≪美智恵≫
「ドクター、彼女たちが言っていたことは」
部屋の外に出てはいたが声は聞こえていた。
冥子ちゃんに近づいた以上、先生が横島君についての過去は徹底的に調査をしていた。
そして横島君は私たちと出会って以来、大切な人を亡くしたりはしていない。
少なくとも、マリアが口にしたような事実はないはずだ。
「真実だよ。私は横島との協力の約束をする際、横島の過去を映像としてすべて見せてもらった。対価として私が若返るための時間を用意してな。言っておくがこの件について私から話すことは何もない」
ドクターは神算鬼謀の持ち主だが、身内にそれを使う性格ではない。
必要性がなければの話ではあるが。
言わぬというのなら言わぬのであろうし、その必要はないと判断しているのだろう。
存在しないはずの過去。
それにひとつだけ私は心当たりがある。
「……時間移動者?……いいえ、ちがうわね」
同じ能力を持つ自分だからこそ出てくる答え。
だが私はそれをすぐに否定した。
時間を移動してもそこに存在は残る。横島君が二人存在したという記録はない。
「予知能力者では過去のことにはならないし~、わからないわね~」
「精神のみの時間移動……駄目ね。横島君のあの性格は子供のころからのようだし、まさか子供のころまで精神を逆行させるなんて危険な真似なんかしない……わよね?」
下手をうてば記憶を失い二度と戻れなくなる。
……だが、横島君ならやりかねないのではないだろうか?
駄目ね。断定するには決め手が少なすぎる。
「……横島君のことは一時保留にしておきましょう~。それよりも横島君は目を覚ましてくれるかしら~」
「フン。あやつは私の親友だぞ? いつまでも私の愛娘たちを悲しめなんぞするものか」
カオスが自信満々に言ってのけた。
ヨーロッパの魔王とまで呼ばれた錬金術師が理論を伴わずにではなく信頼する人間。
本当にどうにかしてしまいそうだからすごいわ。
そして翌日、本当に横島君は目を覚ました。
もっとも、更なる問題をはらんではいたのだが。
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≪テレサ≫
部屋に残された私たち二人。
姉さんは体を小刻みに振るわせ続けている。
私はたまらず姉さんを背中から抱きしめた。
「姉さん、ごめんなさい」
「……テレサ?」
姉さんの顔を見ることができずにそのままの体勢で言葉をつむぐ。
「ひどいことを言ってごめんなさい。私は姉さんがうらやましかった。ただ純粋に横島さんのことを心配して飛び出すことができた姉さんが。私にはできなかった。それが横島さんを傷つけると『計算してしまった』私には。私は姉さんほど心を持っていないから」
「テレサ。それ・違います。テレサ・心を・持ってます。横島さんを傷つけたくない。それ、テレサの心です。テレサは、少しだけ・マリアより先を考えただけです」
姉さんの暖かい手で頭を撫でられ、私は泣いた。
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≪美智恵≫
「記憶喪失……ですか?」
「はぁ、どうもそうみたいっす」
ベッドの上で戸惑ったような表情を見せる横島君。
心なしか口調も変わってない?
「うむ。医学的な問題は見受けられない。恐らくは心因性のものであるから時間が解決してくれると思う」
仕方ないのかもしれない。
しかし院長先生が出て行った後、横島君と二言三言会話をした後で事件は起こった。
「横島さんの意識が戻ったって本当なのだ~?」
部屋に飛び込んできたのはジルちゃん。他にも小竜姫さまやヒャクメさま。ワルキューレ大尉いやジークフリード少尉、リリシアさん。
「あ、あ、あぁああああ!」
横島君が突然の絶叫。
その表情は恐怖にひきつりジルちゃんたちを見ていた。
横島君の腕からは不思議な形をした霊波刀が……あれは声帯?
「まずい!」
ほんの一瞬、心に衝撃がはしる。
ドクターカオスが文珠ににた物を投げ私たちを取り囲む障壁がなければあの悲痛に食われていた。
横島君の力が暴走している!?
『慟哭の声は届かない。 (寒風はただ平野に吹き)
悲しみの声は届かない。 (あまねく命を枯らして奪う)
もはや誰にもこの声は届かない。 (一人立ち尽くす者の声は)
だから俺は悲しめ痛む。 (聞くものもなく風に砕かれる)
悲痛は心を凍てつかせ、 (全ては哀しみの前に凍りつく)
そこに全ての意味は失われる。 (愛も、未来も、魂さ…)』
突如として陰から飛び出したゼクウさまが文珠を投げつけ、その中に霊波刀が捕らえられた。
続いてユリンちゃんが横島君に咥えていた文珠を首のふりだけで投げつける。
それを受けて眠る横島君。
一方、いきなり横島君に攻撃をされそうになりショックを受ける神族、魔族の面々。
「一度ここから出るんだ。詳しい説明は私のほうからする」
ドクターにうながされ、ベッドに一人眠る横島君を残し部屋を出て行った。
とりわけショックを受けているジルちゃんをリリシアさんが慰めていた。