<<白銀 武>>
武は霞を連れて、グラウンドに向かう。
途中で部屋に寄り、皆琉神威が冥夜に見つかるとまずいので布でくるんでおいた。
もう西日がかかっているから終わっているかもしれないと思ったんだが。
彼女達は装備をかついでグラウンドを走っていた。前回の世界では彼女達の足をずいぶん引っ張ったものだ。
それが今度は自分が教える立場になるんだから皮肉なもんだ。
しばらく眺めているとまりもがこちらに気づいて小隊を集合させていた。
いらん気を使わせてしまったらしい。
「軍曹、訓練の邪魔をする気はなかったのだが申し訳ない」
敬礼をしながら言う。霞もちゃんと敬礼できていた。うむ、えらいぞ。
霞は少し顔を赤くしていた。……しまった。思考駄々漏れしてるんだった。
「いえ、大尉がお気になされる事ではありません」
「小隊、敬礼!!」
小隊長である榊の号令で207B訓練部隊が敬礼する。
それに答礼して、楽にするように促す。
「軍曹、もう話は聞いているか?」
「はい。明日より社霞訓練兵の入隊、ならびに大尉殿と協力して訓練部隊の育成に当れといわれています」
どうやら、まりもには既に伝達がいっているようだ。
……訓練部隊の面々にはまだ言ってなかった様だが。
皆一様に驚いた顔をしている。あのポーカーフェイスの彩峰ですら驚いているんだからよっぽどか。
……自分とさほど歳のかわりそうのない奴がいきなり教官なんだから仕方ないか。
「軍曹、少し早いが訓練部隊と社訓練兵と俺の自己紹介をしてもいいだろうか?」
「はい。問題ありません」
武は207B訓練部隊の面々を見る。懐かしい。自分の大切な仲間達。
それに、冥夜。
冥夜とは昨日少し会っていたこともあって、他より多く驚いているようだ。
武もこんな事になるとは思っていなかったが。
「昨日より国連軍横浜基地配属となった白銀武大尉だ。よろしく頼む。軍曹が言っていた通り、明日から貴様達の訓練も受け持つ」
『よろしくお願いします』
そして……武はちらりと隣を見る。
頑張れと心の中で強く思う。届いてくれるといいが。
「明日より、207B訓練部隊に入隊することになりました社霞です。皆さんよろしくお願いします」
届いたどうかは別としてちゃんと自己紹介できたようだ。うむ、えらいぞ。
「それでは、各自自己紹介してくれ」
武が訓練部隊に自己紹介を促す。
「榊 千鶴訓練兵であります。よろしくお願いします大尉殿」
「白銀武大尉だ、よろしく頼む」
委員長か、前回の世界では一番迷惑をかけたかもしれんな。
しかし、彩峰との確執は今回も同じだろうから総合評価演習までにはなんとかしておかなければな。
といっても簡単な事じゃないから困るんだが。
「御剣 冥夜訓練兵であります。よろしくお願いします大尉殿」
「貴様とは既に一度会っているな、今後ともよろしく頼む」
冥夜……か。不謹慎かもしれんが今回の世界でも親しくなりたいもんだ。
そういえば前回の世界では火山で、ばぁさんを助ける助けないの騒ぎがあったな。
今考えるとあの時に吹雪2機を大破させたのは絶対まずかった。
いくら練習機とはいえ、装備さえきちんとすれば実戦配備も可能な機体なんだ。
あれ1機の価値を後で聞いた時は、思わず飲んでいたお茶を吹き出した。
それでもお咎めなしだったのは、おそらく冥夜の背景によるものだろう。
武だけが命令違反をして壊してたら冗談ではなく、銃殺されていたと思う。
あの時に冥夜に国とはなんたるかを教えられたが、いかんせん武の価値観が変わってしまった。
個人でいろいろな思想を持つのはいい。人間として正しい行いをするのも分かる。
だが、公私混合するのは、やはり軍人としては間違っている。
それこそ、人を殺さないといけない日も遅かれ早かれ必ず来る。
その時に迷いがあれば必ず死ぬか、仲間を失う。
武の時は移民船団で覚悟を決めていたから無事だったが。
