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[4919] ハッピーエンドを君達に(現実→シークレットゲーム)【完結】
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:10

※この作品は2009年1月1日0時過ぎにて更新を終了しました。
※沢山の閲覧と感想、有難う御座いました。


皆様、初めまして。
正式には初投稿と成りますNoneと申します。
当作品は同人版の「キラークイーン」からコンシューマへ移植・改変された、「シークレットゲーム」というゲームの2次創作となります。
この作品には以下の要素が入っております。

    ・ご都合的な展開があります。
    ・道具・兵器設定がファンタジーかも知れません。
    ・原作から幾つかの改変があります。
    ・原作から一部の描写や台詞を引用している部分がありますが、引用表示はしていません。
    ・原作のネタばれが満載です。
    ・挿入話を除き、本編のほぼ全編が主人公視点で語られています。
    ・オリキャラが登場します。
    ・ヒロインが原作主人公とくっつくとは限りません。
    ・逆にヒロインキャラや脇役がオリキャラと良い雰囲気になったりします。

    ・主人公は同人版を含み原作をフルコンプリートしています。
    ・主人公は最初の時点で一部記憶喪失状態です。

以上の点が許容出来ない方は、見られない方が宜しいかと思います。



以下のものがそれぞれの場面で流れていると想像して頂ければ、ゲームっぽいかも知れません。
   第1話終了時 オープニング1「シークレットゲーム」
   第8話開始時 オープニング2「トラワレビト」
   第Q話終了時 エンディング1「桜華想恋」
   第K話終了時 エンディング2「散って、咲いて」



1つ設定として明確にしておく事がありますので、こちらに書いておきます。
原作の『ゲーム』である「シークレットゲーム」で首輪探知機能を持つソフトウェアがありました。
しかしこれはEp1では検索型(一時的情報の取得)であり、Ep4ではリアルタイム型(継続的情報の取得)でした。
これが今回のSSで問題となったので、以下に勝手に設定致しました。

    1.検索型(一時的情報の取得)
        ・PDA探知
        ・JOKER探知
    2.リアルタイム型(継続的情報の取得)
        ・首輪探知
        ・動体センサー情報の取得

以上と成っております。
上記の「原作からの改変」の1つ(他にもありますが)と成ります。
しかしこれは原作には無い情報ですので、当然ですが登場人物は最初は知りません。





何分初めてのSSと成りますので、御見苦しい点などあると思います。
当方文才は無いですが、感想に書かれたものは厳粛に受け止め、もし今後SSを書く事がある場合に役立てたいと思っております。
また設定の点などに突っ込みのある方も、ご指摘頂けますと大変助かります。

宜しく御願いします。



[4919] 挿入話Ex 「日常」
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:05
※この作品は本編には殆ど関係がありません。また本編の雰囲気を崩してしまう可能性が高いです。
※以上の事が許容出来る方のみ先に進んで頂けます様に、作者一同御願い申し上げます。
※あととても短いです。済みません。





※本当に良いですか?















彼の朝は目覚ましで始まる。
起こしてくれる人は誰も居ない。
寝ていた煎餅布団からその太った身体を抜け出させると、彼は時間を確認する。
そこには何時もの起床時間があった。

(もう今日は会社を休んでしまおうか)

ふと過ぎる考え。
しかし彼は生きる為にお金を稼がなくては成らない。
その為には働かないといけない。
面倒では有るが、それが現実である。
だから彼は今日も出社準備を始めた。

(ああ、面倒だ)

会社に行っても他人に馬鹿にされるだけである。
出来れば人前になんて出たくなかった。
だるい身体を動かして着替えをして髭を剃る。
朝食は何時も通勤中にパンなりを買って食べていた。
誰も作ってくれる人なんて居ないし自炊もしない彼には、こうやって買って食べるしかない。
そして彼は嫌々、何時もの時間に出社をするのだった。





挿入話Ex 「日常」



彼が朝の通勤ラッシュを乗り越えて辿り着いた会社は中規模の企業である。
此処で彼は事務職をしていた。
と言っても主な仕事は書類の作成と整理である。
毎日細かい数字と文字を追い、様々な意味を持つ書類を処理し続ける、彼以外には大切な仕事だった。
だが彼にとっては詰まらない仕事である。
もっと自分を表現出来る仕事がしたかった。
それが何なのかは、彼自身にも判らない。
だが現在に不満を持っているのは事実だった。

そうだとしても今の彼がその役割を果たせているのかと言えば、Noである。
彼は殆ど碌な仕事が出来なかったのだ。
バブル崩壊前に入社し、年功序列の制度の中で課長まで昇進した。
だがバブルが弾けてからは色々と世間の風は冷たくなり、彼は窓際に追い遣られていたのだ。
そんな彼なので、周りも仕事を回そうとはしない。
結局誰かが手直しする破目に成るのであれば、最初から渡さない方が良いのだから。
そうやって彼は会社の中でも隔離されている存在だったのだ。
そんな彼に珍しく声を掛ける人物が居た。

「漆山君、ちょっと良いかね?」

その者は彼の部署とは異なる部署の部長である。
50代に近い彼が未だ課長であるのに比べると、40代で既に部長に昇っている彼とは存在の格が違った。
そんな雰囲気を纏わり付かせた男が話しかけて来たのだ。

「な、何か用かね?俺は急がしいんだが」

全然忙しくはないが面倒な会話は御免だった漆山は、どもりながらも突っぱねる様に返した。
これが美人の女だったら、彼は鼻の下を伸ばして即座に話を聞いたであろう。

「忙しいって…貴方には仕事は回されていない筈だが?」

「う、煩いなっ! ほらっ、これらの資料を纏めないといけないんだよっ!
 用が無いなら帰って貰えないか」

周りから仕事が貰えない為、本来この部の仕事ではあるが誰も手をつけていないものに、彼が勝手に手をつけていたのだ。
それについては他の部であるその部長には判らなかったが、それはどうでも良い事なので話を続ける。

「いやぁね。ちょっとした注意だけだから。漆山君、うちの部署の女性を変な目で見ないでくれるかな?
 苦情が大量に来て困っているんだ。出来ればうちの部署の区画には近寄らないで欲しい」

部長の言葉の内容は辛辣なものだった。
つまりは「来るだけで害がある」と言っているのだ。
漆山は手元にあった書類を握り締めるが、その課長は言いたい事を言った後はすぐに踵を返していた。

「それじゃ僕も暇じゃないのでね。今言った事を聞いて貰えないなら、人事に直談判に行く事にするよ」

その言葉に漆山はビクッと太った身体を振るわせる。
彼は何度も社内で問題を起こしていた為、人事には睨まれていた。
これ以上何か揉め事が有れば、最悪退職勧告を言い渡されかねないのだ。
振り向きもせずに去っていくその部長の背中を睨み付けるが、彼にはそれ以上の事は出来ない。
腕っ節にも自身の無い彼には腕力に物を言わせる事も出来ないのだった。

昼食はコンビニ弁当である。
以前は社員食堂で食べていたのだが、一緒の場所で食べるのが嫌だと女性社員からの投書があり、彼だけ立ち入り禁止に成ったのだ。
明らかな人権侵害であるが、彼以外が全員同意したのでこの案が通ってしまう。
つまり男性達も彼と一緒の空間で食べたくない、と言っていたにも等しかった。
だから彼は自分の席で空しく弁当を突くだけである。
以前屋上で食べようとしたら、そこの常連だろう者達に追い出された経験があった。
中庭も同様である。
だから彼の居場所はもうこの隔離された自分の机しか無かったのだった。

終業後、彼は就業時間が終わった瞬間に会社を出て行く。
正直お金を得る為でなければ会社になんか居たくなかった。
そして今日は月に一度のお楽しみの日だったのだ。
会社を出た足で直接夜の歓楽街へと向かう。
彼は生活費以外の殆どを貯金もせずに、こういった遊興に使用していた。
そうでもしないとストレスで倒れそうだったのだ。
それにこの月一の遊興には彼の仲間が居た。
同じく女にもてないもの同士が一緒に成って街に繰り出すのだ。
商売女は良い。
彼にとって彼女達はオアシスだった。

「お、お姉ちゃん、お、俺と遊ばないか?」

周囲に居る女性に近付いては声を掛けていく。
彼はこうして月に1回から2回、女遊びに興じるのだ。
周りの仲間達も女を物色しては声を掛けていく。
そして気に入った子が居る店に突入して、酒を飲むのだ。

「ゲッハッハ、良いねぇ、やっぱり酒は楽しく飲まなきゃ」

「そうそう、ほら、GONZO☆も飲んで飲んで!」

「お、済まんねぇ。うっぅく、ぷはぁぁ。ほらぁっ、おネエちゃんっ、次持って来てっ!」

「良いねぇ、良い飲みっぷりだよ、権ちゃんっ!」

そんな風に彼等は周りの客の雰囲気をぶち壊してでも、自分達が楽しんだ。
日頃の鬱憤をぶつける日なので、彼等の中では無礼講なのである。
時々不埒な店は彼等を追い出してしまうが、それでも彼等は月一で騒ぐのであった。

だがそれも最近彼の心を曇らせていた。
結局彼女達はお金が無ければ相手もしてくれない。
それは当然なのだが、彼にとっては深刻な問題であった。
既に自分に先が無い事は判っている。
それでも彼は生きたかった。
それも毎日を楽しくである。
月一の遊興に耽った彼は、寂しくなった心と懐を抱えて、家路に着く。



本来彼はこの時に意識を失う筈であった。
しかし彼は無事自分の家へと帰り着く事が出来てしまう。
それは何度も頻発するトラブルによる変更からの結果でしかなかった。
変わらず彼は「候補者」の、しかも捨て駒の1人だったのだ。
だが彼は今後「組織」と一生係わる事は無かった。
それが彼にとって幸運だったのか、それとも不運だったのかは、誰にも判らない事であった。

※GONZO☆Fight!!




[4919] 第A話 開始
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:04

いつもよりも重い目覚めの中、ゆっくりと意識が覚醒していく。
まず気になったのが、酷く重い頭と床の固さだった。
寝ている間に転がってベッドから落ちたのだろうか?
ここ4年は落ちた事は無かったのに、と寝起きの呆けた頭を捻らせながら上半身だけ起き上がる。
重い頭を振って周りへ視線を送ると、いつもの見慣れた自分の部屋とは全く違う廃墟の様な汚れた室内が目に入った。
壁は壁紙などで覆われておらず、床に敷かれた絨毯も埃塗れである。
絨毯の上に寝ていたのに床を固く感じたのは、その絨毯がボロボロで毛も潰れ切ってしまっている所為であった。
室内には机が一つに半壊した本棚だったもの、そしてスプリングが飛び出した酷い状態のベッドがそれぞれ部屋の隅に置かれていた。
最後の隅には扉があるため家具は置けない。
そして机があるのに何故か椅子は見当たらなかった。

「何だ、此処は?」

つい口から出た疑問は、誰も答える者の居ない室内に虚しく消えていく。
確か昨日は…何をしていただろうか?
記憶を掘り出そうとするがどうも混乱している様で、記憶がはっきりとしない。
今の俺の格好は肌着のシャツの上に長袖のポロシャツを着て更に上着としてジャケットを羽織っている。
ズボンは何処も破れていない綺麗な黒色のジーパン。
全体的に黒い色で統一されている、何時もの外出用の普段着である。
外に何かをしに出ていたのだろうか?

    ピー ピー ピー

現状に困惑していると、耳障りな電子音が耳を打つ。
音の発信源は室内に1つだけある、汚れきった机の上からだと思われた。
一度体の調子と各部に損傷は無い事を確認しておく。
少し頭は重いが身体に怪我とかは無い様だ。
しかし最も問題にしなければならない事は、首に何かが嵌っている事であった。

「何だこりゃ?首輪?」

手で触ってみると何か、金属のような冷たくて固い感触が指に当たる。
それは首の周りをぐるりと一周しており、指が入る隙間も無く首にぴったりと張り付いていた。
引っ張ろうとしても、引っ掛かりのない首輪の表面を指が滑ってしまう。
周りを見渡すが、鏡の類も見当たらない。
これでは首を確認する事が出来ないではないか。
仕方が無いので首輪について、今は諦めておこう。

それから、音の発生元を確かめてみようと立ち上がった。
一瞬脱力感に襲われたが、何とか踏ん張って耐える。
眩暈は軽いもので、脱力感も気張っていれば問題は無さそうだ。
寝起きにしてもこの脱力感というか倦怠感は異常である。
この状況は拉致でもされたのだろうし、何か薬でも盛られたのだろうか?
ふらつく心身を、もう一度頭を振ってしっかりさせようとするが、重い頭は治ってくれない。
身体の調子はその内回復するだろうと諦めて、次の疑問に進む。
先ほどから一定感覚で鳴り続けている音の発生元が気になっていた。
机の方へと近づくと、そこにはこの汚れた室内には不似合いな真新しい薄型の機械が1つだけ置かれている。
機械は縦10センチ、横6センチほどで、厚さは1センチもないくらいに薄いものだ。
現在上を向いている広い面には、その機械のほぼ全体を占めるほど大きな液晶画面が備えられているものだった。

「…P、DA?」

嫌な予感が脳裏を過ぎり一度周囲を見渡すが、変化は無く静かな室内があるだけだ。
置かれている機械を拾い上げて見てみると、その画面に描かれていたのはトランプの<ハートの3>であった。





第A話 開始「QのPDAの所有者を殺害。手段は問わない」

    経過時間 0:14



普通の大学院生である筈の俺、外原早鞍(そとはら さくら)は本日の目覚めより面倒な事に巻き込まれた様だ。
それも現実的ではない、『ゲーム』の世界に入り込んでしまったかの様な状況である。
先ほど起きた部屋の中で拾った小さな機械を手にしているが、その画面に映し出されたものを見て俺は愕然としていた。

「3だと?!」

手に持ったPDAの液晶画面には、間違いなくハートマークが縦に3つ並んだトランプの<ハートの3>の絵柄が映し出されている。
呆然と画面を見詰めていたが、不意に我に返った。
こうしていても仕方が無いので、PDAの内容を確認しておこう。
どう見ても良く知る『ゲーム』に出て来たあのPDAにしか見えない代物である。
操作については『ゲーム』内でも説明があったので、その通りに使ってみよう。
画面下部にある唯一のボタンを押し込んでみると、最初の画面表示から別の表示へと変化した。
画面の上の方には、経過時間及び残り時間とバッテリー残量を示しているメーターがそれぞれ横に並んでいる。
現在の経過時間は0:15、そして残り時間は72時間45分と表示されている。
『ゲーム』と同じく73時間が全ゲーム時間の様だ。
バッテリーメーターは一杯に表示されており、つまりは満充電状態なのだろう。
更にその下には「ルール」・「機能」・「解除条件」の3つの四角に囲まれた項目が横に並んで表示されている。
解除条件を触るとまた別の画面に切り替わり、件の解除条件とやらが表示された。


    「3名以上の殺害。首輪の作動によるものは含まない」


予想された文字が並んでいたので、軽い眩暈に襲われた。
本当に3名を殺害しないと成らないのか?
殺害の部分でズキリと頭が痛くなる。
危険な感じがしたので頭を押さえて軽く振り、その事を思考から追い出した。
今は現状の確認が最優先だ。
続いてルールの項を触り画面を切り替えてみると、幾つかの画面に渡り以下のような文面が表示された。


    1.参加者には特別製の首輪が付けられている。
      それぞれのPDAに書かれた条件を満たした状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外す事が出来る。
      条件を満たさない状況でPDAを読み込ませると、首輪が作動し15秒間の警告を発した後、建物の警備システムと連携して着用者を殺す。
      一度作動した首輪を止める方法は存在しない。
    2.参加者には1~9のルールが4つずつ教えられる。
      与えられる情報はルール1と2と、残りの3~9から2つずつ。
      およそ5,6人でルールを持ち寄れば全てのルールが判明する。
    3.PDAは全部で13台存在する。
      13台にはそれぞれ異なる解除条件が書き込まれており、ゲームの開始時に参加者に1台ずつ配られている。
      この時のPDAに書かれているものがルール1で言う条件にあたる。
      他人のカードを奪っても良いが、そのカードに書かれた条件で首輪を外す事は不可能で、読み込ませると首輪が作動し着用者は死ぬ。
      あくまでも初期に配布されたもので実行されなければならない。
    7.指定された戦闘禁止エリアの中で攻撃した場合、首輪が作動する。


こちらも見た事のある文章が羅列されていた。
確実にあの『ゲーム』と非常に似た状況に巻き込まれている様だ。
現実にこのような事が可能なのか?
それともゲームに入り込んだのか?
いや、それは余りにも非現実的だろう。
どちらにしても厄介な事に成っては来ている。

多分こんな状況なら、その裏側も似た様なものではないだろうか?
つまりは、今何らかの形で自分の行動を見て楽しんでいる者が居るかも知れない。
ここで下手な発言や行動を起こすと、その見ている者達、特にゲームの主催者側に不振を抱かせる事がまず危惧された。
また、この「ゲーム」が自分の知る『ゲーム』と全く同じものなのかも気になる。
現実にこのような舞台を設置し、実行する事が可能なものだろうか?
他のルールや参加者などの情報も重要だ。
どのような人物がどんな解除条件を割り当てられたかで、今後の行動に大きな差異が出るだろう。
そうなると最初にPDAの画面の3番を見て驚いた事も、今更ながらに失敗しているかも知れない。
まあ、俺が『ゲーム』を知っている事は事前調査で判っているだろうから、問題は無いと思うのだが。

疑問は尽きないし確かめなくてはいけない事も多いが、今判明している情報は限られている。
まずは行動を起こさなければ先には進めない。
PDA以外に使えそうなものは無いかと再度室内を見渡すが、バック類を含めて使えそうなものは何も見当たらなかった。
現状荷物は無いから要らないのだが、今後を考えれば武器や食料品などを入れるためのバッグは欲しい。
しかし無いものは仕方が無いか。
そう言えば此処に椅子が無いのは、過去の参加者が武器として持ち出したからなのだろうか?
『ゲーム』では棚などの家具が壊れているのは武器の調達のためと推測していた場面があったし、同様の事なのだろう。

服の中に使えそうなものが無いかとも思い探してみるが、携帯電話や財布も含めてポケットには何も入っていない。
財布も無いという事は、その中に入れていた家の鍵も持っていない事になる。
起きた直後は外出中に攫われたと思ったが、本当にそうなのだろうか?
外に出るのに携帯は兎も角、財布を持ち出さない筈が無い。
どういう事かは判らないが、混乱している記憶に何かあったのかも知れない。
出来れば早く思い出したいがどうにも靄が掛かってるようで、無理に思い出そうとすると頭痛に苛まれてしまう。
痛いのは御免だったので無理に思い出そうとするのは止めておいた。
他にする事も無いし、そろそろ出発しよう。
薬によるものであろう脱力感を引き摺りつつ、PDAのみを持って部屋から出るのだった。



部屋と同様に埃まみれの汚い廊下へ出てみると、右手方向にのみ通路が続いている。
袋小路な部屋に居た様だ。
早速PDAの「機能」を触ると思った通り「地図」の項目が在ったので、その項目を触って地図を出した。
そこには、1つの画面では収まりきらない広大な地図が表示される。
『ゲーム』でも言われていたが、あまりの広さに眩暈を覚えた。
周囲の地形と見比べるが似たような地形が多く、特定は出来なさそうだ。
どちらにせよ進める道は1つなので、もう少し情報を集めてから再度確認すれば良いと考えを切り替える。
廊下を進む事にするが、此処で問題なのは罠であった。
引っ掛かれば一人では何も出来ず、そのまま1階の進入禁止に突入という事も有り得るのだ。
即死級の罠も無いとは言い切れない。
『ゲーム』では1階に少なくとも3種類の罠があった筈であるし、この建物にも在ると思って動いた方が無難だ。
情報が揃い切っていない状態なので、注意をしてし過ぎる事は無いだろう。
慎重に罠を警戒しながら、周囲に目線を配って歩き出した。

曲がりくねった廊下を進んでいくと、途中の廊下脇に幾つかのドアがあった。
『ゲーム』の様に何か有用な物が置いてあるかも知れないので、その扉毎に部屋の中を確認して行く。
勿論他の参加者が居る可能性も有るので、扉を開く時は中の物音を聞いたり、ゆっくりと開いたりと慎重さを忘れない。
すると3つ目の部屋で新しそうなダンボール箱が置かれていた。
開けてみた所、中から沢山の食料品と救急箱、それに登山家が使うような大きな背負い袋が入っている。
また箱の隅には小さな黒いボックスが2つ転がっていた。
『ゲーム』ではツールボックスだったか、有用なソフトウェアをPDAに追加するものだった筈だ。
ボックスの表面に書かれてあるアルファベットを読むと、「Tool:Self Pointer」と「Tool:Map Enhance」と書かれている。
これはラッキーだ!

迷う事無くその1つをPDAの側面にあるコネクタに装着させると、小さな電子音と共に画面が切り替わった。
ソフトウェアの説明だろう文章の下に「インストールしますか?」が表示され、更に下には「はい」と「いいえ」の選択肢が出ている。
即座に「はい」を触った。
「しばらくお待ち下さい」の文字とその下にメーターが表示されて、メーターがどんどん右端の100%へ向けて伸びていく。
一応その下には、途中で抜いたりすると故障の恐れがある事が書かれている。
100%まで溜まると「インストールが完了しました。ツールボックスをコネクタから外して下さい」と表示されたので、ボックスを抜き取ると画面が地図の画面に切り替わった。
導入したツールの機能確認は行なわずに、同様の操作をもう1回別のボックスで行なう。
これにより、2つのツールが俺のPDAに導入された。
導入されたツールの内容は以下の通りである。


    Tool:Self Pointer
        擬似GPS機能。現在地を地図上に表示する。
    Tool:Map Enhance
        地図拡張機能。地図上に各部屋の名称を記載する。


序盤から終盤まで非常に有用な2つのソフトウェアを手に入れられたのは幸先が良いと言える。
欲を言えば、トラップ表示機能も欲しいのだが。
さっきから罠の警戒に神経を使っていた事を思い出して、肩を落とすのだった。

さてPDA内の地図が有効活用出来る様になったので、これからどうしようか?
行きたい所に行ける様になった事は、こちらの行動範囲を大幅に広げる事になっている。
『ゲーム』において主人公達は優先的にエントランスホールを目指していた。
俺もそうした方が良いのだろうか?
問題はまだ見ぬルールの5。
時間と共に上に上がらなければ成らない事である。
さっさと上に上がって強力な武器を手に入れた方が良いだろうか?
だが、ルール8が適用されている間に他の参加者と会っておきたい気もする。
それよりもそのルール5や8は『ゲーム』通りなのだろうか?
ああ、考えが纏まらん。
また悩み始めた頭を冷やすために首を何度か横に振った。
よし、此処はまずエントランスホールを目指そう。
エントランスホールの状態を見てから、再度状況を整理して見れば良い。
そこに誰かが居れば儲けものでもあるし。
PDAの地図よりエントランスホールと思われる最も大きい広間までの最短ルートを調べた上で、行動を開始するのだった。

エントランスホールまでの途中の部屋で錆びていない鉄パイプを見付けた。
だが持っていくと他者に警戒心を持たせてしまいかねないと思い、持ち歩く事は止めて置く。
実際にEp1の御剣達は、鉄パイプを持った高山を警戒して接触をしないで居たではないか。
今は出来るだけ他の参加者と接触してルールを集めるべきなのに、相手が寄って来てくれないのでは困ってしまう。
大体、鉄パイプを持って何をするのだ?
他者を攻撃してルール通りに3名殺すのか?
また頭の中をギリギリとした痛みが襲う。

「ぐ、ぅ」

今までに無い、呻き声が漏れてしまう程の痛みに頭を抱えて蹲った。
目の裏まで痛みが襲い、吐き気がして来る。
確かに他者を殺す事は悪い事だ。
だが何故此処まで身体が拒否反応を起こすのか?
俺は何かを忘れているのか?
そう言えば俺は何者だ?
外原早鞍は何処から来た?
自分のルーツがあやふやに成っている事に、今になって気付く。
霞掛かっている記憶に何かあるのだろう。
何故かそれだけが謀ったかの様に抜け落ちていた。
催眠術か何かにでも掛けられたのだろうか?
死については考えない様にして数分ほど休むと頭痛は治まってくれた。
立ち上がった後、ゆっくりと伸びをして身体を解す。
異常が無い事を確認してから俺は部屋を出たのだった。



他は特に目ぼしいものは無いまま1時間くらい歩いた所で、エントランスホールに到着した。
ホールはかなり広い空間を有しており、そこから幾つかの通路が延びている様だ。
地図通りの様相に安堵の息が漏れる。
一辺は出入り口らしいのだが、そこには遠目から見ても判るようにシャッターが下りておりホール内を薄暗くさせている。
そうしてホール内の様子を見ていたら、入り口のシャッター付近で幾つかの人影が何か調べものをしている事に気付いた。
警戒して柱に隠れながら近付いて行くと、微かに話し声が聞こえて来る。
エントランスホールに3人、つまりはこれが『ゲーム』だったならEp1か4といった所であろう。
だがまだ開始から2時間も経っていない。
Ep1なら6時間経過の直前だった筈なので、有り得るとするならEp4だけだ。
まあこれは『ゲーム』での話であり、有り得無い事なのだが。

色々と考えながら、人物が特定出来るまで近寄ろうと柱の影を利用して近付いて行く。
人影は男1名に女2名の3名だった。
男含む2名が高校生くらいであり制服を着ている事からも学生と思える。
残り1名の少女の体は小さいし、小学生ではないだろうか。
兄弟姉妹だろうか?
こいつ等が誘拐犯って事は無さそうではあるが、油断も出来ない。
観察対象の3名は入り口側を調べるのに夢中で、柱の影から出て更に近付く自分には全く気付いていない様だ。
多分此処で攻撃した場合、まだ見ぬルール8に抵触して自分はセキュリティに殺されるかも知れない。
そう言えば、『ゲーム』で3番だった長沢勇治は似たような状況で死亡したのだった。
取り敢えず人と出会えた事は喜ばしい。
お互いに情報を交換して現状を把握出来れば助かるというものだ。
3人の様子に害は無さそうに見えたので、気を少し楽にしていた。
ある程度近付いた所で声を掛ける。

「もしもし、そこの御三方。ちょっと良いかな?」

声に反応して、3人はこちらへと振り返る。
明らかに警戒の眼差しを向けられたので、それ以上は近付かない様にした。
距離はまだ5メートル以上はあるので、あちらも警戒し易いだろう。

「すまないが、此処が何処だか知っているかね?
 知らない内にこんな所で目覚めたのだが、状況がさっぱりなんだ」

「そうでしたか。ですが俺達も多分似た様な状況なんです」

俺の無難な問いに、あちらの唯一の男である少年が答えてくれる。
言葉に偽りが無ければ彼も強制参加者なのだろう。
少年は前髪が少々長めではあるが、それなりに短く切った髪に学生服を着ている事から高校生なのだろう。
年齢が上の方の女性は、服装はセーラー服で長い黒髪にヘアバンドをした、同じく高校生くらいの少女。
下の子はワンピースの私服で、大きなリボンを用いて髪を後ろに纏めている小柄な少女だ。
彼等のその外見に少し違和感を覚えたが、まずは現状確認が優先として違和感を振り払った。
3人共無害そうな感じだし、彼等とルール確認をするのが良いだろう。
もし可能なら彼らのPDA番号と解除条件も知りたいが、贅沢過ぎかも知れない。

「出来れば、互いにルールの確認がしたいんだが、構わないか?」

「ルール、ですか?」

疑問符で返された質問に、少々頭が痛くなった。
一番重要とも言える、自分で確認可能な情報を整理していないのだろうか?
そんな時俺の後ろ側より声を掛けられた。

「こ~んに~ちは~」

間延びした女性の声だった。
振り返るとチンピラ風の格好をした細身の男性とひらひらの服を着た腰くらいまで伸びた長い髪の女性がこちらへ向かって歩いて来ている。
綺堂、渚、なのか?
何処からどう見ても、この特徴的な服装に間延びした口調は綺堂としか思えない。
しかしあれは当然『ゲーム』内の人物であるし現実では居ない者だ。
それでも此処まで似通った人物達が揃ってしまうと、嫌な想像が頭から離れてくれない。
そう、よく考えてみれば、だ。
シャッター前で出会った3人は、御剣総一、姫萩咲実、色条優希にそっくりであり、後から来た2名は綺堂渚と手塚義光にそっくりだった。
しかしEp4ならこの場面は手塚と郷田が御剣達に出会う場面である。
いやそれを言ったら、此処で死んでいない「3番」の自分が居る事が既に異なっていると言えるのだが。
だがそうだとしても、自分の行動で変わるのは「此処」での状況だけであって、別の場所で動いている2人の動きにまで干渉しないだろう。
内心酷く動揺していたので、これが『ゲーム』である事を前提に考え出している事に気付き、頭を振って否定しようとする。
しかしこの状況では中々頭から離れてはくれない。
思考に没頭していた為か、チンピラ風の男と最初に居た少年との会話をかなり聞き逃していた。

「―――で此処から出るのは不可能だと思います」

「確かにな。こりゃ、念入りにやっている様だな」

入り口のシャッターが下りている中で、そのシャッターが一部だけ破れている場所を男性2人が覗き込んでいる。
女性3人の方は、こんな状況なのに服の話に華が咲いている様だ。
現状が理解出来ているのか疑わしい女性陣と真剣な男性陣の差が如実に出ている。
そんな男女差はこの際措いておき、ルールの確認がしたいと切実に思った。
もしこれが『ゲーム』に入り込んでいるものだとしても状況は『ゲーム』と多少異なるし、他にも差異があるなら早目に知っておきたい。

「皆すまないが、ちょっと良いか?」

それなりの声量で周りに問い掛けると、全員がこちらを注目して来る。
人に注目され慣れていないので、気恥ずかしさに一度咳払いをしてから言葉を続けた。

「各人のPDAに記載されているルールの確認をしておきたいのだが。とても重要な事なんだ」

「そいつは俺も賛成だな。何も知らずに、いきなりルール違反でした、で殺されるってのは笑えねぇ」

チンピラ風の男が真っ先に賛同を表す。

「そう言えば、先ほどもそんな事を言われてましたね。
 俺もルール確認については賛成です」

続いて少年が同意してくれた。
女性陣には異論は無いのか、特に反対意見は出て来ない。
そのまま此処に居る6人が車座に集まった。

「まず自己紹介から、が妥当かな。俺は外原早鞍。大学院生だ。
 気付いたらこの建物の一室で寝かされていたので、全く現状が判っていない」

「次は俺かね。手塚義光(てづか よしみつ)だ。
 俺も知らない内に此処に連れて来られた様だな。
 館内をうろついている時に、こっちのお嬢ちゃんと出会ったんだ」

続いて右隣に座るチンピラ風の男が自己紹介をする。
細身ではあるが体はしっかりと鍛えられている様で、力も強そうだ。
運動神経も良さそうであり、更にはそのギラつくような生命力に溢れた眼が印象的である。
連れて来られたの部分では、心底悔しそうに顔を歪めていた。

彼の名前を聞いて、心臓が止まりそうになった。
その外見はおろか名前まで同じ人物が、『ゲーム』と良く似た状況にある。
盛大なドッキリに嵌りました、の方が余程マシと言えるのだが…。

「私は~、綺堂渚(きどう なぎさ)って言います~。宜しくお願いしますね~」

続いて、手塚と一緒に現れた女性が、妙に間延びした声で自己紹介を行なった。
真面目に聞くと脱力感に襲われそうだ。
実際に真面目に思考していた脳が蕩けそうに成り始めていた。
緊迫した場面では決して聞きたくない、と思わせる演技力と言える。
声と同様に雰囲気もどこか頼り無げな、ふわふわした印象を抱かせた。
可愛らしいその顔からはとても年齢2じゅう…っと考えた所で綺堂がこちらにニコリと笑いかけて来る。
目が笑ってないのですが、女の勘なのだろうか?
取り合えず彼女の年齢については考えない様にしよう。
そうそう、18歳だと『ゲーム』でも言っていたな、うん。

「姫萩咲実(ひめはぎ さくみ)です。制服で判ると思いますが、高校生です」

綺堂と同じく腰まで伸びている、綺麗な黒髪にカチューシャだろう髪留めをつけている。
服装は言うようにセーラー服だ。
今までの対応を見ていると、どちらかといえば引っ込み思案な方なのだろう。
運動神経もあまり良く無さそうだ。

「色条優希(しきじょう ゆうき)です。えっと、学生って言えばいいのかな?」

一番年少の、髪をポニーテール風に大きなリボンで結んだ少女である。
線の細い可愛らしい子ではあるが、先ほど女性のみで話していた様子では性格は活発な方の様だ。
しかし今は手塚や俺を警戒して萎縮しているのか、大人くしている。

「御剣総一(みつるぎ そういち)です。俺も学生です」

最後に制服を着た少年が自己紹介を行なった。
短めに切った髪とそれなりの長身で、スポーツでもしているのか、体もしっかりと作られている様だ。

俺を開始点として反時計回りに簡単な自己紹介が終わった。
各人の名前だけを聞くと『ゲーム』と丸っきり一致する。
郷田と綺堂の変更はあるがゲームマスターとしての都合だろうか?
Ep4の序盤での場面としては申し分無い状況と言えた。
本当に『ゲーム』内に入り込んでしまうなどという事が起きているのだろうか?
取り敢えず現状では『ゲーム』と同等と見て、各人に対応して行く事にした。

「さて、ルールの確認に移ろうと思うが、ルールの1と2は全員に載ってるらしいから3からだな。これは俺のに載っている」

3番のルールは前に自分のPDAで見ていたので、それを再度確認しながら皆に伝える。
4番以降、4番は姫萩に、5番は手塚と御剣に、6番は綺堂に、7番は姫萩と色条と自分に、8番は綺堂と御剣と色条に、それぞれ記載されていた。
以下が判明したルール一覧である。


    1.参加者には特別製の首輪が付けられている。
      それぞれのPDAに書かれた条件を満たした状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外す事が出来る。
      条件を満たさない状況でPDAを読み込ませると、首輪が作動し15秒間の警告を発した後、建物の警備システムと連携して着用者を殺す。
      一度作動した首輪を止める方法は存在しない。
    2.参加者には1~9のルールが4つずつ教えられる。
      与えられる情報はルール1と2と、残りの3~9から2つずつ。
      およそ5,6人でルールを持ち寄れば全てのルールが判明する。
    3.PDAは全部で13台存在する。
      13台にはそれぞれ異なる解除条件が書き込まれており、ゲームの開始時に参加者に1台ずつ配られている。
      この時のPDAに書かれているものがルール1で言う条件にあたる。
      他人のカードを奪っても良いが、そのカードに書かれた条件で首輪を外す事は不可能で、読み込ませると首輪が作動し着用者は死ぬ。
      あくまでも初期に配布されたもので実行されなければならない。
    4.最初に配られている通常の13台のPDAに加えて1台ジョーカーが存在している。
      これは通常のPDAとは別に、参加者のうち1名にランダムに配布される。
      ジョーカーはいわゆるワイルドカードで、トランプの機能を他の13種のカード全てとそっくりに偽装する機能を持っている。
      制限時間などは無く、何度でも別のカードに変える事が可能だが、一度使うと1時間絵柄を変える事が出来ない。
      さらにこのPDAでコネクトして判定をすり抜けることは出来ず、また、解除条件にPDAの収集や破壊があった場合にもこのPDAでは条件を満たす事が出来ない。
    5.進入禁止エリアが存在する。初期では屋外のみ。
      進入禁止エリアへ侵入すると、首輪が警告を発し、その警告を無視すると首輪が作動し、警備システムに殺される。
      また、2日目になると進入禁止エリアが1階から上のフロアに向かって広がり始め、最終的には館の全域が進入禁止エリアとなる。
    6.開始から3日間と1時間が過ぎた時点で生存している人間全て勝利者とし、20億円の賞金を山分けする。
    7.指定された戦闘禁止エリアの中で攻撃した場合、首輪が作動する。
    8.開始から6時間以内は全域を戦闘禁止とする。
      違反した場合は首輪が作動する。
      正当防衛は除外する。


最後のルール9番が無いのは非常に痛い。
『ゲーム』通りなら各首輪の解除条件一覧が載っている筈なのだが。
『ゲーム』では手塚のPDAに記載されていた筈だが、今の彼のPDAに入っているルールは、1・2・3・5だけらしい。
此処に綺堂が居る事と合わせて微妙に『ゲーム』とは異なる様だ。
そういえばこの時点ではルールの4も未判明の筈だが、これが姫萩のPDAに記載されている所もおかしい。
これが渚のPDAに載っていたのなら判るのだが。
微妙に異なる『ゲーム』との違いが致命的な事態を招く可能性も有るので、楽観視が出来なく成って来ていた。

再度思うが3番の俺が死んでいないのは、この「異なり」を招いた原因ではない筈だ。
この歪みは、此処で御剣達を俺が攻撃するか否か以前に発生している事項にまで及んでいる。
つまり最初からこれはEp4ではない、似てはいるが独自のルートと言えるかも知れない。
もしEp4の通り進んでいればこのまま御剣達と行動を共にする方が生存確率が高かったのだが、これは候補から除外した方が良いのだろうか?
考えを捏ねながら、色条のノートの一部を貰って御剣が書いたルールの一覧を書き写しておく。
やはりルール一覧は今後も必要に成りそうだと思ったからである。

「これは…冗談ですかね?」

「現実的では無いよなぁ」

姫萩と御剣がまだ暢気な事を言っている。
とは言え此処で長沢が死ななかった分、現実味が湧かないのだろう。
かといって自分が死んで見せる気にも成らない。
ああ、御剣に死んでみろと言えば死にそうか?
被殺害希望者だし。

模写を終えると次の手塚に渡す。
彼も先ほどからルール表を欲しがっていたのだ。
俺は皆を見回してから徐に立ち上がる。

「ルール9は判らず終いか。どちらにせよJOKERの存在も問題だな。
 一人の方が動き易いし、ちょっと周りの様子を見て来るよ」

少し皆と離れてから尻や足についた埃を払いながら軽い調子で言い、背を向けて歩き出した。
ちょっと言い訳臭かったか?
だがこのまま彼等と戦闘禁止中の時間を共にするのは勘弁願いたい。
此処でボーっと時間を潰すのは無駄が多いのだ。

「外原さん、待って下さい。皆で行動した方が良くないですか?」

「周りの様子や部屋を探索するだけだ。ぞろぞろ行っても邪魔だから一人で行くんだよ」

少年の提案に対し、振り返らないまま後ろに手を振って答える。
そのまま通路に入ってからPDAを取り出して、周辺の地理を把握していく。
近くに倉庫などの特別に記載された部屋は無く、物資は期待出来そうに無い。
今後の事も考えて、此処から使える階段及びエレベーターまでの経路を確認しておく。
此処からなら階段の方が近いようだが、それでも最低で2時間は掛かりそうだ。
まあ実際の歩行時間については、かなり目算が入っているので正確では無いが。
地理が把握出来たので周辺の各部屋の探索に移行した。
拡張された地図上に名前が出ていない小さな部屋も、一応確認して回る。
6時間経過までは御剣たちはエントランスホールに釘付けだろうから、その間に出来る事をしておこう。

目ぼしい物は見付からないまま時間が過ぎていた。
しかし相変わらず埃臭いし、薄暗いし、だだっ広い建物である。
気を沈ませていきながら三叉路を通過した時、不意に声を掛けられた。

「よう、外原じゃないか。こんな所をうろついて何やってんだ?」

手塚が別の通路からやって来ていた。
予想しなかった遭遇に内心酷く焦ったが、表面上は冷静な振りを出来た様だ。
気持ちを落ち着けながら彼に言葉を返す。

「さっきも言ったように周辺の探索だが?そっちも単独行動の様だが、御剣達はどうした?」

「あぁ?足手纏いと行動を共にする気はねぇ」

そして、クックック、と嫌な含み笑いをする手塚。

「大方てめぇも同じ考えなんだろう?だから真っ先に席を立った」

違うかい?とでも言いたいのだろうか?
そんな目をしてこちらを見ている。
俺もそんなにお人好しでは無いつもりだ。
最初は誰かは判らなかったが、今現状判明している人物は所詮『ゲーム』内の偶像だ。
場合によっては御剣達を殺して首輪を外そうとも考えている。
だがそれは最終段階の話であり、今は最後に始まるであろうエクストラゲームも候補に挙がっていた。
これなら全員を無条件での解除可能状態に出来るかも知れないが、本当に可能だろうか?
取り敢えず手塚の誤解は解いておかないと、同類と思われても困ってしまう。

「あー、俺は別に足手纏いとは思わんがね。出来れば周りとは協力していきたいと思ってるぜ?」

俺の言葉に手塚は肩を竦めた。
多少呆れが入っている様だ。

「てめぇはちっとはマトモだと思ったんだがな」

「何をもってマトモと為すか、の違いだな。
 少なくとも、この茶番を企画した連中の思い通りは、気に入らん」

手塚の意見に対して軽く返してみる。

「企画?…企画ねぇ」

軽く言った言葉に、頭を捻る手塚。
そういえばこれが「ショー」である事を知っているのは、この時点ではゲームマスターくらいだったか。
相変わらず抜け目が無い手塚に、余計な情報を与えてしまったかと危惧してしまう。

「まぁ良い。お前はあいつ等と運命を共にするってやつか?好きにしな」

俺に背を向けて階段方向の通路へと歩き出そうとする手塚に、つい口から余計な言葉を吐いていた。

「ああ、好きにさせて貰う。少なくともこのまま争い合うって事は、連中の思い通りって事で悔しいんでね。
 俺達を争わせて楽しんでいる犯人どもの思惑を、潰えさせてみたいと思わないか?」

何と言うか売り言葉に買い言葉的な返しに成ってしまった。
本当は此処まで思っても居なかったんだが。
この答えに彼は足を止めて、顔だけこちらを振り向き鋭い目つきで睨んで来る。

「解除条件が温けりゃそれでも良いがな、他人を殺せって条件の奴が居たとして、そいつはどうするんだ?黙って死ねっってか?」

そう来たか。
手塚のその目付きに恐怖を覚えるが、今は戦闘禁止なんだと心を落ち着かせる。
明記されてはいないが、彼の10番の解除条件は他者の死と同意であるとEp1で思っていたみたいだし、彼自身の事でもあるのだろう。
そしてこれも買い言葉で否定の言葉が口から出てしまう。

「死ぬかどうかは、まだ、判らない」

「可能性がある限り、止められないぜ。殺そうって奴をよ」

彼の言う事は至極尤もであった。
俺もそう考えたのだ。
裏設定を全く知らないなら止められる筈も無い。
しかしそれで良いのか?
ズキリと頭が痛み出し、頭に手を当てた。
自分の為に人を害して、それで俺は満足なのか?

『人の為に何かが出来る人間に成りなさい』

穏やかな感じの年老いた声が聞こえた気がした。
いや聞こえる筈が無い。
そんな人物など此処には居ない。
ただの幻聴だ。
だがこの言葉が頭から離れなかった。
朧気ながらに浮かぶ影。
それは胸に温かみと同時に、泣きたくなるくらいの悲しみを湧き出させる。

「おい、どうしたんだ?」

手塚の声にハッと我に返った。
何をしていたんだろう?
そして俺は何を思い出そうとしていたのだ?
だが自分が今すべき事が見えた様な気がした。
数瞬目を瞑り、覚悟を決める。

「俺のPDAは3番」

言葉と共にPDAの画面を手塚に見えるように翳して、宣言する様に言い放つ。
問答とは何の関わりも無さそうな事をいきなり切り出され、だから何だと言わんばかりの態度をする手塚に対して言葉を続けた。

「解除条件は、3名以上の殺害」

「な、んだとぉ」

手塚が目を見開き振り向いてから、1歩後退る。
それは驚くだろう。
殺してやるぞと宣言している様なものである。
だが、ここで話を終わる訳にはいかない。

「そう、多分、一番危険なPDAの1つだろうな。でも今の所、俺は誰かを殺すつもりは無い。
 そしてこの条件以外での解除法を探そうと思ってる」

「…あると思ってんのかよ。てめぇが言ったんだろうが。連中は争いを楽しんでるってよ」

「可能性は低い。けど方法が全く無いわけじゃないとも思ってる」

「根拠は?」

「まず、これがゲームであるという事。連中は俺達が必死になって翻弄されているのを楽しんでる節がある。
 ルールを見ても、色々仕掛けを考えているって所が幾つか見られるだろう?
 そうする事で、必死に生きる、希望にしがみ付く場面を楽しんで居るんじゃないかな?
 だから必ず何らかの方法がある筈なんだ。勿論簡単に手に入れさせてくれる程、甘くは無いだろうがな」

俺の説明を聞いて手塚が考え込む。
2分弱考えた末に顔を上げた手塚は、真剣な顔で問い掛けて来た。

「判らねぇ。何でそこまでして殺人を回避しようとするんだ?
 解除条件にしても、あっさり話すしよ。もしかしてそれ、JOKERじゃないだろうなぁ」

聞いては来るが疑問的な聞き方ではないし、自分でも候補としては妥当ではないと思っているのだろう。
だが、理由が判らないから別の可能性を模索している。
そんな所か。

「何故、か。そうだな。3人殺した方が多分楽なんだろう。
 それでも俺は、別の道を探したいんだ」

偶然の邂逅にしては長々と話したものだ。
それもこのゲームの核心に近い部分も含んでいる。
かなり危険な内容の会話であったが、今後の俺の行動に対し大きな影響を及ぼす一幕でもあった。
後は行動を起こすだけ。
そして俺は真っ直ぐに手塚の目を見て、最後の問い掛けにして、自身の宣言を述べたのだった。

「ハッピーエンドなんてのも面白いんじゃないか?」



[4919] 第2話 出会
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:05

俺の突然の宣言に呆れ返ったのか、手塚は何と答えようかと悩んでいる様だった。
此処で否定されたり明確な反対意思を示されると、また要らぬ口論が継続しかねない。
今の所はさっさと退散しておこう。
今更ながら恥ずかしい台詞を言った事も、少し後悔していた。
こんな事を真顔で言うとは俺も焼きが回ったのだろうか?
赤面した顔を隠す意味もあり、手塚から背を向けて歩き出す。
さっさと手塚の視界から離脱してしまいたかったのだ。
手塚は呆気に取られているのか、こちらへのアクションは何も来ないのだった。

彼から逃げる様に、やって来た通路をそのまま引き返して行く。
追求を受ける事を回避する為もあったが、一番の理由は情報が欲しかったのだ。
手塚が居なく成ったのであれば、残った御剣達とPDAの番号及び解除条件の明かし合いが出来るだろう。
甘ちゃんの彼等となら協力して行けると踏んでいた。

エントランスホールに戻って来たが、そこには人の気配が全く無かった。
ホールを見渡すが、御剣達の姿は何処にも見当たらない。
御剣達のPDAの番号と解除条件を確認して置きたかった。
特にルール9が無い状態では必須の情報とも言える。
それに各人の情報が判っている事は今後遭遇する者達への情報提供力にも関わるのだ。
確かEp4では戦闘禁止が解除される6時間経過直後までは此処に残っていた筈である。
綺堂が現れたりした所為か?
考えが過ぎるが、それ以上の問題がある事に今更ながら気付いた。
いや前から思ってはいたが、此処にまで影響するとは考えていなかったと言うのが正しいか。
長沢が死んでいないのだ。
姫荻と色条が此処で呆然と時間を浪費したのは目の前で悲惨な人死にを見た所為であり、今回は精神的な被害は無い。
では綺堂は御剣達と同行中なのだろうか?
可能性は高いが現状確かめる術は無かった。
結局はこれまでの変化ばかりを考えて、以後の変化については余り考えていなかったのだ。
大失敗だと後悔するも取り返しなどつく筈も無く、仕方が無いので一人寂しく巨大迷路へと旅立つのであった。





第2話 出会「JOKERのPDAの破壊。またPDAの特殊効果で半径で1メートル以内ではJOKERの偽装機能は無効化されて初期化される」

    経過時間 3:57



埃が堆積する薄暗い通路を、警戒しつつもそれなりの速度でもって歩き続ける。
幾つかの部屋を探索して見たが、目ぼしい物は見付からずに時間だけが過ぎていた。
館内を歩くのに、追加された2つのソフトウェアが非常に役に立っている。
改めて地図全体を見るとその大きさと複雑さに目を見張った。
『ゲーム』でもあったが、一辺が数百メートルにも及ぶ巨大建造物の中を迷路にした状態と言えば良いだろうか。
沢山のミミズの様に絡み合った通路の隙間を埋める様に幾つもの部屋が点在している。
3DのダンジョンRPGの様な感じだ。
通路は大人が横に3人並んで歩けるくらい広いし、地図を見る限りにも、今まで歩いた感じでも、その幅が変化する事は無かった。
まるでこの為に用意されたかの様な迷宮である。
今は地図上の各部屋に名称が載っている上に現在地が矢印表示されているので見易いが、無かったら訳が判らないだろう。
矢印は俺が動くとベクトルを計算しているのか、その進行方向へと向きを変える。
これもある意味何処へ向かおうとしているのか判り易くて便利であった。
地図そのものは6つ存在し、この建物が6階建てである事を暗に示している。
俺達13人はそんな広大な舞台で殺し合いをさせられているのだった。

そうして幾つかの部屋の物色を終えて進む俺の耳に、微かだが自分が立てる以外の物音が聞こえて来た。
行動を停止して音の発生源を確かめようと耳を澄ます。
ごそごそと近くの半開きの扉から、それなりに大きな音が漏れ出ていた。
忍び足で扉へと近付いてゆっくりと部屋の中を覗き込むと、小柄な人影が部屋の中央にある箱の中身を漁っている様だ。
もっと良く見ようと身体を乗り出そうとした所で人影の行動がピタリと止まった。
気付かれたかと一旦体を引っ込めて、再度影より覗き見る体勢に戻る。
しかし人影は先ほどまで忙しく動き回っていたのとは打って変わり、静かに佇み続けていた。
3分程度経っただろうか。
全く動かない人影に業を煮やし、話しかける事にした。

「あーもしもし。そこの君。ちょっと良いかね?」

声を掛けられた人影は飛び上がるほどに驚いて振り返る。
容姿は可愛らしい感じもするが、そのきつい目の所為で悪ガキっぽいイメージが沸いた。
影を見て判っていたが、身体は小柄で中学生くらいだろうか?
髪は肩くらいまでで短めに切り揃えており服装もスポーティーなために、その細い身体と相まって可愛い少年と言われても納得出来そうだ。
俺を見るその目は怯えきっていつつも、何かに縋り付きたいかの様でもある。
訝し気にもう少しだけ近づこうと一歩踏み出すと、人影も後ろへ退がろうとした。
しかし足元に在った段ボール箱に阻まれてしまい、その距離は縮まってしまう。
彼女はこの薄汚れた暗い部屋の真ん中で、何かを胸に抱え込むようにして佇んでいる。
何を持っているのかと目を凝らして胸元を覗き込んで見ると、それは鈍い銀色の光を反射していたのだ。

「……拳銃?」

見た物が信じられなかった。
此処はまだ1階である。
銃関連は『ゲーム』では3階以上でのみ手に入っていた筈だ。
いや、郷田から特別に申請があったEp2の御剣は1階でも拳銃を拾っていた。
だがあれはPDAが早期に壊れた事による措置である。
それとも彼女にも措置が下るような何かが有ったのだろうか?
特に見た所おかしな所は無さそうなのだが。
それよりも相手が拳銃を持っている状態というのはとても心臓に悪い。
しかし下手に刺激して攻撃されたら堪ったものではないし、どうしたものか?

「お前、誰だ?」

声が微かに震えてはいるが、静かな低い声で彼女が問い掛けて来る。
幸い銃は持て余しているのか今も抱えているだけだが、目はきつくこちらを睨んだままだ。
警戒心が大きいし、まずは自己紹介からが良いだろう。

「俺は外原早鞍。数時間前にこんな埃臭い所で目が覚めたんだが、現状困っていてね。
 君は此処が何処だか知っているかい?」

なるべく刺激しないように、穏やかな感じを装って話し掛ける。
出来ればあの拳銃をこちらへ渡して欲しいが、そちらへ話を持っていくと藪蛇と成りそうだ。

「あたしもさっき目覚めたんだ。かれんの見舞いに行く途中だった筈なのに…」

本当に困惑している様子でいる彼女に、まだゲームについて理解していない事が察せられる。
さっきまで寝ていたという事は、4時間近く時間を無駄にしているのか?

「申し訳無いが、その物騒なものを渡して貰えないかな?本物かどうかも確かめたいし」

「あ、ああ、うん」

まだゲームの現状を把握していないと判断して、困ったような感じを出しつつ切り出してみる。
彼女は慌てたかの様にこちらへ銃を押し付けて来た。
その潔い行動から、こちらがそれを使って彼女を攻撃する事は考えていないのだろう。
まだ疑心暗鬼になる前の状態という事か。
受け取った瞬間、ズシッとした重さと冷たい金属の感触に思わず背筋が冷える。
ゴクリと喉を鳴らして湧き出た唾を飲み込んだ。
これが引鉄を引くだけで人を簡単に殺す事が出来る道具なのか。

「あ、あのさっ」

急に声を掛けられて、はっと我に返る。
銃の威圧感に数瞬呆けていた様だ。
少女は声を掛けた後、何か酷く落ち着かない様子を見せている。
どうしたのだろうか?
彼女の目は俺の手元を頻りに気にしていた。
手元には先ほど預かった銃があるのだが。

「っ、すまない! そうだな君もこれは怖いな。悪い悪い。
 よし、取り敢えずこれで良いだろ」

彼女が何を気にしていたのか遅まきながら気付く。
手に持っていた銃を、ズボンの後ろのベルトに押し込むようにして固定した。
持ったままはお互いの精神衛生上に悪いし、同様の理由で目に見える場所は拙い。
しかしあちらに奪われる可能性がある場所も駄目だ。
その折衷案として此処が一番良いと判断した。
少女の雰囲気が少し和らぎ、安堵もあるのかこちらの人物観察に移行した様だ。
此処でも後手よりは先手の方が有利だろうと判断して少女へと話し掛ける。

「取り敢えず、まだ何も判ってないようだから、ルールの確認だけしとこうか」

「ルール?」

ルールについても知らないと成ると、彼女が無防備っぽいのも頷ける。
俺は彼女の問いと共に自分の内心にも頷きを返すと、説明を続けた。

「ああ、どうやら俺達は巫山戯た殺人ゲームに強制参加させられているらしい」

「殺人ゲーム」の部分で少女の体がビクッと震える。
拳銃が気になるのだろうか、こちらの腰元に視線が行った。
気にしても仕方が無いので、流して話を進める。

「それで、このゲームで何をしたら死ぬのか、どうすれば生き残れるのか、についてPDAに書かれている訳だ。
 これと同じ様な物が、君が寝かせられていた部屋に在った筈なんだが。持って居ないか?」

自分のPDAを液晶画面が見えない様にしながら、取り出して見せる。

「あ、それっ。あったあった。
 えっと…これでしょう?」

とショートパンツの右前のポケットに収めていたPDAを取り出しながら、俺に画面を見せ付けて来る。
そこには<ダイヤのK>が表示されていた。
やはりこの子がかりんなのだろうか?
PDAの内容を確認出来れば儲け物であるし、少女に手を差し出しつつ聞いてみる。

「取り合えず、PDAを貸して貰えないかな?確認したい事があるのでね」

「ああ、判った」

あっさりと頷きPDAを俺の掌の上に乗せて来た。
全く危機感は無い様だ。
やはりまだPDAの内容を確認していないのだろう。
見ていたら、ルールの1だけでも他者にPDAを渡す危険性が理解出来そうなものだ。

「そうだ。俺がPDAを確認しておく間に、こっちを見ておいて貰えるかな?
 今までに判明したルールの殴り書きなんだが」

そんな彼女へ胸ポケットから1枚の紙を取り出して、彼女へ差し出す。
数時間前に御剣達とルール確認した際に写し取った、9番を除いたルールの一覧である。
彼女の無防備さについては今の時点では好都合なので措いておき、PDAを確認した。
必要なのは、ルールと解除条件だ。
残念ながらルールの方は、既に知っている6と7しか載っていない。
解除条件の方は次のように書かれていた。


    「PDAを5台以上収集する。手段は問わない」


これも『ゲーム』の通りであり、何も問題は無い。
この条件なら、渚が同行しているものとしてだが、御剣達と合流すれば即解除可能だ。
やはりこれ以後は階段を目指すべきという事か?
それ以外は目新しいものは無い様だったので、PDAから顔を上げて少女の様子を見てみる。
ルール表を見つめる少女は困惑顔をしていた。

その後ルールの一覧を得た経緯と現状について説明する為に、部屋の中に向き合って座った。
ルール表はPDAと交換で返して貰う。
一通り話し終えた所で重要な事を聞いてみる。

「で、そろそろ君の名前を聞かせて貰えないかな?」

「あ、えっと、あたしは北条かりん(ほうじょう かりん)って言います」

「では、北条。改めて宜しく。
 それで、君の解除条件からして5人、俺を入れるとなると残り4人の協力者を得られれば、首輪は外れる。
 どちらかと言えば簡単な解除条件と言えるな。良かったな?」

「それは無いんじゃないかな?こんな事に協力してくれる人が居るとは思えないよ」

彼女は他人に対して不信感を持っている様だ。
それに対しては何となく同感してしまう。
…はて?
俺はそんなに人非人だっただろうか?

「みんな、自分の事さえ良ければそれで良いんだろうし、あたしが返せる事も無いなら協力してくれないんじゃないかな?」

「そういう思い込みは良くないとは思うな。協力してくれる奴も居るさ。
 ただ相手は良く見ないと騙されるかも知れないがな」

明るい口調で返す。
彼女の声が余りにも暗いので、こうでもしないと部屋の薄暗い雰囲気に飲まれそうだ。

「あたしは絶対生きて帰らないといけないんだ!妹があたしを待ってるんだから。
 そう言えば、賞金って、20億……それがあれば…」

「おーい、北条?」

「うわっ、な、なに?!」

何か良からぬ方向へ考えが行き掛けた様だ。
その原因を聞いておかないと話が進まないだろう。

「北条は妹さんが居るんだ?」

「えっ?あ、うん。かれんって言うんだ」

あっさりと素直に答える。
こういう所、騙され易いって言われないものかね?
まあ話を続けよう。

「へえ、なら妹さんもお姉さんが行方不明になって、心配しちゃうな」

「そうだよっ、今日はかれんの所に行く予定だったのに…」

「そう言えばさっき、見舞いとか言ってたね?怪我でもしてるの?」

その言葉にかりんの表情が固まる。
早まったか?
俺の焦りは杞憂だったが、かりんは苦しそうに声を出す。

「かれんは、今にも死にそうなんだ。手術しないと助からないのに、お金が無くて…。
 あたしには両親も居ないし、大人は誰も、助けてなんか、くれなかった。
 だから、あたしが何とかしないと、いけないのに…」

今にも泣き出しそうな瞳をして途切れ途切れに話す。
途中からは顔を上げていられなかったのか、俯いて声を絞り出していた。

「お金って幾ら必要なんだい?」

これは聞いておく必要がある。
『ゲーム』と全く同じとは限らないからだ。

「…渡航費用を合わせて、3億8000万円。普通に無理だよね?こんな大金。
 だけどっ、このルールが本当なら、私の妹は助かるんだっ!」

急に顔を上げて叫んで来た。
浮き沈みの激しい子である。
しかし必要なお金は『ゲーム』と一緒か。
これでもし13人全員が助かる場合は、4人以上の協力者が必要に成る。
それと8名の殺害なら、協力者を求める方が良いのか?
どちらが簡単かは、プレイヤーの人格に左右されるので、会って見るまでは判らない。
判らないものに縋る事が不安なのは当然である。
だからルールの6にある賞金20億円の山分けに心惹かれてしまうのも必然なのだろう。
しかしその為には人数を5人以下にする必要がある。
必然的に8名には死んで貰わなければならなく成るので、積極的に殺人を行なう必要もあるだろう。
プレイヤーカウンターが無い今の状態では、会う者全員を殺して行くくらいでないと、5名以下に成らない可能性も出て来るからだ。
『ゲーム』では御剣達が金額を協力する事を約束して和解していたが、こちらも同じ事をすれば良いのか疑問である。
いや俺一人の協力で解決するなら幾らでもするが、他にも頼む必要があるので大丈夫とは言えない。
此処が『ゲーム』での御剣達との大きな違いと言えた。
第一これが『ゲーム』の中だとして、勝利後に俺はこの世界に残れるのか?
大体3番の俺が、誰かを殺さずに勝利者に成れるかどうかも、今は疑問視されるのだから。

「外原さん。あたしはお金が要る。絶対に」

思考に沈んでいると、目の前の北条が再び俯いてから静かな低い声で話し出した。
ちょっと切羽詰っている感じで怖い。

「20億を山分けって事は5人以下。だから…」

「ストップ、北条」

どんどんと熱くなっていきそうな口調に不穏な空気を感じて、話を中断させる。
このままではEp2の様な「逝っちゃったかりんちゃん」に成りかねない!
いやあれもあれで可愛…くないよな、やっぱり。
兎に角、説得をしなければ成らない。

「5人以下にする為に人を殺すか?そうして妹に、君は人を殺して助かったんだ、って言うのか?」

呆れた口調で釘を刺してみるが、これを聞いて彼女は顔を上げた。
目には涙を溜めて全身を震わせながら、大きな声で抗議して来る。

「だったらどうしたら良いんだっ!周りは誰も助けてくれないんだっっ!
 このままじゃかれんは死んじゃうっ!あたしにはもうかれんしか居ないんだっ!あの子が死んだら…あたしは…」

最後の方は声に成らずに消えていく。
涙は目から溢れて大粒になり、膝上で握り締めた拳へと零れ落ちる。
彼女の世界は、もう彼女と妹とそれ以外に区切られている様だ。
周囲の裏切りや金銭トラブルで他者に対して不信感が募っているのだろうか?
そう考えた時、頭の奥がズキリと痛んだ。
他人なんて信用出来る訳が無い。
どいつもこいつも、騙して、信用を踏み躙って、肥え太る事しか考えてないんだ。
そんな考えが脳裏を過ぎる。
何かが朧気に思い浮かぶ。
思い出せそうで思い出せない、そんなもどかしさ。
しかしそれも目の前の少女の嗚咽で目が覚めた。
それと共に頭の中を渦巻いていた、真っ黒く吐き気のしそうな醜悪なモノが霧散した。
消えたとは言えその残滓は残った様で、頭を軽く振って意識を取り戻しておく。
俺の変な意識は措いておき、一先ず彼女の問題を浮き彫りにしておこう。
溜息を一つ漏らして、感情的に成らない様に努めて静かで冷徹な口調で話し出した。

「取り敢えず、周りが誰も助けてくれないってのは嘘だな」

「っ、お前に何が判る!」

「判らんな。少なくとも、どうやったら中学生とその妹だけで生きていけるのか、なんてものはな」

その言葉を聞いた彼女は、驚きに目を剥く。

「はっきり言おうか。子供だけで世間を生きていける訳が無い。それも病気の身内を養いながら何て不可能だ。
 少なくとも何らかの大人からの恩恵を受けている。それを無視して、自分達だけで生きている、何てどんな傲慢だ?」

話を1回区切る。
俺の言葉に混乱している様だ。
しかし、今までの自分の価値観もあるし、簡単には認められないのだろう。
何か言いかけるが、その前にこちらが話を切り出す。

「君から見て大した事無い助けだったとしてもな、他人からしたら大した事柄の場合もある。
 大体、そんな特別な手術の要る病気を何だかんだで、此処まで持たせているんだろ?
 そしてその治療に何が必要な事かってのも教えて貰ってるじゃないか。現実的かどうかは別にしてな。
 それらを、ただお前1人だけで、本当に出来たのか?」

「けどっ」

「他人を拒絶してるのは北条の方じゃないのか?
 妹が特殊な病気だからって、忌諱の目で見る周りを突っぱねて来たのは、寧ろお前では無いと言えるか?」

畳み掛けるような俺の言葉攻めに、かりんは体を震わせて俯く。
反論したいけど出来ない。
そんな所だろうか。
あと反論するとしたら、駄々を捏ねた様な屁理屈しかないだろう。
キレられる前に結論を急ごう。
だって怖いし。

「さて、そんなお前に提案だがな」

此処からは明るめの口調に変える。

「頼ってみれば良いんじゃないか?他人にさ。
 このゲームで得られる金は大金だ。それも生き残りさえすれば、棚ボタ式にな。
 その金をすこしずつ融通して貰えば良いんだよ。複数人居れば、一人は大した額にはならないだろ?」

実際には数千万も大した額なのだが、此処は錯覚させておいた方が良いだろう。
解決方法は『ゲーム』での方法と変わらず。
残念だが、俺の頭じゃこれ以上に有効な方法が思いつかない。
まさか今の段階で運営組織に楯突いたり、対抗組織を当てにしたりも出来ないのだから。

「そんなに都合良くいく訳無いじゃないか」

拗ねた様に呟く北条へ、人差し指をちっちっと左右に振りながら言い放った。

「いく訳無いって諦めてたら、悪い方向しか行けなく成るぜ?
 より良くしたいなら、明日を夢見て突き進めってな」

何また恥ずかしい台詞言ってるんだろうな、俺は。
このセリフを聞いて暫くキョトンと呆けていた少女は、突然噴き出して笑い出したのだった。



現在の経過時間は4時間と35分である。
全域の戦闘禁止は掛かったままであり当面の危険は無い事から、今の内に館内を探索する事にした。
それというのも1階に拳銃などという武器が置いてあった事と、ソフトウェアが落ちている可能性を考慮してである。
階段に向かいながら効率良い進路を取る事にして進んで行く。

かりんは笑い終えた後、俺の事を取り敢えずではあるが信用した様だ。
あの話の後はお互いに下の名前で呼ぶ事に成った。
彼女が堅苦しいのを嫌ったためである。
それなりに明るい表情で話すように成って来ているし、良い感じで仲良くなれてホッとした。
Ep2の様な狂気に陥られても困ってしまう。
お金の事について今は保留状態だ。

「そう言えばさ、早鞍の解除条件って何なんだ?」

丸っきりタメ口だが、彼女らしいのでそのままにしている。
探索中に幾つかの話をかりんから振られていたが、聞かれたくない話題がとうとう来てしまった。
しかし此処で誤魔化すのは今後の事を考えても宜しくない。
溜息をつきつつポケットからPDAを取り出して、液晶画面を見せつつ答える。

「俺のPDAは3番。解除条件は…。
 3名以上の殺害、だ」

1度言葉を切った後に出た俺の言葉に、かりんの足が凍り付いたかのようにピタリと止まった。
目を見開いてこちらを凝視している。
予想出来た反応とはいえ、流石にこのままでも困るので言葉を選んでから切り出す。

「こう言って信じて貰えるかは微妙だが、誰かを殺すつもりは、今の所無いよ。
 少なくとも、こっちから仕掛ける事はしたくない」

困った様な顔で、苦笑を浮かべつつ話してみる。
こんな状況なので何時まで非殺が通じるかは微妙なのだが。
かりんは俺の言葉に対してどう答えれば良いのか判らないのか、口が何度も開いては閉じるを繰り返しつつも何の言葉も紡げない。
その行為がとても面白く、堪え切れずに噴き出してしまった。

「な、なんだよっ!いきなり笑い出して!」

「いや、何かな。可愛い百面相見てたら可笑しくなっちまった」

「何だよそれはっ。あたしは…あ、と、その…」

ちょっと調子が戻って来たかと思ったが、俺の解除条件を思い出したのか、また顔を曇らせた。
そんなかりんの頭に手を乗せてグリグリと撫でつけてから、両手で肩を掴みしっかりと目を見て話す。

「まだ死亡確定って訳でもない。こいつは悪趣味ではあるがゲームだからな。
 もしかすると、この条件以外でも何とか出来る可能性だって、有るかも知れないだろ?
 拳銃も有るし。いざとなれば、危険ではあるが首輪を壊す、なんて手段だってあるだろうし。
 今はかりん、お前の首輪の解除を優先して動いていれば、その内見付かるかも知れないんだ」

言葉の内容は弱気そうだが、此処であると断言してしまうのは色々と拙い。
ゆっくりと言い聞かせるように語る俺の言葉を、途中からは真剣な顔で聞き入るかりん。
納得は出来ないが、理解は出来たのだろう。
それ以上はこの話題には触れず探索を続けていく事にするのだった。

暫く悩んでいたかりんだったが、くよくよ悩んでも仕方が無いと気付いたのか少しずつ明るくなり始めていた。
時々話し掛けて来る声や態度も自然な感じで見てて微笑ましい。
そうして話をしながら罠を警戒しつつ歩いていると、前方に突然人影が現れた。
こちらはT字路の縦側を歩きあちらは横棒の左から来た形であり、相手を認識した時は10メートルも距離が開いていなかった。
その人物はがっちりとした体つきである事が見て取れる上、その手に引きずるようにして持つ鉄パイプが床と擦れて甲高い音を立てている。
普通に見て遭遇したくない人物だろう。
俺も『ゲーム』の情報が無ければ、一目散に逃げ出していたかも知れない。
こちらは会話していたので、鉄パイプの音を聞き逃していたのだろうか?
当然あちらも俺達を認識したらしく、道を折れてこちらへと真っ直ぐに向かって来る。
かりんが露骨に怯えるが、大丈夫と頭を撫でて向かって来る男を迎えた。
当然俺も怖いがまだ戦闘禁止の制限もあるし、『ゲーム』での彼はあちらから積極的に攻撃はしていなかったという情報で、何とか恐怖を押さえ込む。
此処でも先手で話し掛けようと、口を開いた。

「こんにちは、で良いのかな?今は」

「ああ、時間帯的にはそのくらいか」

ハスキーボイスで答える男は油断無くこちらを見据えている。
年の頃は30に届くかどうか。
かなり体を鍛えている模様で、引き締まった体に筋肉が見た目に盛り上がっている。
身長も高く、表情も厳つく、目線も鋭い感じだ。
視線に敵意は感じないが、友好的とも感じられないのが困り所か。
戦ったら勝てる気が欠片もしない相手である。
難敵だが、『ゲーム』では手塚と組むまでは協力的な態度がそこそこに見受けられていた。
果たして現在はどうだろうか?
様子を見る為に牽制の会話を投げて見る。

「俺は外原早鞍。3番のPDAを保有している」

「3番?俺は高山。高山浩太(たかやま こうた)だ」

特に普通の反応である。
3番の解除条件を知っていたら出来ない反応ではないだろうか?
『ゲーム』の通りなら最後のルール9は、各首輪の解除条件一覧だ。
つまりこちらが欲しいルール9は彼のPDAに記載されていないのだろう。

「宜しく高山。こっちの子は北条かりんだ。それで、そちらはどこまでこの状況に関する情報を掴んでいるのかな?
 出来れば俺達はルールの9番が知りたいのだがね?」

「いや、ルールの9は書かれていない。俺のPDAには4と8しか載っていなかった。
 他のルールは誰とも会っていないので知らん」

なるほど、彼のPDAに載せるルールとしては妥当な番号と言える。
しかし普通こんな奴を見掛けたら隠れるから会える訳無いだろ、と突っ込むべきなんだろうか?
鉄パイプも引き摺っているし。
素でやっている可能性が有るのが悩ましい。

「他の人間と会ってないなら、情報的には目新しいものは無さそうだなぁ。
 そうだっ!高山のPDAの番号は何番なんだ?それとそっちの解除条件が判れば、協力出来るかも知れない」

「俺のPDAは2番。解除条件はJOKERの破壊だ」

意外な事にあっさりと答える。
まあ、他のプレイヤーには余り害の無さそうな解除条件だし、公開しても不利は少ないと見るか。
Ep1でもすぐに明かしていたし。

「済まないが、文章によるミスリードも有り得るから、出来れば見るだけでも見せてくれないか?
 PDAには触れないと約束する」

俺の言葉に数秒考え込んでいたが、無言でPDAを操作してからその画面をこちらへ向けて来た。
了承と取ってPDAの画面を覗き込んで見ると、解除条件が載っている画面が目に入る。
解除条件は『ゲーム』と同じ内容であった。


    「JOKERのPDAの破壊。またPDAの特殊効果で半径で1メートル以内ではJOKERの偽装機能は無効化されて初期化される。」


覗き込んでいた体勢から戻り、軽く頷きを返す。

「なるほど、JOKER解除機能か。これは大きいな。
 ああ、それとだ。最初に出すべきだったが、これが今まで判明しているルールの一覧だ」

続いて俺の胸ポケットに入っているルール一覧を取り出した。

「ほぅ?用意が良いな?」

「あははっ、一緒にルール確認した奴等に切れ者でも居たんだろ?」

この場合の切れ者は、つまりは御剣である。
ルール表を一通り読んで貰った後、表は返して貰う。
写すか聞いたのだが、紙が無いので無理だと残念そうにしていた。
こちらとしても用紙は色条から貰った物だったので提供が出来ない。
一通りの話の後、高山が切り出して来る。

「俺はJOKERが欲しい。もし見付けたら俺に貰えないか?」

「OK。こちらはどっちもJOKERは必要無いし、破壊して貰えるなら騙される心配も無くなるからな。願ったり叶ったりだ。
 ああ、でも…」

「どうした?」

「そうだな。他のプレイヤーの解除条件に、JOKERが必要な場合も有り得るか…。
 それが判明次第、一旦JOKERはそっちの為に使うってのでも良いかな?」

いかにも知らない様な振りで提案をしておく。
これが『ゲーム』の世界ならば、俺が『ゲーム』の内容を知っている事など当然の如く運営は知る訳が無い。
なので迂闊な真似が出来ないのだ。
俺の提案に高山は黙考する。
暫く考えて結論を出したのか口を開いた。

「俺の解除条件に抵触しない限りは、構わない」

『ゲーム』でJOKERに関わる他の解除条件は、6番の「JOKERの機能を5回以上使用する」だけである。
2番には丸っきり問題無い条件の筈だから大丈夫だろう。

「了解。というか、話の流れ的に、高山は別行動かな?」

「ああ、こちらとしても一人の方が動き易いからな」

どこかで聞いた台詞だな、と思うが後悔の海に投げ捨てた筈なので無視をした。

「そっか、残念だがJOKERを探すなら、別行動の方が確率は高いか。
 ああ、そうそう。俺の方の解除条け」

「おいっ、早鞍!」

軽く頷いてから、一応自分の条件を知らせておくべきかと思い発言しようとするが、途中でかりんに服を引っ張られた。
泣きそうな顔で首を横に振っている。
確かにこの条件を他者に伝えるのはデメリットしか無いと言えた。
しかしあちらが解除条件を教えた以上、こちらが黙っているのは今後の関係を考えると宜しくない。
かりんの頭を撫でて「大丈夫」と言い聞かせた。

「で、高山。改めて俺の解除条件だが、3名以上の殺害、なんだよ」

少しだけ上がる眉。
流石にこの男は動じない。
現在ルール8にあるように、全域が戦闘禁止エリアである事も大きいのだろうが。

「こんな物騒な解除条件もあるから、他の人間に会った時は出来るだけ気を付けた方が良い。
 あと、この子の解除条件がPDA5台の収集なので、条件を満たせそうならPDAを一時借り受けたい。
 こちらからは以上かな」

「判った、考えておく」

言葉少なに、こちらの意思を飲んでくれた様だ。
実際には次あった時の状態にも依るのだろうが、出来れば手塚とは組まないで欲しい。
そうして俺に答えた後に、高山はタバコの箱を懐から取り出してその1本を銜えた。

「ストップ。吸うなら別れた後にしてくれ!
 それは他人に害を齎すんだから、吸うのは勝手だか周りに注意してくれよ?」

人差し指を立てながら注意をする俺の言葉に、取り出しかけていたライターを仕舞ってくれる。
それでも今にも吸いたそうにしていたので、早々に別れた方が良さそうだ。
充分に情報の交換は行なったので、再会を約束してから互いに別々の道を進み始めたのだった。



高山と別れて1階の探索を再開してから30分程度が経過した頃、いきなり電子音が響いた。

    ピー ピー ピー

この音が鳴るのは起きた時以来である。
俺とかりんは電子音を鳴らしているPDAを見てみた。

    「6時間が経過しました。お待たせ致しました、全域での戦闘禁止の制限が解除されました!」
    「個別に設定された戦闘禁止エリアは現在も変わらず存在しています。参加者の皆様はご注意下さい」

「6時間経過、か」

2ページに亘り以上の文面がPDAの画面に表示されていた。
その内容にかりんの顔が緊張で固まる。
毎度のように頭を撫でるが、一応此処は厳し目の意見を述べておこう。

「これで好戦的な奴が襲い掛かって来る可能性が出て来る。
 人と会った場合はこれまで以上に慎重に応対する必要があるぞ?」

不安そうな表情で見つめていたが、その内に理解を示して頷く。
とはいえ1時間以上歩き通しでもあるし、そろそろ休憩をしようと近くのドアを開けて中を覗いて見る。
丁度良く大きなベッドのある部屋だった。
中に入って掛け布団を剥ぐとそこそこ綺麗な敷き布団が出て来る。
これならゆっくり休むのには申し分無さそうだ。

「かりん、ちょっと休憩しようか」

後ろについて来ていたかりんをベッドに座らせると、背負い袋の中身を漁って適当なものを取り出す。
固形の総合栄養食と生温い飲料水だ。
それぞれの分を用意してから簡素ながらの食事とした。
かりんの持つ携帯電話の時刻表示から計算して、開始時間は朝の10時である事は確認している。
6時間経過で16時、つまり夕方の4時である。
そういえば今日起きてから初めて口にものを入れるのだから、朝食も昼食も食べていない事になる。
何故食料を見つけた時に食べなかったのだろうか?
珍しくあの時点ではお腹が空いていなかったのだろうが、それも考えてみれば不思議な事である。
いや殆どの者が昨晩、悪ければ昨日の夕方に拉致された訳であり、昨日の昼以降は何も食べていない状態の可能性も有った。
正直先ほどは俺もかなり腹が減っていたが、これから動き回らなければ成らないのでたらふく食べる訳にもいかない。
俺の方はかりんとは別に、近くにある頑丈そうな薄汚れた木箱に座って食事を取った。
量的にはほどほどで止めて残りは荷物へと戻す。
こちらが食べ終えた時、かりんの方はまだ3分の1ほど食べた所だった。
食が進まなさそうだったが、一応釘を刺しておく。

「今の内に食っとけ。いつ慌しくなるか判らんからな」

「ん?あ、そうだよな。悪い、あんまりにも不味くて」

照れ臭そうに苦笑いをするが、素直に頷いて流し込むように食べていく。
あまりその食べ方も良くないが、食べないよりはましかと注意は控えた。
不味いというのも言い訳だろう。
この状況で楽しく食べられる方がどうかしていると言うものだ。
渚が居ればこの食事風景も別物と化していたかも知れないが。
そのまま何気なく天井を見つめて思考に耽る。
現状は、どのEpにも属していない状態である。
この先の展開が読めない以上、自分が有利な点は参加者の情報があるくらいか。
それも何処まで通用するものか。
と思考を廻らせていた時、突然眩しい光が射した。
天井がいきなり2つに割れたのだ。

「きゃあああああぁぁ」

「ひゃあ~~あ~あれ~~」

「うわぁっと」

悲鳴、片方はかなり間延びしているが、と共に二つの人影が落ちて来た。
かりんが人影とぶつかりそうになり急いで回避している様だったが、俺の目は天井に開いた穴から離れない。
開いた天井は早くも閉まり始めていた。

「優希ー!渚さん!」

「優希ちゃんっ!」

上から男女の叫び声が聞こえて来た。
だが天井は止まる事無く、自動的に徐々に閉まっていく。
閉まりきる直前にエントランスホールで出会った少年、御剣と目が合った。
微かな音と共に天井は完全に閉まったので、残念だが彼に状況を聞く事は出来ない。
今度は落ちてきた人影の方を確認する。

「色条、と綺堂、か」

こちらもエントランスホールで出合った人物である。
何故彼女達が罠に掛かったのか?
かりんに介抱される色条を見ていた時、ふとその右上腕部に傷が有るのを見つけた。
落ちて来た時は色条の右半身は影に成って見えなかったのだ。
明らかに落ちた時の傷とは思えない切り傷に、戦闘禁止が解除されて時も経っていない事もあり、非常に気になった。

「色条、その傷はどうした?」

傷について聞くと、色条の体が恐怖に震え始める。

「なあ、どうしたんだ?」

やはり誰かからの攻撃を受けたのだろうか?
かりんも少女の様子がおかしいのが気になるのか、背中を撫でながら心配そうに尋ねた。

「手塚さんが、いきなり、襲って来て、それで、ナイフ、うぅ」

掠れた声で答えていたが、途中で思い出したのか泣き出しそうになったので、かりんが抱きしめて宥める。

「手塚さんがですね~、PDAから音がしたと思ったら~、突然襲い掛かって来たんですよ~」

色条は話が難しいと判断したのか、綺堂が説明をしてくれた。
いつものような間延びした声ではあるが、少しだが早口に成っている。
PDAからの音とは多分戦闘禁止解除のやつの事だろう。
手塚に襲われた。
それも6時間の戦闘禁止制限が解除されて程無くである。

「手塚と同行していたのか?」

「はい~。階段の所で偶然再会しまして~。それから御一緒していたんですよ~」

何となく現状は理解した。
手塚のPDAは『ゲーム』通りなら10番で、解除条件は「5つの首輪が作動している事」である。
その上に「2日と23時間以前である事」が条件付加されているが、今は気にしなくて良い。
これはそんな彼らしい行動と言えた。
一気に4名の首輪を発動出来れば手塚はリーチを掛けられるのだから、悪くない選択と言える。
それならば此処に居続けるのは拙い。
かりんに宥められている最中の少女を、急いで抱き抱えた。
少しの抵抗は有るものの、力は弱いので強引だがこのまま行く。

「すぐに移動するぞ。かりん、綺堂、来い!」

早口に言い捨ててから、途中に置いていた荷物を掴んでドアへと向かった。
上で手塚に襲われたなら落とし穴の罠に掛かったのは逃げている最中だろう。
だからこそ落ちた2人を確認しているだろうし、それなら追撃のために天井の罠を作動させて確認して来るのではないか。
もしあの場に留まり手塚に見付かれば、ナイフで武装しているだろう手塚とやりあう破目に成る。
銃が有るとはいえ、素人の俺が近接戦闘でナイフを持った手塚に勝てるとは思えない。
かりんも俺の剣幕に何かを察したのか、俺についてドアを出てくれた。
その後ろに綺堂も続いてくれる。
外に出てからドアを半開きにして中の様子を確認すると、丁度天井がまた2つに割れて上階の様子が見て取れる様に成った。
そこから顔を覗かせたのは、やはり手塚である。

「ちっ、逃げられてたか。あの女かぁ?トロそうに見えて思ったより頭が回りやがる。
 御剣にも撒かれるし、トコトンついてねぇなぁ」

最後の方は実に楽しそうに残念がる手塚。
手塚の声が聞こえた途端に、抱えている色条の体が強張り俺の服をぎゅっと掴んで来た。
相当怖い思いをしたのだろう、安心させようとその背を撫でておく。
再び自動的に閉まっていく天井を見届けてから、傍で待機していたかりんと綺堂を無言で促して廊下を進んだ。
少し離れた部屋へと移動した後、色条をかりんに預けておく。

「ふぅ、取り敢えず休もうぜ。いきなりで驚いたわ」

ドアに寄り掛かる様にして座り込み、気を1つ抜いた。
流石に長時間精神を張り詰めていた後の休憩中の一幕に、気疲れを起こしている様だ。
だが、まだすべき事が有った。
荷物をその場に下ろして立ち上がり、部屋の中央くらいにかりんと共に座る色条と綺堂の近くに寄る。

「色条、綺堂、すまんがお前達のPDAを確認させて貰えないか?」

直球勝負で切り出した。
優希の体が強張り、体を萎縮させる。
この反応は、やはり彼女の解除条件はあれなのだろうか?
脳裏に蘇る、『ゲーム』での色条優希の解除条件。

「これですか~」

綺堂の方はあっさりとPDAを出して来た。
Ep1では操作が判らない振りをしていたりもしたので、こういう時は逆らわないようにしているのだろうか?
都合が良いので、そのままPDAを受け取っておく。
待機画面には<スペードのJ>が表示されていた。
ルールの方を確認すると、エントランスホールで確認した通りに6と8である。
解除条件を見ると次の文章が表示されていた。


    「「ゲーム」の開始から24時間以上行動を共にした人間が2日と23時間時点で生存している」


『ゲーム』の通りの文面に、無意識に安堵の息が漏れた。
だがそれだと逆に色条の方が問題に成る。
気分は乗らないが、確認は必要だ。

「PDAを確認させて貰えないか?お前達が生き残る為に必要な事なんだ」

優希の顔を上げさせて目を見詰めながら、もう一度同じ様な言葉を繰り返す。
色条も断り辛かったのか、PDAを渋々と差し出て来た。

「有難う、色条」

頭を撫でて礼を述べてから、PDAを受け取る。
待機状態であるPDAの画面には<スペードの9>が表示されていた。
ルールの方もエントランスホールで確認した通りの7と8が載っている。
そして解除条件を表示させて、文面を目で追っていった。

    「自分以外のプレイヤー……」

その時、部屋の外で大きな音がした!



[4919] 第3話 相違
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:05

色条のPDAの解除条件を確かめようとした時に、部屋の外で柔らかい物を打ち付けたような大きな物音が発生した。
PDAの画面から即座に顔を上げる。
外に敵が居るのなら対策を考えなければ成らない。
持っていたPDAをポケットに仕舞い込み、入り口の扉へと近付いて耳を澄ました。
俺達の緊張が高まる中、外からは戸惑った感じの声がして来る。

「痛たぁ。もう埃塗れですわ。どうにか成らないかしら。
 大体何ですの?どうなっているのですか?もう帰りたい…」

少し泣いているのだろうか?
弱気そうな掠れた呟きが聞こえて来る。
声だけで判断するならば若い女性であろう。
かなり近い所に居る様だが、部屋の中に居るこちらには気付いていない様だ。
3人に対して口に人差し指を当てて静かにしておく様にと促してから、そっと扉を小さく開けた。
声の大きさと感じから相手はかなり近くに居ると考えて、音を立てない様に努める。
部屋の内側に開く扉だった為、外向きよりは視界が確保出来た。
此処から3メートル程度離れた極近い所で、尻餅をついた状態の女性が俯いて座っている。
背を向けているため容姿は判らないが、背中の中くらいまでストレートに伸ばした黒髪とカジュアルな服装をした女性だ。
あんな参加者は居たか?
若い女性の声だったので矢幡か或いは、若いと言えるのかは微妙ではあるが陸島を想像していたのだが、どちらとも違いそうだ。
『ゲーム』についての情報を思い返してみるが、該当者が見当たらない。
確かめた方が良さそうなので、3人には部屋で待機するようにと小声で告げる。
廊下へと出てからドアを薄く開いた状態までで留め、ゆっくりと女性に近付き声を掛けた。

「もしもし、お嬢さん。怪我でもされましたか?」





第3話 相違「3名以上の殺害。首輪の作動によるものは含まない」

    経過時間 6:26



突然後ろから掛かった声に驚いて振り返る女性。
容姿はそれなりに整っており、どちらかと言えば可愛い系である。
服装も可愛い感じの明るい色調のものであり雰囲気に合っていた。
若く見えるが高校生か大学生くらいだろうか?
結局『ゲーム』内の登場人物では該当者無しの見知らぬ人物だった。
桜姫の様なアクシデントでも有って参加者が変更になったのだろうか?
それとも俺の様な現実参入者の可能性もあるのか?
自分が非現実な状態である事を不意に思い出す。
今まで出会った人物は『ゲーム』の登場人物と一致していたし、自分も違和感が無かったので失念していた。
自分だけがこうなのか、他にも居るのかで事情が大分異なって来る。

突然声を掛けた事で警戒されるかと思ったが、女性は振り向いた体勢のままこちらを見上げ続けていた。

「あの、大丈夫ですか?」

再度声を掛けると、少しだけ顔を赤らめてから頷いた。

「ちょっと滑って転んでしまっただけです。大きな怪我はしておりませんわ」

泣き言を聞かれた事が恥ずかしかったのか、早口で答えて来る。
先ほどまでの弱気そうな掠れた声とは異なり、落ち着いた綺麗な声だ。
人と会えて少しだけ精神的余裕が出来たのだろうか。
取り敢えず彼女の現在持っている情報を確認しておきたい。
それと彼女が何者なのかも、確認しておきたい。

「廊下で済まないが、ちょっと話しても良いかな?」

彼女がどんな人物かの見極めが出来てない内にかりん達に会わせる訳にはいかない為、この場で話そうと彼女の隣に座る。
あちらもこちらへと座る向きを変えてくれた。

「俺は外原早鞍。大学院生だ。宜しく」

「ご丁寧に有難う御座います。私は生駒愛美(いこま いつみ)と申します」

彼女は笑顔を見せながら、軽いお辞儀と共に名乗って来る。
出会う前の様子とは異なり随分と畏まった自己紹介だ。
仕草一つにしても自然体で無理をしている様子は無い。

「はは、こちらの方がご丁寧にどうも、って感じだな。それで生駒はどこまで判っているのかな?」

「愛美で構いませんよ。判っている、とは何の事でしょうか?
 考えられるものといえば、何かゲームみたいな機械にルールとか解除条件とか書かれていた事でしょうか?」

「解除条件?」

「はい、確か、全員に遭遇すると書いてありました」

上手く誘導に掛かってくれたが、全員に遭遇という事は7番だろうか?
漆山は棄権でもしたのか?
生駒愛美という参加者も初耳だし困った事態に成ったものだ。
出来れば直接確認したかったので頼んでみる事にする。

「その機械は今持ってる?」

「ええ、こちらにありますよ」

上着のポケットから出てくるPDA。

「その機械見せて貰って良いかな?」

と手を出すと、躊躇いなく出した掌の上に乗せて来た。
余りにもあっさりと進み拍子抜けをしてしまう。
もし彼女が現実参入者であれば、こんなに無防備だろうか?
だが『ゲーム』の事を知らない現実参入もあるか。
それでは「ゲーム」側に意味は無いのだろうが、『ゲーム』と違う世界の者なのかについての確認が出来ないのが痛い。
取り敢えずPDAを確認する事にした。
画面に表示されているトランプの絵柄は<スペードの5>である。
5番?
それが全員に遭遇なのだろうか?
解除条件を出すと、そこには予想も出来ない様な文面が表示されていた。


    「開始から12時間経過以降に、開始から48時間の経過までに全員のプレイヤーと遭遇する。死亡者は免除する」


何だこれは?
確かに全員に遭遇するという条件だが、それ以外の付加条件は見た事が無いものだった。
今までにも小さな「違い」はあった。
でもそれは俺自身の部分を除けば、エピソードが違うのだろう程度で済む話だったのだ。
だが今この目の前にある情報は元々の『ゲーム』設定すら異ならせていた。
『ゲーム』では7の解除条件が、「開始から6時間以降に全員と遭遇する」だけだった筈だ。
PDAの番号も異なっているし、条件も厳しくなっている。
まだ経過時間は7時間も経っていない。
つまりこれから5時間以上も後から開始して、1日半の間に全員と遭遇しなければ成らない。
どうやったらこんな条件が満たせると言うのか?
そういえば、さっきの9番を確認し損ねていた。
持ってきたままだった9番のPDAをポケットから取り出し、こちらの解除条件も確認する。


    「自分以外のプレイヤー全員と遭遇する前に、6階に到達する。未遭遇者が1人でも居れば解除は可能。死亡者に対しては未遭遇扱いとする」


皆殺しではないのか?
色条の解除条件は『ゲーム』に比べれば大分緩和されているが、逆に言えば全員と出会ってしまったら首輪が外れないと言う事か。
いや、解除条件を良く見れば、それは違う。
全員死亡したなら遭遇者無し、で首輪が外れる仕掛けの様だ。
明言は無いが、隠れたキラーカードとも言える。

「どうされましたか?」

こちらが2台のPDAを見て絶句していると、愛美が俺の顔を覗き込んで来た。
どう言えばいいのだろうか?
ある意味5と9の解除条件は相反していた。
9番を優先した場合、出来るだけ会わないようにするので時間制限が厳しい5は生存確率が下がる。
5番を優先した場合、見かけた者には全員会って行くので6階到達前に解除不可になる可能性が有り、9の生存確率が下がる。

「ちょっと君の解除条件について考えていたんだよ。随分と慌しそうな条件だなー、とね」

「そうでしたか?12時間とか48時間とか、まるで映画のようですよね」

暢気にも映画ときた。
しかし事の重大さが判らないとこんなものか。
『ゲーム』でも最初の御剣達の反応は同じ様なものだった。
返す前に愛美のPDAのルール欄を確認してみると、1・2・3・6が記載されている。
ルールの9は残念ながらお預けの様だ。
しかし本当にルール9が見付からない。
現状未確認のPDAもあるがそこは『ゲーム』通りとして、A・2・3・5・9・10・J・Q・Kの9つに載っていない事になる。
残りの4・6・7・8に載っているという事だろうが、重要なルールが中々判らないのは痛い。
どちらにせよルールは知っておいて貰わなければならないし、それで現実も理解するだろう。
上着に入れていたルール一覧の紙を、彼女のPDAと共に渡してしっかりと読んで貰った。
ルールを読み進める内に愛美の顔が強張っていく。

「此処に書いてある事は、本当に事実なのでしょうか?」

一通り読み終わったのか、顔を上げて問い掛けて来る。
しっかりと頷き、これまでの経緯を掻い摘んで話していった。
その後、ルール一覧の紙は返して貰っておく。

「だから、首輪を外さないと本当に死ぬ可能性が大きいんだ。
 君の場合は12時間待たずに、協力者を出来るだけ多く集める必要があるだろうね」

「協力者、ですか?」

「ああ、同行者、と言っても良いかな。
 12時間経過時に一緒に居れば、その時点で遭遇の条件を満たせるから、都合が良いだろう。
 後はその同行者達と協力しながら、他の参加者に会えれば、首輪を外せる訳だ」

「つまり上へ上がりながら、他の参加者を探して行く事に成るのですね」

「その通り。ただ好戦的な参加者には気を付ける事。
 あとPDAの地図についてだが」

そう言ってから彼女のPDAを出して貰い、「機能」の「地図」へ画面を切り替えて貰う。
こちらのPDAの地図も出して現在位置を確認して、その位置を愛美に伝えた。

「今が此処。そして使える階段は×印のついていないもの。これは1フロアに1つしかないみたいだから注意して。
 あと今までの経験上からだけど、各部屋の中には物資が置いてある場合がある。
 真新しそうな段ボールや木箱を見付けたら、出来るだけ中身を確認した方が良いよ。
 飲食物やツールボックスが有ったり。あと武器とかが入っているから」

「武器、ですか?」

「そう、武器。こっちでは残念な事にこんなものを見付けてしまったからね」

言いながら、かりんが見つけた自動拳銃を腰の後ろから取り出す。
勿論銃口を向けるような真似はしないが、それでも愛美の顔は蒼白に成っていた。

「正直、他の参加者がこんなものを持った場合、どのような行動に出るか判らないからね。
 もし君が見付けて武装したとしても、無闇に使用して欲しくは無いな」

話を聞いているのか判らないくらい、愛美は拳銃をじっと見つめ続けている。

「愛美?」

「あ、はい。…申し訳ありません」

銃を持つのとは逆の手を愛美の目の前で振ると、やっと精神的ショックを脱した様だ。
腰の後ろに銃を戻して、話を再開する。

「行動指針は理解して貰えたと思う。慎重に行動しつつ、信頼出来る人をまず見付けて欲しい」

俺の言葉に理解が及ばないのか、不思議そうな顔をする。
こちらが必要なのは早急に6階を目指す事。
時間制限のある彼女には悪いが、条件制限のある色条を今は優先すべきなのだ。

「申し訳無いが愛美。
 こちらには出来るだけ人に会わずに、上を目指さなければ成らない解除条件の子が居てね。余り多くの人に会いたくないんだ。
 勿論48時間経過までには、再度会える様に努める。しかし、一旦此処で別行動としたいんだ」

切り出すと、キョトンとした顔で見つめて来る。
小首を傾げながら。

「一緒に行っては駄目なのですか?」

と尤もな意見を述べる。

「確かに安全を考えたら一緒の方が良いかも知れない。けど君の解除条件を考えると、別行動の方が良いんだ。
 48時間経過時に全員に会えない可能性を減らすため、そしてこの広い建物を探索するには別れてする方が効率が良い。
 こちらに付き合ってしまうと、6階到達までに出来るだけ他者に会わない様にするため、君の解除条件を満たし難いんだ。
 そういう訳だから、次に会う時までに出来るだけ多くの人に会っておいて欲しい」

彼女なりに理解しようとしているのか、悩み顔を見せてうんうん唸っている。
9番の解除を優先すると決めた以上、こちらとしては引けない。
彼女の為にもこれが一番だろう。

「…判りました。
 ですが絶対、必ずですよ?ちゃんと48時間までに会いに来て下さいね?」

暫くの間悩んでいた彼女は、渋々といった感じでこちらの意見を受け入れてくれた。
後の方はこちらの服の一部を掴んで迫って来る様に懇願している。

「勿論だ。何とか遭遇出来るように努めるよ」

そう請け合い、彼女に手を貸して立たせる。

「気をつけて。無事に再会出来る事を祈るよ」

「はい、そちらもお元気で」

寂しそうではあるが、それでも微笑んで立ち去ろうとする愛美。
そこへ場違いな声が響いた。

「待って下さい~~」

「綺堂!?」

待機していた筈の綺堂が俺のすぐ横に立って居たのだ。

「一人は寂しいと思うから~、私が一緒に行ってあげますね~」

にこやかな笑顔で言い切る。
愛美は突然出現した人物に呆気に取られている様だ。
俺も全く気付いていなかったので、心臓が止まりそうな程に驚いた。
だが、この申し出はこちらとしては非常に有り難い。
色々な意味で。

「そうだな。綺堂、愛美を頼むよ」

こっちも出来るだけ明るく言ったつもりだが、この言葉に綺堂の頬が膨れる。

「綺堂?」

「愛美ちゃんの事は~、愛美っ、はーとまーく、って呼んでるのに~。私も~渚って~呼んで下さい~~」

いや、その「はーとまーく」はおかしいだろう。
しかもニュアンス的になんだが、平仮名かよ。
だが『ゲーム』内で結構頑固な所を見せていた綺堂だから、此処で抵抗しても空しい時間の浪費に成ってしまいそうだ。

「判った判った。渚、で良いんだな?」

「はい~。これでラブラブですね~」

「いきなりラブかよっ。あっりっえっねぇー」

途中で冗談と気付いたので、付き合っておく。
愛美の方もこの間抜けた遣り取りで綺堂、改め渚が無害な人物であると判断したのか表情が和らいでいた。
それは間違いなのだが、此処で指摘するのは拙いので黙っておこう。
しかし結局、愛美の正体については判らず終いだった。



通路の向こうへと彼女達が去って行くのを見送る。
後は愛美自身の運に頼るしかない。
だが、1階で何もせず死亡するという拍子抜けな終わり方など、運営側も望んでいないだろう。
それに渚も居る。
彼女が居ればそうそう早期の退場は無いと思う。
いや、これも楽観的か?
同人版だと陸島、コンシューマ版Ep1では葉月と思ったより序盤死亡者の近くに彼女は居たかも知れない。
まあこれは、同じく近くに居た御剣の所為と言う事にしておこう。
そう心の中で言い訳をしてから、かりん達が居る部屋に戻った。
渚が途中で出て来た事もありこちらの様子を見ていたのだろう事は予想していたが、それにより説明が最低限で済んで助かった。
そして現状についての話が終わったので、今後についての話に切り替える。

「以上だが、真っ先に9の条件を満たして色条の首輪を外したい。良いか?かりん」

「ああ、問題無い」

頷いてはっきりと答えるかりん。
最初の頃からすると大分顔つきが良くなって来ている。
妹とほぼ同い年らしい色条が居る為だろうか?
今更気付いたが色条の右上腕部についていた切り傷には、彼女か渚が手当したのだろう包帯が巻かれていた。

「では、まず6階を目指す。到達で色条の首輪が外れるから、出来るだけ一直線に目指そう。
 それから、他の参加者を探すなりして行こう。PDAが無いとかりんの首輪が外れないからな」

そう結論付けて荷物を纏め始める。
色条にはこの説明中に、簡素な固形栄養食を渡して食べさせて置いた。
水も残り少なくなってきたので何処かで補充したいが、飲料水が補給出来るとしたら戦闘禁止エリアの部屋くらいだろうか?
荷物を纏めていると、服を引かれる。
前にも一度かりんに引かれた事を思い出しながら振り向くと、予想とは異なり色条が服の腰辺りを掴んでいた。

「どうした?色条」

「…優希で良いよ。お兄ちゃん」

自分の年齢的に、10歳前後の子供に「お兄ちゃん」と呼ばれるとは思わなかった。
でも「おじさん」と呼ばれたらそれはそれでショックかも知れない。
彼女は俺を恐れていた様だから、これは多分仲良く成ろうとしているのであろう。
今後の彼女の精神状態にも関わるだろうし、その案に乗る事にした。

「判った、優希。俺の事も早鞍で良いぞ」

頭を撫でて答えると、途端に少女の顔が破顔する。

「うんっ、早鞍お兄ちゃん」

輝く笑顔というのはこういうものを言うのだろうか。
満面の笑みを見せた優希が、俺の腕にしがみ付いて来た。

「うわっと。こらこら、これじゃ準備が出来ないだろう?」

いきなりの事に体のバランスを崩しそうに成るが、何とか持ち堪えて苦笑交じりに注意しておく。

「はーい。えへへ、ご免なさい」

注意されたのに優希は笑顔を崩さず、けれども邪魔に成らないように離れてくれた。
こちらの荷物は大きかったり重かったりな物が中心なので、比較的軽いもの中心のかりんの荷物の整理を手伝う事にした様だ。
2人の笑い合う姿を横目で見ながら、彼女達の首輪を外せるように頑張ろうと心の中で気合を入れる。
6階まではまだ遠い道のりなのであった。



一直線に6階に向かう究極兵器、それはエレベーター。
他者と出来るだけ遭遇せずに、そして時間を掛けずに6階に到達するには打って付けの移動手段である。
同人版裏ルートの高山もまず6階にエレベーターで到達したと言っていたので、直接到達する事が可能だろう。
その為に妨害も有り得るが、利と損を比べて利を取った。
現在の経過時間は7時間12分。
愛美と別れてから、40分近くが経っている。
機能強化された俺のPDAのお陰でかなりの速度でエレベーターホールに向かってはいるが、まだ道のりは半分を過ぎたくらいだ。
途中で戦闘禁止エリアの近くを通ったので、此処で食料と飲料水を補給するために立ち寄る事にする。

    ピー ピー ピー

戦闘禁止エリアとなる部屋の扉の前に立った時、PDAのアラームが一斉に鳴り始める。
俺のPDAの画面を確認すると、次の文章が表示されていた。

    「あなたが入ろうとしている部屋は戦闘禁止エリアに指定されています」
    「部屋の中での戦闘行為を禁じます。違反者は例外なく処分されます」

例外無く、であるのが曲者と言えた。
ルールの7及び8を思い出しながら、2人を促して部屋の中へ入る。
無人ではあったが部屋には物資の詰まった段ボールが置かれており、中には食料品とカセットコンロなどの調理道具が入っていた。
特に飲料水は消費が思ったより多い事が解ったので、今迄保有していたペットボトルや水筒から更に追加して用意する。
幸い背負い袋や水筒等も置いてあったので、小さいバッグに小さい物や軽い物を入れてそれぞれを2人に持たせる事にした。

体力の無い優希には歩き通しはきつそうだったので、一旦この戦闘禁止エリアで休憩を入れる事にした。
建物内の他の場所とは全く異なる塵一つ無い様な清潔な戦闘禁止エリアの部屋は、休憩をするには向いていたからである。
これが上の階に行くと、そうは言って居られなく成るのだが。
此処で今迄確認して来なかった事も確認しておこうと、優希に話を振ってみる。
話の中心は、優希が天井から落ちて来るまでの情報だ。
多少は渚の言葉で理解したが、詳しい所は未確認である。
そこで御剣達が、俺や手塚が去った後にPDAの情報を交換していた事が判った。
幸い優希のノートは彼女のリュックに入りっ放しだった為、そこへ御剣が記載した情報も見る事が出来た。
それに寄れば御剣はAであり、解除条件は次のものだった。


    「クイーンのPDAの所有者を殺害する。手段は問わない」


残りの姫萩は4番らしく、解除条件は次のものである。


    「他のプレイヤーの首輪を3つ取得する。手段を問わない。首を切り取っても良いし、解除の条件を満たして外すのを待っても良い」


姫萩が4番?
本来の姫萩のPDAはQの筈である。
Ep1の様に口だけの嘘をついているのだろうか?
しかし解除条件まで出されては信じるしかないのか?
少なくとも『ゲーム』の登場人物で、今まで彼女以外にPDA番号が異なっていた者は居なかった。
姫萩だけが違うと考えるのは不自然ではある。
他にも会って見なければ確証は得られないが、本来の4番である筈の葉月に早目に会いたいものだ。
彼女のPDAにルール4が在った事から考えて、彼女がJOKER持ちである可能性も考慮した方が良いだろう。
しかしこれを今言及する訳にはいかない。

そして手塚も考えたものだが、詰めが甘いと思う。
それとも遊んでいるのか?
最初の明確な戦闘行為であろう、この顛末を再度頭の中で整理させる。

「時間ごとに性質の違う罠、か」

『ゲーム』内で誰かが呟いていた言葉。
まさにその通りの事態が起こったという事だろう。
今回の性質は分断。
丁度下の部屋に俺達が居たのは、偶然の産物である。
ただこれはあの優希を殺させない為に、渚がわざと落とし穴の罠を作動させた可能性もある。
彼女はサブマスターだから、館内のシステムに割り込む事が出来るのだ。
しかしそれなら愛美に付いて行くだろうか?
もし優希を助けたのならその正体は知られている筈だし、それならサブマスターとして確保指令が出ているだろう。
訳が判らない渚の行動も大いに疑問ではある。

一応この休憩中に、ルールを記載した紙の裏側へ現在判明している各PDAの解除条件をメモして置く。
こうして見て考えると、少しずつだが『ゲーム』との違いが浮き彫りに成って来た。
『ゲーム』に居た参加者の中で出会っていないのは、エントランスホールで会う筈だった5番の郷田。
残りは3番の長沢、4番の葉月、6番の陸島、7番の漆山、8番の矢幡、の計6名だ。
その内2人は3番の俺と現5番の愛美と入れ替わっているのだろう。
現在判明している「人物」は俺を含めて9名で、残りは4名。
とはいえ、PDAまで完全に判明しているのは手塚を除いての8名である。
姫萩は怪しいが。
内2名が『ゲーム』とは異なる解除条件である以上は、他も油断は出来ない。

それと共に、その愛美の5番も気になる所だ。
5番は本来「郷田真弓(ごうだ まゆみ)」が保有しており、彼女はゲームマスターと言われる運営側の人間だった。
なら彼女はゲームマスターなのか?
サブマスターである渚の例もあるので、彼女のあの態度が演技ではないとは言い切れない。
しかしそれでPDAを易々と手渡すものなのか?
こちらについても渚があっさりとPDAを渡しているので、無いとは断言出来ない。
だがマスターが2人ともこれではゲームの進行に差し支えるだろう。
もし彼女がゲームマスターでは無いとなると、今回は渚1人になったのか、別の番号が役割を持った事になる。
大体サブマスターである渚が、わざわざゲームマスターたる人物との同行を願い出るものだろうか?
ゲームマスターは特に警戒が必要だが、それすら異なるとなれば『ゲーム』の知識が役に立ち辛く成りそうだ。
これから先どれだけの「違い」が発生するか予測がつかない為、悩ましいばかりである。
色々考えていたら、ふと気付くと優希の顔がドアップで目の前に有った。

「どわぁっ!ゆ、優希!?」

「お兄ちゃん、考え事?」

滅茶苦茶驚いた俺に構わず、素直な疑問をぶつけて来る。

「あ、ああ。今後の事とか、色々考える事が多いんでね」

「駄目だよ、お兄ちゃん。今はゆっくり休まないと、疲れて倒れちゃうよ?」

「そうだぞ早鞍。お前、根詰め過ぎてないか?」

苦笑して頷いた俺に、困ったような表情で優希が注意し、かりんが追い討ちして来た。

「…判った判った。今はゆっくり休む事を優先するよ」

今時間を無駄にするのは憚られた。
しかしこの子達に無用の心配をさせても仕方が無いので、2人の頭を撫でて彼女達の提案を受け入れる。
そうして30分ほど他愛ない話をして休んだのだった。
ついでに綺麗に掃除されたトイレで、気分良く用も足しておこう。



休憩を終えた後、一応出発前に荷物の確認と整理を行なった。
俺が持つ拳銃には予備の弾は無く、マガジン内にある7発のみ。
保存食料と飲料水については、3人だけで考えれば一週間は保つだろう量がある。
その他の武器になりそうなものは、1階と言う事もあり全く見付かっていない。
調理道具として簡易コンロや鍋、やかんなどは在るが、包丁などの刃物は一切置いていなかった。
大分荷物も増えて来たので、全てを持って行けば進行速度が鈍くなるだろう。
だが今後必要に成りそうな物は持っていっておかないと後悔するかも知れないので持って行く事にする。
2人に休みながら行こうと話して、この荷物量を3人で分けて運ぶ事を了承して貰った。
これは2人には話していないが、『ゲーム』では上の階に行くに従って食料品の配置が少量に成っていくとあった。
後半は生存者も残り時間も少なくなる予定だから当然なのだろうが、こちらの予定は出来るだけの人間が生存する事である。
他のプレイヤーが持って上がる可能性もあるが、飲食物は多い方が後々助かるだろう。
最後にもう一度忘れ物が無いかを確認して、俺達は初めての戦闘禁止エリアを後にした。

エレベーターに向けての道程は、現在までは特に問題は出ていない。
途中3つほど罠の起動スイッチと思われるものを見付けたが、幸いそれらに掛かる前に気付いて回避していた。
それでも罠を見付けられなかった時が怖いので慎重に歩いていた俺達に変化が訪れる。
この入り組んだ建物内では珍しい、100メートルくらいの直線通路において遠くに人影を発見したのだ。
あちらが先に気付いていた様で、こちらへと足早に近付いて来ている。

「かりん、優希。一先ず少し戻った小部屋に身を隠しておいてくれ。俺が話をつける」

9番の解除不可条件に抵触する訳にはいかないので、愛美の時と同じ様に2人を隔離する事にした。
2人とも理解が出来ているのか、すぐに動いてくれる。
歩いて来る相手は、肩くらいまで伸ばした髪に受付嬢の様なきちんとした服を着た女性だった。
年の頃は俺と同じくらい、20中盤だろうか?
俺1人が残って居ると、訝しげな顔をしてから距離を空けて立ち止まる。

「初めまして。ご機嫌如何?って良い訳無いわよね、こんな状況じゃ」

口調に緊張は見受けられない。
しかしその態度は充分に警戒心が表れている様で、こちらに対してやや半身構えで立っていた。

「初めまして。俺は外原早鞍。故あって彼女達とは会わせられないが、現状首輪解除を優先して行動中だ」

こちらは特に構える事無く、ただし通路は行かせない為に塞ぐ様に立って挨拶をする。
首輪解除の部分で微かだが反応があった。
こちらの解除条件について気になる、といった所だろう。

「先に理由だけ述べておく。その方が話が早いだろうからな」

さて、彼女が『ゲーム』の通りなら陸島と言う事に成るが、少し振ってみるか。

「離れて貰った2名の内小さい方、色条優希と言う子なんだが、彼女のPDAは9番。
 解除条件は、全員との遭遇前に6階に到着する事だ」

優希の名前を聞いた時に目に見えて動揺を顕にする。
その動揺を繕う様に大きな動作で成程と頷いた。

「で、そちらの現在保有する情報はどのくらいだ?こっちは出来ればルールの9番が知りたいのだが」

「御免なさい、ルールの9番は知らないわ。と言うか、それ以外は判ってるの?」

「ああ、既に何名かのプレイヤー?と言って良いのか判らんが、人間と遭遇している。
 その全員とルールの確認をして来たが、未だにルールの9番のみ未判明でな」

「全員と?!ふぅん、そうだったの。
 残念だけど、あたしのPDAには4と5のルールしか書いてないわ」

少しだけ疑いの眼差しが入ったが、すぐに消える。
流石に感情の制御は上手い様だ。
しかし、また外れである。
13台中これで10台目なのに1つもルール9が無いとは、かなりの確率だろうに。

「そうか。残念だが嘆いてもどうにもならんしな。
 それと、り、えっと…あー、何て呼べば良いかな?」

一瞬陸島と声を掛けようとしたが、まだ名前を聞いていない事に気付いた。
聞いてもいない名前で声を掛ける訳にはいかない。
不自然に成らない様にしたつもりだが、ばれていなければ良いが。

「あれ?あーっ、御免なさいっ。あたしは陸島文香よ。文香ちゃんで良いわ」

彼女も名乗っていない事に気付いたのか慌てながら、最後はニカッと笑って自己紹介をする陸島女史。
やはり彼女は陸島で正しかった様だ。
先ほど優希の名前に反応も示したし、コンシューマ版の様に「エース」の工作員なんだろう。
ならばPDAの番号は『ゲーム』と同じく6だろうか?
ちゃん付けの方は華麗にスルーしておく。

「現在判明しているルールの8までと、これまで聞いたプレイヤーの解除条件だ」

懐から例のルール一覧のメモを取り出して、文香に向かって差し出す。
表にあるルール9を除くルール一覧と、裏に記した現在判明している解除条件の一覧を一通り読んで貰った。
彼女には特に今までのプレイヤーのような動揺は見られない。
それも当然だ。
彼女はこの「ゲーム」の事を知った上で参加しているのだから。
目を通したのを見計らって、今迄出合った人についても説明を行なっていく。
PDAの確認は出来ていない手塚義光と、後に確認出来た4名。
A(エース)の御剣総一、4番の姫萩咲実、9番の色条優希、そしてJ(ジャック)の綺堂渚。
5人と別れてから出合ったK(キング)の少女北条かりんと、戦闘禁止期間に出合って別れた2番の高山浩太。
戦闘禁止が解除された後に、手塚に襲われて罠に掛かった優希と渚に再会した。
そして渚と共に俺達とは同行しなかったが、友好的に話せた5番の生駒愛美。
最後に今目の前に居る陸島文香と俺を合わせて、計10名が確認されている。
此処まで説明した所で、文香の顔色が曇った。

「エース、4、9、ジャック、キング、2、5?と言う事は、外原さん、貴方は…」

「ああ、お察しの通り3番だ」

自分のPDAの画面を文香に向けて見せる。
顔色が曇った原因は、今も手に持つルール表の裏面側に書かれている解除条件一覧からだろう。

「さっき言った優先する首輪の解除対象者は、当然9番だぞ?俺を優先するなら既に外れている」

肩を竦めて言う。
無いとは思うが、文香に敵対されるのは余り宜しくない。
なんと言っても正規の訓練を受けて居る上に、最後の頼みの綱にもなる可能性が大きいのだ。
運営「組織」と対抗する勢力である「エース」所属の工作員なのだから。
彼女には訝しげな顔をされたが、先に気付かれていた事で俺に2名の小さな同行者が居る事は見られている。
それでこちらに他者を殺害する意思が無い事を理解してくれると有り難いのだが。

「そうね。御免なさい、あたしもこんな状況で疑い深く成っているのかも」

一つ溜息をついて表情を緩め、申し訳無さそうに謝って来る。

「いやいや。普通は殺さないと死にますよ、って人間が目の前に居たら、警戒するだろ?」

苦笑しながらフォローをしておく。
それから文香はボールペンを取り出してからルール表に何か追記している様だ。
一瞬止めようかと思ったが、記入しているのが裏面である事に気付いて留まる。
多分自分の解除条件を書いてくれているのだろう。
記入が終わったのか、ボールペンを上着の胸のポケットに挿し直してから俺にルール表を返して来た。

「あたしのPDAは6番よ」

確かに裏面の解除条件一覧で空白だった6番に、今は条件が記されている。
その解除条件を、彼女の声を聞きながら読んでいく。

「条件は、JOKERの偽装機能が10回以上使用されている事よ」

「10回だとっ?!」

思わず叫んでしまう。
確かに記載された文章も次の様に成っていた。


    「JOKERの機能が10回以上使用されている。自分でやる必要は無い。近くで行なわれる必要も無い」


回数の部分だけが知っているものと異なっていた。

「な、何かしら?」

突然叫んだ俺に、文香が驚く。
拙い。
『ゲーム』だと5回だった為に、異なる条件で驚いてしまった。
此処は何とか誤魔化さないと変に疑われてしまう。

「いや、JOKERの偽装機能って1時間のインターバルが必要じゃないか?
 10回となると、手に入れてから最低9時間は首輪が外せないな、と思ってね。
 仮に他で誰かが使用していても、10回は使用しない可能性の方が高い。
 数が多いのは不利だな、と思ったんだ」

焦って早口に成らないように気を付けて、尤もらしい理由を繋げていく。
我ながら上手く誤魔化せそうな理論だ。

「そうね、確かに10回は多いか。でも、そう書かれてある以上は満たさないと死んでしまうわ」

最後の方は真剣な顔で訴えて来る。
それは当然だ。
俺は「ルール」の抜け道を幾つか知っているから冷静で居られるが、他の連中は死の恐怖に苛まれ続けていてもおかしくない。

「ああ、そうだな。だから早めに2番の高山にはこの事を伝えておく必要があるだろう。
 こっちで見掛けたら伝えておくから、そっちも強面のおっさんが居たら宜しく」

「強面?」

「ああ、結構ガタイの良い30台前後の青年だ。
 間違っても、チンピラ風の男には近付かないようにな。優希達を襲ったらしいし」

「手塚って人ね。判った、気を付けるわ。
 後は愛美ちゃん、だったかしら?こっちも出来るだけ早く会っておかないと危険ね」

「そっちも宜しく頼むよ。こっちは一度6階に行ってから探す事に成るから、合流は遅く成るだろうし」

高山及び愛美についても俺達よりかは文香の方が、より良い状態に持っていけるだろう。
だが何とか誤魔化せた様で良かった。
文香は地図が読み切れなくてかなり迷っていたらしい。
こちらのPDAで現在地はすぐに判ったので、周辺及び此処から階段までの最短ルートを互いのPDAで確認しておく。
此処からならエレベーターの方が近いが、こちらの9番に配慮してか文香は階段で行く事にしてくれた。

「そうだ、御剣達に出会ったら、優希は無事だとも伝えておいてくれるか?」

別れ際、最後にそう切り出すと、文香は強く頷いてくれる。

「ええ、勿論よ。しっかり伝えておくわ。
 ではまた、ね。早鞍くん」

笑顔で請合うと、片目を瞑りながら別れの言葉を述べて彼女は去っていった。



文香と別れてからは罠も人にも遭わずに、エレベーターホールまで辿り付けた。
通路に2人を残して1人でホールへと入り、周りを見渡す。
見える所に人影は無い。
こういったホールの様な見晴らしの良い所は襲撃され易いのである。
『ゲーム』でも階段ホールやエレベーターホールなどで何度か戦闘があった。
その為に警戒しているのだが、周囲に危険は感じられない。
エレベーターの前まで行ってその状態を観察する。
カゴが居る場所を示すランプは5階に点いており、そのまま動く気配は無い様だ。
1階なので上側分しかないが、そのボタンを押してみる。
少し待つとランプが4階へと移行した。
問題なく動いているようなので、もう一度周囲を見回してから待機している2人を呼んだ。

「2人とも、静かにこっちに来い」

出来るだけ響かないように注意して声を出す。
カゴが1階に到着する頃には、2人共俺の所に到着していた。
扉が開くと想像していたよりも広々とした、20人くらいは入る事が出来そうな空間が目に入る。
まあこれくらい広くないと、重機関銃を持って下りるのは無理があるだろう。
Ep1で高山が重火器を持って下りていた事を思い出す。
考えながらも真っ先にカゴに入り、中に問題が無い事を確認しておく。
異常が無い様なので2人を中に招き入れてから、目標階の6を押して暫くするとカゴが上昇し始めた。
その間にもカゴの中をぐるりと見回してみる。
『ゲーム』でも指摘が有ったがエレベーターは完全な密閉空間であり、此処で襲撃されたら一溜まりも無い事を再度認識してしまう。
脱出経路は有るか?
定番の天井の脱出口は1つ、目に見える位置に有った。
しかし上に逃げるのは、下から攻撃を受けている事が前提だ。
上昇しているエレベーターに下から攻撃してくるのはかなり酔狂と言える。
あるとすれば既に上階に上がっている者からの攻撃の方が妥当だろう。
上から攻撃が来ているのに上に脱出しようなど愚かにも程がある。
そのために下側へ出られる脱出口が欲しかった。
取り敢えず床の絨毯を一部捲くって見ると、開きそうな感じの部分が早速見付かった。
ビンゴ、か?

「何やってるんだ?早鞍」

俺の行動が不可解なのか、聞いてくるかりんに簡単に答えようと口を開く。

「ああ、何かあったら困るから、脱出経路を…」

    ズガンッ!

轟音と共に乗っているカゴが激しく揺れた!



[4919] 挿入話1 「拠点」
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:06

約1年振りとなる今回の「ゲーム」は開始前からケチが付いていた。
目玉となる予定のプレイヤーが開始3ヶ月前に死亡してしまったのだ。
プレイヤーの人選は事前にかなり絞っている。
3日間以上の行方不明を死亡・生還どちらでも問題無い様に都合を付ける事は、幾ら「組織」でもすぐに出来る事では無い。
その死亡・生存状態に応じて対応出来る様に、幾つかの理由を準備しておく必要が有るのだ。
それでもただの数合わせのプレイヤーであるなら、予備や候補に挙がっていたプレイヤーで補充する事も出来る。
だが死亡したのは、観客に対して目玉と成る予定の大事なプレイヤーだった。
幸い片割れへの目玉となる要素は残っていたので、そのまま参加させる事に問題は無い。
だが目玉としての価値は落ちる。
1人それなりの設定を持つプレイヤーも居るには居るが、あれは「ゲーム」を加速させる為の駒である。
プレイヤーの補充も急務ではあるが、それが抜けた事による再編も急務であった。
首輪とそれに紐付くPDAの製作は一朝一夕で出来るものではない。
解除条件の変更を行なうなら早目でないと成らないのだ。
彼は頭を捻る。

(そう言えば奴等が居たか)

来年か再来年の目玉にしようかと取っておいた者達が居た。
残念ではあるが彼等を使う事にしよう。
その為には各解除条件を見直さなければ成らない。
勿論死亡者の代役も探さないと成らない。
資料を纏めて各関係部署に連絡を取る為に、そしてこの件を審議する為に、彼は与えられた自室を出て行くのであった。





挿入話1 「拠点」



薄暗い埃塗れの廊下を甲高い音を立てて歩く男が居た。
甲高い音は彼が持つ鉄パイプが床に擦り付けられている音である。
何故鉄パイプを持って歩くのか。
それは自衛の為である。
それ以外、男には興味無かった。
自分が生き残る為なら彼はどんな事でもするつもりである。
今までもそうやって生きて来たのだから。

その男、高山浩太が外原早鞍と名乗る人物から別れてすぐの事である。
2つ目の部屋で真新しい段ボールを見つけたのだ。
その中には食料品類とザック以外に、1つの見慣れないものが存在した。
何かのメモリーチップの様にも見えるその小さな黒い物体を見て暫く悩んでいたが、男は徐にPDAを取り出してコネクタへと接続してみる。
出て来たインストールの画面を表示通りに進める事で、ソフトウェアの導入を終えた。
彼が手にしたソフトは「Tool:Self Pointer」である。
このソフトは在ればかなり便利な機能であり、その為1階に相当数が置かれていたのだ。
最初はプレイヤー達が迷うのは余興で良いが、迷い続けられても白けるので毎回この様に成っていた。
その1つを手に入れた彼は、現在地が表示されたPDAの地図をしっかりと確認する。
彼は考えていた。
外原と言う人物から得られた9番を除くルールが本当であれば、上に上がらなければ成らない。
逆に言えば上に居れば全員が上がって来るので、この広い建物を1から6階まで探索するよりは6階で待っていた方が効率が良い。
エレベーターで一気に6階に上がる事が最良の選択であると判断し、彼は行動を開始する。
急ぐ必要は無いのだが、かなりの早足で以てエレベーターへ向けて歩き出したのだった。

高山がエレベーターホールに到着した時、そこには先客が居た。
白いワンピースを着て綺麗な金髪を頭の左右で括っている、見た目に戦闘能力の無さそうな線の細い女性である。
だが彼は戦場で見た目に騙されて死んだ同僚を何人も知っていたので、当然油断はしない。
警戒しつつも男はエレベーターホールでカゴを待つ女性にゆっくりと近付いて行った。



大学のキャンパスを移動していた筈の彼女は、何時の間にか意識を失っていた。
気付いた時にはこの埃塗れの建物の一室で寝かされていたのだ。
何故この様な事態に陥っているのかについて、彼女は頭を捻っていた。
手元にある部屋の中で拾ったPDAの内容を見る限り、生き残りを賭けたゲームに強制参加させられていると考えれば良いのか。
彼女の解除条件は「5つのPDAの破壊」である。
ルールの3を保有する彼女はそれを、他者の生命と自分の生命を天秤にかけるものである事に気付いていた。

「PDAを壊せば、首輪が解除出来なくなる!?」

それはその人間の死を意味している。
つまり彼女は5人の人間を殺さないと成らないのだった。

混乱する頭は時間と共に静まった。
彼女には選択肢は無い。
更にはJOKERの存在も彼女に危機感を持たせた。
彼女のPDAに載っているルールは1・2・3・4である。
このJOKERにより破壊の数が狂わされる危険性があるのは痛い。
最も注意するべき事項であった。
それでも彼女は他者に接触する必要性がある。
PDAを求める以上は自分1人では何も出来ない。
彼女は自分の小さな手提げバッグにPDAを入れて、この薄暗い建物の中を歩き始めたのだった。

彼女は此処まで迷うとは思っていなかった。
複雑な迷路状に成っている建物の中を困惑しながら歩き続ける彼女は、自分の位置を見失っていた。
途中でPDA内にあった地図がこの建物のものである事は気付けたのだが、気付いた時には既に迷っていたのだ。
そして此処までの道程で各部屋を見ていなかったのも痛かった。
彼女の様に他の人間が部屋に寝かされて居た可能性も有ったのだから、確認しておくべきだったのだ。
今更ながらに彼女は近くにある部屋を確認し始める。
その殆どは何も目ぼしい物の無い部屋であったが、1つだけ新しい箱が用意された部屋があった。
それだけが新しい事に疑問に思った彼女は、慎重にその箱を開く。
その中には1食分の保存食に飲料水、そしてプラスチックの様なもので出来た黒い小さな物体を見付けた。
小さい機械には「Tool:Map Enhance」と書かれている。
地図拡張。
その単語で彼女はそれがPDAの地図を拡張するものではないかと見当を付ける。
箱の調査中はバッグに収めていたPDAを取り出して、下と横についているコネクタを見ると、丁度横のコネクタに嵌りそうであった。
恐る恐るコネクタへと接続すると、インストールの画面が出て来たのでホッと安堵の息を吐いた彼女は作業を続行する。
インストールを実行した後に出て来た地図には確かに様々な情報が追加されていた。
だが今自分が何処に居るのは判らない状態では、この情報は意味が無い。
せめてこの情報で出ている施設に到着出来れば現在地を割り出せるかも知れない。
彼女には結局探索を続ける事しか出来ない状態だった。
特にお腹は特に空いていなかった彼女は、飲食物はバッグに入れて立ち上がる。
そのまま、また館内を彷徨い続ける作業へと戻ったのだった。

彼女が使用可能なエレベーターのホールに辿り着いたのは偶然だった。
未だに地図での現在地が判らない状態で彷徨っている内に辿り着いた場所で、再度地図を確認する。
エレベーターとして表示があるのは3つあったが、その2つには×印がついている。
この×が何を意味するのかは判らないが、普通に考えて使用禁止、又は使用不能だろうと彼女は読んでいた。
その為このエレベーターが使用可能かを確かめる為、地図を確認した彼女はボタンを押してみたのだ。
カゴの位置は6階を示していたが、暫く待つと5階へとランプを移行させる。
エレベーターは確かに動いてくれていた。
そんな時彼女は彼の接近にやっと気付いたのだった。



2人の邂逅は互いの観察から始まる。
男にとっては彼女のPDA、そしてJOKERを持つかが気に成っていた。
女にとっては彼のその厳つい雰囲気が恐ろしかった。
そうして2人で沈黙している中で、チンッと言う音と共にカゴが1階に到達する。
開いた扉に飛び込もうかと女は悩むが、此処で逃げてもいずれは相対しなければ成らないのかと更に悩んでしまう。
そんな時PDAから電子音が鳴り響いた。

    ピー ピー ピー

男が手元のPDAを確認すると、最初の6時間の戦闘禁止が解除された旨が記載されている。
この時よりルール8は解除され、彼に他者を攻撃する選択肢が追加されたのだった。

しかし彼はただJOKERが欲しいだけであった。
例え素人であろうとも死に物狂いに成れば手痛い反撃を受ける場合もある。
相手がこちらを害する気が無いのであれば、こちらから手を出す理由が彼には無い。
だから此処は、まず話し合いから始める事にした。

「少し、話を良いか?俺は高山。JOKERを探している」

男の言葉に女は少なからず驚きを感じた。
JOKERを何故欲するのかである。
理由としてまず上げられるのが、他者を騙す為であろうか。
他に有り得るとすれば、首輪の解除条件に関連するくらいと思われる。
自分の命が掛かっているのだ。
彼女には慎重に相対する必要があった。

「何故、JOKERが欲しいのかしら?」

「俺の首輪の解除条件がJOKERの破壊だからだ」

即答した高山と名乗る男の言葉に再度驚いた。
随分と簡単に解除条件を話す。
もしJOKERで他人を騙そうとする他者がこれを聞いたら、彼を危険人物と見なすであろう。
だが彼の言う事が本当であれば、彼女には何も弊害は無い。

「残念ね。私はJOKERを持っていないわ」

「そうか、なら良い。それで、俺はそのエレベーターが使いたいのだが、どいて貰えるかな?」

彼は早く上がって優位性を獲得したかったのだ。
高山は此処までの話の中、全く表情を変えていない。
それが女に取っては不気味であった。
何を考えているのかが全く読めない。
そして上に上がる行動理由も判らない。

「何故上に用があるのかしら?」

疑問がつい口をついて出た。
無意識だったのだが、彼女にとってこれは幸運だったと言える。

「ルール5の所為で、上に上る必要性が有るからだ」

彼の簡潔な言葉で彼女はルールの事を思い出したのだ。
ルール2に書かれてある内、残りの5から9のルールを彼女は知らない。
つい1から4とストレートに並んでいたので、失念していた。
そして彼がルールの5を知っていると言う事は、更にもう1つあると言う事なのだ。
出来れば3か4以外があれば良いと思い、彼女は高山に質問をする事にした。

「高山さん、と仰いましたね。私は矢幡麗佳と言います。
 申し訳有りませんが、貴方のPDAにはルールの何番が書かれているのでしょうか?」

「俺のPDAに書かれているのは…4と8だな」

男は思い出すかの様に思案してから、番号を答える。
1と2は全てのPDAに記載されているので省いたのだろう。
その言葉に間違いは無いのだが、矢幡と名乗った女性はその矛盾に気付いた。

「では何故ルール5をご存知なのですか?!」

睨み付ける様に男を見る。
彼が嘘をついている可能性が上がった。
彼女を混乱させる為か、騙して何かをさせようと言うのか。
矢幡にとっては油断の成らない状況である。
しかし高山は彼女の動揺にも顔色を一切変えず、その疑問に淡々と答えた。

「俺はルール9以外を聞いたからな」

「聞いた?」

「ああ、1時間くらい前に出会った外原と言う男に、ルールの1から8を教えて貰った」

(1人の人間に9以外の全てのルールを知る術などあるの?)

それが矢幡の次の疑問だったが、彼女が問う前に高山から答えが出される。

「外原は俺と会う以前に他者と出会い、その者達とルールを確認した様だ。
 更に俺が会った時には1人の少女と同行中だったし、ルールについては確認し易かった様だな。
 だが残念な事に、その誰にもルール9が載っていなかったらしい。
 お前のPDAにルール9は載っているか?」

淡々と話される言葉は理路整然としており、淀みは無い。
逆に問われた事に反射的に答えてしまうほど流れに乗っていた。

「私のPDAには1から4まで載っていたわ」

高山は静かに頷くと、ルール5以降の内容を覚えている限りではあるが朗々と語り出した。

「ルール5は時間が経つにつれ下の階から進入禁止エリアになると言うものだ。
 進入禁止エリアに侵入した場合は首輪が作動するらしい。
 ルール6は賞金について。20億を生存者で山分けするとあった。
 ルール7は戦闘禁止エリアがある旨が書かれていた。
 更にルール8には開始から6時間以内は館内全域が戦闘禁止エリアに指定されるとある」

高山は一度言葉を切って、言葉を続ける。

「最後の8は先ほど無効化されたが、それ以外は現在も有効だ。
 そして先ほども言った様にルール5により、下の階はその内危険地帯と成る。
 だから早目に上に上がりたかったのだ」

この説明は矢幡にも充分に理解出来た。
説明も理由にも淀みは無く、齟齬も見当たらない。
2人きりなのが不安ではあるが、此処で逃げても進展が無い事の方が怖かった。
だから彼女は決断をする。

「詳しい話は上がりながらの方が良さそうですね」

エレベーターの扉は時間が過ぎて既に閉まっていた。
矢幡は上へのボタンを押して待機していた扉を開く。
先に入って開くのボタンを押し込みつつ、高山が入って来るのを待つのだった。



何の妨害も無く2人は6階のエレベーターホールに辿り着く。
エレベーター内に居た短い時間に各々のPDAの解除条件とこれまでの経緯を伝え合った。
その情報の中に有った北条かりんと言う少女の「5台のPDAを収集する」は、矢幡と非常に相性が良い解除条件だ。
だがその少女と共に居た男性、外原早鞍と言う人間が判らなかった。
「3名の殺害」を解除条件とする青年。
幾ら先に解除条件を明かされたからと言って、そんな解除条件を他人に明かせる筈が無いと彼女は疑う。
だが高山と同じ様に結論は出ない。
他にも高山のPDAによるJOKERの偽装機能解除が可能である事が、矢幡に光明を見せていた。
これがあれば彼女の解除時にJOKERを紛れ込ませてしまう危険を回避出来る。
そうでなくとも彼の首輪が外れていると言う事は、イコールJOKERが既に無い事を意味するのだ。
彼女にとってこの高山と言う人物又はPDAは不可欠と言って良い。
逆に高山の方には彼女と共に居るメリットは何も無かった。
正直彼女が同行するのは避けたかったのだが、何も判らない彼女は彼と別れる不安が見え隠れしている。
メリットは無いがPDAを探す理由くらいには成るかと、無理矢理自分を言い聞かせておく。
いざと成れば危険回避の盾くらいには出来るだろう。
各々は思惑を秘めて6階の探索に乗り出したのだった。



エレベーターホールからは、矢幡のPDAに表示されている倉庫と書かれた部屋に真っ先に向かった。
その部屋で物資を確認した時、2人とも絶句してしまう。

「何、これ?」

彼女が見詰める先には、大きな木箱に詰め込まれた様々な武器が有った。
長い銃、短い銃、丸い何かに刃物類。
幾つかの円筒形の缶に、ガスマスクや他にも見知らぬものが一杯入っていた。

「こんな物もあるのか…」

男が絶句していたのは箱の方ではなく、部屋の片隅に布を掛けて置かれていた大きな品を見たからだった。
その布を剥して出て来た物は重機関銃だったのだ。
軍隊を相手に戦争でもしろと言っているかの様な手入れの行き届いた重火器に、高山は寒気を感じる。
まともに殺り合ったら絶対に勝てないだろう武器を見せられているその心境は、戦場を渡り歩いた彼だからこそ実感出来るものだった。

「これは、思ったよりも酷い事に成りそうだな」

少し考えを改める必要がある。
その事を2人共が考えていた。

重機関銃をチェックする高山を見て、矢幡は彼がこういった武器を扱う事が初めてでは無い事を見抜いていた。
それが彼女にとって良い事なのか悪い事なのかは、まだ判らない。

「矢幡、これらの兵器を向け合うのは非常に危険だ。丁度台車に載っているからこれを下に降ろそう」

「降ろす?」

「ああ、下にこれを有効に扱える地形なりに拠点を作って、ルール5の進入禁止の直前までそこに篭るのが良いだろう。
 問題は他のプレイヤーに会えない事だが、元よりそのつもりであるし、彼らもその内上がって来る。
 そこを交渉すれば良い」

彼の言葉は判らないではない。
だが彼女は早く首輪を外してしまいたかった。
それでもこれらの兵器を見ていると、自分が簡単に生き残る事は出来ないだろうと思えてしまう。
だから進入禁止に成る階下へと逃げられる様に成っておきたい。
彼女の頭の中を渦巻く思考は、ただ自分が生き残る為のみに働いていた。

「矢幡、お前はどうする?このまま6階に残るのならば、此処でお別れだ」

荷物を纏めながら高山が言う。
彼は矢幡が思考に沈んでいる間も各武器を纏めて、重機関銃が載っている大きな台車に移していた。
彼は淡々と作業を進める。
そこにはただ機械的な程の生き延びる事に対する姿勢があった。

(彼についていけば、私も生き延びられるだろうか?)

