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[4846] マブラヴ オルタ 現実からの逃避
Name: ryou◆7da013d0 ID:0a7cba76
Date: 2012/11/22 23:06
 目覚めたそこはボロボロの見知らぬ一室だった……
 まず最初に考えたのはただ一つ、これは非現実的なことが起きたのだ、ということだった。
 夢や目標もなく高校を卒業し自堕落な毎日を送る日々、就職もせずただバイトとタバコを吹かしながらゲームや漫画を読む、それだけの毎日。そんな生活に自分自身嫌気が指していた。常日頃から自分は漫画やゲームの主人公に憧れていた。そう、何か不思議なことが起きないかと妄想に耽り何も変わらない日々を送っていた。
 だが今は違う。そう違うのだ。朝起きたらまったく見知らぬ場所で。これだけで自分はまだ眠気の覚めない頭で、どこかワクワクしていた。
 一体ここはどこなのか。部屋を見渡す限り人が住んでいた形跡もない。何年も放置されたような埃まみれのベッド、ヒビが入った今にも崩れそうな壁。最早何が描いてあったかもわからない壁に貼られた紙。ベッドの横にある窓から見える景観は倒壊した町並みであった。
 その光景には思い当たる節がある。崩れた町並み、そしてこの部屋。おそらく外にでればすぐにわかる。
 マブラヴの世界だ……
「マブラヴの世界……マブラヴ」
 あまりの感動に心が躍り思ったことを口にでてしまった。戦術機を駆けBETAと戦う世界。そう、俺が大好きだった作品の一つだ。
 とりあえず外へでてみよう。この物語はそこから始まるのだ。

 玄関を開け外を見渡す。瓦礫の山。倒壊し、人の気配のない町。いや、もはやそんな観察はどうでもいい。まずは戦術機が見て見たい。初めて見る人型ロボット。それがまさか戦術機だなんて、そう。隣にある鑑純夏の家に戦術機が……
「ない、撃震があるはずなのに……」
 辺りを見渡す。たしか玄関から出て左の家だったはず。右か? ……ない、どういうことだろう?

 道路をよく見てみると、最低限の舗装がされている。BETAに襲われたのだ。道路がそのままの原型をとどめているのはおかしい。
 不意に遠くでエンジン音がした。車やバイクの音じゃない。音は上から聞こえていた。
「……ヘリ? ……まさか、光線級は? ありえない、マブラヴの世界じゃありえない」
 そもそも俺はなぜここをマブラヴの世界だと思った? ゲームで使われた背景と部屋、町並みが酷似していたから? まずそこから考えよう。ここは、どこだ?
 色々思うことはある。まず俺は、この世界をマブラヴだと認識した。他に知ってる話のなかで、今の現状に当てはまる作品はしらない。ならまったく知らない別の話? 何かの世界、じゃなくまったく知らない世界へ来たのか? しかしそれだとあの部屋の説明がつかない。あの部屋は白銀武の部屋だ。それだけは確信している。が、しかし……

 思考がループしていた。考えてもおよそ答えなどでるわけのない、出口のない迷路を彷徨っている感覚だ。
 だがその思考をある音が現実に引き戻した。
「……うるさいな、ヘリの音がこんなに近くに聞こえるなんて…さっさとどこかへ……な!」

 ヘリは近くを飛んでいた。そう、近くなんてものじゃない。空を見上げるとこちらのほうへ降りてくるヘリが見えたのだ。
「うわ!」
 強い風が体を揺らした。ローターは一つ。しかし大型の、軍隊を思わせるヘリだ。
「……やばい」
 こんな状況なら普通の思考をもっていれば誰しもが思うだろう。こんな何もない場所に、軍隊を思わせる黒塗りの大型ヘリがこちらに向かってくる。この状況、狙いは自分自身だと少なからず思考の中に入れて置くべきである。民間人がここにいるのが不審なのか? それともこれはただの考えすぎでただこの近くに着陸するだけなのか? いや、待て。周囲をもう一度見渡してみよう。ここはあくまでも住宅街なのだ。すでに家屋が倒壊してるとはいえ、いや、逆に倒壊してるからこそヘリが着陸するのに十分な場所はない。なら、着陸はしない?
 自分は可能性を疑いながらも消していき、結局は狙いは自分だという結論をだした。だがそこはただのフリーターだっただけの人間だ。非現実的な今を認識し、ちゃんと思考できることはできた。それすらも出来ずに混乱する人間だっているだろう。しかし、自分は考えに溺れ、結局のところ何も動けずにいた。
 結論を出した直後である。ヘリの両側面がスライドし中からロープが2本、そしてすぐにまた2本垂らされた。
「……やばい!」
 そう頭で考えたときにはすでに状況は停滞していた。ロープを落ちるような速度で滑り降りてくる兵士4人にアサルトライフルの銃口を向けられた最悪の状況でだ。
「貴様…ここは立ち入りを禁止されたエリアだ。知らないとは言わせない。両手を頭の後ろに当てろ。10秒以内に行動を起こさない場合は射殺する」
 兵士の一人が銃口を近づけながら言った。距離は2mは離れているが初めて向けられる銃口の威圧感はありないほど生きた心地をさせないものだった。
「わかった…わかったから「何も喋るな」……」
 兵士は無言で威圧を続ける。10秒たったら撃たれる、機械的な対応がそれに真実味を実感させた。
 自分は黙り、両手を頭の後ろに上げた。それを見た正面で銃口を向けていた兵士が左右の兵士に合図を送った。どうやらこいつが隊長らしい。
「下手な行動は起こさないほうが身の為だ。ほんの少しでもその傾向が見られれば射殺する」
 隊長らしい男がそう言い、一人の男が至近距離から銃口を向け、一人が横から、もう一人が俺が武装しているか確認していた。
「何も所持していないようです」
「貴様、なぜこんな場所にいる」
 依然状況は最悪、銃口を向けられたままでまともな思考ができるわけがない。ここはどう答えるべきか。
 本当のことを言う。NOだ。信じてもらえるわけがない。それこそ本当のことを言えと壊れた蓄音機のようにリピートするだけだ。
「答えろ!」
 隊長らしい男が銃口を更に近づけて威圧する。冷たい汗が頬を伝った。手足の感覚がまるでない。意識してみるとガタガタと震えているのがわかった。
 一度意識してしまうとその感覚はうっとうしいものでしかなかった。ガタガタと震え、震えは全身に伝染し仕舞いには倒れてしまいそうだった。
「答えろと言っている!」
 ドッという鈍い音がした。隊長らしい男がライフルの銃床で自分を殴りつけたのだ。顔を右下から左上に振り切るように。手足に力が入っていなかったせいもあって自分は地面に突っ伏した。口の中は血の味でぐしゃぐしゃだ。唇は当然切れているだろうし歯だって折れているかもしれなかった。
「立て。どうやって立ち入り禁止エリアに侵入した。エリアとの境界線は兵士が見張っているはずだ。答えろ!」
 最早頭は回らない。まともな思考などできるわけがない。なら一か八か賭けてみることにした。だんまりを続けて射殺されたなんてあまりにも愚かだ。
「記憶が、ないんだ。ここはどこなんだ? 禁止エリアってなんな「黙れ。質問を許可した覚えはない」……」
 会話は成立しない。ペースは完全に向こうが握っていた。
「嘘をつくとためにならんぞ? どのみちここで嘘をついたとしても調べれば答えはでる。ここで嘘をついてあとでバレたとなったらそれこそ貴様の少ない立場を削ることになるぞ?」
 と言われても今はこう言い逃れるしかできない。立場なんて元からあったもんじゃなかった。
「嘘じゃない…ここがどこかも…なぜここにいるのかもわからないんだ…」
 隊長らしい男の顔が強張る。自分も多少落ち着いてきたのか、相手の顔を始めて認識した。20代半ばの少し眉毛の太い日本人だった。
「……ここで問答しても埒があかない。基地へ連行し調べ上げる」
 了解、と兵士3人が答え、乱暴に腕を拘束され開けた場所に降りていたヘリに乗せられた。わずか一時間も立つ前に帰りたいなどと思ってしまった。まさに滑稽な姿だった。



後書き

どうも 読んでくれてありがとうございます。今回ここへ初投稿になります よろしくお願いします。

この作品は頭からシナリオや名前などを明記してないせいで1話が読みにくかったりするかもしれませんが作品のなかで書いていきますで御了承ください…。

一応オリジナルで考えたつもりですが過去作品を全て読んだわけではないので何かの盗作だ!と思えた方は教えてください。すぐに削除いたします。
一応現実→マブラヴで行きます。


12年11月22日 晒し中



[4846] 2話 
Name: ryou◆7da013d0 ID:e0aeb19e
Date: 2009/02/17 04:52
 帰りたいと早くも思う自分にあきれ果てた……
「……どこまで最低なんだ……」
 今自分は営倉の中にいる。白銀武が入れられていた所と同じような場所だった。
 ヘリで横浜基地へ連行されたあと尋問を受け、結局記憶喪失は真っ赤な嘘だと言うことが軽々判明してしまった。
 結果、きつい尋問を受け、名前、生年月日、出身、目的を順々に聞かれた。ただ一つ言えるのはなぜあそこにいたのか、については嘘じゃないということが証明されたことだった。真実と虚実を見分けたのは社霞だろう。状況はどんどん悪くなっていく気がした。
 尋問の最中にどうにか絞りだした言葉、香月博士と話をさせてくれ、この言葉で鬼がでるか蛇がでるかといった所だろう。
 しかし、ここに入れられてからかなりの時間が時間がたつ。一日に食事は2回だされるようだがすでにそれも6回を超えた。兵士に殴られた口の傷も直りかけている。幸いにも歯は折れていなかったが、3日は入れられていることになる。帰ってカップラーメンやハンバーガーが食べたい。タバコを吸いたい。まだゲームの中じゃ10分かかるかかからないかの所ですでに自分はホームシックにかかっていた。寝入る前には涙を流し食事がでない正午頃には気分は最低ラインだ。鬱になるんじゃないかと思えるほど悪い考えばかりが浮かぶ。自分は白銀武との差を感じていた。確かに白銀は物語に都合のいいような強く、逞しい主人公だったろう。しかし自分はそうはなれない。どこまでも弱い矮小な人間であることを自覚させられる。営倉にいれられただけでここまでメンタルが不安定になるんだ。親の顔や親友の顔を思い出しては泣き崩れる。この世界に来て最初に喜んでいた自分をいつまでも呪った。


 
 装飾のない簡素な廊下に渇いた音が響いた。足音だ。こつーん、こつーんと一定のリズムで刻まれる。
 香月夕呼だろうか? 期待よりも不安のほうが大きく膨らんだ。香月夕呼に口論で勝てるわけがない。駆け引きもできそうにない。質問に答えるだけで精一杯だろう。武と同じルートをたどれば、これから待つはつらい訓練とBETAとの戦争なのだから不安にならないわけがない。
 営倉の中でこれからの指針をある程度考え、決めた。もしできるなら自らの世界への帰還、せめて戦火のない所への逃避だった。何も出来るわけがない。とりわけ体が丈夫でもなく体力もない。勉学だって励んだ試しがない。そんな自分が訓練兵など真っ当できるわけがなかった。
 音は次第に近くなりそして俺の前に、鉄格子を挟んで座っていた俺を見下ろした。
「あなたが日高祐樹ね?」
 着ている服装こそ違うものの白衣をまとい紫色の髪をした彼女は紛れもない香月夕呼そのものだった。胸元は隠されていて、厚着しているようだった。
「……はい…香月博士ですよね?」
 その言葉にふんと軽く鼻を鳴らし、そうよと答えた。まるで面倒なことを押し付けられた子供のようだった。
「あたしに話があるそうじゃない。話ってなに? あなたが立ち入り禁止エリアにいた理由でも答えてくれるのかしら?」
 その通りである。が、ここはなんと答えるべきか、オルタネイティヴ計画のことをちらつかせ研究室に場所を移させるか。それとも……
「ごちゃごちゃ考えたって無駄よ? ここはモニターされているしあなたの嘘はすぐばれるわ。下手な嘘つくだけなら帰るわよ?」
 モニター越しに社霞がいるのか……やっかいだ。が、頭の中全てをプロジェクションされればおのずと普通じゃないことは理解してもらえる筈だが、見越した上で彼女はここにきたのか?
「自分は、倒壊した家屋の中で目覚めました。前日は普通に自宅の自室で寝たはずなのに、目覚めた場所はここだった」
「……それで?」
「自分があそこにいた理由です。朝起きたらあの場にいた。原因もわかりません。それが答えです」
 香月夕呼の右の眉が少し釣りあがった。馬鹿にされていると思うのは当然だろう。呼びつけといて言うことといったらこれである。よく見ると左の耳に小型の機械をつけていた。補聴器のようなものである。あれは通信機の一種だろうか? 時折声が聞こえる。男の声のようだった。そのようなものを自分は知らない。香月夕呼の顔を見ると釣りあがった眉は直っていた。つまりモニターした結果をあの機械で聞いたのだろう。
「……嘘じゃないようね。どういうこと? 頭でも打ってそれが本当だと信じ込んでるのかしら?」
「……場所を移してもらえませんか? これから言うことは余りに突拍子もないですしそれに、仮に嘘じゃないとわかったとき、知っている人間が多いと都合が悪い」
 その言葉に反応してまた眉が釣りあがる。それも両方の眉だ。
「あなた、そんなことが言える立場だと思っているの?」
「……いえ、ですがあなたがこの話を聞いたとき少なからず自分の言った通りにすればよかったと思うはずです。人の口に戸は立てられないと言いますしね」
「別にここで構わないわ。話しなさい」
 やはり口論で勝てる気がしない。ヘリのときもそうだがペースは常に向こう。むしろペースを握ろうとすること自体が間違いだった。
「……自分はこの世界の人間ではありません」
 沈黙が場を支配する。寒いギャグを放った後のように。しかし香月夕呼には今の言葉に嘘がないことが伝わるはずだ。それを待てばいい。
「……母さ…に……た話と…じ……白銀……」
 自分にだけ聞こえる大きさで香月夕呼が何かを呟いた。そして携帯電話のような端末を出し、何分かどこかとやりとりをしたあと、場所を変えるわ。ついてきなさい。とだけ言った。


 場所を研究室へと移した自分はイスに座った香月夕呼と机を挟んで向き合う形で話は始まった。書類の散らばったゲームの絵でみた風景と似たような、それらしい場所だった。
「それで……違う世界の人間がここになんのよう? なぜ私に接触を求めたの?」
 足を組み両手を脇に抱えるようにして自分を鋭い瞳が見つめていた。自分という存在に興味を持たせたことは成功のようだ。
「ここに来た理由や原因はわかりません。あなたと接触しようとしたのはそれが自分にとってベストだと判断したからです。現状を切りぬけるための……ね」
「そ。確かにあそこにいた理由は判明したわ。スパイや工作員じゃないということもわかった。でもあなたの身の安全が確保されたわけじゃないわ。この横浜基地に足を踏み入れたんですもの、無罪放免、帰ってどうぞって訳にもいかないわ」
「それはどういう意味でしょう?」
「このエリアには機密とされるものが多数ある。だからこその立ち入り禁止エリアなのよ? そこに故意じゃなくとも立ち入ったからにはすぐに帰すことはできないわ。それと……一つだけ聞きたいことがあるの」
「なんですか?」
 香月夕呼は少し間をおいた。何を聞かれるのか、白銀との会話のなかでこのような流れはなかったはずだ。
「あなた……白銀武を知ってる?」




[4846] 3話
Name: ryou◆7da013d0 ID:c2cbcd7e
Date: 2009/02/17 05:00
 ……この人は今何を言った? 白銀武を知っているか…… もうこちらに来ているのか…?
「……知っています。なぜそんなことを?」
 香月夕呼の口がニヤリとした。
「白銀武も有名ね。何、知り合い? 鑑純夏のことは?」
「……知っています。 知り合いとはちょっと違いますけど」
「それはそれは。で、どんな関係?」
 ゲームとして、知識として知っています、とは言いにくい。どう説明すべきだろう。いや、ここは正直に話したほうが興味を引けるのではないだろうか?
「自分は、白銀武とは別の世界の住人です。この世界や白銀武の元いた世界が、絵と文章を使った物語として描かれている世界です」
 香月夕呼は目を大きく見開いた後、何かを思案するように指を口元において考え込んだ。
「どういうこと? それはつまり私達は物語の登場人物、ということ?」
「自分から見ればそうなります」
「また飛んでもない所から来たのね……並行世界は繋がっているってことかしら……まぁそれもすでに証明されているけども」
 並行世界は繋がっている。因果律量子論の話だっただろうか? 少し違う気がした。
「あの、こっちの世界に白銀武は来ているのでしょうか? 今は何年の何月なんですか?」
「その前に、こっちの質問に答えてくれる? あなたの世界には当然、他にもたくさん物語があるのよね?」
 有無を言わさずこっちの返答など待たずに質問は始まってしまった。
「はい」
「あなたは白銀武についてどの程度知っているの?」
「世界をループしていることと、ループした先で何をするか。くらいだと思います」
「ならこの世界の未来については分かるの?」
「はい…自分の知っているように辿っているのなら」
 質問は続いた。重要ではなさそうな、主に白銀武について、そして世界の行く末についての話だった。この段階で明かしていい物なのだろうかと、すべて答え終わった後に気づいた。あまりにも軽率だったかもしれない。情報を小出しにすれば取引の材料にだって使えたはずだ。

 それを聞いた香月夕呼は白衣を脱ぎ、その下に着ていた軽いジャケットのようなものも脱いでイスにかけた。軽い違和感を感じるその体型。立ち絵のものより比べて胸がまったく小さかった。
「へぇ。それで、あなたはこれからどうしたいの? 日高祐樹君。自分の世界に帰る? それともBETAと戦う?」
 当然前者だ。この世界は自分には厳しすぎる。それはたった3日で思い知らされた。
「自分の世界へ帰ります。BETAと戦うなんて「無理よ」は?」
 してやったりとした顔を目の前に人物は浮かべている。まったくもって手玉にされている感じしかしない。
「世界へ帰るのはこのままでは無理。これは調べないとわからないけど、おそらくあなたは白銀武のように因果導体ってわけじゃなさそうだし、鑑純夏が呼んだってわけでもなさそうだもの」
 ……確かにこちらに来た原因は未だはっきりとしていない。
「それでも! もうこんな世界へいるのは真っ平です! BETAと戦うのなんて冗談じゃない」
「……まるで子供ね。嫌だから駄々をこねるなんて」
 大きく溜息をついてから、あざ笑うように香月夕呼の目は俺をみた。おそらく夕呼の嫌いなタイプだろう自分は一体どう写っているのだろうか。
「ま、別にあなたにBETAと戦えなんて言わないわ。もうBETAなんていないし」
「は?」
 BETAなんていない。どういう意味だ。もちろんそのままの意味でしかないのだろうが…… この世界はすでにBETAの駆逐に成功しているのか?
「さっきの質問の答え。言いましょうか。今日が何年で何月なのか。たぶんあなたが知っているこの世界のことは2002年1月1日くらいまで。違う?」
「……詳しい日付は覚えていませんがその日に何か?」
「桜花作戦によるあ号標的の破壊に成功した日よ」
「!」
 あ号標的を破壊した? それはつまりマブラヴオルタネイティブのシナリオはすでに終わっていることになる。それから先は知らないし知りようもない。何かを成し遂げれば帰れるのではないか。そう考えたこともある。その何かとはあ号標的の破壊だと思っていた。白銀達と一緒にあ号標的を倒して大団円で帰れると。
「今はね。それから30年後。つまり2032年1月7日」
 30年後…兵士にライフルで殴られたときと同じような衝撃が走った気がした。思考が奥に埋没していくような感覚がする。これは一種の絶望なのだろうか? 自分のアドバンテージだと思っていたものが根こそぎ奪われた。自分の記憶がこの世界じゃなんの価値もない…… 指針を完全に見失った。
「そういえば自己紹介もまだだったわね。私のこと、香月夕呼だと思ってるみたいだけど残念ね。私は香月智呼。夕呼の娘よ」
 ありえなかった。30年という月日を考えれば至極当然であったであろうその事実に聞かされて初めて気づき、そして驚愕した。驚愕した顔がそんなに面白かったのか、はたまた思惑通り自分が驚いたことが面白いのか大きな笑い声を上げている。
「フフフ、あなた最高ね。思惑通りに簡単に動くんだもの」
 カチンときた。確かに驚いた。しかし自分は自分なりに考えていたのだ。それを見透かされたばかりか掌で踊らされていたなんて。なにか仕返しでもしてやらないと気がすまない。
「……あーなるほど。香月博士の娘……どうりで香月博士より胸がちいさ……なんでもありません……」
 ……据わった目つきで拳銃を向けられた。どうにも触れてはいけない部分だったらしい。俺は降参のポーズをとって固まった。


どうもryouです。マブラヴ本編より未来の話。そして胸の小さい夕呼の娘。このキーワードからこれを書こうと考えました。いやー安易ですねー安直ですねー。
ところで全然かけていないヒントの中で、未来物かと理解できた人はいらっしゃいますかね? 舗装された道路、上着を着て胸隠してるっぽい夕呼の娘。あとは3話で書いた上着を脱ぐシーン。いや無理ですね。申し訳ない。1話2話でもう少し書いとくべきでしたorz
1話ずつストックをもった状態で投稿していこうと考えてましたが仕事が思ったように休みがとれず難航。仕方なくストックを放出してしまいました。一週間置きくらいに投稿していこうと思ったのに早くも崩れたorz
でもまぁ書いて投稿してしまった以上少なからず責任が発生してるので頑張って書いていきたいと思います! 最早一週間置きには遂行できそうにないので生暖かい目でおねがいします……。
ところでBETAの謎物質グレイ〇〇って正確な効果を表とかになってるサイトってないですかね? 勝手に作ってしまうか…



[4846] 4話
Name: ryou◆7da013d0 ID:c2cbcd7e
Date: 2008/11/25 21:45
 ほんの少しだけ歴史の授業をしてあげるわ。そう言った香月夕呼の娘、智呼は端末を操作していくつかのデータを呼び出した。
「桜花作戦終了後、地球上のBETAは統率力を無くしその物量もおよそ脅威と呼べるものではなくなったわ。ハイヴの中から出る事もなく行動を起こさないBETAがほとんどでね。地球上のBETAの戦力は5分の1以下くらいまで下がったわ。おそらくBETAはあ号標的を頂点としたピラミッド型で行動命令を出してたと考えられるわ。動けるか動けないかの差はそのピラミッドの上位のほうに位置する存在か否かだけ。つまり地球に降下してきた時点で生成されていたBETAを残して地球産のBETAはほとんど行動不能に陥ったの」
 頭が働かない。にも関わらず授業は始まっていった。つまり白銀武が帰ったあとも戦争は続いたのか。あ号目標という頭を潰せばそれこそ全部肉人形になると思っていた。
「そして人類は着々とハイヴを攻略し桜花作戦から9年と5ヶ月後、地球上から全てのハイヴの反応炉を停止させた」
「アメリカは今どうなってるんですか? やはり地球の覇権を巡って戦争を?」
「質問は後にして。そこら辺も含めて説明して行くわ」
 問答無用のようである。
「地球上から全てのハイヴがなくなったとはいえまだ月にはハイヴは残っている。これではまたいつ侵攻されるかわからない。だから、国連軍を主軸とした新たな軍隊を設立したの。地球連合、それが新しい組織の名前。実質的には国連軍と名前が変わっただけだけだけど各国の代表、日本では征夷大将軍が動かす権限を持っている。といっても代表の決議によって決まるんだけどね。そして全ハイヴ攻略から7年間、新たなハイヴの襲来はなくそのおかげで月への警戒網を張る準備もできた。桜花作戦から16年と1ヶ月後、対宇宙生命体用警戒人工衛星アポロが打ち上げられた。これは監視カメラと言っても差し支えないわ。それこそ膨大な数で計画当初での打ち上げ数は約5000個。月の向こう側を回ってるのものや月自体を回って地表を監視してるもの、火星へ向かっている物もあるからそれこそまだ足りないくらいね。そして同時進行で作られた対ハイヴ用の対宇宙生命体狙撃用人工衛星アルテミス。これは太陽光発電を利用したものや核エネルギーを使って自家発電を行えるものなど様々なものがあるけど、簡単にいうと巨大な電磁投射砲よ。これは大量生産するにはコストがかかりすぎてせいぜい十数個。これは地球の周辺に間隔を置いて設置してあるの。それでも桜花作戦のときに使われたXG-70dのものと違って威力は段違いよ。香月の遺産のおかげね」
「……香月の遺産?」
「質問は後と言ったはずよ? その後月からハイヴが一つ、地球に降下しようとしたわ。結果はアポロの十数機がそれを同時に感知。アルテミス数機がこれを同時攻撃。ハイヴはかなりの損傷を受け大気圏を抜ける際にバラバラになって地表に降下。まぁ計算した上で行ったことだから破片はほぼ全てが海へと落下。反応炉は突入の衝撃ですでに破壊されたのか残骸を発見。生き残ったBETAも無し。まぁ結果は上々といった所だったわ。そして地球連合はイージス計画とペルセウス計画が同時進行した。イージス計画は地球防衛の強化、ペルセウス計画は月、そして火星のBETAを駆逐するための兵器開発及び侵攻計画。これを主軸にずっと地球は戦力を増強していった。香月の遺産のおかげで科学技術が一気に向上したのもあって兵器開発は順調に進んだ。あなたが知ってることが桜花作戦までなら知らないだろうけど今の戦術機は宇宙間活動を行えるほどよ?」
 すげぇ……マブラヴからスーパーロボット大戦のようになっている……しかし香月の遺産とは一体なんだ? 遺産ってことは……死んだ? それと一番気になること……それは…。
「まだこの講義続くんですか? もう最初のほうに何を説明されたか忘れてるんですが?」
「当たり前よ。かなり要約してあげてるけど30年って年月を馬鹿にしないで」
 まだ続くようだ。設定云々は大好きだが口頭で伝えられても理解なんてちっともできないものだった。
「アメリカだけど、他と比べて潤沢に残った資源や人員を使って各国の復興活動に誠意的に動いていたわ。まぁ裏でどんな取引してるかまでは知らないけれど戦争を吹っ掛けて覇権を握ろうとするほど馬鹿じゃなかったってことね。そのおかげで大体の国は内政やその後の復興をとげ回復したわ。まぁ小国やアメリカにとって面倒な国は大方近隣の国へ合併されちゃったけど。そして日本。この国はオルタネイティヴ4の完遂や桜花作戦、甲1号作戦の成功。これを鍵に日本はアメリカと対等に立てるほどの地位を築いた。そして何より、香月夕呼の遺産……これがオルタネイティヴ4よりも各国を震撼させたの……」
「……香月博士はどうしたんですか? 遺産ってことは……亡くなった?」
「公式には死んだことになってる。でも実際は不明。生きてるのか死んでるのか、それすらもわからない。ある日突然ひょっこり現れるかもしれないわね」
「どういうことですか? わからないって……行方不明ってことですか?」
 香月智呼はため息をついてめんどくさそうにまた息を吸った。香月夕呼に関する話をすると大体眉間に皺がよる。この人からみたら母親なんだ、香月夕呼の話は嫌なのだろうか?
「彼女はある実験を行ったの。そして膨大で尚且つ現代の科学技術を揺るがす論文や色々な物の設計図、理論などを作り上げて二度目の実験を行った。それ以降あの人は行方不明。実験中に自己死ってことになってるけど彼女がいなくなるのは実験の過程の中の一つだったらしいわ。私も20になるまで知らなかったけどね。それであの人は行方不明ってことにされて残された論文や設計図が香月の遺産。各国が喉から手がでるほどほしがるほとんどオーパーツに近いもの」
 オーパーツ……確かその時代にあるはずのない物……だっけか? 金でできた飛行機の形のオブジェならテレビで見たことがある。
「オーパーツって何ですか? 一体どんなものを残していったんですか?」
「設計図よ さっきも言ったでしょ? 今の技術じゃ到底考えられないほど効率よく、尚且つ魔法みたいなものまで作り上げたの。さっきも言ったけど戦術機が宇宙間活動が行えるってあれ。アレの前にね、戦術機は空を飛べるようになってるの。一機だけだけど試作機が作られた。戦術機を空中で自在に動けるようにするための装置。重力操作を行う装置がね」
「重力操作って…ムアコックレヒテ機関ってやつも同じやつじゃなかったでしたっけ?」
 ムアコックレヒテ機関もラザフォート場を使ってあの巨大な棲乃皇を浮かしたんじゃなかったか?
「そう。だけどそのサイズが段違い。従来のムアコックレヒテ機関は巨大でとてもじゃないけど従来の戦術機サイズに搭載するなんてできるわけがなかった。それにラザフォート場は近づいただけで重力偏重で人がミンチになってしまう使いづらい欠陥を持つ。だけどその装置は戦術機に搭載させられるほどの小型でしかもラザフォート場なんて広い範囲を覆わないで機体だけに抗重力を持たせたの。やろうと思えばラザフォート場も張れるからバリアとして使おうと思えば簡単に使える高性能な装置ってわけ」
「……すごいですね……戦術機がバリアを張れるなんて……光線級ももう敵じゃないじゃないですか…」
「まぁ実際に戦闘したわけじゃないから光線級に有効かはおいといて戦術機に搭載可能なほど高性能なムアコックレヒテ機関。これだけでも外交の道具として切り札になったわ。でも香月の遺産はそれだけじゃない。G元素を用いらなくともムアコックレヒテ機関と同等の機能を持つ装置の設計図も残していた。香月の遺産は世界中に轟いたわ。そして数々の噂や伝説を作り上げた。香月博士はG元素の生成に成功したとか香月博士はオルタネイティヴ4で珪素系生物とのコンタクトに成功し今は珪素系生物の母星にいるとか。まぁ今言った遺産はその一部だけど。そうそう、あんたの嘘を見抜いたのも社霞や鑑純夏がもっていたリーディング能力を機械化させたものよ。これも香月の遺産の一つ」
 ……G元素を使わないムアコックレヒテ機関…完全なる地球製のってことか…さすが香月博士は天才…って言葉で片付けられるものじゃないか。もはやこの歴史の中じゃ神にも等しい存在ってわけだ……。それに今は30年後なんだ…社霞もいないのか……
「まぁ大方の歴史はこんな感じ。現在はアルテミスを使った狙撃による月奪還作戦に備えてイージス計画、ペルセウス計画ともに着々と進行中ってわけ。それで……あんたには帰れないってさっき言ったけどこの先どうする? 戦時中じゃあるまいし白銀武のように戸籍を用意するのもかなり面倒になってくるんだけど? 城内省をだまくらかせる訳もないしね? あんたなんかの為に住居を用意してあげるほどお人よしでもないし……どうする?」
 どうすると言われても…って感じだ。戸籍がなければ自力で住居や仕事を探すのも無理だろう……俺はこの人に縋るしかない…だが白銀武のように取引に使える何かがあるわけじゃない。未来も知らない、力もない。利用しようとしてもらえる部分すらないだろう。どうする……
「……何にも考えが浮かばないなら…ここで訓練兵やって私の助手をしなさい。使える駒がほしかったの。一応あの人の娘ってことで同じようにここの副指令って肩書きもらって研究させてもらってるけど結局自分で使える駒は少ないのよね。どう?」
「どうもなにも……やりますよ。置いてもらえるならそれで構いません。でもこちらとして自分の世界に帰れる方法を探してもらえると嬉しいんですけど?」
 その返答を聞いて智呼はフフンと嬉しげに鼻を鳴らした。海で釣り糸垂らし餌に魚が食いついて勢いにのってフィーッシュと叫ぶ釣り人を想像して頂きたい。そんな顔だった……。
「それなら手続きを済ませるわ。しばらく待ってなさい。1週間後くらいには訓練に参加してもらうからそのつもりで。手続きを済ませたら部屋が宛がわれるからそこで訓練についていけるように自主トレーニングでもしてなさい。あと勉強。教材は運ばせるわ。それじゃ、ここでしばらく待ってなさい」
 圧力が抜かれるプシューと言う音とともに扉が開き香月智呼は去った。一人残された副指令室はあまりにも孤独を感じさせ不安を掻き立てたのだった……。



どうもryouです。感想に修正しただけかよーーーっと言われたので爆弾投下! 後々の構想から考えたものなので矛盾がでてくるかも……
完全なオリジナル設定&オリジナル歴史、しかもその後の話につなげるためにマブラヴオルタネイティヴとしての良さはなくなってしまったかも……
ただ香月の遺産はその後の話に大きく関わってくるので外せない…まぁこんなところで許してほしいです;;
次回よりやっと主人公の詳しい内面を描けそう? 性格、考え方、1,2,3,4話じゃただの相槌役だったっぽいので訓練兵という場面を使って書いて行きたいと思います。直、訓練兵の話を書くにあたって少し映画でも見て勉強したいので少し遅れるかもです それでは失礼。



[4846] 5話
Name: ryou◆7da013d0 ID:c2cbcd7e
Date: 2009/01/13 01:47
 副指令室。普段から他者を寄せ付けようとしない智呼に今日は珍しい客が来ていた。
「お久しぶりです。香月博士。母君によく似て美しくなりましたな」
 かなり古いものなのか、くたびれた茶色のコートと同じ色の帽子を被った壮年の男性だった。帽子からでた髪は白髪が混じり頬や首筋には皺が目立つ。しかし背筋はまっすぐに伸びておりどこか老いを感じさせない男だった。
「最後に会った時から変わってないわ。まぁ、それでも私が20の時が最後だから3年ぶりか、確かに久しいわね」
 智呼は座っていたイスに大きく背を預けるように踏ん反り返った格好で答えた。いかにも面倒くさい様子で、である。
「それで先日頼んでおいた仕事、首尾はどう? ここに直接来たって事は何かあるんでしょ?」
「なに、古い知人の娘から珍しく頼み事をされたものだから久しぶりに顔も見ておきたいと思いまして。なかなか元気そうで何より。私もこんな歳になったもので、昔は世界中を飛び回っていたが今はそうも行かなくてね。土産の一つでも持ってきたかったが……」
 男はひどく残念そうな顔して肩を竦めた。
「いらないわよ。あんたが持ってくるものにまともな物なんてありっこないもの。覚えてる? 昔、私にお土産って持ってきた縄と木片だけで作った人形。気持ち悪いったらありゃしない。危うく呪われるとこだったわ」
「ほぉ。香月博士とも在ろう人から呪いなどと非科学的な言葉がでてくるとは思いもよりませんでしたな。ならば今度はイースター島のモアイ像でも買ってきてあげよう。なかなか興味深い造型をした物ですよ?」
「いらないって言ってるでしょ。そんなことより何しに来たわけ? さっさと本題に入らないと追い出すわよ? 親の七光りだろうがなんだろうがそのくらいのことは朝飯前なんだけど?」
 それを聞いて男は軽く鼻で笑い口をにやりと笑ってみせた。目元を隠すように帽子を深く被りなおし少し俯いた男は静かに間をとった。男の表情はまったく見えない。
「……昔、同じような頼み事をされた記憶がありませてね。死んだ人間を生きていた事に偽装しろと……。今回は存在しない人間に戸籍を作れ……でしたな。なに、親子二代に渡って同じような頼み事をされるとは夢にも思わず、君の母君にははぐらかされたが今回ばかりは真意というものを確かめたくてここに参ったのです。聞かせてもらえませんか? なぜそのような事をする必要があるのか。日高祐樹とは何者なのか……白銀武と何か関係があるのか否か…をね」
 智呼はその言葉に多少なりとも苦い顔をした。切れ者だと言う事は分かっていたが真相には自分でたどり着こうとする男だと思っていた。
「珍しいわね。あなたが人に質問するなんて。真実は自分で掴み取るものではなかったのかしら? 教えてもらおうなんて何をそんなに焦っているの?」
「……なに。私も歳をとった、ということです。今は30年前とは違う。自分で探そうにも彼についてのデータは一切残されていない。もちろん香月博士もそれについて記録は一切残していなかった。そして本人は行方知れず。探そうにも探せる場所にはいない。なら残ったあなたに同じような事をしようとしている真相を問いただしたほうが早い」
「本当に老いたのね。私が真実を語ると思う? まぁひとつだけ言えるとしたら……彼は釣り針よ。獲物はあの人。餌はないけれどそれだけで十分よ。あなたにももう少し協力してもらう事になるけどね」
 男は軽く息を吸い小さくため息をついた。男は今の言葉だけで満足したのか顔を上げた。
「本当に……似てきましたな。母君に。結果の為に手段を選ばないその姿勢。いやはやご立派になられましたな。昔は私におじちゃんと抱きついてきて可愛らしかったのですが…?」
 男の顔はにやついていた。
「うるさいわね。誰しも子どもの頃はそんなものよ。それにあたしにこんなことをさせてるのはあんたよ? あんたとあたしの目的はあの人の持ち帰るであろう遺産、そうでしょ? だからあんな話をあたしにしたんじゃないの? それとも、娘を殺された恨みとでも言うわけ?」
「そんなつもりじゃありませんよ。あれに関しては自身が選んだ道です。私はただ子に母親の真実を伝えただけです。嘘を教えられているなんて不憫でしょう。それに、彼女を超えるのではないんですか? 子どもの頃はよく言ってたじゃありませんか。それこそ口癖のように」
 その言葉に智呼の顔は歪んだ。眉間に皺をよせあからさまに機嫌を損ねた表情をしている。
「うるさいわね、あんたに言われなくてもやってやるわよ! あの人が失敗したことをあたしが成功させるだけよ。簡単じゃない。あんたは黙ってあたしに協力すればいいのよ! 成功すれば遺産の情報だって日本の物になるわ!」
 怒声が響いた。人気もなく物音のしないこの地下ではよく響き渡った。男は気圧された様子もなく飄々とした雰囲気を崩すことはない。
「フ、それは失礼。成果を期待していますよ。……そうそう、そろそろあなたも恋人の一人くらいつくってみたらどうです? せっかくの美貌も相手がいなければあまりにもったいない。それこそ人類にとっての損失ですよ?」
「余計なお世話よ! ……話は終わりよ。さっさと出ていきなさい」
「それではまた近いうちに。成功を祈っていますよ」
 男は音も立てずにその場を後にした。ドアの空気圧が抜ける音だけが響き、そして片手を額に当て芳しくない表情をした智呼を一人残し誰もいなくなった。
「……超えてやるわよ…あんなやつ……子が親より劣るなんてこと…在り得ないわ…」




どうも、ryouです。かなり短いですがこの会話は必要だと思い主人公の話に入る前に入れさせていただきました。口調云々が少し怪しいですが誰だかわかりますかね?。とりあえずまだ名前は出しませんけども。
てか主人公について何も書いてないせいでフワフワしすぎて智呼主人公のほうがしっくりくると思う人もいらっしゃるかもしれませんが頑張りますんで許してください;;
本当だったらもう少し1話ずつを長めにして行きたいのですがすでに今までのがめちゃくちゃ短いから最早手遅れって感じですね…



[4846] 6話
Name: ryou◆7da013d0 ID:c2cbcd7e
Date: 2009/02/17 05:01
 香月博士に現状を教えられてから丁度一週間。俺は訓練兵として横浜基地の一員として仲間入りを果たした。
「私は国際平和と秩序を守る使命を自覚し、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、責任感をもって専心任務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって人類の負託に応える事を誓う」
 この言葉を覚えるのにどれだけ苦労したことだろう… もとより興味のある事意外への記憶力は乏しいほうだ。失敗を許されない中での言葉を覚えるというものは今まで経験したといえば小中学校の卒業式以来だった…。
「貴様が日高祐樹か。私が今日より貴様の訓練教官を担当する高柳久隆だ」
「は。よろしくお願いします」
 目の前には40代後半の渋いおじさんが立っていた。さすが軍人というべきか、締まった肉体は自分の世界の40代と比べてメタボリックと呼べるような場所はまったくなかった。髪は整髪剤でオールバックにしていた。
 俺は背筋を伸ばして敬礼した。多少なりとも軍隊に置ける身の振り方は勉強した。言葉遣い、敬礼、これだけでもできていれば問題はないだろう。
 
「貴様にひとつ、言っておく事がある。貴様がなぜ軍隊に志願したかは香月博士から聞いてはいない。しかしだ。徴兵による強制ではなく自ら志願したということは最後まで覚えておけ。どんなにつらくとも自ら選んだ道だ。けじめだけはしっかりと守れ。ここには徴兵による衛士は一人もいない。皆自ら選んでここへ来た者ばかりだ。その者達の足を引っ張るような真似だけはするな」
「……了解しました」
「最近の若い連中はBETAを知らん世代だ。故に親は子を甘やかして育てている。自らができなかったことを子にさせたがっている。だが甘えん坊の坊主たちのままでは戦えん。BETAはそんな甘い敵じゃない。貴様も努々忘れるな。自分を甘やかすのは勝手だがそのせいで自分は愚か仲間を殺すことに繋がる。辛かろうが苦しかろうが精進することを忘れるな」
「は!」
 男が一人近づいてくるのが見えた。
「そもそも最近の連中には危機感がない。BETAに蹂躙されたこの星に生まれて未だ尚BETAを軽視するなど「高柳教官」む…」
 途中で割って入ったのは若い男だった。俺と同い年くらいだろうか、身長は172cmの俺と比べて少し高いくらいだ。顔立ちは説明しにくいがそこそこ格好いい部類に入るのではないだろうか。
「教官、先ほど香月副指令がお探しになっていました。先ほどPXにいるのを見ましたのでまだいるはずです。お急ぎになられたほうがよろしいかと」
「む。わかった。日高訓練兵、先ほどの話を忘れるなよ? それと安部訓練兵、こいつが今日から貴様と同じ部隊に入る日高祐樹訓練兵だ。後々正式な紹介はするが今からコイツに基地を案内してやれ」
「了解しました」
「それではな」
 敬礼で教官を見送る。隣の男も敬礼をしているが表情がどこか不真面目だった。
「……ふぅ、あぶなかったな新人君。高柳教官の話はどこかで切り上げないと延々と続くぜ? 気をつけとけよ?」
 ずいぶんと軽いイメージの男だった。
「俺は安部康則。ヤスって呼んでくれ。これからキミがくる231A分隊の分隊長だ。ま、よろしく」
「よろしく……ずいぶんと軽いノリなんだな」
「ん、あーまぁ気張ってもしょうがないでしょ。どうせ親のおかげでこんな場所にいるんだ。どんな態度だろうと変わらないさ。やることさえやってればな」
 そういうものなのだろうか……。
「こんな時代に職業軍人になろうなんて連中なんて大方家が軍人の家系ってだけさ。キミもそうだろ?」
「ん、あーいや。自分は違うよ」
 そういった瞬間少なからず驚かれたのだろう。ヤスは目を大きく見開いた。
「へー。珍しいやつだな。BETAを倒すために立ち上がるって? まぁ目標は人それぞれだけどな。ついてこいよ祐樹。案内してやるから」
 そういってヤスは歩き出した。俺は黙ってついていく事にした。
「この基地ってさ。昔極秘任務をここを主体にしてやってたらしいんだ。伝説の人、香月夕呼博士がここで色々な実験をやっていたんだってさ。おかげでここはわりと有名な士官学校変わりの基地なんだぜ? さっきの親が軍人じゃないって話、嘘だろ? 特別な縁がなけりゃこんな所にはこれないさ」
 む。ここは所謂エリート士官学校ってやつだったのか…しかしエリートなんて言葉俺の人生に関わってくるとは夢にも思わなかった。
「いや、本当に親は普通さ。ただ香月博士と少なからず関係があるだけさ」
「うわ…副指令の知り合い? すごいな」
「そんなもんじゃないさ。遠い親戚と言った所だよ」
「へぇ すごいじゃないか。ところで祐樹は体力に自信はあるかい? もう1月だ。そろそろ基礎訓練から戦術機訓練に変わるけど……今からついてこれるのか?」
「へ? いや……体力は自信ないな……一応足引っ張らないように頑張るつもりだったけど…」
「そうか。まぁ頑張りなよ。みんな良い奴だからサポートしてくれるさ」
 それは助かる。この世界で一番心もとないことは友人がいないことだった。ヤスはそこらへんを考えると頼りになる存在だった。
 そんな話をしながら自分達は基地を回った。そしていよいよ訓練が始まる……。

「今日から貴様ら231A分隊に入る事になった、日高祐樹訓練兵だ。とある事情でこの時期から入ることになったがコイツは素人も同然だ。サポートしてやれ」
「初めまして。今日から訓練に参加します、日高祐樹です。よろしくお願いします」
 231A分隊には5人の先輩がいた。一人はさっき会った分隊長、安部康則。
「よろしく。ま、さっきもあったから紹介はいいだろ?」
 そして緑色の髪を肩くらいで結っている女性。
「月詠冥という。よろしく頼む」
 名前からするに月詠真那の縁者か……。なぜ帝国軍じゃなくここに?
「田所勇だ。よろしく。日高君」
「勇とは爺さんの代からの付き合いでね。ま、いいやつだから仲良くしてやってくれ。祐樹」
 ヤスが勇の肩に腕をかけてそう言った。勇は酷く面倒くさそうな顔をしていた。
「人の自己紹介頭から邪魔しないでよねヤス。私は涼宮晴枝。よろしくね」
 涼宮……茜のほうの子ということか。容姿もどことなく似ている。
「んでこっちが」
「柏木亜子だよ。よろしく、日高君」
 こっちは柏木の子…か。いやまて? 柏木は確か佐渡島ハイヴ攻略のときに…どういうことだ?
「この5人が貴様の先輩となる。可愛がってもらえ。それでは訓練を始める! まずは10キロ走ってこい!」
『『『了解!』』』
 そして俺達は走り出した。初の訓練、10キロランニング。学校の体育の時間、1キロ走らされるだけで息絶え絶えだった俺にとって地獄意外の何物でもなかったのは言うまでもなかった……


どうもryouです。
大分時間を空けてしまい申し訳ないですorz
今回誰を部隊の仲間にもってこようか悩みに悩み……
ここで本編と関係ないキャラ突っ込むのもどうかと思い本編ででてきた人の孫&子ということで採用しました。
ただ柏木とか涼宮とかA01の仲間って使いたくなかったんですよね…。
まぁ他に代案がなかったのでだしました。
あと結婚とかしてたら苗字かわんじゃね?って発言はNGでお願いします!
変えちゃったら誰だかわからなくなっちゃうので…orz



