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[5645] 『Fable』 〔リリカルなのはStS×Fate〕
Name: あすく◆21243144 ID:fef3efea
Date: 2009/08/06 00:01
はじめまして、あすくともうします。

三月三十一日、とらハ板へ移させていただきました!

このSSはFate×リリカルなのはStSの、StS再構成物のつもりです。

StS本編をほぼトレースする形での、Fate側とのクロスです。



注意点としては、本編の設定をいじってあり、作者設定がかなりあります故、ご了承ください。

例)Fate側の魔術、魔法、魔力と、リリカル側の魔法、魔力の関係等がものすごい作者設定になっております。

Fate側の設定としましては

・どのエンド、というのはなくしました。(前はUBW後だった)
しいて言うならばホロウ後日談後に似た、無限にある平行世界の中の一つ、という感じに受け止めてもらえれば幸いです。(ほとんどご都合に合わせた士郎たち、ということ)

・士郎はほとんどオリキャラに近くなってます。戦い方、考え方、かなり変ってます。

主なところはこんな感じです。

型月側とリリカル側のパワーバランスなども全て作者設定になってます。一人ひとりの意見があると思いますが、こんな設定もあるんだな、というスタンスで見ていただけると幸いです。

具体的な強さは書きませんが、士郎は”聖杯戦争から数年後”の士郎です。

限界まで、死ぬ間際まで鍛えたアーチャーではありません。

アーチャーを10、聖杯戦争終了時を1とするならば”大体”2とか3、一部で4、くらいだと思ってください。(魔術的にも、肉体的にも、精神的にも)


このSSでは、上の強さを大体な目安としてくださると嬉しいです。


正直なところ、士郎の強さがわかりません・・・。

原作(Fate)だと、数メートル先で起こっているバーサーカーとセイバーの戦闘で、セイバーより剣戟が早い(軽く音速以上?)のバーサーカーの一振りをみてから、あぶない、とバーサーカーとセイバーの間に割り込んだりしています・・・(どれくらいの速さなんだ?)




それを踏まえて、明らかに設定ミス(例えば士郎の投影は~であって~なのはおかしい、等等)を見つけたときは教えてくださると助かります。

本編には出ていない宝具に関しては、士郎が見たストーリー考えてある(クロスで)のですが、マイナー作品過ぎて断念orz

助言、指導、意見、ご感想をいただけると全てそれについて目を通し、考えたいと思います。(書くのは初心者なので、おかしいところが多々あると思いますが;;)



題名にある『Fable』というのは英語で、寓話、神話、伝説、作り話、等等の意味があったりします。

個人的に好きな英単語だったり。


では、この作品をよろしくお願いいたします。



追記


J・S事件終了です。


徐々にプロローグから改定していくので、もしおかしなところを発見されましたら報告をしてくださると幸いです。

一人称→一人称混じり三人称に変えていきたいと思います。


改定済

プロローグ
一話
二話
三話
四話
五話
六話



[5645] プロローグ
Name: あすく◆21243144 ID:fef3efea
Date: 2009/06/13 15:03
「―――――士郎、セイバー、準備はいい?」

「おう、任せてくれ。いつでもいいぞ」

「任せてください。大丈夫です」

此処は倫敦(ロンドン)にある凛の工房。士郎とセイバーは凛の施術の手伝いをしている。

士郎やセイバーはついて行かなかったが凛が1人で倫敦へ留学してから四年が経ち、今日はそれまで学んだ全てを掛けての大魔術……いや、魔法を行おうとしている。

なんで士郎とセイバーがここにいるかというと、今日のために2人は倫敦に小旅行にきている、という感じ。

ここは冬木にある凛の地下に作られている工房を意識してある。12畳はあろうかという広さで、全て石畳、石壁で出来ていたり。

いつもは作業用のデスクが置いてあるど真ん中に、今日は石柱が置かれている。

石柱というより台座といったほうが正しいだろう。

魔術師が他人の工房の出入り許可するのは異例だが、士郎やセイバーは特別。セイバーは凛と契約してるし、士郎は弟子みたいなものだからだろう。

「――――士郎、今何分になった?」

士郎はそれに答えるように、時計を確認する。正確に合わせられた時計は、現在01:58と表示されていた。凛の最も波長のいい時間まで後2分。

「よし、士郎、セイバー、行くわよ」

士郎は赤ではない、思いの結晶である黒い外套を羽織り、そして、弓を構え剣で出来た矢を番える。

セイバーは騎士甲冑姿でエクスカリバーを構えた。

そして凛は、家にある全てであろう宝石のストックを全てポーチに入れ、腰に付けている。

なぜここまでやる必要があるのか。

それは単純に、何が起こるかわからないから。いや、起こそうとしていることはある。しかしそれを行うに当たって、不確定要素が多すぎる。

部屋中央に位置するは石で出来た台座。そこに鎮座するは、成功、旅の安全、などの概念を有する拳大の宝石、ターコイズ。

深い緑からその存在感が滲み出る。とある任務に当たっての報酬がコレだったらしく、今回の施術を行うきっかけになった石。


――――――平行世界の観測


今日行うのは第2魔法への第1歩だ。そして、今までの集大成。

これが成功すれば、月に始めて踏み出した1歩と同じくらいの意味を持つ1歩になるだろう。

で、だ。

士郎は鎮座している、何重にも陣が施されたどでかい石を睨み見て、呪文を紡ぐ。


「 I am the bone―――― ( 体は 剣で ――――)」


ゆっくりと、ゆっくりと、念を込める様に。


「―――――― of my sword. ( ―――― 出来ている ) 」


番えた矢に魔力が篭る。時間を掛ければ掛けるほど、その矢に込められる魔力は増え、贋作は本物を凌駕しうる物となる。

そして士郎が、セイバーが、凛が、なぜここまでしてるのか。

簡単に言えば、士郎とセイバーは安全装置。もし予想外のことが起こったら即中止が求められる。下手に暴走したら何が起こるかわからず、倫敦が消える、などといわれても冗談と笑えない。

台座の上、天井には六芒星、台座の下、床には五芒星の制御陣を敷き、さらに部屋全体にもびっしりと、宝石を押さえ込むための陣が敷かれている。

この術への準備にはほとんど寝ずに2週間かかった。

そして、部屋を擬似的に外界から切り離す陣で凛が覆って、今に至る。

いざとなったら士郎とセイバーが全力で宝石を壊す。 

飽くまで準備は万全に、そして最高の結果を作り出すための、約2週間の努力。

士郎の矢に魔力が存分に篭ったのを合図と共に凛が確認し、凛が呪文を紡ぎだす。


「――――Anfang……! ( セット ……!) 」


宝石の上に手を翳し、魔術刻印を起動する。慣れなんて絶対にしないと思うこの痛みに耐え、呪文を紡ぐ。

「 Es ist mein Großer Lehrer Schweinorg für einen Vater. ( 祖には 我が 大師 シュバインオーグ ) 」

凛の魔術刻印に同調するように、台座の宝石が輝きだす。そして、宝石に刻み付けられているラインに魔力が通り、全体へのパスを作り出す。

それと同時に部屋の制御陣も全て起動。淡い、そしてどこか妖気じみた光が薄暗い部屋をほんのりと照らす。

今のところ全てが順調。

予め起動しておいた、部屋の4隅にある記録兼観測者(ウォッチャー)の宝石達も滞りなく記録している筈だ。


「 Meine Macht zu einem Keil ――――(我が 力は 楔に ――――)」


そして淡い光が少しずつ力強さを増す。


「 Zur Sache, die bei einer Stelle zuverlässig, die rootlessly flößt, ist ( 揺蕩う 場所を 確かなものに)」


詳しいところは士郎もわからないが、かなりの詠唱が必要となる儀式系魔術の序章。


「Ich nähere mich einer großen Anzahl von Welten nicht―――――(数多の 世界に 歩み寄らん ――――)――――へっ?」 


へ? ってなんだ? 

どっかおかしいところでもあったのか? と、士郎は宝石から目を離し凛に視線を飛ばす。

対して凛は、翳している手の手首を空いている手で押さえ、怒鳴るように言った。

「士郎! なんかおかしい!」

おかしい、とだけ言われても困る。

ふと、時間を確認する。こちらに留学したときに新調した時計はちょうど2時を示し……2時?

「シロウ! それはただの時差です! しかしそれは大事というほどではないはずだ!」

しまった……9時間の時差を忘れていたが、これは飽くまで波長の話。別に合ってなくともそこまでの差は出ないはずである。

「そうなんだけど……うん、絶対に変! このままだと平行世界への穴が固定しきれない!」

ちょ、まった、それは困る。こんなことは予定にない!

平行世界へ小さい穴を開け、そこを通して並行世界を観測する。が、その小さい穴に固定できないとなるとその穴がどれくらいの大きさになるか見当もつかない。

「遠坂、まだ時間はあるか!!」

「うん、数十秒なら大丈夫! 原因わかるっ?」


――――――同調・開始(トレース・オン)


士郎は部屋を見渡す。そして、視線とは別に解析を掛ける。

今日の施術は全て凛の魔力でやってるから、全ての陣にパスが通っているはずだ。

外部への被害を最低限にする為の擬似的な分断空間結界、そして内側に強化結界。

さらに内側に、台座の周り。向こうの世界への穴を小さな穴に固定するために敷かれている台座の上、天井には六芒星、台座の下、床には五芒星……これだっ!!

「遠坂っ! 上と下の陣が逆さまになってる!」

簡単なことだった、穴を固定するための陣が逆さまに。……ということは……?

「えっ……そんなはずは……あああああ!! 言うの忘れてたっ……!」

決して、細かい呪文、難しい術式、施術に関することは間違わない凛のたまにやる”うっかり”。

凛は宝石との相性の関係で、予め決めていた宝石に刻む陣を改定していたのだが、説明図どおりに陣を刻むのが得意な士郎の役目、部屋の陣刻みをする士郎(勿論、重要なところは凛が)へその変更の旨を伝えていなかったのだ。

そして士郎も、最後に解析して確認をすることを怠った。このうっかりは凛のせいだけではない。

「こうなったら観測は不可能! 中止! 決定! 壊しなさい!!」


――――弾――――


返事をするよりも早く士郎の手が動いた。魔力の込められた矢が宝石に向かって吸い込まれていく。

的は動かない、しかもこの距離だ。自惚れるつもりはないが、この距離を士郎ははずさない。

が。

「えっ!! と、遠坂、これはどういうことだっ!!」

士郎の矢が文字どうり”吸い込まれ”たのだ。


――――まずいまずいまずい


第六感が警告している。

「――――っ、リン、私が壊します!」

そういうや否や、セイバーは宝石に向かってエクスカリバーを叩きつけた。

――――膨――――

「待ちなさいセイバーっ!! ――――っち」

「―――なっ!」

女性の舌打ちはやめたほうがいいぞ、といいたくなったがそれどころではない。

セイバーの打ち付けた剣に反応したのか、宝石の周りに”穴”が開いた。

黒く、中で何かがうごめていてるような”異次元”と認識してしまう、奇妙な孔(あな)。


「不味い! 士郎、こうなったら――――きゃぁっ!」


「うわっ!?」

その穴から発生した引力に逆らえず、士郎、凛、セイバーがその空間に放り込まれる。

後々考えてみると、これって凄い事だよな?


吸い込まれたその先は……



―――――青空?



「なんでさ」


「そんな暢気なこといってるんじゃない! セイバー、あたし達の姿勢お願い!」

重力に引かれ、空気を裂く感覚を味わいながら落下する。


――――俺、飛んでるよ?


「わかりました! リンは!!」

「私は”アレ”を閉じる!―――Schließen Sie sich. Schließen Sie sich. Schließen Sie sich. Schließen Sie sich. ( 閉  閉  閉  閉) 」

凛が刻印を刻んでいる手を穴に向け、その呪文を唱えると、あの不気味な’穴’は消えた。

確か、あの部屋ごと爆破、そして完全に外界と遮断する為の呪文だった気がする。

再び開けることが不可能な一種の禁錮結界。

――――もちろん、あの凛が数日にわたってやっと成せる結界で、士郎になんか到底無理な話だったりもする。

「――っ!」

今度はセイバーの息を呑む音が聞こえる。今度は何さ?

「リン! シロウ! 列車です! このままだとぶつかります!」

「こんなときに……! 何でこんなとこに列車なんて走ってるのよ!」

がぁーーーと捲くし立てるようにセイバーに噛み付くが、凛、そんなことをセイバーに言っても可哀想なだけだったり。

それにしてもセイバーが士郎と凛を抱えてるから……。

――――その……いい臭いだ。

士郎がこう思ってしまうのも、状況を考えてくれない男の性の1部である。

「シロウ! こんな状況で鼻の下を伸ばさないで頂きたい! リン、あの列車に着地します!」

「え、ちょ、ほかになんとか―――――きゃぁっ!」

――――着――――

本日二回目の、遠坂さんの悲鳴。

士郎も声を上げたかったらしいがそこは我慢した。

そしてさらに、リアルで大ピンチ。

「な、なんでさ」


なんで目の前に、機械で出来た変なのが浮いてるんだ? しかも手? 触手? ゾゴジュアッ○ュ?


士郎は反射的に慣れ親しんだ夫婦剣を投影し、臨戦態勢に入った。セイバーも剣を構え、凛もポーチに手を伸ばしている。

「―――っち、まずは身にかかる火の粉を振り払うから! 士郎は前! セイバーは後ろ! あたしはこの状況を少し考える!」

「はい!」

「任せろ!」

凛は臨戦態勢のまま青空を見上げ、今起きている状況の把握に努めようとする。

空では戦闘機と”ナニカ”が戦っている。

士郎とセイバーは前後から迫ってくる妙な機械を切り払う。

「案外脆い! いける!」

「シロウ、気をつけてください!飛び道具を使ってきます!」

セイバーは具現化した剣で凛を庇いながら一体一体鉄屑に変えていく。

幾多ものレーザーらしき光線がセイバーに向かうが、そんなものセイバーに効くわけがない。

――――俺はもろに効くぞ!

「――――っく!」

脅威度の高さなのかはしらないが、セイバーほどではないが士郎にも数本の光の矢が肉薄する。

それを避け、またはそらし、致命的な一打を食らわないように立ち回る。もちろん士郎やセイバーが下手に避けたら凛にあたるからその辺りは考えに入っている。

機械自体の耐久力はたいしたものではなく、少し身体強化の魔術を施しただけで両断できた。

真ん中の目みたいな部分にコアらしきものがあると見てそこを突いてみても、機械は崩れていった。

数体を薙ぎ倒し、第1波が去ったように思えた。が。

「時空管理局のものです! 一般人は武装を解除し直ちに退避してください! ここからは私達の仕事です」

次に現れたのは、髪を2つに下げ、2丁の拳銃を携えた16歳くらいの少女と、ショートカットの青い髪にローラーブーツを履いた、これまた16歳くらいの少女だった。



[5645] 一話
Name: あすく◆21243144 ID:fef3efea
Date: 2009/06/13 15:03

「問題の貨物車両、速度70を維持、依然進行中です!」

ロングアーチのオペレータの声が響く。

「重要貨物室への突破はまだされていないようですが、時間の問題のようです」

もう一人のオペレータが付け加えるように言った。

「―――――っ!?」

そこでさらに、危険を告げるアラームが鳴る。そのことにいち早く気付いたシャーリーは的確に指示を飛ばす。

「アルト! ルキノ! 広域スキャンよ! 特定して!」

指示を出されたときの反応は早い。すぐさまサーチャーを飛ばして現地をモニターで表示し、状況の把握に努める。そしてそこに映し出されたのは……。

「多数のガジェット反応!! そ、空から!? 航空型です! 現地に向かっている部隊を補足した模様!」

なのはがついているとはいえ、新人達は初陣だ。なのはもリミッターがかかっているから、あまり派手な動きはできない。

……っく、シャーリーはこの状況、そして多数に沸くガジェットに対し、恨めしそうに唇を噛む。

しかし不安は次の外部からの通信で緩和された。


「こちらフェイト。グリフィス、こっちは今パーキングに到着した。すぐに現地に向かうから、飛行許可をお願い」


「――――こちらグリフィス、了解! 市街地個人飛行、承認します!」

フェイトはパーキングに入ったとたん、人がいないのを確認してから車を乱暴に止める。

最も、この車が多少乱暴にブレーキを踏んだところでどうなる物でもないのだが、フェイトはその性格から少しだけ乱暴に止めた自分に嫌悪するが、それも一瞬。

すぐさま車に鍵を掛け、出撃の準備をする。


――――さあ行こう、なのは達の下へ。


フェイトは走り出す。すぐに飛行するのだからあまり意味はないが、逸る気持ちの表れと言ってもいい。

『 Get set ? 』

「うん!」

もう十年以上の付き合いになる相棒からの問いに、簡潔に答える。

「バルディッシュ・アサルト、セット―――アップ!!」

『 Set Up――――――Barrier Jacket Impulse Form 』

なのは達に、「フェイトちゃんのバリアジャケットは薄すぎるの! もうちょっと頑丈なのにして!」と攻め立てられ、バルディッシュと一緒に作ったインパルスフォーム。今は慣れ親しんだ、一番使っている形態である。

「行くよ、バルディッシュ」

『 Yes sir 』

「ライトニング1、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。――行きます!」

許可をもらった飛行魔法を使用し、現地へと全力で向かう。高速で飛んでも目すら痛くならない、バリアジャケットの恩恵にあやかりつつ、一刻も早く向かいたい気持ちでさらに速度を上げた。

――――その頃

「私も出るよ、ヴァイス君。私とフェイト隊長で、空を抑える」

「うっす、なのはさん」

特に緊張していたキャロへなのはは、さっき伝えたいことを伝えた。

キャロの魔法はみんなを守る、戦っていても一人じゃない、みんな一緒だ、と。

ヘリのハッチがヴァイスの操作によって開け放たれ、なのははそこから飛び降りた。普通なら竦んでしまうだろう。

だが、レイジングハートと共に飛んだ空は、今や友達に近いものになっている。 怖くは、ない。

『 Stand by Ready 』

愛杖からの問いかけ。それになのはは惜しげもなく、強く答える。

「レイジングハート!―――セット!―――――アップ!」

『 Barrier Jacket Aggressor Mode 』

いまさら思ったけど、このバリアジャケットに黒いマントつけたらフェイトちゃんと真逆だな、とか、毎回思うけど確かにアグレッサーって教導みたいな意味があるけど本来は侵略者とかそういう意味なんだよね? 

そんな侵略者みたいなことしてないんだけどな……となのはは場違いなことを考えつつも、バリアジャケットの生成を終える。

『 Axel Fin 』

飛行魔法をレイジングハートが使ってくれる。

やはり、インテリジェントデバイス、というものは優秀だ。

「スターズ1、高町なのは―――――行きますっ!」

今頃ヘリの中ではリインがみんなに説明をしてくれているだろう。

ガジェットの破壊、それが当面の任務だけどみんな落ち着いて出来るかな、なんてことを思いながらなのはは空を駆ける。

リインも今日は現場に下りて指揮管制を行ってくれる手筈になっているし、レリックの回収も問題ないだろう。

「スターズ1、ライトニング1、エンゲージ!」

「こっちの空域は二人で押さえる。新人達のフォロー、お願い」

「了解」

フェイトからの指示にグリフィスは頷く。この隊長たちならば空はすぐに確保されるだろう。外見からは想像できない、正に、一騎当千の兵なのだから。

『同じ空は久しぶりだね、フェイトちゃん』

『うん、なのは』

フェイトは下に見えるなのはからきた念話に応答する。

……本当に久しぶりだ。事件なんて起きないほうが絶対いいのに、なのはとまた同じ空で戦えることを少し嬉しいと思えてしまうのが不思議だ、とフェイトは思う。

山岳地帯での低空飛行は実は危険なのだが、そんなこと2人は意に返さない。


――――絶対に新人たちにガジェットを近づけさせない


多少過保護でもある隊長2人の、気概。

そして二人は接近してきた機影に気付く。

なのははインメルマンターンをし、敵機の後ろに回りこむ。

が、援護にまわってきた敵機が魔力で出来た弾をなのはに向けて射出する。しかしそんなものにあたるエースではない。

地上との距離に意識を向けながら全て弾を避けきる。

そして隙を突き、無詠唱で砲撃魔法を放つ。撃墜した敵機の爆煙に隠れてガジェットはなのはの後ろに回ろうとするが、フィンをはためかせ一気になのははターンする。

カートリッジを一発ロードし、意思のみでしたいことをレイジングハートに伝える。

『 Axel Shooter 』

それを間違いもなく読み取ったレイジングハートは魔法を発動させる。

体勢をいったん整えたなのはは発動された魔法をガジェットに向かって解き放つ。

明らかにオーバーキルであろう量の桃色の魔弾が三機のガジェットに降り注ぎ、穴を穿たれそのまま爆散した。

『 Haken Form 』

下の敵を片付けたのか、その煙の中から今度はフェイトが飛び出してくる。バルディッシュ……昔より明らかに力強く、巨大な鎌をした状態のハーケンフォーム。

「はぁぁぁぁぁっ!!」

その巨大な鎌を思い切り振りかぶり、体を一気に捻転させ、それを引き戻す。

それは魔力を持ったカマイタチとなり、連続でガジェットを真っ二つに切り裂き次の行動へ。

そこからは大乱戦、しかし、目論見は成功。増援を全てなのはとフェイトが持ちしかも懺滅している。

新人達には絶対に近づけさせない、と、隊長たちの奮闘である。

「よーし、新人ども、隊長さん達が空を抑えてくれているお陰で―――――……あん……?」

ヴァイスは自分の愛機……ストームレイダーのモニターに映し出された、絶望とも呼べるものが目に映る。

「こ、こちらロングアーチ! 新たに敵機を補足! 数は約50! 出現場所…………ヘリの前方、距離300です!」

ヴァイスは一瞬、今起きていることが把握できなかった。甘く見てた。しかし何故? 前にいるのに気付かなかった?

ナンバーズの4、クアットロが持つISのことなど知る由もないロングアーチ、そしてヴァイスの対応が遅れるのは仕方のないことだった。

だが、今はそんなことを考えている暇はない。このままだとやられるとの危機感がヴァイスを現実へと引き戻す。

「くそっ! 隊長たちは無理か!!」

数機なら打ち落とせる自信もあるヴァイスだが、この数を相手にして逃げ切れるはずもなかった。

『なのは! 新人達が危ない! 私が行く!』

『――――フェイトちゃん、お願い!』

なのはのシューティングモードでの狙撃も考えたが、こちらも今や混戦状態。止まるのは多少の危険が付きまとった。

フェイトは全力でヘリの方へ進路を変える。

「――――邪魔っ!」

フェイトはそのとき、エリオとキャロのことを考えていた。新人、ヘリのことを心配しているのは確かだが、それよりも自分の家族のことを心配するのは当然だろう。

フェイトは目の前に出てくる、明らかに向こうに向かうのを邪魔してくるガジェット達を速度も落とさず切り払う。

「こ、こちらロングアーチ!!」

今度は何か、と思った。声音の様子からまたいい知らせではないのだろう。

「な、なのはさん! 上空に……列車線路上空に、”次元の穴(ワームホール)”を確認! そこは危険です! 新人達を連れてすぐさま退避してください! 繰り返します! 危険です!」

現場にいる六課の人たちは全員、戦慄を覚えた。そして、少し離れた上空を見上げる。そこには真っ黒い、人が数人なら通ることが可能そうな”穴”が出来ていた。

戦闘に気を取られて兆候にも気付かなかった隊長二人は自己嫌悪するが、そんなことをしている暇はない。

『こちらスターズ1! ヴァイス君、みんな、すぐに離脱を! 何が起こるかわからないの! そっちにはフェイトちゃんが向かってるから、全力で逃げて!』

『『『りょ、了解!』』』

フェイトちゃん、になってるのを気にしてもいられない。この事態にすら動じない、それよりも気付いてないのかガジェットたちの攻勢がやむことはない。

降りかかる火の粉、ガジェットを振り払いながらなのはも離脱を開始する。

分割思考であの”穴”に意識を向けていた。そしてその意識が、とてつもないものを感じ取る。

『フェイトちゃんっ! 避けてっ!』

「――――っ!!」

――――閃!―――――

突如その”穴”から現れたのは、考えたくもないスピード、威力の”何か”。

そしてその”何か”は穴から飛び出し、軌跡すら見ることも難しい速度でフェイト、そしてヘリに迫っていった。否、見えたけじゃない。”穴”から飛び出す瞬間を感じ取り、そこから進路を予測しただけに過ぎない。

なのはの念話を聞いてフェイトは瞬間、身を捻る。

バリアジャケットがなければその速度から生まれる衝撃波でずたずたに身を切られていただろう。

そもそも射線にフェイトは居なかったことに気付いたが、少しでも距離を開けないとこちらの身が斬られる。


――――削―――――


そして、その”何か”は掠るだけのはずだった崖を深々と抉る。”穴”とガジェット、ヘリを一直線に結ぶ線の途中には崖があり、”何か”は崖に突っ込んだ。

が、勢いは止まる様子すら見せない。

崖の一部を轟音を立てて抉り、削り取るもそのまま進む”何か。”射線からの離脱に成功していたはずのヘリを揺らしながらその”何か”が通過したと思ったら、ガジェットの群が爆発。

多分、あの”何か”が貫いたのだろう。

衝撃波もあいまって、50機以上いたガジェットはその数を1桁までに減らす。そして、少しだけ崖で進路を下に変えていた”何か”は、地面に突き刺さりようやく停止したようだ。

「どこの馬鹿だ!! 砲撃!? わけわかんねぇよ!」

咄嗟にヘリ全体に防御魔法を張れたヴァイスは悪態をつく。が、同時に命の危険からも離れられたことに安堵する。

数機ならば相手をすることも可能なのだ。

”穴”から出現した”何か”によって一気に状況が覆るも、”穴”はまだ消えていない。そしてロングアーチも思い出したように管制を再開。

「今だ原因は不明! 危険度は依然上昇中! 各自離脱してください!」



「グリフィス君、何が起こっているん!」



空圧開閉式のドアから駆け込んでくる一人の少女。いや、もう女性といっていいだろう。その女性は管制所のトップの証である席に座り、把握に努める。

「八神部隊長! ワ、ワームホールの出現です。多量の魔力が篭った射撃と思われるものが穴から飛び出し、敵増援を撃破。依然穴は存在し、現在全力で部隊を引き上げさせているところです!」

「次元跳躍攻撃なんっ!!」

「その可能性はないと思われます!」

答えたのはシャーリー。

「昔ならまだしも、次元を超えた魔法ならば出現は予想できなくても感知、そして逆探知することが可能です! ですが、この”穴”には一切干渉が出来ません! エラーの連発です!」

「ん、わかった。 シャーリー達は解析続けとき! ほかのみんなは撤退支援! みんな無事に帰還させるで!」

「「了解!」」

そして予期せぬ事態、偶然は重なるものだ。


―――――事実は小説より奇なり


はやてはこの言葉をふと、思い出す。


――――”穴”から人が出現したのだ

「なん……いや、誰や、あれ!」

はやての言葉を聞くなり、シャーリーはサーチャーを動かし、カメラを近づける。

そこに映っていたのは1人の男性、そして2人の女性。

男のほうは身の丈ほどもある黒い外套を着ていて赤く……若干白みがかった髪をしていた。

手には何も持っておらず、金髪の女性に抱きかかえられている。

その金髪の女性はシグナムを想像させられつつもまったく毛色の違う鎧を着ていて、女性というよりはどちらかといえば少女の面影があるように感じらる。

そして、ロングアーチの目を見張ったのが最後の……赤いシャツに黒いロングスカートという質素な格好、黒髪をはためかせている女性。

「――――人です! 現在カメラから得られる情報で条件に当てはまる人物を検索中ですが、次元規模の災害に巻き込まれたという人物の情報は挙がっていません!!」

居てもたっても居られず、はやては立ち上がった。

「――――あの人、ワームホールを閉じようっちゅうんか……?」

そう、全員がモニターに釘付けになった理由は、その赤い女性が金髪の女性に支えられつつも、手を”穴”に向けて翳し、何かを呟いていたからだ。

普通は、ありえない。

どんな理由があってもあの類のモノは天災といっても過言ではない。

ロストロギア関連であったり、完全な災害であったりまちまちであるが、いいものであったためしがないことを管理局に属するものなら誰もが知っている。今の人の手には負えないオーバーテクノロジー、ロストテクノロジーの塊。

だからこそ”ロストロギア”の名前を与えられるのであり、それによって引き起こされるであろうことは人の手に余る。

まだ断言は出来ないが、あの禍々しい”穴”はそれによって起こされたものなのだろう。


「「「「と、閉じたぁぁぁぁ!!」」」」


明らかに無理、とはやてを含めたロングアーチスタッフは思っていたが、まさかの事態に驚愕する。

まさか、まかさ、あんなものを自力で”閉じる”ことが可能な人がいるとは思っていなかった。

少なくとも、はやては知らない。

……自分自身、若干インチキくさい魔力になっている自覚はあるのだが、そこは放って置いてあげてほしい。


「――――っっ!! 八神部隊長! ワームホールの完全消滅を確認!!」


「なんなん、もう……」

自身の常識を覆さんばかりの相次ぐ自体に、指揮官としての適正はあるはずのはやては迷っていた。これは単純な経験不足も、ある。

このまま再度の危険の可能性から下がらせるか? それとも予定に戻してレリックの回収?

「な――――八神部隊長! アンノウンの3名、このままだと列車に激突します!!」

矢継ぎ早にロングアーチのスタッフから現状報告が飛んでくる。

はやては一部の思考でこの事件に悪態をつきつつも、指揮官としての使命を全うする。

経験不足を才能で補えるだけの能力が、はやてにはある。

六課、新人達の初陣で少しばかり荷が重いことは否めなかったが、あそこにはよっぽどの事でないと挫けたりしない親友―――信頼、信用できるベテランが二人も、そしてリィンが居る。

「よし! 当初の予定に戻すで! フェイト隊長はガジェットが迫ってきよるからヘリの援護! なのは隊長は引き続きガジェットの掃討! 新人達はレリックの確保! そして、アーチスタッフへ! ルキノは常に警戒や! 少しでも空間に危険な反応があったら直ちに報告を! シャーリー達は全力でバックアップ! ええな!」

『『『「「「了解!!」」」』』』

はやてが警戒したのは、アンノウン3名の正体。あの”穴”を操れるとは思わないが、もし狙ってレリックの上空に出てきたとしたら恐ろしいことだ。

あの3名の身柄の確保を優先したいところもあった。

だが部隊長とは言えどはやては、日本的価値観でみればまだ成人もしていない1人の女性。

みんなの心配をしたい気持ちも、少なからずある。

「みんな、絶対に無事で帰ってくるんやで」

――――一方

「聞いたか新人共! ちっと予定狂いがあってあぶねぇ目にあったが、今はフェイト隊長が傍に居てくれる! あと40秒で第2降下ポイントだ! 準備はいいかっ!!」

『『はいっ!』』

そして、ストームレイダーはフェイトが見守る中、ゆっくりと旋回し、変更された第2降下ポイントに到着した。簡単に言うようだが、ヘリの山岳地帯での低空飛行はかなり危険を伴う。

そして、それなりのスピードで進行中の列車にタイミングを合わせて列車に近づく様に降下する。地味に思われ、当たり前に思われがちだが、ヴァイスの操縦のレベルがなかったらこの作戦は難しかっただろう。

これ以上の接近は危険をさらに伴う、とヴァイスは判断し、ヘリのハッチを開ける。

「おら新人! 行ってこいや! 無事に帰ってきたら飯でも食おうぜ!」

「は、はいっ!! スターズ3! スバル・ナカジマ!」

「スターズ4、ティアナ・ランスター!」

「「行きますっ!!」」

2人はストームレイダーから飛び出す。そしてスカイダイビングの状態になりつつも、スバルはペンダントのようにかけた自分の相棒がしっかりと首についていることを確認する。

そしてティアナも、待機状態のクロスミラージュをしっかりと手に握る。

「行くよ……マッハキャリバー!」

「お願いね、クロスミラージュ」

「「セット! アップ!」」

それに呼応するように二つのデバイスは輝く。二人の新たな相棒はしっかりと主の思いに答え、バリアジャケットを生成する。

『『 Standby ready 』』

2人のバリアジャケットは、白を基調として青いラインで縁取りをされ、動きやすさを求めたのかなかなか活発な少女達を想像させるもの。

スバルは鉢巻にリボルバーナックル、そしてローラーブーツのマッハキャリバー。

ティアナも、2挺拳銃のクロスミラージュ。生成を終えた二人は、列車の上に綺麗に着地をする。それを確認したヴァイスが次の合図を出す。

「次ぃっ! ライトニング! チビ共、きぃつけてな」

『『はいっ!』』

口が悪くも、これがヴァイスなりの激励。それをしっかりとわかっている二人は、元気に返事を返す。

キャロは緊張した面持ちで、ハッチの外を眺めていた。

それはそうだろう、まだ1桁の年齢で、小学校に通っていてもおかしくないような少年少女が戦場へと赴こうというのだ。緊張しないほうがおかしい。

それに気付いたエリオは、勇気を出して男の子らしさをちょこっと見せる。

「一緒に……降りようか」

「えっ?」

そしてエリオは内心破裂しそうな思いに躊躇いながらも、手をつなごう、と手を出す。
キャロはそれに答えた。

「うんっ!」

「ライトニング3、エリオ・モンディアル」

「ライトニング4、キャロ・ル・ルシエとフリードリヒ」

きゅくるー、と、普段ならば和んでしまいそうな声が、キャロは今日は頼もしく思えた。

「「行きますっ!」」

そして2人と1匹はハッチを飛び出す。

「ストラーダ」

「ケリュケイオン」

「「セット、アップ!」」

慣れない高さに身をすくめながらも2人はバリアジャケットを生成する。

スバルとティアナ、エリオとキャロのペアで、お互いガジェット掃討しつつ列車の反対の方向から攻めあがる。そして早く中心に着いたほうがレリックを回収するのが当初の作戦。

と、その前に。4人は驚いていた。実はバリアジャケットを着たのは今が初めてなのだ。驚きを隠せない四人にリィンが説明をする。

「4人のバリアジャケットは、各隊長さんのを参考にしてるのですよ!ちょっと癖はありますが、高性能です!」

それを聞いて嬉しさがこみ上げてくるが、それにかまっている暇はない。一刻も早く任務を遂行しなければならないのだ。


―――――ロングアーチ


あの3人に近いのは……スバルとティアナ、念のためにフェイトも向かってもらおう、とはやては思案。

はやて自身も気をつけているが、絶対に新人達に危険な目には合わせない。

「スバル! ティアナ! 三人のアンノウンに近いのはあんたらや! フェイト隊長も向かわせておるから、不審者の身柄確保頼むで! もしかしたら災害に巻き込まれただけの要救助者かも知れへんからな! バックアップは任せとき!」

『『了解っ!』』

「フェイト隊長、聞いとるな! スバルとティアナの援護を頼むで! そっちのガジェットはヴァイス陸曹でも余裕やろ」

『うっす、任せてください』

『うん、わかった。すぐ向かうね』

「――――3名、ガジェットと接敵! ――――交戦しました!」

ミッド式、ベルカ式あれど、はやてもそれなりに魔法の経験は積んだ。あの3人がどういう魔法を使うかによって、それで判断もつく。

もし判断がつかなくても、かなり絞り込むことは出来るはず。

「―――――なっ!!」

はやてを含むロングアーチスタッフは息を呑む。強い。AMF有効内にいるというのにそれに臆している様子も一切見せず、ガジェットを破壊していく。

と、同時に疑っていた仕組まれたことという線も薄れる。仲間ならばお互いがお互いを襲うのはおかしい。

しかしそれだけで驚くスタッフたちではない。が、はやてすらも驚愕の表情を浮かべているのは何故か。

魔方陣が展開されない。

男は両手に妙な形をしたデバイスらしき黒と白の剣を持ち、そこから魔法を使うのかと思ったらカードリッジも一切使用せずガジェットを破壊している。

魔法弾が飛んでくることを知らなかったのか最初は目を見張っていたが、1回見ただけでそれに対応。どうしても避けられないときは剣で弾くという業も見せている。

そして、金髪で甲冑を着込んでいる少女。こちらの少女も剣らしきものを持っている見たいなのだが、それが見えない。シャーリーの報告だと、あそこに纏わりついている何かで光が屈折させられ、結果的に不可視になっているという。

赤い服の女性を庇いながら戦っているの金髪の少女。そしてその女性は金髪の少女と黒い男性を完全に信頼しているのか最低限の注意だけを払って上空を見つめ、現在の状況を把握しようとしているのだろう。

さらに驚いたのが、金髪の少女の動き。黒い男性も相当な腕だと察せられるが、こちらの少女は明らかに異質。正にコマ送りで見ているとしか思えない速度で列車の上を駆け回っている。

「あっ!!」

黒い男性がかなりの量の弾に対処しきれず、弾をはじいたはずの右手の剣を落としてしまったのだ。

はやてはごくりと息を飲む。それを好機と見た動けるガジェットが弾を発射したのだ。

…………当たる!

そう思ったが、弾が男に当たることはなかった。

「え…………?」

落ちたはずの右手の剣が手に収まっており、落ちて足元に転がっているはずの右手の剣がなくなっていたのだ。その2振りの剣を使って黒い男性は攻撃を防ぎきった。

「シャーリー、魔法の使用は?」

「形跡はありませんっ!」

あの3人が標的となってくれているおかげで新人達の負担が減ったことに少しながらに感謝しつつ、もうすぐ接近するスバルとティアナの無事を祈った。

フェイトははやての指示を受け、危険があれば2人の下に2秒以内に到達できる位置に居る。

的になってくれているとはいっても、ガジェットの数は0ではない。

『『 Drive Ignition 』』

デバイスを駆動させる。そしてティアナは目の前に居るガジェットにクロスミラージュを突きつけた。

『 Variable Barrel 』

「シュートッ!」

トリガーワードを紡ぎ、引き金を引く。二発の弾丸がガジェットを襲う。

――――爆!―――――

ガジェットが破片を撒き散らし、破壊を確認したらすぐさま次の車両へ飛び移る。
開いた列車の天井から列車内に入り、スバルも疾駆する。

『 Assault Grip 』

「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!  リボルバァァァ――――」

迫りくる魔力が篭った弾丸を見事な機動で避けきり、ガジェットに肉薄する。

「―――――――シューット!!!」

――――破!――――――

「とっとっとっと」

勢い余って天井を突き破って列車から飛び出してしまったスバルは若干焦りを覚えるが

『 Wing Road 』

それをしっかりとフォローするスバルの相棒。青い、空の道を駆け抜け、スバルは無事列車の天井に舞い戻る。スバルは驚きを隠せず、相棒に尋ねる。

「マ、マッハキャリバー……お前って……もしかしてかなりすごい……?」

「加速とか……グリップとか……ウイングロードまで……」

『 Because I was made to make you run stronger and faster . (私はあなたをより強く、より早く走らせるために作り出されましたから)』

「……うん」

相棒のその言葉に、いろいろな全ての意味を込めてスバルは頷いた。

「でも、マッハキャリバーはAIといっても、心があるんでしょう? だったら、ちょっと言い換えよう」

「――――お前はね、私と一緒に走るために、生まれてきたんだよ」

『 I feel it the same way . (同じ意味に感じます)』

「違うんだよ! いろいろと!」

『 I'll think about it . (考えておきます)』

「――――うんっ!」

――――列車は今だ暴走を続けている。ティアナがケーブルの破壊を試みたが、それも効果を出さない。リィンが列車の暴走を止めに行くことを決意した。
八神部隊長からの指示が来る。

『スバル、ティアナ、合流よろしく。 ポイントまであと2両やで、何かあったら私が直接指示だす。フェイト隊長もすぐ傍におる、安心しいや』

「「了解!」」

「スターズ1、制空権の確保を確認! そのまま航空型への注意を!」

『了解っ』

「スターズ3、スターズ4、6両目に入りました――――エンカウントッ!」

ティアナ・ランスターは初めての任務に就いた。

いろいろ紆余曲折があったけど、そんなものを気にしてたら目指している執務官には慣れないと思い、ティアナは今まで頑張ってきた。

追加された任務、アンノウン3名の身柄確保ということがあったけどそれもきっちりこなしてみせる、と意気込む。

フラッシュムーヴですぐ飛んでこられる距離でフェイトが見守っててくれるということもあってか、本当の意味の新人達初めての仕事は安心して始めることができた。

デスクワークではない、現場。

ガジェットはこちら側は一時沈黙している。

油断は一切出来ないが、感知したらアーチのみんなが教えてくれる。

エリオとキャロが心配だけど、今は考えているときじゃない。

ティアナはクロスミラージュの銃口を、黒い外套を羽織った男性と、赤い服を着た女性に向けた。

アンノウンといわれた3人はガジェットたちが一時沈黙したことに気を許しているのか、武器を下げている。

そしてティアナは若干唇が震えていることに苦笑しつつも、言葉を発した。

「時空管理局のものです! 一般人は武装を解除し直ちに退避してください! ここからは私達の仕事です」

スバルも一歩引いて、何時でも動き出せるように構えている。


――――絶対に直接はいってやらないけど、スバルが本当に頼もしい。


しかし警告には一切効果が無かった。それにティアナは少し怖気づくが、震えては居られない。

「お子様が随分な言い草じゃない……時空管理局、ね? 長いことこっちの世界に居るけどそんな胡散臭いもの聞いたこと無いんだけど」

赤い服を着た女性は腰に手を当て、そう言い放つ。

――――時空管理局を知らない?

「お、お子さ――――知らないのなら尚更です、こちらの指示に従ってください! 此処は時空管理局が管理している世界です!」

相手のペースに乗ってはいけない、そう自分に言い聞かせているティアナ。

実際あの金髪の人とは年もそう変らなさそうなのに……この2人だって、見た目は高校生から大学生だ。そう悪態をつきつつも、懸命に警告する。

「ふぅ……リン、ここ刺激しないで頂きたいです。私達は少しでも情報がほしい状況のはずだ。シロウ、お願いできますか?」

「あぅ……そう、ね……ごめん」

遠巻きに見ていたはやて達アーチスタッフだがそこで、フェイトからの緊急回線が開かれた。

「フェイト隊長? なんかまずいんか?」

『はやて……どうしよう……あの3人に行かせたのは間違いだった。私、多分何かあったらどっちかしか助けられない……あの子、強いよ』

「それは……どういうことや? あの黒い人、そんなやばそうなん?」

フェイトは歯がゆそうに顔をしかめている。

……フェイトだって管理局の中では指折りで、リミッターがかかっているといっても早々簡単に後れを取るような実力ではないはずだ。

『ううん……あの黒い人も確かに強そうだけど、少なくとも2人を助けながらの高速離脱は出来ると思う。問題は……あの金髪の子』

―――あの子が?

「正直に言えば、犠牲者は出したくない。甘いのはわかってる。けど、あの子達はまだ此処で死んでいいわけあらへん。……ここは私の判断に任せてほしい……どや?」

フェイトは現場から目を離さずも、一瞬考えたようにしてから頷き、回線を閉じた。

ここではやてがやらないといけないこと、犠牲者が出ずに事件が解決すればそれが一番いい。

もちろん、人命よりも任務を優先させなければいけないときだって多々あるはずだが、今はそのときではないはずなのだ。

「わかった。そちらの2人と、カメラかなにかで監視をしている人たちが、時空管理局、というものでいいのか?」

――――サーチャーに気付いている?


はやては内心焦りつつも、話に乗ってくれたことに感謝した。ティアナ達の前に直接モニターを開き、モニター越しの対面をする。

『ええ、それであっとります。私がこの子達の部隊長、八神はやていいます。そちらは?』

気付かれているならば隠し事はかえってよくない。かなりの戦闘力を持っていることからして、フェイトがいることを差し引いても危険なことはすべきではなかった。

しかも、話し合いに応じてくれるということとあの金髪の少女が言った少しでも情報がほしい、ということから、こちらに一時身柄を確保することも出来るのではないかと思ったからだ。

そうすれば少なくとも安全は確保できる。

「時空管理局ってのはこんな子達にも仕事をさせるんだな……それは少し、どうかと思いますよ?」

『それは私も思ってますが……と、そちらの名前を伺ってません』

独特のイントネーション、これは関西訛りか、と士郎は思った。

士郎はさっき襲ってきたヘンテコな何かが再度攻撃を加えてこないか内心注意を払いつつも、この若い部隊長……八神さん、といったか、と会話をする。

実は、凛が煽ったときは心底、士郎とセイバーは焦っていた。

「衛宮士郎です。そしてこっちの赤い服は遠坂凛、そしてセイバー」

こちらもある程度のカードを切らなければ相手の信頼を得ることは出来ない。

ここ数年で士郎は凛から、交渉の類は結構教え込まれた。

といっても、最低限やらなければいけないこととか、注意点、そんなものである。

本当はアーチャー口調がいい。しかし、それはあまり使わない。

あまり”アイツ”に似たくない、という士郎なりの抵抗でもある。


『ほなら衛宮さん、単調直入に聞きます、そちらの目的はなんでしょか?』


シャーリーは名前を聞いたときから検索をかけていた。が、管理局のデータベースはこぞってNot Found。それを確認したはやては偽名を疑ったが、なんとなくそれは無いような気がした。

向こう側からしても後々バレる嘘をついても得はないはずだ。

「目的……そうだな、とりあえず此処がどこなのか知りたい。現状把握、だな。そっちは何で此処にいるんだ? いくらなんでも列車の上だし、俺達が通ってきたものを見てから出てきたんじゃ遅いだろ? なんか予測してたのか?」

『そうやね、本当はその列車に積んである……レリックいうもんがあるんやけど、それを狙ってきている……衛宮さんたちが破壊してった機械、ガジェットいうんやけど、それの破壊とレリックの保護やったんです。……その点に関しては、協力に感謝します』

「そうなのか……にしても不思議だな」

『そいでですね衛宮さん、諸々の話、あたし等のところで聞かせてもらえないやろうか? もちろん着てくれたら此処がどこか、説明できるところは全て説明します。もちろん、武器の類だけは預からせてもらいますが、拘束はするつもりあらへん。どないでしょう?』

現状からして願ってもない好条件。

「……遠坂、セイバー、それでいいか?」

「まぁ……一応大きな組織みたいだし、悪くはない、かな。信用はしないけど。かなり聞きたいこともあるし……」

『列車を停止させたら迎えを寄越します。それまで待っていてくれへんでしょうか?』

「いや、手伝わせてくれ。子供達が戦っているのを見るのは忍びないんだ。セイバー、遠坂、いいよな?」

「あんたならそういうわよね……わかった」

「私も手伝いましょう」

『ほなら、よろしゅうお願いします』

八神、といった女性が頭を下げた。が、士郎達はほかにも監視されている。

……多分、近接戦闘じゃ勝つのは難しいくらいの手合いに。

とりあえずこの場の士郎達の任務は列車の停止、それにはやてたちの部隊の援護。

そう思ったときに、崖の方に向かって二つの影が飛び降りるのが見える。

「―――なっ!?」

士郎はすぐさま動こうとするが、静止の声が掛けられる。

「え、衛宮さん、待ってください! 大丈夫なんです!」

何が大丈夫なのか。しかも遠視で確認したら、二人の子供だった。

それもかなり小さい。2人が飛行魔術を使えるとは思わないし、どうやって助けるのか。

「士郎、多分大丈夫だから……。だって此処にいるわたし達以外の連中みんな空飛べるみたいだし」


…………へ?


「シロウ、しかも下のほうから、龍の気配がします。多分、あの2人のどちらかが使役しているのでしょう。考え難いですが、嫌な感じはしないので敵対物でないことは確かだと思います」

龍の血を一部持ち、龍の親戚とも言ってもいいセイバーが言うならば大丈夫なんだろう。

――――けど、龍?

「ああもうっ! さっきから見てたけど! 無茶苦茶すぎなのよ……」

あの凛が混乱し語尾が小さくなっているあたり、相当な非常識さを発揮しているのだろうこの人たちは。

「白竜ですか……懐かしいものです」

風王結界を携えた剣を下段に構えながら、崖から上がってきた龍を感慨深く見つめるセイバー。

「うっそ……あれがあのチビ龍の、本当の姿……」

あの子達の仲間であろう目の前に居る2人も驚きを隠せないようだ。そして次に言葉を発したのが……

「さて、あっちの2人にもう救援はいらないようです! はい! レリックを回収しますよ!」

突如現れたのは、30センチくらいの白い格好をした少女? だった。

いや、精霊とかは見慣れてるとは言わないまでも知っている。けど、なんでこんなに人間をちっちゃくしただけみたいな精霊がいるんだ? と疑問に思う士郎。


――――相変わらず監視の目は解けない……当たり前か。


向こうでは派手に戦闘が行われているようだ。

なんでも龍が火を吐いてあの少年が丸い機械……ガジェットの亜種に切りかかり爆散させていた。


子供じゃなくて――――立派な”男”だったんだな。


あの少年、エリオを見て士郎は感慨深く、そう心に思う。

こっちにはガジェットは出現せず、さっきの二人は車両の奥に行き、レリックというものを無事に保護したようだ。

「スターズF、レリックの回収を確認! ならびに、全てのガジェット反応の消滅を確認! 次元面も安定しています!」

『車両のコントロールも取り戻したですよ! 今とめますです!』

「うん、みんなよくやってくれたなぁ。そうやな、衛宮さん達もいることやし……隊長2人は衛宮さん達の監視、スターズの2人とリィンは研究所までレリックの護送をお願いしよかな」

『ハイです!』

「ライトニングはどうしますか?」

グリフィスの言葉にはやてはウインクをしながら簡潔に答える。

なまじ美人なだけあって、グリフィスは少し顔を赤らめるが仕事優先である。

「現場待機、事後処理部隊に引継ぎや。よろしくな」

列車が停止し、護送するためのヘリが近づいてくる。

「士郎……」

「ああ……」

遠坂が目配せをしてくる。ああ、わかっている。これほど文明が発達しているところならば、魔力の残骸から人物を特定するのはそう難しいことではないと判断したんだろう。

もし、あの”穴”を通って俺の矢がこっちに飛び込んだとしたら、かなり不味い。魔力をあんだけ込めた代物だからだ。自分の魔力がある場所を振り向いてみると、遠く離れた森の中だった。そこで俺の矢は停止しているのを遠視で確認する。

そして、周りに人がいないことを確認すると――――


「――――――投影廃棄 ( トレース・カット )」


――――失


「や、八神部隊長!!」

「なんか反応があったんか?」

「あの穴から出た”何か”が……消滅しました。魔力反応も完全にロスト……」

「最後までわけわからへん……後に送られる偵察部隊に任せるとしよか」

――――多分これで士郎の魔力反応を手繰るのは至難の業になったはずだ。現物に残ってるならまだしも、完全に”なくなって”いるわけだから。

「高町なのは一等空尉です」

「フェイト・T・ハラオウン執務官です」

そう自己紹介された二人に同行、もとい監視されつつ、士郎達は時空管理局の八神部隊長が指揮する機動六課、という所に案内されることとなった。

さっきの気配……士郎が感じた見られてる感じは、フェイトのもの。

にしても、かなりの距離があったと思うんだが……みたところ新米の2人だけで見知らぬ人を対応させるとは考え難い。

士郎達が不審な動きをした瞬間に間に入れる、というフェイトの間合いがあの距離。



それを悟った士郎はやはり、こう思う。




……やっぱり俺ってへっぽこなのか?





[5645] 二話
Name: あすく◆21243144 ID:fef3efea
Date: 2009/06/21 22:28
少し、こっちに来る前の話をしよう。

ちょっといろんなことがありすぎて混乱してるときは少し前からゆっくりと出来事を思い出してみると落ち着ける、とどこかの誰かが言ってた気がする。

まず、聖杯戦争は終り、サーヴァント達は全員現界していた。

なぜかというと、キャスター(士郎は”メディア姉さん”と呼べといわれた。士郎は逆らえるわけがなかったり)が執念で魔力供給システムを完成させたから。

なんでも柳洞寺の地下にサーヴァントを居続けさせられるくらいの大魔力の塊があったらしく、それを陣で制御しつつサーヴァント達、冬木全体に供給できるようにしたらしい。

そして、ルヴィアゼリッタ、という人物が居る。

そのルヴィアは凛が時計塔で作った友(本人達は認めない)だ。

倫敦(ロンドン)での手伝いの間、士郎とセイバーの寝泊りの場所を用意してくれたのもこの人。

そして何故か士郎へ執事のイロハ、エスコートの類まで叩き込んだ張本人。

ルヴィアがサーヴァント達の戸籍を用意し(お金の力って怖い)たのがきっかけで(凛が話を持ちかけた)、ルヴィアはサーヴァント達のことを知ることになる。

そして、神代の魔女でもあるキャスターのことを尊敬、というよりは師匠という感じで、色々教えてもらうこともあった。

ちなみにキャスターは、「葛木メディア」と呼ばれると喜ぶ。

法的に葛木先生ときちんと結婚出来たことが嬉しくてしかたなく、そもそも葛木先生と居たいが為の執念だったらしい。

セイバーが倫敦にこれたのは凛と契約していて、かつキャスターがセイバーの心臓を一部開放したからだった。

もともと閉じていたものを開けるのはリスクが伴うが、サーヴァントが聖杯の魔力供給なしに現界するのは正直コストパフォーマンスが悪すぎる。

’ 使わなければ’、つまりただ単に日常生活を行っているぶんには供給が需要を上回り、少しずつではあるが魔力のタンクを戦闘できるくらいにはためておくことは出来るとのこと。

といってもセイバー曰く、この地(冬木から離れた土地)でエクスカリバーと使うと、魔力一気に持ってかれて凛ふらふら+魔力回復しなくてセイバーふらふら+そんんだけのリスクがあるのに威力……単純な破壊力とかは半分以下。

凛のものすごい魔力量があってこれなんだから、士郎だったら多分死んでるとかそういうレベル。


そして士郎はというと、バゼットとかとスーダンの内戦地へと赴いたりしていた。


魔術的なことは冬木で教わり、あとは実戦。

親父(衛宮切嗣)が残したトンプソン・センター・コンテンダー(こっちは威力がありすぎて使いどころは限られたが)とキャレコM950を”久宇舞弥”(士郎は舞さん、と呼んでいる)という人から渡され、主にこれらを使って人助けをしていた。

魔術をおおっぴらに使ってもいいことなんてない。

常時使うのは身体強化くらいである。

ちなみにバゼットは9mmパラベラム弾くらいなら拳で弾く人だ。

そのとき一緒に親父の魔弾……起源弾を渡され、それを凛に頼んで魔術的な封印を施し、士郎の着ている黒い聖骸布のいたるところに縫い付けて(布と布の間に鋏む感じで見た目からはほとんどわからない)もらったりも。

取り出すためにはある手順が必要で、決して燃えたりなどで暴発しないように。

そのまま士郎は凛に呼び出される1ヶ月とちょっと前まではそんな感じで修行……というか戦いについて学び、魔術についていろんな人から教わり、倫敦に赴く。


執事について教わり、紳士について学び……凛の目的だった施術に失敗し、別の世界のソファーに座ってる、と……。



―――――最後投げやりだったけどそれなりに落ち着けた、うん。



士郎と凛、セイバーは隊長と名乗ったなのはとフェイトに連れられ、機動六課と言われる部署まで案内された。

そして此処は部隊長、はやての部屋。

士郎達3人と隊長達3人計6人が居て、士郎達ははやてにソファに腰掛けるよう促されそれに甘えた。

士郎を真ん中に、左に凛右にセイバー。


――――凛の目配せを感じ取り、士郎は頷く


これは、凛なりの士郎への課題。

というか、ただ凛が信用半分面白半分で士郎に投げてる部分もあるのだけれど。


「さて、衛宮さん、遠坂さん、セイバーさん、でよかったでしょか?」

独特のイントネーションで、向かいに座ったはやてはそう言った。

本当はこちらも丁寧な態度で挑みたい士郎だったが、凛の目がとても怖い(重ねて言うが本人は面白半分)のでアーチャーの口調を使う。

「ああ、そうだ。この場での口調の無礼は許してほしいが、いいかね?」

それにはやては、こくりと頷いた。

「それなら私も好きにしゃべらせてもらいます。そいで、どないしたん? まずはそこからでしょう」

士郎は腕を組み、飽くまで高圧的な態度で話し合いに臨んだ。

士郎がアーチャーの口調を使うのは珍しいことでもあるので、きちんと状況を把握しつつも凛は内心にやけていた。

「そうだな……さしずめ私達は、放浪者、と言ってもいいだろう。しかし、それなりのことをしゃべれる為にはいくつか確認したいことがある。それを先に教えてもらってからでもいいか?」

言うまでもないことではあるが、もし此処が……さっきの文明レベル、龍の存在からかなり違うとは思うが、地球の何処かならば魔術を知らない人たちにペラペラと喋るわけにはいかないのは魔術を使うものとして当然のこと。


もう一つの可能性、ここが地球で無いとして、士郎達が居た地球を知っている、ということ。

それはそれで、また喋るわけにはいかない。


さらに考えられるのが、’士郎達の居た地球とは異なるが、魔術が存在している’というもの。

こればかりは少し厄介だが、この場合もとりあえずは喋れないだろう。


そして最後の、士郎達の身の上を喋っても大丈夫な一つの可能性。


それが、ここが’俺達がもともと居た地球’でも無く、’地球というものがあったとしても俺達がもともと居た地球ではない、且つ魔術というものが存在しない’というもの。


考えにくい事象ではあるけれども、可能性というのは1つあれば十分。

これならば、少なくとも士郎達にはなんら喋っても影響は無い。

協会にも追われる心配も無い。


「はて、なんでしょうか?」

「簡単なことだ。少しペンを貸してもらえるか?」

なのはがペンとメモ用紙を持ってきて、士郎の前に差し出す。

それに士郎は会釈だけをして紙に言葉を記す。少なくともこれで最低限のことはわかるはずだ、と信じて単語を書き込む。

そのメモを見ながらも何もいわない凛は、とりあえずはオーケー、ということだろう。


士郎が書いたいくつかのこと、それは――――


地球、衛宮士郎、遠坂凛、エーデルフェルト、冬木市、等のそれなりの意味を持つキーワード。

さらに、士郎の家の現在の住所、凛の住所、最後は時計塔の表向きの住所(大英博物館があるはずのところ)、だ。

これできっと、最低限のことはわかる。もしどれか一つでも存在していたとしたら、いったん保留だと士郎は考えた。

自分の目で確かめないことにはわからない、ということになってしまう。もしも全て存在していないならその時は―――――

「これを、調べてほしい。最後の地名、住所に関しては現在の写真かなんかがあるといいな」

それをはやては丁寧に受け取って、なのは達3人は恐る恐ると肩を寄せ合い、それ見る。

それに書いてあることを見て、はやては不思議そうに言った。

「はて、衛宮さん、地球出身なん? 私とこの高町隊長も地球なんよ」

そのことを聞き、少しだけ眉をひそめる凛。

「ああ、そうだ」

と、だけ答える。

これは少しだけ困った。

確かに、見た目と名前から日本人ではないかと察していたのだが、やはり地球というものが存在する世界だということがほぼ確定してしまう。

「―――――グリフィス君、すぐにこの人名、場所の現在の様子を調べてほしい。地名、住所に関しては簡易写真でもあるとええな。よろしく頼める?」

『はい、すぐに手配します。少々お待ちください』

そういうと、グリフィスと呼ばれた男が映し出されたモニターは消える。

「そうだな、それの結果次第では話せることと話せないことが出来る。それはいいか?」

「そうやね、けど情報がないと私らは何も出来ん。それでええ?」

ああ、と士郎は頷く。

もしそうなったとしたら、バックアップもなしに凛達と協力して自力で何とかしなくてはならないだろうが、そんなものは慣れている、と、そのときになったことを考え覚悟を決める士郎。

「さて、まずは此処の世界の説明やね。ここは……地球でなく、ミッドチルダ。聞いたことあらへんか?」

「ないな。そもそも、これだけ文明が発展していることに驚きを隠せん」

「ふふ、驚いているようにはみえへんで?」

「こういう顔なんだ」

それを冗談と取ったのか、はやては世間話をするかのように、出された紅茶に口を付けつつ説明し始めた。


――――む、葉はいいのを使っているのはわかるけど、これじゃ入れ方のせいで味が落ちてしまっている。


それに乗じて、士郎も少しだけ、そんな事を考えながら。

「そかそか、そいでな、このミッドチルダそして数ある次元世界を管理しとるのが、時空管理局。この名前に本当に覚えはないん?」

ここミッドに現れた人間が、本当に管理局を知らないのかと勘ぐるはやて。

だが、士郎達は本当に、何も知らないのである。

「知らないな……それに、今この場で冗談を吐くつもりはない」

それを聞き、はやては言葉を続ける。

「そう……やね。そして今居るここは、その時空管理局所属、古代遺物管理部機動六課、略して六課。私らの居た地球は第97管理外世界、名称地球」

97ということは最低でもほかに96個の地球規模、は言いすぎだけれども”世界”と形容されるものがあることに士郎達は驚くが、やはり数年魔術という特殊な環境にいた中でそのような単語を聞いた覚えは無かった。

「そうか……」

そして、はやてに士郎達いろいろ聞くことが出来た。こちらの年号、そして現在の地球の年号も。

やはり微妙なズレがあることに気付く。

デバイスというものの存在などのことも聞いた。

そして色々こちらの世界の話を聞いているうちに、さっきのグリフィスという男からの連絡が入る。

「ん、どやった?」

『それが……い、今データをそちらに送ります』

「ありがとな」

そして通信を終え、はやては慣れた手付きでパネルを叩くと、画像、そしてさっきの士郎が書いた言葉の検索結果らしきものが出てきた。

言語が違うので読めないが、写真はわかる。衛星写真のようなものなのだろう、上空から撮影されたものだろう。

「これは……どういうことでしょか」

まずはやてが言うには、名前の一致は一切無かったようだ。

そしてそもそも、冬木市、というものが存在していないとのこと。

士郎の家の住所を渡していたが、市自体が存在しない。

それらしき地域の広域写真、そして町並みが添付されていたが、市の感じ自体は似ているものの、まったく別物といっていいところに士郎は驚く。

さらには協会。……十字を掲げた、ただの教会が映っていた。

これまたその住所の少し広域化された写真が何枚かあったが、士郎達が魔術関係で関わった近場の場所は全て別なものに変っていた。



士郎は凛に目配せをする。


セイバーは目を閉じ、寡黙を保つ。

士郎の意思を読み取ってくれたのか、凛が話し始めた。


「―――――此処はわたし達がいた世界とは、多分……ううん、ほぼ確実に、別のもの」


不機嫌そうに脚を組み、顎に手を当てて考えにふけっていた凛が話し始めたことに少しばかり驚いているのだろう。

「それは……どういうことやろうか?」

「まず、貴方達の話を信じるとすれば、次元空間というものは航海図で言う海、そして、世界、たとえば地球という言葉はその航海図で島を意味する。高町さん、八神さん達はこの海を渡り地球からこのミッドチルダにやってきた、こういうことでいい?」

凛が発する言葉を一言一句聞き逃さないように、真剣に耳を傾けているはやて。

「……ええ、あっとります」

それを吟味し、そして整理、凛が言うことが的を射ていることを確認し、答える。

「簡単に言うとね、わたしたち三人は……その航海図とは別の航海図があって、穴を開けて飛び降り、こっちの海の島……ミッドチルダに流れ着いた……今考えるのは、そんなトコロ……かな」

なのは、フェイト、はやての顔色が変わる。

それは疑っている様な顔であり、驚きの顔であり、嘘を言っているようには思えない、という顔であり……複雑そうであった。

少しの沈黙が流れる。


「――――平行世界の移動」


その言葉に、ピクリとはやては反応を示す。

「それは……次元世界の移動、とは別物…………やね?」

「ええ、そうなる……と、思う。そして見させてもらったけど、貴方達が使う力とは違う別のモノをわたし達は持っている」

「私達が使う魔法とは別のもの、ということやろか?」

「わたし達の言葉で言うと、”魔術”」

少し考えた後、はやては口を開いた。

魔法と魔術。

一見差が無いように思われる言葉だが、凛達魔術師の解釈だと天土地ほど違うものになるのは魔術に関わるものならば周知の事実。


「それを……見せてもらえることは出来ないやろうか?」


これは、魔術師として返答に困る。

これも言うまでもないことだが、むやみやたらに見せびらかしていいものではないのだ。

それは自分自身の首を絞めることに繋がるから。


「ん…………」


だからこそ、凛は悩む。確かに今まで確定した情報からだと、話してもよいと考えるのが妥当。

しかし、かといって、魔術が存在しない、に繋がるわけではない。

90を超える世界があって、もしそのどこかに協会と同じような機関があったのならばそこから追われてしまうだろう。

管理局がそのような機関と繋がっていない、という保証もない。

そして、不思議な力とは疎まれる物だ。

それを、簡単にひけらかしてしまっても良いのか。

メリットデメリットを考えているからこそ、凛は迷っている。


「遠坂、いいんじゃないか? 簡単なものなら」

「凛、私も今は出し惜しみするべきところではないと考えます」


2人は凛を押す。

確かに、まだ使えるカードはいくつもある。交渉材料になりそうなのも、いくつか……。

つまりは――――



「―――――……大したものじゃ、ないけどね」






―――――――――そして屋上





「あの……ここで何をするんですか?」

ずっと黙っていたなのはが、士郎に問いかけてきた。

先頭にはやて、そして凛が肩を並べている。

その次に士郎となのはが並び、最後にフェイトとセイバーという組み合わせ。通路の幅的な意味で。

廊下を通り、屋上への扉を開け、此処についた。


「そうだな……少しびっくりの手品、だろうか」


さっぱりわからない、といった様子で首を傾げるなのは。

よこで、

「レイジングハート、わかる?」

『 I don't know . 』

という会話が起こっていることに突っ込みを入れてはいけない、と士郎思う。

なんでネックレスに話しかけてるんだ?

それでなんで答えが返ってくる?

ああ……これがデバイスってやつか、と1人で納得。

このままだとなのはが士郎の中で、ちょっとおかしい人なんじゃないかと疑ってしまうところだった。

「それよりも遠坂、使えそうか?」

「そうね……確認したけど、基盤は一緒みたいだから可能だと思う」

見せるにあたり、危惧していたことが1つ。

そもそも発動できないのではないか、というもの。

世界という基盤があり、そこに力を通して得ているのが魔術なので、そもそもその基盤が違ったら今までの苦労はなんだったのか、という話になるからだ。

「まぁそもそも、魔術的な基盤が一緒だから’出口’が出来たってほうが正しいかもね」

なるほど、と士郎は納得する。

それが確定されたことではなく飽くまで凛の憶測でしかないことはわかっていたが。


「遠坂さん、今からなにを…………?」

はやてがやはり疑問を抑えきれないようで凛に聞く。

「……うん、ちょうどいいかな。あの鳥、いるでしょ?」

それの答えとばかりに、凛は優雅……ではなく、慌しく羽ばたいている雀のような小鳥を指差す。

「そうやな……なにするん?」

ちらりと視線を小鳥に移す。


「ん、見てなさいな。―――――Anfang (セット)、 Chame (魅了)」


凛が屋上の手すりに身を預け、空を飛んでいる小鳥に呪を紡いだ。

簡単な魅了の魔術だが、耐性がない小動物なら一発でやられるだろう。


―――――凛の魔術に掛かったのか、小鳥が凛の指目掛けて進路を変えてきた

そして、綺麗に降り立つ。

それを満足そうに見つめた遠坂は、ヘアピンで指を軽く傷つけた。

少量の血が出ている凛の指を小鳥がチクチクと突く。


――――それを優しい目で見つめつつ、叫んでいるわけでもない凛の言葉が屋上に染み渡る



「―――― Ein vorläufiger Vertrag ( 仮 契 約 ) 」

一瞬小鳥の周りにエーテルの輝きが見えたかと思うと、それはすぐさま霧散した。

が、これであの小鳥は一時的に凛の使い間となる。


「……これが、わたし達がいう”魔術”の一旦、かな」


小鳥を空に放し、凛は音楽の指揮者のように片腕を上げた。

ふう、と一呼吸置くと、凛は空中に腕と指先を流し始める。


「契約自体は私らもあるけどやり方とかが違いすぎてまったくわからへん……あの鳥は操られてる、でええんかな?」

「それは少し、違う。意識を乗っ取ってまで操るというのはほとんど禁呪レベルというか、大魔術になるから」

それはまさに、令呪クラス。

「それじゃあ、あの鳥は遠坂さんの意思に従ってる……」

「そう。私の魔力を餌にする代わりに、私が望むこと……今なら、思ったとおりに動いてもらうこと、をしてもらっている感じ」

ギブアンドテイク、等価交換、飽くまでこれが原則なのは変わらない。


「魔力……」


魔力、という言葉に少しだけ考え込むはやて。


ちなみに、なのはも凛と小鳥の動きに見入っている。

フェイトも小鳥を…………。


―――――ん?


―――――俺?


士郎が視線を合わせたらフェイトは慌てて目を逸らす。


―――――はて


そんなこともよそに、小鳥はまるでラジコンのように凛の腕の通りに動いている。


右に左にはたまた右に。1分ほど使役した小鳥を、見世物は終りという意味も込めて契約から解き放つ。


「 Zerstörung ( 廃 棄 )――――ふぅ……いかが?」

凛は腰に手を当て、魔術のお披露目を終わらせる。

しかし、はやての言う魔法というのは――――士郎達の’魔法’とは違うのだろう。




これに納得したのか、はやては改めてあの元いた部屋に戻って会話を始める。


なのはが紅茶を入れなおし士郎達の目の前に並べていく。

…………実際なのはの紅茶入れる腕も人並みにはあるんだろうけど士郎からすればまだまだ甘い。

そもそも紅茶というのは―――――

いや、すまん、自重する。

カチャリ、とカップがソーサーに置かれる音がする。そしてまたはやては口を開いた。

「貴方達が使う魔術、私らが使う魔法、ぱっと見の違いはわかりました。そやけど今一つかめ切れん。あたしらも簡単のなら出来るんやけど、デバイスもなしにどうやって強力な相手と戦おうとするん?」

それを聞き、凛は目を細める。

ああ、そうだ、魔術師は’戦う’ことが本来の目的じゃない。

実際戦闘もあるが、実戦のために魔術を学ぼうとするのは逆に異端になる。

「――――もちろん例外はあるけど、わたし達魔術師は基本戦うことはしない。もちろん自衛の部分はあるけど、わざわざやっこさんに喧嘩売ったりはしない」

その返答に、今度ははやて達が目をひそめた。

司法的組織、犯罪者を取り締まるため、要救助者を助けるための力としてあるこっち魔法。

それなのに、それを否定されるような答えに、はやては少しだけ思案する。

それを察してか、凛は言葉を続ける。

「テリトリーを犯されれば対抗するけど基本的に魔術師は相互不干渉。わたし達魔術師と貴方達魔法使い、きっと根本的に、考え……目指しているもの、が違う」


ここまで言われれば、はやても頭の回転は早い。


「目指しているもの……私ら管理局員は次元世界の安定、ロストロギアの規制を働きかけ、平和を望む組織。質力兵器に規制を掛けて魔法で犯罪者を取り締まる。――――それを現在でもスローガンに掲げとる」

それに士郎は疑問を持つ。

さっきの話を聞く限り次元世界というものを管理しているのは管理局だけ、管理局員を裁くのも犯人を裁くのも管理局、法を作るのも管理局。

そして魔法は、資質があるものしか使うことが出来ないということをさっきの話で説明された。ということは……。

「質量兵器というものは具体的にどういうものを指すんだ?」

「魔力が篭っていない純粋な物理破壊兵器……具体的には本物の拳銃、ミサイル、爆弾とかが挙げられます」

つまりはこういうことではないのか。

一般人が一定の力を持ち抵抗できる武装を法によって取り上げ、資質のあるものだけで組織を固め、資質の無いものを支配する。

そのことに疑問を持たないように、非殺傷設定というものがあると聞いた魔法をクリーンな武装だと謳い納得させる。

――――いや、実際管理組織としては成り立っているのだろう。はやて達を見る限り、疑問を持つような組織ではない。

少なくとも士郎はそういう感想を抱いていた。


「そうか……わかった」


士郎が納得したところで、凛は話を戻す。

「貴方達の目指すものは大体はわかった。それの実際がどうなってるかなんてのは正直どうでもいい」

自分達のスローガンがどうでもいい、といわれ少しだけ苦い顔をするはやてだが、重要なことを聞いていないことを思い出す。

「そう……やね、組織の人間ではない人にとっては関係ないことかもしれん……でも、遠坂さん達の、”目指しているもの”を聞いておれへん」

少しだけ、先生モードに入る凛。

未知なる物に遭遇し、血沸き肉踊るのは魔術師としての性なのだろうか。

「―――――わたし達は、そうね……原点、かな」

「「原、点……?」」

3人はぽかんとした顔をしている。

そりゃそうだろう、正直士郎も最初は何のことかわからなかった。

「そう、あらゆるものの原点……ううん、それに触れたものしかわからない。それが原点、または’根源’」

「すいません、もう少し噛み砕いてくださると……」

そういうのも、無理はなかった。

というか、士郎達からすればはやて達が使う”魔法”もまったくわからないものだが。

「――――例えば、例えばだけど、宇宙の始まりはビックバンって言われてるのは多分貴方達も同じだと思う。けどそれを誰か見た? そもそもなんで何もないところにビックバンがおきたのか……何もないとはなんなのか……知りたいとは思わない?」

此処まで来るともうオカルト、宗教のレベルだろう。しかしこれは至極まじめなことである。


…………俺は別に目指してないんだけどな。


凛は既に知っていることとはいえ、魔術師には言ってはいけないことではあるので勿論黙っている。


「……そんなんわかるわけ……確かに知りたいとは思います。けど、それは無理や」


こくり、と真面目な顔で頷いた。


「もちろん宇宙は例え話。貴方達は魔術師ではないわけだしね。けど、私達が目指しているのはそういう’モノ’」


正直なところ、これを他の人に理解してもらうのは不可能だと思う。

なにより抽象的過ぎるし、説明してる士郎達自体、それに触れたことはないのだから。

はやて達を見ても、理解しようとしてはいるが実際のところは何もわからず、実際魔術の一部を見たからこそ言っていることが嘘ではないことを知り、無理矢理納得しようとしているように見える。

そしてまた凛が口を開いた。

「魔術魔術って言ってるけど、わたし達の中にも’魔法’は存在する」

その言葉にはやては相当興味を持ったようで、身を乗り出してきた。

それを何とか落ち着けようとしてるなのはとフェイト。

……確かに、オカルト的な意味での魔法というのは憧れるものが、または興味に近いものがあるだろう。

しかし……士郎達も全部知ってるわけじゃないけど、魔法って……とんでもないのばっかりなのだ。

それに1番近い魔術使うやつが何をいう、なんて言葉は1年位前に学んだスルーというスキルで対応できるようになった士郎は成長した。

「そ、それはどういうのなん? 教えてほしいんやけど……」

はやて、昔からこういうのが好きだった。

足が動かないころは童話等を好み、図書館に入り浸るほど。

魔法で空を気持ちよく飛べたら――――

まさか本当に願いがかなうとは思わなかったが、やはりはやて達の使う”魔法”は、ファンタジーに出てくるものとは違いすぎるのである。

オカルト的な魔法、魔術、という言葉に実は内心、はやては興奮しっぱなしである。

勿論仕事優先なので、表には出さなかったが。


――――うん、実はあの小鳥を使役したときとかから随分雰囲気が変ってたのは流石に気付いてたぞ?


