。
 
 『愛』を完成させた者として、おそらく自分がまだ理解すら出来ない"何か"があるのか。
 
 それが、この笑顔の秘密なのか。
 
 
 そんな坂井千草に憧れを抱くと同時に、いつか自分も、想いが叶えば、そんな、自分がまだ理解も出来ないような深い形の『愛』を知る。その事に、不確定な未来ながらも胸が高鳴る。
 
 
 一人で幸せな夢想に浸るヘカテーをよそに、悠二が貫太郎の前に進み出る。
 
「はい、これ」
 
 紳士服店の物らしい小包みを渡す。どうせこうなるだろうと考えていたので用意はいい。
 
「ありがとう、いつも済まないな。この間のデートで小遣いも残り少ないだろうに」
 
「いや、その心配は‥‥‥」
 
「え?」
 
「何でもない」
 
 
 嫌味ではなく、本気で息子を気遣う貫太郎だが、悠二には無用の心配だった。
 
 中国での一件、それまでのようにただゴタゴタに巻き込まれた形とは違い、『外界宿(アウトロー)に協力した』形となったあの一件。
 
 正式な『報酬』として、不自然なほど破格な額を頂いている(ちなみに、この金額には『困った事があったらまた手を貸せ』という裏の意味がある事を悠二は知らない)。
 
「どうかな?」
 
 受け取った貫太郎は、小包みを開封し、ビニール越しに胸元にやり、妻に意見を求める。
 
 渋い、紺地のネクタイである。
 
「うん、いいかも」
 
 その千草の言に頷き返して、コートの中にしまい込む。
 
「さて」
 
 そして、本当にあっさりと出立を告げる。
 
「今度の帰郷は、なかなかに刺激的だったよ」
 
 軽く腰を折り、笑顔を平井とヘカテーに向ける。
 
「不束な息子だ。どうか厳しく接してやってほしい」
 
「了解♪」
 
「厳しく‥‥わかりました」
 
「父さん‥‥」
 
 恨めしげな息子にさらなる笑顔を。
 
「いってらっしゃい」
 
 そして、最愛の妻に、最高の笑顔を向ける。
 
 
「いってきます」
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 ある日の平井家。
 
 ヴィルヘルミナが珍しく私服、平井からプレゼントされた白のワンピースで出かけたある日(どうやら、メリヒムを連れ出すつもりらしい)。
 
 ヴィルヘルミナは、平井の、ワンピースには合わないというアドバイスに見せ掛けた"建て前"に従い、ヘッドドレス、すなわち"夢幻の冠帯"ティアマトーを置いて行った。
 
「疑問」
 
 そして今、床に置かれたティアマトーに、平井ゆかりが対峙していた。
 
 右手には梅酒の瓶、左手には洗面器。
 
 その目には、好奇心という名の妖精が宿っている。
 
「恐怖」
 
「ティアマトーさん。ここは一つグイッと♪」
 
「遠慮」
 
「問答無用♪」
 
 日本人的精神の下、遠慮しがちなティアマトーを宙に放る平井。
 
 梅酒を並々と注がれた洗面器に、ヘッドドレスという名の紅世の王がダイブする。
 
 ポチャン!
 
 ワクワク、ワクワク
 
 最近何やらノリの良いティアマトー、酔ったらどうなるのやら果てしなく気になる平井ゆかり。
 
 花火が上がる前の空を眺める心境で見守る。
 
 そして‥‥‥
 
「あっ------!」
 
 
 
 
 それから、吉田一美の誕生日があり、
 
 十六歳になったお祝いに吉田が悠二の大事なものを奪おうとし、それをヘカテー、平井、池が阻止し、池が殴り飛ばされたり、賑やかに過ごした。
 他にも海に行ったり、森に行ったり、プールに行ったり、思う存分夏休みを満喫した。
 
 夏休みも終わりに差し掛かり、皆で佐藤家でたまりにたまった夏休みの課題を済ませようと集まったある日。
 
 
「平井ちゃん」
 
 佐藤啓作が、一大決心の下、平井ゆかりに話し掛ける。
 
 いつかの勉強会の時同様、子供達(女性陣)で作った夕食を食べ、平井とヘカテーが皿洗いをしている場で、である。
 
 当然、池や緒方などの、『聞かせてはならない人間』はこの場にいない。
 
「俺を、外界宿で働かせて欲しい」
 
 今まで、何だかんだで二の足を踏んでいた一大決心を、ようやく告げる。
 
「‥‥‥何で?」
 
 しかし、平井、いや、平井とヘカテーの反応は思わしくない。
 
 今まで、佐藤の無謀な行ないを目にしてきた事もあるし、佐藤がそこまでする理由がわからない。
 
 親友である田中も、その辺りの折り合いはつけているはずなのに。
 
 平井の目には、佐藤が前から時折見せていた『悠二に対する安っぽい反発』の延長のように映ったのだ。
 
 
「‥‥俺は、マージョリーさんの力になりたい。戦うのが無理ってのは‥‥もうわかってる。だから、他の分野であの人を助けるために‥‥」
 
 少々恥ずかしい思いで、佐藤は理由を述べる。
 
 この言葉に、
 
(‥‥へぇ)
 
 訝しげだった平井が、
 
(!)
 
 以前の、佐藤が『ミステスにして欲しい』と悠二に頼みかけ、危うく悠二を傷つけかけた事を密かに根に持っていたヘカテーが、驚愕する。
 
 
 "こういう事"になっているとは思わなかった。
 
 
 しかし、佐藤の"危うさ"は、まだ拭い去れてはいない。
 
「‥‥オッケー。なら、これからは、私が第八支部から書類持って帰るようにするから、その整理手伝って」
 
 全部知って、ちゃんとした理由があって、確とした意志があるなら止めはしない。
 
 だが、本当にちゃんとやれるか様子は見させてもらう。友達として。
 
「言っとくけど、全然面白い仕事じゃないからね? 書類とのにらめっこみたいなもの。それでもやる?」
 
「やる! やる! ありがとう平井ちゃん!」
 
 欣喜雀躍の言葉通りに大喜びする佐藤。紅世に関わる事は逃さず関わっていくという心構えである。
 
(熱意はあり、か)
 
 どちらにしろ、佐藤に適性が無ければ採用など無理だろう。
 
 実際に審査するのは自分ではないのだし。
 
 そんな風に思う平井。
 
 そして‥‥
 
「‥‥‥シュガー」
 
 その覚悟を知り、佐藤の評価を、上げたヘカテー。
 
「あげます」
 
 ポケットに入れていたキャンディーを一つだけあげた。
 
 
 
 
 翌日、佐藤にも手伝わせてやろうと、第八支部の書類をまとめて、帰り支度を整える平井。
 
(?)
 
 ふと一つの書類が、目に留まる。
 
 
「関東外界宿第十六支部、消滅‥‥‥?」
 
 
 
 
(あとがき)
 前話のロールキャベツの所の描写、紛らわしい部分があったようなので修正しておきました。
 うん、あれはわかりづらい、と感想もらってから思いましたね。



[4777] 水色の星S 十章 四話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/01/31 04:39
 
「じゃ、そろそろ行くわね」
 
 夏休み最終日、御崎市を去る者二人。
 
 『約束の二人(エンゲージ・リンク)』である。
 
 
 どうやら、悠二達の学業再開に伴い、また旅に出るらしい。
 
 恋人水入らず二人旅である。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 『先輩』と評してフィレスを慕っていたヘカテー。
 
 目を輝かせながら、"恋人の話"を聞かせてもらっていた日々を思い出しながら、別れを惜しむようにフィレスに抱きついている。
 
 今、この場には、旧知の友たるヴィルヘルミナ・カルメル、夏休みの間、鍛練の指導を受けていた平井ゆかり、ヴィルヘルミナが連れて来たメリヒムとシャナ、そして坂井悠二の姿がある。
 
 
「ほら、またそのうち遊びに来るから、ね?」
 
 自分に抱きつく、恋の弟子たる少女をなだめる。なかなか離れてくれないのだ。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「ほら」
 
 渋々離れるヘカテー。
 
 随分と懐かれたものだ。
 
 まったく、あんな朴念仁にはもったいなさすぎるほどに可愛い少女である。
 
「ヴィルヘルミナも行く所まで行っちゃったみたいだし、あなたも頑張ってね」
 
「悠二、他人事じゃないからね?」
 
 
 そう、ヘカテーを励ますフィレスと、悠二に釘を差すヨーハン。ヘカテーの後ろでヴィルヘルミナが真っ赤になっている。
 
 メリヒムも、そっぽを向いたまま鼻をフンと鳴らす。
 
「じゃあ、またね」
 
「おみやげよろしく♪」
 
 悠二と平井も、やや名残惜しそうに別れを言う。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 サブラクに襲われ、一度は別れてしまったヨーハン。
 そのヨーハンを、数奇な運命の下に取り戻し、その過程で得た、仲間。
 
 その仲間へと、ヨーハンを失っていた時には考えられないような晴れやかな笑顔で、フィレスは旅立つ。
 
「皆、また会う時まで元気で」
 
 ヨーハンも、絶望的状況から蘇り、またフィレスに会えた喜び、それを与えてくれた仲間に、しばしの別れを告げ、旅立つ。
 
「因果の交叉路で、また会いましょう」
 
 
 互いに、最愛の恋人に寄り添って。
 
 
 
 
「おっはよー!」
 
 新学期、親友二人を引っ提げて、平井ゆかり堂々の登校。
 
 クラスのムードメーカーとマスコット+アルファの登場に、夏休みボケムード全開の教室の雰囲気もにわかに活気づく。
 
 男子女子問わず、体当たりするような快晴の挨拶をお見舞いしていく平井。それについていき、人並みに明るい挨拶をしていく悠二&ヘカテー。
 
 しかし、何やら雰囲気が夏休み前と少々違う。
 
 仲良し三人組、前よりさらに仲良しに見えるのだ。
 
「坂井! お前夏の間に何があった!?」
 
「ヘカテーちゃん! 夏休み何してたー?」
 
「ゆかり、なにあったか教えろー!」
 
 
 一斉にもみくちゃにされる。何だかんだ言ってもやはりクラスで一番話題作のある三人なのだ。
 
 当たり障りの無い返答をする悠二、事実を、皆で遊んだ夏休みを嬉々として語るヘカテーとは別に‥‥‥‥
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 平井は僅かに考え込む、『どういう返答をすればよりこの事態を面白くするか』に思考を巡らせる。
 
 そして‥‥
 
「私ね、夏休みの間に‥‥‥‥」
 
 最善の答えに行き着く。
 
「坂井君にたべられちゃった♪」
 
『ええええぇぇー!』
 
「誤解を招く言い方はやめてくれ!!」
 
 
 
 こうして、新学期は始まり、夏休み明けの実力テスト、佐藤の外界宿(アウトロー)の資料整理の悪戦苦闘、悠二達の鍛練、当たり前の日常、日々は瞬く間に過ぎ、一ヶ月後、十月初頭。
 
 
 
 
 御崎高校も衣替えが済み、皆、緑の制服に身を包む(男は黒だが)。
 
 今の季節、御崎高校は活気づく。
 御崎高校最大の行事である『清秋祭』が始まるからだ。
 
 当然、悠二達の一年二組も、雰囲気がいささか違っていた。
 
 下校前の一時間を使い、一つのホームルームをやっている。一部を除いて、皆早く終わらせて帰りたいという気分に満ち満ちている。
 
「え〜、僕達のクラスでは、前のホームルームで決めた通り、クレープ屋をやる事になった」
 
 この場を仕切るのは、実はクラス全体の意見をそつなくまとめられる、密かに万能な皆のヒーロー・メガネマンこと池速人。
 
 実際は人気も考慮すれば平井の方が適任ではある気はするが、彼女も何かと多忙な身であるし、何より遊び好きである。
 
 クラス委員などやるわけもない。
 
 代わりと言っては何だが、池より強引な部分があり、それが長所でも短所でもあるが、たまに大ポカをやらかす分、池に一枚二枚及ばない藤田晴美が彼のサポートに回っている。
 
 
「よかったー」
 
「今さら決め直しなんて面倒くさいもんなー」
 
「私はクレープが好きです」
 
「私も」
 
「よかったね二人とも」
 
「‥‥‥食べるんじゃなくて、売るんだよ?」
 
 
 ひとまずは、前もって決められていたクレープ屋の案が通って安堵する生徒達。
 
「次に、研究発表は『御崎市の歴史』。一応一年生は真面目な事もやらなきゃならないらしい」
 
 『清秋祭』は、隣接した商店街も一緒になって行われる、一学校にしては破格の、御崎市自体にとっても一大イベントなのだが、一応学園祭である。
 
 誰も、欠片も興味など無くても、建前として地味で真面目な研究発表が義務づけられている。
 
 もっとも、それも一年生に限っての事だが。
 
 
「それで、開会パレードのウチの演目についてだけど‥‥」
 
 「うへー」だの「やっぱやんのー」だのの文句が飛び交う中、メガネマンの眼鏡が輝く、皆が一番気にしている事を、一番気が逸れたタイミングで切り出す。ニクいメガネである。
 
 開会パレードとは、一年生の各クラスから代表が選抜され、仮装した上で商店街を練り歩く、新入生一番の見せ場イベントである。
 
 当然悠二達のクラスからも参加者は出るし、すでに選抜も終えている。
 
 そして、その仮装の演目が今、発表される。
 
「『オズの魔法使い』、そして‥‥」
 
 比較的ソフトな演目を先に発表し、無関係な生徒が、"派手なバトル"が起こらないであろう事を予期してホッとするのを見て、またメガネをキラリと光らせてから、"本番"を告げる。
 
「『ロミオとジュリエット』だ」
 
 ニクいメガネである。
 
 
 
 
『‥‥‥‥‥‥‥』
 
 クラスに、重い沈黙が下りる。
 
 悠二達のクラス代表。
 
 坂井悠二、近衛史菜、平井ゆかり、吉田一美、緒方真竹、田中栄太、佐藤啓作、そしてシャナ・サントメール。
 
 計八名である。
 
 理由は大した事ではない。平井がノリノリで立候補し、平井に誘われたヘカテーがノリノリで承諾し、それにより、ほとんど必然的に悠二の参加が決まり、吉田もヘカテーに対抗して参加、親しい友達が立候補した事で勇気づけられた緒方が田中を引きずって参加、佐藤は元々お祭り好きである。田中や悠二もいるしであっさり参加、シャナもヘカテーと同じクチである(ただし、別にノリノリではない)。
 
 一年二組がこんな大人数が許されている理由に、生徒会に"彼女達"のファンがいるというのがあるらしい。
 
 参加の確率をわずかでも上げたいようだ。
 
「今から、"僕達"クラス代表の役柄を決める」
 
 失礼、九名、池速人もいた。
 
 吉田の追っかけをしての事である(これにより、彼はでしゃばりと影で思われてしまったが、今の彼はそんな事では挫けない)。
 
 
「‥‥‥‥‥」
 
 ヘカテーはロミオとジュリエットの話を、坂井家に居候し初めてから時々している読書で知っている。
 
 当然、その結末も。
 
 少し嫌そうな顔をする、が、
 
「だいじょぶだってヘカテー。"恋人の役"、仮装なんだから都合の良い設定だけ借りればいいの!」
 
 平井があっさりその陰を払う。
 
 
「それじゃ、僕と吉田さんがロミぼっ!!」
 
 調子に乗るメガネを、ヘカテーのチョーク、吉田の黒板消し、平井の消しゴムが撃墜する。
 
「それじゃ、クジって事でいい? 皆」
 
 そして、さりげなく坂井悠二が平和的な案を出す(余計なバトルを避けるために)。
 
 誰からも文句は出ない。ヘカテーや吉田を恐れて、ではない。
 
 特別強い口調で言っているわけでもないのに、聞く側に"言う通りにした方が良さそうだ"と思わせる安心感を与える、不思議な風韻を悠二は持っていた。
 
 
 そして、代表メンバー皆が、藤田が作ったクジを次々に引いていく。
 
 結果‥‥‥
 
『オズの魔法使い』
 
 シャナ・サントメール=少女ドロシー。
 
 田中栄太=ライオン。
 
 緒方真竹=魔法使い。
 
 佐藤啓作=ブリキの木こり。
 
 近衛史菜=犬のトト。
 
 坂井悠二=魔法使いの烏。
 
 池速人=カカシ。
 
『ロミオとジュリエット』
 
 吉田一美=ジュリエット。
 
 平井ゆかり=ロミオ。
 
 
 
「‥‥やった! 犬耳ヘカテー!」
 
 
 配役が決まって一番最初に響いたのは、平井の喜び溢れる叫びであった。
 
 
 
 
(あとがき)
 駆け足で一気に清秋祭。
 
 今回は何か筆の滑りが悪かったです。自信喪失に陥る私。
 そしてすぐ落ち込む自分にまた落ち込む私。



[4777] 水色の星S 十章 五話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/01/31 19:31
 
「オメガが魔女、少々似合いません」
 
「はは‥‥ありがとヘカテー」
 
「いいじゃん、ヘカテーが犬耳なら♪」
 
 清秋祭、その準備期間の放課後、いつものメンバーで寄り道。
 
 最近オープンした、『デカ盛り天国』である。
 
 
「坂井君、今からでもロミオ、やりませんか?」
 
 ふと、パフェデカ盛りを切り崩しながら悠二に自分のパートナー役を勧める吉田。
 
「う〜ん。僕より佐藤の方が似合うと思うんだけど」
 
 一応『美』をつけてもいい佐藤の方が適役だと思う悠二である。
 
「冗談やめろよ。うちのクラスでお前押し退けてロミオなんてやった日にゃどんな目で見られるか」
 
 そんな悠二に、うんざりしたように言うラーメンデカ盛りを食べる佐藤。
 
 ヘカテーや吉田はもちろん、他の女子の悠二の評価も、何故だか佐藤より高い。あのファニーフェイスで。
 
 元々持っていた不思議な安心感と、最近出てきた、日常とは全く違う所で培われてきた貫禄のせいだろう(無論、存在の力が扱えるようになった、というだけの事ではない)。
 
「悠二がロミオをやるなら私もジュリエットをやります。吉田一美は魔女がお似合いです」
 
 さりげなく進言するヘカテー。先ほどの緒方へのフォローも、どちらかと言えば『魔女は吉田に似合う』を言いたかったものらしい(緒方と一緒にケーキデカ盛りを食べている)。
 
「ダーメ! ヘカテーは犬耳! 私もロミオ譲らないからトトやって!」
 
 と、アイスデカ盛りを食べる平井。
 
 これがもう何度も繰り返されている流れである。
 
 まあ、もう衣装作りも始めているから不毛な議論であるのだが。
 
 
「まあ、これで良かったんじゃないか。ロミオとか、やっぱり照れ臭いし、平井ちゃんが適役だろ。女子の配役は問題無いし」
 
 と、カツ丼デカ盛りを食べながら、"緒方の気も知らず"に、自分がもしロミオになった時の照れ臭さからそんな事を言う田中。
 
 "自分達の配役"にややの不満の残る緒方が恨めしげに田中を見る。
 
「ま、シャナのドロシーも適役だしね。小っさいし痛っ!」
 
「うるさいうるさいうるさい! 烏に言われたくない」
 
 シャナはそう言うが、実際、悠二の言う通りドロシーは適役だと思われる(デカ盛りパフェ二杯目に突入している)。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 この細っこい体のどこに入るのか、という至極真っ当な疑問を抱き、その片手で抱えられそうな腰を見る悠二。
 
「‥‥どこ見てんのよ?」
 
 当然のように睨まれ、視線を外す。
 
 ただ、シャナも随分と日常に馴染んだな、と思う。もう教師いじめ(無自覚)もかなりソフトだし、こういう場所に皆でいても、もう全く違和感がない。
 
 
「今度は‥‥‥」
 
 パフェ二杯目をたいらげ、またメニューを見るシャナ。
 
 いい加減食べ過ぎである。
 
 
 
 
「ふー! 食った食った!」
 
「はは、シャナちゃんが一番食べてたけどね」
 
「ヘカテー晩ご飯、食べられる?」
 
「大、丈夫です」
 
「ヘカテー、オガちゃんと半分こだったのにね」
 
「そんなんだからちびっこなんだよ」
 
「だ、黙りなさ‥‥くぅ‥‥」
 
「まあ、ヘカテー消化も早いし」
 
「あんま、気やすく食べに行けないな、あそこ」
 
 
 一同帰宅。
 
 佐藤はこのまま帰ってから平井に渡された資料整理が待っている。
 ちなみに、それを後から平井が"密かに"再点検しているから実質役に立ってはいない。佐藤の適性を判断するためのテストの一環なのだが、まだまだらしい。
 
 その道中、道に変なのを見つける。
 
 大量の布生地を所持したメイド、ヴィルヘルミナ・カルメルである。
 
「‥‥何やってんですか、カルメルさん?」
 
「あなた方の行う清秋祭という祭りに、衣装が必要だとメリヒムに聞いたのであります」
 
 その言葉に、あちゃーと頭を抱える同居人たる平井ゆかり。
 
 教えるとまた妙な行動をとると思って黙っていたのだが、シャナ->メリヒム->ヴィルヘルミナの経緯で伝わってしまったらしい。
 
「任せるであります」
 
 それを知った結果がこれである。
 
 何をどう勘違いしたのか、一人で全員分の衣装を作るつもりらしい。
 
 両手に下げられた大量の生地が彼女のやる気のほどを表している。
 
 
「ヴィ、ヴィルヘルミナ。皆でやる、お祭りだから」
 
 意外にもしっかりわかっているシャナがフォロー。
 
「へえ、シャナも大分わかってきたな」
 
 悠二がシャナを褒め、何か久しぶり、いや、悠二からは初めての褒め言葉に、ふふんと鼻高々になるシャナ。
 
「ティア、そういう時はちゃんと止めてくれないと!」
 
「給仕暴走」
 
 そう言う平井。しばらく前からティアマトーの事を"ティア"などと呼んで妙に仲が良い。
 
 何があったのやら。
 
 
「では、この生地は一体どうすれば‥‥」
 
 満ち満ちていたやる気を削がれ、そのやる気の象徴のやり場に困るヴィルヘルミナ。
 
 生地は巻きの単位で多種類購入されている。元々一年二組だけで使い切れるような量ではない。
 
「あ、あの‥‥」
 
 怪しさ爆発のメイドに、控えめに挙手する緒方。
 
「それいらないんだったら、他のクラスで足りない子とか知ってるんですけど‥‥‥」
 
 
 こうして、ヴィルヘルミナのズレた行動が、御崎高校清秋祭に大いに貢献する事になったのであった。
 
 
 
 
「‥‥むむ」
 
 夜中、何やら話し声が聞こえて目を覚ます。
 
 平井ゆかりがまだ起きているのだろうか。
 
 ただでさえ鍛練や外界宿(アウトロー)の書類整理などで忙しいだろうに、明日も学校があるというのに夜更かしして、感心しない。
 
 少し注意しておこうか。
 
(?)
 
 寝る前に机の上に置いておいたはずのティアマトーがいない。
 
(変でありますな)
 
 
「「あはははは!」」
 
 リビングから聞こえてくる笑い声、二つ。
 
 
 廊下に出て、恐る恐る聞き耳を立ててみる。
 
 微かにアルコールの香りがする。
 
「それでね? ティアね? 部屋の窓から外にポーンって投げ捨てられたの!」
 
「うーん、気持ちはわかるけど投げ捨てるのはダメだね♪ カルメルさん」
 
「でね? ティアね? シャナが帰ってくるまでずっと外にほったらかしにされたの。もう寒くなってきたのにひどい仕打ちなのよ!」
 
「うんうん。ティア頑張ってるよ。実際ヘッドドレスって大変だもんね」
 
「わかる? わかる? ティアもマルコシアスみたいにある程度動けたら嬉しいな!」
 
「ねっ、それでさ、カルメルさんその時どんな感じだった?」
 
「ふっふっふ、それはもう言葉では言い表わせないほどに‥‥‥‥‥」
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 部屋に戻る。ベッドに横たわる。布団をかぶり、目を閉じる。
 
 今日はなかなか愉快な夢を見ている。
 
 さあ、夢の中でもう一度眠ろう。
 
 
 
 
 清秋祭も迫り、今日は皆(と言っても希望者のみだが)放課後に留まらず、学校に泊まり掛けで準備をする許可が学校側から下りている。
 
 学校に泊まるという非日常なイベントに心踊らせている生徒も少なくない。
 
 悠二達のグループも泊まる気満々である。
 
「「♪」」
 
 ゆカテーも当然ノリノリである。
 
 この日のために、ヘカテーはクレープ作りも頑張って修得してきた。
 
 そして今日は、『日常の中の非日常』を存分に楽しむつもりである。
 
 夜遅くまで『大富豪』だ。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 一年二組の研究テーマ、『御崎市の歴史』。
 
 坂井悠二は今、地図にある御崎市内の歴史的場所(と言っても大したものではない)に写真を貼りながら、少し、振り返る。
 
 
 今まで、色々な事があった。
 
 地図の、その色々な事があった場所を指でつつきながら、振り返る。
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
 中学の頃には考えられなかった、様々な体験をしてきた。
 
(‥‥当たり前か)
 
 ふと、笑いが漏れる。
 
 誰かに見られはしなかったかと周りを見渡すが、どうやら見られてはいなかったらしい。
 
(‥‥‥あれから、半年くらいしか経ってないんだよな)
 
 ヘカテーと出会ってから、という事だ。
 
 本当に、色々な事があった。
 
 あまりに濃密な時間を共に過ごしたせいか、まだ半年程度の付き合いだという実感がまるでない。
 
 もう、何年も一緒にいたかのように感じる。
 
(‥‥いや)
 
 ヘカテーだけではない。
 
 平井も、そして吉田や佐藤達とも、随分と重い、そして大切な時間を過ごしてきた。
 
(‥‥いつか、ここから旅立つ)
 
 その大切さと、自分の未来を思い、少し強く拳を握る。
 
 しかし、前のようなただの現実逃避とは違う。
 
 大切な『今』を抱えて、その先を生きて行ける、覚悟、と呼べるほど大層な物ではないが、確かに自信のようなものがある。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 向こうの方でワイワイと騒ぐヘカテーと平井と、女子達に目をやる。
 
 重苦しい感傷はやめよう、とすっぱり切り替える。
 
 旅立つにしても、高校を卒業した後のつもりだ。
 
 カムシンが言っていた『闘争の渦』の事もある。
 
 平井に聞く所によると、『闘争の渦』とは、まるで不思議な運命のように徒やフレイムヘイズが引き寄せられ、いずれ大きな戦いを生む、恐るべき時の流れを持つ場所を指すらしい。
 
 かつて、『大戦』の発端となった『オストローデ』がそうであり、不気味な事に、この御崎市には、その『オストローデ』と共通する『都喰らい』という要因がある。
 
 正直、運命だの時の流れだの言われても眉唾物だが、実際かなりの頻度で徒やフレイムヘイズが現れているのは事実だ。
 
(それでも‥‥‥)
 
 いつか旅立つ。
 
 ヘカテーや平井と、ここから旅立つ。
 
 
 
 
 その時、この街の大切さを、いつでも思い出せるように、
 
 大切な今を、存分に楽しんでやる。
 
 
 
 
 少年の心は、過去にすがりついていた時から変わり、今を大切に、未来を目指すものへと変わっていた。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回のティアマトー、やっちゃった感バリバリです。
 気に入らない方もいらっしゃるかと思われますが、その時はヴィルヘルミナ的解釈でお願いします。
 
 余談ですが、デカ盛り天国に池はいました。セリフどころか名前すら出てないだけです(素で忘れてた)。



[4777] 水色の星S 十章 六話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/02/01 17:42
 
 今日は学校にお泊まり。
 
 男子は教室の飾り付け、女子は仮装パレードの衣装作りが主な仕事だ。クレープ作りの段取りもしっかり立てなくてはならない。
 
 だが、どちらかと言うと『間に合わない』からではなく、『楽しみたい』から皆学校に泊まるのだ。
 
 一年二組のクレープ屋以外の出し物は『御崎市の歴史』、さして難しいものでもない。
 
 
 
「で? 坂井、お前結局誰が好きなんだよ?」
 
「いや、誰って言われても‥‥‥」
 
「坂井、実は僕はなぁ‥‥吉田さんが、好きなんだ‥‥‥」
 
「「「知ってた」」」
 
「えぇ!?」
 
 
 寝る前に馬鹿話に興じる男子一同。当然ながら、男女別室である。
 
 しかしまあ、例外もいる。
 
 ガラッ トコトコトコ
 
 男だらけの危険地帯。しかし一人の少女は一人の少年を目指してやってきた。
 
 一年二組のマスコット、我らがヘカテーである。その手には、彼女が使うには大きすぎる、明らかに学校の貸し出しの物ではない寝袋を抱えている。
 
 
「ヘカテー、どうかした?」
 
 何やら嫌な予感を感じながら訊く悠二。
 
「‥‥ん」
 
 他の生徒もいるためか、少し恥ずかしそうに寝袋を悠二に差し出す。
 
「あ‥‥ありがとう」
 
 少女の優しい心遣いに、少し驚きながらも礼を言う。
 
 周りの男子は女の子に尽くされている悠二に嫉妬の念を送りながらも、可愛い仕草のヘカテーが見られて眼福といった所だ。
 
 しかし、次のヘカテーの一言で、全てが凍りつく。
 
「‥‥この大きさなら、二人で入れます」
 
 ビキン!!
 
 
「‥‥あ、あはははは‥‥‥‥」
 
 もう笑うしかないという風に、悠二は笑う。
 
 目の前で、いつもより密着して寝られる環境にその目を輝かせているヘカテー。
 
 それを諫めようと下手な事を言えば、日頃ヘカテーと枕を共にしているという事をバラされかねない。そんな弱みを持つ自分。
 
 そして周囲から溢れる殺気。
 
 その全てを、もう笑うしかなかった。
 
 
「さ〜か〜い〜!」
 
「貴様高校生の分際でー!」
 
「吉田さんを誘惑しといてー!」
 
「弁解しないのは肯定って事かぁ!?」
 
「平井さんもたべたんだろーが、この鬼畜が!!」
 
 
 このままではまずい。よし、この場には最初から坂井悠二はいなかった。
 
 うん、それが真実だ。だからこんな騒動はありえない。
 
 
 もはや自分の命が風前の灯火である事を悟った悠二、最後の手段をとろうとして‥‥
 
「封ぜ‥‥」
 
 ガラッ!
 
 突然開いたドアに、中断させられる。
 
「おー、いたいたヘカテー! 今日は一緒に寝よって言ったでしょ♪」
 
「しかし‥‥」
 
「逃がさんぞ? 我が愛しの抱きまくらちゃん♪」
 
 他の者が何を言う暇もない。鮮やかな手並みでヘカテーを抱えて、教室を去る。
 
 言わなくてもわかるだろう、平井ゆかりである。
 
 
「ひっ、平井さんとヘカテーちゃんの添い寝!?」
 
「‥‥萌える、いや、燃えるぜ!」
 
「な、なぁ、後で女子の教室、ちょっとだけ見に行かないか?」
 
「馬鹿! お前、ウチの四人娘の脅威を忘れたのか、明日の朝日が拝めなくなるぞ?」
 
 
 平井が去りぎわに残していったビューティフル・ドリームが、男子達を支配し、罪人・坂井悠二の事はさらりと流れたらしい。
 
 しかし‥‥
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 悠二としては、少々複雑な心境だ。
 
 "彼女達の事を何も知らないくせに"好き放題に騒ぐクラスメイト達に、憤りのような感情を抱かずにはいられなかった。
 
 自分が誰よりも少女達に近しい存在であるにも関わらず、全く馬鹿なやきもちを妬く坂井悠二。
 
 そんな彼を、
 
 ポンポン
 
「ま、そうカリカリすんなって」
 
 田中栄太が。
 
「何か、久しぶりにお前にかわいげってもんを感じたよ」
 
 佐藤啓作が。
 
「まあ、良かったんじゃないか。結果的にお前の罪状は流れたんだし」
 
 池速人が慰める(?)。
 
「っ!」
 
 そこに至ってようやく悠二は、自分が無様な感情を面に出している事に気づいたのだった。
 
 
 
 
 清秋祭も明日に控えた準備中、皆気分が高揚している。
 
 仮装パレードに参加する悠二達も、"もしかしたら自分達のクラスから『ベスト仮装賞』が出るかも知れない"と期待している一年二組のクラスメイト達の高揚はさらに大きかった。
 
 しかし、ここに一人、お祭り好きのはずなのに微妙なオーラを振りまいている男がいる。
 
 佐藤啓作だ。
 
「マージョリーさん。来てくれないだろうなぁ」
 
 これが理由である。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 一昔前なら同様な無念感を味わっていたであろう田中栄太はそれを聞いてやや複雑だ。
 
 未だ、あの女傑への憧れはある。だがもう、調子良く"甘える"事など出来ようはずもない。
 
 最近になって、ようやく自然に対応出来るようになったくらいなのである。
 
 あくまで、"一般人"の範疇で。
 
 
「ミサゴ祭りにも来てたし、誘えば来るんじゃないのか?」
 
 わりとよくマージョリーと喋る悠二が気楽に言う。
 
 しかし、悠二の認識は"飲み友達"としての認識である。
 
「だって、最近それとなく清秋祭の事話してんだけど全然興味持ってくれないんだぞ?」
 
 佐藤はもはや諦めモードである。というか、望み薄なのは初めからわかっていたのでこれは一種の愚痴のようなものだ。
 
(‥‥ふ、ん)
 
 佐藤のそれが愚痴であるにも関わらず、悠二は何故か真剣に考えてみる。
 
 佐藤の決意については平井やヘカテーから聞いている。一高校生にしては破格の熱意だと思う。
 もう少し報われてもいいのではなかろうか?
 
 
(よし)
 
「佐藤、今日帰りに佐藤の家に寄っていいか? 僕からも説得してみる」
 
「‥‥お前が?」
 
「うん。ちょっと取り引き出来そうなネタがあるんだ」
 
 悠二のその言葉に、佐藤がギョッとなる。
 佐藤にとっての鬼門にして、マージョリーがこの街に留まっている最大の理由、"銀"の秘密を悠二が話すのかという考えが頭をよぎる。
 
 あからさまに変わった佐藤の表情に苦笑しながら、悠二はそれを否定する。
 
「違う違う。"その事"とは別に取り引き出来そうって事」
 
「な、何だそうか。良かっ‥‥いや、良くないのか?」
 
 マージョリーの立場を考え、自分の気持ちを思い、イエスともノーとも言えない佐藤。
 
 
(‥‥"銀"、か)
 
 全く意図していなかったタイミングで思い出させられた言葉を、悠二は思う。
 
 今のマージョリーは、復讐だけに生きているとも思えない。話しても、大丈夫かも知れない。
 
 だが、自分にはまだ想像もつかないのだ。自分の全てを奪った相手への憎悪、数百年もの永い時をかけて追い掛けるほどの執着。
 
 そして、その相手の全てが、幻のような存在、自分自身の心の鏡にすぎないと知った時、どんな感情を、どれほど抱くのか、想像もつかない。
 
 安易な判断で教えられるような事ではない。
 
(まだ‥‥言うべきじゃない、かな)
 
 そう思った。
 
 
 
 
「せーしゅーさい? どこの徒よそれ?」
 
 放課後、全くいつも通りに飲んだくれ‥‥てはおらず、何やら果物ナイフやシェーカー、メモにグラスにアイスペールを並べてやたら真剣な顔をしている『弔詞の詠み手』マージョリー・ドー。
 
 どうやらカクテルレシピを生み出そうとしているものらしい。
 
「徒じゃなくて、ウチの学校で生徒がやるカーニバル。佐藤から聞いたんでしょう?」
 
 訪問者は坂井悠二。佐藤にはわけあって席を外してもらっている。
 
「あー‥‥、そういや何かそんな事言ってたような。それで? 酒は出んの?」
 
 ようやく一つ出来た作品のグラスを悠二に差出しながら訊くマージョリー。味をみろという意思表示である。
 
「出るわけないだろ、高校生の祭りなんだから。んー‥‥もうちょっと甘くてもいいかも」
 
 グラスを一口、全く当たり前の返答を返す悠二。
 
「んじゃ用無しね」
 
 行く気を完全に無くし、悠二の助言を基に、カクテルに注ぐライムの量を調節し始める。
 
 まあ、ここまでは大体予想していた反応である。
 
「ん? 何でぇ兄ちゃん?」
 
 テーブルに乗せられていた神器『グリモア』を手にする。
 
 そして、ある一ページ(裏ページ)に記された文に銀色の光をなぞらせ、"その時"の音声をそのまま写し取り、指先に小さな灯りを宿す。
 
 そして、解放。
 
《私は花。愛に生きる花。愛し愛され、愛に散る花。
 そこにいるのは誰? それは窓辺に咲く私を摘みに来た、愛の花娘。
 ホールド・ミー! 連れてってプリーズ!
 遠い遠い、永遠の果てまで!》
 
「‥‥何よ、今のポエム」
 
「さあ? 誰の声でしょうね?」
 
 思いっきり顔を引きつらせるマージョリーに、悠二はもの凄いイイ笑顔ですっとぼける。
 
「‥‥マルコシアス、今のって‥‥」
 
「‥‥おめえが前にユージと飲んだ時に綴ったモンだよ、よりによっておめえ、この俺の神器『グリモア』に‥‥くぅ」
 
「嘘よ! 嘘嘘嘘! そんなポエムこの私が読むはずない! お願いマルコシアス! 嘘だと言ってぇー!!」
 
 盛大に現実逃避するマージョリー。
 
「さて、僕は"まだ"何も聞いてませんけど。そういえばマージョリーさん?」
 
「‥‥‥はい」
 
「清秋祭、来てくれますよね?」
 
 
 こうして、マージョリーは清秋祭へ行く事が決定したのだった。
 
 
 
 
 清秋祭前夜。
 
 ウキウキワクワクのヘカテー。
 
 悠二のベッドの上で無意味に布団にグルグル巻きになったりモコモコと移動したりして遊んでいる。
 
 居ても経ってもいられない様子である。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 そんな無邪気な少女を、椅子に座って眺める悠二。
 
 何か‥‥悪戯心を刺激される。
 
 モゾモゾ グルグル
 
「‥‥‥‥うりゃ!」
 
「ぴっ!?」
 
 包まった掛け布団ごと、小動物をホールドしてみる。何か、ちょっと平井のテンションが移ったようだ。
 
 変な叫び声を上げて、じたばたするヘカテー。
 
 そんな少女に意地悪してホールドし続ける。
 
 そのうちに、ぴょこんと布団の中からヘカテーが拗ねた膨れっ面を出し、今度は悠二を布団に包もうと襲い掛かる。
 
 祭りが待ちきれないように、二人ははしゃぎ、じゃれ合う。
 
 
 そして、清秋祭、始まる。
 
 
 
 
(あとがき)
 日常編長くなりすぎると読む側もダレるかなぁと思いつつ、次からようやく清秋祭、バトルまでまだかかりそうです。



[4777] 水色の星S 十章 七話
Name: 水虫◆70917372 ID:036a65b4
Date: 2009/02/02 15:47
 
「ん〜、こんな感じかぁ」
 
 仮装パレードを目前にし、一年二組のクラス代表メンバーは衣装に身を包む。
 
 緒方真竹の魔女、元々背が高いスポーツ少女なだけにやはりアンバランスな感がある。
 
 池の案山子、佐藤のブリキの木こり、田中のライオンは、田中のライオン以外は男子が作った『工作』のレベルの代物、田中の着ぐるみも女子が作った他に比すれば明らかに手抜きである。
 
「ん〜、やっぱりあの二人が適役かぁ」
 
 自身の魔女の似合う似合わないは置いといて、吉田のジュリエット、シャナのドロシーに感嘆する緒方。
 
 襟元や袖口に白いフリルのついた丈の短めな赤のワンピースと同色のリボンの装いのシャナドロシー。
 
 薄紫を基調とした、レースやアクセサリーを程よく配したドレスに身を包む吉田ジュリエット。
 
 まさに適役と言わざるを得ない、二人の外見を引き立たせる衣装だった。
 
 
(でも‥‥ねえ)
 
 今回は少し、『インパクト』であちらに劣る、か。
 
 
「おお神よ。私達二人の手を結び合わせて下さい。
 さすれば、恋を獲り喰らう死の困難にも、立ち向かって見せよう」
 
「キャー! ゆかりカッコいいー!!」
 
「ロミオ様ー!」
 
 前代未聞、男装の平井ゆかり。
 
 蒼と白で彩られた細身の王子服のロミオ。
 髪型も、普段の触角頭(失礼)ではなく、首の真後ろでその長い髪を束ね、さらに、何やら華美ではないが、その刀身そのものに美しさを魅せる細剣を手にしている。
 
 王子としてのカッコ良さ、身を飾る女の美しさ、それでいて平井ゆかり本人が元々持つ可愛さや明るさがある。
 
 口にするまでもない、完璧だった。
 
 ところであの細剣、まるで本物のように見えるが‥‥もちろん気のせいだろう。
 
「〜〜〜っ待ってましたー!!」
 
 ロミオの演技をしていた平井が、待ち焦がれたものの登場にいきなり完全に素に戻る。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 ピコピコ
 
 耳を動かす。
 
 パタパタ
 
 しっぽを動かす。
 
 そこには、黒の、ぴったりとフィットした衣装に部分的に毛皮を纏う、たれ耳しっぽ付きの、水色の髪の子犬がいた。
 
「可愛い! ヘカテリーナ!」
 
 ロミオが子犬のトト(ヘカテー)に抱きついて頬擦りする。
 
 もう可愛いくてたまらないらしい。
 
 かく言う自分も、もう辛抱出来そうにない。
 
『キャァアアアー!!』
 
 
 平井、緒方をはじめとする女子全員(シャナ除き、吉田含む)が、愛らしさそのものの様な子犬をモフモフするのだった。
 
 
 
 
「よし、目標はでっかく、目指せグランプリ!」
 
『おう!』
 
 いざ仮装パレード。
 
「‥‥‥で」
 
 しかし、緒方が僅かに水を差す。
 
「坂井君‥‥その衣装何?」
 
「烏‥‥だって」
 
 平井のロミオの衣装とは異なる趣きの盛装。
 
 ただしその全身の装いは黒で統一され、両肩が漆黒の羽根で飾り付けられた、下手をすれば平井より派手な烏(カラス)の衣装。
 
 これは‥‥
 
「これ烏じゃないじゃん! 烏伯爵、下手すれば魔王だよ!」
 
「いや、僕に言われても‥‥‥」
 
「誰これ作ったの!?」
 
 てっきり悠二も着ぐるみだとばかり思っていた緒方が訊くが、こういう事をする人間は限られている。
 
「私だけど、何か問題ある? 緒方さん」
 
 吉田一美である。
 
「いいじゃん。カッコいいし」
 
「‥‥‥ふわぁ」
 
 吉田が作り、平井があっさり認め、ヘカテーが見惚れる。
 
「‥‥‥いや、何でもありません」
 
 これにクレームをつける勇気は無かった。
 
 
 
 
 御崎市の繁華街を、オフィス街を、商店街を、白雪姫、ピノキオ、オペラ座の怪人からアラジンまで、ピカピカの者からボロボロの者まで、混沌の様をむしろ誇る御崎高校仮装パレードが行軍する。
 
 その中に、『オズの魔法使い』や『ロミオとジュリエット』も当然混じっている。
 
 それも一際目立って。
 
「キャー! あの娘カッコいい!」
 
「いや、あれは可愛いんじゃないか?」
 
「うん、カッコいいし可愛い!」
 
「どっちだよ?」
 
「どっちもだよ!」
 
 ロミオに扮した平井が、ただ歩く時は凛々しく微笑み、看板を掲げたりする場面では輝かんばかりの笑顔を振りまく。細剣をかざしてポーズまで決めている。
 
「あ‥‥あれ、何?」
 
「子犬だよ!」
 
「か‥‥可愛い!」
 
「あれ欲しー!」
 
 水色の髪の子犬・トトに扮したヘカテーが、同じオズ組の一人の少年の常とは違う装い、そして今のお祭り気分から、耳やしっぽをパタパタと動かす。
 
「あの子、モデルみたいにピンシャンしてる」
 
「ジュリエットもすっごい綺麗」
 
「おいおい、噂よりずっと可愛いじゃん?」
 
 吉田も、シャナも、当然のようにその可憐さが目立つ。
 
 シャナも常の険が完全に消え、その貫禄はそのままに、見た目相応の可愛らしさがある。
 
 吉田は元々こんなのは得意だ。営業スマイル全開である。無論、本当に楽しんでもいるのだが。
 
 そして、意外な事に‥‥‥
 
「うわぁ、あれ配役何だろ?」
 
「ロミオは前の娘だもんなぁ」
 
「カッコいい‥‥」
 
「ね、ちょっと良くない?」
 
 坂井悠二も注目を集めていた。
 
 優しげな容貌、漂う静かな貫禄。その衣装の効果だろうか、押しの弱い少年には全く見えない。
 
 が、無論これを一目で烏だと思う者などいない。
 
 
 そんな一年二組の行進は、まるでパレードの中、そこだけ色が違うかのように華やかであった。
 
 
 だが、
 
「私、違う意味で浮いてない?」
 
「安心しろオガちゃん。俺達三人がいる」
 
「池、お前大丈夫か?」
 
「はは‥‥何とか」
 
 
 間近で比較対象になる者達には少々堪えた。
 
 
 しかし、救いもある。
 
「マージョリー・ドーが来ています」
 
「えっ!?」
 
 ヘカテーの促しに、見物人に混じって、長い金髪と、モデルも逃げ出す抜群のプロポーションの女傑を見つける。
 
 仮装パレードの人間より下手をすれば目立っているマージョリー・ドー。
 
 ややうんざりしたような顔が気になるが。
 
「「いぃよっしゃぁー!」」
 
 俄然やる気を出す佐藤と、“つい”ノッてしまった田中。
 
 そんな田中に、緒方は頬を僅かに膨らませる(やはり魔女のイメージにそぐわない)。
 
 
 そうして仮装パレードは商店街、大通り、御崎市駅のコースを往復し、再び御崎高校に戻って来た。
 
 ただでさえ清秋祭の実行委員としてこき使われ、準備の段階で半死体状態だった池に至っては、案山子である事を生かして悠二にひょいと持たれている(悠二はその行動がさらに周囲からの評価を上げている事には気づかない)。
 
 そして、『ネバーランド(卒業したくない)』という意地の悪いジョークによってピーターパンに扮した生徒会長が、パレードの終了を告げる。
 
 そして『クラス代表』達が、それに合わせて、
 
『っかれしたぁ!!』
 
 解散した。
 
 
 
 
「シャナちゃん、凄い目立ってたよ!」
 
「一美、むちゃくちゃ綺麗だった」
 
「ゆかり絶対入賞はしてたよ! 間違いないね!」
 
「ああ、ヘカテーちゃん。もう一回抱かせて〜!」
 
「坂井、お前いい線行くんじゃね?」
 
「佐藤君、ジュースいるー?」
 
「メガネマンが倒れた!」
 
「オガちゃん。どーだった? 仮装デートは」
 
「田中ー、メガネマン運ぶの手伝ってくれ!」
 
 
 一年二組の皆が、彼らのクラス代表を労う。
 
 実際、予想通りというか平井、ヘカテー、シャナ、吉田の四人は他のクラスや学年、見物の商店街の人達にも目に見えて好評であり、悠二も本番に強いタイプなのか、不思議な魅力を振りまいていた。
 
 皆、『ベスト仮装賞』への期待が高まる。
 
 ちなみに『ベスト仮装賞』とは、パレード参加者の中から、男女十人の選抜を行うものである。
 
 『仮装が似合う事』が表向きの判断基準になってはいるが、実質は、すでに廃止された『ミス御崎コンテスト』、通称ミスコンのムードが色濃く残っている。
 
 要するに、可愛い女子、カッコいい男子が選ばれやすいという事だ。
 
 
 自分達の楽しい祭りに、緒方が、田中が、佐藤が、吉田が、平井が、ヘカテーが、悠二が‥‥シャナが、笑っていた。
 
 
 
 
(あとがき)
 展開遅いにも関わらず、あと一、二話ほのぼので行きそうです。
 
 九章丸々日常編だったのになぁ。



[4777] 水色の星S 十章 八話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/02/03 19:26
 
「皆、楽しそうでしたね」
 
「ああ」
 
「そうでありますな」
 
 パレードの見物人に混じって、明らかにおかしい三人。
 
 正確には、明らかにおかしい二人と一緒にいる誇り高き主婦である。
 
 
 シャナの晴れ姿を拝みに来たヴィルヘルミナ・カルメルとメリヒム、そしてそこでばったり会った坂井千草。
 
「話を聞く限りだとただ変装して歩くだけだったが、存外楽しそうだったな」
 
 ちなみに、メリヒムは未だに『ヴィルヘルミナは俺のものだ』という主張を崩していない。好きだなどとは決して口にはしない(自身そう思っているかさえ疑問である)。
 
「あの子があれほどの笑顔を見せるのは久しぶりであります」
 
 対するヴィルヘルミナの方は、そんな彼の態度を"可愛い"とさえ思う事が出来るようになっていた。
 
 あの作戦から一ヶ月以上経ち、ようやくこの幸せに、この幸せに在る自分に、“地に足を着けた”、といった所か。
 
「ふふ、ヘカテーちゃんもゆかりちゃんも可愛いかったですよね。悠二のあれは、何かしら?」
 
「彼が持っていたプレートには、『烏(カラス)』とあったのであります」
 
 坂井千草も、息子と娘同然の少女、そしてその二人と格別仲の良い少女の艶姿に満面の微笑み。
 
「なら、学校の方に行くぞ。祭り自体は学校であるらしいからな」
 
 せっかちなメリヒムが、パレードの行進を見た商店街から学校への移動を促す。
 
 まだシャナ達は往復しなければならないのに、全く気の早い骨だった。
 
(?)
 
