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[5043] Muv-Luv ALTERNATIVE ~Until the vanishing day~ 
Name: ゲルトマー◆4a699184 ID:b04667f4
Date: 2009/02/06 02:49
初投稿です。
皆さんのSSを閲覧していて「自分にも書けるだろうか?」と思い筆をとりました。

未熟者ですので、いたらない点、多々あると思いますので、是非ご意見ご感想お願いします。



※閲覧していただくにあたっての注意事項

・武を含め、チート級キャラ、オリジナルキャラが多数登場する予定です。
オリジナルキャラの中にもチートキャラは存在します。
最強設定が嫌いな方はご注意ください。

・とある商業作品からキャラと設定を拝借しています。
拝借した作品はいわゆる恋愛ADVです。キャラを歪めている可能性もありますので、「もしかしたら・・・」という方はご注意ください。
また、名前など一部変更しているキャラも存在します。
拝借したキャラクターの多くはチート級設定ですので、併せてご了承ください。


・オリジナル兵器、オリジナル戦術機が複数登場する予定です。
マブラヴ世界の技術にしてみればオーバーテクノロジー気味かもしれませんが、「やろうと思えばこの程度はやれるだろう」という作者の妄想で構成されています。
完全にオーバーテクノロジーである部分も出てくることになりそうです。
「ねーよwww」という方もおられると思いますので、御注意ください。

・展開は陳腐です
そのままです。くさい、ださい、ありきたり。そう言った形容が良く似合う作品になるかと思います。
この予測が外れるように努力しますが、現状のままならそうはならない可能性の方が高いです。
この作品が少しでも皆さんに楽しんで頂ける作品に成るためにも、ご意見を頂ければと思います。





それでは、楽しんでいただければ幸いです。



[5043] Muv-Luv ALTERNATIVE ~Until the vanishing day~ プロローグ
Name: ゲルトマー◆4a699184 ID:b04667f4
Date: 2008/11/29 16:38
2001年 10月22日 柊町 白銀武自室



 白銀武が瞼に光を感じ目をあけると、そこにはよく見なれた天井があった。

「俺の部屋・・・か?」

 そう、よく見なれた天井だ。
 これまで17年間、それこそ毎日のように見上げた天井のはずだ。

「・・・?」

 だというのに違和感があるのは何故だ。
 先ほどまで見ていた夢のせいだろうか。


 ―――ろくでもない夢だ。

 突然わけのわからない化け物がいる世界に放り込まれ、軍に入り、戦術機を操縦して、かけがえない仲間を手に入れて・・・。
 自分の居場所が見つかったと思ったら地球が放棄され、愛しい人と別れて、戦って、死んで。


 ―――そしてまた同じ世界に放り込まれた。


 何度繰り返しただろう。
 同級生たちと戦友という絆で結ばれて。時には恋人になって。そして失って。
 死んだはずの冥夜の姉、悠陽に出会い、A-01の皆とともに戦い、本来なら知りあうこともなかったはずの多くの人たちに巡り合った。

 地球が放棄されるときがあった。その前に自分が死ぬ時があった。
 英雄と呼ばれることがあった。外道と呼ばれることがあった。

 それらすべてを覚えている。夢にしてはハッキリしすぎだ。


(そう・・・、夢のわけないよな)


 あれは現実だ。どういう理屈かは覚えていないが、確か夕呼の理論――因果律量子論で説明できるはずだ。
 何度も何度も、記憶と経験を受け継いで繰り返した。きっと今回も同じだ。

 時計は八時を指しているというのに純夏は起こしに来ない。冥夜もこない。
 仮に二人が俺を置いて学校に行ったのだとしても、月詠さんが起こしに来るはずだ。それすらない。


(外に出てみればはっきりする)


 そう、日常の感覚ならこれは異常な事態だと考えるはずだ。ここが「元の世界」ならば当然起こるはずのことが起こっていない。

 制服に着替え、階段を降りる間に頭が澄み渡っていく。

 日常から非日常へ。非日常から日常へ。

 一体どちらが日常で、どちらが非日常なのか。





 玄関を開けた俺の目に飛び込んできたのは荒涼とした瓦礫の街、―――まぎれもない“日常”だ。



 純夏の家を押し潰している撃震を眺めていると頭の中に声が聞こえた。
 誰の声でもない、今までに何度も繰り返してきた白銀武自身の声だ。



 ―――よく戻ってきた、さあ、また始めようじゃないか





 そう、“始める”のだ。

 たとえどれ程同じことを繰り返していたとしても、それは断じてやり直しなどではない。
 やり直しだなどと考えることは今までの世界で死んでいった仲間への侮辱だ。
 仲間を侮辱する気持ちなど微塵もない。

 胸にあるのは一つの想い。



 ―――地球を、この世界を、愛しい人を、全て護ってみせる



 自分にあるのはその理想だけ。
 それさえあれば、自分は何時までだって進んでいける。








 ―――たとえその道を進んだ先にあるものが、数限りない破滅だけだとしても







[5043] Muv-Luv ALTERNATIVE ~Until the vanishing day~ 第一話
Name: ゲルトマー◆4a699184 ID:b04667f4
Date: 2008/11/30 04:11



(さて、まずは横浜基地か・・・)


 だが夕呼に会う前に、自分の状態の確認とある程度の方針は決めておかなければならない。
 



 ―――まずは自分の状態


 身体能力に衰えは感じない。あったとしても極僅か。
 救国の英雄だのなんだのと呼ばれていた頃のままだ。戦術機技術も同じだろうが、こちらは早めに確認したほうがいいだろう。

 ならば知識についてはどうか。
 まず、この世界に来て体験した重要な事件を時系列順に確認する。
 BETAの新潟上陸から桜花作戦まで―――。


(―――今何かおかしくなかったか?)


 BETA新潟襲撃、HSSTの落下、天元山噴火、クーデター、XM3トライアル。
 ここまでは良い。何度も経験しているし、違和感も感じない。

 問題はその後だ。

 甲21号作戦とその残存BETAによる横浜基地襲撃。
 自分が経験した甲21号作戦で、作戦終了後に残存BETAの襲撃などあっただろうか?
 いや、そんなことよりも桜花作戦とは一体どういった作戦だっただろうか?


(・・・桜花作戦。全人類がオリジナルハイヴ攻略のために動いた作戦・・・だよな?)


 そう、そのはずだ。
 何も不思議はないというのに違和感を感じる。
 まるで実際の体験と知識が噛み合っていないような―――!!


(―――俺は何故ここに居る?)


 違和感の正体について考えていて気が付いた。

 桜花作戦は成功しあ号標的は破壊した。
 そして自分が――白銀武が因果導体となった原因は消えた。鑑純夏が死んだ今となっては白銀武を“こちら側”に引き留める要因が無い。

 しかし、現在白銀武たる自分は“この世界”にいる。それが意味することはつまり―――


(―――つまり“俺”は白銀武ではない?)


 考えられない訳ではないが、あまり歓迎したい仮説ではない。
 自分の気持ちだけではなく、仲間から受け継いだ想いも全て借り物だなどと考えたくはない。
 自分を納得させたうえで、ある程度説明がつく理由はただ一つ。


(―――これは“俺”の記憶じゃない)


 おそらくは別の並行世界の“白銀武”の記憶。
 納得さえできれば別に悪い問題ではない。別の世界の白銀武に感謝し、ありがたく有効利用させてもらうことにしよう。


(でも・・・そっか。別の世界の“俺”は世界に希望を残したのか・・・)


 そもそも自分に記憶が流れ込んだのは、“武”が世界を去る際に散った記憶の受容体に選ばれただけなのだろう。
 それでも、自分がその記憶を得たのは“武”が望んだからだと思いたい。
 “武”が出来なかったことを託されたのだと。







 次に今後の方針―――まずは207の皆のこと。


 この世界でも皆は衛士訓練小隊に所属しているだろう。
 彼女たちを護る。これは絶対だ。
 今は政治的背景で任官できなくとも、彼女たちは必ず任官することになる。なら彼女たちを護る一番の方法は―――

(あいつらを鍛え上げる。簡単に死ぬことがないように。可能ならば超一流と呼ばれる域まで)

 何度経験しようと、愛した女性との別れは辛い。
 例えそれが既に過ぎ去った思い出だとしても。




 ―――純夏のこと


 00ユニット素体候補、鑑純夏。
 香月博士の執務室の隣室のシリンダーに浮かぶ脳髄が純夏だということは知っている。
 そして、00ユニット完成に向けて最も重要な数式も記憶している。武がそれを夕呼に教えれば00ユニットはすぐにでも完成する。
 だが―――


(00ユニットの問題はどうするかだな・・・)


 00ユニットを安定化させるための調律は問題ではない。
 今までに純夏以外の女性を愛したといっても、それでも純夏が大切な存在であるのは変わりがないのだ。利害感情なく接することが出来る。

 問題は調律などとは別次元のことだ。


 ―――反応炉を介した人類側の情報の流出。


 調律時に問題が出たとしても、すぐに人類がどうの言うわけではない。
 しかし情報が流出することでBETAに対して既存の戦術が一切通用しなくなると、人類はすぐに“どうにか”なってしまう。

 オルタネイティブ4の遂行は00ユニット無しではあり得ない。
 ならば00ユニットのODL浄化作業時に情報流出が起こることも、少なくとも現状では避けることは出来ない。

 ならば、オリジナルハイヴ攻略作戦前までは00ユニットは本格起動させなければいいのだが、話はそううまく運ばないものだ。
 第四計画の成果として00ユニットが完成したとしても、起動時点では実績が存在しない。
 実績が存在しないところにいきなり「甲1号目標を攻略するから戦力を出せ」などと言ったところで通用するはずがない。
 そして、XG-70さえあれば甲1号目標攻略が成功する、というわけでもない。
 オリジナルハイブ内の正確なデータでもあれば話は別だが、流石にそこまでのデータは武には用意できない。
 つまり00ユニット安定直後にオリジナルハイヴ攻略作戦を実施するのは不可能。

 となれば現状で最良の選択肢は、佐渡島攻略で実績を得、間をおかずにオリジナルハイヴを攻略することだ。
 尤も、この程度のことは00ユニットの問題点を教えさえすれば夕呼もすぐに気がつくだろう。

 この問題に対して、自分には最良の対処案が一体何なのか判断がつかない。
 正直に言って、夕呼が情報流出そのものをどうにかしてくれることを期待するしか、今の自分に出来ることはない。









(他に整理しておく事は・・・)


 様々な思考を巡らせながら歩いていると、既に横浜基地前に辿り着いていた。

 国連太平洋方面第11軍、横浜基地。

 極東国連軍最大の基地であり、人類の反攻の起点となる拠点。
 だが、現状はまだ最前線であるという意識が薄い。
 末端の衛士から果ては基地司令に至るまで、程度の差こそあれ、この基地にいる人間の全てがそうだ。

 ただ一人、横浜基地副司令、香月夕呼博士を除いて。

 門前の衛兵が未だにこちらに気づいてないことなど、あまりに情けなくて涙が出そうだ。


(温すぎる・・・)


 戦術機の一機でもあればその意識を叩きなおしてやれるのだが、残念ながらそんなものはない。
 徒手空拳であっても門前の衛兵程度簡単に無力化できるが、それでは夕呼に会うために無駄な時間がかかってしまう。
 基地の危機意識を叩きなおすのは後に回すとして・・・。





「こんなところで何をしている?」


 ようやくこちらに気づいた衛兵が話しかけてきた。


「外出していたのか? 物好きなやつだな。どこまで行っても廃墟だけだろうに」

「隊に戻るんだろう? 許可証と認識票を提示してくれ」


 ―――この問答も何度目だろうな


 武は我知らず苦笑した。


「物好きはないだろう? 面影がないとはいえ故郷の風景なんだからな」


 やはりここはスマートにいくべきだ。
 素手では基地要員の危機意識の立て直しなど出来はしない。


「・・・そうか、それはすまなかったな」

「気にしなくて良い―――で、許可証と認識表だったな」

「ああ、面倒だろうがこれも規則だからな」

「―――許可証と認識表は持っていない」

「・・・何?」


 二人の衛兵は一歩下がって銃を構える。当然だ。許可証も認識表も持っていないのに訓練生の制服を着ているなんて、不審者もいいところだ。


「おっと、そう警戒しないでくれ。俺はある任務でこの基地に来ている。敵意は無いし、とりあえず話は聞いてくれないか?」


 両手を上げておどけた様な表情で言ってはみたが、衛兵は厳しい表情で銃を構えたままだ。


「・・・任務の内容は?」

「香月副司令に伝えることがあってきた」

「伝えること?」

「その内容は機密に属する。君たちには知る権利がない」

「・・・・・・」

「とりあえず香月博士に連絡を取ってくれないか? 一応任務で来ているんでね。会えもせずに門前払いでした、じゃ面目丸つぶれなんだよ」

「・・・分かった、連絡を取ってみよう。ただしその前にボディチェックをさせてもらうぞ」

「無論だ。それが君たちの仕事なんだからな」

「おい! いいのか!?」

「香月副司令に関することは何でも報告するように言われているだろ?」


 男の言葉に黒人の衛兵も納得したらしく、こちらのボディチェックをしている。連絡するところまでこぎつけたのなら上等だ。後は香月博士の気を引きそうな言葉を伝えてやればいい。


「特に武器は持っていないようだな・・・。おい、何と伝えれば良い?」

「白銀武。アポイントは取っていない。香月副司令は俺が来ることを聞いていないし、俺のことも知らないだろう。直接お会いしてお話したいことがある、と伝えてほしい。
それと・・・、そうだな。四番目と五番目について、全てを知っている、とでも伝えてくれ」


 衛兵は了解した旨をこちらに伝えると詰め所に向かっていった。

 もう一人は言うまでもなくこちらを警戒中だ。


(さて、どうやって博士にこちらを信用してもらうかな・・・)


 思索にふけりながら、武は夕呼を待った。






 衛兵が夕呼に連絡してから30分ほど後、目的の人物が金髪の女性を伴ってやってきた。


 ―――香月夕呼

 極東国連最大の拠点、横浜基地の副司令でありオルタネイティブ第四計画の最高責任者。
 武にとって、絶対に接触しなければならない人物である。


「あたしを呼び出したのはあんた?」

「はい、ご足労いただいて申し訳ありません」

「で、あんた誰?」


 世間話など必要ないと言わんばかりの単刀直入な態度は何処の世界でも変わらない。
 彼女の瞳からは『くだらない用件だったら今すぐにでも殺してやる』という意思がありありと見てとれる。
 実際、彼女は目の前の男が自らに利することがないのなら、容赦なく排除するだろう。何よりも貴重な時間を浪費させる愚か者を消すことへの躊躇いは彼女には無い。そして、身元不明の人間が一人消えたところで一々大騒ぎするほどこの世界は平和ではない。


「俺は白銀武と言います。博士の研究のお手伝いをするために来ました」

「・・・あんた、あたしの研究が何か分かって言ってるのかしら?」

「ええ、よく分かってますよ。進捗状況も、これから何をすべきかも。俺が貴女に提供できるのは、空の上で作ってるものを無意味にする手伝いです」

「・・・」


 夕呼はこちらを値踏みするような視線を向けている。

 彼女の事だ。こちらの言葉が何を意味するか理解していないはずがない。

 今はどう対応するか決めかねている、と言ったところだろう。


(・・・もうひと押しかな? なら―――)


「そうそう、手伝いと言えば霞と純夏は元気ですか?」

「―――!!」

「いつまでもあんな暗い所にいては二人とも気が滅入るでしょうし、出来るだけ早くあそこから“出して”あげるべきですよね。俺はそれを望んでいますし、博士もそうでしょう?」


(―――博士ならこれくらい仄めかせば十分以上に察してくれるだろう)


 自分は社霞だけでなく鑑純夏と言う存在を知っている。そしてそれが何を意味するかも理解しているということを。

 だが夕呼は警戒心を露わにしたまま、黙して動かなかった。


「まだ信じていただけませんか。―――俺が何を語ろうとも、霞がいれば真偽は確かめられるでしょう?」

「・・・いいわ」


 夕呼は決断した。それは武が望む選択でもある。


(まずは一歩・・・)


「ピアティフ。検査が終わったら私の執務室まで連れてきなさい」

「分かりました」

「あんたもそれでいいわね。まあダメだって言っても検査は受けてもらうけど」

「ええ、それで結構です。ご決断いただきありがとうございます」



 ―――さあ、これからが本番だ。お前がとちれば仲間が死ぬぞ



(―――ああ、分かってるとも)


 たとえ仲間が死のうとも立ち止まることは許されない。そんなことをすればさらに多くの仲間が死ぬ。仲間だけではない。多くの人命が無駄に失われることになる。
 そんなことは他の誰が許しても自分が許せないだろう。
 
 仲間から受け継いだ想い。自分に託された想い。それら全てに応える道はたった一つしかない。
 そして、武にとってその道を歩むことは既に当然のことであった。






 2001年10月22日。

 この日、青年は幾度目か分からぬ人類の救世主としての道を歩み始めた。

 その先にあるのは希望の未来か絶望の果ての破滅か。

 その答えを知る者は誰一人いない。未来を知る白銀武本人でさえ、進むべき道の結末など知りようはないのだから。






[5043] Muv-Luv ALTERNATIVE ~Until the vanishing day~ 第二話
Name: ゲルトマー◆4a699184 ID:b04667f4
Date: 2008/12/09 01:54
<<香月夕呼>>


 突然現れた白銀武という男は、すべての検査を終えて、夕呼の目の前のソファーに座っている。
 何時間も面倒な検査を受けた後とは思えないほど平然としている。


「あんだけ長い検査だったのに、思ったよりも平気そうね」

「まあ、慣れてますからね」

(慣れてる・・・?)


 意味が分からない。
 スパイ嫌疑がかけられているが故の長時間に及ぶ検査だ。今回のようにスパイ嫌疑をかけられたことが、慣れるほど何度もあるのだろうか?
夕呼は不審者を見るような目つきで―――実際不審者以外の何物でもないわけだが―――武を睨みながら言った。


「で、あなた何者?」

「もう言ったと思いますけどね。名前は白銀武。俺の目的のために香月博士に協力しに来ました」

「あなたの目的は?」

「まあ筋道は違うでしょうが、最終的な結果として求めるものは人類全ての目的と同じです。博士もそうだと思いますが」

「あなたの言葉を額面どおり受け取るならそうでしょうね」


 そんなこと簡単に信じられるわけがない。


「博士が信じられないのも尤もです。しかし信じていただくしかない。なにせこのままだとオルタネイティブ4は打ち切られてしまうので」

「・・・」

「タイムリミットは12月24日、クリスマスイブ。それまでに何らかの成果を出さなかった場合、オルタネイティブ4は打ち切られ、オルタネイティブ5へ移行されます」

「・・・あなた、何言ってるの?」


 この男は一体何者だ。
 超極秘計画について知っているだけでも普通でないというのに、最高責任者である自分すら何時になるか分からない計画の期限まで知っている。
 二ヶ月後とはいえ、計画打ち切りの動きがあるのなら自分にはある程度察知できるはずだ。
 第四計画の期限を延ばす工作は常に行っているし、第四計画に反対する勢力には潜入工作員を何人も潜り込ませて情報を収集している。
 しかし現状計画打ち切りについての情報は何一つ入って来ていない。つまり計画に反対する動きはこれまでと同等のものでしかなく、現状では新たな動きを察知することなど出来ないはずだ。

 高速で思考を続ける夕呼を無視するかのように武は続ける。


「打ち切りの理由は至極簡単、オルタネイティブ4は結果を出せなかった。博士が研究中の半導体150億個分の並列処理回路、開発難航してますよね?」

「―――!?」


 適当に相槌を打ちながら話を聞いていたが、目の前の男は聞き捨てならない言葉を発した。
 開発が難航しているなど誰にも漏らしたことはない。だと言うのに、その言葉を発した男は常識的なことを確認するかのように言ったのだ。この男は自分の頭の中身を覗いているとしか思えない。

 夕呼は押し黙ったまま拳銃を懐から取り出し、白銀武へと向けた。










<<白銀武>>


 夕呼は白衣から拳銃を取り出しこちらに向けて構えている。


(―――まあそうだよな)


 夕呼にしてみれば、武は自分の頭の中を知っている不審人物―――いや、もはや危険人物だ。第四計画の進捗状況の詳細が反対勢力の手に渡れば、明日にでも計画は打ち切られる可能性だってある。


「・・・目的を言いなさい」

「第四計画の遂行と第五計画の阻止、BETAの殲滅、人類の勝利・・・さっきも言いましたよね? ついでに言えば、計画の進捗状況を知っているというのは門の前でも言ったはずなんですが・・・」

「ふざけないで。今のあなたは反対勢力の工作員という方がしっくりくるわよ」


 夕呼はこちらに銃を向けてはいるが、撃ったところで当たりはしない。いくら室内であり比較的近距離とは言え、訓練もしていない者が片腕、しかも一発で当てれるほど拳銃の射撃と言うものは簡単ではない。そして今の自分にとって、素人が一発目の反動から立ち直るまでの間に無力化することなど、至極簡単なことだ。


「俺が工作員だというなら、俺と二人っきりになった時点で貴女の負けですよ。工作員が戦闘訓練も受けていない素人の標的と二人きり・・・。この状況で博士の命を奪えないなんて、あり得ると思いますか? そういう駆け引きはお互いにとって無意味ですし、どうせ撃つ気ないでしょ?
 ・・・俺の目的を達成するためには博士の協力が必要です。そのために俺が博士に出来る協力は惜しみませんし、程度はどうあれ、確実に役にたつ自信もあります。
 とりあえず俺の話を聞いて、博士にとって利があるかどうか判断してもらえませんか?」



「・・・いいわ。取り敢えず、幾つか質問させてもらうわよ」


 こちらを睨みつけながらだが、一応の納得はしてもらえたようで夕呼は銃を下ろした。


「ええ、俺が知っていることなら答えます」

「まず、オルタネイティブ計画について何処で知ったの?」

「初めて聞いたのは今年の12月24日にラダビノット司令からですね」

「今年? あんた何言って・・・」

「実は俺、未来を知っているんですよ」


 夕呼は武の言葉に黙り込んでしまう。夕呼にはこの話があり得ないものでないのは分かっているはずだ。
 頭で理解していても実際目にすると誰でも多少は呆けてしまうものだが、それは夕呼であっても例外ではなかったらしい。


「・・・質問を続けるわね。司令はその時なんて言ったの?」

「その時聞いたのは大したことじゃないです。この基地の存在理由はオルタネイティブ4の遂行にあったこと。最高責任者が香月博士であったこと。オルタネイティブ4は打ち切りになってオルタネイティブ5に移行すること。それくらいですかね。移行の理由はさっき言いましたよね」

「・・・それで、残り二か月?」

「そうです。まあ、打ち切りが伸びることもありましたけど、最も近い打ち切り時期はそれですね」

「伸びること“も”あった?」

「俺は何度もこの世界を繰り返してきました。何度繰り返したかまでは覚えていませんが」

「繰り返した、ですって? どういう意味?」

「そのままの意味ですよ。死んだはずなのに気がつけば自分の部屋で目が覚めるんです。何度も繰り返してるはずなのに、毎度夢かと疑っちゃいます。
 死んだ時の記憶はそれほどはっきりしませんが、ある程度は覚えています。
 生きたまま体をBETAに食われる感覚って分かります? 

 ―――本当に、気が狂いそうになりましたよ」


 狂いそうになる。ならば武は狂っていないのか。

 いや、武は既に狂っているのだ。

 もはや幾度目かも分からぬ世界の繰り返し。幾度とも知れぬ愛する人の喪失。自らの死の記憶。仲間との離別。
 その殆どの記憶を保持したまま、さらに死と別れを繰り返してきたのだ。数十人分の人生を歩んできたのと同じこと。
 既に狂ってしまった武がギリギリで踏みとどまっているのは、大切な人たちとの思い出があるからに他ならない。

 仲間と過ごした日々。仲間から受け継いだ想い。仲間への想い。

 それらの一つでも存在しなければ、武はすぐにでも精神の檻の中に閉じこもってしまっただろう。


「・・・」

「俺は元々この世界の人間ではありません。元々の世界は人間同士の戦争はあってもBETAが居ない、まあ平和と言って差し障りない世界です。少なくとも滅亡の危機に瀕している訳ではありませんでしたね」

「・・・あんたねぇ、未来を知っていると言ったり、繰り返してると言ったり、しまいにはBETAが居ない世界ですって? そう簡単に信じられると思ってる?」


 夕呼は完全に呆れ顔だ。当然だろう。未来を知っていると言い出した時点で狂人かと疑うのに、挙句にはBETAが居ない世界に居た、などと言い出すのだ。窓のない病院に幽閉されてもおかしくない。


「博士の理論――因果律量子論でしたか、それなら説明がつくはずです」

「・・・はぁ。そんなことまで知ってるわけ?」

「ええ、それを知ったのは、何回目だったかな? 確か最初の方だったと思うんですけど」

「最初の方、ね・・・。確かに説明できないわけじゃないし、ある程度は納得できるわね」

「信じていただけましたか?」

「そうね。少なくともあなた自身が嘘を言っている訳じゃないというのは分かったわ」

「なるほど、霞ですね」

「――正門であんなこと言ったのはやっぱり知ってたからだったわけね」

「ええ、霞の能力について知っていることを伝えるのは誠意だとでも思ってください。どうせ霞には能力のことを知らないと言ってもばれるわけですし、博士と化かし合いを続ける意味もないですしね。
 ・・・あと博士、霞にはあまり俺の頭の中を覗かせないようにしていただきたいんですが」

「無理ね」

「・・・そう言うとは思ってましたけどね。
 ならせめて表層までしか潜らせないようにしてください。あまり俺の記憶の奥まで覗けば発狂しかねません。それは博士にとっても損失のはずです」

「・・・考えとくわ。――さて、ここまで話を聞かせてもらってなんだけど、あんた、なんであたしの所に来たの?」

「はい?」

「だってそうでしょう。何十回も戦死してるなら戦場の悲惨さなんて知り過ぎるくらい知ってるでしょうに。記憶喪失の振りでもして帝国軍にでも保護してもらって民間人として安全に暮らしていく方がいいに決まってるじゃない」


 夕呼の疑問はもっともであり、その疑問を口に出したということは武が信用されていないということを示している。
 だが、駒として使う人間に寄せる信用など裏切らないと言う確信だけあればそれで充分――いや、裏切ることも考慮に入れさえすれば、それすら必要としない。
 つまり、夕呼は今もって武を駒として使えるとも考えていないのだ。
 元々夕呼自身も反オルタネイティブ計画派の工作員などという理由は端から信じていない。夕呼が気にしているのは武が何故ここに居るのか。つまり白銀武を白銀武たらしめる理由、信念だ。香月夕呼が白銀武を人間として信用できる何かがなければ、香月夕呼と言う女性は武を駒とも認識しないだろう。







<<香月夕呼>>


「―――博士はおとぎ話はお好きですか?」

「・・・また唐突ね。それは何か今の話に関係してるのかしら?」

「ええ、大いに関係ありますよ。まあ俺の中では、ですが」

「そ。―――私は別に好きでも嫌いでもないわ。子供だましだとは思ってるけどね」

「それは残念。ですが博士、俺はおとぎ話が大好きなんですよ。悪者は退治されて善人や努力した人は報われる。主人公と仲間は笑いあってハッピーエンド。最高じゃないですか」

「・・・そう言う考え方なのね。でもそれならなおさらあたしの所に来なくても別に何か方法があったんじゃないの? あんたならそう言う計画だって幾つか知っているでしょうに」

「・・・俺が仲間と笑い合える道なんて、もうここにしか残ってませんよ」


 そう呟いた白銀の表情は変わらない。
 しかしその声に含まれた色から白銀の感情を想像するのは、誰であっても容易いだろう。


「俺は、俺の仲間達が笑い合って幸せに過ごせる世界を手に入れてみせます。この手で抱えられるだけ抱えて、全部護りきってみせますよ。―――勿論、“夕呼先生”も含めてね」


 そう言った白銀の表情には、強固な意志が大半を占めていたが、幾分かの稚気も宿っていた。


「・・・あんたねぇ、それじゃまるでプロポーズみたいよ?」

「へ? いや、そんなつもりは全然ないんですよ!? これは俺の決意の話であってプロポーズとかそういう話とは次元が違うと言うかつまり――えっと、その」

「別に年下は対象外だからいいんだけど・・・、全力否定されるのもイラつくわね」

「・・・すいません」

「――ま、いいわ。あんたの昔話でも聴かせて貰おうかしら?」







<<白銀武>>


 夕呼はそう言って、あの背筋が寒くなるような笑みを浮かべた。


(やっぱ夕呼先生は変わらないな。どこの世界でも―――)


 その後、武は夕呼に今までのことを語った。

 武が元々いた世界には役割こそ違えども、この世界にいる人間と同じ顔・同じ名前の人間が存在していたこと。夕呼が元々の世界では教師だったこと。
 この世界に来てからのこと。最初は右も左も分からぬ中で207衛士訓練小隊に訓練兵として配属されたこと。やっと慣れてきたかと思えばオルタネイティブ5が発動し、地球が放棄されてしまったこと。
 二度目以降にはオルタネイティブ計画にも関わってきたこと。数多あった戦いのこと。人類の救世主なんて呼ばれる時もあったこと。


「人類の救世主ぅ? また御大層な呼び方されたもんねぇ」

「まあ師団規模のBETAを単機で食い止めたりもしましたからそれも仕方ないのかもしれませんけどね」

「師団規模を単機で!? ・・・嘘じゃないでしょうね」

「嘘じゃないですよ。中隊単位なら軍団規模まで食い止めたこともあります。――まあどちらにしても戦術機は俺の機体だけでも、色々小細工はしてましたしね。軍団規模までってのも第四世代機のおかげですし」

「―――第四世代機、ねぇ・・・」


 ―――第四世代機について。戦術機の携行火器として電磁投射砲が実用化された世界もあったこと。今はまだ存在しない様々な武器のこと。そして最も重要な新型OSについて。


「新型OS? なにそれ」

「簡単に言うと俺の思い描く機動を実現するためのOSです。俺の機動自体が元々の世界でのゲームのアクションが基礎となってるので、それをヒントにしました。―――実はですね」

「言いたいことは分かるわ。それを作ってほしいってんでしょ?」

「はい。そのOSがあれば誰でも俺の機動をある程度再現できます。無論ある程度の習熟は必要ですが、そのOSの実装だけで衛士の戦死者が相当数減らせます。対BETA戦闘においてかなり有効な代物です。A-01の戦力も大幅にアップしますし、博士の目的のためにもプラスになると思います。帝国や米国との交渉のカードにもなります」

「ああ、A-01のことも知ってるんだっけ・・・」


 武は新型OSの構想を詳しく伝えた。頻繁に使用する動作を特定の入力によって行えるようにするコンボ、動作実行中に先々に予想される操作を入力しておける先行入力、動作実行途中でもその動作をキャンセル可能にすること、機体側の自動制御時間――硬直時間をキャンセル可能にすること、そして即応性の向上などである。

 夕呼は黙ってこちらの話を聞いている。しかしその表情はなんとも言い難いものだった。







<<香月夕呼>>


 白銀武の言っていることは理解できた。
 確かに白銀の言っていることが全て事実ならば、新型OSの優秀性は疑うべくもない。
 だがそれを丸呑みして信用するわけにはいかない。そもそもこうして話を聞いている時点で相当な譲歩なのだ。
 短い時間だが、話を聞いている限りでは白銀武という男は十分な覚悟をしているようだし、嘘を言っているようにも思えない。社の報告でも嘘は言っていないようだ。

 しかし、発言に嘘が無くとも、真実を全て話しているとは限らない。

 本人曰く何十回と世界をループしているのだから、駆け引きも既にお手の物だろう。
 であれば、新OSのことを取っても、白銀武が主張した有用性とは別に、新OSを導入することによる利点として今はまだ喋っていない事があるはずだ。
 本人は協力は惜しまないなどと言っているが、それが積極的か消極的かというだけでも相当違うのだ。

 そして、それらの理由を考える前に考えなければならない重要な問題がある。


「・・・あんたが求めている物は分かったわ。でもね、能力も分からない衛士が推薦するOSなんて信用できると思ってんの?」

「当然ですね。ですからひとつテストといきませんか?」

「テスト?」

「はい、A-01と模擬戦を組んで下さい。現在の横浜基地における最精鋭部隊―――それに俺が勝利すれば、俺の腕と機動概念の有効性が思い込みではないと信じていただけると思います」

「―――ッ」


 この男はとことん人を苛立たせる。
 わざとやっているのか意図しないものなのかは分からないが、どちらにしてもこう言うところを含めて白銀武という男なのだろう。
 絶対役に立つから新しいOSを作れ、などという物言い自体が既に噴飯ものだというのに、自分の手中にある駒の中で最高の戦闘力を有するA-01の勝てるとまで言い切っているのだ。
 むしろ自分としては相当自重している。

 白銀はこちらの苛立ちを分かっているのかいないのか、ニヤニヤと癇に障る笑みを浮かべたままだ。



「どうでしょう、今後利用していく駒の能力を知っておくという面もありますし、そう悪くない提案だと思いますが」

「―――いいわ、組んでやろうじゃないの。模擬戦をどんな構成でやるかはこちらで決めさせてもらうわよ」

「はい、構いません」


(―――こいつ何考えてるの? A-01について知っているなら中隊相手だということも当然理解しているはず。だってのにこの自信、――!)


