皆様は魂という存在を信じるだろうか?
現代医学ではその存在は当然否定されている。人間は脳ミソで物を考えているのであって、心という曖昧な心臓もどきで思考している訳じゃない。まあ、脳ミソ自体がまだまだ地球の医学レベルでは解明出来ていないので、その中に魂の一つがあっても不思議じゃない。
たとえ魂という物が存在したとしても、死んでしまえば電気信号で物を考えている脳と共に消え去る。それが少し前までの俺の中の常識だった。
つまり、何が言いたいのかというと。
「ふぎゃああああ……(え、何この状況?)」
気が付けば、白い天井を見上げて俺の口は勝手に泣き喚いていた。周りには医者らしき人物と、汗まみれで…それでも、満面の笑みで”俺”を見ている薄い水色の髪を持った女性。”俺”を抱き上げていた看護婦が彼女に近づくと、そっと手渡された。
俺はというと、巨大な人間(なんせ俺の10倍近くの大きさがあるように思える)に困惑しながら、自由の利かない身体を精一杯捩じらせることしか出来なかった。
状況がさっぱり理解できない。
「……初めまして、私の赤ちゃん。これからよろしくね」
女の人が、”俺”を優しく抱きかかえながら、優しく微笑んだ。
あまりの慈愛に満ちた微笑に、見惚れてしまったのは仕方ないだろう。
げ、現実逃避じゃないんだからねっ!?
……とまあ、ツンデレごっこで誤魔化してみても、現実は変わらなかった。というより、強制的に認識せざるを得なかった。彼女……つまりは、現俺の母親となる訳だが、マリエル・コッペルの実子として俺は新たに生を受けた。転生という奴である。
いや、死んだ記憶もないんですけどね?
徹夜の地獄ロード的な仕事から帰って、さあ丸一日寝るぞと自室のベッドに倒れこんだと思ったら赤ん坊だ。寝ている間に心臓発作を起こして死んだのかもしれないが、少なくとも俺の主観では寝ていただけである。
前世の記憶、などと言うには俺は俺でありすぎて、いまいち転生やら生まれ変わりやらと言われてもピンと来なかったのが正直な所だ。
が、赤ん坊として何ヶ月も過ごしていれば、これが現実だと認めざるを得ない訳で。
「いないいないばー」
「あ~(顔近づけんな)」
「おお、手を叩いて喜んでるぞ」
「ふふふ。お父さんと遊べて嬉しいのよ」
そして、その半年あまりの間、幸せ絶頂の新婚夫婦が何かというとイチャ付きやがる光景を俺は強制的に見せられていた。それは独身のまま前の人生を終えた俺への嫌がらせですか?
”いないいないばー”に引き続き、”べろべろばー”を敢行してくれた俺の父親に当たる人物はクロエ・コッペル。確かクロエってのは女の名前だった気がするんだが、本人は女顔でもなんでもない、顎のお髭が逞しい大男だった。
一方、その妻であるマリエルは、絶世の美女……というか、絶世の美少女。どう見ても10代前半にしか見えない。いかつい赤髭の大男なクロエと並ぶと犯罪そのものな夫婦だった。
”俺”の好みはもっと肉感的な、いわゆるボインな大人の女性なんだが。造詣がここまで整っているとちょっと……いや、大分羨ましい。母親に抱く感想じゃないけどな。
この半年で、前の自分への未練が断ち切れた訳じゃないが、それなりに割り切ることは出来た。田舎に家族がいたことはいたが、既に独り立ちした身であった俺には寂しいと思いこそすれ、肉親との永遠の離別はそれほど落ち込むような出来事ではなかったのだ。まあ、ショックはショックだったんだが。
これが結婚でもしていたら落胆の一つもしただろう。けれど、あいにく仕事が恋人だったので「これもまた人生(二度目だけど)」と自分への説得に成功してしまった。
しかし、である。
どちらかというと、不安なのはこれからの生活に付いてだった。
両親の横文字な名前とハイカラな外見から薄々察してはいたんだが、ここは日本じゃない。ついでに言うと、地球ですらなかった。