そんな考えが彼女の脳裏を過ぎる。
どうしても生き延びたい。
それは誰しもが持つ欲求。
だからこそ人は足掻き続ける。
彼女も例外では無く、葛藤していた。
高山は黙っている彼女を気にせずに、作業を進める。
そして他の部屋よりも大きい入り口を持つこの部屋から、様々なものを載せた台車を押して出て行く。
何も言わなければ高山は矢幡を置いて行くつもりだった。
この場面で決断出来ないのでは、この先は足手纏いにしか成らない。
先ほどPDAで見た5階の地図を思い出して、拠点とする場所の構造と周辺の地理を反芻する。

「高山さん!私も一緒に行っても宜しいですか?正直、これらを見て私では対応し切れないと思うのです」

「…好きにしろ」

出て行った高山を追いかけて話し掛けて来た矢幡に対して、台車を押すのを少しの間止めて短く答える。
足手纏いになったなら、その時に切り捨てれば良い。
彼は冷静に考えていた。

「有難う御座います」

この選択は彼女に取っては一大決心であったが、その事が彼女を救ったと言えた。
もし今回の「ゲーム」でこの6階に1人残されたとしたら、今の彼女ではどうやっても生き残れなかっただろう。
それ程に、この上層階は危険だったのだ。



部屋に在った大半の物資を載せた台車が5階のある部屋に到着した。
その部屋は袋小路にあり、一方向からしか近寄れない上にその通路は百メートルほどの直線と成っている。
更にその直線通路の脇に部屋などの扉は無く隠れる所は一切無い。
拠点を作成する為にある通路と言って良い地形であった。
その直線通路に向けて奥の部屋の前に重機関銃を設置する。
ジャッキなどの道具を用いて台車から降ろし、しっかりと固定した。
機関銃用の弾も台車に載っていたので、これを何時でも使える様に接続しておく。
ただ弾数はそれほど多くないので、これだけではなく小銃での牽制も必要に成るだろう。
出来ればあちらの曲がり角付近にも罠を設置しておきたい。
だがその為にはまだまだ物資が要るのだった。

高山と矢幡は拠点に重機関銃を設置後、高山が持って上がった飲食物中心の荷物と持って降りた装備中心の荷物を奥の部屋に置いて、再度6階を目指す。
物資を6階から持って降りて更なる要塞化を施すつもりだったのだ。
一応持って下りた物資の中から自分達の武装も整えておく。
それでもまだこの上層階に居るのは自分達だけであると高を括っていた。
武装は高山がアサルトライフルにコンバットナイフと44口径の拳銃に防弾チョッキを着けた。
但し荷物運びの重労働が残っているし、此処も激戦区になるにはまだ時間があると思っていたのでチョッキの等級は低く動き易い物を選んでいる。
後半では等級の高いアーマージャケットを着るつもりだったので、それは此処に置いておく。
矢幡の方は防弾チョッキと38口径の拳銃のみであった。
サブマシンガンも勿論あったが、彼女にはまだ躊躇いがあったのだ。
その他に一部の物資を入れた荷物を持って、彼等は拠点を後にした。

再度エレベーターホールに向かう前に少し迂回して、封鎖された階段に立ち寄る。
此処は重機関銃を運んでいる最中にも、通路に荷物を置いてから偵察に来ていた。
その時から構想を練っていた高山は、瓦礫と鉄条網で以ってしっかりと封鎖されている階段に対して作業を開始する。

「高山さん、何をしているのですか?」

「この封鎖を爆破する為の仕掛けを施している」

「爆破?…まさかっ!」

麗佳は高山の策をやっと理解した。
拠点を築いたとしても結局首輪が外れなければ6階へと上がる必要がある。
此処から使用可能と思われる階段は急いでも3時間は掛かりそうな程に遠い場所に有る為、不利だと思っていたのだ。
勿論エレベーターまでは近いが、その時にもエレベーターが使えるかが微妙であった。
だがこれで突破すれば階段での待ち伏せなども恐れる事は無い。
この短時間でこれ程の策を考え付いた高山と言う男は一体何者なのか。
武器・兵器にも精通している彼は、彼女にとってはある意味恐怖の対象だった。

「よし、これで良い。待たせたな」

高山が封鎖階段を離れて麗佳の所へとやって来る。
麗佳には内心を悟られない様にするのが、出来る全てだった。

彼等がエレベーターホールに向かう途中に微かではあるが爆発音が何度か聞こえて来る。

「何?」

矢幡が疑問に思うが、答えは無い。
厳しい目をしながらも歩みを止めずにエレベーターへと急ぐ高山を、ただ彼女は追いかける事しか出来なかった。
歩いている内にも何度か発砲音が鳴り響く。
音からしてサブマシンガンと思われるが、誰か早くも此処に、しかも2組以上が上がった事に成る。
彼等もエレベーターを使ったのだろう。
この事は高山に取っても困った事態であった。

「拠点が完成したらエレベーターを壊すつもりだったが、出遅れた様だな」

「…その様ですね。しかも好戦的な方が居ると考えて良いでしょう」

現在銃撃音は止んでいるが、それでも立て続けに鳴っていた不穏な音に矢幡は不安の色を隠せないでいた。
エレベーターホールに入る手前で高山は止まる。
そこからホールを覗いても誰も居ない。
通路から進んだのだろうか。
2人が暫く待っていると、20歳前後の若い男が1つの通路から躍り出て来て、ある通路へ向けてサブマシンガンを連射する。
すぐに弾が切れたのか引鉄を引いても何の反応も示さない銃を、彼は脇に投げ捨てた。
その時彼が銃撃していた通路より1人の男が走り出て来る。

「外原?」

高山の呟きは矢幡の耳にも届いた。

(彼が…3名殺害の男?)

手に持つ拳銃を相手の警棒に叩きつけて弾き飛ばした外原と言う男は、最初の男の後ろに回り込んで拳銃を突き付ける。
すぐに引鉄を引くだろう。
2人共内心ではそう思っていた。

「両手を挙げて動くな」

此処まで聞こえるほどの、興奮した様な大きな声が聞こえる。

「何故?撃たないの?」

矢幡の口を吐いて出た疑問は高山も持った。
彼の解除条件が殺害なら躊躇う事など無い。
更に相手はサブマシンガンを乱射して来た、確実な敵である。
殺さない理由は無い。
そんな疑問を持たれた外原は襲撃者に足払いを受けて仰向けに倒れ、その右腕を封じられてしまっている。
高山は咄嗟にライフルの照準を襲撃者へと向けた。

「高山さん?」

「黙ってろ。彼を援護する」

まだ半信半疑だった。

(もし、もしもだ。北条がまだ生きているなら、奴は信用出来るかも知れない)

何故かそんな気持ちが高山に芽生えていた。
1人で生きる事は容易いかも知れない。
だがどんな人間が居るか判らない以上は、味方は多い方が良かった。
それも絶対に裏切らない味方なら尚更だ。
スコープに覗く襲撃者の脚をしっかりと狙って引鉄を1つ引く。
その弾丸は狙い通りに彼の右の太腿を貫通した。
勢いに流されて転がった襲撃者に2射目を加えようと狙いを付けるが、素早く転がって通路へ隠れられてしまう。
チッと舌打をしてスコープから顔を上げると、未だ外原が床に転がったままである事が認識出来た。

「外原、さっさと離脱しろ!」

大声で行動を促す。
その声で外原は移動を開始し、元の通路へとフラフラの足取りで戻って行った。
外原を追おうと通路から出て来ようとする襲撃者に、高山はライフルの狙撃を加えて外原に近付けさせない様にする。
そしてこちらも通路から出て、相手の通路へとライフルの引鉄をランダムに引きながら肉薄して行った。
通路への角度を変えつつ牽制射撃を続けて様子を見ながら、相手が隠れているだろう通路の先を視界に収めようとする。
しかし奥までの通路が視界に入った時、その通路は蛻の殻に成っていたのだった。



外原が隠れた通路を覗いて見ると、彼は壁に背を預けて座り込んだ状態だった。
息は整っている様だが、脚の間で銃を持つその両手には力が入っていない。
高山はそんな彼にゆっくりと、何時でも拳銃を撃てる様な気構えで近付いた。
その後ろには、同じく何時でも撃てる様に拳銃を右手に持った矢幡が続く。
彼等に気付いた男は、顔を上げて疲労に満ちたその顔で礼を言った。

「高山、有難う。助かったよ」

「無茶をしたものだな」

高山は静かに返す。
その無茶が何の為なのか。

(解除条件を満たす為の行動では無いのか?)

高山の疑問はそこであった。

「はは…。自分でも無謀だったと、今更ながら、思うよ」

自嘲気味に呟く外原の顔に悔しさは一切無い。
襲撃者を殺せなかった事に関しては何も思っていないかの様である。
それが2人には不思議で仕方が無かった。
外原は彼等の態度に違和感を感じつつも、言葉を繰り出す。

「ルールの9番及びJOKERはどうだった?」

「どちらもまだだ」

高山は即答した。
彼に嘘をつく理由も無いし、そんな内容でも無い。

「所で、そろそろそちらの美人さんを紹介してくれないものかな?」

再度苦笑を浮かべながら矢幡の事を聞く外原に、高山は逆に重要な事を問い掛けた。

「外原、北条はどうした?」

高山の不躾な問いに外原はちょっと顔を顰めたが、諦めた様に答える。

「近くの倉庫に隠れておくように言ってある。もう1人子供が居たので、銃撃戦に巻き込みたくなかったんだ」

「子供?」

「色条優希っていう10歳くらいの子供だよ」

「…そうか、無事なら問題無い」

彼の言う事が本当であれば信用出来るかも知れない。
高山は安堵の息を内心で吐きつつも、まだその姿を見ていないので気は抜けなかった。
外原は続けてその子供についての説明を続けた。

「それで申し訳ないが、9番の解除条件がプレイヤーの全員と遭遇する前に6階に到達なんだ。
 なので出来れば合流は、こちらが一回6階に到達した後にしたいんだが…」

此処で言葉を切り、考え込む外原。
暫く考えていた彼は、高山達に全く逆の事を提案して来た。

「高山。すまないが、俺達と同行してくれないか?」

「どういう事だ?9番の解除条件が事実なら、合流は避けるのではないか?」

(もしその倉庫6に罠を張っていたら?そう成るとさっきの襲撃者もグルと言う事に成るが)

彼のおかしな提案に、嫌な想像が頭を過ぎった。
矢幡も外原の言動には疑問を持つ。
しかしその答えはとても情けないものだった。

「尤もだ。現に今まではずっとそうして来たしな。
 だが、今攻撃を受けて痛感したよ。俺じゃこれ以降、あの子達を守り切れそうも無い。けど…。
 だからって、はいそうですか、って殺されてやる訳にはいかないんだ!」

2人は彼のこの強い口調の言葉に呆気に取られてしまう。
矢幡は先に復帰して、相手をしている筈の高山を後ろから突っついた。
その突きで我に返った高山は少し思案してから答える。

「判った。こちらも連れの条件が有るので、協力は吝かではない」

「そうか、助かる。取り敢えず、かりん達と合流しよう。
 隠れてろって言っただけだから困ってるかも知れないからな」

彼は目に見えて喜び、持っていた銃を再び腰の後ろに挿し直した。
身体がまだ痛むだろうに、壁を頼りに自分を支えながら立ち上がる。
そしてその通路の奥、矢幡のPDAにも書かれてある倉庫6へ向けて進み出した。

「高山さん、彼はあの3番なのでしょう?何時裏切るか判りませんよ?」

「かも知れん。だが本当に北条が生きているなら、彼に他者を殺す意思は無いと判断出来る。
 そんな人間は稀と言えるだろう?何時後ろから撃たれるか判らん人間などより頼れる。
 甘いだけではなく、襲撃者への対応を見ればそれなりに度胸もある様だしな」

高山の返答は矢幡に反発心を芽生えさせた。
しかしそれは言葉に出来ない。
つまり高山は矢幡の事を「後ろから撃つ人間」であると言っているのだから。
高山自身も余り他者を信用する人間ではない。
利害が一致している間は協力する。
但し自分からは出来るだけ裏切らない。
それをポリシーとしていたのだ。

「そうですか。ではその倉庫6に彼女が居るかどうか、ですね」

彼女は外原を信じていなかった。
それは自分がもし同じ立場であった為らば、確実に殺しているだろうからだ。

(すぐに化けの皮が剥がれるわ)

ヨロヨロと進む外原の背中を睨み付けて、彼女は高山の更に後ろに立って続くのだった。



[4919] 第4話 強襲
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:06

    ズガンッ! ドゴォ!

重々しい轟音と共に乗っているカゴが激しく揺れた。

「「きゃああぁぁ」」

音と振動に少女2人が悲鳴を上げて蹲る。
爆発音が天井部分よりしている事から、上階からの攻撃であるのは間違いないだろう。
階数のランプを見ると5階に在るので、5階は通り過ぎている様だ。
もう少しで6階だというのに、よりにもよって6階に敵が居るとは運が無い。

いやいや、慌てるな。
何階だろうと、今攻撃を受けている事自体が問題なのである。
混乱して支離滅裂に成りそうな思考を取り戻す事に、どれほどの時間が掛かっただろうか。
気付いた時には、パラパラと落ちる埃の他に金属の破片も混じって来ていた。
天井が爆発物に耐えられなく成るのも時間の問題だろう。
丁度調査中だった床の部分にある取っ手を掴み手前に引いてみるがびくともしない。
気持ちが再度焦って来る。
何とか開かないかと半円形の取っ手を回してみると、取っ手だけでなく台座部分も回り始め、半回転位した所でカチリと手応えを感じた。
引いてみると床の部分が一部開き、エレベーターシャフトへの真っ暗な奈落の闇が広がる。
底の全く見えない完全な闇の世界を見て恐怖が襲って来た。
5階分の高さである。
滑って落ちたらまず助かるまい。
だが現在も断続的に爆発物の攻撃を受ける天井は、今にも崩壊しそうだ。

「降りるぞ、ついて来い」

蹲る2人へと言い放ってから開けた穴から下に出て、シャフトの横壁に有る梯子へと移る。
移る際に背負った荷物が邪魔して落ちそうに成るが、何とか踏ん張って耐えた。
すぐ下にある5階の扉を目指して移動していく。
後続が来ているかを確認すると、大きい荷物を持つ俺とは違い荷物が小さい彼女達は危なげではあるが何とか梯子に移る事が出来た様だ。
その時カゴの中から先程よりも激しい音が鳴り響く。
カゴの天井の一部が壊れたのだろうか。
まだカゴを支えているロープが保っているのが不思議なくらいだ。
それを真っ先に切られていたら、こちらはお陀仏ではなかったか?

シャフト中央部辺りを1本の火線が走った。
今度はサブマシンガンかライフルだろうか?
ほぼ壁に張り付いている俺達に被害は無かったが、カゴに残っていたら撃たれていたかも知れない。
片手を5階への扉に掛けて思いっきり引っ張ると、ゆっくりではあるが開き始めてくれた。
此処で扉にロックが掛かってたらアウトだったのだ。
ある程度開いた所で反対側に足を掛けて、あちらへ押し込むようにして手足でもって左右に開いていく。
充分に開けた所で、俺は5階のエレベーターホールへと転がり出たのだった。





第4話 強襲「他のプレイヤーの首輪を3つ取得する。手段を問わない。首を切り取っても良いし、解除の条件を満たして外すのを待っても良い」

    経過時間 9:08



エレベーターホールに出た後すぐ横に荷物を投げ捨て、次にやって来るかりんに手を貸してやる。
ふと疑問が頭を過ぎった。
1階でカゴを呼び出した時に階数表示のランプは何階を指していたか?
今敵は6階から攻撃して来ているのに、ランプは5階に在った筈だ。
思考しながらかりんをホール側へ引き込み、次の優希に手を貸す。
もしかして5階にも誰か、悪ければ上の奴の仲間が居るかも知れない。
優希をホールに引き上げると、すぐに行動を開始した。

「かりん、優希。すぐに移動するぞ。5階に敵が居るかも知れない」

優希が肉体的にも精神的にも参っている様だったが、此処で止まっている訳にはいかない。
かりんに優希を任せて投げた荷物を拾いつつ、俺のPDAを確認して幾つか有る通路の内で倉庫6と書かれた部屋への通路を目指す。
その時、エレベーターシャフト内を轟音を立てて大きなものが通過していった。
カゴが落ちたのだろう。
しかし途中で止まっていなかったのは、安全装置が作動するまでに落ちる距離があるのか、単に安全装置が機能していないのか。
こういった災害を経験した事は無いので知らないが、本当にあんなもので安全性が保てるのだろうか?
先ほどから危ない橋を渡りっ放しではあるが、未だ危機は去っていない。
通路に入ろうとした丁度その時に、エレベーターよりこちらに向かって銃撃が来た。
ほんの少しだけ通路に入る方が早く銃弾は壁を穿つのみだったが、このまま追われれば蜂の巣にされるのは時間の問題だ。
優希が足枷に成っているとはいえ、あちらの行動が速過ぎる事が恐怖心を煽った。
覚悟を決める必要がある。
殺し合いは御免だったが、このままでは一方的に殺されるだけなのだ。
意を決して、前に居るかりんに自分のPDAを投げ渡す。

「かりん、倉庫6に逃げ込め!入ったら物陰に隠れて、音を立てずにじっとしてるんだぞ」

声が大きくならないように気をつけながら、腰の後ろに挿していた自動式拳銃を引き抜く。
PDAは地図を出した状態のままだから、迷う事は無いだろう。

「行けっ!かりん。優希を頼む」

「でも早鞍っ!」

「流れ弾で怪我されても困るんだ。早く行けっ!」

話しながら、銃の安全装置を外して撃鉄をスライドさせる。
それらのやり取りの間もエレベーター側から目を離さずにいた為、相手の行動が目に入っていた。
エレベーターの扉の前には先ほど撃ってきたのであろう人影がある。
シャフトから出てきたと同時に撃って来たのだろう。
こちらとは別の通路に隠れる為に、銃口をこちらに向けたまま横走りで駆けていた。
遠目で詳しくは判らないが、20歳前後の男性の様である。
誰だ?
今まで会った誰でも無いその男は『ゲーム』では見た事の無い人物だった。
残りの男性は長沢、葉月、漆山なのだが、そのどれも20歳前後ではない。
新たな「違い」が目の前にあったが、今はその事について深く考えている場合ではない。
彼は右脇にサブマシンガンの様な物を抱えており、それ以外の大型武器は見当たらなかった。
こちらへ牽制射撃を繰り返しつつ、相手は別の通路に身を隠す。
相手はこっちに拳銃がある事を知ってでもいるのだろうか?
随分と行動が慎重だ。
知らないならあちらからは攻撃を仕掛け放題であり、物陰に隠れる必要など無いだろうに。
非常に慎重な性格の可能性も有るが、楽観視は出来ない。
こちらが銃を持っているという情報を持つと言う事は、愛美から情報を得たかゲームマスターの可能性しかないだろう。

一瞬だけ後ろを見て、かりん達が居なく成った事を目で確認しておく。
かりんは一時の逡巡したものの、優希を連れて行ってくれた様だ。
ホッと一息ついた後、気を引き締めて前を向く。
相手が隠れている通路に集中して、しっかりとした射撃スタンスを確保した。
とは言え、相手もあの通路に隠れたままとは限らない。
もしかしたら回りこんで来るかも知れない。
先ほど見たこの周辺の地図を頭に思い浮かべながら、相手の隠れた通路からの迂回路を考えてみる。
回り込むとして、走っても1時間位掛かるだろう。
このまま時間が経っても出て来ないようであれば、かりん達と合流して逃げ出す必要もある。

それから10分くらい経つが、全く動きが無い様子に回り込んだものと判断する。
射撃体勢を崩した時に、相手の隠れている通路の方でチカッと何かが光った気がした。
何だろうと目を凝らして見ると、遠くにあるので判り難いが多分小さな鏡の類だろうか?
鏡?…拙い!
再度射撃体勢へ移行しようとする最中に、やはりと言っては何だが通路から相手が躍り出て来た。
無理な体勢ではあるが、相手の姿が現れた瞬間に銃の引鉄を引く。
思ったより銃の反動が大きかったのもあるが、既にこちらへ銃口が向いていたので回避の為にも後ろ向きに倒れ込み床に仰向けに転がった。

「うわぁっ!」

人の叫び声が聞こえるとほぼ同時に俺の目の前、つまりは上側を火線が通り抜けていく。
たった1発撃っただけで、反動により右腕に痺れが残った。
此処まで反動が凄いとは予想以上である。
弾数の問題も有って、今まで射撃練習をしていなかった事が裏目に出てしまっていた。
それでも右腕の痺れを我慢して仰向けから横に転がり、仰臥状態から更に1回発砲する。
狙いは滅茶苦茶だが、元より当てて殺すつもりなど無い。
運悪く急所に当たった場合はご愁傷様だ。
しかし相手は俺の射撃を横に転がって躱し、更に射線を集中させて来る。
俺は相手が横に移動した事で出来た、射線の死角となる右の壁際へ転がり攻撃を避けた。
先ほどからの相手の素早い対応を見ていると、それなりに訓練でも積んでいるかの様に見える。
高山みたいな傭兵か自衛隊の経験者だろうか?

先の休憩中に確かめた自動拳銃の装弾数は7発であり、これまでに2発撃っている。
残りの5発で相手を撃退出来るかと言われれば、心許無い。
その上、2発だけしか撃っていないにも関わらず、右腕が痺れて大分感覚が薄くなっていた。
左手で右腕を揉んで感覚を復活させようと努めるが、近々の回復は絶望的の様だ。
その時突然相手が視界に入り、銃口をこちらへ向けて来た。

「とっとと死にやがれっ!」

叫びながらサブマシンガンをオートで乱射して来る。
その銃撃から避ける為に慌てて右壁に張り付いていた体を、肩から肘にかけて壁を押し出す事で引き剥がして左へと飛ぶ。
避けはしたものの、反撃など出来ず反対側の壁へ勢い余って激突してしまう。

「がっ」

左肩と左頬を強打して、目に火花が散ったような衝撃が走った。
拙い、殺られる。
脳震盪を起こしたように視界が揺れる中で死を覚悟するが、銃撃は降って来ない。
正面を見ると相手が肩から下げていたサブマシンガンを捨てている所だった。
弾切れだろうか?
それならばチャンスである。
痛みや痺れなどでふらついていたが、不幸中の幸いなのか左半身の痛みのお陰で右腕の痺れが一時的に抜けた様だ。
銃を握り締めて左の壁すれすれに体を置きながら、銃口を下に向けて前傾姿勢で相手に向かい疾走する。
20メートルはあった距離を走り抜けて相手へと肉薄して行った。

急接近して来る俺に、相手は右腕を後ろに回して何かを取り出して来る。
迎撃に取り出したのは棒の様な物だった。
30センチくらいだった棒が、一瞬で1メートル弱くらいに伸びる。
伸縮式の警棒だろうか?
走り寄る俺に銃を構える隙を与えないように、向こうからも近付き警棒を振り被って来る。
動きが大きい故にその軌道は判り易い。
力がまともに入り切らない右腕は軌道修正の支え程度にして、左腕の力で下から掬う様に振り上げた。
俺の振り上げ速度が速かったのか、相手の持つ警棒の棒の部分では無く柄頭へ銃把が叩き付けられる。
警棒はそのまま相手の手からすっぽ抜けて飛んでいった。

「づぅ、きさまっ!」

勢い余り相手の右手にも当たったのか、右手を抱え込みこちらを睨み付けて来る。
俺は此処で止まらず、前進の勢いのまま相手の後ろに回り込んでその後頭部へと銃を突き付けた。

「両手を挙げて動くな」

距離は縮まっているので大きな声は必要無いのだが、疲労と興奮でかなりの大声が出ていた。
結局は殺しに来た相手に、此処まで来てすぐに殺せなかった事がこちらの敗因なのだろう。
相手は顔だけ振り返り、ちらりとこちらの目を見ると冷笑を浮かべる。
ぞくりと悪寒が走った。
再度警告を放つため口を開こうとした瞬間、相手の体が視界から消えたと思ったら左の後ろ脛を掬うような感覚に襲われる。
体を沈めたのだろう相手の足が、こちらの脛を払って来ていたのだ。
無様に後ろへ倒れ込んでしまい、その上反射的に指が動いた事で発砲してしまう。
その反動で更に倒れる勢いが付いて、床に仰向けに転がる。
途中で気付いて何とか頭を打たない様に受身を取るが、倒れてすぐ銃ごと右手を踏み付けられた。
相手の靴はザラザラとした靴底をしており、踏み躙るように踏んで来たのでこちらの指の表面が削れる。
更にこちらの右腕は殆ど伸びきっており、相手は右腕を踏んだ右足が一番こちらへ近い位置。
つまりこちらから攻撃する術は無い状態から、その右腕に持った回転式の拳銃を突き付けて来た。
あれは映画などで良く見る、44マグナムだろうか?
こちらの持つ銃よりも大きく見える凶器が、真っ暗な空洞をこちらへと向けている。
防弾チョッキを着けてさえ即死しかねないマグナム弾を放つ凶器。

此処で、俺は、死ぬのか?
まだ序盤も序盤で1日すら経過していない中、こんな無様に死に逝くと言うのか?
自分の死んだ場面、頭を打ちぬかれて屍を晒した姿が脳裏に浮かび上がる。
もう打つ手は無い。
数瞬後には俺は死ぬだろう。
何かを叫ぼうかとも思ったが、相手を喜ばせるだけだ。
銃で頭を打ち抜かれれば苦しみも無く死ねる…。
そんな諦めてしまった心の隅に、ある情景と感覚が霞掛かって浮かんで来る。
重力が全く感じられない状態で灰色の空を眺めている、そんなセカイだった。
その感覚は、目の前の殺人者の愉悦に満ちた怒鳴り声で霧散してしまう。

「これで終わりだ、糞野郎!」

ある程度は整った顔が、興奮と絶対的有利な立場を得た事による笑みで歪みきっている。
そう言えばこんなプレイヤーは居ただろうか?
彼は何者だ?
今更疑問が沸いて来る。
しかし時間は止まらず彼の右手の親指が撃鉄に掛かり引き起こそうとしたその時、銃声が木霊した。

「ぎぃぁ」

奇妙な悲鳴を上げて俺を踏んでいた右足が弾けて転がるが、彼はすぐに起き上がり近くの通路へと身を隠していく。
突然の出来事と、相手のその素早い動きに呆気に取られてしまう。

「外原、さっさと離脱しろ!」

低いが良く透る声がホールに響き渡る。
誰かは判らないが、言われた通りに元の通路へ痛む体を引き摺って隠れた。
何とか頭は打たなかったものの、右腕の痺れに左半身の打ち身と、更に倒れた時に背中と尻を強打した様だ。
全身が痛いし、今も右手の中にある銃が酷く重く感じる。
何より全てを諦めて死を受け入れた後だったので、生きている感覚が浮遊している様な感じがしていた。

正直現実を甘く見過ぎていた。
『ゲーム』でも登場人物は結構あっさりと銃を撃ったり、危険を回避したりしている様に見えたのだ。
更にそれらの情報を事前に保有している自分は、幾らかの有利な点を持っていると思い侮っていた。
しかし実際には銃を1発打つだけでも腕は痺れ、今は腕が痙攣するほど痛めつけられているし、追い詰めてからの反撃も痛かった。
現在も知らない誰かの助けが無ければ、今頃はエレベーターホールに脳漿をぶちまけて死んでいただろう。
子供達を守るどころか自分の命すら危うい状況に背筋が冷える。
漸く今此処に至って「殺し合い」の現実を実感したのだった。



退避してからどれくらい経っただろうか、気付いたら銃撃音が止んでいた。
こちらを攻撃して来ていた者が隠れた通路とは異なる場所より出て来た2つの人影が近付いて来る。
1人は見覚えがあった。
そのがっちりした体格と鋭い眼は、今この時はとても頼もしく見える。
もう1人は長い髪を頭の両側で括ったツインテールに、白いワンピースを着た女性だ。

「高山、有難う。助かったよ」

壁を背にしてへたり込んだ状態のまま、男の方へと口だけと成るが礼を述べる。

「無茶をしたものだな」

率直な感想を述べてくれる。
確かにド素人には無茶過ぎたか。

「はは…。自分でも無謀だったと、今更ながら、思うよ」

自嘲気味に呟くが、高山の表情は硬いままである。
武器も油断無く持ったままだし、こちらを警戒している様だ。
女性の方に至っては高山よりも前には出ずに、こちらをきつい視線で睨んで来ている。
その手には同じく拳銃が握られていた。
何かがおかしいが、こちらもこのままという訳にはいかないので話を振ってみる。

「ルールの9番及びJOKERはどうだった?」

「どちらもまだだ」

いつものように答えは簡潔だ。
残念だが、高山達も新しい情報は無さそうだ。

「所で、そろそろそちらの美人さんを紹介してくれないものかな?」

全く言葉を発しない女性の事について促してみた。
先ほどから、高山の表情が硬く発する言葉も少ないのも気に掛かる。
1階で話していた時は此処まででは無かった筈だが、気のせいだろうか?

「外原、北条はどうした?」

こちらの問いには答えず、逆に高山が聞いて来る。
高山がそれを気にするとは予想外だし、こちらの問いに先に答えろとは思ったが、此処は素直に答えておこう。

「近くの倉庫に隠れておくように言ってある。もう1人子供が居たので、銃撃戦に巻き込みたくなかったんだ」

「子供?」

「色条優希っていう10歳くらいの子供だよ」

「…そうか、無事なら問題無い」

少し安堵したかのように、高山の雰囲気がほんの少しだが緩くなる。
彼はそこまでかりんに執着が有ったのだろうか?
高山の言動に内心首を傾げるが、優希についての説明を続けた。

「それで申し訳ないが、9番の解除条件がプレイヤーの全員と遭遇する前に6階に到達なんだ。
 なので出来れば合流は、こちらが一回6階に到達した後にしたいんだが…」

此処はエレベーターホールであり、各階の使用可能な唯一の階段はエレベーターからは遠くに成る様に大体設定されている。
その為此処から6階に上がる迄にまだまだ時間が掛かる事から、出会う人間は少ない方が良い。
そう考えたのだが、此処で言葉が止まってしまう。
5階にはまだあの襲撃者が居る。
また襲われたら次は生き残れるだろうか?
いや自分だけなら逃げ切れるかも知れないが、かりん達はどうだろうか?
今の銃を1発撃つだけでもやっとな自分では守り切れない事を自覚してしまった。

「高山。すまないが、俺達と同行してくれないか?」

下らないプライドなど犬にでもくれてやれば良い。
元より喧嘩に自信なんて無い。
今は何よりもかりんと優希の安全を優先すべきである。
その為には傭兵経験のある高山とは別行動よりも同行して貰った方が都合が良かった。

「どういう事だ?9番の解除条件が事実なら、合流は避けるのではないか?」

「尤もだ。現に今まではずっとそうして来たしな。
 だが、今攻撃を受けて痛感したよ。俺じゃこれ以降、あの子達を守り切れそうも無い。けど…。
 だからって、はいそうですか、って殺されてやる訳にはいかないんだ!」

最後は高山の目を見て一気に言い放つ。
こちらの言い分に毒気が抜かれたのか、高山は1つ溜息をつくと静かに頷いた。

「判った。こちらも連れの条件があるので、協力は吝かではない」

「そうか、助かる。取り敢えず、かりん達と合流しよう。
 隠れてろって言っただけだから困ってるかも知れないからな」

持っていた銃を再び腰の後ろに挿し直してから、痛む体を何とか支えて立ち上がった。
隠れているように指示した倉庫6の位置を頭の中で思い出して進む。
高山達は付いて来てくれている様だ。
小声で何か話しているようだが、かりん達を心配して気持ちが逸っていたのか特には気に成らなかった。
倉庫6へは先に俺一人が中に入って確認を取る事にする。
入って見渡すが人の姿は無い。
きちんと隠れているのか、それとも俺を待ち切れずに6階へ向かったのか。

「かりん、優希。何とか撃退したぞ。もう大丈夫だ」

声を掛けると奥の方でごそごそと物音がして、物陰から2人が這い出て来る。
かりんが俺の姿を確認すると、パタパタと駆け寄って来た。

「早鞍、無事だったか?怪我は無いのか?」

早口に捲し立てられた。
各部の打撲と銃の反動による右腕の痺れが有るが、外見からは窺い知れるものではないだろう。
左頬の打撲や指の傷が見咎められる可能性も有るが、心配を掛けても良い事は無いので曖昧に返事しておく。
優希もこっちに来た所で、2人にエレベーターホールであった事を掻い摘んで話した。
勿論、死に掛けた事は黙っておく。
そして高山との再会についての説明も行なってから高山を呼んだ。

「高山!入って来てくれて良いぞー」

外に向かって声を掛けた後に扉が勢い良く開いた。
その勢いの良さに優希が驚いて、俺の後ろに隠れて震え始める。
扉は開いたが、そこからは誰も入って来ない。
暫くしてから銃を構えた高山が素早い動きで中に入って来て、そのまま障害物の陰に隠れた。
何だか随分と警戒している様だ。

「何してるんだ?」

こちらへ向けて銃を突きつけて来る格好に成っている高山を一瞥して、ちょっと聞いてみる。
一度も会った事の無い優希は怯え切ってしまっており、先ほどよりも更に震えていた。
かりんも目を丸くして驚き、身体を硬直させている。

「…本当に北条は生きていたのか」

ゆっくりと構えを解き、全く悪びれずに呟く高山。
ああ、成程成程。
俺が解除条件を満たすために、かりん達を殺した可能性を考えていたのかー。

「そりゃ、ま、普通は、考えるか、な」

傷ついた風を装って欝に入ってみる。

「だ、大丈夫!あたしは信じてるからなっ!早鞍、落ち込むなって」

かりんも察したのだろう、背中を叩いてフォローを入れてくれる。
ああ、本当に良い子だなぁ。

「うっし。誤解も解けた所で、再度宜しく」

高山に向かって笑顔で右手を差し出す。
左手を後ろに隠す、何て手塚みたいな真似は当然しない。
俺の右手を見て考え込んでいたが、その内握手を返してくれた。

「信じられないっ。貴方の解除条件は本当に3人の殺害なの?」

今迄沈黙を保っており、今も廊下に居て倉庫に入って来ていないツインテール美人が不審気に問い掛けて来る。
そう言えば余りにも存在感が無さ過ぎて居た事を忘れていた。
子供達への説明からも抜けていた事が、その存在感の希薄さを物語っている。

「ああ、間違いなく俺の解除条件は3名の殺害だが?」

それが何だ、と言う様に言い返す。
まだ彼女には教えた覚えの無い俺の解除条件を知っているのは、高山が話していたと考えられる。
ならば彼女が出合った時から態度が硬化していたのは、それが理由なのだろう。

「それで、貴女は?」

「矢幡麗佳(やはた れいか)。大学生よ。PDAは…8番。
 解除条件は、自分のPDAの半径5メートル以内でPDAを正確に5台破壊する事。
 だから解除した人が5人以上居る必要があるわ」

PDAについては話す事が躊躇われたのだろうか、少し間があったが解除条件まで話してくれた。
解除条件に『ゲーム』との違いは無さそうだ。
最後に解除した人がと言っているのは、自分が『ゲーム』の様に他者を害して奪うつもりは無いという意思表示だろうか?
最初から態度が軟化しているのは嬉しい限りだ。
そしてこれで11人目となるが、先ほどの高山の言葉通りだと彼女のPDAにもルール9は載っていないという事に成る。
明らかにおかしい。
13台中2台しかルール9を載せていないのか?
誰も嘘をついていないのであればそうなのだろうが、不自然さは拭えない。
考えても仕方が無い事なのだが、どうしても気に成ってしまう。
だが今は先に進まなければ成らない。

「判った、宜しく矢幡。
 それと、これまでの事なんだが」

と、高山と別れてからの出来事を手短に話しておく。
生駒愛美の5番、陸島文香の6番の現在同行していない2名の解除条件、特に6番は教えておかなくては成らない。
それと高山に会う前に遭遇していたエントランスの5名の内、手塚を除く4名の解除条件も伝えた。

「6番は判った。俺は10回使用後に壊せば問題無いな」

頷きで答えを返す。
2番の高山が認識しておいてくれれば、一つの不安は消える。

「5番の生駒さんの方は、急がないといけなさそうね」

「そうなんだ。だから6階到達後は、すぐに下を目指す予定だ」

矢幡の言葉にこちらも素直に返した。
しかし矢幡は言い難そうに高山を見る。
それを受けて高山は俺に説明を始めた。

「それなのだがな。6階には軍用兵器を中心とした想像を超える武器類が有る。
 その為俺達は6階に留まらずに5階に拠点を作って時間ギリギリに6階に上がろうと思っていた。
 現在6階の武器を一部5階に下ろして、拠点を構築中だ」

成程、Ep1やKQ裏ルートのように拠点に篭る戦略の様だ。
しかしその行動力には驚かされる。
まだ10時間経っていないこの時点で既に構築中とは。
そして彼らが拠点に篭ると成ると、愛美が48時間経過前にこの5階にまで辿り着く必要が出て来る。
多分難しいのだろうが、彼らにそこまで協力をして貰う訳にもいかないだろう。
話を拗らせるのは面倒なので、此処は素直に引き下がっておこう。

「判った。拠点については続けて構築して貰えると助かる。
 今後協力的な人物に遭った時に、避難所に使えるからな」

「そうだな。矢幡の首輪のために協力者は必要だし、その中にJOKERを持った人間が居れば、俺も助かる」

「そちらとは別に、俺は下に降りるよ。このまま篭っていたら、死ぬ人間も出るからな」

お互い無理な注文はしないような会話に内心で苦笑するが、この2人を敵に回すのはぞっとしない。
出来ればこのまま友好的に進めておきたいし、御剣達との合流後も居てくれると助かる。
さて、情報交換も此処らで一区切り付けよう。
出来るだけ早く優希の首輪を外してしまいたい。

「皆疲れているだろうが、6階目指して出発しよう」

そう切り出した俺の裾をかりんが引いて来て、とても言い難そうに口を開く。

「あのさ、早鞍」

「どうした?」

真剣な顔をしているので、何だろうと次の言葉を待つ。
躊躇いがちに部屋の隅の方、先ほど彼女達が隠れていた辺りを指差しながら呟いた。

「あそこに武器が沢山在るんだ。爆弾みたいなのもあった」

それを聞いて、部屋の隅にある物陰を慎重に覗いて見る。
確かに隠れるようにして真新しそうな木箱が置いてあった。

「高山、すまんが手伝ってくれ。引っ張り出そう」

かなり重い木箱を高山と一緒に部屋の中程まで持って来て中を確認して見ると、様々な兵器が所狭しと詰め込んであった。
拳銃やライフル、サブマシンガンの銃器を始め、手斧、剣、トンファー、コンバットナイフなどの近接用武器も入っている。
その他にも、煙幕手榴弾や閃光手榴弾にサイレンサー、更にはスタンガンまで揃っていた。
一部は見ただけでは何なのか判らなかったが、幸い今は高山が居たのでそれぞれの説明をして貰えたのは大きい。
なるほど、このラインナップをいきなり見たのでは尻込みするだろう。
5階にあるものとしては妥当な感じではあるが、2階から4階を飛ばして来たので、かりん達には耐性が無かったのだ。

「あとこれ、返しとくよ」

そう言うと、かりんは俺のPDAを差し出して来た。
現在は倉庫6を中心とした地図の画面のままである。
その時、その地図に映る赤い×印に気が付いた。
×印は封鎖された事を示すものだが、それはこの倉庫6から1ブロック程度離れた所にある。
横の武器庫さながらの段ボール箱に目が移った。
だが、その中には爆薬の類が見当たらない。

「これでは、無理か…」

「何?」

かりんが俺の呟きに反応する。

「いや、さっさと階段を昇って優希の首輪を外してしまいたいな、と思ってね」

笑って答えるが、どちらにせよ今の物量では無理だ。
それに此処で高山達が合流している事も問題となる。
彼らも時間ギリギリに通常の使用可能な階段ではなく、封鎖階段を爆破して上に上がろうとしているだろう。
此処で俺達がそれを行なうと、他の参加者もこの方法を警戒する事になる。
ちらりと高山の方を見ると兵器類の整理を行なっており、こちらには関心を払っていない様だ。
相談…は無意味か。
後の事を考えれば、今は通常の階段を使用する方が良い。

「すまん、かりん。忘れてくれ。どうも焦ってたみたいだ」

丁度近くにあったので、頭を撫でながら笑って誤魔化す。

「?まぁお前が良いならいいけどさ。あんまり一人で抱え込むなよ」

疑問に首を傾げるが、深くは追求して来ないのは助かった。
抱え込む、か。
最初はこんなに感情移入する気は無かったんだが、何をしているのやら。

「外原さん、ルール表をお持ちとか。見せて頂けませんか?」

そう言えば彼女にルールを確認して貰っていなかった。
矢幡の求めに、俺は快く胸ポケットに入れていた紙切れを渡す。

「ああ、しっかり確認しておいてくれ」

『ゲーム』において矢幡は、プレイヤー内でも1,2を争う知者である。
彼女の意見は重要になるだろうし、個人としても現状を把握して貰えるのは有り難い。

「外原、一応武器を変えておけ」

兵器の確認を行なっていた高山が、俺に向かって1挺の拳銃を差し出して来る。
今持っている自動式拳銃よりも随分と小さ目の物だ。

「銃を撃ち慣れていないお前が、いきなりデザートイーグル50AEは無茶が過ぎるだろう」

「50AE?デザートイーグルは聞いた事があるな。世界一大きい拳銃だったか?」

「ある程度は合っている。その中でも一番大きいものだ」

通りで強烈な反動である。
何でこんなものが1階に置いてあるのやら。

「判った。確かに俺にはこれは荷が勝ち過ぎる。残弾は4しかないが、お前に任せるよ」

差し出された銃を受け取り、逆に持っていた大型拳銃は高山に預けた。
ついでに交換して受け取った銃及び、その他の武装についてもレクチャーを受けておく。
正規の指導と訓練を受け、そして実戦経験を積んでいる高山の知識は素人の俺には貴重な情報源だ。
最低限は使えるようにして置かないとこれから生き残るのに不都合が出そうだし、受けられる時に受けておこう。
今までは1挺の拳銃だけだったが、現在は幾つかの武器を体の各部に装備して何時でも使える様にしている。
先ほど変更した自動式拳銃に、ライフル、コンバットナイフなどを。
現在の自分の姿の滑稽さを想像して内心で笑いながらも、必要な事として割り切ろうと努めた。
こちらのレクチャーと武装の間にルール表の確認は終わった様で、8番の解除条件を追記された紙が戻って来る。
そして各自の荷物を確認してから、倉庫を後にしたのだった。



6階への階段へ向けて進行途中に、そのルートの付近に戦闘禁止エリアがある事が確認された。

「そこで一旦休憩、出来れば寝ておきたいわ」

俺のPDAだけでなく矢幡のPDAにも地図拡張のソフトウェアがインストールされているらしく、それは彼女から発案されたものだった。
高山の方には現在地を表示するソフトウェアが入っているらしい。
矢幡の提案に対して俺は断固反対をする。

「現状、戦闘禁止エリアは危険なだけだ。立ち寄らない方が良い」

「何でだ?1階ではゆっくり休んだじゃないか」

かりんの問いに対し、渋い顔をして口を閉ざす。
今言ってしまって良いものだろうか?
だが『ゲーム』で証明されている様に、上階においての戦闘禁止エリアは袋の鼠になる可能性が高い。
もし近くにあの襲撃者が居ようものなら全滅しかねないのだ。
このまま戦闘禁止エリアを目指されると問題が大きいので、思い切って少しだけ無難なものをネタばらししておこう。

「1階においては武器が無かったからな、安全だったんだ。
 だが現在、これらの武器を俺達が、そして相手も持っている。
 もしこっちの首輪が嵌ったままエリアに入ったら、外から狙い撃ちだぞ?」

「正当防衛は?」

「優希、正当防衛が認められるのはルール8の最初の6時間だけだ。
 ルール7には正当防衛についての記述は無い!」

きっぱりと断定する俺の言葉に、皆の足も止まって沈黙が訪れる。

「つまりはゲーム開始前から練られた罠、と言う訳だな…?
 どうかしているぞ、これを考えた連中は」

高山が珍しく、感情を表に出して罵りの言葉を紡いだ。
確かに気付かなかった人間にとっては罠にしかならない。

「罠って言えばさ。館内にも色々と罠が張られてるから、此処を作った連中って性格悪い奴ばっかりだよなー」

呆れたようなかりんの言葉には苦笑せざるを得ない。
此処に拉致して変なゲームに放り込んでいるのだから、性格が良い訳が無い。
だが、このかりんの言葉に予想外の反応があった。

「罠、だと!?」

後ろを見ると、殿を務めている高山とその前に居る矢幡が驚いた顔をしている。
あれ?
これまでの説明で罠について言っていなかったか?
優希と出合ったのは罠の所為だったから、そこで説明を流してしまっていたかも知れない。
改めて説明を行なった方が良さそうだ。

「そうだ。この建物内には頻度は低いが、幾つかの罠が張られている。
 落とし穴やワイヤートラップ、獣用のトラップもあったな。他にも色々有りそうだ」

他には隔壁による遮断系や踏み板式の分断系なども在るのだろうが、未だ出遭っていないので言葉にはしない。
セキュリティシステムもある意味、罠っぽいよな。

「全く気付かなかったぞ?」

「だから頻度が低いんだって。こっちは既に4つくらい見たけどな」

そう考えれば、こっちが罠に出会っている数の方が異常なのかも知れない。
運が、悪いの、か?
ちょっと自分の遭遇運の無さに愕然とする。

「それで、さっきから進むのが遅かったのね」

こちらの歩く速度を疑問に思っていたのだろう、矢幡が納得したと理解を示す。
ただ歩くのが遅いのは罠を警戒しているだけでなく、優希に合わせているのもあるのだが黙っておこう。

「こうなると、今後の行動も考え直さなくちゃいけないわね」

「考え直すって何をだ?
 方針なら特に変更する所も無いと思うが?」

矢幡が深刻そうな顔で呟くが、暗くなられても良くないので明るく返す。

「今までも俺は罠については気をつけている。まぁ、お前達も気にして貰えるなら嬉しいが。
 それに行動そのものは、6階を目指す、安全を優先する、以外には無いだろう?
 やる事は変わらない筈だがな。
 個人的な心構えの話なら、改めて貰えると助かるがな」

「行動方針への影響は全く無いと?」

「無いな。元よりこちらはそのつもりなんだ。だから戦闘禁止エリアに行くのも反対するんだし」

高山の方も行動方針についての変更案は無いのだろう、それ以上は言及して来なかった。
戦闘禁止エリアには近付いて追い込まれるのも面倒なので、ルートは別のものを選択する事にする。
矢幡もここまで言えば反対はして来なかった。

その後は道程に罠も無く、階段ホールまで来る事が出来たが、此処で問題が起きた。
上へ昇る階段の手前に、瓦礫や家具を積み上げたバリケードが築かれていたのだ。
階段へ行くには、あのバリケードを乗り越えないと進めなく成っている。
作ったのはエレベーターで襲って来た人物なのだろうか?
しかしあれからの時間を考えると、築いたのは俺達を襲って来る前の話と成る。
それともこの短い時間に作り上げたのか?
あの足の怪我でそれは無理だろう。
もし彼だとすればかなり手際の良い、この「ゲーム」に精通しているとしか思えない行動である。
やはり彼はゲームマスターなのか?
だが、それにしては直接手を下し過ぎている気もする。
プレイヤー同士を争わせて観客の反応を盛り上げるのが、ゲームマスターの仕事の筈だ。
それとも、マスターだとしても手を出したく成る様な解除条件を割り当てられたのかも知れない。
黙考していると、偵察に出ていた高山が戻って来た。

「人の気配がある。誰か居るようだな」

簡潔な報告だが、一番重要な情報だ。
このまま無防備に近寄らなくて良かった。
報告後、高山は再度偵察に向かう。
エレベーターを使った俺達を除いて、現在5階以上に居るのはあの襲撃者くらいだと思うのだが。
まだ出会っていない最後の一人かも知れない。
さて、交渉可能な相手ならば良いが。
声を掛けてみるべきか?

「話せる相手だと思うか?」

「まず無理でしょうね。そんな相手なら、此処にあんなのを作る訳が無いわ」

矢幡に意見を聞いてみるが、見解は俺と同じの様だ。
やっぱりヤル気満々と考えた方が自然か。

「相手が一人だと確認出来れば、2面攻撃で制圧するのが最良でしょうね」

「攻撃前提かよ。否定する材料が無いのが困りモノだな」

悪くない戦術ではあるが戦闘は出来るだけ避けられないものか。
そんな考えを嘲笑うように突然銃声が鳴り響く。
慌ててホールを確認すると、高山が隠れていると思われる通路へ向かってバリケード側から正確に銃撃が加えられていた。

「かりん、高山の撤退の援護をっ。矢幡こっちも牽制するぞ」

言ってから死角となっていた物影より身を出した。

「お兄ちゃん、待ってー!」

俺よりかなり後ろで見ていた優希が力一杯叫んで来る。
そんな大声を上げたらバレバレだろうに!
注意しようと少し戻った俺のすぐ横を、火線が通り過ぎた。

「なんっ、だと?」

反射的に物陰へと身を隠す。
あちらからは完全な死角でこちらの状態は見えない筈である。
しかしこちらが出て程なく撃って来たと言う事は、あちらは俺達が此処に居る事を知っていた事になる。
また鏡、な訳は無い。
位置を特定出来るどれかのソフトウェアか?
背筋を流れる冷や汗と激しくなる動悸を抑えながら、原因を考えていると高山の声がした。

「引くぞ外原!」

少し離れた所で、かりんと共に居る高山が叫んで来る。
左足を怪我しているのか、少し血が滲んでいるが、歩けない訳では無さそうだ。

「けどっ」

しかし、6階への階段はすぐそこである。
あと100メートル程度の距離を行けば、優希の首輪が外れるのだ。

「判ったわ!外原さん、行くわよ」

酷く冷めた矢幡の声が近くで聞こえた。
その声に目が覚める。
確かに此処で強行突破しようとして誰かが傷付く、最悪死ぬかも知れない危険は冒せない。

「くそっ、あと少しで優希が助かるのにっ!」

悔しさについ小声で愚痴が漏れる。
しかしこのまま留まる訳にもいかないので、高山に続く為に脇に置いていた荷物を纏めた。
此処は体勢を立て直して作戦を練らないと無駄な血が流れるだろう。
矢幡に頷きを返して大丈夫な事を伝えると、殿を引き受けて皆の後退を待ってから俺もこの場を後にした。



[4919] 第5話 追撃
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:06

階段から速やかに離れた筈なのだが、依然俺達は攻撃を受けていた。
相手は俺達が後退した後、すぐにバリケードから出て来た様だ。
足に怪我をしている様で追撃速度は遅いのだが、どうしても撒けない。
何度かは完全にその距離を離したであろうにも係わらず、再度追い付かれてしまっている。
また高山が分岐点にてカモフラージュしても撒けなかった。
通路を二手に別れて見たが、合流後にまた攻撃を受けてしまう。
更にこちらが反撃しようと通路で待ち伏せをすると、それが判っているかの様に手前で立ち止まり手榴弾などで攻撃を加えて来た。
もうかれこれ1時間は追撃を受けている計算になる。
こちらの状況、特に位置が把握されているとしか思えない。
このまま逃げ続けて相手の弾切れや精神的限界を待つか、一気に反撃するか。
ジリ貧のまま、打開策が思い浮かばず時間だけが過ぎていた。

「どうにかならんのか?こっちは相手より人数は多いんだぞ」

「と言っても、この狭い通路じゃ多いのが有利とは限らないわね。逆に不利に働いている部分も多い。
 何より武装が違い過ぎるわ」

移動しながらの俺の愚痴に冷静に答えたのは、同じく殿組の矢幡。
聞きたいのはもっと具体的な対抗策だったのだが、矢幡にもそれが無いのだろう。
確かに相手はそのシルエットに似合わず様々な武器を繰り出して来る。
持っているサブマシンガンに映画等でお馴染みの手榴弾。
更にグレネードランチャーだろうか?
強力な爆発物系の弾を放つ武器も使って来たりもしていた。
狭い通路で駄目ならもっと広い、そう階段ホールなら打開出来るかも知れない。
1つの階には封鎖されてはいるものの、4つの階段ホールがあった筈だ。

「階段ホールなら何とかなるか、ね」

言いながら、自分のPDAを出して現在地と一番近い階段を探そうとした。
目の端に扉が開いたままの小部屋が目に入るが、どうせ目ぼしいものは無いだろうと思考から追い出してPDAの地図を確認する。
ふと違和感を覚えた。
高山とかりんが先頭の筈だが、その取っているルートがどうもおかしい。
移動し続けている通路が地図の通りならこの位置から彼らが居る方向に当たる所には…。
考えていると先頭側より警告音が2重で聞こえて来た。

    ピー ピー ピー

高山とかりんのPDAが鳴っているのだろう。
しかし何の警告だ?
疑問は高山の声により判明したのだった。

「戦闘禁止エリアだと?!!」





第5話 追撃「開始から12時間経過以降に、開始から48時間経過までに全員のプレイヤーと遭遇する。死亡者は免除する」

    経過時間 13:17



高山の叫びは何時もの冷静さを失っている事を如実に表していた。

「高山さん!?」

矢幡もその内容に色を失っている。
更に悪い事が重なっていた。

「くそっ、また行き止まりかっ!」

高山の焦った声が続くが「また行き止まり」という言葉に引っ掛かりを覚えた。
追撃を警戒して後ろを見ていた俺は、振り返って彼らの行く先を見据える。
確かに高山達の目の前には分厚そうなシャッター、と言うよりも隔壁と言った方が良いものが通路を遮断していた。
多分そのすぐ横にある扉が戦闘禁止エリアへの入り口なのだろう。
拙い、完全に追い詰められた。
このまま戦闘禁止エリアに入るのは愚の骨頂だ。

「かりん、絶対にその部屋には入るなーっ!」

その扉を開けようとしているかりんへ絶叫じみた声を上げる。
俺の声にビクッと体を震わせて、ドアノブから手を離した。

「あ、うん。でも、どうするんだ?」

行き止まりから逃れるにはそこしかない。
しかもその部屋なら安全だ。
だから無条件で部屋に入ろうと考える、というのが相手の狙いなのだろう。
最悪『ゲーム』と同じ様に、中に自動攻撃ロボットがある可能性も少なく無い。
そうなれば此処に居る誰かが、銃撃かルール違反かの違いはあれ、死んでしまいかねないのだ。

「これ以上は引けない以上、此処で迎撃するしかない」

「そうだな、少し戻るか」

静かに頷く高山と一緒に、最後の曲がり角に陣を張る事にする。
曲がり角近くにある名も無き小部屋の扉を開けようとしたが、鍵が掛かっているのかビクともしない。
此処は確か、と考えた所で1つの疑問が氷解する。
他の部屋にバリケードに成りそうな物があればと思ったのだが、これでは無理そうだ。
この状況のため戦闘禁止エリアから家具なりを持って来ようとするかりんと矢幡だったが、それは絶対に反対した。
とはいえ理由は支離滅裂になってしまう。
本来なら知り得ない自動攻撃ロボットについて述べる訳にはいかないからだ。
追撃していた相手も此処に至り、その攻撃の手を休めている。
多分こちらが戦闘禁止エリアに入ってから行動する予定なのだろう。
丁度敵の攻撃も止んだのだし、誤魔化しついでに情報を皆で整理しよう。

「皆、集まってくれ。現状判った事を整理したい」

曲がり角から少し離れた所に車座になって貰い、話を始める。

「まず相手の事だが、この階のエレベーターホールで襲って来た奴に間違いない」

後退中に何度も見た人影を思い出して切り出す。
エレベーターホールでは高山と矢幡は遠目だっただろうし、かりんと優希は見ていない。
判別可能なのは俺だけだったが、その俺が殿だったのが幸いして特定が出来たのだ。
追撃している姿を確認した所、相手は相変わらず右肩から携帯火器を下げて構えていた。
逆の左手には多分PDAだろう何かを持っており、時々そちらを確認しながらこちらを追いかけて来ていた。
またその右足は引き摺っているものの、背にはエレベーターホールでは持っていなかった巨大なバックパックを背負っていた。
エレベーターホールではシャフトを降りるのに武装を制限していたのだろう。
此処では様々な装備を駆使して俺達を追い詰めて来ていた。
それらを説明した後に、俺の見解を述べる。

「で、これまでの情報から考えられるのは、3つ。
 1つは、相手のPDAのソフトか他の何かに、俺達の位置を特定出来る道具がある事。
 2つ目に、相手はこの館内の扉を、シャッター等も含めてだろうが、操作する機能を保有している事。
 最後は、相手の解除条件が他者の殺害、若しくはそれに準ずるものだろう、という事だ」

一旦言葉を切る。
反応は様々だが、俺の言葉について考えてくれているのだろう。

「最後のものについては、反論は無いわ。でも相手の解除条件はこの際どうでも良いの。
 それより1つ目の位置を特定について、何でそう思ったのかしら?
 追撃だけならそんなの無くても出来るわ」

「いや、追撃じゃないな」

矢幡の疑問に口を挟んだのは、高山だった。

「俺や外原が階段に対して死角になる、確認出来ない位置に居たにも関わらず、相手は迷い無く攻撃して来た。
 これが視認後に攻撃を開始したならまだしも、出た直後に撃たれているんだ、俺はな。
 つまり相手は、俺がお前達と別れて行動していた事及びその場所を、知っていた事に成るな」

こちらの待ち伏せ作戦中に手当てを受けていた左足の掠り傷を指しながら続いた説明に、矢幡も驚きを返す。
高山もそうだったのか。
俺も優希の制止が無ければ、今頃は死んでいたかも知れないタイミングだった。
優希の制止、か。
何かが引っ掛かった。
何故優希は攻撃が来る事が判ったんだ?

「こちらの位置を特定出来る何かが無いと、あのタイミングは無理だろう」

「判ったわ。それで対応策はあるの?」

高山と矢幡が話しているが、俺は自分の疑問に没頭して話半分にしか聞いていなかった。
それを察したのか矢幡に注意されてしまう。

「外原さん!今は非常時ですからボーっとしないで下さいませんか?」

「おっと、すまん。ちょっと気になる点があってな」

「そう?でも今は措いて貰えるかしら。
 それでこちらの位置を特定出来る相手に対して、何か対応策が有るの?」

「全く、無い!」

きっぱりと述べる。
本当の事を言えば無い事もないのだが、その為には現在保有していない筈の知識を公開する必要が有るので止めておく。
それ以外で説明出来るなら説明したい。
それで現状が打破出来るなら。

「位置を知るって、どうやって知ってるんだろうな?」

「首輪とかかなぁ?」

年少組が疑問を形にした。
ソフトウェア上有り得るのは、PDA探知、首輪探知、そして館内の動体センサーの情報取得の3つだ。
JOKERの位置を示すものもあるが、JOKERを保有していない俺達には無意味だから除外する。
この内で対抗策があるのは、唯一PDA探知だけだろう。
動体センサーも動きを制限すれば裏をかけるかも知れないが、どうも現実的とは言い難い。
ジャマーソフトがあれば即対抗策になるのだが、現状無い物強請りだ。

「首輪探知だったとすると、逃れようが無いな。
 どちらにせよ、此処まで追い込まれてしまえば、位置特定は余り意味が無いかも知れない」

本当は位置特定の対象が判れば裏をかけるので一番重要なのだが、次に進みたいので話題を切っておく。

「次の問題として、ドアの操作だろう。しかも遠隔で可能なものだ」

「その機能がある理由は、向こうのものやこれまでの通路を塞いでいたであろうシャッターかしら?」

矢幡も高山の、また行き止まりか、の部分に引っ掛かっていた様だ。
だがそれではゲームマスター権限を使って隔壁を下ろして置いた可能性もある。
だからソフトウェアだと断言出来る理由は他にあった。

「それもあるがな。確定したのは、そこの扉がロックされているからだ」

矢幡の問いに、近くの開かなかった扉を親指で差しながら答える。
そう、あの扉は俺が「最初見た時には開いていた」のである。
鍵どころではない。
勿論コントロールルームでも実行可能なのだろうが、奴は俺達を追尾中でありコントロールルームには居ない。
ゲームマスターが他に居て奴を支援している可能性もあるのだろうが、確率としては非常に低いだろう。
何より俺が彼がこのソフトウェアを持っていると思ったのは、移動速度だ。
彼とエレベーターホールで邂逅してからこちらもそれなりの速度で階段までやって来ていた。
それにも係わらず足を怪我している彼が先に着いていたのだ。
幾つか可能性はあるだろうが、このドアコントローラーで最短距離を歩いた可能性が考えられた。
しかしこれは当然黙っていなくてはならない。
いい加減秘匿するのも疲れて来た。
そしてこの情報を聞いた高山は、顰め面をする。

「つまり、開いていた扉を遠隔操作で閉めて、ロックまで掛ける機能がある訳か」

「そうなるな。厄介な機能ではあるが、これは扉やシャッターが存在している場所でしか使えないんだろう。
 何処でも封鎖可能なら、これまでに完全封鎖すれば良かっただけだからな」

「そうなると、こちらが戦闘禁止エリアに入ったのを見計らって、扉をロック。その後に殲滅に来るつもりかしら?
 こちらも此処でずっと待機している訳にはいかないのよね」

相手の戦術を正確に読み取ってくれる。
しかし読み取っても対抗策は思いつかず、暗い顔で矢幡は俯いた。

「お兄ちゃん…」

優希も不安そうに俺を見上げた。
その頭を微笑みながら、安心させるように頭を優しく撫でる。

「早鞍、何か企んでないか?」

「企むとは心外だな」

優希を撫でる俺を注視していたのだろう、かりんが訝しげに聞いて来る。
肩を竦めて適当に答えておく。
具体案はまだ頭の中で整理中の為であった。
未だ顰め面をしている左隣の高山が無意識にだろうか、懐の中からタバコの箱を取り出す。
箱を振って綺麗に1本だけを頭出しにしてからそれを銜えるが、此処で俺が横目で見ている事に気付く。
少し固まっていたが、残念そうな顔で出したタバコを収めた。

「で、高山。打開策を何か思いついたか?」

「…全くだ。完全に手詰まりだな。やるとすれば特攻くらいか?」

首を振り、絶望的な答えを出す。
何でそんなに悲観的なのか。
ちょっと脅し過ぎてしまっただろうか?
そこで矢幡が声を上げた。

「ちょっと待って。壁は無理でもシャッターなら幾ら分厚くても爆破出来るのではないの?」

「化学防災用の強靭な隔壁だぞ?現在の装備では不可能だ」

矢幡の案に、あっさりと高山から駄目出しが出る。
また皆が沈黙してしまった。
そのまま優希の頭を撫でていたが、その優希がウトウトとし始めている。
現在経過時間は13時間30分を過ぎた所。
現実時間で1日目のPM23時半の深夜である。
子供には辛い時間だ。
これ以上引き伸ばすのはこちらの体力にも影響が大きいか。
出来ればもうちょっと伸ばして、あちらの精神的忍耐力も限界に近付けて判断力を奪い取りたい所なのだが、仕方が無い。

「では次の行動に移ろうか」

皆を見回しながら、切り出した。

「どうするのだ?」

高山が暗い顔で聞いて来る。
まだ絶望的になっているようだ。
高山ってこんなに気が弱かったとは思えないのだが、装備が貧弱な所為だろうか?

「まず、全員が生き残るにはかなり綱渡りになる。この事を理解して欲しい」

ここでもう一度見渡すと、皆頷いてくれる。

「で、賭けになるが、相手の探知対象をPDAと仮定する。
 首輪や、連れて来られた時に何か体に埋め込まれてしまった信号を出すものだった場合は、対抗策が無いからな」

「ええっ、そんなのあるのか!?」

「落ち着きなさい、北条。あくまでも仮定の話よ」

かりんが体を抱えて素っ頓狂な声を出すが、矢幡がフォローしてくれた。
恥ずかしげにかりんが沈黙する。
落ち着いたようなので、話を続けよう。

「で、だ。皆のPDAを俺一人に預けて欲しい」

此処は真剣な目で皆を見る。
俺の案の概要はこうだ。
まず俺が全てのPDAを持って戦闘禁止エリアに入る。
中で何があったとしても、皆は中には絶対に入らない事。
そして皆はすぐそこにある現在ロックされている小部屋に待機する。
隔壁と違い、扉の鍵など銃で簡単に壊せるだろう。
奴が部屋に居る俺を攻撃し始めたら、皆で相手を制圧してくれればいい。
相手は遠目に見ても首輪をしている事は確認出来ている。
だから皆の攻撃から逃れるために戦闘禁止エリアに入る愚は冒せない。
入ったら入ったで外から制圧すれば良いのだから。
もし此処で奴のPDAが手に入れられれば、かりんの首輪も外れるというものだ。

「早鞍!何でお前だけそんな危ない事するんだっ!」

話し終えた時、かりんだけが反対した。
優希は半分以上眠った状態で、もう思考能力が保たれていない。
高山と矢幡はこの案について脳内で検討中なのだろう。

「確かに予想通りなら、俺は危険だろう。
 だがもし相手の探知対象がPDAで無ければ、危ないのは皆の方なんだ。
 此処に隠れているのがバレバレなので、扉の外から即時攻撃されるんだぞ?
 それに制圧する時も安全なんて言えないんだ」

軽い調子で彼等の危険を指摘する。

「そりゃ、そうだろうけど…」

「北条、ちょっと黙ってて。確認して置きたいのだけれど、良いかしら?」

「どうぞ。なにかな?矢幡」

「さっきから気になってたんだけど、あの部屋の中に危険があるの?」

直球ど真ん中、答え難い質問が来てしまった。
自動攻撃ロボットを抜いて、どう言うべきか。

「危険については前にも言った通り、反撃不能な状態で攻撃を受けるの…」

「それはもう聞いたわ。私が聞きたいのは、あの部屋そのものに危険があるのか?って事なんだけど。
 前々から貴方、部屋に入る事自体に対して問題にしているわ」

俺の説明中に割り込んで、きつい追求が来た。
この人、容赦無しです。
ここは可能性だけでも挙げておくべきなのだろう。
少し考えてから、真剣な顔に成って話を切り出す。

「例えば、だ。
 中に入ったら自動的に攻撃してくる罠を仕掛けたらどうなる?
 部屋の中程まで入ってからの攻撃だ。それも部屋の中からな」

「どうなる、ってその罠を排除すれば良いんじゃ…」

「それが戦闘行為と取られたら?」

かりんの答えに続いて返したこの答えに、半分寝ている優希以外の3人が目を見開いてこちらを凝視して来た。

「どんなものだろうと、あの部屋の中に危険なものを置くだけで効果があると思って良い。
 下の階では、在ったとしてもナイフとかの類が精々。だが今は銃とか在るだろう?
 だから、お前達をあの部屋に入れたくなかったんだ」

沈黙した矢幡は措いておき、高山に向き直る。
下の階でも銃はあったじゃないかと反論されたら困るので、さっさと話題を進めよう。
大体段階的に昇って来ていないこのメンバーに、下にナイフが在るとか言ったのも拙かった。
1階にはナイフすら無いのだから。
少々後悔。

「それで、どうかな?部屋に入るのは俺以外には居ないだろうが、こっちを任せても良いか?
 それとも、代案があるなら言ってくれ」

「こちらの武装が限られている以上、相手が見えなければどうにも成らん。
 多分これが当たれば、どうにか抜けられるか…」

「ちょっと待って、何で部屋に行くのが早鞍しか居ないんだ?
 対応能力なら高山さんの方が適任じゃないか!」

どうしても俺を危険に晒したくないのか、かりんが食い下がる。

「部屋の中に居たら、どちらにしろ攻撃行動は取れない。
 この中で最も武器の扱いに長けた高山を、戦闘不能にする訳にはいかないだろ。
 だからと言って、やはりあの部屋に行くのが最も危険なのは変わらない。
 だから俺しか居ないって言ったんだよ」

諭すように順序立てて説明するが、かりんは納得した様な顔はしてくれない。
だがこのまま話を停滞させても意味は無いので、再び明るめの声で言葉を続ける。

「問題はそっちが狙われた場合だ。銃撃音が聞こえた時点で、こっちも応戦する為に廊下に出るから」

「此処から戦闘禁止エリアまでには遮蔽物が無い。廊下に出るのは危険だ」

「だが部屋の中から顔だけ出してこんにちわ、って訳にはいかないからな」

俺も首輪が起動するのは御免である。
高山の反論には苦笑で誤魔化しているが、考えるだけで体は今にも震え出しそうだ。
ペナルティによる死亡は凄惨を極めかねない。
漆山の体当たり爆弾での爆死と2種類の毒による窒息死や姫萩の生きながら燃やされた焼死やスマートガンによる銃殺など。
『ゲーム』でのペナルティによる死因を考えると、怖気が走った。
応戦せずに逃げ回るだけで命を繋ぐ。
確率とかは、この際考えるだけ無駄だ。

「俺は外原の案に乗ろう。矢幡はどうする?」

高山が決意してくれる。
俺も彼に続いて矢幡を見た。
少し悩んでいたが、やはり代案も無いのか静かに頷いてくれる。
だがやはりかりんは納得がいかないらしく、難しい顔で話を切り出した。

「なぁ、あいつのがPDAの探知だって思った理由って何なんだ?」

「いや、だから仮定だって」

「そう思ってないのは見てたら判る!誤魔化さないで教えてくれよっ!」

真剣な顔で迫って来る。
隣の眠そうな優希を気遣って声は抑え目ではあるが、気迫は漂っている。

「そうね、教えて貰えれば、私達も安心出来るわ。
 此処で何時攻撃を受けるかと待つのは、精神的にきついもの」

かりんの疑問は矢幡も持っていたのだろうか、こちらからも攻めて来た。

「…原因は優希だ」

頭を掻きつつ嫌そうな顔をしながら、諦めて答えを出した。

「優希?」

「ああ、階段ホールの所で、俺も高山の様に飛び出そうとした直後を狙撃されている。
 その時は優希の声で止まったんだがな。考えてみれば、その優希の位置は狙撃可能地点だったんだ」

「えっ、それ拙かったんじゃないか?!」

「そうだな、かりん。今考えれば冷や汗ものだ。
 だがそれのお陰で、優希は俺が危ない事を事前に知る事が出来た訳だ。
 相手が見える位置だから、奴の狙撃しようとするのが見えたんだろう。
 当然、相手からもその位置は見える筈で、つまり奴からの攻撃を受ける位置と言う事になる」

確かに優希の位置は危なかったが、何も最初からその位置に居た訳ではない。
俺が危ない事をしようとしているのを、何とか助けようとしての無意識の行動だったのだろう。
かりんは疑問に思ったり驚いたりと忙しい。
しかし矢幡の方は冷静に俺の言葉を分析していた様だ。

「それで、その事がどうして探知対象の特定になるのかしら?」

そう、それは疑問になるだろう。
俺も此処で優希の行動について考えるまで忘れていたくらいだ。
上着のポケットを探って一つのPDAを取り出し、皆に画面を見せる。
1階で愛美に会う直前から今迄ずっと俺が持っていた9番のPDAだった。

「ってお前、ずっと持ちっ放しだったのかよっ!」

「はっはっは、実はそうだったんだ」

かりんが突っ込んでくるが、笑って誤魔化す。
矢幡も驚いているが、すぐに成程と頷いた。

「つまり攻撃可能位置に居るにも関わらず優希は攻撃を受けなかったが、俺や高山は受けるその前から狙われていた。
 逆にこの中でPDAを持っていないのは優希だけだからな。図らずも仮定が立ってしまった、って訳だ」

これで皆納得したのか、他に意見も質問も無さそうだ。
それに他の事に気付かれるのも嫌だったので、作戦を始めてしまおう。

「では、まず鍵の破壊だな。高山、サイレンサー、有ったよな?」

「ああ、待っていろ」

高山は荷物から金属の筒を取り出して、銃の先に取り着けている。

「んじゃ、行動は静かに、そして迅速に、ってね」

俺の発言が終わらない内に、高山の拳銃が扉の鍵を打ち抜いた。



扉の前に立った時、俺の持った複数のPDA全部から警告音が鳴り響いた。

    ピー ピー ピー

約半数を保有しているので、凄く五月蝿い。
その中の1つを取り出して詠唱画面を見ると、表示が切り替わっておりアラームと記されている。
その下にはその内容が書き出されていた。

    「あなたが入ろうとしている部屋は戦闘禁止エリアに指定されています」
    「部屋の中での戦闘行為を禁じます。違反者は例外なく処分されます」

1階で見た文章と同じものが表示されており、それはこの扉の向こうが間違いなく戦闘禁止エリアである事を示しているのだ。
唾を一飲みしてから、そのドアノブに手を掛けた。

建物内の大部分と異なる、埃に汚されていない綺麗な室内を見渡す。
4人を汚い小部屋に押し込んだ後、他3人の分を合わせた全てのPDAを持って戦闘禁止エリアにたった1人で入った。
この部屋に入るので殆どの装備を外しており、武装と言えば懐に仕舞っている拳銃一丁のみである。
自動攻撃機械がある可能性も考えて警戒していたが、今見える所にあの不恰好な機械は無い。
外への扉は、今入ってきたもの1つのみ。
奥へのトイレやシャワー室などの小部屋に続く扉が1つと寝室へのしっかりした扉が1つある。
部屋の配置はPDAの地図に表示されてあるから多分間違いないだろう。
その他オープンキッチンやクローゼットなどがあり、部屋の中央には豪華な机とソファーの応接セットがある。
ソファーは3人座りの大き目のが2つと1人用のものが2つ、それぞれ向かい合わせに置かれていた。
部屋自体は20畳くらいのかなり大きい部屋だ。
これだけ広いと手榴弾1個程度では部屋全体を攻撃範囲に出来ないのではないだろうか?
『ゲーム』のEp2では、手榴弾を投げ込まれただけで全員が死ぬとか表現があったのだが。
扉近くに居ると外からの銃撃で即蜂の巣になってしまうので、中央の応接セットまで歩を進める。
ソファーは革張りの良さそうなものだ。
目の前の机もかなり頑丈そうである。
天板は10センチ近い厚さがあり、盾として有効そうだ。
物音を聞き逃さないように、慎重に、そして静かに行動する。
無いとは思うが、高山達の居る小部屋の方が銃撃されたら飛び出さないといけない。
それが功を奏したのか、部屋の奥隅にて微かな機械音がする事に気付く事が出来た。

ソファーの陰に隠れながらそちらを確認すると、何と銃口だけが壁からこちらに突き出ていた。
埋め込み式か、隣の部屋から穴を開けて銃口だけを出したものだろうか?
丁度ソファーに体が隠れた辺りで、銃撃が始まる。
目の前のソファーが銃弾で跳ね上がりそうになった瞬間、入り口のドアからも銃撃が開始された。
身を低くして隠れているため、逆側のソファーに阻まれて俺に銃弾は届いていない。
あちらは扉越しにPDAの位置辺りを攻撃しているのであろう、正確さなど全く無い雑な攻撃である。
やがて部屋の奥からの銃撃が止んだ。
弾切れだろうか?

攻撃が片方からのみに成った事で、防御はそれのみに集中出来る様になった。
隣にある応接机を横に倒して盾にしようかと思い手を掛けるが、ふと考えが過ぎり行動が止まる。
これを倒した事が攻撃行動と取られたら?
『ゲーム』で戦闘禁止エリアでの違反を犯したのは、葉月の手榴弾返却と優希の自動攻撃機械を蹴飛ばした行為である。
同人版では長沢が部屋内にあった自動攻撃機械に銃撃を加えて首輪を爆発させていたが、これは明確である。
先の2つにしても攻撃行動と取れる基準としては明確であり、反論の余地は無い。
しかしそれ以外では何処まで攻撃行動として「取られないか」の基準が無かった。
エリア内で缶詰をナイフで開けるのは問題無かったような気がする。
いやこれは同人版だっただろうか?
エリアに入る前に検討しておくべき事柄だったのだが失念していた。
記憶が乱れているが、それでも有り得るかも知れない行動は控えた方が良いだろうと結論をつけた。

何時まで攻撃を続けるのか。
ソファーの陰から時折顔を覗かせて確認すると、扉は今にも崩壊しそうな程に穴だらけの様だ。
しかし扉は依然として存在しており、その銃撃中に中が確認出来ているとは思えない。
…プレイヤーカウンター、か?
確かにそれなら生存者数が減らないので、攻撃を続ける理由に成る。
成程それがあるなら、エレベーターホールで即時追撃して来たのも頷けるというものだ。
まあこちらはPDA探知で見て、こちらが動いているからという理由も考えられるが。
そんな事を考えていると、今までとは違う音が響いた。
盾にしていたソファーが激しい音を立てて震える。
音が収まったので陰からそっと顔を覗かせて扉の方を確認すると扉は完全に破壊されており、そこから相手の姿が確認出来た。

「なんだよー、ソファーの陰でカクレンボかよ。すーぐに炙り出してやるからな、小兎ちゃんっ!」

陽気そうな声を出して、ある球状の物体を右手で小さく真上に投げては受け取る動作をしている。
あれは…手榴弾か!
俺が気付くと同時くらいに奴は顔を微笑みに歪めてから、その手榴弾のピンを抜いて部屋の中央にある応接セットに向けて放物線状に放り投げた。
投げた後すぐに肩に下げていたサブマシンガンを構える。

「はーはっはっはー、死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇ!とっととくたばりやがれーっ!!」

叫んで、手榴弾が炸裂する前からマシンガンを乱射して来た。
拙い、此処に留まって居ると手榴弾の爆発で確実に死ぬ。
いざとなったら机を利用しようと考えていたが、この手榴弾には無意味そうだ。
サブマシンガンの雨の中、俺は部屋の奥にあるオープンキッチンへと駆け出した。
行動が早かったお陰か奴の銃口を向ける速度が間に合わなかったのか、幸い銃弾は掠りもせずキッチンまで辿り着く。
このまま飛び込んだ時に周囲の物にぶつかったら、攻撃行動と取られるのだろうか?
脳裏にルールが浮かび上がる。

「くっ、そ」

時間が無い。
俺はまずキッチンの上に飛び乗り、そこから下に何も無い事を確認してから飛び降りて蹲った。
間一髪でキッチンの周辺を穿つ銃弾の音がした後、続いて手榴弾の爆発音が部屋を震わせる。
それと共に爆煙が濛々と室内を覆った。

「何処に逃げても袋の鼠なんだよっ!もう無駄なんだから、さっさと死ねっ!」

マシンガンを乱射しながら、その音に紛れて奴の声が響く。
苛立ちを含んだ声は、だがまだその優位性のためか明るい感じを漂わせていた。

体が震え上がっていた。
次に手榴弾を此処に投げ込まれたら終わる。
逃げ場所を間違えた。
逃げるのならこのオープンキッチンではなく、奥となるどちらかの部屋だったのだ。
自動攻撃機械はおろかガス兵器すら無い相手なら、あそこまで攻撃する手段は無い。
これで詰み、か。
最後に手榴弾で出来た煙に紛れて特攻するしかないのか?
思考を空回りさせている内に煙が晴れて来る。
これもまた判断ミスだ。
移動するチャンスだったのに体の震えと無駄な思考により、時間を浪費してしまった。
そしてキッチンの陰から覗き見る俺と奴の目が合ってしまう。
奴は嬉しそうに顔を歪めてサブマシンガンの掃射を止めて、左手に持った手榴弾のピンを引き抜いた。

「さあああぁぁぁ、おっチヌ時間だぜぇ!」

興奮して呂律が回っていない口調で叫びながら、手榴弾を右手に持ち替えて振りかぶる。
その時、奴の使用するサブマシンガンとは別の銃声が聞こえた。

「な、何故貴様らっ、そこに居るっ!」

やっと来てくれた高山達の攻撃は、幾つか掠めてはいるがまだ的中はしていない。
だがこの攻撃に奴は心底驚いたような声を出した。
PDAは全て此処にある上、皆が隠れた部屋はわざわざ奴がロックを掛けておいたのだ。
完全に予想外の事態に陥っており、こうなると自分の方が袋小路に嵌った形だろう。
高山達の銃撃に持っていた手榴弾を取り落としてしまったようで、球状の物体が室内の入り口付近からこちらへと転がった。

「しまったっ!」

奴は叫び声を上げると、部屋の扉があった場所の前から姿を消す。
それと同時に俺も再びオープンキッチンの影に隠れた。
数秒後、手榴弾が入り口と俺の居る丁度間くらいで爆発した様だ。
再び部屋を轟音と振動が支配し、中が煙で満たされていく。

「ごふっ、げほっ」

大量に煙を吸い込んでしまい、咳き込んで涙目になった。
爆発音で聴覚もダメージを受けたのか、周囲の音が篭ったように聞こえる。
現状はどうなっているのだろうか?
そうだ、奴をこのまま逃がしてしまうと同じ事の繰り返しに成る。
奴のドアコントローラーを使えば、扉付近の隔壁も空けて逃げられるだろう。
追撃しないと。
体を動かそうとするが、体は震え上がって動いてくれない。
何を竦み上がっている!
動け、動かないと。
気持ちだけが焦るが、体は震えるだけで一向に動いてくれない。
その内に恐怖と煙による酸素不足の所為だろうか、意識が遠くなっていった。



俺は北海道で生まれ育った。
両親は農場と牧場を保有していた曽祖父であるじっちゃんから農場を一部預かって、それを細々と経営して生活していた。
俺の名前はその曽祖父が付けたものだ。

「人の為に何かが出来る人間に成りなさい」

それが曽祖父の口癖である。
曽祖父に懐いていた俺は、この言葉を何度と無く聴いていた。

「お互いに心を気遣い合えれば、争いなど起こらないんだ。
 目の前に居る他人の心を察する事が出来る。これは日本人の美徳だよ」

平和主義者の様な奇麗事の持論だが、嫌いでは無い。
その目の奥には、いつも大らかで柔らかな心が覗いていた様にも思えた。
同じく曽祖父に名付けられた4つ下の従兄弟は俊英(としひで)という名前である。
昔はその男らしい名前が羨ましかった。
この「さくら」と発音する名前のせいでからかわれたのは10回や20回では済まない。
その度に俺は泣いて家に逃げ帰った。
ちなみにこの事で殴り合いの喧嘩をした事は一度も無い。
これについては大きくなってからも兄さんにからかわれた。

そうして高校まで地元の田舎じみた世界で過ごした俺は、都会に憧れていた。
だから大学受験は都心部を選んだし、それに合格するために一生懸命に勉強した。
その甲斐があり、第一志望に見事合格し順風満々な人生を歩んだのだ。
大学も4年間を恙無く終えた。
専攻は何故か考古学。
都会に憧れているだけだった俺は、大学に入ってその専攻分野の多彩さに混乱していた。
そこでサークルに誘ってくれた先輩が専攻していたのが考古学だったのだ。
考古学と言ってもフィールドワークは無く、教授の懐古趣味の延長と言った感じであったが。
サークルは心理研究サークルという、学内ではあやしげなサークルとして名が通っていた所だった。
オカルトも研究内容に含んだ、と言うかそれが中心の活動内容に、それは心理ではなく心霊だろって突込みは皆していた。
俺もそれには多少引きながらも当たり障り無く過ごした大学時代。
就職に関しても特に希望が無く、実家に帰って農場でも経営するかな、と思っていた所で教授から院に誘われた。
受講費は大変だが、まだ何もしたいものが見付かっていなかった俺はこれに乗ったのだ。
そして大学院の試験も難なく通り、俺は去年の春に院生となった。

それから…何だろう、記憶がぼんやりとしてくる。
思い出さないといけないようで、思い出してはいけない気もする。
床に転がっているナニか。
燃え盛る炎。
灰色の、空。
それを知るべきか知らざるべきかを迷っている内に、夢の時間は終わりを告げた。



気が付くとふかふかの絨毯が敷かれた床の上に寝ていた。
俺はこんな所で何をしていたんだろうか?
夢から覚めてまだ頭がぼんやりとしていたが、周囲に穿たれた無数の銃痕を見て一気に覚醒する。
そうだ、皆が迎撃に出たのだ。
体の震えは既に収まっている。
周囲を見て煙が晴れている事を確認するとキッチンの陰から這い出した。
耳がおかしくなっているので無ければ銃撃戦は終わっている様だ。
どれくらい意識を失っていたのだろうか?
結局何の役にも立たず、情け無い限りである。
確かに戦闘では高山にはどうやっても勝てないが、少しくらいは役に立ちたい。
トボトボと入り口へ向かって歩き出す。
そういえば皆はどうしたのだろう?
奴が逃げたのを追い掛けているのか?
まさか眠りかけの優希が居るのに深追いはしないだろうが、誰の気配もしないのはちょっとおかしい。
それに俺の安否を確認して来なかったのも気になる。
戦闘禁止エリアには絶対に入るなと厳命していたので、確認は諦めたのだろうか?
壊れて吹き飛んだ扉は開閉の必要も無くそのまま廊下へ出ると、すぐ横に広がる光景が目に入った。

順当に考えて敵が重傷を負ったのだろう。
この直線の廊下で遮蔽物も無く銃撃を受けたのだから、全くの無傷は有り得ない。
それにしてもこの出血量は死んで無いか?
一面に散った赤黒い、酸化が始まっているのだろう、大量と思える血の跡に首を捻るが答えは当然出ない。
大体俺は人間がどれくらい出血したら死ぬのかなど知らないのだ。
俺が無様に震えて寝ている間に何があったのだろうか?
そう言えば、逃げる為に開けたであろう隔壁が閉まっている。
此処を開けずに高山達を突破して逃げる可能性も全く無いとは言わないが、それは多分無い。
血の跡がこの隔壁の真下へと続いており、その先に消えているからである。
真下へ続く血が2筋あるが、もしかしてこちらの誰かが怪我をしたのだろうか?
そうなると皆はこの隔壁の向こう側の可能性も有る。
考えられるのは退路を絶たれてしまった事、くらいか。
非常に拙い事態になった。
高山達はPDAを持っていない為、館内の地図が確認出来ない。
相手は高山達の位置を捕捉出来ないだろうが装備等で優位にある。
早期合流を果たすにはどうすれば良いか?
久しぶりと思える一人の状態に困惑を隠せなかった。

隔壁のこちら側は階段方面な為、6階へ進もうと思えば可能だっただろう。
だが優希が居ない状態で6階へ行っても意味は無い。
高山達の拠点の位置を聞いていなかったのも合流を困難にさせている。
せめてかりんの首輪だけでも外しておけば良かった。
あの時点で外してしまうと戦闘禁止エリアにかりんが入ろうとしてしまう危険があったので、後回しにしたのが裏目に出てしまっている。
何とか隔壁の向こう側へ行けないかと隔壁を調べて見るが、何処にも開けられそうな仕掛けは見当たらなかった。

「チクショウッ!」

ガンッと、苛立ちに任せて隔壁を殴る。
此処数時間は後悔ばかりである。
階段付近で撤退せざるを得なかった事も。
追撃中に相手をどうにかする策を出せずに、戦闘禁止エリア付近まで誘導されてしまった事も。
部屋の中で奴の攻撃をいなせなかった事も。
そして即反撃して奴を制圧出来なかった事も。
更に遡れば、エレベーターホールで奴を押えられなかった事から拙かったのだ。
何もかも俺の力不足である。
『ゲーム』の知識があるのだから、もっと有効な手段があった筈なのだ。
例えばPDAだけ中央に置いて俺だけ扉付近に行くとか。
誰かは知らないが、味方をしてくれた者に怪我をさせてしまった可能性も出てしまっている。
せめて誰か残っていてくれれば気も休まったのだろうが、一人での思考に囚われてしまった。
また何もせずに皆が死ぬのを見ているだけなのか?
…誰が死んだって?
思考に何かが引っ掛かった。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

隔壁に拳を打ちつけたまま肩を震わせて俯いていた俺に声が掛けられる。
反射的に振り向くと、そこには小柄な少女が佇んでいた。

「ゆ、うき?」

「なーに?」

首を傾げて答える少女。
血の海の上に佇むというシュールな光景ではある。
俺はその姿に体の力が抜けてしまい、隔壁に背を預けて座り込んだ。

「お、お兄ちゃん!」

心配してくれたのだろうか、優希が駆け寄り俺の体に縋って来る。
その手の温もりを感じた瞬間に、俺は少女をきつく抱きしめていた。

「優希……良かった」

優希は一瞬体を強張らせるが、そのまま力を抜いてから両腕で俺の頭を抱えるように添える。
彼女は俺が離れるまでの暫くの間、そうしていてくれたのだった。



知らない内に泣いていたらしく俺の頬には幾筋かの涙跡がついていたので、服の袖で乱暴に拭っておく。
恥ずかしくもあるが、随分とすっきりした。
いや少女に抱かれてすっきりするって表現もかなり危ないな。
自己突っ込みをしつつ、今後の事を考える。
PDAの時間を見ると経過時間は16時間12分を示しており、迎撃を決めてから3時間近くも経過していた。
俺はそんなに寝ていたのか。
改めて自己嫌悪に陥りかけるが、隣に居る優希の存在を感じてそれを抑える。
小部屋で寝たままだったのだろう、幸い残って居たのは優希だ。
それならこのまま6階を目指すのが最良の行動と成る。
こちらも幸いな事に隔壁で閉鎖されているのは階段とは反対側であり、他の者は追撃者を含めてあちら側だ。
しかもあちら側から階段へ向かう為には、PDAの地図を見る限りかなりの大回りになる。
だから邪魔をされる事無く階段への道を踏破可能だろう。

「よし、優希。皆の事は心配だが、俺達は俺達に出来る事をしよう」

「どうするの?」

「まずこれまで通り6階を目指す。
 優希の首輪さえ外れれば、今の時間に無理に6階を目指す必要は無くなるから選択肢が広がるんだ。
 それから、皆との合流を考えよう。かりんの首輪も外してしまいたいしな」

「んー…。うんっ、判った!」

多少は仮眠を取れたのだろうか、眠気は何処かへと飛んでいる様だ。
優希の賛同を得られたので階段を目指す為に隔壁から離れた。
一応皆に隠れて貰った小部屋を確認しておく。
戦闘禁止エリアも調べようかと思ったが、あそこの壁に埋め込み式かは判らないが銃撃用の罠を仕掛けていたのだから、中は物色済みだろう。
小部屋には彼等が残した幾つかの荷物が置かれていた。
慌てていたのだろうか、思ったよりも多く残っている荷物に不安が過ぎる。
これで彼らは物資の余裕も無くなったのではないだろうか?
嫌な予感を外に漏らさない様に振り払う。
優希に不安を伝染させる訳にはいかない。
残っている荷物が多い為に持っていく物を厳選すべきなので、それぞれの内容を確認してから荷物を詰め直し始める。
優希ももう手馴れたもので、二人で手早く荷物を纏めた。

現状の装備はライフル1挺に小口径の自動式拳銃2挺。
コンバットナイフ1つにライフル用の予備マガジン2つと拳銃用の予備銃弾1箱。
以上を身に付けている。
荷物の中には閃光手榴弾2つ、煙幕手榴弾2つとコンバットナイフ2本。
トンファー1組に大型のスタンガンが1つに予備銃弾多数。
他にも食料に飲料水の食品系とアルコールランプ及びファイアスターター、つまりライターのようなもの、やロープなどが入っている。
色々と詰め込み過ぎてバックパックが半分開いてしまっているが、まあ重さは何とか持てる程度にはしている。
紐が千切れなければ大丈夫だろう。
優希にも一応自動式拳銃を1挺持たせてはいるが、まともには撃てまい。
小型のスタンガンも持って貰っているが、使いこなせるかどうか。
荷物も食料系や雑貨などの軽くて小さいものを中心にしている。
そうして荷物の準備が出来た。

「お兄ちゃん、急ごうっ。かりんちゃん達が危ないんでしょ?」

優希も察していたのか、真剣な目で言って来る。
それに頷いて荷物を背負い立ち上がった。

「んじゃ、ちゃっちゃと行きますか!」

微笑みながら、左手を優希へ伸ばす。
優希も微笑んで、その小さな手で握り返して来たのだった。



階段までの道程は順調であり、短い時間で到達した。
優希の足に合わせたとはいえ、それなりの早足で進んで来たのもある。
それ以上に一度通った通路だったので、罠の心配も無く地図を確認する必要すら無かったのだ。
最短距離で急いで1時間弱。
再び階段のバリケードまで到着した。
一応警戒をしてバリケード及びその周辺を慎重に確認しつつ、階段へ向けてにじり寄る。
もしキ印のあいつが居た場合は狙い撃ちにされるので非常に緊張したが、バリケード内には誰も居なかった。

安全を確認出来たので優希を呼ぶ。
荷物が重いのかヨタヨタとした感じで走って来るその様子を見て和みつつ、周囲を警戒する事も忘れない。
此処で最も警戒すべきは6階からの攻撃だが、多分今6階には誰も居ないだろう。
地図の通路状況から考えて、戦闘禁止エリアのあの隔壁の向こうからは幾ら3時間の差があったとしても此処までは辿り着けない。
そう、ショートカットでもしない限り不可能事なのだ。
ショートカット…?

「あっ!そう言えば奴のソフトウェアはショートカット可能なんじゃないかっ!!」

突然叫んだ俺に優希は吃驚した様だ。
目を丸くしてこちらを見ているが、新事実(?)に気が付いた俺に気遣う余裕は無かった。
ドアコントローラーにより、本来壁である場所を開けられる可能性をすっかり忘れていたのだ。
今度はもっと凝視する様に周囲を警戒しながら、右肩より下げているライフルのグリップを握り締める。
このまますぐに6階に上がった方が良いか?
5階の階段ホールには現在人影は見えない。
これなら例え6階に上がる途中に追撃を受けたとしても、ホールを通り抜けてバリケードを乗り越えて、としている内に逃げ切れる。
一応前後共に注意しながら、優希を促して階段に足を掛けた。

とうとう6階に到達した。
これで優希の首輪が外せる。
少なくとも5番の愛美、6番の文香、そしてまだ見ぬ一人には遭遇していない状態の筈だ。
条件は問題無く満たしている。
このまま6階の階段ホールに居続けるのは危険なので、優希の手を引いて1つの通路に入った。
すぐ首輪を外すか。
そう思って横に荷物を降ろして胸ポケットにある優希のPDAを出そうとした時、不穏な音が響いた。

    カラン カラン カラン カン

甲高い金属音を鳴らしながら棒状のものが階段ホール側からこの通路へと転がって来たのだ。
赤ちゃんをあやす時に使うガラガラのような、棒の先に円筒状のものが付いた何かである。
そう言えばアニメか漫画で、手榴弾の一種にあんな形のものを見た事があるような…っ!

「優希、逃げるぞっ!」

それがナニか想像がついた瞬間、荷物と優希の手を強引に引いて通路の奥へ走る。
それから3秒ほど後、後方で爆発音が轟いた。
その音が聞こえた瞬間に優希の手を引き寄せてから抱え込み、廊下へ倒れこむ。
爆風とその後に煙が体の表面を撫でて行くが、幸い破片は当たらずに済んだ。
問答無用でこちらに爆発物を、それも俺達の居る通路へと正確に投げ込んだとなれば、相手は奴しか居ないだろう。
やはりショートカットして、先に6階に上がったのか?
しかしこれには疑問が残る。
あのバリケードを放棄する必要など無いだろう。
更に狙い目の一つである6階に上がる途中の襲撃が無いのもおかしい。
成らば考えられる事は別の所から6階に上がり、此処までやって来たと言う事か?
此処まで考えた時に爆風が収まって来た。
煙は依然濛々と立ち込めているので、これを煙幕代わりに逃げ切らせて貰おう。

…いや、それだけでは駄目だ。
立ち上がって荷物を拾い優希を引いて走り始めながら、考えが甘い事を自覚する。
曲がり角へと逃げ込み、階段ホールからの攻撃を警戒しながら思考を続けた。
相手はPDA探知のソフトウェアでこちらの位置を知る事が出来る。
更にこのままだと、ドアコントローラーを使われて不利な状況に追い込まれてしまうだろう。
皆の位置が判れば、位置を探られてしまう俺とは別れてそちらへと優希を逃がすのだが、このまま離れるのは心許無い。
俺が何とかするしかないか。
だがどうする?
矢幡の言葉では無いが、装備が違い過ぎる。
次の攻撃も恐らく手榴弾系の攻撃になるのだろう。
相手の弾切れまで逃げ回るのか?

階段ホール部分からこの曲がり角まで約50メートル。
この距離を投げるには隠れながらでは難しいだろう。
俺は横に大きな荷物を置く。
座った状態で半身だけ曲がり角から身を出し、ライフルの銃口をホールへ向けた。
これで投げる為に身を出せば打ち抜ける。
銃を握る手が汗ばむ。
一瞬後に俺は殺人者に成るかも知れないのだ。

「お兄ちゃんっ!」

銃を構えていた俺を、後ろから優希が突き飛ばして来た。
階段ホールから丸見えの位置へと転がり倒れてしまう。
このままではあちらから狙い撃ちだ、と焦っていると俺の上を横方向に火線が走り壁を穿つ。
横目で見ると壁には3つの穴が空いていた。

「なっ!?」

後ろからの攻撃。
3点バースト、アサルトライフルか?
射撃方向を理解した俺はすぐに優希を引いて、今度は階段ホール側の通路に逃げ込んだ。
回り込まれている。
エレベーターホールでは注意したのに、完全に失念していた。
倒れた時に打ってしまった鼻頭がひりひりするが、優希に当たる訳にもいくまい。
曲がり角から奥の通路を覗き込むと、銃先がちらりと見える。
やはり敵がそこに居る様だ。
もし此処で階段側にも敵が残っていた場合は、挟み撃ちでデッドエンドを迎えるだろう。
それでも此処は階段ホールに戻るべきだ。
今の敵との距離は先の半分以下で、手榴弾を投げ込む事が可能な距離なのである。

一度6階には到達している。
6階に居ないといけないとは解除条件には無い。
ならばこのまま5階に降りても問題は無い筈だ。
相手は確実に足を怪我している上、戦闘禁止エリア周辺の状況では重傷を負っていると思われる。
階下で遠くに逃げれば追いつけまい。
優希を殺す訳にはいかないんだ!
そう思い、曲がり角の向こうにあった荷物を急いで引き寄せて回収する。
俺が引っ込んだ後に、壁に新たに3つの銃痕が出来た。
やはりこちらを見張っている様だ。
今なら行ける。
荷物を背負い直して、優希を促して階段へ向けてホールの中へと駆け出した。

気持ちが焦っていたのか、きちんと地図を確認すれば良かったのに、俺はそのまま階段ホールへと出てしまった。
結論から言えば、敵の隠れていた所は短い距離で階段ホールへと繋がっている通路だったのだ。
階段へと急ぐ俺の目の端に映る、銃口。
俺に出来たのは鉛玉が吐き出される前に、膝立ちに成って優希を抱きしめる事だけだった。
これで俺の身体が優希の盾になるだろう。
抱きしめた優希の体は子供特有の温かさがあった。
もうすぐ俺の体に銃弾が突き刺さる。
願わくば、銃弾は俺の体で止まって欲しい。
アサルトライフルの弾がそんなに柔では無いとは思うが、俺のミスでこの子を傷つけてしまうのが申し訳なかった。

「ごめん、優希」

掠れた声で謝る俺に優希は何かを言おうとするが、それを連続した発砲音が遮ぎった。
着弾の衝撃が体を駆け抜ける。
痛みは、不思議と無い。
それと共に俺達は大量の煙と閃光に包まれたのだった。



[4919] 挿入話2 「追跡」
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:07

今回の「ゲーム」は開始前から難癖が付いていた。
それを何とか処理をして開始出来たかと思っていたら、その「ゲーム」の開始直後からまた別の問題が発生していたのだ。

「一体奴は、何者だっ?!!」

カジノ船のスタッフは大慌てで「外原早鞍」と言う人物について検索をする。
しかし「組織」にあるデータベースに該当者は存在しなかったのだ。
本来3番は「長沢勇治」と言う中学生が参加者になる予定の筈だった。

「どうなっているっ!長沢は拉致出来ていたのか?!」

コントロールルームの責任者席で、ディーラーが脇についているマイクに向かい叫び声を上げる。
その接続先は拉致部隊の責任者へと繋がっていた。
数秒後正面パネル内の様々な計器に埋もれる様にしてあるスピーカーから固い男の声が流れ出す。

「実行は恙無く完了しております。確かに一時保管部屋へと運び込んだ旨、報告を挙げております」

コントロールルーム内に居るスタッフの1人に顔を向けて見ると、見られた彼女ははっきりと頷きを返した。
ディーラーはマイクの接続先を別に切り替えて、また叫ぶ。

「館内への配置はどうなっていたんだっ!長沢が配置されていないぞっ!」

「もっ、申し訳ありません。それが不思議な事に配置したのですが、戻っていたのです」

配置部隊の責任者が巫山戯た事を言い返して来た。
ディーラーの額に青筋が立つ。

「言い訳ならもっとマシなものにしろっ!!大体奴は何なんだっ!」

「だから知りませんって!我々は本当に3番をあの部屋に置いたんですっ!
 ですが彼は何時の間にか待機部屋で寝てたんですっ!」

「くそっ!」

言い訳ばかりする配置責任者との通信を一方的に切ったディーラーは黙考する。
既に動き出している「ゲーム」を止める訳にはいかない。
何より人選に手違いがありましたなど、客への信用問題に係わるのだ。
今は様子を見るしかない。
その内ゲームマスターなり他の参加者への介入なりで彼を抹消する必要があるだろう。
「ゲーム」内のイレギュラーであれば、余興で済む。
これまでにも当初の思惑通りにいかなかった「ゲーム」はあった。
だが彼の様なイレギュラーなど今まで一度も無かったのだ。
これが処理出来るものなのか、それとも大事を引き起こしてしまうものなのか。
結局彼には事が起きるまで、その判断が付けられなかった。
それはこの事を更に上回る非常事態に見舞われたからである。





挿入話2 「追跡」



カツッカツッと規則正しい足音が近付いて来る。
その音は彼等の居る小部屋の前で立ち止まった。

(何だと?やはり違ったのか?)

高山は手に持つアサルトライフルのグリップを握り締めた。
感知対象がPDA以外なら自分達が攻撃を受けると、外原が言っていた事を思い出す。
その時微かな音が鳴った。

    カチリッ

その音の後、再度規則正しい足音が響き始めて扉の前から遠ざかっていく。

(何をしたのだ?罠か?)

疑問は浮かぶが、高山には判らない。
彼には相手がこの小部屋の扉についていた隠し鍵を掛けた事など思いつきもしなかった。
「彼」にしても偶々此処の扉に隠し鍵がある事に気付いたので、気付きついでに鍵を掛けただけである。
しかしその偶然は高山達の行動を充分に阻害した。

遠くで銃撃が開始された。
サブマシンガンの出す音は数秒以上鳴り続けている。
このままでは外原が死んでしまうかも知れない状況なのに、高山達は彼を援護出来ないでいた。

「更に鍵を掛けられるなんて…」

麗佳の言う通り、小部屋には鍵が掛かっていた。
だが通常のドアノブにある鍵は、入る時に銃で壊している。
その為他に隠された鍵がある筈なのだが、隠されている所為で特定が出来ずに今もその鍵が壊せないで居た。

「あったっ!下だ、下に棒みたいなのがある!」

すぐにかりんが叫ぶ通りにあった棒を、高山が急いで拳銃にサイレンサーを装着してから撃ち壊す。
その時、爆発音が鳴り響いた。
扉を開いてから外を見ると、「彼」が白煙を噴き出している戦闘禁止エリアに集中してサブマシンガンを連射し続けているのが見える。
「彼」は片手でサブマシンガンを撃ち続けながら左手に手榴弾を用意してから、その銃撃を止めた。
高山はそんな相手に対してアサルトライフルを3点バーストに切り替えて構える。
そして「彼」は手榴弾のピンを引き抜いて振り被った。

「さあああぁぁぁ、おっチヌ時間だぜぇ!」

その絶叫は高山達の所まで聞こえて来る。
それとほぼ同時のタイミングで「彼」への銃撃を開始した。

「な、何故貴様らっ、そこに居るっ!」

高山の撃った銃弾は掠めるだけで1つも当たらない。
いや当たってはいるのだがその表面で弾かれていたのだ。
かなり等級の高い防弾チョッキを着ている様である。
しかし心底驚いた「彼」は、その手に持っていた手榴弾を取り落としてしまう。

「しまったっ!」

「彼」は叫び声を上げると、戦闘禁止エリアの扉の前から奥に向かって急いで移動する。
数秒後戦闘禁止エリアから轟音と白煙が噴き出した。
高山はその白煙の中に容赦無く銃弾をばら撒く。
もしかしたら死ぬかも知れないが、彼に非殺の意思は無い。
PDAが壊れてしまったら少し困るが、それよりも生きて逃げられる方が面倒だったのだ。

暫くしてその白煙が晴れていくその向こうでは隔壁が開き始めていた。
まだ完全に開いてはいないが、徐々に持ち上がっていく隔壁に高山達は焦りを感じる。

「このままでは逃がしてしまうわ。それじゃまた同じ事の繰り返しよ?!」

麗佳の言葉に高山が半身を隠していた小部屋を飛び出して、「彼」を追い掛け始める。
隔壁の隙間は既に潜る事が可能な程の広さがあった。
このまま逃げられるのは非常に拙い。
それに「彼」を仕留める事も必要だが、外原の安否も確認したかったのだ。
特に麗佳にとっては彼の生死よりもPDAが無事であるかの方が重要である。
未だ白煙が漂う戦闘禁止エリアの中は酷い状態であった。
至る所に付いた銃痕に手榴弾により被害を被った家具類に壁と絨毯。
その惨状に麗佳とかりんは青ざめてしまう。
彼女達には一瞬、真っ赤な絨毯がこの入り口の横に広がる様な血の海に見えたのだった。

戦闘禁止エリアの前まで彼等が来た時、隔壁の向こう側にあった影に誰か居る事に高山が気付いた。
だがその時には「彼」の照準は定まっていたのだ。

「バァーカ。お前等死ねよっ!」

手に持った拳銃を1発撃つ「彼」に対して、高山はアサルトライフルを反射的に構えて引鉄を引いた。

「ぐぅっ」

「ぎゃあぁぁぁ」

高山は左肩を、そして「彼」は左脇腹を銃弾で抉られる。
「彼」は着弾の衝撃で高山達と距離を少し離した。

「高山さんっ?!」

被弾した高山に視線を移した麗佳が高山へと駆け寄った。
そこに降り掛かる「彼」の言葉が、彼女達にあの惨状の結果を思い知らせる。

「くそっ、くそがっ。ははっ、だけどよぉ、あの男はもう死んだぜ?
 例え生きていてももう虫の息だしなぁ。はっ、ははは、ザマァみやがれっ!
 てめぇ等もいずれ殺してやるからなっ!」

「彼」にはあの弾幕の中を彼が全くの無傷で居たなど考え付かなかった。
それほどに銃弾をばら撒いたし、手榴弾も的確に投げ込んだと思っていたのだ。
早口で並べ立ててから、「彼」は身を翻して全速力で逃げ出す。
今サブマシンガンを撃てば1人くらいは殺せただろうが、自分があの男に殺される可能性が有ると思ったのだ。
この序盤で此処まで兵器の扱いを、躊躇いも無くやってのける所は確実に素人ではない。
高山の存在は「彼」にとって大きな誤算であった。

「あっ、待ちなさいっ!くっ、高山さん、大丈夫ですか?」

被弾した高山が動けないなら、「彼」への追撃は諦めなければ成らなかった。
高山の傷は見た目に酷く出血が酷い。
その高山は「彼」を追撃するかどうかを悩んでいた。
相手の有利な部分を排除しなければまた追い詰められる可能性が有る。
しかし深追いは厳禁だ。
彼は安全策を採用する事にする。
そしてかりんは彼等の後ろで呆然としていた。

「早鞍、が…死んだ?」

「矢幡、今は奴を逃がせないとは思うのは判るが、深追いは危険だ。
 一旦色条を6階へつ…」

「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

高山が麗佳へ今後について話している最中に絶叫が響き渡る。
絶叫を上げたかりんは、手に持つサブマシンガンを握り締めて隔壁のあった場所を走り抜けた。

「待ちなさいっ!北条!」

「ぐっ、止めるぞ矢幡。深追いは拙い」

かりんを追って高山と麗佳も通路を走った。
そして、彼等が通り過ぎた後に上がっていっていた隔壁が降り始める。
麗佳がそれに気付いた時にはもう戻れない位置まで走っていた。

「後ろを封じられた?彼はまだ戦うつもりなの?」

後ろを封じたと言う事は逃げ道を断つと言う事。
つまり未だ「彼」に戦闘意思が残っている事を示していると思えたのだ。



その「彼」だが、別段彼等と今戦うつもりは無かった。
ただ戦闘禁止エリアに居た彼と他の人間を切り離したかったのだ。
彼だけならPDA感知でその位置が判る。
その判る人間だけを狙い撃ちにして、そのPDAを回収する。
そうすれば後の4名は自分の言う事を聞くしか無くなるのだ。
完璧な作戦だと「彼」は思っていた。
「彼」は侮り過ぎていた。
そして失言を放ってしまっていた。
死に物狂いの人間がどれだけ怖いのかを、「彼」は身を以って知る事と成るのだった。

「彼」はドアコントローラーを使用して、自分に出せる最高速で一直線にエレベーターホールまで逃げて来た。
怪我をしているとは言え、鍛えた男の速度である。
しかし後ろからは依然かりんが全速力で追い掛けて来ていた。
その後ろには更に高山と麗佳も続いている。
高山に白煙の中で撃たれた右肩と右足、そして隔壁付近で受けた左脇腹の傷が疼き続けていた。
必死に成って逃げては居るが、かりんに対して放った牽制射撃を最後にサブマシンガンの弾は切れてしまっている。
ここまで執拗に追われるとは思っていなかった「彼」は焦りを感じていた。

(くそがっ、俺が何したって言うんだっ!)

充分にしてはいるが「彼」には自覚が無かった。
自分はそれをしても良いのだと、本気で思っているからだ。
こんな性格だから他人と大きな溝が出来る。
それでも「彼」は世間が悪いと開き直っていた。
「彼」がそれだけの才能を持っていた事も問題を大きくしている。
何をやっても人並み以上にこなしてしまう「彼」にとっては、周りは馬鹿ばかりだと思えたのだ。
だからこそ「彼」の言動が他者を不快にさせて孤立するのだが、親はそれを注意する事は無かった。
その親は事業に失敗した上に立て直そうとして詐欺に遭い、数十億もの多額の借金を抱えてしまう。
馬鹿な親など「彼」にはどうでも良かった。
ただ「彼」に対しても優しく、無視する事も嫌う事もしない可愛い妹が居れば良かった。
彼女以外に自分を認めてくれる者も、本当の自分を判ってくれる物も居ない。
「彼」にとっては妹以外は皆敵であったのだ。
だが借金が彼等を引き離そうとする。
そんな時、「彼」はこの「ゲーム」に出会った。
「ゲーム」で勝ち続ければ莫大な金額が舞い込んで来る。
「組織」などに忠誠を誓う気など無い。
奴等をただ利用してやるだけなのだから。
しかし「彼」は逆に「組織」に利用されているだけだったのだ。

馬鹿の1人が今、自分を追い詰めようとしている。
それが「彼」には我慢成らなかった。
とは言え弾の切れたサブマシンガンでは役に立たないし、拳銃では相手のサブマシンガンには勝てそうも無い。
だから「彼」は逆転の秘策を考えた。
エレベーターシャフトを昇るのだ。
6階のエレベーターホールには数時間前に降りる為に置きっ放しにした荷物があるだろう。
それにシャフトを先に昇れば、後から来る者に対して絶対的有利な立場と成る。
だから「彼」は躊躇わず、開いたままのエレベーターシャフトへと入って行った。
その「彼」の思惑は当たる。
だが高山達の動きは「彼」の思惑を更に上回っていたのだった。



エレベーターホールにかりんが辿り着いた時には、既にシャフトへと「彼」が入っていく所だった。
それでも当たればと思いエレベーターへと走り寄りながらサブマシンガンの引鉄を絞る。

「死ねぇぇっ」

通路の途中でも撃ち合ったが、彼女は自分でも知らない内に他者を殺す為にその武器の引鉄を引いていた。
もう彼女には「彼」を殺す事しか頭に無かったのだ。
しかし弾丸はエレベーターの入り口周辺を穿ちはするが、結局「彼」には1発も当たらなかった。

「はぁはぁ、くそっ!」

肩で息をしながら悪態をついた。
そして少し息を整えてから、弾の切れたサブマシンガンの弾倉を交換する。
カランッと空になった弾倉が転がる中、彼女はエレベーターシャフトへと歩みを進めた。
シャフトを昇って追い掛けようと思ったのだ。

「待ちなさい!北条」

その肩を掴んで麗佳が引き止める。
ホールに入った時にかりんが追い掛けるだろう事は読めたので、高山を通路に置いて駆け寄っていたのだ。

「離せっ!あいつを追い掛けなきゃいけないんだっ!」

「シャフトに入ったら狙い撃ちよっ」

矢幡は冷静に状況を分析していた。
どう考えても追い掛ければ蜂の巣にされる事は明白だ。
しかしかりんは引き下がらなかった。

「煩いっ!あいつ、絶対に殺してやるっ!」

矢幡が掴んでいた肩はすぐに振り解かれてしまう。
だがかりんをこのまま行かせてしまえば見殺しに成るので、今度は腕を掴んで引き止める。
しかし暴れる彼女の力は予想以上に強い。
非力な矢幡ではもうかりんを止められないと思われた。
その時、追い付いた高山の一言が彼女の無謀を止める。

「階段を上がろう。そうすれば6階には行ける」

「階段…?」

かりんが動きを止めて疑問を口にする。
此処から彼等が昇ろうとしていた階段はかなり遠くに有るのだ。

「ああ、この近くに封鎖された階段がある。
 爆破準備は済んでいる。それで上に上がれば奴を追う事は可能だろう」

「高山さん?!でもあの仕掛けは…」

「今奴を逃がせば結局追い詰められて終わるぞ。
 負傷している今が好機と言えるんだ。武装も減って来ている様だったからな」

高山は「彼」がエレベーターの上階で待ち伏せしていた事は知らない。
だから「彼」の武装が今切れ掛けていると本気で思っていたのだ。
それは矢幡も同様であるので、彼の言葉に対しての反論は講じれなかった。

「判りました。北条、それで良いわね?」

「ああっ!頼む、あいつを…殺すんだ」

ギリギリと歯軋りして怒りを抑えているかりんに、矢幡は不安を隠せない。

(このまま彼を殺すまでこの状態なの?北条に彼を殺させてしまって良いの?)

簡単に人を殺すと豪語するかりんを見て、矢幡は自分も他者を殺そうとしていた事を思い出す。
殺人が解除条件の彼は、結局誰も殺そうとしないで死んでしまった。
それなのに彼女も自分も、その必要は無いのに殺そうとしている。

(彼ならどうしただろう?)

何故か思い浮かぶ彼の言動。
何時も何かを隠している様ではあった。
しかしそれでも、彼は自分達に危害を加える様な素振りは一度もしていない。
それどころか助けようともしている。

『くそっ、あと少しで優希が助かるのにっ!』

階段ホールで呟かれた彼の言葉。
考えて言ったのでは無さそうな、本心から出た様な台詞は小さな少女の命についてだった。
戦闘禁止エリアに入る人間は自分しか居ないと言った彼。

『やはりあの部屋に行くのが最も危険なのは変わらない』

最初はどれほど危険なのかと疑っていた。
実際は自分が一番安全な所に行くつもりなのでは無いか、とも思った。
だがあの部屋の惨状を見た時、彼の言っていた事が全て本当であった事を知る。
それを知っていて尚、彼はただ1人危険へと飛び込んだのだ。
封鎖階段へ移動しながら麗佳はこれまでを振り返りながら、自分が今まで間違っていたのではないかと感じ始めていた。

通路に激しい振動と耳を劈く様な轟音が響いた。
舞い上がる埃と煙が混ざり合った白煙が収まった先には、瓦礫の散乱した階段が見える。
かなり通り難そうではあるものの、通る隙間の出来た階段がそこには現れていた。

「よしっ、上手くいった様だ。瓦礫に気をつけて昇れ」

高山がそう言い残して、真っ先に階段を昇り始める。
彼は爆破前に左肩に受けた銃傷を手当されていた。
最初の出血は酷かったが、幸い防弾チョッキで威力が下がっていたのと当たり所が良かった事で、銃を撃ったりするのに支障は無かった。
進行途中の細かい瓦礫などを取り除きながらゆっくりと進む彼の後ろを、そわそわしながら続くかりんと最後尾の矢幡がそれぞれ上って行く。
そうして階段ホールまで上がり切った後、何処に行くかをまず話し合った。

「エレベーターに向かうべきだっ!」

「奴が動かずにじっとしているとは思えないのだけど、それしかないのかしら?」

かりんの主張に矢幡はエレベーターホールに「彼」が居なかった場合を想定するが、特に問題は無さそうだった。
高山も異論を出さない。

「地図が無いのが痛いわね」

PDAは全員持っていない為、中の地図が現在見られない。
追跡中は相手についていくだけだったが、こうなると迷ってしまいかねないのだ。
矢幡は以前見たPDAを地図を思い出しながら、周辺の通路について思案する。
それでも彼女達は「彼」を追い掛けて上がって来たのだ。
「彼」と遭遇出来なければ意味が無いと成れば、居そうな所に向かうしかなかった。
だから高山達はエレベーターホールの方向へと足を向ける。
その彼等を階段ホールから少しした所で待ち受けていたのは「彼」であった。



「彼」はエレベーターシャフトを覗き見ながら、自分のPDAでPDA検索を実行していた。
それでもPDA表示は変わらず、かの戦闘禁止エリアに存在し続けている。
やはり追い掛けて来ている彼等の全員が、あの男にPDAを預けたのだろう。
命に匹敵する筈のPDAを。

(あんな奴が俺より優秀だって言うのか?!)

他人に認められている外原が気に食わなかったのだ。
自分はこんなにも優秀であるにも係わらず妹以外は認めてくれないのに、と言う嫉妬が沸き起こる。

(大体奴は俺に手も足も出なかった間抜けだぞっ!
 くそっ、奴等に言った様に、いずれあいつは殺してやる)

「彼」はそう固く誓うのであった。

既に「彼」が身体中に負った傷は応急手当が済んでいた。
見た目にはかなり酷い傷だったが、この程度の傷は剣術の修行中に何度も受けていたので「彼」には大した事では無い。
それでも接戦時に痛みで動きが鈍るのは困るので、痛み止めだけは少量飲んでおいた。
「彼」のPDAのバッテリーは既に6割を切り、5割に近付いて来ている。
この序盤に5人ものプレイヤーが上がって来ている事が予想外だったのだ。
これまでの「ゲーム」では序盤は各プレイヤーが情報を交換し合いながら緩やかに進む場合が多かった。
人が諍いを起こして死に始めるのは中盤以降。
それまでは6階で悠々と人数が減っていくのを見守る予定だったのだ。
それで目的の数以下に成れば良し。
成らなくとも自分が上がって来た者に手を下せば良い。
完璧な計画だと思っていた。
なのに自分が5階の階段にバリケードを作成している間に6階に上がっていた人間は居るし、その後にもエレベーターで上がって来る者も居る始末だ。
丁度良いので殺してしまおうかと襲えば返り討ちに遭う。
階段で待ち伏せをしたのに様々な攻撃を躱し切り、結局最善手と思っていた戦闘禁止エリアへの追い詰めも上手く行かなかった。
誤算続きの「彼」に更に追い討ちが掛かる。
それは遠くから聞こえた音で示された。

(爆発音?あの方向は…まさかっ!)

これまでの「ゲーム」でも当然階段を爆破して通った者は居た。
しかしこんな序盤にそれをされるとは「彼」は考えていなかったのだ。
5階と6階の武器には越えられない壁が存在する。
それ程に6階にある武器は想像を超えるものが置かれていた。
それらを手にされれば自分の優位が一部崩れ去ってしまうかも知れない。
6階に上がられると厄介だと思った「彼」は、急いで封鎖されている筈の階段ホールへと走って行くのだった。



階段ホールに残していた物資で武装を補充していた「彼」のサブマシンガンが火を噴く。
その攻撃から通路の角に身を隠して彼等は応戦した。

「もう補給を終えたの?彼は一体何者?」

呟く麗佳に答えを返せるものは此処には居ない。
高山のアサルトライフルの残弾も心許無く成っていた。
このまま弾切れに成れば、かりんのサブマシンガンだけでは「彼」を制圧出来ない可能性が高い。
高山も麗佳も事態を理解して居たが、かりんは全くそれを認識していなかった。
「彼」が身を翻して撤退を始めた時に彼女は躊躇わず、追撃を実行したのだ。

「待ちなさい、北条。此処は一旦引くべきよ!」

麗佳の言葉など聞く耳持たないとばかりに、かりんはそのまま通路を走って行く。
それを高山が追い掛ける。
仕方が無いので麗佳も追い掛けようと彼等が置いていった荷物を纏めて進もうとした時、高山との間の通路にシャッターが降りた。

(しまった!またあの機能?!)

外原の言っていたドアコントローラーを「彼」が働かせたのだろう。
ただ行く手や逃げ道を塞ぐだけかと思っていたが、こういった分断も可能なのだ。
こうなる事を考えれば、これは彼の言う通りかなり厄介な機能である。
彼はPDA感知よりもこの機能の方を、より気にしていた。
明言はしていなかったが、その口調や態度でドアコントローラーがかなりの脅威であると感じていたのは判った。
それでも此処までとは彼女は思っていなかったのだ。

(これからどうする?)

生き残る為に高山と同行していたのに、こんな事で分断されてしまった。
出来る事と言えば、階段に戻って優希を回収し、再度6階に上がる事くらいだろうか。
もっと大事なものとして、戦闘禁止エリアにある彼の死体から破損を免れたPDAを回収しておく必要も有る。
爆破した階段から行くよりも6階から正規の階段を通ってから降りた方が距離が短かいと思ったので、彼女は6階の階段へ向かう事にしたのだった。



高山は困っていた。
逃走を続ける「彼」に、それを追い掛け続けるかりん。
そして後ろを封鎖された事により矢幡と分断されてしまった。
今彼は選択を迫られていた。
このままかりんを支援するか見捨てるかである。
彼女は今も平静を失っている。
これは戦場では絶対にしてはいけない事であった。
こう成った同僚は真っ先に切り捨てられていったのだ。
そして例外無く死んでいった。
だから彼は躊躇わず決断を下す。
彼女とは距離を置いて追い掛ける事にした。
「彼」と彼女の戦いに対して漁夫の利を得られる様にする為に。

後ろを気にせず、ただただ逃げる「彼」を追い掛けるかりんには高山の行動は気に成らなかった。
「彼」は時折サブマシンガンで牽制射撃をしながらも、撤退を続ける。
何故逃げるのかなど、かりんには考える余裕は無い。
「彼」を殺す事だけが頭の中にあったのだ。

(絶対に許さないっ!)

何故こんなにも怒っているのかは、彼女にも判っていなかった。
ただ彼が死んだと聞いた時から「彼」が憎くて仕方が無かったのだ。

「しつけぇぞ、ガキがっ!」

5階での追撃戦の再現と言える様な状態になっていた。
曲がり角から曲がり角までの間でお互いにサブマシンガンの弾をばら撒きながら、移動し続ける。
逃げながら「彼」は、かりんに恐怖を感じていた。
幾ら牽制射撃をしても怯む事無く向かって来る。
まるで死を恐れていない様な行動が恐ろしかった。
そして憎悪により据えられたその目も。
今までは他人に憎まれる前に相手を殺すか、殺す直前に憎まれていただけなので、こんな事は初めてだったのだ。
そうでなくても、日頃は他人に怯えられるか蔑まされるかしかされた事が無かった「彼」である。

(くそっ、何で俺があんなガキに!)

逃げながら考える。
思ったよりも素早い動きでこちらの牽制攻撃を避け続ける少女に嫌気が差していた。
更に「彼」の体力が限界に近付いている。
普通に動いていても消耗する体力は、身体中に受けた傷によりその消耗を早めたのだ
手当てをしたとは言え、これだけ動けば傷も所々開いてしまっていた。
サブマシンガンの残弾も少なく成っている。
元々エレベーターホールに残していた武装は数が少なかったのだ。
だから「彼」は今彼女を殺す事を諦めた。

(もっとしっかりと策を練って、痛みにのた打ち回らせながら殺せば良いよな)

その考えは「彼」に想像だけで愉悦を齎す。
「彼」はニヤついた笑みを浮かべて、彼女との間と、その他にも幾つかの隔壁を上下させたのだった。

隔壁を開けた事により「彼」は早々に自らの拠点へと辿り着く。
そこで武装を再度整えた。
サブマシンガンだけでは心許無くなって来たので、アサルトライフルも用意しておく。
その他にも数は少ないが手榴弾なども補充した。
そして対人地雷も荷物に放り込む。
大き目の医療セットを取り出して、本格的に身体中に出来た傷の治療もしておく。
化膿止めと痛み止めを飲んで、少しだけ休む事にした。

少し寝てしまったらしい。
「彼」はそれに気付いてからすぐにPDAを確認すると、経過時間は16時間を過ぎていた。
2時間近く寝ていた事になる。
まだ痛み止めが効いているのか頭が朦朧としているが、頭を振って意識を保つ。
そして一応他のプレイヤーが昇って来ていると面倒なので、PDA検索で確認をして見た。
6階には自分以外の光点は無い。
そして5階を見ると1つだけ光点が存在した。
その光点は巨大な1つとなっており、通路の途中に表示がされている。
これだけ巨大な光点はあの戦闘禁止エリアに居た男だろう。
何度も検索を繰り返して見るが、その移動速度はかなりの速度で正規の階段を目指していた。

(やはり、殺し損ねていたかっ!)

「彼」は急いで立ち上がり、荷物を掴んで部屋を飛び出した。
彼をこのまま6階に上げては成らない。
出来るだけ早目に始末する必要があると考えたのだ。
そして痛む身体を引き摺って「彼」は走り出したのだった。



麗佳が「彼」を見付けたのは偶然である。
階段を目指して歩いていた彼女だったが、途中幾つか隔壁が降りていて進行を邪魔されていた。
その為本来なら1時間程度で着く筈のホールに2時間以上も掛かって彷徨っていたのだ。
記憶にある地図と現実の違いが混乱の元と成ったのも、迷った原因と成った。
彼女がそうして通路を進んでいる時にバタバタと酷い音を鳴らして駆けて来る者が居た。
物陰に隠れてやり過ごした彼女の目には「彼」の後姿が映る。
その背中にこの6階で手に入れたサブマシンガンをお見舞いしようと銃口を上げた。
今なら確実に「彼」を殺せるタイミングである。

(けど、奴は何故あんなに急いでいるの?)

追撃をしている時も受けている時もあんなに慌てては居なかった。
なのに今になってこれ程までに急ぐとは、何か重大な事が発生しているのかも知れないと彼女は考えたのだ。
「彼」の慌て振りに銃口を下ろしその後をつける。
その銃口を下ろしたのはまだ彼女が殺人に対しての恐れがある為でもある事を、彼女は自覚しては居なかった。
結局彼女は無理矢理に理由を付ける事で、引鉄を引かない様にしただけなのだ。
かなりの速度で移動する「彼」を追い掛けるのは容易ではない。
しかし「彼」も後ろを気にせずに先に進んでいるので、音さえ気を付ければ追うのは途中まで問題無かった。
それでも彼の速度に引き離されてしまう。
だが此処まで進路が確定すれば、「彼」が何処へ向かっているのかは想像が出来た。
「彼」は階段ホールへと向かっていたのだ。

小走りで同じく階段ホールへと向かう麗佳の耳に爆発音が聞こえる。
「彼」が誰かと交戦中である事はすぐに想像がついたが、問題は相手が誰であるかだった。

(もしかして、優希が上がって来たの?)

小部屋に置いて来た優希が起きて、矢幡達が居ない事に気付いてそのまま6階に上がった事が考えられた。
矢幡は慎重に階段ホールを覗き込む。
爆発音の後に2回ほど銃撃音が鳴っているが、その誰かはまだ生き残っているだろうか。
全く情報が得られないのがもどかしく苛立ちを増させるが、冷静になろうと彼女が深呼吸を始めた時、その息を止める程の現実を見た。

(外原…さん?)

通路から飛び出して来た2つの人影。
後ろの小さい方は予想通り優希である。
しかし彼女の手を引いて先を進む男性は予想だにしない人物だった。

(何故?死んだ筈では?)

「彼」の言葉だけで誰も確認していないし、彼女達にはソフトウェアも無いのでその生死を測る術が無かった。
それでもあの惨状では「彼」の言う事も有り得ると考えていたので、その生存は驚かざるを得なかったのだ。
その彼は何故かいきなり膝立ちに成って優希を階段側に移動させてから抱え込む。
直後に発砲音がした。
彼女が幸運だったのは、その音に対して反射的に横を向いた事だっただろう。
そこにはライフルを構える「彼」が居た。
すぐにそちらに向けてサブマシンガンの銃口を上げた時、階段側から閃光が走った。

「ぐぅっ!」

その眩しさに「彼」は目を押えて呻く。
矢幡も眩しくは感じたが、直撃した訳ではないので薄目を開けたまま引鉄を引いた。
この攻撃は「彼」の右半身を直撃したが、彼自身はアーマージャケットで弾を弾いて無傷である。
しかし肩に掛けていたベルトと右腕に直撃した衝撃で、ライフルを取り落としてしまった。
それを認識した瞬間に不利を感じたのか、「彼」は即座に近くにあった荷物を持って撤退を開始してしまう。
矢幡は撤退していく「彼」を警戒してその通路に銃口を向けていたが、完全に撤退したと判断すると煙が晴れつつある外原の所に近付いた。

(彼はもう死んでいるのだろうか?)

脳裏を過ぎる結果。
折角生きていたのに、目の前で死なれてしまった。
それも優希を庇って。

(一体何を考えていたのだろう?)

そう思いながら近付いた彼女は信じられないものを見た。
2人共普通に息をしていたのだ。
周りには1滴の血も流れていない。
良く見ると外原のバックパックに3つの穴が空いていた。
つまりはこれで止まったのだろう。
バックパックの中にあった煙幕手榴弾と閃光手榴弾に丁度当たったのだろうか。
あの白煙と閃光はそうとしか思えなかった。

「兄…さん。…助けられなくて、御免な」

彼の寝言が矢幡の耳に入る。

(助けられない?)

彼の兄に過去何かがあったのだろう。
それ以上は寝言は無く、判断が出来ない。
だが彼が死に対して忌避感がある理由の一端ではあるのだろうと、彼女は感じた。

(外原早鞍、貴方は本当に皆を助けようとしているのね)

これまでの彼の言葉、そして行動。
そのどれもが他者の命を守る事を前提としていた事に、今更ながらに彼女は気付いた。
矢幡は規則正しく息をしている彼の頬にそっと触れるのだった。



[4919] 第6話 解除
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:07

大事な人が居なくなった。
大好きだった兄さんが死んでしまったのだ。

俺と7つも離れた兄さんは小さな頃からその聡明さを見せていたらしい。
沈着冷静で頭も良く、また運動神経も群を抜いていた。
外では無表情のポーカーフェイスで全く他人にその心の内を見せない人だった。
曽祖父を頂点とした大家族だったので、両親は一人だけしか子供は要らないと思っていたらしい。
だが兄さんが優秀過ぎて子育てしている実感が無かった為、もう一人欲しいとして生まれたのが俺である。
そんな完璧超人のような兄も家、特に俺に対しては和やかな笑顔を見せてくれた。
大抵は俺をからかって遊ぶ事で浮かべられる笑顔なのが癪ではあるが。
それでも俺に取っては憧れの、大好きな兄だった。
その兄は曽祖父からの血筋で見て直系に当たり、曽祖父が持つ多くの農場や牧場の後継者でもあった。
しかしそれを嫌い、都会の医学部へと進学したのだ。
当時はまだ小学生だった俺はその医学部がどんなに凄いのか判らなかったが、兄さんが実家を離れる事が無性に寂しかった。
夏冬の長期休暇には戻って来たし、それでなくとも電話で何時でも話は出来たが、身近に居ない事は子供にはやはり堪えたのだ。
そんな兄だったが、卒業後は医師には成らずに製薬メーカーに就職して研究員と成った。

当時から詐欺被害については色々と耳にしていたが、自分達には関係の無いものと思っていた。
元々知り合いなんて少なかったし、その少ない知り合い達も信用出来る人達であると思っていたのだ。
そんな中で、兄さんが友人だと思っていた人に騙される。
最初は連帯保証人詐欺に加担したとして事情聴取を受けた。
その後、実行犯の中心人物として拘留されたのだ。
更に兄に対して追い討ちの様に、様々な罪状を積み上げられてしまう。
元々順風満帆な人生を歩んで来た人だった為、この仕打ちに精神が保たなかった様だ。
一時的に拘留が解かれて下宿に荷物の整理が許された時、兄さんは睡眠薬による自殺をした。
どうしてその薬が得られたのかは判っていない。
それを告げたのは兄さんの友人を名乗る者だった。

だが俺はそれを信じていなかった。
俺は兄さんが一時釈放を受けているのを知っていたので会いに行った時、そこは既に警察に見付かった後だったのだ。
一応まだ現場の封鎖前だったので家族としての事情聴取も含めて現場立会いをした。
その時垣間見えた兄さんの死に顔は苦悶に歪み切っていた事を、俺は見ている。
後に俊英が調べてくれた情報によると、兄さんは睡眠薬ではなく毒による死である事が判った。
そしてその毒物を渡した人物が兄の古い友人の1人である事も。
それが死に至る薬だと知って兄さんが飲んだのかは知らない。
しかし兄さんが沢山の人間に裏切られて死んだのは間違いの無い真実だった。

そして兄が死んだ3日後、無実が告げられた。
真犯人は最初に連帯保証人をさせた友人であり、ずっと雲隠れをしながら兄さんの苦しむ様を影で笑って見ていたらしい。
動機は兄が気に入らなかったから、ただそれだけだった。

後日俺は犯人である元友人とやらと出会う機会があった。
会う前は殺してやろう、とかも考えていたものだ。
だがその醜悪な、外見ではなく心がではあるが、人物を目にしてどうでも良くなった。
兄の仇すら討たない、そして死に行く兄を助けられなかった、駄目な弟。
それが俺という人間だった。





第6話 解除「JOKERの機能が10回以上使用されている。自分でやる必要は無い。近くで行なわれる必要も無い」

    経過時間 16:46



体を揺さぶられる感覚で意識が覚醒し始める。
最初に目に入ったのは優希の可愛らしい顔だった。
今は目を閉じているのを見ると意識を失っているのだろうか?
それでもこの手にある温もりと定期的に漏れる吐息が、その体が生きている事を知らせてくれる。
良かった助けられた。
「夢」の兄とは違い優希は生きている。
俺はもう死ぬかも知れないが、この子は助かるだろう。
それなら良い。
誰かの役に立てた事に満足し、俺はそのまま目を閉じた。

「寝るなっ!」

頭に激しい衝撃が走る。
何だっ、敵襲かっ!
そうだ、まだ俺を殺した奴は健在だ。
奴を排除しなければ成らないっ!
そう思って勢い良く立ち上がり周囲を見渡すと、見知った人影が目に入った。

「あれ?矢幡。何で居るんだ?」

そこに居たのは金髪ツインテール美人の矢幡だった。
他に人影は見えない。
風景は階段ホールのままの様だから、何故かは知らないが奴は逃げたのだろうか?
それにしても、他に誰も居ないのならさっきの突っ込みは彼女のものと成る。
こんな突っ込みをする人だったか?
思考に沈んでいると、呆れた様に声が掛けられた。

「早鞍さん、大変だったのは判りますが、もっとしっかりして下さい。
 相手は体勢を立て直すために引いた様ですが、此処が何時までも安全であるとは限らないのですよ」

その言葉に意識が完全に覚醒し出す。

「死んで、いないのか?」

自分の両手を見ながら、愕然とする。
確かアサルトライフルに撃たれたのだ。
普通に生き残れる筈が無い。
だが身体には撃たれた跡も痛みも無かった。

「バックパックで防げたようですね。
 その中にあった閃光弾と煙幕弾でお二人の姿が隠れた所為で、相手は正確な照準が付けられなかった様です」

ああ、そうか!
銃に撃たれて煙と閃光を放つなんて、普通に考えて有り得ない。
意識を失う直前の光景に笑いが漏れそうに成る。
しかし、自分が爆発物系を持っていなくて本当に良かった。
折角銃弾は防いだのに二次被害で死亡なんて喜劇だろう。
「ゲーム」の観客にとって見れば、だが。

「そうか。悪かった。完全に死んだと思ってたよ」

横目で無傷の優希を確認しつつ、矢幡に謝った。
混乱していた思考が纏まり出して来たのを実感する。
もう一度周りを見渡しながら、矢幡に必要な事を確認しておく。

「俺が撃たれてからどれくらい経った?」

「そんなに経って無いわ。彼、貴方を殺したと思ったのか、すぐ離脱したわよ」

多分それは無いと思う。
予測だが奴のPDAにはプレイヤーカウンターが入っているだろう。
ならば俺が死んだかどうかは一目瞭然だ。
しかしこちらの誰も持っていないソフトウェアについて言及するのは拙いので、黙っておく。
次の確認事項に移ろう。

「高山とかりんはどうした?」

これには矢幡が言い難そうに声を詰まらせた。

「…御免なさい、はぐれてしまったわ。
 戦闘禁止エリアでの援護についても、申し訳なかったわ」

続いて出た謝罪に後回しにする予定だった質問をぶつけてみる。

「あの部屋の前で何があったんだ?あの血痕も気になる。
 っと、それより先に此処から移動しないとな」

話を止めて、未だ気を失っている優希と二人分の荷物を抱える。
そんなに距離を移動する気は無いので、この重量を気張って持つ。
PDAの地図を確認してから、地理的に迎撃に向いた通路へと歩き出した。
矢幡も後ろをついて来る。
幾らか歩いた廊下で立ち止まり、優希を降ろして俺達も座り込んだ。
相手にはPDA感知で位置を特定されるだろうし、その状態だと部屋等に入るのは危険が増すと思った為である。

「さて、で、戦闘禁止エリア付近で何があったんだ?」

切り出された話題に矢幡はぽつぽつと話し始めた。



矢幡の話を要約すると次の様に成る。
援護射撃が遅れたのは、あの小部屋が再度鍵を掛けられたからだった。
鍵が2つあった、つまり隠し鍵があったのだろう。
鍵を掛けられた事を、俺への銃撃後に扉を開けようとした時に成って気が付いた。
それからサイレンサーを用意して鍵を打ち抜きライフルを用意して、とやっていたら時間が掛かってしまったのだ。
鍵の位置の特定に時間が掛かったのも遅くなった要因の1つとなった。
しかしあの時は完全に不意打ちだった様なので、隠れていた事は気付いて無かった筈だ。
それでも鍵を掛け直すとは恐ろしく用心深い性格である。
その上ライフルで撃ち抜いたは良いが、相手は防弾チョッキを着ていたらしく殺す事が出来無いまま隔壁を開けて逃走された。
かなりの出血をさせたが、その後の相手の行動を見ていると致命傷では無い様だったので、寝ていた優希を置いて追撃を行なう。
しかしその際に高山が銃弾を受けて左肩を負傷してしまい、追い討ちを掛ける様に俺を殺したと奴は大声で叫んだらしい。
これにかりんが逆上して深追いへと移行される。
そして再度あの隔壁を下ろされて、優希をそのまま置いていく格好になってしまったのだ。
高山の傷は出血は酷かったものの、止血も終えて命には係わらないものらしい。

続いてその後の奴の追跡について話してくれる。
かなりの重傷を負っているのにその撤退速度は衰えず、追撃するこちらは彼に追い付けなかった。
そして戦闘禁止エリアからは何故か近く成っていたエレベーターホールに辿り着き、そのシャフトから梯子を使って6階へ上がられてしまう。
先に上がられてしまうと打つ手が無くなってしまった高山は、已む無く封鎖された階段の爆破を決断して6階へ上がった。
上がった理由はかりんがどうしてもと主張したのと、彼の優位性を早目に抑えたかった事の2つである。
しかしそこを攻撃されて応戦している間に、また隔壁を用いて分断されて一人となった。
その後階段の方へ向かっていたら奴を見付けたので攻撃をせずに追跡に専念した所、撃たれる俺達を目撃する。
それで奴を牽制で銃撃したらあっさりと撤退したらしい。
此処までが別れてからの内容だった。

しかしあっさりと撤退したのが非常に気に成る。
とうとう回収命令でも出たのだろうか?
いやそれなら、矢幡を何としてでも制圧して優希を回収するか。
問題は高山達との合流と、PDA探知を持つ敵の排除。
当然出来るものなら敵の排除を優先したいが、さてどうするか?