 ヴィルヘルミナは、いつになく自分の頭上が静かな事に、ほんの少しだけ違和感を覚えた。
 
 
 
 
「これで‥‥」
 
 御崎高校一年二組の出し物はクレープ屋である。
 
 パレードの終わった直後、一番客寄せをしやすい時間帯に、『クラス代表』のメンバーからクレープ屋担当が選ばれたのもある意味必然であった。
 
 坂井悠二、近衛史菜、平井ゆかり、佐藤啓作である(男女二人ずつが原則だ)。
 
「どーだ!」
 
 しかして、平井ゆかりの今までクラスメイトにさえ隠しておいた秘密兵器が炸裂する。
 
『キャァアアア!!』
 
 丈のやや短い青紫のワンピース、その上に白いエプロン、首元に黄色いリボン、そして頭上に煌めくヘッドドレス(ヘカテーはパレードの時の犬耳のままである)。
 
 メイキング・バイ・ヴィルヘルミナによるザ・メイド服である。
 
 しかも、二人。
 
「一体、いつの間にそんな物作ってたんだ?」
 
 やや視線のやり場に困りながら訊く悠二。

 
「夏休み♪ これには涙なくして語れないエピソードがむっ!?」
 
 自身の恥ずかしいエピソードを暴露されそうになったヘカテーが平井の口を塞ぐ。
 
 そして平井が反撃してヘカテーをモフモフする。
 
 二人共、メイド服で。
 
 はっきり言って、もう何をやっても可愛い。
 
 少々目に毒なくらいであった。
 
「‥‥で、ご感想は?」
 
 見ている方がドキッとするような悪戯っぽい微笑みで悠二に訊く平井。
 
 佐藤には訊かない。周りの男子にも訊かない。女子はすでに態度で示している。
 
 ただ、悠二だけに訊く。
 
「うん‥‥」
 
 周りにまだ準備のクラスメイトがいる状況下で悠二はつい言ってしまった。
 
「可愛いよ」
 
『キャァアアア!!』
 
 黄色い叫びが調理室を支配する。
 
 発言の内容、優しげな悠二の声色と表情、真っ赤になったヘカテー、頬を染める平井、その全てが年頃の女子には最高に刺激的な光景だった。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 悠二が、可愛いよ、と言った時、ヘカテーを見ている時間が自分より僅かに長かった事に、平井は気づいていた。
 
(‥‥うん)
 
 それで、いいと思う。
 
 あの言葉は、確かに自分にも向けられていた。見ていた時間の差も、"僅かに"だった。
 
 それだけで、十分だ。
 
(うん)
 
 ずっと、三人一緒。それは絶対に譲らない。
 
 だから、これが一番理想的な形。
 
 むしろ、自分も大切に想われているだろう事が、望むべくもない幸福なのだろう。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 いつから、だったのだろうか?
 
 自覚したのは、かなり遅かった、と思う。
 
 しかし、池速人に振られた時、自分はすぐに立ち直る事が出来た。
 
 それは、自分がそういう性格だからだと思った。
 
 しかし、本当にそれだけだったのだろうか?
 
 断たれた想いが、はじめから空虚的なものだったのではないか?
 
 今思えば、そう考えた方が、自分の気持ちにしっくり来る。
 
(そういえば、一美は‥‥)
 
 入学式の始まる前に、入る教室がわからなかった時に案内してもらった。
 
 その時、唐突に"そうだ"と思ったらしい。
 
 そしてそれを、自分も知っていた。
 
 そして、その悠二の親友が、池だった。
 
(ああ‥‥なーんだ)
 
 結局、"そういう事"だったのか。
 
 "あれ"は、『そういう感情』をまるで知らなかった自分が錯覚した、想いのこもらない、完全な理性からのものだったのだ。
 
(振られても当然、か)
 
 もはや、そう考えてもまるで胸は痛まない。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 そして、無意識のうちに、感情に任せた方に近寄って行ったのか。
 
 とんだ卑怯者である。
 
 そして、『あの時』、自分の最期を悟った時、ようやく完全に自覚した。
 
 あまりの間抜けさに、自分でも呆れる。
 
(‥‥坂井君の事、言えない、かな)
 
 何やらガラにもなく深く考えて‥‥
 
(ま、いっか♪)
 
 "今は"、ずっと共に歩める存在へと変わった。
 
 "これ"を、自分が人間を捨ててでも得たかったのだとわかっている。
 
 なら、いつか来る旅立ち、その前に、この今を、楽しもう。
 
 
「よし! これでクレープ売るぞヘカテー!」
 
「商売繁盛」
 
「私も食べたいです」
 
「つまみ食いはダメだからね、ヘカテー」
 
「んじゃ、やるか」
 
 
 クレープ屋、開店。
 
 
 
 
 清秋祭、その中を練り歩く吉田一美、シャナ、緒方真竹、田中栄太、こういう賑やかな日は田中と二人きりより皆で騒ぎたい緒方であった。
 
 歩く中、自分達のクレープ屋に目を向けてみる。
 
 そこには、見事な長蛇の列が出来上がっていた。
 
「何であんなに繁盛してんだろな」
 
「やっぱり、ゆかりとヘカテー効果じゃない?」
 
「こりゃあ、本気でグランプリ狙えるんじゃないか」
 
「クレープは甘くておいしい」
 
 四者四様に評価し、横から店内を覗いて見る。
 
「っなあ!?」
 
 メイドが二人。
 
 
「はい! ブルーベリークレープお待ちどおさま♪」
 
「二百五十円」
 
「‥‥‥チョコバナナクレープです」
 
 平井がイキイキとしてクレープを売りさばき、ヘカテーが名残惜しそうに(食べたそうに)クレープを客に売りさばいている。
 
 たまに悠二がヘカテーにクレープを食べさせてあげている。その様すらも客を呼ぶ要因となっている。
 
 身内びいきなど無しにわかる。売れない方がおかしい。
 
「くそ! 私も何か用意すればよかった!」
 
「あれ、私も着るように言われた」
 
 悠二の衣装作りに凝り過ぎてクレープ屋の衣装にまで頭が回らなかった吉田と、平井がすでに用意してあるメイド服を着る事になっているシャナ。
 
 シャナ、ヘカテー、平井の分はヴィルヘルミナがまとめてメイド服を作ったのだ。
 
「‥‥お前も狙ってんのか?」
 
「? 何が?」
 
「わからねえならいい」
 
 
 パレードに引き続き強烈なインパクトを見せ付けたゆカテーを置いて、また祭りを回る四人。
 
 ふと、億劫そうな女傑を見つける。
 
「あ、姐さん。ご無沙汰してます!」
 
 子分、をもはや名乗れない田中が、未だ抜け切らない『姐さん』呼びで話し掛ける。
 
「ああ‥‥ったく、何で私が少年少女のウキウキカーニバルなんかに来なきゃなんないのよ」
 
「そりゃおめぇが酔って恥なんか晒すからだろうが。我が赤っ恥の酒樽、マージョリー・ドーよぶっ!?」
 
「おだまり」
 
「佐藤君ならあっちでクレープ作ってますよ?」
 
 ほとんど初めて白い方でマージョリーに話し掛けてみる吉田。
 
「‥‥‥‥気持ち悪」
 
「ふんっ!」
 
 普段とのあまりの違いにポロッと本音が漏れたマージョリーに、吉田のチョッピング・ライト(打ち下ろしの右)が炸裂する。
 
 マージョリーの方が背は高いが、今は座っているから問題ない。
 
 しかし‥‥
 
「げふぉっ!」
 
 これをマージョリーは『グリモア』で防ぐ。
 
「そっちの方が似合ってるわよ、あんた」
 
「マ、マージョリー。おめぇ俺を盾に‥‥」
 
 
 小競り合いを繰り広げるマージョリーと吉田。
 
 そんな彼女らをよそに、シャナは保護者達を見つける。
 
「シロ、ヴィルヘルミナ、千草!」
 
「ふふふふ、もはや完全に夫婦の風情よな、"虹の翼"?」
 
 雑音に紛れると判断してか、アラストールが口を出す、が、ペンダントの身で挑発するのは無謀である。
 
 ポイッ
 
 アラストールとの会話を好まないメリヒムによって、あっさりゴミ箱に突入する。
 
 
「楽しそうでありますな」
 
「うん。はい、ヴィルヘルミナ一個あげる」
 
 手に持った綿飴を一つ、大好きな養育係に手渡し、アラストールを呼び戻す(契約した王とフレイムヘイズは、互いが望む事で呼びあえる)。
 
 呼び戻したのはいいが、ソースとマヨネーズ臭い。どうやらゴミ箱に焼きそばやたこ焼きの空パックが捨ててあったらしい。
 
 さすがにこんなに人がいる中で『清めの炎』を使うわけにもいかない。
 
「シャナちゃん。悠ちゃん達とは一緒じゃないの?」
 
「坂井悠二、近衛史菜、ゆかりはクレープ屋にいる」
 
 尊敬すべき女性の質問に応えながら、どこか『コキュートス』を洗える場所はないかと見回すシャナの耳に‥‥‥
 
《お楽しみのところお邪魔いたしまして、これより、ベスト仮装賞の予備発表をします!》
 
 マージョリーと小競り合いをする吉田一美の耳に‥‥‥
 
《それでは、ノミネートされた十名を、組順に発表していきます》
 
 クレープ屋の当番時間の終わりそうな悠二、ヘカテー、平井の耳にアナウンスが聞こえる。
 
 そして、一組の選抜者が選ばれ、二組‥‥
 
《一年二組、犬のトト役・近衛史菜さん、ドロシー役・シャナ・サントメールさん、魔法使いの烏役・坂井悠二君、ロミオ役・平井ゆかりさん、ジュリエット役・吉田一美さん》
 
「やったー!」
 
「?」
 
「うぇえ!?」
 
「ベスト仮装賞?」
 
「ま、当然だな」
 
 
 学年で(というか一年生しかやらないのだが)男女十人しか選ばれないベスト仮装賞に、二組だけで五人もの面々が選ばれたのだった。
 
 
 
 
(あとがき)
 前回の言葉、撤回するかも知れません。
 まだほのぼの、二話どころじゃ済みそうにない。自分の長さ調節の未熟さが染み渡ります。



[4777] 水色の星S 十章 九話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/02/04 19:47
 
《続いて、一年二組のマスコット、神秘的な魅力を秘めた小動物! 犬のトト役・ヘカテーこと近衛史菜さん!》
 
 『ベスト仮装賞』にノミネートされた十名、まずはその一人一人が紹介されていく。
 
 ステージの上の十人は、仮装パレードの時の衣装をまた纏っていた。もちろん悠二のエセ烏も、子犬ヘカテーも、平井ロミオも健在である。
 
 
 今呼んでいる順に順位が決まるわけではない。まだあくまでも紹介である。
 
《貫禄満点、天下無敵のオンナノコ! ドロシー役・シャナ・サントメールさん!》
 
 ちなみにこの司会者が読み上げる紹介文は、ノミネート決定後にクラスメイトから"本人に見せずに"提出される、いわば日頃の信用やイメージが浮き彫りになる機会でもあった。
 
《一年二組のムードメーカーにして、才色兼備な太陽娘! ロミオ役・平井ゆかりさん!》
 
 しかし、さすがは一年二組の誇るヒロイン達、どうやら問題はなかったようである。
 
《天使と悪魔の共演! 外見のイメージを軽々と打ち破る漢女(オトメ)、ジュリエット役・吉田一美さん!》
 
 訂正、一人例外がいたらしい。
 
 相変わらず笑顔を顔に張りつけたまま額に青筋を浮かべている。
 
 そして男子の代表が選抜されていき‥‥
 
《続いて、知ってる奴は知っている、一年二組のニクい奴、男子生徒の憎しみを一身に受ける優柔不断の地味モテ男! 魔法使いの烏役・坂井悠二君!》
 
 ギャーだのブーだの、鬼畜ーだのと紹介文通りの喚声を受ける悠二。言われても仕方ない環境にあるとはいえ、ここまで好き勝手に言われるとさすがに彼も腹が立つのか、額に青筋を立てている。
 
 晒し者たる同調の視線を吉田と交わして、男の列に並ぶ。
 
 そして、男子の他のノミネート者も紹介を終え、いよいよ男女別ベストスリーが発表される。
 
《今回は凄い結果となりました。何と女性ノミネート者五名のうち、四名までが一年二組! そして男性で唯一選抜された一人が、"当事者達"がここにいるのもまた運命の悪戯か、ニクい、ああ憎い!》
 
 と、一年二組情勢をぶちまけるアナウンサー、というか、自分に個人的な恨みでもあるのだろうか? と悠二は思う。
 
 げしっ! と今までの男の司会者、私情を挟んだ愚か者を蹴飛ばし、女の子が司会者を勤める。
 
《はいはい、では引き続き、男女別ベストスリーを発表します! まずは男性三位から‥‥‥》
 
 まずは男性のベストスリーを、三位から順に呼んで行く。五人のうち、四、五位の二人は呼ばれないため、一位を呼ぶ瞬間まで緊張感を保てる形式である。
 
 三位、二位と呼ばれる中、悠二は親しい四人の少女のうち、確実に二人は選ばれるという事態に、
 
(誰が一位何だろう?)
 
 などと、まだ男性ベストスリーを呼んでいるのに女子の順位について考えていた。
 
《そして栄えある男性第一位は‥‥‥》
 
(三組のアリスの子は、多分一位じゃないと思うから、ヘカテー達の誰かが一位だと思うけど‥‥)
 
《『オズの魔法使い』、魔法使いの烏役・坂井悠二君ー!》
 
(ヘカテーの子犬は‥‥本心はともかく投票するのに勇気要るだろうだからなぁ)
 
 周りが、「ギャー!」だの「ワー!」だの「いい加減にしろー!」と騒ぐ。どうやら誰か一位が呼ばれたらしい。
 
《‥‥あの、坂井悠二君?》
 
「? え?」
 
 何だろう? 何かまずい事をしただろうか?
 
《あの、一位ですよ?》
 
「‥‥‥‥‥は?」
 
 自分は四、五位だと決めつけ、聞いていなかった悠二。意表を突かれる。
 
「いいから前に出る!」
 
 未だに信じられない悠二の背中を平井がドンと押して前に出す。
 
「あ‥‥いや、ありがとうございます?」
 
 学年男子の中から一位に選ばれた男とは思えないほどに間抜けな対応をしてしまう。
 
 しかして、そんな悠二にブーブーと騒ぐ男子生徒の群れの中に、純粋に祝ってくれている佐藤達、母・千草、面白そうなような、鼻で笑うような変な顔をしているヴィルヘルミナ、メリヒム、そしてマージョリー。
 
 振り返れば、四人の少女達も微笑んでいる。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 ようやく、実感が湧いた。
 
 信じられないような気持ちはまだあるが、とにかく‥‥
 
「ありがとう、ございます」
 
 優しく微笑んで、どこか力強く、そう言う事が出来た。
 
 
 
 
《えー、続いて、女性ベストスリーを発表致します!》
 
 さて、悠二に自覚こそ無かったものの、これといった対抗馬がいなかったため、緊張感自体は希薄だった男性ベストスリーとは違い、ここからが本番である。
 
 ヘカテーが、吉田が、『こいつにだけは負けない』という視線をぶつけ合う。
 
 シャナは今イチこのベスト仮装賞の主旨を理解しておらず、平井は単純に楽しみまくっている。
 
 三組のアリス役の少女の緊張した面持ちが一番この場に合ってはいる。
 
 
《女性第三位! 『オズの魔法使い』犬のトト役・近衛史菜さん!》
 
「!」
 
 いきなり入賞を決めたヘカテー、しかしこれは同時に一位を逃がしたという事である。
 
 ライバル(吉田)へと悔しさいっぱいの視線を飛ばす。
 
 実際、ヘカテーは女子の人気は抜群、男子にも"実際には"大好評だったが、悠二の懸念通り、男子には、犬耳の小っさい子に堂々と投票出来る勇者はそう多くなかったという事だ。
 
 
《さらに二位! 同じく『オズの魔法使い』ドロシー役・シャナ・サントメールさん!》
 
 頭上に?を大量に浮かべながら前に出るシャナ、しかし、『家族』の二人、緒方真竹、クラスの皆、それらが微笑んで祝福してくれているのを見て、ようやっと微笑む。
 
 
《そしていよいよ、栄えある女性第一位!》
 
 残された三人。一位の可能性と入賞落ちの可能性を等しく持つ三人が火花を散らす。
 
 女のプライドである。
 
《『ロミオとジュリエット』‥‥》
 
 この時点で、三組のアリスが脱落。
 
 平井ゆかりと吉田一美、幼なじみの一騎打ち。
 
《ロミオ役・平井ゆかりさん!》
 
「やっ‥‥たー!!」
 
 
 ベスト仮装賞、女性一位、決定。
 
 平井の叫びから半秒遅れて、今まで息を呑むような静寂にあった会場が、爆発するような歓声に溢れた。
 
 
《そ‥‥それでは、ベスト仮装賞受賞者にインタビューを!》
 
 全く制御不能な騒ぎに、司会者が進行しようとするが、まるで聞いてもらえていない。
 
 トントン
 
 ふと、司会者の女子の肩を指がつつく。
 
 振り返れば、今からインタビューしようとしていた男性一位、烏に扮した坂井悠二。
 
 何やら、完全にノリまくっている平井ゆかりを指差している。
 
(‥‥あっ!)
 
 悠二の言わんとしている事、この騒ぎを治められるのは平井のみという事に気づく。
 
《で、では‥‥時間も押しておりますので、代表して女性第一位の平井ゆかりさんにインタビューを!》
 
 そしてマイクを差し出す。その後ろで、悠二が柄でもないインタビューを避けられた事にホッとしていたりする。
 
 
「ん? 何? 一言?」
 
 ハイになっていた平井。マイクで一言言う事になり、ひとまず何を言うか考えてみる。
 
(‥‥‥よし!)
 
《んじゃ、この場をお借りして一言‥‥》
 
 再び、静寂が訪れる。
 
《一年二組のクレープ屋の紹介、もう来てくれた人達もいると思うけど、この後の時間はシャナのメイド服が見られますんで‥‥》
 
 言って、手にした細剣を天にかざす。
 
《よろしく!》
 
 ギュィイイイン!!
 
 機械的な回転音と大歓声が、再び会場を満たす。
 
 結局、会場が落ち着き、優勝者商品の発表までに、15分の時を要した。
 
 
 
 
 清秋祭は盛況のうちに、ふけていく。
 
 この学園祭は二日に渡って行われ、一日目の夜には学校に宿泊する事さえ許されている。
 
 仮装パレードからの連続性を持ったイベントの多い一日目は、まさに新入生のための一日と言えた(その代わり、二日目はオーソドックスな学園祭として二、三年生が活躍する)。
 
 『ベスト仮装賞』の優勝者を二人も有する一年二組は、二日目に行われるメインイベント、超人気ユニット『D-ZIDE』コンサートの最前列占有権。そして、校舎屋上の特設パーティー会場占有権を得ている。
 
 そして今まさに、特設パーティー会場は一年二組で大にぎわいであった。
 
「優勝おめでとう」
 
「お互いに、ね」
 
 少し疲れるくらいに大騒ぎして、少し騒ぎから離れた所でジュースを飲む。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「ほら、いつまでも気にしない! どうせ"その他大勢"の評価だよ!」
 
 三位たるヘカテーが、思い出して少しイジケているのを見て、平井がフォローを入れる。
 
 確かに、ヘカテーにとっては悠二以外の異性から可愛いと思われても大して嬉しくもない(女子はほとんど投票していたと、運営委員の池から聞いている)。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 そして、何より大切な一つの評価を求めて、悠二を見つめる。
 
(‥‥‥‥‥‥)
 
 そんな少女が可愛くて、頭を撫でてやる。
 
 それが、自分の求めた答えそのもののような気がして、ヘカテーは安らぎに目を細める。
 
 ぎゅう
 
 嬉しくて、抱きついてしまう。
 
(もっと、もっと‥‥)
 
 可愛がって欲しい。
 
 
『さ〜か〜い〜!』
 
 そんなヘカテーの夢見る時間はしかし、ここが学校であるがゆえに中断させられる。
 
 
「それ、逃げるよ二人共!」
 
 平井が笑いながら、悠二とヘカテーを引っ張って逃げる。
 
 そして、ベスト仮装賞の一位と三位を傍らに逃げる悠二に、さらに嫉妬の念が集まる。
 
 それすらも楽しみながら、平井は逃げる。
 
 
 盛大な鬼ごっこが始まり、夜の御崎高校はにぎわう。
 
 そして、楽しい夜が明ける。
 
 
 
 
(あとがき)
 うーん。まさかベスト仮装賞発表が書いてみたらこんなに字数とるとは、展開の遅さを更新速度でカバーしながら頑張らせてもらいます。



[4777] 水色の星S 十章 十話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/02/05 19:59
 
「カルメルさん達は今日も来てるんだ?」
 
「来てる。千草を迎えに行ってから来るって言ってた」
 
 清秋祭二日目。出席番号順に、"さ"の字の男女二人が一年二組のクラスの『御崎市の歴史』の担当としていた。
 
 しかし、今の時間帯はライブとかぶるせいか、見事なまでに人っこ一人いない。
 
「ふむ、歌唱の舞台、というわけか」
 
「まあ、そのおかげでこっちは楽出来ていいんだけど」
 
 人がいないのをいい事にアラストールが喋る。
 
 この、二人で一人の『炎髪灼眼の討ち手』が最初の頃はどうも苦手だった悠二だが、日々鍛練で顔を合わせるうちに大分慣れた。
 
 この少女は一切気を遣わない。実用本位の会話がほとんどであり、かなり率直にものを言う。
 
 結果としてつっけんどんな言い回しをしているのだから最初は怯んでしまうが、慣れればむしろ爽快ですらある。
 
「何で人がいない教室で見張りなんかしなきゃいけないの?」
 
「まあ、念のためって事だろ。いいじゃないか、もう時間だし」
 
 悠二の言うように、もう交代の時間である。
 
「ごめんね〜坂井君、シャナちゃん」
 
 言ったそばから交代のクラスメイトがやってくる。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 無為な時間を使わされていたはずのシャナは、その時間の終わりに、何故か‥‥複雑な気分になった。
 
 
 
 
「坂井君の方はもう終わったかな? ヘカテー」
 
「私達の交代はまだでしょうか?」
 
 所変わって、一年二組のクレープ屋。
 
 こちらはライブの真っ最中にも関わらず長蛇の列をキープしていた。
 
 昨日に引き続き、平井とヘカテーが原因であろう。
 
 しかし昨日のメイド服ではない(借りていたティアマトーと細剣は昨日のうちに返した)。中国に行った際に購入したチャイナ服である。
 
 平井とヘカテーで緑と青の色違い。髪の長い平井は団子頭にしている。スリットから覗く脚線美が眩しい。
 
 ただでさえ学年一美少女の多いクラスの出す店だというのに、はっきり言って反則である。
 
 より人目につく校外に、二年生のあるクラスが同じクレープ屋の屋台を出しているのだが、売り上げを比べるのが可哀想だ。
 
 というより、食べ物屋台で勝てている店があるのかどうかすら疑わしい。
 
 かなり多めに材料を用意しておいて助かった、と平井達と同じくクレープ屋で頑張る田中は思った。
 
 
 
 
「これは?」
 
「射的。あの的の穴に向かって投げて、入ったら商品がもらえるんだ」
 
「‥‥わかった」
 
 
 当番の終わった悠二とシャナ。元々の約束からヘカテー達を迎えに行く悠二と、ヴィルヘルミナ達も見つからないしでなし崩し的に悠二についてきているシャナである。
 
 射的の出し物で、オモチャのロボットが手に入れられずに泣く子供を発見する。
 
 そして今、シャナがボールを持った手を、胸の前で水平に構えていた。まるで小剣の投擲である。
 
「は!」
 
 そのまま姿勢を崩さずに鋭く振られた右手から、ボールが正確無比に飛び、的である鬼の口に飛び込む。
 
 そして‥‥
 
「あげる」
 
 賞品であるオモチャのロボットを子供に手渡す。当たり前だがシャナには全く不要な代物だ。
 
「お姉ちゃん、ありがとう!」
 
 子供がお礼を言って、ロボットを持ってはしゃぎ、駆けて行く(別に迷子ではないという事らしい)。
 
「何か、珍しいもの見たな」
 
「‥‥何が?」
 
「いや別に?」
 
 悠二はこういう、シャナの珍しい側面を指摘すると、"そういう決めつけ"をしていた自分をシャナが睨むという事を経験上知っているから深くは言わない‥‥が、
 
 ジロッ
 
 結局はぐらかした事で睨まれる。以前なら歯牙にもかけない態度で切って捨てていたのだが、こちらの認識を気にする程度には親しくなったと考えるべきか。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「はい、たい焼き」
 
 睨むシャナに、さりげなく買っておいたたい焼きを手渡す。
 
 甘い物をあげると機嫌が良くなる。悠二が一番最初に理解したシャナの"日常の"性質であった。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 そのあからさまな誤魔化しに、少し眉をピクリと動かすシャナだが、"それはそれとして"たい焼きを頬張る。
 
「はむっ」
 
 何となく、思う。
 
「ふむっ」
 
 楽しい。別に、誰もいない教室で他愛無い話をして、クレープ屋に向かう途中で、成り行きで射的をして、たい焼きをもらっただけだ。
 
 大した事をしたわけではない。
 
 でも、楽しい。
 
「はむっ」
 
 たい焼きを頬張る。そして、"たい焼きのせいにして"満面の笑みを作る。
 
(‥‥‥?)
 
 シャナの胸元に在るアラストールは、そのシャナの様子に少しだけ違和感を覚える。が、それが何なのかまではわからない。
 
「んむ!」
 
 アラストールさえ知らない事だが、シャナは『天道宮』を出て以来、いつの間にか一つの不文律を作っていた。
 
 大好きなヴィルヘルミナとの別れ、旅立ち。あの時に渡された、彼女との絆の象徴であるメロンパン。
 
 "メロンパンを食べている時は笑顔でいてもいい"。それがシャナの作った不文律。
 
 しかしシャナが今食べているのはメロンパンではない。その差異に、アラストールも、シャナ自身も、気づかなかった。
 
 
「さっ、坂井。今度はシャナちゃんにまで手を出したのか!?」
 
 そんな悠二とシャナに、ばったり会った一人の男子生徒(クラスも違うし、特に親しくもない)が何やら焦った様子で言う。
 
 昨日からのいい加減うんざりするやりとりに、悠二は疲れた風に応える。
 
「ただの友達だって、大体手を出すって‥‥」
 
「!!」
 
 悠二の全くどうでもいいように応えた、うだうだとした応え。
 
 その中に含まれた一つの言葉に、シャナは目に見えてわかるほどの動揺を表した。
 
 それは、胸のうちに形を止めない『動揺という感情』から、変化する。
 
(‥‥"ただの"?)
 
『ただのって言い方、もうやめろよ』
 
『君はシャナ。もうただのフレイムヘイズじゃない』
 
(そう言ったのは、お前なのに‥‥!)
 
 爆発するような、自身が驚くほどの、壮絶な怒りへと。
 
 先ほどまで感じていた、弾むような気持ちが、全く正反対の負の感情へと変わっていた。
 
「‥‥シャナ?」
 
 先ほどの男子生徒を追っ払った悠二が、シャナの異変にようやく気づく、が、遅すぎる。
 
「うるさいうるさいうるさい!!」
 
 怒りに肩を震わせて、力の限りに叫ぶ。いつものシャナの口癖、だが明らかにいつもとは違う。
 
「シャ、ナ? どうし‥‥‥」
 
「そんな名で‥‥」
 
 頭に血が上り、口が止められない。
 
「私を呼ぶな!!」
 
 言った後、言ってしまった後、また感情が急激に変化する。
 
 爆発するような負の熱さが、同じ種類で、全く逆の、負の寒さへと変わっていた。
 
「シャナ!」
 
 シャナが完全に何かおかしい事に気づいた悠二が平静を促すために怒鳴る。
 
 その意図に気づいて、自分が言ってしまった言葉を遅れて理解して、しかしもうこの場所に立っている事に耐えられなかった。
 
「一体どうし‥‥!」
 
「"うそつき"!!」
 
 今の、無茶苦茶に乱れる心の中で、唯一拾える気持ちを、また叫んで‥‥
 
 
 逃げ去った。
 
 
 その瞳が僅かに、
 
 濡れていた。
 
 
 
 
「シャナ‥‥」
 
「‥‥うん」
 
 もう何度目か、胸元からアラストールが呼び掛け、自分が意味もわからず応える。
 
 いや、多分呼び掛けにも、応えにも意味などないのだろう。
 
 屋上の、一年二組占有のパーティー会場、昨夜はあれほどに賑わっていたこの場所にも、今はシャナ一人しかいない。
 
 皆、出し物やライブを満喫しに出ているのだ。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 わけがわからなかった。
 
 全く、重要な意味などない会話だったはず、坂井悠二も深い意味など込めたわけもないだろう。
 
 それなのに、自分で全く制御出来ない心の動きに、勝手に怒り、勝手に叫び、逃げ出した。
 
『そんな名で‥‥私を呼ぶな!!』
 
 ズキッ
 
 自分で言ってしまった言葉が、胸に深い傷となって残っていた。
 
(何で‥‥あんな‥‥)
 
 自分の行動がわからない。
 
 いや、平静な今なら、少しはわかる。
 
 
『ただの友達だって、』
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 あの言葉が、それほどに許容出来なかった。
 
『もうただのフレイムヘイズじゃない』
 
 あの言葉が、嬉しかった。
 
 だからこその、怒り。
 
 だからこそ叫んで、拒絶して、逃げ去った。
 
 なのに‥‥
 
(あの時、私は‥‥)
 
 走り、逃げた時、この今も‥‥追い掛けて欲しかった。
 
 坂井悠二に追い掛けて欲しかった。
 
 取り乱し、逃げ、甘えにも似た感情を抱く。
 
 その全てが、『完全なフレイムヘイズ』にあるまじき事。
 
 
「シャナ」
 
「‥‥うん」
 
 また同じように応え、応えた後に気づく。
 
 声が、違う。
 
 バッと顔を上げて、声の主を見る。
 
 坂井、悠二。
 
「‥‥‥あ」
 
 目の前の光景の意味する事に嬉しさが湧き、自分の失態を思い出して顔を伏せる。
 
「ごめん。シャナも、今まで一緒に戦ってきた大事な仲間なのに‥‥あんな言い方して‥‥」
 
「!!」
 
 自分の暴走の原因を正確に言い当てられて、理解されている事に喜びを抱いて、絶句する。
 
 悠二はすぐに気づけた。先ほど叫んだシャナの姿が、出会ったばかりの、全てを切り捨てた"危うさ"を持ったシャナの姿と重なった。だからこそ、自分が言った、大切な言葉を思い出した。
 
 自分の失言の意味も。
 
(大事な、仲間‥‥?)
 
 その言葉に、喜びと、何か物足りなさを感じながら、
 
「ごめん」
 
 それでも、
 
「ありがとう」
 
 そう言う事が出来た。
 
 
 
 
 清秋祭も終わり。
 
 悠二と、チャイナ服の平井とヘカテーは楽しそうに喋りながら帰路につく。
 
 あの後、和解したシャナも、平井とヘカテーも、見つけたヴィルヘルミナ達も皆で一緒に清秋祭を回った。
 
 そして今、方向が違うから帰り道が別れる。
 
 
 しかし、仲良く話しながら歩く三人を見るシャナの様子が、いつもと少し異なっていた。
 
 そう、育ての親達が気づけるほどに‥‥
 
 
「ま、まままままさか‥‥そそそんな事が‥‥」
 
「お、おお落ち着けヴィルヘルミナ。ま、まだそうと決まったわけでは‥‥」
 
「? 何を騒いでいる二人共?」
 
「「貴様(貴方)が監督する立場にありながらこれはどういう事だ(でありますか)!?」」
 
「説明要求!!」
 
 
 
 
 こうして、清秋祭は終わりを迎えたのだった。
 
 
 
 
(あとがき)
 よ、ようやく次でバトルパート突入、か?
 すいません、見事に前言撤回して。
 
 ちなみに原作では仮装パレードのメンバーは清秋祭二日目完全フリーなのですが、このSSでは仕事が大幅に減る程度の設定です。



[4777] 水色の星S 十章 十一話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/02/06 20:43
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 ベッドに、仰向けに寝転がる吉田一美。
 
 その胸中には、ややの哀愁が漂う。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 想い人・坂井悠二。
 
 今まで、露骨とも言えるようなアピールを繰り返しては来たものの、どうにも、自分を"そういう対象"として見ていないのは明らかである。
 
「‥‥‥‥ふぅ」
 
 坂井悠二と、仲は良い。仮装パレードに参加した九人は、仲が良いグループなのだから、ある意味は当然。
 
 だが、明らかに自分は、"平井やヘカテーとは違う"。
 
 紅世に関わる者、そういう力を持った存在、という意味ではない。
 
 共に歩く力と資格を持った存在、という意味ではない。
 
 そんな事は何の関係もない。
 
 ただ、想いに於いて、違うのだ。
 
 
 あの三人には、仲の良い自分達の中でも一際強い、余人には踏み込めない絆がある。
 
 
「やっぱ、勝てねぇ‥‥かな‥‥‥」
 
 
 珍しく、本当に珍しく、弱音が口をついて出た。
 
 
 
 
「♪」
 
(これは‥‥まずい)
 
 
 坂井悠二の部屋。夕食も食べ終え、夜の鍛練までのわりと暇な時間帯。
 
 部屋に一匹の子犬がいた。
 
 すりすり
 
(‥‥あったかい)
 
 もちろん、清秋祭の仮装(犬のトト)をそのまま持って帰った犬耳メイドヘカテーである。
 
 胸にしなだれかかり、しっぽを凄い勢いでふりふりし、とろけそうな表情で頬を嬉しそうにすりつける。
 
 甘える。思う存分甘える。
 
 今、自分は犬なのである。犬には主人に甘える権利がある。
 
 だから文句は言わせない。
 
「‥‥‥ん」
 
 犬の衣装を纏う事で言い訳を作り、愛しい人との触れ合いを楽しむ。
 
 不思議だ。恥ずかしさは依然として在る。
 
 だが、『約束の二人(エンゲージ・リンク)』やヴィルヘルミナとメリヒム達を見てきて、そこから、何かを掴んだ。
 
 恥ずかしさも、拒絶の恐怖も、まだある。
 
 だが、それを避けていたら、本当に欲しいものを掴み取れないのだ。
 
(‥‥ううん、違う)
 
 そんな、小難しい事ではない。
 
 もっと単純に、恥ずかしさや拒絶の恐怖を超える愛しさが、自分の中で大きく育った、という事。
 
 そして、もうその大きすぎる想いに振り回される事もない。今まで悩んで、苦しんで、助けられて、学んできた。
 
 ただ、求め続ければいい。
 
「んー‥‥」
 
 この少年を、愛し続ければいい。それが、この愛しい人に振り向いてもらう事にも、きっとつながる。
 
 それ以前に‥‥
 
「ふ‥‥あ‥‥」
 
 悠二は、自分を拒絶したりしない。いつか坂井千草に言われた事に、今なら強く自信が持てる。
 
 拒絶されなければ、悠二との触れ合いは、これほどまでに心地良い。
 
『そういう感覚は、わからなくもないけど‥‥』
 
『可愛いよ』
 
 以前の悠二の言葉から、思う存分甘えるならこの衣装、と考えたのだが、不思議と自分も衣装の違いで気分が変わっている。
 
 甘える自分を、ごく自然なものとして受け入れられるような感覚。
 
 何やら硬直し、いつものように撫でてくれない悠二。
 
 不満な気持ちを込めて、悠二の胸元から伸び上がり、
 
 チュッ
 
「っ〜〜〜〜〜!!」
 
 その頬に口づける。
 
 のぼせたように、自分の顔が真っ赤になっている事がはっきりわかる。
 
 しかし、それも心地良さの一つであるように感じられる。
 
(何て‥‥)
 
 何て幸福に満ちた時間だろうか。
 
 クレープ屋にシャナ・サントメールと二人で現れた時、シャナ・サントメールの方の雰囲気がいつもと違う事に気づいて、その不安に駆られてこんな行動をとったのだが、こんな事ならもっと早く、日常的にやっておけば良かった。
 
 
 自分の想いを確と持ち、ヘカテーは坂井悠二という存在に陶酔していく。
 
 
 
(これは‥‥まずい)
 
 少し部屋の外で待たされて、入室許可をもらったと思えば、清秋祭で着ていた犬耳メイドとなっていたヘカテー。
 
 そのままベッドに座らされて、抱きつかれて、甘えに甘えきっている。
 
 また何か、不安にさせていたのだろうか?
 
 しかし今回はいつもと大分違う。僅かに不安そうだったのは最初だけで、一度抱きついてからは終始ご満悦の満面の笑顔。
 
(これは‥‥まさか、"そういう事"なの、か?)
 
 などという馬鹿な思考が一瞬浮かび、
 
(違う違う違う!)
 
 すぐに打ち消す。
 
 ヘカテーにそういう知識がないのは明らかであるし、大体犬耳メイドなどと‥‥いや、ヘカテーは常識自体に疎いからそこはあまり関係ない、か。
 
(とにかく!)
 
 これはヘカテーにとっては、撫でられたり、抱きついたりの触れ合いを思う存分楽しもう、という意味しかないはずだ。
 
 馬鹿な事を考えてはいけない。
 
 しかし‥‥
 
(今は、ちょっと‥‥)
 
 いつも、というほど多くはない(はずだ)が、自分達がこういう触れ合いをする時は、ヘカテーが泣いたり、壊れそうになっている時だ。
 
 そういう時は、無意識に『守る』という庇護意識が強くなるため、あまり"そんな風に"意識する事はないのだが、こう、ただ純粋に求められると‥‥
 
(まずい)
 
 馬鹿な事を考えて‥‥いや、馬鹿な行動をとってしまいそうになる。
 
 チュッ
 
「っ〜〜〜〜〜!!」
 
 まずい。ここは‥‥
 
「あっ! そろそろ夜の鍛練の時間だから、メリヒムの家行ってくるね。
 確か今日はヘカテーが平井さんに教える日だから、平井さんうちに来たらよろしく!」
 
 要件を手短に、口早に告げて、逃げた。
 
 
 
(あ‥‥‥)
 
 悠二が自分の肩をやんわりと押して、どかせて、逃げていく。
 
 幸福な時間の喪失に、一瞬、底知れぬ悲しみを抱いて、しかし‥‥
 
(あの、表情‥‥)
 
 言い訳をして逃げる悠二の表情に、気づくものがあった。
 
 とんでもない熱に浮かされたような、真っ赤な顔。今、自分もきっと同じくらいに赤い。
 
 しかし、その熱を受け入れられない。そんな表情。
 
 いつか、悠二におでこに口づけられて、気絶した自分も、あんな表情をしていたのだろうか。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 目先の幸せを失った悲しみもわずか、あの悠二の表情の意味するものを夢想し、悦に入る。
 
 あの表情は、悠二も、自分と同じ、少なくともよく似た感情を抱いてくれた証。
 
(きっと‥‥‥)
 
 気持ちを通じ合わせられる日は、遠くない。
 
 
 
 
(ヘカテー、だんだん行動が露骨になってきたな)
 
 それだけ、自分の事が好きだという事か。気持ちを抑えられなくなってきているのだろうか。
 
 と、ふと自分の、少々自惚れた思考に呆れ‥‥そうになって、
 
(いや、いい加減そこは認めよう)
 
 もはや、ヘカテーの気持ちはわかりすぎるほどにわかっている。
 
 今さら自惚れなどと考えるのはヘカテーに対する侮辱ですらあるだろう。
 
(吉田さんも‥‥本気、何だろうな。やっぱり‥‥)
 
 からかってるにしては四月からずっと、と長すぎるし、何より、彼女が『こちら側』に関わった理由も、"そういう事"だと考えた方が自然である。
 
(いつまでも、逃げてられないよな)
 
 自分の気持ち、恋愛感情、情けない事に、今でも雲を掴むような感覚なのだが、そんな事は言い訳にすらなりはしない。
 
 ちなみに、今の坂井悠二。虹野邸に向かっているわけではない。虹野邸から帰っているのだ。
 
 今朝の鍛練にも何故か一人も現れなかった虹野ファミリー、つい先ほどに至ってはわざわざ出向いたのに「今日は鍛練は無しだ。帰れ」である。
 
 あの骨、一度ぎゃふんと言わせたい。
 
(けど、一体どうしたんだろ?)
 