「まずは魔法と魔術の違いね、それは簡単、現代の技術じゃどうやっても出来ないのが、魔法」

大義的にはこれであっているはず。

少なくともこれで違うって言われたら少し困る。

「大昔は火を起こすだけでそれは魔法だった。けど、今なら火を起こすならライターでいいでしょう? 空で戦いたければ戦闘機でも持ってくればいい。特に顕著なのが栄養ドリンクね、あんなもの200円かそこら出せばびっくりするくらい効くのが買えるのに、あれと同じ効果のを魔術……この場合だけどウィッチクラフトになるけど、それで再現しようとしたら材料費で足が出る。時間もふざけてるのかってくらいかかるし」

ようは、火を起こしたりそういうものを作ったりすること、つまり魔術の基礎と呼ばれるものを時計塔は教えてくれる。

いうなれば義務教育のレベルだろう。そしてそこを卒業し、専科に所属するか個人でがんばるか、と枝分かれしてくる。

「それで、わたし達がいた世界で魔法と呼ばれていたのは5つ。といっても私が知ってるのは2つだけど……」

ごくり、とはやての喉がなる。

セイバーとなのはが目で会話してるのか目線を合わせてるのがなんか怖い。

「その1つが、さっき言った並行世界の移動」

「へ? それって遠坂さん達がやったことやないの?」

落胆というほどではないが案外拍子抜けしたのかはやてのテンションが元に戻った気がした。……すごいことなんだけどな。

「あれは……ううん、本当に成功したならあんなヘマはしない。あれは単なる事故。本来は世界を観測するだけだったんだけど、ちょっとした手違いでしくっちゃったの。セイバー、士郎、その……ごめん」

凛はこの辺ははぐらかしたりせず、きちんと謝ることを心得ている。

しかし、なんかはやてのこめかみに十字の、よく言われる怒りのマークとやらが見えるのは?

「いえ、リンのうっかりには慣れてます。気にしないでください」

「あ、あんたねぇ……」

わなわな、と震えている凛を他所に、はやてが静かに爆発した。

怒鳴りは、しない。

ただ、静かに……。


「あれ、あんた達のせいやったんか……それを、ただの事故と言い張るん……?」


ゆっくり、と紡がれるその言葉。

目は据わっているはずなのに、人が本気で、怒ったときの――――

「しかたないじゃない、観測するつもりが移動しちゃったんだし……戻れないかもしれないけど命があっただけラッキーよ」

そんなこと気にした様子も見せず、飄々と交わす。

ただ、士郎とセイバーは気付く。

「もしかしたら死者が出たかもしれないことを、しくじった、で終わらす気なん……?」

飽くまではやての声音が変わらないこと、そしてはやて達が気にしていることに気付き、凛は姿勢を正す。

戦っていたのは……士郎達のもとに来たのははやての部下。

そしてあの地域には、この世界の基準でものすごく危険なものが突如現れたわけで、それを起こした元凶がわかって怒るのは当然……。

故意でないといっても、こっちの世界の人からすれば何が怒るかわからない、命の危険があると考えられているわけだ。

自分の部下の命が危険にさらされて何も思わない上官がいたとすれば、下はついていかないだろう。もちろん、切り捨てる状況はあるが。

それにも気付いた凛は、素直に頭を下げた。そしてそれに士郎とセイバーも倣(なら)う。

「……あれは故意でなくとも私達が起こした不手際。……本当にごめんなさい」

今までの態度からは考えられない凛の態度に3人は目を見開いていた。若干おろおろしているのが印象に残る。

「……ええんよ、みんな無事やった。部隊長やってて取り乱すのはありえへんしな、結果オーライや」

凛は複雑そうな顔をしてる。

凛は魔術、それに魔法に挑むことについては常に本気だ。

それゆえに、自分のミスの不甲斐なさを悔やんでいるんだろう。

「遠坂さん、あなたらの言う魔術というものと、私らのいう魔法、かなり違う言うことがわかりました。そして、貴方達が平行世界、というところから来たのも私は信用します。それでいて衣食住の当ても無い。そのことを踏まえて、ですが」

そこではやては一旦言葉を切り、そして改めて入れた紅茶に口を付け、こういった。



[5645] 三話
Name: あすく◆21243144 ID:2105a393
Date: 2009/06/27 15:48

正直なところはやては焦っていた。

魔術などといわれても最初は信じることが出来ず、士郎が言っていた住所は全てデタラメ、それにあったとしてもただの教会だったり、人名すら当てはまるものはなかった。

わかるのは不明なことばかり。

あの”穴”からでてきたのだから少しくらい異常なことはわかっていたが、此処までとは思わなかった。


――――ちょっとだけ、はやてが凛の言う魔法に興味持ったのは内緒だったり


部隊長としての立場的に考えて、六課を危険に晒すわけにはいかない。

あのフェイトが危険だといったこの人達を、警戒するのは仕方のないことだ。

はやては予め念話で隊長2人に指示を出し、何時でもセットアップできるようにしておいてもらった。

念話を聞かれるかもしれないから、それ以降は使っていない。

この2人を一緒にこの席にこせたのも最悪の事態を考えて、のこと。

いざとなったらリミッターを外すことも考え、それまでの時間稼ぎなどいくつかのパターンも考えていた。

勿論、次元漂流者やそれに似た、異世界での孤児、等の対応マニュアルはある。

漂流者自体はそれほど珍しいというほどでもなく、かといって頻繁にあることではないのだが。

ただ、そのマニュアルというのはこの状況では当てはまらなかった。

大抵、次元漂流者というのはなにかの要因で空間にできた”ワレメ”に落ち、そこからたまたま、出口から出てくる、というもの。

そしてそこを通った人たちは大抵、起こったことがまったく信じられず錯乱するか、もといた場所に帰せ、と叫ぶらしい。

マニュアルはそういった、過去にあった事例に対するものを元に作られたものなので、今の状況と比べてまるで役に立たないのもわかる。

それに臨機応変に対応しようとしているはやて。

そして話してみて、多分この人たちは悪い人たち、はやて達に敵対する人たちではない。

少なくとも今は。

状況が変ればいくらでも変ることはあり得るだろうが、今のところその気配はない。

武器を預からせてもらったときも素直だったし(普通に銃を渡されたときは少しびっくりしたり)、抵抗するわけでもないみたいだ。

そして、今。


はやては結論を出した。


情報を整理すると、この人たちが言っていることは多分本当。

はやて達自身、9歳のころまではミッド自体あることを知らなかったわけで、こういうことが1つ2つあっても不思議じゃない。

この人たちは情報をほしがっている。

さらには衣食住も用意できないと察することができる。

そしてこの人たちはそれなりの力をもっていて、かつ、あの戦闘の様子から見て、ガジェット達……つまり敵側と繋がってることも考えにくい。


はやて達にできる最善のことは何か。

多分、この人たちほどの力があればどこの組織もほしがるはず。

初見でいきなりガジェットに対応、しかも列車の上……さらには後方にいる味方にまで気を配って対処できるその能力は、魔力量さえさしたるものではないが、結構なもの。

あのフェイトがいうのだから、それも間違いではないはず。


――――敵側に回られたら厄介


つまり……。





「委託魔導師、という形で私らに協力してもらえへんやろうか?」



魔導師、という言葉に一瞬疑問を持つ士郎達だったが、こちらの人間はそう呼ぶということに納得。

つまりこれは、衣食住を提供する代わりに俺達の存在自体の情報を、ということ。

士郎はこの八神はやてが持つ優しさに気付いていないわけではなかったが、組織に居る立場としてこういう結論になったのだろう。

「ふん、協力? 具体的には何を? それに、協力することでわたし達のメリットは?」

きつね と たぬき の ばかしあい が はじまった。そんなテロップが流れた気がした。


……うん、俺もうしゃべらなくてもいいよな?

「隊長たちがいないときに新人達への戦技教導、そのほかはデスクワークが主になります。そして場合によっては現場への出動。見返りは衣食住の提供、可能な限りの情報の提供、そして……私個人として、魔術に関しての出来る限りの隠蔽、その他の協力ってとこやね。どないでしょ?」

「現場? ってことはあの列車の時みたいな物騒な機械……ガジェットでしたっけ? あんなのと戦うわけですよね? 戦技運云々はいいとしても、それの見返りが衣食住に情報ってのはおかしくないですか? 八神さん個人の協力はとても嬉しいものですが」

紅茶のカップに口を付け、にっこりと凛が笑った。

写真で写したのなら大層絵になるだろう。けどあの凛の顔は、士郎は嫌いだったりもする。

理由は、怖いから。

「そやろか? 聞いた限りではこっちではなんのアテもないんやよね? そんなこといっていいんか? 生活どうするん? それにあたしらはもう秘密を知ってしまってるで?」

これまた紅茶のカップに口を付け、にっこりと笑った。

ああ……この2人を写真に収めたら本当に絵になるだろう。

けど士郎はやらないだろう。

なぜか。

……はやての笑顔も怖いからである。

「あら……そうでもないのですのよ?」

凛は腰に付けていた2つのポーチのうち1つをはずし、どさり、とテーブルの上に置いた。

凛の魔力が込められた宝石がぎっしりと詰まっているポーチの1つ。

「す、すごいねなのは……」

「綺麗だねフェイトちゃん……」

女性はやはり光物に弱いのか、なのはとフェイトはポーチの中身に見入っている。

一方はやては、ソーサーを片手にカップに口を付けたまま、そしてにっこりと笑ったままこめかみにまた怒りのマークがついていた。

今度はやたら漫画チックなマークだな……と、思ったり。

いやキノセイだと思うが。

「宝石には綺麗に魔力を込められますの、これ1つでも、しかるべきところでは相当な値打ちになりましてよ?」

「あら……随分コストのかかる物をお使いになるんやね、魔術師ってもんは」

今度は凛の米神がピクリってなった。

……うん、散財してる自覚はあるんだな、と、人事ながら心配する士郎。

「そうでも無くてよ? それに見合う結果は得られますもの」

そろそろセイバーが止めに入ろうか悩んでいるようだ。

はやてと凛を交互に見て頭を悩ませている。

「でも、その”しかるべきところ”は今のところないんよね?」

「うっ……まぁ、宝石商にでも持っていけば十分暮らせるくらいのお金にはなりましてよ?」

確かに、一般人から見たら魔力が篭ってようが篭ってなかろうが宝石は宝石。

ただ、魔力を大量にこめた宝石を”しかるべきところ”に持っていけばそれなりの値打ちがつくのも確かだが。

というか論点がずれてきているので士郎が止めに入ろうと思ったが、それは思わぬところから静止が入った。


「は、はやてちゃん、遠坂さん達の望みも聞いてあげたらいいんじゃないかな……?」

「で、でもなぁ……」

「ほら、はやて、悪い人たちじゃ……なさそうだし……ね?」

「う……」

はぁ、とはやてがため息をついた。

ソーサーとカップを机の上に置き、はやては凛と改めて向かい合う。


「…………何が望みなんでしょか」


はやてが折れた。

「そうね……さっき八神さんが言っていたことで、私達で合計三部屋ほしいかな。出来れば一つは私の好きなように模様替えさせてほしい。そしてビーカー、フラスコ、などの器具も。魔術に関しては情報の等価交換。そして何とかして3人分の戸籍の用意。戦技に関してはかまわないけど、実戦に関してはそれ相応の報酬。…… どうかしら?」

はやてのこめかみあたりがまたヒクッてなったことに気がついた士郎だったが、見なかったことにした。

それはさておき、士郎から見たらやはり凛は凄い。

士郎だったらあの条件で飲んでいたところを、ここまでもっていくその胆力というか、なんというか。

相手を刺激しない程度にこちらの要求を出来る限り飲ます、というのはやはり出来るできないの線引きが難しい。

「そうやね……報酬は委託魔導師として契約してくれはるなら相応の報酬は出せます。戸籍に関してもなんとか可能や。私らも地球出身で、こっちの戸籍はもってへんかったからな。しかしそのためには魔導師ランクの試験を受けてもらわなならへん。部屋は余りがあるからこれも可能。……これでかまわへんでしょか?」


委託魔導師、とは、簡単に言えば嘱託魔導師が持つ権限をほぼ剥奪した感じのもの。

嘱託魔導師とはいえ、管理内世界では”管理局所属”という名前自体が強い権限を持つ。(勿論、管理局からの依頼の上であるが)単独での調査、逮捕権等を持つので、嘱託とは言えど厳しい試験があるのだ。


そして委託。

こちらは、直接管理局からの仕事の依頼などはこないが、部隊を”補佐”としてサポートするような位置づけ。

慢性的な人手不足な管理局はこういう形でも、なんとか人を集めようとしているのである。

それで管理局の仕事を気に入ってもらえれば、嘱託の試験や、正規の管理局員になることを考えてもらえればいい、と。

雇う権利自体は部隊長などが持ち、きちんと書類を提出し、魔導師適正などを調べれば比較的簡単になることはできる。

ただ、管理局員としての逮捕権などは有してないし、給料自体高いものではないのだが、それは仕方ないだろう。

研修生、お手伝いさん、のイメージだろうか。


「ん……セイバー、どう思う?」

凛の中で結論は出ているからこそ、セイバーに問う。

凛は自分にうっかりがあるところをしっかりと認め、それでいてそれは全力で注意していても起こってしまうということを自覚して、のものだった。

猪突猛進で突っ走る、持ち前の天才肌でうっかりのミスも完全カバー、でやっていた凛だったが、時計塔での経験から成長していたのだ。

「そうですね……管理組織というものを信用するのは早計かと思いますが、個人は信用に値する人物であると私は思います。少なくとも此処の施設に入ってから、嫌な感じはしなかった」

セイバーははやてに目線を合わし、ふ、と笑顔を浮かべた。それに気付いたはやては同じく、軽い笑顔で返した。

「うん、私もそう思う。詳細の契約は後々またするとして、わたし達は貴方達に協力します。それでいいかしら、士郎」

「ああ、もちろん」


と、特に酷い揉め事もなく短い時間で決着したことにより、ふぅ、と和んだ空気が流れる。

なのはやフェイト、はやて少しだけ姿勢を崩す。

「それで、なんやけどな」

「ん? まだ何かお有りで?」

にやり、とはやてが笑った。

「……猫かぶるのやめへんか?」

凛は2秒ほど、はやてを見る。

凛の作る、あの士郎を弄るときの目に似た……チェシ猫笑い。

それに何かシンパシーを感じたのか、凛も口を少し、吊り上げた。

「そうね、気楽にいきましょう」

話す時はピシリと完璧に背筋を伸ばしていた凛だったが、そう言い放つ。

それと同時に、ドサリ、とソファーに思いっきり深く座り、ふぁぁ、と欠伸を。

まぁ、ここ最近ほとんど寝ずに作業していた凛達なので、仕方ないことではあるが。

「リン、いきなりそれは身内として恥ずかしいものがある……。八神はやて、セイバーです。よろしくお願いします」

「セイバーさんか、私は八神はやてや。よろしくたのみます」

「ええ、よろしく頼みます、ハヤテ」

英霊のセイバーは基本的に、魔力さえあれば睡眠などは必要なく、睡眠不足などになることはまずありえない。

いつもの通り、気品を感じさせるお辞儀をはやてにし、セイバーも紅茶に口を付けた。

「それでええと……衛宮さん?」

おずおずといった様子で、まるでしかめっ面のようにしていた表情を少し和らげた士郎にはやては話しかける。

「そんな畏まらなくてもいいぞ。八神」

「そっか、それならよろしゅうな衛宮君。さっきの口調はわざとなん? 随分かわっとるよ? それにさんは気持ち悪いで」

「かなり無理してたんだ……気にしないでくれると嬉しい、かな」

若干二重人格に見えなくも無いあの口調は、素を知られると結構恥ずかしいものがある。

そして、居心地を悪そうにしている2人が居る。

「や、八神、そっちの二人はいいのか?」

あ、忘れとった、ごめんなぁと二人に謝る。

ほとんど悪びれているそぶりは見えないが、そんな冗談が通じる間柄なのか2人は気にしていないようだった。

「にゃはは、はやてちゃんひどいよぅ……改めて、高町なのはです! なのはって呼んでね。こっちはレイジングハート」

ちょこん、と手を膝につき、パタパタとお辞儀するなのは。

背中まであろう栗色の髪を頭の片側で一纏めにし、それをそのまま下げるサイドポニーの髪型。

はやて、フェイトとは違う白い制服を身に纏い、首から下げる赤い球体のものはなのはのデバイス、レイジングハート。

『 Nice to meet you . 』

デバイスってのは挨拶も出来るのか、と関心した士郎である。

そしてもう1人。

「あはは……はやてはいつもこうだから……フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。こっちはバルディッシュ」

なのはとは違い、ゆっくり丁寧にお辞儀をし、はにかむような笑顔で挨拶をするは、フェイト。

セイバーと比べるとかなり明るめの金髪で、セイバーの金髪が月のイメージならばフェイトのは太陽だろう。

これまた腰よりも、下手したらふくらはぎ位まであろう髪をそのまま伸ばし、ばらつかないように最後のあたりで一纏めにしているだけの、シンプルなもの。

『 Best regards .』

渋い声で挨拶するのはフェイトのデバイス、バルディッシュ。

「よろしくね。リン、セイバー――――」

1人1人に目線をあわせ、丁寧に名前を呼んでいくフェイト。

それに合わせるように返すセイバーと凛。

士郎は美人に散々見慣れたとはいっても男であり、無意識的に身構えてしまう。

少しくらい愛想よくしなければ、と考える士郎だったが、まさか――――


「―――――……衛宮君」


士郎の名前を呼んだ瞬間一瞬和み温まった空気の温度が、一気に下がった。

いや、実際に下がるなんていうことは科学的に見ておかしいが、それでもやはり、”下がった”と思えてしまう

名前を呼んだときに、友達とは別の意味の意思が込められていることを皆が悟ったからだ。



――――俺、なんかしたか?


そう、士郎が思ってしまうのも無理はない。誰だって、会って間もない人にいきなり”敵意”のようなものを向けられたら怒りよりも先に、わけがわからない、なんで、が先にくるだろうから。

「フェ、フェイトちゃん、どないしたん?」

はやては慌てた様子でフェイトを見たが、フェイトはじっと士郎を見ている。

さっきまではほとんど目を合わせた印象もなかったフェイトと士郎。

だが、今はじっと……。


―――――憎悪、嫌悪、そんなような言葉が出てきてもおかしくないような目線を、士郎に向けている


「ううん……なんでもないよ。私のことはフェイトって呼んでね、リン、セイバー。それじゃあ、私は仕事残ってるから……はやて、なのは、また後で」


だがその時間も、体感的には長かっただけでそれほど長い時間ではなかったのだろう。

すぐにフェイトは士郎から目線を外すと、またゆったりと笑みを作り、立ち上がった。

見ほれてしまうほど綺麗な背筋の伸びた立ち方で席を立ち、一礼してドアの向こうへ向かっていく。

長い金色の髪を腰の辺りで束ねた背中が見える。

そしてそのまま空圧式のドアの開音を聞き、そして閉まる音が聞こえた。


「シロウ……」

「士郎……」

「衛宮君……」

「士郎君……」


リアルで大ピンチ。

4人の美少女が士郎にジト目を向けている。

「お、俺は何もしてないっ! というか高町さん、その士郎君ってなんだ?」

きょとん、とされても困る。

衛宮君、などと言われるのは士郎は初めてだった。

えみやんとかは呼ばれたことあるが。


―――――な、なんとか話題逸らしは成功か?



「だ、だめだったかな……?」

汗、といった感じで少し慌てているのは微笑を誘ったが、やはりいきなりは恥ずかしいもの。

「だ、ダメじゃないけどな……ちょっと恥ずかしかったんだ。初対面でいきなり名前を呼ぶって早々ないだろ?」

にゃはは、と笑うなのは。

多分、珍しいはずだ。

少なくともそんなフレンドリーなのは小学生くらいまでだと思う。


――――にゃははって……高町さんは俺達よりちょっとした……18歳から20歳くらいだろ?


そう、士郎が疑問に持つのもわからなくは、ない。

「そ、そうかな……ごめんなさい、私ずっとこんな感じなんだ……もちろん嫌だったらやめるよ?」

「そうじゃないんだ、こちらこそごめんな、高町さん」

そう士郎が言うと、高町さんは少しだけ笑顔になった。

「出来ればなのはって呼んでほしいんだけど……だ、だめかな?」

何の精神がコレほどまでにフレンドリーになろうとするのか今一理解できない士郎。

世間ずれ、とまではいわないが、少しだけ特殊なのは確かだろう。

「そ、それは勘弁してほしい……」

正直にそういうと、なのはは少しだけ表情を曇らせる。

「そっか…けど、せめてさん付けはやめてほしいな」

でもせめて、と”さん”付けだけはやめてほしいと懇願。

なんでも、士郎はあとから知ったが、なのははずっとそうやって来たらしい。”高町”と呼ばれることのほうが少ないのだとか。

階級ならば”高町一等空尉”と呼ばれるし。

「あ、ああ……わかった。高町」

それでも少しさびしそうだったが、流石に初対面から女の子の名前を呼ぶのは気が引ける士郎。

「……えっと、ね。そう簡単なことじゃフェイトちゃんはあんな態度にはならないと思うんだ。多分、士郎君が考えている以上に、何かあるだと思う。私があとでお話してみるよ」

なのはが少し寂しい笑顔を士郎に向ける。

はぁ、とため息を立てているセイバーと凛を無視して、士郎はなのはの好意に甘えることにした。

「そうだな……よろしく頼む、高町」

「うんっ。任せといて。それじゃはやてちゃん、凛ちゃん、セイバーちゃんに士郎君、私も仕事があるからいくね? また後で!」

ぴしっと立ち上がり、なのはは元気な声で告げる。

「はい、ナノハ、がんばってください」

じゃあね、といいながら嬉しそうに小走りで部屋を出て行った。


――――しかし……これは言ってもいいのか?


士郎はどうしても、突っ込みたいことがあった。

ここは勇気を振り絞って言うべきだろう。うん、殺されるかもしれないけど。

「凛……ちゃん?」

高速で脇腹に肘鉄が飛んできた。

ちなみに凡人には反応すら無理な速度でな!

やっぱりちょっと気になってた、凛であった。

セイバーは藤姉にちゃん付けで呼ばれているからまだ特に気にした様子も無いようだけど、凛は気になるようだ。

「あはは……あれがうちの隊長さんなんよ、勘弁してもらえるか? 凛ちゃん」

「あ、あんたまで……」

笑いを必死で堪えているのがまるわかりなはやてだが、そこに突っ込んじゃダメなんだろう。


それにしてもここの部隊は若い人が多い印象がある。

はやて、フェイト、なのは、そしてグリフィスと呼ばれたあの男性、列車に来ていた4人の子達。

「わかったわかった、私はちゃんはナシにしておくよ? 凛。セイバーさんと衛宮君はそのままでええよね?」

「そっちのほうが助かる……って八神、貴方もいきなり名前?」

「え? だめやった?」

きょとん、と凛を見つめるはやて。

「そういうわけじゃないけど……慣れてないから」

目を若干逸らしているあたりにはやては何か思うところがあったようで、くすりと顔を崩した。

士郎は1つ、疑問に思ったことを口にすることにした。

「八神、なんでセイバーは”さん”なんだ?」

セイバー、見た目は士郎と凛より年下……国籍を考えなければ士郎や凛の妹に見えなくも無い年齢に見えるはずなのに、セイバーだけ”さん”なのはちょっとばかし気になった。

桜も”さん”だったけど、それは色々と知っているからであり……。

「そやね……なんていうんかな、見た目的には私らより年下なんやけど……何の根拠も無い直感というか第1印象というか……年下の上官を目の前にしたらこんな感じになるんかなぁ、という気持ちというか……あ、気になっとった?」

凛が珍しく、驚いた表情を浮かべている。

士郎自身、かなりびっくりした。女の感というものはやっぱり存在するのか? と。

「いえ、そういうわけではありません」

少し慌てているはやてにセイバーがフォローを入れる。

「まぁそれでいいんじゃない? なんせセイバー、1級の使い魔だし」

ぽかん、という言葉がしっくり来る鳩が豆鉄砲食ったような面白いはやての表情を見ることが出来た。


これだけでもわけわからないのは仕方のないことだ。

凛もここが平行世界と知ってから秘匿も何も関係なしのつもりというか。少し珍しい。

「――――んぇ? っと、どういうことなん? セイバーさんが使い魔?」

明らかに見た目人間にしか見えないセイバーをまじまじと見つめるはやて。

「ええハヤテ、私のマスターはリンです。私はリンが居なければ現界していることはできない」

実際には契約を別の誰かと結べば凛が居なくなっても可能だけど、普通の魔術師の十倍以上の魔力量を誇る凛でないと聖杯もなしにセイバー級の使い魔を使役するのは難しいだろう。

凛であっても、セイバーがエクスカリバーを使えば遠坂でさえふらふらになるし、それだけの犠牲を払っても聖杯があったときの半分位の出力しかでないのはさっき説明した通りだ。

「そうやったんか……それにしても人間にしか見えないで?」

はやてたちの魔法だと、使い魔は基本素体となる何かが必要なそうだ。

過去の誰かを呼び出すということはなかなかしないらしいが、使い魔というもの自体は珍しいものではないとのこと。

「感謝します。ハヤテ」

それに、きちんと礼で対応するセイバー。

英霊……大別的なもので見ればセイバーも”幽霊”なわけで、それを人間として扱ってくれる、人間のように見える、と言われるのはやはり嬉しいのだとか。

「……ん、ならセイバーさんのセイバーっていうのはあだ名なん?」

まぁ……そうなる。

はやての疑問は尤もなもの。

「んー……とある仕事でセイバーってペンネーム、ニックネームをつかってたからそのままそれを使ってるだけ。セイバーもそっちのほうがいいって言うから、そのまま」

真実の中に嘘という毒を、嘘の中に真実という名の毒を少しだけ混ぜることによって相手は余計にわからなくなる、と士郎は昔凛に教わったことがある。

「ええ、ですからハヤテも気兼ねなく呼んでほしい」

「了解や。んー……ニックネーム、かぁ……ふむむ……」

はやてはそこから、セイバーの本当の名前についてはつっこんでこなかった。これも女の勘というやつが働いたんだろうか。

「あ、八神、戦技教導って言ってたけど……やるのは俺とセイバーだとしてセイバーはまだしも俺は教えることなんで出来ないぞ? それに非殺傷設定、だっけか? そんなのもないんだけど大丈夫なのか?」

ん、とはやては頷いた。

「それでええんよ、教えるのはなのはちゃんとフェイトちゃん、それに後で紹介するねんけど副隊長のみんなにまかせとる。重要なのは実戦に限りなく近い状況で経験を積むことや。それを、二人にお願いしたいねん。モニターしとったんで十分な実力があることはわかってるんよ? それに、非殺傷設定に関しては何とかする。ガジェット相手やったら誤魔化せば大丈夫やよ」

というか、ベルカ式とかを見れば特に士郎やセイバーの剣はそれほど不思議ではないものだ。

「そういうことなら……わかりました、私でよければ手を貸します」

「ああ、俺も手伝うぞ」

「ありがとうな。それで……衛宮君、あの手品見たいのどうやったん?」


……手品みたいの?


手品なんてしたっけか? と疑問に思う士郎。

そんなすっとぼけたことを考えたせいで反応が少し遅れる。

はやてが言ってるのは投影のことだろう。

1回だけ干将を落として仕方なく再度投影したときがあったことを思い出す。

はやてはそれを見ていたんだろう。

ちらりと視線を凛にやる。

凛は頷いていることから、見せてもいいということだろう。

それに士郎は頷き返す。


「――――投影開始 ( ――――トレース・オン)」


その呪文と共に、士郎の両手に夫婦剣が投影された。

開いた両手から薄っすらと現れ、1秒もしないうちにずっしりとした確かな質感を持つ剣が投影される。

それを見たはやては目を見開く。

「それが士郎君の魔術なん?」

「ああ、投影、っていうんだ。俺はへっぽこだからあんまり魔術自体は得意じゃないけど、これだけは多分遠坂にも負けない」

「う……ふん……そう、ね。それだけは士郎に逆立ちしたって勝てない」

士郎は夫婦剣を消して、ふうと一息つく。

「俺のイメージ次第で強くも弱くもなるんだ。けど、何でも切れるみたいのを作れるわけじゃない。それに、俺が本物に近いレベルで再現できるのは剣だけ。ほかのものは剣に比べてワンランク落ちるし、魔力消費もでかいんだ」

もちろん、話せるのは此処まで。

「そうなんか……けどそれだと質量兵器になるかもな……デバイス用意せんといかんかもしれへん」

そう、そこが士郎も考えていたところだった。

セイバーとか凛はまだなんとかなりそうだけど、士郎どうすれば? 

いままでの解釈からすれば、弓もアウト、銃もアウト、剣もアウトのはず。

「デバイス、ね……」

凛は顎に手をつけて考え始めた。

確かにあの空戦を見れば魔法は便利なものだと思う。

魔力というものを使っているならもしかしたら凛達でも使うことは出来る。

「あ、でも安心してええよ? デバイスといってもいろいろあるし、剣みたいなのもあるんよ。あとでどんなんがええか聞かせてな?」

デバイスなら剣でもつかっていいのだろうか? 非殺傷設定の意味あるのか? 斬りつけるんだろ?

こんな疑問を持っていた士郎だけど、魔法ってのはつくづく便利だってことを後々に実感することになる。

というか定義があいまいで、要は”殺さなければ”大抵オーケーになるらしい。

「そうね……実際手に持ってみてみないとわからないし、そこらへんはお願いしたいかな」

と、ここで話は終り、はやては仕事があるとのことだそうだ。

そして士郎達はオリエンテーションを行うことになった。

リィン、という子が案内してくれるそうだから休憩所で待っててほしいとのこと。




3人だけになり、士郎は凛に疑問をぶつけた。

「なぁ遠坂……」

カップに注がれたコーヒーをこくり、と飲んだ。

「なに? 士郎。もしかして気になってた?」

そんなに顔に出てたのか、と今更ながらに気にする士郎。

「ああ……遠坂があんなに簡単に魔術のことを喋るって少し……いや、かなり意外だった。どうしたんだ?」

ふぅと凛は息をつきそして、そうね、というと士郎に理由を説明しはじめる。

「多分……まったく根拠は無いけど、地球を含めて、魔術師はわたし達しかいない」

それは少し考えていたことだけど、それが喋ることとどう繋がるんだろうか。

「あの時……簡易契約を行ったときだけど、いつもの何分の1かそこらの魔力しか消費しなかった。多分今ならちゃんと呪を編めばかなりの魔術使えるんじゃない? もちろん出力の限界はあるけど」

もともとかなりの魔術ばっかり使ってたじゃないか、なんて反論はただの僻みなんだろうな、と士郎は胸のうちでかき消した。

「それはまぁ……いいことなんじゃないか? でもそれでどうしてそうなるんだ?」

「簡単なこと。魔術は過去に向かっていくもの、科学は未来に向かっていくもの……これは知ってるでしょ?」

チェシ猫のような顔のときの凛は若干意地悪だ。

「……まだなんかあるのか?」


「―――――――行き着く場所は、一緒って言われている」

ああそうか……凛はどこまでいっても魔術師だった。

元の地球に未練がある素振りをまったく見せない。

つまり、凛はまったく”魔法”に関してあきらめていない。

凛は今の環境を全て使ってでも魔法にたどり着くつもりなんだ、と。

「私はリン、そしてシロウについていくだけです」

「ああ、俺も元からそのつもりだぞ」

凛は珍しく若干照れたように顔を窓の外に向けた。

そして小さく、本当に小さく、注意して聞いていなければわからないほどの声でこういった。


「……あ、ありが……とう…」

それに士郎とセイバーは目を合わせて軽く笑い、それを凛にがぁーーーーーと怒られたのはまた、別の話。






そのあとにきた、案内役の”リイン”という子があの妖精……ユニゾンデバイス、というものであることに驚いたり、六課を案内される過程で仲良くなったり、した。

飛び回るのが疲れそうだったので士郎が肩を貸してあげたらそれを機会に仲良くなったり、凛やセイバーが”またか”という意味深な発言をして士郎を困らせたり、と。



そんなこんなで、士郎、凛、セイバーは管理局の一旦に所属することと、なった。




――――――――――

お久しぶりです、戻ってまいりました。
設定などを改めて変えたので、文をかなり直しました。
感想はそのままのこしてあるので、前がどんなのだったかは想像がつくかもしれません(苦笑)

これからがんばっていこうと思います。

よろしくお願いします。



[5645] 四話
Name: あすく◆21243144 ID:f18cd70d
Date: 2009/07/09 01:12

~リインの日記より~

五月十三日、部隊の正式稼動後、初の緊急出動がありました。密輸ルートで運び込まれたロストロギア、レリックをガジェットが発見、輸送中のリニアレールを襲撃、それを阻止、レリックを回収するという任務でしたが……。予想外のことが起こりましたです。

なんと任務ポイントに次元の穴、ワームホールを確認、直後に恐ろしい魔力反応を感知、その正体は依然不明ですが、まるでなのはさんを思わせる砲撃でした。

その後なんと次元の穴から人を発見、そこからでてきた女の子は次元の穴を完全にふさいじゃうのでした。

穴から出てきたのは三人、遠坂凛さん、衛宮士郎君、そしてセイバーさんというはやてちゃんたちと同じ出身の人たちでした。

そしてでてきた三人、六課のメンバーの活躍もありけが人もなく無事に解決、と……。

初任務で予想外の自体が起きたのはびっくりしましたが、それをきちんとリカバリー、レリックも無事に回収できたので、六課の後見人のみなさんも満足されている様子です、っと。


~・~・~・~

「リイン曹長」

リインはキーを叩く手を止め、声がかかったほうに顔を上げる。

「あ、シャーリーと士郎君ですっ!」

そこにいたのは、シャーリーと士郎。

初めて六課に士郎がやってきた日、凛、セイバーと共にリインが士郎を六課の施設の案内をした関係で、リインと士郎は仲良くなっていた。

凛もリインに興味を少しながら持っているようで、たまに一緒にいるのを見かける局員もいるとか。

士郎は制服ではなくいつも作業用のツナギを着ていて、よくいろんなものを修理しているのをリインは見かける。

「リイン、何してたんだ? 休憩中なのか?」

士郎はスパナを作業着に沢山ついている、ポケットのどこかに仕舞い、タオルで顔を拭いていた。

基本的に士郎は書類関係のデスクワークは言語の関係や契約の内容からするわけにはいかない……というかできないので、技術部……いや、便利屋さん、のイメージが近い仕事をしていた。

「お仕事半分、休憩半分、個人的な勤務日誌をつけてたですよー!」

「なるほど」

リインはピョンと跳ねるようにソファーから立ち上がり、シャーリーの目の前まで飛んでいった。

「シャーリーはどうしたんですか?」

「新しいデバイス達の調子を見に、訓練場のほうへ行って来たんですよ」

「そうなんですか! みんな元気でしたか?」

シャーリーは嬉しそうににっこりと笑い、心地よく答えた。

「はぁい! みんなとっても元気そうでしたよ!セイバーさんも教えるのが上手みたいで、みんながぜんやる気になってます! もちろんデバイスたちも絶好調みたいでした!」

後半のほうが嬉しそうだったのは多分リインと士郎の気のせいじゃないと思うが、やっぱりシャーリーはみんなのことを大切に思ってる。

シャーリーは心の裏表のない、デバイスなどの技術に関して物凄い関心を持ちつつ、腕も確かな六課の技師。

そして、ちらっと出てきたセイバー。

シグナムとちょっと面白いことがあったのはひとまず置いておいて、セイバーのことを少し話そう。

見た目はティアナやスバルと同じくらいなはずのセイバーが実は剣の腕前が凄く、シグナムと”お互い魔力の強化なし、飛ぶのはなし、純粋な剣術”で勝負をし、シグナムが負け何回も再挑戦しているのだとか。

そして戦い方にも詳しいセイバーは、働き詰めだったなのはの負担がかなり軽減されていたりも。

だが射撃や後衛が得意なわけではないセイバーがティアナやキャロに直接的なことを教えられるわけもなく、やはりなのはの負担は大きい。

基本的にセイバーは六課の新人メンバーを教えるなのは、フェイト、ヴィータなどの補佐が主な仕事。

まだそれほど時間が経っている訳でもないのに、真摯にスバルたちを育てようとする態度、そして普段の雰囲気から、新人達も(忙しそうにしているなのはやフェイトを気遣ってもあるのだろうが)セイバーに色々話を聞いたりしている。

信頼を得るのも早いだろう。


「なぁリイン、遠坂はどんな感じか知らないか?」


今度話に出てきた凛は、基本的にはやてが用意した部屋にいることが多い。

でも最近ではよく食事等で見かけるし、凛のほうもユニゾンデバイスというものに興味があるのか、リインの話し相手にもなっていることもかなりあるので、リインの中では勉強熱心な近所のお姉さん、というイメージができていた。

士郎達が六課にきて約1週間になるが、最初の3日ほどは大量の資料(地球の歴史関係から、ミッドの歴史関係など)を持って部屋に食べ物を持ち込む勢いで篭っていたのははやて達も驚いたらしい。

それに”いつものこと”といわんばかりに対応する士郎とセイバーのバックアップぶりも、なかなかに関心(というか興味)を引いていたり。

最近になって、はやての補佐的な位置づけの仕事をすることが決まったのだとか。


そしてまとめると、3人とも六課に馴染んで、そして六課のみんなも3人のことを受け入れている。

というか一応組織なので、まるで小学校の”転校生がきたから暫く興味の対象”になるようなことはなかった。

出現がかなり得意だったので、話のネタに挙がることはしばしばあったそうなのだが。

「そうですねー……いつも通りでしたよ! 私もたまに呼ばれていろいろ聞かれたりしてますが、私も魔術というものに興味があるので楽しいです!」

そう聞いて満足したのか、士郎は少しだけ目と口を緩め、笑う。

リインは六課の中でも特に早く3人に馴染み、士郎と仲がよくて、たまにぽっけに入れてもらったりするのが発見されていた。

そこまで口数が多いわけでもない士郎は、直接的に関わっているセイバーと比べ局員からは微妙な目で見られることも最初はあった。

だが、士郎の仕事の真剣さなどからかどうかはわからない……リインがまだ生まれてそれほど年月がたっていないことからの純粋さからかもしれないが、直ぐに”いい人そう”と士郎によっていったのだとか。

「では私は士郎君たちのデバイスのことがあるので、先に失礼させれてもらいますね」

「はぁいです! あれ? 士郎君、デバイス持つことにしたんですか?」

「うーん……遠坂とかセイバーならどうかわからないけど、俺が魔法を使えるとは思わないしな……初歩っていわれてる念話も出来なかったし。シャーリーさんに頼んで作ってもらってるのは俺達専用のデバイスで、多分魔法が使える人には無駄なものでしかないようなものだよ。まぁ、出来てのお楽しみって言うのもへんかもしれないけど……そんな感じかな」

うん……? 

リインには士郎が言ってることがよくわからなかった。

そもそも、なぞなぞみたいでわかる人のほうが少ないだろう。

はやて達が試しに教えた念話もできなかった士郎達には魔法は難しい、しかしデバイスは持つのかな? と少しばかり疑問に思うリイン。

ちなみに凛は、二束草鞋は履くつもりはない、と言っていた。




~・~・~・~・~




「いっけええええええええええええええええ!!」

ヴィータはアイゼンを振りかぶり、スバルに肉薄する。

もちろんカートリッジも使ってないし戦闘用の全力ではないけど、それなりの力は込めてる。

新人の中でも特にバリア、シールド系が堅く、そもそも肉体的に頑強なスバルはまさに”フロントアタッカー”というポジションに向いている。

教導を始めてからそれなりに経ったことから、これからは模擬戦などを絡めたものに推移していくため、改めてスバルの防御力を知っておく必要があったのだ。

「マッハキャリバー!」

本当は、避ける、というのがベストなのである。

ただそれは飽くまで守るものがないときや、広く場所を使えるとき。

局員として働く限りは要救助者を後ろに何かしらの脅威から守らなければならないときも出てくる。

まぁ、突破力に定評のあるヴィータの鉄槌を”くる”とわかっていても避けてはいけないのはなかなかに恐怖なわけだが、それをぐっと堪えてスバルは愛機に指示を出す。

『 Protection 』

それを1部の違(たが)いもなく受け取ったマッハキャリバーは、的確に命令をこなす。

「であああああああああっ!!」


――――叩――――


やはり、スバルのシールドは最初から実戦で使えるレベルの強度がある。

これは嬉しい誤算だ、とヴィータは内心で微笑んだ。

もう1回、ちなみに先ほどよりも若干力をこめて叩いて見たが、シールドが砕けるよりスバルの踏ん張りのほうが持たなかった。
こっちは鍛えれば伸びる部分。

「うん……バリアの強度自体はそんなに悪くねぇな。セイバー、どう思った?」

ヴィータは横で見ていたセイバーに話しかける。

ヴィータは3人が現れたときの仕事に参加していなかったので事情は事後のモニター、はやてからの個人的な報告でしか知らなかったが、少し一緒に教導をし、シグナムの剣に打ち勝つという眉唾物のことを平然とやってのけたセイバーに、早期から興味があった。

初日は、はやてにいわれたことだからしょうがない、シグナムにも勝ったんだから、と渋々と言ったかんじで教導を始めたヴィータだったが、その日が終わるころには態度を改めた。

そういう素直さも、ヴィータのいいところだろう。

1番教導を共にする機会が多いヴィータが、六課の中では1番セイバーを六課の一員と認めているのではないだろうか。

「そうですね……ヴィータ、貴方の打撃は相当に重いものがあります。いくらヴィータが本気でないとはいえ、それに耐え切るというのはそれなりのことなはずです。しかし、やはり踏ん張りは鍛える必要がありそうですね。スバルのポジションを鑑みれば耐え切ってダメージを貰わない、だけでは足りないことが多い」

しかも強いだけではなくて各ポジションごとに必要なことも知っているセイバー。

疑問に思ったヴィータが聞いた結果、軍で指揮を執っていた経験があるらしい。

「やっぱそーだよな。スバル、おめーはそもそもあまり見ないスタイルを駆使して戦うから教えるあたしらも色々考えるが、前衛が一々吹っ飛ばされてたんじゃ後衛が怖くて仕方ねぇだろう」

はい、とうな垂れるだけではなく、自信のこれからの課題をきちんと見据えるスバル。

「マッハキャリバーのグリップだけでどうこうなる問題ではないということだけははっきりしていますので、やはり基本的な踏ん張り方は覚えてもらいたい。そして体勢だけではなく、スバルには魔力の流動での体勢の維持や、己の力をブーストする能力を身につけてほしい」

「えっと……それは単純に、魔力で手を覆ったり……する、ってことではないんですよね?」

軍隊と似たような組織とはいっても、育てることを第1にしている六課では基本的に、教導で疑問に思った部分は直ぐに口にするよう教えてある。

「はい、自身の魔力の流れというものは、操れる様に成れば、それだけで必殺の武器に成り得ます。それは追々、になるでしょうが」

「あたしはあんまり小手先は得意じゃねーんだが、あたしが使うラケーテンハンマーとかもある種のそれだな」

セイバーが言う魔力の流れを操るというのは魔力放出のことだが、見方を変えればやはりそれも、操るというくくりになる。

「それじゃあ、まずは踏ん張りの仕方からですねっ!!! お願いしますっ!!」








~・~・~・~・~・~







士郎はリインと別れ、六課の訓練場の傍に来ていた。

意外と修理が必要なところが多くて頼まれることが多いから、士郎の制服(いつも着ている服)も気付いたらこの作業着になってた。

凛には”似合い過ぎていっそすがすがしい”という光栄なのかなんなのかわからない評価を貰っていたりも。

士郎はシグナムとヴァイスを発見し、話しかける。

「お、士郎じゃねぇか。訓練の様子でも見に着たのか?」

ヴァイス・グランセニック。

男で年も近いことがあってか、もともとのヴァイスの気さくさからかわからないが、最近頻繁に士郎と一緒にいるのがヴァイスとリイン。

「そうだな、ヴァイスとシグナムさんも同じだろ?」

「ああ、衛宮か。私は古い騎士で教える柄ではないからな、こうして見守っててやるくらいしかできん」

といいつつも、新人達の成長を心待ちにしているのもこの人なはずだ。

士郎がそう思うのが何故か……多分、模擬戦の相手がほしくてしょうがないんだと思う。

実は士郎も何回か付き合わされいたり。

けど根は実直で、セイバーに敬意を抱いていたりと、騎士の名に恥じない素晴らしい人だと士郎は思う。

「そうですね……セイバーも教えるのは好きみたいですから、今の環境は願ったりかなったりですよ」

士郎は苦笑して答える。

かくいう士郎も人に者を教えるなんてことは半人前すぎて出来ず、やれることといったらこれまた模擬戦の手伝いくらいしか思いつかない。

何せ1番最初にセイバーに教え込まれたのは”死なない”ように立ち回る……というか、避けなかったら死ぬから全力で避けろ、と叩きのめされることだけだった。

なのはやフェイト、ヴィータとかばかりが相手していてもマンネリ化するし、なのはにいたってはワーカーホリックもいいとこだ。

そういう意味で、セイバーはそれの軽減にかなり貢献しているらしい。

そしてセイバーの名を聞いてすぐさま反応するあたり、本当に素直な人なんだな、と思う。

「そうなのか……セイバー殿は剣も上手であられるし何よりあの強さ、さらにカリスマ性まで感じさせられる。私もそう在りたいものだ」

そう言うと、シグナムはモニターに映っている騎士甲冑姿のセイバーに目を移した。

虎ストラップのついた竹刀は士郎が投影したもので、それが甲冑と妙にマッチしているのが微笑を誘う。

「俺も最初はまさかと思いましたよ、シグナム姐さんに模擬戦でかっちまうんですからねー」

士郎とセイバーの戦力把握、という名目で軽く模擬戦をしたのだが、1番手セイバーの相手を買って出たのがシグナムだった。

しかしシグナムはそんな戦力把握なんて建前はそっちのけで、セイバーに純粋な剣術勝負で挑んだところ、完敗。

「……私より魔導師、騎士という意味では上の者達はいくらでもいるだろう。主、テスタロッサ、なのは……挙げればきりがない。だが、剣のみでの勝負では誰にも負けるつもりもなく、そしてそれ相応の実力を持っているという自負もあったんだがな……」

腕を組み、むむむ、と唸るシグナム。

「でもシグナムさん、俺からすればセイバーとあそこまで打ち合えるシグナムさんのほうが異常なんですって」

負けた、とはいっても、その試合を見ていた士郎こそ驚いていた。

士郎とセイバーが訓練をやるときは、セイバーが士郎の腕より少し上くらいの実力を器用に出してくれている。

数年も訓練していれば、セイバーが本気かどうかくらいはわかる。

たまに、士郎がセイバーに一撃入れたりすると”こ、これは事故です!” と顔を真っ赤にして本気になったりすることがあるのだが……(士郎からすればまさに、虎の尻尾を踏んだ状態)。

シグナムと戦っているときは、まさに本気だった。

本気とはいっても、魔力を乗せた攻撃などではないのだけれども。

「そういうな衛宮。負けは負けだ。今更になって、純粋に剣術で打ち勝ちたい目標ができるとは思わなかったのだ。セイバー殿には感謝している」

シグナムはそう言い放つと、少しだけ口元を緩めた。

「セイバーも、シグナムさんと打ち合えるのは純粋に己を高められる、って喜んでましたよ」

それも本当。

お互い魔力を使い出せばまたややこしい話になるのだが、やはり全力を出してぶつかり合える相手がいるというのは嬉しいことなのだとか。

士郎は少しだけ、悔しかったりもするのだが。

「それはそれは……セイバー殿の期待に応えられるよう、私も精進だな。となれば、早速衛宮、暇だろう、模擬戦に付き――――」

シグナムが危ないモードに入ったのを察した(何回かコレで流された)士郎はそそくさと立ち去ることにした。

「それでは俺はこれで、シグナムさん。またな、ヴァイス」

「ん? 士郎、もう行くのか?」

「ちらっと見にきただけだしな、実は頼まれてることがあるんだ」

それを聞いてヴァイスは苦笑した。なんだその、またか、って反応は。

1日に数度、頼みを受け持っている士郎を知っているヴァイスからすれば当然な反応ではあるが、士郎は好きでやっているので特に苦痛などはない。

「そうか衛宮、また時間が空いたら模擬戦の相手を頼みたい。ではな」

「はは……わかりました、そのときはまた。では」

さてさて、がんばるとするか。








~・~・~・~・~・~




「んっ! みんなお疲れさんや」

「「「「ありがとうございます!」」」」

「はやてとリイン、それに凛は外回り?」

ヴィータははやてにそういった。

うわさに聞く、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラははやての個人戦力らしく……副隊長が部隊長に敬語を使わないのも、このうわさをティアナやスバルに信じさせる1つの要因だ。

ティアナは圧倒的な存在の部隊長達のことは、尊敬はしつつもやはり……多少の劣等感などが付きまとう。

「はいです!」

「ちっとナカジマ三佐に会いにな。凛は私の秘書的な位置づけなんよ」

「そうね……流石に士郎とセイバーにまかせっきりってのも悪いし、それなりに頭は回るほうだと思うしね」

そして突然六課に委託魔導師として契約した凛のこともティアナは少しだけ、劣等感らしき感情を抱いていた。


――――この人も……士郎さん曰く、非凡な才能を持っているらしい


なにより委託魔導師なのに部隊長の秘書的な……なんて普通は考えられないわけで、そこにはやはり特別な何かがあるのではないか、と勘ぐってしまう。

魔導師ランク自体はセイバーや士郎と同じくまだ計ってないらしいが、きっと……と、ティアナは思う。


―――――いいんだ、私は私の道を突き進む


「へぇ……お前って引きこもりでマッドなイメージしかなかったけどはやての役に立てるんだな」

凛のこめかみがヒクッてなったのに気付いたのは、もしかしたらティアナだけだったかもしれない。

それにしても凛は笑顔のままだから怖い。

「言ってくれるじゃないの……折角私が今度お菓子を焼いてあげようと思ったのに……そうねヴィータはいらないのね、わかった」

なんていうか……ヴィータのことを短い間でもきっちり把握してることは、新人たちも驚きだった。

そんなことヴィータにいったら大変なことになるので勿論心の中だけでだが。

凛がお菓子作れることを知り、そこらへんはなんとか努力でなんとかしよう、と心に決めるティアナ。

「あっ……あー!! そ、そうだよな! お前頭よさそうだもんな! それなら安心だなーうん! …………で、いつ作るんだ?」

「さ、八神、とっとと行きましょうか」

露骨に機嫌をとろうとするヴィータを華麗に無視し、颯爽と車に乗り込む凛。

はやては腹抱えて車に手を突いてなんかピクピクしてるし……突っ込みたかったらしい。というか、そんなヴィータがはやての目には凄く可愛らしく映っていた。

「それじゃ、はやてちゃん、凛ちゃん、リイン、いってらっしゃい!」

「ナカジマ三佐とギンガによろしくね」

最後は隊長同士の挨拶でこの場は閉められた。

そして一旦解散になると、おなか減った、と皆シャワーを浴び、食堂へ向かうのだった。




―――


「今日のご飯はなーにっかなー!」

シャワーを浴び汗まみれになった訓練着を着替え、新人4人で食堂へ向かう。

ティアナは若干食欲がなかったが、体が欲してるあたり、なのは達は加減がホントに上手だ。

本当に完全にくたくたになっちゃうと胃が受け付けなるわけで……。


「今日はスパゲッティなんだ! 特盛4人前、お願いしますっ!」

ティアナ、キャロはもう慣れたけど、あの盛り方はおかしいと思う。

ちなみにエリオも怪食い(新語)一派の一員である。あの量をあたかも”普通ですよ”と言わんばかりの表情で食事に臨むエリオである。

六課の中ではいろいろな意味で常識のトップみたいなティアナだが、コレほどまでに普通にされると自分が間違っているのかと錯覚してしまう部分も若干あるが、そんなことはないと心に言い聞かせる。

「私はみんなのグラスとって来るわ」

ティアナは席を立ち、セルフサービスのところへ行きお盆と一緒に4人分の水をグラスに入れ、テーブルに運んで席に着いた。


――――そこで新人達にとって思わぬ人物、セイバーが現れる

もちろん、新人達の訓練に一緒しているときの騎士甲冑ではなく白いブラウスに紺のスカート、という質素な格好。

……それがセイバーの在り方と妙にマッチしていて、同年代に見えるスバルとティアナからすれば悔しいほど綺麗に見えた。

そして、同年代にしか見えないはずのセイバーがシグナムに模擬戦で勝ってしまった事実を知っているから、スバルやティアナは余計に悔しい。

「私もご一緒させてもらえないでしょうか?」

「あっ! セイバーさん! 一緒に食べよう! みんなもいいよね?」

セイバーさん、とさん付けしているが、セイバーは(見た目的な)年齢が近いこともあって、スバル達からすればすごく話しやすかったりする。

見た目的な、であり、生きていた時間だけで見てもセイバーはかなりお姉さんなのだが、勿論そのことはいってない。

特にスバルやエリオは前衛として色々教えてもらうことが多いらしく、さらに仲がいい。

「はい! 一緒に食べましょう!」

「セイバーさん、隣どうぞ」

キャロが少しだけ、ティアナとの間に隙間を空けた。

「ティアナも、よろしいでしょうか?」

「もちろんよ、私とキャロの間が入りやすいわよ」

ティアナも快く、少しつめる。

ティアナとキャロはスバルたちみたいに暴食なわけではないので皿の枚数がスバルとエリオ1枚ずつ少なかったりする。

その言葉にこくり、と頷いたセイバーさんは席に着いた。

だが、ティアナとキャロは思い出す。

そういえばセイバーも、無茶苦茶食べる人だった、と。


セイバーの評価では、ここの食事は大人数に作る物でありながら雑ではなく、とても満足できるものだった。

しかし今日の昼食はいつにもまして楽しみなもの。

セイバーはティアナとキャロの間に座り、手を合わせて一瞬目を閉じたあと、頂きますをした。

「あれ、セイバーさんも地球の出身なんだよね? 士郎さんと遠坂さんはなのはさん達や八神部隊長と同じ出身みたいなのはなんとなくわかるんだけど、セイバーさんもそうなの? 頂きます、っていうのはなのはさんの国の作法みたいだけど……」

そう、スバルがセイバーに尋ねた。

セイバーの中ではスバルはとても素直で真っ直ぐで、それが少し戦闘では不安になるところも在るが、それ以上のいい勢いがある、という評価である。

「はい、私は地球の出身で間違いありません。だが、地球内で見れば私とシロウ達は違う国の出身だ。しかし私は当分シロウ達の国……日本にいました。そこでの生活が長かったため日本の作法が身につき、そして箸も問題なく使えます」

実際生きていた年代はまったく違う、ということを言うのはやはり、野暮だろうとセイバーは思う。

「スバルも地球出身ではないのですか? 名前の響きがシロウ達と似ている」

「うーん、私の遠いご先祖様が住んでたみたいで、私自身は行ったことないんだ。なのはさんの出身のところだから、行って見たいと思ってるんだけどね」

そこでセイバーは、スバルの言葉にかなりの念が篭っていることを雰囲気から察した。

セイバーが訓練中も思っていたことだが、スバルはなのはに向ける視線が教官として尊敬しているだけではない節がある。

「そこまで言うとは……スバルはナノハのことが好きみたいですが、何かあったのでしょうか?」

今までの疑問解消の意味を籠めて問うたセイバー。

それになんと、”うっとり”といった感じに応えるスバル。

「うんとね、小さいころ事故があって、私がなのはさんに、お姉ちゃんがフェイトさんに助けられたんだ。それで、ずっと私の憧れだから……」

なるほど、と思った反面、少しばかり新たな疑問が生まれる。

年齢的なもので言えば、スバルとティアナ、なのはとフェイトにはやては3つくらいしか離れていないはずなのだ。

スバルが小さいころ、ならばなのはも小さいころなはずなのだが、助けられたとはいったい、と。

戦いにおいて年齢に関してとやかく言うつもりはないセイバーだったが、少しばかり気になるところだった。

「そういえばエリオはどこ出身だっけ?」

「あ、僕は本局育ちなんで……」

「管理局本局? 住宅エリアってこと?」

そこで一瞬、場の空気が気まずくなったのをセイバーは感じ取った。エリオ自信は本当に気にしてないようだが、ティアナがスバルに横目を送っている。

「本局の、特別保護施設育ちなんです。8歳までそこにいました」

スバルの顔が露骨に、しまった、という顔になる。

特別保護施設、ということはエリオは昔過去に何かあったということなんだろうと察した。

ティアナとスバルが目を合わせてるということは、ティアナがスバルに何かしら念話で話しているのだろう。

「あ、いえ、気にしないでください。優しくしてもらってましたし、そのころからフェイトさんにいいようにしてもらってますし……フェイトさんは僕が物心ついたころからずっと一緒にいてくださったんです。時間があるときには魔法の勉強も見てもらいましたし……本当に……本当に優しくしてくれて……」

エリオの声音からもわかるが……セイバーの印象でも、やはりフェイトは優しい人。

士郎にに向ける視線はセイバーにとって腑に落ちないものがあるが、あの年ということから鑑みてエリオを生んだわけじゃないのだろう。

自分が生んだのではない子に相当な愛情を持って接していることが伺える……なのに……。

なのに、士郎へ向けるあの視線の正体はセイバーでもわからなかった。

なのはも、フェイトが初見で人を嫌悪するなんてことはない、と断言するほどだったのをセイバーは覚えていた。

しかし何故か、セイバーはそのフェイトの視線に嫌な感じはしなかった。

本当に、本当に、ここまでよくわからないものがあるとは思っていなかったセイバー。


「フェイトさん、家庭のことで小さいころにちょっとだけ寂しい思いをしたことがあるって、いってました。だから、寂しい思いや悲しい思いをしている子供を、ほっとけないんだそうです。自分も、優しくしてくれる……あったかい手に救ってもらったから、って」

……そのことと少し関係があるのかもしれない、とセイバーはスパゲッティに口を付けながら考える。

しかしセイバーがどうこうしていい問題……そもそも問題なのかどうかはわからないが、そういうものでもない。

凛がセイバーに言ったのは、ほっとくのが1番、とのこと。

なのはもフェイトに聞いたらしいのだが、その内絶対解決するから大丈夫、と言っていた。

セイバーは、士郎のことを嫌う、嫌うのとは少し違うのかもしれないがそういう感情を持っている人が近くいるのは……少し悲しく思っている。

それはセイバーが士郎の人柄に触れたからであり……セイバーが士郎に、並々ならぬ感情をどこかで抱いているから、でもあるだろう。


―――――私自信がこういう感情を持つこと自体が不思議なのかもしません


セイバーも、人(士郎)に救われたことがあるからこそ、フェイトの優しさもわかる。



――――む、この沈黙は少しエリオが可哀想だ



「それにしても今日のスパゲッティはおいしいねぇー! ティアもそう思うでしょ?私もっと食べるー! ほらエリオ、お皿出しなって!」

「あ、ありがとうございます」

「確かにそうね……なんていうか……舌に自信があるわけじゃないから言わなかったけど、おいしい……」

「フリード、今日のご飯、やっぱり違う?」

きゅくるー、と肯定の意思を表した返事が返ってきた。

「ええ……やはりシロウが作ったご飯はおいしい」



――――ふむ……スバルもエリオもよく食べる。これは負けるわけにはいかない


雑でした、の食事に慣れきっていた(それが普通だと思っていた)セイバーが士郎のご飯を食べたとき、どれほどの衝撃がセイバーの全身を駆け抜けたか。

士郎の食事自体は特筆して上手いわけではなく、男がそこまで料理できるのが凄い、と言われる程度の物なのだが、セイバーにとっては頭を引っ叩かれたというか、トラックにぶつかったというか、あのころの食事を作っていた担当のものについついエクスカリバりたくなったというか……筆舌にしがたい衝撃だったわけだ。

つまりはまぁ、お袋(お袋では士郎が怒るだろうが)の味、とはふと恋しくなるものなのだ。

「うそぉっ」

スバル。

「男の人が料理……」

何かに打ちひしがれているティアナ。

「僕も作れるようになりたいなぁ……」

しみじみと食べるエリオ。

「はい、フリード」

「きゅくるーっ」

マイペースのキャロ。

セイバーはつい、コクコクと頷きながらフォークを口に運ぶ。

士郎は和食も得意だったが、こう……大勢に作るものも大変おいしい。

和食では桜に、中華では凛に負ける士郎だが、やはり味だけではなく落ち着ける何か……そういうものを士郎の作る食事に感じているセイバーは、大変満足なのであった。

「ね、ねぇセイバーさん、今日のこれって……その、シロウさんが作ったの?」

「はい、なんでも食堂の局員の方が丁度出払ってしまったらしく、シロウが臨時で頼まれたみたいです。昨日シロウが言ってました、大勢に作るのは久々で楽しみだ、と」

「シ、シロウさんご飯作れたんだ……ちょ、ちょっとショック……いつもいろんなところ修理してるイメージがあったから……」

確かに士郎はまだこの子達の模擬戦の相手をしているわけではない。

セイバーやなのは、ヴィータはどちらかというと正統派、真っ向からぶつかっていく戦い方で教導には適しているが、”管理局員としての訓練”としては実はあまり適していない。

此処は犯罪を取り締まる組織を謳っている。

犯罪者は正統派でないことが多い。その点士郎の戦い方は、言い方は悪いが勝つための戦い方であり、使えるものは何でも使う信条だ。

士郎自身が、自分の父親の在り方をきちんと学びそれに付随した戦い方。

アーチャーを基にする、という表現はいささかおかしいものがあるかもしれないが、そこを基点に使えるものならば何でも使う士郎。

魔術師としての禁忌などそっちのけ、実弾も普通に使う。

まさに犯罪者を想定した仮想敵としてぴったりだろう。


――――……申し訳ない、シロウ


「シロウが作る食事は私の楽しみの1つです。今度機会があったら作ってもらうといいでしょう」

スバルが目を輝かせているのがセイバーの目に入った。

……そのときは私も一緒に作ってもらいましょう。此処に寝泊りしているので実はシロウが作る晩ご飯は久しく口にしていない…と、深く思うのだった。






――――――余談


バタン、扉の閉まる音が聞こえた。

ここの部屋に入るのは基本凛、セイバーもたまに入るくらいだが、今セイバーは外にいる。

それから察するに、凛が帰ってきたことを告げる扉の音。

士郎は今までここ、仮工房の整理をしていた。

それなりに手伝いでセイバーと一緒に凛の工房の手伝いはしていたからある程度把握している。

もっとも、曲がりなりにもここは管理局の一室だし、そんなごちゃごちゃ(原形を止めないレベルに)にするわけにもいかないから、片付けるのは散らかっているゴミとかだけだが。

「士郎、ご苦労様。散らかってるの片付けてくれるのは嬉しいけど、デスク周りはいじらないでね?」

ふう、とため息をつきながら凛はコートをハンガーに掛ける。

士郎は凛の癖をある程度わかっている。

そういうことから、士郎がやっているのは散らかってるものの片付けと、ある程度の掃除だけ。

「ったくあのじいさん……食えないわねぇ」

「うん? なんかあったのか?」

士郎は掃除を終えた最後の締めに、ゴミ袋を閉めつつ、凛に話しかけた。

「んー……八神を世話してたって人のとこ言ってきたんだけど、なんていわれたと思う?」

妙に不機嫌そうなのが気になるが、本当に不機嫌なときは何も喋らない。

「そうだなー……遠坂と八神が似てる、とかか?」

実際士郎はそう思った。

見た目が似ているわけでもないのに、何故か。

雰囲気、っていうのかどうかはわかないが、若くして部隊長というはやてのカリスマ性と時計塔で主席を争う戦いをしている凛、なんとなくだが。

勿論、そんな在りかたが似てると思ったのは後付けで、士郎は直感的に”にてる”と思ったのだ。

士郎はそんな考えをしていたが、凛はボソリ、といった。


「…………狐と狸が仲良くしてるなんて珍しいじゃねぇか、だって」


あー……神様いるなら助けてくれ。

笑ったら殺される。

うん。

でもその人に会って見たいな……。

多分遠坂なら猫かぶり全開だったんだろうけど、それを一発で看破するとは何者か。


「……なんでなんも言わないで固まってるのよ?」

「あ、いや、そ、そうだな……うん、その人もなんかすごい……な」

ゴミ袋を縛っていて背を向けている士郎だが、凛のジト目が背中に突き刺さっているのが凄くわかる。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。

そんな懺悔もむなしく――――


ん? なんで魔力を感じるんだ?

これ振り向いたら終り? え? ちょ、え!?


「へぇ―……衛宮君、私のことそんな風に思っていらしたのかしら」

「い、いや! 俺は遠坂のこと狐なんて思ってないんだ! 信じてくれ!」

咄嗟に出た一言。

それが士郎の人生の終着点。……いやいやいや。


「あら、私、どっちが狐でどっちが狸かなんて言いましたっけ?」


「…………」








△年○月×日、衛宮士郎 没 死因 ガント


Fable・完




いやいやいや。





――――――――


「士郎君どうしたのっ!! さっきあったときは元気だったのに! ク、クラールヴィント!!」








[5645] 五話
Name: あすく◆21243144 ID:41d2111e
Date: 2009/08/01 12:52
流石に自分達の身分がはっきりしないと正式に外の仕事を手伝えないわけで、はやては手早くそれの申請を行っていた。

魔導師ランクを習得して管理局と契約するのが一番簡単に身分を証明できるらしく、士郎達3人は魔導師ランクの計測というものを行った。

管理局が管理している世界は相当な数になるらしく、戸籍自体の用意は難しいがミッドチルダに戸籍がなくとも身分を証明できるという何とも言い難い体制になっているとのこと。

しかも管理局所属というステータスはそれ自体がほとんど戸籍と同様の証明になり、住居を持つことも可能らしい。

それでいいのか管理局。

だが勿論、便利簡単と思われる制度でもやはりきちんとフェイルセーフが出来ていることに驚きだった。

人が作ったものに完璧を求めるのはそもそも間違っているが、それに関しての犯罪はほとんど起こっていないらしく、その辺りはやはり近未来的な世界の凄さというべきか。

シャーリー曰く、士郎達の言う魔術回路と、ミッド世界のリンカーコアは完全な別物らしく、正確なランク付けは出来ないとのこと。

そもそもエラーが出なかったあたりでもうびっくり、という結果なのだとか。

ちなみに士郎達はかなりデータ採りのために色々していたりする。

簡単な身体検査から始まり、数時間にわたるまるで人間ドック(まさにそのまんまなのだとか)のようなこと、運動検査、エトセトラエトセトラ。

魔力関係以外で凛は簡単な身体検査だけ。セイバーにいたってはまるで小中で行なわれる発育測定程度のもの。

研究的な意味のデータ採り、に関しては士郎だけが協力することとなっていたのだ。

元の世界に変える方法がわからないこの現状、凛も渋々ながら納得している。

最初は3人全員だったのだが、見られるとまずい、知られると不利になる点がいくつもあるのをなんとか妥協させた形だった。

魔術を使う際の凛の魔術刻印など、ただの刺青で済むはずがないし、セイバーにいたってはバリウム使ったⅩ線検査でどういう結果が出るのかおっかなびっくりである。

逆にそれが少し気になる凛でもあったが、ギャグで済まない部分があるので流石に自重していた。

一応話し合いはしたが、魔術の秘匿云々よりはこの環境を利用して先に進む、という意思でいくらしい。

世界が違うしこの世界にもし私がいたとしても困るのはそっちでしょ、と半ば自棄であったのは内緒だ。


 そして士郎達のランクは凛がA、セイバーもA、士郎がC+という判定が出た。

ちなみに士郎のC+というランクはエリオやキャロよりもかなり下ということを聞き、比べるのが間違ってるとは思いつつも士郎は少し凹んでいた。

リンカーコアがないからまったく当てにならない計測だとはいえ、やっぱり俺はへっぽこなのか、と。

そしてセイバーと凛のランクが同じなのは、わたしがセイバーに魔力供給してるから同じ感じになったんじゃない? とのこと。凛も深く調べるつもりはない。


そして現在、士郎達は今シャーリーさんに呼び出されて研究室に来ていた。

「シャーリーさん、俺達のデバイスが出来たって聞いたんだけど……本当なのか?」

イスに座ってモニターと睨めっこしていたシャーリーだが、士郎達が来たことに気付いてなかったのか慌ててイスを士郎達のほうへ向けた。

「はいっ! ちょっと前に発見したアレに関してもっと調べてて、それにあわせたデバイスの調整がやっと終わったんですよ!」

ちょっと前に発見したアレ、とは、士郎達の魔力とこっちの世界の魔力のことだ。

魔導師ランクが調べられたのも多分これのおかげだろう、と。

「ああ、わたし達の魔力、貴方達の魔力、その違いは……電気に例えると周波数の違い、ってやつ?」

例えば日本でもちょっと前までは西日本と東日本では周波数が微妙に違い、西日本で使えていた電気製品の一部は東日本では使えない、というのがあった。

こっちの魔力とむこうの魔力の違いも、そんな感じだったらしい。

「ええ、そうなんですっ! だから、周波数を合わせれば問題は解決でしょう?」

問題というのは質量兵器云々のこと。

士郎達がこのまま戦ったら管理局が質量兵器を使ってるとなり、色々大変な問題になってしまう。

実は質量兵器という縛りはそこまで厳しいものではなく、大量破壊兵器のことを本来さすはずなのだが。

本来の戦い方をするなといわれれば士郎達がただのお荷物になってしまう。

……特に士郎が。

シグナムが持つようなアームドデバイスを持てば解決なのだが、バリアジャケットも生成できなければ飛べもしない、技量だけでバリアジャケットを貫くことは至極困難、とくれば士郎なんかが役に立つためには”神秘”に頼らざるを得ないわけで。

結果的には殺さなければ特に問題がないのだとか。

ただし、銃などの使用は完全にタブー。

殺さなければ問題はない、といいつつも、魔導師として疑問をもたれれば困ったことになる。

非魔導師が剣を持って犯人に斬りかかるとか、流石にまずいのだ。


 少し話しは変るが、はやては士郎達のことを上に次元漂流者として報告した。

その次元漂流者が魔力を保持していたので委託魔導師としてスカウトした、ということになっている。

下手に匿うつもりもないし、この六課の存続に障害になるようなことにはするつもりもない、その上で出来る範囲で助力する、ときっぱり士郎達ははやてに言われていた。

凛はそこまでして自分達を匿うことに疑問を感じていたみたいだったが、そこまでして気にする問題ではないと思ったらしくすぐにそのことを頭から消したらしい。

利用できるうちはこっちが利用してやると、いつもの強気な発言の後に。

士郎達の力はこっちの世界だと貴重な部類になる。

貴重というのがイコールで強さになるわけではないのだが。

話を戻して、そこで士郎達が戦えるようにするためにはどうするか、と考えた結果、この機動六課という場所がとても都合のいいことに気付いた。

はやてが士郎達を雇う上でそこまで考えていたかどうかは定かではないが、結果的に役に立てるのだから士郎達からすれば願ったりかなったりである。

「わたしはよっぽどのことでは戦闘するつもりはないけど……セイバーと士郎が戦うため、って話、どういう風にしたのよ?」

「それはですね……これですっ!」

シャーリーは嬉々として机の隣にある棚からごそごそと三つの何かを取り出した。

……アクセサリー?