 夕呼は理解した。
 目の前の男が当然のことのようにA-01を相手に勝てると言った意味を。
 そう、「当然」なのだ。
 この男にとって精鋭といえども一個中隊程度の部隊に勝つことなど、意識するまでもない、まさに「当然」のことなのだと。


「フフっ―――面白くなりそうね」


 理解は出来る。だがまだ本当の意味で理解したとは言い難い。
 目の前の男が模擬戦において一体「何」を見せるのか。期待していないといえば嘘だろう。


「それじゃ、あんたの処遇についてだけど、取りあえず大尉待遇でいいかしら? それ以上はあんたの働き次第ね」

「階級については特に気にしてませんからそれで結構です。俺の目的のために動きやすければそれでいいんで」

「ふふん――あんたの目的は知らないけど、模擬戦の結果、楽しみにしてるわ」

「―――あと、俺が模擬戦に勝ったらお願いしたいことがあるんですけど」

「なに、まだあるの? あんた案外欲深いわね」

「自分が人類を救おうなんて考えている奴が欲深くなかったら人類みな聖人ですよ。――俺が模擬戦に勝ったら、A-01と207B分隊の教官をやらせてもらいたいんですが」

「そんなもんくらい別にいくらでもやらせてあげるわよ、本当に勝ったらね」

「―――楽しみにしていてください」


 武は不敵な笑みを浮かべながらそう言った。


「ところで、隣の部屋行ってもいいですか?」


 白銀武は立ち上がりながらそう聞いてきた。


「・・・今用意してるパスじゃ隣は入れないわ。明日にでも変更しとくから、それからにしなさい」

「―――分かりました。それじゃあ今日は失礼します」


 そう言って今度こそ白銀は部屋を出て行った。


「・・・はぁ」


 疲れた。
 精々数時間の事だが、密度が異常に濃かったせいだろうか。
 突然現れた男が齎した情報は、人類が必死になってやっていること、やってきたことの殆どを否定するものだった。

 だが、その情報はこの世界においてこの上なく貴重なものだ。
 ならば自分のすべきことは決まっている。



 ―――白銀武という男の知識、力、信念、それら全てを利用し尽くし、人類の未来をつかみ取る



 自らが為すべきことの確認が終わると、夕呼は今やるべきことに取りかかった。




[5043] Muv-Luv ALTERNATIVE ~Until the vanishing day~ 第三話
Name: ゲルトマー◆4a699184 ID:b04667f4
Date: 2009/06/03 05:15
2001年 10月23日 1300 ブリーフィングルーム


 A-01ヴァルキリーズのメンバーはブリーフィングルームに集められていた。突然の召集に全員緊張を隠せずにいる。表にこそ出していないが、それは中隊長である伊隅みちるにしても同じだった。

「大尉、部隊員全員が招集されたということは、また任務でしょうか?」

「私も詳しい話は聞いていない。ただ、副司令の様子は楽しそうに見えたから出撃ではないと思うが・・・」

 みちるはさらに言葉を続けようとしたが、夕呼とピアティフが入ってきたので会話を切り上げて号令をかけた。

「敬礼!」

「あんたたち、そういうのは要らないって言ってるでしょ?」

 夕呼は心底嫌そうだ。しかしみちるたちにしてみれば、訓練兵時代に叩き込まれた鉄則はそうそう抜けるものではない。

「――ま、いいわ。今日の召集について話しましょうか。いきなり本題から入るけど、あんたたちにはこれからシミュレーションルームで模擬戦をしてもらうわ」

「模擬戦、ですか?」

 模擬戦など普段から訓練で嫌と言うほど行っている。だが副司令が日常訓練の模擬戦のことなど話すとは思えない。つまり特殊な模擬戦なのだろうが、態々召集までして行うということは、他基地の部隊かよほどの精鋭なのだろうか。

「そ。あんたたち全員と、不知火一機」

『一機!?』

 皆が驚きの声を上げる。戦術機と言う兵器は、機種が異なっても世代が同じである限りそこまでの差は出ないものだ。つまり同世代機同士で戦う場合、数の差と言うのは本来覆されることなどあり得ないアドバンテージとなる。もちろん米軍のF-22A『ラプター』のように対戦術機戦闘を最初から考慮に入れて設計された機体なら数の差によるアドバンテージを覆すこともあり得る。だがそれはあくまで差が常識的な範囲であった場合の話だ。現在ヴァルキリーズの衛士は12人だ。12対1でしかも使用機体が不知火では、例え相手が第二世代機であっても覆すのは難しい。1対1を12回やるのとは話が違うのだ。連携を組まれた瞬間に性能差と言うなけなしのアドバンテージは殆ど無意味と化す。だと言うのに模擬戦は不知火同士で行うという。そんな模擬戦やる意味がない。誰もがそう考えた。


「副司令、今回の模擬戦は新型兵器の試験なのでしょうか?」

『!!』


 圧倒的なアドバンテージがあるにも拘らず行われる模擬戦。本来そんなことを考えること自体が無意味な設定も、新型兵器など何らかの試験である場合に限りその意義がある。


「いいえ、違うわ。試験であることは間違いないけどね」


 だが夕呼はその推測をあっさりと否定した。しかも、「新型兵器の試験では無い」、しかし「試験であることは間違いない」とは、一体何を試験するというのか。


「ま、これ以上は機密だから言えないけどこれだけは言っておくわ。―――全力でやりなさい」

『了解!!』






<<白銀武>>

 同日 1410 シミュレータールーム



 武はヴァルキリーズの全員がシミュレーターに入ってからシミュレーターデッキにやってきた。


「よっ、と・・・ここに入るのもかなり久しぶりだな」

『白銀、無様な負け方すれば全部ご破算だってこと、分かってるわね?』

「分かってますって。博士も案外心配症ですね」

『はぁ? 誰が心配なんて・・・ま、いいわ。私はあんたの実力がわかればいいんだから』

「ええ、誰からも文句のつけようがない勝ち方をして見せますよ」


 不敵な笑みを浮かべる武を、夕呼は楽しげに見つめていた。





「12対1、ね・・・」


 模擬戦は既に始まっているが、武はまるで緊張していない。
 それには様々な理由があるが、大きな理由として実戦ではなく模擬戦であることがあげられる。更には下手をすれば死傷者が出ることもあり得る実機演習ならともかく、シミュレーター演習である。つまり自分の命がどうこうなる可能性は存在しない。そして、さらに大きな理由として、武には相手が横浜基地最精鋭のヴァルキリーズであると言っても、現時点では12対1でも負ける要素を見いだせなかったことがあげられる。
 そもそも、今の武が緊張感を持って戦場に赴くことなど、ハイヴ制圧戦でもなければありえないのだ。英雄などと呼ばれたのは伊達ではない。彼の戦術機戦闘能力に肉迫した衛士は何十何百と繰り返したなかでもせいぜい十数人程度。
 それら『最強』と呼ばれる衛士と戦うことに比べれば、最精鋭とはいえXM3もなく部隊単位での実戦経験の面でもまだ不安が残るヴァルキリーズと戦って勝つことなど、まさに大した問題ではないのだ。

 とは言え、この世界に来てから初めての戦術機戦闘だ。不安が全く無いわけでもない。


(リハビリも兼ねて、今回のヴァルキリーズの腕を見せてもらうとするか)


 眼を閉じ、ふぅ―と息をひとつ吐く。

 閉じた眼を再び開いた時、その眼光は獲物を食い殺す肉食獣のそれと酷似したものとなっていた。










 結論だけ言おう。

 ヴァルキリーズは12対1という絶対的アドバンテージを持ちながらも、武の不知火一機の前に敗北を喫した。
 彼女たちが絶対の自信を持って仕掛けた攻撃は悉く回避された。そもそも空中を跳ねまわる武の不知火を正確に捕捉することすら困難だった。それとは逆に反撃でヴァルキリーズは次々と撃墜された。
 彼女たちの中に突撃砲によって撃墜された者は一人もいない。突撃砲による射撃をすべて避けたわけではない。そもそも突撃砲の弾丸など、36mmも120mmも、一発も撃たれていない。彼女たちは、皆近接武器による攻撃で撃墜されたのだ。幾人かは長刀で貫かれ、また幾人かは短刀で切り裂かれた。更に幾人かが92式多目的追加装甲による打撃で撃破された。
 長刀や短刀での撃墜と言うのは模擬戦では何ら珍しいものではない。しかし追加装甲による打撃での撃墜と言うのはそうそう見られるものではないし、経験も出来るものではない。
 確かに92式は打撃を行うことも想定されているし、打撃の威力を高めるリアクティブアーマーも装備されている。しかしその機能を使う者などまず存在しない。使えるのは知っているが使わない。いや、正確には“使えない”。短刀や長刀よりも遥かに巨大なものを動かすというのはそれだけで動きが大きくなるため、避けられやすくなる。
 つまり、白銀武とヴァルキリーズの面々の間には確実な技量差が存在する。

 ヴァルキリーズは油断などしていなかった。しかし12対1という圧倒的な状況下で気を緩ませるなと言うのは中々困難である。彼女たちが本当の意味で本気になったのは、接触から3分で新任5人が落とされるという異常事態に遭遇してからだ。事ここに至って、漸くヴァルキリーズは自分たちが相手をしているのが本物のハンターであるということを理解した。ハンターのつもりだった自分たちこそが獲物だったのだ。
 しかし、彼女たちを責めることは誰にも出来ない。白銀武と言う人間の戦術機における戦闘力は、単独でも同型機に乗った1個中隊をゆうに上回る。それは一般的な技量の衛士であっても精鋭であっても同じこと。むしろ精鋭であればこそ、その行動予測はされやすかったと言えるだろう。
 こと戦術機戦闘と言う分野において、武は精鋭などと言う域を飛び越えて、人外の領域に達している。機動概念はそれまでの常識を覆し、その機動制御の正確さはもはや神域に近い。そして戦闘経験は世界中探しても並ぶ者などありはしない。そんな常識の斜め上を飛んでいる化け物を想定することなど不可能だ。



 結局のところ、経験・技量の差だけでなく、常識を覆す機動概念と言うシステム面での圧倒的なアドバンテージがあり、なおかつヴァルキリーズに数の差と言うアドバンテージからくる気の緩みがあった時点で、白銀武が勝利するのは至極当然の結果だったのだ。





<<香月夕呼>> 

 模擬戦終了後、シミュレータールームにはヴァルキリーズの面々の暗い表情があった。それも当然。厳しい訓練

を耐え抜いてきた中で培われた自信が打ち砕かれたのだ。衝撃を受けるな、というのは無理な話だ。


「こりゃまた分かりやすい結果が出たもんね~。ピアティフ、後よろしくね」

「分かりました」


 ヴァルキリーズの面々は沈み込んでいるが、私は楽しくてしかたない。白銀武は、本人が言うところの「自分が思い描く機動を実現するための」OSが無くても精鋭一個中隊を相手に勝利できる。ならばOSがあれば白銀武の戦闘能力はどこまで跳ね上がるのだろう。そして、そのOSを与えられたA-01の戦力はどれほど上昇するか。自らの目的のためにも駒の能力が上がるのは都合がいい。


「この後、今回の模擬戦についてのデブリーフィングが行われます。ヴァルキリーズは1530にブリーフィングルームに集合してください」


 今回白銀武が見せた結果に対する報酬はどれほどが適当だろうか。私はピアティフの言葉を背中に聞きながらシミュレーターデッキを後にした。








<<白銀武>>


同日 1530 ブリーフィングルーム


 全員集合したのを確認してから武はブリーフィングルームに入った。
 ヴァルキリーズの面々は誰もが「こいつは何者だ」という表情をしているが、武はそれを気にせずにピアティフに話しかけた。


「ピアティフ中尉、俺についての紹介はどこまで?」

「はい。A-01の戦術機技能教導官として赴任されるということだけです」

「分かった。―――今紹介されたようだが、白銀武大尉だ。本日付けでA-01の戦術機技能教導官として着任した。時、場所、状況を弁えさえすれば呼び方も言葉遣いも好きにしてもらっていい」


 武はそこで言葉を切り、部屋を見渡すように顔を巡らせた。


「・・・いきなりの事で納得できないだろうと思う。俺のような若造が本当に教官として相応しい能力を持っているのか。そう思う者もいるだろう。そこで、理解し易いよう一つ面白いものを用意した。俺の戦闘機動の記録映像なんだが―――ピアティフ中尉?」

「分かりました」


 ピアティフがプロジェクターを操作する。
 そこに映し出されたのは、先程行ったばかりの模擬戦の映像であった。






<<伊隅みちる>>


 私は正直言って困惑していた。
 模擬戦のデブリーフィングだと聞いていたのに、行われたのは新任の教官の紹介だ。しかもその教官は非常に若い男だった。こんな若い大尉に本当に教官をやれるほどの実力があるのだろうか?
 白銀大尉はこちらの疑念に対する回答を用意していたようだ。彼は自分の戦闘機動の映像と言った。
 どれほどのものを見せてくれるのだろうか。そう期待していた私の眼に映ったのは、先程の模擬戦の映像だった。


(これは一体・・・)


 脳裏に模擬戦前のやり取りが浮かび上がる。



『副司令、今回の模擬戦は新型兵器の試験なのでしょうか?』

『いいえ、違うわ。試験であることは間違いないけどね』



(―――なるほど、そう言うことか)


 つまり先ほどの模擬戦の相手は目の前の大尉。
 模擬戦の目的は、この新任の教官、白銀大尉の実力を確認することだったのだ。

 自分たちには精鋭であるという自負があった。斯衛軍の精鋭レベルでもない限りそうそう無様な負け方など喫するわけがないと思っていた。
 そして少なくとも、この横浜基地における最精鋭部隊は自分たちなのは事実だ。

 だが、白銀大尉は自分たちを単機で全滅させた。

 結果が既に出ている以上、白銀大尉の実力を疑うなどという段階は既に過ぎ去っているのだ。
 現在の実力差は確かに絶望的だが、衛士として目指すべき高みが自分たちの教官として赴任することに誰が不満があろうか。彼の教導を受けるということは自分たちの技量が高まるということであり、自分たちの能力が高まると言うことは、BETAをこれまで以上に倒せるようになるということであり、更には仲間を失うことが減ると言う事だ。歓迎こそすれ、忌避する理由はどこにもない。むしろこちらからお願いしたいくらいだ。

 私の胸は今後の教導に対する期待感で一杯になっていた。


 





<<白銀武>>


 武は映像を見ずにヴァルキリーズの顔を見ていた。
 幾人かは先ほどの模擬戦で受けたショックが甦ったのか、沈み込んだ表情のままだ。しかしみちると水月はどうも嬉しそうな表情をしているように見える。


(・・・速瀬中尉の嬉しそうな顔は伊隅大尉とは違うな、こりゃ)


 武の眼には水月の表情は獲物を前に舌舐めずりという様子にしか見えなかった。


(速瀬中尉には絡まれるだろうけど・・・、伊隅大尉は問題なさそうだな)





「さて、これで納得して貰えたかな」


 映像が終わり、部屋に明るさが戻ってくると努めて明るい声で言った。


「じゃ、模擬戦の話に行こうか。今回の模擬戦なんだけど、―――皆まだまだだな」

「―――ッ!!」

「こちらが一人だということで油断していた面もあるとは思うが、実戦での油断は即命取りだということは、再度頭に叩き込んでおいてくれ」


 その言葉に、みちるをはじめ既に切り替えていた先任組も悔しげな表情が浮かぶことを止められなかった。それは構わない。一々感情を表情に出すのはあまり褒められたものではないが、敗北に悔しさを感じなくなったらそれはそれで考えものだ。しかし新任組の表情は悔しさを噛み締めているなどという類のものではなく、明らかに沈み込んだ表情だ。
 それに気づいた武は深く嘆息して告げた。


「・・・新任組、模擬戦で負けたぐらいで何時まで落ち込んでいるつもりだ? さっさと切り替えないと本当に死ぬぞ」

「・・・!!」

「今回は訓練だったんだから負けたことなんか気にするな。落ち込んでる暇があったら次にどうすれば勝てるかを考えろ。一々動揺しない精神力を鍛え上げろ。
 皆練度は中々高いが、まだ伸びしろがある。だから俺が来た。皆にはこれから先生き残っていくためにも、護りたいもののためにも、今まで以上に頑張って欲しい」


 武の言葉に今まで沈んでいた新任組もようやく立ち直り始めたようだ。これなら大丈夫だ。放っておいても先任達が引っ張って行ってくれるだろう。自分がするのは僅かな手伝いだけでいい。


「―――さて、と。模擬戦のことで何か質問ある? 俺で答えられる範囲なら答えるけど」

「――白銀大尉、よろしいでしょうか」


 武の言葉に真っ先に反応したのはやはり水月だった。


「じゃあ、速瀬中尉」

「大尉の機動、あれは一体何なんですか?」

「質問は明確に頼む。『何だ?』なんて聞かれても答えようがない」

「・・・申し訳ありません。大尉の機動はどのような考えのもとに生み出された物なのでしょうか」

「どのような考えで、か。・・・俺の機動は従来のセオリーから考えれば常識外れだ。
 皆驚いたとは思うが、対戦術機戦において上空と言うのは一種の死角なのは理解できるな? 対BETAのために生み出された戦術機戦闘のセオリーは、相手が自分よりも上に居ると言うことを想定していない。それはどれだけ戦闘経験がある衛士でも同じ―――いや、むしろ対BETA戦闘の経験がある程騙されやすい。高機動近接戦において上空へ跳ぶというのはそれだけで相手の盲点を突くことになる。
 だが単に空へ跳ぶという機動を行う衛士、というだけならいくらでもいる。だから別にこれは対戦術機戦を想定した機動ではない。
 ―――そうだな、まずレーザー属種が居ない戦場のことを考えてみようか。レーザー属種の脅威って何だと思う、速瀬中尉?」

「それは――」

「そう、正確極まりない射撃能力と、天候に左右されない高出力であること。結局はこの二つだよな」

「え、ちょ・・・」

「これに奴らの行動原則として空間飛翔体や高性能CPUを優先目標とする、ってのが絡んでくるからレーザー属種が居る戦場では噴射跳躍もうかうか出来ないわけだけど、今想定しているのはレーザー属種が居ない戦場だ。つまり噴射跳躍したところで少なくともレーザーに撃墜される心配はない。ここまではいいか?」


 皆は特に何も言わない。水月は不服そうな顔をしているがそれは黙殺する。


「さて、ここで現在確認されているBETAの攻撃方法を確認してみよう。兵士級や闘士級は戦術機はおろか機械化強化歩兵の敵ですらないから除外する。戦車級の攻撃方法とは何か、宗像中尉?」

「はい、その強靭な―――」

「強靭な顎による噛みつきだな。では要撃級は?」

「・・・その巨体を生かした」

「そう、体当たりや前腕による攻撃だよな。突撃級にしても結局はただの体当たりなわけで、別にどこかから発射された突撃級が飛んでくるわけじゃない」

「・・・・・・」


 水月も美冴も怒りを堪えているような表情をしている。
 二人にしてみれば態々質問を振っておいて話を途中で持って行かれたわけで、気に入らないのは当然だろう。

 だが普通なら絶対逆らえない人間をおちょくる欲求と言うのは誰にでもあるものであり、それを実行した時の快感は計り知れないというのは誰であっても理解してもらえる事だと思う。

 何が言いたいのかと言うと、結局のところ、自分は楽しんでいると言う事だ。

 多くの世界で水月や美冴といった人間は自分にとって絶対的な上位者だった。逆らえない、もしくは逆らったところで最後にはひっくり返されてしまう相手だ。だが今は自分が上位者だ。反撃の心配なく心おきなく悪戯が出来るというものだ。何度繰り返してもこればかりは止められない。
 だが流石に何時までも下らない悪戯をしている訳にもいかない。ましてや今は真面目な話の最中だ。

 武は頭を業務用に切り替えて話を続けた。


「確認するまでもないと思うんだけど、BETAの攻撃方法って結局は近接攻撃なんだよな。まあ今後新種が出てくる可能性がないわけじゃないけど、現在の状況は再認識してもらえたと思う。
 さて、ここで問題。レーザー属種が居ない戦場において一番安全な場所はどこだ?」

「えと・・・、後方でしょうか?」

「そう、後方だ。距離さえ離せばそもそも撃破される心配なんてない。だけどまあ作戦目的だとか作戦地域だとかの問題でいつまでも下がり続ける訳にもいかない。―――だから跳ぶ」


 そこで武は少し間をおき、皆を見まわした。全員が話を聞いていることを確認するためだ。


「そして跳躍は防御の手段にとどまらない。今言ったとおり空中に攻撃する手段を持つBETAはレーザー属種だけだ。相手から攻撃される心配がない場所で撃ち放題―――最高だろ? 小型種はそもそも36mmが当たれば吹き飛ぶし、突撃級は飛び越えてしまえばあとは装甲殻のない軟らかい背面だけだ。要撃級も装甲殻のある前腕がカバーできる範囲は上方向には案外小さい。上からだとかなり楽に撃破できる。ま、流れ弾が他の目標に当たる可能性がなくなる分腕も要求されるけど。―――さて、ここまででなんか質問ある?」

「よろしいでしょうか?」

「高原少尉」

「小型種、要撃級、突撃級については理解できました。しかし、要塞級についてはどうなのでしょうか? 今のお話では要塞級について一切言及されていないですが・・・」

「それは要塞級が居るような戦場だと、まず確実にレーザー属種、特に光線級がいるからだ。今話したのはレーザー属種が居ない戦場の話だから、要塞級への対処はそれほど重要じゃないんだけど・・・、そうだな。要塞級についての対処も話しておこうか。
 まあ要塞級だからと言って別に特別対処法を変える訳じゃない。結局は無暗に近づくな、という点に尽きる。要塞級の全長と要塞級の触手の全長はほぼ同じだから、大体要塞級一体分の間を開ければ要塞級は無視して問題ない。ついでに言えば要塞級の尾節は体の下部にあるから上方向にはほぼ届かない。本当にヤバくなったら上に乗れ」

「はぁ・・・」

「なんか反応鈍いな。大丈夫か? 今の話理解できてるよな?
 ―――ま、いいか。次はレーザー属種が居る戦場の場合だけど、レーザー属種の攻撃を受けないために最も有効な方法は何でしょう。伊隅大尉?」

「それは射線を通さないことだな。奴らの味方誤射を絶対しないという特性から考えると他のBETAを盾にするのが最も有効だ」

「その通りです。さて、そうすると先ほどの戦術はこれとは真っ向から対立する。レーザー属種以外の攻撃から身を守るために跳躍するとレーザー属種の攻撃を受けてしまう。どうするべきか。

 これは絶対分からないと思うから先に言うぞ。―――いっそのことレーザー属種には自分を狙わせればいい」

『―――!?』


 突然何を言い出すのか。皆目の前の男の正気を疑っていた。受ければ死亡必至のレーザーを撃たせてしまえば良いなどと言いだすとは、まともな人間の言うことではない。


「理解できないか? これを理解するためにはヒントは俺の機動制御なんだけど・・・、伊隅大尉、理由分かりますか?」

「ちょっと待ってくれ。・・・もしかしたら相手の射撃タイミングをコントロールするということか?」

「流石は伊隅大尉。その通りです」


 やはり伊隅大尉は物が違う。ヒントを出したとはいえ答えを出してくれるとは思っていなかった。


「つまり初期照射反応が出た瞬間に降下を始めれば、相手は出力を上げ始めたレーザーをフルパワーで照射するタイミングを失う。そして面白いことに、レーザー属種は一度初期照射までいくと照射をやめることが出来ないらしい。つまり初期照射を確認したレーザー属種には再照射の為のインターバルがかならず必要になるということだ。俺が噴射跳躍から反転降下を多用した理由の一つがこれだ。インターバルを体感で分かっていれば安全性はさらに高まるな」


 皆驚きで声も出ない。対戦術機戦での飛翔が相手の思考の死角を突くという理にかなっているのは理解できる。しかしレーザー属がいる戦場でも噴射跳躍を多用するなどという発想は常識の埒外だ。

 武は皆の驚きを無視して続ける。


「俺の機動は安全だけを考えたものじゃない。攻撃と防御を最大効率で実行するための俺が出した最適解だ。ただ難点としてやることが多い。ただでさえ機動関連でやることが多いというのに、それと同時に攻撃も行うから、衛士の技量に大きく左右されるのが問題ではある。しかも戦術機には衛士の入力に反応しない時間がある。衛士の技量よりもこれが一番の問題だ」


 実際、現状の機動概念でもやることは決して少なくない。だがそれでも、武の機動概念は「少なくない」どころの話では済まされない量なのだ。どう考えても「多い」のである。現状のシステムではごく一部の衛士にしか実行できないだろう。


「だがその問題の解決策は既に手配済みだ。現在香月博士に要請して俺の機動概念を誰でも簡単に実行できるOSを制作していただいている。完成品が何時になるかは分からないが、β版が出来上がればヴァルキリーズにもテストをしてもらうことになってる」


 今まで考えることすらなかった跳躍噴射を多用することが自らの安全に繋がるという概念。しかも武は戦術機と不可分だと思われていた入力不可能時間を解決する案まであるという。皆驚愕で声も出なかった。
 この男は何者なのか。精鋭一個中隊を単機で壊滅させるほどの実力を持ち、その上技術士官のようなことまでしている。



 ―――天才。



 口に出さないまでも、ヴァルキリーズの全員が同じ考えを抱いた。


「さて、他に質問あるか? ―――ない? じゃあ今後の予定だが、本格的な教導はさっき言ったOSが出来てからになる。だが通常の模擬戦などでも希望があれば出来る限り時間は取るから遠慮なく言ってくれ。以上、解散」

「敬礼!!」












 ヴァルキリーズとのブリーフィング後、武は夕呼に呼び出され執務室まで来ていた。

「あんたが言ってたOSだけど、明日の・・・そうね、15時にはデータ取り始められるように出来るわ」

「明日ぁ? めちゃくちゃ早くないですか?」

「何よ、早く出来たほうがいいのはそっちも同じでしょ。なんか不満でもあるわけ?」

「いえ、大歓迎ですよ」

(模擬戦の後に作り始めたにしては早過ぎる。昨日から作ってたな・・・)


 事実は武の推測の通り。夕呼は昨日の時点で武の言っていることが事実だと認識していた。今後に有用だと分かっている物を些細な疑念のために用意しない手はない。OSの概念は既に聞いていたため基礎構成はすぐ出来上がったし、“彼女”の手助けもあった。


「そうそう、あんたのパスの権限上げといたから、もう大概の処は行けるわよ。ついでに機密情報の閲覧権限も上げといたわ。外交問題レベルじゃなきゃあたしの名前出せば大抵通るから、好きにやりなさい」

「ありがとうございます。―――では明日1500にシミュレーターデッキで」





 夕呼の執務室を出て隣室へ向う。

 そこにあるのは“何”か。いや、そこに居るのは“誰”か。武は知っている。

 社霞。BETAとの意思疎通を目的として進められたオルタネイティブ第三計画の落とし子。そして―――


「よ、こんばんわ」


 扉を開けて目に飛び込んでくるのは薄暗い室内に鎮座した青く輝く円筒と、そこに収められた脳髄。そして円筒の傍に佇む銀髪の少女だ。武はその少女に向かって陽気に声をかけた。


「・・・・・・」


 少女は予期せぬ来訪者に怯えているようだ。夕呼に命じられてその頭の中身を覗いていた人間が現れたのだから、それも無理からぬことだろう。
 だが武はそんなことには頓着した様子もなく続ける。


「俺は白銀武。香月博士の下で働くことになったんで、これからもちょくちょくここに来ると思うからさ、出来れば仲よくしてやってくれよ」

「・・・はい」

「名前は?」

「・・・社霞です」

「そっか、じゃあ霞、よろしくな」

「・・・・・・はい」


 霞が何か言いたそうにしているの気付いた武は訊いてみることにした。


「どした?」

「・・・知ってるんですよね。私のことも、“彼女”のことも」

「―――ああ、知ってる。だけどそれは別の世界の話だ。この世界でのことを知ってるわけじゃない」


 そう、知っている訳がない。これまでに経験した世界とこの世界は別物だ。無数の確立分岐の世界を渡り歩く意識が肉付けされたのが今の武だ。
 世界は確立分岐が始まった時点で分けられてしまう。どれほど世界や人間が同じように思えても、それは別の世界であり別の人間なのだ。それを理解しようとせず同一視するのは、同一視されるものにとっても同一視する者にとっても益とならない。
 故に、武が知っている数多の霞には一人として同じ霞は存在しない。そして、同じ“彼女”も存在しない。しかし―――


「違う人間だってことは分かってる。それでも俺は霞を、皆を護りたい。それしか俺に出来ることはないから・・・」

「・・・強いんですね」

「・・・俺は強くなんかないよ。何時だって自分の理想の重さに押しつぶされそうだ。それでも俺が留まっていられるのは、それが皆の願いだからだ・・・。皆を護りたい、この世界を護りたい。それが、今まで俺が受け継いできた想いだから」


 そう語る武の瞳には、深い絶望とこの上ない悲しみと、何物にも侵すことのできない強固な意志が宿っていた。


「・・・やっぱりあなたは強いです」

「――そうか?」

「・・・はい」

「―――そうか。・・・今日はこのくらいで帰るわ」

「・・・ばいばい」

「霞、こういう時はな、またね、って言うんだ」

「・・・またね」

「ああ、またな、霞。―――純夏のこと、よろしくな」





 霞は武が出て行ったあとも扉を見つめていた。


「白銀さん・・・」


 霞は武が過ぎ去って相当な時間がたった後呟いた。
 その声には様々な色が含まれていたが、誰にでも分かる色がただ一つだけあった。





<<香月夕呼>>


 武が去った後、夕呼の執務室に来客があった。

「香月副司令、失礼します」


 入室後、完璧な敬礼を行ったのは、訓練生の教官を務める神宮司まりも軍曹だった。


「そういうのいいって言ってるでしょ~? 此処に居るのあたしらだけなんだしさぁ」

「・・・それで? 一体何の用?」

「訓練小隊なんだけどさぁ、今度新しい教官つくことになったから」

「―――――はぁ!? ちょ、ちょっとどういうこと!?」


 まりもは今にも掴みかからんばかりだが、夕呼は反対にこれ以上ないほど落ちついている。


「ああもう、説明してあげるからちょっと落ち着きなさい。教官と言ってもあんたと交代するわけじゃないわ。主な役割は戦術機技能の教導。必要だと思ったら何やっても良い、って伝えてるから、一部あんたの役割とっちゃうかもね」

「・・・戦術機技能の教官? あの子たちはまだ総戦技演習もパスしてないのよ?」

「どのみちパスさせるからどうでもいいわよそんなこと」

「パスさせる? 夕呼、あなたまた何か企んで――「はいこれ」」

「聞きなさいよ、・・・何これ?」

「さっき言ったでしょ。新任の教官の資料」

「―――えと、何々? 白銀武大尉、年齢17。―――17!?」


 まりもの驚きも無理はない。若くして高い地位にある人物が居ないわけではないが、それでも17歳で大尉というのはそうそう居るものではない。そして若くして上り詰める人物というのは家格が高い場合が多い。能力が高いだけではそうは昇進できないのが軍というものだ。
 まりもは白銀という姓を聞いたことはないだろう。職務柄様々な人間にかかわる機会が多い夕呼とて、実際に白銀武が現れてその素性を調査するまで、『白銀』という姓を持つ人間のことなどまるで知らなかったのだ。



「そろそろ様子を見に行くって言ってたから、明日か明後日あたりにでも顔だすんじゃない?」

「・・・そう、分かったわ」



「―――香月副司令、それでは失礼します」

「だからそう言うの要らないって・・・」


 夕呼の言葉もほとんどまりもの耳には届いていなかった。まりもの意識は白銀武という若い大尉が自らの教え子にどんな益を齎すのかそれに集中していた。






同日 白銀武自室


 自室に戻った武は上着を脱ぐとデスクに設置した端末に向かった。


「―――さて、そろそろ“小細工”を始めるとしますか」


 まず最初に行うべきは人材の確保。
 武が提供するデータの意味と価値を正確に把握できる人間が然るべき地位に就いていることを確認しなければならない。


「・・・よし」


 武は大量に羅列された人名の中に目的の人物たちが居ることを確認して、安堵した。
 武が今やろうとしていることで最も重要なのは“彼女”たちだ。

 帝国技術廠第参開発局部長、夏海鏡花博士。同じく第参開発局員槻村忍博士。

 夏海博士は兵器開発全般、槻村博士は新型戦術機開発に携わっている。

 どのような情報を渡すのが一番効果的か。それを知るために内部資料を閲覧する。
 彼女たちが現在開発している物は・・・


「うげっ・・・なんだこれ・・・」


 槻村博士が開発しているのは普通の―――スペックノートだけみると、とても普通とは言い難いが―――戦術機が幾つかであった。一機の設計思想はハイヴ突入用のようだが、機動関連で従来機を上回る速度を要求しているうえに武御雷と同等以上の装甲まで想定されている。
 夕呼の力で閲覧できているとはいえ、流石に国連基地で閲覧出来るレベルの情報では開発状況までは分からない。しかし機体の要求仕様だけ見る限りでは、正式採用機と仕様との折り合いをつけるだけでも何年かかるか知れたものではない。ハイヴ突入のセオリーを知らないのだから仕方ないのかもしれないが、防御関連の要求が高すぎるのだ。


「要求仕様考えた奴絶対馬鹿だろ・・・」


 ハイヴ突入の際の現実を知っている武の非難は本人にしてみれば至極真っ当なものだが、それをこの世界の人間に理解しておけと言うのは少々酷だろう。
 ハイヴ突入を何度も経験しているうえに反応炉破壊すら何度も実行している武のような人間はこの世界には存在ない。この世界にはハイヴ攻略のセオリーはあっても、ハイヴ攻略に成功した例はG弾を使用した旧横浜ハイヴ攻略戦以外に存在しないのだ。ハイヴのBETA総数自体が統計予測でしか存在しないうえに、その予測は実数とは大きくかけ離れている。どれほど敵がいるかまるで分らない以上、安全策として例え気休めであったとしても装甲を増やしたいと思うのは仕方がないのだ。
 尤も、武御雷よりも装甲が厚いのは流石に言い訳できないが・・・。

 しかし、こちらは何を提供すればいいのか分かりやすい分、武としてもやりやすい。だが―――


(夏海博士の“モノ”はどうすればいいんだ・・・?)


 夏海博士が開発しているのは、綺麗な言い方をすれば先進的。粗い言い方をすれば“ぶっ飛び過ぎ”だ。

 その兵器の系統自体はおかしなものではない。
 言ってしまえばそれは単なる戦車だ。



 ―――全高10m以上、全幅・全長共に20m弱などという巨大なものが『単なる戦車』と言えればだが



 武は半ば呆れながらも、“戦車”の資料、その備考欄に再び目を通す。


 『本機は対BETA戦における正面戦力拡充を目的としている。設計に際して考慮されたのは、レーザー属種に対する防御力の向上、従来型戦車・戦術機を圧倒する攻撃力、従来型戦車を上回る展開速度の三点である。対レーザー防御能力については、戦術機に数倍する対レーザー装甲を施すことで解決。攻撃力に関しては、車体そのものの大型化により、武装を多数搭載することが可能となり解決。また展開能力に関しては―――』


「何度読んでも信じらんねぇな・・・」


 武がぼやいているのは、展開速度を一定以上の水準で達成するための解決策として記された内容についてである。
 平和な世界に生まれた人間として―――どんな世界であっても同じであるとは思うが―――そこに記された内容には驚かざるを得ない。


 『また展開能力に関しては、移動手段に脚部と跳躍ユニットを採用することで解決の目処が立ち、従来型とは一線を画する能力を手に入れることを期待されている。本機が完成すれば戦術機の汎用的な移動性能と戦車の火力を兼ね備えることとなり、当初の目的である対BETA戦における正面戦力拡充という目的は容易く達成できることとなるだろう。しかし真に残念ではあるが、現状では製造費用が相当に高くなるのは避けられない。現状でも不知火五機分にもなろうかという製造費用を如何に抑えるか。それが今後の課題となる』


 ―――歩行戦車。それも戦術機を上回る大きさの。


 夏海鏡花という鬼才が開発しているのは常識の埒外にあるようなとんでもない兵器だった。
 何十という世界を経験してきた自分でも多脚戦車を造ろうなどという計画はまるで知らなかった。夏海鏡花という女性はどんな世界でも毎度わけの分からない―――しかもどの世界でも異なった―――物を作っているが、今回は格別だ。

 備考欄を読む限りでは試作機ぐらいはすでに完成していそうだが、この戦車は未だ完成に至ってはいない。
 仕様を見る限るでは単独でも戦術機一個小隊を上回る火力を有しているのは明らかであるし、移動手段として態々脚部などと言うものを選択した以上、戦術機レベルとまではいかないにしても、機動性が極端に低いということはないだろう。
 少なくとも正面制圧能力に関して言えば従来のどんな戦術機も戦車も単独でこれを上回るモノは存在しない。ネックとなっている製造費用も、これらの仕様を実現させようと思えば当然と言えるレベルだ。ハイヴ攻略の際の地上制圧においても確実に役立つレベルの兵器。期待できるどころではない。
 一個連隊―――いや、一個大隊もあれば火力面で数個連隊の戦術機に匹敵しかねないものを実現させないでどうするのか。
 帝国技術廠の天才たちの“子供”は、対BETA戦闘において人類が優位に立つ未来を掴める可能性と成り得る。



 武は天才たちが生み出そうとしている“子供たち”に魅了されていた。
 魅了された結果として、武はその夜、“子供たち”に寄与する可能性がある知識を細大漏らさず記憶から引きずり出すため、深夜まで四苦八苦することになった。




[5043] Muv-Luv ALTERNATIVE ~Until the vanishing day~ 第四話
Name: ゲルトマー◆4a699184 ID:b04667f4
Date: 2008/12/31 21:36
2001年 10月24日 横浜基地グラウンド



 武は訓練校のグラウンドを歩いていた。


(懐かしいな・・・。何年ぶりだ?)


