早朝。
とは言っても、公としてはいつも起きていて近所の公園で一人で
―最近は何故か望が乱入してくることもあったが
―自主トレをしてる時間だったが、今日は違う。
早々に制服に着替え、登校中である。でもやっぱり一人で。通学路には他に人っ子一人見当たらない。
通常であれば、この時間帯であれば部活の朝練に急ぐ生徒が多々見られるはずであるのだが…。
今日は6月3日。6月の第一土曜日である今日は、きらめき高校で体育祭が行われる日であった。
当時は当然のように土曜はお休みではないのです。だから代休もないよ?そして彼、主人 公は学級委員の片割れなんぞを務めさせられてられていた。本人の意思に関わらず。
さて、この2つの事情がどのように絡んでくるのかというと…何のことはない、ここ、きらめき高校では
一つの伝説があります学級委員が体育祭の準備委員、そればかりか文化祭、2年時に至っては修学旅行のまとめ役、3年ではアルバム委員、その他諸々を兼ねなくてはならないという恐怖の役職なのである…っ!!
それが知れたのは入学後のコトであるので、大多数の生徒は自分が選ばれなかった事に安堵の息を漏らしていたのだが、当然のように事前に知っていた公としては万難を排しても避けたかった事態である。元々『避ける』とかの意識もなく、自分には係わり合いのない出来事であるはずだったのだが…。
その分、内申点アップも狙えるよ?詩織? この程度の仕事でどうこう思うはずもない。
閑話休題。
かくして主人 公は体育祭の当日準備を執り行う為に一人とぼとぼと通学中なのであった。ちなみに体育祭の日は部活の活動は強制中止(隠れて活動した者が居た部にはペナルティ)となっている為、他に人影はないのである。他の準備委員? たまたま居ないんじゃね?
だが同じクラスの学級委員を務め、更にはお隣に住んでるどこぞの優等生くらいは一緒に居てもいいはずなのだが…。
(なんとゆーか、当たり前の光景なんだが…)
朝早くから、
人気のない道で独り言を言っている絵はあまりにも挙動不審な為、心の中で思うだけにするが。
(こうも改めて突きつけられると…ヘコむな)
その一緒に通う候補に挙げられた少女は、公とは同行出来ないことを伝えるまでもなく…彼らは別々に通学することとなった。お隣に住んでいても、約束しなければ一緒に通えるわけもなく。お互いに待つ義理もない。
そもそも、バスケ部の一件から開かれた詩織との距離は未だ縮むことはない。原因は分かった(つもりでいる)のだが、だからってどうする事も出来ない。
詩織とは学級委員、準備委員の仕事で事務的な言葉は交わすものの、それだけであった。あくまでも仕事上必要な最低限の交流。懐かしいと言えば懐かしいとも言えるのだが…入学式からの短い時期ではあったが、一時期仲良くしていた期間があった為、それが尚更堪える。真夏日なのに心に隙間風が染みる。
(ここまで計算の内だったりしてな…っと)
いつの間にか教室の前に辿り着いていたようだ。校門をくぐった記憶や、靴を履き替えた記憶もない。どうやら物思いに耽り過ぎたようだ。
この集中力? のせいで何度も失敗しており、そして今回も失敗する運命にあるのだがそれを彼は
未だ知らない。
とまれ、気を取り直して、誰も居ないであろう教室の扉を開ける。詩織はきっと、早々に準備にかかっていることだろうから教室に残っているわけもない。
「はや~っす」
帰宅部の次期エースと見込まれている程の逸材とは思えないくらいの体育会系な挨拶と共に。
だが、誰も答えないはずのその挨拶に返事があった。公の予想に反して。
「遅いっ! 遅いぞっ!? 公ッ!!」
あの素晴らしい日々をもう一度
第十七幕 或る兄妹
数分後、そこには学校外周にカラーコーンを陰鬱に置いて回る公の姿がっ!
「はぁ~」
溜息の重さがその陰鬱さに拍車を掛ける。
その原因は
―当然のように
―先ほど教室で公を待ち受けていた人物に起因する。
つい先ほどの出来事が今の公の脳裏が占めていた。
「好雄? なんで?」
「なんでもかんでもあるかっ! 俺が、俺達が勝利を掴む為には、弛まぬ努力が必要であることは明白ッ! そして、その為の仕込みを行う為に、俺は、今、ここに、居るんだっ!!」
「仕込み…?」
ここに居るはずもない男、早乙女 好雄
―あの毎日遅刻ギリギリの好雄がこんなに朝早く来ているはずがないっ!