 理由も無しに追い返されるなど、今まで無かったのだが、ヴィルヘルミナは来ていたようだが‥‥‥
 
 
 
 
 その頃の虹野邸。
 
「「抹殺しかなかろう」」
 
「いえ、それは貴方の身の保全に危険であります」
 
「最終手段」
 
「「いや、抹殺しかなかろう」」
 
 
 『炎髪灼眼の討ち手』を育てた"親"達、先日、シャナの異変の原因が坂井悠二にあると気づき、早速対策を立てていた。
 
 メリヒムとアラストール。こんな時だけ息が合う。
 
 
「シロー、ヴィルヘルミナー、アラストールー、今日の鍛練はー?」
 
「今、重要な会議中であります」
 
「入室禁止」
 
「ぬう、いつか"そういう者"が現れる事は覚悟していたが、まさかあのような愚鈍な‥‥‥」
 
「考察などいらん。ここは抹殺しかないだろう」
 
 
 親バカな育ての親達。坂井悠二の身は、本人の知らないうちに実に危険な状態に追いやられていた。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 自宅、居候の少女と親友の少女が夜の鍛練をしているはずの自宅を目指してのんびり歩く坂井悠二。
 
 突如、足を止める。
 
(‥‥視られてる)
 
 気配こそ、ほとんど感じないが、これは‥‥
 
(徒か!?)
 
 気づくと同時。悠二を飲み込んで、そこまで大きくもない陽炎のドームが、辺りを覆う。その中に漂う炎は、朱鷺色(ときいろ)。
 
「‥‥‥出てこい」
 
 何故、こんな距離に来られるまで気づけなかったのか、と悔やみながら、この封絶を張った徒に呼び掛ける。
 
 そして現れたのは、仮面と、頓狂な衣装に身を包んだピエロ。
 
 そして、気づく。
 
 あまりに存在の力が小さいのだ。これが、こんな至近に来られるまで気づけなかった理由か。
 
 そして、
 
(この封絶‥‥構成が普通じゃない‥‥)
 
 自分達を囲む封絶の違和感にも気づく。
 
(持ってる力は小さい、得体の知れない封絶を持った徒、か‥‥)
 
 存在の力の総量だけでは徒の力量は計れない。
 
 それを、師である"螺旋の風琴"や、かつて出会った"愛染の兄妹"の前例から、悠二は理解していた。
 
「ご機嫌よう、私は"戯睡卿(ぎすいきょう)"メア」
 
 それを理解しているから、
 
 この徒が何か厄介な力を発動する前に‥‥
 
「な!?」
 
 一瞬で懐に飛び込み、
 
「はっ!」
 
 右手から溢れる銀炎で、その卑小な徒を、全く呆気なく、爆砕した。
 
 
 
(さあ‥‥)
 
 何処かで‥‥
 
(束の間の夢に微睡みなさい)
 
 少女が笑った。
 
 
 
 
(あとがき)
 メアは設定を色々と改変してますなので、突っ込み所も多いかと思います。ご了承を。



[4777] 水色の星S 十章 十二話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/02/07 19:23
 
 トン
 
 封絶に飛び込み、静かに屋根の上に着地する。
 
 平井とヘカテーの二人で鍛練をしている、が‥‥
 
(‥‥あれ?)
 
 何故か、前と同じ空中格闘の鍛練をしている。今日は平井の固有自在法の模索が主眼だったような気がするのだが。
 
「平井さん、ヘカテー!」
 
 とりあえず訊けばいいか。
 
「悠二!」
 
 ヘカテーが嬉しそうに降りてくる。それを平井が苦笑しながら追う。
 
「今日は体術鍛練じゃなかったと思うんだけど、どうしたの?」
 
 訊けばわかる。そう思ったのだが、
 
 ぎゅう
 
 何故かヘカテーは抱きつくだけで応えない。
 
「あ、いや、ヘカテー?」
 
 ゴロゴロ
 
 ‥‥訊くだけ無駄なようだ。
 
「平井さん、今日は何で体術?」
 
「いつまでも足手まとい何て嫌だからね」
 
(???)
 
 会話が噛み合わない。一体何がどうしたというのか。応え難い理由でもあるのかも知れない。
 
 まあ、一日程度の鍛練の内容なんてそんなに気にする事でもないか。
 
 それより‥‥
 
「さっき、帰り道にピエロみたいな徒に襲われたんだ。そっちにも何かなかった?」
 
 そう、自分がこんなに早く帰ってきた事にも、さっきの徒との戦いで展開した封絶の事にも、二人が言及してこない事が妙だ。
 
 気づいていないはずなどないと思うのだが。
 
「そうですね」
 
「いいじゃん♪」
 
(????)
 
 
 何がなんだかわからない。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 あれから眠り、一夜明け、いつも通りに朝の鍛練をして、いつも通りに朝ご飯を食べ、いつも通りに学校に向かって歩いている。
 
 会話自体は噛み合わないわけではない。しかしあの徒について話を振ると的外れな返答しか返ってこない。
 
 平井とヘカテーの様子がおかしい。
 
 それ以外にも、何か‥‥‥
 
(‥‥何だろう?)
 
 二人以外にも、奇妙な違和感がある。
 
 平井が何か面白そうなものを見つけ、ヘカテーを引っ張って楽しそうに駆けていく。
 
 自分もそれを追おうとして、
 
(っ!)
 
 気づく。
 
 "いつも通り"なのだ。学校がいつも通り。"今日は清秋祭の片付けのはずなのに"。
 
(な!?)
 
 悠二がその異変に気づくと同時に、昨夜同様に封絶が展開される。
 
 もちろん悠二でも、ヘカテーでも、平井でも、シャナでもない。
 
 その封絶を形成する炎は、凍てつくような青黒。
 
(今度は何だ、二日続けて!?)
 
 しかも、昨日の徒とはまるで違う。相当に大きな気配を持つ紅世の王だ。
 
(また、気づけなかった!)
 
 おかしい。昨日の徒は持つ力が単に小さかったから気づけなかった。
 
 だが、こんな気配の持ち主に気づけないはずがない。
 
 そう考える間に、"敵"は姿を現す。
 
 その底面に剣に槍に棍棒に、種々雑多の武器が突き刺さり、その口面からちろちろと雪のように火花を散らせる、球形のくすんだガラス壺。
 
「私は、欲しいだけなのだ。私を振るう腕が」
 
 わけのわからない事を口にした徒、その底面に刺さる武器が、壺から抜けていく。
 
 そして武器に、壺の表面に、ビシビシと霜が張っていく。
 
 青黒の"炎"を散らせながら、周囲の気温が急激に下がっていく。
 
(こいつ‥‥‥氷使いか!?)
 
 
 そして、壺を囲むように並列した、冷気を纏う無数の刃が、一斉に悠二に襲いかかる。
 
 
 
 
「ふふ、貴女と、日常の関わりはそう深くないみたいだから、もう"ズレ"が出てきてるみたい」
 
 金の髪、暗い赤のドレス、その頭から生える羊のような角。
 
 楽しそうで、どこか残酷な色を秘めた微笑み、それを、食虫植物のような禍々しい台座に捕われた少女へと向ける。
 
 少女は、眠っている。
 
「でも、不測の事態も考慮すれば貴女は"触媒"にはうってつけだった。
 私の『ゲマインデ』が通用する程に弱い力しか持たない。でも永い時を生きてきた貴女が」
 
 残酷な笑みを浮かべた少女は、その笑みを消し、同じく小さな、しかし知らぬ者はいない自在師に語り掛ける。その表情に、憂いが、ある。
 
「ねえ、不公平だと思わない? ただでさえ、世界には覆せないほどな力の差が、必ず存在する。でも、貴女のような、私のように小さな力しか持たない存在でさえ、誰もが欲する奇跡の力を備えている」
 
 憂いから悲しみへと、その瞳は色を変える。
 
「なら、私は? 私の存在は?」
 
 それは、自身への悲哀。
 
「応えて、"螺旋の風琴"リャナンシー」
 
 
 捕われた少女は、目を覚まさない。
 
 
 
 
「くっ‥‥‥!」
 
 相性が最悪だ。
 
 悠二の苦手な多角攻撃。
 
 しかも火除けの指輪『アズュール』で防げない刃と吹雪。
 
 『吸血鬼(ブルートザオガー)』もダメだ。あれでは近付けない。
 
 ガガガガッ!!
 
 悠二が飛び退いた地面を無数の剣が、槍が、棍棒が突き刺し、直後にビキビキと凍り付く。
 
(『蛇紋(セルペンス)』も‥‥ダメ、か?)
 
 あの自在法は、発現してる間はその制御に集中力が要る。隙が生まれる。
 
 こういう多角攻撃を得意とする相手に使うのは命取りになる。
 
 先ほどから防戦一方。だが、それももう、続かない。
 
(‥‥‥寒い)
 
 無数の武器と共に溢れる吹雪が、刃に宿る氷が、"冷気を持つ炎"が、悠二の体温を奪っていっていた。
 
 もう、そう長くは動けない。
 
 そして‥‥
 
(何で‥‥誰も駆け付けて来ないんだ?)
 
 何度も封絶を張り直して学校から最低限の距離はとったとはいえ、すぐ近くにいるはずの‥‥平井はともかく、ヘカテーが来ないのはおかしい。
 
 おかしい。だが、もう助けを待つ余裕も、凌ぎ続ける余裕もない。
 
「‥‥あんたの、名前は?」
 
「"天凍の倶"ニヌルタ」
 
 そう、名前だけは訊いてから、"最後の賭け"に出る。
 
「っはあ!」
 
 全速で飛翔し、ニヌルタの真上を目指す。
 
「逃がさん!」
 
 それを一拍遅れて、無数の氷刃が追う。
 
 今、全ての刃は、悠二の背後にある。
 
(‥‥‥よし)
 
 覚悟を決める悠二の右手、今は『吸血鬼』を羽根に収め、空いている右手に、銀色の自在式が絡み付く。
 
 そして、バッと振り返る。
 
 『蛇紋(セルペンス)』は、本来は誘導能力を活かしてこその自在法。
 
 こんな、"力比べ"には向かないだろう。だが、自分の持つ最高の破壊力の術でもある。
 
 今なら、無数の氷刃も、"天凍の倶"ニヌルタも、自分の直下、一方向に在る。
 
 制御はいらない。ただ、最大破壊力の"飛び道具"として‥‥
 
「喰らえ!!」
 
 爆発的に溢れた炎が、そのまま巨大な銀炎の大蛇となって直下に襲いかかる。
 
 無数の刃と吹雪にぶつかり、銀と青黒の炎が乱れ飛ぶ。
 
 全力の撃ち合い、これに負ければ、死ぬ。
 
 だが、ここにしか勝機を見いだせなかった。
 
 あれ以上、消耗戦を続ければ"これ"による僅かな勝機すらも失ってしまっていた。
 
 
「くっ、うう‥‥ううう!」
 
 これほどの自在法を顕現させている。そしてさらなる力で打ち勝たねばならない。
 
 想像以上に、力の消耗が激しい。
 
(メリヒムなら、あっさり押し勝つんだろうな)
 
 などという考えが脳裏に一瞬浮かび、集中する。
 
「っああああああ!!」
 
 吹雪と氷刃を押し退け、氷の壺に迫る。しかしあと一歩で届かない。
 
 だが‥‥‥
 
「弾けろ!!」
 
 ニヌルタの目前で止められていた銀炎の大蛇が、一気に膨れ上がり、
 
 ドォオオオオン!!
 
 爆発した。
 
 
 その瞬間、
 
 ゾクッ
 
 体の芯を、身震いするような、冷気とは違う寒さを、気のせいかと思うほどに短く、感じた。
 
 
 
 
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!!」
 
 いくら吸っても足りないというように、思い切り息を吸って、吐く。
 
 銀の爆炎が晴れ、ニヌルタの姿は見えない。さっきまでの強烈な存在感も、もはやない。
 
 討滅、したのだ。
 
 だが、死力を尽くして戦ったからこそ、あれほどの使い手の気配に気づけなかった事に疑問が残る。
 
 油断などという問題ではない。気づけないはずがない。気配隠蔽が得意なタイプにも見えなかった。
 
 封絶の中、自分が作った巨大なクレーターを修復しながら考えていた。
 
(そういえば‥‥)
 
 自分の姿を見る。所々切り裂かれ、血を流したボロボロの姿。
 
 いくら黒い制服で目立たないと言ってもこのまま登校するのはさすがに無理がある。
 
 トン
 
 完全に修復し、地面に降りる悠二に、語り掛ける声あり。
 
「坂井君、一人で歩ける?」
 
「うん、大丈夫。そんなに傷自体は深くないし、それより平井さん、ヘカテーは?」
 
 何故かヘカテーがおらず、平井一人が現れた事に疑問を抱いて訊く。
 
「説教も説明もあとあとあと! とにかく、怪我人連れて病院行くから」
 
「は? 病院?」
 
「んじゃ私のマンションに運ぶから!」
 
「???」
 
 また、噛み合っているようで妙に会話が噛み合わない。いや、違和感がある。
 
 それに‥‥
 
(今のセリフ、どこかで聞いたような‥‥)
 
 
 
 
 少年は踊る。不自然な舞台で。
 
 
 
 
(あとがき)
 まず謝罪を。ニヌルタのあおぐろ、またしても変換が上手く行かずにああなってます。
 
 原作十八巻(最新刊)を読み、PVが五十万を超え、テンション上げながら行こうと思います。



[4777] 水色の星S 十章 十三話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/02/08 19:22
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 結局平井家には行かず、包帯で止血した後で替えの制服に着替え、登校した悠二。
 
 昼食を終え、屋上の金網にもたれかかりながら、今日、いや、昨日からの出来事を反芻する。
 
 
 今の違和感だらけの状態でおとなしく平井家にいるつもりにはなれなった。
 
 そして、今日の授業内容も、やはり清秋祭の片付けなどではなく、普通の授業。
 
 しかも、前にやった事のある内容ばかり。
 
 極めつけが‥‥
 
 ヘカテーに、先ほど戦った"天凍の倶"ニヌルタの事について訊いてみたところ、どうやら昔メリヒムの属していた徒の軍団、『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』の最高幹部・『九垓天秤』の一人にして、『中軍主将』だという。
 
 思っていた以上に大物だった事にも驚いたが、おかしいのはここからだ。
 
 その"天凍の倶"ニヌルタは、数百年前の『大戦』で先代・『炎髪灼眼』の討ち手に討滅されたはずらしい。
 
 しかし、ヘカテーはニヌルタについて教えてはくれたが、自分がニヌルタと戦った事に関しては何一つ反応を返さなかった。
 
 メリヒムの前例があるのだから、何かの間違いで生きていた、という事も考えられなくもないだろう。しかし、何の驚きも示さないとはどういう事か。
 
 先ほどの戦いに駆け付けなかった事に関しても、当然のように的外れな応えしか返らなかった。
 
 
(絶対おかしい)
 
 もはや、違和感どころではない。"何かある"と確信している。
 
(何かの、自在法か?)
 
 それが一番しっくり来る。
 
 こんなにおかしな状況、普通ではありえない。
 
 だが、いつ、誰が、どんな自在法をかけた?
 
(‥‥自在法?)
 
 ふと思い当たって、ポケットから通信用の栞を取り出し、栞ごしに話し掛ける。
 
「‥‥マージョリーさん」
 
《ん〜、何よ、ユージ? あんた今お勉強の時間じゃーないのぉ?》
 
 栞ごしに、いつも通りの気だるそうな声が返ってくる。
 
「今まで訊いた事無かったんですけど、マージョリーさん、どこの国の生まれ何ですか?」
 
 実質、今はどうでもいい事だが‥‥
 
《で? 酒は出んの?》
 
 的外れな応えが返る。
 
 フッと込めた意思を解き、通信を切る。
 
 世に名立たる自在師たる『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーも、おかしい。
 
 いや、この状況は、もはやおかしいなどというものではなく、
 
(ありえない)
 
 マージョリーがおかしいという事は、おそらくこの街の仲間達皆がおかしくなっているだろう。確認するまでもない。
 
 だが‥‥
 
(何で僕だけ無事なんだ?)
 
 と考え、
 
(‥‥違う)
 
 その考えを切り捨てる。
 
 そう、自分以外の、あの強者達があっさり何者かの自在法の影響下に陥るなどありえない。
 
(発想を逆にするんだ。皆がこんな状態になってるんじゃなく、"僕だけが"こんな状態になっているとすれば)
 
 辻褄が合う。
 
 そして、いつ、誰に自在法を受けたのか、自分には"心当たり"まである。
 
 
「グォオオオッ!!」
 
 突然、凄まじい咆哮が響き、見上げれば、巨大な鈍色の竜が飛んでいる。
 
 またもや気配を感じなかったが、もはや驚くに値しない。
 
 
 ダンッ!
 
 封絶を張り、空に飛び上がる。
 
 
「あんたは?」
 
「"甲鉄竜"イルヤンカ」
 
 
 
 
 もう、気づき始めているようだ。ただのミステスと侮るなと聞いていたが、どうやら頭も切れるらしい。
 
 だが、それでいい。それでこそ、良い。
 
 
 
 
「バハァアー!!」
 
「っ!」
 
 鈍色の巨竜、"甲鉄竜"イルヤンカが、その口から火山の噴煙にも似た鈍色の煙が吐き出される。
 
 『大戦』当時、当代最硬の自在法と言われた、『九垓天秤』の『両翼』が左、メリヒムと並び称されたイルヤンカの『幕瘴壁(ばくしょうへき)』である。
 
 
「うっ‥‥わ!」
 
 その広がる煙に、それに込められた力に危機を感じ、危うく躱す悠二。
 
 そのまま、イルヤンカの巨体ゆえの小回りの効かなさを利用し、一気に死角まで全速力で移動し‥‥
 
「っはあああ!!」
 
 そのがら空きの背中に、特大の銀の炎弾を放つ。
 
 
 ドォオン!
 
 まるで溶解炉のような灼熱の銀の炎が、鈍色の巨竜を包み込む。
 
(こんな状態になってるのが、僕だけ‥‥)
 
 あれで倒せたとも思えないが、考える時間は稼げたと考えた悠二、目の前の巨竜ではなく、"この状況"を打開するべく思考を巡らせる。
 
 しかし、
 
「舐めるな!」
 
 銀炎の中から、何事も無かったかのようにイルヤンカが飛び出し、その口からさっきとは違う、最硬の砲弾を煙の噴射によって悠二に飛ばす。
 
(効いてない!?)
 
 それを持ち前の感知能力を活かして、何とか躱しながら、鈍色の煙だけではない、イルヤンカ自身の強靭な鱗に戦慄する。
 
 戦慄し、しかし、目の前の巨竜が"本当の敵"ではない事に頭のどこかで気づいていた。
 
(皆が、いや、僕がおかしくなったのは、昨日のピエロみたいな徒に会ってから‥‥)
 
「ガハァアー!」
 
 再び放たれる『幕瘴壁』を必死に避けながらも、考えるのはやめない。
 
(こんな徒、僕は知らない、でも、皆、"今までやった事"を繰り返すような事しかしない。"新しい反応"が出来ない)
 
「っだあ!」
 
 右手に構えた『吸血鬼(ブルートザオガー)』を、その硬い皮膚に斬りつける、が、悠二の並々ならぬ膂力を持ってしても、浅い傷しかつかない。
 
(何か、"別の要因"がある事は間違いない。でも‥‥"これ"は‥‥)
 
 
 距離を取り、イルヤンカと向き合う。
 
「ガァアアアア!!」
 
 猛る巨竜、口から鈍色の煙を溢れさせながら襲いくるイルヤンカに、悠二も正面から突っ込む。
 
 恐がる事など、ないのだから。
 
(そう‥‥‥)
 
 大剣・『吸血鬼』を振り上げる。
 
「これは僕の夢だ!!」
 
 途端、景色が歪み、目の前の巨竜がついさっきまで撒き散らしていた存在感と威圧感が、見る影もなく霧散する。
 
「っはあああ!」
 
「ゴアアアア!」
 
 虚ろう景色の中、あまりに強靭な鱗を持っていたはずのイルヤンカを、悠二の大剣が嘘のように斬り裂いていた。
 
 
 ゾクッ
 
 また、ニヌルタを倒した時と同様の寒気を感じ、次の瞬間‥‥
 
「!!」
 
 
 景色が完全に"戻る"。
 
 それは、虹野邸からの帰り道。昨夜、ピエロのような徒と戦った場所、同じ不気味な封絶の中。
 
 だが、眼前に在るのは‥‥
 
「おかえりなさい。束の間の夢から」
 
 暗い赤のドレスに、日傘、鮮やかな金髪から羊のような角を生やした、少女。
 
「ゆ‥‥め。やっぱり夢‥‥あんたの自在法か?」
 
 "自分の感覚での昨夜"から、まるで時間が経っていないらしい事に少なからず驚愕し、しかし努めて冷静に眼前の少女に確認する。
 
「そう、自在法『ゲマインデ』。掛けた相手を夢の舞台で遊ばせる自在法、楽しんでもらえたかしら?」
 
 どこまでも馬鹿にした口調で、少女は自分の力を説明しだす。舐められているのだろうか? むしろ好都合だが‥‥
 
「最悪の気分だ。あの徒達は、何でだ?」
 
 望み薄だと思いながらも、一応訊いてみる、が、予想外にペラペラと少女は語る。
 
「それは残念ね。改めて名乗らせてもらうわ。
 私は"戯睡卿"メア。"昨日の"はただの燐子よ。
 私の『ゲマインデ』は貴方の記憶から作る夢だけだと、すぐにバレてしまう。だから、"別の対象"の夢と合わせる事で、その不自然さを埋めるのだけど、貴方と"彼女"は日常の類似が少なすぎて、あまり上手くいかなかったみたいね」
 
(夢と、夢を‥‥)
 
 と、目の前の少女、メアの説明をなぞるうちに、一つの単語に気づく。
 
(‥‥彼女?)
 
 そして、
 
「!」
 
 いつの間にか、メアの後ろに、食虫植物のような禍々しい台座に捕われた、薄い布を纏う、紫のベリーショートの髪の、儚げな印象の少女が現れていた。
 
「‥‥‥誰?」
 
 彼女がもう一人の"対象"だろうか?
 
「あら、彼女の記憶には貴方の姿はあるのに、ひどいものね。"殻を脱いだ"くらいでわからなくなるなんて」
 
(殻を、脱ぐ?)
 
 自分の知り合いで、あんな強力な徒を知っていて、"殻"を‥‥
 
「まさか‥‥‥」
 
「そう、"螺旋の風琴"リャナンシーよ」
 
「!」
 
 そういえば、実は女だと言っていたような、しかし、今はそんな事より‥‥
 
「お前が、師匠を‥‥」
 
 そう、今、師・リャナンシーを捕らえているのも、夢の媒介にしたのも、間違いなく眼前の"戯睡卿"メア。
 
 大剣を手に、じりっと足に力を込める。
 
 しかし、悠二から溢れ出した強力な存在の力を前にしても、メアは余裕の態度を崩さない。
 
「あら、怖い。でも、私にはまだ成し遂げたい事がある。ここで殺されるわけにはいかないから‥‥」
 
 日傘を消し、かざした掌の先の空間が歪み始める。
 
「抵抗させてもらおうかしら」
 
 悠二はこれを、先ほどまでと同じ、虚像を作り出しているのだとアテをつける。
 
「無駄だ。お前の自在法は、対象が"夢だ"と認識すればその効力は激減する」
 
 悠二は、さっき夢の虚像だと理解したイルヤンカをたやすく斬り裂いた事から、『ゲマインデ』の欠点を分析していた。
 
「やってみないと、わからないでしょ?」
 
 そして、歪んだ空間から、再び虚像が現れる。
 
「無駄だ!」
 
 その姿が明確になる前に飛び掛かる。
 
 そして現れた白い影は、白い長衣に白いスーツの装いの美青年。
 
 以前ヘカテー(と悠二)が戦った、"狩人"フリアグネ。
 
 だが、所詮は夢、さっきのイルヤンカと同じ、"そうだ"とわかっていれば怖くな‥‥‥
 
 ドスッ!!
 
「‥‥‥‥え?」
 
 フリアグネを斬り裂き、そのまま後ろのメアに向かう。そのはずだった。
 
 なのに、予想をはるかに上回る速度で、フリアグネが動き、
 
「か‥あっ‥‥!」
 
 今、その白い腕が、"自分の胸に突き刺さって"いる。
 
「彼女の『ゲマインデ』の最も素晴らしい所は、対象に見せる夢の世界に"第三者"をも取り込める事だ。私を、"夢だと思った"だろう?」
 
「あ‥‥ぐ、ぁあ!!」
 
 おかしい。イルヤンカやニヌルタと明らかに違う。
 
 この"現実感"は何だ!?
 
「私の『アズュール』、返してもらうよ」
 
 胸を抉った手を抜くと同時に、悠二が服の中に潜めていた火除けの指輪を抜き取られる。
 
 虚ろう意識の中、悠二は気づく。いつの間にか、『ゲマインデ』がただの封絶に成り代わっていた事に。
 
(こいつ、生‥‥きて)
 
 
 そこで、悠二の意識は途切れた。
 
 
「さあ、舞踏会(ダンスパーティー)を始めようか」
 
 
 
 
(あとがき)
 次話、エピローグの予定です。
 気づく人は気づいてた一章からの伏線。百話以上の話数を超えてようやく回収。
 感想数が(Sだけで)千に到達! いや嬉しいです。何か成し遂げた気分になります。
 いつも感想くれたり、見たりして下さる皆様に最大の感謝を。



[4777] 水色の星S 十章エピローグ『真実の象徴』
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/02/09 18:38
 
 『テッセラ』という宝具がある。
 
 一つ所に添えて置かねばならず、断続的に力を注ぐ必要があるが、一定範囲に気配遮断の結界を張る能力を持つ、掌大の、ガラスの正十二面体の形状をした宝具である。
 
 また、世界で最も数の多い宝具でもあり、各地の外界宿(アウトロー)の重要拠点には、これが核として設置してある。
 
 この『計画』は、どうしても大掛かりになってしまう。いや、大掛かりでなければ意味がない。
 
 だからこそ、準備の段階で悟られぬよう、関東外界宿第十六支部、苦労して突き止めたフレイムヘイズの拠点を襲い、『テッセラ』を奪い取った。
 
 『テッセラ』の奪取は、全く容易だった。自分達には、“狩人”フリアグネがいたからだ。
 
 突然の奇襲。『テッセラ』の奪取。慌てて迎撃に出てくるフレイムヘイズ達。
 一発。たった一発フリアグネが、その場で最も強い気配のフレイムヘイズを“撃ち抜き”、そのフレイムヘイズは爆発した。
 
 その爆炎は、発現と同時に至近の全てを焼き尽くした。
 
 爆発したフレイムヘイズの仲間のフレイムヘイズ達も、外角宿で働く人間達も含めて。
 
 証拠一つ残さず、全くたやすく『テッセラ』を奪い取った。
 
 さすがは、近代以降で五指に入ると言われる強大な紅世の王だ。
 
 
 そして、結界に身を潜め、一ヶ月の時を要して、綿密に計画を進めてきた。
 
 しかし、敵は歴戦の強者揃い、そして腕利きの自在師までいる。
 
 『零時迷子』を奪取した後、奪い返される事が恐ろしい。
 
 たやすく追跡されるかも知れない。だから、一刻も早く計画を遂行する道を選んだ。
 
 それが、恐らく一番の安全策。危地にこそ、成功を見いだす。
 
 
 計画遂行に最もふさわしいと感じた場所に、男は一人立っていた。
 
 精悍な、しかしそれは顔立ちに限った話。
 
 肩まで伸びた、男にしては長い髪は、クセが強くあまり滑らかではない。着ているコートも、ズボンも、あまり上品とは言えない。
 
 いや、みすぼらしい。
 
 
「同志・メアが、例のミステスを手に入れた、そうです」
 
 傍らに立ったのは、戦力こそ乏しいが、逃げ足や撹乱が得意な、今回、『零時迷子』に繋がる決定的な情報をもたらしてくれた同志・"駆掠の轢(くりゃくのれき)"カシャ。
 
「そうか、大口を叩くだけの事はある。本当に一瞬の手際だな」
 
 一度、深く目を瞑り、そしてまた、開く。
 
 
「今こそ、計画を実行に移す」
 
 
 
 
「封‥‥絶?」
 
 坂井家の屋根の上、鍛練に励む"頂の座"ヘカテーと平井ゆかり。
 
 突然張られた封絶に、違和感を覚える。
 
 いつも感じる封絶の気配、つまりは虹野邸の位置よりも、今感じる封絶の気配は近い。
 
「‥‥何か、あったのかな?」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 二人、言い様の無い不安に駆られる。封絶がいつもより近い、ただそれだけ。
 
 だが、理屈以外のもの、ただただ嫌な予感だけがある。
 
 そして、
 
「消え、た?」
 
「‥‥違う!」
 
 平井が、また突然消えた封絶を察知し、ヘカテーは、気配、封絶が消えた途端に現れた大きな気配が、街の外れ、時計塔に移動した事を察知する。
 
 平井も、遅れて気づく。
 
 そして、坂井悠二の気配が、ない。
 
「悠二!」
 
「っ!」
 
 二人、夜の空に飛び出した。
 
 
 
 
「マージョリーさん?」
 
 いつものように酔っ払ってソファーに寝転んでいたマージョリーが、いきなり鋭い眼光を宿して立ち上がる。それに佐藤啓作は疑問を投げ掛けていた。
 
「何か、やばいみたいね、これ。マルコ」
 
「おう」
 
 突如現れた大きな気配に、マージョリーの顔はいつもの怠惰ではない。戦いへの強烈な戦意を漲らせている。
 
 そのマージョリーの言葉に応え、契約者たるマルコシアスがボッとマージョリーを炎で包み、その酒気の一切を拭い去る。
 『清めの炎』である。
 
 マージョリーの言葉、様子、マルコシアスがマージョリーには滅多に使わない『清めの炎』を使った事実、それらから、佐藤も悟る。
 
 『戦い』の到来に、気づいた。
 
 その、意外と悪くない勘の良さに、少しだけ細くなる目を伊達眼鏡の内に潜め、あくまでも厳しくマージョリーは子分に告げる。
 
 が、マルコシアスの方が少し早かった。
 
「んーじゃ、ケーサク、俺達は派手に暴れてくるけどよ、おめえがやる事はわかってんな?」
 
「‥‥‥ユカリと合流して『玻璃壇』のナビ、わかってると思うけど、戦おうなんて考えたら、絶対に許さないわよ」
 
 マルコシアスに先を越された事で少しだけムッとしつつ、告げる。
 
「わかってますよ」
 
 佐藤としては念を押されるのは心外だったが、今までの事があるから仕方がない。
 
 
「ヒヒッ、そんじゃ‥‥」
 
「行くわよ!」
 
 
 
 
「‥‥抹殺する手間が省けたか?」
 
「言っている場合ではないのであります!」
 
「シロ! ヴィルヘルミナ!」
 
 突然現れた巨大な気配。突然消えた坂井悠二の気配。虹野ファミリーもそれに気づく。
 
 
「どうやら、この話はまた後ほどのようでありますな」
 
「全く、何故俺があんな鬼畜を‥‥」
 
「キチク? 何の話?」
 
「シャナ、いいか? 俺より強いやつじゃないと認めんからな?」
 
「?? だから何が?」
 
 
 虹野ファミリー、出陣。
 
 
 
 
「『零時迷子』のミステス、『渾の聖廟』への取り込み、完了したでございますでーす!」
 
「ェエークセレントォー!! では、ガルザ、『体』はあの『時計塔』でぃいんですねぇー?」
 
 
 世に名高い"探耽求究"ダンタリオンこと教授と、その助手・お助けドミノが、待ちに待った実験開始に胸踊らせながら取り組む。
 
「ああ、頼む。同志・ダンタリオン」
 
 そして、まるで巨大な植物の種のような塊、その内に『零時迷子』のミステスを秘めた『渾の聖廟』の種を、不思議なUFOから生えた二本のアームで運んでいる。
 
 "それ"は、時計塔に触れると同時に、まるで溶け合うかのように中に吸い込まれていく。
 
 それを、宙に浮いて見つめる男、ガルザは、溢れる昂揚と共に見つめる。
 
 "誰か"に伝えるように、見せ付けるように、言葉を紡ぐ。
 
 
「"宝具の力を劣化させる"自在式『テルマトス』、同志・"狩人"フリアグネの編み出したそれと、同志・ダンタリオンが幾重にも施した『吸収の自在式』、この二つに、『零時迷子』を組み込んで初めて完成に到った、それが、『渾の聖廟』」。
 
 時計塔を見上げる。時計塔の本来の役割、時を見るために。
 
「見ていろ。お前がやりたかった事を、この俺が成し遂げる様を」
 
 時は、零時に近い。
 
 ものの数十秒前である。
 
「‥‥‥"来た"」
 
 ゴォオーン
 
 時計塔が、零時を告げて鳴り響く。
 
 同時、
 
 ドクン
 
 時計塔が、"脈うった"。
 
 そして、鉄材で出来た時計塔が、砕け、曲がり、絡み合い、異様な変貌を遂げていく。
 
 
 
「零時と共に、『零時迷子』は存在の力を回復させる。あの、大きな器を持ち、今は大きく損傷しているミステスを」
 
 夢に踊る蝶が言った。
 
「本来なら一瞬のうちにその器を満たすだろう『零時迷子』も、『渾の聖廟』の中ではその回復速度が鈍る」
 
 逃げ上手の、奇妙な男が言った。
 
「そして、教授の『吸収』の自在式が、回復した端からその力を奪い取り、いつまでも器は満ちず、『零時迷子』は無限に力を回復させ続ける、で良かったでございますはひはいひはい」
 
 ガスタンクのような燐子が言った。
 
「その力を動力にした、『渾の聖廟』を心臓にした、時計塔を体にした、新しい存在‥‥」
 
 粗末で、小さな人形が言った。
 
「今度こそだマリアンヌ。この無限の力があれば、今度こそ果たせる。君を、この世で一個の存在にしてみせる」
 
 白の狩人が言った。
 
「紅ぅー世でしか生まれ得ない徒を! こぉーの世で生み出す! 不可能の壁を超えた‥‥っその存在ぃーー!!!」
 
 白緑の探求者が言っ‥‥叫んだ。
 
「さあ、立て‥‥」
 
 最後に、大鎌を担いだ、貧相な服装の精悍な男が、『それ』を呼ぶ。
 
 
「『敖の立像(ごうのりつぞう)』よ」
 
 
 
 
 生まれ出でる巨大な存在、その内に在る少年は、目覚めない。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回は前の七、八章みたく、連章となります。
 
 何とか十章エピローグまでこぎつけた私。長い旅路でした。
 とか言いながら書き手デビューから半年くらいしか経ってないんですよね。
 まだまだ未熟という事か。
 それでも頑張れるのも読者の皆様のおかげです。いつもありがとうございます。



[4777] 水色の星S 十一章『革正の時』一話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/02/10 16:43
 
 『革正団(レボルシオン)』。
 
 "人の世に自分たちの存在を知らしめる"という思想を持つ、十九世紀から二十世紀初頭にかけて大きな『戦争』を起こした"奇妙な"徒達である。
 
 彼らは、他の大組織、『仮装舞踏会(バル・マスケ)』や『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』とは大きく異なる。
 
 彼らには、明確な首魁や、"組織としての実体"が無い。ただ、同じ、"人の世に自分たちの存在を知らしめる"という思想を持つ者たちが自らを一員と名乗る、という組織というより集団なのだ。
 
 彼らは徒とフレイムヘイズの間にある暗黙を当然のように打ち破る。フレイムヘイズどころか、同胞たる徒からも疎まれる存在。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 しかし、その中に、友がいた。
 
 当時は、そこまで親しい相手でも無かった。
 
 自分は、昔から持てる力には不似合いなほどに"穏やかな生活"を望んでいた。
 
 通常の徒が抱く強烈な願望や自己顕示欲はほとんど無く、ただ、『この世界』で穏やかに暮らす事こそが十分に楽しかった。
 
 誰の為でもなく、自分の為に、そうしてきた。
 
 だから、あの男の考えには最後まで賛同など出来なかった。
 
 いや、今も考え自体にはさっぱり共感など出来ない。
 
 たまに、本当に数十年に一度くらい会って、一緒にエールを飲み、ビリヤードで遊ぶ。その程度にしか親しくはなかった。
 
 だが、そんな彼が死んだと聞いて、自分でも全く予想していなかった喪失感に襲われた。
 
 『人の世に、自分たちの存在を知らしめる』、その小さな一歩、その為の犠牲となったと言う。
 
 理解出来なかった。そんな事のために命を捨てたあの男が。
 
 しかし、どうしてもその事実を、“あの男が無為に命を捨てた”事を受け入れられなかった。
 
 そして、決意した。
 
 このまま、世界が何も変わらなければ、あの男はただの犬死にである。だが、世界が変われば、徒と人間の間に『明白な関係』が出来れば、あの男は世界の摂理を生み出した一人として、その死に、生に、意味が出来る。
 
 そう、納得する事が出来る。
 
 自分でも馬鹿馬鹿しいと思う。そんな、自分に対する子供騙しの感情だけで、遂にここまで来た。
 
 人と徒の関係。今でも、自分にはそんな事はどうでもいい。ただ、友達の死が無駄な、どうでもいい死にされる事が我慢出来ないだけだ。
 
「見ろ、もうじき完成する」
 
 そんな自分が『革正団』を名乗り、"それぞれの利害による"仲間を集め、昔は鼻で笑った、『同志』などという気取った呼び方を愚直に守っている。
 
 今は亡き友に、語り掛ける。
 
「無限の力を持ち、同胞殺し達に壊される事も無く、人間達にその存在を、その姿と力を以て知らしめる、『俺たちの代表』が」
 
 そんな滑稽な自分に対する自嘲も、今は忘れる事が出来た。
 
「‥‥見ていろサラカエル。もうじきだ」
 
 
 
 
「生まれた存在の力が、あの巨体に完全に馴染むまでは時間が掛かりそうだね」
 
 変貌していく時計塔を見下ろす位置に浮かぶ"狩人"フリアグネが、傍ら、"戯睡卿"メアに語り掛ける。
 
「『敖の立像』が完全に覚醒するまでは"貴方の目的"も実行に移さない、という話だったかしら?」
 
 それにメアも、可笑しそうに返す。
 
「君達がいなければ、私たちは『零時迷子』の存在も知る事が出来ず、ここまで上手く事を運ぶ事も出来なかった。マリアンヌのためとはいえ、最低限のマナーは守らせてもらうよ」
 
「ご主人様‥‥」
 
 自分の肩に在る"恋人"を撫でながら、"狩人"の顔には不敵な笑みがある。
 それが、マリアンヌの言葉で、とろけそうな笑みに変わる。
 
「ダメじゃないかマリアンヌ。ご主人様じゃなくて、フ・リ・ア・グ・ネ、だろう?」
 
「あ‥‥はい、フ、フリアグネ‥‥様」
 
 
 フリアグネ達の僅か下に浮かぶメア、溜め息が聞こえそうなほどにわかりやすく肩をすくめる。
 
 
「‥‥来たみたいよ」
 
 メアが示す先、明るすぎる水色と、翡翠の光が飛んでくるのが見える。
 
「‥‥片方は知らない色だね。まあ、誰であっても、やる事は同じ、か。ガルザ!」
 
 フリアグネは、自分たちよりずっと下方、時計塔に相対している同志に呼び掛ける。
 
「‥‥わかってる。邪魔は、させない」
 
 言って浮かび上がってきたガルザとフリアグネが、二人で飛んで行き、その場にはメアと、未だに何事かはしゃぎながら時計塔の周りをぐるぐると回っている教授のみが残される。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 自在法・『ゲマインデ』は、本来は"戒禁破りの自在法"である。
 
 ミステスを人為的に作る際、徒は、中身を奪われないように防御系の自在法・『戒禁』を掛ける。
 
 『ゲマインデ』は、標的を夢で踊らせ、"戒禁を変換して作り出した"虚像を、標的自身に倒させる事によって、その『戒禁』を破るのだ。
 
 そうして、『戒禁』を無くしたミステスに、メアは"寄生"する。
 
 彼女は珍しい事に、"ミステスに寄生する"奇妙な徒なのだ。今の少女の姿も、寄生した戦闘用ミステスの物である。
 
(‥‥サブラク)
 
 手にした、粗末な短剣を見やる。
 
 かつて一緒に旅をした時に、代償として彼に渡した物。それから、会う度にちゃんと持っているか、しつこく確認した物。いつでも、彼はちゃんと持っていてくれた物。
 
 そして、彼の死を理解"させられた"物。
 
 
 『ゲマインデ』は、自分との力の差が大きな者には掛ける事が出来ない。
 
 例えミステス相手でも、相手が強大であれば使えない。
 
 だから、本来なら、"このミステス"にも、『零時迷子』のミステスにも、『ゲマインデ』は掛けられない。
 
 だが、この自身の"燐粉"たる自在式を、対象に打ち込む事で、どんな相手にも"内側から"『ゲマインデ』を掛ける事が出来る。
 
 いつも、彼がそれをやってくれた。そして、『零時迷子』のミステスにも、渡しておいた自在式を、打ち込んでおいてくれたのだ。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 変貌していく時計塔を見る。
 
「もうじき、完成する。世界が揺らぐ、誰も、『これ』を成し遂げた私を無視出来なくなる」
 
 いつも、口癖のように自分は言っていた。
 
 『誰にも無視されない存在』になりたいと。
 
 ポタ
 
 右手に、雫が落ちる。
 
「ようやく、願いが叶う」
 
 それなのに‥‥
 
 雫が、次々に零れてくる。
 
「私は、誰にも‥‥無視、出来なっ‥‥‥!」
 
 嬉しくない。
 
 ちっとも、嬉しくない。
 
「誰よりも、貴方に認めて欲しかったのに‥‥‥」
 
 
 少女の涙に、応える者は、もういない。
 
 
 
 
「封絶」
 
 街全体を覆うほどに巨大な陽炎のドームが展開される。
 
 その中を漂う炎は、明るすぎる水色。
 
「‥‥ゆかり」
 
「‥‥わかってる」
 
 "敵"が近づくに連れて、気配も明白になってくる。
 
 間違いなく、『王』が二人、いや、三人。
 
 しかも、得体の知れない気配が、時計塔の辺りから膨らんでいっている。
 
「悔しいけど、仕方ないね」
 
 坂井悠二に何かあった。それを感じ取っているのに‥‥この状況では自分は足手まといにしかならない。
 
 "そういう立場"になれたと思って、しかし以前と何ら変わらない自分に無性に腹が立つ。
 
「‥‥シュガーと吉田一美を連れて、なるべく遠くに離れてください」
 
 そんな平井の無念を察して、しかしそう言うしかないヘカテー。
 
 絶対に、まともな規模の戦いにはならない。近くにいたら巻き添えにしてしまいかねない。
 
 そんな、恐ろしい予感がある。
 
 
「‥‥"ごめんね"」
 
 力になれない弱い自分を悔やみ、そんな自分の弱さを親友に謝り、平井は引き返す。
 
 そんな平井を見送るヘカテー。見送られるしかない平井。
 
 双方が等しく胸に少なくない痛みを抱いて、しかし、今は‥‥
 
 
(悠二!)
 
 愛しい少年のために、ヘカテーは飛ぶ。
 
 平井は、そう出来ない自分に怒りを覚えて、それでも、反対方向へ、飛ぶ。
 
 
(悠二!)
 
 相手は少なくとも三人以上。本来なら、ヴィルヘルミナ達が追い付くのを待つべきである。
 
 だが‥‥
 
(悠二!)
 
 到底、待つ事など出来ない。
 
 見る間に距離が縮まり、男が二人、立ちはだかる。
 
(あれは!?)
 