 前回はハイブ攻略戦において乗機に致命的な故障が発生し、要撃級の一撃を避けれずに死んだ。それ以前に何年も前線を渡り歩いていたから、このグラウンドに来たのはおそらく10年ぶりと言ったところだろう。207Bの面々と別れたのはそれよりも短いが、それでも数年ぶりなのは間違いない。


(・・・皆変わってないんだろうな)


 ぼんやりとグラウンドを眺めながら物思いにふけっていると、後ろから声をかけられた。


「失礼ですが」


 ―――とても懐かしい声がする


「この先は訓練兵が使用するグラウンドです。何か御用がおありでしょうか?」

「・・・用か。無いわけじゃないな」

「・・・? それは――」

「―――いいんだ、榊!」


 背後からかけられた声に、訓練兵は向きなおり敬礼する。


「・・・白銀大尉であられますね?」

「ええ、神宮司軍曹。香月博士からは?」

「は、伺っております」


 下士官として完璧な態度の裏にはどうしても隠しきれない疑念がある。この年若い大尉は信用できるのか―――そんなところだろう。
 今はそれでいい。


「結構。では軍曹」

「はっ! 小隊集合!」




「「207小隊、集合しました!」」


 集まった4人は、まりもの前に整列している。そして全員の顔に疑問が浮かんでいる。
 教官の隣にいる男は一体誰なのか。何故こんな処に居るのか。何故自分たちは集合させられたのか。
 だがその疑問に答える者などいない。口に出しているわけでもないし、口に出したところで答えが得られる疑問ではない。


「では207衛士訓練小隊のメンバーを紹介させていただきます」

(冥夜、壬姫、千鶴、慧・・・。ははっ、懐かしいな)


 懐かしさに思わず穏やかな表情になる武だが、207Bの面々は不審げだ。それもそうだろう。見たこともない男が紹介されたかと思ったら今の自分たちには雲の上の大尉、それも自分たちと同年代のだ。上位者の能力を気にする慧などは特に気になっているはずだ。


「現在入院中ですが鎧衣美琴訓練兵を加えたのが207B分隊のメンバーとなります」

「・・・白銀武大尉だ。本日付けで香月副司令直属の特務兵として着任した。任務の一環としてお前らの教官を務めることになった。よろしくな」

『よろしくお願いします!!』

「で、だ。しばらくは副司令の特殊任務があるため俺が本格的に教導するのはまだ先のことになる。当分は神宮司軍曹にみっちりしごいてもらえ」

『はい!!』


 武はそこで表情を真剣そうな表情に変えた。
 今武が伝えようとしていることは彼女たちにとって、ひいては自分と夕呼の計画に影響を齎すか分からない。
 しかし、優秀な衛士を戦場に送り出すことも、新型兵器の開発に協力することも、00ユニットを完成させることも、それらのどれもが人類の未来に貢献するための行動であることは変わりがない。

 だからこそ、武は躊躇うことなく口を開いた。


「お前たちに伝えておくことがある―――」






 武の話が終わると、207隊はまりもの指示で訓練に戻っていった。

 武が207隊に伝えたのは大したことではない。
 主な伝達事項は総戦技演習が繰り上げ実施されることと、あわせて美琴の退院が早まること。加えて、207Bが前回の総戦技演習で失敗した理由と、その際に表面化した問題が現在に至っても解決されていないことの指摘。その問題を解決しようとする姿勢、改善の兆しが見えなければ総戦技演習の合格はまず無いと言う事。
 これらは本人たちにしてみれば大したことなのかもしれない。しかし、207隊の問題の大部分は彼女たち自身の甘さに起因する。その気になれば今すぐにでも解決できる問題なのだ。武にしてみれば、わざわざその点を指摘したのだから随分優しいとさえ思っている。
 彼女たちの任官を阻んでいる事情を酌んだとしても、207小隊のチームワークの無さは問題だった。個々の能力が高い分、そこそこのレベルの問題ならば個々の能力だけで何とか出来てしまう。しかし個々の能力だけではどうにもならない問題が生じた場合、今度はそれぞれの能力の高さが逆に問題解決の妨げとなってしまっている。
 最初の世界では自分という足手まといが存在したおかげで207隊はまとまった。しかし今回は「足手まといの白銀武」は存在しない。正直に言って難しいだろうが、上位者から指摘されれば彼女たちも死に物狂いで努力するはずだ。全く不可能とは思っていない。

 207の訓練の様子をぼんやり見つめる武の隣にまりもがやってきた。


「申し訳ありません・・・。大尉のお手を煩わせてしまうとは、面目次第もありません」

「神宮司軍曹、謝る必要は無い。軍曹は教官として間違いなく有能だ。その軍曹に指導されたというのに戦術機適性以外の部分で先に進めないのなら、そいつは衛士には向いてなかったって事だ。総戦技演習でとっとと落とした方が良い。本人が死ぬにしても、仲間が死ぬにしても、どちらにしろそいつが居なければ戦場で死ぬ奴は減る」


 多少修飾しているとはいえ、この言葉は武の本心だ。彼女たちが衛士にならない――なれないのであれば、それはそれで構わない。仲間たちに会えないのが苦にならないと言えば嘘になるが、それでも彼女たちが死んでしまうことに比べればその程度の苦しみなど些細な事だ。
 総戦技演習に合格できず衛士訓練校から追い出されるならそれもよし。自分たちが抱える問題を解決して這い上がってくるなら徹底的に鍛え上げる。結局はただそれだけのことだ。

 結論を再確認した武は、まりもに別れを告げると自室へと戻っていった。












 同日 香月夕呼執務室


 昼食をとった武は、新OSのデータ取りまでの時間に夕呼の執務室を訪れていた。
 新OSとは別に、夕呼に尋ねておきたいことがあったからだ。


「失礼します」

「あら、何しに来たの? 新OSのデータ取りは15時からよ?」

「ああ、今はその話じゃないんですよ。ちょっと聞きたいことがありまして」

「自分で調べなさい。何のためにあんたの閲覧権限上げたと思ってるのよ」

「国連基地では確認できないことなんですよ。―――帝国技術廠が開発している兵器の詳しい開発状況ってご存知ですか?」

「開発状況? そんなこと聞いてどうするの?」

「昨日の夜にここで閲覧できる情報までは全部見たんですけど、どうもはっきりしなくて手が出しにくいんですよ。詳しい事が分かれば口出し出来るんで、博士なら分かるかなぁ、と」

「少なくともここにはそういう情報は無いわね。出来ないこともないけど・・・、そうね。やっぱり帝国に借りを作りっぱなしというのはどうも上手くないわ。第四計画は帝国主導とはいえ、たまには何か恩を売ってやらないとね」


 帝国に恩を売る機会。そんなものは今後、文字通り売るほどある。一番近いのは11月11日のBETAの新潟侵攻だが、時期的にもまだ早いし、現時点で夕呼に伝える必要はないだろう。どの道伝えようとしたところで「必要のないことを聞いて脳のリソースを無駄使いしたくない」などと言われて聞く気がないのは目に見えている。


「なるほど、恩を売ってやれば良いんですね?」

「・・・その顔はなんか思いついてるみたいね?」

「いえ、帝国に恩を売る丁度いい機会があるのを思い出しただけですよ。今はまだそんなに介入してないですし、高確率で起こることだと思いますが、ちょっと日にちがあるのでまた今度伝えます」

「そうしてちょうだい。―――で、技術廠が開発してるものの開発状況なんて知ってどうするのよ」

「新型戦術機や新型兵器の共同開発の申し入れがしたいんですよ。正確には俺が持ってる知識を提供することで開発を促進させたい、ということですけどね。
 それでですね、新型兵器はともかく、戦術機に関してはまた別の小細工が必要になるんで、こんなものを用意しました」


 そう言うと武は夕呼にディスクを差し出した。夕呼はそれを受け取ってしばし眺めた後、訝しげな視線を向けてきた。


「何これ?」

「00ユニットの完成品―――それについて俺が知る限りのデータと、運用に際して確認された問題点です」

「はぁ!? どういうことよ!? なんであんたが、そんなこと知ってるのよ!!」


 一瞬で噴火した夕呼は武の胸倉を掴んでがくがくと揺さぶりはじめた。


「ちょっ、落ち着いて下さいって! 今から説明しますから!」

「―――ふぅ。さあ、説明しなさい!」


 武の胸倉から手を離した夕呼は、息を荒げ怒気をにじませた視線を向けている。


「ああ、死ぬかと思った・・・。実はですね、以前の世界でも00ユニットが完成したことがあったんですよ。博士、怒らないで聞いて下さいね」

「いいから続きを言いなさい」

「―――今のままだと00ユニットは完成しません。これは絶対です」

「ッ!?」

「理論が間違ってるんですよ。現時点ではその全てを用意することは俺には出来ないんで、ヒントになるかもと思ってそれを用意しました」

「・・・・・・“現時点”ってどういうこと?」


 武は内心驚いていた。夕呼は理論の誤りを指摘した時点でまた激発するかと思っていたが、少なくとも見た目は随分落ち着いている。


「俺には理論そのものは用意できませんけど、“夕呼先生”なら可能だってことですよ。俺を“飛ばす”ことで数式を回収したんです」

「―――そう、なるほどね。だったらこんなもの必要ないんじゃないの?」

「最悪その方法で可能だってだけですよ。俺は何度も行くのは面倒ですし、霞にかかる負担も大きい。博士がそのデータをヒントにして00ユニットを完成できるならそれに越したことはないんで」


 ―――それは本音ではない。平和な世界に暮らす懐かしい人たちに会えるのだ。出来るなら何時までも居たいに決まっている。だが自分にはこの世界でやるべきことがある。やりたいことがある。それに耐え切れずに逃げだしたのは既に過去のこと。過ちを何度も繰り返す気はない。


「まあ、00ユニットが完成してからせいぜい一回くらい飛ぶってのが理想ですね」

「―――なるほどね。でもあんたのデータで完成しなかったら何言おうと回収してもらうわよ」

「ええ、それは当然です。――多分必要ないとは思いますがね」

「そ―――で、00ユニットの完成があんたの言う小細工にどうつながるのかしら」

「00ユニットが完成すれば米国は恩を売りつけようとXG-70を早々に引き渡してくるでしょう。ですので、そのついでに幾つか要求してほしいんですよ。
 一つはアラスカで実験中の戦術機のデータ全て。もう一つはYF-23」

「YF-23? ・・・あんなもの引っ張ってきてどうするつもりよ」

「あれは間違いなく世界最強クラスの戦術機です。YF-23とアラスカのデータを研究出来るなら、新型機開発は相当楽になります。不知火弐型は既に技術廠の方で色々いじってるでしょうし、他国の戦術機開発のデータを頂ければかなり楽になるかと。―――まあ正直に言えば、まず使えない武御雷を希望するよりもYF-23のほうがまだ可能性あるかな、と」


 元々米国は場所を提供しているだけであって、開発を主導している訳ではない。しかし、米国とソ連が諜報員によって他国の戦術機データをある程度入手しているのは公然の秘密となっている。米国がデータを手に入れているのは場所代のようなもので、アラスカに駐屯している各国の戦術機開発部隊はそれをある程度黙認している。つまり公には出来ないが米国は各国の新型戦術機開発データを持っているのである。文書に残して正式に引き渡しが行われる、というわけにはいかないが内密に処理して引き渡しを行うと言うことは可能だ。しかし黙認されているとはいってもデータの全てを持っている訳ではないため、全てを手に入れることは不可能なのだが。
 一方、ソ連は米国とは異なる。元々ソ連領内に各国の戦術機開発部隊は駐屯していない。それ故各国はソ連が場所代としてデータを入手することを黙認する気はない。それでもソ連は情報を掠め取っていくわけではあるが、まあこれは余談の類である。


「・・・あきれた。あんた自分が使いたいから権限使って接収するってわけ?」

「いやだなぁ、博士。接収の名目はXG-70の随伴機ですよ? 作戦成功の確率を上げるためには高性能機が一機でも多く必要だからですよ」


 武はこの上なく嘘臭い口調で―――実際半分くらい嘘なのだが―――名目上の理由を並べ立てた。
 夕呼は呆れ顔だが武の表情はこの上なく楽しげだ。いや、事実楽しくて仕方がない。あの香月夕呼を呆れさせている――呆れられているのではない――のだ。これが楽しくなくて何が楽しいのか。
 尤も、その言葉には本音も混じっている。衛士として、高性能機に乗りたいと思うのは当然の考えであり、自分が殆ど乗っていない米国製戦術機となればなおさらだ。元々武のスタイルは高機動近接戦闘であるが、近接格闘戦が最も得意というわけではない。その点米国機であるブラックウィドウⅡは近接戦闘能力を重視しているとはいっても、射撃能力は日本製戦術機よりも高く、自分のスタイルにも合致する。


 そもそも武はハイヴ攻略に必ずしもXG-70が必要だとは思っていない。フェイズ5クラスになれば流石に必要になってくるかもしれないが、甲14号目標以降のフェイズ4以下のハイヴならば現存する平面戦力だけで攻略は可能だと武は考えている。XG-70自体はあれば便利程度にしか考えていない。


(―――荷電粒子砲に頼り過ぎるのも考えものだしな)


 XG-70が搭載している荷電粒子砲の破壊力は絶大だ。一度発射されればフェイズ6クラス――地球上ではオリジナルハイヴしか存在しないが――であってもその地上構造物の大半は吹き飛ぶだろう。その破壊力があれば現有戦力でもハイヴの攻略は十分以上に可能だ。しかし、XG-70の存在を前提に作戦を組むと、万一XG-70が使用不可能になったとき、ハイヴ攻略は不可能になってしまうだろう。そして、現状ではXG-70の戦力に賭けた乾坤一擲の作戦を組まなければならないほどの必要性はない。ならば、XG-70がなくてもハイヴを攻略できるように戦力を編成しなければならない。XM3が全軍に行きわたれば戦力面での不安は大分解消される。後はそれを後押しする要素として、新型戦術機開発や地上制圧に有効な兵器開発がなされるべきなのだ。毎度毎度馬鹿みたいに戦術機や衛士を消耗していてはBETAを駆逐するなど夢物語だ。

 そもそもXG-70は不安定すぎる。主機たるML機関の出力は安定しない。絶対の防御たるラザフォード場を安定制御するためには00ユニットの制御が不可欠。しかしそのラザフォード場を制御する00ユニットは完成したところで安定しているとは言い難い。
 不安定なものをいくつ足し合わせたところで安定に転じることはあり得ない。振れ幅が大きくなって結果的に安定しているように思える部分が広がるだけだ。何も安定していない。XG-70を安定運用させるには、まず00ユニットが安定することが必要だ。
 正直に言って、威力が絶大と言ってもそんな安定しないものに頼るのは不安がある。


「出来れば佐渡島戦にもXG-70は使いたくないんですけどね。計画期限延長の餌としては佐渡島攻略とXM3だけでも十分なはずですし―――っと、そろそろ時間ですね。先にシミュレーターデッキに行ってますね」


 武はそう言うと、一足先にシミュレーターデッキへと向かった。








同日 シミュレーターデッキ


「―――てなわけで、あんたの要望は全部実装してあるわ。ただし、コンボだけは現状では微妙ね。取りあえずはバグ取り用のデータ収集だから、好きに動いてくれればいいわ。大体データ取り終えたらデータを持ってきてちょうだい」


 そういうと夕呼はシミュレーターデッキを後にした。


「霞も帰ってくれて良いぞ。後はデータ取るだけだし、あんまり寝てないだろ?」

「・・・はい。それでは失礼します」

「ああ、お疲れ。・・・霞、ありがとうな」


 礼を言うと、こちらを振り向いた霞はかすかに頷いて去っていった。


(さて、始めますか・・・)






 四時間後、武は食事をとるためにシミュレータールームを後にしていた。
 その顔は何か思案深げである。


(うーん・・・)


 新OSには違和感を感じる。
 これが新OSに初めて触った人間なら従来型のOSと比べて違和感を感じるのは当たり前なのだが、武は完成品を使っていたのだ。本来違和感など感じるはずはないが、同じ概念を組み込んだOSとはいえ、現在はまだ未完成だ。洗練されていない分違和感を感じるのは当然である。しかし武はそういった未完成品と完成品との差以外の部分に違和感を感じていた。

 
(やっぱ即応性が上がってるよな・・・。前回よりも入力に対する反応が敏感だし)


 CPU性能が上がらない限り、完成品と未完成品との差がほとんど無いのが即応性に関する事柄だ。しかし、武は即応性が上がっていると感じている。従来型とXM3の差ほどの向上ではないが、それでも“以前のXM3”との間に数%は差があるように思えるのだ。
 前述のように即応性はverが変わったところでまず数%もの向上は見込めない。だと言うのにそれほどの変化を感じると言うことは、即応性が向上しているのは確かであり、CPU性能も上がっていると言う事だ。


(・・・今回の香月博士の方が優れているってことか?)


 だとすればそれは武にとって大いに利となる。武は事前に夕呼に対して新OSの特性について事細かに話しているため、今回のOSは既にverが上がった状態の物に近い。その分性能は向上していて当然だ。しかし、それを差し引いたとしても、今までの世界ではここまでの性能向上は起こらなかった。と言うことはやはりこの世界の夕呼が今までの世界の夕呼よりも優れている面があると言うことは事実だろう。


(となると00ユニットの問題も多少は光が見えるかも・・・)


 00ユニットの問題点に関しては既に提示してある。今の夕呼ならばその問題を解決することも不可能ではないかもしれない。
 今後に期待が持てることに気を良くした武は、笑みを浮かべながらPXへと向かった。





[5043] Muv-Luv ALTERNATIVE ~Until the vanishing day~ 第五話
Name: ゲルトマー◆4a699184 ID:b04667f4
Date: 2009/01/13 01:52


―――同日 1830 横浜基地PX



<<榊千鶴>>

 207衛士訓練小隊はそろって夕食を取っていた。
 皆表情は暗い。私も含めて、白銀大尉に言われた言葉が頭にこびりついて離れないのだ。

 ただ一人、御剣だけは“暗い”というよりは“真剣”な表情をして何事か考えているように見えた。何を考えているか気にはなるけど、今は私に対して言われた言葉を整理することで精いっぱいだ。正直、今は誰にも話しかけないでほしかった。

 だが、私の希望は御剣によってあっさりと切り捨てられることになる。


「・・・榊」

「・・・なに?」

「今朝のことなのだが―――」

「・・・大尉のおっしゃった話のこと?」

「―――そうだ。皆大尉の言葉を聞いて考えるところがあったと思う。昼食時には時間がなかったが、幸いこの後は消灯までは時間がある。良ければ皆の考えを聞かせてくれぬか?」


(―――やっぱりその話か)


 私はまだ気持ちの整理すら出来ていない。私たち四人の中で言われたことの整理が終わっているとすれば、話を持ち出した御剣と、あと可能性があるとすれば彩峰くらいだろう。私と彩峰を比べた時、心のあり様が強いのはまず確実に彼女だろうし、強さの種類はどうあれ、彼女の強さは私にとって一種の憧れだ。しかし―――


 ―――その心のあり様は私には認められない


 確かに今が平和な時代なら、ここが軍隊でなければ、誰とも深く関わらず孤独に生きていくことも出来るだろう。
 だが今は平和な時代ではないし、ここは軍隊なのだ。誰とも関わらないと言うのは不可能だし、隊の仲間を信頼できないどころか信用しようともしないのは問題外だ―――


(―――?)


 そこまで考えて私はふと違和感を感じた。信頼できないどころか信用しようともしない? それは誰の事だ?


(―――そう、彩峰のことに決まってる)


 僅かな違和感をそのまま振り切ろうとした時、御剣の言葉が耳に入った。


「我々は皆どこかで隊の仲間を信頼出来ていない。だからこそ前回の演習で問題が起きた。大尉のおっしゃったのはそういうことだと思う」

(―――ああ、そうだったんだ)


 みんながみんなを信用していない。
 前回の演習で地雷原に引っかかったのは、みんなが私の命令に従ったからで、責任は分隊長の私にある。だけど私はそれすら彩峰のせいにしてはいなかっただろうか。彩峰のあり様が受け入れられないから、無意識のうちに責任を彩峰に押しつけていなかっただろうか。迂回するべきだと言う鎧衣の進言を無視したのは私が鎧衣の勘を信用しきれていなかったからではないのか。

 数え上げていけばきりがない。今更ながら自分の未熟さが嫌になる。私は一体何をしていたんだろう。使いにくい部下でもうまく使うことは優秀な隊長であるために必要だってことくらい、最初から分かってたはずなのに。二回目の総戦技演習が間近に迫り、白銀大尉に指摘され、その上御剣の言葉でようやく気付くだなんて、愚かにもほどがある。


(―――私に指揮官なんか向いてないんじゃないの?)


 仲間を信頼できない。いや、それどころか信用すら出来ていない。だったら私は一体何を根拠に作戦を立案していたのだろうか。事前に与えられた情報だけで組み立て、部下の能力の適正を無視した作戦。自分が気付いていないだけで、そんな作戦を提示していなかっただろうか。


(一体どうすれば・・・)


 簡単だ。仲間を信用すればいい。
 だが、そう言われてそれがすぐ出来るようなら何も苦労していない。そもそも、上官の能力を信用しようともしない部下の能力を信用するなど、私には出来ない。
 ならどうすればいいのだろうか・・・。
 だが御剣はこちらの思いなど気にしないかのように―――事実殆ど気に留めていないのだろうが、こちらに話を向けてきた。


「榊、お主はどう思う?」

「・・・今は何も言いたくないわ」

「そう言うわけにも行くまい。大尉の言葉通りなら総戦技演習は鎧衣が退院次第すぐに実施されると考えたほうがいいだろう。鎧衣の体調は現在殆ど何の問題もないレベルであると聞いているし、数日中に実施される可能性もある」

「・・・分かってるわよ」

「何時行われるか分からない以上、可能な限り早く、出来れば今日中にでもこの場に居る者の間だけでもある程度の整理は付けておくべきだと思う。大尉もおっしゃっていただろう? 『207隊の問題解決の兆候が見えない限り総戦技演習の合格はない』と」

「・・・分かってるって言ってるでしょ」

「・・・榊、本当に分かっておるのか? 総戦技演習に合格できなければ―――」

「分かってるわよ、そんなこと! 今は何も言いたくないって言ってるでしょ!?」


 そう怒鳴ると私は逃げるように席を立った。後ろで御剣が何事か言っているのは聞こえるが、言葉として頭の中に入ってこない。

 ―――最低だ。

 子供みたいな対応をしてしまった。自分の気持ちの整理がついていないことは何の免罪符にもならない。

 自分は指揮官に向いていない。能力的な話はさておき、自分の性向的に一朝一夕で克服できる問題ではないと思う。
 一体どうすればいい?

 御剣の声を無視してPXから出ようとする私の視界に、入口に佇む白銀大尉の姿が目に入った。








<<白銀武>>


 PXの入口で中を見回すと、207の皆の姿が目に入った。


(あちゃ・・・、ミスったな・・・)


 癖でいつも来ていたPXに来てしまったが、自分が習慣づくほど来たPXということはつまり、207隊の皆も来ると言う事だ。しかもOSのテストの事にばかり気を取られてすっかり忘れていたが、この時間は大体皆がPXに集まる時間帯だ。言いたいことはあらかた伝えてあるため、総戦技演習までは自分から会いに行くつもりはなかったのだが・・・。

 見つからないうちに別のPXに行こうと、踵を返したその時―――


「分かってるわよ、そんなこと! 今は何も言いたくないって言ってるでしょ!?」


 千鶴の怒鳴り声が聞こえた。

 思わずそちらに顔を向けると、千鶴が席を立ち、それを冥夜が追いかけようとしていた。


(・・・またなんかトラブルか? しょうがねえなぁ・・・)


 冥夜はこちらの姿を目にして足を止めたが、千鶴はまだ気付いていない。声をかけるべきかどうか迷っていると千鶴がこちらに気づいた。


「あ、白銀大尉・・・」

「・・・榊、どうした」

「いえ、何でもありません・・・」

「おいおい、本当に何もないのか? お前の怒鳴り声、外まで聞こえてきたぞ」


 千鶴はその言葉に恥じるように俯いたあと、逡巡しながらも口を開いた。


「大尉、もしよろしかったら少しお時間を頂きたいのですが・・・」

「ここでは出来ない話・・・みたいだな。取りあえず食事を済ませてくるから、お前はシミュレーターデッキ前で待っていろ」

「はい・・・」







 1930 シミュレーターデッキ


「待たせたな」

「いえ、お手間を取らせて申し訳ありません」

「で、何の用件だ?」

「・・・実は相談に乗っていただきたいのですが」

「続けろ」

「―――私は指揮官として向いていないのではないでしょうか?」

「・・・何?」

「今までも何となく思っていました。訓練小隊ですらまともに掌握しきれないのに、私の指揮官適性が最も高いというのは本当なのかって・・・。私の指揮官適性が他のみんなより高いとしても、本当に微々たる差なのではないのでしょうか? 今朝、大尉に前回の総戦技演習での失敗について指摘されて、その疑問がさらに強まりました。正直に言って、私などより御剣の方が指揮官としては「榊」―――はい」

「それは本当に俺の話を聞いた上での言葉か?」

「・・・どういう意味でしょうか」

「そのままだ。誰がお前に自分の指揮官適性を疑えなんて言った? 俺は207隊内での問題を解決しろとしか言っていない。さっきの怒鳴り声もどうせその話だったんだろうが、誰かがお前にそう言ったのか?」


 おそらく誰も言っていない。千鶴が逃げるようにPXを出ようとした時、立ち上がっていたのは冥夜だったが、冥夜はそう言う事を言う人間ではない。行為の是非はさておき、指揮官としての責任を滔々と説教する人間だ。壬姫は言うに及ばず。慧に関しては実際に言いかねないが、慧が相手であれば千鶴は逃げるように席を立つことなどあろうはずが無く、間違いなく慧に対して食ってかかるはずだ。事実、千鶴は武の言を否定する。


「いえ・・・」

「だろ?
 ・・・確かにお前が言うとおり御剣の指揮官適性は高い。だが、御剣を分隊長に任命したところで問題は何も解決しない。お前と彩峰の諍いもそのままだ。むしろもっと酷くなるだろう。ついでに言えば、俺が指摘した207隊の問題とは、何もお前と彩峰に限った話じゃない。207隊全員の問題だ」

「それでも、部隊長の命令に部下が従わないと言う問題は解決するはずです」

「そうかもしれないな。で、お前はそれで何を得るんだ? 仮に分隊長を御剣にしたとしても、隊内の問題を解決できていなければ総戦技演習に合格させる気はない。お前は責任を放棄した臆病者のレッテルを貼られ、衛士になると言う目的さえ叶えられない。そんなことが望みか?」

「・・・」

「俺にも、神宮司軍曹にも、207Bの分隊長を変えるつもりはない。だから榊、指揮官はお前のままだ」


 今の言葉は千鶴の言葉を否定しただけだ。千鶴にとって何のアドバイスにもなっていない。勿論千鶴の言葉を否定しただけでこの状況を終わらせるつもりはない。彼女たちが総戦技演習に落ちても構わないと言うのは本音だが、部隊の事を考えた上で千鶴は今自分に相談している。今の状況は双方にとって多分に偶然に任せた結果だが、過程はどうあれ、相談を受けている以上、応えるのが自分の役割だ。


「榊。軍内に於いて上位者からの命令は絶対だと、お前は知っているはずだな?」

「は、はい」

「なら俺はお前に命令する。―――部下を、仲間を信用しろ。いきなり信頼しろとは言わない。ただ能力を信じてお前の思うように使って見せろ」

「ですが・・・」

「うーん・・・。今まで信用できなかった奴を信用しろって言われて困るのは分かるけどな、他の奴からの信用が欲しいなら、まず信用してほしい奴をお前が信用しないと話にならないんだよ。いきなりは無理だって言うんなら、お前の能力を信用して分隊長に任命した神宮司軍曹を信じろ。それなら出来るだろ?」

「・・・はい」

「お前が自分に自信を持てなくなっているのは分かる。俺も何度も通った道だ。だけどな、それでも自分の信念だけは疑うな。信念が簡単に揺らぐような奴は誰からも信用して貰えない」


 信念が簡単に揺らいでいた過去の自分。
 その揺らぎを見ていた人間から信用が得られたのは、自分の信念が揺らがなくなってからだ。
 それまでは単に便利な駒として扱われていただけ。そこには信用など全くない。皆にはそんな道はあるいて欲しくない。


「お前なら出来るはずだ。彩峰の言ってることもそんなに気にするな。あいつだって本心からお前の能力を疑ってるわけじゃない。単に『気に食わない』って理由だけで反抗するのが問題だと思っているから、指揮官が無能だったら云々という問題にすり替えてるだけだ。それが意図してのものかどうかまでは知らんがな」

「・・・!」


 千鶴の顔を見る限り、少しは気力が戻ってきたようだ。衛士になれないことくらいは許容範囲内だが、人間として完全につぶれてしまうのはあまりに悲しい。その点はまだ大丈夫なようで安心した。


「軍曹も俺も、お前らが総戦技演習を突破してくれることを期待してる。頑張れよ」

「はい!」

 力を取り戻しつつある千鶴の顔を眺める。朝会った時は、皆に対して懐かしいという想いはあっても、それ以上の感情は浮かんでこなかった。しかしこうして二人で向き合っていると、過ぎ去った日の思い出も、つい先ほどのことのように思い出される。

 二度と帰らない日々、胸を焦がす郷愁に誘われ、俺は千鶴の頭に手を伸ばしていた。


「へ? あ、あの、大尉・・・?」


 千鶴は顔を真っ赤にしてこちらを見つめている。その顔を目にして、ようやく自分が何をしているのか気付いた。
 俺は千鶴の頭を撫でまわしていたのだ。


(あ、やべ・・・)


 自分が何をしていたのかに気付くと途端に気恥しくなった。
 毎度のこととはいえ、自分は未だに感情と行動を完全に切り離すことが出来ていないらしい。それが悪い事とは言い切れないが、あまり褒められた行動ではないだろう。
 これが千鶴に某かの良い影響が出るのであれば話は違うが、正直どうなるかは見当もつかない。


「あ~・・・。榊、話はこれで終わりか?」

「は、はい。ありがとうございました」


 照れ隠しに口を開いたが、千鶴の返答にも困惑している様子がうかがえて、後悔の念が余計に湧き上がってきた。


(あ~もう、何やってるんだ俺は・・・。しゃーねえか。開き直ってやれ)

「折角シミュレーターデッキまで来たんだ。俺の戦術機機動でも見ていくか?」

「よ、よろしいのですか?」

「気にしなくていい。ま、一応俺がやってることは極秘扱いだから他の奴には口外厳禁だけどな」

「ありがとうございます!!」


 総戦技演習をクリアすればすぐに戦術機操縦課程だ。千鶴が自分に教わることを目標にして励めるのならそう悪いことでもないだろう。先ほどの相手にしてみれば訳が分からない行動と差し引きゼロに出来る、と良いんだが・・・。


「お前らが戦術機に触れるのはまだ先の事だが・・・。超一流と呼ばれる域の衛士がどういうものか、よく見とけ」









<<榊千鶴>>


 自室に戻った私はベッドにうつ伏せになってシミュレーターデッキでのことを思い返していた。
 特別だと言って大尉が私に見せてくれた大尉の戦術機機動。
 未だ総戦技演習もパスしておらず、戦術機操縦のなんたるかすら分かっていない私が言うのもなんだが、大尉が見せたそれが恐ろしく高度なことだと言うのは、戦術機に触れたことのない者であっても理解できるだろう。

 任官したところで私にはそうそう出来る物ではないと理解している。だがそれでも、白銀大尉が見せた物が衛士として最高峰の技術であると言うのなら、努力もせずに諦めることは自分の目的に背を向ける事だ。そんなこと出来ない。選択肢は一つだけ。白銀大尉という高みに君臨する衛士を目標に努力することだけだ。



 衛士となった後に目指すべき目標が出来た。問題解決の指針をくれた。
 なら自分がするべきことは何をおいてもまず任官すること。どんな成績であれ、任官しないことには目標に向かって努力することすら出来ない。何より、任官すら出来ないようでは信頼してくれている神宮司軍曹と白銀大尉に申し訳が立たない。

 ・・・しかし白銀大尉とは一体何者なのだろう?

 実質的には初対面である私に対し、大尉という地位から考えれば驚くほど気安い。


「白銀大尉・・・」


 ふと名前を呟くと、シミュレーターデッキでのやり取りが思い出された。
 私の頭に手をのせ優しく撫でていた白銀大尉。突然のことで呆然としていたということもあるが、大尉に撫でられるのはとても心地よかった。
 大尉は何かに気づいたかのように突然手を引っ込めたが、その心地よさはしばらくの間余韻として残っていた。


「・・・もっと撫でて欲しかった・・・かも」


 口に出してから気付く。自分は何を口走っているのだ!?


(わ、私何考えてるの!?)


 私の頭を撫でている時の大尉の表情。その顔に見とれていた私。思い返すだけで顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
 大尉の表情は、それまでの真剣なものとは違い、とても穏やかで優しげな表情だった。
 そのギャップに思わず見とれてしまっていたのは確かなのだが・・・。


「うぅ~~・・・」


 頭を落ちつけようとしているのに、大尉の顔を思い出すとどうしても状況が思い出されて赤面してしまう。
 どうすることも出来ず、私は枕に顔を埋めて、全身から噴き出しているような熱さが引くのを待つしかなかった。









<<御剣冥夜>>


 夕食時、私の話を途中で振り切った榊は、PXの入口に居た白銀大尉を見つけると、何事か話しかけていた。
 二人が話していたのは僅かな時間だけであったが、その表情は共に真剣で、追いかけて声をかけるのも躊躇われた。
 そのため、その場で声をかけることを諦め、再度話をするべくこうして榊の自室までやってきたのだが・・・。
 扉をノックをしても、中からは何の返答もない。


「・・・留守か?」


 再度のノックにも返事がなかったので扉に耳を当て、中の様子を伺おうとするが、思わず周囲を見回して誰もいないことを確認してしまう。今の自分は誰から見ても完全に不審者だろう。扉に耳を当てて中の様子を伺おうとしている時点で相当に怪しいと言うのに・・・。


(何をやっているのだ私は・・・。これでは完全に不審者ではないか・・・)


 気を取り直して扉に耳を当てると、中からは「うぅ~・・・」という唸り声のようなものが聞こえてきた。
 何やらよくない気配だ。もしや周囲の音も耳にはいらぬほど体調を崩しているのではないだろうか?
 相手の返答を待たずに部屋に入るのは少々どころか確実に礼儀に欠けるが、仲間が苦しんでる可能性と自分が礼儀知らずと非難される可能性を天秤にかけると、どちらに傾くかは明白だ。捨て置くわけにはいくまい。


「榊、入るぞ! ・・・・・・何をやっておるのだ?」


 榊が腹でも押えて苦しんでいる姿を想像していた私の目に飛び込んできたのは、寝台にうつ伏せになって何やらジタバタしている榊の姿だった。


「ふぇ? ・・・み、御剣!? 何時入ってきたのよ!?」

「いや、たった今だが・・・」

「もしかしなくても・・・見た、わよね?」

「“見た”とは、今お主が寝台にうつ伏せになっていたことか?」

「や、やっぱり見られてた・・・。あああああ~~~」


 どうやら言ってはいけなかったらしい。榊は頭を枕にうずめて寝台に突っ伏してしまった。


「・・・断わっておくがノックも二度したし声もかけたぞ?」

「そんなことどうでも良いわよ・・・。あぁ~・・・」


 何やら悪者になっている気がする・・・。心配してやってきた隊の仲間に取る態度として少々酷いのではないかと思わなくもないが、相手の返事無しに部屋に入ったのは確かに自分だし、榊にしてみればそれほどまでに見られたくない状況だったのだろう。ともかく、今は榊がもう少し落ち着くのを待つしかない。



 15分ほど後、榊は漸く落着きを取り戻し、こちらと向き合えるようになっていた。


「ええと・・・、それで何か話だったの?」

「うむ、夕食の時のことなのだがな」

「ああ・・・。さっきはごめんなさい。別に本気で怒ったわけじゃないから」

「む・・・。さほど時間がたったわけでもないのに斯様に落ち着いているとは、何か心境の変化があったのか?」

「―――そうね、確かにそうかも」

「ほう・・・。それは何故か聞いても良いか?」

「何故って、それは・・・」


 それまで普通に話をしていたのに、榊は急に口ごもってしまった。それどころか、その顔は何故か赤い。


「・・・榊?」

「・・・」

「榊!」

「へ!? ああ、ええと何の話だったかしら?」

「お主の心境の変化の理由だ」

「あ・・・と。わ、悪いけど、それは秘密ってことでいいかしら」

「ああ、別にそれは構わぬが・・・」


 一体何だと言うのだろう?
 いきなり赤くなったり、周囲が目に入らぬようになったり、これでは情緒不安定な子供のようだ。夕食時の事もそうだ。彩峰との事以外では冷静であったと言うのに、あまり榊らしいとは言い難い。
 だが、隊内の問題についての整理は一応は終わったようなのであまり突っ込む必要もないだろう。


「では、お主の決意を聞かせてもらってよいか?」

「え、ええ、決意、決意ね。・・・うん。明日からは上手くやれると思う。少なくとも、彩峰との事もうまくやれるように努力するわ」


 どうやら榊の中で気持ちの整理はついているようだ。見たところ落ち着いているし、おそらく心配はないだろう。


「御剣、話は終わり?」

「ああ、お主の様子を見に来ただけだったのだが、問題なさそうで安心した」

「ふふ、心配症ね・・・。でも大丈夫よ」

「分かった。それではな」

「ええ、おやすみなさい」





 榊の部屋を出た私は、示し合わせていた通り、珠瀬と彩峰と合流した。


「・・・榊さん、どうでした?」

「特に問題はなさそうに見えたな。何か心境が変化するようなことがあったと見える」

「・・・それは?」

「いや、教えてはくれなかった。ただ、何やら様子がおかしい部分もあったが・・・、まあ大丈夫であろう」

「・・・ふーん」

「彩峰。そういえばお主の話は聞いていなかったな。お主は大尉のお話を聞いて何か思ったか?」

「・・・そう言うのは一々表明するもんじゃないと思う。これは榊に賛成」

「む・・・。確かにそうだな。まあ、問題に対する方向はそれぞれ決まったようだし構わぬか」

「そうですねー」


 彩峰の言葉に、夕食時の榊に対する自分の言動が思い出され、少し反省した。
 彩峰は無理に聞き出そうとしても答えてはくれないだろうし、これ以上聞いても無駄だろう。これからは積極的に意見を出すと言う珠瀬の決意は聞けたが、彩峰の決意を聞けていないと言うのは少々不安ではある。やる気はあるようだが、どうも何か考えている雰囲気がある。
 だが彩峰の事ばかり考えている訳にもいかない。私自身の問題を解決しないことには偉そうなことを言ってばかりもいられないのだ。皆がやる気になっていると言うのなら、私も後れを取るつもりはない。わざわざ忠告してくださった大尉の御恩に報いるためにも、今まで以上に努力せねばなるまい。