―の姿に怪訝な声を上げた公だったが、その返答にさらに怪訝な声を上げさせられることとなった。
好雄の言う勝利とは、今日の体育祭での勝利
―体育祭ではクラス毎に各競技の点数を合計し、競い合うようになっている。ただし特に景品もない
―を指しているのだろう。多分。きっと。おそらく。そこまでは公にも分かる。だが努力…はともかくとして仕込みとは?
それに、過去3年以上の付き合いのある好雄がかつて、体育祭でここまでやる気を出していたことはなかった
―とある特定の種目を除いて
―。だが、この妙な気合の入れようはなんだろうか。
「そう、その通りっ! よくぞ聞いてくれた、公よっ!! 俺達のクラス、1-Aは有力な選手が居ない為にオッズが最低になってしまっている。それは仕方がないことだ…。だが、だがっ! 俺は気付いたんだ。だからこそ優勝した場合には大穴になれるとッ!!」
「オッズ…? 大穴…?」
「その為には俺は手段を選ばない。この俺の持てる情報網を活用し、他クラスの走順、選手の弱点、そして各競技の情報を入手し、クラスを勝利に導くのだーっ! そして賭け…げふんげふん」
今、『賭け』って言った。
「ではさらばだ、公っ! また後で会おうッ!!」
そう言うと、好雄は公が入っていた入り口とは別の
―教室の後ろ扉から飛び出していった。
止める暇もなかった。
その後、公は準備の指示を出す体育教師の元に行き、学校外周を走る3000メートル走(距離が長いので大変不人気な競技である)の為にカラーコーンを置いて回る役目を仰せつかった。
だがしかし、公の心を占めるのは先ほどの好雄の奇行である
―奇行だけならいつもの事なのだが。
でも公も奇行に関しては他人の事を言えるような立場にはない。前述のように好雄は間違っても体育祭に情熱を注ぐタイプではない。いや、なかった。そう、『以前』は。
だが、今回は暴走気味に動き回っているようだ。それにしてもこの好雄、ノリノリである。
それはきっと、好雄の口走っていた『賭け』に起因しているのだろう。
体育祭において実施される『賭け』自体は公も聞いたことがあった。他ならぬ好雄から。まぁ『前回』の話だが。
しかしその時は「博打で蔵を建てた奴は居ないしな」って、好雄が一笑に付し話は終わったはずだった。『過去』では。
なのに、『今回』の好雄はあのザマである。
『前』と何が違うのか…と公が考えるまでもなく、思い当たる点が1つだけある。
「バスケ部の件かよ…」
他ならぬ公が起こした事件である。もう、回りを気遣って独り言を止めることも思いつかない。というか独り言を吐いている自覚もない。
確か、好雄は公の勝利に賭け、散々利益を得たはずである。公もそのお零れのご相伴したので(食堂のランチ的な意味で)はっきりと覚えている。そして、どうやらあれで味を占めてしまったようである。
別に公とて何もかもが全て『前回』と同じである必要があると考えているわけではない。
だが、友達
―悪友であっても
―が賭け事にのめり込む、というのは『以前』と比べて良い変化ではないだろう。しかも、それが自分の行動によって引き起こされてしまったというのだから…。
「あ゛ー…」
どうしたものか頭を悩ませつつも、カラーコーンを定間隔で置いて回る作業は止まっていない。
だが、公は一つのことに集中し過ぎて他を疎かにすることが多々ある。いわんや、2つの作業を同時に進めていた場合、その他の出来事に対しての反応はどうなってしまうか。
「すいませ~ん。あのぉー、お兄ちゃん、知りませんか?」
「ん? 好雄なら学校の中を走り回ってると思うよ」
そうですか、ありがとうございます。そんな言葉も聞き流しながら公は悩み続けていた。
それからしばらくして、ふと違和感に気付いて顔を上げた時、そこには誰も居なかった。
年下の少女など、何処にも。
よくない予感がする。公の予感はよく当たる。特によくない場合には。しかも手遅れになってから。
どうも、自分は考えに夢中になっていた為に『何か』に自動的に対処してしまったような気がする。
それまで悩んでいた内容を
―幸か不幸か
―綺麗さっぱりに忘れ、新しい問題に頭を悩ませている公。
それでもカラーコーンの設置作業は自動的に行われていたが…それも校門に来たところでピタリと止まってしまった。
門柱の所に佇む、一人の少女。
その身を包む衣装は明らかにきらめき高校のものとは異なる、灰色を基調とした制服であった。もちろん女子の。
カラーコーンの設置が一通り
―校門から初めていた為、校門まで戻れば一回りである