「久しぶりだね。"頂の座"」
 
 "狩人"、フリアグネ。
 
「生きて‥‥いたのですか」
 
 唖然とするヘカテーに、対するフリアグネは全く平然と応える。
 
「驚くほどの事でもないだろう? 君達は、私が消滅した瞬間をその目で見たわけではないのだからね」
 
 肩に乗ったマリアンヌを撫でながら、見下すような目でヘカテーを見る。
 
「悠二を、どうしたのですか?」
 
 ヘカテーも、"こいつ"が元凶である事を理解し、凍てつくような殺気を伴った水色の炎を全身から溢れさせる。
 
「心配する事はないよ。"彼"は壊していない。いや、むしろ永遠に"あのまま"壊れる事などないだろうね」
 
 以前とは明らかに違う。少年を大切にしているとはっきりとわかるヘカテーの様子に、フリアグネは面白そうに言う。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 悠二に、こいつが何かしたというのははっきりした。もう、生かしておく意味もない。
 
 それなのに‥‥
 
(‥‥寒い)
 
 心が、怒りを上回る不安でいっぱいだった。
 
 今までは、悠二が傷ついても、血を流しても、生きていて、自分の側にいた。
 
 だから、ある意味安心して敵に洗礼を与える"余裕"があった。
 
 だが今は違う。悠二がいない。無事かどうかわからない。
 
 目の前の敵がどうでもよくなるくらい、悠二の無事を確認したかった。
 
 
 そんなヘカテーに、しかし敵達は容赦しない。
 
「話は済んだか。なら、一応こっちも自己紹介しておこうか」
 
 今まで黙っていた、肩までの長いクセっ気の、古びたコートの男が語りだす。
 
「俺は"血架の雀(けっかのじゃく)"ガルザ。『革正団』だ」
 
 言って、担いだ身の丈を大きく越える大鎌を構える男。
 
 その男・ガルザの大鎌も、体から溢れだす炎も‥
 
 "血色"だった。
 
 
 
 
(あとがき)
 メアの能力、少々設定いじくってます。
 オリキャラまで出して墓穴を掘る私。しかし完結を目指して頑張ります。



[4777] 水色の星S 十一章 二話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/02/11 20:11
 
 ロンバルディアの片田舎に、古ぼけた、意外としっかりした作りの家が、丘の上に建っている。
 
「あっ! またやりやがったな小娘め!」
 
 世話好きな鉄の面覆い、この世に渡り来た自分に、色々な常識を教えてくれた"髄の楼閣(ずいのろうかく)"ガヴィダが、自分が先ほど、ガヴィダが寝てる間に勝手に能力を付加させた宝具を見て、何やら騒いでいる。
 
 家の裏手に隠れていよう。またどやされるかも知れない。
 
「こら、またガヴィダの"芸術品"に悪戯したのかい?」
 
 家の壁に隠れて玄関を覗いていた自分に、唐突に後ろから声が掛けられる。
 
 かくれんぼはもうおしまいのようだ。彼はいつも自分の悪戯に荷担してくれない。すぐに密告する。
 
 たまには一緒にあのトンカチ爺さんをからかうのも楽しいと常々思っているのだが。
 
「今日は、あっちの山を絵に描こうと思うんだ。この季節、この時期じゃないとこの風情は出ない」
 
 わざわざ"この"を強調して目の前の景色を熱弁している。芸術家というのは皆こうなのだろうか?
 
「見せてくれ、ドナート」
 
 彼の絵を見て、知った風な口を叩く自分。家の中から、ガヴィダが怒鳴りながら出てくる。
 
 それから逃げ回っていると、街へと続く田舎道を通って、赤い髪の女騎士と、無表情の仮面を張りつけた姫が、炎の悍馬に乗ってやってくる。
 
 自分の大切なものが、全て詰まった、素晴らしい時間。
 
 こんな時間が‥‥
 
(永遠に、続けばいいのに‥‥‥)
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 あのミステスの言った通り、『ゲマインデ』は対象のどちらかにでも夢だと見破られればその干渉力は激減してしまう。
 
 対象の夢なのだから、それから拒絶されては力が発揮出来なくなるのだ。
 
 だが、夢の世界・『ゲマインデ』に捕らえた"螺旋の風琴"も、そして先ほどは『ゲマインデ』を見破ったあのミステスも、今は夢に捕われている。
 
 "事実として"眠っている事が都合が良い。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 『ゲマインデ』は、一瞬にして永遠の夢。今フレイムヘイズ達に使っても、一番重要な"時間稼ぎ"が出来ない。
 
 だから‥‥‥
 
「行け」
 
 "戒禁"を使い、虚像を生み出す。その力のみを使う。
 
 狙いは、後続のフレイムヘイズ達。
 
 
 必ず、成し遂げる。
 
 彼に、笑われてしまわないように。
 
 
 
 
「囲め」
 
 マネキン人形のような燐子が無数に生まれ、ヘカテーを宙空で取り囲む。
 
 そして、バッと燐子達全てがヘカテーに向けて手をかざし、薄白い炎弾を放つ。
 
「『星(アステル)』よ!」
 
 しかし、ヘカテーは自分の全周に向けて水色に輝く光弾を放ち、炎弾全てとぶつかり、弾け、融爆する。
 
 とんでもない統御力であった。
 
 しかし、ヘカテーの気持ちはこの戦いにはない。
 
(あの、時計塔!)
 
 一人の少年の居場所だけに向けられていた。
 
 今一番得体が知れず、一番怪しいものに着眼する。
 
「戦いの最中に、よそ見か?」
 
「っ!」
 
 水色と白の爆炎を裂いて、血色の大鎌が飛び出してくる。
 
 ガッと、手にした大杖『トライゴン』で受けとめる。
 
 しかし、
 
(な!?)
 
 受けとめたはずの大鎌がぐにゃりとうねり、伸びた刃がヘカテーを襲う。
 
「くっ!」
 
 至近での予測不能な攻撃に、しかしヘカテーは驚異的な反応で躱す、が、しかし、頬を浅く斬られ、傷口から血のように水色の火の粉が零れる。
 
 そして、
 
「ふんっ!」
 
 ヘカテーが斬撃を躱す隙に、ガルザの蹴りが正確にヘカテーの腹に突き刺さる。
 
「か‥‥っ!」
 
 たまらず後退するヘカテーに、さらなる追い打ちが掛けられる。
 
「行け、『コルデー』!」
 
 フリアグネの右手の中指の指輪が放たれ、さらに宙空で無数に分裂する。
 
 それは高速の弾丸となってヘカテーに襲いかかる。
 
「くっ!」
 
 ガルザから受けた蹴りに痛む体を無理矢理に動かし、自分に当たる軌道の指輪・『コルデー』のみを、大杖による最少の動きで弾く。
 
 しかし、弾かれた指輪、ヘカテーを通り過ぎるはずの指輪、それらはヘカテーの予測をあっさり裏切る。
 
「弾けろ!」
 
 ドドドドドォン!
 
 放たれ、ヘカテーに接近した『コルデー』全てが、白い炎を撒き上げてヘカテーを呑み込む。
 
「戻れ、『コルデー』」
 
 炎を撒き上げた指輪が、宙を飛ぶ間にも連なっていき、元のフリアグネの中指に戻る頃には一つの指輪となる。
 
 白炎が晴れ、周囲の光点を水色に輝かせるヘカテーが現れる。
 
「ふん、"それ"で防いだのか、だが‥‥」
 
 周囲を光で覆い、白炎を凌いだヘカテー、しかし、全くの無傷とはいかない。
 
「いずれにせよ、時間の問題だな」
 
 言われ、ヘカテーも当然気づいている。
 
 二対一で勝てる相手ではない。いや、『宝具使いのマリアンヌ』がいる。さらに状況は悪くなる。
 
 あの時計塔の気配も、どんどん大きくなっている。
 
 状況は最悪と言えた。
 
 だからこそ、
 
(皆‥‥‥)
 
 頼れる仲間が来ない事が、胸に重かった。
 
(何故、来ない‥‥?)
 
「仲間が来ないのが疑問か?」
 
 そんなヘカテーの当惑を見透かしたかのようなタイミングでガルザが言う。
 
「俺達『革正団』も、ここにいる者で全てではないという事だ」
 
 
 
 
「何だ、あれは?」
 
 空を飛ぶメリヒム、シャナ、ヴィルヘルミナの目に、巨大な飛行船が映っていた。
 
 巨大、本当に巨大な飛行船。それが、"気配が無いにも関わらず"、"封絶の中を"飛んでくる。
 
 そして‥‥
 
「徒!?」
 
 その飛行船から、異形異様の者から、ごく普通の人間のような姿の者まで、様々な姿の徒達が次々に飛び降りてくる。
 
「まさか、あの飛行船いっぱいに徒が乗り込んでいるのでありましょうか?」
 
 徒達が飛行船から離れると同時に、その違和感、存在感ははっきりと感じ取れる。
 
「ヴィルヘルミナ。あの飛行船もしかして‥‥」
 
「‥‥まず間違いないのであります」
 
 シャナに言われ、ヴィルヘルミナもその見覚えのある力に気づいていた。
 
 それはかつて、『革正団(レボルシオン)』が大規模な『戦争』を起こした際に、彼らの足として暗躍した影の花形(ダークスター)。
 
 そして、ごく最近自分達が戦い、どうやら取り逃がしていたらしい『運び屋』。
 
 
 
 その飛行船の操縦席に、三人の徒が、在る。
 
「全く、まだこんなに目立ちたがりの変人共がいやがるとはなぁ」
 
 それは、"深隠の柎"ギュウキ。
 
「まあ、私達『運び屋』も、見る者によっては変人と見る者もいますけどね」
 
 それは"輿隷の御者"パラ。
 
「まあ、奴らの目的も思想も、あまり関係ない。我々は我々の本分を果たすだけだろう」
 
 それは"坤典の隧"ゼミナ。
 
「ああ、だからさっさと乗客共に下りてもらわなきゃ困るんじゃねえか。俺達ゃ運ぶ事しかしねえんだ」
 
「ええ、私達のモットーは‥‥」
 
「安全運転、安全運行」
 
「危機に対さば即退散、だからな」
 
 それは、『百鬼夜行』。
 
 
 
 
「何て、数‥‥」
 
 自儘に世界を放埒する徒が、ここまで一つ所に集まるという異常事態を、数年前に契約したばかりの『若いフレイムヘイズ』であるシャナは見た事がない。
 
「おそらく、『革正団』でありますな」
 
 目の前の徒達が声高に叫ぶ、言い方こそ各々で違えど『我らと人との在り様を変える!』という言葉から、ヴィルヘルミナが推察する。
 
 『革正団』はかつての『戦争』でその大半はフレイムヘイズに根絶されたと見られているが、そもそもが実体も首魁も存在しない集団。
 
 “思想の根絶”は不可能に近い。『革正団』の思想を持ち、しかし表立った行動を起こさなかった徒達が、これほどの数で決起する“何か”が、今、この街で起きようとしているという事になる。
 
「レボルシオン?」
 
 その聞き慣れない単語に、メリヒムが反応する。
 
 『革正団』が大規模に活動していたのは封絶普及以降から二十世紀初頭、メリヒムが骨してた時期の事である。
 
「説明は後、この場は私が引き受けるのであります」
 
「引き受けるって‥‥」
 
 飛行船から飛び出してくる徒の数は、すでに千にも上ろうかというほどである。
 
「あの徒達の目的の中核が、先に"頂の座"が向かった先にある事は明らか。ここに戦力の大半を向けるのはあまりに危険」
 
「愚策」
 
「相手は坂井悠二が不覚をとったと思われるほどの相手、くれぐれも油断される事の無きよう」
 
「要警戒」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 ヴィルヘルミナの言葉、そして、"頂の座"が向かった先に在る、得体の知れない気配。
 
 ヴィルヘルミナの身を案じ、しかしシャナもその作戦の妥当性は理解している。今は感情的になる所ではない。
 
「‥‥わかった、行く!」
 
 すかさず紅蓮の双翼を勢いよく燃やし、シャナは飛ぶ。
 
 もう少し躊躇して欲しかった、と馬鹿な事を一瞬考えて、そんな自分に自己嫌悪を抱くヴィルヘルミナ。
 
 気になる事がもう一つ。
 
「‥‥‥貴方は行かないのでありますか?」
 
「‥‥ふん。俺の勝手だ」
 
 ‥‥‥可愛い。
 
 じゃなくて、
 
「では、一刻も早く"片付ける"のであります。『神器』ペルソナを‥‥」
 
「承知」
 
 ヘッドドレスが解け、純白のたてがみを溢れさせる狐の仮面へと変わる。
 
 それは悪夢では決してない夢の住人。『戦技無双の舞踏姫』。
 
「不備なし」
 
「完了」
 
「来るぞ!」
 
 
 一騎当千の二人の実力者に、徒の群れが襲いかかってくる。
 
「お前達の相手は我々であります」
 
「開戦」
 
 
 
 
 得体の知れない気配に向けて、"頂の座"の戦いの気配に向けて、真っ直ぐに飛んでいた。
 
 後ろに、巨大な飛行船と、無数の気配が現れるのにも気づいて、しかし『万条の仕手』達に任せて先にこっちを何とかしようと考えた。
 
 自分の周りに、気配は無いはずだった。
 
 なのに、いきなり現れた。
 
「は、はは‥‥‥」
 
 もう、いつかのように狂気には捉われない。
 
 炎のような熱さと、氷のような冷徹さ、二つの強烈な殺意が、胸中に渦巻いていた。
 
 目の前にある、その手に両刃の斧を携えた、歪んだ西洋鎧。
 
 その兜から、たてがみのように銀色の炎を撒き散らし、そのまびさしの下には、目が、目が、目が、目が‥‥‥
 
「殺す、殺す殺す殺す‥‥‥‥‥」
 
 もう、他の全てがどうでもよくなっていた。
 
 "これこそが、自分の全てなのだから"。
 
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」
 
 
 『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーの目の前に現れた存在は、
 
 彼女が何百年も前から、全てを掛けて追ってきた‥‥‥
 
 "銀"だった。
 
 
 
 
(あとがき)
 悠二&ゆかりが全く出なかった。悠二はともかく次こそ平井を出さねば。
 多分ヘカテーがここの読者の中で一番人気なんでしょうが、平井もそこそこ人気な様子なので(私も気に入ってます)。



[4777] 水色の星S 十一章 三話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/02/12 21:38
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
「あれ、一体どうなってんだ?」
 
「‥‥‥平井ちゃん?」
 
 
 封絶の中、人間であるにも関わらず、ヘカテーやマージョリーの力で動く事の出来る吉田と佐藤を抱えて、平井ゆかりは飛んでいた。
 
 その目には、全くの反対方向に、無数の徒達と、異様な変貌を遂げつつある時計塔が映る。その双方を見晴らせる、ちょうど中間の位置に平井はいた。
 
(ヘカテー)
 
 二対一、血色と白が、水色の光を追い詰めて行く。
 
(坂井君)
 
 どこにいるかもわからない。無事なら、こんな事態に出てこないわけもない。
 
 だが、吉田が財布に隠していた悠二の写真から、彼の姿は消えていない。
 
 トーチが死ねば、その生きていた痕跡すらも消える。未だ写真に写っているのは死んではいない事の証だった。
 
 
(私は、またこんな所で何も出来ずに‥‥‥)
 
 と、そんな思考が脳裏をよぎり、すぐに振り払う。
 
 今は、吉田と佐藤を逃がさなければならない。
 
 実力以前の役割があるのだ。
 
「ゆかり、ちょっと下ろせ」
 
 背中の吉田が、そう促してくる。
 
「?」
 
 よくわからないまま、一度着地し、二人を下ろす。
 
「ん」
 
 そして、すぐさま右手を広げてみせる。
 
「ん?」
 
 吉田の意図が読めず、とりあえず握手してみる。
 
「そうじゃなくて、『玻璃壇』だ『玻璃壇』! 栞出せ」
 
 ここに到って、吉田が何を言いたいのか悟る。
 
 自分が、ヘカテー達の下へ駆け付けたいと感じている気持ちを見透かされているのだ。
 
「いや、でも一美達残して行くわけにも‥‥‥」
 
「やかましい!」
 
「ひゃわっ!」
 
 豪快に平井に掴み掛かる吉田。胸ぐらを漁り、白い羽根を二枚奪い取る。
 
「ここまで来たら自分達で逃げる。封絶の中ギリギリまで離れてから『玻璃壇』使うから、心配いらねーよ」
 
 言って、道の脇でチャラ男がまたがっているバイクを見る。
 
 
「さっさと行け」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 その、親友の、全く彼女らしい気遣いに、ヘカテー達の危機に、平井も決断する。
 
「私、行くね」
 
 
 
 
 悪夢だった。
 
 千をも超える徒の『軍勢』、徒と人間の間に、『明白な関係』を築こうという大義を掲げた猛者達、それが、全く相手になっていない。
 
 なだれ込むように襲いかかる徒達を、その数も重さもまるで無関係に投げ飛ばし、こちらの攻撃を散らすように受け流す仮面の舞踏姫。
 
 そして、こちらの数も防御も無関係に全て消し飛ばす、虹の剣士。
 
 完璧な防御と、圧倒的な攻撃力。
 
 強いというより、もはや理不尽。
 
 
 
 
「はあっ、はあっ、はあっ」
 
 白い爆炎が、血色の業火が、カードの怒涛が、うなり、しなる大鎌が、無数の燐子達が次々に襲ってくる。
 
 反撃する間さえほとんどない。燐子をいくつか破壊出来た程度だった。
 
「っはああああ!」
 
「!」
 
 ヘカテーを追い詰めていた二人の紅世の王。それらが突然、横合いから繰り出された炎の大奔流に呑み込まれる。
 
 色は、紅蓮。
 
「サントメール!」
 
「情勢の分析は?」
 
 ヴィルヘルミナ達に徒の軍勢を任せ、ヘカテーの加勢に駆け付けたシャナ、普段は反りの合う相手ではないヘカテーにも、今は私情を挟まない。
 
「よくはわかりません。ただ、きっと、"あれ"の中に悠二がいます」
 
 
 応える間に、
 
 ギィン!
 
 紅蓮の炎の中から、変幻自在の血色の大鎌が伸び、シャナが大太刀・『贄殿遮那』でこれを受けとめる。
 
 炎が晴れ、火除けの結界に展開するフリアグネと、その内に入り込んでいるガルザ。
 
(悠二の、『アズュール』)
 
 元々がフリアグネの物であるにも関わらず、ヘカテーはその事にどうしようもなく憤激する。
 
(二対二、より‥‥)
 
 ヘカテーはシャナから、ガルザから、大きく距離を取る。
 
 二対二より、一対一を二つにした方がいい。自分とシャナとの相性の悪さは十分理解している。
 
 シャナもそれを理解しているから何も言わない。
 
 ただ、自分を追う徒の纏う薄白い炎を見て、「話が違う」という風に睨んでくる。
 
「そっちは任せました」
 
 それだけ言い、自分もフリアグネに対して構える。
 
 『アズュール』を持っている以上、フリアグネは自分が相手するべきだ。
 
 さっきのシャナの一撃で、マリアンヌ以外の燐子は焼き尽くされている。
 
 こいつを倒して、悠二を助けに行く。
 
「覚悟」
 
 
 
 
「っは!」
 
 まるで鞭のように、いや、それ以上に不規則にグニャグニャと動く大鎌を、しかしシャナの大太刀が弾く。
 
 全く、敵の能力についてくらい話していけと思う。
 
「くっ!」
 
 疾い。しかも変則的な攻撃だ。中距離で戦うには分が悪い。
 
 大鎌を避けながら、一度大きく距離をとる。
 
「っはああああ!」
 
 そして再び、大太刀を核として圧倒的な紅蓮の炎を放出する。
 
 しかし、
 
「っはぁ!!」
 
 対する徒も、"同じように"血色の炎を、凄まじい熱量と範囲で放つ。
 
 空をよく似た二つの炎が灼き、視界は二色の赤に埋め尽くされる。
 
 単純な炎の押し合いにも関わらず、その血色の炎はシャナの紅蓮の炎に少しも圧されていない。
 
(私と同じ、炎使い!)
 
 それを見切り、遠距離から炎で仕留める方針をあっさり捨てる。
 
 敵はこいつだけではないだろう。消耗戦は非効率である。
 
「アラストール」
 
「うむ」
 
 契約者に一言で確認し、次の手に移る。
 
 あの、何かの宝具らしき大鎌は確かに危険だが、
 
(私なら、行ける)
 
 その確信に違わず、またも炎を裂いて襲いくる大鎌の一撃を弾く。
 
「っは!」
 
 紅蓮の双翼が燃え上がり、血色の徒へと最短に突き進む。
 
 当然のように、血色の大鎌が連撃を繰り出されるが、
 
 ギンッ!
 
 うねる大鎌の刃を悉く弾く。
 
 ヒュッ!
 
 体を僅かに、最低限に反らし、姿勢を動かすだけで掻い潜る。
 
(間合いに入った!)
 
 大鎌が伸びている間は、その変則的な攻撃のメリットはほとんどなくなる。むしろ接近戦での小回りが効かなくなる。
 
「っ‥‥‥‥」
 
 無論、元の長さに戻せば済む話だが、もちろんそれを許すつもりはない。
 
「だっ!!」
 
 僅かに退がり、"自分の身を"大太刀の間合いから逃した徒の、"大鎌"に斬撃をたたき込む。
 
 逆袈裟に斬り上げられた一撃が、徒の大鎌を弾き飛ばす。
 
 返す刀で、斬り下ろす。
 
 しかし、眼前の徒の手に、先ほどまでは無かった血色の炎の大剣が現れている。
 
 ガァアン!
 
 二つの刃がぶつかり、炎が"散る"。
 
 そう、炎が散り、気づく。これは"炎の大剣ではない"。
 
 大剣が血色の炎を纏っていただけ、そして炎が散って、そこにある大剣の刀身には、波打つように"血色の波紋"が浮かび上がって‥‥‥‥
 
「『吸血鬼(ブルートザオガー)』!?」
 
 ザンッ!
 
「っあ‥‥!」
 
 魔剣・『吸血鬼』に注ぎ込まれた存在の力がシャナを斬り裂く。
 
 気づいた瞬間、僅かに身を退いたおかげで致命傷には到っていない、と"油断する"。
 
「驚く事じゃない、"これは元を正せば俺の物だ"。正確には俺達の、か」
 
 刀身に浮かぶ波紋と同色の炎を湧き上がらせる徒。
 
 かつて一人の人間と共に作り、それを用いて共通の大敵を屠ふり、最後には、歳を取り、倒れたその人間の墓前に突き立てた大剣。
 
 時を経て自分の手元に戻って来た大剣を、男は懐かしげに振るう。
 
「っ!」
 
 それを見て、坂井悠二が本当に捕われた状態にある実感を持つシャナの背中を、
 
 ズバッ!
 
 "ガルザの手元から離れたはずの"血色の大鎌が斬り裂いた。
 
「その鎌はただの武器でも、宝具でもない。"鎌の姿をした俺の燐子"だ。
 まあ、俺は同志・フリアグネほど器用じゃないから、燐子に"意思"なんて持たせられないが、これくらいなら"そいつ"にも出来る」
 
 炎髪のフレイムヘイズが、背中から血を吹き出しながら、街へと落ちて行く。
 
 
「まずは、一人目」
 
 
 
 
「ははははははははは!!」
 
 壊してやった!
 
 "こいつ"を引き裂いて、噛みちぎって、踏み潰して、全てブチ壊してやった!
 
 自分の足下に這いつくばる板金鎧を踏みにじりながら、『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーは、あまりにも昏い、しかし歓喜の笑いを爆発させていた。
 
(どうだ! 私から全てを奪ったこいつを、この"銀"の全てを、今度は私が奪い去ってやった!)
 
 何百年も探し続けた復讐の対象。自分の心底からの望み。今の自分の存在理由。
 
 そう、存在理由。
 
(これで、これで私は‥‥‥‥)
 
 "何も無い"。
 
「ははははは、は‥‥は、うぁ‥‥‥‥」
 
 そう、歓喜で、憎悪で、誤魔化していたものが、目の前にあった。
 
 気づいてはいけない。絶対に目を背けなければならないものに、気づいてしまった。
 
 
「あ、あぁ‥‥‥」
 
 そう、終わったのだ。
 
 何もかも、全て。
 
「っうわぁああああああああああああああああ!!」
 
 
 
 
「二人目」
 
 最早、世界を変える熱意を失った少女が、それでも何故か戦う少女が、ポツリと呟いた。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回、最近無かったくらい筆(指)の滑りが悪かったです。
 限界か。スランプか。
 
 『吸血鬼』の部分はオリジナルです。原作にそういった(出所とかの)詳しい描写はありません。
 
 最近、ベランダの手すりに古い米を置いて、それを食べるスズメを眺めるのがオツです。ラブリー。



[4777] 水色の星S 十一章 四話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/04/07 22:06
 
「ん〜ふふふん〜ふふふん〜ふふふふ♪」
 
「吉田ちゃん! 免許持ってんのか!?」
 
 水色の封絶に包まれた街を、二人乗りのバイクが爆進する。
 
「大丈夫。これでも昔はブイブイ言わせてたんだよ☆」
 
「うそつけ! 絶対無免許で初運転だろ!?」
 
 吉田の後ろの佐藤がギャーギャー騒ぐ。
 
「‥‥あれ」
 
 吉田の促す先、"群青と銀の炎"がぶつかり合うのが見える。
 
「何で、マージョリーさんと‥‥坂井?」
 
 それはいつしか地に落ちて、不気味なほどに静まり返る。
 
「行くぞ」
 
 それを見届けた吉田。迷わずハンドルをそちらに向ける。少しドリフトした。
 
「よっ、吉田ちゃん。危ないん‥‥‥」
 
「なーんか、嫌な予感がすんだよ」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 吉田がいきなり漢モードに入っている。こういう時は何を言っても無駄だ。
 
 それに、自分も何か嫌な予感がする。
 
 自分達が行ってどうにかなるかは別問題だが。
 
「飛ばすぞ!」
 
 ドルゥン!
 
「吉田ちゃん! スピード落としてくれ!」
 
「ふ〜んふふふん〜ふ〜♪」
 
 
 
 
 
「サントメール!」
 
 以前とは違い、油断も慢心も今は無い、近代で五指に入ると言われる紅世の王・"狩人"フリアグネと戦うヘカテーの目に、血を吹き出しながら街へと落ちて行く炎髪の少女が映る。
 
 気に入らない相手、しかしその姿には少なからず胸が痛む。
 
 そして、血色の死神がこちらに向かって来る。
 
「これでまた二対一、さあ、どうする?」
 
 どこか淡々とした男の口振りが、またヘカテーの怒りを助長させる。
 
 しかし‥‥
 
(大丈夫)
 
 確信もあった。
 
(あの程度で、死ぬわけがない)
 
 そんな確信。
 
 だが、現状、一対二なのは紛れもない事実。
 
 悠二を助けに行くどころか、このまま自分が殺されてしまってもおかしくない。
 
 しかし、ヘカテーのその現状把握はあっさりと裏切られる。
 
 ヘカテーにとって、全く嫌な予感しか持たない形で。
 
「ガルザ。それ何だが‥‥」
 
 敵であるフリアグネによって。
 
「何だ?」
 
「"頂の座"は君に任せてもいいかな? そろそろ、"あちら"も大丈夫のようだからね」
 
 そう言ってフリアグネが促す先、先ほどから変貌を続けていた時計塔の持つ気配が、相当に膨れ上がっていた。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 ガルザとしては、一気に勝負を決め、完全に安全な状況下で"敖の立像"の完成を待つ絶好の勝機。ここでフリアグネに戦線を抜けられるのは不都合極まりない。
 
 しかし‥‥
 
「いいだろう。あなたにとっては、それが目的の全てなのだからな」
 
 『テッセラ』の奪取、自在式『テルマトス』、そしと今この場の戦い。
 
 全てフリアグネがいなければこうはいかなかっただろう。
 
 多少のわがままは許されて然るべきである。
 
 その言葉に、フリアグネは薄く笑って、長衣に包まれてその姿を消す。
 
 
(悠二!)
 
 現状は一対一になり、普通ならば戦局の変化に喜ぶ所かも知れない。
 
 しかし、ヘカテーは、目の前の強大な王が姿を消した事が、まず間違いなくこの敵達に何らかの形で利用されているだろう想い人のこの上ない危機にしか思えなかった。
 
(悠二に、何かされる‥‥‥)
 
 そんな思いが、膨らんでいく。
 
(させない!)
 
「『星(アステル)』よ!」
 
 目の前の敵に、無数の光弾を浴びせ、それが確実に足止めになっていると、自身の自在法への信頼により、脇目も振らずに時計塔へと飛ぶ。
 
 こんな奴の相手をしている暇はない。
 
 
 全速力で一直線。ものの十数秒で時計塔の目前まで迫るヘカテー。
 
 時計塔の頂きに立つ赤いドレスの少女も気に留めない。
 
「!」
 
 見知った顔。仲の良い"おじさま"を発見し、自分の諸事情の事が頭を巡るが、やはり止まりはしない。
 
 今さら隠せはしないし、今は何を置いても悠二である。
 
 そのヘカテーの視界が、
 
「!」
 
 突然無数のシャボン玉で埋め尽くされる。
 
「っは!」
 
 咄嗟に『トライゴン』で弾けず、全身から湧き上がらせた水色の炎でこれらを焼き払う。
 
 シャボン玉の飛んできたらしい方向に目をやれば、薄手のジャケットにスラックスという出立ちの青年。
 
 その手には金属の輪のような宝具がある。
 
「"敖の立像"には、触らせねえ!」
 
 青年、"駆掠の轢"カシャは、手にした金属の輪に、息をフウッと思い切り吹き掛け、そこからまた無数のシャボン玉が飛んでくる。
 
(捕縛の宝具!)
 
 先ほどのシャボン玉の威力の低さからそう察するヘカテー。
 
 しかし、
 
「!」
 
 同時に、ヘカテーを追ってきたガルザの大鎌が伸びてくる。
 
(二つ同時には、防げない!)
 
 より早く飛んできた大鎌を弾くヘカテー。
 
 しかし、炎を出す間が、一拍足りない。
 
(捕まっ‥‥‥‥)
 
「とりゃああっ!」
 
 瞬間。炎を纏った高速の弾丸がぶち当たり。シャボン玉を放ったカシャを、その宝具・『アタランテ』ごと叩き潰していた。
 
 同時に、ヘカテーに迫っていたシャボン玉全てが消え失せる。
 
 あまりにもあっけない。"駆掠の轢"カシャの、悲鳴すら上げる間の無い最後。
 
 それは、未熟ゆえに取れる唯一の戦法ともいえる、ただ全力の突撃を選んだ少女の、力任せな一撃が生んだ結果。
 
 今、初の実戦。初の勝利に、グッと右拳を握ってガッツポーズを決めている少女の生んだ結果。
 
 その少女の纏う羽衣の炎は、"翡翠"。
 
「お前‥‥何者だ?」
 
 突然の、全く知らないその少女に、ガルザは訊ねる。
 
「む?」
 
 少女は振り返り、名乗る。
 
「ただのしがないミステスだよ」
 
 その目に、緊張と覚悟を秘めて。
 
 
 
 
《後続の戦力はその半分が壊滅! 手が付けられません!》
 
 教授作の通信機で、『革正団(レボルシオン)』の徒が戦局を知らせてくる。
 
 まだ立像は起動すらしていないのに、頼りない事だ。
 
「ぬぉお! ヘカテー! こぉーの私の実験を邪魔しようと言うんですかぁー!?」
 
 こっちも、あまり余裕というわけではなさそうだが、いざとなれば"狩人"もいる。
 
 先に、"虹の翼"と『万条の仕手』を仕留めておいた方が後顧の憂いが無いだろう。
 
 あのミステスに残る、全ての『戒禁』の力を、使う。
 
 天に手をかざす。
 
(何故、私は戦っている?)
 
 自在法・『ゲマインデ』の力を応用して、虚像を実体化させる。
 
(何のために?)
 
 
 
 
「あ、あ‥‥?」
 
 これが、こんな事が、自分の求めていたものだったのだろうか?
 
「う、ぐ‥‥ひっく」
 
 達成感などほんの刹那。いや、それすらも惨めな自分を慰めるために自分自身を騙した結果であったのかも知れない。
 
("銀"‥‥‥)
 
 復讐の対象。憎悪の対象。自分から、何も大切なものなど無かった自分から、"奪う"事すら奪った仇。
 
 それを倒したというのに‥‥
 
「う、あああ‥‥」
 
 昏い歓喜に酔い続けるわけでも、全てを"成し遂げた"脱け殻になるわけでもない。
 
 自分でも全く予想していなかった心の動き。
 
 かつてないほどに、"何もない自分"が悲しくて、かつてないほどに、"何か"が欲しくてたまらない。
 
『せめて、こいつだけでも、ブチ壊させて!!』
 
 そんな、"銀"を憎み、壊す事だけを願う事によって"誤魔化す"事はもう出来ない。
 
 もう、"銀"を壊してしまったのだから。
 
 寂しい。
 
 "本当の自分"は、こんなにも寂しい。
 
(もう‥‥嫌だ)
 
 復讐も終わった。全て終わった。何もない。
 
(死にたい‥‥)
 
 そんな絶望に墜ちていくマージョリーに、
 
「マージョリーさん!」
 
 よく知る声が、掛けられた。
 
 
 
 
「何があったんですか!?」
 
 膝を抱えて、肩を震わせて、小さく蹲る。
 
 全く常にない女傑の様子に危機感を感じ、佐藤啓作は叫んでいた。
 
「マルコシアス、何があった!?」
 
 佐藤より幾分冷静な吉田が、マルコシアスの方に訊く。
 
 が、マルコシアスは応えない。
 
 今、「"銀"を殺した」などと口に出してしまえば、マージョリーが壊れてしまう。
 
 そんな気がしたからだ。
 
「うっ、あ‥‥」
 
 目の前の、聞き覚えのある声に顔を上げたマージョリー。
 
 常の貫禄など欠片もなく、涙をボロボロと流す、あまりに頼りない表情。
 
 危うさを、感じた。
 
「マージョリーさん!」
 
 強く、呼び掛ける。
 
 しかしマージョリーは、そんな、彼女を心配しての叫びにさえ、ビクッと震える。
 
 全く、正気ではない。
 
(マージョリーさん‥‥)
 
 憧れの、強い、強い女傑。
 
 その女性の、あまりにも脆い姿を見て、佐藤は失望など欠片も感じなかった。
 
 ただ、この人が大切で、死なせたくなくて、守りたくて‥‥‥
 
 自分でも、何故そういう行動に出たのか、よくわからなかった。
 
「んっ!」
 
 そうする事で、絶望に沈む彼女を引き止めようとでもするかのように、強く、口付けた。
 
 普通であるなら、さらなる混乱を生むだけかも知れない。
 
 しかし、マージョリーの瞳は、ほんの僅かだが、正気の色を帯びる。
 
 自分のために全てを賭ける、そう言った少年の目を、みつめる。
 
 その口から、一言、あまりにも弱々しい一言が、発せられる。
 
「私‥‥‥」
 
 まるで、乞うように。
 
 
「‥‥"ここ"にいても、いいの?」
 
 
 
 
(あとがき)
 『アタランテ』。原作でウコバクが持ってた宝具ですが、破壊されたとは明示されていないので、壊れず、フリアグネが拾って、カシャの『コルデー』と交換したという設定にしてます。



[4777] 水色の星S 十一章 五話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/02/14 21:04
 
 薄暗い、仄かに明かりの点る広大な一室。
 
 ここは、『敖の立像』の心臓部たる一室、『渾の聖廟』である。
  
 その最奥、無茶苦茶に歯車やコード絡み合う機械だらけの壁の中心に、一人の少年が、まるで壁の一部のように埋まり、眠っていた。
 
 そして、その眼前には、白の長衣とスーツに身を包む美青年と、粗末な作りの小さな人形。
 
「始めよう、マリアンヌ」
 
 "狩人"フリアグネと、その燐子・『可愛いマリアンヌ』である。
 
「はい、フリアグネ様」
 
 かつて、フリアグネが御崎市で、秘法・『都喰らい』を起こし、街一つ分の膨大な存在の力を得ようとしていたのには理由がある。
 
 "燐子"という存在は、あまりにも儚い。
 
 徒と違い、人から存在の力を奪う事は出来ても、己に足す事は出来ない。
 
 その燐子の作り手たる徒から存在の力の供給を受けなければ、三日と保たずに消えてしまう。
 
 ある意味、トーチより儚い存在。
 
 それは、フリアグネの恋人であるマリアンヌも、例外ではない。
 
「むっ」
 
 マリアンヌは、傍に置いていた一つのマネキン、その中に"潜り込む"。
 
 そしてその目に光が宿る。茶色の、ウェーブのかかった長い髪の女、装いは純白の花嫁衣装。
 
「よし」
 
 言って、フリアグネは左手の薬指にある指輪、『アズュール』をかざす。
 
 この『アズュール』には、宝具本来の力とは別に、あの"螺旋の風琴"の編み出した、『転生の自在式』が刻み込まれている。
 
 内蔵するものの在り様を組み換え、他者の存在の力に依存する事なくこの世に適合・定着させる自在式。
 
 マリアンヌを、『燐子という運命』から解放し、この世で一つの存在へと変える。
 
 『都喰らい』も、そして今、目の前にある『渾の聖廟』も、フリアグネにとってはその目的を成すために必要な莫大な存在の力を得るための手段にすぎない。
 
「行くよ」
 
 指輪から、光の文字が次々に零れだす。それはいつしか広大な一室の上部を埋め尽くす光の球体となり、それが、純白の花嫁を包み込んでいく。
 
 そして、マリアンヌの内に編まれた自在式が共鳴するように鼓動する。
 
「‥‥"注げ"」
 
 さらに、マリアンヌを囲むように四方に鉄の柱が生え、そこから、本来なら"敖の立像"の動力である莫大な存在の力が溢れだし、マリアンヌを包む『転生の自在式』が、その力を起動のために喰らっていく。
 
「おお‥‥!」
 
 悲願の成就、恋人の『転生』に、フリアグネは歓喜する。
 
 莫大な力を飲み込みながら、マリアンヌの内に自在式が吸い込まれていく。
 
 マネキンの内に在る、"今までは"マリアンヌの本体であった粗末な人形が、マネキンに融けていく。
 
 カッ!
 
 全ての自在式がマリアンヌに呑み込まれ、自在法発現の証のように白い閃光が部屋全体に広がる。
 
 そして、
 
「‥‥フリアグネ様」
 
 光の中から現れたのは、新しい体と存在へと生まれ変わった恋人・マリアンヌ。
 
 元はマネキンであったはずのその体は、フリアグネのように、傍目には人間そのものの姿へと変じていた。
 
「ああ、マリアンヌ‥‥‥‥」
 
 感極まり、フリアグネは恋人を抱き締める。その今までには無かった暖かさ、柔らかさが、尚更に願いの成就を強く実感させてくれる。
 
「フリアグネ様」
 
「マリアンヌ」
 
 ただ、互いに名前を呼び合って、いつまでも抱擁し合っていた。
 
 
 
 
「っやあ!」
 
 翡翠の炎弾が、血色の死神に向かって飛ぶ。
 
「っふん!」
 
 しかしガルザは、撃たれた炎弾とは比較にならない血色の炎を放出し、呑み込み、貫通する。
 
 しかし、あのミステスに当たった手応えはない。
 
「ヘカテー、坂井君はあの中!?」
 
 横合いに飛んで逃れている。
 
「おそらく。ゆかり、何故来たのですか!?」
 
 親友の無謀ともとれる行動に、ヘカテーは怒鳴り付けるが、平井は大して気にした様子もない。
 
「邪魔にはならないし、死ぬ気もないよ。それに、頭に血が登って無茶な特攻する誰かさんより冷静なつもりだけど?」
 
 意地悪な笑顔でそう返す。
 
 そう、事実として窮地に陥ったのはヘカテーの方で、それを助けたのは平井なのだ。
 
「とりあえず、この兄さん倒すよヘカテー。それが結果的に坂井君を助ける事にもなるから」
 
 そう、平井一人で紅世の王と戦う事も、あの得体の知れない時計塔に乗り込む事も全くの無謀。
 
 平井のサポートでヘカテーがガルザを一刻も早く倒す。それしか選択肢はない。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 全く冷静ではなかったのは自分の方だったと気づかされ、ヘカテーは少し恥ずかしくなる。
 
 悠二の事になると、冷静でいられなくなる。良くも悪くもだ。
 
 それは心地良い事。しかし、冷静さを欠くのは戦いでは命取りになる。結果として悠二も助けられない。
 
 頭を冷やす。今度は、馬鹿な行動はとらない。
 
 その上で、悠二を助ける。
 
「あの鎌に、気をつけて」
 
 言って、ヘカテーは放つ。
 
 光の星弾を。
 
「集え」
 
 ヘカテーを取り巻く光の光点が、大杖『トライゴン』の先端に収束していく。
 
「『星(アステル)』よ!」
 
 無数の流星が一本に束ねられ、強力無比な破壊光となってガルザを襲う。
 
「っはあああ!!」
 
 ガルザの、再び放たれた血炎の大奔流がそれとぶつかり、融爆する。
 
 しかし、やや威力で劣るのか、弾けた炎はガルザに片寄り、熱がガルザを襲う。
 
「くっ!」
 
 肌をチリチリと灼かれながら、ガルザは先ほどから、大熱量の炎を乱発していたせいで自身の炎の威力が落ちている事を痛感する。
 
 "頂の座"は自分よりさらに消耗しているはずなのに圧し負ける。それは、『器』、持てる存在の力の総量でこちらが下回っているという事を意味している。
 
(長丁場は、不利か)
 
 と、考えるガルザの上空から、また別色の炎が、血炎を裂いて襲いかかる。
 
「っはあ!」
 
 翡翠の炎弾。
 
 大剣『吸血鬼(ブルートザオガー)』でこれを薙ぎ払い、反撃に炎弾を放つが、またも手応えはない。
 
(まずは、あいつから!)
 
 そう考え、まずは触角頭のミステスに、炎弾を、炎の波を、次々に放つ。
 
 しかし、
 
(当たらない)
 
 それらは、空飛ぶ少女にかすりもしない。
 
(疾い!)
 
「『星』よ」
 
 無論、ヘカテーもこれを黙って見てはいない。
 
 平井に気をとられるガルザに、今度は無数の光弾を流星のように放つ。
 
「っだあ!」
 
 また、ガルザは炎の波で融爆させる。
 
 効率的な防御法を持たないガルザは、こうやって広範囲攻撃で敵の攻撃を薙ぎ払うしか、『星』のような高速の多角攻撃を防ぐ術がない。
 
 しかし、それは消耗が激しすぎる。
 
「くそ!」
 
 先ほどまでと、立場が逆転していた。
 
 
 
 
(よく見ろ)
 
 平井は、別にヘカテーや悠二達と同じくらい強くなったわけではもちろんない。
 
(止まるな)
 
 ただ、彼女の特技とも言える高速の『飛翔』だけは今の御崎市で誰よりも速い。
 
(考えろ)
 
 常に止まらず、そのスピードで動き、決して接近戦や、あの鎌の間合いに入らない事で、攻撃を逃れていた。
 
 速さで実力を"誤魔化している"と言ってもいい。
 
(自分に出来る事を)
 
 平井は、未熟な自分と、強力な紅世の王との差をよく理解していた。
 
(ヘカテーを活かすために)
 
 そうして、彼女は戦う。
 
 
 
 
 カッコ悪い、所を見せた。
 
 『グリモア』に乗り、宙に浮かぶ。
 
『いい、の? ここにい、て‥‥』
 
 まるで、媚びるような態度だった。抱き締められて、いつまでも泣いて、ようやく平静さを取り戻してから、恥ずかしくなって離れた。
 
「行くのか?」
 
 相棒のマルコシアスが、まるで様子を見るように訊いてくる。
 
 少し、心外だった。
 
『いて下さい。俺はまだ、貴女に何も"してあげられてない"!』
 
 そう言ってくれた少年に、全く自分らしくない。甘えきったセリフで返した。
 
『私があんたを守ってあげる、だから‥‥』
 
 でも、悪い気分ではなかった。
 
『あんたは私を、一生支えなさい!!』
 
 自分でも笑える。命令口調で、『助けて』と求めたようなものだった。
 
 それでも、涙混じりの笑顔で、嬉しそうに何度も頷いていた、少年。
 
 
「当然でしょ?」
 
 全てを無くしたと思った自分にも、まだ居場所があった。
 
 暖かい、暖かい居場所。
 
 今度は、壊すためじゃない。
 
「守るものがあるんだから」
 
 守るために、"戦える"。
 
 
 
 
「キリが無いのであります」
 
「今、半分くらいか?」
 
「弱音禁物」
 
 次々に押し寄せてくる徒。『虹天剣』も、そう乱発しすぎるわけにはいかない。
 
 メリヒムもヴィルヘルミナも、体力的にはまだ余裕があり、十分に全滅させる事は出来るが、とにかく時間がない。
 
 得体の知れない気配は膨れ上がる一方、乱戦となっているらしく、シャナやヘカテー達の気配も今一つはっきり掴めない。
 
 いつまでもここで足止めを食うわけにはいかなかった。
 
 しかし、状況はさらに悪い方へと傾く。
 
 ビシッ
 
「?」
 
 ヴィルヘルミナの足下、地が割れる音がする。
 
「避けろ!」
 
 メリヒムの呼び掛けに反応して、下方からの攻撃を躱す。
 
(これは‥‥木?)
 