「そうだ、先に聞いておこう。PDA、要るか?」

この問いに即答しないのは、流石矢幡だ。
暫く考え込んでから答えを出す。

「いえ、今は止めておきます。壊さないように御願いします、早鞍さん」

「へいへい。それじゃこれからについてだが、何か案はあるかい?」

「高山さんと合流したい所ですが、彼が何処に居るのか皆目検討が付かない現状では、難しいでしょうね。
 出来ればあの襲撃者の脅威を取り除きたいですが、これも難しい問題です」

内容は俺の思考と同じ様だ。
問題点ばかりが挙がるが解決策は出ない。
確かにあの装備とPDAは厄介この上無いのが困りものだ。
出来ればPDAだけでも手放せられれば追撃の可能性は大分減るのだが。
俺が黙考していると、矢幡は躊躇いがちに尋ねて来る。

「早鞍さんは何故、そんなにまでして優希を助けようとしているのですか?」

そんなにまでと言うのは、先ほどの庇った事だろうか?
特別に意識をしてでは無かったのだが。
こんな答えでは彼女は納得しないのだろうな。
顎に手を当てて答えを考える。
彼女に対しては、何と答えるのが良いのか?

「ん~、あのな、矢幡」

「はい」

「此処で俺が、まあ首輪を外す為でも良い、俺の都合で人を攻撃して怪我させるなり殺すなりしたとしようか。
 それってさ、此処から出て家に帰ってから忘れられるものかな?」

「けれど自分の命が掛かっているのですから、仕方が無いと思います」

彼女の思考の中心はそれなのだろう。
「ゲーム」でも彼女は自分が助かる為に、他者を殺し続けたのだから。

「本当に仕方が無い?安易に相手を排除して楽に成ろうとしているだけじゃない?
 俺にはただ疑心暗鬼で、お互いを攻撃し合う光景しか思い浮かばないよ。
 そしてそれは、此処から出てからも続くだろうな」

「えっ?」

『ゲーム』で総一が言っていた。
他人を排除し続ける人生を、誰も信じない人生を送るのか。
何時までも1人で、騙されない自分は偉いと笑うのか、と。
まあ俺はそう成りつつあった訳だが。
確かにこんな状況なら、流されて互いを疑い自分の為に他人を踏み付けにした方が安全だろう。
それも俺には良く判る。
自分のしたい事をするのが、人間にとって楽なのだから。
ただ自分が気に食わないからで他人を殺したら、兄を殺した奴等と同じでは無いか。
それだけは自身では認められなかった。

「俺は生きるにしろ、死ぬにしろ、殺すにしろ、自分に胸を張っていたい。それだけだよ。
 だから1人は怖いな。自分の都合で何だかんだ言い訳してさ、自分のあり方を変えるのって間違ってる気がする。
 そういう意味では、融通の利かない大馬鹿者なのかも知れないなぁ」

頭を掻きながら答える。
此処で目覚めた時は一部の記憶が無かった所為でこんな事は思いもしなかった。
あまつさえ俺は御剣達を殺して生き延びようと思っていたのだ。
その事に今更ながら寒気を覚える。
人は育ちや環境で変わると言うが、それを実感してしまった。

「早鞍さんは、例え自分が死んでも他人を助けると言うのですか?」

厳しい目で俺を見ながら問い詰める様に聞いて来る。
流石にこの問いには苦笑した。

「ちょっと待ってくれ。俺は聖人君子じゃないぞ?死ぬのは怖いし、痛いのも御免だ。
 ただ、人間咄嗟にする事があるだろ?あれってのは考えるより先に動いているから、どうしようも無いんだよな。
 だから、まあ、余り買い被らないでくれると助かるね」

俺の答えに矢幡は動きを止めている。
つい本心で話してしまったが、拙かっただろうか?
けれどこういう事で誤魔化しつつ話すのは苦手だった。

「私は、間違っていたのかしら…」

いきなりそれを聞かれても普通の人は判らないと思います。
何を、が抜けてるのに、どう答えろと?
とは言うものの、自分を追い詰められても困るから無難に答えておくか。

「何を間違えたと思っているのかは知らないけど、間違えてたなら改めれば良いじゃないか。
 取り返しがつかない事をしたのでなければ、気付いた時に直せば良いと思うよ」

微笑みながら言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
彼女はじっと俺の顔を見詰めていたが、暫くするとふわっと微笑んだ。

「有難う御座います、早鞍さん。貴方と話せて良かったと思います。
 それと、麗佳、で良いですよ。色条や北条は名前で呼んでいるのですから、不自然でもないでしょう?」

「ん、まあ、お前がそれで良いのなら」

名前で呼んで、か。
今気付いたが、彼女は何時の間にか俺を名前で呼んでいるな。
何かあったのだろうか?
此処で矢幡が微笑んでいた顔を引き締めて、問い掛けて来る。

「それで、優希の首輪は外さないのですか?」

「ああっ!そう言えば。外そうとしたら手榴弾投げられたんで、中断してたんだよな」

そうだ、出来る事なら首輪は早く外したい。
優希なので大丈夫だとは思うが、他の者の手前そう悠長な態度は厳禁だろう。
それに俺の精神衛生上にも良くないし。
さてと、外す為に起こすとするか。

「優希。おい、起きろ」

身体を揺さぶって起こしに掛かる。
暫く揺すっているとむずがるかのように身動ぎした後、ゆっくりと目を開けた。

「ふぇ。…お早う御座います~」

眠そうに挨拶をする。
隣の矢幡は呆れた様な溜息を吐くが、これには俺も苦笑してしまう。
さっきまで死に掛ける様な場面だったというのに暢気なものだ。

「お兄ちゃん!大丈夫っ!」

突然優希が大声を上げた。
何の事だろう?

「いや、そりゃ大丈夫だが。どうしたんだ?」

「さっき死に掛けてた人が言う言葉では無いと思います」

冷静な突込みが隣から来た。
そうか、そうだよな。
優希は俺が死んだ、もしくは大怪我を負ったと思ったのか。
俺自身も先ほどまでは死んだと思っていたのだから、当然の反応と言えた。

「ああ、全くの無傷でピンピンしてるぜ?」

両手を広げて大丈夫な事を優希に見せ付ける。
それで彼女も安心したのか、緊張していた身体の力を抜いた。
何か嫌な予感がするが、優希の首輪を外してしまうか。

「さて、優希。お前の首輪を外してしまおうか!」

そういって9番のPDAを取り出して優希に手渡した所で、連続した発砲音が鳴り響いた。



くそぅっ、こんな事だろうと思っていましたよっ。
心の中で愚痴り倒す。
優希の首輪解除を後回しにして、俺達は発砲音のし続ける方向へ走っていた。
この6階で銃撃戦を行なうと成れば、奴と高山達の遭遇戦くらいだろう。
他のプレイヤーが辿り着いている可能性は零ではないが、低いと思われる。
それ故に彼らが危ない可能性を考えて急いでいるのだ。
とはいえ通路の罠も油断出来ない。
走りながらも周囲を警戒して、怪しいものが無いかを注意して居たのが幸いした。

「止まれっ!多分落とし穴だ」

明らかにおかしい床の模様に一瞬で罠を警戒する。
だがあからさまなその模様にも見える筋に疑問が生じた。
これでは如何にも警戒してくれと言っている様なものだ。
しかし高山達に危険が迫っているかも知れないので、此処に留まり続ける訳にもいかない。
2人をその場に留めて俺だけ模様に近付き、周囲にこの罠の起動スイッチが無いかと探すが床には見当たらなかった。
踏み板式や突起系ではなさそうであるし、当然ワイヤー類も見当たらない。
センサーかと思って上を見るが、それらしいものも無い。
なら壁しかないか。
左右の壁を見ると左の壁に一部微妙に色が違う所が目に付いた。
落とし穴の起動スイッチが壁?
確かに良く見ないと判り難いが、これは起動し難いトラップではないだろうか。
6階に辿り着いたものが疲れて壁に手を突いた時に5階に落ちる陰険な罠、と言った所だろう。
疑問は尽きないが時間も無いし、他にらしいものが見当たらないのだから仕方が無い。
分断の可能性があるが、先に俺が通って大丈夫な事を確認しよう。

「矢は、っと麗佳、左の壁に起動用のスイッチがあるみたいだ。
 俺が通って何も起こらないようなら、そのスイッチを触らないようについて来てくれ」

「判ったわ」

麗佳が頷いたのを確認して、まず俺が怪しい床の部分を通り抜ける。
特に何も起こらないし、穿ち過ぎただろうか?
少し悩むが、二人が後をついて渡って来たので銃撃音のした方へと再度走り出した。

銃撃音がしていたのは1つの広い部屋の中からだった。
開けっ放しの扉から中を見た時まず目に入ったのは、奥の障害物に隠れながら銃を放つあの襲撃者である。
それに相対していたのは同じく障害物に隠れながら銃を構えたかりんだった。
果敢にも距離を詰めようとするが、相手の銃撃に阻まれて進めない様だ。
その服は所々破れており、幾箇所か銃弾が掠めたのだろう傷は手当をしないままであった。
こちらもかりんと合流しようと部屋に入るが奴に見付かったのか、こちらにも銃弾が飛んで来て合流を阻まれてしまう。
部屋の中に在った入り口すぐの障害物に隠れてやり過ごす。
しかし奴には弾切れという概念が無いのか?
ばら撒かれ続けるサブマシンガンの弾に嫌気が差して来る。

「かりん、無茶するな!一旦合流しろ!」

俺の叫び声はどうやらかりんの耳まで届いていない様だ。
敵に集中して何とか距離を詰めようとしていた。
その顔は鬼気迫る様で、嫌な予感を感じさせる。

「早鞍さん、何か、部屋の中央がおかしいわ」

かりんに集中していた俺に、麗佳からの疑問が耳に入る。
視線を部屋の中央付近に向けると、なるほど不自然に盛り上がった場所があった。
何かの仕掛けだろうか?
仕掛けたとすると、やはり奴だろうか?
相手を見ると半身を出して片手で銃を撃ちながら、左手にPDAを持って時折そちらを見ている。
PDAを見て何をするのか?
しかもあの大きさに適するものとなると…。
考えている内にかりんが部屋の中央近い障害物まで辿り着いた様だ。
そこからまた距離を縮める為に銃弾の雨の中に身を出そうとタイミングを計っている。
しかしその進むルートだと、あのあやしい場所を通過してしまう。
いや通過するようにさせられているのか?
目の端に奴の歪んだ笑みが見えた。
罠、PDA、遠隔操作…文香の死。
もしや、と思った時には全ての荷物を捨てて飛び出していた。

「早鞍さんっ!」

後ろで麗佳が叫ぶが構っていられない。
あれを至近距離で受ければ、助からないのだ。
奴のPDAには一体幾つのソフトウェアが導入されているんだ?!
銃弾が身体を幾度か掠めるが怯まず進む。
丁度目の前に障害物から身を出したかりんが見えた。
間に合え!
そのまま罠に向かうかりんの腰に横からタックルを仕掛けた。

「ぐぅぁ」

肺から空気が抜けるような音と共に変な声をかりんが漏らす。
そのままダイブして、床に押し倒した。

    ピーーー

電子音が聞こえたと思った直後、俺の聴覚は機能を一時停止した。

予想通りあの盛り上がりは、遠隔操作可能な対人地雷を隠していたものだった。
と言ってもかりんだから騙せたが、麗佳に気付かれている時点で隠していたとは言い難いが。
沢山の金属の破片と爆風が部屋の中を蹂躙したが、幸いかりんには怪我は無いようだ。
右太腿に走る軽い痛みを我慢して立ち上がる。

「かりん、逃げるぞ。早く立てっ!」

地雷の爆発で発生している煙で攻撃は来ないようだが、奴のPDA探知で俺が居る所が狙われる可能性もある。
此処は危険なのだ。

「え…早鞍?あれ?」

呆けているかりんに痺れを切らして、その腕を掴み近くの障害物の裏へと強引に引き摺って行く。
幸い相手からの銃撃は無いまま隠れられた。
しかし復活して来た聴覚には銃撃音が聞こえて来ている。
誰と誰が撃ち合っているんだ?
横を見ると麗佳が物陰に隠れつつ、サブマシンガンで奴と撃ち合っていた。
そうか、援護してくれていたのか。
確かにそうでもしなければ、俺は奴に撃たれて死んでいたかも知れない。
だがこれで奴に近付かれなければ、今はまだ安心出来る。
少し気を抜いた時に太腿の傷がズキリと痛んだ。

「つぅ」

傷は余り深くない様だが、鈍い痛みが襲う。
かりんを助ける為とはいえ、一歩間違えたら死んでいたのかと思うと寒気がした。

「早鞍、お前、死んだんじゃ?」

お互いに座った状態で、かりんが依然呆けたままで聞いて来る。

「おいおい、こんな凛々しい幽霊が居るかよ」

その問いに笑って茶化す。
太腿の痛みできちんと笑えていたかは疑問だが。

「は、はは。早鞍、だ。ははは」

乾いた笑いを上げつつ、その両頬に涙が伝った。
そんな彼女の頭に手を置いて、クシャクシャとかき混ぜる様に撫でてやる。
そうしてやると、かりんは顔を歪めた後、俺に抱きついて来て号泣するのだった。

突如今までの銃撃音とは違う音が響く。
これは刃物が打ち合わされる音か?
腰辺りに抱きついているかりんの頭を撫でつつ物陰から奴の方を確認すると、高山と切り結んでいた。
麗佳も相手が高山と近いので銃口は向けているものの発砲は控えている。
しかし銃が蔓延している現在、接近戦を挑んだという事は奇襲で一気に終えるつもりだったと考えて良いだろう。
それで今も切り結んでいるという事は、相手が近接戦闘にも覚えがあったという事か?
戦闘能力だけなら『ゲーム』内で断突のトップである高山と互角とか、どんな高スペックだよ。
心の中で悪態ついていると、漸く相手は体勢を立て直したようでその持っている得物、日本刀を正眼に構えた。
高山もこれに警戒して止まった為に睨み合いと成る。
奴の構えは堂に入っていた。
剣道、いや剣術を学んでいる者だろうか?
得物も相手が日本刀に対して高山は普通のコンバットナイフ。
こう成るとこの広い部屋ではリーチの違いが痛い。
これが廊下なら多少はマシなのだろうが。

「かりん、すまん。高山が拙いんだ」

未だしがみ付いたままの彼女の肩を揺する。
その言葉を聞いて、かりんはがばっと頭を上げた。
危ないっ、俺の顎が砕け散る所だったぜ!

「高山さんが居るのか?」

「ああ、あそこで対峙しているが、得物が悪い」

親指で対峙中の二人を示すと、かりんも理解したのか立ち上がってくれる。
俺も急いで立ち上がろうとするが、太腿の痛みによろけてしまった。

「ぐ、痛ぅ」

「早鞍っ、怪我してるじゃないか!」

「今、傷に構ってる暇は無い。麗佳…あー、矢幡と合流してくれ!」

確かに痛いがまだましだ。
それに文香が地雷の一撃で致命傷だった事に比べれば、この程度で済んでいるのだから運が良いとも言える。
麗佳と言ってもかりんが判って貰えないといけない。
今まで通りの呼び名の方がすぐに反応出切るだろうと思い途中で言い直した。
かりんはちょっと迷っていたようだが、走って麗佳の所へ向かい始めてくれる。
その途中に自分の荷物を回収するのも忘れていない。
俺も遅れて麗佳の所に到着した。

「無茶ばかりしな…」

「小言は後にしてくれ、高山の撤退の援護をするぞ。
 このままじゃ高山が斬られる!」

俺の言葉に麗佳は小言を中止せざるを得なく成った。

PDAのソフトウェアについて思い出した事がある。
『ゲーム』において探知ソフトの描写があった。
同人版ではリアルタイム更新の様だったが、コンシューマ版では首輪探知は検索型だったのだ。
ルールを見ても今はコンシューマ版を準拠している様なので、探知系は検索による一時的な情報の取得であろう。
あれ?そう言えばEp4で手塚が首輪探知を使っている描写があったが、あれはリアルタイムだった様な?
でもEp1で姫萩が使ったのは検索型だよな?
考えてみれば同じ首輪検知ソフトの描写が違うのは2種類あったって事か?
それとも描写の失敗?
リアルタイム型だと面倒な事となるので、勘弁願いたい。
そうでなければ対処法があるかも知れないのだが。
取り敢えず今回は検索型として対応してみる事にした。
どちらでも結果は同じかも知れないし、駄目なら別の方法を考えれば良い。

思考に沈みながらライフルを構える。
モードはシングル。
狙いは此方から見て左側、高山から遠い方である。
高山から受けたレクチャーを思い出して、ライフルを持つ手を絞った。
今奴は油断しているのかそれとも日本刀を振るのに邪魔だったのか、ライフルやマシンガンは身に付けていない。
後は麗佳の合図で開始だ。

「高山さん、撤退しますっ!」

彼女の良く通る声が部屋に響く。
それと同時に俺は引鉄を引き絞る。
その銃弾は奴の右太腿を綺麗に掠めた。
狙った訳では無いが、俺が先ほど地雷で受けた傷と同じ場所なのが皮肉である。
俺の傷はかりんと優希によって応急手当を受けているが、鈍い痛みは消えていない。
奴は高山が近くに居るので撃って来ないと思っていたのか、動揺を顕わにして近くの物陰に急いで隠れた。
続けて2回引鉄を引くが、どちらも当たらず終いである。

「早くっ!高山さん、こちらへ来て下さいっ!」

今なら高山の追撃で制圧可能かも知れない。
高山もそう考えたのか、追撃に移ろうと構える。
だが用意周到で慎重な奴の事だ、まだ何があるか判ったものではない。
出来ない可能性がある以上は此処で必ず引く様にしたいと伝えていたので、麗佳は必死で高山に声を上げる。
高山も麗佳の必死さに何かを感じてくれたのか、渋々とこちらへ来てくれた。
奴からかなり遅れて当然の如く銃撃がやって来るが、こちらが物陰に隠れる方が早い。
迎撃等の相手はせずに2人共互いの無事を確認している。
そして物陰に座り込んでいた俺を見て、高山の顔が驚愕に歪んだ。

「外原っ、お前…」

「よっ、高山。んじゃ撤退して見せますかね」

高山に片手を上げて挨拶をしてから、皆を片目を瞑りながら促した。



撤退したのは部屋から出て幾つかの曲がり角を曲がった所までだった。
そこで、かりんに相手の様子を見て貰いながらゆっくりと後退を続ける。

「どういう事だ?」

俺の提案に高山は疑問を隠せない様だ。
高山には彼を狙撃して欲しい旨を伝えてある。
但し、ある時を待ってからだ。

「んー?ああ、ちょっとテストをな」

明るく笑いながら、適当に答える。
読みが当たるなら、そろそろなんだが。
そこにかりんの小声が耳に入った。

「早鞍、奴が立ち止まったぞ!」

曲がり角の向こうに今相手が居るのだろう。
その声を聞いて高山を促した。

「頼むぞ高山、奴がPDAを出して操作を始めた所が狙い目だ」

「…判った」

半信半疑なのだろう。
だが奴が予定通り立ち止まったのでライフルを準備して曲がり角に陣取る。
しっかりと狙いをつけたまま、5秒ほどしてから引鉄を引いた。
すぐに俺が通路に飛び出す。
太腿の傷が痛むが、手当ては終わっているので我慢して走る。

「ぅがっぁ」

PDAを見ようとしていたのだろう、その体勢のまま奴は空中にその身を浮かばせていた。
その手の中にあったPDAは奴の手から離れて、同じく空中を泳いでいる。
やった、やっと手放した!
片手でPDAを操作するには、どうしても握力的に支えられていない状態が発生する。
そこに突然衝撃を加えれば手放されるかも知れないと考えたのだ。
これがリアルタイム更新だと相手が操作をする必要性が少なくなる為、面倒だったのだが。
立ち止まったという事はこちらの位置をPDAのソフトを使って確認すると読んだのが正解だった。
PDAはかなり頑丈に作られている筈である。
精密機械にしては、の前提があるが、この茶番で最も重要なアイテムが簡単に壊れていては白けてしまいかねない。
そのためその耐久性は折り紙つきだろうから、叩きつけるのでも無い限り落ちた程度では壊れまい。
一応壊れると困るので、落ちてくるPDAをスライディングキャッチする。

しかし相手は思ったより派手に吹っ飛んでいる様だ。
今もまだ空中を床と水平気味に飛んでいる。
徐々に床へ近付いて、滑りながら着陸した時は撃たれた所から6メートルは飛んでいた。
そのまま止まらずに床を滑っていく。
暫く滑ったと思ったら、奴は後転しつつ華麗に立ち上がった。
何てしぶといんだ。
そろそろ気絶くらいしてくれても良いんじゃないか?

「くそっくそっくそっ。どいつもこいつも邪魔しやがって!
 俺は死ぬ訳にはいかないんだ!金が要るんだ!妹も養わないといけないんだ!
 俺は負けられないんだーっ!」

目を虚ろにして足元をふらつかせながらも、不屈の闘志で立ち上がる。
もう意識は半分飛んでいるのだろう。
此処まで不眠不休で、重傷を負い、追いつ追われつの緊張の連続。
精神も肉体も限界近いと思われる。
それでも此処で奴の為に皆を殺させてやる訳にはいかない。
しかし奴の言葉にかりんが反応した。

「お金、妹…」

皆と一緒に俺の近くまで来ていたのか、奴の姿を見詰めて呆然と呟く。
目を血走らせて、心身をボロボロにしながらも他人を殺そうとするあの姿。
まるでEp2のかりんの様でもある事に、俺も遅まきながら気が付く。
少し前の、彼だけを見て突き進もうとするかりんがその姿と重なった。

「かりん、お前は悪くないっ!俺が保障してやるっ!」

身体を細かく震わせて首を小さく横に振るかりんの手をしっかりと握って叫んだ。
何か良く判らないが、精神が不安定に成っている様であった。

「さく、ら…あたしっ」

泣き始めるかりんには悪いが、今も目の前には銃を持った敵が居る。
此処で敵に同情した所で、奴が和解に応じる気配の無い今は手を緩められない。
かりんの手を握り締めたまま周囲を見ると、廊下を走っている時にあった罠が奴のすぐ後ろにあるのに気付く。

「高山、奴の向こうの左側の壁に少しだけ色の違う所がある。あれを狙って押せないか?」

「…やって見る」

少し考えてから、荷物の中から小型の手斧を取り出した。
斧を投げて狙うのか?
まず常人には不可能な事をやろうとするのを、俺は止めない。
任せたのだから、こちらは次の指示を出すだけだ。

「麗佳、奴の足元辺りを掃射して後退させてくれるか?」

「任せて」

短く返して俺の前に立ち、サブマシンガンを構える。
高山が手斧をサイドスローで投げると同時に麗佳は銃を乱射した。

「ひっ」

足元近くに幾つも着弾されて、奴は反射的に後退する。
その時横の色違いのブロックへ手斧が命中した。
手斧はそのまま弾かれて床に転がる。
本当に当てたよ、この人。
内心非常に驚いた。
そして変化が訪れる。
奴が後退した位置の床がフッと消えたのだ。
そのまま奴は声も無く階下へと落ちていった。

落とし穴に走り寄って行くと、早くも穴は閉まり始めていた。
階下にはやはりベッドというかマットが敷いてあり、落下のショックを和らげている。
マットの上には、一緒に落ちたのであろう手斧と手放したのだろうサブマシンガンも転がっていた。
下に落ちた奴は落下のショックで一時的に目が覚めたのか、さっきまでの酩酊した様な感じが消えている。

「貴様らっ!絶対に許さんぞっ!必ず、殺してやるっ!」

ギラリと睨み付けての低く唸る様な叫びに、女性3名が竦み上がった様に震える。
俺はその穴の淵に立って奴を睨み返し、胸を張って朗々と叫んでやった。

「謹んでお断りさせて頂こう!」

余りにも自信満々そうなおかしな返答に、奴の顔が呆気に取られる。
そのまま落とし穴は閉じるのだった。



経過時間18時間53分。
漸く6階の、それなりに寛げそうな部屋を見つけて一息つく。
彼を落とし穴に落としてからは、周囲の探索を行いつつ休める場所を探していたのだ。
そして幾つかの物資を回収した後にこの部屋を見付けた。
その回収された物資の中には彼が集めたのだろう物もあった。

俺達が見付けた部屋は、元々は警備員室だった様である。
何故かこの部屋は他の部屋に比べて少しは綺麗な状態だった。
物資が纏めて置かれていたし、もしかしたら彼も此処を使っていたのかも知れない。
入ってすぐは10畳ほどの広さの部屋にテレビとその台、そして机とソファーの置かれた部屋である。
テレビ台の横にはホワイトボードが置かれていた。
最初の部屋には入り口の他に、正面に2つ、右横面に1つの扉がある。
右横の扉の方は、6畳部屋に2段ベッドが2つ置かれた寝室だった。
正面の2つの扉はそれぞれ、トイレと洗面所に繋がっている。
洗面所からは風呂場が続いていた。

各自荷物を適当な位置に置いて、それぞれ任意の場所に座る。
皆が一息ついた所で、話を始めた。

「まずする事は、首輪の解除、だな」

俺の言葉に優希以外が頷く。

「優希、お前の解除条件が満たされたんだ。首輪、外せるんだぞ!」

「首輪が…?」

「ああ、だからお前のPDA早く出せって。とっとと外すんだ、こんなもの」

興奮を隠せない様子で詰め寄って行くかりんに、優希は少々引き気味の様だ。
ちなみに高山と麗佳は微笑ましく見守っている。
優希は服のポケットからPDAを取り出して、恐る恐る自分の首輪に差し込んだ。
すると今までPDAから聞いた事のある電子音とは異なる音が鳴り響いた。

    ピロロロ ピロロロ ピロロロ

それと共に首輪の正面より少し横に付いているインジケーターランプが緑色に発光して首輪から音声が発せられる。

    「おめでとうございます!貴方は見事に全員と遭遇し切らずに6階へ到達し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

音声が流れた後、首輪が左右に割れて、ポスンッと首輪が優希の座っているソファーの上に落ちていった。
何度か解除しようとはしたがその度に邪魔の入っていた彼女の首輪は、その小さな手によりやっと解除されたのだ。
当の外した本人は外れた事が信じられないのか呆然としていたが、突然横に座っていたかりんが優希に抱き付いた。

「やったな優希。外れたぞ!これでお前、生き残れるんだ!」

「…かりんちゃん…」

まるで自分の事かそれ以上に喜ぶかりんに、優希は呆然としたままだ。
だがその内かりんの責めに耐えられなく成ったのか、もがき始める。

「痛いよっ、かりんちゃん」

「ああっ、ごめんっ。でも良かった。本当に良かったよ」

優希の訴えに慌てて体を離すが、うっすらと涙ぐみながらもかりんは優希を手を握って喜び続ける。
照れ臭そうにしながらも優希はかりんに微笑み返した。
喜び合う彼女達には悪いが、次がある。

「さて、御喜びの所申し訳無いが、良いかね?」

真剣な表情で問い掛ける俺にかりんと優希は居住まいを正して聞く体勢を取った。

「まず、優希。お前のPDAを机の上へ」

「うんっ」

元気良い返事をして9番のPDAを机に乗せた。
それに続いて一つずつ、俺の持っていた優希以外の全てのPDAを机の上へ順に置いていく。

「高山の2、俺の3、麗佳の8、そしてかりんのキング。
 更に奴の7番」

此処までは良い。
問題無い。

「…そして渚のジャック」

「ジャック!?」

麗佳がこれを見て目を丸くする。
当然だが他の3名も驚きを隠せていない。
俺も数時間前まで失念していたが、1階で優希と同時期に借り受けたまま返していなかったのだ。
この事態に麗佳が興奮した声を上げる。

「ちょっと!ならもっと前に北条の首輪は外せていたのではないの?!」

「いや、それなんだが。渚のPDAを持ったままだって事に気付いたのが、優希のPDAを持っている事に気付いた時なんだよ。
 で、あの時外したら、戦闘禁止エリアに入るのはかりんに成ってただろう?
 それは避けたかったんだ」

俺の説明にかりんが頬を膨らませるが、麗佳には非常に納得して貰えた様だ。

「だがこれなら、高山の2番でJOKERじゃない事を確認しつつ、安全、確実に解除可能だろう?
 何も問題は無い。渚以外には。
 さあ、首輪を解除しろ、かりん」

「え、でも」

「良いから、とっとと外せ。ってお前が優希に言ってたんだぞ。
 心配せずとも、高山も麗佳もいずれ外れるんだ。気にせずに、やれ」

俺については「外す事」は不可能だろうから含めない。
優希の事を出されると断り辛いのか、各PDAを手に取って解除を始めた。
自分のであるKのPDAの解除条件を示した状態で、次々とPDAを首輪に差し込んでいく。
異なるPDAを差し込んでも警告は出ないが、ルールしか知らない者にとっては冷や汗ものだろう。
Kの条件を見ただけだったら5つPDA持った状態で、すぐに自分のPDAを首輪に挿してしまいそうだし、罠というのもおかしい仕様だ。
『ゲーム』をした時も疑問に思っていたが、こうして直面しても不思議に思えて来る。
最後に自分のPDAを首輪に読み込ませようとした所で、かりんが俺に向けて口を開いた。

「早鞍。あたしが首輪を外したからって、下の階に逃がそうとしても無駄だぞ。なあ、矢幡さん」

何処かで聞いたような台詞が出る。
考えないでも無かったが、俺は御剣とは違ってそこは認識しているつもりなのだが。
でもそれが一番安全と言えば安全なんだよな。

「そうね。生駒愛美さんの件がある以上、彼女達が進入禁止になった階下に降りたらいけないのではなくて?」

「あっ、そうか」

逃がす事は考えの1つでしか無かったが、確かに彼女の条件を満たすまでは彼女達を逃がす訳にはいかない。
口をついて出たものを聞き咎めたかりんが口を尖らせて抗議して来る。

「何だよ、やっぱり逃がす気だったのかよ。でもそう上手くはいかないんだからな!」

そして最後のPDAを読み込ませた。

    ピロロロ ピロロロ ピロロロ

    「おめでとうございます!貴方は見事にPDAを5台収集し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

優希の時と同じ様にインジケーターランプが緑色に発光して、機械音声が流れ出る。
そしてすぐに首輪が左右に割れ外れた。

「やったね、かりんちゃん!」

先ほどと立場を変えて、今度は優希がかりんに飛びついて喜びを表した。
これで2つ。
外れた首輪を両方とも回収しておく。
2つに割れたものを1つに組み直して、俺の荷物に捻じ込んだ。
他は何も言わないので、俺がこの首輪を持つ事に関して異論は無いのだろう。
まあ、首輪探知ソフトを敵に手に入れられてしまう場合もあるので、首輪の外れない俺が持つのが無難なのだが。
子供達の首輪が外れた事に達成感を覚え、体を深くソファーに沈めた。

二人が一頻り喜んだ後、次の議題に進む。

「かりん、全てのPDAを机に出してくれ」

「おうっ、これで7台だな」

そう言いながら7台のPDAを机の上に置いた。
その内、2番と8番をそれぞれ高山と麗佳の目の前に移動させる。

「協力、感謝する。お陰で助かった。
 次にキングのPDAは、かりんが引き続き持っててくれ。何かの役に立つかも知れないしな。
 麗佳の為に必要なんだ、壊すなよ?」

「あ、うん…」

目の前に置かれたPDAにそれぞれ手を伸ばす3人。
それを確認してから、残りの4台のPDAを回収する。

「優希、お前のPDAは俺が保管させて貰うが、良いか?」

9番のPDAをひらひらと手先で揺らしながら、一応聞いておく。

「うんっ、良いよ」

満面の笑顔で返してくれる。
自分とかりんの首輪が外れた事で気分が高揚しているのだろう。

「早鞍さん、理由が有るのかしら?」

わざわざ優希のPDAだけを俺が保管する事に疑問が湧いたのか、麗佳が聞いて来る。
今答えると2度手間になるかも知れないが。

「理由が無いと拙いかい?」

そう言えば何かにつけて麗佳は俺に行動の理由を問うて来る。
疑問は解消しないと気が済まない性質なのだろうか?

「いえ、早鞍さんのこれまでの行動では、含みがある行動が多かったので、確認しておきたいだけです」

「あー、そうだな。それは、すまなかった。思わせぶりな行動ばかりして。
 これについては後で理由を話そう。取り敢えずは、現在の情報を整理したい。
 大分状況も変わって来たし、なっ」

そういって勢いを付けて立ち上がり、テレビ横のホワイトボードを前へ引っ張り出してくる。
ボード下部手前にあるペン置き台にはイレーサーが1つとマーカーがそれぞれ、黒2本、赤1本、青1本が置かれていた。
黒の1本を手に取ってボードに試し書きしてみる。
インクは全く掠れもせず、問題無く書ける様だ。
つまりこのゲームの前に交換したという事なのだろう。
運営の細かい気配りに呆れながら、一旦マーカーを置いて皆の方へ振り向いた。

「今回の大きな収穫は、奴のPDAが得られた事だ」

その問題のPDA、待機画面上に<ダイヤの7>が表示されたものを左手に持って見せる。
更に右手で胸ポケットに入れていたルール表を取り出して、麗佳へ渡した。

「すまんが麗佳。これから各解除条件を読むから、紙に書いていってくれるか?」

「解除条件を?」

「そう。こいつにやっと、待望のルールの9番が載っててな。それが全ての首輪の解除条件だったって訳だ」

「なんだとっ」

驚きの声と共に高山が席を立つ。
他の者も驚きを隠せないで居た。

「まあ、落ち着け。なっ?
 では読み上げるぞ」

高山が座ったのを確認してから、ゆっくりと読み上げていく。
各解除条件は以下の通りだった。


    A:クイーンのPDAの所有者を殺害する。手段は問わない。
    2:JOKERのPDAの破壊。またPDAの特殊効果で半径で1メートル以内ではJOKERの偽装機能は無効化されて初期化される。
    3:3名以上の殺害。首輪の作動によるものは含まない。
    4:他のプレイヤーの首輪を3つ取得する。手段を問わない。首を切り取っても良いし、解除の条件を満たして外すのを待っても良い。
    5:開始から12時間経過以降に、開始から48時間経過までに全員のプレイヤーと遭遇する。死亡者は免除する。
    6:JOKERの機能が10回以上使用されている。自分でやる必要は無い。近くで行なわれる必要も無い。
    7:残りプレイヤーを5名以下にする。手段は問わない。自分で殺す必要も無い。またこのPDAには最初から「Tool:PlayerCounter」が導入されている。
    8:自分のPDAの半径5メートル以内でPDAを正確に5台破壊する。手段は問わない。6つ以上破壊した場合には首輪が作動して死ぬ。
    9:自分以外のプレイヤー全員と遭遇する前に、6階に到達する。未遭遇者が1人でも居れば解除は可能。死亡者に対しては未遭遇扱いとする。
    10:5個の首輪が作動しており、5個目の作動が2日と23時間の時点よりも前に起こっていること。
    J:「ゲーム」の開始から24時間以上行動を共にした人間が2日と23時間時点で生存している。
    Q:2日と23時間の生存。
    K:PDAを5台以上収集する。手段は問わない。


『ゲーム』との相違があるのは、5から7番と9番の4つのようだ。
様変わりした部分は再度解除可能か、そして全員がどう生き残るのかを考え直す必要性がある。

「危険なのは、エース、3、7、10、と言った所か」

「3番って、早鞍が危険な訳ないじゃないかっ!」

冷静に高山が分析するが、これにかりんが食って掛かった。
高山も言い方を間違ったと思ったのか、両手を挙げて苦笑する。
気持ちは嬉しいのだが、論点が違う。

「かりん、落ち着け。高山は解除条件のみを考慮しているだけだ。
 会ってない残り一人にもこのルール9が載っていた場合、必然的にそいつは3番を警戒するだろうって事だろ」

「うっ、そうか…。御免なさい、高山さん」

「いや、構わない」

年長組が冷静な面々で、本当に助かる。
黒マーカーを手に取り、ホワイトボードにPDA番号と現在知っている人物は名前も併記して書き込んでいく。
此処で1回だけPDA検索を実行した。
画面右上のバッテリーメーターが数ドット目減りするのが判る。
これだけしか減らないのか?
『ゲーム』で姫萩が使用した時は確か目に見えて減ったとしか記述が無かったが、これで極大の消費なのか?
日々の消費量が判らないので判断が付き難い。
暫くすると検索中の画面が終わり、地図画面へと切り替わる。
その地図上には幾つかの光点が追加で表示されていた。

「現状俺たち5人が6階。7番の奴は多分だがまだ5階だろう。
 残りは5階にも到達していない。4階に2名と3階に2名。まだ1階に留まっているのが2名のようだ」

7番のPDAの画面を見ながら、ホワイトボードにそれぞれ記入していく。
1階の2名はまだ階段に辿り着くには時間が掛かりそうだ。
こんな時間まで何をしているのか。

「何で判るの?」

優希が首を傾げて疑問をぶつけて来る。
そういえば戦闘禁止エリア付近の作戦会議では、ウトウトとしていたっけか。
その後も優希にはこの機能について明言した覚えも無かった。

「このPDAにはな、全てのPDAの位置を表示する機能があるんだ。
 凄いぞ。他にも色々機能が追加されている」

「ドアコントローラーはPDAの機能なの?」

麗佳も気になっていたのか、重要な部分を真っ先に聞いて来た。
確かにこの機能がPDAに寄らないとなれば、7番の男は今もこの能力を保持し続けている可能性があるのだ。
しかしそれは杞憂に終わる。

「そうだ、このPDAに備わっている機能だ」

そういって、この部屋の出入り口の扉を開閉して見せた。
ただ、PDA上の小さな地図を触って操作しなければ成らない為、咄嗟にするのは難しそうだ。
考えてみればあの7番を落とし穴に落とす事も、これを使えば出来た筈である。

「で、他にもプレイヤーカウンターが、これは最初からみたいだが、入っている。
 それに寄ると、現在残りプレイヤーは13名。全員生存している事に成るな」

「良かったー。なら愛美さん達はまだ無事なんだな?」

ほっと胸を撫で下ろすかりんに頷きを返す。
バッテリーの心配があるので、7番のPDAは電源を切って待機画面に変更済みだ。
7番のバッテリー残量表示は、既に3割程度まで減っている。
丸1日経たずにこれでは、3日目までに切れてしまいかねない。
しかし先ほどの検索時の目減りからすれば、此処まで減るのに何十回検索を実行したのだろうか?
疑問はあるが、一先ずPDAの件は措いて話を進めよう。

「今後の行動指針だが、予定通り俺は愛美を探す。
 その際に、未遭遇の者や御剣達と合流出来ればしておく。
 それで俺以外だが、5階に製作中だった拠点に残って貰いたい」

「待てって、早鞍。それじゃ愛美さんが」

「愛美については拠点まで連れて来れば良い。
 最良の手段は俺達が全員で階下に降りて行く事だが、高山達に無理強いは出来ないだろ?」

「それなんだがな、外原」

かりんの反論に高山をダシにしたのだが、その高山が口を挟む。

「俺はお前達について行っても良い。特に5番の時間制限は、本気で拙いだろう」

「そうね。私も愛美さんを助けるなら、皆で降りる方が良いと思うわ」

高山の意見に麗佳が続く。
しかし高山は自分の首輪の解除しか興味が無いのではなかったか?
訝しげに見ていると、察したのか高山はゆっくりと話し出す。

「良く考えてみたらだな。一番俺が問題にするべきは、JOKERが壊れずに階下に残ってしまう事だったんだ。
 進入禁止に呑まれて死んだ人間が出ると、そいつがJOKERを持っていた場合、非常に拙い。
 壊れたかどうかも確認出来ない状況は、望ましくない。
 それに」

珍しく長々と話す高山だが、言っている事は正論だ。
言葉を切られたが、次の言葉を静かに待つ。

「北条達の首輪が外れたのを見て、欲が出た。早く外してしまいたい、とな」

高山は自嘲気味に小さく笑った。
成程、自分も早く解放されたいという欲求なら理解出来る。
そして更に追い討ちの様な言葉が続いた。

「どちらにせよ、枷の外れた子供達を俺では止められんぞ」

かりんと優希の事を出されるとは思っていなかった。
確かに勝手について来そうだ。
特にかりんの方は、最近何かと俺に危険な事を避ける様にと五月蝿い気がする。

「判った、判ったよ。
 では今後の方針として、皆で階下の連中に遭って各々の首輪を外していく。で、良いな?」

皆を、特にかりんと優希を危険に巻き込みたく無かったのだが、他者の解除条件が枷になるとは皮肉である。
『ゲーム』との「違い」の部分も無視出来なくなっていると言う事か。

「それじゃ、今日はもう寝よう。明日もきつい道程になるだろうから、ゆっくり休めよ」

皆を促す。
女性3名は隣の寝室にあるベッドを使用して貰う。
俺と高山は隣の余った1つのベッドから布団だけ引っ張り出して、そのままソファーに寝る事にした。
これでやっと1日目が終わる。
そんな俺の思惑は外れ、今日が終わるまでにもう一幕が待っていたのだった。



寝る前にお風呂に入りたいなどと女性陣が我侭を言い始めたのだ。
俺も綺麗好きの日本人だからして、この埃塗れの建物内を徘徊して汚れ切った身体を洗いたい。
しかし明日も早くしたいので早々に寝てしまいたいのだが、此処で反対しても後々が面倒に成りそうだった。

「判った、もう好きにしてくれー」

ソファーに背を預けてだらけながら、投げ槍に答える。
そろそろ俺の真面目回路にもガタが出始めていた。

風呂場からは可愛らしいはしゃぎ声が聞こえる。
今女性3人が風呂場に入っているのだが、あそこはそんなに広いのだろうか?
存在しか確認していないため中の間取りなどは知らないが、3人入ってその上はしゃげるのなら広いのだろう。
世間一般で見ても可愛いと言える容姿をしている3人の風呂に入っている声を聞いて、良からぬ妄想が頭を過ぎる。
ああ、いかんいかん、これじゃただのエロオヤジだ。
ちらりと斜め前に座ってインスタントコーヒーを啜る高山を見れば、平静そのものである。
こいつには性欲は無いのか?
疑問には思うが、有ったら有ったで困った事に成りかねない。
いや有るのだろうが、漆山の様に節操が無い訳では無いと言う事で有るのでして。
あー、思考が支離滅裂に成って来た。

「どうした?外原」

ソファーの上で悶えていたのを見咎めたのだろう。
苦笑をして誤魔化しておく。

「はははっ、いや色々悩み事があってな」

嘘ではない。
若さ故の悩み事って奴である。
色々悩み事、と言うより色な悩み事ってか。
…ちょっと自己嫌悪。
そう言えば高山とゆっくり話す機会も今まで無かったか。
丁度あっちから声を掛けて来た事だし良い機会だ。
真剣な表情で高山に頭を下げる。

「高山、まずは礼を言っとくよ。色々と、有難うな。
 それと、やっぱり素人だった。迷惑掛けてすまなかったな」

「いや、俺の方にも利はあった」

カップに口を付けながら静かに返して来る。
その様子に気休めなどでは無い事は理解出来た。
けれど彼にどんな利があったのだろうか?
首輪が外れた事についてだろうか?
『ゲーム』内でも最初の首輪が外れた時は皆が安堵をしていたし。

「けど、無事2人の首輪が外せたのはお前のお陰だ。本当に有難う」

俺の言葉に肩を竦めて答える。
礼を言われ慣れてないのか、その顔は無表情ながら照れている様でもあった。

「明日からも迷惑掛けるかも知れないが、宜しく頼む」

再度頭を下げながら御願いをする。
それに対してコーヒーカップを静かに置いて話し出した。

「正直、お前と組むのは不安だった」

うっ、やはりそうなのか。
『ゲーム』内でも序盤に素人と行動を共にする事を嫌った男だ。
同人版の例があったので今まで疑問に思わなかったが、何故麗佳と一緒に居たのかも気になる。
その上、外見優男の俺じゃ余計に頼りないよな。

「あの解除条件にも係わらず、子供達と行動を共にするお前を見て、少し興味があった。
 だが、何時でも切り捨てるつもりではあったのだがな」

「冷静な判断で。まあ、間違ってはいないよ」

「ああ。だが奴の反則的な優位に対し、俺は何も手が出なかった時だ。
 それを逆転するだけの機転を見た時にお前に賭ける事にしたのだ。
 それも直ぐに潰えたと思ったが…無事で何よりだ」

褒めちぎりですよ奥さんっ!って誰やねん。
何か高山に褒められているが、これは『ゲーム』の知識のお陰である。
しかしそれを言う訳にもいかないし、どうしたものか。

「まっ、明日からはこのPDAはこっちにあるし、少しは楽になるかなー」

7番のPDAを振りながら、努めて明るく振舞う。

「後はJOKERを得られれば、状況は良くなるし、言う事無いな」

この言葉に高山は静かに頷いた。

暫くして女性達が風呂から上がって来る。
身体はさっぱりしても服の替えが無いので結局汚れるのだが、綺麗にしたい気持ちは解らないでもないので突込みは入れない。

「痛たた、皆酷いよっ」

「余計な無茶ばかりするからよ。自業自得だわ」

身体中の傷が湯で沁みたのかそれとも何かされたのか、痛がるかりんに麗佳が冷たく返す。
考えてみれば、現在無傷なのは麗佳だけだ。
高山もかりんも全身の至る所に銃弾が掠めたのだろう傷が見える。
更に高山の方は左肩に銃撃痕、多分戦闘禁止エリア前で受けたものが見られた。
優希は手塚から受けた右上腕部の切り傷だけ。
俺はさっきの地雷による右大腿部にある傷以外は掠り傷と打撲傷だけだ。
この大腿部の傷も深いものではなく、今晩寝れば痛みも和らぐと思われる。
それでも皆五体満足で居られているのだ。
あの激戦の中で幸運と言うべきだった。
特に俺は何度死に掛けてるんだろう?
ちょっと自重しないとな。

「満足したか?それじゃ皆、明日に備えて寝ようか」

俺の言葉に皆が返事を返し、寝る準備に入る。
女性陣が寝たのを確認してから、俺達もソファーで眠りについたのだった。



[4919] 挿入話3 「彷徨」
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2008/12/20 20:05

今回の「ゲーム」はトラブル続きである。
「ゲーム」進行の総責任者であるディーラーは開始前から起こり続けているトラブルに、何度も頭を悩ませていた。
そしてまた彼の元に1つのドラブルが舞い込んで来る。

「キングがまだ寝たままだとっ!」

先ほどまで目玉であるAの少年達とイレギュラーの邂逅を固唾を呑んで見守っていたディーラーが、その報告に叫びを上げる。
既に3時間を過ぎている中でまだ目覚めても居ないプレイヤーが居る。
それは現状を理解する時間が減る事でプレイヤーの立場を著しく悪化させてしまう。
Kの少女は一番では無いにしろ、それなりの背景を持つ注目のプレイヤーの1人だ。
その為彼女にベットしている客も当然それなりに居る。
このまま彼女を不利な状態にしては、客の不興を買うのは判り切っていた。
その為には彼女に救済措置が必要となる。
彼女にはお金の為に戦って貰いたいので武器が良い。
だがまだ戦闘禁止の6時間以内である。
それ成りの武器ではあるが、すぐに使えないもの。
そう言えば近くに2番が居た。
彼は契約を重視する傭兵だ。
彼と彼女を早期に出会わせれば、彼女も戦い易く成るだろう。
それならば彼にだけ使える武器を用意すれば良い。
彼のPDAにはルール8があるから安全だろう。
ディーラーは高速で思考を巡らして、1つの決定を下した。

「キングの近くに大口径の拳銃を配置しろ!」

マイクに向かって指示を出す。
通信先は配置担当の責任者に繋がっている筈だ。
配置は正常に行なわれた。
しかし2番がKと出会う前にイレギュラーが彼女と接触してしまったのだ。
これもまた彼等の誤算だった。





挿入話3 「彷徨」



3番のPDA「3名の殺害」を解除条件に持つ青年と別れた彼女は、階段へ向けて歩を進めていた。
彼に言った館内を迷っていたと言うのは嘘である。
彼女は出来るだけ序盤で他のプレイヤーと遭遇しておきたかったのだ。
自分の解除条件であるJOKERが欲しいのもある。
それ以上に死者を少なくしたかった。
こんな「ゲーム」など無くしてしまいたい。
そしてこの「ゲーム」による被害者を少なくしたい。
だからこそ彼女は汚れ仕事を引き受けているのだ。

そんな彼女が再び他者と出会えたのは、経過時間が9時間を過ぎた頃である。
出会った彼女達は見た目に害の無さそうな、ほんわかした雰囲気を周りに振り撒いていた。
彼女を見付けても彼女達は怯える事も無くただ近付くのをボーっと見ているだけである。

「こ~んに~ちは~」

第一声はフリルが沢山付いた服を着た女性だった。

「こんにちは、と言うよりこんばんは、かしら。初めまして、あたしは陸島文香。
 良かったわー。本当に誰も居ないんじゃ無いかと思うくらい、出会えないんだもの」

苦笑を交えて話す彼女に、2人共何の事か判らないと言う様に首を傾げる。
これには文香もおかしいと感じたのか、ちょっと焦って話を続けた。

「えっと、2人共現状判ってる?取り敢えずは上に上がらないといけないんだけど。
 それ以外にもそれぞれの解除条件を満たして、首輪を外さないといけないのよ?」

「あ~、そうでしたね~」

「そう言えば忘れてましたね。渚さんのお話が楽しかったから、つい」

2人はにこやかな笑顔でとんでもない事を言い出す。
全く危機感が無いその態度に文香は疼き出した頭を親指と人差し指で押さえた。
しかしそれなら自分が出会った意味は大きいと気を取り直す。
彼女はこの2人を引っ張って上に上がる事をまず目標にするのだった。

2人の名前とPDAは簡単に明かされた。
フリルの付いた服を着た女性は、綺堂渚。
普通の服装を着た少し若い女性は、生駒愛美。
愛美の方は疑いも無くPDAすら文香に手渡してしまう。
やはり危機感は皆無の様だ。
更に渚の方はPDAを持っていなかった。
文香が話を聞く所によると、愛美の登場の騒ぎの中でPDAを外原早鞍と言う人間に渡したままらしい。

この事態は渚に取っても失策であった。
あのPDAが無ければ運営との連絡も取れないのだ。
指令の為に早く目玉の御剣と合流しなければと焦っていた。
焦っていただけでPDAを忘れるのもおかしな話だが、気付いた時には既に外原と離れていたのである。
優希のPDAもさり気無く持って行っている事から、渚は彼がこの「ゲーム」について熟知している可能性を考えた。
もしかするとあの反「組織」勢力である「エース」の工作員かも知れない。
だがそれを報告する為に必要なPDAは彼に盗られている。
他の人間のPDAでは「組織」との通信には使えない為、愛美のPDAには手を出す必要性が無い。
どうにも手詰まりに成っていたのだった。

一方愛美にとっては頼りに成りそうな女性の同行者が増えた事は喜ばしい事だった。
この薄暗く不気味な感じのする建物内で渚の存在は彼女を精神的に支えてはいたが、それでも不安だったのである。
文香の見た目にもしっかりとした様な雰囲気は、不思議な安心感を齎した。
その為愛美は文香を全面的に信用したのだ。

その後3人は楽しく話をしながら階段を目指す。
渚と愛美はPDAの地図をまともに見れなかった為、先導は文香が務めた。

「へえ~、愛美さんはお兄さんが居るんですね~」

「はい。周りの人には勘違いされ易いですが、本当は優しい兄なんですよ」

いとおし気な笑顔で話す彼女は、本当に兄が大切そうだ。
だから渚は彼女を上に上げなければ成らない。
それも1つの使命であったのだ。

「でもこんな所につれて来られちゃって、お兄さんも心配しているでしょうね」

「そうですね。でも兄も時々何も言わずに4、5日くらい家に帰らなくなったりしますから、お相子でしょうか?」

文香の問いに愛美はくすくすと笑って返す。
本当は凄く心配するのだろうが、今彼女達に言っても仕方が無いので愛美は明るく返したのだ。
それに兄が半年か一年に1回くらい数日ほど姿を消すのは本当である。
3年前からの奇癖であり毎回大小の怪我をして帰って来るが、何をしていたのかは頑として答えてくれないので諦めていた。
それでもきちんと帰って来てくれているのだから。

「やんちゃなお兄さんの様ね?そういう人はしっかりと躾けなきゃ駄目だと思うわ」

文香が軽い調子で言うが、愛美は曖昧な笑みを返すだけだった。

そうして彼女達が談笑を交わしている時、突然断続的に鳴り響く音が聞こえて来る。
丁度PDAの確認がしたいと言った文香の方へ愛美が寄って行った直後であった。
音の直後に渚と愛美の間の床に火花が散る。

「愛美ちゃんっ!」

文香は急いで愛美の身体を引き寄せる。
先ほど聞こえた音は彼女にとっては馴染みのある音、銃撃音であった。
その後も続く銃撃音と床に散る火花に、2人は追われる様に移動するしかない。
立ち止まればその銃弾を身体に受けて死ぬのだから。

(情報と違う?)

これまでの「ゲーム」のデータを纏めた情報によると、1階に銃器は無い筈である。
特例で持たされた例が全く無かった訳では無いが、それでもそうそう特例が発生するとは思えない。
周囲を見渡しても、遠くへと逃げる渚以外の人影はおろか銃口すら見えない状況に困惑が増す。

「愛美さん、もう少し行けば2階への階段があるわ。そのまま2階に逃げましょう」

片手に持ったままだったPDAの画面を見ながら提案する文香に、恐怖で文香について行く事しか出来ない愛美は答える事が出来ない。
その様子を横目で確認すると、愛美の手をしっかりと握り締める。
そして未だやって来る銃撃から身を翻して走り出すのだった。

銃撃は渚の目の前に着弾した後、彼女をも追い立てた。
この事態に身体は瞬時に対応して着弾点から離れる様に後退する。

(PDAを盗られる様な駄目なゲームマスターは切られたって事?)

嫌な予想が脳裏を過ぎるが、やはり答えは与えられないままである。
結局彼女は追い立てられるままに迷路の奥深くまで行かざるを得なかったのだ。
彼女には確認する術は無いが、この時の経過時間は10時間過ぎ。
丁度愛美の解除条件を満たさない時間に調整されたものであった。



文香達は2階に昇ってからはあの銃撃を受けていない。
階段ホールではただ攻撃者が追いついていないだけかと思っていたが、随分先に進んだにも係わらずあれから攻撃を受ける事は無かった。
渚が心配ではあったが、このまま1階へ降りても再度攻撃を受けるだけだと断念する。
彼女には頑張って自力で上がって欲しいと願うしか出来ない。

(あれは「組織」の介入としか思えないわ。それも丁度愛美さんの解除条件に係わる時間にして来た)

文香は運営の意図を読んでいた。
この「ゲーム」が何を目的としているかを知っているので、それが何を意味するのかも判っている。
つまりは愛美が簡単に解除出来てしまうと客を満足させられない為だろう。
そこまで読んだが、彼女には愛美を守る事以外に出来る事が無かった。

「文香さん、大丈夫ですか?」

「ええ、心配有難う」

不安そうに尋ねて来る愛美に文香は笑顔で軽く返す。
愛美も逃げ続けていた時は怯え切りすぐに上がっていた息も、あれから時間の経っている今は落ち着いていた。
いざと言う時に全く役に立たない事は今回で良く判る。
それが文香には不思議であった。
「ゲーム」をエキサイティングにする為には、ここぞと言う時に思い切りの効く人物の方が盛り上がり易い。
逆にこの様に萎縮するだけの人物では見世物としては詰まらない事甚だしいのだ。

(人選ミス?)

「組織」に限ってそれは無いだろう事柄である。
大体この「ゲーム」には数ヶ月に及ぶ準備期間があるのだから。
慎重に移動を続ける彼女達は途中の部屋も一応探してみていた。
その中で彼女達は物騒な物を見付けてしまう。

「文香さん、これは…」

「コンバットナイフね。こんな危険な物もあるのね」

文香は白々しく呟く。
彼女にはこんなナイフだけではなく、銃はおろかサブマシンガンやライフル、手榴弾まである事を知ってはいる。
しかしそれを今話しても愛美を怯えさせるだけだ。

「これはあたしが持っておくわね。良いかしら?愛美さん」

「あ…はい…」

少しは事の重大性が判って来たのだろうか。
その返事は力が無かったのだった。



彼がこの建物内で起きた後、机の上にあった小さな機械を見付けはした。
だがもう定年も間近の碌にパソコンも触った事の無い彼には、その機械については何も判らない。
ただこれ以外手掛かりが無い為持って来たは良いものの、時折電子音を鳴り響かせるその機械に辟易していた。
その彼、葉月克己が有利だったのは、彼が2階への階段近くに初期配置されていた事だろうか。
だがそれは同時に不幸な事でもあった。
誰にも会わずに彼は6時間以内に2階へ上がってしまったのだ。
途中で6時間経過や戦闘禁止エリアの前に立った事によりPDAからの警告音を聞いていたが、PDAを操作出来ない彼には事態がさっぱり判らない。
どちらも画面に出ていた1ページ目だけを読んだだけである。
しかしそれでも戦闘禁止エリアと言う一文に安心して、彼はそこに立ち寄った。
その時は開始してからまだ7時間しか経っていなかったが、異常な状況で精神が張り詰めて居たのかソファーで座ったまま寝てしまったのであった。

起きた拍子に、PDAに手が当たったのだろう。
元々表示されていた<クラブの4>ではなく、様々な数字や文字が並んだものが葉月の目に入った。
「解除条件」目が吸い寄せられて、無意識にそこへと指をやる。
その時ピッという電子音と共に画面が切り替わり、小さな文字が並んだ。

    「他のプレイヤーの首輪を3つ取得する。手段を問わない。首を切り取っても良いし、解………」

画面一杯に並ぶ文字に葉月は目を見開く。

(首を…切り取る、だって?!)

その後の文章を見ればその必要は無いのが判るのだが、彼はショックでその時には考えが及んでいなかった。
そんな馬鹿なとは思うが、この非常識なほどに大きな建物や首輪などの仕掛けを見ると冗談にも思えない。
彼の不幸はこれまでに協力的な人物と出会えなかった事であろう。
そんな彼にやっと幸運が舞い降りる。
彼が自分のPDAに書かれてあるルールを見る前に、この部屋に他者が来たのだった。

カチャリと扉が開き、外から2人の女性が入って来た。

「あら?先客が居るわね。こんばんは、あたし達も失礼させて頂くわね」

にこやかに笑って挨拶をするが、文香の内心は非常に警戒をしていた。
相手は首輪をしているから大丈夫だろうとは思っていたが、逆にルールを知らない者がいきなり攻撃して首輪を作動させるかも知れない。
一度も見た事の無い彼にその危険を考えたのだ。

「き、君達は何者、かね?」

いきなり部屋に入って来た人物に警戒をする葉月。
その彼に文香はまず自己紹介を行なった。

「初めまして、あたしは陸島文香。こちらの女性は生駒愛美さんよ。
 あたし達も此処にいきなり連れて来られて困っていたの。
 ちょっとお話良いかしら?」

「あ、ああ。どうぞ…」

文香の言葉に葉月は敵意が無いと思い、躊躇いがちにだが頷いた。
男の了承を得て対面のソファーへと座った2人は、やっと一息をつく。
渚と別れてからずっと緊張しっ放しの歩き通しで、2人共疲れていたのだ。
逆に葉月の方は2人の女性がどんな人間なのかが判らないのでオロオロとしていた。
一応危害を加えてくる気配は無い様だが、どんな目的があるのかが気になる。

「…それで僕に、何の用があるのかね?」

「あら?あたし達は戦闘禁止エリアがあったから入っただけ。
 フフ、おじ様もそうなのでしょう?でも、偶然だとしても人に会えて良かったわ。
 それで、おじ様の名前を教えて頂けると嬉しいのだけれど?」

文香は彼の態度から多分強制参加者だろうと読む。
全く何も知らないものがこの「ゲーム」に参加させられた場合は、この様に何も判らずに彷徨う事もあるのだ。

「僕は、葉月克己。一体、この建物は何なのかね?」

「御免なさい葉月さん。それはあたし達にも判っていないの」

文香は少し落ち込んだ様子で返答をする。
だが彼女はこの「ゲーム」を良く知っていた。
それでも知っている事そのものを知られる訳にはいかない。
今もこの遣り取りは「組織」に見られているのだ。
そして彼女には重大な使命があるのだから。

「それで葉月さん。ルールは何処まで知っておられますか?」

「ルール、かね?」

そう言えばさっきそんなものを見た様な気がした葉月だが、彼には思い出す事が出来ない。
今PDAの画面を見れば表示されている中に「ルール」タブも在ったのだが、彼がそちらを見る事は無かった。

「ええ、ご存じ無い様ですから、1から述べますね」

文香は数時間前に会った外原と言う男性から教えて貰ったルール表の内容をそらで述べていく。
元々歴代の「ゲーム」のルールは大きく違いは無いので、文香には覚え易かったのだ。
ルールの1から8を述べてから、再度葉月へと話しかける。

「以上の様に成っていまして、首輪が作動するとほぼ確実に死ぬようです。
 ですから首輪が作動しない様に、あたし達は各々の解除条件を満たす必要が有ります。
 出来れば葉月さんの解除条件を教えて頂けないでしょうか?」

「…済まない、それは…出来ない」

荒唐無稽なルールと先ほど見た首を切り取ると言う文章を思い出した葉月は、自分の解除条件を明かせなかった。
彼にはまだ、解除された首輪を使うと言う文言も目に入っていなかったし、考えもしていなかった為である。
葉月の様子に文香も無理に聞くのは拙いと感じて、追求は控えるのだった。

「それで、葉月さんはこれからどうされるのですか?
 あたし達は一旦此処で休んでから、3階を目指す予定ですが」

現在の経過時間は13時間37分である。
1日目の23時37分ともなれば、眠くなっても当たり前であったのだ。
葉月は少し考えてから、文香に聞いてみる。

「僕は、出来れば他人とは争いたくない。その、勝手だとは思うが、一緒に行っても良いだろうか?」

この葉月の申し出は文香には歓迎すべき事であった。
出来るだけ仲間を増やせば、対応出来る事が増えるだろう。
他人を足手纏いだと思う事が無い彼女らしい考えであったと言える。

「ええ、願っても無い事です。これから宜しく御願いしますね、葉月のおじ様」

ニカッと笑って文香は葉月に握手を求めたのだった。



経過時間17時間18分。
戦闘禁止エリアで3時間程度の短い時間睡眠を取った彼女達は葉月と共に3階を目指した。
3階への階段は戦闘禁止エリアから比較的近い場所に存在していたので、昇る事には問題無かったのだ。
3人はその性格の為か意気が合った。
特に戦闘が苦手そうな葉月と愛美はこの状況では似たもの同士なので共感した様だ。
唯一腕に覚えのある文香が先頭に立ち、見難いPDAの地図を見ながら4階への階段を目指す。
1時間程度歩いただろうか。
その時に文香は気付かなかったが、葉月が踏み板式のスイッチを踏んでしまう。
葉月は愛美と楽しく話をしながら歩いていたので大分文香と離れていたのが災いとなった。
その葉月達と文香の間に隔壁が降りて2組を遮断したのだ。

「しまった…」

葉月は自分のミスであると実感していた。
これで危機対処能力が乏しい自分と愛美だけで生き抜かなくては成らないのだ。
静かに隔壁へ手を突くと、葉月は呆然と項垂れたのだった。

もう一方の文香はいきなり降りた隔壁に他者の介入を考えた。
更にタイミングが悪い事に、そこには彼女以外に他の者が居たのだ。

「ケッケッケ、得物が勝手にやって来たぜぇ」

文香の前に通路を塞ぐ様にして立っていたのはチンピラ風の男、手塚であった。



6時間経過時の戦闘禁止解除直後に御剣達を襲ってから、彼はずっと1人で館内を彷徨っていた。
彼としては特に急いではいない。
それと言うのも、こんな状況ではいずれ時を待たずにお互いが争いあうだろう。
自分はその種をばら撒いていけば、この「ゲーム」の参加者どもは自滅していく。
そうすれば時間と共に首輪は作動していくと、彼は考えたのだ。
この2階でプレイヤーカウンターを手に入れていた手塚は、この時はまだ安易に考えていた。
10時間経過頃に3階の奥まった所にあった戦闘禁止エリアで、一度ぐっすりと6時間眠ってから再度行動を開始する。
途中の小部屋にあったプレイヤーカウンターを手に入れた時の様な真新しい段ボールを見付けたので、期待して中を覗いてみると予想外の物が見付かった。
プレイヤーカウンターと共に入っていたコンバットナイフよりも大きな、両刃の長剣である。
鞘を持たないその長剣は、覗き込んだ手塚の顔を映し返すほどに綺麗な刀身をしていた。
その柄を持つと、ずっしりとした重量感を感じる。
刃に指を当てると刃引きしていない鋭さを感じ取り、ゴクリと喉を鳴らした。

(おいおい、これで殺し合えってか?連中は何を考えているんだ?)

手塚にはまだこの建物へと13名を閉じ込めた「組織」の意図を測りかねていた。
怨恨や金銭では無いと思う。
エントランスホールで出会った奴等は、余りにも共通点が無さ過ぎた。
それでも生き残る為には彼は5人に死んで貰わなければ成らない。
口の端を歪めて、彼はこの部屋を後にしたのだった。



目の前に佇む男を見て文香は戦闘体勢を取りながら、彼を観察した。

(彼が手塚?)

外原に聞いた特徴にピッタリと嵌る彼の容姿に緊張が走った。
彼の右手には剥き出しの長剣が握られている。
それはコンバットナイフよりも取り回しは悪いものの、そのリーチと威力は比べ物に成らない。
障害物の無い、この様な廊下では圧倒的に有利な武器であった。
彼にとってこの事態は別に狙っていた訳ではない。
集団が近付いて来る音を聞いたので少し先で待ち伏せしていたら、勝手に分断されてくれたのだ。
それもこちらが少ない方と来た。

「美人の女神様は、俺様に勝てって言ってくれてるみたいだなぁ?」

少しずつ近付いて来る手塚に対して、文香は退がらなかった。
退がれば隔壁を背にする事になり、身動きが取り辛く成るからだ。
後一歩で長剣のリーチに入ると思われたそのタイミングで、それまでゆっくりと動いていた手塚がいきなり大きく踏み出して横振りで切りつける。
縦よりも横の方が素人には避け辛い為であった。
だが文香は彼の構えからこれを読んでおり、踏み込んだ瞬間に前方へ転がり込んだ。

「何っ?!」

突然足元までやって来た文香に手塚は素早く右手の長剣を手放して重量の慣性を最小限に抑えつつ、左手で腰の後ろに挿したコンバットナイフを握る。
逆手で握ったナイフを足元の彼女へと振り下ろすが、文香は連続して前方に転がって手塚の後ろに回り立ち上がった。

「くそがっ!」

彼の失敗はナイフを逆手で握った事だった。
確かに取り出し易かっただろうが、下に居る相手に刺すなり斬るなりする為には逆手では大きく膝を折る必要がある。
またその後に正面に居る相手に対して攻撃するのにも不利だったのだ。
それを彼が攻撃した後に悟り順手に持ち直して立ち上がった時には、文香は既に数十メートル先を走っていた。

「待ちやがれっ、このアマがっ!」

全く反撃して来ない事を馬鹿にされたと感じた手塚は、感情に流されて文香を追うのだった。

文香は手塚の追走から必死になって逃げ続けていた。

(危なかったわ)

今でも背中の冷や汗が服を張り付かせて気持ち悪い。
手塚は運動神経も思考回路も悪くなかった。
逆に一般人に比べればかなり良い方だと思える。
だが如何せん彼は素人であった。
これがプロであったなら、彼女は既に死んでいただろう。
それでも今彼に追われている間は気が抜けない。
せめて拳銃くらいは無いと彼を黙らせる事が出来ないと、文香は考えていた。
それはある意味間違いである。
この思考が「ゲーム」を加速させる元である事など彼女には判っていない。
それは「ゲーム」の見えざる悪意だった。

3階には一応拳銃も置いてある。
手塚も文香もまだ手にしていなかったが、それは確実にあるのだ。
それをまず手に入れたのは手塚の方だった。
ただ追い掛けるだけだった彼は、疲れて近くの部屋に入った。
気分がそうだったから、それだけが理由だったのだが、その彼に用意されたものは一挺の拳銃である。
普通の38口径の通常弾を使用する回転式弾倉のものである。
既に入っている6発の弾の他にも段ボールの中には予備の弾も30発近く入っていた。
新しく手に入れた武器(おもちゃ)を手に取って眺める手塚。

「クックック、こりゃぁ良いや。これで殺せってかぁ?こいつは派手なゲームになりそうだなぁ」

心の底から楽しそうに、手塚は笑い出すのだった。

文香は全速力で廊下を数十分も疾走した事で疲れ果てていた。
考えてみれば、あの隔壁の場所で長剣は捨てているのだから、応戦出来たかも知れない。
それでも男と女の筋力の違いが出るかも知れない。
彼女は壁に手を突いて息を整えながら、とりとめも無く考えてしまう。
暫くしてPDAを出して付近の地図を確認しようとするが、闇雲に走って来た所為で自分の位置を見失っていた。

「参ったわぁ」

本当に困った調子で文香は落胆した。

それから暫く道なりに歩いていると階段ホールに到着した。
階段を見る限り上へ昇る方は瓦礫で封鎖されている様には見えない。
PDAの地図で上に登れる階段の付近を確認して、自分が居る所と今まで歩いて来た通路の形状を比較するとピッタリと一致した。
やっと地図の価値が復帰したと思い、階段ホール内へと足を運ぶ。
彼女には悩みがあった。
此処で昇るか、3階に残るかである。
葉月達と文香が分断された場所は進行中に殆ど地図を見ていた彼女には判っていた。
そこから今文香が居る所までの距離と葉月達が、あの通路を封鎖されてから回り道をして来る距離では3倍以上の差がある。
その上彼女はその殆どを走っていたのだ。
更に葉月達に地図を見ながらこの迷路を歩けるかどうかも怪しかった。
つまり彼等はまだ3階に居ると思われる。
合流するなら3階を探索すべきであるが、闇雲に探しても出会えるかが問題であった。
そんな思考を巡らせていた文香の耳に発砲音が聞こえたと同時に左肩を銃弾が掠める。

「つぅっ!」

完全に彼女は油断していた。
続けて2度発砲音が鳴り、1発が彼女の右足を掠める。
遮蔽物の無い階段ホールでは狙い撃たれるだけなのは判っていたので、一番近い通路である4階への階段へと入った。

「チッ、仕留め損ねたか。狙いが上手くいかねぇな、こりゃぁ」

元々拳銃は遠距離狙撃には向かない。
この距離なら当たればラッキーなのだが、手塚はこれを自分が慣れていない為だと思っていた。
一応今撃った3発を取り替えて、6発をきちんと装填し直す。

「さぁてっと、狩りの時間だぜぇ」

楽しそうな声を上げて4階への階段に足を掛ける。
その時彼のPDAから軽快な音楽が鳴り響いた。

    プップルルップピプピププル~ルルル ズッチャズッチャズッチャズッチャ

今まで出て来たどの音とも違う音楽に手塚は困惑した。

(何だ?何があった?)

何か拙い事でもしたのかと焦りながらPDAの画面を見ると、そこにはかぼちゃ頭に蝋燭を乗せた人形みたいな化け物が映っていた。

「やぁ、ぼくはスミス。手塚くん初めまして。
 今日は良い話を持って来たんだぁ」

耳障りな電子音声が鳴り響く。
手塚はその珍妙な化け物と音楽、そして物言いに顔を歪ませた。

(巫山戯やがって。つまりは遊びって事か?)

手塚はこの一連の出来事が余りにも馬鹿にしていると感じた。
今こちらは殺すか殺されるかのデスゲームの最中である。
それを下らない演出で邪魔されたのだ。
手塚は持っているPDAを睨み付けて次の言葉を待った。

「怖いなぁ手塚くん。そんなに睨まないでよぉ。
 良い話ってのはね。君にあるプレゼントをしようってものなんだ。
 でもタダじゃ無いよ?ある事をクリアすれば良いんだ。
 さぁて…お待ちかねっ「エックストラッゲェーィムッ」。
 内容は簡単さ。上の4階のある一区画に様々な罠を用意したから、それを潜り抜けてゴールである此処まで帰って来る事!
 名付けて「走って潜って回って、ポンッ」だよぉ。
 もし受けるなら、成功報酬として君には様々な武器を与えよう」

スミスの言葉を、手塚はPDAを睨み付けたまま静かに聞いていた。
コミカルに動くPDAの画面などどうでも良い。
その内容が大事であった。
罠と言うのがどれほどのものかは判らない。
だが彼等が自分に武器を持たせたがっているのが何となく理解出来る。
そしてもう1つ。

(奴等、見てやがるのか…)

手塚がPDAを睨み付けた次の言葉が「睨まないでよ」だ。
つまり監視カメラか何かで手塚の、いやそれだけではないだろう。
館内に閉じ込めた者達の様子を見ている。
手塚はそこまで予測した。
しかしその先が判らない。
何故自分に武器を持たせたいのか。
何故自分達をこんな所に閉じ込めて見物をしているのか。

(楽しいから?)

違う気がする。

『少なくとも、この茶番を企画した連中の思い通りは気に入らん』

全域が戦闘禁止の時に会った変な青年の言葉が脳裏に浮かんだ。

(茶番、を、企画、ね)

何かが引っ掛かった。
奴に聞いたら何か答えが出るかもと思うが、今奴が何処に居るのかも判らない。

「どうするのぉ、手塚くん?」

沈黙する手塚にスミスが催促する。
色々と疑問は在ったが今の彼には武器は喉から手が出るほど欲しかった物だ。
だから当然彼はこの提案に乗った。

「良いぜ、やってやる。その代わり、得物は奮発してくんな」

不敵に笑って答えたのだった。



4階に上がった文香は手塚から攻撃を受けていた。
その上何故か罠がその行く手に張り巡らされていたのだ。
これは「組織」も予想外であった。
彼女が3階に降りようと引き返して来たのが誤算だったのだ。
手塚は彼女の出現もエクストラゲームの罠の内だと思い、容赦はしなかった。
彼女がこの4階で防弾チョッキを拾い、着ていなかったら彼女はもう死んでいただろう。
既に胴体には4発、左腕に2発、右腕に1発、左足に2発が当たったり掠めたりしていた。
胴体に当たった弾も傷は深くないが、その衝撃は打撲傷と共に彼女の体力を損耗させる。
途中で彼女はおかしいと思い脇道に逸れて逃げ出した。
それから10分ほど逃げるが、手塚は追って来ない。
彼女の行く手を幾度と無く阻んだ罠も、綺麗さっぱり無くなっていた。
一体何だったのか。
彼女には答えを出せないまま、近くの部屋に入った途端に疲労に耐えかねて崩れる様に眠りに付いたのだった。

彼女がこの「ゲーム」に参加した目的は、館内に様々な工作を行なう事だった。
だが工作は出来れば上層階が良い。
「ゲーム」終盤で番狂わせを行なう為の仕掛けであるのだから、当然の事である。
だから彼女は早く上へと上がってしまいたかったが、彼女のお人好しな性格はそれを許さなかった。
文香が疲労困憊で寝た部屋で起きたのは、経過24時間を大分過ぎた頃である。
早く下に降りて葉月と愛美と合流しなければ成らない。
手塚と言う脅威が彼等に襲い掛かる前に。
彼女は下の階から持って上がっていた食料を少量食べてから、行動を開始した。

一応この部屋にあった真新しい木箱を開けてみた。
するとその中には拳銃と弾薬、そして1つの黒いプラスチックの箱が入っていた。
文香は黒い箱を手に取るとじっくりと眺め見る。
初めて目にするが、情報にあったツールボックスと言うやつだろう。
彼女の所属している組織は「ゲーム」に関して様々な情報を手に入れていたのだ。
ボックスの表面には「Timer/OFF-Limits」と書かれている。

「進入禁止時間の表示?」

役に立つのか立たないのか判らない様なソフトウェアだった。
早速インストールしてみると、時間表示である経過時間・残り時間の下に制限時間が表示させている。
経過時間25時間11分、残り時間47時間49分、そして制限時間は28時間49分とあった。

(進入禁止に成るのが54時間目って事ね)

しかしこれでは今居る階しか判らないのかと落胆した。
どちらにしろ今居る階が重要なのかと気を取り直す。
もう1つ入っていた物品である拳銃を腰のベルトに挿して、彼女はこの部屋を後にした。

彼女が慎重に3階へ降りる階段に近付いた時は誰も居なかった。
そのまま3階へと降りて階段ホールを油断無く見回す。
PDAの地図をもう一度確認して、彼等が移動しそうなルートを予測した。
この3階の進入禁止までの制限時間は4階より9時間程減っている。
あと19時間は大丈夫という事だ。
一番短いルートをまず確認しようと文香は1つの通路へ向けて階段ホールを駆け抜けた。
予想外にも手塚からの攻撃は無い。
彼は何処へ行ったのか彼女は気に成ったが、位置が特定出来ない以上、罠と同様に注意する必要があった。

そうして慎重に進んでいったその道は行き止まりだった。
地図には書いていないが、その通路を塞ぐ壁が存在していたのだ。
誰かが罠を作動させたのだろうか。
文香は仕方が無く引き返した。
既に道に罠が無い事は判っているので、人の気配だけを注意して道を歩く。
体力を温存する為出来るだけ早足には成らない様に注意する。
今の自分には拳銃があった。
だから大抵の相手になら勝って見せると意気込んでいた。
階段ホールに戻った時、今度は駆け抜けずに慎重に歩を進める。
そんな彼女に声が掛けられた。

「文香!」

若い男の声。
葉月ではない。
文香はその声の方向に向けて拳銃を構える。
彼女の目に入ったのは1階で出会った外原早鞍と言う人物であった。

「外原さん、無事、だったのね」

一応声を返す。
だが彼は9番の少女の首輪を外す為にエレベーターを使って6階に昇った筈だ。
此処に1人で、それもアサルトライフルやコンバットナイフを装備して、膨れ上がったバックパックを背負っている。
完全武装の彼に背筋が寒くなった。
手塚どころの話ではない。
身体が震えだしそうに成るのを我慢して彼に問い掛けた。

「…何故貴方が此処に居るの?6階を目指していたのではない?」

「文香、誰に攻撃を受けた?」

外原は彼女の問いに答えずに、文香の様子を見て険しい顔で逆に聞いた。
彼に伝えるべきか迷うが、隠す事でもないかと素直に答えておく。

「手塚、って人だと思うわ。貴方の言っていたチンピラ風の男よ」

文香の言葉を聞いた外原は心底困った様な顔で肩を落とした。
そして顔を上げてから文香に微笑みながら言葉を紡ぐ。

「こっちは順調、とは言えなかったが、目的は一部果たしたぜ」

言葉の後に通路の向こうに何かの合図を送っている。
文香は仲間を呼ばれると思い緊張した。
こんな装備の者が他にも居たら絶対に勝ち目が無い。
引鉄に掛かった指に力が入る。
ドクドクと心臓が押し出す血液が頭に良く響いた。
心臓の音が通路の向こうから出て来た者達を見て更に跳ね上がる。
そこから出て来たのはこちらにアサルトライフルを向ける男女と、首輪の外れた2人の少女だったのだ。

「…随分と増えたのね」

文香は拳銃を降ろしながら、明る目の口調で少し笑うのだった。



[4919] 挿入話4 「約束」
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2008/12/10 20:01

トラブル続きの今回の「ゲーム」の中でも、今目の前に繰り広げられたモノは趣が異なった。
コントロールルーム内のセキュリティ操作担当官がある箇所のスマートガンを起動した時、ターゲットの1人が大きく動いたのだ。
元々はしっかりとした感じの6番を孤立化させ、代わりに5番とジャックを目玉のエースと合流させる予定だった。
そのつもりが引き離す為の攻撃の直前に、5番が6番に近付いたのだ。
攻撃がもう少し早かったら5番自体を打ち抜く事も考えられた、際どいタイミングである。
その所為で銃撃はそのまま行なわれてしまい、また一度開始した以上は止める訳にもいかなく成った。
だからジャックが孤立するのを黙って見ているしかなかったのだ。
その彼女に連絡しようにも、連絡用のPDAはイレギュラーに奪われている。
どうにも手詰まり感が漂うコントロールルームに次のトラブルが舞い込んで来る。

それは観客の不満であった。
最初から強力な武器やソフトウェアを持つ事で有利に準備を進める7番。
それ以外の貧弱さと比べてもこれは不公平である。
また10時間を過ぎても殺しあったのは、戦闘禁止解除直後の10番のもの。
そして7番とイレギュラーの3番によるエレベーターホールのものの2つだけだ。
途中2番の横槍が有ったものの、決着は先延ばしとなっている。
しかも双方共にほぼ無傷で終わっていた。
7番は傷ついたものの依然有利さは失っていない。
大分スロースタートと言って良い状態に、観客は面白いものを用意しろと言って来ている。
しかし今誰かを支援する事も出来ない状況なので、エースの少年にエクストラゲームを提供する事にしたのだ。

「これで観客が静まってくれると良いのだが」

ディーラーの呟きはコントロールルームの誰にも聞かれる事は無かったのだった。





挿入話4 「約束」



エントランスホールで情報交換をしたものの、2人の男性はすぐに席を外した。
今残っているのは男性1人に女性が3名の計4名である。
この4名で今後生き抜かなくては成らないのだが、その為には一番重要な情報を交換する必要があった。

「皆、聞いてくれ。この首輪やルールは多分、本物だと思うんだ。
 もしも本物じゃなかったとしても、今は本物として行動しておいた方が安全だと思う。
 だからまず皆の首輪の解除を優先して行動したい」

唯一の男性である御剣は、此処まで一気に話してから3名の女性を見回した。
全員がきちんと聞いている事を確認して話を続ける。

「その為にはまず皆の解除条件を知る必要があるんだ。出来れば教えて欲しい。
 …それと俺の解除条件は、「クイーンの殺害」なんだ」

自分のPDAの画面<スペードのA>を見せながら語る彼の言葉に、この場の女性達の顔が強張った。
この時姫萩の動きが不自然に止まり顔が青褪めたのだが、渚以外は誰も気付かない。
渚にしてもプレイヤーに配布されたPDAの番号や解除条件を知らされている訳ではないので、内心で首を傾げていた。

「けれど俺には人は殺せない。
 だから俺の首輪については気にしなくて良い。皆の首輪だけを考えてくれ」

「お兄ちゃんはどうするの?!死んじゃったらやだよっ!」

御剣の台詞に優希が反応する。
だがこればかりは彼等にはどうしようもない。
それでも彼には彼女達を安心させる必要があった。
彼の本当の目的の為には、彼女達には頑張って貰わなくては成らない。
生きて帰って貰わないと成らないのだ。

「この解除条件以外にも何か方法があるかも知れない。
 まだ時間はあるんだ。皆の首輪を外していく内に見付かるかも知れないだろ?
 それより皆の首輪の方が問題なんだ。
 解除出来るものなら早目にしておきたい」

「私のは~、ジャックですね~。えっと~、「24時間以上同行した人が、2日と23時間経過時に生きている」事みたいです~」

渚が慣れない手つきでPDAを操作しながら、解除条件を明かした。
それを聞いて優希もPDAを取り出して解除条件を見る。

「えっとね、私はー。「全員と遭遇する前に6階に到達」?」

「何だって?!」

この解除条件に御剣は驚愕した。
それだともう解除条件を満たす事が出来ないのだ。
誰とも会わずに6階、多分此処に来るまでに見た地図でいけば最上階へと到達するのは無茶が有り過ぎる条件である。

「うんっ、そう書いてあるよ」

優希は御剣に嘘では無い事を証明したいかの様にPDAの画面を見せ付ける。
その画面に並ぶ文言をじっくりと見て、御剣は安堵の息を吐いた。

「はぁ、吃驚させるなよ、優希」

「どうしました~?」

「優希の解除条件の「全員と遭遇する前」って言うのが、誰とも会わずにだと思ったんだ。
 だけど解除条件にはちゃんと1人でも未遭遇なら解除可能って書いてあるから、まだ大丈夫なんだよ。
 いやぁ、焦った焦った」

彼は渚に苦笑を漏らしながら説明した。
それに渚も頷きを返す。
少女1人では行き抜くのは難しい。
けれども全員と会えば解除出来なくなる。
渚は自分の所属する「組織」の相変わらずの陰険さに、溜息が漏れそうになった。

「それで、咲実さんの解除条件は何かな?」

御剣に問われてやっと姫萩は我に返った。
しかし彼女は自分のPDAを言えない。
言う訳にはいかなかった。
彼を信用していないから。
それもまだあっただろう。
だが、彼に負担を掛けたくなかった。
自分がそれだと知れば彼は、ずっと苦悩してしまうのではないか。
実際はそんな事は無いのだが、彼女には丁度良い言い訳になったのだ。
1つのPDAを取り出して、姫萩は覚束ない手つきで作業を進める。
表示の為の手順が多い事に御剣はPDAの操作に慣れていない所為だと、彼女を追求をしなかった。

「あの…私のPDAは4で、解除条件は「3つの首輪の取得」です。
 解除後でも良い様ですので、皆さんの首輪が外れるのを、待ちますね」

姫萩は青褪めた顔で呟く。
最初に変更したのは4番である。
不吉な数字なので避けて5番にしたかったのだが、指が震えて間違って押してしまったのだ。
これで1時間は再変更が出来なくなったので、仕方無く解除条件を見てみたら無難なものだったので、これを使う事にした。

(これで良い。これで御剣さんは困らない)

彼女にとっては、この言い訳だけが真実だった。
全員の解除条件から真っ先に考えられる行動、それは当然6階に上がる事である。

「それじゃ、6階に向けて出発しよう」

御剣は立ち上がり、自分の荷物を担いで女性達を促す。
それに異論がある筈も無く、3名は彼に続いて立ち上がったのだった。



手塚は珍妙な台詞を吐いて去って行った青年と別れてから、幾つかの部屋を覗いていた。
未だ6時間の戦闘禁止が掛かっている状況で彼がすべき事は武器の調達である。
だがこの1階には武器らしい武器が置いていないので、当然だが手塚は武器を手に入れられない。
そんな時、真新しい段ボールを見つける。
建物の他のものと明らかに雰囲気が異なる小さな段ボール箱に、最初の部屋でPDAを見つけた様な感覚が蘇った。

(なるほど、連中はこうやって物資を用意してやがるのか。
 『争わせて楽しんでいる』、ねぇ)

慎重に段ボール箱を開けて中身を見た手塚は、しみじみと思う。
中には食料品とリュックサックが入っていた。
丁度腹も減って来ていたので、一部の食料をその場で食べて、それ以外はリュックへと放り込む。
その時、箱の隅に2つの黒い小さな物体と、それの下に折り畳まれた紙切れを見つけた。

(なんだ、こりゃあ?)

変な形の黒いものはその表面に英語だろうアルファベットの文字が彫られていた。
「Tool:Self Pointer」と「Tool:Map Enhance」の2つである。
更に紙切れにはこのツールボックスのインストールについてが書かれてあった。

(PDAの機能強化?便利な機能を追加出来ます?マジにゲームじみて来てんなぁ)

取り敢えず「Tool:Map Enhance」をインストールしてみる。
本当は誰か他の人間のPDAで試したかったのだが、現在同行者が居ないのでは諦めるしかない。
インストール終了後にツールボックスを抜くと、画面は自動的に地図の画面に切り替わる。
そこには今まで見た事の無い、各部屋の説明が付記されていた。

(こりゃぁ、便利だな、おい)

彼はこれ程とは思っていなかった。
すぐにもう1つのソフトウェアもインストールしてみる。
するとまた自動的に地図に切り替わり、そこには1つの矢印に似たマークが追加されていた。
そのマークがあるのは自分が今居るだろう部屋にあったのだ。

(SelfPointerって事は、自分の位置を示すって事だよな?)

周囲を見渡して他に目ぼしい物がもう無い事を確認してから、部屋を出てみる。
その間もPDAの画面を横目で確認していたが、確かにそのマークは自分と同じ様に動いていた。
つまりこれでどれだけ迷っても、自分の位置だけは把握可能になった訳である。

(何だよ、こんなのが13人全員に与えられているのか?だったら最初っから入れて置けよっ)

内心悪態をつくが、便利になったのは事実なので彼はそのまま階段を目指すのであった。

彼が1階の階段ホールに到着した時は誰も見当たらなかった。
少し前に葉月が通ったのだが、丁度擦れ違った形である。
此処で手塚は考えた。
ルール5がある以上全員が上に上がろうとする筈である。
その為には此処を通る可能性が高かった。
だったら此処で待ち伏せすれば、自分の首輪が短時間で外せるかも知れない。

(何だよ何だよ、簡単じゃねぇか。詰まんねぇな、おい)

彼は階段に座り込みながら、口の端を歪めて笑う。
しかし彼の思惑は少し外れてしまった。
経過時間5時間4分。
未だ戦闘禁止である時間に彼等は到着したのだった。

「御剣…か」

階段ホールにがやがやと小煩い話し声を響かせて無警戒でやって来る集団。
その4名は全員エントランスホールで出会った人間であった。
結局外原は彼等とは同行していない様だ。
それとも合流出来なかったのか。
どちらでも今の彼には関係が無い。
彼が気にしていたのは、今はまだ戦闘禁止であると言う事だった。
すぐには無理だが、禁止の解除直後に襲えば、4名を落とせる。
残り1名と成れば楽勝と成るのだ。

(此処は、人の良いお兄さんで居るかね)

手塚は内心ほくそ笑むのだった。

途中の部屋で鉄パイプを拾っていた御剣は、手塚を余り警戒していなかった。
彼の格好や態度は確かに一般的では無いが、それでもこちらにまだ危害は加えて来る様子はない。
何より彼の様な荒事に向いた者が居れば、女性達を守るのにも好都合である。
だから彼が友好的に話し掛けて来た事は彼にとって歓迎すべき事であったのだ。

「よぉ、仲良しの皆さん。館内の旅はどうだった?こっちも収穫無しで困ったもんだよ」

立ち上がってから大仰な身振りで話す手塚に御剣達は近付いていく。
階段を昇りたいのだから当然である。
姫萩や優希は手塚に対して警戒を解かないで、御剣の後ろに隠れて手塚に近付いていた。

「こちらも何も。収穫はこの鉄パイプくらいです。
 それと、俺達はまず6階を目指す事にしました」

優希の解除条件については言わなかった。
何故かは御剣本人にも判らない。
ただ何となくそれは言ってはいけないと感じたのだ。
それでも手塚は彼等とルールを確認しており、その内のルール5を認識していたので彼等の決定を疑問には思わなかった。

「そうか、時間が掛かる解除条件なら、最初から上を目指した方が安全だもんな」

だから手塚は無難な思考で答えたが、これに姫萩が怯える様に反応した。
ただ彼女は一番後ろに居たし、御剣に隠れていたので誰も気付かなかったのだ。

「俺も上には興味があるし、ルールでも上に上がらなきゃ成らないから、途中までは一緒に行こうぜ?」

「途中まで、ですか?」

「おうよっ。俺の解除条件も考えていかなきゃ成らないからな」

手塚の提案に御剣が思案する。
しかし彼の出す結論など最初から決まっていた。

「判りました。一緒に行きましょう」

御剣の言葉に手塚は内心で高笑いを上げていた。

2階の移動は順調であった。
途中にあった部屋に手塚が入っては食料や道具などを拾い集めている。
手塚は皆を心配した感じでまず自分が様子見に部屋に入る様にしていたし、その後もある程度調べてから御剣達を部屋に入れる様に努めていた。
それが幸いし、ある部屋で彼は「Tool:Player Counter」を見付けたのだ。
早速インストールをすると画面は起動直後に戻るだけだったが、上の時間を表示している更に下に生存者数と言う項目が増えていた。
現在の生存者数は13名。
つまりは死者はいないという事である。
逆に手塚にはこれは喜ばしかった。
何処ぞとも知れぬ所で死なれて首輪が発動したかどうかが判らないのが、彼には一番困るのだ。
更にこの箱にはコンバットナイフが入っていた。
彼はそれを懐に隠す様にして回収する。
6時間の戦闘禁止時間は残り10分程度。
この時間にこれを手に入れたのは、ある意味彼にとっては啓示にも思えたのだった

姫萩には疑問があった。
現在手塚を除いて解除条件を教えあったこの状況で、御剣だけが他者への危害を加える必要がある。
それにも拘らず彼は自分の解除条件を措いて、他者の解除を優先しようとしていた。
このセキュリティシステムによる攻撃が大したものではないと判断したのかも知れない。
それとも脅しなのかも。
姫萩はこの人の良さそうな少年が自分を騙そうとしているとは思いたくなかった。
しかし彼女のこれまでの人生はそれを容易く信じさせてくれる様なものではなかったのだ。
両親は居なくなり、親戚達も自分に残った僅かなお金を毟り取った後は厄介者扱いをした。
そうやって虐げられて生きてきた彼女はそれでも他人を信じたかったが、現状でそれを安易には出来ない。
だから彼女は確かめたのだ。
手元にあるJOKERを使って。
そしてエントランスホールで変更してから1時間近くが経過した頃に、Aへと偽装を行なってその解除条件を見たのだ。
そこには彼が言った通りだと思える解除条件が乗っていた。
実際は彼の言った事とは異なるのだが、彼女はそれに気付かない。
彼女はこの時に、御剣か姫萩かの二者択一の生存条件だと思い込んだのだった。

だから彼女は不思議であった。
彼女がそう思ったなら彼もこの条件を見た時にそれは判っていただろう。
だが彼は言った。

『俺には人は殺せない』

本当にそうなのだろうか。
自分が危なくなったら結局その信念など吹き飛ぶのではないか。
姫萩にはそう思えて仕方が無かった。

「どうしたの、咲実さん?」

思考に没頭して歩みが遅くなっていた姫萩へと御剣が歩調を合わせて歩み寄って声を掛ける。
その声に姫萩は吃驚して足を止めた。

「えっ、あ、いえ。何でも無いんです」

慌てて両手を振りながら早口で言う。
その様子に御剣は勘違いをしていた。

(こんな状況で、緊張が続いているのかな?)

何とかしてやりたくも思うが、この状況では悠長にはしていられない。
ルール7の戦闘禁止エリアとやらでもあればゆっくり出来るのだが、と彼が考えた時に彼等のPDAから電子音が鳴り響く。
そしてそれは手塚の待ち望んだ時間がやって来た事を示していた。

    ピー ピー ピー

PDAから鳴る電子音に全員がPDAの画面を覗き込む。
そこには2ページに渡り下記の文言が並んでいた。

    「6時間が経過しました。お待たせ致しました、全域での戦闘禁止の制限が解除されました!」
    「個別に設定された戦闘禁止エリアは現在も変わらず存在しています。参加者の皆様はご注意下さい」

戦闘禁止解除の警告である。
全員がPDAを収めると周囲に緊張感が漂う。

「まだ他の誰とも会って居ないし、それにその誰かが皆攻撃してくる訳でもないさっ」

御剣は気を取り直して、明るい声で希望的観測を述べながら姫萩を元気付けようとする。
その希望はすぐに打ち砕かれた。
先頭に立ってPDAの情報を見て進んでいる手塚は、懐からゆっくりとコンバットナイフを引き抜く。
御剣は最後尾の少し離れた所で姫萩と一緒の様だ。
手塚のすぐ後ろに居るのは渚と優希である。
コンバットナイフの一撃なら、致命傷には成らなくともかなりの打撃を与えられるだろう。
だからまず当てれば良いと手塚は簡単に考えていた。
問題は御剣だが、鉄パイプに注意すれば制圧も簡単だ。
実際に死に物狂いに成った人間はそんなに簡単なものではないのだが、手塚はそれを知らなかった。
そして振り向き様に右手のナイフを横に振る。

「優希ちゃんっ!!」

声と共に少女が左隣に居た女性に腕を無理矢理引っ張られた事で、ナイフはその右上腕部を掠るだけに留まった。
絶妙のタイミングと思われたその攻撃は、普段ポヤーとしている女性の反応で避けられてしまったのだ。

「ちっ、失敗かっ」

空振りと言って良い結果に舌打ちするが、それでもすぐに追撃へと移行しようとする。
しかし反応はその女性の方が早かった。

「優希ちゃんっ、みんなっ、逃げてっ」

優希の左腕をそのまま引っ張りながら渚は御剣達に声を掛けて、そのまま引っ張って走り出す。
大きく空振って体勢を崩した手塚から渚は優希を引き摺ったまま一目散に逃げ出した。

「ちっ、待ちやがれっ!」

失敗したとは思ったが、依然自分の方が圧倒的に有利なのだ。
それに走行速度も自分の方が上であると思っていた。
手塚は冷静に彼等を追い掛ける。
まず排除するのはあのポワポワしたお嬢ちゃんだったかと、そう思ったその時に少し先から女性達の悲鳴が上がった。



優希を助けたのは咄嗟の行為だった。
彼女には他人を助ける義理も無ければ、それを美徳と思えるほどまともな人生は歩んでいない。
だがそれでも咄嗟に身体が動いていた。
右腕を怪我して震え上がりそうな優希の左腕を引っ張って走り続ける。
その前方には姫萩と御剣がまだ事態を認識出来ていないのか呆然としていた。
大分距離が離れていた様で何をしていたのだろうとは思うが、今は手塚から逃げる事が優先である。
いざと成れば、彼等を盾にして逃げ切る事は可能であろう。
もしそれでも駄目なら、足手纏いの優希を切れば良い。
自分1人なら手塚との競争にも負けない自信があった。
渚には隔壁などを操作するなどの最終手段があったのだ。
そんな彼女には無意識に罠を避けながら進む事が出来たのだろうが、腕を引っ張られているだけの優希には罠を避ける余裕は無かった。
カチリ、と言う音と共に彼女達の足元の床が消える。

「きゃあああああぁぁ」

「ひゃあ~~あ~あれ~~」

彼女達は下の階へと落ちて行ったのだ。
それを後ろと言うか、前から見ていた御剣と姫萩はその落とし穴に駆け寄る。

「優希ー!渚さん!」

「優希ちゃんっ!」

叫ぶ2人は、最悪一緒に下の階へと落ちようとも考えたのだ。
しかしその前に落とし穴は閉じていってしまう。
閉じる直前に見たのは、エントランスホールで出会った外原と言う青年の姿であった。

「クック、残念だなぁ。まあ俺にとっても、ちっと残念だけどなっ!」

閉じた床を開こうと御剣が床のスイッチに近付いて行く途中を手塚がナイフを振るって邪魔をする。
そのナイフを避けた時に偶然にも鉄パイプを手塚の足元に突き出す様にしたらしく、手塚の足に棒が絡まった。

「ぐぉ?」

その場で蹲る手塚に好機と見た御剣は、すぐに背を向けて走り出した。
途中で姫萩の手を取って続けて走る。

「咲実さん、逃げるよっ」

「あ、はぃ」

小さな声だが、それでも姫萩の身体は御剣の後を追う様に走り出したのだった。
それを蹲って見届けた手塚は御剣を追おうと立ち上がったが、その消えていく背を見て諦める。
考えを切り替えて足に絡んでいた鉄パイプを左手に持つと、落とし穴の罠に近付いた。

(確か此処らだったか?)

鉄パイプで優希が触ったと思わしき突起物を突いて見た。
当然先ほど開いた範囲から身体を外してからだが。
思った通りに開いた穴の先には大き目のベッドが置いてある。
落下のショックをそれで受け止めるのだろう。
だがその部屋には誰も居なかった。

「ちっ、逃げられてたか。あの女かぁ?トロそうに見えて思ったより頭が回りやがる。
 御剣にも撒かれるし、トコトンついてねぇなぁ」

最後の方は実に楽しそうに言葉を紡ぐ。
実際この建物は中々に趣向を凝らしている様だ。
この罠にしたってそうである。
手塚はまだこの「ゲーム」について、安易に考え過ぎていたのだった。



御剣達は暫く走ってから、近くの部屋に身を隠した。
その倉庫はまだ入った事の無い所で、部屋の真ん中にはまだ開けられていなさそうなダンボールが置いてある。
御剣が中を覗くと、そこにあったのはクロスボウであった。

「くっ」

手に取りたくは無かった。
だが今は彼1人ではなく姫萩も守る必要があったのだ。
箱の中にある矢は12本しかない。
この数で手塚を退けなければ成らないのだ。

(だがこれで攻撃をするのか?誰かを傷つけるのか?)

ダンボールの縁を掴む手に力が入る。
自分だけなら彼は絶対にこの武器を取らなかっただろう。
自分が殺される為に他人を傷つける事など有り得ない。
それなら甘んじて死のう。
彼はそう考える。
だが彼が死ねば次に死ぬのは姫萩だ。
それは認められなかった。
彼女の首輪を外すか、他の頼れる人間に託すまでは彼は死ねないのだ。
その彼の背を見詰めながら、姫萩は先ほどの事で頭が混乱していた。
身体が竦み上がり部屋の壁に背を預けて座る。

(死ぬ?何で、死ななきゃいけないの?)

生まれてこの方良い事なんて無かった彼女には、今の状況は耐え切れない所に達しそうだったのだ。

「くそっ、何で争わなきゃいけないんだっ!」

彼の小声が耳に入った。
本当にその事について怒りを覚えている様な声。
その声に安心してしまう。
彼はまだ狂っては居ないのだと。

「優希を、もう見捨てないんだ。もう失えないんだ…。
 守らなきゃ、いけない」

肩を震わせて葛藤している御剣を見詰めて、その言葉の意味を考える。
見捨てる、失う。
彼に相応しくない言葉にも思える。
しかし彼は大切なものを失ったのだろう。
だからだろうか、彼がこんなにも自分を考えないのは。

『俺の首輪については気にしなくて良い』

それは死を受け入れたと言う事だろうか。
実際に御剣は誰かを助ける為なら死んでも良いと思っていたが、常人である姫萩にはそれが理解出来ないのだ。

「御剣、さん?」

先ほどからダンボールの中を見たまま葛藤している御剣が気になり、姫萩は立ち上がり近寄ってみる。
そしてダンボールの中を覗いた時、彼女も固まった。

「ひっ」

それは純粋な武器、他者を殺傷する為だけの道具。
そんなものがある事が彼女には信じられなかったのだ。
姫萩の小さく短い悲鳴に御剣が我に返った。

「咲実さん…。
 今は手塚を越えて優希達を助けに行かなきゃ成らない。
 だから、御免。俺はこれを使おうと思うんだ…」

「御剣、さん?」

(やはりこの人も危なくなったら、人を傷つけるのだろうか?)

疑念が姫萩の脳裏を過ぎる。
姫萩の恐れには気付かず、御剣は言葉を続けた。

「手塚を退けなければ、助けに行く事も出来ないんだ。
 追っ払うだけで良い。そうしたら1階に降りて優希達を探そう!」

彼は強い意志を込めた瞳で姫萩を見る。
彼の言う事は尤もだ。
あの2人だけで生き残れるとは姫萩にすら思えなかった。
だから助けに行く必要がある。
そしてこの2階にはまだ手塚が居る可能性が高く、その攻撃を避ける必要があった。

「御、剣、さん。あの、大丈夫、ですよね?」

「ん?はは多分だけど使えるよ。それに優希達にも出会えるさ」

姫萩の質問は、この武器を持っても人が変わったりしないかどうかの心配だったのだが、御剣は勘違いをした様だ。
だが彼女には続けて問い質す事が出来なかった。
もう信じるしかない。
彼女にはまだ疑念はあったが、小さな覚悟を決めた。
あの小さな少女を助ける為に。



御剣達は出来れば手塚には会わずに下に降りたかった。
だがそれは叶わない。
1階への階段に行く途中で先ほどの罠があった通路付近まで戻ったのだが、手塚はそこに残っていたのだ。

「ん?何だ、戻って来たのかよ。折角逃げたってのによぉ。
 おおっ、そうかそうかっ!言っておくが、この穴の下にゃもう居ねぇぞ?
 クック、俺って親切だなぁ」

三叉路を出た所の奥側の通路に居る手塚。
御剣達はその逆側に行くだけだったのだが、このまま彼が1階の階段に行くのを見逃してくれるとは思えない。
それを証明するかの様に手塚はコンバットナイフを右手に、鉄パイプを左手に持ってゆっくりと近付いて来た。

「はっは、お前、本っ当に足手纏いを連れて来ちまったなぁ?御剣ィィィ!」

愉悦に満ちた表情で手塚は御剣へと近付く。

(本当にお人好しの馬鹿は楽で良いねぇ)

手塚は御剣を侮っていた。
確かに彼1人だったなら、彼の考えは間違いではなかっただろう。
だが今の彼には姫萩が、そして下に落ちた優希が居た。
今は諦められないのだ。
彼は自身がズルだと思う限りは負けられない。
だから彼は手に持つクロスボウを手塚へ向けたのだった。

「何っ?!」

何か手に持っているのは判っていたが、それを向けられて初めてそれがクロスボウである事に手塚は気付いた。
距離約30メートルの所で立ち止まる。

「何だ?お前も他人を殺害するとかって言う解除条件なのかい?」

軽い気持ちで言った言葉であった。
しかしその手塚の言葉に御剣は動揺を顕にする。

「何で、それを?」

「あぁん?マジでそうなのか?クックック、お前と言い外原と言い、難儀な解除条件だなぁ。
 外原の奴は3番で3名の殺害、だったか?何か韻を踏んでる感じだよな」

「3名の、殺害、だと?!」

落とし穴が閉じる時にチラッと見えた人間を思い出す。
彼は間違いなく外原だった。

(もしかして優希と渚さんは、殺されている?)

御剣は手塚の言葉から此処まで想像して愕然となった。
驚いている御剣を観察して、手塚は彼の性格を考える。
御剣が撃って来るかを計算し、そして今までの言動からして撃たないと手塚は判断した。
彼は御剣に向けて再び歩み始める。
手塚の動きを見た御剣は我に返って手塚を睨み付けた。
今これ以上手塚を近づける訳にはいかない。
先ほどの彼の言葉は脳の片隅に追い遣ってから覚悟を決める。
隣で心配そうに見て来る姫萩に片目を瞑って小声で話し掛けた。

「咲実さん、威嚇で1発撃つけど、もし彼が突っ込んで来たら、全力で逃げよう。
 此処で怪我をするのは馬鹿馬鹿しいからさ」

「御剣さん…はい、判りました」

彼の愛嬌のある表情と言葉に、まだ彼が人を傷つける事に忌避感が残っている事に気付いた。
だから彼に無理に他者を傷つけさせてはいけないと思い、強く頷く。
手塚の言う通り自分はただの足手纏いだ。
それでも優希を助けるまでは頑張らないといけない。
そして彼を安心させたかった。
肩を震わせて葛藤するほどに恐れたものを使う彼をこれ以上心配させてはいけない。
だから彼女は御剣に微笑んだ。
その笑顔を見て御剣は1つ頷いて、手塚に視線を戻した。

(この状況で笑うなんぞ、何があったんだ?)

手塚は彼等のその笑い合うのを訝しげに思った。
悩んだが、それでも歩みを止めずに進む。
そして彼がもう3歩進んだ時、御剣はクロスボウの引鉄を引いた。

「な、何っ?!御剣っ!手前ぇ!」

来るとは思わなかった攻撃が来た事で動揺した手塚は数歩後退する。
矢は彼の横を通り過ぎただけだが、その風切り音は彼に恐怖を湧かせるに充分だった
その間に御剣は弦を引いてから矢を設置して、再度手塚へと照準を合わせる。

「手塚、俺達は死ぬ訳にはいかないんだ。引いてくれないなら、次はお前を撃つ」

「み、御剣ィ。判ってるんだろうな?殺し合いをするって事なんだぜ?
 手前ぇはそれで良いのかよっ!」

「俺は彼女達を助けるって決めたんだ。その為なら、やれる事を、やるっ!」

御剣の精神を揺さぶろうと問い掛けられた手塚の言葉は、決意を更に固めさせるのだった。
それに気付いた手塚は失敗したのを悟ると同時に身を翻して逃げ出す。
長居すれば本当に自分が撃たれると理解したのだ。
この潔さは彼の才能と言えただろう。
もっと強力な武器が要る。
手塚はこの「ゲーム」で勝つ為に必要な事を考え続けるのであった。

「ふぅ、良かった~」

手塚が背を向けて逃走した後も、そしてその姿が消えてからもクロスボウを構え続けていたが、1分ほどして御剣はやっと力を抜いた。

「お疲れ様です、御剣さん」

彼の様子に微笑みながら労う姫萩は、1つの疑問を持っていた。
外原の「3名の殺害」である。
それが事実なら彼を警戒しないと成らない。
それ以上に、もしかするともう彼女達の命は無いのかも知れないのだ。

(確か3番って…)

1階への階段に行く途中に彼女はJOKERを3番へと偽装して、解除条件を確認する。
そこには確かに「3名の殺害」と書かれていた。
しかも首輪の作動によるものは含まない、と言う事は純粋な殺人を必要とする。
尤も危険な人物と言えるのだ。
しかしこれを御剣に言う訳にもいかない。
もし言えば自分がJOKERを持つ事、つまり4番では無い事がばれてしまう。
だから彼女は黙って御剣の後ろをついて行くしか無かったのだった。



御剣達2人は、その後1階へ降りる事は問題無く済んだ。
だがそれからが大問題だった。
1階だけでもかなり広い上に迷路状に成っているのだ。
そんな中たった2人を探す事がどれだけ困難か。
そして更には進入禁止エリア、つまりルール5もどんどんと迫って来るのだ。
だが2人には彼女達を見捨てる選択肢は無かった。
そうして1階を探す事約3時間、経過時間11時間を過ぎた頃にPDAから巫山戯た様な軽快な音楽が鳴り始める。

    プップルルップピプピププル~ルルル ズッチャズッチャズッチャズッチャ

この音楽に2人はPDAを取り出して画面を見た。
そこにはかぼちゃ頭に蝋燭を乗せた人形みたいな化け物が映っている。
化け物は2人がPDAの画面を見た後にその人形みたいな腕を片方上げて挨拶をして来る。

「やぁ、ぼくはスミス。2人とも、初めまして」

少し甲高い様な電子音声が流れ出て来た。

「一体、何だ?」

御剣の素朴な問いには答えずに、スミスと名乗ったCGのキャラクターは腕を下ろして話し始める。

「今回は仲間を探して彷徨っている君達に、耳寄りな情報を持って来たんだ。
 だけどタダじゃ渡せない。だから君達にある事をして貰おうかと思っているんだよっ」

この言葉を聞いた時、御剣は安堵の息を漏らした。
つまりこの化け物は彼等に「優希と渚の両方かどちらか片方は生きている」事を伝えているのだ。
画面の化け物は御剣の内心などお構い無しに、画面の横からあるプレートをヨタヨタと引っ張り出して来る。
そのプレートには「エクストラゲーム」と書かれていた。
プレートを画面中央に持って来てから、化け物はその後ろに隠れてしまう。

「お待ちかねっ、「エックストラッゲェーィムッ」」

プレートをぶち破って化け物が姿を現した。
そのプレートの破片は周囲へ散らばった後消えていく。
何の為のものだったのかは判らないが、一々演出過剰である。

「ルールは簡単!君達のPDAの地図上にチェックポイントを表示させるから、そこを回って行けば良いんだ。
 ただし、ある一定時間ごとに通路を塞いだり開いたりするよ。
 もしかすると通りたい通路が塞がっているかも知れないから気をつけて。
 そしてゴールの位置は、全てのチェックポイントを回ったら辿り着ける様になっているから、最初から行っても意味は無いよ。
 その名も、「走って駆けってゴールイン!」。
 これなら確実に君に会いたい人に会えると思うけど、どうする?
 勿論受けなくても僕達は構わない。
 でもその場合は自力で探す事に成るかな~♪」

此処まで話したスミスは踊り出す。
そのまま時が流れた。

(どちらを選ぶか待っているのか?)

無理には押し付けて来ない。
こんな所に閉じ込めた連中がである。
その事に御剣は強い違和感を覚えた。
おかしい、何かがおかしいのだ。

「御剣さん、どうされますか?」

同じ様に自分のPDAを見ていた姫萩が不安そうに御剣に問い掛けた。
その声に御剣は我に返る。
彼は最近悩んでばかりだったが、この状況では致し方の無い事だったかも知れない。

「俺は…受けた方が良いと思う。あいつ等の思い通りみたいで癪だけど。
 でもこのままじゃ優希達に出会えない気がするんだ」

御剣はこのゲームを提案して来た意図は読めなかったが、意思は読めた気がした。
つまり言う事を聞かなければ会わせないぞ、と言っている気がしたのだ。
それは杞憂だったのだが、御剣達に知る術は無い。

「はい、御剣さんが宜しいのであれば、構いません」

姫萩の答えに御剣は頷きを返してから、PDAに向き直った。

「スミス、と言ったな。俺達はお前達の言うゲームに乗ってやる。
 それで、どうすれば良いんだ?」

「難しい事じゃないよ。ゲームが決まった時点でこの付近一帯を君達のみで隔離する。
 そして君達のPDAに13箇所のチェックポイントを示すから、そこを通過しながらゴールを目指すんだ。
 一応ルール5は残っているから、時間を掛け過ぎると死んじゃうよ?注意して欲しいなっ。
 ゴールしたら、君達には素敵なプレゼントもあるから、頑張ってクリアしてよっ。
 期待してるよっ!」

スミスは捲し立てると、手を振って去っていった。
その後画面が地図に切り替わり、そこには現在地であるStartと終着点のGoalと書かれた所と、13個の緑色の光点が追加で表示されている。
かなり広い区域に散らばる様にある光点に御剣はうんざりとして来るが、背に腹は代えられない。

「それじゃ、行こうか咲実さん」

「はい」

しっかりと頷いて姫萩も彼についていく。
優希に出会えると信じて彼女は進むのだが、彼女の願いは叶わないのであった。



「組織」としてはこの散らばった光点を回る為にAとQが一度別れる事が望ましかった。
そして片方のみをJと合流させて、もう一方に対して疑心を植え込み仲違いをさせる。
それがこのエクストラゲームを実行した理由なのだが、「組織」の思惑とは裏腹に彼等は一緒に行動をして離れなかった。
途中でも付近が隔離されているのを良い事に、見張りも立てずに3時間ぐっすりと眠ってから各チェックポイントを回り続ける。
隔壁にしても全部の隔壁をこちらで意図的に動かす事が出来るが、それでは観客への示しが付かないので、一定時間ごとにしていた。
それが仇となり、御剣達は丁度良い時間で隔壁の通路を通り過ぎて行く。
1つ2つ危ないものも有ったが、彼等を分断させるには足りなかった。
エクストラゲームの開始から約7時間後。
18時間を少し経過した時間にゴールへと辿り着いたのだった。

余りにも芸の無い、余興にも成らない結果に本来なら客から大ブーイングが来てもおかしくない状況であった。
だが12時間過ぎから発生していた5階での攻防戦に観客の意識は向いて、この顛末は無視されたのである。
5階の攻防はその後も3時間のブランクを置いて再開されて、観客を大変に満足させていた。
「組織」としても予想外の遭遇戦であったが、それでもずっと何も起こらなくて不満を溜めていた客を一時的にでも静めたので良しとしたのだ。
その攻防を見ていた者の驚愕など知らずに、ディーラーはこの「ゲーム」を今後どう進めようかと思案するのであった。



ゴール地点の隔壁が開いた時、その先に居たのは綺堂渚1人であった。
御剣達がどれほど周囲を見渡しても目的の少女は見当たらない。

「2人共~、お久しぶりです~」

「あ、お久しぶりです。渚さん。
 あの、優希ちゃんは何処ですか?」

いつもの調子で挨拶して来る渚に、姫萩は慌てて返事をしながらも重要な事を聞いた。
彼女もそして御剣も嫌な予感がしていたのだ。

「優希ちゃんは~、外原さんと言う方と~、一緒に6階を目指されました~
 外原さんは~、ご存知ですよね~?」

何の危機感も無く渚は答えた。
この言葉に2人に衝撃が走る。
彼の解除条件が本当に「3名の殺害」なら、もう優希は死んでいるだろう。

(何て、事だ…)

御剣は目の前が真っ暗に成った様な気がした。
姫萩も青褪めて固まる事しか出来ない。
その2人の様子を見て、渚は首を傾げる。

「どうされましたか~?」

「そ、それが渚さん。彼の、外原さんの解除条件が、「3名の殺害」らしいんです。手塚がそう言ってました。
 だから、優希が殺されていないかと…」

この御剣の言葉に今度は渚が驚愕する。
純粋な殺害を解除条件とする事はこれまでにもあった。
だがそれは殺害願望のある「ゲーム」を盛り上げる為の駒か、又はかなりの弱者に対して与えられるものが殆どである。
彼の動きを見ていると弱いとは決して思えないし、確かに「ゲーム」を盛り上げる要素は持っているだろうが相応しいとも思えない。
何より、その解除条件であるにも係わらず、彼はあの時点で4名も居た女子供に手を出していないのだ。
それどころか、他者の各解除条件を満たそうと苦悩している様にも見えた。

「御剣さん…優希ちゃんは…」

姫萩が小さく震えて御剣の袖を掴む。
だが御剣には希望的観測すら返す事が出来なかった。

「でも~、大丈夫だと思いますよ~。だってあの時~戦闘禁止は解除されてましたし~。
 あの場には~、私を含めて5人居ましたから~。ですからもし解除するつもりなら~、彼は既に解除されていますよ~?
 でもそれだと~、私も此処に居ませんね~」

にこやかに返事をした。
今彼等に此処で気力を失われると色々と困るのだ。
可能性が低いとしても優希が生きている事にした方が良い。
だから彼女は何時にも増して、明るく朗らかに楽観的推測を口にした。
そして御剣達も優希が死んだと言う事を信じたくなかったので、彼女の言葉を表面的に受け入れる。
そうでもしなければ彼等は此処で潰れてしまいそうだったのだ。

「そうですね、貴女の言う通りです渚さん。じゃあ、俺達も早く2階に上がろう。
 もう24時間も近くなってるし、何時進入禁止に成るか判らないからな」

気をやっと取り直せた御剣は2人の女性を促して、上の階を目指し始めたのだった。



2階通過時に24時間経過と続いて1階の進入禁止の警告が流れていた。
その彼等は現在エクストラゲームの報酬として3つのツールを手に入れた事で、その行動を加速させている。
その内の2つは序盤の定番である「Tool:Self Pointer」と「Tool:Map Enhance」であり、これは双方とも御剣のPDAに導入された。
もう1つは「Tool:Player Counter」である。
こちらは御剣が姫萩に薦めてそちらに入れて貰う様にしたのだ。
理由は御剣のPDAが壊れた時にプレイヤー数ぐらいは把握出来た方が良いというものだった。
そしてそのお陰で、彼等は下の階の進入禁止化に焦っては居るものの明るい表情で歩いている。
生存者数13名。
この数字は彼等に希望を持たせたのだ。

「だから~、私~、言いました~」

プンスカと表現して良い様な雰囲気で渚が抗議をする。

「あはは、御免御免。でも何時気が変わるか判らないだろ?
 やっぱり不安だよ。優希の事を考えるとさ」

自分の事は棚に上げて御剣が渚へと言い訳をする。
2人の様子を見ながら、姫萩は1つ試そうと思った事があった。
今3番に偽装したPDAには先ほど御剣のPDAに導入されたものと同じ擬似GPS機能と地図拡張機能が入っていた様で、その機能もこちらで使用出来る。
なら他のPDAに便利な機能が既に入っていれば、それを利用出来るのでは無いかと思ったのだ。
だが何番に何が入っているのかは判らない。

(…ラッキーセブンって言うし、7番に何か無いかな?)

その程度の理由だったのだが、偽装を行い「機能」タブを見た時に姫萩は固まってしまう。
一体幾つのソフトウェアが入っているのか。
実際は8つのみだがそれでも彼女には沢山に見えたのだ。
まず機能の中にあるルール一覧を見てみると、今まで判明していなかったルールも当然ながら載っている。
それを見て姫萩は驚愕してしまう。
「クイーンのPDAを持つ者の殺害」、「3名の殺害」、「5名以下にする」、「5個以上の首輪の作動」。
文面を見るだけで危険だと思えるものが並んでいたのだ。
身体が震えそうに成るが他の機能も見てみる事にした。
その内にPDA探知とあったので実行してみる。
すると地図上に幾つかの光点が表示された。
現在は経過時間28時間過ぎで、光点の殆どが4階に居た。
その中でも幾つが重なっているのか判らないものが4階の階段に一番近い。
他には2つが近くにあるものと1つが単独で在った。
まだまだ全ての光点は遠いので安心して進む。

暫くして何事も無く3階に辿り着き近くの戦闘禁止エリアに立ち寄った時は31時間を過ぎていた。

「あー疲れた。2人共ゆっくり休もう。まだ2階も進入禁止に成っていないし、少しくらいなら大丈夫だと思うから」

「そうですね~、私も~、ちょっと疲れました~」

御剣の言葉に渚がボスンッとソファーに座り込んで答えた。
姫萩は2人の様子を微笑んで見ながら、自分もソファーに座ってからPDA検索を実行してみる。
相手の様子が判る様に成ると、逐一見ていないと不安に成る症状が彼女にも出ていたのだ。
3時間前に1度してから此処までに3回やっていたが、各光点は大きく動いている。
現在は4階に2つ、これは同じ所にある。
3階に他全てがあり、2つは此処にあった。

(2つ?あれ、でも3つじゃ?)

そう言えばこちらの状況を考えた事が無かったが、渚のPDAを合流してから見ていない事を思い出した。
何かあったのだろうか。
だがそれを聞く事に成ればこのPDAについて話さないといけなくなる。
それは彼女としては避けたかった。
渚の事を頭から振り払い、他の光点を見てみる。
3階の光点は4階への階段付近に1つと、そこへ向かう途中の道に3つの光点と2つの光点がある。
ただ最後の2つの内1つは何か光が重なっている様にも見えた。
それと4階には2つの光点が固まってあり、こちらは4階の中ほどに居る様だ。
他の階を見ても光点は無い事から、全てのPDAが3か4階に集まっていた。

「今食事を用意しますね~」

渚はお腹が空いた様で、この戦闘禁止エリアのキッチンを使って食事を作る様だ。

「あ、じゃあ私はその間の飲み物を入れて置きますね」

姫萩もPDAから顔を上げてキッチンへ向かう。
御剣はそんな2人を見て微笑んだ。
まだ姫萩のプレイヤーカウンターの数字は変化が無い様だし、優希達は生きている。
これが彼等の心の支えと言えた。



食事をした後少しのんびりとしていた御剣に渚が神妙な顔で問い掛けて来た。

「総一くんは~、どうしてそんなに落ち着いているのかな~?」

彼女の素朴な疑問であった。
誰かを殺さないといけない彼。
だがこの休憩中に聞いた手塚との顛末。
何故彼は他者に優しく出来るのか、そして裏切ろうとしないのかが不思議だったのだ。
その問いに御剣は遠い眼をして答える。

「約束があってね。ズルはしないって、約束してたんだ」

「その約束って、前に言われていた知り合いの方ですか?」

(私に良く似ているという…)

姫萩の問いに御剣は静かに頷いた。
その眼は酷く寂しそうで姫萩の心を不安にさせる。

「あいつは、酷く不器用な奴でね。更には正直者で、いつも不正を見逃せないで居たんだ。
 俺は不精で、あいつをいつも困らせてたよ。
 それで、俺、いつもズルして楽をしようとするから、あいつさ、絶対にズルはしちゃ駄目だって何回も言ってたんだ。
 だから俺はズルをしたくないんだ」

御剣の本心であり、ある意味核心の部分であった。
もう他に『彼女』との絆を確かめられるものが無いのだから、彼にはそれに縋るしか無かったのだ。

「言っていた、って~、その方どうされたのですか~?」

渚にとっては素朴な疑問であった。
ただ単に彼が此処に居るから、今会えないだけの過去形の可能性もある。
しかし彼に此処までの影響を与えた人物に少し興味があったのだ。
だがそれは彼にとっては最も苦いものであった。

「…死んだよ、3ヶ月前に。俺の誕生日プレゼントを買いに行くんだって言って、そのまま帰らなかった…」

彼は微笑んでいた。
それ以外の表情が彼には出来なかったのだ。
ずっと苦しかった。
死んでしまいたいのに、自殺はズルだと、生きていないと成らない日々が辛かった。
それでも彼は生き続けて、そして此処に放り込まれたのだ。
最初は戸惑いもしたが、そこに「優希」と言う『彼女』と同じ名前の少女と、『彼女』と同じ容姿の少女が現れた。
だから彼は守ろうと思ったのだ。
今度こそは、と誓ったのだ。

渚は何となく判った。
彼女も親友と別離した人間だ。
ただ彼と違うのは親友と別れた理由が、彼女自身が親友を殺したからだった。
だから渚は人間と言うものを信じていない。
親友である彼女ですら自分に銃を向けたのだから。
しかし彼は違う。
つまり彼には自分が無いのだ。
だから裏切らない。
自分とは違う、自分には出来ない選択。
その事実に彼女は2人に悟られない様に、締め付けられていく心を誤魔化した。



ゆっくり休む内にも姫萩はPDA検索を2度行なったが、やはり見間違いでは無い様だ。
2つの光点が彼等の方へと真っ直ぐに近づいて来ているのである。
他の光点は全て4階か5階へと移動しているのに、この光点だけが3階へと降りる階段が近いこちらに近付いている。
どんどんと近付いて来るこの2つの光点に不安を感じた姫萩は、動揺してついこの事を話してしまった。

「御剣さんっ!あの、誰かがこっちに近付いて来ます!」

「何だって?!」

この言葉を聞いた御剣と渚は当然だが2つの疑問を感じた。
1つは近付く者が誰かである。
相手によっては酷い事に成る可能性があった。
もう1つは、それを何故姫萩がそれを知る事が出来たのかである。

「咲実さん、何でそれが判ったんだ?」

御剣の問いにしまったと今更思うが、彼女は動揺しながらも言葉を紡ぐ。

「あ、あの、済みません。その、この部屋に、ツールボックスが、在ったんです。
 それでその、入れてみたら、PDAの位置を検索するツールだったんです。
 御免なさい、勝手な事してしまって」

御剣は姫萩の言葉を真に受けてしまう。
つまり彼女が話さなかったのは、見付けたのに勝手に使った事を怒られるのではないかと言う恐怖だった、と。

「気にしなくても良いよ、咲実さん。それより、そんな便利なソフトウェアを隠しておく方が困るよ。
 これから宜しく頼むよ?」

「あ、はぃ…」

微笑みながら姫萩を許す御剣に、彼女は罪悪感を感じていた。

(何でこんな良い人が、あんな解除条件なんだろう?)

現実の理不尽さに腹が立つが、それが「組織」の狙いなのだから仕方が無いと言うものだ。
そしてこの時、渚は姫萩を疑っていた。

(PDA検索が3階に?在りえないわ。4階までにあるのはJOKER探知だけで後の探知系は5階以上の筈よ?!)

既に3年近くゲームマスターをしている彼女は、違和感を感じていた。
それでも彼女が今PDAの位置を把握して誰かが近付いている事を警告したのが事実であれば、彼女が何らかの方法でソフトウェアを得たと言う事だ。
だがこの部屋で彼女がツールボックスを手に入れた様子もインストールしたのも見た覚えは無い。
もし渚の目を盗んだと言うのなら、こっそりと出来るだけの腹黒さがこの子にある事に成る。
しかし今までの姫萩を見ていた彼女にはそれが信じ難かった。
一体どういう事なのか。
彼女が悩む間も御剣と姫萩の確認は続いていた。

「それで後どれくらいで到着しそう?」

「それが…もうすぐそこまで、来ているんです」

「何だってっ?!」

御剣の問い掛けに驚きの答えが返る。
ならどうするかを考えた御剣は、結論を出した。

「もう逃げられそうも無いなら、此処で待ち受けよう。此処なら戦闘禁止だし安全だと思うんだ。
 あちらもこちらに用があるから向かって来ているんだろうしな」

(あちらの首輪が外れていたら、安全でも無いのだけど)

御剣の言葉に渚は心の声で反論した。
しかしもう首輪が外れたものが居るのかは怪しいし、彼等を不安にしても仕方が無いので黙っておく。

「はい、そうですね。では座って待ちましょうか?」

姫萩の言葉に2人は頷いて、ソファーに座る。
その後に姫萩はもう一度PDA検索を実行して光点を確認した。

「御剣さんっ!もう扉の前に来ています!」

PDAの画面を凝視しながら漏れた姫萩の言葉に、御剣と渚は出入り口へと顔を向ける。
扉の向こうで微かに電子音が聞こえたと思った時には既に扉は開け放たれていた。

入り口の先に居たのは、
防弾チョッキを着込み、
アサルトライフルを手に持って、
身体の各部に拳銃や円筒形の缶などとコンバットナイフを装着し、
膨れ上がったバックパックを背負っている男。

完全武装の外原早鞍が、仁王立ちで立っていたのだった。



[4919] 第7話 再会
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:07

草原を駆け抜ける時に感じる風は格別だ。
それも自分の足で走るのではない、自分の足では出せない速度で感じる風は。
ある程度走ってから歩行に切り替えて、ゆっくりと草原を歩く。
俺は久しぶりに馬に乗り、最近欝気味だった気分を吹き払っていた。
セルフランセ種の5歳雌である彼女は俺の言う事を良く聞いてくれる。
その首筋を撫でる様に軽く叩き労った。

「鞍兄、先行き過ぎだよ」

後ろから遅れて俊英がやって来た。
彼の乗る馬も俺の馬と同じ種である。
双子の姉妹なのだから当然なのだが、馬との相性が悪いのか俊英の馬術は生かせていない。
彼女達が生まれた時より世話している癖に、たまに帰ってくる程度の俺に負けている様では困ってしまう。
彼には跡継ぎとしてしっかりして貰わないといけないのだ。
もう兄さんは居ないのだから。

「そういや調子に乗って走っちゃったけどさ。今日叔父さんから家に居てくれって、言われてたんじゃなかったっけ?」

そう言えばそうだった。
だが夏季休暇で久しぶりに帰って来たので、早くこの子に乗りたかったのだ。
大切な人が居なくなった寂しさを埋める上でも。
だが、叔父も案外煩いので今日はもう帰る事にしよう。

「そうだな。そろそろ帰るか。
 晩御飯にはまだ早いが、俊英も来るか?」

「御免っ。何か今日はそっち行くなって叔父さんが煩いんだ。
 また今度行くよ。大学の話も聞きたいしさ」

彼が今言っている叔父とは先ほどのとはまた別の、彼が現在厄介になっている家の家長である。
俊英には産みの両親が共に居ない。
元々は父無し子だったのだが、母親も精神を病んでおり俊英を生んでから2年で亡くなった。
親戚は誰もが厄介者の子供など面倒見たがらなかった。
そんな経緯で育てる親が居なかったので、親族の長である曽祖父が引き取ったのだ。
本来直系には親族が迷惑を掛けない様にする為この様な事は無いのだが、余りにも親戚一同が薄情なので曽祖父が怒ってしまったらしい。
そうして曽祖父に可愛がって貰っていた俊英は聡明な少年に育った。
俺なんかより思考の巡りは良かったし、運動神経も悪くない。
本当にどちらがあの優秀な兄の弟なのかと、周りに揶揄されたくらいである。
そんな彼も、曽祖父の家に居るのは直系の家族に迷惑を掛けると言って、中学入学を機に親戚の家に厄介になる事にしたのだ。
俺や兄、両親、曽祖父も気にする事は無いと言ったのだが、彼は自立の第一歩だと笑っていた。
他の親戚の家に居る彼に、戻って来いと何時も言っているのだが首を縦に振ってくれない。
甘えてしまうかららしいが、別に甘えてくれても良いと思う。
だが彼に強制する事も出来ないし、今日も引き下がるしかないか。

「判った。じゃあ厩舎まで走ろうか」

「おうよっ。今度は鞍兄に負けないぞ。しっかりしろよ、サリン!」

何度聞いても可哀想な名前である。
約5年前にこの子達が生まれた時、曽祖父であるじっちゃんが大学合格祝いにと名付け親になる権利をくれた。
と言っても俺にはセンスは無かったので、無難に自分から一字を取り「早織(さおり)」と名付けた。
女の子らしい名前だし特に深く考えてでは無かったのだが。
そこでもう一匹生まれていた子に俊英が名付けたいと我侭を言い出したので、俺が権利を譲った所「早麟」などと付けてくれたのだ。
せめて自分の一字にしろと言って名前を変えさせたかったのだが、頑として変更はしなかった。

結局厩舎までの競争も圧倒的な俺の勝ちで終わってしまう。
大体この村の中では俺と早織のコンビに此処1年で勝てた者は居ないと言うのに、負けず嫌いは相変わらずだ。
1年以上前ならば兄さんが俺より速かった。
その兄が亡くなってからは誰も俺を追い越せなく成ったのだ。
正直、困ったものである。
厩舎の管理人に声を掛けて、彼女達の手綱を引き渡す。
別れる時に早織が頭を擦り付けて来るが、頭を撫でて宥めた。
何時も別れる時は寂しそうにするが、これも仕方が無い事だ。

「それじゃまた。俊英、本当に何時でも遠慮せずに来て良いんだからな?」

「判ってるって。今回は叔父さんが絶対って煩いからだってば。
 また明日にでもからかいに行ってやるからな!」

「いや、からかうんなら来るな」

俺の言葉をものともせず、彼は笑って去って行った。
さて、俺も家に帰るか。
日は高いしまだ走りたかったが、夏季休暇は長いのでまた来れば良い。
そして俺は家に向かって歩き出した。
その先にある事など何も知らないまま。





第7話 再会「残りプレイヤーを5名以下にする。手段は問わない。自分で殺す必要も無い。またこのPDAには最初から「Tool:PlayerCounter」が導入されている」

    経過時間 24:00



耳障りな電子音に叩き起こされる。

    ピー ピー ピー
    ピー ピー ピー
    ピー ピー ピー

幾つか重複して鳴る音に起こされてしまい、身体は横に成ったまま周りを見渡した。
起きても寝る前と変わらない薄暗い建物の中で気が滅入って来るが、そんな場合でも無いか。
音は脇に置いたジャケットから聞こえて来ている。
またPDAからの警告だろうか?
もぞもぞと動こうとすると身体の筋が引き攣った様に痛む。

「ぐおぉ?」

筋肉痛だろうか?
日頃使わない筋肉を昨日1日で酷使したからだろう。
御剣達はこんな苦労をしたとは描写されていなかったではないか。
それとも奴等は日頃から鍛えているとでも言うのか?
痛みに身体を引き攣らせていると、隣のソファーから囁く様な声が聞こえた。

「24時間、か」

見ると高山も起きてPDAを見ていた。
痛みを我慢しながらPDAを1つだけ引っ張り出して俺も画面を見てみると、そこには次のような文章が2ページに渡って表示されていた。


    「開始から24時間が経過しました!
     これよりこの建物は一定時間が経過するごとに1階から順に進入禁止になっていきます」
    「1階が進入禁止になるのは今から3時間後の午後1時を予定しています。
     1階にいるプレーヤーの皆さんはただちに退去して下さい」


とうとう各階の進入禁止が始まるのである。
1階のみ制限時間を知らせるのは本当に陰険だ。
この後の進入禁止時間の警告は無いのだから。
そしてこの警告は愛美の解除条件の残り時間が丸1日を切った事も示していた。

PDAの音で女性達も起きて来た。
丁度良いので、皆寝不足かも知れないが行動を開始する事にする。
まずは朝食を取った。
考えてみれば昨日寝る前に食べるべきだったのだが、完全に忘れていたのだ。
俺を含めて皆疲れていたのだろう。
その癖、風呂には入りたいなどと言うのも女の不思議な所だ。
机の上に少し多目に食料を用意していく、と言っても持って来た食料品を並べて開けるだけなのだが。
その準備の間に、情けないが高山にマッサージをして貰う。
高山の技術は確かであり、とても気持ちが良かった。
マッサージで良く身体が解された後に、俺も食事に参加する。
皆がほぼ丸1日振りと言って良い食事だ。
その為、並べられる食料を餓えた目で見ている子供達が正直怖かった。
固形の総合栄養食にチューブ系、缶詰などを中心にして飲み物は煮沸した水道水を使ったコーヒーか紅茶。
俺の荷物に食料は大量に入れていたので、これには問題は無い。
食事後に各自トイレを済ませてから作戦会議に入った。

まずする事は寝る前から時間が経っているので、各PDAの位置を再確認する事だ。
この結果によりこちらの行動が変わって来る。
7番で再度PDA検索を実行した。
バッテリーバーを見ていたが、やはり減少量は数ドット程度だ。
他のPDAで同じソフトウェアを動かしてみないと確証は得られないが、もしかしたらゲームマスター用に大容量バッテリーなのではないだろうか?
前回から約4時間の内に、プレイヤーは大きく動いていた様だ。
4階は2名から1名に、3階は2名から3名に変化していた。
1階の2名は2階に上がった様で、2階の途中に光点表示が在る。
2階の2名は同じ所に居て、3階の3名は2名と1名で行動中の様だ。
単独行動が2名とペアが2組である。
今PDAを持っていない7番は5階のままなのだろうか?
そう言えば渚のPDAも此処にあるのか。
彼女も今は何処に居るのだろう?
さて、どれが誰なのかだが。

「手塚と言う男がどれかが問題ね。彼とは交渉出来ないと考えた方が良いでしょうし」

まず注意しないといけない事を麗佳が声に出してくれた。
現在明確に敵対行動を取っているのは7番と手塚である。
この二人との再接触は多くの者の首輪が外れた後が良い。

「奴の性格からして、単独行動のどれかだろう。
 そして他者を狙っている様だし、3階の確率が高いな」

昨晩と同じ様にホワイトボードを使って各階の現状を図にする。
これで思考も纏まり易いと言うものだ。
その図を見てやっと理解が出来て来たのか、優希が質問して来た。

「2人なのは総一お兄ちゃんと咲実お姉ちゃんかな?」

「そうだろうな。2階の2人の方だろうけどな」

「何でそう考えるの?3階のペアでない理由があるのかしら?」

本気で判らない風に麗佳が聞いて来るが、これは想像すれば簡単だ。

「2階の方は昨日の時点で1階に居た。もう20時間経過も近い危険な時間なのにだ。
 あんな時間まで1階に居続けるとすれば、普通考えられるのは何だ?」

「ルール5を知らない、かしら?」

麗佳の答えに頷き返す。

「そう。普通に考えられるのはそれだけだ。
 しかしそれは有り得ない」

俺の断言にかりんが首を傾げる。
高山も疑問の様だが、麗佳は気付いてくれた。

「そうか、早鞍さんがあの時点で既に11人と遭遇している。
 早鞍さん本人を含めれば12人、つまり複数行動を取っている以上、最低1人はルール5を認識しているのね」

そう、俺が会って居ないのは後1人のみ。
7番とはルール確認をしていないが、現在奴はPDAを持っていない為このペア表示そのものの数に入っていない。
麗佳の言う通り2人以上で行動する限り、7番を除いてだが、ルール9以外は皆知っている筈なのだ。
更に7番のPDAにはルール一覧のソフトウェアが入っていたので、知らない事は無いだろう。
だからこそ20時間経過時点で1階に居るというのは明らかにおかしい。

「それで考えたのが、御剣達が優希と渚を探すために1階に降りていたんじゃないか、って事だ。
 あいつ等ならやりそうだしな。
 どちらにせよ、まず合流する対象は、現在3階に居るペアだがな」

「4階のソロはどうする?」

「万が一、それが手塚だったら面倒な事に成りかねん。
 相手に気付かれないように確認出来るならしたいが、状況次第としよう」

高山は俺の答えに満足したのか、それ以上は言って来ない。
他も特に意見は無いのか沈黙している。

「んじゃ、この方針で良いな?良かったら出発しよう」

「は~い」

「うん、行こうか!」

年少組が元気に返事を返し、年長組は軽く頷いて席を立つ。
各自が荷物の調整を行なってから、俺達は出発した。



7番のPDAには昨夜確認したソフトウェア以外にも色々と導入されていた。
結果、以下のものが確認された。

    プレイヤーカウンター:PDAに現在の生存者数を常時表示する。
    PDA位置検索:検索時の全PDAの位置情報を取得可能。検索時バッテリー消費、極大。
    ドア操作機能:各部屋のドアや通路の隔壁の開閉操作が可能。ロックを掛ける事も出来る。
    爆弾遠隔操作機能:特定の爆弾(地雷)を遠隔操作で爆破操作可能。
    擬似GPS機能:PDAの地図上に現在地と進行方向を常時表示する。    
    地図拡張機能:地図上の各部屋の名前を追加表示する。
    ルール一覧:機能タブ内に全ルールの一覧が表示するための項目が追加。
    罠表示機能:PDAの地図上に館内に設置された罠を追加表示する。

以上の8つである。
機能名称と説明文は、俺が自分に判り易い様に勝手に作ったものだ。
しかしこれを持って俺達を追い詰めて来ていたのかと思うと、かなり不利だった事が理解出来る。
特にこのトラップの表示機能は俺達の行動速度を大きく変えた。
今まで罠を警戒して移動が遅く成っていたのが、劇的に早く成ったのである。
本気で優希の体力を心配して歩調を緩めなければ成らないくらいだったのだ。
6階からの5階への移動は地図上で使用可能とある、例の襲撃を受けた所の階段を使う事にした。
エレベーターシャフトを使って一気に3階まで降りる事も考えられたが、今回は止めておく。
落ちたら怖いし。
5階から4階への移動については、6階からの階段位置のものをそのまま爆破する事を麗佳が提案して来た。
それと言うのも、4階から3階へ降りる正規の階段がそこから近いからである。
大幅なショートカットが出来るので、時間が無い俺達には打って付けの地理だったのだ。
後々下から上がる場合にも一気に6階まで踏破し易く成るので、この案を採用した。

爆破と言えば、装備もあれから大分強化されている。
優希以外アサルトライフルと拳銃とコンバットナイフを標準装備としていた。
かりんと麗佳は予備武器としてサブマシンガンも荷物に加えていた。
防具としても全員が防弾チョッキを着込み、荷物に最低1つ以上のガスマスクを保有している。
俺の荷物にも予備の防弾チョッキが入っており、ガスマスクはバッグの横に吊り下げられていた。
他にも煙幕手榴弾や閃光手榴弾は基より、音響手榴弾まであったのでこれらも幾つか俺の荷物に入っている。
特殊手榴弾は俺が持つ物以外にも高山が持つ物もあるので、数としてはかなりのものだろう。
グレネードランチャーとそれに使用される各種弾頭は、火力が大きいのも有り高山に任せた。
近接用には日本刀を高山が、トンファーを俺が、スタンガンは3つあったので俺とかりんと麗佳が持つ。
麗佳しか持って居ないが麻酔銃何て物もある。
麻酔銃とは言っているが、見た目は普通の38口径の拳銃だ。
ただ込められている弾が麻酔弾であるのでこう呼んでいた。
グリップの所に緑色のラインが入っているので、他とは区別出来るのが特徴と言える。
爆薬にしてもC4?爆薬とかの高山にしか扱えないような専門的な物から、お馴染み手榴弾などの簡易な物まであった。
そして、このPDA内のソフトウェアで使用出来る対人地雷も2つほど残っていたので回収してある。
あまり嬉しい物ではないが、何かに使えるかも知れない。
武器に関しての知識が俺達に全く無かったが、此処でも高山が説明してくれたので何とかそれぞれが何であるかは認識出来ていた。
特殊手榴弾なんて素人には説明書でも無いと判る訳無いだろ、と運営に文句を言いたい。
荷物は増える一方だが、それでも一部食料品と装備を6階に置いて来たので、その分頑張って持って歩くのであった。

4階までは何事も無く到着した。
背後には瓦礫の散乱した階段があるのだが、今は無視して置く。
此処でもう一度PDA検索を実行した。
未だ光点は5階以上には存在しない。
それを確認してホッと胸を撫で下ろした。
俺達が降りる前に上がられたら面倒が増えるので避けたかったのだ。
頻繁に検索を実行する訳にもいかず不安を殺して進んでいたが、杞憂に終わって良かった。
ただ俺達の分を除いて4階の光点が無くなっている。
その代わり3階の光点が4つに増えていた。
わざわざ下に下りているとは、4階に居たのが手塚だったのだろうか?
どちらにせよ全員が3階以下に居るのならこちらも降りなくては成らない。
そうして今度は3階への階段を目指す途中で、もうお馴染みと成りつつあるPDAからの電子音が耳を打つ。

    ピー ピー ピー

PDAを見てみると画面が変わっていた。

    「1階が進入禁止になりました!」

そこには1階が進入禁止に成った事を告げる文章が表示されている。
それでもプレイヤーカウンターには変化が無い事から、PDAを持たないプレイヤーが1階には居ない事が判明した。
誰も指摘しなかった事だが、7番や渚のPDAのように他の者にPDAを奪われている可能性も有るのだ。
現状2つ以上が揃って動いているものが安全とは限らない。
だがPDAを集める解除条件が双方ともこちらに居る以上は、可能性が低いとして目を瞑っている。
全て俺の脳内会議での結論だが、皆を不安にさせても仕方が無いので黙っていた。
しかしこう考えると、PDAよりも首輪の検知の方が便利そうである。
7番や渚の位置が判らないし。
そうこうしている内に何事も無く3階への階段に到着した。

3階に降りてから再度PDA検索を実行する。
上で確認した時と変わらず、4つの光点が存在していた。
2階の2つもそろそろ3階に上がろうとしている。
そして3階のソロの光点が階段のかなり近くまで来ていた。
階段を目指しているのならば程無く鉢合わせしてしまう。
この単独行動者が手塚だったとしたら余計な戦闘をする事に成りかねない。
俺達は階段ホールから離れて光点が居た通路とは別の通路で待機してホールを監視する。
隠れてから3分くらい経過した時、階段ホールへ一人の女性が姿を見せた。
青い受付嬢の服を着たその女性には見覚えがあった。

「文香!」

隠れていた通路から飛び出して文香に声を掛けた。
彼女は俺の声にビクッと反応して、手に持った拳銃をこちらへと向けて来る。
いきなりの行動に、俺はある程度の距離を取って立ち止まった。

「外原さん、無事、だったのね」

そう言う文香の顔は緊張したままだ。
構えた銃も下ろさずにこちらへと向けている。
随分と警戒しているが、俺が一人なのが高山の時と同じ様な疑心を呼んでいるのか?