―完了した公は、その少女に視線を合わせないように通り過ぎることにした。重労働であったけでもないのにビッシリと汗をかきつつ。
そのまま何事もなく待ちぼうけの少女の隣を通り抜けようとした…が、そんな公の望みが叶うはずもなく。
「あ、さっきの人だー」
捕まった。
声を掛けられては流石に無視するわけにもいかない。諦めて応対することとする。
「えぇと、君は? とき中の娘?」
知っているのに白々しくも誰何してみる。
ちなみに『とき中』とは『ときめき中学校』の事である。ときめき中学校は公(と詩織)が通っていたきらめき中学(通称とき中)とは別の中学校で、隣接した学区を持つ。目の前の彼女が着ている灰色の制服がとき中のものであり、見る人が見れば一目瞭然である。
更にはとき中には好雄がかつて通っていた学校であり…
「あ、はい。私、早乙女 優美って言います」
彼の妹である優美が現在進行形でそこに通っているのであった。
「じゃあ早乙女さんはお兄さんにお弁当を届けに来たんだ」
「はい。お兄ちゃんたらお弁当も持たないで珍しく早くに飛び出して行っちゃったんです。それで優美が届ける羽目になっちゃったんですよぉ!」
まぁ好雄のあの様子なら
宜なるかな、と思う若き日の公であった。
優美の自己紹介の後、彼女がこんなトコ
―中学生の彼女にとって兄が通うとは言え、早朝の高校の校門は『こんなトコ』であろう
―に居る理由を聞いてみたところ、そんな話が聞けた。
彼女自身もこれから部活
―バスケ部である
―があるだろうに全くご苦労な事である。
「そっか。大変だったね」
じゃあ俺はここで、なんて繋げようとした公だったが、それは優美の発言に遮られた。
「でもー、優美、高校に入るわけにもいかないし、部活があるから急がないといけなくて…」
上目遣いに公の事を見る優美。それは優美のお願いのポーズである事を公は知っていた。『かつて』、そのお願いに頻繁に振り回されてきた公は、よっく知っていた。
「…はぁ。分かったよ。それじゃ、それをお兄さんに渡しておけばいいんだね?」
「はいっ! お願いします!!」
輝くような笑顔で答える優美。どうやら公の溜息は聞こえなかったようである。それでこそ早乙女 優美である。
「で、お兄さんの名前とクラスは分かる?」
彼女の兄である好雄の事など嫌と言うほど知っている
―出会って二ヶ月程度であるが、三年来の付き合いであるっ!
―のだが、優美とは初対面であるという設定の為、敢えて聞いてみる。知っているのに知らないフリをするのは大変だ。でも同じミスを繰り返さない為には必要な手順である!
「あ、お兄ちゃんは好雄って名前で…確か1-Aだったと思います」
「あー、好雄の妹だったのか」
どうりで聞いたことのある声だった、と、『今回』好雄の家に電話した際に優美の声を聞いた事がある公は続けておこうと思った。
フラグ管理は地獄だぜ! フゥハハハーハァーしかしそれも優美に遮られる事となった。
「でも…さっき、お兄ちゃんの名前を言ってませんでしたっけ?」
公の顔が凍りついた。
優美の言う「さっき」とは、当然、公がカラーコーンを配置している際に無意識に答えていた時の事である。
その時は、優美の声に自動的に反応して好雄の名前を出していたが、優美とは知り合っておらず、当然好雄の妹である事など知っているハズがない。
彼女の「お兄ちゃん」を聞かれて「好雄」の名前を出しては駄目だったのである。駄目駄目である。
校門で優美と再開した時にすぐにツッコんでくる様子がなかったので安心していたのだが、やっぱり流せなかったようである…。
好雄に電話した時に取り次いでくれた優美の声を聞いていたからすぐに分かったと答えるか? いや、それでは弱過ぎる。それに知っていたなら彼女の兄の事を聞いた理由にはならない。いや、案外「あはは、ボケてたよー」の一言で済むかもしれないが。
しかし公は妥協しなかった。その二流大学になら入学出来る程度の頭脳(あまり凄くはない)をフル回転させて、なんとか言い訳を考える。そして、その結果、余計なドツボに嵌るのだった。
「そうですかー、お兄ちゃんが…」
「ああ、実は優美ちゃんの写真を見せて来てね。『これが俺の妹なんだぞー、可愛いだろっ!』って煩くって」
「ふーん…」
「でもね、好雄が『俺が妹を自慢しまくってる事は妹には言わないでくれよ』とか言うからさ、俺も知らないフリするしかなくってさ」
「そうなんだー。もう、お兄ちゃんったらっ!」
ドツボに嵌った。いや、嵌めた。好雄を。売った、とも言う。
でも人間、我が身が一番可愛いよね?
