<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

Muv-LuvSS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[5197] Muv-Luv Alternative Episode of Kos-Mos (episode XⅢ 投稿 )
Name: Anrietta◆f3aee459 ID:de8dbf33
Date: 2009/01/16 22:06
マブラヴ×ゼノサーガのクロス作品ですが、ゼノサーガの知識が無くても楽しめると思います。

・知識不足なところが多いので、「これ、ありえねぇだろ」とかあったら教えてください。可能な限り修正します。あまりに根底的なことは改善できないかもしれませんが。

・SS投稿板の楽しみは小説と違い、読者の人と一緒に話を作り上げていけるところにあると思います。なので、どんな些細な事でも、批判でも、あるとうれしいです。それがヒントになる事が多々あります。

更新速度について

・一週間一話ができればいいなぁと思っています。



[5197] episode 0
Name: Anrietta◆f3aee459 ID:de8dbf33
Date: 2009/01/03 19:24
2001年12月24日

オルタネィティヴ4の終了。そしてオルタネィティヴ5への移行。突如として基地指令より言い渡された謎の言葉。

「オルタネイティブ5の発動により、指揮権は新司令部に移行し、当横浜基地も接収される。当基地の要員は大幅な組織再編が行われた後、世界各地の国連軍基地に再配属となろう。訓練中の諸君においても同様の可能性がある」

当然、いきなりそんな事を言われて納得できるはずが無い。
オルタネイティブ計画?4の終了?5への移行?…何が始まろうとしている?
それらの疑問を解決するために武はオルタネィテヴ計画の全容を基地指令に問うたが、教えられることはなかった。
代わりに武に帰ってきた言葉は

「軍とは、そういうところだ」

の一言のみだった。

武がいかに請うたところでこれまで秘密裏に進められてきた計画を一介の訓練兵に話すはずがない。
理解した途端に襲ってくるやるせなさ。無力感。
軍でいかに階級がものを言うか実感させられた初めての出来事だった。

それから2年。

オルタネィティヴ5の計画の一環として進められてきたバーナード星系への移住計画が現実のものとなる。

移民船団には様々な分野の専門家、そして遺伝子的に優れているとされる10万人の人々が乗せられた。
当時の世界人口10億人に対してたった10万人……。

あまりにも少なすぎた生存への切符。

当然ながら移民を妨げようとするテロ集団も出てきたが、国連軍はこれを武力で制圧。
警備には武も当たっており、移民船団打ち上げの日…武は初めて人を殺した。

人類を救うために人を殺す。なんとも皮肉めいた事だった。

だが、たとえ人を殺すとしても、この移民船団だけは絶対に護りぬくと武は心に決めていた。
この移民船団は人類が唯一残す事のできた希望。武にとってもそれは同じだった。自分の生きる意味といっても過言ではない。

移民船団に乗り込んだ想い人…御剣冥夜。彼女が宇宙のどこかで生きててくれる。自分を見守っていてくれる。…それだけが武の希望だった。

汚れてしまった手を見て罪悪感に苛まれながら…武は宇宙へと旅立っていく移民船団を見送った。

移民船団の打ち上げ完了と同時に人類は、G弾集中投入によるハイヴ殲滅作戦を開始する。

通称戦略名「バビロン作戦」

作戦内容は至って簡単「大量のG弾でBETAに最終決戦を挑む」とのこと。

そして当初の目的通り日本の佐渡島ハイヴおよび韓国に存在していた鉄源ハイヴをG弾の集中運用をもって破壊。それに伴い人類は西進を開始。

作戦は順調に推移している……かに思えた。

甲19号作戦。中国のブラゴエスチェンスクハイヴに対し、これまで通りG弾による破壊を試みるも……失敗。
その後の経過でもG弾がBETAに対してかつての猛威を奮う事はなかった。

学者達の間でBETAへのG弾の無効化について様々な議論が成されたが、結局……原因不明。

人類がBETAに対して分かる事などほとんど無いのだからそれは当然の結果とも言えた。
G弾の無効化を受けてオルタネィティヴ計画は再びオルタネィティヴ4へと移行。

しかし、オルタネイティヴ4への移行はもはや名目上でしかなく、実際にオルタネィティヴ4がなにかしらの成果を上げる事はなかった。

G弾による殲滅ができなくなった今、BETAはかつての勢いを取り戻し、人類はその圧倒的な物量の前に戦線を押し戻され……
遂にはBETAの日本再上陸を許す。

米国並びに国連軍は即座に日本を放棄。早々に撤退を表明。
……日本にとって2回目の裏切り行為だった。

様々な国際的批判を受けるも、米国は各国の移民を受け入れているという借りもあるので強いことも言えず
結局はうやむやのまま流されてしまった。

米国軍、国連軍の撤退後も日本帝国軍は奮闘を続けたが
BETAの数の暴力の前に成す術もなく──2004年、帝都陥落。

日本帝国軍政威大将軍、煌武院 悠陽殿下は国と運命を供にするおつもりだったらしいが
「国を無くした帝国国民の最後の希望」と家臣の長時間に及ぶ説得を受け、やむなく撤退。

日本から溢れた移民の受け入れ先にアメリカが名乗りを挙げ、殿下が受け入れの感謝として頭を下げた事は
元帝国国民ならびに帝国軍人にとっては屈辱以外のなにものでもなかった。

2004年。日本が落ちたことで、BETAが余剰戦力を上乗せして西進を開始。

2006年。EUおよびユーラシア大陸におけるソ連の壊滅。ユーラシア大陸を文字通りBETAに制圧された形となった。

2007年。EUおよびソ連の壊滅を受けて、アメリカの介入でなんとか持ちこたえていたアフリカ戦線が崩壊。
それからのBETAの侵略の様子は目も当てられない様だったという。

2008年。オーストラリアへBETAが侵攻を開始。

同年。オーストラリアの壊滅。

同年。情報規制令の発令。これ以降、軍人であろうとも一部の者でしか現在のBETA情勢を知ることができなくなった。

2013年。人類が残す領土はアラスカの一部のみとなる。

生き残った部隊は総て国連軍として再編成され、人類は最後の作戦行動に入る。

通称戦略名「甲31号作戦」

本当の意味での人類の総戦力をあげてのハイヴ攻略戦。だが当然、今更ハイヴを落とした所でどうにかなる訳でもない。

ただ…皆死に場所が欲しかっただけ。作戦はその為の名目にすぎない。
なにより人類はもう疲弊しきっていた。半ば投げやりの作戦。

しかし、反対する者などいなかった。
衛士に限らず軍に身を置く者達は皆…死に場所として戦場を、より多くのBETAを屠る事を選んだ。

民間人には数人に1つ、手榴弾が渡された。
護身用と名目を置いているが、本来の目的が何であるか等……誰も口にしなくとも皆分かっていた。

………

……



<<白銀 武>>

作戦を翌日に控えた夜。白銀武は国連軍アラスカ・ユーコン基地の屋上に腰掛け、1人夜空を見上げていた。
想うのは宇宙へと送り出した想い人…御剣冥夜。

「冥夜、俺とうとう大佐になっちまったぜ。笑えるだろう?へなちょこ訓練兵だったこの俺が…大佐だってよ。
誰1人、何1つ護ることのできないこの……俺が!!」

右の拳でフェンスを力の限りに叩きつける。
拳に広がる痛みがまるで自分の弱さを笑っている様だった。

武は作戦を重ねる毎に衛士としての腕を上げ、その功績が認められ階級も上がっていった。そして大佐という地位にまで上り詰めていた。

……だがそれには軍が作戦を重ねる毎に衛士を失い、武の階級が上がらざるを得なかったという側面も持っていた。

そんな事は武自身が良く分かっていた。殺しても殺しても沸いてくるBETA。目の前で死んでいく戦友達。自分をかばって死んだ人もいた。

そんな大切な人達が死ぬ度に武は心が張り裂けそうになり、心の中で血を吐き、己の無力さを呪った。

「白銀……武?」

名を呼ばれて、顔を向けるとそこには悠陽殿下が警護の者も付けずにいた。
冥夜と……想い人と瓜二つの少女。慌てて立ち上がり敬礼する。

「殿下、警護の者も付けずにこの様な所へ……」

「……今更私を襲った所で何の足しになりますか?それと、その様な言葉遣いは止めて下さい。今は2人きりなのですから」

最初の方は憂いを帯びて、最後の方は微笑みを帯びて悠陽が語りかけてくれる。

「……悠陽、護ってやることができなくて済まない。俺は……」

頭を下げる。武は悠陽を一目見た時から心に決めていた。
この人は自分が護ると……自己満足でしかないが、そう決めていたのだ。

帝国軍人でもない自分が黒の武御雷を駆れているのも悠陽のおかげ。
横浜基地に鎮座されていた主君なきあの紫の武御雷は帝国軍にそのまま返却される予定だった。
だが、悠陽は月詠からの報告で白銀武という衛士と御剣冥夜が恋人であると報告を受けていたため、白銀武にあの武御雷を託したのだった。
さすがに紫の色はまずいので黒く塗りつぶされたが、武にとって、それは言葉では言い表せないくらいの…
悠陽にいくら奉仕しても足りないくらいの喜びだった。

故に誓ったのだ。この御方だけは何があっても護って見せると。なのに…。

蓋を開けてみると明日始まるのはハイヴ攻略戦という名目を得た単なる自滅行為。当然、今はしがない衛士でしかない悠陽も明日の作戦には参加する。
生きて会えるのは恐らくこれが最後。もう護る事も叶わない。

「白銀。それは私に対する侮辱ですか?」

悠陽が目を細める。国を無くしたとはいえ、彼女は日本帝国軍政威大将軍。
立派な衛士。護ってやれなくてごめん等と、侮辱にしかならないだろう。

「……すまん。どうやら感傷的になっているみたいでな」

「かまいません。それに……今夜くらいはいいでしょう。自分に弱くなっても」

悠陽も空を見上げる。冥夜の事を想っている、というのはきっと外れではないだろう。

その横顔は儚げで、何故かそれを見ると胸が締め付けられた。

悠陽の言葉を聞いた武は無意識の内に腰に携えた皆琉神威に触れる。
宇宙へと旅立つ際、冥夜が武に託した刀。自分の半身。

紅蓮大将に皆琉神威の帯刀を認めさせるために無現鬼道流を修めるべく修行を行った事が懐かしい。

苛烈を極めた修行。今でも修行の際に負った傷は消える事が無い。
だが、傷の代わりに、力を手に入れた。生き残る力。誰かを護る力。BETAを屠る力。
肝が据わったのもあの頃だろうか。まぁ毎日のように紅蓮大将の殺気を浴びていれば肝も据わるわな。

今思えば、あの修行があったからこそ今生きていられるのかもしれない。
だとしたらやはりこの皆琉神威は武を護ってくれていたのだろう。

皆琉神威を握り締め、もう一度空を仰ぐ……冥夜のいる空を。

「冥夜、俺は明日……多分死ぬんだと思う」

それは本当に久し振りに無意識のうちに吐いた武の弱気な言葉。
移民船団を見送った時に、弱い自分は捨てたと思っていた。まだこんな心があったのかと自分でも意外に思う。
……悠陽の言葉に感化されているのかもしれない。

「だけど、ただで死にはしない。BETAを殺して、殺して1秒でも長く……機体が動く限り、自分の護べきものを護って、そして……死ぬ」

おそらくこれが自分の死に様。ただの学生であったはずの自分の死に様。
悔いはない。冥夜が生きている。最後の1秒まで悠陽を護る。それでいい。それだけできたのならば何もいらない。

「だから冥夜……」

………

……



2013年12月24日

甲31号作戦

カナダ中央部に新たに建造されたアルバータハイヴ攻略戦。
大義名分はアラスカにおけるBETAの脅威を少しでも和らげる為。

航空支援、軌道降下部隊、一切なし。
申し訳程度に設置された補給コンテナ。無謀としか言えないハイヴ攻略戦。

当然のごとく唯一の戦術機部隊である国連軍臨時戦術機甲連隊は、ハイヴ入口付近へ辿り着く頃には中隊規模にまで減ってしまっていた。
逆に言えばこれほどの苦しい環境でありながら、まだ中隊規模の戦術機が残っていたのだ。

ここまで生き抜いてきた衛士達であるからその実力は言うまでも無い。
だが、それをもってしてもこの程度の損害で済んでいる事実は…一言で言うなれば異常。

背水の陣とはよく言ったものだが、退路など最初からない衛士達はひたすら進み、BETAを屠ることしか考えてない。

異常なまでに研ぎ澄まされた闘志。

機種もカラーリングもまちまちの戦術機達がBETAの死骸の山を次々と積み上げていった様は、忘れていた人類の勝利すら連想させた。

だが、それでも。

いかに一騎当千を誇ろうが、相手は万単位で押し寄せてくる。

BETAの脅威はその物量にある、何度使われた言葉だろうか。

加えて明らかな武装の不足。突撃砲がいくらあったところで、弾がなければそれはもう死重量でしかない。

故に、部隊の多くは突撃砲を放棄。74式近接戦闘長刀による戦闘がメインになっていった。

煌武院 悠陽、月詠 真那、沙霧 尚哉、篁 唯依、ユウヤ・ブリッジス、紅の姉妹、そして……白銀武。

ハイヴ入り口まで辿り着いたのは以上の8名。

そのほとんどが日本人というのはやはり長刀の扱いに長けているというのが大きかった。

他国からしてみれば日本帝国軍の近接戦闘を対BETA戦略において重要視し、衛士の訓練、果ては戦術機開発のコンセプトにまで反映されていたのは異常でしかなかった。

が、この結果を見る限り間違いでなかったことだけは確かなようだった。

ユウヤも対BETA戦において近接戦闘を行うことに疑問を抱いていた一人だった。

しかし、不知火-二型の開発衛士をするにあたって日本の戦術機のコンセプトを理解し、唯依による近接戦闘の指南を受けていたことが、この過酷な状況でも自分を未だに生き残らせている…ということを改めて認識していた。

同時に唯依への感謝の気持ちも湧き上がってきたが……素直に礼を言う事ができないのもまた彼が彼たる所以であった。

ただ、紅の姉妹だけは突撃砲の加護によるところが多かったが、それは彼女達の射撃技術が人類のエース達の中でも群を抜いていることを示していた。

横坑から這いずり出てくるBETA達を飛び越え、ハイヴに突入する。

装備は74式近接戦闘長刀および65式近接戦闘短刀。
こんな状態でハイヴ突入など自殺志願者でしかない。

…だが、だからといって進軍を辞める訳にはいかない。
元より戻るべき道など既に無い。あるのはただただBETAで生め尽くされた進路のみ。

自分達はこの戦闘で死ぬだろう。

…ならばせめて…反応炉に辿り着き、破壊する。…それが先に逝った者達にできる唯一の弔い。

………

……



<<ユウヤ・ブリッジス&紅の姉妹>>

横坑の中を埋め尽くさんばかりのBETAを飛び越えながら進んでいく。
ハイヴにおける基本的な戦術は、できるだけ戦闘行為を行わない事。そんな事はわかっている、だが。

無いのだ。突撃砲もミサイルも。目の前にBETAの壁があったら長刀で斬り崩していくしかない。
戦闘行為が増えるのは目に見えていた。…故に、死亡率も上がってしまう。

ドゴッ……

不意に鈍い音が横坑に響き渡る。見ると紅の姉妹の駆るチェルミナートルが脚部に要撃級の一撃を食らっていた。
バランスを崩した所にすかさず群がる戦車級。

「イーニャ!!クリスカ!!」

「寄るなブリッジス!!」

思わず彼女達の元へ行こうとしたユウヤをクリスカが制止する。
そして彼女はユウヤに向かって長刀を投げた。

「先に逝ってる……貴様も後から来い」

「……バイバイ、ユウヤ」

彼女達は各々別れを告げる。
ユウヤは彼女から投げられた長刀をしっかりと受け取った。

「……すぐに追いかける。」

そう言い残し、ユウヤは噴射跳躍する。
彼女達の死を無駄にしたくないなら、自分にできる事はこのハイウを落とす事。
奥歯を噛み締めて自分を抑える。

「クリスカ……」

戦車級が機体を蝕んでいる音が聞こえる。

「なぁに、イーニャ?」

できるだけ穏やかな声で返す。

「あの世でもクリスカとユウヤと一緒だよね?」

問うてきたのは、無垢な瞳。歳を重ねても決して濁る事のなかったその瞳。

「うん。一緒だよ。」

だから嘘をつく。

「なら大丈夫だね。」

やがてコクピットに亀裂が入る。

「うん。大丈夫だよ。」

だから……逝こうか?

………

……



<<白銀 武&煌武院 悠陽>>

武は後方でS-11の爆発を聞いた。もう、やめてくれ……。
その爆発と同時に、武御雷の振動モニターが見た事もない数値を弾き出していた。S-11による振動だけではない、別の「何か」こんな時でも頭だけは冷静に、衛士として働いていた。

「全員壁から離れろ!!来るぞ!!」

武が叫んだのと、後方の壁が崩れたのはほぼ同時だった。

なんだ、あれは……。

例えて言うなら巨大な幼虫。突如あらわれたそいつは、要塞級を含む多数のBETAを体内からはき出す。
ありえない。そう思っても状況は変わらない。

前に居るBETAを捌きつつ、背後からのあれだけの数のBETAを相手する事など不可能だ。

「……白銀、殿下を頼んだぞ」

いち早く事態に対処したのは沙霧だった。

長刀を構え、烈士と書かれた不知火が大量のBETAへ突っ込んでいく。……殿を引き受けるつもりらしい。

「御供しましょう」

それに追随するように月詠の武御雷が続く。

その様子を見た悠陽は無力感でいっぱいだった。私は…助けられてばかりだ。

「……2人とも、これまでの忠誠、大義であった」

最後の別れを告げる。

「勿体無きお言葉」

「殿下、我々に構わずお進み下さい」

返ってきたのは変わらぬ忠誠の言葉。私は……よい家臣に恵まれた。
もし、生まれ変われるのなら、彼らと武と冥夜と。
こんな身分など無くて、皆が笑っていられる世界。
そんな世界に生まれる事は、叶わぬのだろうか。

そんな事を考えながら悠陽は噴射跳躍し、反応炉を目指す。

………

……



<<月詠 真那&沙霧 尚哉>>

殿下を見届けると、月詠はBETAの蹂躙を開始する。
決してこの先には進ませはしない。あの御方を汚させはしない。

死角から放たれた要撃級の腕を機体を回転させる事によって回避。
そのまま遠心力を利用して斬りつける。

機体の硬直時間を狙われた要塞級の触手は半ば無理やりの噴射跳躍によってかわす。
確か、白銀がキャンセルと称していた技。

崩れていた姿勢を前宙の要領で立て直し、空中でがら空きとなった突撃級の背中を斬る。

斬っても斬ってもおしよせてくるBETA。
もうどれだけの数を斬ったかわからない。

だが、月詠はこの戦いがもう終わりに近づいている事を悟る。

だから、問うた。
自身と志を同じくするこの者が、どのような応えを持っているか知りたくて。

「……なぁ、沙霧。」

流れる様に続いていく剣技。

「……なんだ?」

神速とまで謳われた剣技。

「もし生まれ変われるとしたら何になる?」

だがしかし、どんなに剣技が卓越していようと、それはただの剣技でしかない。

「愚問だな。」

沙霧の長刀が折れる。

「左様か。」

月詠の長刀が折れる。

……そして2つのS-11が爆発した。

………

……



<<ユウヤ・ブリッジス&篁 唯依>>

辿り着いた大広間。見渡す限りのBETA、BETA、BETA。

BETAという絨毯で敷き詰められたハイヴの最深部。

その中央には目指すべき反応炉。

遂にここまで来た。後は、辿り着くだけ。
それで終わる。この苦しみも痛みも悲しみも、総て。

黒と紫、黒と黄のエレメントがBETAを蹂躙し、道を作っていく。

「唯依……今までありがとう。俺は、貴女に会えて良かった」

ユウヤは次々とBETAを屠りながら呟く。不知火-二型、唯依と自分が造り上げた機体。
この長刀は紅の姉妹から受け継いだもの。
ならば、こんな奴等に負ける事などありはしない。

「なんだ、いきなり」

いきなりのユウヤの告白に唯依は自分の胸が高鳴るのを感じた。なんなのだろう、この気持ちは。

「俺は、多分……。いや、やめておこう」

「な、言いかけて止めるな!!」

気になるじゃないか。

「続きは……あっちで言いますよ。あいつらもいますしね」

ヴィンセント、タリサ、ステラ、ヴァレリオ、それに紅の姉妹。今までに亡くしてしまった人達を想う。

「……そうか」

それから2人は無言だった。

………

……



<<白銀 武&煌武院 悠陽>>

「武」

悠陽はBETAを屠りながら呟く。おそらく自身の最愛の人である名を。

「ん?」

武は悠陽の前に立ち、彼女を護る様に戦っていた。
もちろん、彼女に気付かれない様に注意しながら、あるいは彼女は既に気付いているのかもしれない。
だが、彼女は何も言わない。ならこれでいいのだろう。

「……そなたは、冥夜を愛しているのですよね?」

悠陽の口から躊躇う様に紡がれた言葉。

「あぁ。愛している」

それは事実。

「……そうですか」

「……でも、悠陽の事も大切に想っている」

それもまた紛れもない事実。

「……そなたは少し優しすぎます」

「……そうか、今後気をつけるよ」

武がその言葉を紡いだのは、皮肉にも反応炉に辿り着いた時だった。

これで終わる。なにもかも。総て。

自分に力があったならこんな事にはならなかったのだろうか。そう思うのは欺瞞だろうか。

だが、やり直せるものなら。皆を……人類を救って、ただただ冥夜と笑っていられる日々を、それが可能な力を……。

最後に皆琉神威を強く握り締める。
時を同じくして悠陽も人形を抱いていた。
それは、掟により離れ離れになった……冥夜と数日間だけではあるが一緒だった証。

……そして、4つのS-11が爆発。反応炉はその活動を停止したのだった。



[5197] episode Ⅰ
Name: Anrietta◆f3aee459 ID:de8dbf33
Date: 2009/01/03 19:22
<<白銀 武>>

長い――夢を見ていたような気がした。

?年?月?日

目を覚ますとそこは見知らぬ天井だった。いや……俺は……知っている……。

……知っている。懐かしい感じ。

……まだ若干まどろんでいる意識の中で武はある違和感に気づく。腕に柔らかいものが触れていた。なんだ……?

布団の中に誰かいる……。ふと、思い出す――武にとって世界が変わった日。……冥夜が布団に潜り込んでいた日。冥夜……?

もう12年も会う事の叶わなかった想い人。生きていて欲しいと宇宙へ逃がした想い人。もう会えぬと覚悟を決めて別れた想い人。

今、その人が隣にいるのだとしたら?

……両の手で彼女を抱きしめる。正常な思考が働かない。自制心が働かない。ただ感情のままに彼女を抱きしめる。

これは夢だろうか?あぁ……どうでもいい。夢でも何でも冥夜がいるならそれでいい。髪の毛がもふもふする……。気持ちいい。

「おはようごさいます。あの……すこし窮屈なのですが」

――期待していたのは冥夜のはにかむ様子。きっと真っ赤な顔をしながらも武を受け入れてくれるであろう彼女。

――そんな事があったならどれだけ素敵な事だっただろうか。どれだけ武は救われるだろうか。

しかし胸の中から返ってきたのは武の知らない声。……え?なんで?

恐る恐る自分が今抱きしめているものを確認する。――知らない人だった。

「……でぇええええええええええええええええええええ!?」

慌てて両手による拘束を解く。その勢いで掛け布団が捲れて、渦中の人物と目が合う。
あ……なんかデジャブ……ってそうじゃない!!状況は同じだけど人が違う!!

一人慌しく頭の中が暴走している武とは対照的に彼女は何事も無かったかのように、腰くらいまで伸びた青い髪を整えながらベッドから降りて立ち上がる。
冥夜のもあれと同じくらい、さらさらした髪だった事を思い出す。

そして武のほうへ振り返る。その表情からは少し冷たい印象を受けた。感情がないわけではない――ただ、表現が出来ない、そんな感じ。

そんな勝手な印象を持ちながら、彼女がえらく美人であることを認識する。そしてなにより目を引くのは身に着けている着衣。

体のラインを強調するタイトな白い服。明らかに短すぎるスカートと露出された両肩。

……何故か同様に露出された下乳。なんというおっぱい……いや、しかし冥夜の方が大き……って何考えてんだ俺!?

手の甲と肘のあたりには、明らかに服とは素材の違うものでできた装甲とも言える様な鋭角的な飾り。
頭部にもそれはあったが、それはなにか、耳のように見えなくもない。

武は彼女をつい先ほどこの上ないほど熱く抱擁していた事を思い出し、1人ベッドの上で悶絶する。

そういう事に接する機会が無かった訳ではないが、武は冥夜への裏切りになるとして冥夜が旅立った後、その他の女性と関係を持つ事は一切なかった。

故に武のそういった面での成長は18歳あたりで止まってしまっていた。こういったところで取り乱してしまうあたり、その幼さが表れていた。

「ぐっすりと眠っている様でしたので、起きるまで待っていたのですが……いきなり抱きつかれるとは思いませんでした」

武の事情を知っているものなら多少は同情も弁解の余地もあるが、当然彼女がそのようなことを知るはずもない。

彼女も武の布団に潜り込んでいる時点で、武だけの落ち度ではないはずなのだが……

こういう時は絶対的に男性のほうに責任がいくのだ。なんとも納得のいかない話ではあるが。

「うっ……それは、面目ない。えぇと……それで貴女は、なんで俺の部屋……っていうか布団に?」

半ば停止していた思考を働かせる。今重要な事は現状の把握である……はず。――っていうか俺の部屋?

ぐるりと周りを見渡し、確信する。そこはまぎれもないかつての武の部屋。――還ってきたというのか?

思い出す――衛士となり、戦術機を駆り、BETAを屠ることが日常となっていた武にとっての非日常の世界。

冥夜がいて、純夏がいて、BETAなどいなくて、武はただの学生で、くだらない事で笑ったり泣いたり。そんな夢のような世界。

だが武はかつての日常でも、先の悪夢でもこのような女性に会う事はなかった。ならば自分はまた違う世界に飛ばされてきたとでも言うのだろうか?

そんな事を思うと、恐怖が襲ってくる。知らない世界を何回も体験する自分、終わる事の無い輪廻。

鍛えられた肉体が、胸に宿る喪失感が……前の世界が夢などでなく、武自身が経験している事を物語っていた。

「気がついた時には既にここに――貴方の布団の中にいました。状況を確認しようと思ったのですが貴方が私の服を掴んでいましたし、
貴方に聞けば大方の事情は分かるだろうと思い起きるまで待っていました。」

気がついた時には既にここに……ある仮定が武の中で浮かぶ。……ありえるだろうか?――ありえる。なにより自分で体験しているのだから。

とりあえず……外に出てみるか?なにか分かるかもしれない。

「そうか、それは済まなかった。後、残念ながら俺も現状を正しく認識していないから、少し外に出てみないか?
なにか分かるかもしれない。あぁ、あと俺の名前は白銀武だ。ちょっと準備するから待っててくれ」

彼女にそう言いながら外に出るための準備をするべく、かつての自分の部屋をぐるりと見渡す――時計を見ると既に8時を過ぎていた。
少しばかり期待したが、この世界も前の世界と同様かそれによく似た世界だろうなと思う。

何故なら彼女達が居ないから。冥夜、それに純夏。「いつも」なら彼女達がこんな時間まで自分を放っておくはずがない。
別に自慢でも驕りでもない、彼女達が起こしに来てくれる。そんな光景が普通だったのだ。……起こされないと起きれないのは恥ずかしいことこの上ないが。

「了解しました。私の名前は……KOS-MOSです」

『秋桜』が名前を言うとき、少し躊躇したように見えたのは気のせいだろうか?まぁ、変わった名前だから躊躇したのかもしれない。

武の目に白陵の制服が目に留まる。……着ておくか。前と同じ世界なら、訓練兵と同じもののはずだから意味はあるだろう。
何故か着ていたジャージを脱いでいく……あれ、なんか違和感。……秋桜いるじゃん。

以前までの戦場での生活でそういったことに疎くなっていた――というより元々疎かったが、気づく。彼女が平気であるとは限らない。
しかし、彼女は微塵も同様せずに冷静かつ律儀に武の仕度が終わるのを待っていた。……そこまで普通に居られると逆に寂しいんだが。

………

……



着替えを終えて外に出てみると……やはりそこは荒野だった。いや、家やビルの瓦礫などは確かにあるのだが……まぁ荒野と言っても差し支えないだろう。

隣の……純夏の家も案の定、半壊した激震によって押しつぶされていた。
別段変わった様子はない。やはりここはBETAのいる世界で間違いないだろう。いや――変わった事も確かにあった。

それは、隣に居る秋桜。あと目の前にあるよく分からない物体。なんかバイクのように見えなくも無い。それに……。

「皆琉神威……。」

思わずつぶやくように零れた言葉。その物体に立てかけるようにして武の半身でもある刀が置かれていた。

鞘から抜いて確認する。時間がたった様子も刃こぼれもない。一振りしてみる――間違いない。皆琉神威だ……。
何故こんなところに?と思う反面、ここにあるのが当然だとも思う。一時も離した事のない刀だからそう思うのも無理はないのかもしれない。

皆琉神威をベルトのところに引っ掛ける。不安定だが、現状は我慢しよう。

思わぬ対面に喜ぶ武と同じように、秋桜もバイクのようなものを見ていささか驚いて――というか安心しているようだ。

「それは秋桜のものなのか?」

「えぇ、そうです……これが無いと困るところでした。ところで武。この町の様子を見る限り、何かに襲われたような形跡があるのですが」

秋桜はこの様子を見て冷静に状況を分析していた。感情を出さないという訳ではなくて「こういうことも有りうる」と認識している様だった。
自分が始めてこの様子を見たときはあまりのあり得なさに夢だと確信していたが、彼女にそういうところは無いようだ。

「あぁ……BETAと言われる、簡単に言えば宇宙人に襲われたんだよ。」

「普通」ならば笑うか呆れるかのどちらかのような話。だが、秋桜はただ頷いただけだった。
もしかしたら、秋桜は自分とは違う世界から来たのではないか?と考えがよぎった。

服についている装甲のような部品。頭についているヘッドセットのようなもの。目の前にあるバイクのようなもの。

おそらく、武の知らない世界のもの。しかもそれら総てに高度な技術が集積されているように見える。

が、確証のない話だ。こういうものは夕呼先生に診てもらったほうがいい。

秋桜がいた世界の事も、夕呼と一緒に聞いたほうが効率がいいだろう。この世界のことを説明しなくてはならなくなるし。

それに、どこから来ようがもう来てしまった以上関係ない。

――還る事などできはしないのだから。

「秋桜。俺はこれからこの近くにある国連軍の基地に行こうと思う。……ちょっとしたコネがあるんだ。一緒について来ないか?多分、秋桜を保護してもらえると思う。
それにここら辺は基地以外見ての通りの荒野だ。まぁ……ようするに付いて来いって事だな。なにより危ないし」

「了解しました。私も現状を把握したいですし。案内していただけますか?」

意外とすんなり了承してくれた。元々物分りのいい人なのかもしれない。

「あぁ、分かった。じゃぁ付いてきて……ってやっぱそれバイクだったのか」

秋桜は先ほどのバイクのようなものに乗っていた。すげぇ……浮いてる。
やっぱこれって元の世界にもこの世界にもないものだよな。未来のもの……か?

「厳密には違いますが……乗ってください。歩いていくより速いです」

………

……



秋桜のバイクのようなものはとても乗り心地がよかった。地面に接していないので体が感じる振動はない。
風が体をきっていくがそれは気持ちのいいものだったし、武の気持ちを落ち着かせるという効果も持っていた。

道案内を終えた武は一人考え事に耽っていた。実際には、武の道案内は必要なかったのだが。
それは横浜基地が比較的高い位置に存在し、旧市街地の建物のほとんどが倒壊していることで、肉眼でも横浜基地が確認できたからだ。
しかし、秋桜はかなり早い段階……武が見ても、横浜基地かどうか分からないくらいの段階で発見していたが。
きっと目が良いのだろう……というかなんか最初から位置が分かっているかのような移動だったので武はほとんど何も言わなかった。

考えていたことはオルタネィティブ計画について。

前回の世界で武は肩書きだけではあるが大佐という地位にまで上り詰めており、それ相応の権力というものも持っていた。
実際、滅亡を目前にしていた人類にもはや機密など無いに等しく、オルタネィティブ計画の詳細を知ることはさほど難しくなかった。

オルタネイティヴ計画……BETAとのコミュニケーション方法を模索することを目的とした計画。

ずいぶんと穏やかな感じだが、それは計画の発案された時にはまだBETAが敵対的であると判明していない事に由来される。
武にだってその考え方は分かる。人類が始めて知的地球外生命体を確認したのだ。コミュニケーションをとりたくもなるだろう。

オルタネィティブ計画は1~5まで存在する。

オルタネイティヴ1 1966年に開始された、BETAの言語・思考解析による意思疎通計画。しかし全く解明されずに失敗。

この計画が成功していたらもしかしたらBETAと人類の共存もあったかもしれない。結局は相容れない生物だったが。

オルタネイティヴ2 1968年開始。BETAを捕獲しての調査・分析計画 。分かった事はBETAが炭素生命体である事だけ。

ちなみに人類も同じ炭素生命体である。つまり、ある意味では根本的な部分でBETAと人類は同じとも言える。
自分で言っておいて何だがあんなのと同類とは思いたくないな。

オルタネイティヴ3 1973年、BETAの地球襲来をきっかけに開始。ESP能力者……簡単に言えば超能力者によるBETAとの意思疎通、情報入手計画。

これによりBETAにも思考があることが証明された。また、この計画の第6世代として「社 霞」が誕生する。
前回の世界で毎日のように自分を起こしてくれた彼女。多分、リーディングされていたんだろうな。
まぁ別にやましい事などないからかまわないのだが。

オルタネイティヴ4 1995年、第3の結果を接収し開始された夕呼先生中心の計画。対BETA諜報員育成計画となっているがその本質は謎である。

この計画を成功させない事には未来は変わらないだろう。オルタネィティブ5は結局人類を救う計画ではなかった。

オルタネイティヴ5 1995年、オルタネイティブ4の失敗時にすぐ発動させる為の予備計画。

これについては嫌というほどよく知っている。今更考えるまでもない。

さて、こうなると夕呼にはどうしてもオルタネイティヴ4として何らかの成果をあげてもらわなくてはならない。期限は12月24日。
その日までになんとかしないとオルタネイティヴ5が発動する。

夕呼先生の手助けをする為には、やはり訓練兵でいるわけにはいかないだろう。今更訓練が必要な訳でもない。
冥夜と会える機会が少なくなるのは残念だが、仕方の無い事。冥夜に会いたいが為に訓練をするというのもおかしな話だ。

まぁ武の扱い方は夕呼が上手に決めてくれるだろう。考えても仕方が無い。

「武。もうすぐ基地に着きます」

一応の考えが纏まったところで秋桜が声をかけてくれる。見ると、もう基地へと続く桜並木の坂まで来ていた。
季節でないので今咲くことなどありはしないが、毎年春にはその花を咲かせていた。

BETAに蹂躙され、荒野とされた大地であってもその木に満開の桜を咲かせてくれた事は武だけでなく、多くの人を勇気付けたことだろう。
できれば今回は心の底から笑って桜を見たいものである。

「あぁ、分かった。ありがとう」

門兵2人は此方を不審げに見ていた。当然ながら銃を構えながら。狙われているというのはやはり落ち着かないな。
バイクから降りて彼らに近づいていく。そういえば秋桜は……平気な様だった。肝が据わっているというかなんというか。

「止まれ。貴様達ここに何のようだ?」

……今回は制服のご利益なしか。まぁバイクのせいだろうな。秋桜もいるし。

「夕呼先生……香月副指令に機密関連の事で重要な話がある。会わせてはもらえないだろうか?」

「機密関連とはどうゆう事だ?何故訓練兵の制服を着ている?」

ご利益どころかマイナス方向に働いてしまっていた様だ。最初からすごい警戒されているらしい。

「君達に言える内容なら機密とは言わない。この制服に関しても同様だ」

我ながら無理があるいい訳だと思う。が、門兵の1人がもう1人に耳打ちしている。

「今博士に連絡をとっている。不審な動きは見せるなよ」

しばらくたってもう1人の門兵が戻ってくる。

「博士はそちらを知らないと言っている。悪いが身柄を拘束させてもらう」

やっぱこうなるか。さて、皆琉神威を抜くか?いや、大人しく捕まって……

そこまで考えた時には既に秋桜が門兵の一人を蹴り上げていた。なんて事しやがる。いや、まぁ同じを事考えたが。

反射的に秋桜に向かって銃を撃とうとしていた奴に向かって皆琉神威を抜く。秋桜を死なせる訳にはいかない。
腹に峰打ちをかまし、うずくまったところで後頭部に手刀をくらさせる。門兵はそこで意識を失ったようだ。
綺麗に決まってくれてよかった。最後のはけっこうてきとうにやったんだが……。

「……秋桜。お前って意外と喧嘩早いのな」

本当に呆れて言う。っていうか体術がすごいな。武でもさばけるかどうか。
ふと自分が彼女に抱きついていたことを思い出す。……殴られなくて本当に良かった。

「……貴方も攻撃していました」

確かに。秋桜を護るためだとは口が裂けても言えないが。

「さて、どうするか……って待て秋桜。大体の想像はついたが、それはものすごくいけないとだと思います」

見ると秋桜が門を蹴りつけようとしていた。なんかやることが破壊的だな。

「香月という人に会いに行くのでしょう?早くその人のところまで行きましょう」

そういう風に冷静に返されると武が間違ってる気がしてくるから不思議である。しかも言ってること自体は至極まっとうだから余計にたちが悪い。

とは言え、さすがに門兵2人を倒してしまった事はまずいだろう。銃殺にされても文句言えん。強行突破?いやいや、死ぬ。
どんなに剣が卓越していようが多数の銃相手に突っ込んでは命がいくつあっても足りない。

あ……なんか今すごいくだらない事思いついたんだが。

「秋桜。ちょっといいか?」

………

……



秋桜が門を蹴破る。と同時にランプが点灯し、警戒音が鳴り響く。やっぱ最低限の警戒はしているか。
冗談でやらせてみたら本当に蹴破りやがった。っていうかさっきの蹴りの威力じゃねぇ。

あの細い足のどこにそんなパワーがあるのか甚だ疑問なんだが。身に着けている装甲の能力なのだろうか?