「…何故貴方が此処に居るの?6階を目指していたのではない?」

少し早口で矢継ぎ早に聞いて来る。
そう言う文香の姿を良く見ると所々服は破れ血が滲み、幾つかの怪我をしている事が判る。
言葉にも焦燥が見受けられ、これまで相当な苦労をして来たのだろう事が伺えた。

「文香、誰に攻撃を受けた?」

「手塚、って人だと思うわ。貴方の言っていたチンピラ風の男よ」

奴か。
全く、手当たり次第にやっているのだろうか?
だがまだ死亡者が居ないのは幸いである。
どちらにせよ彼女と無事再会出来たのは喜ばしい。

「こっちは順調、とは言えなかったが、目的は一部果たしたぜ」

そう言って通路へと合図を送ると、ゆっくりとではあるが通路から4人が出て来る。
俺一人だと誤解を広げそうだと思って皆、特に子供達を見せた方が良いと判断したのだ。
出て来る時、高山と麗佳がアサルトライフルをこちらへ向けて構えていた。
俺が銃を向けられているので警戒しているのだろう。
出て来たメンバーの中に少女2人が混じっており、その首輪が外れている事を確認した為か、文香の銃はやっと下ろされた。

「…随分と増えたのね」

明る目の口調で文香が少し笑っていた。



俺以外は互いに初対面となる、文香と皆の邂逅は自己紹介から始まった。
それからそれぞれの、ほぼ1日分となる情報を交換し合う。
それによると文香はあの後暫くしてから渚と愛美に合流出来たらしい。
2人とも地図を見るのが苦手らしく散々に迷っていたとの事だ。
サブマスターの渚にそれは有り得ないのだが、演技中のままなら仕方が無いか。
…いや、渚はPDA自体持ってないので地図が見られないのか。
2人との合流後に急いで2階を目指したが、2階に上がる前に謎の攻撃を受けた。
相手が誰かも判らないまま逃げるが、その最初の攻撃で渚と逸れてしまう。
逃げ続けながら2階に上がり、更に移動していたら何時の間にか攻撃は無くなっていた。
渚が狙われたのではないかと心配したが、合流手段も無いのでルール通りに上を目指す事にする。
2階の戦闘禁止エリアで、最後の1人となる葉月克己(はづき かつみ)という壮年の男性と出会う。
情報を一部交換してから同行していたが、3階で隔壁が突然降りて文香一人に成った所を手塚に襲撃される。
これを何とかかわして逃げ続けて、4階へと上がった。
4階で手塚と暫くの間追撃戦をしていたが、その内諦めたのか攻撃が止む。
それから傷ついた身体を休める為に4階に留まっていたが、まだ皆が下の階に居ると思い再度下りてみた。
通路を行くと地図とは異なり行き止まりに成っていたので、引き返して来た所で俺達に合ったと言う事だ。

此処で重要な事の一つは愛美と別れた時間だ。
これを聞くと、渚が逸れたのは大体10時間過ぎくらいで、文香が分断されたのは18時間経過くらいらしい。
と言う事は、愛美が条件を満たしているのは文香と葉月の2名だけという事だ。
時間が少ないので、急ぐ必要がある。

ただ、もう一つの重要な事を聞いて置かなくては成らない。
1階で受けた謎の襲撃とはどんなものだったのか。
これについては帰って来た答えは「銃撃」であった。
1階で銃撃を受ける。
武器としてのラインナップの無い場所での攻撃は明らかにおかしい。
いや俺は手に入れてたけどね。
渚が居る中での攻撃だから、回収部隊の連中では無さそうだが。
大体、優希が居ないのに襲っても仕方が無い。
手塚が先に3階で銃を手に入れたのか?
3階で手に入れてから更に1階にと言うのも可能性は薄い。
他に考えられるのは、渚が注目対象へ接近するために現在の同行者との分断を演出したくらいか。
考えても結論は出なさそうなので、この問題は頭の片隅へと引っ込めた。

情報交換を終えた後は、葉月と愛美に合流しようと文香が提案して来た。
当然俺は賛成するが、これに麗佳が難色を示す。

「その葉月と言う人は大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫だよ、人の良さそうなおじさんだって、な?文香。
 …あの愛美と一緒に居るんだぞ?ははっ」

「え、ええ、そうよ。この「ゲーム」何て全く似合わないおじ様だったわ」

俺の確認に文香がちょっと驚いた様に反応してから、その人柄を伝える。
危ない危ない、俺が葉月の事を知っているのはおかしいのだから、言うべきではない事を言ってしまった。
何とか誤魔化せただろうか?
だが此処で悠長にしている間に、葉月達が手塚に攻撃されるかも知れないのだ。
早く移動したかった。

「だから、まずこの2つの光点を目指そう」

文香の言う事が正しいなら、3階にあるペアの光点は葉月と愛美で間違い無さそうだ。
その為、最初の予定通りこちらを目指す事にしたのだった。

歩いている中で、文香は優希とかりんの首輪が外れている事に対して素直に喜んでくれた。

「本当に首輪解除優先で動いていたのねぇ」

ニヤニヤ顔で俺の脇を突いて来る。

「だからそう言ってただろう」

からかわれるのは苦手なので憮然と答えておく。
ニヤついた顔を崩さず、俺の右腕にしな垂れ掛かって来た。

「それじゃ、あたしの首輪も解除してぇ。ねっ」

「あー、JOKER見付かると良いですねー」

真正面を見て歩き続けながら、棒読み口調で告げる。
実際にJOKERは急遽欲しいくらいなのだが。
からかい甲斐が無くて詰まらないのか、文香は拗ねた顔をして離れた。
正直こういう事への真っ向からの対応は苦手なのだ。
7番のPDAを見て現在の位置と周辺の地理及びトラップの有無を確認しながら先頭を歩く。
文香の次の目標は優希となった様だ。
素直な反応をする優希はからかい甲斐が有るのだろう。
文香の愛嬌のある明るい性格は優希の精神に良い効果があった様だ。
考えてみれば、あんなに明るい性格の人間はこれまでに居なかった。
場所や状況的なものもあり、皆精神的に緊張が拭えないのも大きい。
まあ彼女には裏の目的も有るのだろうが、それでも助かるので黙って好きにさせておく。
そんな中俺達が通る通路の先に分断用トラップが有る事が表示されているので、一応注意を促した。

「この先分断用のトラップがあるから、気を付けてくれ」

「はーい」

優希の元気な返事だけが聞こえて来るが、大丈夫だろう。
そんな軽い気持ちでトラップの位置を通り過ぎた時、異変が起きた。

    ガシャン!
    ガシャン!

「何っ!?」

誰のものだっただろうか。
俺も声に出していたかも知れないが、そんな事はどうでも良い。
知っていた筈のトラップに掛かってしまったのだ。
『ゲーム』のEp1であった様に2枚の鉄格子が通路を塞いでおり、それにより俺達は3つの組に分断されていた。
1つ目は先頭の俺とかりん。
2つ目に鉄格子に挟まれている文香と優希。
残りが鉄格子の向こう側に居る高山と麗佳である。
不幸中の幸いか組み合わせとしてはバランスが良い。
文香の所が不安だが、彼女は正規の訓練を受けている筈なので何とか成るだろう。
その後、鉄格子に挟まれた区画の天井が開き縄梯子が下りて来た。

「誰かスイッチの類を押したか?!」

一応皆に聞いておく。

「いや、そんな感じは全く無かった!」

一番後ろに居た高山は皆の様子が見えたのだろう、こちらに聞こえる様に大声で答えて来た。
そうなると考えられるのはゲームマスターの介入か?
そろそろ本気で回収部隊が乗り込んで来るなら、優希の周辺が危険である。
それだけではない。
Ep1では同様の状況で郷田の攻撃を受けていた。
7番は位置的に難しそうだが、手塚に強襲させる手も考えられる。
急いで7番のPDAにあるドアコントローラーで鉄格子を上げに掛かった。
しかし上に上がろうとする駆動音はするものの、一向に上がる気配が見られない。

「早鞍、どうした?」

「鉄格子が上がらん!」

かりんの問いに焦りを含んだ口調で答える。
拙い、このままでは狙い撃ちだ。

「どうも普通のトラップじゃないみたい。鉄格子を上げられないわ」

俺の操作と鉄格子の反応を見ていたのだろう。
文香が高山達に説明を行ってくれているのが目の端に映った。
裏事情を知っているのが早期理解に繋がってくれている。
しかし、これでは分断を甘んじて受けるしかないか。

「文香、すまん。優希を頼む。
 高山!麗佳!戻って4階に上がり、文香と合流してくれ!俺は愛美達と合流してから向かう!
 最悪、拠点に篭ってでも安全を確保してくれ!」

高山と文香の戦闘能力と麗佳の知力が有れば何とか優希を守り切れるだろうか?
幸い高山と麗佳にはPDAを返しているし、こちらには位置検索が有るので、後の合流には問題は無い。
それを察したのか、各人行動を起こし始めてくれる。

「お兄ちゃん…」

「すまん、優希。文香の言う事を良く聞いて、良い子にしてるんだぞ」

鉄格子越しに優希の頭を撫でる。
不安そうな顔のままだったが、この鉄格子がどうにも成らない事を理解したのだろう、力無く頷いた。
上の階に何が待ち受けているのか判らないので、文香は先に上がってくれたのだろう。
優希が文香の後に続いて縄梯子を上がって行く。
その頃にはもう高山達は姿を消していた。

「それじゃ、かりん。俺達も行くか」

「…うん」

優希と別れたのが寂しいのだろうか?
かりんは力無く頷く。
元気付けようとその頭を撫でてから進むように促した。

30分程度歩いた時、一旦立ち止まってPDA検索を掛ける。
高山達はやっと4階への階段下くらいまで到達した模様だ。
文香も急いで階段へ向かっている様だが、相当な回り道をしないと辿り着けなさそうだ。
予定されていた罠だけあって、そう簡単には合流出来ないようにされている。
3階の方はあと10分程度も歩けば出会えそうな位置だ。
向こうも上への階段を目指しているので合流し易いのは当然なのだが。
残念、この先は行き止まりである。

「あ、のさ。早鞍」

立ち止まったのを良い機会と思ったのか、後ろに付いて来ていたかりんが遠慮がちに声を掛けて来た。
随分と暗い声を出す。
そんなに優希と別れたのが精神的に効いたのだろうか?
努めて明るく聞き返しておく。

「ん?何だ?」

「えっと、さ」

歯切れが悪い。
何が言いたいのか?

「有難うっ。本当に…あり、が…」

言葉の途中から涙声が混じり、最後は零れた涙で言葉に成ってなかった。
いきなり泣き出したので何がなにやらだ。

「お、おい、かりん。どうした?」

「あたし、あいつが、お金と…」

「ああ、もう。話は良いからまず泣き止め。なっ」

無理に話そうとするかりんを抱き寄せて宥める。
冒頭の言葉からすると、7番の奴についてだろうか?
何も泣く事も無いだろうに。
かりんが泣き止むまで、暫くそうしていた。



10分くらいでやっと泣き止んでくれた。
先を急ぎたいがかりんの精神状態も心配なので、仕方が無く此処で座って話をする。

「あたし、お金が必要じゃないか。妹の為に」

「ああ、そうだったな。保留にはしてるが」

「それでさ、あいつ、7番の奴もお金が必要だって、妹を助けるんだって言ってた。
 でもあいつが選んだのは皆を殺す事だ。
 人数が減れば貰えるお金は増える。あいつの解除条件の為にもなんだろうけど。
 あたしも5人以下にしないと、って事では条件はあいつと同じだったんだ。
 早鞍に会ってなかったら、ああやって他の参加者を殺すために銃を振り回して、皆を殺して…」

此処まで口にして寒気でも感じたのか、両手で身体を抱える。

「だから、あたしっ、もうっ、駄目だよ。
 いつ、あいつの様に成るか…」

「ああ、もう判った判った」

どんどんと自分を追い詰めて行こうとするかりんの言葉を遮る。
何時もの様に頭を撫でた。
本当に何度もやってしまっているがかりんは嫌じゃないのだろうか?

「お前は一度も俺に危害を加えて無いだろ。今までのも正当防衛だけだ。
 そんな事を言ったら、俺だって銃をぶっ放してるんだぞ?
 かりん、お前はな、妹の所に胸を張って帰る事を考えれば良いんだ。なっ?」

責めない様に、穏やかそうな口調で諭す様に話す。
彼女の瞳は不安に揺れているままだが、俺にはこれ以上の言葉は無かった。
もうちょっと気の利いた言葉があれば良かったのだが。

「なぁ、何で早鞍はそんなにしていられるんだ?
 自分が死ぬかも知れないのに…」

「死ぬかどうかは判らんと言っただろう。
 それに、自分が生きるために人を殺す、何て御免だな。
 別の方法で生き延びて見せるさ」

おどけた様に肩を竦めて答える。
最初に『ゲーム』の登場人物だから殺してしまっても良いか、とか考えていた事はこの際措いておく。
逆に今こうやって和解して行けて居るのは、相手が『ゲーム』の登場人物だったからかも知れない。
性格も裏の設定も知らない全くの他人だったら、こうまで上手く立ち回れた自信は無かった。
あの7番の彼に対した様に。

「あたし、早鞍に何をしてあげられるんだろう…」

「気負わなくて良い。でも何かしたいってのなら…。
 ただ一つだけ有るな」

「何っ?!」

身を乗り出して聞いて来る。
そんなに何かしたいのだろうか?
此処でエロゲーなら「身体」とか言うのだろうが、俺には恥ずかしくて言えない。
考えた時点でアウト、か?

「生き延びろ!ただ、それだけだ」

思考とは切り離して真剣な表情で告げた。
短い返答に呆気に取られたのか暫く呆けていたが、そのうちに彼女の瞳から涙が溢れ出て来る。
何で泣き出すのか判らないが、焦って再度頭を撫でておく。

「うん、うんっ」

かりんは目を擦りながら、何度も頷く。
再度かりんが泣き止むまで、暫く時を待つのであった。



かりんが調子を戻した様なので、再度合流に向けて進軍する事にした。
しかし、何かおかしい。
当分の間こちらが止まっていたとは言え、そろそろ鉢合わせしてもおかしくない時間なのだが。
俺としては泣いているかりんと居る状態で相手が到着してしまい、変に勘繰られてしまう恐れまで抱いたくらいだ。
不安に成ったのでPDA探知を実行して見ると、その光点状況は大幅に変化があった。
まずこちらへ近づいていた筈の2つの光点は、近付くどころか大きく離れていたのだ。
更に1つずつの光点2つが、その2つに近い位置にある。
3つではなく4つの光点がある事がおかしい。
2階の光点は依然2つあるので、こちらからの離脱組では無さそうだ。
4階の地図を見ると、光点が1つずつのものが2箇所にある。
という事は、麗佳と高山が別行動を取っているのか?
それとも鉄格子が上がって、文香が降りて来たのだろうか?
後者だと更に4階で高山と麗佳が別行動となるから、可能性は薄いかも知れない。
色々と不明だが、愛美達と合流すれば判るだろう。
どれかが手塚なのだろうが、4つ共近い位置にあるのでそちらへと向かう事にした。

先ほどから何度か遠くで銃撃音が何度も聞こえて来ていた。
そんなに長い交戦では無い様だが、間隔を空けて幾度か聞こえる。
当然ではあるが通路を進むにつれて銃撃音は大きく成っていった。
あれから2度ほどPDA検索を行なったが、PDAの場所は細かく位置を動くものの位置関係に変化は無かった。
高山なら葉月と愛美の二人は足手纏いにしか成らないと、合流をしないと言うのは考えられる。
内心苦笑しつつ、そろそろPDA検索をしようと思いながら三叉路に入った時に、いきなりかりんでは無い声が掛けられた。

「いよう、外原。元気そうだな?」

横に伸びる通路の向こう、曲がり角から半身を覗かせた手塚が声を掛けて来たのだ。
此処まで近付かれていた?
バッテリーを気にして検索の間隔を大きく空けていたのが裏目に出た。

「待てかりんっ!」

アサルトライフルを構えようとするかりんを制して、その身体を通路を通り過ぎる形で隠れさせてから、手塚に答える。

「手塚、まだやり合うのか?」

俺のアサルトライフルの銃口は下に向けたままなので、手塚は一旦隠れたが再び半身を出して来る。

「言っただろぉ?殺そうって奴は止められないって」

ニヤけた笑いを顔に貼り付けて答えて来る。
そう言えば言っていたな。
回想していると手塚が疑問調で聞いて来た。

「お前、凄い武装してやがるが、そっちもエクストラゲームがあったのか?」

エクストラゲーム?
横のかりんを見てみるが、かりんは首を横に振る。
つまりこちらでエクストラゲームは発生していない。
成らば奴個人か又は一部プレイヤーに発生したものだろうが、そうなると考えられるのは何だ?
…武装の強化か!

「手塚、お前っ!」

「違ったか。余計な情報、与えちまったようだなぁ!」

後ろ手に隠し持ってたのであろうサブマシンガンを構えて、その引鉄を引いて来る。
俺も慣れたもので銃口を跳ね上げて手塚を狙うと、一回だけ引鉄を引いてからかりんの隠れた通路へと飛び込んだ。

「ちっ。いーい反応じゃねぇかっ」

「手塚!止めろ!こっちにお前と争うつもりは無い!」

「ふざけろっ!こっちはツインテールのお嬢ちゃんに問答無用でヤられてんだよっ!」

麗佳が?
下に降りた光点は麗佳だったのか。
見た所手塚の半身に怪我は見当たらなかったが、上手く躱したのだろう。
しかし何故麗佳に攻撃を受けたから俺の説得を受けないと言う結論に至るのだ?
手塚は俺と麗佳が合流した事は知らない筈なのだが。

「クックック、まぁ良い。今は見逃してやるよ。俺も気に成る事があるんでな」

笑いながらの楽しそうな声が聞こえた後、笑い声が徐々に遠ざかって行く。
去ったのか?
PDA検索をして見ると、彼のだと思えるPDAが早くも2ブロック先まで移動していた。
だがこれで気を抜く訳にはいかない。
逆に2つの光点がすぐ近くまで近付いていたのだ。

「手を、あげろっ!そ、そこを、どいてくれっ!」

曲がり角に隠れながら、震えて拳銃を構える人影がある。
あれではまともに撃てるかも怪しい。
この声は壮年の男性のものである事から葉月だろう。
かりんを俺の身体で隠しながらそちらへ声を掛けた。

「待ってくれ。俺は外原早鞍。愛美、居るんだろう?」

暫くすると恐る恐るではあるが、ジャケットを羽織っていないスーツ姿の壮年の男性と御淑やかそうな女性が出て来た。
思ったよりあっさりと出て来たものだ。
もう少し問答すると思ったのだが。

「本当に、大丈夫ですか?攻撃して、来られないですよね?」

愛美が怯えながら聞いて来た。
そういう事は出て来る前に確かめるべきだろうに、暢気な子である。

「此処で俺が大丈夫、何て言っても保障に成らないだろ?
 それでは改めまして。約束を果たしに参りました、御嬢様」

苦笑した後で真面目な態度で一礼する俺に、顔を見合わせる2人。

「また恥ずかしい事言ってるよ」

背後のかりんがボソッと突っ込んで来たのだった。



完全武装している俺達に警戒心を中々解いてくれなかったが、暫く情報交換のため話している内にそれも解けていった様だ。
文香と一度出会った事を話してから、まずルールの確認から行なう。
こちらが晒す前に葉月のPDAに入っているルールが知りたかったので、聞いて置いたのだ。
PDAの操作方法が判らなかったらしいので、それを教えて書いてあるルールを読んで貰う。
それによると、追加のルール表示は5と9であった。
ルール9は結局4と7の2台にのみあったという事である。
次に葉月のPDAそのものの確認に移る。
現在判明していないのは、姫萩が4番であるという嘘を通したとして、10とQである。
彼が10なら協力する為には5名が死ななければならなくなる、とルール上なるらしい。
考えてみれば文香が話さなかったと言う事は、葉月は文香に明かさなかったのだろう。
俺達が聞いても渋っていたが、かりんの首輪が外れているのが幸いして答えて貰えた。
彼のPDAは『ゲーム』通りの4番であった。
これに対してかりんはちょっと首を捻っただけである。
優希の情報で姫萩が4番と言っていた事を忘れているのだろう。
此処で騒がれるかと思っていたが、都合が良いのでこのまま話を進める。

「彼女の首輪が外れているという事は、首輪が余っているんだよね?それ、あるなら僕に貰えないかい?」

「今余ってる首輪は2つある。しかし、これはまだ渡せない」

葉月が当然の提案をして来たが、俺はきっぱりと断った。
勝手に葉月に首輪を外されて、その首輪を破棄されるのが怖かったのだ。

「何故かね?!」

「簡単な話だ。首輪が壊れても良いなら渡すが?俺としてもそれは困るんだがな。
 それとも今後こんな武装で襲い掛かって来る奴等相手に、荷物も含めて守り切れると豪語するかい?」

適当な事を言っておく。
確かに首輪が壊れると俺も葉月も困るが、俺が首輪を持つ決定的理由には成らない事に葉月は気付いてない様だ。
良かった、と胸を撫で下ろす。
今あの情報を言う訳にはいかなかった。
ルールの穴の1つに成るかも知れないこれを、運営側に知られて封じられる愚は冒せない。
俺の真剣な目に、葉月は渋々ながら提案を引っ込めてくれた。

それから文香と別れた後の事情を聞いてみる。
文香と分断された後は回り道と成るが4階への階段を目指していたらしい。
相当な回り道となった上に途中で休んだ為に時間が掛かっていたが、そうしていた彼等にチンピラ風の男が近付いて来たのだ。
完全武装に見える手塚に警戒するものの、最初から友好的な態度で2人に会話をして来たので警戒を解いていた。
互いのPDAを取り出して情報交換をしている最中に、ツインテールの女性から銃撃を加えられる。
その銃撃により手塚が自分を囮にして逃げたお陰で、自分達は難を逃れているのだと言う。

哀れ、麗佳は悪役襲名中である。
何故3階に麗佳が残っていたのやら。
それと彼らにはどう説明するべきか。
手塚が10番である事は未判明となっている。
その為、友好的に近付いたのが首輪を作動させる為との説明は出来ない。

「早鞍さん、そちらへ行っても宜しいかしら?」

悩んでいると、葉月達が現れた通路の方から別の声が掛けられた。
声からして麗佳だろう。
目に見えて2人が動揺し始める。

「大丈夫、俺の味方だよ。攻撃を受けたってのは何かの手違いだから、安心して」

穏やかな笑顔を繕って、2人を宥めた。
しかしこの怯えっぷりでは、このまま合流は難しいか?
…よし、これでいこう!

「麗佳、両手を挙げて出て来てくれ!」

曲がり角向こうの麗佳に指示を出す。
麗佳も状況を察しているのか、反論せずに両手を挙げてゆっくりと姿を現した。
2人の怯えもクライマックスの様だが、此処で俺は努めて明るい声でもって言い放つ。

「ほら。良く調教されているだろう?だから安心便利さっ!」

「されてないっ!」

「調教とか何言ってんだ?!」

おどけて言った俺の言葉に、麗佳とかりんから突っ込みが来たのだった。

この茶番に葉月達も毒気が抜けたのか、先ほどまでの酷い怯えは無くなっていた。
ふっ、天才に掛かればこんなものよ。
格好を付けては見るが頬に付いた赤い手形、俺には見えないが、がひりひりと痛む。
麗佳の平手打ちは中々に痺れるものであった。
あ、俺、マゾじゃないッスから!
取り敢えずこの身体を張った一幕で、皆の緊張はある程度抜けてくれた様だ。

丁度合流出来たので、麗佳からも話を聞いて置く。
俺達と分断された後急いで4階へ上がったのは良いが、その4階の階段ホールで7番の奇襲を受けてしまう。
その際に高山は先に4階の通路へ入ってしまい麗佳は階段に残されたそうだ。
そしてグレネードと思われる爆発物で追い立てられて3階へ逃げ帰らされてしまう。
このまま4階に上がるのは危険だったので俺と合流する為に移動を始める。
その途中に手塚と一緒に居る2人を見掛けたのだ。
2人が危険だと判断して手塚に銃撃を加えたが、手傷を負わせられずに逃げられてしまう。
此処で深追いは避けて2人と合流しようとしたが、先ほどの手塚への攻撃を自分達への攻撃と思ったらしく、頑として聞いてくれない。
仕方が無く付かず離れずの状態で手塚からの攻撃を牽制していたとの事である。
行き成りの攻撃は不味かったのでは無いかと思うが、麗佳が見た時には手塚が手に持ったPDAを葉月の首輪に挿そうとしていたらしい。
其れ為らば緊急措置も已む無しである。
俺でもそうしただろう。

情報交換が終わったので、これからについて話し合う。
此処で俺は自ら分断する事を提案した。
理由はゲームマスター又は運営の介入と手塚の完全武装化だったが、皆には後者しか告げない。
兎に角高山と文香の2人との合流が急務である。
内心としては優希の防衛が急務と言った方が良い。
しかし御剣とも合流しなければ成らない為、二手に別れる事を提案した。
出来れば俺のみが御剣と合流しに行きたかったが、かりんが頑として俺と行くと言って聞いてくれない。
仕方が無いので、麗佳、葉月、愛美の3名に高山との合流をお願いした。

「けれど、4階のホールはどうするの?」

麗佳の問いは、当然の疑問である。
だがこれに対して俺は楽観視していた。
今話し込んだ事で大分時間が経った事も少しはプラスに成っているだろう。

「手塚が先に階段へ行った。奴等が交戦するんだ、あそこは一旦蛻の殻に成るさ。
 時間的にもこれから行ったら丁度良いだろう。余り時間をずらすと、手を組まれた場合が怖いからな」

麗佳の喉が鳴る。
手を組まれる、それが一番怖いのだ。
8名死ななくては成らない7番と、5階以下で5名死ねば勝手に条件を満たすだろう手塚。
奴らの解除条件は相性が良いのだから。

「もし奴等のどちらかが待ち伏せしている様なら、3階の階段ホール付近で待っていてくれ。
 どちらにしても、俺達もそこを通らないといけないからな」

「判ったわ。では行きましょう、葉月さん」

「う、うむ。宜しく頼むよ」

もう事態は自分の手に負えないと理解したのか、葉月が麗佳に軽く頭を下げる。
麗佳も頷きを返して階段へ向けて出発した。
愛美が通り過ぎる時に不安そうに俺を見る。

「御剣達を連れて行く。期待して待ってろ」

安心させるように微笑んで声を掛けた。

「あ、はい。いえ、そうではなく。気をつけて下さいね?」

「当然だ。まだ死ぬつもりは無いさ」

微笑みを崩さず答える。
この時はまだこの約束が果たせると、そんな甘い考えを持っていたのだ。
不安な様子は消えないまま、彼女は麗佳達について行くのだった。



俺とかりんは御剣たちと合流する為に3階を移動していた。
途中で何度かPDA検索を実行したが、先ほどからある場所で2つの光点が止まっている。

「戦闘禁止エリアで休憩中なのかな?」

かりんの言葉の通り、御剣達は3階へ上がった後で最寄の戦闘禁止エリアに1時間近く留まっている。
休憩中なのか、それとも待ち受けているのか。
もう目の前に見えて来た御剣達の居る筈の戦闘禁止エリアの扉を見て考える。
俺達の接近に気付いているとしたら、御剣達はどう対処するだろうか?
やるとしたら俺が7番にした様に戦闘禁止エリア付近に誘い込むか?
もしかしたら安全に話し合いをする為に戦闘禁止エリアを使用する、Ep1や2の高山の様に考えたのかも知れない。

「かりん、止まれ」

後1ブロックで到着する場所で停止した。
あの御剣に限っていきなり攻撃して来る事は無いだろうが、用心はして置いた方が良い。
もしかすると、渚が裏切って2人のPDAを回収しているのかも知れないのだ。
プレイヤーカウンターではまだ13名の生存者が確認出来るので、死んでは居ないだろう。
ただPDAが盗られていた場合は御剣達の居場所が判らなく成る。
愛美の解除条件を満たす為には面倒に成るが。
…それが目的の可能性もあるのか?
色々と嫌な予想が脳裏を過ぎる。

「おい、早鞍。どうするんだ?」

止まったまま黙ってしまった俺に、かりんが急かして来る。
そうだ、早く決めなければ成らない。
このままだと相手が戦闘禁止エリアに居るのなら自分だけが行くと、かりんが言い出し始めかねない。
こちらには反論の材料が無いのだ。

「良しっ、取り敢えず部屋を覗いてみよう。かりん、発砲は極力しないように、な?」

「判ってるよっ!」

ちょっと拗ねたかりんはとても可愛いかった。

扉を開けた。
開ける前にPDAから例の警告が鳴るが、判っていた事なので無視しておく。
当然、部屋の中へは一歩も入らずに中を見る。
部屋の中には3人の男女が応接セットに座ってこちらを見ていた。
一人、姫萩だけがPDAの画面を凝視していた様だ。
3階で既にPDA又は首輪の探知ソフトが有ったとでも言うのか?
疑問には思うが後回しにして俺が声を掛けようとすると、彼等はいきなり立ち上がって部屋の奥へと逃げ始めた。

「って、ちょっ、まっ!
 待て待て待て。話し合いをしよう!うん、そうしよう!」

急いで部屋の中へと3歩足を踏み入れる。
俺が入ったのを見て、彼らの動きが一旦止まった。

「まあ待て。話し合いをしようじゃないか?なっ?」

「お前が、話し合いだとか言うのか?」

まさかとは思うが、手塚から俺の解除条件でも聞いたのだろうか?
渚に話した覚えは無いのでそれしか無いだろう。
いや、文香経由も有り得るが、どちらにしろ俺の解除条件は知られていると思って良い反応だ。
それならこの警戒も頷ける。
だが此処で話し合いをしないと始まらない。

「それをお前が言うのか?御剣」

御剣の言葉に俺はニヤついて返した。
俺の言葉に御剣は気まずそうに顔を顰める。
そして渋々と3人共、ソファーへと引き返して来た。

「それじゃ座って話をしようか。
 かりん、入って来て良いぞー」

皆を座る様に促しながら、かりんを呼ぶ。

「ひっ」

姫萩が喉の奥から悲鳴を上げた。
何をいきなり驚いているのだろう?

「く、首輪が、外れて、て」

「ああ、もう解除者が出てるんだ。良い事だろ?」

御剣に微笑みかけるが彼は青ざめた顔で震えている。
後ろの姫萩など御剣の服の裾を手が真っ白に成るまで強く握り締めて、今にも失神しそうなほどだ。
渚もこの事態に目を丸くしている。
はて?
彼等とかりんに接点なんてあっただろうか?
渚は少しはあるだろうが、かりんの解除条件も驚く様なものでは無い。

「なあ?どうしたんだ?」

「こ、殺さ、ないで…」

俺が言葉を掛けた途端に姫萩がガタガタと震えだす。
その姫萩を御剣が強く抱きしめていた。
こんな所でラブラブイチャイチャか、こいつ等。
そう思ったが、姫萩の言葉は何かおかしい。
殺すって、此処は戦闘禁止エリアなんだから無理だろうに。
…禁止?

「おお、かりん、お前此処で攻撃可能なんだっけ?」

部屋に入る前の検討事項に入っていたのにド忘れしていた。

「すまん、かりん。武装解除して貰えるか?
 このままじゃこいつ等、話し合い出来る状態に成らないし」

「へいへい。はぁ、本当に頭良いんだか、馬鹿なんだか」

かりんに盛大な溜息を吐かれてしまった。

取り敢えず5人全員で応接セットに腰掛けてから、御剣達にこれまでの事について説明して貰った。
まずエントランスホールから手塚の裏切りまでは優希と渚の説明通りである。
その後1階に落ちた渚と優希を迎えに行く為、再度1階に降りたが一向に見付からず時間が過ぎていく。
その時エクストラゲームが提案された。
そのクリア報酬に仲間との合流と有ったので、渋々ながらこれを受けてクリアして渚と合流出来たのだ。
渚から別れてからの事情を聞いた二人は、3人で上を目指す事にする。
再会した時間はもう18時間を経過しており、このままでは危ないと急いで2階へ向けて移動を始めた。
しかし1階の奥まった場所での再会だったので、2階に上がった時は22時間を過ぎていたらしい。
俺達が寝る前に探知したのはこの間の時のものだろう。
彼等は各階の進入禁止化に怯え急いで此処まで上がって来たのだが、最初の手塚の襲撃により警戒心が強く成っていた。
その為ずっと緊張を張り続けて上がって居たので疲れ果ててしまい、この戦闘禁止エリアをPDAのソフトウェアで見て確認出来たので立ち寄ったのだ。
此処での休憩中に姫萩のPDAに何時の間にか導入されていたPDA探知ソフトにより俺達の接近を知った事で、再度緊張を高めていたとの事である。
戦闘禁止エリアなら安全だと思って待っていたが、俺達の武装を見て肝を潰したらしい。

成程、PDA探知、ね。
さて、状況が大分見えて来た。
これから先は時間との勝負に成るが、愛美の為にも頑張らないといけない。
それに一つ、はっきりとさせなければ成らない大事な事項がある。

「大体事情は判った。
 まず言って置くのはかりんについてだ。彼女のPDAはキングだった」

「えっ?でもお二人だけでは…っ」

はっとして中断した姫萩の台詞を、此処はまだ流す。

「俺達は上の階でルール9を見付けたんだが、御剣の方は見付けてるか?」

「いや、まだ未判明なんだ」

即答である。
御剣の性格では嘘も無いだろう。
やはりこの時も姫萩が動揺する。
では最後だ。

「姫萩、君の4番のPDAを出して貰えるかな?」

「あっ、う」

「4番?って葉月さんじゃ?」

「どうしたんだ?咲実さん?」

姫萩が絶句してしまい、その様子に御剣が不審がる。
かりんも俺の言葉に首を捻るが、追求はして来なかった。
出せないだろうな。
それとも今すぐ再偽装をするか?
この衆人環視の中で違和感無く偽装行為が可能か?
彼女には無理だろう。

「言い直そうか?姫萩。
 君の持つ、2つのPDAを、机の上に出してくれ」

姫萩がカタカタと震える。
2つ、この言葉に何かを感じたのだろうか、御剣が俺と姫萩の顔を交互に見比べた。

「咲実さん、まさか…」

「ごめ、ごめん、なさい。私、卑怯者、でした…」

言いながら2つのPDAを机の上に出す。
1つは<ダイヤの7>を表示させている。
もう一つはトランプの<ハートのQ>を表示させていた。
やはり姫萩はJOKERで偽装したPDAの追加機能を利用していたのだ。
7番に偽装したのは偶然なのだろうが、その中のソフトウェアは有効な物が多い。
もしかすると、この戦闘禁止エリアの近くに来たのも偶然では無いのかも知れなかった。

「7番?!って、ええっ?!」

この事態にかりんも驚愕した。
7番はその特殊性の為、俺が肌身離さず持っている筈なのだ。

「姫萩。この7番、貰って良いかな?こっちの仲間に2と6が居るんだ」

「…はい、宜しく、お願いします」

力無く答える姫萩。
やはり4か7のPDAから各解除条件を見ていたのだろう、返答は早かった。
許しを貰ったので机の上の7番、JOKERを手早く回収する。
渚の制止や妨害は無い。
彼女こそが一番警戒する対象だったが、戦闘禁止エリアなのがこちらにも有利に働いたか?
早速そのPDAを確認してみる。

「私、御剣さんが、怖くて、偽ったんじゃ、ないん、です」

俯いたまま涙を零して小さな言葉を途切れ途切れに紡いでいる、みたいだ。
…しかし、さっぱり判らん。
姫萩の言葉に対して御剣は努めて明るい声を出して返していた。

「判ってるよ、咲実さん。俺に負担を掛けないようにする為だろう?
 良いんだよ、そんな事は」

御剣は優しく慰めた。
手元の作業を止めて彼らを、半眼で見る。
これからこいつらのラブラブイチャイチャを見なければ成らないのか?!
冗談じゃ無いデスッ!
っは!嫉妬の炎が全てを爆破する所だったゼ!
内心の冗談は措いておき、…本当に冗談ですよ?
次に話を進めよう。
本当に時間が無いのだから。

「渚も含めて、3人とも生駒愛美に会って貰わなくては成らない。48時間経過前にな。
 その為、辛いだろうがすぐに同行して貰えると助かる」

この俺の意見に、既に渚から愛美の解除条件を聞いていたのだろうか、皆が頷いてくれる。

「それでは早速出発したいが、その前に1つ…。
 重要な事を聞いて置きたい!」

立ち上がりつつ、最後の方は声を張り上げる様な俺の言葉に、皆が驚いてこちらを向く。

「な、何をだ?」

御剣の真剣な問いに対して、俺は「ソレ」を確実に知っているであろう姫萩の方を向き、直角に腰を折って頭を下げる。
残念だが俺にはどうしても判らなかったのだ。

「JOKERの解除方法を教えてくれっ!」

姫萩がソファーからずり落ちた。



[4919] 第8話 襲撃
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:08

ある意味、此処が第2の開始点であった。
もう下がる事は無く、後は上がるだけ。
これからは愛美の条件を満たす為に迅速な行動を必要とする。
それは同時に約半数の首輪の解除を意味していた。

JOKERの解除方法はすぐに教えてくれた。
既に前回変更から1時間以上が経過していたらしく、目の前で実践してくれたので判り易くて助かる。
それにより絵柄を2番に変更して置いた。
姫萩はこれまでに4回の変更を行っていた様だ。
4と7の他に、手塚の言葉の確認の為に俺の3と、そして御剣のAである。
御剣自身の言う解除条件を確かめたかったのだろう。
これで一応5回目の絵柄変更となった。
後は5回の変更をするだけなので、72時間経過までは大分先なのだから問題は無いだろう。
今最も重要なのは皆との合流だけだった。

急いでいた為に御剣達には出発後に、ルール9と各プレイヤーの番号と性格を歩きながら伝えた。
現状明確に敵対的なのは7番何某かと、消去法で残ったものがこれしか無いので10番の手塚。
二人以外は互いに協力し合える関係である事を伝えた所、御剣達も安堵してくれた。
やはり全員と殺し合うかも知れないという恐怖があったのだろう。
7番のPDAにより罠を回避し隔壁も抉じ開けつつ順調に進み、2時間ちょっと歩いて4階への階段に辿り着く。
此処までに更に2回のJOKER変更も行っていた。
5番を経由して現在は6番である。
予定ではこのまま8、9、10で終了だ。
こうすれば何回変更したのかが判り易い為だった。

また3階に上がったばかりであった御剣達の武装はクロスボウしか無かった。
その他の荷物は3人とも殆どが飲食物と簡易コンロや水入れなどの調理用具の様である。
そして御剣のPDAに擬似GPS機能と地図拡張が、姫萩のPDAにプレイヤーカウンターが入っていた。
そんな状態だった為、俺とかりんが持っている武器を一部彼等に貸し与える事にする。
かりんが持っていたアサルトライフルと俺の予備の自動式拳銃を御剣に渡しておく。
姫萩と渚には俺とかりんの予備の拳銃を持って貰った。
これで俺の持つ拳銃は1つに成ってしまったが、仕方が無い。
かりんには予備のサブマシンガンを使って貰う。
姫萩達に武器を持たせる事については御剣から反対が出たが、今は自衛が出来なければ困ると言い聞かせた。

俺達は愛美の事もあるので、移動を急ごうと階段を昇り切る。
警戒はしていたが、階段ホールには誰も居なかった。
周囲には爆発物で深く抉られた壁が内側の建材まで露出させている。
麗佳が言っていたグレネードか何かが何発か当たった跡だろう。
3階のホール近辺にも誰も居なかったので、麗佳達は無事に昇ったと思われる。
無事に高山達と合流出来ていると良いのだが。
PDA探知でも周辺に光点表示は無い。
手塚は何処に行ったのか?
5階にある幾つかの光点以外に1つだけの光点が見当たらない。
考えられるのはPDAが壊れたか、ジャマーソフトだ。
後者の場合は厄介だが、7番の彼も探知は出来ないし兎に角早い合流を目指そう。

此処から一番近くにある、本来封鎖されていた階段へと向かい歩き始める。
そこは俺達が降りる時に爆破しているので、直通で6階まで行けるのだ。
今何故か高山達だろう2つの光点が5階の袋小路な部屋に居る様だが、以前言っていた拠点だろうか?
5階には他にも移動中なのだろう光点が3つ固まっているが、麗佳達が拠点に向かっているのだろう。
どちらにしても5階には上がる必要がある。

油断して無かったとは言い切れない。
十字路を抜けた時、それは突然やって来た。

    ボヒュッ --ゥ

とガスが抜ける様な音と共に正面から何かが飛んで来た。
あれは、ミサイル?!
マジかっ!

「全員後退!早く逃げろー!」

皆を銃身で追い散らしながら下がる。
全員がすぐ後ろの十字路に避難した時、背後で大爆発が発生した。





第8話 襲撃「自分のPDAの半径5メートル以内でPDAを正確に5台破壊する。手段は問わない。6つ以上破壊した場合には首輪が作動して死ぬ」

    経過時間 34:33



ジャマーソフト。
つまりは探知系ソフトウェアに引っ掛からない様に成るソフトウェアである。
これが入ったPDAの近くにあるものは探知出来ない。
だが攻撃して来た者が7番の場合は、こちらにはそもそも探知不可能だ。
完全に失念していた、と言うよりも油断していたと謂わざるを得なかった。
こちらが身を隠しているのは十字路なので逃げる事に不自由は無いが、5階への階段に向かう通路を封じられたのは痛い。
時間は掛かるが本来の正規階段を目指すか?

状況を見ようと角からちょっと顔を出した所、かなり遠くに銃口が見えた。
確認後に銃撃が加えられたが急いで首を引っ込めたので怪我は無い。
誰が撃って来たのかは確認出来なかったが、敵である事は間違いなかった。
さてどうしようか、と考えていると奇妙な音が鳴り響く。

    カン カン カラカラ

覗いて見ると通路の向こうに何か円筒状の缶が転がっている。
20メートルほど先に転がった為、あそこで爆発してもこちらには被害が出ないだろう。
しかし次の瞬間、それが浅はかだった事を思い知らされた。
それは音響手榴弾、つまりはスタングレネードと言われる音で相手を無力化しようとする武器だったのだ。
爆発したと思ったら脳を揺らすような高周波と轟音が撒き散らされる。
距離が離れていた事が幸いしてかこちらに気を失うものは居なかった様だが、皆がふらついていた。
だが意識がある以上は反撃は可能であり、その状態で相手は突破して来るのか?
案の定相手は突撃をして来ない。
なら何の為にあれを投げたのか?

「うぅ耳が痛い」

姫萩が顔を顰めて呻いている。
彼女は耳が良いらしいので、余計に堪えたのだろうか?
確かに耳がキーンときて聞こえ難いが…。

「しまった!周辺に注意しろ!」

大声で皆に注意を呼び掛ける。
御剣は直ぐに反応して周辺を見回した。

「何だ、あれは?」

御剣が疑問の声を上げたので御剣の向いている方を見ると、十字路を挟んだ向こう側に不恰好な鉄の塊があった。
ずんぐりむっくりした円筒形の動体に4つの車輪がついているそれが、こちらへと向かって来る。
その動体の中央には銃身が取り付けてあった。
自動攻撃機械かっ!

「全員退避ー!」

完全な十字砲火と言って良いだろう。
いや本来の意味とは異なるが、それはどうでも良い。
こちらが撤退するより早く、まだかなり遠いのだが自動攻撃機械からの攻撃がやって来る。
それに対して俺も反撃を行った。
何発か被弾したようだが、防弾チョッキで銃弾は止まる。
しかし御剣はそう言う訳にはいかなかった。

「ぐぅっ」

「御剣さん!」

姫萩を庇ったのか、彼女の目の前で左腕に幾つかの血の花が咲いていた。
その間にも機械からの攻撃はやって来るので、続けて銃撃を加えてやっとの事で沈黙させる。
距離があった事もあるが、中々当てるのが難しいものだ。
しかしこんな機械1つで俺達を完全制圧出来ると考えたのか?
これならまだ、あのスタングレネードを俺達のど真ん中に投げ入れる算段をした方が良かっただろう。
自動攻撃機械の回り込み、そしてスタングレネード、特殊手榴弾?
神経ガス弾も特殊手榴弾と言える!
高山のレクチャーで教わった薀蓄を思い出した。
同時にEp1での麗佳の戦術が脳裏に浮かんだ。
もしかしたら逃げる先を制限しての殲滅か?!
周囲を見た所、この付近の通路には部屋に入る為の扉が皆無だ。
その上この十字路を除けば周りの道に枝分かれは当分先となっている、一本道である。

「かりん!渚!止まれっ!そっちは駄目だ!」

叫びながら必死に走る。
俺とかりんにはガスマスクがあるが、渚には無い。
しかもかりんにガスマスクをつける機転が回るかも問題である。
かりんが先頭になって退路を進んでいる中で曲がり角の手前まで達した時、その先に円筒形の缶が転がった。
まさか手榴弾か?
最悪の事態に背筋が冷える。

「えっ?」

「かりんちゃん!」

数秒後ガスを放出し始めた缶を見て渚が躊躇して足を止めるが、好都合だ。
此処で神経ガスはある意味助かった。
破片手榴弾だったらかりんは死んでいたのだ。
かりんは至近で立ち昇るガスを一気に吸った様で、身体から力が抜けて膝から崩れ落ちていく。

「引けっ、渚!かりんは俺が引かせるっ!」

急がないとかりんが危ない為、俺にもガスマスクを着ける暇は無かった。
走っていた所為で前のめりに倒れていくかりんを倒れる前に何とか確保する。
そのまま曲がり角のこちらに引き返そうとするが、慣性が邪魔をして曲がり角へと流れ出てしまう。
やはりと言うか、そこを曲がった先の廊下から銃撃が降り掛かって来た。
右脇腹と右肩が熱く燃える様に、痛い。
防弾チョッキを貫通した?!
しかしこのままでは狙い撃ちになる。
気力で踏ん張り曲がり角の手前に身体を引き戻すが、痛みとガスの影響でかりんを支えたまま倒れてしまう。

「ぐっ、づぅ」

3発だろうか、銃弾を受けた所がズキズキと痛むがこうしている訳にはいかない。
かりんのバックパックの横に提げていたガスマスクを、俺の3番のPDAと共に渚へ投げ渡して叫んだ。

「かりんを、連れて、逃げてくれ、頼む!」

息が苦しい。
血がドクドクと身体から流れ出て行くのが判る。
立ち上がる事も出来ない位に苦しくてだるい。
ガスが周囲に満たされていく真っ只中に居る俺の意識は、程なく落ちるだろう。
だから頼む、行ってくれ。
もう、言葉が出せない。
目で渚に懇願する。
俺の訴えを理解してくれたのか、渚はガスマスクを被ってかりんを担いだ。
2、30kgもある撮影器具を装備したまま3日間を過ごせる渚の筋力なら、かりん一人くらい大丈夫だろうと思いたい。
ガスを吸うようなヘマもしていない筈だ。
その時、男の声が聞こえた。

「そのまま逃がす訳無いだろうがーーーっ!!」

曲がり角の向こうから、声と共にバタバタと走り寄って来る足音が聞こえて来た。
馬鹿が、もっと静かに行動すれば良いものを。
酷く冷めた思考に侮蔑が混じる。
バックパックを下ろして、傷で動きが制限される為にゆっくりと成ったが、中から手榴弾を取り出した。
もう俺は駄目だ。
どうせ死ぬなら奴を道連れにして、皆の安全を確保しよう。
そう考えてピンへと痛みで震える指を掛けようとした時、その手榴弾を叩き落された。

「早鞍さん、まだ終わっていませんよっ!それとも私を見捨てるんですか?」

意外な事に渚が流暢な口調で俺へと言葉を紡いでいる。
これが彼女の本性なのだろうが、今の俺にはそれよりも気になる事があった。

「見捨てる?」

何を見捨てるというのだろう。
彼女の同行条件は御剣と姫萩が満たすだろうし、解除条件そのものは時間が経過するだけだ。

「貴方が此処で爆発したら、私のPDAはどうなると思ってるんですか?!
 それと共に麗佳ちゃんも助かりませんよっ!」

渚の指摘に愕然とする。
そうだ、今俺は渚のPDAを持ったままだった。
そして今7、9、Jを持ったまま吹き飛べば麗佳の解除にも支障が出かねない。
そちらは良く考えればまだ問題無かったのだが、渚の剣幕にこの時の俺は納得してしまう。
俺が呆けて居ると、渚が俺の頭越しに何時の間にか持っていたかりんのサブマシンガンを掃射した。

「うわっと。綺堂、てめぇ裏切るのかっ!」

「裏切りなんて言い掛かりよ。生駒くん、大体貴方は出しゃ張り過ぎなのよ」

「くそっ、邪魔してんじゃねぇっ!」

7番が吼えるが渚の正確な射撃に角から全く身体を出せない様だ。
感情的な相手と冷たいくらいに平静な渚。
それぞれの声が対照的である。
いこま?
何処かで聞いたような名前だが、今はそれ所ではない。
これで駄目なのなら、渚に俺の持つ全てのPDAを渡せば問題は消えるか?

「な、渚。PDAを、持…」

「早鞍さんっ!立ってっ!まだ終わってないのよっ!」

奴に対しての声とは全く質の異なる激しい言葉が俺に降りかかる。
まだ終わっていない。
そうだ、俺はまだ生きている。
這いずってでも生きなければ。
証明するんだ、俺が間違っていないと!
何を?
ズキリと頭が痛む。
それでも身体の痛みもあってか、その痛みが無視出来てしまった。
…そうだ、俊英お前は間違っていたんだ!
朦朧とする頭をはっきりとさせる為、映画などで良くある様に脇腹の傷を自らの指で抉る。

「ぎぃぁ」

叫ぶまいとしていたが喉から絞り出てしまう。
だがこれである程度意識が戻った。
これで行ける。
俺は生きて生きて、皆を帰すんだ。
冷静に奴と渚と自分の位置関係を考えて、どうすべきかを模索する。
そして寄り掛かっていたバックパックを再度漁って、3つのものを取り出した。
更に横に提げていたガスマスクを急いで装着する。
奴の位置からそれは見えたかも知れない。
取り出した物の一つ、円筒形の缶に付いたピンを素早く引き抜いて曲がり角に入らない位の手前に転がした。

「早鞍さんっ?!」

さっき言ったのにとでも言いたいのか、渚が驚いたような抗議の声を上げる。
それには構わず直ぐに立ち上がりながらバックパックを背負い、次の円筒形の缶のピンを抜いて安全レバーを持ったまま走り出す。
右半身を怪我しているので、アサルトライフルは捨てて行く事にした。

「渚、逃げるぞっ!!」

大声で叫びながら2つのピンが人差し指に嵌ったままの左手、その親指を立てた。

「早鞍さん、貴方…。判ったわ」

一瞬迷って居たが、俺の顔に投げ遣りな感じが無いのを見て取ったのか、言う通りに撤退を始めてくれた。
しかしかりんを担いだままなのに動きに淀みが無いとは、かなりの怪力である。

「逃がすかって言ってるだろっ!」

ガスマスクを着けている7番が影より出て来て、銃口を向けながら銃を乱射して来た。
と言ってもオートモードでは無かった様で、その射撃間隔は大きい。
やはり出て来たか。
最初の3発に対して取り出していた3つ目のアイテム、予備の防弾チョッキを奴との間に左手で翳した。
この予備の防弾チョッキを御剣に着させていれば良かったとは思うが、今更なので措いておく。
奴から放たれた銃弾は翳した防弾チョッキを貫通はしたものの次の防弾チョッキ、俺の着たものは一つも貫通出来なかった。
そして俺への着弾の少し前にチョッキの向こうでは眩い閃光が走る。

「がぁぁ」

悲鳴と共にガシャンと金属音が鳴った。
ライフルを落としたのだろうか?
奴は転がした缶を、奴が使ったものと同じく神経ガス系のものと勘違いしていたのだろう。
俺がガスマスクをわざわざ装着した事もその原因に成っていると思う。
渚に撤退指示を出したのは、後ろを向かせる為でも有ったのだ。
左手の防弾チョッキを捨ててから、その閃光に紛れて2つ目の缶を投げる。
曲がり角付近の横の壁に当てて跳ね返るようにして転がした。
カラカラと転がった缶は、その音からすると狙ったように曲がり角の向こうへと転がって行った様だ。
未だ曲がり角のど真ん中で立ち往生をしている奴には直撃だろう。
暫く寝てな。
心の中で合掌をしてから、背を向けて耳を塞ぐ。
大音響を響かせたその缶は、スタングレネードだったのだ。

これで良い、と前を見たら新しい自動攻撃機械に攻撃されている御剣達が目に入った。
ガスマスクを被ったからと言って、今まで吸ったガスの効果が抜ける訳ではない。
落ちそうに成る意識を無理矢理保ち、御剣達に向かって走る。
その時御剣が銃弾を受けながら放った銃弾が、自動攻撃機械を沈黙させた。
御剣は良くやったが、しかし機械の位置が二人に近い。
確か、文香はあいつの自爆で怪我をした。
『ゲーム』であった強襲部隊との戦闘が頭に浮かんだ。

「皆、その機械から離れろ!」

通り様に倒れ掛ける御剣を左肩を使って腰から抱え上げる。
その装備も含めてかなり重いが、短い距離なら行ける!
近くに居た姫萩も俺の剣幕に押されてか、後ろについて走り始めてくれる。
もしかすると御剣の身体を俺が確保しているので、それに付いて来ているだけなのか?
素早く移動した為だろうか、自動攻撃機械が自爆した時には俺達は相当の距離を稼ぐ事が出来たのだった。

最大の窮地は脱したと見て良いだろう。
傷の痛みは容赦なく俺を襲うが、俺は意識が飛ばない様にと努める。
降ろした御剣は姫萩に託していた。
彼も何とか意識は保っているが、姫萩が肩を貸して歩くのがやっとの状態である。
意識を完全に失っているかりんは渚がそのまま担いでいた。
渚はかりんで行動を制限されているし御剣も期待出来ないとなれば、俺がしっかりしないと駄目だ。
だが神経ガスの効果は俺の意識を落とそうと頑張ってくれている。
それでも窮地が続いている以上は落ちる訳にはいかない。

手塚の追撃に遭っている為である。
敵は7番だけではなかったのだ。
あの自動攻撃機械を操っていたのは手塚であった。
考えてみれば、PDAが無くては扱えない機能を7番が使用出来る筈が無い。
もっと早く気付いても良かったのだ。
このタイミングが良い連続攻撃は、2人が手を組んだと見て間違いないだろう。
曲がり角から立て続けに乱射される銃弾を曲がり角に避難して避ける。
それに対して特攻されない様にと御剣に渡していたアサルトライフルを左手で扱って牽制をした。
渚もかりんを担ぎながら、危険そうな時はサブマシンガンで牽制を助けてくれる。
そんな事を1時間以上の間、繰り返していた。
そろそろ俺と御剣の意識も限界だ。
御剣は自動攻撃機械に受けた傷による出血で、俺は傷に加えて神経ガスの影響がある。
逆に傷の痛みのお陰で意識が保っているのではないだろうかとも思うが、気分の良いものではない。

「もうちょっとだ。皆頑張ってくれ!」

7番のPDAの画面を時々見ながら、皆に先を急がせる。
そんな俺達にPDAから電子音が響いて来た。

    ピー ピー ピー

    「2階が進入禁止になりました!」

手元のPDA画面に載っていたのはそんな文章であった。
これで1日と半が経過した事になる。
愛美の残り時間は半日、12時間しか無くなった。
再会した者達からそれぞれの事情を聞くのに時間を掛けた事で、大分残り時間が少なく成ってしまった様だ。

退却中の御剣は意識が朦朧として歩くのがやっとの様だ。
それでも歩かないと皆を死なせてしまう事が判っているのか、何とか歩いていた。
そうして漸く目的の場所を皆が通り過ぎてくれる。
その瞬間に俺は、先ほどの警告画面から地図画面に戻しておいた手元のPDAを操作した。
ゆっくりと隔壁が下り始める。
すぐに落ちないのか?
嫌な予感が当たってしまったが、この隔壁が閉じるには時間が掛かる様だ。
俺達は急いで奥へと退避する。
それを確認した手塚がこちらへ突っ込んで来た。
距離はまだまだ遠いが、隔壁の下りる速度がゆっくりなので余裕で間に合ってしまうだろう。
だがそれも予想済みで有り、対抗策も考えている。
荷物から取り出していた対人地雷をボーリングの玉さながらに、大袈裟な動作のアンダースローで投げ放つ。
当然、左手を使ってだが。
投球後地雷は埃の積もった床を滑って行く。
隔壁下に到着したのを確認してから、手塚に見える様にしてPDAを使い地雷を起動させた。

「何ぃぃ?!」

起動した事を示す沢山のランプが明滅するその怪しい物体に、手塚は危険を察知した様だ。
大分距離があるとは言えその威力が判らないので、急停止後速やかに向きを180度変えて一目散に逃げ出した。
ちなみにこれは脅しではなく、本気である。
隔壁がまだ6割程度しか下がってない状態で、その対人地雷は「ピーーーー」爆発した。
それは周囲の壁に無残な焼け跡を残す。
これを見ればその威力は一目瞭然であろう。
そして俺はもう一つの対人地雷を同じ様に投げた。
隔壁の下りる地点近くに鎮座する地雷を警戒して、手塚も隔壁が下りるのを遠くで見ているしかなく成ったのだ。
そうして隔壁が下りてから、俺達は近くの倉庫に移動する。
やっと俺は意識を手放せたのだった。



身体が熱い。
それも当然だ。
俺は今、真っ赤に燃え上がる大きな家を眺めていた。
家の中には俺の家族がまだ居る筈だ。
偶々厩舎に個人的な用で外出していた俺は、この火事に巻き込まれずに済んでいた。
そうして眺めていると、火達磨になった誰かは判らないモノが玄関からふらふらと歩いて出て来る。
その物体は玄関から数歩歩くと、倒れて動かなくなった。
体格的には母だろうか?
人が火に塗れるとあんな感じに成るのかとぼんやり考える。
現実味が全く無かった。
そうしてこの日俺は両親と曽祖父、そして住むべき家を失くしたのだった。

火事の原因は放火だった。
犯人は見付かっていない。
後に4つ下の従兄弟が言うには、親戚連中が共謀したとの話だった。
それではまず犯人は見付かるまい。
動機は財産目当てと思われた。
たまたまでは無いだろう。
夏季長期休暇で実家に戻って来ていた際の出来事である。
多分俺も狙われていた筈なのだ。
その従兄弟、俊英は親戚連中が許せなかったらしい。
数日後の葬式の日まで何度も会ったが、その度に常軌を逸していく俊英を見るのが辛かった。
俺が慰めれば一時的には回復するのだが、また数時間経つと影で親戚達に憎しみの目を向ける。
夜も全く眠れない様で、充血した目をしていた。
昔から彼は親戚達には良い感情を持っていない上に、可愛がってくれた曽祖父を彼等が殺したのである。
その彼の報復は無残な結果を生み出したのだった。

家族の葬式は俊英が中学生から8年間世話になった親戚の家で行われた。
大地主だった曽祖父の葬式とあってそれなりの規模で執り行なわれたそこには、あの曽祖父の血を引いている筈の親戚達が全員集まる。
その場所は醜悪極まっていた。
皆が皆、曽祖父が持つ遺産をどう分配するかを唾を飛ばして語り合っていたのだ。
唯一残った直系である俺に媚を売ってくる者も居た。
吐き気がするような状況に逃げ出したかったが、一応形だけは喪主なので場を去る訳にもいかない。
苦痛の時間が過ぎる中、俊英から一つ頼み事をされた。

「お寺さんを火葬場に連れて行くの、鞍兄に頼むよ。先に入っててくれない?」

俺は大学で地元を離れていたし、何より段取りが判らなかった。
そんな俺に代わって兄の葬式をしっかりと見ていたのだろう俊英が、その身体の不調にも係わらず式の流れを抑えてくれている。
現在は訪問客も全て返して、親戚達のみが家に残った状態だった。
特に親しかった人でどうしてもお骨を取りたいと言われる人には、先に火葬場に行って貰っている。
元々家族は焼死しているので火葬の必要は無いのだが、形式だけでもと段取りに含んでいたのだ。
そうして俺はお寺さん、つまりはお坊さんを連れて車で山を登る。
火葬場は山の上にあり、俺の村が良く見下ろせる場所にあった。
親戚達が中々来ない為に火葬処理の段取りが進まず、骨を拾いに来た方々に俺は謝りながら時が経ていく。
来る気配の無い親戚達を訝し気に思いながら外に出て景色を眺めると、赤い光が目に入った。
あれは数日前に目の前で見たものと同じもの。
ごうごうと燃え盛る炎は遠目でもかなり大きいのが判る。
燃えていたのは従兄弟の家、つまりは葬式の会場と成った家だった。

親戚は例外無く全員焼け死んだ。
そう、例外は無い。
嫁や子供なども含めて全員である。
そしてあの俊英も何故か一緒に燃えたのだ。
この火事は親戚のタバコの不始末によるものと判断されて、事故で終結した。
真相は多分俊英がやったのだろう。
段取りを組み、親戚達だけがあの家に残る様にしたのは彼だからである。
だが何故俺だけを火葬場へと逃がしたのか。
犯人も一緒に死んだのだから、全てはもう闇の中だった。

愛着のある土地ではあったが此処に居るのは苦痛だったので、曽祖父が信頼していた弁護士を頼って土地などの全ての財産処分をお願いした。
それと同時に農場などの経営も出来なく成ったので、お金を無駄に出来ない事もあり大学院を止める手続きを行う。
資産はこれから細々と自分が暮らしていく糧にする予定だった。
教授は引き止めてくれたが俺の決意は固く、覆る事は無い。
そんな中で数十億円に上るその資産を、信頼していた弁護士が持って逃げたという知らせを耳にする。
これで俺は家族も親戚も金も、全てを失ったのだった。



身体が熱い。
まだ夢の中に居るのだろうか?
吐き気と共に目から溢れる涙に気付く。
何故忘れていたのだろうか?
俺は何もかもを失ったのだ。
だからこんな『ゲーム』の中と言う「夢」に閉じ籠ったのか?
実際に撃たれた傷は現実のものと言って良い激しい痛みを齎すが、これでも夢だと言うのか?
夢の所為なのか、痛みの所為なのか判らない涙をそのままに思考を巡らせるが、答えなど出る筈も無い。
そんな俺に声が掛けられる。

「早鞍!起きたのか?!」

懐かしい、いや逆か?
どうも夢を見た所為で記憶が混乱している様だ。
この声はかりんのものだろう。
ゆっくりと起き上がるが、その際に上半身に激痛が走った。

「ぐぅっっ、これ、は。きつい」

つい弱音が出てしまった。
右脇腹と右肩の傷は手当てがされている様だが、それでも痛みが無くなる訳では無い。
だがしっかりとしたその手当てされている様子に感心をしてしまう。
ズキズキと痛む怪我に顔を顰めていると、目の前にかりんが膝立ちに成って様子を見て来た。

「早鞍、無理するな。もう少し寝てろって」

本気で心配してくれているその様子に、俺は胸が熱く成った。
それは不信と感動の両方の意味を持っている。
他人なんか信じられない、と言う気持ち。
人間は他人を気遣う事が出来るものだ、という気持ち。
どちらも否定出来ない自分。
どっちつかずの自分が嫌に成る。

「やっぱりまだ具合悪いんじゃないか。ゆっくり寝てろ」

かりんが傷付いていない左肩を押して、寝かせようとする。
その手から暖かい体温を感じて、急速に意識が覚醒した。

「かりん!今は何時だ?!いや、経過時間は何時間だ?!」

そうだ、愛美の時間が無いのだ。
こんな所で寝ている訳にはいかない。

「うぇ?ちょっ、ちょっと待って」

そう言ってショートパンツの右前ポケットに入ったPDAを取り出して確認する。
気持ちは逸るが、それを抑えてかりんの返答を待つ。

「今は39時間42分。まだ8時間はあるよ、大丈夫」

「馬鹿っ、もう8時間しか無いんだ!
 手塚達に狙われながら移動しなきゃ成らないんだぞ?!」

「うぅ、御免」

興奮していた所為か語調が強くなっていた様で、かりんが萎縮してしまう。
彼女の泣きそうな顔を見て頭に昇っていた血が一気に下がる。
何をやっているんだ俺は?
こんな子供に当たって。
自分でも相当焦っているのが判る。

「すまん、かりん」

かなり気落ちをした様子のかりんに謝る。
この苛立ちは今も意識を回復していない御剣が、横目に入っていた所為でもあった。
彼が愛美に会わなければ条件を満たせないのだ。
3階で手塚には会っている。
だが7番にはどうやって会わせる?
それも問題だ。
後8時間でこれら全てをクリアする必要が有る。
それでも今までと同じ様に、動かなければ状況は打開出来ないのだ。

「渚、御剣の容態はどうだ?」

「余り~、良くないです~」

沈んだ声で答える渚。
その口調は一時期の凛々しいものではなく、何時もの間延びしたものに戻っていた。
彼女が座っている直ぐ横には今まで見たものよりも大きめの救急箱が置かれている。
やはり渚が俺達2人を手当てしてくれたのだろう。
姫萩やかりんに本格的な治療が出来る訳も無い。
しかし彼女が良くないと言うなら大分悪い可能性もある。

「動かせ、そうか?」

絶望的でないなら動かしたい所だが。
早く5階に行きたいのもある。
俺の問いに渚は黙って首を横に振った。
演技も難しい程に酷い状態なのか?
拙い、拙過ぎる。
残る手はたった1つしかなくなった。
右上半身が痛むが壁に手を突いて立ち上がる。
それだけで息が上がり、眩暈に襲われ、吐き気がした。
それでもガスを吸った時の様な暗闇へと落ちる感覚は無いので、意識は保てる。
だが、傷の所為か薬の所為かは判らないが、右腕の感覚が殆ど無かった。
全く力が入らない訳ではないが、細かい作業は無理だろう。

「おい、無茶すんなって」

かりんの言葉に首を横に振った。

「御剣が動けない以上、愛美を此処に連れて来る以外、解除条件を満たす方法が無い。
 俺達に御剣を運べれば良かったんだが、流石に今の俺じゃ運べないからな」

渚なら担いで行けそうだが、いや流石に無理か?
それに彼女もそこまでは協力してくれまい。

「渚、姫萩。すまんが、御剣の看病を頼むぞ。
 絶対にそいつを殺すんじゃないぞ」

「早鞍さん~。大丈夫ですか~?」

「大丈夫でなくとも、此処で立ち止まれば愛美が死ぬんだ。
 無茶でもやるしかない!」

渚の瞳を見返して強く語る。
彼女は辛そうにその目を逸らした。
今はまだ彼女を責めまい。
運営との板挟みもあるだろう。
出来るだけで良いから、このまま彼等を守っていて欲しい。

「私も~、一緒に行きます~」

「えっ、渚さん?!」

渚の提案に姫萩が驚く。
2人きり、しかも御剣は動けない状態では1人で居るのと同じ事に成るのが不安なのだろう。
確かに渚が手伝ってくれれば助かるが。

「駄目だ、絶対に駄目なんだっ」

「でも~」

「24時間、達成しているのか?時間的にはまだ満ちていない筈だ。
 今お前を、御剣達と離す訳にはいかないんだ」

俺の説明に渚も自分が危険な事を理解した様だ。
いや彼女の事だ、そんな事は判っていたのかも知れない。
だからと言って彼女の犠牲を受け入れる訳にはいかないのだ。
此処でまた忘れそうに成っていた事を思い出した。

「渚、お前のPDA、返しとく」

チョッキの左ポケットに入っていたJのPDAを取り出して、渚に左手で差し出した。
今回のような事があれば、彼女まで道連れに成りかねないのだ。
渚はそれをじっと見詰めた後、首を横に振る。

「渚?」

「これは~早鞍さんが、持っていて下さい~」

少し寂しげに俺の左手を両手で包み込む。
近付いた渚は俺にだけ聞こえる小声で呟いて来た。

「帰ってくるのでしょう?だったら貴方が持っていても同じよ。
 私には71時間経過まで猶予があるのだから」

これは俺を信用したという事だろうか?
渚の言葉に小さく頷きを返すと、彼女はやはり寂しそうなままだったが、微笑んだ。
姫萩は言わなくても御剣に付いていてくれるだろう。
残りのかりんに向いて話を切り出す。

「かりんも、彼等を頼む、と言…」

「あたしは一緒に行くからなっ!」

言ってもどうせ付いて来るんだろ?と続けようとしたら、挑むように言い放たれた。
苦笑して左手をかりんの頭に乗せる。

「ああ、判ったよ。一緒に行こう」

「っ、おうっ!」

俺があっさり引き下がったので驚いた様だが、それでも元気良く返事をした。
しかし男らしい返事である。
もうちょっと可愛らしくしても良いと思うが、俺が変な気を起こしても拙いし今ぐらいが良いか?

「それじゃ俺達は出る事にする。姫萩、PDAは手放さないようにな?俺が追えなくなる」

そう言って荷物を用意する。
傷の所為で大きな物や重い物は制限する必要がある。
簡易コンロなどの調理用品や一部の食料を優先的に、色々と抜いて置く。
右に傷を食らったので、困った事にアサルトライフルは左に吊るすしか無くなった。
俺の持っていたアサルトライフルは十字路付近に放って来たので、これは御剣に渡していたものだ。
もし此処が襲われたら拳銃のみでは対処出来ないだろうが、元々御剣がこの状態では絶望的なのだ。
誰にも襲われない事を祈るしかない。
これで何処まで対応出来るか。
しかし防弾チョッキを貫通する弾か。
厄介な代物である。
いつもの装備と今までよりかなり中身の減った荷物を持って、俺とかりんは御剣の寝る倉庫を後にした。



地図を確認すると5階への正規の階段が近く、普通の速度で歩いても30分くらいで辿り着ける位置にあった。
ある意味助かるが、別の意味では拙いとも言える。
御剣が手塚達に狙われ易く成るのだ。
それでも今は気にしている暇は無いので、そのまま5階に上がる。
周囲にPDAの光点は無いし、動体センサーにも反応が無かった。

そう、今の俺達は動体センサーのソフトウェアを使用出来た。
正確には館内の動体センサーが拾った情報をPDAの地図上に投影する機能である。
バッテリー消費はそれほど多くないし有用なソフトウェアなのだが、もしも仮にジャマーソフトがあった場合は他と同様に探知出来ない。
と『ゲーム』では説明されていた。
ジャマーソフトはそう言う意味では最も厄介なソフトウェアの1つだが、バッテリー消費が極大なのが欠点である。
長時間は使用出来ない、筈だ。
この動体センサー検知だが、実はツールボックスを拾って得たものではない。
このPDAはJOKERである。
たまたまJOKER更新で次の8番に偽装した時、このソフトウェアが入っている事を知ったのだ。
便利な機能である為にそのまま使用させて貰っている。
まああちらのバッテリーには影響は無いので、気にする必要も無いのだが。

「矢幡さん、ナイスなソフト拾ってくれたみたいだね」

「ああ、出来れば、奴らの襲撃前に欲しかったなー」

明るい口調のかりんに俺も笑顔で返す。
傷が痛むので今まで通りの速度は出せないが、かりんは文句も言わずついて来てくれる。
彼女の真っ直ぐな一生懸命さには精神的に助けられていたのだった。

各ソフトウェアのお陰で高山達が麗佳達と合流した事は以前から判っていた。
しかし意外な事に、彼等はその袋小路の拠点から出て移動を始めたのだ。
JOKERを見ていたかりんがこれを知らせてくれた時は、俺も驚いた。
拠点から出る利点が一つも無い。
こちらの御剣が負傷して動けないと知っていたなら動くのも頷けるのだが、それを知る術はあちらには無い筈だ。
だが実際に移動を始めているので、JOKERをかりんから受け取って彼等の行方を地図上で追跡して見る事にする。
バッテリー消費が気になる上に一時的な情報しか得られないPDA検索よりは、動体検知の方が使い勝手が良かったのだ。
5階を昇ってから少し歩いた所に居た俺達は、立ち止まって10分ほど地図を見ていた。
それから察するに、彼等はこちらを目指している様だった。

「矢幡さんのソフトウェアで、あたし達に気付いたのかな?」

「だが、動体センサーだけでは俺達と特定は出来ないな」

かりんの疑問に否定意見を出す。
どう考えても動体センサーだけでは人物の特定は出来ないので、動く理由としては弱い。
予測すらつかないだろう。
他に探知系ソフトウェアを見付けたのか?
考えられるのはそれくらいだが、安易に考えて良いものか。
どちらにしろ彼等のPDAは全部同じ所にあるし、俺に敵対する理由は無いだろう。
あちらから来てくれると言うのなら合流する事は悪い事ではない。
これなら大分短縮出来るかも知れないのだ。

「あちらの気が変わるといけないから、こちらからも近付いてみよう」

「了解!」

シュビッと敬礼の真似をして答えて来る。
その額を指で突っつくと、かりんは笑い返して来るのだった。

合流しようと動くが、そのルートを悉く隔壁が邪魔してくれる。
俺達の方はドアコントローラーで無理矢理開いて突き進む。
鉄格子の時とは違ってあっさりと隔壁は開いたし、ただの嫌がらせで閉めているだけの様だった。
だが高山達はそうは行かない様で、通路の途中で立ち止まっては引き返す事を繰り返している。
1時間弱そうやって鼬ゴッコを繰り返した後、漸く彼等も気が付いてくれたのかその行動を止めた。
それから更に1時間を大分過ぎた頃、俺達は隔壁に寄り添って食事に勤しむ面々を見付けたのだった。
うっわ、羨ましい。
そう言えば、腹、減ったな。
20時間近く何も食べて無い事に今更気付いた。

「早鞍お兄ちゃんっ!」

遠目でお互いを確認した中で、真っ先に優希が俺に駆け寄って来る。
背の高さ的に腰にしがみ付く事に成るが、これが俺に大打撃を与えた。
いや金的じゃないよ?
食事風景に油断していた俺の右脇腹の傷を、モロに触ったのだ。

「~~~~~~」

言葉も無く悶絶する俺に、かりんは慌てて優希を俺から引き剥がす。
しかし時既に遅く、俺の意識は一瞬何処かへと旅立つ。
もう、疲れたよ、パ○ラッシュ…。
皆が何か言っている様だが、俺は床に倒れ込んだまま何も聞こえなく成っていった。



皆での行動は初めてではあるが、隊列は綺麗に纏まっていた。
先頭には俺と麗佳。
殿には高山と文香。
中央付近に前から順番に、かりん、優希、愛美、葉月と並んでいる。
優希に昏倒させられ掛けたが、それでも気力で復活して皆にこれまでの経緯を話した。
それで御剣の容態を理解して貰えたのか、皆で4階に降りる事を了承してくれる。
隊列は自然に出来たものだったが、現状の人員からすれば妥当と言える配置だ。
先頭の俺達二人は情報交換を行ないながら、PDAの情報を確認しつつ進軍する。
それによると高山達は麗佳と合流する前に、謎の部隊の襲撃を受けたらしい。
その武装は明らかにこの中で拾ったものではない統一された感じであり、動きも正規の訓練を受けたと思えるものだった。
拠点に篭り重機関銃を用いて牽制していたが、麗佳と合流した時には弾数が心許無かったので拠点を出る事にしたという。
奴等は何故か動体センサーに検知されなかった為、階段付近に検知されたものを俺と仮定して動く事にしたとの事だ。
仮定は当たって、今やっとの事で合流出来たのだった。

途中勝手に落ちて来る隔壁もPDAの機能で停止させて突き進む。
停止というか上に上げ続けるというか。
あの鉄格子のように下まで落ちなければ、こちらからの干渉でイーブンまでは持っていける様であった。
これを見てもゲームマスターかディーラーかは知らないが、その干渉は頻繁に成って来ている。
回収部隊まで動いていると成ると、その妨害は激しさを増して来るだろう。
その前に愛美の首輪は外して置きたい。

「本当、鬱陶しいわね。手塚がドアコントローラーでも手に入れたのかしら?」

何度と無く行く手を遮ろうとする隔壁に、麗佳が嫌気が差したとばかりに呟く。
実際は手塚では無いのだろうが、言う訳にもいかない。

「それでもまだ何とか成ってる。また分断されるのは御免だな」

溜息をついて後ろを覗き見る。
しかし首だけで後ろを向くのも辛い。
それは傷の所為だけではなく、高山から受け取った新しい防弾チョッキの為である。
等級の高い防弾チョッキらしくライフルの弾も防ぐらしいが、重いし動き辛いしで非常に難儀していた。
また防弾チョッキだけでなく、幾つかの装備も高山から貰っている。
その中には俺が使ってもう無かった閃光手榴弾や音響手榴弾の他に神経ガス弾まで有ったのだ。
俺に手渡された時の文香の微妙そうな顔が忘れられない。
回想していると、先の俺の言葉に麗佳が頷いていた。

「そうね、もう離れ離れは困るわ」

うっ、ドキッとするような台詞だな。
PDAが要る彼女だから離れると困ると言う事なのだろうが、彼女のような美人に言われると男としては変に取ってしまいそうだ。
三叉路に入る中でチラ見で右に居る麗佳の顔を確認しようと横目で見た時、横の通路の向こう側に何かを見た。
動体反応には何も無かった筈なのに、やはりジャマーなのか?
だがジャマーだとすると、その使用時間が長い気がするが。
疑問を振り払い、慌てて麗佳の腰を抱えて後ろに下がる。

「きゃぁ」

「うわっとっ!」

麗佳の悲鳴といきなり下がって来た俺を避けるかりんの声がするが、その声は次の音に掻き消される。
三叉路の横の壁に何か大きなものが激突したかと思ったら、それが爆発した。
火の粉が掛かったのか右腕の一部が熱いが、麗佳には被害が無いのを確認したので措いておく。
手塚の奴、派手にやってくれる。
一瞬だけ見えた野戦砲の様な物の向こうに見えたのは、あの手塚だった。
動体センサーにもPDA探知にも反応は無かった筈だが、やはりジャマーソフトか?
前に十字路で攻撃を仕掛けてきた時も同じくジャマーで隠れていたのだろう。

「手塚だっ!全員後退しろ!」

何か最近後退指示ばかり出している気もするが、後手後手に回っているのでは致し方無い。
しかし砲を置く位置がおかしい。
置くならこの先の階段ホールへの出口に直面する様に置かないか?
あれでは殺せても1人か良くて2人である。
まあ手塚としてはあの砲で首輪が壊れても困るのかも知れないが、それにしても不可解だ。
念の為PDAを覗き込む。
手塚はあっちに居るので、見るのはJOKERの動体センサーだ。
俺達の立てる振動が地図の中心に幾つもの波紋として広がっている。
出来れば皆に静かにして欲しいが、手塚が追って来るかも知れないこの状況では無理か。
挟み撃ちがあるだろうこの状況に、次の一手を先に知り得ないと誰かが死ぬ可能性がある。
微かな情報の漏れでも拙いとばかりにPDAを凝視して見ると、本当に微かな異変が目に入った。
皆の大きな波紋に紛れる様に、小さな波紋が立っているのだ。
重なっている波紋。
誰かの荷物によるものだろうか?
PDAの地図は二次元の平面図だ。
Ep2の御剣と同人版の手塚の行動が思い出される。
しまった、もしかして奴は、ダクトか!
上にダクトが通っているかは判らないが、状況的に可能性が高い。

「高山!文香!上だ。奴が居るぞ!」

俺の言葉に他の者は全く意味が判らない様だったが、流石に指名した2人の反応は早かった。
文香はライフルを一掃射、高山に至ってはライフルに取り付けていた単発のグレネードを天井に向けて放ったのだ。
しかも装填されていた弾は焼夷弾系だった様で、これには俺も肝を潰した。
全員が急いで、グレネードの直撃により壊れた天井の破片と降ってくる爆炎から逃げ回る。
破片の一つが優希に向かうのが目に入った。
優希はそれが目に入っていないのか反応出来ないのか、避ける気配が無い。

「優希っ!」

飛びついて優希を押し倒した時、俺の頭に何かが直撃した。
激痛の後に生暖かい液体が顔の表面を流れていく。

「づぅ、くそっ」

鈍い痛みに顔を顰めながら立ち上がる。
周囲を見ると燃えた破片がそこら中に散乱していた。
奴に対しては正確な位置は判らなかったので直撃には成らなかった様だ。
だがダクト内を爆炎が舐めたのか、身体の一部に炎を灯してグレネードで空いた穴から奴が落ちて来た。

「少しは頭を冷やしなさいっ!」

「ぶぉわぁっ」

文香は何故か持っていた小型消火器のノズルを7番に向けて、中の消化剤を派手にぶちまける。
いや、消化剤で頭は冷えないと思うけどな。
そして彼のその手に手榴弾が握られているのに気付いた時、背筋が寒く成った。

消化剤による一時的な酸欠もあってか、奴の意識は落ちた様で捕獲する事が出来た。
ピンを抜く前だった手榴弾を含む各種武装を解除しておく。
此処で俺には大体予想は付いていたが、皆にとっては意外な事実が判った。

「お兄様!何故このような所に?!」

呆然と7番の男を見詰める愛美。

「お兄さん?」

「の、ようだな」

文香と高山の言葉も愛美には届いていない。
気を失っている7番に近付こうとする愛美を引き止める。
これだけ近付いていれば解除条件は満たしているだろうから、これ以上危険な位置には行かせなくて良い。
彼と愛美の詳しい性格や背景が判らない以上は安易な判断が出来ないのだ。

「早鞍さん?何故兄が此処に居るのでしょう?」

「それは、まあ。ゲームに参加して、お金を得る為だろう」

軽い言葉で返すがこれに納得するのは、あの狂気的な言葉を聞いた俺を含めた5人だけだろう。
俺の言葉にかりんがまた余計な事を考えているのか、複雑な顔で生駒兄の姿を見ていた。

「文香、こいつの手当てを頼む。
 他の皆は怪我とか無いか?」

「頭から血を流してる奴が言う台詞では無いな」

あ、そうか。
高山の突っ込みに怪我をしている事を思い出した。
頭もそうだが右腕も火傷したんだったか?
見渡してみても俺以外に目に見える怪我をした者は居ない様だ。
麗佳とかりんに無理矢理座らされて手当てを受けながら、痛いなぁと暢気に考えるのだった。

何時起きるか判らない生駒兄、耶七と言うらしい、はその場に放置して通路を再度階段へ向かって進む。
先ほど俺達とは係わらない銃撃戦の音が聞こえたのだ。
生駒兄もあそこに居たので、考えられるのは同じく探知ソフトに引っ掛からない回収部隊と手塚が交戦した可能性だった。
だが彼等に交戦する理由は一切無い。
先ほど砲撃された三叉路を覗き見ると、野戦砲は置きっ放しなのだが人影は見当たらない。
その反対側にある壁には、先ほどの砲撃を受けた被害状況が浮き彫りになっていた。
たった一撃でその壁は大きく陥没し、その周囲は罅割れだらけである。
野戦砲の威力を余す事無く表現していると言えた。
その通路先を見続けながら皆を通る様に促す。
俺の後ろを高山を先頭に皆が次々と通って行くが、野戦砲付近には何の変化も無かった。

「早鞍さん、全員通ったわ」

最後の文香が通る時に声を掛けてくれる。
後ろ向きに後退しつつ、通路へと後退した。
腑に落ちないまま、俺達は階段ホールまで通ったのだが問題はそこにあった。

「ちっ、挟み撃ちかよっ」

後方の俺まで手塚の焦り声が聞こえて来る。
階段ホールに居るのか?
野戦砲を放棄してまで、此処に来る意味があったというのか?
挟み撃ちと言う事は手塚に敵対するものが俺達と手塚の直線上に居る事を表す。
階段ホール手前で立ち止まっている高山を追い越してホールの状況を見る。

「外原、出るな!」

後ろの高山の声に少し後退した。
状況はどうなっている?
階段ホール内に幾つか立っている柱の1つに身を隠しながら銃を構える手塚。
それに対して2方向から完全武装な兵士姿の奴らが4人ずつで手塚を牽制していた。
多勢に無勢とはこの事である。
位置的には、このまま階段まで俺達が何事も無く通り過ぎる事は可能だろう。
この状態で通り過ぎようとする俺達に手塚がちょっかいを出そうものなら、回収部隊に後ろから迫る事を許してしまうだけだ。
回収部隊からの攻撃は此処までは届かないだろう。
手塚を無視していけば何も問題は無い様に思える。
しかし…。

「高山、麗佳。皆を連れて4階に降りてくれ。かりん、高山達を御剣の所まで案内するんだ」

「外原、お前」

「無謀よ。大体そんなの感謝すると思うの?あいつが」

眉を顰める高山に、手塚が気に入らないのか吐き捨てるように言う麗佳。
それでも此処で彼を見捨てると言う事は、これまでして来た事を否定する事なのだ。

「だから皆は先に行ってくれ。これは俺の我侭だ」

左肩から提げているアサルトライフルを抱え直し、回収部隊の連中を見詰める。

「早鞍、あたしは…」

「お前が行かないと誰が御剣達の居る所に案内するんだ!行けかりん。愛美を頼む」

残り時間は3時間と少しである。
此処からなら余裕とは言え、余り悠長にしている場合では無いのだ。
そして動体センサーで位置が判るからかりんの案内は要らないのだろうが、それを指摘されてかりんに残られるのも拙い。

「北条、行くぞ」

説得は無駄と判断したのか、高山は階段へ向けて慎重に歩を進める。
皆が階段を降りたのを横目で見ながら、階段ホールの膠着した状態を再度確認する。
何故かたった一人の手塚に回収部隊は攻めあぐねている様だ。
何故なのか?
JOKERの画面に何かの反応が出る。
あの位置は、とホール内を見た。
成程、やつらの隠れている通路の出口脇に自動攻撃機械を配置しているのだ。
飛び出たらその銃撃を手塚本人の銃撃と共に食らわせると言う事か。
だが2方面居るので、これでは抑え切れない筈なのだが。
攻め切れない理由とは?
…そうか、時間か。
Ep4の内容を思い出す。
回収部隊は一定時間しか回収行動が取れなかった筈だ。
それがネックに成っているのであろう。
だとすれば今なら俺は動き放題という事か?
手塚はそれを知らないから動けないのだろうが、俺は違う。
相手のインターバルが終わらない内に行動しなければ成らない。
その場にバックパックを降ろして中を漁る。
必要な装備は、と2つのアイテムを取り出した。

それなりに手塚達に近付く為、ホール内の階段に一番近い柱の陰に隠れる。
その柱の陰から身を出して思いっ切り円筒形の缶を投げ放った。

「手ー塚ーっ!」

「外原っ!?」

手塚の方へライフルを向けてその遥か頭上に向けてシングルショットで2発ほど引鉄を絞る。
反射的に手塚も俺に応戦しようとして此方を向くが、その銃口の向きを見て呆気に取られていた。
その間にも左手で投げた缶は高い放物線を描いて手塚の頭を越えて、回収部隊達の前で着地した後に何度か跳ねている。
その直後、手塚に後光が射して見えた。
うわっ、眩し。
咄嗟に柱の影に身を隠して目を庇う。

「「「ぐぅぉぉぉおお」」」

複数人の呻き声が聞こえる。
手塚を逃がす為には手塚にも被害が出る音響手榴弾は使えなかった為、仕方無くこれを選んだ。
しかし光弾対策を取って無いとは、馬鹿じゃないのか?
こっちが閃光弾を持っている事は判っていただろうに。
まあ相手の顔周辺の装備見てたら、対策をしていないのは判るけど。

「手塚っ、早く通路に退避しろ!逃げるんだ!」

「なっ、てめぇっ。どういうつもりだ?!」

「そんなの良いから早く行けっ!そいつ等が復活するだろ!」

「~~~、くそっ」

俺の正論に返す言葉が無いのか、吐き捨てると素早く身を翻して奥の通路へと消えていく。
良し、俺も階段へ逃げよう。
しかし走り出そうとした俺へ向けて火線が走った。

「どわぁぁぁ」

多人数の怒りの銃撃であった。
拙い、これは死ねる。
反射的に柱の陰へと戻ってしまうが、これで俺は出るに出られなく成った。
このまま2方面から挟み撃ちされれば終わる。
これは、確実に死んだか?
…いや駄目だ、絶対に此処では死ねない。
奴らは1分の制限時間でも、この条件なら俺を殺すのには充分だろう。
まだ背負っていなかった手元のバックパックを一度置いて中身を漁ると、煙幕弾が引っ張り出される。
スタングレネードが良かったが、幾つも出しておけないし何より時間が無い。
煙幕弾の缶の頭部分を口で銜えながらもう一つだけと袋の中の缶を掴んだ。
引っ張り出されたのは神経ガス弾である。
効くのか、これ?
柱から少しだけ顔を出して奴らの装備をもう一度確認する。
直ぐに銃撃に見舞われたので急いで隠れるが、奴らの顔にマスク系のものは装着されていない事は確認出来た。
ゴーグルが無いのは確認していたが、奴らの装備品は貧弱である。
所詮は回収の為の部隊か。

奴らの銃弾を何発か食らう覚悟が要るが、やるしかない。
渚にPDAを返さないといけないのだ。
此処で死ねる訳が無い。
寝不足と空腹、そして右上半身と頭の傷が俺に休めと囁き掛けて来るが、断固として無視した。
だが、どうやる?
特殊手榴弾が奴らに効くとしても対象人数が8人と多い。
それら全部を1つや2つで完全に無効化出来るのか?
さっきは不意打ちだったから効いたかも知れないが次はこうは行くまい。
思考を巡らせていると、ポケットに入れているPDAから電子音が鳴った。

    ピー ピー ピー

一旦缶を置いてPDAを引っ張り出し、画面を見ると次の文章が目に入った。

    「3階が進入禁止になりました!」

45時間経過である。
残り3時間、高山達は御剣の所を目指せているだろうか?
そして俺はこの窮地…窮地?
再度階段の位置、自分の位置、そして奴らの位置を頭で整理する。
俺より相手に近かった手塚は2方向からの攻撃に隠れる様に柱の陰に立っていた。
それでも充分に隠れられていたのだ。
そして今俺は手塚の位置よりも遠くの位置に立っている。
死角は手塚の時よりも大きい。
またその死角は考えれば、此処から階段まで真っ直ぐに行かずに途中の死角から行った方が距離が短い。
更に…階段ホールと言えば監視カメラを仕掛ける絶好のスポットである。
此処を映さない筈は無いって位の場所だ。
自分の頭が不自然に冴え渡っているのが判る。
最後の命の炎って感じで嫌だが、今は全力を尽くそう。

さあ行動を開始しよう。
PDAをポケットに収めて床に置いた缶を拾った。
バックパックを片側の肩に背負い直して2つめの缶は傷は痛むが右脇に挟み、口に銜えていた煙幕弾を左手に持つ。
さっき閃光弾を投げた時に左手で投げるコツは何となく判った。
口でピンを抜いて安全レバーを外してから数秒待つ。
1、2、3…よしっ。
その缶を部隊の居る方向でも階段でも無い、全く関係無い方向へ向けて投げた。
投げた瞬間に煙に撒かれないように、柱による死角内を階段へ向けて少し移動する。
煙幕弾は投げて5メートルも飛ばずに空中で煙を撒き散らした。
その煙が満ちる空間を奴らの銃撃が幾本も通り過ぎる
右脇に挟んだ缶を左手に戻してピンを口で抜き、銃撃を横目に見ながら柱の逆方向からアンダースローで部隊の片方が屯する通路へと投げる。
そして階段に一番近い死角場に待機して待つこと数秒、神経ガス弾は効果を発揮した。

「「ぐはっ、げほっ」」

4名ほどがガスを撒かれて苦しんでいるのが聞こえる。
今しかない。
俺は階段へ向けて疾走した。
倒す事は無理だが、こうやって逃げるくらいなら出来る。
そう思って走っていた俺の左足を銃弾が掠めた。
冷静な奴が居たか?
それでも止まらず走るが、煙が広がり悪くなる視界を接近して補おうとしたのか、2名の部隊員が銃を撃ちながら距離を詰めて来ていた。
拙い、このままだと階段に入った後も追われてしまう。
今はカメラ停止期間なのか、堂々とやって来る事に戦慄を覚えた。
右腕が万全で無い事が此処で響いている。
出来ればもう一つ、音響手榴弾も用意するべきだったのだが、短時間で連続的に攻めるには文字通り手が足りなかったのだ。
左肩より下げるライフルを使うべきなのか、とライフルのグリップを握り締めた時、階段の方から声がした。

「そのまま走って。止まらないの!」

言葉と同時に彼女はその手に持ったライフルを連射する。
こちらに突っ込んで来ていた2名はこれを避ける為に、俺が隠れていた柱の裏側に隠れた。
攻撃が止んだ事で走り続けられた俺は、階段に向けて頭から飛び込んだ。

「格好良かったわよ、早鞍さん」

階段ホールに銃口を向けながら、片目を瞑って声を掛けて来たのは文香であった。

「今はそうでもないけどね」

ププッと笑いそうな顔で俺を見る。
ああ、そうだろうさ。
俺は階段に飛び込んだ事もあり、段差の上を転がる覚悟だった。
それを空中でキャッチされたのだ。
今はうつ伏せの状態で膝立ちした高山に横抱きされている。
お姫様抱っこを半回転させたような感じだろうか。
俺が左肩に引っ掛けていた荷物は外れて階段の踊り場に転がっているが、受け止めた時には荷物の重さも受けていた筈だ。
飛んで来る荷物を持った人の身体1人を受け止めるこいつは、本当に人間だろうか?
現実逃避を試みるが上手くはいきそうにない。
非常に人に見られたくない構図を、さっき階段に降りて行った筈の面々に見られていたのだった。

「羞恥プレイかよ…」

俺の呟きは空しく階段へと消えていった。

取り敢えず何時追撃が来るか判らないので、早々に降りて傷の手当をして貰う。
麗佳ももう手馴れたものである。
しかし全員が残っていたらしく、かりんと愛美が目に入った俺は強い口調で声を上げた。

「何で先に行ってないんだ?愛美、自分がやばいんだって判ってるのか?」

先ほど鳴った残り3時間を知らせるPDAのアラームに気付いていないのだろうか?
幾ら此処からなら30分程度しか掛からないと言っても、悠長にしていて良い事態では無い。
それと共に此処に優希が居るという事はあの回収部隊に狙われ続けるという事だ。
先に行っていれば多少は時間が稼げるから、その間にでも距離を離せた。
しかしこのままでは奴等の追撃を受けながら御剣の所に行かなくては成らない。

「貴方が心配で残っていたのよ。一人で無茶しないで」

「だったら愛美だけでも先に御剣と合流させるべきだろう!!命が懸かっているんだぞ?!」

俺の剣幕に麗佳は言葉を続けられなかった。
皆の心配は嬉しいが、考える優先順位がおかしい。
今最優先するのは愛美の時間制限なのだ。
だが今問答していても仕方が無いか。
手当ては終わった様なので立ち上がって身体の調子を確認した。
置いて行けと言っても聞かないのだから、俺が動かなくては成らない。
追撃もだが、早く移動しないと何をされるか判らないのが怖かった。

「早く移動するぞ。奴等が犯人側だとすると、何でも有りだ。何をされるか判らないんだぞ?!」

言いながら率先して階段を走って降りる。
各所の怪我が痛むが気にしていられない。
だがそれはもう遅かったのだ。

ガガガーッという音と共に、階段を塞ぐシャッターが俺の目の前で下ろされたのだった。



[4919] 挿入話5 「防衛」
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:08

経過時間15時間過ぎ。
先ほどまで6階に舞台を移して7番とK達の追撃戦が繰り広げられていた時間帯であった。
その攻防も7番がPDAの機能を使い敵から分断された事によって、戦闘は一時的に終えている。
これからディーラーも休もうかと思った時、「ゲーム」の進行を管理するカジノ船のコントロールルームに壮年の男性の叫びが響いた。

「責任者は居るかっ!!」

入り口を入ってすぐに怒鳴った男性は、コントロールルームの進行指揮を管理する席へと足を進める。
その席に座っていたディーラーは振り向いてその男を確認すると、急いで立ち上がった。

「こ、これは金田様、どうなされましたか?」

入って来た男性は「組織」の最高幹部の1人であり、一番の古株でもある金田と言う男であった。
最もボスに近い、どちらかと言えば穏健派であり「ゲーム」を快く思っていないのもあり、余り「ゲーム」に係わりを持っていない幹部でもある。
そんな男がやって来たので、ディーラーも何があったのかと訝しげに思う。

「どうされたじゃないっ!これはどういう事だっ!!」

「どう?と申されましても、何の事やら?」

金田の言う事は要領を得ない。
いきなり入って来てこれでは、百戦錬磨のディーラーとは言え考えを読み取る事は出来なかった。

「彼女だよっ、あの子だっ!何故あの子が此処に居るんだっ!!」

彼の指差す先にはモニター群があり、その1つには未だ小部屋で寝入る9番の少女の姿があった。

「何故、と申されましても。…プレイヤーですから…」

「何を言っているっ!あの子が誰だか知っているのかっ。彼女は、彼女はなっ!
 ボスの娘なんだぞっっ!!!」

「な………」

コントロールルームに響いたその声は、その場を凍りつかせる。
その時金田と共に入って来た40台と思しき男は誰にも見られない中、口元に笑みを張り付かせるのだった。





挿入話5 「防衛」



落とし穴の罠に掛かり5階へと落ちた耶七は身体中の痛みに苦しんでいた。
奴等を許す訳にはいかない。
それでも彼の体力は限界を迎えていた為、天井が閉じた後倒れて意識を失っていた。
起きた時間はPDAの無い彼には判らなかったが、24時間が経過する前である。
落ちている武器はアサルトライフルと小斧だけの様だ。
部屋の隅にダンボール箱があるが、上層階では武器は木箱に入っている事が多いので期待は出来ないから彼は見なかった。
実際にその箱に入っていたのは食料品や毛布の類だったので、彼の判断は間違っていない。
そして彼にはまだ武器があった。
だから起きてすぐに彼はそこへ向かったのだ。
それは今までの各種反則染みた行為の最たるものであった。

それから3時間ほど掛けて耶七は電子機器が周囲に埋め尽くされたある部屋へと辿り着いていた。
そろそろ1階が進入禁止になる時間である。
正面にある沢山のモニターを見ながら各プレイヤーの状況を確認した所、次の様に成っていた。
現状4階を移動中の憎き敵である5名と、役に立たないサブマスターを含めた2階に居る3名。
耶七自身を除いた残りの全てが3階に居た。
そして4階に居る奴等はすぐにでも3階へ降りそうだ。
何故わざわざ3階に降りるのか彼には判らなかったが、合流されてしまうと厄介である。
今怪我をしている彼にとっては各個撃破こそが望ましかったが、あれだけ固まられるとどうにも手が出し難い。
身体が万全であればそれでもやる気には成るが、今の状態では対応し切れない可能性がある。
だが分断するにしても、隔壁は7番のドアコントローラーで操作出来てしまうのだ。

(くそっ、分断系も使えないってのか?どうすれば。…上げさせなければ良いのか?)

コンソールを叩いて、隔壁や罠の情報を呼び出す。
各フロアにある様々に用意された仕掛けなどが画面に出て来るが、その内即死性のあるものはフリーズしている。
つまり彼の権限では使用出来無い様にされているのだ。

(抜け目の無ぇ連中だ。俺がこれでプレイヤー数を減らすと考えやがったか!)

悪態を吐きたくも成るが、それよりも耶七には外原の現在状況の方が問題である。
彼等は3階に降りた後、1名と和解し6名に増えていた。

(くそがっ、盛り上がらないじゃねぇかっ。査定に響くだろ!)

借金返済の為に金は少しでも多く欲しいのだ。
だから査定が良く成る様に、つまりはこの「ゲーム」を観客が見て面白いものにしなくては成らない。
こんなに固まって仲良しこよしをされては困るのだ。
彼はタイミングを合わせてコンソールを操作する。
館内にある罠の1つを起動準備しておき、もう1つのプログラムを用意した。
ソフトウェアで上げられてしまうのなら、それ以上で下げさせれば良い。
だから彼は下に降り切っても下に降ろす行為を止めない様にした。
これをやり過ぎると当然ながら上下させる為の機構を破損させてしまう為、安全機能で止まる様に成っている。
それを割り込みでスキップさせるのだ。
これで目的の鉄格子は上がらなくなるだろう。
余りやり過ぎると査定に響くので、此処からの操作は最小限にしなければ成らない。
そして彼等がある地点を通った時に罠を作動させて、プログラムを開始した。

(やった、やったぜ。これで奴等は分断された。さあ、殺す。殺してやる。
 俺は生き残るんだっ!)

彼は急いで纏めた荷物を手に取って、コントロールルームから駆け出るのであった。



高山と麗佳は慎重に周囲を確認しながらも急いで4階への上り階段を目指していた。
分断されてしまった文香と優希の2人と合流する為である。
1時間近く掛けてやっと階段まで辿り着き、階段を警戒を怠らずに上ったが、そこにはまだ何も無かった。
彼等には見えていなかったのだ。
階段ホールの柱の影に隠れている耶七は彼等が合流しようと動く通路を予測して、その死角となる様な位置に居た為である。
高山が先行してホールへと入った後、耶七はまずロケットランチャーで攻撃を加えた。
砲身を肩に担いで肩膝をついて射撃体勢を取り、階段へ向けて引鉄を絞る。

(これで1人)

彼は確実にこれで1人殺せたと思った。

「きゃあっ」

発射と同時だっただろうか、後ろを歩いて階段を上っていた麗佳が足を滑らせたのだ。
すぐに足を下の段につけたので挫いたりはしなかったが、前進が止まってしまう。
その時階段の出口で大爆発が起こった。

「くっ!対戦車兵器だとっ?!」

階段から出て通路に向かっていた高山はすぐに前に飛んでうつ伏せに転がった。
麗佳も音を聞いた瞬間に踊り場まで飛び降りて、更に折れ曲がっている下の階への階段に身を隠す。
周囲に撒き散らされた壁の破片と弾の破片と火の粉はかなり多かったが、高山が少し服を焦がしただけで済んだ。
幾つか破片が突き刺さってはいるが、全て防弾チョッキの防弾板で止まっていた。
耶七からは高山しか見えなかったが、彼が平然と立ち上がったのを見て急いで次弾を装填する。
しかし高山に狙いを付けた時には既に彼は通路の中へと走って逃げ去っていた。

「くそっ、何で上手くいかないんだっ!」

耶七としては一番厄介な高山をまず殺しておきたかったが、まあこれで1名殺したのだからと心を落ち着ける。
だが、まだ3階にはあの憎き男が残っていた。
だから彼は此処に襲撃の拠点を作る事にしたのだ。
5階の時の様に丸分かりの場所ではなく、隠れた所から攻撃されて知らない内に死んでいる、そんな様に出来る場所に。
そうして柱の影を出てから拠点を作り始める。
一応彼は階段側を気にしていた。
もしも誰かが出て来たら、即ロケットランチャーかサブマシンガンで攻撃出来る様に気構えていたのだ。
その階段からは麗佳が少しの間だけ様子を覗いていた。
極短い時間で階段ホールの状況を見ただけで、あの7番が彼女達を狙った事を理解したのだ。

(厄介なのが居座ったわね…)

高山はもう通路の先に行ってしまった様だ。
多分先に文香と合流するのを優先したのだろう。
麗佳が同じ立場でもそうしただろうし、彼を責めるつもりは無い。
だが自分はどうするかを考えて、そして結論を出した。
麗佳1人では対抗出来ないなら人を集めれば良い。
幸い3階には外原が居る。
彼ならこの事態も突破する事が出来るかも知れない。
そう考えて彼女は3階へと降りたのだった。



エクストラゲームをコントロールルームとカジノ船に居る者達が驚愕するほどの速さでクリアした手塚は思案していた。
既に彼がエクストラゲームで被った疲れは、充分に休んで取り除いている。
食事も先ほど取ったので万全の体調であった。
得た武器はかなり強力そうではある。
だが彼にはこれらを使う知識が無かった。
だから扱いが簡単そうなサブマシンガンと自動式拳銃などを選択し、その他は階段ホールの脇の部屋に残したのだ。
一応盗られると後々厄介になるので、入り口にはトラップを仕掛けておく。
そうして彼は3階を徘徊し出したのだった。

休みを挟みながら数時間ほど歩いていると人の話し声が聞こえる。
声の質は男女共にある様でどちらも穏やかそうな感じであった。

(またまたカモが来たか?…だが戦績は悪ぃんだよなぁ…)

どうも人間相手には勝率がゼロである。
負けも無いのが救いと言えば救いか。
別に罪悪感とか躊躇いが有るとかでは無いのだが、不振続きだった。
それも今回で終わるだろうと軽く考えて、声のして来る方向へと向かう。
数分歩いた所で手塚は壮年の男性と若い女性を見付けた。
彼等が先ほどからの声の主だろう。

「よう、ご両人!いやぁ良かったよ、中々人に会えなくて困ってたんだ」

いきなり攻撃せずに声を掛けたのはただの余興である。
相手が組し易いと見たからでもあった。
にこやかな笑顔を振り撒きながら寄って来る手塚に、2人は見た目に怯えてしまう。
物騒な武器を持った手塚は彼等にとっては恐怖の対象でしかなかったのだ。

「あ、貴方は?」

震える声で問い掛けた葉月に手塚は今気付いたかの様に答える。

「俺は手塚。手塚義光だ」

笑みを絶やさない彼に、少しだけ気を緩めて葉月がしっかりと声を出す。
それでもまだ小さく震えていたのだが。

「僕は、葉月克己です。彼女は生駒愛美さん。僕達は争わずに首輪を外したいだけなんだが…」

まだ恐怖が抜け切らない葉月の影に隠れて愛美は手塚とは目を合わさなかった。
彼女には彼はその格好だけで危険な人物に思えたのだ。

「それでお二人さん、解除条件の方は順調かい?何時までもこんな辛気臭いのつけてらんないよなぁ」

「あ、ああ、そう、だね」

軽い調子で言った手塚の言葉に葉月が動揺する。

(こりゃあ、ひょっとするとこいつもか?)

外原、御剣、そして自分も、他者の死亡が条件と言う代物である。
他がそうでない理由も無い。
逆に彼が知っている解除条件は全て人の死が係わっていたのも、彼の思考を固めさせる原因と成っていた。

「でよぉ、俺はルール9が知りてぇんだが、お前等のに載ってっか?」

相手が全く害の無い者だと判った時、手塚はずっと疑問であったものの1つを思い出したのだ。
このルール9が判らないままなのも彼にとっては心配の種であったのだから。
PDAを出しながら聞いて来る手塚に2人もPDAを出して顔を見合わせた。
彼等はPDAの操作方法が殆ど判っていないので、彼に問われてもどうにも出来ないのだ。
地図も見れない彼等はその為にこの3階を10時間近く彷徨っていたのだった。
途中睡眠を取ったとは言え、これは普通に異常な徘徊時間である。
それを聞いた手塚は呆れ返っていた。

(こいつ等、マジの馬鹿か?何でこんな奴等が連れて来られて居るんだ?
 殺し合いが目的じゃないのか?)

疑問が次々と出て来る。
優希や姫萩くらいなら、御剣の様なお人好しの足枷にするとか、見せしめに数人殺すのに丁度良いとかあるだろう。
だがこれで足手纏いになりそうな人物は渚を含めて5名だ。
13名中の約半分がこれでは興も殺がれてしまうだろう。
手塚はまた犯人の意図が判らなく成って来ていた。
だが今はカモが来たのだと割り切って、彼等に数歩近付く。
葉月達はPDAを見て困惑しており彼の動きを注意していなかった。

(まず男の首に嵌める。女はどうとでもなるさ。トロそうだしな)

彼の右手にあるPDAをゆっくりと葉月の首のコネクタへと近付け様と手を伸ばしたその時、銃撃音が鳴り響く。
その突然の銃撃は手塚の後ろの壁に幾つもの銃痕を作った。

「うわぁっ」

「きゃあぁぁ」

葉月と愛美は突然の出来事に悲鳴を上げて竦み上がる事しか出来ない。
しかし手塚はそれに反応し、素早く左手に拳銃を握って発砲音のした方へと3回引鉄を引いた。
それからすぐに走って、近くにあった分かれ道へと走り込む。
その更に向こうの曲がり角には半身を隠しながらサブマシンガンを撃つ、金髪をツインテールにした女が居た。

(女、だと?)

それも細い手足の女が自分に向けてサブマシンガンを撃って来たのだ。
脅威とも言えるその敵の登場に彼は口の端が吊り上るのを止められなかった。

「クックック、やっとらしくなって来たぜぇっ」

彼の闘争本能が適度に刺激されて来たのだった。

逆に麗佳にとってはこの場面は冷や汗ものであった。
もう少し遅ければあのチンピラに壮年の男の首輪が作動されていたかも知れないのだ。
彼女自身にとってはPDAさえ壊れなければどうでも良い事ではある。
だがそれを良しとしない人間を彼女は知ってしまっていた。
この状況から先を読めば、あのチンピラが諦めないのは明確だろう。
首輪を作動させようとしていたと言う事は、チンピラは10番で間違いない。
しかし首輪の作動は殺した後でも出来る事だった。
そこまで考えた麗佳は荷物の横に吊るしていたガスマスクを装着する。
身体に吊るしていた煙幕手榴弾を1つ外してピンを抜いて、そして竦み上がっている2人との間にある三叉路へと転がした。

(なっ!手榴弾だとっ!)

手塚にはこれが煙幕だとは判らないので、定番の破片手榴弾だと思ったのだ。
そんなものを此処で使ったら手塚も葉月達も怪我をしかねない。

(あの女はおっさん達の仲間じゃないのか?)

最初に思っていた仲間の横槍と言う訳では無さそうだ。
1秒もかからず此処まで考えた手塚は大声で叫ぶ。

「葉月さんっ!早く逃げるんだっ!死んじまうぞーっ!」

彼が後退しながら叫んだ時、白煙が交差点に撒き散らされる。
しかし葉月達は手塚の声にすぐに後ろを向いて逃げ出した所為で、破裂音は聞いてもその白煙を見る事は無かった。
手塚が彼等を逃げる様に言ったのは、この状況が自分に有利だと思っていたからだ。
後で彼等と再度出会った時に、楽に首輪を作動させる事が出来れば儲けものなのだから。
麗佳は隠れていた曲がり角を飛び出して白煙に入ってから、交差点の折れ曲がった方へと銃口を向ける。
躊躇わずにその引鉄を引いた。
煙の所為で手塚に命中したかは判らないが、これだけやれば少しくらいは怪我をしているだろうと思ったのだ。
だが手塚は無傷であった。
彼は投げられたものが煙幕であった事を悟った瞬間に、既に逃げ出していたのだ。
そうだとしても、次の曲がり角までに数発危ないものを貰ってはいた。

(あの女、全く容赦無ぇなっ!)

ゾクゾクとして来た気分を何とか落ち着かせる。
今此処で正面からやりあったとしても痛み分けに終わりそうだった。
どちらも素人である。
だからこそ、片方の圧勝など望めない状況でもあったのだった。



葉月達はいきなり襲い掛かって来た女性に恐怖を感じていた。
彼等にとっては初めて攻撃をして来た、目に見える「敵」である。

「はぁ、はぁ、愛美さん、大丈夫かね?」

先ほどまで走って息か切れかけている葉月が、手を引いて走っていた女性へと問い掛ける。
しかしその彼女は答えを返せる状態では無かった。
恐怖と疲労で今も座り込んで肩で息をしている状態である。

(参ったな、僕じゃ彼女を守りきれるかどうか…)

情けない事ではあるが、葉月は自分が荒事に向いていない事を自覚していた。
どうにかしないといけないと言うのは判るのだが、解決策も思い浮かばない。
暫く休んでいると、微かな物音が廊下の向こうより聞こえて来る。
彼等が逃げて来た方向からだったので、襲撃者か手塚だと思い身を強張らせた。

「い、愛美さん。逃げる用意をしてくれ」

座り込んでいる愛美に声を掛けるが、彼女からは反応は無い。
その内遠くに見えて来た、ゆっくりと近付いて来る人影はあの金髪の女性であった。

「愛美さんっ!此処に居たら死んでしまう!早く立つんだっ!」

愛美の手を強引に取り、無理矢理引っ張って立ち上げる。
そして彼は走り出した。
足が縺れて倒れそうになる愛美をその都度支えてフラフラに成りながらも逃げ続ける。
だがこんな状態では体力の消耗も激しく長くは逃げられない。
だから葉月はある程度距離を離したかと思った時に近くの部屋へと身を隠した。
入ると扉を閉めてから、2人は共に座り込む。
緊張の連続でもう疲れ切っていたのだ。
少し休んだ葉月は、部屋の中にある真新しいダンボールに気付く。
建物の他のものとは様子の異なるその箱に興味が湧き、それを開けてみた。

「こ、これ、は?銃、なのか?」

ダンボールの中に入っていたのは38口径の回転式拳銃だった。
この3階に幾つも転がっているこの武器をとうとう彼も手にしてしまう。
そして彼は今追い詰められていた。
自分を殺しに来る誰かを退けないと、自分が死んでしまうのだ。
だから葉月はそれを懐にしまう。
自衛の為なんだと心に言い訳をして。



麗佳は手塚を牽制しつつ何度か葉月達に近寄るが、彼等は彼女が近付こうとすると必死に成って逃げていった。
それどころか何時の間にか持っていた拳銃を向けて来る始末である。
最初に手塚を攻撃した時に彼等も自分から攻撃を受けたのだと勘違いしている様だが、それを説明する機会も与えて貰えない。
このままでは手塚との戦闘の時、不意に巻き込んでしまうと思い、少し2人とは距離を取る。
依然手塚は彼等を付け狙っているのか、時折彼女と牽制で撃ち合っていた。
どちらも無傷の不毛な銃撃に彼女も苛立ちを増させる。
だが手塚の方が弾をばら撒いている量が圧倒的に多いので、先に弾切れに成るのは彼であろう。
その麗佳の読みは当たっていた。

(ちっ、重いからって持って来る量を減らすんじゃ無かったぜ)

手塚は内心で愚痴っていた。
此処から彼が物資を置いた部屋に戻っていては、彼等の位置を見失ってしまう可能性が高い。
そうは言っても既に予備の弾倉は無く、今入っている分だけで麗佳と戦わなくては成らないのはきつかった。
女は賢かったのだ。
手塚の行動を読み、無駄な弾は撃たずに出来るだけ安全を確保しつつも葉月達には近付けない様にする。
自分の弱さと出来る事をきちんと判って、組み立てる事の出来る厄介な敵。
流石にこれでは彼の湧き上がっていた闘争本能は不完全燃焼だった。

(くそっ、また成果無しかよっ…)

内心嫌気が差していた手塚だが、これ以上時間と弾を無駄にするのも馬鹿馬鹿しかったので、撤退する事を決める。
その撤退している途中で手塚の耳に話し声が聞こえて来た。
一瞬葉月達かと思い口を笑みで歪めるが、話し声を聞いていると男の方はもっと若い声の様である。

(この、声…何処かで聞いた様な?)

最近聞いた様な声に首を傾げて、彼はH字に成っている通路で待機する。
そして向こうの通路を男女2人が通過した時彼は吃驚した。

(何であいつが、他人と、それも首輪が外れたガキと一緒にいるんだ?!
 3名の殺害じゃないのかっ!?)

驚くが、このまま見逃すと話す機会も失いそうだったので、彼に声を掛けてみた。

「いよう、外原。元気そうだな?」

その声に少女の方が手に持った小銃を向けて来たので、慌てて曲がり角へと隠れる。

「待てかりんっ!」

青年の声がした。
外原はかりんを通路を通り過ぎさせて手塚から隠したのだ。
手塚が曲がり角から覗いて見ると、少女は視界から居なく成っており銃口を下げた外原が残っていた。

「手塚、まだやり合うのか?」

外原が聞いて来たので、再度ゆっくりと半分だけ姿を現した手塚はそれに答えた。

「言っただろぉ?殺そうって奴は止められないって」

ニヤけた笑いで返すが、手塚の疑問は1つ増えていた。
外原に聞きたい事は山ほどある。
「ゲーム」については勿論、今の状況や各プレイヤーについても、後はルール9も有れば良い。
だが何よりもまず、外原が持っている手塚以上の武装が気に成った。
それだけの武装を手に入れるとは、自分以上の難易度のエクストラゲームをしたのだろうかと、手塚は思ったのだ。

「お前、凄い武装してやがるが、そっちもエクストラゲームがあったのか?」

手塚の問いに外原は横に隠れている少女に目を向けて何かを確認している様だ。
現状エクストラゲームが発動したのは御剣と手塚の2回だけなので、当然ながらかりんも外原も知らなかった。
そんな時、外原は何かに気付いたのか、手塚に向かって驚きの声を上げる。

「手塚、お前っ!」

(何かに感付いたのか?!)

手塚は彼が良からぬ事に気付いたのではないかと危惧したのだ。

「違ったか。余計な情報、与えちまったようだなぁ!」

後ろ手に隠し持っていたうサブマシンガンを構えて、手塚はその引鉄を引き絞る。
外原も彼が構えた時には下げていた銃口を跳ね上げて手塚を狙うと、一回だけ引鉄を引いてからかりんの隠れた通路へと飛び込んだ。

「ちっ。いーい反応じゃねぇかっ」

「手塚!止めろ!こっちにお前と争うつもりは無い!」

「巫山戯ろっ!こっちはツインテールのお嬢ちゃんに問答無用でヤられてんだよっ!」

関係は無いのだろうが、不完全燃焼の精神はささくれ立っていけなかった。
しかしこれでは話し合いは無理かと、手塚は残りの弾が少なくなっているサブマシンガンの銃撃を止める。

「クックック、まぁ良い。今は見逃してやるよ。俺も気に成る事があるんでな」

気に成る事と言うのは出来れば外原と話して解決したかったが、これでは見込めそうに無い。
だから手塚は引く事にした。
彼は予測したのだ。
外原や麗佳がその武装を何処で手に入れたのかを。

(1階にゃ何も無ぇ。2階はナイフ。3階は長剣や拳銃。と成れば、後は予測も付くよなぁ)

自分はエクストラゲームで手に入れたが、そんな事をしなくとも4階以上へ上がれば手に入るのだろう。
スミスに乗せられた事に腹は立つが、彼はこの新たな情報を有効活用しようと走りながら考えるのだった。



麗佳が葉月と愛美の2人を連れて4階へ上がったのは経過時間32時間過ぎである。
その階段ホールを慎重に警戒して通るが、以前の様に攻撃も無く通り過ぎる事が出来た。

(彼の言う通り、彼等が交戦して席を外した?それとも手を組んだ?)

麗佳は悩むが答えは出る筈も無い。
後ろの2人を促して彼女はそこを通り抜ける事しか出来ないのだ。
彼女は此処から、高山の拠点を目指す事にした。
外原も最初の分断の時にそう言っていたし、高山ならそこに行くと思ったのだ。

「2人とも辛いと思いますが、頑張って歩いて下さい」

本当は一番辛いのは沢山の武装と荷物を持って歩く麗佳なのだが、彼女は全く顔に出さない。
今自分が弱音を吐いても事態が好転する訳ではない事を良く判っていた。
彼女は余りにも頭が良過ぎたのだ。



階段ホールを離れた麗佳は彼女達が降りて来た時に爆破した階段を目指した。
高山の拠点は正規の階段からも爆破した階段からもほぼ同じ距離に在る。
しかし3階から上がって来た時の次の階段までの距離が爆破したものの方が遥かに近いのだ。
途中何の妨害も無く階段まで辿り着く。
5階に上がり一部バリケードを崩された6階へ上がる階段を警戒するが、此処にも誰も居ない。
あの7番と手塚は何処に行ったのだろかと麗佳は思ったが、当面は大丈夫な様だ。

「痛っ」

「大丈夫かい?愛美さん。ほら、手を貸すから慎重に上がるんだ」

麗佳の後に上がっていた葉月が、未だ瓦礫が散乱する階段を上がろうとしている愛美に手を貸している。
此処までトロ臭いとは思わなかったが、今は葉月がフォローしているから大丈夫だろうと彼等が上り切るのを待っていた。
正直足手纏い以外の何者でもない。
彼の言葉が無ければ麗佳は彼等を見捨てて居ただろう。
メリットなど何一つとして無いのだから当然だ。
この状況でそれを咎める者も居ない。
でもそれは彼を裏切ると言う事である。
だから麗佳は我慢して此処まで来ているが、正直な話見捨てたかった。
彼女も荷物が重いのだから早く休憩出来る所に辿り着きたいのに、何処でも彼処でもモタモタしてくれる。
こうして同行はしているものの、彼女には彼等に対して良い印象は全く無かった。

「お待たせしたね、麗佳さん」

「ええ、では行きましょうか」

葉月の言葉に短い返事をして、麗佳は再び先頭を歩き出した。

5階の拠点までの部屋に倉庫がある様だったので、こちらに立ち寄ってみた。
流石にPDAの地図に倉庫と書くだけあって、物資の入った真新しい木箱を見つける事が出来る。
まだ未開封に見えるその木箱を開けると、中から幾つもの武器が見付かった。
丁度麗佳のサブマシンガンの弾もかなり使っていたので、同型と思われる弾倉を回収しておく。
更にその中には1つの黒い物体があった。

「ツールボックス?!これは…「Tool:Gather/MovingData」?
 何かしら…?」

早速自分のPDAへとインストール始めてみる。
最初の説明に出て来たのは、「館内の動体センサーの情報を収集する」であった。
そのまま「はい」を押して先に進み、インストール完了後にツールボックスを引き抜く。
PDAの画面は地図に切り替わったが、何の変化も無い。
いや時々波紋の様なものが地図上に発生していた。
波紋はこの5階では麗佳達が拠点として使おうとしていた部屋の付近に3つほど発生しているのと、今自分達が居るであろう部屋に出ている。
4階では3階への下り階段付近に2つ発生していた。
3階には通路途中に幾つもの波紋が生じている。

(多分これは5つ?と言う事は、御剣って奴と合流出来たのかしら)

ある意味これは大きい。
彼がPDA検索を持ち続けているのはこういう利点があるからかと、実感してしまうほどの便利さである。
これで高山達が拠点に居ると言う確証も得られた。
それに彼も順調にいっている事も確認出来たのだ。

(早鞍さん、無事ですよね…)

彼の解除条件は他人に誤解を生む困ったものだ。
しかも彼はそれを隠そうとしない。
そんな彼だからこそ、麗佳は彼がどれだけ怪しくても嫌えなかった。
それに比べて、部屋の扉付近で自分達の事すら満足に出来ない者達を見て溜息を吐く。

(もう少し、頑張りますか)

麗佳は全身に力を一度入れて、真っ直ぐに拠点に向かう為に出発するのだった。



文香が縄梯子で4階に上がっても、そこには何の脅威も待ってはいなかった。
こんな罠を仕掛けたのだから、これに続く罠があるかとも思ったのだが本当に何も無い。
おかしいとは思うが彼女がすべき事は、隣にいる少女の保護なのである。
この「ゲーム」の開始直前に彼女に秘密回線で語られた事実は驚愕のものであった。
本来の彼女であれば認められる筈の無い事実。
だから「保護」と言う指令は彼女にとっては、まだ許容出来るものであったのだ。

「お兄ちゃん、大丈夫かなぁ」

「大丈夫よ。ずっと一緒だったんでしょう?
 だったら優希ちゃんの方が良く判ってるんじゃないの」

「だから心配なんだよぅ」

あの明るく朗らかな優希が口を尖らせて口答えをする。

(あらあら、随分と懐いちゃってるのね)

文香は彼女の様子につい微笑んでしまう。
しかし本当に考えれば考えるほどに疑問が生じて来る。
「3名の殺害」、「PDAの取得」、そして「人物の知識」。
彼に葉月の人柄について語った覚えは無い。
なのに彼は葉月の名前を聞いた後は、何の疑いも無く文香の合流の提案に賛同している。
それどころか葉月の事を「人の良さそうなおじさん」とも言っていた。
考えて見れば文香と会った時もそうである。
戦闘禁止が解除された時間であるにも係わらず、彼は最初から文香に警戒はしていなかったのだ。
だが「組織」の人間にしてはその行動はおかしい。
明らかに「ゲーム」を盛り下げる行為ばかりしている。
かと言って彼女と同じ「エース」かと言えば、そうではないだろう。
彼の様な人間は聞いた事が無いし、もし知らない所属者だったとしてもこの「ゲーム」に参加する時にその旨が伝えられる筈だ。
それに「エース」成らば、此処まであからさまには動かない。

(一体何者なの?全然目的が判らないわ)

自分の目的、「エース」の目的の障害に成るのなら排除しなければ成らないのだが、その判断が付かないのだ。
せめて彼の目的が判れば良いのだが、聞く暇も無い内に別れてしまった。
ちょっとふざけ過ぎたかも知れないと文香は反省をする。

「文香さん?行かないの?」

声に釣られて文香が下を見ると、優希が彼女を見上げていた。

「そうね、色々考えても仕方が無い、か。じゃあ優希ちゃん、高山さんと合流しましょうか」

「うんっ、お兄ちゃんとも合流しようっ」

満面の笑みで文香とは違う事を言い出す優希に、文香は曖昧に微笑んだ。

もう2時間は歩いているのだが、中々3階への階段に辿り着けなかった。
一部の隔壁が降りている様で、地図とは違って行き止まりに成っている所があったのだ。
ただでさえ地図上でもかなり遠くに設定されていた場所は、更に遠くに成っている。
それでも根気良く徘徊していたら、5階へと上がる階段の近くで高山と偶然に出会えたのだった。

「高山さんっ、良かった。もう会えないかと思ったわ」

文香は笑って言うが、内心はその可能性も考えていた。
寧ろその可能性の方が大きかったのだ。

「…今はまず安全を確保しよう。付いて来い」

そう言って高山は階段へと向かう。

「ちょっと、高山さん?」

無愛想な高山に文香は頭を指で押さえた。
これからこの男と付き合っていかなくては成らないのだ。
気落ちしながらも優希を促して高山について行くのだった。

拠点には約2時間後に到着した。
部屋の前に鎮座する重機関銃とその周囲に転がる小銃の山に、文香は喉を鳴らす。
既に此処まで用意している事に恐怖を覚えたのだ。

(もしかして、彼は常連者?)

嫌な予感が過ぎるが、直接聞く訳にもいかない。
高山は文香の疑念など気にする事も無く、周囲のチェックと罠や物資などの確認をしていた。
もし万が一だが、此処に他の誰かが来て何かを仕掛けられた事を想定したのだ。
だから高山は念入りにチェックをして問題が無い事を確認してから、部屋に入る。
部屋の中でも慎重に行動して、それぞれの荷物をチェックしていく。
それは文香が見ても異常なほどの行為である。
だが高山は何故か油断はしては成らないとばかりに行動を続け、全てのチェックを終えてから彼女達を部屋に招いた。

「仕掛けは無い。今は大丈夫だ」

「そ、そう?お疲れ様。それじゃ、お邪魔するわね」

「高山さん、お疲れ様ですっ!」

文香に続いて優希も入って来る。
高山は周囲の彼が集めたのであろう荷物を漁っている様だ。
周辺には物騒な武器などが雑多に置かれている。
文香が見渡しただけでも、実用主義と言うか生活については全く考えて無さそうな雰囲気が漂っていた。

「今の内に休んでおけ。外原達と合流したらまた忙しくなるぞ」

「はーい!」

高山の言葉に優希がすぐに返事をする。
「外原達と合流」の部分が効いた様だ。
高山としてもまだ早いとは思うが、何時寝られない状態に成るか判らない以上は休める内に休むべきと判断したのだ。
今漁った荷物は元々この部屋にあったもので、その中には毛布が5枚入っていた。

「これを使え。風邪はひくなよ」

「うんっ」

優希に毛布を1枚手渡してから、もう2枚取り出す。
そして文香に近付いた。

「お前も休んでおけ」

言葉と共に高山は1枚毛布を放り投げた。

「どうも有難う」

文香は微笑んで毛布を受け取る。
そして高山は見張りの為に部屋の外に出て行ったのだった。



経過時間39時間半頃。
その風体は明らかに今まで出会った者達とは趣を異ならせていた。
防弾チョッキとアサルトライフル、そしてその他諸々の装備品。
11名のむくつけき男達が統一されたものを着ていたのだ。
ただ1人だけ少し違うものを着ている者が居るが、その装備も基本的には他の者と同じである。
彼等はある特殊な指令を受けてこの建物に現れた。
いや今までも影で色々としていた者達なのだが、それはプレイヤーには直接的には係わらない様にしていたのである。
それが今度の指令はあるプレイヤーを無傷で確保すると言う、「ゲーム」史上でも例を見ないものだったのだ。
それでも彼等は実行しなければ成らない。
上の言う事は絶対であり、逆らう事は許されないのだ。
だがこの任務は困難を極める。
一応「ゲーム」は継続中であるし、この「組織」の直接介入が観客に知られれば「組織」は終わってしまうからだ。
そんな綱渡りな任務を彼等はこなさなくては成らないのであった。

だが彼等の任務はいきなり暗雲を見せる。

「ぎゃああぁぁぁぁぁ」

まず1人、ワイヤートラップにより発動した手榴弾が1人の隊員の左足付近で爆発した。
至急止血を行なうが左足の一部は抉れ、中の肉を見せている。
その彼を乗り越えて進んだ隊員が今度は偽装床の罠を踏んだ。
それにより、床の影に設置していた大小様々な刃物が10本ほど部隊員達に襲い掛かる。

「ぐがっ、ああああぁぁぁ」「がっ」

2名ほど避け切れずに深々と刃を自らの肉体へと食い込ませる。
1人は右目に、1人は右足に突き刺さっていた。

「何だ、何が起こっているっ!」

最後尾に居る部隊長は前で何が起こっているのか判らなかった。
彼等は日頃は詰まらない仕事に従事しているとは言え、正規の訓練を受けた兵隊である。
相手は一般人の素人と聞いていたので、楽な仕事だと思っていたのだ。
部隊長の戸惑いを余所に、任務に忠実な部隊員達は2つのトラップを乗り越えて後1つと言う曲がり角に先頭が到達する。
そこを曲がれば後は一直線でターゲットの居る部屋の扉の前まで行けるのだ。
先頭の部隊員がその角から身体を出した時、轟音がしたかと思ったら彼は右腕を吹き飛ばされていた。

「あ゛あ゛あ゛ぎゃぁぁぁぁ」

右上腕部から噴水の様に血を噴き出しながらのた打ち回る。
彼が幸運だったのは、仰け反って倒れた為に倒れたのが手前側だった事だろうか。
彼が倒れた後も2秒ほど曲がり角の壁へと、破壊的な銃弾と言うか砲弾と言って良い弾丸が雨の様に突き刺さっていたのだから。

「た、隊長!相手は重機関銃を保有していますっ!」

「な、な、何、だとぉ?」

これはコントロールルームから作戦を伝えた担当官のミスである。
高山が重機関銃を持って降りている事は確認出来ている筈なので、当然注意すべき事だったのだ。
これまた急いで手当てを受けている部隊員だが、足を吹き飛ばされた部隊員と共に作戦行動はもう無理だろう。
何名かの隊員が何とか曲がり角から身体を出して進もうとするが、その度に重機関銃が火を噴いて彼等の足を止める。

「何故、あんな兵器を扱えるのだ?」

一応用意はしてあるが、当然素人には扱えない物も6階には置いてある。
それを平然と使いこなしているのが部隊長には不思議だった。

「隊長!バズーカの使用許可を下さい!」

「ば、馬鹿野郎っ!ターゲットは絶対に傷付けるなとの御達しなんだぞっ!」

「ですがこれでは進めませんっ!まずはあの機関銃を排除する必要があります!」

彼の言う事は正論だ。
それに彼等の持つある機械で現在のプレイヤーの位置を見る限り、廊下に出ているのは此処から見える大人の男女だけの様である。

(あの方は部屋の中、ならば多少の被害は問題無いか?)