「それじゃあ御剣さん、彩峰さん、おやすみなさい」

「・・・お休み」

「うむ、また明日な」





 私は自室へと戻る途中、考え事をしていた。勿論今朝現れた新任の教官の事だ。


(白銀大尉・・・。あの若さで大尉、それも専門が戦術機とは・・・)


 技術士官ならば若くとも高い地位を得ることもあると聞く。だが、白銀大尉の話を聞く限りでは大尉は実戦派であるらしい。つまり、大尉は衛士としての実力で、大尉という地位を認められていると言うこと。


(今の私では到底及ばぬだろうな・・・)


 自分とそう変わらぬであろう年齢でありながら、大尉という地位にある衛士。目標とするにこれ以上都合のいい人間はそうそういないだろう。


(自主訓練の量を明日から増やす、か? ・・・うむ、そうしよう)


 そうだ、それがいい。どのみち任官しなければ話にならないのだ。ならば総戦技演習を突破するために役立ちそうなことは何でもやってみるべきだ。体力はあって困るものではない。



 明日から増やすメニューについて考えながら、私は自室へと戻っていった。




[5043] Muv-Luv ALTERNATIVE ~Until the vanishing day~ 第六話
Name: ゲルトマー◆4a699184 ID:b04667f4
Date: 2009/01/26 04:17
 10月25日 1800 帝都城


 帝都城内の一室。そこでは10人ほどの男女が話し合っていた。
 話題の中心となっているのは一人の男。


「―――その人物は確かに“白銀武”と名乗っているのだな?」

「はい、こちらに資料がありますのでご覧ください」


 男の言葉に答えた女は、脇に置いてあった鞄から資料を取り出し、机上へと置いた。


「ふむ、どうやら間違いなさそうだが―――」

「横浜の牝狐が用意した駒か、はたまた・・・。どちらにせよ放置しておくわけにはいくまい」

「新たに誰か派遣する必要があるかな? あそこには既に月詠がいるだろうに」

「しかし月詠中尉の本来の任務は彼の者の守護。それに加え香月女史の動向の調査までこなしているところへ、更に白銀武の調査とは、流石に負担が大きすぎるかと思われますが」

「どうかな? 報告を見る限りでは“白銀武”は牝狐の直属のようであるし、月詠の負担もそれほど増えんと思うがな」


 話題の中心がずれていると感じた一人の女が軌道を修正する。
 論ずるべきは“白銀武”の調査についてであり、月詠真那中尉の任務遂行能力など今はどうでも良いのだ。


「・・・なんにせよ、“白銀武”の調査は行う事になるでしょう。問題は―――」

「―――いや、派遣しよう。牝狐に借りを作ることになるが、放置しておくわけにもいかぬだろう」


 女の言葉を半ば遮る形で結論を出したのは集まった男たちの中でも一際威厳のある巨漢だった。


「よろしいので?」

「うむ。まあ殿下に御裁可いただく必要はあるが、この会での方針としてはそれでよかろう。―――和臣、人選はお主に一任する」


 その男は、この会合が始まってからというもの一切言葉を発していない者に話しかけた。


「・・・了解しました」


 和臣と呼ばれた男は、あたかも感情がないかのように全く表情を動かさなかった。


「うむ、頼んだぞ。―――では、これにて散会とする」


 威厳のある男の言葉で会合は終わり、その場にいた者たちは各々退室していった。





 会合が終わると、威厳のある人物から和臣と呼ばれた男は、同じく会合に参加していた別の男と連れ立って歩いていた。
 彼らは共に帝国斯衛軍に所属する軍人である。
 和臣と呼ばれた男―――不破和臣大佐は第8斯衛機甲大隊長の任にあり、共に歩く男―――名を御守静馬と言う―――は斯衛機甲第6大隊長であり、少将という地位にある。

 二人は先ほどの会合において、話題の中心であった人物、“白銀武”について話していた。


「“白銀武”か・・・。どう思う、和臣?」

「さあ・・・。触り程度にしか聞いたことがないから何とも言いようがないな。静馬さんは?」

「いや、俺も詳しい事情は知らんな。士朗ならもう少し詳しく知っているのかもしれないが・・・」

「・・・なんで静馬さんが知らなくて兄貴が知ってるんだ?」

「士朗が知っているという確証がある訳じゃない。ただ、士朗は確か部下だったはずだ」

「へぇ・・・」

「まあこの話題はいい。大将から人選を一任すると言われたが、候補くらいは絞れているのか?」

「いや、まだこれっぽっちも。大人数を送るというわけにもいかないだろうし、候補は限られてくるけどね」



 静馬と別れ自室に戻った和臣は、端末の画面に斯衛軍衛士の資料を幾つか表示させて横浜基地に送る人間を選ぼうとしていた。

 まず人選の第一条件として、確かな能力を持つこと。そもそも能力がなければ調査など不可能なわけで、これを抜かすことなど考えられない。またこれに付随して、何らかのトラブルに巻き込まれたとき、自分の判断で切り抜けられなければならないため、判断力・危機察知能力も重要だ。

 第二に、人格。これも絶対に必要だ。無駄なトラブルを起こすような人間を派遣して横浜基地との関係が悪化しようなどと言う事があれば、事は人選を担った自分の責任問題などでは済まされず、国家の大事にまで至る可能性がある。
 そもそも斯衛に人格的に問題がある人間など居ないはずであり、本来このようなことは考える必要は無いはずだが、斯衛は将軍を守護することをその存在の第一義とする。そのため、任務遂行能力と将軍家に対する忠誠さえあれば、その他の面はかなり度外視されているのが斯衛の現状なのである。任務遂行に差し障りが在る程問題がある人間はいないはずだが、慎重に慎重を重ねて選ばなければならない。

 第三に―――これが一番の問題なのだが―――全てにおいて自分が信頼できる人間であること。
 今回の任務には細心の注意を払うことが要求される以上、自らが確かだと思う人間を選ぶ必要がある。能力と人格は資料を見ればある程度は知れる。しかし帝国正規軍に比べて斯衛軍の規模が小さいとはいえ、隊長格同士でもなければ、自隊以外の人間の能力や人格に信頼がおけるかどうか、確証などあるわけがない。そして、それらを調査して確認するような時間はない。ならば必然的に自分の知己から選ぶことになるだろう。
 だが、大隊長ともなれば現役の知己などそれこそ皆大隊長や中隊長と言った、抜けた時に問題が出る人間ばかりだ。そうなると候補者自体が相当限られてくる。となれば―――


「うん、やっぱりあいつしかないな」


 和臣はひとりごちると、提出する文書の作成に取り掛かった。









 10月26日 早朝

<<御剣冥夜>>


 ―――夢を見ていた

 私は夢の中で学生だった。訓練校の制服とよく似た学生服を着、訓練校の仲間たちと同じ学校に通っていた。

 通学路を歩く私の隣には二人の学生がいた。

 一人は女性。長い髪をリボンでまとめた、非常に可愛らしい女性だが、私の身近にこのような女性は居ただろうか?

 もう一人は男性。顔がぼやけていてはっきり映らないが、先日赴任してきた白銀大尉と似ているように思われる。

 その男性は何か喋っているようだがはっきり聞き取れない。


(――――夜)


 何と言っているのだろうか。聞き返そうとしても声が出ない。


(―――冥―)


 どれだけ声を出そうとしても、私の喉は音を出すことすらない。目の前の人物たちと何か話したいことがあるような気がするのに、声が出ない。やきもきする私の耳に、はっきりとした男性の声が飛び込んできた。


(―――冥夜)


 その声が聞こえた瞬間、私の意識は急速に覚醒へと向かって行った。







 目覚めた私の視界に映ったのは天井だった。


(―――ここは?)


 考えるまでもなく、宿舎内の自分の部屋だ。だが、もう慣れたはずだと言うのに、何処となく違和感を感じるのは何故だろうか。
 おそらく目覚める直前まで見ていた夢のせいだと思うが・・・。


(夢・・・?)


 夢の記憶は目覚めると急速に失われていき、今はもう殆ど覚えていない。しかし、とても懐かしい気持ちになったのは覚えている。胸が暖かくなるような。逆に胸が締め付けられるような。


「確か・・・昨日も・・・」


 昨日も同じような夢を見た気がする。いや、その前日、それ以前にも見たことがあるような・・・。

 夢は本人の願望や記憶を写し出すと言う。
 仮に、あれが私の願望だとする。だが願望だと言うのなら、何故願望を見て懐かしい気持ちになるのだろうか。
 願望ではないとするなら記憶なのだろうか。しかし、夢に登場した人物の中に、私の記憶にない少女が居た気がする。夢が記憶の反映であるとするなら、見知らぬ少女が登場する道理はない。

 記憶という可能性はまず無い。かといって願望という可能性も薄い。では一体私が見た夢は何なのか。いや、そもそも私は本当に夢を見ていたのか。何か全く別の物を見ていたのではないのか。


「・・・・・・」


 正体不明の怖気に襲われた私は、起床ラッパが鳴らされるまで寝台の上から降りることが出来なかった。









 同日 2000 香月夕呼執務室

<<白銀武>>


「香月博士、失礼します」


 執務室に入ると、博士はなにやら難しい顔でモニターを睨んでいた。入室したこちらを見ようともしない。それ以前に、部屋に入った人間が居る事にすら気付いているか疑わしい。


「博士?」


 再度声をかけてみたが博士は反応しなかった。どうやら予想どおり入室者にも気付いていないようだ。
 「だとすれば・・・いや・・・でも・・・」などと、何やらぶつぶつと呟きながら思索にふけっているだけだ。

 その後も何度か声をかけるが、やはり反応は無かった。
 こうなれば仕方がない。博士が気付くまでしばらく待たせてもらう事にしよう。





「―――? 白銀?」

「ああ、失礼させてもらってますよ」

「あんた何時入ってきたわけ?」

「大体・・・、30分くらい前ですかね。断わっておきますが、一声かけてから入室してますからね?」

「あ、そ。それで何の用?」

「バグ取り用のデータが取れたので持ってきました」


 本来なら昨日のうちに終わらせておきたかったのだが、千鶴の相談があったので昨日は殆どデータを取れなかった。それ自体は、自分にとっても望む所だったので悪いことではないのだが・・・。


「ふーん・・・。案外時間かかったわね。」

「ええ、本当は昨日のうちに終わらせたかったんですけどね・・・。
 あ、そうだ。OSの基礎データ収集なんですけど、神宮司軍曹を借りてもいいですか?」

「まりもを? ・・・そうね。どのみち働いてもらう気だったし、構わないわよ」

「ありがとうございます。OSのβ版は明後日くらいですかね?」

「そんなところね。―――そうそう、あんたに面白い話があるんだけど、聞きたい?」

「・・・面白い話?」


 嫌な予感がする。博士がこういう言い方をする時、それはまず確実に面倒事だ。さて今回はどちらになるか―――


「そ。今この基地には斯衛の小隊が駐屯してるのは知ってるわね?」

「ええ、第19独立警護小隊ですよね」

「今日帝国側から申し入れがあってね。『派遣している部隊に追加要員と戦術機を送りたいが構わないか』って。ま、原因はどうでも良いけど、あんたの記憶にあることかしら?」


 ―――予想どおり面倒事だった。


「・・・横浜基地への帝国からの増員が無かったわけじゃないですけど、この時期にってのは記憶にないですね。多分俺への監視でしょうし、今後のあちらの動き次第ですね」

「対応はあんたに任すわ。私に用があるわけじゃないでしょうし。―――OSの方はβ版が完成したら呼ぶわ。今日は帰りなさい」

「・・・分かりました。失礼します」




 月詠中尉がこちらに探りを入れてくる時期の目安は、吹雪と武御雷の搬入。つまり207隊の皆が総戦技演習を突破し、戦術機教習課程に移る頃だ。博士は帝国に恩を売る意味も込めて、増員の派遣は受け入れるだろうから、その頃には派遣された人物も横浜基地に来ている可能性は高い。
 新たに派遣されてくる人物はどう動くか。自分や博士の計画の障害となるような人間でなければ良いのだが・・・。


(ま、なるようにしかならんよな・・・)


 どれだけ考えても、現状では推論を立てる材料すら不足している。結局のところ、帝国側が先に動いている以上、受け手であるこちらはそれにあわせて不利にならないよう動くしかない。博士は予想どおり全部こちらに処理させようとしているし、予期せぬ手間を抱え込むのは正直面倒だから勘弁してほしい。

 武は、新たな面倒事を抱え込むことになった我が身の運命を噛み締め、うんざりしながら機密フロアを後にした。









 10月27日 2000 シミュレーターデッキ

<<神宮司まりも>>


 私は白銀大尉からの呼び出しを受けてシミュレーターデッキに来ていた。が、肝心の大尉の姿が見えない。


「白銀大尉?」

「神宮司軍曹か? 今ちょっと手が離せないから、悪いが管制室の方まで来てくれ」


 どうやら何か作業中らしい。呼び出された用件に関わるものだろうか?
 疑問を抱きつつも、私は管制室の方に足を向けた。


「その辺に座っててくれ。もうじき終わる」


 管制室に入ると、大尉はコンソールに向かって何か打ち込みを行っていた。こちらに気づいて声をかけはしたが、視線はモニターに向かったままだ。
 大尉の言葉に従い、私は手近な椅子を引き寄せて待つことにした。





「よし・・・と、これでいい。すまないな、呼び出したと言うのに待たせて」


 10分ほど経っただろうか。作業を終えた大尉はこちらに向き直って言った。


「いえ、それはいいのですが・・・。一体どういったご用件でしょうか?」

「ああ、そうそう。―――神宮司軍曹には新型OSの開発任務に着いて貰う」

「新型OS、ですか・・・? それは一体どういう――」

「今回軍曹が関わるOSは、従来機では実行が容易ではなかった挙動を、容易に実行可能にするために制作された。隠しても仕方ないから言っておくと、このOSは俺が香月博士に提案して作っていただいたものだ。要は俺の機動概念を誰であっても容易に実行可能とするためのOSだな。
 主な変更点は機体動作中にも入力を反映するキャンセルと、先行入力を可能とすること、特定の入力をすることで設定した動作を実行可能とすること、即応性の向上の四つだ。特に即応性は30%以上の向上を実現している」

「即応性が30%以上・・・?」


 信じがたい数字だ。従来型のOSだとその十分の一どころか、一%程度の向上でさえ快挙に近いと言うのに。
 だが大尉はさらに驚くべきことを口にした。


「ああ。今言った新型OSの四つの特性なんだが、戦術機に搭載されている従来型CPUでは実現不可能でな。実現するために高性能CPUを使用したところ即応性も向上したってだけの話だから、まあ即応性向上はおまけだな。
 重要なのは動作中の入力反映――キャンセルと先行入力、そして特定入力による設定動作実行の三つだ」

「その数字でおまけ、ですか・・・」

「そう、おまけだ。尤も、従来型のCPUでは動かないことを考えればおまけとも言い切れんのだが・・・。
 まあその話はいい。このOSが全軍に行きわたれば、衛士の死亡率を今の半分、上手くすれば三割くらいまで減らせると自負している」

「そ、そこまでのものなのですか?」


 30%の即応性向上が“おまけ”だなどと、誰が信じるだろうか。そもそも即応性の向上率自体信じれないに違いない。しかも衛士の死亡率を半減させるとまで言う。それを鵜呑みにすることは不可能だろう。



「数字には俺の願望も入ってるがな。従来型のOSと特性が違い過ぎるから、平均して数日から一週間程度の慣熟が必要だろうし・・・。それでも衛士の死亡率を下げることだけは断言できる。
 ―――とは言っても、実力も分からない衛士が発案したOSなんてそうそう信用できないと思う。だから、まずは俺の衛士としての実力、その目で見定めてほしい」





 大尉が私に見せたのは、模擬戦の映像だった。単なる模擬戦なら驚くに値しない。だがそれは私にとって―――誰であっても同じだろうが―――驚くしかない内容だった。
 12機の不知火がたった一機の不知火に敗れたのだ。しかも一太刀浴びせるどころか、弾丸の一発も掠らせることなく。
 まともな神経の持ち主ならまず映像が捏造されたものであることを疑う。映像が捏造されていないとなれば、次はシミュレーターのデータに細工が施されていたことを疑うだろう。

 だが、冷静に考えれば、この状況でそんなことはあり得ないと誰でも分かる。それを理解するために考えるべき情報は二つ。

 一つ 白銀武は戦術機技能教導官であり、今後彼の戦術機機動を目にする機会は確実にあるということ
 一つ 白銀武がこの映像を見せた意図は、自分に彼の実力を確認させるためであるということ

 この状況で捏造を行うことは、大尉にとって害となる可能性の方が遥かに高く、何の益も齎さない。私が映像の真偽を疑うということは、大尉が映像やシミュレーターに細工を施すに足る理由を考えなければならないのだが、そんな理由が存在するとは思えない。


「神宮司軍曹、何か感想は?」

「・・・大尉の実力に驚くばかりです」


 不敵に笑いながら問いかける大尉に対して、私は正直な感想を口にした。別に阿諛追従を意図しての言葉ではない。それしか口にできなかったのだ。
 こんなものを見せられて、飾り立てた言葉を口に出すことなど私には出来ない。


「それは良かった。この映像だけですぐに信じてもらえるとは思ってなかったからな」

「そんなことは・・・! 大尉が細工をする理由が私には考えられません。そんなことより、私はあの娘たちがこうも一方的に負けたことの方が驚きです」

「あれ、俺何処の部隊が相手か言ったか?」

「いいえ。ですが大尉は副司令の直属ですから、模擬戦をやるとしたら相手はA-01だということくらい想像がつきます」

「ああ、そりゃそうか・・・。
 ま、これは別にヴァルキリーズが弱いわけじゃない。今回は俺が圧倒的に有利だったってだけだろう」


 有利なのはどう考えてもヴァルキリーズのはずだが・・・。
 大尉の中では論理の帰結が出来ているのだろうが、私には少々―――いや、まったくもって理解しがたい。恐らく、大尉は自分の発言が理解されていないなどとは露ほども思っていないのだろうが・・・。


「ま、それはいい。次はOSに触れてもらうわけだが―――」


 大尉は急に言葉に詰まった。大尉程の実力の衛士が提案し、自信を持って推薦するOSの性能が相当期待できるのは誰でも理解できることだ。言い淀む理由などないと思うのだが・・・?


「―――期待していては申し訳ないんだが、今日軍曹に触れてもらうのはOSの最初期バージョンだ。基礎機動データ収集に使うβ版のOSがまだ完成していなくてな。すまんが、今日出来るのはOSの特性を理解して貰うことだけになる」

「・・・了解しました」


 ・・・成程、大尉は随分“誠実”な人柄のようだ。
 軍隊において理不尽な上官など極有り触れたものだが、大尉は理由もきちんと説明した上でこちらが納得して任務に従事できるよう心を砕いている。
 正直に言えば、大尉が私に心を砕く必要など一切無いと思う。だがそれでも、部下に対して心配りをし、かつ優秀な人間が上官であると言うのは、部下としては気持ちがいいものだ。少なくとも、今後下らないことに頭を悩ませる必要が無さそうだと言うだけで、随分ありがたい。


「・・・態々呼び出しておいて未完成版を使わせるなんて、申し訳ないと思ってる。だが、実際にデータ収集を始める前に、OSの特性を理解しておいて貰ったほうが良いと思っての呼び出しだ。今日は堪えてくれ」

「いえ、任務開始前にこのような機会を作っていただいただけでも感謝しています。こちらとしては不満などありません」

「そう言って貰えると有難い。―――じゃあ、始めようか」








『軍曹、さっきも言ったが、取りあえず慣れることを第一に考えてくれ。何かあればその都度説明するが、即応性が30%以上向上しているということだけは忘れるな』

「了解」


 慎重すぎるくらい繊細に。・・・いや、ここはいっその事普段通り動かした方がいいだろう。最初は新OSと旧OSの違いを体で理解することに集中した方がいい。
 そう判断すると機体を前進させるべく操縦桿を操作する。が―――


「―――なっ!?」


 単に前進しただけのはずが、無様にも転倒してしまった。
 機体のバランスがまるで取れない。私が不知火に乗っていたのは極短期間であり、さらにこの基地に移ってから使っていたのは撃震であるため、第三世代機搭乗のブランクが相当長いのは確かだ。それでも、普通に動かす程度の事に問題などあるはずがない。
 しかし、新型OSに転換した不知火の敏感さは、私が即時修正できる範囲を超えていた。いつも通りの感覚で動かしても駄目だろうとは思っていたがここまでとは・・・。


『―――やっぱり転んだか。今ので感じたと思うが、新型OSを搭載した不知火の不安定さは通常の不知火の比ではない。
 第三世代機の特徴である意図的な不安定さは機動性の向上を図ったものだが、新型OSを搭載した第三世代機はその長所が更に強化されている。慣れるまでは思った通り動かせないと思うが、一度慣れてしまえばそれまでとは逆に、まさに“思い通り”に動かせる。今のような場合は転倒中に次の動作入力を行え。転倒を回避した上で次の動作につなげられる』

「了解です!」


 その後、私は三時間にわたって動作練習を行った。その結果、私は新型OSの特性をほぼ完璧と言っていいレベルで理解出来たと思う。新型OSを知らない人間に説明しろ、と言われれば仕様書には書かれない部分でも説明できる自信がある。
 尤も、その理解の裏には白銀大尉の尽力があったからだ。大尉は私が“失敗を意図する入力”を繰り返すのを見て、その意図を理解してくださり、更には詳細な解説まで加えてくださったのだ。大尉からすればあくまでOS開発に必要だからそうしてくださったのだと思うが、戦場の様相を一変させかねないOSの開発に関われらせて頂いただけというだけで身に余る光栄だと言うのに、一足先にその特性から何から全てを知る機会を与えて下さったのだ。大尉には感謝してもしきれない。


『―――よし。そろそろ模擬戦にいってみようか』

「はい、・・・お願いします!」


 大尉の戦術機動。それだけで胸が高鳴ると言うものだろう。模擬戦の映像は、客観的に判断する必要があるため第三者視点になっている。そのおかげで大尉の機動の特徴は理解できたが、逆にどういう利点があるかは分かりにくかった。
 恐らく、頼めばヴァルキリーズ視点の映像も見せてくれるとは思うが、今はそんな場合ではないし、その必要もない。なにせ実際に大尉の不知火と対峙しているのだから、これから好きなだけ見れるのだ。直に相対した時、一体大尉の機動は私の目にどう映るのか・・・。





 小休憩を挟み一時間ほど続けた模擬戦は白銀大尉の圧勝で終わった。私は接戦どころかまともに勝負することも出来なかったのだ。元々OSに慣れ切っていない私が白銀大尉に勝つ道理などなかったが、これでは教え子たちを笑えない・・・。

 模擬戦を終えた私たちは、今は管制室で模擬戦の操作ログを見ている。大尉のログを見て気になった点を私が質問する。逆に大尉が私のログを見て指導する。


「大尉、ここの操作なのですが―――」

「ああ、ここは―――」


 非常に有意義な時間だ。
 この指導は、私の技量が上がるのと同時に、今後私が教官として訓練兵に伝えられる情報がより増えると言う事を意味している。

 新人衛士に常に付きまとう“死の八分”

 “死の八分”で命を落とす新人衛士がほんの少しでも減らせると思えば、大尉の言葉を一言一句たりとも聞き逃すことは出来ない。


「―――今日はこのくらいにしておこう。
 軍曹、今日は御苦労だった。やはり軍曹に頼んで正解だったな。α版でここまで動かしてもらえると思っていなかった」


 だが、内心はどうあれ、大尉が口にしたのは私への労いの言葉だった。


「ありがとうございます。――しかし大尉のように動かすのにはまだまだ時間がかかりそうですが」

「そんなにすぐ俺と同じ動きをされてしまうと、俺の立つ瀬がなくなるよ。
 まあα版であれだけ動かせるなら上出来だが―――。
 ―――だが、今日程度で満足していて貰っても困る。軍曹には娘たちを鍛えてもらわないと駄目だからな」

「勿論です。あの子達を一人前に「いや、軍曹に鍛えてもらうのは207隊だけじゃない」―――は?」


 ―――207隊だけではない? 今居る訓練兵は207隊だけのはずだが・・・?


「・・・これはまだ正式決定ではないが、軍曹には207隊の訓練終了後、特殊部隊へ異動して貰う事になると思う」

「それは、つまり・・・」

「その通り。軍曹の配属先の予定は、軍曹の教え子たちが在籍する国連横浜基地の最精鋭部隊、“A-01”だ」


 かつての教え子と同じ部隊で働くと言うのは、気心が知れている分やりやすいと言えばやりやすいが・・・。私の教官としての職務は何処に行くのだろうか?


「・・・では私の教官としての役目は終わりですか?」

「暫定的だがそう言う事になる。207の後に練成される予定の人間が居ないから、このままだと軍曹は宙ぶらりんの立場になる。しかし軍曹程の衛士を遊ばせておくのも旨くないからな」

「はぁ・・・」

「ま、別に教官としての役割がなくなるわけじゃない。さっきも言ったが、軍曹には俺がいない間はヴァルキリーズを鍛えて貰わないといけないからな」


 確かにそうだ。いくら大尉が圧倒的な技量の持ち主であったとしても、12対1で完敗した教え子たちが不甲斐ないことに変わりはないのだ。状況から来る油断があったのだろうが、油断が原因で彼女たちが死ぬようなことがあれば、私が彼女たちに伝えたことは全て無駄だったと言う事になる。そんなことは耐えられない。


「―――嬉しいだろ? 不甲斐ない娘たちを鍛えなおす機会が巡ってくるんだからな」

「―――ええ、とても」


 そう答える私は、自然と笑みを浮かべていた。


「間違っても、配属後の模擬戦ですぐ撃墜されました、なんてオチは止めてくれよ?
 マンツーマンで指導した軍曹がそんなことになったら俺の教官としての能力が疑われちまう」

「勿論です。教導隊の恐ろしさ、改めて教育してやりますよ」

「―――期待しているよ」



 後日、このやり取りについて白銀大尉と話した時、私が口角を吊り上げた獰猛な笑みを浮かべていたと言う事を聞いた。私がそういう表情を浮かべることがあるのは昔から言われてきて分かっていた事で、それについて今更どう思うでもない。しかし、白銀大尉に「“狂犬”らしい良い顔だった」などと言われた時は、流石に気恥しく、腹立たしさも相まって言葉が出てこず。黙り込むしか無かった。

 ともかく、明日からは忙しくなる。
 207隊の任官。新型OSの開発。双方の終幕が最高の形で訪れるよう、これまで以上に努力しなければならない。


(―――よしっ!)


 大尉と別れた私は気合いを入れ直すと眠気が訪れつつある眼をこすりながら、自室へ足を向けた。









<<???>>


 10月27日 帝都某所


 私は今とあるビルの一室に居る。帝都に数多く存在する極ありふれた建造物の一つであるが、居住者がいないためこのビルは現在廃ビル状態である。
 その部屋には折りたたみ式の長机とパイプ椅子が数セット置かれている。勿論私が持ち込んだ物だ。

 何故か? 勿論資料を広げるためだ。資料と言う物は、やはり広げて置かれている方が雰囲気が出ると言う物だろう。


「・・・ふむ」


 私が眺めているのは一つの資料。その資料には一人の男の経歴が記されており、顔写真が添付されている。


「白銀、武・・・」


 10月23日、国連横浜基地に唐突に現れた男。以前の所属も横浜基地となっているが、経歴には不審な点が多い。長期間にわたって療養していたとあるが、帝国のデータベースには“白銀武”という人間が国連軍に志願した記録が存在しない。


 ―――パサリ


 香月博士の直属として着任していると言うことは、以前も博士の下で働いていたと考えるべきだろう。ならば所属していた部隊は博士の手駒たる精鋭部隊。それならば帝国軍にデータがないことも頷ける。


 ―――パサリ


 しかし、城内省に存在するデータはそれを否定する。“白銀武”という人間は既に死亡している。そして、関東圏には“白銀武”という人間は他に存在しなかった。そもそも、“白銀”という姓を持つ者など、そうそう存在するわけがない。


 ―――パサリ


 では横浜基地に現れた“白銀武”は一体何者なのか。死人は決して甦らない。つまり横浜基地に現れた“白銀武”は、過去に生きていた“白銀武”ではあり得ない。ならば考えられるのは―――


「―――手駒、か」


 “白銀武”という名を与えられた男。あの女傑が今になって態々用意した男だ。唯の手駒と捨て置ける人間ではないだろう。ならばこちらにも相応の準備が必要と言うものだ。


「ふうむ・・・。やはり手土産が必要だな」


 幾つか候補があるが何を渡したものか。



 ―――ここはやはり南米あたりが適当だろうか?

 







 ―――10月27日深夜、火災発生との報あり。
 場所は帝都の中心部から外れた場所に建つビル。居住者はおらず、無人であった。
 火災発生の報せ自体が遅れたこともあり、ビル内部に残されていた物品は全て焼失していた。
 ビル自体は全焼であったが周囲には人家が少なく、幸いにして人的被害は無し。
 付近に自然発火の原因となるような物は存在せず、放火と推測される。
 帝都警衛隊は出火原因の特定と同時に、付近で不審な人物の目撃情報が無かったか調べている。







[5043] Muv-Luv ALTERNATIVE ~Until the vanishing day~ 第七話
Name: ゲルトマー◆4a699184 ID:b04667f4
Date: 2009/02/06 02:46

10月28日 1300 シミュレーターデッキ


 シミュレーターデッキには、強化装備に着替えたヴァルキリーズが集合していた。
 武が現れないので皆雑談に興じてはいるが、会話の内容は一様に新型OSについてだ。
 彼女たちの声色や態度には、期待の色が見てとれる。
 新型と言う点で不安はあるが、“あの”白銀大尉が開発を主導しているのだ。期待の方が勝るのは当然だろう。
 何と言っても、彼女たちは白銀武の戦術機戦闘能力がどれほど凄まじいか、身を以って知っているのだから。


「すまん、待たせたな」

「敬礼!!」


 強化装備で現れた武はヴァルキリーズの敬礼に軽く答礼すると、早々に用件について話し始めた。


「既に副司令の方から話は聞いてると思うが、以前言っていたOSのβ版が出来上がった。ついては、皆にもOS完成の手伝いをして貰いたい、と言うわけだ。
 OSについての資料も受け取っていると思うが、もう一度特性について簡単に説明しておくぞ。
 まず“キャンセル”についてだが、これは動作実行中に別の入力を行う事で動作を中断して別の動作を実行可能にする機能だ。キャンセル実行に必要な操作を覚えていない者は申し出ろ。訓練開始前に確認する時間をやる。
 次に先行入力。読んで字の如く、動作入力を先行して入力しておける機能だな。これについては説明はいらないと思う。
 この先行入力だが、先に入力した動作を実行中、または実行前にキャンセルして別の動作を入力することも勿論可能だ。キャンセルと先行入力を活用することで戦場での対応能力の幅が格段に広がる。当面はこの二つのマスターを目標にして貰う事になる。
 最後に“コンボ”だが、資料にも記載したとおり複雑な動作を単純な入力で実行可能とする機能だ。まあこう言うと素晴らしい機能のように聞こえるが、その“複雑な動作”を先に覚えさせないと駄目で、今の所あまり意味がない機能になっている。応急的に俺が設定したコンボが登録されてるが、一度使ってみて合わないと感じたら、コンボの設定を解除してくれ」


 武はそこで話を切ると、ぐるりとヴァルキリーズを見渡した。


「―――皆楽しみにしてもらえているようだし、早速実物に触って貰おう。
 今日の所はOSに慣れることが第一だが、可能なら先行入力をキャンセルするところまでを目標にしてほしい。これが出来るようになれば、今までとは全く違った世界が見えるはずだ。―――全員、シミュレーターに搭乗!」

『はい!』



<<白銀武>>


(飲み込みが早いのは・・・、やっぱり速瀬中尉か)


 感覚的に動けるようにするOSだ。元々感性で動かしている面が強い水月の慣熟が速いのは納得できる。
 ついで速いのは最先任であるみちるを筆頭とした上位メンバー。そして、従来型OSに触れてからまだ日が浅い茜や多恵、晴子といった新任組の慣熟もそれなりの速さと言えるだろう。
 一方、新任組の高原少尉と麻倉少尉や、祷子の後に入隊した片桐少尉と楯山少尉の慣熟が遅い。新任二人の慣熟が遅いのは単純に即応するだけの技量が無いと言うことだろうが、先任二人が遅いのは何故だろうか・・・?


(・・・ああ、そういうことか?)


 動作を見ていると、どうも動きと動きの間に“間”が空くようだ。つまり、即応性の向上によって“入力と入力の間に出来る時間”が無くなっていることがまだ理解しきれていないと言うことだろう。
 まあその程度なら問題は無い。指摘してやれば後は時間が解決してくれるだろう。


「・・・あー、片桐少尉と楯山少尉。入力してから次の入力するまでに間を空けてないか? 最初の動作と次の動作の間に変な“間”が出来てるから多分そうだと思うんだが。もしそうなら、入力を若干早めに繋げてみてくれ。それで動作も問題なく繋がるはずだ」

『はい!』『分かりました!』


(キャンセルと先行入力を全員にってのは難しそうだな・・・。今日の所は全員が違和感なく動かせるようになれば御の字かな・・・。―――っと)


「宮城中尉、今のは―――」


 今後のことは後回しにして、今は目の前の教導に集中することにしよう―――

 そうと決めると、武は教導の予定を頭から締め出し、ヴァルキリーズの機動に対して指摘を行っていった。









10月29日 深夜 白銀武自室


 昼間にヴァルキリーズ、夜にはまりもの教導を行った武は、自室で資料を眺めていた。

 別に今しなければならない作業ではない。それどころか作業ですらなく、単なる暇つぶしに近い。
 現状では出来る事が少ないこともあり、昼間と夜の教導を終えてしまうともうすることがないのだ。帝国側にアプローチをかける事も考えたが、現状では夕呼が許可を出す可能性は低い。かと言って許可なしで実行すると、それがばれた時に夕呼からの信用をなくすことになる。

 そんなわけで、武は鎧衣美琴訓練兵が退院したと言う報告書と207隊の資料を並べて、何をするでもなくぼんやりと眺めているのである。

 昼間に美琴と顔合わせをした時、美琴の体調にも特に問題は無いようだった。総戦技演習を前倒ししたことで体力面で不安が出るかと思ったが、さほどの問題はないようで安心した。

 が、それとは別に、美琴は何やら気になることを言っていた。―――『以前に会ったことは無いか?』と・・・。
 少なくとも“自分”は初対面の筈だが・・・。



 今までにない出来事に、武の心には僅かばかりの不安が芽生え始めていた・・・







<<鎧衣美琴>>


 病院から戻ってすぐ、僕は神宮司教官に連れられて、白銀大尉という新任の教官と顔合わせをした。
 話を聞くと、僕の退院を早めたのは大尉らしい。病院に居る間は退屈すぎて体を動かして堪らなかったから、退院が早まったのは僕にとってとても有難く、大尉にはお礼したいくらいだ。

 まあそんなことは良いんだよね。僕が気にしてるのは全然別のことだし。


 大尉に会った時、その顔をどうもどこかで見たことがあるような気がした。
 だから不思議に思って聞いたんだ。「何処かでお会いしたことないですか?」って。

 でも大尉は「初対面の筈だ。少なくとも俺には記憶がない」って言った。何処かで会った気がするんだけどなぁ・・・?



 ・・・まあいっか。考えても分かんないし。
 総戦技演習も早まるって聞いたし、みんなの足を引っ張らないように頑張らなきゃね。



 でもやっぱり気になるなぁ・・・。最近見る夢と何か関係あるのかな?