門の開放と同時に基地の中へ入り込んでおく。

しばらくすると兵士が何人か門へと駆けつけてきた。

「おい貴様!!何があった?大丈夫か?」

よし、制服を見て俺を訓練兵だと思っている。第一条件はクリアか。

「は!!数人の武装した集団が門兵を倒し、門を破壊して基地へと侵入していきました。私はそこの物陰に隠れていたので無事であります」

「なんだと!!おい、すぐに司令室に連絡を「ぐふっ」……なっ!?貴様そこで何をしている!!」

兵士全員の気が武に向いた隙に秋桜が目の前の奴以外を無力化していた。……本当に人間かよあいつ。
そして武が秋桜に注意がいった兵士の後頭部を手刀で叩き、無力化する。ふむ、コツをつかめばけっこう簡単だな。

「さて、身包み剥ぐぞ。秋桜……せめてうつ伏せにしてあげなさい。そいつが憐れすぎる」

秋桜は既に無効化していた兵士から身包みを剥いでいたが、兵士があられもない姿をさらしてしまっていた。

そういう武も先ほど奪った正規兵用の装備に着替える。さすがに訓練兵がうろうろするのは怪しいからな。
あ……やべ、皆琉神威のこと考えてなかった。まぁいいや、帯刀しておこう。そういう人もいるだろう……多分。

正規兵に変装した武と秋桜は基地内へと侵入していた。

………

……



「しかし秋桜。おまえ基地のセキュリティ破るってどんなハッキング能力だよ。」

夕呼先生の所に行くまでの一番のネックとなるのが基地のセキュリティだと思っていた。
緊急事態であることを知らせる兵士を装うはずだったが、何故か高度なハッキング技術を持っていた秋桜によってその問題はクリアされていた。

「この程度のセキュリティならなんてことはありません」

いや……軍の施設なんだから明らかに最高基準だろ。あぁなんかもう考えるのめんどくさくなってきた。もういいや秋桜は天才って事で。

夕呼先生がいるB19階へはエレベーターを通してでしか行くことができない。エレベーターが開いた瞬間俺と秋桜は目の前にいるであろう兵士に襲い掛かる。
これまでのハッキング、さらにエレベーターを使用している事から武達の目的地が夕呼先生の所であることは向こうも予想がついているだろう。
ならばこのエレベーターは格好の的。狙うなら今。

予想通り、そこにはひざを着いて銃を構えた兵士が2人いた。意外と少ないな。一人を秋桜に任せて、もう一人を相手に……

「まり……神宮寺教官!?」

「死ね!!」

なんて物騒な事言いやがる。彼女が引き金を引く前に拳銃を蹴り上げ、頭の上を弾がかすめていく。後ちょっと遅ければ頭に穴が開いていたな……。
宙に浮いた拳銃をキャッチしてかつての恩師に突きつける。あ……この目はやばい。

彼女は既にナイフをその手に装備していた。刺し違えるつもりか。彼女が屈伸の要領でナイフを突き出してくる。心臓狙い、やることがえげつないな。

バックステップと体を回転させる事でそれを避け、彼女の腕を掴んで柔道の要領で投げる。仰向けに倒れたところで腹に強烈な一撃をくれてやる。

「がっ……!?」

衝撃で一瞬ゆるくなった握力を見逃さず、未だに手に握られていたナイフを蹴り飛ばしマウントポジションをとり、まりもの喉を掴む。
断っておくが絞め殺すわけじゃない。頚動脈を止めて頭へ血が行かないようにして落とすだけだ。素人がやると怪我や死亡事故につながるのでやめておくように。

やがて抵抗がなくなったのを見ると、アンダーシャツを裂いて厳重に手足を拘束しておく。

「武……やることがえげつないです」

秋桜にだけは言われたくない。が向こうも無事に無力化していたようだ。倒れていたのは若干赤めの髪が肩のあたりまで伸びていた女性だった。
階級は大尉、部隊彰は女の人が両手に刀を持っているもの。戦乙女とでもいうのだろうか。
この女性には同情するしかあるまい。まぁ手足は拘束させてもらうが。

さて、あとは夕呼先生に会うだけだな。えぇと……部屋は確かここのはず。

「武、香月博士なる人物は私達がくるのを知っているのなら逃げているのでは?」

「まさか、俺の知る彼女ならむしろ俺らを倒すべく策をねっているはずだね。自身はそこから動かずに」

秋桜が最後のハッキングを終え、目的地の扉が開く。

「そうでしょう?香月副司令殿?」

目の前のデスクには夕呼先生がいた。……勝ち誇った顔で。

横から赤い兵士が自分に向かって剣を振るのが見えた。あ……やばい。そう思ったときには既にその剣は武の首を落とさんと奔っていた。

不意に首元を掴まれて、強引に引っ張られ、鼻の先すれすれを剣が掠っていく。どうやら秋桜が機転を利かせてくれたらしい。

「月詠さん!?」「武。私は向こうの相手をします、もう助けられませんよ」

月詠……かつての戦友。秋桜の駆けていった方には神代 巽、巴 雪乃、戎 美凪の3人がいた。
帝国斯衛軍。これが夕呼先生の切り札か。

皆琉神威を抜いて構える。秋桜のことが心配だが、流石に余所見をしていて勝てる相手ではない。

「名を呼ぶのを許した覚えは無いな」

あぁ、生きている。彼女が。殺し合いの最中だというのに武はそんなことをおもってしまう。だがそんな思いもつかの間。
月詠は剣舞を披露する。止まる事のない剣。神速とまで言われた剣。

月詠の剣は止まる事のない剣。頭では分かっていたがこうして対峙してみて改めてその凄さがわかる。
捌く事だけならできているが、攻撃に転じることができない。受け止めたと思ったときには既に次の剣が来ている。

無現鬼道流の修行がなけりゃ、とっくに斬られているなこれ……。だが……そろそろか。
来た。右からの攻撃を受け止め、月詠が次の攻撃にうつるべく素早く剣を返す瞬間。それ以上の加速度をもって剣を押し返してやる。
神速をさらなる神速で返す。無現鬼道流は本来神速の剣の流派。技などはない。
ただ緩急の使い分けの合間に神速を加えることによって相手を倒す。故に勝負は一度、一瞬、そして必殺でなくてはならない。

月詠の剣が大きく弾かれる。がら空きになった胴体に蹴りを入れ、頭を掴んで地面に叩きつける。
軽い脳震盪を起こしているはずだからしばらくは立てないだろう。最後に首元に剣を突きつける。

月詠は悔しそうに此方を睨みつける。だが、もうこれで襲ってくることはないだろう。
……次に会うときに勝てるかは微妙なところだが。

秋桜の方を見ると、美凪の放った剣を同じく剣によって弾く。そして無防備になったところへ蹴りをいれて沈ませていた。
一瞬門の破壊を思い出したが、きちんと手加減(?)しているようだった。他の2名はすでに沈黙させていたようで、無事に制圧できたようだった。

しかし……斯衛を3人まとめて捌くとはな。あと、なんでか剣持ってるし。あ、消えた。
なんかもう大抵の事では驚かなくなったな。

「さて、これでやっとゆっくり話せますね。香月博士?」

皆琉神威を鞘に収め、夕呼先生に振り返る、どうやら今起きた光景に驚いている様だ。
まぁ帝国斯衛軍を純粋に剣で勝負をしたのも原因のひとつか。秋桜は俺から見ても多少規格外な気がするが。

「あんた達何者?」

夕呼先生は拳銃を突きつけながら聞いてきた。

「博士、拳銃とは本来両手でホールドするものです。後、俺達は信じてもらえないでしょうが貴女の味方です」

忌々しいといった顔をする。……純粋に負けたのが悔しいのかもしれない。

「話を聞いてもらえますか?」

「いいわ、聞いてあげる。どの道武力じゃあんた達に勝てそうにないし」

夕呼先生はあきらめた様子でデスクに腰を落としていた。



[5197] episode Ⅱ
Name: Anrietta◆f3aee459 ID:de8dbf33
Date: 2009/01/03 19:20
<<白銀 武>>

機密に関わる事という事で月詠中尉と巽、雪乃、美凪は夕呼に部屋を出るように言われた。

彼女達が部屋を出て行く際、武はそれこそ穴が開くほど殺気の込もった視線を受けた。
かつての戦友からそのような視線を受けるのは心苦しいものだったが、武が蒔いた種なのでどうしようもない。

──彼女達の誤解を解くのはかなり先になるのかもしれない。

「邪魔者は居なくなったわけだけど、何を話してくれるのかしら?」

正面のデスクに座る夕呼先生はデスクにあるパソコンの様な端末のモニターを見ながら問いかけてくる。
圧倒的な武力を持つ2人を目の前にしているとは思えない程の余裕。

夕呼先生が技術畑の出身でありながら、そこら辺の軍人以上に肝が据わっている事に驚く。
だが、前回の世界でも常にこういう人だったと思う。冷静に、冷徹に状況を見据える人物。

異世界から来たという自分を疑問を持ちながらも信じてくれた。
思えば随分と世話になった。居場所を与えてくれ、生きる目的を与えてれた。

この夕呼先生と前の世界の夕呼先生は違う。だが……。
それでも報いたいと思うのなら、自己満足ではあるがこの夕呼先生に協力しなければならない。

それに、そうする事が少なくとも世界を変えると俺は思っている。

「まずは、俺の話から聞いてもらいます。名前は白銀武。元国連軍所属、最高階級は大佐」

「あんたふざけてるの?」

普通に考えればそうだろうな。自分でも頭のおかしい奴じゃないかと思う。

「ふざけているかどうかは、社霞のリーディング能力で確認できるでしょう?」

夕呼先生は少し目を細める。喰いついたな。

「……なんのことやら」

端末を操作しながら呟く。まぁ、こんなことで極秘計画を洩らしたりはしないだろう。

「……話を続けます。俺は元々この世界の住人ではありませんでした。そこは、BETAのいない世界です」

「BETAの居ない世界?あんた本気で……」

「因果律量子論。確か博士の研究でしたね、平行世界の話はそれで証明できるでしょう?」

因果律量子論の話を出すと、一応の納得を見せたようだった。自分の理論であるから反論もできないんだろう。
それは平行世界があるという仮説を認めていることに他ならない。

「何故かこの世界へ飛ばされた俺は途方にくれていたところを香月博士に拾われ、衛士となるべく訓練をしていました」

「……ちょっと待ちなさい。あんた今何の話をしているわけ?」

きっと時系列に矛盾が生じたのだろう。
武がこの世界へ飛ばされて来たとしても、今の夕呼先生にとっては初対面のはずのだから。

当然武を拾ってなどいないし、訓練兵にしているはずもない。

「前回の世界。オルタネィティブ4が打ち切られオルタネィティブ5の発動した世界の話です」

「──なんですって!!」

ここまで驚いた顔を見たのは初めてかもしれない。うむ、脳内アルバムに保存しておこう。
夕呼先生にとってみれば先に言った事は自身の計画の打ち切りを示しているのだからその反応は仕方が無いとも言えるのだが。

「オルタネィティブ5の発動後、人類は当初の予定通り移民船団の打ち上げの後にG弾による最終決戦に臨みます。
……が、何故か途中からG弾がBETAに通用しなくなり、人類は敗北。俺は気がついたらまたこの世界に飛ばされていたという訳です」

夕呼先生はしばらく考えるようにしていた。今までに得た情報を自分の中で整理しているんだろう。
かなり要約した話だが、伝えるべき点は伝えていると思う。

「あんたが前回の世界を本当に体験したという証拠は?」

まぁ、そう来るよな。ここまでなら単なる作り話でもできるからな。証拠ねぇ。

「しいて言えば、先の戦闘能力と戦術機の操作技術、オルタネィティブ計画に関する知識、霞によるリーディング、
これから起こるであろう事象の予知。物的証拠なら、皆琉神威があります」

自分で言ってみて、以外に証拠となるものが多いという事に気づいた。けっこう怪しいとは自分でも思っていたんだが。

「みなるかむい?」

「この刀です。冥夜──御剣訓練兵が前回の世界で自分に託してくれたものです。この世界の彼女もおそらく同じものを持っているはずです」

なんというか、皆琉神威には助けてもらってばかりのような気がする。冥夜に礼を言わないといけないな。

「そう……。まぁいいわ、とりあえず信用してあげる。ところで、そっちの娘もあんたと同様な訳?」

夕呼先生が秋桜の方へ視線を向ける。秋桜は、この部屋に入ってから何故か服装を気にしていた。
あれだけ暴れておいて自分の容姿を気にするといのはどうなんだろう。

「いえ、彼女は、おそらく自分とは違う世界から来た人物かと」

それはおそらく間違いの無い事。確証があるわけではないが、少なくとも秋桜のもつ技術は武の想像の範囲を超えていた。
おそらく秋桜の身体能力を高めてくれているであろう装甲。宙に浮くバイク。急に現れては消えた武器。

その理由ももうすぐわかる。

「そう、あんたも自己紹介してくれる?前いた世界も含めて」

秋桜は自分が指名されているのに気づき、綺麗に直立する。

「はい。私の名前はKOS-MOS──対グノーシス専用ヒト型掃討兵器です」

「そう、彼女は見ての通り対グノーシス……って、ええええええええええええええええええええ!?」

お前が兵器だったのかよ!!その装甲とかの効果じゃなくて!?うわ、なんか納得する自分がいる。

グノーシスってのが何かは知らんが秋桜の戦闘能力が高いのも、やたら凄いハッキング能力持ってんのもそのせいだったのか。

「白銀うっさい」

そう言いながらも夕呼先生も驚きを隠せていない。モニターと秋桜を交互に見て「にやり」と笑う。
……あの顔は何かよからぬ事を思いついた顔だろうな。

「秋桜、お前なんで黙ってたんだ?」

「聞かれませんでしたから」

「秋桜、普通は初対面の女性に『貴女は兵器ですか?』とは聞かない」

そんなもん靴箱に向かってあなたはナンシーですか?と言っている様なもんだ。

「それはともかく、兵器って事ならコスモスって名前も本名じゃないんでしょう?」

「私個人を指す名前は『対グノーシス用人型掃討兵器KP-X シリアルNo.000000001』です」

なげぇ……っていうかコスモス関係ねぇ。

「ならコスモスってのはシステムの名称から取っているのかしら?」

「はい。『Kosmos Obey Strategical Multiple Operation Systems』からきています」

なるほど、それで頭文字をとってKOS-MOSか。
とは言っても……どう見ても人間だよな。ちょっとお茶目(?)なところがあるくらいで。

めんどくせ。秋桜でいいや。こっちのほうが人間っぽいし。

「和訳すると、秩序に従属する戦略的多目的制御体系ってところ?へぇ……」

秩序に従属する、ねぇ。先ほど思い切り破壊活動していたのはこの際考えない事にしよう。

「武。なにか失礼な事を考えませんでしたか?」

「ははは、そんなはずないじゃないか。それより秋桜の世界の話は?」

無理やりに話題を変える。背中を冷たい汗が流れるのを感じた。

「私の世界は、グノーシス……虚数領域の存在と人間が戦っている世界です。」

「虚数領域!?あんた、そんなもんと戦っているわけ?」

虚数領域?って事は要するに……。

「こちらからは干渉できないって事なのか?」

「そうです。しかし、向こうからは一方的に干渉できます」

秋桜はさも常識のように語っていたが、それはなんというかものすごい事じゃないのか?
一方的にやられまくるだけじゃないか。

……だから、夕呼先生が驚いていたのか。
それを考えるとBETAなんて可愛いものかもしれない。

「で、それをなんとかする為に創られたのがKOS-MOSってわけ?」

「えぇ。……少し長くなりますがいいですか?」

夕呼先生の了承を得ると秋桜は語りだした。

ヒルベルトエフェクト。限定的に概念を変える場を生成するシステム。
虚数存在を実数領域に引きずり出して認識する。

通常なら100m創るのがやっとのその領域。
秋桜は通常で30万km創ることが出来るという。つまり、最大出力ならもっと増えると言う事。

そして実数空間に「固着」させたグノーシスを殲滅するための武装。
エーテルという力を使えば拡散ビーム兵器や相転位兵器を使用することが可能で、それを使えば場合によっては惑星すら吹っ飛ばせるとか。

しかし、この世界には「ナノマシンが無から有を生み出す」という概念が無い為、使用不可能らしい。
これを聞いた夕呼先生は、とてもがっかりしていた。

しかし、エーテルを使わない兵器に関しては通常通りに使用できるとの事。
先ほど戦っていたときに現れた剣もそのひとつだという。
急に消えたり現れたりするのは、空間転送システムによるものだという。

元々このシステムは3次元の概念に囚われないものらしい。
だから多次元的にどこかでこの世界と秋桜の世界は繋がっているらしい。

夕呼先生は1人納得していたが正直、武にはよくわからなかった。
とにもかくにもその空間転送システムによって武器を自由に選べるらしい。

「その空間転送システムを使って秋桜が還る事はできないのか?」

当然の疑問。そんな便利なシステムがあるのなら秋桜は元の世界に還るべきだとも思う。
元々秋桜はこの世界の人物ではないのだから。武はもう深く関わってしまったが。

「人を空間転送するには、精神に多大な負荷がかかります。私は……兵器ではありますが心があると自負しています。
ですから、私の精神が崩壊する可能性があります」

自分を兵器と言うとき、秋桜が寂しそうな顔をした気がした。

「そうか、すまなかった」

武は何故か謝っていた。秋桜を侮辱したような気がして。

「かまいません」

部屋が静寂に包まれる。が、それはすぐに終わることになる。

夕呼先生の笑い声によって。

………

……



<<香月 夕呼>>

「っふふ……あはははははははっははは!!白銀!!KOS-MOS!!あんた達最高よ!!」

夕呼は歓喜した。未来の記憶をもっているという白銀。リーディングによる結果は総てにおいて正常。
物的証拠だという皆琉神威も調べればすぐに判明するだろう。

更に先の帝国斯衛軍である月詠中尉との戦闘でも剣で正々堂々撃ち負かしたその実力。
まだわからないが戦術機の腕も同様の力を持っているだろう。大佐と言っていたのもあながち嘘ではないかもしれない。

さらにKOS-MOSだ。
言われるまで兵器と気づかなかった『人間性』。この基地のセキュリティを次々と突破したのも彼女だろう。

しかもリーディング可能。要するに『思考』を持っているのだ。

自分が求めてやまなかった00ユニット。その完成形ともいえる彼女。

さらに帝国斯衛軍を3人捌いて見せた彼女の戦闘能力は白銀のそれよりも上。剣の他に武装は無いのかしら?

あぁ、分解して隅々までその中を見てみたい。
いや、しかし貴重な戦力を分解などして壊したら元も子もない。我慢するしかないか。

………

……



<<白銀 武>>

一方、武はいきなり目の前で爆笑しだした夕呼先生にひいていた。……何がそんなにツボったのだろうか?

秋桜の方を見ると、若干困ったような顔をしていた。気持ちは分からんでもない。

「白銀!!」

「はいっ!?」

いきなり大声で武の名を呼ぶ夕呼。いったい何だというのだ。

「あんた確か私に協力するって言ったわよね?」

「いえ、貴女の味方とは言いましたが……」

「言ったわよ……ね?」

にこぉっ……と微笑む。

「不思議な事に、言ったような気がしてきました」

武の背中を脂汗が伝う。あれ?なんか膝震えてない?おかしいな。

「ですが、俺が協力するからと言って秋桜が協力するわけじゃありませんよ」

そうだ、秋桜はここに保護を求める形で来たはずだ……って、あれ?それで基地襲撃ってなんか矛盾してね?
あぁ、そうか。保護ってのは武が勝手に言ってただけで、秋桜にはその気はさらさら無かったって訳か。

かと言って襲撃していい理由にはならんが。

「KOS-MOS。あんたも兵器ならなにかしらのエネルギーで動いてるんでしょ?それにメンテナンスも必要よね?」

「エネルギーについては反応炉が搭載されていますので半永久的に活動可能です。メンテナンスは必要ですが」

「なら貴女のメンテナンスは私が責任を持って受け持つわ。だから私に協力しなさい」

ははは、そんな無茶苦茶な論理が秋桜に通用するわけ

「了解しました」

……。

「待て、秋桜。博士に協力するって事はBETA達と戦うってことだぞ?」

「私はかまいません。元よりこの身体は戦うためにあるのですから。それに……」

それに?

「人類の滅ぶ姿は私も見たくありません」

秋桜は武の目を見てはっきりと言った。

武は確信する。秋桜は誰が何を言おうと『人間』だ。
姿形など些細な事。身体を構成する物質が違う?──だからどうした。BETAとは構成する物質が同じだろうが。

秋桜は確かに『自分の意思』を持っている。人類を救いたいと思っている。
なら、それだけで充分だ。兵器などではない。

夕呼先生も秋桜の言葉には満足したようだ。

「白銀。オルタネィティブ4の打ち切りはいつ?」

「俺の記憶通りに事が運ぶなら、何の成果もだしていない状態だと2001年12月24日です。っていうか今日の日付教えてくれません?」

そういえばまだ日付を確認していなかった。

「日付?2001年10月22日よ。……後二ヶ月で打ち切りってわけね」

そう。とにもかくにもあと二ヶ月でなんらかの成果をあげなくてはならないのだ。

「いけますか?」

「私の予測どおりなら、いけるはずよ」

予想していたのとは違う答え。しかし夕呼先生は自信満々といったところ。
そこには前回の世界のように追い詰められた感じは一切なかった。

なにかきっかけになるような事でもあったのだろうか。

「そうね……白銀。今日、明日あたりに何か大きな出来事はある?」

前回の世界では……あぁ、そうだ思い出した。営倉に入れられてたんだ。

「前回の世界では、営倉入りをくらっていたのでなんとも。ただ、大きな動きがあるとすれば11月に入ってからですね」

「営倉?なにしたわけ?」

「この姿で基地の前まで来たら、ぶちこまれました」

うわ、目に見えて呆れられた。まぁあの時は夢だと確信していたから仕方のない面もあったのだが。

「まぁいいわ、大きな動きがないならとりあえず明日、白銀とKOS-MOSは、KOS-MOSの武装をチェックした後で戦術機のテストを行うわ。がっかりさせないでよ?」

「了解」「了解しました」

秋桜の武装は武も気になっていた。
あと、戦術機のテスト。模擬戦だろうか?
自信はあるが、さすがに秋桜相手だとどうなるかわからないな。

「それからの事は、テストが終わったときに伝えるわ。あぁ……あと白銀の階級は大尉って事にしとくわ。
KOS-MOSは……そうね、少尉ってことにしておきましょう」

「いや、あの、え?大尉ですか?」「了解しました」

「なによ、不満な訳?悪いけどいきなり佐官なんてさすがに無理よ」

「いえ、むしろいきなり大尉という階級に驚いているんですが」

なんだかんだで階級をすっ飛ばしているが、少尉~大尉まで進級するにはだいたい5年くらいの期間がかかる。
しかも大尉といえば現場仕官の中では最も激務であり、それ故に信頼のおける者しかなれない。

「大佐だったんなら問題ないでしょ?」

そのくらいには信頼してもらっていると言う事か。まぁいい、階級はあって困るものではない。

「ありがとうございます」

「いいわよ、別に。こき使うだけだし。後で部屋にIDと制服持っていかせるから」

「了解」

「あと、KOS-MOSのその服って装甲なわけ?」

武は秋桜の格好を見る。その姿は初めてあった時の寒そうな格好だった。

「えぇ、そうです。他の服も着る事は可能ですが、耐久性が悪くなります」

あれ、全部が装甲だったのか。薄いように見えるけど……それに、ミニスカとかにしてんのは開発者の趣味か?

「そう、じゃぁ階級だけチョーカーみたいなもので付けてもらうけどかまわないかしら?」

「了解しました」

「そ、じゃぁメンテナンスとかいろいろあるからKOS-MOSの部屋はここでいいかしら?気になるっていうなら他を用意するけど」

「できれば、他の部屋の方がいいです」

「……ふぅん。なら、とびっきりいい部屋を用意してあげる」

最後に「ニヤリ」と笑った夕呼先生に何故か背中が寒くなった。

………

……



<<社 霞>>

社霞は香月博士に呼ばれて博士の部屋に来ていた、博士は度々こうやって霞を呼び出す。

その部屋は霞がいつも居る部屋の隣と言っていいほどの距離だから苦にならないのだが、今日はちょっと事情が違うようである。

KOS-MOS……今日基地を襲撃した人、人型兵器、自我を持っている、その人と上機嫌な博士が話しをしている。

KOS-MOSをリーディングして驚いた事がある、それはとても暖かい色をもっていたこと。
人間でもあんなに暖かい色をしている人はそうはいない……そういえば、白銀武も暖かい色をしていた。

現に香月博士はあんなに暖かくない、冷たい色をしている。
あの人にあるのは興味があるか、ないか、それだけ。KOS-MOSに博士は興味を持ったようだ。

それもそう、KOS-MOSとは博士が追い求めてきた00ユニットの完成形といっていいものだから。

00ユニットとは簡単に言えばESP能力を保持し、量子電導脳という高性能コンピューターを搭載する事で人間には真似できない優れた処理能力を持った躯体。
その気になれば世界中のコンピューターにハッキングし支配下に置くことが可能と言われている。

KOS-MOSはESP能力こそ有していないが、量子電導脳など圧倒的に凌駕するコンピューターを搭載しているだろう。
実際に基地へのハッキング能力ひとつをとってみてもその能力の高さが伺える。

しかも完成された自我を持ち、多少のメンテナンスが必要なものの半永久的に活動可能。
これは00ユニットの唯一の弱点とも言えるそれらをKOS-MOSは初めから克服している事を示している。

──博士が興味を持たないはずがない。

「博士、客人が来ているようですが」

KOS-MOSが霞に気づいて博士に知らせると、博士は此方を一瞥した。

「社、あんた衛士になりなさい」

博士はまるでそれが当たり前の事の様に言ってきた。

KOS-MOSと00ユニットを比較した際にKOS-MOSが唯一劣っている点、ESP能力。

それを霞に補わせようとしているのだろう。

「…………はい」

選択肢なんてない。

博士に拾ってもらった霞にとって博士に捨てられる事は霞の居場所が無くなる事を意味する。

だから博士の命令は絶対、博士に必要とされる事が今の霞のアイデンティティ。

それに、霞に出来る──いや、霞にしか出来ないことで誰かの役に立てるというのなら、それはとても素晴らしい事じゃないかと思った。

──そうすれば自分は多くの人に認めてもらえるんじゃないだろうか。

異端でしかなかった、計画の要員でしかなかった、記憶を持つ事すらなかった、私は今まで私として生きた事がなかった。

──衛士となれば、私は私として生きていけるのではないか?

でも……そう思う一方で、どうしても気になる事があった。

「……『彼女』はどうするんですか?」

シリンダーに入れられ、脳のみとなった彼女、リーディングとプロテクションを繰り返すうちに霞の半身となってしまった彼女。

00ユニットより有能なKOS-MOSが来た今、博士にとってそれほどの価値がないように思えた。

「もちろん今まで通りよ、『スペア』は保持しておきたいからね」

スペア……博士にとっては彼女はKOS-MOSが使えなくなった際の代換品でしかないらしい。

「……2つ持っていたほうがいいと思いませんか?」

「多ければ良いってものじゃないわよ、維持費や開発費だってかかるし、『あの機体』だって流石に作れるのは一機だけね」

もはや霞が何を言っても博士は納得しないだろう。霞自身、スペックとしてはKOS-MOSの方が優れていると思っているのだ。

博士が感情論に耳を貸す筈がない。

──ならばせめて、彼女に話しをしてあげよう、もしかしたら彼女は怒るかもしれないけど。

──それが彼女に何もしてやれない私の罪滅ぼし。

「入隊は2日後、教官には白銀をつけるわ。期待してるわよ、社」

──博士に贖いの時は訪れるのだろうか?

………

……



<<白銀 武>>

割り当てられた部屋にて一息つく。ベッドに倒れこんだが、それはふかふかのものではなく慣れ親しんだ硬いものだった。

いろんな事があった。

秋桜とのベッドでの出会い(この表現はどうかと思うが)

秋桜との基地での乱闘(この表現もどうかと思うが)

夕呼の爆笑(あれはひいた)

それに……まりもと月詠さんとの殺し合い。彼女達には悪い事をした。

だが、それのおかげで本来営倉入り、もしくは銃殺となるところを夕呼先生に直接会えたのだ。
これだけでかなりの時間の短縮になった。やはり無駄ではなかった。

秋桜とのベッドでの出会い。
初めは冥夜と間違えて抱きついたんだよな。いや、しかし柔らかかった。髪の毛もふもふだし。
下乳も素晴らしいものだった。あの服のデザインを考えた人にはもうグッジョブとしか言いようがない。

秋桜との基地での乱闘。
当初、武は単独で基地に侵入するつもりだった、秋桜を危険な目にあわせる訳にはいかなかったし。
……門兵に秋桜が自分から突っ込んで行ったのは……いや、あれは多分正当防衛だ。うん。

秋桜に作戦を説明した時、ここで待っててくれと言ったのだが
秋桜は「あの程度の兵士なら100人いても無力化できます。だから私も……」
と言って聞かなかった。

まぁ知らない世界で一人にされることほど心細いものはないだろう。その気持ちは武にも充分理解できる。
一回体験済みだからな。それに門兵を一瞬で倒していた事からそれなりの体術は持っているんだろうと思った。

もちろん危険なことは武ひとりでやるつもりだったが、それは杞憂だったようだ。
秋桜はばっさばっさと行く道に屍(のように見えた)を築いていった。

途中からはもう、秋桜を一人の戦友として認めていた。

夕呼先生の爆笑。
あれは、なんだったんだろうな。いやでも秋桜自体が兵器だとは思わなかった。
まぁでもきちんと自分の意思を持っている様だったし、なにより

「人類の滅ぶ姿は私も見たくありません」

と言った秋桜。兵器がこんな事を言うとは思えない。
ならもう武の中での認識は人間でいいだろう。

──コンコン

扉をノックする音が聞こえる。おそらくは軍の制服とIDを持って来てくれたのだろう。
武はベッドから降りて、訪問者を迎えるべくドアを開ける。

「大尉の制服とIDをお持ち致しました」

訪問者はかつての恩師。今日殺しあった相手。神宮寺まりも、その人であった。




[5197] episode Ⅲ
Name: Anrietta◆f3aee459 ID:de8dbf33
Date: 2009/01/03 19:19
<<白銀 武>>

「神宮司軍曹……」

思わぬ面会に動揺してしまう。これは夕呼先生による差し金だろうか?
気を使ったのか?いや、きっと武が困惑する姿を見て楽しみたいんだろう。

相変わらずいい性格してやがる。

「はい。神宮司まりもであります。よろしくお願いします、白銀大尉」

まりもが武に向かって敬礼する。
言いたい事は山ほどあるだろうに、上官に礼儀を尽くすまりもの姿勢は軍人の鑑とも言えた。

だが、だからと言って疑惑がなくなる訳ではないだろう。

「今日付けで国連軍横浜基地に配属になりました白銀武です。こちらこそよろしくお願いします」

武もまりもに答礼する。

「大尉。私にそのような丁寧な言葉使いは必要ありません」

お堅いところも相変わらずらしい。それを見て少し安心する武がいる。
まりもはやはり変わらない。どこまでも完璧な軍人だった彼女のままだ。

「あぁ、すまん。つい癖でな」

「いえ、かまいません。私こそ出すぎた事を言いました。申し訳ありません」

まりもから国連軍の制服とIDを受け取る。

「では、大尉。私はこれにて失礼させていただきます」

用事が済んだのだから帰るのだろうが、武はまだまりもを帰す訳にはいかなかった。

「待ってくれ軍曹。その、先ほどは済まなかった」

武はまりもに頭を下げる。本来なら大尉が軍曹に頭を下げるなど軍ではありえない事。
突然の武の謝罪にまりもも動揺しているようだ。

「大尉。頭を上げてください。大尉は任務があってやった事です。また、倒されたのは私の力不足です。
大尉が謝る事は何一つとしてありません。私の方こそ、大尉への無礼を謝罪いたします」

きっとまりもはエレベーターでの殺し合いの事を言っているのだろう。
違う。武の言いたい事はそういうことではない。

俺はこれを彼女に謝らないと自分を許せない。

「いや、そうじゃない。香月副指令は軍曹の親友だろう。その親友を俺は、どういう形であれ襲ったのだ。
軍曹の決死の様子からもその心情は分かる。その件について謝罪しなければ、俺の気が済まない」

「……大尉。貴方の気持ちは、確かに受け取りました。ですから頭を上げてください」

武が顔を上げると、そこには若干顔が緩んだまりもがいた。
まだ総ての疑惑は拭えないだろうが、それは時間をかけて解いていくしかないだろう。

なにより、恩師にそのような疑惑の目を向けられるのは武にとっても苦痛だった。

「すまんな、軍曹。俺の自己満足につき合わせてしまって」

「いえ、そのような事は決してありません」

先の謝罪など、本当に武の自己満足だろう。
いくら取り繕うが、武がまりもの親友を襲ってしまったのは事実なのだから。

だが、まりもはそれを黙って聞いてくれた。──それだけで武は救われた気がした。

武は今度こそまりもを帰すつもりだったが、どういう訳か今度はまりもがこの場所に留まっていた。
なにか悩んでいるようでもある。

「軍曹。今は任務中ではないから、質問してもかまわん。聞きたい事があるのだろう。
ただ、機密に関わる事は残念だが教える事はできないが」

武の言葉を聴いて、まりもは意を決したようだ。

「大尉は私を知っているのですか?その、基地強襲の際も私の名前を呼んでいましたので」

……しまった。そういえば「まり……神宮寺教官!?」とか言った気がする。

「それは、その……一方的ではあるが知っていたのだ。香月副指令に近しい人物と言う事でな。
どうやって知ったかについては聞かんでくれ」

「……そうでしたか。お答えいただきありがとうございました」

まりもの中で何かがすっきりした様だった。
まぁ一方的に知られるってのはあまり気持ちのいいもんじゃないよな。

「かまわん。他に質問はないか?」

「特にありません。大尉殿。お気遣いありがとうございます」

そうか……もう少し話していたかったが、まぁ仕方の無いことだろう。

「では、私はこれにて失礼させていただきます」

「あぁ、ご苦労だったな軍曹」

お互いに敬礼をして、まりもは帰っていった。

………

……



<<神宮司 まりも>>

まりもは先ほどあった人物について考えていた。

白銀大尉。それに……秋桜少尉。突如として基地に奇襲を仕掛けた2人組み。

そのどちらもが卓越した体術を持ち、鎮圧に向かった部隊を次々と倒して行った。
しかも誰も殺さずに。重症を負った者さえ居なかった。

何故か正規兵に扮していたので途中からは2人を完全にロストしていた。

──が、基地内のセキュリティを次々と突破して真っ直ぐに夕呼の元へ向かう者がいた。

まりもは戦慄した。
夕呼は世界を救う為の計画をしていると言っていた。夕呼が親友である自分に、つい洩らした言葉。

その計画の詳細を知ることは叶わないが、それを快く思っていない連中が居る事は知っていた。

ならば今回のはその連中の刺客だろう。

まりもは全力で殺しにいった。
親友を殺させはしない。人類を救う為の計画を潰させはしない。

そんな想いがまりもを突き動かしていた。

だが、敗れた。いとも簡単に、まるで気遣うように。

気がついたときには既に彼等の姿はなかった。

まりもは絶望した。

親友を死なせてしまった。人類を救う計画が潰えてしまった。
急いで拘束を解いて部屋に駆けつけると、そこにはこれまで見たことがないくらい上機嫌の夕呼が秋桜少尉と話していた。

まりもが口をぱくぱくさせて事態を飲み込もうと努力していると、親友は

「なにそれ?金魚?っていうかこれ白銀に届けてくれない?制服とID。あ、階級は大尉だから」

「白銀……ですか?」

「あぁ、さっき基地を襲撃してた男の方」

「そうですか。……って、はぁ!?」

その後も少しやりとりがあったが、結局まりもが届ける事になった。

そこで会う事になった白銀武。彼は会うなりまりもに謝ってきた。

最初は自分を倒した事に対してだと思い、少し怒りが沸いた。

全力で殺しに行ったにも関わらず手加減されて、倒してごめん等といかに上官といえど侮辱するにも程がある。

しかし、白銀大尉は違うと言った。まりもの親友を襲ったことを謝ったのだ。

まりもは唖然とした。そして何故か白銀大尉を憎めない気持ちになった。
親友のあの上機嫌な顔を見ても、まりもの心配など杞憂だったに違いない。

それどころか親友の足を引っ張る事をしなくて良かったとさえ思っていた。

白銀武。何故か初めて会うような気がしなかった。信用してもいいのかもしれない。

………

……



<<白銀 武>>

自室でまたベッドにだべっていた武だったが、控えめに扉をノックする音が聞こえた。

扉を開けるとそこには秋桜がいた。何しに来たんだ?

「どうした、秋桜?博士との用事は終わったのか?」

武があの部屋を後にしてからも、秋桜は夕呼先生となにかしら話していた。
聞こえてきた話から、秋桜のメンテナンスやらなんやら難しい話をしていたのが分かっていたが。

なにかあったのだろうか?

「あの……この部屋は私の部屋のはずなんですが……」

……なん……だと?

落ち着け。よく考えるんだ。
まず武が部屋を間違えている可能性について。

ここへは案内されて連れてこられたし、まりもが来たことからもまずそれはない。

次に秋桜が部屋を間違えている可能性について。

「秋桜、部屋を間違えていないか?」

「いえ、確かにここだと聞きました。私が聞き間違える事はありません」

ですよね。

次に夕呼先生が意図した可能性について。

……だろうな。考えるまでもない。
とびっきりいい部屋って言ってたのはこのことか。

「博士の仕業か。相変わらずいい性格してやがる。ちょっと待ってろ、今話しをつけて」

「ここでかまいません」

……なん……だと?

落ち着け。武には冥夜という嫁が……いや、でもこの世界での彼女とはなんでもない訳で……

だが武の心は既に冥夜な訳で。つまりこれは

「ウェルカム」

……あれ?おかしくない?

「ありがとうございます」

「いやいや、ちょっと待て秋桜。お前ここでいいのか?」

「博士はここか博士の部屋かの二択しかないと言ってました」

なにその究極の二択。

「なら博士の所のほうが良くないか?俺は男だぞ?」

「……博士は私を物として見ています」

秋桜は少し悲しそうに言った。

「俺が秋桜を人間と見ているなら、お前を襲うと思わんか?」

「武はそんなことしません」

いや、そんな断言されても。実際、一回抱きついたし。

「それに襲ってきたら……△□※○■△※します」

「OK。命に懸けて襲わない」

恐ろしすぎて何言ってんのかわからなかった。
今日はロープで身体を拘束して眠る必要がありそうだ。

他人が見たら間違いなく誤解されるな。

………

……



武はロープを調達するべく夕呼の部屋へと向かっていた。

だが、途中で通りかかるグラウンドで武は見つけた、いや見つけてしまった。

グラウンドで走っていたのは御剣冥夜。武の想い人。やっと……会えた。

思わず涙がこみ上げて来る。が、気合で泣くのだけは回避していた。

今すぐ抱きしめたい想いに駆られるが、現状そんなことをすれば単なる変態でしかない。

──それに、さっきから駄々漏れている殺気を感じる。

どうやら武を厳重に警戒しているらしい。まぁ当然といえば当然か。
基地を襲撃したかと思えばいきなり大尉だからな。おまけに身元不明だし。

さすがに冥夜と話したいが為にもう一度ドンパチをするわけにも

「もし、そこのお方」

いくようです

「貴様ぁああああああああ!!冥夜様から離れろ!!」

「待て、月詠中尉。今絶対、必要な過程をいっぱい飛ばしている。っていうか不可抗力だぁあああああああ!!」

いきなり背後から現れて斬りつけてくる月詠。皆琉神威を抜いて応戦する。

「月詠!?そなた一体何をしている!!刀を納めよ!!」

それに気づいた冥夜が月詠を止めに入る。月詠は冥夜を自分の後ろにやって護るようにしている。
もちろん刀を構えたまま。

そういう武はというと、慌てていた。冥夜の目から皆琉神威を見えなくする。
構えられている以上納める事などできないが、冥夜の目にも触れさせるわけにはいかない。

「冥夜様に近づいた目的はなんだ!!」

「俺が近づいた訳じゃない。それに月詠中尉、上官に対する礼儀がなっていないぞ」

少し声を落として言う。このくらいで彼女が黙るとは思わないが。

「だまれ!!階級など関係あるものか!!貴様は」

「いい加減にせよ月詠!!」

見かねた冥夜が月詠の暴走を止めてくれた。対して月詠は不服そうな顔をしながらも刀を下ろす。
……納めてはくれないらしい。

「月詠。そなたの言動は私から見ても支離滅裂だ」

「しかしながら冥夜様、こやつは」

「くどいぞ月詠。私は刀を納めよと言ったはずだが?」

月詠は不服ながらも刀を納めてくれるようだ。ついでにその殺気も納めてくれるとありがたいんだが。

「そこのお方。連れが失礼を働いてしまったようで申し訳ありませんでした。
私は御剣冥夜訓練兵です。失礼ですが、階級を伺ってもよろしいでしょうか?」

皆琉神威を納めると、冥夜が敬礼をしながら問うてきた。

先ほどの上官だとかなんだを気にしているのかもしれない。……冥夜には、あまり上官として接したくないんだが。
だが、名乗らないわけにもいかない。

「白銀武大尉だ。今日付けで国連軍横浜基地配属となった。よろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします。大尉殿」

答礼をするが、月詠は屈辱といった感じだ。……こんな事したくないし、月詠ともうまくやりたいんだが。

「ところで御剣訓練兵。先ほどなにか聞こうとしていたのではないか?」

「はい、大尉殿。そちらの区画は立ち入り禁止だったので呼び止めた次第でしたが、いらぬ心配だったようです。
大変失礼いたしました」

なるほど、見かけない奴が重要区画に入ろうとしたら嫌でも気になるわな。
おまけに武の服装はいまだに訓練兵のそれ。勘違いするのも分かる。

「そうか、謝る事は無い。貴様は正しい事をしたのだから」

「は!!ありがとうございます。それでは私はこれで失礼させていただきます」

互いに敬礼を交わす。月詠だけは敬礼をしなかったが。
これだけの不敬、普通なら銃殺されてるぞ。

「月詠中尉」

「なんでしょうか大尉殿」

嫌味のつもりか。つくづく嫌われてるな。

「俺は、人として冥……御剣訓練兵を裏切るような事は絶対にしない」

「そんなものが信じられる訳」

「俺の刀に誓う」

帝国斯衛軍。旧来の武士道精神に溢れるこの軍に身を置くものなら先の言葉の意味は分かる。

刀とは己の魂。それに誓った契約は絶対に履行されなければならない。もし破れば死を以って償う。

しばらく睨み合う。渦中の冥夜だけは何が何だかわかっていないようだが。

「……その誓い。ゆめゆめ破ってくれるな」

「くどいぞ月詠」

最後に若干睨まれたが、さっきまでの殺意よりかは穏やかなものだった。

………

……



「あら、白銀。彼女を返品に来た?」

夕呼先生はデスクに座って忙しそうに端末をいじっていた。返品って……本当に物扱いしてんだな。

「まさか、するわけありません。ちょっとお願いがあって来ました」

本当に、この時はどうかしていたんだと思う。

「ロープ貸してくれません?ちょっと身体を縛るので」

………

……



2001年10月23日 C-103演習場

武はこれから始まるであろう秋桜の武装テストに期待していた。
……何故か夕呼先生が武と距離を置くようにしていたが、きっと気のせいだろう。うん。

これから始まる演習は統合仮想情報演習システムと呼ばれるもの。

統合仮想情報システムとは戦術機の複合センサーに仮想情報を伝達させてそこにBETAがいると思い込ませるシステム。
まぁ要するに実機によるシミュレーターみたいなもんだ。

それを秋桜にも反映させているらしい。昨日話をしていたのもおそらくこれの関係だろう。

「KOS-MOS。準備はいい?一応、殴られたりしたら衝撃が来るわよ」

「準備完了済みです。大丈夫です。殴られる事などありませんから」

自信満々と言ったところか。まぁお手並み拝見させてもらおう。

「CPより、KOS-MOS。統合仮想情報演習システム、起動。起動状態良好」

CPであるピアティフ中尉が演習の開始を告げる。

目の前のモニターに今現在の秋桜の視点が写される。索敵総数は……1万って!?

「博士!!1万のBETAって」

「あぁ、大丈夫よ。すぐ補充できるから」

「そっちの心配じゃねぇええええええええええええええ」

モニターに目を戻すと既に撃破数は28となっていた。
はえぇ。っていうかモニターが高速移動しすぎて状況がよくわからん。

ただ分かる事はこれまで剣しかつかっていないという事。

「あら、意外と弱いのね」

「いや、一瞬の間に撃破30って」

急にモニターの動きが止まる。ん?どうした?

