朝目覚めてみると見たこともない木々が生える森の中にいた。
しかも真っ裸で。
そんな時、人はこんなセリフを言うのだろうか。
「わーい! 人生オワタ\(^o^)/」
それが高橋良助、朝の第一声であった。
第01話 『裸になったら新しい世界が見えました』
「いったいどういうことだーーーー!!
俺は家のベッドで寝てたはずだろーーーー!!
しかも何で裸なんだよ!!
これでち○こに葉っぱを乗せりゃ、どっからどうみても葉っぱ隊だ!!
よかったね!ばんざーい!!ばんざーい!!」
良助は完璧に錯乱していた。思考がカオス状態である。
ブルータスに裏切られたジュリアス・シーザーのように
頭を抱え身を捻り己の境遇を嘆いていた。
体を動かすたびに股間のエレファントがブラリブラリと揺れていた。
「おのれーー!
陰謀なのか!? 陰謀なのか!?
北○鮮の陰謀か!? 攫われたのか!?」
日本では見たことの内容な植物。
TVや本ですら見たことのない奇怪な動物達。
その景色の有様は某社会主義国家であるとも考えられない。
異世界。
高橋良助の眼前に広がる光景を喩えるならば、そんな単語が当てはまるであろう。
だが実際にはそれが比喩でもなんでもないことが、直ぐ判明することになる。
その切欠は、良助の背後からかけられた子供の声であった。
「……おじさん、こんなところで何をしているの?」
高橋良助はまだ二十歳である。
顔は老け顔かもしれないが、おじさんと呼ばれる歳ではない。
その一言は錯乱状態の彼の頭に、更なる油を注いだ。
「おじさん!? おじさんだとーー!?
俺はまだピッチピッチの20歳でぇえええい!
彼女いない暦=年齢でもまだまだ許される年頃!!
そんな甘く酸っぱい青春のハタチ!!
それをおじさんだと!!!
ふ・ざ・け・る・なーーーーーー!!
訂正しろ!!
お兄さん! お兄ちゃん! 兄たま! 兄上! 兄ちゃま!
兄貴! などなど12種類の呼び方で呼ぶことを許そう!!
さぁ、好きな呼び方で呼ぶがいい!!」
と良助は勢い良く後ろを振り返った。
興奮のあまり前を隠すのも忘れていた。
相変わらずアレは生き生きとした躍動で股間周辺を跳ね回っていた。
まるで歌舞伎役者のように両手と両足を広げた良助の前に立っていたのは、
ムカデのような足の生えた大きな魚を持つ一人の男の子であった。
前に立つ男を見て目を丸くして口をパクパクと動かしている。
「へ……」
「へ?」
片眉を上げて変なものでも見るように、怪訝そうに男の子に目を向ける良助。
「へ……変態だーーーーーー!!!」
むしろ世間一般からみて変なものは良助のほうだった。
男の子の大声に身をたじろく良助。
彼を変なものたらしめた両足の間の小汚いものも、真似したようにたじろいでいた。
村は大騒ぎであった。
村に住む幼い少年が、沼に住む主、
10年は釣り上げる者はいないだろうと思われてきた怪魚を釣ってきただけではなく、
沼の周りをうろついていた変質者を連れてきたからだ。
容疑者は男性、175㎝、髪は黒、股間まるみえ素っ裸の変態だ。
警官が見たならばそのように男を表現するだろう。
もちろん高橋良助のことである。
「なんで沼の周りをうろついていたのかね?」
「いやー! なんででしょうね!
朝起きてたら真っ裸であそこにいたんですよー!!
いや、本当ですよ! 嘘は言ってませんよ!
コナンも真実は一つって言ってるじゃないですかー」
「何を訳の分からんことを言っているんだ!!
いい加減にしろ!!」
村の住人からもらった古い衣服を着た高橋良助は、
村の漁師たちから裸でうろついていた理由を追求されていた。
とりあえず日本語が通じる土地だと言うことで安心した高橋良助であるが、
自分がどういう状況に置かれているのかは依然として良く分かっていない。
分かっている事といえば、明らかに変質者の疑いがかけられているということだ。
濡れ衣である。
確かに事実だけを見るならば変質者そのものであるが、
彼には露出癖はないし服を自ら脱いで沼まで来た記憶もない。
記憶が確かならば、無罪であるはずだった。
とにかく、状況はある意味悪くなっている。
今は村のおじさんに質問されているだけですんでいるが、
このまま行けば警察が呼ばれてもおかしくない。
「まぁまぁ、落ち着いて!!