「士郎君はこれですねっ!」

これは偶然なのか、シャーリーから渡されたのはあの士郎が凛に命を助けてもらったときの宝石によく似ている……が、それより少し小さめの赤い宝石らしきものがついているネックレス。

「セイバーさんもどうぞ!」

そしてセイバーに渡したのは腕につけるタイプであろう、白銀色の小さな篭手を模したリストバンドサイズの装飾品。

「遠坂さんはこれですね!」

最後に凛に渡したのはひし形の深紅色の宝石らしきものが付いた、一対のイヤリングだった。

それを凛は手に転がし、どんなもんかと品定めをしているようだ。

「といっても……シャーリーさん、これをつけてどうするんだ?」

「そのデバイスは魔力の変換機、といってもいいかもしれません。といっても士郎君たちは魔法を使わないので、入ってる機能はどれも2つだけで……あ、見ちゃったほうが早いので士郎君、そのネックレスをつけてあの手品みたいなのやってくれませんか?」

士郎はネックレスをつけ、手品……と言われるのは士郎からすればちょっと心外だけど確かにそう見えるから手品ってことにしている投影を行う。

―――――投影・開始 (トレース・オン)

夫婦剣を投影するだけならば態々(わざわざ)呪文を紡ぐ必要もないほどに士郎の手に馴染んだものだが、はやてに見せたときもだがついやってしまう。


――――環―――――


士郎の手にあの確かな重みが伝わるのと同時に、士郎の足元を中心に赤褐色の半径1メートルほどの魔方陣が現れた。

――――……おお!

「やりましたっ! 成功です!」

凛も感心したように士郎の足元に展開されている魔導師っぽい魔方陣を見ている。なるほど、これなら投影が魔法を使って剣を出した、みたいに見える。

魔方陣は3秒ほどで消えた。

「シャーリー、説明お願い」

凛もイヤリングを耳に付け、腕を組んだ。

「えっとですね、そのデバイスの仕事はまさにそれ、士郎君達が魔法を使っているように見せかけるためのツールです。ある一定以上の魔力流動を感知したら今みたいに魔方陣が現れるようになってます。妙に不自然なところで魔方陣が出ることもあり得るので、そこは要調整ですね」

そう、ここ機動六課は次元犯罪者よりも、あのガジェットなどの機械を相手にすることのほうが圧倒的に多いのだ。

レリックというものを追う限り、対人戦闘は想定しにくいらしい。

もちろん”しにくい”だけで対人戦闘自体は確実にあるが機械を相手にすれば、誤魔化しさえすれば問題なく士郎達も戦える。

シグナムも剣であるが、それに関して違和感を持つ人はいない。

正直なところ、定義が曖昧なのだ。

そこでの注意事項は犯罪者であれ、人を傷つけてはいけないということ。

士郎の銃などはほとんど出番がないと思っていい。

はやて曰く、傷害を起こしてしまったら庇う気はない、そもそも庇えない、らしい。

でもどうなんだ? と士郎は思う。

委託魔導師として契約したのはいいけれど、士郎達が傷害事件起こしたら部隊長であるはやてにも責任がいくはず。

もしそれが信頼の証なのだとしたらそれはそれでありがたいし、士郎達も偶然手に入れた願ってもない状況を手放すつもりは毛頭ないのだが、少しばかり軽率なのではないかと思う。

逆に考え、多少のリスクを確保してまで人員をなんとかしないといけない組織なのか、とも士郎は思ったがそうとも考えにくい。

まぁそんなことはさておき、いざとなったら木刀でも投影して強化すればいいじゃない、と凛にいわれた事がある士郎であった。

後で気になったから聞いてみたら、なんでも魔力で出来た何か、ならば問題は……もちろん相手に外傷を負わせたりしたら危ないが、ないそうだ。

バインドとかも魔力で編まれたものだし、魔法陣を出しつつ投影すれば士郎の投影物もものすごい広い範囲で見れば魔力で編まれた剣、と見なせるらしい。

ものすごいグレーや、とはやては笑っていたが。

確かに何時でも消せ、何時でも取り出せる。

いざとなったら拘束、昏倒だけしてあとは任せればいい。

「そのストレージデバイス達は魔力を変換……周波数を合わすことだけでリソースをかなり使ってしまいました。見せ掛けの魔方陣を作る、そしてもう1つ入っているオートガードの分くらいですね。士郎君がさっき行ったみたいに、魔力の流動が感知され次第士郎君から若干量の魔力をデバイスが吸収し、それを変換して魔方陣を出します。吸い取る魔力は若干量……そもそも試作機ですし、そのデバイスたちが多量の魔力変換を行えません。一応意思で多量の魔力を送って変換させることは出来ますが、そんなことしたら1発でオーバーヒートします。それにする意味もないでしょう」

矢継ぎ早にシャーリーが説明をするのを、黙って聞いている3人。

それを見てシャーリーは言葉を続ける。

「オートガード機能はたまたま軽くリソースが残っていたのでおまけ程度に搭載したものです。そうですね……防災頭巾、くらいに考えてください。多分小型のガジェットの弾1発でギリギリひびが入って耐える、くらいのものです」

そこで凛が少し考え、口を開いた。

「ねぇ士郎、さっき投影やったときいつもより魔力持ってかれた?」

士郎は少し考えたが、そんなことはなかったと思案する。

少なくとも気付くほどではなかった。

「いや、まったく気にならなかった」

「そう、シャーリー、これは助かるわね」

「いえいえ、私も楽しかったですからっ!」

リインから士郎は聞いたことがあったが、シャーリーも若干マッドの気があるらしい。

デバイスが恋人だ、と冗談めいていっていた、と聞いたことがある。

士郎は若干目線をずらして今まで終始無言だったセイバーに目をやったら、セイバーが何か言いたそうだった。

「セイバー? どうしたの?」

それに士郎より早く気付いた凛がセイバーに声を掛けた。

「セイバーさん、何か気になったら言ってください!」

それを聞いたセイバーはおずおずと質問した。

「それでは……少し気になったのですが、シロウやリンは魔力の流れで魔方陣が展開するとシャリオは言いましたが、私は二人と違って魔術らしい魔術自体は行いません。それでも大丈夫なのでしょうか?」

ああ、と思い出したようにシャーリーは手を打った。

「大丈夫ですよっ! 予めセイバーさんにそれを聞いていましたから、それに合わせてみました。ちょっと私の認識が違ったら申し訳ないのですが、そのためにセイバーさんのはちょっと大きめな装飾になってしまったんです。セイバーさんは魔力放出、というものをするんですよね?」

セイバーは士郎、凛と違い、魔力の加護で移動や剣戟をブーストし戦うのが普通。

その旨をシャーリーさんに予め説明していたらしい。

「うまく出来ているかどうかはわかりませんが、セイバーさんも士郎さん達と同じくある一定の魔力の流動を感知したら展開されるようになっていますよ! 3人とも、そのあたりの調整はまだまだ出来ていないプルーフ段階ですが、そのあたりの調整も皆さんにはお願いしたいんです!」

「少しやってみてもかまわないでしょうか?」

それを聞いてシャーリーは、此処を壊さない程度ならばいいですよ、と冗談めかして許可した。

それに苦笑しつつセイバーは騎士甲冑姿になる。


―――環――――


「これは……シャリオ、ありがとうございます」

セイバーの周りに展開されたのは白銀の魔方陣。

こう見ると、セイバーの甲冑もなんとなくバリアジャケットに見える。

シグナム達の騎士甲冑を考えれば十分にそう思える範囲だった。

「しかし問題もあるんです」

キィ、とシャーリーさんはイスを軋ませ、モニターをチラリと一瞥してから話す。

「さっきも言った通り、そのデバイスたちは魔力の流動を感知しそこから少しだけ魔力を汲み取って変換、魔方陣を形成します。ここまではいいですよね?」

士郎達はこくり、と頷いた。

「成る程、例えば私が魔力を使って移動や攻撃をするたびに、魔方陣が形成されてしまう、ということですね」

「ええ……それでは傍目から見て明らかに不自然に映ります。ある一定以上のライン、と定めればいいのですけど、それを超え続ける戦闘を行えば意味はありません」

「1回陣を形成したら一定時間陣を発生させないようにする、とかは?」

「それも考えましたし可能で、今のところ1番の有力候補なんですが……それでもやはり、不自然に……本当はセイバーさん達の意思で形成できたらよかったのですが、そこまで高性能……高性能ではないですがワンオフ仕様にしてしまうと本当にコストがかかり、ちょっと気軽にプレゼントできるようなものではなくなっちゃうんですよ……そのデバイス達は形こそバラバラですが全て支給されるストレージデバイスです。それを私達が改造したものなのでコスト自体はそこまでかかってませんから……」

士郎や凛の付けている装飾品の類は望んだ非戦闘員に配られるもので、魔力が少なくても士郎達のに入っているオートガードの強度を強化したもの、それに個人的なメモやスケジュール、簡単な通信機として使用するはずもの。

セイバーの篭手も、望む武装局員に配給される防護ツール。

そして、こんな面白そうな題材いつか思う存分やってやるんだから、と意気込んでいるシャーリー。

「士郎、なんか考えた?」

「そう……だな、とりあえず時間……戦闘を考えると20秒くらいか? にしてもらって、あとは陣が出るある一定以上のラインってのがよくわからないからそこは俺達が見つけてくとしてそれも設定してもらう」

ガジェットならば士郎からすれば少しの身体強化で十分戦えるし、機械じゃない相手はなのはやフェイトが担当する手筈になっているはず。

そもそも士郎達はそんな出しゃばっていい境遇ではなく、本当に難しい問題だ。

「あとは、俺達がどこまで自然に見せるか、だろ」

凛もセイバーもこれに文句はないようだ。

「それでは3人とも、デバイス達の調整、お手伝いしてくださいねっ!」

士郎達3人はシャーリーに礼を言い、研究室を出た。

「それじゃセイバー、飯食べたら鍛錬付き合ってくれないか? こっちの世界来てドタバタしてたから自分で出来るやつしかやってなくてな……デバイスってやつの調整も序(つい)でにできるし」

「はい、私も午後は予定はありません。久々にシロウとやれるのは心が弾みます」

……いやセイバー、ちゃんと加減はしてくれよな? と心の中で思う士郎だった。

「あたしは多分また八神の手伝いかしらね」

あー面倒くさ、と気だるげに気伸びをしてる凛。

「遠坂なんでそんなに八神と仲良くなってるんだ? こっちに来てまだ1ヶ月経ってないだろ」

「へ? それ言ったらあんた達だって六課に相当馴染んでるじゃない。それに……まぁ重要なとこは任されてない……それもうまく隠してるみたいだけど……いうなれば」

監視ね、と小声で凛は言った。

確かに、研究室(別名遠坂部屋)にひたすら篭ってるだけだと怪しすぎる。

はやて自体もかなりの能力を持ってることを士郎達は最近になって知った。

なんか魔導師ランクがSS。

SSってなんだよ、 すごい しょうじょ か、などとくだらないことを考えてしまう士郎。

セイバー曰く

「ハヤテは能力を封印? している感じですが、それを解いたら町1つが壊滅するほどの魔力があるはずです。ナノハやフェイトも同じで、正直私達の常識は通用しないでしょう」

と説明するのを聞き驚愕する士郎と凛。

あのメディア、キャスターが本気で放ってもそこまでにはならないだろう、という付け加えもあった。

かといって魔術の速射ではメディアに勝つことは不可能だろうが……難しい話である。まさに百聞は一見にしかずというか、はやて達の凄さを1度見てみたいと願った凛と士郎。

それはさておき。

「て言っても、仲自体はそれなりよ? 綾子がいるみたいだし」

ああ……確かに美綴……っぽいかも知れない。

士郎は黙ってるが、はやてと凛はどことなく声似てる。本当に何となく、だが。




――――――――――――――


「あぁぁぁぁっ!」

士郎が投影し若干強化した虎印の竹刀を持ち、袈裟に斬りつけてくるセイバーの攻撃を踏ん張りつつ左の莫耶もどきで受け流す。
普通の人がこんな隙だらけの上段からの袈裟斬りなんて放ったら受け流すか避けるかして反撃出来るのだけど、とにかくセイバーのは速くて重い! 反撃無理! しかも的確すぎて避けられないし受けきらなかったら致命傷!

「ちょっ、せっ、セイバー! 飛ばしすぎだっ!!」

外の訓練場の開けているところを借りてやっている(あのエリオやキャロが訓練してるとこ)んだけどセイバーが容赦ない。

このレベルを受け切れている士郎は成長したな、と自分でも思うところがあるのだが、そんな和んでいる暇など一切ない攻撃。

「そんなことありません! いつもより1段階上げているだけです!」

「ちっ、そっ、そうかっ……なっ、なら俺もっ!」

辛うじて見えた、士郎から見て左下段からの打ち上げを士郎は両手の剣を使って押さえつけセイバーに回し蹴りを放つ算段だ。

それは押さえつけるところまでは上手くいった。

だが、セイバーは止まらない。

「甘いっ!」

――――環―――――

押さえつけたと思ったセイバーの竹刀は易々と士郎の両手にある剣を跳ね上げ、万歳状態になっている士郎の頭をぱしんと叩いた。

「ちょ、セイバーっ! 今一瞬本気だったろ!」

はて、と可愛く首を傾げてもダメだぞ!

「あの瞬間セイバーの足元に現れた魔法陣はなんだ?」

固まった。

「あ、そ、それはその……デバイスの不調でしょう、あ、あとでシャリオに見てもらわなければ……」

そんな汗たらたらでいわれても困る。

そもそも鍛錬だから、手加減してくれというのがおかしいのは士郎とてわかってるが、何となくいいたくなるのである。

「冗談だよセイバー、ただ、もうちょっと打ち合ってたいからもう少しだけレベルを下げてくれると嬉しいかな」

「う……私こそ申し訳なかった、シロウ。楽しくて熱が入ってしまった……」

少しだけ恥ずかしそうにセイバーは俯き、申し訳なさそうにしているのを見て士郎は笑った。

「まぁ、本当はセイバーの本気についていけるようになりたいんだけどな」

それは本音。やはりいつかは師匠を見返してやりたいという、半ば意地のようなものである。

「いえ、改めて思うとシロウも相当成長しています。4年前は汗を掻く事もなかった。それに、あの体重の乗り方からして次段は蹴りだったのでしょうが、無理矢理跳ね上げていなかったらあの蹴りは避けられなかった」

多分避けられないだけで捌くなり受け流すなりはされるんだろうけどな、と士郎は心の中で苦笑した。

4年前か……と、士郎は少し思い出す。

あのころは鍛錬っていうか、死の危険を身を持って知るという名目のある意味一方的なものだった。

あの鍛錬のおかげで生き残ったのは確かだから、士郎はセイバーに感謝してる。

それに、士郎は蹴りや投げ技もバゼットに教わった。

士郎のような戦い方をするのならば引き出しが多ければ多いほどいい。

特に投げ技は重宝した。

もともとナイフや銃などの武器を持ってるやつがそれを捨てていきなり投げてくるとは思わないらしい。コンクリの上に受身もとらず投げられると頭打たなくても気絶ものである。

「それじゃあ、もう1回いいか?」

「はい、それなりに時間も経ちましたし、名残惜しいですがこれで最後にしましょう」

ちなみに途中から観客に新人4人がいる。なんでも試合を見る、という機会があまり恵まれてないらしい故の計らいだ。

「それじゃあ……いくぞっ!」

3メートルほど距離があるも、士郎は思い切り踏み込みいきなりセイバーに飛び掛った。

勢いに任せて両手を振るが、左右に弾かれる。どんな速さだ、と士郎は心の中で叫んだ。

「不意打ちとはやってくれますね」

といいつつも今のを防ぐあたり、セイバーはわかっていたんだろう。

左右に剣を弾かれ一瞬胴体がフリーになるのをセイバーは見逃さない。

士郎の鳩尾に向けてセイバーの突きが来る。

来ることがわかっていても体が反応できないというのは実際あるが、今なら少しは抗える。

外に向かって弾かれた剣を内側に戻してるんじゃ間に合わないと判断した士郎は弾かれた瞬間に両手の剣を離し、すぐに手を内側に戻し改めて夫婦剣(訓練用)を投影し、セイバーの突きを防いだ。

魔法陣出現にもようやく慣れてきた士郎である。

2メートルほど感覚をあけ、一瞬のインターバル。

「今のを防ぎますか」

「俺も成長したんじゃなかったのか?」

「ふふ、そうですね」

本当に嬉しそうに、セイバーは微笑んだ。

「今なら本気のセイバーに届くかもなっ!」

今度は飛び込むのではなく足に力を込め体勢を低くしてセイバーの懐に向かった。

「まだまだですっ!」

英霊と人間を比べたらダメだが、鍛錬の中の士郎がいう本気のセイバー、というのは技術的に本気という意味で魔力放出云々は関係してない。

流石に魔力使って加速された音速を超えるセイバーの挙動なんて一瞬見えるか見えないかのあとに辛うじて運で一撃防げるか防げないか、という世界である。

と、そんなことを考えるのも一瞬のことで、セイバーの剣戟を必死に追う。追えなくなったら終りだ。

そもそもセイバーの持つトゥーハンデットソードやバスタードソードほどの長さの剣を二刀で何とかしようとするのはつらい。

防御にはその二刀を振り回す筋力と機転さえあれば堅牢なものになる(こういう点でも士郎は気に入っている)が、攻勢に出ようとすると両手剣に対し当たり前だが片手で持った剣は軽い。

魔力関係せずともおかしな速度で振り回すセイバーの剣を片手で弾くのは困難で、セイバーに一撃入れるためにはさっきの蹴りといい別の手段が必要になる。

あのアーチャーでもランサーの弾丸のような突きは全て、受け流している、のである。

我流なれどもセイバーとの鍛錬の最中に気付いたこと、それはやはり一撃必殺。

受けに受け、受け続け相手を焦らせ、手持ちの手札を切って相手が何もわからないまま勝つ。これが士郎の戦い方。

セイバーは焦らない、とか言ってはだめである。

懐に飛び込むと見せかけ士郎は地面に剣を持ったまま手を付き、手のバネを利用してセイバーに蹴りを入れる。

しかしセイバーはいまのなど予めわかっていたように1歩下がると、姿勢制御が出来なくなっている士郎の胴体に竹刀を振り下ろす。

だがこれで負けてはさっきとった行動に意味がなくなる。蹴りは布石で本命はこの、制御が出来なくなっているはずの状態を作り出すこと。

士郎は無理矢理手に持った夫婦剣もどきの左を振り上げ無茶な体勢でセイバーの上段から来る竹刀を弾いた。左手の剣は離してしまったがそれも仕方ない。

それにはセイバーも一瞬驚いたようで目を見開いている。

だが士郎はこのまま行くと地面にキスすることになる。

士郎はそんなことも省みずに体を捻り、今度は右手の剣をセイバーの胴体に。

しかしそれを苦もなく士郎の干将もどきを上空に弾き、士郎は両手が空いてしまう。

だが士郎はあきらめず体を捻り、奇跡的に足から着地できたあとにセイバーの腰に手を回し柔道の大腰を決める算段だ。

ほぼ人間に不可能ではないかという動きで奇跡的(一応士郎は狙った)にセイバーの真横に着地したあと、士郎は素早く腰に手を回す。

「なぁっ!?」

「えっ」

その行動に一瞬セイバーの動きが止まり、エリオ達に配給されてるものと同じ訓練着を着たセイバーが地面に投げられた。

…………あれ?

もちろん士郎は柔道を取り入れた戦闘術の1つなわけで、士郎は反射的にセイバーを押さえ込んでしまった。

「セイバーどうしたんだ? 最後動き止めただろ」

セイバーが動かなかったから袈裟固をきちんと決めたんだけど……セイバー?

「あ、あの……シ、シロウ……」

「うん? ちょっと抑えてくれとはいったけど手抜きはダメだぞ?」

「ち、違うのです……そ、その……」

セイバーの顔が赤くなってきたのを士郎は悟る。それにセイバーの口調もたどたどしい。

「あっ! す、すまんセイバー、絞めすぎた……苦しくて喋れなかったのか」

綺麗に投げられたことを投げた士郎自身が驚いた。……まさか投げられるとは思わなかったのである。

士郎は急いでセイバーからどき、手を伸ばしてセイバーを地面から起こした。

「あ……」

うん?

「い、いえ、なんでもないです。それに申し訳ない、ちょっと気が緩んだようでした。あ、汗を流してきます! で、では!」

歩いているように見えるのにものっすごいスピードで宿舎に向かっていった。

――――……俺なんかしたか?

それを見たティアナやスバルが士郎のほうへ歩いてきた。

「士郎さん、セイバーさんとの練習は見ほれてしまうほどすごかったです。……ごめんなさい、私ずっと士郎さんのこと、六課に新しくきた便利屋さんだと思ってました……」

余談だが、シグナムとかを除き六課のみんなは士郎のことを名前で呼ぶ。

最初に”えみやさん”と言おうとしたスバルが噛みまくって”えみゅやさん””えみぇあさん””えみゃあさん”となり、なんでも日本人的名前は発音しにくいと聞いた。

それで、明らかに言いやすいというシロウサン、に落ち着いた。翻訳魔法? とかいうのがかかってるらしいのだが固有名詞は仕方ないわけで。

気になったのでいろいろ試してみたのだが、英語(ミッド語は若干英語に近い)を喋る人にとって最後に”え”が付いたり”らりるれろ”はものすごく発音しにくいと言う。

その点で”えみや”はそこまで難しそうではないのだけれど、本人達がそういうのならば特に誰も、士郎自身も気にしてない。

衛宮、という姓は嫌いではないけれど名字で呼ばれることはあまり好きではない士郎にとってもちょうどいいのである。

ちなみに、聞いた話だが英語を喋る人が発音しにくい名前のトップレベルにいるのは”りえ”さんらしい。

ソースはルヴィアゼリッタである。

「そうか? 俺もまだまだなんだけどな。というか便利屋さんはひどいんじゃないか?」

確かにずっと作業着で、こいつらとすれ違ったり会うときは基本どこかで修理とか掃除をしていたような……。

「士郎さんっ! 今度私とも模擬戦お願いしますね!」

話を聞いていないスバルであった。

「ああ、ウイングロード無しでな」

あんなの使われてローラースケートも一緒になって走られたら追いつけません、と思う士郎。

模擬戦で弓つかって狙撃するわけにもいかないし。

「し、士郎さん! セイバーさんの本気の動きについていけるんですか!!」

「いやエリオ、セイバーが本気出したら俺なんか目で追うことすら出来ないかな。模擬戦とか訓練の上での本気ならまだ……それでも勝つのはまだまだ厳しいな」

その言葉に固まるスバルとエリオ。そりゃ、セイバーに生半可でついていこうとするのは至難の業だ。

正直、シグナムが信じられないくらいの士郎でもある。

「せ、セイバーさんってそんなにすごいんだ……確かに、いつもあたしやエリオを相手するときよりも動きはずっとよかったけど……」

セイバーは時間があればエリオとスバルとも鍛錬をしている。

ティアナとキャロはポジションの違いから近接戦闘を学ぶのはまだ早い段階らしいからやってないからセイバーの動きはあまり知らないらしい。

「それもな、セイバーはそういう意味でホントに上手いんだ。相手よりちょっとだけ上の力を出してやってくれる。あ、でもな、たまに見てたけどセイバーの動き、俺がセイバーと鍛錬するようになってから1年くらい経った後の動きだぞ、あれ」

シグナムはまだそれなりの鍛錬を積んでいるような風格があるのでわかるが、スバル達の年であの動きが出来ることに士郎は驚きを隠せない。

エリオなんてまだ10になるかならないかだ。

スバルやティアナもそうだし、エリオやキャロは特になんだがまだ筋肉が成長しきっていない。

だからこそオーバーペースにならないようにとセイバーも気にかけているのだが、そこはなのはの能力に脱帽する士郎。

不明確な危険なラインより1歩半手前と言った感じで、絶対に訓練のしすぎによる事故は起こさない、との意思が垣間見えるとセイバーがいっていたのを思い出す。

「しかしさっきはどうしたんだろうな、セイバーも疲れてるのかな?」

ふむむ、と士郎は握りっぱなしだった練習用の夫婦剣を思い出したように消した。


「――――ん? どうしたティアナ」

そこでいぶかしげな視線を感じ取りそこに目線を向けると、何ともいえない表情のティアナの顔があった。

「失礼ですが士郎さん、鈍感って言われたことないですか?」

「うん? それはある……というか大体みんな言ってくるぞ。俺ってそんなに鈍くさく見えるのか?」

どっちかと言えば大事なところでうっかりミスする凛のほうが鈍臭い気がする、何て思っても、本人は絶対に言わない。

「え、あ、いや、そういう意味じゃ……ごめんなさい忘れてください」

「ティアどうしたの? あたしもセイバーさん心配だなぁ……」

「……うっさい」

あんたもか、はぁと呟き、ため息を吐いたティアナの声は誰にも届かなかったとか。







[5645] 六話
Name: あすく◆21243144 ID:13c95b70
Date: 2009/08/01 12:52
「ほんなら改めて、ここまでの流れと今日の任務のおさらいや」

士郎は今、委託魔導師としての初の外での仕事のために、ヴァイスの操縦するヘリ、ストームレイダーに乗っている。

アグスタというホテルでの護衛、それに駆り出されたのだ。

士郎とセイバーが手伝いで、凛は六課で待機という名の研究(学習、のほうが意味合いが強いかもしれない)、今日来ているのは六課の新人達になのはやフェイト、そしてはやてに加え六課の隊長陣。

すでに現地入りしているということでシグナムやヴィータの副隊長陣も挙(こぞ)って出ている。

「これまで謎やったガジェットドローンの製作者、及びレリックの収集者は現状としてこの男、違法研究で広域指名手配されている次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティの線を中心に、捜査を進める」

ピコン、とモニターが立ち上がり、そのスカリエッティと呼ばれた男の風貌が映し出された。

なんか見るからにマッドだな……ふと思っただけでなんの根拠もないけど、なんとなく凛と気が合いそうな気がする、と思う士郎。

犯罪にも関わらず己が求める結果を追うために研究に没頭することが魔術師の在り方と似ているからかもしれない。

もちろん魔術師だって全員が犯罪してるわけじゃないが、中には真っ黒、グレーの連中だってかなりいたりも。

「こっちの操作は私が進めるんだけど……みんなも一応、覚えておいてね?」

そう、フェイトが言った。

数日前凛が言っていたことだが、その辺の操作の手を借りるためにこの前は外に行ってきたとのこと。

士郎はちらっと小耳に挟んだ程度だが、フェイトとスカリエッティは何かしらの因縁がある。

勿論、詳しくはまったく知らない士郎達。

六課の中でも、その関係を知っている人は極一部だけである。

「「「「はいっ!」」」」

「で」

新人達の返事を聞いたリインが、立ち上がったモニターの前に飛んでいった。今日行くところ、ホテルアグスタの画像。

「今日これから向かう先は此処、ホテルアグスタです」

一定時間でスライドしてくアグスタの画像を見ながらなのはは言う。

「骨董美術品オークションの会場警備と人員警護、それが今日のお仕事ね」

「取引許可が出てるロストロギアがいくつも出品されるので、その反応をレリックと誤認したガジェットが出てきちゃう可能性が高いとのことなので、私達が警備に呼ばれたです!」

ぴっ、と凛々しく片腕を挙げモニターを指すリインを見てると微笑ましい。あの制服もリインサイズの特注だろ?

「この手の大型オークションだと、密輸取引の隠れ蓑になったりもするし、いろいろ、油断は禁物だよ」

そういったフェイトの視線は新人達……気のせいかもしれないが、エリオとキャロに向けられている気がした。

「現場には昨夜からシグナム副隊長と、ヴィータ副隊長ほか数名の隊員が既に現地入りしとる」

「私やフェイト隊長、八神部隊長の隊長陣は建物の内部の警護に周るから、前線は副隊長たちの指示に従ってね?」

隊長たち全員が内部というのも気になるところがある士郎だったが、士郎やセイバーが口を出せることじゃない。

「「「「はいっ!」」」」

そこで、セイバーが疑問に思ったのかすっと手を小さく上げた。

「うん? どうしたんやセイバーさん」

「ハヤテ、私やシロウはどうすればいいのでしょうか? まだ指示を仰いでいませんが」

そういえばそうだった。

忘れてたといったら怒られそうだが、はやても忘れていたようだから士郎は気にしなことにした。いいのか。

「まだ伝えておらへんかったね、セイバーさんは新人達の支援、外回りや。よろしく頼むで?」

「確かに聞き遂げました」

セイバーは座ったまま、丁寧に頷いた。

「衛宮君はお願いしたい仕事があるからあたしらと一緒に内回りやよ?」

そこで不気味な笑みを浮かべたはやてに士郎は一抹の不安を覚えた。

……うん? なんだこの感じ、と。

――――な、なんていうかあれだ、遠坂が悪巧み(?) してるときに浮かべるあのチェシ猫笑いというか……抗うことは俺なんかじゃ到底不可能ななにか、というか……。セイバーに視線を送ってもセイバー下向いて目を瞑ってるしな!

「お、おう、任せろ」

話が終わったと思ったのか、今度はキャロが同じように小さく手を上げた。

「あ、あのシャマル先生、さっきから気になってたんですけど……その箱って……」

「うん? あ、あぁこれね」

と、シャマルさんはそのスーツケース……よりも旅行鞄がしっくり来るような箱に目を移した。そして随分楽しそうに…。

「隊長さん達の、お仕事着ねっ」

成る程、骨董品オークションとかだと来るのは基本お金持ち。そこに、警備とはいっても管理局の制服でうろつくのは無粋と捉えられ、多少なりとも管理局に繋がってる人がいて気分を損ねたら大変だからだろう。

けど、士郎は予想してなかった。

「それと、士郎君の分よっ」




~・~・~・~・~



そしてはやては簡易なタイムテーブルをみんなに伝え、ヘリはアグスタのヘリポートに着いた。

そこから士郎達は内部班と外部班に分かれ作業に移る。

ちなみにセイバーや士郎も一応管理局員なので制服だ。

士郎達はそろいもそろって念話が出来ないので、セイバーの初期ポジションはフルバックのキャロと同じ。

そこからは状況判断で新人達の援護が今回のセイバーの任務。

そして士郎も念話が出来る六課の誰か……つまり隊長陣の誰かと一緒に行く、というのは士郎自身納得できた。

隊長陣、一応士郎も着替えが必要なので一旦別れ、管理局がこのために借りたアグスタの控え室を利用することになる。(オークション会場とは別位置になっている)

もちろん女性の着替えに男が入るわけにもおかないと言うかありえないので、何人か利用した跡がある男性用の更衣室(と言う名の立派な部屋)で士郎は着替えてるわけだが……。

「…………なんでさ」

最近は言わなくなったなと思った若干口癖の気があるこの言葉を呟いてしまったのは許してあげてほしい。

誰もいないのにぼそぼそと1人言は相当危ないのだが、そんなのも今の士郎は気にならない。


――――絶対遠坂だろ、八神に教えたの


全身鏡に映っているのは立派な燕尾服を着て、白いバタフライタイでピシッと決めた衛宮士郎の姿。

きちんとズレもなく着てしまう自分が恨めしい士郎であった。


――――これ意外と値段するぞ?


エーデルフェルト家にあったのと同レベルだ、と少し驚く。

しかも採寸がぴったりなことに激しく疑問を持つ士郎である。

あれか、魔力に関して色々身体検査とかやったけどそのときに採ったデータか? 

――――八神それは職権乱用だぞ

しかもなんか勘違いしてる。燕尾服って飽くまで夜の最上級礼装だ。

士郎は若干納得がいかないがこれも仕事なら仕方ない、と半分言い聞かせるように心の中で呟き、集合場所で1人待つ。

集合場所がオークション会場入り口ではないけれどホテルのフロントのソファーがあるところなので、ホテルに泊まってそのままオークションに参加するであろう人たちの目をものすごい惹いてしまう。

燕尾服のまま1人でいる辛さはわかってあげてほしい部分もある。

もう少し部屋にいればよかった……や、予め時間がかかるとわかってたからゆっくり目に着替えて出てきてさらに20分経ってるんだが、と1人ごちっている士郎。

そこでやっと、声が掛かる。

「いやー衛宮君似合いすぎてて後姿じゃわからんかったわ。ホント、凛の言うとうりやね」

やはり犯人が凛ということにもう怒りに似た感情すら浮かばず、”あ、やっぱりか”と納得してしまう自分が恨めしいのであった。

人は見かけによらんもんやね、というはやて。

俺の見かけはどんなだ、と言いたくなる士郎であったが、それも飲み込んだ。

そこまで考え、さて、と後ろを振り返った(皺になったら困るからソファーには座らず窓の外を見ていた)ら……。

「どうしたん衛宮君、振り返ったとたんびっくりして。私らに惚れてもーた?」

…………。

「ど、どうかな士郎君……? 私こういう格好するのどれくらいぶりだかわからないから……」

「……」

フェイトの視線がずれているのは仕方ないものとして、士郎ははやて達の格好を見た。というか見ている。

はやては黒いチョーカーに肩を惜しげもなく晒し白のレースで多い、水色のファッションドレスで全体を包んでいる。

なのはは短めのネックレス、ピンクのワンピースで全体を覆い、はやてとは違う薄いピンクのレースで肩を覆っている。

フェイトもネックレスに白いレースなのだが、なのはとは逆に紫のスカートドレスで大人っぽさを演出している。

3人ともいつもとは違い完璧に外行きの格好だ。


――――……だけどな?

「…………一つ、言ってもいいか?」

これは、俺の、執事として、働いていたときの、プライドが、許さない。

確かタイムテーブルから、管理局としての警護開始時間まではまだ1時間以上ある。

これも仕事だからこれ以上ないくらい早く来るのは当たり前だ。

士郎はその時間を利用することを決めた。即決で。

ところでこれも、士郎の仕事のうちだ。そんな仕事ない、などと言わせない。


―――――やってしまっても構わんのだろう?


つい心の中での口調がアレなことになってるのも自分では気付かない。

「どしたん? 遠慮せず褒めてええよ?」

「それでは遠慮なく言わせてもらおう。3人とも、控え室に来い」

士郎はちょうど近くにあったはやてとなのはの手を取って歩き出す。

「わ、私はいいで――――」

「ハラオウンさんもだっ!」

少しばかし口調が荒くなっていることに気付いたが、叫んでいるわけではない。

その辺の常識は弁えている士郎だ。

「――――……は、はいっ」

「ちょ、ちょ、どうしたん衛宮君。腕が痛いって! それに口調が……」

「し、士郎君?」

それでも構わず2人を引っ張る。

多分3人とも訓練ばっかりしていたから慣れてないのだろう。

19歳まで戦闘関連の訓練ばかりして……なのはは教導隊、はやては佐官レベル、フェイトは執務官……本当にどうなってるんだ管理局は、と士郎は思った。

19歳って言ったら地球じゃまだ年齢的には大学生だぞ? と。

横道にそれたが化粧に興味を持つ年頃に化粧を自分でほとんどしなかったのだろう……。実際、重要なときはメイクさんが何とかしてくれていた。

管理局を否定する気などまったくない士郎だが、こういうに関しては少しばかり士郎も怒りを覚えた。

もちろん、女の子には出来れば戦ってほしくないし、危険なことをしてほしくはないが、自分の意思で決めたであろうことに口を出すつもりもない。

だがしかし、まるで”女を捨てているのか”と問いたくなるような19歳なってしまっている彼女達を考えるとどうしても、管理局のことをとやかく言いたくなってしまった。

「高町、そのまつ毛はなんだ?」

「な、長ければ長いほどいいのかなって……」

3センチもあったらそれは化け物である。

あんなので接近されたら刺さる、刺さる。

「八神、お前は風邪でも引いてるのか?」

「ちょっと気合入れたんやけど」

両頬が林檎に見えるレベルは気合入れすぎだ。

重度の風邪なのではないかと勘ぐるほどに。

「ハラオウンさん、貴女はパンダか?」

「……目は大きく見せたほうがいいって本に書いてありました」

3人が一緒、そして金髪の髪という特徴がなかったら気付けなかったかもしれない、ある意味完璧な変装がここに存在した。

そしてやはり視線ははずされるが、今の士郎には気にならない。

――――この3人に注意、アドバイスできるやつはいなかったのか!?


「君達3人は美しい。だが、それを自分から化け物に変えるのは俺が許さない」


今ここに、名言が生まれた。

いやいやいや。

「賞賛と酷いことと格好いいことを短い文で同時に言う人は初めてや」

「それで……どうするのかな? 士郎君」

ちなみに、男の方の更衣室にも化粧品ひとそろいが用意されていた。

アグスタ側はどちらの部屋が男性になるか女性になるかがわからなかったようで、両方用意したと推測。

化粧品まで用意してくれるのは逆に凄いことだが、管理局と言う名前がやはり強いのだろう。

そして士郎は更衣室という名の部屋に3人を連れ込む。

2人ほど六課で見た顔の男性局員がいてものすごくびっくりしていたが、士郎はお構いなしに3人を化粧台の前に座らせる。

「俺が化粧する。いいな?」

「えっ?」

なのは。

「はぁっ?」

はやて。

「え、えっと……」

フェイト。

「口調がちょっと仕事用になってた……すまん。八神達がどうしてもその化粧でいるのに我慢ならなかったんだ。八神も遠坂から聞いたなら知ってるだろ? 一通りのことは出来るから」

3人の反応は至極当然なものだった。

「そ、そりゃ……こんなお金持ちが集まりそうなとこにエスコート役もなしにいくのは恥ずかしいから衛宮君でも連れてったら、と凛にいわれたんやけどな」

「ドレスは本当に似合ってるんだから、化粧で損するのは本当にもったいないぞ。3人ともメイクしなくても十分なくらい美人なんだから、簡単なメイクで十分なんだよ」

ぴくっ、と三人の肩が同時に震えた。

(これ遠まわしに口説かれてるん?)

(び、美人……)

(……)

「そ、そうかな……そ、それじゃあ士郎君に……お願いします」

ご丁寧にオイルだけでなくクレンジングペーパーまで置いてあったので、士郎はなのはに渡す。

……多分1枚じゃ足りないだろうから2枚。

「八神もいいよな? まだ時間あるし」

「そやね、その代わり……お願いやよ?」

「おう、任せとけ」

そして最後の1人、フェイトに士郎が目配せすると、また視線を外された。

「わ、私は本当に結構で――――」

「ハラオウンさんもいいよな?」

半ば、有無を言わさない口調になったことに士郎は少し反省するが、本当にコレはまずい。

「……っ……は、はい」

少しだけ、気まずい空気が流れる。

――――……避けられてるというよりは怯えられてる……のか?

六課にいる限りはフェイトとすれ違うことは多い。

士郎としてもこのスタンスは嫌なので、この任務が終わったらなのはとかの力も借りて何とかしたいと思ってはいる士郎。

なのはもそれとなく話をフェイトに聞いてくれたらしいが、その詳細を士郎はまだ聞いていない。

「あ、士郎君、こんな感じでいいのかな……? ウェットティッシュみたいなメイク落とし使うの初めてで……」

こんな空気を察してか、なのはからの助け船。

士郎はそれに甘受し、なのはの顔を見た。

片顔を拭き終わり、落ちた化粧のせいで左右の顔が違いすぎるのが少し怖い。

しかしそれだと不正解である。

「ダメだ高町、そんなゴシゴシやったら肌が荒れるぞ。2枚でおさめろって言ってるんじゃないんだからそんな勿体なさそうに使うな」

士郎はクレンジングペーパーを新しく1枚とり、なのはの頬を拭いた。

目の付近は下手にやると危ないので自分でやってもらうことにするが、とりあえずはこんな感じで大丈夫だということを拭きながら教えた。

……勿論、士郎は無自覚である。

「ぁ、あぅ……」

普通は他人が顔とかを触ろうとするとびっくりして動いたりするが、士郎の予想とは違いなのはが大人しくしてくれたのでとりあえず頬は落とし終わった。

「こんな感じで力はあんまり入れなくていいんだ。怖くなければ目もやるぞ?」

「う、ぅぅ…………」

「だ、だめや、この空気に耐えられん! 衛宮君落とし終わったから私のを頼みたいんやけど!」

拭き終わっても士郎の顔をじっと見て固まっていたなのはをみた士郎は、どうしたのかとなのはの肩を叩いたら激しく……例えば静電気でビリっとしたときの感じで驚いた。

触ったら驚くとか、少しばかりショックを受けた士郎。

だがそこは士郎パワー、なのはのことを心配する。

仕事だから休めるわけではないので士郎は言わなかったが、なのはの頬は触ったときかなり熱っぽかったらしい。

あとでシャマルに連絡することだけはしよう、と決めた士郎である。

「わかった。とりあえずその―――――」

……と、簡単にはやてとなのはのメイクを終える士郎。

言わずもがな、素材がいいので簡単でも十分に栄える。

下手な化粧は本当に逆効果な場合が多い。

なのはをやってるときは瞬きすらせず士郎の目を凝視するから本当に熱でもあるんじゃないか? と思った士郎はそれをなのはに聞いたら「だだだだだ大丈夫っ!」 と明らかに大丈夫ではない回答が返ってきた。

そして士郎は最後の難関(?) に立ち向かおうとする。

ピシッと背筋を伸ばし膝に手を置き、微動だにしないその人物。

はやてがそれを気にして話しかけるが、それの受け答えは至って普通。

しどろもどろになったり、まともに会話にならないのは士郎だけなのだ。


――――やっぱり避けられてるのか……?


そう士郎が思ってしまうのも無理はない話しである。

「それじゃハラオウンさんもだな」

「…………」

答えはないがこの距離で聞こえてないと言うことはないだろう、ということで士郎はペンを持ってフェイトの顔に近づいた。

士郎が近付くと膝においてあった手に少しだけ力が入った気がしたが、それは人間の心理的(反射)に仕方ない。

士郎は出来るだけ丁寧(もちろんなのはやはやても丁寧にやったが)にメイクを開始した。

勝手に部屋に呼びつけて……ではなく、引っ張ってきてメイクしているのに言うのも可笑しいが、女性の顔に間接的にでも触るんだから気を遣わないといけないことくらいはわかる。というか教え込まれた士郎であった。

そして気がついた、最初は外されていた視線。


そのフェイトの視線が…………―――――


―――――士郎の目を深く覗き込んでいる

いや、何故士郎はそう思ったのだろう?

ただ視線を合わせられているだけなのである。

そんなことを他所に、士郎の手は休まず黙々と作業を続ける。

目の周りをやっているから士郎から視線を外すわけにはいかない。

正確には目尻やまつ毛のあたりなのだが、フェイトが目を見ていることは察せられた。

凛を象徴するような深紅色の、魔術でもないのに魅了されてしまいそうな綺麗な瞳。

間違っても触ったりは出来ないが、至近距離にある絹糸のような艶やかな金髪。

執務官という管理局で相当な地位の地位に着き犯罪者と戦うことも多かっただろうに、ミッドの技術がすごいからかはわからないが見たところ傷など見えない綺麗な肌。

士郎も思わず、その目をみる。

少しでも手がかりになるようなことがあれば教えてほしい、の願いの下に。

しかしフェイトの目は穏やかとは言い難く、悲しみと怒りが混じり入った……そんな目だった。


―――――そこで呟かれたフェイトの言葉を、士郎はここから数日、ずっと考えることになる



「―――――……どう……して?」


「……うん? なんか言ったか?」


「―――――いえ」

士郎とフェイトの会話はそれだけだった。

消え入りそうな声だったが、これだけ近い距離にいたら聞こえる。

―――――どうして?

どうしてってどういうこと……だ……?

士郎が六課にきてからそれほど月日も経ってないし、お互いを知るような話もしたことはない。

まさかフェイトも士郎達と一緒の世界から来ていて、士郎のことを一方的に知っているということも確実にないとはいえないが……。

いや、それはないはずだと士郎は改めて思う。

フェイトほどの美人だったら忘れるわけもないし、士郎がここ数年いたのは基本的に冬木か内戦地なのだ。

そこでは確かに外人さんはかなりいたが、少なくともお互いのことをよく知るような人はいなかったはずである。

「うん? フェイトちゃん、どないしたん?」

「ううん、なんでもないよはやて」

なんでもない、か。

これからは仕事だ。

士郎だって仕事ってモノにプライドはある。

個人の感情や私情で失敗することは許されないといプライドから、士郎は考えていたことを一旦仕舞うことにした。

そのあとは寡黙に作業を行なう。



「よし、こんなもんだな。3人ともこれでいいか?」

3人とも鏡を見て、それなりに喜んでくれていることから士郎も少しばかり満足だった。

フェイトはさっきからの士郎を若干避ける姿勢は変わらないが、それでも見てわかるくらいに目を見開いて驚いてる。

「わぁ……本当にあんまり時間かからなかったのに私からしてもこっちのほうがいいなぁ……」

最初のけばけばしいのに対し、逆に疑問を持ってほしい士郎であった。

「衛宮君こんなスキル本当にどこで学んだん?」

エーデルフェルトというお嬢様の家で、と説明。

「……ありがとう……ございました」


ちなみに途中、グリフィスが入ってきたときがあり、すごい大きな声で「し、失礼しましたっ!」と言ってそのままバタンと閉めて出ていったというハプニングがあった。

確かに、いくら男性用の部屋とて女性がいたらびっくりする。

はやてはものすごい嫌な笑みを浮かべていたけど……。

絶対からかわれるぞ、と少しばかりグリフィスのことを心配する士郎であった。





~・~・~・~・~




「いらっしゃいませ。ようこそアグスタへ」

仕事自体はオークションが始まる前からだが、まだオークション開始まで結構時間がある。大体、4時間くらい。

それなのに、それなりに人の並びが出来ている受付に士郎達は並んでいる。

3人を士郎1人でエスコート(?)するのはなんかおかしな話だけども、これも仕事だと士郎は少しばかし意気込む。

3人はお嬢様、士郎は付き人、という設定である。

なのはは局のイメージキャラクター……とは少し違えど、それほど顔が知れた有名人らしく、実はかなり人の視線を惹いている。

なのは自身はそれほど気にしていない、というか”私の顔に何かついてるのかな?”と言いながら窓を鏡変わりにして確認するという、少しずれた感じになっている。

ドレスだから趣味で参加しているように見えるがこれが制服だったら確かに大変だな、と思う士郎であった。

「管理局公認記者、シロウ・エミヤです」

士郎は通行証を提示する。

もちろん記者というのは機動六課などと堂々と一般市民がいるところで言うわけにもいかないので、予めこういうことになっているのだ。

「そちらの後ろの3名様は……うぉぁっ!?」

「こちらの3名のお嬢様のことは……話が通っていると思いましたが」

「は、はイっ! ど、どうぞお通りください」

受付のお兄さん、少し落ち着くんだ。

そんな必死に手元にある”特別参加者”のファイルと後ろの3人を見比べてどうする。

「どうも」

3人ももう既にお仕事モード、完璧なスマイルとお辞儀で受付のお兄さんをノックアウト。

――――って違うだろ!

確かに美人だけど3人ともまだ19だぞ、と20代後半であろう受付のお兄さんを心配する士郎。

お兄さんが1人ノックアウトされたがそんなことも他所に、仕事の開始を告げる念話がはやてによって行われた。

士郎には聞こえないけれども、はやてに口で説明してもらっていた。

とりあえず士郎はなのはと一緒に館内を回ることとなる。

まず士郎がなのはに言ったのは、ここの間取りなどを自分の目で確認したいということ。

勿論予め資料は貰っていて目を通しているけれど、思わぬところに思わぬものがあったりすることから、とその旨をなのはに伝える。

それを快く了承したなのはは士郎と一緒に館内を歩く。

まずは出入り口の確認、そして窓、通ることが可能そうな隙間、と移っていく。

確かに、非常口を含めた出入り口を実際に現地で確認することはマニュアルにもある大切なことだが、なのはは士郎がここまで念入りに確認することを不思議がった。

それを士郎は心配性なんだ、といって誤魔化す。

内戦地にいた影響で、建物の内部でも安全などまったく保障できないから、脱出経路の確認などは基本中の基本だから、などと言われても言われたほうは困る。

オークション会場や倉庫との行き来する通路など重要な点をあらかた確認し終えたときに、通信がなのはに入った。

「ガジェットか?」

「……うん、数はそこまで多くないから副隊長達と新人達、それとセイバーさんで何とかできると思うから私達はこのまま館内待機かな」

確かにシグナムやヴィータ、セイバーがいれば大事にはならないだろうが、それでも士郎は多少なりとも心配をする。

こんなこと……微妙に不自由するくらいならやはり、通信系の機械を用意してもらうかと一考した。

しかし、凛が機械に対し死ぬほど弱いことを思い出す士郎。

「むぅ……」

「ど、どうしたの?」

どうしたものか、と腕を組んで唸る士郎に疑問を持つ、なのはだった。




~・~・~・~・~



現場での心得を教えるために、セイバーとエリオ、キャロを含めたシグナム達は地下にいた。

警護任務で警戒すべきもの、動きの基本的な立ち回り、などならばシグナムも教えられる。

シグナムが発する言葉は多くはないが、要点要点をきちんと抑えて本質を教えるシグナムにエリオとキャロは必死になってその言葉を覚えた。

ザフィーラもいるが、シグナムの隣を無言で歩く。

地上でのことを教え、地下駐車場、そして搬入口など、一般客がいるところ、いないところでの臨機応変な立ち回りの基本的な部分を教えていく。

あらかたの場所を回り終え、この時間にはこの場所へ、という指定のポジションへ戻ろうとしたとき――――


――――ピリ、と空気の緊張が伝わってくる


虫の知らせとでも言うのか、第6感が働いた、というのか。

「―――――……きます」

セイバーはプルーフ中のデバイスから生成される魔法陣の出現とともに騎士甲冑に着替え、エクスカリバーを構える。

それだけを見れば確かに、シグナムやヴィータなどと同じ騎士だといわれても違和感がない。

「どうしたんです? セイバーさん。まだ通信は―――」

『クラールヴィントに感ありです! シャーリーっ』

――――……っ!

全体通信が流れ、場の空気が張り詰める。

「エリオ、キャロ、2人はセイバー殿と一緒に地上に上がれ。ティアナの指揮の下入り口に防衛ラインを敷くんだ。……セイバー殿もそれで宜しいでしょうか?」

「ええ、下手に私が指揮するよりもティアナに任せたほうがいいでしょう」

実際、セイバーは魔法の戦闘というものをまだ熟知できていない。

そして空も、一瞬”跳ぶ”ことはできても”飛ぶ”ことは出来ない。

「しかしセイバー殿、貴女は戦いというものを私以上に理解しているはずです。ティアナを含め、新人達のフォローをお願いしても……?」

「もちろんですシグナム、貴女の武運を祈ります」

一瞬だけ目をつぶり、見えない剣を胸の前に掲げる。

「――――感謝します。ザフィーラ、私とこいっ!」

それに一礼で返すシグナム。

「心得た」

狼型のザフィーラが喋るのは意外だったのか、スバル達が驚いていた。

ちなみにセイバーはそれなりに会話を交わしているので驚かなかったり。

「ザフィーラって喋れたんだ……」

「びっくり……」

「守りの要は私達です。エリオ、キャロ、行きましょう」

驚いている2人の意識を戻すように声を掛けるセイバー。

「「は、はいっ!」」

そのあとすぐさま、地下からセイバー達は地上に上がり、ティアナとスバルに合流した。シャマルからの索敵情報を教えてもらう。

――――広域防御戦

敵の配置を見たセイバーはその散り具合から、そう判断する。

「敵が一箇所からの接近の場合スバル、あんたとエリオの2トップで守るわ! センターが私、キャロはいつもどうりフルバックね。セイバーさんは……」

ティアナは少しばかり迷った表情をセイバーに向ける。

「私は貴方達に合わせます。伊達に教導を見てません。フォローはします、危険なのは気を抜くことだ」

1週間以上もかなり濃い時間を過ごしていて、4人の動きを把握していないなどセイバーからすればありえない。

確実にあわせる自信がセイバーにはある。

「……わかりました、セイバーさんの強さは私自身目の当たりにしてわかっていますから、よろしくお願いします。みんなっ!  気合いれていくわよっ!」

「「はいっ!」」

「おうっ!」

円陣を組むように気合を入れる、新人達。それを一瞬だけ、微笑ましく見守るセイバー。


「――――それにしても」

「どうしたの? セイバーさん」

そう、臨戦態勢のスバルがセイバーに聞いてくる。

緊張の色もそこまでは見えず、良い感じといったところ……そういう胆の据わり方も、スバルの強みだとセイバーは把握している。

「……いえ、ここから見ていて思いましたがやはりヴィータやシグナムは歴戦の兵だ、と」

少しだけ高台にあるセイバー達の位置からは、目前に広がる森が見渡せる。

そこからシグナムたちの場所はデータ上、そして目視ならば煙くらいしか判断しようがないのだが、セイバーはそう呟く。

「ここから見えるんだ……確かに副隊長や隊長たちは凄すぎ! けど、セイバーさんも十分凄いと思うよ?」

「そんなことはないでしょう。私は空も飛べませんし、誘導弾のようなものも使えませんから」

そんなに意外だったのか、スバルが心底驚いた、と目を見開く。

「う、うそ……セイバーさん、シグナム副隊長と戦って負けなしだよね?」

「ええ、しかしあれは飽くまで模擬戦だ。剣術の競い合いでしかないです」

「それでも凄いと思うんだけどな……」

飽くまで地上、飽くまで剣術の競い合い。

管理局という組織からして明らかに、空も飛べ、広域的な戦いが出来るシグナムのほうが明らかに潰しがきくことはセイバー自身自覚していること。

「スバルっ! おしゃべりしないっ!」

「ご、ごめんティア」

「すみません、ティアナ」

「あ、いやセイバーさんは……」

なのは達とは違う、半公式的な存在だとはいえ、自分たちの教官であることに違いはないセイバーに対し怒るというのは少しばかり恐縮するティアナ。

「いえ、間違っていたことは確かです。ここに謝罪致します」

だが、それは違う、とセイバーは一礼する。

「……セイバーさんがそういうのならば……わかりました。今後はスバルも―――」

「――――……っ! 遠隔召喚ですっ! きますっ!」

ティアナの声をキャロが遮る。

――――召喚とは便利なものだ、とセイバーは思った

令呪ですら1つ使う遠距離からの召喚。

……この感じからすると10……いや、もっとか、と、セイバーは改めてエクスカリバーを構えなおした。

「ティアナ、指揮をっ!」

「はいっ! エリアサーチ……数正面11、右6! 私達は正面を! セイバーさんは右をお願いします!」

「心得ました」

セイバーは地を蹴り、ガジェット6機の群に吶喊する。

――――動きが列車のときよりもいい……?

飛び込んだ際に1体は斬るつもりだったのを避けられ(使える魔力の関係から、セイバーは対サーヴァント戦のような高速ではない)、セイバーは認識を改める。

着地と同時に反転し、避けられたのとは違うガジェットを串刺しに。

それを力任せに振りぬき、ステップを高速で踏み5体の射撃の的を絞らせないまま近い1体に接近、爆散させる。

残り4体になったガジェットに手こずるわけにはいかないと、足元に魔法陣が現れるほどの魔力を注ぎ―――――


――――疾

4体のガジェットの隙間を縫うように一気に駆け抜けた。

――――破―――――

着地したセイバーからある程度距離が離れているにもかかわらずガジェット4機の破壊を確認し、すぐさまセイバーは新人達のフォローに入る。


――――……ティアナ?

皆が使うデバイスにはカートリッジシステムというのが採用されている。

これは知識として知っているセイバー。

だが、ティアナがやろうとしているのはカートリッジ計4発。

セイバーはティアナが左右2発ずつ、ロードしているのをきっちり確認した。

そして、あれはスバルがウイングロードを駆使しガジェットの的になり、隙を生ませたところにそこをティアナが撃つクロスシフトのA。

理にはかなっているが、部隊は2人ではない。

エリオを下がらせてまでやるべき選択肢ではない。手を出すな、とでも言われたか(実際はそんなことないが)のようにエリオとキャロが棒立ちになっている。

その状況を見るや否や、セイバーは駆け出しティアナの元へ向かう。

しかし既に、ティアナの周りには10以上の魔法で出来たスフィアが出現している。

訓練でも見せたことがないくらいの数のスフィア。ティアナの顔を見ると、鬼気迫る表情をしている。

だが――――


――――あれではガジェットとの射線上にスバルが入ります!!


「クロスファイアー―――――」

「ティアナっ!!」

セイバーの叫びと重なるように、ティアナの腕が振り下ろされる。

「―――――シューット!!」

最初に生成され、打ち出された弾丸はあの角度ならスバルに中ることはないとセイバー確認する。

よかった、と。だが――――

杞憂で助かり――――なっ!

明らかに無茶なことをしたが、なんとか成功に終わった。だが説教を考えなくては、と足を一瞬緩めたセイバー。

しかし、今度はセイバーが目を見開く。

「ああああああああっ!!!」

「それはっ!!」

新たにティアナのデバイスから打ち出される弾丸の2発目。

セイバーさっきスバルのいた位置とスピード、そしてウイングロードが現れていた状況を即座に計算。

計算というのはおかしく、これまたほとんど”カン”のようなものなのだが。

「ティアナっ! このバカっ! ――――っち、間に合わねぇっ!!」

セイバーはヴィータの声を聞いた。

だが、そのヴィータも間に合わない。


―――――間に合うかっ!


セイバーは脚に魔力を全力で集中させる。

魔法陣が出現するも、出現したときにはセイバー自身がその場所にはいないようなスピード、サーヴァント達とやりあっている時と似た速度で地を駆ける。

その反動からか、セイバーが居たはずの位置が土煙が爆発するように舞う。

そして一気に加速した勢いで前方にある木を蹴り倒し、その反動で空へと跳ぶ。


――――斬―――――


そして寸分違いなく完璧に、スバルと弾丸の間に体を滑り込ませると、セイバーはティアナの弾を切り裂く。

―――……間に合いました

ふう、と内心一息つくセイバー。

「ヴィータ、失礼します」

「セ、セイバー? ああ、お前飛べないんだっけか」

丁度いい位置にヴィータがいたのでセイバーはヴィータにしがみ付く。

流石にここまでは思っておらず、ただの偶然なのだが。

「ええ、間に合ってよかったです」

「ああ……セイバー、助かった。けどな……ティアナっ! 無茶やった上に味方撃ってどーすんだっ!! お前はスバルを―――」

「あ、あのっ! ヴィータ副隊長、セイバーさん、い、今のもコンビネーションの内で……」

「――――ふざけろ……この」

そこまで言いかけたヴィータの言葉をセイバーは視線で遮った。

「んだよセイバー」

それを不満そうに言い返すヴィータ。

「スバル、貴女が気付いたときはもう既に回避不可能の距離に弾はありました」

「ち、違うんですっ!」

「スバル」

少しだけきつく、スバルを睨んでしまったことにセイバーは若干心を痛める。

しかしこれは大切なことで、看過はできない。

「セイ……バーさん……」

「今ティアナが放っている弾丸は対物設定です、貴女があれに当たったらどうなるかはわかるでしょう。重要なのは、ここでティアナを嘘で庇う事ではない。それは逆にティアナを傷つけます」

「ティ、ティア……」

ヴィータに捕まらせてもらったままだが、セイバーは地上を見下ろすと、デバイスを下げこちらを見上げ、途方にくれているティアナの姿があった。

「……今の過ちはティアナが一番わかっているはずです。――――相棒を、撃ちそうになったんですから」

「……っふん、セイバーのいう通りだな。――――2人まとめてすっこんでろ! あとはアタシとセイバーでやる!」

スバルを撃ちそうになったという事実が1番、ティアナを心うっているはずだ、と。

それはヴィータもわかっていたのか、納得してくれた。

「……ヴィータは優しい」


――――あ、赤くなりましたね


「な、なにいってんだよバカっ! いつまで捕まってんださっさと降りろ!」

「……ヴィータは、今の状態だとティアナが危ないから一緒にいてあげてほしい、と言ってるのです。そして2人のやることは――――わかっていますね?」

士郎に似ている真っ直ぐなスバル、リンにどこか似ている天才肌のティアナ。

2人にそういう印象を持っているセイバーは、あながち間違いではない。

しかし、ティアナはきっとそのことに気付いていない、ということもセイバーはわかっていた。

2人はこんなところで躓いてていい人材ではない。

やらなければいけないことは傷の舐め合いではない、とセイバーは言う。


――――その意味を含めたつもりで、自然とセイバーはスバルに微笑んでいた


「――――は、はいっ! セイバーさん、ヴィータ副隊長、ありがとうございますっ!」

「……ちっとも褒めてねーんだよ。帰ったら泣くまで模擬戦だかんな」

そういわれたスバルは露骨に嫌な顔をしたが、そんなやり取りも微笑ましい。

――――さて

と、セイバーは森のほうを見据える。

「ヴィータ、増援でしょうか? 行きましょう」

捕まりっぱなしの身で申し訳ないですが、と付け加える。

「―――ったく……増援じゃねーみてーだけど残りがいるな。振り落とされんなよっ!」




~・~・~・~・~




『全機撃墜だ。ヴィータ、そっちはどうだ?』

『こっちも全部セイバーと片付けた。反応も全て消えたみたいだぞ』

『――――む、セイバー殿も一緒だったのか。今度は私と組むように言っておいてくれないか?』

『えー自分で言えよ』

『それもそうだな』

「ヴィータ、どうしたのですか?」

シグナムとの念話と言っていたヴィータ。勿論セイバーには聞こえないので、それが少しばかり不便……とも感じるセイバーだが、逆に念話が便利すぎることに気付くのであった。

「シグナムがおめーと一緒に戦いたかったってよ」

「それは恐れ多いですね」

「シグナムはセイバーのこと師匠みたいに思ってるからな。実際つえーし」

「いえ、それは陸の上だけでしょう」

「さっき弾打ち落としたとき飛んでたじゃねーか。あれ多分フェイトとかが使う移動魔法よりはええぞ?」

「あれは力を入れてジャンプしただけに過ぎない。飛べたらいろいろと便利だろうとは思うのですが……」

「あ、あれがジャンプかよ……ん、エリオか。ティアナはどうした?」

エリオとキャロも頑張ったらしい。そのことに少しばかり、セイバーは頬をほころばせる。

キャロはキャスターが葛木先生に使っていたような強化系を使う。

それが、槍1本で突っ込むエリオとの相性がいい。

「裏手の警備に回るといって……スバルさんも一緒ですよ」

――――ふむ、と、セイバーは少しばかり裏手のほうに目をやる

勿論セイバーの位置からは見えないが、少しばかり心配なのだ。

そしてそこに、セイバーやヴィータが行っては意味がない。


――――……シロウあたりに頼んでみましょうか


ヴィータも同じ気持ちのようで、建物を睨ん(ただ目つきが悪いだけなのだが)で動かない。

「ヴィータ、シロウは……フェイトは考えにくいですが、ハヤテかナノハと一緒にいるはずです。外に出てきてもらえるように伝えてもらえませんか?」

「んっ? なんでアイツなんだ?」

はて、なんでそこに、とヴィータは首を傾げる。

「……シロウは強いですから」

「……? わけわかんねぇぞ?」

そういいつつも、ヴィータは念話でなのは経由で士郎にセイバーのいっていたことを伝えた。



~・~・~・~・~・~



ホテルの裏手、搬入口すらもないような、ただの壁の一角。

建物の造りからこの場所は人通りもほぼ皆無、そして死角になっていて態々ここまで回り込まないと今ティアナが居る位置はわからない。

偶然その場所を見つけたティアナは、壁に手を付けうな垂れていた。。

「ティアっ」

そこに、スバルが駆け寄る。

「……なによ」

「向こう……終わったみたいだよ」

「あっそ……私はここを警備してる……。先に行ってなさいよ」

「あ、あのねっ! ティア―――」

「――――いけっつってんでしょっ!!」

「いかないっ!」

ティアナの強い言葉も、さらに言葉を被せるように力強く返すスバル。

「――――っ!!」

まるで怯えるように、ティアナの背中がぶれる。

「確かにティアの弾に当たりそうになった。――――……ううん、あの時は違うって言ったけど、本当は……セイバーさんが弾いてくれなかったら当たってた」

そのスバルの告白は、逆にティアナにとってありがたいものだった。

自分自身でミスを自覚しているからこそ、庇ってもらえばもらうほど、ティアナは惨めな気分になったから。

「……本当に……ごめんなさい、スバル。……もういいでしょう? ……1人に……して」

そのことを受け止めているからこその、謝罪。

今にも零れ落ちそうな涙をなんとか堪え、スバルをなんとか退けようとする。

だが――――

「違うよティアっ! 確かにティアはちょっと無茶しちゃったけど……私は無事だったし、それに気にしてないっ! 私達がしないといけないのは凹んでることじゃないんだよっ!」

スバルはセイバーの言っていたこと、そしてヴィータの気遣いを思い出す。

「――――じゃあどうしろっていうのよ!!」

それを一緒に聞いていたティアナも、頭では理解できる。

しかし、心ではわからない。

どうすればいいのか、わからない。

凡人の自分が、と。

「そ、それは……」

そしてその修羅場のような状況を、なんか立ち聞きみたいになっている士郎。

凄いことになってるな、と。

ティアナが無茶してスバルを撃ちそうになった、という顛末は簡単に聞いていた。

士郎はなのはに聞いたり資料を見たりしてるが、ティアナは自分のことを過小評価している節があるらしいということも知っていた。

高ランク魔導師の隊長陣、成長が著しいスバルやエリオ、レアスキル持ちのキャロに対して劣等感みたいなのを抱いてる、と。

なのはの見た感じだからなのは自身確証は得てないし、言うようなことでもないから言ってないが、それを気にしているとしたら教導してる私の責任だ、ともなのはは言う。

「じゃあ聞くけど、ティアナは……どうしたいんだ?」

これ以上盗み聞きのようなことは士郎自身が嫌だったので、姿を晒す。

「――――っ」

「シ、シロウさん……?」

ティアナは壁に向かって顔を伏せたまま。

「スバル、高町が呼んでたぞ。ティアナも後で行かせるから、先に行っててくれ」

「で、でもっ」

「命令らしいぞ?」

「……は、はい」

本当はなのはがフォローを入れたほうがいいのだろうけど、なのははなのはでかなり忙しい。

なのはの頼みもあり、士郎が了承したのだが……。

――――フォローっていっても上手いこといえるわけじゃないんだぞ? セイバー……。

それの依頼主に少しだけ、愚痴をはいてみたり。

「……私も少ししたら行きます。シロウさんも行ってください……」

消え入りそうな声。

人がいるから、なけなしの気持ちで必死に泣くのを堪えているんだと、誰の目から見ても明らかな……声と、背中。

「……とある凡人の話があるだ」

士郎はスバルがいったのを確認すると、ホテルの外壁に背中を預け、腕を組んで語り始める。

凡人、の言葉に背中から見てもわかるくらいの反応をティアナは見せた。

「そいつはなにをいくら一生懸命やっても、本当に上手いやつにはかなわなかった。例えば走り高跳び。上手いやつに勝ちたくて日が暮れるまで毎日跳び続けた。けど、いくらがんばっても記録は伸びない。1センチ伸びたと思ったら上手いやつはその頑張ってるやつの半分の練習時間で2センチ記録を伸ばした。もちろんそいつも、それなりの記録は持っていてそのへんのやつには負けなかった。頑張って練習したからな」

それは数年前の”とある”人物の話を少しだけ形を変えたもの。

まるで思い出すように語る士郎は、言葉を続けた。

「それでも勝てないと悟った凡人はいろいろなことを試した。剣道、スプリント、弓道、なんでもだ」

これも少し、湾曲してある。

だがあながち、間違いでもないのは確かで――――

「……なんでその人はそんなに頑張ったんですか?」

なんで、か……。なんでだろうな。”そいつ”はなにがしたかったんだろうか。

誰かに認められたかった?

上手いやつに勝ちたかった?

負けず嫌いだった?