冥夜に限らず、皆にはそこら辺の意識を変えてやらないといけないかもしれないな。
「た、珠瀬 壬姫訓練兵であります。よろしくお願いします大尉殿」
「珠瀬訓練兵、必要以上に緊張する事はない。よろしく頼む」
前回の世界で少し思ったのはこいつには少し上がり症の傾向がある。
スナイパーとしては致命的な欠点。いずれ直さないといけないかもしれない。
「……彩峰 慧」
「彩峰!!貴様礼儀が」
「構わん、軍曹」
まりもが彩峰を叱咤するのを制止する。彩峰は相変わらずか。
というか絶対、俺に反発してるんだろうな。
彩峰は無能な指揮官には絶対従わないっていう、ひどく自己満足な主義を持ってるからな。
武の事も無能だと思ってるんだろう。……委員長もか。
しかし、このままだと絶対死ぬな。早いうちに。
「彩峰訓練兵に限らず貴様らの中には疑問や不満があるだろう。いきなり現れた若い男が教官と言われても納得できんだろう。
だが、軍とはそういうところだ。そして彩峰訓練兵、疑問や不満があろうとも上官に対して最低限の礼は尽くすべきだ。
その上で疑問や不満があるのであれば聞こう」
しかし、彩峰は沈黙を守ったままだった。
初めからずいぶんと嫌われているな。彩峰の背景を考えればわからんでもないが。
しかし、武から見ても今の彩峰は甘ったれていた。
「彩峰訓練兵!!礼儀がなっていないぞ!!」
武が拳を握り締めたときには、既にまりもが彩峰を殴っていた。
……先をこされたか。あるいはわざとか。
「申し訳ありません、軍曹」
まりもに殴られ、少し口が切れて流れた血を拭いながら彩峰は武を睨みつけている。
しかし、まりもにはきちんと返事をするあたりが彩峰らしい。
しかし彩峰よ。お前の判断基準がわからん。
もし、武を年齢だけで判断しているんなら……こいつこそが無能な上官という奴だ。
「軍曹、鎧衣訓練兵は入院中であったな?」
「は、一週間もすれば隊に復帰する見通しであります」
鎧、か。あいつは特に問題なかったような……。
いや、あいつは空気が読めないんだった。普段なら悪い事ではないのだが。
が、戦場に関して言えばそれはやはり欠点だろうな。
「そうか、では紹介も済んだことだし訓練に戻ってくれ軍曹」
「は、かしこまりました。社訓練兵はここで見学、他の者は最後に10週して終わりだ」
彼女達は再びグラウンドへと戻っていった。
おそらく彼女達に声が聞こえなくなったと思われるあたりでまりもに声をかける。
「軍曹、大事な訓練兵を横取りするような形になって済まない。
俺のように素性がしれない者に任せるしかない軍曹の心情には正直、同情する」
「いえ、大尉殿。これは任務です。また、大尉の様なお方であれば何の心配もありません」
まりもの言葉には、リップサービスも多分に含まれているだろうから言葉どおりには受け入れられないが
それでもその言葉で少し救われた気がした。
横にいる霞について考える。こいつはこいつでいろいろと問題がありすぎるな。
これからの事を思うと自然にため息が出ていた。
………
……
…
夕呼先生の手伝いを終えた秋桜とシミュレータールームに向かう。A-01部隊の訓練を行うためだ。
正規の部隊であるんだからそれなりの実力は有しているだろうし……どうやって訓練するかが問題なんだが。
だが、それより気になる事があった。
「秋桜、博士の手伝いってなんだったんだ?」
正直、気になる。
オルタネィティブ4に関わる手伝いをしているのだろうとは思ったが、その計画の詳細は知らされないのだ。
夕呼先生が武に話さないのは話す必要がないから、とは納得しているもののやはり気になる。
「今日は、私が戦術機に初めて乗った感想を聞かれました。それで新しいOSを創るという話になりました」
戦術機に乗った感想……ね。技術の発達した世界から来た秋桜に聞けば、戦術機の問題点が分かるって訳か。
しかし……新しいOS?