「よしっ、狙いは機関銃に絞れ。あれなら部屋の入り口からも少し離れているし、被害は少ないだろう」

「了解致しましたっ!」

ビシッと敬礼をして提案をした彼は「M20対戦車ロケット発射器」を持って曲がり角へと向かう。
しかし彼等がそれを決意した時は既に遅かったのだ。
彼が曲がり角に到達する前に、目の前の左の壁、つまりあちらからの直線上の壁にある大きな物体がぶつかり床に転がった。
その物体は明らかにロケット弾だったが、まだ爆発はしていない。
隊員の殆どが「不発弾か?」と思ったが先頭に居た彼だけはその可能性に気付いたのだ。

「ち、遅延信管だっ!皆逃げろーっ!」

叫んだ彼も後ろを向いて一目散に逃げ出そうとした。
その時ロケット弾は爆発して破片を周囲に撒き散らす。

「「「「ぎゃああぁぁぁぁ」」」」

複数名がその破片に巻き込まれて傷を負ったのだった。

周囲には負傷した兵が壁に寄り掛かって座り呻き声を上げている。
彼等は目標への曲がり角から更に1つ下がり、全員の手当てをしていた。
まだ死亡者は居ないが、このままでは死んでしまいそうな者も居る。

「これでは、作戦続行は絶望的か…」

部隊長が苦虫を噛み潰している時、隊員の1人から報告が上がる。

「隊長!プレイヤーが3名ほどこちらへ向かっております!
 このままでは我々と鉢合わせしてしまいますが?」

泣きっ面に蜂とはこの事であった。
これ以上プレイヤーが集まれば、館内のカメラを誤魔化すのも容易では無くなる。
その上多くのプレイヤーに見られれば、その見たプレイヤーは出来るだけ殺さなければ成らないのだ。
彼等の存在を観客に知られる訳にはいかないのだから。

「くそっ。仕方が無い、一旦退くぞ!全員撤退だっ!!」

そうして彼等は高山の拠点付近から、忽然と消えたのだった。



文香は目の前で起きた事が信じられなかった。
今も彼は大きな筒状の物に盾のような防風板が付いたものを肩に担いでいる。
先ほど機関銃座に座ったまま砲弾を放ち、遥か向こうの曲がり角の更に向こうに居る者達を薙ぎ払った様だ。
此処まで彼は全く躊躇いなど無く、流れる様な動作で敵の行動に対処した。
まるで予定調和の如く。

「此処の見張りを頼む。もし奴等が見えたら、これを使え」

高山は文香に床に転がっていたグレネードランチャーを渡す。
射程は短いが、素人でも扱える強力な火器である。
それを文香は無言で受け取った。

(彼は、本当に何者?)

「…聞きたい事があるならさっさと言え。何時までもぐだぐだ悩まれても鬱陶しい」

彼の言葉には容赦が無い。
だから彼女は素直に聞く事が出来た。

「貴方、一体何者なの?」

「ただの傭兵だ。昔、戦場を渡り歩いた」

全く表情を変えずに述べる彼の言葉に文香は驚愕した。
つまり彼は、紛れも無いプロなのである。

「そ、そう、だったの」

多少訓練をしました程度の自分と比べて次元の違う存在にこんな所で出会うとは、文香には予想外だったのだ。
彼女が納得したと感じた高山は、未だ煙の上がる曲がり角へと様子を見る為に歩いて行ったのだった。



麗佳は5階でソフトウェアを見つけた時に、すぐに拠点まで辿り着けると思っていた。
だが普通の足で2時間は掛かる距離を肉体も精神も疲弊した葉月達が耐えられる筈も無く、20分後くらいに休憩を申請される。
此処で潰れられても困るので休憩を了承したら、近くの部屋で休んだ途端に何と寝てしまったのだ。
無理に起こす訳にもいかないので、自分も軽く寝る。
そして起きた時には経過時間37時間を過ぎていたのだ。
もう愛美の制限時間が10時間を切りそうな時まで来ているのに、本人は幸せそうに眠っている。
麗佳は本気で彼女を踏み付けたく成ったのだった。

2人を叩き起こして彼女達がそこに到着した時、その惨状に全員が顔を青褪めさせた。
目的の場所は後1つ曲がり角を曲がるだけなのだが、その手前には血の海が広がっていたのだ。

「これは…。葉月さん、愛美、少し止まって下さい」

2人をその場に止めて彼女はゆっくりと曲がり角へと近付いていく。
周囲を見ると肘まである腕が一本転がっている事からも、此処で誰かが戦闘を行い傷ついた事を示していた。
だが転がっている腕が着ている服は今まで見た事が無いものだ。
また周囲には幾つかのナイフや爆発の跡もある。
そして良く見るとワイヤーが床に張られていた。

(罠、を仕掛けたって事?でもこれじゃ私達が掛かったかも知れないのに…)

彼女が訝しげに見ていると、曲がり角の向こうから人影が出て来た。

「矢幡、か。遅かったな。少し待て、今トラップを教える」

言いながら彼は麗佳の方へと近付いて来る。
多分周囲には彼の仕掛けた罠が張り巡らせてあるのだろう。

「ええ。遅くなったのは、知っていると思うけど7番が邪魔した所為よ」

「7番だったのか」

「確認せずに行ったの?」

「する必要が無かったからな」

確かにまず文香と合流するだけなら、あの敵が誰なのかなど関係無い。
その潔いほどの切り替えの良い判断力に、改めて麗佳は背筋が冷えた。

(本当に私はあの時、生死の選択をしていたのね)

6時間経過時の選択に今更ながら安堵の息が漏れそうに成る。
そして高山と合流出来た麗佳は後ろに待機させていた2人を呼ぶと、高山について拠点にやっと辿り着いたのだった。

重い荷物を一旦下ろして麗佳は一息吐く。

「れーかさん大丈夫?」

その疲れに気付いたのか優希が座り込んだ麗佳へ心配そうに聞いて来る。
彼女は優希の気遣いに少し微笑んで言葉を返した。

「ええ、まだ大丈夫よ。早鞍さんと合流しなければ成らないものね」

「うんっ。お兄ちゃんも一緒が良いよね」

優希は満面の笑みで麗佳の本音に返して来る。
彼女の正直さ、真っ直ぐさは麗佳には羨ましかった。
麗佳は自分には素直さが足りないのだろうかと自問してみるが、自分は自分らしくしているつもりなのでこれで良いのだろう。

(彼も言ってたじゃない。『自分のあり方を変えるのって間違ってる気がする』って。
 私は私で良いのよ。変わらなきゃいけない時は、変わるでしょうし…)

考えながら近くに居る優希の頬を突いて、そのプニプニ感を堪能する。

「やあん、れーかさんくすぐったいよっ」

「フフ、御免ね」

優希が嫌がったので、そこで止めておく。
それでも優希の無邪気さはこの建物では異質であり、だからこそ麗佳は大事にしたかったのだ。
彼女は普通にしているつもりだったが、しかし高山以外の全員が麗佳の事を不思議そうな顔で見ていた。
文香、葉月、愛美にとって麗佳のこの姿は信じ難いものだったのだ。
本当に同一人物かとも思えるこの変わり様に、何と言おうかと迷い声を掛けそびれてしまう。
優希にとっては優しい麗佳は風呂場で知っていたし、高山に至っては自分に不利に成らなければ別にどうでも良かったのだ。
だから今も扉の所からチラチラと通路を警戒していた彼は、現状を確認したかった。

「矢幡、そちらであった事は何だ?その2人が陸島が言っていた2人だろう?外原はどうした?」

「葉月さんと愛美は文香さんの言っていた人達よ。
 早鞍さんは残りの御剣達を迎えに行ったわ。
 あった事の方だけど。
 手塚に襲われたわ。かなりしつこかったけど、多分弾切れで退却したわ。
 それと早鞍さんの読みだけど、手塚と7番が組んだ可能性もあるわ」

麗佳の簡潔かつ判り易い答えに高山は1つ頷きを返した。
だがそれでは留まらずに麗佳の言葉が続く。

「現在2名が4階を移動中、そろそろ5階に到着するわ。
 あと4階の階段にそれ程遠くない場所にそれぞれ2、3名居る様ね。
 どれが早鞍さんかは判らないわ」

「何だと?!」

PDAを見ながら報告された内容に高山達は驚いた。
真っ先に近くに居た優希が質問した。

「わぁっ、何で判るの?」

「動体センサーの情報を収集出来るソフトウェアを、この5階で手に入れたのよ。
 これで早鞍さんになんか負けないんだから」

「あはは、れーかさん、強気ー」

麗佳はこの前向きさを、今もオロオロとどうしようか悩んでいる感じの2人にも見習って欲しいと思った。
足手纏いの彼等については彼女が幾ら考えても詮無き事なので、頭から振り払っておく。
そして新たに追加された、PDAのこの機能は非常に大きいものである。
その時高山が真剣に聞いて来た。

「矢幡…お前はそれをずっと見続けて此処まで来たのか?」

「え?ええ、そうよ。貴方達が動いたら困るもの。バッテリー消費は気にしなくていいわ。
 殆ど消費しないタイプのものらしいから」

「俺達はお前達が来る十数分前まで謎の連中に攻撃を受けていたのだが、それを知らない様だったが?」

「はぁ?そんなの居たら出ているわよ!私は貴方達の反応しか見てな…」

麗佳は高山が無事なのと休憩で忘れていたが、あの血の海を思い出した。
あれは確かに交戦の跡である。
つまりあそこで腕が吹き飛ぶほどの怪我をした者が居たのだ。
だが彼女達はそんな人間には出会わなかった。
途中分岐が有ったとはいえ、そこまでは血の跡があってもおかしくない。
だが麗佳がそれに気付いたのはあの現場に到着してからである。
更に動体センサーには一切掛からない相手。
どう考えてもおかしい事に麗佳は気付いたのだ。

「つまり、もしかしたら私達プレイヤー以外、しかもこの「ゲーム」を仕組んだ奴等が介入しているって事?」

「…なるほど、そういう考えもあったか」

麗佳の答えに高山は納得したと言う様に頷いた。
高山は彼等を新手のプレイヤーだと思っていたのだ。
それは彼が「ゲーム」のルールを信じているからでもある。
だが良く考えて見れば、チラッと見ただけではあるが彼等は首輪をしていなかった。
しかし攻めていた対象を見た訳でも無いのに此処まで予想するとは恐ろしい女である。
高山は外原のあの思考力がある意味怖かったが、考えて見れば彼の行動に逐一突っ込んでいたのは彼女であった。
それだけ彼の行動に疑問を持てたと言う事なのだろう。
あの7番を含めて今まで見たプレイヤーは直情的だったり頼り無かったりでどうも頭脳派が居ないと思っていたが、意外と身近に居たのである。
勿論彼女のこの推理は穴があった。
まだ高山があった事の無い人間は葉月達を除いても4名居る。
彼等がジャマーソフトを使ったならこの状況も有り得たかも知れない。
ジャマーソフトは範囲が狭いので可能性が低くなるが、彼等はそれも知らないのだ。
逆にこれらを知らない事が彼女達を核心に近付けていた。

「それで彼が此処に来るのを待つのかしら?」

文香はそれには反対だったので、まず提案を始める。
彼女としては物資がほぼ無限にある相手に、いずれ弾切れをするこちらが此処に篭るのは無理があると考えていたのだ。
そして弾切れについては彼女よりも高山の方が良く判っていたのである。

「いや、此処はもう放棄した方が良いな。機関銃の残弾もプロを相手にするのならば心許無い。
 このまま出来れば外原と合流したい。
 …陸島、見張りを代わって貰えるか?」

「ええ、良いわよ?」

いきなり見張りの交代を要請された文香は疑問を持つが、そのまま代わった。
部屋の中に入った高山はすぐに荷物の整理を始め出す。

「此処から出るのであれば、この5階に上がって来る反応に向かいませんか?
 多分これが早鞍さんだと思いますし」

「理由は?」

「有りません。強いて言えば、こちらを目指している様な感じがしたからでしょうか」

麗佳の答えに、高山は元々この部屋にあった箱の中身から何かを見つけた事もあり、行動を止めて少しだけ思案する。
そこに優希が声を上げた。

「私も、これが早鞍お兄ちゃんだと思うよっ!」

少女の根拠の無い意見は普通なら無視されるものだっただろう。

「2人とも、根拠の無い意見を出し過ぎだ。
 …だが、それに乗って見たくなる時も、有るな」

珍しく少し微笑んだ高山が、賛同の答えを出す。
その彼の手にはダンボール箱の底に隠されていた、3つのツールボックスが握られていた。



外原と思われる動体反応と合流しようと移動しているのだが、その行き先を度々隔壁が邪魔をする。
既に幾つかの隔壁は爆破して突破したのだが、その数が多い為に爆薬の量が少なく成って来ていた。
だから隔壁を迂回して進もうとしたのだが、何処も彼処も封鎖されて丸っ切り進めなく成っており打つ手が無く成って来たのだ。
唯一の救いは、それでも彼等の目標と成る動体反応は徐々にこちらに近付いてくれている点だろうか。
もう手が無い以上彼等はその動体反応がやって来るのを待つ事にした。

「それじゃ、一旦休憩。食事でもしましょうか?」

文香の言葉に異論を出す者は無く、ゆっくりと食事の準備を始めるのだった。

彼等が到着したのは食事を殆ど終えた頃だった。
真っ赤に染まった右上半身を庇いながらPDAを左手で操っている外原と、その横でサブマシンガンを構えて周囲を警戒するかりん。
動体反応にあった様に2名だけの様だ。
外原の姿を確認した途端に、優希が弾けた様に彼等に向けて走り出した。

「早鞍お兄ちゃんっ!」

彼女は真っ直ぐに外原へに駆け寄りその腹部に体当たりでもする様に抱き付いた。
その行為に外原の顔が引き攣り、その額には脂汗が流れ出る。

「~~~~~~」

「ちょっ、ストップっ!優希っ。今早鞍、拙いんだってっ!」

急いでかりんが優希を外原から引き剥がすが、既に彼の意識は飛び掛けている。
そして彼は声も無く、バタリと床に倒れ込んだのだった。



[4919] 第9話 合流
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:09

俺は目の前で閉まった隔壁を呆然と見つめていた。
同人版『ゲーム』でも高山と麗佳のコンビを相手にした時に階段下の隔壁を下ろしていたが、それと似た様な状況と言える。
だが今の俺にはドアコントローラーがある、と思い7番のPDAで隔壁を上げてみた。
しかし3階での鉄格子の様に、上げようとする音はしているのだが一向に上がらない。
一杯まで下がった後にロックでも掛けられたのだろうか?
どうすれば良いのか?
これを開けるには爆破するしか無くなった。
俺達が前に爆破した階段まで迂回している時間は無い。
だがこれを破壊出来るだけの火力が今の俺達に有るのか?
高山の持つグレネードや爆薬でいけるなら良いが、出来たとしてもスペースが要るのではないだろうか?
爆薬が放つ衝撃波については、5階から降りる時の経験しかないが、あの時の周囲の惨状が酷かったので心配であった。
こう成るとやるべき事は一つだけの様だ。

左手に持つアサルトライフルを握り直して、階段をゆっくりと上がる。
此処を後2時間の内に突破しなければ、御剣達に制限時間の内に合流出来なく成る。
容赦が出来る状態では無くなった。
覚悟を決めた俺を見て愛美と葉月が道を開ける。
そんなに怖い顔をしているのだろうか?
踊り場まで戻ると高山が顔を顰めて佇んでいたので、判ってはいる事だが一応聞いて置く。

「高山、あれは爆破可能か?」

「難しいが、やって見よう。しかし…」

「余波、か?」

俺の予測に頷きを返される。

「そうだ。残りの爆薬をあるだけ使えば破れるかも知れんが、その衝撃波は階段はおろか、その周辺にまで及ぶだろう」

「私達がホールに出る必要があるのね?」

高山の答えに反応したのは麗佳である。
当然ホールに出ると言う事は回収部隊の攻撃に晒されるという事だ。
安易に考えて良い事態では無い事を殆どの者に知って貰えただろう。

「これでは、愛美さんの首輪は…」

絶望的な声で途切れる葉月の言葉に、年少組も暗い顔で愛美を見た。
愛美も不安顔で皆を見回す。

「何か手は無いの?」

「最良の手段が爆薬というのは判るのだけれど、それをするには問題があるのよね」

かりんの問いに答える麗佳は色々と考えてくれているが、どうも良い案は出て来ない様だ。
爆薬に関しての知識が有りそうなのは高山、もしかすると文香も、くらいか。

「爆薬の破壊力に指向性を持たせて、標的だけに効果を及ぼす事は出来ないのか?」

「元々プラスチック爆弾には指向性を持たせられるが、その爆薬が少ないんだ。
 これだけでは、大穴は開けられそうも無い」

「ちょっと途中の隔壁破るのに使い過ぎちゃったわね」

高山の返答に今も階段の切れ目で警戒をしている文香が言葉を重ねる。
合流する為に幾つか爆破したのだろうか?
だが数が多いので諦めて迂回し始めた、そんな所だろう。
しかし何時までも此処に留まり続けるのは拙い。
幾つか在った殆どの階段と異なり、此処は踊り場で折れていない。
つまりは上階から下まで丸見えなのである。
遮るものが無い?

「このまま手榴弾でも投げ込まれたら全滅だわ。早く何かの手を打たないと」

「焦っても良い案は出ないわよ。落ち着いて、麗佳さん」

「しかし文香くん、のんびりして居られる状況でもないんじゃないか?」

文香は何も言わず苦笑で返した。
多分葉月の言葉を一番良く判っているのは、俺を除けば文香だろう。
優希、回収部隊、愛美の時間制限、御剣の容態もある。
これらを全てきちんと認識出来るのは彼女以外には在り得ない。
麗佳の言う爆発物を投げ込まれる心配は無い。
そんな事をすれば優希まで巻き込まれて死んでしまう。
俺達の誰かが彼女を庇う事を彼等も期待はしてはいないだろう。
スタングレネードも優希に影響が大きいのでまず有り得ない。
代わりに神経ガスを投げ込まれる心配があるが、それはこちらにあるガスマスクで対処可能である。
それと奴等の活動可能範囲も俺達が合流した事で狭まっている。
派手な行動を取れば観客に気付かれる恐れがあるのだ。
唯一面倒があるとすればエクストラゲームの開始だが、今の所その予兆は無い。
そう成ると、やはり一番の問題は階段の隔壁か。
麗佳を中心に葉月とかりんが喧々囂々と意見を言い合っているが、黙考する俺の耳には入っていなかった。

「早鞍さん、此処は危険だけど、あいつ等を制圧しましょう」

文香が真剣な顔で訴え掛けて来る。
何故真っ先に俺に言うのだ?
更にそれには問題が有る。

「出来ると思うか?」

「難しいでしょうね。でも他に手は無いわ。
 あいつ等の装備に爆薬があれば爆破し易く成るでしょうし。
 何より彼等を排除しない事には爆破作業も出来ないもの」

彼女は自棄に成って言っているのでは無い事は、始めから判っていた。
判ってはいたが冷静に判断している事に感心を覚えると共に、その言葉の内容に少し引っ掛かりを感じる。
装備、荷物。
はて?何か忘れている様な。
しかし思い出せないし、俺も気に成る事があるので階段ホールを見て来よう。
階段の切れ目からホールを覗き込んでいる文香の足元から、床にうつ伏せた体勢で覗き込んで見る。
こちらへ接近していた筈の二人が見当たらないが、柱の陰に隠れっ放しなのか?
それと手塚が隠れていた柱の付近には荷物は置かれてない様だが、手に持って行ったのだろう。
手塚の、荷物?

「早鞍さん、上は見ないでね」

「ん?」

文香の声が上から聞こえる。
その声に反応して上を見てしまった俺は、文香の顔と共に暗がりに除く小さな布切れが目に入った。
暗いので色は判らない。

「見るなって言ったでしょうっ!」

深く考える余裕の無い内に、文香の張り手が俺の顔面を捉える。
あっ、何か閃いた気がしたよっ。
後頭部を床にぶつけながらも俺はある事を思いついた。

俺達は今も監視している文香の近くまで寄って、作戦会議を始めた。
急ぐ必要が有るのだが、こうも人数が多くなると色々と各人間の意見を聞かなくては成らないのが面倒ではある。
事情は判らないが回収部隊は階段ホールから撤退して、向こうの通路に待機している様だ。
文香が確認した情報なので間違いないだろう。
しかも相手に数名かの脱落者が出た事も判った。
今向こうに確認出来るのは3名のみだ。
脱落者の一人は最後に近付いて来ていた一人である事は判っている。
文香が彼の左半身を舐める様に銃撃しているかららしい。
しかし他の4名は手塚を追ったのか、回り込んでいるのか、本当に脱落したのかは判っていない。
叩かれた顔と打ち付けた後頭部が痛いが、現状を文香からの説明で理解した。

「以上の様な状態ね。少しは勝ち目が出て来たみたいだけど、罠の可能性もあるわ」

「あと2時間で何とか成りそうかね?」

「難しい所ね、葉月のおじ様。でも具体的な案が無い現状では、どうにもお手上げ状態よ」

文香の説明に先ほどから不安を隠せない葉月は、ただオロオロとしているだけだった。
一般人としては普通の反応なのだろうが、もっとしっかりして欲しいとも思う。
思いながら、長い間8番のままであったJOKERを9番に切り替えた。
もう時間的には遅いかもしれないが、文香を自由にした方が今後有利に成るだろう。
文香が解放されると言う事は、連鎖的に高山も自由に成る。
この二人に制約が無くなれば選択肢が増えるのだ。
俺が黙考していると、麗佳が難しい顔をして口を開いた。

「相手の戦力が減ったとしても、此処を開けられないのでは意味が無いです。
 迂回する時間も無いですし、何とかして開ける方法を考えないと」

「それについては考えなくて良い。問題は奴等を沈黙させる事だけだ。
 この隔壁を抜けても、追い掛けられたら面倒なんだ。
 御剣の容態も気になるからな。此処を抜けても逃げ切れるか判らない状態は良くない」

「何か思いついたのか?」

ずっと無言だった高山が俺の言葉に反応する。
立ったまま寝てるのかとも思ったが、流石に無いか。

「ああ、但しかなりきついかも、だがな」

「どんな方法かしら?」

「それについてだが。
 …男性陣は女性陣を置いて逃げようかと思う!」

「なっ、何だってーー?!」

麗佳の質問に答えた俺の言葉の後、かりんの叫びが周囲に木霊したのだった。





第9話 合流「自分以外のプレイヤー全員と遭遇する前に、6階に到達する。未遭遇者が1人でも居れば解除は可能。死亡者に対しては未遭遇扱いとする」

    経過時間 45:23



全員が動きを止めて固まっていた。
力自慢の女性が居れば手伝って貰いたかったが、男性、それも葉月より力が強そうな女性は居ない。
文香が何とか役に立ちそうなくらいだが、高山が抜ける以上彼女にはこちらに居て貰わないと困る。
渚が居れば離脱組に組み込むのだが。
その為、判り易く男女で分けた。
意図してなのだが説明が悪かったので、一部の者が俺を不審気味に見ている。
主には葉月と愛実だ。
だが文香にも目の奥に、どういう事?という問いが見えていた。
優希は良く判っていないようだったが、それ以外の1日目を一緒に過ごした者達は呆れた様に溜息を吐いたりしている。

「詳しく説明して頂かないと、動きようが無いのですけど?」

半眼で見て来る麗佳に苦笑を返す。
だが先に聞いて置くべき事があった。
これがノーなら別の方法を取る必要が出て来るのだ。

「高山、お前、野戦砲使えるか?」

「ものによる。だが、多分大丈夫だろう」

ああ、やっぱり出来るのね。
実際に素人の手塚が使っていたので、出来て当然と言えば当然だ。
この会話に文香が驚いた様な声を上げた。

「野戦砲?
 って、通路の奥に在った榴弾砲の事?!」

その通り。
手塚の残した、大きな荷物である。

「そうだ、それを使えばこの扉に大穴空けられるだろう?
 手っ取り早い方法を考えたら、これが一番だったんだ」

「確かにあれなら、一撃で空けられるだろうな」

俺の予想を高山が後押ししてくれた。
それならあれを使う価値は大きい。
それなりの穴が空けば、それを広げる手は幾らか有る。
周りへの被害も発砲音くらいで防げるだろう。
残り少ない爆薬も温存出来ると言うものだ。

「ですが、それをどうやって持って来…それで私達にあいつ等の足止めをしろ、と言う事ね?」

「そうだ麗佳。野戦砲を運ぶのは君等には辛いだろ?
 だから此処は、葉月にっ!頑張って貰いたい」

爽やかな笑顔で皆に告げる。

「ぼ、僕かい?いや、力はそんなに無いんだが」

「怪我人の俺に無理しろって言うの~?ひっどいな~」

「それじゃ力仕事の出来ない早鞍さんは、此処の防衛組ね?」

突っ込みなのだろうが、楽しそうな文香の言葉に力無く項垂れてしまう。

「まずは、俺達3人がホールを抜けないと始まらないな」

言いながら高山は自分の荷物から煙幕弾を3つ取り出した。
良く判ってらっしゃる。

「ふぅ、仕方が無いわね。高山さん、ライフル貸して貰えるかしら?」

文香の依頼に高山は無言で手に持っていたライフルを、荷物の中にあったソレ用の大き目の弾と共に手渡した。
わざわざ文香が高山のライフルを求めた理由をしっかり判っている様だ。
彼のライフルにのみ、銃身下に簡易のグレネード発射装置が装着されていたからである。
交換で文香の持っていたライフルは高山の手に渡った。
俺も荷物の中に有った最後のスタングレネードを麗佳に渡しておく。
麗佳はそれを受け取る時に心配そうに聞いて来た。

「無茶な真似して死なないでよ?」

心配性なのも困ったものである。
隣を見ると同じ事が言いたいのか、かりんも俺を見ていた。
1つ溜息を吐いて、口を開く。

「俺は今、ジャックのPDAを持っている」

「あっ!」

御剣達と別れる前の出来事を思い出したのだろうか、かりんが声を上げた。

「俺は渚の元に戻らないといけない。絶対に、な」

このPDAを誰にも渡さず、自らの手で返しに行く事。
これが渚との無言の約束なのだ。

「では、皆。行動を開始しよう」

俺の真剣な言葉に皆が頷き返したのだった。



やっと辿りついた、野戦砲がある場所の簡易バリケードに寄り掛かって一休みをする。

「痛てて。怪我人はもっと労われってのっ」

「休んでいる暇は無いぞ。よし、台車があるな。葉月、手伝ってくれ」

「判ったよ。でも、彼は少し休ませてあげようじゃないか」

苦笑して返事をした葉月に、高山は肩を竦めて返す。
休んでても良いって事なのか?

ホールの脱出は比較的簡単だった。
奴等は他を置いたまま俺達だけが抜けるとは思わなかったのだろう。
集団行動をしている所を一網打尽にするつもりだった様で、初動が大幅に遅れていた。
しかし煙幕3つだけで容易に突破出来たものの、その追撃が激しかったのだ。
先ほど一発だけ砲を撃って貰った所、奴等は即座に退散してくれた。
とはいえ葉月を守る為に、俺の右足には1発の銃痕が追加されている。
本当に1発で済んで良かった。
実際は1発だけではないのだが、右足以外は防弾チョッキで止まっているので打撲傷以外は受けていなかったのだ。
しかし原因は色々あるが、正直もう意識が朦朧として来ている。
ボーッとして居ると寄り掛かっていたバリケードを崩された。
不意打ちだったので為す術も無く仰向けに転がってしまう。

「あ、たた」

「準備は出来た。行くぞ」

確かに野戦砲を階段ホールへと移動させるにはバリケードを排除する必要がある。
しかし一言言ってくれても良いだろうに。
最近高山君が冷たいです。
彼が急いでいる理由は何となく判るのだが。
内心で愚痴っていると、高山が俺の隣に片膝をついて来た。

「外原、これを渡しておく」

葉月には聞こえないだろう小さな声で囁く。
それに今は野戦砲の向こうに居る葉月には、俺達が見えていなかった。
つまり高山は葉月、もしかするとそれ以外の人間にも知られたく無いのかも知れない。
彼の手の中から俺の掌に直接乗せられたのは3つのツールボックスだった。

「正直お前以外では矢幡と北条だけ。それ以外は信用出来ん。あの陸島と言う奴も怪し過ぎる。
 それに北条には隠し事が出来んだろう?最初は矢幡に渡そうとも思ったが、お前に渡した方が良いと思った」

かなり早口で言い立ててから、すぐに立ち上がる。
彼の言う「信用」と言う言葉には、「実用」の意味も込められている気がした。

「動かないなら轢くぞ」

高山は俺に背を向けながら、再び冷たい言葉を言い放つのだった。

野戦砲の前側には転がす為の車輪が着いていたのだが、後ろ側には地面への固定用の板しか着いてないので転がせない状態である。
俺達はこの後ろ側の板を台車の上に乗せて運んでいた。
手塚も同じようにしてあの位置まで運んだのだろう。
前方の舵取りと後方の台車の制御だけで良いので2人で問題が無い上に、重量も人一人が増えても大した事が無かった。
その為、高山に応急治療をして貰った俺は野戦砲の上に座っていた。

「あー、楽チンだなぁ」

「はっはっは、早鞍さんは頑張り過ぎていたからね」

後方の台車を持つ葉月が朗らかに笑うので、俺にも笑みが漏れる。
本当に一般人だよな、このおっさんは。
だが彼には『ゲーム』にあった様に写真の家族、妻と娘が待っているのだ。
彼も無事に帰さないといけない。
葉月と会話しながら片方の手を彼に見られない様にして、先ほど受け取ったツールボックスを確認した。
表面の英字を見ると3つの内の2つにはどちらにも「Tool:NetworkPhone」と書かれている。
それぞれの後ろについている異なる2桁の数字は個体を区別する為のものだろう。
トランシーバー機能のソフトウェアか。
もう1つも確認して見ると、こちらには「Tool:DetectCollar」と書かれていた。
首輪探知機能である。
しかし『ゲーム』で姫萩が拾っていたものは「Tool:CollarSearch」だった気がするが、何か違うのだろうか?
確認した3つのツールボックスは今インストールする暇は無いので、ポケットに放り込んでおく。
進行方向を見ると、もうすぐで曲がり角だった。

T字路に入る時にはきちんと高山が安全を確認してから曲がる。
曲がるのは思ったよりも難しかった。
この様な狭い通路では縦に長い野戦砲は動き辛かったのだ。
やっと曲がり切った所で高山を呼ぶ。

「そろそろ射撃準備、やっとこう」

「射撃?」

「ああ、急いだ方が良いだろうな。此処ら辺りにも居ないって事は、俺達から標的を外したんだろう。
 って事は、次の目標は何処だと思う?」

「っ!そうか彼女達が危ない!」

元々彼等の目的は優希なのだから、こちらをずっと狙い続ける理由が無いのだ。
高山は既に感付いているだろうが、彼の問いに静かに返した俺の言葉に予想通り葉月が激しい反応を示した。
そのままオロオロと動揺し続ける。
曲がる時にこの様に慌てられたらいけないので黙っていたが、実際にはかなり急いだ方が良い状況だ。

「それで弾頭は?」

高山が聞く様に、この野戦砲用の砲弾は榴弾一種類では無かった。
通常?の形成炸薬弾の他に鉄甲弾、焼夷弾なども転がっていたのだ。
今回最初の砲撃に選んだのは。

「焼夷弾だ」

「かっ、彼等を焼き殺す気かね?!」

葉月が色を為して抗議して来る。
殺人が悪い事、という普通の感覚なのはとても良い事だと思う。
だが彼に合わせて強攻策を取れないと成れば、何も出来なく成るのだ。
あちらは優希以外は死んでも構わないつもりでやって来ているのだから。

「それで死ぬ程度なら、苦労は無いんだけどね。
 さあ、早く進もう」

軽く返すと、納得はしていないが渋々引いてくれて助かった。
此処で問答している余裕は無かったのだ。

階段ホールの手前まで辿り着くと、回収部隊の4名が柱に隠れながら階段を伺っている。
1人増えた様だが、負傷者を後方に移動した後に戻って来たのだろうか?
角を曲がってから此処に来るまでに何度か銃撃音が聞こえたが、彼等に被害は出ていないようである。
階段の方は角度的に見えないので、女性達の被害が判らないのがもどかしい。
しかし奴等は此処で攻撃の手を止めている様だが、何かあったのだろうか?
悩んでいると、彼等の1人が時間を計っているのが目に入る。
つまりカメラの停止時期を待っている、と言う事か?
好都合だから一気に攻めよう。

「高山、頼む」

言いながら野戦砲の上から降りて、アサルトライフルと煙幕弾を構える。
更に葉月に俺の予備武装としてのグレネードランチャーを持たせておいた。
俺の煙幕弾は囮なのだが、そのタイミングが問題だ。
漸く握力が戻って来ていた右手を何度も握って確かめながら、高山に指示を出す。

「焼夷弾の後、合図をしたら衝撃力の高い弾で奥の柱をぶち砕いてくれ」

ライフルをしっかりと左手で握り、煙幕弾のピンを抜いてレバーと一緒に右手で握る。
右手は少し使える程度なので過負荷は掛けられないが、それでも前までよりかはマシである。
そして、野戦砲の第一砲撃により開戦が告げられた。

手前の方にある奴等が待機していた柱に向けて放たれた焼夷弾は、狙った場所に着弾して柱の周囲を炎で炙った。
砲撃音で即座に反応した部隊員達は素早く柱から離れて回避している。
だがその高温に炙られて、二人が軽い火傷を負った様だ。
炎により階段から離れざるを得なくなった彼等は再度目標をこちらに設定しようとするが、それよりも早く俺からの銃撃をお見舞いした。
それと同時に階段からも彼女達の銃撃が再開された様である。
1つ奥の柱に逃げる彼等を銃撃しながら、少ししてから煙幕弾を投げた。
追加で2回程引鉄を引いてからライフルを足元に投げ捨てて、後ろに待機していた葉月の持つグレネードランチャーを受け取る。
狙いは相手を奥の柱の向こうへと追いやる事だった。
ランダムに引鉄を引きながら、相手の後ろを追い立てる様に榴弾を放つ。
そして奴等が柱の影へと身を隠し切る直前に俺は高山に次の指示を出した。

「高山、行け!」

そして合図により焼夷弾発射以後に彼が装填していた砲弾が奥の柱に命中する。
命中精度良いな、と暢気に見ていると柱に最初の皹が走った。
だが一撃ではこれ以上の崩壊は起きそうも無い。

「もういっぱぁ~つっ!」

グレネードランチャーの引鉄を引きながら高山を促すと、十数秒後にもう一撃が叩き込まれた。
ほぼ同じ場所に打撃を受けた柱は更に大きな皹を付ける。
その皹が一点から急速に上下に広がり、数秒後に柱そのものとそして柱の上にある天井の一部が崩れ出した。
ホールの柱一本なので建物全体からすれば大した事は無いのだろうが、その瓦礫の量は相当のものだ。
その直ぐ下に居た部隊員達は恐慌に陥り、逃げ惑い始める。
這う這うの体で奥の廊下へと逃げた彼等の足元に、一つの缶が転がった。
これは俺がやったものではない。
階段の方向と成る横側を見ると、ニヤリと笑みを浮かべた麗佳が居た。

「女って怖いね~」

俺の耳を塞ぎながらの呟きに同じく耳を塞いだ高山が頷いた時、崩落していくホールの奥で轟音が響き渡ったのだった。

階段で待っていた皆は何度か攻撃を受けていたが、大怪我をした者は居なかった。
非常に喜ばしい事だ。
しかし前衛となっていた文香、かりんは数箇所に掠り傷を貰っていた。
二人には軽く応急処置をしておいて貰う。
謎の部隊員との間は崩れた柱と天井の一部が瓦礫と成って邪魔をしており、こちらに来るのは迂回する必要がある為に時間が掛かる様に成っていた。
俺はあのまま追い散らすだけのつもりだったのだが、意図せぬ副産物である。
そうして皆を一旦階段から上がらせると、その階段上への野戦砲の設置を急いだ。

「オーライ!オーライ!」

かりんの掛け声に高山と葉月が砲を動かしている。
俺は意識を保つので精一杯だったが、表面上そう見せない様にしつつ座って休んでいた。
此処で止まる訳には行かない。
時間は大分経っており、残りは1時間を切ってしまっている。
砲の移動に時間が掛かっているのが原因だった。
それでも急げばまだ余裕はある。
高山によると、下に向けての傾斜が相当あるので砲を撃った時の反動が厳しい事に成るらしい。
それは瓦礫などを利用して制動を掛ける事にした。
暫く待っていると、砲の設置から角度調整そして瓦礫の積み上げが終わった様である。
ちなみに見てるだけなのは、俺と優希と愛美の3人だ。

「皆、行くわよ~」

文香の声に皆が後ろに下がって耳に手を当てる。
高山が発射準備に砲の後ろ側に着いた。

「てぇー!」

麗佳の掛け声と共に砲が火を噴く。
そして俺達を2時間近く足止めしていた隔壁に、ポッカリと大穴が開いたのだった。

表面上我慢していたものがもう我慢し切れなく成っていた。
痛みと疲労とで意識が落ちそうに成る。
脂汗だろうか、全身に湧き上がる汗も多く成っている様だ。
考えて見れば神経ガスで眠らされた以外は、丸一日以上食事も睡眠も取っていない。
かりんも同様に眠そうにしているが、他の面々が元気そうで良かった。
俺達以外も同様であったら、大変な事に成る所だ。
だがふらつく俺に合わせていては時間を過ぎる可能性が有る。

「かりん、愛美。2人とも先に行くんだ。早く行かないと死ぬかも知れないんだぞ!」

そう言う俺に対して答えを出したのは葉月であった。
葉月は半分朦朧としている俺を、背負って来たのだ。

「これで大丈夫。さあ、行こうかっ」

「あ…うんっ!御願いします、葉月さん」

酷く嬉しそうなかりんが印象的だった。
そうして俺達は48時間経過の約10分前に御剣達が待機する部屋の前に辿り着く。
かりんがドアを開けようとした時、ドアが勝手に開いた。

「外原さん、かりんちゃん、ご無事ですか?!」

「咲実お姉ちゃんっ!」

「まあっ、優希ちゃんも!!良かった…無事だったのね…」

中から出て来たのは姫萩だった。
そして目の前に現れた優希をしっかりと抱きしめている。
疑問はあるが今の最優先事項は愛美だ。
喜び合う者達には悪いが、きつめの口調で言っておく

「…姫萩、すまんが、直ぐに、通して、くれ!愛美が、拙い」

息も絶え絶えで言葉を紡ぐ俺に気圧される様に一歩引く。
背負われているだけでも体力は削れていたのである。
引いた姫萩の隙間にかりんが突入し、姫萩を押し退けて部屋に入ると直ぐ後ろに愛美が続いたのだった。



その細い指が震える。
摘んだ小さな機械はカタカタと音を鳴らしながら、金属の突起へと近付いていく。
その内ゆっくりとではあるが、機械と突起が触れ合ったかと思ったら、その機械へと突起が飲み込まれていった。
その根本まで突起が飲み込まれた時、あやしいランプが光ったと同時に巫山戯た音が耳を打ち、不吉な音声が垂れ流されるのであった。

    ピロロロ ピロロロ ピロロロ

    「おめでとうございます!貴方は見事に12時間経過以降、48時間経過までに全員と遭遇し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

音声が流れた後、機械を嵌めた首輪はカシュンという軽い音と共に二つに割れて彼女の左右に落ちていく。
此処に3人目の解除者が生まれたのである!

「なんてナレーションは、どうでしょうか?」

「鬱陶しいから止めて」

床に放られてうつ伏せに倒れたまま頑張って意識を保つ俺に対し、麗佳の返答は冷たい。
そう言っている間にも、首輪の外れた愛美を皆が祝福している様だ。
傷心の俺は手元にあるPDAを操作してから、呪うかのように声を絞り出した。

「ふ~み~か~~」

「もうっ、何?下らない事だったらお仕置きよ?」

俺が呼ぶ声にこちらも冷たい、愛美を祝福していた筈の文香。
俺が何したっての?

「あ~、これお前に。それと終わったら高山に渡してくれ」

真面目な声で言うと共に、1台のPDAを、倒れたまま差し出した。
PDAの表示は<クラブの10>だ。

「あ…これは…」

そのPDAの画面表示に伝えたい事は察してくれた様だ。
これで彼女の首輪も外せる。
身体はだるいし痛いが、もう少し頑張ろう。
倒れていた身体を起こして壁に寄り掛かり、隣に放られていた俺の荷物から2つの首輪を取り出す。

「愛美、首輪を葉月に渡してやれ!
 そして葉月、これでお前の首輪を外せ」

声は小さかったが、聞こえてくれたのだろう。
葉月が愛美から首輪を受け取って此方へ近付くのが見えた。
俺の手から2つの首輪を受け取ってから、解除作業を始める。

    「おめでとうございます!貴方は見事にJOKERを10回使用し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

その間に文香が首輪を解除した様だ。
次は高山か。

    「おめでとうございます!貴方は見事に首輪を3つ収集し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

目の前で葉月の首輪も外れる。
その時銃声が木霊した。

「高山さん!いきなりではびっくりするじゃないですかっ!」

麗佳の抗議に無言で肩を竦める高山。
本当に動じないよな、こいつ。
そして彼はPDAを首輪のコネクタに接続した。

    「おめでとうございます!貴方は見事にJOKERを破壊し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

さっきからピロロロピロロロ五月蝿いが、これで5つ揃った。

「高山、葉月、愛美、文香、そしてかりん。麗佳にPDAを渡せ」

静かな声で告げた。
しかしこれは、大きな武器にもなるPDAが無くなる事を意味している。
それでも彼等は、一部は何も考えていないかも知れないが、躊躇い無く麗佳へとPDAを手渡した。

「全員彼女から半径5メートル以上離れる様に。事故が無いとは限らんからな。
 麗佳、ナイフを使って確実に壊せよ?」

これについては、6つ目が5メートル以内じゃなくてもペナルティの可能性があるのだが、これは黙っておく。
誰も不用意に壊さない事を願うだけだ。

「判ってるわよ」

そんな俺の言葉に麗佳がちょっと拗ねた様に答えて来た。
麗佳は皆が離れたのを確認しながら、太腿に固定していた鞘よりコンバットナイフを抜き放つ。
床に5つ並べられたPDAを1つずつ確かめる様に破壊した後、自分のPDAを首輪に挿し込んだ。

    ピロロロ ピロロロ ピロロロ

    「おめでとうございます!貴方は見事にPDAを5台破壊し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

これを以って、俺と行動を共にしてくれて居た7名全員の首輪が外れたのだった。

外れた7名の首輪は全て俺に預けて貰う。
何人かが訝しい目で見ていたが、特に反論は無く手渡された。
全ての首輪を再度一つの輪の状態に戻して、俺の荷物に捻じ込んでおく。
此処で寝てしまいたいが、俺達4名にとってはまだ危機は去っていない。
この4階は6時間も経たない内に進入禁止エリアに成ってしまうのだ。

「御剣は動かせるか?というか動かせそうに無くても動いて貰う」

「容態は~大分落ち着いて来てます~」

渚の診断では大丈夫、と思って良いのか?
それではもう1つのグループにも伝えておかないといけない。

「文香、葉月。お前達は首輪解除組を連れて、このまま下に降りろ」

これに真っ先に反論して来たのはかりんだった。

「なっ、何でだよっ」

「愛美の首輪は外れた。これでお前等が進入禁止エリアへ降りられない口実は無くなったぞ?」

「でもっ」

「理解しろ。これからはあんな連中を相手に、行動の制限がついたまま追い掛けっこしなきゃ成らんのだぞ?
 そんな危険を冒す必要の無いお前等を何故、危険に晒せると言うんだ。
 言っただろう、生き延びろ、と」

俺の言葉に沈黙するかりん。
本当の事を言えば、分断は下策である。
何と言っても標的は首輪をしている事ではなく、優希個人が対象だからだ。
その為優希が居る首輪解除組の方が危ないのだが、これを俺の口から言う訳にもいかない。
だが彼等を安全と思われる進入禁止エリアに送る事を考えない事が思考的におかしいと思われても拙いから、この様な事を言っているのだ。
文香が真相をばらしてくれれば理由も付くが、今の時点では無理だろう。

「姫萩、渚。準備をしてくれ。
 早く5階に行ってから休もう」

立ち上がろうとするが、ふらついて真っ直ぐに立って居るのかも怪しく成って来た。
この際、御剣は渚に任せよう。
この期に及んで否やは言わないだろう。
そう思いながら、壁に手を突き扉へと向かった。

「早鞍っ!」

かりんの声が聞こえる。
早く5階に上がらないと。
御剣も。
皆の首輪が外れて安心した為に精神の箍が外れた所為だろうか。
意識が混濁して来る。

「かりん、生き延びろ」

殆ど意識が飛んでいる中、目の前あるかりんの心配そうな顔を見て俺は何かを呟いた様だ。
そうして、意識が真っ白な世界に落ちていった。



大きな手が俺の頭を優しく撫でてくれていた。

「人の為に何かが出来る人間に成りなさい」

何度も何度も耳にした言葉。
俺を撫でている人物が口にしていると言う事は、この人物は曽祖父なのだろう。

「じっちゃん、何で人の為に何かをしないといけないの?」

子供としての素朴な疑問。
普通の親が聞いたら、怒ってしまう者も居るとか、居ないとか。
その質問に対する答えは何時も決まっている。

「お互いに心を気遣い合えれば、争いなど起こらないんだ。
 目の前に居る他人の心を察する事が出来る。これは日本人の美徳だよ」

曽祖父の持論なのだろう。
俺の知る限り、この信念を曽祖父が曲げた所を見た事が無い。
勿論ただ甘いだけでなく締める所はきちんと締めてはいたが。

俺は病弱で感情的でその癖甘えん坊な子供だったらしい。
しかし兄が非常に子供らしくない子供だった為、「子供を育てたい」と思っていた両親には歓迎された様だ。
曽祖父も含めて俺は甘やかされて育ったと言って良いが、あの自分と他人に厳し過ぎる兄を見ていた為に堕落はしなかった。
その兄も俺には甘かったのだが、外での振舞いはいつも毅然とした態度だったのだ。
ある意味純粋培養とも言える環境で幼少期を過ごした為に、小学校以降の周囲から受けた悪意は俺に大きな傷を付けた。
それでも曽祖父と兄の言動と、この頃にはもう家に居た俊英が居た事により精神を保てたのである。
村一番の顔役でもあり大地主の曽祖父の家族である事もあって悪意は隠れて執拗に来たが、中学に上がる頃には慣れてしまった。
これがいじめというものだったのだろう。
それでも俺には大切な家族が居たし、その家族から本当に大事なものを教えて貰っていた。
両親は平凡だったがのんびりとした優しい人達だった。

中学で初めて女性と付き合った。
当然まだ行動範囲が狭い為に同じ村内の女性であったが、付き合い始めて1年も経たない内に別れを告げられる。
理由はブラコンだから、だった。
確かにあの頃は、今でもなのだろうが、兄の自慢ばかりが口を吐いて出ていた気がする。
何をしてもパッとしない自分が誇れるのは周囲の人間だけだと思っていたのだから当然だろう。
これを振られた頃に兄に相談したら大笑いされた。
その場面は今でも心に残っているぞ、こんちくしょう。

高校でも一人の女性と付き合ったが、一週間もせずに別れる事になる。
原因は俊英が行なった嫌がらせだった。
問い詰めると俊英が返して来たのは次の様な言葉である。

「あんな財産目当ての阿婆擦れなんて、鞍兄に相応しくない」

散々な言い方である。
なら俺に相応しい女でも見繕ってくれるのか?と返したら、任せろなんて言い出すのだから困る。
兎に角それは辞退したが。

最後に付き合った女性は大学時代に出合った一つ下の後輩であった。
自分の事に関してはかなり不精な俺に甲斐甲斐しく世話をしてくれる出来た女性だった。
互いを尊重し合い、良好な関係を築けていたと今でも思っている。
2年近く付き合っていたが、兄の死で精神が不安定に成っていた頃に何時の間にか自然消滅してしまっていた。
あの頃は荒れていたし当然だと思う。

家族や俊英に何度かお見合いをしないかと言われていたが、兄の死を引き摺っていたのかそんな気には成れなかった。
それに女性に対しては元より淡白であったのかも知れない。
兄が死んでからはバイトと大学院と賃貸部屋の行き来だけで過ごす日々を送っていた。
そんな中で研究室の知り合いが貸してくれたのが、同人版を含めたあの『ゲーム』である。
コンシューマ版では全てのEpで御剣に全額を賭けていた為、最初に辿り着いたのはBADENDだった。



何か騒がしい。
朦朧とする意識を不快な音が刺激する。
俺は何処に居るんだ?
時折揺れる感覚がするが、何かに乗っているのだろうか?

「こっちへ来い、愛美!そんな奴等を信用するな!他人なんて信用出来る奴なんて居ないんだっ!」

必死な声で叫ぶ誰かの声が聞こえる。
内容的には生駒兄、耶七だろう。
何故彼が居るのか?
それより今はどんな状況なのだろうか?
意識を無理矢理覚醒させて周りを見た。
何時もより高い視点で不規則に揺れる視界が、気分を更に悪くさせる。

「早鞍さん、ごめんなさい」

声がした方である横に目を向けると、申し訳なさそうな文香が見えた。
俺はあの部屋でそのまま気を失った様だ。
あれからどれくらい時間が経っているのか?
PDAの時間を見たいが、背負われている為身動きが取り辛い。

「文香、経過時間は?」

「…それがもう53時間過ぎなの」

53時間過ぎ?
それで彼女が少し焦っている感じである事を考えれば、今はまだ4階か。
随分と寝ていたものだ。
そう思っていると更に揺れる。
うぅ、意識が霞む。
そう言えば、先ほどからの会話中にも銃撃音が鳴り響いている様な?

「って、耶七の阿呆から攻撃を受けているのか?!」

「その通りよ」

突然会話に割り込む麗佳。
再度見回してみると、どうやら階段ホールに入ろうとする通路に居る様だ。
遠くには上へ昇る階段が隔壁の穴に隠れて覗いている。

「すまん、降ろしてくれ」

誰かの背に向かって言うと、彼は直ぐに降ろしてくれた。

「もう大丈夫かね?随分と悪かったようだが」

悪いのは今もだが、優先するべき事が違うと何度考えさせるのか。
本気で事態を理解していないとしか思えない。
前の方に居る御剣を見て、その首に首輪がまだ嵌っているのを確認してから葉月に告げる。

「そうも言ってられない。奴がこのまま居座れば、御剣達を含めて首輪が作動するんだ。
 此処まで有難う。だが、此処からは危険だ。不要の怪我をしない内に下りてくれ」

「それだけど、却下よ」

俺の指示を文香が切って捨てる。
何故だ?
いや文香なら判るが、他の連中がそれで納得するとは思えないが。
俺の訴えかけるような目に対して、文香は淡々と続けた。

「早鞍さん、皆を助けるだけして自分は知りません、何て酷くない?」

「俺の首輪は外れん」

「早鞍さん、貴方っ!」

「待って、麗佳さん。
 ねえ、外せなくても他に手があるかも知れないじゃない?
 あたし達はそれが見付けられる様に頑張ろうと思っているの。
 一人より、多い方が見付かり易いかも知れないでしょ?」

その口調はいつもの様に明るい。
彼女の素がこうなのだろう。
それともしかすると彼女はルールの穴を知っているのかも知れない。
「エース」の情報に幾つかの解除条件の例でもあったのだろうか。

「怪我しても知らんぞ」

ぶっきら棒に言い捨てる。
誰が率先してこんな事を言い出したのかは知らないが、優希を手元に置いておきたい俺にとってこの提案は望ましかった。
だがこれを俺が喜ぶ訳にはいかない。
それを見せれば不審がられてしまうからである。
そして未だ危機は続いているのだった。

階段ホールに近付くと、銃撃音に混ざって大声で行なわれている会話が聞こえる。
廊下の端には誰かが運んでくれたのだろう、かりんが寝ていた。
彼女も睡眠不足だったので、俺と同じ様に倒れたのだろうか?

「お兄様!もう止めて下さい!」

「お前が来れば、それで良いんだよっ!さっさとこっちに来い!」

生駒兄妹が互いに譲らず言いたい事だけを言っている。
その会話中でもホールに出ようとすれば、威嚇射撃がやって来ていた。
御剣が攻めあぐねている。
これをずっと繰り返している様だった。
こちらの武器も大分減って来たし、何より愛美の目の前で耶七を攻撃するのは躊躇われるので、膠着状態のままである。

「時間が無いわ。愛美ちゃん、覚悟は決めておいて貰えるかしら?」

現実をしっかりと認識している文香は愛美に警告する。
愛美も時間が迫って来ている事に気付いたのか、表情を硬くした。

「文香さん、しかし」

「総一君、君だけじゃないの。早鞍さんや渚ちゃん、咲実ちゃんの命も掛かっているのよ?」

「そして奴の命もな」

文香の意見に俺が追加する。
無難な策は無いものか?
階段のシャッターをバリケード代わりに、穴の向こうから射撃して来る相手。
あれでは天然の要害と言って良い。
対策を考えていると、ホールへ飛び出す影が目の端に映った。

「愛美さんっ。危ないです!」

咲実の叫びが上がるが、その人影は止まらずに進む。
その人影を追って御剣も飛び出した。
拙い、愛美はまだしも御剣は撃たれてしまう。

「文香、麗佳。壁沿いに回り込め!渚、御剣を援護するぞ!」

攻撃行動に使えそうな人員に指示を出す。
考えて見れば穴の向こうに居る奴には、壁沿いに進めば攻撃を受ける心配は無いのだった。
迎撃しようと穴から身を乗り出せば、不利なのは向こうなのだから。
今更気付くとは情けない限りである。

「御剣、愛美!退け!」

叫びながら渚から受け取ったライフルを構える。
時既に遅く、耶七は飛び出た人影に対して反射的に銃撃を加えていた。

「おに、い、さま?」

「愛美さんっ」

愛美が止まった事でやっと追いついた御剣が、銃口を向けて来た兄に呆然とする彼女に飛び付いてそのまま床に転がった。
殆どの銃弾は虚しく空を切るが、その内の2発が御剣の身体に突き刺さる。

「渚、特殊手榴弾はあるか?」

「閃光と煙幕しか無いわ」

愛美に向かって撃った事で精神的な打撃を受けたのか、呆然としている奴にゴーグルの類は見えない。

「閃光をくれ!後、御剣達を頼む」

「判ったわ」

後ろに出した右の掌に円柱状のものが乗って来る。
身を低くして、一直線に隔壁の穴に向かった。
後十数メートルといった所で耶七が俺に気付き慌ててライフルを構えようとしたが、その前に撃った俺の弾を避ける為に穴から後退する。
後退を確認して直ぐにピンを抜く。
更に一歩進んで安全レバーを解除。
少しだけ歩数を進む。
片足でジャンプしながら投げる体勢に。
右足で着地してからフォームを作りつつ、左足を前に出しながら腕を後方から前へ。
左足の着地と共に右手の中の閃光弾を投げ放った!
投げた物体は丁度穴から顔を出そうとした耶七の顔面にぶち当たる。
狙った訳じゃないよ?

「ぶがっ」

変な声を出しながら鼻を押さえるが、直ぐに俺を見ようと目を開けた時、彼の目の前に浮かぶ物体が閃光を発した。

「ぎゃあああぁぁぁぁ」

学習しない奴である。
投げ終わった後に後ろを向きつつ右腕を高々と掲げる俺は、背後から閃光を浴びてしみじみと思う。
右腕の調子も大分戻って来た様だった。

閃光を受けて苦しむ耶七は文香の一撃で昏倒した。
現在は葉月に背負われて運んで貰っている。
残念だが武装解除した上で両手は後ろで縛っているのだが、その所為で葉月がかなり運び難そうだ。
御剣の傷は防弾チョッキを着ていたお陰で軽い打撲傷で済んだ様だ。
何時の間に来ていたのだろうと思ったが、何と俺の着ていたものらしい。
ってか防弾チョッキを着てない事くらい気付けよ、俺。
移動途中で4階が進入禁止に成った事が告げられていた。
これで54時間以上が経過している事に成る。

「そう言えば高山が見当たらないが、一人だけ下りたのか?」

「多分そうでしょうね。一人で行動したい、なんて言ってたわ」

文香の憮然とした返答に、俺は納得していた。
高山なら自分が助かれば後は知らない、と言ってもおかしくはない。
正直に言えば高山が抜けたのは痛いが、頼ってばかりも居られないと言う事なのだろう。

「御剣、余り無理はするなよ。休みたければ言ってくれ」

「貴方には言われたく無いな」

苦笑して返されてしまった。
だが御剣の場合は、死にたがりなのが問題に成るのだ。
人が増える度に問題も増えていく。

「手塚さん、6階に居るんですね」

ボソッと呟いたのは姫萩である。

「へえ、あいつもう上に昇ってるのか」

「ちょっと待って、御剣。姫萩、何故それが判るの?」

御剣は普通に納得している様だったが、俺達には姫萩が何故彼の位置を知る事が出来るのかを知らない。
丁度良いので此処で明かして貰おうか。

「何か探知系ソフトを持っているんだよな?だから俺達が到着した時に、先に扉を開けた」

「あっ、それは…その御免なさい」

「謝る必要性は無いんだがね。だが何が入っているんだ?」

「はい、首輪の探知ソフトです。私達が避難していたあの部屋にあったんです」

つまり俺が高山から貰った物と同じか。

「首輪、ね。了解だ。今後はそれも考慮に入れよう。今は姫萩のPDAにしか入っていない機能だしな。
 これで良いか、麗佳?」

「…そうね、問題は無いわ」

「兎に角、休憩出来そうな所はまだ無いのか?」

5階に上がってからは、PDAを睨み付けながら先頭を歩いていた麗佳に聞いて見る。

「もう直ぐよ。30分ほどかしら」

それならもうすぐだな。
未だに眠るかりんを担ぐ愛美も大分辛そうだし、そこで久方ぶりにゆっくりとした休憩をしたい。

「漸くゆっくり出来そうね?」

文香も俺と同じ事を考えていたのか、にっこりと笑い掛けて来た。

それなりに広い部屋に水道とトイレが付いた所に到着した。
隣の部屋には汚いが3つほどベッドがある寝室が繋がっている。
皆が到着してから荷物を置くと、思い思いに休み始めていた。
緊張の連続からか、皆は大分参っている様子である。

「そうそう、早鞍さん。これ勝手に借りてて御免なさい。
 正確には渚ちゃんから借りたんだけどね」

文香がPDAを差し出して来た。
受け取って画面を見ると<ハートの3>が表示されている。
3番?

「……ああ、俺のか」

首を少し傾げて悩んだ後に解答が出た。
最近7番ばかり見ていたから、こっちは使っていなかったのだ。
そう言えば十字路で渚に預けたままだった。

「自分のPDAくらい覚えてなさいよ」

呆れた様に注意されてしまった。
だが俺にとってこれはソフトウェア使用の為の道具以外には成り得ない。
これを解除に使うとすれば、3人殺さないと成らないのだから。
思いながら上着のポケットに入れると、カチンと音がする。
このポケットに何かを入れた覚えは無かったが、何か入っている様だ。
入っているものを取り出してみると、一つは先ほど入れた3番のPDAである。
そしてもう一つ出て来たのは液晶画面に丸い風穴の開いたPDAであった。
これは、JOKERか?
確か麗佳はナイフで壊した筈だが、ナイフではこの様な破損痕には成らないだろう。
考えられるのは銃で壊されているJOKERだけだ。
それとも俺が寝ている間に、他で壊れたPDAが出たのか?

「ああ、それ。高山さんが自分だと思えって、壊れたJOKERを服に放り込んでたわよ」

壊れたPDAを見て悩んでいたら、文香が悪戯っぽい笑みを浮かべて説明してくれる。
文香には半眼の横目で答えて置くが、しかし何の為に高山はこれを俺に託したのだろう?
考えても答えは出なかったので、取り敢えず持っておく事にした。

暫くするとかりんも起きて来た様で、丁度その頃には渚を中心とした調理班が食事を用意していた。
もしかすると匂いで起きたのかも知れない。
この食いしん坊め。
だが俺も凄く腹が減っていたので、この食事は待ち遠しかった。

「久方ぶりの食事だよ、全く」

「そうだよなー。丸1日は経ってるんじゃないか?」

かりんもお腹が空いていたらしく、がつがつと食べながら俺の言葉に対して感慨深げに呟いた。
愛美の解除を最優先していた為に色々と我慢をしていたのは事実だ。
かりんにも大分無理をさせてしまった、と反省をする。
食料は渚の持っていた大きな荷物の殆どがそうであったらしく、この人数でも充分に賄えていた。
一体渚はどれだけ食料を持って上がっているのか、これだけ消費してもまだ大量に残っていると言う。
俺としては美味しい食事を提供されて文句は無いのだが。
更に調理により味気無い保存食を美味しい食事へと変えたその手腕は、正に達人と言って良いだろう。
しかしこうして見ると、耶七を含めて此処に11人居る訳だ。
その殆どが和やかに話しながら同じ食事を摘んでいる光景が微笑ましい。
耶七の説得はまだだが、これが出来れば後は手塚だけである。
だが、あのアウトローは説得に応じてくれそうに無い。
単独行動の高山と合流してくれれば多少は芽があるが。
これまでにも高山と手塚は接点が無い。
一度野戦砲の時とその後の階段で接触しかけているが、直接的な戦闘は一度も無い筈だ。
だから2人にはまだ和解の可能性があった。
まあ麗佳の様に知らない内にやり合ってたら、その限りではないのだが。
更に高山には手塚と組む利点が無いか。
そんな時、食事の談笑とは明らかに違う遣り取りが耳についた。

「はい、お兄様。あ~ん」

「あーんじゃねぇっ。こいつを解けっ、愛美!」

「駄目ですよ。お兄様、皆様を傷つけようと為されますもの」

「当たり前だ!こいつらが生きていると金が入らねぇんだよっ。それに俺も死んじまうだろ!」

その言葉に愛美が俯いてしまう。
縛られた耶七に食べさせようと愛美が甲斐甲斐しく世話をするのだが、それが気に食わないのか耶七が騒ぐ。
大人しい妹と騒がしい兄で対照的な兄妹だ。
それからも喧々囂々とやり合っているが、当分は決着が付かなさそうなので放って置こう。
他の者達は食事を終えて好みの飲み物、どれもインスタントのコーヒーか紅茶か煎茶しかないが、を啜りながらゆっくりとする。
俺はやはりコーヒー派だ。
実家の自家製ミルクが恋しく成って来る。
そうして一時の安らぎに身を任せたのだった。



この5階にも進入禁止の時間が迫っている以上、最低限の休憩で済ませる必要があった。
本来なら此処で一眠りしようとしていた皆には悪いが、出発を早めて貰う事にする。
ゆっくり休むのなら6階に行ってからで良い。
特にJの渚とQの咲実は71時間経過を待たないといけないので、必然的に6階に居ないと成らないのだ。
問題は他にも有った。
解除不能と思われる人物が4名も居る事である。
Aの御剣、3番の俺、7番の耶七に10番の手塚。
この首輪への対処も考えなければ成らないのだ。
その外れない首輪を持つ耶七についてだが、俺達の説得は功を奏さなかった。
愛美の言葉も頑なに拒んでしまった彼については、縛ったまま運ぶ事にする。
面倒ではあるが5階に置き去りにしたら死んでしまうし、かと言って開放も出来ないので仕方が無かったのだ。

現在全体的に武装が心許無く成っていた。
アサルトライフルは5挺、サブマシンガンが2挺、拳銃が9挺、グレネードランチャーが1挺。
弾は溢れるほどとは言わないが、充分にある様だ。
特殊手榴弾も大分数が減り、閃光手榴弾が1発に煙幕手榴弾が2発、音響手榴弾はもう無い。
そして何故か焼夷手榴弾が1つあった。
ライフルは俺と御剣、文香、麗佳、渚が所持し、サブマシンガンはかりんが持つ。
もう1挺のサブマシンガンは御剣が予備で持っていた。
拳銃は優希と耶七以外が持ち、グレネードランチャーは俺の荷物に入れる。
手榴弾関係は焼夷手榴弾だけを俺が懐に持ち、その他は麗佳が管理する事に成った。
遠隔操作用の対人地雷を手塚への牽制用に使ったが、1つは未起動であり文香が回収していたのでこれも受け取っておく。

食事の後に少し休みを入れた後、各自トイレも此処で済ませる事にした。
俺も此処でトイレに行っておく事にする。
何時行動を起こされるか判らないし、そろそろ準備をしておくべきだろう。
水を流す事で音を消す。
PDAのスピーカーも指で押さえて極力音が漏れない様に努めた。
高山から受け取ったトランシーバー機能のソフトウェアの1つを、7番のPDAへと導入する。
もう1つの首輪探知のソフトは俺のPDAに入れておく。
可能性だけだが、もしかしたらこれらが役に立つ時が来るだろう。
片方は確実に立って貰う事に成るだろうが。
そうして長々とインストール作業を行った後、トイレを出たのだった。

こうして俺達は出発準備を終える。
その時、全員のPDAから巫山戯けた音楽が鳴り響いたのだった。



現在俺達の持つ7台のPDAより、今まで出たものとは明らかに異なる軽快な音楽が流れ出した。

    プップルルップピプピププル~ルルル ズッチャズッチャズッチャズッチャ

この音楽に背筋に冷や汗が湧く。
「ゲーム」内では始めて聞く、スミスが出て来る時の音楽だったのだ。

「何?これ?」

麗佳が呆れた様な声を出す。
手塚と御剣達以外は今まで聞いた事が無い音楽に困惑を隠せない。
御剣達も余り良い思い出ではないのか、微妙に顔を歪ませていた。
PDAを保有する御剣、姫萩、麗佳が、音楽に釣られてそのPDAの画面を見詰める。
俺も画面を見てみると、かぼちゃ頭に蝋燭を立てた化け物が画面で踊っていた。
皆が見たのを見計らったかの様にPDAから機械音声が流れ出す。

『やぁ、ぼくはスミス。殆どの人は初めまして、だね。
 コンゴトモヨロシク、なんちゃって』

画面の中の化け物はおどけた様な仕草をして挨拶をする。
そしてたれ目のへの字口に表情を変えると、如何にも困っているかの様に話し始めた。

『いやあ、ぼくらも誤算だったんだよぉ。
 君達がまさかこんなに生き残るなんてちっとも思わなくってさぁ!おかげで今回のゲームって不評なんだよねッ。
 だからといって今更みんな殺し合う気はしないよねぇ?これまでの道のりを共に分かち合った、大切な仲間なんだからさ!
 そこで提案なんだ。
 君達が仲良くやってるって事はさ、首輪が外れない人が出るって事なんだもの。
 だからぼくらだけでなく、君達も困っている筈なのさ!』

スミスは更に身を乗り出してくる。
前に出過ぎたおかげで、画面には彼の顔しか映っていなかった。
かなり早い喋り方である。
『ゲーム』では御剣達との問答が入るくらいゆっくりではなかったか?

『君達は首輪を外したい、ぼくらは盛り上がって貰いたい。
 そこでこのエクストラゲーム「闘って首輪を外そう!」を紹介したいのさ!
 このエクストラゲームの最大の特徴は、君達が勝てば君達13人全員の首輪が外れるって事なんだ。
 逆に負けても特にペナルティは無いよ。
 そもそも君達にとっては不要な戦いな訳だから、ペナルティまでつけたら酷過ぎるもんね♪』

他の提案がある事も予想に入れていたが、結局これを提案して来たか。
俺は内心ホッとしていた。
他のもっと面倒なエクストラゲームや一方的なルールの変更の宣言だったなら、詰んでいたかも知れないのだ。
それにしても早い。
いや『ゲーム』では残り18時間の状態で提案されたのだから、逆に丁度と言えるのか。
『ゲーム』通りの展開なのか違うのかが今一判らない。
そしてこの提案はこちらにメリットは確かにあるのだが、全員の意見が気に成る所か。
しかしこのスミスの提案に優希が喜びの声を上げた。

「総一お兄ちゃんッ!!お兄ちゃん達の首輪を外す為のゲームをしようって事だよね!?」

興奮気味に彼女が捲し立てるが、スミスが続いて話し出すと彼女は凝視するように画面に向き直った。

『じゃあルールを説明するよ。今、君達は13人。ぼくらはそれと同じ人数の兵隊を用意する』

此処までスミスが喋った時、俺は驚いた。
13人?
強襲部隊は8人じゃないのか?
『ゲーム』でヘリに乗って来たのは8人の筈である。
いや、ヘリから降りた人数はあの時に明言は無かったか。
つまり『ゲーム』ではエクストラゲームの為に人数を絞ったのか?
だがそんな必要が有るのかも怪しい。
この13名である事が、俺達の首を絞めなければ良いのだが。
俺の葛藤を他所にスミスの言葉は続く。

『彼らは君らのうちの1人を誘拐しようとするから、君達は連れ去られないようにその1人を守るんだ。
 ゲームの本来の終了時刻まで守り切ったら君達の勝ち。
 連れ去られたり、その1人が死んだりしたら負け、簡単だろう?
 武器の使用は自由。その代り、こっちも使う。
 でも守るべき相手を傷付けないように気を付けて!死んだら元も子もないんだからさ!
 じゃあ、標的となる人物を決めるとしよう!』

スミスがそう宣言すると画面の右端から大きなスロットマシンが現れる。
スロットのドラムにはトランプのカードが描かれていた。
このスロットは<スペードの9>でしか止まらない。
奴等の狙いは優希だけなのだから。
だがこれは観客を騙す為のものだから、これで構わないのだろう。

『このスロットを回して、出た首輪のPDAを持っている人がぼくらの標的となる。
 要はこのスロットを使ってランダムに決めようって事さ。平等だろう?よし、それじゃあスタート!』

スミスが大きく手を振ると、軽い電子音と共にスロットのドラムが回転し始める。
しばらくスロットはそのまま回転し続ける。

『はい、止めてー!』

そしてスミスがそう叫ぶと、チン・チン・チンと3回ベルが鳴り、スロットはピタリと止まった。
スロットの窓には、スペードの9が3つ並んでいた。
その表示に優希が叫びを上げる。

「わ、わたしだ!」

『という訳で、ターゲットは9のPDAの持ち主に大けってーい!』

    どんどんどん、ぱふぱふぱふ

スミスはどこからか取り出した太鼓と笛を鳴らしながら、紙吹雪を周囲に振り撒いていく。
だがお前達は決定的なミスを犯した。
俺は内心ほくそ笑んだ。

『っていうのが、ぼくらが提案するエクストラゲーム。でもぼくらも鬼じゃない。一方的な押し付けはしないよ。
 事は命に関わる問題だからねぇ、一部の人間を救う為にわざわざ危険を冒せとは言えないさ』

そんな彼の言葉と共に画面には「賛成」と「反対」と書かれたプレートがそれぞれ1枚ずつ表示される。

『今画面に表示されているのは投票画面なんだ。どちらかの文字に触れれば投票した事になる。
 賛成票が半数を越えればエクストラゲームが始まる。越えなければこの話は無かった事になる。民主的でしょ?』

そしてスミスはプレートの間から顔を出した。

『投票の締め切りは今から10分後。大事な事だからそれまでよぉ~く考えて。
 じゃあ、10分過ぎるか全員が投票をしたらまた来るから!それまでバイバイ!』

最後にスミスは画面の中からこちらに向かって手を振り消えて行こうとした。

「ちょっと待てぇっ!!スミスっ!」

俺は周囲の集音マイクにしっかりと拾われる様に、絶叫と言って良い大声で叫んだ。
部屋の中に居た全員の視線が俺に集まって恥ずかしいが、重要な事なので我慢する。

『な、何かな?外原くん』

画面内のスミスは薄くなり掛けていた表示を再び濃くして、俺に聞き返して来た。
心臓がドクドクと早鐘を打つが、落ち着いた声でスミスに話し掛けた。
これは『ゲーム』でも未確認だった事だから、聞いておく必要がある。

「1つの質問と提案がある。
 まず質問だが、さっきゲームの勝利条件に「ゲームの本来の終了時刻」って言ったな?
 それは当然73時間経過だよな?もしその前に全域が進入禁止エリアに成って首輪が作動ってのは酷い罠だぜ?
 進入禁止エリアの拡大は止まるんだろうな?」

俺の言葉にスミスはすぐに返答出来ない。
73時間経過で勝利なのに、その前の72時間で進入禁止に成って4人の首輪が発動とか巫山戯けているとしか言えないのだ。

『判ったよ、このエクストラゲームが開始された時点で、これ以上の進入禁止エリアの設定を停止するよ。
 これなら君達も安心だよね?』

どうしてもこのエクストラゲームを受けさせたい「組織」は譲歩をせざるを得ないだろう。
これで言質は取った。
そして俺は1つの提案をする。

「では次だ。お前等の提案に1つ条件を追加して欲しい事がある。それは…。
 そちらがターゲットを傷付けたら、その時点でそちらの負け、というルールだ。
 勿論こちらの人間がターゲットを傷つける事はそちらの負けには入らない。
 あくまでもそちらの用意した兵隊が傷付けたら、だ。
 そちらも下らない事で折角のターゲットが死ぬのは嫌だろう?
 この方が緊張感があるんじゃ無いか?」

一生懸命早口に成らない様に、そして焦りを見せない様に、言葉を紡ぐ。
俺の提案に部屋の中は沈黙し続けていた。
スミスは思案顔のCGに切り替わったまま応答をしなく成る。
多分カジノ船で検討中なのだろう。
そして数分後、CGが切り替わると同時にスミスが喋り出した。

『OK!その提案飲んだよっ!
 「こちらの兵隊がターゲットを傷付けたら負け!」これを追加するよ!
 でも9番の少女を盾にしようなんて考えないでよ?そちらにとっても大事な仲間だよね?
 君達の奮戦に期待したいな。
 あっ、だけどまだ投票が終わっていないねっ。
 じゃあ、今から10分過ぎるか全員が投票をしたらまた来るから!それまでバイバイ!』

やはり受けたか。
口元が緩みそうに成るのを俺は必死の思いで我慢した。
俺の提案は「組織」には何のデメリットも無いだろう。
逆に部隊には徹底されている指令なのだから当然だ。
今度こそ本当に、スミスは画面の中からこちらに向かって手を振って消えて行く。
スミスの消えたPDAの画面には、投票の為の2枚のプレートだけが残されていたのだった。



このエクストラゲームについて、当然ながら立場が3つに別れた。
1つは賛成派。
理由は当然、絶対に外れないだろう俺、御剣、耶七、ついでに手塚の4名を助ける最後のチャンスだと言うのだ。
明確な賛成派は葉月、愛美、文香、麗佳、姫萩、かりんの6名である。
2つ目は反対派。
理由は『ゲーム』と同じく、賛成と同時に攻撃される恐れがあるからだ。
まだ終了まで約18時間を残すこのタイミングはかなり危険な匂いを漂わせていた。
反対派は御剣のみ。
3つ目はどちらとも表明していない者。
俺、耶七、優希、渚の4名である。
高山と手塚は残念ながら此処には居ないので、意見は判らない。
更に手塚はPDAを持っているので、投票も可能だ。
そんな時、PDAから音が出た。
画面を見るとPDA画面の反対プレートの上の数字が0から1に増えている。
『ゲーム』と同じで、手塚が反対に入れた様だ。
こちらは圧倒的に多い賛成派に意見が流れようとするが、御剣は必死になって反対して姫萩と口論を繰り広げている。
この辺りは『ゲーム』と同じなのだが、どっちにしても今「アレ」をやられると困るので、優希を間に放り込んで止めさせた。
それに時間も勿体無いし、進んで貰おう。

「で、だ。御剣。反対ならとっとと投票しろよ。止めないから」

俺のこの言葉に皆の動きが止まった。
特にずっと反対を主張して御剣と口論をしていた姫萩は、納得がいかないとばかりに声を上げる。

「な、早鞍さんっ!」

「あー、煩い。何も投票するのに意見を纏めないと成らない理由は無いだろ?
 好きにしろ。大事な選択だからこそ、誰かに縛られるな。その結果が全て、だろ?」

そう、好きにすれば良い。
どちらにせよ攻撃を受けるのだから。
ただし賛成多数で終われば、全員が生きて帰る芽が出るのは確かである。
贅沢を言えば他の全員には賛成に入れて欲しかった。
だがそれを強要するのは間違っている。
俺自身が好きにするのだから。
…いや誰がどうしようとも、結果は変わらないのか。
結局俺の思い通り、か。
俺の意見に背中を押されたのか、御剣は反対に票を入れた。
PDA画面の反対プレートの上の数字が1から2に増える。

「御剣さんっ!」

「俺の意見はこれだっ!危険なんだって言うのが分からないのかっ!」

そして姫萩は対抗する様に、賛成に入れた。
続いて麗佳が同様に賛成に投票したのか、賛成の数字が2に増える。

視線が俺に集まる。
残るPDA4つ全てを俺が持っている以上、俺の選択で結果が決まるのだ。
その前にやっておく事があった。
まだ投票締め切りまでは5分以上あるし、猶予はある。

「御剣、姫萩。お前達のPDAを渡してくれ。少し確かめたい事がある」

先ほどまで喧嘩していた2人の前まで歩いていって、両手をそれぞれの前に出す。

「な、何故今?」

「後だと面倒になるかも知れないからな。大事な事なんだ。渡してくれ」

スミスと話している時からずっと真剣な表情をし続けている為、顔の筋肉が痙攣しそうだが何とか耐える。
此処で表情を崩す訳にはいかないのだ。
それでも御剣が渋っている様なので、俺がもう一度言おうとした時に左側の姫萩がPDAを差し出して来た。
その顔は穏やかだ。
先ほどのスミスとの遣り取りで、彼女は勘違いしているのだろう。
これも狙いだったので、思い通りなのが逆に哀しい。
彼女がPDAを差し出したのを見て、渋々右側の御剣もPDAを差し出して来た。

「判った、何をするのか知らないが、咲実さんのだけは壊さないでくれよ?」

不審を覚えている事を隠しもせず、だが彼にはこのPDAを大事に守る意味は無い。
だから彼にはPDAを手放す事が簡単に出来るのだ。
これも予想通りである。

「有難う御剣。姫萩も」

礼を言ってから、2台のPDAをそれぞれの手で受け取る。
その2つのPDAをそれぞれ左右のズボンの前ポケットへと放り込んだ。
受け取った後2人から距離を取り、入り口の近くに移動する。
それから俺は未投票の4つのPDAを取り出してその画面に手を伸ばしていった。
捻くれて4:4にする手もあるが、嫌がらせ以上の意味は無い。
そして俺の意見は最初から決まっていた。
これは『ゲーム』をした後から思っていた事だったのだから。



[4919] 挿入話6 「共闘」
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:09

トラブル続きの今回の「ゲーム」で、今回、いや「組織」において史上類を見ないトラブルが舞い込んで来た。
ボスの娘が「ゲーム」のプレイヤーとして参加していたのだ。
「組織」としては何時殺されるか判らない「ゲーム」内に何時までもボスの娘を置いて措けない。
だが政財界の重要人物を招いてその賭けの対象としている「ゲーム」のプレイヤーには、直接的な手出しも出来なかった。
彼等は主催者であるのに、観客の要望から逃れられない。
もし自分達の都合の良い様に操作していては賭けに成らないからだ。
だから「組織」は観客に知られない様に最低限のカメラ偽装と館内の操作だけで目的を達成しなければ成らないが、今回の件でそれは不可能である。
ボスの娘、つまりは参加しているプレイヤーを「ゲーム」中に確保する必要が有るのだ。
だから直接的に館内に手出しをして娘の身柄を回収して、引き上げる人の手が必要に成った。
現場はある意味、陸の孤島である。
色々と問題が有るので、かなり隔離された環境で以て行なわれていた。
その為こちらからはすぐに手が出せないので、万が一を考えて強硬手段用の部隊の編成は急がせるが、それ以外に緊急的に作業する者達も要る。
もしすぐに解決するのであれば、それに越した事は無かったのだ。

「現場の物資配置作業員に通達。全力を挙げて、観客に気付かれない様に優希様の御身を保護差し上げろ!」

ディーラーは館内作業の為に現場に居る兵隊達を使う事にした。
これなら即時対応が可能なのである。
長時間不眠で対応していた彼には限界が近付いていた。
だから一旦此処で休憩を取ろうと考える。
経過時間30時間過ぎ。
だが彼は此処まで館内が混迷していくとは思っても居なかったのだった。





挿入話6 「共闘」



時々呻き声を上げる彼を心配そうに見詰める2人。
彼はもう4時間近くも意識を失ったままだが、まだ目を覚ます気配は無かった。

「渚さん、本当に大丈夫なのでしょうか?」

「絶対って~、訳じゃないですよ~。
 でも~、急所は外れているみたいですし~、大丈夫じゃないかな~?
 私もお医者さんじゃ無いから~、良く判らないです~」

渚は努めて明るく答える。
此処で看病を放棄したら本当に死んでしまうかも知れないほどの、そんな怪我を彼は負っていた。
見た目にはそんなに酷く無い事が、逆に姫萩に現実感を失わせているのだろう。
その点で言えば先ほど出て行った外原の方が見た目は重傷なのであった。

「咲実さん~、今は私が看病しますから~、一度寝て下さい~」

「でも…」

「私も後で寝たいんです~。それに、総一くんが起きたら~、上に上がらなきゃいけませんから~。
 私達の首輪は~、嵌ったままなんですよ~?」

「あ…はい。判りました。では、先に休ませて頂きますね」

姫萩は渋々ながら渚の言葉を受け入れた。
確かに全3日の「ゲーム」はまだ約半分を残している。
彼女達はほぼ最後まで首輪が外れないのだから、体調には気を付けるべきなのだ。
この部屋に置いてあったダンボール箱から毛布を1枚取り出して、姫萩は寝る体勢に入った。
横に成ったもののすぐには寝入る事が出来ない姫萩は、今も渚が看病している御剣の事を考える。

(恋人さんが亡くなられて、それでもその人との約束を守り続けている…)

それは御剣が恋人を忘れられないと言う事だ。
今回の身を呈した行為も、姫萩ではなく恋人を想っての事だったのだろう。
そう考えると姫萩は涙が零れそうだった。
それほどまでに、死んでしまっても構わないほどに彼はその人を愛していたのだと考えると、胸が痛くなる。

(でも…)

姫萩は引っ掛かっていた。
何かがおかしいのだ。
ただ約束を守るにしても、今回の彼は躊躇いも何も無い。
御剣の行動に、姫萩は今まで御剣に感じていた違和感とはまた違うものを感じていた。



手塚が3階で物資を補給してから4階に上ったのは、経過時間31時間の手前である。
周囲を見渡すと目に付いたのは階段の横の壁についた酷い傷痕であった。
何かの爆発物でもぶつけたかの様な痕に背筋に寒気が伝う。

(…って此処に居るのは拙いじゃねぇかっ!)

以前よりも重量を増した荷物を引き摺る様に持って、彼は走り出す。
その手塚を、耶七は奥に作った拠点からロケットランチャーのサイトでじっくりと狙いを付けていた。
かなりの距離があるので、少しの違いで目標地点を大きくズレてしまうのだ。
狙いを付けている間にボーっとしていたチンピラはいきなり走り出す。

「もうちょっと大人しくしてろよっ!」

耶七は悪態を吐きながら、引鉄を絞った。
ロケットの発射音を聞く前から走り出してはいたが、それでも手塚はまだ危険である事を感じ取り近くの通路へと全速力で駆ける。

「うおぉぉぉぉ、らぁっ!」

そして荷物を投げてから床へとダイブしてうつ伏せに転がった後に体の向きを変えて、ゴロゴロと横に転がりながら着弾点から遠ざる。
着弾したロケット弾の破片が周囲に飛び散ったが、幸い手塚に負傷は無かった。
しかし装備を大量に付けたまま転がったので身体はかなり痛め付けられている。

(くそがっ、誰だよっ)

いきなり問答無用の攻撃に悪態を吐くが、手塚は先ほどまで燻っていた不完全燃焼の闘争心が燃え上がり出すのを感じ始めていた。
此処までして来る相手である。
トコトンまで付き合ってくれそうな相手に手塚は笑みが浮かぶのを抑え切れなかったのだ。

耶七の失敗は安全策を重視した為に一度も階段付近まで行かなかった事だった。
あれから2時間近くの猶予があったのだから、階段に罠なりを仕掛ける事は充分に可能だったのだ。
だが仕掛けの途中に誰か来たらと思って、階段付近には何もしなかったのが追い詰める手段を極端に減らす結果と成る。
その彼が次のロケット弾を装填している間に、手塚は階段ホールを駆け抜けていた。
耶七はこの時、ロケットランチャーで爆殺するかライフルで銃殺するかに悩んでしまう。
結局持っていたロケットランチャーを再度構えて手塚へ向けて引鉄を引く。
それを手塚は軽く横に飛んで避けた。

「けっ、丸見えなのに当たるかよっ!」

ロケット弾は遥か後ろの階段ホールの壁にぶつかって爆発する。
次弾を装填させまいと、手塚はある程度の距離に近付いた時にサブマシンガンの弾を彼へと集中させた。
耶七はロケットランチャーを撃つ為にバリケードから出していた身体を引っ込める。
ロケットランチャーを捨てて、近くにあるアサルトライフルに交換した。

「ド素人が、調子に乗るなよ…」

ある意味彼も素人なのだが、此処3年の「ゲーム」による知識と経験が自信に変わっていたのだ。
荷物の中から手榴弾を取り出してピンを抜き、バリケードの逆側から手塚が居るだろう場所へと放り投げた。
勿論手塚も別の場所から出て来た丸い物体へ注意が行く。

「げっ、手榴弾かよっ!」

ある程度まで近付いたバリケードなのに此処で引くのか。
手塚は瞬時に考える。
耶七の作戦としてはこの手榴弾で死ねば良し。
そうでなくとも背中を見せたかもしくは手榴弾に意識が向いた手塚を元の方から銃撃しようと思ったのだが、手塚の行動はその上をいった。
彼はバリケードへと特攻して来たのだ。
しかも手榴弾を投げた側へである。
ほんの数秒しかない手榴弾が爆発するまでの猶予の間に、それを実行してのけたのだ。
ロケットランチャーを撃った側から手榴弾へ注意が行くだろう手塚を狙おうとしていた耶七は、いきなり後ろに来た手塚に一瞬固まった。
その時バリケードの向こう側で手榴弾が爆発する。
音の消えた世界で手塚がサブマシンガンの引鉄を引き、振り返った耶七は右に移動しながら少し遅れてアサルトライフルを放った。

「があぁぁ」

「ぐぉ、くっ」

耶七の左半身を舐めた銃撃はその殆どが防弾板で止まるが左腕の一部に掠り傷を作る。
手塚は両足に1つずつの掠り傷を受けた。
手榴弾が爆発したのでもう大丈夫だろうと手塚はバリケードの端の陰に身を隠す。

「ケッケ、やるじゃねぇか。多少はマシなのが居たって事か?」

「くそっ、どいつもこいつも邪魔ばかりしやがってっ。てめぇも死にてぇかっ!!」

「おお~、怖っ。怖いよオジチャーン、ってか。クックック、あんまり頭に血ぃ昇らせてっと足元掬われるぞ?」

手塚の所まで聞こえて来るほどの歯軋りを耶七が立てた。
ちょっとからかい過ぎたかな、と思った手塚へと耶七がライフルを左手に持ち替えて、抜き放たれた日本刀を右手に構えてゆっくりと近付いて行く。
手塚としては此処で交戦しても良かったが1つ聞いてみたい事があった。

「なぁ、お前も他人の死が必要な解除条件なのか?」

いきなり話しかけて来た手塚に訝しげに顔を顰めて、耶七はその歩みを止めた。

「そうだ。俺のPDAは7番だからな。…お前、も?…キサマのPDAは何番だ?」

耶七の疑問は当然だ。
だが、ただ相手を殺せば良いだけの耶七がこれを聞いたのは無意識だった。
既に手塚の術中に陥っていたのかも知れない。
人のを聞いておいて答えないのは礼に失するだろうと、冗談で思いながらも手塚は何かが引っ掛かった。

(何で解除条件でなくPDAの番号を言ったり聞いたりして来るんだ?
 そう言えば外原の奴もまず3番って宣言してたか?)

本来PDAの番号など関係が無いのだ。
情報を整理するのには役に立つだろうが、基本的には誰がどんな解除条件かだけで充分な筈である。
疑問には思うが、何時までも沈黙しているとこのガキがまた暴れ出すと考えて手塚は答えた。

「俺は10だよ。解除じょ…」

「5つの首輪の作動か。…悪くは、無いか?」

耶七が手塚が解除条件を言う前に、それを当てる。

(何だとっ?!)

「どうして解除条件が判るっ!てめぇ何を知っているっ!」

手塚は彼がもしかしたらこの「ゲーム」を仕組んだ犯人の一味では無いかと思ったのだ。
彼の想像は当たっていたがこれについては言い訳が利くものであり、彼が真相を知るのはもっと後に成る。

「ルールの9を知らんのか?ルール9に全ての首輪の解除条件が載っている。
 もしかして俺の解除条件も判らなかったか?」

耶七としても誰のPDAにどのルールが入っているのかなど知らない。
逆に誰に何が入っていようとも、彼は全員殺すつもりだったのだから。
だが手塚にとっては今までどれだけ探しても得られなかったルール9についての情報である。

「なっ。そうかっ、ルール9かよっ」

「俺の7番は「プレイヤーを5名以下にする」だ。
 合計8名の死亡が条件だが、お前のでどうせ5名死ぬだろう?俺のは自分でやる必要は、本来なら無いしな。
 何なら組まないか?こちらも少し困った事態に成っていてな、協力者が欲しい」

今まで耶七は1人だけで協力者など募らずにやって来ていた。
だが今回はどうも上手くいかないのだ。
だから手塚ほどの人間とは敵対せずに協力したい。
いざと成れば、首輪が外れて油断している時に殺してしまえば良いと思ったのだ。

「協力ね…。まぁ、お前みたいな奴の方が面白そうかね。良いぜ、乗った、その話」

ニヤリと笑い彼は返事をした。
手塚も彼を信用していない。
だが今彼等以外は手を取り合っている様な気がしたのだ。
このままでは自分の首輪を外す事が出来ない。
だから手塚は耶七の提案を呑む事にした。
しかし彼は当然耶七の隙があれば、その首輪を狙おうと思っている。
2人共それぞれの思惑を秘めて、共闘をする為に歩み寄るのだった。



麗佳が4階の階段ホールに辿り着いた時、そこに手塚達は居なかった。
その頃、此処を防衛していた不良達が何処に居たのかと言えば、3階の手塚の武器庫である。
耶七に協力をするにしろしないにしろ、此処の武器を上に持って上がる必要が出て来たのだ。
それと言うのも、この3階の進入禁止が45時間経過で来るからである。
手塚は半信半疑であったが、耶七が断言をする為渋々彼の案を呑んだのだ。
別に不都合も無かったし、それに此処よりも上で待ち伏せた方が良いのは確かだった。
時間はともあれ、下の階が徐々に進入禁止に成るのはルール5に明記されているのだ。
それから手塚は4階に戻って階段で待ち受けようとしたのだが、耶七が彼に良い物をくれると言ってある場所へと連れて行かれる。
そして彼は手塚をある部屋に残して去って行ったのだ。
これには手塚も訝しげに思うが、全ての武器を置いて行ったので彼が戻るまで少し休む事にしたのだった。

少しではなく2時間以上も待たされていた手塚は、耶七が帰って来た時にはその場で食事をしていた。

「おーう、やっと帰って来たか。むぐむぐ。ちっと、もぐ、遅ぇんじゃ、うぐ、ねぇか?」

「食べながら喋るなよ。お前は子供か?
 遅く成ったのはすまなかったな。用事がある場所が少し遠かったんだ」

耶七が言っている事は嘘である。
わざわざ此処まで来て彼を置いて動いたのは、此処からこの建物のコントロールルームまでの距離がそれなりに近いからだった。
だが何故かコントロールルームの中枢への通路が封じられており、彼の知る限りの何をしても入る事が出来なかったのだ。
仕方が無く「組織」の倉庫の中にあった一部の武装とツールボックスだけを回収して来るだけとなってしまった。
そのツールボックスはPDAの無い彼には残念ながら使えない。
だからそのツールボックスは不本意だが手塚に差し出した。

「俺は今PDAが無いから、こいつはお前にやるよ」

「PDAが無いだぁ?!おい、何だそりゃ?」

手塚としてはそれは明らかな嘘にしか聞こえなかった。
耶七の言っている事に嘘は無かったが、本来なら命に等しいPDAを持たないなど考えられないのだ。

「あの変な男に盗られたんだよ。くそがっ!忌々しい。
 だから俺の狙いは、今はあの男だ」

耶七が言う「あの男」と言うのが手塚には理解出来ない。
彼が会った男は御剣と外原と葉月、そして目の前の男である。
他に居るのかも確認出来ていないしどうにも判断が付かなかった。

「おい、「あの男」って誰だよ?」

「あ~?!
 あー、そうか。これじゃ判らんか。とは言え俺はあいつ等の事を良く知らん」

「かーっ、知らん相手を狙ってんのか?もうちょっと考えて行動しようぜぇ」

呆れた様に両手を広げて首を横に振る。
そんな手塚に耶七は顔を歪めた。

「ツールボックス、要らんのか?うんっ?」

「要るに決まってんだろうがっ!」

手を引こうとしていた耶七の手から、手塚は素早くツールボックスを奪い取る。
その速さに一瞬耶七が呆けてしまう。

「て、てめぇ、いきなり奪い取るかよっ!碌な育ち方してねぇなっ!」

「うるせえっ!俺がどんな育ちして様がどうでも良いだろ。それよりかこれは何だ?
 7つも有るじゃねぇか。こんなに何処から持って来たんだよ?」

「あん?…ああ、それな。PDA無くしてから見付けた奴だよ。
 俺には使えなかったからな。ある場所に纏めて置いたんだ。
 そいつや武器は5階以上で手に入れた奴だから、かなり強力だぞ」

耶七の言葉に手塚は納得してしまう。
その誤魔化しには全く齟齬が見当たらなかったのだ。
だから手塚には彼がゲームマスターである事をまだ気付けないで居たのだった。



渡されたツールボックスの中で重複していた1つ以外を全てインストールしていた手塚は、そのPDAで何度か検索を掛けていた。
見る見る内に減っていくバッテリーが気に成るが、これは一緒に作動させているジャマーソフトの所為でもある。
しかしこれでは1日も経たずにバッテリーが空に成るだろうが、手塚にはツールボックスと一緒に耶七から渡されていた最終手段があった。
それはバッテリーチャージャーである。
このアイテムでバッテリーが空に成ったとしても一度だけは満充電状態まで戻せるらしい。
本来は耶七自身のPDAの緊急用に取っていたらしいが、これだけのソフトウェアを抱える手塚には必要なものであると渡された。
それと言うのも、今から来る奴等が多分耶七のPDAを持っているだろうからだ。
耶七のPDAにはPDA検索を実行可能なソフトウェアが入っているらしい。
だからこのジャマーソフトが必須だったのだ。
徐々に近付いて来るジョーカーの光点を見ながら、手塚は耶七から受けた幾つかの説明を思い出していた。
彼から受けた説明と武器の提供は彼の想像を超える。
特にその中にあった「自動攻撃機械」は反則と言っても良い物であった。
遠隔で動かして攻撃可能な無人兵器。
今はこんなものが戦場にあるのかと感心してしまう。
彼が思っているととうとうJOKERは十字路に入って来ようとしていた。

「さ~って。パーティーの始まりだぜぇっ!」

彼はそう言いながら、ロケットランチャーを肩に担いだのである。
これは耶七がこの階の階段ホールで使っていたものだが、その弾は今装填されている1発しか残っていない。
だからこの1発で耶七は仕留めたがっていたが、手塚としては首輪も壊れてしまいかねないこれは牽制程度にしておきたかった。

「上手く避けてくれよー、早鞍ちゃんっ!」

先ほど双眼鏡で見たので相手が誰であるかは判っている。
その対象はエントランスホールで出会った4名と、3階で外原と一緒に居た1人の少女の5名だった。
引鉄を引いた事で点火されたロケットが担いでいる砲身の中を通り抜けようとする。
その時手塚は思いっきり後ろに仰け反り掛けた。
もしも耶七の忠告が無ければ、完全に仰け反っていただろう。
仰け反っていればロケット弾は天井か何処かへと飛んで行き、最悪は手塚自身が被害を受ける可能性が有ったのだ。

(奴はこんなものをあんなに平然と使ってたのか?!)

耶七が自分に向けて2発ほど放っているのは知っている。
それだけではなく、階段の壁を見る限り、他にも何発かを撃ったのだろう。
これだけの反動を殆ど微動だにせず扱っていたのだ。
手塚も自分が可愛いので、しっかりと踏ん張って砲身を抑えて水平状態を確保する。
1秒も経たずにロケット弾は砲身を通過したが、この1秒前後の時間に手塚は冷や汗を掻き捲くってしまった。
放ったロケット弾は十字路の手前の方へと着弾した様だ。
外原達はロケット弾を認識した瞬間に近くにあった十字路の横道に隠れていた。
それを見届けると手塚はロケットランチャーを投げ捨ててから円筒形の缶を取り出し、その頭についているピンを引き抜く。
その間に誰かが角からこちらを様子見に顔を出したので、アサルトライフルを放って牽制する。
様子見していた者が引っ込んだ事を確認してから、安全レバーを持ったまま大きく振り被って思いっ切り投げ放った。
出来れば十字路のど真ん中まで届いて欲しいが、ロケット弾を撃つほどに離れているので、多分届かない。
だからこれは彼等の注意をこちらに向ける事と耳眩ましである。
スタングレネードが遠くで轟音を立てる中、手塚はPDAを用いて自動攻撃機械の操作を始めたのだった。



外原達を追い詰めたつもりで居たが、耶七の奴が失態を犯した様だ。
右半身を血塗れにしているにも係わらず左手でアサルトライフルを撃つ外原とサブマシンガンを向ける渚に、手塚は攻めあぐねていた。
特に厄介なのが渚のサブマシンガンである。
この射撃の正確さと無駄の無さに手塚は苛立っていた。
しかしその渚は少女を担いでいるし、御剣は歩くのもやっとなフラフラ状態である。
今が手塚にとっては好機なのだ。
奴等を全員殺せば、一気に首輪が外せる。
手塚は気付いていないが、かりんの首輪は外れているので、彼が思うほどすぐでもなかったのだが。
彼等は曲がり角に到達する度に各々牽制で銃撃をするが、どちらも全く成果が出せない。
そんな中、外原が通った所にある隔壁がゆっくりと下り始めるのが見えた。
このままではその隔壁に遮断されて手塚は外原達を追えなく成る。
しかし外原達は下りる隔壁から離れて遠くの曲がり角へと身を隠しに行く。
しめたと思った手塚は下りて来る隔壁まで全速力で走り始めた。

(間に合えよっ、此処で奴等を逃がせば振り出しだっ!)

隔壁が下りてしまえば、手塚はあちらの曲がり角から守る物も無い状態で狙い撃ちなのだが、彼は焦っていた。
耶七と共闘を行い、これだけのソフトウェアと武器を用いて万全の態勢で臨んだのだ。
これで仕留められないと成ればどうやって殺すと言うのか。
それは恐怖にも似た感情であったのだ。
だが手塚の無謀は外原の行動で止められてしまう。
その隔壁が下りるであろう床の至近に、ある物体が転がって来たのだ。
物体は下に到着した後、外原が手元のPDAを操作した途端に数個のランプが毒々しく光り出す。

「なっ!くっ、もしかして爆弾かっ!」

実際には対人地雷なのだが、彼は耶七からその情報は得ていなかった。
それでもその物体が危ない物である事を直感的に理解した手塚は、踵を変えて真後ろに全速力で走り出す。
あの爆弾がどれほどの範囲と威力を持つのかが判らないので、まず安全であろう曲がり角の向こうまで帰ろうとしたのだ。
だが手塚が帰る途中にその対人地雷は爆発する。
爆弾の威力は至近で食らえば即死出来そうなほどに、手塚には見えた。
その後外原が同じ物体を投げて来て、再びそれは隔壁が下りる場所に近い所へ鎮座する。
その向こうには曲がり角から半身を出してPDAを構える外原の姿が見えた。

「くそっ、あれじゃあ何時でも起動し放題かよっ!あれもPDAのソフトウェアか?」

手塚はふら付いている外原が見続ける限り隔壁の方へは近付く事が出来ない。
そしてそのまま隔壁は下まで閉まったのだった。



手塚が十字路まで戻る少し前に、やっと耶七は意識を取り戻していた。
普通なら1、2時間程度でスタングレネードから回復する訳は無いのだろうが、彼は目潰しを食らった後に床を転がる缶の音で手榴弾を認識していたのだ。
音の方向でその存在場所を理解したので、前方に飛び出しうつ伏せに成って頭を抱えた。
これで曲がり角そのものが多少の壁となり、破片を食らう事は無いと思ったのだ。
しかし転がっていたのは破片手榴弾ではなく音響手榴弾である。
それでも頭を抱えていた為に、脳への衝撃も少なくて済んだのだった。

「つぅっ、くそっ、綺堂めっ!余計な真似しやがってっ!」

その余計な真似をしなければ耶七は渚も殺す予定だったのだから、渚からしては責められる筋合いではない。
それでも彼の計画を潰してくれた渚は彼にとっては裏切り行為に等しかったのだ。
彼は勘違いして、音響の方は渚が投げたと思っていた。

(流石は裏切りの魔女、ってか。くそがっ。厄介な奴が参加してくれたもんだ)

「たくっ、情けねぇな。こんなんで、あいつ等殺れんのかよ?」

内心で悪態を吐きながら頭を振って壁に手を突き歩く耶七に、呆れた様な声が掛かる。
耶七が声のした方を見ると手塚が立っていた。

「成果は?」

「ゼ、ロ。あいつ等はあっちに逃げたぜ。参ったね、何だあの女?相当に銃の扱いに慣れてやがったが」

「そう、か。俺もあの女に、してやられたよ。次の手を考える必要が有るな。まず5階に上がろう。
 あっちの通路には5階への階段が有るから、奴等は5階に上がるだろう」

耶七はこの建物の構造を良く知っている為、ある程度は頭にこの迷宮の地図が入っていた。
だから彼等は既に4階に居ないと考えたのだ。
バッテリーを気にしてJOKER検索を控えていた手塚は、その意見に異論は無かった。
しかしそれには他の問題がある。

「どうやって上がるんだ?途中の通路は奴等に封鎖されたから、その5階への階段までは5時間は掛かるぜ?」

外原が閉めた隔壁は彼等が居る区画から階段までの最短距離を潰し、更に階段まで大きな回り道が必要な所を狙われていた。
それを聞いた耶七は少し考える。
大分厄介な事に成っていた。
自分のPDAは取られて、コントロールルームにも入れなくされている。
絶対的優位な立場が崩れ去っている今、彼は1プレイヤーとして勝利を目指さなければ成らない。
それでも他のプレイヤーよりも知識と経験、そして幾つかの館内施設をまだ使用出来る。
此処から近い階段が爆破されている事を知らない彼等は全く別の手段を取ったのだった。

彼等が取った手段は物資配置用の専用エレベーターを使用する事であった。
これを止めたら物資配置員が仕事を出来なく成るので止める訳にはいかない。
勿論此処に来るまでの認証も必要であるが、コントロールルームに入れなくした事で安心していたのか、此処は彼の認証キーでも通れたのだ。
しかし完全に裏側の施設であるこのエレベーターに手塚の疑問は深まる。

「おい、此処は何だ?」

「多分この「ゲーム」を取り仕切っている連中が使っている施設だろう。
 俺は「ゲーム」の初期段階でルール一覧のソフトウェアを手に入れていたのでな。
 真っ先に6階に上がってたんだ。その時に見つけたものだ」

手塚は彼の言葉を聞いても納得出来なかった。
この通路への扉は巧妙に隠されていたし、途中の認証盤に彼が打ち込んでいるのも淀みが無かったからである。
だがそれでも彼は何も言わなかった。
手塚にとって最も厄介な敵は耶七なのかも知れないが、今はまだ役に立つからだ。
それでも脅威である事に変わりは無いので、手塚は彼を早々に排除した方が良いと考え始めていたのだった。



耶七の提案で6階から榴弾砲を持って下りる事に成った。
彼等は知らないが、第二次世界大戦で使用された「M116 75mm榴弾砲」を少し改造したもの、つまりは長距離砲撃用の兵器である。
弾薬の装填及び射撃が全て手動なのでそれなりの知識が要るが、それでも一撃の威力は相当のものだ。
これでもって相手を制圧してしまおうという案であったが、先のロケットランチャーの時と同じ様に手塚はこれを使う事を渋っていた。
首輪が壊れると困る手塚には威力が高過ぎるのは歓迎出来なかったのだ。
それでも今は大勢のプレイヤーを一度に相手をする術が無くなって来ている。
だから手塚もこれを使う事に反対し切れなかったのだった。

「それで、これだけでどうにか成るのか?」

6階に行ってからエレベーターを使い5階に降りて、更にこの榴弾砲を4階への階段の近くの通路に向けて移動させながら手塚は聞く。
どうにも榴弾砲の射撃間隔が心許無いのだ。
大体これでなくとも、グレネードランチャーやサブマシンガンで充分人は死ぬのだから。
だが耶七は彼の不安を一笑に付した。

「ド素人どもがいきなり大威力の攻撃を受けたらどうなると思う?大抵はパニクって動けなくなるか、慌てて後退するかだな。
 多分人数が多いしそれなりに頭の回る奴が居る様だから、後退を選ぶと思う。
 だからそこを狙うのさ。上からな。さっき見た地図にダクトが丁度通路を通る所があっただろう?
 あそこが狙い目だな」

「ダクト、ね。じゃあ俺がダクトか?」

エアダクトの地図を持っているのは手塚である。
だから自然と自分が行く事に成ると思ったのだ。

「どちらでも良いが、ダクトへは俺が行こう。
 砲撃のタイミングは、ある程度奴等の動きが監視出来るお前の方が良いだろう?
 それに俺だと全員死ぬまで砲撃しちまうかもな?首輪、要るんだろ?」

薄笑いを浮かべる耶七に手塚は肩を竦めておく。
多分ダクトの方が危険である。
ダクトからの急襲とは言え、奴等の反応によっては集中砲火を受けるのだ。
それでも耶七は行くと言っているのだから彼に任せようと、タバコをふかしながら手塚は思うのだった。



回収部隊が高山の重機関銃と交戦して撤退した時、ディーラーは緊急対策の会議中であった。
その為情報の未確認及びその部隊員の負傷は彼がカジノ船のコントロールルームに戻った時に知らされたのだ。

「何故、この様な初歩的なミスを…」

スタッフは何年もこの「ゲーム」に携わっており、それなりの人材が揃っている筈だった。
それでも此処数年の「ゲーム」は彼等の思惑通りに行く展開が多く、大きな問題は発生した事がない。
彼等にとって此処までトラブル続きなのは、今回が例外だったのだ。
それでも彼等はこの事態に対処しなければ成らない。
だがディーラーの精神力は底を付きそうだった。

「俺は寝るぞ。回収部隊は負傷者を収容後再度回収の機会を伺え。無理だけはするな?」

それだけを伝えて、彼は45時間ぶりの睡眠に向かう。
それは経過時間40時間過ぎの事だった。

睡眠は大事だろう。
不足してしまうと思考力に多大な障害が生じるのだ。
だが彼はもう少し待つべきだった。
彼が従業員専用の寝室に向かった後に、一部の観客が要望を出していたのだ。
その要望は、彼等を簡単に合流させては成らない、と言うものである。
つまり5番の解除条件を満たさせずに、それに困る所を見たいというものであった。
勿論そうでない客も居る。
彼等が必死に成って彼女の解除条件を満たす所を最後まで見たいと言う客も居た。
この微妙な匙加減を満たす方法が残ったスタッフで決定出来る者が居なかったのだ。
「エクストラゲーム」の提案なり、無難な方法なりを使う手も考えられなかったコントロールルームでは、彼等の間の隔壁を全て降ろしてしまう事が決定される。
これでドアコントローラーを持つ3番は無理でも、2番を筆頭にした連中は足止め可能だ。
更にこれで合流に時間が掛かればA達との合流も出来なくなり、5番の首輪は解除不能と成るのである。

スタッフはこれで安心していた。
だが2番も3番もそのソフトウェアや装備を駆使して、彼等の思っていた以上の速さで合流してしまう。
その為彼等の足止めをする為に彼等の通過する隔壁を下ろしていったのだが、これも7番のPDAにより邪魔をされ続ける。
しかもこの直接介入はただ隔壁を下ろしておく事とは訳が違った為、観客の怒りを誘ったのだ。
特定のプレイヤーへの度を越えた妨害。
隔壁を下ろしておくだけなら、全てのプレイヤーに平等の障害と成るだろうが、これは許容出来なかったのだ。
勿論隔壁を下ろしておくだけの方も彼等にだけ不利に成っていたが、こちらは観客には伝えられていなかっただけである。
だからコントロールルームからの操作は中止せざるを得なく成った為、彼等は順調に階段へと近付いていた。
そしてスタッフはターゲットである9番と現在観客の最大の注目対象である5番に意識が向き過ぎていて、7番と10番の動きを見逃していたのだ。

「奴等、榴弾砲を持ち出しているぞ?」

コントロールルームに居るスタッフの1人が気付いて声を出した事で、彼等はそれを認識してしまう。
あれで撃たれてしまえば、彼等の「保護対象」の安全が保証出来ないのだ。

「奴等を止めろっ!優希様を、即刻回収部隊に保護させるのだっ!早くしろっ!」

ディーラーが不在の為、代理の責任者が大声を上げた。
通信担当官がその旨を回収部隊の部隊長へと伝え始める。
その頃の回収部隊は屋上で負傷者回収用のヘリを待っている所だった。
そこに緊急連絡が入ったのだ。
1人では行動出来ない負傷を抱えた部隊員が2名居る以上、その付き添いに2名を削らなければ成らない。
だから彼等は残りの8名で館内へと戻って行くのだった。



手塚は砲撃を1つ行なった後、次弾を装填する為に蹲っていた。
榴弾砲の周囲には反撃された場合を考えて瓦礫や家具の一部をバリケードとして配置している。
手塚は要らないと考えていたが、耶七が周囲全てを守っておいた方が良いと進言したので、後ろ側も防御している。
これが手塚の命を助けた。
作業を進める彼へと後方からいきなり銃撃が加えられたのだ。

「何ッ?!誰か帰って来たのか?」

冷静に成って考えれば、今銃撃が加えられて居るのは階段ホールの逆側からである。
つまり彼等の標的だった者達は部隊を2つに分けて居たと言う事だろう、と手塚は判断した。
これは彼がJOKERしか探知出来ない為である。
だから今の彼にはJOKERを持つ者以外の位置が判らないのだ。
ムラのある攻撃の合間に彼は前面のバリケードを乗り越えて、階段ホールへと駆け抜けた。
後ろは回収部隊が、そして左手の通路向こうには残りのプレイヤー達の一部が居る以上、彼はそこへ逃げるしか無かったのだ。
それでも階段ホールには残り1台となった自動攻撃機械を置いていたので、まだ戦えると手塚は思っていた。
手塚を追い掛けていた回収部隊は階段ホールに一度入るが、彼等に再度入った通信で慌てて離れた通路へと避難する。
入った通信内容の1つはカメラの偽装が近々切れる事であり、これにより彼等はカメラが幾つも取り付けられている階段ホールに留まる事が出来なく成っていた。
もう1つは銃撃音を聞きつけて、他のプレイヤー達が階段ホールへと向かって来ているとの情報である。
彼等としたら得物が向こうからやって来てくれているのだから本来嬉しい事なのだが、活動可能時間が1つ目の報告で切れ掛けているのだ。
回収部隊が奥の通路に退避して行くのを見て、手塚は榴弾砲の所まで戻ろうと再度階段ホールの柱の陰を利用して通過しようとする。
手塚が柱の陰から走り出そうとした時、榴弾砲への通路から出て来た高山達を見てしまう。

「ちっ、挟み撃ちかよっ!」

手塚の声が階段ホールに響き渡る。
声を抑えられないほどに彼は焦っていた。
今は回収部隊の通路脇に置いた自動攻撃機械があるお陰なのか、回収部隊は行動を起こしていない。
だがこのまま双方から攻撃を受ければ、確実に手塚は終わってしまうだろう。
出て来た事が彼の間違いだった。
そのまま逃げれば良かったのである。
挟み撃ちに対して何も出来ないまま柱の陰で佇んでいた時、外原の声が響いた。

「手ー塚ーっ!」

回収部隊の方を見ていた手塚はその声に振り向いた。

「外原っ!?」

彼に向けて、いやその遥か頭上に銃口を向けて居る外原に対して、構えたサブマシンガンの引鉄を引くのを忘れていた。

(何を考えてやがる?)

外原はそのまま上に向けて発砲するが、当然ながら手塚には当たらない。
呆然と外原を見て居たら、彼の背後で閃光が走った。

「「「ぐぅぉぉぉおお」」」

突然周囲が眩しくなった事で目を閉じるが、部隊員の悲鳴に紛れて外原の声が聞こえて来る。

「手塚っ、早く通路に退避しろ!逃げるんだ!」

外原のその言葉に手塚は頭を混乱させていた。
手塚にはこの様に他人に助けられる覚えなど無い。

「なっ、てめぇっ。どういうつもりだ?!」

「そんなの良いから早く行けっ!そいつ等が復活するだろ!」

外原の言う事は正しかった。
手塚にとって失態で陥った窮地から脱出するには、これは絶好の機会である。

「~~~、くそっ」

気分は最悪だが、命あっての物種である。
悪態は吐くが手塚は自分の荷物を掴んで一番近くの通路へと逃げ出したのだった。

そのまま手塚は6階へと向かう。
3階で一度寝てからは、途中何度か軽い休憩はして来ているものの睡眠は取っていない。
だから身体が睡眠を欲しがっていた。
手塚は何の障害も無く6階への階段まで辿り着ける。
幸い彼は回収部隊に対して明確な敵対行為を行なっていなかったし、彼等も手塚を無理に追撃する必要も余裕も無かったのだ。
だから彼は回収部隊に狙われる事は無かった。
その階段ホールで手塚は、4階への封鎖されていた階段が爆破されているのを目にする。

「こんなやり方もあるのかよ…」

彼は絶句する。
自分は世間の中では頭が良い方だと思っていた。
だがそれを上回る事態が立て続けに起こっている気がしたのだ。
それは彼に判断する為の情報と余裕が無い為であったが、それすらも情報が少なくて判断が出来ない。
プライドが傷つけられたまま彼は6階へと足を進めるのだった。



とうとう回収部隊はターゲットの確保が出来ないまま、彼等を全員通してしまう。
ダミー映像で手塚と耶七が彼等を階段ホールで待ち伏せしていた事にしているが、これには流石に運営も困ってしまった。
それでも何故か問題の愛美を含めて全員が階段に残っている状態である。
これは好機ではないか。
観客はこのまま彼等が御剣達と合流するのは面白くないと判断してくれた様で、先ほど観客から愛美達に対して1度切りの進路妨害を認めて貰えている。
それを実行する時ではないか、と代理責任者は判断した。
これは功を奏して彼等は足止めされ、どうにも成らない状態に成ったのだ。
後はダミー映像が用意出来次第、回収部隊に突入させるだけである。
だが、先ほどの3番の攻撃で神経ガスを吸った4名の部隊員が昏倒しておりすぐには戦線に戻れない状態だ。
更に最後に強行した2人の内の1人が6番に左足と左脇腹を撃たれて、後方で治療中である。
散々な状態な為、代理責任者は本当にあのプレイヤー8名を制圧出来るか不安に成って来ていた。
その不安は的中してしまう。
戦果はゼロでターゲットを逃してしまっていた。
回収部隊の負傷は、火傷の他に崩れて来た瓦礫によるものとスタングレネードによる痙攣症状。
結果は予感通りに散々なものだった。



姫萩が起きた時、御剣の容態は安定をしていた。
渚は船を漕ぎそうに成りながらも何度も御剣の危険な時に対応してくれたらしい。
その対応の説明だけでも、渚がこの様な怪我人を治療する経験が常人よりも豊富である事が判る。
姫萩に看病を交代して貰った渚は疲労が溜まっていたのか、すぐに眠りに付いたのだった。
そうして交代で3時間ずつの睡眠を取ったが、御剣は容態を安定させてはいるものの眠り続けたままである。
2人ともが安定した御剣に安心した所為もあってかお腹が空いて来たので食事を取った後であった。
もう時間は47時間を大幅に経過している。
そろそろ愛美の制限時間も無くなって来ている、そんな時。
ゴソゴソとこの部屋に有ったダンボール箱の中を漁っていた姫萩が、ある物を持って渚に駆け寄った。

「渚さん、こんなものが有ったんですが!」

姫萩が差し出したのは1つのツールボックスである。
その表面の英文字を見ると「Tool:DetectCollar」と書かれていた。

「えっ?あれ?」

(此処は確か、まだ4階、よね?)

渚は驚いた。
普通は有り得ない中階層での探知ソフトの存在にである。

「渚さん、御剣さんも寝てますし、私のPDAに入れて見ましょうか?
 どんな機能かは判りませんが、役に立つものかも知れませんし」

「え、ええ」

姫萩の興奮した様な問い掛けにも渚は生返事しか返せなかった。
その渚の様子を少し疑問に思いながらも、新しいソフトウェアに興味が戻ったのか姫萩はインストールを開始する。

「首輪の探知?と言う事は優希ちゃん達の位置が判るのかな?」

最初に出て来たソフトウェアの説明に首を傾げるが、そのまま実行する。
インストール後に出て来た地図には幾つもの光点が表示されていた。
まるでJOKERを7番に偽装していた時に見た様な画面だが、少し異なる部分に姫萩は吃驚した。
その光点が動いているのだ。
画面ではこの5階から4階へ降りる階段のホールからの通路をこちらへ向けて、複数の光点が近付いて来ている事を示していた。
誰か、それもかなりの人数が近付いて来ている。

「渚さん、かなり大勢の方が近付いて来ています!」

姫萩の言葉にやっと我に返った渚は瞬時にそれが外原達だと理解した。

「多分~、早鞍さん達だと思いますよ~」

(やっと、帰って来てくれた)

事態は渚の理解をどんどんと離れていっている。
これは外原にPDAを持たせたままで「組織」と連絡が付かない所為でもあったが、彼女はそれだけでは無い事を何となく理解していた。
その鍵を握るのが外原では無いかと、そう考えたのだ。
それは全てではない。
彼の存在だけでは起こり得ない事態もあったのだが、やはり人一人が得られる情報と分析力では全てが判る筈も無いのだ。
混乱する頭で渚は、ぼんやりとそんな事を考えていたのだった。



通路に置いてけぼりにされた耶七は6時間以上の眠りからやっと覚めた。
彼にはPDAが無いので経過時間は判らない。
一先ず状況を確認する為に一番位置が近くて判り易かった4階への階段ホールへと足を進める。
進入禁止時間の件があるので4階へ下りるのは怖かったが、これからどうしようかと考えて彼は閃く。
時計であった。
プレイヤーは館内に入る際に、「ゲーム」に支障と成らない私物はそのまま持ち込みを許されている。
御剣や優希のバッグであったりかりんの学生鞄であったり、麗佳の手提げバッグであったりと殆どの者が拉致された時の荷物はそのまま在ったのだ。
だから彼も現代の若者であるからして、携帯電話を持っている。
中継基地に電波が届かないので通話の役には立たないが、それでも時間は狂う事が無く表示される筈なのだ。
ズボンのポケットに入っている携帯を取り出して時間を見ると、午後の2時47分を表示していた。
確か3日目の午後4時に4階が進入禁止に成る筈である。
そろそろ進入禁止となる下の階は無視して上に昇るべきかと彼が考えた時、下の階から人の話し声が微かに聞こえた。
携帯を収めて、周囲を見る。
瓦礫の合間に何かの荷物が見えた。
それを急いで引っ張り出すと、アサルトライフルとその予備弾倉及び手榴弾の入った小さ目のバッグが引き摺り出される。

(よしっ、奴等が首輪をしているなら、此処で足止めして、殺してやる)

暗い笑いを浮かべながら彼は充分に弾があるライフルを持って階段を降りる。
本来は下りない方が良いのだが、下を見た時にシャッターに大穴が空いた状態だったのだ。
つまり天然のバリケードが有るという事である。
時間ギリギリまでそこで時間を稼ぎ、その後手榴弾で牽制して上に上がってしまい、後は上からの攻撃でちょっと時間を経たせれば首輪が作動して奴等は死ぬのだ。
完璧な作戦だと耶七は思った。
何時もその油断で彼は失敗しているのだが、自覚は無い様である。
そして階段ホールへと入って来る人間達の中に「彼女」を見付けた時、彼の時間は数瞬止まった。

(何故、あいつが、此処に居るんだ?!)

耶七の視線の先に居たのは、彼の妹である愛美だったのである。
彼は先のダクトから通路を見ただけでは視界が悪かった為に彼女が見えていなかったのだ。
耶七には最初それが信じられなかった。
だが紛れも無く彼の妹がそこに居る。
それをやっと理解出来た時、耶七は叫んでいた。

「愛美っ!何をしている!こっちへ来いっ!」

まだ階段ホールに入ったばかりの連中に囲まれている愛美へと声を掛けるが、その周りの連中が彼女を後ろに下がらせて耶七を警戒する。
耶七は早く愛美を回収して、その後彼等を殲滅したかった。
彼の頭からはもう進入禁止の時間も首輪の事も頭から吹き飛んでいたのだ。
耶七を制圧しようと御剣や文香が階段を目指そうするが、怒り狂っている彼の銃撃は逆に正確さを増しており、ある一定以上は近付けない上にじっとしていたら狙撃されてしまう状態だった。

「愛美っ!!頼むからこっちに来てくれっ!何でそんな奴等と一緒に居るんだよっ!」

耶七が力一杯叫びながら、牽制のライフル弾を放つ。
その彼へ愛美が遠くの通路から力一杯叫び返した。

「お兄様っ!!もう争いは止めて下さい!私、もう嫌です!」

本音を言えば、愛美には自分と耶七以外の誰が傷つこうとも知った事では無かった。
ただ目の前でこの様な争い事をされるのが嫌なだけである。
もし此処に居る者達が耶七を明確に傷つけ様としたなら彼女は彼等も敵と見ただろう。
結局彼女は平和呆けした世間知らずのお嬢様でしか無かったのだ。
そんな彼女へ耶七が苛立ったような声で愛美に声を上げる。

「こっちへ来い、愛美!そんな奴等を信用するな!他人なんて信用出来る奴なんて居ないんだっ!」

彼等の境遇を考えればそれは偽りでも無かっただろう。
その大部分が耶七の性格によるものだとしても。
それでも愛美は自分の周りでの争いはもう止めて欲しかったのだ。
暫くの間御剣達が牽制を受け続けて、前に進めないまま時間が経ってしまう。
首輪が作動する時間が近付いて来ている事を文香から聞いていたので、愛美は焦っていた。
その時間は耶七の死を意味しているのだから。

「お兄様!もう止めて下さい!」

「お前が来れば、それで良いんだよっ!さっさとこっちに来い!」

どうしても言う事を聞いてくれない兄。
そこに文香の言葉が降り掛かる。

「時間が無いわ。愛美ちゃん、覚悟は決めておいて貰えるかしら?」

覚悟を決める。
つまりは彼を傷つける、最悪は殺してしまうと言う事だろう。
それは彼女には認められない事だった。

「文香さん、しかし」

御剣の言葉が続く。
彼は否定してくれている。
それが愛美を一瞬だけホッとさせるが、続いた他者の言葉で彼女の心は凍りついた。

「総一君、君だけじゃないの。早鞍さんや渚ちゃん、咲実ちゃんの命も掛かっているのよ?」

「そして奴の命もな」

奴、と言うのが耶七の事である事は誰もが認識しただろう。

(死ぬの?お兄様が?殺すの?この人達?!他の誰かなんかの為にっ!お兄様をっ!!)

他人なんて信用出来ない。
兄の言う通りだったと愛美は思った。
だから彼女は耶七の元に向かう為に飛び出したのだ。

「愛美さんっ。危ないです!」

姫萩の言葉はもう彼女を止められない。
その直後に御剣が飛び出して愛美を追った。
愛美が飛び出した時、耶七は反射的に銃口を向けて引鉄を引く。
まさかあの頑固な愛美が、この程度の言葉で出て来るとは思っていなかったのだ。
思い込みが激しく自分の世界に閉じ篭りがちな妹は昔から中々自分の意見を変えない方であった。
だからもっと何かの説得材料が無いかをずっと頭で考えながら出て来る影に対応していた為、耶七が愛美を認識した時には引鉄を引いた後だったのだ。

「おに、い、さま?」

兄に銃口を向けられた愛美はその場に立ち止まった。
だから彼女に銃弾が到達するまでに御剣は間に合ったのだ。

「愛美さんっ」

叫びと共に御剣は愛美を押し倒す。
その彼に2つのライフル弾が突き刺さるが、幸い防弾板の上に命中した様で、衝撃は受けたものの銃痕は出来なかった。

「い、愛美?」

愛美を撃ってしまった耶七も、その事実に呆然としてしまう。
何処の誰かは知らないが庇われているので多分生きている。
そうだとすれば、今度は愛美に嫌われてしまう事に恐怖を覚えたのだ。
呆然としている間に、あの憎き敵である外原が階段ホールを駆け抜けて来ていた。

「くそがっ。あいつか?あいつが全部悪いのかっ?!!」

自分の失態を認められず、全部を他人に着せて楽に成りたかったのだ。
半泣きに成りながら銃口を上げて外原を狙おうとした。
しかしその前に相手のライフルから銃弾が飛んで来たので、少し下がって避ける。
その後銃弾は飛んで来ないので銃を構えながら、大穴から顔を出した時に丁度円筒形の缶が彼の目の前に来ていた。
距離、速度からどうやっても避ける事の出来ないタイミングで来たその物体を、当然だが耶七も避けられない。

「ぶがっ」

変な声を出しながら鼻を押さえるが、直ぐに態勢を立て直して目を開けた時、耶七の目の前に浮かぶ物体が閃光を発した。

「ぎゃあああぁぁぁぁ」

目がチカチカし、激しい頭痛を彼に齎す。
目を押さえてフラフラとしていた所に文香の一撃が首筋に入り、彼は声も無く昏倒したのだった。



手塚は6階でゆっくり休んでいた。
疲労が溜まっていたが、きちんと食事を取りたっぷりと眠っておく。
PDAからの4階が進入禁止に成った事を知らせる警告音で目が覚めた。
起きた後にも1度食事を取る。
思えばかなりの戦績の悪さだった。
最初に優希を仕留めるのを渚に邪魔され、御剣達をクロスボウで牽制された為に逃さざるを得ず、文香にも結局逃げられた。
更に葉月達の首輪の作動は麗佳に阻まれ、耶七とは共闘するものの2度に及ぶ外原達への襲撃は誰も殺せずに終わる。
PDAのボタンを押し込み最初の画面を出した。
バッテリーは今満充電状態である。
これまでに使用した消費大である、ジャマーソフト、JOKER検索、自動攻撃機械の3つのソフトの使用で1回このPDAはバッテリーを空にしていた。
耶七から貰っていたバッテリーチャージャーで今は満充電まで戻したが、あと18時間もあるのだ。
慎重に使っていく必要性があった。
幾ら考えても纏まらない思考に嫌気が差していた時、以前聞いた事のある巫山戯た音楽が鳴り響く。

「ちっ、こんな時に何の用だ。スミスの奴めっ」

画面に出て来たかぼちゃの化け物を見ながら悪態を吐いたのだった。



彼は反対に投じていた。
これは別にただの嫌がらせだったが、彼にとってはどっちでも良かった事も関係している。
その後に「エクストラゲーム」の結果は出たが、それは彼にも予想外のものだった。
まず途中経過がおかしい。
誰がそれを言い出したのかは知らないが、こんな面白い場面に自分が居られなかった事に手塚は腹を立てていた。

「あーあ、組む奴間違えたかね?」

耶七は悪くは無かったが良くも無いパートナーだった。
勝ちばかりに拘っていて、一緒に居て全然楽しく無いのである。
もっと楽しい奴と組みたかった。
闘争心を満足させて好奇心を満たせる、そんな奴が良かったのだ。
だが彼にはそんなパートナーではなく明確な敵がプレゼントされてしまう。

「どう見たって、奴等の親戚だよなぁ?」

エクストラゲームの結果が出た後に休憩した部屋を後にした手塚は、ある集団を発見していた。
その視線の先に居たのは都市迷彩服に統一された兵隊達が居たのだ。
彼等は手塚の方へとゆっくりと通路を歩いて来ている。
総勢8名も居る彼等に手塚は勝てないと判断して、サブマシンガンを構えながら後退した。
相手はそれに慌てず騒がず、一定の歩調で前進を続ける。
強襲部隊にとっては手塚は進路途中の小さな障害であり、そして殺害対象者でもあったのだ。
それを知らない手塚でも、彼等が危険な存在である事は肌で感じられた。

(こりゃあ、相当訓練された兵士か?冗談じゃ無ぇぞ!)

完全なプロ相手に素人の自分が勝てる訳が無い。
手塚はその戦力差を瞬時に理解して後退を続けた。
ある程度距離を離した時、先ほどまでの緊張感から一息吐く。

「くっそ、好い加減ルール外は止めて欲しいねっ。どうなってんだ、こりゃ?
 ふぅ」

と壁に手を突いてしまう。
次の瞬間手塚は宙に投げ出されてしまった。

下にはマットが敷かれており、落ちた時の衝撃はかなり吸収出来た。
しかし手塚は完全に気を抜いていた時だったので、強く背中を打ってしまい、息が詰まっていたのだ。
そこに先ほど閉まった筈の天井が開き出す。

(何だ?)

手塚が疑問に思った時、そこには幾つもの銃口が並んでいた。

「あ……?」

それを認識した時、手塚に向けてその全ての銃口が火を噴く。
数限りない銃弾が、マットの上に転がっていた手塚を撃ち抜いていくのだった。



[4919] 第10話 決断
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:09

そしてエクストラゲームの投票結果が出たのだった。

「早鞍さんっ!何故っ?!」

麗佳の叫びが部屋の中に響き渡る。
彼女の持つ物を含む全てのPDAの画面には、賛成2と反対が6と出ていた。
と言ってもこれを見られるのは彼女以外は俺と手塚しか居ないが。
俺は反対に投票した。
だから最初から結果は決まっていたのだ。
スミスは言っていた。
「賛成票が半数を『越えれば』エクストラゲームが始まる」と。
つまりイーブンなら、エクストラゲームは「しない」のである。
だから8つしかないPDAの内4つを保有する俺が反対に入れてしまえば、エクストラゲームは開始出来ない。
スミスへの提案で俺が賛成に投票するだろうと思わせたのも、油断をさせる為だった。
部屋の中の皆も麗佳の剣幕に、投票の結果に気付いた様だ。
PDAを笑顔で渡してくれた姫萩の顔も驚愕に変わり凍り付く。

「何故ですかっ!御剣さんだけでなく貴方も死ぬんですよっ!」

姫萩の叫びが空しく響くが、結果は覆らない。
結果が出て少ししてからスミスが出て来ると、落胆した様子で話し出す。

「そんなぁ、良い提案だと思ったんだけどなぁ。
 酷いよぅ外原くん。あんな提案するくらいだから賛成だと思ったんだけど。
 だったら仕方が無いから、首輪は自力で外すんだねぇ!
 それじゃぁ、がんばって~~」

手を振って画面の横へと歩いて出て行く化け物。
完全に姿が見えなくなった後、PDAの画面は待機状態に戻る。
部屋の中は奇妙な静寂に包まれたのだった。

その静寂を打ち破ったのは無粋な笑い声であった。

「ぶぁはははっ、お前っ、賢明だよっ。プロとやり合うなんて自殺行為も良い所だしなっ!」

耶七の馬鹿笑いが響き渡る中、持っているアサルトライフルを抱え直した。

「何を呆けているんだ。6階へ上がるぞ、奴等に関係無くゲームは続いているんだ
 そして、奴等は投票結果に関係無く襲って来るだろう。戦闘準備も怠りなくしておけ」

静かに告げる。
だがこの言葉に皆の心が決壊した様だ。

「戦闘準備って何と戦うんですかっ!今反対したのは貴方でしょうっ」

「早鞍さんっ、戦うと言うなら何故賛成しなかったんですかっ!」

「早鞍、お前死ぬんだぞ?!生きろって言ったの、お前じゃないか!!」

姫萩、麗佳、かりんと次々に俺を責めて来る。

「早鞍さん、私も納得いきません。どうせ戦うのであれば、何故反対したのですか!」

プルータス、じゃなかった、渚お前もか。

「あのな、今言った様に賛成しようが反対しようが奴等は襲って来る。
 奴等の目的は多分、優希だろう。あの俺の条件を無条件で受け入れた事からも明白だ。
 ただ奴等は観客に体裁を繕いたかっただけの話だ。投票結果なんて意味無いんだよ。
 もしかすると今も、観客には賛成多数でしたって言ってるかも知れないな」

もしかするとではなく、絶対にそう言う映像を流しているだろう。
そうする事で違和感無く強襲部隊を「ゲーム」に割り込ませる事が出来るのだから。

「だったら賛成して、皆さんの首輪が外れる可能性を持った方が良いじゃないですかっ!」

「そうだっ」「何でなのっ?」

と口々に言い募ってくる。
既に決まった事だと言うのにしつこいものだ。
好い加減うんざりして来たので、周囲を一喝しておく。

「巫山戯るなっ!貴様等、そんなに俺に人殺しをさせたいのかっ!!」

俺の言葉に、部屋を再び静寂が支配したのだった。





第10話 決断「5個の首輪が作動しており、5個目の作動が2日と23時間の時点よりも前に起こっていること」

    経過時間 55:28



何とか静まったか。
極論ではあるが、インパクトは出せた様だ。
俺は皆に向けて静かに話し出す。

「正確に言えば、俺に自分から人殺しをしますと宣言しろ、と言うのが良かったかも知れないがな。
 俺が反対したのは、賛成すればそれは、襲い来る奴等を殺してでも首輪を外すと。それを認めるという事だ。
 それは俺の3名を殺す、って解除条件を積極的に満たそうとするのと何が違うんだ?
 少なくとも反対であれば、襲い掛かって来るのは奴等の都合。つまりは、望んで戦うか望まず戦うかの違いだな。
 些細な違いなのかも知れない。だが俺には許容出来なかった。
 お前達それぞれの選択が間違っていると言う訳じゃない。
 言っただろう?好きにしろ、と」

俺の言葉が終わっても皆は静まり返っていた。



依然危険は近付いて来ている。
これは強襲部隊だけでなく、未だに残っているだろう回収部隊とそして進入禁止の制限もあった。
その為皆にはきちんと現状を理解して貰い、早目の移動を促したのだ。
しかしエクストラゲームを反対した事により、一瞬見えた希望が潰えたのが精神的なダメージとなったのか皆の動きが鈍い。
落ち込むなら首輪の外れない耶七や御剣なのだろうに、そうではない人間がこれに憤慨するのはお門違いにも思えて来る。
心配するならもっと別の事にして欲しいものだ。
それでも出発しようと準備していたら、今度は御剣と姫萩が言い合いを始めていた。
PDAは俺が持っているし、いきなり壊される事は無いだろう。

「そんな事より、やっぱり皆は下に下りた方が良いと思うんだ。
 ターゲットの優希は仕方が無いにしても、首輪の無い皆がこれ以上危険な真似をする必要は無い」

「そんな事、ですって……?」

御剣の言葉に姫萩が低い声で呟く。
何か裏モード入った感じで怖いですよ?