ところでここはドコなんですか?」
とりあえず問題を解決するためにも、早急にこの状況を把握するべきだ。
などと良助が冷静に考えていたわけではないが、
本能的に彼の口から出た疑問はそういう意味では適切であった。
しかし漁師の口から出た言葉は、むしろ彼を混乱させてしまうこととなる。
「んぁ? 何いってるんだ。
ここは『くじら島』だ」
「くじら島ー??
そんな島聞いたことねーよ!!
え、何県ですか?どのあたりにある島なの?」
彼が知る限り、日本にくじら島という島は存在しないはずであった。
せいぜい聞いたことがあるといえば漫画の中だけである。
彼の好きな漫画の一つである『Hunter×Hunter』。
その漫画の主人公『ゴン』の故郷がくじら島という名前だ。
もし同じ名前の島が日本にあるならば、それなりにネットで話題に上がっているはずだ。
「は? ケン? 何言ってるんだ?」
「いやいや、ご冗談をwww
県ですよ! 県! 都道府県の県!
それともなんですかーー?
ここはHunter×Hunterの世界とでも言うんですかwww」
「トドウフ…ケン??
言っていることがさっぱり分からん。
それに『ハンター』がどうしたって?
おまえさんも『ハンター試験』に受けるつもりなのか?」
「え?」
その言葉にさすがの良助も「何かがおかしい」と思い始めた。
日本語を使えるのに都道府県を知らない。
そしてハンターとハンター試験という単語。
ハンターは普通に使われる単語であるので問題ないが、
ハンター試験という単語は聞いたことがない。
いや厳密には良助はハンター試験という単語を聞いたこと
……いや、『読んだ』ことがある。
それもくじら島と同じHunter×Hunterという漫画の中で出てきた言葉だ。
くじら島。ハンター試験。
見たこともない動植物。
日本語を使えるのに都道府県を知らない漁師。
これらの符号に指し示す事実がぼんやりと良助の頭に浮かんでくる。
「いや、そんな訳…………ん!?」
とここで、良助は目の前にいる漁師を初めとした村人全員の姿に
『奇妙な点』があることに気づいた。
初めのうち良助はそれを寝起きで目が霞んでいるのかなと思った。
会う人間全ての身体がボンヤリと微か光っているように見えたからだ。
しかし今目の前にいる漁師を見て、それが適切な表現でないことがわかった。
蒸気だ。
漁師の肌から蒸気のようなものが流れ出ており、それが身体全体を包んでいる。
更に良く見ると僅かに輝く蒸気のようなものは、
漁師の頭上から蒸発して空気に溶けているようだった。
あり得ない。
どこの土地だとか、どこの国だとか、そんなものは関係ない。
高橋良助がこの20年間生きてきた現実の中でこんな現象は見たことがなかった。
いや、これと似た現象を高橋良助は『読んだ』記憶があった。
「う、うそーん……。まさかね……」
「おい! どこへ行くつもりだ!!」
高橋良助は漁師の制止も聞かず、夢遊病者のごとくフラリと動き出した。
全身から力が抜けるような感覚。
身体が小刻みに震え、足がうまく動かせない。
それでも何とか歩き、良助は近づいていった。
沼であった男の子のもとに。
少年は母親らしき人物と話をしているようであったが、
良助が近づくとこちらに顔を向けた。
「ど、どうしたのおじさん?」
少年は若干引きつつも良助に声をかけた。
少し冷静さを欠き、おじさんという単語をついまた使ってしまった。
少年にとって、それだけ良助との出会いはインパクトの強いものだったらしい。
もちろん悪い意味でだ。
だが、そんなことは今の良助には関係なかった。
彼が気になっていることは一つだけだ。
「…ちょいーーと、質問させてもらってもいいかな、ボクぅ?」
「な、なに?」
「名前、教えてくれない?」
その言葉を聞き、母親らしき女性が少年をかばうように前に出た。
こちらをキッとにらめつけている。
先ほどまで裸だった変質者が真っ青な顔で引きつり笑いを浮かべ、
怪しい質問をしたのだから当然であろう。
だが少年は警戒しつつも、彼の質問に答えた。
それは悪いことに彼が『予想した通り』の答えであった。
「ご、ゴン。ゴン・フリークスだけど……それがどうか」
「ガーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
それを聞くと良助は大声を上げて、仰向けにその場に倒れた。
その場に集まっていた人間が一斉に良助の奇行を見る。
変態度+1である。
だがそれも良助にはどうでもいいことだ。
今判明した事実に比べれば些細なこと。
良助の『予想』は当たった。
『クジラ島』に住む少年『ゴン・フリークス』に
『ハンター試験』と『オーラ』……もはや疑う余地がない。
ここは漫画の世界。
高橋良助20歳、HUNTER×HUNTERの世界の立つ!!
つづく