[4846] 7話
Name: ryou◆7da013d0 ID:c2cbcd7e
Date: 2009/02/17 05:03
 訓練の内容は自分に合わせることなく着々と進んでいった。おかげで体力強化訓練に置いては仲間の足を完全に引っ張り、座学に関しても教官に当てられれば100%腕立て腹筋など罰を与えられる結果に陥った。
 それでも文句の一つも言わずに協力してくれる仲間たちには感謝したい。ヤスや勇はもちろん柏木や涼宮はマラソンの周回遅れを取る自分に笑って頑張れと言ってくれる。ただ月詠さんは何も言ってこないものの友好的な雰囲気ではなかった……。
「戦術機は第1世代、第2世代、第3世代、そして現在の第4世代と設計思想が異なっている。第1世代の設計思想は何か? 田所、言ってみろ」
「はっ。第1世代は重装甲による防御性能の特化です」
「そうだ。では涼宮。第2世代は? なぜ防御性能から思想を切り変えた?」
「第2世代は機動力の特化です。BETAに対しては重装甲すら意味はなく、攻撃を受けたときより攻撃を受けないようにすると思想を切り変えたと考えます」
「よろしい。第3世代は反応速度の向上、そして機動力、攻撃力などを段階的に強化していった。では第4世代は一体何を思想としているか。言ってみろ日高」
「え……っと…わかりません」
「そんなにお前は腕立て伏せが大好きか。よし、100回だ」
「はっ」
 また今日もいそいそと腕立て伏せを始める。もはやこの展開はお決まりのパターンだ。みんなももう慣れたのか当たり前のように見向きもしない。
「月詠、言ってみろ。第4世代の設計思想は?」
「はっ。第4世代の設計思想は宙間行動及び低重力下での高機動戦闘を主軸としています」
「よろしい。BETAを地球上から駆逐して尚、BETAの脅威は消え去っていない。第4世代は宇宙空間で戦うことや、地球より重力の弱い月での戦闘を想定したものだ。無論地球上での機動も行う。この3つ。宙間戦闘、低重力戦闘、地上戦闘。この3つが主軸となっている。では宙間戦闘を行うのに必要な装置がある。日高! 言ってみろ! わかりませんなどと答えたら腕立て500回にしてやるぞ? 手を休めず答えろ!」
「ムア、コック、レヒテ、機関です!」
「ほう…ずいぶんと古い名前を知っているな。そうだ。ムアコックレヒテ機関、今はMLドライブと呼ばれている。昔は戦術機に搭載できるサイズではなかったが香月夕呼博士が改良、見直しを図ったおかげでサイズダウン、安定化、安全性が高められた一品だ。こいつは重力操作とエネルギー生成を行う装置だ。こいつのおかげで無重力、低重力下でも機敏な動きができる。そして重力制御を使った障壁、ラザフォード場を展開することもできる。従来はこのラザフォード場を使って重力制御を行ったが今は違う。制御域を自在に設定できる。これが香月博士が進化させた安全性、安定性だ。ラザフォード場はBETAの光線級の攻撃を無効化することができる…が、実戦でそれを証明した者はいない。これが開発されたのはBETAが地球上から消えた後の話だ。まぁ、貴様らがこれの搭載された戦術機に乗れるかは貴様らの成績次第だ。そしてMLドライブはその重力制御で生み出される膨大な電力が特徴だ。こいつのおかげで戦術機の可動時間はある意味無限となった。が、武器弾薬は有限だ。補給を疎かにするな」
 51、52、53、54、55、56、くっそー腕いてぇ……
「現在地球連合で主軸となっている戦術機は地域事に異なっている。これは国ごとに設計思想が異なることが原因となっている。日本では新しいものは蜃気楼、これは30年以上前に作られた不知火を元に作られたものだ。フランスにミラージュという戦術機があるんだが…なぜ蜃気楼という名にしたのかわからないがこの名称のせいでフランスとの折り合いが悪くてな。各国にも色々な意味で有名な機体だ。そして武御雷、これも30年以上前に作られたものだが伝送系、内部機関、各部間接、センサー機器、装甲を現在主に使われているものに換装しただけのものだ。形状は未だに変わっていない。貴様らも知っているだろうが日本でこれより有名な戦術機は他にない、日本を代表する戦術機だ。今可動している戦術機のほとんどがBETAが地球上にいたころに設計された戦術機を武御雷のように装甲と内装を変えただけのものがほとんどだ。アメリカやソ連、日本も新規開発を行っているものの難航している。既存の戦術機が全て最新鋭可されたなかでそれを凌駕する技術が中々作れないのが現状だ。理由は1つ。香月博士の開発した技術に他ならない。香月博士の開発した技術を既存の戦術機に応用してしまった。すると香月博士の技術よりも上回るものを作らなければならない。それが今の科学者には超えられない壁として存在しているのだ」
 89、90、91、92、93、くっそ……毎回毎回100回もやってらんねぇ!
「今日はここまでとする。解散!」
『『『ありがとうございました!』』』


 ここで出される食事はすでに合成なんちゃらではなくなっていた。普通においしいものばかりだ。
「祐樹! こっちだ」
 振り向くとすでに食事をもってテーブルに座っているヤス達がいた。
「おっす。みんな集まってたんだな」
「祐樹が遅いんだよ。腕立て終わってからいつまでもへばってるからだぜ?」
「うるせぇよ。100回もやったらそりゃへばるっての」
 俺が席に着くとみんな食事を始めた。俺がくるまで待ってくれていたらしい。
「日高君ってさ。今いくつなの?」
 そういったのは柏木だった。
「ん? 18だ。あ……もう誕生日過ぎてた…19歳だ」
「ええ? 誕生日っていつ?」
「1月7日」
「最近じゃん! なんで言わなかったの? そしたらお祝いしてあげたのに…」
「いや、俺も毎年忘れるんだ。それに訓練きつくてそんなの覚えてる余裕ないって……」
 柏木は口を尖らせた。そんなに祝いたかったのか不満そうな顔は治まりそうにない。
「へぇー。んじゃ祐樹って早生まれなのか。俺達も19だから同い年だな。なぁ勇?」
「ん、あぁそうだな。祐樹は何かやっていたのか? スポーツとか…はあの体力じゃないか…」
 目を勇に逸らされた。そこまで俺の体力は酷いと言うのか……
「……まぁ概ね正解。スポーツはやらなかったよ。音楽はやってたけどね。あとはパソコンいじってたり…インドアな事ばかりさ」
 そうか、と勇は言って食事を再開した。途中涼宮が音楽って何やってたのと聞いてきたがドラムだよ、と答えるとふーんと言って会話は止まってしまった。
 自分は会話がそこまで得意じゃない。大親友と呼べるような仲ならそんなことはないが別段特別な存在でもない人とは大体こうなる。
 自分から積極的に関わろうとしないおかげで今までみんなと話をしてきたが月詠さんとはあまり会話をしていなかった。俺が月詠さんに抱く印象は寡黙、まぁ自分から話しかけもしない癖にこう思うのはひどく失礼なことだがそう感じた。しかしその一方で大人の雰囲気を感じる。隊全体が少し子どもっぽいこのメンバーのなかでは好感を持てる部分だった。
 なぜ子どもっぽいか、それは涼宮と柏木の存在である事に他ならない。ヤスははしゃぎもするがどこか頼れる兄貴のようで、勇ははしゃぎこそしないものの寡黙でもない、普通に頼れる存在だ。しかし涼宮と柏木は違った。普通に子どもだ。ゲームで見知った二人の親? と比べるとあまりに幼稚っぽい。だがそれこそこの今の時代を物語っていると言えるだろう。本来このくらいの年ならこのようなものであるのがしごく当然なのだろう。だが自分はそんな二人が少し苦手だった。学校でも同じクラスの女子達とあまり会話をした覚えがないことを思い出す。
「高柳教官の奥さんってさ、すごい美人らしいよー?」
「へぇーでも高柳教官って格好いいから当然じゃない?」
「えー? 亜子って教官みたいな人がタイプなの?」
「そうじゃないけどさーどっか男らしいっていうか……なんというか」
「うわーおじさん趣味?」
「別にそんなんじゃないってー」
 二人の会話を聞いてるとどこか頭が痛くなる時がある。こういう会話は苦手だ。だからこそこの手のタイプの人間とはあまり接触をもてなかったのだ。
「日高」
「ん、何? 月詠さん」
「お前は、一体何者なんだ? こんな中途半端な時期に部隊に参加するなど異例。しかもこの横浜基地にだ。気になるだろう?」
 月詠さんから話しかけられたと思った途端にこれだ。この人は痛い所しかつかない。むしろあたり障りのない会話などこの人はしてこない。ヤスと勇も気になるのか顔を上げてこちらの話しを聞いていた。反して涼宮と柏木は興味はないようだ。
「……んー秘密、じゃダメかな? 何者って問われると何者でもないんだけど、答えづらいな」
 その返答に納得がいくわけもなく月詠さんは少し目を細めた。
「まぁ答えたくないのなら構わない。だが気になったものでな。すまない」
「いや、別にいいよ。大した理由もないけど香月博士の知り合いだった、ってだけさ」
「ほう。副指令と。なら確かに無理やりこの時期に編入できた理由も肯ける」
 また軽い沈黙が続く。ガヤガヤと回りは騒々しいにも関わらずここだけが静寂。そんな感じだ。
「そうだ祐樹。来週から戦術機訓練始まるけどついてこれるのか? 体力なきゃ戦術機だって乗れないぜ?」
 沈黙を嫌ったのかヤスが話し始めた。戦術機訓練……待て、総合戦闘技術評価演習はどこ行った?
「ヤス…総合戦闘技術評価演習は?」
「ん? なんだそれ? そんな演習聞いたことないけど?」
「…そう…か」
 総合演習がない…どういうことだ? いきなり戦術機……か。
「おい祐樹。さっさと食っちまえよ。自由時間終わるぜ?」
「ん、ああ。そうだな」
 戦術機訓練……武のように簡単にはいかないだろうな。



[4846] 8話
Name: ryou◆7da013d0 ID:c2cbcd7e
Date: 2009/02/17 05:07
 自室に備え付けられた洗面台の鏡を見る。よくよく思うと大分筋肉もついたようだ。腕も少し太くなった気がするし胸筋も大きくなった気がする。腹筋も硬くなったか。こっちの世界にきて三週間かそこらだが訓練についていけるのは奇蹟としか言いようがない。
 何度逃げ出そうと考えたか、何度サボれたらと考えたことか。逃げ場のない地獄だと最初は思ったが、訓練に二週間そこら参加していれば、人間とは慣れるもののようだ。つらいものはいつになってもつらいがそれでも心構えが違ってくる。元の世界じゃ引越しのアルバイトも1ヶ月が限界だったが仕事と違って毎日休みなしにくる訓練には順応せざるを得なかった。
 今思えば前の生活のなんて楽なことか。自分が最後にやっていた仕事はラーメン屋のバイトだったが仕事疲れるなんてよく言ってたと恥ずかしくなる。
 高校を3月に卒業し、4月から5月の間引越しのバイトを、その後5ヶ月以上無職を続け11月からラーメン屋。そして1月にこっちの世界へ。なんて落ち着きのない1年だったか……
 確かにこちらの世界はつらいがBETAがいない分気が楽だった。死地に追いやられることがない。これは大きな心の安らげるポイントだ。訓練を終えたら香月博士の助手をやるはずだが要するに社霞のポジションだろう、どこよりも安全な場所である。
 非日常も日常に変わればそれもまた退屈な日々へと変わる。この世界も軍隊という異質な世界だが三週間もすれば飽きがくる、というのは語弊があるが少なからず慣れてしまった分パターンが構築されていく。それでも楽しみなのは戦術機だろう。一週目の白銀武がそうだったようにまた自分も戦術機は楽しみでしょうがない。
 
 早くも明日に適性検査を行うと決まった。車酔いする自分にはとても不安ではあるが高揚感はそれを上回るくらいだ。現在使われている戦術機と30年前の機体、同型機で比べても撃墜比は7対1以上はあると聞く。衛士の腕によってそれもまた大きく上回ると高柳教官は言っていた。これを楽しみと言わずなんと言うべきだろうか。訓練に使われるのは今も吹雪だろうか、それとも別の何かか。そんなことばかり考えがよぎる。時刻はもう遅い。そろそろ寝ないと明日に支障をきたす。自分は睡眠時間が短いと何かと体力に大きく影響する体質だ。心を落ち着かせて自分は寝ることに集中した。


1月30日 


「午前の講義はこれで終了とする。午後からは戦術機適正検査を行う。支給された衛士強化装備で一四〇〇時にブリーフィングルームに集合。以上解散」



「いやーやっと戦術機か。勇、エース級の結果だして親父達に目に物を見せてやろうぜ」
 PX、今は昼休みだ。昼食を取る他の人たちでにぎわうが毎回決まった席に座るために俺達の場所も大概確保されている。適正検査前の伝統である超大盛、今回の被害は俺である……。
「そうだな。代々海軍将校だった親父達の反対を押し切ってここにきたんだ。ある程度の成績をだせなきゃ立場がない。日高、大丈夫か? 普段からそんなに食べるほうじゃないんだ。そこそこにしとけよ?」
 勇はこの隊の最後の良心と言っていいほど真面目な好青年と言える。てか心配してくれるなら超大盛にする時点で止めてほしかった……
「……あーうん。正直すでにギリギリいっぱいだわ…。ヤス、少し食ってくれ…」
 三週間の付き合いと言えどかなりみんなとは打ち解けてると俺は思う。男衆は元より涼宮達とも中々に仲は深まったと思う。
「はは、ごめんね日高君。これって伝統なんだよねー。もうやらなくちゃって空気に負けちゃった」
「涼宮、あとでたっぷり恨み言を囁いてやる……」
「日高、それくらいにしておけ。シミュレーターを汚されては敵わん」
「そう思うなら月詠さんも止めてくれればよかったでしょう!」
「なに。私とて場の空気を壊すようなことはせん」
「……意外とそういうユーモアはあったのね…」
 意外なことに月詠さんは17歳とこの隊最年少だった。しかしみんな月詠さんと呼ぶあたり貫禄が物を言うのだろうか……。
「さて勇、祐樹。このあと俺達には盛大なイベントが用意されているぞ!」
「イベント?」
 自分と勇が頭に疑問符を浮かべて何かあったかと考える…別段検査する意外に何もなかったと思うが。
「我々訓練兵は正規兵と違う強化装備を装着する。つまりだ……目の前にいる可憐な乙女達の在られもない姿を拝むことができるのだ!」
「あー……あれね……時にヤスよ。さっきまで目の前で食事をとっていたはずの涼宮女史が席を立ち手に何ものってないトレイをもってキミの背後に移動しているんだけど気づいているかね…」
 実況のように現状を説明してやった。無論ヤスも気づいているのかこれもお約束と享受しているのかニヤニヤしながらその時を待つ。
 振り下ろされるトレイ。しかも縦に。まさに┃←この図。それがヤスの脳天に振り下ろされた。
「が……縦はやめろよ、まじで……」
「エッチな目でみたらぶっ飛ばすからね!」
 すでに制裁を与えたあとで何を言おう…まだぶっ飛ばし足りない様子だ…恐ろしい子。テーブルに突っ伏するヤスを尻目にクワバラクワバラと手を合わせる勇が視界に入った。
 釣られて俺も手を合わせ、その場を後にした。



 ブリーフィングルーム。その場に集合した俺達が見たのは確かに壮大なイベントだった。
 透明なフィルムとは立ち絵で見るとよくわからない話だが実物を見るととてもすごい格好だ。官能的と言うよりはその手のAVかと思ったほうがあまりにしっくりとくる。それを目を細めて頷きながら見るヤスと目線を逸らす勇。自分はしっかりと見ていた。モジモジと前面部を隠す涼宮、苦笑いしながら腰に片手を当て脱力している柏木、堂々としているながらも顔が少し赤くなっている月詠さん、どれを見ても壮観ではあった。まぁ後々涼宮に引っ叩かれるのは少し未来の話だ。

「まずは安部一号機、月詠二号機。搭乗しろ」
『『はい!』』
 戦術機適正検査が始まるころにはみんなも多少落ち着きを取り戻した。これから始まるのは要するに酔うか酔わないかの検査だと自分は認識している。
 可動を始めたシミューレーターは最初は静かに徐々に大きな動き、そして最後は激しい動きと変わっていく。外からみると中はどうなっているのか想像はしたくない。
「シミュレーター停止。降りろ」
 ガコンと開かれたドアからでてきたヤスはモッソリと動くゾンビそのものだった。紙袋は膨らんではいない。対象に月詠さんは問題ないと言わせるように優雅に降り、カツカツと隊の元に戻ってきた。
「何ともなかったのか? 月詠さん」
 話しかけると目を軽く瞑り、弱々しく細く開き、「大丈夫と言える状態ではない…が…安部ほどは酷くない」
 そう言ってふらふらと壁に背を預けてガクンと首を垂れた。我慢してたのか…。
「ヤス…大丈夫か? 吐いてないか?」
「吐かねぇよ…う…」
 そういって蹲ったヤスの背を涼宮が撫でている。どうにも自分もタダでは済みそうもない…
「次、涼宮一号機、柏木二号機。搭乗しろ」


「大丈夫か…? 涼宮、柏木…」
「大丈夫なわけないでしょ…すごい目が回る…」
「日高君も覚悟してよね…あんだけ食べたんだから…」
 そういわれると怖気づいてしまう…。これを突破できなければ戦術機なんて毛頭乗れっこないのだ。しかもこんな所で弾かれたら頑張った意味が水泡に帰す…。
「次、田所一号機、日高二号機、搭乗しろ」

 シミューレーターのなかへと移動する。ゲームでみたのと同じ光景だった。いつでも押せるように緊急停止ボタンの場所を確認する。病は気から。酔う酔うと思うからこそ酔うのだ。大丈夫、落ち着け、最終的にトラックも薬を飲まずとも酔わなくなったんだ。大丈夫。
『それでは戦術機適正検査を行う。無理だと思ったらすぐに停止ボタンを押せ。ぶちまけたら己自身に片付けさせるからな』
 シミュレーターが起動した。網膜投影、確かにすごい技術だ。なんの違和感もなく風景が変わった。シミュレーター自体の動きも車と違い大きく動く。いつしか遊園地で乗ったアトラクションを思い出す。イスに座りベルトを締めスクリーンに写される映像に合わせてイスが動く。この程度なら自分が酔うものとはベクトルが違った。引越しのアルバイトの初日。酔い止めを飲むのをすっかり忘れトラックに乗り仕事に出た日を思い出す。引越しは時間との勝負だ。俺が酔ったから休憩なんて馬鹿なことはない。高速に乗ってしまいパーキングエリアでは薬は売っておらず、あーこんなんじゃ戦術機なんて絶対乗れないわ。と思ったあの日。意外と戦術機は乗れるようだ。
 映像が変わり市街地で激しい機動を行うとさすがにかなり切羽詰った状況になる。口元が心になくにやける。酔ってきた……

『シミュレート終了。降りてこい』

 ふらふらと地に足つかない動きで歩く。車に酔ったことはあるだろうか? 酔って尚車に乗り続けると足が小刻みに震えるほどひどくなるのだ……
「大丈夫か……? 祐樹、吐いた?」
「いや、さすがにそこまでは。でもかなりやばい……」
 今すぐにでも地に寝そべって休憩したいくらいだが、教官の前ではそれも許されないので我慢する。実機を操縦したときはどうなるのやらと更に心配事が増えたのだった……

「適性検査の結果を発表する。結果は全員合格だ。安部と日高は多少ひどい有様だが乗っていれば慣れる。慣れるまでは我慢しろ。来週の頭には実機が届くと聞いている。これは極めて異例な早さだ。これは香月副指令の配慮に基づくものだが貴様らはこの期待に見合う成果を出さなければならない。心して訓練にあたれ」
 来週より実機。それは俺達の心を湧かした。初めて戦術機の実物を見る事となる。俺は心を踊りながら震える足を引きずって兵舎へと戻った。搬入される実機が特別なものであるとも知らずに……


どうもryouです。今回の引越しの話、あれって実体験なんですよね…つらかったっす…車酔い…。
ところでこれって画像を挿絵にとかできないっすかね? できたら戦術機だけでもだそうと思うんですが……。




[4846] 9話
Name: ryou◆7da013d0 ID:c2cbcd7e
Date: 2009/02/17 05:10
 シミュレーターを使った訓練は着々と進んでいった。分厚い操作説明書を読んでみたもののパンチキック回避動作など簡単な操縦な訳がなく、ゲームなどで自信はあったものの簡単にはいかなかった。それでも前の体力強化訓練と違い、同じスタートなのだから遅れるわけにもいかず、がむしゃらに訓練したつもりだ。こんなゲームのようなもので負けるのなんて許さない。自分にそう言い聞かせ俺はシミュレーターの中で訓練を続けた。

「レーダーには敵機は見当たらない……が」
 そうおもった直後に右のビルの後方に敵機が映る。
「レーダーも万能じゃないってとこを再現してるつもりだろうけど!」
 このレベルの敵機はすぐに動き出しはしない。レーダーに映ってからしばらくの間は無防備だ。ビルを跳躍によって超える。その後敵機に向かってライフルを照射!
「よし! 撃墜!」
 次は!? レーダーに感なし、目視できる場所に敵機なし。
 頭で考える余裕はまだあるせいか体を動かすよりも頭で考えるようになっていた。それを戒めるためかレーダーに表示されない敵機が背後に近づいた。
 敵機はライフルを構え自分を狙った。
「! 後ろ?!」
 センサーによる警告が表示されるがそれでは遅く、ライフルから火が飛ぶ。それでも命中率が低く設定してあるのか集弾性が悪い。
「あぶねぇ! 当たれー!」
 HIT、敵機を撃墜すると銃弾はすでに底をついていた。
「武器換装、短刀しかない……」
 敵機は残りがラストのはずだ。こんなところで躓くわけにはいかない。
 敵機は跳躍ユニットによる匍匐飛行を駆使し高速度移動を繰り返していた。その感命中率が悪くともライフルを撃ってくるあたり難易度が高くなっている事が伺えた。
「まずは、くっつく!」
 機体の移動に関する操縦にのみ意識する。高速度で移動する敵戦術機に取り付く。ドッグファイトだ!
 敵機は高速で動く合間に途中立ち止まりライフル射撃を行っていた。狙いはその瞬間。跳躍ユニットのスロットルを最大にして敵機を跳び越すように跳躍。そして飛び越えた瞬間に180度旋回し、あとは敵機めがけて突っ込む!
「いっけーーーー!」
 敵機が振り向こうとする瞬間に短刀を突き刺す。これで全機撃墜だ。
『動作教習応用過程Dを終了する』

 撃墜されれば仲間に置いて行かれる気がする。この緊張感は苦しくもいい傾向に転んでいるように思える。毎回この訓練を終えた時はシミュレーターの中で大粒の汗を垂らしている。ゲームをやっていてこんなことはありえないからこそ緊張感は増した。
「日高。貴様はマニューバの勉強でも行ったのか?」
「え? いや、何もないですけど…マニューバってなんですか? 教官」
「マニューバとは戦術機による決められた機動のことをマニューバという。先ほど貴様がやった上昇、または下降からの180度旋回、これはTs6-ヴァーティカルブレイクと呼ばれるマニューバの一種だ。貴様は射撃訓練も格闘訓練も不十分な期間しかとれなかった。故に射撃も格闘も技量が足らん。せめて、マニューバを覚え機動だけでも物にしろ」
「はい」
「よし 午後からは午前のシミュレート結果を使った講義を行う。以上解散」



 ~PX~

「マニューバか…ヴァーティカルブレイク…他にも種類ってあるのか?」
 その問いに答えたのは柏木だった。
「あるよー。マニューバはTs1のアルファベットと数字から始まってTs9まであるの。この数字が難易度を表してるんだけどさっきのはTs6、つまり1~4くらいまでのマニューバの複合技、ヴァーティカルブレイクは上昇または下降による敵機を振り切る動作、ヴァーティカルと急旋回機動、ブレイクだね。今は機動や攻撃もパターンでいくつか設定できるからマニューバを使う人はほとんどいないよ。奇蹟のOSと呼ばれるXM3が使われてた頃にこのマニューバによる機動が開発されたらしいんだけどね? さっきも言った通りXM3の後継機のXM4になってから動作パターンの設定ができるようになったから自分で覚えるより入力してそれを使うだけのほうが簡単なんだよね。ただXM4のパターン入力だと状況に応じた柔軟性がなくなるからマニューバによる機動は結局の所自動より手動のほうがいいの。マニューバは途中で組み合わせを変えたり追加したりして敵を追い詰める、敵の追撃を振り切るのに適した動きが売りだからね。自動でやってもそこまで効果は上げられないってわけ」
 へぇ。確かに射撃も格闘も全体的に隊のみんなより劣っている。ヤスや勇、月詠さんはどっちもこなす完璧なやつらだし涼宮や柏木は射撃能力と敵を追い詰める誘導射撃がうまい。これは状況を見ているということなんだろうか。
 確かに自分には誉めるべき所はない。だからこそ教官の言った通りマニューバは必要になるのだろうか…
「祐樹もあんま深く考えんなって。明日、俺達の実機が届くって思うとさ。ワクワクするよな 勇と祐樹はなんだと思うよ? やっぱ吹雪に乗りたいな!」
 今隊の空気は浮き足立っている。実機が明日搬入されることが原因だ。もちろん自分もそわそわしてると思う。
「どうだかな…吹雪だって今じゃ練習機だけじゃないちゃんとした戦術機だ。無論BETA大戦は終わったことだし一番古いタイプがくるってことはないだろうけど……」
「MLドライブを搭載してない旧式の撃震か吹雪って所が妥当でしょ? MLドライブなんて宙間戦闘訓練受けてる選ばれた天才だけが乗れる最新鋭機だもん。空を自由に飛ぶってどんな感じなのかな?」
「晴枝ー? 戦術機だって空飛べないわけじゃないんだよ?」
「だってそれって跳躍ユニット使ってバシューってジャンプしてビューンって落ちるだけじゃん」
「なんだそれ、まぁ何にせよ明日のお楽しみってわけだ」
「そういえばXM4のもとのXM3って訓練兵が作ったらしいって話聞いたことある? BETAによる撃墜を2分の1まで下げた奇蹟のOS!私達もすごい伝説作れないかなー」
「ほんと涼宮はそういう世多話好きだな」
「うるさいよヤス。それにほんとかも知れないじゃん!」
 真実を知ってる自分がここでぽろっと言うわけにもいかないが訓練兵が作ったという話はホントだ。白銀武が訓練兵のときに作ったのだから。
「そういえばマニューバのTsってその開発者のイニシャルらしいよ? 元々XM3を作ったすごい操縦技術の人の動きを研究したのがTsシリーズのマニューバらしいし」
「へー亜子もそういうの好きだねー」
「晴枝に言われたくはないなー」
「……マニューバの名前がイニシャルなのは本当だと聞いている」
「へ? 月詠さん何か知ってるの?」
「マニューバの研究は私の叔母が関わっていた。叔母から聞いた話だがその人は訓練兵のときから他者とは違う機動をしていたそうだ。その人がどうなかったのかは知らないがマニューバのモデルがいるとは聞いている」
「月詠さん…叔母さんってなんていう名前だ?」
「月詠真那だ。衛士としても人としても私が尊敬している人物だ」
 月詠さんの実母ではなく叔母だったか……似ているから血縁者なのは確実と思っていたが…
「マニューバは優れた機動だ。私も動きの参考にしている。XM4は確かにモーションの設定や状況の自動判断能力に優れている。XM3の動作の簡略化も取り込み最良と言えるOSだ。だがOSに頼りきった衛士ほど裏をかき易いものはない。お前たち努々忘れないほうがいい」
「そうだな。ありがとう月詠さん。マニューバ、ちゃんと勉強しておくわ」
「それと日高。お前は反応が遅い。射撃も馬鹿正直にターゲットに直接しか撃たない。格闘もしかりだ。機動制御の特化はそのまま近接格闘の強さにも繋がる。それには反応の速さが必要になってくる。これだけは忠告しておく」
「う……サンキュ…」
 一番年下の女の子にお前と言われあまつさえボロクソに言われるのは教官にしこたま怒られるよりも凹む……
「月詠さんの動きって、あれどうやってるんだ? 後方跳躍から空中で前方に跳躍してるよな?」
「あれもマニューバだ。Ts4エアクラッチ。安部もマニューバを勉強してみろ。さもなくば分隊長を代わってもらうほどに力量に差をつけてやるぞ?」
「う……それだけは譲らん…」
 ヤスは渋い顔をして沈黙してしまった…確かに戦術機の腕は現時点では月詠さんが一番先を行っている。ヤス、勇がその次を行き涼宮とkがその後を行く。一番遅いのは自分というのは最早お決まりになりつつあるが……。




 午後の講義も終了し兵舎にもどる。ベットに寝そべると色々なことを考えてしまう。この隊は特別切磋琢磨し評価を上げようと頑張っている。無論他が頑張っていないわけじゃないが隊員の見ている先が違うのだろう。PXにて皆に問われた事がある。
 目標はあるか、である。ヤスと勇は自分の目標をこう語った。
「俺達は戦術機に乗りたくて親に逆らって違う兵科に入ったんだ。それこそ親が御偉いさんだから回りよりも結果をださなきゃ立つ瀬がなくなるからな。だからこそ頑張ってるのさ」
 俺には目標と呼べるものはあるのだろうか? 元の世界に戻る。確かにこれは最初に思った目標だろう。だが今も心からそう思っているのだろうか? あのときは友も親も心を許せる人間がいなかった。そして今までよりつらい生活を強いられたからこそ、そう思っていた。わずかに一ヶ月くらい前の話だ。たった一ヶ月でこの世界に慣れたとまでは言わないがBETAもいなければ直接命の危険があるわけでもない。むしろ元の世界にどうしても会いたい人や大事な恋人がいるわけでもない。悲しいかな彼女いない歴は年齢と同じである。俺は目標と言うものを見失っている。そんな気がした。
「私は武家の出身なんでな。この国を護る、ひいては殿下を護るためにも力をつけねばならない。私は叔母のようになりたいと思いそれを目標にしている」
 月詠さんの目標は国を護る。BETAが地上にいないこの世界で俺は何を目標にするべきか。日本を護る、そうはいっても日本帝国のことなど何も知らないに等しい。白銀武が悩んだのと同じように立脚点がない。今の目標を掲げるとしたら…
「私と亜子も同じだよ。私のお母さんがここの所属だったから。亜子は伯母さんが。だから私たちもそこで活躍したいってここに来たの」
 みんなが目標をもっている。そこで目標のない自分は足を引っ張っているだけなんじゃないだろうか。そう考え出した時点ですでに考えはまとまった。みんなの邪魔をしないように。これが目標なのだろう。




 朝、起きて訓練に参加する前に格納庫へと足を運んだ。今日搬入される自分の機体を見るためだ。すでに隊のみんなも集まっているようでガヤガヤと少し騒がしい。
「おーい、実機ってなんだった? ヤス」
 声をかけても反応がない。ヤスはぼうっとしたまま格納庫を見つめている。他のみんなも同様である。月詠さんも何か驚いた顔をしている辺りとても珍しい…。
「何が来たんだよ?」
 自分は格納庫に搬入されている機体を見た。シートで覆われてはいるが頭部は見える。既存のどの戦術機とも違う頭部。それだけで何を意味しているかが分かってしまう。
「……新型?…マジ?…」
 一同固まったまま、まさかあれが自分達が使うものではないだろうと頭のスミで考える。しかしその反面期待している。
 シートがはがされた。まず目がいったのは腕部である。三本の棒が腕部から前に突き出ている。あれではまるで…
「……電極? あれって確かあのゲームにでてた量産機の武器…だよな?…」
「ふふ。驚いた?」
 その声にみんなが振り向いた。ヤスが慌てて敬礼っと言い皆合わせて敬礼する。
「香月博士…これ一体なんですか…」
「新型よ? まだ組みあがったばかりでテストもトライアルも行っていない…ね。あれ、あんた達にのってもらうから。その名も…第5世代戦術機、疾風よ」
「副指令! これは一体どういうことですか!?」
 走って現れた声の主、高柳教官だ。
「高柳軍曹、どういうこととは?」
「こんな報告は受けていません。吹雪を回して頂ける約束では?」
「予定変更よ。この子達には新型のテストパイロットをしてもらうわ」
「こいつらはまだヒヨッコですぞ?! シミューレーターしか触った事のない人間がテストパイロットなど…!」
「だからこそよ。この機体、素人がどこまで動かせるかデータがほしいの。無論テストはこの子達だけじゃない。別のちゃんとした正規兵にもやらせているわ。悪いけど高柳軍曹、お願いね。スペックデータはあとで渡すわ」
「しかし!」
「これは命令よ? あの機体は私の研究の一環でもある。あまり大掛かりにテストできないの。わかるでしょう?」
「ぬ…ぅぅ…ぐ…了解しました。後ほど、データを受け取りに参ります」
「はい、どうも。日高、あんたあれ壊したら承知しないわよ?」
「ぬ…別に故意に破壊したりしないですけど…なんなんですか…あの腕」
「よく聞いてくれたわね。あれはあの人が残したデータを解析して作り上げた武装よ。あれは…」
「電気を流して敵機を破壊する武装…であってますよね? 確か名前は…」
「待って……日高…あんたなんでそれ知ってるの? どういうことよ…」
「え? どういうことって…」
「……あんたあとで私の所来なさい。いいわね?」
「え…あぁ、はい。了解です」

 いきなり真面目な顔をした香月博士に驚いて少したじろいでしまった。一体なんだというのか? 自分の知っている武装をもった戦術機。これを気に自分がこの世界に呼ばれた理由を知る事になる。

ryouです 先ほど投稿したのですがちっと急いでてあとがきも書き込まずに…
感想頂きまして指摘点を改善、いきなり修正させてもらってます。

雷電⇒疾風

誤字も修正。置換って問題ありますね…。
今回でてきたのはプラズマステークを装備した新型の戦術機。なぜプラズマステークなのか、なぜ智呼はステークを知ってる日高を呼び出したのか。
おそらく次回、夕呼の遺産とは一体何かが明かされます。それでは次回をお楽しみに!

12月22日、プラズマステークなどの名称を使っていたことを修正。



[4846] 10話
Name: ryou◆7da013d0 ID:c2cbcd7e
Date: 2009/02/17 05:12
「それで、なんの用でしょうか? 香月博士」
 副指令室。今自分はここにいる。目の前には険しい表情の香月博士、イスに深く腰掛けている。朝の一件がそんなに問題だったのか。あの武装を知っているということが……。
「あんた…新型の腕についてる物。何なのか知ってるの?」
「はぁ…あれって電極ですよね? つまり相手に電撃を浴びせる武装ってことですよね?」
「あれを見てどうしてそういう発想に至ったの?」
「もとの世界にあったゲームであんな武装があったからですよ」
 香月博士が立ち上がりテーブルの引き出しに手をいれた。
「あんたは…初めて会ったとき、私は簡易リーディング装置を使ってあんたが嘘をついているか確認をとった。結果嘘はついてないとでた。けれど…あんたは私の研究成果である武装の構造を知っている。どこにも流出していない情報が…よ。あんたは遺産のデータを盗みにきた諜報員…そっちのほうがしっくりくるわ」
 そう言って拳銃を両手で構えて銃口を向けられる。
「ちょ、ちょっと待ってください。俺がアレを知ってるのは元の世界で知ったからです!」
「……詳しく話なさい」
「元の世界のゲーム! それのロボットが使ってたんですよ!」
「……あれは香月の遺産に記された一部よ。極秘中の極秘。それを知っているということがどんなことだかわかってる?」
「嘘だと思うならまたリーディングすればいいでしょう!? 嘘じゃないってのがわかりますから! 第一こっちだってあんな武装あるなんて驚いてるんですよ?!」
 しばらく沈黙したあと「…もういいわ…」と言って智呼は銃を下ろした。自分は大きなため息をついて座りこんでしまった。同時に智呼もため息をつき座りこんでいた。
「あんたの世界の技術ってわけね、あの武装は…」
「いや、それも違います。あくまで空想の技術です」
「空想? ……あんた他にどんな技術を知ってるの?」
「……たしか簡易的に重力操作を行う装置もあった気がするんですけど……たしか少量の推進剤で空を飛べるようにする装置だった気がします…あとは…」
「……いいわ。たぶん私が知ってるのと同じ…」
「どういうことですか?…香月博士が知ってることが驚きなんですけど?」
「……あんた、今から私の研究に参加しなさい。研究の内容は香月の遺産の解読。設計図や理論を理解できる形にまとめるの。絵やアルファベットや数字は書いてあるけど詳しい効果やどんな機能なのかさっぱりなのよね。あんたが言った空を飛ぶようにする装置、あれは今のMLドライブの原型よ。遺産のデータにもその名前は記してあった。ここに資料があるわ、これみてあんたが知ってるものを教えなさい」
 どさっと置かれる紙の山。極秘と一番上のページに書いてあるがずいぶん大量な極秘である…
「えっと……」
 書いてある内容は子どもが書いたような落書きだった。そして隅に書いてある細かい文章。ホームベースの中に四角形を書いて横に線を引いて小さい山みたいな何かが二つ…あ、これ逆さまか…えーっと…角が二本生えてる…なんだっけこれ…RX-78って書いてある… 次のページには三日月おでこにつけた、たぶんロボットだろう。三角形の鋭いような悪そうな目つきをしていた。他にも紫で塗り潰されて顎がとがったギザギザの歯の顔やたぶん赤いロボットで頭に二本角があり斧を持ったものなどが書いてあった。
「……だいたいどれも見覚えはあります…たぶん、ですけど。あんまり絵が下手なんで合ってるかはわかりませんが」
「なんですってーーー!?」
 それを聞いた瞬間香月博士の腕が自分の首元を掴んだ。苦しい…
「どこで知ったの?! なんで知ってるの!? コレは一体なんなの? どこの技術なの? あんたは一体どこの人間なの!?」
「博士…苦しい…さっき聞いたことも重複してます…ぷは…あー…」
 手は離してもらえたが鋭い目つきでにらまれている。
「これは…俺の世界のアニメやゲームの空想の技術ですよ…」
「空想の? ……これはね。香月の遺産っていうのは香月夕呼がある実験で得たデータなの。実験の内容は並行世界に存在するであろう自分への干渉、並行世界の自分の記憶を共有しようとしたの。結果は不完全ながらも成功。そのときに記したのがその資料。あんたがそのデータを全部知っているというのはおかしいことよ。それは並行世界のデータ、つまりあんたがいた世界一つだけのデータじゃない。あんたの世界は…あ、なるほど…そう過程すれば…」
「あの…一体何なんですか?」
「あんたは…あんたのいた世界はこの世界よりも一つ上位の世界なのかも知れないわね。あんたの世界は観測、つまり別の世界の出来事も記録している。あんたの世界にある物語は別の世界で起こった事実であり記録。あんたがいた世界は創造主、または観測者の世界、って過程すると色々つじつまが合うのよ。そうすればあんたがここに来た理由もわかる。理由は簡単。あんたは世界から落っこちたのよ」
 落っこちたと言われても…っという感じだった。
「並行世界で起こったことをあんたの世界の誰かが感じ取って物語として書き上げている。そうすればあんたが色々知っているのは説明がつく。これも推測だけどあんたは元いた世界から落っこちて存在位置の低い世界へ落っこちた。あんたは世界から零れ落ちた半端物ってことね」
「そんなことを言われても理解できないんですけど…つまり戻れるんですか?」
「無理よ。上から下に落ちるのは簡単だけど上に登るのはそうはいかない。現段階じゃどうしていいか私にもわからないわ」
 そうか…無理と断定されてしまったが思ったよりもショックは少ないようだ。ああ、やはりそうか。思った言葉はこれだけだった。
「あんたにはこれから遺産解読の手伝いをしてもらうわ。正直こんな下手な絵と意味不明の単語の羅列じゃどれを再現したらいいのかわけがわからないの。最初のころは無抵抗アルミニウムの制作方法とか新しい量子コンピューターの配列とかそこらへんの解読は楽しかったんだけどね、簡単で、理解できる物だったし。残ったのは落書きだけ。最悪よ。あーあんた疾風のスペック聞いた?」
 自分はその問いに首を横に振った。
「第五世代戦術機、疾風。関節から配線の一本まで遺産を使った現状最高スペックの戦術機よ。伝送系にさっき言った無抵抗アルミニウムを使ってるから従来よりも伝達速度が段違い。だからこそプラズマステークを安全に使えるんだけどね。ステークも硬く、それで柔軟性がある。どんな無理な使い方しても壊れないと思うわ。突き刺したりそこからねじ込んだりしても問題はないはず。関節の強度もかなり向上している。あれはね。機密の塊なのよ。壊したら軍法会議すっ飛ばして銃殺刑ね」
「なんでそんな物騒なものをうちの隊に…」
「あんた達ド素人があれをどこまで使いこなせるか知りたいの。結局ハイスペックだけど誰も乗りこなせませんじゃ話にならないわ。朝もいった通り別のベテラン衛士達にもテストさせるけど。あれの真髄はね、一見両手の新兵器に目を奪われがちだけど実際は違う、MLドライブの搭載型として遺憾なく発揮される出力とより自由になった機動よ。あれには推進剤を使わない新しい推進装置が取り入れられてる。一体型の新兵器が破壊されないかぎり活動時間は本当の意味で無限になった。そして無抵抗アルミニウムによって無駄なく伝達される電力、そのパワーにも負けない強度。推進装置の数は12基、両肩、両胸、腰、に2基ずつ、そして両足に8基、この12基のブースターがより高次元での機動が可能になる。これが疾風の真髄よ」
 すごい…戦術機としては今までの何より勝っているということか。
「まぁその高機動も乗ってみないとわからないだろうけど既存の戦術機と段違いの速度だからまずはシミューレーターのみで訓練してもらうことになるけどね。シミュレーターもデータを差し替えて疾風用のにしてあるから。まぁ頑張ってね」
「はぁ…」
「んじゃ帰っていいわよ。そうそう。この資料で自分でわかるもの、レポートにまとめてわかりやすくどんなものなのかを書いてきてね」
「げ…マジっすか…」
「ええ、マジよ。んじゃ頑張んなさいね」
 マジ…か。すでに白銀語も定着しているじゃないか…。そう思いながらトボトボと兵舎へと戻る。これっていつまでに終わらせなきゃならないのだろうか…訓練&これじゃつかれるだろうな…。


「午前で疾風のスペックは説明したが、乗ってみないことにはどうにもならん。月詠一号機、日高二号機、搭乗せよ」
 午前で昨日聞いた疾風のスペックをもう一度講義を受け午後からシミュレーター訓練が始まった。教官も疑いながらスペック表と睨めっこしてるあたり疾風のスペックは異常なものらしい。
「あの、教官」
「なんだ日高? さっさと搭乗せんか」
「はい、あーいや、なんでいきなり俺なんすか? この人選は?」
「一番戦術機を乗りこなしている者と底辺を選んだまでだ」
「そうですか…」
 天辺と底辺ですか…まぁ考えてもしょうがないとシミュレーターに搭乗した。
『今回は戦術機適正検査と同じく決められた動作を自動で進める。貴様らはそこに座っているだけでいい。もし続行不可能と判断した場合は緊急停止ボタンを押すように。いいな?』
 なにやら物々しい言い様だった。緊急停止ボタンを押す? 今更酔うわけでもないし…
「了解」
『それでは始める』
 シミュレーターが起動する。検査のときと同じく最初に映ったのは山だった。
 しかし動き出してからは世界が変わった。
「ぐ!! なんだこれ!? Gが…!」
 急激に体が重い衝撃を受けた。急発進によるGの衝撃だと思う。おそらく機体が前方に急発進、そして跳躍を行ったように思う。確かなことを言えないのはいきなりのことで風景の動きを見ていられなかったからだ。
「くっそ!…うわ!?」
 急停止。それだけの動作でも体が持ってかれるのではないかというほどの衝撃を受ける。衛士強化装備を着ているにも関わらずだ。
「なんなんだ…この機動…」
『日高! 喋るな! 舌を噛むぞ!』
 今度は横にGの衝撃を受けた。疾風は肩と足に横にたいして急加速を行えるブースターが備わっている。それを使ったのだろう。意識が刈り取られそうなほど苦しい。
 左右にリズムをとって移動する。今まで乗っていた戦術機とは訳が違う動きだ。そして前方に跳躍、そして…


「……んあ…ここは?」
 気づいた時には横たわっていた。
「気づいたか。大丈夫か日高」
「え? あー…はい。教官、これは一体?」
 起き上がってみるとシミュレータールームのようだった。回りにはグテっと力なく座っているみんなの姿も見える。唯一立っているのは月詠さんだけだろうか。
「貴様はブーストジャンプ後に行ったバックブーストの衝撃でブラックアウトを起こしたんだ。強化装備もデータの蓄積が追いつかなかったようだ。相当なGを浴びたと思うが、大丈夫か?」
「いえ、えぇ。大丈夫だと思います」
「そうか、今回のシミュレートで意識をしっかり保ったのは月詠だけか……疾風…使い物になるのだろうか…」
 教官が真剣なまなざしで考えに耽っている。当然だ。パイロットに負担のかかりすぎる戦術機など使えるわけがない。
「今回のことは香月博士に報告しておく。しかしこれからはシミュレーターで乗りこなせるまで訓練は続くだろう。覚悟しておけ」
「…了解」
「貴様らはここで少し休んでいけ。歩けるようになったら兵舎にもどってよく休め。私は先に報告へ向かう」
 教官がシミュレータールームをあとにした。残されたのは屍のような自分達だけである。
「……月詠さん、あのG平気だったのか?」
 立っている月詠さんに聞いてみた。とてもじゃないが耐えられるようなものには思えなかった。
「いや、平気とまではいかないが。意識を保っているだけで精一杯だった。とくにあのバックブーストと言っていた急後退。あのときは内臓が飛び出るかと思ったぞ…しかし強化装備のデータがちゃんと蓄積されれば問題はなくなるはずだ。あの機動、確かに物にできれば恐ろしいほどに強い機体だ…」
 俄然やる気を燃やしているようだ。さすがに他のメンバーはそんなことを考える余地もなくダウンしているようだが……
 明日もこの拷問は続くのかと思うと頭痛がしてしまった……


 ともあれ兵舎に戻りベットに寝そべるが香月博士に渡すレポート書かなくてはならない。ホントに子どものころから宿題なんてほとんどやらなかった自分にとってこれはきつい仕事だった。書くにしても何を書いたものか。パッと見た中でわかるロボットの説明でいいのだろうか?本当にやっかいな仕事だと思いペンを走らせた。


どうもryouです。香月の遺産が何なのか大公開! 意味不明と思ったら感想に書いていただきたい。結局設定云々は理解できるように書けてるか自分の技量なもんで・・・
本当はプラズマステークとか使わずに自分のオリジナルでもよかったんですが今自分がいる世界からマブラヴへにこだわりたかったので……。
まぁプラズマステークやゲシュペンスト、その他の名前云々も思いつきです。なんでもよかったです。ただプラズマステークだったら後々面白いしあれってBETAに効きそうにないし…色々会話やストーリーの流れに組み込めると思ったので採用。




12月22日、色々な作品のロボットの名称などを使っていたのを修正。



[4846] 11話
Name: ryou◆7da013d0 ID:c2cbcd7e
Date: 2009/01/13 01:48
 屋上の広場。自分はそこの落下防止用の手すりに背を預け胡坐で座りこんでいた。空には大きな雲が浮かび透き通った青い空が広がっている。この先にはたくさんの監視衛星と電磁投射砲をもった攻撃用の衛星まで浮かんでるのかと考えると少し綺麗だった空も灰色が混じってくる。その青空の中真昼間だというのに月が薄く見えている。なぜ見えているのかは知らないが時々見えるのは知っている。月には兎が住んでいる。そんな昔話を思い出したが今あそこにいるのは紛れもなくBETAの群れ。そう考えたらまたもや綺麗だと思った月も灰色になってしまった。
 今日は訓練が休みになった。昨日行った疾風のシミューレーターでの訓練が問題にでもなったのか……そう勘繰りながら肺に取り込んだ紫煙を吐き出した。
 久しぶりの煙草だ。もうかれこれこっちに来てから一本も吸っていない。19歳となってもまだ売店のおばちゃんは自分に売ってはくれない。今手に持っている煙草はPXに置き忘れてあった数本入った箱を失敬した物だ。
「……この煙草臭いな……」
 自分の吸っていたものよりタールが強く久しぶりの体にはとてもきつい味だが今この瞬間は限りなく落ち着いている瞬間だった。PXにいけば隊の誰かに会えるだろうが自分は人がこない屋上を選んだ。この季節の屋上はだれも来たがらない。それを考えるとここは絶好の秘密基地みたいなものだった。
「……基地の上に秘密基地…シュールだ…」
 忙しく休める時間のとれなかった訓練が始まってからの三週間、いやもう四週間になったか。たまの休みをこんな事に使っている自分はアホなんじゃないか。自問自答が止まらない。久しぶりの休みなのだ。色々考える事がたくさんある。こんな事にせっかくの休みを使っている自分をアホなんじゃ……ループしている……。煙草を口に咥え顎を動かして口の中に紫煙を溜める。そして肺の中へ吸い込む。最後に吐き出す。きっと何も考える事なんてないんだろう…。だから思考がループする。考えているつもりになってるだけだ。柵から下を覗きこむと誰もいないグラウンドが見える。休みの日まで訓練をしたがるドMはいない。きっとみんなも部屋で自堕落な一日を過すのだ。そう考えたのもつかの間、一人の女性がグラウンドにやってきた。軽く準備運動をするとランニングを始める。あー……いたよ、こんな日にまで訓練するドM。どこのどいつだ。きっと訓練は真面目に受けているがその実ただのドM。そんな失礼なことを考えながら煙草を吸う。吐き出された紫煙は冷たい空気が白くなったのか煙草の煙なのか見分けがつかない間に空気と溶け込んでいく。消えた煙を尻目に観察を続けるとそれが月詠さんだとわかった。
「……失礼なことを考えてしまって本当に申し訳ない…」
 聞かれたわけでもないし聞こえるわけもないが口に出してみた。謝っておいてなんだがドMな月詠さんってどうなんだろうと考える辺り心の底から失礼な人間だと自覚してしまう。彼女やヤス達の志の高さを知っているから自己鍛錬に勤しむ休日をおくるのも頷ける結論に達した。
 煙草が根元までなくなり地面に擦りつけて火を消した。そしてすぐさま新しい煙草に火をつける。せっかく禁煙できてたのにな…… それこそ後の祭りである。
 結局訓練はどうなるのだろうか。疾風はそれこそ疾風のスピードでお蔵入りだろうか。あんなオーバースペック、3倍速い人でもないかぎり無理だろう。俺は一般兵。所謂ジムかボールにでも乗ってるタイプだ。いきなりガンダム乗っちゃったらそれこそ死亡フラグだろう。主人公補正なんて実際には存在しない。あるのは出来るか出来ないか、その二択。土壇場で力を出せれば死にはしないだろうけど何もわからずオタオタしてやられる自分が目に浮かぶ。すでにロボットに乗って戦闘! なんて夢物語は無慈悲な現実へとシフトした。痛いのは御免被る。怪我も嫌だし死ぬのも嫌だ。別段死にたくないわけじゃないけど生きたくないわけじゃない。昔からそうだったが今も未来もどうだっていいのだ。なるがように流される。無論努力なんて一度もしない……高柳教官にやらされた訓練は努力じゃなく怒られるのは嫌だったから…だと思う。
 吐く吐息は常に白。鼻も痛くなってきた…が、ここはとても居心地がいい。まだ離れるつもりはない。下でランニングを続ける月詠さん。眺めていると視線に気づいたか立ち止まりこちらを見上げた。しかしなんの反応を示すことなくまたランニングを再開した。気づいたのは侍の心得かはたまた忍者の心得か…末恐ろしい…やはりあの人は侮れない。そしてまた煙を吐いた。