優美の事を知っていて、かつそれを隠していた理由として好雄経由で知ってた事にした。更に好雄から口止めされていた、とも。
実は妹の事が大好きで周りに自慢しまくっているけど、恥ずかしいから
一緒には帰れない妹には言わないでね、とのたまうシスコン兄の一丁上がりである。汚い公マジ汚い。
「お兄ちゃんったら、外でそんな恥ずかしい事を…」
しかしそれを当の妹がどのように受け取るかは別である。
「帰ったらお仕置きしないとね」
呟くような声。しかしそれは公にも聞こえていた。なにそれこわい。
本日、体育祭の後に好雄がプロレス技の実験台にされることは確定なようである。
公の背中に薄ら寒いものが走ったが、それを無視して明るく声を掛ける。
「さ、早乙女さん…? とまれ、好雄にそのお弁当を渡しておくよ」
動揺しているのは見逃して欲しい。
「あ、はい。ありがとうございます。あぁ、私の事は優美でいいですよ? お兄ちゃんのお友達みたいですし」
そういえば、電話で声を聞いた覚えもありますし、と続ける優美。
「わかったよ。優美、ちゃん…」
「はいっ!」
懐かしい呼び方。『前に』優美に会ったのは卒業式の日だから三ヶ月程度しか経っていないはずなのに、とても懐かしい呼び方な気がする。
この二ヶ月の間、好雄に電話して優美が出る度、知らない人間に対する態度を取られていた為に余計にそう感じるのだろうか。
しかし仮に本当に好雄から写真を見せられていたとしても、先ほどは優美の顔も見ずに声を聞いただけで返事をしていたという矛盾はあるのだが…優美がそこまではツッコんでこなくてよかった。いや、全く。
ご都合主義なだけだが。公がそんな感慨に
耽っていると、ようやく優美が弁当を渡してくる。
「それじゃ、お願いしますね」
「うん、任された」
そう言って、腕を伸ばしてお弁当を受け取る。
その時、
絶対零度が世界を支配した。
「主人君…準備は終わったのかしら?」その声を聞いても公はこの、肌を刺すような寒さの原因にすぐには思い至らなかった。いや、気付かないようにしていた。
(あぁ、優美ちゃんからお弁当を渡されるのが『以前』の優美ちゃんの手作り弁当を思い出させるからかな? いやいや、大丈夫だよ。今回のこれは優美ちゃんの手作りじゃないし、仮にそうだとしても食べるのは俺じゃないんだし…)
先ほどの、優美が好雄に対しての「お仕置き」を誓っていた際に感じた寒さが暖かくすら感じる程の、寒さ。
(ははは、寒いなぁ。お弁当を持った腕が動かないや。早く引き戻さないと優美ちゃんが変に思うだろ、俺。ほら、動け動け動け…っ!)