「総一君。前にも言ったけど、貴方達の首輪を外す方法を探すなら人数が多い方が良いでしょ?」

「俺なんかに構っている暇があったら――――」

文香の言葉にも反論する御剣。
だからそんな事を言ったら拙いと思うのだが、御剣は御剣でしかないのだろう。
俺のそんな思いを余所に、とうとうと言うか必然の事態が起こってしまったのだった。

    パァーン

その小気味良い音は御剣が姫萩に平手打ちされた音であった。

この部屋に居る全員が沈黙して御剣と姫萩に注目する。
俺は内心穏やかでは居られなかった。
思ったよりも御剣と姫萩の不和が早い。
まだ文香に真相を聞く前の筈なのに姫萩はこんなにも御剣に不満が溜まっていたのだろうか?
皆の視線があちらに向いている内に、ポケットから1つのPDAを取り出した後、機能画面に切り替えてからズボンの左前ポケットの中に突っ込む。
そんな中、姫萩の声が聞こえて来た。

「そんな事?!俺なんか?!なんですかっ、その言い方はっ!!」

咲実は泣きながら総一の襟を掴んだ。
ボロボロと毀れる涙、乱れるその長い髪。

「どうしてそんなに簡単に自分の命を諦めてしまうんです!?」

「咲実……さん?」

姫萩の剣幕に御剣は呆然としていた。
今まで守られっ放しで大人しくついて来るだけの彼女に、彼は言われたい放題と成っている。

「どうして貴方は自分を見ないんですか?!どうして貴方は他人の気持ちを考えてくれないんですか?!
 貴方はただ逃げているだけ。私達を守る?そんなのただの言い訳ですっ!
 貴方はただ自分に正しく在りたいだけっ!そう、貴方は正しく。
 …正しく、死にたいだけですっ!」

涙を流しながら非難を浴びせる姫萩。
他人の命の為に自己犠牲を行う。
傍から見たら美談でも周囲の人間には溜まったものではない、と言った所か。
しかしもうちょっと我慢して欲しかった。
あと17時間くらい…。

「……お、俺は…?
 けど、俺にどんな方法があるって…」

御剣が否定の言葉を紡ごうとしたのか、その言葉を遮り姫萩がこっちを向いた。
言い訳するから、女房がヒートアップするんだって判らないのが彼らしい。

「早鞍さんっ、私のPDAを返して下さい!」

俺に向かって伸ばされた手。
突然の行為に俺は吃驚して反射的にズボンのポケットに手を入れた。
此処が正念場だ。
そのまま1つのPDAを取り出して姫萩の手の上に乗せる。
姫萩は渡されたPDAの画面を一瞬だけ確認すると、その決意の篭った目を輝かせた。
彼女は御剣に向き直り、真剣だが穏やかな表情で彼を見据えて静かな声で話し出す。

「御剣さん、貴方は本っ当にズルい人ですね。
 貴方の恋人がどれだけ苦労したか、良く分かります。
 だから私、決めました」

姫萩は非常に晴れやかな表情で笑う。
そのまま流れる様な動作で、その手に持ったPDAを床に叩きつけた。

    バキャッ

プラスチックの外装が弾け飛び、中から電子部品が露出する。
液晶画面は枠から外れて罅が入り、その画面は待機絵柄も何も映さなくなっていた。
PDAは壊れて沢山のパーツが宙に舞い落ちる。
誰が見てもそのPDAは使い物にならないと答えるだろう、そんな破損状態。
部屋の中の空気が凍っていた。
誰もがこの行為に驚愕していたのだ。
これで姫萩は助からなく成るのだから、当然である。
そんな中で姫萩が御剣に対して、静かに問い掛けた。

「このまま私を見捨てますか?」

咲実は一歩御剣に近付く。

「これで貴方は首輪を外す方法を探さないといけない。そうしないと私を救えない。
 私たちの為に死のうとか思っていたでしょう?それで仕方ないと思っていたでしょう?
 でも許しません。私は貴方と一緒に死にます。それが嫌でしたら。
 私と共に生きましょう」

「………咲実…さん…」

姫萩の脅迫と言って良い言葉に御剣は呆然としていた。
だが暫くするとその瞳に意思の光が蘇り始める。
『ゲーム』では判らなかったが、随分と立ち直りが早い。

「そうか、俺は、死にたがってたのか…。
 …やっと判ったよ。俺、間違ってたんだな。
 ズルは…してないつもりだったんだがな」

彼は少し俯いて自嘲を顔に浮かばせる。
そして次に顔を上げた時には晴れやかな笑顔を浮かべていた。

「有難う咲実さん。俺、やってみる」

目の前の姫萩の両手を取って握り締める御剣。
それに対し穏やかな笑顔で涙を流しながら頷く姫萩。
2人はゆっくりと近付き、抱き合、う前に俺は背を向けた。
けっ、見てられるかってんだっ!
俺には彼等の信じ合う思いは残念ながら理解出来ない。
そして何故此処までされて今までの自分を曲げる選択が出来るのか、それも俺の理解の範疇を超えている。
『ゲーム』での彼等を知っているから受け入れるが、そうだとしても違和感は拭えなかった。

それでも俺達が生き残る為には此処で留まる訳にはいかない。
だから出発をしないといけないのだが、一応2人には釘を刺す必要があった。

「御剣、これでお前は生き残ると考えて良いか?」

「あ、はい。俺は生き残る術を探します。
 それが見付かれば早鞍さんの首輪も何とか出来るかも知れませんね」

朗らかに答える御剣に、俺は内心で無理だろうと考えていた。
その方法は1人、有っても2人がやっとだろう。

「そう、かもな。だが、それ以上にだ。
 お前が死ぬと、渚が助からない可能性がある。
 だから渚の首輪が外れるまでは、絶対に死なないで欲しい」

「えっ?でも咲実さんが居るじゃないですか?!」

「姫萩が生きているだけでは、条件の一部が満たされるだけなんだ。
 解除条件を読むと、24時間共に居た人間が71時間経過時に生きている事、だったな」

「はい」

御剣の隣に居る姫萩が頷く。

「現状71時間経過の時点で24時間の条件を満たすのは、御剣と姫萩の2人のみだが、この2人なのが厄介なんだ。
 解除条件には1人でも、とか全員などの表記が無い。その為お前達のどちらかが死んだ時点で、だ…。
 24時間共に居た人間が生きていない、と取られる可能性が否定出来ないんだ」

「あっ…」

麗佳が俺の言葉を真っ先に理解した。
そう首輪の解除条件が一部でも満たせば良いのか、一部でも満たされなかった場合が駄目なのか。
残念ながら『ゲーム』では、渚と24時間以上行動を共にした人間が死んだ状態で渚の首輪が外れる描写は無かった。
多分Ep3の麗佳は24時間達していなかった筈だ。
だからこれを確かめられない以上は、可能性は潰す必要がある。

「だから、良いな?お前は絶対に死ぬんじゃないぞ。渚の命を背負っていると思え」

そう言って、既に出発の準備が済んでいた俺は入り口の扉へと歩いて行くのだった。



進入禁止時間まで大分余裕がある時間に、俺達は高山が以前に爆破した階段を用いて6階に上がっていた。
場所はかりんと麗佳が知っていたし、麗佳も休憩所をそこまでの道の途中に選んだ様で比較的短時間で到着した。
細かい機転が利く所はやはり頭が良いのだな、と感心してしまう。
この階段まで俺は、今までの様に皆を先導せずに最後尾に居た。
先ほどの一幕で大分皆の反感を買った様だ。
それでも先頭に行く者は男性が良いという事で候補に上がったのが御剣である。
葉月は耶七を背負っているので除外されたのだろう。
なので、彼のPDAは一応内容を確認してから、彼に返した。
姫萩に壊されないと良いのだが…。
御剣のPDAであるAには以前確認した様に、擬似GPS機能と地図拡張機能が入っていた。
それにバッテリーも7割以上が残っているから先頭を歩くのには役に立つだろう。

7番のPDA探知及び8番の動体センサー検知では周囲に手塚は居ない模様だ。
そう言えば手塚は何処に居るのだろう?
途中でジャマーソフトを使っていた事は判っているが、ずっと使い続けるにはバッテリーに負担が掛かり過ぎる筈だ。
思ったよりも長時間使っている様にも思うが、『ゲーム』では詳しい描写は無かったのでどれだけの負担が掛かるかは判っていない。
一応5階も見て置こうと画面を切り替えた所、そこには光点が一つあった。

「手塚の奴。まだ5階に居るな?」

「そう?思ったよりのんびりして居るのね、彼」

俺の声に反応したのは文香である。
彼女は手塚に追い回された経験がある所為なのか、反応が早かった。
比較的階段に近い一室に居る様だが、俺達の様に休憩中なのだろうか?
それともPDAを落としたのか?
気にはなるが、彼に対しては慎重な対応を要する為に積極的な接触は控えて置くべきだ。
そろそろ階段ホールから移動しようと皆が行動を開始した所で、問題が発生した。

「またあいつ等だ」

かりんの報告に寄れば、通路の向こうからやって来ているのは完全武装の部隊員3名であった。
今度は何故か動体センサーにも反応があるらしく、この情報は事前に麗佳が得ている。
それでかりんが斥候をしたのだが、最も嫌な相手であったと言えた。
ジャマーを切るとは5つの壊したPDAに動体センサー検知を入れていたと思われているのだろうか?
それともわざと、か?

「早く此処を移動しよう。6階だから何処に逃げれば良いのかが問題だな…」

御剣が率先して皆を促し先頭に立った。
俺は考え込んでいた為行動が遅れたが、今まで通り彼等の一番後ろについて歩き始める。
今後も御剣が皆を引っ張って行ってくれるなら、俺としても有り難い。
向かう方向は当然ながら奴等が接近して来る反対側である。
皆は御剣の後ろをぞろぞろと付いて行くのだった。

しかし何かがおかしい。
奴等の動きに引っ掛かりを感じながら殿を歩く。
一番気になっていたのは回収部隊も強襲部隊も標準装備と言って良かったジャマーが働いていない事だ。
俺達にその存在を気付かせる利点など無い。
こちらのどのPDAに何が入っていようが、ジャマーを切る理由には成らない筈なのだが。
付かず離れずの距離を保ちながら30分ほど逃げ続けていた。
どうも嫌な予感がして成らない。

「おかしいわ…」

少し前の方を歩いていた麗佳が呟いた。

「何がだ?」

「だって此処らの通路は、私が1日目に通った時は隔壁が下りていたのよ?
 それが一部開いているわ。逆に下りていなかったものが下りてるの」

その麗佳の言葉が気に成ったので、俺も7番のPDAで地図を見た。
確かに麗佳の言う通りにPDAの地図と現実が一部異なっている。
つまり1日目に耶七がしたように俺達の誘導が目的なのか?
地図を良く見ると、これから御剣が入ろうとしている三叉路から先の通路が脇道の無い一本道である事に気付いた。
待てよ、今動ける回収部隊は後ろの奴等だけだと思って良いのか?
この先の通路は長い直線の後は曲がりくねっている癖に脇道が無い。
もし此処が地図のままの状態だったら?
つまりは待ち伏せし易いと言う事。

「止まれ!御剣、そこを曲がるんだ!」

「早鞍さん?」

「その先には敵が居る可能性が高い!行くんじゃない!」

俺が叫ぶと御剣は止まってくれたが、戸惑っている様でそのまま立ち止まったままだ。
戸惑うのは判る。
そこの通路を曲がってしまうと、別のルートには成るが結局は階段ホールに戻ってしまうのだ。
だからこそ、このまま真っ直ぐの通路を使用すると考えたのだろう。
そこに麗佳の声が続いた。

「御剣、早く進みなさい!奴等が一気に距離を詰めて来たわ」

俺の叫びを聞き付けたのか、分岐で止まったのを気付いたと悟られたのか、どちらにせよ此処で決着を付けに来たと言う事だ。
それと共に前方の俺達が進もうとしていた長い通路の先からも、完全武装の兵隊が2名姿を見せたと思った途端に突き進んで来る。
やはり居たか。
まだ距離は遠いが相手の速度は迷いも無く走って来ている為に、射程圏内に入るのも時間の問題だ。

「くそっ」

悪態付きながら、御剣が横道に入る。
やっと先頭が動いた事で全体が進み始めるが、このままでは最後尾は危険なタイミングに成りかねない。
ライフルを収めながら、皆を先に行かせる。

「文香、麗佳。御剣をサポートしてくれ。まだ大勢の行動に慣れていないだろうからな。
 かりん、中央を頼む。優希達を守れ」

先頭集団である御剣組以外に居る戦闘可能な人員に指示を出す。
渚は演技中だし、集団の中では動き難いだろうから外しておく。
殿は俺一人で良い。
俺が牽制するだけでもそれなりに効果はあるだろう。
背中の荷物を左肩だけに引っ掛けてから、ライフルを右肩の後ろに回した後にグレネードランチャーを取り出して右手に持った。
早速距離の近い方である後方からの集団へ放って見る。
まだ相手が遠くなので、全然届かないが、壁に当たって撒き散らされる榴弾の破片に相手の速度が目に見えて落ちた。
前方から来ていたのはかなり遠い為まだ距離はある。
これで少しは時間が稼げたので、俺も御剣達を追って後退した。

それから曲がろうとしている奴等に2発ほど榴弾をお見舞いしてから、全速力で走っていると直ぐに御剣達に追いついた。
優希も居るし、何より耶七を担ぐ葉月の速度が遅いのでどうしても撤退には向かない。

「きついとは思うが早く後退してくれ」

追いついた後は俺が最後尾を確保しながら皆を促す。
耶七が協力的ならもっと楽なんだが。
そうして撤退していると、カチリと言う小さい音を耳にした。
しまった、トラップ表示は俺が持ったままだ。
後ろ、進行方向としては前だが、を見るが皆はそのまま進んでいた。

「あっ…」

かりんが青ざめてこちらへと振り向いている。
俺達は皆走っていたのだ。
そしてトラップの起動は何らかのスイッチを押してから2秒ほど間があった様であり、かりんより後ろを走っていたのは俺だけだった。
重力が一瞬無くなった様に感じる。
その瞬間に俺は前にのめってしまっていた。
こんな感覚を以前にも味わった事がある様な気がする。
最近の出来事で?
重力が無い様な、それでいて下に引っ張られる様な、逆に上に臓物が引き上げられていく様な嫌な感覚。

「早鞍さんっ!」

俺の意識が誰かの声で現実に引き戻された。
何故か居る渚が俺の左腕を掴んで来るが、彼女の力で以ってしても勢い良く落ちて行く人間を止める事は出来ない。
引き摺られる様に彼女も空中に投げ出されたのであった。

「うわあぁぁぁぁ」

「きゃあぁぁぁぁぁぁ」

「ひゃあああぁぁぁぁぁああ~~~あ~れ~~」

悲鳴を上げながら、一つは何か違うような気がするが、俺達は階下に落ちてしまう。
少しヌルッとした感触がするが無視して、くらくらする頭を振ってから上を見ると、天井が徐々に閉まり始めていた。
このまま天井、6階からすれば床であるこれが閉じれば御剣達は再度追い掛けられてしまう。
俺と渚が居ない状態でそれは非常に拙いのではないだろうか?
しかも上で立ち止まる愚を犯されている可能性も高い。
急いで懐に仕舞っておいた焼夷手榴弾を取り出してピンを引き抜く。
天井が閉まっていくのはゆっくりだった為、まだ隙間は充分にある。
その隙間目掛けて、俺達の進行方向とは逆の床へ向けて手榴弾を投げた。
少し後の凄まじい熱気と共に眩しい光が6階で炸裂した頃に、天井は閉まったのだった。

「当分の間、燃え続ける筈だ。これで御剣達も時間を稼げるだろう
 とっとと逃げていると良いんだが」

「はい~、でも私達も早く上に、上がらないといけませんね~」

「確かにそうだよなぁ。首輪が作動しちまうもんなぁ。…ゴフォ」

渚の返答から更に俺以外の男の声が続く。
誰だ?
声の方を向くと、俺達が落ちたマットの端に壁に寄り掛かって座り、PDAを右手に持つ手塚が居た。
全身を赤く染めて。

「手塚っ、お前逃げ切ったんじゃないのか?」

「あいつらは5階の連中とは別だ。
 いきなり襲い掛かって来やがったから応戦してたら、しくじっちまったぜ。
 けっ、罠には掛かるし、その上よぉ、上から蜂の巣だぜぇ?やってらんねぇっ!
 一体何なんだ、あいつ等はっ!」

それで端まで移動しているのか。
良く見ればマットには銃痕が幾つも穿たれており、周囲には血が撒き散らされていた。
しかし、別の連中?
見た目に今までの奴らの様に見えたが。
交戦痕も装備品にあったし、手塚の勘違いだろうか?
しかし階段ホールで見た光点表示の所に俺達は居ると言う事なのだろう。
思っても見ない邂逅に成ってしまった。
だが彼の容態が気になる。

「手塚の手当てを頼む」

「判りました~」

「何だ?もう遅ぇよ。止めときな」

手塚は既に諦めている様だが、渚はその言葉を無視して手当てを始める。
だが手塚の傷は見た目にも酷そうだ。

「お兄ちゃん、あの人大丈夫かなぁ?」

前に襲われているのだから当然なのだろうが、カタカタと震えながら俺の服の裾を硬く握って聞いて来る。
…って誰?

「ゆ、優希!何でお前まで?!」

「ご、御免、なさい」

「い、いや、良いんだ。それは良いんだ」
「でもお前、前の方に居ただろうに?」

「渚お姉ちゃんが、早鞍お兄ちゃんが危ないって言ってたから、心配で…」

「そ、うか」

拙った。
これで御剣達に奴等が手加減する理由が無くなった。
それと共に、こちらが6階に上がる事を阻止してくる可能性も上がっている。
こちらは優希以外全員が首輪持ちである。
つまり、63時間まで6階に上げさせなければあちらは苦も無く優希を回収出来るのだ。
ある意味最悪の状況だった。
俺はそんなに他者に心配させるような人間なのだろうか?
困った事に成ってしまったものだ。
悩んでいると、手塚の手当てをしていた渚がその場から報告して来た。

「手塚くんの傷は~、表面は酷いけど~、何とか~、大丈夫そうです~」

「そうか、良かったな手塚」

包帯にぐるぐるに巻かれた手塚を見て、笑いながら声を掛ける。
すると胡散臭そうな目で俺達を順に見て、憎まれ口を叩いて来た。

「馬鹿かお前等?俺はお前達を殺そうとしたんだぞ?」

「じゃあ、これから止めれば良い。不毛な争いは止めようぜ?」

「くそがっ。黙って死ねって事かよっ」

むぅ、それでは彼の首輪を外そうか。
俺の荷物から首輪を取り出そうと思い、何時も背負っていた荷物を探すが何処にも見当たらない。
左肩に引っ掛けていた筈のバックパックは何処かへと無くなっていた。
拙い、非常に拙い。
あれを失くしたと言う事は、目の前の手塚との交渉が出来なく成ったに等しかった。
他にも予備銃弾や食料などもあれに入っているのだ。
上で誰かが拾ってくれていると良いのだが。
それと共に手塚をどうするか。
今争っている場合では無いので、手塚の言葉に対して真剣な顔を取り繕って答えておく。

「それについては、少し時間をくれ」

手塚は傷が痛むのか唸る様な声を喉の奥から出しながらも、言葉を返して来なかった。

手塚の傷は表面上だけだとしても酷かったので、武装解除をした上で薬を飲んで少し寝て貰う事にした。
時間は厳しいが、此処から階段までは20分程度の距離である。
このまま手塚を動かすと命に係わるので休憩は必須だったのだ。

「優希、お前も寝ておけ。怖いオジサンは寝ちゃったからな」

「ぅ、うん。大丈夫、だよね?」

「だからそう言っているだろう?ほら、寝ておけ」

まだ不安そうな優希の頭を撫でて言い聞かせる。
渋々頷いてから部屋の端で毛布に包まって寝始めた。

「ふぅ。それじゃ、俺達も寝ようかね?」

この部屋の中にあった物資を整理している渚に声を掛ける。

「それがですね~、毛布の残りが~1枚しか無いのです~。
 どうしましょうか~?」

「あー、だったらお前が使え。俺はこのままで良いよ」

幸い館内の温度は一定に保たれている。
掛け布団が無くても風邪を引く事は無いだろう。
先ほど手塚のついでとばかりに渚に施された身体への手当ての跡を見て、彼女のスキルの高さを実感する。
丁度包帯の替え時だったらしく、タイミングが良かったと言えた。
このまま敵に回らなければ心強いのだが。

「それでは~、一緒に眠りましょうか~」

にこやかに恐ろしい冗談を言って来る。
寝返りを打たれて、その撮影器具を含めた重量に押し潰されたら溜まったものではない。

「い、いや。遠慮しておくよ」

「え~、恥ずかしがらなくても~、良いですよ~」

別に恥ずかしがってなどいない。
何故そんなに一緒に寝ようとするのか。
にこやかな笑みを顔に貼り付けて近付いて来る渚から後退りして逃げようとするが、壁が邪魔をする。

「えへへ~、さあ逃げられませんよ~~」

もの凄く良い笑顔で近寄って来る渚。

「い~や~~!」

覆い被さって来る渚に俺は、小さな声で絶叫すると言う妙技を見せた。



気が付くと朝だった。
と言う事は無く、相も変わらず薄暗い建物に閉じ込められている。
結局渚は俺に圧し掛からずに、隣で今もスヤスヤと寝ていた。
まあ乗ってしまったら重量がバレてしまい、追求を受けるのだがら当然とも言えるが。
彼女のこの行動を、彼女の変貌に何も言わない俺を疑って掛かっているのかとも思っていたが違うのだろうか?
まだ寝ている渚の頭を撫でて見る。
すると擽ったそうにした後、目を開いてしまった。
起こしてしまったか。

「あ~、真奈美。おはよう」

彼女は眠そうな目をしたまま柔らかな笑顔を浮かべた。
それはとても優しい笑顔である。
真奈美。
未だ彼女を苦しめる、彼女の元親友。
やはり、この彼女も『ゲーム』の様に引き摺っているのだろう。
俺が何も言えずにいると、彼女の意識が覚醒して来たらしくそのまま起き上がった。

「お早う御座います~。御機嫌よう~、の方が~、可愛らしいですかね~?」

「どちらでも好きな方で。お早う、渚」

肩を竦めて適当に返しておく。
目を開けた直後の寝言に本人は気付いていない様だ。
挨拶の後ニコニコとこちらを見ていたが、不意に寂しそうな顔をする。

「早鞍さん~。私って~、そんなに~、魅力が無いですか~?」

「はぁ?」

突然の言葉に意図を読めなかった。
魅力?

「女として、ちょっと傷つきました~。
 少しも~、ドキドキしてくれません~」

「ああ、何だ、そっちの事ね」

吃驚した。
だが確かに彼女は可愛いし、そんな子がすぐ隣で寝ていたのにムラムラとは来なかった。
いや、寧ろ。

「母さんみたいで安心したかな?うちの親もポヤポヤした人だったしな」

「お母さんですか~?
 …私そんなに~、年取ってません~。プンプンです~」

エイッとばかりに俺の頭を小突いて来る。
その行為に苦笑を返した。
何か今は何を言っても悪く取られそうだ。
暫く俺の頭をエイッエイッと小突いていたが、放置していたらその内に止んだ。
からかい等は無視が一番有効だった。
止んでから少しして、渚が真剣な表情で俺を見詰めながら聞いて来る。

「早鞍さんは、皆さんを信じておられるんですよね?」

切実な感じを漂わせながらの問い掛けだった。
いつもの間延びした口調は影を潜め、普通の話し方である。
これが本来の彼女なのだろう。
しかし彼女は勘違いしている。

「違うよ。俺は誰も信じていない。多分な」

「えっ?!」

予想外の答えだったのか、渚は酷く吃驚していた。
御剣にしろ俺にしろ結局は自分の為に動いているというのに、周りは勘違いをし過ぎている。

「どうでも良いんだよ。俺は、俺が嫌だからやってるだけだ。
 自分自身のエゴを貫いている、それだけだと思う」

多分これは渚が望む答えではない。
彼女は人と人とが信じられる、そんな世界を夢見て居たかったのだ。
そして御剣と姫萩が信頼しあう姿を見て改心した。
だから俺もそれを見せれば良い?
不可能な事だ。
俺は多分誰よりも、他人を信じていないのだから。

「でも早鞍さんは、皆を助けてくれているじゃないですか?どうしてなのですか?」

「どうして、と言われてもな…」

捲し立てる様に言い募って来る渚に、言い淀んでしまう。
彼女はそんなに自分の望む答えを聞きたいのだろうか?
いや、聞きたいのだろうな。
さて、どう答えるべきか?
やはり俺には彼女の望む答えは出せそうに無い。
一つ溜息をついて、口を開いた。

「俺は家族を亡くしてる」

「えっ?」

「原因は嫉妬だったり金に目が眩んだり、まあお約束?って感じの人の醜さだったよ。
 別に兄さんもじっちゃんも父さんも母さんも悪い事をした訳じゃない。
 間が悪かった、とでも言えば良いのかね。
 更にじっちゃんが信頼していた弁護士に資産を騙し取られたりもしたしな。
 だから俺は他人を信じたくなかったんだ」

多分これは、此処に来るまでの俺の心境の大本だったものだ。
『ゲーム』内で最初は記憶が曖昧だったので、最初はそれが前面に出ていた気がする。
最初の手塚との会話で曽祖父の言葉が脳裏に浮かんでいなかったら、こうは成っていなかったと思う。

「でも、貴方は皆さんを助けています。自分を犠牲にして」

「だからそんな立派なもんじゃないのさ。ただ、自分で自分を裏切りたく無かっただけなんだよ」

「自分を、ですか?」

「ああ。他人が俺を裏切るからって俺が他人を踏みつけにしたら、本末転倒じゃないか」

だから葬式でも大人しくしていた。
兄の仇からも目を逸らした。
俊英、お前は間違っていたと、俺は思うんだ。

「俺は、身近で俺を信じてくれる人なら、助けたい。
 そうでないなら、係わらなければ良いだけだからな。
 それでも係わって来るなら、覚悟を決めて相対するだけだ」

記憶が戻って来る前から朧気に感じていた感覚。
記憶が戻ってからも変わる事無く持っている思い。
考えてみれば、これは普通の人間の思考ではないだろうか?
身近な知人と助け合い、他人は我関せず、敵は排除する。
特別な事は何もしていない。
そうか、こんな特殊な状況と言うのは、そんな普通さえも麻痺させてしまうのか。
いや、特殊な状況でなくとも、日常の中でも人は大事な事を忘れてしまうのだ。

「早鞍さんの言う事、何となくは判るのですが、それで本当に自分の死を受け入れられるものでしょうか?
 私には無理です…」

彼女は自分の生命が危険に陥った為、反射的に親友に引鉄を引いた。
あれは俺も引いたのでは無いかとは思うが、慰められる立場でも無い。
俺はまだ人を殺した事が無いのだから。
それに否定しておかないといけない事がある。

「別に俺はまだ死ぬと決まった訳じゃないぞ?
 生き残る手段が無いって、まだ決まって無いだろ」

その言葉を聞いてじっと俺の目を見詰めて来る。
瞳が揺れている所を見ると、何か悩んでいるのだろうか?
そして彼女は決心した様に話を始めた。

「早鞍さん、私はですね。この「ゲーム」で親友を撃ち殺しているんです。
 私は家族の借金の為に大金が必要だった。それを知っていた彼女は私の言う事を聞いてくれず、結局お互いに撃ち合いました。
 誰も信じてくれない。誰も信じられない。
 このゲームに参加させられたプレイヤー達は、そうやってお互いに裏切り、殺しあいました。
 だから私も信じませんでした。そうして多くのプレイヤー達をゲームマスターとして死に追い遣りました。
 あはは、似た者同士ですよね、私達って…」

最後は俯いて乾いた笑いを上げる。
見ていて痛々しかったが、彼女を慰める言葉を俺は持たなかった。

「御免なさい、似た者なんて失礼でしたね。私はただの人殺しですもの」

俺の沈黙を曲解した様だ。
渚は酷く沈んだ声で小さく呟く。
全く何て後ろ向きな考えなんだ。

「おい、渚。それは何か?俺がまともな人間だとでも言いたいのか?
 それは違うぞ。親戚郎党全員が燃えていくのを見殺した俺の方が、人非人だぜ?」

おどけた口調で話す俺を、渚は凝視して来た。
その目の端には涙が残っている。

「えっ?なん、で?」

「ああ、俺の両親とじっちゃんを放火で殺してくれたのが親戚一同でさ、それに腹を立てたうちの従兄弟が逆に放火で全滅。
 清々しい程に俺の親族、綺麗さっぱり死に絶えたよっ!」

あはは、とばかりに明るく話した。
こんな事、辛気臭く話すのはちょっと勘弁である。

「だからさ、渚は自分だけが駄目駄目で最低でもう世間様に顔向けするどころか生きているのも恥ずかしい程の屑な…」

「そこまで酷くありません!」

やっと突っ込みが来た。
そろそろ息が続くかも怪しかったのだ。

「ふぅ、はぁ。まあそんな感じなんで、余り自分を責めても良い事無いぞ?
 だから俺は俺のやりたい様にヤる!そう決めたんだ」

何時そう決めたのかは判らないが、未だ抜けている様な記憶の中に答えがあるのだろう。
それでもこれが俺の在り方なんだって言う事が、今本当に判った気がした。

「早鞍さん…」

渚は呆然と俺を見詰める。
そして再びあのにこやかな笑みを浮かべた。

「そうですね。その通りです。確かに私は悪い人間ですが、それだけで何もしなかったらそれで終わりですよね。
 私、頑張ります!」

何か決意をした様だ。
信じる事を薦める事は出来なかったが、まあこんな解決法も良いかな?
これの方が俺らしいし。

「ふふっ、でも総一くんと理由が似ていますね。
 彼は恋人を亡くしていましたから」

あれ?
もう御剣の奴は彼女達に元カノの事を話したのか。
『ゲーム』では御剣自身に聞いて初めて知った様な素振りだったし、やはり御剣自身から聞いたのだろう。
だから姫萩もヒートアップしていたのか?
だが俺がそれを知っているのもおかしな話になるし、此処は流しておく。

「ほぅ、あいつ恋人なんて居たのか。良いねぇ若いって」

「あら?早鞍さんには居ませんか?まだお若いでしょうに」

「昔は居たけどな、今はフリー。
 何なら渚、俺と付き合うかい?」

笑って冗談を言う。
渚は俺の言葉にクスリと笑ってから、寂しげな顔で俯いた。

「私と付き合うと、大変ですよ?」

確かさっき借金があるって言っていたよな?
既に情報は出ているからそこに突っ込んでも構わないだろうか。
だが此処でそんな沈まれても、と思っていると渚はガバッと顔を上げる。

「なんて、薄幸の少女って感じだと守りたく成りませんか?」

明るい笑顔を見せながら、冗談にした。
精一杯の強がりだろうか。
彼女はずっと、こんな調子で家族を支え続けていたんだろう。
親友を殺した事について耐えながら、心に言い訳をして。

「渚、君は本当に強いな。悲しいくらいに」

「えっ?」

「ああ、いや、そのな」

しどろもどろで言葉に成らない。
油断をして口から先に出てしまった。
俺の様子を見て渚が笑い出した。

「あははは、早鞍さんって本当に優しいんですねー。
 本当に付き合っちゃいますか?借金ごと」

「うわっ、借金込みかよ」

俺も笑顔で冗談風に答えた。
その時、男の声が横から割り込んで来た。

「ふ~、アチィアチィ。今日は暖房が効き過ぎじゃねぇか?」

「そう思うなら、毛布剥いで裸で踊って来い」

「…俺は怪我人だぞ?酷ぇな。もっと労われよ」

手塚が起きて来た様だった。
そう言えば、今は何時だ?
懐の7番のPDAを取り出して時間を確認すると、現在は61時間34分経過と出ていた。

「渚、すまんが食事の準備して貰えるか?
 手塚、身体の調子はどうだ?1人で歩けそうか?」

「はい~」

「あぁ?……まぁ行けんじゃねぇか?」

渚はすぐに返事をして毛布から抜け出した。
手塚の方は身体を少し動かしてから、無難な答えを返して来る。
見た目にも昨日より血色は良いし、行けそうか。

「よし、食べたら6階に向けて出発しよう」

そう言ってから、俺は優希を起こしに向かった。

食べるのも重要だが、かなり時間が無くなって来ている。
その為短縮出来る所はしておきたかった。
食事の用意の間に荷物を整理しているのもその為だ。
手塚も先ほどまで毛布の入っていたダンボール箱を漁ってはいたが、俺の荷物の整理の方は手伝ってはくれない。

「もう少しで~、出来ますから~」

「おっ、美味ぇじゃねぇか。かー、味気無ぇ食事ばかりだったから、舌に染みるねぇ」

「あ~、手塚くん~。摘み食いは~、良くないです~」

日頃のゆっくりとした動作とは違いテキパキと調理を進めている渚の声が、手塚の声に混じって耳に入った。
調理と言っても簡易コンロを用いた簡単な事しか出来ないのが、渚は相当に悔しそうだったが。
手塚にも物怖じしない渚は、メッとばかりに摘み食いをしようと伸ばして来る手塚の手を叩き落としている。
それでも手塚は腹が減っているのか、隙を見ては摘もうとするのが微笑ましい。
考えて見れば、彼も長い間食事をしていなかったのだろう。

手塚の手伝いが無くても、荷物の整理は順調だった。
ただ荷物が少なくなっているだけだったのが、少し心細さを感じてしまう。
武装が少なく成って心細く成るのは間違っている気がするが、今は仕方が無い。
部屋のマットの上に何故か手斧が落ちていたので、こちらも回収しておいた。
これがあるという事は、もしかしたら此処は1日目に耶七を落とした罠だったのか?
と言う事は、横にあったスイッチにかりんが触ってしまったのだろう。
成る程、ああやって集団で逃げて行く場合でも機能する厄介なものだったんだな。
天井を見ながら、暫しの間感慨に耽ってしまった。
今回使った以外の食料は、後で渚の手によって整理されるだろうから手は付けないでおく。
用意出来ていく食品群を横目に、手を洗いに隣の部屋にある洗面所へと入っていった。
手洗いから戻るとすぐに食事と成る。
4人とも食欲旺盛で、渚が用意した大量の食事は見る間に無くなっていく。
食べるのは早々に終わりそうだったので、食べている間に湯を沸かして飲み物を用意しておくのだった。



食事を終えてからすぐに行動を開始する。
時間が無いので、腹休めは移動しながら行えば良いと決めたのだ。
しかし何時もの様に見張りもせずに皆で寝ていたが、誰も襲って来なかったのは不思議なものである。
今考えれば俺達は非常に危険な状態と言えたのだ。
疲労困憊で考えが回らなかったのが良かったのか、悪かったのか。
手塚にはこれまでの事情や状況を、歩きながら話せるだけ話しておく。
こうなったら手塚にも手伝って貰わないと、6階に辿り着けない可能性も出て来ているのだ。
優希は手塚が怖いのか、必ず俺を挟む位置に立っているのが微笑ましい。
そして制限時間の約40分前には封鎖を爆破した階段ホールへ辿り着けたが、予想とは異なり誰も居ない様だ。
此処で足止めするのが戦略的には最も有効の筈なのだが?

「どうしました~?」

「あ、いや。誰も居ないな、と思ったんだ」

「誰も居ませんね~。休憩時間でしょうか~?」

「あの人達も疲れちゃったから、休んでるんだね!」

渚の言葉を真に受けたのか、優希が明るい声を出す。
その笑顔に渚も笑顔を返した。
和やかな雰囲気が一部に漂う。
隣の憮然とした手塚が目に入らなければ、良い構図なんだけどな。

時間も少ないので慎重に階段を上がり始めた所で、俺達はそれを目にする。
階段の踊り場には幾つかの固まり始めている血の跡があり、此処で戦闘があった事を示していた。
前回御剣達と上がった時には無かったものである。

「こりゃ誰の血だ?」

手塚が疑問の声を上げる。
有り得るのは御剣達か「組織」の兵隊、後は単独行動の高山くらいか。
プレイヤーカウンターに変化は無いから、プレイヤーに死亡者は居ない筈なのだが。
一応現状確認の為に、PDA探索を掛けて見る。
すると1つの光点が6階の階段ホールのすぐ近くの場所にある。
他に光点は見当たらないが、ジャマーでも使っているのだろうか?
そしてこの光点は御剣なのか麗佳なのか。
何故麗佳が御剣達と別行動をしているのかは判らない。
だがどちらだとしても、もし襲われているのであれば助けなければ成らない。
そう言えばもう1つあった。
俺はもう1つPDAを取り出して、今度は首輪の探知を行なった。
それをPDA検索と見比べると、階段近くのPDA光点付近に首輪光点は存在していない。
首輪の光点は此処にある3つ以外何処にも見当たらなかった。
つまり階段近くに居るのは麗佳の可能性が高い。
すぐに首輪探知の機能をOFFにしておく。
バッテリーの消費は出来るだけ抑えなければ成らないのだ。

「どうでも良いが、昇っちまわねぇか?いつ時間切れになるか判らねぇんだぞ」

手塚の言葉に促されて覗き込んでいるPDAの時間表示を見ると、現在経過時間は62時間17分である。
確かに時間切れ寸前とも言えた。
更に彼は進入禁止に成る時間すら知らないだろうから、不安なのかも知れない。
俺にしても9時間毎だと知っていたので、今まで急いだり余裕を持ったり出来たのだが。
そう言えばそれについて突っ込みが来た事が無かったな。
いやそれより文香も4階の制限時間を知っていた様だった。
彼女も『ゲーム』では渚の時間制限の言葉に半信半疑だった様に思ったのだが。
何時情報を得たのだろう?
っと、また思考に落ちる所だった。

「そうだな、手塚の言う通りだ。上に上がってしまおう」

そう言って上を確認しに向かう。
6階の階段ホールにも誰の姿も無かった。
しかし血の跡は、階段下から上に向かって進んでおり、そのまま階段ホールの中に続いている。
やはり怪我をしたものは6階に居る様だ。
俺にはそれが致命傷で無い事を祈る事しか出来ないのだった。



彼等を見付けたのは階段ホールから1つ曲がり角を曲がった先である。
PDA感知で表示されている光点を見て辿って来たのだが、それで正解だった様だ。

「高山?!無事か!」

壁に背を預けて蹲っている高山の姿を見て背筋が冷える。

「早鞍さんっ?!良かった無事だったのね。
 高山さんは多分意識を失っているだけよ。ちょっと無茶したから」

奥の曲がり角付近で、かりんと共にその先を警戒していた麗佳が返事をした。
彼女達に大きな傷は見当たらないが、高山の方は見ただけではかなり酷そうだ。

「早鞍っ!良かったっ。無事上がって来れたんだな。
 ごめん、あたしが罠を…」

近くまで来て見た目に落ち込んで謝るかりんに対して、頭に手を乗せて撫でながらフォローしておく。

「気にするなかりん。だが、今度からは気をつけてくれよ?
 それよりも渚、高山の容態を見てくれるか?」

「はい~」

渚は返事をしながら、既に取り出していた救急箱を手に高山への手当てを開始する。
その渚を横目で見ていると、かりんが1つの荷物を差し出して来た。

「早鞍っ、これ。お前の荷物。
 もしかしたら大事なものが入っているかも知れないから、持って来たんだ。返しとくな」

落とし穴に落ちた時に失くした、俺の穴が空いているバックパックである。
急いで受け取り、中身を確認した。
内容は俺の知る通りに何一つ失っていない。

「かりんっ、でかしたっ!偉いぞっ!」

これで光明が見えて来たのだ。
かりんの頭をグリグリと撫でながらも、俺はこれをどう使おうかと考えるのであった。

曲がり角の先に人影は無かったが一応手塚に通路の監視をして貰いながら、かりんと麗佳に事情を聞いてみる。
かりんは俺達が落ちた事に責任を感じて、階段ホールで皆の制止を振り切って下に降りようとしたらしい。
麗佳も俺が心配なので、下に降りて援護をする事を主張した。
だが他の皆は6階で一度休む事を主張したのだ。
意見が別れる中、通路を引き返して来た部隊員達に再度襲撃を受けて見事御剣達と分断されてしまう。
階段付近で立ち往生していた2人へと、部隊員が襲い掛かって来る。
そこに高山が登場し、襲っていた部隊員達を薙ぎ払ってくれたので直ぐに上に上がるが、御剣達はもう何処かに行っており姿が見えなかった。
かりんは予定通り再度5階に降りようとするが、高山が階段ホールに彼等を近付け無い方が良いと主張する。
彼の理論としては下で合流したからと言って此処を昇れなければ首輪が作動するのだから、上げさせる為には此処に敵を寄せないのが重要だと言ったのだ。
麗佳もこれには納得したのでかりんと共に高山と一緒に居たのだが、兵隊達との戦いで今の事態と成っていたのである。
相手にもかなり手傷を負わせたらしいが、追加の手強い部隊がまだ残っているので此処で警戒していたのだった。

あの御剣にしては珍しい。
渚と優希を見捨てると言う決断に等しいこの顛末に俺は疑問を持った。
だが彼女達が嘘をついても仕方が無いか。
それよりも気に成った事がある。

「麗佳、御剣達と何かあったのか?」

彼女が他の皆と意見が分かれたと言う説明の時に、彼女の様子がおかしかった。
まるで皆の事を怒っているかの様だったのだ。

「…いえ、それは…」

「何で黙るんだよ、麗佳!あいつら、早鞍が信用出来ないって言ったんだぞ?!
 どっちが信用出来ないってんだよっ!」

「かりん、止めなさい」

かりんの発言に、麗佳は困った様に彼女を窘めるが効果は無い。
成る程、俺を信用出来ない、か。
だがそれで渚と優希まで切るか?

「挙句の果てにはさっ、優希は運営に狙われるのがおかしいだとか、渚さんも様子がおかしいとか。
 あいつ等何様だよっ!!」

「かりんっ、もう良いから」

「良くないよっ!あいつ等っ、どれだけ早鞍が…」

「判ったよ、かりん。だから落ち着いてくれ」

麗佳がかりんの肩を持って押し留めようとするがやはり効果が無かった。
だからそれ以上言う前に俺も言葉で止める。
それでかりんの言葉は止まったが、俯いて肩を震わせていた。
俯いた先の床にポツポツと水滴が落ちていく。
それを麗佳は慰める様に、肩を撫でていた。
つまり今に成って恒例の疑心暗鬼がやって来た、と言った所だろう。
今までが上手く行き過ぎたのだ。
だがそれでも気に成った。

「だが、それは御剣も優希を疑ったって事か?」

「えっ、総一お兄ちゃんが?」

ビクッと優希が震えるが、麗佳が優希を安心させる様に、けれども深刻さは隠せないまま答えた。

「いえ。優希を疑ったのは御剣と姫萩以外よ。渚さんに至っては御剣だけが信じていたわね。
 でも早鞍さんについては…」

御剣があいつらしいままで良かった。
俺が疑われている事について、ショックは無かった。
俺が信じていないのに、誰かに自分を信じてくれなんて言える立場ではないのだ。
それでも彼女達が俺を信じてくれていた事が嬉しかった。
こんなにも怒りを露にして信じてくれているのが。
誰も信じていない様な駄目な俺を。

「有難うな、かりん、麗佳」

俺には礼を言う事しか出来なかった。

一通り事情を聞けたので、見張りをしていた手塚を呼んで作戦会議に入った。
俺の決定を言うだけに成るのだが。

「このおっさんが高山かい?言っていたより脆いんだな」

気絶している高山を手塚が酷評するが、此処で否定はしない。
今した所で事態が好転する訳では無いのだから。
ちなみに蜂の巣にされたのはお前もなんだぞ、手塚君。

「渚、高山の状態は良さそうか?」

「はい~。綺麗に急所は外れています~」

その答えに安堵の息が漏れる。
思ったより御剣達と離されてしまったので、気持ちが焦っていた。
これでは合流出来たとしても和解出来るかどうか。
文香が居るから早々死にはしないだろうが、精神的なものの方が心配である。
しかし時間も少なくなっているし、俺の目的には彼等との合流が絶対に必要なのだから弱音を出す訳にもいかなかった。
それに俺の最大の敵は最初からどのプレイヤーでも無く、運営である「組織」なのだから。
幸い撤退経路から回収部隊の大体の位置は判っている様なので、次の行動は手早く行なう必要がある。
時間を掛けてしまい相手が再度見えなく成るのが怖かった。
そして今こそ行なうべき事をしよう。

「渚、高山を頼む。かりんと麗佳は渚達を護衛していてくれ。
 優希もお留守番だ、良い子にして居るんだぞ」

「良いけど、何するんだ?」

かりんが心配そうに聞いて来る。
そんなに心配しなくても良いのにと思いながら、大仰な身振りを加えて言ってやった。

「まぁ見てな?この俺様の素敵な灰色の脳細胞が、事態を滅茶苦茶にしてやるゼ!」

「……あー、もう。また何言ってるかな、この人」

凄い可哀想、とでも言いたい様な表情で俺を見るかりん。
とても失敬な子である。
しかし俺はただの冗談である自分のこの言葉が本当に成るとは、この時は思っていなかった。



俺と手塚は彼女達と別れて別の通路を移動中である。
何故手塚が居るのかと言えば、これからする事を良く「見て貰いたい」からであった。
ただどのように実行するかが問題だ。
思案しながら歩いていると、PDAのアラームが鳴り響く。

    ピー ピー ピー

    「5階が進入禁止になりました!」

急いでPDAの画面を見ると、とうとう下の階が封鎖された事を示していた。
これで残り6階のみと成り、ゲーム終了まで10時間を切ったのである。

それから暫くして、目の前の十字路を左に曲がった向こうに部隊員が居る、という所まで俺達は接近が出来てしまっていた。
途中妨害も無く余りにもあっさりと来れた事について疑問に思ったが、角の向こうを見て納得してしまう。
部隊員は8名程居たがその内の殆どが傷ついていたのだ。
大きな怪我が無いのは2名のみであり、5名が壁に寄り掛かって座ったまま意識があるのかも怪しい状態である。
残りの1名もかなりの怪我をしている様で、立っているのもやっとな感じでふらついていた。

「何だよ、奴等ボロボロじゃねぇか?」

「これが高山の実力、ってやつかな」

「うっわ、あのおっさん怖ぇぇ」

奴等の装備は何度か追われて知っているのか、彼等のこの惨状に素直に感嘆している様だ。
かりんや麗佳に此処までの成果は期待出来ないだろうから、やはりこれは彼がやったのだろう。
いやもしかすると、これまで相手にして来た分も含んでいるのかも知れない。
そうなると残りの4名は何処にいったのだ?
追加の強襲部隊13名も気になる所だ。
だが一部が動けないのであれば、今はアレをするべき時ではない。
巻き込まれて死なれてしまうと夢見が悪くなってしまう。
どうやって誘き出すか。
手元の7番のPDAの地図を見て思案する。
武装として特殊手榴弾は高山の荷物にあった煙幕手榴弾2つと焼夷手榴弾1つのみである。
俺の使った焼夷手榴弾はもしかしたら、高山が隠し持っていたものだったのかも知れない。
壊れたJOKERのPDAを入れた時に、ついでに荷物に入れたのだろうか?
地図を見る限り、この十字路の向こうは部屋が3つほど並んだ通路の様だ。
その一番奥である3つ目の部屋には戦闘禁止エリアと表示されていた。

「あっちの通路の方が都合が良さそうだ。
 煙幕張るから、2番目の扉に入ろう」

言いながら目的の扉をPDAを使って開ける。

「それは良いが、マジでどうすんだ?」

「まあ、見てなって」

最初は見ているだけで良い。
寧ろ良く見ていて欲しい。
自分の目で見なければ彼は信じないだろうから。
思いながら、煙幕弾のピンを抜いて放り投げた。
直ぐに手塚を先行させた後、俺も通路に出てグレネードランチャーの引鉄を一度だけ引く。
煙の向こうから反撃の銃弾が飛んで来た時には、既に俺も扉に向かっていた。
奴等の中で動ける三人が追いかけて来ているが、その中の負傷した一人は遅れ気味だ。
逆にこの一人が範囲内に入ると逃げ遅れてしまいかねないので、早目にする必要がある。
扉の影に隠れた後、直ぐにバックパックを降ろして中を漁り始める。
確か現在は7つあった筈だ。
そしてバックパックから出されたその右手には、5つの金属の輪が握られていた。

『ゲーム』をやっていて疑問に思った幾つかの内の一つにコレがあった。
「解除された首輪は再度作動するのか?」である。
これについては同人版では何度か言及されていたが、実行は一度もされていなかった。
だが表側で手塚が死ぬ少し前の御剣との交渉で解除された首輪を材料にしている事からも可能性は高い。
コンシューマにおいてはEp3で交渉しているが、結局試される事は無かった。
だが解除条件を見れば判る様に、JやQが解除された後では不可能な様に条件を絞っている。
これが可能性があると思わせる要因でもあった。
考えながら左手に持った7番のPDAを次々に首輪のコネクタへと次々に接続していく。
時間は無い。
猶予時間は15秒であり、最初の首輪を作動させてから全て投げきるまでがこの時間に収まらないといけないのだ。

「外原っ、お前?!」

俺の作業を見て手塚が驚いている。

    ピー ピー ピー ピー ピー

    「「「「「貴方は首輪の解除条件を満たす事が出来ませんでした」」」」」

手元では赤いランプが点滅を始めた5つの首輪が、不気味な電子音声を合唱していた。
一つずつが微妙にずれているのがより不気味さを増させている。
相当に煩いその首輪を持ったまま、扉の影より半身を出した。

「とっても煩いので、何処かの空へ、飛んでけ~みたいなっ」

5つ纏めて彼等の方へ放り投げてしまう。
数秒後、セキュリティシステムが起動したのか、壁から出たスマートガンに追われる彼等の姿を笑いながら見ていた。
実際出たのがスマートガンで助かったとも言う。
別のだったらこっちもこんな悠長に観戦して居られなかっただろう。
首輪装着者が居ないので直ぐにセキュリティシステムも沈黙するだろうに、酷く恐慌をきたす彼等は本当に面白い。
まあ、死ぬような怪我を負っている訳じゃないから、笑って見ていられるのだが。

    ピロロロ ピロロロ ピロロロ

    「おめでとうございます!貴方は見事に首輪を5つ作動させて、首輪を外す為の条件を満たしました!」

俺の後ろで無機質な電子音声が発された。
後ろを振り返ると、丁度手塚の首輪が左右に割れた所だった。
それを見届けた俺はその割れた首輪を拾い上げてから、右手の親指を立てて口の端を上げつつ手塚に告げる。

「どうだ?俺の灰色の脳細胞は。凄いだろ?」

「…そういや、こう言う手も、有ったんだよな…」

そう言う手塚は口惜し気に顔を歪めたのだった。

これまでこれについて言及を避けていたのは、運営側に止められた場合が厄介だったからだ。
奴等は俺達を争わせたがっている。
そんな中7人も首輪が解除されている状態となった。
この方法を公言していたら、解除された首輪は作動出来ない様に修正される可能性があったのだ。
丁度残っていたのは手塚を除き5つの首輪だけである事も、その要因と成り易いと言えた。
現在の解除されていない首輪だけが標的となる状態、これはある意味運営としては都合が良かったと言える。
それを実行させない為に、何も判っていない振りをし続けたのだ。
待っている間に、手塚にはこんな説明を行なっていた。
此処は一つ隣の戦闘禁止エリアの中だ。
俺は応接セットに座り優雅にコーヒーを啜っていた。
と言っても冷蔵庫に入っていたアイスコーヒーなので余り美味しくない。
やはりコーヒーはきちんと淹れた暖かい物の方が良いな。
話を聞く手塚は入り口の横で、握り拳よりも一回り大きい物体を持った状態で立ち呆けて居る。
別に罰ゲームではないが、見ようによってはそう取れそうだ。
と考えた時にバタンッと扉が開いて人影が入り込んで来た。

「あらよっと」

入り込んで来た人影に、手塚は素早く手に持った物体を押し付けてスイッチを押す。
人影は何度かビクビクッと痙攣すると、無言のまま失神してそのまま前のめりに倒れていく。
後ろに続いていた人影がそれに気付き手塚に銃を向けようとする。
しかし扉すぐの狭い空間に於いてライフルは取り回しが難しく、もたついている内に手塚に銃口を叩き下ろされてしまう。
そのまま開いた喉元に物体、スタンガンを押し付けてスイッチを入れた。

「あががががっっ」

派手に諤々と震えた後、ふっくらとした絨毯の上へ膝から崩れ落ちた。
次に入ろうとしていた負傷兵だろう者は、その様子に色を変えて入り口前で叫びを上げる。

「何で戦闘禁止エリアで攻撃出来るんだ!」

扉の横の影から攻撃していた手塚は彼からは見えないので、首輪が外れている事を確認出来ないのだろう。
しかし声を出したのは失敗である。
これで手塚には彼という存在とその位置が知られてしまった。
手塚は足元に落ちていたライフルを蹴り上げる。
それに過剰反応をした負傷兵がライフルを乱射した。
影を追うので当然射線は上を向いていく。
体勢を低くして入り口から外へと飛び出して行く手塚。

「ぎゃあああぁぁぁぁぁ」

外から負傷兵のものと思われる悲鳴が上がったのだった。

「おお、鮮やかなお手並み!」

部屋に戻ってきた手塚に、俺は座ったまま拍手をする。
それに対して吐き捨てるような言葉が返って来た。

「たくっ、油断し過ぎだっての。カス過ぎるぜっ」

「そう言うな。奴等には此処に追い込んだと思わせての奇襲だしな。
 お前の首輪が外れている、と予想出来るだけの頭が回る奴が居なかったって事さ」

「それも狙ってたのか?」

「当たり前だ。で無ければわざわざこっちの通路に来る必要性が無いだろ?」

肩を竦めて、さっきまで隣の席に置いていた手塚の首輪を指で回しながら澄まして言うと、手塚が息を呑むのが判る。
別に特別な事をしたつもりは無いのだが、そんなに驚く事かな?
一気に残りのコーヒーを飲み干すと、勢い良く立ち上がって入り口へと移動する。

「さて、渚達の所に戻ろうかね?心配しているだろうし」

笑いながら声を掛けるが手塚は俯いたままじっとしていた。
うむぅ、今あのスタンガンで攻撃されたら一瞬で俺はやられそうだ。
場所的に反撃も出来ないし。
不吉な未来図が頭を過ぎる。

「外原」

「おうぉう?」

変な声が出てしまった。
びびらせるんじゃない、と言いたい。
勝手に想像力逞しくしていただけなのだが。

「こいつはお前にやるよ。もう俺には必要無ぇしな」

ポケットから取り出された黒い小さなモノ。
それはツールボックスであった。
確認して見ると、それにはこう書かれている。

    「Tool:IntorudeProhibitionArea」

イントルード、突入?
何だこれは?
疑問顔でツールボックスを見ていると、手塚から説明が来た。

「進入禁止エリアへの侵入を可能にするソフトウェアだ。俺達が落ちたあの部屋のダンボール箱に入ってたんだよ」

「何っ?!」

一番欲しかったツールである。
しかもそんな所に在ったのか。
これで芽が出て来た。

「正直、俺のPDAに入れても1時間保つか微妙だったんで、他のバッテリーの残ってるPDAを奪って使おうと思ってたんだよ。
 首輪が解除出来なけりゃ、それで最後は何とかなるかも、って思ってな」

彼の読みは正解である。

「はっ、ははは、有難う!手塚!これで一人助かるぜ!」

俺は手塚の手を握って大きく振りながら感謝するのだった。



スタンガンで気絶した3人をまず武装解除して拘束した。
次に通路で放置されていた5名を制圧する。
相手はもう抵抗出来るだけの気力も無かった様で、制圧そのものには手間は掛からなかった。
此処で大きいのは、彼等の持っていた武装を一部得られた事だろう。
アサルトライフルや手榴弾は元より、通信機やちょっと大き目であったがジャマー用の機械もあった。
それらを回収してから、次に行なったのは彼等への尋問である。
俺は止めたのだが、手塚がこれは必要なんだと聞いてくれない。
その時は非常に真剣だったので渋々許可したが、尋問中はもの凄く楽しそうにしていたのが印象的だった。
だがこれにより、予想外にも俺達は彼等の行動目的を聞き出せてしまう。
俺に取っては本当に予想外だった。
彼等が口を割るとは思わなかったのだ。
俺達は彼等の口からこの「ゲーム」について聞き出せた。


そもそも「組織」の成立は江戸時代まで遡るらしかった。
当時から賭博を仕切っていた彼らは、やがて人と人との戦いを売り物にした新たな賭博を発明した。
初めは単に賭けストリートファイト程度のものだったが、賭場の拡大と共に規模は大きくなり、
何人もの人間を1つの部屋に閉じ込めたバトルロイヤルへと変化した。
その上で客は誰が生き残るのかを予想する。
賭博としてもより複雑に、高い配当が出るシステムへと移行していった。
大規模化するに従い、客はより過激な展開を求め始めた。
するとそれに応えて「組織」は戦いの参加者にローマ時代の剣闘士のように殺し合いを求めるようになった。
やがて時代の移り変わりと共に、よりショーアップされていく。
舞台は大きな建物となり、PDAや首輪をはじめとする多くの仕掛けが華を添えた。
またゲームマスターを代表する特殊なシステムも確立され、よりドラマチックな演出も見せられるようになった。
客達はこれに狂喜した。
やがて多くの著名な人物もこのカジノに押し掛けるようになり、天文学的な金額が飛び交うようになった。
そしてその事が更に「ゲーム」を過激に進化させていく。
こうして「ゲーム」は完成し、「組織」は多くの地位のある客を抱えてその地位を不動のものとした。


彼等の口からはこの一部が掻い摘んで話されていたが、俺はそれを聞きながら『ゲーム』での説明文を思い出していた。
更に追加で下記項目を聞き出せる。
彼等以上の練度を持つ部隊が追加で投入されている事。
多分これが手塚を襲った部隊なのだろう。
その追加部隊は人数が集まらずに8名のみである事。
最初の回収部隊である彼等の残り4名は負傷で既に撤退している事。
つまり此処に居る8名で回収部隊の方は全員である。
そして耶七と渚がゲームマスターである事。
最後に最も重要な情報である、彼等が「組織」のボスの娘である優希を回収する事が目的である事実を掴んだのだった。
以上が聞き出せた時点で俺達に選択肢が出される。
つまりは「組織」と手を組まないか、と言う事だった。

通信機から流れ出した「組織」のディーラーを名乗る男からの甘い誘い。
本来なら有り得ないこの事態に俺は困惑した。
既に首輪が外れている手塚にしてみれば、この提案は余り意味の無いものだったかも知れない。
それでも楽しそうだからとノリノリで「組織」側に回られても困っていたのだが、手塚は即答しなかった。

「で、早鞍さんよぉ、あんたはどうすんだい?」

人に意見を求めるとは珍しい。
しかし彼の言う事は尤もだ。
俺の返答如何によりこの先の展開が大きく変わる。
このまま「ゲーム」を続けても最後の望みは「エース」に託すだけとなるのだ。


対テロ戦闘用・組織テロリズム、通称「エース」。
その最初の1人が戦いを決意したのは30年程前の事だった。
当時から既に「ゲーム」は存在していた。
エースを起こしたのは、家族を「ゲーム」によって奪われた人物だった。
しかし戦前から連綿と続く「ゲーム」と「組織」は政府や警察に根深く蔓延っていた。
これまで「ゲーム」が明るみに出なかったのは、誰も知らないからではなかった。
彼らは知っていて放置していたのだ。
それは我が身や家族を守るためであったり、単に「組織」の一員だったから。
このため「組織」と戦う事は容易な事ではなかった。
周りにある全てが敵になる事を覚悟しなければならなかったのだ。
それでも少しずつ仲間を集め、次第に彼らはその数を増やしていった。
何度も裏切りや全滅の危機があったが、なんとかそれも乗り越えてきた。
そして戦闘集団「エース」としての活動を開始したのがおよそ10年前。
その頃には非合法ながらも数ヶ国からの援助が得られるようになっていた。
「ゲーム」の被害は日本国内だけには留まらなかったのだ。
それから10年。
長い雌伏と準備の果てに、遂に彼らは行動を起こしたのだった。


「エース」について『ゲーム』内であった設定を思い出す。
だが、それで良いのか?
結局俺は他人の悪意に流されて、好き勝手されて終わるのか?
それに俺にとっては「エース」ですら許容出来るものでは無かった。
彼等は「ゲーム」終了後、賭けに参加していた日本か又は世界中の人間を暗殺している。
『ゲーム』の構成上の都合だったのかも知れない。
それでも賭けに参加していたからと言って無差別に殺して回る彼等は、「組織」と何処が違うと言うのか?
そして優希に黙って父親を奪うのがお前に取ってはズルでは無かったと言うのか、御剣?

「……俺は、俺の好きな様にヤる!」

俺は通信機に向かって、そう宣言した。



[4919] 挿入話7 「不和」
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:10

ディーラーは薬を用いた事による約12時間の眠りから目覚めた。
彼の精神は疲弊していたので、通常の状態では眠れなかったのだ。
部屋を出てコントロールルームに向かう途中、擦れ違ったスタッフに呼び止められる。
話を聞くと最高幹部会の金田が呼んでいると言うではないか。

「判った、今すぐに向かう事にする。連絡すまなかったな」

スタッフを労ってから、金田の元へとディーラーは向かう。
だが彼はこの時何が何でもコントロールルームへと直行するべきであった。
この後ディーラーは金田にクドクドと小言と検討課題の説明などを聞かされる破目に陥り、無駄な時間を経過させてしまうのだ。
彼が金田の所を訪れて約3時間後、それは発動されていた。
コントロールルームにディーラーが再び立つ事が出来たのは経過時間が55時間を大分過ぎた頃である。

「何故っ、この様なゲームを提案したのですかっ!?」

ディーラーはその場に居た40代のきっちりとした服を着た青年に詰め寄っていた。
その男には本来、エクストラゲームを発動する権限は無い。
だがそれでも彼には「最高幹部会の一員」と言う権限が有った。
その為ベテランであるディーラーの居ないコントロールルームでは彼に逆らえる者が居なかったのだ。

「ディーラー、で今は良いのかな?君は甘いんだよ。そう言えば君は穏健派だったね。
 だからこんなに詰まらない策ばかり使う。後は私に任せたまえ。「ゲーム」も優希様も私が全て解決してみせるよ」

気障ったらしくフフフと含み笑いをして喋る過激派の幹部に、ディーラーは内心で唾を吐いていた。
大体このエクストラゲームは失策である。
完全にあの3番に乗せられていた。
それでも観客に質問の方の内容を明かさなかったのは、まだマシである。
質問の方も通していたら、彼等を止める術は無かっただろう。
だが、3番の提案した追加ルールは拙い。
途中から見ただけの過激派の幹部は気付いていないのだ。
しかしもう「ゲーム」は彼の手を離れ始めていた。

(最後の、役目だけは果たしておくか)

もう自分では収拾出来ない。
そしてボスも此処へと向かっているとの連絡があったらしい。
だから金田はディーラーに長時間の小言を披露したのだ。

(時間が、合わなかったとは)

「組織」の人間達が自分の足を引っ張っていた。
手袋をした手を握り締め、歯軋りで歯が欠けそうになる。
ディーラーには自己の破滅の足音が近づいて来るのを感じるのだった。





挿入話7 「不和」



燃え盛る炎の壁の傍にある床の穴は見る間に閉じて行く。
彼等はその穴の向こうに消えていった。
その穴を再度開けようにも炎の壁が放つ熱はかなり強く、近付く事さえ許してくれない。
彼女の手にはこの「ゲーム」で一番長く一緒に居た男が、ずっと持っていた筈のバックパックが握られていた。
それは実際に重いのだが、その本来の重量以上に彼女には感じられたのだ。

「早鞍…あたし、あたしっ!ごめ、御免なさいっ!」

かりんは自分が罠を起動させてしまった事に気付いていた。
自分が背負う荷物が、壁のスイッチを触ったのである。
それで落ちたのが自分ではなく、ずっと守ってくれていた人だったのだ。
だから混乱した。
もう此処で償いに死んでしまっても良いとまで思ってしまったのだ。
その彼女を現実に戻したのは線の細い女性である。

「北条っ!此処で止まらないで!今逃げないと、私達は狙い撃ちよっ!」

今は何故か炎の壁の向こうから鉛玉が飛んで来ないが、何時撃たれてもおかしくない状況なのだ。
だから麗佳は無理をしてでもかりんを引っ張って行く必要が有った。

「早鞍さんは必ず上がって来るわ。だから私達は生き残らないといけないのよ!」

重ねて言った言葉にやっとかりんが目を覚ます。
まだ身体は震えているが、しっかりと胸のバックパックを握り締めて頷きを返したのだ。

「よしっ、此処を早く離脱しよう。葉月さん、行きましょう」

御剣が周囲の全員に言い放つ。
葉月が炎の壁を見たまま放心していたので、彼には特に話しかけたのだが、彼はそれでも耶七を背負ったまま固まっていた。

「葉月さん?早く移動しないと拙いんです。行きましょう!」

炎による皆の精神的ショックは御剣が思ったよりも大きい様である。
葉月だけでなく愛美や姫萩も炎の壁を見詰めて放心していた。

「葉月のおじ様、しっかりして下さい!この子達を見殺しにするつもりですか?!」

文香の言葉にやっと我に返った葉月達は、移動を開始する。
その彼等の先頭に立って移動する御剣は嫌な予感を感じていたのだった。

暫く歩くとPDAの地図通りに5階への下り階段がある階段ホールへと辿り着く。
彼等は此処で意見を対立させていた。

「何で助けに行かないんだよっ!早鞍達が首輪してるのは判ってるだろっ!」

「だから、それを言ったら総一君達だって危ないでしょ?何も下がすぐに進入禁止に成る訳でも無いでしょうし。
 彼等が上がって来るのを待った方が良いわ。こちらに耶七君が居る以上、身動きが取り辛いのよ?」

「だからって、あいつ等を見捨てて良い理由に成んないよっ!」

かりんの剣幕には文香も参っていた。
彼女にはもう理屈ではないのだろう。
だからと言って彼女1人だけを5階に行かせる訳にはいかなかった。
兵隊が何処に何人居るのか判らない以上は単独行動は危険なのだ。
それに彼等には外原達を助けに行く事に反対する理由が他にあった。

「その、兄も危険ですし、それに彼が言ったのですよ。一旦6階に行って休もうと。
 私はもう疲れましたし、皆さん一度何処かで休みませんか?」

「巫山戯るなっ!人の命が懸かってるんだぞっ?!自分だけ助かれば良いって言うのかっ!」

空気を読まない愛美の発言は、かりんを激しく興奮させた。
大半が首輪が外れている為、危険なのはあの兵隊達である。
その上に一部の者は首輪が問題と成っている事も、かりんはしっかり理解していた。
だから御剣達が言うのなら判る。
しかし首輪も外れて安全な筈の愛美が言うのは、かりんには納得出来なかったのだ。

「そんな事言っていませんっ!私は皆様がこのまま行っても疲労で倒れてしまわれてはいけない、と申しているのです。
 大体このまま下りたら御剣さん達も危ないのは文香さんが言われているではないですか。
 何故そう自分の事しか考えられないのですか?」

正論の様で、結局愛美は自分と、そして兄の事しか考えていない。
兄が拘束されたまま危険な5階に下りるのは断固反対だった。
だから彼女はその為に言い訳を乗せて行く必要が有ったのだ。

「それにあの外原さんはおかしいです。色々と怪し過ぎます。何故彼はあのエクストラゲームを反対したのですか?
 彼の言葉が信じられません。あれを賛成していれば、私達は全員助かったのですよ?
 こんな無駄な争いも、もしかすると意味があるものだったかも知れないのです。
 それなのに、それなのに外原さんは、皆様の命を鑑みず反対されました。
 大体優希ちゃんも何故こんなに狙われるのでしょうか?渚さんも時々態度がおかしいです。
 本当に彼等は私達を助けるつもりがあるのでしょうか?皆様は彼等を信じられるのですか?
 それにあの焼夷弾だってそうです。もし私達の方に来てたら、丸焼けだったんですよ?!」

最後の焼夷弾の所では葉月や姫萩までもが頷いていた。
それは守られるだけの彼女だったからだろうか。
ずっと周りを見続けて来たから、その違和感を感じ取っていたのかも知れない。
だがその言葉は一番彼女が言うべきでは無いものだった。

「愛美さんっ!あんたはな…」

「北条、待って。愛美さん。貴方の言う事も判ります。それでも私には彼等を見捨てる選択は有り得ません。
 御剣、文香さん、葉月さん。貴方達の意見はどうなのでしょうか?」

かりんの言葉を遮り冷静に告げた麗佳の問いに、まず答えたのは文香である。

「正直、愛美さんの疑いは尤もね。でもターゲットである優希ちゃんを奪われたら、困るかも知れないのは確かなのよね」

「何故ですか?!あのエクストラゲームは発動してませんし、もしゲームが賛成だったとしてもこちらにペナルティは有りません!」

「それは、そうなんだけど、ね」

愛美の捲し立てる様な問い詰めに文香が口篭る。
優希を確保しておく事で敵のボスを誘き出すつもりです、などとは言えないのだ。

「僕も今すぐ下りるのは反対だよ。文香くんの言う通りであるし、愛美さんの疑いも尤もだ。
 皆、疲れているんだよ。一旦休むのに賛成だ」

「葉月さん…。なら皆さんは、この6階の何処かで休んでいて下さい。
 俺が北条さんと5階に下ります。優希が心配ですし」

「御剣さんっ。私も行きます」

「咲実さんは皆と一緒に居てくれ。進入禁止の時間が何時来るか判らない以上、危険なのは変わらないんだ」

御剣の提案に乗ろうとする姫萩を御剣は止める。
確かに彼等には進入禁止に成る時間が判らなかった。
文香のPDAにそのソフトウェアが入っていたのだが、それは4階で破壊されている。
PDAがある内に5階に居た時には、その進入禁止時間を確認していなかったのだ。

「総一君が無理をする必要は無いんじゃないか?君も疲れているんだ。彼等が昇って来るのを待とう」

葉月は御剣の首輪も心配だった。
御剣の朗らかな性格は彼に好印象を持たせていたのだ。
しかし御剣の朗らかさは自分を捨てている事で成り立っていたものであり、この建物内では異質である。
姫萩に気付かされた今の彼は以前の様に明るいだけでは居られなかったが、やはり第一印象と言うものは大きいのだろう。
だが、その葉月の言葉に御剣が反論をする。

「優希だけでも助けたいんです。彼女には罪はないじゃないですか。それに渚さんも俺達を助けてくれてます。
 見捨てるのは酷いと思うんです」

「でも渚さんが突然、人が変わった様に成るのは本当ですよね。
 御剣さんはご存じ無いかも知れませんが、十字路で襲われた時、渚さんは手馴れた感じで手塚さんを退けていました」

「咲実さん?君まで…」

御剣は姫萩が渚を疑ったのが信じられなかった。
ずっと一緒に助け合って来たではないか、と愕然としたのだ。
そしてずっと我慢していたかりんがとうとう爆発してしまう。

「お前等っ!好い加減にしろよっ!!何なんだよっ、皆してあいつが怪しい、こいつが怪しいってさっ!
 だったらお前等全員怪しいぞっ?!何でこんな「ゲーム」に参加させられてるんだよっ!
 それでも、それでも皆で生き残ろうって、頑張って来たってのに。何でっ、どうしてそんなに疑えるんだっ!
 あたしだって、自分の命は惜しいし、かれんの為なら何だってしてやるって、考えてた。
 だけどこんなのって、あんまりじゃないかっっ!!」

かりんは涙を流して彼等を非難した。
彼女は最初、皆が当然外原達を助けに行くと疑っていなかったのだ。
それがこの有様である。
「ゲーム」としては本来あるべき姿なのだが、それが今の彼女には辛過ぎたのだ。
かれんの為に誰も信じず、自分の周りの他人を排除して生きて来た彼女が、この建物内で助け合おうと頑張って来た。
自分や妹だけでなく他人の命についても考えて来た。
それなのにこの仕打ちである。
その感情が暴れだして彼女はパニック寸前だったのだ。
麗佳は泣きじゃくるかりんの両肩を後ろから掴んで引き止めてから、御剣達を静かな目で見詰める。

「皆さんは早鞍さん達を御疑いの様ですね。それで、本当に彼等を見捨てるつもりですか?」

「そ、そうは言っていないだろう?疑わしいのは確かだが、それでも僕等の首輪が外れるのに貢献してくれたんだし。
 でも我々は此処で休む予定だったんだ。無理は禁物だよ」

(その早鞍さんは丸1日殆ど休まずに、皆の、特に愛美の首輪解除に奔走していたのに?)

葉月の言葉に皮肉が口を吐いて出そうに成るが、何とか感情を抑えた。
此処で言い争いをしても時間の無駄なのである。
だから彼等を動かすのは時間制限しかないと麗佳は考えた。

「一旦休んでいては尚更進入禁止時間の危険性が増すだけです。
 助けに行くなら今すぐで成ければ意味が有りません。
 それとも色条だけは首輪が外れていて大丈夫だから、問題は無いとでも?」

「しかしだね…。正直言って、その、早鞍さんは、怖いんだよ…。
 平然と銃を扱っているあの姿を見ていると、何時殺されるか気が気では無くてね。
 大体普通じゃないだろう?人に向けて銃を撃つなんて…」

麗佳の正論に葉月はしどろもどろで反論をする。
葉月は愛美の発言を受けて、その意見に傾倒していたのだ。
しかしこの発言に麗佳は一瞬我を忘れかけた。

(何を言っているの、この人は?もう自分が私に銃を向けた事も忘れているの?)

3階で手塚との邂逅後に彼等が麗佳を敵と勘違いして、牽制とは言え葉月は拳銃を撃っていた事がある。
彼女としてはあれはとても困った事態だったので良く覚えているが、葉月はすっかり忘れてしまっている様だ。
この理不尽さに麗佳は頭が沸騰しそうだったが、今も両手に感じる細かく震えて怒りを抑えるかりんのお陰で冷静に戻る事が出来た。

「敵が攻撃して来るのでは応戦するしかないでしょう。それをしなければこちらが殺されているのです。
 貴方は銃で攻撃して来る相手に、何もせず殺されろとでも言うつもりですか?」

「だから、何故そこまで突っ掛かって来るのかね?
 僕はこのままではだね、まともな判断や行動が出来ないと言っているんだよ。
 今だって冷静に成り切れていないじゃないか」

(まともな判断?彼等が出来ているとでも言うつもりなのかしら?)

素直な疑問だったが、流石にこの喧嘩を売るだけの言葉は飲み込んだ。
しかしこのまま時間を浪費する訳にはいかない。
何時来るか判らない兵隊の脅威に、麗佳は少しずつ焦り始めていた。
話が膠着状態に入った時、かりんが静かな口調で話し始める。

「…もう良いよ、矢幡さん。こいつ等結局自分だけが助かれば良いんだ。
 今危ない人間は疑わしいとか理由つけて、危険な事から逃げたいんだよ。
 あんた等の手なんか借りない。あたしは早鞍も優希も、ついでに渚さんも助けるっ!
 精々他人を見殺しにして助かって、悦に浸ってろっ!!」

最後は吐き捨てる様に言ってから、かりんは麗佳の手を振り解いて階段の方へと歩いて行く。
突然の行動に麗佳は釣られて彼女を追い掛けた。

「ちょっと北条?!待ちなさいっ!」

「そんな事言っ…」

「総一君、逃げるわよっ!あいつ等、引き返して来たわっ!」

言い訳を紡ごうとした御剣を、周囲を警戒していた文香の叫びが遮った。
引き返して来たと言うのは、最初にこの階段ホールを後にした通路から来ていると言う事だ。
今の状態で彼等とやり合うのは危険だと感じた面々は階段付近で慌て出す。

「早くっ!逃げるわよ、皆」

文香の言葉にやっと動き出した御剣達は、彼女を先頭に更に奥の方へと逃げて行くのだった。

回収部隊の銃撃はホールに残っていた御剣達を追い立てた後、階段へと逃げた麗佳達に向けられる。
彼等の目的はあくまでも優希であり、その間に居る者達には元々興味は無いのだ。
カジノ船ではエクストラゲームが発動されているので、今彼等は堂々と行動が出来る。
今までとは違い時間制限が無い事が麗佳達にとっては不利な状況と成っていたのだ。
彼女達は一旦踊り場の折れ曲がった所で応戦していたのだが、そこに手榴弾を投げ込まれたので、階段下まで撤退していた。
瓦礫塗れの階段は格好の遮蔽物だったが、それはどちらにも恩恵がある。
その為に牽制で撃ち合っては居るが、どちらもこの場で止まってしまっていた。

「確実に不利ね…。北条、余り顔出さないの。撃たれるわよ」

「でも牽制しないと寄って来ちゃうよっ」

かりんの言う事は正しいのだが、彼女の場合は多少の怪我を押してでも実行しようとするのが麗佳には心配だったのだ。
この2日以上に渡るこの「ゲーム」でかりんに大きな傷は無いものの、掠り傷が無数に付いている。
容姿も整っており、大人しくして居れば可愛いだろうに、これでは本当にただの悪ガキにしか見えなかった。

「牽制もするけど、余り撃ってると弾切れに成って打つ手が無くなるわ。貧乏みたいで嫌だけど、節約はしないとね」

「貧乏で悪かったねっ!どうせお金が必要ですよーっだっ。
 うん、でもまあ、控えとく。
 そういや、矢幡さんって金持ちそうだよね?落ち着いてるし」

「そうでも無いわ。私もどちらかと言えば貧乏性かしらね?」

貧乏なのと貧乏性なのは全く違うのだが、彼女はかりんにそう返す。
落ち着いているのが金持ちそうというかりんの意見もおかしいが、麗佳は突っ込まなかった。
それにその貧乏性のお陰で手塚も引かせる事が出来たのだ。
2人は楽しく会話している様ではあるが、彼女達の精神はギリギリである。
圧倒的に武力の高い相手がすぐそこに居り、自分達ではこれを排除する事は不可能に近い。
つまりは絶体絶命の状態だったのだ。
だが麗佳は此処を引く気は無かった。
引いたらかりん共々殺されてしまうのは明らかなのだ。
階段ホールは広いから、逃げている間にホール内という遮蔽物の無い広い場所で狙い撃ちに成ってしまう。
それだけは食い止めなければ成らなかった。
牽制を続けながらも考えるが良い手が浮かばない。

(やはり私はこういう事には向いていないのかしら)

「矢幡さん、って言うのは何だから、麗佳さんって呼んで良い?」

少し自己嫌悪に陥りそうに成っていた麗佳にかりんの声が掛かる。
牽制射撃を繰り返しながらの突然の問いに麗佳はすぐに答えられなかった。

「あ、はは、やっぱり慣れ慣れしいかな?矢幡さんとも仲良くしたいな、って思っただけなんだ。
 御免、迷惑だよね」

「早とちりしないで。ただ、いきなり言われたから吃驚しただけよ。
 ええ、構わないわ。何なら早鞍さんの様に呼び捨てでも構わないわよ。私もかりんって呼ぶから。
 あっ、それと私はもう仲良しのつもりだったんだけど、かりんは違ったの?
 酷いわね、私の独り善がり?」

彼女の牽制射撃は必要な時に最小限しかしていない。
その合間にかりんに返答を紡いだ。
麗佳の返答にかりんは喜んだり恥ずかしがったり、恐縮したりとコロコロ表情を変える。
その様子がこんな緊迫した場面であるのに、麗佳にはおかしくて堪らなかった。

「う、うんっ。じゃあこれからは麗佳って呼ぶな?えへへ、かれんに自慢してやるんだ。
 今まで、お姉ちゃんは友達の居ない寂しい人、って言われてたからなー。見返してやるっ!」

本当に嬉しそうに言うかりんを見て、麗佳は外原の気持ちが少し判った気がした。

(こんな子なら、どうやってでも帰してあげたく成るわよね。
 …本当、昔の私って嫌な女だったわ)

外原の背中を見詰めながら『いつか化けの皮が剥がれる』などと思ったのが、麗佳には遠い昔の様に感じられた。
何か理由が有るのだろう外原、かりん、そして優希。
もしかしたらあの渚も何かを抱えているかも知れない。
それでも麗佳は彼等を信じようと思った。
そして彼等と一緒に生き残ろうと、今まで曖昧だったものを確固とした意志で以って決めたのだ。

「かりん、もう少し頑張って貰える?何か考えるわ」

「もうちょっととか言わなくても、弾切れまでは頑張るよっ!」

「だったら尚更。調子に乗って撃たない様にしなさいよ」

「へーいっ」

かりんの元気な返事に少し微笑みながら、麗佳は思案する。
武装が少ないのは仕方が無い。
他に何か無いか、と彼女はPDAの画面を見てみる。
地図の画面は5階を映しており、その中にある動体反応は自分達だけのものしかない。
既に全員が眠って静かにしている外原達の反応はPDAには出て来ないのだ。

(早鞍さんは何処?死んでは、いないわよね?)

プレイヤーカウンターの入っていない彼女のPDAでは生存確認は出来ない。
だから不安に成ってしまうが、彼等の生存を信じるしか無いのだ。
PDAの地図画面を6階に変更すると、階段付近に1つの動体反応があった。
相変わらず回収部隊の動体反応は検知出来ていない。
たった1人で回収部隊に近付くこの動体に麗佳は頭を悩ませた。

(敵の増援?でも奴等なら映らないわよね。なら御剣達の1人が残った?)

彼女が悩んでいる内にその動体は階段の上までやって来る。
そして彼女の想像を超える出来事が起こったのだった。



4階で彼の首輪は無事外れた。
これでもう彼にとってこの「ゲーム」は終了である。
そうであるのに、彼は納得していなかった。
何故かは全く判らない。
何時もの彼なら、自分が任務を終えて命も助かっていればそれで良かった筈である。
今回の「ゲーム」に任務は関係無い以上、危険な首輪が外れた時点で後は73時間の経過を待つだけなのだ。
首輪もPDAも無い彼には何も出来ない様にも思えたのだが、考えて見れば此処に居る者は全員素人である。
あの兵隊達に彼等が対抗し切れるのか。
普通に考えて無理だろう。

「もう少し、頑張ってみるか…」

彼らしくない結論。
それでも良いと思えてしまう何かが有ったのだ。
彼等と別れてから久しぶりに美味いタバコを吸っていた高山は、その吸殻を足元で踏み消すと5階への階段を目指したのだった。

高山が階段に辿り着いた時は、少し前に彼が通った時と何も変わりは無かった。
未だ耶七も起きていない時間であったし、回収部隊も引いたままである。
隔壁に空いた大穴を潜り抜けて階段を昇り5階へと辿り着いた高山は、次にどうするかを考えた。

(やはり此処は拠点と6階の装備を回収するべきだな)

プロとは言え、武器が無ければ武器を持った素人にも殺される。
それは戦場でも必然の事であった。
対抗手段は有った方が良い。
情報は必須だ。
そして油断は最大の敵である。
武装と情報を求めて、彼は一旦拠点に寄って余っていた武装を回収してから6階を目指した。
辿り着いた階段は以前彼が爆破した階段である。
階段周辺を調べてから問題が無い事を確認すると、徐に昇って行く。
何の妨害も無く6階まで辿り着いた彼は訝しげに周囲を見渡した。

(何の妨害も、人の気配すら無いとは。やはり狙いは色条か陸島、と言う事か?それとも首輪をした者?)

全く姿を見せない回収部隊の目的が判らない高山には答えが出せない。
それでも彼は最初の目的を果たす為に、6階を徘徊するのだった。

高山が再度その階段にやって来たのはただの通過点でしかなかったからである。
彼は1つの通路から行ける部屋を全て調べて、武装や道具を回収していた。
途中で一旦睡眠を取り、食事をしてから探索を続ける。
その先が行き止まりだったので階段ホールまで戻って来たのだ。
階段ホールへと近付く彼の耳に銃撃音が聞こえて来ていた。
誰かが戦闘をしている様であるが、此処で有り得るのはあの兵隊達か手塚である。
彼はPDAを持たない為、エクストラゲームについては全く知らされていない。
だから、普通にあの兵隊達に彼等が襲われているだけだと考えたのだ。
彼が階段ホールを覗いても誰も居ないので、そのまま銃撃音が続けて聞こえる階段に近付いた。
するとそこには更に階段の下の方へと攻撃を仕掛けている兵隊達が居たのだ。
階段の先は折れ曲がっていて判らないが、多分外原達が居ると彼は判断した。

(早急に排除する必要有り。だが奴の前で殺しは拙いか?…ではどうする?)

高山は今まで拾って来た武装を漁って必要なものを取り出して行く。
そして行動を開始した。

階段の出口横の壁に1つの円筒形の缶をテープで貼り付けて、安全ピンにワイヤーを括りつけておく。
準備を終えた高山は階段上部の脇から身を乗り出してアサルトライフルをオートモードで掃射した。
何名かの手足に軽い傷が入った様だが、これでは足止めすら出来ない。
兵隊達も高山の存在を認識していたのか即時反撃を仕掛けて来た。
それを出口の陰に隠れてやり過ごしながら1つの缶を投げる。
これはただの煙幕であった。
相手の一部が彼の方へと昇って来るのを見てから高山は撤退を開始する。
彼が近くの柱の陰に隠れた時に彼等は6階に上がった様で、兵隊はそのまま高山の方へと銃を構えて迫って来た。
全く予期しない場所からそれはやって来る。
高山がワイヤーを引っ張って壁に貼り付けた缶の安全ピンを引き抜いた数秒後、彼等は斜め後ろから音響手榴弾の一撃を受けたのだ。
その衝撃で追って来ていた3名が昏倒した。

「くっ、また奴か?!総員、上の迎撃だっ!あと倒れた奴を回収しろっ!」

階段下まで響いた轟音に頭を晦ませながら部隊長が号令を掛けると、すぐさま全員が上に上がる。
その時高山は既に遠くの通路へと撤退していた。
避難した場所から半身を隠しながらアサルトライフルで狙撃を始める。
狙いは下半身。
足を潰せば追撃行動を始めとした行動速度が落とせるのだ。
何より下半身なら死に直結し難いのもある。
3点バーストで確実に1人1人の足を狙い撃つ。
何名かの悲鳴が聞こえるが、気にせず続けて、結果3名の足を貫いた。
そこで一旦狙撃を中止する。
彼等がこのまま引けば良し。
引かないなら、もう1人か2人を撃ち抜こうと思っていたが、彼等は素直に引き始めたのだ。
彼等が引いた通路の出口脇に移動してその先を覗いて見る。
どうやら相手は早々に撤退した様だった。
余りにも呆気ない終わりに少しの疑問が沸き起こるが、次の確認をしようと階段へと注意を向ける。
そこには既に2人の女性が上がって来ていた。

「高山さんっ!何故此処に?」

「あれ?本当だ。高山さん、下りたんじゃないの?」

麗佳には高山の性格上彼が上に残るとは思っていなかった。
続いたかりんの疑問は、ただ皆が下に下りただろうと言っていたから、そう思っただけなのだが。
高山はそれには答えず、階段ホールの途中で立ち止まり話しかけて来た彼女達に顎で促して通路へと移動する。
移動した通路は回収部隊が撤退した通路だった。
此処なら兵隊が来る事を監視しつつ、別の通路に回り込まれた場合でもすぐに通路に隠れられる位置なのである。

「それで、何故お前達2人だけなんだ?」

高山は真っ先にそれを聞いた。
彼女達が外原と一緒に居ない事が一番の疑問だったが、何よりほぼ全員が合流していた筈なのだ。

「早鞍さんは綺堂さんと色条の2人と一緒に5階に落ちたわ。1日目に耶七を落としたあの罠よ。
 それで彼等と合流したかったんだけど、御剣達に反対されたから話し合っていた所を、あいつ等に襲われたの」

麗佳の説明に隣でかりんが何度も頷いていた。

「私達は5階に居るだろう早鞍さん達を追いたいのだけど、さっきから動体反応が無いのよ」

「寝たんだろう。それくらいの時間だろう?」

高山の答えに麗佳はまさかとは思ったが、何らかの理由で休んだ可能性はあるかと思い直す。
そうなると彼等はトラブルを抱えているのだろう。

「では早く合流しないと」

「だが位置が判らんのだろう?止めておけ」

「高山さんまで早鞍が怪しいって言うんじゃないだろうなっ!」

麗佳の言葉に冷たく答えた高山へ、かりんは食って掛かる。
だが高山は動じる事無く応対した。

「あいつが怪しい、と言うかおかしいのは最初からだ。
 それよりも、位置が判らず無闇に探し回るのは得策ではない。
 問題は外原の首輪とあの兵隊どもだ。もし俺達も下りた後、此処で待ち伏せされてみろ。
 上がろうとしている間に制限時間が過ぎたら、首輪が作動するぞ?」

何時もの冷静な声で彼が説明をする。
確かに瓦礫塗れのあの階段は攻め難く守り易い。
それは先ほど彼女達が実感した事である。

「それとお前達も休んでいるのか?寝ていないなら、この付近で休んでおけ。
 何か有ったら叩き起こしてやる」

「…そう、ね。御願いするわ。かりん、少し休みましょう。
 彼の言う通り今は早鞍さんの退路を確保するのが最良みたい」

「ん。判った」

気落ちした様に答えるかりんの肩を叩いて慰めながら、彼女達は通路の端に移動する。
そこに2枚の毛布が投げられた。

「これを使え。足手纏いに成らない様に、しっかりと休めよ」

「有難う御座います。高山さん」

高山は言葉こそ冷たいが、随分と彼女達を気遣っている。
その事を理解出来た麗佳は、微笑んで彼に礼を言ったのだった。



何故首輪もPDAも無い2番が自分達を攻撃したのか。
回収部隊の部隊長は、先の襲撃後にディーラーの指示で受け取ったあの各プレイヤーの資料に誤りがあるのでは、と疑っていた。
その資料には2番は自己の生存以外には興味が無い旨が書かれていたのだ。
だがそれだとすると、先ほどの彼の行動の説明が出来ない。

「一体どうなっているのだ?相手はただの一般人だぞ?」

2番はプロなのだが彼等はその情報を得た今も、彼等と自分達は違うのだと驕っていたのだ。
そんな彼等も2名が命に係わる負傷をした後は、1名がスタングレネードを至近距離で食らい鼓膜を破った。
また1人は6番の攻撃で戦闘不能と成っていたのである。
この2人を退却させた代わりに、先の2名に付き添っていた部隊員が戻って来た。
これで8名は維持しているが、その内無傷なのは彼を含めて半分の4名である。
先の階段ホールで2番に狙撃されて3名が足に怪我をしているが、その内1名はもう歩けない様だ。
確実に追い詰める側の自分達が、目的も含めて追い詰められていた。
彼等の目的はある一定時間までにターゲットを保護する事である。
そうしないと「組織」の存亡に係わる事態が起きるらしいのだ。

「全員今は休息してくれ。3番が上がって来た時に階段ホールで迎撃しよう」

部隊長の作戦は無難と言えた。
彼等も働き詰めで疲労が溜まっていたのである。
だがその階段ホールには現在彼等を守ろうとする守護者が待機し続けていた。
その為彼等は早急に対処すべきであったのだ。
こうして誰も彼もがその好機を逃してしまっていたのだった。

回収部隊が休憩を終えて彼等が動き出したのは経過時間62時間の少し前である。
プレイヤーを検知する機械により、3番達が活動を始めた事に気付いたためだった。
まだ落とし穴の下にある部屋からは動いていない様だが、何時移動を始めるか判らない。
そしてそこから程近い爆破した階段を使う事は、時間的に考えても必然である。
歩けなくなった部隊員は残して、彼等は再度階段ホールへと向かう。
その通路の途中に御馴染みのワイヤートラップを回収部隊は発見した。
もう彼等は油断せず対処する様に考えていたので、トラップに気付いた後は触らずに先に進む。
一々解除していては3番に階段ホールを突破されてしまいかねないからだった。
まだ後幾つかの曲がり角を進まなければ成らない為であるが、これが彼等の過ちだったのだ。
彼等が三叉路を警戒して何とか辿り着いた時、次の曲がり角に誰かが居る事を確認する。
勿論それは彼等の持つ機械にも表示されているので、元々判っていた事であった。
しかし逆に高山には彼等の位置が判っていなかったのだが、この確認で高山にも兵隊達が三叉路まで辿り着いた事を知らせた事に成る。
その時、部隊員の誰も触っていないワイヤーがカットされた。
高山が遠くから、そのワイヤーに引っ掛かるワイヤーを手で引っ張ったのだ。
彼等が反応する時間も無く周囲でワイヤーに繋がっていた4つの手榴弾が爆発する。

「「ぎゃあぁぁぁ」」「「ぐおぉあぁ」」

爆発の衝撃と撒き散らされた破片で数名が傷を負う。
以前よりも巧妙に隠す為にかなり奥まった所に置いた所為で、その威力はかなり低く成っていた。
そのお陰で彼等は致命傷を免れていたが、それでもかなりの大怪我を負ってしまう。
部隊員2名がその爆発から本能的に逃れ様として三叉路に身体を出した途端に、高山から銃撃が加えられた。
悲鳴を上げて再び通路に隠れるが、彼等の手足は此処数日は使い物に成らないだろう。
しかも困った事に、この手榴弾で回収部隊の部隊長までもが重傷を負ってしまったのだ。
彼等は指揮官を失った事で撤退を余儀無くされたのだった。

だが「組織」の攻撃はこれで終わりではなかった。
三叉路のもう一方から手塚を襲った強襲部隊がやって来たのだ。
明らかに雰囲気の異なる者達に高山の顔が更に引き締まる。
見た目は余り変わらないのだが。

「隊長、奴が問題の2番です。どうしますか?」

「所詮は素人よっ。さあ、殺るぞっ、野郎共っ!」

「「「「うおおおおぉぉぉ」」」」

通路で雄叫びを上げて居る集団に高山は拠点に戻って回収していた『パンツァーシュレック』改を構える。
このバズーカには残弾が2発しかないがその威力は折り紙付きだ。
まだまだ遠い彼等に高山は迷わずにその引鉄を引く。
ガスの抜ける様な音と共にロケット弾が発射された。

「ロケット弾の接近を確認。緊急回避!」

部隊の先頭が後方へすぐに現状とその対処を指示する。
彼は隊長ではないが、部隊の要である先頭には緊急時の判断が認められているのだ。
これが回収部隊と強襲部隊の反応の差に成った。
先頭の指示を受けた各部隊員は近場の脇道へと素早く逃げて行く。
ロケット弾が彼等の遥か前に着弾した時も慎重に彼等は高山達の様子を見ていた。

「…これは、厄介だな」

本物のプロが来た事を高山は実感していた。
あそこまで冷静に対処されてしまうと言う事は、今後も罠などの簡単なものは期待出来ないだろう。

「高山さんっ!先ほどの音は何ですか?」

麗佳とかりんがロケット弾を放った音でこちらへと寄って来る。
高山は彼女達が起きた後から通路の先でこうやって罠の設置に勤しんでいたのだが、その途中で回収部隊を発見した為そのまま対処していたのだ。
だがその彼女達が此処まで来てしまった事は、高山にとって困った事態と成った。
彼女達に高山は淡々と事実のみを述べる。

「追加の兵隊だ。今までの奴等と毛色が違う。一旦此処から引け」

その言葉に2人共息を呑んだ。
高山が緊張を露にして居るのが何となく判ったのである。
そして言われるままに彼等は一旦後退を始めた。
プレイヤーの後退にも慌てず騒がず、強襲部隊は一定の歩調で罠に注意しつつ前進を続ける。
隊列を乱さずすぐに緊急に対応出来る心構えを忘れない。
兵士なら当然の事ではあるが、それを集団で実践、そして維持するのは中々難しい。
それを彼等は自然にやっている。
これが本当のプロと言うものだった。

「2番、8番、キングが停止しました。トラップは無し。突入しますか?」

高山達が一旦合流した時の事である。
彼等が撤退する直前の情報を副官に報告されて指揮官は少し考えた。
もたもたしているとターゲットに同行しているイレギュラーが上に上がって来るだろう。
特にあの2番が3番と、そしてジャックと合流されると面倒であった。

「よしっ、相手の武装は大したものではない。突撃しろ」

何人かの部隊員か死ぬかも知れないが、それも考えに入れての指令である。
また彼等には高山達を生かしておくつもりは無かった。
回収部隊と異なり、彼等の任務は優希の確保とそれ以外のプレイヤーの殺害だったのだ。
例外は無い。
渚や耶七も殺す事が彼等の仕事であるのだから。

突っ込んで来る部隊員に対して高山は死を覚悟した。
此処まで人を駒とされては、人数も武装も限られる自分達には打つ手が無い。
それでも被弾しつつアサルトライフルとグレネードランチャーと煙幕弾を駆使して、2つの曲がり角を後退するまでは出来た。
次を曲がればその先は階段ホールである。
その階段ホールで迎え撃つのが最後の砦と成るだろう。
彼はそこでロケットランチャーを使用し数名かを殺して数を減らそうと思っていた。
だが彼は女性2人の撤退の盾と成った為、既に身体は酷い事に成っている。
着ていた防弾チョッキは蜂の巣状態であり、何箇所か貫通して彼の肉体を直接傷つけている弾丸もあった。
またチョッキに守られていない手足にも幾つか銃創が出来ており、動かないほどではないが動かす度に激痛が走る。
幸い彼の見立てでは致命傷は無いが、それでもこの傷では彼のいつもの動きは期待出来なかったのだ。
そんな時である。
高山達が知らない所で事態が進んでいたのだ。

「隊長っ!緊急連絡ですっ!」

「何だ?今やっとあの2番を追い詰めているのだ。出来れば後にしろと…」

「それが、エース達6名を見失いました!また、6番が「エース」のエージェントと判明!
 こちらの早期排除も任務に追加されました!」

「な、何だとっ!「エース」がまだ動き回っているのか?!」

隊長はこの事実に驚愕した。
今までの「ゲーム」でも怪しい人物は居たが、大抵殺して終わらせている。
それはゲームマスターの役目であり、ディーラーの采配手腕でもあったのだ。
だが今回は色々と予想外の事態が起こり過ぎている為、対応し切れていない。
強襲部隊にこんな要請が来るのも本来はおかしいのだが、一番適任でもあったのだ。

「ちっ、仕方が無い。3番も上がって来た様だ。一旦引いて、隠れている6番どもを炙り出すぞっ!
 あと回収部隊の連中に連絡。2番は沈黙させた。あとはお前達でやれ、とな」

「はっ!」

指示を受けた部隊員の1人は敬礼をして部隊長に答える。
強襲部隊は高山の状態を良く判っていたのだ。
だからこそ、此処で仕留めて置きたかったのだが、この手柄は良い所の無かった回収部隊にくれてやる事にする。
そして彼等は御剣達を求めて通路を後退して行ったのだった。

さっきまで執拗に追い掛けて来ていた追加の部隊が波が引く様に退却して行くのを、麗佳とかりんは曲がり角に隠れて見ていた。
遥か遠くに消えて行った兵隊達が一気に距離を詰めて来るのではないかと警戒を続ける。
理由は判らないが本当に退却した様子に麗佳は困惑を隠せない。
全く理解の範疇を超えていたのだ。
それでも撤退していった強襲部隊の様子に、高山は漸く安堵しその意識を手放していた。
高山を手当てしないと成らないので、麗佳はかりんに監視を任せて振り返ろうとする
そんな彼女達に後ろから驚いた様な声が聞こえて来た。

「高山?!無事か!」

通路の壁に背を預けて意識を失っている高山のその向こうで、彼の惨状を見た外原が叫びを上げていたのだった。



「彼」との通信を終えたディーラーは溜息を吐く。
これから彼は「組織」のボスと話をしなければ成らない。
今回の「組織」そのものを揺らがせた事態は、彼の首1つでは収まらないだろう。
もしかすると「組織」そのものが瓦解する恐れもある。
もう彼は覚悟を決めていた。
だからこそ、最後の足掻きを始める事にする。
暫くすると彼に対して、秘密回線による通信が入って来た。

「ハロー、元気かしら?」

年を経た女性の声。
彼女は彼の旧知であるベテランのマスター候補である。

「元気では居られんよ。事態は聞いているか?」

「ええ、かなり酷い状態の様ね。それで私にどうしろって言うの?」

「そちらで衛生班を組織して欲しい。すぐに現場に向かえる連中だ。
 元々予定していた部隊は既に館内で拘束されている。だから今すぐ動ける連中が欲しい」

「何それ?そっちは聞いてないわよ?…まあ、用意する事は可能だけど、衛生班何てどうするの?」

彼女に対するディーラーの答えに、通信先の女性は驚きに目を見張る。
それでも彼女は彼に衛生班を用意する事を確約してから通信を終えた。
話を終えたディーラーは会場の各所を映しているモニターを眺める。
そろそろあの過激派の幹部が休憩から此処に戻って来るだろう。
それで自分の此処での仕事は終わりの筈だった。
沢山の命をこのモニター越しに弄んで来たディーラーが、今その「ゲーム」に命を奪われようとしている。
それが滑稽に思えて、ディーラーは不意に笑い出したのだった。



御剣達は回収部隊に追われて逃げ続けたが、彼等は結局追って来てはいなかった。
多分ターゲットの優希を狙っているから御剣達を見逃したのだろうと結論が付くが、これに御剣が動揺する。
優希を助けに行かなければと言い出すが、あの状態ですら逃げるしか出来なかった彼等が回収部隊に何が出来るのかと文香に諭されてしまう。
まずは休息を取る事だと御剣を言い聞かせて、文香は彼等を1つの部屋へと案内する。
その部屋は、地図上では普通は此処には来ないだろうと思われるような入り組んだ所にあった。
部屋自体はそれなりに広いが木箱や積み上げられた雑貨で殆どを潰しており、随分と狭く感じる。

「此処ならもう大丈夫よ。この部屋は多分、安全だから」

にこやかに話す文香に御剣達は訝しげな顔で応じるが、彼女は気にした風も無く言葉を続ける。

「まず休みましょうか?総一君、交代で見張りをしましょう」

文香の言葉に御剣も彼女を疑うだけでは駄目なのだと気付いた。
今は予定通り休息を取るべきなのだ。

「判りました。では俺が先に見張りをしますから、文香さんは休んで下さい」

「あら、優しいのね。んー。…じゃあ、お言葉に甘えさせて貰おうかしら」

御剣の気遣いに文香は少し悩んだが、彼の性格と自分の状態を鑑みて素直に受ける事にした。
既に活動時間が20時間近い自分より、4階で倒れて寝ていた御剣の方が活動時間が短いのもある。
だから御剣以外の人間がまず眠る事にしたのだ。
そうして彼等は予定通りに充分な睡眠を取る。
全員が休息を取った後に食事を行なった。
次にするべきは他の者との合流であるが、これにはやはり葉月や愛美が渋ってしまう。
彼等は他人が怖かったのだ。
そこまで渋られてしまうと、御剣達も強くは言えなかった。
だが、このままでは文香は困る事に成る。
出来れば優希だけでも確保して置きたかったのだ。
その為には絶対に協力者が必要である。
覚悟を決めた文香は一息吐くと周りの皆を見回してから、言葉を投げた。

「さて、と。葉月さん、愛美ちゃん。ちょっと此処の整理任せちゃって良いかしら?
 私達は奥を調べて見るから」

「ええ、判りましたよ。任せて下さい」

葉月の柔らかい返事に文香も微笑を返す。

「じゃあ、総一君、咲実ちゃん。奥の部屋を探索しましょうか?」

彼女はそう言って、奥の部屋へと入って行った。
乞われた御剣と姫萩も続いて中に入って行く。
残された葉月と愛美は縛られた耶七をそのままに部屋の整理を始めた。
そうは言っても全部をする訳ではなく、人が多少は快く居られる様に掃除をしたり邪魔な荷物類を移動したりなどである。
それもすぐに一段落して、彼等は飲み物を用意して寛いでいた。

「おい、愛美。トイレ行きたいんだ。縄解いてくれ」

寛ぐ彼等に耶七が突然要求を突きつける。
これに対して愛美ではなく葉月がその要求を蹴った。

「縛ったままでも出来るだろう?何なら僕が手伝うが」

「巫山戯るなよっ。何で他人に手伝って貰わないといけないんだっ!
 1人で出来るんだから、これ解けって」

「しかしねぇ。もう僕達と争わないと約束出来るなら解いても良いが…」

「くっ。…ああ、判った、約束するよ。あんた等とは争わない。これで良いだろ?」

葉月の要求に耶七は少し悩んだが、どうせ口約束である。
自分の命には代えられないのだ。

「それじゃあ、トイレで解こう」

そう言って葉月は耶七とトイレに入ってから縄を解いて、彼だけが外に出た。
葉月はそのままトイレの入り口で待機する。
そこに愛美から声が掛かった。

「葉月さん、すみません。ちょっとこちらの荷物を動かして頂けませんか?」

「うん?何かな愛美さん。おや、これは?」

葉月が見たのは荷物に囲まれている、埃はかなり被っているものの他の物資よりかは新し目の幾つかのランプが点いた機械であった。
この機械はこの周辺の電波に対してジャミングをしているものなのだが、それが何なのか葉月達には判らない。
愛美はその機械の周辺にある荷物を動かす事を御願いしていたのだ。
その荷物は機械を隠す為に態々積んでいたものだったので、それなりに重い。
葉月は一生懸命に荷物を横へと避けていく。
彼は愛美がこの機械を調べるつもりであると思っていたのだ。
しかしそれは異なり、葉月の作業中に愛美は耶七をつれてこの部屋を出て行っていたのだった。

部屋を出た耶七と愛美は、2人で当ても無く館内を徘徊していた。
彼等にはPDAが無い為館内の地図が判らなかったのだ。
耶七も記憶を頼りに歩いていたが、結局迷ってしまってしまう。
それでも縛られているよりかはマシだと耶七は自分に言い聞かせた。

「ふぅ、愛美助かったぜ。何時までもあんな縛られてたら、発狂しそうだぜ」

身体を解しながら礼を言う耶七へ、愛美は曖昧な笑みで返した。
彼女としたら兄への対応が不遇なのが気に食わなかったのと、文香と言う女性の不審さがあの部屋に留まる選択を放棄させたのだ。
それが正しい選択であったかどうかなど彼女には関係が無い。
兄がそれを望み、そして彼女もそれが良いと思ったから実行しただけだった。

(すみません、葉月さん)

唯一信じても良さそうな人物である葉月に、愛美は心の中で謝った。
彼を騙す様にして出て来たのだ。
少し心が痛んだが、それでも彼女は兄を選んだのだった。

「それじゃあ、首輪を外す方法を探さないとな」

耶七としてはそれが一番にすべき事である。
その言葉に愛美は頷きながらも不安を隠せないで居た。

既にその時間は40分に達しそうであるが、それでも彼等にはこれからについての展望が全く見えて来ない。
更に彼等が持つ武器は愛美の持つ38口径の回転式拳銃1挺のみである。
この状態で回収部隊に襲われれば一溜まりも無いだろう。
しかし愛美にこれを使うつもりは無かったし、もう兄にも戦って欲しくなかったので渡すつもりも無かった。
PDAも無いので自分達の位置も周囲の状況も判らない不安が彼等を追い詰めていたのだ。
彼等が徘徊中に何度もした会話をまた彼女は繰り返し始める。

「それで、お兄様。これからどう成されるのでしょうか?お兄様が他者を傷つけるのは反対ですよ?
 もう争いは止めましょう」

「しかしな、そうしなければ俺は死ぬんだ。
 どちらにしても俺のPDAは取り返さなくちゃな。
 首輪を外そうにもPDAが無ければ無理だし」

愛美の心情は判らないでも無いので、耶七もこの同じ話題に同じ様に返した。
首輪を未だ嵌めたままの耶七には、この6階の制限時間が残り5時間近くと迫って来ている。
彼は今までの「ゲーム」でも何度かセキュリティシステムを見て来たが、その陰険さと非情さは目を見張るものがあった。
あれを逃げ切る事は不可能だろうと、耶七にさえ思わせてしまうものなのである。

「首輪ですか?確かにそのままでは拙いのですよね。でも解除条件の為に8人も殺すのは賛同出来ません。
 何か、他に方法が無いのですか?」

「あるにはあるが、その為にはPDAとソフトウェアが必要なんだよ。
 だからPDAは必須なんだ。けれど今のPDAは全部バッテリーが心配だ…。
 くそっ、手塚にバッテリーチャージャーを渡してなければっ!」

今更悔やんでも戻らない過去が恨めしい。
そんな彼の態度に愛美も歩きながら頭を悩ませる。

「早鞍さん、ですか」

結局結論はそこに行き着いた。
愛美が耶七から聞いた話に寄れば、耶七の行動を逐一阻害したのは彼である。
7番のPDAを奪ったのも彼。
そして自分のPDAを破壊する様にさせたのも、外原である。
最後のものは麗佳の首輪を外す為に必要だったのだから仕方が無いのだが、今の彼女にその考えは無かった。
だから愛美には彼が全ての元凶としか思えなく成って来ていたのだ。

「あの人が、早鞍さんが賛成に投票していれば、お兄様は助かっていたのに…」

「愛美?」

俯いて暗い声を出す愛美はこれまでの会話パターンとは異なっており、その様子に耶七は嫌な予感がしていた。
昔から両親や親戚達からも大切にされて成長して来た愛美は日頃は大人しいが、一度爆発すると感情が抑え切れなく成る。
それは耶七自身もそうなのだが、彼女の場合は極端にいきなり飛ぶので周囲が歯止めを効かせ難いのだ。

「何でしょうか?お兄様」

「あ、いや、良いんだ」

耶七の問い掛けに上げた顔はにこやかに微笑んでいたので、彼は今はまだ大丈夫だろうと油断をした。
そこにいきなり彼等以外の声が掛かる。

「愛美、耶七。どうしたんだ、こんな所で?」

その声聞いた2人は、ビクッと小さく震える。
耶七達が声のした来た方を向くと、そこには先ほどまで話題にしていた人物が女性達を連れて立っていた。
彼等は耶七達から20メートルくらい離れた距離に居る。

(あの人が居なければ、こんな事には成らなかった…)

思考がおかしい事に愛美本人は全く気付いていなかった。
或いはこの「ゲーム」に感化されたのかも知れない。
外原が居なくなれば全て上手くいくかも知れない、と考えたのだから。
愛美は耶七に黙ったままで数歩ほど外原達に近付いた。
彼女の目にはもう憎き敵しか目に入っていない。
そしてその「敵」に彼女が唯一持っていた武器、回転式拳銃の銃口が向けられたのだった。



[4919] 第J話 裏切
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2008/12/19 04:13

俺は宣言の後に、こう付け加える。

「そして「組織」よ。俺に協力するなら、多少は手伝ってやろう」

目の前の通信装置へ向けて言葉を紡いだ。
少なくとも俺1人ではどうにも出来ないし、優希を本当の意味で助けるのも難しい。
だから俺も賭けをする事にしたのだ。
この状況と言うチップを使って。

『そうですか、御協力感謝します。
 我々はまず優希様をお助けしたい。その後であればどの様な事でも仰って下さい。
 検討させて頂きます』

俺の追加発言に、機械からは雑音に乱れながらも少し安堵が混ざった若い男の声が流れ出る。
検討するだけって事も在り得るんだよな?
ディーラーを名乗った通信機器の向こうの相手は、中々言葉を選んでくれる。
だが優希はこちらのJOKERであり、そうそう手放せるものではない。

「それは駄目だ。大体理由も無しにプレイヤーが居なくなるのはおかしいだろう?
 73時間経過までは優希は此処に居て貰う。
 但し!「組織」のボス、優希の父親だったか?はとっとと引き返せ」

このままカジノ船に到着すれば、ボスは身柄を拘束されて「エース」の思う壺だ。
そう成れば「この世界」全土に居る、罪のある人間達が殺されて行く事になる。
高々「ゲーム」に乗って賭けをしただけで、だ。
他人の死など自分に係わり無ければ実感する人間など少ない。
それに対してそれも罪なのですなんて、どんな聖人君子が頭張ってるんだろうな?
「エース」って組織は。
俺の指示にディーラーは苦悶の声を上げる。

『それが、こちらの制止も聞かずに向かって来られているのです。
 後5時間もすれば到着予定なのですが、我々としても困った事態でして』

「なら簡単だ。優希は救出したと言えば良い。どうせ此処からそこまで距離があるのだろう?
 何だかんだと理由をつけて優希とは会えないと口裏を合わせれば良い」

制止が出来ると言う事は、ボスと通信可能であると言う事だ。
ならそこに彼が引っ込む様な情報を与えれば良い。

「残り10時間を過ぎれば終わるんだ。それまで我慢させろ。
 この程度、今まで沢山の人間を追い込んで、殺して来たお前等なら造作も無いだろう?」

『あ、貴方は…』

ディーラーが絶句している。
とは言え今の状態ではこの先の打開策を決められない。
出来れば「組織」を根本的に変えられる、いや「ゲーム」だけでもどうにか出来ないか?
このディーラーと話をし続けてそれが可能なのかを思案する。
ちらりと手塚を横目で見ると、微妙な顔をしていた。
色々と疑問があるのだろう。
彼を敵に回すのは御免だが、全てを話す訳にもいかない。
言えない事も多いし、何より今は通信機で聞かれてしまう。
だから俺は、ニヤリと不敵な笑みを見せた。

「おっ?あー」

俺の顔を見て疑問符を浮かべるが、その後に楽しそうな顔で頷いた。
彼も理解したのだろう。
俺が本気で「組織」の言い様にさせる気なんて無い事に。

「それでも言う事を聞かないと言い訳するのなら、俺が直接ボスと話しをしよう。
 用意が出来次第通信を回せば良い。
 それとだ、お前達に用意して貰うのはまず、俺にゲームマスター権限を与える事だ。
 一応この7番でいけるんだろう?
 更に、セキュリティシステムをお前等に勝手に動かされては困るからな。
 全てのセキュリティシステムを通常状態、つまり首輪の作動以外では動かない様にしろ。
 まあ、どうせお前達は観客に賛成多数でエクストラゲームが発動している事に成っているんだろう?
 だったら首輪ももう作動しないだろうがな」

俺はまずこの建物を掌握したかった。
それにより奴等が無闇に手を出せなくなれば、やれる事が増える。
更に外からの干渉を俺が受けた事により、逆に外への干渉も行なえる様に成った。
一番良いのは「組織」と「エース」を共倒れさせる事だが、それは難しい。
それだったらどうする?
何が最良だ?
かりんの妹の治療費や渚と生駒家の借金もあるので、金銭的な解決が可能な終わり方が良い。

『判りました。PDA7番からの権限を再度許可させます。
 また貴方の権限を最高位とする事を約束します。
 そしてセキュリティシステムについても通常状態でロックします。
 ですが、とても言い難いのですが。エクストラゲームが実行されているのは貴方の仰る通りなのですが…。
 実は貴方の確認されたものは否定されています。
 今後も継続的に進入禁止エリアは設定されますので、御気を付け下さい』

この言葉に俺は吃驚した。

「何?!それは、また、都合の良い設定と言うか…」

しかし良く考えて見れば、先ほど5階が進入禁止に成ったではないか。
それは彼の言葉を裏付けている。
何故あの時に気付かなかったのかと、悔しい思いが湧いた。
それと共に、もう1つの方も却下されたのかと不安に成る。

「っ、そうだっ。俺の提案はどうなった?まさかあれも無しに成ったのか?!」

『いえ、「こちらの兵隊がターゲットを傷付けたら負け!」の追加ルールは残っています。
 エクストラゲームを立案した者は呆れてましたよ。下らない事を提案するものだ、と。
 貴方の狙いは大体判りましたが、御気を付け下さい。
 最後に、どうか、どうか優希様だけは何事も無き様にお願いします』

このディーラー、かなり頭が回る様だ。
多分こいつはエクストラゲーム発動時に居なかったのだろう。
こちらとしては非常に助かったと言える。

「そうか、それは助かった。
 では、またそちらの都合がついたら連絡してくれ。他の条件についてはその時に伝えよう。
 折角の「ゲーム」なんだ。お前等も楽しめよ?」

俺は微笑みながら通信を切るのだった。





第J話 裏切「「ゲーム」の開始から24時間以上行動を共にした人間が2日と23時間時点で生存している」

    経過時間 63:57



俺達がホールに帰った時には高山も意識を取り戻しており、元気そうな様子を見せてくれた。
帰った時に手塚の首輪が外れていたのが疑問だった様で、麗佳が聞いて来たので全員に経緯を説明しておく。

「解除された首輪を作動させるなんて…」

「どう考えても、それしか誰も死なずに10番を解除する事は出来ないだろ?」

「確かにそうですが、それにしても良くそこまで思いついたものですね」

実際に考え付いたのは此処に来る前である。
つまり生死の狭間にあり続けていた為考える時間が無かった彼女達とは異なり、俺には考える時間が充分にあったのだ。
それにルールを良く見れば真っ先に考え付く事ではあるが、何故か皆考え付かなかった様だった。
『ゲーム』でも外れた首輪を交渉に使う事を考えたのはかなり終盤だったし、やはり「作動したら死ぬ」のルール文が効いているのかも知れない。
そしてこれまでの手塚の行動も、その危険性を裏付けてくれていた。

「つまりそれが灰色の脳細胞ってやつ?」

かりんが言って来る事に苦笑を返した。
その場のノリで言ったのだが、受けたのだろうか?
取り敢えず今後の事もあるので、彼女達に彼の立場をはっきり見せておこう。

「という事で、手塚。お金についてはもう考えないで居てくれると助かるね。
 これ以上不毛な争いは御免なんだ」

片目を瞑って手塚に切り出した。

「…はぁ?あのなぁお前…。あー。…まぁ良いだろう。
 その分は気にしねぇよ。クックック」

途中で気付いたのか、大仰な仕草で了承してくれた。
これで手塚が争わなく成った事を皆に伝える事が出来たのだ。
今はまだあちらの理由を話す訳にはいかないし、この方法くらいしかない。
首輪が外れた後に敵対する理由なんて賞金しかないから、大丈夫だろう。

「高山も今まで有難う。前は寝ていて礼が言えなかったしな。
 それと、かりん達を助けてくれて有難う。こいつじゃじゃ馬で困ったろ?」

「なっ、早鞍。酷いぞっ!」

かりんの頭を撫でながら言った言葉に抗議が上がる。
その抗議はポンポンと頭を叩いてあしらった。
そこに高山から意外な質問が来る。

「生駒兄と御剣はどうするのだ?」

彼が他の人の心配をするとは、心境の変化でもあったのだろうか?
高山の言葉に、かりんと麗佳は複雑な表情だ。
まだ皆と喧嘩したのを気にしているのだろうか。

「耶七は他の手を考えないとな。御剣も同じ手でいけるかも知れないし。
 文香達も手を考えてくれている様だから、合流して意見を纏めて見ようかね」

まだ此処では手塚から貰ったツールについては黙っておく。
これで助かるのはたった1人だけなのだから。
俺の言葉に高山達は皆が頷いた。

御馴染み7番のPDAを出してPDA探知を実行する。
相変わらず此処以外にはPDA光点が6階の何処にも見当たらない。
何故に行ったのか。
もしかして「エース」により用意された部屋に篭っているのだろうか?
約7時間後には渚の首輪が外れるだろう。
その前に御剣達とは合流して置きたかった。



位置が判らない御剣達を無理して探すのは効率が悪いので、俺達は一旦休憩に入る事にした。
特にかりんと麗佳の体力に問題が有ったのもある。
2人は高山と合流して少しは休んだ様であるが、それでも短い時間だった為心身が不調を訴えたのだ。
彼女達自身は大丈夫と言うが、大事を取って休ませる事にした。
残る敵は強襲部隊だけであり、彼等の位置は7番のPDAに表示される様になっていた為、奇襲を受ける危険性は無い。
俺達は回収部隊と交戦した近くの戦闘禁止エリアへと、回収部隊のジャマーマシンを持って移動したのだった。

戦闘禁止エリア内では高山達が食事をしている筈だ。
その食事は渚が部屋内のキッチンで作ったものである。
俺は手塚と2人で戦闘禁止エリアの隣の部屋、つまり手塚が首輪を外した所に居た。
俺達の目の前には回収部隊から接収した通信機器が置かれている。
つい数分前に着信を知らせる振動があったので、2人で此処に移動して通信が来るのを待っていた。
通信機器はオンラインにしているので、後はあちらが同じチャンネルに繋げば良いだけなのだ。
さて、朗報であれば良いのだが。

『……………こ…つ……て……』

かなり雑音が混ざって聞き取り難い。
こちらもマイクを持ってテストをする。

「あー、テステス、こちら現場のプレイヤー。応答どうぞ?」

俺が話してから約1分後にやっとまともな声がスピーカーから流れ出て来た。

『…君が、イレギュラーかね?』

いきなりの問いかけは、前のディーラーとは違う深みのある男の声で放たれた。
イレギュラー?
ああ、確かに正規のプレイヤーではない俺はイレギュラーか。
とは言え、普通に拉致された人間がイレギュラーとか言われて判る訳無いだろうに。

「そのイレギュラーってのが何かは知らないが、俺は俺。外原早鞍と言う者だ。
 で、お前は優希の父親のボスさんで良いのかな?」

『そうだ、色条良輔と言う。早速だが、優希を助けて貰えると聞いているが、間違い無いか?』

いきなり本題に入って来た。
それではこちらも本題に入ろう。

「条件がある、ってのは聞いているな?」

『聞いている』

「なら話は早い。俺の出す最大の条件は、今回の「ゲーム」を最後に、二度とこの「ゲーム」をしない事だ」

『何だと?!!』

色条は驚いていた。
そんなに驚く事だろうか?
考えれば候補に挙がるものだと思うのだが。

「プックックック……」

隣では手塚が一生懸命声に出さない様に含み笑いをしていた。

「はっきり言おうか。今お前が向かっている場所や各施設には反「組織」勢力が手薬煉を引いて待っているだろう。
 それにより「組織」は壊滅的ダメージを受ける。俺はそれでも構わないんだが、そうなると、だ。
 優希は父無し子に成ってしまうんだよ。お前はそれで良いのか?
 その反勢力は多分、この「ゲーム」が気に食わないんだろう?」

俺のこの台詞に隣の手塚が俺を凝視していた。
本来知る筈の無い情報を持っていれば、普通は吃驚するだろうな。

『「エース」か。…だが「ゲーム」は「組織」全体でやっている事だ。私の一存で左右出来る事柄では…』

当然ある言い訳だ。
組織とは大きく成れば成るほど個人では如何ともし難くなる。
だが俺はそれを最後まで言わせなかった。

「温い事言ってるんじゃない。お前今回、優希が「ゲーム」に巻き込まれて肝が潰れたんじゃないか?
 今までの強制参加者やその家族はもっと辛い目に遭ってるんだぞ。
 すぐに止められないってのなら、やり方を変えれば良い」

『やり方?』

「ああ、例えばただの競争にしたりな。人死にが出るから恨みを買う。
 これを純粋な、何て言うかな?スポーツの延長のような競技にすれば良いのさ。
 元々オリンピックとかは見世物の側面が強いんだしな」

この提案に色条と手塚は絶句していた。
実際大きな組織を改革するのは容易ではない。
確かに彼はトップを張っているのだろうが、その一存で好き勝手出来る様では組織としては立ち行かないだろう。
それでも彼には頑張って貰わないと成らない。
優希の為にも。

『…君はそれで良いのかね?』

「あん?…あーそうそう、もう1つ条件を加えたいものが有ったな」

『……まあ当然か。で、何だね?』

何か失望されたっぽいが、気にせず行こう。
俺自身も大した人間で無い事は自覚している。

「金だよ、金。
 キングの北条かりんが妹の治療の為に約4億必要だ。
 あとジャックの綺堂渚が家族の借金、そして5番と7番の生駒家にも借金があるらしいな。
 今回の参加者の金銭的なトラブルを全部解消してくれ。
 それさえ出来れば後は本人が何とかするだろ?」

『君自身はお金が要らないのかね!?』

「俺?俺には借金なんて無いぞ?
 …それに大金貰ってもなー。まあ楽な生活が出来るくらいだろうし、無くても困らんな」

実際金なんて殆ど失ったのだ。
今更血眼に成って得たいものでもない。
日々生きていくだけ有れば良い。
もう身寄りは無いのだから。

『お金はどうにかなるだろう。「ゲーム」についても極力努力する。
 私も、娘が可愛い』

色好い返事が、しかもこんなに早く来てくれた。
「組織」の幹部の制止を振り切ってまで、娘を思ってカジノ船まで出張った親馬鹿な所を期待したのだが、当たった様だ。
いや大当たりと言って良い。
これが普通に黒い奴なら、娘なんかは切り捨てているだろう。
まあこんな「ゲーム」を主催する組織のボスとしてはおかしい設定でもあるが、『ゲーム』の都合上こう成ったのだろう。
俺としては利用出来るものは利用させて貰うだけだ。

「OK。交渉成立だ。これで「ゲーム」を止めれば、反抗勢力もお前達を狙う理由を失う。
 訴追して来るなら潰してやろうぜ?なあ良輔君」

確かに「エース」に所属する、これまでの「ゲーム」の被害者やその関係者には納得し難いだろう。
それでも、此処で断ち切らなければ成らないのだ。
この交渉で「ゲーム」を潰す事が出来る可能性が出た。
あんな粛清を起こす様な「エース」などに任せずに、だ。
後は、その「エース」の工作員である文香をどう説得するか。

『それで、今回の「ゲーム」をどうするつもりかね?』

今後の検討課題を考えていると、良輔から問い掛けが来た。
今回か。

「政財界のお偉方にこの事態を知られる訳にはいかないのだろう?
 だからこのまま時間まで終えるさ。ディーラーにも言ったが、楽しみに見てな?」

俺の明るい言葉に対して彼は少し沈んだ声で、重大な事を伝えて来た。

『「組織」内も一枚岩ではない。
 その中の過激派と言うか、「ゲーム」は血生臭い方が良いと考えている連中が強襲チームへ最終指令を出した様だ。
 気を付けろ、強襲チームは優希を除く全てのプレイヤーを殺害するつもりだっ!』

うわぁ、此処に来てしつこく知らない設定が出て来た。
本当に上手くいかないものだ。
だがそれでも強襲部隊が最後の敵になるなら、逆に観客を満足させられるかも知れない。
不本意だが、やるしかないのなら、やれるだけをヤるだけだ。

「判った。情報、有難う」

俺は色条良輔との通信を此処で終えたのだった。



戦闘禁止エリア内にある寝室への扉から高山と渚が出て来た。
こちらの野暮用が済んだ事は既に伝えてある。

「2人共~、ぐっすり眠っています~」

彼女達は軽い食事をして、寝室で眠って貰った。
隣の寝室には眠りに入ったかりんと麗佳、そしてそれを見守る優希が居る筈だ。
2人が彼女達と離れたので、彼等に詳しい話をしておく事にする。
皆をソファーに座らせて話を始めた。

「手塚、彼等にも現状を伝えようと思う。良いな?」

「あん?…つぅか俺が何言ってもするんだろうが。
 勝手にしてくれ」

肩を竦めて投遣りに返して来た。
何もそこまで言わなくても。

「どういう事だ?」

俺達の様子に高山もおかしいと思ったらしい。
渚も訝しげに俺達を見ていた。

「それがな?俺達この「ゲーム」を運営している奴等と話しちゃいました」

「ええーーー!!」

渚の絶叫が部屋に響き渡るのだった。
正直2人が起きるので勘弁して欲しい。

回収部隊から回収した通信機器による会話内容を2人に伝える。
特に問題なのは強襲部隊の件だ。
彼等はゲームマスターだろうとも例外無く殺しに来る。
これは『ゲーム』でも郷田が殺されているのだから、脅しでも何でもない事実であろう。
その為2人の協力は不可欠であると判断した。
幾らそれなりの装備があったとしても、俺は実戦では役に立たない事を今までで痛感している。
7番のPDAによる探知を実行しても、御剣達の位置は判らないままだ。
この7番には更に機能が1つ追加されていた。
それは「組織」側の人間である事を示すマーカーを追跡表示する機能だった。
これは擬似GPS機能と同じ様なものらしく、バッテリー消耗も殆ど増えない。
更に相手のジャマーマシンでもこれを封じれない様だ。
それと言うのも、「組織」側がその位置が判らないとフォローすら出来ないのでこれは仕方が無いのであろう。
俺達が「組織」の力の一部を使える事が、奴等にとっては予測の上を行く事態なのだ。
現在7番のPDAの地図上にはこの2つ隣の部屋に大きく固まった回収部隊の光点と、遠くに固まった強襲部隊の光点が表示されていた。
御剣達を探すか、先に強襲部隊を片付けるか、どちらを先にするべきか?

「知られちゃったんですね~」

思案していると、渚が悲しそうに俯いて言葉を紡いだ。
俺は最初から知ってたけどな?
内心で突っ込むが、流石に声には出せない。
彼女に最初に答えたのは手塚だった。

「初めて聞いた時は吃驚したけどよぉ。何か違和感無かったぜ?
 耶七を退けたのもお前だって言うじゃねぇか」

「何っ?奴をこいつが退けた?!」

1日目に耶七には散々苦渋を舐めさせられている高山は、その彼を撃退した渚を凝視した。
殆ど渚と接点の無かった高山は、かなり驚いている様だ。
まあ見た目じゃただのポワポワした20代の女性だしな。

「まあそう言う事。そして俺が今のゲームマスターっ!
 はっはっはっ、偉いんだぞ、チクショウめっ!」

「うわぁ~、一番権力を渡しちゃいけない人ですね~」

渚の突っ込みに高山も手塚も頷いた。

「何っ?誰も援護無しかよ!」

俺は愕然とした。
色んな意味で。

「フフッ、それで私をどうされるのでしょうか~?」

「どうって?何も、今までと変わらんよ。実際今までお前が俺に敵対した事も無いし。
 それに今は「組織」の一部は協力関係だからな」

逆に綺堂には全面的に協力して欲しいから、「組織」との話を明かしたのだから。

「それで、高山は休まなくて良いのか?
 俺達は数時間前に寝たし、大丈夫だから、ゆっくり休んで良いんだぞ?」

「俺は6階に上がった後に、一度寝ている。
 上手い食事も食べられたし、傷も思ったよりは大した事なかった様だ」

成る程、高山が動けるなら防衛も任せて良いだろう。
なら次に話を進めようか。

「それでだ、俺と渚が偵察に出るから、此処を任せるぞ?
 2人が起きたら、ジャマーを利用して逃げ続けてくれれば良い」

「何故だ?偵察なら俺の方が良いだろう?」

「理由は2つだ」

反論してくる高山に俺はチョキの様に手を形作って示す。

「1つ目は俺と渚は首輪をしたままだから、戦闘禁止エリアで不測の事態があると困る。
 今はまだ良いが、居続けるのは怖いんだよ。
 2つ目は7番のPDAについてだ。このゲームマスター権限を貰ったのは良いがな?
 俺は使い方を知らんっ!」

胸を張って述べた俺の言葉を聞いて、3人は唖然としていた。
御免な、馬鹿で。

「だが渚なら元々ゲームマスターだし、こいつの使い方は知っているだろう?そう言う事だ。
 それに2人が居れば、安心してあいつ等を任せられるよ」

爽やかな笑顔を作って2人に語る。
手塚はうんざりした様な顔を、高山はいつもの無表情のまま無言で座っていた。
返事が無い、ただの屍の様だ。
2人が沈黙したので荷物も確認しておく。
先ほど寝室に入る前に麗佳から預けて貰った8番のPDAの画面を確認する。
相変わらずその地図画面内に動体反応は無い。
そして麗佳の荷物の中を確認しておく。
彼女に渡していた特殊手榴弾は全て使ったのか見当たらない。
1つだけ残っているグリップに緑のラインが付いた38口径の回転式拳銃を取り出して懐に仕舞い込んだ。
6階の侵入禁止化までの残り時間は8時間を切っている。

「それじゃ済まないが、優希達を頼むな。無理に戦う必要は無い。
 後は出来るだけ俺達がやるから」

準備を終えた俺は、渚を連れて扉まで歩いてから2人に言う。
もうこれで彼等とはお別れだ。
下に降ろす事は出来なかったが、それでもこの状況なら強襲部隊を此処に近付けさえしなければ安全だろう。
これでかりんも麗佳も、そしてついでに優希も生きて帰す事が出来る。
そして彼等には俺を追い掛ける術は無い。
ポケットに入れた8番を確認する。
これで動体センサーによる補足は無理なのだ。

「外原、お前…」

「そんな心配そうにするなって。首輪してる他の連中と助かる方法を考えるから。
 お前達はもう危険な事をする必要は無いんだからな。それでももし奴等が来たら、済まないが彼女達を頼む。
 では行こうか、渚」

これ以上居たら本当について来かねない。
渚を促して俺達は戦闘禁止エリアを出て行った。



まずする事は相手への制限付けである。
渚に操作を聞いて、館内全域の扉のロックを一括で外す事にした。
この時渚に止められたのだが、俺はこの操作は必要だと思い断固として実行する。
これで通り抜け出来なくなる場所は無くなったのだ。
後は俺がしたい場所にロックを掛ければ良いだけである。

次に渚と共に戦闘禁止エリアから2つ隣の部屋へと入る。
そこには武装解除をした上で拘束された8人の回収部隊員が居た。
渚のライブカメラでしっかりと撮って貰っておく。
これで強襲部隊が8人居ようとも、その内5名しかカメラ前では動けなく成る。
もしそれ以上が映ってしまうと、13名を越えた兵隊が居ると知った観客が暴動を起こすだろう。
観客の中には俺達が勝つ事に賭けている者も居るだろうから、「組織」は自分達の都合だけでは動けないのだ。
これを枷にしてこちらが有利に動ける様にしておく。
まあ結局は影で襲って来るのだろうが。
10分近く渚の頭部に取り付けてあるライブカメラで動きながら映したので、「組織」が見せない様にする事は無理だっただろう。
その後部屋を出る時に、扉を開けたら神経ガス弾が作動する様に細工をした。
彼等も自分達が持っていた道具を使われるとは皮肉なものだ。
これでガスマスクを持たない彼等は一時的に行動不能に成る。
それに、と7番のドアコントローラーでその扉にロックを掛けた。
鍵を壊すのは体当たりくらいだろうから、まともにガスを吸う事に成る。
壊すまでにもそれなりに時間が掛かるだろう。
その前に拘束を外す必要もある。
回収部隊を完全に沈黙させたと思って良い状態にしてから、俺達はそこを離れたのだった。

7番のPDAで強襲部隊のマーカー位置を把握しながら俺達は館内を散策する。
御剣以外がジャマーの掛かった部屋の外に出る可能性を考えて、渚には8番のPDAで動体センサーの反応を見て貰っていた。

「居ませんね~?」

此処一時間歩き続けたが、その間俺達以外の動体反応が一つも無いらしい。
手塚達の反応がPDAに出ていないのは、回収部隊から奪ったジャマーマシンを作動させているからだ。
それをしていないと彼等に優希を狙われる為、あの部屋に置いて来ていた。
御剣達は多分だが、「エース」が館内に細工した部屋に篭っているのだろう。
しかし御剣達はこのまま時間一杯まで隠れるつもりなのだろうか?
それでは彼等の首輪を外す事は出来ない。
本気で「エース」が用意したあの部屋なら、自分達がセキュリティシステムに狙われないと信じているのだろうか?
確かにあの部屋そのものはセキュリティシステムを封じているのだろう。
だがその程度で回避出来るのでは、多分これまでの「ゲーム」が成り立っていないと思う。
当然、遠く離れていても狙って来る様な何かを用意しているだろう。
考えている時にもPDAの地図画面を見ていたが、何となく付近の地形に見覚えがある事に気付く。
確か此処は。
次の三叉路を真っ直ぐに進み次を右に曲がった時に、ある場所へと辿り着いた。

「渚、歩き詰めで疲れただろう?ちょっと休もう」

俺は言いながら、近くの扉を開けた。
渚はまだ撮影器具を着けたままである。
大分彼女も疲れているだろうから、此処で休憩する事にしたのだった。

此処は俺が高山達と共に1日目に辿り着いた場所であった。
俺達が置き去りにした物資はそのまま残っており、手が付けられていない。
かなり沢山の食料も此処に置いて降りたので、渚にとっては嬉しい誤算でもあった様だ。
ソファーに座ってインスタントコーヒーを飲みながら、ゆっくりと休む。

「とても~、これから殺し合いをしますって、雰囲気じゃないですね~」

にこやかに笑いながら話し掛けて来る渚に、俺は苦笑を返した。
確かにのんびりとしている気はする。
それと言うのも本来は敵が今居る場所が判らず恐怖に怯えている筈が、マーカー補足のお陰で怖くも何とも無いのだ。
俺と渚はそれぞれの持つPDAを時々覗き込んでいた。
バッテリーが心配なのでPDA検索はせずに御剣達の反応は8番の動体センサーに任せて、俺の7番は強襲部隊のマーカー確認に使用する。
どちらかが大きく動いたら、こちらも動かないといけない。
しかし強襲部隊の奴等は優希の居る戦闘禁止エリアに向かうでもなく、館内をうろうろと彷徨っている。
一体何をしているのだろうか?
光点が動いている以上はマーカー装備だけを外して隠れて動いている訳でも無さそうだが。
一応大きく迂回しながらも、こちらを目指している様な気もする。
しかし動きが鈍いので、その真意は判らなかった。

この休憩中に手塚から貰った例のソフトウェアを9番のPDAへとインストールしておく事にした。
渚がトイレに行って席を外している時間に、急いでインストールを始める。
別に渚に隠す必要は無いのだが、吃驚アイテムはあると面白いかな、とか考えたのだ。
インストールは順調に終わり、それから少ししてから渚が帰って来て席に着く。
それからも暫く2人で他愛も無い話をしながら、何かの動きが無いかを待ち続けた。

「全く~、動きが無いですね~」

渚の方の動体センサー情報でも何も出ないのだろう。
あちらのセンサーは手塚達も強襲部隊も補足出来ない。
センサーに映らない部屋に隠れた御剣達も補足する事が出来ないので、その変化もこの部屋にしか現れない様だ。
此処に休憩で入ってから、既に30分は休んでいる。
御剣を見付けたかったのだが、これでは望みは薄い様だ。
2人で強襲部隊とやり合うしか無いのか?
それはちょっときつ過ぎる気がする。
1つ溜息を吐いてから徐に立ち上がり、荷物を纏めて置いた場所へと歩いて行く。
その時、部屋の出入り口が突然開いた。
PDAでの反応は遠い筈であったが敵が来たのか?
懐の拳銃を抜き放ちつつ入り口に身体を向ける。
しかし構える前にそれは俺の足元まで来ていた!

「お兄ちゃんっ!置いて行かないでよ~!」

「優希?!」

俺の腰に抱きついて来たのは優希であった。
その後ろに続いて部屋に入って来ていたかりんが、俺に抗議の声を上げて来る。

「酷いぞ早鞍!なんであたし達だけ置いて行くんだっ。
 こいつは怖いしさっ!」

言って指した先にはまだ部屋には入っていない状態で、タバコを燻らせた手塚と更にその後ろには同じくタバコをふかす高山が居た。
かりんと手塚の間の室内には麗佳が佇んでいる。
戦闘禁止エリアに置いて来た全員が此処に辿り着いている様だ。

「お前等何で俺達の居場所が?」

真っ先にそれが疑問になった。
8番のPDAを態々持って来たのだ。
追える訳が無い。
俺の言葉に、タバコを足元で踏んで消してから室内に入って来た手塚が答えた。

「カッカッカ、俺様のPDAにはよぉ、JOKER探知ってのが入ったのさぁっ!」

言いながら、PDAの画面を見せて来る。
その画面には、この階の進入禁止になる時間のカウントダウンが表示されていた!
それに寄るとこの階が進入禁止に成るのは、6時間16分後である。
『ゲーム』の通り、72時間経過で6階が進入禁止に成る様だった。
って意味無いだろ!