<<白銀武>>


 11月1日 1300 ブリーフィングルーム


 昨日、漸く新型OS『XM3』が完成した。
 β版の時はOSに慣れさせることを念頭に置いていたが、これからが本当の“教導”となる。
 本来なら実機で直接相手をして訓練したいところだ。しかし、自分の機体の搬入予定はまだ一週間近く先であり、現在この基地にある不知火は全てヴァルキリーズが使用している。
 今のヴァルキリーズの実力を考えると、撃震や陽炎でも小隊単位なら相手に出来るが・・・。


(・・・そうだな。そうしよう。その方が楽だし)


 幸い、横浜基地には撃震や陽炎の余剰機が山ほど、とまではいかないが相当な数で存在する。負けん気が強いヴァルキリーズの面々なら、性能的に劣る撃震や陽炎で自分たちと同等以上のことをやられる方が精進する気になるだろう。
 後は夕呼の許可だけだが、ヴァルキリーズ用の余剰機にもXM3は搭載する予定なのだ。渋る理由がない。
 シミュレーターばかりでは実戦の勘が鈍る。“11月11日”の為にも、早めに実機の感覚を取り戻しておかなければならない。

 だがまあそれはそれだ。今日の所はシミュレーターでやるしかないのだから、頭を切り替えていこう。


「―――皆まだXM3に慣れ切っていないと思う。だが、今後の教導ではそれは一切考慮しない。
 実戦で慣れろとは言わない。だからシミュレーターで慣れろ。自分たちが何故ここに居るか、頭に刻み込んで訓練に取り組んでほしい。・・・全員、搭乗!」

『了解!!』


 武の号令で、皆一斉にシミュレーターポッドに乗り込んでいく。

 武は全員が搭乗したことを確認すると、管制をしている遙に声をかけた。


「涼宮中尉、C-13を頼む」

『分かりました。シミュレーションプログラムC-13をロードします』

「プログラムの終了条件はBETAの殲滅だ。今日の所はまだ様子見だが、最終的には一人も脱落することなく殲滅してもらう」

『『『了解!!』』』

「結構。―――じゃあ始めよう」





<<宗像美冴>>


 小休憩を挟みながら五時間にわたって行われたシミュレーター訓練は、私たちの心身を疲れ果てさせるのに充分なものだった。
 新型OS“XM3”の慣熟を兼ねた戦術機機動訓練という名目であるが、実際の所、それは普段から行っている対BETA戦闘訓練と何も変わらない。むしろまだ慣熟していないOSを使用している分、疲労はより濃いと言えるだろう。
 シミュレーターから降りると、疲労のあまりへたり込んでしまう者もいた。伊隅大尉ですら疲労を隠しきれていない。それほど過酷なものだった。―――だが、白銀大尉はまるで平然としている。


(―――疲労を隠し通しているだけなのでは?)


 そうだ、そうに違いない。私たちに比べれば疲労の度合いがマシだとしても、平気なはずがない・・・。

 だが次の瞬間、白銀大尉の言葉によって、私が思いこもうとしていた考えは無残にも打ち砕かれた。


「いつまでもへばってるともう一回行くぞー。なけなしの体力更に削られたいかー? 俺が平気なのに、俺より動けてないお前らがへばってていいのかー?」


 ―――もう一度数個連隊規模のBETA群の相手をする

 考えただけでもうんざりする。今の私たちの体力では、出撃早々に撃墜判定を受けることだろう。


「・・・化け物」


 ・・・あんまりと言えばあんまりな呟きだ。だが、その感想には同意せざるを得ない。大尉の体力はまさに化け物じみている。
 凄まじい機動制御を行い、レーザーを掻い潜ってレーザー属種を排除するというお手本を何度となく見せ、最後には援護もなしに大量のBETAの殲滅までして見せた。大尉は参加していなかった最初の一回以外、全てのシミュレーションに参加している。並の体力では途中で倒れてしまっているだろう。更に言えば、私たちは“戦死”で終わることもあったが、白銀大尉だけは毎回最後まで残っていた。段々少なくなっていく味方の中で常に最後まで残り続けるのがどれほど疲労を蓄積させるか。それが分からないほど私は馬鹿ではない。


(一体どれほど鍛えればあの域まで・・・)


 隊の殆どがへたり込んでいるのは無視して、当の白銀大尉自身は伊隅大尉と何事か話しこんでいる。


「ええ、ですんで・・・。明日は・・・」

「ん、そうか・・・。分かった」


 聞き取れた断片から推測するに、どうやら明日以降の予定の話のようだが、明日からも今日と同じ内容なのだろうか・・・?
 私や速瀬中尉、宮城中尉などはともかく、体力的についてこれない者もいるのではないかと思うが・・・。


「それじゃあ伊隅大尉、後はよろしくお願いします」

「ああ、了解した」


 白銀大尉は伊隅大尉に申し送りをするとシミュレーターデッキを出て行った。





「―――つっ・・・・かれた~」


 白銀大尉が出て行った途端に速瀬中尉が盛大に溜息をついた。
 確かに疲れた。β版の時は、ある程度の慣熟が済むと大尉は「各々おさらいしておくように」とだけ言い含めて去ってしまっていたので、早々に訓練は終わっていたのだ。
 一日の搭乗時間を合わせれば今日と同じくらいの時間搭乗していた筈だ。それでも疲労度が違うのは常に大尉に見られていたせいだろうか。

 白銀大尉の教導には、訓練兵時代に神宮司教官から感じた様な恐ろしさは感じない。

 動きを見て、欠点を指摘する。時にお手本として自分の動きを見せる。
 要するに、各々に自分で考えて修正させるという、非常にシンプルな方法だ。
 だがそれ故に、私は大尉に恐ろしさを感じている。

 問題点を指摘する際の大尉の声には、感情が全く感じられない。新任連中が同じ間違いを繰り返している時も、その声に感情は無かった。軍において同じ間違いを繰り返す人間は、地獄の刑吏を彷彿とさせるような恐ろしい声で罵倒されるのが常だ。
 だが、それでも大尉は声色に何の感情も含ませない。

 失敗しても怒鳴られることがないのだから、何度でも失敗すればいいではないか、と思うだろう。
 だが、私の考えは違う。

 失敗した時に怒鳴られるということは、教官が本気で自分たちを育てようとしていることの裏返しだ。
 ところが白銀大尉は怒鳴らない。侮蔑や罵倒もしない。ただ淡々と指摘するだけの指導は、教官の本気を示すものではない。

 私の考えでは、この教導は教えられる側―――つまり私たちの本気が試されているのだと思う。
 本気を出さない、出せないような者は要らない。本気になって向上心を見せない者は容赦なく切り捨てられるだろう。ヴァルキリーズが香月副司令直属の特殊部隊だと言っても、軍の一部であることに変わりがない。補充兵が余所から引っ張ってこられることもあり得るのだ。

 むしろ、副司令直属だからこそ可能性は高いと言えるだろう。副司令に会う機会などそうそう無いが、その少ない経験からでも、香月副司令は容赦のない人物だということくらいは分かっている。
 白銀大尉は副司令の直属として着任した。白銀大尉が副司令に「誰それは使えないから切った方が良い」と伝えれば、それは確実な情報として副司令に伝わるだろう。その結果待っているのは、左遷、栄転という形で別の部隊への異動。もしくは、私たちが知る機密事項が古臭いものになるまで、実戦に出る事もなく飼い殺される。そうなっては志願して軍に入隊した意味がまるで無くなってしまう。
 そんなことは我慢できないし、到底許容できない・・・。


「中隊集合!」


 思案に耽っていた私の耳に、伊隅大尉の号令が飛び込んできた。
 今日の訓練はもう終了だろうし、明日の予定の伝達だろう。


「明日以降のスケジュールを伝える。明日は白銀大尉が多忙らしくまとまった時間が取れないそうだ。そのため、明日は大尉による慣熟訓練は無い。
 明後日は今日と同じく、1300に強化装備に着替えて集合の予定だ。何か変更があれば各小隊長に伝達する。宮城、速瀬。小隊員への伝達は確実に行うように」

『了解です!』

「あとは今日のことだが、全員相当に疲れたと思う。私も予想以上に疲れたからな。今日と明日、しっかり体を休めておけ。自主訓練をするなとは言わないが、疲れが残って訓練に支障が出るようなことが無いように。・・・以上だ」

「敬礼!!」


 今日の訓練は終わった。明後日以降も続くであろう過酷な訓練を思うと、今日は自主訓練に割く時間を休息に充てるのが正解だろう。
 休暇に何をして過ごそうか考える私の隣では、速瀬中尉を中心として、隊の殆どのメンバーが何やら喋っている。
 最初は速瀬中尉と涼宮妹だけだったと思うのだが、そこに新任連中が順に合流し、最後には楯山や片桐までもが参加して、今では正直五月蝿いくらいになっている。

 全く元気なことだ。私は速瀬中尉をからかう気にもなれないほど疲れているというのに・・・。


(・・・明日の休暇は、祷子のヴァイオリンを聞いて過ごそうか)


 私は、未だお喋りに興じる仲間達に退出を告げると、久方ぶりの娯楽に想いを馳せ、祷子と共にシミュレーターデッキを後にした。









<<白銀武>>


 11月2日 1500 訓練グラウンド


 武は、まりもと共に207隊がグラウンドで射撃訓練をしている姿を見つめていた。


「・・・大尉、本当によろしいのですか?」

「いずれは通る道だ。前にも言ったと思うが?」

「はっ・・・」

「何度も言うが、俺はどっちでもいいんだよ。戦場で死ぬ人間が少なくなるならな・・・」


 ―――本当にそうか?


(・・・またか)


 頭の中から声が聞こえる。とうの昔に割り切ったはずだと言うのに、まだ聞こえると言うのは自分の甘さゆえだろうか。


 ―――彼女たちに力を貸してほしいのだろう? 死んでも良いから隣に居て欲しいのではないか?


 ・・・彼女たちにに力を貸してほしいと言うのは事実だ。

 過去に出会い、幾度となく愛し合い、幾度となく別れてきた。
 それは既に過ぎ去った事であるが、そこに偽りなど一度としてなかった。彼女たちが居たから戦えた。彼女たちとまた出会えると信じていたからこそ、絶望の淵でも死力を振り絞ることが出来た。

 だが―――


(あいつらが死ぬ事を前提になど、誰がするものか・・・!)


 そう、彼女たちが死んでもいいと自分が考えるなど、決して許されない。例えこの世界の他の誰が考えて、彼女たちがそれを認めたとしても、自分だけは決して考えてはいけない。そうでなければ、何のために何度も何度も諦めずに繰り返しているのか。
 結果として死んでしまうのはまだ仕方がない。各々が力を尽くした結果だ。だが、最初から死ぬ事を勘定に入れることなど、今までの自分を否定することなど、許されない。



 例え一瞬でも、彼女たちが死ぬ事を考慮に入れた自分が許せない。
 武は怒りに震え、爪が掌に喰い込むことも気にせず、拳を握りしめていた。





<<神宮司まりも>>


 ―――ギリッ


 沈黙が支配していた空間に音が響く。
 その音は、遠間から聞こえる207隊の訓練の音に比して、異常ともいえるほどよく響いた。


(なんの音・・・、ッ!?)


 音のした方向を見やると、白銀大尉が何かに耐える様な沈痛な表情で拳を震わせていた。口は微妙に開いていて、どうやら奥歯を噛み締めているようだ。その拳には相当に力が入っているのか、既に赤を通り越して白くなっている。


(一体・・・何が・・・)


 一瞬、訓練兵に何か問題があったのかと思った。しかし、大尉の隣で訓練兵を見ていた私から見ても、大尉がここまで激情を露わにするような致命的な問題など何処にも見当たらなかったのだから、それは違うだろう。

 そして、先ほどまでの大尉の表情も態度も、常と変らなかった。
 いや、シミュレーターデッキで顔を合わせている時よりも更に冷静な―――というよりもまるで感情が含まれていないような―――声と表情だったはずだ。
 話が切れてからまだ数分しか経っていない。だと言うのに大尉のこの表情は何事だろうか。

 怒りと哀しみ。絶望と後悔。様々なものが入り混じったその面持ちは、一言ではとても言い表せそうにない。


(白銀大尉・・・。貴方は一体・・・)


 自分よりも遥かに年下の男が、どうしてこんな悲しい表情をしなければならないのだろう。どんな経験をすればあれほどの技量を手に入れられるのだろう。
 その技量も、その知識も、まるで年齢に見合っていない。これほどの能力を初めから持っていたわけがなく、これまでに経験した中で培って来た物の筈だ。私もそれなりの死線を潜ってきているが、あとどれほどの経験をすれば大尉の域に辿り着けるのか見当もつかない。

 それだけの能力が培われるほどの経験をしたと言う事は、それこそ“地獄”を見てきたはずだ。
 それほどに過酷な経験をしてきたのならば、もう戦うのなんて嫌になっておかしくない。

 ―――だと言うのに、どうして・・・


(―――どうして、この人はまだ戦おうとしているの・・・?)





「ふうぅぅ・・・・」


 出口の無い迷路に迷いこもうとしていた私の思考を中断させたのは、白銀大尉の呼吸の音だった。
 肺の中の空気をすべて吐き出すような、深く、長い呼気。
 それが終わって顔をあげた大尉の表情は、既に常と同じものに戻っていた。


「・・・神宮司軍曹」

「は、はい!」

「今日の訓練は終わりにしよう。訓練兵に集合をかけて、明日以降の予定を伝えてくれ」

「・・・了解しました」


 先ほどのまでの表情の面影も感じられない平静とした表情。だが、私の脳裏には先ほどの痛々しい表情が焼き付いて離れなかった・・・。





<<白銀武>>


 集合した207隊を前にして、まりもは伝達事項を伝えている。


「―――今までよく頑張ったな。代わりと言っては何だが、褒美をやろう。明日から約一週間、南の島でバカンスだ」

『!!』


 ―――この時勢に南の島へ行く。それが何を意味しているのか理解していない者は居ないだろう。

 現在の207隊にとって最も重大な出来事。総戦技演習の始まりを告げる鐘が鳴らされたのだ。


「皆理解しているとは思うが、これは貴様らの基礎訓練の成果を測る物だ。貴様らの日頃の訓練の成果を存分に発揮し、最高の結果を出して見せろ!」

『はい!!』

「―――白銀大尉からは、何かあるでしょうか」


 まりもがこちらに振ってきたが、現状絶対に伝えておくべきことはない。あえて言うとすれば―――。


「そうだな・・・、なら一つだけ。―――戦術機教習課程で会えるのを楽しみにしている。・・・以上だ」

「敬礼!!」


 確かに、絶対に伝えておかねばならないことは無い。だが正直に言えば、伝えたいこと、話たいことはまだ山ほどある。
 それでも、それらを伝えることは出来ない。今伝えても単なる自己満足に終わってしまう。皆にとって決してプラスにならない。衛士として―――人間として強くあろうと思えば、結局は自分から動くしかない。
 戦術機の操作法などは彼女たちにとって全く未知の分野だ。だからこそ教導もするし問題があれば指摘する。だが、207隊の成長に求められるのはそんなことではない。


(―――這い上がってこいよ)



 結局のところ、今の武に出来るのは、207隊が無事に総戦技演習を終えてくれるよう祈ることしかない。
 武は内心を押し隠したまま、ただ207隊がグラウンドから去るのを見つめていた。





[5043] Muv-Luv ALTERNATIVE ~Until the vanishing day~ 第八話
Name: ゲルトマー◆4a699184 ID:b04667f4
Date: 2009/03/16 02:08

<<速瀬水月>>

11月4日 国連横浜基地演習場


『―――演習開始前にもう一度説明しておく。
 今回はXM3導入後初の実機演習となる。シミュレーターと実機との間に生じる違和感に慣れるのが今日の目的だ。無造作に動かすなよ』

『しかし白銀大尉、こちらが不知火で大尉がF-15と言うのは・・・』

『不満か? 俺も不知火で相手をしたかったところなんだが、俺の不知火はまだ何日かかかるらしくてな。
 だがこのF-15にもXM3は搭載されてる。第二世代機と馬鹿にしてると痛い目にあうぞ』


 ―――不満が無いわけではない

 確かに最初の模擬戦では単機の不知火に後れを取った。だがそれはこちらの油断と大尉の機動概念が未知のものだったからだ。
 それが言い訳だと理解しながらも思わずにはいられない。
 今の白銀大尉くらいの年齢で自分も衛士になった。それ以来、過酷な訓練を続け、実戦出撃も何度となくこなしてきた。大尉の技量がまさに次元が違う物だという事は分かる。だがそれでも―――いや、大尉の技量が隔絶しているが故に納得できない。
 何故、自分よりも年下の、衛士になりたて程度の年齢の人間が、幾度もの実戦をくぐりぬけてきた自分たちよりも遥かに上の技量を持つのか―――


『よし、まずは前衛組から行こうか。B小隊、ついて来い』


 大尉はこちらの思いになどまるで気付いていないのだろう。演習準備を告げると、先頭に立って演習エリアへ移動し始めた。





 演習開始から10分。
 私たちは無暗に動かず、大尉の出方を伺っていた。
 普通なら散開して目標を発見したら集合して数的優位を作って押すところだが、大尉相手にそれをやると、集合するまでに各個撃破される可能性がある。
 かと言って散開せずに動けば相手の位置を掴みにくく、相手に戦闘開始のアドバンテージを握られてしまう。待ち構えているのと捜索中に攻撃を受けるのとは雲泥の差だ。


『前衛が待ち伏せなんかして楽しいか? 前衛の仕事って何だったかな~?』


 先ほどからオープン回線で何度も大尉の挑発が流れているが、すべて無視している。
 挑発に乗ってのこのこ出て行けば即撃破される。かといって誘い出すつもりで出て行っても撃破される可能性が高い。
 消極的にならなければいけないのが気に食わないが、今の技量差で大尉に一泡吹かせようと思えばこれしかないと思う。


『・・・挑発には乗らない、か。ま、いい加減飽きて来たところだしな。来ないならこちらから行くぞ!』

『中尉!』

「分かってる! 打ち合わせ通りに行くぞ!」

『『『了解!!』』』


 一切の躊躇いなく前進するF-15。
 今はまだ主脚走行だが、すぐに噴射跳躍を多用した変則機動に変わるだろう。
 心ははやるが、今すぐに攻撃をかけても成功しない。
 慎重にタイミングを計らなければ・・・


 ―――3


 ジグザグと不規則に動いていたF-15の機動が変わる。


 ――2


 機体を若干屈めてまるで飛び出す前兆のように・・・


 ―1


 “ゴォッ!!”という噴射ユニットの駆動音が響き渡る


(今だッ!!)


「GO!!」


 合図とともに遮蔽物から飛び出す。
 楯山と麻倉が攻撃機動に移っているのを確認した時点でトリガーを引いた。


「そこぉ!!」


 水平噴射で突っ込んできているところに合わせた射撃。同時に、楯山は左側から、麻倉には右側から若干タイミングをずらして攻撃させている。これで回避方向はかなり限定され、誰かを撃破して進路を切り開こうとしても待機させている築地がそれを阻む為に動く。これであっさり終わるはずはないが、多少なりとも大尉の動きを制限させられるはずだった。だったのだが――――


「ヤバいッ!? 築地、下がれ!!」

『へ? 『残念、ちょっと遅かったな』 ふわわ、きゃん!』

『築地機、動力部破損、致命的損傷、大破』

「くそッ・・・!」


 ―――まさか詰めの部分を真っ先に潰してくるとは・・・!


 作戦に間違いは無かったはずだ。三方からのほぼ同時の挟撃に対し、左右の挟撃を完全に無視した上に、正面からの攻撃も避けきって突破し、挙句の果てにはまだ姿を見せて居なかった築地機まで撃破していくなど、普通あり得ない。
 恐るべきは、不意をうたれて動揺していた新任であったとはいえ、第二世代機でありながら、即応性の向上した第三世代機に碌に反撃も許さぬまま撃破する白銀大尉の技量。


 水月の動揺は当然だが、一方の武からすれば意図していたのは水月の攻撃を回避して包囲を抜け出た所までだ。
 元々、今回の模擬戦はヴァルキリーズの面々に武が自分の技術を見せるために実施したものだ。そのため、武はB小隊が待ち伏せ、迎撃を選択した時点で、まずは包囲から抜け出す機動を見せる事を決めていた。
 しかし単にブーストと回避技術にまかせて強行突破したのでは芸がない。故に、武は攻撃をかけて来たのが三機だと気付いた瞬間に最後の一機の位置をある程度絞り込んだ。勿論、発見して撃破していくためだが、伏兵の存在がはっきりしていると言ってもその位置までは流石に完全に予測できるわけではない。


 全ては偶然だった。水月が築地機の配置点を選んだのも、武が幾通りもの突破ルートの中から築地機が配置されているエリアを移動経路に選んだのも、築地機が白銀機に発見されたのも、全ては偶然の積み重ねである。
 だが水月にとってはそれが偶然であろうと、武が読み切ったのであろうとどうでも良かった。彼女にとって作戦のポイントとなる築地機が落とされたことこそが問題なのであり、それ以外の要因は作戦が崩れたことに対して何の慰めにもならない。


『少し見積もりが甘かったな。詰めは速瀬中尉がやるべきだった』


 築地機を撃破して包囲網を抜け出した大尉のF-15は、こちらが追撃を行う前に既に遮蔽物に身を隠しており、バラバラに追撃をかけても成功しそうにない。


「ぬぐぐ・・・!」


 大尉に一泡吹かせるために大分自制してきた。しかし、作戦が崩れたうえに戦力差も小さくなった以上、この後も待ち伏せを続ける利点は無い。幾通りかの作戦を考えてはみたが、三機からの挟撃を掻い潜って築地機を撃破した大尉を相手に、詰めすら存在しない挟撃など成功するはずがない。仮に足止めに成功したとしても、打ち込むべき決定打が存在しない。
 ならば最も勝機があるのは機体性能差を生かした高機動接近戦。いや、正確にはそれにしか勝機は無い。


 ―――ドクン


 高機動戦を決心したとたん、神経が昂る。
 何のことは無い。最初からこうすればよかったのだ。大尉も言っていたではないか。前衛の仕事は何だ、と。
 前衛とは、仲間のために血路を開く最強の矛。
 相手が何であろうと―――


(―――ぶっ飛ばす!)


「楯山! 麻倉! 挟撃機動!」

『『了解!!』』


 私は二人に攻撃命令を伝えると、噴射ユニットを全開にして遮蔽物から飛び出した。

 攻撃タイミングも特に指示してはいないが、結果的には現状では完璧と言っていい挟撃だったと思う。
 相手が次々に対応していけるほどの時間差をつけるわけでもなく、後退されるだけでご破算になる完全な同時攻撃でもない。
 完璧に近いタイミングでの三方からの挟撃に対して生き残ろうと思えば、何としてでもどこか一方を倒して抜け出るしかない。
 だというのに大尉は、その場をほとんど動かずに楯山と麻倉の挟撃機動に同時に対応しようとしている。
 いくら白銀大尉であっても楯山と麻倉に対処した上で更にこちらにも対処することは出来ない筈だ。


(これならいける!! 勝った!!)


 勝利を確信して右腕に保持していた長刀を振るう。
 私は勝利の予感に身を震わせた。









 ―――だがまあ、そう上手くいかないのが人生というものである









11月5日 1200 国連横浜基地PX


 午後の訓練前、ヴァルキリーズの面々はPXに集まっていた。大半が普段通りに食事を済ませる中、ただ水月一人だけが鼻息を荒くしていた。


「やっぱおかしいと思うのよ」

「? おかしいって何が?」

「白銀大尉よ。あたしらより若いのに大尉で、技術士官がやるような仕事してて、しかもあの腕って絶対おかしいわ。おかしいわよね!?」

「え~っと・・・」

「宮城中尉もそう思いますよね!?」

「ん~・・・、確かに大尉の腕は並じゃないと思うけど・・・。そこまでの剣幕で喋ることかな?」

「当然! しかも本人に余裕ありまくりであしらわれてる感じが余計にむかつくんですよ!! 昨日の模擬戦とかホントむかつく!」

「ああ・・・、あれは凄かったねぇ・・・」


 ―――昨日の模擬戦


 その言葉で全員が武とB小隊との模擬戦の光景を思い出していた。






<<Interlude―――速瀬水月>>


(―――勝った!!)


 偶然の産物とはいえ、完璧に近い形で実現した三方からの挟撃。
 例え白銀大尉であっても、第二世代機でこれを切り抜けることは出来ない―――!!

 確信と共に長刀を振り抜くその刹那、遙の報告の声が聞こえた


『麻倉機、腰部被弾、致命的損傷、大破』

『―――ええええ!?』

(―――ッ、構うな!)


 麻倉が落とされたことに動揺しかけた心を無理やり抑えつけ、当初の予定をそのまま実行する。
 一切の遅滞なく実行した攻撃。
 にも拘らず、振り抜いた長刀の軌道にはF-15の腕しか存在しなかった。しかし―――


『白銀機、右腕破損、使用不能、戦闘続行に支障なし』

(よし! 麻倉をやられたのは痛いけどこれならいけ―――)


 ―――ドガァ!!


『キャアァッ!!』

(!?)


 攻撃が一応の成功を収めたことに安堵し、次の行動に移ろうとした私の目に映ったのはこちらに半ば背を向けながら長刀を振るっているF-15であり、耳に入ってきたのは大きな物体が倒れた思われる音と楯山の悲鳴だった。


(なっ!?)


 咄嗟に振るったばかりの長刀を持ち上げて弾こうとするが、それは叶わなかった。
 私の長刀がその進路をふさぐ一瞬早く、F-15の長刀は私の不知火に斜めの派手な模様をつけて行った。


『は、速瀬機、胴体部破損、致命的損傷、大破』

「あ~・・・。くっそぉ!!」


 まだ模擬戦は終わっていないが、B小隊は負けだろうと分かっていた。
 築地、麻倉がやられた時点ではまだ勝機があったろうが、私がやられてしまってはもう勝機などない。
 事実、数分もしないうちに楯山も撃破判定を受け、模擬戦は終わってしまった。



 ―――しかし、撃破判定を受ける直前の大尉の動きは一体何だったんだろう?


 その疑問はその日の訓練終了後に知ることになったが、白銀大尉への認識が「尋常ならざる衛士」から「常識外れの衛士」に変わっただけであった。





<<Interlude out>>





「大体おかしいじゃないの! 麻倉が落とされたところまではまだ納得もできるわよ。なんでその後楯山の長刀を弾いた上にこっちの動きが見えてるみたいな動きが出来るわけ!? しかも楯山の機体を蹴り飛ばしてその反動でこっちに斬りかかってくるとか人間業じゃないわよ!? あ~もうムカつく~!!」


 一人ヒートアップしていく水月を他所に、他のメンバーは模擬戦の内容と撃破された時のことについて話していた。


「と言う事は大尉はそっちを見てなかったんですか?」

「そうなんよ。こっち見てへんからいけると思てたら、見事に長刀弾かれたうえに蹴りくろてダウンや。不意打ちやったから全然構えれへんで、もろに体中打ったわ」

「そういえば今更だけど香苗大丈夫だったの?」

「大丈夫ちゃうてー。めっさ揺さぶられて、まだちょっと痛いんよ。京ぉ、うちを慰めて~」

「よしよし、痛かったわね」


 しなを作って寄りかかってくる香苗に対し京は、仕方ないなぁ、といった表情で抱きしめる。
 一方、ヒートアップし続けていた水月はようやく落ち着いてきたようで、周囲が自分の話を聞いていないことに気付いた。


「ちょっとあんたら!! あたしの話聞いてんの!?」

「私まで一緒にされるのは心外ですね。私は速瀬中尉のお話はしっかりと聞いていましたよ」

「だったら今あたしが何言ってたか掻い摘んで説明してみなさい」


 既に椅子から立ち上がっていた水月は、何故か偉そうにふんぞり返って美冴を見下ろしながら言った。
 それを面白そうに見つめながら美冴は口を開く。


「今までの話を総合するとつまり、速瀬中尉は白銀大尉に振り向いてもらいたくて仕方がない、ということですね」


 ―――カクン


 周りの面々には水月の顎が落ちる音が聞こえた・・・ような気がした。


「・・・・・・む」

「む?」


 水月はこの上なく間抜けな表情のまま沈黙していた。
 だが、誰もが今の状況が嵐の前の静けさだと理解している。美冴にからかわれた水月が激昂しなかったことなどないのだから。
 事実、次の瞬間にはPX内に水月の怒声が響き渡った。


「宗像ぁ!! そんなことあるわけないでしょうがぁ!?」

「・・・え、違うの?」

「遙!?」


 激昂する水月。ニヤニヤと笑う美冴。気遣わしげに問う遙。呆れるその他大勢。状況は混沌となりつつあった。
 そして意図してか意図せざるか、火中に栗を投じる様な真似をする馬鹿が二人―――


「速瀬中尉、そんなにムキになるってことはやっぱり・・・」

「速瀬中尉がそんな惚れっぽい性格やったとか驚きやわ~」

「あ、馬鹿・・・」

「片桐ィ! 楯山ァ!」

「あ~あ~・・・」


 涼香が気付いた時には既に遅かった。京と香苗の二人は何時も通りに美冴に追従してしまったのだ。
 そして案の定二人にも怒りを向ける水月。


「ではお先に」

「あ、うちも!」

「えっ!? ちょっ・・・、ずるい!」


 水月の怒りの矛先が自分から離れたことを察知した美冴は、退出を告げてそそくさと出て行こうとする。
 美冴の意図に気づいた香苗も、被害から逃れるために同じく席から立ち上がる。

 一方、水月の相手を押し付けられた形になった京だが―――。


「こらぁ! 逃げるなぁ!!」

「あっ、水月!?」


 水月は逃げ出した二人を追いかけていったため、京に水月の怒りの矛先が向くことは無かった。


「えーっと・・・、助かったってことでいいんでしょうか?」

「ま、良いんじゃないの?
 ・・・しっかし、速瀬ももうちょっと上手くかわせないもんかなぁ。ちょっと熱くなりやすすぎだよね。だから宗像にもからかわれるってのに」

「・・・ところで、宮城中尉は白銀大尉のことをどうお考えなんですか?」

「私? んー・・・。中身がまだイマイチ分からないから断言はできないけど、まあ優良物件だと思うけど?」

「いや、そう言う話じゃなくて・・・」

「あれで恋人には優しいとかだったらホント狙ってもいいんですけどねー」

「・・・晴子?」

「そだねー。あの若さで大尉、しかも新型OSの開発責任者ときて地位も頭も申し分なし。その上衛士としての腕も確かで顔も良いときたら、狙わないのが勿体無いかも。宗像じゃないけど、涼宮も狙ってみたら?」

「狙いません!」

「ああ、顔が好みじゃないとか?」

「そういうことじゃなくて!」

「ああ、違うの? ま、涼宮が狙わないって言うのなら別に良いけど、後悔するようなことにならないようにね。顔は良いのに恋愛下手で、恋人出来ないまま居なくなっちゃった奴はいくらでも居るんだから」

「う・・・」

「私の同期にも居たんだけどさ。もうすんごい美人だったんだけど、自分の感情を出すのが苦手な娘でね。それでも男なんて要らないって性格だったら問題なかったんだけど、かなり惚れっぽい娘だったのよ。それで何時も影で泣いてたよ」

「・・・・・・」

「ま、あんたたちはそう言うことにならないようにね。勿論死なないのが一番だけど、そういうのに絶対は無いしさ。それに私たちは特殊部隊なんて因果な商売だし、やっぱ後悔はしたくないでしょ」


 精鋭部隊とは言え、実戦経験が少ない者が多くを占めるヴァルキリーズの中に涼香の言葉に反駁できる者は居なかった。
 反駁できるかもしれない先任は全員既にこの場には居ない―――、いや、居る事は居るが、彼女は反駁などする気がない。
 彼女の親友と同様に、彼女自身、後悔しなかったことは無いのだから。


「さ、この話はこれでおしまい。そろそろ時間だし、行った行った」


 PXに残っていたヴァルキリーズメンバーを追い出した涼香は、ふぅ、と一息つくと、PXの出入口とは反対方向に歩いて行くと、一人の人物の前で立ち止まった。


「白銀大尉も、何時までもここに居ると遅れますよ?」


 そこに居たのは新聞で顔を隠した武だった。
 声をかけられた武は、バツが悪そうな表情で新聞を放り出すと涼香に向き直った。


「俺は良いんだよ、教官なんだから。・・・しかしなんだ。随分嫌われてる感じだな」

「ま、仕方ないでしょうね。昨日のはかなり荒っぽかったですから。・・・大尉にお聞きしますが、昨日の楯山の機体への蹴り、本気でやったんですか?」


 にこやかな表情をしていた涼香の視線が険しくなる。
 死なないための、人類の未来を掴む尖兵と成るべき訓練で死んでいては何のための訓練か分からない。
 何より、下手すれば死んでいたかもしれないような事を本気で仲間にされたことが許せないのだろう。
 武にはその怒りもよく分かる。ただ仲間のために生きているのが白銀武なのだから。
 だが―――


「・・・本気のわけがないだろう。本気だったら今頃楯山少尉は病院のベッドの中か墓の中だ。あれは反動を使う以外のつもりは無かったからな。楯山少尉の不知火は俺の蹴りで、と言うよりも態勢が崩れて転倒しただけだ。まあ本人も分かってるだろうし特に何も言う事は無いと思うが」

「・・・ッ」

「俺はヴァルキリーズを鍛え上げるために来た。俺の本気よりも自分たちが本気かどうかの方を心配することだな。―――まあ仲間を心配する気持ちはよく分かる。俺もそうだしな」


 最後の言葉を口にした武の顔からは先ほどの冷淡な無表情は何処かに消え失せ、とても穏やかなものに変わっていた。
 100人いれば90人は穏やかと形容するであろう表情だが、涼香にはその表情を穏やかだと形容することはとてもではないが出来そうになかった。


「・・・でもな、心配して加減しながらも鍛えるなんて器用なこと中々俺には出来ないんだよ。俺が出来るのは、恨まれても構わないから俺の伝えられる事を全部伝える事だけだ。
 だから皆が折れそうになったら支えてやって欲しい。それは今の俺には出来ないことだから・・・」

「・・・はい」





<<宮城涼香>>


「―――さて、そろそろ行くか。これ以上ここに居ると本当に遅刻しそうだしな」


 そう言って出入口に向かって行く白銀大尉。
 だが私の頭からはどうしてもさっきの表情が離れない。
 穏やかな、とても穏やかな表情なのに、少しでも力を加えると崩れてしまいそうなほど儚いと感じたのは何故だろうか。



 ―――もしかして今にも折れそうなのはこの人なんじゃないだろうか



 短い会話だったが、私にはそう思えてならなかった・・・









<<榊千鶴>>

同日 帝都南方 総戦技演習三日目


 心配していた鎧衣の体力面も特に問題なく、当初考えていたよりも遥かに速いペースで行軍していた私たちだが、今は前進出来ずに立ち往生していた。
 原因はロープを回収するかどうかでちょっとした問答になったことにある。

 崖に行き当たり、それを渡るために彩峰にロープを掛けさせた所までは何の問題も無かった。
 だがそこで問題が出来た。
 彩峰が渡り終えてロープの準備も終わるという段階になると、雨が降り出して来たのだ。
 何とか全員が渡河することは出来たが、最後の御剣が渡り終えた頃には流れはかなり急になり、彩峰にロープを回収させる事が出来るとは思えないほどになっていた。

 ならば次に考えるべきなのは、ロープを回収するか否か。回収するならば一体どのような方法で回収するか、と言うことだ。
 私は利便性の高いロープは回収するべきだと結論付けた。後はロープの回収方法だが、幸い手元には対物ライフルがある。このライフルの威力ならロープを固定している樹も問題なく破壊できる。そのため私は成功率を高めるために珠瀬に結び目部分を狙撃するように言ったのだが、御剣が反対した。

 曰く、「強力な武器はもっと有効な局面で使うべきではないか?」

 他の隊員にどちらを残すべきと考えるか意見を聞くと、鎧衣と珠瀬の意見はそれぞれ「ロープ」と「ライフル」だった。
 私の意見がロープの回収なのでこれで現状2対2で多数決であれば結論が出ないところなのだが、我が隊にはもう一人隊員が居る。
 私は最後の一人の意見を聞くために口を開いた。


「彩峰、あなたの意見は?」

「・・・・・・ん?」

「ロープの回収について何か意見はあるか?」

「・・・雨がやむまで待つ」

「・・・どうして?」

「・・・隊長の意見とは違うから?」

「・・・あなたね」

「・・・・・・と云うのはウソ」


 ・・・頭が痛くなりそうだ。白銀大尉の登場で変化が見られたかと思ったが、本質は何も変わっていない。

 尤も、根本的な性質などそうそう変えようがないものではあるのだが・・・。
 流石にこの状況でふざけられるとは思っていなかった。


「彩峰、それはつまりどちらでもよいということか?」


 いつも通りとぼけた態度を崩さない彩峰と、顔を抑えて嘆息するこちらを見てか、御剣は彩峰の意見を確認していた。
 ここでその通りという答が返ってくるようならロープを回収するためにもう一度珠瀬に狙撃を命令するつもりだったのだが、彩峰の返答はそうではなかった。


「・・・違う。ライフルの弾は一弾倉分じゃなくて一発。なら元々想定されていた使用目的があるはず。ここで使うと、後で状況的に詰むかもしれない。それに元々今のペースは想定していたペースよりもかなり早い。ここで何時間か使っても最終的には余裕を残して到達できるはず」





<<御剣冥夜>>


 ・・・彩峰がここまで長話するのは珍しい。
 更に言えば、意見だけでなく、その根拠にまで話を及ばせると言う事が珍しい。

 それでも、その根拠が我ら全員を説得するに足るかと言われれば、弱いと言わざるを得ない。が、彩峰の言葉を聞いた時、背筋に“ぞろり”とした得体の知れない感覚が走り、彩峰の言うとおりになるだろう、という予感がした。

 ・・・あの夢を見た時と同じだ

 絶対に知らないはずなのに、何故か知っている感覚。
 気味が悪いが、それでも雨が数時間で止むという予感だけは拭えない。正直に言えば、この感覚に逆らうのは無理だろう。
 だがこれもあくまで私が感覚で納得しただけだ。他の者、特に榊などは納得しないと思うが・・・。


「榊、意見は出尽くしたようだ。お主はどう判断する?」

「ちょっと待って。・・・彩峰、何時間か待つって言ったけど、あなたは何時間くらい待てば良いと思ってるのかしら?」

「・・・多分雨が止むまで二時間か三時間くらい。色々合わせても四~五時間あれば充分なはず」


 彩峰の言葉に榊は視線を落して考え込むような表情になったが、すぐに顔をあげると結論を出した。


「―――ここで四時間の大休憩を取る! 四時間で目処が立たなかった場合、ロープの回収を最優先とする」


 驚いた。榊は彩峰の意見を良しとしたのだ。
 それどころか、珠瀬も鎧衣もその決断を疑って居る様子は無い。
 「時間を無駄にする余裕は無い」という暗黙の了解があったが故に、皆はどちらを残すかという議論をしていたはずだ。だと言うのに何故皆は納得しているのか?
 自分は彩峰の意見が妥当であると納得しているというのに、それを容れた榊と、榊の決断を当然のように受け入れる珠瀬と鎧衣が不思議でならなかった。


「最初の歩哨は、・・・御剣、よろしく」

「・・・分かった。だが本当に良いのか?」

「彩峰の意見は妥当だと思う。どちらも残しておけるなら、それに越したことは無いしね。それに―――」

「それに?」

「―――いえ、何でもないわ。自分でもどうかしてるんじゃないかと思ってるのよ。話しても理解してもらえると思えないしね・・・」

「・・・・・・」


 榊らしからぬ―――いや、他者に理解を求めないのはむしろ榊らしいのかもしれないが、“理解してもらえると思えない”とはどういう事だ?
 方針決定の根拠たる思考の過程を説明すれば、それは誰でも理解し納得できるはずだが・・・。


(榊自身も自分の判断の理由が分かっていないのか? 榊がそのような状況で結論を出すとは思えぬが・・・)


 ・・・いや、今はこんなことを考えている場合ではない。いずれ話しあう時も来るであろう。


「そうか。・・・では行ってくる」

「ええ、よろしく」





<<珠瀬壬姫>>


「ほんとに止んだ・・・」


 雨は慧ちゃんが提案した通り、二時間後にはやみました。

 ・・・でも、みんなは雨が止んだこと自体にはそんなに驚いてないみたいだった。

 みんなは自分のやるべきことに集中しているから驚いていないように見えるのかもしれない。
 でも正直に言えば、わたしも雨が止んだことについてはそんなに驚いてない。何に驚いてるのかと言えば、雨が止んだことにわたし自身が驚いていないことに驚いてるんだと思う。


「彩峰、御苦労さま。―――さ、先を急ぎましょう」


 っと、考え事してたらロープの回収が終わったみたい。ぼんやりしてないで集中しないと。





 ―――予感が正しければ、次に出番があるのは私なんだから








[5043] Muv-Luv ALTERNATIVE ~Until the vanishing day~ 第九話
Name: ゲルトマー◆4a699184 ID:b04667f4
Date: 2009/05/18 05:58
<<白銀武>>

11月6日 国連横浜基地セキュリティエリア 香月夕呼執務室


「香月博士、失礼します……、? ―――居ないのか」


 執務室に入ると照明は付いておらず、夕呼は留守であった。


(しばらく待たせて貰うか―――)
 

 部屋の照明をつけ、応接用のソファに歩み寄る。
 そうそう客など来ないこの部屋には不釣り合いな重厚なテーブルに持ってきた書類を放り投げ、ソファに身を投げ出すようにして座り込む。


(―――?)