「さて、それは知らない。そいつはなにをやっても上手いやつに勝てるのは1つもなかった。いろんなことに手を出してたからかもしれないけどな。けど、そいつはなにをやるにも全部本気だった」

全部本気、これだけは自信を持っていえるはず。

「……貴方はなにが言いたいんですか? その人みたいに頑張れって言うんですか? それとも、全力でやってないっていうんですか? ――――私も凡人だからっ!!」

「――――頑張れ……か、それはそうだ。高町の教導は上手いし、それをティアナはちゃんとこなせてる。けど、今言いたいのはそういうことじゃない。そしてもう1つ、ティアナは凡人じゃない」

「……慰めは要りません」

「――――自分を過小評価するのは、過大評価する次にいけないことなんだ」

「……別に過小評価なんかしてま―――」

「してるぞ。例えば、だ、今のスバルに分隊指揮を任せられるか? エリオは? キャロは?」

「…………それはもともと私がスバルより上手く……上手、く……」

「指揮官ってのは大変なんだ。個人プレイが凄いやつ、協調性のないやつ、単独斥候させたらすぐに潰れちまうけどバックアップが上手いやつ、いろんなやつを纏めて指揮しなきゃならない。それにな――――」

部隊では指揮官が1番大変、と言っても過言ではない。

特に、自分の判断で部下が死んでしまうという精神的なプレッシャーは計り知れない。

「――――八神や高町、それにハラオウンさんが本当にダメなやつを自分の背中を預けるかもしれないメンバーに選ぶか?」

「そ、それは……っ」

「ティアナのポジションは前後左右味方だ。けど1番広い視野を持って戦わないといけない。味方誤射はやってはいけないけどしかたないことだ。――――1度は、な」

「っ…………」

「――――話を聞いて、なんか思ったことがあったならそれを考えてみてくれ。俺からはこれくらいだな。高町には言っておくから……5分したらくるんだぞ?」

「ぁ……は、は……い………ありがとう……ございまし……た……」

士郎は言うだけ言って踵を返し、なのは達のところへ向かう。これ以上……我慢させるのも悪い、との士郎なりの配慮である。

「――――最後にだけどな、その凡人は凡人だったけど、最終的には1流の人に勝つことが出来た」

「…………ぇ……?」

「ティアナが立ち直ってこの話を覚えたら、紅茶でも入れて話をしよう」

「は……ぃ……」

士郎がある程度はなれたのを感じ取ったのか、ティアナは堰を切って泣き始めた。

その泣き方からして、よほど悔しかったのか……いや、悔しかったんだろう。

自分の力のなさ。

スバルに怪我させてたかもしれないという情けなさ。

人は自分の力のなさを感じ取ったときにどう行動するか。

ある人はあきらめ、ある人はがむしゃらに力を求め、ある人は打ちひしがれ……ティアナは、どうなるんだろうな、と士郎は思う。

もし間違った方向に進むようなら……とも一瞬考える。

「士郎君、ティアナ……どうだった?」

ドレスから制服に着替え、化粧も落としたなのはが士郎に聞いてきた。


間違った方向に……いや、と士郎は心の中でそれを否定する。

例え間違った道に進んでも――――




「そうだな……大丈夫じゃないか?」



―――――ここにはなのはやフェイト、はやてがいるから



[5645] 七話
Name: あすく◆21243144 ID:b2d8d397
Date: 2009/03/28 22:10
「――――部隊、上手くいってるみたいだね」

ロッサは基本お菓子をいつも持参してきてくれるので、こういうところでお茶するのは珍しい。

「うん、アコース査察官のお姉さん、カリムが守ってくれているおかげや」

カリムは教会に属しながらも管理局で少将待遇。かなり無理を突き通した部隊の背景には強烈な後見人が何人もおる。もちろん、それを良く思ってない輩もかなりいるんやけどな。私らの失態を望んでいる連中……。

「――――ん、僕も何か手伝えたらいいんだけど、ね……」

ロッサはそういってるけどな、私らの部隊が動きやすいように隠れて色々やってるのは知ってるんやで。

「アコース査察官は遅刻とサボりは常習犯やけど、基本的には忙しいやん」

こういう場だからこそやけどな、アコース査察官って呼ぶのはやっぱりなんか背中がむず痒いわ。

「それはひどいや」

「カリムも心配してるんよ?可愛いロッサのこと、いろんな意味で」

絶対にいってやらないけど、ロッサは男前や。ちゃらちゃらしてるように見えてカリムのことを慕ってて、私のことも面倒見てくれる。噂に聞いたけどファンクラブまであるらしいんよ。

「心配はお相子だよ。――――はやてだって、僕やカリムからすれば妹みたいなものなんだから」

こういうことを素面で言ったりするからなぁロッサは……。あ、そういえばちょっと聞いてみたいことがあったんや。

「あ、そういえばロッサ、ユーノ君とお友達やったん?」

やっぱりロッサはロッサのほうがええなぁ。

「ん、あぁ、無限書庫に調べ物にいったときにね、彼が直々に案内してくれたんだ。つい最近のことだよ」

「そうやったん。ロッサが無限書庫に、かぁ……」

「―――――ところではやて」

ロッサがテーブルに乗り出し、口の前で手を組んだ。その瞳から少し込み入った話なんだと想像できた。

「……なんや?」

「あの三人、のことだけどね」

やっぱりやな。衛宮君達のことは信頼できる人だけには話してあるんや。ロッサ、カリム、クロノ君、リンディさん、レティ提督あたりやね。それでロッサは独自に調査を行ってくれたみたいなんや。

「――――どうだったん?」

「うん……無限書庫に”魔術”ってデータがあった。けどもう随分前に滅んだモノらしくてね、ユーノ先生がすごい興味を示してたよ」

話を聞くに魔術はとある星で伝わった秘術らしく、やることは本当にオカルトな物らしい。まさに漫画に出てくるような魔女みたいなものだ、と。そしてとある星……多分地球やね、で伝わった魔術はもう相当前……年号を聞く限り日本列島が出来る以前、の話やった。

「それでね、ユーノ先生に独自調査を依頼してあるけど、今わかるのは――――」

ロッサはそこで一旦言葉を切り、続けていった。

「魔術を扱うものは”魔術師”とか”魔術使い”、”魔女”と呼ばれ、魔術を扱うものからは忌み嫌われ……魔女狩りという名で殺され、生きていく術を失い、現在……っていってもその文献自体が残っているのが不思議なくらい古いものでね、今では存在することはありえない、ってさ」

「……ひどい…」

日本自体が出来る前の話やから、セイバーさんはともかく衛宮君や凛が別世界から来た、ってのもそろそろ本当に信じないとあかんやね。凛は魔術は秘匿するものっていっとった。それはつまり、排斥から逃れるための根強く残ってるものって事なんやろうか?

「そうだね……それとね、もう一つ面白いものを見かけたよ。とある次元世界の学者が発表した論文で、その論文のせいでまともじゃないといわれ学者という身分から追われた人のものだ」

うん……?なんやろ。ロッサが面白いって言うもんは大抵ろくなものやないんやけど…。

「はやて達の言葉に直すと因果律量子論、っていうんだ。聞いたことないかな?」

いんがりつりょうしろん?大きな声では言えへんが私ら中卒やもん、わからんなぁ。

「ふふっ、そんな苦そうな顔をするなよ。……そうだな、ユーノ先生に解釈を頼んだら、パワレルワールドの存在ってやつらしい」

「――――やっぱり次元世界とは意味がちがうん?」

「そうだね、例えば今僕が飲んでいる紅茶があるだろう?」

「……それがコーヒーになってるかもしれない世界、っちゅうことやろ?」

私だって漫画は好きだ。そうやって平行世界を行き来したりする話はいくつか見たこともある。けどそれは飽くまで漫画の話だということくらいはわかってるんや。

「はは、まぁそんなとこかな。……少しだけ話は変わるけど、はやては白いカラスがいるとおもうかい?」

本当にロッサは唐突過ぎやな。わけわからへんよ。白いカラスなんているわけあらへんやんか。

「そんなんいるわけないやん。からかっとるん?今は――――」

衛宮君達の話を、といいかけたところでロッサの声に阻まれた。

「――――それをどうやって証明するかな?」

「そんなん常識的に―――――……あっ………」

にやにやしてるロッサの顔を一発ひっぱたきたいと思ったのは私だけやろか?いっつも遠まわしでわかりにくいっちゅうねん。

「そうだね、可能性なんて一つあれば十分なんだ。ありえない、と証明するのは本当に難しい。仮に白いカラスがいないなんてのは、全てのカラスを調べてみないとわからないだろう?」

「――――ロッサは随分衛宮君達の味方なんやね」

少し、捻くれた言い方になったかもしれないが味方がいてくれるのは嬉しいことや。私の傍に置いてる本当の名目は監視、ってことは黙ってるけど凛だって有能だしセイバーさんも強い、衛宮君なんて六課のブラウニーさんやで?
って、なんでロッサはそんな嬉しそうに紅茶のんでるん!

そして私は、次にロッサが言う言葉を正しく聞き取れなかった。

「そうだね、まだ直接会ったことはないけどあの人達はやての味方……いや、もしかしたらそれ以上になってくれるんじゃないか、っていうのが僕と姉さんの意見だからか、な?なかなかいいじゃない、あのエスコート役。あれが衛宮君だろ?」

「―――――なっ……ちょ、ロッサ待ちぃ!その辺の話詳しく教えてほしいんやけどな?」

「おおっと時間だ、ここは僕の奢りだよ。はやても部隊のほう、がんばるんだよ」

そういい残し咄嗟に手を伸ばした伝票も取っていかれ、ロッサは踵を返しすたすたといってしまった。……もう、わざとらし過ぎや。
とと、私もそんなに時間あらへんのや。そろそろ撤収やな、事後調査はまかせっきりになってしまったのは申し訳ないんやけど、堪忍な。




―――――――――




俺やセイバーの初任務は特に俺は何もしないでただ燕尾服着て終わるという遠坂が聞いたら爆笑しそうな結果だけど、セイバーはかなり頑張ったみたいだ。データを見せてもらったけどティアナ助けたときとかアレ本気だぞ。
隊長陣は室内に戻って事後処理みたいだけど、俺は書類関係苦手だからな。ヴァイスのストームレイダーの調整と掃除を手伝ってる。新人達が頑張ったこともあるし日ごろの疲れもあるからという理由で午後の訓練はなしって聞いた。

「んぁー……なーにやってんだあいつ」

ヴァイスはヘリのスコープの調整をしていた。俺は専門的なことはわからないから工具出し。

「いくら年上だからって覗き見はだめだぞ」

ちなみに、やっと制服から作業着に着替えられたのでほっとしてる。しょ、しょうがないだろ落ち着くんだから!

「んなことしねーよ。流石に16に手ぇ出したら犯罪だっつの。将来有望だけどな。それになのはさんやシグナム姉さんに何されっかわからねぇからなここは。ほら、いいからシロウも見てみろって」

ヴァイスって確か俺より二個年上なはずだよな?なんで五つは年下の高町にさんなんだ?という疑問を抱きつつも、操縦席から退いたヴァイスの位置に座り、スコープを覗く。

――――――ティアナ?

「確か今日午後の訓練ないはずだろ?わざわざ林の陰に隠れてなにやって……」

といったところで、ティアナはデバイスを構え練習用の光弾を多数出現させた。

「ん?シロウなんか変化あったのか?」

「んー……自主練みたいだぞ。今日のことがあって気にしてるんじゃないか?」

俺は大事でもないと思いそこを退いた。しかしヴァイスの表情は気になるものだった。

「あいつ無茶しそうだからな……なんかなのはさんに似てるんだ。……シロウ、多分ストームレイダーの調整やらなにやらで結構時間遣うんだが、覚えてたどっちかが度々のぞいてやんねぇか?」

高町に似てる、か……ヴァイスは高町たち隊長陣と結構付き合いが長い、といっていた。無茶しそうなのが高町に似てるのか?

「そう……だな。自主練自体は褒めたものだけどあまり無茶しすぎたら逆にマイナスだからな」

そしてストームレイダーの調整は四時間ほど続き、すっかり辺りは暗くなっていた。30分刻みほどで見ていたが休んでいる節も見えず、黙々と光弾にデバイスを突きつけていた。

「まぁ……こんなこったろうと思ったんだけどよ。そろそろまずくねぇか?」

「おう、これ以上は流石に明日に響くぞ。それに今緊急収集かかったらどうするつもりなんだ?」

高町は監督の行き届きの怠りで責任を問われるだろうし下手したら死者がでる。ここは部隊だからな。

「うーん……そうだなシロウ、もうシステムの最終調整だけで後は俺がやっからティアナのこと見てきてくれねぇか?」

「わかった」

それに頷き、足を向かわせる。手伝いたくてもシステム云々はそもそも扱えないからな。あー……でもあれ、言って聞くのか?
多分ティアナの意思は相当に強い。ミスの汚名を返上したいという気持ちは俺だってわかる。
ヴァイスのヘリポートからティアナがいる林までは大体15分程度で、なんて説得しようか考えている内に日が落ちた今でもティアナの存在が確認できるくらいに近づいた。

「―――――っあ、士郎君……」

ティアナからは見えない位置で木の影から見守っていたのは高町。多分ここからなら耳を澄まさない限りは話し声が聞こえることはないだろう。ティアナも集中してるみたいだ。

「……ずっと見てたのか?」

「……ううん、一時間くらい前からかな。ヴァイス君から念話があって」

なるほど。それで高町もどうしようか悩んでいるってとこみたいだな。

「あと少ししてやめないようなら、出て行こうかなって。……私もよく無茶をして、今のティアナの気持ちもわかるから……はは、甘いかな……?」

「そう……かな。今緊急の事件が起こっても、高町が何とかするつもりだったんだろ?」

…うん、と高町は頷いた。ティアナの気持ちを汲んで見守りたいのはわかるけど、な……。

「あー……えっと、高町」

「うん?何かな士郎君」

聞こうと思ってて忘れるところだったぞ。出て行くの少し迷ってるみたいだし、少しの時間くらいなら聞いてもいいだろ。

「あっと……ハラオウンさん、のことなんだけどな」

ああ、と高町は思い出したように頷いた。
そして少しだけ、視線を下に逸らした。

「……ごめんなさい、私からは…………言えません」

言えない……か。けどハラオウンさんは高町には話したってことなのか?

「それは……どういうことなんだ?やっぱり俺がなんかひどいことしたのかな」

その言葉を高町は首を思いっきり振って否定した。

「ううん、違うの。本当にごめんなさい士郎君、そのうちフェイトちゃんから何かあると思うから……そのときはちゃんとお話してあげてほしい」

「そうだな……わかった。ありがとうな高町」

そのうちハラオウンさんから話があるから、か……。俺が何かしたわけじゃないっていうのは本当みたいだけど、じゃあなんでハラオウンさんは俺を……?
そんなことを数瞬考えた。

「――――フェイトちゃん、士郎君を嫌っているどころか凄い気にしてるの」

「――――ん?今なんて……」

「ううん、なんでもない!ええっと……士郎君、ティアナのこと…お願いできるかな?」

「もともとそのつもりだからそれは全然かまわないぞ。でもいいのか?教官の高町が言ったほうが聞くんじゃないか?」

「私は……ティアナが本当に間違ったらそのときは本気でティアナを止める」

――――俺はこの言葉を近い未来、そのままの形で見ることになる。そしてハラオウンさんとの”お話し”もことのときに行われる。まさかその結果ハラオウンさんにキャレコの銃口を向けることになるのだが、このときはそんなことになるなんて考えもしなかった。

「ああ、そのときは頼む。――――それじゃ、いってくる。あんまりに言うこと聞かないようなら多少乱暴になっても大丈夫か?」

「――――ふふ、うん。士郎君ならそういってもティアナを傷つけることはしないでしょ?お休みなさい」

そういうと、高町はペコリとお辞儀をして舎内に戻っていった。

――――さて。

「ティアナ」

「……24っ、……25っ、……にじゅうっ…シロウさん?」

ぽい、とヴァイスから預かった洗ってあるタオルを放り投げる。そして俺は作業着なので気にせず木に寄りかかり、ティアナの呼吸が整うまで待つ。

「……ふぅ、ありがとうございました。再開してもいいですか?」

お礼はヴァイスに言っておけ、と言った。そして、何を考えているんだこいつは。俺はついでにドリンクのホルダーも投げ、それも上手くキャッチする。一瞬ドリンクを見たが、毒なんて入れてないぞ。

「ティアナ、もう4時間もやってるだろ?今日の午後練は中止なはずだけどな」

「……そうですけど、4時間”しか”です。――――凡人なもので」

そう言い放ち、コクコクと飲み物を飲みドリンクホルダーを少し離れた草の上にタオルと一緒におくとティアナはまた光弾を出して構え始めた。もう日もとっくに落ちているのに。

「はぁ……」

多分言っても聞かないだろうことは最初から考えていた。出現している光弾の数は丁度8。
そしてティアナとの距離は7から8メートル。

―――――環――――――

足元に魔法陣が現れる感覚ももうほとんど気にならないな、と思いつつ俺は両手にめい一杯黒鍵を投影し―――。

「……えっ?」

―――――弾!弾!―――――――

――――光弾に向かって投げつけた。
この距離で、しかも静止物に向かって投げつけているのに外すわけにはいかない。もちろん何の作用も付加してないし、いろいろ困るので光弾を破壊してそのまま木に突き刺さった黒鍵はすぐにカットした。
ティアナは暗闇だからか反応するだけで身動きもせず今起こったことに目を丸くした。

「何するんですか……?」

そういったティアナの目は不満の色で一杯だったけど、ごめん、こうでもしないと絶対やめないからな。

「自主練するのはいい。足りない部分を補おうとする姿勢は俺だってやろうとする。けどな、限度ってのがあるんだぞ」

「――――私はまだ全然平気ですから」

「今緊急の収集があってもそれに対応できるのか?新人達の指揮をするのはティアナだぞ。そんなヘロヘロになった体で指揮をしてスバルやエリオ、キャロを殺したらどうするんだ?」

「―――――っ」

少しきついが今のティアナには必要なことだと思う。スバルを撃ちそうになったティアナは今の言葉できっとわかってくれる。……俺は嫌われちゃうかもだけどな。

「……わかりました。今日は大人しく休ませてもらいます」

今日は、か。……そうだな、本気でまずくなったら高町が止めてくれるって言ってたからな。
俺が言葉を発さずそのまま見ていると、ティアナはタオルとかを纏めてとぼとぼと宿舎に足を向けた。

「……あの凡人の話、私シロウさんのことだと思ってましたが、違うんですね」

「――――なんでそう思うんだ?」

重い足取りだった歩をピタリととめ、こちらに振り返らずそのままティアナは言った。

「……8つのスフィアをほぼ同時に打ち落とせる人が、凡人だとは思えませんから。それと、凡人が一流に勝つ方法、教えてもらえないんですか?」

「今のティアナには、教えられないな」

数秒の間があった。そこでティアナが何を思ったのかはわからない。

「……そうですか」

ああ、”今”のティアナに教えるわけには行かない。といっても単純なことだから隠すようなことじゃないんだが、ちゃんと意味をわかってくれないとマイナスにしかならないからな。

「もう一つ、ティアナ、俺なんかが教えられることなんてほとんどないけど、精密射撃のコツ、俺が思ってることなら今度――――」

「天才が思ってることなんて、凡人には理解できませんから。それになんで私が精密射撃にこだわってることを知ってるんですか……?……いえ、生意気言ってすみません失礼しました。では」

「そうか……ゆっくり休めよ」

俺はティアナが宿舎に入るのを確認すると、その場に少し座り込んで空を見上げた。地球と違うのは月みたいのが幾つかあったりするくらいで夜空に大差はない。
俺は数年前ときっと性格も少し変わっただろうし、考えも変わった。遠坂が留学してる間はほとんど鍛錬か内戦地に行ってたから。
サーヴァント達がいる冬木を何とかしようとはせず完全に”触らぬ神に祟りなし”の協会と教会のスタンスには感謝してるけど、俺や遠坂が冬木の外に出たらその限りではない。……いや、別に封印指定を食らってたりするわけじゃないが、完全に不規則的に戦場に現れる俺やバゼットさんのことを協会が知らないわけなかった。

遠坂が俺に注意した。遠坂が極東出身で俺との関係があることが調査でわかったらしく、遠まわしに釘を刺されたわけだ。
もちろん魔術は極力使わないように外からはわからないように身体強化に留めていたけど、人外に近い身体能力を持つ……まさに危険なときはバゼットさんは拳で銃弾を弾いたし、俺も咄嗟に投影して命を拾ったときも何度もあった……その現場を見ていた生き残りはもちろん入るわけでいつしか噂が広まっていた。
俺達を協会は危険と判断する一歩手前だったのだ。

―――――黒い二人、届けるのは不幸か幸福か。

俺とバゼットさん、都合がいいときに協力してくれたセイバーが現れた戦場は大抵すぐに沈静化した。異分子として認識される俺達だったけど、消耗している内戦程度の装備はそれほど脅威ではなかった。大体内戦は政府側反政府側で分かれていたり、民族紛争だったりするのだが、最初の1年2年は悪いほうのボスに会い、停戦を求めた。時には手を血で汚したこともあった。

――――本当は違うとどこかで思っていたけど、これが一番みんなを救える方法だと思ったから。

停戦した後はほぼ休まず怪我人達の手当てをしていた。

言葉がわからないことがほとんどだったけど、そこにたまたま日本語を喋れる小さな女の子が居たんだ。多分母親か父親が日本人なんだろう。
その女の子は俺にいった。その言葉は深く胸に突き刺さった。そう、俺の価値観は正しいのか、間違っているのかがわからなくなった。

――――みんながいってたよ、おにいちゃんはせいぎのみかただって。わるものをやっつけてくれたって。

――――ああ、もう怖い思いをしなくても大丈夫だぞ。

――――わたしのおとうさんはわるものだったの?おかあさんはもういなくなっちゃったけど、いつもおとうさんはただしいんだっていってたよ。

――――君のお父さんは……

俺は、悪者だった、って言えなかった。この子は、政府に反政府側のボスとして公開処刑された人のことをおとうさんと言った。もちろん処刑されたことに俺は政府に文句を言ったが、聞いてもらえることは無かった。そのとき政府側はなんていったか。

――――政府に反逆したものの首謀者だ、殺されて当たり前ではないか。我々は我々の正義がある。君も正義の味方なんだろう?

そのとき俺達は停戦させただけだった。しかし考えなかったのか。政府反政府に分かれて起きた内戦を停止させたら、反政府側が押しつぶされることを。

せいぎのみかた

とはなんだ。俺はこんな正義の味方をしたかったわけじゃない。じゃあ反政府の味方になって政府の代表を殺せばよかったのか?

違う。

俺はそのとき、言峰の言葉が脳裏を過ぎった。

「喜べ少年。君の願いはようやく叶う」

俺の願いは、せいぎのみかた、になること。

正義ってなんだ?

俺は考えた。悪の反対。悪の反対?あの政府は我々の正義がある、と言った。それならばあの反政府軍、あの子のお父さんは悪だったのか?

――――いや、違う。

俺はせいぎのみかたになりたかったんじゃないのか?

――――そうだ。

俺の親父が成りきれなかったものに俺は……。

「――――――成りたかっ”た”」

ふう、と一息吐くと俺は宿舎に向かった。何でこんなことをここで考えてしまったのかはわからない。ふと夜空を見上げて感傷的になってしまっただけかもしれない。

―――――俺の中で見つけた、一つの”答え”。

それでいい。ゆがんでいるといわれても、間違っているといわれていても、それを認めてくれる人がいる。

俺はその”答え”を正解と信じ、生きていく。今はこれでいい。

俺は思考をカットし、もう一度息を長く吐く。

ここの空気にも、慣れてきたのかな……。




―――――――――




俺や高町、ヴァイスの感は的中した。いや、そうなることが予め決まっていたといっていいかもしれない。高町からあの日の後々に聞いたティアナの過去。射撃にこだわっている理由がそんなところにあったのは思いもしなかったが、それも今は関係ない。

ティアナはスバルとともに朝4時に起き早朝特訓、そして夕方の訓練が終わった後も日付が変わる付近まで深夜特訓をしているらしい。いや、特に何も無いときでも朝おきる時間はほぼ決まっている俺はそれを知っていたし、高町達もそれを黙認していた。

エリオやキャロもそのことを知っていて、差し入れを出すこともたびたびあったみたいだ。何故高町が黙認していたのかというと、メインの訓練に疲れで支障をきたすどころかさらに気合が入り、いい方向にティアナは気合を入れている、と判断したためだということ。

ティアナとスバルが特訓していることはもちろんシャマルさんも知っており、さりげなく健康診断をさせたり出来る限りのフォローをしてくれていたらしい。ヴィータも、若いうちに力を求めるのは仕方ないことだしわかるから、と言っていた。確かに頑張りすぎで危険にもみえるが、そこらへんの本当に危険なラインは高町に任せているらしい。

そんな感じで新人たちの士気、それにチームワークも上がり全てはいい方向にいってくれた、ティアナも特訓に関しては復習や基礎を練習してるものだ、と。

――――が

本当に、16歳の女の子がミスをしそれを挽回するためにやったことが基礎固めと復習だけなのだろうか?

これを早くに気付くべきだった。

ティアナの過去から、ティアナは自分を認めてもらうことやランスターの家は出来るんだと証明することにこだわっていることは知っていた。

ということはどういうことか。

自分を認めさせるにはどうしたらいい?

自分は出来るんだ、と自分でも納得するためにはどうしたらいい?

見せてもらった高町の教導メニューには、そう頻繁ではないが組み手ではない模擬戦が取り入れられている。基礎が固まらない今は正統派且つ実力がある高町、セイバーやヴィータが相手になっているがもちろん空いているときはハラオウンさんも。
そして、ある程度実力がついたらより犯罪者に近い(今考えるとこの言い方って結構ひどくないか?)俺との模擬戦メニューも組まれている。

大体一週間の終りに高町と一回、真剣勝負(と言っても分隊VS高町や、2on1でのものだが)での模擬戦が入っていた。

――――――そして、今日の模擬戦は2on1、スターズとライトニングスで分かれてやるもの。

そう、気付くべきだったんだ。

―――――高町相手に結果を出せば自分達を認めてもらえる、自分自身も自信がつく。

こう思って模擬戦に臨んだ、ティアナとスバルの気持ちに。

「さーて今週の総纏め、ツーオンワンで、模擬戦やるよ。午前の訓練はこれでお仕舞い。まずはスターズからやるよ。バリアジャケット、用意してね?」

「「はいっ!」」

俺はその風景を、何の気なしに訓練場を見渡せる屋上で見ていた。頼まれていた修理もさっき片付いたし、この模擬戦を見れないセイバーが出来れば見ておいてほしいと俺に頼んできたからだ。

ん?セイバーはシグナムさんとどうしても外せない仕事があるらしい。ほとんどシグナムさんからのお願いらしいけどな。

「んぁ、シロウも見に着たのかよ」

ガチャン、と扉の閉まる音が聞こえ、ヴィータとエリオ、それにキャロが屋上に上ってきた。なるほど、ここで見学するわけか。
というかここは訓練場内をモニターで映してくれる場所だったりもするんだけどな。それに、今の模擬戦の位置なら視力を強化しなくても顔がはっきりわかる程度に近い。
ここはある程度のシールドがはってあるから流れ弾も心配ないしな。

「ああ、セイバーに頼まれてな。俺もどうなったか結構気になるから、楽しみだぞ」

「だな、ティアナとスバルがんばってるからな。なのはも楽しみだっただろうし」

そこでまた、扉の開閉音が聞こえた。――――ん、ハラオウンさんか。

ハラオウンさんは俺を一瞥すると、ヴィータの隣に行き話し始めた。

「もう模擬戦始まっちゃってる?私も手伝おうと思っていたんだけど……」

「あ、フェイトさん」

それにエリオとキャロが嬉しそうに反応する。……本当の母親でないことは聞いていた、というかハラオウンさんの年齢からわかるけど、それでもやっぱり母親に甘えていたい年頃だしな。エリオもキャロも。

「今はスターズの番」

「本当は……スターズの分も引き受けるつもりだったんだけどね」

「ああ、なのはここんとこ訓練密度濃いからな。少し休ませねーとまた倒れるぞ」

”また”?

「なのは、部屋に戻ってからもモニターに向かいっぱなしなんだよ。訓練メニューを何度も見直したり、陣形チェックしたり……ティアナにも負けていられないから、って……」

少しだけ今のような会話があったが、スバルとティアナが動き出したらしい。

「お、クロスシフトだな」

そうヴィータが言うと、みんなの視線が模擬戦に移った。

「クロスファイアー―――――」

「―――――シュートッ!!」

空に上がることを上手くできないティアナは基本地上。そして、その地上から複数の光弾を生成し空中にいる高町に向かって放った。その数約8。

「……?なんかキレがねーなぁ……」

「コントロールは……いいみたいだけど…」

確かにコントロールはいいみたいだけど、いつもみたいなスピードや弾の気迫?みたいなものが感じられない。

「――――それにしたって」

ティアナの狙いは高町ではなく、飽くまで誘導だったらしい。弾の全てを高町に行かせたくないほうに誘導し、正面に誘う。そしてその正面からは予めきめられていたのだろう、スバルのウイングロードが迫っている。

すぐさま高町はそれの上から迫り来るスバルを迎撃するために桃色の光弾を生成しスバルにノータイムで放つ。

「スバル……突っ込みすぎじゃないか?」

「そうだな、アタシもそう思う」

その弾を回避ではなく受けきることを選択したスバルはバリアを自身の前に、あとは気合で身を捻って避けた。ウイングロードで走ってきた勢いをそのまま利用し、スバルはリボルバーナックルを構え高町に肉薄する。

――――――堅――――――

しかしそれを高町はシールドを張って正面から受け止める。スバルの全身ほどの直径を持つ巨大なシールドでスバルの攻撃は防がれ、だがスバルはそれを破ろうとさらに力を込める。
教えているのはそういうことじゃない、と高町は言いたげにシールドを消しつつもスバルを横になぎ払う。正面に走っているときに横からの力を加えられたスバルは簡単にすっ飛ぶ。
ほとんど運でギリギリウイングロードの上に乗ることができたスバルに、高町は声を掛ける。

「ほらスバルっ!ダメだよ?そんな危ない機動っ!」

そういいながらもティアナの誘導弾を軽がると避けている辺り、高町も凄いと思う。そもそも空飛べるってずるいよな。

「す、すいませんっ!でも、ちゃんと防ぎますから!」

確かにスバルのポジション的に、自衛できる能力があることに越したことはないけれども……。

「うん……?ティアナは……」

そこで、高町は地面にいたはずのティアナがいないことに気がついた。

―――――狙――――――

キラリ、と右のビルの上が光ったかと思うと、高町の頬をレーザーサイトでロックオンしているティアナの姿が見えた。狙いとしては正しいと思うが、本当なら高町がスバルを吹き飛ばす前の時点で着弾する辺りでないでないと意味ないぞ?

「砲撃……?ティアナがっ?」

ティアナがやろうとしていることに驚きの声を上げるハラオウンさん。なんでも砲撃系の魔法はただの射撃と違って魔力圧縮などの差があり難しいらしい。
この距離なら問題ないと判断したのか高町は照準されているのを無視し、スバルのほうに目を向ける。

―――――発!――――――

スバルはカートリッジを一発ロード、マッハキャリバーを駆動しウイングロードを駆ける。

「うぉぉぉおおおおおっっ!!」

そして先ほどの巻き戻しのようにスバルは高町へウイングロードを使い肉薄する。それを高町はさっきよりも多い弾幕で防ごうとするが、見事なバランスを見せ全て紙一重で回避するとそのまま高町へリボルバーナックルを叩き付けた。

―――――硬―――――――

しかし高町のシールドは一発ロードしたくらいの攻撃で貫くことは出来ない。
だがスバルの狙いは別のところにあるらしく、目がまったく死んでない。
それに呼応するように、ビルの上にあったティアナの姿が霧散した。

「あっちのティアさんも幻影……?」

なかなか撃ってこないと思ったらあっちも幻影だったのか。

――――――そこで、高町の雰囲気が変わった。

俺にも伝わるほど空気がピンと張り詰め、周りの気温が数度下がったのではないかと錯覚する。

「なるほど……、確かに高町からすれば”今”のティアナには”不正解”の行動だな」

「シロウ?それじゃ意味わからね――――」

ヴィータも気付いたらしく、俺も眼下を見下ろす。

ティアナがウイングロードを駆け上がり、その間にカードリッジを2発ロード。
上空から勢いをつけてそのブレードで高町のシールドごと切り裂いて勝つつもりだったのか。

――――でもな

今やろうとしているのはセンターバックのはずのティアナがスバルを囮にし攻撃する近接戦闘。多分タイミングがぴったりとは言えずともそれなりに合っているのは……自主練、だろうな。
高町だってティアナやキャロの近接戦闘を考えていないなんてありえないだろう。
だが、今のティアナに高町はそれを教えていない。

ティアナの接近に気付いていないわけはない高町は小声なのに響く……そう、絶対に怒らせてはいけない人を怒らせたとき…怒らないと思ってた人を怒らせたときのようなあの、空気が凍るというのを体感する様な声で言った。

「……レイジングハート。モードリリース」

『 All right 』

―――――煙――――――

次の瞬間、視界を覆うような煙幕が吹き上がった。多分高町は、それなりの威力が込められていただろうティアナのブレードを魔力で相殺したんだと思う。

その煙が晴れるころ、高町は良く透き通る声で言い放った。

「――――二人とも、どうしちゃったのかな……?」

その高町の変わり様に多分二人は思考がついていってないんだと思う。実際、俺も一瞬心が震えた。

「……頑張ってるのはわかるよ。けどね――――」

「―――――模擬戦は、喧嘩じゃないんだよ……?」

その声に気をとられていてわからなかったが、スバルの拳は高町の左手で鷲掴みにされ、ティアナはあの周りのオーラみたいなものから浮遊魔法がかかってるんだと思うけど、右手一本でティアナを支えている。

「練習のときだけ言うこと聞いている振りで……本番でこんな危険なことするのなら、練習の意味……ないじゃない?」

「――――ちゃんとさ、練習どうり……やろうよ……」

ブレードの刃を素手で握っている高町の手から血が流れ出るのを見て、ティアナは震える。
非殺傷設定の魔法では基本、血を見ることなんて擦りむいたときくらいだろうからな……ぼたぼた流れる血を見る機会はなかなかないんだろう。

「――――ねぇ」

「あ……な……なのはさ……」

「私の言ってること……私の訓練……」

「―――――そんなに……間違ってる……?」

『 Blade Erase 』

マスターの意思を汲み取ったのか、クロスミラージュの刃が消えるとともにティアナはそのまま後方へ飛び、あろうことか高町に銃口を向けた。
そのとき呼吸するのと同じレベルになっている視力強化をしてしまい、高町の表情が目に入る。

スバルを片手で抑えたまま、目の色を失った……冷たい目で、ティアナの行動を見続けていた。

「――――もうっ!私はっ!誰も傷つけたくないからっ!!!」

涙を流しながらカートリッジをロードする。その行動にも高町は微塵も気に掛けている風には見えず、ただティアナを茫然と見つめる。

「錯乱してるだろっ!」

「……しかたねぇよシロウ、アイツは無茶しすぎたんだ」

っく、と俺は歯を噛んだ。

「失敗したくないからっ!!!」

キィン、とあの砲撃魔法の照準が高町を捉えるも、高町はまったく気にした素振りを見せない。

「――――私は……強くなりたいんですっ!!」

ティアナの銃口の前に展開された魔法陣がさらに光を帯び、射出が近いことを示していた。
どうするのか、高町ならシールドで防ぐのか、と考えた。

だが、高町の取った行動は俺の肝を冷やす――――。

「少し……――――――」

「―――――……頭、冷やそうか……」

―――――環――――――

そういった高町の足元に現れたのは桃色の魔法陣で、つまりそれは……

高町がティアナに攻撃を加えることを、示していた。

キィン、と綺麗な音を立てたことにスバルも気付き、その光景に目を開く。

「クロスファイアー」

淡々と紡がれるのはティアナが最も得意としている魔法。多分ティアナの魔法を使ったのにももちろん意味があるんだろう。

――――けどな、これを見ていて黙っていられないぞ!

「ふざけ――――んなっ!」

俺は屋上を飛び出し、無意識に魔術で身体を強化、スバルのウイングロードの上に飛び乗り走る。

――――くそっ!もっと早く出ていれば!

「うあああああああああああああファントムブレ―――――」

「――――シュート」

――――弾―――――

目に追うのも困難な速度で放たれた弾丸はティアナに容赦なく牙を剥き直撃。

「なのはさっ――――バインド!?」

何かを高町に言おうとしたのだろうスバルはバインドで拘束される。

煙から現れたティアナは無事で、どこか虚ろ気な目で高町を見ていた。
多分射出前のティアナの魔法がギリギリ間に合って相殺できたのだろう。だが、高町は手を止めなかった。

「――――じっとして、よく……見てなさい」

また同じ魔法を紡ぐまでもなく光球を腕の周りに生成、待機させている。

――――この距離なら!!

今度は弾を収束させ放つつもりなのだろう、弾が指の先に集中する。

「なっ!!なのはさっ―――」

俺は走りながら呪文を紡ぐ。あまりに咄嗟だったから投擲して相殺したりしなかったのは少し失敗したと思ったけど、やっちまったもんはしょうがない。

「―――――I am the bone of my sword . ( 体は 剣で 出来ている )」

――――俺は手を前に突き出す。
まるで何かが超高速回転しているような収束音とともに打ち出された桃色の弾丸がティアナに向かう。

これなら間に合う!!

「”熾天 覆う ―――― ( ロー―――― )」

「―――――七つ の 円環” (――――アイアス)!!」

―――――爆!―――――

足元に赤褐色の魔法陣が展開されるのを感じつつも、ティアナの目の前の射線上に割ってはいる、高町の魔力光と似た色の俺の七つの花弁。咄嗟でも4つではなく7なのは多分この世界だからだろう。俺は右腕を突き出し、高町を睨みつける。
高町の使用している訓練用の弾は見た目と威力こそ派手だが、実際はほとんどダメージはないため、俺のアイアスも一つもかけることはなかった。

「――――シ…ロウ…さ……ん?」

ティアナは虚ろ気な目で俺を見上げるがその言葉を無視し、黙ってティアナを……いや、俺を見続ける高町に俺は怒鳴った。

「高町っ!!お前の教導はただティアナを”撃墜”することなのかよっ!!」

――――”投影終了”(トレース カット)

そう心の中で呟きつつ俺は花弁を消す。返答がない高町に俺は熱くなり、さらに高町に言う。

「ティアナが頑張ってるの、お前も知ってるだろ!!確かにティアナとスバルは戦場では決してやってはいけない、命を落とすようなことをした!!けどな、それも、お前に認めてもらいたい一心で、ミスを返上したい一心でずっと頑張ってきたんだぞ!!高町、お前だって”知っている”だろ!!」

「……ぇ…?」

気づかれていないと思ってたのか、ティアナとスバルは不思議そうな顔で高町を見たが、高町はそれも気にした素振りを見せず俺の言葉を待っている……様に見えた。

「――――士郎君、”教導”の邪魔……しないでくれるかな……」

その言葉に俺はさらに来るものがあり、叉怒鳴った。

「それのどこが教導なんだっ!確かに叩き潰すのはいい、けどな、何にも言葉にしないまま、ティアナとスバルの努力を認めないまま頭ごなしに否定して撃墜したらそれは”教導”じゃなくてただの”否定”だぞっ!」

「ぁ…の……シロ…ウ…さん、いいん……です…私が…間違って…いたか――――」

「――――違うっ!」

至近距離で俺が怒鳴ったことにびっくりしたのかティアナの体が激しく跳ねたが、それを気にしている余裕もなかった。

「確かにティアナ、スバル、お前達は危険なことをした。下手したら二人とも死んでいるような行動だ。もちろん、間違ってる。けどな――――」

「――――”自分の夢のために努力することは、決して間違ってなんかない”」

「――――っ!!」

「……それが間違っているのなら何が正しい?それを間違ってると否定するくらいならば俺は間違い続けてやる!!」

高町の教導にはちゃんと意味もあり意思もあることはわかる。けどそれは言葉にして伝えてやらなきゃ絶対に伝わらない。ティアナはあのまま撃墜されてたら絶対に心に深い傷を負っていたはずだ。
けど、ティアナやスバルが実戦だと死んでいるような行動をとったのも事実だ。

――――高町のやることは絶対に”撃墜”することじゃないはずだ。

叩きのめすのと撃墜するのは違う。ティアナとスバルに、今の機動だと”死んでいた”と認識させることは大切だ。けど高町はそれを一時的な感情に流された。教導官としてその感情はあってはいけないものだ。

ヴィータはあの時、”また”と言った。ということは高町は一度、何かで堕ちているのだろう。その経験から、新人達を絶対に壊さないように育てているのも日ごろの訓練からわかる。高町はずっと、新人達を見てるからな。それは俺だって知っている。

「高町の教導は正しい。セイバーや俺だって十分そう思ってたし、今でもそう思う。けど今高町がやろうとしてるのは――――」

ただ感情的になっているだけだ、と俺は言おうとした。俺の言ってることはきっと間違ってない。努力する方向を少し間違えた……いや、少し先を見てしまい躓いただけだ。本番で失敗しないようにする、それが訓練であり教導であって、それを導くのが高町の教導官、というもののはずだ。

しかし俺は予想できなかった。

いや、考えもしなかった。

今まで俺に声を掛けることなんてほとんど……いや、まったくなかったハラオウンさんが――――。

「なのはの教導に口を出さないでくれませんか」

―――――バリアジャケット姿で、しかも俺の聖骸布を持って高町の目の前に降りてきたのだから。

「――――フェイト、ちゃん…?」

「なのはは正しいよ。――――少し、見ててほしいんだ」

「……え?」

「ハラオウンさん、どういうことだ?ハラオウンさんも、黙って撃墜することを正しいっていうのか?」

「いえ、ただ黙って撃墜すること自体は正しくないと思いますがなのはの撃墜には”意味”がありますから。それに――――」

そこでハラオウンさんは区切り、一瞬考えたように目を閉じた。そして何かを決意したのか目を見開き、いつもは決して合わせなかった目を俺に合わせこう言った――――。

「――――貴方のような生き方をする人に、間違っているというのをなのはに言う資格はないと思いましたから」

俺は、いや、この場にいる全員がハラオウンさんに意識を向けていたと思う。
まだ会って時間がほとんど経っていないんだぞ?
何故……なんだ?
俺は言葉を発せなかった。
時間の流れとは不思議なもので、ほとんど時間なんて経っていないだろうがハラオウンさんが次の言葉を紡ぐまでの時間は相当長く感じられた。

「私と”戦って”ください、衛宮君……いや、衛宮士郎。そして私が勝ったらこの子達に――――」

「――――関わらないでください」

――――時が止まった。

あの冷静で怖かった表情をしていた高町もハラオウンさんの言葉に驚きを隠せていない。スバルやティアナも呆然とハラオウンさんを見つめ、エリオやキャロ、ヴィータも言葉を失っている。

そして俺も、口を動かすまでにかなりの時間を要した。

高町は言っていた、ハラオウンさんは俺を嫌っていないと。
けど何があった?そこまで俺は警戒されていたのか?

「……俺は出来れば戦いも、模擬戦もしたくない。確かに割って入ったが本来はスターズ、ライトニングスの教導が本来の予定だった」

「……そうですね、しかし訓練メニューの消化自体は少しずらす事も出来ます。それに……」

「――――貴方を落とすのにそれほど時間がかかるとは思えません」

……ハラオウンさんのことはデータ上、それに聞いた話の上でだが、知っている。エリオやキャロの話を聞くにしたって至って真面目な子で、それに芯がしっかりしていて……人の嫌味なんていわず、”挑発”なんてしない子だ。エリオやキャロ、それに高町の今の顔を見ればそれも伺える。

――――やるしかないのか?

つまりはそこまでして決意を固めているのだろう。
俺は半分覚悟をきめ、一つだけ、質問を投げかけた。やるからには俺だって知りたいことはある。

「――――……ハラオウンさん、一つだけ、いいか?」

「……なんでしょうか?」

何で……今度はそんな、悲しそうな顔をしているんだ…?自分の言ったことを後悔しているように目を伏せ、唇を噛んでいる。
しかし俺の聞きたいことはこれではない。いや、これでいいのか?

「何でそんなことを言うのか……俺を避けていたのか…話してくれるのか?」

「……はい」

そうなれば、俺はやることは一つだ。ハラオウンさんと戦うことになってしまったのは不本意だけど、こういうやり方しかないのならそれも仕方ない。

「わかった。スバルとエリオ、キャロはティアナを連れて医務室に行ってくれ」

「ぇ……わ、私大丈夫で――――」

「……頼む」

出来れば聞かれたくはなかった。それに、できれば見られたくなかった。
浮遊魔法で届けられた俺の黒い外套は確かな重みを腕に伝えた。俺は作業着を脱ぎ長袖の黒いインナー一枚になる。その上から外套を羽織り、意識をハラオウンさんに向ける。

「……ん?キャレコとコンテンダーが内にあるけど、これは大丈夫なのか?」

上着自体は俺が部屋で管理していたけど、質量兵器に分類されるものは全て預けていた。だが、それが今ここにある。

『大丈夫やよ、何時でも出来るように準備しとったんやから』

そこで空間モニターが立ち上がる。……八神?

「流石に不味いだろ?」

「……いえ、私は執務官です。犯罪者が拳銃を使うことは珍しいですが、それでもないことは在りませんでしたから」

『一応許可は取ってある。もちろん誤魔化したんやけどな。私らもフェイトちゃんと衛宮君の間がぎこちなくなってるのは初めっからしっとった。それを解消したくてな、お膳立てをしただけや』

「……そうか」

後で聞いたが、質量兵器ご法度の管理局世界でも、犯罪者はもちろん無視する。どこからか密輸してきた質量兵器を使われることは結構あるらしい。
もちろん、質量兵器反対だからってそれに対しての脅威があるのに訓練しないわけにはいかないので、ものすごく面倒くさい手続きの上で、質量兵器……例えば銃弾に対してシールド系を使って防いだり(術者とシールドの間に防弾ガラスを張り、もしシールドが貫通しても平気、というレベルの徹底振りだとのこと)のカリキュラムがあるらしい。
それをなんとか色々通した上で、執務官であるハラオウンさんの実弾演習が認められている、という設定だったとのこと。

「高町、いいのか?」

「……うん、私も少し熱くなってたみたい。少し考えたいんだ……」

そういって背を向けた高町の背中は妙に暗く、少し心配なものだった…。ふわり、と宙に浮きヴィータが居る屋上に降り立った。そして俺とハラオウンさんが市街地設定の訓練場にウイングロードから降りると、ウイングロードは姿を消した。

「バルディッシュ」

『 Yes sir 』

ガチン、とコッキングの音が聞こえると、ハラオウンさんのデバイスであるバルディッシュが巨大な鎌となり俺に突きつけられた。距離にすれば15mはあるが、ハラオウンさんのスピードなら間合いのうちなんだろう。

――――投影、開始(トレース オン)