 鉄の軋む音が響いた。これは屋上の扉が開いた音だ。30年前から改修してないのか知らないが建物のあちこちにガタがきている。無論改修の必要のないどうでもいい所だけだが…。音がしたということは誰かが来たということだ。扉は自分から見て内開き、まだ誰だかは判別できない。
 現れたのは40代後半に見える髪をオールバックにした渋い男だった。……おそらく今の姿を一番見られてはまずい人間、高柳教官である…。
「こんなところで煙草なんぞ…いいご身分だな? 日高」
「え…あー…ちょっと…えー…大人の真似事を少し…」
「座ったまま上官と口を聞くなど何事か! 言い訳を考える前に敬礼だけでもやってみせろ!」
「も、申し訳ありません!」
 急いで立ち上がり左手を額につける。しかし間違いに気づきすぐ右手に直す。なんて不恰好なんだ…。右手にもった煙草がチリチリと嫌な音を出していた。
「……貴様は私が受け持った新兵のなかで一番悩ませてくれる……」
 大きなため息をついた高柳教官は眉をひそめがっくりとうなだれた。いつも伸びた背中が折れ曲がるのは見ていて痛々しい……
「楽にしていいぞ…座ってろ」
「はあ…教官はここに何しにきたので?」
 自分はまた座りこみ胡坐をかいて聞いた。教官も少し離れた場所にだが座りこみ胡坐をかいた。右手に缶コーヒーを持っていた。
「火」
「え?」
「火を貸せ」
「あ、あーどうぞ」
 ライターの着火装置が少し派手な音を立てて煙草の先を赤く染める。1回、2回と軽く吹かすと大きく吸い込み、教官はため息混じりに吐き出した。
「お前、煙草をどこで手に入れた? 売店じゃ売ってもらえんはずだが?」
「…PXで少々…」
「お前ってやつは…。そこまでして煙草が吸いたいか? どのくらい吸ってるんだ」
「2年前くらいには吸ってました。ここにきてからは今日が初めてです」
「そうか。……体力強化の訓練の間も吸っていたなんてぬかしたら奥歯の一本でも叩き折る所だったぞ」
 恐いことをさらっと仰る…。
「お前は、なぜここにきた? 隊のやつらは皆目標をもっている、お前にはあるのか?」
「……自分がここに来たのは成り行きです。目標もこれといって…皆の足を引っ張らないようには頑張ってるつもりなんですが…」
「お前…それを俺に向かってよく言えたな…教え甲斐なんてまるでないではないか」
「そんなことはないですよ。体をこんなに鍛えられたのも教官のおかげですし何より努力できたのは怒られたくないからって原動力があったからです」
 そう言って教官を見たらゆっくりと教官もこっちを向いた。
「貴様…もう一度言うがよくその台詞を私に言えたな?」
「……すいません…」
 紫煙を吐き出す音だけが響く。辺り一面はとても静か。下からは土を蹴る音が聞こえるがそれ以外はなんてこともない、鳥の声一つしなかった。
「んで教官はここに何しにきたんですか?」
「……私にもお前達と同じくらいの歳の子がいてな」
 話を逸らされっぱなしだ。
「私の後を追って職業軍人になるものとばかり思っていた。だがきっぱり言われてしまったよ。BETAなんてもういないんだから軍隊に入る必要はないだろうとな。徴兵制度で訓練には行かせたが終わりしだい帰ってきて、今は私の田舎で米を作っている。今の世代の子らはBETAの恐ろしさを何一つ知らん。お前達もだ。だがな、私の仕事はそんな新兵どもがいざ実戦となったときに無駄死しないように鍛え上げることだ。これが何より難しい。わかるか?」
「え? あー…まあなんとなくは」
「……お前なんかに分かってたまるか。お前みたいなやつを一人前にするのが難しいと言っているんだ。確かに腕をちゃんと上げている。だがそれまでだ。自分の物にしてそれを応用する。そこまでができんと戦場では生き残れん。安部や月詠のように才や目標のある者達はいい。しかし自身の置かれた状況を、現状を理解せずやれBETAは来ないだのやれBETAなんて弱いだの…現実から目を背けている餓鬼どもは訓練で教えられたこと以上のことはしない。それを考えるとマニューバを言われずともやったお前はまだいいほうだ。現状に満足したときが死に目だぞ? 覚えて置け」
 圧縮された空気が抜ける音がした。缶コーヒーを開けた音だ。
 なんなんだろう、こんなに喋る教官を見るのは初めてだった。
「貴様らが私の目の前で死にそうになったときは助けてやる。だがそれも私が目の前にいる時だけだ。もし地球連合が大掛かりな作戦を展開したときは私も、お前らも任官がすめば駆り出される。だが任官し任務を与えられればお前らは別々の道を歩む事になる。そんなときに頼っていいのは仲間じゃない。自身の力だ。自身を信じ、仲間を信じ、力があるのなら仲間を守ってやれ。力がなくとも自分だけは自分で守れ。臆せず、躊躇せず、与えられた任務に誠心誠意あたれ。いいな?」
 自分はその言葉に頷いた。何かに直面した時、臆すことなく躊躇うことなく行動する。実践したことはないが自分が念頭に入れている言葉と同じだった。
「貴様らは一刻も早くシミュレーターだけでも疾風を満足に動かせるようにならねばならん。私は容赦など一切しない。貴様らが乗りこなせるまで徹底的に鍛えるぞ!」
「……」
 誰かに宣言するような大きめな声だった。訓練でよく耳にする声量だ。

「返事は!」
「は、はい!」
 教官は立ち上がって缶コーヒーを一気に飲み干した。「捨てとけ」と一言言い残し缶をその場に残して教官は立ち去った。ここは教官にとっても何か特別な場所、秘密基地だったに違いない。お前と言ったり貴様と言ったり、あれは公私の使い分けの一種なのだろうか。教官という人間性に初めて触れた気がする。手に持っていた吸いかけの煙草はいつの間にか根元まで灰になっていた。


 缶を捨てて下に降りると廊下でヤスと涼宮を見かけた。
「おーむぐ!」
 声をかけようとした刹那後ろから口を押さえられ曲がり角まで引きずられた。迅速に、尚且つ音を立てないように。
「しー! 今いい所なんだから邪魔しちゃだめだよ!」
 柏木だった。柏木の後ろにはやれやれと言った表情をしている勇が見えた。
「……いきなり人を引きずって何を言ってるんだ柏木…」
「日高君! あれを見て何も思わないの?」
「あれって……」
 別段ヤスと涼宮が普通に会話してるようにしか見えないが? 他にどうみろと…ここまでくれば色恋関係なんだろうがあれから推測するのは自分には逆立ちしたって無理だ。
「いっつもヤス君は勇か日高君と一緒にいるから二人きりになれるチャンスがほとんどないんだよ? こういうときは邪魔しちゃダメなの!」
 そうですか…興味がないせいでへぇーという手抜きな返事しか返せない。
「浮ついた話はあんまり興味ないわ。柏木はどうなんだ?」
「え? 私? 私は…ほら。後ろにいるじゃん」
 照れながら後ろを指差した。後ろにいるのは勇。あーそういうこと。
「へぇー。勇も興味なさそうな顔してやることはやってるんだな…」
 その言葉に反応してか勇の顔が少しむっとするのが見て取れた。
「悪かったな。日高、お前はいないのか?」
 いないですとも…。これは勇なりの嫌味なのだろうか…
「いねえよ。こっちこそ悪かったね」
「月詠さんフリーだよ?」
 フリーだからって自分にどうしろと言うのだこの娘は……
「だから?」
「頑張って見れば?」
「めんどい…」
 これが彼女の一人もできない一番の原因だろう。前の世界でもメールが嫌いだった。面倒くさいからだ。だからこそ女の子との接点はまったくと言っていい程なかったのである。柏木からサイテーとブーイングが聞こえる。
「俺、兵舎に先戻ってるわ。まあ二人になんか進展あったら教えてよ」
「了解ー。月詠さんの好みのタイプも聞いといてあげるね!」
「……余計なお世話だ」
 話がどんどん面倒くさい方向に転びそうだったのでそそくさと退散した。兵舎に戻ったらやらねばならないことがある。遺産の資料を書かなければ……それが嫌で屋上に煙草を吸いにいったのを思い出した。自分はもう一度吸いにいこうかなと思いながらも仕事を片付けるために兵舎へと戻っていった。

 途中すれ違った月詠さんに屋上で煙草を吸っていたのをしっかりと見られていたらしく物凄く怒られたのは余談である……


 どうもryouです。今回の話は日常編。今まで中々日常パートを書こうにも書けなかったこともありここらへんからちょくちょくこんなことをしていこうかと思いました。これでキャラの書き分け・・・性格や雰囲気を書けていたらと思います・・・。この話から少しだけ書き方を変えてみました。多少小説っぽくはなったでしょうか? 一人称と三人称とのごっちゃごちゃのような書き方、うーむ……。




[4846] 12話
Name: ryou◆7da013d0 ID:c2cbcd7e
Date: 2009/01/02 22:43
 格納庫に疾風が搬入されてから2週間が経過した。未だに乗り手は現れずただ呆然と直立している姿は少し物寂しげ。しかし真っ赤に塗装された傷一つない綺麗な装甲、そして少し上向きな頭部が凛々しさを表している。何とも言えない重圧感をもっていた。デザイン自体が一新され既存の戦術機と似ても似つかないような頭部や肩、犬をモチーフにしたのだろうか、頭部のアンテナ部分と思われる所は耳に見えた。しかし特に目を引くのは肩についた電磁破砕機。これが香月の遺産として組み込まれた武装であり自分の世界にあったゲームのロボットが使っていた武器だ。電磁破砕機とは香月博士がつけた正式名称である。搬入された時は点検中で腕に装着された状態だったが待機時は肩にぶら下がるようになるらしい。三本の電極が伸びておりそこからどれほどの威力の電力が流れるのか想像もつかない。それが7機、訓練部隊全員分、一機余るが誰が乗るのかは知らない。格納庫を占拠している姿は異様だった。

 訓練のほうはというと強化装備の補正が追いついたのか、香月博士が修正データを入れたのか、体への負担はかなり押さえられたと言っていい。緊急後退、バックブーストを行っても意識が刈り取られるようなことはなくなった。各部ブースターを使った空中機動もそこそこできているはずだ。そろそろ実機でもいいのではないか、自分達はそんなことを考えつつシミュレーター訓練を行っていた。

 屋上は自分の恰好の秘密基地だった……そう、だったのだ。しかし高柳教官がよく出入りしているのを知り秘密ではなくなった。そして月詠さんに見られてから彼女はよく俺がいるときに限って屋上に姿を見せるようになった。……「煙草を吸わないように見張っているのだ」それが彼女の言い分。訓練に休みはないので昼食を早めに取ってから一服しようとすると現れる。もう堂々と自室で吸ってもいいんじゃないだろうか。その答えは保留。今はこの秘密でなくなった秘密基地でどうやって落ち着ける時間を作れるか思案していた。目の前には当然のごとく月詠さんが立っている。壁に背を預け目を閉じ腕を組んだままの姿だ。その正面に位置する落下防止ようの手すりに背を預け座りこんでいるのが自分。上級生にカツアゲされる下級生のようだ。金がないならジャンプしてみろよ、なんて本当に言うやつはいるのだろうか。考えはまったく関係ない事に飛躍しているところに月詠さんは口を開いた。
「日高、BETAに電撃は通用するのだろうか…」

 通用する…んじゃないだろうか。原理は詳しく知らないが電磁投射砲とて強力な電気の塊なんじゃないだろうか? それを考えるとまったく通用しない訳はない。効くんじゃないのか? と適当に相槌をするとそうか…と黙ってしまった。

 会話は続かない。寒く音もないこの屋上。見える景色も殺風景。男女でいる空間じゃないな、と自分は思う。月詠さんにそろそろ下に降りたらどうだ? と言った所、「そんなに煙草が吸いたいのか?」と返された。何も反論はできないので自分はおとなしく「滅相もございません」と返しまた静寂に包まれた。

 考えに耽りながらなあ、とそう月詠さんが切り出した。
「BETAは炭素生物だ。私達と同じ、炭素で構成されている。つまり電撃は人間は耐えられない。弱い電気でも浴びれば筋肉は硬直し体が跳ねる。これは神経が電気信号によって動作を指示しているからだろう。電気に筋肉が反応し収縮する。強い電気を浴びれば粘膜部分が真っ先に焼けるだろう。そして肉が焼ける。神経が焼き切れる。血液が沸騰する。確かに電撃は炭素生物には有効な攻撃なのかも知れない」

 そこまで言った所ではあ、と相槌をうつ。手に煙草の箱を取り出し一本取り出す。
「しかしあの電磁破砕機。あれは接近しなければ使えない。資料でも見たがアレの武装が要撃≪グラップラー≫級や光線≪レーザー≫級に対抗できるとは考えにくい」

 確かになあ。相槌をうった。火をつけ煙を一口、肺に流し込みそして吐き出した。
「ならなぜ香月博士はあんな武装を作ったのだろうか…。電磁投射砲の小型化は研究されている。小型の電磁投射砲が搭載された試作型の海神-改型が作られたのも記憶に新しい。ならなぜ今接近戦での武装を作ったのか…」

 紫煙を吐きながら月詠さんを見る。彼女は考え事を始めるとなかなか戻ってこない。自分の思考の中からだ。目を閉じたまま、周囲にたいしてまったく気にも止めなくなる。それは衛士としてどうなんだろうかと考えつつも堂々と煙草を吸っている自分にもどうなんだろうと突っ込みを入れておく。

 思慮深い人間は好感が持てる。月詠さんは自分が同期のなかで一番好感を持てる人間でもある。尚同期意外で一番はというと高柳教官。ここでの一件以来悩みながら生きているんだなあと関心してしまった。以後は恩師としてちゃんと向き合っている……と思う。

 悩みは人を成長させると自分は思う。考えることを放棄した時点で人間としての醍醐味を捨てている。そうとさえ思う。ここにくると彼女も落ち着けるのかよくあの状態になる。携帯のマナーモードのようだ。と思ってからは自分はそう呼んでいる。今彼女はマナーモードなのだ。まあマナーを無視している自分を注意しない所マナーという単語はまったく関係ないのだが……。
「何かべつの目的…或いは…と私は考えている。日高はどう思う? ……聞いているのか?」

 そう言って彼女は目を開けた。ん、臭い。そう言って俯いていた顔を上げて自分を見ると無表情ともとれるマナーモード中だった表情は激変。一瞬にして不愉快へと姿を変えた。
「……失礼。今消すよ」

 そう言って地面に押し付け火を消して吸殻をポケットに突っ込む。汚れるが仕方がない。ポイ捨てなど彼女が見逃してくれるわけもない。それでも彼女の表情は変わらない。まあ当然か。そう考えてどう謝罪しようかと考えを切り替える。
「煙草、吸うなと言ったはずだが?」
「いやー…ついうっかり……」
「そうか。貴様はすでに意識に反して体が煙草を求めるほどの煙草中毒者というわけか」

 侮蔑を含んだ瞳を細めて自分を見下ろす。だがこの状況はすでに何度も遭遇している。すでにお約束と言える状況だ。次に始まるのは小言。そして今もっている煙草を箱ごと没収。最後に胸を思いっきり殴られて終わり。彼女が言うには肺の中の悪性物質を吐き出させる、だそうだ。それでも鳩尾を狙うわけでもなく尚且つ咳き込むほど強くはない辺り手加減を感じている。

 いつもどおり煙草を没収され胸に強い衝撃を受ける。う、と少し情けない声を洩らしてしまうところ自分らしいがそれが終わると月詠さんはため息を洩らし次はないぞ? と忠告を残す。毎回次はないと言われているのだが一体次はない、が本当になったとき何をされるのだろうか…。何をされてもきっと大丈夫だろう。そんな安心感を彼女から感じられる程度には親しくなったのだろうか。

 いつしか柏木が言っていた「月詠さんの好み調べてあげようか?」はすでに実行されていた。結果、私には婚約者がいる。互いに碌な会話すらしたことのない間柄だが御家が決めたことだ。好みは考えたことはない。という答えが返ってきたらしい。ようするに自分は告白したわけでもなくその気があったわけでもなくフラれた結果となってしまった。ごめんねー今度何か奢るよ、だから元気だしてと涼宮に言われたが一体全体これを不幸だと言わずなんと言おうか。好きでもないのにフラれるとは感に触ったものだ。

 自分は立ち上がり月詠さんと階下へと降りていった。彼女の婚約者ってどんな人物だろうか。そう考えてみたが不毛だと思い考えを捨てた。


 数日後。


「明日より実機の訓練を開始する。シミュレーター通りにやれば大丈夫……などと甘ったれたことは言わん。シミュレーターは所詮シミューレーターだ。実機とは雲泥の差がある。実機訓練を行う際には最善の注意と緊張感をもって挑め! 以上解散!」


 そう言われたのが昨日の夜だ。自分がいるのは自室のベッドの上。気だるい体を休ませるように硬いベッドに寝そべっていた。実機での機動は容易ではなかった。シミュレーターとの差は操作感にはなかったが体への負担は大きく違っていた。シミュレーターでもかなり高い設定にしていたはずだろうが実機はそれを上回ったということか。赤く格好いい機体が6機、ギクシャクとした動きをしていた所を想像すると少し笑みがこぼれてしまった。それでもみんなそれなりに操作できていたのは才能の差か練習量の差か、はたまた志の差かも知れない。そんな中操作をしくじって膝を地につかせてしまった自分は新品に傷をつけてしまった罪悪感にほんの少しだけ溺れていた。無動作で上下左右に急な機動ができる疾風。これに自分が慣れるのはいったい何時になるのだろうか、そんなことを考えていた。

 気だるい体に鞭を打ってデスクに向かう。遺産のデータをまとめなければならない。と言っても中学生が書いた作文やレポートのような要点を得ていない箇条書きをだらだらと書き連ねたものだ。2度再提出を言い渡された時の自分はどんな顔をしていただろうか? 決して上官に見せていい顔ではなかったと今は思う。そこは香月博士の上下関係への大らかさがありがたく感じる。

 遺産の内容はあまりに統一性のないものばかりだ、しかし肝心な内容は載っていない。たとえばこんなロボットと技術がある。そのロボットはバリアを張れる。しかしそのバリアの原理が載っていない。ロボットの設計図は載っているがその設計図にはよくわからない物質や装置が使われている。結局その装置や物質の作り方がわからないと再現できないのだ。その点よくこんなものからMLドライブや電磁破砕機を作ったものだと感心してしまう。とりあえずはこのロボットはこんな戦い方をする、こんな使われ方をしていた、と分かる範囲で書いていく。思い出すかぎり書いていく。そうしないとまたリテイクがかかってしまうからだ……。

 ヤスと涼宮は中々に進展しないらしい。自分が屋上に足を運ぶようになって二人きりになれる時間は増えたものの涼宮は後一歩が踏み出せず、ヤスはそういうことに無頓着なだけなのかはたまた涼宮に興味がないのか気づく気配は一向にない。柏木はまだるっこしいようで涼宮を励ますように嗾けようとしていた。その様子を勇が冷ややかな目で見ていたのは印象的だった。涼宮は自分のことになると奥手、しかし他人のことになると首を突っ込みたがる性分のようだった。柏木から聞いたのか月詠さんとはどうなの? と聞かれることがある。自分がどうも何も別になんでもないけど? と答えると婚約者からの強奪愛ってのも素敵だと思うな! と強く言ってきた。この誤解はいつ解けるのだろうか……この子はいつ真実に気づいてくれるのだろうか…やれやれと心のなかで呟いてしまう。自分はそういうのにはあまり興味がない。そう言った所、またまたーむっつりだなー。と小馬鹿にされてしまった。興味がないとは半分本当で半分が嘘だ。

 自分は交友関係が狭い。元の世界でもそうだった。しかし友人が少ないと思ったことはない。自分は他人に対しての興味が稀有なのだ。自分からは決して興味を持たない。相手が興味をもって初めて会話が成立する。自分は常に受身だった。そして中途半端な付き合いはまったくない。要するに親友と呼べるほどの友人か、または他人か、と区別していた。そういう考えを自分は変えようと思ったことは一度もない。これでいい、これが正しい自分の姿。そう信じて今も疑わない。恋愛に関しても常に受身だ。自分から恋愛感情をもつことはない。こんな人間だからこそ誰かを幸せにできるとは考えてもいない。故に自分から接触を持つことはしない。自分が何かしてやらなくても幸せを自分で掴み取る人、おそらくそんな人物を望んでいるんだろう。そんな事を考えていたら恋人などできるはずもない。しかしその考えに疑問を持たないのは別にそれでも構わないと思っているからだろう。他人のことは知らないが自分は他人以上に自己分析を行っていると思う。だから揺るがない。

 しかしそんな事を説明しても涼宮には無駄だろうとため息をついてまた作業に取り掛かる。他人がなんと言おうと自分が自分を評価していれば関係ない。これも自分が生み出した人生観の一つだ。元の世界は人間同士の変な仲間意識が強い。小学校などでグループ行動を強いられる弊害なのか一人が特異な行動を起こすと忽ち回りの人間は排除にかかる。常に調和を意識する人間達に自分は嫌気が指していた。常識、当たり前、ルール、そんな言葉が嫌いになったのは小学校時代にイジメにあったせいなのかも知れない。おそらく自然と自分が異質な存在なら異質であり続けようと考えたのだろう。枠にはまったつまらない人間になるのも人生をおくるのもご免だ。そう考えるからこそ何か面白い不思議なことに遭遇しないかと常に考えていたのだろう。そんな自分が、今ここにいるというのはある種望みが叶ったと言っていい。にも関わらず、この世界に来たときに最初拒絶を示したのは、自分が矮小な人間だったと自覚される。

 元の世界には帰れない。そう言われて愕然としなかったのはすでに心の整理がついていたからだろう。親不幸だとは思うがいずれ死に別れることになるのならそれが早まっただけに過ぎない。そう考えると親のこともどうでもよくなった。友人も然りである。

 冷血漢。祖父が死んだ日に項垂れる親戚一同を見て、「ああ、みんな空気に呑まれているだけだろうな」と思い口にした自分に母親が言った言葉だ。葬式なんてものは死んだ者にたいして行うものではなくただ生きている者が心の整理をするためのもの、そう考えている。いくら死んだことを悲しんでいても葬式を終えたなら疲れたと親族は思うだろう。すでに死んだ祖父のため、という催しにも関わらず疲れたなど不謹慎なことを口にできる親族や親を見てその場の空気に呑まれているだけじゃないかと確信を持てた。その次の日には普通に会社にいき普通に友人と会話を交わし、くだらない世間話に花を咲かせる。あの場で全員空気に呑まれているだけ、と言った自分は非常識なのだろう。常識でいうとあそこは自分も悲しむ場面。だがそれは矛盾した話だ。本当に死を悲しむのなら疲れたなど口にはしない。それは面倒だと心のどこかで考えている証拠だ。だからこそ自分は常識なんてものは嫌いだ。上辺だけを繕ってそうすることが当然のようにしている人々。そんな連中に興味を持てというほうが無理な話だった。

 だからこそ他人の評価は気にしない。自分にとって、他人は背景の一部にすぎない。そんな人間達の評価を一々気にするのは馬鹿げている。そうしてできた人生観がこれだ。



 すでに消灯時間が近くなっていた。片付けをし、寝る準備を進める。ああ、祖父の死を思い出すのも久しぶりだ。祖父の死を悲しまなかったのは、自分が死を認知できていないだけなのかもしれない。そんな疑惑を頭の隅に追いやった。きっと考えても良い答えは浮かばない。そう思って目を閉じた。


 どうもryouです。少し仕事が忙しくなり間をあけてしまいました。
 今回、すこし空行を空けました。読みやすくなったでしょうか?
 感想のほうで御指摘を頂いた、ゲシュペンストの名をだしてがっかり。と言われたので明記はしないことにしました。過去に投稿した話も修正をそのうち入れるつもりです。
 しかし書き方が一気に変わってしまった気がします。今読んでいる小説の影響でしょうか…、こんな書き方で統一できたらと考えてしまいます。あとは3人称をキチンとやってみたい…。
 どんなことでもいいので感想いただけるとうれしいです。(文が読みにくい、もう少し長めに書いて投稿しろ、等でもうれしいです)
 それでは次回をお楽しみに。疾風の設定画が上がったそうなんでそのうちUPします。 ちなみにしっぷうではなくはやて、です。作中に読み方明記してなくて申し訳ないorz。
 年末年始仕事が休みないっぽいので次話が少し遅れるかもと思います。ご容赦を…



[4846] 13話
Name: ryou◆7da013d0 ID:c2cbcd7e
Date: 2009/01/13 01:49
 放棄されて久しい町並みの中で轟音と地響きが鳴り響いていた。戦術機が模擬戦闘演習を行っているのだ。ペイント弾と模擬刀の交差。跳躍装置の噴出音。着地の地鳴り。回りを喧騒に包まれて自分はボーっとしていた。横転した戦術機の中である。

 なぜこうなったかを思い出すと呆気なさに苛立ちすら覚える。ようは開始直後に落とされたのである。理由は不明。前方の涼宮機から威嚇射撃を受けたと思ったら上空からペイント弾の雨を受けたらしい。被害報告は、頭部、両肩、及びコックピット部分の大破。あとで教官になんと言われるかわかったものじゃない。

 今乗っている疾風にはMLドライブを搭載している。故に本来ならラザフォート場を張れるが、今回その機能はオミット。そんなものを使ったら演習にはならないからだ。外の様子はわからない。網膜投影も停止しており分かるのは音だけ。一言でも喋れば「死体が喋るな!」と怒号が響くので迂闊な発言はしない。

 要するに月詠機かヤス機が上空に舞っていたのだろう。地上にいた涼宮機は囮、足止めの役目。柏木が考えた勇を主軸とした連携による各個撃破は自分が落ちた時点で破綻したはずだ。まったくもって面目ない結果だ。結局自主訓練で頑張ったマニューバもお披露目することなく終わったのだ。

 いつしか教官が言っていたことを思い出した。疾風の機動力は今までの戦術機以上に3次元的な動作が可能となっている。つまり上空からの奇襲はそれを考慮しなかった自分の浅はかさに他ならない。空中機動に特化した疾風には高々度への急上昇など容易に違いない。やったことはないのでわからないが……。

 周囲の音が止んだ。模擬戦が終了したのか。目の前に教官の顔が表示され「全機帰投。午後は今回の反省を踏まえた講習だ」と言って通信は終わった。おそらくは久しぶりに腕立て伏せをやらされるかもしれない。曇り空のような気分になった。



 構成は自分、勇、柏木。相手がヤス、月詠さん、涼宮だ。さっきの戦闘の映像を元に講義が始まった。

 模擬演習が開始と同時に敵機が後退、そして散開した。自分達がそれを追っている。自分達の作戦はさっきの通り、各個撃破。早々に月詠機、安部機が姿を消していた。無論映像記録には空中に舞った月詠機と自分達の背後に回る安部機が見えた。罠に嵌める事を前提とした戦い方だったのか。映像記録には囮の涼宮機を追って空中の月詠機のペイント弾の雨を直撃する自分の機体が映っていた。真っ赤な装甲が緑に塗りつぶされていく自分の機体は余りに情けなく不恰好だった。

 その後の展開は白熱したものだった。背後から迫る安部機をいち早く罠に気づいた柏木機が相手をする。射撃でけん制しあわよくば接近し模擬刀での一撃を狙う戦い方だ。ヤス機は攻めきれず長期戦にもつれ込む様子だった。勇機は空中の月詠機に対して射撃を行い涼宮機の相手も忘れない奮闘をしていた。一度態勢を整えようとしたのかヤスとsが引き、月詠機が勇に対して特攻を仕掛けていった。勇がブーストジャンプにより空中へ戦いの場を移し、さながら戦術機によるドッグファイトとなっていた。

 月詠機が突撃砲をばら撒きそれを掻い潜るように小刻みに全身のブーストを吹かしジリジリと近づいていく。月詠機が勇機を中心に大きく円周を描くように旋回しようとすると、それにあわせて勇もくっついていく。食いついて離れない。

 月詠機が逃げるようにブーストを吹かし一直線に飛行する。それの後ろを勇は追いかけた。突撃砲を一定間隔で撃ち相手に圧力をかけていく。左右にそれを回避し月詠機は逃亡の構え。それを崩したのは月詠機だった。猛スピードで直進していた月詠機が高度を少し下げ急停止したのだ。戦術機の前面部分に設置されているバックブーストを使ったらしい。空中停止した月詠機のすぐ上を高速度で勇機が通過した。勇も慌てて速度を落とすが間に合わず先ほどの構図とは真逆、勇は背後を取られてしまった。月詠機はブーストを吹かし勇機に向かいながら突撃砲を連射する。一瞬、勇は驚き反応に遅れたのだろう。自ら速度を落としたのも災いとなり回避行動を取る間もなく背中をペイントに塗りつぶされていった。

 その下では柏木が孤軍奮闘していた。一体二の一方的な防戦だった。相手はヤスを前衛、sが後衛としてサポートする万全な構え。対する柏木はたった一人で戦うという最悪な状況だった。柏木は地形を盾に勇の攻撃を免れていた。距離を離し建物の影に隠れ相手の射線に入らぬように移動する。それを繰り返してはいたが月詠機が合流した所で状況は終了した。逃げ場を失った柏木が撃たれて終わりである。


「今回の敗因はなんだかわかるか? 日高」
「……自分の先制攻撃への警戒のなさです。あとは疾風の性能を理解しておらず空中からの攻撃を考えの中から除外した結果です……」

「その通りだ。疾風は空中機動に優れていると教えたのはつい最近だ。にも関わらず貴様はそれを思考の隅に追いやった。反面、安部達は疾風の性能を熟知しそれを作戦の一つへと組み込んだ。一番理解しているのは月詠か?」

「はい、今回の作戦も月詠訓練兵提案のものです」

 涼宮がどこか誇らしげに告げた。当の本人はあまり興味はないという顔つきだった。

「月詠と田所の空中戦は疾風の特性をよく理解した戦闘だった。疾風の推進装置の数の多さ、MLドライブによる空中機動の容易さ、そしてなにより今までの戦術機にないバックブーストをうまく使った月詠の動きは素晴らしいものだった。田所も良い動きをしていたが背後を取られる寸前に速度を落としたのは致命的だ。止まったものから撃ち落とされるのは当然だ。相手に背後を取られると思ったらならその場で振り向いて射撃するなり速度を上げて相手との距離を取るなり方法はいくらでもある。突飛な動きに躊躇したのだろうが戦場で同じことが起これば必ず死ぬ。気をつけておけ、田所訓練兵」

「はい!」

 勇が立ち上がって大きな声を張り上げた。

「明日も午前より実機による戦闘演習を行う。午後も今日と同じ講習だ。構成も変更はない。日高、明日も早々に撃墜したらどうなるかわかっているだろうな? 残りの時間は明日に向けて作戦を練ろ。以上だ」


 解散後、PXにて自分たちは作戦会議を行っていた。みんなから自分のミスを攻められることはなく次はどうするか、に思考を切り変えていた。

「私達も考え付かなかったしあそこにいたのが私だったらやれてたのは変わらないと思う」

 柏木はそう言って、どんまいと一言だけ言って終わらせた。勇もそれに同意する形で何も言わない。

「明日は俺が空中からの攻撃に対処しようと思う。月詠さんに負けっぱなしじゃ面白くないからな」

 勇は息を巻いてそう告げた。柏木がうーんと唸っている。

「でもたぶん明日も同じ戦法ってわけじゃないだろうから作戦としては不十分だね。用は相手が空中機動を持ち込んできたときにどう対処するかだから……勇が向かうってだけじゃダメ。むこうで一番空中機動に優れてるのは月詠さん。だから来るなら月詠さんがくると思うんだけどたぶん私や日高君じゃ太刀打ちできない。だから勇が行くって言うのは賛成なんだけど……」

 そこまで言って考えに耽りだした。後頭部に手をあて上をあおぎうーんと可愛く唸っている。

「それならまず月詠さんを攻略したほうがいいんじゃない? 空に上がったら勇が応戦して自分達が援護って」

「そんな簡単にはいかないと思うよ? ヤス君や晴枝だっているわけだし二人は無視できるほど弱くない。むしろ無視なんてしてたら簡単に落とされちゃうよ。考えたんだけど、月詠さんが飛ぶ前に落とす。つまり無防備なブーストジャンプ時に弾幕を張って頭を押さえるってのはどう? 勇がピッタリ月詠さんをマークして私がその援護とヤス君たちの警戒。日高君が空中機動で常に上空を押さえておく。これをやるにあたっての注意点は日高君が月詠さんの付近、つまり勇との距離が近くないと私が援護できないってこと。分断されないことが前提条件だけどどう?」

 確かにいい案だ。自分が空を制圧するっていうのはできるのか自信はさっぱりだが悪くない。勇が月詠さんをけん制してくれればこちらに月詠さんの鋭い攻撃がくることはない。仮に空に飛びあがろうとしたならそれを撃ち落とせばいいのだ。

「それでヤスたちが空中機動に移ったらどうするんだ? 祐樹じゃヤスと涼宮を相手にできないだろう」

「それは私がなんとかするよ。そのとき二人とも空にあがったら私がノーマークになるだろうし晴枝かヤス君残ったらこっちで一人押さえる。ノーマークになったら支援突撃砲で援護する。できればそのまま落としてみせる」

 その顔は自信に満ち溢れていた。きらきらした瞳を凛々しく形を変え自分と勇を見つめる。有無を言わせない様子だ。勇がわかった、それでいこうと言うと凛々しかった表情は笑顔に変わりよしと気合いを入れていた。

「頭を押さえるのはいいけど自分はどう動いたらいい?」

「空中から月詠さん狙って弾幕張ればいいと思うよ? そうしたら迂闊に動けないし動かないと勇にやられる。動いた場合は回避と同時に上昇する可能性もあるから弾幕+回避行動直後の月詠さんを攻撃できる状態を常に作っておくこと。これができないと意味はないよ」

「わかった。頑張るよ」

「ただこれは月詠さんが空中にでるっていうのが前提だ。もし地上戦を仕掛けてきた場合どうする?」

「その場合は…」



 話は遅くまで続きPXが閉まるまで居てしまった。PXの職員に追い出された後はイメージトレーニングをするとして各自部屋に戻った。自分はというと書き終わったレポートを提出しようと香月博士の元へ向かっていた。この行動もすでに5回目である。いい加減受け取ってもらえないかと祈りながら副指令室を覗くと部屋は暗く誰もいない様子だった。



 自分はレポートをデスクの上に置き周囲を見渡した。紙やディスクが散乱し、とてもじゃないが整理整頓のできる人間ではないことが伺える。この散乱している物の中には機密と言えるデータもあるんじゃないのか? そう考えたが興味が先行して自分は手を伸ばした。

「キミ、機密を勝手に覗くなんて簡単な処罰じゃ済まないぞ? 止めておきたまえ」

「な!」

 後ろから声をかけられ振り向いて見るとスーツを着た男が入り口に立っていた。ドアが開いた音はしなかった、となるとこの男は最初から部屋の中にいることになる。明りをつけていかなかったから気づかなかったのか、それとも気配を消す能力を身につけているのか、自分はまったく気づくことはなかった。

「キミが日高祐樹か。ふむ、大した特徴もない所が白銀武そっくりだな。或いはその特徴のなさが特徴なのか、中々奥が深い男じゃないか」

 男はこの状況を意にもとめず話を進めていく。この雰囲気を自分は覚えていた。

「どうかね? ハワイ島の土産がここにあるんだ。受け取ってはくれないか?」

「え、はあ、ありがとうございます」

「受け取ったか、ならその代価を受け取らねばなるまい」

「え、代価って何か取るんですか!? ならいりませんよ」

「人から受け取った物を送り返すなど無粋な男だな、日高祐樹。代価にはキミの…」

 そう言い掛けた所で部屋の明りが灯された。香月博士である。博士は入室と同時に男を一瞥し「なんであんたがここにいるの!」と怒号を飛ばしてその鋭い目線を自分に移し、「余計なことしゃべってないでしょうね?」と釘を刺された。特には何も、と答えるとほんの少し安堵した顔を取り戻したがまたすぐに厳しい表情を取り戻す。

「鎧衣課長。今日はなんのご用かしら?」

 そう、男の名前は鎧衣左近。さっきは暗くよく見えなかったがスーツはくたびれ帽子も少しよれよれ。一見老人のように見える男は伸びた背筋が老いを感じさせない不思議な男だ。

「なに、またハワイ島へ行ったのでその土産でもと。まあそこの男にあげてしまったのでもうないのですがね」

「用事が済んだのなら早く帰りなさい。用件があるのならさっさと言って」

「ふむ。何か急ぎの仕事でもあるのですかな?」

「余計な話は結構よ」

「ならば、ドードー鳥の生態を少し」

「鎧衣課長!」

 ドードー鳥の生態。ゲームの中で言っていたやつか。ドードー鳥の生態はそんなに面白いのだろうか?

「連合軍が所有するポセイドン、それの演習訓練が近々ここ横浜基地の近海で行われるそうですな」

 そう、この話の持ち込み方。ゲームの通りだ。しかし話の内容はまったくだ。この話が重要な事に繋がっているのは明白、なら少しでも理解できる情報がほしい。

「そのポセイドン、この横浜基地の人間も演習に参加はするのですかな?」

 その言葉にしばし沈黙して博士はするわ、と答えた。沈黙は答えていいのか考えていたのだろうか、その表情には迷いが伺える。

「そうですか。何、少し不確かな情報を耳にしたもので、こちらとしても考えてはみたのですがどうも……信憑性に欠けましてね? こちらとしても真偽のほどを確かめたいと思いまして」

 なによ、と返す博士を尻目に自分は鎧衣左近を見つめる。向こうもこっちの視線に気づいてか少し微笑を浮かべすぐに視線を香月博士に戻した。自分がここに居ても居なくても関係はない。まるでそういうかのような微笑だった。

「最近、とある信仰団体が創設されたらしく、その創立にある男が関与しているという情報を聞きましてね?」

「男ってのは誰よ」

「リチャード・スカイホープ、あなたもご存知ないということはありませんでしょう。連合軍にとっては忘れられない男のはずです」

「……5年前にアメリカ本土で連合軍に対して私設武装組織で喧嘩を売った男ね。あの男がなんで今頃? 死刑だって確定したはずじゃなかったかしら?」

「死刑が確定したのは3年前。しかし未だに執行はされていない。その背景には政治的圧力がかかっているという噂もあります。それが意味することがわかりますか?」

 沈黙で心当たりがあると返答しているのか顎に手を当てて動きを止めた。

「その彼が、新しく信仰団体を作り上げた。そして死刑が執行されない理由。それを照らし合わせれば私が言いたい事はわかりますな?」

「……それとポセイドンの演習、どう関係するのよ」

「なに、信仰者は意外にも多い、ということですよ。まあこちらとしても確認のとれない極めて不明瞭な情報ですが…一応小耳に挟んで頂こうと思いまして…ね」

 また博士が沈黙した。何を言っているのか自分にはさっぱりだ。白銀武もこんな状態だったのだろうか?

「近衛の一部にも、信仰を同じとするものが存在しているようで。日本政府としてもおそらく、無関係は装えない。だからこそ、あなたにお願いしているのですよ」

「……私に手柄を立てろと?」

「ありていに言えばそうなりますな。演習とは名ばかりのパーティ。ご自身の参加は控えていただけますよう、と言いたかっただけなのですが……ね」

「なら最初からそういいなさい」

 失敬、と鎧衣が笑って返すと博士が大きくため息をついた。

「それでは今夜はこれにて失礼することにしますかな。博士も努々、お忘れなきよう。こちらに持ち込まれた新型。お披露目の場でもありますからな」

「……世界統一を目指すこの世の中にあんたみたいな存在がいること自体が悪じゃない。こっちに探り入れる前にさっさとその情報を確かな物にしたらどうなの?」

「ふ、これは手厳しい。それでは、日高祐樹。キミにも期待しているのだよ? 今の会話、キミがどう捉えたのか、ね。キミは香月博士の右腕と聞いている。そのときは頼んだよ?」

「え? はあ、了解です」

 右腕やら期待やら言われても今の成績じゃ碌なことはできないと自虐に入りながら生返事を返した。歳をとってもこの男は変わらないのか飄々とした捉え所のない男でだ。今夜のこの会話、自分は忘れぬようにと思い、頭の片隅に残しておいた。


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どうもryouです。
この作品はどんどんオリジナル方向へと進行していきます。二つこの先の案があったのですがこの話で一つに絞りました。スペースや改行を実験的に色々試みております。もしよろしければ読みやすい、読みにくいと感想を頂けたら嬉しいです。
自分は趣味というよりも自分の力がどんなものなのか、話の作り方、小説の書き方が今どの程度なのかを知りたくて書いているのがこれです。最近1話を書き始めた頃より調子を取り戻した気はしているのですが如何でしょうか?


最近題名変えようかなとも思うんですがみなさんどう思います?



[4846] 14話
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/01/04 02:33
 模擬戦闘演習二日目。柏木の提案で自分が空中から月詠機にけん制、勇が月詠機の完全マーク、柏木が全体の援護という作戦を実行することにした。

 朽ちた家屋や雑居ビル、それらをうまく使い分断されないように動かなければならない。開始してからすでに5分。上空からの攻撃を警戒しながらノイズだらけのレーダーで索敵していた。まだ空には上がらず、物陰に隠れながら月詠機を探す。それが柏木が開始直後に追加した注文だった。勇や柏木も身を潜めて敵を探しているだろう。だが向こうから仕掛けてきた前回と比べて今回は至って静かな模擬戦闘となっていた。

『こちら02《田所勇》敵機いまだ発見できず……』

『04《柏木亜子》同じく』

『06、こっちもだ。静かすぎる』

『04より各機、待ち伏せ《アンブッシュ》に気をつけて。確かにこの静けさは何かあるはずだから』

『02了解』

『06了解』

 集音マイクには戦術機の歩行音やスラスター音すら反応がない。この近辺にはいないか、または待ち伏せか、どう動くべきか。

『04より各機、敵機影確認、数1。座標G-5、地図で確認して。動きはない。罠みたいだね』

『02了解。現在F-4で待機中、どうする? 亜子』

『どうするも何も……相手の狙いがわからないから無闇に攻められないよ。日高君は今どこ?』

『C-7。少し距離があるな』

『了解、今から狙撃するから相手に動きがあったら例の作戦で。日高君は合図するから狙撃と同時に空へ、勇は向こうの動きに合わせて動いて』

『『了解』』

 集中して次の動きのことだけを頭に入れる。空へ上がってG-5にむかって水平噴射跳躍《ホライゾナルブースト》そして敵機からの攻撃を警戒しながら動いた敵機の索敵。これで問題ないはずだ。

『いくよ? 3カウント、3…2…1…アタック!』

 柏木の声と同時に跳躍《ブーストジャンプ》十分な高度を保ってから水平噴射跳躍へ移行。

『柏木! 敵は?』

『外した! 目の前の機影以外確認できない! 勇は?!』

『周囲に敵の反応なし、今G-5に向かっている』

 空から見ても目視できない。G-5エリアを見てみると一機だけ俊敏な動きで逃げる機影を確認した。

『敵機確認、柏木が狙ったのと同じやつ! 速いぞ! この機動、月詠さんだ!』

 敵機は地上を噴射滑走《ブーストダッシュ》で移動していた。市街地を縦横無尽に走るそれは操縦技術に優れていることが伺える。

『空から攻撃する! 勇! 早く合流しろ!』

『了解、見失うなよ?』

『待ってよ二人とも、罠に誘い込まれてるかもってこと忘れないでね!』

 了解、と返し月詠機に向かって全速で接近する。相手がこちらに気づいてない、なんてことはないだろうが……。

『06、フォックス2!』

 120mm滑空砲に武装を切り替えて射撃する。攻撃の精度は悪く、付近の舗装されていない道路や倒壊した家屋を緑色に染めるだけだがプレッシャーにはなるだろう。

『02、目標を確認。フォックス3!』

 フォックス3ということは36mm突撃機関砲。それを使うということは相当近い位置にいるはずなのだが今追っている敵が射撃を受けけている様子はなかった。

『04、フォックス2!』

 柏木も戦闘に入ったのか、またもや目の前の敵とは違う相手をしているようだ。
『日高君、どこにいるの! 空から一気に畳みかけて!』
『相手が違うぞ! 自分が追ってる敵じゃない! 二人目だ!』

 その通信を聞いていたかのように目の前の敵が急停止し、こちらを向いた。それに合わせてこちらも減速しながら、120mm滑空砲を放つ。だがそれもまるで当たらないと見透かされたように相手は微動だにせず、悠々と突撃砲を構えて撃った。

『くそったれ―!』

 それを乱数による運任せの回避行動でかわして空中停止。相手は動かず、こちらも一息つくように動けなかった。だが動かなければやられるのは明白、休憩を求める思考を振り払って噴射降下《ブーストダイブ》で敵に突っ込んだ。
 武装を36mm突撃機関砲に変え、それをばら撒きながら突っ込む。さすがに敵も当たると思ったのか左へ飛んで、そして空へと飛び上がった。

『しまった!』

 相手は自分よりも高く飛んだ。急降下している機体を急いで止めたが、地面はどんどん近付いていき形勢は真逆。自分が敵を見上げる状態になっていた。
『祐樹、今どこにいる! さっさとこっち合流しろ!』
『……すまん。無理だ。分断された、相手の狙いは……』

 敵機が突撃砲を構えた。それを見て、自分は右へ側面噴射《サイドブースト》で飛んだ。同時に元いた場所が緑色に染まった。

 敵の武装はおそらく滑空砲。狙いは正確、一人で相手にするのは少々厳しい相手だった。

 銃口がこちらを向いたと同時に垂直跳躍《バーチカルブースト》で空へと飛んだ。またさっきまでいた場所が染まった。止まれば確実にやられるというのを思い知らされる。

 高度を相手に合わせる前に、敵が動いた。距離は近づき、36㎜突撃機関砲で撃たれながらそれを、上下左右にランダムに動いて回避する。相手はけして背後を見せず、常に自分を正面に捉えている。それでも当たらないのは未だに向こうも空戦に慣れていないせいだろうか。

 こちらも敵が正面に来る度に、攻撃は試みるものの弾幕以外の効果はなく相手を接近させないようにするので精一杯だった。

『敵が空にあがった! 俺が相手する、亜子、援護くれ!』

『了解!』

 向こうも中々に苦戦しているようだった。向こうの数は1か、それとも2か。もし1だったらあと一機、隠れているということだろう。各機の位置が特定できないレーダーを利用して目標を分散させて、分断した所を叩く。それが敵の狙いのはず。ならば孤立している自分のほうにもう一機が現れるのだろうか?