 普段の執務室では感じない僅かな違和感。いや、視線を感じる。


「霞か? 珍しいな、こっちに一人でいるなん……」


 口にしてから気付く。霞がいると言うのに照明すらついていないとはおかしくは無いか?
 そもそも、霞には気配を隠そうとする必要性が存在しないはずだ。このフロアは霞が居る事を知っている人間以外入ってはこないのだから、気配を隠スなどと言う行動に意味はない。
 更に言うならば、平時の基地内部で気配を隠す必要など誰にもなく、仮にそのような人間が居るとすれば、外部からの侵入者、もしくは潜入者だけ―――。


(―――!!)


 そこまで思考が至った瞬間、椅子から跳ね起き、体を捻りながら飛び退いて距離を取る。


「誰だ!?」


 戦闘態勢に入り思考がクリアになるのと同時に、自責の念が湧きおこってきた。


(くそっ……! 気を抜き過ぎた……!!)


 横浜基地の機密区画のセキュリティは帝国内でもトップクラスだ。基本的に自分は衛士区画と機密区画にしか居ないのだから、部外者の危険人物のことなど想定する必要は無い。

 だが、だからと言って警戒を怠りすぎたのは自分のミスだ。
 何事にも絶対は無い。そんな事はとうの昔に知っていたと言うのに……。


「……そこから出てきて名を名乗れ」


 懐から拳銃を取り出し物陰に向ける。
 相手が誰かはまだ分からないが、ここまで入り込むような不審人物に対して警戒しすぎと言う事は無い。


「―――人に名を訪ねる時はまず自分から名乗るべきだと思うがね。シロガネタケル」


 物陰から現れた人物が誰か認めて、ようやく武は理解した。
 何故ここまで入り込めたのか。何故視線を感じるまでその存在にまるで気付かなかったのか。


 ―――それは、相手がこの男だったからだ。


「……不法侵入者の言うことではないですね。帝国情報省外務二課長、鎧衣左近殿」

「おや、既に私のことも知っているのか。ふむ……、ならば話は早い。君に土産をやろう」


 そう言うと左近はどこから取り出したのかトーテムポールの縮小版の様なものをこちらに差し出してきた。


「……一応聞いておきますが、これは何です?」

「サンダーバードをかたどった御守りだ」

「サンダーバード?」


 瞬間、恐ろしく短い発射台から飛び出す太った輸送機が脳裏に浮かぶ。


(……なわけねえよな)


 浮かんだイメージを即座に否定する。
 一つ首を振って向き直ると、鎧衣課長は奇妙なものでも見るようにこちらを見つめていたが、唐突に面白いことを思いついたかのように口を開いた。
 一瞬頭の上に電球が見えた様な気がしたが、流石に気のせいだろう。


「知りたいかね?」

「いえ、結構で「サンダーバードとはアメリカの先住民族に伝わる神鳥でね」……」


 ……この時のためだけに覚えてきたのか、それとも以前から頭の中にあったのか定かでは無いが、鎧衣課長は“サンダーバード”についての知識を披露し始めた。
 それに突っ込んでもどうしようもない事は既に知っている。今までに何度も何度も、それこそうんざりするぐらいに経験してきたことだ。薀蓄語りが始まった時点で諦めている。
 だからこそ、思う事はただ一つ。


(――博士早く帰ってこねえかなぁ……)





 ―――20分が経った。博士はまだ帰ってきていない。鎧衣課長の薀蓄はまだ続いている。つまり、真に遺憾ながら俺の願いは裏切られたわけだ。


「―――つまり、サンダーバードの姿形に関する伝承は後から作られたものである可能性が高いわけだが……、聞いているのかね、シロガネタケル」

「はいはい、聞いてますよ……」


 無論嘘である。
 古今東西、投げやりな返事をする人間がちゃんと話を聞いていた試しなど無い(白銀武調べ)
 そもそも聞く気もない。
 大体自分は博士に報告書を提出しに来たのであって、目的不明の怪しいおっさんの暇つぶしの相手をしに来たわけではない。


「む、なんだねそのぞんざいな言い方は。いいかね、そもそも人の話をちゃんと聞くと言う事は―――」

(なんでこの親子は自分の喋りたいことだけ喋って人の話聞かないんだろうなぁ……。やっぱ遺伝か?)



 一応鎧衣左近を擁護しておくと、人の話を聞かないと言う点だけでみれば白銀武もまた同様なのである。
 双方に異なる点があるとすれば、半ばわざとやっているか天然かの違いだけである。
 そして今の武はどうでも良い思考に埋没していて左近の話を聞いていないのだが―――


「―――あんた達、一体何してるわけ?」


 その下らない思考から抜け出していないが故に、部屋の主の帰還にもまるで気が付いていなかった。
 一方鎧衣左近は周囲への気配りを怠るような人間ではない。


「こんばんは。香月博士」

(人の話を聞かない遺伝子……。すぐにも淘汰されそうな遺伝子だなぁ……)

「白銀、あんた何してんの?」

「え?」








<<香月夕呼>>


 執務室に戻ると何故か鎧衣が白銀相手に薀蓄を垂れていた。
 近付いても何の反応もない白銀がおかしいと思ったけど、声をかけた時の反応は特におかしかった。
 ウンザリした様な顔が間抜け面に代わり、だんだんと陰鬱な表情に変わっていったのだから。


(こいつなんで落ち込んでんのかしら……)


 白銀が現れてからそれほど経っていない。だが、短い付き合いながらもその濃度は濃かったと思う。
 その濃い付き合いの仲でも、先ほどのように面を付け替える様な百面相を白銀が披露したのは今日が初めてだ。
 何故そんなことになったのかは不明だが、後々からかうネタ程度には使えるだろう。

 ……それよりも今は目の前に立っている男の対応だ。正直まともに相手したくない。能力は確かだから相手にしないわけにもいかないのが悩ましい。


「……それにしても帝国情報省ってのは礼儀がなってないわね。面会の約束をした覚えは無いけど?」

「これは失礼。少々急ぎの用となってしまいましてね」

「急ぎの用ってだけで手順を無視していいならセキュリティなんてもんは要らないのよ」

「いや、これは手厳しい。美女に叱責されるというのもなかなか楽しいものではありますが、そのように目尻を吊り上げられては折角の美貌が台無しですぞ」

「そんな下らないこと言いに来たわけ? さっさと用件を言いなさい」

「おっと失礼。今日の目的の一つはそちらの彼なのですが……。そうだろう、シロガネタケル君?」

「……何がですか?」


 さっきまで目に見えて落ち込んでいたってのに、白銀はもう復活したらしい。それとも頭が切り替わっただけか。
 まあ何時までも落ち込んで居られても目障りだから復活するのを嫌がる理由は無い。


「ふむ? 既に理解していると思っていたがね。―――死んだはずの人間が何故ここに居る? 一体君は何者だね?」

「予想どおりすぎて笑えませんよ。死んでないからとしか言いようがないですし」

「それで済むと思っているのかな? 帝国、殊に斯衛において“白銀”と言う名が持つ意味は大きい。君だけでなく、おそらく博士が考えている以上にも、ね……」

「……それは家名であって俺という個人の存在ではないでしょうに」

(―――そろそろ止めた方がいいかしら……?)


 “白銀”という名が持つ意味。
 そんなモノは白銀が横浜基地に現れた時点で調べて分かっている。
 白銀のことだ。ある程度、もしかしたら全て知っているのかもしれない。だが―――


(万一、白銀が事情を知らないそぶりを見せたら……)

「ふむ……、君の認識は若干間違っているな、シロガネタケル。真実問題なのは“白銀”の名でも君でもない」

「? それはどういう―――」

「(!!)白銀、そこまでよ。……鎧衣課長、そんなに白銀のことが気になるのかしら?」

「“あの”香月夕呼がデータベースの改竄をしてまで部下として引き入れた男。しかも白銀と名乗っているとあれば、一部の者は気になって仕方ないでしょうな。尤も、私もその一人ですが」

「私は改竄なんかしてないわよ。私がやったのは言うなれば“回復”ね。今までは死亡扱いの方が都合が良かったからそのままだったってだけよ」

「……ふむ、一応筋は通っていますな」

「筋が通っているかどうかじゃなくてそれが全てよ」

「博士がそうおっしゃるならば納得するしかありませんな。
 ……それでは次の用件です。博士が御望みのモノ、少々手間がかかりそうでしてな。何か餌とするに十分な物を頂きたいのですが」

「まだ何か欲しいっていうの? 要らないものをくれって言ってるだけでしょうに、あちらさんは欲深いわね」

「自分たちには使えない不用品であっても、他人が欲しがっているとなれば高値で売りつけたくなるのが人の性というものなのでしょうな」

「ふん。……なんか使えるネタあったかしら……」


 正直に言って、今自分が持つ手札にそこまでのリターンが期待できる物は無い。脅迫に近い手段なら無いこともないが、それは最終手段だ。まだそこまでの段階じゃない。

 だが、私には無くても白銀には……?

 私が視線を向けると白銀は意図を理解したようで、少し考え込むような表情をした後、口を開いた。


「……鎧衣課長、博士がその提案を受けるかどうかとは別に、米国への追加要求があるんですが、伝えて頂けますか?」

「ふむ? 君は何の話か理解しているようだな。……香月博士、これはつまりそう言う事だと理解してよろしいですかな?」

「……そうねぇ。こいつも私の研究に関わってる、とだけ言っておくわ」

「ほう……。成程、分かりました。で、横浜からの要求と言うのは?」

「YF-23二機。そしてプロミネンス計画によって米国が得た全てのデータです」

「……それは中々豪勢だな、シロガネタケル」

「逆に言えば横浜はそれだけの物を用意できると言う事ですよ。米国が拒否するならそれも結構。こちらの要求した物は、また後日引き渡していただくと言うだけです」

「鎧衣課長、今の要求は別に手に入らないならそれでも構わない物よ。でも最初に依頼した仕事は、きっちりやってちょうだい」

「それは無論。ではこれにて―――」

「鎧衣課長、お話はまだあるんですよ。少し待ってもらえますか?」

「……何かね、シロガネタケル」

「博士。鎧衣課長にお土産を差し上げようと思うんですが、構いませんか?」

「……ちょっと来なさい」


 ―――グイッ!

 近付いてきた白銀の胸倉を掴んで、頭を引き下ろす。


「ちょっと博士、苦しいですって……!」

「あんた、一体何のつもり? 自分が何言ってるか分かってるのかしら?」

「……横浜に―――香月博士の計画と俺の目的に利益を齎すことは保証しますよ」

「当然よ。まず中身を教えなさい」

「11月11日早朝、新潟に佐渡島のBETAが上陸します」

「……続けなさい」

「主な上陸地点は新潟中部沿岸、規模は旅団規模。推定目標は横浜基地です。対処が遅れれば最低でも二個大隊、下手をすれば連隊規模で機甲部隊が壊滅します」

「……」

「本当は帝国の上層部に話を通すつもりは無かったんですが、鎧衣課長が現れたとなれば、ここは帝国に恩を売る絶好の機会です。
 こちらの要求は横浜基地の部隊の参加だけ。ついでに新型OSの影をちらつかせれば、あとはあちらから喰いついてくるはずです」


 ……成程、確かに悪くない。
 白銀の言葉が真実ならば、帝国に大きな恩を売ると同時に新型OSという交渉の材料を見せておくことが出来る。
 例え白銀の言葉通りにならなかったとしても、横浜には――自分には損がない。


「……悪くないわね。いいわ」


 掴んでいた白銀の胸倉を離して戻らせる。
 白銀が元の場所に戻るまでの間に鎧衣と目が合ったが、鎧衣はいつものにやけた様な笑みでこちらを見ていた。


(……見透かされてるかしら?)


 ……だがそれでも構わないだろう。
 鎧衣が動く時、彼は必ず一石二鳥どころか三鳥四鳥と何羽もの鳥をたたき落とす。
 それは日本が滅亡の瀬戸際にある国家であるが故に、一つの石で一羽の鳥しか手に入らないようでは状況の変化に追いつかない可能性があることが大きな理由となっている。状況を大きく動かし、その中で生き残る道を探る。そのために研ぎ澄まされた能力だ。
 しかし、たった一つの石で複数の鳥を手に入れるその手腕が故に、今のような状況では逆にそれを利用することが出来る。

 つまり彼には、単に“白銀武を殺す”という、単一の結果しか導き出せない選択肢はあり得ない。
 白銀を消すならば、それによって複数の利益が得られるタイミングを狙う筈だ。少なくとも今は、白銀を殺すことは誰にとっても不利益しか齎さない。


「お話はお済みですかな、香月博士」

「ええ、終わったわ」

「ではその土産、というものの内容を是非ご教授願いたいですな」

「白銀」

「はい。―――11月11日早朝、佐渡島を発したBETA群が新潟に上陸する、という予測が香月博士によってなされました」

「……これは驚きましたな。それは真ですかな?」

「真実かどうか聞かれても私にも分からないわ。あくまで予測だから」

「ふむ……」

「規模は旅団規模。推定目標は横浜基地。現在の新潟周辺の防衛戦力では支えきれないと思われます。事前に戦力の増強や連絡体制の徹底などをしていれば別ですが。
 横浜がこの件に関して鎧衣課長に望むのは一つ。実際にBETAの襲来の可能性が濃厚になった場合、防衛に横浜基地部隊の参加を認めるよう取り計らって頂くことだけです」


 本来、オルタネイティブ第四計画直属部隊であるA-01の出撃に、帝国からの許可など必要ない。
 更に言えば、横浜基地に危険が迫っているとなれば基地の全部隊の出撃さえもこちらの裁量で実行可能となるため、今回のような事態ではなおさらである。


「……A-01ならば、独自出撃が国連・帝国の双方から許されているはずですが?」

「新型のOSのデモを兼ねてるからね。おおっぴらに出撃させたいのよ。何かと言うと成果を見せろって馬鹿が多くてね~」

「……なるほど、香月博士も色々と大変ですな。使われる身の悲哀とでも申しましょうか。そうそう、使われると言えばこんな話はご存知ですかな? ある種の動物には―――」

「御託は結構。用件が済んだならさっさと帰りなさい」

「おお、これは怖い……。やれやれ、忙しくなりそうですな。では、今日の所はこれにてお暇いたしましょう」

「……ピアティフ、鎧衣課長がお帰りよ。門までお送りして差し上げなさい」

「いやいや、おかまいなく。送迎などと言うお手間をお掛けするのは心苦しいですからな」

「勝手にうろつかれたら迷惑だって言ってんのよ。次からは面会予約をしてから来て下さるようにお願いしますわ、鎧衣課長」





 鎧衣はピアティフに送られていった。

 ……帝国に対する要求は、バランスを考えれば通るのはほぼ確実だろう。
 問題は米国に対する要求だ。
 鎧衣が指摘し、白銀自身が理解しているように、こちらが要求したことは相当なものだ。
 確かにYF-23なら手に入れられるかもしれない。幾らYF-23が世界最強クラスの戦術機であると言っても、制式採用機からも外れ、正直に言えば米軍すら持て余しているような物だ。今後も必要となる保存費用、ノースロック社の思惑なども考えれば、手放すことをそこまで惜しみはしない、と思う。
 だが“プロミネンス計画”で得られた全データとなれば話は別だ。
 半ば放棄された計画であるとは言え、そのデータはF-22の改良や新型機開発に使う為に米国にとってなくてはならないものだ。
 所詮データである。それを渡したからと言って自国の開発で困るわけではない。見返り次第では渡してしまって構わないと言う者もいるだろう。だが米国の戦後ドクトリンを考えた場合、データの提供は大きな問題となる。
 米国の最新鋭機F-22はもとより、F-15ACTVやF-18E、F-14Eと言った最新の強化型、各国で使われるF-16ファミリーの新型試験機、ソ連が使用する試験機。それらの様々なデータを利用して生み出された戦術機が米国製戦術機を上回る性能を有さないとは限らない。

 勿論それは国連、ひいては世界共通の財産となるべき戦術機だ。しかし、横浜基地は国連基地であると言っても独立した立場にあり、国連・米国の双方からあまり歓迎されていない。実際の所、横浜基地は日本帝国の外部研究機関である、とする見方の方が多数派なのである。データを利用して生み出された戦術機でなく、データそのものが帝国にわたることを危惧するのは当然だ。

 結局、米国上層部を納得させるだけのものを提供しないことにはデータもYF-23も手に入らない。
 それを目の前の男はどう解決するつもりなのか?


「……で、撒き餌には何を用意するつもりなのかしら?」

「幾つか候補を見繕ってくるので、一応見て頂けますか? 流石に手札を全部開くわけにもいかないでしょうし」

「……あんた、あんなデータよこした上でまだまだあるっての? 一体どれだけ隠し玉持ってんのよ」

「さあ……? 少しずつ思い出してるんでその度に記録してるんですけど、正直俺にもあと幾つってのははっきり分かりません」

「あ、そ……。で、報告書は?」

「ああ、それはこっちに」

「はい、御苦労さん。データは早めに持ってきなさいよ」

「それは勿論。じゃあ今日はこれで」


(さて、どうなるもんかしらね……)








 11月7日 国連横浜基地 基地司令執務室


 この日、基地司令であるパウル・ラダビノッド准将の執務室には、非常に珍しい事に来客が――帝国から新たに派遣された人間を来客と言って良いのならばであるが――訪れていた。
 そもそも、横浜基地に訪れる客人は香月夕呼博士に用がある人間の方が圧倒的に多い。帝国や国連の上層部に属する人間が来た時に対応するのみであるが、それもそうそうあることではない。
 従って、今回のようにまず関係を持たないであろう人間の相手をするのは非常に珍しいことなのだ。


「ふむ……、君が、今回新たにこの横浜基地に派遣された斯衛の中尉かね」

「は。不破恭也中尉です、ラダビノッド准将閣下」


 斯衛の中尉――不破恭也中尉はラダビノッドの確認を肯定した。
 現在この執務室には彼ら二人の他に、更に二人の女性がいる。


「はじめまして。この基地の副司令をしている、香月夕呼よ」

「はじめまして。お噂はかねがね伺ってます」

「あらどんな噂かしら? 不破の人間って言うからどんな厳ついのが来るのかと思ってたけど、来てみたらとんだ優男ね」


 一人は横浜基地副司令香月夕呼。そしてもう一人、夕呼の傍に立っている女性は―――


「……光栄です、と言えばよろしいですか? そう言ったことを言われた経験があまりないので複雑な心境です」

「あら、律儀ね。……一応紹介しておくわ。私の秘書の氷室よ」

「氷室と申します。顔を合わせる機会は少ないかと思いますが、よろしくお願いいたします」


 そう言うと氷室と名乗った女性は頭を下げた。
 左反面を垂らした前髪で隠しているためそちらの表情は伺えないが、見えている右半面は非常に美しい。


「こちらこそ、よろしく」

「……不破中尉。君の部屋はその資料の中の地図を参照してくれたまえ。荷物も既に部屋に届いているはずだ」

「地図…………。確かに、確認しました。それでは失礼します」


 資料を確認した中尉は、一礼すると部屋を出て行った。
 少しの間、恭也が出て行った扉を見つめていたラダビノッドだが、不意に夕呼に対して口を開いた。


「……香月博士、少し、いいかな?」

「なんでしょう、司令」

「この時期の帝国からの人員増派……、白銀大尉と関係しているとみてよいものかな……?」

「……おそらくそうだと思いますわ。帝国――いえ、斯衛がここまで反応するとは思ってはいませんでしたけど」

「…………そうか。いや、すまない。職務に戻ってくれたまえ」


 ラダビノッドは両肘を執務机の上に乗せて掌を組むと、祈りを捧げるかのように目を閉じた。
 彼が何を思ったのか。それは夕呼にとって大した問題ではない。
 夕呼はラダビノッドがどういう人間か理解している。彼は信念を曲げるような男ではない。そして、彼の信念はオルタネイティブ4の完遂を望んでいる。


「では司令、失礼しますわ。―――氷室、きなさい」

「了解です」


 夕呼は氷室を伴って基地司令執務室を退出した。

 香月夕呼の半歩後ろ歩く氷室と呼ばれた女性。
 彼女が一体どのような役割を与えられてここにいるのか知る人間は少ない。そもそも彼女が誰であるのか知る者も少ない。
 基地中を探せば彼女の顔と名前を一致させる者もいるだろうが、そういった者はこの区域には居ない。
 故に彼女が誰か知る者はいない。

 彼女が誰であるか、過去に何をしたのか、これから何をするのか。その答えを知る者は香月夕呼とパウル・ラダビノッド以外存在しない。少なくとも、今はまだ―――






[5043] Muv-Luv ALTERNATIVE ~Until the vanishing day~ 第十話
Name: ゲルトマー◆4a699184 ID:b04667f4
Date: 2009/06/03 05:30
11月8日 1020 横浜基地 海が見える丘


(流石に少し肌寒いな……)


 横浜基地外れの海を眺めれる丘に寝転がり、俺はぼんやりと空を眺めていた。
 11月11日の前に行うべき根回しは全て終わった。
 まだやれることがあるとすればヴァルキリーズの訓練くらいだが、基本的に午前の訓練にはタッチしていない。
 新たに思い出したデータもその多くを既に夕呼へと渡してしまったため、データを纏める作業も今のところ無い。
 ようは現状午前中にやることがほぼ無くなってしまったため、束の間の平穏を楽しんでいるというわけだ。
 昔は純夏を筆頭とした友人たちのおかげで日常生活は騒がしいなんてものじゃなかった。こっちの世界に来てからは訓練か戦闘の毎日で、とてもじゃないが一人でいる時間を楽しむなんて優雅な真似は出来なかった。


 だが、その平穏も直に終わるようだ。
 一人孤独を楽しむ俺の感覚は、複数の人間が丘を上ってきている気配を捉えていた。

 態々この丘を上ってくるとは何処の物好きだろうか。そう思っていつつ空を眺めていると、近づいてきた人物は俺から3mほどの距離で立ち止まった。


「……白銀武だな?」


 聞き覚えのある声に呼びかけられたため、顔をあげて相手を確認する。
 やはりと言うべきか、相手は見知った顔だった。
 まあ相手はこちらのことなど顔写真程度でしか知らないだろうが……。


「そうだが……。斯衛軍が俺に何の用だ?」

「……お前は何者だ?」

「…………。結局何時も通りか……」


 立ち上がりながら呟く。
 呟きが聞こえたようで、月詠中尉の視線が厳しくなる。


「……貴様は、何者だ」

「ふん、その答えは既に持っているだろう? 国連軍大尉白銀武。香月博士の下で任務に従事している。それ以上のことは機密扱いだ。お前達には知る権利がない」

「……とぼける気ですか?」

「何を?」

「……死人が何故ここに居る?」

「まあ死んでないからだろうな」

「国連軍のデータベースを改竄して、ここに潜り込んだ目的は何だ!?」

「別に潜り込んだわけじゃないが。スリーパーが香月博士の下で働けるとでも?」

「城内省の管理情報までは手が回らなかったか? それとも、追及されないとでも思ったのか?」

「そもそも俺はデータの改竄などしていない。その問いに対する答えは俺には無いな」

「冥夜様に近づいた目的はなんですか?」

「狙って近づいたわけではないんだが……。ふん、強いていうならあれはいい女だな」

『なっ……、ふざけるな!!』


 何時も通りのやり取りには飽きているので少しからかってやろうと思ったのだが、月詠中尉だけは怒りを態度に現わさなかった。
 内心は腸が煮えくりかえる程の怒りを抱いているであろう月詠中尉は、怒りの気配を微塵も表には出さず静かな声で口を開いた。


「……もう一度だけ問う。死人が何故ここに居る?」

「話が噛み合わないな。俺の経歴が知りたいのなら香月博士を通してからにしろ。“Need to Know”だ。
 それとも何か? 斯衛は聞けば何でも教えてもらえるのか? 相当おめでたいな」

『なんだと!!』

「……もう一度言う。知りたいなら香月博士に許可を求めろ。俺の情報に触れる権限を持つのは香月博士だけだ。許可が出ない限り俺が話すことは出来ないし、話すつもりもない」

「……ッ、そんなことで誤魔化せると「神代少尉、そこまでだ」――!?」


 神代の怒声を遮ったのは、丘を上って来た一人の男――斯衛の制服を着込んだ男が発した声。
 静かな声でありながら、その存在感は月詠中尉に勝るとも劣らないものだった。
 そしてその制服の色は―――


(―――“黒”……? それにしてはこの気配は……)


 斯衛軍ではその出自によって制服や戦術機の色が変わる。戦術機に至っては色だけでなく性能まで変わるというのは甚だ馬鹿げているとしか言いようがないが、斯衛の人間を見定める助けにはなる。
 今回現れた男は“黒”。
 武家ではない一般出身の者が纏う色だが、それにしては目の前の男の気配は異質と言うほかない。
 今まで何度となくループしてきた中で、斯衛の者も多く見てきた。
 その経験から言うなら、斯衛の人間が発する存在感とでも言う物は纏う色に応じて変わる。“青”や“赤”ともなればそれは別格だったが、“黄”や“白”ならば何処の軍でもわりと多くいるものだ。それを考えれば“黒”など言うに及ばずだろう。
 無論、“色”の違いがそのまま衛士としての実力の違いであると言う訳ではない。だが斯衛において、下位の“色”を纏う者の実力や存在感が上位の“色”を纏う者を上回ることは殆ど無い。それゆえ実力の違いが“色”の違いであると言って決して間違いではないのだ。

 ―――だと言うのに、目の前の男のそれは“赤”や“青”に匹敵する。
 それは即ち、この“黒”の男の実力は斯衛でも相当な上位に属するということだ。


(……まずいな。こいつがこちらの邪魔をすることになったら相当面倒になるぞ……)

「ふ……、不破中尉!?」

「……月詠中尉、困ります。貴方の任務はそんなことではないはずです」

「馬鹿な……何故、お前が……」

「それは後ほど……。申し訳ありません、白銀大尉。私は昨日よりこの横浜基地に着任しました、帝国斯衛軍所属、不破恭也中尉と申します。月詠中尉達が大尉を追いかけて行ったと聞いて探していたのですが……」

「……いや、謝罪されるには及ばない。どのみち、中尉の任務も同じだろう?」

「……良く御存知で。どうやら、大尉と香月博士との関係は相当に深いようですね」

「状況から考えればそれしかないからな」

「確かに、私はあなたを見極めるよう命じられています。ですが今日の所は単に月詠中尉を連れ戻しに来ただけですので、お話はまた時間がある時にゆっくりさせて頂きたいと思います。……行きましょう、中尉」


 月詠中尉たちは不服そうな表情をしつつも、不破中尉が先に歩き出すと敵意に満ちた目でこちらを睨みつけながら去っていった。



 ―――不破恭也中尉

 黒でありながら赤にさえ一目置かれている男。
 幾度となくループしてきた中でも初めて出会う人間だ。何の情報も――いや、実力があることだけはまず間違いないが、詳しい事が何も分からない。慎重になるに越したことはないだろうが―――


(―――ま、どのみち長い付き合いになるだろうし、そこまで気にしなくてもいいか。月詠中尉達ほど過激でもなさそうだしな……)


 印象だけで語るなら、不破中尉はどちらかと言えば“良い人”に属する人間の様だ。
 帝国に属する人間である以上利害が対立する可能性はあるが、これから相手をしていくことを考えればこちらへの敵意を丸出しの月詠中尉達に比べれば大分楽だろう。
 若干楽観的すぎる観測ではあるが、今から過剰に警戒しても何も始まらない。何といっても、自分もこちらもまだ何もしていないのだから。


「ふん…………、取りあえず飯でも食いに行くか」


 色々と考える事はあるが、まずは午後からの教導に向けて腹ごしらえをするとしよう。
 何時ものことだと言っても、長時間のシミュレーター搭乗は流石に腹が減る。殊に、最近やたらと腹が減って空腹になるのも早い。普通盛りではまるで追いつかないのだ。

 大盛りより多く盛ってくれ、と言ったらどれくらいの量の飯が出てくるだろうか。
 武はまだ見ぬ特盛りに想いを馳せながら丘を後にした。









<<不破恭也>>


(……何時切り出したものだろうな?)


 白銀大尉と別れ丘を下り、既に丘の麓近くに来ている。
 大尉との距離も充分離れていることだし、今話しても何も問題は無い。と言うか、隠したところで意味がある物は殆どない故に実際は大尉の前で話しても問題なかったのだが……。


「……そろそろ良いだろう。さっきの話はどういうことだ?」


 どうしようか迷っていると、月詠中尉が先に口を開いた。
 神代少尉・巴少尉・戎少尉の三人はともかく、月詠中尉が何も聞いていないと言うのは正直に言って意外だったのだが……。


「……月詠大尉からは何も聞いていないんですか?」

「報告は上げているが、ここしばらく真耶とは話していない。一体―――」

「―――帝国に仇為すものかどうか、白銀大尉を見定める事。それが今回俺に言い渡された任務です。中尉には当初の任務だけに注力して頂きたい、ということでした」

「……だとしても何故お前が? ブレイカーズ副長ともあろう者がこんな処に来ている場合か?」


 ―――第13斯衛機甲大隊第1中隊、通称『ブレイカーズ』

 大隊どころか中隊や小隊ですら定数を満たしていないことが珍しくない斯衛軍の戦術機甲部隊において、数少ない完全充足の中隊である。
 所属する衛士の多くが“黒”だが、斯衛の中でも有数の練度を誇る精鋭部隊として知られている。

 その副長ともなれば重要度は並の中隊長よりも遥かに上。月詠中尉の言葉も分からなくもない。
 尤も、月詠中尉自身の立場を考えなければ、だが。


「その言葉、そっくりお返ししますよ。月詠中尉が横浜基地に出張っているのが既におかしいんです。たとえ冥夜様の護衛とは言っても、ね」

「ぬ……、それは…………」


 月詠中尉は反論できないようで黙り込んでしまった。
 本人は大隊唯一の“赤”で、しかも副長なのだから、中隊副長の異動が異例だなどと文句を垂れれる立場ではないのだ。


 しかし、確かに自分自信納得しきれているわけではない。
 噂に名高い香月夕呼という女傑が態々引っ張り出してきた白銀武という人物に興味がないわけではないが、任務を言い渡されるまでは聞いたこともなかった名だ。斯衛の上層部が何故そこまで気にするのか分からない。
 現状を考えれば、自分を派遣するよりも先にやるべきことはまだまだあるはずだ。



 斯衛について少し話をしよう。
 斯衛軍はエリートであり所属する衛士は皆エース級だと認識されている。実際その認識は間違っていない。
 斯衛軍の規模を考えれば、そこに所属するエース級衛士の数は異常だと言わざるを得ないだろう。

 さて、それでは帝国全体でエースと呼ばれる衛士の数は実際の所どうなのか?
 帝国全体で考えれば斯衛の総数よりもエース級の腕を持つ者は多い。いや、多かったと言うべきか。帝国のエース級衛士は、BETAの日本上陸から一年の間でその数を大きく減じてしまっているのだ。

 それまで帝国に存在した練度の高い衛士や部隊は、帝国正規軍と斯衛軍とに関わらず激戦区の穴埋めに駆り出され、その多くが戻ってこなかった。
 斯衛軍の戦術機甲大隊は現在第18大隊まで存在する。しかし、その多くが衛士や戦術機が不足しているし、衛士と戦術機の定数がそろっていても整備員が足りておらず、完全充足状態の部隊は一部だけだ。BETAの日本上陸から横浜奪還、九州への戦線の押し戻しを経て失われた戦術機や衛士の穴は未だ完全には埋まっていない。
 斯衛軍の衛士として武家の子弟が数多く居る理由は、それら失われた戦力を充足させるため、まだ正規の徴兵年齢に達していない者でもある程度の実力があると認めたものを次々に任官させているためだ。無論斯衛軍の水準を満たしているのが最低条件であるため、皆一世代上の衛士にも引けを取らない実力を有している。


 ―――だが、それも対戦術機に限った話だ。


 斯衛――と言うよりも武家全般に言える事だが、彼らは対人戦闘を行って腕を磨くことが多い。武家とは人間の相手をするために生まれた存在であり、彼らが磨く武技とは人間を倒すために存在するのだから、そこにおかしな点は無い。
 だが、この現状を考えるとそれでは物足りない。BETAという人類共通の敵との戦いには、対人技術がどれほど高かろうが関係ないのだ。
 無論彼等とてシミュレーターでさんざん訓練しているし、連携とてそんじょそこらの部隊では手も足も出ないほど洗練されている。

 だが問題なのは練度ではない。経験だ。
 BETAに初めて遭遇した者は、その誰もが目の前に居るモノが自分たちとは明らかに異なる存在だとすぐに理

解することになる。そして、その自分たちとはあまりに違う受け入れ難い存在に恐怖を覚えるのだ。初めて実物を見た人間が受ける衝撃は計り知れない。それは練度とは全く別の次元にある問題だ。

 対BETAの実戦におけるそう言った衝撃を多少なりとも緩和し、恐怖で崩れ落ちそうになる己を支えてくれるのは何か。
 それは厳しい訓練を耐え抜いたと言う自負であり、崩れ落ちそうになった時共に戦場にある上官や仲間たちに他ならない。
 だからこそ、実戦経験豊富な者が訓練に参加し、後進の指導を行う事が重要なのだ。

 ……だと言うのに斯衛の上層部はこんな愚にもつかない――少なくとも自分にはそうとしか思えない――任務を言い渡す。
 死んだ人間がどうだのと言う事はどうでも良い事だ。半ば建前に近いとはいえ、国連横浜基地と帝国は協力関係にある。その関係に亀裂を生じさせかねない行動を態々取ってどうするのか。帝国を快く思わない諸外国に介入の隙と口実を与えかねない。
 そもそも、こんな任務は情報省なり内諜なりに任せるべきで、斯衛の軍人が出張るような任務ではない。斯衛の上層部がそこまで気にする“白銀武”とは一体何者なのか?