 違う。木にしては固すぎる"それ"は、石で出来ていた。
 
 ビシッ ビシッ ビシッ
 
 次々に地割れが起き、石の木が生えていく。
 
 それは瞬く間に『森』といえる規模にまで広がる。
 
「これは‥‥」
 
「『碑堅陣』だと!?」
 
 事態を理解する間もなく、さらなる攻撃が二人を襲う。
 
 ゴォオオオオッ!!
 
 やや離れた遠方に、濃紺色の竜巻が巻き起こる。
 
 その竜巻には、市街の様々な物を巻き込んだ、種々雑多の"鉄"が溢れていた。
 
「ちいっ!」
 
「『ネサの鉄槌』!?」
 
 
 ヴィルヘルミナを抱えて飛んだメリヒム。
 
 それから一拍遅れて、濃紺色の鉄の竜巻が、今まで二人がいた場所を粉微塵に打ち砕いた。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回、原作で今後何か重要な役割になるかも知れない『転生の自在式』をこちらでやってしまった事で原作の感じと大きく違えた可能性があります。
 
 ある意味、原作をやや無視した流れ、もう開き直ってこの作品なりに進める覚悟で行きます。
 
 ちなみに、『転生の自在式』は他者の力に依存せずに定着させる、とは原作にありますが、その名の通り好き勝手に別生物に変えられる、などとは(今のところ)一切記述されていません。



[4777] 水色の星S 十一章 六話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/02/15 17:10
 
「‥‥どういう事でありますか?」
 
 メリヒムとヴィルヘルミナを襲った二つの自在法。二人はそのどちらにも見覚えがあった。
 
 メリヒムと同じ『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』の『九垓天秤』、先手大将"焚塵の関"ソカルと、"厳凱"ウルリクムミの自在法である。
 
 二人共、数百年前の『大戦』で死んだはず。奇跡的に生存していたメリヒムとは違う。
 
 ソカルは、"先代の"『極光の射手』カール・ベルワルドに、ウルリクムミは『震威の結い手』ゾフィー・サバリッシュに、それぞれ"目の前で"討滅されている。無論、消滅の瞬間も確認されている。
 
 "絶対に生きているはずのない"二人なのだ。
 
「‥‥‥幻術か」
 
「でありましょうな」
 
 ヴィルヘルミナは他のフレイムヘイズからの確かな情報として、メリヒムは"あの場で逃げ出す二人ではない"という同志への信頼から、目の前の現象をそう断定する(そして、それは概ね正しかった)。
 
「‥‥悪趣味な事だ」
 
 虹の剣士は、ギリッと歯をきしらせた。
 
 
 
 
「くっ!」
 
 廻る。水色と翡翠が、自分の周囲を廻る。
 
「っはあ!」
 
 炎を掻い潜り、光弾を放ち、時に炎弾も放ってくる。
 
 一対一なら勝機もあるだろうが、あのミステスが、速さだけが取り柄らしいミステスが存外うっとうしい。
 
(仕方ない)
 
「っふ!」
 
 左手に提げた血色の大鎌を、平井に向かって投げ放つ。
 
(行け!)
 
 平井は無論の事、これを躱す。実戦経験が無くても躱せるほどの距離を、その高速の『飛翔』で常に取っている。
 
 しかし、その後ろ、躱した先で大鎌がうねり、伸び、背後から平井を襲う。
 
 しかし‥‥
 
「っ!」
 
 "後ろを見ずに"平井はそのまま飛び、その一撃を躱す。
 
「"さっきの"、遠巻きに見てたからね。半端には避けないよ」
 
 どうやら、『炎髪灼眼』を仕留めた瞬間を見られていたらしい。
 
 しかし、
 
(どちらでも、同じ事)
 
「"追え"!」
 
 持ち主の手から離れたにも関わらず、大鎌は生物のように飛ぶ少女に襲い掛かっていく。
 
 自身の自我は無く、しかし主の意思を遂行するという"本能"を持つ"燐子"は、少女を追い続ける。
 
「え、きゃああ!!」
 
 あの速度に追い付くのは難しいだろうが、これであのミステスはとりあえず無視していい。
 
 あとは‥‥
 
「行くぞ!」
 
 "頂の座"さえ倒せば、邪魔者はもういない。
 
 右手の『吸血鬼(ブルート・ザオガー)』を振るって飛び掛かる。
 
 この魔剣がある以上、接近戦の方が有利。何より、"頂の座"は遠距離戦の方が得意なようだ。
 
「『星(アステル)』よ」
 
 無論、易々と接近を許すヘカテーではない。
 
 水色の流星群をガルザに向けて次々に放つ。
 
「っだあ!」
 
 気合い一閃、血色の炎がそれらを飲み込み、融爆する。
 
 そのままヘカテーに斬り掛かろうとするガルザの耳に、
 
『どこぞに失せろ』
 
 歌が聞こえた。
 
「っな!?」
 
 視界の内を、無数のヘカテーと無数の封絶と、無数の血色の炎が埋め尽くす。
 
 まるで回る万華鏡に閉じ込められたような錯覚に捕われる中、
 
『うすら、馬鹿!!』
 
 さらに鏡面全てが砕け散り、閃光が目を灼き、今度は完全に視界を奪われる。
 
 光の色は、"群青"。
 
(『屠殺の、即興‥‥』)
 
 そう理解し終える間すら無く、
 
「「『星』よ!!」」
 
 少女の声が耳に届く。
 
 同時に、何の音か、雅やかな音色も流れる。
 
 咄嗟に、見えないながらも前方全てを埋め尽くすほどの血炎の大奔流を放つ。
 
 それらが光弾とぶつかる気配を感じながら、遅れて気づく。
 
 声は、二つだった。
 
 ドドドドドォン!!
 
(っあ‥‥‥‥!)
 
 "後ろから"、無数の光弾が、ガルザを貫いた。
 
 
 光弾の色は翡翠。
 
 放ったのは、未だ血色の大鎌に追われて、追われながらもガルザに攻撃した平井ゆかり。
 
 どんな複雑な自在式も、普通ならばまず使用出来ない"他者の固有自在法"すらも、一度刻み込めばいくらでも奏でる事が出来る。
 
 それが平井が身の内に宿した宝具・『オルゴール』の力だった。
 
 今夜の課題だった固有自在法の修得鍛練の過程でヘカテーの『星』を『オルゴール』に宿していた事が幸いしたのだ。
 
 ガルザにとっては全くの誤算。逃げ回ってばかりいた未熟なミステスの方が、こんな切り札を隠し持っていた。
 
 
(‥‥サラカエル)
 
 体から、炎がまさに血のように溢れだす。
 
(‥‥見ろ。これが『敖の立像』だ)
 
 薄らと戻ってきた視界に、覚醒も間近な究極の存在が映る。
 
(こいつが、世界に教えてくれる。その存在と力で。
 お前が言っていた。人間と徒の新しい関係、在るべき姿が、きっと生まれる)
 
 時間は十分に稼いだはず。まだ"狩人"フリアグネも残っている。
 
(俺もお前も、世界の在るべき姿を生んだ第一人者だ)
 
 何故か、たまらなく嬉しくなった。
 
(これでやっと、お前も報われる‥‥)
 
「‥‥さよならだ。穏やかなる世界、よ‥‥」
 
 
 そう微笑んで、血の炎へとその身を散らす。
 
 それが、"血架の雀"ガルザの最期だった。
 
 
 
 
「っとわ!」
 
 後ろから追ってきた血色の大鎌を横に躱す。
 
 しかしもう追跡してこず、下に落ちていく。
 
 元々が自我を持たない燐子。主からの命令意思が無くなれば自ら動く事すら出来ない。
 
 
「‥‥勝ったぁ」
 
 初の実戦で緊張のピークにあった平井、呆けたように呟き、脱力する。
 
 特に、大鎌に追い掛け回されながら『星』を撃った時など生きた心地がしなかった。
 
 パシィ!
 
 ガルザが血炎に散り、宙に残された『吸血鬼』を女傑がキャッチする。
 
「遅かったじゃないですか。マージョリーさん」
 
 それは『弔詞の詠み手』マージョリー・ドー。
 
 一体誰と戦ったのか、身なりはボロボロ、伊達眼鏡もなければ、いつものポニーテールも崩れ、長いストレートになっている。
 
 
「いっ、色々あったのよ」
 
「ヒャーハッハッ! 照れてやがるぜ、我が純情なブッ!」
 
 例によってマージョリーに平手打ちを食らうマルコシアス。
 
 何で今のやり取りで照れるのだろうか?
 
 いや、それより‥‥
 
「ヘカテー」
 
 今は、悠二を助けだす事が優先だ。
 
「‥‥あの中へ、突入します」
 
「って、言ってもあれ何よ?」
 
「何か、さっきの徒は『敖の立像』とか言ってましたけど」
 
 目の前の元・時計塔はすでに異様に大きな存在感を発し、しかも、その存在感はさらに増していっている。
 
「‥‥よくわかんないけど、ユージがあの中にいるんなら、何かの方法で"あれ"の動力にされてるんでしょうね」
 
「何もねートコから存在の力捻り出すなんざ、『零時迷子』くれーしかねーからな」
 
 そう、周囲の人間も喰われている様子は無く、かつ、時計塔の力は時と共に増している。
 
 そして、行方の知れない坂井悠二。妙な気配が現れたのも零時。容易に推測出来る事だった。
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 その、悠二を勝手に利用している敵に、言い様の無い憤激に駆られるヘカテー。
 
 ポフン
 
 そんなヘカテーの頭に、平井が手を乗せる。
 
「気持ちはわかるけど、冷静に、ね? ヘカテー」
 
「‥‥わかってます」
 
 二度の念押しは心外である。
 
「ま、どっちにしてもこれほっとくわけにもいかないみたいだしね」
 
「こいつの仕掛けから兄ちゃん引きずりだすってのは賛成だーな」
 
 
 満場一致。坂井悠二救出。
 
 
 
 
(さあ、どうしようかしら)
 
 眼前の敵、三人。『敖の立像』に侵入するつもりらしい。
 
 もうミステスの"戒禁"はほとんど残っていない。
 
 戦力にはならないだろう。
 
(誰にも無視出来ない、世の変革‥‥)
 
 自分が戦ってでも、阻むべきだろうか?
 
 勝てるとは思えないが、時間稼ぎくらいなら‥‥
 
(‥‥いや)
 
 中には"狩人"もいる。"探耽求究"の防衛機構もある。
 
 心配する事は‥‥
 
「お前、"これ"が何か知ってるの?」
 
 突然、後ろから掛けられた声に、振り返る。
 
「あら、生きてたのね」
 
 そこには、黒衣の内の衣服を、決して浅くない傷から流れる血に染めた、
 
 しかしそんな傷の深さなどまるで感じさせず、力強くそこに立つ、大太刀を提げた、炎の髪と瞳の少女。
 
 紅世真正の魔神をその身に宿す、『炎髪灼眼の討ち手』。
 
 
 絶体絶命の危機。だというのに、まるで危機感が湧いてこない。
 
「羨ましいわね。それが『強い者』の姿?」
 
 
 その、『強者』を前に、戦おうと、そう思った。
 
 
 
 
(あとがき)
 シリアス展開が今までで一番長くなる感じですが、どうにもずっとシリアスってると妙な感じ。
 九章から十章終盤までほのぼのだったし、やはりバランスが大事ですね。
 
 『オルゴール』の能力、原作でこんな事が出来るかはわかりませんし、原作ではもう壊れちゃってるから永遠にわからないとは思いますが、このSSではこんなんでいきます。



[4777] 水色の星S 十一章 七話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/02/16 21:54
 
「はあっ、はあっ、はあっ」
 
「我が『碑堅陣』は、主を守る不破の関!」
 
 "焚塵の関"ソカルの自在法・『碑堅陣』。
 
 "石で出来た密林"を展開し、その石林を武器に、そして自身を隠す隠れ蓑にする自在法。
 
 ただでさえ厄介な自在法だというのに、
 
「死ね!」
 
「何故フレイムヘイズに味方する!?」
 
「この討滅の道具が!」
 
 黒森に雑魚が山ほど紛れ込んでいる。
 
「っは!」
 
「っふん!」
 
 メリヒムの細剣とヴィルヘルミナのリボンが、奇襲(のつもりなのだろう)してきた徒達をまとめて斬り裂き、爆砕する。
 
 ソカル本体を探す暇もない。
 
 しかも、
 
「我が『ネサの鉄槌』にてぇえええ! 砕けて朽ちよぉおおおお!」
 
 石の枝や根と同時に、鉄の竜巻・『ネサの鉄槌』まで飛んでくる。
 
「‥‥まずは、ウルリクムミからやるべきか」
 
「巨体の彼では、貴方の『虹天剣』には対処出来ないはずであります」
 
 そう、"厳凱"ウルリクムミは頭部の無い鉄の巨人の姿をした徒である。
 
 いかに強靭な体を持つ彼でも、『虹天剣』に耐える事はまず不可能。むしろその巨体は狙いやすい的になる。
 
 わかってはいるのだが、いかんせん敵が多すぎる。
 
「いたぞ!」
 
「殺っちまえ!」
 
 
 キリが無い。いや、このままではまずい。
 
 
 
 
「『星(アステル)』よ」
 
 水色の光弾が流星のように飛び、さらに一点、もはや人型の形に変貌している『敖の立像』の腹部に集中する。
 
 ドドドドドォン!!
 
 相当な力を込めたはずの一撃、しかし予想外に小さな穴しか穿てなかった。
 
「行きます」
 
「オーライ!」
 
 穴の中、立像に捕われている坂井悠二を助けだすため、ヘカテーと平井が飛ぶ。
 
 しかし‥‥‥
 
「っ!」
 
「何これ!?」
 
 『星』で穿たれた穴、今まさにヘカテー達が突入している穴がみるみるうちに修復、再生されていく。
 
 このままでは‥‥
 
(壁に取り込まれる!)
 
 そんな二人に、
 
『王様目指す獣達!』
 
『ライオン倒す一角獣!』
 
 救いの即興詩が聞こえる。
 
『街中ぐるぐる追い回す!』
 
 まるで竜巻のような群青の炎の渦がヘカテー達を覆い、迫りくる壁を削り飛ばす。
 
「ナイス、マージョリーさん!」
 
 無事、立像への侵入を果たす平井とヘカテー。
 
 マージョリーは外で待機である。いざというとき、三人共、中に"取り込まれました"では話にならない。
 
 どちらにしろ、あの再生能力がある以上、"今は"何をしても通じないだろう。あの二人が坂井悠二を救出するまで無茶な攻撃をしないという口約も、あるにはある。
 
 無論、この『敖の立像』のがあまりにとんでもない真似をしなければ、という場合に限っての事だが。
 
 
「‥‥頑張んなさいよ」
 
 
 
 
「教授ー、『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の巫女様が中に侵入したようでございますです!」
 
「実験の邪ぁー魔です。防衛機構を作動! 即刻ヘカテーをつまみ出すんですよぉー!」
 
 そんな風に教授とドミノが騒ぎ、それをマージョリーが一応ブッ飛ばしておこうかと考える最中。
 
 
「ッォオオオオオオ!」
 
 時計塔、いや、時計塔だったものが、咆哮をあげる。
 
 完全に変貌を遂げたその姿は、あのカムシンの『瓦礫の巨人』をも遥かに超える大きさの鋼の巨人。
 
 まるで鎧のようなその姿が、しかし生物のように脈動している。
 
「動きやがった!」
 
「‥‥‥こりゃ、イカレ教授の相手してる暇はなさそうね」
 
 
 
 
 昇る。無茶苦茶な構造へと変貌した時計塔の内部を、二人の少女は昇る。
 
「坂井君の気配、わかる?」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 立像中に張り巡らされた自在式の気配、立像そのものの莫大な気配、それらが渦巻くこんな所では、悠二の気配を掴むどころかまともな感知能力すら働かない。
 
『ピーッ! 侵入者発見!』
 
「っ!」
 
 突如として妙にコミカルな声が聞こえる。
 
(あれは‥‥‥)
 
「『お助けドミノ』!?」
 
 そう、"探耽求究"ダンタリオン教授の愛・燐子、ドミノそっくりの、しかし一回り小さいそれらが大量に、立像内の無茶苦茶な通路に現れていた。
 
 これこそが教授の誇る、『敖の立像』の内部を守る防衛機構なのである。
 
「排除する! 排除する!」
 
 ドミノの一体が、巨大なマジックハンドでヘカテーに襲いかかる。
 
「っやあ!」
 
 しかし、それを平井の放った翡翠の炎弾が打ち砕く。
 
「ヘカテー、先行って。これくらいの相手なら今の私でも何とかなるから」
 
 言って、平井は今まさに向かおうとしていた狭い、一つの通路を指差す。
 
 あそこに一番自在式が伸びていっていたのだ。
 
「でも‥‥‥‥」
 
「あとですぐ追い付くからさ♪」
 
 そして、笑顔で振り返る。
 
「無理は‥‥しないで‥‥‥‥」
 
 そう、袖をつまみながら言うヘカテーが可愛らしく。軽く抱き締める。
 
「ほら、早く行く! お姫様救出は譲ったげるから!」
 
 背中を叩いて、ヘカテーを見送り‥‥
 
『つまみだせー!』
 
「『星』よ!」
 
 背後から迫るドミノ達を、『オルゴール』に刻まれた、ヘカテー直伝の光弾でまとめてふっ飛ばす。
 
 
「悪いけど。しばらくは、私と遊んでもらうからね」
 
 翡翠の炎を溢れさせて、少女は強く笑い、言い放った。
 
 
 
 
(ゆかり‥‥)
 
 大丈夫。あの親友は無謀な真似はしない。彼我の力量を見極められない愚か者でもない。
 
 あの小型の燐子も、大半はただの機械で構成されただけの代物。
 
 きっと大丈夫。
 
 だから、平井共々ここから抜け出すためにも‥‥
 
(悠二)
 
 この立像の仕掛けの核であると推測される‥‥
 
(悠二!)
 
 何より、恋心を抱く愛しい少年を助けだす。
 
「悠二!!」
 
 そんな少女の、頭に、直接声が掛けられる。
 
《やれやれ、あまり遠くにお行きでないよ。ヘカテー》
 
 ヘカテーの、全ての思考が、止まった。
 
 
 
 
「まずは、宙空に飛び出す」
 
「了解であります」
 
「飛翔林檎」
 
 メリヒムとヴィルヘルミナ、一時空に飛び、『碑堅陣』から抜け出す事を決定。
 
 確かに空を飛んだくらいでこの石林の脅威を逃れられるわけではないが、目的はそれではない。
 
 遠方からこちらに何度も『ネサの鉄槌』を放っている"厳凱"ウルリクムミを仕留めるためである。
 
 『革正団(レボルシオン)』の数もまだ半数近く残っているのに、おそらくは幻術の類だろうが、厄介極まりない相手が出てきたのだ。
 
 このままただ消耗戦を続けるのは不利だ。
 
(狙いは、二つ!)
 
 ドンッ!
 
 空気が破裂するような音を立てて、メリヒムとヴィルヘルミナは飛ぶ。
 
 それを追うように、『碑堅陣』に入り込んでいた徒達の色とりどりの炎弾が、そして黄土色の炎を纏う石の枝木が、二人に襲いかかる。
 
 それらを、メリヒムが安心して攻撃出来るように、ヴィルヘルミナが払いのけていく。
 
 そして、"標的"の姿を確認する。
 
「この、愚か"物"共がぁああああ!!」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 全く意味の通らない言葉を発する、質実剛健にして、しかし戦い以外の全てにおいて慎み深かったかつての同胞、その幻。
 
 それに剣を向ける事に、少なからず胸が痛む。
 
 だが、そんな幻想に惑わされる柄じゃない。
 
 
「‥‥受けろ」
 
 目の前に、濃紺の鉄の竜巻が迫る。
 
「『両翼』の、"剣"を」
 
 メリヒムの背中に広がる七色の翼。
 
 そしてかざした細剣から放たれる圧倒的な破壊光。
 
 『虹天剣』が、『ネサの鉄槌』を圧倒し、貫く。
 
「っおおおおお!!」
 
 全力で放たれた『虹』はそれのみに止まらず、そのまま‥‥
 
「ぐっ、おおおおお!!」
 
 ウルリクムミの虚像をも貫き、さらにその先の、"もう一つの狙い"に突き進む。
 
 それは、活動を開始した『敖の立像』。
 
 今、メリヒム達に唯一"アテ"がある幻術の発生源。
 
 ドォオオオオオン!
 
 "距離によって威力が減衰"しない特性を持つ『虹天剣』が、鋼の巨人の左腕に直撃、爆発する。
 
 しかし、左腕はまだ繋がっている。それどころか‥‥
 
「なっ!?」
 
「あれは!?」
 
 『虹天剣』の直撃を受けて破損した左腕が、みるみるうちに再生していく。
 
 無論‥‥
 
「くっ!」
 
 直接貫いたウルリクムミはともかく、ソカルの方は未だ健在である。
 
 あわよくば、幻術の"元"を断ってから、あの『革正団』を何とかしたかったのだが。
 
 そんな憤りの感情で森を見下ろすメリヒムの目に‥‥‥
 
 ドォオオオオオン!
 
 城の尖塔ほどに巨大な、数十の剛槍が『碑堅陣』に突き刺さる、異様な光景が映る。
 
 その穂先を燃やすのは、濁った紫の炎。
 
 
「フェコルー、本当にこんな物騒な場所にヘカテーがいるのか?」
 
 押しの弱そうな悪魔然とした中年に、ダークスーツを着こなしたサングラスの男が訊く。
 
「はあ、今、参謀閣下が『遠話』を試しておいでですが、おそらくは間違いありませんかと」
 
「ふん‥‥」
 
 くわえていた煙草をプッと吐き出し、男・"千変"シュドナイは、肩に担いだ剛槍を構える。
 
「我らが危なっかしい巫女様を守るために‥‥」
 
 そのために、持ち出した剛槍・『神鉄如意』。
 
「暴れさせてもらおうか」
 
 
 
 
 『革正団』だけで十分に厄介だった。
 
 いや、『革正団』に攻撃したという事は、まだやりようはある。
 
 何より、こちらには"頂の座"がいる。
 
 しかし、まさかこんな乱戦の最中に‥‥
 
 
「『仮装舞踏会』か!」
 
 
 
 
(あとがき)
 この辺り超展開過ぎて突っ込み所満載かも知れません。
 後ほど本文中で"ある程度"整合性をつけるつもりですが‥‥‥あ、やば、またちょっとネガティブ入ってる。



[4777] 水色の星S 十一章 八話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/02/17 18:57
 
「メリヒム!?」
 
「行くぞ」
 
 ヴィルヘルミナの手を引き、メリヒムは飛ぶ。向かう先は、もはや生物へと変貌を遂げた時計塔。
 
「『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の狙いはわからんが、先の一撃で"敵の敵"である事ははっきりした」
 
 メリヒムの言う通り、『革正団(レボルシオン)』の徒達は上空の"千変"と"嵐蹄"に向けて攻撃を開始している。
 
「今は"千変"に構っている暇も、無論助ける義理もない。潰し合ってくれるなら好都合だ」
 
「‥‥そうでありますな」
 
 突如乱入してきた第三勢力を有効活用し、メリヒムとヴィルヘルミナはマージョリーやシャナの下へと向かう。
 
 
 
 
「ねえ、どんな気分? 紅世真正の魔神の契約者。徒にとっての死の代名詞、『炎髪灼眼の討ち手』、って‥‥」
 
 起動を開始した『敖の立像』の上から移動し、強き存在にそう訊く"戯睡卿"メア。
 
 その、今一つ意味の掴めない問いに、シャナは答えない。しかしメアは構わず続ける。
 
「私も成りたかった。誰も無視出来ないような、強く、大きな存在。でも、それももうすぐ成し遂げられる」
 
 言って、その手に持った、少し変わった形状の神楽鈴を、『敖の立像』に向ける。
 
「わからないでしょ? 貴女みたいな存在には」
 
 その、小さき者の切望を、シャナは言われた通りの、強き者の傲慢として切って捨てる。
 
「そうね、お前の都合なんて知らない。知ろうとも思わない」
 
 ただ、その強い姿で、メアの前に在る。
 
「ただお前、迷惑なのよ」
 
「‥‥そうね」
 
 その紅蓮に燃える姿、向けられた揺るがない切っ先、その全てを見て、メアは寂しそうに笑う。
 
『強者は強者としての強運を持っている。力は力以上の意味を持って、この世に存在している』
 
『やはりお前は、"哀れな蝶"だ』
 
 同じように、強い者としての言葉を自分に言った、ブツクサとうるさい一人の男を思い出す。
 
(‥‥本当ね)
 
 全く、今ならわかる。単純な力ではない。そういう"何か"がある。
 
 それに、自分のちっぽけさも理解した。
 
 こんな、世界の摂理が変わろうかという時に、霧散してしまう程度の願いしか持たない自分。
 
 そして、本当はただ、一人の男に認めて欲しかった。それだけの自分。
 
 その全てが、ちっぽけだった。
 
 
「迷惑と言うなら、止めてごらんなさい」
 
 手にした神楽鈴を突き付ける。
 
 全部わかって。何故、自分は戦うんだろうか?
 
「踊りましょう。『炎髪灼眼の討ち手』」
 
 
 
 
(どうして?)
 
 ドナートがいる。ガヴィダがいる。会おうと願えば、どんな者にでも会える。
 
 だが、いつまでも、陶酔に浸る事は出来なかった。
 
(ドナート)
 
 かつて、いじけて、怯えて、全てから逃げ出した事を後悔していた。
 
 だから、ありのままの気持ちを彼にぶつけた。
 
 だが、"自分が知っている"ドナートしか、そこには現れない。自分が失くした、その先が、無い。
 
(‥‥当たり前、か)
 
 もうわかっている。これは、夢だ。
 
 わかっていたのに、いつまでも過去にしがみついていたのだ。
 
(‥‥情けないな)
 
「これは、私の夢だ」
 
 景色の全てが変わり、無茶苦茶に機械が絡まった妙な部屋が現れる。
 
 それには構わず、手にした一つの毛糸玉を見つめる。
 
 願いを叶えるため、ほぼ力の全てを失って、完全な無防備となっていた自分があの羊角の徒に襲われた時、これだけは何とか封印して守ったのだ。
 
「‥‥貴方の想いは、ここに在るのにな」
 
 
 
 
『どうしたい?』
 
(また、この夢か)
 
 だが、そう訊かれて、返せる答えが、今ならあるのだろうか?
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
『せめて、こいつだけでも壊させて! ッブチ壊させてよぉおおお!!』
 
 復讐を糧に、終わる事の無い戦いの運命に縛られるフレイムヘイズ。
 
『‥‥私、楽しかった』
 
 徒に、ただ喰われるしかない、人間。
 
『‥‥貴方次第だと、言いましたから』
 
 人を喰らう事でしか、この世に存在出来ない、徒。
 
 そして、知らず人間を奪われて、知らず、全てを忘れ去られて消える、トーチ。
 
 その全てが、悲しすぎる。
 
(僕は‥‥‥)
 
 自然と、一つの願望。子供じみているかも知れない願望が、在った。
 
(この戦いを、終わらせたい)
 
 
『‥‥‥そうか』
 
 目の前の黒い自分が、満足そうに応えた。
 
 
 
 
『悠二』
 
(‥‥ヘカテー?)
 
『悠二!』
 
 呼んでいる。泣きそうな声で。
 
(行かなきゃ‥‥)
 
 守るって、決めたから、泣かせたくないから。
 
(何だ、これ?)
 
 おかしな機械に、体が埋め込まれている。
 
 向こうに、"狩人"フリアグネと、知らない女が立っている。
 
 そういえば、生きていた"狩人"に胸をえぐられて、意識を失ったんだった。
 
 捕われの身。しかも‥‥‥
 
(力が、どんどん吸い取られる)
 
 断続的に力を吸い出されているにも関わらず、自分の存在は消えていない。存在の力が尽きていない。
 
 力の総量に余裕があるとかそういった事ではない。今、自分の余力はほとんどない。なのに消えない。
 
(‥‥『零時迷子』か)
 
 どうやら、『零時迷子』の回復能力を、自分の器ごと利用されているらしい。
 
(‥‥それでか)
 
『悠二!』
 
『お姫様救出!』
 
 自分に繋がる装置に、やたらと絡み合っている自在式から、大切な二人の少女の声を、感じ取れる。
 
 前より、感知能力が鋭敏になった気がする。
 
 
(心配、かけられないよな)
 
 何とかして、ここから抜け出さないといけない。
 
 しかし、力は常に吸い出されている。こんな状態で無理に力を使えば自分の存在を使いきって消えてしまう恐れがあった。
 
 だが、
 
(守るって、決めたんだ)
 
 目の前の、元凶たる王を睨む。
 
(何か、何か来い)
 
 向こうはこっちが目を覚ました事にすら気づいていない。腹の底から怒りが湧いてくる。
 
(何でもいい。この状況を打開する何か‥‥!)
 
 ドォオオオオン!!
 
 何か、この建物全体を揺るがす衝撃が起きる。
 
 この独特の衝撃の感覚には覚えがあった。
 
(メリヒムの『虹天剣』か!)
 
 吸収の式が、ほんの一瞬ブレる。
 
(今だ!)
 
 
 
 
 ドォオオン!!
 
 悲願を遂げ、『敖の立像』の内部で戦況を見極めていた。
 
 邪魔者の入らない、いや、防衛機構が味方するこの立像の中で、まずは"頂の座"を始末しようと考えていた。
 
 その最中、立像全体が揺らぎ、その一拍後に、背後から爆発音が聞こえた。
 
 振り返る。
 
 そこには、『渾の聖廟』に取り込まれたはずのミステス。
 
(馬鹿な!?)
 
 力を吸われ続けて、動けるわけがない。
 
 あの衝撃で、『渾の聖廟』の吸収機能が一瞬揺らいだとしても、その間に得られる力などほんの僅か。
 
 そんな力であの頑強な装置を破壊して脱出するなど、かなりの高効率の力の顕現が出来なければ不可能。
 
 たかがミステスに、そんな真似が‥‥
 
 フリアグネの思考はそこで止まる。
 
 目の前の、もはや『零時迷子』によって力の全てを取り戻した、銀の炎を撒き散らす少年。
 
 その眼に宿る、強烈な激情。
 
「う‥‥‥」
 
 いつか、自分とマリアンヌを絶対の危地に追いやった“銀”と同じ、いや、それ以上の激情を宿したその眼を、燃え上がる銀色の炎を前にして、ただ何の思考もなく。
 
 今まで強力なフレイムヘイズを何人も屠ってきた自身の切り札の、“引き金”を引いた。
 
 
 
 
 装置から抜け出し、力が、器を満たしていく。
 
『選んだな、坂井悠二』
 
 銀炎を纏い、自分を捕らえた、ヘカテーを泣かせた、平井にも心配をかけた徒を怒りのままに睨む。
 
『お前が、お前こそが相応しい』
 
「行くぞ!」
 
 
 ドン!
 
(え‥‥‥?)
 
 "狩人"の構えた拳銃。その弾丸を躱そうと身構えていた。
 
 だが、弾丸などない。ただ、"撃ち抜かれた"感覚だけがあった。
 
 
 ドクンッ!
 
 何かが外れて、また填まった。
 
 
 
 
「壊れてしまえ!」
 
 目の前の脅威を屠った事に、フリアグネは歓喜する。
 
「爆発しろ!」
 
 目の前に、銀の爆炎が広がる。
 
 何度も味わった、勝利の感覚。
 
「はっはははははははははは!!」
 
 しかし、気づく。
 
「はははは、は‥‥?」
 
 フリアグネの切り札たる拳銃型宝具・『トリガーハッピー』は、"フレイムヘイズの中の紅世の王の休眠を破る宝具"だ。
 
 それにより、あまりに大きい紅世の王の力の全てを許容出来ずに、契約者は爆発する。
 
 『フレイムヘイズ殺し』の宝具。
 
 つまり、初めから中に何も持っていない徒や、中に宝具を宿すだけのミステスには効果はない。
 
 爆発も、するわけがない。
 
「なっ!?」
 
 渦巻く銀の炎に照らされた『渾の聖廟』の内にある『影』、それら全てが"銀色に輝く"。
 
 その銀色の影を作る炎は、一瞬のうちにその色を変じた、目の前で渦巻く、『黒』。
 
 その炎の中から、一人の少年が、歩いてくる。
 
 一瞬、それが誰だかわからなかった。
 
 鎧った凱甲、靡く衣、その全てが緋色。
 
 後頭から髪のように長く伸びるのは、漆黒の竜尾。
 
 そんな異形異装へと変わった、少年。
 
 その体から溢れだすのは、あり得ないはずの、黒い炎。
 
「お前は‥‥‥」
 
 近代で五指に入ると言われる強大な紅世の王・"狩人"フリアグネが、目の前のあり得ない存在に叫んでいた。
 
「お前は一体、何なんだ!!」
 
 少年は、その面に強烈な喜悦を浮かべて、名乗る。
 
「『零時迷子』のミステス」
 
 自らが冠する事を許された、"真名"を。
 
「"祭礼の蛇"坂井悠二だ」
 
 
 
 
 少年は覚悟し、彼はそんな少年を受け入れた。
 
 二つの存在が共に歩む。
 
 それは、黒の覚醒。
 
 
 
 
(あとがき)
 ようやく一章からの確約を果たしました。長い道のりだった。
 
 色々突っ込み所もあるでしゅうが、オリジナル改変や、ご都合設定付けはまた後々の本編で描写しますので。
 
 ただこれだけは説明しとかないと。
 
 『トリガーハッピー』でああなったのは、本来は王の休眠を破る作用が、悠二の『大命詩編』に変な風に作用したからです。もちろんオリジナル改変です。



[4777] 水色の星S 十一章 九話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/02/18 19:18
 
 『創造神』"祭礼の蛇"。
 
 それは、太古の昔、『大縛鎖』という徒の都を作り上げ、"世界の有り様"に手を伸ばした存在の真名。
 
 "それ"は、最古のフレイムヘイズ達の秘法によって、紅世とこの世の狭間、神さえ無力な世界・『久遠の陥穽(くおんのかんせい)』へと葬られたはずの存在。
 
 炎の色は、『黒』。
 
 
(馬鹿、な‥‥)
 
 その出来事は、『神殺し』の"お伽話"として語り継がれていた。
 
 無論、"最古のフレイムヘイズ"である、あの『儀装の駆り手』カムシン・ネブハーウのように、直接『彼』を知る者もいたが、一般的に徒やフレイムヘイズにとってもそれはお伽話と言われるほどに昔の事なのだ。
 
(あり得ない!)
 
 しかし、世界の狭間へと葬られたはずの『創造神』の、『天裂き地呑む化け物』の持つ黒い炎が、今、目の前で燃え上がっていた。
 
 
「"狩人"フリアグネ。愚かな王よ」
 
 深く、遠い声が、しかし少年の口ではない場所から発せられる。
 
「お前が手を出したのは、ただのミステスではない」
 
 少年の背後に燃え盛る黒炎が、まるで蜃気楼のように巨大な蛇を形作り、『そこ』から声は出されていた。
 
「この者こそ‥‥」
 
 諧謔の風韻を漂わせるその声が、燃え上がるような喜悦を以て、告げる。
 
「この『創造神』たる余と共に歩むに相応しい、この世でただ一人の"人間"よ!」
 
 燃える様に言い放ち、黒炎は霧散する。
 
 残るのは、緋色の凱甲と衣を靡かせ、後頭から竜尾を伸ばす、異様に落ち着いた少年。
 
「うっ‥‥‥」
 
 もはや、目の前のものが何であるかなどどうでもいい。
 
 願いを叶えた。マリアンヌを、一個の存在へと変えたのだ。
 
 これから、いつまでも二人で生きて行く。
 
 これから、これから続く、自分とマリアンヌの永遠。
 
「うおおおおおお!!」
 
 絶対に、邪魔はさせない!
 
 右手の指輪・『コルデー』を無数に分裂させ、少年に向けて飛ばす。
 
 白の爆炎が少年を包み込み、指輪が手元に戻ってくる。
 
 しかし、いつの間にか少年の体を、漆黒の竜尾が球状に包み込んでいた。
 
 ダメージらしいダメージはみられない。
 
(いけるか!?)
 
 部屋の出口まで、二十メートル強。
 
 マリアンヌの手を取り、全速で走る。
 
 外に出てしまえば、『敖の立像』がいる。逃げる事くらいなら容易なはずだ。
 
 出口まで走る中途で、膨大な黒炎の波が襲いかかってくるが、
 
(無視、だ!)
 
 マリアンヌを抱え込み、火除けの、『アズュール』の結界を展開し、炎を防ぐ。
 
 が、
 
「く、かはっ‥‥!」
 
 黒炎に紛れて、伸長した竜尾が横薙ぎに払われ、鋼の鞭となってフリアグネの腹に一撃を与えていた。
 
「っこの!!」
 
 愛しい主人へ攻撃された怒りを持って、マリアンヌがカードの怒涛・『レギュラー・シャープ』を放つ。
 
 しかしそれは黒炎に阻まれ、少年には届かない。
 
 どころか、その中の一枚を少年は指で挟むように掴み取り、
 
「っは!」
 
 一閃、投げ返された。
 
 その一枚のカードは、神速の速さと、正確無比なコントロールによって、"フリアグネの左手薬指を"斬り落とす。
 
「ぐっ、おお!」
 
 痛みに苦しむ間も無く、少年は竜尾を翻して向かってくる。
 
「消えろ!」
 
 それに向けて、再び『コルデー』を放ち、今度はそれが全弾命中する。
 
(くたばれ!)
 
 と、指輪を起爆しようとした瞬間、ボンッと少年の姿をしていた物が、黒い炎となって消える。
 
(『脱け殻か!?』)
 
「フリアグネ様!」
 
 マリアンヌの声に振り向いた次の瞬間には、もう少年が拳を振り下ろしていた。
 
 ゴッ!!
 
 歯が軋む嫌な感触を伴い、床を数回バウンドするように叩き付けられる。
 
 
(マリアンヌ‥‥)
 
 強い。一体何者なのかわからないが、しかし‥‥
 
『余と共に歩むに相応しい、この世でただ一人の"人間"よ!』
 
 『創造神』に、連なる存在。
 
 だが、それでも‥‥
 
(マリアンヌ‥‥)
 
 死ぬわけにはいかない。死んでたまるか。
 
 生き延びてやる。絶対に。
 
(小細工は、効かない)
 
 さっきのカードで、『アズュール』は落とされてしまった。
 
(ただ、全力の一撃を以て‥‥‥)
 
 自分達の未来への障害を、打ち砕く。
 
「っああああああ!!」
 
 右手に、膨大な白い炎を湧き上がらせて、向かって行く。
 
 少年・坂井悠二も同じ、右手に黒炎を纏わせて受けて立つ。
 
 双方で違うのは、フリアグネの右手には、全ての指に無数の『コルデー』が、びっしりとはめられている事だった。
 
("右腕を捨てる"!)
 
 ドォオオオオン!!
 
 フリアグネの、自身の炎と『コルデー』の爆発を合わせた一撃と、悠二の黒炎がぶつかる。
 
 広大な『渾の聖廟』が、原型を留めないほどに吹き飛ぶ、黒白の大爆発が巻き起こる。
 
 
(フリアグネ‥‥様?)
 
 『アズュール』を拾い上げ、その巻き添えから逃れていたマリアンヌは目にする。
 
 失った右腕から白い火花を溢れさせて、片膝をつく主人と、片膝をついた状態から、ゆっくりと立ち上がる、黒の少年を。
 
 
「‥クソ‥‥」
 
 膝をつき、立ち上がれない自分に、目の前で自分に掌を向ける少年に、フリアグネは下を向いたまま絶望の言葉を吐き捨てる。
 
(マリアンヌ、今の君なら、私がいなくても生きて行ける)
 
 そう、今のマリアンヌは、燐子でありながら、フリアグネの供給を受けなければ消えてしまう存在ではない。
 
(‥‥君だけでも、逃げてくれ)
 
 彼女に限っては、出口はすぐそこだ。
 
 
「さようなら。私の可愛い、マリアンヌ」
 
 
 しかし、フリアグネの想いは、全く逆の形で返される。
 
(なっ!?)
 
 少年と自分の間に、両手を広げて立ちふさがる恋人、という形で。
 
 
 
 
「お行きなさい。『パパゲーナ』」
 
 手にした神楽鈴型の宝具・『パパゲーナ』から、無数の羽根が目の前の『炎髪灼眼』へと舞う。
 
 ドドドドドォン!!
 
 それらが爆発し、炎髪の少女を包み込む。
 
 と思う間に、
 
「っ!」
 
 黒衣を幾重にも纏ったフレイムヘイズが、煙の中から飛び出してくる。
 
(直撃を、避けたのね)
 
 逆袈裟から斬り上げられる一撃を、メアは神楽鈴で受けとめる。
 
 すかさずシャナの次の斬撃がくる。
 
(強い)
 
 その一撃を避け切れず、肩を浅く斬られる。
 
(本当に強い)
 
 自分自身は、確かに小さな徒だ。しかし自分は、寄生したミステスの力を扱える。
 
 この『戦闘用ミステス』も、相当に強力な使い手のはずなのに、動きについていけない。
 
(これなら‥‥)
 
 再び『パパゲーナ』による爆発を起こそうとバックステップする自分を、
 
「っはああああ!」
 
 『炎髪灼眼の討ち手』の、足裏からの爆火による神速の刺突が追い縋り、貫いた。
 
「あ‥‥!」
 
 ミステスとしての体から、血が流れる。
 
 貫かれ、"満足した"自分の心の動きに、ようやく理解する。
 
 何故自分が、『炎髪灼眼の討ち手』に臆せず立ち向かったのかを。
 
 そう‥‥
 
「‥‥私は、死にたかったのね‥‥‥」
 
 "彼"に、褒めてもらえるような最期を、彼に、褒めてもらえるような相手の手で。
 
「っだあ!!」
 
 体を貫く刃から、紅蓮の炎が奔り、焼く。
 
 その、焼かれた体から、一匹の蝶。朱鷺色の蝶が舞った。
 
(ねえ、サブラク?)
 
 目に映るのは、『炎髪灼眼の討ち手』、『弔詞の詠み手』、遠くから飛んできている"虹の翼"と『万条の仕手』。
 そして、『敖の立像』。
 
(すごいでしょ?)
 
 全てが全て、世に名立たる使い手達。そして人間と徒の関係をも変える存在。
 
(ちっぽけな私でも、こんな大掛かりな事を、世界を動かしたのよ?)
 
 自分も、今まさにその中に在る。
 
(そして、最期の相手は『炎髪灼眼の討ち手』)
 
 紅世真正の魔神の契約者。これ以上ない相手だろう。
 
(私、頑張ったでしょ?)
 
 ようやく、胸を張って会いに行ける。
 
(だから、『そっち』があるのなら、今度は褒めて?)
 
 飛ぶ蝶に、紅蓮の炎が迫る。
 
(私は、ずっと貴方に、認めて欲しかったのよ)
 
 羽が、焦げる。
 
(いつも馬鹿にして、だから、"次"は‥‥)
 
 体が、燃える。
 
(‥‥褒めて、ね‥‥)
 
 
 炎は瞬く間に、朱鷺色の蝶を焼き尽くした。
 
 それが、一つの望みのために生きた小さな徒、"戯睡卿"メアの最期だった。
 
 
 
 
『緑の芝に雨よ降れ』
 
『木にも屋根にも雨よ降れ』
 
『私の上だけ避けて降れ!』
 
 起動を始めた『敖の立像』の頭上に、広大な群青の自在式が展開され、そこから断続的に炎の豪雨が襲い掛かる。
 
 マージョリーの『屠殺の即興詩』である。
 
 『敖の立像』全体に容赦無く降り注ぐ破壊の力は、しかし立像に穴も穿てない。
 
「こーりゃ、"頂の座"と約束なんてしなくても、兄ちゃん助けて中の仕掛けどーにかしてもらわねえと手が付けらんねえな」
 
「ほんっと、しかも壊した端から再生すんだからね」
 
 そう、今、『敖の立像』は『零時迷子』から受け続けた莫大な存在な力を、目覚めた事によって"統御"しつつあった。
 
 悠二が『渾の聖廟』から抜け出しはしたものの、もはや手が付けられないほどの力を、『敖の立像』は持っていた。
 
 しかも、その有り余る力による再生能力まである。
 
「‥‥でも、再生するのにも存在の力はいる」
 
 中の二人、いや三人が何らかのアクションに出るまで、この"徒"の暴挙を食い止める必要がある。
 
 そして、生半可な力ではされすら適わない。
 
 
「‥‥ねえ、マルコシアス」
 
 いつになく真剣に、訊く。
 
「いつかあんたが言ってた、『ブチ殺しの雄叫び』じゃないけど、もう一度、付き合ってくれる?」
 
 そんな問いに、マルコシアスは二つ返事で応える。
 
「言われるまでもねえ」
 
 むしろ、嬉しそうに。
 
「何度どん底に突き落とされても這い上がって、また立ち上がる。俺は、そんなおめえに惚れ込んで、俺の炎を預けたんだぜ?」
 
「ありがと、相棒」
 
 マージョリーも、嬉しそうに返す。
 
 すうっと深呼吸をする。
 
(よし‥‥やるか)
 
『黄金の卵は海の中!』
 
『投げ捨てられちゃあ、いたけれど!』
 
 『屠殺の即興詩』に合わせて、群青の炎が膨れ上がる。
 
『キミョーな魚がもう一度!!』
 
『持ってぇ帰ってきてくれたぁ!!』
 
 炎がマージョリーを核に膨大な火柱を生み、
 
 しかし、
 
(まだ、まだぁ!!)
 