「クロエさん、本当に気をつけてね。最近は質量兵器を使う犯罪者だって増えてるんですから」
「なに、心配するな。俺の腕前は知っているだろう?」
「でも……」
「伊達に空戦魔導師Aランクは取っておらんよ。どちらかというと、部下達が心配だな」
がははは、と親父な笑い声を上げるクロエに対して、不安な様子を隠せないマリエル。
その台詞は死亡フラグですよ、と「だー」なんて声を掛けるしか俺には出来なかったが。
そう、魔導師。信じられない事に俺が新しく生まれたこの世界には魔法があるらしい。
魔法だぜ、魔法。最初クロエが「お父さんは魔法使いなんだぞー、強いんだぞー」と俺に高い高いをしながら告白してきた時は、電波が入った現父親に頭痛を覚えたんだが、それは真実だった。
そのまま空を飛んで、高度5mぐらいの位置で高い高いをされれば嫌でも信じるしかない。
クロエはどうも魔法を使った警察組織のような所で働いているらしく、妻であるマリエルの愚痴を何度となく聞いていた。マリエルも元々そこの組織で働いていたらしいんだが、結婚を機に寿退社したという訳だ。
まあ、子供の前でそう難しい話をする訳もなく、夫婦の雑談を半年も聞いてようやく分かった事情なのだが。
「あーあー」
「あ、はいはい。アイちゃん、お腹空いたのかな?」
生後半年となった俺は、ようやくまともに身体が動かせるようになった。まともになったといっても腕一本、指一本動かせなかった何一つ自由のない状態から、手を親に向かって伸ばせるようになった程度の進展なんだが。それでもこちらの意思を伝えやすくなったので、お腹が空いたぐらいは意思表示をするようにしている。マリエルの方も慣れた物で「賢い子だねー」と実に嬉しそうに…あー、乳をくれる。
まあ、身体が赤ん坊のせいか、まったく欲情しないんだけどな。
下の世話に関してはオムツの中に漏らしても黙して語らず、クロエとマリエルは首を捻っていた。勘弁してください。
だが、最大の問題はいずれ脱却出来るだろう下の世話じゃない。
「魔力量もそれなりにあるし、頭も良い。さすが俺達の子だな」
「うふふ、それだけじゃないですよ。ほら、見てください。このぷにぷにな頬とつぶらな眼。きっと美人になりますよ」
「ああ、きっと器量の良い娘になってくれるさ」
……アイリーン・コッペル。それが今の俺の名前だ。そう、つまり女。♀である。
俺っ娘という訳じゃなく、前の俺はきちんと男だった。それもどちらかというと、クロエのようないかつい男で。仕事はシステムエンジニアだったが、パソコンに向かっている姿が似合わないと同僚によく笑われたものだ。
それが今じゃアイリーンである。母親譲りの水色の毛髪に、繊細な白い肌。赤髪褐色のクロエの血はどこにいったと問いたい。育っていったら多少はクロエの血も表に出てくるだろうか?
さすが異世界というか、水色の毛髪は不思議だ。地球じゃ染めるか、さもなくばアニメの中にしかいない人種である。クロエの方はアジアの方にいけばそれなりにいるんだろうが。
とにかく。俺は転生という滅多にない出来事の上に性転換を重ねたレアイベントを経験しているらしい。魔法が使えるようになったら、男に変身する魔法を探そう。そう決意する。
「綺麗に育ってね、アイちゃん」
「お前にそっくりになるぞ、きっと」
「もうちょっと、大人っぽくなって欲しいんですけどね」
……娘が男になったら親としてはショックだよなぁ。
女となったことそのものより、そちらの方が問題かもしれないと赤ん坊の俺はそっとため息を吐くのだった。
■■後書き■■
という訳で、リリカルなのはオリキャラTS転生物です。
この作品にはオリジナル設定&オリジナル解釈が多々含まれます。
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