それってオルタネィティブに関係するのか?
「新しいOSっていうと?」
正直、OSって言われても漠然とした理解しかしていない。
いろいろな演算処理をして機体の姿勢制御からなにからやっているのは知っているが。
「それについては武にも話を聞いてもらうそうです。現場の衛士──それも死線を潜り抜けた者の意見が聞きたいそうですよ」
最後の方は秋桜の脚色かもしれないな。しかし、そうか……新しいOSか。
もしかしてそれを使ってコンボやキャンセルや先行入力なんてできないだろうか。
武は経験と知識から無理やりにそれを実行していたが、OSにその概念を組み込めばもっと使いやすくなるんじゃないだろうか。
──言ってみる価値はあるな。
新OSについていろいろ考えていると、いつの間にかシミュレータールームの前に着いていた。
……やべ、訓練内容考えてねぇ。
しかし、無情にもドアが開いて伊隅が顔を見せる。
「白銀大尉に秋桜少尉、隊の皆に紹介するから入ってくれ」
伊隅に促されて部屋に入ると、そこには既に女性ばかりが9名整列して居た。
女だけの部隊か……前線なら珍しくはないが、ここで見ることになるとは思わなかった。
「今日よりA-01部隊に入隊する事になった白銀武大尉だ。よろしく頼む」
「今日よりA-01部隊に入隊する事になりましたKOS-MOS少尉です。よろしくお願いします」
簡単だが自己紹介を終えると武は部隊員を見渡した。皆、珍しいものを見る目で秋桜に注目している。
あんな服装していれば当然か。それに秋桜なんて偽名っぽいもんな。
全部機密って事でごまかそう。あながち間違ってないし。……めんどくさいし。
「私がA-01部隊を預かる伊隅みちる大尉だ。よろしく頼む」
伊隅大尉の自己紹介を受ける。やはり隊長だったか。
その後、伊隅大尉に促されて部隊員がそれぞれ自己紹介を始める。
「速瀬 水月中尉です。A-01の副隊長です。よろしくお願いします」
蒼い長髪をポニーテールにまとめた綺麗女性だった……が。武にはどうも天敵の臭いがした。十二分に気をつけよう。
「白銀大尉とは一度模擬戦をしてみたいですね」
ほらね。
「ははは、俺なんかより秋桜少尉の方が強いぞ」
「まずは白銀大尉を倒してからですね」
速瀬中尉は例のニヤリといった風の笑いを浮かべていた。うむ、模擬戦の時は必ず味方にしておこう。
「大尉、気をつけた方がいいですよ。速瀬中尉は戦闘行為に性的快感を感じる変態ですから」
──俺はこれから速瀬中尉の性的快感を満たすためのおもちゃにされるというのか。
「む~な~か~「って、麻倉がいってました」麻倉ぁ!!」「ひぃぃ!!」
他の隊員が笑い声を上げる。あぁ、なんだ冗談だったのか。
それで若干場が和んだ。きっと彼女達のお決まりの冗談なんだろう。
「白銀大尉。今、本気にしてませんでしたか?」
「ははは、そんなはずないじゃないか」
思わず棒読みになったセリフに自分でびっくりする。速瀬中尉がじと~っと此方を睨んでいた。
そんな速瀬中尉を尻目に、それからも自己紹介は続く。
涼宮 遙中尉。彼女はCP将校らしい。
速瀬中尉と違い、穏やかな印象を受けた……が、怒らせると怖そうだな。気をつけよう。
宗像 美冴中尉。おそらくこの隊のNO,3だろうな。
中性的な美人だが速瀬中尉と同じく、天敵の臭いがぷんぷんする。こいつも敵にしないほうがいいな。
風間 祷子中尉。穏やかな感じの人。
この人はこの隊で唯一の癒し系かもしれん。
涼宮 茜少尉。遙中尉とは姉妹らしい。
こいつは元の世界で委員長と対立してた奴だな、確か水泳部だったけか。
……これも因果ってやつか。