 まだ詩を止まらない。
 
『現れたのはぁ、おっかさん!』
 
『雌のガチョウを、捕まえて!』
 
 巨大な炎は、いつしか一つの形を取り始める。
 
『やおら、背中にまたがれば!』
 
『お月様まで‥‥ひとっ飛びぃ!!』
 
 
 それはいつかと同じ、しかしあの時より遥かに強大な、炎の獣。
 
 
 群青の狂狼。
 
「ッォオオオオオオオオオーー!!」
 
 
 
 
(あとがき)
 今日のはもうちょっと進む予定でしたが、書いてみたら案外字数使うもんですね。こういう時、字数制限が悲しい。
 
 悠二の覚醒は原作とは異なる部分も多々あります。改変が気に入らない方もいらっしゃるかと思いますが、あらかじめご了承を。



[4777] 水色の星S 十一章 十話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/02/19 20:24
 
 機械だらけの『敖の立像』内部、一人の少年が、壁に背を預けてごそごそしている。
 
 茶のジャケットに厚手のズボン、という身なりの坂井悠二である。
 
 
 ギュッ
 
 さっきの、最後の一撃で火傷した右拳に包帯を巻く(『収納』して持ち歩く習慣がついてしまったのだ)。
 
 その手際の良さ、つまり怪我をする頻度を自覚し、自分に苦笑する。
 
(‥‥‥‥‥‥‥)
 
 『彼』とは、さっきまでは僅かに"通じて"いたが、今は声も聞こえない。
 
 本来はフレイムヘイズに宿る王の休眠を破る『トリガーハッピー』(というらしい)の力が、本来なら対象外であるはずの『大命詩篇』を活性化させた事による一時的な交信だった、という事らしい。
 
 だが、ヴィルヘルミナと戦った時に、感覚を重ねてきたのも、マージョリーと戦った時に先ほどと近い感覚を覚えたのも、幾度か夢や、"壊刃"との戦いの最中に語り掛けてきたのも、全て『彼』によるものらしいから、集中力次第で何とかなりそうな気もする。
 
 もう得体の知れない何かではない。確と理解し、見えているなら、今度は届くはずである。
 
 
 まあ、しかし、そこまで多用したい感覚ではないかも知れない。
 
 何か、演劇で役に入り込みすぎたような奇妙な感覚だった。
 
 あれが、"同調"という事らしい。
 
 
 まあ、今はそんな事を言っている場合ではない。
 
(‥‥ここ、どこだ?)
 
 機械だらけなのも妙だが、建物全体から異様な存在感と違和感を感じるのも気になる。しかも所々脈打ってるし、さっきからやたら揺れる。
 
 自分が、いや、『零時迷子』が何かの動力に使われていただろう事を考えると‥‥
 
(‥‥何か、工場的な?)
 
 いや、なら何故揺れる、脈打つ。
 
 『零時迷子』の力を利用する。つまりは零時近くなはずだし、ヘカテーや平井(他にもいるかも知れない)がいるという事は、御崎市、あるいはその近隣だとは思う。
 
(‥‥‥やっぱりダメだ)
 
 何度感知能力を研ぎ澄ませても、ヘカテー達の居場所が掴めない。
 
 ここまで無茶苦茶な気配に囲まれていては、フィレスの『インベルナ』を掛けられているのと変わらない。
 
 とりあえず、この建物に『走査』の式を所々に掛けながら、直接二人を探そう。
 
「行くか」
 
 
 
 
「ッグォオオオオ!!」
 
 巨大な炎狼となって『敖の立像』に喰らいつくマージョリー・ドー。
 
 突き立てられた牙は穿つ穴を灼き続け、それを立像は断続的に再生する。
 
 存在の力を消費して。
 
「ッオオオオオオ!!」
 
 自身に喰らいつく狼を、鋼の徒は殴り飛ばして引き剥がす。
 
「ェエークセレント! ェェーキサイティング! "蹂躙の爪牙"をもたやすく殴り飛ばすこのパワー! フォルム! ビジュアル!」
 
 実際には、今のマージョリーの状態は『トーガ』の最大形態というだけで、別に"蹂躙の爪牙"マルコシアスが顕現したわけではないのだが、教授にはどちらでもいい事らしい。
 
 完全に彼の嗜好に合致する『怪獣VSスーパーロボット』の構図にはしゃぎまくっている。
 
(んんんんー? しかし、あの『フレイムヘイズの子供』の姿が見ぃーえませんねぇー?)
 
 彼が僅かに気にするのは、以前出会った、『万条の仕手』と"虹の翼"の娘と思しき少女。
 
 出来得るなら、捕えて、実験に付き合ってもらいたいのだが、今は目の前の実験の方が優先だ。
 
 いやしかし、かの『棺の織り手』が夢半ばに倒れた、フレイムヘイズと徒の子という事象。
 
 いやいやいや、今はこの『敖の立像』に酔い痴れよう。
 
 
「ドォーミノォー! こーんな事もあろうかと用意しておいたスゥーペシャルデバイスを、起ぃー動させますよぉー!」
 
 
 
 
『発見! 発見! 発見! 発見!』
 
「っ邪魔!」
 
 銀の炎弾が、リトル・ドミノ・ブラザーズをまとめてふっ飛ばす。
 
 全く、あの『教授』までいるという事か(そういえば、当たり前のように生きていたという事か)。
 
 ォォォォォン
 
(爆発音‥‥?)
 
 今の反響は、この建物の中の爆発のはずだ。
 
 なら‥‥
 
「ヘカテー!!」
 
 走る。狭苦しい通路を、全速力で。
 
「悠二!!」
 
 声が返ってきた。間違いない。
 
 
 通路を抜け‥‥
 
「排除す‥‥‥」
 
 ドォン!
 
(いた!)
 
「ヘカ‥‥‥」
 
 ドン
 
 名前を呼び終えるより早く、水色の少女が体当たりするように胸に飛び込んでいた。
 
「悠二‥‥悠二!」
 
 力いっぱいに抱きしめられ、周りにまだいるドミノ達の事を言おうとして、
 
「悠二‥‥よかった‥‥!!」
 
 少女が泣きべそをかいている事に気づいて、無粋な注意をやめる。
 
 代わりに少女を抱いたまま周囲のドミノを焼き払う。
 
「大丈夫。ちょっとしか怪我もしてない。僕は大丈夫」
 
 「心配かけてごめん」と謝るよりも、自分が大丈夫だと伝えた方がヘカテーにとっては嬉しい事を、悠二はわかっている。
 
「はい‥‥よかっ、た‥‥悠二」
 
 少女は震えて、失うまいとその細い腕に力を込める。
 
 その場にいたもう一人の少女、紫のベリーショートの髪の少女が、薄く笑った。
 
 
 
 
「痛っ!」
 
 ドミノ達の持ったボウガンから放たれた矢の一本が、ふとももに突き刺さる。
 
「っこの!」
 
 すかさず炎弾を放ち、ドミノが数体まとめて翡翠の爆炎に包まれる。
 
 そして、その炎が渦巻くうちに、鉄材の割れ目の一つに隠れる。
 
(あんまり、自在法の無駄撃ちは出来ないなぁ)
 
 ヘカテーを逃がすために、おおっぴらに暴れた平井は、今、『敖の立像』の防衛機構たるドミノ軍団の攻撃を集中的に受けていた。
 
 自分でも、初戦のわりには上手く立ち回っているつもりだが、体力的にそろそろきついかも知れない。
 
「発見! 触角頭の侵入者を発見!」
 
 ドガァッ!
 
「レディに失礼だよ!」
 
『発見! 発見! 発見!』
 
 ‥‥しんどい。
 
 
 
 
「‥‥‥師匠?」
 
「よくこの姿ですぐに私だとわかったな」
 
 確かに、初めて見るはずなのに何でわかったのだろうか?
 
「悠二、早くゆかりを助けに行きましょう」
 
 綺麗に微笑んで、ヘカテーが促す。いつもはこういう、泣いた後とかはしばらく抱きついて離れないのだが、平井の事が心配、というのもあるのだろうが、ヘカテーが強くなった、という事もあるだろう。
 
 何やら、精神的に未熟だったヘカテーの成長には感慨深いものがある。
 
「平井さん、ヘカテーを先に行かせるために足止め役になったんだよね? 今、どこに‥‥‥」
 
「ヘルプ・ミー!!」
 
「‥‥あちらのようだな」
 
 少女・"螺旋の風琴"リャナンシーが、気が抜けたように呟いた。
 
 
 
 
「いやー、助かったよ。倒しても倒してもひっきりなしに出てくるんだもん」
 
 平井ゆかり、合流。
 
 ポカッ
 
「っ〜〜痛い!」
 
「無茶するからだろ、罰」
 
「坂井君が捕まるのが悪いんでしょ!」
 
「それと無茶するのは関係ないだろ!」
 
「いっつも血まみれになってる坂井君に言われる筋合いないよ」
 
「‥‥喧嘩は、やめてください」
 
 言い争う平井と悠二、小動物の上目遣いにしてやられる。
 
 
「‥‥ゴホン。それで、『敖の立像』、だっけ?」
 
 外から見たヘカテー達の話によると、どうやらこの建物は、時計塔が変質した巨人のようなもので、どうやら敵らしいという事。
 
 しかも、破壊しても再生し、気配の規模は、まあ言われなくても何となくわかる。
 
 『零時迷子』から力を吸い続け、すでにとんでもない力の総量になっているはずだ。
 
「外じゃマージョリーさんとかが戦ってるはずだけど、中から何とかした方がいいかも知れない」
 
 平井が、皆を代表して方針を口にする。
 
「とりあえず、この、内側で循環させてる存在の力を、時計塔が吸収して『顕現』させてる仕掛けを壊そう。師匠もいるし、何とかなると思う」
 
 『敖の立像』の内部に入り込んだ四人は、状況打開のため、動く。
 
 
 
 
「どういう事だ、ババァ‥‥‥!?」
 
「その呼び方はやめな」
 
 悠二とリャナンシーが夢から覚め、"焚塵の関"ソカルの虚像が消えてからの『革正団(レボルシオン)』は瞬く間に崩れていった。
 
 "千変"シュドナイと"嵐蹄"フェコルー。恐ろしい使い手二人、しかもシュドナイは『神鉄如意』まで持ち出して来ている。
 
 広範囲の圧倒的な破壊力という面においては、メリヒムとヴィルヘルミナの二人より厄介だっただろう。
 
 『革正団』が弱いのではない。相手が悪すぎたのだ。
 
 しかし今、『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の『将軍』たるシュドナイは、『参謀』"逆理の裁者"ベルペオルに鎖で縛り上げられていた。
 
「さっ、参謀閣下。本当によろしいので?」
 
 あたふたしながらフェコルーが訊く。
 
 ベルペオルも、シュドナイやフェコルーの言い分はわかりすぎるほどわかっている。
 
 しかし‥‥
 
(‥‥あの子のあんな声、初めて聞いた‥‥)
 
「心配無用だよ、フェコルー」
 
 シュドナイには言わない。言っても無駄だろう。
 
 幸い、すでに『タルタロス』に捕えている。このまま持って帰るとしよう。
 
 
「‥‥退き時かね」
 
 三眼の女怪は、この不測の事態を、胸裏の暗雲を、むしろ喜びとして、笑ってしまう。
 
 それは『思う儘に生きる』事を旨とする徒の中でも、彼女だけが持つ、『思う儘にならない事にこそ、挑む甲斐を感じる』という特質がそうさせるのか、それとも、少女の変化を、或いは快く感じてしまっているのか、どうにも判別がつかない。
 
 
「まったく、この世は儘ならぬのう」
 
 
 
 
 激戦の御崎市に現れた『仮装舞踏会』の三人は、まるで最初からいなかったかのように、いつの間にか消えていた。
 
 
 
 
(あとがき)
 あ〜、何か筆の滑りといい、展開といい、石投げられても仕方ない感じですね。
 自己嫌悪モードに入ってはいますが、見捨てずに続読していただけると非常に嬉しいです。



[4777] 水色の星S 十一章 十一話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/02/20 19:48
 
「ッォオオオオオ!!」
 
 『敖の立像』の咆哮と共に、立像全体に陽炎が渦巻く。
 
 いや、陽炎のように見えるそれは、炎。
 
 この世で生み出された唯一の徒が持つ、『無色』の炎。
 
「ッバォオオオオ!!」
 
 それに対する群青の炎狼と化したマージョリーが、狼の体中から千にも及ぶ凄まじい数の炎弾を放つ。
 
 ドドドドドォン!!
 
 巨大な『敖の立像』を、さらに呑み込むほどの炎の海に、しかし‥‥
 
「おまけぇ!」
 
 以前とは違う。これほどの力を発現しながらも理性を保つマージョリーは、狼の口から、燃え盛る立像に炎の津波を放つ。
 
 が、
 
「っ!」
 
 その炎の中から、立像の鋼の左腕が伸び、狼の首を掴む。
 
 さらに、右腕を振り上げる。その右腕の肘から先が、ガチャリと、『芯』だけ残して少し外れ、その『芯』が高速で回転する。
 
 すなわち、
 
 ギュィイイイン!!
 
(ドリル!?)
 
 炎の狼の頭部が貫かれ、後退するが、マージョリー自身がいるのは胸部である。炎が再び、狼を形作る。
 
 しかし、今のでこの炎狼の衣でさえ防御しきれない攻撃力が証明され、相変わらず、焼かれた鋼の鎧は、修復され続けている。
 
 全くもって厄介な相手だった。
 
 ドォオオオオン!
 
 突如として、立像に『虹』が炸裂し、爆発する。
 
 それによって穿たれた穴も、修復され続けてはいるのだが‥‥
 
「遅くなったのであります」
 
「遅刻姫」
 
「随分と派手な戦装束だな」
 
「結局、これが何なのかは聞き出せなかった」
 
「うむ。しかし、もうそれを考えている余裕はあるまい。即刻破壊するのみだ」
 
 後続の徒達の相手をしていたメリヒムとヴィルヘルミナ。そして、一度やられた後、敵の主格の一人を葬ったシャナ。
 
 頼もしい味方の参戦である。
 
 
「ドォオーミノォー! 今度はアレです! あの『必殺技』をやるんですよぉー!」
 
「はいでございますです教授!」
 
 フワフワと『敖の立像』の周りを浮かぶ教授とドミノがはしゃぐ。
 
 うっとうしい、まずはあっちから‥‥
 
(?)
 
 鋼の巨人が、一つの構えをとる。
 
 左足をやや前に出し、右手は縦にビシッと真っ直ぐ。左手は横にビシッと真っ直ぐ。その、右腕の肘と、左腕の指先が接触している。
 
(あのポーズ、どっかで見たような‥‥?)
 
 いや、ポーズなどどうでもいい。『無色』の炎が、莫大な存在の力が、右手に集中しているのがわかる。
 
「皆! 避け‥‥」
 
「デュワッ!!」
 
 マージョリーの呼び掛けを遮るように『敖の立像』が吠え、光り輝く『ビーム』が襲い掛かる。
 
「う、ああああ!!」
 
 "それ"は炎狼の衣を易々と貫き、中にいたマージョリー自身の右腕を"消し飛ばす"。
 
 あまりの痛みに、炎の狼は霧散し、失った右腕の肩を押さえるマージョリー。
 
「大丈夫でありますか!?」
 
 すかさずヴィルヘルミナが受け止め、その裸身をリボンで包み、白いスーツを着させると同時に、右腕をきつく縛って出血を止める。
 
「う、うう‥‥‥」
 
 痛みに悶えるマージョリーは、しかし、強靭な精神力で顔を上げる。
 
 ドォオオオオン!!
 
 凄まじい爆発音に、『敖の立像』の『必殺技』の破壊の跡に目をやる。
 
「嘘‥‥でしょ‥‥」
 
 そこには、この街の十分の一ほどはある面積が、消し飛んでいる、圧倒的な破壊の跡があった。
 
 
 
 
「っうわ! 凄い揺れるな。早く何とかしないと」
 
 こちらは『敖の立像』内部、坂井悠二組である。
 
「平井さんも、師匠に抱きついてる場合じゃないよ」
 
「だって♪ リャナンシーさん本体がこんなにラブリーだったなんて♪」
 
「頬擦りはやめたまえ。それに、君は何故またミステスになっている?」
 
「そ・れ・は、坂井君に食べられ‥‥‥」
 
「だからその言い方はやめてくれ!」
 
「??」
 
 こんな風にふざけているように見えて、悠二とリャナンシーはこの『敖の立像』の機能一つ一つを自在法で無効化、あるいは反転させ、平井とヘカテーはそんな二人を邪魔するリトル・ドミノ・ブラザーズを迎撃している。
 
 ちなみにヘカテーは平井の「坂井君に食べられた」発言を、全く言葉通りにしか理解出来ないので、何だか軽い悠二の反応の意味がわからない。
 
 
「おっ?」
 
 悠二が、存在の力の流れる、この『敖の立像』の"血管"に当たる部位を発見する。
 
 ちょうどいい。フリアグネ相手にも結構使わされたから頂いておこう。
 
 平井やヘカテーも消耗しているはずだ。
 
 
 
 
「まさに! ェエークセレント! ェエーキサイティングにしてっ‥‥‥セェクシィー!!」
 
 『敖の立像』の必殺技を目にし、教授のテンションはピークに達している。
 
 全くもってやかましい。
 
「さーらなるスペシャルデバイスを、起動ー!!」
 
 言って、UFOに付随している機械をいじくる。
 
 そして、
 
「ッォオオオオオ!」
 
 『敖の立像』の背に、銀色の翼が生まれていた。
 
「封絶の外に、飛び出すつもり!?」
 
「心配、いらんだろう」
 
 シャナの懸念に、メリヒムが冷静に返す。
 
 その根拠は、『敖の立像』が羽ばたき、向かう先にいるヴィルヘルミナ。
 
 ギュィイイイイン!
 
 再び繰り出されるドリルパンチ、しかし、
 
 ギュルッ!!
 
 全く異常な事に、時計塔そのもの巨体を持つ『敖の立像』が、地に向けて"投げられて"いた。
 
 ただの力任せの攻撃など、『戦技無双の舞踏姫』には通用しない。
 
 地に叩きつけられた『敖の立像』に、さらに、
 
「っはああああ!!」
 
 シャナによる灼熱の紅蓮が放たれる。
 
 異常に高熱な炎を受け、しかし『敖の立像』は立ち上がる。
 
「ッォオオオオオ!」
 
 焼かれた鋼の再生が、幾分鈍っていた。
 
 そして再び、あのポーズをとる。
 
 狙いはシャナ、その後ろは、御崎市の北。
 
 佐藤と吉田が避難している、御崎神社の方向。
 
(あ‥‥‥)
 
 片腕を失い、力を消耗した事で戦線から離れていたマージョリーに、戦慄が走る。
 
「デュワッ!!」
 
 放たれる『ビーム』。それを、"避ける"シャナ。
 
 その後ろは‥‥
 
「誰か、"止めてぇ"!!」
 
 力の限り叫び、それは味方に、一瞬のうちに悟らせる。この『戦場』に在る、一般人の危機を。
 
 
「っはあ!」
 
 『敖の立像』のビームに立ちふさがるのは、真名の通りの『虹の翼』を広げるメリヒム。
 
 阻むのは‥‥
 
「っはああああ!!」
 
 『虹天剣』
 
 虹とビームがぶつかり、せめぎあうが、しかし、
 
(圧し、負ける!)
 
 圧倒的な破壊力を誇る『虹天剣』が、圧し負けていた。
 
 それを悟り、メリヒムは剣筋を変え、
 
「っおおお!」
 
 ビームの、"軌道を変える"。
 
 ドォオオオオン!
 
 再び大爆発が巻き起こるが、その破壊の範囲に、御崎神社は含まれてはいない。
 
 そして、
 
(さっきより、弱い?)
 
 破壊の跡も、先ほどの一撃より弱まっていた。
 
 ビームの威力のみではない。
 
 ヴィルヘルミナに投げられた辺りから、妙に動きがぎこちな‥‥‥
 
 ガァアアアアン!!
 
 そんなメリヒムの思考の最中、『敖の立像』の胸に、"内側から"穴が空き、炎が吹き出す。
 
 色は、"銀"。
 
 その穴は修復されず、中から人影が四つ、飛び出してくる。
 
 
 
 
「待たせてごめん!」
 
 まず第一声、謝る坂井悠二。
 
 しかし今は、そんな場合ではない。周囲の面々も、すぐに促す。
 
「情勢の分析は?」
 
「あの、『敖の立像』の再生機能と強化機能は崩しました。あとは壊すだけです」
 
 ヴィルヘルミナに訊かれ、悠二は実にシンプルに答える。
 
 そう、もう下準備は済んでいる。そのための時間は、マージョリーやヴィルヘルミナ達が稼いでくれた。
 
「あの穴から、今まで『立像』が溜め込んでいた存在の力が漏れだしています。あれを使って、思い切りやりましょう」
 
 『あとはもう壊すだけ』、それを訊いた時から、皆もう準備万端で構えている。
 
 
 この一撃に、全身全霊を込める。
 
 
 
「行くぞ!!」
 
 悠二の掛け声に応えるように、
 
「消し飛べ!」
 
 メリヒムの『虹天剣』。
 
「燃えろ!」
 
 シャナの紅蓮の大太刀。
 
「っはあああ!!」
 
 ヴィルヘルミナと、傷を押して放ったマージョリーの特大の桜と群青の炎弾。
 
「「『二重星(ゆカテー・コンビネィション)』!!」」
 
 ヘカテーと平井の、水色と翡翠の流星群。
 
 そして、
 
「喰らえ!!」
 
 悠二の放つ銀炎の大蛇、『蛇紋(セルペンス)』。
 
 
 それら全てが同時、一斉に、『敖の立像』に放たれる。
 
 
「ッオオオオオ!!」
 
「ッノォオー!!」
 
「おたすけー!」
 
 
 教授とドミノを乗せたUFOは、その爆発の余波で、また何処かへと吹っ飛ばされ、
 
 
 
 『敖の立像』、この世で生まれた初めての徒は、その自我さえほとんど目覚めないうちに、この世から消えた。
 
 革正を望む徒達の夢を乗せた存在。その完成を信じて死んでいけた事が、彼らの唯一の救いであったのかも知れない。
 
 
 
 
(あとがき)
 うーん。ノリって大事だと思うんですよ何事にも。
 
 というわけで、今日バイトないし今日中にもう一話行けるかも知れません。
 
 その時は、感想返信は二話まとめて行わせてもらいます。
 
 次話、エピローグ。



[4777] 水色の星S 十一章エピローグ『さよなら』
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/02/21 04:11
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 死闘となった、『革正団(レボルシオン)』との戦いも終わり、今はその戦いがあったその夜。所は、坂井家、悠二の部屋。
 
 一人の少女が目を覚ます。いや、はじめから、眠ってなどいなかった。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 今日は、少年が自分を抱き締めていなかった。もし、抱き締めてくれていたら‥‥
 
 そこまで考えて、その愚かな考えを振り捨てる。
 
 少年に寄り添う、喜びと安らぎに満ちた空間、その誘惑に、かろうじて打ち勝ち、立ち上がる。
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
 少年の寝顔を、見つめる。
 
(‥‥悠二)
 
『あっ、あの。君、大丈夫?』
 
 出会ったのは、四月。道端で祈る自分に、声をかけてくれた。
 
『なら! 僕の存在を喰えばいい!!』
 
 "狩人"との戦いで死の淵にあった自分に、悠二はそう言った。
 
『ヘカテー! 集中して!!』
 
 "愛染の兄妹"の『ピニオン』を破るため、悠二との『器』を重ねての連携。
 
『だから‥泣かないで‥‥‥‥』
 
 ヴィルヘルミナ・カルメルに傷だらけにされた悠二を見て、わけもわからず悲しくなって、泣いた。
 
『あとで、どんな罰でも受けるから』
 
 よくわからないまま避けられ、悲しむ自分に、悠二は額への口付けをくれ、自分は卒倒した。
 
『あの‥‥さ、近衛さんって、坂井君が好きなんだよね?』
 
 クラスメイトの女子、今では友達となった少女の言葉で、この想いに気づけた。
 
『大丈夫。怖くないから』
 
 その想いを悠二に悟られ、怯える自分を暖かく抱き締めてくれた。
 
『似合ってるよ』
 
『可愛いよ』
 
 
 他にも、たくさん、たくさんのものをくれた、想い人。
 
 そして‥‥‥
 
『僕が君を守る』
 
 
(‥‥悠二)
 
 自分を、守ると言ってくれた。
 
 
「悠二」
 
 小さく、小さく呼ぶ。
 
 決して聞こえないように、決して起きてしまわないように。
 
 
「悠二」
 
 もう一度。
 
(悠二!)
 
 心の中だけで、叫ぶ。
 
 苦しくて、悲しくてたまらないから。
 
 
(‥‥‥‥大丈夫)
 
 悠二には、たくさん、たくさんもらった。
 
 今まで知りもしなかった、暖かくて、熱い想い。楽しい事、嬉しい事。いっぱい、いっぱい教えてもらった。
 
 "これ"さえあれば‥‥きっと大丈夫。
 
(‥‥‥悠二)
 
 『仮装舞踏会(バル・マスケ)』に、自分の事がバレた。
 
 まだ、悠二の事はバレていない。あの時、ベルペオルが撤退してくれたおかげで、バレずに済んだ。
 
 でも、自分がここにいれば、すぐにバレる。
 
「ぅ‥‥ひっく、えぐ‥‥‥ぅ、ぅう‥‥」
 
 悠二と、いつまでも一緒にいたかった。
 
 悠二の、お嫁さんになりたかった。
 
「う、ぅわぁああ‥‥‥!」
 
 そんな事は、全部、夢物語だったのだ。
 
 自分は神の眷属で、悠二はその『大命』の鍵を宿している。
 
 自分といれば、悠二はいつか必ず『仮装舞踏会』に狙われる。
 
 いや、そうでなくとも、大命の最も重要な要である自分にとって“大命よりも大事な少年”の存在を、見過ごすとは思えない。
 
 
「ぅ、ぅう‥‥!」
 
 涙を、噛み殺す。
 
 大丈夫。まだ、間に合う。
 
「悠二」
 
 ぐっすりと、眠っている。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 眠る悠二に詰め寄り、その唇を、見つめる。
 
 ずっと、望んで、憧れ続けてきた、誓いの行為。
 
 愛の証明。
 
「ん‥‥‥‥」
 
 自分の唇と、悠二の唇を、重ねる。
 
 それは、最後のわがままであると同時に、一つの誓いでもあった。
 
(‥‥冷たい)
 
 ずっと望んでいたはずの行為は、しかし期待していた歓喜を伴わず、今から自分のする事をはっきりと自覚させ、ヘカテーの心に氷を張らせる。
 
 
(悠二‥‥‥)
 
 貴方は、私を守ると言ってくれた。
 
(悠二)
 
 でも、貴方は私が守る。
 
 そう誓う、口付け。
 
(悠二!)
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 
 一つ一つ、私物を収納して行く。
 
 悠二やゆかりに買ってもらった物、一緒に買いに行った物。
 
 洋服、ぬいぐるみ、おもちゃ、筆箱、悠二達との思い出が詰まった、御崎高校の象徴である、制服。
 
 いとおしそうに、それらをしまっていく。
 
 一つだけ、置いていく。水色の、小鳥のぬいぐるみ。
 
 ずっと、持っていて欲しい。
 
 持っていてくれると信じて、一つ、自在式を組み込んでおく。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 悠二達との思い出さえあれば、悠二への想いさえあれば、離ればなれになっても、繋がっていられる。
 
 そう、信じたかった。
 
 
 自分の右掌に在る、金色の鍵、自分と悠二を引き裂くための宝具を、憎しみを込めて握りしめる。
 
 ‥‥だが、これがあったから、ベルペオルを説得する事が出来たのだ。
 
 
(悠二‥‥‥)
 
 きっと、自分がいなくなったら、悲しむだろう。悲しんでくれるだろう。
 
 この少年は、優しいから。
 
(ごめんなさい)
 
 でも、泣かないで欲しい。好きな人には、笑顔でいて欲しい。
 
(‥‥‥‥‥‥‥)
 
 悠二。
 
 大好きな、大好きな、悠二。
 
 でも、貴方には、生きていて欲しい。
 
 自分が傍にいては、それは叶わない。
 
 
 だから‥‥‥
 
 
 
 
 
 
 
 さよなら‥‥
 
 
 
 
 
 
 少女は少年に出会い、強くなった。
 
 しかし、その強さは、少女自身を、そして、少女の大切な人達をも、傷つける。
 
 
 
 
(あとがき)
 今回は、刺激の強い話だろうと思います。
 
 原作とは異なる展開。そして悲劇。非難も当然やも知れませんが、『水色の星』はまだ終わりません。
 
 では次章、『星天の宮殿へ』でお会いしましょう。



[4777] 水色の星S 十二章『星天の宮殿へ』一話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/02/22 18:44
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 ベッドにもたれかかり、封絶も張らずに、両手の間で自在式を遊ばせる。
 
 ふと、視線が机の上に行く。
 
 水色の、小さな小鳥のぬいぐるみ。
 
 少年は、僅かにその目に怒りを宿し、また次の瞬間には、悲しみに染まる。
 
 視線を外して、また自在式を見つめる。
 
 その胸中は、知れない。
 
 
 
 
 
「おっはよー!」
 
 "表面上"はいつも通りの明るい声で、一人の少女が教室に入ってくる。
 
「お、おはよ」
 
 "普通のクラスメイト達"には、元気そのものの少女・平井の挨拶だが、親しい友人の一人である緒方真竹には、それが表面上のものである事がわかる。
 
 少し、ぎこちない挨拶を返してしまう。
 
「おはよう」
 
 一緒に教室に入ってくる坂井悠二も、平井ほど上手くはないが、内心を面には出さない。
 
 が、わかる。
 
 
 二人が、自分の机にカバンを置きに行く。
 
 
「‥‥やっぱり、無理してるよね」
 
 横にいる佐藤と田中に、答えを求めていない問いを投げ掛ける。
 
「‥‥ああ」
 
「そう、だな」
 
 当然のように不分明な答えが返ってくる。
 
 この二人は、緒方より悠二や平井の"事情"をよく知っている分、悠二達の辛さを理解出来る。
 
 もちろん、自分達も辛い。クラスメイト達にも、愛らしい少女の喪失は堪えている。だが、あの二人の辛さは、おそらく自分達の比ではない。
 
 
 
「おはようございます」
 
 今度は、吉田一美。こちらも、最近では地が出る事がほとんどない。昔のようにおとなしい女子生徒に見える。そのせいで、吉田の場合は全クラスメイトに悟られている。
 
「もう随分経つけど、やっぱりまだ‥‥ダメみたいだな」
 
 そんな様子を見ていた池が、緒方達三人の会話に混ざる。
 
「無理、ないだろ」
 
 また、どうしようもない現状に、佐藤が呟く。
 
 その場にいた四人が、会話の流れから、誰ともなく視線を流した先に、シャナ・サントメール。
 
 黙って、窓の外を眺めている。
 
 この少女の心中は、誰にもわかっていない。見てわかる変化は、口数が前より減った"だけ"。
 
 何を思っているのか、見当がつかない。
 
 
「はぁ」
 
 緒方真竹が、何とも言えない寂しさを感じて、溜め息をこぼす。
 
 
 近衛史菜、いや、"頂の座"ヘカテーがこの街から姿を消してから、一ヶ月が経っていた。
 
 
 
 
「っああああ!!」
 
「っだあ!」
 
 夜の鍛練。平井とシャナが実戦を考慮に入れた立ち合いをする中、ヴィルヘルミナはそれを眺める。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 ヴィルヘルミナやメリヒム。そして他者の感情を読み取る事に疎いシャナでさえ、平井の胸中をはっきりわかっているのは、この鍛練の事が大きい。
 
 普段の態度は、前とそんなに変わりないが、鍛練の時は人が変わったように一心不乱になる。
 
「‥‥まるで、憑き物でもついたようだな」
 
 傍らで、壁にもたれていたメリヒムが、平井のそんな様子をそう評する。
 
「‥‥坂井悠二は?」
 
「今日も、自宅で自在式の構築を繰り返しているそうであります。零時直前にはこちらに着くから気にしないでいい、との事」
 
 そう、悠二の方は平井のように鍛練に入れ込んでいるわけではなく、ただぼんやりと自在式をいじる事が多くなった。少なくとも、周りにはそう見えた。
 
 平井が何を考えているかは、想像にかたくない。
 
 しかし、悠二は、大切なものを失い、空っぽの虚脱状態にあるように見えた。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 ヴィルヘルミナは、実の所、消えたヘカテーを探しだす手掛かりを知っていた。
 
 あの時、『革正団(レボルシオン)』との戦いに介入してきた『仮装舞踏会(バル・マスケ)』。
 
 ヘカテーが『星黎殿』に帰った事は容易に想像出来た。
 
 そして‥‥
 
『俺の"天道宮"と奴らの"星黎殿"は、迂闊に近づけちゃいけねえ』
 
 『星黎殿』を見つける手段を、ヴィルヘルミナは知っていた。
 
 しかし、
 
(‥‥話す、べきでありましょうか)
 
 この世で最大級の徒の大集団・『仮装舞踏会』。
 
 そんな連中に攻撃する。大規模な『戦争』の引き金を引く事になりかねない。
 
 あの少女が、何を想ってこの街を去ったのかはわからない。
 
 だが、あれほど坂井悠二に恋慕の情を寄せていた少女が、一人で街を去る。
 
 本人の願いにそぐわぬ行動である事は明白だった。
 
 だが、それでも、『仮装舞踏会』に干渉するのは危険に過ぎた。
 
 
 情に厚い、しかしフレイムヘイズであるヴィルヘルミナは、苦しむ二人に、結局何一つ出来ず、自身も苦しんでいた。
 
 そうでなくとも、あの無垢な少女は、自分にもよく懐いていたのだ。
 
 ‥‥悲しみが、胸に満ちる。
 
 
 
 
「っふ!」
 
 右手に短い木の枝を持ち、向かってくる少女に、刺突を繰り出す。
 
(わからない)
 
 それを、首を横に逸らして、目の前の少女・平井ゆかりは躱す。
 
(全然、わからない)
 
 "頂の座"とは、特別親しかったわけではない。
 
 いや、むしろ仲が悪い方だっただろう。
 
(私は‥‥何を感じてる?)
 
 それが突然いなくなって、坂井悠二は、ふぬけてしまった。
 
 平井ゆかりは、異常に鍛練に打ち込んでいる。
 
(でも‥‥何で?)
 
 自分が、単純に"頂の座"が消えた事に辛さを感じているわけではない事に、何となく気づいていた。
 
(私、何に‥‥)
 
 パァン!
 
「あ‥‥!」
 
 平井の蹴りが、シャナの手にしていた木の枝を弾く。
 
 そして、首に平井が短い木の枝を突き付ける。
 
「はあっ、はあっ、初めて、一本とった」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 迂闊。全くの迂闊。
 
 そんな自分を恥じる。
 
(何で‥‥こんな気持ちになるの‥‥‥?)
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 ヘカテーが消えてから、迷走にあるシャナを見守るメリヒム。
 
 シャナが悠二に好意を抱いているかも知れないと考えた時、メリヒムやヴィルヘルミナが反対したのは、単なる親バカというだけではない。
 
 坂井悠二には、ヘカテーという大事な少女がいた事。坂井悠二がシャナを"そういう対象"として見ていない事を知っていたからである。
 
 娘が傷つくのは見たくなかった。
 
 そして、ヘカテーが、大事な少女がいなくなった後の坂井悠二を見続けた愛娘の結果が‥‥
 
 『これ』である。
 
 坂井悠二がヘカテーをどれだけ大切にしていたか、大切にしているかを明確に見せ付けられ、それに抱いた、自分自身にもわからない感情に振り回される。
 
 今のシャナの心は、あまりに不安定だった。
 
 
『あなたの愛では、私は止められない。つまり今、私は、あなたを、とうとう、ふっちゃった。ってわけ』
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 想いが、別の想いに断ち切られる。
 
 メリヒムも、ヴィルヘルミナも、その痛みを、癒えない傷を、知っていた。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 佐藤家の室内バー。常のようにワインを傾ける、一人の女傑。
 
 『弔詞の詠み手』マージョリー・ドーである。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 『敖の立像』に消し飛ばされた彼女の右腕は、通常の怪我より幾分時間がかかったとはいえ、もう再生している(フレイムヘイズなのだから当たり前だが)。
 
『貴女も、私が守ります』
 
 一人の少女が消え、坂井悠二と平井ゆかりを筆頭に、周りも少なからず変わってしまった。
 
(私も、かな‥‥)
 
 変わったというより、落ち込んでいるだけか。
 
 元々、彼女がどういうつもりで『星黎殿』を出てこの街に居着いていたのか、細かい理由は知らない。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 もし、"螺旋の風琴"リャナンシー、紅世の徒最高の自在師がこの街に健在なら、ヘカテーの居場所を突き止める事も出来たのかも知れない。
 
 だが、ヘカテーがこの街から消えた時、リャナンシーも同時に姿を消している。
 
 彼女は、何か知っていたのだろうか?
 
「‥‥不味いわね」
 
 あれから、酒が全然美味しくない。
 
 
 
 
 世の何処かを飛ぶ『星黎殿』。
 
 最近、この空間は異様な静けさに包まれている。
 
 
 その『星黎殿』内部の酒保で、三眼の女怪が溜め息を漏らす。
 
(‥‥さて、どうしたものか)
 
 約半年の期間をかけ、『星黎殿』を飛び出した巫女・ヘカテーを見つけだしたまでは良い。
 
 だが、そのすぐ後に『星黎殿』に戻ってきたヘカテーは、前と同じ、いや、前以上の冷たさを持って自分達の前に現れた。
 
 何も知らずに"何か足りない"空虚感を漂わせていた以前とは違う。
 
 "何か大切なもの"を知って、それが無い事に絶望している、冷たさ。
 
 ヘカテーをよく理解するベルペオルでなくとも、誰でもわかるほどの冷たさを、ヘカテーはこの一ヶ月撒き散らし続けている。
 
 以前は『星辰楼』で祈ってばかりいたヘカテーだが、今はただ、下界に下りてから私物の増えた自室に籠もりっきりである。
 
 話を聞こうにも、「『零時迷子』のミステスは破壊し、無作為転移を起こしました」しか言わない。
 
 あまり深く訊き続けると、まるで壊れた人形のように無表情のまま、涙を流す。
 
「‥‥‥はぁ」
 
 "実質上"、ヘカテーの行動は何の役にも立っていない。
 
 ベルペオルはヘカテーがいたあの街を調べもせずに放置するほど浅慮ではない。当然、あの街に『銀の炎を持つミステス』が今もいる事も突き止めている。
 
 しかし、皮肉にも今のヘカテーの状態そのものが、ベルペオルを止める要因になっている。
 
(‥‥ミステス、か)
 
 ヘカテーがついたわかりやすい『嘘』。裏返せば、彼女が『零時迷子』のミステスを庇っているという事だ。
 
 ヘカテーがこの状態のまま『零時迷子』を手に入れてもしょうがない。『大命詩篇』は完成していないのだから。
 
 むしろ、今そのミステスを破壊でもしたら、ヘカテーがどんな行動に出るかわからない。
 
 "二週間前のような事"程度では済まないだろう。
 
 それくらい、今のヘカテーの"危うさ"は周知の事実であった。
 
 
 ヘカテーは『零時迷子』以上に重要な『大命』の要中の要。
 
 それが今、触れたら切れそうな、触れたら壊れそうな状態にある。
 
 迂闊に『零時迷子』に干渉など出来ようはずもない。
 
 大体、『大命』の事など無関係に、少女の保護者としてこの状態は看過出来るものでもない。
 
「‥‥‥どうしよう」
 
 世に知れ渡る鬼謀の王は、今、心底困っていた。
 
 
 
 
(あとがき)
 前の話で読者減ってしまったかと不安な私。
 
 ただでさえアニメ派な人には未体験ゾーンみたいな感じになってきてますからね。



[4777] 水色の星S 十二章 二話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/02/23 18:38
 
「‥‥‥‥‥‥っ!」
 
 見慣れた。いや、懐かしい?
 
 とにかく、親しみ深い天井が見える。
 
 隣に愛しい少年はいないが、庭から、親友と一緒に鍛練していると思われる声がする。
 
 そして、庭に面した窓を開けているのか、トーストの音が聞こえたような気がする。
 
 大好きな主婦が、朝食の支度をしている?
 
 飛び起きるように、掛け布団をどける。
 
 階段を駆け下りる。
 
 
 夢だったのだ。
 
 そうだ。この広い世界で自分一人を、たった半年で見つけられるはずがない。
 
 おばさまが、微笑んでくれている。
 
 そうだ。自分の大切な日常はここに在る。
 
 怖い夢だった。
 
 何もかも失って、空っぽになってしまった。
 
 一度暖かさを知ったから、それを失う悲しみは、想像を絶するものだった。
 
 怖い、怖い夢だった。
 
 すぐにでも、悠二の声が聞きたい。抱きしめたい。ぬくもりを感じたい。
 
 いた。庭で、大好きな親友と組み手をしている。
 
 怖かった。
 
 でも、悠二がいる。
 
 その喜び、安堵のまま、呼び掛ける。
 
「悠‥‥‥!」
 
 呼び掛けようとして、声に出して、"目が覚める"。
 
 無駄に広い、白い部屋。大きなベッド。"思い出"の詰まったぬいぐるみが、自分の周りにいくつもある。
 
 親しみの湧いた家も、おいしいご飯の匂いも、坂井千草の穏やかな微笑みも、平井ゆかりの明るい笑顔も‥‥大好きな悠二も、
 
 ない。
 
「う‥‥うあ‥‥」
 
 何も、無かった。
 
「ぅ‥‥うぁあああああ!!」
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 『星黎殿』で最近変わった事はといえば、帰還した『巫女』の異変のみではない。
 
 常は『星黎殿』に寄り付かず、世を放埒しながら趣味で『他の徒の護衛』の仕事をしている『将軍』"千変"シュドナイが巫女の帰還からずっと『星黎殿』に留まっているのだ。
 
 この『将軍』は、ヘカテーを何があっても守ると決めている(そのわりに普段は『星黎殿』にも寄り付かないのだが)。そのヘカテーの、誰が見てもわかる変事に、道楽好きのシュドナイといえど放っておくわけにはいかないのだ。
 
 といっても、いたところで何が出来るわけでもない。
 
 というより、顔を合わせる事も禁止されている。
 
(‥‥‥何なんだ)
 
 今からおよそ二週間前、『託宣』も、『訓令』も、祈る事さえせず、ただ自室で引きこもるヘカテーを心配し、シュドナイはヘカテーの部屋を訪れた。
 
 無論、それまでもヘカテーの様子がおかしい事には皆気づいていたが、ヘカテーが何も話さないのでどうしようもなかったのだ。
 
 だから、軽い話でも何でもいいから元気づけようと思って訪れたのだが、その軽口の中の一語、今までも何度となく使ってきた、もはや習慣のような一語に、ヘカテーは過剰反応した。
 
 『俺のヘカテー』。
 
 これを使った途端、部屋のドアを破壊して飛び出し、光弾を使い、ヘカテー相手に手を出せないシュドナイを、本気で"殺そうとした"。
 
 完全に我を忘れていた。たまたま近くにいたベルペオルが止めなければ、本当に殺してしまっていただろう。
 
 それほど危険な状態だった。シュドナイも、そしてヘカテーも。
 
 それ以来、シュドナイはヘカテーに会う事を禁止されている。
 
 シュドナイも同意の上だ。ヘカテーを傷つけてしまうのは彼の本意ではないし、あんな死に方もしたくない。
 
 シュドナイは知らされていない事だが、ベルペオルが『零時迷子』への干渉を避けている要因にはこの事件のヘカテーの豹変が大きい。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 ワインを、グッと呷る。相変わらずここの酒はまずい。
 
(‥‥何があった?)
 
 あの時、殺されかけたのは自分だが、ヘカテーの心を踏み躙ったのは間違いなく自分だろう。
 
 何か、心に傷を負って帰って来たのか。
 
(‥‥『零時迷子』)
 
 ヘカテーが繰り返す。「『零時迷子』のミステスは破壊した」という言葉。
 
 『零時迷子』のミステスが、関係している?
 