「──G・SHOT」

突如として現れるガトリングガン。モニターに映るBETAがただの肉片と化していく。
あの突撃級の硬い装甲ですら簡単に破壊していた。

そのままモニターは回転。周囲のBETAをなぎ払う。
索敵モニターを見ると青い点周りの赤い点が次々と消え、綺麗な円を描いていた。

撃破数453。これまでの経過時間32秒。

再び装備を剣に持ち変えると大きく跳躍し、BETAの中へ突入していく。

秋桜の視点で見ているとほとんど回転するか跳躍していて事が分からないと言う事で別視点のモニターが用意された。

そこから見てみると彼女の動きは、武の戦術機の機動の理想系とも言える動きをしていた。

決して止まらず、空中や壁を利用する三次元機動。秋桜は要塞級を壁にしているようだが。

しかし…武は思う。確かに動きは凄い。力もある。技もある。

だが、絶対的に大きさが違いすぎる。自分の何十倍とあるでかさの相手。剣で戦うなど論外。
格闘で吹っ飛ばしたりもしているが一度に相手にできる数は限られてくる。
それら格闘で相手をできるのは戦車級まで。それ以上のものはさすがに無理だろう。

まぁ本来BETAと徒手格闘戦や剣で戦うなど秋桜にしかできない芸当だが。

結局有効な攻撃手段はほとんどガトリングによるものだった。

BETAの脅威はその数にある。やはり思い知らされた。

「CPよりKOS-MOS、状況を終了します。お疲れ様でした」

結局、演習終了までかかった時間はおよそ20分。被弾こそしなかったものの、秋桜はくやしそうだった。

「お疲れ様。KOS-MOS。感想は?」

「エーテルさえ使えれば、1分で制圧できました」

惑星吹っ飛ばせるんならできるんだろうなぁと思う。

「あら、負け惜しみ?」

「………」

「副指令、この記録は本来なら中隊規模の戦術機があって初めて出せる結果です。秋桜の能力は素晴らしいものと私は考えます」

その場合被弾する者が出てくるだろうがな。

「なによ、白銀。私がまるでいじめているみたいな言い方ね」

「そうですね。生身で1万のBETAと戦わせるのはいじめってレベルじゃありませんね」

「武。かまいません。私の力不足です」

いや、充分すぎるだろ。

「まぁ安心しなさい。むしろ私の計算ではもっとかかるはずだったから。貴女は優秀よKOS-MOS」

「なんだ、結局認めてるんじゃないですか」

「白銀も生身でやってみる?」

「全力で遠慮しておきます」

……夕呼先生の目はやる目だった。

「冗談よ。次は戦術機で、あんたとKOS-MOSのエレメントでやりなさい。機体は不知火。兵装は自由。補給コンテナあり」

「BETAはさっきのと同じ条件ですか?」

「そうよ、20分後に始めるから、準備しなさい。KOS-MOSもね」

「了解」「了解しました」



[5197] episode Ⅳ
Name: Anrietta◆f3aee459 ID:de8dbf33
Date: 2009/01/03 19:17
<<白銀 武>>

不知火のコクピットにて秋桜と最終の打ち合わせを行う為に通信で呼び出す。
通信ウインドウに映し出された彼女は強化装備を着ていなかった。どうやら直接、着座調整ならびに網膜投影をしているらしい。

厳密には網膜投影ではないが先の演習システムをそのまま反映したものらしい。難しい事はわからん。

打ち合わせと言ってもほとんど確認のようなものだが、省略するわけにはいかない。

「秋桜少尉。戦術機の操作方法ならびに警告宣言は知っているな?」

「はい。昨日のうちに香月副指令より戴いたマニュアルを記憶しています」

あの分厚いマニュアル全部覚えたのか。俺はなんとなくにしか覚えていないが。
習うより慣れろで覚えたからな。……秋桜は全部暗記しているんだろうな。

「そうか、BETAの脅威……特に光線級についても同様か?」

「はい。光線級の出すレーザーは、戦術機の装甲では圧倒的に耐久性が足りません。
また、光線級は決して味方誤射をせず、地上にいる敵を照射する場合、射線上からBETAが撤退する前兆が見られます」

先の演習では照射を受けるまでの高度に飛び上がる事がなかったし
何故かレーザー照射の前兆も見られなかったので確認したんだが……いらぬ心配だったようだ。

光線級。BETAの中でも人類の天敵と言っていい存在。
全高3m程の小型のヤツですら、380km離れた高度1万mの飛翔体を的確に捕捉し、30km以内の進入を許さない。

これの出現によって人類は空軍戦力を放棄せざるを得なくなった。
まだ光線級が出現していなかった頃は人類は空の利を生かして戦況を優位に進めていたのだが……。

出現以降、人類は空を奪われ地上であってもその脅威にさらされる事になった。
今回の演習に限らず、対BETA戦で注意すべきはやはり光線級だろう。

「階級の関係上、秋桜少尉は俺の部下という事になる。2人しかいないが、命令には従ってもらう。
俺が少尉より優れているとは思わんが軍とはそういう処だ。我慢してくれ」

「そんな事はありません。よろしくお願いします大尉殿」

秋桜が敬礼する。意外と様になってるな。

武も答礼したところでCPであるピアティフ中尉より通信が入った。

「CPより白銀大尉、秋桜少尉。お2人のコールナンバーはヴァルキリー01、02となっています。
また補給コンテナはA-06、及びH-06の地点に配置してあります。ヴァルキリー各機の所定位置はD-06となっています」

「ヴァルキリー01よりCP、了解」「ヴァルキリー02よりCP、了解しました」

ヴァルキリーね……戦乙女か、秋桜にはぴったりだが俺には似合わないな。

戦場MAPウインドウを確認すると所定位置の北の端と南の端に補給コンテナがあるようだ。
まずはこれを確保すべきか。

「CPよりヴァルキリー各機、初期装備は兵装自由となっておりますので自由にお選び下さい。5分後に演習開始となります。
何か質問はありますか?」

「ヴァルキリー01よりCP、問題なしだ」「ヴァルキリー02よりCP、問題ありません」

CPとの通信を終えた後再び秋桜から通信がきていた。

「秋桜少尉、どうした?」

「白銀大尉、私に少し考えがあるのですが」

………

……



<<伊隅 みちる>>

香月副指令に呼ばれた伊隅と速瀬はC-103演習場へ向かっていた。

「大尉~。いったい何なんですか、この召集?」

少し後ろを歩く速瀬は不満といった感じだ。
私は副指令に突然呼び出される事など常だから気にしていないが、速瀬は納得していないらしい。

「副指令は、誰かが演習をするからその評価をしろと言っていたな」

「誰かって誰ですか?」

「私にも分からん」

本当に言われたのはそれだけだ。それに自分達に評価をしろとはどういう事だろうか。
……A-01の補充要員だろうか?いや、詮索するのはやめよう。

自分達に知らされないのは知らせる必要がないからだ。

管制室のドアを開けると、そこには香月副指令とピアティス中尉がいた。
ピアティフ中尉はおそらくCP将校を勤めているのだろう。

「あら、遅かったわね伊隅。もうすぐ演習が始まるわよ」

副指令はこちらに最小限の関心を示しただけだった。速瀬の事など自分で呼んでおいて見えていないのかもしれない。
私と速瀬はそれぞれモニターに目を移す。

映像には2機の不知火が映っていた。……が、なにか違和感を感じた。
その違和感はすぐに解決される事になる。肩にマークされたA-01という文字。

「あれ、私達の機体じゃないですか!!」

隣にいた速瀬も気づいた様だ。上官への言い方としては間違っているが。

「どういう事ですか、副指令」

本来演習などシミュレーターを使えば充分なもの。このような実機を使った演習など、新型機開発くらいにしか使われない。
それに実機でやるなら不知火でなくても吹雪があるはずだ。

「それだけの価値があるということよ」

「CPよりヴァルキリー各機。統合仮想情報演習システム、起動。全機即応体制」

ピアティフ中尉が演習の始まりを告げる。

──ヴァルキリーだと!?

………

……



<<白銀 武>>

武は演習開始の声を聞いた。視界に仮想のBETAが次々と網膜に表示されていく。
索敵ウインドウには1万という数字。

──よう、クソ野郎共。

「ヴァルキリー01、フォックス3!!」

武は両手に装備した突撃砲から36mmをばら撒く。前回の世界ではもう希少な武器で多く使う事が叶わなかった武器。

どんなに剣が卓越していようとやはり敵を減らすのは銃であり、支援砲撃による面制圧だ。
凄腕の剣豪であろうと1人が戦況に与える影響など微々たるもの。昔の戦でも敵を多く殺したのは剣ではなく弓だった。

前回の世界では74式近接戦闘長刀しか「選べなかった」が、今は違う。
武も刀に信を置いてはいるが、それは弾切れになっても十二分に戦う事が出来るという事。

──あぁ、やっと全力で殺す事ができる。

「ヴァルキリー02、フォックス1」

上空に噴射跳躍していた秋桜が警告を告げる。両手に握られているのは狙撃用ライフル。

光線級による照射警告が出るよりも更に早く、秋桜がライフルを左右に向け、その場で旋回。

旋回しながら光線級を確実に狙い撃っていく。秋桜の情報処理能力があって初めてできる芸当。

結果、秋桜は悠々と地面に降り立った。光線級はほとんどが沈黙、もしくはライフルによるダメージを受けていた。
そのまま秋桜はライフルを放棄し、74式可動兵装担架システムを機動。あらかじめ搭載していた突撃砲を装備する。

「ヴァルキリー02、フォックス2」

降りてきて120㎜をばら撒く秋桜とエレメントを組む。二丁拳銃による二機連携はまるで弾丸そのものが移動しているかのようだった。

「ヴァルキリー01よりヴァルキリー02、当初の予定通りH-06へ向かい補給コンテナを確保する」

「ヴァルキリー02、了解」

秋桜とのエレメントは気持ちのいいものだった。自分と同じ機動をする者。
なればこそ俺の動きを理解し、それを助けるように動いてくれる。

悠陽とのエレメントでもこのような高揚感は得られなかった。まるで自分が無敵になったような感覚。

景気良くばら撒いていたせいか、H-06にたどり着く頃には36mmを撃ち尽くし、120mmも残り少なくなっていた。

「ヴァルキリー01より02、補給コンテナ周りのゴミを片付けるぞ」

「ヴァルキリー02、了解」

両手に装備していた突撃砲を放棄し兵装担架より長刀2本を装備し、片方を秋桜に投げる。
同様に突撃砲を放棄していた秋桜がそれを受け取る。

刀で周りのBETAを屠っていく。武と秋桜の見せる剣舞は美しさすら兼ね備えていた。
噴射跳躍により硬直時間を無くし、空中で姿勢変化を行い、要塞級を壁扱いし三次元機動を行う。

「ヴァルキリー01より02、速やかに補給を行え。ついでに突撃砲二丁も投げてくれ」

「ヴァルキリー02了解」

秋桜は長刀を要塞級に突き立てると、素早く補給コンテナへ移動。
突撃砲二丁を取り出すと武に向かって投げ、自身もそれを装備する。

武は長刀を再び兵装担架に格納し、投げられた突撃砲を空中で装備。

「ヴァルキリー01、フォックス2」「ヴァルキリー02、フォックス3」

再び弾丸となりBETAの蹂躙を開始する。

「ヴァルキリー01より02、敵の数が少なくなってきた。あれを使え」

索敵ウインドウにはD-06からH-06付近にBETAがいない事を示していた。
撃破数2045。経過時間7分45秒。

スコアにこだわるつもりはないが、秋桜の撃破数が少し気になった。
先ほど少し落ち込んでいた様だから、これで自信をつけてくれるといいんだが。

「ヴァルキリー02、了解。ヒルベルトエフェクト、展開します」

ヒルベルトエフェクト。秋桜の身体から生成される概念を変える場。
今回の作戦というのは、光線級の狙撃とヒルベルトエフェクトによるBETAの誘き寄せにある。

それというのも、一度確保した補給コンテナを放棄して周りのBETAを片付けるのは効率が悪い。

ならば補給コンテナの近くで迎え撃てばいい。武器も大量にあるのだから。

ヒルベルトエフェクト生成時に秋桜は普段の何十倍という高出力を出す。

秋桜は夕呼先生からBETAは高出力や高性能の機械に群がる性質があると聞いていたらしい。

当然今までも秋桜自体の性能に誘われてきたやつはいたが、戦場全体はカバーできない。

ならば戦場全体のBETAが集まってくるように出力を出してやればいい。

秋桜の不知火から蒼い光が放出され、展開されたヒルベルトエフェクトが戦場を包む。

今まで待っていたのは2機で充分に捌ける数に減らすため。
普通の衛士であればできないが、武と秋桜なら問題ない。

振動センサーに反応。生き残ったBETAがH-06を目指して進軍を開始する。

「ヴァルキリー01より02、呑まれるなよ」

「ヴァルキリー02より01、返り討ちにします」

………

……



<<伊隅 みちる>>

「CPよりヴァルキリー各機。状況を終了します。お疲れ様でした」

CPであるピアティフが演習の終了を告げていた。

なんだ……今のは。

伊隅は目の前で起こった光景が受け入れられなかった。

最初のヴァルキリー02の噴射跳躍など本来ならば自殺行為以外のなんでもない。
だが、奴は光線級の照射を受ける前にやつらを無力化したのだ。その命中率は……100%。

それでも生き残った光線級はいたが、それは弾の不足によるものだった。

それからの機動もありえないものだった。空中での姿勢変化。要塞級をまるで壁扱いしていた。
いくら光線級をほとんど殲滅したとはいえ、いきなりできる機動ではない。

まるでそんなものは些細な事というような機動だった。

だが、伊隅は知っている。
空中へ飛び上がる時、奴らは光線級と自分の間になにかしらのBETAをはさんでいるのだ。
計算された動き。あんな機動ができる奴がいるのか。

補給コンテナ付近でもそうだ。
弾が残り少なくなって伊隅は追い込まれるだろうと踏んでいたが、奴らは長刀1本で十二分に戦って見せた。

そして空中での武器の装備。あんなもの普通できるものではない。

考えてみたら分かる。人間でも空中で投げられた剣や銃を的確に受け取る事など至難の技。
それをやつらは戦術機でやってみせた。

それに不思議な蒼い光。あれを受けるとBETAが不知火にむけて移動を開始した。
あれは一体なんだったのだろう。

叩き出したスコアを見る。

ヴァルキリー01 撃破数4036 機体損傷なし。
ヴァルキリー02 撃破数5964 機体損傷なし。

経過時間14分23秒。

ありえない。

ヴァルキリーズが現在の10名になってから、シミュレーターで同じ演習をしたことがある。

あの時はだいたい20分かかったはずだ。しかも大破1機、小破3機という結果だった。

それをエレメントで塗り替えたという事実。

「伊隅に速瀬、さっきのエレメントどう思う?」

香月副指令が薄く笑いながら問いかけてくる。……評価とはこのことか。

『ありえません』

一言で言えばこれに尽きるだろう。一体何回の出撃をこなせばあのようになるのか。

「ちなみに、さっきの不知火。あんた達のなんだけど、おんなじ事できる?」

できるはずがない。分かってて聞いているのだろうが、無力感が押し寄せてくる。
私は不知火の性能をまだ存分に発揮できていないのか。

「副指令!!あの不知火の衛士って誰なんですか!!」

たまりかねた速瀬が叫ぶように問うた。私も聞きたい。

「白銀。KOS-MOS。感想は?」

だが、副指令はその声を無視し、いやある意味で聞き入れたのかもしれない。

副指令が件の衛士と通信を繋ぐ。写しだされた映像を見て私はまた驚愕した。

「副指令!!こいつらは!!」

「はいはい伊隅。興奮しないの、安心しなさい。今のところ味方のようだから」

映し出された映像には昨日の基地襲撃者の顔が映っていた。

「秋桜少尉が俺の撃破数の1.5倍ですか。もうお手上げですね」

男の方が事もなげに言う。14分で撃破数4000でも不満らしい。
こいつの頭の中はどうなっているのだろう。

「大尉は私に指示を出していましたから」

ヴァルキリー02が女だったのか。これは意外だった。
ってきり男の方が02だと思っていた。……私も負けていられんな。

「あんた達仲良いわね、まぁいいけど。とりあえず上がってきなさい。紹介する人がいるから」

「了解」「了解しました」

………

……



<<白銀 武>>

武と秋桜が管制室に上がるとそこには夕呼と、ピアティフ中尉、と知らない女性が2人いた。
いつの間に来ていたんだろう。

ふと、ショートカットの女性と目が合う。──あ。
あれって秋桜がボコった大尉じゃないか。やべ、気まずい。っていうか何故俺が気まずくなるんだ?

秋桜の方を見るが涼しい顔をしていた。……そういや、こいつはこういう奴だった。

「ご苦労様。なかなかの戦果ね」

『ありがとうございます』

そういや、この世界に来て夕呼先生に褒められたのは初めてかもしれない。
……若干うれしかったりする。

「で、ここにいる2人があんた達がこれから入隊する部隊の先任達よ」

夕呼先生が先の知らない2人を見ながら言った。

「はぁ……」「そうですか」「副指令!?」「ちょっと、聞いてないんだけど!?」

なんか4人がいっぺんに別のこと言ったので訳がわからんかった。
ただ、向こうが全く承知していないってのは、なんとなく分かったが。

「あんた達にはこれからA-01部隊として活躍してもらうわ」

「副指令。この者達の紹介をしていただけませんか?」

ショートカットの女性が夕呼先生に問うていた。彼女が隊長なんだろうか。

「まぁ待ちなさい。まず2人には夜の間だけA-01部隊として動いてもらうわ」

「夜の間だけですか?」

夜勤の部隊なのか?いや、それならわざわざ俺らを入隊させる理由がない。

「えぇ、夜の間だけA-01部隊を白銀とKOS-MOSで訓練してもらうわ。お互いの紹介はそのときにしなさい」

なるほど。つまり教官まがいの事をしろって事か。

「伊隅に速瀬。問題ないわよね?」

「私も正直、彼らに教えを請いたいと思っていました」

ショートカットの女性が答える。伊隅っていうのか。
今までの会話の流れから言ってこの人が隊長なんだろうな。

「そうですね~。私も一回やってみたいと思ってましたし」

長髪の女の人が口元をニヤリという風にいがめる。速瀬っていうらしい。
何故か彼女の笑顔(?)を見て、冷や汗が出てきたのは気のせいと思いたい。

「そ、じゃぁ決まりね。白銀にKOS-MOSも問題ないわね?」

『はい』

正直やることが無かったからな。
それにおそらく夕呼先生が言うのだから無駄な事ではないのだろう。
あるいはA-01部隊が夕呼先生の直轄の部隊か。……おそらくそうだろうな。

「では昼の間はどうするのですか?」

当然の疑問。まさか昼は寝てていいなんて事でもないだろう。

「白銀には207B訓練部隊を見てもらうわ」

「訓練部隊ですか、理由を聞いてもいいですか?」

冥夜のいる部隊じゃないか。まさか俺に気をまわしたわけでもあるまい。
やれというからには何かしらの理由があるはず。

「社霞を明日入隊させるわ。できるだけ早い内に衛士にしなさい」

「そうですか……って、はぁあああああああああああああ!?」

社霞って……。こういっちゃ何だが兵士には絶対なれないタイプの人間だと思うんだが。
前回の世界では衛士の候補になるなんてことはなかったはず。

それが何故今回は衛士になれというのか。
向いていない事など夕呼先生が一番よく知っているはず。

「白銀うっさい」

「……理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

理由も分からぬままに彼女を死地へ向かわせる事などしたくない。

「例の計画に必要だからよ」

前回の世界を思い出す。
霞の制服の普通ならば国連軍と書かれるべき場所が、オルタネィティヴ4と書かれていた事。

前回の夕呼先生のように切羽詰っているわけでもない。充分に余裕があるように思える。

それでも尚、急いで霞を衛士にさせなければならない理由があるのか。
──あるんだから命令しているに決まっている。

上官の命令である。オルタネィティヴ4に必要である。
それだけ言われて拒む事など今の武にはできはしない。

──昔の武ならどうするか分からんが。

「でも本当にいいんですか?」

できれば戦わせたくない奴の1人だ。正直言うと207B訓練部隊の皆には衛士になって欲しくない。
彼女達には戦わせたくない。それが自分の甘さであるという事は分かっている。

だが、だからといってそんな簡単に心は変わらない。

なにより、一度彼女達の死を見たからこそ、そう思ってしまう。
自分の親しい人なんて死なない方がいいに決まっている。

だが、それでも。

それが任務となれば話は別だ。命令されたからには俺は霞を……冥夜達を衛士にしなくてはならない。
そして衛士になったからには戦わせたくないなんて事は言えない。

それは彼女達に対する冒涜。

あぁ、だから俺は本当にいいのかと聞いたのか。自分自身に。

「やらなければならない事よ、この意味わかるわね?」

オルタネィティブ4の成功。そのために霞が必要だというなら俺は……。

「……了解しました」

彼女達を死地へ向かわせなければならない。

だが、それでも。

護りたいと思うのなら、俺に出来る事は彼女達を少しでも強くする事。
決して死ぬ事の無いように。自分の手が届かないところでも立派に戦えるように。

「神宮寺軍曹はどうするんです?」

「まりもと共同で見てもらうわ、いきなり変えるわけにもいかないでしょう?」

「了解しました」

また恩師と彼女達と会えるのを思うと、不謹慎だがうれしく思う自分がいた。

しかし、まりもにはまた気分の悪い想いをさせる事になるな。
どこの馬の骨ともわからん奴に自分が手塩にかけた部隊の教官をやられるんだから。

「KOS-MOSには昼の間は私の助手をしてもらうわ」

「助手ですか?」

確かに秋桜は発達した技術を持っているから夕呼の助手になりえるかもしれない。
俺にはできない事だ。

「あんたの知識や技術を貸して欲しいっていってるのよ、問題ある?」

「いえ、私にできる事なら協力します」

秋桜の返事に夕呼先生は満足したようだった。
前回の世界では彼女の助手なんて居なかったからな。これはいい傾向なのかもしれない。

「それから、有事には白銀もKOS-MOSもA-01として任務に参加してもらうから」

『了解しました』

伊隅大尉を見る。おそらく連携もしておけって事だろうな。

「それじゃ解散。あ、KOS-MOSはまだ残ってなさい」

その後、伊隅大尉と訓練の時間を確認し、俺は部屋を後にした。

………

……



それから俺は脳みその部屋を訪ねていた。理由は霞に会うため。

部屋の中央にある脳と脊髄のシリンダーは相変わらず不気味だった。

「こんにちわ~」

挨拶をするも帰ってくるのはただ静寂のみだった。
そういえば前回の霞との初めての対面もなんかこんな感じだったな。

部屋をぐるりと見渡す。脳みそを取り囲むように置かれた様々な機械。
この部屋が薄暗いと思うのは何も照明だけのせいではない気がする。

と……いた。機材に隠れて見えなかったのか。

「こんにちわ」

武が霞の背に合わせる為にしゃがんで挨拶する。

「……こんにちわ」

おお、今回はちゃんと挨拶できたな。前回はしばらく無言だったから困ったものだ。
これから訓練兵になるのならこんな事言ってる場合ではないのだが。

「白銀武大尉だ。よろしくな、霞」

「よろしくお願いします……大尉殿」

ふむ、少し元気がないが特に問題ないだろう。訓練兵になるって自覚はあるみたいだな。

しかし……このか弱そうな身体にこれから訓練を強いるとなると、やはり気が引けるな。
大体、変に筋肉ついたらせっかくのうさみみも似合わなくなるし。

「霞、博士から話は聞いているか?」

「はい。私は明日から207B訓練部隊に入隊して衛士となる訓練をします」

内容も把握しているらしい。

「霞、ひとつ聞いていいか?」

「なんですか?」

「お前は……嫌じゃないのか?」

訓練をすることがじゃない。衛士となって、命を懸けてBETAと戦うことだ。
先ほど自分がやらなければいけないと決心した事が揺らいでいた。

俺もまだまだ甘ちゃんだという事か。

だが、それでいい。甘さだろうがなんだろうが俺には死んで欲しくない人がいる。
他の奴がどうなってもいいとは思わない。
だが、知らない奴と知っている奴の命を秤にかけたら、やはりその秤は傾くのだ。

「私は……私も戦います。皆の為に。それはきっと……私にしかできない事だから」

霞は武の目を見て確かに自分の想いを言った。
それが彼女の想いだというのならこれ以上の言葉は侮辱になるだけだろう。

「そうか、霞は強いな」

霞の頭をガシガシと撫でてやる。顔が無表情なままというのがいただけないが。

「あなたは、私を知っているのですか?」

「リーディングか。まぁ、霞の思ってる通りだよ。俺は今回の世界でも霞と仲良くしたいと思ってる。
……訓練中はそうできないかもしれないが」

大切に想うならこそ訓練は苦しくすべきだ。それが必ず生きる力になる。
前回の世界で嫌というほど思い知った。まりもには感謝してもしたりない。

「大尉は、優しいです」

「違うな、霞。俺はただ甘いだけだ」

世界を救うと言っておきながら、大切な人を優先しようとする。結局自分を捨て切れていない。

「……自分を切り捨てて、残るものは何ですか?」

霞からの質問に俺は答えることができなかった。



[5197] episode Ⅴ
Name: Anrietta◆f3aee459 ID:de8dbf33
Date: 2009/01/03 19:15
<<白銀 武>>

武は霞を連れて、グラウンドに向かう。
途中で部屋に寄り、皆琉神威が冥夜に見つかるとまずいので布でくるんでおいた。

もう西日がかかっているから終わっているかもしれないと思ったんだが。

彼女達は装備をかついでグラウンドを走っていた。前回の世界では彼女達の足をずいぶん引っ張ったものだ。
それが今度は自分が教える立場になるんだから皮肉なもんだ。

しばらく眺めているとまりもがこちらに気づいて小隊を集合させていた。
いらん気を使わせてしまったらしい。

「軍曹、訓練の邪魔をする気はなかったのだが申し訳ない」

敬礼をしながら言う。霞もちゃんと敬礼できていた。うむ、えらいぞ。

霞は少し顔を赤くしていた。……しまった。思考駄々漏れしてるんだった。

「いえ、大尉がお気になされる事ではありません」

「小隊、敬礼!!」

小隊長である榊の号令で207B訓練部隊が敬礼する。
それに答礼して、楽にするように促す。

「軍曹、もう話は聞いているか?」

「はい。明日より社霞訓練兵の入隊、ならびに大尉殿と協力して訓練部隊の育成に当れといわれています」

どうやら、まりもには既に伝達がいっているようだ。
……訓練部隊の面々にはまだ言ってなかった様だが。

皆一様に驚いた顔をしている。あのポーカーフェイスの彩峰ですら驚いているんだからよっぽどか。
……自分とさほど歳のかわりそうのない奴がいきなり教官なんだから仕方ないか。

「軍曹、少し早いが訓練部隊と社訓練兵と俺の自己紹介をしてもいいだろうか?」

「はい。問題ありません」

武は207B訓練部隊の面々を見る。懐かしい。自分の大切な仲間達。
それに、冥夜。

冥夜とは昨日少し会っていたこともあって、他より多く驚いているようだ。
武もこんな事になるとは思っていなかったが。

「昨日より国連軍横浜基地配属となった白銀武大尉だ。よろしく頼む。軍曹が言っていた通り、明日から貴様達の訓練も受け持つ」

『よろしくお願いします』

そして……武はちらりと隣を見る。

頑張れと心の中で強く思う。届いてくれるといいが。

「明日より、207B訓練部隊に入隊することになりました社霞です。皆さんよろしくお願いします」

届いたどうかは別としてちゃんと自己紹介できたようだ。うむ、えらいぞ。

「それでは、各自自己紹介してくれ」

武が訓練部隊に自己紹介を促す。

「榊 千鶴訓練兵であります。よろしくお願いします大尉殿」

「白銀武大尉だ、よろしく頼む」

委員長か、前回の世界では一番迷惑をかけたかもしれんな。
しかし、彩峰との確執は今回も同じだろうから総合評価演習までにはなんとかしておかなければな。

といっても簡単な事じゃないから困るんだが。

「御剣 冥夜訓練兵であります。よろしくお願いします大尉殿」

「貴様とは既に一度会っているな、今後ともよろしく頼む」

冥夜……か。不謹慎かもしれんが今回の世界でも親しくなりたいもんだ。

そういえば前回の世界では火山で、ばぁさんを助ける助けないの騒ぎがあったな。
今考えるとあの時に吹雪2機を大破させたのは絶対まずかった。

いくら練習機とはいえ、装備さえきちんとすれば実戦配備も可能な機体なんだ。
あれ1機の価値を後で聞いた時は、思わず飲んでいたお茶を吹き出した。

それでもお咎めなしだったのは、おそらく冥夜の背景によるものだろう。
武だけが命令違反をして壊してたら冗談ではなく、銃殺されていたと思う。

あの時に冥夜に国とはなんたるかを教えられたが、いかんせん武の価値観が変わってしまった。
個人でいろいろな思想を持つのはいい。人間として正しい行いをするのも分かる。

だが、公私混合するのは、やはり軍人としては間違っている。
それこそ、人を殺さないといけない日も遅かれ早かれ必ず来る。

その時に迷いがあれば必ず死ぬか、仲間を失う。

武の時は移民船団で覚悟を決めていたから無事だったが。

冥夜に限らず、皆にはそこら辺の意識を変えてやらないといけないかもしれないな。

「た、珠瀬 壬姫訓練兵であります。よろしくお願いします大尉殿」

「珠瀬訓練兵、必要以上に緊張する事はない。よろしく頼む」

前回の世界で少し思ったのはこいつには少し上がり症の傾向がある。

スナイパーとしては致命的な欠点。いずれ直さないといけないかもしれない。

「……彩峰 慧」

「彩峰!!貴様礼儀が」

「構わん、軍曹」

まりもが彩峰を叱咤するのを制止する。彩峰は相変わらずか。
というか絶対、俺に反発してるんだろうな。

彩峰は無能な指揮官には絶対従わないっていう、ひどく自己満足な主義を持ってるからな。
武の事も無能だと思ってるんだろう。……委員長もか。

しかし、このままだと絶対死ぬな。早いうちに。

「彩峰訓練兵に限らず貴様らの中には疑問や不満があるだろう。いきなり現れた若い男が教官と言われても納得できんだろう。
だが、軍とはそういうところだ。そして彩峰訓練兵、疑問や不満があろうとも上官に対して最低限の礼は尽くすべきだ。
その上で疑問や不満があるのであれば聞こう」

しかし、彩峰は沈黙を守ったままだった。
初めからずいぶんと嫌われているな。彩峰の背景を考えればわからんでもないが。

しかし、武から見ても今の彩峰は甘ったれていた。

「彩峰訓練兵!!礼儀がなっていないぞ!!」

武が拳を握り締めたときには、既にまりもが彩峰を殴っていた。
……先をこされたか。あるいはわざとか。

「申し訳ありません、軍曹」

まりもに殴られ、少し口が切れて流れた血を拭いながら彩峰は武を睨みつけている。
しかし、まりもにはきちんと返事をするあたりが彩峰らしい。

しかし彩峰よ。お前の判断基準がわからん。
もし、武を年齢だけで判断しているんなら……こいつこそが無能な上官という奴だ。

「軍曹、鎧衣訓練兵は入院中であったな?」

「は、一週間もすれば隊に復帰する見通しであります」

鎧、か。あいつは特に問題なかったような……。
いや、あいつは空気が読めないんだった。普段なら悪い事ではないのだが。

が、戦場に関して言えばそれはやはり欠点だろうな。

「そうか、では紹介も済んだことだし訓練に戻ってくれ軍曹」

「は、かしこまりました。社訓練兵はここで見学、他の者は最後に10週して終わりだ」

彼女達は再びグラウンドへと戻っていった。

おそらく彼女達に声が聞こえなくなったと思われるあたりでまりもに声をかける。

「軍曹、大事な訓練兵を横取りするような形になって済まない。
俺のように素性がしれない者に任せるしかない軍曹の心情には正直、同情する」

「いえ、大尉殿。これは任務です。また、大尉の様なお方であれば何の心配もありません」

まりもの言葉には、リップサービスも多分に含まれているだろうから言葉どおりには受け入れられないが
それでもその言葉で少し救われた気がした。

横にいる霞について考える。こいつはこいつでいろいろと問題がありすぎるな。

これからの事を思うと自然にため息が出ていた。

………

……



夕呼先生の手伝いを終えた秋桜とシミュレータールームに向かう。A-01部隊の訓練を行うためだ。
正規の部隊であるんだからそれなりの実力は有しているだろうし……どうやって訓練するかが問題なんだが。

だが、それより気になる事があった。

「秋桜、博士の手伝いってなんだったんだ?」

正直、気になる。
オルタネィティブ4に関わる手伝いをしているのだろうとは思ったが、その計画の詳細は知らされないのだ。

夕呼先生が武に話さないのは話す必要がないから、とは納得しているもののやはり気になる。

「今日は、私が戦術機に初めて乗った感想を聞かれました。それで新しいOSを創るという話になりました」

戦術機に乗った感想……ね。技術の発達した世界から来た秋桜に聞けば、戦術機の問題点が分かるって訳か。

しかし……新しいOS?
それってオルタネィティブに関係するのか?

「新しいOSっていうと?」

正直、OSって言われても漠然とした理解しかしていない。
いろいろな演算処理をして機体の姿勢制御からなにからやっているのは知っているが。

「それについては武にも話を聞いてもらうそうです。現場の衛士──それも死線を潜り抜けた者の意見が聞きたいそうですよ」

最後の方は秋桜の脚色かもしれないな。しかし、そうか……新しいOSか。
もしかしてそれを使ってコンボやキャンセルや先行入力なんてできないだろうか。

武は経験と知識から無理やりにそれを実行していたが、OSにその概念を組み込めばもっと使いやすくなるんじゃないだろうか。
──言ってみる価値はあるな。

新OSについていろいろ考えていると、いつの間にかシミュレータールームの前に着いていた。

……やべ、訓練内容考えてねぇ。

しかし、無情にもドアが開いて伊隅が顔を見せる。

「白銀大尉に秋桜少尉、隊の皆に紹介するから入ってくれ」

伊隅に促されて部屋に入ると、そこには既に女性ばかりが9名整列して居た。
女だけの部隊か……前線なら珍しくはないが、ここで見ることになるとは思わなかった。

「今日よりA-01部隊に入隊する事になった白銀武大尉だ。よろしく頼む」

「今日よりA-01部隊に入隊する事になりましたKOS-MOS少尉です。よろしくお願いします」

簡単だが自己紹介を終えると武は部隊員を見渡した。皆、珍しいものを見る目で秋桜に注目している。
あんな服装していれば当然か。それに秋桜なんて偽名っぽいもんな。

全部機密って事でごまかそう。あながち間違ってないし。……めんどくさいし。

「私がA-01部隊を預かる伊隅みちる大尉だ。よろしく頼む」

伊隅大尉の自己紹介を受ける。やはり隊長だったか。

その後、伊隅大尉に促されて部隊員がそれぞれ自己紹介を始める。

「速瀬 水月中尉です。A-01の副隊長です。よろしくお願いします」

蒼い長髪をポニーテールにまとめた綺麗女性だった……が。武にはどうも天敵の臭いがした。十二分に気をつけよう。

「白銀大尉とは一度模擬戦をしてみたいですね」

ほらね。

「ははは、俺なんかより秋桜少尉の方が強いぞ」

「まずは白銀大尉を倒してからですね」

速瀬中尉は例のニヤリといった風の笑いを浮かべていた。うむ、模擬戦の時は必ず味方にしておこう。

「大尉、気をつけた方がいいですよ。速瀬中尉は戦闘行為に性的快感を感じる変態ですから」

──俺はこれから速瀬中尉の性的快感を満たすためのおもちゃにされるというのか。

「む~な~か~「って、麻倉がいってました」麻倉ぁ!!」「ひぃぃ!!」

他の隊員が笑い声を上げる。あぁ、なんだ冗談だったのか。
それで若干場が和んだ。きっと彼女達のお決まりの冗談なんだろう。

「白銀大尉。今、本気にしてませんでしたか?」

「ははは、そんなはずないじゃないか」

思わず棒読みになったセリフに自分でびっくりする。速瀬中尉がじと~っと此方を睨んでいた。

そんな速瀬中尉を尻目に、それからも自己紹介は続く。

涼宮 遙中尉。彼女はCP将校らしい。
速瀬中尉と違い、穏やかな印象を受けた……が、怒らせると怖そうだな。気をつけよう。

宗像 美冴中尉。おそらくこの隊のNO,3だろうな。
中性的な美人だが速瀬中尉と同じく、天敵の臭いがぷんぷんする。こいつも敵にしないほうがいいな。

風間 祷子中尉。穏やかな感じの人。
この人はこの隊で唯一の癒し系かもしれん。

涼宮 茜少尉。遙中尉とは姉妹らしい。
こいつは元の世界で委員長と対立してた奴だな、確か水泳部だったけか。
……これも因果ってやつか。

柏木 晴子少尉。茜とは同期らしい。
おおお、ずいぶんと久しぶりだな。12年ぶりのクラスメイトとの対面か。
同窓会ってのはこんな感じなのかね……姿変わってねぇけど。

築地 多恵少尉。同じく同期らしい。
こいつは……たしか夕呼先生によって「築地を築地として構成される前の可能性の状態」に戻されて猫にされたんだったけか。
それが強烈すぎてどんな奴か覚えてねぇ。

高原 良子少尉。同じく同期らしい。
長髪の女の子。若干気が弱そうではあるな。今までの流れからいくと、茜のクラスメイトだったのだろうか。

麻倉 志穂少尉。同じく同期らしい。
短髪の女の子。ふむ、高原少尉の対極という感じがしないでもない。こいつも茜のクラスメイトかな。

「貴官らの入隊を心より歓迎する!!」

全員の自己紹介を終えた後に伊隅大尉が歓迎の意を表す。
10名か……いや、秋桜もいれれば11名。

護らなければならない。絶対に。
こうやって知り合ってしまった。言葉を交わしてしまった。笑顔を見てしまった。

自己満足でいい、甘さでもいい。もう失いたくない。
次の世界などありはしない。この世界で終わらせる。1人として欠けることなく。

「中隊復唱!!」

『死力を尽くして任務にあたれ』

『生ある限り最善を尽くせ』

『決して犬死にするな』

伊隅大尉の声に中隊全員が声を揃える。

生ある限り最善を尽くせ……か。
前回の世界疲弊していたとはいえ、BETAと戦う事を諦めた人類……武には耳が痛い。
胸に刻んでおかないといけないな。

「以上がヴァルキリーズの隊規だ。覚えておけ」

『了解』

「ところで伊隅大尉。訓練の事は伝達しているか?」

その為に来たのだから。……といっても訓練内容考えてないけど。

「あぁ、問題ない。よろしく頼む」

伊隅大尉に代わって、武は皆の前に出る。隊員から、いろいろな視線を受ける。
速瀬中尉は先の演習で武と秋桜の力を目の当たりにしただろうから納得しているようだが、他の皆はそうでもない。

「では、これより貴様らの訓練を受け持つ白銀大尉だ。俺はA-01の隊員ではあるが訓練時は伊隅大尉よりも強い権限を持つ。
秋桜少尉に関しても同様なので注意してくれ。まず、最初の訓練に関してだが……チーム単位での模擬戦を行う」

速瀬中尉がガッツポーズをしている。……こいつは俺が味方になる事は頭にないのか。
他の面々は自信満々といった感じ。正規の部隊だからプライドもあるだろう。

「チーム分けに関してだが、階級的に俺と伊隅大尉のチームに分かれて行う。
また、俺と秋桜少尉が組めば勝敗は決まってしまうだろうから、秋桜少尉は伊隅大尉のチームだ」

秋桜とのくだりで若干頭に来た者もいたようだ。それでいい、なめられては困る。
むしろ武と秋桜を倒してくれるくらい錬度があるなら、何も問題はない。

「戦力的に考えて速瀬中尉と宗像中尉は俺のチームに入ってもらう。後は……そうだな。
伊隅大尉と秋桜少尉と相談して決める」

速瀬中尉があからさまに不満そうな顔をしていた。
……あんな事言われて、お前を敵にするはずないだろう。

伊隅大尉と秋桜としばらく相談した結果、模擬戦のチーム分けが行われた。

Aチーム:白銀大尉、速瀬中尉、宗像中尉、涼宮少尉、築地少尉、麻倉少尉

Bチーム:伊隅大尉、風間中尉、秋桜少尉、柏木少尉、高原少尉

両チームCP:涼宮中尉

「あの……大尉、少し戦力差があるように思うのですが」

このチーム分けを見て、一番最初に口を開いたのは意外にも風間中尉だった。
新任少尉も頷いている。

何故だ……これでもBチームが強いはず……。あぁ、こいつらは知らないのか。

「言っておくか、秋桜少尉は今朝の演習で俺のスコアの1.5倍を叩き出した人物だ。
それに、隊員の事を知り尽くしている伊隅大尉がいるんだからな。Bチームが不利という事は無いと思うぞ」

これを聞くと隊員が一斉に秋桜を見る。秋桜は若干困惑しているようだが、まぁいい。放っておこう。

「では各チーム20分の作戦会議の後にシュミレータールームへ集合。
涼宮中尉はすまないがシミュレーターの設定をしてくれ」

『了解』

………

……



そして各チーム作戦会議を終え、各自シミュレーターに搭乗する。
着座調整を行い、異常がないか確認する。

「これよりAチーム対Bチームの模擬戦を行います。模擬戦の終了条件は敵部隊の殲滅か味方部隊の全滅です。
機体は不知火。兵装自由。補給コンテナなし。時間制限なし。戦場は旧市街地を想定したものです。両チームの健闘を祈ります」

涼宮中尉が、模擬戦の詳細を知らせる。さて……やはり秋桜が一番のジョーカーだろうな。
向こうにとっても此方にとっても。秋桜を討ち取れば形勢は傾く。逆に野放しにしておけば被害は拡大する。

取れる戦略としては秋桜をスナイパーとするか、前線におくかだが……。おそらくはスナイパー。
あいつなら高速移動中でも難なく狙撃してみせるだろう。なにより光線級の狙撃を見た伊隅大尉が放っておくはずがない。

対して此方は俺と突撃前衛長だという速瀬中尉の突破力が鍵だが、伊隅大尉が見逃してくれるはずもない。
彼女には早々に沈んでもらわなくては困るな。

まぁいい、やれば分かる。それに……純粋に秋桜とは一度全力で戦いたかった。一衛士として。

武も衛士のはしくれであるから、強い者と力比べをしたい気持ちは当然あるのだ。

「模擬戦開始30秒前。全機起動せよ」

網膜投影によって旧市街地の様子が写される。背の高いビルも結構残っているな。
それが吉とでるか凶とでるか。

「α1より各機。事前の作戦通りにいくぞ。一瞬でも気を抜けば死ぬと思え」

『了解』

後はこいつらがどれほどの錬度を見せてくれるか。それは向こうにも言えることだが。

──あぁ、もうめんどくさい。匙は投げられた。ならば……

「模擬戦開始します」

──殺るだけ。

「全機散開」

開始と同時に噴射跳躍によって身近にあったビルの陰に身を潜める。ほぼ同時に、先ほどまで自分たちが居た所をライフルが撃ち抜いていく。

やはりスナイパー、しかし……なんて索敵能力と狙撃能力……ほとんど反則だ。

事前に噴射跳躍を決めておいてよかった、へたすれば今ので全滅もありえた。

「α1より各機。敵前衛の位置は分かるか?」

「α2よりα1。敵2機がD-3、4の位置に、その後ろに新たな敵2機の反応あり」

武はビルの陰より少し機体をはみ出さ、すぐに引き戻す。先ほどはみ出した場所を正確に狙撃されていた。

敵に位置を正確に知られている、しかも凄腕のスナイパー。だが……撃てば相手の位置も分かる。

戦所マップを見ると敵マーカーは隊列を組んで此方に向かってきている。
おそらく俺らをここに釘付けにして各個撃破する作戦。

ならばスナイパーは動かず、常に戦場を見渡せる位置にいるはず。

……おそらくあのひときわ高いビル、あそこならたいして死角もない。
戦場を見渡せるし、先の狙撃の位置からもあっている。

「α1よりα5、6。A-4のでかいビルの屋上めがけてミサイル全部撃ち込んでやれ。当てようなんて思うな。弾幕を張るだけでいい。
α2はミサイル斉射と同時にα1と二機連携で敵前衛に奇襲をかける。α3、4は距離100を保ち、これを支援。
タイミングはα5に合わせる。スピードが命だ。ヘマすんなよ」

『了解』

戦場MAPを見るとずいぶんと敵マーカーが近づいていた。妨害がないのだからそれは当然。
敵が動けないのだから一方的に攻撃できると思っているのだろう。

距離300……そろそろか。

「α5、フォックス1」「α6、フォックス1」

静寂を破る警告宣言と同時に後方に布陣していた不知火から自律制御型多目的ミサイルが大量に発射され、それを合図として残りの4機がビルの陰から踊り出る。
突如として鳴り響く警報。
すかさず噴射跳躍する武の不知火の足元を銃弾が爆ぜる。

──乱れたな。

それは極わずかな違いだろうが、大量のミサイルを避けながらの狙撃なら必ず死角ができてくる。
それに秋桜の腕がいかによかろうが戦術機の性能が追いつかない。それだけ噴射跳躍中の狙撃は難しい。

ならば武でなくとも普通の衛士であっても十二分に避ける事が可能。

だが……二度は効かないだろうな。必ず修正してくる。

なればこそ、一瞬で決めなくてはならない。

α2である速瀬中尉と最大戦速で敵前衛に一気に接近する。
接近に気づいた敵不知火の突撃砲によって弾幕が形成され、相対速度によって感じられるそれは高速で移動してくる銃弾による壁。

だが、武はそれを右の噴射を止める事で機体を急旋回させ、本来ならば無いはずの抜け道を潜り抜ける。
身体にかかる尋常ではないGに胸が苦しくなるが耐えられないものではない。

ちらりと速瀬機を見たが、流石は突撃前衛長。
このような機動はお手のものらしい、武から見ればそれは危なっかしかったが。

相手は肉薄されたこともあってか、装備を74式近接戦闘長刀に切り替えた。

──それでいい。

速瀬中尉より数瞬先にたどり着いた武が長刀で敵の不知火を切りつける為の予備動作を取る。
敵の不知火がそれを受け止めようと長刀を前に構えた瞬間、長刀で斬り付けるというシーケンスを実行したまま噴射跳躍。
前宙の要領で回転を加えて敵の不知火の腕を叩き斬る。

「β1、左腕部破損」

武が敵の不知火の長刀を受け止めるはずだった場所を敵の36mmが十字砲火で撃ち抜く。バックアップも完璧か。

武はそのまま機体を派手にスライディングさせ、摩擦により速度を相殺、止めを刺すべく機体を急速反転させる。

「α3、フォックス3」

片腕を失っても尚武に立ち向かうべく反転した敵の不知火を宗像中尉の36mmが撃ち抜く──ナイスアシスト。

「β1、大破、戦闘不能。α2、左腕部破損。β2、右腕部破損」

状況報告でα2の負傷に気づき速瀬機を見ると、敵の不知火の腕を斬り落とすも、支援射撃によって左腕を失っていた。

──よく状況を見えている奴がいるな。

「α2、下がれ!!」

武は相対していた敵の不知火を落とすべく既に振られていた長刀をその勢いのまま放棄。
遠心力を加えられた長刀はそのまま真っ直ぐに敵の不知火へ向かって飛んでいく。
後方へ速瀬が噴射跳躍するのとほぼ同時に長刀が敵の不知火に刺さる。

「β2、大破、戦闘不能」

その間にも噴射跳躍し残った支援機を潰すために最大戦速で機動をとっていた武だが、戦場MAPを高速移動する戦術機に気づく。

──秋桜め、もう復活しやがったのか。
武は瞬時に担架に装填されていたの長刀を取り出し装備する。

件の敵戦術機はその速度を維持したまま、武に体当たりとも言える突撃を長刀の一撃と共に加えてくる。
長刀こそ受け止めたものの、相手の速度は殺せずに鍔迫り合いのまま後方にぐんぐん押し戻されていく。

モニターには敵の不知火と高速で遠のいていくように見えるビル群が映し出されていた。
ステータスウインドウを横目で見てその速度に驚愕する──時速800km!?
──バカな!?不知火でこんな速度を出せるはずが──いや、搭乗員保護機能をきったのか!?