「手塚っ、画面違う、違う」

「お?っと戻しちまったか」

しかしJOKER探知とは。
だから手塚は俺が居る所ばかりを狙っていたのか。
全く傍迷惑な。

「子供達がどうしてもお前達を追いたいと言うのでな。
 仕方が無いから追って来た」

手塚が画面を触っている間に、高山もタバコを消してから部屋に入り説明をしてくれた。
男2人はそうでもないが、女性達3名は肩で息をしている。
優希は今も俺に寄りかかってぐったりしていた。
大分急いで追ってきた様である。
だが、それでも疑問は消えない。

「JOKERは壊れているんだぞ?何で探知出来るんだ?!」

「俺に言われても知るかよっ。出来るもんはしゃーねーだろ」

切り替えてから改めて見せられた画面には、確かにこの部屋の中に光点がついていた。
今は高山達が近くに居るのでジャマー範囲だろうに光点が表示されると言う事は、PDA検索の様な一時情報取得型だろうか?
そして『ゲーム』内で壊れたJOKERを探知した描写は当然ながら、無い。
その為壊れたJOKERの検索出来ないと断言は出来ないが、出来ると普通は考えないだろう。
何故出来る?
そう考えた時に閃いた。
2番は別に自身が破壊しなくても良い筈だ。
これについては『ゲーム』内の高山も言っていた。
そして此処で問題は、自分もしくは仲間がJOKER探知を発見した場合である。
それにJOKERが映っていなければ即破損であると確認出来る様では、ゲームとしては詰まらないだろう。
ジャマーソフトがあるので100%では無いが、時間を置いて探知すれば可能性は上がるのだ。
PDAが壊れても、中にある信号を放つものが生きていれば探知可能な様に成っていると言う事か?
それならば長く2番を迷わせられると言うものだ。
最悪JOKERは壊れているのに2番はそれを認識出来ずに首輪を作動させて死亡する、滑稽な場面を観客は見る事が出来る。
運営の狡猾さに反吐が出そうだった。

「だが高山、お前はこの事を知ってて、俺にJOKERを渡したのか?」

「いや知らん。ただお前なら有効活用するかも、と思っただけだ」

買い被りも良い所だが、今回は皆の早期合流の手助けになったのだから良しとしておこう。
子供達の考え無しも困ったものだ。
このまま館内をうろついて強襲部隊とニアミスしたらどうするつもりだったのか。
それは良いとして、こいつ等をどうするか?
首輪が外れているのだから安全な場所に居ては欲しいのだが、優希だけを此方に引き取る言い訳が欲しい。
優希は運営側の標的だから俺達と共に居た方が良いし、逆に彼等を危険にするから切り離したいのもある。
エクストラゲームの標的だからという言い訳で事足りるか?
しかし様子を見る限り、俺の思い通りには成らなさそうだ。
そうなると男2人にも居て貰った方が戦力的にも有利ではある。
考えを纏めて、皆に目を向けた。

「判ったよ。だが今も安全な状況とは言い難いんだからな?
 そこの所を注意しろよ?」

俺の言葉に全員が頷きを返して来た。

同行するに当たり各戦力の確認が必要となる。
全員にソファーに座って貰い飲み物を用意してから、一番重要なものから確認を取る事にした。
まずは手塚のPDAについてだ。
先ほどのJOKER探知とかの様に、ある意味有用な機能があるならば知っておきたかった。
これまで彼には戦闘禁止エリアで大人しくして貰うつもりだったので、思考から外していたのだ。
こう成ってしまったのならば、少しでも使えるものは増やしておきたい。
彼のPDAには以下の機能が追加されていた。

    プレイヤーカウンター:PDAに現在生存者を常時表示する。
    JOKER位置検索:検索時のJOKERの位置情報を取得可能。検索時バッテリー消費、極大。
    ジャマー機能:探知系ソフトウェアに映らなくなる。バッテリーの消耗大。
    擬似GPS機能:PDAの地図上に現在地と進行方向を常時表示する。    
    地図拡張機能:地図上の各部屋の名前を追加表示する。
    進入禁止時間表示:何時間後に進入禁止に成るかをカウントダウンする。階数によって表示が変わる。
    ロボット操作機能:遠隔操作用自動攻撃機械のコントローラー。バッテリーの消耗大。
    エアダクト地図:PDAの地図上に館内のエアダクト経路を表示する事が可能。
    ソフトウェア一覧:機能タブ内に用意されている全ソフトウェアの一覧が表示するための項目が追加。

相変わらずソフトウェア名と内容は俺の自己解釈だ。
手塚も7番に劣らず、凄い数のソフトウェアを導入していた。
この殆どがあの耶七から提供されたものらしい。
ゲームマスターとして職権乱用も甚だしいものである。
GPS機能と地図拡張機能は館内を歩くのに必須と言っても良いから、数が用意されているかも知れないが。

「何に使えるか判らんが、もうバッテリーが無ぇぞ?
 落とし穴に落ちて銃撃食らった後に、もう駄目かと思ってよぉ。自動攻撃機械呼ぼうとしたり、JOKER検索したりしてたからな。
 まあお陰で真上にお前等が来た時に落ちやがれっ、って思ってたら本当に落ちた時は笑いが出そうだったぜ。クックック」

含み笑いを浮かべる手塚を半眼で見ていると、かりんが激高し始めた。

「う、煩いなっ!あんただって落ちたんだろ!間抜けなのは一緒じゃないか!」

「ああんっ?…そういや誰かさんのミスで落ちたんだっけか?早鞍も大変だな。子守り、が」

「うぎぎぎ、あ、あんたなぁっ!」

「かりんちゃんっ、止めてよぉ」

かりんと手塚がソファーから立ち上がって睨み合うのを怯えた優希が震えて声を出す。
麗佳も顔を顰めて注意をしようとした時に、場違いな明るい声が上がった。

「2人共~。お仕置き、しなければ~、駄目ですか~?」

顔は本当に極上の笑みを浮かべながら、細められた目が笑っていない。
渚の実力を知る手塚はすぐさまソファーに座った。

「お、俺は大人しくしてるぜ?なあ高山のおっさん」

隣に同意を求めるが、高山は涼しい顔でホットコーヒーを啜り続ける。
全く相手にしていないのか、高山も渚が怖いのかは判らない。

「だけどっ、渚さん、こいつっ!」

「今は~、遊んでる場合じゃ~、な・い・で・す・よ・ね?」

「はい…」

かりんが尚も言い募ろうとするが、渚の迫力に負けた様だ。
全く緊張感が無いのは困ったものである。
しかし改めて10番のPDAを見ても、手塚の言うほどバッテリー残量は少なく無い。
まだ4割弱は残っているのだ。
しかし逆にこれだけのソフトウェアをあれだけ長時間使っていたと言うのにこれはおかしくないだろうか?

「手塚、バッテリー残り過ぎじゃないか?」

「ああ、そりゃ、バッテリーチャージャーのお陰だな」

「何だそれは?」

俺の不審気な問い掛けに手塚はニヤリと笑う。

「お前でも知らない事が有るんだな。PDAのバッテリーを1回だけ満タンにする、ってやつらしい。
 俺も耶七に貰っただけだからな。たった1つしか無い、っても言ってたぜ」

「そんなものまで~…」

手塚の説明に渚が反応する。
多分彼女としては「有ったんですね」ではなく「持ち出したのですね」と続けたい所だろう。
だが有用なソフトウェアがあるからと言って、今彼からPDAを奪う訳にはいかない。
これから働いて貰わなければ成らないのだから。

「これはそのままお前が持っていてくれ。館内移動には充分に役に立つだろうからな」

確認の為に借りていたPDAを手塚に返した。
手塚はPDAを無言で受け取る。
彼としてもこのPDAの有用性はしっかりと判っているのだろう。
そして次に現状の一部について話を始める事にする。
寝室に居た3名は聞いていないので、認識して貰う必要があったのだ。

「今勢力は3つ。俺達7人と、同じくプレイヤー6名が居る筈の御剣達。そしてエクストラゲームの兵隊13名。
 その内御剣達とは争う必要は無い。問題は兵隊達だ。
 スミスは何らかの手を使って本来発動しない筈のエクストラゲームの一部ルールだけを発動したらしい。
 兵隊達は優希以外を殺しに来るだろう。容赦無くな。
 誰だろうと、俺は殺したくないから、それなりに対応しないと成らない。
 そしてこちらには完全に探知ソフトに掛からなく成るジャマーを奴等の部隊の一部から手に入れている」

此処で高山と手塚を見ると、高山の方が頷きを返して来た。
ジャマーマシンは今、高山が持っている様である。

「このジャマーは半径10メートルと少しくらいまで有効の様だ。
 だから出来るだけこの範囲内に居る事で、こちらの行動を相手に読ませない事が出来る。
 そして現在の問題点だが、御剣達が見当たらない事だ」

「見当たらない?」

俺の言葉に麗佳が訝しげに聞き返した。
これには他の者も疑問符を浮かべている。
多分材料無しで理解出来るのは、俺か文香くらいだろう事態だからだ。
なので、此処は言葉を選ぶ必要がある。

「多分、俺達と同じくジャマーの機械を拾ったかしたんだろう。
 俺達が6階に上がって来た前後くらいからだな。感知系ソフトに全く引っ掛かって来ない」

「それでは、合流が出来ないのではないの?」

「そうだ。そしてこのままだと渚は良いとしても、御剣と姫萩、そして耶七の首輪は作動するだろうな。
 だから奴等と合流したいのだが、機械の機能を切って貰うしか無い状況だ。
 元々は御剣達と合流してから兵隊と相対する予定だったが、このまま時間を無駄には出来ないので、こっちだけでやってしまおう」

麗佳の疑問には事実だけを言い含めておく。
彼女に余り喋ると突っ込む要素を晒してしまいそうだったからである。
しかし珍しくかりんが反論して来た。

「戦う必要あるのか?ジャマーだっけ?で、逃げ切れば良いじゃないか」

彼女の言う事は尤もである。
仮に此方が逃げ続けた事で兵隊が御剣を狙うにしても、あちらが協力して来ない以上は頑張ってとしか言えない。
何せ俺と渚はジャマー無しで一時間以上館内をうろついているのだから。
だが『ゲーム』では手塚と高山のコンビの位置を補足出来ていなかったし、探知系は「エース」の物資には無いのかも知れない。
また御剣のPDAに探知系ソフトは無かったので、俺達を認識出来ていない可能性も高いだろう。
そして俺が強襲部隊を「ゲーム」内で処理したい理由は別にあった。

「実はな、奴等があの提案をしたのは別の目的があると思って良いんだ。
 良く考えても見ろ。あの時点で態々あちらの兵隊を、「ゲーム」に介入させる必要があると思うか?
 ただ俺達を殺したいだけなら、館内のセキュリティシステムとやらを無差別に起動させれば良い。
 殺し合いを楽しみたいなら、もっと別の、中のプレイヤーがお互いに争い会う様な、そんなエクストラゲームを提案すれば良い」

一度言葉を切って皆の様子を見ると、事情を知っている3人も難しい顔をしていた。
事情を知らない他の3人に至っては顔を青褪めさせている。

「つまり奴等は「ゲーム」の体裁を整えつつも、優希を確保した上で俺達を殺したいんだよ。
 もしこのまま「ゲーム」が終われば、奴等はもう「ゲーム」の体裁を気にする事は無くなる。
 だから73時間経過、いや出来れば6階が進入禁止に成る72時間が経過するまでに奴等を無力化出来なければ、俺達は嬲り殺しにされるだけだ」

彼女達には館内のセキュリティシステムを通常状態で固定させている事は伝えない。
今「組織」と交渉中である事は伝えない方が良いだろう。
それに強襲部隊を無力化したい理由に嘘は無い。

「どちらにせよ、奴等とはやり合わなければ成らない、と言う事だな」

結論を高山が述べてくれる。
麗佳もやっと理解してくれた様で、小さく頷いた。

「だからこれからどうするか、なんだが俺は…」

「早鞍さんっ!誰か動き出したわっ」

俺が今後について話そうとしたら、渚からいきなり声が上がった。
それを聞いて俺はすぐに左手側のソファーに腰掛ける渚の後ろへ移動して、PDAを覗き込む。
そこには2つの動体反応が示されていた。
2つのみ?

「何処から出て来た?」

「今の少し左くらいよ」

演技を忘れて短く答える渚。
俺は気にせずに、すぐ俺のPDAの画面を見た。
すると強襲部隊の光点が4つずつの2部隊に別れているのが判る。
1つは今まで通りゆっくりと進軍していたが、もう1つがそれなりの速度で2つの動体反応のあっただろう方向へと進んでいる。
PDA検索を実行するが、何処にも光点は表示されなかった。
俺達も現在はジャマー装置の範囲内に居るし、多分御剣も出てないのだろう。
つまり、文香か?
だが2人なのが気になる。
ペアなのは葉月だろうか?
そして兵隊の動きをこちらが知っている事は麗佳達3名は知らないし、この機能をどうやって手に入れたのかを追及されるのは拙い。
ここは無難な理由で動こう。

「皆、御剣達の誰かが動き出した様だ。俺はまずこの2人に合流しようと思う。
 ただし高山達は兵隊を警戒して欲しい。高山、PDAが無いと動き難いだろう?
 これを持って行け」

渚の隣でその画面を見ていた高山に、7番のPDAを投げ渡す。

「良いのか?」

彼は驚いた顔で聞いて来た。

「もしも奴等とやり合うには必要だろ?偶然でも出会ったら、足止めだけで良いからな。頼むぞ」

ちらりと7番の画面を見る高山は、俺が言いたい事を理解してくれた様だ。
しっかりと頷くと席を立つ。

「手塚、済まないが高山を援護してくれるか?俺達が2人と合流したら退いてくれれば良いから」

「はっ、俺が全部殺っちまっても知らねぇぞ」

「出来れば致命傷は避けて欲しいね。敵味方、どちらにしても」

返答からして了承だろう。
俺は自分の荷物を掴んで、荷物を集積している所へと向かう。
装備を整えなくては成らない。

「ジャマーは引き続き高山が確保してくれ。
 それと、ネットワークフォーンを7番に入れている。8番にも入れておくから、何かあったら連絡してくれ。
 多分こっちからはジャマーがあると通じんだろう」

それから俺は自分の荷物を漁って1つのアイテムを取り出した。
それを高山に、これは投げる訳にはいかないので手渡す。

「これは?」

「対人地雷だ。7番のPDAで遠隔起動出来る」

もしかしたら耶七が使っているのを見ていなかったかも知れないので、遠隔操作についても知らせておく。
それでも高山は訝しげだ。
この程度の武装では意味が無いとでも思っているのだろうか?
今の彼の持つ荷物には何が入っているのだろう?
だがこれは威力が目的ではない。

「今言ったように、こいつは遠隔で起動し爆発させられる。
 だが使うのはこの起動だけでも大きいんだ。
 つまりは他の爆薬の起爆信号の起点に出来るって事だ。遠隔地に、手動でな」

高山は俺の言葉から、漸くその意味を理解出来た様だ。

「恐ろしい事を考えるな。確かにこれなら遠隔地に任意のタイミングで出来る。
 トラップで一番問題なのがその位置とタイミングだが、それが1つ自由に成るのは大きいな」

物資が制限されている現在、遠隔爆破など望むべくも無い状況でこのアイテムは上手く使えば恐ろしい兵器なのだ。

「使い方は、「機能」の「遠隔爆弾」の3番だ。1と2は使用済み。なっ、手ー塚」

「ん?…あーっ、あれかよ。くそっ、おっそろしい物持ってんじゃねぇっ!」

苦笑しながら手塚が返して来た。

「しっかし3つね。俺の自動攻撃機械も3台だったな」

そう言えば10番にはそんな機能も付いていた。
1台目は俺が破壊した。
2台目は御剣が止めた後、自爆した。
3台目は回収部隊との闘いで5階の下り階段ホールに置き去りである。
もしかするとホールの崩壊に巻き込まれてるかも知れない。
つまり全部今は使えないと言う事だ。

「まあ、上手い事使ってくれ。宜しく頼むよ」

この話はこれで切っておく。
余り時間を掛けると、この2名の動体反応が強襲部隊に襲われてしまいかねない。
周りを見渡すと、皆は既に出発の準備を進めていた。

1日目にこの部屋に置いて来た武装はかなりの物があった。
元々序盤だからと等級の高い防弾チョッキは残して来ていたし、重いので一部の装備も残ったままだ。
それらと回収部隊から奪い取った武装を色々と混ぜながら全員が装備を固めた。
特に俺は命が惜しいので、最大等級の防弾チョッキを真っ先に奪い取る。
これで当たり所によってはライフル弾でさえ俺を貫けない、筈だ。
しかし…重い。
十数キロは有るのではないかと思うほどに重かった。
だが命には代えられないので我慢して着る。
防弾チョッキを着ている時に高山に注意された。
どうもチョッキの内側に固いものがあると良くないらしい。
2日目頭の時は特に注意された覚えが無いが、彼も忘れていたのだろうか?
そう言う事なので今までジャケットなどに入れていたPDAはズボンのポケットに移しておく。
それに防刃コートまで奪った。
ヘルメットもあったのだが、そちらは手塚に取られてしまう。
防刃コートとどちらかとか選択を迫られたので、仕方が無くコートを選んだのだ。
しかしこれまた10キロ弱はありそうな重さに、辟易してしまう。
だが腕まで守れる装備がこれしかなかったのだ。
重さの原因は腕の部分にも入れている防弾板の所為でもある。
これで俺は皆の盾として機能するだろう。
ただスナイパーライフルだけは勘弁な。
あー、あとバズーカとかも無理だ。

武器はアサルトライフルに拳銃3挺、コンバットナイフと言う今までの定番。
荷物の中身も殆ど変わっていない。
特殊手榴弾の増減や食料の減少などあったが、昔入れていたものは使っていない限りは残ったままである。
そう言えばもう使わなくなったが、胸ポケットに入れてあるルール表も持ったままなのだが、それを捨てる気には成れなかった。
ある意味これは、俺が皆を殺さずに生きようとした出発点とも言えるものだと思えたのだ。
他の者も防弾チョッキや武器、荷物などを整理して各自用意が出来た所で、俺達は出発したのだった。



渚の持つ8番で取得出来る動体反応のみを頼りに俺達は館内を進む。
この8番には高山に言った通り、新しく「Tool:NetworkPhone 02」が導入されているので、何かあったら高山達から連絡が来るだろう。
そして現在動体反応の有る2人の目的は全く判らなかった。
あっちに行ったりこっちに行ったりをしながら迷走している様だ。
フラフラと歩く彼等に出会ったのは、俺達が部屋から出て30分を過ぎた頃である。
そこには縄を外されたのだろう耶七と一緒に歩く愛美が居た。

「愛美、耶七。どうしたんだこんな所で?」

俺が声を掛けた時、2人共ビクッと小さく震えた。
2人は俺達が20メートルくらいの距離で俺が声を掛けるまで気が付かなかった様だ。
かなり2人の顔色が悪い。
そんなに驚かせたつもりは無いのだが、そんなに予想外だったのだろうか?
内心首を捻っていた俺達の方へ愛美だけが数歩近付いて来る。
そして俺に回転式拳銃の銃口が向けられた。

「愛美さんっ!何してんだよっ!」

細かく震えて銃口を向ける愛美に、かりんが吼える。
だが愛美の目は怯えて銃を向ける者の目では無かった。
それは憎しみ。
彼女は俺達を、いや俺だけなのかも知れないが、憎んでいたのだ。

「早鞍さん、何で。何で賛成してくれなかったんですか…?」

震える彼女の銃口は俺の胴体、心臓を狙っている様だ。
あんな38口径では弾倉の全弾を使っても今の俺の命は奪えないだろう。
痛いだろうけど。
彼女はそれを知らないのだろうが、知ったとしても狙いを頭に変えるだけか。
しかし今更あの投票の件を出すとは、好い加減にして欲しいものだ。

「反対した理由は言った筈だが?それを理解出来なかろうが、結果は覆らんよ」

流れ弾で怪我をさせても拙いので、俺は1歩前に出て女性達を俺の後ろに庇う。
何時でも腕で頭部を防御出来る様に構えた。

「あのエクストラゲームが賛成されていたら、私達は、兄は助かったんですっ!
 貴方が兄を殺すんですっ!
 全部貴方が悪いのよぉーーーっ!!」

半泣きになりながら捲し立てた愛美は、とうとう引鉄を引いた。
敵対するなら拘束するだけだ。
1発は受けても良いと突進しようとした俺の前に、突然影が踊り出て来る。

「早鞍っ!がぁっ」

俺と愛美の間に突然割り込んだのはかりんだった。
着弾の衝撃で俺の方に身体が流れて来る。
反射的にかりんの身体を受け止めた俺の左手に、ヌルッとした感触が広がっていった。

「かりん?…おいっ、かりんっ!」

ぐったりとして力が入っていないかりんの身体。
死ぬのか?
折角首輪が外れたのに。
生きて帰せると思ったのに。
妹の所に戻してやれる筈だったのに。
頭が真っ白に成った俺の目に呆然とした愛美が映る。

「愛美ぃ」

自分でも驚くほどに低い声が出た。
その声に愛美は恐怖を感じた様で、肩を震わせて1歩後退る。
自身で聞いても、その怒りはどれほどのものだろうと感じるくらいだ。
それと同時に頭を過ぎる思い。
怒って相手を傷つけるのか?
家族が目の前で家と共に焼けていく光景がフラッシュバックする。
そして同じく燃えていく、親戚達。
駄目だ。
これでは駄目なんだ。

「渚、かりんを頼む」

「さ、早鞍さんっ、駄目ですっ!」

すぐ後ろに居る筈の渚に声を掛けて、かりんを床に寝かせる。
そして俺は、渚の制止の声を無視して愛美へと疾走した。

「愛美っ」

一連の事に動けないままだった耶七が危ないと思ったのか愛美に声を掛けた。
その声に反応した愛美は撃鉄を起こして、もう一度引鉄を引く。
距離的にはこれで最後。
降ろし掛かっていた銃口を上げながら撃った所為で頭部は狙えない。
此処までは狙い通りだ。
愛美の撃った銃弾は俺の右脇腹に当たる。
しかし防刃コートに防弾チョッキと防弾チョッキの表面に特殊なテープで固定していた予備弾倉が並んだ、堅固な俺の脇腹には届かない。
それでも昨日に受けた傷が衝撃で疼くが我慢した。
着弾の衝撃で少し後ろに退がってしまうが、すぐに前にベクトルを戻す。
そして愛美に正面から飛びついた。

「きゃあぁっ」

「愛美っ」

愛美の悲鳴と耶七の叫びが聞こえるが、もう俺の行動は止められない。
押し倒した時は俺が下に成る様にして、愛美が床に激突死はしない様にしておく。
それから床の上を半回転して愛美を仰向けにすると、その上にマウントポジションを取ってからその両腕を脛で固定した。

「動くなっ、耶七!そのまま3歩退がれっ!」

腰から自動式拳銃を引き抜き、安全装置が入ったままの銃口を愛美の顔面へ向ける。

「ひっ」

「わ、判った。判ったから、愛美を撃たないでくれぇっ」

俺が此処までするとは思っていなかったのか、2人共凄い動揺をしている。
耶七も俺の言った通り後ろに退がり始め、勢いが付いていたのか指示以上に5歩も退がった。

「お前達、何でそうやって他人を簡単に傷つけるんだ?耶七お前もだ。
 今お前達が、お互いが死んだらどう思う?その喪失を考えられないのか?」

興奮は無い。
静かな声で話す俺に恐れの感情が薄れたのか、耶七が叫びを上げる。

「巫山戯るなっ、お前に何が判るっ!俺にはもう愛美しか居ないんだっ!!」

「巫山戯ているのはお前だっ。何が判る?判っていないのはお前の方だっ。
 今、愛美が死に掛けているだけでお前はどう思っている?
 辛いか?苦しいか?だけどな。本当に死んだら苦しいなんてものじゃないんだ。
 お前が殺して来た奴等にも家族が居たんだ。
 彼等が悲しくなかったとでも言うのかっ!」

「それは…俺だってやらないと死んでるしっ!それに借金があ…」

「だから巫山戯るなと言っているっ!」

耶七の言い訳の言葉を途中で封じて、俺は言葉を続けた。

「想像も出来ないのかっ!
 大事な人が目の前で死んでいるその時の気持ちが?
 家族が目の前で死んで行くのに何も出来ない無力さが?
 自分が何をしても、もう、戻らない。笑顔も、言葉も、命、存在、その全てが何もかも無くなるんだっ!
 それが判らないって言うのかっっ!!」

俺は知らずに泣いていた。
多分言葉を紡ぐうちにあの兄が死んで転がっている光景と、家が焼かれていく光景が脳裏に浮かんだ所為だろう。
あの時はどちらも泣く事すら出来なかった。
現実が受け止め切れなかったんだと思う。
それでも今俺はそれを受け止め、そして過ちを繰り返さない様にしたいと思ったのだ。

「お前達がこのままで居るなら、その先にあるのは破滅だけだぞ!
 今回の「ゲーム」でそれが判らないのかっ!
 お前がもしあのまま5階で待ち続けたら、愛美の首輪は条件を満たせないまま首輪の作動を待つだけだったんだぞ?
 そしてお前が首輪を外す為には愛美を殺す必要も有ったかも知れないんだ。
 それでもお前等は殺し合うのか?そしてこれからも、それが無かったと言えるのか?
 結局このままならお前等は独りぼっちに成るだけなんだよっ!
 何処にも、帰れなくなるんだよっ!!」

俺の叫びに耶七が言葉を失い動きを止めていた。
静寂が支配する中で俺は一番気に成っていた事を、振り向かずに聞いてみる。

「渚、かりんの容態はどうだ?」

先ほどまで叫び吼え立てていたものとは全く逆の静かな声が出た。
高揚した事で息が少し荒いがそれもほどなく収まるだろう。

「それが…」

渚の絶望的な暗い声が聞こえて来る。
それを聞いた俺は少し歯軋りをした。

「これで、満足か?それとも俺を殺したら満足出来たのか?
 俺を殺しても耶七の首輪は外れないぞ?それとも更に7名殺すつもりだったのか?
 そうやってお前等は家に帰るのかよ。
 あぁっ?!どうなんだっ!!」

愛美の顔の横に左手をついた。

「ひっ」

呆然としていた愛美は俺の動きにひきつけを起こしたかの様に細かく痙攣する。
かりんの仇を取る為に殺すとでも思ったのだろうか?
もう、どうでも良い。
俺はそのまま立ち上がった後、転んだ際に愛美から手放されていた拳銃を拾う。
耶七は見た目に武器は持っていない様だから問題無いだろう。
それに彼等もこれだけ言えば、もう争いを止めてくれると、思いたい。
もうこれ以上は殺し合うしか無くなってしまうのだから。
俺は渚の元まで歩み寄り、その横に膝をついた。
目の前にはかりんの身体が横たわっている。
かりんが死んだ。
目標の1つを失った。
いや2つを一度に失ったのだ。
かりんと、そしてかれんの幸せを。
俺は、欲張り過ぎていたのだろうか?

「かりん…」

かりんの頬に手をやると、まだ暖かい体温を残していた。
これも時期に冷たくなって行くのだろう。

「早鞍さん~?まだかりんちゃんは死んでいませんよ~?」

「「はぁ?」」

俺と麗佳の驚きが重なる。
優希が驚いていないのは、渚の対面に座ってかりんを見ているからだろうか?

「え、でもさっき」

「あれは~、一生残る傷が付いちゃったので~、残念だな~、って~」

「えっ?」

「かりんちゃんの肌って~、すっごく綺麗なんですよ~。不公平です~。
 そう言えば麗佳さんも綺麗ですよね~」

何を言っているんだ、この人は?
だが良く見ると確かにかりんはちょっと乱れてはいるが、息をしているではないか。
死んだと思い込んでいたので全く気付いていなかった。

「あはは、は、良かった。…良かった」

身体の力が抜けて座り込んでしまう。
涙が出そうだった。
だから先ほど愛美の上で出した涙を拭う振りをして新しく出そうな涙を抑える。

「御免な。凄く、見っとも無い所、見せたな」

自嘲の笑いが漏れてしまう。
そんな俺に渚はいきなり俺の頭を抱え込んだ。

「もう大丈夫ですよ~。見っとも無くなんか、無かったですから~」

頭を撫でてゆっくりとした感じで諭してくる。
ああ、本当に母さんみたいだな。

「渚さん、今はそんな事をしている場合ではないのですが」

いつもの冷静な突っ込みが麗佳からやって来る。
って俺、滅茶苦茶恥ずかしい事をしていた。
俺は急いで渚から離れて起き上がる。
その勢いのまま立ち上がった。

「はは、済まん済まん」

頭を掻いて麗佳に謝る。
麗佳は俺に近付いて来てしっかりと目を見て来た。

「早鞍さん。貴方がどれほどの苦しみを受けて来たのかは問いません。
 けれども私は貴方を信じています。これだけは忘れないで下さい」

真剣な目と言葉。
俺は先ほどからの事で心の堤防が決壊していたのか、不意に言ってはいけない事を言ってしまう。

「信じる必要なんて無いよ。俺が誰も信じていないんだから」

「へっ?」

優希がポカンと俺を見上げて来る。
しまったと思った時には、周囲の空気が凍り付いていた。
何かフォローをしなければ成らない。
考えようとした時、麗佳が俺へ向けて銃口を向けて来た。

「なっ?!」

驚いた。
今の麗佳が俺に銃口を向けるなんて露ほども思っていなかったのだ。

「麗佳…?」

名前を呼ぶが麗佳の目は釣り上がったまま、冷たい目で俺を見据えていた。
いきなりの行動に今まで成り行きを見守っていた耶七や愛美まで驚愕の表情で固まって居る。
俺が信じていないって言うのがそんなに腹が立つ事だったのだろうか?
…立つか、普通は。

「…何故、驚くんですか?信じていないのでしょう?」

麗佳は静かな声で言うと、構えた銃を降ろした。
銃をホルスターに仕舞い俺に数歩近付いて、先ほどまでの冷たさが消えた真剣な顔で手を取って来る。

「貴方は信じていないと思っているだけ。ほら、こんなにも信じています。
 私達を、そして何もせずに愛美達に背を向けました。
 貴方は彼等も信じています。だから自分を責めないで下さい。
 もう自分を許して上げて良いじゃないですか?」

渚と違って俺の過去なんて知らないだろうに、ただ今までの俺を見ただけでこれ程までに読めるものなのだろうか?
確かに俺の今の驚きは、「麗佳と言う人間が俺を攻撃しない」と思っていなければ起こり得ないものだ。
だが俺は誰も信じない。
信じる訳にはいかない。
俺はただ、『ゲーム』にあった情報を元に判断しただけ。
そうだ俺は「人間」を信じていないんだ。
…だったら愛美は?耶七は?
彼等は『ゲーム』に居ないから何を元に判断したって言うんだ?
駄目だ、駄目なんだ。
あの灰色の空が…。
…なんだそれは?
頭がズキリと痛む。
俺の中にまだ思い出せていない事があるのか?
足りないピースに気付き心臓が鼓動を高める。
この失っている記憶が良いものなのか、それとも俺を根本的に変えてしまうほどのものなのか。
恐怖が襲う。
不意に過ぎっただけで身体から何もかもが失われていく様な感じがしたそれに身体が震えた。

「早鞍さんっ!」

手に、そして身体に、強い刺激を感じた。
見ると麗佳が俺の右手を両手で胸に抱えたまま、俺に密着していた。
更に背中には固い感触がある。
壁に押し付けられているのだろうか。
つまり此処まで押されてやっと気付いたのか?

「早鞍さんっ、大丈夫ですか?!」

凄い心配そうにしている麗佳に、何か言わなければと頭を巡らす。
そうだ、俺はまだ終われない。
まだ何も出来ていないのだ
しかしもう誤魔化すのは疲れた。
だから俺は情けなくとも、麗佳に素直に話す事にした。

「御免な麗佳。俺は多分、皆を信じているのかも知れない。でも認められないんだ。
 何故かは知らない。俺自身も知らない事があるみたいなんだ。
 だからそれが判るまで、俺は信じている事を、信じられないんだ。
 だけど、これだけは言える。俺は皆を生かして返す。生き延びるんだ。絶対に」

真剣な目で話す俺をじっと見詰めて、そして彼女は微笑んだ。

「いつもの早鞍さんの様ですね。少しくらいの矛盾はもう慣れました。
 それよりその自信満々な、真っ直ぐな目なら、安心です」

麗佳は微笑んでから身体を俺から離すと、握った手も離して退がって行った。

「自信満々って、何だよ」

「お前そのものじゃないか」

俺の呟きに少女の声が突っ込んで来る。
横を見るとかりんが上半身を起こしていた。

「かりんっ。
 傷は大丈夫なのか?」

「あはは、すっごい痛いけど、死にはしないよっ。
 かれんを助けるんだから」

痛みに顔を顰めるが、それでも彼女の心は元気そうだ。
本当に、良かった。

「ほらぁ、じっとしててよっ、かりんちゃん」

「そうですよ~、しっかりとツケを払わないといけませんからね~」

「痛っ、痛いってばっ」

右肩に付いた傷を、渚と優希に手当てして貰っている様だ。
それを微笑ましく眺めていると声を掛けられる。

「早鞍…さん」

「ん?」

声のした方である後ろを振り返ると、耶七とその後ろに隠れる様にして立つ愛美が居た。
彼等が近付いて来たのを見た麗佳がホルスターに収めている銃のグリップを握る。
それを片手を上げて制してから耶七に向き合った。

「どうした?」

「その…御免…なさい。俺、死ぬのが怖くて。でも、人を殺すのを愛美に見せたくなくて。
 そうだよな、死んだら悲しいんだよな」

目の前で愛美が死に掛けた事がトラウマとして焼き付いたのだろうか。
だがこう言った事は幼少時に多少は受けて置くべき事である。
彼にはその機会が無かったのだろう。

「もう争いは止めるか?」

「…止めたい。でも俺は…」

「お兄様…」

2人共、耶七の命で葛藤している様だ。
俺は1つ溜息を付く。

「ふぅ。
 それなら方法は無いでもない。だが今はまだ駄目だ。やる事が残っているのでな。
 それが終われば、お前が多分助かるだろう方法を与えてやる」

2人を真面目な顔で見てから、俺は告げた。
この台詞に生駒兄妹は驚いたようだ。

「え、でも、貴方は?」

愛美が2人の代表で聞いて来る。

「さて、どうだろうな。まだ方法は何も言っていないぞ?
 そして、今はお前達自身の事を考えるべきだろう?
 気にするな、俺がそう簡単に死ぬ訳が無い!
 主人公補正があるからなっ!!」

「また、変な事言い出したよ。頭でも打ったのか?」

自信たっぷりに言い放つ俺に、痛みに苦しむかりんから呆れた様な言葉が返って来る。
突っ込みがどんどん厳しく成ってないか、かりんちゃん…?



[4919] 挿入話8 「真相」
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2008/12/20 20:40
現在通信をしている相手は彼からすれば雲の上の人物であった。
秘密主義の「組織」の中でも最大の秘密として隠されて来た、彼等のボス。
今ディーラーはその当人と、通信機越しではあるが話をしているのだ。

「と言う訳でありまして、こちらの予期しない3番がどうしてもカジノ船に来る様であれば通信を寄越せと。
 また優希様を保護する条件がある、と申しております」

「…イレギュラー、か」

通信先の男は一言返した後沈黙する。
ディーラーは何かを言うべきなのかを迷った。
下手な事を言えば彼は元より、此処に居る彼の子飼いのスタッフまで累が及びかねないのだ。
彼が悩んでいると、ボスの声が再度聞こえて来た。

「判った。そのイレギュラーと話をしよう。その間はカメラを切って置けよ?」

「勿論で御座います。今すぐ彼を呼び出しますので、少々お待ち下さい」

そして彼はイレギュラーとボスの会話を繋いだ。
暫くの間、ボスとイレギュラーの話は続く。
どちらも通信機越しと成るが、横から聞いていた彼等の会話内容は彼の想像を超えるものであった。
「ゲーム」の終焉。
そして「エース」の襲撃。
それが彼にとっては吉と出るか、凶と出るか。
どちらが出るにしても、彼が今するべき事は少ないが重要でもあった。

イレギュラーと「組織」のボスの会話が終わって少しした頃。
ディーラーは様々な関係機関に指示を出した後、足早に歩いてある部屋の前まで来た。
そして豪華な装いをした貴賓室の扉をノックする。

「…どうした?…いや、入って良いぞ」

「失礼致します、金田様」

部屋に入ってから恭しく一礼するディーラーを、眼窩が落ち窪んだ様にも見えるやつれた感じの老人が睨みつけて来る。

「一体何の様だね?あれだけの時間で解決出来る事態ではないと思うのだがな。
 それとももう無理ですと弱音を吐きに来たのかね?」

「いえ、それが、解決しそうなのです」

「な、何だとっ!私を謀っているのでは無いだろうな?!」

金田はそのディーラーの性格を良く知っていたが、それでも尚疑ってしまう様な内容だったのだ。
あの短時間で此処まで複雑に絡み合った事態を収拾出来る訳が無い。
だからディーラーが嘘を付いている以外に無いと考えたのだ。
それでもディーラーは静かな声で告げる。

「こちらに色条様は来られません。確約を頂きました。
 ですから金田様、我々も此処を脱出致しましょう。此処は危ない状態に陥ります。
 色条様にとっても金田様は必要な御方で御座います。
 詳しい説明はヘリの中で致しますので、今すぐに出発の準備を御願いします」

頭を上げてから真剣な目で金田を見詰めるディーラーに、金田は声を無くしたのだった。





挿入話8 「真相」



カシュンと金属音が部屋の中に鳴り響く。
その音に少年は目を覚ました。
音がしたのは彼が閉じ込められている扉の方からである。
約34時間前までは定期的に食事が運ばれていたのだが、此処丸一日半ほど少年は何も食べていなかった。
フラフラと扉に近付いてその扉を掴んで見ると、呆気なくその扉が開いてしまう。
数時間前までは何をしてもビクともしなかった扉がである。
何が起こったのか判らないが少年はチャンスだと思い部屋を出てみた。
出て周囲を見渡しても見張りらしき者は居ない。
慎重に歩を進めながら、少年はこの牢獄を後にするのだった。

少年は左右の選択肢を迫られていた。
その通路の先にあるものは片方が屋上であり、もう片方は殆どの機能を失ったコントロールルームである。
もしこの時に彼が屋上を目指していたなら、外に出た途端に屍を晒していただろう。
屋上の出口付近には動体に反応して攻撃を仕掛ける自動攻撃機械が在ったのだ。
強襲部隊の残した機械は、その数4機。
全ての機体が「組織」のマーカーが無ければ、容赦無く攻撃をする様に成っていた。
だから彼がコントロールルームの方へと向かったのは正解であったのだ。
その辿り着いた薄暗いコントロールルームで少年は様々な情報を得る事が出来た。
「ゲーム」、「組織」、「カジノ船」、「ショー」、「ゲームマスター」、そして「PDA」に「首輪」。
何故こんな楽しそうな「ゲーム」に参加させなかったのか。
少年にはそれが不満であった。
自分なら絶対に勝ってみせる。
根拠の無い自信があった。
だが彼は知らない。
彼が本来持つべきであったPDA、そして解除条件が「3名の殺害」である事に。
そしてその運命を知らない。
本来彼は開始3時間程度で死ぬ運命であった事など。
彼は幸運により今も生きている。
その生をどう活かすのか。
今の彼にはそれが全く判って居なかった。
まだ中学生の、それも学校と言う少年にとってはその人生の殆どを占めている空間で虐めを受けていた子供である。
だからこそ彼は知る必要があったのだ。
命と言うものを。
その彼は大体の情報を得た後、このコントロールルームを後にする。
彼の目的はルール6の賞金20億であった。
全員を殺せば、その全額を自分が貰えるかも知れない。
彼は知らなかった。
既に「ゲーム」が普通の状態では無い事を。
「エクストラゲーム」が発動している事を。
そして少年は「戦場」へとその身を投じたのだった。



そこは他の部屋と同じ様に埃塗れの薄汚れた場所である。
文香は葉月達を隣の部屋に残して、御剣と姫萩をこの部屋へと誘ったのだ。
特別な感じも無いこの小部屋に連れて来られた御剣は困惑していた。
こんな袋小路の部屋に篭っては、兵隊達に攻められた時に逃げ場所が無いのだから。
だから彼を連れて来た文香を不安気に見たのは必然の行為だった。

「そんな不安そうな顔しないで。此処まで来ればもう大丈夫よ。隣の部屋の周辺は安全だから」

「安全って、どう言う事ですか?」

訝しげに聞く御剣へ文香は微笑を顔に貼り付けたまま、部屋の天井隅にある監視カメラを指差した。

「あのカメラ、実はちゃんと機能してないの。同じ映像をループして流すように細工がしてあるわ。
 カメラ以外にも、この部屋の付近を監視している装置は全て潰してあるの」

「…そんな事をする暇があったんですか?」

御剣は文香の言葉が信じられなかった。
彼女はずっととは言わないが、彼らと一緒に行動していたし、今までの経緯を聞いた時にも彼女が6階に来た事は無かった筈だ。
そして「組織」に気取られずに、この部屋にそんな細工を施すのはどう考えても不可能に近いと思われた。

「もちろんあたしにはそんな暇は無かったわよ。これをやったのはあたしの仲間」

「な、かま…?」

「そうよ、この部屋に細工をしたのもそうだし、此処まで逃げてくる間に奴らの目を誤魔化していたのもそう。
 この建物には「ゲーム」の仕掛け以外に、あたし達の作った仕掛けもあるのよ」

その文香の言葉に、御剣と姫萩の顔が見る間に曇った。

「じゃ、じゃあ文香さん、貴女は一体、何者なんですか?」

「あたしはテロリストよ」

文香の簡潔な答えは御剣達を驚かせた。

「て、テロリスト、だって?」

彼等には信じ難い話だった。
日本人はテロリストと言う言葉に、過激で攻撃的な印象が強いからである。
その印象と目の前の陸島文香という人物が結び付かなかったのだ。

「対テロ戦闘用・組織テロリズム。その英語の頭文字のAから取って、あたし達はエースと呼ばれているわ」

「エース…」

「そうよ総一君。あたし達はテロと戦うテロ組織なの。
 そしてその攻撃対象は、この「ゲーム」を主催している「組織」よ」

そうして文香はにっこりと微笑んで、説明を続けたのだった。

文香が「エース」についての説明を終えた時、御剣達は少し呆けていた。
その彼等に文香は申し訳無さそうに話し掛ける。

「御免なさいね、こんな事を言われても中々信じられないでしょう?」

「…いいえ、確かにテロリストって言われたときは驚きましたけど、冷静になって考えてみればその方が納得出来ます」

「信じてくれるの?」

御剣の言葉に文香は少し驚いた。

「ええ、ちょっと信じられないって思う所もありますけど。
 第一、犯罪秘密結社の悪徳ゲームに比べたら、非合法の警察組織のスパイの方がよっぽど現実的ですし」

御剣はテロリストという表現には驚いていたものの、政府や警察も敵であるならそうなっても仕方がないと考えていた。
警察を名乗れない警察、御剣は「エース」をそう結論付けていたのだ。

「確かにこんな「ゲーム」に比べれば、荒唐無稽ってほどでも無いですね?」

御剣の言葉に姫萩があっさりと納得してしまう。

「あ、貴方達ね。んー、まあ良いか。……ありがとう2人共」

文香は小さく微笑むと軽く頭を下げる。

「それで文香さんは何の為に「ゲーム」に参加したんですか?」

「それはね、総一君。今あたし達を守っているような仕掛けを、もっと沢山ふやす為だったの」

「仕掛けを、増やす?」

「ええ、あたし達の仲間は「組織」に逆に潜入してるの。
 そんな彼らの手引きで時折、あたしのように身分を偽って「ゲーム」に潜入するの。
 そしていろいろ細工をしていくわけ」

そうやって説明しながら文香は部屋を見回した。

「1度に「ゲーム」に持ち込める物の数なんてたかが知れてる。
 この部屋に限っても、1回の潜入で何とかできるような事ではないわ。
 あたし達はこんな事を何年も繰り返して準備を進めて来たの」

「組織」に気付かれずに館内に細工をするのは簡単ではない。
御剣達にも文香達が途方もない時間をかけて、戦いの準備を進めているのだという事が理解出来た。

「あの、文香さん。1つ宜しいでしょうか?」

「なぁに、咲実ちゃん?」

「文香さんの事は分かりましたけど、そもそもこの建物、そして「ゲーム」ってなんなんですか?」

「ああ、そうだったそうだった。御免なさい、それも話す必要があったわね」

そして文香は再び説明を始めた。
その内容は御剣達には文香の正体以上に驚くべき事だったのだ。

「ショー!?これがカジノの賭博の為のショーだっていうんですか!?」

御剣はそれを聞かされた時、この建物に連れて来られてから一番驚いていた。
彼にもこれが組織犯罪だという事は薄々分かっていた。
どう考えても数人でやれる事ではない。
しかしそれでも、これが全てショーであるという考え方は総一の想像の範囲を超えてしまっていた。

「そうよ。その為にこの建物は造られた。そしてその為に総一君達は誘拐されてここへ閉じ込められている。
 全てはカジノの客を満足させる為なのよ」

「ば、馬鹿な!?」

御剣は背筋が凍るような思いを味わっていた。
人が人を殺し合わせ、そこに金を賭けて楽しむ。
そんな事が現実に行われているという事実が恐ろしくて成らなかった。
だが確かにこれで辻褄が合う。
文香のこの説明で、御剣が抱えていた疑問の多くが氷解していた。
一見無駄とも思えるこの巨大建造物。
首輪とPDA、そして数々のルール。
いきなり開始が告げられるエクストラゲーム。
確かに御剣達だけの視点で考えればまったくの無駄なのだが、これに観客が居るのだとしたら話は違って来る。

「弄ばれているってのか、俺達は!?」

その瞬間、御剣は更に恐ろしい事に気が付いた。
自然とその視線が姫萩へ向く。
姫萩は御剣と同様に大きなショックを受けていた。
だから彼女はこの時、青い顔で助けを求めるように総一を見つめていたのだ。

「じゃ、じゃあもしかして、俺の首輪を外す為に咲実さんを殺す必要があるのもひょっとして……」

「……その通りよ総一君。総一君と咲実ちゃんが出会ったのもショーを盛り上げる演出の1つよ」

文香は事前に内部情報を得ていたのでそれを詳しく知っていた。

「えっ……」

総一を見つめていた咲実の視線が文香へと移る。

「そ、それはどういう事、なんですか……?」

「「組織」の連中はね?総一君に、死んだ恋人にそっくりの咲実ちゃんを殺させたいのよ。
 ショーを盛り上げる演出の為にね。…全く反吐が出るわ……」

その文香の吐き捨てるような言葉を聞いた瞬間、咲実は頭の中で冷静に理解していた。

(だから、私は御剣さんの近くに眠らされていた。一緒に行動させられた。
 そして、エースとクイーンを背負わされた。
 私がその恋人さんに似ているから、彼は私を見てくれていたんだ)

御剣が姫萩や優希の2人に対して特別に気を掛けていた事を、自惚れでは無いと彼女は感じていた。
しかしその理由が説明付けられなかったのだが、文香の言葉でやっと納得がいったのだ。
つまり御剣との出会いは運命ではなく仕組まれたものだと言う事である。
姫萩はそれでも良かった。
親を騙されて、親戚に僅かばかりのお金さえ取られて盥回しにされた人生。
他人を信じたくても信じさせてくれなかった世の中で、彼と言う信頼出切る人間に出会えたのだ。
姫萩のしっかりとした信頼の眼差しの先に居る少年は、文香の説明内容に激しく動揺していた。

「で、では文香さん、貴女達は、この巫山戯たショーを潰す為に行動しているんですね?」

「そうよ。あたし達はその為に存在している」

「だったら何故俺達を助けるんです?俺達を助けたって何にもならないし、貴女の任務の妨げにしかならない筈です!」

御剣はこれまで文香は味方だと信じていた。
しかし「組織」と文香の立ち位置がはっきりした今、御剣には文香が本当に味方なのかどうかが判らなく成ってしまったのだ。
こうやって彼等を助ける事は、彼女の立場を危うくし、その正体が発覚する原因と成ってしまうかも知れない。
そしてその正体の発覚は、これまで積み上げてきた戦いの準備までも危うくしてしまうだろう。

「確かにそうね。この任務は正体が発覚しない事が最優先よ。
 その為になら作業を進めるのを諦めたり、他の参加者を見殺しにする事が許されているわ」

「だったらどうして?!」

「事情が変わったのよ。
 戦いを始めるのはずっと先の筈だったのに、我々は今すぐに勝負に出なければ成らなくなった。
 だから総一君、貴方達に協力して欲しいの」

文香は真剣な眼差しで真っ直ぐに御剣を見つめてそう言い切った。
その落ち着いた声からは迷いは感じられない。
御剣はそれを嘘ではないと感じていたが、疑問は増すばかりだった。

「協力って…?一体どういう事です?」

「…始まりはタカ派の派閥の暴走からだったわ」

文香は近くの木箱に寄りかかると静かに話し始める。

「タカ派?」

「ええ、あたし達も一枚岩では無いの。
 「エース」を主導しているのはあたしの所属する穏健派だったのだけれど、強硬路線を主張する人間も多いわ。
 あたし達は関係者を「組織」に殺されている場合が多いから、そうなってしまうのは仕方の無い事なんだけど…」

そう呟いた時、文香の顔は痛々しく歪んでいた。

「彼らはあたし達の計画する最終作戦を待ち切れなかった。
 だから彼らは独自に「組織」のボスに対して報復しようと考えたの。
 それを主導したのはタカ派で実権を握っていた森という男。彼は「組織」に家族を奪われたわ。
 数年前に奥さんを殺され、去年は娘さんを「ゲーム」に参加させられて殺されたの」

「うっ…」

御剣は言葉が出なかった。
「組織」と戦うという事がどんな事なのか、それが朧気ながらに想像出来たのだ。

「その時の娘さんの映像が自宅に送り付けられて来た時、彼は覚悟を決めたそうよ。
 「組織」のボスにも、同じ気持ちを思い知らせてやろうって」

「ひ、ひでえ…」

そのタカ派のリーダーである森という人物は、その映像をどんな思いで見たのだろう?
それを想像すると総一は胸が潰れる思いだった。

「だから彼らは「それ」を「ゲーム」に紛れ込ませたのよ」

「「それ」?」

何故か文香はその言葉だけ直接の表現を控えた。
御剣が聞き返すと、彼女は言い難そうに言葉を紡ぐ。

「色条、優希よ」

「まさか、そんな…」

「嘘っ?!」

文香の搾り出す様な言葉に、御剣達は驚きに目を見開いた。
そんな彼等に文香は苦しそうに話を続ける。

「ボスに比べて彼女のガードは甘かったらしいわ。捕らえるのにはさほど苦労はなかったようね。
 しかもその時「ゲーム」にも丁度良い具合に欠員が出ていた。
 本来はね、総一君。桜姫優希という人物が参加する筈だった。
 けれどその子は少し前に事故で亡くなり、欠員が出たの」

「なっ」

御剣は絶句する。
そして姫萩も「組織」の意図を理解し、そして何故彼が優希も気に掛けていたのかを悟った。
名前が同じ、それだけでは無いだろうが切っ掛けには成ったのだろう。
彼等の思いとは別に文香の説明は続く。

「彼らの最初の筋書きでは、総一君に咲実ちゃんを殺させて、その様子を桜姫さんに見せるつもりだったらしいわ。
 自分と同じ顔の女の子が総一君に殺されるのを見たら、きっと桜姫さんは総一君を信じなく成る。
 彼らはそういう展開を狙っていたのよ。優希ちゃんを捻じ込むのは簡単だったそうよ。
 「組織」は元々欠員の補充を考えていた。プロフィールを少し弄ったらあっさりと成功したらしいわ。
 彼女が誰なのかなんて、幹部だって殆ど知らないんだもの」

ボスの娘の顔なんて誰も知らない。
「組織」の秘密主義がそうさせていた。
知っているのはボスと、ボスの極近くにいる側近だけ。
それも最高幹部会に参加しているような、地位の高い側近だ。
森という男の思惑通り、優希という名前の補充人員が欲しかった「組織」は、新たにやって来た優希という名の幼い少女に飛び付いた。
御剣の恋人は結果として死んだが、恋人の名を持つ少女を御剣の敵にするのは悪くない演出だったのだ。

「そして「ゲーム」の開始から暫く経ってから、「組織」は運良く彼女がそこに居る事に気付いたわ。
 「組織」は慌てた。そして何としても回収しようとした。これだけは森の誤算だったわ」

優希の存在に気付かずにそのまま「ゲーム」が進んでいれば、やがて森の思惑通りに優希は死んでいたかも知れない。
しかし解除条件の変更と、早々に条件を誰かの所為で満たしてしまった事も、その森と言う人物には誤算であった。
そして偶然カジノに顔を出した側近の1人が優希に気付いてしまった事も誤算だったのだ。

「でも1度「ゲーム」が始ってしまえば、「組織」としては「ゲーム」は止められない。
 カジノのお客は地位のある人間ばかりだから、信用問題もあるし、そんな不手際は教えられない。
 全ては秘密裏に行われなければならなかった」

カジノのお客の気分を害するという事は大きな損失を生む。
彼らは日本の政治や経済の要に存在しているから、その信用を失うのは由々しき問題だった。
だから優希の回収はあくまでも秘密裏に、しかも彼女には一切傷を付けないように細心の注意を払って行われなければ成らなかったのだ。
その説明を聞いた御剣は怒りを露にする

「正気の沙汰じゃない!!」

「その通りよ、あたし達もそう思った。だからあたしの任務が変わった。
 建物への工作から彼女の保護に、ね」

「保護?!奴等に渡してしまえば良いじゃないですか!」

そうすれば優希は親元へ戻る。
優希にとっては何の不都合もない。

「…そうするのが彼女にとっては一番良いのかも知れないわね」

「だったらどうして!?」

「幸か不幸か彼女が此処に居るお陰で、この10年間どうしても掴めなかった「組織」のボスの居場所が判ったのよ。
 今、彼はそこへと向かっている。…これは千載一遇のチャンスなのよ、総一君」

優希が此処にいる事で、ずっと所在が掴めなかった「組織」のボスが漸く姿を現した。
しかし彼がそこへ着く前に優希が回収されてしまえば、彼はそこへ行く事無く途中で帰ってしまうかも知れない。
文香達は優希を此処に釘付ける事で、ボスを隠れられない場所へ誘き寄せようとしているのだった。

「貴方も結局、優希を利用するんですか?」

「厳しいのね、総一君。でも皆が貴方のように真っ直ぐには生きられない」

「俺には、納得出来ません」

総一にも事情は理解出来ていた。
だが優希という少女と知ってしまっていた御剣には納得出来る事では無かった。
彼女を利用しようとする事はどうしても許せないと思ったのだ。

「総一君、此処であたしの仲間達が何人死んだか想像できる?
 そして何人の民間人が、此処で殺し合いをさせられたか想像出来る?」

興奮する御剣に対し、文香の声は穏やかで落ち着いていた。
御剣の感じている怒りは、文香自身も何度も自問してきた事だった。
そして彼女は彼を諭すように話し続ける。

「あたし達はそれを止められる。
 切っ掛けややり方は拙いのかも知れないけど、これで死んでいく人を見殺しにしなくて済むと思えば、あたしはやるわ」

優希を此処に連れて来たのは「エース」の本意ではない。
しかしそれでも、今優希が此処に居るという事実を使えば全てに決着を付けられるのかも知れない。
だから「エース」は最終作戦に踏み切ったのだ。
それは秘匿回線で彼女にも伝えられている。
彼女も目的は同じなのだから、その方法が何であれ従うしかないのだった。

「あたし達はテロリストなんだから」

文香は御剣達に言い切った。
信念を持った文香の言葉に対して彼等は答えられない。
中途半端な覚悟で、こんな危険な「ゲーム」に潜入している訳では無いのだ。
彼女には行なうべき目標が有り、その為の覚悟もしている。
そんな彼女に彼等が反論出来る筈も無かった。

「どうかしら、総一君。あたし達は別に優希ちゃんを殺そうとか思っている訳じゃないわ。
 でも彼女の父親は「組織」のボスである以上は拘束出来ないと、この「ゲーム」は終わらないのよ。
 こんな「ゲーム」は絶対に終わらせないといけない。
 でなければ今後もこうやって苦しむ人達を作り出してしまうのよっ!」

文香の言葉に御剣はしっかりと考えて、答えを紡いだ。

「文香さん。俺は大きな情勢とか良く判りません。
 でも、この「ゲーム」を終わらせなきゃいけないって言うのは判ります。
 それが出来るって言うなら、協力します」

「御剣、さん…」

右手を握り締めながら答える御剣に、姫萩はその右手を両手で包み込んだ。
彼女にも御剣の心の葛藤は痛いほど判ったのだ。
つまりは優希の父親と他の人間を天秤に掛ける行為である。
そんな権利など本来の彼には無い。
それでも選ぶとするなら、大勢の人間である筈だった。

「けれど、1つだけ約束して下さい」

「何かしら?あたし達に出来る事だったら、出来るだけ要望に答えるわ」

「優希です。彼女には罪はありません。
 父親が「組織」のボスだからって彼女までどうにかするって言うのなら、俺は協力出来ません」

(ああ、やっぱり御剣さんはこういう人だ。彼は間違ってなんかいない)

彼の右手を包みながら姫萩も彼の言葉の後に文香へと頷いてみせる。
それを見て文香は苦笑いを浮かべて彼等に返事をした。

「あはは、まあ、その権限はあたしには無いんだけど。でも出来るだけ努力するわ。
 私も優希ちゃんを害したい訳じゃないんだから、ね?」

「そうですか…。
 それで俺達は何をすれば良いんですか?まずは優希の確保ですか?」

「そうね。まずは優希ちゃんの身柄を押えておかないと、何時彼等に連れて行かれるか判らないわ」

文香は今もまだ外原を信用していない。
外原と言う男の元に優希を置いておくのは不安だったのだ。
彼の行動はどう考えても矛盾があるのだから。
だから彼女は真っ先にするべき、そして一番重要な事を彼等にお願いする事に成る。

「…今はまず早鞍さん達の位置を知る事ですかね?それにあの兵隊達はどうするんですか?
 あちらも優希を狙っています。
 鉢合わせするのは目に見えてますから、対抗策が無いと皆を説得出来ません」

御剣の問い掛けに文香も頭を悩ませる。
彼の言う問題を文香も気付いていたし、その対策を考え続けてはいたのだが、その解決策が出なかったのだ。
相手がこちらを狙って来るのであれば幾つかの対抗手段は残っている。
だが追い掛ける側では難しい。
戦いと言うのは攻めより守りの方が楽なのだ。

そうして彼等が頭を悩ませていた時、隣の部屋への扉が突然開いた。
彼等がその音に振り向いた先に居たのは葉月である。
彼等は酷く狼狽している様で口を動かしては居るが、言葉が紡げていなかった。
だから文香は助け舟を出してみる。

「どうしたのですか?葉月のおじ様」

「い、愛美さん達が、居なく、なったんだ」

「愛美さんが?!」

葉月の言葉に御剣達は急いで隣の部屋へと移動する。
そこには誰も居なかった。
後ろに居る葉月は、愛美と一緒に耶七も逃がしてしまったのである。

「耶七君が、トイレに行きたいと言うのでね。その、縄を外したんだ。
 もう争わないと約束してくれたからなんだが。それに彼は武器を持っていないし」

「葉月のおじ様。耶七君は素手でもおじ様より強いのですよ?
 愛美さんによると、彼は古流剣術を習得しているそうですし。
 どれだけ危険だったのかご理解下さい」

「う、うむ。済まない」

葉月の説明に文香がその軽率さを責めるが、葉月としては愛美が居るのもあったので断り難かったのだ。
御剣は葉月の気持ちも判らないでもなかったので、フォローをしておく。

「文香さん、今それを言っても仕方有りません。
 それより、此処が誰かに知られてしまう可能性がありますね。
 移動した方が良いと思いますが、どうでしょうか?」

「…そうね、それに優希ちゃんを確保するには、どちらにしても動かないと駄目か」

「優希ちゃんを確保、とは何の事かね?」

先ほどの別室の話を知らない葉月が疑問を口にする。
文香は真相を葉月に話すつもりは無かった。
彼がこれらの事実を受け止めて、その上できちんとした行動が取れるとは思っていなかったのだ。
しかし彼の言葉に御剣がすぐに答えてしまう。

「俺達は優希の安全を確かにしたいんです。その、皆さん早鞍さんを信用されていないみたいですし。
 だから俺達と一緒に73時間経過まで待とうかと思っています」

「しかし、それでは君達の首輪が…」

葉月は73時間の言葉で彼等の首輪を再度認識してしまう。
だが御剣の首輪は彼の信念を貫く限り外れる事は無い。
それでも生きようと決めたのだ。
諦めないで居ると、隣に居る少女と歩んで行くのだと。

「まだ他に手がある筈です。俺は最後まで諦めません。
 そして早鞍さん達も助けたいんです。だから力を貸して下さい、葉月さんっ!」

御剣の真剣な目と言葉に、葉月は感銘を受けた。
こんな子供がしっかりと前を見据えて居るのだ。

(僕がこんな状態でどうするっ!)

突然葉月は両手で頬を叩いた。

「葉月のおじ様?!」

「済まない。僕は、思い違いをしていた様だね。
 怖いからって疑うんじゃなくて、互いに信じなきゃいけなかったんだ。
 申し訳無い。今まで我侭を言ってばかりだった」

文香が葉月の行動に驚くが、葉月は覚悟を決めて彼等に頭を下げて謝罪した。
今この様に分断されて混迷しているのは、葉月と愛美の疑心暗鬼からだったのだ。
そして彼が事態をしっかりと認識していなかったから、結局愛美達を孤立させてしまった。
もう過去は取り戻せないが、だからこそこれ以上悪くする事は出来ない。

「それで、優希ちゃんの居る所は判っているのかい?
 助けるのなら早い方が良いだろう」

「そうですね。ただ、今の俺のPDAにはソフトウェアが殆ど入っていませんから、場所が判りません。
 文香さん、一旦階段まで戻りますか?他に手掛かりは無さそうですし」

御剣は文香を見るが、彼女は顎に手を当てて何かを考えていた。
文香が考えていたのは優希の事もあるが、それ以上に「組織」を警戒していたのだ。
あのエクストラゲームは本当に発動していないのか。
していなければ何故彼等はあんなに堂々と自分達を追いかけて来ていたのか。
そして発動しているなら、あの回収部隊だけでは無くなるだろう。
追加の部隊が必ず来ている筈なのである。

(彼等に協力を要請したのは早計だったかしら…)

彼等の心の強さを見て文香は心強くも思うが、それが彼女を躊躇わせていた。
今更ながら素人に全てを話して協力を願ったのは自分の弱さでは無いかと思えて来る。

「文香さん?どうしました?」

「えっ?ああ、御免なさい、ちょっと考え事をしてたわ。
 今後の事よね?それは…少し、此処で待って居て貰えるかしら。
 あたし達にはまだ敵が居るんだから、ね?」

彼女は最初から自分自身については覚悟を決めていた。
だがこれからは彼等を巻き込むという覚悟を必要としている。
彼女と「エース」の為に彼等に戦いをさせるのだ。

(本当、ただのテロリストよね)

部屋を出て行く彼女はそれでも戦い続けなければ成らなかった。
だからこれからする事は武器の調達である。
このジャマーされた範囲内にも武器や道具は存在していた。
エースがこの10年間で用意して来たものは少なくなかったのだ。
それらを掻き集めて、少しでも対抗出来る様にする。
それが今の彼女が出来る事であった。



御剣達がその部屋を出発したのは、耶七達がこの部屋を出てから1時間を過ぎた頃であった。
全身に各種の武装を付けて行動する彼等の姿は、3階で出会った時の外原達の様である。

(つまり彼等は事態をしっかり認識していたのか?)

自分の姿を滑稽だと思いながらも、今は受け入れるしかない。
そんな気持ちを外原達も感じていたのだろう、と御剣は今に成ってやっと判って来る。
此処に至ってやっと御剣達は現実を理解し始めていたのだ。
それは御剣に限らず、姫萩や葉月も同様の思いだった。
争いをしない事が難しい状況で何をしなければ成らないか。
それを今彼等は実践していかなくては成らない。
今まで彼等を守ってくれていた者達は、彼等自身が切り捨てたのだから。

『総一君、そちらはどう?何か有った?』

御剣の耳元に付いている小さな機械から文香の声が聞こえて来る。
これは軍で使用される小型の通信機であった。
このチャンネルに結び付くもう1つは文香が付けている。
それを用いて彼等は広範囲の警戒を行なう事にしたのだ。
更に彼等は一人一人が個人用のジャマーマシンとそのジャマーに阻害されない通信機を持っている。
それにより御剣達はPDAのソフトや強襲部隊達の機械などの検知に引っ掛からないでお互いに連絡も取り合えた。
これは「組織」が使うデータ収集用の機械を分析した「エース」の潜入員による大きな収穫の1つだが、逆に知られると大打撃を受ける装備でもある。
だが今使わなければ「エース」そのものが危ないのだから躊躇している場合ではないと、文香はこれらを使う事に決めたのだ。
今こそがこれまでのあらゆる準備を実らせる、決戦の時だった。

「いえ、何も見当たりません。進みますか?
 …いえ、ちょっと待って下さい。先ほど何か音が…」

「御剣さんっ!銃撃音ですっ。…子供?多分男の子が追われていますっ!」

御剣とペアで行動する姫萩も御剣と同じ音を聞いたが、彼女は彼よりもかなり耳が良い。
その為、その音の内容が判ったのだ。
姫萩の叫びに御剣は瞬時に判断を下す。

「何だって?!文香さん。今子供が追われている様です。少し様子を見て来ます」

『ちょっとっ?!総一君?ああ、もう。あたしもそっち行くから、それまで無茶は駄目よ?』

文香の制止が掛かる前に御剣は行動を起こしている。
それを通信機越しでも感じた文香は、早速行動を起こす為に足元に有った荷物を背負った。

「ふふふ、相変わらず無茶をしようとしているのかね。総一君は」

「ええ、そうみたい。子供が襲われているそうよ?だからあたし達も向かいましょう」

文香の返答に葉月が驚愕する。

「こ、子供が、かね?それは確かに急ぐ必要がありそうだね。
 よし、こちらは大丈夫だ」

葉月も驚いてばかりは居られないとばかりに、足元の荷物を背負い出発出来る事を伝える。
その葉月に頷きを返して、文香は御剣達の居た方向へと慎重に歩き出した。



少年は油断していた訳ではない。
ただ彼には現実味が余り無かったのも事実である。
そんな時に見掛けた者達は明らかに兵隊と呼称して良い集団だったのだ。
コントロールルーム付近の倉庫で手に入れた様々な道具の中には彼自身の知らない道具も一杯ある。
それでも役に立つかも知れないと持ち出して来たものの中に、回収部隊用のジャマーマシンが気付かない内に入っていたのは彼にとって幸運であった。
だがそれも無駄に成ってしまう。
彼はルール6の為にその集団に喧嘩を売ったのだ。

強襲部隊は少年の接近に気付いていなかった。
そうだとしても彼等はプロであり、此処は戦場である。
更には彼等は消えた敵を追っていたのだ。
それ故に見えない敵に備えて警戒を怠ってはいない。
ド素人である少年の罠を見付けるのは容易かった。
簡単過ぎて強襲部隊は逆に、これそのものが罠では無いかと警戒したくらいである。
幾つも仕掛けられた簡単な罠は次々と解除されながら、彼等は突き進む。
この部隊員の行動に今更ながら少年はおかしい事に気付く。
部隊員の数は4名だが、彼等は通信機を用いて他の誰かとも話している。
それだけの人数が固まっている事が、「ゲーム」に合わないと考えたのだ。
今回の「ゲーム」でも最大11名が一緒に行動しているので彼の違和感は間違っていたとも言える。
しかし確かに不自然ではあった。

(どうなってるんだ?この「ゲーム」ってのは殺し合いじゃないのかよ)

隊列を組んで行動する部隊員達に少年はどう対処しようかと悩んでしまう。
これまでの行動からして確実に相手はプロである。
彼では手に負えない相手と判断して、少年は踵を返した。
しかしその時には少年の視認距離まで強襲部隊が近付いていたのだ。

「目標補足。攻撃開始します」

「ああ、『ターゲット』で無い以上、生かす必要は無い。寧ろ確実に…殺せ」

小隊長の指示により彼等は、逃げる少年の背中にアサルトライフルを撃ちながら近付いて行ったのだった。

少年は確かに頭は良かった。
だが一度も銃撃戦を行った事は無く、当然ながらその危険性は頭で理解していただけだったのだ。
だから彼は部隊員達と直線と成る通路を走って逃げたし、その後も脇道に身を隠そうともしなかった。
その為彼はその内の数発をまともに受けてしまう。

「ぐあ、ぎゃああぁ、痛いっ、痛いよっ!」

左足と左腕を銃弾が掠め、そして左肩に貫通銃創を受ける。
その肩への衝撃で彼は前のめりに倒れてしまった。
倒れた彼の背後、つまり上側を幾つもの銃弾が空を切る。
最初は倒れた時に、銃痕の痛みでそのまま動けなく成る所だった。
だが銃弾の音を聞いた彼は痛みよりも恐怖が心を支配したのだ。

(このままでは殺される?!
 嫌だっ!死にたくないっ!!)

少年は左肩を抑えながら、やっと脇道に避けるという選択肢に気付き、それを実行した。
彼がまだ生きているのは距離がかなりあった事と、彼自身が中学生の中でも小柄な方であり狙いが付け難かった為である。
少年は後ろから乱れる事無く聞こえて来る足音に追い立てられる様に走り続けた。
痛みで止まりそうになる身体を無理矢理引き摺って、何度も曲がり角を曲がる。
もう彼には賞金なんてどうでも良かった。
下手をすれば死んでいたのだ。
生き残れるなら何でもしてやると、本気で今彼は願っていた。
そんな時である。

「君?!大丈夫かっ?咲実さん、彼の手当てをっ。くそっ、酷い事をする」

曲がり角を曲がった時、目の前に見知らぬ人間が居たのだ。
彼は急いで拳銃を構えようとするが、左肩が痛んで拳銃を抜く事すら出来ない。
だがその出会った人間達は少年を攻撃しなかった。
寧ろ2人の内の女性の方は救急箱を荷物から取り出して、少年の傷を手当てし始めたのだ。