 "それ"が、ヘカテーの心に傷をつけた?
 
 
「‥‥‥‥‥あ」
 
 ふと、力を入れすぎてしまったのか、手にしていたグラスが割れてしまった。
 
 
 
 
「もうそろそろで"停泊地帯"です」
 
「そうか。本当に気配の欠片も感じないね。大したものだ」
 
「ご無理を言ってすいません。御徒」
 
 
 『星黎殿』は、世界を決められたルートで巡回し、あらかじめ決められた停泊地点で徒達は出入りする。
 
 『星黎殿』が感知不可の異界・『秘匿の聖室(クリュプタ)』に包まれているという性質上、これは必要な措置であった。
 
 そして今、一人の『捜索猟兵(イェーガー)』が、『星黎殿』への訪問者達を導いていた。
 
「世に知られた"王"である貴方が何故『星黎殿』に? 今さら『訓令』が必要なわけでもないでしょう」
 
 袖が地に付くほどブカブカのローブに、大袋を背負ったやぶにらみの小さな子供、"蠱溺の盃(こできのはい)"ピルソインである。
 
 これでも『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の中でも名の知れた『捜索猟兵』であり、相棒の『巡回士(ヴァンデラー)』"驀地しん"リベザルと共に上げた大功も多い。
 
 その子供のような徒は、相棒たる『王』がいない事もあり、『星黎殿』でこの『客人』が何事か起こすのではないかという警戒を解けずにいる。
 
 そしてそれは、当の客人にも悟られていた。
 
「ただの興味本位さ。少し、"きっかけ"があってね」
 
「きっかけ?」
 
 どこか人を食ったような感じのする美青年、それとおそろいの白のスーツドレスを着た女性。
 
 思った印象の通り、男ははぐらかす。
 
「まあ、何はともあれ心配はしなくていいよ。私はこれでも初対面の相手にはフレイムヘイズにでも礼儀を欠かした事はないつもりだからね」
 
「だ、大丈夫です。本当に」
 
 二人揃って常にイチャついているのも、"三味線を引いている"ようで少し不気味だった。
 
 何せ、彼は近代以降で五指に数えられる強大な王なのだから。
 
 
 一応、もう一度念を押しておく。
 
「いくら貴方でも、『星黎殿』で揉め事を起こすのは危険ですよ。"狩人"フリアグネ」
 
「わかっているさ。それと、私を呼ぶ時は私の可愛いマリアンヌとセットにして欲しいな」
 
「ああ、ご主人様」
 
「フリアグネ様、だろ? まだ癖が抜けないんだね。私の可愛いマリアンヌ」
 
 
 
 
 『星黎殿』・ヘカテーの自室。
 
 以前ならば祈りの形をとっていたヘカテーの両手は、一つの物を大切に胸に抱いていた。
 
 銀の珠の形を成した『大命詩篇』。しかしこれは今のヘカテーにとって、大命遂行のための物でも、『仮装舞踏会』のための物でもない。
 
 『零時迷子』の中には、同種の『大命詩篇』が刻まれている。
 
 つまり、"悠二とのつながり"を感じるための物だ。
 
 もし、『零時迷子』に、それを宿した少年に何か異変があれば、この『大命詩篇』が共振によってそれを知らせてくれるかも知れない。
 
 そして、少年の危機だとわかれば、自分が残して行った水色の小鳥のぬいぐるみ、それに刻んだ自在式を使って駆け付ける。
 
 あれは、こちらが使う『転移』の目印の自在式なのだ。
 
(そうすれば‥‥)
 
「っ!」
 
 刹那、自分の脳裏に浮かんだ思考に、愕然となる。
 
 だけでなく、猛烈な自己嫌悪に襲われる。
 
(今‥‥私‥‥?)
 
 "悠二に何か異変があれば会いに行ける"。
 
 自分が少年に会いたいがために、少年の危機を、ほんの一瞬だが願ってしまった。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 自分で、自分に思い知らされたような気がした。
 
 『大命詩篇』も『零時迷子』も関係ない。
 
 自分のために悠二の危機を願ってしまうような自分には、元々悠二の隣に在る資格など、ない。
 
 ぎゅっ
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 もう、考えるのはやめよう。
 
 『これ』で悠二を感じる。悠二の危機には駆け付ける。
 
 自分は遠くで悠二を想い、自分の全てで悠二を守る。
 
 人も喰らわない。約束したからだ。
 
 そうして、いつか‥‥‥‥
 
「"消えられる"、か?」
 
「!」
 
 いつの間にか、部屋の隅に、一人の少女がたたずんでいた。
 
 紫のベリーショートの髪、薄い布を纏った細い体躯。
 
 『敖の立像』の中で、自分とベルペオルとの会話を聞いていた"螺旋の風琴"リャナンシーである。
 
 自分が御崎市を出る時に一緒に『星黎殿』にもついて来たのだ。
 
 だが‥‥
 
「入室を許可した覚えはありません」
 
 誰にも、会いたくない。
 
「‥‥少し、私の話をしようか」
 
 リャナンシーは構わずに続けてくる。
 
 無理矢理に追い出そうかという考えが頭を支配しそうになり、すぐに自制する。
 
 いつかの"千変"の事もある。実力行使に出た時、自分を抑えられる自信が無かった。
 
「一人の、優しい青年がいた。一人の馬鹿な小娘がいた。小娘の起こす不思議を、青年はいつも喜んで見ていた」
 
 リャナンシーは"私の話"と言っているのに、何故か"自分が"『馬鹿な小娘』だと言われているような気がした。
 
「しかし、青年は、小娘の起こす不思議が、人を喰らって起こすものだと知った時、泣いて小娘を怒鳴りつけた」
 
 脳裏に浮かぶ。悠二が、自分のとった行動に怒っている姿が浮かぶ。
 
「小娘は逃げ出した。怒り、泣いた青年が怖くて、青年を傷つけた自分が怖くて。"いじけて"逃げ出した」
 
 逃げた? 違う。自分は逃げたのではない。悠二を、守るために‥‥
 
「結局、小娘はいじけて逃げたまま、青年は老いて死んでしまった。後になって自分の愚かさに気づいた小娘は、心に癒えない傷を負った」
 
 もう嫌だ。そんな話、聞きたくない!
 
「今の君は、逃げているだけではないのか? 君が、結果的に坂井悠二を傷つける事を恐れて、"自分が恐いから"逃げ出しただけではないか?」
 
 違う。と叫ぼうとして、しかし、声にはならない。
 
 悠二を失う事。自分が原因で悠二を失う事。悠二を傷つける事。
 
 そう、恐いのだ。目の前の少女が言う通り、恐いのだ。
 
 逃げ出した。そうかも知れない。
 
 だけど‥‥‥
 
「‥‥‥悠二が、死んだら‥‥‥‥」
 
 逃げたと思うなら、そう思えばいい。
 
 臆病者だと罵られても仕方ない。
 
 自分はいくら傷だらけになろうと構わない。
 
 自分には、悠二の隣に在る資格はない。
 
 遠くで想っていられればいい。
 
 
 ただ、悠二が生きて、笑っていてくれればいい。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 
 
 リャナンシーの言葉も、ヘカテーを動かす事は、出来なかった。
 
 
 
 



[4777] 水色の星S 十二章 三話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/02/24 19:31
 
「今回の事がなければ、話すつもりはなかった。だが、ちゃんと"話せる男"になってるように見えたんでな」
 
 井上原田鉄橋の中央、一人の少年と一人の男、坂井悠二、そして坂井貫太郎である。
 
「そりゃ‥‥どうも」
 
 父からの言葉に、悠二の照れ笑いに僅か、涙と誇らしさが混じる。
 
 "この事"を父が自分に話した。そうさせた自分の変化が、"存在の力を繰れるようになった事"が原因なのか、それとも、"それ以外の事"が原因なのかはわからない。
 
 ただ、自分が父にそう思わせるようになった事は、素直に嬉しい。
 
「‥‥‥ヘカテーさん、いなくなったんだって?」
 
「‥‥‥うん」
 
(僕が抱えてる秘密は、話して理解してもらえるような事じゃない)
 
「‥‥どうするんだ?」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
(でも、信じてもらえなくてもいい。聞いてもらうだけでもいい)
 
「父さん」
 
「ん?」
 
(父さんが、話してくれたように‥‥‥)
 
「‥‥いつか、"全部"話すよ」
 
 
 それは、今から、十日前の出来事。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 早朝の肌寒い外気を感じながら、坂井悠二は真南川の河川敷を歩く。
 
 元々、急用で帰って来ていただけの坂井貫太郎は、またすぐに出掛けてしまった。
 
 ここ最近、一つの事に固執して取り組んでいたからか、こんな気分で外を歩くのが久しぶりな気がする。
 
「散歩?」
 
「そんなところ、かな」
 
 そうして歩くうちに、いつかと同じ川沿いの石段に、平井ゆかりを見つける。
 
「鍛練は?」
 
「ん、今日は休み」
 
 なら、何故こんな朝早くにこんな所にいるのかと思い、お互い様か、とも思った。
 
 しかし‥‥
 
「あ‥‥‥」
 
 すぐに、その理由に気づいた。
 
 ここはいつか平井が言っていた、平井の好きな景色を眺められる場所。
 
 あの時、平井が言っていた夕焼けではない。しかし真南川の水面に、冬の早朝だからかまだ空に輝く星が映り、幻想的で美しい眺めが広がっていた。
 
「この景色、好きだから」
 
 いつかと同じ言葉でまた平井は言う。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 そのまましばらく、二人共、言葉は交わさずに、じっとその景色を眺める。
 
 空が白み始めてから、平井がスッと立ち上がる。軽快な足取りで階段を上る。
 
 悠二も、それを追う。
 
 また二人黙って、河川敷を歩く。
 
 しかし、今度の沈黙は短い。
 
 静かな雰囲気はそのままに、平井が口を開く。
 
「"出来た"?」
 
「うん」
 
 迷い無く返す。返せる事が嬉しかった。
 
「私も‥‥強くなったよ。試す?」
 
「いや‥‥"わかる"」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 可笑しそうに言う悠二に、平井は少しだけ不安を感じる。
 
「"今の"坂井君は‥‥」
 
 感じて、しかしそれは杞憂だった。
 
「大丈夫」
 
 平井が、言いたくなくても言おうとする言葉を、悠二が制する。
 
 その言葉を自分が受けたくないからではない。平井が言いたくないだろう厳しい言葉を言わせないためだ。
 
 いい機会だから、自分の『決意表明』も聞いてもらいたかった。
 
「僕は‥‥トーチで、ミステスで、"銀の炎"、ヨーハンまで中にいたりもした」
 
 平井も、黙って聞いてくれている。
 
「極めつけが、"これ"だ」
 
 自身に取り巻く無数の不可解に、もはや恐怖も戸惑いも感じない。
 
「今まで、わけがわからない自分に悩みながら、戦ってきた」
 
 でも‥‥
 
「‥‥それは、関係なかったんだ」
 
 意識して決めた決意ではない。いつの間にか、自分の中に出来ていた。
 
 気づかぬうちに成っていた覚悟。
 
『‥‥ホントはね。ずっと、一緒にいたかったんだ。徒とか、人間とか関係なく、皆一緒に‥‥‥』
 
 あるいは、目の前の少女が教えてくれたのかも知れない。
 
「"自分が何者だろうと関係ない"。ただ、やる。それだけの事なんだ」
 
「!」
 
 平井はその、悠二が静かに告げた覚悟に、"圧倒される"。
 
 圧倒された自分を感じて、
 
(‥‥うん)
 
 満足する。
 
 こうでなくては、自分を預けられない。
 
「坂井君」
 
「わっ!?」
 
 呼び掛け、振り向いた悠二に、平井が大きく一歩近寄っていた。
 
 突然胸元へと迫られて、悠二は立ち止まる。
 
 互いに胸を合わせるほどに近く向き合い。
 
 二人共、何も言わない。いや、悠二は言えない。
 
 今までの平井と、何処か違う。
 
 "親友であるという以上"の『近さ』を、今の平井から感じる。
 
 それは、自分の全てに近寄って来ても構わない。そんな『近さ』。
 
(あっ‥‥‥‥‥)
 
 "壊刃"との戦いの後、瀕死の平井と共にいた、あの時。
 
 今の平井が、あの時と同じ空気を纏っていると悟る。
 
 悠二がそれに気づいたと判断すると、平井は目を閉じる。あごを上げる。
 
 そして、かかとを浮かせて背伸びする。
 
「んっ‥‥‥」
 
 悠二の唇に、自分の唇を重ねる。
 
「‥‥‥‥‥っ!?」
 
 ようやく事態を把握した悠二が驚くと同時、ぴょんと悠二の胸元から逃げてみる。
 
「なっ、なな‥‥ななななななっ!?」
 
 完全に動転している悠二に、今度は平井が、『決意表明』する。
 
 曇り一つない、直視するにはあまりに眩しすぎる笑顔を輝かせて。
 
「"ずっと一緒にいるからね"!」
 
 今までで一番綺麗な笑顔で、言い放つ。
 
「いや、あの、だから、ヘカテーがその、じゃなくて平井さんが僕、えぇっ!?」
 
 さっきまでの貫禄はどこにいったのか、大げさに騒ぐ悠二に、
 
「わかってるよ。そんな事」
 
 と告げる。
 
 その言葉で当面の問題を直視出来たのか、悠二も少し正気に戻る。
 
「え‥‥なら、どういう‥‥‥?」
 
 平井が、"ヘカテーの事"をわかっているなら、さっきの言葉の真意が掴めない。
 
「それでもいいの。ずっと、一緒にいる」
 
「けっ、けどそれは‥‥‥‥」
 
「『拒否権』。あると思ってる?」
 
 無い。平井を人間でない存在ほと変えたのは他でもない自分だ。
 
 平井の人生の責任は、自分が負うしかない。
 
 拒否権など確かにないが、平井が"そういう事"ならまずいのではなかろうか。
 
 意地悪な笑顔を作る平井に、反論しようとするが、いい言葉が出てこない。
 
「いいの。それで‥‥」
 
 その言葉に含まれた、自分だから気づけるほんの僅かな不安に、悠二は全てを理解する。
 
 確かに平井は悠二がいなければ力を回復は出来ない。
 
 だが、平井の持つ存在の力は相当に多い。
 
 メリヒムの前例が示すように、自在法などな余計な力を使わずに生きれば、人の一生分くらいなら軽く生きられる。
 
 無論、人間に戻る事など出来ないが、“そういう選択肢”もあるのだ。
 
 それでも、悠二と共に在る。
 
 
 これは、平井の『甘え』なのだ。
 
 "ヘカテーの事"があるのに、平井の気持ちを知った上で平井と共に在る。
 
 それは『自分の甘え』だと悠二は無意識に考えていた。
 
 しかし、それだけではない。"ヘカテーの事"を知った上でそう言う、『平井の甘え』でもあるのだ。
 
 
 そう気づいた時、
 
「‥‥‥ぷっ」
 
 何故か、笑いたくなった。
 
 何故か、平井も笑う。
 
「プッ、クク、ハハハハハハ!!」
 
「ハハッ、アハハハハハハハ!!」
 
 どこまでも明るく、大声で、二人はしばらく笑い続けた。
 
 しばらくして、ようやく笑いが治まって、悠二が口を開く。
 
「いいの?」
 
 自分が、平井が、甘えていいのか、訊く。
 
「『自分が何者だろうと、ただやる』だけだよ?」
 
 平井は悠二の言葉を真似て、また悪戯っぽく笑う。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 「ごめん」は言わない、だから‥‥‥
 
 
「よろしく」
 
「こちらこそ♪」
 
 
 
 
 パンッ!
 
 手と、手が、音を立てて叩かれた。
 
 
 
 
 夜遅く、坂井悠二は目覚める。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 馴れ親しんだ家、かけがえのない日々が、想起させられる。
 
 寝る前に、荷物はすでに『収納』している。あとは、行くだけ。
 
(‥‥ごめん。母さん)
 
 "こんな時に"行く自分。父が家を空けがちな坂井家。親不孝の言葉が、重たかった。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 全部わかって、それでも‥‥
 
(‥‥ごめん)
 
 階段を、音を立てないようにゆっくりと下りる。
 
 自分の家を、あえて見回さずに、真っ直ぐに玄関に向かう。
 
 これが最後だと考えないための、無意識の行動だったのかも知れない。
 
 
「悠二」
 
「っ!」
 
 伏せて靴を履く背中に、声が掛けられる。
 
 聞き間違えようのない、声が。
 
「‥‥母、さん」
 
 何故、こんな時間に起きているのだろうか?
 
 何も言わずに行くつもりだった。帰ってから、全て話そうと。
 
 旅立ちが、辛くなるから。
 
 そんな悠二の戸惑いを察して、坂井千草は穏やかに言う。
 
「行くのね?」
 
 何も話していないのに、何故わかるのだろうか。
 
「‥‥‥うん」
 
 本当に、何も知らなくても何でもお見通し。
 
 不思議な母だと思う。
 
 そんな坂井千草は、これだけは聞かなければならない問いを、息子に投げ掛ける。
 
「ヘカテーちゃん?」
 
「‥‥うん」
 
 この問いは、予想していた。
 
「そう‥‥」
 
 それきり、黙る。何も訊いてこない。
 
「何も、訊かないの?」
 
 沈黙に耐えられずに自分から訊く悠二に、千草はなおも穏やかに応える。
 
「訊いたら、答える?」
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 答えられない。
 
「いつでも帰って来なさい。今度はヘカテーちゃんも一緒にね」
 
 千草が、後ろから柔らかく抱き締めて、そう言う。
 
「う、ん‥‥」
 
 泣いてしまわないように、歯を食い縛ってそう応える。
 
 立ち上がり、正面から向き合う。
 
「うん。男の顔になったわ」
 
 そんな事を言いながら微笑む母に、悠二も微笑み返す。
 
 心配いらない。そう伝えるように、力強く、
 
 
「いってきます」
 
 
 旅立つ。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 息子の旅立ちに、自分以外誰もいなくなった家に、坂井千草は寂しそうに溜め息を漏らす。
 
 しかし、一人ではなかった事に気づいて、自らのお腹を優しく撫でる。
 
 
「お兄ちゃんとお姉ちゃんが帰ってくるまで、いい子で待ってましょうね?」
 
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 御崎大橋の首塔の上で、一枚の写真を見つめる。
 
 小さい自分が中心にいる写真。しかし、やけに遠くから撮られている。
 
 おそらく、この写真には本来、"自分の両親も写っていたのだろう"。
 
 今や、顔すら"思い出す"事が出来ない両親。
 
 だが、きっと自分を大切に育ててくれた両親。
 
 そう信じる事しか出来ないが、それでも‥‥
 
(ありがとう)
 
 
「‥‥待った?」
 
 そんな平井ゆかりに、やってきた坂井悠二が言う。
 
「少し待つくらいの方がちょうどいいでしょ?」
 
「かもね」
 
 
 二人、生まれ育った街を眺める。
 
 故郷を、友達達を、共に戦ってきた仲間達を、想う。
 
 次に帰ってくる時は、きっと‥‥‥
 
 
「よし、行こうか」
 
「了解!」
 
 
 坂井悠二と平井ゆかり、二人のミステスがこの日、御崎市から姿を消した。
 
 



[4777] 水色の星S 十二章 四話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/02/25 08:54
 
「『銀時計』」
 
 御崎市からほどよく離れた白峰市のホテルの屋上に、一人の少年と一人の少女。
 
 坂井悠二と平井ゆかりである。
 
「それが‥‥?」
 
「うん」
 
 そう訊く平井に応える悠二の足下には、悠二を中心に半径三メートル程度の円形自在陣が展開されていた。
 
 一から十二の英数字と、長短の針のような紋章で作られた自在陣。
 
 悠二が独自に編み出した自在法・『銀時計』である。
 
 悠二は一ヶ月以上もの間、ただふぬけて自在式をいじり続けていたわけではない。
 
 
 ヘカテーが帰ったであろう『星黎殿』は、かつてシャナ達が暮らしていた『天道宮』と対となる要塞型宝具。
 
 そして、感知不可能と言われる異界・『秘匿の聖室(クリュプタ)』に包まれているのである。
 
 この『秘匿の聖室』の絶対の隠蔽を破るため、自在師たる悠二は日々試行錯誤を続けていたのだ。
 
 実際にその事に気づいていたのは平井ただ一人だったが、悠二は確実に前に進んでいた。
 
「これで、本当に『星黎殿』、見つけられるのかな? 絶対に察知不可能だって話だったけど」
 
「絶対なんてないよ」
 
 悠二は珍しく自信ありげにそう応える。
 
 実際、悠二も平井も知らない事だが、かつて"愛染の兄妹"の片割れ"愛染自"ソラトが、その特性たる『欲望の嗅覚』によって、『星黎殿』を察知していた事例もある。
 
 
 とにかく、今まで悠二が取り組み続け、ようやく完成に到ったのがこの『銀時計』である。
 
 
『それで、見つけられるのか?』
 
「見つけるさ。大体、貴方が『星黎殿』への行き方知ってたらこんなに時間かかる事も無かったのに」
 
『余がこの世に在ったのは数千年も過去の事。正確にこの世の状態を掴めるわけではない』
 
「悠二、今"話してる"の?」
 
「ああ、うん」
 
 折角のお披露目であるから、久しぶりに『彼』とも"通じて"いるのだが、集中力がいるから精神的に疲れる。
 
 対話するだけでこれでは先が思いやられる。
 
 まあ、それは"今後の課題"である。
 
『この者が‥‥平井ゆかりか?』
 
「そう。僕としか話せないの不便だね。そこも何とかしないと‥‥」
 
 平井が悠二の目の前で「見えてる? 見えてる?」と手を振っている。
 
 が、今は『彼』の事より優先すべき事がある。
 
 
「この長針が、『目標』の方向、短針が目標までの距離を指してる。だから今、十時の方角に‥‥『星黎殿』は在る」
 
 この自在法は『目標』との因果を、『繋がり』を辿り、示してくれる。気配も隠蔽も関係ない。悠二が求めるものへと導いてくれる。
 
 ただ、言い方を変えれば悠二と『繋がり』の無い、つまり知らないものは探せない。
 
 だから、今『銀時計』が示すのは正確には『星黎殿』ではなくヘカテーである。
 
 ようやく拓けた、少女へと繋がる道である。
 
 
『‥‥永い時を掛けてきた計画だ。余は特段焦るつもりはなかったのだが、な』
 
「‥‥うん」
 
 
 そう、本当ならまだ、平和な日々を、皆一緒に‥‥‥
 
 でも、あの少女は"逃げ出して"しまった。
 
 だから‥‥
 
「‥‥捕まえて、ひっぱたいてやんないとね」
 
「‥‥うん」
 
 志を同じくする平井と共に、
 
『ゆくか』
 
「‥‥うん」
 
 また、道を同じくする『彼』と共に、
 
 
「ヘカテーを、迎えに行こう」
 
 
 
 
「意外と、陰気な隠れ家だね、マリアンヌ」
 
「フ、フリアグネ様、悪口はあまり‥‥」
 
 "蠱溺の杯"ピルソインの案内の下、『星黎殿』を訪れた"狩人"フリアグネ、そしてその恋人のマリアンヌは、そのまま客分として『星黎殿』に居着いていた。
 
 その目的もよくわからず、ただ『盟主』の事について訊き回り、しかも"頂の座"が塞ぎ込んでいると知ってからは出ていく気配すらない。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 ベルペオルはこれを敢えて放置している。利用価値のある強大な王が手元にいるのはむしろ都合が良いからだ。
 
 しかも、何故か『零時迷子』のミステスについても知っていた。
 
 『将軍』や、ヘカテーを崇拝する徒、忠誠心や野心に溢れた徒が不用意に『零時迷子』のミステスに手出しをしないよう、フリアグネには口止めはしている。
 
 ちなみに、ヘカテーはフリアグネが『星黎殿』に来た事を知らない。
 
 通常ならヘカテーが行う『訓令』もベルペオルが代わって行い、しかもヘカテーは自室から一切出てこないからだ。
 
 もうそろそろ、二ヶ月になるというのに、全く回復の兆しが見られない。
 
 いや、むしろ悪化していっている。
 
 『零時迷子』のミステスを破壊せずにそのまま連れて来るか?
 
 いや、それで解決するなら最初からヘカテーが連れて来ているだろう。
 
 つまり‥‥
 
「参謀閣下」
 
 そんなベルペオルに突然話し掛けるのは、獣毛に覆われ、頭部は無く、目や大きな口はやたらと張った胸に在る鳥男という姿の『布告(ヘロルト)』・"翠翔"ストラスである。
 
「どうしたね、ストラス?」
 
 もちろん、ベルペオルは部下の前で無様な葛藤を晒さない。
 
「‥‥いえ、例のミサキ市を見張らせた『捜索猟兵(イェーガー)』からの報告なのですが‥‥」
 
 その言葉が、言いづらそうに淀む。
 
 ちなみに、なるべく機密にしている現・『零時迷子』のミステスの事も、必要最低限、冷静で信頼出来る部下には伝えてある。
 
「『零時迷子』のミステス、あともう一人ミステスと思われるトーチが、ミサキ市から姿を消したそうです」
 
 言いづらい事を、しかし自らの職命としてきちんと言い切るストラス。
 
「‥‥‥そうかい。ならばそのまま『零時迷子』のミステスの探索を『捜索猟兵』に伝えておくれ。無論、バレないようにね」
 
 動揺を見せずにそう返すベルペオルに、ストラスは安心したように「は!」と言って立ち去る。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 いつの間にか"狩人"の二人も消え、この酒保には今誰もいない。
 
 椅子に座り、机に突っ伏して、
 
「‥‥もうやだ」
 
 愚痴をこぼした。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 平井の中の『オルゴール』に悠二が刻んだ気配隠蔽の結界を、平井が発動させる中、悠二は意識を集中させる。
 
「‥‥"よし"」
 
「わぁ‥‥!」
 
「存外、上手く出来るものだな。トリガー・ハッピーの力を借りた"あれ"以降『顕現』した事もないというのに」
 
『余とお前が同調可能な性質を持ち合わせていなければ、この"顕現"自体あり得まい。"大命詩篇"の扱いに、お前が馴れてきたという事だ』
 
「しっぽだ、しっぽだ♪」
 
「ゆかり、遊んでくれるな」
 
 平井が遊ぶ。
 
 複雑な気配隠蔽の自在法も、容易く奏でてくれる『オルゴール』の力を借りているから余裕である。
 
「どうでもいいけど悠二、その喋り方何とかならないの?」
 
「あ‥‥いや、ごめん」
 
 指摘されて、つい恥ずかしくなる。
 
 『顕現』している時は自分で自分に違和感を感じられないから、なかなか治せない。
 
「ま、貫禄ついて見えるからいいかもね。けど"プライベート"ではやめてよね。違和感ありすぎるから」
 
「‥‥わかってるよ」
 
 わざわざ念を押されなくても、四六時中これは無理である。精神的に。
 
 
 悠二と平井が旅に出て、十日が経っていた。
 
 
 
 
 ドクンッ
 
(‥‥まただ)
 
 手にした『大命詩篇』が、僅かに脈打つ。
 
 ここ最近頻繁に起きている異変。今日のは一段と強い。
 
(悠二‥‥)
 
 "言い訳"は出来た。しかし、この異変が少年の危険を表すものではない事を、巫女である自分は理解出来ていた。忌々しい事に。
 
 もし、"勘違い出来たなら"、少年の許に飛んでいけたのだろうか。
 
(悠二‥‥)
 
 会いたい。会いたい。会いたい。
 
 あれから、"何年"経ったのだろうか。
 
「悠二‥‥」
 
 この『大命詩篇』の脈動は、何を意味するのだろうか。
 
 ベルペオルがおじさまを捕まえて、『暴君』を稼動させているのかと思って飛び出した事も何度もある。
 
 おじさまに口止めする役割も自分は持っている。
 
 だが、『暴君』には何の変化もなく、おじさまもいない。
 
 ギリッ
 
 嫌になる。
 
 気を緩めると『大命詩篇』に危機が迫る事を"期待"してしまいそうになる自分が心底嫌になる。
 
 悠二を守る。それだけでいいはずなのに。
 
 悠二が笑っていてくれる。それだけでいいはずなのに。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 もし今、悠二の笑顔を見て、その傍にいられない自分を思った時、自分はどうなってしまうのだろう?
 
 どうもこうもない。悠二が笑顔でいる事に満足して、また遠くで彼を守る。
 
 そう"断言する事すら"、今や出来ない。
 
 
 壊れてしまうかも知れない。
 
 あるいは、もう壊れてしまったのかも知れない。
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 冷たい涙が、"いつものように"頬を流れた。
 
 



[4777] 水色の星S 十二章 五話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/02/25 20:33
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 ヘカテーの意向なのか、それ以外の理由なのかはわからない。
 
 だが"それ"は、日本国内、この北海道の地に在った。
 
 在るはずだ。
 
 縦に、横に、斜めに、複数同時展開した『銀時計』の全ての長針が、一点、斜め上空を刺していた。
 
 もちろん、肉眼にはただの夜空しか映らない。
 
「ゆかり、時間はどう?」
 
「あと十分」
 
 傍らの平井ゆかりに訊く。
 
 それは作戦、などと呼べはしない、ただの突入。
 
("好きがわからない"、か‥‥)
 
 それも仕方ない。いくら位置が特定出来ていようが、『秘匿の聖室(クリュプタ)』の中の様子は知りようがない。
 
 情報ゼロの突入、出たとこ勝負である。
 
(全く、厚顔無恥ってやつだな)
 
 少女の好意に甘え、自分の気持ちすら掴めなかった日々が思い出される。
 
(好きだと思える欠片は、日々の中に積み重なっていたはずなのに)
 
 "こう"なって初めて思い知らされた。"こう"なるまで気づけなかった。
 
(でも、ここまで来た)
 
 また、出会うために。
 
(ここまで、来たよ)
 
「行くよ、ゆかり」
 
「あいよ!」
 
 
(ヘカテー)
 
 
 
 
 何も見えない、しかし確かに在るはずのものへと、二人は飛ぶ。
 
「中の構造はわからないから、どんな場所に出るかわからない。いきなり戦闘になるかも知れない」
 
「百も承知!」
 
 前方三十メートル先へと‥‥‥‥
 
「今だ!」
 
 
 『転移』。
 
 
 
 
 今、『星黎殿』が北海道という地に停泊しているのは、最近の習慣のようなものだった。
 
 常の回遊ルートを変更し、一定の間隔でこの島国に逗留するようにしている。
 
 無論、ヘカテーに関する"何かあった時"のための措置であり、また、この地に多数放った『捜索猟兵(イェーガー)』の乗り降りのためでもあった。
 
 今、"巫女の悲痛な気配"の渦巻く『星黎殿』。
 
 その巫女に対する崇拝がゆえにこの要塞にいる事に耐えられなくなる者多数、巫女への忠義あればこそ留まる者もまた多数。
 
 常駐に比べればやや閑散としてしまっているのが現状である。
 
(‥‥ふぅ)
 
 『星黎殿』内部の『祠竃閣(しそうかく)』、『参謀』ベルペオルの副官にして『星黎殿』の守護者たる"嵐蹄"フェコルーはもう何度目かという溜め息を漏らす。
 
 行方不明だった巫女の帰還。それ自体は喜ぶべきなのだろうが、その巫女が異常とも言える消沈を見せ続けている事で、結果として『仮装舞踏会(バル・マスケ)』全体が消沈状態に陥っている。
 
 ヘカテーは『仮装舞踏会』の構成員達から、『三柱臣(トリニティ)』の中でも最も絶大な尊崇を集める、正しく『星』。
 
 月は数千年前に隠れ、星も輝かない。今の『星黎殿』の夜空はあまりにも暗すぎた。
 
 結果としてベルペオルやシュドナイまで消沈しているのだから、はっきりと最悪の状態だった。
 
 ベルペオルの副官として、ヘカテーの部下として、『星黎殿』の守護者として、何度となく無為な溜め息をつく。
 
 これも、最近では日常的な事。別に、全くいつも通りのその一時に、
 
「!!」
 
 フェコルーが、いや、『星黎殿』にいる誰もが驚愕する。
 
 『秘匿の聖室』内部、『星黎殿』の上空に、突然大きな自在法発現の気配が現れる。
 
「な!?」
 
 位置は『星黎殿』外部。『星黎殿』でいきなりこんな自在法を使う不埒者など、今いる『仮装舞踏会』の構成員には心当たりがない。
 
 フレイムヘイズなどもっとあり得ない。『秘匿の聖室』の感知は何者にも不可能である。
 
(まっ、まさかあの"狩人"が!?)
 
 最近居着いた部外者にして強大な王を疑いながら、守備兵に状況を訊く。
 
「なな、何事ですか!?」
 
 フェコルーの声に応えて、竈型の宝具・『ゲーヒンノム』を満たすどす黒い灰が素早く渦巻き、要塞の細かい全体像を映し出す。ほどなく、要塞守備兵からの自在法の映像が送られてきた。
 
《た、大変です! 侵入者です!》
 
「なっ!?」
 
 ミニチュアに映るもの、そして送られてくる映像。
 
 それは"侵入者であるという以上に"あり得ないものが映っていた。
 
 "それ"は組織の中核にしか知らされる事の無い存在。『大命』の鍵の一つ。
 
 くすんだ西洋風の板金鎧。"銀"、あるいは『暴君』。しかもそれが、二体。
 
 驚愕はそれのみに止まらない。『星黎殿』の上面に無数そびえる尖塔の間に二体の『暴君』が隠れたかと思った次の瞬間、
 
 『暴君』が"増えた"。
 
 幾百にも。
 
 
 
 
 驚愕にあるのはフェコルーのみではない。
 
 『星黎殿』に侵入者など、過去に前例のない前代未聞の事態である。
 
「何があった!?」
 
 "千変"シュドナイが。
 
「‥‥『祠竃閣』に行くよ」
 
 "逆理の裁者"ベルペオルが。
 
「‥‥‥来たか」
 
 "螺旋の風琴"リャナンシーが。
 
「面白い事になってきたね」
 
 "狩人"フリアグネが。
 
 それぞれ反応する。
 
 
 しかし、
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 ただ一人、何事にも興味を失ったように、まるで脱け殻にでもなったかのように、"頂の座"ヘカテーだけが、動かない。
 
 
 
 
「ちくしょう! 参謀閣下や大御巫(おおみかんなぎ)がこんな時にどこのどいつだ!?」
 
 ベルペオル直属の『巡回士(ヴァンデラー)』、巨大な三本角の甲虫のような姿の『紅世の王』・"驀地しん"リベザルが、まだ侵入者かどうかすらわからないままに駆け出していた。
 
 誰であっても関係ない。こんな時に自分が忠誠を捧げる上官達に心労をかける不忠者など、問答無用で叩き潰してやる。
 
 彼は"ベルペオル直属"という地位にあり、それなりに『三柱臣』に近しく接する事が出来る位置にある。
 
 そして、彼女らからの任務を達成する事に大きな喜びを感じる、実に忠誠心溢れる構成員だ。
 
 そんな彼は最近の悲惨な状況、そしてそれに対して何一つ出来ない無力な自分に激しく憤っていた。
 
 そんな中、いきなり『星黎殿』で大規模な自在法を使った不埒者。彼が怒りを存分にぶつけるには十分な理由だった。
 
 
 そして、一つの尖塔の屋根の上で、
 
「おう、お前達」
 
「「っ、はい」」
 
 マントで全身を隠した二人組と鉢合わせになる。
 
 "人間の感覚ならば"珍しい格好だろうが、この『星黎殿』においては特段珍しい姿でもない。
 
 この事態に真っ先に動きだす心構えは気に入った。
 
「この騒ぎは何だ。何が起こってやがる?」
 
「侵入者です。敵は無数の西洋鎧でございます」
 
 敵、か。どうやって『星黎殿』に入り込んで来たかはわからないが、これで問答無用にブチ殺せる。
 
「よし、お前達はそのまま他の『巡回士』にも伝えてやれ。あとは俺が侵入者をやる」
 
「「はっ」」
 
 行って、リベザルとは反対方向に二人は飛んでいく。
 
 二人を見送る間もなく、銀の鎧達が散らばっていくのが見える。
 
「うおおおお!!」
 
 
 
 
 上手くいった。
 
 突入時にあんな格好をさせたのはそういう理由だったのか。
 
 このまま上手くやって無駄な力を使わずに行ける、か?
 
 この徒だらけの場所なら気配隠蔽など不要だ。木を隠すには森、である。
 
 胸の“灯火”を隠すくらいわけはない。
 
 
 そして再び、徒に遭遇する。さっきから"王"ばかりと会うな、と思う。
 
 目の前に現れたのは、緩い衣を纏った直立するヒトコブラクダ。
 
「お前達、"侵入者は"?」
 
 なるほど、こいつはもう侵入者だという事は知らされている。思ったより情報が回るのが早い。
 
「『星黎殿』各所を逃げ回っております。今、私達も強力な『巡回士』へ報告して回っているところです」
 
 ああ、何かこのスパイ感覚、たまんない。
 
「そうか。なら直接見てきた状況を参謀閣下にお知らせしてこい。この非常時に位階等級などと言っている時ではない。光栄に思うのだな
 私は直接賊を討ちに行く」
 
「はっ、では私達は今より"逆理の裁者"ペルペオル様の下へと参ります」
 
 全く、ちょろいものである。
 
 背を向け、宮殿の中枢部らしき方へと足を向け‥‥‥‥
 
「ちょっと待て」
 
 呼び止められた。
 
「貴様、今何と言った?」
 
 あれ? 何か間違った?
 
「‥‥参謀閣下の通称は"べ"ルペオル様だ」
 
 ‥‥‥‥あ
 
「「ふんっ!」」
 
 ドゴォオ!!
 
 相棒と同時に渾身のボディーブローを叩き込み、気絶させてから逃げる。
 
 
「間違えるなって言っただろ!?」
 
「だって紛らわしいんだもん!」
 
 
 もう、マントも無意味か‥‥‥。
 
 
 



[4777] 水色の星S 十二章 六話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/02/26 13:14
 
「『銀時計』」
 
 再びの『銀時計』。さっき徒、しかもおそらくはそれなりの地位にある王を殴り倒してしまった以上、“銀”の撹乱の他にも本命の侵入者(自分達)がいる事に気づかれるのは時間の問題だろう。
 
「中心の、あのでかい城かな?」
 
 『星黎殿』は広く、大きく、建造物も無数にある。
 
 そのうちの一つ、ヘカテーの自室のある大きな城を、『銀時計』は刺していた。
 
「もう、飛んでいくのはまずいな。地面(した)から行って城を登ろう」
 
「んー、いよいよRPGっぽくなってきたね♪」
 
「あのね‥‥」
 
「囚われのお姫様を助けに行く勇者と魔法使い。いっぺんやってみたかった!」
 
 その図式でいくと自在師(魔法使い)は自分だから‥‥勇者はゆかりだろうか?
 
「んじゃ、ジョーンズ・ボンドばりの潜入劇をかましますか♪」 
 
 
 
 
 『星黎殿』の地下中枢部に存在する司令室・『祠竃閣』。
 
 今この場にいるのは、“千変”シュドナイ、“嵐蹄”フェコルー、そして“逆理の裁者”ベルペオルのみである。
 
 ヘカテーは、いない。
 
 この事態にも反応しない巫女に、いよいよ深刻な状態だと三人は思う。
 
 しかし、今はその事については口に出さない。
 
「『暴君』自体には特段の変化は見られなかった。だが、今『星黎殿』のいたる所に現れている鎧の姿はまさしく『暴君』そのもの」
 
 ベルペオルが、まとめた情報を二人に話す。
 
「つまり、どういう事だ?」
 
 常なら戦いにおいて焦りなど持ち込むシュドナイではないが、こんな時に現れた侵入者への憤りのためか、少し急かすように言う。
 
「要するに、『あれ』は『鏡像転移』でも『暴君』の誤作動でもなんでもない。“侵入者”が自身の力で生み出したただの傀儡、という事さね」
 
「しっ、しかしそれならば‥‥‥」
 
 その言葉の意味するところに、フェコルーが気づく。
 
 フェコルーが気づいた事を、ベルペオルが引き継いでやる。
 
「ああ、『暴君』の事を知っている何者かの仕業、という事になるだろうね」
 
 偶然、この『星黎殿』で、『暴君』そっくりの傀儡を生み出すなどという偶然はあり得ないだろう。明らかに、撹乱を狙っている。
 
「となれば、この『暴君』共は囮、か」
 
 竃型宝具・『ゲーヒンノム』に無数に映り、『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の徒達の攻撃を受けている『暴君』達は、ただ逃げ回り、走り回っているだけ。
 
 何らかの狙いがあるようには思えない。確かに、その姿と数でこちらの目を引こうとしているように見えた。
 
「おそらく、『本命』は密かに侵入しているんだろうさ。敵の狙いがわからない以上、あらかじめ兵を配備するのは無理か‥‥」
 
「デカラビアもいないこんな時に‥‥‥」
 
《伝令です! 西部尖塔の屋根上にて、“駝鼓の乱囃(だこのらんそう)”ウアル殿を発見! 気絶させられております!》
 
 フェコルーが嘆くのに割って入るように、また物見から伝令が入り、同時に気絶させられた直立のヒトコブラクダが映る。
 
「‥‥どうやら、本命の方も動き出したようだね」
 
「不意打ちであれ何であれ、ウアルを、“大規模な戦いに発展すらしないうちに”倒せる程の使い手、というわけか」
 
 強力な王があっさり敗北したという事実にも、何故かシュドナイもベルペオルもフェコルーもさして驚かなかった。
 
 得体の知れない不気味な相手、むしろただ者である気が全くしなかった。
 
《たっ、大変です!》
 
 さらに、伝令が入る。
 
《“巫女様の居られる城”の城門から侵入者が! 若い少年と少女の“ミステス”、炎は翡翠と‥‥》
 
 そこまで聞いて、三人の表情が明らかに変わる。次の言葉を、言われる前から理解していた。
 
《“銀”です!》
 
 
 
 
「いくよ、『パパゲーナ』」
 
 平井が右手に構えるのは、かつて御崎市を襲った『革正団(レボルシオン)』の主格の一人、“戯睡卿”メアが使っていた宝具・『パパゲーナ』。
 
 元々は神楽鈴型宝具だったが、シャナとメアの戦いで破損し、残った鈴を使って作り変えたため、形態が変わっている。
 
 広い鍔に六つの鈴を提げた短剣・『鉾先舞鈴』というやつだ。
 
「殺せ!」
 
「巫女様には指一本触れさせぬ!」
 
 襲い掛かる徒達の攻撃を捌き、躱し、“通り過ぎる”。
 
「ん? 何だ?」
 
「これ、羽根‥‥」
 
 ドォオン!
 
 刹那の打ち合いの間に放たれていた『パパゲーナ』の羽根が、徒達の至近で爆発し、たまらず徒達は昏倒する。
 
「城まで大した騒ぎにならずに来れたのは上手くやれた方かな?」
 
 悠二の方も、大剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』で敵の武器を捌き、あるいは破壊してから気絶させている。
 
「でも、ここからはバレないように、は無理だね」
 
 城の警護の徒達がわらわらと出てくる。表で“銀”にかまけている連中まで呼び出されないうちに一気に突き進むのが良いだろう。
 
「『胡蝶乱舞』」
 
 平井の鉾先舞鈴から、翡翠の羽根が無数、警護の徒達へと飛ぶ。
 
 幻想的な羽根吹雪に包まれた徒達全てが、
 
「『時限発火』!」
 
 ドドドドドォン!!
 
 全ての羽根の炸裂により、壁に、床に、天井に吹き飛ばされ、叩きつけられる。
 
「よし、一気に抜けるよ」
 
 二人で包囲網を破り、駆け抜けていく。
 
 目指すは、一人の少女。
 
 
 
 
(『零時迷子』の、ミステスか!?)
 
 ガシッと剛槍・『神鉄如意』を掴み、シュドナイが走る。
 
「待ちな、シュドナイ!」
 
 ベルペオルが止めてももう遅い、『星黎殿』内部を自由に移動出来る『銀沙回廊』を使って、シュドナイは消えた。
 
「‥‥‥フェコルー、お前は万一の時のため、『秘匿の聖室(クリュプタ)』を『マグネシア』で守っておいておくれ」
 
 全く頭の痛い事態に、しかし務めて冷静にベルペオルは命じる。
 
「‥‥‥‥は」
 
 フェコルーも、生返事のような返答しか出来ない。
 
「それと、構成員達に無闇に攻撃するなと伝えておくれ。ミステス破壊で『零時迷子』が無作為転移を起こされでもしたら冗談にもならないからね」
 
 こんな時でも『仮装舞踏会』の参謀たる彼女は、冷静に状況を把握し、的確な指示を出していた。
 
 問題はむしろ、『将軍』の方である。
 
 
「私はあの馬鹿を止めてくるよ。それに‥‥」
 
 そして、この事態に、“動かなければならない者”もいる。
 
「ヘカテーにも、知らせてくる」
 
 
 
 
「「っはぁ!」」
 
 目の前に飛び込んできた図体のでかい徒を二人の飛び蹴りが沈める。
 
 
「今、何階まで登ったっけ!?」
 
「さあ、ヘカテーが何階にいるのかちょっとわからないけど!」
 
 随分と広い城である。しかも、ヘカテーを探す間にも徒達はひっきりなしに現れる。
 
 こう気配だらけだとヘカテーの気配も掴み辛いし、この乱戦では『銀時計』を使う暇などない。
 
 
「っ!」
 
 進路方向先、派手な宮廷衣装を纏った獅子の頭を持つ男。
 
(こいつ‥‥やばい)
 
 悠二は今まで強敵とばかり戦ってきた経験から、その実力を、一目で見破る。
 
 と、その獅子が“大きく息を吸い込む”。
 
(何かくる!)
 