 ならば短期決戦だ、と意気込み気合いを入れた。上下の感覚が稀有になるほど空を駆け回った。増援がくるまでもう時間はないだろう。

『こちら06、日高、突貫します!』

 こちらを追って迫る敵機に正面を合わせて水平噴射、向こうもここで決めると考えているのか速度は落とさずに突っ込んでくる。両者とも突撃砲をばら撒き、しかしそのなかで当たらないのはただの運だろうか。弾の機動に合わせて回避してながらも両者とも接近し続けた。

 あと数秒もすれば衝突するという場所まで接近した頃に自分は行動を起こした。噴射降下で高度を一気に落とし、自分の頭上を敵機がすり抜けた頃合いに、また上昇。互いに背を向けあう形になると思わせて、後転するように逆立ちの形で敵機に銃口を向けた。

『もらった!』

 トリガーに力を込めて敵を狙い撃つ。目の前に迫る鉄の塊が緑色に染まり、それでもトリガーを放すことなく、弾倉が空になった警告音が聞こえて初めてトリガーを放した。

『安部機、背面跳躍ユニット及びコックピット大破』

『よし! こっちは獲ったぞ! そっちは?』

 通信機は何も答えない。答える暇もないということだろうか。

『田所機、頭部及びコックピット大破、柏木機、動力部大破』

『え?』

 二機が同時に撃破された。ということはこちらに現れると思っていた増援はあっちにきたということか。2対1で止めを刺しきれなかったのが2対2になって一瞬。あまりに圧倒的だった。思考がしばし硬直し、機体が自動制御で平衡に直した瞬間に集音マイクが2発、羽音を拾った。

『くっそ――』

 機体を旋回させ敵を探す。左右に機体を揺らして狙撃を警戒。地上に一機、空に一機。下が涼宮で上が月詠さんだろう。迫りくる機体に軽い絶望感を感じつつ、正面から接近する月詠機に銃口を向けた。36㎜は撃ちつくしてしまった。それに距離がまだ離れているなら120㎜のほうが適正だろう。

 滑空砲に切り替えて2発。コックピット内にリロードを促す警告文が表示された。今このタイミングでリロードはできない。滑空砲のリロードは主腕を使って突撃砲上部にマウントされた滑空砲ユニットの弾倉を変えなければならない。そんな暇は一切なかった。

 下からの狙撃。『日高機、右足跳躍ユニット大破』

 反応できなかった。下に気を取られた瞬間に目の前まで月詠機が接近しているのを見た。

 月詠機が機体に掴みかかり、その衝撃がコックピットを揺らす。奥歯を噛み締めて、今空の上にいるという恐怖に少し震えたが、それも頭の中から追い出した。

 月詠機が右腕を振りかぶった。その腕には電磁破砕機がマウントされていた。振り下ろされた拳はCPU制御によって当たる直前に停止した。

『日高機、動力部大破、状況終了。各機集合地点へ』

 機体がゆっくりと地上に近づき、ほんの少しの衝撃とともに着地、その振動を体で感じた。それと同時に脱力感を感じ、操縦桿を強く握り悔しさを紛らわした。




 PX、また反省会が開かれた。お決まりの席には二人が先に座っていた。表情は少し固く、二人も今回の敗戦に悔しさを感じているようだ。

「よう、おまたせ」

 二人が顔をあげて、挨拶を交わして席に座った。開口一番に「ごめんね」と柏木が言ったが何がごめんなのかわからない。

「作戦。この前と同じってことが前提で相手がまったく違う作戦にでたときのこと考えてなかったでしょ?」

 確かにそうだった。立てた作戦は一つだけ。それが破綻したら次がなかったのだ。

「まさかレーダーが使えないの利用して標的をすり替えるなんて思わなかったよ。正直戦闘が始まっちゃったら迂闊に移動できないし。月詠さん一人を二人で相手しても倒せなかったし、潜んでた晴枝に狙撃された時はもうダメって諦めちゃった」

 頬杖をついて溜息をつく、その動作は若者がする動作じゃないなと思ってしまった。

「祐樹がヤスを落としたのが唯一の成果か。どうやったんだ?」

「練習してたマニューバ。Ts-7 バーチカルリバース。難易度の高いやつひとつだけでもって練習してたんだ。役に立ったよ」

「ほう。俺も練習してみるかな。月詠さんもマニューバを使うみたいで予測できない回避動作が多かったよ。地上戦だったのに全然駄目だった。」

 力のなさを痛感してなのだろうか。二人の気落ちは相当なものだ。それでもドッグファイトでヤスに勝った自分は軽いほうなのだろう。ほんの少しの優越感とチーム全体が負けた悔しさがブレンドされた気持ちを噛み締めてお茶を取りに行き、一口含んだ。人数分持ってきて二つ、二人の前に置いた。

「ありがと。ところで明日、訓練休みみたいだけど何か知ってる? 教官も忙しそうだったし、何かありそうじゃない?」

「いや、知らないな。知らされないってことは関係がないってことだ。別にいいんじゃないか?」

 勇がそう言ってお茶を飲んだ。熱いな、と一言漏らしまた一口飲んだ。

 まだ夕食の時間には遠い。この時間のPXは人も疎らだ。そこに人が入ってくればすぐにわかる。一人、またPXにやってきてはこちらを見つけて「よう」と言った。

「ようヤス。敵情視察か?」

 勇がそう言うとヤスは苦笑し「そうつんけんすんなって」と返して自分の隣に座った。

「今日はやられたけど今度は負けないぜ? あのマニューバにはやられたけど俺だって次までに勉強しておくからさ」ヤスが自分のお茶を奪っては口をつけて熱いな、と言った。

「教官から伝言。日高祐樹、手が空いたらすぐに私の部屋にこい、だそうだ。月詠さんも呼ばれてたよ。一体何やったんだ?」

 ……煙草、のことだろうか。と考えたがすでに教官にはバレているし違うだろう。

「わかった。別に何もしてないさ。予想もつかないよ」

「なら早く行ってこい。月詠さん、一足先に行ってるからさ」

 了解、と返して席を立った。PXを出る間際に後ろから「何言われたか教えてねー」と柏木の声がしたが教えられるわけないだろう、と返して教官の部屋へ向かった。




 部屋の前、扉を叩くと「入れ」という声がした。失礼しますと言い中に入ると、すでに月詠さんが来ていた。

 部屋はベッドが一つ、作業机が一つ、クローゼットと自分たちの物よりしっかりとした洗面台。思ったより簡素な作りだった。

「一体誰の指示なのでしょうか?」

「それは言えない。だが、これは正式な命令だ。私も一緒に参加する。日高もだ」

 自分が、え? と話についていけないことを無視して二人の会話は続いた。

「なぜです! 一介の訓練兵風情が参加するようなものでは!」

「副指令の命令だ。元々副指令が参加するはずだったが予定を急遽変更なさった。私も今日の朝に言い渡されてな」

「……わかりました。私は失礼します」

 そういって月詠さんが部屋を出て行った。残されたのは困惑した自分と疲労を隠していない表情の教官だ。

「はー……さっきも月詠に同じ説明をしたが、明日行われる演習に参加してもらう」

「はぁ」

「……お前はもう少し緊張感をもて……」

 すいませんと返すと「まったくお前は」と言われてしまった。教官が机の中から煙草を取り出し、お前も吸うか? と一本こちらに向けたので、すいませんと煙草を貰い、煙草に火をつけた教官からライターを受け取り火をつけた。

「……八丈島近海でポセイドンと呼ばれる大型の移動要塞の演習が行われる。演習と言ってもやるのは簡単なことだ。我々には関係はない。俺達が参加するのはポセイドン内部で行われるパーティーだ。要はお偉いさん方の自慢話を聞きに行けってことだそうだ。なぜそれに俺やお前、月詠が行くのかは知らんが……、まあ何かしら考えがあるのだろう」

「それで、ポセイドンって…なんですか?」

「対ハイヴ用決戦移動海上要塞。通称ポセイドン、直径2,500m、円形、4階層の最大規模の建造物だ。最上階、上から第一階層は戦術機の格納庫。上部には戦術機用の昇降機やカタパルトがある。第二階層は兵舎。第三階層は巨大ホール、今回のパーティー会場だ。第四階層は司令部となっている。全ての階層を貫いて中央にでかい支柱がありそこが動力部となっている。質問は?」

 質問と言われても疑問が浮かばなかった。ポセイドン、鎧衣左近の言っていたものはこれか。

「明日、〇九〇〇時に食事を済ませて副指令室へ。許可はでている。と言ってもお前はすでに出入りしているようだが……。いいな?」

「了解です」

「煙草、吸ったらさっさと戻れ。まだ仕事があるんでな」

 はあ、と返して煙草を一口含み、灰皿に押し付けた。まだ残っていたが忙しいなら長居は迷惑だろうと早々に立ち去った。

 鎧衣左近が忠告にくるほどだ。明日には何かあるのだろうか、と不安を感じてPXへ足を向けた。月詠さんもどこか苛立っていた様子だ。無関係とは思えないが……、どうだろう。

 きっと明日には全てがわかると思考を押しとどめて足を進めた。自分を待つ運命は何を知っているのか。不安だけは消えそうになかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

どうも、ryouです。物語は中盤へと差し掛かりました。HDDが吹っ飛ぶ前は違う話を14話にもってきてたのですが正確に思い出せず変更しました。
さて、ポセイドンとは何なのか、そこで起きる鎧衣左近の言ったことは何が関係するのか。それでは次回を期待ください。



[4846] 15話
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/01/04 20:50
 起床ラッパの音に目を覚まして着替え。点呼を済ませて飯を食べた。食事はみんなで取ったが、ただ一人、月詠さんの表情は重い。それを知ってかみんなの雰囲気もどこか暗めで自分も大して話をするわけでもなく食事を終わらせた。

「日高、先に行っている」

 そう言って席を立った月詠さんをみんなは目で追いつつ、原因が去ったからか、暗かった場の雰囲気はいくらか元に戻っていた。

「……日高君、月詠さんと何かあったの、行くってどこよ?」

 興味をそそられたか涼宮がフォークを咥えたまま問いかけた。聞かれた所で、昨日の命令の事を話していいか考える。2秒で答えを見つけた。

「まあ色々と。今日一日、自分と月詠さんいないからな。それじゃ自分も行くわ」

 席を立つと皆から疑惑の目を向けられた。それを代表して涼宮が「なんでー?」と言ったので「任務」と短く答えた。

 そのままPXを出て、副指令室へと足を運んだ。どんな? と聞かれなかったのは答えるわけがないと分かっていたからだろうか?

 エレベーターで地下深くまで潜った先。セキュリティレベルSSのその部屋には既に3人の人影があった。散らかりっぱなしの書類やディスク。白衣を見るたびにガサツだな、と思ってしまう。けして自分も整理整頓のできる人間ではないが……。

「遅いわよ。説明、始めるからさっさとこっちきて」

 すいません、と返し先客である教官と月詠さんの隣に並んだ。二人はこちらを見ることもなく香月博士を見つめていた。

「今日、これから参加してもらうポセイドンの演習。本来は私が行く手筈だったんだけど、ある情報が入ったんで変更したわ」

 その言葉に教官の顔が少し、反応し、「その情報というのは?」そう質問した。

「ポセイドン演習中に何か良からぬことが起きるかもって話。高柳軍曹、月詠訓練兵、日高訓練兵、私の代わりにポセイドン演習に参加し、もし問題が発生した場合それに対処しなさい」

「そ、そんな重大なことになぜ日高を連れていくのです!」

「一番使いやすい駒だったから。月詠は近衛からのリクエスト。あれには近衛の何人かが一枚噛んでるから、お偉いさんに呼ばれたんじゃないの? 軍曹を指名したのは訓練兵を扱うのに一番慣れてるはずだから。以上よ?」

 教官の表情が歪んでいた。今、教官の心の声を言うならば、とんだトバッチリじゃないか……、そう思っていてもおかしくはなかった。

「全員、疾風でポセイドンへ飛んでもらうわ。問題発生時、現地での使用も許可する。おそらく施設の破壊は連合が止めにかかるだろうけど知ったこっちゃないわ。派手にやりなさい? ただし、敵性組織に鹵獲されることだけは何としてでも防ぐのよ。あれは機密の塊、わかってるわね?」

「……なら吹雪でいけばいいんじゃ?」

 自分がそう言うと「馬っ鹿ねー」と言われてしまった。

「あんた、あの男の話、一緒に聞いてたのに何にも考えなかったわけ? 何か起こった場合敵の戦力は大きいってわかるでしょう?  無論、あんた達だけで解決しろなんて言わないわ。要は中で暴れて外からの増援を引き入れる隙をつくるの。現存する最強機体の疾風で失敗して帰ってきたら、マジで全身改造してやるわよ?」

 静かな口調で鋭く睨まれてしまった。口からでた精一杯の言葉は、頑張ります……。ただこれだけを言って黙った。

「ポセイドンの方には特別に格納庫を開けさせたわ。それでも鹵獲された場合、特攻でも自爆でも何でもいいから破壊しなさい?」

「「「了解しました」」」

「高柳軍曹、現場での指揮はあなたが。こちらとの通信手段はこの無線で。小さいけど十分な通信距離があるわ。それと、要塞と呼ばれるだけあって外からの増援が期待できない場合、すべてがあなたに委ねられるからそのつもりで。使えるものは全て使いなさい」

 香月博士から携帯のような通信機を受け取って、了解しました、と教官が敬礼した。それに合わせて自分たちも敬礼する。

「そろそろ着替えてちょうだい。衛士装備だけど、今回ばかりは月詠や日高にも訓練兵用のじゃなくて正規兵のが用意してあるから。初任務だから私からのささやかな贈り物、ってことで。よろしくね」

 月詠さんがどこか安堵したような表情を浮かべた。そりゃさすがにあんな格好で大勢の前に出るのは気が引けるだろう……。




 完全装備に着替え、疾風のコックピットに座った。着座調整を終えて後は時間を待つばかりとなった。

『コールナンバーを確認する私が01、月詠が06、日高が07。貴様らは訓練に使ったものと同じだ。いいな?』

『06、了解』

『07、了解』

『……今回の任務、貴様らには荷が重いかもしれん。まず始めに言っておく。死ぬな。まあ、何も起こらない可能性もあるがな』

 場を和ませようとしてそんな事を言ったのだろう。だが、鎧衣左近が言ったのだ。起こらないわけがない。

『場所が場所だけに小銃などの持込みができない。無論最低限、9パラを持ち込むことはできるがそれだけだ。ちゃんと持ったか?』

『大丈夫です。教官』

『教官、そんな遠足いく朝の母親みたいなことしないでくださいよ』

『……貴様、あとで何か忘れましたなんて抜かしたら前歯もらうからな?』

『申し訳ありませんでした!』


 緊張感に欠ける雰囲気のまま時間を待った。9mm自動拳銃を持っているのを再度確認して、操縦桿に手を当てた。弾倉もある。セーフティもOK。何が起こるかわからないが、おそらく対処できそうな事態で済むわけがないのだ。

 30年前は沙霧のクーデター事件。なら今回も同じようなものだろうか……。

『全機、発進準備。所定の位置に移動しろ』

 指示に従い格納庫を出て位置についた。赤い機体が三機、横並びの状態だ。

『目標地点までは私についてこい。向こうに着いたら向こうの指示に従え。先に行くぞ? 高柳、これより発進する』

『了解、発進どうぞ』

 CPからの通信が聞こえた。同時に機体の近くから轟音が響き、教官の機体が飛び立っていった。

『月詠訓練兵。離陸します』

『了解、発進どうぞ』

 また轟音が響き、赤い戦術機が目の前を飛んでいく。

 自分も遅れないように、操縦桿を強く握り、気持ちを切り替えた。これから待つのは訓練なんかじゃない。気を緩めるわけにはいかなかった。

『日高、発進します』

『了解、発進どうぞ』

 CPの返答を確認し、スロットルを全開にして飛び立った。十分な高度を保ったのを確認し、スロットルを絞り、安定を図る。

『日高、下手な操縦して俺に恥を掻かせんじゃないぞ?』

『わかってますよ。いつまでも素人じゃないですって』

『一番成績の悪いお前が言った処で鵜呑みにできん言葉だ』

『なら次の訓練で結果だしますよ』

『ふ、威勢の良い言葉だ。期待しているぞ?』

 MLドライブを搭載した戦術機に輸送艦は必要ない。単独飛行でどこまででも行けるからだ。三機が並行して海の上を飛んでいる姿を、30年前の人間たちはどう思うだろうか。光線級に空を奪われた時代なら想像できない光景だろうか。

『……教官、質問があります』

『どうした、月詠』

『もし、有人戦術機との戦闘になった場合、ラザフォート場の展開と、電磁破砕機の使用は許可されるのでしょうか?』

 ……そうだった。自分は訓練で使った覚えがないが、この前の訓練で月詠さんに食らった止め、あれは間違いなく電磁破砕機なのだ。あれは戦術機相手だとどの程度有効なのだろうか。

『……そうだったな。そこらへんの説明がまだだったか。いいだろう。移動の時間を使って説明する。ラザフォート場の展開は必須だ。もし、戦闘になったら真っ先に起動しろ。戦闘演習の時には使わせなかったが、あれを展開すれば戦術機の射撃武器のほぼ全てを無効化できる。36mm機関砲、120mm滑空砲、誘導ミサイルも問題ないはずだ』

 すごい……これがあれば容易に落とされることはないわけだ。

『ですが、MLドライブ搭載機はこちらだけじゃない。相手が張っていたらどうするのですか?』

『こちらの射撃も通用しないだろうな。ただ、ラザフォート場が互いに接触すると干渉し合い、無効化される。故に格闘戦では意味をなさない。それだけは注意しろ? 攻撃を与えるも受けるも、格闘戦だけに限定される。間合いは50M。これより近づけばラザフォート場は消えると覚えておけ』

『……了解しました。……それでこの武装か…なるほど。得心がいきました。だとすると…』

 通信の向こうでは月詠さんがマナーモードに入っていた。教官がどうしたんだ? と聞いてきたがいつものことです、と返した。




『見えたぞ。各機、着陸準備。向こうの指示を待て』

 見えたのは出かい円形の人工島だった。甲板と言うべきなのだろうか? 海面にでている部分には十数台のヘリが止まっており、上空にもいくつか、ヘリが着陸態勢に入っていた。甲板には誘導する兵たちが忙しく走り回り、その指示を受けてヘリが下りていく。基地でみる光景とまったく同じだった。

『こちら、CP。貴官らの所属を確認したい』

『連合軍横浜基地所属、高柳久隆軍曹であります。着艦許可を頂きたい』

『……確認した。着艦を許可する。ようこそ、海の要塞へ』

 鉄の島に着陸し、昇降機の方へ誘導された。それに従って昇降機へ機体を乗せ、下に降りた。両サイドに並ぶ昇降機には教官と月詠さんが。昇降機が機体固定箇所を兼ねているようでパっと見ただけでも20以上の昇降機があった。昇降機が止まり、機体が固定された。

『月詠、日高。降りろ。いいか? 飽くまで私たちはパーティーに参加しにきただけだ。いいな?』

『了解』

『了解です』

 戦術機を降りると連合軍の軍服を着た、太った男が立っていた。髪は金、瞳の色は青。欧米人の顔立ちだ。少しハゲかかった頭部と出張った腹部が気になってしょうがない。階級章を見ると大佐。佐官にこんなことは言えないと心の奥にハゲ、と太った、という言葉を仕舞い込んだ。

「遥々御苦労諸君。私が今回の演習の責任者のルイス・ハーディマンだ。よろしく、横浜基地の諸君」

「は、今回は香月副指令の代理で参りました。高柳久隆軍曹であります。今日はある事情により訓練兵が同伴しておりますが、どうかお許しを頂きたく――」

「ああ、香月副指令から話は聞いている。……所で、君たちの乗ってきた機体、何かな?」

「……申し訳ございません。副指令の命により、その手の会話は禁じられております」

「そうか。それはすまなかったね。下でゆっくりするといい。そちらのレディがツクヨミという女性かな? 君を待つ日本人が大勢いるようだ。早く、行ってあげなさい」

「はっ、了解しました」

 友好的な会話の中で機械的に返した月詠さんにハーディマン大佐が少し、歪んだ視線を向けた。気に障ったのか、それとも思う所があるのか、どちらにしても見ていて気持ちのいいものじゃなかった。

「君、客人をホールへお連れしろ」

 歩哨の兵士を捕まえて命令、「了解しました!」と兵士が返し、こちらを向いて、「どうぞ、こちらへ」と案内が始まった。それについていく月詠さんの表情は恐く、教官も緊張と警戒が入り混じった硬い表情をしていた。この調子で大丈夫なのだろうかと、気の抜けた顔をしてしまい、緊張感がないな、と自身を正し、大きな円形の支柱に入る形のエレベーターに乗った。

 エレベーターの数字が1、2、と変わり、3になった所でエレベーターは停止した。扉が開くと、長い、飾り気のない通路が続いていた。

 ここの兵士が降りて通路を進んでいった。自分たちもそれを追っていくと、大きな両開きの扉の前で止まった。扉は映画館や美術館にあるような装飾が施されたもので、軍事施設には程遠い、浮いた存在だった。

 扉を開くとまた通路が続いていた。通路の先にはまた両開きの扉。今までと違うのは壁には絵画が並び、照明ひとつとっても装飾が施された、まるで高級ホテルのような場所だった。床には赤い絨毯まで敷き詰めてあった。

 通路を中頃まで進むとガヤガヤとした喧騒が聞こえてきた。優雅なクラシックも流れている。これには教官も驚いたようで眼をまん丸にしていた。月詠さんは変わらず仏頂面。

「月詠さん」

「……なんだ?」

「笑顔、しといたほうがいいんじゃない?」

「余計なお世話だ」

 機嫌も最悪らしい。歩くスピードを少し速めて自分との距離を放したのを見るに、話しかけてほしくないようだ。

 両開きの扉を兵士が開いた。クラシックの音や喧騒が一層、大きくなり、その向こうに見えた風景はあまりに場違いなものだった。

 かなり高い天井、そしてそこからつり下がったシャンデリア。白いクロスが敷かれた、ご馳走と言える品が載せられた、たくさん並ぶテーブル。ワインをトレイに乗せて運ぶウェイター。煌びやかな衣装で談笑する人たち。軍服を着ている者もちらほら見かけるが、そのほとんどは燕尾服服を着た男と豪奢なドレスきた女性。扉を抜けたその先は中世のヨーロッパでした。と、言えるほどの錯誤感を感じた。パーティーとは本当の意味でパーティーだったのか……。

 どうせならもう少し華やかな服を用意してくれればよかったのに。今着ている衛士装備を見下ろし、心の中で悪態をついた。教官も苦笑い、月詠さんは変わらない。

 この場で一体どうしろと香月博士はおっしゃるのか。自分たちはどうすることもできず、ただ茫然と会場の入り口で立ち尽くした。



――――――――――――――――――――――――――――――――

どうもryouです。思ったよりも年始に時間がとれて今年2話目を投稿。ポセイドン内部に入った3人が一体全体どんなことに巻き込まれるのか。次回をお楽しみに



[4846] 16話
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/01/08 21:21
 煌びやかに天井から降り注ぐ、シャンデリアの光に目を暗ましながら、都会に上京してきた少年のように辺りを見回していた。服装は衛士装備、その無骨な格好はこの場にはそぐわない。周囲からの視線も突き刺さり、居心地がいいとは言えなかった。隣で同じく呆然としている教官も、同じ思いだろう。少し、頼りないと思いながら、子供じゃないんだからと自嘲に浸った。その奥には月詠さんが立っている。表情は依然暗く、この空気にうんざりしているような雰囲気を出していた。ああ、近衛の家系のせいで色々あるのかと、初めて考えた。近衛からのリクエスト、呼ばれた理由は知らないが、それはきっと月詠さんが快く思わない事なんだろうと思ったが、きっと自分にはわからないことだと考えをやめた。

 入口に立ちつくしている自分たちは、きっと邪魔だろうと教官と月詠さんを引っ張って壁際に移動した。ウェイターが、何かお飲みになられますか? と聞かれたが、その手にもっているのはおそらくアルコールと思われる瓶。ワインか、シャンパンか、結構です、と断ると大人しく去って行った。

「飲むもんだと思っていた。よく断ったな」

「……待て、ができない犬じゃないんですから」

 酷く失礼なことを教官に言われたが、そんなものは気にならない。

 目の前で和服を着た女性と話している男、近衛の制服を着た男だった。自分たち以外の軍服を着た人間を見たことで、多少なりとも緊張が走った。

 180cmに迫る身長はあるだろう。顔を見てみると眼帯をしていることがわかった。右目、いや左目だ。左目に眼帯をつけた男。黒く、縁に金糸で装飾を施した眼帯をつけていた。腰には軍刀を差し、いかにも侍、といった男だと一目でわかった。

 こちらを横目で見ると談笑中だった女性に一礼して、こちらに足を向けた。自分たちの顔は強張っていないかと自分の顔を触れてみた。それと同時に教官の顔を見たが、見事に強張っていた。

「こんにちわ、君たちは横浜基地の……だね?」

 男が目の前に立ち、爽やかな笑顔で話しかけてきた。年齢は20代半ばだろう。然程、自分と年が離れている様子はなかった。

「はっ、連合軍横浜基地所属、高柳久隆軍曹であります! お目にかかれて光栄です。橘少将」

 ……教官は今、この男を少将と言った。将官、雲の上の御人、ということだろうか。こんな若い人間が少将なんてなれるものなのだろうか。

「畏まらなくてもかまいませんよ。私は若輩の身故、それにここは祝いの場だ。堅苦しいのはなしに致しましょう。高柳さん」

 その言葉を聞いて、返答に困ったのか教官は驚いた表情で「そんなことを仰られても、将官殿にそのようなことは……」と返していたが、橘と呼ばれた男は笑顔を返し、階級はなしでいいですよと言っていた。

「君、名前は?」

「日高祐樹訓練兵であります!」

「訓練兵? この様な場所に……? 失礼した。君も私と年が近いようだ。普段、友人と会話するように話してほしい」

 はあ、と返すと、男は月詠さんに顔をむけた。目を細め、どこか懐かしむように、彼女を見つめてから口を開いた。

「久しぶり、と言うべきかな。冥。最後に会ったのはいつだったろうか」

 月詠さんは目をつぶったまま、ゆっくりと瞳を開いて言葉を交わした。

「お久しぶりです。克也様。私《わたくし》が12の時が最後です。4年ぶり、でしょうか」

「そうか。すまなかった。私も方々に担がれてね。今ではこの年で少将だ。仕事に感けて君に会えなかったことを詫びよう」

「いえ。御身が多忙の身というのは重々承知しております。私も訓練兵という立場なれば、今は自身を鍛える日々に追われています」

 丁寧な言葉づかいに、自分は一体何語だよ、心の中で突っ込みを入れた。今までの怖い表情とは打って変わって柔らかい表情をしていることと、今の会話で男が特別な存在なのだと理解できる。

「少将、月詠訓練兵とは、どういう?」

「高柳さん、少将はやめてください。橘、で結構ですよ。または克也でもかまいません」

「あはは。それでは橘さん、と呼ばせていただきますよ」

「わかりました。今日はそれで我慢致しましょう。月詠冥とは、お家が決めた仲でしてね。所謂許婚というやつです。所が、私が仕事に感けて構ってやれず、冥には寂しい思いをさせていますが……」

 そう男が言うと、月詠さんが少しだけ、俯いた。あまり彼女は好意的ではないのだろうか?

「それでは、あとで時間を作れたら、また会いにくるよ。それではね。日高君、だったよね? よかったら、また会おう。訓練しているときの冥の事を聞かせてほしいな。それでは、ね」

 踵を返し、またホールの中央へ去って行った。腰に差した軍刀を大きく揺らし、その落ち着いた物腰に迫力を醸し出していた。教官は大きく溜息を吐いて安堵し、月詠さんも小さく息をついて、また仏頂面に戻ってしまった。

「……あれが月詠さんのお相手か…。なんで溜息ついてるのさ?」

「お家が決めたことだ。互いに気持ちは関係ない。無論、それに疑問はないが、あの人も嫌々だろうに、会うたびにあのような態度を取られる。私は、そういうのは理解できん。無理に好いてる振りなどしなくていいものを……。合わせてはいるが、疲れる」

 ……報われないな、とほんの少しだけ、橘克也という男に同情した。定められた仲であっても、きっと彼は月詠さんのことを想っているだろうに、彼女にはその気はまったくないようだ……。

「そんな悪い人じゃないと思うけどね。許婚と言っても、愛はあるんじゃない?」

 そう言ったら、私にはわからんと返された。賞味な話、許婚に納得なんかしてないんじゃないか、と思ったが藪蛇なのでやめておこう。

 辺りを見渡すと先ほど出会った太った西洋人を見つけた。ルイス・ハーディマン。今回の演習の責任者と言っていたが、赤い液体をグラスに入れて飲んでいる姿は、職務に忠実とはとてもじゃないが言えない姿だった。しばらく燕尾服の男性たちと話をしていると、兵士が現れ、耳打ちをすると、一言二言、会話していた男性たちと交わしたあとに去って行った。途中、ウェイターからワインを瓶ごと奪い、ホールを出て行った。まだ飲むつもりだろうか。


 教官から聞いた話だが、ここにいる客は各国の首脳とその夫人、連合軍の上層部の人間ばかりらしい。探せば日本の総理大臣もいると言っていたが顔も名前も知らないので探しようがない。だが、そんな人間たちが集まる場となると、警備も厳重だろうに。何かが本当に起きるのだろうか、鎧衣左近の言葉を疑いだした。彼は真偽の程は定かではない、と言っていた。杞憂なのだろうか。そうであってほしいと、そう思っていた。

 パーティー会場にはそぐわない風貌の男たちが増えていった。慌ただしく動き回る姿は新たな催しを行う為だろうか、それならウェイターに飲み物のひとつでも貰ってこようか、と考えていた所に教官の声が思考を妨げた。

「そろそろ何かあるかもしれん。格納庫へ移動し、戦術機で待機する。ついてこい」

 その言葉に自分と月詠さんが頷き、扉のほうへ向かった。その直後である。

 扉の横に立っていた二人の兵士が扉を閉じた。同時に照明の光がゆっくりと暗くなっていき、ホールの中央、大きな支柱を中心に四方向、巨大なスクリーンが天井から降りてきた。

「……教官」

「慌てるな、催しの一つだろう」

 男が一人、マイクを持って現れた。肌は黒く、スキンヘッドの男だ。連合の軍服に身を包み、ガッチリとしたその体躯は、訓練を欠かしていないことが伺える。優秀な軍人、といったイメージの男だ。

「本日は、遠路遥々ようこそいらっしゃいました。これより、ポセイドンの演習をご覧いただきたい」

 そう言って、薄暗い会場でスクリーンに手を向けて視線を促した。映ったのはポセイドンの上空映像だった。

「このポセイドンは、対ハイヴ決戦用の移動要塞として、連合の名のもとに建造されました。攻撃衛星であるアルテミスを、ハイヴが掻い潜ったときを想定したものです。戦術機の運搬、A.L.M.弾の搭載、そして、みなさんもご存じのことだと思います。ポセイドンには、かの天才、Dr.香月の遺産《レガシー》を多分に使用しております。これには、日本の多大な協力を頂き、完成いたしました。堅牢な装甲、どんな水圧にでも耐えうる耐久性。本日、Dr.の御息女をお招きしておりましたが、真に残念ながら欠席ということで、挨拶を予定しておりましたが、変更となりました。これより、アルテミスの操作演習をご覧にいれます」

「アルテミスの操作演習だと? ……一体なにをするつもりだ」

 教官の小声が聞こえた。スクリーンには世界地図が映し出されている。それは、どんどん目的地にズームしていき、ここ、八丈島近海より東南東におよそ6500㎞。自分の元居た世界では、避暑地として有名だった、アメリカ合衆国領内ハワイ州、オアフ島を拡大して止まった。

 それが一体なにを示すのか、理解ができず、ガヤガヤとした動揺が広がっていった。何が始まるのか、この中にいる誰も答えを想像できてはいないだろう。

「ポセイドンには、アルテミスの遠隔操作装置がございます。これは、地上に降りたハイヴを焼き払う為のものです。さあ、皆様、とくとご覧ください。これが、アルテミスの威力でございます!」

 それと同時に、スクリーンが真っ白に変わり、それが眩い光だと理解できるま、十数秒がかかった。理解できてから数秒でゆっくりと、スクリーンには映像が浮き上がり、海が映し出された。オアフ島は消え、波紋がゆっくりと広がっていった。残った地表には赤い、火だろうか。焼け焦げた肉の切れ端のように光っていた。威力は数段上がっている、と言っていたが、ここまでとは……。香月博士に受けた最初の授業を思い出した。

 客人たちの顔は青ざめ、どこか合成映像を使った冗談だろ? という声も上がっていた。それを聞いてか、我に帰り、はは、そうか冗談か、と口々に言う様は滑稽に思えた。

 自分も一種のブラックジョークかと思ったほどだ。あまりに虚突。しかし、自分たちは冗談と思っていられる立場じゃない。これが、鎧衣左近の言ったことなのだ。

「BETAにも等しい、害虫どもを焼き払う、聖なる光のなんと美しいことか。ああ、自己紹介が遅れました。私、革命思想集団、『時の鐘』の実行部隊『鐘の音』の部隊長を務めます、ハワード・グリスケンと申します。貴殿らには人質となって頂きます。抵抗すれば射殺となります故、皆様こちらの指示に従うようお願いいたします」

 深く、男が一礼した。丁寧な言葉で語られるのは非情な台詞。絶望的な状況に立たされたのは言うまでもないことだった。

 30年の月日は人間をここまで変えるものなのだろうか? 沙霧の動機とは天と地ほど離れた、印象を受けた。ゲームの中の人間は、人類のために戦い、BETAを共通の敵と、表面上は一致団結しているように思えた。だが、これはなんだ。まるで現実世界と同じような風景だ。まるで意味なんて存在しない。無差別な行為。『テロリズム』という言葉を自分は思い出していた。

「我々の目的は、米国のエネルギー支配を辞めさせること。その為に、どれだけの血を流そうとも構いません。あなた方も、お忘れなきように」

 そう言ってハワード・グリスケンは去って行った。残されたのは状況を飲み込めない大勢の人間と、それを監視する、突撃銃を構えた兵士達だった。

 壁際に座り込んで現状を確認した。でた答えは身動き出きません、という答えだ。早くも任務失敗かと自分は半ば、諦めていた。





―――――――――――――――――――――

どうもryouです。事件はどんどんと進んでいきます。現実にテロが横行するこの世の中、テロで核が使われることもそのうちあるんじゃないか、と考えてしまいます。
例えば軍に内通者がいたりする、などがあった場合、あり得るのか、無論、厳重な警備を掻い潜れる人間がそんな立場には立たないと思いますが、その上層部の人間が関与した時、起こりうるかも、って思いが廻ります。
それでは次回をお楽しみに。



[4846] 17話
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/01/05 22:25
 しばらくして自分たちは部屋へと移された。エレベーターで第二階層の兵舎、その一室だ。手を後ろに回し、手錠を嵌められた。同じ部屋に教官と月詠さんも一緒、というのが唯一の救いだった。

 客人たちも全員、バラバラに部屋へ移されたのだろう。人質、ということは、いつしか危害が加えられるかもしれないと考えておいたほうがよさそうだ。

 オアフ島の消滅。全世界が叫喚しただろう。本来、BETAに向けられるはずのアルテミスの矢は、今ではいつ、降り注ぐかわからない、狂気の槍へと変貌したのだ。なぜ、要塞と言われたここを占領できたのかは知らないが、アルテミスへのアクセス権を持つここ、ポセイドンを、簡単には連合でも落とせないんじゃないだろうか。考えは嫌な方向にしか回らない。

 衛士装備を脱がされなかったことも救いの一つだ。これの耐久性がどこまであるのか正確には覚えてないが、銃くらいは防ぐのではないか? そう考えたが、連続稼働時間を考えたら、あれから何時間たったのだろうと思い、途方に暮れた。

「……教官、ここに来てから何時間くらい経ちましたか?」

「知るか、そんなもの。差し詰め、5,6時間と言った所だろう。そんなことよりお前も手錠をどうにかして外す方法を考えろ!」

 そうだ。自分たちが今やっていること、それは手錠をどうやって外すか、ということを試みていた。無論、そんな簡単に外れるのなら手錠としての意味はない。そんな簡単な作りをしている訳がないのだ。

 そうこうしてるうちに時間は刻一刻と過ぎていった。結局は何もできないでいる自分たちを博士は責めるだろうか? ……いや、責めるだろう。間違いなく。無事に帰っても全身、改造されてしまうならどうとでもなればいい、そう考えて鼻で笑った。暇すぎる今の時間、どうにも悪趣味な発想しかでてこなかった。



 通路を乾いた靴の音が響いた。兵士だろうか? 二人は廊下に意識を集中しているようだが自分は無関心だった。だが、そのあとに続く音には、集中せざるを得なかった。

 廊下を反響する男の悲鳴。一人、また一人と声を上げた。五回、悲鳴が響いたところで音が止み、また乾いた靴の音がコツ、コツ、と刻みだした。

 音は部屋の前で止まり、扉が開かれた。

「みなさん、ご無事で?」

 現れたのは、血に染まった抜き身の軍刀を右手に持った橘少将だった。皺ひとつなかった軍服は返り血に染まり、それでも笑顔を絶やさない、その姿は異様だと感じてしまった。

「少将!? なぜ、ここへ?」

 教官が驚きの声を上げたが、少将は、少し頑張りました、と言っただけで深くは語らなかった。上着の内側から、左手で紙を取り出し、軍刀を拭き、紙を床に捨てた。

 手錠の鎖を軍刀で切断し、自分たちは自由を得た。人質の人数が多かったせいだろうか、荷物の検査などはされなかったため、9㎜自動拳銃は取られずに済んだ。それを手に取り、弾が入っていることを確認してからセーフティを外す。拳銃でどこまで通用するのかわからないが、無意味ではないだろう。

「皆さん、協力してください。『時の鐘』を止めます。二手に分かれましょう。私と冥は格納庫へ。戦術機を使って事態をかく乱します。お二人は第四層へ向かってください。おそらく、アルテミスの操作システムは四層です。そこでそれを押さえてください。いいですね? あ、あとルイス・ハーディマン大佐を見つけたら保護してください」

「「「了解しました!」」」

「それでは先にエレベーターを使わせていただきます。いきますよ? 冥」

「はっ」

 二人が駆け足で外へ飛び出していくのを見て、自分も何かしないと、と全身に気合を入れた。指を鳴らし、頬を軽く叩き、準備は万全。どうするべきかと教官に顔を向けた。

「まて。まずは香月博士に連絡する」

 そう言って携帯のような無線通信機を取り出し、耳に当てた。

「こちら、高柳久隆軍曹。応答を願います」

 その刹那、通信機からは自分にも聞こえるほどの怒号が響いた。耳のすぐ横で聞いた教官は急いで耳から離し、顔を顰めた。音が止んだのを見計らってまた、耳に当て、「申し訳ありません。これから、アルテミスの操作システムを押さえます」と報告した。その後、しばらく沈黙が続き、「了解しました」と言って通信機をしまった。

「博士ですか? 何、言ってました?」

「わからん。ただ状況が芳しくないのは確かだ。『時の鐘』はアルテミスを脅しに使い、交渉の席を用意したようだ。皮肉にも、場所はアメリカにある、国際犯罪者の独房内だそうだ。向こうの第二射前にシステムの掌握を行え、だそうだ。わかったか?」

「了解です、まずは四層に向かいましょう。装備はどうしますか?」

「現地調達、できればいいがな」

 そう言って廊下をでた。廊下には五つの死体が転がっていた。的確に心臓や喉笛などを切りつけられている。橘少将がやったものだろう。彼の技量が伺えた。

 兵士は突撃銃を抱く形で倒れていた。悪いがこれを使わせてもらおう。

「教官」

「わかっている」

 教官は近くの死体をひっくり返し、銃を手に取った。自分も同じ行動をとった。殺された死体というのを初めて間近で見たせいだろうか、全身がふわふわとした感覚に包まれ、額に汗を感じた。だが、ビビっている状況じゃない、と自分を鼓舞し、銃を手にとって構造を確かめた。

「行くぞ? エレベーターを使って四層に降りる」

 エレベーターまでの道筋を確認し、進んでいく。途中、道しるべのように死体が転がっていた。どれも同じく、心臓や喉笛から出血していた。橘少将のものだ。銃創がないということは月詠さんは引き金を引いていないのだろうか。

「急げ、死体に感けている暇はないぞ」

「はい!」

 走り、たどり着いた先。兵士の血でべっとりと彩られたエレベーターの扉を発見した。見張りだったのだろう、男が二人、倒れている。

 エレベーターは一層で止まっていた。先に少将たちは行ったのだろうと、スイッチを押した、が反応がない。何度も押してみたがエレベーターは動かず、自分たちはしばし、硬直した。

「……仕方ない。別ルートを探す、連絡通路を探せ。梯子か、階段か、どこかにあるはずだ。五分たったらここへ集合、いいな?」

「了解」

 二手に別れ、別々の方向を探していった。他に兵士がいないか、警戒しながら通路を進む。Tの字になった通路に差し当った。左をみるとまだまだ通路が続いている。右を見ると行き止まり。しかし、壁をよく見ると頑丈な、耐火扉のようなものが見えた。そこに駆け寄り、開いた。すると、上下に延びる梯子をみつけた。黄色いライトに照らされた狭いそこは、上を見ると天井が見えた。一層へ続く方だ。下を見ると、底が見えない深い穴が続いていた。さながら地獄の穴だろうか。下に、どれだけの兵士がいるかも予想がつかないここを降りるのは、気がひけた。

 しかし、行かないわけにいかない。扉を閉めて、エレベーター前に戻る。教官はすでに戻ってきていた。

「あったか?」

「ありました、こっちです」

 駆け足で向い、耐火扉を再び開けた。

「……深いな。私が先に行く。上から落っこちてくるなよ?」

「大丈夫ですよ。教官こそ足、踏み外さないでくださいね?」

「言ってろ」

 突撃銃を肩にかけて、教官が梯子に足をかけた。慎重に、かつ迅速に動くその様は、見習わなければならない所だ。自分も真似するように、教官の速度についていこうと動きを速めた。



 兵士の胸に突き立てられた軍刀が、捻じられ、そして引き抜かれた。傷口と口から血を噴いて倒れる様を見せつけられて、私は少し、体の震えを感じた。軍に入ると決めてから、こういう場面もあるだろうと覚悟はしていたが、現実と想像は違うらしい。私の手には9㎜自動拳銃が握られているが、撃てるかどうか、疑問に思った。

「冥、急ぎます。一層の警備は二層より厳重です。すぐに兵士がここに駆けつけるでしょう。私の左目のような傷を貰いたくなければ、走りなさい」

「……了解です」

 震えた足に力をいれて走りだす。別に体調に問題はないはずなのだが、走るとそのまま、前のめりになって倒れてしまいそうな感覚だった。いくら訓練を積んでも、実践でこうなってしまうのは困りものだと、思ってしまった。

 しかし、この目など義肢施術を行えばいいものを、克也殿はなぜ、傷をそのままにしたのだろうか。四年前はまだ、そのような傷はなかった。今日初めて会った時、真っ先に聞きたくなってしまうほど、驚いたものだが、傷のことは私が触れていい話ではないだろうと躊躇した。

 「止まって!」

 不意に止まった克也殿の背に鼻をぶつけてしまった。考え事をしていたことがまずかった。握った自動拳銃を構えて壁に背を向けた。

 克也殿の制止の言葉を聞いたのか、曲がり角から駆け足の靴音が聞こえた。足を引っ張ってしまったと、顔を歪めてみたが、今はそんなことよりも、行動で示さねばならない。拳銃を構えて前にでようとすると、克也殿がまた、腕を私の前にだし、静止した。

「私がやる」

 そう言って軍刀を引き抜き、飛び出した。その様子は、先ほどから何度も繰り返し、同じ結果で終わる。

 飛び出した克也殿を見た兵士は、銃を構えているにも関わらず、克也殿を見て一瞬、躊躇したように動きを止める。そして、克也殿は油断も容赦もなく、軍刀を振りかざす。一人目の喉笛を引き裂き、その流れるような動きの延長上で、二人目の心臓を突き刺す。今まで、一度たりとも発砲はされていない。それは克也殿の力量を示すものだろうか。返り血を浴びる姿は、私と言葉を交わす時には見られない表情をしていた。熱湯も凍りつくような、冷たい眼差し。やさしく微笑んでいたあの人とは、まったくの別人のようだった。軍刀の血を拭い、納刀。その一連の動作は、儀式的、いや機械的な動きだった。

「……気をつけてください。初陣ならそうなるのも当たり前、ですがそんな言葉に甘える人間は衛士とは呼べませんよ?」

「……申し訳ありません、克也様……」

「いきますよ」

 また走り出す。来るときと別のエレベーターに乗ったのだろう、格納庫へ直通だった物と違い、今は入り組んだ通路の中を駆けずり回っている。道筋を理解しているのか、克也殿の足に迷いはない。私はその逞しい背を追うだけで精一杯だった。

 克也殿が止まり、私も今度こそぶつからないようにと、止まった。曲がり角の先からは走り寄ってくる音が聞こえる。克也殿が軍刀を抜き、私は拳銃を構える。しかし、飛び込んできた男を見た瞬間、私は拳銃を下した。肥えた腹、淋しい頭髪、アルコールの匂いを漂わせ、赤い顔でこちらを見て怯える男、ルイス・ハーディマン大佐だった。

「ひ! ひいいい――! こ、殺さないでくれ! 頼む! 金ならいくらでも出す! 組織への支援だったらいくらでもしてやる! だ、だから!」

 気の毒になるくらいの怯える様だった。私は拳銃をしまい、ゆっくりと近づいて手を伸ばした。

「大丈夫です、大佐。私たちは連合の所属です。共に行きま――」

 私の言葉を遮るように、伸ばした手を克也殿が掴んだ。その目は、兵士を切ったときと同じ目をしていた。


―――――――――――

どうもryouです。本日2話目投稿です。近衛という字が間違っているはずなんですがこれ以外でてこないので割愛。意味は同じ……ですよね?

橘克也、ルイス・ハーディマン、ハワード・グリスケン、物語はポセイドンの中で、着々と進行していきます。
次回か次々回で外のことも書く予定です。それでは次回をお頼みに。



[4846] 18話
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/01/08 21:20

「日高君、月詠さんと何かあったの? いくってどこよ?」

「まあ、いろいろと。今日一日、自分と月詠さんいないからな。それじゃ自分も行くわ」

 右隣の席に座っていた祐樹が席を立ち、背を向けた。その背中に、涼宮が「なんでー?」と問いかけたが、「任務」と短い言葉で返された。目の前に座る涼宮をみると、任務かー、訓練兵なのに……、と顎に手を当てて唸っていた。どんな任務なのかは知らないが、そんなことを考えるよりも訓練もなく暇になってしまった今日一日を、どう過ごすか、そっちのほうが重要だった。

「ヤス、日高から何の任務か聞いてないのか?」

 左隣に座る勇がそう言った。任務の話は聞いていない。それを伝えると、そうか。と黙ってしまった。皆は俺と違い任務のほうが気になるようだ。

「ま、訓練兵が任される任務だ。別段、危険ってわけじゃないだろう。御遣いってわけでもなさそうだけどさ」

 少し、鼻で笑ってそう言うと、皆も一緒になって笑った。祐樹を卑下するわけじゃないが、その程度の任務だろう。

「月詠さんも一緒なんだよね? もしかしたら、ただの逢引きだったりして」

 ニヤついた笑みを浮かべて言ったのは柏木だ。隣に座る涼宮に肘で小突いている。何かの合図だろうか?