柏木 晴子少尉。茜とは同期らしい。
おおお、ずいぶんと久しぶりだな。12年ぶりのクラスメイトとの対面か。
同窓会ってのはこんな感じなのかね……姿変わってねぇけど。
築地 多恵少尉。同じく同期らしい。
こいつは……たしか夕呼先生によって「築地を築地として構成される前の可能性の状態」に戻されて猫にされたんだったけか。
それが強烈すぎてどんな奴か覚えてねぇ。
高原 良子少尉。同じく同期らしい。
長髪の女の子。若干気が弱そうではあるな。今までの流れからいくと、茜のクラスメイトだったのだろうか。
麻倉 志穂少尉。同じく同期らしい。
短髪の女の子。ふむ、高原少尉の対極という感じがしないでもない。こいつも茜のクラスメイトかな。
「貴官らの入隊を心より歓迎する!!」
全員の自己紹介を終えた後に伊隅大尉が歓迎の意を表す。
10名か……いや、秋桜もいれれば11名。
護らなければならない。絶対に。
こうやって知り合ってしまった。言葉を交わしてしまった。笑顔を見てしまった。
自己満足でいい、甘さでもいい。もう失いたくない。
次の世界などありはしない。この世界で終わらせる。1人として欠けることなく。
「中隊復唱!!」
『死力を尽くして任務にあたれ』
『生ある限り最善を尽くせ』
『決して犬死にするな』
伊隅大尉の声に中隊全員が声を揃える。
生ある限り最善を尽くせ……か。
前回の世界疲弊していたとはいえ、BETAと戦う事を諦めた人類……武には耳が痛い。
胸に刻んでおかないといけないな。
「以上がヴァルキリーズの隊規だ。覚えておけ」
『了解』
「ところで伊隅大尉。訓練の事は伝達しているか?」
その為に来たのだから。……といっても訓練内容考えてないけど。
「あぁ、問題ない。よろしく頼む」
伊隅大尉に代わって、武は皆の前に出る。隊員から、いろいろな視線を受ける。
速瀬中尉は先の演習で武と秋桜の力を目の当たりにしただろうから納得しているようだが、他の皆はそうでもない。
「では、これより貴様らの訓練を受け持つ白銀大尉だ。俺はA-01の隊員ではあるが訓練時は伊隅大尉よりも強い権限を持つ。
秋桜少尉に関しても同様なので注意してくれ。まず、最初の訓練に関してだが……チーム単位での模擬戦を行う」
速瀬中尉がガッツポーズをしている。……こいつは俺が味方になる事は頭にないのか。
他の面々は自信満々といった感じ。正規の部隊だからプライドもあるだろう。
「チーム分けに関してだが、階級的に俺と伊隅大尉のチームに分かれて行う。
また、俺と秋桜少尉が組めば勝敗は決まってしまうだろうから、秋桜少尉は伊隅大尉のチームだ」
秋桜とのくだりで若干頭に来た者もいたようだ。それでいい、なめられては困る。
むしろ武と秋桜を倒してくれるくらい錬度があるなら、何も問題はない。
「戦力的に考えて速瀬中尉と宗像中尉は俺のチームに入ってもらう。後は……そうだな。
伊隅大尉と秋桜少尉と相談して決める」
速瀬中尉があからさまに不満そうな顔をしていた。
……あんな事言われて、お前を敵にするはずないだろう。
伊隅大尉と秋桜としばらく相談した結果、模擬戦のチーム分けが行われた。
Aチーム:白銀大尉、速瀬中尉、宗像中尉、涼宮少尉、築地少尉、麻倉少尉
Bチーム:伊隅大尉、風間中尉、秋桜少尉、柏木少尉、高原少尉
両チームCP:涼宮中尉
「あの……大尉、少し戦力差があるように思うのですが」
このチーム分けを見て、一番最初に口を開いたのは意外にも風間中尉だった。
新任少尉も頷いている。
何故だ……これでもBチームが強いはず……。あぁ、こいつらは知らないのか。
「言っておくか、秋桜少尉は今朝の演習で俺のスコアの1.5倍を叩き出した人物だ。