―――――環――――――

紅の魔法陣と共に俺は黒鍵を両手に投影し、ぶらりと両腕を下げる。

「……喋りながらでもいいのか?」

「……出来るのならば」

そちらが本気ならばこちらも相応にこたえなければ失礼だろう。出来ればやりたくない。けど、やらなければならない。

「では、遠慮はしないぞ」

俺は体を捻転させ―――――

――――投!―――――

――――引き戻しの反動と共に、ハラオウンさんに黒鍵を投擲した。




~~~~~~~~~~~~


どうもあすくです!

次回はフェイトさんの独白、と・・・なんで無理矢理しろうと戦おうとしたのか、などなどをうまくかけたらいいなぁ・・・

ティアナ凡人に悩む。

ええと、こんなところで質問すいません・・・本板に移す目安などがあったら教えていただきたいです・・・20こえたら、などいろいろあると思うのですが・・・

では、感想ご指導、お待ちしております。



[5645] 八話
Name: あすく◆21243144 ID:b2d8d397
Date: 2009/04/09 01:29
彼に初めて出会ったのはリニアレールの上でだった。最初のうちは、凄い特殊な条件でここに放り出された要救助者、という感覚でしかなかった。
実際今でもそうなんだろうけど、リンや衛宮君、セイバーはまったく気にした素振りを見せない。
少しリンと話したが、リン達は元の世界に”帰る”ことが目的なんじゃなく、”帰る道筋”を見つけることが一生の目的らしい。
正直私には違いがよくわからない。
次元漂流者だってたまにいるけれども、その人たちは四の五の言わず元の世界に帰らせろという。しかしリン達はそんなこと一言も言わず、帰る手段を見つけている。

――――話を戻そう。

初めてあの人……衛宮士郎という人物に目を合わせたのはリニアレールの任務がほぼ終り、列車も停止させた後。セイバーや衛宮君、リンは只者じゃないことは遠目からわかった。いや、感じ取ったんだ。特にセイバーと衛宮君はガジェットは初見だろうに直ぐに対応して捌いていたから。
そのときの任務は無事負傷者も出ないで終り、私は安心して……もちろん三人に対して警戒はしていたが、暴れる様子もないことに安堵していた。引継ぎでなのはたちと顔を合わせ、異次元からの来訪者の三人に顔を合わせた……そのときだ。

ちらり、と黒いコートを着た男性……そのとき名前はわからなかったけど衛宮君が私に目を合わせたとき、私は一瞬紅い……広大な砂漠のど真ん中に居る自分自身を想像していた。

ふと気付いたら私はその場に居なかったといってもいいのかもしれない。

――――夕焼けの砂漠……?

―――実際時間にしたら、右足を踏み出しその足が地面に着くよりも短い時間だったと思う。

けど、私がその砂漠に居たと錯覚した時間は数秒……いや、もっと。

この光景を見たときに何の違和感を持たない自分を不思議と感じたけれども、この異常な場所のことに関してはどうしても他人事に感じられない自分が居た。

なんでだろう? ここの風景、雰囲気、全てを懐かしく感じるのは。

この感情を本能、って言うのだろうか?

私は荒野をぐるりと見渡す。

そこにあるのは、地平線が見えるほどに広大な大地を覆いつくす―――――

――――剣。

――――剣。

――――剣。

私は振り返る。振り返るといっても、そこに何があるのかはわかっていた。

――――剣。

――――剣。

――――剣。

この景色に剣があるのは当然。在ることが当然で、無かったらこの世界自体が成立しないんだろう……きっと。そう思ったのも全部直感、いや、そういう気がしたんだ。

そして、バリアジャケットでフィールドが常時張られているはずなのに感じる…頬を凪ぐ……寂しい風、寂しい世界。

この風を、この風景を、”寂しい”と形容した気持ちにも違和感を持たなかったし、そうであることが当然であるような……そんな”世界”。

そして私は、360度見渡せるこの景色の中で一箇所だけほかと違うところを見つけた。ここからは少し遠い。

――――けどすぐに行ける距離だ。

何でいこうと思ったんだろう?

ああ、あそこに居る”人”が気になったからだ。

ここからじゃ少し小さくて、それに背中を向いているから顔も見えないけど風貌はわかる。

――――この寂しい風に揺ら揺らとゆられている白髪。

――――赤いコート……いや、足元まで届こうかという赤い外套。

――――ここの寂しさを象徴するかのような……淋しくて、悲しくて…けど、大きな背中。

私は一歩を踏み出せなかった。踏み出そうとしても金縛りに合ったかのように、足がそちらに行くことを拒否するかのように足が地面にくっ付いて離れなかった。

その一箇所だけ違う……そう、丘と言っていいのだろう、その丘にも無数の剣が突き刺さっており、何故かその丘が誰かの墓標のように感じられた。

その丘にいた人が、こちらに少しだけ顔を捻った。本当に少しだけで誰かはわからなかったけど……。

――――日焼けしたのか、浅黒くなっている肌。

ほかに人は見えない。もともと私も居てはいけない世界なんだろう、と思った。多分それも正しい。

私は納得できなかった。

どうしてこんな寂しい世界なの……?

どうしてそんな淋しそうな背中をしているの……?

しかしそれを口に出そうとしてもそれが言葉となることはない。喉も麻痺してしまったのか嗚咽すらも上げることが出来ない。

私は救いたかった。

――――誰を?

”あの人”を。

なんで私はこのときそう思ったの……?
全てが疑問。しかしそれが”当然”。
私は多分、少しでもあの人を見ようと目を見開いていたと思う。あの人はじっと動かず、何かを考えているように見えた。

そして次の瞬間、あの人は動く。
丘にいたあの人がこの夕焼け空の砂漠に自分から……ううん、立っているのが限界になったのか、崩れ落ちるように……膝を地面についた瞬間――――。

私は現実に戻っていた。ううん、あの世界がバラバラに崩れたように剥れて……それに驚いて一瞬目を閉じ、見開いたら……。

本当に一瞬の出来事だったらしい。私の記憶が正しいのなら、あの世界を垣間見る前に居た私の位置と今居る位置は一歩ほどの距離しか動いてない。

――――あの世界は何……?

――――どうしてあんなに寂しい世界なの……?

――――あの人は……誰?

誰かに問いかけたわけじゃないし、問いかけたとことで誰かが答えてくれるはずもないことは解っていた。

そして私の疑問は晴れないまま、あの三人との対談になった。その間のことはほとんど覚えてない。多分、仕事はきっちりやったんだと思う。身体に染み付いたことだから脳も勝手にマルチタスクでやってくれたんだと思うけれどもそれすら覚えていない。ずっと、ずっと考えた。
一つでもなんか思い当たることがあるんじゃないのか、って。
気付いたらはやての部隊長室にいてソファーに座っていた。目の前に居るのは黒い外套を羽織った衛宮士郎、赤いシャツに質素なロングスカートを履いている遠坂凛、さらに質素なまるでシスターの普段着のような白いブラウス、紺色のスカートの、この中で一人だけ外国人のセイバー。

私は、衛宮士郎という名の男性の目をきちんと見た。そのときまで考え事をしていたのに私の目線は自然と衛宮士郎という男性の目に惹かれていた。意識がちゃんと”今”に戻った瞬間に私の瞳に映ったのは衛宮士郎という男の目。
ううん、衛宮君の目を見たときに、意識がこっちに戻ってきたのかもしれない。

髪の色も違う。

赤い外套も羽織っていない。

肌の色だって、あんなに浅黒くはない。

――――けど、あんなに寂しい目をしてる。目の前に居る衛宮士郎という人物は、きっとあの丘にいた人と同じ人だ。

”あの人”の瞳を見たわけじゃない。それでも確信してしまったのはきっと偶然じゃない。

エリオやキャロだって絶望の淵にあったはずだ。私は放っておけず二人の保護者になった。

あの二人だって寂しさ、淋しさ……ううん、そんなんじゃないのかもしれない……そんな絶望の淵にいたあの二人も、そんな目をしていたときがあった。
けれど、そのとき感じた衛宮君の目はもっと……もっともっと、深いものだと思う。

はやてやなのはは気付いたようにも見えない。これは私だけの錯覚なのかもしれない……けど、錯覚じゃないって何処かで思ってる。それでも錯覚じゃないのかって思うのは……。

――――衛宮君の目は凄く”優しかった”から。

この人は裏切らない。はやてはまだ警戒してるみたいだけど、私は信用できる。隣の二人だって、本気で何かを企んでいらなら直ぐにでもティアナやスバルを人質にするなり暴れるなりなんでもできる力量を持っているのにそれをしない。

私はこのとき口から出たのは正反対の言葉で、衛宮君だけを拒絶するものだった。……こんなこと言うつもりなかったのに……口調もきっと冷たかった……。仕事があるっていう嘘もついた……。
嘘をあんなに簡単に吐けた事にもびっくりした。

けど……嫌だった。言いたいことがあるのに、話したいのに、自分から遠ざけてしまうそんな自分が嫌だった。

この気持ちはなに……?

あの人たちが六課に来た日はなんとか思考をシャットアウトしてどうにかできた。

そして、衛宮君達が六課に着てからそれなりに時間が経つ。

話しかけたい。けど、態度に出るのは露骨に衛宮君を避けること。

――――年頃の男の子は、好きな人には意地悪をしてしまうものって育児のコラムか何かに書いてあった。

けどこの感情はそういうものではないと思う。

自分の気持ちがわからない。

六課でたまに目を合わせるたびに、きつく睨んでしまう。そしてまた、あの世界のことを思い出す。

衛宮君が話しかけてきてくれることもあった。凄く嬉しかった……。直ぐにでも全部話して、全部聞いてもらいたかった……。けど態度、言葉で表されるのは拒絶。

自分が嫌だ……。

なのはにも、どうして衛宮君を避けるのか聞かれた。なのはとはやては親友だから、話した。ううん……私の我侭で、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれないけど……。

本当は気になって仕方ない……私の勘違いだったら謝らなければいけないけど、衛宮君、本当に寂しい目をしているから、と。
気になって気になって仕方ないんだけど、どうしても衛宮君と話し合いも出来ない、自分の言いたいことも伝えられない、と。
そして、なんでこんなにもずっと気になっているのかは自分では解らない、と。

はやては最初、それは恋や、って言った。けど直ぐに、それを私は否定した。なのははずっと黙って、私の話を本気で聞いてくれた。もちろんはやても、ちゃんと私の目を見て話を聞いてくれた。
はやてもなのはも、衛宮君と私がどうもおかしいってことは最初から気付いていたみたいで……。
実はなのはには一回聞かれていたんだけど、そのときは私自身も纏められていなかったからあいまいで……二人一緒に聞いてもらうことにしたんだ。

二人にはあの”世界”のことは言わなかった。多分二人なら信じてくれるんだろうって確信はあったけど、言わなかった。隠してるようになって申し訳ない気持ちで一杯になったけど、口で説明できるものじゃない……言っちゃいけないことなんだ、と心のどこかで強く思っていたんだと思う。

なのはは少し考えてなのはなりの答えを言ってくれた。……いや、なのはのことだからきっと、忙しい時間を少しでも割いて考えてくれてたんだろう……そのことにありがとうとごめんなさいの気持ちを抱きながらも、なのはの言葉を聞き逃すまいと必死になった。

――――私も、気のせいかな、って思ってたんだけど……たまに士郎君、”昔の”フェイトちゃんと何処か被るんだ。

――――……え? わ、私…?

こくり、と頷いたなのはの表情は鮮明に思い出せる。なのはが言った昔、っていうのはジュエルシードのころだと思う。……あのときの私は母さんに認めてもらうことだけに一生懸命になって、自分なんてどうでもよくて……アルフに心配ばっかり掛けて……それでも、母さんが笑ってくれるなら私は嬉かった……笑って、くれなかった……けど…。

……自分なんてどうでもよく……て…?

――――……そのフェイトちゃんを知らん私は何にも言えへんのやけどな、私なりに考えた。

――――はやても考えてくれたの……?

――――そんなんあたりまえやん。見くびらんでなフェイトちゃん。そいでな、衛宮君な……

そういったときのはやての表情もよく覚えている。きっと、思い出すのはつらかったと思う。……思い出させてしまったのは多分私だから私が悪いんだけど……ごめんなさい。

――――リィンフォース……衛宮君の目を見たときに一瞬ふと思い出したんや……なんであの子が出てきたのかはわからへん……本当に直感でごめんな。

リィンフォース……私となのはが送った、銀色の髪をした祝福の風……あのは駄々っ子で、言うこと聞かなくて……間違ったけど…それも全部はやてのためで、最後ははやてのために自分を犠牲にして……逝ってしまった。

……自分…を…犠牲にし……て…?

なんでこれが引っかかったの……? 頭を離れないの……?
 
私はその二人の言葉を聞いた後数分固まっていたらしい。らしい、っていうのは私自身固まっているのをわかっていなくて……二人に心配されたんだ。

それから私はずっと考えた。わかるわけない、直接話さなければわかるわけないのに……。

そしてアグスタの任務になった。こんな状態なのに頭と身体はちゃんと仕事をしてくれて、勝手に動いてくれて便利だな、なんてよくわからないことを考えていた。そのお陰で私はずっと考えに耽った。マルチタスクは基本だからそれの恩恵だったんだけど、そのときはそう思えたんだから仕方ない。

ドレス……はやてやなのはは喜んでいた。忘れられがちだけど私達だってまだ19歳で……私が言うのもおかしいけど、こういうドレスとかにだって憧れはある。
けど私はそんな気分になれなかった。
仕事着を着て、化粧をする。メインの思考で考えているのはずっとあのことで、化粧はどこかの雑誌で見かけたことを実践するようにした。

――――目を大きく見せると人の印象は変わります! 目を大きく見せるためには目の周りを黒いアイライナーで塗りましょう!

実践した。

なんかへんかな? って思ったけど、これが化粧なんだ、って思って特に気にしなかった。

はやては風邪引いたみたいになってて、なのははなんかお化けみたいになってるけどこれが化粧なんだろうということで衛宮君がいる場所に向かった。

最初、聞いたときはびっくりした。女三人でお金持ちが一杯いるところにいるのはなんか栄えないから衛宮君をエスコート役にしといた、ってはやてが。

……衛宮君の燕尾服? っていうんだっけ……それはとっても似合っていたんだ。そのあと凄い形相でまた控え室に連れてかれちゃったけど…。

あの時私はつい、私はいいですって言おうとした。ほとんど反射的に。けどそれを衛宮君は聞く様子も無く引っ張っていき、化粧を手馴れた手付きで直していった。

今までに無い距離で衛宮君の瞳を見ることが出来た。そのとき私はどんな表情をしていたかわからないけど、微笑んではいなかったと思う……。睨んでなかったならいいな……。

――――やっぱり、寂しい目……。

寂しいのとは少し違うんじゃないか、とも感じた。
けれども、このときわかったんだ……。
私は……。
私は……。

――――少しでも、力に、なってあげたかったんだ。

もう解決してるのならそんな目はしないでしょう……? 優しさに隠れてるけど……隠れてしまっているけど……。

――――どうして……。

――――……えっ?

いつの間にか口に出してたみたいで、今なら会話も続けられるんじゃないか?衛宮君もこんなに近い……。

――――……いえ。

やはり口から出るのは……正反対の言葉。本当にどうしてしまったのだろうか?
前になのはが言ってたことがある。

――――わからなくなったら全力全開だよ、フェイトちゃん!

このままだと私はきっと逃げてるだけだ。ずっと、逃げてるなんて嫌だ……。

…………………よしっ!

『は、はやて』

衛宮君に化粧されつつも、私は念話ではやてを呼ぶ。少し声が上ずってしまったのは仕方ない。

『ん? なんやフェイトちゃん?』

『え、えっと……実弾演習の模擬戦手配、って出来るかな……?』

衛宮君は拳銃を使っていた。剣を出す手品みたいなのも使うけど、拳銃があるってことはやっぱりそれも使うはずだ。

『な、なにするんフェイトちゃん!』

『うんと……衛宮…君と、お話……したくて……どうしでも出来ない…から、なのはの真似、してみようかなって……だ、ダメかな?』

きっと……きっと、そうすれば頑張れる気がする……から。

『……それはかまわへん。フェイトちゃんは執務官やしな、そんなに苦労はせーへんと思うよ?』

『あ、ありがとうはやて……どれくらい、かかりそうかな……?』

『うーん、一週間もあれば降りると見て間違いないわな。いつにするん?』

確か、来週の終りにスターズとライトニングスに分かれての模擬戦が入ってたはずで……その日は早く予定を終わらせれば二つの模擬戦も私が引き受けられる……エリオやキャロ達にも実弾を使う相手との戦いは見てほしいから……ちょうどいいかな…。

『それじゃあ来週の終りにお願いできるかな……』

『ええよ、取れたら教えとくわ。衛宮君には黙ってたほうがいいんよね?』

『……うん』

『それじゃあ、その日の衛宮君の予定だけこっちから外しとくわ。……がんばってな』

『ありがとう……はやて……リミッターの解除は、流石にできないよね……?』

『ごめんなぁ、フェイトちゃんが全力でやりたいって気持ちはわかるねんけど……流石に模擬戦でそれは無理やわ……』

『ううん、本当にありがとうね、はやて』

そして気付いたときには化粧は終わっていて、そこには見違えた私達がいた。……化粧って、凄いんだな……。

エリオやキャロ、スバルやティアナが心配だったけどその日の襲撃はティアナのことだけを除けば順調に消化できた。セイバーはやっぱり凄いみたいだ。
……あのスピードは多分私でも追えない、かな…。

ティアナのフォローには衛宮君がやってくれたらしい。……嬉しい、ありがとう、という気持ちもあったと思う。なのはだって感謝してたみたいだし、ヴィータも……。
けど、私が感じたのは大きな不安。
そして引っかかる……自分を犠牲にして、というあの……。

衛宮君がいったわけでも、セイバーやリンが教えてくれたわけでもないからあってるかどうかなんてまったくわからない……。しかし何処かで思っていた。思い込んでいた……。

その片鱗を垣間見た……というのは自分だけかもしれないけど、衛宮君は六課の技術的な雑務を進んで引き受ける。それが電球の修理だったり、痛んでる壁の修繕だったり、倉庫の整理だったり……まちまち……だけど、普通は面倒くさがることを自分は”これも生き甲斐の一部だから”って言っていた、とはやてから聞いた。
他の六課の人からも評判はよく、基本的に困っていたり嫌だと思っていたところに衛宮君がいると、自分から何でも手伝うそうなのだ。

私はそこに引っかかった。また疑問だけど、これは仕方ない。

――――衛宮君は”人助け”を生き甲斐としてるんじゃないか。

いつの間にか私はそう、心の中で感じていたんだと思う。でも、それが私の感じた大きな”不安”には繋がらない。ティアナのフォローだって……。

もしかしたら私は気付いていた。ううん、思い当たることを並べてみたら自ずとそれが正しいんじゃないかと、思えてきた。

――――自分なんてどうでもよくて…。

――――自分を犠牲にして…。

――――”人助け”を生き甲斐とする…。

あの”世界”で見たあの寂しい背中とこの三つの単語は妙に嵌っていて、どうしても払拭できない。

考えるのはこれくらいにして、全部模擬戦で聞いてみればいい……。あがっちゃったら恥ずかしいから、質問だけまとめておこう……。

――――――。

当日になった。午前の予定が少し長引いて、もう模擬戦は始まってるみたいだ。なのはに少しでも楽をさせたかった……。
今スターズということは次がライトニングス、そしてその後に私と衛宮君。
衛宮君が模擬戦を見に来ているのは少し意外だったけど、ヴィータが言うにはセイバーに頼まれたとのこと。それならそれで納得で、はやてが気を使ってくれたから衛宮君も予定はなさそう……。

リンに言って、衛宮君のコート(リンはこれを外套って言っていた)を借りてバルディッシュに預かってもらっている。拳銃……このキャリコM950を拳銃って言うのは可笑しいけど、はやてからそれも借りてきている。予備マガジンもこのコートと一緒。青いラインが入っているマガジンがいくつかあったのは気になったけど……もっと気になるのはこっち……。

――――トンプソン・センター・コンテンダー。

私だって執務官になるためにそれなりに勉強して、銃器に関してはそれなりに詳しくなった。……普通はキャリコやコンテンダーのことを知っている執務官はいないけど……地球には深いかかわりがあったから……。

狩猟用の大火力な銃……人を撃つには明らかに向かないもので、しかも弾が一発もないし、ちょっとはやてから預かったときに見たけれども、口径が多分普通とは違う。
……何に使うんだろう?
多分撃たれたらリミッターかかってないときの私のディフェンサーで持つかどうか……なのはなら多分大丈夫なんだろうけど……。

そんなことを考えていたらスターズの模擬戦は佳境に入っていった。
スバルとティアナ、ちょっと無茶しすぎかな……もしかしたら模擬戦のデブリーフィングでなのはからお説教が待ってるかも……。
砲撃……?
狙いはいいと思うけど、撃つタイミングが遅すぎる……幻影?ティアナ、考えたね……。

そこからはあまり覚えていない。ティアナとスバルが実戦だと死んでいる行動をしてなのはが怒って、そこに衛宮君が割り込んだ。


「――――”自分の夢のために努力することは、決して間違ってなんかない”」



本当に、ここからはよく覚えてない……自分を犠牲にする、自分なんかどうでもいい、そんな言葉が頭の中をぐるぐるして……エリオやキャロがもしそうなったらどうしよう……あの”世界”のような寂しい思いをさせちゃったらどうしよう……。そう思ったら勝手に体が動いていた。
エリオとキャロのことを思ったらどうしても自分をとめることはできなかった。

「――――関わらないでください」

こんなこと、言うつもりじゃなかった。言って、なのはの前に立って、バルディッシュを衛宮君に向けたところでふと我に帰ることが出来た。

……私、ひどいことを言った。

――――……ごめんなさい。

――――…………衛宮君、ごめんなさい…。

嫌われちゃったかもしれない……ううん、きっともう嫌われてる……あんな酷い態度を、ずっとし続けたんだから……。

――――……ごめんなさい。

けどもう貴方にバルディッシュを向けてしまった。

それに衛宮君は剣を8本どこからか取り出し、私に投げつけてきた。

……本当はちゃんと説明して始めたかった。

…………こんな喧嘩みたいになるとは思ってなかった。

思ってなかった、で許されたらどんなに楽か。

……でも、エリオとキャロ、それにスバルとティアナが自分を大切にしない子には絶対になってほしくない……。

――――これだけが戦う理由になってしまったけど、もう剣は飛んできてる。

……ごめんなさい衛宮君……私を……許してくれますか……。




―――――――――――――――――



俺が黒鍵を投げつけたのはあのバルディッシュの魔力で編まれているだろう鎌にちゃんと物質が効くのかどうか、を確かめたかったからだ。ハラオウンさんは苦もなく避ける素振りも見せず、鎌を左右に薙いだだけで黒鍵を弾き飛ばす。

……とりあえずは、これでいい。

そもそもあれが物質を通すのならば接近戦で打ち合ったときにこっちは瀕死、向こうはバリアジャケットに守られているからほぼ無傷、という結果になりかねなかったから、これだけは確かめたかった。

「……俺に聞きたいことがあるんじゃなかったのか?」

今度は左右どちらも二本の黒鍵を投影する。右の黒鍵二本には鉄甲作用を付加させて投げるつもりだ。

「――――はい。では聞きます……貴方は、夢のために頑張ることは無駄じゃない、と言っていました。そのことには私も賛同できます。ですが……貴方の”夢”とはなんなのですか?」

ハラオウンさんは構えさえ解かないが、攻撃してくるつもりはまだ無いらしい。……俺も戦いたいわけじゃないからそれは助かる。
――――俺の夢、か。

「そうだな……”せいぎのみかた”になること」

そこで一旦言葉を区切る。そしてまた身体を捻り、左から投擲、そして少し投げ方に工夫を入れ鉄甲作用を付加した右。

――――撥―――――

「――――っ!?」

最初に投げた左の二本は同じように薙いだだけで弾かれたが鉄甲作用は真祖の姫が驚くほどに衝撃を付加する体術だ。その効果を遺憾なく発揮しバルディッシュを吹っ飛ばすが、ハラオウンさんはそれを離さなかった。

「あんまり甘く見ないでほしいんだけどな」

「……そうですね。正義の味方って……馬鹿にしてるんでしょうか」

「いや、本気だが」

俺は即答した。この答えに嘘偽りは無い。それに対して何か思うことがあったのか、ハラオウンさんはさらにそれへの答えといわんばかりに身体を捻転させ――――

――――これは……。

「ハーケン――――」

――――くそっ!鎌だからって油断した!

俺は横っ飛びし、廃ビルのなかに突っ込もうとする。

「――――セイバー」

魔術で自然と全身を強化しているのだが、それが無かったら多分この一発で負けていたと思う。窓が外れてもう何にも無い廃ビルに突っ込むことに成功してふと外を見ると、俺がさっきまでいた地面がカッターで切り裂いたかのように綺麗に削られていた。

じゃり、じゃり、とこちらに歩いてくるのがわかる。俺は懐からキャリコを取り出し即座に”青いラインの入った”マガジンを装填、構える。

「なぁハラオウンさん、正義の味方って、知ってるよな?」

「――――ええ」

こちらからハラオウンさんの顔が覗けると同時に俺はキャリコの引き金を引いて、今まで何回も撃った確かな感触が腕を伝う。もし本当にキャリコとは言えど弾が通ってしまったら危険すぎるので、ばらつきの加減も考えて絶対当たらない位置、ハラオウンさんの少し前にバラ撒く。

約2キロと少しの重量は外套の中にしまうのには不便だが、そこは重量を誤魔化せる魔術があるからな。
財布の小銭をぶちまけたような甲高い音を立てながら薬莢が排出され、それが地面に転がる。

しかしそれを全てオートガードで防ぐハラオウンさん。キャリコの9mmパラベラムの弾丸などまったく気にしていないかのようだ。

「――――正義の味方ってのは助けてほしいって思った人の前に颯爽と現れて悪者を倒し、かっこよく去っていくんだ。それに、悪者を”殺したりは”絶対にしない」

俺は、このままだと袋の鼠になるのでハラオウンさんがいるのと逆側の壁をすぐさま投影した黒鍵でぶち抜き、反対側の道路へでる。

「……そんなのは、夢物語に過ぎません」

廃ビル越しに、ハラオウンさんと目が合う。距離はさっきより少し離れたが、多分これもハラオウンさんの間合いなんだろう。

「そうだな、だから俺は夢だといったし……せいぎのみかたになること”だった”」

俺を見つめ一呼吸置くと、ハラオウンさんが廃ビル越しからは確認できなくなる。……空を飛んだか。
俺は一瞬迷ったが、これだと何も出来ないので一旦廃ビルに入り、ハラオウンさんがいるであろう外に出る。多分不意打ちはないと考えられるけど、警戒だけは忘れない。

「それは、無理だとわかったからですか?」

廃ビルの頂上付近……黒鍵ならばそれなりに大丈夫であろう位置に、ハラオウンさんはバルディッシュを構え浮遊していた。

「違う。……いや、そうかもしれない。俺の親父の夢でな、親父は無理だったって言った。だから、俺がその夢を叶えてやる、って啖呵を切ったんだ」

「…………」

「親父は全部を救ってあげることが出来なかった。どうしても指の隙間から零れ落ちる命を掬えなかった。……そして親父は、ベストよりベターをとるようになった。どういうことかわかるか?」

「……ええ、最小限の犠牲で、最大限のことをしたんでしょう」

ああ、と俺は頷く。

「親父はずっとそうやって生きてたらしい。悪者を倒せばそれで終わるならすぐさまそれをする。……多分、親父の行動に間違いはなかった。災害研究や犯罪に関しての研究をしてる人たちも、口をそろえて、これ以上の結果はなかった、と言っていた」

これは舞さん……久宇舞弥さんが言ってたことだけどな。ちなみに、銃器に関して教わったのもこの人だ。

「…………衛宮君、貴方のお父さんは正しいです」

そういったハラオウンさんの目からは怒気など微塵もなく……なんで、なんでそんなに泣きそうなんだ…?

「ああ、俺もそう思いたい。けどな、世間はそうは言わないし、親父も次第に狂っていった」

「それはどういう……」

「毒殺、狙撃は当たりまえ、人一人を殺すためにビルを爆破し、旅客機を落とし、さらには対象となった婚約者をも人質に捕った。それでも正しいのか……?」

息を呑む音が聞こえる。ヴィータや高町のほうからも……。そりゃそうだよな、俺だって聞いたときはびっくりした。親父は”正義の味方”になることは早々に無理だと悟って、そのような生き方をしていた、と。
多分この親父の生き方は正しいとは何処かで皆思いつつも、絶対に管理局じゃ肯定できないものだ。

「……衛宮君も、そうなんですか……? そうなら、私は―――――やっぱり貴方に、新人達の指導はしてもらいたくないっ!!」

「俺は俺だ、親父の生き方を否定するつもりもない。それに俺は親父を正しいと思ってる」

ここからでもわかるくらい、ハラオウンさんは唇を噛み、バルディッシュを持つ手に力が入る。

「……貴方は飛べません。負けを認めてください。そうでないならば――――」

ふむ、飛べないけれど飛んでるものを打ち落とすことはできるんだぞ?

「――――投影・開始(トレース・オン)」

「――――えっ?」

実力で勝てないなら、勝てるようにするためのものを持ってくればいい。

――――俺が”世界”から持ってくるのは琉球の秘宝……。

「北谷菜切――――っ!」

――――波!―――――

『 Defenser 』

ハラオウンさんは突然のことに驚き固まっている。……確かに、日本刀を振ったらそれが衝撃波で飛んでくるなんて誰も考えないよな。
くそ、やっぱりオートガードって卑怯だぞ!ランクとしてはかなり低いから防がれるのもわかるんだけどな……。鉄甲作用使って投げた黒鍵くらいの衝撃しかないと思う。

「……本当に、よくわからないですね、その能力」

うん、俺もそう思う。けど、これがあって”俺”だから、違和感もないんだけどな。

「ちゃたんなあちらあ、って言ってな、琉球……今でいう日本の沖縄だな、そこの秘宝。その剣が振ると衝撃波を出せるから、飛べなくったってなんとかなるんだぞ」

干将・莫耶だってランクは低いけど立派な宝具だ。俺の能力に関してはほとんど話してなくて、八神には一回見た剣を作れる能力と誤魔化しておいた。ちなみに、管理局登録する際の能力は「自身が所有する物質の転移」ってことになってる。……なんか調べられたら一発でアウトそうだけど、それは気にしないことにしたぞ。

「……負けを認めないなら、わかりました。プラズマランサー―――――」

ハラオウンさんの足元に魔法陣が現れ、さらに射出されるであろう黄色に輝く球体が6、7、……8――――。

無理、受けきるの無理。

「ファイア」

さっきの巻き戻しのように俺は横っ飛び、今度は逆側の廃ビルに突っ込んだ。ちなみにもう埃だらけ。流石に聖骸布は汚れはするけど綻んだりしてる様子はない。
……にしてもしゃれにならないだろ、あれ。確か隊長格って全員リミッターが効いてるんだろ? それでなんで地面がボコボコになるんだよ。しかも非殺傷設定ってホントに意味あるのか? 当たったら死にそうな攻撃ってどうよ?
それにしても、空中ってのはやっぱり有利すぎる。こっちの攻撃は黒鍵投げるかまた北谷菜切使うかくらい……弓はハラオウンさんの速度からして無理。
コンテンダーは絶対に使わない。口径が特注で聖骸布に縫いこまれてる弾しか使えない、というか作ってないから使うならその弾丸になるけど、その弾って起源弾だからな……多分シールドも……いや、シールドに当たった瞬間……うん、使わない。
魔術師と違うからどうかわからないけど、リンカーコアが魔術回路に近いものなら……うん、使わないぞ。

さて、どうしようか……と、考えながら突っ込んだ際に被った埃やら砂やら瓦礫の一部やらを払い立ち上がる。が、ハラオウンさんの追撃を気にしてたけど特に何もない。

――――ん?

なんだ? この感じ。

例えるならそう……メディ姉さんのあの範囲兵器を目の当たりにしたときのような……――――っ!!

俺はほぼ直感で、それでいてなりふり構わずぼろくなった廃ビルの壁をまたぶち破り外に転がり出る。

「撃ち抜け、轟雷」

俺が壁をぶち破ったのとほぼ同時に、俺は直感を信じてよかったと本気で思った。

――――豪!―――――

本気で無茶苦茶だろ、多分詠唱なんてしてないぞ今の。あの嫌な感じがするまでは多分迷ってたんだと思う。

……今いた小さい廃ビルがハラオウンさんの射撃? 砲撃? で半壊になってるんですが。

――――雷!―――――

「ぐあっ!? か、雷!? 」

俺が転げ周り何とか瓦解の余波に巻き込まれずすんだが、そこにあるのは稲妻の壁。数本直撃を食らったが、何とか聖骸布が効いてくれたようで多少のダメージですんだ。が、多分これが目的では――――。

「サンダー――――――」

声が聞こえたほうを見上げる。バルディッシュは鎌の形から鳴りを潜め、今は四枚の金色の羽をコアの周りに羽ばたかせ、ハラオウンさんはデバイスを俺に向ける。後で聞いたが、アレはシーリングモードという形態だとか。

―――――そこに生成させるはハラオウンさんの身長よりも大きな魔法陣。

「―――――投影・開始(トレース・オン)」

あんなのを食らったらいくらリミッターがかかった攻撃で、且つこっちが加護で守られているといえど洒落にならない。魔法による攻撃の軽減具合は今の攻撃の前兆? 副産物? のような雷撃でわかった。
軽減具合が少なかったのは多分これが雷属性だからで――――。

――――それなら、俺は雷を切る剣を知っている!

「―――――レイジ」

「―――――一両筒」

――――光!―――――

叉の名を雷切と称されるこの刀は、火縄銃の銃身をも両断したということからこの名でも呼ばれる。俺が”見た”のは有名な”千鳥”のほうではないので、区別しやすいようにこっちの名で呼んでるんだ。
別に、本物の”雷”である必要はない。雷の概念を含んでいるものなら、斬れないことはないのが”概念”の面白いところだ。

真名開放のオンパレードになってるけれども、技の名前を自分からほいほい言ってるってことは多分掛け声ってことで認識されると思うから多分大丈夫だ。

「随分、茫然としてるようだけどどうしたんだ?」

信じられない、という表情で固まってるハラオウンさんは何処か新鮮だった。若干天然の気がある、と遠坂から聞いてたけど、それも信じられる気がした。

「…………しょ、正直、防がれるならまだしも剣で”斬られる”とは思ってなかったので……」

投影しておいてなんだけどやっぱ俺って日本刀って似合わないな、とか宝具に無茶苦茶失礼なことを考えながらも俺は一両筒を落とし、消した。わざわざ地面に落としたのは色々と錯覚させるためなんだけど……まあいいか。

「あんなの食らったら死ぬからな」

「非、殺傷設定なんですけど……」

「感電死ってあるだろ」

「…………あ」

あ、じゃないぞハラオウンさん。しかも普通の刀なら刀身伝うからな……。

「話の続きをしよう。俺は親父の生き方を否定するつもりはないし正しいと思うけど、同じ道は進まない。進むつもりもない」

「…………え?」

少し意外だったのか、デバイスをあの鎌の形態に戻しながらも目を見開く。攻撃する素振りは見えないので俺は話を続けた。

「親父は心を殺し、たとえその犠牲が自分の妻であろうと躊躇いなくそれを実行できた人だった」

これも舞さんから聞いたことだけどな。

「大事な人が死のうとも、それで最大限の成果が出せるならそれでよかったんだ。…………けど、俺にそれはできそうにない」

いつもとは違い、俺の話を真剣に聞いてくれる。……こんな形でなかったのなら、どれだけよかったか。

「なぁ、ハラオウンさん。貴方はどうだ? 管理局員としてじゃなく一個人として、どういう選択をする? そうだな……エリオとキャロを助ければ民間人1万人が死ぬ。逆なら民間人が死ぬ。貴方ならどっちだ? もちろん、ほかに選択肢などない」

極端すぎ、こんな状況はないだろうが、そんなのは全て仮定。残酷な質問だ。躊躇いなくどちらかを選択できる人なんで俺は数人しか知らない。

「私、は…………」

即座に出ないのなら直ぐに出る答えでもないので、俺はそれに言葉をかぶせる。

「もう一つ質問だ。今度はもっと簡単だけどな……エリオとキャロ、ハラオウンさんが全力を出せばどちらかを助けられる。だが迷えば二人とも死ぬ。さあどうする? もちろん、”自分が死んで二人が助かる”なんて選択肢はない」

また、ぎゅっとバルディッシュを握る力が強くなるのがわかる。
ハラオウンさんは一呼吸置き――――――地上に降り立った。

「どういうつもりなんだ? 空中のほうが有利ってのはわかっ―――――」

「貴方はっ!!」

それは俺の声を掻き消すくらい迫力の篭った叫びだった。ハラオウンさんはどちらかというと御淑やかなイメージがあったからこれには少し面を食らった。

「……なんだ? 質問の答えになってないぞ」

しかしその言葉を無視するかのように、ハラオウンさんの叫びは続く。

「貴方は……自分を犠牲にすることを厭わない」

「……ああ、場合にもよるけどな」

「貴方は……自分なんか、きっとどうでもいい」

なんでハラオウンさんはそんなことを知っている……? 六課ですごしていた間はそんな無茶をやったことはないはずだ。それに特にへんな行動をしていたつもりもない。

「そして……”人助け”をする事に生き甲斐を感じている……」

苦渋の表情を浮かべているのはきになるが、ああ、それも合ってる。
少し前の俺は、人助けをしてその見返りに喜びを見出すのではなく”人助け”という行為に奔走し、それを”報酬”だと思っていた。多分、ハラオウンさんはそのこと言ってるんだ、というのをどこかで感じた。

「……ああ」

「それで……それで……あ、貴方は……」

今にも泣き出しそうなのを堪えるかのように俯く。バルディッシュを力強く前に突き出しているのは本能からか。

「――――――紅くて寂しい、とっても寂しい、”世界”の中に……いる……」

「なっ…………」

わかった。全部、全部そういうことだったのか……。ハラオウンさんは俺の瞳を見ているんじゃなかったのか。今までの行動に全て納得がいった。

なんて――――。

なんて優しい子なんだ――――ー。

ハラオウンさんは多分、俺を心配してくれていた。俺を助けてくれようとしたのか……。それでもどうしたらいいかわからなかった……。

「――――そこに、”紅い騎士”はいたか?」

「…………はい」

確かにそれは俺の世界。だが、少し”違う”。
それは”アイツ”の世界。同じだけど違う。少しだけ、違う。今の俺は――――。

「……そうか、それで”あっている”」

赤い騎士を見たなら、それは”アイツ”になっていたときの俺の世界。その世界なら、ハラオウンさんが言ってることは全部正しい。

一瞬の静寂。

それを破ったのはハラオウンさんでも俺でもなく――――。

『 Sonic Move 』

ソニックムーヴ!?それってエリオが使う高速移動術――――!

ほとんど残像が残るレベルであの場所から姿を消し、高速で迫ってくるのがわかる。だけど、セイバーよりは早くない!

――――同調・開始(トレース・オン)」

唱えるのはほぼ一瞬。バルディッシュの音声が上がるのとほぼ同時に反応できたのは行幸だろう。

「 Time alter ―――― ( 一 斉 強 化 ――――)」

親父の遺産。魔術刻印は無いけれど、親父が残した文献を元にメディ姉さんが俺が使えるようにしてくれた術式。親父が継承した魔術刻印は二割よりもっとすくないものだったらしいけど、それでもできるなら、と天才の遠坂、神代の魔女が考案してくれた。

……なんでも、”衛宮”のお家芸は儀式的な時間操作だったらしい。
けど親父は魔術師としての在り方を放棄。協会が出し渋ったらしく魔術刻印は二割程度……。それでも”魔術使い”の親父には十分だったということだ。
そして、衛宮という名前はそれなりの歴史があったみたいで、それに興味を持ったメディ姉さんが協力してくれた。メディ姉さんは時間操作等の”魔術”なら遠坂でも知らないようなことまで知っていてそれを元に構築したもの。
だがもちろん、俺がまともに使える魔術なんて”固有結界”の副産物である、投影とか強化だけ。そこで考えたのが、”身体の一斉強化”。

若干ながら、俺の背中には令呪ほどの刺青がある。俺はへっぽこだから、戦闘で何とか使える二工程(ダブルアクション)でこれほどの魔術を発動するためには予めの用意が必要で、それをメディ姉さんが俺に直接”書き込んで”くれたものだったわけだ。

神速の速度で体中の隙間に俺の魔力が行き渡り、反射速度、筋力などを段階的に一気に引き上げる。

少し親父のとはまったく違うけど、俺は親父の技の名前をそのまま使わせてもらうことを選択した。これは俺なりの親父への尊敬でもある。呪文なんて自己暗示と同じなので、自分が集中できれば基本的にはなんでもかまわないのだ。

「――――Double accel!(―――― 二 倍 速 !)」

――――檄!―――――

視界がぐにゃりと曲がり、おかしい速さで動いているんだということも実感しつつも、俺もほぼ同じ速度になったことでクリアになったハラオウンさんの突進を夫婦剣で止める。鎌ってのは厄介で、ちゃんとした受け方をしないと身を引き裂かれる。

「――――そんな技も、あるんですね」

「――――Release alter!(――――強化 解除!)」

ハラオウンさんとの、鍔はないけど鍔競り合い。しかしそんなことをしたらいろんな意味で負けるのは目に見えているので俺はすぐさま飛び退き、距離をとった。

――――あ、やばい。

「ゴフッ……ゲフッ……あ……ハッ…」

俺がこれを使えるのはせいぜい使えて四秒、制御を切ったあと一拍置いてものすごい”修正”が待っている。ようは、緊急時の非常用ボタンと思ってもらっていい。基本的に、反動が半端でないので、命がこれで助かるなら安いと考えているだけである。

具体的にはまず、術が不完全で内臓が一部置いてかれるのでその分そのまま内蔵にダメージ、下手したら倒れる。吐血で済んでるのは御の字だったりする。
その後に筋肉が一部対応できてないらしく、その痛んだ箇所を見る限り毛細血管がかなり逝ってる。
さらに脳もついていけてないらしく、無茶苦茶眩暈がする。正直強がって夫婦剣を構えているけど、立っているのがやっと。

「ぇ……?……だ、大丈夫で―――」

「俺は……正義の……みか……た……に、なり、たか……った」

少し、マシになった。ハラオウンさんが心配そうで、今にもバルディッシュを落としそうで……。

「け、ど……それは、無理だ、と……実感、し…た……」

今言わないという機会がないまま倒れる気がしたので勝手に喋る。

「ハラオウ…ン、さんの、いってるこ、とは……正し、い……」

ふう、痛いのは我慢できる。……よし。

「けど、な……。今の俺は”違う”んだ」

「…………う、そ…」

「嘘じゃない。俺は”人助け”をすること自体を報酬だと思ってた。人助けをした後の見返りなんていらなかった。けどな、それは間違ってる、と言われた」

そんなのは歪んだ願望だ、と。

「そして、気付かされた。……自分を犠牲にして、みんなが幸福になる、これはいいことだ、……と思っていたんだ。だが、違うと両断された」

そんな幸福はただの押し付け、自分のエゴだ、と。押し付けられるほうは迷惑だ、と。

「”俺は、自分を優先する資格などないと思っていた”」

巻き込まれた人は全員死んだ中で火災の中で唯一生き残ってしまった”例外”。いや、俺も死んでいた。それを親父に助けられたんだ。だからこそ、俺にそれをする資格はないとずっと思っていた。
だがその考えも……。

正義の味方は、”自分も”生き残るんだ、と。

「だが、今は違う」

「…………うそ、です…そんなわけ……そんなわけっ……!!」

ハラオウンさんは顔を挙げ、叉上空に飛び上がった。

――――くそっ!

なら俺も同じ土俵に上がるしかない! そこで……!

若干悲鳴を上げている身体に鞭を入れ廃ビルの中に走り、身体を強化して階段を駆け上る。このビルなら屋上まで10秒もかからない。

「――――…エル・ブラウゼル」

小さなビルの屋上へ繋がる扉を蹴ってぶち抜く。老朽化していた扉は簡単に吹き飛び、青空が広がる。

――――いた。

ここからなら……いや、もう少し近づかなければ剣戟を入れるのは無理だ。

「フォトンランサー――――」

――――え?

その掛け声とともに出現したのは数えるのも億劫なほどの大量なスフィア。多分40か50はあるぞ?

「ファランクス・シフト」

その言葉より早く俺はこの場で投影するのではなく、全力でハラオウンさんへ向かって走りながら懐からキャリコを取り出し、ハラオウンさんへ向けていた。
残っている弾は28発……普通は数えるのは不可能だが、俺が引き金を引いていた時間から残っている弾数をはじき出す。
俺は躊躇いもなく引き金を引いた。

「撃ち砕け――――」

何でこの場でキャリコを選択したのか。

それは―――――

「ファイ――――へっ?」

俺の弾を全部オートガードで防いだハラオウンさんは、俺が弾を打ち切ると同時に――――。

バリアジャケット、スフィア、デバイスの状態が全て解除され訓練服になり、地面に落下していく……っておい!!!! 

俺は反射的にビルから飛び降り、いや、壁を駆けてハラオウンさんよりも早く地面につく。

――――抱―――――

ぎ、ギリギリセーフだぞ……。ハラオウンさんをスライディングしながら抱きかかえる。バリアジャケットも生成しなおせなかったみたいだし、あの高さから落ちてたらそれこそ洒落にならない。

なんで全て解除されたのかというと、それはあの”青いライン”の入ったマガジンの一番そこに入ってる弾に細工がしてあるんだ。銃を使う上で一番の隙はリロード時で、これをなんとか減らせないかと思案していたときに、”起源弾”という単語がひらめき、思索的に作ってもらったんだ。

――――ほんの一瞬だけ、魔力の流動を止められる魔弾。

といっても、試験的に作っただけで実用化する気はなかった。使ってる材料も遠坂の切った髪だとか、爪だとかの弱いもの。
で、だ。どういう仕組みになってるのかというと、これまたメディ姉さんに協力してもらい遠坂の属性、アベレージ・ワンの中の”水”だけを取り出せないものか、と。
結果的には成功と失敗の半々。遠坂みたいに任意で呪を編んで魔術を発動するならまだしも、属性を分けて取り出すなんてことは不可能で、”属性を全部持っている”弾になった。

五大元素の水の中には”凍結”なども入っていて、親父が「切って」「嗣ぐ」のならば遠坂の”凍結”は、まさに、凍結させることが可能なもの。かといってそれを解凍するための火の派生”炎”もあるから、まさに一瞬。

だが使ってる媒体が髪とかだから効果も薄く、例えば「心臓を殴る」と一時的に心室細動が起こり心肺が停止するという話を聞いたことがあるがそんな感じの……いうなれば撃たれたら「びっくり」するくらいのもの。

魔術師相手ならほんの一瞬回路を流れる魔力を止めることが出来る。
それでも呪文詠唱をストップさせたりすることが関の山で……時間にしたらゼロコンマ二秒くらい、まさに一瞬なんだが、大魔術を止められるならそれだけでも価値があった。
細かい魔術で攻められたらまるで意味がない、まさにリロードの時間を一瞬でも持つことが目的のものだったんだけど……。

魔導師、というのは魔力を流し続けているらしい。バリアジャケットであったり飛行であったり、わずかながらでも魔力が流れ続けていないとバリアジャケットが解除されてしまうとのこと。
バリアジャケットに関してはデバイスがあれば勝手に維持してくれるが飛行は別。自分で意識し続けないといけない、と聞いた(といっても多少上になるとマルチタスクが普通に可能らしいので、飛行が出来るできないの才能の差はこの辺なのかもしれない)。
その流れる魔力を一瞬でも止めたから、バリアジャケット含め全て解除された、ってわけだな。
でも、即座に生成しなおす事だって可能なはずなんだけどな……。

「――――俺がした質問な、ずっと考えてたんだが、それを気にしたセイバーがな、こう言ってくれたんだ」

俺に抱きかかえられて大人しくなっているが、それも気にせず……といってもハラオウンさんの顔が近くにあるのは気になるが、言葉を続ける。

「”シロウが全力で掛かれば片方を助けられるのならば、私がいれば両方助けられるのではないですか?”ってな」

この言葉を思い出すと、自然と頬が緩むのがわかる。

きっともう俺は笑えてる。

そう、これでよかった。

何で俺は一人で全部やろうとしてたんだ?

そんなことは必要なかった。

「あ……ぅ……あ、あああ……」

今までずっと我慢してたのかは知らないが、俺の言葉を聴いてくれたハラオウンさんは徐々に顔を崩し、俺の胸に顔を埋めて泣きはじめた。

――――ごめんなさい……。

――――ごめんなさい……。

そういいながら泣きじゃくるハラオウンさんの頭を、俺は撫で続けた。数分か、どれくらいかはわからないが、やっと喋れるくらいになったハラオウンさんは俺の胸に顔を埋めたままこう言った。

「……エリオや…キャロが……そうなったときは……助けて……くれます……か……?」

そんなの、考えるまでもないだろ。

「ああ、もちろんだぞ。逆に、俺も困ったら助けてもらってもいいか?」

「……は……いっ…!」

そういい、顔を上げたハラオウンさんの顔は涙で濡れていたけど……とてもいい笑顔だった。

……ん? なんか視線を背中に感じるけど、多分気のせいだろ。気のせいだと信じたい。

「あ、あの……士郎、って呼んでも……いいですか……?」

「ハラオウンさんが敬語をやめてくれたらいいぞ?」

「じゃ、じゃあ、フェイトって……呼んでください」

「ああ、わかった。よろしくな、”フェイト”」

「うん……よろしく……”士郎”」

俺の名を呼んだフェイトは叉顔を俺の胸に……って何でだ? もう泣き止んだだろ? 聖骸布がっちりつかまれて離しそうにないぞ?

「……仕方ないやつだな」

19歳という年齢を考えればちょっとどうかと思うが、多分小さいときあんまり甘えられなかったんだろうな。
本当に仕方ないので俺はフェイトを抱きかかえ、俗に言う”お姫様抱っこ”で”高町達の”ところへ向かった。

「……あれ? 隊舎に向かうんじゃないの……? あれ? あれ?」

そんなわけないだろ、まだ高町とちゃんと話してないんだぞ。

「え、ちょ、士郎、お、降ろして……」

いまさらそんなこと言ったってダメだ。このまま連れてく。あ、みるみるうちにフェイトの顔が赤くなったぞ。流石にこの状態で高町達に会うのは恥ずかしいんだな。

「え、え、ええーっ!? は、恥ずかしいって……」

「フェイトがずっと離さなかったからな。罰ゲームだ」

「あ、あぅ……」

見事に撃沈したフェイトはまたまた俺の胸に顔を埋め、高町たちと目を合わせないようにしてるんだとわかる。

「士郎君……私、ちゃんとティアナと話してみるよ。そ、その……止めてくれて、ありがとう」

あの妙に迫力がある高町の姿はなく、バリアジャケットも仕舞い、少しだけ元気がないだけのいつもの高町に戻っていた。

「ああ、それがいいな。今回は俺がでしゃばったけど、高町がやったことは軍隊としては正しい。すまなかった」

「う、ううん! そのあとティアナにトラウマが出来ちゃったりしてたら本当に困るし……ありがとう、だよ」

フェイトのことには突っ込まないのな。ヴィータなんて明らかにフェイトを見ないように必死に上向いてるし。



――――――――


気付いたら衛宮君に抱きかかえられていた。なんか弾を全部バルディッシュに任せて私がファランクスシフトに集中して終わらせようとしたらいきなり全部解除されて……最後の弾かな?
受けきったと思ったら、身体が一瞬ビリッと……したんだ。その……本当に一瞬だからリカバリーは出来たんだろうけど、動揺しちゃって……本当に、助かった。

「――――俺がした質問な、ずっと考えてたんだが、それを気にしたセイバーがな、こう言ってくれたんだ」

衛宮君は私を抱きかかえたまま、私の目を見て話し始めた。……エリオとキャロ、どちらかしか助けられないのならどっちを助ける? ってやつだ。……アレは本当に意地悪だと思う。答えなんて出るわけないのに……。
けど、衛宮君はそれの答えを出したのかな? セイバーが言ったって……どういうことだろう。

「”シロウが全力で掛かれば片方を助けられるのならば、私がいれば両方助けられるのではないですか?”ってな」

笑っていた。

ほとんど笑顔を見たことなかった衛宮君が、満面の笑みで……。

―――――――あれ?

また…………あの”世界”?

衛宮君の腕の中にいたはずが、私はまたあの紅の世界にいるようだ。

でも、でも……。

―――――前きたところとは、少し違う。

この剣が乱立する景色も同じ。背景になっているこの夕焼けも同じ。

けど。

…………けど。

―――――寂しくはない。

頬を撫でるのは暖かい風。

夕陽に当てられてとっても、とっても暖かい……。

私は辺りを見回す。

ここがあの世界と同じなら、きっとあの場所が――――

―――――あった。

私の後ろの直ぐ傍に、あの丘はあった。

そこにいたのは”紅い騎士”ではなく――――

「――――え、みや、く……ん…?」

「――――ああ」

あの満面の笑みの、”黒い外套を羽織った”……衛宮士郎だった。

今度は声を出せた。そのことに少しびっくりしたけど、それよりも……。

衛宮君は変わったんだ。

きっと、今ならあんな、寂しくなることはしない……。

――――――世界が崩れる。

前みたいなガラスが砕け散るようなのではなく、ゆっくりと、ゆっくりと。

そして視界にあるのは衛宮君の顔。

なんでだろう……。

――――凄く安心したら、涙が出てきた。

「あ……ぅ……あ、あああ……」

私は衛宮君の中で泣き出してしまった。泣いたのなんていつ以来かわからないけれど、堰を切ったように。

ごめんなさい……。

何に対して謝ってるのかもわからないくらいに……ごめんなさい……。

その間ずっと、衛宮君は頭を撫でてくれたんだ。それが凄い気持ちよくて……安心できて……それでまた、泣いてしまった。

その後私は衛宮君のことを士郎って呼んでいいか聞いてみた。そしたら快くいいって言ってくれて……士郎も、私のことをフェイトって呼んでくれた。

その後は……。

―――――えいっ。

士郎に抱きついてみた。あれ? 固まってる……で、でもいいか……いい……よね?
その後ものすごく恥ずかしい罰ゲームがあったけど……それでも、よかったんだ。

凛やセイバーって士郎と仲いいんだよね……なんか……悔しいなぁ……。私も……仲良く……慣れるかな……。



―――――――――――――



で、だ。
高町やヴィータがここにいるのはわかってたからいいんだ。いいんだが。

「なんで遠坂がいるんだ?」

腕を組んで満面の笑みでフェイトを見てるのは怖すぎるぞ。

「あら衛宮君、後でちょっとお話があるのですけど、よろしいですか?」

「あ……ああ…」

あー……多分真名開放しまくったことだろうなぁ……色々不味いしな……まぁいいや。

「ティアナはどうだ?」

「あ、うん……やっぱり疲れがたまってたらしくてね、ベッドに寝かせられたらそのままぐっすり寝ちゃってるって……純粋な極度の疲労だから、起きるまでそっとしておいてってシャマル先生が」

やっぱりそうか。あいつらくらいの年齢じゃやっぱりきつかっただろうな。

「ほかのやつは?」

「とりあえず自室待機ってことにしてある。……ティアナが起きたら、ちゃんと話さないと」

私、がんばる、と拳に力を入れている高町……肉体言語はダメだからな? わかってるよな?

「あー……シロウ、いい加減気になってたっつーよりは言わないと可哀想だから言うんだが」

「うん? どうしたヴィータ」

「そこ(俺の腕の中)でうずくまってるの、フェイトでいいんだよな?」

「ああ、フェイトだな」

「「え゛っ」」

「うん?」

いまさら驚くことでもないと思うんだが。あ、フェイトがびくってなった。このまま気付かれないなんてありえないんだからな?

「し、士郎……」

「士郎君……私は”高町”なのに、フェイトちゃんは”フェイト”なんだね……」

あー……なんか似たようなことで揉めたことあるな……高町と遠坂が同じようなへんなオーラをまとってるのは怖すぎる。

「…………じゃ、俺、ちょっと仕事あるから」

「待ちなさい」
「待って」

待たない。




――――――――

あとがき。

……フェイト好きなんです本当に(ry

やってしまいました、しろーくんきりつぐ化。
キャリコやコンテンダーはまだしも固有時制御はありえんだろ、という意見は……受け付けますorz
遠坂の起源弾、ありえんだろ……受け付けますorz

とりあえず、書いてて凄い楽しかった回でもあります。要領にばらつきがありすぎるのも問題ですね(苦笑)

(注意)追記、改定をしました。
魔弾に関してはわかりにくいですが、QoDのアルテナのようなものだとおもってください……(アルテナには凍結効果も解凍効果もないですが(苦笑))

では、感想、ご指導、等などお待ちしております。



[5645] 九話
Name: あすく◆21243144 ID:b2d8d397
Date: 2009/04/14 01:13
あの後流石に腕が疲れてきたので六課のデスクのところでフェイトを降ろしてあげた。ちなみに通路で会った人すべてに凄い視線を向けられたが、そんな視線にはなれてるので俺は大丈夫だったが、フェイトは相当堪えたようで、折角デスクがあるところまで連れて行ってあげたのに残像が残る勢いでどこかに行ってしまった。

――――やりすぎた?

まあいいか。
実は我慢してたけどものすごくいろんなところがアレなことになってるのでその足で医務室へ向かう。もちろんキャリコもコンテンダーも返した。あー……あの弾は魔導師相手なら使えそうだけど、過信できるものじゃないしな……多分もう使うことはない……かな?
聖骸布も自室においてきて、今は作業着だ。

――――開―――――

空圧式の扉を潜り医務室へ入る。……あのカーテンが掛かってるところで寝てるのか、ティアナは。
そんなことを考えつつも俺はちょうどそこにあった、数人は座れそうな黒い長椅子に腰を下ろした。

シャマルさんは……いないのか。やっぱり通信機は持ったほうがいいかもしれない……。
そんな急な話でもなかったけれども、やはりここに居続けるのは居心地が悪い。

それにしてもあの模擬(?)戦、答えになったのかな……ティアナに関しては高町が何とかするだろう。あの調子だと多分大丈夫だと思うが、フェイトも俺に関わるなとはもう言わないだろうしな。

――――開―――――

少しうつらうつらしてきたところで医務室の扉が開いた。

「はぁ、あんた、どういうつもりなのよ」

遠坂か。

「ん? ……やっぱり、まずかったか?」

「んー……いいんじゃない? ここミッドだし」

遠坂は俺が座っている長椅子の反対側に腰掛ける。……いつから見てたんだろう。

「あんたが割り込んだとこから」

全部か。

「え、俺口に出してたか?」

「顔に書いてあった」

さいですか……。にしても、此処ミッドだし、で片付ける遠坂ってのも凄いな……。

「遠坂がそういうならいいんだろうけど……すまん、少し考えて使うことにする」

「……ええ、目立つのは避けたいから。……で、大丈夫なの?」

「そうだな……やっぱり俺に他の魔術は合わないって再認識した」

実は戦場で異常な動きってのもこれだからな。死ぬよりはマシ、と割り切って使ってる。といっても、固有時制御って名前の身体一斉強化の術式だから俺でも使えてるんだけどな。その、急激な全体強化に体が付いていかないだけだ。

「そうねぇ……士郎、あんたが血吐いたとき、高町が顔色失ってたわよ?」

そうか……あのときのフェイトも驚いてたもんな。どうせ使わないだろうし、魔導師相手ならよっぽどじゃない限りついていける。うん、これも封印かな……。と言ってももともと常用しているものじゃなかったが。

「悪いことしたな……」

「ん。まぁ、フェイトとの仲が何とかなったのは行幸かな」

それは俺も思う。ギスギスし続けてるのも嫌だったからな……あとは新人達と隊長陣の関係かなぁ……俺が口だすようなことでもないんだと思うけど……性分なんだよな……。

「それで、こんなこと話にきたんじゃないんだろ?」

無言。遠坂は俺のこれくらいの負傷は日常茶飯事だと思ってるし、俺自身そうだと思ってる。命に関わるレベルの怪我じゃなきゃなんとでもなるとか思ってる俺達はきっと異常なんだろうけど、慣れてしまったものはしょうがない。

「…………わかる?」

「曲がりなりにも一応数年の付き合いになるからな。”帰り方”か?」

珍しく遠坂は浮かない顔をしている。ルヴィアさんに凹まされたときのような感じだな。

「ううん、そっちは追々かな。まだ色々確認したいことあるし、無限書庫ってのが凄い気になってる感じ」

無限書庫のことは俺もチラッと小耳に挟んだ。なんでも空間の概念が捻じ曲げられているところに無造作に相当量の本がぶち込まれているところとか何とか……。高町やフェイト、八神の知り合いがそこで司書長をやってるらしい。今度頼んでみるか。

「それじゃあ……なんだ?」

ほかで悩む理由……俺やセイバーが教導に参加してることで、遊んだりすることは無理だがそれなりの生活費くらいはミッド通貨で持っているのだ。まぁ、それでも宝石代までは到底無理なんだろうけど……そこは遠坂が家にある全部の宝石持ってきてたことが救いで、それを節約して使ってもらうしかない。

「うん、とね、私はまだ全うな魔術師で、作ってもらった魔法陣さえなんとかなれば緊急の戦闘になっても誤魔化せるし、今貰ってる魔導師ランクの火力とか見て不自然ないように調節もそれなりに自信あるんだけど……セイバーだって基本はシグナムと同じような剣術だから特に疑問はもたれない」

つまり俺の在り方か。

「けど士郎……あんたは違うでしょ? 今日みたいに”盾”とか、下級とは言えど宝具を使ってる。あんたの魔導師ランクはC? だっけ? 明らかにおかしいわけよ、魔導師ランクとあんたの持ってる火力の差が」

今はまだしも、それが誰かに知られたら不味い、というか八神とかに迷惑かけることになるかもしれない、ってことか。遠坂としても、魔術師として、借りを作りっぱなしってのも性に合わないんだろうな。
というか、俺も考えてた。
実は少し前から八神が時間ありそうなときにチラッと聞いてみたりもした。ランクよりも火力出して不自然じゃないのか、ってな。
結果としては不自然。
ランクの査定を上げる試験みたいなのを受けない捻くれもの(基本、魔力ランクが上のほうが給与に色が付く場合が多い。特に武装隊では)も居るには居るらしいが、そういう人は大火力というよりは小手先が上手いらしく、違和感もないとのこと。

「難しいな。別に使わないでいることは可能だけど、こういうところにいる限りは使うべきときもあると思う」

「なのよね。あんただし」

そんなジト目で見られてもな……仕方ないだろ、そんな場面でほっとくなんて出来ないぞ。

「唯一の救いは、魔力がサーチされにくいってことだな」

リンカーコアが生成する魔力と、魔術回路を伝う俺達の魔力はもともと似たようなものだ。大源(マナ)を使う分には俺達だって小源に変換する工程がいるわけだし。
だが、人から放出された魔力は前に言ったように周波数が異なっているような感じで、それにあわせて作ってあるミッドとかのサーチャーじゃ俺達の魔力を的確に捉えられない。

「馬鹿、逆でしょ、Cのあんたが見た目Sとかの攻撃したらそれだけで問題よ」

あ、そうか。うーん……。

「つまり、悩んでるのはそこか?」

「あんたが目をつけられたらそっからわたしやセイバーにとばっちりが来るのは目に見えてるからね」

「……すまん」

「いまさら、よ」

で、どうするの? と目で聞かれてもなぁ……。俺としては、”世界”のことはどうせ調べるの不可能なんだから言わないとして、ほかは言ってしまってもいいような気がする。もちろん、八神とかフェイトとかにだけだけどな。
なんかあっても、魔術よりこっちの魔法が優れている部分が多いのは明白だからそんなに無理して調べられることもないと思うしな。

「レアスキル、っていうのがあるらしいんだ」

レアスキル……キャロが持ってる竜召喚がこれに当てはまるかはわからないけど、格上のものを呼び出す、ってとこが俺の投影にも当てはまらないかと考えた。

「へぇ……珍しいじゃない、あんたからそれなりの案が出るなんて」

「俺だってちょっと気にしてたんだぞ」

でももちろん、レアスキル認定されるためには面倒くさい審査やらなんやらがあるらしくてな……俺達は設定上次元漂流者ってことになってるから、なんかいちゃもんつけられてからでも遅くはないと思ってる。

「そう……ね、ばれたらそれで行きましょう。とりあえずは気にすることでもない、か……」

「機動六課って一年だけの存在らしくてな、俺達のその後の身の振り方とかも考えとかないといけないから、管理局に睨まれるのはやりにくくないか?」

そう、今の俺達に一年は短い。嘱託じゃなく委託でいられるのも、地球で言う派遣と同じようなものだからな……出来れば安定したことが望ましい。
それでいて高収入(宝石が必要的な意味で)となると、管理局が一番都合がいいんだよな……。

「ええ、その辺はちょっと考えとく。地球って手もあるけど、何があるかわかったもんじゃないし……何より面倒くさいからできればコネがあるこっちが望ましいから……うん、士郎、ありがとう」

遠坂は天才だけど、たまにへんな落とし穴に嵌るからな。多分俺に言ってきたのも気分転換がてらだったんだと思う。

「いいんだ。どうせ、シャマルさん待ってるだけだったから」

「そ。それじゃ、叉なんかあったらくるわよ」

遠坂はそっけなくそういい、席を立った。それとは入れ替わりにシャマルさんが入ってきた。

「あら、士郎くんじゃないですかーっ! フェイトちゃん抱っこしてましたね! どうしましたか?」

なんかこう……シャマルさん、外見は金髪の綺麗なお姉さんであるが、どうして言動が主婦っぽいというかおばさん臭いというか……気のせいだったごめん、シャマルさん。

「え、ええ、えっと、ちょっと模擬戦の時無茶しちゃいまして……見てもらえたらなぁ、と……」

そういうとシャマルさんは俺の前に座り、指輪……クラールヴィントを掲げた。

「わっかりました! ちゃちゃっとやっちゃいますね! 起きて、クラールヴィント」

『 Ja 』

その後驚くほど痛みが引き、あの血がたまってる感覚……ムカムカ感もしばらくしたら収まった。

「ありがとうございます。助かりました」

「いえいえ、これは私の本分ですからね! 何時でも言ってくださいよ?」

「しょっちゅうお世話になるわけにもいきませんから、気をつけます」

「そうですね、あんまり無茶はいけませんよ?」

この人はホント癒されるな……冬木にはいないタイプの人かな?

「無茶といえば……ティアナはどうでしょう?」

チラリ、とカーテンが掛かっているベッドのほうに視線を向けた。起きている気配はない。

「そう、ね……やっぱり疲労かな。軽く検査させてもらってから寝かせたんだけど、疲労以外は大丈夫みたい。リンカーコアも、成長している以外は特に異常はないし」

「……それならば、よかったです。それと……何か言ってませんでしたか?」

「ティアナ? それともみんな?」

「どっちもで」

俺も感情に任せて突っ込んじゃったけど、気になってたからな……。本当は人から聞くものじゃない、ってのもわかってるけど……。

「うーん……スバルは、士郎くんとフェイトちゃんの模擬戦、見たがってたかな? ティアナはほとんど考え込んじゃっててなんにも。エリオとキャロは心配ばっかり、って感じかな」

あー……名目上は実弾演習だから、デブリーフィングあるんだろうな……むぅ……。

「ありがとうございます。また、なんかあったらお茶でもしましょう」

「あらあら、お誘いですか?」

「えっ!? い、いや、そんなつもりは……」

「ふふ、冗談ですよ。楽しみにしておきますね」

なんか、敵わないなぁ……本当に不思議な人だ。

「では、また」

俺は軽くなった身体で医務室を出た。少しだけ時間がかかったのは軽く他にも魔法かけてくれたのかな? とりあえず、感謝だ。

とりあえず今日の予定はないから、ヴァイスのところに行って修理するもんでもないか聞いてみるか……。



――――――――――


「なのはー」

なのははもう9時過ぎだというのに訓練場でモニターを弄っていた。多分デブリに使うためなんだろうけど……私もそれなりにやることがあったとはいえ、なのはだけに任せるのは本当に心が痛い。

「……フェイトちゃん」

キーを叩く手を止め、こちらに振り返ったなのはは……やっぱり、何処か浮かない表情をしていた。私は気にしないで作業を続けるよう促して、数分待った。なのはのほうもほとんど終わっていたらしく、隊舎に一緒に戻る。

「さっき、ティアナが目を覚ましてね、スバルと一緒にオフィスに謝りに来てたよ」

「そう……」

やっぱり、元気のないなのはを見るのはちょっとつらい。あの時士郎が止めに入ってくれなかったら……なのははもっと後悔してたかもしれない。
……それをさらに止めちゃったのは私だけど……。

「なのはは訓練場だから、また明日朝一で話したら、って伝えちゃったんだけど……」

「うん……ありがとう。……でも、ごめんね……監督不行き届きで……フェイトちゃんやライトニングの二人まで巻き込んじゃって……それに、士郎君も……」

「え……? ううん、私は全然……寧ろ私が割り込んじゃったし……」

「ふふ、あれはびっくりしたよ? フェイトちゃんが怖かったもん」

「なのはのほうが怖かったよ?」

「そ、そんなことないよー……でも、結果的に私も学ぶことが多かったし……士郎君とフェイトちゃん仲直り……じゃなくて仲良くなったし、あとは私とティアナ……ううん、私と新人達皆の問題だけかな……スバルとティアナ、どうだった?」

「……ちょっとだけ、ご機嫌斜め、かな」

「あ……そうだよね……うん、やっぱり、ちゃんと明日の朝、皆と話すよ。私、皆にちゃんと話してなかったから……私のこと」

それは多分、あの事件のことも話すんだろう。なのはがどういう気持ちで訓練を行ってるか……。

「……うん」

「それにしてもフェイトちゃん、士郎君にお姫様抱っこしてもらってたよねー」

「み、見てたの?」

「フェイトちゃん、それ本気で言ってるのかな?」

そんな話をしながら、私達はロビーに入った。コツコツと響く音が聞こえることから、いつものような喧騒はない。

そしてそのまま部屋へ戻ろうとしたとき―――――。

――――警―――――

緊急出動を示す赤いランプとともにアラームが鳴り響いた。




―――――――――――――――



「ガジェットドローン二型全部で5個中隊、60機、発見時からかわらず、各個旋回飛行中です」

報告を聞き、どうしようか思案する。

「場所は何にもない海上……レリックの反応もなければ海上施設、船すらない……」

「まるで、打ち落としにこいと誘っているような……」

確かに、あんなに不可解な旋回をわざわざ六課の管轄内でやるっちゅーことは明らかに囮、または探り……。

「そやね……けど、数が多い……。テスタロッサ・ハラオウン執務官、どう見る?」

あの、速度が上がったガジェット60機を相手にするには少し厳しい。時間をかければ問題ないが、なのはちゃんフェイトちゃん達に今無理をさせとうない……。

「……犯人がスカリエッティなら、こっちの動きとか、航空戦力とかを……探りたいんだと思う。それなりに厄介な戦力なのにわざわざ六課を直接狙いに来ないであそこで待ってるのも、こっちに用意させる時間を与えてるようにしか思えない」

やっぱりそうよなぁ……どうするか。選択肢は一応、いくつかある。

「うん……こっちはこの状況なら、超長距離攻撃を放り込めば済む話やし……」

「一撃でクリアですよーっ!」

「うん、でも、だからこそ……奥の手とかは見せないほうがいいかな、って思うんだけど……」

やっぱりフェイトちゃんも気になってるのはあの数やな。

「でも実際、ガジェットだけのために隊長たちのリミッター解除、ってわけにもいかへんからな……高町教導官はどや?」

「やっぱり私も、今までやってきた感じで今回も片付けちゃうのがいいと思うけれど……今回は空戦であの数、今出られるのは私にフェイト隊長、ヴィータ副隊長、そしてはやて部隊長くらいだから……出来れば危険なことはしたくないかな……」

そやね、無理に時間かけて怪我を負ったら元も子もない。出し惜しみして負けたら悔やんでも悔やみきれん……私らの今出せる総戦力でいくってのもなんか難しいしな……。

「遠坂臨時秘書はどう思います?」

私の副官扱いやから、アーチの管制室にも入る権限は与えとる。けどさっきから顎に手を当て、何か考えていた。

「……八神、こっからそこの場所までの距離はどれくらい?」

「――――アルト」

「直線で約17kmです!」

「こっからそこまでは全部海よね?」

「はい!」

なんか考えがあるんやろか?
多分この場で、その言葉を即座に理解できたのはいないと思う。

「――――士郎、使ってみない?」

「衛宮君……やて?」

なのはちゃんやフェイトちゃんも言葉をうしなっとる……なんでここで衛宮君が出てくるんや?

「そうね」

「正気なんか?」

「もち、よ。まぁ士郎がなんていうわからないケド……」

もし、もし衛宮君が超長距離砲撃出来るならそれに任せたい。奥の手とはいっても不確定要素を戦力にするわけにいかないし、こっちの手札を晒さないで済む、ということならこれはおいしい……。
けど、衛宮君のランクって砲撃すらも難しい値やった気がするんやけど……。

「――――シャーリー、衛宮君を呼んでや」

これは部隊長権限。何も言わせん。




――――――――――――――――




「なんだっ!?」

「警報だ、士郎。お前も一応集合しとけ、俺はヘリを出す必要があるかもしれない」

「わかった」

俺は駆け、倉庫から隊舎へ向かう。こういう場合は……ロビー待機か。

俺はロビーに駆け込む。そこには既に待機状態にはいってるエリオにキャロ、スバルに……ティアナがいた。

俺は声を掛けたかったが、突然の館内放送によりそのことを頭の隅に追いやった。

『こちらロングアーチ、衛宮士郎は今すぐ管制本部へ出頭せよ。繰り返す――――』

この声はシャーリーさん……一体どういうことだ? 俺は一旦止めた足をまた前に繰り出し、本部へ向かう。場所は知らなかったがこんなとき解析を自然とかけてしまう癖は抜けてない。……デバイスを一回うっかり解析しそうになって危なかったことがあるから、注意してるが。
にしても、何で俺なんだ? そもそもどうなっているかがわからない。緊急ならばすぐさま飛びだって現場へ急行するのが最優先だろうに……。
遠坂は秘書権限でアーチ本部へ入れるから……それか?
陸上なら確かに、俺とセイバーならなんとかそれなりの数を相手にすることも出来るし……高町やフェイトは疲労の色が見えるから、ってことかもしれない。

――――――開―――――――

セキュリティは既に俺のパスでも入れるようにセットされていて、扉が開く。……初めて入ったけど、すごいところだな。

遠坂が卒倒しそうな数の電子機器、映画館のスクリーンを髣髴とさせる巨大なモニター……。

「……で、なんで俺が呼ばれたんだ?」

部隊長が座る席の近くまで行く。八神が座っていてその周りに遠坂、高町、フェイトがいる。遠坂の不敵な笑みは気味が悪いが……高町とフェイトは怪訝な表情だ。

「……衛宮君、あのガジェット、ここから落とせる?」

キィ、とイスを回して俺に向き合い、俺が呼び出された旨を教えてくれた。あのガジェット……モニターに映っているのは航空型で、速度はまぁどうでもいいとして……数が60、か……。

「ここから、って六課からか?」

「そや、一応現場までは海続き、施設や船もないことも確認済みや」

俺は、ちらと遠坂を見る。……相変わらず表情は崩してない。

「――――遠坂、俺を売ったのか?」

「さぁね」

……くそっ、確かに”出来る”。時間さえかかるけど、あのガジェット達の動きを見れば……ずっと似たようなところを旋回してる……時間をかけることはできるから。

「そいで……できるん? 出来ないん?」

遠坂がそこまですでに言っているならもう隠すも何もない……。さっきはああいったが、遠坂は俺を売ったりはしない。それは断言できる。

「信じるぞ…………ああ、出来る。時間をかけてもいいんだよな?」

遠坂に向けていた目線を落とし、八神に向かって頷いた。……驚かないのな?

「そやね、どれくらいを目安にしてるん?」

「俺が構えてから、1分だ。撃ちもらしがあるかもしれないから再射にもう30秒ほしい」

「上出来や。けどここは部隊。高町教導官、ヴィータ副隊長を連れてヴァイス陸曹の用意するヘリに待機、テスタロッサ・ハラオウン執務官は衛宮君の護衛。失敗により第2プランに移行、隊長二人と副隊長、私で制圧に入る。みんな、ええなっ!」

「「「「はいっ!」」」」

なるほど、流石だな。八神もまだ19……それでこのカリスマ性は俺にはまったくないものだな。

「士郎君っ!」

ん? シャーリーさんか? 管制はいいのか?

「どうしたんですか?」

「これ、オートガードはいらないようなので抜いて、通信機を入れておきました。そして、陣のほうも弄ってありますよっ!」

おっと、メンテナンスに預けていたのを忘れてた。確かにこれがないともっと困ることになるからな……助かった。

「ありがとうシャーリーさん、それじゃあ、行ってくる。……フェイト」

「……うん、任せて」



――――――――――――――



売ったのか、なんて人聞きが悪いわね、ったく……。これはある種の”賭け”なのは確か。これが吉と出るか凶と出るかはわからない。上手くいけば八神に借りを返すことも出来る。
士郎一人がやって、隊長たちの出動を抑えられれば色々と変わってくるし、危険もない。
そもそもあの数の航空型を全部打ち落とすのはそれなりに億劫なはずだ。

「……凛、どういうことなん?」

一旦場が落ち着いて、士郎達が準備に入っている間の話だ。

「……まぁ、見てからね。あんたには言っとく。こっちはもう出し惜しみはやめた。あんたに”監視”されるのも動きにくいからね」

「――――気付いてたん?」

「当たり前じゃない、だから狸って言われるのよ」

「知っとる? 私らが二人で当たったいろんなところの噂」

「そんなの知るわけないじゃない、八神みたいに顔が広いわけじゃないんだから」

「狐と狸が手を組んだ」

――――ほう。

「あらあらまあまあ……」

なんか隣にいるグリフィスが挙動不審になり始めたけどどうしてかしら?

「今度腹割って話しよか」

「そうね、助かる」

……ってことは、ここの設立に関わった後見人……クロノ? なんとかって人とカリムなんとかって人とかが関わって来るんだろうなぁ……わたし達の話が行ってないわけないだろうし……。

「……っ! 衛宮士郎、テスタロッサ・ハラオウン執務官、ポジショニング完了です! 高町隊長、ヴィータ副隊長も完了です! 新人達はロビー待機になってます!」