「逢引きって……もう任務じゃないじゃん。訓練が休みになったのって教官がいないからでしょ? 教官も同伴してるんじゃないかな?」

「逢引きに?」

「任務に!」

 涼宮が少し、声を荒げて言った。その様子に柏木は笑っている。からかわれているのが悔しいようで、涼宮は脹れていた。それを見て、俺も一緒になって笑うと、こっちを見て赤くなり、軽く俯いた。

 この行動は何を意味するのだろうか、最近このようなことばかりだと思う。涼宮の態度がおかしいのは一体いつからだろうか、最近のような、もう少し前からのような、よくは覚えていない。気づいたらこの様になっていた、としかわからない。柏木はそれをみて、ニヤついた笑みをこっちに向ける、勇は関係なさそうに茶を啜った。

 これに関して、俺も触れないようにしている。面倒なのはごめんだし、分隊長として隊を乱す行為はしたくない。今の今までやってこれたんだ、このままで大丈夫だろうと思った。

 訓練兵となった当初は、分隊長なんて俺の柄じゃないと思っていたが、今となっては板に付いたもんだと、自分で思ってしまう。勇や月詠さんのほうが向いてたんじゃないだろうか、と思うこともあるが教官がそう判断したならそれでいいのかも知れない。

 隊の調子も悪くないと思う。祐樹も着実に強くなっている。昨日、祐樹に落とされたほどだ。それでも隊全体をみると月詠さんの実力が突出している。他は拮抗しているのが、まだいい傾向なのだろうか。これで誰か一人の実力が劣りだす、といった最悪の展開も考えたが杞憂のようだった。



 しばらくみんなで雑談をしているときだ。涼宮と柏木がひそひそと密談を交わしたあと、涼宮が一回、深呼吸をした後、「ヤス君!」と俺の名を呼んだ。表情は真剣、しかし頬が少し紅潮している気がする。虚突に名前を呼ばれたために、「え? はい」と少し他人行儀に返事をしてしまった。

「ヤス君って、今好きな人とか――!」

 涼宮の言葉を遮るように、基地全体に警報が響いた。即応態勢《コンディションレッド》の警報だ。PX内は騒然とし、先任の衛士達が飛び出して行った。俺達も遅れるわけにはいかない。

「悪い、涼宮。その話、また今度だ。全員、衛士完全装備に着替えてブリーフィングルームに集合!」

 おれ達が何をするべきか、少し迷ったが指示をいつでも受けられるようにするのが最善だろう。

 全員の了解、という声を聞いてPXを飛び出した。


 ブリーフィングルームに移動すると、そこに人影はなかった。指示をミスったか、と少し不安になったが、まだわからない。部屋に設置されたモニターを正面に、一列に整列させる。ほんの30秒と経たずに、扉が開き、香月副指令が現れた。驚いたが、「敬礼!」と号令をかけ、副指令の口からでる言葉を待った。

「……へぇ。指示なんてあんた達に出してないのにここに集まるなんて、あんた達優秀ね。時間の短縮になったわ。高柳軍曹も甘いとは思ってたけど意外とやることやってるのね、感心したわ」

 ……俺達の行動が教官の評価を上げたのだろうか? 指示が間違ってなかったと確認できて、俺はほんの少しの安堵感を得た。だが、安堵するのは早い、気を引き締めるのは、これからなのだ。

「今日、一〇〇〇時に八丈島近海で海上要塞ポセイドンの演習が行われた」

 副指令の副官だろう、黒髪の女性がモニターを操作した。モニターにでた情報はポセイドンと書かれた大型の施設だった。全長二五〇〇m…… でかすぎる……。

「一〇五〇時にアメリカ合衆国、ハワイ州、オアフ島がアルテミスの狙撃によって消滅した。さすが電磁投射砲と言ったところね。島の中心がごっそりくり抜かれたみたいよ。同時刻、全世界に犯行声明文が発信された。場所はポセイドンから」

 ……島が一つなくなった。そう聞いても情報として入ってくるだけで、なんの実感もわかなかった。しかし、副官の女性がモニターを操作し、映像をだした。島が消える様を見せつけられて、柏木か涼宮か、「……うそ」という言葉が聞こえてきた。皆の顔を覗くと、その表情は全員、事態の大きさを知ったせいか、緊張と不安と恐怖に彩られた顔色になっていた。

「犯行声明文の内容は『我々は革命思想集団《時の鐘》である。ポセイドンは我々が占拠した。我々の要求はアメリカのエネルギー支配の廃止である』簡素な文だけどこれに含まれる意味は大きいわ。ポセイドンのパーティーには各国の首脳陣も参加していた。日本の橘首相もよ。つまりは人質ってこと。あんた達にはこれの救出及びポセイドン奪還作戦に参加してもらうわ。疾風の性能を遺憾なく発揮して頂戴。質問は?」

「はい」

 俺が声を出すと皆の視線が集まるのを感じた。

「なに?」

「教官は作戦には参加されないのでしょうか? そうなる場合、隊を指揮するのは?」

「高柳軍曹はポセイドンの中よ。さっき通信も入った。もちろん日高と月詠もね。無事みたいよ? 内部からアルテミスの操作システムを抑えるって言ってたわ。あいつらが起こす混乱に乗じてあんた達が制圧する。指揮はこっちから一人、衛士を回すわ。あんた達はそいつの指示に従って行動する。いいわね?」

 ……まさか祐樹の言っていた任務が会場への潜入だったなんて……。鼻で笑ったのを撤回しなくちゃいけないな。

「了解しました」

「指揮官とは現地で合流して頂戴。すでに向こうに行かせちゃったから。名前は風間圭介、階級は中尉よ。向こうで小隊の隊長もやってるからあんた達、迷惑かけないように頑張りなさい。安部? 腕の見せ所よ」

「了解しました!」

「作戦の動きも風間中尉から受けること。以上、格納庫へ行って準備を行った後、即時出撃!」

「「「「了解!」」」」




 機体を起動させて着座調整を行う。ポセイドンの場所を確認して移動時間を計算する。この疾風ならかなり速く風間中尉の元へいけるだろう。向こうはすでに戦闘になっているのだろうか。いや、それだと中尉から指示を受けるのがかなり困難になる。八丈島辺りで待機しているのだろう。

 コールナンバーも作戦の詳細も教えられないまま、飛び立つのはこんなに不安なものなのか。考えたこともなかった。皆も同じようなものだろう。分隊長として声をかけなければいけないのだろうか。しかし言葉は見つからない。俺もまた、かなり動揺してるようだ。

『各機、準備はいいか?』

 そう聞くと、大丈夫、と各々の言葉が返ってきた。

『発進位置まで移動、その後、命令があり次第、各機発進。いいな?』

 また、各々の言葉が返ってくる。機体を歩かせ、格納庫から出る。開けた滑走路に移動し、CPからの指示を待つ。

『……こちら、CP 各機発進どうぞ』

 ……きた。

『各機発進! いくぞ!』

『了解』

『了解!』

『…了解!』

 どれが誰の声だったか聞き取れなかった。緊張のせいだろうか。心音がやけに大きく聞こえた。大丈夫、指揮官の指示を守ればなんの問題もない。

『安部、発進します!』

 機体を空中に飛ばした。後続に皆の機影も確認。CPから指示された小隊との合流ポイントは八丈島。急がなければ。そう思い、速度を速めた。ポセイドン内部にいる教官たちのためにも。そう思ったが、心のどこかで、指揮官に合流できれば安心できる、と思っていたように感じた……。



――――――――――――――――――――――

どうもryouです。

今回は事件が起こった直後のヤス達の動き。ひとつの物事を複数の視点から見る、というのがやりたかったんです。
次回もこの視点の続きとなります。それではお楽しみに。



[4846] 19話
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/01/09 01:55
 八丈島、海に隣接した所に、コンクリートでできたまっさらな土地があった。機体をそこに着地させた。指揮官との合流ポイントだ。辺り一面は海。町のほうへ目を向ければ、古風な町並みと、BETAに削られたのだろうか、緑のない歪な形の山があった。山、というよりは台地だ。BETAがいなくなったこの時代だが、このような傷跡は数知れない。

 周囲に俺達以外の戦術機は見当たらない。中尉は別の場所にいるのだろうか?

『こちらヴァルキリー小隊隊長、風間圭介中尉だ。訓練兵ども、聞こえるか?』

『はっ、こちら231A訓練分隊分隊長、安部康則訓練兵であります!』

 不意に開いた通信には、二十代半ばの、綺麗な顔立ちの男性が映っていた。一見、女性にも見間違うほど、だと俺は思う。声は透き通ったテノール。これから指揮してもらえると思うと安心できる人だった。

『ポセイドンはここから2㎞北西に駐留している。作戦の内容は至って簡単だ。貴様たちはポセイドンのデッキにて、待機。敵性戦術機を確認したらそれを撃破、ただそれだけだ。内部への侵入は認めない。復唱しろ』

『はっ、ポセイドンデッキにて待機、敵が現れた場合、それを撃破します!』

『よし、私たちはポセイドン内部への侵入を試みる。その場での指揮を貴様に委ねる。隊をまとめ上げてみせろ』

『え……』

 現場での指揮を、俺がやる? こんな大きな作戦で?

『返事はどうした!』

『あ、はい! 了解しました!』

『作戦は内部に潜入してる者からの合図で始まる。いつでも発てる状態を保っていろ。私のコールサインはヴァルキリー01だ。貴様のコールサインはリトル01、以降隊員にも割り振っておけ。何かあったら通信をよこせ。以上だ』

 ……もし、訓練を真剣に行っていなければ、今、震えていたかもしれない。足を見ると、普段と何も変わった様子はなく震えてはいなかった。

『……ヤス。大丈夫か?』

『あ、ああ。心配ない。大丈夫だ』

『そうか。指揮官殿からの連絡は?』

『ああ、これから話す。リトル01から各機へ。風間中尉からの作戦を伝える。俺達の任務は、ポセイドンのデッキの見張りだ。デッキにて待機、敵戦術機が現れた場合、それを撃破。コールサインは、俺がリトル01、勇がリトル02、涼宮がリトル03、柏木がリトル04だ。いいな?』

『了解。ヤス、風間中尉は?』

『ヴァルキリー小隊を率いて内部に潜入するそうだ。作戦の開始は合図と同時に。合図はおそらく教官からだ。それまでは待機。いつでも発てる状態にしておいてくれ』

『『『了解』』』

 通信を切って溜息をついた。作戦の伝達は問題ないようだ。敵戦力がどの程度かわからない。用心が必要か。

『……みんな、戦闘が始まったらラザフォート場の展開を忘れるな』

『いいの? 訓練でオミットしてたけど』

 涼宮が不安げな顔で聞いてきた。

『実戦で使わない手はないだろう。あれがあるとないとじゃ、全然違うはずだ』

『うん、了解』

 他のメンバーは静かに待機している。精神を集中させているのだろうか。俺もそうしようと思った時に通信がきた。涼宮からの秘匿回線。何を考えている……。

『……なんだ? 涼宮』

『あの、あのね。さっき……言いそびれちゃったから』

 即応態勢が発令される直前の話か。

『そんなことで、秘匿回線を使うなんて……教官に怒られるぞ?』

 そういうと、ごめん、と下を向いてしまった。……涼宮も心細いのか?

『……まあ、いいよ。俺も受けちったしな、回線。んで、何?』

『え、ああ。……こんなときに聞くのも何なんだけど、さ。ヤス君って……彼女って、いるの?』

 ……いきなり何を聞いてくるんだ、こんな時に。俺は思わず、呆れた顔と驚いた顔を半々で混ぜたような表情をしてしまった。

『い、いきなりごめんね! でも、聞いておきたくって……』

 涼宮が赤くなっていたのはこういうことだったのか。いい加減、俺でも気づいてしまった。今まで、親父達を見返すほどの成果を出すために、訓練ばかりに気を取られていた。恋人、なんて考える余裕もなかったほどだ。だが、一旦そういう発想を得てしまうと、その気持ちは抑えが効かないように膨れ上がった。自分の顔も赤くなってやしないかと、顔を触った。

『い、いないけど。それがどうしたんだ?』

 ここでこう聞くのは臆病だろうか。男らしく、俺からいくべきなのだろうか。

『え? いや、別に…ほら、どうってことは……ないんだけど……』

 そう言って視線を逸らした。普段、意識したことはなかったが、意識してしまうとこんなに可愛く見えてしまうものなのかと驚いた。俺もまともに、涼宮の顔を見れる気がしなかった。

『……んじゃ、通信終わるぞ? 話は帰ってからにしようぜ』

『う、うん。それじゃ』

 通信を閉じた。……臆病な自分に嫌気がさしてしまった。言えばよかったのだろうか。恋愛経験などない俺にとっては全くわからない問題だった。

 今までこの状況にビビっていた自分など吹っ飛んでしまった。涼宮のおかげとでも言うべきか、今はとても、高揚感に包まれている。帰ったら、俺から告白しよう。俺の勝手な思い込みかもしれないけれど、それでも構わない、と思えてしまった。合図はまだこない。この高揚感の心地よさに身をゆだねながら、精神の集中を図った。

 ……できそうにもなかったけれど。




 作戦司令室前、教官と共に、突撃銃を構えて突入する機会をうかがっていた。連絡梯子を下りたすぐ目と鼻の先に、目的地があったのだ。第四階層は上の階より全然狭く、ここの一角しかないようだった。エレベーターは一つだけ。無骨な鉄板の廊下や壁、天井。何のためにあるのかわからないパイプが壁を何本も伝っている。扉の横に張り付くように、左右に別れて待機している。教官も緊張しているようで、表情は硬い。集中しているだけなのかもしれないが、どこか不安げな表情がそう思わせた。

「いくぞ、日高。スリーカウントだ。いいな?」

 静かな声で教官が言った。自分はそれに無言で頷く。心臓の音だけが聞こえる。それ以外は何も耳に入らないように。突撃銃を握りなおし、いつでも撃てるようにセーフティを外し、構えた。

「……いくぞ……3,2,1,!」

 教官が先に飛び出し、扉を蹴り開けて司令室に侵入した。重い鉄の扉を難なく蹴り飛ばす教官。風のように扉を走り抜け、自分もそれに続いた。

 銃を構え、敵を探す。部屋の中の明かりは真っ赤な非常灯だけ。視界が悪い。部屋の中には誰もいなかった。少なくとも、見える位置には、だ。物陰などに警戒しながら中央に進んだ。部屋の中はたくさん並ぶ通信機や壁一面のモニター、どう使うのかわからない機器ばかりだった。大きさは学校の教室を四つ繋げたような広さ。人が隠れるスペースは十分にあると、警戒を強めた。

「……日高、気をつけろ。できるだけ身を屈ませろ」

「……了解」

 息をのんで、機材を盾にするように屈んだ。膝をついてしまい、ほんの一瞬だけ気を緩ませてしまった。体が脱力し、立ち上がるのに時間がかかった。立ち上がろうと顔を下に向けた瞬間、足元が濡れていることに気づいた。同時に、部屋の中が鉄臭いのを知った。床の液体を指ですくい、鼻に近付ける。鉄の匂いと、独特の、何とも形容し難い匂い。赤い非常灯のせいで判別がつかなったが、それは間違いなく血の匂いだった。

 急いで教官の名前を呼ぼうと立ち上がり、足を前に踏み出した瞬間、何かに蹴躓いた。格好悪く、両手と膝をついて受け身をとった。突撃銃を落とし、液体にものが落ちる音と、床に鉄がぶつかる重い音が響いた。手がぬるぬるした液体に浸っている。膝にも濡れた感触。

 音に気づいて教官が振り向き、「どうした!」と言った。こちらに来るように伝え、教官が近付いてきた。自分がさっき蹴躓いた物体に指差し、この部屋の異常性を動作で訴えた。

「……死体だと? 誰が……」

 死体、そう、この部屋にいたはずの兵士は皆死体と化していた。床には一面の血の絨毯。血の匂いを今更ながらに理解し、食道を熱い液体が逆流してくるのを感じた。急いで口に手を当て、部屋の隅に移動した。ピチャピチャと床を鳴らし、滑りそうになるのを必死にこらえる。隅に移動した頃には、すでに限界で、屈み、液体を吐きだした。

 吐いたことによる生理現象か、涙を流し、口の周りを汚す様は赤子の様。肩を上下し、荒い息を整えようと四つん這いになっていると、教官がよってきて、「大丈夫か?」と声をかけてくれた。

 酷い顔で平静を装いながら、大丈夫です、と返すとそうか、と一言返し、手を顎に当てた。

「……ざっと20人、と言ったところか。刀傷と銃創が残っていた。おそらく、同志撃ちによるものと切り殺されたもの、だな。この傷、橘少将のものだろう。さすがにこの人数を相手に、奇襲とはいえ無傷なんてことはありえないはずだが……」

 そうだ、ありえない。どんな達人であろうと無傷なんて。この世界じゃ達人にもなると銃弾を刀ではじき返せるのだろうか? ……ありえない。そんな訳がない。

「お前はそこで休んでいろ」

 そういって教官が手当たり次第に機材を見て回った。コンソールを操作し、それが一体なんの装置かを調べているようだ。自分たちの探し物はアルテミスの操作システム。それを確認して、初めてここの制圧と言える。

「……あった。これだ。……発射を設定されている様子もない…時限式発射の可能性はなし、か。そうすると、なぜ少将は私たちをここへ向かわせた?」

 そう言って通信機を取り出すと、それを耳に当てた。

「こちら高柳久隆軍曹。応答願います……はい、作戦司令室の制圧は完了です。ですが、いくつか不審な点が……ええ、橘克也少将と命令でここへ向かったのですが、すでに橘少将の手によって司令室の人間は倒されていて…ええ、そうです。確かな証拠はありませんが、おそらく確定です。……はい」

 相手は香月博士だろう。相手側の声は自分には聞こえない。何を話しているんですか? そう聞こうと思ったときだった。

『し、司令室! 応答頼む! 司令室! …誰もいないのか! 司令室!』

 機材の一つが明かりを灯し、通信をスピーカーから流していた。教官も「少し待ってください」と会話をやめ、機材を見つめていた。

『橘少将が離反した! 俺達を裏切ったんだ! 司令室! く、くっそ。ふざけやがって!』

 声は止み、その代りに銃声が響いた。突撃銃の、バースト《三点射撃》による、リズムをもった撃ち方だった。

『く、司令室! 応援を求む! 仲間はみんな殺された! はやく、――うわああ――……』

 通信はそれ以上、云とも寸とも言わなくなった。橘少将が敵を倒したのだろうか。月詠さんたちはうまくいっているようだ……。

「教官、月詠さんたち、順調のようですね」

「……馬鹿かお前は……。意識をしっかりと回復させて考えろ! 今の通信で、テロリストはなんて言った! 橘少将が裏切った、と言ったんだぞ! 裏を返せば、少将は元々テロリストの一味ということになる!」

「…あ…な、なら!」

「……待ってろ、次の指示を受ける。副指令、橘少将がテロリストの一味である確かな情報を得ました……。月詠と少将に任せていた、かく乱の件、達成されることはないと考えたほうがいいです……はい、橘首相を? 了解です。突入部隊のほうは? ……わかりました。こちらも、機体の無事を確認できたらそのまま、首相をつれて離脱します。はい、通信終わります」

 通信機を仕舞い、こっちを向いた。

「これより、橘総理大臣の救出に向かう。人質は全員、第二層にいるはずだ。急ぐぞ」

「ま、待ってください! 少将が裏切り者なら、月詠さんは! 一番危ないんじゃ!」

「わからん、だが、家柄で繋がっているのなら、月詠も少将に加担している可能性もなくはない。橘首相もだが、どのみち任務が優先だ。立て、日高!」

 く、月詠さんまで裏切り者って言うのかよ、助けに行かなけりゃ、殺されるかも、いや、もう手遅れなのかもしれない。今すぐにでも走って助けに行きたい。

「何をちんたらしているんだ!」

 教官が振りかぶり、俺の頬に拳をぶつけた。少しよろめき、頭がボーっとした。だが、意識が正常に戻るにつれて、霧が晴れたように思考が普段通りになってきた。あまりの事態に暴走しかけていたらしい。

「……すいません、教官。行きましょう」

 それでもどこか、まだ覚醒しきっていないのか、教官への怒りまでは消え去らなかった。拳を強く握り、ゆっくりと開く。突撃銃を手に取り、司令室を教官よりも先にでた。

 梯子を前にし、深呼吸する。教官が来るのを待って、両の頬を軽く、二回叩いた。教官に怒りをぶつけるのはお門違いだと、冷静な部分が言い、まだ熱を持った部分は、殴り飛ばしたい衝動を沸騰させる。後ろを見て、教官が出てきたのを確認した。「急ぐぞ」その言葉に頷き、衝動を押し殺して、梯子に手をかけた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 
 
どうもryouです。

恋愛感の描写がとても苦手です。どこか中学生の心理描写ならこれでいいかもしれませんが、如何せん、19歳の心理描写であれってどうなんでしょうね。
珍しく、長めになった気がしますがこのあたりが適正でしょうね。
それでは、次回をお楽しみに。 





[4846] 20話
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/01/13 01:35
 黄色い照明に照らされた狭い連絡用の通路。梯子が延々と続き、手を放して後ろに倒れる形をとれば、すぐに壁と背中がぶつかり、足を踏ん張っていれば安定する。その体勢で、自分と教官はしばし、休憩のように止まっていた。四階層から上にあがり、三階層の扉を素通りして二階層との間。教官が通信機を手にして、副指令とまた通信していた。

 通信機をしまい、上りだすと思ったが、教官は黙ったまま動かない。口を開いたと思ったら、驚くべき一言を放った。

「……今、各国の首脳代理が、ここへアルテミスの狙撃を行う構えを取っている。日本以外のほとんどの国がそれに賛成しているようだ」

「それって! 自分たちを見殺しってことですか!」

「重要なのはそこじゃない、兵士なら切り捨てられることもある。だがな、この作戦は、人質となった各国首脳を見殺しにするということ。これは大問題だ……。各国そろって同じ回答を出すあたり、何か裏がある。日本は征夷大将軍が連合への投票権をもっている。もし、大臣が持っていたら、日本も賛成する立場だったかも知れん。つまりはそういうことだ」

 つまり、と言われても全体図が見えてこなかった。つまりどういうことなんだ? アルテミスは撃たれて自分たちは死ぬのか?

「現在、副指令が手をまわして時間を稼いでいる。我々が迅速に結果を出せなければ、強行策が発動される。……急ごう。この事件、ただのテロやクーデターという話じゃ済まなそうだ」

 ……よくわからなかったが、急がなければアルテミスが放たれる、というのは理解できた。自分たちに与えられた任務は、橘総理の救出。橘少将の父親だそうだ。《時の鐘》に参加していた少将は、何が目的なのだろうか。

 教官が上へと進みだし、自分もそれを追った。Ⅱと書かれた第二階層を示す文字を見つけ、それを開ける。狭い空間から、多少なりとも広い廊下へ抜け、開放感を感じた。

「手当たり次第に部屋を探す。俺が敵を警戒する。部屋はお前が探索しろ」

「了解!」

 銃を構え、走りだした。明るい場所だと、銃の側面と、手、膝についた血液が目を引く。見ないようにしても、それは視界に入ってしまう。胃のあたりが、またムカムカするのを感じたが、考えないように、意識しないように追いやった。

 何も考えず、適当に走りだし、一番近くに見えた扉を開けた。中には誰もいない。すぐに別の部屋を探した。






「要は各国のナンバー2達が結託して《時の鐘》を利用してナンバー1を消そうとしてる、ってことでしょ? 嫌なものね。そんなことでトップの座に就いたって何もできやしないわ」

 横浜基地、作戦司令室。慌ただしく通信のやり取りをする人たち、モニターを確認して指示を飛ばす者、その忙しく動き回る人の中に、場違いな白衣を着た、優雅な立ち姿の女性がいた。香月智呼、この横浜基地の副指令を務める人間だ。その横には、くたびれたスーツとよれよれの帽子をかぶった帝国情報省、外務二課の鎧衣課長の姿。

「《時の鐘》自体は至って普通の反政府組織。それを支援し、ここまで大がかりなことを起こさせるとなると、相当な人数が加担しているはずです。今回の事件、ただでは済みそうもありませんな」

 鎧衣が真剣な表情で語った。そこには飄々とした男の風貌は欠片もない。

「それで? あんたとしては、どういう結末がお望みなわけ?」

「……先ほど、謀反が報告された橘克也少将の真意、それだけ、ですかな。あとはどうなろうと私が知る所ではない。あなたも知りたくはないですか?
 若くして将校にまで上り詰めた男が、その先に何を見ているのか、をね」

 それを話す口元は軽く、にやけている。それを見た智呼は、ほんの少しだけ、不快感を覚えた。

「まあ、橘総理に今、死なれるのは困りものです。トップが死に、内政が崩れるのは望ましくない。そうなると次の選挙を行うにしても……。ああ、なるほど。少将の目的はこれか……」

 鎧衣が何かに気づいたか、口元を吊り上げ、笑っていた。

「……何がわかったって言うの?」

「ふふ、副指令も、母親譲りの『天才』の頭脳を使えばお分かりになられますよ」

 その言葉に反応して、智呼の表情は鬼の形相へと変わった。逆鱗に触れられた龍のごとく、智呼の周囲の空気がピリピリとしだす。

「おお、怖いですなあ。それでは、私はこれで。事件の真相がわかった今、ここで情報を得る意味はなくなりましたから」

 そう言って作戦司令室を去って行った。残されたのは怒りに満ちた智呼。手近のイスを豪快に軋ませて座ると、黙ったまま、謎を解こうと集中していた。





 十五、部屋を調べた。このだだっ広い第二層を全部調べなきゃならないと思うと、気が遠くなった。部屋の中には、別の国の首脳と思われる人物が居たこともあった。対応を教官に任せて、自分は別の部屋を探す。しばらくここを走りまわってわかったが、この階層には敵の兵士はいないようだ。時々、廊下に死体を見つけるが、少将にやられたのだろう。

 いつ、頭上からアルテミスが放たれるかわからない、この状況で、焦るな、というのほうが難しい。冷静な判断など、一つもできないような状態で、また一つ、扉を開けた。

 中にいたのは、東洋人が二人。着物を着た女性と、黒いスーツを着た男性。灰色の髪が年齢を語っていた。床に臥せ、血の池を作っている二人を見て、自分の思考は止まっていた。

 ゆっくりと死体に近づき、触った。温かくもなく、冷たくもない。強化装備を着ているからか、それとも本当にそうなのか、確認する術もなく、硬直した。これが探していた人物だったら、なんて最悪なことだろう。

 不意に扉が開いた。教官だ。その顔は、蒼白していた。それを見て、ああ、やっぱりそうか。と思ってしまった。確信してしまった。

「……橘総理、これは、一体どういうことだ。なぜ、死んでいる」

 そう言って死体に近づき、死体に手を合わせてから、それに触れた。うつ伏せになっている死体を、仰向けにひっくり返し、出血箇所を探していた。

 肩から腹部にかけて袈裟切り。それを見て、教官が顔を顰めた。

「……刀傷、まさか、少将と言うわけでもあるまい。自分の親を殺すなどと……」

 一度、否定しながらも、事実を認める言葉。少将が裏切った、という言葉を思い出す。自分の親を殺して、彼は一体何をしたいと言うのか。

「教官、香月博士に連絡を」

「わかっている! 黙っていろ!」

 不可解な事が多すぎることか、それとも与えられた任務がうまくいかないことか、教官の苛立ちは増す一方だ。通信機を取り出し、耳に当てた。

 自分はどうしたらいいだろう。そう考えた時だった。部屋が揺れた。いや、部屋じゃない。ポセイドン全体が、だ。床に手を付き、揺れに耐えた。アルテミスの攻撃かと一瞬よぎったが、島一つ消し飛ばす攻撃が、揺れる程度ではないと気づいた。どうにも臆病になっているらしい。

「上で戦闘が始まったか」

「なんのです?」

「戦術機の突入作戦が始まったんだ」

 突入作戦、アルテミスの攻撃をするというのに、そんなことをするのか。

「香月博士の作戦だ。俺達が疾風で暴れてから、合図とともに突入する手はずだったが、少将に上を取られた以上、その作戦はできない。強行したのだろう」

 そう言って、再び通信機を耳に当てる。そういえば、ヤス達はどうしてるだろうか。横浜基地の警護でもしているのだろうか。帰ったら、この大作戦の話をしてやろう。きっと、聞きたがるに違いない。あ、でも軍規違反になるか。参ったな。






 待機命令が出てからしばらくしてだった。あれから初めて、中尉からの通信が届いた。

『こちら、ヴァルキリー01。リトル01、聞こえるか?』

『こちらリトル01、大丈夫です』

『これより、ポセイドン上空に移動する。ついてこい!』

『え、あ、了解! リトル01より各機へ、これより発進する。ポセイドン上空だ!』

 轟音を響かせて、空を八つの機影が切り裂いた。赤いシルエット。疾風だった。あれがヴァルキリー小隊か。

 急いで機体を飛ばす。急いで飛び上がったこともあり、機体制御に少し戸惑ったが、なんとかヴァルキリー小隊の後ろに着いたことで、一息ついた。それからレーダーを確認し、皆もついてきてることを確認した。

『こちら02、少し落ち着け。あんな急な命令、みんな慌ててたぞ』

 勇の顔が映った。そうか、急だったか。

『……悪い、中尉からの命令が急だったからさ』

『そうか、皆、初陣だ。俺達でフォローするぞ。この土壇場だ。頑張らなきゃな、男の俺達がさ』

『そう、だな。よし、敵を見つけても逃げるなよ?』

 おどけてそう言ってみせたら、「お前もな」と返された。これが、この戦いが、俺達が選んだ道なんだ。両親の反対を押し切ってまで、得ようとした道。なら、その道を貫くまでだ。

『01から各機へ、みんな、落ち着いていけ。俺はもう大丈夫だ。各機、間隔をあけて、ラザフォート場を展開。これで、こっちは無敵さ』

『ちゃんと命令だしてよね? 現場で混乱なんかしたら、帰った時に分隊長代わってもらうから』

 笑いながら柏木が言った。こういう場での軽口とは、なんて心地いいのだろう。

『その時は、月詠さんが分隊長かな?』

『言ったなー、晴枝。すぐに月詠さんより強くなってみせるから』

『おしゃべりはそこまでだ。ヴァルキリー01からリトル小隊各機へ。ポセイドン甲板に敵が待ち構えている。我々だけで甲板を制圧し、援軍の輸送ヘリの着陸地点を確保する。基地からここまで飛んでこれるのは、新型跳躍ユニットを持った我々だけだ。正念場だ、やってみせろ!』

『『『『了解!』』』』

『ラザフォート場は、フィールド同士で打ち消し合う。他機に近づくとラザフォート場は消える。接近攻撃だけに注意しろ! それと、MLドライブ搭載機を倒すには、接近するしかない。覚えておけ!』

 なるほど、教官にはまだ教えてもらってなかった部分だ。もし、ここで教えてもらってなければ死んでただろう。

『もうすぐ、ポセイドン上空だ。すぐに降下し、戦闘行動を開始しろ! 我々が戦闘を行く、貴様らは二機連携《エレメント》で行け。いいな!』

『『『『了解!』』』』

『ヴァルキリー01からヴァルキリー小隊各機へ! これより、戦闘行動を開始する、行け!』

 前方を飛ぶ八機の疾風が急降下した。無数の銃弾がそれを迎えるが、弾はラザフォート場に弾かれ、決して機体を傷つけることはなかった。

『俺達もいくぞ! 連携は、演習と同じ組み合わせで行く! 俺と涼宮、勇と柏木だ! 行くぞ!』

『『『了解!』』』

 ポセイドン、丸い円型の甲板には、無数の戦術機が蔓延っていた。数は三十を超えている。昇降機で、下から上がってくるのも見えた。まだまだ増えるようだ。こちらにも銃弾は飛んできたが、意にも留めない。俺は、機体を急降下させ、無駄だとわかりつつも36mm突撃機関砲を放った。敵の戦術機も、ラザフォート場を展開しているようで、攻撃はまったく効いていない。中尉達は、すでに甲板に降り立ち、長刀を構え、敵を切り裂いていた。撃墜速度は異常に速い。疾風の特性を生かして、急接近、急後退を繰り返し、撃墜していく。連携の必要もないようだ。敵の戦術機は不知火ばかり。中身は最新でも、それよりも最新の疾風には、遠く及ばないようだ。

 それを真似るように、長刀を構え、真下にいる敵に狙いを定めた。ブーストを吹かし、最大速度で敵に近づく。コックピット内に、ラザフォート場消失を知らせる警告音が鳴り響いた。敵も長刀を抜いて、迎え撃つ姿勢を取ろうとしたが、長刀を手に構える前に、俺が長刀を振り下ろした。敵の上半身と下半身を二つに断つと、戦術機は爆散し、周囲の敵がこちらをむいた。

 初の白星に胸が躍った。周囲の敵が長刀を構えたのが見えた。次の獲物を狩る、そう思った瞬間、機体内にラザフォート場消失を告げる警告音が鳴った。前方にそれらしき機影はない。おかしい、そう思った瞬間、背後から衝撃を受けた。粉塵を巻き上げて、当たる衝撃は爆風。

『ヤス君! 気をつけて!』

 涼宮だった。背後から敵が襲ってきてたようだった。戦場の空気に呑まれて、気が抜けているようだ。背後の爆発は涼宮が敵機を撃墜したものか。

『ありがとう、助かった。続けていくぞ、涼宮!』

『ちょっと、待ってよ!』

 静止の声も聞かずに、目の前の不知火に突貫した。刀で切り裂き、急後退。疾風の性能はたいしたもので、こちらの速度に、不知火はついてこれないようだ。周囲を見ると、新型を恐れてか、不知火が離れていく。距離を置いて、様子をみるのか。なら丁度いい。

 長刀を背にマウントし、肩に設置された電磁破砕機を両方の腕部にマウントする。新兵器のお披露目だ。

 また、ブーストを吹かし、目に映った一番近い敵に急接近。電磁破砕機がマウントした腕で、敵機を殴り飛ばすように腕部を突き出した。

 敵は後退を図ったが、そんなものは許さない。敵の後退よりも速い速度で接近し、電磁破砕機を胸部へと突き当てた。同時にトリガーを引く。

 電流が目に見えて、敵機を蹂躙した。派手な光を放ち、電力を放出する拳。拳の先端、三つの衝角が触れている敵の装甲は、融解を始めている。

 程なくして、引きっぱなしだったトリガーを、我に返ったかのように放した。目の前の敵機は、煙をあげて動かない。配線が焼き切れたのだろうか。

『……すげえ、電磁破砕機、すげえ強いぞ!』

 一種の感動を覚え、また別の敵機に狙いを定めた。完全に臆したか、敵機は一向に近寄っては来ない。初陣に勝利を飾るのも時間の問題だと、思った。

 不意に、目の前の敵軍の最後尾に、爆炎が上がった。一つ、上がったと思うと二つ、三つ四つと、続けざまに爆発していく。

『無事か! ひよっこども。一気にここを片づける。お前らは余計なことしないようにじっとしていろ!』

 女性からの通信だった。こげ茶色の、肩まで伸びた髪を揺らし、強い口調で放つそれは、格好いいと思わせる人だった。

 正面の敵が切り倒され、赤い、犬のような顔の戦術機が目の前に現れた。レーダーを見ても、周囲に敵影はなし。損害ゼロで、三十機以上の不知火を、ものの十分かからずに全滅させたことになる。疾風の性能がすごいのか、中尉達の動きがすごいのか。

『状況クリア。本作戦は第二フェイズへ移行する。貴様らはここに待機だ。援軍が到着するまで、ここの守備に徹しろ。我々は内部へ侵入する』

『了解しました!』

 それだけを返すのが精一杯だった。爆音が止み、一度、静まり返ってみると、自分の鼓動が馬鹿みたいに大きく聞こえる。つまりは、緊張の糸が切れたようなものだった。

 中尉たちの機体が、昇降機へと移動を始めた。全員、別々の昇降機へ向かっている。俺達は黙って、それを眺めていた。

 戦闘中、如何に俺の視界が狭かったかを悟った。思い返せば、勇や柏木がどうしているか、まったくわからなかった。急いで周囲を見てみると、すぐ横に、勇が機体をつけていた。その奥には柏木の機体も見える。

『勇、大丈夫だったか?』

『……お前こそ。5回くらい、分隊長殿に通信したんだが?』

『……なんて?』

『前に出すぎだってよ。何考えてるんだ?』

 ……何を考えていたんだろう。戦闘中、考えていたこと。目の前の敵を倒すことだけ、じゃないだろうか。他に考えるべきはたくさんあったのだ。隊の連携、敵の動き、位置、数、中尉達の位置。全てにおいて、まるで無視していた。

『……勇、俺が分隊長って言い渡された時のこと、覚えてるか?』

『ん、ああ。兵舎に戻った後、俺のほうが分隊長に向いてるって、ずっと言ってたな』

『勇のほうが、やっぱり向いてるだろ。俺はダメみたいだな』

『おいおい、今弱気になるなよ。作戦が終わってからにしてくれ』

『……悪い。親父達、この作戦に参加してるのかな?』

 そう言うと、勇は目を閉じて、しばし考え込んだ。ほんの五秒ほど。すぐに目をあけて、同時に口を開いた。

『どうだろうな。海軍がこの作戦に参加しているとすれば、戦術機の輸送程度だろう。ポセイドンの破壊だったら戦艦引っ提げて、現れてたかもな?』

 帝国海軍。それが、俺達の父親の仕事だ。祖父の代から海軍だった。その反対を押し切って、今ここにいるのだ。震えてるわけにはいかない。親父も、爺様も、海軍に来てほしかったんだろうな。そう思ったが、いまさら何を言うのかと、考えを押し込めた。

『それで、戦術機に乗ったほうが戦艦より花があると言った康則君? 感想は?』

『それは勇もだろ。……まあ、悪くないんじゃないか?』

『お前も怖いか?』

 お前も、か。勇も怖いのか。きっと、戦艦に乗ってる時よりも、死を肌で感じる。それが戦術機。しかし、親父は、鉄板一枚下は、命を奪う地獄と言っていた。軍属として身を置けば、戦術機も戦艦も同じか。

『怖いさ。怖い。だけど』

 そこまで言って、勇の言葉を待った。

『……ああ、だけど』

『自分で選んだ道から』

『逃げるわけにはいかないよな』

 勇がそう言い、勇の目に力が宿るのを感じた。俺の目も同じだろう。これは、志願する前に、誓い合った言葉だ。自ら選んだ道を、背く無かれ。それを握りしめて、訓練を積んできたのだ。

 ヴァルキリー小隊の一機が、昇降機を降りた。甲板に沈んでいくそれを見送り、成功を祈った。他のみんなも同じだろう。降りていく機体に、視線を向けているはずだ。

 途端、場の空気が一変したのを肌で感じ取った。中尉達が、昇降機から離れた。それと同時に、床に開いた、穴のような昇降機から、爆炎が立ち上った。場が、動揺に包まれる。

『中尉! 何があったんですか!』

『わからん、敵だ! 先に降りた一機がやられた! 貴様らは邪魔にならないように下がれ!』

 中尉達も混乱しているようで、俺は咄嗟に動けなかった。火を上げている昇降機が、上昇してきた。甲板にせり上がってきたのは、残骸となった疾風。

 そのすぐ横の昇降機が、下降を始め、そこに中尉達が警戒するように機体を向けた。何十秒か、身動きできない緊迫した時間が続き、昇降機が上昇を始めた頃に、それは破られた。

 せり上がってきたのは、見覚えのある機体だった。日本帝国が誇る、象徴とも言える戦術機。名を武御雷。真紅に塗りたくられた、その装甲は、どこか神々しさすら放っている。敵は、こんなものをどこで手に入れたのか。武御雷を使ってクーデターなど、俺達日本人を、馬鹿にしているとしか思えなかった。

 同じ事を、ここにいる全員が感じているだろう。あれは、日本帝国の誇りなのだ。

 そんなことを意にも留めず、赤い武御雷が、ゆっくりと足を進めた。燃え盛る、残骸となった機体の横を通り、止まった。

 炎を背に俺達に対峙するそれに、畏怖を感じずにはいられなかった。まるで、地獄の淵から這い出た悪鬼を、目の前にしているようだった。


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どうもryouです。
どうにもマブラヴっぽさが出せないと苦心中です。
題材事態がかなり無理っぽいですが、それでもどうにかと、最近思います。
今回は視点がばらつきます。智呼の時は、きまって3人称。自分でも、なぜかわからないんですけどね…。
起承転結でいえば、現在『転』。それでは、どんな仕上がりになるにせよ、『結』を迎えたいと思います。まだ先の話ですが……。それでは次回をお楽しみに。



[4846] 21話
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/01/26 00:04
 気がつくと私は明かりのない暗い場所にいた。視界に入るものは全てが黒。光源たるものは何もない。ここはどこだ。私はなぜここにいる。なぜ気を失っていた。

 疑問ばかりが浮かび、何も分かりはしなかった。思い出したのは一点。克也殿とともに格納庫を目指してたはず、ただこれだけだった。

 克也殿はどうしたのか、日高と教官は無事に任務を達したのか、私は任務に失敗したのか、ポセイドンはどうなっているのか、新たに疑問がわき上がり、どうにも治まりはつかなさそうだった。

 そこで初めて、体の自由がないことに気がついた。手足を縛られているのか、なら縛ったのは誰だ。そこまで考えて、今度は頭部に痛みを感じた。

 頭もやられていたか。纏まらない思考はこいつのせいかと痛みを噛み締めた。殴ったのは誰だ。ああ、あの人だ。縛ったのは誰か、それもきっとあの人だ。頭部の痛みを認識したせいか、はたまた時間が記憶を呼び戻したのか、私の脳裏にはあの人の顔が浮かんでいた。私が記憶を失う直前に言ったあの言葉。一体彼はどうしたかったのだろう。私に何を求めたのだろう。ただ、そんなことはどうでもよかった。そう、どうでもいいのだ。私はそれを断った。拒絶したなら、それはもう、関係のない話だ。

 私がそれに頷いていたら、今もあの人の傍らに居ただろう。私が、恋というものをしていたのならそれを選んだだろうか。私は少なからず、憧れていた気がする。恋というものに。隊の皆が訓練兵の身でありながらそれに溺れるほどに、蠱惑的なものなのかと。あの人に、恋はなかった。きっとなかっただろう。義務的な、仕方がないからという気持ち。諦めだ。あの人には、諦めで接していた。だからこそ……。ああ、私はあの人と、真剣に向き合ったことなどなかったのかも知れない。自分のことだというのに、知れないなどと曖昧な言葉しかでてこないのがもどかしい。己を知りもしない未熟な身。それが恋がしたいなどと、甚だ愚かな考えだったのかも……知れない。

 一瞬、閃光を浴びた。眩しさに目を細め、何事かと目を向けた。誰かが扉を開けたのか。その誰かは私に走り寄り、手足の拘束を解いた。

「よかった、無事か!」

 そう言った男の顔を、細めた目で見続けた。次第に目も慣れ、それが日高だと知って、私は心のどこかで安らぎを感じた。





 月詠さんが呆けたように自分の顔を見つめている。どうにもばつが悪い。女の子に見つめられるというのは。自分の顔は今、変に赤くなっているんじゃないかと思ったが、どうにか平静は保てているようだ。

 しかし、本当によかった。死んでなかった。殺されてなかった。部屋の外でルイス・ハーディマン大佐の死体を見つけた時は、心底胆を冷やした。しかし、そうなると、彼女が生きている事が不思議を呼ぶことになる。まあ、さすがに愛する女性を手に掛けはしなかった、ということだろう。

 ならば、橘少将という男も、敵と内通しながらそれを裏切るような男だが案外、話のわかる男じゃないのかと思える。まあ、人を大量に、造作もなく切り殺せる人と仲良くはできそうにもないけれど。

 少し血が滲む床を見て、彼女はどうやら頭を怪我してるようだった。立ちあがるのもつらいかも知れないと月詠さんに手を差し出した。自分はこんな気の利いた事をできる男だったかと、ほんの少し疑ったが現に今できている。

 しかし、彼女は手を取らなかった。ただ自分の手を見つめ、なんのつもりだ? という言葉を顔に張り付けている。……彼女はこういう人だった。

 理解したのか数秒遅れて、月詠さんが手を取り立ち上がった。後ろの教官に一言。

「橘少将が裏切りました」

 どこか申し訳なさそうに言う月詠さんを安心させるような顔を、教官はしていた。

「わかっている。急ぐぞ」

 教官が部屋の外に出ようとすると、月詠さんが口籠りながら教官を呼びとめた。

「橘少将の目的は両親の殺害です。橘総理を殺め、自らが総理の座に就く。日本の実権を握ろうと画策したと、言っていました。ふ抜けた日本を変えると、脳無しに舵を切らせるのはこれまでだ、と」

 それを聞いて教官が唸った。教官が開け放った扉からは、ルイス大佐の顔が覗いていた。悔しいが、その第一の目的はすでに完了してしまった。基地のほうに少将の裏切りは打診した。故に、目的の完遂はありえない。そのおかげで、ほんの少し、息をつくほどには余裕ができた。

「……テロリストに殺された父に代わって政治に関わる。話題性は抜群、協力者がいれば、すぐにだって総理の座につけたのかもしれないな。だが、それもすでに破綻している。その事実を知っている我々がいるのだからな」

「ええ、私もそれを疑問に思っています。彼は、その話を私にした後、殺さずにここへ幽閉しました。共に歩もうと、そう言った彼を、私は拒絶したにも関わらず」

 彼女は思い悩むように顔を伏せたままだった。もしかしたら、婚約者が起こした事件を、自分のせいだと思っているのだろうか。ならば、それは大きな見当違いというやつだ。それでも、自分達がやらなくちゃいけない。まるで、自分達が原因と言わんばかりに、尻拭いというやつをだ。

「……月詠さん、少将を止めよう。自分達で」

 意地悪な言葉をかけたものだと、心の中で自嘲した。捉え方によっては、とどめの一撃だ。

「わかっている。それは、私の役目だと……思うんだ」

 やはり彼女の表情は暗いままだった。とどめの一撃として認識したらしい。それでも良いのかも知れない。橘少将を止めれば、彼女もきっと救われるだろうから。

「……決まりだ。いくぞ、日高、月詠、訓練兵には荷が重いが我慢しろ。これより橘克也少将の身柄を拘束する。やれるな?」

「「はい!」」

「いい返事だ。月詠、少将が次に何をするかわかるか?」

「……おそらく、この場にいる敵を抹殺し、今回のクーデターを収めた功績を物にするつもりでしょう。もしかしたら、この場にいる人間の皆殺し、かもしれません。彼は、新概念を搭載した戦術機を保有していると言っていました。それが味方にも刃先を向けられた場合、ただではすみません」

「新概念? 内容は?」

「そこまでは。ただ、遺産のデータを使ったとだけ」

 教官が唸り、部屋が静まり返った頃に途端、爆発音が響いた。全員、耳を押さえて床に伏せた。爆発音は一回。音は意外と近かった。ここは第一層だ。おそらく、格納庫のどこかで爆発が起こったと予測できた。

「……教官!」

「行くぞ、戦闘はすでに始まっている。少将もおそらくはそこだ! いくぞ!」

「「了解!」」

 部屋を駆け出て、廊下を疾走。格納庫の扉を見つけ、そこに飛び込むと、炎がまき上がっていた。爆発はここで起きたのか。黒煙を巻き上げながら揺らめく炎、それの発生源は、どうやら戦術機が爆発した為らしい。

 一瞬、自分たちの疾風かと悪い予感が廻ったが、ハンガーには炎のように赤い装甲板の戦術機が、揺らめく炎のぎらついた明かりを浴びていた。

 自分たちの機体の無事を確認すると、それに駆けていった。コックピットに入り、着座。

 損傷は特に見当たらない。MLドライブも問題なく作動する。

 自分は、逸る心を押さえられそうになかった。少将を捕まえる為。なぜそう思うのだろうと、ほんの少しだけ思案した。命令だから? そう言いきるには、自分には真面目さが足りないだろう。自分はそんな熱心な兵士じゃなかったはずだ。ならば、自分の命の為? それは考えれる話だ。今も頭上には、アルテミスが待ち構えている。矢を解き放つ、その合図が来るのを。月の女神は、大地を照らすどころか、島一つを消し飛ばした。その光が、いつ降り注ぐかもわからないのだ。でもきっと、そんなんじゃない。命が惜しいなんて思わない。死にたくはないけれど。それはきっと、月詠さんのため。好きだとか、嫌いだとか、愛してるとか、男いたじゃんとか、つかこれから会うのがその男とか、まったくもって関係のない。関係ないのだ。

 とりあえず、目の前にうな垂れた女の子がいるんだ。救うには、きっとあの男をぶっ飛ばせばいい。幸い、月詠さんは少将の事を好いてはいなかった。ならば――待て、何が幸いだ。いや、幸いか。だから遠慮なく少将を殴り飛ばせる。

「教官! 上に行きますよ!」

 そう宣言し、ハンガーと一体となっている昇降機を機体の中から操作した。

『日高! 上ではもう戦闘が始まっている! 気を抜くなよ!』

「了解!」

 分厚い鉄板を抜け、空が見えた。甲板をせり上がり、見えたそこには複数の疾風。そして対面するのは真紅の武御雷。武御雷が刀を振り上げ、一機の疾風に突撃。まさに、攻防の瞬間に自分は到着したのだ。狙われた疾風は回避行動を取らなかった。取れなかったのか。距離が急速に縮まる間に、別の疾風がそこに割り込んでは、まさに楯のつもりか、武御雷を止めようとしていた。しかし、武御雷はそれに無情な冷淡さで、楯となった疾風に刀を振り下ろした。

  刃は肩口をえぐり、胴体の、人間で言う所の丁度心臓部分まで切り裂き止まった。まるで犠牲だった。後ろの疾風を護るように、それは動きを止めた。確実にコックピットまで届いている刃を、ゆっくりと引き抜き、武御雷は周囲にその視線を走らせていた。

『ヤス――!』『嘘……』『ヤス君――!!』

 ……なんだって? この声は皆の声だ。隊の皆。ならば、目の前で戦ってる疾風には、あいつらが乗っているのか。しかし、ヤスがどうしたって言うんだ。まさか、今切り裂かれた疾風にはヤスが乗っていたなんてことを言うのだろうか。

 通信からは、どうにも要領を得ない声が木霊していた。おそらく涼宮だ。この声はそうだ。だが、なぜ泣きわめいている? 必至に、そうすれば救われるかと言うほど、ヤスの名前を連呼していた。救われやしない。コックピットごと切り裂かれたのなら、救われはしない。

 そこまで考えて、ヤスが死んだということを理解していることに、自分は気づいた。気づいてしまった。そして、それを享受している。泣き喚いている仲間がすぐ近くにいるというのに、自分はただ淡々と、回覧板から回ってきた情報を知った時のように、なんの興味もなく受け入れていた。

 ああ、やっぱ冷血漢だった。そう思いかけた時に、通信がそれに邪魔をした。知らない顔だったが、どうにもその顔には焦りが見える。階級が自分たちより一つでも上だと言うのなら、それだけしっかりとしてほしいと、場違いな不満を抱いていた。

『お前、高柳軍曹と一緒に潜入したやつだな!』

 彼は名乗りもせず、テノール歌手のような澄んだ声でそう叫んだ。こう荒げた声ではその綺麗さも心地よさなど皆無なのだが。

『そうです。日高祐樹訓練兵で――』

『自己紹介などどうでもいい、あの武御雷は強敵だ! そこで泣き崩れているひよっこ共を連れてさっさと後退しろ!』

 撤退命令。確かに、隊の皆の動揺っぷりは相当なものだ。初の戦死者、それが戦友であり、友人。それは、きっと普通の感性の人間からしたら、とても辛いことなのだろう。だけど、その命令を受けたら、あの男をぶっ飛ばすことができそうになかった。こっちには、ヤスの仇という理由も増えたのだ。黙って引き下がれない。

『……あなたに、あなたたちだけで、武御雷が倒せるのですか? あれは、特別な処置が施された特殊な戦術機という情報を得ました。ならば、たかが訓練兵ですが、戦力は分散させないのが賢明では?』

 その反論に、上官らしい男の顔は真っ赤になっていた。怒り心頭といった面持ち。少し面白かった。

『ばか野郎! 貴様ら訓練兵如きが何を根拠に戦力などほざく! 邪魔だって言ってんだよこの愚図!』

 そこまで言って、ハッと男は我に返った。しまった、という表情をしていた。それが普段隠したい一面なんだと、容易に想像がついた。男は一端冷静になり、どうにもその怒声に委縮した様子も、戦場に怯える様子も見せない自分の顔を見てか、いぶかしむように目を細めた。

『……おまえは、やれそうか?』

『はい。理由がありますから。アイツを倒す、理由が』

『なんだ、それは。今倒された仲間の仇打ちか』

 そこまで言って、深呼吸で呼吸を整えた。どうやら、武御雷は自分に狙いを定めたらしい。こちらを見据え、刀を正眼に構えては機をうかがっていた。

 来るのは何秒後か、どのタイミングか。それを計りながら、男にこう返した。

『男に成るには、やらなきゃいけない時ってのがあるみたいで。どうにもそれが今みたいです』

 それは、覚悟だ。自分の覚悟。この戦場を脱して、次にベッドで眠る時、きっと男に成っている。そうありたいと、ここ一番で、月詠さんの為に、ヤスのために、為せる男でありたい。

 これは、自分が初めて、生涯初めて男に成りたいと、そう思った瞬間だった。のらりくらりで良しとせず、己の道を作り出したいと、そう思った。

 未だに正確な動機は不明だが、それも纏めてよしとしよう。今は、目の前の敵を倒すだけ。それだけだ。


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どうも、ryouです。
どうにも、しばらくこの作品に手をつけず、別の作品に取りかかったのですが、文の幼稚さに気づかされました。
と、いうよりは一人称ですらないなと。小説というよりは、激烈にダメな台本か戯曲のようです。
途中、書きかけたものを時間を置いてから手をつけました。おかげでチグハグ。書き方も、描写も、後から付け加えた場所が多く、なんとも歪。ご容赦を。
そんな困難も乗り越えてとりあえずは完結させたいと、切に願います。



[4846] 22話
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/01/30 22:53
 時間は膠着。世界は静止。正眼に構えた武御雷を前に、近接戦闘長刀を抜いて、それを敵に定めて構えた。

 動かない。動けないのだ。鬼気迫る何かを浴びて、自分はまったく動けそうになかった。覚悟を決めたが、対する敵にはそれ以上の何かを、どこか感じられた。

 おそらく少将の乗るであろう武御雷。階級も、目の前で見せられた生身での太刀捌きも、並の実力者じゃないなんてことは理解している。それこそ戦術機機動もそれに見合うだけのものだろう。

 ならば、なぜ彼は討ってでない。力量は歴然。経験も歴然。それは、ちょっとした戦術機の動きでバレるだろう。すでに少将には、目の前にしているのが訓練兵だって分かっているはずだ。ヤスを、討ったことによって……。

 息苦しい。忘れていた。あまりの緊張に、呼吸するのを。だけどまだ吐けない。肺に溜まった空気を吐き出すと、きっとその瞬間、自分は討たれる。そんな気がした。

 先に動くのはどちらになるか、そんなことを思った直後に、武御雷が先を取った。跳躍装置を吹かし、真正面から突っ込んでくる。正面から切り結ぶために、正々堂々と、自分を圧倒するために。

 猛スピードで自分に近づいてくる圧倒的な死に、自分は答えるつもりはなかった。正々堂々と切り結びたいようだが、自分はそれに肩を並べる実力なんてないのは百も承知だ。

 少将は眼帯をしていた。それは右だったか左だったか、たしか左だ。左側に回ろう。いや、違う。左が見えないのならこっちから見て右側に回るんだ。

 こちらも、真正面に突っ込むんだ。ほんの少し相手の右側に。

 跳躍装置に活を入れた。小さな爆発音が響き、急激なGを感じる。途端、急激な速度で近づく武御雷は、刀を振り上げた。そのまますれ違いに切るつもりか。

 ええい、儘よ!