確かにそれならこれほどの出力をだしていても不思議ではない。
1機の戦術機を抱えて飛んでいるようなものだから、この程度の速度とGで済んでいるのだが。

秋桜の戦術機1機での操縦時の速度とGを想像するとぞっとした。現に今でも胸が苦しい。

後方モニターを見るとすぐそこにはビルがあった。

ぶつける気か。
これほどの速度をもってぶつかればどうなるかなど考えなくともわかる。

「α5、6。α1に張り付いている奴に向けて36mm斉射。ビルにぶつかった瞬間をねらえ」

『α56。了解』

なんとか声を絞り出して指示を飛ばす。

ビルにぶつかれば絶対に隙が出来る。おそらくそれが秋桜を倒す唯一のチャンス。

だが、ただで死んでやる事も無い。

武はビルに衝突する直前に噴射跳躍を最大で使い、上空に飛び上がりぶつかる予定だったビルを足場にする。
端から見ればまるでビルに向かって重力が働いているかのよう。
噴射を最大限に使い速度を相殺しようとするが、暴力的なまでの速度に脚部がビルに沈み、機体の間接部が軋み、肉体が強すぎるGに悲鳴をあげる。

「α5、フォックス3」「α6、フォックス3」

36mmの警告宣言が聞こえる。しかし、モニターには武と全く同じ機動をした秋桜の不知火がいた。
そして武に止めを刺すべく長刀を振るってくる。
ありえない程の速度に慣れたのか、死の前兆によるものか武にはスローモーションのように見えた。

──負けるのか?また、誰も護れないままに?

──冗談じゃない!!

Gに悲鳴を上げる体にムチを打って機体を操作、長刀を受け止める入力をコンマ以下の時間で成し遂げ、秋桜の長刀をビルに足をつけたまま受ける。

身体と機体にかかる慣性力が武と秋桜をビルに留めていた。

──これでいい、秋桜の足は止まった。支援射撃が来るはず。

しかし、目の前の不知火は支援射撃がくるより数瞬早く慣性力による枷を外し、武の後方危険円錐域を取る。

──しまった。

味方誤射を避けるために支援射撃も止まってしまう。

搭乗員保護機能をきった不知火は本来の性能をいかんなく発揮し、圧倒的なまでの機動性を見せ付けていた。

武も機体を急速旋回し迎え討とうとするが、それをあざ笑うかのように秋桜も急速旋回。
再び後方危険円錐域への侵入を許してしまう。

──機動性が違いすぎる!?

武がそれを思ったときには既に秋桜の長刀がコクピットを分断していた。

「α1、大破、戦闘不能」

コクピットに響く涼宮中尉の声。
……戦術機の操縦で誰かに負けるなど何年ぶりだろうか。

──俺も精進が足りないという事か。

「α3よりα全機。これより指揮はα3が執る。α2はF-4まで後退、α4はこれを支援。
α5、6はα3と合流した後にα1を討ち取った敵を」

「なによ──この機動は!?」

追撃された武と機体が破損している速瀬中尉の代わりに宗像が指揮を執ろうとするがその声は麻倉少尉の驚愕によって遮られる事になる。

武を落とした秋桜機は目標を近くにいたα5、6に変更し既に例の超速機動によって突撃砲の弾幕をものともせず間合いを詰めていた。

麻倉少尉の目には相手がいきなり目の前に現れたように感じただろう。
速度による勢いのままに長刀によって分断され、秋桜の長刀が折れる。
暴力的な速度による衝撃に晒された長刀がついに耐久限界に達したのだ。

「α5、大破、戦闘不能」

「なん……だと」

宗像中尉はα5を瞬殺した不知火の機動を目の当たりにし、驚愕していた。

秋桜はそのまま何も装備せずにα6の機体の胴体を掴むと、ビルから自機もろとも急速落下。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

築地少尉の悲鳴と共に重力加速度も利用してα6を半壊したビルに叩きつける。
……トラウマになりはしないかと少し心配する。

「α6、大破、戦闘不能」

その後の流れも似た様なもので、模擬戦はA小隊の全滅という形で幕を降ろした。

第三者的な視点で見て改めて感じた秋桜の機動性。うむ、二度と敵にしないでおこう。



[5197] episode Ⅵ
Name: Anrietta◆f3aee459 ID:de8dbf33
Date: 2009/01/03 19:14
<<白銀 武>>

模擬戦を終えたA-01部隊は場所を第3ブリーフィングルームに移して反省会を開いていた。

武と秋桜は部隊員の前に立っている。一応教官であるからこの立ち居地は間違っていない。
が、教官であるにも関わらず武は早々に秋桜によって撃破されていた事を恥じていた。

皆、武の実力を疑問視しているんだろうと思っていたが、ここに立って気づく。
明らかに模擬戦前と部隊員の自分達を見る目が違う。

一応の実力は認められたという事か。……少しほっとする。

「ではこれより反省会を始める。まず俺が感じた点についてありのままに言わせてもらう」

それは実際に部隊を指揮してみて感じた点、あるいは敵対して感じた点。

「まず両部隊について言える事は、部隊としての錬度はなかなかのものだ。援護射撃も申し分ない。
だがな、単機での戦力についてはまだまだ改善の余地があるように思う」

思い出す。秋桜のあの機動……俺も瞬殺されたんだから偉そうな事は言えないが。

「後ほど、操作ログを見て改善できそうな所をまとめたものを各々に渡す」

武は秋桜に場所を譲る。秋桜が前に立つと部隊員の目の色が変わった。

それはそうだろうな。あんだけの機動と戦闘をこなせば秋桜が普通でない事くらい分かる。

築地少尉にいたっては畏怖していると言っても過言ではないだろう。
直接半壊したビルに叩きつけられたのだから、気持ちはわからんでもないが。

「私もこの模擬戦を通して感じた事は、やはり単機での戦闘能力についてです。
今回の模擬戦で私とまともに戦う事ができたのは白銀大尉だけでした。
そしてその白銀大尉は一瞬と言える間に伊隅大尉と高原少尉を倒しています」

秋桜に指摘され、部隊員が悔しそうな顔をする。
武にも秋桜にもまともに立ち合えた者などいなかったのだから。

自分たちは無力だと言われているようなもの。

再び武が皆の前に立つ。

「それでは今から質問を受け付ける。なんでもいい、答えれるものは総て答えよう」

一番初めに手が上がったのは速瀬中尉だった。発言を許可すると、速瀬中尉はやや興奮気味に問うてきた。

「秋桜少尉、あの機動はなんですか!?あれだけの速度で移動する不知火は見たことがありません」

そりゃそうだろうな。武も世界の戦場を駆け回ったがあれだけの機動をする不知火は初めて見た。

「搭乗員保護機能をきりました。出力不足だったので」

秋桜の言葉を聞いた隊員達は一様に愕然とした。

第1、第2世代の戦術機ならまだしも第3世代である不知火の出力に不満を持つ者はそういない。

また、不満を持ったからといって搭乗員保護機能をきるなどありえない。
シミュレーターといえど、身体にかかるGはそのまま反映されている。下手すれば死ぬ事だってありえるのだ。

秋桜があまりにも平然としているので隊員達は一斉に武を見る。
言われなくても分かる、いったいどういうことかと視線が訴えている……秋桜、面倒な事をしてくれたな。

「秋桜少尉の機動は特別に訓練されたが故に実現できた機動だ。真似しようと思うなよ、確実にぺちゃんこになるから。
また、秋桜少尉が受けた訓練内容については極秘扱いとなっている、この意味が分かるな?」

なにも詮索するなという事。
当然ながら疑問や不満が残ったままだが、それを言われてまだ詮索するほど彼女達は無能じゃない。

「他に質問はないか?」

武が次の質問を促し、それに応えるように手を挙げたのは伊隅大尉だった。

「白銀大尉のあの機動は……いったいどうなっているのですか?斬りつけの動作と噴射跳躍を同時に行ったように見えたのですが」

伊隅大尉の言葉に風間中尉と柏木少尉が頷く。
彼女達も武の機動にやられ、誰もいないところに突撃砲を撃ったのだから疑問は同じなのだろう。

「あぁ、あれは先行入力とキャンセルというものだ。擬似的なものだけどな」

武の言った言葉に隊員が首を傾げる。それそう、この世界にはゲームなんてないのだから。
先行入力やキャンセルなんてものは言葉自体は分かってもそれの意味するものまではわからないだろう。

武は部隊員に先行入力とキャンセルの概念を伝えていく。

先行入力。次に自分がやりたい動作をあらかじめ入力した状態で機体を動かす技術。
武が伊隅大尉に使った「長刀による斬りつけ→噴射跳躍」がスムーズに行えたのもこれのおかげ。
噴射跳躍をいつでも実行できるように入力した状態で長刀による斬りつけを入力、斬りつけシーケンス途中で噴射跳躍の残りの入力を行うというもの。

キャンセル。危険を察知した瞬間にそれまでの動作を終了して、より優先度の高い動作を実行する技術。
伊隅大尉の長刀による応戦がわかったので武は先の先行入力を使い、半ば強引にキャンセルを再現する。
完全なキャンセルではないので斬りつけの実行はそのままだが、空中の姿勢制御技術さえあればそのまま攻撃することも可能。

全く新しい概念に触れた隊員達はその瞳を輝かせていた。早く実行したくてしかたがないらしい。
向上思考の強い人達みたいだな……そうではなくては困るのだが。

「他に質問はないか?」

今度手を挙げたのは風間中尉だった。

「白銀大尉と秋桜少尉の機動は……空中を使うものですが、その場合光線級による撃墜率が上がると思うのですが」

3次元機動を行う際のコスト。光線級がいる戦場では空中に逃げた時点で、それは死を意味している。
風間中尉はそれを言ってるのだろう。

「光線級は決して味方誤射をしない。だから俺と秋桜少尉は光線級と自身の間になにかしらのBETAを挟んで跳躍している。
そこまで気が回らない時は小型種を掴んで飛び上がる。どうしようも無い時は比較的安全な高度まで飛び上がるな。
まぁ、比較的安全って事だから絶対に照射されないとは言えないがな」

前回の世界で武は確かに光線級による洗礼を受けた事があったのだ。
コクピットの中をうるさい程に鳴り響く警報の中あの時は死を覚悟した、しかしながらも生きたいという本能が武に姿勢制御の入力を行わせていた。
その結果、機体の右腕と左足を失いながらも何とか生き残ることができたのだ。

もう二度とあんな思いはしたくない。
それから武はシミュレーターでではあるが、どの程度の高度までなら比較的安全でどの程度からは危険になるのかを検証した事がある。
その絶妙な按配を掴むのにはかなりの時間を要したが、それだけの価値はあったように思う。

他の者達から言わせれば光線級の洗礼を受けていながら尚、3次元機動を行おうとする武は異常者でしかないとのこと。
もちろんその高度が絶対安全とは言えない、当然ながら照射される可能性もある。

だが、それからの実践で武は徹底的に光線級の位置に気を配り、噴射するときは小型種を掴んだ。
それでもどうしても噴射して回避しなければならないときに先の高度内での噴射を行った。

それが良かったのだろうか、武はそれから光線級の洗礼を受ける事はなかった。

「俺が安全と判断した高度で今まで照射された事はない。だが、それが偶然によるものなのか必然によるものかは俺には分からん。
そういう意味で比較的安全だ、当然リスクは高くなるぞ。やるかやらないかは貴様らに」

『やります』

予想していたのは辞退する者達。だが、彼女達の答えは違っていた。
武の言葉を全面的に信頼しているのか、単に模擬戦で負けた事が悔しいのか。

「伊隅大尉……この部隊は命知らずばかりか?」

「恥ずかしながら、我が部隊員に命知らずはいないな。無謀な策ならいかに大尉の提案であっても退けるはず。
それが皆賛成というのはやはり、有用だと判断したからでしょう」

なるほど、確かにそうだ。だが、武の言った事を全面的に信頼しているのは間違いない。
ずいぶんと好かれているものだな。

「分かった。ならA-01全員には俺が掴んだ比較的安全と思える高度を覚えてもらい、3次元機動を行ってもらう。
3次元機動については俺と秋桜少尉の操作ログを参照して、自分なりにアレンジしてみてくれ。
もちろん先行入力とキャンセルも覚えてもらうぞ、その為に俺達が来たと言っても過言ではない。
ちなみに今から配布する操作ログは今朝行われた演習のものだ。映像データも同梱しているから各自見ておくように」

秋桜に操作ログを配布させる。……今日のところはこのくらいか。

「では、後ほど伊隅大尉は俺の部屋まで各員の操作ログを持ってきてくれないか?」

「あぁ、分かった」

それを最後に後のことを伊隅大尉に任せる。とりあえず夕呼先生のところに行かなければならないだろう。
新OSの話もあるし、一応は今日の事を報告しておかなければならないだろう。

………

……



「しかし、秋桜。搭乗員保護機能をきるってお前正気かよ、っていうか身体大丈夫か?」

武は本気で秋桜の事を心配していた。いかに彼女が兵器であろうが戦術機でさえかなりの負荷がかかったはずだ。
実際に秋桜の操縦した不知火はデータ上ではほぼスクラップと化していた。

特にひどかったのは全間接部分、および噴射ユニット。
本来の不知火の性能ではあるが、それは想定されていない出力なのだ。機体のほうが耐えられなくなっていた。

「えぇ、私の身体は丈夫ですから」

「戦術機より頑丈なのを人は丈夫とは言わん」

まぁいいけどさ……最初の出会いから秋桜にはずっと驚かされてきたから最近なんだか慣れてきた。

そんな小言を言っているうちに夕呼先生の部屋まで来ていた。
ドアを開けると夕呼先生はなにやら端末をいじりながら、忙しそうにしている。

オルタネィティブ4……余裕が出てきたといっても、やることはいろいろあるらしい。

「あぁ、来たの?それじゃ、ちゃっちゃと始めましょ」

夕呼先生は端末から目を離すと俺達に向き直った。
武は一応の報告として霞を訓練部隊に会わせた事と、A-01部隊の訓練の一環として模擬戦を行った事を報告した。

「やっぱりね、搭乗者保護機能をきれば機体の方が持たないか」

夕呼先生は秋桜の操作ログと終了時の機体ステータスを見ながら言ってきた。
やはり先生の入れ知恵だったのか……まぁ、だいたいの想像はついてたけど。

「それで、秋桜からあった戦術機の要望ってのはどんなのだったんですか?」

「あぁ、KOS-MOSが言ってきたのはOSっていうよりはハード、つまり戦術機としての要望が多かったけどね。
OSとして関係がありそうなのは処理機能の向上、マルチロック機能、操作の完全自由化の追加くらいね」

処理機能の向上。これはまぁ、秋桜ほどの衛士が操縦するのなら大問題だろうな。
なんせ自分のスペックに戦術機のスペックが追いついていないんじゃ話しにならないだろうし。

「マルチロック機能ですか?」

これは今までになかった概念かもしれない。

「マルチロック機能。通常戦術機は同時に一つのものしかロックオンできないそうね。
だけど戦術機は同時に二丁の突撃砲を撃つ事ができるわよね?それでそれぞれ違う相手を撃てたのなら隙が最小限になるでしょ。
それで、白銀はこの機能についてどう思うわけ?」

ようするに極端に言えば今朝の秋桜の狙撃の様な事ができるということか。
確かに使いこなすのは難しそうだが……。

「確かに隙はなくなりますね。多方面同時攻撃は多数を相手にするのには効率がいいでしょう。
使いこなすのは難しそうですが、逆に言えば使いこなせさえすればこれ以上ない武器になります」

「まぁマルチロックといっても突撃砲で使うなら最大2なんだから、普通の衛士でも充分に扱えるでしょう」

あぁ、そうか。マルチロックっていうから多数ロックオンするのかと思ったが突撃砲なら確かに同時に2つロックオンできれば充分だからな。

「なるほど、確かにそれなら柔軟な対応ができます」

死亡率も下がってくるだろう。

「じゃ、次に操作の完全自由化。戦術機って倒れたりすると勝手に受身を取るようになってるでしょう?
それをなくせって言うのよ。あと姿勢制御も戦闘時間中は自分でやったほうがいいって」

「それは俺もずっと思っていました。あの硬直時間ははっきり言って無駄です。
戦闘中の姿勢制御もある程度慣れれば各自で行えるレベルですし、自由にしたほうが機動に個性が出てきます」

まぁ武はその硬直時間をむりやりになくしたり、姿勢制御もほとんど自分で行っているようなものだったが。
しかし、OSに操作の完全自由化があればもっとやりやすくなるはずだ。

自分が散々追い求めてきたバルジャーノンの機動も再現できるかもしれない。

「そ、分かったわ。それで、白銀自身はOSについて何か思う事は無いの?長い間衛士やってたんでしょ?」

「先行入力とキャンセルとコンボという概念を取り入れる事はできませんか?」

「なにそれ?」

武は先と同じように先行入力とキャンセルとコンボについて説明した。

コンボについては夕呼先生に初めて説明したが、「要するに動作のパターン化でしょ?」と言われた。
多分あっていると思う。

「KOS-MOS。さっきの概念についてどう思う?」

「非常に理にかなっていると思います。先ほどの概念が実装されれば戦術機の機動性が擬似的に向上すると思います」

先行入力やコンボはいわゆる入力にかかる時間を短縮するためのものだから機動性が上がる。
キャンセルも回避能力を高めるものだから機動性が上がる。

……こうやって考えてみると確かにすごいことかもしれない。

「なるほどねぇ……いいわ、創ってあげる、そのOS。面白そうだし、いろいろと使えそうだし」

そう言うと夕呼先生は再び端末のようなものをものすごい速さで操作しはじめた。

「できるんですか!?」

正直無理なのではないかと思っていた。
武が抱いている疑問、特に操作の完全自由化などの不満は他の衛士も持っているはず。
だが、それでも実現しないのは当然問題があるからだと思っていた。

「私は天才よ?できるにきまってるじゃない」

前回の世界でも言っておけば良かったと後悔する。そうすれば少しは未来が変わっていたのではないかと。

──やめよう。

今すべき事はこの世界を救う事、きっとそれが前回の世界で散って逝った者たちへの追悼となる。

「それで、秋桜が要求した戦術機のスペックっていうのはどうするつもりですか?
搭乗員保護機能をきってもいいですけど一回出撃してスクラップじゃあまりに効率が悪いように思うんですが」

「あぁ、ちょっと前にお蔵入りになったやつをいじるつもりよ。頑丈だから壊れないはず」

そんな物あったっけ?武が今まで乗った機体で一番機動性が良かったのは武御雷だが……。
どうやらそれではないようだ。

「詳細を聞いてもいいですか?」

「ダメよ。今はまだ……ね」

知る必要がないということ。詳細を聞いたところで武には扱えない機体なのだから別にいいのだが。
しかし、自分は実は何も知らされていない事を自覚する。

このままではいい様に利用されるだけ、武にだって自尊心はある。いつまでもいい様に扱える奴でいたくない。
ならば……

「副指令。今回のOS、実用化された際に少しばかり褒美が欲しいのですが」

夕呼先生の目が細くなる。こと交渉ごとに関しては遠く及ばない事を自覚しているが、言ってみるだけならタダだろう。

「一応、聞こうかしら」

「武御雷を一機調達して欲しいのですが……」

武の愛機ともいえるそれ。不知火でも充分な性能があるが、長年付き合ってきた愛機だ。
やはりそれの方が武の力を100%引き出してくれる。

「あんた、その言葉の意味分かってるの?」

武御雷。帝国の将軍家とそれを守護する斯衛軍が乗る機体。
それを帝国軍人ならまだしも米国と繋がりが深いとされている国連軍に譲渡しろ等と、普通ならありえない。

「それだけの価値はあると思います」

「帝国が新OSにそれだけの価値を見出すという意味よね、それは?」

価値はある、そう断言できる。だが、帝国にそれを認めさせるにはどうしてもデモンストレーションが必要になる。
どうすべきか……。

「そうですね、てっとり早く認めさせるには新OSを積んだ機体で俺と秋桜で斯衛軍の何人かと模擬戦を行えばすむ話だと思います」

「勝てると思ってるの?」

「負けると思ってるんですか?」

帝国斯衛軍。確かに接近戦に持ち込まれれば勝負は危うくなるだろう。だが、秋桜の超機動と武の本来の変則機動ならまず負けることはない。

夕呼先生は「ニヤリ」といった笑いを浮かべる……なにか思いついたんだろうな。

「自信たっぷりって顔ね。そうね、それだけじゃ見合わないからついでに不知火二型もA-01の隊員分寄こさせましょう」

不知火二型か、確か前回の世界ではユウヤが使っていた機体だな。確かに通常の不知火に比べて機体性能は雲泥の差であった。
あれが部隊分も搬入されれば、それだけでかなりの戦力になる。

「なんだ、最初からそのつもりだったんじゃないですか」

結局、自分は夕呼先生の手の内だったということか。

「でも、失敗は許されないわよ。この意味が分かるわね?」

オルタネィティブ5推進派。現状の夕呼先生と対立していると言っていい集団。彼らはどんな些細なミスであれ、それを取り上げて非難してくるだろう。

新OSを開発したと言っておいて「全然使えませんでした」じゃ話にならない。故に失敗は許されない。

「十二分に承知していますよ、博士の不利になるような事は致しません」

「そ、ならいいわ。新OSだけどテスト版を明日の夜までには仕上げるから。A-01部隊と共に慣熟訓練を行いなさい。
それから微調整をして、そうね……明後日には完成かしら」

武は夕呼先生の言葉をすぐには理解できないでいた。新OSといっても創るには一ヶ月はかかるだろうと思っていたからだ。
それをたった2日で仕上げるというのか。

「できるんですか?」

「私は天才よ。それにKOS-MOSもいるしね」

天才というものは凄いんだなぁ、と小学生並の感想を抱いた武であった。

というのも正直、メカニックには詳しくないからそれが具体的にどれほど凄い事なのかはわからない。

「それじゃ、今日はもう解散していいわ。KOS-MOSは明日の朝から私の手伝い、白銀は訓練の教官……って言われなくても分かってるか」

『了解』

それを最後に今日のところは解散となった。

………

……



夕呼先生との会合を終えた武は秋桜に先に部屋に帰っている様に言うと、霞と一緒にグラウンドに来ていた。

夕刻、霞の体力不足を心配した武が夜に一緒にトレーニングしようと言っていたのだ。
霞も体力の無さは自覚しているらしく、二つ返事で承諾してくれた。

現在の霞は国連軍の制服ではなく、訓練用つなぎの様な服を着ていた。
髪留めであるから、うさ耳はつけたままだが……あまり似合わないな。

そう思うと霞は少し落ち込んでいた。しまった……思考駄々漏れしてるんだった。

なんかこれ、夕方もやった気がする。

「よし、んじゃ軽くグラウンドを走るぞ。俺は霞にあわせて走るから」

「はい」

そしてグラウンドを5週くらいした頃から霞の息が上がり始める。
この速度と距離から言って……ふむ、思っていたほど酷くは無いな。

ただ、訓練を受けてきた207B訓練部隊の彼女達と比べるとやはり少し劣っているようだが。

「霞は訓練を受けた事があるのか?」

「はい……一応、第3計画の時に少し……ですが、本格的なものではなかったので……」

なるほど、本来の目的通りなら霞を戦術機に載せてBETAからのリーディングを行うのだから多少の訓練は行っているはずか。

「ん……あれは……冥夜か」

グラウンドに新たな人影が見えたので警戒したが、それは見知った者だった。

正直、武がこうして霞の隣を走っているのは何も霞の為だけではない。
一応霞も重要な機密を握っているので夜に出かけるとなれば護衛をつけなければならない、つまりは護衛の任も兼ねているのだ。

武と霞に気づいたのか冥夜はこちらへ近づいてきた。武と霞はトレーニングを一時中断して冥夜が来るのを待った。
前回の会合のもあってか斯衛の気配はあるが、武に攻撃する気は無い様である。
今は皆琉神威を持っていないから安心する。今斬りつけられたら確実に死ぬ。

「これは……大尉殿。それに、社ではないか」

冥夜は武に敬礼をしてきた。階級を考えれば当然なのだが、やはりそれは武の望むものではない。
しかし答えない訳にもいかないので武も一応の答礼をする。

「冥夜、今は訓練中ではないからそのように振舞う必要はない。他の者がいないときは敬礼もいらない」

敬礼をいらないと言われたせいか、冥夜は動揺しているようだった。

「冥……夜ですか?」

──しまった、俺さっき下の名前で呼んだのか!?

あまりにも自然に出てきたので違和感すらなかった。訓練中ではないとはいえ、気が緩みすぎだ。

………

……



<<御剣 冥夜>>

「あ……う……その……頼む、普段の時は冥夜と呼ばせてくれないか?それと、敬語もやめてくれないか?」

白銀大尉は手をあわせてお願いしてきた。

冥夜はいきなりの事で動揺してた。目の前にいる自分とそう歳の変わらない大尉が冥夜を下の名前で呼びたいと言ってきたのだから。
それもそう、同じ訓練部隊の皆とさえ最初は見えない壁のような物があった。

それは決して見えない、けれど変わらずにそこにあり続ける壁。
今でこそ、207B訓練部隊はお互いに遠慮もなくなってきたと言ってもいい状況にある。

だが、部隊結成当時はお互いの背景というものが何となく分かっていたから、それこそお互いに気を使っていたものだ。
下の名前で呼ぶなどもっての外、話すときも常に敬語だった。

それは決して見えない、けれど変わらずにそこにあり続ける壁。
207B訓練部隊が長い時間をかけてようやく崩れ始めたその壁を、目の前の男は会って2日で破壊しようというのか。

「実は……榊の事は委員長、珠瀬の事はタマ、鎧衣の事は美琴、彩峰は……彩峰か。とにかくそう呼びたいんだがいいか?」

委員長?タマ?美琴は下の名前だが……彩峰は苗字のまま。夕方の事を気にしておられるのだろうか?
確かにあれほどの不敬を働けば印象は悪くなるであろうな。

「はぁ……他の者達の事は私の一存ではなんとも」

それはそう。他の者達の事を冥夜の一存で決める事などできない。

「なら、冥……御剣はいいのか?」

……この者の中では既に自分は冥夜なのだろうな。

「私は別にかまいませんが」

「本当か!?」

冥夜が名を呼ぶのを許可すると、白銀大尉は少年のように……いや、この者は私達と同い年であるから確かに少年なのだが。
普段からは想像も出来ないほどの笑顔を見せていた。

冥夜にこのような笑顔を向けてくれる者など今まで居ただろうか?

『冥夜』とは読んで字のごとく影に生きる者。あのお方の様には生きられない。
冥夜は余分でしかなかったのだ、しかしながら中途半端に尊厳というものを求められる。

影に成りきる事すらできずに陽の元に出る事もない。中途半端な尊厳のせいで皆は冥夜に気を使う。
向けられる笑顔は総て仮面。作り物。本当の笑顔を向けてくれたのは両親とあのお方と……最近では訓練部隊の皆くらいではないだろうか。

白銀大尉も日本人なら冥夜の背景など考えなくても分かるだろう。

──それでも尚、私を冥夜と呼びたいと言い、敬語を使わず、このような笑顔を向けてくれるというのか。

「あぁ、俺の事は武って呼んでくれ。さすがに訓練中は無理だけどな、仲良くしようぜ」

武はそういうと、また例の笑顔を向けてくれていた。

「武……」

「まぁ、慣れるまでの辛抱だ。ん?あぁ、霞の事忘れてる訳じゃないぞ。冥夜、少し走らないか?霞とトレーニングしている途中でな」

見ると、社が武の服の袖を引っ張っていた。一人だけ会話に入れないのが面白くなかったのかもしれない。

それから夜のグラウンドを武と社と走る。何故か今日は心臓を打つ速度が少し速い気がした。

「冥夜はいつもここで走ってんのか?」

「自主訓練で、一応日課にしていま……している」

いきなり敬語をやめろといわれても上官という印象が強かったせいか、やはり直ぐには実行できない。

「そっか、霞も今日から一応日課だよな?」

「はい……皆さんに、迷惑を、かけるわけには、いかないので……」

社は苦しそうではあるが、きちんと冥夜のスピードについてこれていた。
これなら訓練でもさほど苦労しないかもしれない。昨日、訓練部隊に入ると言ったときにはどうなることかと思ったが。

そうか、社も頑張っているのか。という事は武は社の自主訓練まで見ているという事なのだろうか?

いや、おそらく任務に関わる事なのだろうな。私が口を挟む事ではない。

「冥夜……お前には、護りたいものがあるか?」

そう問うてきた武の目は実に真剣なものだった。ならば真剣に答えなければならないだろう。

「……この星……この国の民……そして日本という国だ」

将軍家ゆかりの者だからかもしれないが、やはり日本という国に人一倍愛着を持っているのだ。
そう、そして日本を護る。その為には一刻も早く衛士にならなければならない。

「そうか……やっぱ冥夜は変わらないな」

そう言う武の目は、どこか遠くを見ているようで何故か儚く感じた。
──冥夜は変わらないとはどういう意味なのだろうか?

「私が変わらない?」

「あぁ、お前らしいって意味だよ。気にすんな」

武はそう言って笑っていたが、その笑顔はどこか悲壮感を持っていた。

「武、そなたの護りたいものとはなんだ?」

「俺は……たくさん失ってしまった、一緒に戦った戦友、愛している人、護ると決めた人。護れなかったんだ、俺は。
でも……失ってしまったけど俺はまた、戦友を作って、愛する人を作って、護るべき人を見出して、護りたい。
その人達とただただ笑って過ごせる未来が欲しい。だから、俺は……結局、自分の身近な人を護りたいんだと思う」

そう語る武はやはり遠くを見ていた。武は、この年齢でどれだけの地獄を見てきたというのか。
私には想像することすら叶わない。

「そなたは強いな……何度となく絶望を見てきたのだろう?なのに、何故明日を見据える事ができるのだ?」

「俺が、これから護りたいものを護っていく事が散って逝った奴へのせめてもの追悼になると思ってな。
また失うのは怖い。だが、だからといって何もしないのは、あいつらへの侮辱だ。だから俺は、戦って護り抜く。
……そう決めたんだ」

武の目には確かな決意が見て取れた。覚悟と言ってもいい。……私にあのような覚悟があるだろうか。
これが、戦場を知る者と知らない者の差というやつか。

「社は、護りたいものはあるのか?」

「私は……私にもできる事があって……それが皆を護る事になって……それをしたくて……うまく言えません」

「……よい。そなたの気持ちは伝わった」

それからしばらくして武と社と別れた。今夜の自主訓練は実りのあるものだったように思えた。



[5197] episode Ⅶ
Name: Anrietta◆f3aee459 ID:de8dbf33
Date: 2009/01/03 19:13
2001年10月24日 自室

<<白銀 武>>

──ユサユサ

布団を揺さぶる振動で深い眠りから意識が引き戻される。

「……ん~……霞……?」

覚醒していない意識のまま目を開けるとそこにはうさ耳をつけた霞がいた。
あぁ、起こしに来てくれたのか……いかんな、いつもなら既に起きている時間の筈なのに。

ここに来て若干ではあるが緩んでしまっている。
こう言っては何だが、やはり今の人類には余裕というものがある──いや、油断というものがある。

危機的な状況にありながら、最後には人類が勝つと信じきっているのだ。
そんな根拠のない自信が確かにあるのだ。武もその雰囲気に少しながら感化されていた事は否めない。

起き上がり気合を入れる為に両の手で頬を叩こうとすると、何故か両の手が拘束されていた。

あぁ、そうだ縛ったまんまだった。隣のベッドを見ると秋桜は既に起きて夕呼先生の所へいっているようだった。
秋桜は実際に眠りはしないが、スリープモードという省エネモードに入るらしい。
パソコンでもつけっぱなしだと調子が悪くなるのと同じで、定期的に休ませているのだという。難しい事はわからん。

武はというと、自分の部屋であるにも関わらず床に布団を敷いて寝ていた。
まぁこのやり取りについてはいろいろあったが、武が秋桜と一緒にベッドに入る事を拒んだのだ。

身体と理性がもたん。現に今もこうして自身を束縛しているのだから。だが……

「霞、頼むからその純粋な目で俺を見ないでくれ」

そんな目で見られたらものすごくいたたまれない気持ちになる。
自身で拘束を解きながら言う。この作業もずいぶんと慣れたものだ……嬉しい事ではないが。

「起こしていたんですね……」

ん……あぁ、前回の世界での話か。確かに霞には世話になったな。
そう思うと霞はフルフルと首を横に振っていた。──何が違うというのか?