「……月詠中尉は白銀大尉のことを御存知で?」

「詳しくは知らん。白銀影行元斯衛軍少佐の子息であり、横浜陥落の際に命を落としたはず、と言う程度だな」

「……そうですか。俺も詳しい事情は聞いていないんですよ。月詠中尉にはどなたか心当たりは?」

「いや……、私の伝手では知っている可能性がある者は居ても、それを他者に話しそうに無い者ばかりだな。
 私の伝手を探るよりもお前の伝手の方を探った方が良いのではないのか? 士朗殿や御守少将なら何か御存知だと思うが……」


 脳裏に自身の父親の姿を思い描く。
 ……まず間違いなく「自分で調べろ」と言って大笑いするのがオチだろう。
 恐らく静馬さんも和臣さんも詳しくは知らないだろうし、仮に知っていても教えてはくれないだろう。


「……聞いたところで教えてはくれないでしょうね。その線から行くのは望み薄ではないかと……」

「…………そうか」

「……この話はこれで終わりにしませんかか? どの道それを知ったところで俺の仕事に意味はありませんしね。
 それよりも、久しぶりにどうです?」


 中尉に目線を向けながら腰に挿した刀を叩く。


「……ふ、それもいいか……」

「あ、あのぅ……不破中尉」

「どうした?」

「私たちも御相手していただいてよろしいでしょうか……?」

「ああ、いいぞ。月詠中尉との仕合が終わったらで構わなければ、だが」

『ありがとうございます!!』


 ……任務の事は取りあえずは置いておくべきだろう。正直に言えば何処から手を付ければ良いかまるで分らないし、実際の所やることもほとんど無い。
 白銀大尉の監視とは言っても、所属の違いだけでなく階級でも相手が上なのだ。大尉の行動に掣肘を加えることなど不可能だ。
 結局、出来ることなど大尉の動向を報告する程度しかない。ならば、今ぐらいは月詠中尉との仕合を楽しむことに集中したいものだ―――









<<白銀武>>

 11月9日 白銀武自室


 ―――207B分隊が総戦技演習に合格した


 つい先ほど、まりもからそう報告を受けた。正確にはまりもの直接の報告を受けた夕呼から聞いたのだが。

 ともあれ、その知らせを聞いてから寝台に仰向けに寝転がって天井を見つめている。
 何をしているのかと問われれば、何時もの自問自答だ。

 “これで良かったのか”“別に方策は無かったか”
 例えそれが“何処”であろうと考えていることだ。これまでは自分の中で結論付けていた。「これまでは」とは言うが、最近は結論を付けていないのか、といわれると無論違う。少し中身が異なるだけだ。尤も、それが重要なのだが……。



 ―――まだ迷うか。お前は覚悟を無くしたのか?



 その重要な中身の違いがこの“声”だ。



 ―――香月博士の前で何を言ったかすら忘れたのか



 自問自答をする度に聞こえてくる“声”

 分かっている。戦士としての能力は誰よりもあると自負する自分が、未だに心の強さは半人前だと言う事を。
 だからこそ、“声”に感謝している部分もある。
 ウジウジ思い悩む時間が少なくなるのだから、その分別のことに手間をかけれる。それは自分の目的を達成するためには間違いなくプラスだ。プラスに間違いないわけだが……。



 ―――目的を忘れるな



 声が聞こえ始めた頃は、“白銀武”の記憶から聞こえる内心の声だと考えていた。
 だが最近は少し違うのかもしれないと思っている。

 “声”に含まれるイラつきや焦燥感。“白銀武”の声とは何かが違う気がしてならない。
 何が違うのか、と問われてもハッキリと答える事は出来ない。だが、何となく“違う”と感じるのだ。


(…………頭を冷やしてくるか)


 このまま考えこんで居ても時間の無駄だ。
 気分転換も兼ねて、思いっきり走るとしよう。

 制服を脱いで野戦服に着替えると、武は訓練グラウンドへと脚を向けた。






<<御剣冥夜>>


 私は日課の自主訓練を行っていた。
 総戦技演習から帰還した翌日である今日は本来なら休日であった。
 演習の疲労も抜けきっていないどころか、基地に帰還するためにかかった時間を考えると、どちらかと言えば疲労していると言っていいだろう。

 だが私はこうして自主訓練に励んでいる。
 理由など無いが、強いて言うならば総戦技演習の最中に何度も感じた自分への違和感を振り払うため、と言えるかもしれない。
 何が起こるのか、どう行動するのが正解であるのかを“知っている”感覚。そして、それを奇妙に思う感覚。
 私見ではあるが、それは隊の皆にもあったように思う。

 そもそも不自然なのだ。皆が皆、本来予想外の筈の事態に平然と対処出来過ぎている。
 確かに皆で変わるのだと言う事は話し合った。だが、榊が指示するまでもなく全員が自分の役割を既に理解している上に、指示にも疑問を持たないどころかそうあるのが当然だと理解して行動するなど、少なくとも今までの207Bでは絶対にあり得ないことだ。

 では何故そのような事になっているのだろうか……?


「―――御剣か?」

「白銀大尉……」


 白銀大尉はグラウンドのトラックの最外周辺りでこちらを見つめていた。
 それだけ近ければ途中で気付きそうなものだが、没頭していたせいかまるで気付かなかった。


「今日は休みだったはずだが……、自主訓練か?」

「は……。落ち着かないので走っておりました」


 大尉は少しの間こちらの顔を見つめていたかと思うと、躊躇いがちに口を開いた。


「ふん、落ち着かないのは分かるが休暇の時はきっちり休め。そんな事はお前も分かっているはずだが……。
 そうだな、丁度良い機会だろうな。―――御剣、お前が国連に志願したのは何のためだ? 何故力を求める?」

「……私は一刻も早く衛士となり、そして戦場に立ちたいと思っております。……月並みではありますが、私にも護りたいものがあるのです」

「……それは何だ?」

「……この星、……この国の民、……そして日本と言う国です」


 嘘偽りない心からの言葉。それは間違いなく私の本心だ。
 この国に生きる者の殆どが、程度の差こそあれそう思っていると信じている。
 そして“あの方”の心の内もそうであると信じている――いや、“あの方”の心がそうであるからこそ私も心からそう思えるのだろう。

 大尉は何かまぶしい物でも見るかのようにこちらを見つめていたが、ややあって口を開いた。


「……目的も無しに国連に志願したのなら今すぐ叩き返しているところだったが、ちゃんと目指すところがあるようでなによりだ。
 目的を持つのは良いことだ。目的があれば人は努力できる。俺も仲間からそれを教わった」

「…………」

「お前がそれを望み、努力を続けるのならそれは何時か叶うだろう。……さ、話は終わりだ。今日はもう―――と、すまん。あと一つあったな」

「は、なんでしょうか」

「危うく言い忘れるところだった。……総戦技演習、合格おめでとう。よく期待に応えてくれた。次の戦術機課程も期待しているよ」


 大尉の表情はそれまでのどちらかと言えば硬い表情とはまるで異なり、多くの人間を魅了できると思わせる柔らかな笑顔だった。
 私は白銀大尉とそう何度も顔を合わせているわけではない。だがその少ない接触の中で感じたのは、白銀大尉はあまりはっきりと人を褒めるタイプの人物ではない、という事だ。
 だが、白銀大尉は簡潔ではあるがはっきりと褒め言葉を口にしたのだ。まるで期待していなかったその言葉は、白銀大尉の穏やかな微笑みと共に、私の心に深く響いた。


「あ……、ありがとうございます!」

「それじゃあな。お休み、御剣」

「はい! 失礼します!」


 グラウンドを立ち去りながら思う。大尉の言葉の意味を。


(『目的があれば人は努力できる』、か。簡潔だがよい言葉だ……)


 おそらく大尉は、目標を見据えてひたすらに努力を重ねてこられたはずだ。
 だからこそ、自分たちと同年代であるのに大尉と言う地位を認められているのだろう。


(白銀大尉……)


 大尉から受けた称賛の言葉。大尉が称賛を口にした時の魅力的な笑顔。その言葉を聞くために、その表情を見るためにこれからも努力を続けようと思える。


 ―――必ず白銀大尉のご期待以上の結果を示してみせる


 考えておくべきこともあるが、今は大尉の忠告に従い、戦術機操縦課程の訓練に備えて体を休めるべきだ。
 決意を新たにした私は、兵舎の自室に歩を運んだ。









 11月10日 2237 帝国技術廠第参格納庫


 夜ともなれば人気も少なくなるのが常の技術廠格納庫だが、今夜は珍しいことに少々騒がしい。
 その喧騒の中心に居るのは白衣を着た二人の女性。二人とも手元のクリップボードを確認しながら整備兵たちに指示を出している。

 一人は白衣の下にツナギを着、赤みがかった美しい長髪を腰まで垂らした女性。
 硬質的な雰囲気を漂わせるその美女の名は“槻村忍”。帝国技術廠第参開発局に所属する研究員である。
 彼女は整備員たちに一通りの指示を終えると、同じく指示を終えて作業の様子を見守っている眼鏡の女性に話しかけた。


「―――部長、月詠大尉の話、どう思います?」

「月詠大尉の話? BETAの襲来予測以外に何か話してましたっけ?」


 話しかけられた女性の名は“夏海鏡花”。帝国技術廠の奇才と呼ばれる第参開発局の部長である。
 槻村博士とは異なり白衣の下には軍服を着ているが、それはだらしなく着崩されており、伸び放題で適当に括られただけの様子の長髪と相まって、彼女の性格を窺わせる。


「……やっぱり聞いてなかったんですね。説明しますんでちゃんと聞いて下さいね?」


 鏡花の返事を聞いた忍は顔をしかめると、言い聞かせるように説明を始めた。
 説明を聞かされる側の鏡花はやはり適当に聞いていたのだが、ある言葉を聞いたことで表情を一変させる。


「―――横浜が開発した新型OS、ですか?」

「どうやらまだ完成はしていないようですけどね。
 ですが、今回の作戦での国連部隊の参加はそのデモンストレーションも兼ねているということらしいので、完成度自体はかなり高いと思います」

「横浜と言うと香月ですか……。“色々と”忙しいと聞いていましたけど、そんな物を作っている暇があったんですね」

「? 部長、知り合いなんですか?」

「昔ちょっとね。――しかし、新型OSですか……」


 鏡花は眼鏡のフレームを押し上げると、ぼそりとこぼした。


「……弄ってみたいですねぇ」

「……今回の件が終わったら会談があるらしいですよ。横浜の思惑次第ですけど、もしかしたらうちにも回してもらえるかもしれませんね」

「へぇ、それはそれは…………。楽しみですねぇ……」


 鏡花は面白そうに眼を細める。
 その表情を見た忍は、横浜側の会談出席者に同情を禁じえなかった。

 ―――既に見慣れているはずの自分でさえ戦慄せずにいられない、狂気に満ちた微笑み

 笑みを浮かべる彼女の後ろには、未だ輸送準備作業中の鋼鉄の獣達、―――彼女が設計した多脚歩行戦車、試製99式戦術歩行戦闘車両『大蛇』と、忍が設計した戦術機、試製99式戦術歩行攻撃機『禍津日』が鎮座している。



 爪牙を振るう時を待ちわびる巨獣達を背にして逆光の中微笑む魔獣の聖母は、この世のものとは思えぬほど美しかった―――





[5043] Muv-Luv ALTERNATIVE ~Until the vanishing day~ 第十一話
Name: ゲルトマー◆4a699184 ID:b04667f4
Date: 2009/10/11 21:24
11月10日 国連横浜基地 ブリーフィングルーム


 帝都城内の一角が騒がしくなる少し前、横浜基地ではヴァルキリーズに対するブリーフィングが行われようとしていた。
 壇上には既にみちるが立っており、ブリーフィング時に使用する資料と機材のチェックを行っている。
 武はヴァルキリーズとスクリーンの双方を見渡せる位置――部屋の後方からスクリーンに向かって右前方に、椅子を完全に横に向けて座っていた。椅子にやや浅めに腰掛け、背もたれに体重をかけ、その腕を組み、瞼は閉じられている。これで顔が下を向いていれば寝ているのかと思うところだが、武は時折目を開いてはみちるやヴァルキリーズに視線を向けているため、寝ているのではないようだ。
 ヴァルキリーズの面々はそんな武の様子に何となく圧力を感じて落ち着かない様子だが、みちるはそんなことにはまるで頓着した様子はなく、準備を終えるとヴァルキリーズに向きなおり口を開いた。


「―――ブリーフィングを始める。
 本日、佐渡島ハイヴに属する旅団規模のBETA群の移動を感知した。各局はこの不審な動きをするBETA群の目的を本土上陸のための移動である可能性が高いと結論付けている。予測上陸地点は新潟周辺、予測上陸時間は明朝0600前後と見られている。
 この情報に対して日本帝国は、予測される本土上陸に対抗するため新潟周辺に防衛基準態勢2を発令。帝国本土防衛軍第12師団並びに第14師団は既に戦力を集結させ始めている」


 スクリーンに表示される新潟周辺の地図。
 そこには既に帝国軍第12師団と第14師団の部隊の展開ポイントも表示されている。


「任務を説明する。今回の任務は二つ。
 一つは生体BETAの捕獲。捕獲の際には特製の麻痺弾を使用する。これについては各員にマニュアルが配られることになっているため出撃前に確認しておくように。
 もう一つは皆予想しているとは思うが、白銀大尉が発案した新型OS「XM3」の実戦試験だ。性能は皆知っての通りだが、実戦では思わぬトラブルが発生する可能性もある。充分に気を付けて臨むように。なおこれは帝国へのプレゼンテーションも兼ねているため、戦闘データの一部は帝国に提供する。あくまでXM3の実戦での有用性をアピールするための試験だ。下らん見栄を張ろうとして無様な真似はするなよ。これらの任務に優先度の違いは無いが、便宜上前者を任務A、後者を任務Bと呼称する」


 みちるスクリーンの地図を拡大する。沿岸部からはそれなりの距離がある地点にヴァルキリーズを示すエンブレムが表示され、その周囲には帝国軍の部隊が展開していることを示す記号が表示されている。


「我々は上陸後の第一次迎撃をすり抜けてきたBETAを相手にまずは任務Aの達成を目指す。捕獲したBETAが一定数に達し次第麻痺弾の使用を停止、通常弾へと切り替え任務Bへと移行する。任務A達成の過程で、不測の事態により捕獲作業の継続が困難になった場合、直ちに作業を中断、速やかに任務Bに移行する。
 任務Bについては任務Aの終了後に追って連絡があると言う事だが、恐らくはその場に留まって流入してくるBETAの迎撃を行う事になるだろう。
 我々が展開するポイントはここだ。BETA群の予測上陸地点である角田山周辺からは結構な距離があるが、上陸が始まればどこから敵が来ても不思議はない。絶対に気を緩めるな。―――説明は以上だ。何か質問はあるか?」

「補給や支援砲撃は受けられるのでしょうか?」

「補給に関しては通常通りだが、支援砲撃に関しては期待するな」

「帝国へのデータ提供と言うのは具体的には?」

「操作ログやカメラ映像、出撃前と出撃後での機体の損傷度など、おおよそ戦術機に関連するデータの殆どを提供するものと考えて構わない」


 一通りの質問に答えると誰も手を上げなくなった。しかし、何人かの視線が武を向いていることに気付いたみちるは、武へと水を向ける。


「白銀、お前からは何かあるか?」

「俺ですか? ……えと、もしかしたら気になってる奴も居るかも知れないが、一応俺も出撃する。だが俺は捕獲任務には関わっていない。俺は戦域全体を転戦することになるから、ヴァルキリーズと再合流するとしても任務Bに移行した後になると思う」

「白銀大尉の任務も帝国へ提供するためのデータ収集なのでしょうか?」

「その通りでもあるし、間違ってもいる。帝国へのデータ提供はヴァルキリーズがメインだが、俺の目的は種を蒔くことだ」

「種……、ですか?」

「そうだ。要は宣伝だよ。新型OSがあれば第二世代機でもここまで動けますよって前線の連中に教えてやるのさ。XM3の存在を公にするわけにはいかないから、変な動きの戦術機が居たって噂が広まるって程度だろうけどな」

「……?」


 武が話を進める中、ただ涼香一人だけが武の言葉に違和感を感じた。涼香が違和感の原因を探ろうとしている間も、会話は進んでいく。


「ちょっと聞いた? 『俺の目的は種を蒔くことだ』だって……。なんかかっこつけてる感じしない?」

「やめなよ水月……。聞こえちゃうよ?」


 ひそひそと小声で遙に話しかける水月。当人は聞こえないように喋っているつもりだが、言うまでもなく武には聞こえている。武と水月の距離はそれほど離れている訳でもなく、そもそもブリーフィングルームはそれほど広くもない。単に他の人間と話をしているから無視しているだけである。


「なるほど。つまり白銀はXM3の価値を釣り上げようと言う訳か」

「それは二次的な要素ですけどね。俺はXM3を世界中に広めたいと思っています。その第一歩が今回の任務です。正体不明の戦術機の噂が帝国上層部まで届いた時、XM3の情報を教えてやれば結び付ける人間が必ず出ます。そうなればXM3の試験導入やトライアルの実施が早期になされる可能性も出てくるでしょう」

「そんなに上手くいくでしょうか?」

「正直に言えば絶対上手くいかないと思う」

『ええええ!?』

「自分で信じてないってどうなのよ」

「水月……、やめなって……」

「だがまあ俺の経験から言うと、何事にでも言える事だが、物事の巡りをスムーズにするためには仕込みはしておくべきだ。非合法の活動をしている訳でもないし、やっておいて決して損は無い。―――話は変わるが、速瀬中尉は帰ってきたらシミュレータールームで俺と個人面談な」


 流石にしつこいと感じた武の言葉が向けられ、遙の心配は現実のものとなってしまった。
 武の言葉は額面どおりの意味ではない。それが面談の名を借りたしごきであることは明白で、それを分からぬ水月ではない。


「だから言ったのにぃ……」

「ぐっ……!」


 悔しげに顔を歪めて呻く水月。
 ここで終わればまだ水月は悔しいと思うだけで済んだかもしれないが、武には終わらせる気など毛頭なかった。


「今の実力差で二時間の一対一なんて、俺なら心が折れるね。これは新手の虐めなんではなかろうか?」

「……でした」

「え、何? 聞こえないけどなんか言ったか?」

「ぬぐぐっ……! ……申し訳ありませんでした!」

「素直でよろしい。……でも個人訓練はやるから。伊隅大尉、作戦終わったら速瀬中尉借りますね」

「ああ、構わない」

「ちょ、大尉! ……くぅ~!」


 武に良いように翻弄される水月という普段通りの図式が展開される中、何に違和感を抱いたのか気付いた涼香が手を挙げる。


「……白銀大尉、よろしいですか?」

「ん、ああ」

「先程白銀大尉がおっしゃられたことがどうも引っかかっているんですが……。もしかして大尉はF-15で出撃されるおつもりなのですか?」

「そうだけどなんかおかしいか?」

「……私は十分おかしいと思いますが、理由を伺ってもよろしいですか?」

「うん、まず第一にインパクトが違うな。第二世代機で通常ではありえない三次元機動を目の前でやられれば嫌が応にも印象に残るだろう。
 第二は今後の展開の面から考えてのことだ。XM3の特性的に考えれば現状では第三世代機が一番マッチするが、どの国家であろうと主力は第一世代機や第二世代機だ。そこに第三世代機のデータだけ持っていっても『はい採用』とはいかない。
 主な理由はこの二つだが、これで良いか?」


 確かに第三世代機よりも第二世代機、もっと言えば第一世代機でのプレゼンテーションを行うことがXM3採用への近道だろう。実機訓練で目にしたF-15の機動は、武の技術を考慮に入れても通常ならあり得ないものだ。だからF-15でデモンストレーションを行う事の利点は涼香も理解している。だが……


「……もう一つだけ聞かせて下さい。何故今回それを行おうと思われたのですか? ヴァルキリーズに白銀大尉を含めたメンバーならともかく、第二世代機単機でそれを行うのはあまりにリスクが高すぎると思うのですが……」

「今回BETAの襲来予測がたてられたのは偶然だ。次の偶然を期待したり襲来BETAの概数すら分からない偶発的な襲来で実施するよりも、漠然とではあるがBETAの概数も上陸ポイントも分かっている今回に実施する方がいい。加えて言えば、次に実戦があるとすればそれは恐らく間引き作戦になるだろう。今回よりも圧倒的に危険度が増した戦場で、『謎の戦術機の噂を広める』なんて悠長なことをやっている余裕は流石に無い。
 そして単機である理由だが、俺が皆との連携訓練を行っていないことに尽きる。何時もやっている訓練だって、結局は俺は単機で動いて皆のフォローに回っているだけだからな。そんな奴が居てもむしろ皆が背負うリスクが増える。だったら単機の方がいい。……宮城中尉、これで良いか?」

「……分かりました。ありがとうございます」

「なら俺からはもう何もありません。伊隅大尉」

「……他に何かある者はいるか? ―――居ないな。ならばブリーフィングはこれで終了とする。各自、出撃時間までに機体の調整をしておくように。解散!」

「敬礼!」


 ヴァルキリーズのメンバーが表情を引き締めてブリーフィングルームを出ていく中、一人涼香だけは立ち去らず、部屋を出ていく武の背中を見つめていた。
 武の言葉に涼香も納得している。理解もしている。だが拭いきれない違和感がある。その原因が分から無かったために引き下がりはしたが、実際の所まるで納得していないのだ。


(……白銀、武)


 自分が抱いている違和感は一体何が原因なのか。白銀武と言う人物はどういう人間なのか。
 部屋から自分以外居なくなった後も、涼香はしばらくの間ブリーフィングルームで考えこんだままだった。









11月11日 0532 新潟県 第二次防衛ライン 帝国技術廠第三装備試験中隊待機地点


 帝国技術廠第参開発局が製作した試作機は二種五機。今までにも数度の対BETA実戦試験を経ている機体ではあるが、今回のように大規模戦闘が予測される戦場での試験は初めてである。開発者も試験機搭乗者も共に両機の性能に疑いを抱いていないとは言え、実戦では何が起こるのか分からない。誰もが気を引き締めて戦闘開始を待っている、はずであったが……。


『ふぁ~あ……、ホントに来るのかよ。緊張感も続かんわな、これじゃ』

『緊張感がどうのと言うのなら、まずはそのみっともない欠伸をやめろ』

『そんな無理言っちゃいけませんよ近衛中尉。金城中尉はあれで緊張感を維持しているつもりなんですから』

『そうそう、金城中尉が普通の衛士らしくするなんて無理ですって』

『……要、なんか俺の扱い酷くないか?』

『恭平には一度普段の自分を省みてみる事をお勧めしますよ』


 スネーク4――金城恭平中尉が大欠伸をかきながらぼやくと、他の隊員がそれに対して次々と言葉を返す。
 初の大規模戦闘での試験であると言うのに、試験中隊の隊員たちはまるで緊張しているようには見えない。彼ら自身に緊張感は無論あるが、実戦だからと言って固くなるような者は居はしないのだ。第三装備試験中隊の隊員は皆、前線において幾度も実戦を経験している者ばかりである。試験機での実戦も経験している彼らからすれば、普段と違う試験だからと言ってガチガチに緊張する理由など存在しない。

 とは言え、実戦前だと言うのにこれほど弛緩して見えると言うのは一種異常だと言えるだろう。彼らがこうも弛緩しているのには色々と理由があるのだが、現状、大きな割合を占めているのは今回の任務について、非常に重要なある事柄故である―――。






 第三装備試験中隊の隊員たちが雑談をしている中、中隊長である葛木緋彦大尉は慣れ親しんだ撃震のハッチに腰をかけて煙草を銜えていた。煙草は米大陸で栽培されているため、今となっては倉庫に保管されていた分しか残っていない本場中国の茶などに比べればはるかに手に入りやすい。とはいえ、それでも中々に貴重な代物である。合成物など天然物の味を知っている人間からすれば吸えたものではない、と緋彦自身は思っている。
 しかしながら天然物などそうそう手に入るはずもなく、今吸っている物も何か月も前にまとめて手に入れた物のうちの一つだ。開封してから相当な時間が経っているため風味など殆ど残っていないが、“天然物を吸っている”という事実だけで相当に幸福な気分になれる。
 この幸福感を感じれるのも帝国が米国をたてる方針を取っているからだ。今の帝国の方針に諸手を挙げて賛成できる物ではないし、正直に言えば米国のやり口はあざと過ぎて気に入らないが、米大陸で生産されている天然物が他の国々に対して比較的手に入りやすいという、その一点だけは評価していいと思っている。


 だがBETAの襲来もないまま時間が過ぎ去ってしまってはその幸福な気分にも水が差されると言うものだろう。ここに展開してすぐに一本吸った。今吸っているのが二本目だ。天然物は何か重要なことがある時にしか吸わないと決めている。だからどれだけ遅くなっても戦闘が起こるのならばそれで構わない。だがこの調子では、戦闘が発生する事も無く無意味に貴重な天然物を消費しただけで終わってしまう。それは良くない。非常に良くない。


(やはり前回の間引き作戦には無理をしてでも参加するべきだったな……)


 元々『大蛇』も『禍津日』も試験機であるために調整が難しい。そのため、突発的に発生する従来の防衛作戦に最初から参加することが難しく、『大蛇』などは試験機完成から一年にも及ぼうと言う現在も大規模戦闘での試験を行えていない。共に大火力支援機と言う性質が強い機体である以上、小規模戦闘でその真価を発揮することは困難で、大規模戦闘での実戦試験は機体の発展の上で必須とされてきた。だからこそ、不確定にも程がある情報にも関わらず、試験機全てをこうして持ち出して来ているのだ。
 だと言うのに、到着から一時間近く経過しようとしている現在まで何も起こっていない。夏海博士から情報の出所を聞いてはいるが、それは情報の真偽を判断する根拠となり得るものではなかった。どちらかと言えば、余計に怪しいと思うようになった。色々と知っている自分でさえ―――色々と“知っている”からなのかもしれないが―――そうなのだ。出所さえ知らない隊員たちが今一つやる気にならないのも無理からぬことだろう。


(―――まあ、俺よりも“知っていそうな”のもいる事はいるが……)


 第三装備試験中隊の面々は皆、来るかどうかも定かではないBETA群を待つことに飽き、退屈を持て余している。より正確に言えば、BETAの襲来などないという雰囲気になりつつある。


(……さて、どうなることやら)


 雑談に興じる部下の声を聞きながら、緋彦は銜えていた煙草に火をつけた。
 夜が明けきるまではまだもう少し時間がある。徐々に明るくなりつつある空を背景に、緋彦は自らが吐き出した紫煙を眺めていた。


「―――彼誰時、か。相手が何者なのか分からなくても“何なのか”は分かるな」

『? 大尉、何かおっしゃいましたか?』

「いや、独り言だ。気にしなくていい」


 部下に適当に返しながら、元の重さから考えるとかなり軽くなった煙草の箱の中身を覗く。残り二本しか入っていない。


(……確かあと1箱残ってたはず、だよな)


 コネがあるため煙草などのちょっとした嗜好品は、他の物に比べればまだ手に入りやすい方だ。が、このところの風潮のおかげで少しやり辛くなっているらしい。反米国の風潮自体は全く問題ないのだが、唯でさえ手に入りにくい天然物がさらに手に入りにくくなるというのは少し困る。

 空は薄闇を通り越して明るくなりつつある。地平線に太陽がさしかかり、夜明けから早朝に変わろうとしているのだ。
 そんな中、緋彦のヘッドセットに通信が入る。


「何だ」

『長谷川です。大尉、確認されました』

「……分かった。状況を」


 CPである長谷川中尉の一言で、第三装備試験中隊の弛緩した空気が一変する。
 今の状況下で目的語を言わずに確認されたと言えば、それはBETAの侵攻しかありえない。


『未だ戦闘中の部隊はありませんが、敵第一陣と第一防衛線の接触は数分以内と予測されています。またこれに伴い、新潟周辺に展開中の全部隊に即時戦闘態勢への移行命令が下されています。
 敵予測上陸地点は角田山周辺。上陸後は関東平野方面へと進む可能性が濃厚です』

『んっ、んん……、っと。ようやく来たか。逢引にこれだけ遅刻してくるとは、俺とは気が合いそうにないな』

『恭平、少し黙っていろ』

『はい、ごめんなさい』





「……そうだな、……連中が上陸し始める前に姫ノ城山まで移動する。ここなら周りのフォローもしやすいだろう。
 ――隊形を鋒矢弐陣(スピアヘッド2)に変更する。周防を先頭に、右に樹下・近衛、左に深山・如月だ。中央には俺が入る。金城と霧生は俺の後方につけ。
 状況次第では魚鱗弐陣(スケイル2)もあり得る。くれぐれも冷静に対応しろ。―――周防!」

『了解しました。楓、琴子、行きますよ。遅れないように』

『了解です』『りょ~かいです』


 周防機が飛び出すのに合わせて次々に飛び出していくスネーク隊の機体。その姿は戦術機部隊としてあまりに異様だった―――









 三十分後 新潟県 五ヶ浜 東南東1km地点


 帝国軍司令部が上陸予測地点として算定した場所。角田山の周辺には低標高の山が多く存在し、その山々の間を縫うように僅かながらのなだらかな平地があった。上陸直後の迎撃、第二次迎撃に駆り出された部隊の多くは、その山々の稜線に沿うように展開していた。
 帝国陸軍第12師団に所属するコメット中隊も、そうした第二次迎撃に配された部隊の一つである。上陸直後の迎撃に配される部隊と言うものは、敵に出血を強いるだけの力があることが大前提である。無様に蹂躙されるような部隊を配しても味方の士気を下げるだけであり、練度の低い部隊は基本的にそんな任務に就くことは無い。そもそも、帝国の対BETA戦線の最前線に配される部隊の練度が低いことなどあり得ない。
 最前線部隊であるという点を加味しても、コメット隊の練度は間違いなく高い。だが、幾ら練度が高かろうが、圧倒的な数の差の前には錬度の差など些細なことでしかない。帝国軍の誰しもが、コメット隊を含む第二次迎撃部隊の多くが二度と基地には戻れないであろうことを理解していた。

 コメット隊はこの新潟において、最も不運な部隊の一つである。しかしそれと同時に、最も幸運な部隊の一つでもあった。





<<コメット中隊>>


 帝国本土防衛軍、第14師団所属『コメット隊』の指揮官である中村明美大尉は、表面上は普段通りの指揮を取っているが内心では焦燥感に駆られていた。それと言うのも、彼女の部隊が受ける圧力が既に限界に近付きつつあるからだ。

 今回の作戦において、あまりに広がった上陸予測範囲に対応するため、帝国軍は薄く広く部隊を展開して

いる。そのため、上陸したBETAの数から最も圧力を受けるであろう地点を割り出し部隊を集結させてから反攻に転じるという手間が必要になってしまった。それでも、普段ならば実際に侵攻が始まるまでその兆候すら掴めないのだから、今回は既に迎撃準備が取られていたのだから相当に恵まれていると言えるだろう。

 ―――しかし、それはあくまで帝国と言う国家にとっての話だ。

 BETAの上陸が始まれば部隊を集結させることが出来るが、それが完了するまでの間に実際の上陸地点に展開した部隊が受ける圧力はかなり大きくなる。更に不幸なことに、支援砲撃部隊の展開地点が実際の上陸地点よりも若干ずれており、支援部隊は最大火力を発揮することが出来ないでいる。その火力を眠らせている部隊が砲撃開始地点に再集結するまでにはまだしばらくかかるだろう。それはつまり、本来支援砲撃によって削減されるはずのBETA第一波の圧力をもろに被ることになるという事だ。

 情報の不足からくる小さなずれが重なった結果、コメット隊とその周辺部隊の受ける圧力は到底抗し得るものではなくなりつつある。


『くそがっ! 殺しても殺しても減りやしねえ!』

『死ね、化け物ども!! 死ね、死ねぇ!!』

(……このままなら間違いなく全滅する)


 自分たちが配置された場所はBETAの主要上陸地点にかなり近いため、受ける圧力は現在展開している部隊の中でも特に大きい。
 BETAと直接戦闘する機甲部隊には損害が出る。それは大前提だ。無論どの隊もその損害を可能な限り少なく、出来るならばゼロにしたいと望んでいるし、そのための努力も惜しんで居ない。だが、それでも最前線で戦闘する部隊の損害は必ず出る。
 ならば自分がすべきことは損害を可能な限り抑えるように指揮することなのだが、現状では指揮だけでどうこう出来る問題でもない。


『コメット9が孤立しているぞ! 誰か援護しろ!』

『了解!!』


 全機が戦闘可能な状態なのは救いと言えるかもしれない。損害もなく、弾薬が尽きたわけでもない。戦おうと思えばまだまだ戦える。だが、戦えば戦うほど、自分達は避けようのない破局に突き進むことになるだろう。
 蓄積される肉体的な疲労。仲間が減っていくことによる精神的な負担。戦闘機動を行う事で徐々に蓄積される機体への負荷。補給をする暇もなく、徐々に減少していく弾薬。それらが頂点に達した瞬間、コメット隊は文字通り“全滅”する。


『くっそぉ、戦車級に取りつかれた!! 誰か頼む!!』

『今引きはがす! 動くなよ!』


 後方には別の機甲師団がいるではないかと言われるかもしれないが、彼らに求められているのは別に自分たちをを支える事ではない。彼らの主な役割は戦線から漏れ出たBETAの後始末であり、第14師団が全滅した場合には代わりとなって戦線を押し戻すことだ。彼らの出番は基本的に戦線が崩壊する前と崩壊した後であり、“崩壊しようとしている”現在の状況では彼らは漏れ出るBETAを叩く以外の任務に就くことは出来ない。
 結局のところ、自分たちの部隊が崩壊しそうになった時に援護をしてくれる部隊があるとすれば、それはやはり第14師団の部隊以外にはない。しかし、他の部隊は戦域全体に散っており、半数以上の部隊は最前線で死闘の真っ最中だ。残りの部隊も最前線の迎撃をすり抜けたBETAの対処に忙しく、それなりにでも余裕がある部隊も数えるほどしか無いはずで、崩壊しかけている部隊への援護など望むべくもない。つまりは自分たちを救うためには自分たちで何とかするしかないのだ。


(……くそっ、どうすれば良い。どうすれば誰も死なずに作戦を終える事が出来る……?)


 戦闘中にそれ以外の事に気を取られると死ぬ。そんな事は分かっていた筈だった。分かっていたからこそ今まで生き残ってきたのであり、これからも生き残っていく筈だった。しかし―――


(ッ!?)


 気付けば右側面から要撃級が間近に迫っていた。要撃級の特徴であるその巨腕はその体の前にはなく、既に振り上げられつつあった。
 気は抜いていなかった筈だ。確かに隊員を生きて返す方法を考えてはいたが、思考中でも目は敵の位置を確認し、腕は敵を打ち倒すために動いていた。


(馬鹿な、何時の間にこんなに近くに……。回避……、間に合わない?)