「ほら、じっとしてて。出血は酷いけど、貫通しているから弾を取り出す必要は無いわね。
 ちょっと染みるから我慢してね?」

「えっ?いったあぁぁっっ。
 ~~~もう…ちょっと…」

「あ、動いちゃ駄目よ。立派な男なら我慢しなさい?ね?」

姫萩は少年の性格を知ってこの様に言ったのではない。
ただ彼女は親戚を盥回しされて雑用を押し付けられていた時に、小さな子供の子守をした事もあった。
だからこのくらいの少年が子ども扱いをされる事を嫌うのは経験的に知っていたのだ。
彼女の思うこのくらいは、実際の少年の年齢より下として見られていたのだが。
少年の方もこの様に言われては、我慢をしなければ立派な男ではないと考えたのかじっとしようと思い始める。
それでも痛みは容赦無く襲うし、それは普通の人間に我慢が出来るものではない。
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも彼の手当ては進んだ。
その声を背中で聞きながら、御剣は通路の先を睨んでいた。
そして通路先の曲がり角にあの部隊員が出現した瞬間に、アサルトライフルを掃射する。
あちらからも当然の様にやって来る銃撃を角に隠れて避けながら、牽制を何度も撃って足止めに専念する。
しかし今の状態では確実に御剣の小銃の方が先に弾が尽きるだろう。
御剣は冷静に判断すると、後ろの姫萩に声を掛けた。

「咲実さん、応急手当が出来たら、退いて。今の俺たちじゃ、あいつ等とやり合えない」

「判りました御剣さん。さあ、立てますか?此処は危ないので移動しましょうね」

馬鹿にするものではない本当の優しさに満ちたその表情に、少年は反射的に頷いていた。
先に立ち上がった姫萩の手を無事な右手で握って立ち上がる。
そして彼女達は御剣の牽制射撃に守られながら、後退を始めたのだった。



強襲部隊員は見知らぬ、情報に無い少年に少し困惑していた。
回収部隊なら食事の世話をしていた者も居たので知っていたのだろうが、彼等は参加していた13名の情報しか貰っていなかったのだ。
しかし『ターゲット』では無い以上彼も生かしておく必要性は無い。
だから追いかけていたのだが、思わぬ収穫があった。

「クックック。何処までお人好しなんだ?今回のプレイヤーは。
 折角隠れていたのに、もう尻尾が出て来たぞ?」

小隊長は笑いが止められなかった。
プレイヤー達にこのまま隠れられてしまうと、「ゲーム」上はプレイヤー達の勝利に成ってしまうのだ。
それでは自分達の誇りと「組織」の威信が揺らいでしまうと、彼は考えた。
だから何としてでもプレイヤーを始末したかったのだが、プレイヤーの大半の位置が判らなく成っていた。
途中2名ほどが動いているのを確認したが罠と思い警戒していたら、その2つも再度消えてしまう。
その内また別の場所に2名の反応が有ったので、今度は逃さない様に自分達とは別の小隊がそちらに向かっていた。
更に別の所から5名の人間が現れたのだが、その者達は先の2名と合流しようとしている様だ。
なので残念ながらそれらも別の小隊に手柄を譲る事に成ったのである。
こちらの小隊でも成果を挙げておきたかった所に、丁度少年が、そして御剣が現れたのだった。

「よし、自動攻撃機械の準備をしろ。一気に殲滅するぞ」

御剣達の逃げた通路には脇道が少ない。
そして館内は幾ら広いとは言っても、有限の空間である。
既に武装も少ないだろう相手なので、じっくりと追い詰めれば逃げ切られる事は無いと言う自信が有った。
だから此処で一部のプレイヤーを殲滅するのだ。
しかしお互いの位置が判らない状態と言うのは非常に厄介なものだと、小隊長は改めて感じるのだった。



御剣達は急いで強襲部隊と距離を取り続ける。
プロである彼等と同じ装備ではこちらに被害が出るのは確実だった。
そうして下がっている内に、それまで別行動を取っていた文香達と合流を果たす。

「総一君。大丈夫?ってこの子の怪我っ!…は、もう手当てはしてるのね」

「文香さん、奴等は数名がこの向こうに居ます。
 何か手を打たないと、このままじゃ俺達は追い詰められるだけです。
 隔壁を操作したりとか、相手を無力化出来る何かが無いですかね?」

御剣に問われて、文香は少し考える。
「エース」より彼女に与えられている情報は全てではない。
元々ただの工作員でしかない彼女には、本来館内の仕掛けを使う権限すら無いのだ。
だが今はそうも言ってられない事態である。
彼女は全てを用いると決めたのだ。

「幾つか、あるかしら。皆、こっちに来て貰えるかしら」

そう言って文香は近くの部屋に入って行く。
御剣達は彼女について部屋に入った。
そこは特に何の変哲も無い部屋である。

「おじ様、先ほど拾ったものを用意して頂けますか?」

「ああ、これかね。武器には見えないのだが、何なのかね?これは」

葉月の荷物から出て来たのは、箱型の金属物が2つと1つのモニター、そして銃型の何かである。

「ええ、館内の施設を一部乗っ取って操作する為のものですよ」

「君の組織はそんなものまで用意していたのかね?!」

驚く葉月の声に御剣は訝しげに文香を見る。
御剣に見られた文香は、困った様な顔で御剣の疑問に答えた。

「流石にこうなると葉月さんに何も言わず、ってのは無理だったの。
 だから私がこの「ゲーム」を無くそうって言う、ある組織の構成員だって事は言っちゃったわ」

文香の言葉には裏がある。
それを御剣は理解した。
逆に言えば、「エース」がテロリストである事や優希の確保の真実は教えていないと言う事なのだ。
これはただの一般人である葉月を最後まで巻き込みたくなかった文香のエゴだったが、御剣もそれを責める気は無い。
本当は御剣達も文香は巻き込みたくは無かったのだろうから。

「それで今のあたし達に扱えるのは『スタングレネード投射装置』と『緊急閉鎖システム』よ。
 出来ればこれで相手を沈黙させたいわね」

「…あんた等、何者だよ?そっちの2人は首輪してるからプレイヤーなんだろうけどさ」

4人で話し合っていた御剣達に怪我をした少年が話し掛けて来た。
彼にとっては強襲部隊も彼等もある意味敵である。
ただ、先ほど優しくしてくれた姫萩に銃を向けるのが躊躇われていた。
もし彼が傷つく事無く彼等と会っていたら、姫萩などただの甘ちゃんのカモとしか見なかっただろう。
今の少年は精神的に弱っていたのであった。

「俺達は4人ともプレイヤーだよ。
 俺は御剣総一。彼女は、姫萩咲実さん。こちらが葉月克己さんに陸島文香さん。
 葉月さんと文香さんは解除条件を満たして首輪を外したんだ。
 それよりも俺達にとっては君の方が誰なのか気に成るよ。
 プレイヤーは13人全員が判明している。けれど君はあの「組織」の兵隊には見えない。
 一体君は何者だい?」

「僕、じゃない、俺は長沢勇治。気付いたら知らない部屋に居たんだ。
 それで定期的に食事は出てたんだけど。…ああ、そういやずっと食べてないや。腹減ったなぁ」

少年が見付けたコントロールルーム付近の倉庫には食料が無かったのである。
だから彼はもう1日半以上の間、物を口にしていなかった。
今更ながらそれに気付いた少年は、身体中から力が抜けてしまい座り込んだ。
その言葉を聞いて、すぐに自分の荷物から一部の保存食と飲料水を取り出した姫萩が彼にそれを手渡す。

「ほら、これ。保存食だから美味しくは無いけど、何も食べないよりは良いわ。ね?」

「…あ、有難う」

突然目の前に出て来た飲食品に彼は驚いてしまう。
確かにそれは何かのブロック食料の様だ。
彼にとってはお馴染みのものだったので、受け取った後に急いで開けて食べ始め、水で飲み下す。
睡眠は充分だったが、この空腹は彼にはかなり辛かった。
親に甘やかされて来たのもある。
彼は食に関して不自由をした事が無かったのだ。
だからこの約1日は苦しかった。
それがやっと少し解消されたのだ。

「ぷはぁ。食った食った。あー、生き返る」

「行儀の悪い奴だなー。それで足りたか?とは言えあんまり一気に食べるのも身体に悪いか」

「そうですよ御剣さん」

長沢の食べっぷりに苦笑している御剣と姫萩。
そこに文香が割り込んだ。

「もう良いかしら?こっちのスタンバイは完了したわ」

「あっ、済みません文香さん。それでどうするんですか?」

「奴等が何処まで来ているかが確認出来たわ。あと10分程度でグレネードの通路を通るわ。
 私が奴等の前衛の足止めをするから、総一君が此処でグレネードを使って貰えるかしら」

「それは…。文香さん1人じゃ危ないですよ」

「総一君。あたしは訓練を受けた兵士。そして貴方達は一般人よ。
 だから、あたしが危険な事をするのは必然なの。
 貴方達には協力をしてくれるってだけでも助かっているんだから。ね?」

笑顔で言った文香の言葉は本音であった。
本当はこんな血生臭い事に彼等を巻き込みたくは無いのだ。
仕方が無い、そう言ってしまえば楽なのだろうが、だからこそそれは最小限にしないと成らない。
例えそれにより彼女の命が無くなろうとも。

「総一君、もしこの作戦が失敗した場合は例の部屋に戻って。あそこなら多分大丈夫だろうから」

「文香さんっ!」

「判って、総一君。君だけじゃないの。咲実ちゃん達の命も懸かっているのよ?」

文香の懇願に御剣は否を唱えられなかった。
そんな様子の御剣に文香は自分が間違っていない事を再度認識する。
彼等はこんな下らない「ゲーム」の中でさえ互いを信じて思いやれる、優しい人達だったのだから。

「それじゃ行くわ。タイミング、間違えないでね?それとおじ様、館内システムの停止の方も宜しく御願いします」

「判ったよ…。本当に大丈夫かね?文香くん」

館内システムの停止用コントローラーを持つ葉月が、文香を心配して声を掛ける。
だが文香はもう、後には引けないのだ。

「正直きついでしょうけど、やるしかないですから。御免なさい、おじ様。
 この子達を頼みますね」

そう言って文香は笑顔で部屋を出て行ったのだった。



文香が出て行った直後に葉月は手元の銃型コントローラーのファンクション1を押しながらトリガーAを引く。
これで館内のカメラのほぼ全てにループ映像を流す様に成ったのだ。
その後葉月はコントローラーにある1つのインジケーターランプを凝視する。
これが赤く光ったらカメラのコントロールを取り戻されそうに成っている警告らしい。
葉月がコントローラーを弄っている中、御剣は別の箱型コントローラーのボタンに指を置いていた。
隣のモニターには館内の通路が映っている。
このモニターには館内のカメラ回線に割り込んでその映像を奪ったものが映っているのだ。
今対象としているカメラは葉月が実行したものからは対象を外されている。
その為、ほぼリアルタイムの光学情報が映っていた。
暫くすると画面に強襲部隊が映る。
しかし彼等の前に変な円筒形の金属の塊が4つほど、部隊員達の前を進んでいた。

「自動攻撃機械?!くそっ、あんなものまで使えるのかっ!
 文香さん。あいつ等の前に自動攻撃機械が4台有ります。注意して下さい」

『総一君?…判ったわ。有難う』

文香は御剣の報告に眉を顰めたが、それでもやる事は変わらない。
暗視・閃光防御を行なう為のゴーグルと音響防御の耳当てを装着し、アサルトライフルを握って今にもやって来るであろう強襲部隊を待った。

「姉ちゃんは何もしないのか?」

「私は緊急時の対応要因なんだそうです」

御剣の後ろで同じくモニターを見つめている姫萩と長沢が話していた。
長沢の馴れ馴れしい態度にも姫萩は全く動じない。
彼女はそれ以上に酷い扱いを親戚達から度々受けていたのだから。
幼少からの辛い日々は、彼女に大きな傷を作りはした。
だがその苦難は今の彼女の精神力の糧と成っていたのだ。
それでも此処に拉致された頃の彼女だったなら、全てを後ろ向きに捕らえて自分に閉じ篭るだけだっただろう。
彼女が前向きに成れたのは、今も目の前で一生懸命に皆を助けようとしている彼のお陰である。

「ふーん。じゃあ、ぼ、俺と一緒で暇なんだ」

「暇ではないですよ?だからこうして現状を知る為に見ているんですから」

長沢の退屈そうな声に姫萩が答えた時、御剣に文香から通信が入る。

『相手の先頭が見えたわ。あれが自動攻撃機械ね』

「もう撃ちますか?」

『いえ、もうちょっと引き付けた方が良いでしょうね。出来るだけ相手のど真ん中で炸裂させてくれる?
 大丈夫よ、殺すような兵器じゃ無いんだから』

「判ってます。俺がしないと皆が死んでしまうんですから」

御剣も覚悟を決めていた。
今しなければ彼だけではなく、此処に居る全員が危ないのだ。

(こんな人を殺さないものくらい、使えなくてどうする!)

御剣は自分に言い聞かせて、ボタンへと指を押し込んだのだった。

スタングレネードの投射と同時に、文香は曲がり角から身を乗り出して自動攻撃機械へとアサルトライフルの銃撃を加えた。
まだ全てが回頭し切る前だったので1台からしか反撃は来ずに、4台全てを短時間で沈黙させる。
そしてスタングレネードで昏倒しているだろう兵隊達を制圧しようと先の角を曲がって行った先には、未だ2人の兵士が立っていた。
その彼等の頭部にはヘルメットと共に耳当てまで見える。

「対音響用装備?用意が良過ぎるわよ、あんた達っ!」

驚いた文香だがその立っている2人へと銃撃を加える。
2人は回避行動を取りながら、その内1人が倒れている兵士に取り付いて何かを取り出した。
兵士はその黒いボックスに唯一付いていたボタンを文香に向けて押し込む。
文香は自動攻撃機械のもう1つの役割に気付いていなかった。
その為その行為を何かの攻撃行動だと勘違いして銃撃を中止して身構えるが、何も起こらない事に疑問が浮かぶ。
一瞬の間が空いた後、文香の背後から爆発音が上がった。
曲がり角で銃撃を受けて停止していた筈の自動攻撃機械が自爆したのだ。
彼女はそれに気付かないまま、爆発による衝撃と爆風、そして自動攻撃機械の破片をその身に受けるのだった。



[4919] 挿入話9 「迎撃」
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2008/12/20 20:07

海上に仮設されたヘリポートでは10名の人間が待機していた。
ヘリポートは急遽作られたにしてはしっかりとしたもので、その上には補給が完了したヘリが2台止まっている。
更にもう1台下りられるスペースを確保しており、そのヘリポートの横にはタンカーの様な形をした中型船が停泊していた。

「そろそろかしらね」

きちんとしたスーツを着込み髪は頭の後ろで纏めて、縁の細い銀色の眼鏡を掛けた妙齢の女性が腕時計を見ながら呟いた。
腕時計の時刻は既に午前8時半前を示している。
彼女が言葉にしたのは、彼女達が待っているヘリの事ではない。
そのヘリは既に視界内に入っており、現在彼女達の頭上で着陸態勢を取り始めていた。

「本当に大丈夫なの?あの子達」

「さあな。だが可能性は高い」

女性の問いに、隣に立つタキシードに蝶ネクタイを着けた男性が答えた。
その男、ディーラーのボスとイレギュラーの会話後からの行動は素早かった。
襲撃を受けるであろうカジノ船を含めた各「組織」の施設へと対応の連絡。
ある場所は迎撃態勢を整えて、ある場所は拠点撤収の準備を進める。
そしてカジノ船へはダミーヘリを呼び出し、それにボスの身代わりを乗せて船に下りるように指示を出した。
また彼の子飼いの者を各脱出用の乗り物を全て使用して出て行く様にする。
これで過激派の幹部や観客がカジノ船から逃げる事は出来ない。
「エース」と言えども政財界の大物である「観客」には下手な手出しは出来ないから、充分に彼等の荷物に成ってくれるだろう。
その上で彼自身がヘリを操縦して幹部の金田を連れ出したのだ。
この緊急補給施設も彼の子飼いの者と隣の女性が尽力し用意したものであった。
止まっているヘリの1つは彼自身が操縦して来たものであり、もう1つは女性が衛生班6名と共に乗って来たものだ。
そして今下りて来たヘリには彼等のボスが乗っている。
着陸したヘリから数名が降りて来た。

「坊やっ!ああ、良かった。船に向かって来ると聞いて、気が気では無かったぞ」

「済まなかったな金田。今回は我侭を通させて貰ったよ」

降りて来た人物の1人に金田が心配そうに近寄ったのを見て、ディーラーもその男に近寄って行った。

「御足労頂きまして有難う御座います。ですが、一刻の猶予も有りません。
 あちらに補給済みのヘリを待たせてあります。そちらへと乗り換えて、早速出発致しましょう」

「君が、ディーラーかね」

「はっ。今回の事は誠に申し訳ありませんでした。叱責は後ほど御受けします。
 しかしこの場所もいずれ「エース」に嗅ぎ付けられるでしょう。お急ぎ下さい」

ディーラーの言葉に彼は頷いて、背後の者達に目配せをした。
1人はディーラーが用意したヘリの1つへと操縦士として乗り込んで、エンジンを起動する。
残りの2名は補給船へと向かい、ボスが乗って来たヘリへの補給の準備を行なった。
ボスの乗って来たヘリは本来カジノ船までのものだったので、此処まで燃料がギリギリだったのだ。

「「エース」か。今回は彼等も誤算であっただろうな」

ヘリへ向けて歩きながら、通りすがり様にディーラーへと言葉を紡ぐ。
その言葉にディーラーは口の端を吊り上げた。
ダミーヘリはそろそろカジノ船へと着く頃だ。
「エース」はそれをボスの乗ったヘリだと思っている事だろう。
奴等がボスの身柄を抑えようと乗り込んだ所に居るのは、あの過激派の幹部とその部下達、そして観客である政財界の大物である。
その政財界の大物達には「エース」も下手な事は出来ない。
「エース」としたら厄介な荷物を抱え込む事に成るだけなのだ。

ヘリの1つには再び衛生班が乗り込んだ。
やって来た時と違うのは1人の女性が乗っていない事だけである。
その女性はディーラーと共にもう1つのディーラーが乗って来たヘリに乗り込む。
今回は操縦をボスの直属の部下が行なっており、キャビンにはボスと金田、ディーラーと女性の4名が乗り込んでいた。
2台のヘリは彼等が乗り込んだ後すぐに離陸して目的の場所へと最高速度で以って飛んで行く。
残して来たヘリも補給が終わり次第補給者に操縦されて追いかけて来るだろう。
それまでに「エース」の攻撃を受けなければ、だが。
目的地までは3時間以上掛かる。
その間にボスは目の前の男に色々と聞いておきたい事があった。

「まずは。…そうだな隣の女性を紹介して貰えるかな」

「はっ。彼女は郷田真弓と申しまして、3ヶ月前までは今回の「ゲーム」のゲームマスターとなる予定であった者です。
 目玉の価値の低下で5番と7番を使用しましたので、今回は待機させていました」

「ふむ。では郷田。君なら今回の事態を収拾出来たかね?」

「…いえ。今こうして情報を纏めて見ての話と成りますが、此処まで混乱が続いた今回の「ゲーム」を捌けた自信は有りません」

突然のボスからの問いに、郷田と呼ばれた女性は少し考えてから答えた。
郷田の言う通り今回は予測不可能な事態が次々と起こっている。
その上「組織」の一部が勝手に暴走したのもあり、既に収拾不可能な場面まで来たのだ。
もし彼女がこの事態を収拾出来ると言っていたら、ボスは彼女を今後見限るつもりだった。

「ディーラーよ。今回の件は確かに大事に発展した。本来なら君の存在で以って清算するべきなのだろう。
 が、我々にしても丁度良い機会でもある。規模が大きくなり過ぎていた今の「ゲーム」はある意味荷物でもあった。
 潮時、と言う事なのだろう。後は、きちんと締めてくれたまえ」

ディーラーはボスのこの言葉に、直角気味まで折っていた腰を斜め45度くらいまで上げてボスを見た。
言葉の意味はディーラーを許すと言っているに等しい内容だ。
完全に覚悟を決めていた彼にとっては肩透かしも良い所である。
それでも彼は内心を隠してもう一度頭を下げつつ、口を開いた。

「お任せ下さい」

言葉を並べるよりも、今後の行動で示さなくては成らない。
ディーラーは隣の女性に目配せをしながらも、どう収拾をつけるのかを思案するのだった。





挿入話9 「迎撃」



完全武装の高山と手塚は7番のPDAから得られるマーカー情報により正確に彼等の位置を補足していた。
その進行経路も簡単に読めた彼等は通路に罠を仕掛けていくが、当然相手もプロでありそれらの罠を解除して進む。
外原に言われたのは彼等の足止めであった。
新たに現れた動体反応を追った外原達は、その者達と合流後に高山達と再度合流して事に当たる予定だったのである。
しかし数名の足手纏いに成りそうな女性が居る彼等と合流してからの行動を、手塚は出来るだけ避けたかった。
自分が好き勝手出来ないのは苦痛だからである。
2人で歩きながら、気だるそうな調子で手塚が隣の大男に話を振った。

「で、高山さんよぉ。言われた通り、足止めだけって事かい?」

「…出来れば此処で殲滅しておくのが良いだろうな」

「…ぉ?良いのかい?あいつ文句言うんじゃねぇか?」

「終わった事はグダグダ言うまい」

高山は表情を変えずに返答するが、その内容に手塚は喉の奥で笑い出した。

「クックック、良いねぇ、良いよ、あんた。そんじゃ、一暴れしますかねっ!」

手塚はそう言って銜えていたタバコを一気に吸い上げて、口から飛ばした。
高山も壁に付けていた背を剥がし手に持ったアサルトライフルを確かめる。
足止めなんて温い真似は彼らには出来なかったのだった。

罠を解除しながら進む強襲部隊は周囲に見当たらない敵影に精神を磨り減らしていた。
彼等の持つプレイヤーを表示させる機械には周囲に何も映していない。
遥か先にある光点を目指している筈なのに、罠があるのは此処なのだ。
それはこの周辺に敵が居る事を示している。

「どうなっている?奴等はどうして姿を隠せるのだ?」

今だけではない。
数時間前から沢山のプレイヤーが姿を隠していた。
それは長い「ゲーム」暦でも前代未聞の珍事であったのだ。
だから彼等もそれに対応出来ない。
彼等が助かったのは、自分達の進軍の先頭を自動攻撃機械に任せていたからである。
罠を掻い潜った後、15メートルほど先行させていた自動攻撃機械が謎の銃撃を受けて突然沈黙した。

「3番、5番沈黙。…続いて2番も沈黙しました。ああ、1番から8番全部沈黙っ!!」

「な、何だとっ?!」

轟音と共にものの数分で8台の自動攻撃機械が全て沈黙した事に、部隊員の中で唯一眼帯をした部隊長は驚きを隠せないでいる。
それは他の3名の部隊員も同じで、背筋に寒気を感じ始めるのだった。

手塚の射撃で戦闘は幕を上げた。
まずは密集している先頭の自動攻撃機械を狙い撃ちにする。
少し遅れて発砲を始めた高山の銃撃も加わり、彼等は確実にその数を削った。
8台中3台が沈黙した所で、高山は腰に付けていた手榴弾を手に持ってピンを口で抜き、投げ放つ。
壊れた3台が進路を邪魔をする中で後ろの5台は前に進むだけだったので、そのまま8台が密集していた。
そこのほぼど真ん中へと手榴弾が1つ、いやもう1つと転がる。
2つの手榴弾は時間差で爆発して曲がり角を爆煙で満たした。
煙が晴れたそこには自動攻撃機械の残骸しか残っていない。
それを見た手塚はバリケードから無造作に出て行き、その残骸へと不用意に近付いて行く。
高山は彼の目の前にある自動攻撃機械の残骸へ向けてライフル弾をお見舞いした。

「うわっと、何だよ高山さん」

「このタイプは自爆攻撃を持っている場合がある。車輪の間を打ち抜いておかないとな」

「あー、そういや在ったっけ、そんな機能が」

手塚も御剣に対して使った機能である。
それから手塚も少し引いてから、アサルトライフルで自動攻撃機械を全部打ち抜いてから曲がり角の向こうを視認した。
そこにはまだ残っている自動攻撃機械を前面に押し立てた強襲部隊が罠にも掛からず突き進んでいる。

「まーだ在るぜ?全部壊さなきゃ遊んでくれそうも無いかね、こりゃ?」

「…可能性は高いだろうな」

遊ぶ、と言う単語に顔を顰めるが、高山は言及せずに頷いた。
その高山にニヤついた笑みを浮かべたまま踵を返す。

「それじゃ特別な罠にご招待、ってか?」

そのまま通路を引き返して歩く手塚の後ろに高山も続いたのだった。

強襲部隊は自動攻撃機械の残骸を乗り越えて先に進む。
まだ幾つかの光点にはほど遠い位置なのだから、彼等は進まなければ成らない。
そして十字路に入った時である。
罠は警戒していた。
その起動用のトラップが無い事は判っていた筈なのだ。
それが彼等の油断である。
彼等が十字路を抜けた瞬間、十字路が大爆発を起こしたのだ。

「おいおいっ!爆薬の量が多いんじゃねぇか?こりゃ全員死んでそうだぜぇ」

その派手な爆発を見て手塚が焦りの声を上げる。
こんな程度で終わっては面白くないと思っただけなのだが、彼の予想は外れていた。
7番のPDAで遠隔操作で対人地雷を起動した高山はPDAを収めながら手塚に残念な結果を知らせる。

「まだだ、見た目は派手だが、殺傷能力は低いからな。殲滅する為には追撃が要る」

「何だよぉ、それを早く言ってくれよなぁ。んじゃ出陣しますかぁっ!」

まずは十字路に向けてスナイパーライフルを構える。
煙が晴れて来て人影が見えた瞬間に、手塚はその引鉄を引いた。

「ぐあぁ」

ライフル弾を食らい吹き飛ぶ部隊員を見て、残りの部隊員は狙撃を逃れる為に身を低くして撤退を始める。
煙で見え難い中でそれを感じた手塚は十字路へ向けて突撃を行った。

「ま、待てっ、手塚っ!」

追撃でバズーカを構えようとしていた高山は、手塚が飛び出した事で彼に被害が行く事を懸念してバズーカを横に捨てる。
余りにも無謀な行動に高山は驚いてしまい、彼に続いてバリケードを飛び出してしまう。
その彼等に向けて先行して爆発を逃れていた自動攻撃機械が銃撃を始めた。
手塚は横にスライドして銃弾を一箇所に食らわないようにしながら、手の中のアサルトライフルを掃射する。
防弾チョッキとは言え同じ所に食らえば防弾板が破損して、数値通りの防御力を発揮しないのだ。
2台残っていた自動攻撃機械は手塚のこの攻撃で破壊されていく。

「ぐぅっ。…けっ!この程度で収まるかよっ!」

幾つかの銃弾を受けはしたが、その全てが胴体の防弾チョッキで止まっている。
衝撃も辛いが、手塚は此処で強襲部隊を殲滅しておきたかったのだ。
しかし強襲部隊の撤退速度は思ったよりも素早かった。

「撤退だっ!此処で奴等の相手をするのは得策ではない。退けっ!」

十字路の爆破で彼等は平衡感覚が少しおかしくなっている事を自覚していた。
この状態では正常な戦闘は不可能である。
引いて心身を立て直す必要があったのだ。
部隊長の号令の下、先ほどスナイパーライフルで左肩を撃たれた部隊員を回収しつつ身を低くして撤退を始めていた。
彼等には残り8台の自動攻撃機械が残っていたが、その内2台が彼等の撤退中に破壊される。

「くそっ、奴等は化け物かっ!」

部隊員の1人が愚痴っているが、部隊長としてもこの惨状には苦々しく思っていた。
そして手塚が迫って来ていたので、撤退しながらも当然の様に彼へと弾幕を集中させる。

「例の三叉路まで早く引くんだっ!」

部隊長の声が銃撃音の中に響くのを聞きながら、手塚は幾つかの被弾痕を増やした防弾チョッキに守られて前進していた。
左右に身体を振りながら強襲部隊の銃弾を巧みに急所から外して進む。
その様子を高山は後ろから感心しながらもついて行っていた。

「何時までも逃げてんじゃねぇよっ!」

逃げながら撃って来る強襲部隊に呆れ返りながらも、追撃の手を休めない。
だが彼の銃弾も彼等の着る防弾チョッキに阻まれて致命傷を与えられないで居た。
互いに打撲傷だけが増える中、手塚達はとうとう1つ目の三叉路へと辿り着く。

「手塚っ!深追いは危険だ、一旦態勢を立て直せっ!」

高山の言葉が手塚の背中に飛ぶが、そのまま手塚は三叉路を直進しようとする。
強襲部隊はこの先のもう1つの三叉路を曲がっていたのだから当然の行為だったのだが、彼には注意が足りなかったのだ。
突然左側の通路から手塚へと銃撃が加えられる。

「くそっ、伏兵かよっ!ぐあっ!」

しかし手塚の反応は素早く、機械の駆動音が横からした瞬間に前に飛んでいた。
左腕に2つの銃弾がめり込むが、自動攻撃機械の銃弾は9ミリ弾だった為、腕が吹き飛ぶ様な傷には成らなかったが、その傷は深い。

「手塚っ、正面だっ」

高山の声に手塚が前を見ると、先の三叉路の横道から出て来たもう3台の自動攻撃機械がこちらに回頭を終えていた。
その間にも手塚の後ろの三叉路からも3台の自動攻撃機械が手塚を挟み撃ちにする為に出て来ようとする。
覚悟を決めた高山は、手塚の後ろから迫ろうとする自動攻撃機械の正面に出ていった。
右腕にアサルトライフルを左手に大型の自動式拳銃を構えて、1台ずつ確実に弾を集中させて破壊する。
特にその左手から吐き出された拳銃弾は凄まじく1発で自動攻撃機械を貫通し、中の部品を四散させていた。
左手の拳銃は1台に付き1発を打ち込みながら、ライフル弾の掃射で自動攻撃機械を完全に沈黙させようと撃ち続ける。
当然だが自動攻撃機械からも反撃を受けていた。
その銃弾の大半が胴体に集中した為防弾チョッキで止まるが、1発が右太腿を貫通する。
高山は油断していた訳では無いが、完全に沈黙する前にその自動攻撃機械達が爆発を始めた。

「ぐぅっ。壊される前に壊して来たか。冷静だな…」

3台が巻き起こす爆風に巻き込まれそうに成った高山は、瞬間に左に飛んで通路を戻る事で爆発の衝撃を最小限しか食らわない様にしたのだ。
彼が爆煙に巻き込まれている時に、手塚も同じく煙に巻かれていた。
その煙の中、彼は正面から迫ろうとする自動攻撃機械に対してあちらの射程外から狙いを付ける。
強襲部隊への追撃で弾を撒き散らし過ぎた手塚のアサルトライフルは、この時弾切れを起こしていた。
だから彼は背負っていたスナイパーライフルに換装していたのだ。
しっかりと狙いを付けながら撃ったその銃弾は幾つかを外しながらも、次々に自動攻撃機械へと命中していく。
当たった銃弾により吹き飛ばされたそれは、通常のライフルで撃たれた時とは違って各部品を周囲に撒き散らしながら転がっていった。
3機ともを吹き飛ばした手塚は伏せていた身体を起き上がらせながら、後ろに居る高山に声を掛ける。

「済まねぇな、大将っ!で、あいつ等何処行った?」

「…かなり遠くに行ったな。走って逃げた様だ」

悪びれない手塚に聞かれた高山は溜息を吐きながら7番のPDAを覗き込むと、既に強襲部隊は4つほど向こうの曲がり角まで逃げていたのだ。
その方向は外原達とは逆方向の為、高山は追うのを諦める事にした。

「あー、くそっ。戦果はガラクタだけかよっ。締まらねぇなぁ…」

「だがこれで奴等は自動攻撃機械を失った。だからこそ、走って逃げられたんだろう。
 相手の武器を1つ奪い、撤退させたのだ。充分だと思おう」

自動攻撃機械は戦術としては有効かも知れないが、一番の問題はその足の遅さであった。
それは自動攻撃機械を使用した事のある手塚も痛感していたので、素直に頷きを返す。
手塚の反応を見てから、彼の視線は彼の左腕に移った。

「それよりも、まず手当てだ。全く無茶をしおって。外原と変わらんな…」

高山は作戦の終了と考えて、手当をする事にした。
手塚の左腕の傷は見た目にもかなり酷かったのだ。
素人が戦果を挙げようと無茶をする事は良くある事である。
そしてそういう新兵から死んで行くのだ。
だから今も彼等が生きて残っている事が、逆に彼には不思議だった。

「あんな奴と一緒にするんじゃねぇよ。俺の方が良い男だっての」

陽気に笑って左腕を差し出す手塚に、高山は再度溜息を吐かざるを得なかった。

高山はPDA検索を実行してみるが、その地図上には1つの光点も表示されなかった。
首を傾げてもう一度実行する。
それでもやはり光点は1つも無い。

「どうした、大将?」

高山のおかしな様子に気付いたのか、手塚が聞いて来る。

「いや。…外原達が何処にも居ない」

「はぁ?あいつ等はジャマーなんぞ持ってない筈だろ?
 何で判らねぇんだよ」

そう言いながら手塚も自分の10番のPDAでJOKER検索を実行する。
しかし彼の地図上にも光点は出現しなかった。

「どうなってんだ?…もしかすると御剣と合流出来たのかねぇ。
 あいつ等、ジャマー持ってんだろ?」

「そう言う考えも、あるな」

2人は頷き合うが、これからどうするかを決めかねていた。
一応先ほどから高山がネットワークフォーンで通信を発しているが、応答は当然の様に無い。

「そっち、貸してくれねぇか?俺が声掛けてみるわ」

手塚の言葉に高山は少しだけ考えて、結局手塚へとPDAを投げ渡した。

「よーしっ。
 おーい。早鞍ぁ、何処行ったー。もしもーし。
 …ったく、マジ出ねぇな。
 こっちら足止めチームー。もしもーし。~~あーもう。チクショウがっ!とっとと出ろよっ!!
 …ありゃ?あー、もしもーし?もしかして通じてる?聞こえてまーすーかー?!」

気付いた時は雑音が聞こえ始めていたので通じているかと思ったのだが、手塚の予想は当たっていた。
PDAのスピーカーから男の声が上がる。

『うっさい!聞こえてるぞ。
 そちらはどうだ?こっちは生駒兄妹と合流しただけだ』

「おー、そっか。こっちは成果あんまり無いわ。いやー強ぇな、あいつ等」

生駒兄妹と言う事は耶七と合流したのだろう。
手塚にはガラクタだけなのを成果と呼べなかったので控えめに言っているが、自動攻撃機械16台は充分な成果である。
外原は手塚の言葉に呆れた様に溜息を吐いてから、返答を出した。

『こっちの位置が判るなら合流しろ。
 出来ればそっちのジャマーも切ってくれるか?』

「おいよー。
 おーい、大将、ジャマー切ってくれってよ」

何時の間にか少し離れた所で自動攻撃機械の残骸を調べていた高山に、手塚は声を上げた。

「判った。すぐに切る」

言いながらも高山は背中から荷物を降ろしてからその荷物の中のジャマーマシンを操作する。
その間にも手塚は右手の10番を操作してJOKER検索をすると、そこには1つの光点が発生していた。
既にNetworkPhoneは切れている様だったので、その7番を高山に投げ返しておく。

「うっし、位置確認。それじゃ、出迎えしますかね?」

「少しは安静にしていろ。お前の傷は、それなりに深いんだぞ」

「たくっ、心配性だねぇ、大将は。んじゃぁよ、十字路くらいまでは戻ろうぜ?」

言いながら肩に弾の切れたアサルトライフルを引っ掛け、スナイパーライフルを担いだ手塚は歩き出す。
軽い溜息を吐いて、高山も荷物を纏めて歩き出したのだった。



モニター画面では部隊員が2名倒れただけで、起きていた兵士の1人が倒れた兵士から黒いボックスを取り出してボタンを押し込んでいた。
その数瞬後、彼等の持つ通信機から女性の絶叫が聞こえて来たのだ。

『きゃああぁぁ』

「文香さんっ?!文香さんっ、どうしましたっ?!!」

「御剣の兄ちゃん、どいてっ!」

文香の悲鳴に慌てる御剣を押しのけて、長沢は先ほど御剣が押したボタンを押し込んだ。
再度画面内でスタングレネードが投射されて、モニター越しに通路を閃光と轟音が支配しているのが見える。

「早くあのお姉ちゃん助けに行かないと、死んじゃうんじゃない?」

冷静に言う長沢の言葉に御剣の目が覚めた。
彼は急いで立ち上がり扉へと駆け出す。
その時葉月の手元でインジケーターランプが赤く点灯した。
カメラのコントロールを取り戻され掛けている為、今度はシステムのシャットダウンが必要に成ったのだ。
シャットダウンを実行すれば数分は時間が稼げるからである。

「うわっと、えっとファンクション1を押してトリガーBだったかな。
 よしっ、これで良い」

彼はその行為を実行した後、急いで立ち上がる。
銃型コントローラーはその場に投げ捨てて、御剣の後を追った。

「葉月さんっ!」

「咲実さんにはそこで隔壁の操作の方をお願いしたいね。僕達が文香さんを連れて戻るから」

真剣な声で言い残して、葉月は御剣に続いて部屋を出て行った。

スタングレネードの閃光と轟音が撒き散らされた廊下で兵隊達は全員が倒れていた。
そこから少し離れた文香も同じくグレネードの効果を被っていたが、背中側で疼く痛みが彼女の意識を保たせていたのだ。

「がっ、はぁ、くぅ、これっ、きっついわぁ」

ずるずると身体を引き摺りながら強襲部隊から離れる方へと移動する。
もし彼等が起き上がって彼女に襲い掛かれば、文香の方には為す術が無い。
まだアサルトライフルは持っているが、まともに撃てるかどうか文香自身が疑問だったのだ。
1台のみ、それも文香から一番遠い固体の爆発だった為、文香は致命傷を負う事は免れていた。
それ以外の爆薬は、爆薬自体に傷が入っていたか、起爆信号を受けるアンテナが壊れたかしたのだろう。
彼女の背中の一部は赤く染まり、左肩と右足には大きな破片が突き刺さっている。
他にも小さな破片が無数に刺さっていた。
その殆どが防弾チョッキによって防がれていたが、一部守られていない所や、守られていてもそれを突き破ったものもある。
全身を激痛が駆け抜けるが、それでも文香は必死に成って身体を動かした。

「まだ、死ねない、のよ。あの子、達、帰して、あげない、と」

気力を振り絞って、這い摺る彼女の後ろで部隊員の起き上がった気配がする。
その気配に文香はライフルのストックを支えに後ろに振り向きつつ銃を乱射した。
振り向いた時に右足に刺さっていた破片が床に当たって傷を抉る。
そして銃が発する振動が傷を更に痛めるが、歯を食いしばって耐えた。

「ぐおっ」

立ち上がっていた1名の部隊員は袈裟斬りの様に斜めに銃弾を食らい、後ろに吹き飛んで仰向けに倒れた。
それを確認してから、文香は再び這い摺って移動し、曲がり角へと到達する。

「文香さんっ!!」

その時御剣が曲がり角から出て来た文香に気付いて声を上げた。
もう曲がり角まで来ていた御剣と葉月は彼女の元に駆け寄る。

「総一、君。何で、来たの?早く、逃げな、さい」

口から血を流しながら話す文香を曲がり角の手前に引っ張り込んでから、御剣は部隊員達を警戒する。
その彼には頭を振りながら起き上がって来る部隊員1名が確認出来た。

『総一兄ちゃん。早く下がってくれよっ。隔壁下ろすんだからさ』

御剣の耳についている通信機から長沢の声がした。
この耳に付けるタイプではなく手に持つタイプの小型通信ボックスを姫萩と葉月は持っている。
だから長沢は姫萩の通信機を用いて彼等に通信を寄越したのだった。
既に長沢は何度かグレネード投射用のボタンを押していたが、あれから1発も反応しなかったのだ。
その為、『緊急閉鎖システム』の方で敵と遮断する事にしたのだ。

「総一君。文香くんは僕が背負うよ。それくらいしか出来ないからね」

そう言いながら、葉月が文香を背負った。
ずっと耶七を背負って行動していた為か、随分と慣れた感じである。

「有難う御座います、葉月さん。すぐに下がりましょう。隔壁を下ろすそうです」

「うむ、では行こうか」

部隊員が全員起きる前に彼等は素早く後退し、その通路には隔壁が下ろされたのだった。

元の部屋に戻って文香を手当てはしたものの、これからの対策が彼等には無かった。
結局相手を殺すつもりで攻める事の出来ない御剣には決定打が無かったのだ。
今頼りの文香は化膿止めと痛み止めを飲んでうつ伏せで眠っている。

「それでどうすんの?このままじゃ奴等、来ちゃうんじゃない?」

「……逃げよう。何処までも。それが俺達に出来る最大の防御だと思う。
 相手を殺すなんて、俺には、出来ないんだから」

長沢の問いに返す彼の目は自棄に成ったものでは無かった。
彼は本気でこのまま73時間経過を目指す事にしたのだ。
しかしそれには問題がある。

「しかし、君達の首輪はどうするのかね?73時間には作動してしまうのだろう?」

葉月の言葉は現実と少し異なるが、大体は合っている。
確かに御剣もそれには頭を悩ませていた。
更に何時6階が進入禁止に成るか判らないのだ。
知らない事に対して人間はどうしても恐怖心が沸いてしまう。
当人ではないが、葉月には御剣と姫萩が死んでしまうのが怖かったのだ。
そんな彼等に姫萩は明るい口調で語った。

「こう成ったら、セキュリティシステムからも逃げ回りますか?」

クスクスと笑いながら話す彼女に男性達は驚いて姫萩を見る。

「どうされました?皆さん」

「いや、どうされた、と言ってもだね」

「姉ちゃん、やっぱりちょっとおかしい?」

葉月と長沢が姫萩の問いに呆気に取られながら返すが、姫萩は動じなかった。

「絶対駄目、何て諦める方がどうかしていますよ。まだ私達は生きているんですから。
 そうですよね?御剣さん」

「…全く、君は、厳しいなぁ」

微笑みながら問い掛ける姫萩に、御剣は苦笑を返す。

(全く俺の周りは厳しい女性しか現れないのだろうか?
 けど、普段ずぼらで不精な自分にはそれくらいが良いのだろうな)

御剣は桜姫優希を思い出す。

    『ズルはしちゃ駄目だよっ!』

(そうだよな、諦めちゃズルだよな)

御剣は姫萩をしっかりと見詰めて答えた。

「何処までも逃げよう。逃げ切れなく成っても諦めずに、最後まで!」

「はい、御剣さん。何処までもお供します」

御剣の言葉に姫萩は微笑んだまま答えるのだった。



御剣達が部屋から抜け出した30分も後に強襲部隊はやっとそこに辿り着く。

「ちっ、しぶとい奴等だ」

蛻の殻になった部屋を見て小隊長は舌打ちをする。
1人が自動攻撃機械の自爆攻撃で重傷を負ったのは判っていた。
部屋の中にもその血の跡が残っている。
それなのに彼等には死人がまだ出ていないのだ。
逆に部隊員の方も文香の攻撃で1人が重傷を負っている。
命には係わらないがかなり深い傷なので、今も眠った状態で他の部隊員に背負われていた。
しかし彼等の場所は正確には判らないが、ある階段ホールを目指しているのだけは判った。
そしてその階段ホールには彼等は一度立ち寄っていて、1つの拠点を作ってもいたのだ。

「先回りして奴等を追い込むぞ!」

「「おおおおお!」」

失敗続きだったこの任務にも漸く光明が見えて来た、そんな彼等であった。

強襲部隊の思惑は的中し、御剣達は慎重に周囲を見ながら階段ホールに入った。
その瞬間に御剣達はある通路から銃撃を受けたのだ。
最初の1発が文香を背負った葉月の横の壁を穿った。

「長沢っ!!」

「うわぁっ!」

「御剣さんっ!」

2発目の銃撃で狙われた長沢を御剣が押し倒して庇う。
銃弾は彼の背中の防弾板を甲高い音を立てて削りながら通り過ぎて行った。

「長沢っ、立てっ!次が来るぞ!」

「う、うんっ」

体裁を繕う事も忘れた長沢は慌てて葉月と姫萩が隠れた通路に向かう。
それを見届けずに御剣は立ち上がった後、銃撃が来た方へと目を向けると1つの銃口が彼に向いている事に気付いた。

(狙撃かっ!)

彼は知らないがそれはスナイパーライフルであり、彼の着る最大等級のアーマージャケットですら貫く威力を誇る武器である。
その銃口を認識した瞬間に彼は横に移動した。
部隊員のスナイパーライフルが火を噴いて、動く前に彼の居た付近へと銃痕を刻む。
御剣はすぐに身を翻して姫萩達の居る通路へと逃げ込んだ。
しかしその通路は10メートル程度しか奥が無く、行き止まりに成っていたのだった。

「拙いっ、逃げ道無しかっ!」

「総一君っ、これでは、もう」

御剣の叫びに葉月が不安そうな顔をするが、それにも御剣は真剣な顔で言い切る。

「まだですっ!諦めないって決めたんですから。まだ何かある筈ですっ!!」

その御剣の様子に葉月は安心感を覚えて、気を静める事が出来たのだった。

「ふふ、しっかり、して来たじゃない?総一君。これ、終わったら、お姉さんと、デートしない?」

「文香さんっ!大丈夫ですか?」

葉月に背負われていた文香は既に目を覚ましており、御剣の台詞に対していきなり冗談を言い出した。
その冗談には誰も答えず、姫萩が心配そうな声を出す。
文香の容態は余り良く成ってはいない。
それでも文香は諦めない彼等を信じようと決めた。
御剣達は彼女を一旦降ろして、彼等の荷物を用いて簡易のバリケードを作るが、かなり心許無い状態である。
強襲部隊の狙いは72時間に発生する6階の進入禁止化であった。
御剣達のグループに優希が居ないのは確認出来ている。
だから彼等をセキュリティシステムに巻き込んで殺すつもりなのだ。
それから逃れようと通路から出てくれば、狙撃して殺すだけである。
生き残りが居たとしても数の減った連中に対して突撃するのは容易いと読んでいた。
確かに彼等の作戦は無難且つ確実であったかも知れない。
だが彼等は急いで御剣達を殲滅するべきだったのだ。
時間を与えてしまった事で、部隊員達は御剣達を殺す機会を失ってしまう。

「あれはっ!外原さん?!」

「早鞍さんだって?!」

姫萩の声に御剣が姫萩の視線を追って見る。
御剣達の居る通路でも強襲部隊の居る通路でもない通路に居たのは、外原達であった。
外原達が到着して暫くした時、事態が急変する。
彼等はそれを、ただ見ている事しか出来ないのだった。



[4919] 第Q話 死亡
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2009/01/01 00:10

耶七達に事情を聞くと、どうも御剣達は他の皆には隠し事をしながらある部屋で全員を待機させたらしい。
トイレに行く為に葉月に縄を一旦解いて貰った所で、隙を見て愛美と共に耶七は脱出した。
それで館内を歩いている時に耶七の首輪についての話に成って、更にはあの投票についてと話が流れていく。
最後に俺が悪いと言う結論に至っていた時に丁度俺達が姿を見せたとの事だ。
一番悪いタイミングだった様である。
話にあった部屋に興味と言うか、確かめておきたい事が有った。
耶七に場所を聞いてみたところ、説明が下手な彼は俺達を案内してくれると言う。
彼に連れて行かれたその部屋には既に誰も居なかった。
そしてこの周辺にジャマーが掛かっている事が、8番の動体センサー検知が殺された事からも判る。

「このジャマー、何で行なっているのかしら?」

麗佳が当然の疑問を出した。
反抗勢力「エース」の機材で行なわれているものなのだろうが、それは知る筈の無い知識なので黙っておく。
部屋を調べていると、奥の方に奇妙な機械を発見した。
幾つかのランプが明滅している事からも稼動状態なのが判るが、その機械がどんな効果を持つのかは判らない。

「あ、それ私が此処を出る前に見つけたものなんです。何なのでしょう?」

愛美が聞いて来るが勿論答えられるものは居なかった。
怪しい機械なので誰も触らないようにして居るが、確かに気になる。
この部屋に置いてあるくらいだから、多分「エース」の機材とは思うのだが。
それに俺は試したい事があって此処に来たのだ。
思った通りにジャマーが掛かっている様なので実験を始めよう。

「皆ちょっと時間を取るけど、部屋の端に逃げていて貰えるかな?」

「逃げる?また危ない事をする気?」

「おう、危ない事を今からするぜ!俺には多分危険は無いだろうが」

睨む様に見て来る麗佳に俺は軽く答えておく。
実際近くに居たら危険だろう。
俺は端に移動してから、荷物の中から1つの首輪を取り出した。

「こいつを作動させる。だから端に寄っててくれ。近いとセキュリティシステムに巻き込まれたりするかもな」

俺の言葉に皆の顔が強張った。
だがそれに耶七が疑問を上げる。

「けどよ、装着者は居ないんだぜ?セキュリティシステムって働くのか?」

彼はゲームマスターの筈だが、知らないのだろうか?
それとも外れた首輪を作動した事が無いのか、毎回設定が変わるのか、理由は判らないがマスターですら知らない情報なのだろう。

「早鞍さんは手塚の首輪を外す為に一度、首輪を作動させているわ。
 その時にもセキュリティは動いたのですよね?」

耶七には麗佳が答えてくれたので、彼女に頷いておく。
あの時は暫くの間セキュリティシステムが動いていた。
スマートガン自動攻撃システムはサーモグラフィによる制御と『ゲーム』であったが、それだけでは無いと言う事なのだろうか?
攻撃を続けたと言う事はそうなのだろうが、つまりは楽観視が出来ない事になる。

「もう動かした事があるのに、何で今やるんだ?」

「それは…どうしてなのですか?早鞍さん」

耶七の今度の問いには答えられずに、観念した麗佳は俺に聞いて来た。
俺は部屋を見回しながら、その問いに答える。

「この付近はPDAの探知系ソフトウェアから防御されている。ある意味ジャマーがされた状態だ。
 さて、この状態でこの部屋及び付近のセキュリティシステムを殺した場合、我々は助かるでしょうか?」

「「「あっ!」」」

全員が俺の言葉に驚く。
皆生き残るのに「首輪を作動させない」事を中心に考えていた様であるが、「作動しても大丈夫である方法」と言う考え方もあるのだ。
だが俺はこの方法が多分駄目だろうと思っていた。
誰かが考え付きそうなこの方法の否定。
その証明をしたかっただけなのだ。
理由としては幾つか有るが、その1つにジャマーマシンの作動範囲内にあるのに「組織」の兵隊達は反応を見られた事が一番大きい。
つまりは首輪の作動信号がジャマー可能の電波領域から外れていれば意味が無いのだ。
そう成ればいずれ移動式のセキュリティシステム、例えばEp1の自爆する自動追跡ボールの様な物が来る場合もある。
あれならバリケードでも築けば対応出来るが、自走砲とか来られるとお手上げだ。
流石に自走砲は無いとは思うが。

「では、実験始めるぞー」

俺は隣の部屋への扉を開いて、その中に作動させた首輪を放り込む。
その後に俺も皆が待機している部屋の隅に移動しておく。
何も無ければ皆は安心するのだろうが、俺としては何かが起こって欲しかった。

「…何も起こりませんね?」

「つまり、この付近のセキュリティシステムは、壊されていたんだな」

愛美が恐々と周りを見回すのに対して、耶七は厳しい顔付きで小部屋の方を見続けている。
それはつまり案内した文香を疑っていると言う事だろう。
大当たりなのだが、今は関係無い。

「何の音だ?なあ早鞍、変な音がするぞ?」

「変な音?」

かりんの不安そうな言葉に俺が聞き返した時、廊下への扉が吹き飛んだ。

「「「きゃあぁ」」」

何人かの女性の悲鳴が上がり、彼女達は蹲った様だ。
一番扉に近かった俺に扉の破片が襲い掛かって来るが、頭部を腕でガードながら足を踏ん張る。
俺が避けたら彼女達に当たる可能性があるのだ。
破片は全て小さいものだったので、軽い衝撃で済んだが、一体何が起こったのか。
煙が晴れつつある扉の方を見ると自動攻撃機械が部屋に幾つも入り込んで来る所だった。

「なっ、兵隊達っ?!」

「違うっ、セキュリティだっ。手を出さない様に!」

アサルトライフルを構えるかりんと麗佳を腕を横に伸ばして制しておく。
多分、もしかして、程度の予測でしかなかった。
絶対ではなかったが、俺はあの高山達が強襲部隊を逃すようなヘマはしないと思っていたのだ。
自動攻撃機械は全部で11台が来ていた。
その機械達はそのまま小部屋へと向かって行き、中に入ると同時に首輪が有るだろう所へと銃撃を加えながら突進する。
そして、次々と自爆したのだった。





第Q話 死亡「2日と23時間の生存」

    経過時間 68:46



自動攻撃機械11機の自爆により隣の部屋からは閃光と轟音が発生し、そして焦げ臭い匂いと熱気が漂って来る。
爆発音が止んでからも後ろに居る者達は沈黙を続けていた。

「うっわー、特攻兵器かよ。えげつないな」

皆声も出ない状態だった様なので、俺が感想を述べておく。
つまりサーモグラフィを誤魔化された場合を考えて、生存者のカウント及び首輪の反応も含んでいると言う事なのだろうか。
詳しい原理は判らないが、作動したらまず何処までも追い掛けられると思って良い。
後ろを振り向くと顔を蒼白にした面々が佇んでいた。
この光景に恐怖を覚えたのだろう。
いや1人だけニコニコと場違いな表情の輩が居るが、無視無視。
あ、頬が膨れた。

「早鞍さん~、どうして目を逸らすんですか~?」

「場違いにニコヤカだからだろ。TPOを弁えろっ!」

「酷いです~」

この遣り取りで場が少し明るくなった。
狙ってやってるのか知らないが、まあ助かった。

「で、だ。1つ消えたが、他に方法が無いでもない。逆にこういったのは危険である、ってのが判ったんだ。
 情報としては悪く有るまい?多分御剣達はこの方法で逃れようとしてた筈だから、警告も出来るって事だな」

俺の言葉に麗佳と渚と耶七が頷いた。
物分かりの良い人間が居てくれると助かる。
そうして実験の済んだ俺達は、この部屋を後にしたのだった。



部屋を後にした俺達が広範囲ジャマーの範囲を抜けた時に8番のPDAへと通信が入って来た。

『………っとと出ろよっ!!
 …ありゃ?あー、もしもーし?もしかして通じてる?聞こえてまーすーかー?!』

「うっさい!聞こえてるぞ。
 そちらはどうだ?こっちは生駒兄妹と合流しただけだ」

『おー、そっか。こっちは成果あんまり無いわ。いやー強ぇな、あいつ等』

陽気そうな声で報告して来る手塚。
この馬鹿、正面からプロ連中とやり合ったのだろうか?
頭が痛くなりそうな想像を振り払い、合流の手筈を整え様と手塚に指示を出した。

「こっちの位置が判るなら合流しろ。
 出来ればそっちのジャマーも切ってくれるか?」

『おいよー。ぉーぃ…』

高山にジャマー切る様に言っているのだろう。
少し待っていると渚から報告が来た。

「反応追加しました~。此処から北西に居ますね~」

渚の横から8番に話し掛けていた俺は彼女の後ろに移動してから画面を覗き込み、その位置を確認する。
それほど遠くない十字路の向こうに居る様だ。
ゆっくりとだがその十字路の方へと進んでいる様にも見える。
俺は8番のPDAの通信状態を切断して、皆へと振り返った。

「それじゃ皆、後もう数時間だ。生き延びる為に頑張ろうっ!」

俺の言葉に皆が頷きを返してくれる。
これからが俺達の最後の踏ん張り所だった。



目的の十字路は何か爆発物でも使ったのか周囲に瓦礫を散乱させている。
高山達はその瓦礫を利用して作ったバリケードに腰掛けて待っていた様だ。
2人と合流した時、まず彼等のその姿に驚かされてしまう。
彼等は俺が着けているものと同じ等級の高い物々しい防弾チョッキ、と言うよりももうアーマージャケットと言った方が良いそれを身に着けていた。
そのアーマージャケットは至る所に被弾の跡があり、見た目にもボロボロな印象を持たせている。
守られている場所はそれでも大丈夫だったみたいであるが、それ以外にも傷を負っていた。
高山は右足、手塚は左腕を負傷しており、その傷には既に応急手当が施されている。

「ようっ、お元気ですか~。自動攻撃機械は倒したんだが、まぁ、人間の方は成果殆ど無し。
 泣けるねぇ。くぅっ」

怪我が痛むだろうに、何故か陽気な調子で手塚が声を掛けて来た。
良くは判らないが、少し寄り道して時間が掛かってしまったのは確かなので素直に謝罪しておく。

「遅くなって済まん。ちょっと色々あってな。
 それで状況は?それと7番のPDAを貸して貰えるか?」

俺が言うと、高山が素早い動作でPDAを投げて来た。
落とさない様に慎重にキャッチする。

「あっちらさんの負傷者は1、良くて2ってトコか?一旦撤退してからは沈黙中だなぁ」

軽い調子で答える手塚。
そう言えば最初に気に成る事を言っていた。

「自動攻撃機械を倒したって、幾つあったんだ?」

「16、だっけか?」

手塚が高山を見ると、高山は少し考えて無言で頷いた。

「多分あれで全部だなぁ。奴等臆病なのか、その機械を前面に立ててよぉ、んで全滅したら引いちまったって訳だ」

自動攻撃機械如きではこの2人は足止め出来ない。
『ゲーム』では50機もの同型機を相手に勝利しているのだ。
だがこれで自動攻撃機械が無いと成れば、奴等が直接来るだろう。
相手に油断が無くなるだけ、ある意味面倒になったと言えるか。
俺が黙考していると、手塚は肩に引っ掛けていたアサルトライフルを投げ捨てた。
ガシャンと重い音を鳴らして床に転がるが、高山も何も言わない。
もう弾が無いのだろうか?

「手塚、高山。特殊手榴弾はどれだけ残っている?」

「手榴弾は煙幕3に、閃光が2、神経ガスはもう無い。後はスタンが2つだな」

高山が荷物の中を確認しながら答えてくれる。
手塚はスナイパーライフルと思われる大きな銃を杖みたいに突いているだけで、荷物そのものを持っていない様だ。
何処かに捨てて来たのだろうか?
手元にある7番のPDAの画面を見てみる。
強襲部隊は4名ずつ2組に別れており、1つが再度こちらに向かっている様だ。
俺達がジャマーを切っていて、更に合流したから一気に殲滅しようと言うのだろうか?
手塚達2名相手に勝てなかったと言うのに、舐められたものである。

「それじゃ、いっちょやりますかね?」

俺の言葉に皆が疑問符を浮かべる。
そんな皆を促して迎撃の準備を始めるのだった。



俺達は先に進んだ三叉路がある廊下の途中にバリケードを築いた。
バリケードの向こうにはT字路が在り、こちらは横棒の左側に当たる。
バリケードのこちら側は幾つかの部屋の扉ともう1つの三叉路があるものの直線的な廊下が伸びていた。
三叉路の直線向こうの廊下にも扉が幾つか並んでいる、そんな通路である。
手塚は此処で挟み撃ちをされ掛けたらしいが、自業自得なので笑ってやったら不貞腐れてしまった。
取り敢えず彼を宥めて、高山と渚の2人を連れて遠くに移動して貰っている。
ジャマーは未だ高山が持っているので、その内機械を起動して反応は消えるだろう。

「あー、こちら最前線。高山と手塚の様子はどうだ?」

7番でPDA検索をしても良いのだが出来ればバッテリーは温存したい。
それともう1つの目的も有ったので8番を持つ麗佳に通信で聞いてみた。
現在麗佳を含む数名は此処からかなり後ろの方にある部屋に待機して貰っている。
暫くして麗佳から返信が来た。

『2人ともかなり遠くで見失ったわ。全く3人で逃げるなんて薄情なものよね』

「そう言うなって。これまで協力的だっただけでも良かったとするべきだろ?
 それより優希はしっかりと守っておけよ。奴等の狙いは間違い無く優希だからな」

『判ってるわ。ちゃんと此処で大人しくして居るわよ。
 誰かさんと違って物分かりが良いですもの』

何時もの冷静な声で紡いだその言葉は7番のスピーカーからダダ漏れで、隣に居る少女も当然聞いていた。

「物分かりが悪くて、悪ぅ御座いましたねっ!」

不機嫌そうに大声を上げるかりんを横目で見るが、本気で怒って居る訳では無さそうだ。
此処で本気の喧嘩は止めて欲しいし、冗談であるならそれに越した事は無い。

「それじゃ、俺達は此処でのんびり待つから、何か反応が有ったら連絡宜しく」

『了解。早鞍さん、こちらももう物資が少ないのだから気を付けて、ね?』

「判ってるって」

最後の言葉だけ今までとは異なる口調で心配する麗佳に苦笑して返してから、PDAの通信を一旦切った。
それから7番の地図画面を見ると、1組の内2名がこちらへと近付き始めていた。
残りの2名はある部屋で止まったままである。
この2人が負傷者だろうか?
そしてたった2名で本当に俺達と事を構えるつもりなのだろうか?
手塚達に手痛い目を見たと言うのにおかしい行動と言えるが、ある意味予想の範囲内でもある。
暫くバリケードで待っていると、曲がり角の所で強襲部隊を示す光点が止まった。
バリケードから顔を出して向こうを見ると、向こうもこちらを確認していたのかお互いに目が合ってしまう。
ポッ、じゃなく、てきしゅーてきしゅー。

「皆、戦闘態勢っ!気をつけろっ!現在、我々はとっても物資が少ないぞっっ!!」

大声で叫ぶ様に高らかに謳い上げて立ち上がる。
隣の少女は俺に言われるまでも無く、通信が終わった後から身を低くしながら戦闘態勢で待っていた。
今此処に居るのは俺とかりんだけである。
残りの内、麗佳と愛美と耶七そして優希の4名がこの後ろにある幾つかの部屋の内、かなり遠くの1つに待機していた。
先ほどの麗佳との通信の通り、高山達は居ない。

バリケード越しにアサルトライフルで曲がり角に居る兵隊に引鉄を絞る。
あちらも俺達の方へと牽制で銃弾を撃って来た。
数分ほど無意味そうな膠着状態を続けるが、困った事にこちらは弾が無くなっていくのだ。
俺とかりんが調子に乗って撃ちまくった為に、お互いに2つずつ弾倉が空に成っている。

「なあ?そろそろ良いんじゃないか?」

「ばっか、かりん。演技演技」

「へーい。…早鞍っ!もう弾が無いよっ!!」

「何っ!そう言う事はもっと早く言えっ!!チクショウっ!脱兎の如く速やかに逃げるぞっ!!」

俺達は、逃げた。
それはもう慌ただしくバタバタと全速力で。

「アテンションプリーズ、アテンションプリーズ…って違うか?
 どうでも良いが、追いかけられ中。助けてプリ、ってうわっ」

7番の通信機能を再度入れて8番を持つ麗佳に救援を要請した。
その途中に受けた後ろからの銃撃に反射的に横に避ける。
既に奴等はバリケードまで到達し、それを盾にして撃って来ていた。
非常に拙い状況である。
そのまま近くにあった扉を手で開いて盾にしながら牽制で引鉄を引く。
相手もバリケードを盾にしながらあっさりと避けて、こちらを伺っていた。
扉などでライフル弾は止め切れないかも知れないから、そのまま部屋の中に入って扉を全開にしつつ牽制を続ける。

「誰か~!た~すけて~~!!!」

哀愁漂う孤独な悲劇のヒロイン。
そんな感じの声が出せただろうか?
ちょっと吐き気がして来た。

「うっわ、キモっ」

『変な声、出さないでくれる?』

横とPDAから突っ込みが来た。
お前等最近、仲が良いな?

「ひぃっ!このままじゃ、殺されるぅ!!!」

扉の影に隠れながら、通信状態を確保したまま恐怖に震えた叫びを上げる。
そろそろ来てくれないかなぁ?
俺、疲れて来たよ。
主に精神的になのだが。
牽制も面倒に成ったので弾切れという事にして、銃撃を止める。
俺より奥に居るかりんは面倒臭そうにしている俺に溜息を吐いていた。
チラッとバリケードの方を見ると、バリケードを乗り越えようと2人共登り始めている様だ。
あーあ、後ろは見た方が良いよ?
そしてそんな彼等に後ろから銃撃が加えられたのだった。

「ぐぁあああ」「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ」

身体に幾発かの銃弾を受けたのだろう。
バリケードの向こうで痛みに苦しむ悲鳴が上がる。
彼等を撃ったのは高山達だった。
ジャマーマシンを使った上で、バリケードの向こうの通路にある部屋の1つに身を隠してこちらを見て貰っていたのである。
それで頃合を見て彼等を後ろから制圧して貰ったのだ。
こちらのネットワークフォーンを傍受している事くらいは予想済みである。
兎に角、俺の見事な逃げっぷりを褒めて欲しいものだ。
と言うかですね?
プロがこんな手に引っ掛かるなよ、としみじみ思うのだった。

待機していた麗佳達と共にバリケードを再度乗り越えて戻った時には、撃たれた部隊員を渚が介抱している所だった。
見事に手足のみを狙われている傷跡は、すぐには命に影響は無さそうだが出血が思ったよりも酷そうだ。
それを見て俺は息を飲む。
酷い怪我を負っているのを見るのは初めてではない。
御剣を始めとして、手塚、高山、そして回収部隊とそれなりの傷を負った者を見て来た。
だがこれは意味合いが違ったのだ。
俺が指示をしてやらせた怪我なのだから。
もし彼等が死んだとしたら、それは俺が殺したと言う事だろうか?
別に殺人の全てが悪いとは思わない。
殺して来るならそれに対抗しないと成らないし、その過程で殺してしまったなら仕方が無いと思う。
だがそれは頭で思っていただけであり、こうやって目の前にすると動悸が激しくなって来た。

「早鞍ー。前行ってくれないと降りれないよ」

かりんの声にやっと我に返った。
少しだけ前に進んでから周りを見回す。
銃撃した高山達は部屋から出てこちらへと向かって来ていた。
7番のPDA画面を確認して残りの2名が動いていない事も確認しておく。
この2人が動いたら、また別の手を考えないと成らない。
バリケード前でうつ伏せに成っている強襲部隊員に対して渚が手当てを始めていた。
武装解除後に止血を中心に手当てをしているが、どうも道具が足りていない様である。
俺は荷物を下ろして、その中から小さな救急箱を取り出した。
付け焼刃でしか無いかも知れないが、無いよりはマシだと思いたい。

「渚、これも使え」

「有難う御座います~。済みません、早鞍さん~」

「いや、俺もそいつらに死なれるのは嫌だからな」

苦笑して答える。
渚はそんな俺に微笑んでから手当てを再開した。
渚の微笑が何故か恥ずかしくなり顔を逸らす。
その逸らした視線の先にはT字路があり、その角に微かな影が目に映った。
先ほど確認した光点では残りの2名は部屋から動いていなかった筈だが、もしかしてマーカー装備を置いて来たか?
まさか、策に嵌ったのは此方かも知れない。

「高山!後ろだっ!!」

俺の声に素早く反応し、高山と手塚がT字路へ狙いも付けずに乱射した。
影はすぐに角の向こうに引っ込んだが、このままではバリケードですぐに下がれない俺達は狙い撃ちなのだ。
まだ口が開いたままのバックパックを掴み、T字路へ向けて駆け出す。

「あっ、おい!早鞍!」

手塚が何か言っているが無視して進む。
走りながらバックパックの中より煙幕手榴弾を引っ張り出して、すぐに口でピンを抜いた。
相手が隠れている通路へ向けてアンダースローで投げ放つと、缶は向こうの壁に当たり奥へと転がって行く。
その時角から顔を出した部隊員が俺に気付き眼帯をしていない片方の目を剥くが、すぐに銃口を向けて来た。
彼の後ろでは煙幕が濛々と立ち込め始めて視界を封じている。
そこへこちら側の銃撃が角すれすれに走り、部隊員が銃口を定められないまま仰け反った。
此処で対処出来ないとまた構えて来て、今度は撃たれるだろう。
咄嗟に武器が用意出来なかった俺は持っていたバックパックを振り被り、思いっ切り部隊員へと投げ付けた。
バックパックの中身は少なくなっているとはいえかなり硬い物が入っているので、ブラックジャックの様に使用したのだ。

「ぶべっ」

顔面へと命中したバックパックは口が開いたままだった為、そのまま下に落ちた時に中身を散乱させた。
顔を抑えた部隊員が再度銃を構えようとした時、轟音と共に彼の右脇腹へと銃弾がめり込んだ。
その威力は部隊員の着るアーマージャケットをも貫通して血を撒き散らし、部隊員は後方へと吹き飛んで行く。

「備えあれば憂い無し、ってなっ!」

横を見ると新たなアサルトライフルを持っていた筈の手塚が、スナイパーライフルを右腕に抱えていた。
気に入ったのか知らないが、ちょっと過剰な火力ではないだろうか?
手塚はそのまま吹き飛んだ部隊員を追って行く。

「待て手塚っ!まだ危険だ!」

マーカー装備を置いて来たのなら、多分もう1人居る筈なのだ。
俺の制止とほぼ同時に煙幕の中から暗視ゴーグルを着けた左肩に傷跡のある部隊員が、右手に持ったコンバットナイフを振り上げて手塚へと襲い掛かる。
更に煙で霞む中で先ほど撃たれた部隊員が、左手に拳銃を持って手塚に銃口を向けているのが見えた。
手塚は横から襲い掛かるナイフを持った部隊員に注意がいって拳銃に気付いていない。

「手塚っ!!」

俺は手塚を右横の壁に突き飛ばした。
ナイフが俺の右上腕部の防刃コートの表面を滑り、銃弾は俺の左脇腹にめり込む。
だから脇腹は防御が厚いと何度言わせる!
内心で思うが、銃を持った方は自動式拳銃の様で更に銃撃を続けて来た。
片膝をついた手塚との間に背中を晒す。
背中の防弾版はそれなりに厚いから大丈夫だと思ったのだ。
計6発が背中に突き刺さったが、幸い同じ所には当たらなかった様でコートとその下の防弾チョッキの防御を貫通出来なかった。
だがその着弾衝撃は軽減し切れて無いので、背中に痺れる様な痛みが連続で叩き込まれる。

「ぐっ、がっ」

「おいっ、早鞍っ!」

その衝撃に俺は前のめりになって跪いてしまう。
手塚の声が聞こえたが、今は気にしている暇は無い。
この付近は俺の荷物が散乱して足場が悪く、そのまま倒れたら2次被害に遭いそうなほどだ。
その中にトンファーを見付けた。
素早くそれを拾い上げて、右から再び振り下ろされて来るナイフを両手を交差させて受け止める。

「馬鹿がっ!」

部隊員が小さく呟くと、傷ついているからと無視していた空いた左腕で俺の鳩尾に拳を打ち込んで来た。
そこにも防弾版はあったが、相手はメリケンサックでもしているのかその衝撃は腹部に貫通する。
息が詰まった。
視界が涙で歪み、ガクッと膝が折れる。
だが、これで終わる訳にはいかない!
両手のグリップを強く握り締めて、トンファーの棒が腕にぴったりと張り付く様に固定する。
膝が折れた勢いを利用して、長い方の棒頭を奴の下腹部へと叩き付けた。
硬くない、何か柔らかい物をぐにゃりと潰す感触がした。

「~~~~っ、ぁ、ぇ…」

部隊員の言葉に成っていない悲鳴が聞こえ、そのまま倒れた俺の横に手放されたナイフが転がる。
まだ終われないんだっ!!
更に俺は立ち上がる勢いを利用して短い方の棒頭を相手の顎が有った所へ向けて突き出す。
しかし俺の攻撃は空を切った!
あれ?
勢い余って数歩フラフラと歩いた後、向こうの壁にトンファーが激突する。
予期しないタイミングの衝撃に両手が痺れてトンファーを手放してしまった。
拙い事に此処で攻撃を受けたら避けるしかない状況だ。
急いで敵を探すと、相手は俺の右横に倒れて白目を剥き、泡を吹いていた。
え~と、俺の勝ち?
空しい勝利であった。

その時後ろで何かを叩き付けた音がする。
振り向くと、手塚がスナイパーライフルのバレルを握って振り回している所だった。
そのストックは赤く染まっており、対する部隊員の顔や拳銃を握っていた筈の左手と彼が倒れている横の壁の一部も真っ赤に染まっている。
手塚がライフルを下から振り上げると、部隊員の顎にストックが命中してその頭と身体を後方へと倒した。
それで気を失ったのか、部隊員は動きを止める。
だが手塚は更に攻撃を加える為に、振り上がったままのライフルを振り下ろそうとしているのが判った。

「待てっ、手塚!もういい。もう良いんだっ!」

彼の腰にしがみ付いて彼の前進を止める。
この一撃が顔に入ったら、完全に死にかねない。

「放しやがれっ!こいつ、ぶっ殺してやるっ!!」

「止めろっ、手塚!頼む、止めてくれっ!」

ズキズキと身体中が痛むが、力を込めて手塚を抑えた。
彼の方が圧倒的に力が強いが、こちらも全身の装備重量で以って必死に成って止める。
暫くしてやっと諦めてくれたのか、手塚の身体から力が抜けた。

「ちっ、判ったよっ。くそっ、怪我したのはお前だぞっ」

悪態を吐きながら手塚はスナイパーライフルを横に投げ捨てる。
彼の言う事は最もだが、だからと言って止めまで刺す気には成らない。
安堵の息をついたすぐ後に轟音が鳴り響き、それに遅れて悲鳴が上がった。

「がぁっああぎぃぐあぁ」

音のした右の三叉路側を見ると高山が拳銃を構えており、その銃口からは紫煙が流れ出ている。
悲鳴が聞こえ今も呻き声がするその銃口の先、俺の左後ろを振り返った。
金的を受けて失神していた筈の部隊員は血が噴き出す右肩を抑えてのた打ち回っている。
部隊員の横には撃とうとしていたのだろう拳銃が転がっていた。
しかし高山の持つ拳銃はアーマージャケットを貫通するほどのものと言う事か?
再び高山の方を見ると、その手にある拳銃には見覚えがあった。
あれはデザートイーグルと高山が言っていたものだ。
なるほど、反動に見合った威力を持つと言う事か。
納得していたら高山がその銃を無造作に投げ捨てた。

「どうしたんだ?」

「もう弾切れだ」

転がった銃を見ながら聞いた俺に高山が簡潔に答える。
残弾は4有った筈だが、何時使ったんだろうか?
まあ良いか。
取り敢えず部隊員は制圧出来たと思って良いので、落ちている荷物の中から何本かのロープを拾い上げた。

「さて、武装解除と拘束、やっちゃいますか」

全身の痛みを我慢して、高山と手塚を促したのだった。

拘束を終えてバリケードの所に戻ると、渚達が先ほどの部隊員達を介抱し続けていた。
曲がり角向こうの部隊員達も大分酷いと思うのだが、順番としておこう。
彼等の物資の中に救急用具が有ったので、高山にあちらの応急手当は頼んである。
渚達に近付いて見ると、1名は意識を失い、1名は何とか意識を保っていた。
息は乱れてはいるものの、2人共命に別状は無い様だ。
安堵の息を吐いて居ると意識を保っている部隊員が口を開いた。

「お前ら、どういうつもりだ?俺を生かして何の得がある」

「特に~、理由は無いのですが~。死に掛けている人を助けるのは~、良い事だと思います~」

「ハッ!甘ちゃんが。そんなではいずれ死ぬぞっ」

渚の答えに侮蔑の混じった声で忠告みたいな台詞を吐いて来た。
部隊員のその言葉に、拙いながらも渚を手伝っていた優希が即座に反論する。

「死なないもんっ!皆で生き残るんだからっ!」

しっかりと相手の目を見て、揺るがない視線で断言した。
優希も言う様に成ったものだ。
だが彼女達が一部分で甘いのは認めるが、勘違いされても困る。

「死にたいなら検討するぞ?ただ俺がお前達を殺さないのは、俺自身の為だ。
 人を殺したら悪夢に魘されるって言うだろ?俺は毎日快眠したいんだ」

冷たく言い放った言葉に部隊員が目を見開く。
自己中心的な言い分なのは認めるが、そんなに驚く事だろうか?
人間誰でも死ぬ時は死ぬ。
それでも生きようとするなら、敵は排除しなければ成らない。
敵がどうしても死ぬまで諦めないと言うなら、やるしかない時も有るのだ。
冷たい目で部隊員を見続けていたら、彼が突然笑い始めた。

「はっはっはっは、ぎぃ痛ぇ。っう。しかし、そうか、お前正直だな」

痛いだろうにそれでも笑い続けている。
狂ったのか、それともマゾなんだろうか?

「くっくっく。ああ、負けたよ。くそっ、完全にやられた。
 はっはっ、あっちも苦戦しているらしいし、今の所お前らの勝ちっぽいなっ。
 まさか此処まで、圧倒的だとは思わなかった」

「…こっちも必死だったんだがね」

「そうか?楽しそうだったぞ?ふんっ、貴様はこういう事に向いているんじゃないか?
 まあ、良い。俺達は負けたんだ。生かしてくれるって言うのなら、大人しく救助を待つさ」

非常に不愉快な事を言ってくれる。
向いていたいとも思わないが、彼だけでも諦めてくれたのなら僥倖だ。
満足そうに呟いた部隊員は、それから数分後に意識を失った。
渚が飲ませた薬が効いたのだろう。
俺達は計4名の強襲部隊員を武装解除した上で拘束し、1つの部屋に閉じ込めて扉に鍵を掛けた。
一応全員死なない程度には治療している。
取り敢えずあの部隊員の言葉で御剣達が無事なのは判った。
プレイヤーカウンターにもまだ変化は無いし大丈夫だろう。
しかしこのままでは御剣達の位置が判らないので、合流を目指す事は出来ない。
だから俺達は補足出来るもう1組の強襲部隊を目指すしか無くなったのだった。



強襲部隊は階段ホールで陣を張っていた。
通路の1つをバリケードで固めて中に入って来た者を狙撃する。
多分通路の後ろ側も仕掛けを施しているのであろう。
俺達が階段ホール手前でこれを見た時、強襲部隊だけでなく御剣達も居た。
彼等は俺達とは別の通路から強襲部隊を伺っている様だ。
何故後退しないのか判らないが、彼等は強襲部隊と事を構えるつもりらしい。
御剣らしくない行動に何かの理由があるのだろうと気付く。
だがその理由が判らなかった。

「あのガキ、誰だありゃ?」

手塚が御剣達の方を見て呟いた。
ガキ?
優希は此方に居るし、あちらに居るのは御剣、姫萩、葉月、文香の4人の筈だ。
俺も良く見てみると確かに身体の小さい子供の様な人物が居る。
遠くで人相が判らないが、御剣達に危害を加える人物では無い様だし後回しにしよう。
このまま時間が経過して行くのは拙かった。
だがこうやって相手に篭られたままでは手の出しようが無いのだ。
4階で使われたというバズーカでもあれば撃ち抜けはするのだろうが、殺傷力が高過ぎて彼等を殺しかねない。
完全に手詰まりだった。

「で、どうすんだよ?73時間過ぎなくても、72時間だったか?でお前、首輪が作動するぞ?」

手塚の言葉に周囲の緊張が高まる。
特に耶七と愛美の顔は見る間に青褪めた。
彼の言う通りの事をさっきから考えていたのだが、改めて言われると危機感が募る。
打開する何かが必要であった。
もうこれしか、無い。

「…仕方が無い。最終手段だ。これなら多分、全てが終わるだろう」

「最終手段?」

麗佳が訝し気に聞いて来る。
余りやりたく無かったのだが、此処まで手詰まりだと他に手が無い。
このままだと文香か高山が無茶をしかねない。
敵の殺害と言う選択肢も含めてである。
また手塚の言う通りに、72時間の経過も拙いのだ。
これからの行動に必要の無い7番のPDAを高山に差し出した。

「高山、もし、万が一があったら、これを使って皆で逃げてくれ」

「外原、お前?」

彼の疑問には答えず、階段ホールに向き直り現状を確認する。
依然動きの無い彼等の様子を見つめながら、後ろの皆へと強い口調で言いきかせる様に声を掛けた。

「全員此処で待機。絶対に、何があっても、出て来るな。良いな?」

「早鞍?!おい、お前っ!」

かりんが何か叫んでいる。
彼女がまた無茶すると困った事に成るので、周囲に注意を呼び掛けた。

「高山、麗佳。かりんが出そうになったら拘束してでも止めろ。
 流石に今回は拙いからな」

「おいっ、早鞍っ!!」

かりんが続けて抗議して来るが、それも無視する。
今は他に手が無い。
無駄な争いを止める為には、これしか、この賭けしか無いのだ。

「早鞍、さん…」

「渚は此処で見てろ。俺と、強襲部隊をしっかりとな。
 優希も良い子にしてろよ」

不安そうな渚に真剣な声で伝えた。
隣の同じく不安そうな優希の頭を撫でておく。
そして封鎖されている階段のホールを見渡した。
天井付近に幾つかのカメラがあるのが判る。
その殆どがホールのほぼ中央に向いていた。
あそこまで走らなければ成らないのか。
俺は脚に力を込める。
ドクンッと鼓動が高鳴った。
下手をすると死ぬかも知れない。
だがまだ死ぬ訳にはいかないのだ。
冷静にタイミングを計る。
スナイパーライフルを持った相手がこちらから御剣達へと銃口の向きを変えた瞬間に、通路から飛び出した。

「早鞍ーーーっ!!」

かりんの声が背後から聞こえるが、振り切ってホールの中央を目指す。
ライフルを持つ部隊員は、俺が飛び出した事で慌てて銃口をこちらに向けて狙いを付けて来た。
息が荒くなる。
走っているだけではなく、あの銃口から放たれる銃弾が俺を抉るだろうと言う想像が過ぎったのもあった。
手に、額に、背筋に、汗が噴き出る。
そしてホールの中央で一瞬その足を止めた時、俺を狙っていたスナイパーライフルが火を噴いた。

一瞬立ち止まった後、俺は身体を左にずらしていた。
多分心臓を狙って来るだろうと思ったのだが、その通りだった様だ。
防刃コートとその付属の専用ポケットに入れた防弾板。
更に防弾チョッキに付いた防弾板。
そしてそれぞれに幾重にも織り込まれた繊維素材を貫いて、銃弾は俺の右胸へと食い込んだ。

「ゴボォ、ガッ、ハァ、ヴォァ…」

気道を粘ついた液体が駆け上がり口に溢れ出す。
それを床にぶちまけて、俺は身体を折った。
一瞬息が出来なくなるが、一生懸命に気道を確保して息が出来る様にする。
そうしなければ次の行動が取れないのだ。
あちらでは追撃で俺を殺そうと次弾を装填しているのが見えた。
あれを撃たせたら俺の負けだ。
まだ、終われない!!
遠のき掛けた意識を無理矢理戻して、俺を撃とうと狙いをつける部隊員、そしてカメラを通して見ているだろう「組織」と「観客」に宣言をした。

「お、お前、達の、負け、だ。負け、だぞっ!!今すぐ、武装を、解除しろっ!!
 ルール、違反だ、ぞ!」

気道を塞ごうとする血を吐きながら、何とか言葉を紡いだ。
その言葉に階段ホールに静寂が訪れて、音を立てているのは俺が血を吐き、咳き込む音だけと成っていた。
暫くするとホールの天井から巨大なディスプレイが下りて来て、その画面に大写しでスミスが姿を見せる。
一瞬ディスプレイを撃ち抜いてやろうかと思ったが、心を抑えて踏み留まった。

『どう言う事かな?外原くん~。出鱈目な事を言わないで欲しいな~。お陰でお客さんから大ブーイングだよ~』

「出鱈目、ってのは何だ?俺はルール通りに、お前等の負けだと、言ったんだ。
 とっとと、あの兵隊どもに、武装解除を、させろっ!」

俺は何とか息を整えながら、痛みを我慢して言葉を紡ぐ。
当たり所が良かったのか、まだ意識はしっかりとしていた。

『負けって何さ?』

「俺が追加したルールを忘れたか?俺を傷つけた以上は、お前達の負けは確定だっ!!」

『あれは、9番の少女だよっ!君じゃないっ!!』

スミスの冷静さが剥がれて来た様だ。
それほど俺が自信満々なのが不安なのだろう。
だがどれだけ言おうともこれは覆らない。
そしてお前達が観客にエクストラゲームが賛成された旨を伝えたのが敗因だ。

「違うな、俺が追加を要請して認められたルールは「こちらの兵隊がターゲットを傷付けたら負け!」だ。
 つまりは『ターゲット』であって、9番の少女じゃないんだよ」

『だからっ!その『ターゲット』が9番の少女じゃないかっ!!』

「それも違うな。もう一度お前等の告げた文章を見返してみな?
 お前等は「ターゲットは9のPDAの持ち主」って言ったんだぜ?」

「あっ!!」

麗佳の声が聞こえる。
彼女だけは気付いた様だ。
わざわざ「何故それを持つのか」を聞いて来ていたのだから。
理由は異なるのだが、持っていて良かった事の1つだと言える。
俺はズボンの右前のポケットに入れていた1つのPDAを取り出した。
周囲のカメラでその画面が見易くなる様に高々と掲げる。

「<スペードの9>は俺がずっと持っている。投票があった時よりずっと前から、変わらずなっ!
 さて、これでもお前達は負けてない、と言い張るかね?!
 さあっ、武装解除して貰おうかっ!!」

俺は最後を強襲部隊に向けて言い放った。
暫く階段ホールを沈黙が支配する。
そして、巨大ディスプレイのスミスが落胆した様な声で宣言をした。

『……僕等の…負けだよぉ~』

その声の後に、強襲部隊は武器を捨ててバリケードの向こうから両手を挙げて出て来た。

「高山、手塚、文香っ!急いで奴等を武装解除して、拘束しろっ!!!」

急いで貰わないと成らない。
今は観客と言うセーフティーが働いているので彼等は俺達に手を出せないだろう。
だがあいつ等がダミー映像を用意出来た途端に、掌を返して襲い掛かってくる可能性が有るのだ。
セキュリティシステムをあちらが手動で動かせないので部隊員を使うしかない。
更に奴等が負けを認めた以上は、追加のエクストラゲームの提案も出来ないと言う事なのだ。

俺の指示に高山と手塚が通路から飛び出した。
文香は放心しているのか、あちらの通路からの反応は無い。
その内に文香の代わりなのか、御剣が出て来ていた。
高山達は手際よく部隊員達を無力化している様だ。
それを見て俺はやっと安心出来たのか、右胸の痛みがぶり返して来る。

「ぐっぅぅ、がはぁっ」

肺から昇ってくる血を吐き出し続ける俺に渚が寄って来た。

「早鞍さんっ!何で、こんな…」

「馬鹿早鞍っ!!お前が死んだら、意味無いだろっ!」

かりんまで来た様だ。
その後ろには彼女を拘束していた筈の麗佳まで居た。
もう拘束は解いても大丈夫だから良いのだが。
涙や鼻水でぐしゃぐしゃに成っていて、かりんの可愛い顔が台無しである。
大丈夫だと言っているのに。
俺はまだ死ぬ訳にはいかないのだから。

「まだ、死ねないんだよ」

つい口を吐いて出る言葉。
それは俺の本心だった。
この言葉にかりんは少し安堵した様に、雰囲気を和らげる。
そんな彼女達に群がられる俺に耶七が恐る恐ると問い掛けて来た。

「お前…最初から、これを、狙ってたのか?」

「そうじゃ、無ければ、あんな提案は、しないさ。
 まあ、言った様に、最終手段、だがな」

喉に絡む血を吐いて通しを良くしながら、何とか答える。
何故そんなにビクビクしているのか判らないが、耶七なりに何か思う所があったのだろう。
言った様に、これは本当に最終手段だった。
下手をすれば即死も有り得たのだから。

「早鞍さんっ!じっとして下さい。早く服を脱いで、横に成って下さい。
 本当に…死んじゃいます」

救急箱を横に置いた彼女は珍しく焦った感じで俺に迫って来る。
一生懸命に防弾チョッキを含む俺の服を脱がしてから、俺が受けた銃創の治療を始めた。

「済まんな。頼むよ」

俺はそれに身を委ねる。
自分自身すらどうにも成らないとは情けない限りだった。

「渚、どけ。俺がする」

「なっ、お前っ!」

耶七が渚を押しのけて前に出たが、かりんがこれを止めようとする。
しかしそれは当の渚に止められた。

「良いの、かりんちゃん。彼は傷の治療に関してはエキスパートよ。
 自分の怪我の殆どを、自分で見られるんだから。
 お願いするわ、耶七くん。お願い、彼を、助けて」

「判ってるよ。それにこいつが死んだら、俺の生き残る術も判らなく成るんだ」

耶七は口を尖らせて請け負った。
だがそれは理由には成らない。
俺が死ぬ前に脅して聞けば良いだけなのだから。
だからこれは彼なりの厚意なのだろう。
今は、それに感謝しよう。
俺は手に持っていた9番のPDAを肌蹴られているシャツの左胸のポケットに放り込む。
その時、カサリとPDAがルール表と擦れ合う音がした。



全員の拘束が終わった頃には俺の治療も一段落ついていた。
強襲部隊員の1名の負傷者も彼等のバリケードの奥に居り、こちらも武装解除して拘束する。
4名、つまり残り全員の兵隊は近くの小さな部屋に拘束したまま押し込んで、扉の鍵を掛けた。
これで彼等はダミー映像が出来た後でも俺達を襲う事は出来ないだろう。
そして全ての作業が終了した皆を労っておく。
御剣達5人は集まって何かを話している様だ。
何故か此処に居た長沢を含めての人数である。
特に文香の傷が酷い様で、部隊員の処理中に耶七に手当てを受けていた。
俺は微笑みながらそんな御剣達の方へと向かう。
ある程度の距離まで近付いてから、腰から自動式拳銃を左手で引き抜いて彼等に突きつけた。

「早鞍さんっ?!」

姫萩が声を上げる。

「御剣、お前達全員の武装を解除しろ。全て、だ」

足元がふら付きそうな眩暈に襲われそうに成るが、それでも俺はしっかりと立って告げる。
今は早急に、この下らない争いを止める必要があるのだ。
また疑心暗鬼が勃発して殺し合いが始まるなどは御免である。
俺の言葉に後ろの連中は意図に気付いたらしく、戦闘態勢を取った様だ。

「早鞍さんっ、そんな俺達はっ!」

「お前達が俺を信用していない事は聞いた。それに俺もお前達を信じていない。
 だから今後不和が起きた時、殺し合いに発展するのは御免なんだよ。早く武装解除をしろっ。
 ちなみに俺はしない!絶対しないっ!ああ、しないさっ!!」

「ちょっと黙った方が良いと思う…」

後ろのかりんが何か呟いた様だが、俺は止まらない。

「さあっ、全ての武器を捨てろっ!そして開放されるのだっ!!この素晴らしき世か…」

「好い加減にしろっ!!」

後ろからかりんに頭を叩かれた。
うわぁ、頭がグラングランして来ましたよ?
この緊迫した場面で何て事をするんだ、かりんめっ!

「外原の言う事は尤もだ。お前達は即刻武装解除して貰おう。
 それが聞けないのであれば、容赦無くいかせて貰う」

高山が渋い声で御剣達を促す。
御剣達は尚も渋っていたが、高山が本当に銃口を上げて彼等に突きつけると、やっと武装解除を始めてくれた。
やはりナイスミドルの方が良いのか?
いや高山はまだ若いが。
…何かさっきから思考がおかしいな?

「これで、良いかしら?」

全身の武装を解除した文香が、座ったまま睨み付ける様に聞いて来た。
治療の為に殆どの装備が外れていたので、一番早かった様だ。
俺は彼女に無言で頷く。
これ以上喋ると、また何か口走ってしまいそうだった。
そして他の者を見ると、それぞれ徐々に武装は解除されている様だ。
外された装備は手塚や耶七によって回収されている。
全ての武装が回収された後に彼等を軽く拘束してから、周囲で最も適当と思われる大きな部屋に入って貰った。
その部屋は古そうな木箱が幾つか置かれた、他と変わり映えの無い埃塗れの部屋である。
俺と高山以外の俺達と一緒に居た者達にも武器を全て放棄して貰う。
武器などの入った荷物の全てをある部屋に集めて、高山の持つ7番で鍵を掛けて貰った。
外に残っているのは高山の荷物の中にある爆薬類やスタンガンを始めとした物。
その他は、俺と高山が身に着けている武器と飲食物に医療品の荷物だけだった。
ほぼ全員が争う為の武器を持たない状態と成ったのである。
やっと俺達の無意味な争いは、此処に終結したと言えるのだった。



俺達が全ての武装解除を終えて1つの部屋に集まった時には、経過時間71時間20分を過ぎていた。
もう武器も殆ど無い状態なので争う必要が無い。
だからなのか、その雰囲気は明るいものと成っていた。
現在皆は拘束されない状態で各グループに分かれて座っている。
飲み物を用意してそれぞれが気楽に休んでいられる状態で居たのだ。
色々と聞きたい事や確かめたい事は有ったが、それももう良いだろう。
そろそろ始めなければ成らない。
皆がある程度落ち着いた時に、俺は最後の仕事を始める事にした。

俺は奥に進んで木箱の上に座っている渚に近付いて行く。
彼女の格好は武装解除した時に一緒にカメラ類も外したのか、服装が身軽になっていた。
その渚の前まで行って立ち止まる。

「渚、長らく待たせたな。お前の首輪を外す時が来たぞ」

言いながら、ズボンの左後ろのポケットからJのPDAを取り出して渚に差し出す。
彼女は小さく微笑みながら、それを両手で受け取った。

「本当に私なんかが、良いのでしょうか?」

受け取った後すぐには解除をせず、俯いて小さく呟く。
まだ何か気にする事でもあるのだろうか?
…そうか。
これまでの「ゲーム」で親友を含めて沢山の人間を裏切り、死に追い込んだ事が彼女の心に重く圧し掛かっているのだろう。

「渚、後悔は良いが、それで死んだ方が良いなんて考えは止めてくれ。
 姫萩に叩いて貰うぞ?」

後半は横目で姫萩を見ながら口の端をこれ見よがしに吊り上げて言う。
姫萩の顔が赤面しているのと御剣が慌てているのが、ちょっと可笑しい。

「あはは~、それもそうですね~」

俺の冗談に顔を上げて笑う渚。
その頬には幾筋かの涙の跡があった。

「外せ渚。解除条件は全て満たされている。
 24時間以上共に行動した姫萩と御剣はどちらも生きている。
 もし仮に累計24時間だったとしても、現状死んだ人間が居ないから解除条件を「満たしていない」判定は有り得ない」

「累計…?!!」

麗佳が俺の言葉に息を呑むが、それは今は考える必要は無い。
ただ誰かが死んだ場合は注意が必要な項目だっただけである。
それに累計があったとしてもそれは俺しか満たしていない様な気もするし。
我ながら裏を気にし過ぎているな。

「まあ、可能性の問題なだけだ。
 だから、安心して解除しろ。そして生き延びるんだ。家族の元に、帰るんだ」

渚に静かに告げる。
彼女は小さく頷いて、PDAを首のコネクタへと嵌め込んだ。
そしてその首輪とPDAから電子音と音声が流れ出る。

    ピロロロ ピロロロ ピロロロ

    「おめでとうございます!貴方は見事に24時間以上行動を共にした者が2日と23時間時点で生存し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

カシュンと軽い音と共に首輪が2つに割れて落ちる。
一応耶七の件があるので、この首輪は回収して組み合わせておいた。
何処か遠くに処理してしまいたいが、あと2人分もあるのだ。
そのまま渚の頭を撫でながら、彼女にだけ聞こえる小さな声で話し掛ける。

「渚、1つだけ頼みがある。もし、もしも、だ。
 御剣と姫萩の首輪が外れる時が来たら、即座に外してくれ」

俺の言葉に渚が身体を硬直させた。
多分頭の中ではこの事が絶対に無理である、と考えているのだろう。
それでも伝えておかなくては成らなかった。
渚から離れて、次は耶七の前に立つ。

「な、なんだよっ」

「耶七、お前との約束を果たす時が来た」

「えっ?あっ、助かる方法!」

一番大事な事なのに忘れていたのだろうか?
1つ溜息をついて、静かに話を切り出す。

「お前が、もう俺達を傷つけない、そして争わないと、約束してくれたからな。
 だからこの手は、お前に使おう」

「あっ!おいっ。早鞍、お前っ?!」

手塚が察した様で声を上げるが、俺が静かな目で手塚を見るとその口を噤んだ。
俺は耶七に向き直り、じっとその目を真剣に見詰める。
彼はと言えば驚いて言葉が出ない様だった。
俺が口だけだと思っていたのだろうか?
確かに俺の首輪も外れない。
だから疑われても仕方の無い事だ。

「耶七、お前が生き残る手段だが」

俺は左胸のポケットにルール表と共に入れていた9番のPDAを取り出した。
そのPDAを彼の方へと差し出して告げる。

「このPDAに入っている、進入禁止エリアに進入可能なソフトウェアによる73時間の経過待ちだ」

「経過待ち、だとっ?!」

「そうだ、お前も知っているとは思うが、この方法なら生き残れるだろう?」

俺の説明に得心言った様で、差し出されていたPDAを奪う様に受け取り内容を見始める。
一応忠告だけはしておこう。

「今はほぼ満充電状態だが、今から使うと多分保たないぞ。使用は後20分は最低待っていろ」

「お、おう」

俺の言葉にビクッと身体を震わせて、素直に頷く。
自分の命が掛かっているので、かなり大人しくしている事に少し笑えた。
話が終わると、終わるまで我慢していたのか麗佳が切羽詰った声で問い掛けて来る。

「早鞍さんっ!そんなソフトウェアがあるのなら、貴方が使え…」

「麗佳、彼を生かす方法が他に無いんだ。
 耶七と愛美は時間が迫れば発狂しかねん。
 それに、愛美に1人で帰れってのも、酷だろう?」

「それは、そうですけど…」

彼女の問いを途中で遮って説明すると、彼女は言い返せないのか大人しくなった。

「お兄様、良かった、…良か、た」

愛美が隣の耶七の肩を掴んで涙を零して喜んでいる。
まだ73時間前だから気を抜かないで欲しいが、それでもあの笑顔を曇らせるのも野暮なので黙っておこう。
これで彼等はやっと「帰る」事が出来るのだから。

此処までは順調に行っているが、これからどうするか。
入り口脇の木箱に座ろうと思ってそちらに向かって歩いていると、御剣が話しかけて来た。

「彼の事はこれで良いのかも知れませんが、早鞍さんの首輪を何とかしないといけないんです。
 何か方法は無いんですか?」

この彼の言葉に部屋を沈黙が支配する。
だが丁度良いタイミングとも言えた。
皆に取っては嫌な事を思い出させるこの言葉。
俺の首輪と言う事は彼等の首輪も、と言う事なのだから。
御剣の方へと向き直り彼を半眼で睨み付けた。

「お前な、皆が不安に成る様な事を解決策も無いのに言う馬鹿があるかっ!
 せめてこんな風なのがって提案くらいしろっ!」

御剣に対して怒った様にしながら、彼へと近付いた。
そして彼の右腕を左手で掴んで、部屋の外に向けて引っ張って歩き出す。

「まったく、ちょっとこっち来い、御剣。説教タイムだっ!」

御剣は呆気に取られているのか、俺に引かれるままヨタヨタと歩いている。

「み、御剣さんっ」

「そこで待ってろ姫萩。そんなに時間は掛からないからな。
 皆もちょっと此処で待って居ろ」

真剣な声で言い残して部屋を出て行き、部屋の扉を閉めた。
扉から数メートルほど離れた所で立ち止まってから御剣の手を離す。
そして説教ではなく、真剣な表情のままで問い掛けた。

「御剣、お前は皆を、と言うより姫萩を助けたいか?」

「なっ、当然だっ!」

「それはつまり、お前が今後も生きていく事を意味しているが、それで間違い無いな?」

「…ああ、俺は生きる。自分を犠牲にするだけなのもズルなんだって、気付かせて貰えたからっ!」

「そうか、その返事が聞けて良かった」

覚悟を決めよう。
そして後は上手くいく事だけを祈ろう。
御剣の横に立ち、1つの拳銃を懐から取り出す。
拳銃の撃鉄を上げてからセーフティーを掛けておく。
俺が拳銃を取り出した事に驚いた御剣は、俺にどういう事かと目で訴えて来る。

「実は、皆には言っていないがな。この「ゲーム」が73時間で終了した後も、もしかしたら危険があるかも知れないんだ。
 いや逆に「ゲーム」が終了して体裁を整える必要が無くなった時の方が危ない。
 あのスミスが言っていただろう?「お客さんから大ブーイング」だって。
 あいつ等が今まで強攻策に出られなかったのは、その「お客さん」が見ていたからだ。
 それが無くなれば、奴等は何でも有り何だよ。
 だからお前はその手で、皆を守る必要がある」

尤もらしい話を並べていく。
御剣も何故か納得気味だ。
文香から事情でも聞いたのだろうか?
まあ良い、続けよう。
もたもたしていると部屋から誰かが出て来る可能性もある。
俺は御剣の両手へと無理矢理取り出した拳銃を握らせて、廊下のもう一方の壁へ向けて構えさせた。

「安心しろ、セーフティは掛かっているだろ?引鉄は引けないよ。練習だから、さっさと構えろ。
 高山や手塚が居たとしても、最後に彼女達を救えるのはお前だと思え。だからきちんとした武器の扱いは学んでおくべきだ。
 もう少し足を開け、それから脇は少し開き気味に、こらあんまり空け過ぎるな。
 そう、そうやって両手でグリップを固定してぶれ無い様にしろ。
 お前が望み通りに相手を殺さない為には、狙いは正確である必要があるんだぞ」

御剣の周囲を回りながら、各部のチェックをしていく。
前に銃の取り扱いについては高山にレクチャーを受けたので、見様見真似でそれらしい事を言っていく。
大体のチェックが完了してから彼の正面に立つ。
彼が両手で持っている銃に、俺は自分の両手を被せる様に重ねた。
それでも彼は銃を離す事無く持ち続けている。
本当に素直と言うか、正直と言うか、大馬鹿者だ。
だからこそ姫萩もついて行くのだろう。

「良いか?御剣。お前達は生き残れ。
 生き延びて、皆でそれぞれの場所に帰って、ハッピーエンドを掴み取るんだっ!」

微笑みかける。
彼は一瞬放心して身体から力が抜けた。
今しか無い。
済まんな御剣。
お前の信念は俺のエゴで潰えさせて貰う。



右手の人差し指で銃のセーフティーをスライドさせて解除する。
撃鉄は上がっているので、後は引鉄を引くだけ。
視界の端に渚が見えた。
すぐ済むから待って居ろと言ったのに。
これは見せたくなかったんだが。
だがもう止める訳にはいかない。
こんな機会はもう二度と来ないだろうから。
銃口の前に左胸を差し出して、左手の親指で以って撃鉄に掛かる彼の人差し指を思いっ切り押し出した。

    ガァァン

音がしたかと思った瞬間に衝撃が胸に突き刺さる。
痛いと感じるよりも先に俺の身体は後方へ吹き飛んでいた。
後ろの壁に背中が当たり、少しの間立ってはいた様だが、その内に身体が下に向けて引っ張られる。
膝が折れ腰は力が入らず前へと倒れていく。
さっきから見える物が霞がかっていた。
心臓が最後にトクンと鳴った後、その動きを止めたのが判る。
倒れ行く俺は、かりんを見た様な気がした。
そうだ、かりん、お前は生き延びろ。
皆と一緒に生き延びてくれ。
口から息が抜けていくと共に、身体からも最後の力が抜けていく。
そうして、俺は再び「真っ白な暗闇の世界」に落ちていった。





此処からの眺めは格別であった。
元々学校と言うものは緊急時の避難場所として使用する目的もあり、山の上などの比較的高い所か平地でも周囲が開けた場所にある事が多い。
うちの大学も例外ではなく山の上の方に建てられていた。
その為普通の教室の窓からの眺めもそれなりに良かったのだが、普段は立ち入り禁止に成っているこの屋上からの眺めは壮観である。
立ち入りを特別に教授から許可された俺の先輩は、俺を此処に誘って来た。
俺も今日でこの大学を去る事に成るので、その餞別らしい。
俺は家族や親戚を全員亡くした上、資産も知り合いの弁護士に騙し取られていたので、既に大学に通う為のお金が無かったのだ。
多少の蓄えはあるが、それについては周囲には黙っていた。
これは兄さんが俺に対して個人的に残してくれた最後の資産だったのだ。
だがお金が無ければ当然大学に通えないとはいえ、これまで親身に成ってくれていた教授が掌を返したかの様に冷たくなったのは見事と言う他無い。
今日までは自主退学手続きに翻弄されていたが、それも今日で終わり。
明日からは自由の身である。
もう此処にも未練は無かったが、この景色が見れたのは素直に嬉しい。
その意図がなんであれ。

後ろに佇んでいる俺を誘ってくれた先輩は、研究室やサークルに誘ってくれたりしてお世話になった人である。
だから今までにも小額のお金くらいは無償で貸したりしていたし、それについてくどくどと言った事は無い。
これからもその事は口にはするまいと硬く決めている。
金銭トラブルで人間関係を崩すつもりは無いのだから。

「早鞍、良い眺めだろ?僕は此処からの眺めが好きなんだよ~」

フェンスの外側に立つ俺達は眼下に広がる光景を眺め見ていた。
少なくとも俺は。
先輩の表情は判らない。
俺の後ろから遠くを眺めているのだろうか、感慨深げな声音でしみじみと呟く先輩。

「先輩、話って何ですか?」

振り返らずに話を切り出す。
俺にはもう判っていた。
先輩も結局、他の者と同じだったのだ。
答えは言葉ではなく行動で示される。

強い衝撃が襲い掛ったかと思った直後、俺の身体が宙に浮いた。
重力が無いような、それでいて下に引っ張られるような、逆に上に臓物が引き上げられていく様な嫌な感覚が襲って来る。
背中が押された事により、身体が屋上の端から押し出されたのだ。

「ごめん、早鞍。僕の為に死んでくれっ!」

遅れて言葉が聞こえて来る。
押す前に言ったら避けられるとでも思ったのだろうか?
何が「僕の為」なのか判らなかった。
生命保険の受取人って訳でもあるまい。
なら教授絡み?
有り得なくも無いが、想像し辛い。
まあ、もう理由など意味は無いか。

もう誰も信じたく無かった。
でも誰かを信じて居たかった。
だがそれでもセカイは信じさせてくれない。
俺は何を信じれば良い?
自分すら揺らぎ始めるが、この苦悩もすぐに終わる。
全てが、終わる。
意識が薄れていく中で、俺はやっと楽になれるのかと諦めの心境で自己を手放したのだった。



そうか、俺は死んだんだ。
だからこれは全て夢だったのか。
夢で他人に信じて貰って、満足しようと頑張って、悦に浸ろうとしていただけだったんだ。
それで俺はあんなに必死に成っていたのか。
だが夢とは言えまだ意識があったと言う事は、俺の現実の身体はまだ瀕死の状態で生きていたのだろうか?
それでも夢の中で死んだ以上は現実の俺の身体にも精神死が訪れる事だろう。
このまま植物人間にでも成るのかも知れない。
そう成ったとしても、既に面倒を見る者も居ないので、すぐに安楽死に移行するだろう。
別にそれでも構わない。
寧ろそれで全てが終わると言うものだ。

だが少しだけ気に成る事がある。
夢の中とはいえ、彼等はその後どうなったのだろうか?
叶うのならば、全員が無事であります様に―――



[4919] 第K話 失意
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2008/12/25 20:01

私の持つPDAはゲームマスター用の特別製だ。
もう1人のマスターの持つPDAのバッテリーの大容量化とは異なり、こちらには最初から幾つかのソフトウェアがインストールされていた。
但し今回の様に他のプレイヤーに持たれた場合を考慮して、最初は表面に出ていない。
ある特定の操作を行なう事でこれを使用可能にする事が出来るのだ。
私のPDAは今回のゲームマスターが経験不足なのもあって、サブマスターにも係わらずほぼ全てのソフトウェアが最初から導入されていた。
もちろんそれはショーを面白くする為のものであり、プレイヤー間に混乱を齎す筈の機能である。
そうは言ってもバッテリーは従来のPDAと同じである為、調子に乗って使用すれば長くは保たないだろう。

だが今回用意された私のPDAは戦闘禁止が解除された6時間経過後間もなく、あるプレイヤーに持っていかれてしまう。
そのプレイヤーは私のPDAを一切使用せず、大事に取っていた様である。
私が先ほど首輪を外す為に受け取った時、バッテリーはほぼ満充電状態だったのだ。
今首輪の外れていないプレイヤーは4人。
その内1人は同じくほぼ満充電状態である9番のPDAに導入された「進入禁止エリアへの侵入が可能となる」ソフトウェアで以って、その命を繋ごうとしている。
残りは3人なのだが、私のPDAに入っている同じソフトウェアで助けられるのは当然1人だけである。

助けたい人が居た。
弱い癖に頑固で、臆病な癖に大胆で、誰も信じていないと言う癖に他人に背中を預けてしまう人。
何故彼がそこまでするのか疑問だった。
何故そこまで出来るのか不思議だった。
ただ彼は自分を裏切れなかっただけ。
どんなに周りが醜くても、どんなに彼を苛んでも、彼は自分を失わないだけ。
彼は言う。
生き延びろ、と。
だから生きて欲しかった。
皆を助けようとする彼を。
皆を救って来た彼を。

だけど今このPDAの機能を知れば彼はこれを誰に使うだろう?
他の2人のどちらかになる可能性は高い。
なら時間ギリギリにこれを押し付ければ良い?
それも上手く出来る自信が無い。
しかしこの機能は有用に使われるべきものだ。
残り少ない希望なのだ。

今彼は、同じく首輪を着けたままの少年と共に部屋を出て行った。
1つの言付けを私に託して。
何をしようというのだろう?
本当に説教でもするのだろうか?
もう時間は30分を切っている。
急がないと大変な事になるだろう。
やはり私では上手い手は考え付かない様だ。
それでも彼ならば何か考え付くだろうか?
このPDAは彼に託すのが最良の気がする。
だから渡してしまおう。
そして出来れば、彼に使って欲しかった。

一縷の望みを託す為に、私は立ち上がった。
奥の木箱の上に座っていた私は小走りで部屋の扉に進む。
他の人が何か声を掛けて来るが、私は急いでいたので無言でドアノブを掴み、そのままノブを回して引き開けた。
ドアは軽い力で開き、部屋の中と同様な薄暗い埃塗れの廊下が視界に入る。
開いた扉から出た廊下の向こうには2人の男性が居た。
通路の中側寄りに居る青年が私の求めていた人だ。
何か2人の様子が、と言うか格好がおかしい。
まるで彼が隣の人に拳銃を突き付けられているかの様な感じである。
疑問には思ったが、彼に早くこの事実を知らせなければ成らない。
そんな時彼の口から彼らしい言葉が紡がれた。

「良いか?御剣。お前達は生き残れ。
 生き延びて、皆でそれぞれの場所に帰って、ハッピーエンドを掴み取るんだっ!」

そうです、その通りです。
だから貴方も一緒に生きて帰りましょう。
私が掴んでいたドアノブから手を放し一歩進んだ時、それは起こった。

    ガァァン

鼓膜を震わせる音がした次の瞬間、私の求めていた人が後方の壁へと叩きつけられて行く。
そんな光景を、私はただ見ている事しか出来なかった。





第K話 失意

    経過時間 71:43



銃声を聞きつけたのか、私が開いたままにしていた扉から何人かの人が飛び出して来た。

「早鞍ーっ!!」

小柄な動き易い服装をした少女が、壁に叩きつけられた後崩れ落ちていく彼に駆け寄っていく。
私はふら付く様に何歩か彼等に近付いた。

「早鞍っ、しっかりしろっ!死ぬなよ、なあっ、嘘だろっ?!」

崩れ落ちて行く彼の身体にしがみ付いて、涙を流して彼を揺さぶろうとしている。
しかし彼の身体は彼女の力では大きくは動かなかった。
それでも必死に成って彼の意識を保たせようと声を掛けているのだ。
しかし彼の瞳はもう何も見えていない様子である。
死期が近付いているのだろうか?
死ぬ?
彼が死ぬの?
何故?
頭の中をぐるぐると取りとめも無く思考がループする。
そんな時、小さなとても小さな声がかりんちゃんの声に紛れて聞こえた。

「……生き、延びろ…」

その言葉を最後に彼の身体から力が抜けていく。
それから数秒後。
耳障りないつもの警告音が幾つかのPDAから鳴り響いた。

    ピー ピー ピー

多分それは、プレイヤーカウンターが初めて生存者数の更新を行なった音なのだろう。
たった1人の死亡者のカウントを。

    カタンッ

電子音が鳴り始めたとほぼ同時に、総一くんの手から彼を撃った拳銃が零れ落ちる。
その音を聞いた彼の身体にしがみ付いていた少女が涙を拭わないまま絶叫した。

「御剣ぃィィっ!!」

怨念で人が殺せたならば彼女のその恨みで彼を殺せただろうか?
心の底から響くような、そんな声だった。
けれど武器を持たない彼女には御剣は殺せない。
そして彼女の声もまた別の音で遮られた。

    ピロロロ ピロロロ ピロロロ

    「おめでとうございます!貴方は見事にクイーンのPDAの持ち主を殺し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

「なっ、何だってっ?!!」

当の音声が流れている首輪を着けた者が真っ先に驚きの声を上げる。
その彼の首輪にあるインジケーターは間違いなく緑色のランプを点滅させていた。

「嘘っ!」「何で?!」「総一君、貴方っ?!」

「そんな馬鹿な話があるかっ!咲実さんはまだ生きているんだぞっ?!」

周りでも思い思いに疑問の声が上がる。
それに総一くんの絶叫も重なった。
そう、嘘だ!
そんな事は有り得ない。
だってクイーンのPDAは保有者である姫萩咲実自身が叩き壊したのだ。
此処に居る大半の者が、それを目の前で見届けている。
確かにエースの解除条件はクイーンの初期配布者ではなく、現在クイーンのPDAを持つ者を殺せば条件を満たす筈だ。
しかしそのPDAそのものが無いのに条件を満たせる筈が無い。

「御剣っ!何で貴方がそれを持っているの?!」

「えっ?」

「その銃よっ!」

先ほど総一くんが手から落とした銃を拾い上げながら、麗佳さんが興奮気味に叫ぶ。

「これ麻酔銃よ?と言うより、麻酔弾を装填していた銃なのよっ!
 ほらこれ、グリップに緑のラインが入っている奴。
 私の荷物に入っていた筈なのに…」

麻酔銃?
何でそんなものが?
何故そんなもので彼を撃ったの?

「いや、それは早鞍さんが持てって言ったもので…」

「戦闘禁止エリアに居る時に、矢幡の荷物を外原が漁っていたな?!」

総一くんの言い訳に高山さんが答えを出した。
彼が、彼自身が態々総一くんに銃を持たせた?
そしてその言葉に、私は「それ」に気付いた。
咲実さんはPDAを叩き壊した時、事前にそれが自分のPDAだと確認していた?
彼が手渡した後、ちょっとだけ画面を見ただけでは無かったか?
あの確認した画面は本当に待機画面だったの?
疑問が浮かび上がるが、それ以外にも麗佳さんが気付いてくれた事で望みが出て来た。
その事実が私の停滞していた思考を動かし始める。
急がなければ成らない。
彼の言葉を実行しなければ。

『御剣と姫萩の首輪が外れる時が来たら、即座に外してくれ』

流石に彼のこの言葉は半信半疑だった。
如何に彼と言えども、この2人の首輪を同時に外すのは無理だと思っていた。
クイーンのPDAが壊れたと思った時点で諦めていたのだ。
でも今なら可能な筈である。
そうで無ければ今の事態は発生しないのだから。

「総一くんっ!早く首輪を外してっ!早くっ!!」

時間との勝負になる。
人間は死んで5分以上経つと脳細胞が死に始めると聞いた事があるから、早くしないといけない。
もう大切な人を失いたく無かった。
突然の私の剣幕に我に返ったのか、総一くんは首輪を外し始めてくれる。
PDAを差し込むと先ほどと同じような音と声がそれぞれ流れて、首輪は2つに割れ外れたのだ。
それを見届けるとすぐに彼の身体へと向かった。

「かりんちゃん、どいてっ。早くしないとっ!」

「………渚さん?」

「早くっ!」

「あ、うん…」

涙の跡も拭かずに放心しているかりんちゃんを急かす。
のろのろとだが退いてくれたので、彼の身体の傍にしゃがみ込みその身体を探った。
多分左半身の何処かのポケットに入っている筈だ。
彼はあの時「それ」を左手で受け取ったのだから。
そして彼のジーパンの左前ポケットに1台の壊れていないPDAが入っているのを見付けた。
急いで画面を確認する。
やはり、在った。
目的の物を見付けたので、すぐにその身体から数歩離れて叫ぶ様に彼等を呼んだ。

「高山さんっ!耶七くんっ!彼を、彼をお願いしますっ!!」

切羽詰っていた。
何としても助けたかった。
もう死んでいるのだとしても諦めたくなかったのだ。
鉛玉では無く麻酔弾だったお陰か、左胸の傷の出血も少ない。
もしかしたら、と希望が芽生えた。
私の言葉に急いで彼等は駆け付けてくれる。
後は彼等に任せよう。
例え無理なのだとしても、望みは繋げていたかった。

彼のポケットから取り出したPDAを持って、咲実さんの前まで進む。
残りはまだ10分以上残っているが、早く外してしまう方が良い。
彼女は総一くんの隣で、彼を肉体的にも精神的にも支えていた。

「咲実さん。首輪を、外して下さい」

言ってから、両手で1台のPDAを差し出した。
そのPDAの待機画面に描かれていたのは、トランプの<ハートのQ>である。
PDAの画面を見た咲実さんは驚いて私に問い詰めて来た。

「えっ?!何で…私のが此処に?
 壊した筈なのに、何でっ?!」

「考えてみれば判りますよ。
 2、4、5、6、そしてキングは、麗佳さんの首輪を外す為に壊しています」

「ええ、そうね」

麗佳さんを見て言った私に、彼女は頷きを返してくれる。

「そして残りのPDAですが、エースは総一くんが、7は高山さんが、8は麗佳さんが、
 9は耶七くんが、10は手塚さんが、ジャックは私が、そしてクイーンは此処にあります。
 JOKERは高山さんが壊しています。残りは何でしょうか?」

「3番?!」

麗佳さんの叫び声が上がる。
その答えの通り、あの時咲実さんが壊したのは多分彼のPDAだったのだろう。
もう彼は首輪を外す気なんて、無かったのだ。
だからあの時咲実さんがPDAを壊すだろうと判った時点で、自分のPDAを差し出して壊れるのを見届けた。
どんな気分だったのだろうか?
そしてそんな後なのに彼は動じる事無く、今まで通りの行動を取り続けたのだ。
しかし麗佳さんの言葉に咲実さんが反論をした。

「でもっ、私の壊したPDAには確かに首輪探知のソフトウェアが入っていました!
 あれが入っているのは私のPDAだけですっ!外原さんもそう仰っていましたっ!!」

「いや、それは、ないっ」

「高山さん?!」

「首輪探知、ならっ、俺が拾った、ボックスを、こいつに、渡して、おいた」

彼の心肺復帰を試みながら、私たちに答えてくれる。
高山さんの言葉に私を含めて全員が驚いた。
咲実さんの言葉が真実ならば、彼女が確認したのは待機画面では無く機能の画面だったのだろう。
そして機能には首輪探知が有り、あの数時間前に彼女のPDAにしか首輪探知が無い旨は彼の口から伝えられていた。
つまり彼はこの事すら予想していたと言う事なのだろうか?
彼女があの場面でPDAを壊すかも知れない事を。
しかしそのお陰で咲実さんは決心し、総一くんは頑張る様に成り、その上で今此処にPDAが残ったのだ。
だから今は疑問よりも早く彼女を解放しないといけない。

「さあ、咲実さん。首輪を外して下さい。総一くんと一緒に生きるんですよね?」

未だに伸ばした私の両手の先にはPDAが摘まれている。
咲実さんはそれをゆっくりと受け取った。

「さあ」

更に促す。
咲実さんはまだ首輪が外れていないのに、ポロポロと涙を零し始めた。

「はい。…有難う御座います」

礼を述べてから、そのPDAを首筋のコネクタへと接続する。

    ピロロロ ピロロロ ピロロロ

    「おめでとうございます!貴方は見事に2日と23時間の経過まで生存し、首輪を外す為の条件を満たしました!」

音声と共にインジケーターが緑色に点滅した数秒後、首輪は2つに割れ落ちた。
これで彼の小さな、そしてとても大事なお願いは果たされたのである。

外れましたよ、早鞍さん。
貴方のお陰で皆さん無事です。
だから、戻って来て下さい。
遠くから彼の身体を見つめる。
止まった心肺を復帰させる為、高山さんと耶七くんが一生懸命に努力していた。
時々幾つものスタンガンを使う事による電気ショックも加えている。
何も出来ない事がもどかしかった。
あれからもう5分が過ぎそうである。
早く、早くしないと。
焦る私の心が通じたのだろうか?
彼の身体がビクンッと不自然な感じで大きく震えた。

    ゴフッ ゴボッ

彼の口から少量の吐瀉物が噴き出る。
何も映していなかったその瞳は、薄っすらとだが意思の光が宿り始めていた。

「早鞍っ!!」

その彼の様子に放心していたかりんちゃんが真っ先に声を掛けた。
身体を揺すって意識を繋ぎ止めようと必死に成っている。
此処が正念場である。
高山さんも頬を伝う汗を拭う事無く、作業を継続していた。

「………みつ、ぎ……く…わ……」

掠れた途切れ途切れの小さな声が、その口から漏れる。
目は焦点が合っていないまま何かを言おうとしているのだ。

「ああ、大丈夫だ!御剣も姫萩も、首輪外れたよっ!
 もう大丈夫だからっ!だから戻って来いよっ!!」

かりんちゃんは必死になって縋り付き声を掛ける。

「陸島!覚醒剤か興奮剤か、何でも良い、何か無いか?麻酔が効いて身体機能が低下して来ている!」

「でもこの状態でそんなの…」

「このまま眠ったら、そのまま心身も落ちるぞっ!安定するまで起こしておく必要がある!」

「~~~、判ったわ」

苦渋の表情で文香さんは決断し、痛む身体を庇いつつ部屋の中へと走って行った。
3分程度で何かのケースを持って出て来る。
そのケースから注射用の本体と針を取り出して接合した後、慎重に中の空気を抜いてから彼の腕の動脈に針を刺した。
彼女が注射器を押し込むと、徐々に内容液が注ぎ込まれていく。

「ふぅ、これで良し!」

彼の腕から針を抜いた文香さんが一息をつく。
暫くすると薬の効果とかりんちゃんの必死の声掛けもあり、ギリギリで命を保っていた彼の瞳に光が戻って来た。

「うぅ、ぐ。此処、は?」

「早鞍っ!良かったっ!!」

「かりん?はぁっ、づぅ。今、何時間だ?」

「71時間49分。後10分ね」

彼の言葉にすぐに答えたのは麗佳さんだった。
その返答に彼の顔が歪む。

「10分か。ふぅ、皆、出来るだけ、俺から、離れろ。
 セキュリティの、攻撃に、巻き込まれ、るなんて、洒落に、成らんだろ。
 後は俺が、1時間、逃げ切る、だけだっ」

時々朦朧と意識が消え掛けながら、彼は息も絶え絶えに訴えた。

「早鞍さん…」

総一くんの呟きが聞こえる。
他の皆は早鞍さんの言葉に絶句していた。
しかし彼の言う通りなのだ。
このままでは彼の首輪は72時間経過と同時に作動してセキュリティシステムに狙われる。
だが彼の言うセキュリティシステムから逃げ切る事は、はっきり言って不可能だ。
今までにも1時間逃げ切れば良いと何名かが挑戦したらしいが、成功した例は皆無だった。
それを果たす事など死に掛けの彼が出来る筈も無い。
首輪が作動すれば、彼の命は確実に失われるだろう。
だが、それは許さない。
絶対に彼の命を奪わせたりなんかしない。

「皆さん、保管してあるもの及び今外れたものを含む全ての首輪を集めて下さい!
 お願いします。時間が無いんですっ!」

私の要請に皆が即座に動いてくれた。
現存する首輪は彼の荷物の中の2つと先ほど外れた私の首輪が1つに総一くんと咲実さんのもの。
合計は5つだが、この他に手塚さんの首輪を外す為に途中で5つ作動させた事は聞いている。
更に文香さんの秘密部屋でセキュリティシステムの実験に1つ使用した。
これで11個で、残りは早鞍さんと耶七くんの着けているもので13個であり、数は間違いない。

「手塚さん、この5つを遠くで破壊して下さい。ソフトウェアの有効範囲に入って、誤作動を起こされると迷惑ですから」

「ん?おう、やって良いってんなら、やるぜ?」

「宜しくお願いします」

破壊活動ならこの人に任せた方が良いだろう。
丁度手持ち無沙汰で暇そうですし。
手塚さんは高山さんの荷物から幾つかの物を取り出して、首輪の破壊に向かってくれた。
これで残る首輪は2つで、1つは9のPDAで守られている。
残りの1つは…。

「早鞍さん、皆さんを避難させる必要なんてありません」

壁に寄り掛かって蹲る彼の前に座り、静かに語り掛ける。
そして私のPDAをあのソフトウェアを起動した状態で、力の入っていないその両手にしっかりと持たせた。

「私のPDAにもあの機能が入っています。貴方が守り通したこのPDAのバッテリーはほぼ一杯です。
 充分に、1時間以上保ちます。だから、貴方は助かるんです」

ずっと我慢して来ました。
だけどそれももう無理です。
私は溢れ出て来る涙を、止められなかった。

「生き延びて、下さい。お願いします」

涙で声が掠れた。
やっと私は救う事が出来る。
今まで騙して、裏切って、殺す事しか出来なかった私が、初めて誰かを助ける事が出来るのだ。
その思いを胸に言葉を紡ぎながら、私は彼に抱きついたのだった。





第K話 帰還「PDAを5台以上収集する。手段は問わない」

    経過時間 72:00



    ピー ピー ピー

    「6階が進入禁止になりました!」

俺の持つJのPDAの画面には、とうとう館内全域が進入禁止エリアになった事を告げる文面が載っていた。
身体の中では麻酔薬と覚醒系の麻薬が鎬を削っており、眠くなったり覚醒したりする所為で頭がグラングランしている。
とは言え、俺を生き返らせる為に尽力してくれた皆を責めるつもりは毛頭無い。
それよりもこんな事をした俺の方が責められるかと思ったのだが、皆涙を流して喜ぶだけで責められる事は無かった。
有り難い事だと思う。
そして喜ばしいとも思う。
他人が生きている事に喜べる事が。
それをお互いに分かち合える事が。
そして嬉しかった。
俺も色んな意味で「帰って」来れたんだという事に。

見ていたPDAを胸ポケットに戻す。
その時カサリと音がした。
何かと思い見てみると、この「ゲーム」の最初の頃から持ち歩いているルール表があった。
それには1つの丸い穴が空いており、殆どの部分が赤黒く染まっている。
4つ折にされたものを開こうとしても、付着した液体が固まった所為か開く事が出来なかった。
多分開いても内容を読む事は出来ないだろうが。
思えばこれにも随分と助けられた。
情報交換という序盤で重要な役割を、この1枚で果たせたのだ。
この薄い紙で銃弾の勢いを弱めたとも思えないが、その空いた穴が「俺は命の恩人だぞ」と紙が主張している様にも見えた。
下らない擬人化を振り払って、その紙を胸ポケットに戻す。
感傷かも知れないが、これがあると安心感が湧いたのだった。



現在周りの皆は幾つかのグループに分かれて話をしたり、飲み物を飲んだりしている。
俺が生き返ってから皆が元の大部屋に戻っていた。
戻った直後に俺は御剣達にまず事情を聞いてみる。
俺を撃つ前の理由付けに対しても余りにも順調な物分かりの良さに疑問が有ったのだ。
理由は簡単だった。
結局『ゲーム』と同じ様に文香が御剣と姫萩へと真相を話していたと言う事だ。
この説明で文香が「エース」の工作員である事が皆に知れ渡る。
葉月は知っていた様であるが、渚や麗佳達はこれに驚いていた。

「お前は、知っていたんだよなぁ?」

文香の真相を聞いた時の俺の反応からだろうか、手塚が俺だけに聞こえる小さな声で問い掛けて来た。
彼だけは無線機での「エース」主導の「組織」への襲撃の話を聞いているから構わないだろう。
手塚の言葉に小さく頷いて返しておく。

「成程ねぇ。だからあいつ等の拘束に、あの女の名前が出たのか」

拘束、と言うのは俺が階段ホールで撃たれた後の事だろう。
そう言えば無意識に文香の名前も出している。
適任者を出していたら当たっただけだったのだが、疑問に思われていたとは迂闊だった。
手塚の疑問はそれで終わった様だ。
追求が無いのは助かるが、思ったよりもあっさりと納得したものである。
そして周囲もこの状況なので、文香の話は一旦置いて貰えた様だった。
もう1つ、何故長沢が居るのかと言う事なのだが、これには彼等も良く判っていないらしい。
長沢も気付いたら薄暗いがそれなりに綺麗な部屋に閉じ込められて居り、8時間前くらいに部屋の鍵が外れて外に出られたとの事だった。

「あ~っ!館内全ロック解除です~。
 早鞍さんがぜ~んぶ解除しちゃったから~、彼の保管部屋のものも解除しちゃったんですよ~」

だから渚はあの時止めたのか?
この渚の言葉には文香達の方が驚いて、何か俺達に言いたそうだったので先に答えておく。

「御剣、一応言っておく。
 渚と耶七はこの「ゲーム」を主催した「組織」側の人間だ。ゲームマスターって存在らしい」

「何だってーっ!」

御剣達が驚くよりも前にかりんが驚きの声を発した。
あれ、言ってなかったっけ?
そう言えば都合が悪いから説明を飛ばして居たのを思い出した。
宙を遠い目で見ながら思い出している俺を、麗佳が半眼で見ながら恨みがましく言って来る。

「私も初耳ですよ、早鞍さん?」

「…そういやお前等、戦闘禁止エリアで寝てたっけ。優希も聞いてないよな~」

「ね~。…何で教えてくれないかな~?」

「あはは、済まん済まん。作戦会議時に言うのを忘れてた」

上目遣いで頬を膨らませて睨んで来る優希の頭を撫でながら、かりんと麗佳にも謝っておいた。
忘れてた訳では無くわざと言わなかったのだが、これを言うと無駄な労力を割かれそうだったからである。
頭も身体もだるいので余計な事はしたくないのだ。
そしてそれを話すと言う事は「組織」との取引も話す必要が出る可能性が高い。
これを73時間以内に話しては「観客」に知られてしまうので、拙い事に成るのだ。
「組織」もプレイヤーが全員集まる此処以外映す場所が無いから、誤魔化す事も出来ないだろう。
まだ、俺達の「ゲーム」が続いている事を、少なくとも俺だけは忘れてはいけない。
政財界の大物がカジノ船だけに居るとは限らないのだ。
パソコンなどで見ている各地の一般人のベット客の様に、遠隔地から見ている者が居るかも知れないから気を抜けない。
もし大物客の機嫌を損ねれば、それこそこちらの命など吹き飛ぶだろう。
そして全員を帰す為には、まだ俺は死ねないのだから。
俺は朦朧として来る思考を抱えながら、意識を保とうと努めるのだった。



横にある木箱の上に湯気を立てたコーヒーが、その独特の薫りを振り撒きながら置かれている。
それは持って上がった飲食物の中に有ったドリップ用機器を用いて作られた、インスタントではないコーヒーであった。
コーヒーカップにはストローが入っている。
腕を上げるのもダルイ俺の為に用意してくれたのだが、これは恥ずかしい。
飲みたいが飲めない、そんな葛藤を無意味に味わわせてくれる。
プライドを優先して飲まない方を選んだ俺は、未練を振り払う様に周囲を見回した。
それぞれ集まっているグループの方も『ゲーム』とは大分様変わりをしている様だ。
御剣と姫萩の2人はいつも通り。
次に葉月を中心として、文香と愛美と長沢が固まっている。
その近くには耶七が1人寂しく紅茶を啜り、心配そうに愛美を見ていた。
そろそろ妹離れをしろと言いたいが、後は時間が解決するだろう。
高山は渚と麗佳とかりんと優希の4人グループを少し離れて見ていた。
一緒に居れば良いのにとは思うが、彼なりに恥ずかしいのだろうか?
手塚は何故かその高山の近くで、しつこく高山に話しかけていた。
『ゲーム』と同じ様にこの「ゲーム」の後で組まないかとでも言っているのかも知れない。
そんな手塚につれない態度を取り続けている高山が、とてもクールに見えるのであった。



しかし本当に上手くいったものだった。
御剣は言葉で俺を殺せと言っても絶対に従ってくれなかっただろう。
それは『ゲーム』で良く判っていたから、あんな手を使った。
問題は死亡の条件の方だった。
『ゲーム』内で死んでいた者達を考察すると、「死亡したな」と思ってから程なくプレイヤーカウンターが反応した。
プレイヤーカウンターが反応したならそれは死亡判定が成されたと言う事である。
その時の状態を見ると、時間的にどう考えても体温低下では無さそうだった。
だったら脳波?
有り得るかも知れないが、それだとしてもカウンターの反応は早過ぎだった。
もう1つ、そして一番有り得たのが『心臓停止』である。
だからこれは賭けだった。
死ぬのは良い、必要なのだから。
だがその後復活する為には、肉体の過剰な損傷は控えなければ成らない。
それでも「御剣が殺した」事にする為には、一撃で死ねなければ成らなかった。
御剣に2度も俺を攻撃させるのは不可能だからだ。
だから麻酔銃によるショック死は苦肉の策と言えた。
ショック死出来た事も、蘇生出来た事も、どちらも偶然の産物である。
だからこそ、この奇跡に本当に感謝したいと思ったのだった。
全く良かった、と俺は匂いに釣られて隣にあるコーヒーを飲む。
ストローを銜えて。
…はっ!しまった!

仕方が無いので、折角淹れてくれたものを無駄にするのは勿体無いし、と思ってそのまま飲み続ける。
まったりしていたら、かりんが俺の傍に寄って問い掛けて来た。

「早鞍ってさ、渚さんのPDAが無かったら、本気でセキュリティシステムとやり合う気だったのか?」

素朴な疑問と言った所だろう。
実際には無茶な話である。
それでも俺はやるつもりだった。
他に方法が無かったのだから。

「ああ、それしかないなら、ヤるだけだ」

俺の小さい声での返答に周りは呆れ返っている様だ。
何もそこまで呆れ返らなくても良いと思うのだが。
他に手が有ったのなら、こっちが知りたいくらいだ。

「絶ってぇー無理だってっ!本当にお前は無茶苦茶だよっ!」

セキュリティシステムの内容を色々と知っている耶七が言って来る。
更に追撃で麗佳が言い募って来た。

「大体1回死んで生き返るなんて、そのまま死んでたらどうするのよっ?!」

全く終わった事を愚痴愚痴と言うのは止めて欲しいものだ。
これ以上追求されても面倒だし、俺は話を打ち切る為にふらつく頭で少し考える。
そして俺はニヒルに口の端を上げて、言い切るのだった。

「フッ、ヒーローってのはな?仲間のピンチの時に華麗に復活して、活躍するものなのさっ!」

「うっわっ、またこいつ変な事言い出したっ。薬、効き過ぎたか?」

隣に座るかりんが心配そうに俺を覗き込んで来た。
酷いです、かりんさん。
俺はグラグラする頭を手で押さえながら、内心で涙する。
あ、本当に視界が歪んで来た。



とうとう時間経過の時が来た。
画面の経過時間表示が73時間に、そして残り時間が0分に成ると同時に何時もの警告音が鳴り出した。

ピー ピー ピー

PDAの液晶画面に「Game Over」の文字が縦長のフォントで表示される。
そのすぐ後に、首輪とPDAから音が発生した。

    ピロロロ ピロロロ ピロロロ

    「おめでとうございます!貴方は見事に73時間経過まで生き延びて、勝利者となりました!
     勝利者は無条件で首輪が解除されます!Congratulations!!またのご利用を当方はお待ちしております!」

音声が流れ終わると、丸3日以上嵌っていた首輪が左右に割れ外れた。
これは多分エクストラゲームではなく標準仕様では無いだろうか?
結局あのエクストラゲームの勝利条件は、「ゲーム」の通常の勝利条件と同じなのが引っ掛けと言えたのだ。
『ゲーム』において誰も突っ込まなかったのが不思議である。
そしてその電子音声の内容は腹立たしいものであった。
もう二度と利用するかってんだ。
内心で悪態を吐きながら耶七の方を見ると、彼の首輪も同様に外れている様だった。

「早鞍っ!やったーっ!外れたっ!外れたよーっ!!」

かりんが叫んで抱き付いて来る。
その勢いで寄り掛かっていた木箱に俺の背中が叩き付けられた。
叩き付けられた背中だけじゃなく、右半身の怪我や全身の打撲傷も連鎖的に疼き始める。

「お、ぐぅ」

呻き声を上げて俺は真っ白に燃え尽きた。
あ、いや、まだだけど。

「うわっ、ごめん、早鞍」

やっと気付いてくれたのか、かりんが俺から離れた。
いや、もうちょー痛かったです。
それでもかりんや優希が素直に喜んでくれていたのは、嬉しいものだった。
耶七の方も愛美が満面の笑みで喜んでいるのが見える。
ついでの様子で葉月や文香も喜んであげている様だ。
麗しい友情に乾杯。

「はぁ、これで一安心だな?
 皆、移動を始めるぞ」

「何処へ行くの?」

溜息の後に提案した俺の言葉に麗佳が返して来る。
そんな彼女を始めとする皆に片目を瞑って答えた。

「戦闘禁止エリアに決まっているだろう?こんな埃臭い所はもう飽き飽きだっ!」

両手を広げて言い切る。
それを聞いた皆は納得した様な顔で頷いてくれたのだった。



相変わらず此処だけ清潔な様相を呈している戦闘禁止エリアは正に憩いの場所と言えた。
全員首輪が外れた事で、ルール違反も気にする必要が無くなったのだ。
脱出をどうするのかと言う問題もあるので、まだ暫くこの館内に居なければ成らない。
完全に「ゲーム」が終了したので館内カメラを気にする必要が無くなっただろう。
これを受けて俺は全員に「組織」との交渉内容の一部を話し出した。

「前にも言ったが渚と耶七が、この「ゲーム」開始時のゲームマスターだ。
 そして「組織」と「エース」の関係も理解して貰えていると思う。
 簡単に言えば「ゲーム」の撲滅が目標なのが「エース」だな」

1人用のソファーに座る俺に対して、皆は3人用ソファーや絨毯の上に座ったり立ったままで言葉を聞いている。

「そして今のゲームマスターは俺だ」

「「「「はぁ?!」」」」

文香を筆頭に数名が素っ頓狂な声を上げる。
一部の知っている面子を除いて、彼等の顔は驚きに満ちていた。

「途中、手塚の首輪を外した後に回収部隊を拘束したんだがな。彼等の装備に通信機が有ったんだよ。
 俺はこれを用いて、「ゲーム」を運営していたディーラーと言う男とコンタクトを取る事が出来た。
 そこであいつ等兵隊達の目的を聞いたんだ。だからそれを餌に俺はある条件を追加したのさ」

此処で一旦言葉を切る。
兵隊達の目的についてはぼかしておく。
優希の件を軽々しく言う訳にもいかないからである。
皆の反応は様々だが、特に文香の反応が大きかった。
彼女にとって俺の行為は、「エース」に敵対する事なのだ。
睨みつけて来る視線をスルーして、話を続ける。

「条件の1つにして最大のもの、それは「ゲーム」の終焉だ」

「終焉?」

「そうだ麗佳。今回の「ゲーム」を最後に、こんな殺し合いの娯楽は終わらせる事。
 それが俺の提示した条件だ。そして「組織」のボスはこれを受けた」

俺の表現に訝しげな顔をした麗佳に頷いて、追加の説明をする。
この説明で殆どの者が理解を示した様だ。
しかし一部の言葉に引っ掛かった者が居た。

「「組織」のボスと話したの?!」

「そうだ。直接、と言っても通信機越しだったが、交渉して努力すると言う返事を得た。
 ただ、今回の「ゲーム」は既に始まっており、観客が居る為に止める事が出来なかった。
 その上、「組織」内の過激派が「ゲーム」進行を乗っ取って、俺達への殺害を止められなく成ったらしい。
 だから73時間後も兵隊達が動けていると問題が有ったし、そうでなくても結局命懸けに成ってしまったがな」

肩を竦めながら文香の疑問に答える。
そして彼女には、此処からの話の方が困った情報に成るだろう。

「さて、そのボス何だが。
 カジノ船と言われる、観客達が詰め掛けているこの「ゲーム」の中枢を担う所が有ったらしいんだが、そこへ向かっていたらしい。
 だが、今それは中止して貰った」

「何ですってっ!!」

やはり文香は驚いた。
もうそれは驚愕なんてものでは無い。
そのまま膝が折れて床に着いたほどの、絶望と言って良い様子であった。
膝立ちで項垂れる文香に周囲の視線が集まっている。
ほぼ全員が何故彼女がそこまで気落ちしたのかが判らない、と言う顔をしていた。

「残念だったな文香。お前達「エース」がエクストラゲーム提案後に発動した作戦は、これで失敗だ。
 だが「エース」の悲願は叶うんだ。別に構うまい?お前達はその為の組織なんだろう?」

その言葉に文香は顔を上げて俺を睨み付けて来た。
一体何が不満だと言うのか。
「ゲーム」は終わるのだから、目的は果たしている。
それとも「エース」がしなければ気に食わないと言う事だろうか?
しかしそれは聞けない。
「エース」になど任せられないのだ。
勿論「組織」も許せるものでは無いのかも知れないが、優希の事を考えれば今は妥協するしかない。
そんな時文香から疑問が出る。

「何故、「エース」の作戦の事を知っているの?あれは極秘事項の筈よ?!」

当然来る質問だろう。
しかしこれは返答に困る。
知っている筈の無い知識だからだ。
それでも誤魔化す必要性がある。

「鴻上って知っているか?多分お前の上司だっけ?あいつが穏健派ってのは冗談としか思えないがな。
 俺はあいつが各地の一般参加者に対して粛清行為を行なう事を知ってたんだよ。
 だからお前達「エース」に任せられなかった。ある意味、第三勢力かね」

「なっ!…だとしても、こんな「ゲーム」に参加してる時点で共犯じゃない!」

「お前等の言っている事は1つの極論だ。殺し合いを娯楽としているから全員粛清?
 だったらホラーやサスペンスの本や映画を楽しんでいる奴等も粛清するか?
 一般参加者にとってはそんなものなんだよ。モニター向こうの他人の死なんてのはな。
 それを直接殺しに行こうとするお前等の方が、余程罪深いぞ。正にテロリスト、か?」

冷静に淡々と述べる俺に文香は唇を噛み締めて睨み付けて来る。
彼女がどれだけ言おうと、あのBadEndを見た俺は「エース」を受け入れる気は無い。
理念は立派だったんだけどな。
幾ら言った所で彼女の言い分が通る事は無いのだが、それでもまだ言うなら反論する用意は有った。
それにこの問答で、俺の正体についてから話題が離れて行ってくれている。
文香も一般人への粛清に付いては初耳だろうし、それを許容する性格でも無い。
だから俺から紡がれた言葉に動揺して、それ以上は言って来なかった。
その様子に彼女との問答は終わりと思い、俺は皆に向き直る。

「そういう事で、「組織」の一部は協力関係に成っている。
 このまま待っていれば、その内連中が来るだろうから、此処で待っていようと思う」

俺はこれで締め括った。
他にも色々と言って無い事は多いが、言う必要も無い。
だるい身体をソファーに預けて一息吐く。
他の皆ももう何を言っても無駄な事を理解したのか、それとも諦めたのか。
文香も暫くの間悩んでいた様であるが、本部と連絡が取れない今の彼女には判断が付かないと考えたのだろう。
その内俺に対して以外は普通の応対をする様に成っていた。
他の者も「組織」とか「エース」などとは関係無く、それぞれのグループに分かれて行く。
その内に、この部屋に来る前の様に雑談が始まるのだった。



先ほどから「組織」の通信機で何度かコンタクトを取ろうとしているのだが、反応が全く返って来なかった。
本来なら勝利者を一旦薬で眠らせて再び外へと運び出すそうなのだが、その為の作業要員は回収部隊として全て拘束されている。
俺達は途方にくれていたのだ。
まああちらも「ゲーム」が終了した事で優希を回収しなければ成らないだろうから、何らかの部隊が此処にやって来るだろう。
その時再度交渉しなければ成らないが、取り敢えずそれまでは皆で休む事にした。

精神衛生の良い所に移ったのが良かったのか。
あの説明以後暗かった皆の表情も、どんどんと目に見えて明るくなっていった。
もう誰も争わなくて良い。
命の心配も、お金の心配も、今は要らない。
そんな安心感が漂っていた。

「くぁぁ、暇でしょうがねぇ」

「お前は寝てろ」

言葉の通り暇そうに俺の斜め前のソファーで大欠伸をしている手塚に冷たく返す。
マッタク雰囲気が台無しだ。

「あぁ?もうちょっとでメシだろ?寝られる訳無ぇじゃねぇか」

手塚は退屈そうにキッチンを横目で見て言う。
それでも彼が食事を楽しみにしている事は窺い知れた。
現在キッチンでは、渚を中心として愛美と麗佳と姫萩が食事の準備をしている。
他の女性であるかりんと優希は料理が出来ないので、皿などの手伝いに奔走していた。
経過時間がそのままなら現在は74時間経過の手前くらいだ。
現実の時間でも正午に成る時間帯なのだが一向に「組織」の連中が来ないので、俺達は昼食を取る事にしたのである。
調理中の渚達は本当に楽しそうであった。
その他として、文香は耶七に大人の常識を滔々と教授している。
此処に来るまでも耶七の空気を読まない態度や発言が目立った所為であった。
どうも俺や愛美に対して以外は性格が矯正されていない様だ。
だが文香の説教に、もう勘弁してくれと言いたそうな耶七が微笑ましい。
戦闘能力、つまりは運動性能は凄まじかったが精神的にはまだまだ子供、と言ったところか。
御剣は葉月と何か話している様だ。
高山は俺の座るソファーの後ろで壁に寄り掛かって佇んでいる筈だ。
見えないので確かなのかは判らない。
そうして食事が出来るまで、ゆっくりと待つのだった。

大きな応接机の上だけでは大量に用意した食事を置けずに一部は床にまで皿を並べての、ある意味戦勝祝いである。
実際ソファーの座席は8名分しか無いので、床に座って食事を取る者も居るから問題は無い。
此処の冷蔵庫にもアルコール類は入っておらず、手塚と高山と耶七、ついでに文香と葉月も落胆していた。
しかしこんな場所でアルコールなんてばら撒いたら大変な事に成るのは明白なので、無くて当然だと思う。
誰も酔っ払い同士の殺し合いなんて見たくないだろう。
思い思いの飲み物で乾杯してから、色々と用意された食事に手を伸ばす。
考えてみれば俺達と渚が競争する様に大量に食料を持って上がっていたので、かなりの量が残っていた。
今回の宴会に使った分も全体の3分の2くらいだろうか。
まだもう1食分はいけそうだ。
ずっと戦勝モードだったのだが、この様な宴会と成ればまた異なる様で、皆本当に明るい笑顔で食事をする。
そうして楽しい時は過ぎ去っていった。

食事が終わり、皆が食後の飲み物を楽しんでいる時である。
葉月が1つの提案を真剣な面持ちで語り出す。

「みんな。こうやって全員で生き残れた事はある意味奇跡と言って良い。
 多分それは総一君と早鞍さん、それに高山さんのお陰だと思う。
 だけど、こう言ってはなんだとは思うんだけどね。
 総一君の亡くなった彼女さんのお陰でもあるんじゃないかって、思うんだ」

「葉月さんっ、それはっ」

「文香さん、僕は酷い事を言っているかも知れない。
 けれどね、こうやって僕達が生きているのは、総一君が彼女の言葉を忘れないで居たからなんだと思うんだ」

彼等だけの時に何かあったのだろうか?
葉月の言葉は彼自身にも言い聞かせる様な響きがあった。
その先は葉月は言い難い様だ。
ならば、引き継いでやろう。

「つまり、だ。桜姫が死んだ事によって、何もかもが上手くいったって事、だろ」

「早鞍さんっ!!」

姫萩の声が響くが、俺は言葉を続ける。

「御剣、ただ死んだってのよりはさ、桜姫は此処に居る皆を助ける為に死ねたんだって思えば良いんじゃないか?
 辛いだろうが、無意味な死よりはマシだろう?無意味な死なんかよりは…」

「早鞍、さん…」

俺の家族が死んだ事を知っている渚が、俺の方を見てそわそわしている。
いや、大丈夫なんだけどね。
だからそんなに気にしないで欲しい。
そこへ慌てた様に葉月が話を繋いだ。

「そ、それでだねっ!その命の恩人である桜姫さんの墓参りをさせて貰えないかな?と思ったんだ」

「墓参り、ですか?」

御剣が呆けた様に聞き返す。
それに葉月は大きく頷いた。

「ああ、感謝しているんだ、僕はね。だから是非させて貰えないかな?
 良かったら皆で!」

「ふふ、それは良いわね。皆と会う口実にも成るし、大歓迎よ」

葉月の提案に文香が賛同した。

「では参る日と時間が決まったら連絡を下さい。えっと、連絡網はどうしましょうか?」

「「組織」の~、データベースに~、皆さんの情報があると思うので~、それなら可能でしょうか~?」

麗佳の疑問に、渚が困った様に俺を見る。
何故俺を見る?
しかもそのデータベースには多分、俺のデータは無いぞ?
有ったとしてもプライバシーは…無いんだろうな。

「「組織」がデータくれるかねぇ?俺は望み薄だと思うぜ」

渚の言葉を否定したのは耶七である。
ボスに聞けば答えてくれそうだが、そこまで世話に成るのも考え物か。
少し暗いムードに成り掛けていたから、俺は手を叩いてその雰囲気を飛ばそうとする。

「連絡方法はおいおい考えれば良いさ。それに集まる時期も考えなければ成らないだろう。
 かりんは妹の治療で暫く暇は無いのだからな」

「あ、うん。そうなんだよね。ごめん、皆」

かりんが俺の言葉を受けて皆に頭を下げた。

「いや、良いんだよ。御病気の妹さんは大事にしないといけないからね」

葉月の言葉は本当に心配そうな感じであった。
その言葉にかりんも頭を上げる。
そして彼の視線はそのまま全員へと向けられた。

「時期とか連絡方法とかは問題があるかも知れないが、皆で集まるのは悪くないんじゃないかな?」

葉月の言葉に数名が頷いて、賛同を示した。
それにしても…。

「俺は御剣に助けられた事、無いなぁ」

「お、そりゃ俺も、俺も」

「俺も無いな」

何気に呟いた言葉に、横の手塚と後ろの高山も同意する。

「文句言わず来なさい!!」

文香の一喝が部屋に響く。
ちょっと横暴じゃないですかね?お姉さん。
俺だけではなく男2人の他、麗佳もちょっと引いていたのだった。



そうして時間が経ち、かりんの携帯電話の時刻表示が午後の1時を過ぎた頃、変化が訪れた。
戦闘禁止エリアで寛いでいたのだが、いきなり入り口の扉が開いたのだ。
全員が緊張を顕にして入り口の方へ顔を向ける。
俺のソファーの後ろに居る唯一武装をしていた高山が、肩から提げていたアサルトライフルの銃口を向けたのが横目に見えた。
その他の者は武器が無いので一部の者は怯えている様だ。
扉から入って来たのは、都市迷彩服を来た2名の兵隊であった。
彼等の手や身体に武器の様な物は見当たらない。
そして大き目のバックパックを背負っている。
2人が入った後、開いた扉から1人のタキシードを着た男性が入って来た。
その男はこちらを向いて一礼すると、落ち着いた声で話し掛けて来る。

「お初にお目に掛かります。皆様が、この「ゲーム」の勝利者に成られた事を御喜び申し上げます」

前は雑音混じりではあったが、その声は聞き覚えのあるものだった。

「ディーラーか」

「はい。外原様に直接御目通りが叶い、恐悦至極に御座います」

慇懃無礼、と言えば良いのだろうか。
かなり丁寧ではあるが、本心からは言っていない様な印象を受けた。
それはさておき、このままでは交渉に差し支えそうなので左手を上げて高山の銃を下ろさせておく。
その行為をどう取ったのか知らないが、ディーラーは銃口が下ろされたのを見てから話を続けた。

「それで、優希様はご無事でしょうか?」

彼等から見て優希は俺のソファーを挟んだ所に隠れて居た。
兵隊が突然入って来た事により、自分がターゲットなのを思い出して隠れたのだろう。

「優希、出ておいで」

「はーいっ」

俺が声を掛けると、ソファーの右横からヒョコッと飛び出して俺の前に来る。
彼女の姿を見てディーラーは目に見えて安堵の息を吐いていた。
そして扉の方を向いて深々と頭を下げながら、彼は告げたのだ。

「色条様。優希様が御無事である事を確認致しました」

「何っ!良輔が此処に来ているのかっ?!」

俺の驚きを余所に、1人の男が部屋に入って来た。
ディーラーは彼が入って来たのを慌てて止めようとしていたが、彼は全く意に介していない。
その時、ディーラーと俺の言葉にもう1人大きな動揺を示した人物が居た。

「「組織」のボスっ?!今なら…」

「文香。言わなかったか?
 止めておけよ。今のお前には無理だろう?」

彼女の声に俺の興奮し掛けていた思考が冷めるのを実感した。
俺の言葉に反応した高山がアサルトライフルの銃口を文香へと固定している様だ。
その行為で立ち上がっていた文香は、唇を噛んで悔しそうではあるが座り直してくれた。
今、良輔を害する訳にはいかない。
逆に彼が此処に入って来た事が、交渉の必要も無くこちらの言い分を認めている様なものだったのだ。
これを御破算にするのはちょっとどうかと思う。
そしてディーラーの制止など聞かず、良輔は俺の方へと歩いて来ていた。

「パパーッ!!」

彼が近付いて来るのを見た優希がその元へと駆け出す。
距離は殆ど無いので、優希はすぐに彼へと抱き付く事が出来た。
その彼も片膝立ちの態勢で優希を迎えて、その背に手を回してしっかりと受け止める。

「済まなかった。優希、済まなかった」

「怖かったよぉーっ!うわあぁぁぁ」

父に会えて緊張が緩んだのか、優希は大声で泣き出した。
やはり本当の家族は違うのだろう。
これで、良い。

「外原様。皆様御怪我をして居られます。早急に治療に入りたいのですが、宜しいでしょうか?」

ディーラーが俺の許可を求めて来る。
何故、誰も彼も何時も俺に聞いて来るのか。
それでも聞かれたからには答えなければ成るまい。

「丁寧且つ念入りに頼むぞ。かりん、文香。後、手塚と長沢はすぐに手当てを受けろ。
 高山、お前は要るか?」

「要らん」

後ろから短い返答が来る。
全身の傷の他、右足に貫通銃創が有った様な気がするが、彼が良いと言っているのだから構わないか。
俺はディーラーに向き直り、短く指示を出した。

「では、やってくれ」

「畏まりました。6名の衛生兵を連れて参りましたので、その者達が対応します。
 女性には女性兵を付けましょう」

随分と手回しの良い事だ。
ディーラーの合図で入り口から先に入った2名と同じ格好をした4名の兵隊と、スーツ姿の女性が1名入って来た。
その女性には何となく見覚えが有ったが、口から名前が出そうに成るのをグッと我慢する。
危ない危ない、また口が滑る所だった。
男女3名ずつの衛生兵は特に怪我の酷い文香に2名が付き、その他に1名ずつが付いている。
何故か俺にも1人。

「何で俺が対象なんだ?言って無いだろ?」

ソファーに凭れたまま治療を受けている俺は疑問を口にした。
その返答なのか、後ろから冷たい声が降り掛かる。

「一番重傷なのはお前か陸島だろう。
 大体死に掛け、と言うか死んだ人間が下らない事を言うな」

何か後ろでブリザードが吹き荒れているかの様に後頭部が寒い気がするが、気のせいだろう。
そして治療を受けている俺に色条親娘が近付いて来た。

「イレギュラー、いや外原早鞍、だったな。娘を助けてくれて有難う。
 ディーラーから開始当初からの話も聞いた。君には感謝しても、し足りない様だ」

「エクストラゲーム前についてまで出されるとは思わなかったな。
 それについては、約束を守ってくれればそれで良いさ。2つ、覚えているよな?」

俺の返答に良輔は力強く頷いた。

「「ゲーム」を今後しないと言う方は、流石に無理かと思っていた。
 が、何とか成りそうになってしまったよ。こればかりは私も驚きだ」

彼の言葉に首を傾げる。
続いて説明をしてくれるが、その内容は確かに予想外だった。

「まずは、元々「組織」は肥大化する「ゲーム」を持て余し始めていたのだ。
 今回で判る様に余りにも複雑化した上に、そのハードルは年々上がるばかりだ。
 観客の要望もきつくなる一方だったし、その為に必要な情報や事後処理も膨大に成っていた。
 そして今回「エース」の襲撃により、カジノ船が襲われた事で、観客達の一部が危険に晒された。
 当然この責任は一部我々に有るが、それでも彼等はこの「ゲーム」で齎される危険性を感じ取った様だ。
 このまま続ければ第二、第三の「エース」が出て来るだけだとな。
 だから、観客の足が少しずつ遠のくだろう。それは「ゲーム」の運営に影響が出ると言う事だ。
 つまりは、過激派の連中が続けようとしても、採算が合わなければ続けられないと言ったところだな」

このメタメタに成った状況の所為で必然的に「ゲーム」を再開出来なく成ったとは、これまた何と言うか。

「勿論君との約束があるから、「ゲーム」をしようと画策する連中は私が抑える予定だ。
 それともう1つの方も、私がこの様に無事ならば問題は無い。
 安心してくれて良い」

「もう1つの約束?」

当然の様にボスに突っ込む麗佳。
考えて見ればこいつも物怖じしないな。

「何だ、皆に伝えていないのかね?」

「そう言う事は、言わぬが華って言うだろ?不言実行?まあどうでも良いや。
 あんまり善意を押し付ける気は無いんだ。可能ならそれで良いよ」

良輔の問いに投げ遣りに答える。
正直、おまけ要素の強いものだ。
だがそれでも数名かはこれで1つの苦境を脱するだろう。
前の良輔との話でも言ったが、後は本人が何とかすれば良い。
俺の言葉に良輔は微笑みながら頷いた。

「判ったよ。その内容については後日に話す事にしよう。
 郷田、撤退の準備は出来ているな?」

「はっ!コントロールルームの確保及び我が部隊員達の居場所の特定も出来ました
 屋上のヘリの補給も先ほど終えた旨、報告が挙がっております。
 自動攻撃機械の排除も完了していますし、問題は無いでしょう」

手元で何かの端末を弄っていたスーツ姿の女性が、良輔の言葉に対して流れる様に返答をする。
その言葉に良輔は満足そうに頷いた。

「これで此処から出る事が出来るだろう。その後、各自を家に送り届けよう。
 …そう言えば君の家は無かったな。
 外原早鞍。君は一体何者だったのかね?」

今更と成るが、良輔は真剣な顔で聞いて来た。
こちらの世界には俺の戸籍が無いのだ。
だからと言って、此処は私の世界ではゲームと成っている舞台であり、そこからゲームに入り込んで参りました、何て言えない。
言ったら確実に都市伝説の黄色い救急車に連行されるだろう。
だが、どう説明すれば良いのか。

「あー、多分俺に戸籍が無い事を、言っているんだよな?」

「その通りだ。幾ら調べても「そとはら さくら」と言う同姓同名の人物はこの日本には存在しない。
 だが日本人ではない、とも思えないのだが、何処かの工作員かね?」

良輔の目が細められて、鋭い眼光が俺を貫く。
周囲の者達もこの事実に驚愕している様だ。
何か俺は驚かせてばかりだな。
しかし同姓同名すら居ないのか。
読みだけならそんなに珍しい名前でも無いと思ったのだが。
そして俺には良輔の問いに返せる答えが存在しない。
ふむ…仕方が無いか。

「実は俺はな?
 天の御使いだったんだよっ!いやもう、この不浄の世の中を正す為に、孤軍奮闘をす…」

「こんな時まで巫山戯るなぁっ!!」

とうとうかりんから実力行使の突っ込みが来た。
あれ、前にも有ったっけ?
グワングワンと揺れる脳味噌が、そろそろ限界に近付いていた俺の意識を刈り取ろうとしていた。

現実感が無くなって来た意識にふと過ぎる思考。
今居る場所は昏睡する自分の夢なのか、それとも本当に『ゲーム』の世界に入り込んだのかと言う疑問。
今まで何度か自問していた事。
痛みや苦しみは明晰夢としても有り得ないくらいのものであった。
それでも俺はこの世界の人間では無い事は、戸籍が無い事からも明確である。
今更答えの出ない事だ。
それでも俺はこの世界で生きていけるのかと言う不安も有り、思考が乱れて来る。
乱れるのは薬の所為もあるか。
ふと目を開いて見ると、かりんが心配そうに何かを言っている様であった。
口が動いているのは見えるが、喋っているその声は聞こえない。
残念だが俺の意識はもう落ちる様だ。

皆に言っておきたい事があった。
これで終わり、やっと皆が「帰る」事が出来る。
だからこれはその宣言。
俺は力が抜けていく身体へ今一度力を振り絞って言葉を紡いだ。

「皆、色々有ったが、やっと帰る事が出来るんだ。
 それぞれその先には、まだやるべき事などあるだろうが、精一杯生きてくれ。
 良く頑張った。誇って良いぞ。お前達は、最後となる「ゲーム」の勝利者だっ!!」

力強く言い切った。
皆が俺を見て呆けている。
どうしてそんな顔をしているのか。
もっと皆笑って欲しい。
折角のハッピーエンドなのだから。
そうして意識を保ち切れなく成った俺は、ソファーの上で意識を手放したのだった。



[4919] JOKER 終幕
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2008/12/25 20:01

「ゲーム」終了後、半数を超えるプレイヤーが数十日は魘された。
Ep3の御剣の様に、まだ「ゲーム」を続けている感覚が抜けなかったのだろう。
何処かからか誰かが自分を襲って来るかも知れない。
今にも銃を持った相手が扉を開けて姿を現すかも知れない。
そんな悪夢が日々襲って来るのだ。
だがそれも日を追う毎に薄れて行き、1月経つ頃には殆どの者は悪夢を見る事が少なくなっていた。
慣れなのか、それとも心に仕舞いこんだのか、又は受け入れたのか。
理由は何だろうとも、彼等の心の傷は徐々に時間が癒してくれるだろう。
そうしてこの「ゲーム」に巻き込まれた一般人は開放され、日常へと戻って行ったのだった。



裏で取り交わされた約束の通り、色条良輔が存命の間に「ゲーム」が開催される事は無くなった。
だとしても「組織」が政財界の大物を相手にした賭博の胴元集団である事は変わらず、その威容は衰える事は無かったのだ。
結局「組織」も「エース」も、その存在を残した。
「エース」は他国の支援者を募った事で独自行動が取り難くなっており、「ゲーム」が終わってからも対テロ用の戦闘集団として存続する様である。
だが「組織」の制圧に失敗した事により、その規模は大分縮小した様なので思い切った行動も取れないだろう。
そして既に「ゲーム」が終わった事で、それを目的としていた一部の構成員達も目的を失い四散した。
四散した者の一部は怒りのぶつけ先を失い精神的な喪失を被っていたが、それも「エース」内部で処理をするらしい。
「組織」との対立も理由を失った為、一部の過激派が尚も小規模の小競り合いをする以外は大きな問題は無くなっていた。



そんな情勢の中で、月日は2度目の春を迎えたのだった。





ハッピーエンドを君達に 最終話

JOKER   終幕「さくらの舞い落ちる頃に」



桜並木が並ぶ遊歩道。
周囲の桜はこの日を祝福するかの様に満開に咲き乱れ、時折吹く優しい風に揺らされてその花弁を舞い落としていた。
歩道の脇には幾つかのベンチがあり、道幅の広い土の歩道は連日の晴れのお陰で泥濘も無く綺麗なものである。
此処が彼らの待ち合わせ場所。
この公園の近くの霊園にある墓の1つに、彼女は眠っていた。
彼が魂が潰えてしまいそうな程に愛したあの女性が。



その場に最初に来たのは生駒兄妹だった。
兄はトレーナーに綿のスラックス、そしてフード付きの上着を着ている。
妹の方は淡い色のブラウスと踝まであるロングスカートに上着を羽織っていた。
ダラダラと歩く兄の肘辺りを妹が掴んで引っ張りながら歩く2人。
しっかりした妹に引きずられる様にして来る駄目兄貴。
見た目と違わぬその2人は予定されている集合場所に到着した。

「んだよぉ、まだ誰も来てねぇじゃねぇか。早過ぎんだよ」

「それでも早目に来る事は大事ですわ。相手を待たせるなど失礼でしょう?お兄様」

「ったくよぉ」

堅苦しい言葉に対して、兄の方はそっぽを向いて頭を掻いた。
それから大人しく待っていたのだが、じっとしているのが退屈なのか数分もせずそわそわとし始める。

「おい、愛美。俺はこの周辺歩いてるからよ、早く来た奴には宜しく言っといてくれ」

「ちょっと、お兄様っ!」

愛美は集合場所に到着した事で気を抜いていたのか、耶七の腕を放していた。
彼はそれを良い事に彼女から離れて遊歩道を歩き出したのだ。
声だけの愛美の制止を聞く気も無いとばかりに、そのまま歩き去って行く。
1人残されてオロオロとする愛美.は、ただ次に来る人物を待ち続けるしか無かった。

生駒耶七は「ゲーム」終了後、「組織」の構成員として再教育を受けていた。
彼自身退屈な日常に戻るのは嫌だったのだろう。
現在は「ゲーム」で会ったディーラーの元で時々軽い仕事をしているらしいが、今の所目立った成果は残っていない。
それにあの性格の所為で中々周りに馴染めないでいた。
前途は多難の様であるが個人的な資質は高いので、一部の者からの評価はそれなりには有る様だ。
もう少し落ち着いてくれば良いのだろうが、それは当分先の事と成るだろう。

生駒愛美は普通の学生に戻った。
高校を卒業した後、今は大学に進学をしている。
借金が無くなったので、以前よりも明るい性格と成った彼女は学内でも人気者らしい。
だがあの腹黒さが残ったままだと思うと、ちょっと怖い気もする。



1人佇む愛美の所に暫くして2人の男性がやって来た。
片方は壮年のスーツを着た細身の男で、もう片方は小柄な少年である。

「おお、愛美さん。久しぶりだね。はは、遅れてしまったかな?」

朗らかな笑みを浮かべながら歩いて来る男に、愛美も微笑を返した。

「葉月さん、お久しぶりです。まだまだ時間は大丈夫ですよ。
 えっと、こちらは長沢君でしたか?
 お2人共、お元気そうで何よりです」

「うわぁ、俺はおまけかよ。葉月さん、こいつに教育的指導、必要じゃない?」

愛美からしたら長沢とは接点が殆ど無かった為、記憶に薄かったのだろう。
だが少年にはそれが気に食わなかった様だ。
葉月にはそれが長沢なりの冗談と判っている様で、笑ったまま流して愛美に気に成っていた事を問い掛ける。

「それでお兄さんは?」

「お兄様は付近を散策すると言われて…。申し訳ありません」

「ああ、愛美さんが謝る事では無いよ。彼は最初から乗り気じゃなかったからね」

愛美の謝罪に葉月は苦笑を返した。
耶七としては他の者達と同じ様に、この早朝の集合は乗り気では無かったのである。
それを聞いていた葉月は特に気にしてはいない様だ。
長沢も耶七には興味が無いのか、何も言わなかった。

葉月克己は何事も無く家族の元に戻った。
「ゲーム」の勝者としての賞金により大金が手に入ったので老後が安心な為、心の余裕も出来た様だ。
彼は奥さんと共に趣味を持とうと頑張り始めている。
特に最近は長沢にパソコンを教わりながら、様々な情報を集めていたのだった。

長沢勇治は「ゲーム」の後、根拠の無い自信が湧いたのか、引き篭もりを脱した。
だがその程度で周囲と自分の壁を取り除ける筈も無く、いやそれ以上の壁が彼の経験から出来てしまっていたのだ。
その為以前と同じく学校では馴染めないままと成っていた。
それでも彼は葉月や御剣などの理解者を得て、以前よりも周りに当たらなく成ったのは大きな変化だろう。
長沢が今後どう成長するかは判らないが、死の恐怖を知った事で少しは大人しく成ってくれると嬉しいものである。



3人が暫くの間楽しく話していると、1人の女性がやって来た。
その女性はスチュワーデスの制服に身を包んでいる。
多分今朝まで仕事だったのだろう。
この集まりに来る為にかなり無理をして調整したらしい。

「ちゃお。皆、元気そうね」

「文香くん、久しぶりだね」

「お久しぶりです。文香さんもお元気そうで何よりです」

殆ど寝てないだろうに全くそんな素振りを見せない文香の挨拶に、葉月と愛美が穏やかな声で返した。
それに続いて長沢の憮然とした声が上がる。

「まだくたばって無かったのかよ、おばさん」

「お・ね・え・さ・ん、でしょ?」

「いだだだっ!」

文香は口の端を引き攣らせながら長沢の左耳を引っ張り上げた。

「まあまあ文香くん。余りきついのは無しにしようじゃないか」

涙目に成っている長沢を見て気の毒に思ったのか、葉月は彼女を宥め始める。
そんな葉月の様子に彼女は溜息を吐いて手を放した。
開放された長沢は耳を押さえながら、また余計な事を口走る。

「いってーっ!これだから年増女のヒステリーは怖ぇっ!」

「なんですってっ!!」

「うっひゃぁー」

鬼の形相で睨む文香から逃げて葉月の陰に隠れる。
そんな長沢を葉月と愛美は呆れた様に見ていた。

陸島文香は相変わらず、「エース」の工作員として活動していた。
彼女自身は「組織」に恨みのある者では無く、ただ非道な「ゲーム」が許せないだけだったので、この活動を続けていたのだ。
しかし制服系の職に付くのは、彼女の趣味なのか彼女の上司の趣味なのか悩ましい所である。



文香と長沢の漫才染みたやり取りに葉月と愛美がフォローをする。
そんな事を繰り返しながら待っていると、彼等に取っての主賓がやって来た。
約束の時間より少し過ぎている時間にである。

「ほら、御剣さん。あと少しですから。しっかりして下さい」

「判ってる、判ってるって」

2人の話し声が聞こえた瞬間に、待っていた者達の雰囲気が明るくなった。
そうして桜並木を歩いて来る2人の姿は、何だかんだと言いながらもお互いに信頼している事が目に見えて判る。

「総一君、咲実さん、元気そうだね。もう時間が過ぎているよ?」

「す、済みません葉月さん。えっと、皆さんお早う御座います。
 遅れてしまって申し訳ありません」

「御免な、皆。俺が寝坊したんだ。それと、久しぶり」

軽い感じで話しかけて来る葉月に御剣達も懐かしげに挨拶をした。

御剣総一は学生としての日常に戻った。
部活の卓球にも再度打ち込める様に成ったりと、彼は思ったよりも精力的に活動をしている。
昨年高校は卒業して、専攻はまだ決まっていないが文系の大学へと進学をしていた。
その胸に空いた穴は大きかっただろうが、それを少しでも埋めていける何かを見付けようと頑張っている様だ。
失意のどん底に居た彼をずっと心配していた両親も、彼のこの変化に大喜びをしたのだった。

その御剣を傍で支えるのは姫萩咲実である。
彼女は親戚の全てから縁を切り、高校を卒業後は進学をせずに御剣家へとやって来ていた。
「ゲーム」での賞金の事もあり、親戚達とは一波乱あった様である。
しかし御剣の後押しもあり押しかけ女房的な、と言うかそのまんまな主婦生活を送っていた。
御剣の両親も幼馴染に良く似た彼女の登場に目を白黒させていたが、御剣の立ち直りの要因である彼女を喜んで受け入れてしまう。
そして御剣には退路が無くなったのだ。
2人はお互いが成人に成った後となる来年の6月に結婚式を挙げるらしい。

全員が一通り挨拶をしてから、文香が笑いながらそこに居る全員へと問い掛けた。

「さて、それじゃ、行きましょうか?」

彼女の言葉にその場に居た全員が頷きを返す。
そして彼等は近くの霊園へ向けて歩き出したのだった。



それから2時間ほどして時刻が昼に差し掛かった時、2人の少女がやって来た。
片方の少女は小柄な上に細身で、見た目にも余り丈夫である様には見えない。
隣でその小柄な少女を気に掛けながら歩く少し年上の少女もまた小柄ではあるが、逆にかなり活発そうな感じであった。
2人共可愛らしい衣装を身に着けていて、理由はそれぞれ違うがとても歩き難そうであった。

「あっれー?まだ誰も来てないや」

「お姉ちゃん、御免ね。私が歩くの遅いから早目に出たんだよね」

「気にするなって。…えっと、ちょっとそこのベンチで休むか?」

少し歩き過ぎたのか妹の方が息を荒くしていたのを姉が心配をした様だ。
妹の方もこれ以上心配を掛けては成らないと姉の言葉を素直に聞いて、近くのベンチへと一緒に移動する。

「お姉ちゃん。今から来る人達って、前に言ってたお友達の人なんだよね?」

「ああ、そうだ。そしてかれん、あたし達の命の恩人でもあるんだぞ」

ベンチに隣り合って座った後に聞いて来たかれんの問いに、しっかりと言い含めるように返答する。
それはかれんには何度も聞いていた言葉だった。

「もう、お姉ちゃんは大げさだなぁ。私にとってはそうかも知れないけど、お姉ちゃんまでって何なの?」

何度聞いてもかれんには不思議だったのだろう。
彼女は首を傾げて隣の姉へと聞いた。
それでもかりんは曖昧に微笑むだけで、真実を答える事は出来なかったのだ。
あの血生臭い「ゲーム」について、かれんには伝えていないのだろう。

北条かりんはこれまでと同じ様に、妹の面倒を見ながら学校に通っていた。
その中学も卒業して、今は高校に進学している。
彼女はその気は無かったのだが、周りに薦められて渋々と受け入れた様だ。
妹の具合もこの1年以上のリハビリで大分良くなっており、自宅での療養に移っていたのも大きい。
以前と比べてかりんが妹に割く時間が減った為か、かりんは空いた時間を持て余し始めていたのだ。
それでもある程度空いた時間が有ると妹の為に使おうとしてしまう当たり、彼女のシスコンは病気レベルであった。

そのかりんの妹である北条かれんは今までの病院生活から離れて、普通の学生生活を不慣れながらも送っていた。
身体を蝕んでいた何らかの病気も1年と少し前の大手術を成功させた事で、後は体力を取り戻すだけと成っている。
休みがちではあるものの、まだ義務教育中の年齢なので徐々に登校日数を増やしながら、一般人の日常へと少しずつ近付いていたのだった。



約束の時間の少し手前に成って1人の女性が集合場所に到着した。
真っ赤なワンピースを着て金髪をツインテールに括った、手足の細い綺麗な女性である。
女性は待ち合わせ場所から少し離れた場所に座っていた北条姉妹の前まで歩いて行き挨拶をした。

「こんにちは。遅くなって御免なさい」

「麗佳、こんにちは。まだ時間前だから大丈夫だよ。
 ほら、かれん」

かりんが立ち上がって挨拶を返した後、妹を促す。
促された少女は、新たにやって女性を座って見上げたままの格好で呆けていた。

「わぁ、きれいな人~」

「あはは、この子がかれん。あたしの妹だよ。どう?可愛いでしょ」

それを見てかりんが苦笑をしながら麗佳に妹を紹介する。
自慢気に話す彼女に麗佳も笑って返した。

「ええ、とっても可愛いわ。お持ち帰りしたいくらい。
 貴女も衣装に着せられて無ければ、ねえ?」

「なっ!酷いぞ、麗佳っ!」

クスクスと笑う麗佳にかりんは憮然として抗議を上げた。
そんな彼女の服の裾を小さな手が引いている。
そちらを見るとかれんが姉の服を掴んでいたのだ。
かりんが自分の方を向いたのを確認したかれんは、姉に素朴な疑問を聞いた。

「お姉ちゃん、この人も知り合いなの?」

「あはは、まあね。でも怒らせるとすっごい怖いんだぞ~?」

「かりん、余り余計な事は言わない方が良いと思うわ」

「うわっ、ごめん」

麗佳の冷たい突っ込みに慌ててかりんが謝る。
しかしそんな態度が、他人に怖いと思わせるのだと気付かないものだろうか?
だがかりんと麗佳は半分冗談だった様で、2人の雰囲気は悪くは成っていない。

かれんはそれを見て明るい笑顔を浮かべた。
彼女は姉がずっと自分の面倒を見ていた事で、友達が居なくなってしまっている事を気にしていたのだろう。
少なくとも今のかりんと麗佳は友達と言って差し支えない関係だった。
その頃に成ってかりんが麗佳の服装に突っ込みを入れる。

「しっかし派手な色だよね?目立たないの?」

「ええ、周りは皆振り向くわね。
 でもこの服でマシンガンを乱射してみたく成ったの。
 多分気分爽快よ?ふふふ」

「え、あ、えっと、そうなの?あはは」

もしかしてその後は、狂気の高笑いを上げたいとか言い出すのだろうか?
楽しそうに笑みを浮かべて答える麗佳に、かりんは返答に困って居た。
しかしそんな彼女達のやり取りも、かれんには仲の良さを表すものだと思った様で、輝く瞳で羨ましげに見つめている。
正直彼女も友達には憧れがあるのだろう。
闘病生活の中で1人の友達も出来なかったのは、やはり子供にとっては大きな傷となる。
だがそれも今日までの話だった。

矢幡麗佳は大学に戻り、今まで被っていた仮面を出来るだけ脱ぎ捨てようと頑張っていた。
中々上手くはいっていないが、それでも努力していけばその内彼女も普通に皆と溶け込めるように成るだろう。
今のこの様子を見る限り無理なのかも知れないが。



そろそろ約束の時間と成るのだが、まだ殆ど来ていないのが少し寂しい感じである。

「皆、連絡いってるよね?」

かりんが不安げに麗佳へ問い掛けた。
そんな彼女に麗佳は「さぁ?」とでも言うように首を傾げる。
実際麗佳も連絡を受けただけで、誰に何時どの様に連絡が行っているのかを知らないのだ。
麗佳の反応を見たかりんは溜息を吐いてベンチに座り直した。

約束の時間を少し過ぎた頃、数名の男女がやって来た。
先頭を歩くのはタキシード姿の40代前後の男性である。
その後ろに続くのは30代半ばのスーツを着た青年と、彼の手に引かれる可愛らしいワンピースを着た10歳くらいの少女だった。
余り成長していない少女は、その姿と同じく昔と変わらない朗らかな笑顔で隣の男の顔を見上げている。
最後尾に居るのはスーツ姿の固い感じのする眼鏡を掛けた女性だった。
この4名がゆっくりと歩いてベンチへと近付いて行く。
ある程度の距離に成った時、少女がベンチの近くに居る女性達に自由な左手を大きく振りながら大声を上げた。

「皆~!」

その声にやっと気付いた面々は振り向いた時、その顔に更に笑みが広がった。

「優希っ!元気だったか?」

近くまで来てから、先頭を歩いていた男は後ろに下がって眼鏡を掛けた女性の隣に並ぶ。
その為、親娘がベンチに居る彼女達の目の前まで近寄る事が可能に成る。
ベンチまで後10メートルほどと成った時、小さい少女は我慢出来なく成ったのか父の手を離してかりんへと走り寄り、抱き付いたのだった。

「えへへー。かりんちゃん、久しぶりー」

「おう、久しぶりだな。ってお前背伸びて無いのか?」

抱きついて来た優希の頭を撫でながら、その高さが余り変わっていないどころか低くなっている事に気付いたのだ。
低く感じたのはかりんが少し成長している為である。
かりんのこの台詞に優希が頬を膨らませた。

「ぶー。私ももう中学生になるんだよ?…来年だけど。
 何時かきっとかりんちゃんよりも、絶対高くなって見せるんだからー」

強がりを言う優希に、かりんだけでなく女性達が苦笑を浮かべる。
確かに優希の身長は約2年の間に殆ど伸びていない。
しかしこの小柄な少女が可愛らしいのは、彼女達には嬉しい事でもあったのだ。
同じく年齢に不相応な未発達さを誇るかれんが、姉に抱き付いている優希を見つめていた。
別に嫉妬はしていないのだろうが、「誰、この人?」と言った感じが漏れ出ている。

「んにゃ?あれ?えっと…もしかしてかりんちゃんの妹さん?!」

「そうだよ、ほら、かれん。この子は色条優希。前に言っただろ?」

「うん。あの、私、かれんって言います。宜しく御願いします」

かれんは姉の説明に緊張を隠せないまま、立ち上がって頭を下げる。
その彼女に優希は満面の笑みで答えた。

「うんっ!宜しくね。かれんちゃん。さ、良いから座ろ座ろ」

言いながらかれんをベンチに座らせて、かりんが座っていた逆側へと優希は座った。
優希はかれんの事を事前に聞いていたし、見た目にも線の細いかれんを気遣ったのだろう。
その自然な気遣いにかれんも流される様に座ってしまう。
笑顔で話しかけて来る優希と、困った様にそして照れ臭そうに返すかれんの2人。
2人はベンチに座ったまましっかりと手を繋いで、他愛ない話を始めたのだった。

色条優希は「ゲーム」の後に両親が離婚した事で少し落ち込んでいたが、それも時間が解決した様で今は元気に成っていた。
父親である色条良輔も出来るだけ娘との時間を取れる様に頑張っているのか、親娘の仲は良好の様である。
その良輔も過激派の大量損失により「組織」の大改革が必要に成り、多忙な日々を送っていた。

良輔の後ろに佇む男は「ゲーム」でディーラーと呼ばれていた男である。
今もプレイヤー達とそして良輔からはディーラーとしか呼ばれず、しかも様々な面倒事を押し付けられる不遇の存在と成っていた。
数名の居なくなった過激派の幹部がする筈だった仕事の一部やあの「ゲーム」により発生した様々な事後処理。
そして耶七の教育を含む「組織」の一部実行部隊の再編など、やる事は雑多を極めた。
それでも彼は1つ1つを確実に処理していった事で、現在の「組織」内で絶大の勢力を誇る様に成ったのだ。

隣に居る女性は郷田真弓と言う、ディーラーの旧知の女性である。
以前の騒動には余り関係の無い彼女だったが、ディーラーにより巻き込まれて事後処理を押し付けられたのだ。
だがそれも彼女の事務処理能力の高さで難なく乗り切ってしまい、現在こうしてボス付きの秘書官にまで上り詰めていた。
2人は今までの功績により次期幹部候補にまで成っている。
それが彼らにとって良い事なのか悪い事なのかは、今はまだ判らない事だった。



周囲を見回した良輔は、近くに居たツインテールの女性へと話を振る。

「他は、まだのようだね」

質問なのか事実を口にしただけなのか判らなかった麗佳は、無言でただ頷いた。
表面上は出さないようにしているが、彼女はかなり緊張をしている様だ。
その反応を見た良輔は後ろを軽く見ながら、少し声の質を落として問い掛ける。

「手配はしているのだろうな?」

「間違いなく全員に連絡をしております。
 御剣、姫萩、葉月、陸島、長沢、生駒妹の6名に関しては、現在近くの霊園へと墓参りに赴いております。
 生駒兄は周囲を散策中にトラブルを起こした模様ですので、対応中です。
 その他に関しては此方に向かっている者が数名と、…えっと」

最後ディーラーは非常に言い辛そうに言葉を濁した。
背後からの報告を静かに聴いていた良輔の顔が曇る。
その口を開こうとした時、不審な影が2つ近付いて来ていた。
と言っても現在この周辺は「組織」の手により封鎖されているので、此処に到着出来るのは「約束」をした一部の者のみである。
大幅に遅れて来た彼は、そこに居る人数が予定の半分も居ない事に不満そうな声を出した。

「あぁ?もう時間過ぎてるってのに、これだけかよっ。
 かぁーっ、まだ揃ってないとは失敗したぁ~」

「遅れて来た俺達が言える事ではないぞ、手塚」

双方とも普通にはお近付きに成りたくない様なオーラを発しながら、彼女達の所にやって来る。

手塚義光は大金を手にしてからも変わらず、危険な事に手を出しては逃亡する毎日を送っていた。
時々「組織」系列ともトラブルを起こす為、良輔達も彼に対しては色々思う所が有る様だ。

そんな彼に時々巻き込まれる様に手伝わされてしまうのが隣の高山浩太である。
彼はその確かな技術を買われて、時々「組織」の仕事も請け負っていた。
確実に成果を上げる彼は外部の人間である事も有って、「組織」内部でも彼の評価は大きなブレがある。
結局2人共、危険からは離れられない様だった。



手塚と高山が放つ不穏なオーラに初対面のかれんが目に見えて怯えたので、かりんと優希が必死に成って宥めていた。
途中かりんは手塚を睨み付けるが、そんなかりんに手塚は冷笑で返して更に雰囲気を悪くする。
そんな彼等の元へと逆の方向から数名の人間が現れた。

「おや?皆さん御揃いでしたか。申し訳ない、少し遅れてしまったかな?」

文香と一緒に先頭を歩いていた葉月が集合場所に居た面々へと始めに謝罪をする。
言いながらも彼等はかりん達が座るベンチへと近付いていった。
まず文香が待っていた者達へと挨拶を切り出す。

「お久しぶりです、皆さん。元気そうで何よりだわ」

「こんにちは、お墓参りは済みましたか?」

「はい。遅くなって済みません。こちらの用事は無事に終わりました」

麗佳の問いには御剣が穏やかに答えた。
もう彼は桜姫を引き摺らない事にしたのだろう。
心の整理がついたのであれば良いことだ。
死人に引き摺られているだけなのは、やはり良くないのだから。
彼等が合流したのは良いが、依然不穏なオーラを放つ2人の所為で皆の会話は弾まない。

「ちっ、いっぱい来たけどよぉ、肝心なのが居ねぇじゃねぇか」

不機嫌丸出しの手塚の言葉に残りの面々は少し表情を暗くする。
ディーラーが彼に何かを言おうとしていたのだが、それは郷田に止められてしまう。
彼が止められてしまうと、手塚の「組織」にすら物怖じしない態度に誰も注意が出来なかった。
その時、この緊迫した雰囲気から逸脱した声が響き渡る。

「こ~んに~ちは~」

ナニかを片手で引き摺りながら、フリルの一杯付いた可愛らしい服を着た、可愛いらしそうな女性が小走りでやって来る。
掴んだその手の先からはある男の声が上がっているが、渚は一向にその笑顔と移動するペースを崩さずに突き進む。

「だあああぁぁ、綺堂、放せっ!引き摺るなぁぁぁっ!」

「駄目ですよ~、耶七くん~。お姉さん~、怒ってるんですからね~?!」

小走りでありはするがそれでも全く息を乱す事無く、彼女は集合場所へとグングン近付いて行く。
そのまま皆の所まで到着すると、引き摺っていたモノを皆の中心へと放り投げた。
ドサッと言う音と共に、耶七が皆の輪の中に尻餅を付いた状態で着地する。
彼はこの扱いに背中に哀愁を漂わせて俯いた。

「チクショウ、何で俺がこんな目に…」

「悪い子は~、お仕置きなのです~」

人差し指を立てながらにこやかに解説する渚。
人一人を片手で引き摺って来るのは怖いので、出来れば止めて欲しいものだ。
絶対に以前よりも腕力が増していると思うのだが。
耶七を開放した彼女はその指を頬に当てながら周囲を見渡した後、手塚の方を見て徐に付け加えた。

「手塚くんも~、お仕置き?」

最後の一瞬だけ笑顔が消えた。

「ノーッ!俺は何もしてねぇぞっ。な、なぁ?高山の大将!」

「威圧するのが悪い事かは、知らんな」

慌てる手塚に普段通りの冷静な高山。
実際あの後に彼等は渚が着けていた撮影道具を持って見たのだが、2人共驚愕の表情を浮かべていた。
確かに傭兵なら数十キロの装備を持って行動する事は普通だろう。
だが一般人に毛が生えた程度の渚が、20キロ以上もある撮影道具を平然と身に着けて行動し続けていたのである。
勿論これは撮影道具だけの重量であり、渚は他に飲食物が一杯に詰まったバックパックを背負い各種装備品を身に着けていたのだ。
彼女が持っていたであろう全重量は軽く見積もっても40キロは下回るまい。
そんな彼女は誰よりも疲れを見せる事無く、何時も平然と行動していたのだ。
この事実に男達を始めとして、多くの者が恐怖に震えていた。

綺堂渚は「ゲーム」の後、借金が全額返済された旨を聞いた。
その為にもう「組織」に従う必要の無くなった彼女は、「組織」を抜けて家族の元に一度戻ったのだ。
家族も彼女の苦労をやっと判ったのだろう、もう苦労は掛けないと約束してくれた様である。
細々と暮らしていた家族に最後にと賞金の大部分を渡して、彼女は好きに生きる為に独り立ちする事を決めた。
高校生の時から今までずっと、家族の借金の為に奔走して来たのだ。
それが解決した今、彼女は学びたい事があると大学を受験して去年の4月から立派な大学一年生と成ったのである。
現在は麗佳の実家の近くに下宿して居り、その性格の為に色々と苦労の耐えない麗佳の良き相談相手と成っていた。



これで皆が揃った筈なのだが、まだ出発しない一行。
この後はある場所で再会を祝しての宴会が待っている筈だ。
少し時間は早いが、色々と趣向も凝らしているらしいので楽しみな企画である。
しかしそんな楽しそうな様子など今の皆からは窺い知れない。
一体何をしているのだろうか?
此処に居る面々は総勢18名の大所帯だ。
全く統一性の無い顔ぶれが、他に誰の姿も見えない遊歩道の一角を占めていた。
物影や周囲の見えない所には「組織」の構成員が居るのだろうが、それは数には含めないでおく。

「まだ来られないのでしょうか?」

「連絡は「組織」がしてる筈なんだけどね」

愛美の問いに文香が良輔達の方を見ながら困った様な顔で答える。
彼等は誰を待っているのだろうか?
全員揃った筈である。
誰一人欠けずに勝ち取ったのだ。
だからそんな暗い顔をせずに、笑って居て欲しい。



暫くすると高山が真上を見る。
そして、静かだが良く通る声で告げた。

「そろそろ降りて来たらどうだ?
 待ち続けるのは構わんが、彼女達には辛いだろう?」

「「「「「えっ?!」」」」」「あぁ?」

高山の言葉に、ディーラーを除いた皆が一斉に驚く。
ああ、そうか。
俺を待っていたのか?
ずっと此処で待っていたのに、それは無いと言うものだ。
俺は枝を順に飛び降りる。
そして地面へと華麗に着地した。
皆の顔を見ると、それぞれの顔には笑顔が浮かび始めている。

そうだ、それで良い。
これで文句無しのハッピーエンドだ。
第二幕以降がどうなるかなんて俺には判らない。
もしかしたら様々な後悔があるかも知れない。
でも今この時こそは紛れも無く、俺の周囲の人の幸せが有った。
だからこれだけでも俺は満足だ。
この世界が俺の夢だろうと、現実だろうと関係は無いっ!



さて、初対面の者も居る事だし、まずする事はやっぱり自己紹介かな?
俺は息を吸い込んで、胸を張って、宣言をする様に、1つの台詞を謳い上げた。

「俺は外原早鞍。天下無敵のプータロウさっっ!!!」







[4919] 設定資料
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2008/12/24 20:00

[ルール一覧]
記載PDA  ルール内容
全て   1.参加者には特別製の首輪が付けられている。
       それぞれのPDAに書かれた条件を満たした状態で首輪のコネクタにPDAを読み込ませれば外す事が出来る。
       条件を満たさない状況でPDAを読み込ませると、首輪が作動し15秒間の警告を発した後、建物の警備システムと連携して着用者を殺す。
       一度作動した首輪を止める方法は存在しない。
全て   2.参加者には1~9のルールが4つずつ教えられる。
       与えられる情報はルール1と2と、残りの3~9から2つずつ。
       およそ5,6人でルールを持ち寄れば全てのルールが判明する。
3,5, 3.PDAは全部で13台存在する。
8,10    13台にはそれぞれ異なる解除条件が書き込まれており、ゲームの開始時に参加者に1台ずつ配られている。
       この時のPDAに書かれているものがルール1で言う条件にあたる。
       他人のカードを奪っても良いが、そのカードに書かれた条件で首輪を外す事は不可能で、読み込ませると首輪が作動し着用者は死ぬ。
       あくまでも初期に配布されたもので実行されなければならない。
2,6, 4.最初に配られている通常の13台のPDAに加えて1台ジョーカーが存在している。
8,Q    これは通常のPDAとは別に、参加者のうち1名にランダムに配布される。
       ジョーカーはいわゆるワイルドカードで、トランプの機能を他の13種のカード全てとそっくりに偽装する機能を持っている。
       制限時間などは無く、何度でも別のカードに変える事が可能だが、一度使うと1時間絵柄を変える事が出来ない。
       さらにこのPDAでコネクトして判定をすり抜けることは出来ず、また、解除条件にPDAの収集や破壊があった場合にもこのPDAでは条件を満たす事が出来ない。
A,4, 5.進入禁止エリアが存在する。初期では屋外のみ。
6,10    進入禁止エリアへ侵入すると、首輪が警告を発し、その警告を無視すると首輪が作動し、警備システムに殺される。
       また、2日目になると進入禁止エリアが1階から上のフロアに向かって広がり始め、最終的には館の全域が進入禁止エリアとなる。
5,7, 6.開始から3日間と1時間が過ぎた時点で生存している人間全て勝利者とし、20億円の賞金を山分けする。
J,K
3,9, 7.指定された戦闘禁止エリアの中で攻撃した場合、首輪が作動する。
Q,K
A,2, 8.開始から6時間以内は全域を戦闘禁止とする。
9,J    違反した場合は首輪が作動する。
       正当防衛は除外する。
4,7  9.各首輪の解除条件は以下の通りである。
        A:クイーンのPDAの所有者を殺害する。手段は問わない。
        2:JOKERのPDAの破壊。
          またPDAの特殊効果で半径で1メートル以内ではJOKERの偽装機能は無効化されて初期化される。
        3:3名以上の殺害。首輪の作動によるものは含まない。
        4:他のプレイヤーの首輪を3つ取得する。手段を問わない。
          首を切り取っても良いし、解除の条件を満たして外すのを待っても良い。
        5:開始から12時間経過以降に、開始から48時間経過までに全員のプレイヤーと遭遇する。死亡者は免除する。
        6:JOKERの機能が10回以上使用されている。自分でやる必要は無い。近くで行なわれる必要も無い。
        7:残りプレイヤーを5名以下にする。手段は問わない。自分で殺す必要も無い。
          またこのPDAには最初から「Tool:PlayerCounter」が導入されている。
        8:自分のPDAの半径5メートル以内でPDAを正確に5台破壊する。手段は問わない。
          6つ以上破壊した場合には首輪が作動して死ぬ。
        9:自分以外のプレイヤー全員と遭遇する前に、6階に到達する。
          未遭遇者が1人でも居れば解除は可能。死亡者に対しては未遭遇扱いとする。
        10:5個の首輪が作動しており、5個目の作動が2日と23時間の時点よりも前に起こっていること。
        J:「ゲーム」の開始から24時間以上行動を共にした人間が2日と23時間時点で生存している。
        Q:2日と23時間の生存。
        K:PDAを5台以上収集する。手段は問わない。



[配布PDA] 掲載ルールは1,2を除いたものを記載しています。
PDA 対象者   掲載ルール
A  御剣 総一   5,8
2  高山 浩太   4,8
3  外原 早鞍   3,7
4  葉月 克己   5,9
5  生駒 愛美   3,6
6  陸島 文香   4,5
7  生駒 耶七   6,9
8  矢幡 麗佳   3,4
9  色条 優希   7,8
10  手塚 義光   3,5
J  綺堂 渚    6,8
Q  姫荻 咲実   4,7
K  北条 かりん  6,7



[ソフトウェア一覧] 後ろの( )内は導入されているPDA番号
01.地図拡張機能。地図上に部屋の名前を追加表示する。(A,3,7,8,10,J)
02.擬似GPS機能。マップ上に現在位置を表示。(A,2,3,7,10,J)
03.首輪の位置をマップ上に光点表示。バッテリーの消耗大。(3,J,Q)
04.Jokerの位置をマップ上に光点表示。バッテリーの消耗大。(10,J)
05.PDAの現在位置をマップ上に光点表示。Jokerは除く。バッテリーの消耗大。(7,J)
06.館の動体センサーが収集したデータを、PDAに表示可能となる。(8,J)
07.館内ネットワークを利用したトランシーバー機能。2個セット。(7,8)
08.遠隔操作用自動攻撃機械のコントローラー。バッテリーの消耗大。(10)
09.ドアのリモートコントローラー。(7,J)
10.爆弾とそのコントローラーのセット。(7)
11.探知系ソフトウェアに映らなくなる。バッテリーの消耗大。(10,J)
12.残りのプレイヤー生存者数の表示。(7,10,J,Q)
13.進入禁止エリアへの侵入が可能となる。バッテリーの消耗大。(9,J)
14.進入禁止までのカウントダウン。(6,10,J)
15.設置された罠を地図上に表示。(7,J)
16.ソフトウェアの一覧表。(10,J)
17.ルールの一覧表。(7,J)
18.換気ダクトの見取り図が表示される。(10,J)



[4919] あとがき
Name: None◆c84e4394 ID:a86306dc
Date: 2008/12/25 20:02

※当然ですが、この後書きは全ての話のネタバレを含みます。
※本作品を読了後に見る事をお勧めします。
※また作者の独り言の性質が強いので、作品の余韻に浸りたい方も読まれない方が良いと思います。



まず始めに、沢山の方の閲覧と感想、有難う御座いました。
PV数も5万を越えて、感想も40名を越える方から頂けました事、とても嬉しく思っております。


イザヤ様、しにに様、3様、コハナ様、くぁwせ様、
ユイ様、リョウ様、Kou様、マルム様、ぬこ様、
混沌様、気になる樹様、五月病様、慎様、Tanuki様、
モリケン様、マチ様、な!様、柘榴様、bla様、
うぃる様、瓶様、ひめり様、夜の砂様、みゃま様、
melf様、koyama様、ヒーヌ様、ジルヴァ様、めそ様、
かっぱっぱー様、禍様、ate様、山椒魚様、こぶ茶様、
エッジ様、lulu様、ぴっく様、しんおう様、str様、
20円均一様、いささかさん様、XXX様、SNMAGN様、st.knell様
良い国作れず鎌倉幕府様、鈴藤さりま様、流れ人様
以上初出順では御座いますが、沢山の方の感想を頂けまして有難う御座いました。


それぞれの方への個別返信と成ったのが[32](感想対象としては[30])からでした。
それ以前となるモリケン様から前の一部の方への返信が無かった事をお詫びします。
正直個別返信をしていては感想が長くなり冗長かな、と思ったのです。
ですが自分が感想を頂いて嬉しい様に、感想を下さる方もそれに返信が有れば嬉しいだろう事を後に成って気付きました。
無精者で申し訳有りませんでした。

誤字・脱字報告、とても助かりました。自分で読み返していても気付かないものが多い事に吃驚しました。
裏読み・先読みをして頂いた方、とても楽しく見させて頂いておりました。
中には言い当てられてしまったものもありましたが、それも楽しかったです。
それに様々な作品への解釈は作者自身も思わなかった部分も有り、作品の後半に影響したご指摘も有りました。
文章に対するお褒めの言葉も有難う御座いました。
本人としては小説を書く事からして初めてだったので、大変励みになりました。
一部の方は原作を買って頂けたとかで、1ファンとして非常に嬉しく思っております。

PV数が全てでは無いとは思いますが、それでも沢山の方に読んで頂きまして有難う御座いました。
これにて本作品は終了と成ります。
後するとしても台本形式の座談会くらいでしょうか。
蛇足なので必要無さそうですが、要望が有れば書いて見ます。



これ以下更に独り言風味が増しているので、嫌いな方はお戻り下さいませ。





『書き始めた切っ掛け』
無事?終了致しました、この話。
最初に遊び半分でExcelにプロットを立て始めたのは9月21日、発売から丁度1月経った時です。
切っ掛けは簡単な事で、BBSなどで話の有った「最大何名が生存可能か?」からでした。
私が見た中で一番多いのは10名でした。
これは「外れた首輪が作動しない」事を前提にしたものだったので、無難な数です。
もしこれが可能なら11名に成るだけです。但し生き残れる番号が変わりますが。
10番の解除条件もJとQを対象外とする様に見せ掛ける事で、10番に安心感を与える為の可能性も有りました。
後で外れた首輪が作動しない事を知った10番は、それ以上他者に外させ無い様に、外れる前に作動させようとする。
数名が外れているので数は減り、余計に血みどろの争いに発展する。
そういった「組織」の思惑が無いとも言えませんでした。
今作品では「外れた首輪も作動する」にしましたが、これは公式見解では有りませんので御注意下さい。

10番が解決すれば、残りはA、3番、9番の3つです。
この内原作では9番は作動しても死にません。
残りはAと3番。
そしてAは3番にQを持たせて殺せば解決です。
結果3番の長沢が死んだ後に生き返れば皆がハッピーですっ!
と成りまして、この作品の核と成ったのでした。



『製作過程について』
最初のプロットは今考えれば酷いものでした。
主人公は日本刀とアサルトライフル果てはスナイパーライフルを駆使し、撃てば百発百中、斬れば様々なものを一刀両断すると言う化け物でした。
話の流れも誰の助けも要らず全員を自らは無傷で救出して、傷を受けるのは御剣からの死亡用の一撃だけと言う有様。
正に俺様ヒーローでした。

このプロットが第二版に成ったのは10月末でしたが、化け物振りは変わらないまま進行過程と意外性を追加しました。
Ep1準拠だったのをEp4にして、登場人物の改変と解除条件の変更です。
ただ意外性を追加しても主人公が化け物ですから、全く緊張感がありません。
文を起こしてみようとしても、文才が無い為中々進みませんでした。
それでも第6話くらいまで書いていたのですが、やはりしっくり来ないので11月頭くらいにプロットを再度見直しました。

これが第三版であり、現在の基礎と成っています。
主人公は大幅に弱く成りましたし、構成もかなり変更されました。
1階で落ちて来るのも優希1人から渚が追加され、途中で文香にも会う事に成りました。
5階で会う2人も高山と文香から高山と麗佳に変更。
そしてその後彼等と別れる筈が、同行する様に成りました。
かりんの首輪も4階(3階では無かった)で他の者達に会った時もスルーされていました。
最終的にJOKERが確認出来た御剣達との合流時に外れる筈だったのが、高山が合流している所為で改訂版ではかなり前倒しに成りました。
9話ラスト付近まではこの第三版プロットと成っています。
更に感想でも明言しましたが、この第三版を11月末で一度執筆完了していました。
ただこの週頭に挿入話を書き始めたのと、感想を頂いて行く中で自分自身で納得行かないものが有った事に気付きました。
第三版では結局原作と同じで文香に流されて「エース」の思惑通りに色条良輔を捕縛する為に優希を確保し続ける。
そんな流れだったのです。
全体の流れよりもまず全員生存有りきだった為でした。
しかし挿入話で「組織」側や他のプレイヤーの話を書いていく内に、これで良いのかと思い直しまして。
第四版への後半大改訂に踏み切ったのです。

この時の落とし処は何処にするのかが一番問題でした。
何度も第10話を書き直している時に、手塚が回収部隊を拘束する時の描写不足で追加していた時です。
やっとジャマーマシンと通信機に気付きました。
そして「組織」との交渉が選択肢に入りました。
プロットを建て直し、今の形まで試行錯誤しながら組み立てて行ったのです。
本来第Q話のラスト付近に置いていた姫萩がPDAを破壊するシーンも大分前倒しに成りました。
6階で1度落ちて手塚と合流し、再度皆と合流して文香が真相を話した時にPDAを破壊され、そして強襲部隊との最終決戦に出掛ける。
こんな話だったのが無理が有る感じがしていたので、丁度良く収まる様に各シーンを調整し直しました。
そして「組織」側に成った事で途中無理に御剣達と合流する必要性が無くなり、話がスムーズに成ったのです。
その際に原作未登場の者達をどうするかを考えました。
出来れば出して上げたいが、出番は無いだろう。
それでも出してみようとやってみた所、本作品ではあの様に成りました。

また第K話での本編唯一の他者視点ですが、候補は他にも居ました。
高山、麗佳、文香、御剣が候補に挙がっていましたが、どれもインパクトが足りません。
その点、渚の視点はどう考えても他者を圧倒して都合が良かったのです。


以下の事柄は主人公が認識出来ない裏側の話と成ります。
彼は元の世界では完全に死んでますから、元の世界に帰りたくても帰る事が出来ません。
肉体ごとの世界移動ではなく魂の移動後の再構成(物質)化と成っています。
最初からこの様な設定だった為、彼がこの世界で死んだ場合はこの世界に死体が残ります。
だから必要最低限の服(これも再構成されてます)以外、持っていた筈の財布や携帯電話などが最初から無いのです。
単なる肉体転移なら、ポケットの中のものも一緒に移動しますから。
後付と言われても仕方の無い事ですが、以上の様に成ってますので戻れません。
更に裏の話。先輩は殺人罪、教授は殺人幇助罪で逮捕されております。



『エピローグについて』
この形は最初のプロットから決まっていましたが、主人公の名前とは全く関係ありませんし気付いてもいませんでした。
エピローグを11月末に書いていてこれに気付いたので、本文内容を名前に掛けてみただけで御座います。
またプロット改訂時に他の形のエピローグも候補に挙げていました。

  1.麗佳の家でお茶(コーヒー)会。
  2.主人公が各地の元参加者(GONZO☆含む)をストーカー気味に、その後を解説。
  3.やっぱり夢だった。

どれもしっくり来なかったのです。
特に2番は書くと1話では終わらなさそうです。
結局最初のプロット通りのものと成りましたが、改訂した事で各人物の立ち位置が変わったのでそれに少し悩んだくらいでしょうか。
最後、主人公のその後が無いですし彼の戸籍についても説明をしていませんが、それは読者の想像にお任せします。



『執筆を終えて』
完結をする事が出来てホッと一安心です。
後はもし誤字報告などがあったら直すだけです。
修正だけで上がってしまう仕様なのは恥ずかしい限りですが、出来るだけ直していく様に致します。
思えば本格的に公開すると決めたのが約1月半前の11月15日であり、此処まで頑張って書き続けて来ました。
描写不足の場面も有りましたが、一仕事終えられた事は私自身感無量で御座います。
内容に関しては物申したい方も居られるとは思います。
主人公マンセー物と見られる方も居られるかも知れませんが、それもある意味では合っています。
ですが、主人公が全てを救ったなどと思っては居ません。それは作品内の主人公も思っています。
彼が居ない所で、そして居る所でも、登場人物は殺し合いを行なう事は有り得ました。
実際に男性半分は殺すつもりで攻撃していましたし、命に係わる重傷を負った方や、死んだ方も居ます。
腕が吹き飛んだ事もそうですが、「エース」の各拠点襲撃の際には沢山の死傷者が出たでしょう。
それでも館内では皆で生きて返ろうと一人一人(一部違うが)が頑張って為した成果です。
最終的には温い話に成ったとは思いますが、これも1つの終わり方であります。
また別のストーリーやエンディングは原作をお読みに成るか、又は他の二次創作をお待ち下さい。
私も他のこの題材を扱った作品を読んで見たいですし、誰か書きませんか?





『最後に』
長いのか短いのか判らない長さですが、この辺で締めさせて頂きます。
もし、万が一、また何か書く事が有りましたら、その時はまた宜しく御願いします。

御読み頂きました皆様、更には感想まで残して下さいました方々。
そしてこの作品を世に出して下さった同人サークルFLAT様。
またコンシューマに移植して出されたイエティ/レジスタ様。
これらに係わられたスタッフの方々の全てに、感謝致します。

最後にこの場を提供下さいました管理人・舞様に厚く御礼申し上げます。



それでは皆様、御愛読有難う御座いました。


2008年12月24日夜 全話掲載終了




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