「あぁ、そうだ霞。一緒にPXに行かないか?訓練部隊と早く打ち解けたいだろう?」

「はい……」

何故か元気のない霞だったが、承諾してくれた。
武自身も彼女達には用事があったからちょうど良かった。

………

……



しばらくしてから霞と共にPXへ来ると207B訓練部隊の面々がいた。
食事を持って彼女達の前に座る……前回の世界では武の定位置だった場所だ。

皆一様に驚いている様だ。彩峰は不快な顔をしていたが。

「け、敬礼!!」

委員長の号令で皆が敬礼をし、武も一応の答礼をする。
──やっぱ前回のようにはいかないよな。今の武には階級というものがある。

それがやはり彼女達との間に壁をつくっているのだ。

「いきなり驚かせて済まないな。あぁ、あと今は訓練中ではないから敬語はいらない」

「はぁ……ですが」

「かまわないと言っている」

そうは言っても動揺は隠せない。冥夜に限っては昨日の事もあったのでいつも通りだったが。

「それで、なにか用?」

そう言って突っかかって来たのはやはり彩峰だった。まぁ用があるからここにいるんだが。

「訓練のことを知らせにな、急な事で申し訳ないが本日の訓練は射撃訓練と剣術訓練を行う。
訳あって俺はお前達を早急に衛士にするように言いつけられている。であるから、カリキュラムも大幅な変更となる。
それと……鎧衣が復帰しだい総合戦闘技術評価演習を執り行う。これは既に決定事項であるから変更はきかない。
これに伴い、座学についてはお前達はもう十二分に習っている事だろうから、大幅に省かれる。足りない知識は各自で補え」

そう告げたとたんに彼女達の顔色が変わる、それは焦りにも似た感情。

「そんな!!社は今日から入隊なんです!!それに鎧衣だって病み上がりでいきなりなんて、いくらなんでも早すぎます!!」

委員長が怒鳴るようにして言ってきた。敬語はいらないと言っているのに……まぁ委員長は前からお堅い奴だったな。

確かにその不安が武に無かった訳ではない、だが霞は既に第3計画である程度の訓練は受けているという。

前回の武など、ほとんど一般人の状態で総合戦闘技術評価演習に臨み、確かに危ない橋を渡るときもあったが結果的に合格できたのだ。
社が加わる事で劇的に歴史が変わるとは思えない。

1ヶ月間、霞を訓練してもいい。向上する技術も確かにある、だがそれで霞の身体能力が飛躍的に良くなるとは思えない。

そして、1日でも早く衛士にした方が彼女達は生き残る。これは武が前回の世界で感じたこと。
座学で培った知識などBETAの前では役に立たない、役に立ったのは近接戦闘や射撃や剣術訓練。

そしてなによりシミュレーターで得た経験。

こう言ってはなんだが霞1人の為にその時間を削るのはとても惜しいと思ったのだ。

──もちろん霞には合格した後も『補習』を行うが。

鎧衣はその能力を考えれば病み上がりでも問題ないだろう。

後は……委員長と彩峰の問題をクリアしておけば問題ない──これが一番大変なんだが。

「では聞こう……いつならばちょうど良くて、いつならば早すぎるのだ?
貴様らは既に一度、総合戦闘技術評価演習に落ちているな?同期のはずのA分隊は既に正規の軍人として働いているぞ。
分かりやすく言ってやろう。貴様らは既に『遅すぎる』んだ」

武がそう言った瞬間に彼女達は息を呑んだ。そして悔しそうな顔を見せる。
……やはり、こいつらは心のどこかで余裕や油断というものがある。

「悔しければ総合戦闘技術評価演習で俺を見返す事だな、泣き言を言ってる暇などないぞ」

「何にも知らないくせに……」

彩峰がはき捨てるように呟いた言葉。お前らの事は良く知ってるっての。

「彩峰、俺がお前達の背景を気遣い、心のケアまでしてやらなくてはお前達は衛士になれないのか?
はっきり言ってやろう。そんな衛士はいらん、戦場に出てもすぐに死ぬ、戦術機の無駄遣いだ。
いいじゃないか、お前達には帰る場所があるんだから、無理して犬死にする衛士にならなくてもな」

武の言葉を聞いて返ってきたのははっきりとした怒りの感情──冥夜だけは戸惑っているようだが。
また心が痛む、非情になりきるには武の性格は難儀なものだった。

「それでも護りたいものがあるのなら、衛士になりたいのなら。総合戦闘技術評価演習……合格してみせろ。
俺を失望させてくれるなよ」

最後に吐き出したのは武の甘さだろうか──まだまだ精進が足りないな。

武はさっさと食事を終わらせると、霞をそこに残していった。

霞もついて来ようとしていたが、「来るな」と強く念じる事でそこにとどめておいた。
霞は早く打ち解けたほうがいい。武にはもうかなわないかもしれないが。

………

……



<<神宮司 まりも>>

社訓練兵の入隊式を終えて207B訓練部隊は現在、射撃訓練を行っている。

カリキュラムの大幅な変更を行ったらしい、また総合戦闘技術評価演習を鎧衣訓練兵の退院と同時に行うとも言ってきた。
訓練前に白銀大尉が

「事後通達で申し訳ない。だが、俺も任務があるのだ。理解して欲しい」

と謝ってきた。

どうも白銀大尉は腰が低すぎる、というより簡単に謝りすぎる。
上官らしくない振る舞いについて言及したところ、どうも私が白銀大尉の恩師にそっくりらしく頭があがらないらしい。

「射撃止め、分隊集合!!」

不意に響く白銀大尉の声、一体何だろうか?訓練終了には早すぎる。

「分隊集合しました」

分隊長である榊が集合の完了を告げる。

「貴様らは何の為に訓練しているか考えた事があるか?」

「はい、衛士となって戦術機を駆り、BETAを倒すためです」

榊が分隊を代表して答える。
その答えに白銀大尉は頷いていたが、どうにも話が見えてこなかった。

「構えてから撃つまでが早すぎる。訓練の為の訓練をしている様なものだ、戦術機にはロックオン機能がある。
そして戦場では戦術機は常に動き続けるものだ、それ故にすぐ撃ってしまっては遮蔽物によって邪魔される事もあるだろう。
だから一呼吸おくつもりで撃ってみろ、的確な状況判断をする余裕が生まれ、結果的に無駄弾が少なくなる」

なるほど、確かにその通りだ。

ここに来て、まりもがその事に気づけなかった事に気づく。まりも自身、訓練に慣れていたこともあったのかもしれない。
やはり、白銀大尉が有能な人物であることは間違っていないようだ。

「では、今言った事を訓練に反映するように。社訓練兵、貴様はもう少し基礎を作ったほうがいい。
神宮司軍曹、社訓練兵の射撃訓練を見てやってくれ。それでは訓練再開だ」

社訓練兵か、昨日入隊すると言ったときはどうなることかと思ったが、全く出来ない訳ではないらしい。
それでも他の者と比べるとやはり遅れているが、白銀大尉は状況も良く見えているようだ。

──私が杞憂することなど何もないのかもしれんな。

………

……



<<白銀 武>>

午前の訓練を終えて今は午後の訓練。
射撃訓練ではタマの狙撃能力も見れた、狙撃能力が健在であったので安心していたところだ。
で、今行っているのは剣術訓練なんだが……

危惧していた事が現実となったな

「……なん……ですって」

呟いたのは委員長。そしてその委員長に一撃もいれさせずに倒したのは他ならぬ霞であった。
リーディングで相手の考えている事が分かるんだから攻撃も読めるんだろうな。

さすがに冥夜や彩峰ほどの使い手となればその速度と力で凌駕できるだろうが、委員長はそのレベルではない。
しかし、まずい……非常にまずい。

軍に入れば人を殺す事もある、それは武自身が経験している。

……それも一度や二度ではなかった……

もしリーディングを行った状態で人間と敵対すれば、今の霞であれば間違いなく死ぬ。

彼女達に人殺しの罪を着せたくはない。だが、この世界でそれは逃れられない。

──手を汚さずには生きていけない。

ならばせめて人を殺す覚悟を、彼女達が迷ってしまわぬように、死んでしまわぬように。

総ての罪は俺が受けよう。神がいるとしたら、俺に罪と罰を与えればいい。

それで彼女達が生きられるというのなら贖いの時は笑って迎えてやる。

──引き金の引き方を教えよう。

「社訓練兵……俺と訓練だ」

武の言った言葉に皆が息を呑んだ。
その身に常に帯刀していることから、武が剣術の使い手であることは容易に想像できる。

それが目の前にいる霞と斬りあうなど、勝負は最初から見えている。
感じるのは疑問の視線、まりもからもその視線はあった。

だが、やめる訳にはいかない。

「はい……」

霞が模擬刀を構える。おそらくリーディングしてくるだろう。

武の心がまた痛む。できればしたくない、でも霞を死なせたくないならやるべき。

それはほんの数瞬の葛藤。

軍人である『白銀大尉』と自身である『白銀武』との衝突。

この世界にきて殺したはずの『白銀武』が生き返ってきている。

それが良い事なのか悪い事なのかは分からない、だが今この時だけは──死んでいてくれ。

武は模擬刀を構え、殺気を放つ。
それは、既に人を殺してしまった武が纏う本物の殺気、紅蓮大将との苛烈な修行で洗礼された鋭利すぎる殺気。

………

……



<<社 霞>>

「──ッ!?」

息を呑んだのは何も霞だけではない。訓練部隊の皆が、神宮司軍曹でさえも、恐怖しただろう。

──殺される。

そう思ったのだ。自然に、まるでそれが当たり前の事のように。

リーディングしていた霞にとって、それは強すぎた。
色で表すなら完全なる漆黒。そんな感情がただ自分にむけられているのだ。

数瞬前までの武からは暖かい色が見えていた。
なのに今、その色は漆黒に余すことなく塗りつぶされてしまっているのだ。

今まで霞にそのような感情を向けて来る者など居なかった。今まで自分は庇護されてきたのだから。
興味や関心を誘う事はあった、気持ち悪がられる事もあった。

──でも、殺意を向けられる事はなかった。

先の榊との戦闘でもあったのは闘志だけ。
それもそう、訓練で殺気などむけるはずがない。

──殺される?私が?

「いや……いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

嫌だ、死にたくない、生きていたい。だって私には『何も』無い。記憶も親も友達も。あるのは彼女の記憶だけ。
私はまだ何も得ていない──私はまだ生きていない。

気がついた時には腹を凄まじいまでの衝撃が襲っていた。体が宙に浮いて、数メートル飛ばされる。
蹴られたというのか、あの暖かい色を持っていた武に!?──そんな事があるはずがない。

「何が嫌なんだ社訓練兵?俺と敵対する事か?自分が痛めつけられる事か?俺を傷つける事か?この殺意か?」

地面に強かに打ち付けられ、武を見上げる。何故こんな事をするのか?これは訓練ではないのか?
しかし、見上げた武の目は冷え切っていた。

──自分を切り捨てて、残るものは何ですか?

かつて自分が武に問いかけた言葉、これがその答えだというのか。
こんな冷たいものが武の中にあったのか。

目の前の武は霞に追い討ちをかけるべく模擬刀を払う。
リーディングした状態でなければ受けられない一撃をもろに食らってしまい、叩きつけられた右腕が焼ける様に痛む。

「あぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁぁ!!」

「俺と敵対する事が無いと思っているのか?自分は傷つけられないと信じているのか?自らの手を汚さずに済むと思っているのか?
敵対していながら殺意を向けられる事が無いと思っているのか?」

──殺される。

霞は恐怖を生きたいという本能で押さえ込み再びリーディングを開始する。現れたのは漆黒。だが、わかる。──頭!?

間一髪のタイミングで霞は頭上に振り下ろされていた模擬刀を受けた。──当っていたら冗談では済まない。

──殺される。

「社訓練兵。『軍とはそういうところだ』自らの手を汚す事を迷うな、迷えばそこに待つのは自らの死か仲間の死だけだ。
選べ、社訓練兵。貴様が選ぶ事ができるのは己の死か俺の死かのどちらかだ」

嫌だ、傷つけたくない、殺したくない、死にたくない、生きていたい、私は、私は……

今度は──突き。あぁ、私を殺す気だ──嫌だ、死にたくない──私はまだ、生きていない!!

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

それは霞がこの世界で始めて自分の感情を爆発させた瞬間だった。

武が突きを放った瞬間に霞は身体を半回転させ、遠心力の乗った模擬刀を武の腹へ力の限りに叩きつけていた。
誰かを本気で殺そうとするなど、初めてのことであった。

「っ──」

模擬刀であっても確かに刃はある。遠心力によって増強されたその一撃は確かに武の身を引き裂いていた。
といってもやはりそこは訓練用に調整された模擬刀の一撃で、大事には至っていないが。

「寄るな、社訓練兵!!」

思わず駆け寄ろうとした霞を武が制止する。

「貴様は俺を殺した。殺した敵に情けをかけるな、それは敵に対しての侮辱だ──よく、選んだな」

武は元の暖かい色を取り戻していた。

私は、本当の意味で決心していなかった。従軍するという事は、人を殺す事もある。
人と敵対したとき、リーディングを行えばそこにあるのは殺意だろう。

私はそこまで考えていなかった。リーディングは自分の武器だと、感覚のひとつだと。
敵対して殺意を向けられないはずがない。

もし今のが本当の殺し合いだったなら、霞は最初の一撃で死んでいた。

武は、それを身をもって教えてくれた。

霞は泣いた。理由など分からない、悲しいわけじゃない、嬉しいわけじゃない、いろいろな感情。
私の中にも……こんなに感情があったのかとびっくりする。

寄るなと言われたけど、霞は武に抱きついて泣いてしまった。
払われるかもしれないと思ったけれど、武はガシガシと霞の頭を撫でてくれた。

それが嬉しくて、また泣いた。

………

……



<<白銀 武>>

霞との死闘を終えた武は、急に泣き出した霞に狼狽していた。

それはそう、強かに何度も叩きつけられて殺されそうになったのだから泣くのはある意味で当たり前だろうと思った。
だが、それなら武に抱きつく意味が分からない。ますます混乱していた。

しかし、武の中にいろいろな感情が流れ込んで来たのが分かった──霞の力なのか?
それは、ぐちゃぐちゃだったけれど、暖かいものだった──霞の、心?

どうやら、武の想いは確かに霞に届いたようだ。
任務中であるのだから本来ならば払いのけるべきだろうが、武は霞の頭を撫でていた。

それは傷つけてしまった事への罪滅ぼしかもしれない、自分の甘さかもしれない。

「軍曹、すまないが社訓練兵を医務室まで連れて行ってくれないか?」

「あの、大尉も行かれた方がいいと思いますが……」

まりもが凝視する箇所を見れば血がどくどくと出ていた。
うへぇ、こんな傷を見るのは紅蓮大将との修行以来だな……うむ、止血しないとまずいかもしれん。

「……済まない軍曹、すぐに戻る」

そういい残すと武は霞をつれて医務室へ向かった。

後に取り残された皆はただ呆然としていたという。

………

……



<<御剣 冥夜>>

午後の訓練を終えてPXで夕食をとっていた。今日の話題は武について。

「なんていうか、評価に困るのよね……」

榊が洩らした言葉、それが素直な感想だった。私も同意している。
確かに軍人としては優秀な方であるのは分かる。今日の訓練を見ても、その階級を見てもそれは分かる。

皆そういった意味での評価は既に優秀と出ていた。彩峰は不服そうだったが、それはおそらく感情論というものだろう。

私達が評価しかねているのはその人となり。ただ厳しいだけなら嫌う事もできるのだが、武には優しさがある。

今朝も、ずいぶんと厳しい事を言ったかと思うと最後に励まして行った。

夕方にしてもそうだ、放つ殺気や剣技はずいぶんと過激だったし社を一方的に蹂躙する様は見るに耐えなかった。

しかし、言っている事は至極正しいのだ。私達は衛士になればBETAとだけ戦うと思っていたが、そうではない。
人を殺さなければならない時がきてもおかしくはないのだ。

──軍とはそういうところだ……か。

そして普段大人しい社が始めて感情を爆発させたのにも驚いた──それは多分、生死の狭間で見出した答え。
それまで好き勝手やられていた霞がはじめてやり返したのだ。

私の目から見れば武ならば避けれたはずの一撃、あたれば致命傷とはならなくても大事に至るかもしれないのに。
武はそれをわざと受けたのだ、現にけっこうな出血をしていた。

そして散々好き勝手やられた霞が泣きながら武に抱きつき、武が社の頭を撫でるのを見ると何も言えなくなってしまったのだ。

「厳しいお方ではあるが、根は優しいのだろうな」

それ故に非情になりきれていないのだろう。

「大尉は……優しいです」

ぼこぼこにされたはずの社がそう言っては他の者は何も言えない。

──俺は、人として御剣訓練兵を裏切るような事は絶対にしない。

かつて武が月詠に言っていた言葉、今なら信じる事ができる。あのお方は私達の為を思って行動してくれている。

「そうとも限らない」

ただ1人、彩峰だけは武を認めてはいないみたいだが。

「なんでそう言いきれるのよ?」

「……カン?」

「あなたねぇ!!」

彩峰の言葉に榊が噛み付き、彩峰が榊の神経を逆撫でする──またか。

「喧嘩はいけません……」

社の声で2人共ばつが悪そうな顔をした。まさに鶴の一声だな。

「社、私達が前回どうして総合戦闘技術評価演習に合格しなかったのか教えましょうか?」

またその話か、これまでいくら話し合おうと明確な答えなど出た験しがなかった。

『チームをまとめられない無能な指揮官、指示に従わない部下、見切りをつけて独断した部下……か?』

声がしたほうを見ると武がそこにいた。
手には食事をもっていた、どうやらここで食べるらしい。

基地内にはいくつかPXがある──わざわざこのPXでとる必要もないだろうに、どういうつもりだろうか。

「敬礼!!」

榊の号令で私達は白銀大尉に敬礼をする。私達が敬礼をする時、白銀大尉は決まって残念な顔をする。

昨日言っていたように、武は私達と仲良くしたいのだろうな……社とは元々、仲がよかったが。
それ故に今日の出来事は私にとって衝撃的だった。

あれだけ仲よさそうにしていたしていた社と武が殺し合いをしたのだから。
……仲が良かったからこその効果があったのかもしれないが。

それもそう。社は気まずくなるどころか、それから武に更になついている様だった。

……む、なんだこの気持ちは。

「お前らにひとつ言っておこうか」

武も教官をしているのであれば、私達が前回どのような失敗をしたのか知っているのだろうな。

「極論を言おう、命令は絶対なんだよ、指揮官が指揮官たる所以はその能力が認められているからだ。
無能な指揮官がいないとは言わない、だがな圧倒的多数で指揮官になる人間ってのはやっぱり有能で部下の事を考えているんだよ。
俺が見てきた戦場の中で部下が死んで涼しい顔をしている奴はひとりもいなかった」

命令は絶対……か、だがしかし総ての場合においてそうではないだろう。
人間の行いに絶対はないのだから。

「でも間違った命令のせいで全滅するかもしれない」

やはり食いついたのは彩峰だった。

「そうだな、でも命令の不徹底のせいで全滅するかもしれないな。彩峰、お前は榊を指揮官として認めているか?」

「……さぁね」

答えをはぐらかした彩峰に武は若干ではあるが、先の殺気を出していた。
私を含め、皆がびくりとした。

「彩峰、お前は俺のことも無能だと判断しているように思うんだがな。お前の判断基準はどこにある?
戦闘技術か?射撃技術か?人心掌握術か?年齢か?性別か?いったいなんだ、答えろ」

「……有能な指揮官なら私をもっと有効に使ってくれるはず。そうすれば前の試験でも合格できた」

武はその言葉を聞くと、私から見ても分かるように呆れていた。彩峰はそれが頭にきたようだが。

「結局お前は自分がよければそれでいいのか。私をもっと有効に?ふざけるなよ、指揮官が考えるのは部隊を有効に使う事だ。
今朝も言ったな?戦場でお前の心のケアをしてやれる余裕なんてないんだよ。元より、お前に指揮官を選ぶ権利などない。
それが嫌ならのし上がってみせろ、そんな努力もせずにただ文句を言っているだけのお前はお子様だよ」

「私は!!」

「──俺はそうやって生きてきた」

思わず叫びそうになった彩峰の言葉を大尉はただの一言で切り捨てた。

自分たちとそう変わらない年齢で大尉という階級。
彼はのし上がってきたのだ、昨日の話からも並大抵でない地獄をくぐってた事は想像できた。

対して彩峰は訓練兵でありながら指揮官うんぬんに文句を言っている。

──この事実だけを見ればどちらに意見が傾くかなど明らかだ。

「階級が総てとは言わんがな彩峰、『軍とはそういうところだ』」

彩峰は席を立ち上がってどこかへ行ってしまった。微妙な静寂が場を支配していた。

──武は平気な顔で夕食をとっているが。

「すまんな、もっとスマートに説得できればいいんだが感情的になってしまった。実を言うと彩峰の言い分も理解できるんだよ。
俺も昔はあぁいう考えだったからな。それと榊、無意味に彩峰と衝突するお前にも原因はあるぞ、指揮官なら冷静に対処してみせろ。
部隊員全員が馬の合う奴らだけで構成される事などないんだからな」

最後にそう言い残して武はPXを後にした。最後にフォローを入れるあたりが武らしいというかなんというか。

………

……



<<白銀 武>>

武は場所を第2ブリーフィングルームへ移して新OSのスペックについて説明していた。
A-01の面々はいきなりの事で大層驚いていたが、武だって驚いているのだ。

まさか新しいOSを創ることになるとは思わなかった。しかもこんなに早くできるとは。

「それでは、新OS──XM3のスペックについて説明をしていく。まず追加機能からだな」

マルチロック機能。武装によって最大ロック数が変化する機能、これにより多方面同時攻撃が可能となった。

先行入力機能。これまで実現不可能だった先行入力も概念が実装された事で総ての入力で可能となった。

キャンセル機能。危険を察知した際、それまでの動作を強制的に終了する機能。

コンボ機能。搭乗衛士が良く使う機動をパターンとして記憶、実行する機能。

操作の完全自由化。読んで字のごとく、操作が完全に手動となる。その為、受身や動作後の硬直はなくなっている。
慣れるまでは時間がかかるかもしれないが、慣れれば機動性は上がるだろう。

「まぁ、簡単な説明だがな。自分で使ってみたほうが分かるだろう。
どうしても詳細が知りたい奴は配布した資料を読むように、大抵のことは書かれている。
それから、このXM3は即応性が従来のものと比べて50%増しだ。単純に操縦の遊びが半分となっているぞ」

一通りの説明を終えてA-01の部隊員を振り返ると皆、阿呆の様に口を開けていた。

──少し怖いぞお前ら。

「大尉!!早くシミュレーターに行きましょう!!」

やはり速瀬中尉が一番に復活して言ってきた。武とて異論は無い。
武だって早く乗りたくてうずうずしていたのだ。

その為に説明を簡単化したのは内緒だが。

………

……



「CPよりヴァルキリーズ各機、これよりXM3の慣熟訓練を行います。終了条件は2200になった時点で終了となります。
機体は不知火。兵装自由。補給コンテナあり。戦場は旧市街地。今回は機動に慣れる事が目標なので明確な指令はありません」

着座調整を行っていると涼宮中尉のシミュレーターの詳細を知らせる声が聞こえてきた。
聞いて分かる通り中身なんてない、要するに好き勝手やれって事だ。

「全機機動せよ」

──さて、やるか。

走った後に上空に噴射跳躍それをすぐにキャンセルして下に噴射跳躍、地面に着いた瞬間に右へ倒れながら噴射跳躍。
完全に倒れきる前に側転の要領で姿勢を立て直す。

──すげぇ。

素直にそう思う。操作の完全自由化とあったから入力が複雑になるかと思ったらそうでもない。
効率よくすべての入力が行えるようになっている、これでデータのフィードバックがついたらバルジャーノンの機動も夢ではない。

さらにキャンセルと先行入力。それに即応性。最初その遊びの無さにびっくりしたがこれも機動性を高めてくれている。

ふと気になって周りを見ると、そこには謎の踊りをしている不知火達がいた──怖っ!!

「お前ら……何やってんだ?」

「大尉と秋桜は何でそんなに動かせるんですか!?あきらかにおかしいですってこれ──おぶっ!?」

速瀬中尉はそう言いながらビルに噴射跳躍して突っ込んでいた。何してんだあいつ。
その他の面々も似たようなものだった、意外と築地が「にやぁぁぁぁぁぁ!?」とか言いながら乗りこなしていたのは驚いたが。

──やはり猫の因果を受け継いでいるのか、築地よ。

まぁ、別にいいけどさ、乗りこなせるなら。

「秋桜少尉、ちょっと模擬戦をやってみないか?兵装は長刀で」

「えぇ、わかりました」

秋桜はやはり直ぐに乗りこなしていたな、キャンセルも先行入力も行っているみたいだし。

──さて、昨日のリベンジマッチといきますか。

「涼宮中尉、悪いけど合図くれないか?」

「了解、戦闘開始10秒前……3、2、1、開始!!」

合図と共に秋桜向けて噴射跳躍する。距離さえ詰めてしまえば超機動も怖くない。

秋桜の不知火が放ってきた横薙ぎを上空に噴射跳躍して避けた後に直ぐキャンセル。
逆噴射によって推力を無くし、秋桜の頭上を取る──いや、取ったはずだった。

秋桜は横薙ぎが避けられたあと、それをキャンセルして自身も噴射跳躍していたのだ。
そして悠々と武の後方危険円錐域を取っていた──横薙ぎは飛び上がらせる為のおとりか。

武は構わずにそのまま本来の機動通りに地上に向けて噴射。
地面に着いた瞬間に横っ飛びして近くにあったビルの壁に着地

秋桜が武を追って地面に長刀を突き立てていた──相変わらずやることがえげつないな。

それを確認すると武はビルから噴射跳躍、秋桜の少し前の地面を蹴りつけて再び跳躍、長刀の斬るという行動をしたまま前宙を行う。

伊隅大尉に対して使った技、本来ならば秋桜の右腕を持っていくはずだったが手ごたえが無かった──避けられた!?

モニターを見ると、機体を後方に倒して後方に噴射跳躍を行っていた秋桜の不知火があった。

そしてその姿勢のまま武を両断せんと長刀を振ってきた。武は瞬時に長刀の斬りつけキャンセルと逆噴射で失速機動を行う。

武の不知火の頭上を長刀が駆け抜けていった──あぶねぇ

そのまま武は不自然な姿勢の敵不知火を倒すべく、地面に着いた瞬間に最大戦速で秋桜に向かっていた。

長刀の間合いに秋桜が入った所で横薙ぎにして長刀を振るうと、秋桜はそれをバク転で避けた──これで終わりだ。

武はそのまま長刀を離し、長刀は秋桜に吸い込まれるようにむかっていった。

「秋桜機、大破、戦闘不能」

念願の初勝利をもぎ取った武だったが、その後訓練が終わるまで秋桜に斬られ続けたそうな。



[5197] episode Ⅷ
Name: Anrietta◆f3aee459 ID:de8dbf33
Date: 2009/01/03 19:10
2001年10月24日 夜

<<彩峰 慧>>

あれから考えた、自分のこと、榊のこと、大尉のこと。

やはり自分が間違っているとは思えない、部隊で臨機応変に動くには命令が絶対でいいはずがない。
榊の考えも理解はできる、だがやはり彩峰にとっては保守的すぎるのだ。

結局のところ自分に合わない。

──戦場でお前の心のケアをしてやれる余裕なんてない。
だが、納得の出来ない命令に従う事が正しいのか?

答えの出ない思考がぐるぐると回る──気がつけば白銀大尉の部屋の前まで来ていた。

神宮司軍曹にお願いして教えてもらったのだ。

大尉の言いたい事だって理解できた、共感こそできないが──もう一度、今度は腹を割って話し合ってみたい。

……本音を言えば、もう考え疲れて何かしらの答えが欲しかったというのもあった。

意を決してドアをノックし、現れたのは綺麗な女の人だった──うわ、すごい格好……大胆だね。

どうやら部屋を間違えたらしい。

「……申し訳ありません、間違えました」

そういって引き返そうとしたところ

「もしかして、白銀武に用ですか?」

と女の人は聞いてきた。なるほど、どうやら部屋は間違ってなかった様だ。

──大尉も意外と隅に置けないね。

こんな時間に大尉の部屋にいるし、良く見ればベッドのほかに布団もしいてある。

──同棲?

「もう少し待てば帰ってくるはずです。そうぞ、中に入ってください」

そういって女の人は半ば強引に彩峰を部屋に引きずり込んでいた──意外と力が強い。

部屋に引き入れられてとりあえずベッドに腰掛け、女の人も隣に座る。訪れたのは静寂──居ずらい……。

彩峰は自分でも無口だと自覚しているが、それでも知らない部屋で知らない人と無言でいるのはやはり苦痛だった。

「……少尉なんですか?」

「えぇ。KOS-MOS少尉です」

「……彩峰訓練兵です」

再び訪れる静寂──なにこれ、ものすごくやりにくい。
このやりにくさは榊以上かもしれない、衝突する事すらできないのだから。

「……大尉との関係を聞いてもいいですか?」

「ルームメイトです」

そして静寂──なんか……修羅場っぽい?

実際にはそんな事などないのだが……何か話題、何でもいい、何か話題。

「少尉は……納得できない命令が下されたらどうしますか?」

──気がついたらそんな事をしゃべっていた。初対面の人に向かっていったい何を言っているのだろう?

「なにがどう納得できないのか分かりませんが、それが私の友に害を成すのであれば私はそれを阻止します」

それは彩峰の欲しい答えとは少し違っていたが、今までに無い意見だった。
私の友……榊は友と言えるだろうか?いや、他の者達にしても本当に友と言えるのだろうか?

お互いの背景に気を使って遠慮している部分は確かにある──そんな状態で果たして自信をもって友であると言えるだろうか?

「もし、その友と意見が分かれたときはどうしますか?」

思い出すのは訓練部隊の面々、前回の総合戦闘技術評価演習で分かった事は結局皆ばらばらだったという事。

「拳で語り合います」

──思った以上に過激な人なのかもしれない。いや、ちょっと笑ってるようだから冗談なのかもしれない。

でも、そうか……拳で語り合うか。訓練部隊は皆意見が衝突する事はあっても実力行使に出た事などなかった。

「……以前に仲間の1人が裏切って敵対した事があります。その人は私の育ての親とも言える人でした。
私はそこで初めてその人と生死をかけて戦いました。そして、最終的には私達の主張を理解してくれました。
貴女が何に悩んでいるのかは知りませんが、そういう解決法もあるのではないでしょうか?」

そうか……そうかもしれない。彩峰の中で何かが吹っ切れた音がした──よし、明日ぼこぼこにしよう。

短絡的かつ暴力的な思考に疑問すら持たない彩峰であった。

………

……



<<白銀 武>>

霞と冥夜とのトレーニングを終えて部屋に帰るとそこには彩峰と秋桜が無言で佇んでいた──薄ら笑いと共に。

──え?なにこれ、シュールすぎるんだけど?

しかし彩峰は武を認めるとこんな事を言ってきた。

「大尉、明日の訓練を近接戦闘にしてくれませんか?」

いや、まぁ別にいいんだが……なんか急に敬語使ったりしてるし、なんか笑ってるし、気持ち悪いんですが。

「あ、あぁ……分かった」

「ありがとうございます」

ニヤリと顔をゆがめる彩峰に思わず背筋がぞくりとする。なんかお前間違った方向に吹っ切れてないか?

「あぁ、それと今から私に近接戦闘訓練をしてください」

何故そうなる?

「彩峰、今日はもう遅いから」

「やってあげればいいじゃないですか」

何とか理由をつけて逃れようとした武の逃げ道をふさぐ秋桜──そうか、お前の仕業か。

何かと破壊的な秋桜の思考と彩峰の何かががっちりはまってしまったのだろう。
彩峰に秋桜の思想はちょっと刺激が強すぎる気がしないでもないが……。

「お願いします」

しかし、あの彩峰が敬語を使って頼んでくるんだから、それなりに影響があったってことか。
それに2、3回訓練をしてやれば満足するだろう。

──そんな考えは甘かったようだ。

……武の予想とは裏腹に、彩峰との訓練が終わる頃には朝日が昇っていた。

睡魔と疲労から思わずよろけたところに彩峰についに一発入れられ、それに満足したのか彩峰はつやつやした顔で帰って行った。

──若いって素晴らしいね。うむ、肉体的には変わらないはずなんだが。

しかし、ずいぶんとひどいことを言われたもんだ。
何を思ったのかあいつは俺の悪口を散々言いながら殴ってきた。

俺も普段のストレスやらなにやらを彩峰にぶつけていた気がする。
疲れ果ててグラウンドに大の字になって空を見上げる──朝日がまぶしい。

あぁ、あれか……もしかして拳で語り合うってやつか?

ずいぶんと古典的な手法をとったもんだな秋桜よ……しかし、これはいいかもしれない。

武も彩峰に対して抱いていた不満をぶちまけたし、彩峰もぶちまけていった。
お互いの思いは形はどうであれ伝わったはずだ。

それに、階級やらいろんなしがらみを忘れてただただ罵りあうのは一時ではあるが元の世界を思い出させた。

──この感情は邪魔なはずなのに。

──自分を切り捨てて残るものは何ですか?

霞の言葉が何故か頭から離れないでいた。

………

……



2001年10月25日 副指令室

<<KOS-MOS>>

B19階、そんな地下にありなががらエレベーター1つしか移動手段を設けていない事はKOSーMOSには非合理的に思えた。

IDをかざして副指令室に入る。こんなもの等なくても侵入できるが、余計な事をすることもないだろう。

「あら、今日は少し遅いわね。時間は厳守すると思っていたんだけど?」

香月博士は此方を見ながらそう言ってきた。
時間に遅れたのはKOS-MOSのせいであるからその批判は受ける。

だが、博士は暗に兵器である自分が何を命令より重視したのかに興味を持っているのだろう。
この人はそういう人だ。あるのは自分に興味があるかないか。利益を及ぼすかそうでないか。

こういう人は嫌いではないが、好きでもない。

「武が諸事情によりグラウンドで寝ていたので叩き起こして来ました」

「へぇ、命令よりも白銀の安全を優先するわけ?」

別にそういうつもりはない。この時間にしたって本来言いつけられている時間よりは早いはずだ。
……分かっていて聞いているのだろうけど。

「まぁいいわ、それよりXM3はどうだったわけ?」

XM3、昨日テストした戦術機の新OS。あれはやはり導入してよかった。

「XM3は確かに戦術機の機動を倍、あるいは数倍までに引き上げています。私も武に一回ですが遅れをとってしまいました。
A-01部隊の面々は操縦に苦労していますが、伊隅大尉、速瀬中尉、築地少尉は早くもその機動を自分のものにしつつあります」

OSを変えただけで、戦術機は新しい兵器になったかのような機動を実現可能にしていた。
武に一度ではあるが敗北した事は確かに悔しい事だったが、いい教訓になった。

その後気が済むまで斬りつけたが、武は笑っていた。
ムキになったKOS-MOSは初めて見たと言っていた……KOS-MOS自身何かにムキになる事など初めての事だったのかもしれない。

「あんたにそこまで言わせるなら創ったかいがあったってものね。それでもあんたが追い求めているものには及ばないんでしょうけど」

そう、なによりエーテルを使用する兵器が使えなくなってしまった以上、KOS-MOSにとっては圧倒的に火力が足りない。

X.BUSTERやD・TENERITASが扱えれば歩兵であるほうが強いのだが、この世界ではそうはいかなくなってしまった。

それでも戦えると思っていたが、BETAとは大きさが違いすぎた、大きさで劣等のない戦術機の方が効率がいい。

しかし、人類の対BETA戦略の要である戦術機をもってしてもKOS-MOSを満足させるには至らなかった。
機動は搭乗員保護機能をきることでまかなえるが、やはり火力が足りない。

また、搭乗員保護機能をきれば戦術機の方が持たなくなってしまう、一回の出撃で重要な兵器を廃棄品にしてしまう等あまりにも効率が悪すぎる。

「戦術機は機動性においてはそこそこの性能を有していますが、やはり圧倒的に火力が足りません」

これは前にも香月博士に言った事、以前に廃案になったものを使うとは言っていたが。

「KOS-MOS、新OSが完成したら新しい戦術機を作るわ……いや、改良すると言ったほうがいいかしら」

「新型機の開発ですか?」

正直、量産化にこぎつけるにはいかにKOS-MOSの知識をもってしても数ヶ月単位で取り組まなければならないと思うのだが。
オルタネィティブ4の期限が12月24日と言っていたから、今からでは間に合うかどうか。

「いえ、KOS-MOS専用の戦術機よ」

専用機など、それこそ効率が悪いだけではないだろうか?性能がいいのであれば量産化して配備すべきだ。

「量産化しないのですか?」

「あなたにしか扱えない機体よ、今から説明するわ」

XG-70。アメリカで1975年に始まったHI-MAERF計画が生み出した、戦略航空機動要塞。
全高は戦術機の約6.5倍もあるらしい。

ハイヴへの単独侵攻・単独制圧が要求仕様されていたが、技術面等の問題もあり、1987年にお蔵入りされた。

搭載兵器としてムアコック・レヒテ型抗重力機関、荷電粒子砲、将来的には電磁投射砲、電磁速射砲も搭載される予定。

ムアコック・レヒテ型抗重力機関。ラザフォード場という場を作り出し機重力制御、BETAのレーザー兵器を無効化する。

荷電粒子砲。重力制御の際に生じる莫大な余剰電力を利用したもの砲撃。その威力は言わずもがな。

なるほど、確かに戦術機を圧倒的に凌駕する火力を秘めている……当然、これが今まで使用されていないのには理由があるから。

おそらくは──

「重力制御が『普通の人間』にはできないということですね」

「そうよ、それともう1つ弱点があるわ、こいつの燃料はG-11というBETAのハイヴから搾取されるもので動いている」

つまりは使用回数が制限されているという事、ハイヴ攻略が成功すればあるいはまた燃料を確保できるかもしれないが。

「ハイヴ攻略専用機といったところですか」

「まぁそうね。それをあんたに改良してもらおうと思ってね」

なるほど、根本的な燃料はどうしようもないかもしれないが燃費を良くしたり、兵器の威力を高めたり、小型化したりはできるかもしれない。

それくらいなら限られた時間であっても十二分にできるはずだ。

「それで、その機体は?」

「まだよ、今米国に寄越すように言ってるんだけど向こうが渋っててね。……忌々しい」

香月博士は米国をあまり快く思っていない。
それもそう、米国は香月博士の対極に位置している第5計画推進派の代名詞と言っても過言ではないらしい。

おまけに昔にあったという米国の裏切りも香月博士の心象を悪くしているようだ。

それに向こうが出し渋っているのはそれが第4計画のためになると思っているからとの部分が多いように思えた。

「……さすがに現物がないとどうしようもありません」

それはそう、無から有を生み出す事はできない。

「そうね、遅くとも一週間後には搬入させるから。とりあえずこれ設計図、これ見て改良するところ考えておいて頂戴」

香月博士から渡されたのはXG-70の設計資料……なるほど、ハイヴへの単独侵攻・単独制圧が要求仕様というのも頷ける。

だが……KOS-MOSから見ればまだ荒がある、改良の余地は充分だろう。

「了解しました、それでXM3の件ですが……」

………

……



同日 グラウンド

<<白銀 武>>

「彩峰訓練兵、生きているか?」

彩峰は訓練と称して、207訓練部隊全員──霞は武の後ろでぷるぷる震えていたが──と拳で語り合った。
もはや今は燃え尽きて灰色となってグラウンドに横たわっている。

試しにつんつんと指でつついてみるが反応が無い、ただの屍の様だ。

武と朝まで殴りあった後、訓練部隊3人抜きをしようとするんだから驚いた。

最後にはそれまでの疲労からか「……何、その髪?ちょんまげ?」と言われて珍しく激昂した冥夜にやられていたが。

和を尊ぶ珠瀬でさえ、罵倒を吐きながら彩峰を殴っていたほどだ。……なんか、胸に関するものが多かったような気がする。

委員長との試合が一番長かった。「あんたはいつも一呼吸遅い」「そうやってすぐに守りに入る」とかなんとか言いながらボコスカ殴っていた。
その他にも、榊を単に激昂させるような暴言が多々……というかほとんどそうだったが、あった。

しかし最後には委員長も意地の一撃なのか、彩峰に壮絶なクロスカウンターを放った後に倒れた──息が合った……のか?

しかし、まりもには「何が起こっても手出し無用」と言っておいてよかった。
こんなもの訓練と名を借りた単なる乱闘だからな。

まりもは、額に手をあててため息をついていたが。

だが、その後の珠瀬、冥夜のどこかすっきりした顔や、委員長のふっきれた顔が見れたのだから決して無駄ではなかったはずだ。

「……大尉、セクハラです」

お、やっと起きたか。

「……どうだ、拳で語り合った感想は?」

武がそう問うと、彩峰は寝返りをうって空を見上げ

「……悪くないですね」

そういって、珍しく笑っていた。

ちなみに、今日いない美琴はどうするのかと聞いたところ、戻ってきたときに熱い友情を交し合うらしい。

……彩峰、おまえそんな熱い奴だったか?

良くも悪くも秋桜が彩峰に影響を与えた事だけは確かなようだ。

………

……



同日 シミュレータールーム

「本日もXM-3の慣熟訓練を行う、尚今日のXM-3は昨日の動作を見て細かなバグを取り除いたものであり、一応の完成形だ。
今回は俺と秋桜少尉で分担して機動の指導を行っていく。分担は……築地少尉、そんな目で俺を見ないでくれ」

築地が武を涙目で見つめてきていた──どうやら秋桜によほどの恐怖を植えつけられたらしい。
しかし、いつまでもこのままではいくまい。ここは心を鬼にして……

「分担は俺が伊隅大尉、風間少尉、柏木少尉、高原少尉、麻倉少尉。秋桜少尉が速瀬中尉、宗像中尉、涼宮少尉、築地少尉だ」

それを聞いて築地少尉が泣いていた──泣くほど嫌なのかお前は。
しかし、それを見て秋桜も悲しそうな顔をしていたし、まぁ誤解を解くいいチャンスだろう。

「白銀大尉、なんか私の事避けてません?」

そう発言してきたのは速瀬中尉──遠ざけるに決まっているだろう。

「ははは、そんなはずないじゃないか」

「……大尉、白々しいです。今日という今日は模擬戦してもらいますよ!!」

まぁ、確かにそれで速瀬中尉の腕が上がるならやってもいいか。

「……指導が終わった後に1回だけだぞ」

「本当ですか!?ありがとうございます!!」

予想とは裏腹に純粋に嬉しそうな速瀬中尉。うむ、なんか罪悪感がこみ上げてきた。
こんな事で喜んでもらえるなら早くやってやればよかった。

「白銀大尉、私もやりたいです!!」

そう言って手を挙げたのは茜だった。伊隅大尉の報告では速瀬に憧れてるとかなんとか。
茜は突撃前衛より中堅のほうが向いていると思うんだが……。

「お前は、秋桜少尉にしてもらえ」

秋桜は茜の視線が向くとニコっと笑った気がした──茜は青ざめていたが。

それを見て落ち込む秋桜──秋桜も大変だな。

それから慣熟訓練を予定通りに行った。

少し心配していた築地と秋桜の関係も秋桜が丁寧に機動の解説をしていくうちに解けていったらしい。

今では「にやぁぁぁぁぁぁぁ!?」と言いながら元気に飛び跳ねている。

しかしうまいな、悲鳴さえ聞こえなければ見ている分にはかっこいいんだが。

「白銀大尉、もう一度突撃砲のキャンセルを教えてくれないだろうか?」

「あぁ、それは……」

………

……



慣熟訓練を終え、武と速瀬中尉がシミュレーターに搭乗する。
着座調整を行い、異常がないか確認。

「これより白銀大尉対速瀬中尉の模擬戦を行います。模擬戦の終了条件は敵機体の大破か自機の大破です。
機体は不知火。兵装自由。補給コンテナなし。時間制限なし。戦場は旧市街地を想定したものです。両者の健闘を祈ります」

──さて、突撃前衛長の腕前を見せてもらおうか。

「模擬戦開始30秒前、全機起動せよ」

目の前を見ると速瀬中尉は既に長刀を構えている。長刀での斬りあいを求めているのか。
……しかたないか。

武はそれまで装備していた突撃砲二丁をその場で放棄すると兵装担架より長刀を取り出す。

「3、2、1、開始!!」

開始の合図とともに突進してきたのは速瀬機だった。
それでいい、もし守りに徹していたら一瞬で沈めるつもりだった。

速瀬中尉が放つ長刀をそのまま受け止め、鍔迫り合いに持っていく。
武は剣術を習得している、それ故にどれだけの力を加えれば相手が引けないかを知っている。

鍔迫り合いのまま長刀を滑らせてつつ長刀を左に弾き、機体を急速旋回して速瀬機の右側面に回りこむ。

急速旋回した勢いのまま回し蹴りを食らわせてやるつもりだったが、速瀬中尉は左に横っ飛びしてそれを避けた。

回し蹴りをキャンセルし速瀬中尉に向けて噴射跳躍、長刀を下から斬り上げる。
側転によって姿勢を持ちした速瀬中尉がそれを受け止めるが、刃が交わった瞬間に『神速』を披露する。

斬る動作の途中からの急加速、予想していなかった加速度によって速瀬機の長刀が宙を舞う。

長刀を弾いた段階で斬り上げをキャンセル、そのまま再び振り下ろして叩き斬ろうとするが後方上空に噴射跳躍されて避けられる。

長刀をもう一度装備する気か……。

武も追撃をするべく噴射跳躍し、速瀬機を追い、速瀬機が長刀を掴む瞬間に長刀を横に振りぬく──が手ごたえが無い。

──はずした!?

突如鳴り響く警報──後方……長刀はフェイク!?