 自暴自棄とも言えるその突撃に、周囲は何も発しない。見とれているのか呆れているのか、さっきの通信で会話した男も何も言ってはこない。緊迫に包まれているからか、今このタイミングで話しかけられても困りものだ。

 そして機影は重なった。ほんの少し速度を緩めた武御雷は、そのままタイミングを計って上段に構えた刀を振り下ろした。

 この瞬間だ。ここが狙い時。あと少しで接触となる刹那に、減速する所か加速を試みた。

 それはまるで、剣道にありがちなワンシーン。面を取ろうと上段で構える相手に胴を切る。剣道なんて経験はないが、いつか見たその絵は流れるほど綺麗な動きだったのを覚えている。

 右側に抜けるように、刀を横に構え、それを相手の胴に滑らせた。滑らかに、豆腐を切るような感覚で、振り抜いて見せよう。

 そう思ったが、それは衝撃で打ち消された。何かに激突したように、機体が揺れ、一気に減速した。

 長刀は武御雷の胴に触れている。攻撃が失敗したわけでも、敵の攻撃を食らったわけでもない。それでも何か違和感を、瞬時に感じた。

 そのまま武御雷は後ろに転倒した。なぎ倒されたと言っていい。しかし、その胴に傷はなく、豆腐のように切ろうと思ったそれは、まったくもって切れちゃいなかった。

 ようやく息を吐いて、また吸った。戸惑いは隠しきれない。それは、それを見ていた人間も同様らしかった。

『……貴様、一体何をやっている! まさか刀の腹で殴ったとでも言うのか!』

 先ほどの通信の男だった。そんなはずはない。どんなに構えが不出来でも、OSがそれを補正してくれるはずだろう。

『……わかりません、ちゃんと切ったはずです』

『なら何故』

 一言いうとするならば、その武御雷は非常に堅かった。まるで、ハサミで鉄パイプを切ろうとしているかの様。

 倒れた武御雷は静かに、起き上った。今の一撃が何の意味もなかったのを示すように、再び長刀を構えていた。

 途端、通信が開かれた。映った男の顔を見て、ほんの少しだけ思考が停止した。

『その新型、よくやる。まさか訓練兵如きに太刀を浴びせられようとわな』

 左目に眼帯をした男、橘克也だった。

『どうした、何を呆けている。せっかく私に膝をつかせたんだ。少しは喜んだらどうだ?』

 不敵な笑みを浮かべたその表情。それを見るに、どうにも平静を保っていられそうになかった。

『お前、なぜこんなことを!』

『はっ、まったく急なことだ。いきなり尋問か。それもまあ、よしとしよう』

 橘克也は笑みを崩さなかった。余裕、優越、それは勝者の顔と言っていい。揺るがない勝利を確信している笑みだった。

『お前の裏切りは香月博士に報告してある、お前が何をしたってもう終わってるんだよ!』

『……そうか、それは残念だ。だが、そんなことは幾らでも覆せるさ』

『なんだと?』


『何のために《時の鐘》と密接な関係まで作り上げたにも関わらず、それを切り倒したと思う? 私がやつらと接触していたのは、任務だったからさ。テロリストの内部情報を探る、というね。この機に乗じて私はテロリストを鎮圧した。これが答えだ』

『お前、ならあんたの父親は!』

『ああ、父上と母上は残念だったよ。二人とも、テロリストに殺されてしまった』

 両親の死を口にするその瞬間も、橘克也は笑っていた。何を白々しい嘘を、自分で殺しておいて。

 周囲を見ると、呆然と立ち尽くす味方が見えた。名前は知らないが中尉の階級章をさげた男と、おそらくその部下数名。隊の仲間たち。稼働した昇降機からは、教官と月詠さんらしい機体も現れた。二人も、そこに立ちつくす切り裂かれた疾風を見て、驚愕するだろうか。

『さて、舞台も整ったようだし、脇役には退場してもらおう』

 武御雷が動き出し、こちらを向いた。跳躍装置に火をつけた瞬間だった。

『ひよっこばかりにやらせないさ』

 一機の疾風が背後より、武御雷に取り付いた。今の声は、中尉の男だ。電磁破砕機をマウントし、それを突き立てようとしていた。

『妙な装備を、触るな羽虫が!』

 武御雷が疾風を振り払うと、構えた長刀を振った。その刃は疾風の足を引き裂いた。転倒した疾風めがけ、武御雷はまた、長刀を振りかぶっていた。

『おしまいだ』

 咄嗟にスロットルを開いていた。武御雷に使ったせいか、少し歪んだ長刀を構え、武御雷にそのまま刀でぶつかり、体当たりで押しのけた。やはり、長刀ではどうにも傷はつかないようだった。

『邪魔を、そんなに功が欲しいか!』

『功? そんなもののために、命張るなんて』

『訓練兵風情が、何故気張る!』

『お前を、倒すんだよ!』

『何故と聞いている!』

 武御雷が長刀を振り回し、自分は引いた。

『お前を倒せば、彼女も笑えるだろう!』

『彼女? 誰のことだ』

『あんたに囚われてるんだよ、月詠さんがさあ』

『冥なら下の一室に寝かせてあるさ』

『心がだろお!』 

 言うと同時に、スロットルを全開にした。切り結び、そして離れる。一回、二回。全身の推進装置を駆使して、空を、甲板を跳ねまわる。それを見てか、橘克也が苦心を漏らした。

『く、なんなんだ、バッタか! その新型は』

 どうにも捉えきれずにいるらしい。

『お前は、なんでこんなことをした』

『任務と言っておろうに』

『白々しい嘘なんか』

『今の日本に、なんの価値がある! 遺産を楯にした外交、保身しか脳のない閣僚! 父上もそうだ! あいつは何も考えちゃいない。日の本という国を、疲弊した世界の事を、何も考えちゃいない!』

 荒げた声。その表情には、慢心に浸った笑みはなかった。あるのは高ぶった感情だ。それは怒りか、悲しみか、どっちと言えない表情だ。

『こんなことで、本当に変えられるなんて思ってるのか!』

『変えてみせるさ、そのために殺した! 故に、立ち止まる訳には行かないのだ! 《時の鐘》もそうだ! 私は、彼らの思想を踏み台にした! ならば、止まる訳には行かないだろう!』

 武御雷とまた、長刀を交わした。機体のパワーは同じようで、単純に切りかかったのでは、勝負はつかないようだ。

『日高、無茶をするな!』

 教官だった。教官は自分の後ろに立ち、援護する、と長刀を構えた。自分はそれを腕で静止した。

『教官? 邪魔をしないで!』

『志無き者に負ける訳がなかろうに、消え失せろ訓練兵!』

 武御雷が下から振り上げた長刀が、自分の右腕と頭部の側面を切り裂いた。同時に左の電磁破砕機をマウントし、それを胸部に押し当てる。

『国を思う事だけが志じゃない! 人を思うことだって、志だ!』

『闘争に恋心を持ち出すか! 男のくせに! 軟弱者が!』

『男だよ、男に成るんだよ! だから今、ここに立っていられるんだ! 悪いのかー!』

 設定された電圧を最大に上げた。自分の腕も吹き飛ぶであろうそれは、突き出した三本の電極より発せられる。どんなに堅牢な装甲だろうと、電気までは遮断しないだろう。


 トリガーに指を掛け、引いた。瞬間、発せられる閃光は、予想よりも大きかった。目も眩むほどの光が、敵を包む。通信からは、悲鳴が木霊した。

 危険を察知したのか、自動で左腕がパージされた。炸薬の煙が少しだけ、左腕の肘から立ち上った。その先にあったものは甲板に転がっている。

 目の前にも暗雲を上げる機体があった。普通の戦術機が浴びれば爆発するであろう電流を受けたにも関わらず、それは原形を留めていた。それでもダメージはあったようで、装甲の隙間、間接部分などから煙が立ち上る。

 勝った、のか?

 開いていた通信は砂嵐となっている。橘克也の様子は分からなかった。

『……日高?』

 新たに現れた通信の表示。月詠さんだった。どうにも、ばつが悪い。

『勝ったのか? 日高』

『……ごめん、勝手に倒しちゃった。月詠さんが、討ちたかっただろうに』

『いや、いい。ありがとう。克也殿を止めてくれて。感謝する』

 笑っていたように思う。笑っていた、というよりはあまりに悲しげで、泣いているというには少し違う。そんな顔だった。

『日高、手を出す暇もなく突っ込みやがって。挙句の果てに邪魔とはどういう了見だ、お前』

 こちらも、怒っているような笑っているような微妙な顔をしている。それでも教官は笑みに近い顔だ。

 その点、自分はあまり笑ってはいられなかった。ヤスが死んで、他にも大勢死んで、どうにも笑ってはいられない。月詠さんのことも、本当にこれでよかったのか疑問に思う。というより、戦闘中の通信、聞かれてやいないだろうか。……秘匿通信ってわけじゃないから聞かれてたのか。鬱だ。

『どうした日高。少将に勝ったっていうのに浮かない顔じゃないか』

 心配してくれている気持ちはありがたかった。教官の顔が、少しニタついている。

『……いえ、なんでもないです』

『ああ、安部が死んだのを気にしているのか。そうかそうか。仲間想いのいいやつだな、日高は』

 ……これは、あれだろうか。少し小馬鹿にしたように接して、仲間の死を乗り越えさせるというやつ。

『ほら、あれ見ろ日高。安部の機体の、切り裂かれた装甲の切れ目。コックピットが見えるだろう? 拡大して覗いてみろ』

 死体でも見せようって腹だろうか。唾を飲んで、ヤスの機体にカメラを向けて、望遠した。

 装甲の切れ目から、コックピット内が見えた。そこに動く影。

『……なんです? あれ』

 自分は少し、呆れを交えてそう言った。笑みを浮かべた表情で。

『見たままだ。さすが、と言ったところか。血筋ってのは恐ろしいな』

『血筋?』

 切れ目からは、元気に手を振るヤスの姿があった。怪我ひとつないようで、どうにも腑に落ちない。

『不死身の安部。どんな死線だろうと帰ってくる安部の祖父からつけられた名前だ。あいつも不死身らしい』

 ……呆れて物も言えないとはこの事だろう。ヤスの祖父とは、佐渡島ハイヴ攻略にいたあの艦長だったのか。というと田所の名前にも覚えがある。ああ、そういうことか。

 事件も一段落ついたと言っていいだろう。主犯の橘克也は戦死、下にいる《時の鐘》の残存兵も、これから駆けつける本隊に任せればいいだろう。教官が香月博士に連絡して一件落着。明日には平和な朝で目が覚めるという訳だ。初実戦と考えると落ち着きのない一日だったと思う。帰ったら香月博士に文句の一つでも言ってやろうと思った。

 帰り際に、戦闘中の通信でみんなに囃し立てられたのは言うまでもない。忘れたい記憶であり、どうにも橘克也には勘違いされたが、恋心と言うのは語弊があると自分は思う。要は彼女のために覚悟を決めただけで、彼女をどうこうしようと思ったわけじゃないのだ。



 ……勘違いしているのは自分かもしれない、と思い知るのはまた後日の話である。


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ども、ryouです。
安部達のこと、みなさんはお気づきでしたでしょうか?
佐渡島ハイヴ戦で戦艦を指揮していた艦長、安部と田所。士官学校で同期らしいです。孫も同期です。不死身です。これがやりたかっただけです。
さて、今回で色々足りない部分は次回ということで、お楽しみに。
ちなみに、戦闘中の会話を書くのは楽しくて仕方ありません。

失礼、置換作業忘れていたので修正



[4846] 23話
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/01/30 22:53
 その後、事の顛末は、というとだ。どうやら《時の鐘》を完全に駆逐するには至らなかったらしい。

 どうにも、世界全体に点々とした規模で分散しているようだった。連合も本腰を入れて討伐に当たるが、完全に終わるのはいつになるのかわからなかった。

 移動型海上要塞ポセイドン。あの後に現れた本隊が、内部を完全に制圧した。香月博士が用意した部隊だ。おかげで、アルテミスの照射作戦は没案となり、各国幾多にも絡んだテロ事件は幕を閉じた。

 首謀者のリチャード・スカイホープ。アメリカのとある収容所にて、死刑が確定していた男。《時の鐘》の創立者。アルテミスを使い、交渉の席を用意したまでは良かったものの、そのアルテミスがなくなってしまった以上、交渉は破綻となった。それでも、彼の死刑はまだ執行されないらしい。香月博士が言うには、「まだ利用しようってやつがいるのよ。だから執行しないの。つくづく憐憫誘う男ね」だそうだ。

 各地で突発的なゲリラ戦を行っている《時の鐘》 彼らの理念を、香月博士から聞いた。

 参加者のほぼ全員が、アメリカの援助を受けられず、周辺諸国に吸収合併された国の人間らしい。彼らは、アルテミスで島を一つ消し飛ばしているものの、ちゃんとした理想の元、行ったのだろう。しかし、それはどんな理由があるにせよ、テロリズムを肯定する気にはなれなかった。と言っても、その代案が浮かばないのも、また事実だ。

 支配する者、される者。搾取し、搾取され、立ち上がることも許されない。テロがダメなら、他に何があると言うのだろう。正々堂々話し合い。馬鹿らしい。それすらも、支配する者は許さない。

 今の日本は、そんな国なのだろうか。少なからず、今の日本は世界を動かす力を持っている。遺産と呼ばれる宝物。橘克也は、そんな所を直したかったのだろうか。

 彼の行方は聞かされなかった。電磁破砕機の一撃を受けても、死にはしなかったらしい。遺産技術を使った武御雷。ずいぶんと固かったが、どうにも相転移装甲と呼ばれる物が使われていたらしい。詳しいことは聞かなかった。一定の電圧を掛ければものすごく硬くなる装甲、とだけ香月博士は言っていた。

 橘克也。任務で《時の鐘》と接触していた、というのは本当だったようで、それでも国の首相を殺害した事には変わらないはずだ。せめて、刑が決まったら知りたいと思う。

 あの時、あの場にいた中尉階級の男。どうにも、ヤス達の指揮を執っていた人物と聞いた。風間圭介中尉。6人編成のヴァルキリー小隊を率いていたが、ヴァルキリー小隊もまた、3名が戦死。ヴァルキリー小隊と言えば、香月博士のお抱えなんだろうと思うが、風間、というからにはまた、オルタネイティヴの子孫、なのだろう。

 そして安部康則。涼宮を守り、受けた長刀は、綺麗に装甲だけを切り裂いたらしい。ヤスの目の前、数十cm先を掠めてだ。不死身の安部とはよく言ったものだと思う。ヤスの生存を泣いて喜ぶ涼宮と、それを照れながらもはにかんだ笑顔で返すヤス。基地に戻ってから始終、一緒にいる所を察するに、そういうことらしい。なんとまあ、のん気な訓練兵たちか。自分も含み、笑ってみせた。大勢死んだのに、それを解決しようと立った兵士たちは恋煩い真っ最中。笑わずしてなんとしよう。


 ここは少し、肌寒い。それも当然、空調なんて効いてやしない営倉の中だ。再びここに戻ってきたわけだが、最初に入れられたころと大分、心境は変わっていた。

 この世界から逃げ出そう、なんて思わなくなった。むしろ居心地がいい。ここが居場所だと、実感できるのだ。しかし、ここは退屈だ。

 営倉に入れられた理由を考えると、仕方ないと思う。風間中尉の出した撤退命令の無視。向こうも別に罰なんて必要ないだろう、と思っていたようだが、それでも紀律が乱されるのは容認できなかったようだ。自分も罰は甘受するし、それに今日で、営倉生活も終わりだ。

 そろそろ迎えも来る頃だろう。コツン、コツン、と響く靴の音がする。迎えだ。

「おはよう、かしら? 二度目の営倉はどんな気分?」

「悪くはなかったですよ。体を休めるには丁度いい時間でした。香月博士」

「そう。また泣きべそかいてるかと思ったわ」

「冗談でしょう」

 格子を開き、廊下にでた。そのまま自室まで送ると言われ、それに従った。道中の廊下で、白銀武のときのように、皆は迎えてくれるだろうか。

「……で? なんであんた、うなだれてるの」

「……誰もいないや」

「仲間のために何かした訳でもないし、迎えでも期待してたの?」

「はは、……まさか」

 自室の前まで来て、博士は帰った。まだ仕事が山のように残ってると言い残して。所で、事件後、一言も月詠さんと話をしてないが、どこか見当違いな期待をしてた自分がうすら寒く感じる。どうにも、自分の人生はこんなことばかりに思えてしまうのは、今までの経験も同じだからだった。




「香月副指令。お話があります」

 その言葉が、今日を最悪の一日へと変えるきっかけだと、智呼はすぐに気がついた。虫の知らせ、とでも言うのだろうか。目の前の男からは、嫌な予感しか感じられない。

「……わかりました。お話はどちらで」

「司令室まで、ご足労願えますかな」

「わかりました」

 目の前にいるのは基地司令だった。白髪の老軍人。立派な髭を蓄えた面持ちからは、威厳のようなものが見受けられる。

 基地司令に声をかけられたのは、日高と別れてすぐのことだった。彼の部屋で、一体何を言われるか、考えるだけで気分が重くなった。

 司令室に入って一番、男は木彫の気品漂う机の引き出しから書類を取り出し、智呼に渡した。

「読みたまえ」

 智呼は文面に目を通すと、最後まで読み切る前に、それを宙に投げ捨てた。

「これは、なんのつもりです!」

 男はまったく動じる気配も見せず、机によく合った、革張りのイスに腰掛けた。

「……どういうつもり、とは? それは私の意見ではない。命令書だ」

「一体、上は何を考えているのです!」

「先日のテロ事件で、遺産技術を使った戦術機があったそうだな。それも敵側にだ」

 その言葉に、智呼は唇を噛んだ。

「相転移装甲、と言ったかね。あの技術、君が遺産データから解析した物じゃないね?」

 沈黙、智呼が返したのは、音のない返事だった。

「要は、遺産データが盗まれ、しかも、君より早く、それを解析して実用化した。そうだね?」

「……」

 またもや沈黙。しかし、この場において、それは肯定以外の何物でもなかった。

「……データを盗んで解析した技術者は、天才だったのかな?」

「っ!」

 言葉を詰まらせ、先より強く、唇を噛んだ。端にはうっすら、血も滲んでいる。

 データを盗んで流したのは、あんた達だろうに。それを眼で訴えるも、空しい徒労だった。

「その命令書にも書いてあっただろう。無能に、貴重なデータを預けているのも、終わりだと言うのだ」

「私から! 娘から、母の形見を奪い去ろうと言うの!」

 その言葉を、男は鼻で笑った。

「馬鹿馬鹿しい。娘だと? 失敗作の分際で、娘だと言うのか、なりきれないお前が! 香月博士も、買うならもっとマシな精子を買えばよかったものを。こんな不出来な子を持って、さぞ悲しんでいるでしょうな」

「あ、あんた、よくも……」

 怒り、いや、殺意にも近い感情を、智呼は抱いていた。まさか、こんなにはっきりと、人に侮辱されたは、初めてのことだった。

 男は一度、咳払いをして見せ、平静を取り繕った。智呼にはそんな余裕など見受けられず、拳を強く握り、耐えていた。

「十日後に、データの引き継ぎを行います。データの整理、お願いしますよ? ああ、出て行け、という訳ではありませんので。科学者としては失敗作でも、副指令としての務めはちゃんと、果たしているようですからな。話はこれで終わりです」

 何か言い返そうと思ったが、智呼は静かに部屋を後にした。酔っ払いのような、おぼつかない足取り。すがるように壁にもたれては、そこで崩れるようにしゃがみこんだ。周囲に人影はなく、見ている者がいないと思うと、どうにも堪えることができなかった。涙を流し、されど声だけは出さないように、ひっそりと。

「私は、失敗作なんかじゃ、ない。超えてみせるのよ、あの女を。私は、私は……」

 失敗作という言葉が、智呼に重く圧し掛かった。子供の頃より言われた言葉、常に母親との比較した結果に言われた言葉。

「あなたは、私の、何なのよ……」

 



 ――お母さん。




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どうも、ryouです。
真剣な感想を多数いただき、真に嬉しく思います。
さて、題するならば、次に始まる話は香月親子編です。
最初の頃に言われた、香月夕呼と智呼、名前変わっただけじゃん、という指摘。
あれを受ける前から、互いの関係性を使って差別化を図ろうと思っていたのですが、やっと書ける日がきました。
母とは、娘とは。
次回をお楽しみに。




[4846] 24話
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/01/31 02:52

 ふと振り返ると、自分の子供時代は、今よりは暖かかった気がする。智呼は一人、照明の消えた副指令室で、うなだれていた。

 机に突っ伏し、腕を枕にして過去を想う。もう出し尽くしたのか、その顔には涙はない。その分、目は赤く腫れぼったいようで、何度も手の甲で目を擦っていた。

 智呼は、自分の父親を知らなかった。母である夕呼からは何も聞いていないし、23歳にもなった今、父を知らない理由だけは知っていた。

 鎧衣左近から聞いた話だが、どうにも、夕呼は見ず知らずの男の精子を買った、という話だった。つまりは、智呼が父の顔を知らないのは当然であって、また夕呼も、男の顔なんて知らないのかも知れなかった。

 自分の卵子を受精させ、自分の子宮に戻す。一応は、夕呼の腹から出てきたことには変わりないのだが、それでもどこか、父という幻想を打ち砕かれた激情は、忘れ難かった。

 なぜ、そんなことをしたのか。それも智呼は知らなかった。知らないことだらけ。それは、夕呼が智呼を愛してないことの証明になるのだろうか。智呼は、いつしかそう疑うようになっていた。

 夕呼は智呼の出産後にも、研究に没頭していた。育児放棄とまではいかないが、顔を合わせない日などよくあったと智呼は思う。自分の子どもより研究が大事。智呼が母を嫌う理由の一つだ。

 智呼の勉学での成績は、決して自慢できる代物ではなかった。その頃からだろう、天才から生まれた娘は、凡才だったと言われるようになった。母と比べられ、劣等感を感じること。嫌う理由がまた一つ、増えた。

 母と会話をしなくなったのはいつ頃からだろうか。今になって、しみじみ思う。そんなことなど、無駄だと分かっていても、今の精神状態は平静とは言い難く、過去の幻想にでもすがらずにはいられそうになかった。

 ……突然、母が消えたあの日のことは、今でもはっきりと覚えている。

 さんさんとした雨が続いたべたつく日だった。教室の中は蒸し暑く、授業が終わると同時に、一刻も早く自宅のクーラーで涼もうと急いで帰ったあの日、玄関を開けると同時に、電話のベルが鳴り響いたのだ。何の気もなく受話器を上げると、私と母とに懇意にしてくれた鎧衣左近が、どこか暗い声色で告げたのだった。母の消失を。

 実験中の事故で、消失してしまった。その言葉を聞いて、受話器を置いたあと、智呼はその日、普段と変わらない生活をおくった。洗濯物を取り込んで、いつもと同じく一人前の夕食を作って、風呂に入り、髪に櫛を通してから就寝。

 母が消えたと実感したのは、それから一週間以上後のことだったと思う。普段からあまり、顔を合わせない生活が続いていたのだ。別に生活はまったく変わらなかったことが、実感を遅らせたのだ。

 花束を持って、鎧衣左近が自宅に訪問したことで、実感を得た。母が消えたその時は16歳だったが、年甲斐もなく、鎧衣左近に泣きついてしまったのは、どうにも仕方のないことだった。


 気づくと、母が目の前に立っていた。智呼は手を伸ばしたが、届く気配はない。ならばと、声を出してみた。

「お母さん!」

 声は響いた。母はほんの少し、智呼を見ては、不敵な、口元を吊り上げるような、懐かしい笑みを浮かべていた。

 そして、消えた。風景に溶けるように、ぼんやりと消えていく様を見て、夢だと分かってしまった。心のどこかで、醒めないで、と念じていたのを自覚する。

 目を開けると、夢と同じ場所にいた。副指令室。夢と違うのは母がいないことだけだ。頬に、熱い筋が流れるのを感じて、まだ泣いていたのかと自分を笑った。

 母なら、こんなつらい時はどうしたのだろうか。記憶を探っても、その答えはでてこない。でてくる母の姿は、白衣をきて研究に没頭する姿か、気まぐれのようにする、料理をする姿。そして、本当に幼い時の頃だったか、本を読んで聞かせてくれる姿だけだった。

 他の事は今は思い出せないし、ましてや母は、私の前でつらい、といった顔をした事がなかった。母がどんな姿で悩むのか、なんて分かるはずもなかった。

 日高に聞こうか。日高なら、BETA大戦中の母を、知ってるはずだ。そうも考えたが、すぐにやめた。あれに醜態をさらすのは、絶対にごめんだと、思ったのだ。どうにも、自分は意地っ張りのようだ。

 そういえば、とテロ事件の顛末を思い出した。日高の活躍や、通信記録は智呼も聞いていた。あれは傑作だと、大笑いしたのは昨日のことだ。あの青さが、眩しいほどの青さが、どうにも面白い。普段のやる気のない日高を知っていれば、尚更だった。

 男に成る。日高はそう言っていた。あれは、男に成ったのだろうか。智呼から見ても、あの活躍は目覚ましくもあり、決意を決めて事を成したとなれば、男と言っていいと思えた。女は、生まれながらにして女だが、男は努力しないと男になれない。何かで読んだ言葉だ。

 なら、女が努力したら、何になるのだろうか。そう考えて、自分も決意してみるか、と思えた。

 時間はあと、十日だ。今まで着々と準備を進めてきたのだ。十日もあれば、どうにか漕ぎつけるかと、考えてみる。日高に勇気をもらった訳ではないが、ここは感謝しておくとしよう。目覚ましい活躍を見せてくれた、あの子に。そして賭けてみようと思う。男になった、あの子に。

 これは決意と言えるだろうか。どうにも判断はつかないが、やると決めたのなら、それは決意だろう。智呼は自分に喝を入れ、部屋の照明をつけた。そして、鎧衣左近へと連絡をいれる。決行するとだけを、言うために。



 朝、起床ラッパの前に目が覚めた。簡素な机に置いてあった煙草を手にし、まだ時間に余裕があることを確認すると、それに火をつけた。

「……気、緩んでるかな」

 朝の点呼で匂いがバレればまた営倉だと思い、一口、二口吸って、すぐに火を消した。テロ事件も終わったことだし、また普段の訓練生活に戻ったと思うと、少し気が滅入った。

 起床ラッパがなり、廊下に整列する。無事に事なきを得て、朝食を取りにPXへと向かった。

「おはよう」

 いつもより早く向かったはずなのだが、すでに皆そろっていた。朝の挨拶を済ませ、自分の飯を取りに行く。今日は焼き鮭定食。程よく塩味の利いたそれは、ここのメニューの中でもお気に入りの品だ。

 席につくと皆、思い思いの会話に勤しんでいた。というよりは、カップルの会話だ。取り分けヤスと涼宮がひどい。それはあのテロ事件効果か、その熱さは尋常ではなかった。こんな場所で、アーンして、なんてことをやらないで頂きたい。そう思っているのは自分だけじゃないはずだ。柏木もどこか迷惑そうに見ているが、ならば私も、と変な方向に持っていく辺り、あれもあれで楽しんでいるのかと思えた。勇は本当に迷惑そうな顔だけれども。

 とりあえず食事を済ませようとやっつけにかかった。目の前に座る月詠さんも同様に、静かに食べている。どうにも気まずいと思うは、自分の神経の細さからか。

 あの時、確かに自分は男として戦っていたように思う。今思えば夢のようだ。自分が無謀な突撃を噛まして、しかも勝利を収めるなど、ビギナーズラック以外の何物でもない。背伸びのしすぎは身の破滅。念頭に刻んでは、鮭を箸でほぐす。結局、男に成るんだ、なんて夢物語さ。

 あの時の橘克也との会話を、月詠さんはどう聞いていたのだろう。皆に囃し立てられた時も我関せずだったが……、要するに振られたと考えるべきか。

 そう思うと益々居心地は悪くなる一方だった。せっかくの焼き鮭定食も味がない。ヤス達と会話できれば良かったのだろうが、あいつらはあいつらだけで、世界が完結している。自分の入り込む余地はない。そこまで空気が読めない人間ではない。……四面楚歌というやつか。

 どうにか味のない鮭をやっつけては、食器を持って立ち上がろうとした時だった。

「日高」

「え、ん、何、月詠さん」

 急に声をかけられて、少し動揺したが、月詠さんの様子は普段と変わらなかった。ヤスと涼宮のように、あの事件をきっかけに何かが、なんてやはり幻想のまた幻想。それでも、普段と変わらないというのは良い事だと自分は思う。橘克也の事を引きずった様子もないなら、それに越したことはない。元気で何より、元気が一番。

「煙草、吸ったな?」

 ……訂正、少しくらい気落ちしてもいいと思う。やはりこの人は侮れない。

「え、いや、吸ってなんてないですよ」

「嘘か?」

「いやあ、ほんとに」

「嘘か?」

 鋭い切れ長の目が突き刺さる。自分の作り笑いも苦笑に変わり、逃げられないと悟らされてしまう。

「……すいません、朝にほんの数ミリ」

「そうか。煙草、やめろと言ったはずだ。体に悪いと何度言わせる」

「すいません」

 それを聞くなり、盛大な溜息を吐いた。ほんの数秒、間を開けてこちらをじと目で睨む。

「……と言っても、すぐにはやめられないのだろう?」

「え? ああ、まあ、二コレットなんてないし、そう簡単には。ほら、吸わないとニコチンレセプターと言うものが、こう、脳内でイライラ―ってですね」

「二コレット? レセプター? なんだそれは」

「……いや、こっちの話」

「……日に三本だ」

 月詠さんが、指を三本立ててそう言った。

「え、なにが?」

「三本まで吸っていい。私が見てる所で吸え? それと、一週間後に一本減らす」

「……はあ、来週は日に二本ってこと?」

「そうだ。再来週は、日に一本。その次の週は、二日に一本だ。禁煙も計画的に行えば容易いだろう?」

 ……ここにきて初の試みだと、少し驚いた。吸っていいなんて言葉、でるとは思わなかった。

 どうだ? と首を傾げる姿を見るに、嫌とは言えなかった。まあ、これも普段と何にも変わらないだろう。屋上で、月詠さんとちょっとした会話をしながら、煙草を吸うのは悪くない。

「わかった、禁煙、頑張るよ」

「よし、私も協力するんだ。必ずだぞ?」

 そう言って、食器を手に月詠さんが行ってしまった。これは進展、なのだろうか。脈はあるのか? 期待していいのだろうか。そこまで考えて、なんか、いっつもこんな片思いしかしてないな、と再び思う。期待も何もあったもんじゃない。そんなものにすがるより先に、努力してみろ、ということだろう。

「でもまあ、めんどいか」

 のらりくらりでいいではないか、と思っては自分も席を立った。ここは居づらい。……主に出来たてホヤホヤのカップルのせいで。周囲の目も痛い。

 自分の日常は、こんな感じでいい。こんな感じがいい。だからこそ、この世界に居続けたいと思うのだ。ヤスも、涼宮も、勇も、柏木も、こいつらがいるから、ここに居たいのだ。

 そうちょっとした何気ない感謝の念を感じたが、今、ただし、今だけはどうにもここに居たくはないとPXを後にした。

「日高」

 PXの外には月詠さんが待っていた。

「屋上、いくぞ」

 訓練まではもう少し、時間がある。時計を見ては、一本平気かと確認し、階段を上った。

 世界に帰る手段があっても、絶対に帰らない。そう決めて、煙草に火をつけた。さっそくか、と月詠さんがじと目で返してきたが、この為に誘ったんじゃないのか、と眉をひそめてしまう。口元は笑っているのだけども。吸いなれない味の煙草も、今はおいしいと感じる。気の持ちようとはよく言ったものだと、先人を尊敬してしまいそうな、そんな朝だった。


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どうも、ryouです。
感想のほうでたくさん燃料を頂いたので筆が進みます。
智呼と同じように、自分も、両親が離婚し、父親がいなくなっても、そう実感なんて湧きませんでした。
何分、自分が寝てから帰ってくるし、自分が学校に行ってから起きる人だったので、休みの日以外は顔を合せなかったためです。
と言っても、当時は父親によく叱られ、嫌いな人ナンバー1だったので、いなくなっても何とも思いませんでしたが。
今はよく飲みにいく仲なんですがね。親と子の接し方、というのは各々に捉え方、考え方が違う分、表現するには難しく、それでいて多様な部分だと思います。
そして、その人の人間性を理解するには、大事な部分だとも思います。
やはり、親というは、子の精神面の大部分を占める物だと、私は思います。
良くも悪くも、親とはまじめに接するものです。



[4846] 25話
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/01/31 23:35

 今日一日も終了し、PXで食事をとっていた。メニューはうどん。かきあげを上に載せ、七味をかければ完璧だ。訓練も滞りなく進んでいる。模擬戦闘訓練も上々、自分の成績が悪いことには変わりないが、それでもただやられるということはなくなった。

「それで、いい加減おちついたか? ヤス」

 昼間、教官が言ったのだ。「なにか、隊の空気が甘ったるい……」その言葉を聞いてさすがに自重したのか、ヤスと涼宮は落ち着きを取り戻した。

「ま、確かに訓練兵として緊張感がなかったとは思うよ、悪かったな」

「なら結構だ。飯時に、目の前で桃色オーラ出されたんじゃつらいからな」

「祐樹だって、月詠さんとどうなんだよ。熱く告白したんだろ? しかも戦闘中に」

「……ヤス、通信機壊れてたんだろ、あの時。人から聞いた顛末を鵜呑みにするな。告白なんかしてないさ」

「ええ、してないのか? まったく、奥手にも程があるんじゃないか? 男に成る、って言ったならこうビシっと――」

「この話は終わりです。前にも言ったろ。そのことに触れたら」

「ぶっ飛ばす、だっけ? 珍しくずいぶんと暴力的だな」

「嫌なんだよ。自分の知らない所で勝手な噂が流れるのはさ」

 音をたててうどんを啜る。ヤスも仕方ないやつとでも思ったのか、諦めて食事にかかった。

 目の前にいるのはヤスだけだ。他のメンバーはここにはいない。どうやら先に食事を済ませたらしかった。自分とヤスが遅れたのは、ペイント弾で付着した染料を落としていたからだった。

「そういや祐樹。お前はどうするんだ? 卒業したら」

「ん、ここをか?」

「そう、訓練を終了し、職業軍人になるのか、それとも町に帰るのか」

 そうか、そんな話も、そう遠い未来ではなかったのか。訓練を終えて……、職業軍人って柄じゃないだろう。帰るにしても場所がない。できれば、このままずっとここに居たいと思うほどだ。だがそれも許されないだろう。皆、自分の道を行ってしまう。香月博士の助手、って話だったか。それも悪くはないだろう。

「さあて、博士次第かな」

「香月副指令? なんだそれ。何かやりたいことってないのかよ」

「今は特にないな。卒業して、博士の助手にでもなるかって所」

 ヤスはお茶を一口飲むと、ちょっとした落胆を見せて溜息をついた。

「祐樹となら、張り合いもあったんだけどな」

「なにが?」

「軍人になって、偉くなって、じじいになってさ。祐樹と、勇と肩並べて、誰が一番偉くなったか、ってさ」

 じじいになってとは、ずいぶん先の事だろうに。でも。

「悪くないな、それ。悪くない。誰が一番偉くなった、か。ヤスはどこまで行きたいんだ?」

「元帥だ」

「……いい夢みろよ」

「なんだよ釣れないな。言うだけならいいだろう。祐樹はどこまで行きたい?」

 どこまで、階級か。軍人になりたいわけでもない自分に振っても意味ないだろうに。階級なんて、どこでもいい。でも、大佐という言葉に憧れるのは自分だけだろうか。ほんのちょっとだけ、日高大佐と呼ばれてみたい。

「大佐、かな。衛士上がりでも無理な階級じゃないだろう」

「それでも、目に見えた功績あげないと無理だろ。ま、少将殿を落とした、男日高さんならやれるんじゃないか?」

 ……今の男という言葉、使い方が違ったな? 倒した男と言わずに、男日高と言ったな?