だが彼の意思とは反して腕は動かない。その代わりに、彼の首が、何かに惹き寄せられるように動き出す。後ろを振り返るように。
そこには、居た。
鬼が居た。
紅い、鬼だった。
「…」
声が出なかった。ヒューヒューという音がやけに耳につく。何の音かと思ったら何のことはない、自分の呼吸音だった。
「戻ってくるのが遅いようだったから様子を見に来たの。まだ他にも準備しなきゃいけないことはあるのよ?」
台詞は公の事を気遣っているような内容だが、その言葉の温度はそれと一致しない。
静かな、だが深い怒りを感じる。ビリビリと。
「そうしたら主人君たら、中学生と仲良くしてるみたいだったんだけど。お邪魔だったかしら?」
文末は疑問文になっているが、それは公に対する問い掛けではなかった。
目の前の存在が発する
重圧にゴクリ、と生唾を嚥下する音すらも大きく聞こえる。
だがこのまま黙っているワケにもいかない。
「ち、違うんだ、詩織…いや、藤崎さん…」
目の前の紅い鬼
―藤崎 詩織嬢を名前で呼んでしまい、その際の眼光の鋭さに慌てて苗字で呼び直す。
だがそれにどれほどの効果があったというのだろうか。
「ふぅん、何が違うのかしら?」
何が違うのだろう? 笑ってしまう事に公は自分自身ですらその回答が見つけられなかった。
あまりの非現実感に現実逃避し、今の状況を客観的に見てしまうくらいに。
何だ、この状況は。まるで浮気現場を目撃された夫、いや彼氏みたいな状態じゃないか、と。
現実にはそのような事は有り得ない。詩織と自分はただの幼馴染、いや、最近は幼馴染ですらなくなっているのかもしれない。ただのクラスメート、強いて言えば同じ学級委員というくらいか。
ただ単に、準備委員としての仕事をサボっている公を見つけ、注意しに来ただけなのだろう。元々、バスケ部の件もあって公に隔意を感じていた上での出来事なのでつい口調(口調?)が厳しくなっているだけだと思われる。そうであるはずだ。
だが、何か忘れていないだろうか…?「あら? お弁当、かしら?」
そうこうしている間にも詩織はこちらに近付いて来ており。
そうして公と中学生
―優美の事だけでなく、彼らがお弁当を受け渡しているのが視界に入ったらしい。
「へー、この娘にお弁当を作ってもらってたのね、主人君」
「あ…う…ちが…」
何だろう。なんでこんな状況になっているんだろう? なんでこんなに
重圧を感じるのだろう? でもって何で俺はこんなに焦らないといけないんだろう?
ワケも分からず公が弁解しようとしていると…この場に居た、最後の一人が動き出す。
「詩織…? 藤崎…? あっ、あのッ! もしかしてきら中の藤崎さんですかっ!?」
詩織の登場に今まで置いておかれていた優美が、突然声を上げた。
どうやら詩織の事を知っているらしいが。
公の手に渡されかけていた弁当を放り出して(慌てて公がキャッチしたが)、詩織の傍に駆け寄っている。あ、抱きついた。
「え、えぇ?」
「あ、私、とき中の早乙女って言いますっ! きら中の藤崎さんですよねっ!! 大会で活躍してるの、見てましたっ!!!」
凄い凄い。テンション高ぇー。エクスクラメーションマークが飛び交っている。
そういえば優美はバスケ部であった。中学からバスケを続けており、『かつて』は高校でもバスケ部に入学。公とは男女の別はあるにせよ、ちょこちょこと交流があった。詩織よりもよっぽど。
そういえば、きらめき高校に入学した当初も詩織の追っかけみたいなことをしてたなー、と懐かしくも思い出す。
どうやら自分が窮地を脱したようなので余裕な公君です。
「あ、そうなの。ありが…」
「大会の時、藤崎さんの動き、凄かったですっ! 相手のガードを、こう、パッと躱してシュートに持っていく姿なんて…っ!!」
詩織のお礼すら聞こえないように、顔を真っ赤にして捲くし立てる優美。微笑ましい光景だなぁ、当人以外は。
そこに自分という不要な因子が混じるのはよくない。無粋である。よって、一刻も早くここを離れよう、そうしよう。
「じゃあ積もる話もあるようだし、俺は先に戻ってるよ。体育祭の準備もまだあるみたいだしね。いや、大丈夫。しお…、藤崎さんは少し用事があって遅れるって伝えておくからっ!」
何かに急き立てられるように、一息でそこまで伝えるとその場を後にする。後ろは振り向かない。俺は過去を振り返らない男。
若さってなんだ? 振り向かないことさっ!もっとも、優美に纏わり付かれている詩織にそれが聞こえているかどうかは不明だが。
「あっ! 主人君、ちょっと待ちなさいっ! 待って、待ってってばー、公ーっ!」
「藤崎さん、優美の話を聞いて下さいよっ! それで、その時優美は藤崎さんみたいになるんだって誓って…」
離れ行く公の姿を見咎めた詩織が声を上げるが、残念ながら公には聞こえないのだった。そう、聞こえないのです。
数分後、そこには元気に学園祭の準備をする公の姿がっ!
「もうあんなことはこりごりだよ」と公が言ったかは定かではない。
ついでに「大魔王からは逃げられない」を翻した男として賞賛されることも、またなかったのである。