「それでええ、衛宮君、聞こえる?」

『うわっ……やっぱり通信って凄いな』

そこかいな。確かに私も、ミッドに来たときは驚いたけどなー。

「感度は良さそうやね。それじゃ、初めてくれへん?」

でも衛宮君は手ぶら……どないするん? あの黒い外套を羽織ってはいるが、それが何か意味があるとは思えない。フェイトちゃんはバリアジャケットになって準備は出来ている。
衛宮君の前に広がるのは広大な海……。

『――――投影・開始(トレース・オン)』

うん? 前から気になってたけど、あれが衛宮君の呪文? 足元には魔法陣も出ている……。

「魔力反応、Bを観測……」

その呪文の後に出てきたのは、左手に握られている弓と……矢? 剣?

全体が真っ黒で、幾つかの刃が細い芯に螺旋を描いて巻きつき、そのままやや外側に反り出したような……魚釣りに使うルアーといったら失礼かもしれないが、刺さったらまず抜けなさそう……。

『それじゃあ、やってもいいか?』

「ええよ、今から1分やね」

ふう、と通信機越しにも聞こえるくらいに大きく息を吐いた衛宮君はその歪な矢を弓に番え――――。

『 I am the bone ―――――( 体 は 剣 で ) 』

『――――― of my sword .( 出来て いる ) 』

あの赤褐色の魔法陣が再び現れる。……その目は真剣そのもので、あたかもこの距離でガジェット達が見えているかのような……そんなわけあらへんよな。

――――うん?

「フェイトちゃん、どないしたんやろう?」

衛宮君の護衛につけたフェイトちゃんだが、最初は衛宮君から2mくらいのところにいたのに……少しずつ、後ずさりをしてる……?

「あー……八神、走って逃げ出さないだけマシ。寧ろよく耐えてる。わたしでも逃げ出すから、多分」

「はぇ?」

「現在20秒、魔力反応上昇……Aを超えました」

ホント不思議な人やね、でもAじゃ60機は……。

「私達が使う魔術とかって、簡単に言えば……夜の学校って、気味悪いでしょ?」

「な、何いいだすん?」

「あれってあながち間違いじゃなくてね、幽霊とかも見方を変えれば一種の魔術で、一般人は薄くて見えないけれど私達は”見える”わけよ。で、その、夜の学校のような嫌な感じってのは、幽霊とかは見えないけど何処か肌で感じるところがあるわけね。その嫌な感じを何十倍にしたのが、”あそこ”」

「…………ごめん、フェイトちゃん」

シャマルやなのはちゃんやったら確かに逃げ出してたかも知れんなぁ……ホントオカルトやね。

「現在魔力反応AA、残り、10、9、8……」

息が詰まるのがわかる。一体衛宮君がどんな技を出すのかは気になるところであり、本当にガジェットを掃除することが出来るのかという疑問もある。しかしまだ魔力反応はAA……。

―――――3。

―――――2。

―――――1。

私は、暢気に見ていたことを反省すると同時に、衛宮君達が現れたときも同じようなことがあった、と思い出した。

『――――― 赤 原 猟 犬 ( フルン ディング )』

―――――閃――――――

……は?

「は、速……ち、着弾、今!」

『――――壊れた幻想( ブロークン・ファンタズム )』

―――――爆!――――――

ちょ、まてや。なんでこっから15、6キロあるところまで5秒足らずなん? しかも、爆発した?

「ガジェットドローン……53機消滅……」

あれで魔力反応がAAってどういうことなん! 凛はニヤニヤ笑ってるし!

『む、流石に遠くて何機か……残り7か? それじゃもう一射いくからな。今度は10秒くらいか……』

衛宮君の暢気な声がなんかもう考えるのもあほらしくなってくる。しかも見えてるんかい……。

『 I am the bone of my sword .―――――( 体は 剣で 出来ている ) 』

また赤褐色の魔法陣が現れ、衛宮君の右手には違う矢……氷で出来ているかのように少し砕けていているが……一つ一つの結晶が集合してとても綺麗で……。

『―――――――大 神 宣 言 ( グン グ ニール )』

この名前なら私でも知っている……。北欧神話の神、オーディンが担ったとされる……”槍”。確か、狙ったものは外さない魔槍……。

「さ、先ほどの速さはありませんが……そ、それでも速いです! 3、2、着弾、今!」

『――――壊れた幻想( ブロークン・ファンタズム )』

―――――爆!――――――

「アルト、報告!」

「は、はいっ! ガジェットは全て消滅、一射目のランクはAA、二射目はA……で、ですが……」

やかましいと思うほどパネルを叩く音が聞こえる。今の状況を何とか把握しようとしてくれてる……。

「あの爆発のランク自体もAA、A、なん……です、が……」

「”規模”を魔力ランクに当てはめたらどうなるん……?」

「一射目はSプラス、二射目はAAAプラス……です……」

―――――静。

それを射た張本人衛宮士郎は、疲れたといわんばかりに首を捻り体操をして、フェイトちゃんと言葉を交わしていた。

あれだけ時間かけてSプラス、AAAプラス程度ならばそこまで脅威になるものではない。六課のメンバーも私らの魔力ランクはしっとるし……皆、驚いてるのはそこやない。

―――――衛宮士郎のランクはCプラスなのだ。

『なぁ八神、全機撃墜したと思うんだが、戻ってもいいのか?』

「あ、う、うん、ええよ。お疲れ様。アルトとルキノはもう少しレーダー見ててや。グリフィス君は海上保安に連絡して残骸の回収の手続きお願いな。シャーリー、とりあえず新人達は戻してええ。高町隊長、ヴィータ副隊長はもう少し待機な」

「はいっ! 伝えます!」

今のデータは極秘やな……カリムやクロノ君と話す必要が……ありそうや。ああー……忙しゅうなるなぁ……。

「それなりに役に立ったとは思うんだけど、どう?」

本当に食えへん人たちや……。

「……危険を冒さずに済んだわ。ありがとうな」

これは、本音だ。思わぬ戦力が手に入ったこともあるが、なのはちゃんやフェイトちゃんを出撃させずに済んだのは本当にありがたい。私は小さく微笑んで、部隊長室へ向かうことにする。

「……さて、賽は投げられた、ね」

小さく、凛がそう呟いたのが何故か印象的だった。


―――――――――――


「……士郎、すごいね…そんなことも出来るんだ」

俺が弓を消した後、フェイトが走り寄って来た。遠視で確認したけど、動いてる様子もないから……撃墜できたんだろうな。アーチからの連絡がないってことはそうなんだろう。

「俺のは非殺傷設定なんてないし、使いどころがなぁ……時間もかかるしな」

「で、でも、ここからあそこまでって15km以上あるんだけど……こんな暗闇で……見えたりする……の?」

「いやいや、4kmくらい先ならタイルの数を数えられるくらいは頑張れば出来るけど、流石に暗闇でこの距離は見えないだろ」

「そ、それでも十分凄いんだけど……じゃあ、どうやってガジェットを…? 正確な場所だって聞いてないでしょう?」

空気が澄んでれば10kmくらいまでは顔の判別くらいは出来るか? やったことないけど。

んー……”概念”っていってもピンとこないだろうしな……どう説明するか……。

問題はガジェットとか無機物にしか使えない、魔力充填に”アイツ”よりも時間がかかる、といろいろ問題がある。俺が使うのは火力的な威力ではなく”概念”が重要なわけで……。

「まぁ、どうやって中てたかは企業秘密だな。ガジェットの方向がわかったのは……なんていうかな……」

これは遠坂に言ってわかってもらえなかったからな……ヴァイスなら、わかってくれるかもしれない。例えばプロノスナイパーだと、暗闇でも狙撃は可能らしい。真暗闇にして10m先に10円玉を置き、目を瞑ったままその10円玉を打ち貫く、という芸当を見せてもらったことがある。

なぜできるのかと問うと、”ぼんやりそこに何かあるのかがわかる”というもので、俺の感覚もそれに近い。遠くに蠅の大群がぼんやり光って飛んでいるような、そんな感じ。”それ”を狙ったわけだ。狙ったといっても俺は弓引いて離しただけだけどな。

「登山家が山に登る理由は、そこに山があるからだという。そういうことだ」

「へ?」

すまん、上手く説明できそうにない……。とりあえず話題を逸らすか。

「うーん……ちらっと聞いたんだけど、高町や八神、フェイトだって似たようなことできるんだろ?」

「私は出来ない……かな。はやては広域型でなのはも砲撃型だから……ちょっと怖いけど……でも、士郎って私達のリンカーコアとは違うっていうのは知ってるけど、それでもランクはCプラスでしょう? それであれは驚きだよ……速さとか、見えないくらいだったし……」

多分フェイトだって出来ないって言ってるけど”二人に比べたら”だろうし……本当に驚きっぱなしだ。

「でも、よく逃げ出さなかったな……それなりの”重圧(プレッシャー)”だったと思うんだけど」

「なんか……凄い変な感じがしたとき、後ろに少し下がっちゃったけど、士郎だから……大丈夫かな、って」

凄い変な感じ、か……そんなもんで片付けられる”宝具”じゃなかったんだけどな……凄いのはフェイトだな。俺は苦笑で返した。

「そのうち色々説明することになるかもな。……名目実弾演習の、あの模擬戦のデブリーフィングとかもやらないといけないんだろ? 新人達のために」

「あ、はは……音声はカットしてもらうから」

俺もそれのほうがありがたい……。

「そういや、あれ編集するのって誰なんだ? やっぱり高町か?」

少しだけ、気になることがある。……俺はいいんだけど、もしかしたら。

「うん? なのはが編集して、実弾演習だからはやてが最終チェックする必要があるかな?」

…………フェイト、多分いじられるぞ。あの遠坂と何故かそういう……虐め心というか、遊び心というか……その辺が似てる気がする、八神って。

「あー……うん、そうか。フェイトも参加するんだよな? デブリ」

「当事者が説明しないといけないからね。多分士郎もだよ?」

「わかった。まだ10時前だしな……今からやるのかな?」

「どうだろう……もう編集は終わってるだろうし、ある……かな? 戻って聞いてみるよ」

「ああ、頼む。それじゃあ、一旦戻るか」

「……うん!」

わざわざ聖骸布を羽織ったのはちょっとした気合入れるためだけで、特に意味があったわけじゃない。

バリアジャケットを解いたフェイトとともに肩を並べて歩き、六課の隊舎に向かった。




――――――――――――



そして22時半、全ての警戒体制が解除されることとなった。セイバーもシグナムさんと戻ってきていて、さっきまで一緒に待機していたらしい。

「シャーリー、お願いね」

「はい!」

そして今俺達はロビーに集まっている。新人メンバー四人、隊長二人、副隊長二人に加え、俺とセイバー、シャーリーさん。新人達との溝があったことは高町も思っていたらしく、本音をぶつけ合いたい、ということだ。
そこに俺やセイバーが参加していいのかと聞いたら、許可をもらえたので参加している。高町は明日の朝に後回しにするつもりだったらしいが、全部片付けてしまうつもりらしい。
シャーリーさんはモニター操作をしている。そして誰もが、この沈黙を破るのを待っていた。

「――――さて、皆も言いたいことあると思うんだ。遠慮なんてしなくていい。何でも言ってみて」

高町はそう、新人達のほうを見て言った。最初は遠慮がちだったが、自分達が話さなければ何も解決しないと悟ったスバルが口を開いた。

「……なのはさんの言うことを聞かなかったり、模擬戦で無茶したことは……悪かったと思っていますし、反省もしています。……本当に、実戦だったら死んでいた……ので……。……けどっ!」

そこで言葉を切り、勢い良くスバルは立ち上がる。顔を見れば、言う決心も着いたんだろう。高町も、本音を待っているはずだから。

「――――自分なりに強くなろうとするのとかっ! きつい状況でも、何とかしようと頑張るのってっ! ……そんなに、そんなにいけない事なのでしょうかっ!」

その独白を、黙って聞いている隊長陣。ティアナも真剣にスバルの話を聞き、高町の顔をちらちらと見ている。そして続けられるスバルの告白。半分は自分のため、半分は相方のため……。

「――――自分なりの努力とか……そういうこともっ! ……やっちゃ、やっちゃいけないんでしょうかっ!」

スバルの目には若干の涙が見え、言い切ったスバルは席に座った。涙を浮かべながらも高町を見て、答えを待っている。セイバーとシグナムは目を瞑って、言葉に耳を傾けている。

「…………自主練とか、強くなるための努力だって……全部、良い事だよ」

高町はゆっくりと、口を開いた。その言葉に驚きを隠せない二人……。

「シャーリー、準備できた?」

その返答とばかりに、シャーリーさんはパネルをタンと叩き、モニターを呼び出した。そして、今度はシャーリーさんが喋り始める。

「――――昔ね、一人の女の子がいたの。本当に普通の女の子で、魔法なんて知りもしなかったし……戦いなんてするような子じゃなかった。友達と一緒に学校行って、家族と一緒に幸せに暮らして――――」

モニターに映ったのは小さな……小学生半ばであろう、女の子……面影があるからわかる、高町の幼少期。高町は少し恥ずかしそうに目を伏せていた。

「――――そういう一生を送るはずだった……。けど、事件が起きた。魔法学校に通ってたわけでもないし、特別なスキルがあったわけでもない」

モニターに映るのは、小さな高町が赤い玉……レイジングハートを発見し、初めてバリアジャケットを生成するところ……。

「突然の出会いで魔法を得て、たまたま魔力が大きかったってだけの、九歳の女の子……魔法とであってたった数ヶ月で……命懸けの実戦を繰り返したの」

順繰りに映し出される動画のスライドショーで登場したのは、多分同じときのフェイト……。

「これ……」

「フェイトさん……?」

今は親友当然の高町とフェイトが戦っていた、という事実に驚きを隠せない二人。俺も実際、驚いた。高町とフェイトは同じように、少しだけ気まずそうに目を伏せている。
……そりゃそうだよな、殺し合い…とは言わずとも、それに近いことをしてたわけだ。

「フェイトちゃんは当時、家族関係が複雑でね……あるロストロギアをめぐって……敵同士だったんだって……」

エリオとキャロが不安そうに目をフェイトに向けると、フェイトは苦笑しながら小さく頷いて返した。

「……この事件の中心人物は、テスタロッサの母、そこから名をとってこの事件の名を、プレシア・テスタロッサ事件、またはジュエルシード事件と呼ばれている」

そこでシグナムさんが始めて口を開いた。……そんなことよりも、これ9歳だろ? ちょっとまて、何で九歳の魔法で海が割れるんだ? 

「収束砲……っ!? こんな大きな……」

「九歳の……なのはさんが……」

「ただでさえ……大威力砲撃は体に負担が掛かるのに……」

やっぱり異常なのか。
エリオがびっくりして身を乗り出すくらい……。スバルなんて若干引いてるからな……。
確かに、これが普通って言われたら色々困るぞ。というか絶対、非殺傷設定って申し訳程度だろ! 
飛び降り自殺の大抵の死因って、ショック死なんだぞ? これだって同じな気がする……いや、個人的にビルから飛び降りるよりこっちのほうが怖い。
ティアナは……茫然と、モニターを見つめていた。色々、考えるものがあるんだろうな……。

「私とフェイトちゃんの戦いは無事……なんていえないけど、何とか終わって……フェイトちゃんと仲良くなることも出来た。魔法と出会った事だって、後悔はしてないよ」

「……でもな、半年ほどで叉、戦いは始まった。私達が深く関わった、闇の書事件だ」

モニターが切り替わり、ヴィータがハンマーを高町に叩きつけている場面が映る。

「襲撃事件での撃墜未遂と、敗北。それに打ち勝つために選んだのが、当時はまだ危険性の面で危うかった、カートリッジシステムの使用」

高町のシールドがヴィータに崩され、弾き飛ぶ高町。そしてまた画面が移り変わると、高町のレイジングハートから光の翼が生え、闇夜に浮かぶ黒い女性に吶喊している場面だった。

「――――体への負担を無視して、自身の限界よりも超えた出力を出すフルドライヴ、エクセリオンモード」

吶喊したところでまた膨大な爆発が起こり……って、だから新人達が引いてるぞ……。
下手な宝具より強力そうで怖いんだが……これで、九歳なんだよな?

「誰かを救うため、自分の思いを貫くために、自身への負担を省みずなのはは無茶を続けた。――――だが、そんな無茶を続けて体に負担が生じない筈もなかった」

数度モニターが切り替わり、今度は雪……?

「私が入局して二年目の冬、かな……ヴィータちゃん達と異世界での操作任務があってね……そこで、ちょっと油断しちゃって……ううん、原因ははっきりしている……私の体の疲労。実はドクターストップが掛かる寸前の状態だったのに私の我侭で……その帰りに未確認体が現れてそこで……やられちゃったんだ」

シャーリーさんは高町に目配せをし、高町もそれに頷いた。

「――――その結果が、これ」

モニター新しいスライドを提示した瞬間――――みんなが、言葉を失った。
これは俺が見てもひどい……な。
今普通に歩け、飛べているは本当に凄いと思う。

「……なのはね、私達の前では、迷惑かけてごめんなさい、無茶しちゃってごめんなさい、って笑ってたんだ」

神妙に聞いていたフェイトが話し始める。……確かに、高町は喋りにくそうだ。

「けど、お医者様に言われたのは……もう飛べなくなるかも、たって歩くことすら出来ないかも、だったんだ。それを聞いたなのはは、本当につらかったと思う……」

ミッドの技術でそれならば、地球の技術じゃ下手したら死んでいたのではないだろうか?

「皆、よく聞いてほしいんだ……命を賭けて戦わないといけないときや、無茶をしないといけないときは確かにあるよ。――――けどね、ティアナ、今更ミスショットのことを持ち出すのは大人気ないけれども、あの時は……自分の命や皆の安全、全てを天秤に掛けてでも無茶をしないといけない場面じゃ……なかったと思うんだ」

「…………ぁっ……」

「自主練をしてたことは知っていたよ。もちろん、それを悪いとは思わなかったから止めなかった。……けど、私との模擬戦で使ったあの技……あれは、何のための、誰のための技、なのかな……? スバルは避けるのが失敗していたら直撃だったし、スバルが直撃して昏倒していたらティアナは空中に放り出されて膨大な隙を晒したよね……」

高町の教導の意味、か……。多分、最初からきちんとコミュニケーションをとっていればこんなことにはならなかったんだろう。自主練だって高町に相談すればそれなりに効率のいい方法も聞けただろう。

「――――私は皆に、無茶をしてほしくなかったんだ」

「「「「……」」」」

それが、高町の意思。そして、教導の意義。

「――――けど、もちろん私にも至らないところがあった……口に出さなければ何も伝わらないのに……本当に、ごめんなさい」

そういうと、高町は深々と頭を下げた。

「――――”自分の夢のために努力することは、決して間違ってなんかない”って士郎さんは言ってました……これを、信じてもいいんですか……?」

ティアナ? 何でそこで俺の……? あの時は本当に我武者羅だったから……ちょっと恥ずかしいぞ……。

「うん、もちろん、無茶しない範囲でだよ? それに、いい言葉だと私も思うな」

高町は俺をちらっとみて、片目を閉じた。……いや、だから流石に俺でも恥ずかしい……からな?

「……ナノハの教導を見る限り、スバル、ティアナ、エリオ、キャロ、貴方達は決して無理をすることが無いように、そして決して訓練で壊れてしまわないように、大事に育てていることを深く感じました。それはナノハが、貴方達をとても大切に思っているからだと私は思います」

「セイバー殿の言うとうりだ。困ったら私のところに来い、模擬戦をしてやろう」

シグナムさん、それはギャグか? 冗談なのか? スバルたち、どういう顔していいかわからなくなってるみたいだぞ。

「む、シグナム、貴女は手加減を知りません。私のところに来ると良いでしょう」

「……セイバー殿、負けが続いておりますが、また挑んでも構わないですかな?」

「ええ、何時でも受けてたちましょう騎士シグナム。私は決して地に膝をつけるつもりはないですが」

「このままではヴォルケンリッターの将、シグナムの名が廃ります。次こそは貴女に打ち勝つ!」

……なんでもセイバーが言うには、シグナムさんは円卓の騎士のある人に似ているらしく、シグナムさん自体もセイバーを尊敬してるらしいからな……二人ともバトルマニアだし……。仲良いな、ホント……。

でも、良いからセイバーはエクスカリバー、シグナムさんはレヴァンティンを仕舞おうな。




――――――――――――

ええと、少しあとがきが長くなります・・・。

まず、読んでくださった皆さん、コメントを下さった皆さん、本当にありがとうございます!その気持ちは変わらないです。

ここの掲示板の利用規約にも書いてあることですし・・・ね。


えっと、固有時制御ですが・・・固有時制御の名前を使いましたがそれはあくまで親父を尊敬して、名前を借りただけなんで・・・まさに、身体強化を一気にするような感じです。・・・説明が足りなさ過ぎましたね^^;

そして、起源と属性……これも、一応わかった上で、です。

アベレージ・ワンというのは協会から呼ばれる称号みたいなものなので多分反応されたんでしょうが・・・・・・

例えばきりつぐなら、属性は「火」と「土」で、詳細(起源)が「切断」と「結合」ですよね?

凛は属性が五大元素で、起源は書かれてませぬ(多分)。だから、”二次創作”なので、勝手に作りました。

もちろん、原作と違う、ふざけんな、って意見ももちろんあると思いますし・・・型月を混ぜた以上、そこらへんをはっきりとさせる義務はあるとおもうのですが、飽くまで”二次創作”、言い換えれば”作者の妄想の塊”と思ってます。
士郎が固有時制御の物まねをやらせるために、やりました。

もちろん原作に沿ったらつかえるわけないのですが、そういうことが出来るのが”二次創作”だと思っています。

そんなこと頭の中でやれ、という方ももちろんいると思います・・・が、皆さんに読んでもらいたくて、書きました。

もちろん、二次創作だからって何でもかんでも許されるわけではないと思うのですが、ある程度は笑って許されるのも二次創作だと思っています。

若輩者が生意気言ってる自覚はありますが・・・そこは、本当に申し訳ないです・・・。

感嘆符のあとは1スペースあけるといい、など、知らなかったこと(出来るだけ実践するように頑張ってます!)も教えていただきましたし、感想から学ぶことはひたすらに多いです。

本当に、ありがとうございます。

もしよろしければ、これからもこの作品があがっていたら手にとっていただけるよう・・・私も頑張りたいと思っています。




パワーバランス・・・セイバーをのぞき

リリカル>Fateにしたいんですが・・・出来てる・・・かな?

はやてたちが驚いたのはしろーの壊れた幻想ではなく、まさに自身のランクと持っている火力の差、にですね。

Fate側の強さは”概念”の部分だと思っているので、そこを頑張って書けたらな、と思います。

ではでは、感想ご指導、お待ちしております

あすく



[5645] 十話
Name: あすく◆21243144 ID:b2d8d397
Date: 2009/04/04 00:52
「さて、セイバーちゃんとシグナムはその辺にして、どうせだから今日のフェイトちゃんと士郎君の実弾演習、見ておこっか」

「「ぇ゛っ」」

俺とフェイトがはもった。

「うん? どうしたのかなフェイトちゃんに士郎君、解説は二人にやってもらわないとだめなんだよ?」

にっこり。このままの流れだと解散だと思ったんだけどなぁ……今更ながらあれは模擬戦っていえないんじゃないか……。
こらスバル、目を輝かせるな。

「シャーリー、お願いね」

「はーい! では、いっきます!」

ぽちっとな、という効果音が似合いそうな感じで、シャーリーさんは嬉々として再生(?)のボタンを押した。

「あれ、無音なんですか?」

臨場感が無いから少し残念なのか、スバルがそう尋ねる。

「うーん……これははやてちゃんの命令でね、ごめんねスバル。その代わり、気になったところは遠慮なく質問していいから」

そういわれては仕方ない、と渋々と言った感じでスバルは座りなおした。……さて、どう答えるか…。
まずは最初、俺が黒鍵をフェイトに投げつけるところだな。

「……士郎さん、ずっと気になっていたんですが、士郎さんってどこからとも無く剣を取り出しますよね? それって士郎さんのスキルなんですか?」

不思議そうに、エリオが聞いてきた。……これはまぁなんとか誤魔化せるか。新人達は俺達が次元漂流者ってことしか(それも違うけど)しらないしな。

「そうだな、魔力でいろんなものを作り出す魔法だ。遠坂も出来るから、そんなに珍しいものじゃない」

正直なところ、デバイスの待機状態からセットアップも一種の転移魔法みたいな感じだろ? デバイスの中に保存されているのかとか、詳しいところはわからないけど。それがありなら、魔力で編むっていうのも何とかなると思う。

「え、っと……この、二回目……フェイトさんのバルディッシュを弾いたのも、なんか魔法使ってるんですか?」

鉄甲作用が付加されるように投げた黒鍵は物理法則無視するくらいの衝撃があるのに、良くフェイトは落とさなかったよな。

「いや、これはただの体術なんだ。俺達の出身の地球は魔法なんてもともとないから、身体の動きで何とかしようって考える人たちが多くて……もちろん、拳銃とかそっちの兵器のほうが手軽にダメージを与えられるから主流は変わったけどな」

「これ、すごかったよ……? 手がしびれるくらいだったから……」

編集された動画は大体一つの攻撃で区切られていて、いくつかの視点で繰り返し再生されるようになっている。それを見ながら議論するのが演習の目的だしな。

「あ、フェイトさんのハーケンセイバー……やっぱり鋭い……」

「避けられちゃったけどね」

エリオが感心したように頷いている。それに苦笑するフェイト。……ああ、どうせ俺はビルの中に突っ込んで逃げただけだしな。

「衛宮、攻撃をあんな無様に避けるなんて剣を扱うものとしてどうかと思うぞ」

「勘弁してください、死にます」

俺にバリアジャケットなんてない……一応聖骸布があるけど……。

「「「「……っ」」」」

息を呑む声が聞こえる、ってのは凄いな。やっぱり実弾ってそれほど印象あるのか?

「あ、一応言っておくが、もし万が一バリア貫いてもフェイトにはあたらないようにしてるからな?」

キャリコM950が9mmパラベラムとはいえ短機関銃だからな、バリアジャケットがどれくらい耐えられるかわからんし。ちなみに後で知ったが、次元犯罪者がこういう銃を使うときは地球からのものが多いらしい。こういう質量兵器の開発が進んでて且つ管理局の管轄外だから、ということである。

「えっとね、この弾ならキャロでもシールドで防ぐことは出来るかな。流石に零距離で撃ちっぱなしにしたらちょっと不味いけど……。それに、実は一般的に使われるこの……9mmパラベラム弾っていうんだけど、あんまり殺傷能力って高くないんだ」

「えっと……実弾って、当たっただけで不味いんじゃないんですか……?」

うーん……やっぱりそういう刷り込みがあるのか?

「例えばな、こういう話がある。俺達の世界じゃ戦争って言えば、少し前は歩兵に銃とか持たせてやりあったわけだ。戦車に全員乗れるわけじゃないしな。けど持久戦になるにつれ、どんどん泥試合みたいになる。そこで重要になってくるのは兵糧、言い換えれば資源だな。で、だ。こう考えた人がいた」

もちろんとある一つの話だけどな。

「敵一人を撃って殺したらそれで終りだ。けど、一人の足を撃ったとしよう。結構な出血もあるし、もちろん痛がる。放っておいたら死ぬが、治療すれば助かる見込みだってもちろんあるわけだ。そこでスバル、お前は仲間が負傷して見捨てられるか?」

「い、いえ……」

「もちろん上官が命令したら無視しなければならないが、人一人を立派な軍人に育てるのは相当金がかかる。戦闘機に乗るパイロットなんてもっとだ。それをわかっているから上官も見捨てるわけにいかない。ということは一人……いや、兵隊の装備を考えれば二人、肩を担いで自分達の基地へ戻らないといけないわけだな。そして、もちろん治療を受ける。治療を受けるって事は薬を使うし、医者の手も使わせることができる。さて、殺すのと、動けないけど命は助かるように、且つ戦線復帰するまでにそれなりに時間がかかるように負傷させるほう、どっちを選ぶ?キャロ」

親父が短機関銃を使っているのは逆に、確実に殺すためだ。単発の銃でダブルタップ(確実に殺すために頭と腹に複数の弾丸を撃ち込むこと)をやるよりかは遙かに連射したほうが早いし確実だからな。

「えっと……殺さない、ほうです」

「士郎の今の話は極端というか……ホントにそれを狙ってこの弾丸が作られたかはわからないけど、実際に殺傷能力は低いんだ。それに、ゴム弾っていう殺傷能力が極めて低い弾が使われるところもあるから……私は一概に、こういう武器がダメだとは思わないかな」

でも、殺傷能力が低いとは言っても実は刷り込みというか……撃たれた=死というイメージがあるらしく、そこが別に致命的でもない部分なのに即座に倒れた、というのが確か統計でそれなりの数字が出ていた。ある種のショック状態になる、とのこと。
なんか人が派手に吹っ飛ぶような演出がたまに映画とかで使われるが、有名な44マグナム弾でさえ人を吹っ飛ばす力はないんだ。

「それに、魔力ダメージでノックダウンさせるってのも、今の話に共通するところがあるだろ?」

でも本当に、地球じゃそういうイメージがあって、ショック死とかがあるのにもかかわらず……大火力大迫力の魔力光みて死ぬ奴っていないのか? なんでもAAA以上の魔力ランクを誇っているのは管理局の中でも数パーセントらしいからそんなことにはならないんだろうけど、少し心配だぞ。

「質量兵器がいいもの、っていうわけでもないし、かといって魔法だけにするってことがいいことじゃないってこともわかってほしいな。思い込みは思考の幅を狭くするから……できるだけみんなには、柔軟な思考を持ってもらいたいんだ。……本当は、質量兵器も攻撃魔法も使うことが無い、っていうのが……理想なんだけど……ね」

そう、フェイトは俺を見て苦笑していた。……ああ、それは飽くまで理想、っていうのはわかっている。けど、それがなくならないからこそ必要で……けどそれを持つから武力というものが存在して……本当にいたちごっこだ。

「衛宮、私からもいいか? 次の場面で使っている日本刀なのだが……どういうことだ? 剣戟が飛ぶのか?」

……やっぱり、聞かれるよな。これも予め想定してたから、そう聞こえるような”嘘”を吐く。かといってみなまで嘘にしてしまったら矛盾が生じるわけで、ここが難しいところだ。

「あれは北谷菜切(ちゃたんなぁちらぁ)って言って、俺達の出身世界の武器です。俺の”魔力で作った武器”に、それに見合った”伝説の一部の弱くしたものを付加する”っていうへんな能力があるんです」

「ほう……ということは衛宮、お前が使っている剣は全て紛い物、偽りなのか?」

「そうです。かといって何でも作れるわけじゃないですし、まともに作れるのも剣に纏わるものだけですね」

「ふむ、つまり、あの剣はお前の魔力で編んだもので、あの剣の元となった……ちゃた…なんとかという剣が、剣戟を飛ばすという伝説を持っていた、それを衛宮は使ったわけか」

「大体はそんな感じです。と言っても、正に飛ばしただけでオートガードにも弾かれるものでしたが」

と、苦笑する。多分、”概念”なんていうのは言ってもわからないだろうし……そもそも俺だってちゃんと理解してるわけじゃない。

……多分、これで何とかなると思う。

「だから手を離して落としたら消えたわけか。口を挟んですまなかった」

こんなとこであの演出が気にされるとは思わなかったな。でも、魔力で作ってるのは本当だから……な。転移魔法、ってのも考えたけど、何回も使えるってのはちょっと不自然だし。

「だけどな衛宮、次もなんだ……お前の趣味は壁に突っ込むことなのか?」

「だから、フェイトが出すあんな殺人的な魔法、食らったらしんじゃいますって。必死だったんですから」

「し、士郎それはひどいかな……」

だって、あんな地面が抉れるような攻撃正気じゃ受けられないぞ。

「今度はぶち破って出てくるとは……逃げるのが好きな奴だな」

もうなんとでも言ってください……。セイバーも、頷かないでくれ、傷つくから。

「でも、フェイトさんの攻撃避けきってますし……凄いですよね?」

エリオ、今度全力で飯つくってやるからな……キャロと一緒に食べれるようにお菓子でもいいか……恩は忘れん。

「あ、危ない……」

キャロもそう思ってくれるか。何だあの雷。食らったら本当にしゃれにならない。

「俺が、死ぬって言ったらフェイトは、非殺傷設定です、って言ったんだがな、感電死ってあるだろ、って言ったら今度はなんていったと思う?スバル」

「うーん……そんなことはありません、とかですか?」

「あ、って言ったんだぞ。絶対忘れてたよな、バリアジャケットあるから」

「「「「…………」」」」

「あ、ははは……そ、それよりね、士郎次、私のサンダーレイジ斬ったんだよ?」

露骨な話題変換だなフェイトよ。

「「「「きったぁ!?」」」」

驚きの声を上げているのは四人で、ティアナはさっきからずうっとぼうっとして、モニターを眺めていた。ちなみにもう一人はシャーリーさんな。

「あ、これも、雷を切るって伝説を持った剣の似たものを魔力で出しただけだからな、俺は振っただけだぞ」

「衛宮、私は一瞬お前を見直したが、その根性、叩きなおしてくれる」

「恐れながらもシグナム、私もお手伝い致しましょう」

「おお! セイバー殿! 貴女と共闘できるとは……衛宮、そこに直れ」

「……セイバーちゃん? シグナム……? 少し、落ち着こうか」

「「はい」」

おお、一瞬空気が凍った。そのときの高町の笑顔はとても”素敵”だった。

で、だ。次はフェイトが強襲してきた時だよな……。

「えっと……士郎さんってミッド式の魔法は使えないって聞いてたんですけど、どうやってフェイトさんのソニックムーヴに対応したんですか?」

今日はエリオが積極的に感じる。フェイトの戦闘を意識してる感じが前々からあったからそれかな。

「ん、これはただの身体強化……俺達はバリアジャケットとかないからな、基本的に体を魔力で補強してるんだ。それでこのときやったのは、その強化の度合いを一気に限界まで持ってく……緊急のときしか使わない技だ。……ほら」

「えっ? ―――――ええぇっ!!ち、血が……だ、大丈夫なんですか?」

「死ななけりゃなんとかなるからな。シャマルさんにあの後見てもらったから、大丈夫だぞ。危ないときはまず頭の思考が”生きる”方向にシフトするから、多少の傷は仕方ないんだ。それであんなになるのは、その強化についていけない一部の臓器とか筋肉、血管があってな、それのダメージ」

正直、ソニックムーヴが使えるのなら絶対に入らない方法だとおもう。

「あ、フェイトさんのファランクスシフト……」

そして最後の場面、俺が屋上に上っていったとこだな。呪文なしでサンダーレイジ? だっけか? ほどのダメージが出るのに詠唱つきって……正直、受けてたらどうなってたかわからない……いや、確実に俺が倒れてただろうな。

「……あれ? バリアジャケットが解除された……士郎さん、今度は何を……?」

キャロ、そんな不安そうに見るな。ちょっとだけなんか心が痛む。

「うーん……とな、弾にちょっと細工がしてあって、一瞬だけフェイトの魔力流動を止めたんだ。上手くいかなかったら負けてたな」

試作品で数なんて無いし、こっちじゃもう作れないか。
そこでモニターは途切れ、終りを告げた。

「なんか全部キャンセルされちゃってびっくりして……負けちゃった」

「みんなも、結構新鮮だったんじゃないのかな?」

「え、えっと……これ、フェイトさんに士郎さんが勝ったんですか……?」

と、スバル。勝ったっていうか、ほとんどいんちきだし多分次やったら勝てないぞ。

「うん、そうだね……私もまだまだだよ」

さて解散、見たいな雰囲気になってたんだ。いや、俺も気にしてたよ? すんなり終わっておかしいとは思ってたよ? うん、そういう悪い予感だけ外したこと無いんだ。

「……あれ? まだテープのこってますよ? あ、映っ――――ぇ?」

「「「「「…………」」」」」

「あ、あれ……な、なんで? あ、え、ええーっ!? な、なのは、な、ど、どうして?」

いい感じにフェイトがおろおろしてる。新人達四人は茫然とモニターを見て、シャーリーさんはなんか顔を赤くしてて、高町は……表情が見えない。シグナムさんは「堕ちたな、テスタロッサ」とか呟いてるし、セイバーは「またか」見たいな視線を俺に向けてるし。またかってなんだまたかって。

そりゃびっくりするよな、自分達の保護者であるエリオやキャロ、頼れるお姉さん的位置だった隊長が……。何でそんなにカメラあるんだよ。今でもう7回くらい視点切り替えされて、あの、フェイト落下を俺が受け止めるシーン~お姫様抱っこの場面が移ってるぞ。映すとこ違うだろ。模擬戦映せ、模擬戦。

いや、あのな、八神、へんな演出入れるなって。俺とフェイトの周りがきらきらしてる。しかも妙なBGMまで入ってるし。お前絶対暇人だろ?

「シャ、シャシャシャーリー、け、消して!」

「あと2分ありますね、そこまでなんか入力が受け付けなくなってますよ?」

「う、うそ……な、なのは?」

「これ、絶対はやてちゃんだからね? ね? だからバルディッシュ仕舞ってほしいな……」

ちなみに俺は、こういう運命には逆らうことは無意味ということを経験で悟っているので何も言わない。正しいと思うんだがどうだろう。



~・~・~・~・~・~



うーん……私の失敗談で皆が色々と考えてくれれば……いいな。フェイトちゃんと戦ったことや、シグナム達と争ったことは出来るだけ思い出したくないことであり、絶対に忘れたくないものでもある。
それなりの秘匿性のあるジュエルシード事件と闇の書事件について関係あることだったからそれなりに手続きは必要だったけど、皆が私の教導に関して少しでも不満がなくなってくれればそれだけで十分。

……でも、あの砲撃で若干引いてたのは悲しいかなぁ……。

さて、本当にやらなきゃならないことが一つだけある。

「ティアナ、ちょっと……いいかな?」

「なのはさん……」

解散となったこの場で、ティアナを引き止める。明日でもいいと思ってた私を叩きたい。この問題は絶対、後回しにしちゃいけないことだ。
多分ティアナもそれなりに考えてくれたんだと思うけど、どうしても言っておきたいこと、教えておきたいことがあるから……。そろそろ11時を回るけど、ほとんど丸一日寝てたティアナなら大丈夫だろう。

「外、行こうか?」

出来るだけ優しく……傷つけないようにいえたと思う。
皆には先に帰ってもらった。

……よくよく考えればティアナは私の三つした……もっと、友達に近い感覚で接してあげればよかった……もちろん公私混同はよくないけど、それとこれは別だ。

ロビーから出て、そのまま正面。海が一望出来る防波堤から足を出して座る。

「さっきの話……本当に、色々……考えさせられました」

「ふふ、なのはさんの、失敗の記録?」

「じゃ、じゃなくて!! そ、その……」

あらら、ちょっとふざけすぎたかな……?

「無茶すると危ないんだよー、って話だよね」

うん、それは体験談だから間違ってない……。

「……その……すみません……でした……」

「……うん。…………でもね、私も間違ってた」

少し涼しい風が頬を撫ぜる。ここの海風はとっても静かで、ひそかにお気に入りだったりもするんだ。

「……え?」

不思議そうにティアナが見つめてくる。私は後ろに手をつき背を伸ばし、夜空を見上げた。

「士郎君の言うとおり。あの時は冷静さを失っちゃって……危うく、ティアナにへんなトラウマを持たせちゃうところだった。何も、言葉にしなければ、言わなければ伝わらない、っていうのは私の信条だったんだけどなー……あはは……こっちも、本当にごめんなさい」

夜空を見上げていた頭を戻し、ティアナに一礼する。

「えっ! い、いえ、本当に大丈夫ですから! その……なのはさんが正しい、っていうのはわかってるんです……けど、どうしても……ミスが悔しくて……凡人だから……」

「……わかってくれたみたいだから、そこのところを少しだけ叱っておこうかな。あのね、ティアナは凡人で射撃と幻影しか出来ないって言うけど……それ、間違ってるからね?」

「……」

「ティアナも他の皆も、今は原石の状態。凸凹だらけだし……まだ本当の価値も解り難いけど……だけど、磨いていくうちに、どんどん輝く部分が見えてくる」

「ぇ……」

「エリオはスピード、キャロは優しい支援魔法、スバルはクロスレンジでの爆発力……そして、その三人を纏めて指揮するティアナは、射撃と幻術で仲間を守って……知恵と勇気で、どんな状況でも切り抜ける。――――そんなチームが理想系で、ゆっくりだけどその形に近付いて行ってる」

もう一歩で、”自分の魔法で撃墜された”ってイメージを植えつけちゃうところだったけど……。

「受けてみてわからなかった? ティアナの魔法って、ちゃんと使えば、あんなに避けにくくて当たると痛いんだよー……って言いたかったんだけど……ね」

あはは、と苦笑したら、ティアナも苦笑で返してくれた。

「一番重要なところをないがしろにして、慌てて他のことをやろうとするから、危なっかしくなっちゃうんだよ…………って、教えたかったんだけど……」

「……はい」

「ううん、これは私の言葉足らず。ちゃんと疑問をぶつけ合って、話し合っていれば……きっと、こんなことにはならなかったって思うから……それに、ティアナの考えたこと、間違ってないんだよ?」

「そ、それはどういう……」

私は、ティアナの隣に上着と一緒に置いてあったクロスミラージュを手に取る。

「システムリミッター、テストモードリリース」

『 Yes 』

うん、ティアナもびっくりしてる。

「命令してみて、モード2って」

ティアナは恐る恐るクロスミラージュを手に取ると、海に向かって構え、キーワードを言った。

「モ、モード2……」

『 Set up  Dagger mode 』

もう少し調整がいるけど、ティアナが近接戦闘をするときは絶対あるからと思って作り上げたダガーモード。

「こ、これって……」

「ティアナは執務官志望だもんね? ここを出たら一人で戦闘を行う事だってあるし、オールレンジに対応できるようにならないといけないから……将来を考えて、用意はしてたんだ」

ティアナからクロスミラージュを借り、リミッターをかけなおす。……ごめんティアナ、つらかったん……だね……。

「ぅ……ひっ……く……ぁ……」

その肩を出来るだけ優しく、抱きしめる。

「クロスもロングも、もう少ししたら教えようと思ってた。だけど、出動は今すぐにでもあるかもしれないでしょう? だから、もう使いこなせてる武器をもっともっと確実なものにしてあげたかった。……だけど、私の教導地味だし……それに、これもちゃんと伝えてなかったから……」

「ぁ……ぅ……く……」

「実力が全然伸びてないように、思っちゃったんだよね……苦しかったよね……――――――……ごめんね」

ティアナが涙目で私を見上げてくる。……本当に、ごめんね……。

「うわぁあぁぁ……ああ……なの、は……さん……ごめんな、さ、い……ごめんなさい……」



~・~・~・~・~





「で、お前達は何してるんだ? シャーリーさんも。気になるのはわかるけどな、覗き見は趣味が悪いぞ」

「「「「ひぇっ」」」」

「シ、シロウさん……ど、どうしたんですか?」

スバル、驚きすぎだ。

「いや、ティアナにちょっと話があったんだけどな、あの様子だと厳しいかな……」

ダメだといいつつもちゃっかり見てるなんて言うな。

「あ、でももう終りみたいですよ? なのはさん立ち上がりましたし」

この距離でひそひそ話、それに暗いから気付かれはしないと思うけど……まぁ、いいか。

「そう、だな。俺は少しティアナ待ってちょっと話するから、先に戻っててくれないか?――――なんだシャーリーさん、その目は」

なんか妙な視線を感じたと思ったら、けだものを見る目で見られてた。

「士郎君って、ロリコ――――あいたぁっ」

虎印の竹刀で引っ叩いてやった。パシーンといい音が鳴ったな、うん。もちろん痛くないように、音だけ出るように。
誰だ、水着のイリヤをニヤニヤして見ていたくせにとか言ったやつ。あれは姉だ。年上だ。

うーん、下手に高町が行くのを待ってティアナを誘うより、高町がいる前でのほうが良いかな?

「それじゃ、行ってくる。冷えたら不味いから戻るんだぞ」

すたすたと高町が立っているところまで歩く。距離にしたら20mほどだろう。直ぐに高町も気付いた。

「…………士郎君?」

「ちょっと、ティアナ借りてもいいか? 紅茶入れる約束してたんだが」

「し、士郎さん……?」

だから二人ともそんな怪訝な目で見るな! 結構真面目な話なんだから。

「うーん……士郎君ならへんなことはしないと思うけど……ティアナ、どうする?」

「……はい、お願いします」



~・~・~・~


ティアナを自室に招いた。若干恐縮しているようで、目を伏せてイスに座っている。俺はその中、黙々と紅茶を入れる準備をした。ちなみにこの紅茶はそれなりにいい葉らしく、八神に少し分けてもらっているやつだ。
八神自体は自分で入れて飲む、ってことはあんまりしないらしく、余らせるなら、とありがたく頂戴した。

「――――あの凡人の話、な。ティアナは否定したけど、あれは俺の話なんだ」

熱いお湯をカップに注ぎ暖める。カチャカチャ、と、ソーサーとカップが擦れる。

「…………」

「今のティアナなら、話してもいいと思った。二流が一流に勝つ方法。どうする? 聞くか? それとも帰るか。ティアナは俺を凡人じゃないと思ってるようだけどな、それは違う。嘘だと思うかどうかは、ティアナ次第だ」

今ティアナに背を向けているので、どういう表情をしているかはわからない。カップとポットが温まったところでお湯を捨て、ティーポットの茶葉受けに葉を入れ、新しくお湯を注いだ。振り返り、俺はそれをテーブルの上にことりと並べていく。

「――――聞かせて、下さい」

――――うん、いい目だ。

「わかった。……ちょっと待ってろ、もらったお茶菓子があるんだ」

俺はこれまた八神にもらった簡単なクッキーを並べた。時間帯を考え、並べたのは数枚だが。そして用意し終えた俺は、ティアナの向かい側のイスに腰を下ろした。

「――――さて、どこから話すか……そうだな、まず、ティアナは凡人じゃない、と言っておくぞ。ティアナは自分のことを凡人って思って逆に努力するタイプだから特に気にしてないんだが、逆は困るからな、一応」

「なのはさんも、凡人じゃないって……。けど、魔力ランクも低いし、これだけは譲れません。…………紅茶、おいしいです」

そうか、と俺は苦笑した。

「な、何笑ってるんですか! 少女をこんな時間に部屋に連れ込んで、セイバーさんとか遠坂さんに言いますよ!」

「ごめんなさい」

「早っ!」

いや、すまん、それは洒落にならん。二ヶ月は色々言われる羽目になる。

「いや、な、魔力ランクっていうけどな、俺Cプラスだぞ? それでも何とかフェイトと戦えた」

「そ、それはあのレア……スキ…ル……あ、あれ……」

よくよく思い返してみると実は俺、逃げ回ってびっくりさせて勝っただけで……雷切ったときとソニックムーヴくらいか? まともなぶつかり合い。

「二度は通じないけどな、本来なら一度で十分なわけだ。戦闘ならな。ティアナはフェイトのような執務官志望って聞いてな、色々と考えた。なんとなく、俺とティアナのスタイルが似てたからな」

「私と士郎さんが……?」

「ああ、どうするよ、俺やティアナがスバルみたいに拳で語り合ってたら」

「厳しいです」

……怒るに怒れない反応をするんだな、ティアナって。厳しいってどういうことだ? おれ自身わかってるけどな、似合わないって。

「剣っていう武器があれど、スバルやエリオはセイバーだな。キャロはちょっと特殊だから難しいけど……まぁ、そういうことだな。で、だ。ティアナはいろいろな攻撃方法がほしいと考えて、あれをやったんだろ?」

「はい」

「多分高町にも言われたんだと思うけど、近接をすることは間違いじゃない。それに、攻撃手段を増やすってことに着目してるのはほとんど俺と変わらない。というか、それが一流に勝つ方法なんだけどな」

「……は?」

この人大丈夫ですか、みたいな視線はやめてくれって。目で人の心情が大体わかるようになってきたってのも怖い。

「だからな、相手の土俵で戦わなきゃいいんだ。それこそ、相手が剣ならこっちは銃で行けばいいし、銃なら防弾チョッキでも着てけばいい。後は相手をびっくりさせるってのも重要だな。敵が最初銃を構えてたと思ったら実はその銃が剣で、剣なのかと思ったらそれを手放して直接投げてきたらどうなる?」

「な、何も出来ないかと……」

カチャリ、と少しぬるくなった紅茶をソーサーに戻す。

「それを、やるんだ。もちろん、全部それなりにこなせないとブラフにすらならない。相手に勝とうとするんじゃなくて、”相手に勝てるものを持ってくる”んだ。例えばティアナは射撃が得意で射撃ばっかりすごい、と噂になる。ティアナのことをそれなりに頭に入れてた犯罪者がいたとして、そこでいきなりティアナが近接戦闘を始めればそれだけで相手の頭は”パニック”になる」

「はぁ……確かに、そうですけど……誰でも、執務間レベルになれば何でもできるものですし……」

「フェイトが背負い投げするか? 高町が蹴りを使うか? 八神がハリセンを使うか?」

「八神部隊長は使うかと」

「だな」

二人同時に、残った紅茶を飲み干す。そして新しくおかわりを注ぎ、二杯で今日はお終い。

「今のは極端だけれども、ティアナにはティアナなりの”手札”が必要なわけだ。高町やフェイトのように手札をひけらかしても強い、ってのはそれはそれでいい。けど、無理してそうなる必要はまったく無い」

「確かに……そう、ですけど……それをやるには相当な努力が必要ですよね……?」

「まぁ、才能のない俺みたいな奴は努力の時間の差で埋めるしかないわけだ」

「はい、それは私も賛同します」

力強く頷いたティアナに、俺は叉苦笑してしまった。あれだな、この子は強くなる。まだ16歳? だったか? それでこれなのだから、今高町の元で教えてもらえているのはさらにいい結果に繋がるだろう。

「後は経験、だな。まずそもそも、自分がそれなりに使える……”主力”ってやつだな、一流はそれだけで十分、あとは補助で何とかなるんだ。けどな、魔力が少なかったり才能がなかったりするなら、その”主力”をいくつも持てばいい。それが剣術でも体術でも、なんでもだ。器用貧乏になれ、っていってるんじゃない」

もちろん死ぬ気でやらないと叱られたティアナみたいに、ただ撃墜されるだけになるけどな、と付け加えた。

「難しいですね……まずは私は射撃、そこから近接、そして遠距離、に広げていくのがいいと思っています」

「そうだな、一つ一つ確実に、というのが大切だ。ちなみに言うとな、その”手札”って言うのは知識でもいい。例えば爆発物を扱う知識であったり、乗り物に関する知識、薬物、知っておいて損になることはない」

「はい!」

多分此処らへんも盲点だっただろうな。親父なんかがいい例で、ビルを発破解体する知識もあったらしい。

「とりあえず今は、高町に教われるだけ教わるのがいい。近接に関してセイバーはほとんど無双の強さだしな」

「え、えっと……それは、改めて感じました。けど、一つわからないんです」

「うん? なんだ?」

「……なんで、あのときの私にはこの話、出来ないと思ってたんですか?」

――――俺は席を立ち、空いたカップを片し始めた。入れたときと同じように、ティアナには背を向ける。

「――――あのときのティアナは……自分でも思わないか? 多分、今の話をしてたら見境なくなんでもやったろ。中途半端に手を出すのはいけないのに、無理しただろ」

「あ……っと……はい……」

「今なら多分、意味わかってくれたと思うぞ。人間簡単に成長するものじゃないけど、多分ティアナは今回でそこは成長したんじゃないか?」

「そうだと……私も嬉しいです。あ、あとっ!」

「ん?」

「精密射撃のコツ、もしよかったら……教えていただきたいで……す……」

自分が言ったことを思い出したのか、少しだけ語尾が小さくなる。俺は気にしてないんだけどな。あのときのティアナは色々あったし。

「――――ティアナも射撃をメインにすえているならなんとなくだけどわかると思うんだけど、撃った瞬間、引き金を引いた瞬間に”中る”って思ったことないか?」

「ええっと……確かに、あります。手ごたえ、って言うのはなんかへんですけど、これは絶対に中る、って思うときがたまに……」

「それを、引き金を引く前に持ってくるんだ。”中る”と思ってから引き金を引く」

「……え、えっと」

汗、という文字が背景に見えそうなくらい、俺が言ったことを何とか理解使用と頑張っているティアナ。

「俺がそうっても誰も理解してくれないんだけどな、多分ティアナなら理解してくれるんじゃないかな、って思ったから。もちろん今すぐ”わかった”といわれても困るけど、照準するときに思い出してみてほしい。そう思えた時は絶対に、”中る”から。逆に、狙いを定めているときに”中りが見えない”って言うのもある。セイバーなんかはそうだぞ」

「は、はぁ……で、でも、なんとなく言いたいことはわかった気がします」

「おお、そうか。ヴァイスなんかは意味わからないって一蹴してきたけどな」

「ヴァイス陸曹が射撃ですか?」

あれ、知らなかったのか……でも、隠してる様子もないし……大丈夫か?

「んー、ああ、少し前は武装隊にいたらしいぞ。けど今はヘリが好きで、ヘリパイに移動したって聞いたな」

これだけは少し嘘だったりする。ミスショットが原因で、って言ってたけど……流石にそれは勝手に言うのは憚られる。それに、100パーセント嘘ってわけじゃないからな。

「そうなんですか……士郎さん、ホント良くヴァイス陸曹のところにいますよね。それか六課のどこかで備品の修理や修繕やってますし……あんなに戦えるなんて、思わなかったですよ?」

「むぅ……ヴァイスとは年が近くて気が合うみたいだからな。六課にいる男が少なくて、グリフィスは大抵管制室かそっちに居るし……」

実際のところ、俺にはやっぱり集団戦や組織はあわないと少し実感している。居心地がいいのは幸いだけれどな。セイバーは慣れてるみたいだけど遠坂はどう思ってるんだろう?

「あれ? そういえば士郎さんって、いくつでしたっけ?」

そういえば年齢ってちゃんと言ってない気がするな。聖杯戦争が終わって一年して卒業、それからはずっと鍛錬に内戦地……遠坂の手伝いだったから年齢とかほとんど気にしなかったぞ……。

「確か今22か」


間違ってたらすまん。

「え゛?」

なんだ、その、”え”に濁点つけたりアクションは。

「すまん、どういう意味かわからないが少し傷ついた」

「あ、ご、ごめんなさい……なのはさんやフェイトさん、八神部隊長とフレンドリーだったので同い年かと思ってました」

そういうことか。うーん……俺としてはあんまり気にしてないんだけどな。一成みたいな堅苦しいのは雰囲気で好きだが、上下関係で堅苦しいのはどうもな。

「よかったらティアナも敬語じゃなくていいんだぞ?」

「い、いえっ! 流石にそういうわけにもいかないです。そ、その、できれば師匠って呼びたいくらいなので……」

そういったティアナは少し気まずそうだった。……師匠? 多分遠坂が聞いたら悶絶死するんじゃないんだろうか。

「悪い、そんな師匠って呼ばれるような実力はないからな」

「それでも、お話はとても参考になりました。感謝しています」

「少しでも思うところがあったなら、俺も紅茶を出した甲斐があるぞ」

ティアナ、なんか笑うところがおかしいからな。

「そういえば士郎さん」

「うん? どうした?」

「なんでフェイトさんとあんなにぎこちなかったのに模擬戦が終わったと思ったらあんなに親しくなってたんですか?」

その、名前で呼び合ってましたし……聞いちゃいけないことだったらすいません、と続けて言われた。

「なんで、か……うーん……あれだな、フェイトはいい人だろ?」

「はい、それはもちろん」

「いい人過ぎたんだな。もちろん悪いことじゃない。寧ろ俺が悪かった……って言うのもおかしいけど、その辺の問題が話し合いもしないままずっと放置されてて……な」

ティアナはなるほど、と頷いた。頭はやっぱり回るなぁ……。

「だから、音声がカットされてたわけですね」

「ああ、その通り。あの映像がぶつ切りになって場面場面で飛んだのも、そのあたりの関係だな」

「自分で似合わないといっておいて立派に殴り合ってる肉体言語じゃないですか」

「……気にするな」

その言葉からかなりの哀愁を感じたのか、ティアナもそれで納得してくれた。俺も少し気にしてたんだぞ、模擬戦で解決これってどうよ、と。結果オーライだったからいいけど、誰だ、フェイトにそんなこと教えた奴。

「なのはさんが言ってました。言葉で言うよりも徹底的に叩きのめしてあげたほうが教えられるほうにもいい、って」

「…………」




―――――――――――



あすくです。毎回感想を開くたび、心臓ばくばくです(苦笑)毎回あとがきが長くて申し訳ないです・・・。

まず、これは確実に反省しなければいけないところがあります。

”読者様からのコメントを一切反映しないならそういうのを受け付けるとかは書かないほうがいい”

ええと・・・凄く反省してます。こういうのはどうしたらいいのかわからないのですが、

1、書き直す

2、今後に生かす

私は、読者様からのコメントは2だと思ってたので、受け付ける、と書きました。やっぱり書き直したほうがいいのでしょうか・・・?
初心者だからを理由に人に聞くのは間違っていると思いつつ・・・。


前話、17キロを目視するのは無理じゃないか、というのは正論です。見えてる?と言ったのははやて視点で・・・しろーが、のこり7か?と言ったのは飽くまで感じ取った(?)だけで、確定物じゃないです。

フルンディングとグングニールにしたのは距離は関係ないものだからです。(どっちも、そういう概念が)

それと、二射目はゲイボルクでよかったんじゃないか、というのも無茶苦茶正論です。正直書き直そうか悩んでいるというのがこのあたりです・・・。

あと、作者自身が考えた創作宝具、という意味の”オリ宝具”は出さないです。


本当に至らない作者ですが、応援してくださると嬉です。

では、感想ご指導、お待ちしております。



[5645] 十一話
Name: あすく◆21243144 ID:da6679b4
Date: 2009/04/05 19:26
「なぁ衛宮君、お願いがあるんやけど聞いてもらえへん?」

新人達と隊長陣、俺とフェイトの関係、その辺のギクシャクが何とか緩和され、新人達は新人達で絆を深め、やはりあの日起こったことは無駄ではなかった、という結論を誰しもが思った。あの日の後の訓練にもメリハリができ、ティアナやスバルも高町の教導の意味を理解しようといつにもまして頑張っている。
と、ここ数日の簡単な回想は置いておいて、だ。俺は今部隊長室……八神の仕事部屋にいるわけだ。

「ん? 俺でいいのならなんでもやるぞ?」

基本的にこのスタンスは昔から変わってない。遠坂からは、せめて内容くらいは聞いてから決めろと言われるがもうこれは半分、反射的な反応なのだ。

「そいじゃ、もう直ぐ午前の訓練が終わるから後一時間ちょっとしたら隊舎のロビーでまっとってな。あ、制服とか作業着じゃあかんよ?」

「わかった。で、何するんだ? そもそも作業着以外持ってないんだけどな」

完全にちぐはぐな会話になっていることは若干の自覚があるが大体こんなもんだ。

「フェイトちゃんと町に買出し」

「ん、フェイト……? あいつって執務官で忙しいんじゃないのか?」

「んー……そうなんやけど、ね……これ……」

そういうと八神は、ぱたぱたと空間にあるパネルを叩く。どうにも気が重そうだ。

「なんかあるのか?」

「うんとな、フェイトちゃんやなのはちゃん、働きすぎなんよ。どれくらいかっていうと、日本で訴えられたらこっちが発言するまもなく負ける勢いで。理不尽な仕事量を押し付けてくる管理局がなんとか休みを取らせようとするくらいや」

やっぱりあいつらってワーカーホリックだったのか……。俺達がこっち着てから、あの二人を(八神もだけど)制服で見ない日はなかった気がする。

「理由はわかったんだけど、何で俺?」

「面白そうだから」

「…………」

「―――――ったぁ!! 何で叩くん!」

とりあえず虎竹刀で叩いといた。

「俺はいいけどな、フェイトがそれじゃあ困るだろ。午後からとはいえ休日なんだから、フェイトにだってやりたいこととかあるだろ?」

「うう……スルーは関西人にとって致命的なんよ……? 実はフェイトちゃんにはまだ休みって事も伝えてない……あいたっ!」

よよよ、と泣き崩れるが八神って関西人なのか? 高町とかと一緒にいたってちらっと聞いたぞ。
ちなみに、そんな計画性がなさ過ぎる部隊長に二発目をくれてやった。もちろん音だけなるように。

「まぁ、フェイトがそれでいいって言ったらいいけど、無理にするなよ?」

「ま、そこらへんは心配いらへんわ」

「え?」

叉パネルをたかたかと操作し、空間モニターにはフェイトの顔が映し出される。通信か。

『あれ? はやて、どうしたの?』

「あんな、フェイトちゃん、かくかくしかじか――――」

『行く』

早いだろ。

「ほな、一時間後にロビーな」

『うん!』

そういうと八神は、にやにやとモニターを閉じた。

「どや?」

「即答だったな。やっぱり休みってほしいものなんだな」

ん? 何で派手にずっこけてるんだ八神は。

「ま、まぁそれでいいわ……隊長二人をいっぺんに六課から離す訳にいかへんからなー……」

成る程。万が一何かあったときに人員が居ません、じゃ話にならないわけだ。ちなみに、新人達も休みになるらしい。その代わり六課には隊長陣がそれなりに残る、と。

「そうだな。でも、高町とか八神が居るなら大丈夫だろ」

「そやね、何かあったら連絡入れるから、通信機だけは切らんといてな? これがお願いしたいものや」

そういうと八神は一枚の紙を取り出した。ミッド語と日本語どちらも書かれているからありがたい。んーと……これは……なんだ?

「お香なんよ」

「渋い趣味してるんだな」

「わたしじゃないんやけどな。まぁ、お願いや」

「わかった。それじゃ、帰ってきたら叉来る」

「気をつけてなー」

俺は部隊長室を出てふと考える。確かに管理局の服装で街中をうろつくのは不味い……って、思ったら俺はこっちにきてから六課からあんまり動いてないから街中って言っても何があるかさっぱりわからない。
……ヴァイスに協力してもらうか。服とかも借りたいし。




~・~・~・~・~



「士郎ー」

俺がロビーで待っていると、フェイトの声が聞こえた。かつかつと地面を叩く音がテンポ良く聞こえることから、ヒールを履いて駆け足で着てるってのは音でわかるんだけど……。

「あいたっ」

階段を下りて俺のところまで後5m、というところでフェイトが派手にこけた。なれないもの履いて走るからだぞ。俺は席を立ち、扱けたフェイトの手を持って立ち上がらせる。

「ほら。大丈夫か? ヒール欠けてないか?」

「あ、ありがとう……え、えっと、大丈夫」

そんなじろじろ見られてもな……ちなみに俺の格好は赤いライダージャケットに黒のインナー、それに普通のジーパンという無難な格好に落ち着いていた。
フェイトは……下はデニムのショートパンツに、それにあわせた軽くヒールが付いている靴。上は白いブラウスに、黒くて丈がわざと短めに出来ている黒いジャケットという格好だ。なんというか……綺麗な金髪のフェイトにはやっぱり黒が映えるんだな。デニム系は少し意外だったけど、それも似合っている。

「それじゃあ……いこ?」

「ああ。でも、どうやって行くんだ? キャロ達みたく歩くのか?」

「ううん、私が車出すよ?」

なんていうか……少しだけ、情けない。何がどうこうってわけじゃないんだが、こういうときって別にデートじゃなくても男がやるもんじゃないのか?
で、俺は軽みたいな車を想像してたんだ。フェイトは大人しそうなイメージがあるし、あんまりバリバリ車を走らせるイメージはなかったんだ。こっちではどうか知らないが、CMに出るような、小さくて可愛いキュー○みたいなのを。

「なんでさ」

「あれ? 士郎、乗らないの?」

「その前に聞いていいか?」

「うん?」

「その車、ギャグか?」

「え……本気だけど……な、なんかまずかったかな……一応”こっち”で使えるように色々改造して問題ないんだけど……」

違う、俺が言いたいのはそういうことじゃない。

「もしかしてフェイト、その車、名前で選ばなかったか?」

「え、士郎……この車、知ってるの?」

フェイトの名前は、フェイト・”テスタロッサ”・ハラオウンだったはず。で、だ。

「フェラーリ・テスタロッサ。最高速は300km/h近く出て、日本に七台しかないって事くらいしかしらないけど、車好きじゃなくても知ってる有名な車だぞ?」

フェイトのは黒だが、基本的には赤がベースの色だった気がする。で、確か価格は中古でも一千万くらいはするって聞いたことがある。

「そ、そうだったんだ……なのはとかはやては、知らないみたいだったよ?」

確かに、高校生くらいの女の子が知ってるってのも無理があるかもしれないけど……これに乗れるって、車とか興味がない俺でも結構どきどきだ。

「それは仕方ないかもしれないな。で、乗ってもいいのか?」

「え? 車は乗るためにあるんじゃないの?」

「それじゃあ、遠慮なく」

フェラーリってガルウイング(扉が横じゃなくて上に上がるやつ)のイメージが強かったけど、これは違うみたいだ。俺は恐る恐る助手席に座ると、四点式ハーネスで体を固定する。
車高ひっくいな……俺が固定したのをフェイトが確認すると、一気にエンジンを吹かした。凄いなこれ……太鼓を真近で叩かれたようなあの、腹に響くって言うのか、そんな感じがする。

「えっと……それじゃあ、行きます」

「頼む」

フェイトの運転は予想に反して上手かった。じゃじゃ馬であろう俗に言う”スーパーカー”の馬力を自在に操るなんて、普段のフェイトからは想像できない。
上手かったから酔わなかったが、その代わり恐怖体験をすることとなったんだ。うん、フェイト、いくら六課から町までほとんど施設がなくて道路が広くて制限速度もこっちの文化だと適当だからって――――

――――200km/h近く出すってどうよ?

フェイトは手馴れた様子でクラッチとギアを操りエンジンの回転数をコントロールする。ニュートラルから一速に入れたときの加速は半端じゃなくて、正にシートに押し付けられる感じ。パンとギアを入れ替え二速、三速、と入れてくのだが、ぶっちゃけこの車の三速なんて普通使わないわけで、三速に入れた時点で120km/hとかメーターに出てる。
後から聞いたが、この車ならトルクそれなりに出てるから低回転でも気分で四速とかも使うらしい。
正直何言ってるかわからなかったが、フェイトの予想外の一面を発見した。

ちなみに会話はほとんどなかった。いや、出来なかったが正しい。エンジン音が正に咆えてるようで会話なんて出来る状況じゃなかった。帰りもこの車で帰るのは少し心が躍った。けど、運転してみる? とフェイトに言われたけど怖くて運転してみたいとは微塵も思わなかった。
セイバーあたりなら乗りこなせそう……騎乗のスキルって現代にも通用するんだっけか? 確かバイクを乗り回したことがあるって言ってたな……。

街中に入りそこらへんのパーキングに車を止める。写真やらなにやらを撮られる事はしょっちゅうらしいけど、フェイトは気にしてないとの事。悪戯されたことがあり、仕事をそっちのけで逮捕しに行ったという話も聞いた。

「この車……名前で決めたのは確かだよ。けど私にとっては掛け替えのないくらい大切な名前なんだ」

そういったフェイトは何処か寂しそうだったが、深くは聞かない。あの時映像で言っていた……”プレシア・テスタロッサ”って人が母親なのはきっと確かで……事件があって、そこで高町と争った。ということはそこで何かあったからこそ、”ハラオウン”の名前も持っているわけで……俺なんかが簡単に聞いちゃいけないことだと思ったからだ。

「それじゃはやてのお使い、行こう?」

「ああ、でも場所わからないから案内してくれないか?」

「うん、付いてきてね」

魔法文化が発達している町並みだから空飛ぶ車とか、人が飛んでたりするのかと思ったけど予想に反して普通の町並みだった。店も一見すると別に変哲もない呉服屋だったり文房具だったり、本屋だったり……。

きょろきょろしている俺がおかしいのか、隣に居るフェイトは俺を見て微笑んでいた。これじゃフェイトが保護者みたいだぞ?

「そんな変だったか?」

「ううん、やっぱりミッドに来たときは私達も士郎みたいな反応してね、それを思い出してたんだ」

なるほど。見渡してみる範囲では、魔法の面影などまったくない、都心部とはちょっと違うけどそれなりに都会、という感じの町並。看板こそミッド語だから読めないが、なんとなくはわかるもんだ。所々で屋台が出てたりもして、こういう雰囲気は嫌いじゃない。

折角の休日なのにつまらなかったら申し訳ない、というのも杞憂だったようで、フェイトもそれなりに楽しそうで安心した。

「でも、よかったのか?」

「うん? どうしたの?」

きょとん、とした表情のフェイト。

「折角の休日だろ。エリオとかキャロについていかなくてよかったのか、って思ってな」

俺には休日って概念が学園を卒業してからなかったけれど、社会で生きてるフェイト達にとってはとても大切なものだと思う。

「ううん、エリオやキャロと一緒にいきたかったっていうのは本当だけど、あの二人の邪魔したらかわいそうだから……それに、いきなり休日って言われてもきっと部屋で書類の整理とかしちゃうし……正直休日って、何をしていいかわからないよね?」

よね? っていわれても困る。そういえば俺は何してたか……家で趣味(一般的にはガラクタ弄りって言われるけど俺は認めないからな)に没頭して気付いたら夕方になってるか、掃除してるか……あれ、俺も枯れてたのか? 三年になったときは魔術に出会ってたから、遠坂とかに色々教えてもらってたりしたしな……。
学校の単位を落とさないようにかつ魔術をやるっていうのはそれなりに大変で、あっというまの一年だったのを覚えてる。

「普通はそうだな……趣味とかで過ごすんだとおもうぞ。フェイトは趣味とかないのか?」

「趣味……エリオとキャロを見てる事?」

首を傾げながら言われてもな。でもわかった、今度高町と八神にもおなじ質問してみよう。どんな答えが返ってくるのか……シグナムさんあたりは、模擬戦、とか答えそうだな。流石にそんなわけないか。

「それは趣味って言うのか? いや、フェイトが楽しめてるなら多分趣味になるんだろうけど……」

「私はそれだけで嬉しいな。士郎は趣味とかないの?」

本当に嬉しそうにいわれるから、ああ、そうなんだな、と納得してしまう俺がいた。

「俺の趣味か……そうだな……いろんなものを直したりするのが好きだな」

「え、えっと……ヴァイス君がいってたけど、ガラクタを嬉々として持っていくって……そ、それ?」

いいんだ、いいんだ。ちくしょう……ガラクタだってなぁ……いいものなんだぞ……。

「あ、し、士郎! 落ち込まないで! ご、ごめんね? ほら、今度業者さんに頼んで倉庫が一杯になるくらいガラクタにしておいてあげるから!」

「それ、フォローになってないからな」

「え?」

やっぱり新鮮だよな、フェイトとかは。働き詰めでそんな暇ないだろうけど、フェイトとかかなり人気あるんじゃないのか? 高町や八神もそうだ。

「それはいいとしてだ、フェイト、その化粧自分でやったのか?」

「あ、うん……変、だったかな?」

「いや、いいと思うぞ。前のあれからは劇的過ぎる変化だ」

「そ、それはいわないでほしいな……でも、ありがとう」

いつもは化粧の気はまったくない隊長陣だが、今日は少し違っていた。薄っすらと、化粧してあるのがわかる。

「結構頑張ったんじゃないのか?」

「それなりに……勉強しました」

後から高町に聞いた話だが、一時期部屋にあるフェイトの机の上が化粧系の雑誌と化粧道具で埋め尽くされていた時期があり、ひたすら自分の顔を実験台にして練習していたのだとか。

「フェイトは美人だからな、俺なんかが隣に歩いてていいのかって思うぞ」

「う、ううん! わ、私、今日士郎と一緒にこれてうれし――――」

「あ、ここか、よし、買って来る!」

「……ぁ……もう………」

メモに書いてあるのとおなじ文字の看板が掲げられている店が見え、俺はダッシュでその店に向かった。あんまり待たせるのも悪いから、直ぐに買ってこないとな。




~・~・~・~・~



お使いも終え、まだ相当時間があるので俺とフェイトは荷物片手に街中をふらふらしていた。地球とは売っているものとかも異なって、かなり新鮮で少し浮かれてしまい、フェイトにまた笑われた。
ほかに買い物したものといえば、歩合制(といってもいいのか?) で払われるなけなしのミッド通貨を使って紅茶を買ってみた。フェイトが出してくれるといったけど、流石にそこまでしてもらうわけにいかないのでフェイトに入れるための紅茶を俺が選び、フェイト自身が買った。
地球のものもあってびっくりしたな……寧ろそっちのほうが多かったようにも見受けられる。

そして俺達は散歩がてら、屋台とかが多めに並んでいるところを歩いていたわけだ。そこでふと目に留まり立ち止まってしまった店がある。
いや、店というのはおかしいかもしれない。それは何故か。……30m四方ほどの空き地をめい一杯に使い、派手な看板にこう書いてあったら少しでも”コレ”に携わっていた人は絶対に足を止めると思う。

「「KYUDO?」」

何故かミッド表記でも日本語でもなくローマ字で、でかでかと……例えるならばカーニバル・ゲームの立て看板のようなファンシーなフォントで……。少し、頭を抱えたくなった。
射的の屋台をそのまま拡大したかのように……と言っても射場は畳が敷いてあるだけで、看板だけがやけに目立つ。距離は目算で28m、このへんはきちんとした近的距離なんだな、と妙に感心してしまった。
ギャラリーがそこそこ居て、的は6つほどあるのだが5つは埋まっている。

「へえ……すごいな、弓もアーチェリー……洋弓じゃなくて和弓だ」

逆に言えば、初心者があの距離の的に和弓で中てられるとは思わない。アトラクションとは違ってなんか商品があるみたいだしな。アーチェリーなら”まだ”可能性はあるだろうけれど……。

「え? どう違うの……?」

「うんとな、結構な違いがあるぞ。矢を射るという事に変わりはないから似たようなものって思われるかもしれないけど、弓道は己の集中力を磨いたり、どっちかといえば正に”道”、精神的なもので、射に対する美しさ、とかを重んじたりするんだ。逆にアーチェリーは完全なターゲット競技で、スポーツ。的に中てるっていうのが至上命題だな。装備も凄いぞ、和弓は簡単に言えば弓に弦を張っただけなシンプルなものだけど、洋弓はターゲットサイトとか振動を消すスタビライザー、機材が日進月歩で進化していたりする」

「そうなんだ……それじゃあやっぱり、和弓のほうが難しいのかな?」

「いや、一概に決められるものじゃないんだ。そもそも目指してる方向が違う。”初心者でも的に中てる”って事だけを考えれば洋弓のほうが簡単だけど、洋弓は中てるだけじゃダメだしな。弓道をやってる人が良く、アーチェリーのほうが簡単だ、見たいなことを言うけれどそれは違う」

「知らなかったな……少し、見てもいい?」

「ああ、俺も見ていきたい」

無駄なお金は使うわけにいかないしな。それにしても、何でこんなに挑戦者が絶えないのかと思って受付……と言っても的屋さんだから番台みたいなところにタバコを吹かしてるおっちゃんが座ってるだけだが、そこに不釣合いなものが並んでいた。
ここからだと良く見えないからつい視力を強化してみてしまったが、あれは……宝石か?
ミッド語で何か書かれているが、俺は読めないのでわからない。
フェイトもそれが気になったようで、俺達は射場の近くまで歩いていった。

「うい、二人さん、いっちょやってかねぇか?」

「おっちゃん、どんなルールなんだ?」

番台にいるおっちゃんは訝しげな目で俺を見たが、にかっと笑って説明し始めた。

「これはとある国のキュードーってやつでな、ルールは簡単、五回中四回、あの的にこの”ヤ”ってやつをあの道具で撃ってあてれば賞品をプレゼントってゲームだ!」

「綺麗……」

フェイトは、明らかにこんな簡素な場所に不釣合いなショーケースに飾られている二つの宝石に見入っていた。ネックレスになっていて、紅い宝石と黄色い宝石の二種類がある。それはまるで双子のようで、黄色い宝石ってのも珍しいな、と俺は思った。それぞれ横にある二枚の紙は多分鑑定書だろう。

「あれ? おっちゃん、これってクリアしたら二つもらえるのか?」

「おうよ、太っ腹だろう? 一ゲームたったの――だぜ?」

だから、後ろで見守ってる女性が多いのか……。でも、正直五射で四射を中てるのは弓を持ったばかりの初心者には不可能に近い。ちなみにその一ゲームはそれなりの値段で、少々高いところでお茶でも出来そうな値段だった。
もしここに遠坂が居たら無理矢理やらされていたかもしれない。

射っている人たちを見ると、持つところは弓の中心を持つわ、射るタイミングも適当だわ、仕方ないとは思いつつもこんな商売を思いついたおっちゃんを少し尊敬した。
でも何故か、中る。近的とはいえ28m、初心者が簡単に中てられる距離じゃない。……なんか、引っかかるな。

そんなことを思いつつ射場を見て少し高一のとき軽くやっていた部活のことを思い出して懐かしんでいたら、フェイトがまだじっとそのショーケースの中を覗いている事に気がついた。

「フェイト? どうした?」

「う、ううん! な、なんでもない!」

ぱたぱたと手を振って否定するフェイトだが、流石に解り易過ぎるぞ。

「ほしいのか?」

「え、そ、そんなことないよっ? ただ、ちょっと綺麗だなぁって……」

「…………」

「ぁ、え……っと……そ、その…………」

無言でフェイトを見て立っていたらフェイトがおろおろし始めて、視線が上下左右にきょろきょろ動く。……そりゃそうだよな、遠坂が異常なだけで、フェイトだって年頃な女の子なわけだ。宝石とかそういう類に憧れがあってもおかしくない(執務官の給料が手付かずで、フェイトの貯蓄がものすごいことになっているのは知らなかった。フェラーリで気付け、俺)からな。

そのままもじもじと五秒ほどフェイトが固まる。そして気まずそうに視線を俺に戻すと――――。

「――――ほしい……です」

「わかった」

「えっ?」

「お、兄ちゃんやるねぇ、ユミは好きなの持ってきな、ヤはこっちだ」

「ちょ、ちょっと士郎? え? いいの?」

俺はお金を払い荷物をフェイトに預け、状況についてこれずまだおろおろしてるフェイトを他所に、おっちゃんから矢筒と弓を受け取りちょうど空いた番台に一番近い射場へ靴を脱いで入る。

「取れるかはわからないけどな、頑張るぞ」

そういい俺は矢筒に五本入っている矢の内無作為に一筋選び、射に入る。

胸当て等の装備は一切ないから私服で和弓を構えるという日本でやったら滑稽なものになっているけれど、それは仕方ないと割り切りつつ。