「ゆかり! 『ミラーボール』!」
 
「っ! オッケー!」
 
 悠二の声に応え、平井の掌に“悠二に喰われた証である”銀の珠玉を、宝具・『オルゴール』の証たる翡翠の炎が取り巻く球体が現れる。
 
 それが平井の前方に放たれ、ぺしゃりと潰れてまた形を変える。
 
 それは、翡翠の炎に縁取られた銀の鏡。
 
「っがあ!」
 
 獅子が力強く咆哮し、風ではない、炎でもない、“衝撃波”が二人に叩きつけられる。
 
 はずだった。
 
「っ!?」
 
 平井の前方に展開された銀の鏡、その周囲にのみ破壊の影響は見られず、毅然として鏡はそこに在った。
 
 またすぐに形を変え、翡翠の炎が取り巻く銀の珠玉へと変わる。
 
「お見事」
 
「まね♪」
 
 平井はそれをさらに、胸の灯り、正確にはうちに秘めた宝具・『オルゴール』に取り込む。
 
 そして、“大きく息を吸い込み”、
 
「っだあ!」
 
「っはあ!」
 
 獅子と平井、“二人の咆哮”が中間地点でぶつかり、その周囲の壁が、床が吹き飛ぶ。
 
「ふっ、ふふ、私の破壊の咆哮、自在法・『獅子吼』を返すとは、なかなかの使い手のようですね」
 
「褒められて悪い気はしないけど、こっちの少年はもっと強いよ?」
 
「‥‥何が“少年”だ」
 
 美麗の獅子と軽口を叩き合う。
 
 先ほど平井が『獅子吼』を返した。否、“取り込んだ”のは平井独自の自在法・『銀沙鏡(ミラーボール)』。
 
 “自在法を吸い込む鏡”である。そして、吸い込んだ自在法を式へと変えて、『オルゴール』へと刻み込む。
 
 つまり、“返したのではなく”、
 
「っは!!」
 
 一度吸い、刻めば、上書きしない限りは“何度でも”使えるのだ。
 
「なっ!?」
 
 ドォオオン!!
 
 自身の自在法を跳ね返されたのではなく、扱われ、美麗の獅子は動揺し、躱しきれない。
 
「このまま走り抜けるよ!」
 
 言って平井が駆け出す。が、その“平井を悠二が抱えて飛んだ”。
 
 ドォオオン!!
 
 爆煙を吹き散らし、自在法・『獅子吼』が先ほどまで平井がいた床を粉々に打ち砕いていた。
 
 
「我が名は“哮呼のしゅん猊”プルソン。そう易々とお通しするわけには参りませんな。“侵入者”の方々」
 
 立ち上がる美麗の獅子の周囲に、旗のついた長いラッパが現れていた。
 
「我が自在法・『ファンファーレ』。どうぞご鑑賞あれ」
 
「はあ、もう零時回ったから回復出来ないっていうのに‥‥」
 
 宙で平井を抱えたままうんざりしたような悠二、その眼に‥‥
 
「仕方ないか」
 
 先ほどまでにはない強さが宿る。
 
 
 
 



[4777] 水色の星S 十二章 七話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/02/27 12:54
 
「仕方ないか」
 
 こういう強者との戦いは避けてヘカテーを目指すべきなのだろうが、あの不可視の衝撃波に背を向けるのは危険である。
 
(あのラッパ、攻撃の支援のものだと考えると、多角攻撃か?)
 
「‥‥悠二。私、二つは"盗めない"よ?」
 
 そう、平井の『オルゴール』に刻んでおける自在式は一つだけ、『銀沙鏡(ミラーボール)』で式を写しとっても扱えるのは一つしかない。
 
「わかってる。あのラッパに気をつ、け‥‥?」
 
 ひらり ひらり
 
 羽根が、一枚一枚降ってくる。
 
 ゆかりの『パパゲーナ』のそれとは受ける印象が、違う。
 
 何だ?
 
「惑え‥‥」
 
 一枚、また一枚、羽根は辺り一帯を包み込む。
 
 
 
 
「何だ、これは!?」
 
 羽根の、その中で無茶苦茶にぶれまくる視界、でたらめな遠近感に捕われたプルソンが叫ぶ。
 
(ええい、面倒だ!)
 
 美麗の獅子・プルソンが指揮者のように振るう腕に合わせ、周囲のラッパもその力を集中させる。
 
「謳え、『ファンファーレ』!」
 
 応えるように、ラッパ達は周囲広範囲に、音の暴力たる衝撃波を吹き放つ。
 
 プルソンやその配下の徒達を包み込む不可思議な結界が、羽根の嵐が、ガラスが割れるように吹き飛んでいた。
 
 しかし、
 
「‥‥やってくれる」
 
 侵入者たる二人のミステスの姿は、すでに無かった。
 
 その広大な一室の柱の一つの後ろに、一人の少女がもたれかかっていた。
 
 薄い布のような衣服を纏った、紫の短髪の少女。
 
 
「‥‥さあ、どんな結果か見せてくれ。不肖の弟子よ」
 
 
 
 
「何で師匠がここにいるんだろ?」
 
「ヘカテーが家出した時にくっついて来た、とか?」
 
 
 階段を駆け上がる悠二と平井。
 
 プルソン達が撹乱されている間に当然のように先に進んでいた。
 
 だが、いい加減この城で暴れすぎたため、いくら上ろうと敵はいる。
 
 むしろ、上に行くほど敵の数や質が上がっている気がするが、それはつまり‥‥‥
 
「ヘカテーが近い、って事かな」
 
「だろうね」
 
 二人、敵が手強くなる事にむしろ喜びを感じていた。
 
 自分達がこの城に攻め入った時点でヘカテー狙いなのはバレているだろう。そして、当然ヘカテーの警護を意識しているはず。
 
 警護が厳しい所にヘカテーはいるのだ。
 
 
「っ!」
 
 ドォオオン!
 
 突然、城の壁を突き破って徒が一人乱入してくる。
 
 この気配は、また『王』か。
 
 それにしても、突入してからすぐに臙脂色の封絶が『星黎殿』全てを包み込んだから後で修復が可能とはいえ、自分達の城で無茶苦茶やるなあ、とは思う。
 
「てめえら! よくもこの俺をペテンにかけてくれたな!?」
 
 そう怒鳴り付けてくるのは、先ほど『捜索猟兵(イェーガー)』の振りをしてやり過ごした三本角の大きな甲虫。
 
 表の"銀"が陽動である事がバレたのか、知らされたのか、あるいはもう大半の"銀"がやられてしまったのか。
 
 どちらにしろ、また敵の数が増えたという事だろうか。
 
「この『巡回士(ヴァンデラー)』リベザルが、大御巫には指一本触れさせんぞ! この場で叩き潰してやる!!」
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 この甲虫、見た目はいかにもやられ役の怪物という感じだが、どうやらかなり強い。
 
 先ほどの、プルソンくらいの実力者のような気がする。
 
 なら‥‥
 
「ゆかり、二人がかりで一気に決める」
 
「オーケー」
 
 悠二の左腕に銀の自在式が巻きつき、平井が息を大きく吸い込み、
 
 それらが"不発に終わる"。
 
 甲虫・リベザルの角を絡めとる、金色の鎖によって。
 
「なっ!?」
 
 驚愕の声をあげるリベザル。
 
「‥‥何であんたまでここにいるんだ?」
 
「‥‥‥『敖の立像』の時の白スーツの人?」
 
 警戒する悠二と、記憶を探る平井。
 
 それらを楽しそうに見やる、美青年。
 
「"狩人"フリアグネ! 貴様何のつもりだ!?」
 
 怒鳴るリベザルは、とりあえず無視する美青年・"狩人"フリアグネ。
 
「別に? 単なる好奇心さ。はじめましてになるのかな? お嬢さん。私は"狩人"フリアグネ。そして‥‥‥」
 
「"恋人の"マリアンヌです」
 
「ああ、そこを強調してくれるなんて、なんて君はいじらしいんだ私の可愛いマリアンヌ」
 
「‥‥いちゃつきに来たんならよそでやってくれ」
 
 うんざりしたように悠二が言う。フィレスとヨーハン見てるような気分である。
 
「そう言わないでくれないか。これでも、手伝いに来たのだから」
 
「‥‥‥‥‥‥は?」
 
 その意外すぎる言葉に悠二は呆気にとられ、
 
「貴様! やはり侵入者に通じていたのか!」
 
 リベザルが大声で怒鳴りつける。
 
「さっさと行くといい。"敵同士の潰し合い"なんて、わざわざ見物していく事もないだろう?」
 
 不敵に笑ってリベザルに目を向けて言い放つ。
 
 実質の宣戦布告である。
 
「あ‥‥え?」
 
「行くよ悠二!」
 
 フリアグネと何度も敵対していたため、現状を信じられない悠二の襟首を、フリアグネをろくに知らないがために即座に"味方"だと判断した平井が掴み、高速で飛ぶ。
 
「逃がすかぁ!」
 
 怒声を発してそれを追おうとするリベザルの眼前に、指輪が一つ放られていた。
 
 そして、
 
 ドォオオン!
 
 白炎の爆発がリベザルの巨体を軽々と吹き飛ばす。
 
「ぐっ、ぬうぅぅ! 貴様! 我ら『仮装舞踏会(バル・マスケ)』を謀っていたのか!?」
 
「別に? そんなつもりはないさ」
 
 フリアグネの傍らのマリアンヌが、引き継ぐように、
 
「でも‥‥」
 
 そしてまた、フリアグネが引き継ぐ。
 
「囚われの姫君を、勇者が魔王の手から救い出す。外野の横槍は無粋というものだよ」
 
 
 
 
「‥‥師匠はともかく、何で"狩人"が?」
 
「悠二、立像の中であの二人を討滅しないで『転移』で飛ばしたんでしょ? 恩にでも感じてるんじゃない?」
 
 そんな性格か? それに、その前に散々痛めつけたのもまた自分なのだが‥‥‥
 
 ズッ
 
 走る二人の前方に、銀に縁取られた漆黒の穴が現れる。
 
「えっ!?」
 
「わっ!?」
 
 急には止まれず、その穴に飛び込んでしまう。
 
 
「っ!」
 
 穴を抜けた先は、両脇に二列ずつ太い柱を並べた、五廊式の大伽藍である。
 
「悠二、これって‥‥」
 
「‥‥ヘカテーが言ってた、『銀沙回廊』だろうね」
 
 以前ヘカテーから『実家の話』として聞いた事がある。『星黎殿』内部の空間を自在に組み換え、離れた場所と場所を繋ぐ仕掛け・『銀沙回廊』。
 
 今、この大伽藍を大小無数、異形人形の徒達が埋めていた。
 
 中央の道を空けるように、二人の通る道を空けるように。
 
 攻撃してくる気配もない。
 
 
 理由もまた、一目瞭然。
 
 唯一、道を遮る形で立つ、ダークスーツにプラチナブロンドのオールバックの頭、そして目にはサングラスという装いの、男。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 悠二と平井は、徒達の空ける道を進み、会話に相応しい距離まで歩みよる。
 
「‥‥どっちが、『零時迷子』のミステスだ?」
 
「僕だ」
 
 男の、表情には出さない殺気が、一際大きくなる。
 
 プッと口にくわえていた煙草を吐き出し、それが地に着く前に紫に燃えて消える。
 
「念を押すようだが、お前達は手を出すな。俺の客だ」
 
『はい、将軍閣下!』
 
 男の声に応えるように、周囲の徒達が響くように言う。
 
(『将軍閣下』、ね)
 
「あんたが、"千変"シュドナイか?」
 
「‥‥‥ああ」
 
 悠二の問いに返る返事も鈍い。怒りを押し殺しているのがわかる。
 
「これは、"一騎打ち"って事でいいんだな?」
 
「なかなかいい度胸だな。そこだけは買ってやる」
 
 言って、男・シュドナイは、"掌にある口"を開き、そこから大柄のシュドナイよりさらに一、二回りは大きな、鈍色の剛槍が現れる。
 
(『神鉄如意』、か)
 
 ヘカテーの『トライゴン』と同じ、『三柱臣(トリニティ)』専用の宝具である。
 
「オロバス、レライエ、お前達も下がれ、巻き添えを食らいたくなければ、皆も離れている事だ」
 
 シュドナイのやや後ろに控えていた黒衣と白衣の男女も、それを聞いて周囲の群衆の辺りまで退く。
 
 先ほどのシュドナイの言葉で、群衆達もさらに後方まで退がる。
 
「ゆかり」
 
「‥‥‥うん」
 
 悠二と平井も、この『一騎打ち』に応じる。
 
 これは、シュドナイのように『決闘』に拘っているというよりも、悠二とシュドナイが一騎打ちをしている分には、平井に他の徒達が手出しはしないだろう事を見越しての事だ。
 
 『三柱臣』を交えた二対大勢より、悠二とシュドナイの一騎打ちの方が都合がいい。
 
 わざわざこんな手の込んだ真似をした以上、あくまで『決闘』に拘るだろう。悠二が戦っている間、平井は安全だ。
 
 ぎゅっ
 
 悠二の手を強く握り、その場から退がる平井。
 
 群衆は、退がった平井の一定範囲には近づかない。
 
 思った通り、平井に手出しはない。
 
 
 広く空けた大伽藍の中央、二人の男が対峙する。
 
 片や剛槍・『神鉄如意』を肩に担ぐ男。
 
 片や魔剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』を右手に下げる少年。
 
 
「っふん!」
 
「っはあ!」
 
 
 その二つ刃が今、ぶつかる。
 
 
 



[4777] 水色の星S 十二章 八話
Name: 水虫◆70917372 ID:3b7e2186
Date: 2009/02/27 21:14
 
 ッガンと炸裂音が響いて、悠二とシュドナイがぶつかり合う。
 
 両者、銀と紫の炎が互いの顔を照らしながら、衝突の衝撃で即座に飛び退く。
 
 力は互角。互いにそう認識する。
 
「っはあ!」
 
 悠二が離れざまに銀の炎弾を撃ち放つ。
 
 が、全く容易く片手で振り回した『神鉄如意』がこれを払いのける。
 
 しかしそれは悠二にとっても想定内の事。その間にも自在法を練っている。
 
「っおおおおお!!」
 
 シュドナイは剛槍で炎弾を払いのけた方とは逆の左手から特大の炎弾を放ち、それが悠二に襲いかかる。
 
 避けきれないかと思われたそれはしかし、悠二の『加速』の自在法により目標には当たらない。
 
 躱し、悠二が一直線にシュドナイに向かってくる。
 
(もらった!)
 
 向かってくる少年に、槍を構える。その槍は"シュドナイの腕の変化に合わせて"その長さ、大きさを変える。
 
 使い手の体型変化に合わせてその大きさ、形状を変化させるのが『神鉄如意』の能力。まさに、自由自在に体を変化させる"千変"のための宝具と言える槍であった。
 
「っ!」
 
 突然伸びた敵の間合いに、悠二は対応出来ない。
 
「っふん!」
 
 太さを数倍、長さを数十倍ほどに伸ばした剛槍の一閃が、少年を上下に真っ二つにする。
 
 その二つに割れた少年が、ボンッと音を立てて銀炎となって消える。
 
(『脱け殻』か!?)
 
 と、驚愕するシュドナイの"上から"、
 
「っはああああ!!」
 
 銀炎を奔らせる大剣を振り上げる少年。
 
 普通なら間に合わずに一撃をもらうところだが、シュドナイはすかさず巨大化した剛槍で何とか受けとめる。
 
 ガァアアン!!
 
 悠二の渾身の一撃が、叩きつけられ、しかしシュドナイの立つ床が豪快に割れたのみで、シュドナイ自身にも、『神鉄如意』にも傷一つ無い。
 
「残念だったな。俺達『三柱臣(トリニティ)』の宝具は特別製でな。この『神鉄如意』は俺が望まない限り、折れも曲がりもしない」
 
 そう誇るシュドナイ。しかし返るのは少年の驚愕ではない。
 
「"知ってる"よ」
 
 「かかった」とでもいうような笑いと、大剣に波打つ血色の波紋だった。
 
「ぐああああああ!!」
 
 魔剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』の特殊能力が、その刃に触れるものを間接的に斬り刻む。
 
 
 
 
「‥‥‥ヘカテー」
 
 いい加減城が崩れるのではないかという騒動の中で、逃げも戦いもせずに部屋から出てこないヘカテーの自室を、『参謀』"逆理の裁者"ベルペオルが訪れていた。
 
 止めに行ったシュドナイからは、「生きたまま捕らえればいいんだろ?」という凶悪極まりない表情と応えしか得られなかった。
 
 あの男は"『零時迷子』の事しか"思慮の内に無い。ミステス自体について話そうかと考えたが、多分逆効果だろう。
 
 もう、この自体はヘカテーが動くしかない。でなければ、他でもないヘカテーにとって取り返しがつかない事になる。
 
 そうでなくても、この事態は"ヘカテーが収拾するべき"だ。事の"元凶"であるのだから。
 
 扉越しに、ベルペオルは語り始める。
 
「今『星黎殿』に、侵入者が入っていてねえ」
 
 
 
 
(‥‥‥侵入者?)
 
 少年に会いに行けない自分への自己嫌悪、独りぼっちな事に感じる寂寥感、大切な日常に在った全て、そして少年、『今はないという』喪失感。
 
 それらに圧し潰されそうになりながら、ヘカテーは膝を抱えてうずくまっていた。
 
 この騒動にも、興味を向ける事が出来なかった。"侵入者"という可能性についても一切思考を巡らせなかった。
 
 だから今、ベルペオルに言われてわずかに驚いたのだ。
 
(‥‥感知不可能の『星黎殿』に、侵入者?)
 
「侵入者は二人」
 
 ドクン
 
 鼓動が、早くなる。
 
 自分は何を、考えている?
 
「どちらも、"ミステス"だ」
 
 ドクンッ
 
 あり得ない。違う、そうではない。
 
 何故自分は"期待"している?
 
 自分が悠二を傷つける。一番恐れたはずの事。一番あってはならない事。
 
 『星黎殿』に攻め込む。あまりに危険すぎる事。
 
「構成員達を蹴散らしてこの城まで来ている。全く、意気の良い事さね」
 
 この城に?
 
 ミステスが、二人? 悠二と、ゆかり?
 
 違う、あり得ない。あってはならない。
 
 だが、胸は高鳴る。
 
 期待が、体を動かす。
 
「炎は翡翠と‥‥」
 
「っ!」
 
 バタンッ
 
 期待が確信に変わった時、もう体は勝手に動いていた。
 
 否、期待だけではない。城まで来ているはずなのに、いつの間にか"城の揺れや爆発音が消えている"事への不安感があった。
 
 
「‥‥"銀"だ」
 
 ベルペオルは、今まで見た事がないほどに、"生きた"ヘカテーを、そこに見つけた。
 
 
 
 
「ぐっ、ぬぅう!」
 
「将軍閣下!」
 
 大きく膨らんだシュドナイの右腕が、ズタズタに斬り刻まれて落とされる。
 
 そして、力は互角と先ほど互いに認知したが、悠二とシュドナイには少し違いがある。
 
 『吸血鬼』は"片手持ち"であり、その上での互角。悠二の左手は空いているという事だ。
 
「っ!」
 
 至近から繰り出された悠二の『蛇紋(セルペンス)』。
 
 荒れ狂う銀炎の大蛇が、シュドナイに襲いかかり、文字通りに"飲み込む"。
 
 そして、
 
「爆ぜろ!」
 
 ドォオオオン!!
 
 凄まじい銀炎の爆発が、シュドナイを包み込む、が、しかし、亀の甲羅のようた姿に変じて、シュドナイは凌いでいた。
 
 
 元の姿に戻るシュドナイに向けて、"落ちた左腕が"剛槍『神鉄如意』を投げ渡す。
 
「さすが"千変"、何でもありだな」
 
「‥‥ミステスにしてはやるな」
 
「そりゃどうも。あんた、サングラスしてない方がいいよ」
 
 今の『蛇紋』を受けた事でサングラスが砕け、露になった眼を指して悠二はそう言う。
 
「くっ、くく‥‥」
 
 ズルリと右腕を生やしながら、シュドナイは笑う。
 
 ヘカテーの心に傷をつけたミステスを屠るつもりで設けた一騎打ちで起こった、全く予想外の『強者との舞踏』に歓喜が湧きあがる。
 
「ハーハッハッハッハ!!」
 
 腹の底から笑いながら、内心ではもう、一つの事に薄々気づいていた。
 
 ヘカテーが消沈した事。『零時迷子』のミステスは"生きていた"事。そして何より、こいつらはヘカテーに会いにこの『星黎殿』に攻め入って来た事。
 
 そんな確信に近い推測が、少しずつ場違いな憎悪を拭い去っていく。
 
 今はただ、この舞踏に陶酔しようと決める。
 
「名は?」
 
「『零時迷子』の坂井悠二」
 
 眼前の少年、坂井悠二も強く笑う。
 
 そして、
 
「行くぞ、“坂井悠二”」
 
 再び、開戦。
 
 
「っは!」
 
 シュドナイの左半身が、巨竜のような大トカゲとなって、悠二に襲いかかる。
 
「くっ!」
 
 その猛攻に対して、悠二は僅かに後ろに下がってから、
 
「っだあ!」
 
 『吸血鬼』の斬撃で大トカゲを真っ二つに断ち切る。
 
「っ!」
 
 しかし、"斬った断面から"無数の、牙の生えた口が開き‥‥
 
「ッゴァアアアア!!」
 
 それら全てから、濁った紫の炎が爆発するような勢いを以て悠二に襲いかかる。
 
「くっ、ああああ!」
 
 全身を焼かれ、動きの止まる悠二に、遠慮容赦のない一撃、巨大化した剛槍・『神鉄如意』の刺突が繰り出される。
 
 ガァアン!!
 
 それを何とか『吸血鬼』で受けるが、あまりの質量の違いに軽々とふっ飛ばされる。
 
「く‥‥‥っ!」
 
 起き上がった悠二が目にしたのは、先ほどまでのシュドナイとは違っていた。
 
 頭部をたてがみと角で飾る、腕ばかり太い虎。膝から下は鷲の足、そして蛇の尻尾とコウモリの翼を持つ合成獣(キメラ)。
 
 あらゆる生物を混ぜ合わせた『デーモン』のようなその姿は、まさしく"千変"の名に違わぬ異形だった。
 
 その虎が、その太い両腕で思いきり、剛槍・『神鉄如意』を振り上げている。
 
「ッオオオオオ!!」
 
 咆哮と共に、今までとは違う、尖塔の様に巨大化した剛槍が、大伽藍の天井を裂きながら振り下ろされる。
 
 ドォオオオオン!!
 
「ぐっ、おおお‥‥!」
 
 自身を遥かに上回る圧倒的質量の一撃を、悠二は大剣一つで受け止めていた。
 
 あの(槍に比べれば)細い大剣に、尖塔ほどに巨大化した『神鉄如意』と同等の存在の力が込められているのだ。
 
 その証拠に、『星黎殿』にさえ致命的な傷を与えかねないほどの一撃は、大伽藍の床を派手に割ったのみの影響しかない。
 
 威力が相殺された証である。
 
 だが、悠二がこれを受け止める事さえシュドナイの予測通り。
 
「っ!」
 
 気づけば、悠二を囲むように、異形異様の化け物が蠢いていた。
 
 『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の徒ではない。"悠二が斬り落とした腕"が膨張し、増殖した"それら"全てが、"千変"シュドナイだった。
 
「ッゴァアアアア!!」
 
 シュドナイが吠え、『全ての"千変"シュドナイ』から、千にも及ぶ『神鉄如意』の刺突の怒涛が繰り出される。
 
 逃げ場など、一切無い。
 
 ドゴォオオオン!!
 
 刺突の衝撃、そして槍に奔る紫の炎の濁流が、少年がいた一帯を包み込む。
 
 
 
 
(‥‥何だ?)
 
 周りで騒ぐ『仮装舞踏会』の徒達と違い、シュドナイは今の"何か硬い物にぶち当たった"ような手応えに違和感を覚えていた。
 
「っ!?」
 
 炎が晴れ、そこにあったのは串刺しの少年ではなく漆黒の球状の物体。
 
 シュドナイがその正体に思考を巡らせる前に、それは球状から解ける。
 
 パァン! と突き立てられた槍を弾くように払われた"それ"は、グルグルと球状に内にある者を隙無く包み込み、漆黒の球と化していたのだった。
 
 先ほどとはまるで違うスピードで走ってくる少年は、今までとは違う異形異装。
 
 身に纏う凱甲も衣も、全て緋色。
 
 後頭から長々と伸びるのは、先ほどの一撃を凌いだ漆黒の竜尾。
 
「ちっ!」
 
 すかさず、紫の炎を纏う無数の『神鉄如意』による刺突を、今度は真っ正面から雨のように降らせる。
 
 だが、そこであり得ない事が起こる。
 
「なっ!?」
 
 不破の宝具たる強力無比な剛槍・『神鉄如意』。
 
 その槍全てが、容易く曲がり、少年に届かない。
 
 まるで少年を傷つける事を避けるようにひゅるりひゅるりと曲がる。
 
 シュドナイが驚愕する間に、少年は一瞬で懐に入り込んでいた。
 
「っ!」
 
 目の前に、燃え立つような強烈な喜悦をその面に現す少年の掌が、ある。
 
 
「無明の『黒』に染まれ」
 
 視界の全てが、あり得ないはずの『黒』に塗り潰された。
 
 



[4777] 水色の星S 十二章 九話
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/02/28 13:41
 
 『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の掲げる『大命』。
 
 掲げると言っても、『仮装舞踏会』の中にはその言葉を聞いた事もない者も多数いるものの、それは数千年も前からの彼らの目標だった。
 
 その『大命』の第一段階こそ、数千年前にこの世と紅世の狭間に放逐された“『仮装舞踏会』の『盟主』”・“祭礼の蛇”の『代行体』を作り出す事だ。
 
 『暴君』による『鏡像転移』を用いて、人間のあらゆる感情を採取し、『盟主』が彼方、『久遠の陥穽』から『代行体』を思う儘に操るための『仮装意思総体』を作り出す。
 
 そして、『大命』の中途で必要であると目された『零時迷子』に、“壊刃”サブラクの力を借りて、そのための『大命詩篇』を打ち込んだ。
 
 その際、肝心の『零時迷子』を手に入れる事は叶わなかったが、『零時迷子』への『大命詩篇』の打ち込みは完了したのだ。
 
 だが、まだ『大命詩篇』は完成したわけではない。今まで打ち込んだ式の全てを繋げる、一番重要な『大命詩篇』はまだ未完成、今のままでは『代行体』として機能するはずがない。
 
 
 
 
「ぐっ、ああっ!」
 
 黒い炎に焼かれ、悶え苦しむ。
 
(馬鹿な! いくら『零時迷子』を蔵していたとしても、まだ『大命詩篇』は完成していないはず‥‥‥)
 
 いや、完成していたとしてもおかしい。目の前の少年は『盟主』ではない。
 
 『創造神』の持つ唯一無二の黒の炎を操り、その諧謔の風韻にも覚えはある。
 
 だが、今までのやり取り、『盟主』本人にしてはあまりに不自然な点が多すぎる。
 
「立て。この程度で満足するお前でもあるまい?」
 
 姿や炎のみではない。雰囲気や話し方も、先ほどまでとは違う。
 
 この少年は、一体‥‥‥‥
 
「来ぬなら、また余から行くぞ」
 
「っ!」
 
 
 
 
「はっ、はっ、はっ!」
 
 走る。ヘカテーは『星黎殿』の中を走る。飛ぶ。
 
 今までずっと悩んでいた事。御崎市を去った決意。今の自分の行動。
 
 考えるべき事も、今の自分の矛盾もあるはずなのに、それらは頭の中で無茶苦茶に乱れて、思考になる前に掻き消える。
 
 それなのに、体は一切迷いなく動く。
 
 大きな戦いの気配と轟音の渦巻く五廊式の大伽藍を目指して、まるできつく縛られた紐で引っ張られているかのように、体は“そこ”を目指す。
 
 
「‥‥‥まったく、せっかちだねぇ」
 
 ヘカテーの自室の前、ベルペオルは見事に置いてきぼりにされていた。
 
 いや、置いて行かれたのはどちらなのか。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 ベルペオルの左前、ヘカテーが開いた扉に隠れた死角に、銀の霞の渦巻く漆黒の穴。
 
 『星黎殿』内部を自在に行き来出来る通路・『銀沙回廊』である。当たり前だが、ヘカテーもこれの存在は知っているはずなのだが、完全に『侵入者』の事しか頭にないという事だろうか。
 
(まったく、ままならないねぇ)
 
 久しぶりに、この常套句を使う。さっきのヘカテーを見て、それだけでそれほどの余裕を得た自分を自覚して、薄い笑みが零れる。
 
「これを使えばすぐに着くのにねぇ」
 
 さて、せっかちな姫君より先に、『侵入者』の下に行く事にしよう。
 
 ヘカテーが着く前に取り返しのつかない事になっていなければいいのだが。
 
 
 
 
「ッゴォアー!!」
 
 先制される前に慌てて虎の口から放たれた炎弾を、少年がタンッと跳んで躱す。
 
 ドォオオン!!
 
 紫の爆炎の熱が吹き荒れるのにもまるで気にした様子もなく、得体の知れない少年・坂井悠二は着地する。
 
「ヘカテーはどこだ?」
 
 決定的な質問と同時に、少年がコツッと、自らの黒い炎が生み出す銀色の影を靴で軽く叩く。
 
「っ!」
 
 途端、銀影が広がり、そこから鎧の破片や歯車、発条やクランクなどをグシャグシャに混ぜた銀色の濁流が湧き上がり、シュドナイに迫る。
 
 それは見る間にまた形を変え、無数の銀の板金鎧と化す。
 
「ッオオオオオ!!」
 
 再び、無数に分裂し、巨大化させた『神鉄如意』が銀の鎧達を薙ぎ払う。
 
 先ほど容易く曲がった物と同じ物とは思えない威力が、剛槍に宿っている。
 
(‥‥もう一度、試すか?)
 
 まだ残る“銀”を無視して、再び坂井悠二に剛槍を向けようかと考えるシュドナイの眼に‥‥
 
「っ!」
 
 黒の自在式を絡めた左腕をこちらに向ける坂井悠二。
 
「喰らえ」
 
 その左掌から、先ほど同様に炎の蛇が放たれる。
 
 悠二の『蛇紋(セルペンス)』。
 
 だが、今までと二つ違う事がある。
 
 一つは色、そしてもう一つは数。
 
 八岐の黒炎蛇。
 
「くっ、おおお!?」
 
 八匹の黒炎の大蛇の猛攻に、シュドナイが跳び退く。
 
「っふん!」
 
 迫りくるうちの一匹の頭を、『神鉄如意』で串刺しにし、さらにそのまま横薙ぎにもう一匹の首を落とす。
 
 しかし‥‥
 
(速っ‥‥、多すぎる!!)
 
 対処しきれずに後方に逃げる。先ほど斬り、貫いた二匹の蛇も、すぐに元の形に戻っている。“炎”なのだから、当然なのか?
 
「まとめて‥‥消えろ!」
 
 『神鉄如意』を巨大化、分裂させる。紫の豪炎を伴った千の刺突、“千変”シュドナイ、全身全霊の一撃。
 
「ッゴァアアアア!!」
 
 それらが、
 
「爆ぜろ」
 
 たった八匹の黒炎の大蛇に、うち破られていた。
 
 
 
 
「ぐっ、あああぁ!」
 
 シュドナイの一撃をうち破った黒炎の余波が、シュドナイ自身の体をも焼く。
 
「見事だ。“千変”シュドナイ」
 
 誰の目にも勝敗の喫したこの場で、『仮装舞踏会』の構成員の誰もが信じられない光景、『将軍・“千変”シュドナイの敗北』に言葉を出せぬ中、少年・坂井悠二がシュドナイの見せた実力を、燃え立つような喜悦を面に表して称揚する。
 
 
(どういう、事だ?)
 
 『銀沙回廊』で遅れて現れた“逆理の裁者”ベルペオルは、目の前の光景が信じられずにいた。
 
 ミステスを殺してしまわないよう『将軍』を止めるつもりだった。
 
 だが、目の前の光景は全くの逆。
 
 何より信じがたいのは、この場に燃える黒い炎。
 
 
 ベルペオル同様に遅れて現れた“螺旋の風琴”リャナンシーも、その表情に驚愕を表す。
 
 この場で驚いていないのは四人、リャナンシー同様遅れて現れた“狩人”フリアグネとその恋人マリアンヌ。当人たるミステス・坂井悠二。
 
 そして、
 
「お疲れさま」
 
 もう一人のミステス、悠二のパートナーとして『星黎殿』に攻め入った平井ゆかりだった。
 
 その労いの言葉に、悠二も柔らかく微笑んで返す。
 
「まあ、ここからがまた大変かも知れないけどね」
 
 前髪から覗く、安心する黒の瞳、平井はこの眼も好きだった。
 
「うん。やっぱり悠二は前髪ある方がいいよ」
 
 以前、フリアグネと対峙した時と今の悠二の姿の違いは髪型の僅かな変化だけである。
 
 以前はオールバックのようになっていた髪を下ろして部分長髪のロングのようになっていた(後頭のそれは中途から竜尾となっているが)。
 
 平井の要望である。
 
「そりゃ、どうも」
 
 照れくさそうに頬をかいてそう返す悠二。
 
 口調の変化も、ある程度直せてはきている。
 
「よし!」
 
 平井が拳をグッと顔の前で握り、周囲の徒達の方を向く。
 
「ヘカテーがどこにいるか、教えて。“一騎打ちに負けたんだから”」
 
 敵から望んだ一騎打ちに勝利した事を活かせるか、“一応”試そうとする平井を、悠二が制する。
 
「ゆかり、いいよ。“もう来た”」
 
 
 
 
 裂かれた天井に飛び込む。
 
 瓦礫を吹き飛ばして急ぐ。
 
「っ!」
 
 いた。
 
 燃え盛る黒い炎。周りの徒達。倒れ伏す『将軍』。
 
 それら全てが目には入っても頭には入ってこない。
 
 緋色の凱甲と衣、漆黒の竜尾。
 
 明らかに以前とは違う姿であっても、間違えるはずなどない。
 
 坂井悠二。愛しい、少年。
 
 親友の、平井ゆかりも。
 
(‥‥悠二!)
 
 ヘカテー自身、まるで予想していなかった。
 
「悠、二‥‥」
 
 あれほどに固めた、悠二を傷つけないための、危険に晒さないための覚悟が、悠二を目にした瞬間に、ただ『傍にいたい気持ち』に負けていた。
 
 打ち砕かれていた。
 
「う、えぐ‥‥‥」
 
 自分が悠二を傷つけてしまう恐怖を、自分がひたすら少年を想う恋心が、完全に超えた。
 
「う‥‥ひっく‥‥」
 
 もう、危険でも怖くても構わない。何があっても、離れない。きっと、“それだけの事なのだ”。
 
「悠二!!」
 
 想いのまま飛びつこうとしたヘカテー。
 
 だが‥‥
 
 
 パァン!
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 誰もが、沈黙する。言葉が出ない。
 
 悠二が、ヘカテーの頬を、思い切りひっぱたいていた。
 
 自分の頬を押さえて呆ける、馬鹿な、馬鹿な少女を、悠二は今度こそ抱き締める。
 
 強く、強く。
 
「馬鹿‥‥‥」
 
 その想いのまま、一言だけ呟いた。
 
「う‥うぁああ‥‥‥」
 
 ヘカテーの頬を、涙がぼろぼろと伝う。
 
 痛みではない。悲しさでもない。不思議な暖かさと熱さで胸がいっぱいになって、ヘカテーは泣いていた。
 
「うぇえ‥‥うわぁああん!!」
 
 今こそ、ヘカテーは理解する。自分が悠二を傷つけまいととった行動が、悠二をこれ以上なく傷つけてしまったのだと。
 
 自分は、こんな所に迎えに来てもらえるほど想われているのだと。
 
「‥‥ご、ごめ‥‥なさ‥う‥‥うわぁああん!」
 
 謝罪の言葉さえ、まともに言えないほどにヘカテーは泣きじゃくる。
 
 霧のように、いつとも知れず元の姿に戻った悠二は何も言わず、ただ黙って、ヘカテーの背中をポンポンとたたき、頭を撫で、抱き締め続けた。
 
 
 その、“余人を寄せ付けない”二人の様に固まっていた周囲の構成員達が、はっと、巫女に手を上げた大罪人を許すまじと動こうとして‥‥
 
 ガンッ!!
 
 重い音に止められる。それは他でもない。“千変”シュドナイが地に叩きつけた槍の石突きの音だった。
 
「お前達、いい」
 
「し、しかし‥‥」
 
「いいんだ」
 
 尚も抗議しようとする徒に、言わせず、黙らせた。
 
 
 余人を寄せ付けない二人に、しかし一人だけ介入する。
 
 平井ゆかりである。
 
「こら」
 
 悠二と抱きしめあうヘカテーのほっぺたをぎゅうっとつねる。
 
「お姉さんにも言う事あるんじゃないの?」
 
 その言葉に、一秒ほどまじまじと平井を見つめたヘカテーは‥‥
 
「うわぁああん!」
 
 また泣きじゃくって、今度は平井に抱きついた。
 
 
「フリアグネ様」
 
「ああ、マリアンヌ」
 
 “同じ恋人達”として満足のいく結果を見られたフリアグネとマリアンヌは微笑みあう。
 
「ふ‥‥‥」
 
 “螺旋の風琴”リャナンシーも、少女の得た結末に、柔らかく微笑んだ。
 
「ままならぬ、が‥‥」
 
 そして、“逆理の裁者”ベルペオルも、
 
「悪くはないね」
 
 柔らかい溜め息を吐いた。
 
 
 
「ヘカテー」
 
 また悠二に抱きついていたヘカテーに、悠二は穏やかに話し掛ける。
 
 余計な言葉はいらない。
 
 こちらに向ける少女の涙に濡れた瞳を、ただじっと見つめる。
 
「‥‥‥あ」
 
 想いを受けて、ヘカテーは理解させられる。
 
 自身知らず、あごが上に上がる。
 
 近づいてくる悠二の顔、瞳、唇。
 
「んむ‥‥‥」
 
 合わせられた唇。誓い。
 
 今度の誓いは、あんな悲しいものではない。
 
 かつてのそれとはまるで違う。
 
 信じられないほどの心地好さ。熱さ、暖かさ。
 
 今、ヘカテーは世界一幸せな自分を、はっきりと感じていた。



[4777] 水色の星S 最終回『そして、大命の王道を』
Name: 水虫◆70917372 ID:40b31190
Date: 2009/02/28 13:43
 
 常夜の異界に包まれた『星黎殿』。
 
 一人の少年が、その偽りの夜空を眺めていた。
 
 名は、坂井悠二。
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 
 あの時、“狩人”に『トリガーハッピー』で撃ち抜かれた時。
 
 不思議なほど時間が流れるのが遅い感覚。
 
 燃え盛る銀の炎に包まれながら、一つの邂逅があった。
 
 
 
 
『お前は、“この戦いを、いつか”と望んだ』
 
 黒い自分。それに応える、自分。
 
(‥‥そう、か)
 
『“お前だからこその望み”を、抱いた』
 
(‥‥僕だから、こそ?)
 
 言葉ではない何かが、『彼』の事を教えてくれる。
 
『お前こそ‥‥お前こそが、相応しい』
 
(貴方と、僕‥‥)
 
『この余と共に歩む、ただ一人の“人間”よ』
 
 そう認めてくれた『彼』を、自分も受け入れる。
 
(‥‥そう、僕は貴方を望んだ)
 
『共に‥‥』
 
(行こう)
 
 二人の言葉は、声として同時に発せられた。
 
「『大命の王道』を」
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 そして、彼と共に歩む、この道に自分は今、立っている。
 
『後悔、しているのか?』
 
(いや、“これ”は僕が望んだ事だ。それに、一人じゃない)
 
『ふっ、そうでなくてはな』
 
 
 覚悟は、とうに決めたから。
 
 
 
 
「‥‥‥‥‥‥‥」
 
 『星黎殿』の広い廊下を、二人の男女が歩いている。
 
 『三柱臣(トリニティ)』の二柱、“千変”シュドナイと、“逆理の裁者”ベルペオルである。
 
「では、坂井悠二の『星黎殿』の滞在を許す。いいね?」
 
「今さらだな。あいつがいなければ『大命』など叶うはずもない。第一、ヘカテーがな」
 
 もう、誰もが理解している。ヘカテーから坂井悠二を取り上げれば、今度こそ“壊れて”しまうであろう事を。
 
「今さら悋気も無いだろう。みっともない」
 
 『参謀』の意地悪な言葉には、鼻を鳴らして返す。
 
「わかっている。好きにさせるさ」
 
 ヘカテーのあの姿を見た後に、どうこうと文句をつける気などなかった。
 
「どう転んでも‥‥その先に在るものを守るのが俺だからな」
 
 
 
 
「あっ、こんなトコにいた!」
 
「悠二!」
 
 悠二のいるテラスに、少女が二人やってくる。
 
 ヘカテーと平井である。
 
 今、ヘカテーは自分が傍にいてあげないだけで不安らしい。すぐさま飛びついてくる。
 
 酒保からこっそり抜け出すべきじゃなかったかも知れない。
 
 
「考え事? “悠二”」
 
 ヘカテーの前でもその呼び方をする平井。何だか楽しそうだ。
 
「?」
 
 ヘカテーはまだ“そこまで”気づいてはいない。
 
 前より仲良くなったのか、などと思っているのだろう。
 
「‥‥‥‥‥‥」
 
 そう、一人じゃない。きっと、叶えられる。
 
「ゆかり」
 
 平井の手を取り、ヘカテーが抱きついているのと反対側の自分の右隣に来させる。
 
「え? え?」
 
 “ヘカテーを悲しませるつもりはない”平井は、悠二のその行動にやや慌てる。
 
 しかし、悠二は今、三人並んで話したかった。
 
「ヘカテーも、ゆかりも、“今からの事”に、付き合ってくれる?」
 
 しつこいと思われるかも知れないが、これが最終確認のつもりだ。
 
「はい」
 
 迷い無く応えるヘカテー。
 
「ずっと一緒って、言ったでしょ?」
 
 少し、むくれて応える平井。
 
 そんな二人が嬉しくて、また勇気が湧いてくる。
 
 自分の大きすぎる願いも、叶えられる自信が湧いてくる。
 
「ゆかり」
 
「うん」
 
「ヘカテー」
 
「はい」
 
 今度は確認ではない。ただ、名前を呼びたかった。
 
 母にまた会う日、その時は‥‥今までとは違うはずだ。
 
 
 誓う。遠い彼方に在る『彼』に、傍らの二人の少女に、そして‥‥世界に。
 
 
「“この世の本当の事”を変えてやる」
 
 
 
 
 少年は、少女は、戦って、傷ついて、失って、進んで、それぞれの望みを見つけた。
 
 彼らの望みは、果てなく大きい。
 
 これから戦うのは、異界の住人ではなく‥‥
 
 
 この世界、そのもの。
 
 
 
 決意の旅路、それは一つの終結を迎える。
 
 そして‥‥‥
 
 
 
 
 
 
 
 THIRD STAGEへ?
 
 
 
 
 
 
 
 
(あとがき)
 今までこの作品を読んで下さった方々、誠にありがとうございます。
 
 ここまでやってこれたのも読んでくれたり感想くれたりした皆様のおかげでございます。
 
 上にあるように、第三部も考えておりますが、完結後の読者様方の印象次第、という面も多分にあります。
 
 一部に比べればキリもいいですから。
 
 THIRDがなくても、番外編みたいな形のは必ず出す予定です。そしてTHIRDがないと決定した場合も、Sに真・最終回を一話、投稿させてもらいます。
 
 希望者次第ではXXX板にも番外編を出す気もあります。
 
 では最後にもう一度、今まで本当にありがとうございました。
 
 THIRDをやるにしてもまずは番外編からになると思います。
 
 その時の再会を心から願っております。
 
 
 
 


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