それに、隊員の事を知り尽くしている伊隅大尉がいるんだからな。Bチームが不利という事は無いと思うぞ」
これを聞くと隊員が一斉に秋桜を見る。秋桜は若干困惑しているようだが、まぁいい。放っておこう。
「では各チーム20分の作戦会議の後にシュミレータールームへ集合。
涼宮中尉はすまないがシミュレーターの設定をしてくれ」
『了解』
………
……
…
そして各チーム作戦会議を終え、各自シミュレーターに搭乗する。
着座調整を行い、異常がないか確認する。
「これよりAチーム対Bチームの模擬戦を行います。模擬戦の終了条件は敵部隊の殲滅か味方部隊の全滅です。
機体は不知火。兵装自由。補給コンテナなし。時間制限なし。戦場は旧市街地を想定したものです。両チームの健闘を祈ります」
涼宮中尉が、模擬戦の詳細を知らせる。さて……やはり秋桜が一番のジョーカーだろうな。
向こうにとっても此方にとっても。秋桜を討ち取れば形勢は傾く。逆に野放しにしておけば被害は拡大する。
取れる戦略としては秋桜をスナイパーとするか、前線におくかだが……。おそらくはスナイパー。
あいつなら高速移動中でも難なく狙撃してみせるだろう。なにより光線級の狙撃を見た伊隅大尉が放っておくはずがない。
対して此方は俺と突撃前衛長だという速瀬中尉の突破力が鍵だが、伊隅大尉が見逃してくれるはずもない。
彼女には早々に沈んでもらわなくては困るな。
まぁいい、やれば分かる。それに……純粋に秋桜とは一度全力で戦いたかった。一衛士として。
武も衛士のはしくれであるから、強い者と力比べをしたい気持ちは当然あるのだ。
「模擬戦開始30秒前。全機起動せよ」
網膜投影によって旧市街地の様子が写される。背の高いビルも結構残っているな。
それが吉とでるか凶とでるか。
「α1より各機。事前の作戦通りにいくぞ。一瞬でも気を抜けば死ぬと思え」
『了解』
後はこいつらがどれほどの錬度を見せてくれるか。それは向こうにも言えることだが。
──あぁ、もうめんどくさい。匙は投げられた。ならば……
「模擬戦開始します」
──殺るだけ。
「全機散開」
開始と同時に噴射跳躍によって身近にあったビルの陰に身を潜める。ほぼ同時に、先ほどまで自分たちが居た所をライフルが撃ち抜いていく。
やはりスナイパー、しかし……なんて索敵能力と狙撃能力……ほとんど反則だ。
事前に噴射跳躍を決めておいてよかった、へたすれば今ので全滅もありえた。
「α1より各機。敵前衛の位置は分かるか?」
「α2よりα1。敵2機がD-3、4の位置に、その後ろに新たな敵2機の反応あり」
武はビルの陰より少し機体をはみ出さ、すぐに引き戻す。先ほどはみ出した場所を正確に狙撃されていた。
敵に位置を正確に知られている、しかも凄腕のスナイパー。だが……撃てば相手の位置も分かる。
戦所マップを見ると敵マーカーは隊列を組んで此方に向かってきている。
おそらく俺らをここに釘付けにして各個撃破する作戦。
ならばスナイパーは動かず、常に戦場を見渡せる位置にいるはず。
……おそらくあのひときわ高いビル、あそこならたいして死角もない。
戦場を見渡せるし、先の狙撃の位置からもあっている。
「α1よりα5、6。A-4のでかいビルの屋上めがけてミサイル全部撃ち込んでやれ。当てようなんて思うな。弾幕を張るだけでいい。
α2はミサイル斉射と同時にα1と二機連携で敵前衛に奇襲をかける。α3、4は距離100を保ち、これを支援。
タイミングはα5に合わせる。スピードが命だ。ヘマすんなよ」
『了解』
戦場MAPを見るとずいぶんと敵マーカーが近づいていた。妨害がないのだからそれは当然。