”弓道”をやるのは久々で少し懐かしい感じがしたので、どうせだったら射法から入ることにした。

畳の上で一旦深く息を吐き、射法を思い出す。

――――足踏み

的に向かって射る射位を決めると、そこで両足を開く。開き方は一足開きという礼射に用いられる方法で、視線を的に向けたまま左足を的に向かい半歩踏み開き、次に右足を一旦左足に引きつけて右外側へ扇の様な軌道を取りつつ踏み開くというもの。

――――胴造り

左手で弓を持ち正面に据え、右手は右腰へ。

――――弓構え

弓を持つ手を整え、まだ引かないが矢と弦を同時に持ち、正面に構える。

――――打起こし

ここで、俺に視線が集まっているのに気付く。確かに、他の人がやっていることと違いが明らかにあるからな。しかしそれは気にするようなことではない。
頭より少し上の体正面に両手を持って行く。

――――引分け

左手を先に下ろし、それにつられるように右手も下ろす。右腕は肘を張り、途中で止まることのないように流れるように。

――――会

ここが慣れない内はつらいところで、張力が弱いのが救いだ。普段使わない筋肉使うからな。
俺が愛用していた、的を弓で半分隠す半月の狙い。矢は右の頬に軽く触れるくらいに持って行き、鼻と口の間辺りに納めるようにし、後は微調整。

シン、と静まるのが解る。走っている車の音も聞こえない。

三秒ほどこの状態で静止し、的を見据える。

――――うん、これなら”中る”。

――――離れ

――――旦!―――――

矢が的に吸い込まれるように届き、小気味いい音が聞こえる。うん、久々にやったけどいい調子だな。弓掛け(手袋みたいなアレ)がなかったから左手が少し心配だったけど杞憂だったようだ。残心は面倒くさいので省略して、二射目に入った。

これも中り、続けて第三射へ入りこれも問題なく的中。だが、問題が起こったのは四射目だった。これを中てれば賞品、ということで隣で射っていた人たちもいつの間にかギャラリーに加わっている。

「……ん?」

外した。
これは少し、おかしいと思う。俺はいつもと同じく、”中る”ことを確認して矢を離したのだ。その矢は半分を過ぎたあたりで右に逸れ、5cmほど的を外してしまった。
風は吹いていない。

――――なるほど

「おっちゃん、作戦会議はありか?」

「んぁ? へんなことをしないならかまわねーよー」

と、許可を貰ったのでフェイトのところに走り寄る。フェイトは怪訝そうに俺を見た。ギャラリーは少し離れたところで見ている。

「ど、どうしたの?」

「コレを少し、預かっててほしいんだ」

と、俺は首にかけていたデバイスをフェイトに手渡す。

「?」

このゲームで”魔法”は厳禁、ばれたら罰金なので、流石にそれは困る。
よくわからないといった表情だが、それも仕方ない。

「それじゃ、最後頑張ってくるぞ」

「うん、頑張ってね」

俺は射場へ戻る。
そして矢筒に残っている一筋の何の変哲もない矢を手に持ち――――

「――――同調・開始(トレース・オン)」

――――”解析”をかけた

もちろん呟くようにいったので誰かに聞かれたということはない。

――――やっぱり

俺の予想は当たった。なるほど、これが正体か。
俺の構造把握の魔術はそれなりに便利なもので、例えば建物を解析すれば建物を立体で把握できる。隠し部屋も何のそのだ。
で、だ。俺は矢に解析をかけた。
その結果……これは、”梓矢(あずさや)”なのだ。梓というのは原料で、本当は梓弓という弓に使われる物なのだが、これは矢に使われていた。
この梓という木は霊的な効果があり、神事などで使われる弓は梓弓なのだ。占いや祈祷師が使う口寄せなどにも幅広く用いられる。
そして、これを魔術的な観点で見ればとてもいい触媒であり、魔力を通しやすい。別に魔術に使うための俺達の魔力だけを通すってわけじゃないから、こっちの人たちの魔力でも十分なのだろう。

そしてもう一つ、この”矢”からはおっちゃんの”匂い”がした。多分こういうことだろう、おっちゃんは遠隔操作でこの”矢”の軌道を変える事が出来る。
もちろん、そんな誘導弾みたいに派手に変える事は出来ないと思うが、たった36cmしかない的を外すためには軽く逸らすだけで十分なわけだ。
もちろん見た目はただの木で作られた矢。霊的な観点がないこっちでは十分有効な手段だろう。ぼろい商売だ、と思った。多分、おっちゃんはなんで矢が曲がるのとかは考えてないのだろう。
たまたま、本当にたまたま偶然でこのことを発見した、と。

普通、矢は竹で作られる。もちろん今ではジュラルミンとかカーボンなど、折れにくく長く使えるようなものもある。そしてこの矢はコーティングされてて、解析をかけるまでまったくわからなかった。

――――つまりはイカサマ

他の人が初心者にも関わらず的にギリギリ中っていたのも、多分あのおっちゃんが少し軌道をずらしていたんだろう。まったく中らないならあきらめるが、少しでも中ればいける、って思う。賞品が賞品だからな。何にもしなければ勝手に外してくれるので特に注意することもない。
そして、その効果は俺みたいなイレギュラーが来たときのためにもあるってことだな。

矢に魔力を込めているんだからおっちゃんの魔力量が少なくても用意できるし、なんとも考えられたものだと少し感心した。

――――だけどな、そっちがイカサマするならこっちだってやってやる

「――――同調・開始(トレース・オン)」

二たび俺の魔術の起動呪文を小声で唱え、この”矢”に干渉する。他の人の魔力があるのにそれに勝つのは至難の技だが、こもっている魔力量はそんなでもなかったので無理矢理俺の魔力を通しておっちゃんのであろう魔力を”押し流す”。

デバイスを預けたのはこのためで、普通にやってたら魔法陣が出てばれるからな。

他の何かがあったら困るのでついでに俺の魔力で強化した。弓も解析してみたがこっちは何の細工もないようだった。……本当に狡猾だな。

全ての動作を手早く終わらせ、俺は矢を射った。

「……わぁ」

その矢は的のど真ん中に飛んで行き、一射目に放った矢に”継ぎ矢”した。が、今放ったのは強化したやつだったので一射目の矢を砕いてしまった……まぁ、中りは中りだ。あ、的が割れた……。

――――残心

俺はそのまま両膝を畳に着き、一礼した。

「お、おい、アイツ何者だ!? 一ヶ月破られることがなかったこのゲームをたった一回でクリアしちまったぞ!」

「ほ、本当だ! ちくしょう、俺が狙ってたのにやられちまった!」

「でもすげえぞ、的にど真ん中だ!」

な、なんだ? 
後で聞いたが、実は管理局に苦情が入ってたりもしたらしい。実際に管理局の局員が立ち入り調査し、なにか不正なこと(魔法使用など)をしていないか調査されたこともあったらしい。しかもそれで序でに宝石が偽物じゃないのかとの声もあり、管理局が調べたところどれも白。宝石に関しても管理局のお墨付きを逆に貰ったわけだ。
まぁ、見つかるわけないわな……。多少魔力がこもってたところで、術式が発見できなければ魔法を使われたとも思わない……所有者があのおっちゃんで魔力があるだけならこっちの人からすれば違和感ないし……。

――――ん?

「フェイト」

俺はちらりと番台に目をやると、フェイトは察してくれたようで……。

『 Sonic move 』

「っ!」

逃げようとしていたおっちゃんの前に高速移動したフェイトが立ちはだかる。俺は後ろから近づき、肩に手をやった。

「あれ、成功でいいんだよな?」

「あー……あれな、うん、そうだな……兄ちゃん、すげーな、ははは……」

俺はおっちゃんの耳に顔を近づけ、冷や汗タラタラなおっちゃんに小声でとどめの一言。

「――――イカサマは黙ってるから、大人しく賞品渡してほしいな。それに、逃げ切れると思わないほうがいいぞ」

多分相当儲けたんだろうな……。イカサマなし(あったけど)、賞品が管理局が認めたまともな宝石、しかも二つ、とくれば多少高額のゲーム料でも頑張れると思い、何度でも挑戦するだろうし。

「わ、わかった……渡す、渡すから……頼む……」

といっても、これがイカサマだと解るのは俺とか遠坂だけだと思うから、俺がイカサマだーって叫んだところでこのおっちゃんが否定すれば問題にもならないだろうけどな。
観念したおっちゃんは、仕舞ったバッグからショーケースを取り出し、それを俺に手渡した。

「確かに受け取ったぞ」

「それじゃ俺はいくからな、ったく……何者だよおめぇは……兄ちゃんみたいに上手いやつは何人かいたけどな、どいつも失敗してたぞ」

そりゃそうだろ、数センチ軌道をランダムにずらされるだけで中るわけないからな。
そう言ったおっちゃんは駆け足で何処かに行ってしまった。ちゃんと売上金は持っていってるあたり、しっかりしてるな。

「ほら」

俺は手にあるショーケースを、そのままフェイトに手渡す形で胸の辺りまで手を上げた。

「え、えっと……いい、の……?」

「もちろんだ、フェイトのために取ったやつだから、受け取ってくれると俺も嬉しいぞ」

「わ、私のため…………あ、あの……ありが……とう」

「おう」

フェイトは少し恥ずかしそうに士郎からショーケースを受け取った。もちろん、フェイトが赤くなっている理由を士郎が知る由もないわけで……。

「し、士郎、目、瞑ってくれないかな……? そ、その、少しでいいから!」

「なんだ? こうでいいのか?」

「う、うん」

俺は目を瞑る。そうすると直ぐに首元に違和感があり、フェイトの手が触れてるんだな、と思った。その手は俺の後頭部より少ししたのあたりでもぞもぞやると、その手は引いていった。
首に残る、少しばかりの重量感。

「も、もういいよ」

俺は目を開ける。そしてその重量感の正体に気付いた。

「――――これ、いいのか?」

「私が二つ持っててもしょうがないし……士郎に持っててほしいんだ」

俺の首から下がっているのは今とったばかりのネックレスの片方、黄色の宝石が付いたものだった。

「そういうことなら、喜んで貰うぞ。でも、黄色のほうがよかったんじゃないのか?」

確かバルディッシュの大気状態も黄金色のもので、フェイトの魔法陣とか魔力光も黄色、または金色、だったはず。

「う、ううん! 私、こっちの紅いのがよかったんだ……じ、自分でつけれないから……つ、つけてほしいんだけど……」

「ああ、わかった」

士郎はフェイトから紅い宝石の付いたネックレスを受け取り、うつむいているフェイトの首に手を回した。そういうことにも何故か手馴れている士郎だが、そんなことを気にかけている心のリソースもないくらいフェイトは真っ赤。
もちろん自分でつけれないなんていうのは嘘で、フェイトなりに頑張った結果である。

「――――よし、出来たぞ」

「あ、ああああり……が、とととたっ!」

「落ち着け」

「う、うん……ふぅ……ありが、とう」

何とか落ち着きを取り戻したフェイトは、首から下がっている紅い宝石を手の上で転がし、とても嬉しそうだった。

「こんなことで喜んでもらえるなら、頑張った甲斐があるな」

ちなみにギャラリーがこの一部始終を見ていたことは今の心境のフェイトにはどうでもいいことで、士郎にとってはゲームをクリアしたから取り囲まれるのだと勘違いしていたとか。

しかしその空気も、一つの通信で一気に崩れ、フェイトが執務官の顔に、隊長の顔に戻る。



『――――こちらライトニング4、緊急事態につき、報告します』








――――――――――


あすくです。毎回あとがきにごちゃごちゃと失礼します(汗)

今回はふぇいとさんとデートのお話。本当はセイバーと、だったのですが、フェイトとのがみたい、とリクエストをいただけたことが本当に嬉しかったので・・・(苦笑)

車、弓道に関することは半分以上適当な知識です・・・射法に関しては調べたので多分あっている・・・はず・・・



次回は一旦お休みして、凛とかセイバーサイドの話を書いておこうかと。多分士郎は出てきませぬ。

そして

スタンスについて色々意見を下さった皆さん、本当にありがとうございます。
こういうところでも読者様に頼りきりで、やっぱりまだまだですね^^;できるだけ書いて、なんとか皆さんに気持ちよく(理想ですが)読んでいただけるように頑張りたいと思うので、どうかこれからもこのSSをよろしくお願いします!

スタンスとしては、大幅改定はなし(なかったことにはしたくないので)、ですが、新らしく読まれる方のために出来るだけわかりやすく追加に投稿、偽固有時制御に関しては説明で何とか考えましたが、起源弾はちと不味すぎる(名前インパクトが強いので・・・)のでその辺だけは改定したいと思います。

色々な意見を全て取り込むのは無理ですが、全て参考にさせていただきました!

媚びるような形とは別に、今回みたいな感じでも意見を反映させたいと思っています。

本当に、ありがとうございました。

では、感想ご指導、お待ちしております!




[5645] 閑話 ~てぃーたいむ~
Name: あすく◆21243144 ID:da6679b4
Date: 2009/04/07 18:12
(注)初めての試みで、一人称が結構変わります。読みにくかったら申し訳ないです。流れ上無茶苦茶会話文が多いです、小話、と思っていただけると幸いです…。半分はネタ空間なので、普段は使わないものを使ってたりもしますが、笑って流してくださると(苦笑)

~・~・~・~・~・~

さて、フェイトちゃんに無理矢理休みを取らせることは成功したわけやな。いやー、本人は気付いておらへんけど衛宮君は本当に助かるわ。あとはなのはちゃん……こっちはユーノ君がええんやけどユーノ君はユーノ君で忙しいからなぁ……この辺は悩みの種やね。

「あ、そろそろやん」

士郎に時間を告げたはやては、今日の来訪予定の人が来る時間が迫ってることに気がついた。とはいいつつも半分はお茶会で、どうせなら皆も呼ぼう、とはやては前々から考えていたのだ。
ぴこぴこと通信機を呼び出し、なのは、凛、セイバーへと連絡をつけ部屋に来るように通達した。そしてはやては少しだけ浮かれた気分でテーブルを出し真ん中に移し、五人分のイスを並べた。



~・~・~・~・~・~



「な、なんか気まずいな……僕が同席してよかったのかい?」

「あたりまえやん、今日はロッサがお客さんなんやから」

そう、今日の来訪者とは査察官、ヴェロッサ・アコースや。色々お世話になっとる、従兄妹って感じが一番しっくり来る人やね。

「ロッサ、こちらが遠坂凛、そしてセイバーさんや」

「初めまして。ヴェロッサ・アコースです。はやてが世話になっているようだね」

「遠坂凛、です。以後お見知りを。八神には色々協力していただき、大変助かっていますわ」

「セイバーです。よろしくお願いします、ヴェロッサ」

相変わらず凛は猫被り……いや、これはもう別人や。セイバーさんはいつもどうりやけど。でもなんで机の上の箱をちらちらみてるん?

「うん、それにしても久しぶりだね、なのは。はやては上手くやれているかい?」

「あ、ヴェロッサさん、はやてちゃんは凄い頑張ってると思います。私達も助かってますし……」

「そうかい、それならよかった。僕としては心配だからね」

ロッサは少し私を心配しすぎや。それでもうれしいんやけどな。ちなみに、紅茶は凛が入れてくれた。お菓子屋の娘のはずのなのはちゃんよりも入れるのが上手いのは正直びっくりした。

「それにしてもセイバーさん、でいいんだっけな? どうしたんだい? 箱ばっかり見て……ああ、これは女性には失礼だったかもしれないね」

「セイバーで結構です。ヴェ、ヴェロッサ、そういう意地悪はやめてほしい……」

なるほど、セイバーさんは確か食いしん坊って聞いてる。でもロッサがケーキ作ってきたのを箱だけで見破るとは侮れんね。

「ごめんごめん、それじゃあ、切り分けるからナイフを貸してくれるかな?」

「これをお使いください」

ちょ、セイバーさんどっから出したん? ロッサもなのはちゃんもやっぱり気になってるらしく、え? っていう顔になってる。

「あら、美味しそう……アコースさんが御作りになられたのですか?」

あー……凛、ごめん、実はロッサには教えちゃってるんやけど……。

「あ、あのな凛、じ、実はロッサには凛が猫被りっていうのはなしちゃってるん……や…………けど……」

語尾がどんどん小さくなってつっかえたのは勘弁してほしい。ロッサはハハハって気持ち悪いくらい爽やかな笑いを浮かべてるし、凛に関しては完璧なスマイルに青筋がこう……ピクピクっと……。

「ふう、久々だからつかれちゃった」

どか、っと椅子にもたれる凛……あんな、本当に二重人格じゃないのかって疑うで?

「はやてに聞いてなかったらさっきのが本当の性格じゃないかと思ってたよ。よろしく、遠坂さん」

「ええ、アコース査察官って言いにくいからヴェロッサでいい? それに、さんはいらないわ。ったく八神は……」

「かまわないよ。それじゃあ、凛って呼ばせてもらおうかな」

「……なんか噛みあってなくない?」

「リン、それよりもケーキを取り分けていただきたい」

「ああはいはい……それで、その査察官さんがこんなところにどうしたの? 八神も八神で、高町ならまだしも私とセイバーを呼ぶなんて」

「そうだね、僕がはやてにお願いしておいたんだよ。君達にあってみたいと思ってね」

「そうなんよ、だから気にせんといてな?」

「いいんだけどね……でも士郎とかフェイトは呼ばなくていいの?」

アイツはそもそも六課に馴染みすぎでしょ。ああごめんセイバー、ヴェロッサが少し大きめに切ってくれたんだからそんな顔しない。

「え? 凛ちゃん聞いてないのかな? フェイトちゃんと士郎君、町に二人でお買い物いったんだよ?」

「なっ……はぁっ?」

ちょっと待ってそれは聞いてない。え? なに? さっき決めてさっき送り出したから知らんのは無理もないやろ、じゃないでしょこの狸。

「私はナノハ達と一緒にいたから聞いてますが……リンは自室にこもっていました。あ、ヴェロッサ、頂いてもよろしいでしょうか?」

まぁ士郎だから……で納得しちゃうわたしもわたしだけど、わたしに一言なんかあってもよかったんじゃない?

「ああ、ちなみに女性用にカロリーは抑え目にしてあるからね。感想とかもらえると嬉しいな」

「なっ、ヴェロッサ、貴方が作ったのですか?」

しかもこのヴェロッサって男、何処か士郎みたいなとこあるし……。セイバーが餌付けされてるし……。

「僕の趣味みたいなものなんだ。少し多めに持ってきてしまってね、悪くなってしまっても困る。セイバー、もしよかったら遠慮なくおかわりしてくれいないかな?」

「む、そ、それはいけませんね……悪くなってしまったら勿体無い、余りを決して出さないことを誓いましょう」

しかもセイバーの性格一発で把握したみたいよこの男……侮れないかもしれない。けどセイバー、これ普通にワンホールあるんだからね?

「なかなかやるわね……」

「それは恐れ多い……」

大体八等分されたなかの一切れを最後に自分でとりわけ、それをフォークで一口大にして口に運ぶ。う……お菓子作りだったら負けてるかもしれない……。

「でも、ナノハはよかったのですか? フェイトやシロウ一緒に行かなくて」

「ううん、フェイトちゃんの邪魔したら悪いし……それに、二人そろって隊長が不在になるわけにはいかないから」

「ほんまにごめんなぁ……今度また衛宮君にお願いするから。あ、ユーノ君のほうがええかな?」

「え、ちょ、はやてちゃん! それにユーノ君はお友達!」

そのユーノってやつが少し可哀想になった。うん、でも、そんなことよりね?

「ちょ、ちょっとまった。高町、なんていったの?」

セイバーは黙々とケーキを口に運んでるし、ヴェロッサは何処か嬉しそうにセイバー眺めてるし……セイバー見た目中学生から高校生なんだけど、不味くない?

「え、えっと、隊長が二人いなくなるのはまずいかな、って」

「その前」

少し口調が強くなるが、そこらへんははっきりさせないとダメだ。

「フェイトちゃんの邪魔したら悪い?」

「え、もしかしてフェイトって……」

「あれ、凛気付かなかったん?」

「面白そうな話だね……浮いた話がなかった執務官に初めて信憑性がある噂が流れそうだ」

「リン、フェイトを見ていればわかります。さっきは嬉々として……具体的には鼻歌を歌いながらスキップをし、ところどころで回転ジャンプを決めながら訓練場から去りました」

そういうセイバーの手は止まらない。かくいう私もついついとケーキを口に運んでしまう。

「ったくアイツは……」

「その話なんやけどね、凛、ずっと気になってたんやけど聞いてもええ?」

「なによ?」

「衛宮君と付き合ってるん?」

「え゛?」

ケーキを切ってる途中で思いっきり力が入ってしまい、カツンとフォークがお皿を叩いた。
え? し、士郎と? 

「つ、付き合ってるわけないじゃない」

「え? そうなん? それじゃあ、セイバーさんは?」

「いえ、そういう関係にはありません」

「ほう……興味深いね……ということにははやてにもチャンスがあるってことかな?」

「な゛っ!? ロ、ロッサ?」

八神が露骨に動揺してる……え、ちょ、ちょっと…。

「わ、私にもチャンスがあるってことでいいのかな……?」

「そんな半分頬染めて言ってもダメやで、なのはちゃんはユーノ君って言う完全安牌がいるやんか」

そのユーノってやつは安牌扱いされてるのか。少し気になる。まぁ私には関係ないからどうでもいいんだけど、それよりも問題は身近にあったわけだ。

「ユ、ユーノ君は友達だってば! それに、この前あったのも相当久しぶりだったし……」

「そう考えれば、私にもチャンスがあるということになりますね」

セ、セイバーあんたまで……。

「ねぇはやて、六課に居る男の数が問題だったんじゃない?」

「う……そうかもしれへん……」

実は士郎のやつ、高校のときもそれなりに人気があったのを忘れてた。なんでもやってくれるし鈍感なくせに鋭いし……。まぁそれも、六課にもうちょい男が居れば……思いつくあたりでグリフィス……は彼女持ち、ヴァイスは……軽そうなのは却下、となると必然的に士郎に集まるわけか……。

「でも、士郎君って欠点みたいなところってないよね?」

「そやなぁ……センサーでもついてるが如く困ってる人とかのところにひょっこり現れよるらしいし……凛、セイバーさん、ここに来る前の衛宮君ってどないな人だったん?」

「あー……そういや話した事なかったか……まずね、士郎の欠点はあるわよ、致命的な」

「ええ、そうですね……いや、それに助けられてる場面も多いので文句も言えませんが……」

そ、そうなのよね……アイツってやつは……。

「え? そうなの? 士郎君、かなり評価高いんだよ……ミッド語がまだ読めないから書類とかは難しいけど……」

「ああ、そういうことじゃないの。うんとね、鈍感」

「「あ」」

「難儀な人なんだね」

「まずここに来る前のシロウの家には、私を含め士郎以外に6人ほど……時によって何人か増えましたが、女性が定期的に寝泊りしていたのです」

「え、ちょ、どないなっとるん衛宮邸は」

「広いお家なんだね……」

先生にバゼットさん、セイバー、いつの間にか桜も……そしてライダー、イリヤね……。わたしは基本的に倫敦だったけど。

「しかもね、全てのレンジに対応してるわけよ、幼女妹キャラ(イリヤ)から後輩(桜)、先輩(バゼット)、お姉さん(ライダー)、先生(大河)まで。あー、稀に銀髪シスター(カレン)ってのも居たかな」

リン、私はどこですか? っていう目線を向けないで頂戴。

「なんやそのハーレム。全国の大きいお友達に正面から喧嘩売ってるのと同じやん」

「それは羨ましいねぇ……」

ヴェロッサがその直後悶えたのは多分八神からの制裁が入ったのだろうが、気にしないことにした。

「でもね、士郎……誰にも手を出さないわけよ」

この手の話に耐性ないのかしら……青いわね、高町も八神も。

「度々シロウはその中の一人と一緒にそれなりに家を空けていたのですが、その人から話だと、その間も何もなかったと聞きました」

「え、衛宮君ってホ印の人なん?」

「一気に話の方向がおかしなところに行きそうだね」

「いえハヤテ、それはないでしょう。多分、麻痺してしまっているのだと……」

そうなのよねぇ……ちょっとちょっかい出すと顔赤くするし……。

「はやてちゃん、流石にB(ベーコン)L(レタス)はないよ。少しだけヴァイス君が危ないんじゃないかって心配しちゃったよ?」

ああ……アイツしょっちゅうあの男のところに行ってるもんね。

「でも、そんなところにいたって事は衛宮君自体も人気あったんよね?」

「ええ、それは認める。特にわたしの妹なんかはブツブツ……」

「あれ? じゃあ、凛ちゃんと士郎君の関係ってなんなのかな?」

「ア、アイツは弟子よ弟子! そうよねセイバー?」

「…………」

もぐもぐ目を瞑ってケーキ食ってんじゃないわよ! ちなみに二つ目よね、それ。

「でも、それじゃあやっぱり士郎君はそのまんまの人なんだ……」

「ええ、ナノハ。士郎に表裏はないでしょう。たまに口調が変わるのは、リンの指導ですから」

「なぁなのはちゃん、今度今日のフェイトちゃんみたいに休みとってくれへんかな? 多分衛宮君付きで」

「え、う、うん」

「あんたはそのユーノってやつがいるんじゃないの?」

「だ、だからユーノ君はお友達で、それに……ユーノ君じゃ模擬戦できないし……」

「「…………」」

「まぁいいんじゃないのかい? 噂だけど、若い執務官とエース・オブ・エースの教導官が付き合ってるっていう噂もあったりしたくらいだからね」

「え? そうなんですか? いつも一緒に寝てますけど、そんなことないですよ?」

「ナノハ、それが原因だと思いますが」

「え、そ、そうなの?」

「なのはちゃん、そらまずいで。しかも今の発言もなんか色々アレやよ?」

とりあえず話が変な方向にいったので少しだけ戻したい……というか、少しだけ聞いておきたいことがあったんだった。

「あー……高町、八神、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「凛がかしこまるなんて珍しいことやね」

「どうしたのかな?」

「いや、あの士郎とフェイトの模擬戦でさ、私見てたんだけど……」

そう、少しだけ気になることをフェイトが言っていたのだ。

「うん? 凛みてたんか。で、どうしたんよ?」

「プライベートなことだから不味かったら言わなくてもいいんだけど、フェイトってさ、子供のころ寂しいこととかつらいこと……例えば自虐的だったり、他人のために自己犠牲したり、そんなことしてたりした?」

「「…………」」

あ、あれ……私地雷踏んだ? セイバーもちょっと気になってるみたいだったしいい機会だから聞いてみたんだけど……。
そう、フェイトは”紅い騎士”を見た、と言っていた。”とても寂しい世界”を見たといっていたのだ。
それはつまり士郎の”心象世界(固有結界)”。
普通に考えれば固有結界を発動していないにもかかわらずそれを見るなんて事は不可能。別の見方をすれば、”人の心を覗く”のと同義だから。
逆に言えば、よっぽど心の奥深く……その人自身の”生き方”とか”在り方”が一緒ならば心を覗く……”共感する”ことが可能なのでは、と考えた。
もちろんそんなことは一説に過ぎないし、わたしの頭の中で考えた妄想に過ぎないけど……フェイトの言ってることが本当ならば、フェイトは子供のころかどうかはわからないけど……きっと、士郎と似た体験をしている。

――――口を開いたのは、高町だった。

「……きっとセイバーちゃんはあの場所に居たからもう知ってると思うけど、私とフェイトちゃん……9歳のころに衝突したんだ……それでちょっとフェイトちゃん……家庭のことでいろいろあって……とっても、とっても悲しい目をしてて……」

「ん、大体それでわかった。ありがとう。空気壊しちゃってごめんなさい」

まぁ、何があったのなんか聞いても心の贅肉にしかならない。それだけわかれば十分。んー……こっちにメディ姉は居ないし、保留かな……。

「はやて、その衛宮君という人物とフェイト執務官が戦ったのかい?」

「そうやよ、つい最近なんやけどね。実弾演習って名目だったんよ。……そうそう、ロッサもみる?」

ったく、空気察してくれたのはわかるけど……とりあえずは八神に感謝ね。

「へぇ、どんなものなんだい?」

「これこれ、ぽちっとな。衛宮君がフェイトちゃんをお姫様抱っこしてるシーン」

「( Д ) ゜゜」

「なんやロッサ、凄い顔芸覚えたんやな」

「ヴェ、ヴェロッサさん!?」

あ、ロッサが紅茶吹いた。こういうリアクションもするんやね。

「げふっごふっ……す、すまないね……は、はやて……それ、本気かい? クロノが知ったらその衛宮君、命がないかもしれないよ?」

そういやクロノ君ってやたらシスコン(提督にそんなこといえへんけど)やったような……。

とりあえずこれはええもん見せてもらったよ? バックアップは完璧や。そもそも私の脳内に完璧に保存されとる。蒼天の書にも記録しとこうかいな?

「士郎君が躊躇いもなくこのまま私達の前に来たときは驚いたよぉ……フェイトちゃん士郎君の胸に顔埋めちゃってたし……」

「私もこれ見たときは思わずシグナムのおっぱい揉んでもうた」

八神、そりゃおかしいでしょ。シグナムのやつが桜並ってのは認めるけど……ったくどいつもこいつも……前が重くないのかしら?

「「「「…………」」」」

「でも、この衛宮君……ここまでされたら流石に気がつくんじゃないのかな? フェイト執務官の思いに」

「いえ、それはないでしょう」

「ん? どうしてだい? セイバー」

「シロウですから」

「士郎だからね」

「え、凛ちゃんにセイバーちゃん、それで納得してるの?」

「はい、この程度で気付くシロウではありません。そういえばナノハ、私からも一つよろしいでしょうか?」

でも、ここまで来ると本当にホの方向の人なんじゃないかと疑いたくもなる……もしかしていつも干将・莫耶使ってるのって、両刀って意味も暗に含めているわけ?

「うん? どうしたの?」

実は、エリオやキャロ、スバルやティアナを教えているときに気付いたことで聞いていいかどうか気になっていたのですが……。

「スバルのことです」

「っ……スバル?」

その反応を見るに、やはり皆には黙っていることが正解でしたか。ハヤテからの表情も伺えますね。リンは興味はなさそうだ。

「ええ、スバルの体のことは気付いていましたが、今まで誰もそのことを口にしたことはなかった。ということは、これからも黙っていたほうがよろしいのでしょうか?」

「あはは……よく気付いたね?」

「すみませんナノハ、見くびらないで頂きたい。微妙に重心が偏っていて、それでいて極わずかですが突きの軌道、蹴りの軌道などがたまに不可解な位置から飛んできます。それでいて、機械の駆動音まで聞こえれば自然とわかりましょう」

「へぇ、スバルってあんまり話した事なかったけど、半分機械なんだ」

「あ、あれ? セイバーちゃん、知っててスバルと普通に接していたの?」

なるほど……確かに、普通と違えば忌むべき存在として扱われることもあるということですか……それで、隠していると。

「そもそも私は霊体であり、わかりやすく言えば幽霊です。スバルは知らないのかもしれませんが、そんな私に人間として接してくれている人をどうして蔑ろに出来ましょう?」

「そういえばセイバーさんも、使い魔やったっけ?」

「へぇ、そうなんだ。僕もそういうことを気にしたりはしないよ。美味しくケーキを食べてくれるならそれで十分さ」

「ヴェロッサ、感謝します」

「いえいえ、もう一つ食べるかな?」

「はい、頂きましょう」

「まぁそんなもんよ、”たかが”半身機械なくらいで気にしてるような小物がいるようなら小さい器ね」

……あたし、また地雷踏んだ? なんで高町と八神が睨んでるの?

「……ごめん凛ちゃん、”たかが”はないと思うな。スバルだって気にしてるんだよ……?」

「そやね凛、それはスバルに対して失礼や」

――――成る程、こいつらもまだまだ若い、ってことか。うーん……考え方を変えるつもりはないし、少し反撃してみようかしら……。
わたしはカチャリ、と口につけていたカップをソーサーに置いた。

「――――私たちの世界の話、してもいい?」

「魔術師の世界についてかい?」

――――なっ……ふん、知ってるなら話が早い。このヴェロッサって男、侮れないかもしれない……ニヤニヤしてるのはむかつくけど。

「……そうね、私たちの世界、魔術師の世界には機械と融合してるなんて人は多分いない。いないけれど、それと似た存在ならば沢山いる。それが霊だったり、半身が動物だったり、例えを上げればキリがないけど」

中には自分自身が自分自身で作った人形、なんて化け物もいるけれど……それは関係ないので割愛する。

「――――けどね、”わたしたち”は決してそれを否定しない。それは己がたどり着いた一つの”方法”であるし、結局のところ”目指しているもの”は同じ、ある意味同士だから」

もちろん例外は沢山あるけれど……他人の方法を見下したり、それではダメだというつもりもない。

「スバルの話に戻るけど、半身が機械? だからどうしたのよ。それを”たかが”と言って何が悪いの? 貴女達が言っているのは、スバルに”半身が機械で可哀想だから哀れんであげましょう”ってことでしょ?」

「わ、私たちはそんなつもりで言ったんじゃ――――」

「じゃあどういうつもりだったの? 高町、あんたが隊長としてやらなきゃなんないことはスバルに気を使って隠し事をすることなの? 知ってた? セイバーに聞けばわかるわ、そうやって気を使われて、自分達とは違うものだからとそういう扱いを受けることがどういうことか」

一回だけ……ここに来る前にセイバーを降霊術の連中に見せたことがあった。協会側も英霊を倫敦の土地に受け入れるのは渋っていたのだけれど、とある教授(プロフェッサー)殿に貸しを作っておいたのが効いて、一度限り、という条件で。セイバーも納得してくれたし、それで倫敦入りが出来るのならばということで見せたのはいいがそこで受けた扱いは……。

「いえ、リン、私は霊だ。そもそもかの様な扱いを受けるのは当然です。それを当てはめるのはよくない」

そこで受けたのは、まるで研究対象の眼差し……決して人間扱いではなく、英霊という奇異で珍しいもの。嘗め回すようにセイバーを見て……。
う……。まぁ、わたしも考え方が変わって……今ではセイバーたち英霊を物扱いなんてしないけれど……。確かに前のわたしはあの連中と同じだったかもしれない……。
でも、そんな連中の態度にムカついたのは本当だから……やっぱりわたしも変わったのかなぁ……。
”つい手が滑って”降霊術の教室ふっ飛ばしちゃって弁償代が大変だったのはいい思い出だ。

「う……その、八神、高町、ごめん……少し、熱くなった」

「う、ううん! 凛ちゃんがスバルのこと気にしてない……寧ろ、その差別的なのを嫌ってるのをわかったから……私は嬉しかったよ?」

「そやね、逆に気を使って接するのも心苦しいもんやから……できれば普通に接してほしい、って気持ちはわかるわ」

わたしは知らなかったが、八神は子供のころとある理由で両足が不自由で、ずっと車椅子の生活をしていたらしい。

「ハヤテ、ナノハ、許してほしい。リンは優しいですが不器用なのです」

「ちょ、なに言ってんのよセイバー!」

「うん、私達も考えるところがあったから……お相子だよ」

「ははぁ、凛はツンデレなんね」

「なにそれ?」

「まぁまぁええやん、あ、セイバーさん、ってことは衛宮君もスバルのこと知ってるんかいな?」

「ええ、シロウも気付いているでしょう。そういうことに関しては矢鱈に鋭いのがシロウですから」

「そうだったんだ……士郎君も何も言わないから……どう思ってるんだろう……」

「だから高町、私たちにそういうこと気にする人はいないって。特に士郎なんかは半身が魚だろうが馬だろうゾンビだろうが気にしないでしょ」

「魚? 馬? ゾ、ゾンビは流石に気にするんじゃないかな……?」

「流石にゾンビだったら私もきっついわー」

「僕は是非お友達になりたいけどな」

「そう? なら何体か呼びましょうか――――Anfang( セット )」

「え゛」

「ヴェロッサ、リンはこういう冗談が好きなのです」

「そ、そうなんだ……人が悪いね」

「ちっ」

「え、なんなんなんなん? ホントに呼べるん?」

あ、興味持った馬鹿が一人……ヴェロッサと高町は顔青くしてるのに。

「冗談よ、呼ばないから高町、レイジングハート握り締めるのやめてくれない?」

「あ、う、うん」

あんな馬鹿魔力相手にするのなんて割りにあわなすぎる。

「まぁそんなことは置いといて、ヴェロッサ、どこで魔術のことを?」

「それは私も気になりました。ハヤテから聞いていたとしても不自然ではありませんが、もっと深く知っているように思います」

「ふふ、それは単純に、調べたからだよ」

「へぇ、地球には多分魔術師なんていないと思うんだけどどうかしら」

「そうだね、ユーノ先生に駄目元で頼んであったのさ。ちょっと簡単に調べさせてもらったよ。そこで偶々出てきてね」

「無限書庫?」

「ご名答」

成る程……余慶に、無限書庫に興味が出たなぁ。多分その調べた文献もあるだろうし、ちょっと気になるかな。そのユーノってやつが無限書庫に関係してるんだとしたら……。

「高町、今度そのユーノってのに連絡つかない? 落ち着いたらでいいから」

「あ、ユーノ君? 別に大丈夫だよ? けど、ユーノ君も忙しいみたいだから……直ぐには無理かもしれないけど」

「ユーノ先生も魔術に興味を持っていらしたからね、暇を見つけたら色々やってくれると思うよ。僕としても興味深い」

「でもそうなるとなのはちゃん、ピンチやで?」

「ほえ?」

「凛にユーノ君取られるかもしれへん」

「だ、だからユーノ君は友達だって何度言ったらわかるのはやてちゃんはー!」

「まぁそんな色恋沙汰に興味ないから安心しなさい。お願いね、高町」

「うーん……」

「ん? なんか問題でも?」

「そうじゃないんだけど……私からも一つお願いしてもいい?」

「ん、見合ったことならね」

基本的に等価交換というのは根本にあるもので、借りっぱなしってのも気分が悪いもんだ。

「え、っと、それじゃあなのはって呼んでほしいな。高町って基本的に呼ばれないからどうしても……そ、それに凛ちゃんともお友達になりたいし……」

「ん、そんなこと? わかった。なのは」

お金が掛からないことで出来るならそれに越したことはない。少しだけ照れみたいなものはあるが、そんなものは二の次なのである。友達ってのがなにを定義に友達と言ってるのかはわからないが、本人が納得しているならそれで十分。

「あ、あのな凛、それなら私もはやてって呼んでほしいなー……なんて……」

「あんたも? はやて、これでいい?」

「も、もちろんや!」

「で、でも意外だったな……凛ちゃん、士郎君みたいに渋ると思ってたのに……」

「ああ、アイツはただ照れてるだけだから。わたしは個人の名称に別にこだわりはないし。そんなんで借りを返せるなら安いもの」

「さ、冷めとるなぁ……」

「こんなもんよ」

新しく注いだ紅茶ももう残り少なく、すっかりと冷え切ってしまっている。それをこくり、と飲み干した。

「あ、セイバーさん、そろそろ出る時間やなかったか?」

「む、名残惜しいですが確かにそのようだ。ではヴェロッサ、叉の機会に」

「今度はクッキーでも焼いて持っていくよ」

「それは楽しみです。では、また。ナノハ、ハヤテ、リン、では行ってきます」

「気をつけてなー」

「セイバーちゃん、またねー」

「いってらっしゃい」

ん、でも、そんな用事があったのか?

「ねぇはやて、セイバーの用事って?」

「ああ、うちのヴィータと一緒に教導やね。ゲンヤさんのところや。セイバーさんは資格持ってないから飽くまで付き添いやけどな」

「あの親父のところか……」

「あれ、凛ちゃん、ナカジマ三佐のこと知ってるの?」

「あーうん、はやてに付き添って行ったときに、軽く話した程度だけど」

「それでかな、はやてと凛の噂も度々聞くんだよ?」

「え、どんななん?」

「まぁ、悪い噂じゃないよ。追々耳に入るんじゃないかな?」

「あんまり聞きたいもんじゃないけどね」

「ふふ、そうだね。さて、僕もそろそろ行かなきゃならないところがあるんだ。凛とセイバーとも知り合えたし、今日のところは上場かな。では、お暇させてもらうよ」

「あ、ヴェロッサさん、クロノ君にあったらよろしく言っておいてください。ケーキ、美味しかったです」

「うん、伝えとくよ。またご一緒しよう」

「ロッサ、気ぃつけるんやよ? ただでさえうらまれることが多い査察官なんやから」

「そうだね、気をつけるよ。慣れてるとはいっても慢心はいけないからね。凛もまた、機会があったら」

「ないことを祈るわ」

「それは辛辣だなぁ……僕は期待しておくよ?」

「勝手にしなさい」

「さて、私達もあんまりサボってるわけにいかへんからなぁ……配置にもどろか」

「そうだね、短かったけど楽しかったよ、はやてちゃん、凛ちゃん」

「たまにはいいわね。今度は士郎にお菓子作らせようかしら……」

「え、衛宮君作れるん? 意外やわぁ……」

「う、うん、ちょっと意外だったかな……」

「まぁ、その話は叉今度ね。それじゃ、なんかあったら呼んで頂戴」

「ほいなー」

さて、色々考えないといけないかな。





―――――――――――


六課ってやっぱり男すくないよなぁ・・・ということはしろーくんやっぱりそれなりに人気出るんじゃないのかな、と思いました。が、ハーレムはしない・・・!

閑話扱いなので文章量が短く無茶苦茶会話が多いですが、本当に申し訳ないです^^;正直自分で違う媒体(携帯とか)で読み直して凄い読みにくいと思いましたorz
ですが消すのも勿体無かったので・・・

時間軸は一応、フェイトと士郎が町にいってる間ですね。お互い時間がない身なのでそんなに長い時間ではないです。

さて、そろそろヴィヴィ子が・・・どう絡ませるか・・・

ふぇいとさん可愛いといっていただき、感謝です!

簡易コメント返信みたいなものとか、疑問解消などは、感想掲示板で><

それでは、感想ご指導、お待ちしております

ps、誤字報告ありがとうございました!



[5645] 十二話
Name: あすく◆21243144 ID:da6679b4
Date: 2009/04/09 01:41
軽いお遊び気分だったものも一転、本当に目の色が変わったのかと錯覚するくらい、フェイトの纏う雰囲気が変わった。

『――――こちらライトニング4、現場状況を報告します。サードアヴェニュウF23の区画にて、レリックと思しきケースを発見』

レリック……六課が率先して集めている古代技術の結晶、だっけか……さっき標識を見た限りでは、23区画というはそれほどはなれていなかった気がする。

『それと、ケースを持っていたと思われる少女が一人……』

少女……だと?

『女の子は意識不明です! 指示をお願いします!』

なるほど、エリオも一緒だったのか。フェイトは真剣にこの全体通信に耳を傾けている。

『ごめん皆、お休みは一旦中断。フェイト隊長が直ぐ近くにいるから士郎君と現場に向かってもらう。私たちが救急の手配をするから、フェイト隊長と士郎君、現場に向かってもらっていいかな? スバルとティアナもお願い』

「エリオキャロ、直ぐ行くから、女の子を見ていてあげてね。応急手当もお願いできる?」

『『了解!』』

「士郎、ここからだと走ったほうが速いから、それでいいかな?」

確かに車通りが多いから、かえって車は遅くなるかもしれない。

「おう、任せとけ」

特に大きな荷物もないし、数十キロと言われない限りは全力のペースで走れる自信はある。

「それじゃ、行くよ」

そう言い放つと、俺とフェイトは走り出した。ギャラリーは何事かとそわそわしていたが、俺達が管理局員だと気付いた途端、道を開けてくれた。

フェイトの足は低いとは言えどヒールなのだが、速い。俺もそれなりに気合を入れて走っているのに、フェイトは軽々とそれにあわせてくる。あの天然でドジ振りからはまったく想像できないものだ。

そして20分ほどで現場に着くと、エリオとキャロが女の子を抱きかかえるようにして保護していた。

「ごめんエリオにキャロ、遅くなったよ」

「いえ! こんな速く着くとは思ってませんでしたから……フェイトさん士郎さん、ありがとうございます」

「女の子はわたしが簡単に治癒魔法をかけました。けど、どうしていいかわからないので所々あった擦り傷とかを治しただけですが……」

この二人は本当に、子供とは思えない頭の回転をしているよな……。

「うん、それでベストだよ。この後直ぐにシャマルが来てくれると思うから、ちゃんとしたのは診断を待ってからじゃないと危ないからね」

「そうだな、ヴァイスのことだからもう……ああ、来たみたいだな」

多分管理局がこのビルのヘリポートを借りて、そこに降りるつもりなのだろう、バラバラというヘリのプロペラの駆動音が耳に聞こえヘリの到着を教えた。

そして数分すると、シャマルさんが白衣姿で路地に下りてきた。その後ろからは制服姿の高町。肩には医療バックがぶら下がっていて少し重そうだったので俺が変わった。

「ありがとう、士郎君。そこにおいてくれるかな?」

「ここで大丈夫ですか?」

「うん、そのあたりだね。それじゃあ、ここで直ぐに簡易ですが診断しちゃいましょう」

そういうと、少女の傍に腰を下ろしたシャマルさんは抗菌のシートの上に少女を寝かせ、診断を始めた。その間にスバルとティアナも到着し、端から見たら路地裏にこの人数でいるのは怪しすぎるのではないかと思いつつも診断結果を待った。

「…………うん、バイタルも安定してるし、今のところ危険な反応もないかな。出来ればちゃんとしたところでもう一度調べたいけれど、問題ないわ」

ということはただの衰弱か……とりあえずはよかった、と思った。

「よかったぁー」

ここにきて初めて、スバルが口を開いた。少しだけ緊迫した雰囲気だったからな。

「……ごめんねみんな、折角のお休みだったのに……」

「いえ、もう十分休みましたからっ!」

本音のところは違うのだろうけど、そこらへんの心構えはしっかりしているのは感心だな。

「で、でもフェイトさんこそ……」

「うん? どうしたの? キャロ」

「あ、いえ……士郎さんと一緒だったんじゃないんですか?」

「あ、うん……だけど、私は十分楽しんだから」

「ああ、短いけど十分楽しめたな。懐かしいものがあったし、店並びも新鮮だったから」

「だから、キャロたちは気にしなくて大丈夫だよ?」

「は、はいっ!」

そこで、高町が仕事の話に切り替えた。

「女の子とケースはヘリで六課まで搬送するから、皆はこのまま現場検証ね」

「「「「はいっ!」」」」

広げていた商売道具を片したシャマルさん。

「女の子は俺が運びますよ、シャマルさん」

「あ、それじゃあ士郎くん、お願いできる?」

それに俺は頷き、小さな金髪の女の子を抱えた。それはとても軽く……少しだけ、寂しい気持ちになった。

そして俺は、このままヘリと一緒に六課まで帰ることになった。確かに、連携をまともに取れていない、機動力で着いていくことが出来ない俺がいても邪魔になるだけだからな。そして思った通りにガジェットが多数出現、高町とフェイトは海上北西部を制圧に、リインはヴィータと一緒に南西部か……。
俺が六課に着けば、少しでも援護が出来るかもしれない。それに、このヘリにレリックが積んであることから、このヘリが狙われる事だって考えられる……そういう面で、俺は特に希望も出さず、このヘリに残ることにした。



~・~・~・~・~・~



「どうすんの?」

そう、凛が聞いてきた。いつもとは違い地下と海上……ここの力は大きくとも、少ない戦力を分散させられるのは正直歯がゆい。それに数もそれなりで、簡単に駒を動かすのは憚れる……。

「そやね……」

そこで、アーチのモニターにヴィータからの通信が入った。

『こちらスターズ2、海上付近で演習中だったんだけど、ナカジマ三佐が許可をくれた。今現場に向かってる』

私は内心、ここでの想定外の増援は相当に心強いものだと思った。これで一つのブロックにヴィータとリインを充てられる……。

『そして、もう二人――――』

もう二人? ここまでの増援があるとは私もついてるやね、あの部隊にいてあてになる二人といえば――――。

『108部隊、ギンガ・ナカジマです。別件捜査の途中だったのですが、そちらの事件とも関わりがありそうなので……参加してもよろしいでしょうか?』

やっぱりな、ギンガの実力は知っとる。即戦力や。

「うん、お願いや。助かるわ」

そしてもう一人……。

『セイバーです。私は飛べないので陸からになりますが、向かってもよろしいでしょうか?』

モニターが三度分割され、セイバーさんの騎士甲冑姿が現れる。なるほど、シャーリーがセイバーさんのデバイスにも通信機入れたんやね。

「セイバーさんもお願いや、出来れば新人達と合流してほしい。新人達のポイントはシャーリーから随時デバイスに送るから、それにあわせてな?」

『はい、全力を尽くします。では』

そういうとセイバーさんは通信を切った。うん、これで海上と陸に戦力の駒はそろった。これなら限定解除もいらなさそうや。

「リインとヴィータは合流して海上の南西方向を制圧、なのは隊長とフェイト隊長は海上の北西方向や」

『南西方向了解ですっ!』

『こっちも北西、了解だよ』

「ヘリのほうはヴァイス君、士郎君、シャマルに任せてもええかな?」

『任せてくださいよー!』

『うん、まかせて、はやてちゃん』

そしてギンガには早めに新人達と合流してもらいたい。セイバーさんが駆けつけてくれると思うが、やはりそれなりに心配はある。

「ギンガは地下に潜ってスバル達と合流、後々別件のことについても聞かせてな?」

『了解しました。只今をもってギンガ・ナカジマ、そちらの指揮下に入ります』

これでとりあえずは様子見やね。みんな、頑張るんやよ。

「なかなか手際いいじゃない」

「伊達に部隊長やないんよ?」

こういう軽口を聞ける相手がいるというのもいいもので、口はそういっていても凛も私もモニターに目をやっている。凛はまだ所々三味線を弾いてるが、下手したらわたしたちよりもこういうことに手馴れていそうや。んー、組織に根っこから属するつもりはないゆうてたから難しいかもしれんけど……なんか機会があったら一回凛の全力ってのも見てみたいもんやね。

「ふん、まぁ見ててあげるわ。…………なによ?」

……優しいけど不器用、か。ふふ、本当やね。

「なんでもないよ? ただ、ちょっと気になっただけや。さぁ、気張っていくでー!」

「はぁ?」




~・~・~・~・~




確かに士郎との時間は少しだけ惜しかったけど……今はそんなこと言ってる場面じゃない。これはケジメ。公私混同がいけないとは思わないけど、切り替えだけははっきりしないと出来るものもできなくなるし、守れるものも守れなくなる。私がそんなことでだらけて、エリオやキャロになにかあったら一生悔やんでも悔やみきれないから……。

「フォアードの皆、ちょっとは頼れるような感じになってきた?」

「うーん……もっと、頼れるようになってもらわなきゃね」

その言葉に、少しだけ苦笑する。うん、けど、今はそれでいい。強くなるまで、エリオやキャロ、スバルとティアナはまだ私たちが守る。
主の意思に反応したのか、バルディッシュが、レイジングハートが答えてくれる。

『『 Set up 』』

バリアジャケットの生成を終えた私たちはヘリから降りた、ビルの上から飛び立つ。

「早く事件を終わらせて……また、皆にお休みあげようね。今度はなのはだよ?」

「えっ……私はいいよぉ……」

「そう? なら叉士郎に付き合ってもらおうかな……」

「えっ……ぁ……そ、その……」

やっぱり、親友の考えてることはわかるって本当なんだね。

「嘘だよなのは、さ、いこう?」

「もう、フェイトちゃんったら……うん! それに、どうせなら皆でいけたらいいな」

「あ、それも楽しそうだね……」

そんな会話をしながらも思考はもう既に臨戦体制だ。少し離れてしまったが、ヴァイス陸曹のヘリのハッチが開いたのも確認できた。リインも、頑張ってね。

そして私となのはは高速で現場に向かい、ガジェットを狙い始める。

リミッターは掛かっているけれど、ガジェット相手にそれに引き摺られるような訓練はしていない。ラインを割られないようにお互いがお互いをカバーしながらガジェットを叩く。

なのはとの空戦は最近あまり多くなかったけれど、昔の記憶はまだ色褪せていない。自分でも嬉しくなるほど、ちゃんと立ち回れていると思う。

――――けど

『 Oval Protection 』

なのはと背を合わせたと同時に、レイジングハートから魔法起動の呪文が紡がれた。
一定範囲をなのはの強力なシールドで球体に覆うプロテクション……。

「なのは、これだけ派手に引き付けをするってことは……」

「うん、地下かヘリのほうに主力が向かってるね」

このことは明白……となれば、最善の策は私たちどちらかをそちらにあてることだ。

「……私が残って、ヴィータと一緒に空を抑える」

「フェイトちゃんっ!?」

確かに、一人でこの数を相手にするのはきつい。撃墜されることは油断さえしなければ大丈夫だと思うが、打ちもらしの心配があるのはいただけない……この先は市街地なのだ。

「……コンビでも普通に空戦してたんじゃこの数は時間がかかりすぎる」

ガジェットⅡ型の攻撃が来るが、その程度でやられるなのはのプロテクションではない。

「限定解除すれば、広域殲滅で一気に落とせる」

「それなら私がっ――――」

「ううん、追いつくのも全力なら私のほうが早いよ。なのはは、早く皆のところに行ってあげて。――――それに、なんか嫌な予感がするんだ」

それになのはは集束系のほうが得意で、広域殲滅ならば私のほうがいい。

「…………うん、わかっ――――」

『割り込み失礼や』

はやて? 何で騎士甲冑……なるほど。

『ロングアーチゼロからライトニング1、スターズ1へ。その案、それに限定解除も部隊長権限にて却下します』

「はやてちゃん!? な、なんで騎士甲冑?」

『嫌な予感がするのは私も同じなんや。だから、私がクロノ君から限定解除を貰うことにしたんよ。空の掃除は私がやるよ』

それなら、隊長陣全員を地下とヘリに回せる……うん、それが最善だ。けど、アーチはどうしたんだろう?

『ということでフェイト隊長となのは隊長はヘリへ、ヴィータ副隊長は地下で新人達と合流や』

「うん、わかった。なのは、急ごう!」

「うん!」

『こっちも了解だ』

『了解ですー!』

「でもはやて、指揮する人は誰? グリフィスに任せたの?」

『ちゃうよ、それはな――――』




~・~・~・~・~・~



ふう、まさかわたしが部隊の指揮を執ることになるなんてね……それなりにやれる自信はあるし、払うもん払ってくれるってことだからその分はきっちり働きますか、ね。

『君の限定解除が出来るのは、現状では僕と騎士カリムの一度ずつだ。承認許諾の取り直しは難しいぞ、使ってしまっていいのか?』

この人がクロノか……そして金髪がカリム、と……クロノはなんていうか、苦労人のオーラが出てる。

『使える能力を出し惜しみして後で後悔するのはいややからな』

まぁ、正論ね。切り札切らないで負けましたじゃ洒落にならないわけで。

『場所が場所だけにSSランク魔導師の投入は出来ない。限定解除は三段階までだ。それでいいか?』

『S……うん、それだけあれば十分や』

いやいやいやあんたそれ私たちからすれば考えられないってことわかってるの?

『八神はやて限定解除スリーランク承認、リリースタイム・120分』

さて、それがどんなもんか……はやての魔法陣を初めてみたけど、白……というよりは白銀で、三角ってのは初めて見たタイプ……ん?

『リミット――――リリース!』

「ちょ、はやて、あんた人っ?」

つい、席を立って叫んでしまった。いや、これ……モニターに映っている魔力の値がとんでもないことになってるんだけど……確か士郎の全力、1分かけた壊れた幻想が規模換算でS+~SSではやて自体が持ってる魔力がSS? 今はSらしいけど……。

『そらひどいで凛、とりあえず部隊のこと、頼んだで?』

「はぁ……まぁ、気張って掃除しなさいよ」

とりあえずはやてが人間兵器ってのは認識した。

『任せといてな。そんじゃ、久々の遠距離攻撃魔法、いってみよか!』

さて、わたしも働かないとね。丁寧に使っているけど、宝石だって消耗品なのだ、そのことを気にしたくはない。つまりは、お金が必要なのである。

「さてと、こちらロングアーチ、セイバー今どこ?」

『リンっ? 先ほどから送られてくる情報によれば、このままいけば10数分で合流できそうです』

少しだけ怪訝な顔をされたがそこはセイバー、一発で状況を把握してくれたみたいで助かる。

「そう、ヴィータは?」

『あんっ? なんでお前がそこにいんだ? まぁはやての指示でそうなってるんだろうからいいか……あたしもセイバーと同じだ、少し遅れるかもしれねーが大体はそれくらいだ』

「わかった、そのまま地下いってとっとともう一個のレリック回収して頂戴。ギンガって経験者が付いてるみたいでガジェット相手なら遅れを取ることはまずないだろうけど、もし対人とかの戦闘になったら正直心もとない。出来るだけ急いで」

『はい、わかりました』

『わかった』

常に悪い方向を想定する。それが起こるときは想定していたことの斜め上を行く、か……。そんな言葉を思い出しながらも、次の指示は……。

「士郎」

『うおっ、遠坂か。どうした?』

こいつも、いつもはすっ呆けてるくせにこういうときは対応が早くて助かる。

「多分主力の投入があるとしたらそっち。私がちゃんと把握できている能力はセイバーとあんただけ、だからきっちりやりなさい」

そう、多分はやてはこのことも考えてわたしに指揮を任せた。……それに実は、新人達の能力とか、隊長陣の能力を実はそれなりにビデオとか見て把握してるの、ばれてたのかしら?

『……わかった、ヴァイス、シャマルさんが全力で全方位警戒やってるけど、俺も注意するようにする。なんかわかったら教えてくれ』

「ええ、それは承知してる。それじゃ」

多分士郎なら、事前にわかりさえすれば長距離砲撃でも防いでくれる。多分士郎もそれをわかって、ヘリに乗った。さて、次はあっちか……。はやてに関してはアーチスタッフが協力するらしい。でも、この距離をねぇ……正直、純粋な破壊力とかそういうもんでは魔術じゃ勝てっこなさそうね……。魔術はそういうもんじゃないからいいんだけど。

「ティアナ」

『えっ……遠坂さん?』

下水道……少し可哀想だけど、それも仕事ね。

「今はロングアーチで。さて、そろそろギンガって人と合流できたと思うんだけど、どう?」

『っ、はい。現在合流し、レリックポイントへ向かうところです』

『ギンガ・ナカジマです。ティアナ・ランスターの指揮下にはいりたいと思います』

「緊急だからギンガって呼ぶわ、ギンガ、新人達のフォロー、お願い。そっちに増援を二人、いや三人向かわせてるから、レリック確保にあたって戦闘になった場合は時間稼ぎを。無理に戦う必要はない」

『はいっ! できる限りはやってみませます!』

『もし戦闘になった場合の対応、了解しました』

「ん。それじゃあ、お願い」

前だったら、”やれます”っていったんだろうな、あのティアナって子は。わたしも士郎の師匠としてなんとなく味わった感覚だが、目覚しい成長ってのは見てて気持ちがいいものだ。

「……遠坂さん、驚きました」

「ああ、グリフィスだっけ。そんな、驚くことでもないでしょ。ただ指示しただけだし」

「いえ、全て的確だったと僕も思います。それに、まだガジェット以外の反応は確認されていないのにそれ以外を想定していらっしゃるんですか?」

「ん、あんたもはやてみたいに指揮官目指すなら覚えておきなさい、必ず、できる限り悪い方向に考えておく必要があるってこと」

「はぁ……そういう話も、聞いたことありますが……」

「大抵その悪い方向にいったときはね、予想のさらに斜め上に行くの。そこでどう対処できるか、よ。指揮官がパニクったら部隊は確実に崩壊する」

「はい、ありがとうございます。僕も今後、そのように考えて見ます」

「はいはい、まぁ、出来るだけリアルに最悪なことを想像できるようになったらとりあえずは合格」

と、無駄話をしてる場合じゃなかった。

「こちらロングアーチ1、シャリオです。八神部隊長、シュベルトクロイツとの同期及びターゲットサイティングの誤差修正、完了しました。何時でもいけます!」

なんとも大掛かりで機械的な……。

『うん、了解や。……ごめんな、長距離サイティングとか精密コントロールは、リインと一緒やないとどうも苦手で……』

「その辺はこっちにお任せください! 準備、完了です!」

『おおきにな、そいじゃ、いっちょやるかー!』

さて、お手並み拝見ね……どんなびっくりが飛び出すのか……。はやては杖……シュベルトクロイツ、だっけか、それを掲げ、本を左手の上に具現化した。
そして、風に靡かれるように本がパラパラとめくれ、ぴたりと捲れるのが止まる。

『――――来よ、白銀の風……天より注ぐ、矢羽となれ!』

綺麗な魔法陣……はやての身長以上で、小さいのが四つ、大きな魔法陣を囲んでいる。

「スターズ1、ライトニング1、着弾地点危険域から退避完了!」

『よし、第一波、いくよぉー!』

そこから映し出される光景に、少しだけ見入ってしまった。まさかこんなことが本当に可能なのか、と。これでもまだリミッターがつけられているのか、と。

『――――凌 風 (――――フレース)』

紡がれるその名は北欧神話に登場する、世界の風はこの鷲が起こしたといわれるくらいの――――

『――――天 鷲 !(――――ヴェルグ!)』

天を駆ける大鷲フレズヴェルグ――――

「フレースヴェルグ、第一波、発射! 発射軌道、正常!」

それの射出を淡々と告げるアーチスタッフ。……正直驚いた。威力換算でSSのはやての超範囲殲滅兵器、か……はやての魔力消費量よりも出力が大きいってことは大源(マナ)をあの陣で取り込んでるのかしら? とりあえず、私の理解の範疇を超えている……下手な宝具よりよっぽど強いじゃない……。
けどこっちも、ぼさっともしてられない。

「グループEに着弾します! 5…4…3…2…着弾、今!」

な……二度、わたしは言葉を失った。はやての砲撃(?) は目標地点に着くと、弾道ミサイルのように炸裂し……文字通り、その付近一帯にいたがジェットを消し飛ばした。

「続いてA、C、消滅。さらにF消滅、追撃第二波、発射!」

「なのはっ! フェイトっ! ぼさっとしてないでヘリに向かいなさい!」

『凛ちゃん……? 了解っ!』

『凛、了解だよ』

「シャーリー、消滅時のデータから、幻影の実機の派別って出来ない?」

「凛さん……できますっ! 任せてください! 絶対に見つけます!」

多分あの出てきた幻影がわたし達と同じ幻術のようなものならば、必ず割り出せる。特に、実機との混合編隊ってのは逆に差が出やすく、直接戦う人たちにはすまないけれどこっちとしては逆だ。

「上出来ね。さて、そろそろセイバーが着くころ……」




~・~・~・~・~




流石に全速力で一般市民が歩いている道路を駆けるわけにはいかないのでそれなりにルートを選んでしまい、少しばかり遅れをとっていますね……今のティアナなら安心できますし、リンはそういうことにそれなりに長けている……いや、私から見てもリンの適正は高いはずだ。

さて、もう着きます。このままエリオたちの援護を――――ん?

これは…………光弾(スタン・グレネード)!?

先ほどから地下に潜り合流ポイントへかけていたところでこの音は……まずいっ!

「ティアナっ!」

一瞬ライダーの面影を持った女の子に目を奪われたがそれも一瞬、ティアナに迫る脅威を排除する。

「へっ? セイバーさ――――きゃぁっ!」

――――衝!――――――

「間に合いました、大丈夫ですか? ティアナ。貴女達はレリックを追ってください」

ティアナに物体の突きが入る寸前、その間に割り込み受け切る。

「は、はいっ! セ、セイバーさんは?」

「私は――――」

受け止めていた牙のようなものを弾き飛ばす。それに伴い、その牙を装備していた”人でないもの”を吹き飛んだ。それに追撃をかける!

「――――この脅威を抑えます」

っく、相手の得物のせいか、籠めている魔力量が圧倒的に少ないとはいえ暴風のような剣戟を浴びせているのに有効打が入らない。

「ルールー! ガリュー! っち、いきなり増援かよ」

「アギト……ガリューが……!」

「おう、まかせときなっ!」

精霊ですか、しかし問題はない。

「ティアナっ! その精霊と少女は手強い! 本来の目的を見失わないでください! こっちは私に――――任せてくださいっ!」

「了解っ!」

そう、それでいい。逃がさなければ。私は気持ちを切り替え、目の前のガリューと呼ばれた”何か”に刃を向ける。

「はぁぁぁぁあぁぁぁ」

成る程、甲殻類……昆虫? ですか。それならば強度にも限界があるはずだ。ですが、攻撃に使える魔力は少ない……。

「――――なっ」

まるでシロウのようなトリッキーな動き、それでいて人では絶対に威力の入らない、人体の構造的にその体勢からは無理な突きや蹴りを繰り出す。
ん、これは……

――――ヴィータ?

力不足の今、確実に決めるには……ヴィータに協力してもらうのがいい。念話が出来れば便利なのですが、ヴィータを信じます。

一旦距離を置いてガリューと睨みあう。

――――疾!―――――

二たび先ほどと同じような剣戟の嵐。それを、多々傷つきながらも受けきるガリュー。ですが――――!

「ヴィータ!」

「あいよおっ!!」

「ガリュー…………っ!」

私は剣戟でガリューを押し、一つの柱に押さえつけた。

「―――――吹き飛べぇっ!!!」

ヴィータのハンマー、グラーフアイゼンが来る瞬間、跳躍してそれをかわす。その直撃をガリューとやらは……っ!

「捕らえよ、凍て付く足枷! ――――フリーレン、フェッセルンッ!」

これはリイン……一緒だったのですね……しかし、ガリューへの一撃は外してしまった……。

「うっし、ジャストミート! またせたな」

「皆無事でよかったですー!」

と、煙で視界が悪かったものが晴れ、エリオ、キャロ、スバル、ティアナの姿が視認出来る。……キャロが少し、負傷しましたか。その引きつった笑いが少し気になりますが……。レリックは無事のようだ。

「副隊長たち……セイバーさんも……やっぱ強ぉいい……」

ふむ、それよりも、です。

「……ヴィータ、吹き飛ばしはしましたが咄嗟にシールドを……それもとても強固なものを張られました。おそらくあの紫色の髪をした少女でしょう」

「なっ……リイン、そっちはどうだ?」

「こっちもです……逃げられた、ですね……」

それは仕方ないとして……キャロも目を覚ましましたか。

「フリードリヒ、駄目でしょう、主を守らなくてどうするのです」

「きゅくるー……」

「ううん、ありがとう、フリード」

「きゅくるー!」

「次は必ず守ると、私に誓えますか?」

「きゅく、きゅくっ!」

「なに? 私に手伝ってほしいと……そうですね、本当にピンチのときは微力ながら力を貸しましょう」

「きゅくるーっ!」

「フリードリヒ、喜びながら私の肩に乗るのは許しますが、貴方がキャロを守るのですよ?」

「きゅくるっ!」

「舐めないでください、くすぐったいです。今はまだ任務中なので、帰ったら貴方の訓練に付き合いましょう」

「あ、ははは……セイバーさん、フリードと会話してる……」

「エリオ君に懐いたのも意外だったのに、こ、これじゃあまるでセイバーさんが主みたいだよー……」


――――揺―――――


「な、なんだ……?」

このところどころが崩れているようなぐずぐずしている音……何か巨大なものがこの上にっ!

「大型召喚の気配がありました。多分それで……」

召喚というのはこんなものまで可能なのですか。

「一先ず脱出だ、スバルっ!」

「はいっ! ウイング・ロードっ!」

脱出……スバルの道を借りるしかないですね。

「スバルとギンガは先に行け! あたしは最後に飛んでいく!」

「「はいっ!」」

「スバル、道をお借りしますね」

「遠慮なくどうぞっ!」

スバルとギンガが生成した空の道へ飛び乗る。ティアナとキャロも後続で続く。

そのまま駆け、崩落する前に……巨大な天道虫? のようなものをキャロが押さえ建物が瓦解するのを防ぐ。そしてスバルとギンガを先頭に私が続き、ヴィータが空から。
気配なくなってない。すぐさまヴィータ達の探知に引っかかったようで、ほとんどリスクがない上で高速移動できるエリオがあの紫色の髪の少女の下へ向かう。
ティアナが牽制し、リインフォースⅡがあの火の精霊を捕らえる。私はそれのフォローだ。

「ここまでです」

その連携が上手く決まり、リインフォースⅡが二人にバインドをかけた。

「……はぁ、子供をいじめてるみてーでいい気はしねーが……市街地での危険魔法使用に公務執行妨害、その他諸々で逮捕する」

「く、くっそー……!」

その後はヴィータとリインフォースⅡが軽く問答をしつつ、これから同行してもらう、などの旨を伝えていた。こうなれば私の役目はないので、少し黙って聞いていた。少女は答える気がないらしく、ヴィータたちも少し痺れを切らしつつありました。

しかし、黙秘をし続けていた紫色の髪をした少女が突如口を開く。

「逮捕はいいけど」

「あぁ?」

―――――この感じはっ!!

「――――――シロウっ!!」

「大事なヘリは、放っておいていいの?――――貴女はまた、守れないかも……ね」

「――――っ!!」

この嫌な感じ……シロウとはもう契約関係にないけれど、わかってしまうのは不思議ですね……しかし、ふと笑みが零れてしまう。

「ヴィータ、大丈夫です。ヘリは絶対に落ちません」

「セイバーっ!! んなことわからねぇだろっ! ざけんな! 手前っ! 仲間がいんのか!!」

「ヴィ、ヴィータ副隊長っ!」

「うるせぇスバルっ!引っ込んでろっ!!」

あの言葉にヴィータが錯乱するほどの意味があるのですか……これは、放って置けませんね……。

「ヴィータ! 落ち着いてください!」

「んだよおめーもか、セイバーっ!」

「ヴィータ!」

少しきつく睨んでしまったことは反省します。しかしそれを謝罪しているときではない。

「んっ……す、すまん……で、でもっ! 何でヘリが無事だって――――」

「シロウが――――」

「はぁ?」

「シロウが、乗っていますから」





~・~・~・~・~・~





「し、市街地に魔力反応……お、大きいっ!」

あー、やっぱり。とりあえず予想通りってことはまだ最悪じゃない。

「シャーリー、具体的な大きさわかる?」

カタカタと全力でパネルを動かし、何とか魔力値を測定するシャーリー。

「時間をかけて充填するタイプのようなので、最大出力はわかりませんが……す、推定S……駄目ですっ! シャマルさんが乗っていますが、ヘリ全体を覆うほどのシールドとなると……」

ん、はやてのあれが広範囲攻撃でSSってことは、シングルSで一転集中型の砲撃だともうちょい威力が出るか……。

「なのは、フェイト、間に合いそう?」

『ご、ごめんなさい、目視は出来てるけど……間に合わないっ!』

『少し距離がありすぎる……っ!』

士郎乗っけといて正解だった、って言うことか……アイツに頼るのは少し勺だけど、ね。

「それじゃ、あんたらはヘリ無視して犯人捕まえなさい。チャージ段階で発見されるヘボなんかにやられるわけにはいかないの」

『り、凛ちゃんっ!? そ、それじゃあ皆が――――』

「とっとと行きなさいっ!」

ったく、ここは”部隊”でしょうが。

『――――っ、わ、わかった、信じるからね、凛ちゃん!』

『凛……犯人は任せて』

「精々死なない程度に頑張りなさい」

さて、士郎の通信は……。



『士郎』

やっぱりこの、突然モニターが立ち上がるのは慣れないよな……驚きで心臓がばくんと拍動するのがわかる。

「遠坂、シャマルさんとヴァイスが魔力反応を感知したって――――」

『そんなことこちとらわかってる。で、士郎、面倒ごとは後でまとめて何とかするから、そのヘリ守って。そのヘリから見て西からだから』

言われなくてもそうするつもりだったけどな。

「……わかった。高町とかフェイトはこっちに向かってるんじゃないのか?」

『大丈夫、犯人逮捕に向かわせたから』

「そうか、それでいいと思うぞ。それじゃ、やってみる」

『期待しとく』

そういい残すと、一方的に通信を切られた。高町達が追いついてくれて何とかしてくれるならそれに越したことはなかったと思うが、今はそんなことを言ってる時間もない。

俺はハッチとは別にある、緊急脱出用の扉のレバーを引いた。

「し、士郎君っ!? わ、私ががんばってみるから女の子を――――」

シャマルさんか……でも、これは男の子の役だからな。

「大丈夫です、何とかやってみます。少し揺れるかもしれませんから、シャマルさんが見ててあげてください」

ごう、と扉を開けたことにより、目を開けてるのもつらいほどの風がヘリの中を吹き荒れる。

……あれか。

自然と視力を強化し、その場面を視認する。あれだけ膨大な魔力が篭っていれば嫌でも気付く。

「 I am the bone of my sword . ――――― ( 体は 剣で 出来ている ―――――)」

魔力を集中し、思い描くはギリシャ神話における大戦争、トロイア戦争で使用された英雄の盾――――。

俺の中で唯一得意な、絶対防御の概念武装。

「熾 天 覆 う ――――(ロー ―――――)」

暴風が一つの塊になったような、荒れ狂うものが一点に集中して飛来する”ナニカ”。

だけど、そんなものに―――――

「―――― 七 つ の 円 環! (―――― ア イ ア ス !)」

――――負けてたまるか!


――――堅!―――――

お互いがぶつかり合うのはほんの一瞬、だがその一瞬は一瞬ではなく、自分だけが何秒もぶつかり合っているように錯覚するほどの衝撃……だが。
その衝撃もなくなり、目の前はそのぶつかり合った際の名残とばかりに煙で覆われている。

「ふぅ……なんとかなったな」

残った花弁は6枚、そして一枚がひび割れ、か。確かにアイアスは投擲武器に対しての絶対防御だけど、こういうのって投擲攻撃に入るのか……? とりあえず、助かったので御の字だ。

「し、士郎君……」

「あ、シャマルさん、大丈夫でした?」

「あ、は、はい……大丈夫、でしたけど……し、士郎君、本当に怪我とかない?」

「ええ、大丈夫です。とりあえず俺はもう少し警戒しますね。通信は出来ますか?」

「う、ううん。今の衝突でこの辺の磁場が乱れちゃってるみたいで電波が飛ばないの。直ぐに回復すると思うから」

「そうですか、それなら直ぐに繋がり次第連絡お願いします」

「はいっ! それはまかせてくださいね!」

自惚れるわけではないが、俺が乗っていなかったらこのヘリはどうなっていたんだろう……あの位置だと、高町とかフェイトが間に合ってたとも考えにくい……いや、助かったんだからなんでもいい……。俺は、守れたんだから。




~・~・~・~・~



「ほ、砲撃……ヘリに……直撃…?」

通信状況もなぜか乱れ、サーチャーを通しての観測も視界状況が悪く出来ない。だけど、そんな心配はする必要がない。

「シャーリー、ヘリは放っておきなさい。別にやられてないから。ほらはやてもぼさっとしてないでとっとと残りを掃除!」

「り、凛さん……? っく、これはジャミング……じょ、状況確認、できませんっ!」

だーもうこいつらは……大丈夫だっていってんのに、確認できないならそんなの後回しでいいじゃない!

『シャーリー……今は凛の指揮にしたがってな。私が任せたんや、必ずやってくれる』

「言うじゃない」

頑張るのはお金のためとは言えない。……なかなか、払いの色がよかったからなんだけど。

『そーろそろ凛、あんたの性格がわかってきたころやからな。ヘリ、無事なんやろ?』

「うちの士郎を嘗めないでもらいたいわね。人間範囲兵器のはやてには負けるけど」

『ひっどいわぁ……ということでシャーリー、信じよ、な?』

「は、はい……」




~・~・~・~・~



通信が駄目になっていますか……ですが、今の程度でやられるシロウではない。

「セイバーッ! やられちまったかもしれねぇんだぞっ!」

「ヴィータ、現状でここの指揮官は貴女です。落ち着いてください。それに、絶対にヘリは落とされていません。私を信じてください」

「……絶対だな?」

「はい、剣に誓って」

「お前の剣みえねーじゃねーか。まぁ、そんなに言うなら信じてやる。落とされてたらアイス100年分買えよ!」

―――――?

「ヴィータ、気配があります」

「おま、話を逸らすんじゃ――――」

「エリオ君っ! 足元に何かっ!」

ギンガの叫び声で空気が一点する。地下を潜れる能力があるのですか……しかし――――。

―――――そこですっ!

「はぁっ!」

風王結界を纏ったエクスカリバーをエリオの足元に突き刺す。……仕留め損なった。魔力量を多く注げないからコンクリートに打ち込む過程でコンマ数秒遅れてしまった……。

「セイバーっ!?」

「外しました、しかし腕一本は使い物にならないはずです! 気を入れてください!」

今度は気配も薄い……ここに来たということはレリック、またはこの少女の奪還、もしくはどちらか……。反射で動かなければやられる。

「…………っ!」

――――伐―――――

「くっ……ルーお嬢様!」

地下に隠れていた者の正体は、右腕の肘辺りを三分の一くらいを切られていた水色の髪の、ティアナと同じくらいであろう少女……。動きを止めるために足を狙ったが、それも斬りつけるだけしかできなかった。流石に本当に殺してしまうとリンとシロウに迷惑がかかるので、行動不能くらいにするつもりだったのだが……。

「ち、血が……」

「くそっ! 逃げられた!」

ガン、とヴィータが地面を叩く。キャロは少し、血に怯えています……申し訳ない。

「しかしレリックは無事でした。本来の目的は達成です、良しとしましょう」

「ああ……ロングアーチ! ヘリは……ヘリは無事だよなぁっ!!」




~・~・~・~・~・~




『こちらシャマルです! 士郎君が、士郎君がやってくれました! 無事ですっ!』

何とか通信も繋ぎなおし、ヘリとの連絡が取れた。うん、上場。

「そう、それじゃあラストの詰め、フェイト、なのは、逃がしたら承知しないわよ?」

『……うん、見つけた』

『逃がさないよ』

モニターに表示されるのは、今回の砲撃の首謀者であろう巨大な砲台を構えた女と、うわー……見るからに腹黒って感じの眼鏡掛けた女……。え? なに? 腹黒いのは一緒だろ、なんていった人ははやてに頼んで(他人任せ)絨毯爆撃するからよろしく。

「はやて」

『うん? なんや?』

「そっちの掃除は終わったんでしょ?」

『そうやで』

「それじゃ一つやってほしいんだけど、幻術とか関係なしに巻き込める範囲攻撃ってない? できれば座標ピンポイントでかつそれなりに広がるやつで」

『へ? あるにはあるけど……それ準備するん?』

「ええ、お願い。ポイントはF-A-14の廃棄区画ね。少しはみ出すくらいがいいかな。シャーリー、はやてのサポートしてあげて。タイミングはこっちが言うからそれにあわせて」

なのはとフェイトがいるが、あの二人なら今の戦闘や速度を見て、かわせないことはないだろう。

「と、遠坂さん! な、なぜそのようなことを! 危険です! 今のままでも十分捕らえられますよ!」

「はん、甘いって。それに、絶対に逃がしたくないの、あの”眼鏡”。それに、多分そろそろ”消える”わよ」