「殴っていい?」

「怒るなよ。……俺はさ、あの時怖かったんだよ。何もできなかった。視界が狭まって、目の前の敵しか見えなくなって、助けられて。分隊長として何もできなかった。お前が羨ましいんだよ。土壇場でやってみせたお前が。見てたんだぜ? 武御雷に電磁破砕機かます所。格好よかったんだ。お前が」

 ヤス、そんな風に思っていたのか。でもあれは、土壇場で何かできたんじゃなくて、運がよかっただけだろうに。

「ヤス、あれは――」

「だから」

 言葉を遮ってヤスは続けた。

「だから、お前に負けないんだ、二度と。俺は分隊長で、分隊長を任されて、それを果たさなくちゃいけない。親父達に馬鹿にされないように、祐樹に、置いて行かれないように。だから、軍人になれよ。勝ち逃げは許さないぜ?」

 自分は言葉を詰まらせた。ここまで、情念をぶつけられたことが、今まであっただろうか。ヤスは本気だ。本気で生きている。

「――考えておくよ」

 それでも、そうとしか言えなかった。不甲斐なさか、女々しさか。いまだに道を選べない自分に、苛立ちを覚えた。

「前向きに検討しといてくれ。一緒に宇宙を飛びたいからさ」

「宇宙? ああ、月か」

 月にはまだBETAがいる。虎視眈々と地球を狙っているはずだ。今が平穏だから時々忘れてしまう。教官が言ってたっけ。今の世代の子は、BETAに対する危機感が薄いと。その通りだ。

「月の攻略作戦までには任官できるだろう。そしたら俺達は宇宙を飛ぶんだぜ?」

「宇宙ね。月は地獄だ。月面指令が残した言葉だっけ? ……BETAは恐いよ。人と違って。人も恐いけど、BETAはもっとだ。新種だっているかもしれない。ラザフォート場が通用しないかもしれない。自分は嫌だね、月は。人間相手のほうがマシさ」

「ずいぶんと弱気じゃないか。実際に遭遇したこともないのに」

「でも知ってるんだ。BETAの恐さは。十分にね。リアルな実感じゃなかったけど、絶望感はしっかり頂いたから」

 ヤスは適当に返事を返して、またお茶を飲んだ。ま、濁して言ったからか、理解はできないだろうな。オルタネイティヴで十分、BETAのやばさは感じられた。今の世代の誰よりも、自分が一番分かっているはずだ。

「所でヤス、宇宙には基地か何かあるのか? まさか戦術機を地球から打ち上げて月まで直行ってことはないよな?」

 ないない、と馬鹿にしたような笑いを上げて答えた。このあたりは授業で触れていない。自分が来る前に済ませたことだったのだろう。

「月と地球の間にひとつ、中継基地があるんだ。衛星基地ホープ。希望の名を冠した最前線基地さ。この横浜基地より断然広いらしいよ」

 ホープ、希望か。それこそ月攻略の足がかりと呼べる場所だろう。士官すれば、そこに行くかもしれない。そう思うと、やはり士官しようとは思わなかった。

「日高訓練兵はいるか」

 PXに現れた正規兵の言葉に、起立した。見ず知らずの正規兵は厳しい。それなりの態度が必要なのだ。

「はっ、ここに。何かご用でしょうか」

「香月副指令がお呼びだ。副指令室に向かえ」

「了解、副指令室に向かいます」

 何の用だろうか。遺産のデータを要求でもされるのか。

「祐樹も忙しいな」

「仕方ないさ。こういう約束だ。いってくる」

 ヤスが片手をあげて、行って来いという動作をした。食器の片付けはヤスにでも任そうとそのまま放置し、足を進ませた。



 副指令室に入ると、そこには誰もいなかった。相変わらず散乱とした書類群。脱ぎ捨てた白衣なども目に付いた。

 だらしのない人だ。人の事を言えた義理じゃないけれども。自分の部屋もこんな感じということはひとまず棚の上にでも置いておくとしよう。

 それにしても人を呼びつけていないとはどういう了見だ。

「あら、もう来てたの。早いじゃない」

 その声を聞いて、自分は振り返った。扉の前には博士がいる。どうにも寝てないらしい。目の下にくまができている。

「……おつかれのご様子で」

「まあね。急ぎの仕事があったから」

 博士が振り返し、扉を開けた。また外に出てはこちらを向いて言う。

「こっちよ。隣の部屋」 

 隣と言うと、脳髄の部屋か。自分はまだ入ったことがなかった。脳髄はないだろうし、社霞もいないだろうけれど。部屋を出て、そちらに移動した。部屋に入ると、大きな装置が目に入る。脳髄の漬かっていたであろうシリンダーも見えたが、そんなものよりも目を引いた。

 人が丸々入れるほどの装置。大きな鉄の箱の上に、輪っかが二つ、交差するように設置されている。その中心にはお立ち台のように、人がたつであろう台座も見受けられた。

「……なんです。このでかいのは」

「世界を渡る装置よ。あんたに行ってもらうから」

「それは、帰れと言うことですか!」

「勘違いしないでよ。帰りたいのなら帰ってもいいけど、私の要求を済ませてからにして」

 そう口にした博士から、言いようもない凄味を感じた。いつもの雰囲気とはどこか違う。何か、危ういような、鬼気迫る感じだ。

「要求とは?」

「……並行世界のどこかにいるであろう香月夕呼を、連れ戻してきて」

 香月夕呼を? 並行世界のどこかって、無茶にもほどがある。

「それって、どこかってどこです。というか、自分が行って平気なんですか? 社霞もいないし、第一自分は因果導体じゃ――」

「口答えしないで! なんのためにあんたを居させてあげたと思ってるの! 一度世界を渡ってるのなら大丈夫でしょう!」

「そんな出鱈目な根拠で――」

 博士が、手に持っていた書類を宙に投げつけた。紙は周囲に飛散し、それを行った博士の表情は、どうにも尋常ではなかった。

「口答えしないでって言ったでしょう! 必要なのよ、今すぐに。あの人が! チャンスは今しかないの、このチャンスを逃したら、軍属に身を置いた意味すらなくなるわ!」

 ……香月夕呼が必要? どうにも事態は切羽詰まっているようだった。博士はこの様子だ。まるで、アンリミテッドの最後、オルタネイティヴ4が中止となったときの夕呼のようだ。

「……詳しい話を聞かせてください」

「その必要なんてないわ。あんたはその装置を使って、行った先で香月夕呼を探すだけ。座標だけは、香月夕呼の最後の実験の時と同じ。だから、絶対その世界にいるわ」

「タイムリミットは?」

「関係ないわ。この装置を持って行って」

「……なんです、このおもちゃみたいなのは」

 それはおもちゃの腕時計のようだった。しかし時針も分針も秒針もない。あるのは一つの赤いボタン。その見た目は、戦隊物の変身装置のようで果てしなくダサい。

「それを押してしばらくすればこっちに戻ってこれるはずよ。どのくらい待つかはわからないけど」

「……」

 どうにも胡散臭い。本当に行かなきゃいけないのだろうか。自分がだ。博士自身でいけばいいじゃないだろうか。

「頼むわ。……会いたいのよ、母に」

 母か。夕呼は母親なんだ。それを恋しいと博士は言うのか? それは建前なのか、いや、香月夕呼が必要なのだ、というのが建前だ。これは本音だと思いたい。

「……わかりましたよ。まったく、やめてくださいよ。そんな目で見るのは。必ず、連れて帰りますから」

 そこまで言って、なぜ行くなどと言ったのか疑問に思った。やれやれだ、女の頼みを断れない男の性《さが》とでも言うのだろうか。芯の徹った強い瞳で見つめられちゃ、断るにも断れないというものだ。

「装置の真ん中へ。起動させるわ」

「了解」

 装置を上り、輪っかの中心、台座の上に乗った。もらった腕時計タイプの装置を装着し、少しリラックスした。実験に失敗してそのまま消える、なんて怖い想像もしてしまうが、なるようになるとしか考えなかった。楽観思考、というよりは無鉄砲だなと思う。楽に考えるんじゃない、考えてもいないのだ。考えたところで、実験をやめようとはできない。普段の調子じゃない智呼を、放っておくことも、突き放すこともできそうになかった。

「起動するわ。楽にして」

 太いケーブルを通して電力が流される。それに反応して壮大な駆動音を上げていた。二つの輪が縦に回転を始め、球体のように自分を包む。

「どんな世界に飛ぶかわからないわ。気をつけて、必ず、連れ戻して」

「ふう、了解。必ず戻ってきますよ」

 自分の体が、妙な光を発していることに気づいた。パラ……なんとか光とかゲームで言っていたか。今、ボタンを押せば本当に変身できそうだ。

「カウント始めるわ。10,9,8,7,……」

 どんな世界へ飛ぶのだろう。博士は、自分の元いた世界が観測者の世界、と言った。そうなると、他のアニメやゲームの作品の世界もあるという事になる。間違っても、とんでもない世界にだけは招待してほしくないものだ。場合によっては死ぬ確率がオルタネイティヴ本編より高い場合もある。どうにも、本当に神頼みと言った所らしい。

「3,2,1,0」

 回転が一層激しくなり、光も目を開けてはいられないほどになった。目を閉じて、事の先行きを祈った。どうか、戻ってこられるように。


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どうもryouです。
どうにも、私の文章というのは展開が早い気がしてなりません。小説というのは、余計なものは極力省く、と言いますが、描写が足りないようで不安です。
さて、別世界へと渡ります。
もしかしたら、人が手からビーム出す世界かもしれません。そしたら七つの球を集めましょう。
もしかしたら、人間サイズの蟻と戦うことになるかもしれません。きっと日高は操作系です。
もしかしたら、星人と戦うかもしれません。機械の服を着て、銃と刀で戦います。ギョ~~ン。
もしかしたら、菌が見える少年と出会うかもしれません。でも日高は農大に受かるほど学力なんてないので積みです。酒店でバイトでもしましょう。
もしかしたら、星の屑の記憶な世界かもしれません。そしたらお土産に試作3号機でも持って帰りましょう。月攻略で役立ちます。
それでは次回をお楽しみに。



[4846] 26話
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/02/04 23:19
 音が聞こえた。赤子が泣くような、けたたましい音。鉄の鐘をハンマーで叩く連続した音だった。

 うるさい。おちおち寝てもいられない。

 まだ眠い目をこすっては、散らかしっぱなしの漫画やゲームソフトをかき分けて目覚まし時計を止めた。ハンマーを真ん中に置き、その両側に鐘を置いた古めかしい時計だ。アラームタイプと違って、これで起きられないということはない。

 ここは……。

 清潔とは言えない汚れた布団。散乱した物。薄い壁。十畳一間の安い部屋だが、そのどれもが懐かしく思えた。

 近くに、携帯を発見した。こんな端末をいじるのも久しぶりだ。2月27日、日付は合っている。しかし、年号は2009年のままだった。

 帰ってきたのだ。自分の部屋に。

 外を通る、いつもはうるさいと思うだけの車の音も、今はそれすら懐かしい。まだ、何年も離れていた訳じゃないのにも関わらずだ。

 実験は、成功したのか? 香月博士の実験で、異世界へと飛んだはずだ。それが、戻ってきてしまったというのは、予定通りの場所なのか、それとも何か、知らない要因でも働いたのか、判別は付かなかった。

 腕には、香月博士からもらったダサい腕時計があった。いや、時計じゃないか。腕輪、というには疑問が残る。腕時計でいいだろう。ともあれ、これがあるのなら帰れる。とりあえずは探し、ダメそうなら一端帰るのもありだろう。

 考えをまとめ、灰皿の近くにあった煙草を見つけた。自分が愛用する銘柄、マルボルライト。金マルと呼ばれる煙草だ。一本咥え、火をつけ、煙を肺に落とすと、やはりこの味だと思った。向こうの煙草はどうにも荒い。味も、匂いもだ。この煙草がとりわけ繊細なんてことはないが、それでも吸いなれたものが一番だった。

 時刻は12時。さて、どうやって探したものか。香月夕呼。この広い世界で、たった一人の人間を手がかりなしで探すのなんて、無理もいい所だった。せめて、活動範囲が限定される世界だったらよかった。しかし、この世界は自由がすぎる。行こうと思えば、金さえあればどこにだっていけてしまうのだ。

「……無理だろう、常識的に考えて」

 白凌大なんてないのだ。ここで学校の教師をやっているとは考えづらかった。

 とりあえずは腹ごしらえと、財布を探した。財布の中には二万と四千円。俺のいない間に一体誰が使ったのかと悩む。俺がいなくなった世界で、代替物が用意されるのなら、親への心配はないな、と思える。まあ、自分がいなくなった後など、悪いが知ったこっちゃないのだ。

 服は普通の普段着だった。起きたそのまま、外に出ては自転車を探す。外観のボロい、いつ倒壊してもおかしくない二階建てのアパート。それを見上げ確認し、やはり自分の世界だと確信した。

 自転車を走らせ、近くのハンバーガーショップへと移動した。ハンバーガーとポテト、コーラのセットに、単品でハンバーガー二つ。計三つのハンバーガーを買っては、それを前かごに入れて自転車を漕いだ。携帯が震え、電話を知らせた。ディスプレイを覗くと、佐々木ラーメンという名が浮かんでいる。バイト先だ。申し訳ないと思いつつ、携帯の電源をオフにした。今はそんな暇はないのだ。

 自宅に戻ってすぐに、ハンバーガーを頬張った。この雑な味が最高だった。コーラも久しい。自分の生涯で、一番コーラをうまいと思った日だろう。

 ポテトをかじりながら、暇だと思い、小さなテレビをつけて、チャンネルをブシテレビに合わせた。今は12時08分。『笑ってええよ!』がやってる時間だ。

 テレビから視線を離し、音だけに耳を傾け、パソコンの電源を入れた。ネットで探してみるのは、第一歩だろう。

 パソコンのうるさい駆動音に紛れて、テレビはお構いなしにトークを続ける。

『いやー、2年と3ヵ月ぶりですよね。お久しぶりです』

『お久しぶり。ツモリさん、少し痩せたんじゃないかしら』

 コーラを飲みほし、外に目をやった。季節はまだ冬。この薄い壁じゃ寒気が筒抜けだと、着る服を探した。

『私ですか? いやーもうね、腹周りばかりに肉がついちゃって、大変ですよ。おかげでダイエット始めまして』

『あら、どんなダイエットですか?』

『いや、ほんの少し、移動を歩くようにしただけなんですけどね。その途中で面白い人がいたんですよ』

『どんな人だったんですか?』

 セーターを見つけ、それを上から着た。下にもジャージを重ねて履いた。

『ちょっと無理して歩いちゃいましてね、さすがにバスに乗ろうと思ったんですよ。それでバスに乗ったら、その運転手、それがよく喋るんですよ』

『ああ、分かりますわ。時々いらっしゃいますね』

『いますよね。止まる時とか、バス停車しますとか、バス発進しますとか。人がたくさん乗ってるのならわかるんだけど、みんな座ってるのにそんなに喋られちゃ、逆にうるさくてしょうがないんだよね』

『ふふ、私も寝たいのにその声に邪魔されることがありますわ』

『そう、それで、バスが停車して、一人のお爺さんが降り口に立ってるんだよ。降りる訳でもなくて、そこに立ってるだけ。それで運転手が、聞くんだよ。どうしたんですか? って。お爺さんの声は聞こえなかったんだけど、運転手はマイクでしゃべってるから良く聞こえてさ。それで運転手が、八月町まで行きたいの? って言ったんだよ。それでお爺さんが頷いたんだけど、そしたら冷たく、八月町に行きたいならさっき座ってた席に戻って大人しくしててくださいねって言ったんだよ。その冷たい態度に思わず笑いそうになっちゃってさ』

 八月町。近所じゃないか。ツモリはここら辺に住んでるのか?

『それで、八月町に着いたんだよ。私もそこで降りたんだけど、所がお爺さんが降りてこなくて。そのままバス行っちゃったんだよ』

『あら、何も言って差し上げなかったのですか?』

 インターネットを開いて、とりあえず煙草をもう一本と思い、手に取った。火をつけて一服。

『いやあ、そんな暇なかったね。コウヅキさん、最近面白い人って会いました?』

 途端、コーラを蹴とばしてしまった。だがそんなものは後回しだ。今、コウヅキって言ったぞ。

 画面をみると、香月智呼に瓜二つの女性が、ツモリの横に座っていた。智呼がそのまま年をとったような、しかし智呼の年齢を考えるには若すぎる風貌。小皺が少しあり、その代わりに胸が智呼と比べて断然大きい。名前が書かれたプレートには、香月夕呼と書いてあった。

 ……夕呼先生、何してんですか。

 呆気に取られては、テレビを凝視していた。探している人物は、こんなにも近くにいた。物理的には近くはないのだけども。

 有名人なんて、どう接触したものだろう。今ブシテレビ局にいるとするのなら、その場にいけば会えるだろうか。とりあえずは行ってみようと思う。

 できる限りの正装をして、家をでた。黒いスラックスに、黒いYシャツ。白のジャケット。……自分の服のセンスには自信などへったくれもない。
近場のコンビニ行って、いろいろと買い込んではバスに乗った。八月町からである。駅に向かってどうするかと、ビニール袋を提げたまま、考えた。



 お台場にあるブシテレビ局。変な丸い球状の展望台らしき特徴的な外観をしたそれ。場所を案内板で確認し、向かうとすぐに発見できた。

 あれを作ったコンセプトはなんだったんだろう。自分みたいな常人がいくら考えたところで、答えなんて出そうになかった。

 時刻は12時48分。ぎりぎりだ。1時で生放送は終わる。それまでに潜入し、生放送終了とともに、接触しなくちゃいけない。別の場所に移動されたら探しようもないのだ。

 正面口には警備員がいるだろう。なら、関係者通用口ならいけるだろうか。正面よりは警備が薄いかもしれない。

 裏手に回り、地下駐車場のような場所に入った。車の出入り口に設置されたカメラと遮断バー、そしてそれを見張る警備員を掻い潜るため、柵代わりの植木を超えたのは、どうにも犯罪臭がしてならない。無論、犯罪なのだが。

 薄暗い駐車場を進むと、社員が出入りしている裏口を発見した。ID確認もない、本当の裏口。

 あそこから入ろう。

 携帯の電源を入れ、ディスプレイを秒針付きの時計に変えた。大きな段ボールを抱えて運ぶ男に目をつけた。

 裏口から離れたことを確認し、男の後をつける。どうやら車に荷物を積み込んでいるようだった。バンの後ろに段ボールを積み込んでは、大きなため息を漏らしていた。

「あといくつだ? 資材運ぶの一人でやらせるなよ、ったく」

 その男に後ろから、静かに近づいた。素早く口を押さえ、携帯を背に強く押し当てた。

 男は暴れたが、訓練兵として鍛えた自分には力で劣っていた。自分はそっと、「動くな、騒げば撃つぞ」と低い声で言った。携帯は銃のつもりだ。

 男は抵抗をやめ、両手を上げて首を上下に振った。口を離し、その手で首をつかむ。

「笑ってええよの収録スタジオはどこだ」

「あ、あんたなんなんだ。こんなことして、ただで済むと思っ――」

 男が話し終える前に、後頭部を携帯で殴った。うつ伏せに倒れた男を引っ張って立たせ、また後ろから男の首をつかみ、携帯を押し当てた。

「聞かれた事にだけ答えろ。収録スタジオの場所は?」

「よ、4階のAスタだ」

「ゲストの楽屋は?」

「ゲストは6階だ、た、頼む、乱暴はよしてくれ」

「香月夕呼の楽屋は?」

「そこまでは知らない! 頼む、ほんと――」

 そこまで言った所で、首筋に思いっきり携帯で殴りつけた。男は意識を失ったようだった。それをバンに積み込んで、バンを閉めた。

 どちらにいくか。そこまで考えて、初めて気づいた。ゲストは番組終了までいないじゃないか……。

 しまった。失策だったか。それでも、とりあえずは楽屋まで行ってみようと決めた。香月夕呼の自宅を調べるよりは楽だろう。

 携帯の時計を見ると、12時59分だった。教官に教わったことのまねごとでもしてみようと思う。秒針合わせ、57,58,59,作戦開始だ。

 同時に裏口を全力で駆け抜けた。入って早々、数人とすれ違ったが、何事かと目をぱちくりするだけだった。現代人なんて、こんなものだ。

 エレベーターを見つけ、呼びだした。ここはB1Fらしい。降りてきたエレベーターに乗り、6階のキーを押した。

 順調に上がり、途中、4階で止まった。誰かが入ってくる。自分は背を伸ばし、エレベーターの隅に移動した。扉が開き、男が一人入ってきた。少し、いぶかしむように自分を見たが、特に問題はないようだった。この男、見覚えがある。ツモリだ。生ツモリだ。

「……お疲れ様です。ツモリさん、今日のゲストの香月さんって、もう帰っちゃったんですかね?」

「ああ、おつかれさん。香月さんなら、まだ楽屋じゃないかな。今日は後の仕事がないって言ってたよ。何のようなの?」

「いえ、彼女が落としたらしい物を拾ったので、届ようと」

「ああそう」

 エレベーターは6階で止まり、二人して降りた。まだバレてはいないらしい。

「香月さんの楽屋ってどこですかね?」

「ここまっすぐ行ってつきあたりを右に、あとは名前探せば見つかるよ」

「ありがとうございます」

「所で君、どこの――」

「失礼します」

 遮っては走った。危ない所だった。冷や汗なんてかいたのテロ事件以来だ。つきあたりを右に曲がり、部屋の扉に張られた紙を探した。

 何人かの有名人の名前を素通りして、目的の名前を探す。あった、わらってええよ! トークゲスト、香月夕呼様。これだ。

 3回ノックし、失礼しますと言って部屋に入った。

「……誰あんた」

 目の前には、香月智呼そっくりの女性、香月夕呼本人だった。

「お初にお目にかかります。香月博士」

 それだけしか言わずとも、夕呼は「ああ、なるほど」と言った。頭の回転は相変わらずらしい。

「誰の差し金? 連合のお偉いさんかしら?」

 紺の女性用スーツをきた博士は、どこか気品を漂わせていた。腕を組み、楽屋のイスに腰掛けた姿は、イメージ通りそのまま。

「……あなたの娘さんからですよ」

「智呼から? ……また珍しい人からね」

 驚きの表情を見せては、目を細めた。娘からが、というのはそんなに驚く事だろうか。

「それで、なんだって? まさか、戻って来いなんて言わないわよね? あの子、私のこと嫌ってたはずだし、それはないだろうけど」

「嫌っている? 何故そんなこと」

「母親らしいこと、何にもできなかったからね。嫌われて当然でしょ。最後に会った時は口もきいてくれなかったし」

 まるでなんでもないことのように、あっけらかんと言って見せていた。

「……親子の関係がどんなものか知りませんけど、智呼さんは、会いたいと言いましたよ?」

「本当に?」

 ずいぶんと疑り深いものだ。自分の娘のことだろうに。何も分からないのか。

「本当です。いくらなんでも、自分の娘でしょう。会いたいと思うのは当然じゃないですか」

「そう……そうね。そうかもしれないわね。あの子は今、どうしてるの?」

「あなたと同じ役職についてますよ。横浜基地副指令」

「あの子が? ずいぶんと背伸びしてるのね。どうせ狸おやじたちに担がれたんでしょ。考えそうなことよ」

 鼻を鳴らして言うと、溜息をついては俯いた。

「……あの子、うまくやってる?」

「やってますよ。自分もずいぶん助けられました」

「そう。やれてるんだ。あの子。……軍隊とか、そういうのとは無縁でいてほしかったんだけどね。私は。ああ、鎧衣課長ね、唆したのは」

「いや、詳しい事は自分は知らないですけど。とにかく、早く戻りましょう。智呼さん、何か焦ってたんで」

「焦ってた? ……悪いけど、もう少し時間をちょうだい。必ずもどるから。もう少しだけ、お願い」

 ……ゲームの中とはずいぶんと印象が違う。夕呼先生ってこうも弱気な人間だったか。迷うなんて……。

「……分かりました。先に行きますよ」

 そう言って、腕をまくり、腕輪タイプの装置を見た。腕に巻きつけてあった荷物入りのビニール袋も音をたててもちあがる。

「なにそれ」

「帰るための装置だそうですよ。これ押せば、そのうち帰れると」

「そうじゃなくて、その袋」

「おみやげです」

 その言葉と同時に、ボタンを押した。瞬間、腕輪が眩い光を発した。

「うお、眩しい。何これ、本当に変身とかしないよね」

 光は体を包み込んだ。来たときと同じような、眠気にも似た感覚。何がしばらくすればだ、即効性じゃないか。

 博士は帰ってくるだろうか。今は信じて待つしかない。あの様子、どうにも帰りたくない様子だった。いや、智呼と会いたくないのか。それなら、粘ったところで意味はない。夕呼が、会う決心をつけるまで、帰りはしないだろう。……まるで駄目な母親っぷりだ。まあ、夕呼が母親をやっている姿など、自分には想像はできないのだけれども。




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どうもryouです。脳は朝に覚醒すると言いますが、どうにも夜のほうがスムーズに進みます。
さて、本日の日高の名言。
陰陽弾を食らえ!
「うお、眩しい!」
 どうにも今回、知識より想像ばかりが先行しています。少し描写がおかしいかもしれませんが、お許しを。

そのうち外伝書こうと思います。このまま、全然別の世界に行っちゃったときの話とか。
そのまま変身して、ヒダカイザーにでもなってしまったりとか。妄想は膨らむ一方です。悪乗りですね。

さて、次回は如何に。



[4846] 27話
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/02/02 00:43
「お早いお帰りじゃない」

 気がつくと、元の場所に戻っていた。脳髄が入っていたシリンダーのある部屋だ。

 ほんの少しだけ、眠気にも似た感覚が残る。頭を振ってはそれを払い、意識をはっきりとさせた。

「ただいま戻りました」

「それで、一人っていうのはどういうことかしら?」

 どう言ったものか。どうにも正直に、顛末を伝えるのは気が引けた。

「香月夕呼博士は発見できました。ただ、まだやり残したことがあるとだけ。すぐに戻ると言っていたので大丈夫でしょう」

「……そう、会えたのね」

 香月博士の表情は、どこか固かった。母が母なら子もこうか。会いたいと言ったくせに、いざとなると拒んでしまう。確執なんて、そう簡単に取りされるものじゃない。それでも、歩み寄ろうとするならば、簡単になるのだけれども。

 といっても、こればっかりは自分が口をだしていい問題じゃない。口を出せるほど、自分は人生を経験していない。

「あれからどのくらい経ったんです?」

「1時間よ。あんたが向こうの世界へ行ってからね」

「そうですか、以外とタイムラグはないんですね」

「そうなるように作ったのよ。所であんた、何持ってきたの。その袋」

「これですか? お土産ですよ。自分用ですけど。教官に渡せば喜んでもらえるかもしれないですけどね」

「高柳軍曹? 一体なんなの」

「博士は吸わないでしょう?」

 そう言うと「ああ、なるほど」と博士は返した。その言った姿がどうにも似ていて、面白いと思う。

 今日、吸っていいのはあと一本。あの約束は、破りたくない。あとで、一本だけ楽しむとしよう。部屋を出ようと扉に向かうと、自分が開ける前に扉が開いた。男が一人、入ってきては、部屋を見渡して眉をひそめた。

「香月副指令。これはどういうことですかな。私は、データをまとめておけと言ったはずです。こんなでかい装置、許可した覚えはありませんが?」

「基地司令……。珍しいですね。こんな場所までくるなんて」

「質問に答えなさい」

 基地司令、この男がそうなのか。初めて見る顔だった。白髪の髪、逞しい髭。年期を感じさせる老兵と言った所だ。それでも、口ぶりからして、あまり話のわかる男じゃないことは想像に難くない。

「そこの訓練兵。ここで何をしていた。なぜ訓練兵如きがここにいる」

 矛先がこちらに向いた。博士を見ると、鋭い視線で自分を睨んでいる。余計な事は言うな、というサインだろうか。と言っても、どうごまかしたものか。

「……博士の助手として、手伝いをしておりました」

「手伝いだと? 何の手伝いだ」

「わかりません。これから指示を受ける所でした」

 基地司令が、あからさまに眉を吊り上げた。馬鹿にされているとでも思ったのか、肩を少しだけ震わせている。

「貴様、上官への虚偽は重罪だぞ」

「本当のことであります」

「貴様――」

 基地司令が自分に近づき、腕を振り上げたのと同時だった。扉が開き、また一人、男が入ってきた。基地司令も動きを止め、入ってきた男に注目する。

 よれよれの茶色いコートと帽子。ピンと伸ばした背の、初老の男。

「これはこれは、お取り込み中でしたかな?」

「貴様、貴様がなぜここにいる。訪問の知らせは受けていないぞ」

「何、知人の娘を訪ねることに、許可など必要ありますまい。山里基地司令、この件は、あなたとは関係のない話です。お引き取り願えますかな」

 それを聞いて、顔を真っ赤にした基地司令は、腰のガンベルトから銃を抜き、それを鎧衣左近へと向けた。

「その軽口、次に開いたら、どうなるかわからんぞ? 私はここの基地司令だ」

「おやおや、基地司令ともあろうお方が、そんな軽率なことではいけませんぞ? それに、主役の登場です。観客は、静かにしておくのが礼儀というものです」

 そう言って、鎧衣は装置のほうをみた。装置が起動していた。操作したのは香月博士ではない。勝手に動き出したのだ。その様子を、博士は固唾を飲んで見つめていた。

「な、なんだ」

 基地司令の言葉に答える者はいない。うるさい駆動音を響かせながら、装置の台座周りについた輪っかが、回転を始め、その中心に光が溢れた。その光は次第に、人の形へと変わっていき、いつの間にか香月夕呼がそこにいた。白衣を着て、胸元を大きく開いたインナー。肩には大きなボストンバックを提げていた。

「ただいま、というべきかしら?」

 場の空気などお構いなしに、装置から降りてはバックを下した。周囲の人間を一瞥し、銃を持っている男も視界に入っているはずなのに、そんな事は意にとめない。バックを開き、中の荷物をあさっていた。

 智呼も、固まったまま。鎧衣左近も、懐かしそうに夕呼を眺めては、笑みを浮かべている。唯ひとり、基地司令だけは現状を把握できていないようだった。

「……これは、どういうことだ。香月夕呼、なのか? 死んだはずだ!」

 その言葉に、やっと男を認識したのか、ゆっくりと見上げては不敵な笑みを浮かべている。

「あら、生きてて残念だったわね。所であんた誰?」

 バックをあさる作業を止めずにそう言った。

「ここの基地司令を務める山里だ。香月夕呼、本人なのか?」

「ええそうよ。私がいない間にずいぶんと人が変わったのね」

「私と一緒に来ていただけますかな。嫌とは言わせない」

 基地司令は、銃を鎧衣から夕呼へと向けた。銃を向けられても夕呼の表情は変わらず、鎧衣もやれやれと動作で示していた。

「あんた、そんなものでこの私をどうにかできると思ってるわけ? 嫌になっちゃうわね。無能に舐められるなんて」

 夕呼がおもむろに立ちあがり、手に持った黒い物体を基地司令へと向けた。ボストンバックから取り出したものだ。おもちゃの銃のようなものだが、円筒に銃のグリップをつけたようなそのデザインを、自分は見たことがあった。黒い、撃つと特徴的な発射音と共にXの字に展開する、そのハンドガンタイプ。まさか、そんなものまで再現したなど言うのだろうか。

「並行世界の技術を学んだ私に、勝てると思うの? ちなみにこの銃、当たると内側から破裂するわよ?」

 その脅しを信じているのか、疑っているのか、複雑な表情を見せたまま、基地司令は動かなかった。そこに、鎧衣が言葉を押した。

「やめときなさい。魔女を怒らせると、魔法で蛙に変えられてしまいますよ?」

 コートの内側から銃を抜き、基地司令に向ける鎧衣。それを見て、舌打ちをし、基地司令は部屋を駆け足で出て行った。

「……夕呼さん、それ本物ですか?」

「おもちゃよ。漫画読んで理論を立てて作ってみたけどね。再現できたのは音だけ」

 そう言って銃を自分に向けて、3回撃った。

 ギョ~ン、ギョ~ン、ギョ~ン。

 銃口からは光もちゃんとでていた。ずいぶんと凝った作りだと思う。

「やめてくださいよ。おもちゃでも恐いですって。あなたが持ってると」

 そう言いきったと同時に、足元のタイルが弾けて飛んだ。ギョッと体が硬直し、嫌な汗が全身の汗腺から吹き出す。少しの間を開けて、自分の背後の床が弾けた。

「ちょちょ、ちょっと! 本物じゃないですか!」

 博士は、3回撃った。弾けたのは2回。あと一発あるということだ。まさか、直撃してたなんてこと、冗談ではない。直後に、背後のシリンダーが派手な音とともに弾けた。ちょっとした安心も束の間、ガラスの破片が自分に降り注いだが、直撃じゃない安堵のほうが強かった。

「あっれー。向こうで試した時は何にもなかったのに。あの世界では実現しないってことかしら」

「……いや、そうじゃなくて、死ぬとこだったんですけど?」

 床に倒れこんだまま、立ち上がることができず、そのままの状態で口を開いた。どうにも腰が抜けたらしい。

「悪かったわ、死ななかったんだし、よかったじゃない」

 ま、魔女め……。智呼とは比べ物にならない暴虐無尽さだ。というよりは、智呼はさすがに、こういう面までは引き継いではいなかったと思う。

 今の騒動はなかったことのように、鎧衣が夕呼に足を進めた。この男もこの男で、ずいぶんと厚い面の皮をしている。

「お久しぶりですな。香月博士。何年ぶりでしょうか」

「さあね、覚えてないわ。それよりあんた、ずいぶんと老けたわね」

「ははは、歳には敵いませんよ。そういう香月博士は、お美しいままで安心しましたよ」

 旧友との再会といった感じで話を始める二人を、智呼が見つめていることに気づいた。智呼はゆっくりと自分に近づき、一言。

「あんた、部屋に戻ってなさい」

 それだけ言って、黙りこんだ。自分が出ていくのを待っている、という風に、鋭い視線で睨み続ける。仕方がない、蚊帳の外、というのは気に食わないが、居たところで意味もない。

 気合いを入れなおし、なんとか立ち上がった。一度溜息をつき、部屋の外に向かう。どうにも、踏んだり蹴ったりだ。

 あとは、香月親子の確執がなくなることを祈るだけ。ビニール袋の中身は無事かと確認し、とりあえず教官の部屋にでも向かおうと思う。こっちのものとは趣の違うこれに、どういう反応をするのだろうか。楽しみなものだった。



 扉を3回ノックし、自分の名前を告げた。

「日高です。教官、いらっしゃいますか?」

 扉はすぐに開き、面倒くさそうな顔をして自分を見た。

「なんだ、何か用か?」

 自分はビニール袋を持ち上げて見せて、お土産です、と言った。中に入っても平気ですか? そう言うと、教官は中に扉を開けたまま中に引っ込み、入っていいと、何も言わずに告げた。

「失礼します」

 教官は机の前のイスに座り、自分は机の上に袋を乗せた。

「なんだ、これは」

「煙草です。ちょっと香月博士のようで、自分の実家近くに行ったので。まあ、一本吸ってみてください」

 袋の中には、3種類のカートンが入っていた。おもむろにそれを取り出し、箱を一つ取り出すと、それを一本、教官に渡した。

「見たことのない銘柄だな。どこの煙草だ」

「さて、あんまり出回ってない煙草ですよ」

 教官はそれを口に咥え、火をつけた。同時に肺に入れたのだろうが、すぐにせき込み、自分を睨んだ。

「な、なんだこれは。ハッカか? なんなんだこの煙草は」

 渡した煙草はメンソールタイプの煙草だ。こっちの世界にはないようだったので、面白そうだと持ち込んだのだ。

「メンソールタイプですよ。まあ、ハッカです。意外とおいしいでしょう?」

 いぶかしむように味を確かめては、何度か吸っては吐き、「ふむ、以外といいな」と言った。

「喉が痛い時とか、それ吸うと、普通のよりは楽ですよ。あとは、こっちの赤い箱の煙草、味も匂いも独特なんで、気が向いたら吸ってみてください。メンソールとそっちの、あとこれは自分が吸ってたやつなんですけど。カートンごと置いていくんで、受け取ってください」

「いいのか、こんなにたくさん」

「自分の煙草、カートンから二つだけ頂きました。月詠さんに禁煙の約束、してしまったんで。これだけあれば十分です」

「ふ、そうか。女との約束は守っておけ。ああいうタイプは一途だからな。約束、破ればただでは済まなそうだぞ?」

「ははは、肝に銘じときます」

 そう言っては立ち上がり、部屋をでた。最後に、赤いやつ煙草、吸ったら感想くださいとだけ告げた。

 金と赤で塗られた箱、ガルムという、口に咥えるだけで甘い匂いをはなつ、お香のような煙草だ。自分は全く好きじゃないが、まったく知らない人に吸わせてみるのも面白い。どんな感想を頂けるか、楽しみにしておこう。……そろそろ、親子の会話も終わったころだろうか。そっちの結果も、どうなったのか、気になる所だった。


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どうもryouです。
お土産の答え。煙草でした。喫煙者ならではです。
アニメや漫画が遺産のデータに繋がるなんて思いつくほど、日高は忠実でもなければ考えの至る人じゃないと思います。ガラム、あれってホントに甘いですよね。気持ち悪くなります。知り合いが吸っていたのですが、ファミレスの喫煙席で、その煙草はご遠慮くださいと言われました。匂いが独特なのは分かりますが、喫煙席でそんなこと言われても知っちゃこっちゃないと思うのは当然でしょう。
ちなみに、自分は金マル。最初はキャメルのメンソールでした。何で最初がキャメルなの?って毎回人に言われます。

ところでガンツスーツ着て、Xライフルとガンツソードがあれば小型種くらい倒せそうですよね。
一つ目星人。
特徴、グロい、つぶらな瞳。目からビーム。いっぱいいる。

玄野だったらやってくれます。日高だったら、ボス倒す直前まで逃げてそうです。


さて、次回は親子邂逅編。お楽しみに。


感想にて指摘を頂いた箇所を修正。



[4846] 28話
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2012/11/15 21:48
 祐樹が部屋の外にでたことを確認した後、智呼はジッと夕呼を見ていた。

 智呼にとっては、ずっと探し続けていた人物だ。それがいざ目の前になると、どうしていいかも分からなくなってしまう。ずっと考えていたはずなのに、文句を言い、引っ叩いて、謝らせよう。そう思っていたはずなのに、それを実行しようという気は、綺麗さっぱり無くなっていた。何を話そうか、一言目に、何を言ったらいいか、智呼は静かに考えていた。それは、夕呼もまた、同じのはずだ。

 空気を察してか、左近は帽子を深く、かぶり直しては、音をたてずに部屋を後にした。親子水入らずという言葉を知らない訳ではないのだ。彼もまた、子をもった親でもあった訳なのだから。

 まるで、西部劇の抜き打ちのようだった。向き合っては動かない。違うのは銃を撃つことではなく、言葉を発することだけだ。どちらが先か、そう思って、とりあえずは厭味の一言でも言ってやろうと智呼は思う。

「……ずいぶんと老けたじゃない。皺、目立ってるわよ?」

 嘘でもいいから、何か言ってやりたかった。目立つ皴などないが、弱いと思われたくなかったのだ。

「あんたも、大きくなったじゃない。胸以外は」

 昔から気にしていることを、平気でよく言う。ほんの少しだけ、嫌いだと思う感情が蘇る。自分から仕掛けた事は棚に上げてだ。それは甘えだろう。子どもの悪口など、笑ってかわしてくれると。しかしそれは、夕呼なりのかわし方でもあるのだ。それが、確執の一因になっているとは知らずに。

「なんで、帰ってこなかったの? 並行世界に渡ったって、日高の口ぶりじゃいつでも戻ってこられたんでしょう」

 夕呼はその問に、目を逸らしたまま答えなかった。

「……黙ってないで、ちゃんと答えなさいよ!」

「その前に、聞かせて。どうして私を呼んだの?」

 その言葉に、どうにも反発したくなってしまう。智呼は、正直な心の内を明かしたくはなかった。それはなぜだろうと、智呼は考えるが、もやもやした頭で、考えられるとは思わなかった。ここで反発するのは簡単だ。簡単だけど、意味がない。理屈じゃないけれど、そういうものなのだ。

「……娘が、母に会いたがっちゃ悪い?」

 それを聞いて、まるでその言葉を待っていたかのように、夕呼は表情を和らげた。「十分よ」それだけ言って、大きく息を吸って、それを吐きだした。

「私はね、怖かったのよ。あんたが。あんたに嫌われてるって思うと、顔を見せようなんて思いもしなかった。並行世界を渡って、技術を集めるなんて、建前よ。私は、逃避してたのよ。現実逃避。自分の生まれた世界を現実とするなら、別の世界に行けるなんて、最高の逃避じゃない。大切な人に嫌われるって、つらいことなのよ。とっても」

 それは懺悔なのだろうか。己の悔いを曝すことで、救いを求めようとする。智呼はそう感じていた。それに、私が嫌ったから逃げたなんて、まるで私のせいだ。そう思い、智呼は自分の手を、強く握りしめている事に気づいた。

「私は、私はあんたなんか嫌いよ! 大っ嫌い。いつも自分勝手で、勝手な思い込みで自己完結して、だから研究ばっかり目を向けて私の事をほったらかしにしたんでしょう? だから嫌いになったの! あんたは私の何なのよ、私はあんたの何なのよ! そんなことなら、子どもなんて作らなきゃよかったじゃない! 何で私を生んだの? 私は、あんたの代替物じゃないのよ、もう演じきれないのよ!」

 そこまで言って、頬に熱いものを感じた。泣いていたのか。自分でも気づかないほど、昂っていたようだ。

「……ごめんなさい。私は、自分の子を見たかった。本当は、あんたには、軍隊とか、関係のない所で育ってほしかった。だから、あんたを遠ざけたの。研究は止める訳にはいかなかったけど、それでも、私と、あの子たちが繋いだこの世界で、幸せになってほしかったのよ」

 あの子たちとは、一体誰を指したものだろう。それは、世界を護る為に散っていった者たちに他ならないのか。今この世界を護るために、死力を尽くした者たちを送りだしたからこそ、夕呼はそう思うのか。

「そんなの、親のエゴよ。私のことなんか、本当の意味で何も考えちゃいないじゃない。私は、あんたに母親をやってほしかったのよ! 私があんたを演じても、何の意味もないの! だから自分勝手って言うのよ。……ちゃんと、分かる形で愛して、欲しかったの」

 膝を折り、床に座り込んだ。智呼は、初めて、人に弱さをぶつけた衝撃に、軽い錯乱にも似た状態に陥っていた。今まで溜め込んだ、甘えたい衝動。それが今、関を切って流れ出てしまう。智呼自身、止められる気がしなかった。

「そう。ごめんなさい。……ダメな母親ね。私はあんたの馬鹿な母親で、あんたは私の愛しい娘で。それだけよ。それだけ。ごめんなさい。愛しているわ。だから、ね? もうどこにも、いかないから」

「……お母さん」

「なに?」

 夕呼がそっと、項垂れ、泣きはらす智呼を抱きしめた。それ以上、智呼は何も言わず、そのままされるがままに、母の胸で泣いた。



 屋上に向かおうと、その前に月詠さんを探した。PXに顔を出すと、隊のみんなが揃っている。柏木がこっちに気づいたので、指をさして合図を送った。それは無事に伝わったようで、柏木が月詠さんに後ろを振り向くように促し、視線が合ったところで、上を指差して見せた。それだけで十分伝わるだろう。どうにも柏木のにやついた表情は腹立たしいが、それもまあよし。先に屋上へ向かい、手すりに背を預けて月詠さんを待った。

 少しもしないうちに、重い扉を開いて、月詠さんがやってきた。「まったく、日に全部吸わないと堪らないのか?」そう言っては律儀に付き合ってくれる。

「あと1本、今日の分は残ってるだろう?」

「それでも、減らす努力はするべきだ」

「日に10本以上から一気に3本に減らしたんだぞ?」

「……約束は守っているようだな」

 それに、「まあね」と返して、土産で持ってきたマルボルに火をつける。本日最後の一本。辺りは暗く、民家の明かりもないこの一帯は、ここにしか世界がないように錯覚させる。サーチライトがそれを照らし、輪郭を作り上げる。もう少しもすれば消灯時間だ。今日の締めくくりには丁度いい。

「月詠さん」

 呼びかけると、彼女は少し離れて、隣へ移動していた。同じように手すりに背を預け、星空を眺めている。目は空に見上げたまま、「なんだ」と返してきた。

「月詠さん、ここ卒業したらどうするんだ」

 しばし黙った後、空を見上げながら言った。

「さあ、わからん。本当なら、卒業したあとに実家に戻り、婚儀をあげる予定だった」

「……そうか」

 思い出させてしまっただろうか。なるべくそれに触れないようにはしていたが、思わぬ所で地雷を踏んだものだ。

「父から、手紙が来たんだ。婚約の破棄を知らせる文だった。新しい相手を急きょ探してるようだったから、断った」

「……そっか。そりゃまたなんで」

「なぜだろうな。自分でもわからん。空に、空に上がってみたい。宇宙で、衛士として、世界を守ろうとするのも悪くない。いや、そうありたい」

 それは新しい夢なのだろう。婚約で閉ざされた、未来への自由を、急に得たのだ。次の目標をそう定めたのか。自分は、どうするべきだろう。香月夕呼が戻ってきた場合、自分はどうなるのだろう。智呼は、助手になれと言った。しかしそれも、夕呼がいれば必要のないことだろう。ならば、自分も自由が得られた事になる。

「お前はどうするんだ?」

「俺は、俺は……」

 まだ答えなんて考えられない。自分も、任官すれば、空にいけるだろうか。衛星基地ホープ。戦闘はないにしろ、そこは最前線だ。そのうち月攻略も始まるだろう。そんな場所に、いってやれるのだろうか。

「空か、どんな所だろうな。月詠さん、どんな場所だと思う?」

 月詠さんはまだ星空を見上げたままだ。月詠さんは、空に何を求めるのだろう。よく考えれば、この平和も、207分隊の尽力があってこそ、この平穏があるのだ。……自分も、甘えるばかりじゃ居られないか。

「そうだな。きっと素敵な所だ。星が地上よりも近くに見えて、地上がまるで小さく見えて。きっと、素敵な所」

 それを語る月詠さんの横顔は、どこか輝いて見えた。夢を語る人の姿は、どれも眩い。希望に溢れ、夢を抱くその姿は、それこそが人間の正しい姿だと思える。

「祐樹は、どんな場所だと思う?」

 そう言って月詠さんは視線を自分へと向けた。慌てて視線をそらし、今度は自分が空を見上げる。

「……そうだな。どんな場所だろう。暗くて、空気がなくて、外に出たら死んでしまう世界」

「なんだ、ロマンのない男だな」

「でもさ、だからこそ、魂のある生き物が、輝けるんじゃないかと思う。空は、きっとそんな場所さ」

 まだ見ぬ世界を夢想しては、想いを馳せる。自分も、重力から解き放たれた時、素晴らしいと感じてみたい。宇宙に、地球に。世間というくだらない枠から飛び出して、解き放たれてみたい。

 意を決して、言ってみる。

「冥も、そう思うだろう?」

 少しきょとんと眼を丸くしたが、また空を見上げては、月詠さんは言った。

「そうだな。人は、綺麗だ。汚いばかりじゃない」

 ああ、綺麗だ。人は綺麗。だからこそ、魅かれ会うのだ。人と人は。そこまで臭い事を考えては、自分の指先を見る。まだ長かったはずの、一回しか吸ってない煙草が、根本まで灰になっている……。

「……しまった、吸うのを忘れた」

「はは、良い事じゃないか。今日はもう終わりだ」

「……殺生な」

 吸い柄をポケットに突っ込み、手すりから離れ、もう一度だけ星空を見上げた。地上に明かりがないと、こんなにもよく見えるものなのか。東京に、自分の世界にいた頃は、夜空を見上げるなんてこと、まったくしなかった。宇宙は、美しい場所であってほしい。ほんの少しだけ、空の魅力に取りつかれたようだった。

「それで、祐樹の夢はなんだ?」

 もう一度聞かれ、今度は答えた。

「俺も、空に行ってみたいかな。BETAを倒すとか、そんな大層な話じゃなく、空に上がりたい」

 月詠さんは軽く笑い、「そうだな」と答えた。

「一緒に行けるといいな。祐樹」

 そう言っては階下に降りる扉へと向かった。

「そうだな、一緒に。冥」

 自分もそれに続き、明日に備える事にした。煙草はまったく吸えなかったが、その代価はあまりに大きい。自分も現金なやつだと思ったが、こんなものかと納得した。

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どうもryouです。今回臭すぎます。死にそうです。

どうにも智呼の回は、三人称にしてしまいます。途中でそれを変えるのは一種のタブーなのですが、練習の意も込めて、勝手をさせていただいてます。
……思ったよりあっさりしてしまうのは悪い癖。さて、そろそろ将来の行く末を考える時期です。高校で言えば、3年生の冬。自分は就活生を横目に、遊んでいました……。一昨年の話です……。
と言っても、まだ後悔するには分からない時期。日高のように、悩み悩んでは、好きなようにやってくたばりたいと思います。
次回からは、さてどうなるか。お楽しみに。



[4846] 最終話 第一部 完
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/02/02 04:40
 2月の寂しい寒空も終わり、桜咲く3月へと季節は移った。基地はだんだんと慌ただしくなり、訓練兵以外の人間は一息つく暇もないようだった。教官にも、最近は訓練の時以外は顔を合わせない。副指令ともまるで関係がなくなったように呼ばれることがなくなった。夕呼博士とはどうなったのか、知る余地すらない。

 自分はと言うと、訓練を淡々と終え、PXにてみんなと雑談するばかりの毎日だ。屋上で冥と話をしながら一服し、みんなとはくだらない冗談を言い合っては、今の風景を心に刻み込んでいる。冥との約束はもう、煙草2本になった。明日からは1本だ。時間はお構いなしに過ぎていく。隊の皆も、もうこうやって笑いあっていられる時間も長くないのだと、誰に言われずとも悟っていた。自分もその一人だ。基地が慌ただしいのは、新規生を迎える準備のためだと想像に難くない。自分たちもまた、旅立つ準備を始めなければいけないのだ。

 そんな折だった。香月副指令から、来いとの連絡が届いた。1週間ぶりに地下へ降り、副指令室に入ると、よく似た女性が二人、机を向き合わせては書類と格闘していた。同じ白衣、しかし、一方は胸元を隠すように厚手のインナーを着て、もう一方は誇示するように胸元の大きく開いたインナーを着ている。二人になったせいか、どうにも散らかし具合も2倍らしい。部屋の隅には無造作に書類の山がそびえ立ち、衣服も我がもの顔で床を独占していた。

 やっと気付いたのか、厚手のインナーを着た方が顔を上げた。智呼博士だ。

「来たわね。こっちいらっしゃい」

 どうやってこの海を渡れとおっしゃるのか。書類と衣服をうまく避け、机の前までなんとかたどり着いた。

「二人で作業していたんですね」

「まあね、ちなみに今の副指令は私じゃなくて、お母さんよ」

 そう言っては対称に置かれた机で作業する夕呼博士を指した。夕呼博士はこちらをちらっと見て、「この前はありがとう。迎えに来てくれて。白銀と同じ来訪者らしいじゃない。どう? 白銀達が残したこの世界は」と言った。

「素晴らしいですよ。ヴァルキリーの人たちは、立派な事をしたんだと実感しています」

 そう答えると、「それが分かるのは、ゲームって形でみたあんたと、あの場にいた一部の人間くらいなものね」と言った。自分と話をしている暇はないと言うように、手を休めることなく作業を続けている。

「忙しそうで。後でもう一度きましょうか?」

 智呼は作業を完全にやめている。片手を上げて言った。

「平気よ。あんたと話する時間くらいあるわ」

 それでも、忙しそうなのは関係ない。手短に済ませようとこちらから要件を切りだした。

「それで、何の用です?」

「あんたを正規兵にする必要はなくなったって話よ」

 予想の範疇だ。冥と空の事を話したあの日から、薄々は考えていたことだった。

「……それで、帰れとでも?」

「それを選ぶのはあんたよ。元々、最初にあんたを助手としてやらせようと思ったのは、お母さんのサルベージの釣り針になってもらおうと思ったから。予定が早まって強行したけどね。それも成功に終わって、こっちはもう用がないってわけ」

 あっけらかんとそう言っては、智呼は足を組んで大きくイスにもたれた。

「それで、あんたはどうしたいの? 帰りたいって言うなら帰れるわよ。あの時みたいに、座標もわかったことだしね」

 そこまで言って、夕呼博士が口を出した。

「あの世界は、元々その子がいた世界じゃないわ。もしそうなら、その子は私の事をもともと知っているはずだもの。何年も前からあそこにいたわけだし」

 そうか、あの世界が自分の本当の世界なら、テレビで夕呼博士を見ていなきゃおかしいのか。

「あそこはその子のいた世界とは微妙に違う世界。元の世界の並行した所ね」

 また夕呼博士は机に目線を落とした。まあ、あそこが本当だろうと違おうと、関係なんてないのだ。

「それで、どうするの、帰りたい?」

 その問いに、自分は首を横に振った。今はここが、自分の居場所だ。この世界の歯車の一部なのだ。それを辞めたいとは思わない。

「そう。本当にいいのね? それで、お望みは?」

「望み? 何のことです」

「ばっかねえ。このまま行けば、普通に正規兵として、どこか分からない所に飛ばされるのよ? ここに残れるとは限らないわ。あんたが望むなら、ヴァルキリーに配属してあげる。《時の鐘》のポセイドン占領事件で何人か欠員がでてるし。どう?」

 ……ヴァルキリーか。しかし、その言葉にも自分は首を横に振った。

「ならあんた、どこに行きたいの?」

「……空、ですかね。空に行きたいです。それって、卒業したてじゃ無理ですかね?」

 そう言うと、智呼は目を丸くしたまま硬直した。しばらくして、大笑いを上げた後、「本気?」と念を押した。

「本気ですよ。無理なんですか?」

「無理じゃないわ。ここからは10人、今年の卒業生を選別して送ることになってるわ。何にもしなくても、あんたは自動的に選ばれる。だって橘少将を倒した功績があるもの。私がねじ込む必要もないわね」

 驚いた。そうか、橘克也を倒したというのは、それほど評価されるものだったのか。

「空にあがるのは、成績優秀者だけよ。とりわけ実戦の評価は高くつく。あんた達は運がいいわね」

「あ、ありがとうございます」

「それじゃ、この話は終わりね。空に上がったら、もう私とは会えないわ。最後にもう一度聞くけど、本当に帰らないのね?」

 自分は、力強く頷いた。誠意が確かに伝わるように。

「そう。ならもう聞かないわ。空に上がれば、そのうち月へ行くことになるわ。死なないように、頑張りなさい」

「了解です」

 そうして、部屋を出ようとした。すると、それを夕呼博士に呼び止められた。

「月には光線級もいるわ。戦術機もラザフォート場を持っていると言っても、油断しないようにしなさい。主機がストレスを一気に受ければ、簡単にオーバーヒートするかもしれない。今の世代の衛士はみんな、ラザフォート場を絶対のものと思っているわ。BETAを知ってるあんただけは、くれぐれも用心しなさい」