 回避しようにも腕が反応しない。染みついた経験も体を動かしてくれていない。思考だけが加速し、体が追い付いていない。そう考える間にも要撃級はその巨腕を振り下ろす準備を終え、今にも振り下ろそうとしている。

(―――ああ、私は死ぬんだ)


 諦めでもなく、絶望でもなく、ただそう思った。目の前に迫る事実をありのままに受け入れる心境。悟りとはこういうなの心持だろうか。

 この国を守りたいと思い軍に志願し、今まで帝国の盾として、また剣として戦ってきた。その事に後悔はない。今何か思いのこす事があるとすれば、部隊の皆を置いて先に逝くことだろうか。
 思考は加速しても、その中で口を開くことさえ出来ないとは情けない。恐らく最後になるだろう言葉も告げられないとは。


『! 大尉、危ない!!』

(もうちょっと、生きていたかったかな……。みんな、あとはよろしくね……)


 自分が死ぬ事を理解し、覚悟を決めた瞬間、迫りくる要撃級は何処からか飛来した砲弾によって“引き裂かれた”。


「え……?」

『コメット隊、衝撃に備えろ』


 呆然とする暇もなく通信が入り、それから殆ど間をおかずの着弾。戦術機が使用する砲弾では通常あり得ない爆発が起こり、爆発による粉塵が治まったときには、コメット隊の周囲にひしめき合っていたBETAの多くが死体となって転がっていた。


『こちらは帝国技術廠第三装備試験中隊、スネーク隊だ。そちらの被害は?』

「技術廠の試験部隊だと……? なぜこんな処に?」

『それについては―――』

「い、いや、済まない、無意味なことを聞いた。こちらは数機が損傷しているが、行動不能な機体はない」

『……コメット1。ここは我々が支える。一度補給に戻れ。HQからの許可も出ている』

「了解した。――コメット全機、スネーク隊が支えてくれている間に一旦後退する。急げ!」

『りょ、了解!』


 明美の言葉に従いコメット隊が後退を始めると、それを待っていたかのように、スネーク隊はコメット隊がそれまで展開していた場所に展開していった。
 ちらりと見えた姿だけだが、相当に変な部隊だった。撃震が装備しているやけに巨大な砲や体中に盾を装備した様な戦術機もそうだが、八本脚に加えて腕まで持つ戦闘兵器など見たこともない。いや、最後の物だけはよく似た物を見たことがある。さっきまで目の前にいた“あれ”だ。


(あれが技術廠の新造試験機……)


 機体を翻した際に聞こえた甲高い音が耳から離れない。恐らく主機の駆動音なのだろうが、今までに聞いたことのない音だ。帝国で使用している撃震とも陽炎といった戦術機とも違う。
 僅かな間しか触れていないというのに、その姿と音が脳裏から離れない。
 今までに聞いたことのない駆動音は、あまりに異質な姿と相まって、化け物が咆哮を上げているようにしか思えない。

 大体何故あんな姿をしているのだ。多足、巨大な前腕、その力を誇示するかのような巨体。―――あまりにも人類の敵に似過ぎている。あの姿にするどんな理由があるというのだ。


(……あれを私が使う? ……とても想像出来ない)


 そもそも、使える代物なのかどうかも分からないのだ。今はそんなことを考える場合ではない。

 今考えるべきなのは、この作戦をどうやって生き残るかだ。後退して弾薬と推進材を補給するまでは良い。その後、まともに戦闘機動を取れる機体がどれだけあるかが問題だ。“今はまだ”全ての機体が動けているが、ただそれだけだ。恐らく、中隊中半数は本来ならば整備を受けなければならないレベルの筈だ。下手すれば半分どころか全機ともに整備が必要な状況という可能性もある。そんな状態の部隊が再び前線に出たとて、一体何が出来るのか……。

 ……ともかく、今は一刻も早く後退して補給を済ますことだ。そうしなければ戦うかどうかの選択も出来ないのだから。
 二個小隊程度の部隊が発しているとはとても思えない爆音が背後から轟く中、中村明美大尉はきつく操縦桿を握りしめることで不安を押し殺していた。




[5043] Muv-Luv ALTERNATIVE ~Until the vanishing day~ 第十二話
Name: ゲルトマー◆4a699184 ID:73a3c315
Date: 2013/03/28 01:57


 同刻 A-01『ヴァルキリーズ』


「ヴァルキリー01よりヴァルキリーマム。現在規定捕獲数の四割まで達成している。ヴァルキリーズ各機に損傷無し」

『ヴァルキリーマム了解。帝国軍第14師団及び第12師団に大きな損害は無く、迎撃作戦は極めて順調のまま推移している。ヴァルキリーズは引き続き任務を継続せよ』

「ヴァルキリー01了解」


 あまりに楽すぎる。それが作戦開始から現在までの状況に対して伊隅みちるが抱いた感想だった。
 元々作戦自体が流入するBETAがそれほど多くないポイントを選んでいるのだが、それにしても一度に流れてくるBETAの数が少なすぎる。
 作戦が楽であることにこした事は無いのだが、違和感、というか不安を拭いきれない。



 彼女自身は知らないが、ヴァルキリーズの作戦地点へのBETA流入数が少ないのには幾つか理由があった。
 大きな理由として帝国軍が迎撃準備を完全に整えていたこと。支援砲撃も戦術機部隊も完璧に準備されている状況下と言う事があげられる。そして小さな理由として、BETA上陸地点からヴァルキリーズ作戦地点へのBETA流入経路に、BETAにとっての障害が二つ存在したことがあげられる。



 ―――もっとも、その障害は“小さな理由”などという言葉でかたずけられる物ではなかったが






 同刻 新潟県 越前浜


 越前浜は今回のBETA侵攻において上陸数が最も多い場所の一つである。そこで行われる戦闘も上陸数に比例して激しかった。
 当然敵の損害も味方の被害も比例して上昇するはずであるが、味方の損害は戦闘の激しさとは裏腹に随分と低かった。勿論損害が無いわけではないが、BETAの上陸数から通常想定されるレベルからすれば並外れていると言っていいレベルであった。
 その結果を生みだしているのはたった一機の戦術機だった。


 情けもなく、慈悲もなく、全てを平かにしていくBETAの大波の中、“それ”はただそこにあった。


 打ち寄せる波に板を立てたところで波を押しとどめる事は出来ない。打ち寄せる波の勢いに一瞬抗した後は勢いを殺しきれずに打ち倒される。ならば、決して倒れる事のない板を立てれば良い。そうすれば波の勢いは減衰され続け、波がもたらす被害は何もしないよりも確実に抑えられる。
 だがそんな物は存在し得ない。津波の勢いを減衰させることを想定した堤防でさえも、想定を超えた波を受ければ脆くも崩れ去る。結局、想定を超えるものに抗し続けることなど不可能だ。
 だが、対BETA戦争において最前線の部隊に要求される理想とは如何なる数のBETAであろうと、その前にあり続けて数を削ることである。勿論、そんなことは不可能だと誰もが理解している。だからこそ最前線の衛士の損耗に関しては全滅すら想定されているし、衛士たちもその事を覚悟している。

 誰もが理想を求めながらもそれは不可能だと理解している。


 だが、“それ”―――白銀武が駆るF-15は違った。
 今回の防衛戦で、BETAが越前浜に上陸し始めてから今まで、白銀武は補給の為に離脱した以外、常に最前線に居る。
 越前浜周辺に展開するどの部隊よりも長く、誰よりも前にありながら、未だ機体に損傷らしい損傷を受ける事無く戦い続けているのだ。
 全くと言っていいほど存在しない挙動の隙だけでも既におかしいというのに、その機動の正確さはもはや異常を通り越して神がかっていると言える域だった。
 回避はギリギリで避けるよりも少しだけ大きく、攻撃は相手を無力化させるに充分なだけ。過剰は無く、不足もなく、ただ在り続け敵を排除する。本来理想論でしか存在しない筈の存在を、周囲の部隊の衛士たちはただ驚きだけを持って見つめていた。

 部隊単位ではなく、二機連携ですらなく、単機で戦場に出てくるなどただの自殺行為。基礎教育の時点でその認識を叩きこまれ、実戦の中でそれが事実であると確認して来た衛士にとって、その姿は畏怖すら感じさせるものだった。



 戦術機戦闘におけるありとあらゆる常識を覆し、BETAの体液で染まった戦術機。周囲から見れば物の怪の類にも見えただろう。
 しかし、武自身は特別なことをしているという意識は無く、単にいつも通りの行動をしていただけであり、戦闘とは若干ずれた部分で焦りを感じ始めていた。


「……レーザー属種が出て来ない。今回は無しだってか?」


 武はレーザー属種の出現を求めていた。当初の行動予定を違えてまで同じ場所で戦い続けていたのはそれが理由だ。
 武の機動概念は、XM3無しで誰にでも実行できるようなモノではない。仮にXM3が全ての部隊に行きわたったとしても、機動概念を理解せずに表面だけ実行できるような物でもない。
 実戦を経験している衛士ほどその機動概念に拒否感を示し、拒否感を抑えつけた上で相応のレベルの機動を実行するには高度な技量を必要とする。
 機動概念とOSの優秀性を見せつけるのには、レーザー回避を見せつけてやるのが一番効果的なのだ。

 レーザー属腫が戦場に現れれば、味方の被害は当然増える。犠牲を減らすことを願いながら、犠牲が増えることを願う。矛盾を承知し、胸の痛みを押し殺し、武はただその時を待った。









 同日 スネーク隊


 時はしばし遡る。スネーク隊が布陣している五ヶ浜では、砲声響き渡る戦場にあって、それでもなお他を圧する爆音が響いていた。
 最も巨大な音を発しているのは、スネーク中隊長、葛木緋彦大尉が操る撃震が保持する武装だった。それは、大よそ戦術機の装備としては、余りにも巨大すぎた。


 ―――試製96式220mm榴弾砲


 本来砲撃支援や制圧支援用の装備として開発された武装だが、重量や砲撃時の反動が大きくなりすぎ、戦術機の進化にはそぐわなくなってしまった代物である。あまりに巨大すぎる砲は両腕で保持せざるを得なくなり、砲撃時の反動は腕部へ大きな負担を強いる。結果的に第一世代機レベルの重量級機体以外はまともに運用できない武装になり果て、開発局の倉庫に封印されていた。
 使途が極めて限定される武装だが、限定された状況においては間違いなく有効であった。

 しかし、通常の戦闘ならば周囲の目を引いたであろう巨大な砲も、この場においては居酒屋の客引き程度にしか目を引かなかった。
 何故ならば、巨大な砲を振り回す撃震の周囲には、更に目を引く異様な機体が存在したからだ。



『……あの愉快な化け物どもは一体なんなんだ?』

『……知るか』



 周囲に点在する部隊はその光景を驚愕と呆れを持って見つめていた。
 それもそうだろう。一個中隊にも満たない戦術兵器が、大隊規模を超えるBETAの波を“停止”させたのだから。



 試製99式戦術歩行戦闘車両『大蛇』は、対BETA戦における正面戦力の拡充を目的として開発された。では、目的を達成するために『大蛇』に与えられた物のうち、最も重要なものは何なのか。
 それは、何物をも圧倒する絶対的な“火力”である。

 突撃級が装甲殻ごと砕かれ地に伏せる。要撃級の腕部がちぎれ飛ぶ。戦車級が挽肉に変わる。闘士級が、兵士級が文字通り“吹き飛ぶ”。

 大蛇には、既存の陸戦兵器と比較して異常と言えるほど大量の武装が搭載されている。
 突撃級や要撃級の装甲殻を問題としない大口径滑空砲。密集するBETAをまとめて吹き飛ばす擲弾砲。突撃級や要撃級に続けて進攻してくるBETAを叩き潰す多目的誘導弾。要撃級や戦車級を挽肉に変える機関砲。小型種の接触を許さない対小型種用近接防御兵装。
 全身に装備された兵器群は機体重量の大幅な増加や全力射撃時の反動の増大を招いたが、大蛇にとってそれらは既に問題ではない。
 全力射撃時の反動を、装甲厚の増加による機体重量の増加で強引に抑え込み、更に増加した機体重量を支えるために脚部構造の見直しと強化が施された。その結果、構造は大型化したものの、超重量の機体を問題なく機動させるに足る脚部として生まれ変わった。開発当初から構造上の難題として残されていた欠陥は、現在では既に欠陥などと言われることもない。


 異常な思想によって生み出された機体は、その正しさを証明するようにBETAを駆逐する。
 そして、この戦場に存在する異常な機体は3機の大蛇だけではなかった。

 試製98式戦術機動攻撃機、『禍津日』。

 槻村博士が設計、開発を行ったこの戦術機もまた、従来の戦術機を上回る火力を与えられていた。
 海神に変わる橋頭堡確保用の強襲機開発プランの一つとして設計された禍津日は、海神以上の火力、海神以上の機動力、海神以上の継戦能力という三つを目標に開発された。
 元々、海神は強襲揚陸機として考えれば完璧と言っていいほど完成された機体である。その火力は単機の戦術機として考えれば破格と言っていいものであるし、橋頭堡確保のために必要な弾薬も充分以上に搭載している。装甲に関しても申し分なく、難点と言える機動力も、運用方法を考えれば大した問題ではない。

 つまり、運用方法を絞り込んだことで高性能を得た機体を、より汎用性を持たせたうえで上回る機体を作れ、という計画なのだ。いくら海神―――A-6イントルーダーが設計されてから技術革新が進んでいるといっても、本来ならそんな機体が完成するわけがない。元々、帝国国内から全てのハイヴが除かれた将来、恐らく必要となるであろう強襲機開発を見越したオーダーなのだ。技術廠にオーダーを出した人間も現時点で満足出来る性能の機体が完成しないことは理解している。

 だと言うのに、槻村博士は一応ながらそれを解決した。
 第一世代重装甲機をも上回るレベルの耐熱耐弾装甲を施し、更にレーザー初期照射やロックオンレーザーに反応して射線上に割り込むようプログラムされた可動式装甲の開発。
 また、海神に匹敵する火力、海神には無い陸上での即時展開能力の要求に対しては、増加噴射ユニットと種々の兵装を組み合わせたユニットを装備する戦術機武装強化プランを提案。
 これらによって禍津日は、海神を凌駕する防御能力、橋頭堡確保任務に対応可能な大火力、不知火に迫る最高飛行速度を獲得し、カタログスペックだけで見れば、強襲機として海神を完全に凌駕する戦術機となった。
 しかし、問題点を強引に解決した以上、そこかしこに無理が生じている。
 重量級の機体を大出力の跳躍ユニットで強引に動かすため、戦闘機動をとればとるほど戦闘可能時間は短くなっていく。更に、可動式装甲や武装強化システムの制御はCPUに多大な負荷を強いるため、負荷軽減のために兵装制御処理を行うサブCPUを搭載しなければならなくなった。唯でさえ戦術機はレーザー属種の優先攻撃目標になりやすいというのに、更にレーザー属種の標的となりやすくなってしまったのである。
 
 もっとも、今現在、禍津日が抱える欠点は戦況に全く影響を与えない。 

 レーザー属種は存在せず、跳躍ユニットを頻繁に使わざるを得ないような乱戦でもない。必要のない戦闘機動を行っても、精々砲撃精度を低下させるくらいで、悪影響しか存在しない。しかし―――



「スネーク4、レーザー属種は探知したか?」

『今のところ何もかかってませんねぇ。出てこないってことはないと思うんですけど』



 スネーク4、金城恭平中尉が登場するの禍津日試作一番機『大禍津日』は、対BETA戦闘のみを考慮に入れて設計された機体である。従来の戦術機であれば程度の差こそあれ装備している電子戦装備の多くがオミットされている代わりに、振動センサーや音紋センサーなどの性能は大幅に上回っている。
 そのセンサーに何も反応が無いということは、レーザー属種は探知範囲内では移動していない。仮にすぐ近くに存在しているとしても、大禍津日に探知できない以上、他の機体では探知不可能であり、存在していないのと同じことだ。

 通常であればレーザー属種の出現が確認されていないことは歓迎すべき事態である。しかし、大蛇にしても禍津日にしても、性能試験として来ている以上少々問題でもある。
 大蛇と禍津日が有する重装甲及び対レーザー防御能力は、敵との接触やレーザー照射をある程度“無視する”事を可能とする為に付加されているのであって、機動戦闘においてレーザー照射の被害を軽減するための物ではない。

 現行の戦闘兵器の進化とは異なり重装甲を施されているのは、対レーザー防御能力を向上させた結果である。つまり上昇させた防御力が効果を発揮するのか否かを実戦で確かめない限り、機体が完成したなどと口が裂けても言えない。それは、設計者である槻村博士の希望でもあるし、テストパイロットであるスネーク隊の衛士全員が共有している意思でもある。



 白銀武と帝国技術廠第三装備試験中隊。
 それぞれが、レーザー属種が出現することで味方が被る損害と、自分たちが受けるかもしれない被害を理解したうえで、その時を待ち望んでいた。





 そして、その時は程なくして訪れる。幾多の戦士の命を奪う、無慈悲な閃光を伴って。





 同刻 白銀武



「!!」


 視界に閃光が走り、戦域情報から複数の味方の識別信号が一瞬で消える。自分が待ち望んだレーザー属種の出現。新型OSの早期普及のために必要な犠牲。
 レーザーで衛士が死んだことは自分に責任があるだなんてことは言わない。守れたのを見捨てた訳でもない。どれだけ経験を積もうが戦う者としての力しか持たない自分に出来ることは限られている。

 だが、いくら割り切ったところで胸の痛みは消えない。今この場で自分にできることはただ一つ。
 出し惜しみはしない。レーザー回避を見せつけ、光線級の処理が終われば、この戦場を“終わらせる”。


「CP! 光線級の位置情報を寄越せ!」

『了解。……解析完了しました』

「よし……、周囲で戦闘中の全部隊へ。これより本機は光線級を殲滅する! 援護は不要!」


 跳躍ユニットが咆哮をあげる。瞬間的にシートに押し付けられた体が軋みを上げる。
 噴射滑走と低高度跳躍を駆使して光線級との距離を詰める。不知火ほどの動きはイーグルでは不可能だが、不知火ではないからこそ見せれるものがある。イーグルだからこそ“参考にする”ことが出来る。

 戦術機が噴射跳躍で上空に飛び出し、それを感知したレーザー属種が照射を始め、それが有効出力に達するまで、タイムラグは数秒もない。その僅かな時間に、レーザー属種の位置確認、最も安全な着地地点の割り出し、着地地点周囲のBETAの動きの予測までをしなければならないのが自分の機動だ。
 やらなければならないことは多いが、熟練の衛士であればそれ程難しくない。実際、機動面だけに限って言えば、地表面では熟練どころか中堅程度の衛士ですら精度の差こそあれ日常的にやっている。それどころか、XM3が無かろうと、やろうと思えば空中でも同様の機動は可能なのだ。実際にやっている衛士も存在するはずだ。

 では大多数の衛士が同様の機動をとる妨げになっているものは何かと言えば、先入観と恐怖心に他ならない。



 ―――操作が間に合わなければ死ぬ。照射が僅かでも早ければ死ぬ。レーザー回避など出来るはずがない。



 結局、ごく一部の例外を除いては、どこの国のどんな部隊であろうと、乱数回避で逸れることを祈っているだけだ。
 だからこそ、やる意味がある。見せつける意味がある。
 単なる“神頼み”から抜け出せる手段があるというのなら、何も躊躇う必要は無い。


「さあ、撃ってきやがれ!」


 前方と左右が完全に塞がれた瞬間、噴射跳躍で飛び出す。
 着地地点の確認、問題無し。
 着地地点周辺のBETAの動きの予測、問題無し。
 光線級の位置確認。狙い通り、お互いに丸見えだ。
 予備動作、既に並行して完了済み。

 狙い通りの完璧な展開に思わず口角が吊り上るが、瞬間視界が赤く染まる。


「当たるかよ!」


 操縦席に鳴り響くレーザー照射警報。だが、今この瞬間は“まだ”戦術機を大破させるような威力はない。既に反転降下に移っている自分を撃墜することは不可能だ。
 着地地点付近にいる戦車級を36mmで殲滅し、接近してくる要撃級の動きを120mmで止めて、即席の壁にする。作り上げた安全なポイントに着地。即座に跳躍し、最も近い光線級のグループを殲滅する。


「ひとつ……!」


 普段ならレーザー回避後の跳躍は主脚跳躍をメインで使うが、今回は噴射ユニットをメインで使う。人類の主力であるファントム系列の機体は主脚跳躍では第3世代機ほどの速度も高さも出せない。大多数の人間がその動きを身に着けるためには、可能な動きを見せてやらなければ参考にならない。
 尤も、イーグルも第3世代機に及ばないという点では同様であるため、噴射ユニット多用の方が安全だという面もあるのだが。


「少し遠いな……」


 着地前に次のグループには目星をつけているが、若干距離があった。次のアタックで確実に撃破する為には、出来るだけ接近しなければならない。
 移動経路の途中にいるBETAを血祭りにあげ、距離を詰める。さっき確認したグループとの距離はもう十分詰めた。あとは繰り返すだけだ。

 跳躍し、レーザーを回避し着地、再跳躍で光線級を撃破。次のグループに狙いを定めて接近、跳躍する。

 何度目かの跳躍で確認している限りの光線級を撃破し終える。


「ふぅ……。CP、付近に光線級の有無を教えてくれ」

『大尉の現在地付近では確認されていません』

「了解。ここをある程度掃除したら一度補給に戻る。準備を頼む」

『そっ……、了解しました』

「流石にこの数を単機でとなると少し時間がかかるか……。まあ、さっきまでみたいに節約しなければ少しは早くなるか」


 光線級撃破に必要がないため担架に戻しておいた長刀を引き抜く。
 大隊規模にも満たない数しかいないとは言え、流石に今携行している弾薬だけで掃除するのは不可能だ。

 まあ別に殲滅する必要もなければそこまで時間をかける気もない。半分も削ればこの場の部隊だけで十分対処できるだろう。だが少なくとも、自分がこの場にいる間、この程度の数のBETAを相手に味方を殺させる気はない。
 自分の手が届く限り、誰も見捨てない。誰も殺させない。邪魔するくそったれ共は全て排除する。


「さあ、俺を殺してみろ!!」


 白銀武はあらゆる激情を燃料に戦場を駆ける。それだけが自分の出来る事だとでも言うように。









 白銀武が死を運ぶ颶風となってBETAを殲滅し始めた時、スネーク隊は補給のために他部隊と入れ替わって後方に下がっていた。試験機五機がいくら長時間戦闘を想定して設計されたとはいえ、無限に弾薬を積んでいるわけではない以上、補給のための交代は避けられない。
 光線級出現の報が齎されたのは、補給も完了し再度前線に出ようとしていた時のことだった。


『要塞級及び光線級の出現を確認!』

『やはり来たか……。スネーク1より各機、これより全速で前線に出る。撃破優先に変更は無い。長谷川!』

『光線級の位置確認は完了しています』

『よろしい。スネーク2以下5名、お前らの仕事は何だ?』

『試作兵器の実戦試験』

『その設計思想は何だ?』

『ただ耐えること』

『結構。打ち合わせ通りにやれ』


 葛木の言葉に従い全機が飛び出す中、5機の試作兵器は前方に進み出る。
 光線級を撃破する為に突撃を行うのではない。レーザーの標的に“なりやすくする”ために前衛に回ったのである。

 通常、いくら対レーザー防御能力を高めたところで、レーザー属種の集中砲火に晒されればたかが戦術兵器一機程度一瞬で蒸発する。重光線級ともなれば、艦船ですら十数秒の単照射で対レーザー装甲が貫かれるのだ。戦術機や戦車など何をかいわんや、である。
 では何故防御能力の向上と言う無理難題に挑んだのか?


 答えは簡単である。ある程度意味のある向上が出来る自信があったからだ。


 試作品ではあるが新型多重装甲を身にまとった大蛇と禍津日は、理論値では従来の戦術機や戦車とは次元が違う防御力を有している。無論理論値と実戦値には差異が存在するというのは常識であるが、それを加味しても防御力の高さは疑いようがない。
 故に誰も怖れない。光線級の単照射程度で沈むはずがないと確信しているがゆえに。


『前線にご到着ぅ! お代は見てのお帰りだ!』

『うるさい、黙れ』

『操縦席の一部だけ蒸発すればいいのに』

『ちょっ『全機射撃開始。光線級を潰し過ぎるなよ』……了解です』


 大蛇や禍津日の過剰ともいえる重武装は“こういう時”のために存在しているといってもいい。
 たかだか二個小隊程度の戦闘兵器がBETAの進行を押し止めているのだ。今この瞬間、スネーク隊が戦場の支配者として君臨していることに誰も異論を挟まないだろう。
 進行するBETAはその多くが切り裂かれ、撃ち抜かれ、引き千切られ、吹き飛ばされる。

 しかし―――


『8時方向、突撃級が抜けます!』

『分かっているが、火力の余裕は無い。後ろに任せろ』

『……やはり光線級が居ると殲滅効率は下がるな』

『擲弾がほぼ迎撃されてますからね……。このままだとまた直ぐに弾切れですね』


 しかし、その圧倒的な戦闘力を以って死骸の山を築こうとも、上陸してくるBETAを殲滅しきるのは困難だった。
 最初から殲滅出来ていたわけではなかった。しかし殲滅率は90%に迫ろうかという“凄まじい戦果”が、光線級と要塞級の出現に伴って、精々“素晴らしい戦果”程度にまで落ち込んでしまった。
 それでも素晴らしい結果が出ていることに変わりはない。そしてそれを認識しているため、スネーク隊にも周辺部隊にもそれほどの焦りや心労は無かった。あったとしてもそれほど大きなものはない。精々が全ての光線級が一度に戦術機に狙いを定めるのではないかと言うほぼあり得ない心配であったり、機体に蓄積された負荷に対する心配であったり、突っ込みがちな同僚に対する心配程度だ。


『そろそろ終わるんじゃないか? 俺の勘がそう言ってる』

『金城中尉の、勘ほど、当てにならないものって、そうそう、無いと思うんですよね!』

『まあそう褒めるなよ。照れるだろ?』

『誰も褒めておらんわ、馬鹿者が』


 スネーク隊の面々が戦場には似つかわしくない雰囲気で会話している一方、CPではCP将校の長谷川真中尉が同行していた夏海、槻村両博士に対し、被害報告を行っていた。


「標的エリア内のBETA群殲滅率、67%。八十禍津日、可動装甲の三番、七番がほぼ融解。大禍津日は五番の被害が70%に達している以外は問題なし。大蛇は二番機と三番機の正面装甲が半分近く融解している部分がありますね。装甲腕の負荷もそろそろイエローラインです。一番機は……、装甲腕の融解率が60%近くに達している以外は大して被害無いですね。全機とも各部間接に疲労がたまっていますが、現状すぐに機動面で問題となりそうなレベルには達していません」


 戦域突入以降に過ぎた時間と殲滅したBETA数を考えれば、機体の疲労状況は相当に少ない。この場に第三開発局の関係者以外がいれば驚きの声を上げただろうが、そういった人間はここにはいない。
 故に、被害状況に対する驚きや嘆きの声は誰も上げなかった。聞こえるのはぼやきだけである。


「うーん……? なんでこんなにずれてるんだろう……。計算と違いすぎるんだけどなぁ……」


 槻村博士が唸りながらデータを見比べている一方、夏海博士はぼんやりとした表情でモニターを見つめていた。


「……擲弾砲さまさまですねぇ。光線属種が撃墜に必死なおかげで機体に向くレーザーも少ない。防御能力の試験も比較的安全に可能。味方の被害も少なくなって戦況も安定、と」

「ですが、二番機と三番機はそろそろ危険ではないですか?」

「まあ……、斑駒と違って夜刀と乙姫は元々小型な分、防御力も控えめですからね。……各機のレーザー被弾数とBETAの上陸数のデータを出してください」

「了解。……どうぞ」

「ふんふん、なるほど。……ま、これだけあれば十分でしょう。兵装試験も機体試験もこれで終わりましょう」

「了解しました。あれは使わないのですか?」

「勿論使います。最後に派手にやりましょう。―――葛木大尉、聞こえますか?」


 魔獣の母は告げる。我が子に活躍の場を与えるために。
 魔獣の母は笑う。我が子の活躍を確信するがゆえに。





<<周防要>>



『葛木大尉、聞こえますか?』

『どうかされましたか、博士?』

『兵装試験、機体試験、共に終了とします。ある程度目途を付けて撤収しようと思いますが、そちらで何か問題はありますか?』

『いえ、特に問題はありません。目途が付いたらと言うと、上陸が終われば、と言うことで宜しいですかな?』


 私、周防要は意識の端で葛城大尉と夏海博士の通信を聞いていた。
 このタイミングで通信が入るということは、実戦試験の終了か、“これ”の試験開始かのどちらかだろう。
 夏海鏡花という女性の性格を考えると、後者の可能性がより高いと言える。


『いえ、上陸もそろそろ終わりそうですし、片付けてしまいましょう。1番機を使います』

『なるほど、やはり使うのですな。承知しました。
 スネーク1よりスネーク各機。現時刻を以って通常兵装の試験を終了、大蛇1番機に装備された試作兵装の実戦射撃試験を開始する。戦域内のBETAの掃討を以って作戦終了とする』


 やはり予想通りだったが、予想通り過ぎるというのも面白みがなく感じる。時々でも構わないから、偶には予想が大きく外れる事態にも遭遇してみたいものだ。


「……了解。兵装制御を殲滅から試験に変更」


 しかし、片付けてしまうとは夏海博士も大きく出たものだ。それだけ自信があるということだろうが、シミュレーターでその威力を知っている身としてもいささか胡散臭く感じてしまうのは否めない。結局は実戦証明がなされていない兵器に過ぎないのだ。全てが理論通りにいくのならば、米軍はとうにハイヴの殆どを破壊し終えているだろう。

 兵装制御をCPUに委任し、次々に表示されるシステム情報を確認していく。大蛇の欠点は操縦者のやることが多すぎるところだ。兵装制御は基本的なプログラムで一括変更出来るが、それはあくまで想定されるパターンから選んでいるだけであり、刻一刻と移り変わる戦況に対応するためには個別の変更も必要になってくる。
 兵装制御だけで操縦者の処理能力を大幅に圧迫するというのに、そこに戦闘機動が絡んでくるとどうなるかは、まさに推して知るべしだろう。
 試作機完成以前から携わっているスネーク隊でも、現状で使いこなせると言って構わないのは自分くらいだと言うのがそれを物語っている。
 三機の大蛇試作機の中でも図抜けた火力と装甲を有する1番機だが、性能だけを追い求めすぎたせいで、量産前提の兵器としてはまだまだ完成度が低い。


「ま…、その辺りも含めて面白い機体ではありますけど……。全兵装、モード移行終了」


 移行終了と同時に、唯一つを除いて、全ての火器が事前にプログラムされている通りに自動稼働する。
 ある物は停止し、ある物は接近する目標だけを標的として射撃する。兵装制御システムに設定された“試験モード”とは、操縦者が唯一つの武装を万全の状態で射撃可能とする為だけに作られている。
 設計当初は全く考慮されていなかったプログラムだが、兵装制御プログラム自体にも既存プログラムとのマッチングにも不具合は存在しなかった。その辺りは流石は天才夏海鏡花といった所だろうか。
 機体が殆ど出来上がった後に無理矢理組み込んだ武装であるが、陸戦兵器として異常とも言えるほどのキャパシティを有する『大蛇』は、“これ”を搭載して十全に運用する為の機体としては、最も相応しいと言えるかもしれない。
 今はまだ高価なガラクタ以上の何物でもないが、将来的には本土防衛の要として活躍することも出来るかもしれない。だが、それも今日と言う日を無事に切り抜けられればの話だ。試験での性能が満足いくものでなければ本土防衛の主力になるなど夢のまた夢だ。


『結構。お前たち、準備はいいな?』


 葛木大尉の問いかけに、皆が次々と答える。
 先ほどまでは対レーザー防御能力試験のために前面に出ていた大蛇と禍津日だが、既に自分の前にはどの機体も居ない。夏海博士が“これ”の試験開始を口にした時点で少しずつ後退し、万一“これ”が暴走した時にも安全に対処可能な位置に移動し終えている。


『では始めよう。トリガータイミングはスネーク2に委任する』


 葛木大尉の言葉を引き金に、全ての感情が遠ざかる、遠ざける。
 BETAに対する憎悪も、同じ願いを持つ衛士が死んでいく悲しみも、全ての昂ぶりを忘れる。


「トリガーセーフティ解除完了」


 憤怒も悲哀も憐憫も共感も、一切を排し目的の遂行だけを意識に置く。
 口で言うのは容易い。実行するのも容易い。物心ついて以来、そう教育され、そのことを当然と認識し、そのように行動してきた。
 ただ主命を、目的を果たす為だけに行動する。私は、私たちは、そういう生き物なのだから。


「―――レールガン、威力行使」


 ―――だから、その兵器の威力を目にしても、私には、驚愕も興奮も、必要なかった。



[5043] 人物紹介(オリキャラ・設定拝借キャラ・オリ設定追加キャラのみ)
Name: ゲルトマー◆4a699184 ID:b04667f4
Date: 2013/03/28 02:26
 本格的にオリキャラも登場し始めたので、人物紹介として追加しました。
 基本的には姓名と大体の人柄程度の記述に留める予定です。
 原作キャラは基本的に記載しませんが、オリ設定が加わる時には追加します。
 ここに記載した設定を上手く回せるかどうかは分かりませんが・・・(汗



○帝国関連

 ○帝国技術廠

・『夏海鏡花(なつみきょうか)』博士
 帝国技術廠第参開発局部長。
 香月夕呼の大学時代の友人。
 常に丁寧語で喋る。
 歩行戦車を開発する傍ら、戦術機用兵器開発も同時作業中。



・『槻村忍(つきむらしのぶ)』博士
 帝国技術廠第参開発局局員。
 戦術機開発プランを合計三種、並行作業中。
 一種は試験機製造済み。一種は試作機製造中。一種は試作機段階まで進んでいない。


 ○帝国技術廠 装備試験大隊
  帝国技術廠付きの新型装備を試験するための大隊。第一~第三までの部局それぞれに中隊として宛がわれる。
  尤も、どの中隊も定員割れしており、実戦試験の前には別の中隊から人員を借りる事もしばしば。
  電磁投射砲が斯衛の部隊であるホワイトファングスで試験されていたのもそのあたりの事情が絡んでいる。


○第三装備試験中隊『スネーク』隊
 人柄とか背景とかは追々追加予定。


・『葛木緋彦(かつらぎあけひこ)』大尉 スネーク1
 中隊長
 撃震に搭乗

・『周防要(すおうかなめ)』中尉 スネーク2
 『大蛇』一番機、『斑駒(ふちこま)』に搭乗

・『近衛隆明(このえたかあき)』中尉 スネーク3
 撃震に搭乗

・『金城恭平(かなぎきょうへい)』中尉 スネーク4
 『禍津日』一番機、『大禍津日(おおまがつひ)』に搭乗

・『如月綾(きさらぎあや)』少尉 スネーク5
 撃震に搭乗

・『深山楓(みやまかえで)』少尉 スネーク6
 『大蛇』二番機、『夜刀(やと)』に搭乗

・『樹下琴子(きのしたことこ)』少尉 スネーク7
 『大蛇』三番機、『乙姫(おとひめ)』に搭乗

・『霧生真帆(きりゅうまほ)』少尉 スネーク8
 『禍津日』二番機、『八十禍津日(やそまがつひ)』に搭乗

・『長谷川真(はせがわまこと)』中尉 スネークヘッド(CP)




 ○帝国斯衛軍

・『不破和臣(ふわかずおみ)』大佐
 第8斯衛機甲大隊大隊長
 年齢的には武の父親と同じか少し若いくらい。
 穏やかな好人物。

・『御守静馬(みかみしずま)』少将
 第6斯衛機甲大隊大隊長。妻子持ち。
 娘は武よりも年上。妻と共々、何故か老けない斯衛の七不思議。
 忍耐強く時期を待つことを労と思わない性格。
 思考が実行に移されるまでの間が長く、色々と誤解される人。



・『不破恭也』中尉
 第13斯衛機甲大隊第二中隊、通称『ブレイカーズ』副隊長
 温厚で誠実な人柄。嫌われると言う事がまず無い好男子。
 不破士朗の息子。
 チートキャラ二号(一号は武)



 ○その他

・『不破士朗(ふわしろう)』
 斯衛軍大佐『不破和臣』の兄。
 過去斯衛軍に所属していたが現在は退役して別のお仕事。
 仕事中は厳格だが、私生活では単なる人の好いおっさん。



 設定拝借キャラの拝借元が何か気付いた方でキャラに違和感を感じた方は、感想で作者だけにコッソリ指摘してください(ぉ





○国連関連


・『氷室』
 香月博士の秘書を名乗る女性。
 実際に秘書として活動している姿を見たことがある人間は絶無のため、詳細不明。



 ○特殊任務部隊A-01『ヴァルキリーズ』

・『宮城涼香(みやぎすずか)』中尉  ヴァルキリー03 インパクト・ガード
 BETAの新潟侵攻時に病院送りになった人物という設定。
 現在のヴァルキリーズの中ではみちるに次ぐ古参で、支援組のまとめ役。
 状況判断と視野の広さに優れた衛士。

・『片桐京(かたぎりみやこ)』少尉   ヴァルキリー06 ガン・スイーパー
 BETAの新潟侵攻時に戦死した衛士その1。
 京都出身。関西出身者その2。
 穏やかな性格だが、怒ると豹変する。
 茜とは反対に、戦闘時にあまり無理しない分打撃力に欠ける。

・『楯山香苗(たてやまかなえ)』少尉  ヴァルキリー07 ストライク・バンガード
 BETAの新潟侵攻時に戦死した衛士その2。
 関西出身者その3。大阪出身。
 喋るのは大阪弁ではなく、いわゆる「自分語」。
 機動関連の思い切りは良いが、その機動を制御しきれてないので水月には及ばない。

・『築地多恵』少尉  ヴァルキリー10 ストーム・バンガード
・『麻倉陽子』小尉  ヴァルキリー11 ストライク・バンガード
・『高原舞』少尉   ヴァルキリー12 ラッシュ・ガード

 築地はポジション、高原・麻倉は名前がオリジナルなので一応記載。



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