速瀬機は長刀を掴むと見せかけて武が長刀を振るった瞬間空中で減速機動とバク宙の機動をこなしていた。
結果的に武は速瀬機に後方危険円錐域を完全にとられた形になった。

──なめすぎていたか、まさかここまでの機動をやってのけるとは。

そのまま速瀬機は武に向かって両手を握り合わせて振り下ろして来る──避けられない。

だが、それでもできることはある。
長刀の斬りつけをキャンセルし機体を急速反転、その勢いのまま右足で振り下ろされた拳を受ける。

「白銀機、右脚部破損、機能停止」

そのまま機体を急速上昇させ、振り下ろしを行った速瀬機を追い抜く。
今度は武が速瀬中尉の後方危険円錐域を取る番だった。

そのまま倒立の要領で機体と長刀の切っ先を速瀬機の方へ向けさせ、噴射と重力加速度を乗せた一撃をくれてやる。

「速瀬機、大破、戦闘不能」

──速瀬中尉への評価は上方修正する必要があるな。

「模擬戦を終了します、お疲れ様でした」

さすがは突撃前衛長を名乗るだけはある。わずか2日でここまでの機動をこなすとは思わなかった。

「ぬぁああああああああああああ!!おしいいいいいいい!!」

速瀬中尉は大層不服そうである。きっと何度も脳内でシュミレーションしていたんだろうな。

「いや、危なかったですよ。正直、ここまで出来るとは思っていませんでした」

それは本当の事。本来ならば一撃も入れさせるつもりなどなかった。

「まぁ、そりゃ私達は昼間もこれで訓練してますからね」

だが、それを考慮に入れても素晴らしい成長具合だと思う。

さて、次は秋桜と茜の模擬戦だが……結末が目に浮かぶようだ。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

この日は茜の絶叫がシミュレータールームに木霊したという。

………

……



同日 グラウンド

XM-3の慣熟訓練と速瀬中尉との模擬戦を終えた武は今日も今日とて霞と冥夜とトレーニングする為にグラウンドに来ていた。

XM-3の機動にはもう違和感を感じなくなってきていた、バグとりとデータのフィードバックがあったからかもしれない。
速瀬中尉との模擬戦はやはり突撃前衛長というだけあって機動はかなりのものだった。
だがしかし、攻撃面でキャンセルや先行入力を使いこなせていないように感じたのでそれを伝えるておいた。

「次は負けませんからね!!」

というある意味で決まり文句の捨て台詞の残していった。やはり上昇志向の高い人の様だ、あぁいう人は好きだ。

そんな事を思っていると霞が武の服の裾を引っ張っていた。
こころなしか不機嫌そうである、武が1人で考え事していたせいで寂しかったのかもしれない。

「そんじゃ今日も走るか、霞」

いつも通りに霞とグラウンドを走っていると、やはり途中から冥夜が加わった。
特に時間を決めているわけではないが、こうなることが最近決まりみたいになっている。

もちろん冥夜といる時間が増えるのだからそれは嬉しい。
それが一方通行な想いとはしっているが、それでも恋心とはそういうもんだ。

「今日の彩峰は武が仕組んだものなのか?」

しばらく走っていると冥夜がそんな事を聞いてきた。武は冥夜の「ちょんまげ」を見て思わず笑ってしまった。

「な、笑うでない!!」

冥夜が顔を真っ赤にしている。霞も心なしか笑っているようだった。

「あれは……」「……ある人にちょっとヒントもらった」「あ、彩峰!?」「こんばんわ……」

後ろからの声に振り返るとそこには彩峰がいた。

「……両手に花?」

「うらやましいか?」

確かに、今のじぶんの状況を良く考えてみるとそういう状況かもしれない。
基地の奴らに見られたら嫉妬で殺されそうだ。

「……大尉も隅に置けないね」

その言葉にはきっと秋桜のことも含まれているんだろうな。彩峰がニヤリといった感じで口を吊り上げている。

そのまま、冥夜に霞をまかせて彩峰と冥夜に声が聞こえないところまで行く。

「……彩峰、次の焼きそばで手を打たないか?」

「……さすが、話しが早いね」

何年お前と付き合ってると思ってんだ。いい加減に懐柔する方法も覚えるっての。
彩峰と2人でふふふ……と笑い合う。

そして再び、冥夜の元へと戻り、トレーニングを再開する。

「そなたたち、いつの間にそんなに仲良くなったのだ?」

冥夜が心底不思議そうな顔で見てきた。まぁ、他の人の目にはそう映るかもしれんな。
俺は元々彩峰とも仲良くやりたいとは思っていたが、彩峰がそれを許さなかっただけだ。

「……昨日の夜、大尉が激しかったから」

彩峰、お前確信犯だろう。

「なんだと!?」

まぁ激しかったのは認めるがそれは訓練だ。きっと冥夜は勘違いしている。

「……冗談」

「な、なんだ……冗談か」

彩峰は、そんな冥夜と武とを交互に見ると、なにか納得したような顔をした。
そして武に向かってニヤリと顔をゆがめた──一体なんだというんだ?

それからしばらく霞と冥夜と彩峰という奇妙なメンバーでトレーニングを行い、別れた。

何故かその後に彩峰が部屋に来て秋桜といろいろと話していた。
なんか意気投合してしまったらしい。

秋桜に武意外にも心が開ける奴ができたのはいい事なのだろう。

部屋を追い出された武は1人で夜空を見上げながらそんな事を思った。



[5197] episode Ⅸ
Name: Anrietta◆f3aee459 ID:de8dbf33
Date: 2009/01/03 19:08
2001年10月26日 PX

<<白銀 武>>

前回の世界と変わらずに武を毎日起こしてくれている霞と、何故かついてきた秋桜とPXに来ていた。
正直、前回の世界で最前線にいた武は誰かの助けがなくても自力で起これるようにはなっていたのだが

霞が起こしに来る前に武が起きていると

「……起きてちゃダメです」

と霞にしては珍しく怒るのだった。
しかも狸寝入りをしてもリーディングによるものなのか、すぐにばれてしまうので霞が起こすまで惰眠を貪るしかない。

悪い事ではないのだが、腑抜けていると言われればそうなるのかもしれない。

この世界の空気に慣れてしまっている。戦場に出ればこの甘さも消えるだろうが、この横浜は安全なのだ『今のところ』
確か11月11日……佐渡島ハイヴのBETAによる本土上陸。横浜基地は難を逃れたが、鎮圧に当った帝国軍の被害を鑑みるとやはり放ってはおけない。

──被害など少ない方がいいに決まっている。

帝国軍への警戒の呼びかけと……武と秋桜の出動を夕呼先生に提案してみよう。
A-01部隊は……まだ新OSの機動に追いつけていない面があるから実戦は無理だろう。

しかし、本当に起きるのだろうか?

武と秋桜の干渉によって事態は大きく急変している。秋桜の出現、横浜基地強襲、新OSの開発、霞の従軍、A-01部隊、訓練部隊。
それらがどれだけ世界に影響を与えたかは分からない。もし多大な影響を与えているのであれば武の知る未来が変わる可能性もある。

──未来が変わるならそれでいい。

世界は変わるべきだ、それも大きな形で、当然いい方向に。現状で武の取った行動はいい方向に向いているはずだ。
知識が活用できなくなるのは確かに損失だが、それで救える者達がいるのなら惜しくない。

夕呼先生に言ったら殴り飛ばされそうな話だが。

あと些細な事だが、気になる事がひとつある。

「秋桜、お前なんで今日に限ってPXに来ようなんて思ったんだ?」

秋桜は身体は兵器であるから人間の生命維持に欠かせない養分を必要としないはずだ。
燃料にしても前に反応炉搭載で半永久的に活動可能と言っていたから補給を必要としないはず。

「私に養分は必要ありませんが、しばらく香月博士から休暇をもらいましたし、慧に食事に誘われたので」

慧?──あぁ、彩峰か。
夕呼先生が休暇をねぇ……合理主義者なあの人が言うんだから本当に秋桜に任せる仕事は無いのかもしれない。

「休暇といってもA-01部隊の訓練に参加することになりますが」

夕呼先生の特殊任務が終わったのなら本来A-01部隊の隊員である武と秋桜はA-01部隊の活動に参加する事になる。
武もA-01部隊との連携はやっておかなければならないと思っている。

どんな状況でもうまく立ち回ってみせる自信はある。だが、連携がきちんとしていた方が当然うまくいく事の方が多い。
そもそも危機的状況にならないために訓練をし、部隊としての錬度を高めているのだから。

「秋桜って食べ物を食べても大丈夫なのか?」

食事に誘われたのにただ座ってるだけではなんとも味気ないだろう。

「一応、食べても大丈夫な様にはなっています。不純物を取り除いて栄養を圧縮した固体が出てきますが、食べますか?」

「遠慮しておく」

おいしくなさそうだし、なにより生理的に受け付けない。
軍人という立場からいえば栄養が豊富で携帯性のある食料は重宝するが、それとこれとは話しが別だろう。

そんな事を話しながら、いつもの席に着席する。

「け、敬礼!!」

榊が敬礼を促す、いい加減これもめんどくさくなってきたが人目がある手前省略するわけにもいかない。
武と秋桜が答礼して、楽にするように促す。

彩峰以外の面々が秋桜を興味深そうに見ていた。
格好の事か、急に共に食事をする上官が増えた事に驚いているのか──両方か。

「KOS-MOS少尉です、初めまして。私も武と同じく任務中以外は敬語を使わなくてかまいません」

「はぁ……」

事情を飲み込めていない面々が武の方を見てくる。秋桜の事を説明しろと言ってるんだろうな。

「秋桜は特殊任務に就いている為、通常の国連軍のものとは異なる制服を着ているが気にしない様に」

これで納得するはずもないが、これでいいだろう。あれは装甲です、なんて言えるはずが無い。

そんなこんなで奇妙な会食が始まった。場を支配するのは無言──やりにくい……。

ふと隣を見ると霞がサバの味噌煮を凝視して何か考えているようだった──サバの味噌煮をリーディングしてんのか?
そんな事しても楽しくないだろうに……って合成食料なんだからリーディング不可能か。

でも、天然ものでも死んでるからリーディングできないよな……。

そんなくだらない事を考えていると霞がサバの味噌煮を掴んで武の顔の前まで持って来ていた。
霞を見ると少し口をあけていた。

「……あ~んです」

「……霞、俺は時々お前が分からなくなる」

何故、今このタイミングで『あ~ん』なんだ。
気になって周りを見るとニヤリと口を歪めた彩峰と驚愕している冥夜、委員長、たまがいた。

秋桜も驚いていた事に武は逆に驚いた。秋桜でも驚く事ってあるんだな。

目の前に相変わらずあるサバの味噌煮……どうしろと言うんだ。

「……違いますか?」

「合ってるけど、間違ってる」

そう言うと、霞はうさ耳をしゅんと垂れさせた。あのうさ耳はどうやって稼動しているのか毎回気になる。

武は意を決して霞の持ってきたサバの味噌煮を食べた──うむ、うまい。

その瞬間に感じる数々の殺気、それはPXにいた男性諸君のほとんどから出されていた。

──何故だ?

「……秋桜と御剣はやらなくていいの?」

「な、何故私が!!」

冥夜は必死になって『あ~ん』を拒んでいた。
そこまで邪険にされるといくら一方通行の想いと分かっていても傷つくものがあるのだが。

ふと肩を叩かれて秋桜の方を見ると、霞と同様にして『あ~ん』のポーズをとっていた。

「……あ~んです」

「秋桜、そのいかにも栄養価の高そうな固体はどこから出しやがった」

見れば秋桜のつまんでいるものは元の世界で見た栄養補助食品みたいな形をしていた。
武は断固として食べるのを拒否すると秋桜は落ち込んでいた──こればかりはどうしようもない。

それで若干空気が和んだのか、いつもどおりの騒がしい会食となった。

「武、今日の午後の訓練が終わり次第、武は私と共に副指令室まで来るようにとだそうです。
今日のA-01部隊の夜間訓練は私達は休んでかまわないそうです」

PXを出る際に秋桜がこんな事を言ってきた。夜間訓練を休んでまで伝えるような事があるのか?

「了解した」

………

……



同日 B19階

<<KOS-MOS>>

訓練部隊の教官を終えた武と訓練を終えた霞と副指令室の前まで来ていた。
霞は今回の召集にはかかっていなかったが、彼女の部屋は隣なのだから一緒に来るのはある意味で道理だろう。
わざわざ別々に帰る事も無い。

しかし、気になる……この社霞という少女、時々脳波が異常な数値を示す事がある。
生体反応があるから人間であることは間違いないのだろうが、どうにも気にかかる。

それに、霞が暮らしているという部屋にも微弱ながら脳波が存在している。
それは『普通の人間』ならば死んでいるといってもいいくらい微弱なもの。

脳の稼動を命とするならそれは生きている事になるが、何らかの装置で延命処置をしているのだろうか?

この世界の技術でそこまで高度な治療が行えるとは思えない。
ならばやはりBETA関連の技術か……博士がそれをKOS-MOSに見せないのは見せる必要がないからだろうか。

──あるいは知られたくないからだろうか。

ならば人体実験?いや、博士が兵器であるKOS-MOSにそのような気を使うはずが無い。
あの人は合理主義者で、なにより効率を求めている。

その博士が見せないのはやはり見せる必要がないから。
まぁ、その事は別にいい。

気になるのは……現在、生体反応がこのフロアに4つある事。武、霞、博士……あと1人は誰だ?
博士は気づいていないようだから、正規の来訪者ではないだろう。

暗殺者にしてはどうにも行動を起こす気が無いように思える。
……どちらにしても怪しい事に変わりは無い。

「武、副指令室に博士のものでない生体反応があります。敵性体の可能性がありますので注意してください」

武は霞を近くに寄せると、皆琉神威を抜いて構えた──その顔は先までとは違い、『白銀大尉』としての顔になっていた。

KOS-MOSも空間転送システムを起動してハンドガンを装備、安全装置をはずしておく。
この世界の技術は遅れているようだが、その一部にはKOS-MOSの世界でも使われているものもあった。

このハンドガンなどもそれの類。それだけ優れた兵器だという事か。

「ハッキングして開けます」

IDをかざしてもいいが、ハッキングしておけば博士がいずれ気づくだろう。

扉が開いた瞬間にハンドガンを不審人物に照準する。
部屋に灯りはなかったが、熱センサーを使えば相手の位置など手に取るように分かる。

「これはこれは……そんなに私のハートを狙い撃ちにしたいのかねKOS-MOS?」

この暗がりでも自分が照準されている事が分かるのか。
分かっていながら余裕を見せている、脳波にも異常が無いからはったりではないだろう。

「ゆっくり手をあげて組みなさい、少しでも不審な動きをすれば撃ちます」

「そこにいるのは白銀武と社霞か……警戒しなくても大丈夫だよ、社霞ちゃん?」

人の話を聞いていない、威嚇のために不審者の頭上に発砲する。バイタルデータ……正常。
それなりの修羅場を経験しているという事か。

ちらりと霞を見たが、武にしっかりとしがみついていた。

「無用な警戒心を与えてしまったうようだね……どうせしがみつくならおじさんにしないか?」

「貴方は何者です?単なる変態にしては随分と肝が据わっているようですけど」

霞を片手で抱き、片手で皆琉神威を構えながら武が問いかける。武は霞を守らなければならないからあそこから動けないのだろう。

「君達に話すわけにはいかないな……あえて言うなら帝国情報省の人間だ」

……この人は自分が矛盾した事を言っている事に気づいていないのだろうか。

「騒がしいわよ。人の部屋で何をやってるわけ?」

部屋の奥から電気をつけながら香月博士が出てきた。

「こんばんは、香月博士」

博士は男を見るなり面倒くさそうに顔を歪めた……どうやらこの不審人物とは知り合いらしい。
だからといって照準をはずすわけにはいかないが。

「白銀にKOS-MOS。そんなに警戒しなくていいわよ、一応知り合いだから」

博士がそう言うのなら、問題はないだろう。ハンドガンはいつでも撃てる様に準備しておくが……。
武も皆琉神威を鞘に納めていた……何故霞を手放さないんだろう。

護衛の任もあるからと理解はできるが、何故かおもしろくなかった。

「自己紹介の途中だったね、私は帝国情報二課の鎧衣だ」

その名前を聞いて武は大層驚いた後にどこか納得した表情をしていた。
武がこの情報だけで人物を特定できるというのだから名の通った大物なのだろう。

「で、何しに来たわけ?」

「ちょっと自己紹介をしに」

「なら用事は終わったわね、さっさと帰りなさい」

「XG-70の件ですよ、ご興味ない?」

XG-70……KOS-MOSが改良するはずの機体。
改良すべきところは多々ある、故に早く作業に取り掛かりたいのだが現物がなくてはどうしようもない。

「国連軍の名が泣くわね。加盟国軍部との取引を第三者に仲介してもらわなきゃならないなんてね」

「米国は国連を煩わしく思ってますからねぇ。顔を立ててやっている程度にしか思っていないんでしょう」

「それで?全機ここに回してもらえるんでしょうね?」

「それが雲行きが怪しくなりまして」

「どういうことかしら?」

「XM-3……でしたかな」

鎧衣の言葉を聞いた博士は珍しく動揺していた。XM-3は機密中の機密だったはず。
その情報が漏れている。基地内にスパイがいるのか、鎧衣自身の力によるものか。

「なんのことやら」

「つれないですなぁ。できれば詳細を伺いたいものですが」

「何が言いたいわけ?」

「第5推進派が焦っていましてね。『まだ』第4は何の成果も出していませんからね」

何かしらの成果を出す前に第4計画を潰してしまいたいのだろう。
XG-70の引渡しは明らかに第4計画に利をもたらす、だから先延ばしにするというわけか。

武を見ると随分と険しい顔をしていた。きっと腹の中では怒りが渦巻いているのだろう。
『前回の世界』を体験してきた武にとって第5推進派は邪魔者でしかないのだから。

「米国がそこまで落ちぶれているとはね」

「いえいえ、XG-70を引き渡して『借り』にしておこうという意見もありますよ。彼の国は常に国益を優先しますから」

博士は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。彼女の反米国感情に更なる影響を与えたことだけは確かなようだ。
ついでに言えば武もそうだろう。KOS-MOSは……米国の理論も理解はできる、ただ共感はできなかった。

「鎧衣、いろいろなところに手を出しているようだけどね、人類の勝利が見たいのなら私に協力しなさい」

「それは勇ましい。ここにきて順調のようですな第4計画は。白銀とKOS-MOSのおかげですかな」

「大事なのは過程でなく結果よ。鎧衣、一週間以内にXG-70を寄越しなさい」

「……美女の頼みとあっては断れませんな」

その言葉を最後に鎧衣は姿を消した。一応、協力してくれるという事だろうか。
博士は深いため息をつきながら定位置であるデスクに腰を落としていた。

よほど鎧衣が苦手なのだろう。

「博士、俺と秋桜を呼び出した用件は何でしょうか?」

見ると武は霞を解放して博士の前まで来ていた。

武もXG-70が何か知らないのだからそれを問いただしたい気持ちはあるだろう。
もちろん博士は必要の無い事は話さないだろうし、KOS-MOSも博士が話さない限り話すつもりはない。

それを分かっているからこそ、武はXG-70について何も聞かないのだろう。

「あぁ、そうだった。総戦技演習の開始を早めたそうね、ちゃんと合格できるの?」

「えぇ、問題ないはずです」

「ずいぶんな自信ね」

「俺が教えましたから」

まるで当たり前だというように武は言い放った。それだけ自信があるという事か。
それを聞いた博士は意地悪く「ニヤリ」と口元をつりあげた。

「もし不合格になったら……分かるわよね?」

この試験は訓練部隊にとっての試験である他に白銀武という人物に対しての試験でもある。
合格させられたならそれでよし、もし不合格なら白銀武とはその程度の人物だという事になる。

「十二分に心得ています」

それでも尚、試験を早めるというのはやはり武なりの確信があるに違いない。

「そ、ならいいわ。まりもの事なんだけど合格したらA-01部隊へ入隊させる予定だから、あんた面倒みなさい」

「理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

「207訓練部隊の次に訓練するべき部隊がない、まりもの力は遊ばせておくには惜しいからね」

「軍曹は博士の親友であると記憶していますが?」

「私がその程度の事を問題にすると思う?」

「思いません」

「ならなにも問題ないわね」

「了解しました。それで、本題はなんです?」

それだけの事を言うためにわざわざ夜間訓練を中止にするなどあり得ないだろう。
それに、KOS-MOSまで召集する意味が無い。故に本題は別にある。

「XM-3の性能評価試験よ、帝国斯衛軍相手に模擬戦を行うわ。日時は11月11日」

「その日はダメです」

即答した武に博士は怪訝な顔を見せたものの、すぐにどこか納得した様子だった。

「へぇ……その日に大きなことが起こるわけね?」

「えぇ、そうです佐」「ストップ」

武が言いかけた言葉を博士が遮った、一体どういう事だろうか。

「その事は近くなったら知らせなさい。余計な情報で脳のリソースと時間が消費されるのが嫌」

……武はそれを聞いて明らかに呆れていた。博士らしいといえば博士らしいのだが。

「それに余計な誰かのせいで時間を食ってしまったからね。日時は再考しておくから、白銀はもう帰っていいわ」

確かに、いい時間を回っていた。武と霞は一応の敬礼をして共に部屋を出て行った。

「それでKOS-MOS、あんたの目から見てXG-70はどう?」

XG-70の設計図を見ての感想、正直言ってあれは

「無駄だらけです」

KOS-MOSの発言に博士は珍しく驚いていた。
人類の叡智を終結させたものが無駄だらけと言われればそうなるかもしれない。

「……続けなさい」

まずあの巨体。ML機関の制御はKOS-MOS単体で行えるため、演算装置は必要ない。
また、搭載兵器も空間転送システムを応用すれば、あれだけ多くの兵器を機体に搭載する必要も無い。

基地さえ無事なら武器を自由に転送できる。これは各武器の登録を済ませればいいだけだから簡単。

この場合、荷電粒子砲と連結させる為に機体の手部に動力連結ケーブルを設ける必要があるが、何とかしてみせる。
そこまで難しい作業ではない。

「全く別物になるって訳?」

「えぇ、ML機関と兵装以外……つまりハードの面でかなりの変更があります」

「小型化されることによって防御力が落ちるわよ?」

「装甲はそのまま転用します。約62%ほど薄くなる予定ですが、機動力が格段に上がるので回避能力が上がります」

「機動力ねぇ……」

「えぇ、その為にも……」

………

……



同日 帝都城

<<煌武院 悠陽>>

夜空を見上げていた。あの時の夜空と比べると帝都の光があるせいかどうにも星の光が鈍っているように感じた。

だが、それは良い事なのだ。それは人類の営みの光なのだから、人類がまだBETAに屈していない証拠でもある。

夜空を見ながら思い浮かべるのは生き別れた姉妹の冥夜、結局生きて会う事は叶わなかった。

それに……

「武……」

武は今どこで何をしているのだろうか。

武はよくいろいろな話を聞かせてくれた、BETAのいない世界の話、この世界での訓練部隊の話、散って逝った戦友の話。
そして冥夜の話。武は冥夜のことを話す時は本当に嬉しそうであり、誇らしそうであった。

そんな武の表情に最初は喜びを感じたが、徐々に辛くなっていたのも事実だったが。

武が冥夜を愛していると知りながら惹かれていったのだ、そしてあまつさえ冥夜に嫉妬する始末。
悠陽は自身にそんな浅ましいものがあったのかと恐ろしくなって、月詠に相談した事があった。

返ってきた言葉は『それこそが人にございます』という言葉だった。

その言葉で悠陽はいくらか救われた。自分の持つ感情は人として当たり前なのだと。
しかし、やはり冥夜を裏切っているようで罪悪感は拭えなかったが。

その月詠から冥夜に関する報告書が送られて来ていた。
公式には悠陽が目を通す事など適わないものだったが、月詠の気配りによって非公式的に悠陽の元に届けられるようになっていた。

──月詠には本当に感謝してもし足りない。

厳重に封がされたそれを開き、そこで目にしたものは冥夜に新しい教官が就いたという事。
こんな事は『前回の世界』ではなかった事だが、一体どういう事だろうか?

新教官:白銀武大尉

10月23日に国連軍横浜基地を強襲した後に大尉として任官し207B訓練部隊の臨時教官に。現在A-01部隊にも所属。
国連軍のデータと宮内省のデータを照らし合わせると矛盾点が多々あり。
今のところ彼の者に害を成す行動はとっていないが、第1級危険人物と断定し厳重警戒を継続する。

──え?

白銀……武?大尉?教官?基地の強襲?

BETAのいない世界から来た武にそんな事ができるはずがない。
ならば……武も、悠陽と同じく輪廻したという事なのだろうか。記憶を持った形で。

神は武と悠陽に二回目の地獄を味わえというのか。
前回など戦えども殺せども泣けども一向に変わらぬ世界に絶望し、諦めたといのに。

──なんと過酷な運命か。

諦めない、世界を救う。

言の葉で紡ぐ事のなんと容易い事か、実行する事のなんと難しき事か。

だが、それでも武と2人なら、救えるのではないか?──世界を、帝国を、冥夜を。

2人ならば変えられるのではないか?──世界を、運命を、未来を。

少なくとも武は諦めていない。世界を変えようともがいている。

──私は何をしている?

何もしていない。世界を変えなければと思いつつも現状に流され、身を任せ、堕落している。
前回の世界と同じ、ただ綺麗に飾り付けられた将軍という名の人形。

あの大戦で敗戦国となり、米国の属国となった帝国。
敗戦の責任は征夷大将軍にあるとされ、それ以降は将軍に代わり政府が様々な政の実権を握るようになった。

それは別に構わない。敗戦の責任が軍部の最高責任者にあるのも頷ける。
だが、今の政府は堕落している。自己の利益のみを追求し、帝国の事は二の次にしか考えていない。

総ての者がそうであるとは思わない、だが大多数がそうなのだ。

それ故に悠陽がいくら声を枯らして叫ぼうが、その声が帝国臣民に届く事は無い。
届けられるのは政府に都合の良いように改竄された声。

悠陽がいくら帝国の矢面に立ちたいと願っても戦場に担ぎ出される事など無かったのだ。
前回の世界でも、それが許されたのは帝国崩壊の後。余りにも遅すぎた出陣。

もう、御免だ。私は人形ではない、道具ではない、将軍なのだ。

着物の袖を翻し、従者を呼ぶ鈴を鳴らす──覚悟は決まった。
もう一度、修羅の道を歩もう。大丈夫、その道には武がいるのだから。

「殿下、御呼びでしょうか?」

直ぐに現れたのは悠陽の側近でもある、赤の斯衛軍の制服を纏った七瀬凛。
冷静に状況を分析する事の出来、斯衛でも10の指に入る実力者であると同時に悠陽のよき理解者である。

現在の悠陽の立場を憂いて、無力な自分を許して欲しいと嘆いた事があった。

彼女なら、多少の無理でも押し通してくれるはずだ。

「頼みがあります。私に佐渡島ハイヴを見せて欲しいのです」

「お言葉ですが殿下。BETAの行動は予測不能です故、いつ襲撃してくるやもしれません。危険すぎます」

「そうですか。ならば七瀬大尉、私に佐渡島ハイヴを見せなさい。これは『命令』です」

悠陽の言葉を聞いた七瀬は驚いた様子で面を上げた。
今まで悠陽は私事で頼みごとこそした事はあったが、命令をした事はなかった。

私事で命令を下すなど、職権乱用とも思えるその行いだが七瀬は思うところがあるらしく沈黙した。
しばしの沈黙の後に七瀬はため息と共に言葉を紡いだ。

「了解しました。ただし、警戒中の帝国第12師団ならびに近隣の帝国第14師団も臨時に警戒に当らせ、
私の隊である帝国斯衛軍13独立警護小隊が身辺を固めた上であれば、政府も納得するやもしれません」

普通ならばあり得ない程の厳重警備。だが、これでいい。
悠陽の知る未来通りならば必ずBETAの本土上陸が起こる。これだけの警備ならば被害を最小限に留める事ができるだろう。

「そなたに感謝を。日時は11月11日の明け方にして頂きたいのですが」

「……了解しました」

日時を指定してきた事に七瀬は若干の驚きを見せたようだが、物分りのいい彼女はそのまま承諾してくれたようだ。
後はなし崩し的に武御雷で自らも戦場に出ればいい。

奢るつもりは無いが、これでも人類最後の衛士となるまで戦い抜いた実績があるのだ。
帝国軍人には悪いが、そこらの衛士に劣るつもりはない。

七瀬の退室後、もう一度夜空を見上げた。
悠陽が行おうとしている事を武が知ったら、また心配して悠陽を護るようにして戦うのだろうなと思う。

武は気づかれていないと思っているだろうけれど。

国連軍と帝国軍に立場が分かれている今、そんな事などないと分かっているのに何故かそう思えた。




[5197] episode Ⅹ
Name: Anrietta◆f3aee459 ID:de8dbf33
Date: 2009/01/03 19:41
2001年11月2日 太平洋沖

<<神宮司 まりも>>

蒸し暑い。というのは南国にいるという理由ではなく、ここが潜水艦の中だから。
今日より行われる総合戦闘技術評価演習は少し手の加えた無人島全体を使って行われる為、島に基地施設は無い。

故に訓練部隊の面々が仮想施設を無力化し、終了地点まで来る間まりもはこの潜水艦に閉じ込められることになる。
閉じ込められるといってもデッキに行けば外の空気も吸うことが出来る。

だが、出れば出たで照りつける太陽の日差しに晒されることになり余計に暑い。
結局どこにいても蒸し暑いという事、ならば潜水艦の中で出来ることをやっておいたほうがいい。

潜水艦内に取り付けられたシミュレーター。通常のものと異なるOSを積んである。
何故そんなものを操縦しなければならないのか甚だ疑問ではあったが、どうも夕呼の差し金らしい。

207B訓練部隊がこの試験に合格すれば、まりもはA-01部隊に配属されることになっていると言われた。
夕呼直属の特殊部隊で、このOSもそれの一環なんだそうな。

横浜を発ってから此方に着くまでの間に新OSを積んだ白銀大尉と秋桜少尉の戦闘を見た。
それはまりものそれまでの戦術機での機動概念を根底から覆すものだった。

映像を改竄したのかとも思えるくらいにそれはありえなかった。
しかし、そんな事を思う一方でまりもは自身が高揚していくのを抑えられなかった。

それは、衛士としての本能、ただ強くありたいという想いがそのOSを欲していた事に他ならない。

現在、通信を使ってA-01部隊と共に新OSの慣熟訓練を行っているがとても操縦できたものではない。
操縦系の遊びがなさすぎ、バランスを崩しても姿勢制御は総て自分で行わなければならないため、無様に転げまわる始末だった。

「シミュレーターだからいくらでも転げて構わん。その感覚に慣れる事だ」

マンツーマンで指導をしてくれている白銀大尉から通信が入る。
このOSを白銀大尉の様に使いこなすにはかなりの時間が要るように思えた。

「了解しました」

しかし、弱音を吐いてばかりもいられない。なにしろこのA-01部隊は全員がまりもの教え子なのだから。
しかも彼女達は、早めに慣熟訓練をやってきた事もあってそれなりに形になってきていた。

少なくとも先のまりもの様に無様に転げる事はなくなっていた。

まりもにもプライドはある。師として、教え子達に恥ずかしい所は見せたくない。
それに、衛士としても一刻も早くこのOSを自分のものにしたかった。それほどこのOSは素晴らしいものだった。

もし実戦配備されれば、衛士の死亡率を半減させることができるのではないかとさえ思えた。

「一週間後には、慣熟訓練から通常の部隊連携の訓練に移行する。それまでに何とかものにしてみせろ」

「了解しました」

訓練部隊の試験を監督する立場でありながら自分も試験されている事に少しながら皮肉を感じた。
彼女達は無事に合格できるのだろうか?

ここ最近の訓練部隊の雰囲気は悪いものではない。
むしろ良すぎると言っていい、まるで仲良しグループになったようでまりもは危惧したが

『信頼できん奴に背中は任せられん。また、任務と私事の区別のつかない奴等ではない』

と白銀大尉は言っていた。
まだ彼女達を見て一週間程度だというのにまるで何年も連れ添ったように彼女達を信頼していた。

本当の大物というのはそういうものなのだろうか。

──この思考はやめよう。

今まりもがやるべきことは彼女達の心配ではなく、このOSを自分のものとすること。

呼吸を整えて操縦桿を握りなおす──今までの操縦概念を総て捨てよう。
汗を拭う暇すら惜しんでまりもはシミュレーターに没頭していった。

…………

……



同日 横浜基地 90番ハンガー

<<KOS-MOS>>

博士に案内されたのはKOS-MOSがまだ行った事のない区画、90番ハンガーと言われるところだった。
そこに設置されたハンガーはXG-70が充分に収まるほどの大きさだった。

明らかに戦術機用ではないそれ。それも1つだけではない。この地下によくこれだけの広大な施設を作ったものだ。
やはりこの横浜基地、普通の軍事基地とは思えない。人類を救う計画の中心となっているようだからそれも当然なのかもしれないが。

その一角に大型の機械が鎮座されていた。あれがおそらくはXG-70。
近くで見てみると、やはりその大きさに圧倒される。オメガもこれくらいの大きさがあったかもしれない。

しかし大きすぎる兵器は機動性に欠ける。理想は戦術機の大きさ。それ故にXG-70とは別に性能の高い戦術機を用意する必要があったのだ。

鎧衣が訪れた後でその事を話したら、博士は再び鎧衣に連絡を取り米国にその戦術機の受け渡しも条件に加えたという。

後日、鎧衣から来た連絡によれば米国はその戦術機を加えるのならXG-70は二型しか受け渡せないという回答だった。
それでも博士は不満そうだったが、鎧衣から現状なんの成果も出していない第4計画ではこれが限界という指摘を受け、渋々承諾していた。

それでもかなりの金を米国に提供するはめなったが、博士はそのことについてKOS-MOSに語ろうとしなかった。
博士の事だからどれほどの資金を提供しているかKOS-MOSに示すと思ったのだが。

傍目から見れば米国に屈していると思える行動が博士のプライドに触ったのかもしれない。
無論、だからと言ってこれら3機を無駄にするつもりなど毛頭ない。それこそ最高の『戦略機』を作ってみせる。

XG-70の隣の戦術機サイズのハンガーに鎮座されたYF-23試作1号機 PAV-1『スパイダー』並びに試作2号機 PAV-2 『グレイゴースト』

遠・中距離砲戦能力を重視している米国の最新戦術機であるYF-22『ラプター』と同等の砲戦能力を持ちながら、対BETA近接格闘戦能力に於いてはYF-22を遙かに上回り
総合性能でもYF-23が優位と言わしめた機体。採用されていないのには当然ながら理由がある。

調達コストと性能維持に不可欠な整備性、何よりもその機体性能が、G弾運用を前提とした米軍の戦略と合致しないと判断された為、不採用となったのだ。
計画終了後、米国各地の航空博物館の展示機となったそれをオルタネィティブ4が再び接収した。

「世界一高価な鉄屑」とまで称されたその機体を操縦してみたい気は確かにあるが、今すべきはYF-23とXG-70の改良機。

KOS-MOSの頭脳では既に設計図が出来上がっているそれ。

完成すれば当然のごとく『戦略機』と言わしめるだけのスペックを有するであろうが、如何せんどうしてもクリアできない問題がある。
それは燃料であるG-11が限られた資源であるという事。現状のままであれば連続稼動時間は47時間程度となる見込みだ。
当然、フル稼働させれば稼動時間はもっと短くなる。故にハイヴ攻略以外では使えない。

G-11は第4計画が成果さえ出せれば米国から搾り出す事ができるだろうから、それまでの我慢なのだが。

また、ML機関をフル稼働させた場合、KOS-MOSの計算では余剰電力による機体の発熱によって装甲ならびに内部装置が破損する可能性がある。
故にフル稼働の最大連続使用時間は10分程度。その後5分間のクールタイムが必要になる。

クールタイム中であっても普通の戦術機よりは動けるはずだが、能力低下は否めないし、なによりラザフォード場が展開できなくなる。

この2つの問題をクリアする為に通常の作戦にも使え、クールタイム中の機体を護る『護衛機』を作る必要がある。
その為に試作機を2つ用意したのだ。

博士によって集められた整備兵達はKOS-MOSの指示を待ちわびている。
博士直属の整備兵達故に機密に関わる事に長く接してきた彼らであるから、KOS-MOSの事を気にしないではないが詮索することはない。
むしろ、それ以上に早く機体をいじりたくて仕方が無いようだった、全員目を危ない色にぎらつかせている。
それもそう、もはや伝説と化していた機体達を解体および改良できるというのだから彼らの士気は否応なしに上がっていた。

──心配しなくてもこれから寝る暇などないというのに。

彼らはそれでも喜びそうだが。

そういうKOS-MOS自身、どこかで機体の改良を楽しみにしているのかもしれない。
気を引き締めなおさないといけない。これは人類を救う要となるものなのだから。

──さぁ、始めましょう。

………

……



同日 副指令室

<<白銀 武>>

B19階へと伸びるそのエレベーターの中で武は考え事をしていた。
昨日、病院から退院した美琴を加え、フルメンバーとなった207B訓練部隊を総合戦闘技術評価演習へと送り出した。

そのことに関して心配していないと言えば嘘になるが、やれるべき事はやったように思う。
後は彼女達の腕しだいだが、送り出してしまった以上信頼するしかない。大丈夫、彼女達ならばやれるはずだ。

そして今日、まりもと通信を使ってXM-3の慣熟訓練を行っていたが、やはり飲み込みが早かった。
武が尊敬する軍人であるのだから、武にはある意味でそれは当然のことのように思えたが、やはりセンスがいいのだろう。

──事は順調に運んでいる。

それも順調すぎて逆に怖くなるくらいだ。見えざる手に操られているような感じがしないでもない。
そして順調に進んでいるが故に、今日夕呼先生に呼びつけられた事は不可解だった。

そんな事を考えながら夕呼先生の部屋の前まで来ていた。IDをかざしてロックを解除する。
夕呼先生は例によって端末に何かしら打ち込みながら忙しそうにしていた。

「副指令、小官になにか御用でしょうか?」

「なにそれ、嫌味?まぁいいけど。あんたに話しておく事があってね」

「なんでしょうか?」

「煌武院悠陽殿下があんたを帝都へ寄越すように言ってきたわ。何をしでかしたわけ?」

悠陽が武を?そんなはずはない。武は一度として悠陽どころか帝国軍と接触を図っていない。
いや、確かに月詠中尉とはいざこざを起こしたが、その事について悠陽が自ら発言することなどないだろう。

冥夜のことにしても自らの立場もあるから公に武を呼び寄せる事などできないはずだ。やはり解せない。

「何もしでかしていない事は博士は一番よくご存知のはずですが」

「殿下から伝言があるわ。……『甲31号作戦』」

──甲……31号だと!?

この世界の人間がその作戦を……31号ハイヴの存在を知るはずがない。

人類が絶望の果てに諦め、最後の作戦としたハイヴ攻略戦。武と悠陽が共に散ったハイヴ。

──その存在を知るとしたら?

鳥肌が立ち、冷や汗が背を伝う。喉が渇いてひりひりする。

悠陽もまさか世界を移動したというのか。あれだけ苦しい思いをした悠陽にもう一度この地獄を味わえというのか。
哀れむよりも先に怒りが沸いた。この世界に神がいるとしたら、何故この運命を武だけに留めず悠陽にまで強いたのか。

「へぇ……あんたがそんな顔をするなんてね」

「……どんな顔ですか?」

「絶望に打ちひしがれた顔ね、まるで神様に見放されたみたい」

「……神様なんて、いませんよ」

「その意見には同意するわね」

「……謁見ですね。いつですか?」

「いつでもいいそうよ。で、甲31号作戦とは何を示すのかしら?」

「前回の世界の人類最後の作戦です。カナダに建造された甲31号目標……アルバータハイヴ攻略戦」

その言葉を聞いた夕呼先生は大層驚いていた。
その作戦を知るという事は前回の世界を体験しているという証拠なのだから当然といえば当然なのだが。
「因果導体……共鳴?影響……鑑……」などと良く分からない言葉を呟いていた。音が小さくてよく聞き取れなかったが。

「……殿下もあんたと同様にループしたってわけね」

「おそらくは、そうなのでしょうね」

「それで?最後の作戦なのに、そんなハイヴを落として何になるっていうのよ」

「……作戦に参加しない者、もしくは民間人には数人に1つ手榴弾が渡されました」

それだけで夕呼先生は事のあらましを理解した様だった。ただ、苦い顔をしただけで何も言わなかった。
それだけでもう興味を無くなった様だ。夕呼先生にとって前回の世界の人類の結末など心底どうでもいいのだろう。

「それと、あんた11月11日になにかあるって言ってたわね。一体何があるってわけ?」

「どういう風の吹き回しですか?」

前回説明しようとした時は、脳の……なんだっけか。とにかく面倒くさがって聞く耳を持たなかったというのに。
話すにしてもまだかなりの時間的余裕があるように思えるが。

「いいからさっさと教えなさい」

「11月11日の朝方に佐渡島ハイヴよりBETAの本土侵攻が始まります」

「……なるほどね」

それを聞いた夕呼先生はそれだけで総て納得したようだった。
武には何の事だかさっぱり分からないが。

「副指令、帝国軍に新潟海岸線の警戒態勢を厳重にしておくように言っておいてください」

「その必要はないわ」

「……見殺しにするつもりですか?」

「11月11日の明け方に殿下が佐渡島ハイヴを見学するそうよ。その警備のために通常の帝国軍第12師団に加え近隣の帝国軍第14師団、
殿下の身辺を帝13独立警護小隊が固めることになっているわ」

悠陽が新潟に行くというのか!?
確かにそれならば警護のために軍が警備を厳重にするのも頷ける、だが……

「危険すぎます!!」

「それを知っているのは殿下と私とあんただけよ」

──そんな事は分かっている!!

