7/18 お久しぶり過ぎてすみません。全体的に修正しましたが、誤記の訂正や表記の統一、描写などの少し追加、くらいで大幅な改定というわけではありません。
31から新しいです。
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Royal Garden Online ――「始まりの王、降り立ちし庭」 と呼ばれる大陸、グランガーデン。これはそこを舞台に繰り広げられる、剣と魔法の冒険の物語。
そんな宣伝文句で少し前に売り出されたゲーム、ロイヤル・ガーデン・オンライン――略してRGOは、昨今大人気の家庭用VRシステム用のゲームソフトの一つだ。
ネットワーク上の仮想空間に意識を繋げるという一昔前なら夢の話だったこのVRシステムも今や世界に随分と広がり、家庭用が普及するようになってからそれなりの時間が経つ。開発当時は医療用のみだったこのシステムも今では随分と裾野を広げ、こうした娯楽用が人気を博す時代になった。
いつかどこかで読んだそんな近代工学史の一文を頭に思い浮かべながら、私は今まで眺めていたパソコンのモニターから目を外し、椅子をくるりと回して大きく伸びをした。
疲れた目をこするとあくびまでついでにこぼれた。人には見せられない姿だと思いつつも新鮮な酸素を脳に取り入れる作業を止める気はなく、心行くまで深い息を吐く。
私は気が済むまであくびをすると目じりに浮かんだ涙を拭ってもう一度机の上のモニターに目をやった。
私が今まで見ていたのはRGOのマニュアルや情報サイトだ。
自分がこれから遊ぶゲームの基礎知識を仕入れようとさっきまで熱心に読み込んでいた。お陰で基本的なことは大体理解できたように思える。
別に石橋を叩いて渡るような性格じゃないけども、必要に駆られて、というところだろうか。
このゲームは発売されてからもう一月半ほどの時間が経っている。後発の人間が仲間に入れてもらおうというなら、やっぱり基礎的な知識の一つもなければ他人に迷惑がかかるだろうというせめてもの配慮からだ。
活字好きで良かった、とため息を吐きつつマウスを操作してマニュアルやサイトを閉じる。
マニュアルにしろ情報サイトにしろ、とにかくその文章量はかなりのものだった。
いくら活字中毒でも流石に目が痛くもなろうというもんだ。
けれどそれらを読んだ限りでは、RGOはなかなか面白そうなゲームという印象だった。中世っぽい雰囲気を持った剣と魔法の物語というのは私の好みに当てはまるし、所々に挿入されている画面の写真も興味をそそった。
情報サイトによればこのゲームのストーリーの柱と言えるグランドクエストは、この大陸のどこかに存在するという『始まりの王、眠りし庭園』 を探しだし、そこに遺された『王の遺産』 を手にすること。その遺産を手にすると何があるのかはまだわかっていないらしい。
現在は大陸の三つ目の地区まで踏破されていて、行ける街や村の数は八箇所ほど。
一月半という月日とその攻略の進み具合が釣り合っているのかどうかは私にはわからない。
プレイヤーの平均的なレベルは十代半ばから二十台前半というところで、上位職への転職者も増えているという話だ。
ちなみに人気の職業は今のところは騎士系や銃士系らしい。反対に不人気なのは魔法職全般。魔法職が不人気な理由は色々あるらしいが、それはどうせこれから身をもって体験する事になる。
「双銃士とか、カッコよさそうなんだけどなぁ……ま、仕方ないか」
ふぅ、と一つ息を吐いてからもう一度モニターに目を落とせば、そこには今までマニュアルの画面に隠されていた別の画面が移っていた。
画面の両端はカラーパレットや様々なツールが占め、中央にはそれらに囲まれるように一人の人物の3D映像が映し出されている。
それは私がRGOのために作り上げたキャラクターであり、これから仮想空間で身に纏う外装だ。
マウスを操作してその人物をくるりと回し、横から後ろからと眺めて最後のチェックを行う。
友人から借りた、外装をカスタマイズする為の専用ソフトで三日かけて作り上げたキャラクターは、どこから見ても実に私の理想通りの姿だった。
ずっと、一度でいいからこんな姿になってみたいと思っていた。
その夢がもうすぐ叶う。
時計に目をやると机の下に手を伸ばし、白いプラスチックの大きな籠を引っ張り出す。そこには部屋にそぐわない趣味の道具の類がしまってあるのだ。
中に入っているのは父や兄から譲り受けた白や黒のかなり古い家庭用ゲーム機とソフト、それときちんとしまわれたコードやアダプター。
そこに混じって一つだけ、鮮やかな色を放つ物があった。
メタルブルーのフルフェイスヘルメット――のように見えるこれが、家庭用VRシステムの端末だ。
高校に入学した時に学習用として買ってもらったそれをゲームに使うのは実は今回が初めてのことだ。
普段は学習補助用と、仮想空間にあるショッピングモールでの買い物にしか使った事はない。仮想モールを使うと試着が簡単だから便利なのだ。
最近は世界各地の観光ソフトや、空を飛んだり海に潜ったりという体験ができるソフトもストレス解消などの目的で人気らしいが、それもまだ使ったことがなかった。
日常の中でストレスがたまっていると自覚することは少ないし、そもそも私は高いところが嫌いだし水も苦手だ。考えるだけでそっちの方がストレスがたまる気がする。
だから買い物以外の初めての本格的な娯楽使用には少なからず心が躍る。
端末から伸びた長いコードを机の脇に置いてあるパソコンに繋ぎ、電源やネットワークの接続を確認する。
RGOのソフトはもうインストールしてあるし、カスタマイズした外装を含むキャラデータも移してある。
もうすぐ、約束の時間だ。
「……ついていけるかな?」
少しばかり不安が胸をよぎったが、私はすぐにそれを振り切るようにベッドに勢い良く寝転がった。手に持ったままだった端末を頭にかぶり、端末使用時専用の真ん中が大きくくぼんだ枕に頭を乗せる。
何とかなる、と自分に言い聞かせて、横たえた体の力を抜いた。
もうすぐあの姿になれるのだ。
きっとあの姿なら、皆ちょっとくらい大目に見てくれるに違いない。
少しばかりの期待と不安を胸に、私は静かに言葉を紡いだ。
「R.G.O、起動。ログイン、パスワード―― 37373-XXXX 」