「……了解です」

 それだけ言って、部屋を後にした。親子間の空気も良いようだ。心配の必要はもうなくなった。エレベーターを上に登りながら、夕呼博士の言った言葉を深く刻んだ。



 朝起きて、いつもの調子で食事を済ませ訓練に向かうと、グラウンドには教官が先に来ていた。表情はいつもより穏やかで、その目はどこか、遠くを見つめている。

「整列」

 ヤスの言葉に皆、横一列に並ぶ。ここに来たばかりは、この掛声一つ、みんなより行動が遅れていたものだ。当然、今はそんな事はない。

「敬礼」

 右手を額に当て、背筋を伸ばしてしゃんとする。自分は左利きで、左手で敬礼をすることは間違いだと教えられたとき、ちょっとした反発感を覚えたものだった。左利きを右利きに矯正するのは、古臭い考えだと思う所があったからだろう。

「全員、休め」

 教官がそう言い、手を後ろに組んで足を肩幅に開く。視線は常に正面だ。これを守れないと、思いっきり引っ叩かれる。最初の頃はそれこそ叩かれたものだ。今は様になっているだろう。胸を張り、その自信を表すかのように、確かな瞳で正面を見る。

「今日の訓練はなしだ。貴様らに大切な話がある。本日をもって、貴様らの訓練は終了した。明日、解隊式が行われる」

 ……教官のその言葉に誰一人、ざわつく事はなかった。それは訓練の賜物か、そう覚悟していたのかは分からない。

「よく、つらく厳しい訓練を耐え抜いた。貴様らはようやく、人間らしい生活に戻る事となる」

 まだ正面を向いたままだ。最後くらい、最後くらいは、教官の教えをしっかりと守りたい。

「しかし貴様らは、これからも軍隊に身を置くことを決意した」

 誰一人として、訓練を徴兵として受けてはいなかった。冥も、任官することに決めている。

「任官が終えても、貴様らはまだひよっこ同然である。それを努々忘れるな。上官を尊敬し、上官の言葉を糧とし、胸に誇りを持ち、衛士として鍛錬を怠らぬ兵になれ」

 教官は、一人一人に言い聞かせるよう、力強い言葉を放つ。教官の怒声を浴びれば、今でもきっと竦み上がるだろう。それほどに力強い。

「貴様らの任官が済めば皆、ばらばらの地へ行くことになるだろう。だが、共に訓練を乗り越えた友の顔を忘れるな。次の地で、迎えてくれる新たな友を、拒むな。命を預ける大切な人となるのだ。どうか、忘れないでほしい」

 堪えることができなかったのか、隣から嗚咽が聞こえてくる。涼宮あたりだろう。もう少しだけ、教官に自分たちの顔を見せつけなければならない。それも、今までで一番、凛々しい顔をだ。もう少しだけ頑張れ、涼宮。

「私は、自分の命を守れるだけの力は、貴様らに授けたつもりだ。先のテロ事件での実戦で、それは証明されていると、私は思いたい。自分の命は自分で守れ。それだけは仲間を頼るな。しかし、力があるのなら、仲間を守ってやれ。諸君の、輝かしい未来に期待する」

 ……だいぶ前に屋上で、教官から聞かされた話と同じだ。もしかしたら、この話を教官は、卒業生全員に聞かせているのだろうか。それなら、今の言葉が、教官の卒業生としての、証となるだろう。

「私からは以上だ。安部康則分隊長!」

「はっ!」

「最後の号令だ」

「はっ! 高柳久隆教官に、敬礼!」

 土を蹴る軍靴の綺麗に揃った音が響き、教官への最後の敬礼をした。今ここで、立派な姿を見せることが、鍛えてくれた恩返しになるのだ。それを思うと、自然と体全体が熱くなる。

「貴様らは、今日一日しっかりと休め」

 そう言うと、教官は先に基地へと戻っていった。自分たちは、じっとその場を動かなかった。いつまでも、その場で、横一列の隊列を崩さない。これが、自分たちなりの、名残の惜しみ方なのだ。



 自分は屋上にいた。傍らには冥も一緒だ。最後に、訓練兵として、ここの風景を焼きつけようと話したのだ。

 3月と言っても、吹き付ける風はまだ冷たい。それでも、生命の力強さを見せつけるように、横浜基地の前方、英霊たちの眠る桜並木は、まるで祝福か、別れを惜しむように花を咲かせた。

「……あの下には、一体どのような人たちが眠っているのだろうな」

 目を細め、夢想するように冥は言った。

「あの下には、香月夕呼博士の、親友が眠っている。その部下たちも。この世界を守った、反撃の狼煙を上げた人達だよ」

「そうか。その人たちは、今の私たちを笑うだろうか」

 冥をみると、少し俯き気味になっていた。掴まった手すりの冷たさが、異様に感覚を刺激する。

「……どうして?」

「……旅立ちは、笑顔で行かなくてはならないだろう。私は、笑えそうにない」

「今生の別れじゃないさ。空に行くんだろ?」

「……ああ、行く」

「なら、一緒だ。一緒に行くんだ。空へ」

「……そうだな。一緒だ」

 冥がまた顔を上げたのを確認し、冥の手を握った。冥はこちらを見ずに、それを握り返す。

「笑って、行けるだろうか」

「自分がいるさ。笑顔で行こう」

 吹き付ける風が、少しだけ暖かくなった。ほんの少しだけ、桜の花びらを運び、基地を包む。きっと、神宮司軍曹も、ヴァルキリーの面々も、門出を祝ってくれている。きっと。

 上着から煙草を取り出し、最後の一本に火をつけた。これを、最後にしよう。まだ約束の期間は残っているけれども、これが最後だ。

「先に吸うな。煙草の味がするだろう」

「最後の一本さ。味あわせてくれ。煙草の味も今日で最後だと思うと、感慨深いだろ?」

 口の中に煙を含み、肺に落とす。吐き出すと、風がそれを運んでいく。桜の花びらと共に。これも、今日で最後だ。

 この基地のどこかで、皆も別れを済ませているのだろう。屋上は、自分と冥とに深い場所だ。他のみんなにも、そういう場所があるのだろう。

「祐樹、もういいか?」

 煙を静かに吹き出し、冥を見る。

「まだ煙草の味、するぞ?」

「感慨深いのだろう?」

 その言葉を軽く笑い、冥も笑った。

「そうだな。味わえよ?」

「これっきりにするのなら」

 そっと肩を抱き、唇を近付けた。頬に、暖かい風が当たる。3月の、晴れた日の、陽気な風だ。



「日高祐樹、前へ」

 この基地にきたときに、宣誓をした講堂だ。皺ひとつない軍服をきた教官の進行に合わせて一歩、前へ踏み出した。

 目の前に立つのは香月智呼博士だ。基地司令ではないことが、救いに思える。

 自分は最後だ。すでに皆、階級章を受け取っている。

「これから頑張りなさい、少尉。応援するわ。それと、ありがとう」

 自分は、それを敬礼で返した。教官にそうしたように、力いっぱい前を向いて。 

「これにて、231訓練分隊、解隊式を終了する」

 教官のその言葉で、教官は別の男と入れ替わった。その足で、智呼博士と共に講堂を後にし、入れ替わった男が口を開く。

「諸君、任官おめでとう。この後のスケジュールを説明する。一三〇〇時に、第3ブリーフィングルームにて、今後の配属部隊、及び軍服の支給方法を通達する。手続きの説明も行うので各員遅れぬように。以上、解散」

 終わった。自分たちは、今より少尉となった。まだ新任で、訓練兵のような扱いを受けることになるだろう。それでも、ひとつの節目を迎えたことは、達成感と、充足感を満たす。

「ねえ、早く教官に会いに行こうよ」

 涼宮が待ちきれないようにそう言った。そわそわと浮足立つその姿は、まるで子どもだ。

「外、待ってくれてるさ」

「ヤスくん、行こう」

「え、引っ張るなって」

 自分はそう言うと、涼宮がヤスの手を引いて駆けて行った。

「やれやれ。晴枝は子どもだなあ。勇、私たちも」

「お、おい」

 涼宮のまねをするように、柏木が勇の手を取り、連れて行った。

「……」

 冥はそれを眺めては、ちらりとこちらを向いた。……期待する眼差しを向けられても困る。

「しないぞ?」

「……」

 ……仕方ない。なぜ自分たちは逆なんだろうと思いながら、冥の手を取り、歩き出す。自分が引っ張られるならまだしも、自分が引っ張るのか。まあ、彼女らしいと言えば彼女らしい。

「少尉殿、任官おめでとうございます」

 外にでると、高柳教官が事務的に、そう言った。それも教官としての、最後の仕事なら仕方のないことだ。

「教官、俺――」

「安部少尉。私はもう、貴官の教官ではありません。高柳軍曹とお呼びください」

 ヤスはその言葉に詰まり、目を閉じた。目を開けると、声色も、口調も直し、少尉として教官と接した。

「高柳軍曹。今までの尽力、感謝する。軍曹の教えのおかげで、軍曹が教えた仲間のおかげで今、私はここに立っていられると思う。ありがとう」

「私には少々、勿体ないお言葉です。ありがとうございます」

 二人が敬礼し、ヤスの後ろに立っていた涼宮が、次に前に出た。

「高柳軍曹! ……今まで、本当に、ありがとうございました!」

 涙を溜めて、なんとか言いきったように、ふかぶかと頭を下げた。

「涼宮少尉。下士官に頭を下げられては、他の者に示しがつきません」

「はい! ……分かっています、軍曹」

「安部少尉とお幸せに。もし、お二方のお子を、私が面倒を見ることになっても、隊内での恋愛などさせません。ご安心ください」

 涼宮は真っ赤になり、ヤスも照れ隠しに頭を掻いていた。教官には全てお見通しだったらしい。

 次は勇が前へでた。

「高柳軍曹。私たちの子も、その時はよろしくお願いします」

 そう言っては勇は、柏木の肩を抱き寄せてみせた。なんともまあ、男らしい言葉か。勇らしい。柏木は真っ赤になって迷惑そうだが。

「よ、よろしくお願いします」

 どうにも迷惑じゃないらしい。一緒になってそう言う辺り、そういう所に好意でも持っているのかもしれない。

「お任せください。立派に、育てて見せます」

 さて、次は自分が行こう。そう思うと、我先にと冥が遮った。

「高柳軍曹。テロ事件の際は、ご迷惑をおかけしました。何より、助けていただき、本当にありがとうございます」

「とんでもありません月詠少尉。あの場で、一番あなたを案じていたのは、後ろの日高少尉です」

 ……またこの人は余計な事を言う。

「軍曹、そう言う事は言わないで頂きたい」

「はっ! 申し訳ありません」

 教官が、敬礼とともにそう言うが、その顔は笑っている。わかってやっていたのか。

「高柳軍曹。皆よりも短い間だったが、こうなれたのも、本当にあなたのおかげだ。感謝する」

「ありがとうございます。日高少尉。私も長い間、訓練教官を務めましたが、贈り物を頂いた事は、日高少尉が初めてでした。ありがとうございます」

「……そうか、自分の代わりによく味わってくれ。自分はもう、吸わない約束だ」

「はっ、美味しい煙草を、ありがとうございました。お二方も、お幸せに」

「ありがとう、軍曹」

 その会話を聞いて、冥が一言。

「軍曹も煙草、やめたら如何です? お体に触りますよ。いつまでも若いままではすまないのだから」

 はは、冥の小言も教官に向いたか。

「ぬ、ぐ、それは上官命令でしょうか。煙草は、男の嗜みでして」

 苦い顔をする教官を見ては、冥と自分は笑った。「忠告に留めておきます」冥がそう言うと、教官は安堵の息を漏らし、「ありがとうございます。少尉」と言った。まったく、肝を冷やした事だろう。

「そろそろ時間です。少尉殿達はお早く」

「わかった。お元気で」

 それだけを言って、自分たちは背を向けた。尊敬する教官に別れを告げ、次の別れに備える。すぐそばに咲く、桜の木が眩しいくらいだ。桜並木だけじゃなく、ここにも咲いているなんて、もうこの土地も大丈夫ということか。


「手続きに関する説明は以上だ。続いて、配属部隊を通達する。安部康則少尉」

「はっ!」

「貴官の配属先は衛星基地ホープだ。おめでとう、少尉。君の腕は評価された」

 ホープ、ヤスは空に上がるのか。なら、本格的にライバルだ。とりあえずは、先にどっちが中尉になるかで争う事になりそうだ。

「あ、ありがとうございます!」

 満面の笑みを浮かべるヤス。小さくガッツポーズを取って、その喜びを体でも表現していた。

「所属部隊については、向こうに到着次第通達される。続いて、田所勇少尉」

「はっ」

「貴官は引き続き、この横浜基地への配属となる。新型戦術機、疾風のテストパイロットを続けてもらう」

「了解しました」

 勇の表情は、あまり変わらない。落胆でも、喜びでもない。ヤスに視線を合わせては、不敵な笑みを浮かべていた。違う土地で勝負、ということだろうか。

「涼宮晴枝少尉」

「はい!」

「貴官も、引き続き横浜基地への所属だ。田所少尉と同じ、テストパイロットを続けてもらう」

「は、はい!」

 涼宮の表情に、哀しみは見えなかった。ヤスと別の場所だというのに、よくも気丈に振る舞える。強くなったという証明か。

「柏木亜子少尉」

「はい」

「貴官も、引き続き横浜基地所属だ。同じ、テストパイロットの続行だ」

「了解」

 柏木も勇と一緒なら安心だろう。それが表情にでている。

「月詠冥少尉」

「はっ!」

「おめでとう、貴官も衛星基地ホープへの切符を手にした。その得意の空中機動を評価してのことだ。期待に答えてみせろ」

「はっ、ありがとうございます」

 喜びにあふれた表情をしていた。立てた目標が叶うのだ。当然のことである。

「日高祐樹少尉」

「はっ」

「おめでとう。貴官も同じ、衛星基地ホープだ。テロ事件鎮圧に見せたあの功績を、無に帰すな」

「了解です。ありがとうございます」

「それでは諸君。与えられた場所で誠心誠意、励んでもらいたい。衛星基地行きの者は、明日までに荷物を纏めておけ。空へあがるシャトルは明日、出航する」

 それだけ言って、男はブリーフィングルームを後にした。明日。急な話だ。それよりも、今は冥と共に居れる事を喜ぼう。明日の夜には、きっと星の海にいることだから。

「祐樹」

「ああ、言ったろ? 一緒だって」

「ふふ、本当にこうなるとはな」

 冥は穏やかな笑みだった。安心からだろうか。自分も、そんな笑い方ができたらと思う。できているだろうか。

「ヤス、やったな」

「ああ、祐樹。任官してくれて、ありがとう。ホープについた時からライバルだ。俺達はさ」

「そうだな。負けないぜ、勇もだろう?」

「当然だ。お前達が空で遊んでいる間に、着実に功績をあげるさ」

 笑い合い、馬鹿な会話ができる友人とは言いものだ。またいつか、会えると思いたい。ここのメンバー全員でだ。学校の同窓会のようには行かないだろうけれど、それでも、会いたいと思う。

「明日は見送らないよ?」

「そうそう、土壇場はつらいから」

 柏木と涼宮がそう言った。「今でお別れ」涼宮がそう言い、「だから、笑顔でお別れできるよ」柏木の言葉だ。

「それじゃ、ここでだ。この、第3ブリーフィングルームで。また会おう。いつか、きっと」

 思い思いの言葉を返し、自分もそれだけが精いっぱいだった。涙が出そうな別れなんて、初めてだ。それだけ、自分にとって必要な人たちだったんだ。

 今の顔を、冥に見られないようにと、逸らした。何も言わず、ブリーフィングルームを後にし、自室に戻る。

 心の中で、もう一度別れを告げる。智呼博士に、夕呼博士に、教官に、勇に、涼宮に、柏木に、基地に、元の世界に。



〝さようならだ〟 


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どうもryouです。
これで、第一部終演と言った所です。納得のいく終わり方でしたでしょうか? 最後というのは初めて迎えるので、納得がいくか心配です。
といっても、まだ第一部ですが。
できることなら、どの人物を主人公にしても、物語が書ける広い作品にしたい。そう思ってこの作品を書き始めました。
やろうと思えば、月詠冥でも、ヤスでも、智呼でも、高柳教官でも、挙句の果てには橘克也でもできるように思います。
まだ、この物語は始まったばかりです。人生は、長い。それを全部書きあげるには、途方もない時間になってしまうでしょう。

しかし、とりあえずはこれにて終演。第二部はいつ書くか、悩みます。前にかいた終着点とは、ここで終わらせるか、続きを書くかということです。
とりあえずは続きを書くことにしました。外伝の後にでも、せっせと書きたいです。



[4846] 外伝 この眼に誓って
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/02/03 02:00
 鬱蒼としたジャングルが視界を阻む。前後左右、どちらに敵がいるかも分からない状況で男は一人、不知火のコックピットで震えていた。隊の仲間はやられてしまった。歩兵のロケット弾を幾重にも浴びて。戦術機で対人戦など、ゲリラ戦に適したこの地形では圧倒的に不利だった。

 新型のMLドライブ搭載機なら違っただろう。しかし、これは旧式だ。まだ二十歳にもならない男に、そんな立派な物を与える軍はない。

 そんな若造に与えられた任務は、反政府組織のアジトの破壊。怪しいと睨んだポイントを、複数の小隊で同時攻撃をかけたものだ。男は、そこの一つを攻める小隊に所属していた。しかしその小隊も壊滅。残ったのは男一人で、その男も体を震えさせて、とてもじゃないが戦闘をできる状態ではない。集音マイクが、鳥が飛び立つ音でも拾おうものなら、がむしゃらにトリガーを引いて、あらぬ方向に射撃してしまうほどだった。

 足元が見えないほど敷き詰められた草を踏み、木々を強引になぎ倒し、不知火は前進する。男が背負う日の丸に賭けて、敵前逃亡などはできなかった。

 網膜投影が映し出す緑の世界。前方の草が揺れ動けば、そこに鉛玉を打ち込む。木々が揺れれば、それを長刀で切り裂いた。

 歩兵でも、こんな簡単に戦術機を落とせるのか。そう思うのも、木の上から飛び降りたゲリラ兵に装甲に取りつかれ、外部からの操作でハッチをこじ開けては、グレネード弾を投げ込まれて死んだ仲間を見たからだ。装甲についた人間だけを撃ち落とすなどできようもない。結局、見ているだけしかなかったのだ。

 地形情報を確認しながら進み、ようやく目的地に到着した。目の前には崖がそびえ立つ。司令部は、その崖の根本に、ゲリラたちのアジトがあると睨んでいた。男はしばらく、辺りを見回したが、そのようなものは見つからない。テントも、横穴も、何もない。

 無駄骨か。そう思うと悔しさが堪らない。そんなことのために、仲間は死んだのかと怒りがこみ上げる。

 その怒りをあざ笑うかのように、司令部からの通信が開いた。
『状況終了、今すぐに停戦し、司令部に戻れ』

 その短い命令を聞き、やっとの思いで了解、と呟く。別動隊がアジトを潰したのだろう。大きく溜息をつき、不知火を司令部へと向けた。

「よう克也。なに死人みたいな顔してんだ。生き残ったんだ。嬉しそうにしろよ」

 男の肩を、褐色の肌をした男が叩いた。克也と呼ばれた男は、それを力ない表情で返した。

「日本人ってのは本当に陰気な性格してやがるな。蛆が沸くぜ」

 そう捨て台詞を吐いて褐色の男は去って行った。蛆虫か。普段なら祖国を馬鹿にされたと男も憤慨しただろうが、今はそんな気分じゃない。言わせておけばいいと、自分を納得させていた。

 臨時に作られた駐屯基地など、簡素な作りをしているものだ。申し訳程度に周囲を囲む有刺鉄線。そして家代わりのテント。軍医のいるテントは、負傷し、体を欠損した人間が多く集まり、さながら戦争でもやらかしたのかと言うほどだ。

 名目上、今回の作戦は戦争と呼ばれるものではなかった。ゲリラ共の討伐作戦。戦術機を投入したのは、BETA相手に長い間、戦っていた悪い癖だ。人間に、それもこの南米の奥地で、戦術機が役に立つはずがない。それならいっその事、燃やしてしまえばよかったのだ。木々を焼き払えば、戦術機の活用性も見えてくる。それをしなかったのは、軍隊もBETAに蹂躙された地球の環境を危惧してのことだった。

 ふと後ろをみると、褐色の男が戻ってくるのを見た。また何か言われるのかと思うと、すぐにそこを立ち去りたかった。しかし、褐色の男の目線が自分に向かっていると感じ、また溜息をもらした。

「おい。まだシケた顔してるな。町、行って来いよ。気も紛れるだろう。司令部が許可を出したんだ。現地の飯っての、危なっかしいのも偶にあるけど、以外と良いもんだぜ」

 今度は背中を叩いた。どうにも、元気づけようとしているらしい。

「……ありがとう、シモン。町に行ってみるよ」

 そう言うとシモンは、「そうか。俺は先に行ってるぜ」と言い残し、駆け足で行ってしまった。

 男も重い足取りだが、町へとむかった。駐屯基地の外にでると、雑多に積まれた荷物のように、軽トラックの荷台に人が乗り込んでいる。町へ行く車だ。

 男も、なるべく人の少なそうなトラックを探し、それに乗った。そう言えば、何時までに帰ればいいのだろう。男は疑問に思ったが、周囲の人間の誰にも聞かなかった。どうせ長居はしないと思っていたからだ。

 町につくと、同乗していた兵士達が一気に飛び出して行った。娯楽のない遠征中の部隊だ。現地の町に行くことが、最高の息抜きになる。それは男にも当てはまる事なので、歩いてだが町へと向かった。

 木材でできた建物が並ぶ、あまりに前時代的な風景だった。出店が立ち並び、食堂のような店も多く見受けられる。こんな場所でも、活気溢れるほどに人がいるものなのか、男は思う。

 赤土の地面を歩き、簡素なビーズアクセサリーを売る出店に目が向いた。多くのネックレスが並んでいる。どれも似たようなデザインだが、色が少しだけ違う。一つ一つが手作りなのだと伺えた。

 そのネックレスを見ては、男は一人の少女を思い出した。日本で平和に暮らす少女のことだ。彼女は、今何をしているだろうか。ここに来る前に顔を見せたが、彼女は礼儀正しく振舞うけれど、その一方で心を見せてはくれなかった。これをプレゼントしたら、彼女は喜んでくれるだろうか。男はそう思ったが、困惑する彼女の顔が目に浮かんだ。きっと、受け取ってはくれないだろう。そう思い、足を進ませた。

 親同士の決めたことだったが、許婚となる少女を思っては、男はしばしば考えていた。少女はまだ十二歳だ。自分はまだ十九。父上も気が早いものだと思う一方、その出会いを感謝していた。

 少なからず、魅かれていたのだ。少女は、その年齢からだと少し、背伸びしたようなたち振る舞いを見せる。礼儀を知り、恭しく接してくる彼女を見ると、とても好意を持てる人物だと思ったのだ。きっと、そのままの雰囲気で、彼女はいつしか、大人になって自分の前に現れるだろう。そうしたら、きっと私は、本当に惚れてしまいそうだ、と思う。それは楽しみなことだった。

 ふと顔をあげると、街を行く人々から視線を感じた。それも当然である。男は今、軍服を着用している。先ほど、すぐ近くで、戦闘をやってきたのだ。好意的な訳がない。

 遠ざかる大人たちを横目に、一人の子供がふらふらと男に近づいた。薄汚れた大きめのシャツと、擦り切れた半ズボン、ポケットに片手を突っ込んだ男の子。男がどうした、と声をかけると、お母さんがいない、と子供は言った。

「そうか。……わかった、私も探してあげよう」

 そう言って、男が子供の手を引いて、男の子はそれに素直についていった。

 母親とどこを歩いたかを男の子に尋ね、男の子が言う先々へむかった。食堂に顔を出し、出店に行って、色々な所を回っていった。

 時間も少しずつ過ぎていき、そろそろ戻らないといけないか、と思う時間になっても、とうとう母親とは出会えなかった。

 男の子は、泣く気配も見せず、強い表情を見せていた。良い子だな、と頭を撫でてやると、ぶっきらぼうに口をへの字にしていた。

 そんな折だった。男の子が、急に何かを思い出したのか、目の前のお店を指さして、あそこにも寄った、と言った。

 金物屋だろうか。鍋や包丁などを売っているお店だった。そこに向かい、話を聞いてみるも、母親らしき人物はいなかった。男の子は、片手をポケットに入れたままだった。

 後ろから、男を呼ぶ声が聞こえた。男が振りかえると、シモンが手を振っていた。隣には現地の女性だろう。それの肩を抱いて、えらく胸を張って歩いていた。

「よう、まだいたのか。もうトラックは行っちまったぜ?」シモンがあっけらかんと言う。

「ならシモンはどうするんだ。困ったな」男が男の子を盗み見ては言った。

「大丈夫さ、この子が送ってくれるってさ。あの車で」

 シモンは前方に見える土埃にまみれた白っぽいミニバンを指差した。

「お前も乗せてってもらえよ」

 男は、許可を求めるように女性を見た。女性は笑顔で頷いて見せ、男は、先に行っててとシモンに伝えて男の子に向いた。

「すまない。私はもう行かなくてはならない。一人で大丈夫か?」

 そう言うと、男の子は俯いた。男は、どうにかしようと腰を落とし、目線を男の子に合わせた。

「大丈夫だ。すぐに見つかる。今までに回った店で、待っているといい。きっとお母さんが迎えに来てくれるよ」

 男の子が頷き、男はホッと息をついた。帰りの時間をすぎるなんて、大目玉もいい所だ。この鬱屈とした気持ちのまま、引っ叩かれるのは冗談じゃない。

 その時だった。同時に、二つの事が起こった。

 まず一つ目は、男の背後で爆発が起こった。それは、シモンが指さした土埃に汚れたミニバンが爆発したものだった。シモンと女性はすでに、搭乗していた。二人は、一緒に吹き飛んだのだ。

 二つ目は、男の子が、手をポケットから出したのだ。その手には小さなナイフが握られている。ナイフは、男の左眼に突き刺さっていた。

 男は悲鳴を上げ、周囲の人間たちも悲鳴と怒号を上げては走り、逃げ回っていた。テロだー! 車が爆発したぞー! ゲリラの連中だー!

 男はその事態を、まったく飲み込めそうになかった。ただ、周囲がうるさく、左眼が見えない。それだけだった。いつの間にか男の子はいなくなり、残されたナイフは左眼に刺さったままだった。傷口は熱く、その一方でひんやりとした鉄の感触が残っている。どうしたらいいかも分からず、男は固まっていた。

 意識は次第に薄くなり、残されるのは周囲の喧噪と、それに混じって聞こえる銃の音だった。戦闘になっているのか。男が最後に思ったのは、それだけだった。


 気がつくと、男は簡素なベッドに寝かされていた。天井は厚手のビニール。駐屯基地の臨時病院だと気付いたのは、目覚めてからしばらくたってからだった。

 その間、男は身じろぎ一つとらなかった。視界がとても気持ち悪く、見つめるビニールとの距離感が掴めない。左手を顔に当てようと持ち上げたが、その左手は一向に視界には入らない。左眼は、失明しているようだった。

「気づいたか、少尉。ここは駐屯基地だ。分かるか」

 白衣と、白い頭を覆う帽子をかぶった男が言った。ここの軍医だ。男が世話になるのは初めてだった。

「左眼の処置はここではそれが限界だ。日本に戻ったら、義肢手術を受けるんだな。よかったな、日本は裕福な国で」

 それは皮肉混じりの言葉だった。あの男の子は、ゲリラの一員だったのか。なぜ、あのような子供が、そんな事をするのだろう。男はまた、鬱屈とした感情にまみれた。

 シモンはどうなっただろう。男は思ったがあの時、背後で起こったのは爆発だというのを思い出し、やりきれない気持ちが膨らんだ。

 自爆テロなんて、よくやる。男はそう思った。男は、ゲリラが戦う理由を知らなかった。何も聞かされず、ただ不知火を駆った。そんなもの、一介の兵には必要のない情報だ。それでも、目の当たりにしてしまったのなら、疑問はざわつく一方だった。

 隣のベッドにも、その隣にも、元気よく町へ向かった兵たちだった。それが今は呻きを上げて、痛々しい包帯を巻いている。

 間違っている。だからこんなことが起こるのだ。何がゲリラをそうさせて、それを私達が鎮圧しなくてはいけないのか。衛士になって、初めて抱いた軍への疑問だった。


 男がゲリラの主張を知ったのは、日本へ帰ってからであった。父親と話した時、男にこう洩らした。

「あれはな、自分たちの国を返せと駄々をこねているのさ。アメリカが支援をしなかったせいで周辺の国々と合併するなんて、許さないってな。まったく、迷惑な話だ。そんなくだらないことでお前が怪我をするなんて。連合には、強く反政府組織をせん滅するように打診しておくよ。所で、その眼はいつ治すのだ? 日取りを決めればすぐにできるようにしてある。いつでも言いなさい」

 男は、その言葉に首を振った。「この眼は治しません、父上」

「何を馬鹿な事を言っている。そんな顔では、月詠家の御息女に恐がられるぞ?」

 男はその言葉に苦笑し、何も言わずに部屋を出た。

 この眼は、治さない。この世界は間違っている。父上も、アメリカも、連合も、なんて馬鹿にした考えだ。

 これは、覚悟だ。男は包帯をとき、用意した眼帯を左眼につけた。黒い、縁に金糸で装飾された眼帯。

 私が、正してみせる。無能に変わって、私が世界を動かさそう。ゲリラが正しい訳じゃない。しかし、アメリカの政策はエゴイズムが過ぎる。それを止められるのは、日本だけなのだ。眼を失って、初めて世界が見えるとは、皮肉なものだ。

 男は、もうじき父親が首相になれることを知っていた。それを利用しようと考えるのは、悪魔の考えだろうか。その疑いを男はねじ伏せた。眼帯に右手をあて、心で言葉をつぶやいた。



 正義を為す。この眼に誓って。

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どうもryouです。
外伝第一弾、作中では語られなかった男の過去話です。
ただの悪役として彼を出しましたが、彼もまた、想いがある事を書きたかった。
本編で出そうと思ってたのですが、どうにも長すぎるだろうと思い、外伝です。
ちなみに、事件の後の彼はどうなったのでしょうか。まだ出番はありそうです。



[4846] 外伝 愛に生きる男 その名は
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2012/11/15 21:48
 毎月、最初の日曜日。決まって男には手紙が届いていた。男もそれを心待ちにしていた。内容は、何の変哲もない近況報告のようなものだが、それでも男には、家族を感じる唯一の物だった。煙草に火をつけてからペーパーナイフで手紙を開けた。中から二枚の紙を取り出し、直筆で書かれた癖のある字を眺めては、煙と一緒に笑みを漏らす。丸っこく小さい字と、汚い大きな字。親子でこんなに正反対の字を書くのかと、毎回笑ってしまう。手紙の内容は、やはり今月も当たり障りのない話だった。

 今の季節はもう、水田に米ぬかを巻き終わり、じっと春を待つだけ。BETAに荒らされた大地も命を育むほどに強くなり、来年からは、米だけじゃなく、花の栽培も始めようと思います。去年の今頃も、同じ事を書きましたか。お母様と、正志とでは、なかなか手が足りません。あなたが戻ってくるのはいつになるでしょうか。それまでに、百合の花を一面、咲かせてみたいものです。好きだったでしょう。正志が生まれる前に、連れていただいた百合の花畑。私は今も、忘れたことはありません。

 懐かしい事を言う。男はそう口に出し、煙草を吸った。喉が冷えたような感覚。売店では売っていない煙草。男が教える訓練兵が寄こしたものだ。男は、そのメンソール煙草を気に入っていた。

 もう一枚の紙を見ては、これも相変わらずと男は唸った。

 お元気でしょうか、私は元気にしています。今年のお米は、なかなか病気に強いものでした。来年もこうであってほしいと思います。父は、今も私が農家をやる事に反対でしょうか。もし、家に帰ってくるお暇があれば、私と母が作ったお米を食べてほしいものです。

 いつも、二枚目の手紙は短い。同じような内容で、同じような字体で。それほどまでに書くことがないのか、書いた本人にしてみればそれほど重要な事なのか。男は苦笑した。

 この手紙を読むたびに、男は反対なんかしていないと心の中でつぶやいていた。やりたいならやればいい。そう思っているはずなのに、返す手紙では一切、その事には触れなかった。

 顔も、声色も分からない手紙というは難しい。相手の感情を、推測でしか捉えられない。はっきりとした感情以外は、全て都合のいいように歪曲する。それが分かっていても、はっきりと心を出せないのは人間である以上、仕方のないことだった。

 人と人が分かりあう為には互いに歩み寄らなくてはならない。しかし、それには意地が、見栄が、自尊心が邪魔をする。相手を卑下し、相手を尊ぶ。それは、本当の意味で歩み寄るとは言わないと、男は考える。本気でなければいけないのだ。人と人が、向き合う為には。それを男は、愛だと思っていた。

 古来、愛というものを正確に把握できた人間はいない。各個に愛があり、愛の形状は一定ではない。古人は、愛について多くの言葉を残していった。その多くの言葉も、整合性のない言葉だ。ひとつを聞いて、それからもうひとつを聞いてみると、おかしなことに矛盾している場合がある。初恋を題材とした言葉を例にすると、心から恋をするのは初恋だけ、という言葉がある。しかし、一方で初恋とは、少しばかりの愚かさとありあまる好奇心だ、という言葉もあるのだ。この二つを掛け合わせると、その愚かさと好奇心が、真実の愛という形になってしまう。もしかしたら、それこそが本当に、真実ではないか、という疑問は拭い去ることはできない。

 愛という言葉は、日常の生活でも多くつかわれる。例えば煙草。私は愛煙家だ。ここにも、愛という言葉使われる。この〝愛〟とは一体何なのか。
 愛というのは、しばしば宗教では、神と同義にされることがある。愛とは神。愛を知ることは神を知ること。ここに使われる〝愛〟とは、アガペー、無条件愛を指す。見返りを求めない愛だ。

 煙草を無条件に愛する。それは正しい表現だろうか? 煙草を好んで吸うのは、自身に対して有効な何かがあるためであり、例えばそれが心を落ち着かせるために吸うのなら、それはしっかり見返りを求めていることになる。

 ならば、男女間の愛に見返りはないのだろうか。それも違うことだろう。しっかりと見返りを求めているのだ。愛してほしいが為に愛する。それは情念を向けてほしいのか、快楽を求めているのか、千差万別だろう。

 無論、愛とは無条件愛だけではない。エロスと呼ばれる肉体関係の愛。見返りを求め、エゴの塊と言える愛。無条件愛と対極を指す言葉だが、大半の男女間の愛は、エロスなのだ。しかし、肉体を求めることが悪と言っていい訳ではない。肉体を求め、子を持ち、すると家族愛という言葉が次に出てくるのだ。

 もともと肉体を求めるというのは本能の分野だ。繁殖行為とは、そういうもの。そこに善だ悪だと格付けしてしまう人間は、甚だ愚かだと思ってしまう。

 本能とは何なのか。それが男女を引き合わせるのなら、愛なんてものは存在しない。それでは獣と同じではないか、と思う人もいるだろうが、元々人間が特別な訳ではない。人もまた、獣の一種なのだ。本能がエゴだとすると、やはりそれはエロスと呼べる。友愛も、家族愛も、そこに見返りを求めているのなら、エロスなのだ。

 宗教では、友愛はフィーリアと呼ばれ、エロスやアガペーとは区別される。しかし、友情とは何なのだろうか。まるで見返りのない友情など、存在するものなのだろうか。友人を作ることが、己の心に余裕を作るというのなら、それもまた見返りと言える。

 愛とは全て、本能と呼ばれるものなのかも知れない。エゴイズムの塊だ。愛を格付けするのも、崇高でありたいという、自尊心から出てきた人間のエゴだ。

 なら、息子に心を開こうとしない親、というのは愛がないのだろうか。男は考えた。

 男は昔、息子にエゴを押し付けたことがあった。男の後を追って軍人になるものと、息子に押し付けたことがあったのだ。息子はそれを拒否し、今は農家としてやっている。それが男の負い目なのだ。男が意地を張る理由なのだ。
 しかし、人間は獣と同じ本能で動いていると上で述べたが、それも誤りであることは間違いがない。人は、理性で心を整理することはできる。その感情がエゴだと思うのなら、それを解けばいい。男はそう思い、ペンを探した。返事を書くためだ。

 いい加減、大人になった息子を見てみたいと思うし、それまでには息子の前で笑えるようになりたい。それを男は、正直に手紙に綴った。

 愛とは本能でありエゴだ。しかし人間は、エゴと気づけたならそれを、持ち前の人間性でどうとでもできる。

 それが、愛の本質なのかもしれない。




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あっれーおかしいぞ。私は教官でギャグを、教官が訓練兵を愛についてなじりながら語る話を書いていたはずだ。
おかしい。明らかに出来上がったのはギャグとは対極、エセ文学まがいの黒歴史物ではありませんか……。
なんてこった。おかしい。台詞を表す「」が一つもない……。
「女の抱き方も知らないなら鶺鴒(セキレイ)にでも教わって来い!」の気に入っていた台詞はどこに消えた!!! 注:鶺鴒:鳥類、鶺鴒属。日本神話でイザナミとイザナギが鶺鴒を見て、子の作り方を覚えた。っていう注釈も入れたかった!

結論! ギャグ無理! ギャグは崇高にして頭の使う難しいジャンルです!



[4846] 外伝 うたかたの夢
Name: ryou◆7da013d0 ID:3d61d876
Date: 2009/02/12 06:56
 神様という存在が本当にいたとして、それは一体、自分たちに何を与えてくれているのだろうか。……いや、与えてもらうなんて考えがそもそも間違いなのかもしれない。
 幸せなんてものは、その時には分からない。しかも不幸なんてものは、幸せとは不釣り合いなほど降り注ぐ。時間もお構いなしに過ぎていくし、失って初めて気づく幸せもある。
 その点、自分はあの時、幸せを実感できていなかったかと言うと、確かに感じていた。感じていたのだ。あの時、自分たちは幸せだった。
 しかし、そういうものは長く続かないものだ。幸せとは刹那だ。まるでうたかた。そして、それを奪われた未来は、永遠に続くのだ。
 自分はまた、横浜基地の屋上にいた。あの時に返れたらと。今はもう、戻れない時間へ。きっと、それを望むのは自分だけじゃないはずだ。彼女もまた、望んでいるはずだ。そう思うのは勝手な希望なのだろうか。もしそうだとしたら、独りよがりも甚だしい。でも、もし、あの瞬間に返れたのなら、色々とやり直したいことがたくさんある。


 その日の朝は、いつもと違った朝だった。朝食を取ろうとPXに向かったのだが、そこに隊の皆は現れなかった。ただ一人だけ、いつもの自分たちの指定席には冥が座っていた。
「おはよう。……みんなは?」
 冥もおはよう、と返し知らない、と答えた。
 朝のPXは混雑する。その時も大勢の人間が集まり、朝食をとっている。そこを見渡しても、見知った顔は一向に見つからない。
「全員寝坊でもしてたりしてな」
「そろって寝坊はありえないだろう。もう食事を済ませたのかも知れん」
「ふうん。それにしたって、早すぎるだろう。今日の訓練、早めに集合とか、そういう話だったっけ?」
 それを聞いた冥は大きく溜息をついた。味噌汁の入った器を置き、目を細めて自分を睨んだ。
「もしそうなら私はここにいない。祐樹と違ってそこらへんはしっかりしているつもりだ」
「……まるで自分がしっかりしてないみたいじゃないか」
「私は寝坊しないぞ?」
「う、そりゃつい最近寝坊したけどさ、朝の点呼には間に合っただろ?」
「寝癖のひどい頭でな」
 そこまで言って、涼しい顔で味噌汁を飲む冥。自分はと言うと、言い返す言葉が見つからずとぼとぼとご飯を口に運んでいた。
「それで、寝坊の原因を聞いてなかったな。なぜ寝坊したんだ?」
「……」
 寝坊したのは、初めて冥と名を呼んだ夜、一昨日のことだ。その日は目が冴え、まったく眠れそうになかったのを覚えている。それも仕方のないことだと、今は思う。いくら自分でも、何事もなかったように眠るのは無理という話だ。
「どうした、何かやましい理由なのか」
「……あ、痛て、痛てて、なんか急にお腹が、痛たたた、まったくおばちゃん、変なもん入れたんじゃないだろうなあ」
 そう言ってはそそくさと席を立ち、食器を片づけた。右手を腹に当て、冥の視線を背中に感じながらPXを後にする。どうせ訓練後、いやその間にでもまた聞かれるはずだ。今から言い訳を考えておこう。

 PXでは見かけなかった皆も、訓練にはちゃんと姿を見せた。特に変わった様子はなく、自分たちに何を言うわけでもなく訓練を続ける。冥からも再び問われることなく、訓練は平穏無事に終了した。そこまではよかった。しかし、夕食の時間も平穏とはいかなかった。
 朝とは違い、皆が揃った食事。開口一番に聞いたのは当然、朝の事だ。
「ヤス、朝どこ行ってたんだ? 朝飯も食わないで」
「食ったさ。祐樹たちが遅かったんだよ」
 それは本当なのかも知れないが、全員が揃ってというのはやはり疑問だ。他の面々を見ると、にやけた顔をしている柏木と涼宮。どうにも何かあるらしい。
「それで、祐樹。寝坊の理由は?」
 ぐ、なんて答えるべきか。まだ言い訳なんて思いついていない。
「月詠さん、それはねー」
 口を挟んだのは柏木だった。その笑みは先ほどよりもにやついている。
「男の子が夜遅くまで起きてる理由なんて、一つしかないでしょー」
「お、おおい柏木、何を言い出すつもりだ!」
「柏木は理由を知っているのか?」
 柏木が何を言うかは知らないが、碌なことではないのはあの笑みが証明している。そして何より、ヤスと涼宮までもが笑いを堪えている。勇は普通だけれでも。
「それはねー、こう、利き手を使って――」
「ストップ! ストップ、この話は終わりです。柏木、何が目的だ」
「目的なんてないよ。ただ二人が仲良くなったなー、と思って二人きりになる時間をですねー」
 ……なるほど。朝のはそういうことか。
「余計なお世話だよ。勇、手綱くらいちゃんと握ってくれ」
「そうそう、利き手でこう、握ってですねー」
「ストップ! 終わりって言っただろう。勇!」
 そこまで言っても勇は涼しい顔を崩さなかった。視線を自分に向け、一言。
「俺は保護者じゃない」
 きっぱりと突っぱねては黙々と食事に向きなおった。
「……ヤス、助けてくれ」
 必死に笑うのを我慢した表情で、ヤスはゆっくりとこちらを向いた。目線が合った直後、途端にそれは決壊。豪快に笑いだした。救難の目途は立たない。
 残るは涼宮一人。そちらに視線を向け涼宮と目が合うと、それも笑いを必死に堪えている。こう言う事を面白がるのは柏木も、涼宮も同じだ。助けを求めた所で意味などなさそうに思えた。
「……涼宮は柏木と同類か」
「ちょ、ちょっとそれは酷くない?」
 同類発言は不満だったのか、柏木の顔を見ては肩を落とした。
「一緒に面白がるけど、犯行は亜子だけじゃん!」
「被害者から見れば野次馬も同類だ」
 そう切り捨てて、少し溜息をついて食事にかかった。やけ食いと言える形相で次々とおかずを頬張っていく。
「日高君、そのおかずおいしい?」
 柏木だった。今日の柏木は油断がならない。多少なりとも柏木に苛立ちもある。その言葉を自分は無視したが、構わず柏木は続けた。
「一昨日の夜のおかずもおいしかった?」
 味噌汁を盛大に吹いてしまった。ヤスと涼宮の癇に障る笑い声が聞こえる。それは味噌汁を吹いたのが面白いのか、それともおかず発言が面白いのか。
 してやったり、という顔の柏木を恨みを込めて睨んだ。柏木はまったく動じず、にやにやと笑みを浮かべるだけ。
 口周りの味噌汁を袖で拭き、テーブルを雑巾で拭いた。視線を感じたので、顔を上げると冥と目が合った。冥は心配そうな目をこちらに向け、自分がテーブルを拭き終わるのを確認すると一言。
「利き手で何を握っていたんだ?」
 俺はその場を全力で走り去った。


 逃げ込んだ先は屋上。重い扉を開けると、暗い夜空が迎えてくれた。雲がかかっているのか、星は見えない。どこか甘い匂いがするが、周囲に人影はなかった。
 扉の横に腰を下ろし、ポケットの中にある煙草を取り出した。ボックスの中に詰め込んだライターと、煙草を一本取り出し、それに火をつける。
 今日はどこか不幸だ。色々と。
 煙草の煙と一緒に落ちた気分も吹き出してしまおうと、一息吹いた。紫煙は鼻につく匂いと共に、冷たい空気に溶け込んでいく。
 後ろから、足音が聞こえた。早いリズム。階段を駆け上がっているようだった。重い扉が開かれ、冥が姿を現した。荒い呼吸をすぐに整え、自分を見つけると、口を開いた。
「すまなかった、柏木から聞いた。それは、その……仕方のないことだったんだな! 言えなかったのも無理もない」
 不幸はまだ続くようだった。
「いや、あの、それはね、ちが――」
「何も言わなくていい、分かった、分かったから、その、言及してすまなかった。そんな事だとは知らずに……」
 何を分かったのか、と追及したくなったが、どうにか堪えた。藪を突いて蛇を出してしまったら敵わない。
「……いや、もういいよ。本当に。とりあえずその話は勘弁してくれ」
「わ、わかった」
 自分が何をしたというのだろうか。神様がいるとしたら、それはこの状況をどう見ているのか。神様も笑っているのかもしれない。そう思うととてもじゃないがやるせない。自分の隣に腰をおろしては、冥は話し始めた。
「……な、なあ祐樹」
「……なに?」
「その、私じゃ、不満か?」
 煙草の煙を肺に入れたまま、咳込んでしまった。喉がヒリヒリと痛む。いきなり何を言い出すかと思えば……。
「不満も何も、まだ何も……」
 そう言うと、冥は俯いた。暗くてよく見えないが、きっと赤面しているに違いない。
「……なら今」
「え?」
「今、しよう」
 また咳込んでしまった。少し涙目になりながら、冥の顔を見る。な、何をしようと言うのだろうか。
「……何を?」
 それを聞いた冥は、目を閉じたままゆっくりと自分に顔を近付けた。唇が重なり、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。まるで現実感のないフワフワとした何かが感覚を覆った。
 またゆっくりと離れていき、冥が俯いた。今度は自分が赤面している事だろう。あまりの事に、体が完全に硬直している。それを振り解いて、今度は自分から、ゆっくりと冥に顔を近付けた。甘い香りが漂う。これは冥の匂いなのだろうか。……待て、それにしても匂いが強すぎる。
 途端、冥が何かに気づいたように、勢い良く後ろを振り返った。それはきっと、例の心得だ。侍か、忍者の。
 屋上の入口から死角となる場所。建物の角からフェンスが設置されていて、丁度その角を冥は見つめている。よく見ると、そこには紫煙が漂っている。
「……教官?」
 恐る恐る自分が声をかけると、角から生えるように教官が現れた。……甘い匂いを漂わせながら。
「ずいぶんとお盛んだな、訓練兵」
 教官が口に咥えているのは、自分が土産として渡したガルムだ。この特徴的な匂い、すぐに気付くべきだった。
「……続けてどうぞ?」
「え、いや、その、あはは」
「どうした、続けんのか?」
「ええっと、遠慮しておきます」
 冥はずっと俯いたまま黙り込み、自分は言い訳とここから逃げる算段だけを考えていた。……今日は不幸だ。きっと、不幸。しかし、ファーストキスという点においてはどうなのだろう。それは幸せだったが、それも吹っ飛んでしまう。
 とりあえずは、教官の小言を聞きながら、この寒空の下で正座することだろう。冥はすでに自室に戻った。こういう場は、全て男が責任を持つものだ、と教官が言ったのだ。

 ちなみに、冥が言った『今しよう』というのはキスのことだったらしい。それは達成できてよかったのだが、その先を想像した自分のなんて独りよがりなことか。
「聞いているのか、日高!」
 
 これは、どうにかして忘れたい一日だ。とてもじゃないが酒のつまみにもできない。まだ、小言は続く……。



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どうも、遅くなりました。ryouです。

どうでしょう、ギャグになっていますでしょうか。そして要望にこたえられたでしょうか!
今回はスペース入れずに掲載。こっちのほうがよっぽど『らしい』ですよね。
さて、最近仕事を変えようと思い、とあるアルバイトに応募しました。その採用試験が送られてきて、今はそっちに掛かります。
そろそろ第二編を進めたいと思ってるのですが、まだ遅れそう。落ち着いたら、また始めたいと思います。
それではまた。


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