「殿下が死ぬかもしれないんですよ!?」

「白銀、あんた殿下の命は救いたいけど帝国軍衛士の命はどうでもいいっていうわけ?」

「どうでもいいとは言いません、でも……命は平等じゃない!!」

身近な人の命と見た事も聞いた事も無い人の命を秤にのせれば必ずその秤は傾く。
まして悠陽など、帝国臣民の心のよりどころであるといっても過言ではないはずだ。

その悠陽の命と一衛士の命となれば帝国軍衛士には悪いが、悠陽のほうが重すぎる。

「随分な理論ね、私は嫌いじゃないけれど」

「副指令、俺と秋桜を新潟に行かせてください!!」

そうすれば少なくとも悠陽が死ぬ事は無いはずだ、必ず護り抜いてみせる。
それに、帝国軍の被害も……

「前回の世界でBETAはどうなったの?」

「結果的には交戦中の帝国軍が、何とかBETAを撃破して、事なきを得ました」

「そう、ならダメよ」

「な!?……何故ですか!!」

「あんたの言葉を借りるなら、『命は平等じゃない』ってわけね。現状以下の戦力で平気なんだからほっときなさい」

武がどこまでオルタネィティブ4に貢献しているか分からないが、少なくとも秋桜はその根幹に居ると言っていいだろう。
その貴重な人材の命と、帝国軍衛士の命を比べることはできないと言っているのか。

「でも……!!」

「あんたの言っている事はこういう事よ」

その言葉を聞いた瞬間、頭から冷水をかけられた様な気がした。頭に上った熱が冷めていく。
かつて悠陽が言った『それは私に対する侮辱ですか』という言葉。

夕呼の先の言葉は、武と秋桜に対する侮辱。同時に武の先の言葉は悠陽に対する侮辱。

だが、悠陽だけを死地にいかせて、武はここで指を銜えているしかないのか?

「そうね……どうしてもというのならA-01部隊を行かせましょうか?」

「A-01部隊はまだXM-3を完全に使いこなせていません。不安要素がありすぎます」

「なら、今回は見送る事ね。それでいいわね、白銀?」

「了解……しました」

納得できたものではない。だが、軍において命令は絶対。

──まだ、悠陽との謁見が残っている。諦めるにはまだ早い。

悶々とする想いを抱えたまま、武は副指令室を後にした。

「ま、どちらにしてもA-01部隊は行かせるけどね」

武の退室後に夕呼が零したその言葉が武の耳に入る事は終に無かった。

………

……



2001年11月3日 帝都城謁見の間

<<白銀 武>>

悠陽との謁見の話を受けてから武は直ぐに承諾の意を表した。
まさか今日実現するとは思わなかったが悠陽が手を回してくれたのだろう。

横浜基地から帝都までの道のりは車で何も無い荒野をひたすら駆け抜けるといった味気ないものだった。
しかしながら、帝都に近づくにつれて建物が増え、人々の活気溢れる姿が見られる様になっていた。

ほぼ前線で荒廃した町か、前線基地にしかいた事の無かった武にとってそれらは新鮮であると同時に『元の世界』を思い出させた。

謁見の付き添いの部下としてピアティフ中尉が同行してくれている。といっても本当に飾りのようなものだ。
実際武の部下ではないし、ピアティフ中尉がやるべきことは特に無い。
それでも付き添っているのは、簡単に言えば軍人としての身だしなみといった感じ。

それでもピアティフ中尉が謁見の間に入る事は許されなかった。
夕呼先生の右腕として雑務をこなしていると言っていたピアティフ中尉には悪い事をしてしまったかもしれない。
それこそやらなければならない事が山ほどあるのだろうに。

何の気兼ねも無く悠陽に会える事の出来た前回の世界を懐かしく感じていた。
今武が悠陽の前に傅いている事もその想いに拍車をかけていた。目の前に広がるのは良く手入れされている畳。

今時畳の床とは時代に逆行していると思わないでもないが、それが帝国軍のお家柄というやつなのだろう。
未だに武士道精神に根付いた人々が多い軍隊。武も剣の修行をしたのだからその気持ちは分からないでもないが。

「面を上げて下さい」

その言葉で武は初めて悠陽を見た。正確には悠陽は四角い囲いの中に居り、それを隠すようにかけられた黒い布越しにであったが。
それを見た武の感想は、まるで篭の中の鳥の様だと思うだけであった。

ただ、悠陽との距離や、設けられた敷居が今の武と悠陽の立場を示している事を実感させられたが。

「ご尊顔を賜り、恐悦至極にございます」

こんな物言いで間違ってないか不安に思う。
前回の世界で悠陽は武が普段通りの砕けた物言いを望んでいたから、相手を敬う言葉というのに慣れていない。

「……七瀬、この者と2人で話しがしとうございます。済みませんが席を空けてくれませぬか?」

「殿下……しかしながら」

「七瀬。頼みます」

悠陽の言葉を聞いた七瀬という人物は困り果てた顔をしていた。
立場上、悠陽を素性の知れない者と2人きりにする事などできないのだろう。

しばしの沈黙。その後に大きなため息が聞こえた。随分と悠陽のことで苦労しているらしい。

「了解しました。しかし、私のみは扉の近くで控えさせていただきます。そこの者、くれぐれも殿下に無礼の無い様に」

そういい残して七瀬と警護の者と思われる数名が部屋を出て行った。
訪れる沈黙。なんとも言えない不思議な雰囲気が部屋を支配していた。

「『武』……なのですね?」

「……『悠陽』なのか?」

悠陽が囲いから出て、その姿を武の前に現す。
着物の良し悪しなど分からない武が見ても綺麗な着物を悠陽は見に着けていた。

そのまま悠陽は吸い込まれる様にして武の胸に飛び込んできた。
今までこの世界での真の理解者などいなかったのだから心細かったのかもしれない。

両の手で抱いたそれはとても柔らかく、甘い臭いが鼻をくすぐった。

その姿が冥夜と重なって気分が高揚したが、悠陽を前にしてそれは侮辱にしかならない。
自分の浅ましさに自己嫌悪に陥りそうになる。

「……久しぶりですね」

「俺の主観では一週間とちょっとぶりだがな」

「私も同じです」

つまりは悠陽も武と同じ時間にこの世界に行き着いたという事か。
10月22日が基点になっているのか?……基点?いったい何故?

まぁいい。それより優先すべき事がある。
悠陽を胸から引き離して見据える。

「11月11日に佐渡島ハイヴを見学すると聞いたんだが?」

「えぇ、それがどうかしましたか?」

「どうかするに決まっているだろう。何を考えている?」

「人類の勝利を。絶望でなく、希望で紡がれる未来を」

そう言ってのけた悠陽の目には強い意志が宿っていた。
そうであるからこそ、武にも譲れないものがあった。

「俺に、本土防衛をさせてくれ。名目は何でも構わない」

「なりません」

「……何故だ?」

「私にも、護るべきものがあります」

つまりは悠陽の護るべきものの中に帝国に加えて武が入っているという事か。

「それは俺に対する侮辱か?」

「そなたは、人の上に立つべき人です。活躍すべき舞台は「俺にも、護りたいものがある」」

武は悠陽の言葉を遮る。

「世界、人類、未来。大きすぎて漠然としたイメージしかわかないけど、それでも身近な
大切な人を、愛する人を、戦友を護っていくことがいつかは世界を救うんじゃないかって思ってる。
でも護りたいと思っても1人の力じゃダメなんだ。皆、誰かの力を借りているから生きていける。
だから俺にお前の力を貸して欲しい。お前も俺の力を借りればいい」

悠陽は黙って武の言葉に耳を傾けてくれているようだ。
言いたい事がうまく伝わっているか良く分からない。想いをうまく言葉で表せない。

「だから……うまく言えないけれど」

言いよどんで武は沈黙した。何かいい言葉は無いものだろうか。
悠陽を説得できるだけの言葉。

「……近いうちに、国連軍と帝国軍の共同軍事演習をしましょう。規模はそなたが決めて構いません」

沈黙を破った悠陽は困ったようにため息をついていた。
分かってくれたと思っていいのだろうか?

「11月11日の明け方の本土防衛の部隊に国連軍横浜基地A-01中隊所属の白銀武大尉が参加する」

秋桜を加えなかったのは、夕呼先生がどうやっても納得しないであろう事だから。
ほっておいても勝手に解決させる事象に自ら首を突っ込んで万が一の事が起こったらどうするのかという理論も理解できる。
それに共感はできないが、後々良く考えてみると確かに秋桜を一方的に巻き込むのは間違っていると思ったからだ。

「わかりました。それではそなたには黒の武御雷を一機授けましょう」

「……それがどういう事か分かっているのか?」

「えぇ、そなたにはその資格があります。私にもその程度の権力はありますし、御守りの様なものと思ってください」

それはまたよく効きそうな御守りを貰えたものだ。
こちらも新OSを帝国軍に……少なくとも悠陽に渡したいが、夕呼先生の承諾を得ないといけない。

それに、あのOSを一般の衛士が使いこなすには少なくとも二週間という時間を必要とする。
今からでは帝国軍に渡しても今回の本土防衛戦には間に合わない。

「悠陽……ありがとう」

その一言を残して武は謁見の間を後にした。
何も返す物がないのが心残りだったが、本土防衛戦でこの恩を返そうと誓っていた。



[5197] episode XI
Name: Anrietta◆f3aee459 ID:de8dbf33
Date: 2009/01/06 23:01
2001年11月8日 横浜基地

<<御剣 冥夜>>

総合戦闘技術評価演習を終えた207B訓練部隊は帰路へとついていた。
帰路といってももう横浜基地についており、あとは各々の自室へと帰るのみだったのだが。
疲労によるものか、ずっと南国にいたからか、今日は外の寒さが堪えた。

基地施設から自室のある兵舎へと続く廊下は屋根はあるものの、壁は腰ほどの高さしかなかった。
故に廊下からは歩いているだけでグラウンドの景色が一望できるようになっていた。
できたからと言って得になるような事は一切無かったが。
そんな構造であるから、冬はとても寒くなる。夜間の自主訓練に出かける際は、その寒さに思わずやる気をそがれるほどだ。

そして、そこに腰掛けて白い息を吐いている男の姿があった。
こんな時間にこんな所でいったい何をやっているかと思うが、その疑問は程なくして解消される事になった。

「──武!?」

「ん……あぁやっと来たか」

思わず呼んでしまったその名を自分で聞いてハッとする。ここには榊や珠瀬や鎧衣がいるのだった。
冥夜が教官である男を呼び捨てにしている事を知っているのは彩峰と社だけだというのに。
しかし、そんな心配をよそに榊達は武の登場に驚いているようで、先の冥夜の言葉をそれほど気にかけているようには見えなかった。
彩峰だけはなにかニヤニヤした笑いを返していたが。

「総合戦闘技術評価演習、ご苦労だった。神宮司軍曹から話しは伺っている。
スマートとはいかないまでも、ほぼ完璧な合格だったらしいじゃないか。良く頑張ったな」

武は例の少年のような笑みを見せると、訓練部隊の中で先を歩いており位置的に距離が近かった冥夜の頭をガシガシと撫で始めた。
その気恥ずかしさに思わず自分でも分かるほどに赤面してしまう。だれかに頭を撫でられるなど何年ぶりのことだろうか。
武の手は冷え切っていた。きっと随分と前から訓練部隊が帰るのを待っていたのだろう。

突然のことでされるがままにされていた冥夜であったが、正気を取り戻すと身を引いて武の手から逃れた。
訓練部隊の面々をちらりと見ると、冥夜が頭を撫でられているのを見て彩峰以外は驚愕していた様だった。
冥夜だって驚愕しているのだから気持ちは同じなのだが。
武を見ると少しだけ悲しそうな顔をしていた。急に罪悪感がこみ上げてくる。

冥夜だって2人きりならば邪険に払う事などしないが……ん?2人きりならばいいのだろうか?
武と出会ってから時に自分というものが良く分からなくなる。というか心が分からなくなる。

ちょっとしたことで嬉しくなったり、恥ずかしくなったり、怒ったりしてしまう。
この感情がなんであるのか全く分からない、それは今まで持つ事の無かった不思議な感情。

「……済まなかったな。少しはしゃいでしまったようだ」

「……そんなことはありません」

冥夜が不快な思いをしていないのだから武が謝る必要などないように思えたのだが。
武の目には冥夜が嫌がっているように見えたのだろう。
余りの恥ずかしさから逃れたのだが、別に嫌というわけではなく、つまり……なんなのだろう。

「ちょっと伝達があってな。明日からの戦術機の訓練課程は総て俺が受け持つ事となった」

「神宮司軍曹はどうなるのですか?」

そう問うたのは榊だった。今までもほとんど武が訓練を見ているようなものだったから別にそれ自体はかまわないのだが
神宮司軍曹は長くにわたって訓練を見てくれた恩師であるから最後に礼は言いたかった。

「ある部隊に編入する事になっている。機密である故に部隊名は明かせないが、解隊式には立ち会える様になっている。
軍曹に礼が言いたければ早く卒業する事だな。それともう1つあるから、近くのブリーフィングルームまで来てくれ」

武は案内したブリーフィングルームに入ると、資料のようなものを冥夜達に渡し始めた。
どうやら戦術機のOSに関するものらしい。そんなものを訓練兵である冥夜達に渡していったいどうしようというのか甚だ疑問だった。

「全員に渡ったな。これから貴様達には既存OSの操縦概念のない者の新OSに対する有用性を検査する為のテストパイロットとなってもらう。
尚、このプロジェクトは秘密裏に進められるものであり、今配布した資料並びにシミュレーターでの経験はすべて極秘扱いだ。
情報漏洩にはくれぐれも注意するように。また、配布した資料は新OSの概要となっている。明後日までには覚えておけ」

いきなりそんな事を言われても戸惑うばかりである。訓練兵である冥夜達にテストパイロットとなれ等と。
しかし一方で、先に武が述べた計画の目的からするとこれは訓練兵でなくてはできない事なのだ。
お鉢が回ってきたのは偶然によるものなのか必然によるものなのかは分からないが。

『了解しました』

不安を抱えながらも、訓練部隊は了解の返事をした。
このようないきなりの指令は先の総戦技演習で慣れていた。
もっとも一般兵となればいきなり指令が来る事など常なのだが、それを訓練部隊の面々が知るはずも無かった。

………

……



2001年11月10日 横浜基地35番ハンガー

<<白銀 武>>

先日、悠陽との謁見から戻った武に夕呼先生が言ったのは『やってくれたわね』の一言であった。
いくら所属する軍が違うとはいえ帝国軍の将軍から直々の命令とあれば武の出撃を認める他なかった。

夕呼先生に絞られるかと思っていたが待っていたのは『必ず生きて帰ってきなさい』のねぎらいの言葉だった。
それが優しさから来るものではなく、単に利用価値のある武を失いたくないが故の言葉だとしても嬉しく思った。

ちなみに、XM-3の帝国軍への引渡しは当然のごとく却下された。元々それほど期待してなどいなかったが。
夕呼先生いわく、まだその時ではないとのこと。
きっと水面下でいろいろな事が動いているのだろう事は容易く想像できるが、悠陽に何も返せなかったのは残念だった。

秋桜は秋桜で何か大変な事をしているようだ。
彩峰が総戦技演習から帰ってきたときには部屋でいろいろと語り合っていたが、それ以来部屋にも戻っていない。
よほど忙しく動き回っているらしいから、頼んでおいた例のものを創ってくれるかどうか疑問なのだが……。
秋桜がいなくなると、部屋が広くなった気がしてなにか寂しい感じがした。

まりもを加えたA-01部隊は部隊連携へと訓練内容を移している。
巡り合わせが悪いのかなんなのか訓練部隊の戦術機の教習など忙しい事もあって結局、武と秋桜は一回も部隊連携の訓練ができずにいた。
明日のBETA侵攻が終わればとりあえず事態は落ち着くはずだが。

とにもかくにも今日は戦術機適性検査を終えた訓練部隊の高等練習機である『吹雪』が人数分届くはずの日だった。
相変わらずこういった面に対しての夕呼先生の根回しのよさには頭が下がる。
しかし、今日届けられるのはそれだけではない。
悠陽が届けると言った武の黒い武御雷、そしておそらくは冥夜の紫の武御雷。

帝国斯衛軍が採用してる武御雷のカラーリングにはその色ごとに意味がある。
地位の高い順に紫、青、赤、黄、白、黒となっていて、紫とは将軍専用機を意味している。
生体認識システムによって通常は悠陽か双子である冥夜しか搭乗できない。
また、ワンオフに近いチューニングがされており、機体性能だけなら帝国一と言ってもいいかもしれない。
対照的に黒とは武家以外の衛士に与えられる機体で、紫と比べるとその性能はやはり劣るがそれでもやはり不知火以上の性能がある。

武は前回の世界で駆っていたのは紫の武御雷を黒く染めたものであったから本来の黒とは若干の違いがあるのかもしれない。
ほどなくして吹雪がハンガーに搬入されてきた。訓練部隊の面々が興奮した面持ちでそれを眺めている。
武も前回の世界では興奮したものだ、憧れていた巨大ロボットが目の前にあるのだから。
対照的に今どこか冷めた目で訓練部隊の面々や搬入される吹雪を見ている自分に時の流れというか心境の変化を感じずにはいられない。

そして紫の武御雷が搬入された。それを見て冥夜は顔をしかめているようだった。
特別視される事を快く思っていない冥夜にとってこれはありがた迷惑というやつなのだろうな。

「武御雷だな、それも紫」

「えぇ……」

ふと見るとたまが武御雷に触れようと近づいていくところだった。
確か、ここで月詠中尉が出て来てたまを叩くんだよな。

「珠瀬、あまり近づかないほうがいい」

「あ……そうですね」

武の言葉で、どうやら思いとどまったようだ。
紫の武御雷の意味を知らない訳ではないのだから当然の反応なのだろうけど。

前回の世界ではこいつの意味を武は分かっていなかった。
それ故にたまが触れた程度で叩かれた事に不条理を感じたが、今ならわからないでもない。

月詠中尉の忠誠心はそれこそ異常と言ってもいいくらいのものだったし、
紫の武御雷はそれ自体が将軍を表すのだから無礼ととられるのも分かる。

冥夜以外の訓練部隊の面々はなにか悟ったのか、その場から離れていった。
彼女達なりに気をつかったのかもしれない。
いくら背景を気にしなくなったとはいえ、『形』としてこの場に出されては改めて認識させられるというものだろう。

そしてご丁寧に記憶通りに月詠中尉が出てきた、後ろにいつも通りの3人を従えて。

「白銀……大尉」

しかし紡がれた言葉は記憶とは違う言葉だった。前回の世界では冥夜に話しかけていたが。
冥夜を置いて武に伝えたい事があるというのか。

「今までの非礼をお詫び致します。申し訳ありませんでした」

『申し訳ありませんでした』

その後に月詠達がとった行動は更に武を困惑させた。それは綺麗に90度に腰を曲げた謝罪だった。
確かに理不尽と思えるほどの非礼は受けたが、いきなり謝罪する意味が分からない。

「頭を上げて下さい。いきなりどうしたんです?」

「ある御方より直に、白銀大尉を侮辱する事は我を侮辱する事と心得よと命を賜っております」

その言葉に更に衝撃を受ける。隣の冥夜でさえ、顔を見なくとも雰囲気で驚愕しているのが分かる。
あるお方とは間違いなく悠陽の事だろう。悠陽は一体何を考えているんだ?

「はぁ……俺はもう気にしていないので、頭を上げてください」

「ありがとうございます」

それにしても前回の世界とは扱いが間逆なことに驚く。確か『死人が何故ここにいる?』と言われたはずだ。
確かに前回の世界で一回死んでいる武は言い方を変えれば死人と言えないことも無い。
しかしながら、前回の世界の前は元の世界にいたからその時は死人ではないし、なによりその事を月詠中尉が知るはずが無い。

死人……一体何を意味している?前回の世界を意味しているのでないとすれば……この……世界の……?

「冥夜様、遅ればせながら総合戦闘技術評価演習、合格おめでとうございます」

『おめでとうございます』

武の思考は途中で中断されてしまった。月詠達が祝いの言葉を述べている。
しかし、その顔は祝っているとは言えないくらいに憂いを帯びていた。気持ちはわからないでもない。
武とて心境的には月詠達に近い立場なのだから。

「そなたらが喜んでいるようには見えぬな」

「私はかねてより、冥夜様がこのような場所におられる事は、承服しかねると申し上げてまいりました」

「ここにいるのは私の意思だ。それはもう何度も申したであろう」

冥夜と月詠中尉の言葉の応酬を聞きながら、ここに武がいる必要は無い様に思えた。
この問題に立ち入るつもりなど毛頭ない。冥夜の中ではすでに答えが出ているようだし。
そう思い、踵を返そうとした

「お待ち下さい、白銀大尉。既にご承知の事と思いますが、ある御方より黒の武御雷を大尉へ引き渡すようにと言われています」

「……そうか、ありがとうと伝えておいてくれ」

「御意に。直ぐに搬送いたします」

その言葉を聞いた冥夜はまたもや驚愕している様だ。
黒とはいえ武御雷を一介の国連軍衛士が『ある御方』から貰い受けるなどあり得ない事。

「それから冥夜様にも、紫の武御雷をお側に置くように命を賜っています」

「己の分は弁えているつもりだ。一介の訓練兵には吹雪でも身に過ぎるというもの」

であるからこそ『ある御方』から訓練兵が紫の武御雷を貰い受けるなど、それ以上にありえない事なのだ。
だが、それは『ある御方』が冥夜にできる数少ない贈り物のひとつである事を武は知っている。
どれだけ大切に思っているか、どれだけ会いたいと思っているか、どれだけ護りたいと思っているか知ってしまっている。
だからこそ、冥夜の言葉は武の心を痛めた。ないがしろにしている訳では無い事を知っている。だが……

「貰っておけよ、せっかくの『贈り物』だろうが。どこの誰が寄越したのかは知らないがな、
少なくともこれがあればお前が死ぬ確立は減るだろうさ。なかなか貰えるもんじゃねぇよ、
武御雷じゃなくて『そういう気持ち』ってやつはな。少なくとも側に置いておくくらいはいいだろう
……せめて、心だけは共にいさせてやれ」

自然に言葉が紡がれていた。それが武の発した言葉であると自覚するのに数秒を有したほどだ。
冥夜と月詠はそれこそ驚いた様に武を見ていた。そりゃいきなり訳知り顔でこんな事を言えば驚くかも知れんな。

「ほ、ほら、それに俺とおそろいだし!?」

武御雷を目の前にしておそろいも何もないような気がしないでもないが。
それは冥夜達も同じらしく、小さく笑っていた。なんとかごまかせたみたいだ。

それからしばらく冥夜はその瞳を閉じて何か考え込むように沈黙した。
幾許かの時がすぎた頃に小さく頷くと、不意に武御雷を見据えた。

「……月詠、私にはまだこれに乗る力が……資格が無い。
だから、いつかその資格があると思える日が来るまで側に置いておいてはくれないだろうか。
それから……許されるのなら、これを贈ってくれた者に礼を伝えておいてくれぬか?」

「御意に。必ずや、お伝え致します」

「それじゃ、俺はやる事があるからこれで」

やる事は山ほどある。武御雷のXM-3の取り付け、並びに機動の確認。つまらない事で命を落としたくは無い。
それから明日だけは訓練部隊の臨時教官としてピアティフ中尉に見てもらう事になっている。
初期段階という事で機動に慣れる訓練だから、それこそ監視するだけでいいので誰でもできるがXM-3の機密性故にピアティフ中尉にお鉢が回ったのだ。
ピアティフ中尉には何かお礼をしないといけないかもしれない。しかし、喜びそうなものが思いつかないが……クールそうだしなぁ彼女。

「白銀大尉、ある御方の言葉と大尉が前に述べた言葉に先の言葉で確信が持てました……貴方は素晴らしい御方です」

「その御方が何を言ったか知らないがな、俺は……その御方が思っているだろう事をそのまま言っただけだ」

「……人の心を汲むことこそが一番難しい事なのですよ、大尉」

この世界で月詠中尉の笑う顔を見たのは初めてだった。前回の世界でのそれを思い出して、胸が締め付けられた。
この笑顔を失いたくない。今度こそ救ってみせる。武は、もう何度目になるか分からない誓いを立てた。

………

……



同日 横浜基地90番ハンガー

<<KOS-MOS>>

「これがあんたの言っていた機体?それほど強そうには見えないけれど」

KOS-MOSが一応の形になった機体を眺めて、もとい重量バランス等を分析していると後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。
見てくれはYF-23の原型を留めており、ぱっと見て変わった事は機体のカラーリングくらい。
鮮やかな国連軍カラーにも似た青は今や純白ともいえるほどの輝きを放っていた。白銀色と呼べない事もないかもしれない。
もちろん、変わった事はそれだけではないのだが。

「これは『護衛機』です、『戦略機』には成り得ません。ただ、それでも装甲強度の向上、噴射ユニットの出力向上、各部間接の強化、
それらによって『私が乗っても』壊れない仕様になっています。現状の戦術機では最高性能の機体かと思います。
私が操縦しないと空間転送システムは使えないので、兵装担架はそのまま、もちろんXM-3は搭載しています。
汎用性を持たせるために耐G加工をしたいのですが……それはまたの機会になりそうです」

「さっさとやっちゃえばいいじゃない」

「……11月11日。何が起こると言うのですか?」

武の口から語られる事はなかったが、その日に何か大きな事が起こる事は知っている。
博士がそれをKOS-MOSに語っていないのは別に不思議ではない、知らせる必要がないから。
それを分かっていながらも問わずにはいられなかった。

「貴女が知るべきことじゃないわ。それよりも」

「偶然によるものか必然によるものかは分かりませんが、佐渡島ハイヴ付近の帝国軍に防衛基準態勢2が発令。
時を同じくして近隣の帝国軍の師団規模と推定される戦術機が新潟に集まっています。そして帝国軍征夷大将軍までもが新潟に」

「……へぇ、そうなの。良く知ってるわね」

KOS-MOSのハッキング技術とエネルギーセンサーを使えばこれくらいはなんとでもなる。
その気になればこの世界程度のプロテクトなら『世界中のコンピューターを支配下』に置く事さえ可能だろう。
そんな事をする気も意味もないが……当然ながら博士にこの力を悪用させるつもりもない。
博士はKOS-MOSの登場以来、第4計画の詳細をデータ上から総て消去して紙媒体に纏めていたが……ご苦労な事だ。

「どうしても話してはくれませんか?」

「11月11日明け方に佐渡島ハイヴのBETAが本土進攻をするらしいわ。
白銀の記憶によれば、そのときは現状以下の戦力でも鎮圧できたらしいから何も心配する事はないわよ」

……なるほど、そういう事か。

「説明して頂きありがとうございます」

「それで、こいつの名前は?」

博士は護衛機を見上げて、さも当然のように問うてきた。名前など決めていない。
確かに言い様によっては半分帝国製だから名前がグレイゴーストは味気ないかもしれない。
グレイでないし、ゴーストでもないし。名前……か、それならばアレがいいのではないだろうか。

「それでは『須勢理』と名づけましょう」

「……あんた日本神話の知識があるわけ?」

KOS-MOSからその名が出るとは思わなかったのだろう、博士は心底驚いていた。

「博士がXG-70を度々、『凄乃皇』と呼んでいましたので少し気になって調べました」

「凄乃皇の娘、須勢理姫……なるほど、あんたにぴったりかもね」

博士とKOS-MOSは完成間近の『須勢理』を見上げた。どうやら重量バランスも申し分ないようだ。

「それじゃ、耐G加工もやっときなさい」

それっきり博士は興味をなくしたのかそそくさと出て行ってしまった。

──じゃ、始めましょうか。

………

……



2001年11月11日 新潟県旧国道沿い帝国軍第12師団

<<七瀬 俊也>>

「ひたすらに地平の変わらぬ景色をながめども、未だに朝は来ず……か」

『朝が来たところで任務は続きますがね~』

通信で部下から眠たそうな声が聞こえるが、それを叱咤する気にもなれない。
殿下が佐渡島ハイヴを見たい等と言い出しやがったらしく、帝国第12師団、14師団はそのとばっちりを食っているのだから。

前々から話しはあったので前日は昼の間に寝ておけとの話しだったが、良くも悪くも血気盛んな帝国軍人がそう寝付けるはずもなく
眠気が今になって襲ってきているのだろう。七瀬もその1人であるから、分からないでもないが。

──殿下だの、斯衛だのとくだらない。

七瀬が武家の出身でありながら帝国軍に身を置いているのもそう。未だにちゃんばらごっこをしている斯衛とは肌が合わない。
斯衛に残った妹の神経を本気で疑うくらいだ、なんでも今は斯衛でも10の指に入る実力者とか騒がれているらしいが。

──だいたい、何故あんな小娘を護ってやらねばならぬのだ。

世界大戦前ならまだしも、今の征夷大将軍の権力などたかがしれている。
せいぜいがお飾り、政の度に綺麗に飾りつけられ終わればまた丁寧にしまわれるただの人形。
どうせ、戦うことも部隊を指揮することもできはしない。

──護る価値などあるものか。

『……早く帰ってくれないかな』

「伊藤少尉、口を慎め!! 貴様は帰ったら腕立て200だ!!」

『でぇ!? 通信入ったままだった!?』

ま、その気持ちも分からんでもない。というか共感すらするんだがな。
部隊長として一応の面子というものがあるから叱っただけに過ぎない。
しかし、部隊内でもさっきの一言で明らかに目を怒らせた者もいるのも確かだ。

それだけ帝国軍の中にも殿下を崇拝する者がいるという事。
七瀬とは相成れない思想だろうがな。

一向に変わらぬ景色に辟易としていた頃、緊急通信が入る。
いったいなんだというんだ?

『──あ、アーマード01よりCP!!コード991発生、コード991発生!!至急応援を』

コード991が表すもの、それは

「──BETAだと!?」

戦場マップを見れば海岸線から加速度的に増えていく敵マーカーを示す赤い点。
そしてそれは直ぐに撃震の索敵上限を超え、味方を示す青マーカーが赤く塗りつぶされていく。

──こんな時に……ちょっとはこっちの都合も考えやがれ!!

「ジャベリン01よりジャベリン各機。さっさと臨戦態勢をとりやがれ、行くぞ……ってあぁ?」

目の前を駆けていったのは紛れもない将軍機である紫の武御雷、それに追随するようにして数機の武御雷が続く。

──あんの馬鹿将軍が、何考えてやがる!!

頭の中で愚痴を零しながらも撃震を駆る。しかしながら、武御雷と撃震の性能差などそれこそ天と地ほどの差がある。
故に距離は無情にも離れていく。

──くそが!!こうなったら通信で

「帝国軍第12師団第2戦術機甲連隊所属、七瀬大尉です。煌武院悠陽殿下とお見受け致します、誠に恐縮ですがここは危険ですから」

『将軍家の人間は、自ら第一戦に立って臣民の模範となるべし』

──な、OPチャンネル!?

『私は将軍でありながら、今まで護られてばかりでした。ですから』

だから今度は自分が護るというのか、俺達を?
だが、ここでてめぇが死ねば帝国軍の死者はそれこそ犬死にになるんだぞ!?

「ふざけるな……てめぇがやってんのは鬼籍に入った先達に対する侮辱だ!!」

気がつけば叫んでいた。しまったと思った時には既に遅い、きっと殿下の耳にも届いてしまったはずだ。

『……自らの懸けるべきを心に思い浮かべて下さい。ただそれを護る為に、私に力を貸して下さい』

やっと追いついたと思ったときには、すぐには眼前に広がる光景を信じることが出来なかった。
紫の武御雷と黒の武御雷の踊るような二機連携、それを避けるように積み上げられていくBETAの屍骸。

それらから若干遅れるようにして武御雷が数機続いているが、先の二機連携を見せられた後ではお粗末なものだった。

──これが……

無残に積み上げらていくBETAの屍骸が、たった二機でBETAの侵攻を食い止めるその姿が雄弁に物語っていた。

──俺が、散々馬鹿にしていたあの小娘の力だというのか?

自分達が護る等と何とおこがましい事か。理性でなく、本能で理解させられた──俺達は、殿下に護られる立場であると。

『眼前に広がるは異形の幾万の敵。背には故郷と万人の命、奴らに穢されたくないと願うのなら……
懸けなさい、その剣と弾丸に、己が命を。護りなさい、その誇りを、背負う者を。
誓いなさい、何があっても、生きて帰ると。その覚悟があるのなら……続きなさい、我が開く修羅道を』

紫の武御雷が通った後に残るは綺麗に装飾された道ではなく、BETAの屍骸で飾られた修羅の道。

──その道を進めというのなら。

「……ジャベリン01よりジャベリン各機。殿下を連れ戻すぞ」

『でも、どうやって』「決まってんだろうが!!」

「目の前のBETA全部ぶっ殺して連れて帰るんだよ!!遅れた奴は朝飯と昼飯抜きだ、いいな!?」

『りょ、了解!!』

──駆け抜けて見せよう。

七瀬は久方ぶりに武者震いをした。
この時ばかりは斯衛軍にいる妹を羨ましいと思った。








以下、後書き

本土防衛戦は次回も続きます。
悠陽が戦場を駆ける事は賛否両論あると思いますが、こんなマブラヴもあっていいのではないかと思い、暴れさせています。
ヴァルキリーズの影が薄くなっていますが、彼女達はいったいどうなる事やら。
次回更新も一週間後を目標に執筆中……



[5197] episode XII
Name: Anrietta◆f3aee459 ID:de8dbf33
Date: 2009/01/11 11:57
2001年11月11日 帝国軍第14師団後方

<<伊隅 みちる>>

神宮司大尉を加え部隊連携訓練を行っていたA-01部隊は、香月副指令から『BETAの捕獲』任務を与えられた。

どうやって情報を得たのか知らないが、今日佐渡島ハイヴからBETAの本土侵攻があると博士は予測したらしい。
未だBETAの行動を予測できた者はいないのだから、みちる自身未だに半信半疑ではあるが。

といっても、このような突飛な任務に従事するのは何も初めてではない。
香月博士直属の特殊部隊であるA-01部隊はこのような影の仕事を負う事が常であるから、むしろ自然なくらいだ。

──影で香月博士の手足となることこそがA-01部隊の存在意義なのだから。

しかし、博士から与えられる任務の過酷さ故にA-01部隊の損耗率はその他の部隊に比べても壊滅的と言っていい。
また、その特性上なかなか補充要員が入らない事が常であるから、部隊は縮小を繰り返す他なかった。

元々このA-01部隊は連隊規模、分かりやすく数で言い直すならば、およそ108機もの戦術機によって構成された部隊だった。
それが今や残すところ中隊規模……正確には13名、これだけでもその過酷さが十二分に伺えるというもの。

今回の作戦に参加したのは白銀大尉と秋桜少尉を除いた11名、内一名はCP将校であるから戦術機で言えば10機。
更にA-01部隊が駆る不知火にはかのXM-3が既に搭載されている。

この任務、XM-3の性能評価もかねている。
BETAの捕獲後、武器を通常のものに換装したら帝国軍第14師団と共にBETA鎮圧に参加せよとのこと。

──要するに、帝国軍にXM-3の性能を見せつけよって話だろう。

博士はどうやら早急になんらかの成果が欲しいらしい。
未だに第4計画が何の成果も出していない事に、若干の焦りを感じている様に思う。

このXM-3はひいき目なしでも素晴らしいポテンシャルを秘めていると断言できる。

それまでの操縦概念を一掃したシステムとその設計コンセプト、なにより驚くべきはその自由度。
世界中に配備されれば、それこそ戦況を打開しうる鍵になれるはずだ。

しかしながら、いくら有能であっても実戦での実績のない新型兵器は兵士達から嫌われる傾向にある。
自らの命を預けるものであるし、みちるとてその1人であるから気持ちは分かる。
それ故の実戦での性能評価、要は実戦証明済みの判子が欲しいのだ。

であるからこそ、無様な戦果は許されない。

不安が無い訳ではない、むしろ不安だらけだ。
もし本当にBETAが現れたとしたら未だに扱いきれているとは思えないXM-3搭載の不知火で戦わなければならず、
そして唯一にその機動を完全に掌握している白銀大尉と秋桜少尉は不参加。
充分とは言えない神宮司大尉との部隊連携、そしてこれが初陣となる新任少尉達。

『伊隅大尉~。本当に来るんですか、BETAは?』

『おやおや、速瀬中尉は早くBETAとの死闘がしたくてたまらないようで。これだから戦闘狂は』

『む~な~か~『って築地が言ってました』築地ぃいいいいい!!』『ひにゃぁああああ!?茜ちゃん助けてぇえええええ!!』

『知らないわよ、っていうか戦術機でくっつくなぁあああああ!!』

だというのに、こいつらは……通信でやりたいほうだい。
まぁ、それがいい具合に新任共の緊張をほぐしているから注意はしないが。
神宮司大尉もそれは分かっているのだろうが、みっともない事に変わりはなく画面越しに頭を抱えていた。

しかし、築地少尉はやはり機体の姿勢制御技術に長けている。
戦術機に抱きつけるのが戦闘に影響を及ぼすかは甚だ疑問ではあるが……
というか、不知火が不知火に抱きついている光景はシュールだ、みちるには少し前衛的すぎる。

宗像中尉のこのギャグはもはやお決まりになってきている。
誰が犠牲者になるかで毎回ハラハラするのだが、みちると風間中尉と涼宮中尉は未だにその餌食になった事はない。
最近で言うと神宮司大尉と秋桜少尉もそうなのだが。
要するに、新任少尉だけが犠牲になっているという事なのだが……そういえば何故か白銀大尉は餌食になっていた。
若さゆえか、その人間性からかは分からないが、それだけ溶け込んでいるという事だろう。

『──あ、アーマード01よりCP!!コード991発生、コード991発生!!至急応援を』

そんな事を思っていると、OPチャンネルから帝国軍衛士の悲痛な叫びが聞こえてきた。

──コード991……BETA……まさか本当に現れるとは。

画面越しに見る部隊員の面々は知らされていたとはいえ、驚愕しているようだった。
BETAが来ると知らされていたとは言え、皆半信半疑だったのだ、致し方ないだろう。
だが、いつまでも呆けているわけにはいかない。

「遊びは終わりだ、ヴァルキリーズ全機即応体制!!やつらを生け捕りにするぞ!!
当初の予定通り、帝国軍が取りこぼしたBETAに対し各小隊単位で対応すること、いいな!!」

『りょ、了解!!』

「いつまでも呆けているつもりだ貴様ら!? 中隊復唱!!」

『死力を尽くして任務にあたれ』

『生ある限り最善を尽くせ』

『決して犬死にするな』

「……上等だ。我らが『ヴァルキリー』たる所以を見せ付けてやれ」

『了解!!』

………

……



同日 対BETA本土防衛戦渦中

<<白銀 武>>

眼前に望む事ができるのは蒼穹の美しい日本海などではなく、BETAという醜悪な生物でできた海だった。

悠陽を護るように二丁拳銃でBETAを撃ちぬいていく、XM-3を搭載しておいて良かった、やはり2方面同時攻撃は隙がない。
それでも尚、弾丸の嵐を潜り抜けて近接するBETAは長刀を装備した悠陽が屠っていく。
互いに背を預けるようにして戦場を駆けていく。やはり悠陽との二機連携は秋桜とはまた違った良さがある。
お互いがお互いを補っている感じ、この感覚は悠陽とでなければ味わえない。

──修羅道か。

先ほどの悠陽の鼓舞で帝国軍の士気は上がっているはずだが、だからといって死者が0になるはずがない。
戦場に転がるのはBETAの屍骸だけではない、要撃級の一撃を受け無残に形状を変えた戦術機のコクピット。
かつて人であったものの、臓物がはみ出た胴体、脳漿と眼球が飛び出した頭部。
穴だらけになった戦車、爆発する戦術機、踏みつけられ圧縮されたコクピット。

身体が上半身のみとなった者がそれでも生きようと臓物のはみ出した身体を引きずっていた。
こんな場所に救護など来るはずがない、助かるはずのない明らかな致命傷、しかし痛みは意識を手放す事を許さないのだろう。
残るのは耐え難い苦痛を味わいながら死ぬか、BETAに喰われて死ぬか、どちらにしても待つのは地獄。

それを見つけてしまった武は一瞬も迷う事なく突撃砲で撃ちぬいた。

そんな動作を自然に行った自分に愕然とする。
今の俺は完全に『前回の世界の白銀武』になっている。

──自分を切り捨てて、残るものは何ですか?