敵が動けないのだから一方的に攻撃できると思っているのだろう。
距離300……そろそろか。
「α5、フォックス1」「α6、フォックス1」
静寂を破る警告宣言と同時に後方に布陣していた不知火から自律制御型多目的ミサイルが大量に発射され、それを合図として残りの4機がビルの陰から踊り出る。
突如として鳴り響く警報。
すかさず噴射跳躍する武の不知火の足元を銃弾が爆ぜる。
──乱れたな。
それは極わずかな違いだろうが、大量のミサイルを避けながらの狙撃なら必ず死角ができてくる。
それに秋桜の腕がいかによかろうが戦術機の性能が追いつかない。それだけ噴射跳躍中の狙撃は難しい。
ならば武でなくとも普通の衛士であっても十二分に避ける事が可能。
だが……二度は効かないだろうな。必ず修正してくる。
なればこそ、一瞬で決めなくてはならない。
α2である速瀬中尉と最大戦速で敵前衛に一気に接近する。
接近に気づいた敵不知火の突撃砲によって弾幕が形成され、相対速度によって感じられるそれは高速で移動してくる銃弾による壁。
だが、武はそれを右の噴射を止める事で機体を急旋回させ、本来ならば無いはずの抜け道を潜り抜ける。
身体にかかる尋常ではないGに胸が苦しくなるが耐えられないものではない。
ちらりと速瀬機を見たが、流石は突撃前衛長。
このような機動はお手のものらしい、武から見ればそれは危なっかしかったが。
相手は肉薄されたこともあってか、装備を74式近接戦闘長刀に切り替えた。
──それでいい。
速瀬中尉より数瞬先にたどり着いた武が長刀で敵の不知火を切りつける為の予備動作を取る。
敵の不知火がそれを受け止めようと長刀を前に構えた瞬間、長刀で斬り付けるというシーケンスを実行したまま噴射跳躍。
前宙の要領で回転を加えて敵の不知火の腕を叩き斬る。
「β1、左腕部破損」
武が敵の不知火の長刀を受け止めるはずだった場所を敵の36mmが十字砲火で撃ち抜く。バックアップも完璧か。
武はそのまま機体を派手にスライディングさせ、摩擦により速度を相殺、止めを刺すべく機体を急速反転させる。
「α3、フォックス3」
片腕を失っても尚武に立ち向かうべく反転した敵の不知火を宗像中尉の36mmが撃ち抜く──ナイスアシスト。
「β1、大破、戦闘不能。α2、左腕部破損。β2、右腕部破損」
状況報告でα2の負傷に気づき速瀬機を見ると、敵の不知火の腕を斬り落とすも、支援射撃によって左腕を失っていた。
──よく状況を見えている奴がいるな。
「α2、下がれ!!」
武は相対していた敵の不知火を落とすべく既に振られていた長刀をその勢いのまま放棄。
遠心力を加えられた長刀はそのまま真っ直ぐに敵の不知火へ向かって飛んでいく。
後方へ速瀬が噴射跳躍するのとほぼ同時に長刀が敵の不知火に刺さる。
「β2、大破、戦闘不能」
その間にも噴射跳躍し残った支援機を潰すために最大戦速で機動をとっていた武だが、戦場MAPを高速移動する戦術機に気づく。
──秋桜め、もう復活しやがったのか。
武は瞬時に担架に装填されていたの長刀を取り出し装備する。
件の敵戦術機はその速度を維持したまま、武に体当たりとも言える突撃を長刀の一撃と共に加えてくる。
長刀こそ受け止めたものの、相手の速度は殺せずに鍔迫り合いのまま後方にぐんぐん押し戻されていく。
モニターには敵の不知火と高速で遠のいていくように見えるビル群が映し出されていた。
ステータスウインドウを横目で見てその速度に驚愕する──時速800km!?
──バカな!?不知火でこんな速度を出せるはずが──いや、搭乗員保護機能をきったのか!?
確かにそれならこれほどの出力をだしていても不思議ではない。
1機の戦術機を抱えて飛んでいるようなものだから、この程度の速度とGで済んでいるのだが。
秋桜の戦術機1機での操縦時の速度とGを想像するとぞっとした。現に今でも胸が苦しい。
後方モニターを見るとすぐそこにはビルがあった。
ぶつける気か。
これほどの速度をもってぶつかればどうなるかなど考えなくともわかる。
「α5、6。α1に張り付いている奴に向けて36mm斉射。ビルにぶつかった瞬間をねらえ」
『α56。了解』
なんとか声を絞り出して指示を飛ばす。
ビルにぶつかれば絶対に隙が出来る。おそらくそれが秋桜を倒す唯一のチャンス。
だが、ただで死んでやる事も無い。
武はビルに衝突する直前に噴射跳躍を最大で使い、上空に飛び上がりぶつかる予定だったビルを足場にする。
端から見ればまるでビルに向かって重力が働いているかのよう。
噴射を最大限に使い速度を相殺しようとするが、暴力的なまでの速度に脚部がビルに沈み、機体の間接部が軋み、肉体が強すぎるGに悲鳴をあげる。
「α5、フォックス3」「α6、フォックス3」
36mmの警告宣言が聞こえる。しかし、モニターには武と全く同じ機動をした秋桜の不知火がいた。
そして武に止めを刺すべく長刀を振るってくる。
ありえない程の速度に慣れたのか、死の前兆によるものか武にはスローモーションのように見えた。
──負けるのか?また、誰も護れないままに?
──冗談じゃない!!
Gに悲鳴を上げる体にムチを打って機体を操作、長刀を受け止める入力をコンマ以下の時間で成し遂げ、秋桜の長刀をビルに足をつけたまま受ける。
身体と機体にかかる慣性力が武と秋桜をビルに留めていた。
──これでいい、秋桜の足は止まった。支援射撃が来るはず。
しかし、目の前の不知火は支援射撃がくるより数瞬早く慣性力による枷を外し、武の後方危険円錐域を取る。
──しまった。
味方誤射を避けるために支援射撃も止まってしまう。
搭乗員保護機能をきった不知火は本来の性能をいかんなく発揮し、圧倒的なまでの機動性を見せ付けていた。
武も機体を急速旋回し迎え討とうとするが、それをあざ笑うかのように秋桜も急速旋回。
再び後方危険円錐域への侵入を許してしまう。
──機動性が違いすぎる!?
武がそれを思ったときには既に秋桜の長刀がコクピットを分断していた。
「α1、大破、戦闘不能」
コクピットに響く涼宮中尉の声。
……戦術機の操縦で誰かに負けるなど何年ぶりだろうか。
──俺も精進が足りないという事か。
「α3よりα全機。これより指揮はα3が執る。α2はF-4まで後退、α4はこれを支援。
α5、6はα3と合流した後にα1を討ち取った敵を」
「なによ──この機動は!?」
追撃された武と機体が破損している速瀬中尉の代わりに宗像が指揮を執ろうとするがその声は麻倉少尉の驚愕によって遮られる事になる。
武を落とした秋桜機は目標を近くにいたα5、6に変更し既に例の超速機動によって突撃砲の弾幕をものともせず間合いを詰めていた。
麻倉少尉の目には相手がいきなり目の前に現れたように感じただろう。
速度による勢いのままに長刀によって分断され、秋桜の長刀が折れる。
暴力的な速度による衝撃に晒された長刀がついに耐久限界に達したのだ。
「α5、大破、戦闘不能」
「なん……だと」
宗像中尉はα5を瞬殺した不知火の機動を目の当たりにし、驚愕していた。
秋桜はそのまま何も装備せずにα6の機体の胴体を掴むと、ビルから自機もろとも急速落下。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
築地少尉の悲鳴と共に重力加速度も利用してα6を半壊したビルに叩きつける。
……トラウマになりはしないかと少し心配する。
「α6、大破、戦闘不能」
その後の流れも似た様なもので、模擬戦はA小隊の全滅という形で幕を降ろした。
第三者的な視点で見て改めて感じた秋桜の機動性。うむ、二度と敵にしないでおこう。