幾度となく自問自答を繰り返した、この世界の霞が零した言葉。

多分、この世界に来て忘れていたんだ……残るものは──罪と罰と贖罪。

人殺しの罪、命の罰、終わらぬ贖罪。

この世界で始めて人を殺して、やっと思い出す事ができた。

──許されようとは思わない、だがその死に真に報いたいと願うのなら。

ただBETAを滅ぼし世界を救う事、それが唯一残された贖罪の道。

どれだけ罪を背負い、この手が深紅に染まろうとも、必ず成し遂げてみせる。
この世界で、新しい仲間と共に。
前回の世界での戦友の死を、散って逝った先達の死を、己が信ずる正義を振りかざして奪った命を無駄にはしない。

──だから、贖いが終わるその時まで『お前』も『俺』に力を貸してくれ。

『い……06!!イージス06!!……やっと気付きましたか?』

「ゆ……?イージス01、すいません。少し考え事をしていたもので」

それでも身体はBETAを殺すための機動をとり続けていたのだから、自分の事ながらそら恐ろしく思う。
無意識下で殺せるほどまでに染み付いているというのか。

『……かまいません。目も元に戻ったようですし』

「目……ですか?」

『感情を総て殺した目です。例の31号を思いおこさせる目でした』

……例の31号、アルバータハイヴ。
前回の世界で武は常にそんな目をしていたのだろうか。

逆に言えば、この世界がそんな目をしなくていいほどに恵まれているという事。

『300秒後に支援砲撃が来ます、各自注意してください』

支援砲撃の巻き添えを食わない為に後退する武と悠陽にやっとの事で斯衛の小隊が追いついた。
ここまでついて来れるとは、正直思っていなかった、やはり侮れない。

『殿下!!二機でBETAに吶喊などと、危険にも程があります!!』

『イージス01より02、今は作戦行動中です。それに、その言葉は私達に着いて来られるようになってから吐く事です』

『それは……』

思うところがあるのか、斯衛の小隊は全員が苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。
護るべき君主にこう言われては立つ瀬が無いのだろう、斯衛というのは得てしてプライドが高いものだし。

程なくして悠陽の言葉通り、目の前数百メートル地点を対地ミサイルやロケット砲による面制圧が開始される。
先の惨劇を見てしまった後でも、この光景を見る限り恵まれている事を実感してしまう。

前の世界の終焉ではこんなものなどなかったのだから。

しかし、着弾率が異様に高いというのはやはり光線属種は出てきていないのだろうか?
そのおかげでBETAの損耗率は加速度的に上がっていっているが。

面制圧を逃れた一群が武御雷の一団に近接するが、武の支援砲撃と斯衛の近接剣術に屠られていく。

やがて支援砲撃が終わり、大量の爆煙と土煙の隙間から大量に駆逐されたBETAの残骸が覗ける。
このままいけば程なくして戦闘は終了するはずだ。

『イージス01よりイージス各機。これより戦線を押し上げます、参りましょう』

『了解!!』

『CPより各リーダー!!第14師団後方に大量のBETAが発生、至急応援を』

まさに戦線を押し上げようとした時に緊急通信が入る。
14師団後方、つまり旧国道沿いに展開している部隊の後方にBETAが出現したという事、このままでは本土侵攻を許してしまう。

戦場マップを見ると、何故か後方にいた中隊規模の部隊がBETA侵攻を食い止めていた。

「イージス01!!」

『分かっています。イージス01よりCP、これより後方の支援に回ります』

『CPよりイージス01、止めても無駄なのでしょうね。御武運を』

『イージス各機、最大戦速!!死ぬ気で着いて来なさい』

『了解!!』

………

……



同日 帝国第14師団後方

<<神宮司 まりも>>

──BETAの数が少ない。

捕獲という任務であるが故に帝国軍の後方で取りこぼしたBETAを捕獲していっているのだが、予想していたよりもずっと少ない。
それが帝国軍の奮闘によるものか、元々のBETAの総数が少なかったのかは分からない。
だが、それ故にA-01部隊は大した混乱もなく、着々とBETAを捕獲していった。

新任少尉もこれが初の実戦とは思えない程落ち着いている。
というのも、BETAの脅威はその数にあると言われている通り、
シュミレーターよりも圧倒的に少ない数のBETAに今更怖気づく様な玉でもないのだろうが。

しかし、BETAの捕獲とは夕呼は一体何をするつもりなのだろうか。
きっと例の計画に使うつもりだろうが、BETAの生け捕りとは何とも穏やかではない。
それに、これらが同じ横浜基地にいると思うと、あまりのおぞましさに虫唾が走る。
輸送車に乗せられたBETA共を今すぐにでも突撃砲でバラバラにしてやりたい衝動に駆られる。

「ヴァルキリー12よりヴァルキリー01、BETA捕獲数が規定数に達しました」

『ヴァルキリー01よりヴァルキリー12、了解した。
ヴァルキリー01よりヴァルキリー各機、輸送車を安全地帯まで後退させた後に全機武装を実弾装備に換装。周囲への警戒を怠るなよ』

『了解』

しかし、ここで私怨を晴らす事で計画を台無しにしたくないし、元来真面目な性分であるから仕事はきっちりとこなす。
なによりそんな事をすれば輸送車もろとも破壊してしまう。今はまだ我慢しよう……直ぐにBETAと戦う事になるのだから。
輸送車を安全地帯まで後退させ、実弾装備への換装をし再び戦場へと舞い戻る。

『ヴァルキリー01よりヴァルキリーマム、フェイズ1を完了。これよりフェイズ2へと移行する』

『ヴァルキリーマムよりヴァルキリー01、了解しました。帝国軍1403連隊──!?』

大きな地響きと共に涼宮中尉の声が不意に途切れる。
目の前に警告ウインドウが立ち上がり、振動センサーに目をやると既に振り切れていた。

しかし、本当に度肝を抜かれたのはここからだった──索敵総数2万!?

『ヴァルキリー各機!!速やかに後退してください。その周辺に』

次の瞬間、崖から落ちた巨大な岩が地面に衝突したかのような轟音。
大地を引き裂いて、這いずり出てきたのは大量のBETAだった。

総数を確認する事すらあほらしい、明らかに中隊規模の戦術機でどうにかできる数を超えている。

『別働隊!?くそ、一旦後退する!!殿にはB小隊を』

『CPよりヴァルキリー01。後退は認めない、BETA侵攻を阻止せよ』

聞こえてきたのは涼宮中尉の声ではなく、おそらく帝国軍のCP。
国連軍の部隊に命令等、越権行為であるが作戦の機密性故に今A-01部隊は『帝国軍』扱いとなっているのだ。
それが仇となって返ってきたか。

『明らかに中隊で対処できる数ではない!!もう一度検討を』

『CPよりヴァルキリー01。後退は認めない、繰り返す、後退は認めない』

眼前には最高速度約170km/hを誇る突撃級の群れ。
しかしながらいくら仮とはいえ、それが司令室の決定であるならば持ちこたえるしかない。
撤退すれば敵前逃亡とみなされて銃殺されるだけだ。

それに、A-01部隊が止めなければ本土が戦場となる。

『くそが!!聞いたとおりだヴァルキリーズ、ここでBETAを食い止める!!
B小隊は前に出てBETAを食い止めろ、A小隊、C小隊はこれを支援!!』

『了解!!』

ほどなくして突撃級の群れが部隊を襲う。
平面戦闘だけでは確実に飲まれていただろうそれを空中を使う事で回避、柔らかい背中に36mmを撃ち込んでいく。

着地地点にも押し寄せているBETAという波には120mmを打ち込み、なんとか足場を確保する。

──まずい。

まりもの衛士としての本能がそう告げる、死の予感というものを感じずにはいられない。
新任少尉のバイタルデータを見ると、明らかに異常な数値を示している。

本来ならば、催眠暗示などの処理を行うべきだがそんな余裕はない。

戦場マップを見るが、支援が来るとは思えなかった。
ならば今頼りになるのは支援砲撃。

『ヴァルキリー01よりCP、支援砲撃を要請する!!』

『CPよりヴァルキリー01、既に準備をしている。360秒待て』

「……随分と簡単に言ってくれるわね」

この状況でそれだけ耐え抜く事がどれだけ大変な事か。

『なぁに、そのくらい余裕ですって!!』

速瀬中尉が軽く言っているが、その額には汗が滲んでいる。
まりもと二機連携を組んでいる築地少尉は早くも息が上がっていた。

新任にしてはいい動きをみせているが、やはり経験の差というものがある。

「ヴァルキリー08、気張れよ!!ここが正念場だ!!」

『了解!!』

当れば戦術機など一発で損壊してしまう一撃を避け続け、ひたすらに背後から弾を撃ち込む。
取り逃がしてしまう数も決して少なくなかったが、仕方の無い事。

元より中隊で処理できる数ではないのだから。

突撃級の一団をやり過ごした後は要撃級の一団だった。
先の戦闘で36mmも120mmも使い果たし、今手元に残っているのは長刀のみ。

──全滅。

皆口には出さないが、分かってしまっているのだろう。
諦めの色を目に宿している。

だが……まだ、死なせるわけにはいかない。
彼女達は将来を担う有望な衛士、だれもが世界を変える力を持っているとさえ思う。

より生きたいという執念がある方が生き残る、これはもう戦いの常と言っていい。
ならば……

「死力を尽くして任務にあたれ、生ある限り最善を尽くせ、決して犬死にするな。
ヴァルキリーの隊訓を忘れたか!?目の前には倒すべき敵が山ほどいるぞ、戦乙女にふさわしい戦場だ!!
臆するな!!元より逃げ場など無い、ならば進め、進め、進め!!
ヴァルキリー全機、抜刀!!誓え……必ず生きて帰るぞ、いいな!?」

『了解!!』

まりもの激を発端にヴァルキリーズは再び戦況を持ち直す。
だが、これがどこまで続くかわからない。正直もう気力で戦っているようなものだ。

──不意にコクピットに鳴り響く警告音。

照射警告だと……光線属種がいたのか!?
地上の戦術機に向けての物ではない、跳躍していたのは築地少尉──高度が高すぎる!!

『築地、早く戻れ!!』

すぐさま地面に向けてフルブーストを行っているが、着地地点には突撃級が押し寄せている。

──死なせてたまるか!!

築地少尉の不知火が着地した瞬間、突撃級の突進を機体の脚部に受け、大きく弾き飛ばされる。
急速旋回していたようだが衝撃を受け流しきれなかったのだろう、弾き飛ばされたその先には要撃級が既に腕を振り上げていた。

『いや……いやぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!』

聞こえてくるのは築地少尉の悲痛な叫び。
もう嫌だ、絶対に誰も死なせない!!失いたくはない!!

──間に合え!!

まりもは機体の勢いのまま築地少尉の不知火にタックルを加えて弾き飛ばす。
凄まじい轟音と衝撃を最後にまりもはその意識を手放した。

………

……



<<築地 多恵>>

二回目の衝撃を受けた後、モニター越しに見えたのは要撃級の一撃を加えられた不知火だった。
右腕でガードしていた様だが、確実にその衝撃はコクピットにも届いているだろう。

──何故?

決まっている。あれは多恵を助けようとして自ら突っ込んだ結果。
つまりは自分が巻き起こしてしまった惨事。

「神宮司……大尉?」

通信は届かず、眼前の倒れた状態のまま不知火は全く動かない。
そしてその不知火に止めを刺そうと要撃級がもう一度その腕を振り上げていた。

「触るなぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」

噴射跳躍して要撃級に斬りかかり、両断する。頭が熱い、視界が赤く染まる。
かつて覚えた事の無い程の激情。
群がってくるBETAに長刀を振り回す。

「あぁああぁあぁああああああ!!殺す殺すコロス殺すころすコロス殺す殺してやる!!」

『築地、落ち着け!!神宮司大尉は生きている!!くっ……聞こえていない。
02、03はフォローを。その他の者で円形に陣を取る!!』

通信から何か聞こえるが理解できない。

急に機体が傾く、先の突撃級にやられた箇所が破損し機体の自重に耐えられなくなったのだ。
片足を失った戦術機は四つん這いの格好になって倒れた。

「動け、動いてよ!!殺すんだ、あいつら全部、全部!!」

『05、右腕をやられました!!』『07、もうもちません!!』

『……っ、ここまでか』

気がついたときには要撃級の群れに囲まれていた。
遠くで支援砲撃が始まったようだが、もう遅い。

──これで、終わるのか。

先までの熱が急激に冷めていった。ただ、死ぬという実感だけが身体を支配していた。
遠くで支援砲撃が始まった音が聞こえたがもう遅い。
最後にカメラアイを空に向け、見上げた空は朝日がさして茜色に染まっていた。

──まだ、生きていたかった。

………

……



<<白銀 武>>

展開している部隊の中を最大戦速で駆け抜ける。
例の中隊は未だ健在、現代の衛士にしてはよく持ちこたえている。

よほどの精鋭揃いか。

しかしながら、いつまでも持つはずがない。

──迂闊だった。

前回の世界では前線をBETAが易々と突破できたからわざわざ地中を進む必要がなかったのだ。
それが14師団並びに武と悠陽の出現によって守りが強固になっていた。
故の地中侵攻……未来を変えてしまった、最悪の形で。

後悔しても仕方がない。
今はただ一刻も早く後方のBETAを殲滅する事を考えなくてはならない。

やがて、戦線を押し上げようとする帝国軍14師団が見えてきた。
BETAによって分断されたその先に孤立した中隊が見えた。

それは空中を利用した三次元機動、国連軍カラーの不知火の一団。

──ヴァルキリーズだと!?

『国連軍!?何故こんなところへ……』

悠陽から驚きの声が聞こえる、帝国軍が承認していない?
いや、必要最低限の部署に知らせただけという事か。

だが、夕呼先生はA-01部隊をここには送らないと言った……いや、本当に言ったか?

──そうね……どうしてもというのならA-01部隊を行かせましょうか?

──A-01部隊はまだXM-3を完全に使いこなせていません。不安要素がありすぎます。

──なら、今回は見送る事ね。それでいいわね、白銀?

言っていない。

これが……こんな言葉遊びが……あんたのやり方だというのか!!
認めよう。交渉に関しては『博士』の方が上、武が甘かったのだろう。

──だが、これは!!

途端に発生する光の柱、何回として見てきた死の光。
光線属種……現れないと思ったら別働隊に温存してやがったのか。

──早くしなくては。

操縦桿を握り、BETAの中へ吶喊しようとするが紫の武御雷が武の前に立ちはだかる。

「……なんのつもりですか?」

『直に支援砲撃が来ます。今行けば待つのは犬死にという結果だけです』

「ですが!!」

『控えなさい、06。これは命令です』

軍において命令は絶対、染み込んだ常識が武に一瞬の判断を遅らせる。
そして支援砲撃が開始された、今行けば確実に被弾して死ぬ。

支援砲撃を疎ましく思う日が来るとは思っていなかった。

『イージス各機、支援砲撃が終わり次第BETA群に吶喊し彼の中隊の援護に向かいます』

「……了解」

………

……



















『ヴァルキリー11、フォックス1』




















<<築地 多恵>>

絶望にうちひしがれたその瞳が目にしたのは一機の戦術機だった。
白銀色のそれは見たことも無い速度で接近しながらA-01部隊に群がった要撃級を撃ち抜いていった。

光線級の光線を避ける程の速度、完全に制御した姿勢での回避など始めて見た。

いや……あの機動は見たことがある、搭乗員保護機能をきった不知火の動き。
並びにこの狙撃能力、そしてヴァルキリー11のコールナンバー。

「秋桜……さん?」

『すみません、途中のBETAを殲滅していたら遅れました。ヴァルキリー各機、そこから動かないで下さい』

青白い光に包まれた狙撃ライフルが消滅したかと思うと、次に出現したのは見たこともない武器だった。

『充電……完了。マルチロック……完了。殲滅します』

砲身から虹色に輝く閃光が放たれ、それらは着弾と同時に衝撃波を放ちBETAを蹂躙していく。
砲弾の軌跡には赤黒いオーロラの様なものが見え、それは見るものには神秘的ですらあった。

──それは、あまりにも一方的な蹂躙。

しかし、長くは続かずに直ぐに沈黙してしまった。

『砲身加熱……。やはり小型化にはまだ調整が必要ですね』

白銀色のそれはA-01部隊の近くまで来ると、逆噴射して速度を相殺し地面に派手にスライディングしてようやく止まった。
そして反対側からは黒と紫の武御雷が面制圧で数が少なくなったBETAを屠りながら此方に向かって来ていた。

──紫の武御雷!?

それが意味するのは帝国軍征夷大将軍。
ここに来ているのは知っていたが、まさか最前線の戦場を駆けているとは。

黒の武御雷より通信が入る。

『イージス06よりヴァルキリー各機!!全員無事か!?』

そこに映し出されたのは良く見知った顔、白銀大尉だった。
何故ここにいるのかという疑問を持つより先に、安心した。

秋桜さんと白銀大尉がいれば、助かると無条件で思ったのだ。

『呆けている時間はありません、状況を報告して下さい』

次に映し出されたのは紛れも無い悠陽殿下だった。

『悠陽殿下!?大変失礼致しました。現在、小破した戦術機が3機、衛士1名が意識不明の重体。
全機……いえ、白銀色の機体を除いて36mm並びに120mmの残弾も尽きている状態です』

意識不明の重体……それを聞いた瞬間に多恵の心は深く沈んだ。
もっと高度を下げておけば、着地地点に注意しておけば、そんな後悔だけが渦巻いていた。

『そのような状態でよく耐えましたね。ヴァルキリー隊は小破した戦術機を12師団の中枢まで後退させなさい、
現状では一番安全なはずです。私たちが援護します』

『ありがとうございます!!12の操縦二次優先を02に、08を06、07が抱えて後退する!!』

………

……



<<KOS-MOS>>

支援砲撃が終わっても尚、光線級が健在だった事によってか、多くのBETAが生き残っていた。
その中をA-01部隊を守るようにして進んでいく。

悠陽殿下……武が例のものを頼んだ時に言っていた人。
なるほど、戦術機の操縦のうまさから言っても間違いないだろう。

『して、その珍妙な戦術機の衛士は何者です?
先の砲撃は電子投射砲によるもの、未だ実戦配備には至っていないはずですが?』

秘匿通信を許可して映し出されたのは殿下と武だった。
殿下の顔には明らかに不審の表情が見て取れた、やはりいきなり撃ったのはまずかったか。

「国連軍横浜基地A-01中隊所属、秋桜少尉です。電子投射砲については香月博士から供給されたものです」

『イージス01、この者は俺と同じ『特別』な者です』

それだけで殿下はKOS-MOSの事を理解した様だった。
おそらく違う世界から来たという事を言っているのだろう。

『秋桜少尉……その、神宮寺大尉の容態は分かるか?』

武はひどく落ち込んだ顔で問うてきた、責任感の強い武の事だから責任を感じているのかもしれない。

「バイタルデータを見る限り、危険な状態に変わりはありません。
詳しくは実際に調べてみなければ……脳内出血を起こしていなければいいのですが」

『そうか……ありがとう』

「2人に相談なのですが、A-01部隊を帝国軍の中まで下げた後にヒルベルトエフェクト……つまりは
大出力を出して本土に向かっているBETAを帝国軍に向けさせようと思うのですが。
メリットとしては早期鎮圧が望めるという事、デメリットはBETAに挟撃されるという事です」

『大出力ですか……なるほど、確かに挟撃されるのは痛いですがBETA群を見失うよりましです。
ですが、この戦場にいるBETAをおびき寄せる事が可能ですか?』

「可能です。むしろ佐渡島のBETAを刺激しないように調整するくらいです」

『それほどまで……なるほど、了解しました。CPに連絡を入れ各リーダーに伝えましょう』

程なくして、帝国軍と合流する事に成功。ヴァルキリーズを下げさせた後、もう一度戦線へ向かう。
帝国第14師団は既に本土に向かうBETAを追撃のような形で追いかけていた。

『CPより14師団各リーダー、これよりBETAを反転させる。各自迎撃体勢を整えよ、反転タイミングはこれより30秒後とする』

各リーダーから疑問の声が上がっているが、悠陽殿下の名前を出すと皆一斉に静まった。
それだけ権力と人望があるという事か。

『私たちも参加させてください!!』

通信に入ってきたのは速瀬、宗像、風間の面々だった。

『神宮司大尉の護衛はどうした?』

『新任少尉と伊隅大尉が見ています。また、帝国軍12師団の衛生兵が負傷した兵をあつめて護衛と手当てを行っています』

『それに、やられっぱなしと言うのは性に合わないのでね。そうでしょう速瀬中尉?』

『今回ばかりは同意するわね』

『私も、少々暴れたい気分です』

そう言ってニコっと笑う風間はどこか恐ろしかった、皆少しひいている。
しかし、そろそろ指定された時間だ。

「ヒルベルトエフェクト、展開。BETAを反転させます」

青白い光が戦場を包み込み、本土に向けて侵攻していたBETAが反転し帝国軍に向けて吶喊して来ていた。

『これが最後です、もう少しだけ踏ん張って下さい』

『了解!!』

………

……



同日 国連軍横浜基地90番ハンガー

<<香月 夕呼>>

90番ハンガーはもぬけの殻だった。
どうやらKOS-MOSは須勢理に乗って『どこか』へ行ってしまったらしい。

どうも、あの2人は上官の命令を無視する傾向があるようだ。
白銀はまだしもKOS-MOSは無断で秘密兵器を持ち出すなど言語道断。

通常ならば間違いなく銃殺だが、そうする訳にもいかない。
KOS-MOSを失う事は第4計画を大幅に遅らせる事になる。

おまけに、夕呼にKOS-MOSをどうにかできるとは思えない。
武力にいたっては言わずもがな、頭脳面においても遠く及ばない。
用意した最先端セキュリティを易々と突破して基地外へ出てしまっているのだから。

結局は利害が一致しているから協力しあっているだけという事か。
……それを考えれば、白銀はまだ可愛いほうかもしれない。

「すみません、ハッキングされている事すら気づけませんでした」

横ではピアティフがしおらしくなっている、別に怒りはしないのに。
元々彼女に止められるとは思っていない。

「ピアティフ、あんた日本神話の知識ある?」

「……神話ですか?」

「凄乃皇の娘、須勢理姫はそれは美しい女神でね。勢いのままに物事を進める女神だったそうよ」










以下、後書き

一話書くのにこれほど苦労するとは思わなかった……
途中で更新が止まる作家さんの気持ちが痛いほど良く分かりました。
さて、初めて戦場というものを書いたのですが
はっきり言って戦争のせの字も知らない作者が書いたのでいろいろとおかしいところがあると思います。
そのときには感想欄にて指摘いただければ幸いです。

次回更新も一週間以内を予定していますが、どうなる事やら……



[5197] episode XⅢ
Name: Anrietta◆f3aee459 ID:de8dbf33
Date: 2009/01/16 22:31
2001年11月11日  帝国軍相馬原基地

<<白銀 武>>

──あ、足が!!俺の足がぁあああああ!!

──こっちに医療器具を回せ!!早く!!

人ごみを掻き分けるようにして負傷した兵達のいる臨時の医療所を走っていく。

鼻をくすぐる鉄の臭い、誰かの絶叫、鳴り響く怒号、すすり泣く声。
そんなものが、BETAとの戦いが終わりを告げてもここが未だに戦場である事を認識させる。

その中を国連軍の制服を着て走る武は帝国軍人にとっては異様であり、また不謹慎でもあった。
国連軍と言えば米国と繋がりが深いとされ、この帝国軍であまり良い顔はされない。
しかしながら、そんな武を咎める者など誰一人としていなかった。

どうやら『殿下のお気に入り』らしい彼と関わって問題を起こしたくないというのが理由の1つ。

──おい、あの国連軍の衛士って……

──あれが黒い武御雷の衛士か……

そして先の戦いでの功績がもう1つの理由。

最初こそ国連軍で若くして大尉、さらには殿下のお気に入りとあってその実力を軽視していた者が多かった。
つまりは、親の七光りやその類の者だろうと思っていた者が大半だったのだ。

しかしその誤解は先の戦いで綺麗さっぱりなくなり、殿下のお気に入りというのも頷ける話となっていた。
女性衛士達の中では不謹慎ではあるが、早くも殿下と武が恋仲にあると噂が広がりはじめていた。

「神宮司大尉!!」

その姿を見つけてつい叫んでしまうが、その声は飛び交う怒号の中にすぐに消え去る。
まりもは強化装備のまま毛布の上に寝かされている状態で、ぱっと見た限りでは外傷はとくに見受けられなかった。

「白銀大尉、任務ご苦労だったな」

まりもについていた伊隅大尉が武に声をかけ、新任少尉達が武に敬礼をしていた。
普段こそ階級を気にもしていないA-01部隊の面々であるが、さすがに身内だけではないから軍の規律に従わなければならないのだろう。
武も一応の答礼をして楽にするように促す。

「それで伊隅大尉、神宮司大尉の容態は?」

伊隅大尉は新任少尉の方を見て、1人頷くとまりもから離れるように歩き出した。
彼女なりに気遣っているのだろうと思い、武もそれに続く。
やがて新任少尉に声が聞こえないであろうところまで来ると、容態を語りだした。

「見ての通り、外傷は見受けらず簡易検査ではあるが脳に異常は見受けられなかった。
つまりは原因不明……いつ危険な状態になってもおかしくはないし、いつ目を覚ましてもおかしくない。
それから、築地少尉が神宮司大尉の負傷に責任を感じているようだ」

「築地少尉が……?」

「あぁ、神宮司大尉は築地少尉をかばって負傷した。
その事で築地少尉は自分を責めているのだろう……表には出さないがな」

「そう……か」

築地少尉とは違うが、武とて神宮司大尉の負傷には責任を感じていた。
もう少し早く気づけていたら、もっと力があれば、そんな後悔が心の中に渦巻いていた。

「……どうやら相談する相手を間違えたようだな」

「……済まない」

「もし自分の力不足のせいで神宮司大尉が負傷したと考えているなら、それは驕りだ。
ついでに言うなら私たちへの侮辱、その顔をもう一度見せればいくら大尉とて殴らせてもらう」

──それは、私への侮辱ですか?

頭をかすめるのは悠陽の言葉。

「……そうだな。だが、何故A-01部隊が此処にいる?」

「香月博士の特殊任務だ、内容が知りたければ博士に直接聞いてみてくれ。
私にはその権限を与えられていない。それより白銀大尉こそ何故ここにいる?」

「俺の場合は……」

「白銀大尉、少しよろしいでしょうか?」

声をかけられ振り向いた先にいたのは、先に戦場より退いていた悠陽だった。
今は綺麗な着物……といっても軽いものだが。を着込んでおり、衛士としての面影はなくなっていた。

………

……



同日  帝国軍相馬原基地

<<KOS-MOS>>

『まさかあんたから通信が来るとはね』

KOS-MOSは須勢理から横浜基地へ通信を繋ぎ、博士と連絡をとっていた。
できればとりたくはなかったのが本音だが、どうしても聞きたい事があった。

「今回の戦いでA-01部隊は『2万のBETAを食い止めた謎の中隊』として名を馳せました。
ここでXM-3の名を出せば、それはいい反響が得られるでしょうね」

『そう、ならよかったじゃない』

「……その代償として神宮司大尉が意識不明の重症を負っていますが?」

『その程度で済んでよかったわね。
まさか死者0人とはねぇ……あんたが抜け出したおかげって感じかしら?』

つまりは死者が出ても構わなかったという訳か。
この人の性格は嫌いではないと思っていた、けれど今になって思い知らされた。

──嫌いだ。

「A-01部隊並びに白銀大尉の反応が消えて私が黙って見ていると思いましたか?」

『えぇ、あんたが人情溢れる兵器だって事を忘れていたわ』

「私の事を貴女がどう思おうが一向に構いません。
しかし……貴女が私の友に害を成すのであれば私は貴女を排除します」

KOS-MOSの言葉に博士はやれやれといった感じに肩をすくめた。

『兵器のくせに甘いのね……いえ、白銀と同じ偽善を振りかざしていると言った方がいいかしら?
世界は救いたい、けれど仲間は失いたくない、戦う術を教える、けれど戦わせたくない。
……この矛盾はいずれ貴方達を滅ぼすわよ』

「偽善だろうが何だろうが、それで救えるのなら救うべきです」

『命は平等ではない』

だたの一言なのに、KOS-MOSはそこで思考を一時停止してしまっていた。
それを言った博士の声と目があまりにも冷えきっていたためだ。

『白銀にしては名言だと思わない?』

「……関心はしませんが、共感はします」

『じゃ、聞くけど同じ価値の命が複数個あって1つしか助けられない時貴方達はいったいどうするのかしらね?』

──決まっている。

「総て助けます」

『ロジックが崩壊しているわね。命の取捨選択をしておいて、それが価値のあるものなら総て救う?
だったら最初から総て救う努力をしなさいよ、分かっているんでしょう?……そんな事はできないって』

「……なんとでもどうぞ」

『あら、あんたでも投げやりになるのね。ロジックで設計されたあんたがそれを崩壊してちゃ笑いものだわ』

「今日はずいぶんとしゃべりますね、いつも研究の事以外には無関心な貴女が」

『……そうかしら?』

「結局貴女は、自分を正当化したいだけなんじゃないですか?」

冷酷な言葉を並べて、博士からすれば『偽善』を振りかざす者に突きつけて。
お前はこんなに間違っているんだと、私はこれほど正しいのだと。
正当性という免罪符を欲しているだけではないのか?

「結局は私も武も単なるエゴイストです。そこに正当性があるとは思っていません、またそれらが矛盾を招く事も承知しています。
ですが、貴女もまた単なるエゴイストにすぎません。主張こそ違いますが、貴女の中にも正当性はありませんよ」

『人間の行為は自分自身の利害に現に常に動機付けられている。
なるほど、つまりあんた達と私とでは利害の概念、価値観が違う……結局は相容れない思想だったって事ね』

「えぇ、残念です」

『あんたはこちら側に近いと思っていたんだけどね』

「昔はそうでした」

『あっそ、どうでもいいけど。まぁいいわ、気が済んだのならさっさと戦略機を作りなさい。
思想も理想も価値観も違っても、あんた達と私の目指すところは同じでしょう?』

「須勢理を持ち出した事について何も言わないのですね」

『言われないと分からないのかしら?普通なら銃殺だけど、あんたを殺せるとは思えないからね。
それに殺すには惜しいわ、まだまだ使い道があるもの。そんなつまらない事で失いたくはないわ』

「……そうでしたね、貴女はそういう人でした」

──あるいは、そういう風に演じている人なのでしょうか?

その疑問を言葉には出さずににKOS-MOSは通信を終えた。
できればそうであって欲しいと願いながら。

………

……



同日  帝国軍相馬原基地

<<白銀 武>>

「ヴァルキリーズ、彼の者達がそうなのですね」

悠陽に連れられて二人きりとなったブリーフィングルームで言葉を交わす。
今は任務中ではないし人目もないのだから敬語を使わなくてもいいだろう。

「あぁ、俺の戦闘訓練を直接受けている、元々資質が高いのもあるだろうが彼女達は強いぞ」

「あの動き、それだけのせいとは思えませんね。不知火-二型でもないのにあの機動性。
なによりそなたの操縦概念を実現しているように思えましたが?」

──聡いな。共闘したのはほんのわずかだったとはいえ、XM-3の存在に感づいているのか?

「悪いな、軍事機密だ。といっても、すぐに公開されることになるだろうがな」

おそらく博士がごり押ししてまで実行したXM-3の実証検査。
結果だけ見ればそれは華々しいものだった。

二万のBETAを中隊で食い止め、大破した戦術機はなし、本土防衛に大きく貢献。

神宮司大尉が負傷したとはいえ、おそらくは博士が描いた以上のシナリオだろう。
実に気に入らないが、

しかし、解せない。
あの合理主義的な博士が何故万全でない状態でXM-3の実証検査に乗り出したのか。

──焦っているのか?

最初に会ったときこそ、余裕の表情を見せていたはずだが……。

──外部からの圧力か、早急になんらかの成果が欲しかったか。

どうにも『また』武の知らない所で自体は動いているらしい。
うまくいく事ばかりではないという事か。

「彼の中隊の此度の戦闘参加はそれの実証検査といったところですか」

「あまり聡明すぎるのも問題だぞ、悠陽」

「あら怖い、私をどうにかするつもりですか?……既に政府の手の者が私を監視しているというのに」

──政府が悠陽を監視?

「どういうことだ?」

「大切なお人形が壊れてはいけないから焦っているのでしょう、近いうちに軟禁されるかもしれませんね」

つまりは動きすぎたという事か。
確かに将軍自らが最前線にいるというのは軍としても政府としてもいい顔はしないだろうが。

だからといって軟禁とは穏やかではない。

「将軍に対する扱いではないな」

「彼らにとってはお人形に過ぎませんから」

「あまり自分を卑下するな。悠陽は立派な将軍だよ、少なくとも今回の戦いで認めてくれた人は多いはずだ」

「……だといいのですが」

「都合がいいというか何というか、悠陽に渡したいものがある」

ポケットの中に入れておいた小型通信機を取り出し、悠陽に渡す。
悠陽は初めて見るそれに目を丸くしている様だ。

「俺の世界でケータイって言うやつだ、遠くにいる奴と会話したりメールしたりする専用の端末だ」

秋桜に頼んでおいた物、忘れずに創ってくれていたようだ。
どうにも武の知るものとは違い、随分とハイテクになっているが。

「はぁ……なるほど、しかし通信を使えばいくらでも」

「これから軟禁される奴が使えると思うのか?」

「盗聴される危険が」

「独自の暗号を二重、三重にかけている。
しかも香月博士の認めるハッカーが創ったものだから下手すれば軍のものよりプロテクトは硬いだろう」

「通信機器だとばれれば」

「折りたたみ式になっているからそれを見ただけではこの世界の奴にはそれが何かわからん。
半面には鏡を張ってあるから手鏡と言えば持っていてもさして不審に思われんだろう」

「……随分と手際がいいですね、こうなる事を見越していたのですか?」

「いいや、全然。悠陽と会うには謁見だなんだっていろいろ面倒すぎるからな。
これがあればいつでも悠陽と2人きりで話しができるだろう?」

世界を救うためには悠陽との連携も大切だろうと思っての事だったが、悠陽は何故か顔を真っ赤にしていた。
風邪でもひいたのだろうか?

「そ、そなた何を!?」

「これからの事とか話し合わないといけないだろう?前回の記憶を持っているのは俺と悠陽だけなんだから」

「あぁ、その事ですか……」

今度は落ち込んでいた。
がっくりとうなだれた悠陽などはじめて見た、確かに10年来の戦友を捕まえて必要な事だけを話すというのは味気ないかもしれない。

「それに、悠陽と気兼ねなく話しがしたかったし」

「……そなたは私をもてあそんでいるのですか?」

今度は頬を染めながら怒っていた。

──何故だ?

怒っている理由はわからない、しかしながら今の悠陽の格好は……
落ち込んだ状態から顔だけを上げているので上目遣いとなっており着物の狭間からその豊満な双丘が望めた。

「武、どうしたのですか?」

武が胸を視姦……もとい凝視、いや注視していると急にずいっと悠陽の顔が間近に迫っていた。
その唇はしっとりと濡れており、なにか甘い臭いが鼻をくすぐる。
いかん、俺の錆び付いた♂の本能が目覚めてきている。

「おっp……いや、少し考え事をしていた」

「胸を凝視しながら考え事ですか、変態ですね」

「確信犯かぁあああああああああああああああああああああ!!」

「ふふふ、何を我慢する事がありますか?どうせ冥夜には相手にされず悶々とした日々を過ごしていたのでしょう?」

──グサッ!!

「立場を利用して名前を呼ばせたり、なにかと身体に触れるために頭を撫でてみたり」

──グサッグサッ!!

「くくく……12年もお預けを食らって急に健全な肉体になってしまったのですから……ねぇ?」

そう言いながら悠陽は武にしな垂れかかって胸の上を指でなぞられ、思わず背中がぞくりとする。
頬を赤く染めたまま上目遣いで見つめ、唇を濡らす様に舌でなぞっていく。

「私とて若い身体を持て余しているのですから……」

少し着物をずらして双丘の一部を見せ付ける。
若い女の肌というだけあってそれはみずみずしく、張りがあった。

悠陽がそのまま体重をかけて武を机の上に押し倒す。
抗おうとすれば抗えた力、しかし身体に力が入らず、正常な思考が働かない。

完全にマウントポジションをとられた状態となり、目の前には悠陽の顔が迫っていた。
布の擦れ合う音が異常に大きく聞こえ、悠陽の吐く吐息が妙に甘いものに感じられた。

──直接貪れば、どのような味がするだろうか?

そんな考えが頭をよぎる。
もう何年も味わっていない女の味、想像しただけで熱いものがたぎってくる。

胸板にさっきから感じている弾力は間違いなく悠陽の胸。

──無茶苦茶にしてやりたい衝動に駆られる。

自ら女を禁じた誓いなど簡単に瓦解していた。
冥夜と瓜二つの少女、この手で抱けばどれほどの快感が得られるだろうか?
後ろめたさよりもなによりも欲望が勝ってしまっていた。

「悠陽……」

思わずその身体に手を伸ばそうとしたその時──不意に、扉を開ける音が聞こえた。

「白銀大尉!!神宮司大尉……が?」

よほど急いでいたのだろうか、息も絶えだえに何かを報告しようとするがその声は途中で途切れてしまった。
武と悠陽のポジショニングを見て固まる伊隅大尉、そして何か得心したように頷くと。

「大変失礼致しました!!」

と言って走り去ってしまった。

「ちょ、ま!!」

必死に手を伸ばすが、その手は空をかききるばかりで虚しく宙を彷徨った。

「さ、邪魔者は居なくなりました。続きを……」

「できるかぁあああああああ!!っていうか少しは恥らぇえええええええええええ!!」

至極冷静な顔で行為を続けようとする悠陽に思わず突っ込んでしまう。
先の甘い空気など一瞬で吹き飛んでしまった。

「ま、冗談はこのぐらいにしておきましょう。
先の報告、おそらくはそなたの気にしていた神宮司大尉とやらになにか変化があったのでしょう。
早く行って差し上げなさい」

さも冷静に対処されてしまう。
もてあそばれているのは武ではないのだろうかと疑問をもってしまう。

「あ、あぁ。分かった」

そういって身体を起こして部屋を出ようと駆け出した所に手を掴まれて強引に引き戻された。
唇にやわらかい弾力を感じ、小さな水音が部屋に響きわたる。
そして強かに胸板を押され、強引に唇を引き離される。

「止めてすいませんでした……早く行って差し上げなさい」

「……済まん」

武を見送る悠陽の儚く感じる笑顔を見て、何故か謝罪の言葉を述べていた。

まりもの所へ駆け出しながらも、武の頭を埋めていたのは悠陽の事だった。
不謹慎ではあるが、いかんせん衝撃が大きすぎた。
キスされてしまった、冥夜以外の人物に。

──悠陽はもしかして、俺の事を好きなのではないだろうか?

初めて抱いた疑問、いや、初めてではない。

──気づかないふりをしていた。

前回の世界から、ずっと、冥夜と悠陽を比べてしまいそうで、どちらも失いたくなくて。
見てみぬふりをしていた。

──そうすれば、どちらからも愛されると思った。

自身の下衆な考えを自覚して自己嫌悪に襲われる。
悠陽を人形扱いしているような感覚、自分にとって都合のいいものと考えていたのではないか?

武も、政府の腐った官僚と何ら変わりはないではないか、ただその利用方法が違うだけ。

濡れた唇が妙に冷く感じた。

………

……



同日  帝国軍相馬原基地

<<築地 多恵>>

基地の中にある中庭のような所で気分転換の為に外の空気を吸っていた。
といっても火薬の臭いや鉄の臭いが未だに漂っているから気分転換にはならなかったが。
神宮司大尉の事を考えると気が滅入ってしまいそうになり、自己嫌悪に襲われる。

誰かの足音が聞こえるが、振り返る気力もない。
その人物は多恵のところまで来ると立ち止まり、声を発した。

「神宮司大尉が目を覚ましました」

その言葉に反射の勢いで振り向く、その先に居たのは秋桜少尉だった。

「……会いにいかないのですか?」

「会わせる顔がないです」

「そうですか」

それだけ言うと秋桜少尉は黙って多恵のとなりに座った。
ただ、それだけ。

「何も聞かないんですか?」

「聞いて欲しいんですか?」

──聞いて欲しいのだろうか?

──何を?

「……私は、自信を持っていたんです。自分でも気づかないうちに」

気がついたら喋っていた。
それでも秋桜少尉は何も言わない。

「白銀大尉も、伊隅大尉も、速瀬中尉も、皆私を褒めてくれました。
私の機動はすごいって、天才的だって。自分でも強くなっている自覚があったんです」

そう、XM-3の機動では突撃前衛長である速瀬中尉にさえひけを取らない自信があった。
自信という言葉すら生ぬるいかもしれない、確信があったのだ。

白銀大尉と速瀬中尉の模擬戦を見たときだってそうだ。
ひそかに闘争心を燃やしていたのだ、私ならもっとうまくやれると。

「自惚れていたんです、XM-3の力を私の力だと勘違いして。
BETAと戦ったことすらないくせに、私ならやれると思っていたんです。
……少なくとも、一番最初にやられるはずがないと思っていました」

今思えばなんという傲慢か。
一番最初にやられるはずがない等と、仲間達への侮辱だ。
話せば話すほどに擡げてくる自己嫌悪。

「でも、結果は違いました。
明らかに多すぎるBETAと孤立無援の状況に置かれて、パニックになっていたんです。
もっと高く跳べば、効率よく敵を殺せると思いました。
それで白銀大尉の教えてくれた高度を越えたんです、そこから先はよく覚えていません。
神宮司大尉に助けられて、秋桜少尉に助けられて、部隊の皆に助けられて」

──聞いて欲しかったのは懺悔。

「私なんか助ける価値ないのに!!
バカみたいに喚きながら長刀を振り回して、部隊の皆に迷惑をかけて!!
最後の最後になって、それでも生き残りたいって思ったんですよ!?」

「映像記録を閲覧させてもらいました。
多恵に助ける価値があったからこそ神宮寺大尉は命を懸けたのでしょう。
覚えていないかもしれませんが、戦術機が膝を着くまで一番BETAを殺していたのは多恵です。
生き残りたいと思うのはそれほど悪い事でしょうか?
多恵があそこで死んでいれば、それこそ神宮司大尉の犠牲が無駄になってしまいます」

秋桜少尉はまるで当たり前の事だと言う様に淡々と語った。
ただ、そのどれもが、多恵の欲していた言葉だった。

──欲していたのは許しの言葉。

「私は……わた……し……」

目から熱いものがこみ上げてくる。
絶対泣かないと誓っていたのに、涙が零れて地面にシミをつくっていった。
涙でぼやけた視界が急に真っ暗に遮断され、暖かいものが身体を包んでくれていた。

「貴女が必死になって護ってくれたから、私は今生きていられるのよ」

その声の主は、秋桜少尉ではなく、神宮司まりものものだった。
優しく髪を撫でてくれる手が気持ちいい。

──これが、あの鬼とまで言われた神宮司軍曹だというのか。

これほどまでに、優しい人だったのか。

「私は……喚いて長刀を振り回していただけです。ただの臆病者です」

「私は臆病でいいと思うわ」

──臆病でいい?

「怖さを知っている人は……その分、死にづらくなる。だからそれでいいと思う。
人はね、死を確信したとき、持てる力の限りを尽くして、何にも恥じない死に方をするべきなのよ」

──何にも恥じない……死に方?

「だけど、生きて為せる事があるなら、それを最後までやり遂げるべきよ。
臆病でもかまわない。勇敢だと言われなくてもいい。
それでも何十年でも生き残って、一人でも多くの人を救って欲しい」

──私にそれほど価値が?

「そして、最後の最後に築地の……人としての強さを見せてくれればそれでいいのよ」

「私は……弱いです」

「少なくとも、私を護ろうとした貴女は強かったわ」

──私は……

「貴女の教え子で……良かったです」

それから、しばらく大声を上げて泣いた。
子供みたいに、ただひたすらに胸に顔をうずめて、ひたすら泣いた。
何年かぶりに、何年ぶんもの涙を流してしまっていた。

ようやく泣き止んで、神宮司大尉の肩越しに見えたのは白銀大尉と秋桜少尉を加えたA-01部隊の面々だった。
みんな笑っていたけれど、それは多恵の心を癒すような笑顔だった。
















以下、後書き

物語的な進行はなにもない一話ですが、どうかご堪忍を。
内容も少ないのは内緒。
次回更新予定……未定。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.07082200050354