「な、遠坂さんはあの眼鏡の女性があの幻想魔法の使い手だと?」

「そりゃね、固定砲台の傍に何もしないでいて、安全を確保しつつも戦地にいるなんて……本当の参峰は絶対に戦地には来ないわけだけど、その辺の幻術系の魔法はきっとできるだけ近くにいないと無理なんでしょ。可能性があればそれでいいってわけじゃないけど、あの眼鏡、多分そうよ」

『……消えたっ?』

ビンゴ。アーチの反応もロストしたみたいだから、多分あの幻術は眼鏡で間違いない。

「はやて、後5秒でいける?」

『詠唱完了……あと四秒っ!』

「なのは、フェイト、全力で離脱しなさいっ!!!」

『『了解っ!』』

そしてはやてのラストの詠唱……起動呪文が紡がれる。

『遠き地にて、闇に沈め――――』

「あんたらは出てきたところを叩きなさい! 多分他にも伏兵がいるはず! 位置に関しては随時データを送らせるから!」

後衛タイプが二人いて、距離をつめられてる時点で相手が詰んでるのは明白なのだけれど、そこで一人増援がいれば話も変わる。

『『了解っ!』』

そこで、はやての詠唱が終わる。

『―――――ディアボリック・エミッション!』

はー……こっちも気分がスカッとするレベルの見事な範囲兵器で…とと、はやて、ちょっとはみだすくらいって言ったのにもろにそのはみだしたとこの区画まで壊してるじゃない……まぁ、廃棄区画みたいだし何回われてもお金出すのは管理局だろうからわたしはしらないっと。

『 They never surrender . Judged to have in danger of escape . (投降の意思なし……逃走の危険有りと認定)』

イギリス……倫敦はは英語が多用される国だから何とか聞き取れるが、バルディッシュだっけ、あんた出身どこよ?

『 Knockout by buster , after that arrest it . (砲撃で昏倒させて捕らえます)』

レイジングハートも……日本語英語でないし。
とりあえず今のところは予想通り……フェイトとなのはに挟まれる位置に丁度出てきてくれた。

『トライデント―――――スマッシャー』

『エクセリオン―――――バスタァーッ!』

直撃、か……あれ、死んでないでしょうね……?
派手にカートリッジをリロード……わざわざそんなオーバーキル気味にしなくても……ん? 中る直前に何か……。

「よっし、直撃っ!」

アルト? ルキノ? どっちかは忘れたけど、喜ぶのは早い。

「シャーリーっ! 直ちにスキャンして追いなさい! 中ってないわ、あれ」

「へっ? は、はいっ!」

まさかあの完璧なタイミングで割り込んで、二人を救出、そして離脱することが可能なんて……くそ、わかっていたのに……。

「――――レーダー、ロストしました……」

『こっちも、駄目みたい……』

『凛、ごめん……』

「いや……これはわたしの失敗……はやて、ごめん……」

『んー、ええよ。凛の指示は完璧以上やったのはわかっとるから。本来の目的はレリックと女の子の保護やし部隊のみんなも怪我はないようやから……これ以上は贅沢や』

……さっきの会話から察するに、はやての限定解除が出来るのは残り一回……なのは達もどうなのかはわからないけれど、ここで切り札の一枚を切ったのだから敵の戦力を捕らえてでも探っておきたかったのが本音だろう。





~・~・~・~・~・~




かなりの大騒動だったあの日の事後処理は大抵片がついた。俺はヘリを守っただけだけど、セイバーや遠坂は相当な働きをしたらしい。
このヘリを守ったこと、前回のガジェットを俺が打ち落としたことが重なり、クロノ・ハラオウン、カリム・グラシアという人に遠坂達と会う……とはちょっと違い一問答することになるのだが、今は知る由はない。

ヘリに向けて攻撃をした人、セイバーたちが捕らえていた少女、それを助けた人……さらには幻術を使っていた人、そしてもう一人、高町とフェイトの攻撃を避けつつ仲間を助け出しそのまま逃げた人などが確認されているが、捕獲できた人はいなかったということ。

しかし怪我人は出ず、レリックも無事二つ確保、女の子も無事、ということでこれ以上望むのは贅沢という結論に至ったわけで、特に俺も気にしてはいない。そもそも、八神たちには言えないけど、組織の任務など俺にとってはどうでもいいのだ。人が無事ならば……。

で、だ。

数日たって女の子の様態も把握できたらしく、高町が六課にその女の子を連れてきた、と。

それはいい。それはいいんだ。

だけどな。

「うわぁああぁぁああんーーー!」

俺が部屋に帰ろうとした途中、こんな場面に遭遇してしまったわけだ。あの金髪の女の子は高町の膝にしがみ付き、ティアナとスバル、エリオにキャロはどうしていいかわからずうろたえてるし、高町はこれから任務だったはずだ。

そう、ちょっとトリップして数日の回想などしてしまっていたが、問題はこれ……。俺が入ってきたことに気付いた女の子が、高町の膝にしがみ付いたままなのは変わらずこちらに首を傾け――――。

「う…………?」

女の子と目が合ってしまった。




―――――――――


む、難しかった・・・本編がやたらと視点がかわるので、どうしていいかわからず・・・叉読みにくかったら申し訳ないです、技量不足です・・・。

今回は影の薄かったりんさんに頑張ってもらいました。はやて視点は書いてなかったので補足しますが、一応、りんがおかしな命令を出すようならば即座にはやてが指示を出しなおすつもりでした。通信は開きっぱなしになってます(りんは機会に弱いのは公式設定なので、スキャン!とか言ってる割には自分ではできません)。

はやてもりんを信頼してきたってことで。

バルディッシュとレイジングハートの英語、聞き取りが間違ってたり、単語が違っていたら申し訳ないです・・・自分の英語力ではこれが限界でした;;



最後に。

このSSは、自分4割読者様6割の割合で出来ていると思っています。流されている、というわけではないのですが、どうしても頼りきりになってしまっているのは否定できません・・・。

いつまでも頼りきりではいけないと思いつつも、基礎を学ぶという意味でアルカディア様の、読者様の恩恵にあずかりたいと思っています。

少しでも、成長できるように・・・・・・。

起源云々、固有時制御云々、に関しては修正を試みました。少しでもまともな設定になっていれば・・・。

これからも、手にとっていただけると嬉しいです!

では、感想、ご指導、お待ちしております。

PS、10万どころか13万PVに届きそうな勢いですね・・・・・・本当に、ありがとうございます!
あっぷあっぷしていたのでお礼文を書くのを忘れていました・・・申し訳ありません;;



[5645] 十三話
Name: あすく◆21243144 ID:d9d49a95
Date: 2009/04/14 01:11
考えるに、エリオはまだ小さいから別として……男、というのが珍しかったのか、それともみんなと違う服装(作業服)をしている俺に興味を持ったのか、そのあたりのことは今一わからないが女の子が俺を見ているという事実は変わらない。

……どうするよ、俺。

高町の視線からして困っているのだろう、子供の扱いには……自信があるってほどではないけど、戦地で泣いている子供を宥めたことは何回かあった。それでいいのかわからないが、とりあえず頑張ってみることにする。

俺は女の子の近くまで少しずつ近づき、女の子の目線の高さにあわせるように膝をついた。

「こんにちは」

「……こんにち…は」

目に涙を浮かべ、高町の膝にしがみ付いているのは変わらないがそれでも恐る恐る俺に目を合わせてくる。俺もなんとか、ぎこちないかも知れないけど笑えているはずだ。

「お兄ちゃん、士郎っていうんだ」

この年で自分をお兄ちゃんはなんとなく気が引けたが、おっさんて年でもないと……信じたい。

「……しろー……?」

「うん、しろーだ。お名前は、なんていうのかな?」

「……ヴィヴィオ」

「そっか、ヴィヴィオは、たかま……あー……えーっと……」

そこで俺は言葉に詰まった。女性の名前をいきなり呼ぶのは失礼だと思うし……それに俺も男だ、少し気恥ずかしい部分があるのは理解してほしい。
高町の顔を見上げると、頷いてくれたのでとりあえずはいいってことなんだろうけど……なぁ。

「なのはさんと一緒に居たいんだよな?」

ヴァイスと同じ呼び方になってしまった……そこ、へたれとか言うな。なんで”さん”を年下につけてるんだ、とかヴァイスに思った自分が恥ずかしい……。

「………ぅん」

「そうかー……でも、なのはさんはちょっといかないといけないところがあるみたいなんだ。直ぐ終わるみたいだから、それまでお兄さんと遊ばないか?」

この言葉をピンポイントで録音されてて、八神と遠坂にからかわれることとなったのは置いておく。いや、自分で言っててこりゃ若干不味いかなとも思ったぞ?

「……やだ」

しかも撃沈した。

「たかいたかいとか、すっごい面白いんだぞ?」

「……たかいたかい?」

お、食いついた。こうなればもう少し……。

「そうだぞ、たかいたかいだ。ヴィヴィオだって、なのはさん困らせたいわけじゃないんだよな?」

「ぅん……」

「それじゃあ、少しの間だけお兄さんと遊ぼう。きっと、なのはさんも直ぐ帰ってくるぞ?」

「……ほんとう?」

不安そうに見上げるヴィヴィオ。それに、高町はにっこりと頷いた。

「本当だよ、ヴィヴィオ。それと士郎君、ヴァイス君もそうなんだけど……年上の人に”さん”付けられるのは心地が……」

「わかった。なのは。これでいいんだよな?」

「うんっ!」

桜とかもそうだけど、そんなにこだわる問題じゃないしな。恥ずかしいっていっても最初だけだろう。

「さてヴィヴィオ、たかいたかいするか!」

「どうやるの……?」

「こうだっ!」

俺はヴィヴィオの脇の下を両手で持ち、高く持ち上げた。それはもちろんなのはより高く、俺の頭より高い。一瞬驚いた顔をしたヴィヴィオだが気に入ってくれたらしく、不安げな顔も笑顔に変わった。

「たかーい! たかーい!」

数分ほどヴィヴィオを振り回しながら遊んでいると、なんと今度はフェイトと八神、それに遠坂とセイバーが入ってきた。珍しいな、四人がみんな一緒ってのは。

「あー……えっと……士郎、凄いね……」

フェイトは感心したように俺を見てるし。

「レンジ幅は無茶苦茶広いのよ、士郎は」

「シロウですから」

なんとも後できちんと問いただしたくなるような反応をしている二人に。

「ほー、衛宮君の意外な一面を見れたのはええとして、ごめんな、実は衛宮君も一緒なんや」

ん? つまり、なのはとか八神、フェイトの一緒の仕事か?

「しろーも行っちゃうの……?」

たかいたかいをしたままで、宙にいるヴィヴィオを見るとあの綺麗な笑顔も陰に隠れ、またさっきのような不安気な顔に戻っていた。こ、これはこまったぞ……。

「あー……そうみたいなんだ。ごめんな、ヴィヴィオ」

「ぅ……ヴィヴィオ、一人ぼっち……?」

俺はヴィヴィオを降ろし、また目線を合わせるように膝をついた。そして、優しくヴィヴィオの頭を撫でる。

「違うぞ、ここにいる人はみんなヴィヴィオの味方なんだ。それに、直ぐ帰ってくる。ヴィヴィオがなんか危ないことになったら直ぐにかけつけてやるぞ? 俺が帰ってきたら、今度は肩車をしてやろう!」

「かたぐるま……?」

頭を撫でながら、俺は深く頷いた。

「そうだ、たかいたかいよりもっとおもしろいぞ?」

「ほんとう……?」

「ああ、本当だ。少しだけ、待っててくれるか?」

ヴィヴィオなりの覚悟の決め方なのだろう、うさぎの人形を持つ手に、力が入ったのがわかった。

「……ぅん…はやく……ね……?」

「もちろんだぞ」





~・~・~・~・~・~





ヴィヴィオを置いてくるのは非常に心苦しかったが、どうしてもという話があるらしい。暫くヘリに揺られ、エース・オブ・エース(なのは)にも弱点があっただとか、俺の意外な一面を見た、だとかそういう話をされたが、今日連れてかれる理由を話すのを、意図的に避けている節が見られる……。
目的地と会う人物は聞かされていた。

――――聖王教会

遠坂辺りは”教会”ってことに難色を示すかと思っていたのだが、そういうわけでもない様子。もちろん、あっちの”教会”とは似てもにつかぬ組織らしいってことだけはわかっているからそこのところだけは安心している。

今日会う人物とは、機動六課という一年限りの部隊を設立するにあたり、それに深く関わっている後見人の一人、クロノ・ハラオウン提督。フェイトの兄らしく、年は俺より二つかそこら上。
そして、カリム・グラシア少将。とはいっても正式な所属は教会側で、少将というのは飽くまで管理局で有事の際の待遇だとのこと。

作業服では流石に不味かったのであんまり着たくない管理局の制服に着替えているし、セイバーや遠坂も同様に茶色の制服を着ていて、新鮮味は薄れてきているがそれでもなんともいえない感慨が湧いてしまう。

遠坂辺りは何で俺達も同行させられているのかをそれなりだが把握しているみたいで、さっきから例の手を顎に当てるスタイルで自分の世界に入っており、教会内部に入ってもそれが崩れることはなく、目的の人物が居るであろう部屋の前でようやく戻ってきたみたいだ。

少しばかり、緊張する。

――――なのはが、管理局ではなかなか見ることがなかった木で作られた扉をノックする。

「どうぞ」

扉の向こうから聞こえてくるのは、物越しからもわかる透き通った声。

「失礼します」

なのは、八神、フェイト、そして俺達三人の順番で部屋に入る。

「高町なのは、一等空尉であります」

改めて思うが、19歳で大尉だもんな……基本的に戦闘機乗りに例えると任官した時点で少尉、三等空尉になるからそこから二つ上、といえば簡単そうに聞こえるが、実際二階級上げるのは相当な苦労が必要なはずなんだけどな……。

ちなみに○等○○という呼び方をするのは自衛隊だけで、”旧日本軍”でさえも大佐、中佐、という呼び方だった。
なのは達が名乗る階級で少しだけ気になることがあって……なんで佐官尉官は○等~という使い方をするのに、将官だけは少将、というのを用いるのだろうか。

大中小で表されるのは”旧日本軍”であって、自衛隊の呼称に拘るのなら少将は例えば陸軍ならば陸将補、中将は陸将、大将ならば少し特殊だが、陸上幕僚長、となる。

そんなことはどうでもいいのだが、緊迫した空気に当てられてネチネチとへんなことを考えてしまった。

「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官です」

「遠坂凛よ」

「セイバーと申します」

「衛宮士郎です」

遠坂はなのはやフェイトが敬礼しているのを一瞥しつつも決してそのような態度はとらなかったので、俺も名乗るだけにした。セイバーはいつも姿勢いいからな……。

絨毯の上を歩いてわざわざこちらに出迎えるのは、セイバーともフェイトとも違う、どちらかといえばヴィヴィオのような綺麗な金髪に、黒い修道着のようなものを身に纏った……お嬢様、という言葉が一番この人物を表すのにふさわしいのではないかと思ってしまう物腰の……俺より……年上か? 年齢が読めない……が、確実に美人と形容されるであろう女性だった。

「ふふ、いらっしゃい。聖王教会、教会騎士団騎士、カリム・グラシアです」

この人がグラシアさんか……実は、”カリム”という名前から男性を想像していたのは内緒だ。それに少しだけ面を食らってしまったのだが、それを気付いたのかどうかはわからないがグラシアさんが俺を見て少しだけ微笑んだ。

「どうぞ、こちらへ」

そう、案内されたのは窓際に作られているテラス……のようなものだが、そこの部分だけ外に迫り出しているだけで室内なので、なんと形容したらいいのか……丁度テーブル一つが置ける空間で日当たりもよくてそれでいて景色も素晴らしく、お茶するには贅沢な場所だな、と思った。

そしてそのテーブルに腰を掛けている人物が一人……察するに、ハラオウンさん兄だろう。

8人腰掛けると少し横が詰まるが、それでもまだ窮屈と感じる狭さではない。

「失礼します」

そういいなのはは一礼し、席に着いた。ちなみに遠坂はとっとと座り、ハラオウンさん兄を見据え……いや、睨んでいる……とも違う、人を品定めするような……そんな視線を向けている。それに気付いているはずのハラオウンさん兄は気にした素振りも見せない。

……凄いな。

少しだけ、そう内心で考える。

「クロノ提督、お久しぶりです」

兄だろうに、こういう場だからか立場をわきまえ敬礼するフェイト。フェイトが座ったのに続き、セイバーと俺は腰を下ろした。

「ああ、フェイト執務官」

その微妙な空気を悟ったのか、グラシアさんが微笑んだ。

「ふふっ、お二人とも、そんな硬くならないで。私達は、個人的にも友達だから。平気ですよ、いつも通りで」

「――――と、騎士カリムが仰せだ。普段と同じで」

ハラオウンさん兄は俺達三人を一瞥したが、一瞬気に止める程度であった。

「平気や」

三人がそういうと、若干空気が弛緩するのがわかった。

「それじゃあ……クロノ君、お久しぶりっ」

「お兄ちゃん、元気してた?」

フェイトが”お兄ちゃん”か……一度でいいから言われてみたい、なんて、決して、少しも、断じて、思っていない。

「――――っ、そ、それはよせ……お互いもういい年だぞ」

若干頬を染めているあたり、無茶苦茶固そうな人かと思っていたら、そうでもないらしい。

「兄妹関係に年齢は関係ないよ、クロノ」

「…………」

ごほん、と一旦区切る八神。確かに、少しだけどういう対応していいかわからない空気だった。

「さて、昨日の動きについての纏めと、機動六課設立の裏表について、それと、今後の話や」

え……? 昨日の動きについての纏めで俺、セイバーが呼ばれたの疑問だが、遠坂はまだわかる、けど、六課設立の話とかに関してなんで俺達が呼ばれるんだ……?

「――――その前に、だ」

ピン、と空気が一瞬にして張り詰めた。

セイバーは直ぐに動けるように下半身に力を入れている。が、遠坂だけは動じた様子もなく、出された紅茶の匂いを嗅いでいる。この雰囲気からハラオウンさん兄が只者でないことは察せられた。

ガタン、と荒々しく席を立ち、内ポケットから一枚のカードを取り出す。それは一瞬でデバイスとわかり、セイバーもほぼ同時に反応した。

「デュランダル」

『 OK Boss 』

「やめなさい、セイバーっ!」

ハラオウンさん兄がデュランダルと呼ばれたデバイスを遠坂に突きつけ、セイバーは具現化したエクスカリバーをハラオウンさんの首に突きつける、が、遠坂の一言にでセイバーは歯痒みしながらもエクスカリバーを引き、腰元に据える。

「君達は、何者だ。この場で喋らないようならば――――」

「――――消す、って?」

デバイスを突きつけられながらも優雅に紅茶をコクリ、と飲みカップをソーサーに乗せ、ゆっくりと……そのデバイスの持ち主を挑発するかのように睨む。

「ク、クロノ君っ!?」

「クロノっ!!」

なのはとフェイトは聞かされていなかったのだろうか、抗議の声を向けるがデバイスを収める気はさらさらないという風に、その言葉を聞き流すハラオウンさん兄。

八神は……少しだけ俯き、何もないテーブルの上をひたすらに見ていた。

「士郎も、おさめなさい」

……なんでわかるんだよ、そこからは死角だろ……と思いつつ、俺はテーブルの下で投影していた夫婦剣を消した。

「貴方達三人を呼んだのはこの私(わたくし)です。六課の存在意義にも関係してくる貴方達の存在――――」

グラシアさんはそう言いながら、ネックレス状になっていてその先についている宝石らしきものを握り締めると……。

「起きなさい、クライスト」

『 Ja 』

起動されるはこちらもデバイス……ハラオウンさん兄はバリアジャケットは身に纏っていないが、グラシアさんは紫色のオーバーコートに、黒い……いや、漆黒の、シグナムさんが持つレヴァンティンのようなアームドデバイスからは想像できないほど細々しいがそれでもどこか日本刀を思わせる刃を持った、剣。
クライストと呼ばれたその剣を持つグラシアさんの手は黄金のナックルガードに包まれている。

その刃を、セイバーに向けた。だが、マスターである遠坂の命令を反故することはありえないセイバーはその見ほれてしまうかのような刀剣を睨みつける。

「――――無視するわけには、いきません」

――――静

時間にして数秒、沈黙を破ったのは”八神”だった。

「……ごめん、凛、セイバーさん、衛宮君……こうするしか……なかったのや……」

紡がれるその言葉からは、苦悶に耐える八神の心情が伺えた。だが、自分達が売られた様な状況になってるにも関わらず遠坂の表情は変わらないもので……それが少しだけ俺を安心させる。

「まぁ、妥当でしょ。今までなんもなかったのが不思議なくらいだから。とりあえず自己紹介したいんだけど、物騒なもの収めてくれないかしら? うちのセイバーが落ち着いてくれないから」

「……もし抵抗するようならば貴方達の腕を頂きます。それでもよろしいでしょうか?」

スローだったが、その剣筋はとても卓越したものだというのが伺えた。騎士、という名前に恥じない腕を持っているのは確かだろう。

「やってみれば、と言いたいところだけどそうなるとこちとら色々面倒でね、逃げる気はないから」

「……その言葉、はやてからの報告を嘘偽りないものだと信じ、信じます」

そういうとグラシアさんはデバイスをおさめ、改めて席に着いた。ハラオウンさんもデュランダルを仕舞い、腰を下ろす。

「さて、まず自己紹介ってとこか。わたしは遠坂凛。呼び方は任せるから」

「……セイバーです。先ほどは失礼しました」

「いや、いい太刀筋だった。もし彼女に傷をつけていたら僕は首が本当の意味で飛んだかもしれない」

「衛宮士郎です」

「君が、衛宮君か……はやて達から色々聞いているよ。……僕は、クロノ・ハラオウンだ。ややこしいからクロノでいい」

先ほどの殺気は鳴りを潜め取っ付きやすい温和な表情になっているが、それでも俺達が何かアクションを起こせばまたこの人は一瞬で切り替えるだろう……。

「俺も、士郎で大丈夫です。クロノさん」

「いや、先ほどあんな対応しておいて何だがね、出きれば”さん”と敬語は要らないよ、士郎」

「あらそう? それじゃ、クロノって呼ばせてもらうから」

うーん……やっぱり、遠坂のような切り替えは難しいぞ…。

「ああ、そうしてくれると助かる。君達を呼んだのはほかでもない……君達の経緯を察するに、こちらが敵対しなければ、逆に確実な友好関係を結べると踏み、はやてから聞いている報告だとこちらがそれなりの”モノ”を提供すればそれ相応の”見返り”を用意してくれる、そういう人たちだと聞いたからだ」

それは概ね、間違っていない。俺だって出きれば管理局とは敵対はしたくない。遠坂だってそうだろうしな。もちろん、管理局と敵ないしないと味方になる、がイコールで結ばれるわけではない、ということはわかっているが。

「まぁ、そういう認識でいいかな。はやてから聞いてると思うけど、私達”魔術師”の基本原則は等価交換。一つの契約が成立した限りはそれが成功するまで裏切ることは決してない、そういう心情よ」

「僕と騎士カリムは貴方達の行動を全て報告上で把握している。監視していた、と言われれば聞こえは悪いが、仕方なかったとはいえすまない」

「謝ることじゃない。危険因子なのは自分でもわかってるし、監視されてるのもわかってたから。それも、”組織”なら仕方がないこと」

それなりに馴染めたとはいえ、微妙な違和感を感じることが多々あることはおれ自身も薄々感じていた。八神が私情で俺達を匿ってくれつつも管理局員としては最低限、俺達を監視する必要があった、ということだろうからそれ自体は別に俺も嫌だったとは思っていない。
寧ろ、八神やフェイト、なのはには感謝しているくらいだからな。

「そういってくれると助かる……前置きはこの辺にして本題に入ると……単刀直入に聞く、君達の”力”は、なんなんだ?」

「魔術師の基本は等価交換、って言ったけど、それ以前に”魔術は秘匿するもの”って大前提があるのもはやてから聞いてるでしょう? それを知ってて言ってる?」

「ああ、もちろんだ。それ相応の見返りは出来ると思っている」

ふん、と遠坂はクロノを見て上等、と笑うと、俺達は口出しが出来ない会話が始まる。

「そう……それじゃあ、答えられる質問には答えてあげる。けど、それに見合わない物だとわたしが判断した場合――――」

「それは大丈夫だ。失望させるつもりはない」

「そ、もう一つ、わたし達が言うことを”理解”しろとはいわないけど、そういうもんだと”納得”できる?」

「ああ、それの覚悟も出来ている。それで、だ、士郎」

この場で俺の名を呼ばれたことに驚いたが、基本的にガジェットを掃討したりしているのは俺で……セイバーだって派手な行動をしているわけじゃないから、俺に質問が来るのは明白だったわけか。

「なんだ?」

「……君の力、報告では”転移”となっているが、シグナムたちの前では”魔力で編んでいる”という表現をしたそうだな」

「そうだぞ。転移っていうのは嘘だけど、魔力で編んでいるのは間違いない」

「見せてもらってもかまわないか?」

遠坂をチラリと見ると、その目は”好きにしなさい”の目だったので俺は首から提げていたデバイスを外す。これは飽くまでカモフラージュと通信機だからな。

「――――投影・開始(トレース・オン)」

投影するは、歪なほどに形を変えている……もはや剣とも呼べず、槍とも矢ともすら呼べない者、赤源猟犬。

「これは……ガジェットを狙撃したときのアレか?」

「ああ、フルンディング、って言うんだ」

「触ってみても?」

「かまわない。けど、注意しないと怪我するぞ」

「わかった」

全体が真っ黒で、幾つかの刃が細い芯に螺旋を描いて巻きつき、そのままやや外側に反り出した外見を持つフルンディングは正直釘バット並みに痛そうなものである。

「……ほとんど魔力を感じない。これであの距離のガジェットを打ち落とすのは不可能だ。それに、魔力で編んでいるとは言ったものの……本物の鉄で作られているようにしか見えない……」

俺達の魔力を正確に感じ取れないとはいえ、そもそもそれには原型をとどめるほどの魔力しか注いでないからな……。

「一つ一つ話すと、この魔術を俺達は”投影”って呼んでいる。やるだけなら遠坂も出来る。それに、投影できるのは何も剣だけじゃない」

俺は机の上に乗っているカップを手につかみ解析すると、それと瓜二つなカップを横に投影した。

「……ほんまに、手品やね」

「まぁ、そんなもんだ。剣以外は投影するにしたって魔力の消費が大きいし、”本当の”効果を発揮するのは一瞬だからな」

かといって、真名開放さえしなければいつまでも残り続けたりするのが遠坂もびっくりな所為である。

「”本当の効果”とは、この剣にもあるのか?」

うーん……やっぱり、クロノって頭いいな。遠坂も嬉しそうだし……馬鹿弟子で申し訳ない。

「ああ、その剣には”射手が健在かつ狙い続ける限り標的を襲い続ける”っていう”概念”があるんだ」

概念、と聴きなれない言葉にクロノにグラシアさんは困惑の表情を浮かべ、フルンディングと俺を交互に見る。なのはとフェイト、セイバーは黙って俺達の話を聞いている。

「……概念?」

「簡単に言うってのも難しいんだけどね……”決められたこと”かな」

「つまりこの剣には、”目標を狙い続ける”という決められたことがあったから、ガジェットを打ち貫いた、と?」

「ああ、そんな感じだ。かといって魔力が切れれば止まるし、消えるけどな。流石にあの距離じゃ目視は出来なかったから、感覚で爆破しちゃったけど」

「いったことないんだけど、あんた達無限書庫ってのがあるんでしょ? それを聞くに、そこは”空間”という概念が捻じ曲げられてる場所、かしら。見てみないとわからないケド」

「成る程……君達は”世界の法則”を書き換えられる力を持っているというのか?」

「いや、そんな大それたことは出来ないぞ。ただ、そういう力を持つ”物”の力を借りてるだけだ」

この辺から、ややこしくなってくるんだよな……俺自身理解してないんだから説明するのは本当に難しいぞ。

「借りている……? さっき士郎、君はこの剣を魔力で編んでいる、と言った。それでは矛盾するぞ」

「説明するのは難しいんだけどな……例えばシグナムさんが持つデバイスの名前、レヴァンティン、って言うだろ?」

「ああ、だが、出きれば話を逸らさないでほしいのだが……」

「いや、出きればわかりやすいほうがいいと思ったんだ。で、俺達出身の地球には”神話”というものがある」

それは多分世界どこにでも存在してるんだろうけど、レヴァンティンは地球の神話からだからな。

「ああ、それは僕もさわりくらいは知っている」

「本当は、”ン”の発音がないから、レーヴァテインとかが正しい発音なんだけどな、スルトって巨人が持つ炎の魔剣と同一視されてるんだ」

本当は直訳すると”災いの枝”とか”災いの杖”なんだけどな。その剣は投影することは出来ないけれど、何とか説明できれば……。

「それのなにが関係しているんだ?」

「そのフルンディングも、地球の神話に登場する武器なんだ」

フルンティング、と発音するのが近い魔剣。血を吸うごとに固くなるといわれる、北欧神話の名剣だ。

「ふむ……でも、これは士郎、君が作った紛い物なのだろう?」

「ああ、そうなんだけどな、俺はその”本来の力”を一時的にだけど引き出してやれるんだ。もちろん劣化コピーだけど実物が凄すぎて、劣化コピーでも十分な威力を秘める」

「……危険な、力だ」

そうポツリ、とクロノは呟いた。

「かといって何でもかんでもできるわけじゃないぞ。一度見たものじゃないと駄目だし、銃とか大型のミサイルとか戦闘機、そんなものは形すらも作れない」

俺の能力は飽くまでおまけだから多少ばらしてしまっても別に困ることではない。敵に知られたら知られたで、そのときの対応をすれば済むだけなのだ。

「今の士郎の話を聞くと、今僕の手にあるこの剣は伝説の魔剣の複製、っていうことになるのか?」

「そうだな。フェイトと戦ったときの日本刀も、全部俺の魔力で複製したんだ。北谷菜切には”振ったら剣戟が飛ぶ”っていう効果があって、一両筒には雷を切る概念がある。だから、切った」

少しだけ、押し黙るクロノ。確かに、むやみに使えば危険な力だと思う。だけど俺は絶対にそういう風にこの力を使わない。そのつもりだ。

「”人を殺す”って概念を持った武器もあるのよ。ようは突かれれば狙われた人がどんなに強くても一発でパタリ、っていう」

「なっ……!」

投げれば30の鏃となって敵を貫き、投げれば30の棘となって敵を穿つ、魔槍……か。

「どう? 危険でしょ?」

「……ああ、危険だ。だが、君達がそういうものをむやみに使うことはない、と今までの行動から見て信じたい。それと、もう一つ……あの砲撃を守った盾も、伝説の防具なのか?」

情報早いな、と思いつつも、絶対に聞かれるとは思っていたからな。

「ああ、アレはギリシア神話に出てくる大アイアースが持ったとされる盾だな。本物は幾層もの牛の皮で出来た盾なんだけど、ヘクトールの槍の一突きを防いだりしたことから投擲系の武器に対する絶対防御の概念を持ったんだ。ちなみにあの一枚で古代城壁一枚分の強度はある」

唯一それなりに扱える防具、ってことは伏せておいた。

「そう……か、そういうことなら君のランクに見合わない能力を使えることも納得できる……」

「もう質問はいいの?」

「ああ、君達の力がどういうものか、さえ把握できれば……それに、重要なのはここからだ」

俺が特殊なだけで、遠坂は全うな魔術師なんだけど……遠坂からしてみれば、聞かれなくてラッキー、くらいなものなのかな?

「ええ、今の話をお聞きした上で、わたくしとクロノからの個人的なお願いになります」

暫し俺達の話を聞いて考え込んでいたグラシアさんが目を上げ、遠坂、俺、セイバーを順番に真剣な眼差しで見つめる。そしてゆっくりと、口を開いた。

「――――改めて、私達……機動六課に、はやてに、協力していただけないでしょうか……?」

「待ちなさいって、重要なこと言ってないでしょ」

飽くまで俺達に質問しただけで、いきなり協力といわれても確かに困るな。

「……それは僕から説明しよう。もちろん、返事は全てを聞いた後でかまわない」

「申し訳ありません……少し、気が逸ってしまいました……」

グラシアさんは少しだけ、恥ずかしそうに俯いた。

「私も聞いてよろしいのでしょうか? 重要な話になると思われるのですが」

「あ、ああ、それは気になったぞ。遠坂だけじゃなくていいのか?」

「それは気にしなくていい。君達にも知っていてほしいんだ。……さて、始めるぞ」

クロノがそういうと、映画のスクリーンの幕のように、窓をカーテンが覆った。多分、外部から唇の動きで内容を悟られないようにするためか。逆に言えば、それほど重要な話ということ……。

「六課設立の表向きの理由、それは、ロストロギアレリックの対策と、独立性の高い少数部隊の実験例。……知っての通り、六課の後見人は僕と騎士カリム、そして僕とフェイトの母親で上官、リンディ・ハラオウンだ」

空間モニターにはミッド語で書かれた三人のプロフィールらしきものが立ち上がった。……あれがクロノの母親か? ちょ、ちょっとまて、クロノって俺より年上だよな? おかしいだろ、母親だろ? おかしすぎる……どう考えても、若すぎる。クロノの年齢から考えるに50近いはずなんだが。

遠坂も女性として興味があるのか、モニターを見て目を見開いた。女性にとって若さは永久の課題だしな。

「そして非公式ではあるが、かの三提督も設立を認め、協力の約束をしてくれている」

モニターが裏返ったそこには二人のおじいさんと一人のおばあさん……かの三提督、っていうくらいなら偉いし有名なんだろうけど……流石にわからん。フェイトとなのはが驚いているからな、相当な人なんだろうということは察せられた。

「その設立の理由には、私の能力が関係しています。私の能力――――」

グラシアさんは4、50枚の藁半紙、和紙のような少しばかり古ぼけた紙を纏めてある束を取り出した。そして、それを結わっている紐を解く。
その紙は輝きだし、一枚一枚が生きているようにグラシアさんの周りを回り始めた。

「――――預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)」

それは一種の幻影のようでとても美しく、その中心に居るグラシアさんも神秘的な雰囲気を醸し出していた。

「これは最短で半年、最長で数年後の未来、それを詩文形式で書き出し、預言書の作成を行うことが出来ます」

つまりは未来予知、ってことか。未来を垣間見る、ってこと自体は魔術ではそんなに珍しいものじゃない。かといって確実に中る、というものはなかなかないけどな。

「二つの月の魔力が揃うときでないと発動できませんから、預言書の作成は年に一度しか出来ません。それに、書かれる言語も古代ベルカ語で、解釈によって意味の変わる難解な文章」

そのうちの数枚が意思を持ったように俺や遠坂、フェイト達の前に飛んでくる。

……流石に読めないぞ。

遠坂も無理なようで、一瞥しただけで視線を逸らした。

「世界の事件をランダムに書き出すだけで、解釈ミスを含めれば……的中率や実用性を鑑みて、よく中る占い程度。――――つまりは、あんまり便利な能力ではないんですが……」

うーん……まぁ、妥当だと思う。流石に魔法で確実な未来予知が出来るなら魔術の立つ瀬がない。

「聖王教会はもちろん、次元航行部隊の皆も、一度はこの予言に目を通す。信用できるかどうかは置いておいて、飽くまで可能性の一つとしてな」

占いなんて外れたほうがいい、っていう占い師も居るくらいだしな。基本的に事件を書き出すのならばそれが中らないに越したことはないが、中った時の心構えが出来るという意味で確かに一度は目を通したくなるものだろうな。

「ちなみに……地上部隊は、この予言がお嫌いや。実質のトップが、この手のレアスキルを嫌いやからな」

レアスキルが便利で強いスキルとイコールになるってことは基本的にないと思うんだけどな……もちろん例外はあるが。俺も特殊なスキル持ちとしてはちょっとだけ悲しい。

「そんな騎士カリムの予言に、数年前から……なにやら不穏な、ある事件が書き出されているんだ」

クロノがグラシアさんに合図をすると、グラシアさんは周りを回っていた紙の中から一枚を取り出す。

「――――古い結晶と、無限の欲望が交わる地、死せる王の下、聖地よりかの翼が蘇る。死者達が踊り、中立つ大地の法の塔は焼け落ち、それに先駆け数多の空を守る船も砕け落ちる」

死者が踊り、とかそういうあたりは俺達の分野だよなぁ……。遠坂は例のスタイルで今の分の意味を考えてるみたいだしな。

「それって……もしかして……」

フェイトとなのはが不安そうな顔をしてグラシアさんを見つめる。それの返答とばかりに、グラシアさんは話し続ける。

「ロストロギアを巡っての、管理局地上本部の壊滅、そして……管理局システムの崩壊」

ごくり、と息を呑むなのはとフェイト。つまりは、次元世界の神を謳っている管理局が崩壊するほどの災害、または大規模な事件が起きる、ってことか。
予言的に、災害ってよりは事件な気がするけどな。

予言の読み上げを終えたグラシアさんは紙をもとあった一つの束に纏め、席に戻った。

「――――情報源が不確定、ということもありますが……管理局崩壊、というのはそもそも現状ではありえない話ですから……」

うーん、俺はそうは思わないけどな……確かに、短い間でも管理局に接していたから組織としてまともなのはわかる。相当な防衛ラインが張られているらしいし質量兵器を禁止しているというところで安心しては駄目だと思う。
例え場の話だが、日本の自衛隊を正面から突入させたらどうなるかわからないぞ。
日本の自衛隊は戦闘経験こそ少ないが、練度としては相当な域にある、と、知り合ったNATO士官の人に聞いたことがある。

「例え地上本部がテロやクーデターにあったたとしても、それで本局まで崩壊、いうんは考えにくいわなぁ」

「ああ、本局でもそれなりに警戒強化はしているんだがな」

確かに……自衛隊がやられたからと言って日本自体が壊滅するなんて考えにくい、と言ってるのと同じか……。

「問題は、その地上本部なんです」

「ゲイズ中将は、予言そのものを信用しておられない。特別な対策は採らないそうだ」

自分の好き嫌いで可能性の一つを見逃すようなやつが、中将でいいのか? 人員不足、ってよく聞くが、管理局って言ってることとやってることが無茶苦茶な気がするんだが……。

「異なる組織同士が協力するのは、難しいことですから……」

それはわかる。だから多分そのパイプ役として、クロノや八神、グラシアさんの関係があるんだろう。

「協力の申請も、強制介入や内政干渉という言葉に置き換えられれば、即座にいさかいの種となる」

やっと、俺でも全貌が見えてきた。つまりは、クロノやグラシアさん、八神はそれを何とかして防ぎたい、予言が外れればそれで問題なし、表向きの理由はちゃんとあるからそれでいいし、もし予言通りになるならば即座に動かせる駒がほしい、と。

「ただでさえミッド地上本部の武力や発言力の高さは問題視されとるしな……裏技気味でも、地上である程度自由に動ける部隊が必要やった」

「つまりはこういうことだね、はやてちゃん。私達は表向きはレリック事件を追い、試験部隊としての活動……そして、もし重大な事件が起きるようならば――――」

「私達が即座に最前線に赴き、本部が動き出すまでの時間稼ぎってことだよ、ね?」

「……それが、六課の存在意義や、フェイトちゃん、なのはちゃん」

つまり俺達が呼ばれた理由っていうのも、さっきグラシアさんがいった”協力”というのも全ては”事”が起こったときの保険、というわけか。

「……もちろん、貴方達に任務外でのご迷惑はお掛けしません」

「いえ、それは……」

つまりは政治関係のこと、というわけか……。俺でもわかったくらいだから遠坂の中ではもう既に結論も出てるんだと思う。危険度が高ければそれ相応の報酬になる。

「そこで、話を戻します。遠坂さん、セイバーさん、衛宮君……もしそのときが来たときは私達に、そのお力を貸していただくことは出来ませんでしょうか……?」

一種の懇願のような表情を浮かべ、俺達に訴えかけるグラシアさん。

「……全ての結果を含め、六課の試験期間一年、それを無事に終えられるまで、事が起きる起きないに関わらず力を貸してくれるというならば……僕と騎士カリムから気持ち程度だが、これだけの御礼はしよう」

この中のリーダー、参法は遠坂、ということが伝わっているのか、クロノは遠坂に一枚の紙を差し出した。少し内容を見たが、なんと日本語で書かれている契約書……。
遠坂はそれに一通り目を通すと、セイバーに回した。そしてセイバーは目の色を変える。
十数行で書かれたものは簡単に読み終わり、俺にもセイバーが回してくれた。

ちょ、ちょっとまて、これって……ま、マジか?

「クロノ、いい付き合いが出来そうね」

「僕としては勘弁してもらいたいがな」

遠坂の機嫌がよくなるのも頷ける……。これは凄いぞ……。

金額も三人でそれなりのもので、一年は働かずに済む値段。
六課解散後の境遇について、住に関してもミッド、地球、どちらも用意するということなどが書かれていて、そして最後にある……簡単に要約すると、”カリム・グラシア、クロノ・ハラオウンとの恒久的な友好関係”を結ぶ、というもの。
そんなことを契約書に書くのはおかしいが、さらに簡単に言うと”聖王教会のトップクラスの位置にいる人、それに、管理局の提督とのコネ”が確約されるわけだ。

”こっち”での地位がまったくない俺達にとっては最後の一文は無茶苦茶に魅力的なものであり、普通ではありえないものなのだ。

「でも、ここまでしてもらうって事はやっぱりそれなりの覚悟が必要、ってことでいいのね?」

「ああ、もしそうなれば君達の命までは保障できない。僕や騎士カリムが援助できるのは、苦しいがその程度なんだ。僕らからすればほとんどお金を出しただけ、ということになるが……」

「セイバー」

「私はリン、シロウと共に進むだけです」

「士郎」

「俺は、約束したからな。……困ったときは助けるって」

少しだけ呆けたフェイトの顔が、何故か印象的だった。

「ということね、命? 上等じゃない。聖王? そんなもんに負けるわたし達だと?」

いや、格好良く啖呵きってるとこすまない、口には出さないが遠坂、お前絶対にこの条件が良過ぎたからだろ。
確かに、俺達からすれば旨過ぎる話だけど提督とかそういうレベルになれば大して痛くない金額、条件だろうからな。

「凛……私に、協力してくれるん……?」

「主にバックスは任せて」

「そらおかしいやろ! ……ついシリアスな場面で突っ込んでもうた……セイバーさん、いいん?」

「ええ、先ほど言いましたが私のマスターはリンだ。決定に背くつもりはありません」

「ちゃうよ、セイバーさん自身の意見を聞きたいんや」

セイバーは横目で遠坂を一瞥すると、改めて八神の目を見た。

「……はい、微力ながら私も全力で事に当たりたいと思います。――――剣に誓って」

ス、と手を胸元にやり、あたかもその右手にエクスカリバーが握られているように錯覚させられるほど、それは綺麗な誓いだった。

「衛宮君、もしかしたら危険なことになるんやで……?」

「俺は、”せいぎのみかた”に成りたいってことは根底では消えてない……もし、フェイトやなのは……八神が悲しんだら俺は嫌だぞ。エリオやキャロ、スバルやティアナだって出きれば守ってやりたい」

「そか……改めて、よろしくやで、”士郎君”」

八神が右手を差し出してきた。……握手、ってことか。

「ああ、よろしく頼む。やが――――」

……ん?

出してた手を引っ込められたぞ? あ、俺の手が汚かったのか。
ゴシゴシとスラックスに手のひらを擦り付け、これで大丈夫だろうと思った。

「よろしく、”士郎君”」

あらためて俺は手を差し出す。

「よろしくな、や――――」

――――うん?

どういうことだ? 何で八神は叉手を引っ込め、さらにグラシアさんはそんなクスクスと笑っているんだ?

「よろしくやで、し、ろ、う、く、ん!」

ダン、と荒々しく一歩踏み出し、しかも笑顔のまま青筋を立てて手を突き出してくる八神の迫力は相当なもので……あ、なるほど……。
遠坂、セイバー、なのは、フェイトにじと目を向けられ、口パクで”は、や、て”同時にシンクロしてと言われては流石に気付く。

「よろしくな、”はやて”」

俺は三度手を伸ばすと、今度は引っ込められることはなくその、少し小さな……独特の柔らかさを持ったはやての右手を取った。

「うん、よくできましたー。皆、ここは拍手やで!」

わー、というなんともいえない棒読みの拍手があがる……遠坂は嫌なあの、背筋に汗がこう……つうっと流れるような……不気味な笑い、っていうのか……はやて、ってお前も口パクしてただろ!

「ふふ、私も士郎、凛、セイバーって呼んでもかまわないかしら……余りそういう経験がなくて……」

「ええ、”友好的”な関係に成るためにはそれは必要ですわ、カリム」

思い出したかのように猫をかぶるな、遠坂。

「よろしくね、凛」

「よろしくお願いします、カリム、貴女とは一度剣で手合わせをしてみたい」

「剣術の鍛錬は最近、室内でしか出来てないもので……それで良いのなら、いつかお手合わせお願いします、セイバー」

ん? 室内で鍛錬って、筋トレとかか? でも、”剣術の鍛錬”って言ったぞ? 専用のトレーニングルームでもあるのかな?

「もう一人弟が出来たみたいで嬉しいわ、士郎」

う……なまじ美人揃いで大きなお友達に恨みの声を上げられるような状況なのは前の家でもわかっていたが、この人は本当に……。

「痛っ!?」

「士郎君、カリムに惚れたらあかんよ?」

今の机の下の蹴りははやてか? いやまて、確かにカリムさんは美人だけどな、そんなことは……そんなことは……?

「あらあら、ちなみに”さん”と”敬語”は要りませんからね?」

「なら、よろしくな。カリム。俺でいいなら力を貸すぞ」

ころころと微笑むカリムさ……カリムはなんというか、癒しの効果がある気がした。ほら、癖が強いから、遠坂とか――――。

「あら”衛宮君”、わたしを見てなにを考えているのかしら」

あー……神様仏様あくま様、本当に申し訳ありません。

親父、すまない。俺も直ぐにそっちに行くよ……。

遠坂、いつ思考を読めるようになったんだ?

フェイトはなんともいえない表情で俺を見てるし……わかるよ、わかってるよ、遠坂は止められないってのはな。

なのははいつものフェイトみたいにおろおろしてるし、セイバーなんかはいつものことです、とでも言いたげに目を瞑って紅茶啜ってるし。

カリムはこれまた上品に笑っておられるし、クロノなんかはモニター立ち上げて娘? 達の写真を見たりして遠坂の王気(オーラ)を感じないように何とか逃げてるし。

しかも、制服の上からでもなんとなくわかるくらいに魔術刻印を起動していらっしゃる。


―――――なんでさ?


俺が次目覚めたところは、六課の医務室で、シャマルさん辺りが真っ赤になってたのが印象的だった。……遠坂、お前、ガントで”どこ”狙ったんだ?








―――――――――――





あすくです。カリムのデバイスに関しては完全な妄想、やりたかった一発ネタ設定なので勘弁を(苦笑)
カリム初めてアニメで見たときにデバイス持つとしたらそれ以外思いつかなくて……!

多分、クロノ達からしたら自由に使える戦力があるに越したことはないと思うのです。
そこまでするのか、と思った方もいるでしょうが、クロノやカリムのポケットマネーだとしても大した痛手ではなかったり……。

これでやっと、しろー達も本当の意味で仲間入り、となる感じのお話でした。


感想ご指導、お待ちしております。

……”フェイト”と”はやて”と呼ばせる流れは考えていたものの、なのははやっつけになってしまった……。

申し訳ない;;



[5645] 十四話
Name: あすく◆21243144 ID:d9d49a95
Date: 2009/04/14 01:09
クロノ達との邂逅から数日が過ぎ、俺達3人はいつも通りの日常に戻っていた。俺は色々な雑用が基本なのは変わっていない。慢性的な人手不足は管理局としても看過できない問題らしくてな、かといってそこらへんの人を下手に雇うわけにもいかないという板ばさみ、だから、俺みたいな人は重宝されるらしい。

電球とか火災報知機の点検までやらされるとは思ってなかったぞ……。といっても、新しいことは日本語で書かれている専門書も手に入れてもらってる(もちろん例外はあるけど、電灯とか、火災報知機、その他のエネルギーは地球のものと似通っていることが多々あった)から、それなりに楽しめてるんだけどな。
こっちのガラクタは最近暇を見て手を出しているだけど、難しい。物がわからないうちに解析掛けてぶっ倒れるなんて御免だ。

遠坂はあの一件以来、アーチの管制室に足を運んでることが多いようだ。まずは六課で行動し、”魔法”というものを理解していく方向にしたと聞いた。俺達が言う魔法に挑むには数年、数十年単位での研究なんて当たり前だから、まずは今置かれている状況を正確に把握するんだとか。ミッド語の勉強とかもしているって……凄いよな。

機動六課は隊長陣を除いてほとんど新人で構成されている、と聞いたときは正直驚いた。優秀な人を引き抜いてなんとか育てて使い物にするつもりだったらしいが、流石に難しいものがあると思う。だから、遠坂がシミュレートの訓練に付き合ってるのだとか。
遠坂ってそんな指揮経験とかないはずなんだけどな……どっちかといえばセイバーが適任すぎる気がするが、遠坂からしてみれば、”自分が持ってる駒をどれだけ上手く使うか、なんてちょっと考えればわかるでしょ”だそうだ。なんとも遠坂らしいというか……流石だとしか言えない。

セイバーはほぼ毎日、新人達の訓練に付き合っている。ティアナがモード2のダガー形態での戦闘練習に入ったことにより、ヴィータだけではフォアード3人を見るのは苦しいしな。
かといってキャロに何もできないわけもなく、後衛としての立ち回りとかも色々参考までにと教えていて、その内容になのはやヴィータが逆に一緒に聞いていることもあるとかなんとか。

「ふぅ……」

いつもの作業服に身を包み、脚立に上って水道管の水漏れを直した(錆びて緩んでいたところを締めなおし、部品変えただけだけど)ところでお昼を告げるチャイムが鳴った。

六課自体は綺麗に見えるが、それなりに年季の入った建物、それに立地条件が海の真横だからな……金属類の劣化が早かったりする。良く見ると窓際に位置する手摺とか、今みたいに向き出しになっている水道管の一部が錆びていたりところどころ気になるところがあって、最近はそこらへんを注意してみているんだ。

道具を全て工具入れに仕舞い、さて食堂にでも行くかなと思ったところで声を掛けられた。

「あ、士郎君、お疲れ様。これからお昼かな?」

「あ、士郎さん、お疲れ様ですっ!」

なのはとスバルか。基本的に訓練があるとはいえ、体力をフルに使うわけにもいかないからそれなりにデスクワークもあるんだった……。少しスバルの制服は新鮮に見えた。

「ああ、とりあえずこれ片付けて手とか洗ったら昼飯にするつもりだったぞ」

泥塗れとは言わないが、それなりに汚れているのも確かだ。鉄臭い手で食事をするのは少し気が引けるしな。

「あ、そうなんだ! それならこれからスバルと一緒にヴィヴィオのところにいってご飯食べるつもりだったんだけど、士郎君もどう?」

「ん? 俺が一緒でもいいのか?」

「もちろんですよ、士郎さん!」

「それなら、一緒させて貰うぞ」

「うん、それじゃあ宿舎のほうに先に行ってるから、士郎君なにがいい?」

「普通に日替わりメニューで大丈夫だ」

「わかった、それじゃあ待ってるから早く着てね!」

おう、と頷くとスバルとなのはは行ってしまった。ヴィヴィオ達を待たすわけにはいかないしな。

ヴィヴィオはあの日以来、俺に懐いてくれたみたいだった。仕事中はアイナさんのところにいるから滅多に会わないけど、会うと肩車をせがまれる。
それを見たフェイトが、「わ、私も……」とか言ったので虎印の竹刀でスパンとやっておいた。流石に不味いだろ、道徳的に。その発言に対してエリオとキャロが驚きすぎて、二人がいるのを忘れててフェイトが真っ赤になったのは面白かったな。

工具を定位置に戻し、この格好で飯を食うのは不味いだろうとも思ったが、そこまで汚れていなかったので宿舎に向かう途中で手ではたいた。

と、それなりに駆け足で行ったのが良かったのか、宿舎に入るところのスバルとなのはを見つけた。向こうもこっちに気付いたようで、足を止めた。

「あ、士郎君、早かったね」

「待たせちゃわるいからな。ここまで持ってくれたんだから後は持つぞ」

お盆を二つ抱えて微妙に苦しそうで、転ばないか少し不安になった。……流石にないか。

「それじゃお願いしようかな、はい」

「おう」

なのはからお盆を受け取る。そしてそのまま、3人は宿舎に入りヴィヴィオが待っている階に上る。

「ぁ……!」

扉が開くと同時に俺達に気付いたヴィヴィオは真っ先になのはに向かって走り、はぐ、となのはの腰に抱きついた。

「ヴィヴィオ、いい子にしてた?」

「うんっ! 今日は、すばると、しろーも一緒にごはんたべるの?」

「そうだよヴィヴィオ、それよりも、なのはさんからいい事教えてもらえるんだよ!」

「いいこと……?」

ん? いいこと?

「ああ、えっとね……ヴィヴィオには少し難しいかもしれないけど、当分の間は私がヴィヴィオのお世話をする事になったんだよ。保護責任者、っていうんだけど……」

「……?」

なるほど、ヴィヴィオの引き取り先が決まるまでなのはが面倒を見るってことか。確かにヴィヴィオにとってはいい話かもしれない。ヴィヴィオが一番懐いてるのはなのはだしな。

「やっぱりよくわからないみたい」

そう、スバルをみて苦笑するなのは。なんか二人で話してたのかな?

「えっと……うーん……どういったらわかるのかな……あ、つまり、なのはさんがヴィヴィオのママだよ、ってこと」

これは天啓、とばかりに閃いたスバルだったが、ママ、か……そういえば俺も、母親の記憶ってほとんどないんだよな……。それにしてもなのはがママ、か。保護責任者ってことを考えれば一時的にそうなのかもしれないけど……ちょっと不味くないか? そんなことない?

「まま……?」

ママ、という言葉がわかりやすく明確なものだったのか、少しばかりどこか不安げになのはを見上げるヴィヴィオ。

「え、っと、あー……うー……」

なのはの年齢でヴィヴィオの母だったら中学生くらいのときに産んだことになるもんな……スバルが”しまった”という顔になったのも頷ける。
しかし、少し疑問なのがヴィヴィオの年齢で……5歳くらいにしては少し幼くないか……? 幼稚園生くらい、ってことを考えれば普通なのかな。

「……うん、ママでいいよ」

なのはは少し微笑み、ヴィヴィオの目線にあわせるように屈むと優しく、そういった。

「ヴィヴィオの本当のママが見つかるまで、なのはさんがママの代わり。ヴィヴィオは、それでもいい?」

その言葉をなんとか理解しようとしているのがわかる。驚きなのかどうなのかは表情からは今一判断しにくいが、少しずつヴィヴィオの表情が崩れる。

「……ま…ま?」

「はい、ヴィヴィオ」

「……ぅ……ふぇぇえぇええ……まま……」

そのまま、なのはに抱きつくヴィヴィオ。考えてみれば、母親に甘えたかったのは当たり前のことだよな……。でも……ヴィヴィオの”本当のママ”って……。

「何で泣くのー、大丈夫だよ、ヴィヴィオ」

そういいつつも、優しくヴィヴィオの髪を撫で続けるなのはは、あまり俺自身覚えてることじゃないのに……母親らしい、と思ってしまった。

なのはがヴィヴィオを宥め、食堂から持ってきたランチと、アイナさんが作ったらしいサンドイッチが並べられ、昼食が始まった。ヴィヴィオはすっかり笑顔になり、まま、まま、となのはにべったりだったりする。

「ねえねえしろー、あとでかたぐるましてー!」

「ご飯をちゃんと残さず食べたらだぞ。好き嫌いしちゃうと大きくなれないんだぞ」

サンドイッチを食べていたヴィヴィオだったが、挟んであるトマトをなのはに見つからないようにこっそりと抜き出しているところを俺は偶然見かけてしまったわけだ。

「ぅー……」

取り出したトマトと肩車がきっと頭の中で天秤に掛けられているのだろう。アイナさんも一緒になって食べていて、あらあらと笑っていたりする。

「はむっ」

肩車が勝ったようで、目を瞑って一気に口に放り込んだ。もぐもぐと咀嚼し、一気に飲み込むヴィヴィオを見て皆で和んだりしたり……。確かに嫌いなものを食べるときってああなるよな。

「おお、よし、後で肩車だな」

「うん、たくさん、だよ?」

「俺もお仕事があるからな、それまでだったらいいぞ」

「むー……」

「ほらヴィヴィオ、士郎君困らせちゃ駄目でしょ。あ、スバル、この後って特になんにもなかったと思うから簡単に訓練、やる?」

「あ、是非っ! お願いしますっ!」

「うん、あんまり無理は出来ないけど、体に負担を掛けないで出来るものもあるからね、それをやろう。えっと……士郎君もどう?」

仕事があるっていったけど確か今日やることはほとんど終わらせたからな……六課の隊舎のいろんなところの点検がてら回るつもりだったから……別にいけないこともない。

「ヴィヴィオもいきたいっ!」

あんまり派手な訓練はしないだろうし、なのはも頷いている。

「おし、ヴィヴィオ、一緒に見るか?」

「かたぐるま!」

「わかったわかった」

「で、出来たらでいいんですけど……その、士郎さんとも軽く組み手できたらいいなぁーと……」

「武器なしで魔力なしの純粋な体術だったら構わないぞ。あんまりヴィヴィオがいるところで危ないことはしたくないしな」

「は、はいっ! お願いします!」

そんなに勢い良く頭下げたらご飯逆流しないか? そんなくだらないことを考えつつも、今更だが組み合わせが珍しいことに気付いた。

「なぁなのは、今日遠坂とかティアナはどうしたんだ? それにフェイトとかエリオ、キャロにセイバーも見てないんだ」

別に予定を俺に伝える必要なんて元々ないんだが、いつもいるメンバーを見ないと少し寂しくも感じるものだ。

「凛ちゃんにティアナ、それとはやてちゃんがクロノ君のところに行ってるんだよ。フェイトちゃんとエリオキャロ、それにセイバーちゃんは現場調査かな」

「なるほど。朝の呼び出しはそれだったのか」

確かティアナと遠坂が部隊長室に呼び出されてたな。あのときデバイス出されたのはびっくりして空気こそ張り詰めてたけど殺気自体はなかったもんな。あの人はきっと信頼できる人だな。
カリムも同じ、剣先はとても鋭かったけどそれは決意の固さで、決して悪意ではなかった。
遠坂がまったく動じなかったのも頷ける。

「ティアナは執務官志望だからね、はやてちゃんが、経験にーってさ。凛ちゃん連れてったのはなんでだろう……」

執務官って階級が今一よくわからないけれど、フェイトを見ていれば多忙なのはわかる。それでも決して疲れを見せないしな、フェイトは。でもあの、普段の天然さからは想像できないんだよな……フェイトほど仕事とプライベートを使い分けて(?) る人はいないんじゃないだろうか……。

「あれじゃないか、二佐のはやてが、部隊長が前みたいに前線に出る必要があるときのための打ち合わせとかも雑談兼ねてやってるんだと思うぞ。遠坂、社交性とかは凄いからな……どこ行っても動じたりするやつじゃないし……」

こっちにきて猫被りモードはあまり見てない(できればあんまり見たくない)けれど、そもそも猫被りしても何故かこっちの連中には直ぐばれる、ありえない、と愚痴っていた。それだけ丸くなったというか、突っ張る必要がなくなったのはいいことだと思う。

そもそも魔術師として生きるならば他人との馴れ合いなんて弱さでしかないわけだが、遠坂はそこの弱さを自分でしっかりと認めてるから”強い”。

「あはは、あのときの凛ちゃんはびっくりしたなぁ……」

あの時、とははやてが前線に出てたときだと思う。でも思うのが、部隊長が早々簡単に戦場に単騎で出てはいけないと思うのだが……はやてが超長距離攻撃型だからまだ安全とはいえ、もしあそこで空飛べるそれなりの近距離型が出てきたらどうするつもりだったんだろう……流石に遠距離攻撃しか出来ないってことはないだろうが、もしSランクレベルの近接型が出てきたらはやて、堕ちてたかもしれないんだぞ。

「人を使うのは得意なやつだからなぁ……」

「グリフィス君とか含めて、アーチスタッフとか皆新人だから少し不安になるときもあったけど、凛ちゃんならはやてちゃんの代わりでも大丈夫な気がするよ。それに、凛ちゃんが皆を育ててくれてるみたいだしね」

……いや、前は完全に任務というか指揮を全うしてたけれど、ここ一番でぽっかりとうっかりを繰り出す遠坂のお家芸はまだ見てない……そこだけは不安なんだったりする。
ほかは俺だって信頼してるから背中を任せ……すまん、たまに確信犯で俺にガント撃ってくること忘れてた。
遠坂は人を使うのも教えるのも上手いから、相当スパルタになってることを想像できながらも成長は著しいと思う。

ちなみにヴィヴィオは一生懸命サンドイッチを頬張っている。良く食べるな、偉いぞヴィヴィオ。

「あ、そういえば士郎さん、凛さんが戦うところって見たことないんですけど、どうなんですか?」

そんな目をきらきらされても困るぞ。

「それは私も聞いてみたかったな」

遠坂は、はっきり言って強い。ガントの連射だけで”並”の魔術師は終わるし、セイバーこそ対魔力の関係でまったくの無傷だったけど本来あのレベルの宝石を遠坂が使うと家一軒くらいは吹き飛ぶ。
……こっちの”魔法”基準じゃ、ふーん、て感じのものかもしれないけどな。

「強いぞ、ああ見えて中国拳法とか使えるんだ、遠坂は」

どちらかといえば空手もどきだけどな。魔術に関しても、並みの魔術師の100倍の魔力貯蔵量を誇るって言われててサーヴァントにも生身で防衛戦くらいはできる教会のシエルさん(ひょんな切っ掛けで数回会ったことがあるが、取っ付きやすくてとてもいい人だった。鉄甲作用とかの体術を教わったのもこの人)にも太刀打ちできる(って言われている)。

「それは意外だったよ、魔法とかはどうなのかな?」

「条件次第なんだよな。元々遠坂は戦闘に関しては得意なほうじゃないし、そもそも戦闘なんて態々する意味ないからな」

スバルには”魔術師”ってことを教えてないから、それなりにぼかしてある。条件次第、と言ったのは例えば時間さえあればそれなりの大魔術を発動させられるし、例の宝石があればそれもほぼ一瞬で発動できる。

かといって何度も言うように俺達は空を飛べないし、大魔術を使うって言ったってほぼ一工程(シングルアクション)でリミッターが掛かっているはずのフェイトが廃ビルを吹っ飛ばす魔法が使えるとなれば……俺達はなぁ……。

遠坂が愚痴っていたが、俺の壊れた幻想よりも範囲がでかくて高火力な魔法を一節ほどでやっていたとか。しかも連射。メディ姉さんも高速神言っていうスキルがあって神代の言葉でほぼ一工程(シングルアクション)で発動できるけど、そういうレベルじゃないだろ……。

「そうなんですか……凛さんも忙しいみたいですし、流石にも模擬戦お願いすることは無理ですかね……」

「だな。多分一蹴されるぞ」

宝石ぶん投げる模擬戦とか嫌過ぎる。

そんなこんなで、俺達は雑談をしながら昼食をとり、ヴィヴィオを肩車し、スバルの特訓を見たりして一日を終えた。





~・~・~・~・~・~





スバルとの特訓も終わったし、全員のチェックももう済ましちゃったから後は寝るだけだ。ヴィヴィオと一緒に布団に入れるのはとても嬉しい。

「そう、なのはがママになってくれたんだ」

そして同室のフェイトちゃんも戻ってきて、まだ制服だけど今日やることはもう残っていないということで、私がママになった経緯とかを説明していたところ。

「うん!」

「でも実は、フェイトさんもちょっとだけ、ヴィヴィオのママになったんだよ」

「ふえ?」

そう、フェイトちゃんは私たちのことを思って後見人になってくれたのだ。私としてもとっても嬉しかったし、ヴィヴィオにとってもつながりが沢山できるのはいいことだと思う。

「後見人、っていうのになったからね、なのはママとヴィヴィオを、見守る役目があるの」

「……ぅーん……なのはままと、ふぇいとまま?」

「うんっ」

私はヴィヴィオの右手を。

「そうだよ」

フェイトちゃんは左手を。

「……まま」

優しく、包み込んだ。

「「はい」」

「わぁ……!」

ヴィヴィオも喜んでくれたようで、本当に嬉しい。しかしこの後の言葉に、私たちは戦慄する。そう、自惚れでもママになった気でいたのか、”パパ”という存在をすっかり忘れていて、ママが二人という不思議な状況になっていたのをヴィヴィオも直感的に悟ったらしい。

「なのはままと、ふぇいとまま、……ぱぱは……?」

「「えっ」」

これには私もフェイトちゃんも困った。ものすごく困った。上手い言葉が出てこない。パパはいないよ、なんていってヴィヴィオが泣き顔になるのも嫌だ。

「ふえ?」

私たちが笑顔のままピタリと凍りついてしまっているのを可愛く首を傾げ聞いてくるのは心をくすぐられる可愛さがあったが今はそれどころではない。すっかり忘れていた、こういうときに念話があるんだ!

(ふぇ、フェイトちゃん、ど、どーしよー……)

(わ、私がパパって言っておけばよかったかな……?)

(それは違うと思うよ?)

(そ、そうかな?)

(だってフェイトちゃん、女の子だよ?)

(あ、そ、そうだった)

なんとも間抜けな会話をしているのはマルチタスクが出来る何処かの頭の一部でわかっていたが今はそんな時ではない。なんとか上手い切り替えしを思いつかなければヴィヴィオを悲しませてしまう。

(そ、そうだ、ヴィヴィオの引き取り先が決まるまで私たちがママなら、それまで士郎君、協力してくれないかな?)

(士郎ならきっと大丈夫だよ! ヴィヴィオも懐いてるみたいだし、明日朝食のときにでも聞いてみよう)

(うんっ!)

ちなみに、ヴィヴィオが首を傾げてから今の会話は約5秒であった。

「士郎君がパパになってくれるっていったらヴィヴィオは嬉しい?」

「しろー……? かたぐるましてくれるかな?」

「うん、パパなんだもん、きっといっぱいしてくれるよ!」

「なら、しろーがぱぱがいいっ!」

士郎君ごめん、と内心で謝りつつも、どうしても上手い切り替えしがこれしか思いつかなかった自分を嫌悪した。ヴィヴィオが懐いてる男性って、ザフィーラ(特殊例)と士郎君、次点でエリオだから……。




~・~・~・~・~・~




今日は珍しくはやても皆と同じ時間に朝食をとり、食堂にいる。俺は、どうしてもといわれなのは、フェイト、ヴィヴィオと同じテーブルに座ることになった。

「なのはとフェイト、お前達どうしたんだ? さっきからそわそわして」

そう、ものすごく挙動不審なのだ。フェイトなんかは牛乳パックに箸を刺して呑もうとしていた。

「あ、あのね士郎君」

「士郎、お願いがあるんだけど……」

なるほど、俺にお願いがあったからそんなにそわそわしてたのか。

「ん? 俺で出来ることなら何でもやるぞ。困ってるなら尚更だ」

ぱあ、と明らかに”いい”表情に変わるなのはとフェイトに少し違和感を持ったけど、俺はそういうスタンスだからな。

……後々に鳴海市ってとこに行ったときに、二人の剣術家に勘違いで殺されそうになったのだけは勘弁してほしかったぞ。

「そ、それじゃあ……」

「言うね……?」

「おう、どんとこい」

俺の正面にいるヴィヴィオは一生懸命オムライスを頬張ってる。朝からオムライスとは、ヴィヴィオもなかなかヘビーだな。

一瞬ヴィヴィオに目をやったが直ぐに二人を見ると、せーの、と呼吸を合わせて、気合の入った(大ボリュームで)お願いが飛んできた。

「「(ヴィヴィオの)パパになってくださいっ!」」

真後ろで、ぶふっ! ごはっ、げふっげふっ、って誰かが朝食を吹いた気がする。確か遠坂とはやてがいるテーブルだぞ、真後ろは。パパ? 流石に……。

「まて、お前達のパパになるには流石に厳しいぞ、三つくらいしか離れてないのに」

今度はまた真後ろで、がしゃんどたんばたん、と誰かがずっこけた。音からしてこれも二人。

「あ、え、えっと、そ、そうじゃなくて……私がママで、それでフェイトちゃんもママなんだけど、そ、それで、えっと、えっと……パス、フェイトちゃん」

「あ、あのね? 私たちがママだから、ヴィヴィオのパパに……あれ? ヴィヴィオのママが私たちで、パパが士郎なら……旦那様になってください……? あれ?」

とりあえずお前ら、落ち着け。わけわからないぞ。

「ち、ちがうよフェイトちゃん! それじゃあ士郎君と私たちが夫婦ってことになっちゃう」

「えっと、えっと……あ、あれ?」

「わかったから落ち着け、いいから」

「「あ、う、うん」」

とりあえず二人を落ち着かせるために水を一杯ずつ差し出すと、二人とも一気にそれをゴクリと飲み干した。なんとか落ち着けたようで助かる。

「でだ、なのはとフェイトが言いたかったことって、俺にヴィヴィオのパパをやれってことだったんだろ?」

正直これくらいしか思い浮かばなかった。よくよく考えてみると、”パパ(旦那)”になってくださいってある意味プロポーズだよな……。

「う、うん、そうだよ!」

「……でもヴィヴィオ、俺は本当のパパじゃないんだぞ? それでもいいのか?」

「ヴィヴィオ、ほんとうのぱぱ、しらない」

……そう、だったのか。そう呟いたヴィヴィオの顔は少しだけ儚げで……小さな女の子にはこんな顔はさせたくない……。

「そうか……それじゃあ、本当のパパが見つかるまでは俺がヴィヴィオのパパだ」

俺に子守の経験なんてないけど、これで少しでもヴィヴィオが明るくなってくれるなら俺は本望だ。

「で、でも士郎君、お願いしておいてなんなんだけど……いい、の……?」

遠慮がちに聞いてくるなのはとフェイトの顔は先ほどのようなテンションからは想像できないほど、申し訳なさそうで……。だけど、俺は決めたことを変えるつもりはない。それにな、俺はただ”パパ”って言うだけだけど、大変なのはなのはとフェイトだろうしな。

「ああ、もちろんだ。な、ヴィヴィオ」

「しろーぱぱ!」

顔から少しの悲しみが消え、叉美味しそうにオムライスの残りを頬張り始める。

「士郎……」

「士郎君……」

「あ、でも俺がパパだろ? ってことは、”衛宮ヴィヴィオ”になるのか?」

「「え゛」」

お、俺なりに場の雰囲気を感じ取り、なんとか和ませようと渾身のギャグというものを放ったつもりだったんだぞ……なんで二人とも顔を引きつらせてる?

「ヴィヴィオは、な、なのはママのこと好きだよね?」

「うんっ! だいすき!」

「ほら、だからヴィヴィオは”高町ヴィヴィオ”だよ」

えへん、と胸を張られてもどうしたらいいかわからないぞ。

「あ、あれ……ヴィヴィオ、私も好きだよね……?」

「ふぇいとままもだいすきだよ?」

「そ、それなら……”ヴィヴィオ・テスタロッサ・ハラオウン”でもいいんじゃないかな……ほら、ヴィヴィオって名前はどっちかといえば日本語は合わないし……」

ちらり、となのはを見たフェイトは、真似をしてるつもりなのかこれまたえへんと胸を張った。だ、だからな……ど、どうしたらいいんだ?

「今はそういう風習も薄れつつあるけど、結婚したら男のほうの苗字になるのは普通だぞ。だから、なのはとフェイトがママで俺がパパなら、”衛宮ヴィヴィオ”、”衛宮なのは”、”衛宮フェイト”になるわけだ、これで反論できないだろ」

伊達に遠坂の弟子じゃないからな、言論に関してだってそれなりに鍛えられたんだ。これできっと論破したことになる。

……ん?

「え、っと……衛宮なのはって……ぁ、ぁの……」

「衛宮フェイト……衛宮フェイト……」

「おむらいす、おいしーね!」

「まぁ結婚なんてしてるわけじゃないからな、保護観察者のなのはの苗字になるんだろ? とりあえずは。ほらヴィヴィオ、ピーマン残しちゃ駄目じゃないか」

「にがいのやー……」

「それ食べたら後で肩車だ。ほら、水でごくってやってもいいぞ」

「ぅー……」

相当に肩車の魅力は強いらしくトマトのときみたいに一瞬躊躇したが、刻んだピーマンをスプーンにかき集め、一気に頬張った。一緒に食べればほとんど気になんないんだけどな。今度色もなんとか誤魔化せるように俺が作ってみるかなぁ……。

ちなみになのはとフェイトは赤くなった後に、はぁ、と溜息をついた。後ろから

「シロウですから」

「士郎だもんね」

「な、なんとかならんの?」

「無理でしょう」

「無理ね」

「仕様なんか、それはしゃーないなぁ……」

って呟くような話し声が聞こえた。これでも地獄耳なんだ。
で、仕様って何のことだ? 前に問いただしたことがあったけどはぐらかされたしな……凄い気になるぞ。





~・~・~・~・~・~




今日からギンガ・ナカジマというスバルのお姉さん、それにシャーリーさんと同じデバイス関係の人のマリエル・アテンザさんが六課に着任した。といっても一時的なものだから、着任って言うのはおかしいかもだけどな。

最近、早朝訓練は俺も見ていたりする。たまに組み手をやったりするくらいだけどな。基本的には外野でどこかおかしなとこがないかとか、そういうのを第三者視点で見てるだけ。

それで、その紹介のときに俺もいたわけだ。ライトニングスの二人はフェイトが見て、ティアナにヴィータとセイバーが二人掛かり。スバルとギンガがなのはの指導の下模擬戦をするらしく、個人訓練の前に集まって模擬戦を見てるんだけど……スバルも強くなったよな。

短期間でも、成長しているのがわかるってのは相当なもんだ。

ギンガ(ちなみにスバルの紹介で、気兼ねなく呼んでくれといわれた)も相当な使い手のようで、同じシューティングアーツという武術を使いながらも練度の差がわかる。

スバルはどちらかといえば猪突猛進型で、もちろん数は減ったがそれでも危なっかしいところが多々在るんだが、ギンガはそれがない。繊細なのに且つパワーがあり、しかもきちんと相手を視ている。

……でもな、俺にはローラーブーツを履いたまま殴りあうってこと自体が凄いことだと思うぞ。こっちのは相当進歩してるからあれだけど、日本で普通に売ってるやつでやったら踏ん張れないし小回り利かないしで何にも出来ないと思う。

おお……決まったと確信した顔で左の一撃を決めたギンガだったがそれをスバルがギリギリ手のひらにシールドを張りそれを防いだ、か……。つまり、前のスバルだったら確実に決まっていた一撃だった、ってことか。

そしてスバルのリボルバーキャノン、ギアを入れて加速して追撃、か。避けられるられないは別にして、正直あの一撃は食らったら負けだと思う。立ち上がれる気がしない。ほぼ使用者の意思で加速、減速をし、足の踏ん張りとかを何倍にも増幅させ直接相手に伝えるパワーを増やし、時にはバックして受けるダメージを緩和する……本当に優秀すぎる。

加速に関しては限界はあるが、それでも余りあるスピードだよな。

フェイトと違って直角に移動したりと、縦横無尽に駆ける事が出来ない、ってのが唯一の弱点、かな? 

そしてギンガがウイングロードを発動させると、それに追随する形でスバルもウイングロード。……あれだけは、空を飛ぶ次に反則技だと思う。こっちも足場として使えるからいいけど、向こうはローラーブーツだぞ……。
ジャンプで届く位置に別の道があればいいけど、基本横に避けられないから正面からもろにあの一撃を食らうとか想像したくない。

「はい、二人ともそこまでー!」

とと、ギンガが左腕のリボルバーナックルがスバルの顔寸前で止まっていた。動きは良かったけどな、同じスタイルの相手だともろに実力の差がでるから仕方ないといっては仕方ないのだが、それでもスバルは頑張ったほうだと思う。セイバーも満足そうだったしな。

その後は隊長陣+セイバーと、新人+ギンガの5対5の模擬戦だ。セイバーは本当に加減が上手いから、相手よりちょっと上の実力を出すというのが出来、隊長陣はリミッターで無理矢理制限、その上決まった一撃(例えばスバルならデバイス攻撃)を入れれば勝ち(ガードされてもヒットとなる)という無茶苦茶きついハンデを背負ってやる分隊長たちは本気になる、そういう模擬戦。

俺も参加、といわれたのだけど、加減が出来るわけじゃないしみんなのチームワークを乱すだけだと辞退した。

「あ、士郎、ここにいたの」

「ん? 遠坂か。どうしたんだ?」

遠坂が模擬戦、訓練を見に来ることは珍しい。初めてなんじゃないかとも思う。

「ん、別になんかあるってわけじゃないんだけどね……ああそうそう、あんたパパになったんだって?」

「遠坂、お前だって朝食のときいただろ?」

「まあね。思わずはやてとご飯食べてたんだけどはやてが吹いたからつられて不覚にも吹いちゃったわよ」

やっぱあれ遠坂とはやてだったのか。セイバー辺りがなんとか片付けたんだろうな……。遠坂は朝飯は抜く体質だったんだけど、短いながらも高校のときは衛宮家に住んでたからな、一年も続ければ逆に朝食が恋しくなるとか。

「ん? でも、そんなおかしかったか?」

「んーん、士郎らしくていいんじゃない?」

珍しいな、ただの世間話だなんて。

「ああ、頼まれるならなんだってやってやりたい」

「それはわかってるとして、ね、士郎……」

ん? そのジト目のときってあんまりいいことないんだぞ……。

「なんだ?」

「あんたは気まずい雰囲気なんとかするつもりだったんでしょうけど、あれは女として、言われたら色々まずいんだから」

「なんとかするって……ああ、衛宮ヴィヴィオの話か。……スベってたか?」

何故か遠坂がずっこけた。

「あ、あんたねぇ……その微妙にずれるの何とかしなさいよ……。その次よ、次」

なんとかっていわれても……こっちとしては本気なんだぞ。

「ああ、日本の古い風習だと、って話か」

「なのはとフェイトの顔が真っ赤になってたの気付いた?」

「そりゃな、俺目は見えてるぞ」

「あー……どう思った? そのときの二人」

「どうって……別にどうも思わないけどな」

「そう……でもあの子達可愛いじゃない、それにほら、私とかよりも三つくらい若いし……」

「それを言ったら遠坂とかセイバーも美人だろ」

「なっ……」

「確かにフェイトやなのは、それにはやてだって美人だよな。カリムとかも綺麗だったし。スバルやティアナ、キャロにヴィヴィオだって将来有望だと思うぞ」

それでもそれ以上に思わないのは、一時衛宮家は凄いことになってたからだと思う。いろんな人(女性)が出入りする衛宮家に偶々クラスのやつが気付いて、何にも思わず普通に全部喋ったらクラスの男子に殺されそうになった。何故か半分の男子は泣いていた。

「はぁ……まぁ、うん、それが士郎だもんね」

「だからそれってなんなんだ? 考えてるんだけどさっぱりわかんないんだぞ」

「いーの、それが士郎なんだから」

こういう風に悪戯っぽく笑う遠坂は久々に見た気がするなぁ……。最近あんまり喋ってなかったし、それもあるのか? セイバーは訓練とかの関係で結構喋るんだけどな。

それに、やっぱり美人ってのは得だと思う。

「あ、そうだ遠坂、魔法の勉強するとかミッド語覚えるとか言ってたけど、遠坂は”こっちの魔法”を使うのか?」

これは少し気になっていたことだった。ちらっとやってみた初歩の念話すら出来なかった俺達だけど、遠坂なら一からやれば何でも出来てしまいそうだから。
しかし返答は至ってシンプル、少しでもそう考えた俺は、こっちの魔法に、魔導師に触れすぎて遠坂が”魔術師”ってことを忘れてたのかもしれない。

「わたしがやるわけないじゃない」

「そりゃそうか」

「そうよ」

「すまん、少しだけ、こっちの魔法を覚えるのかなって思った」

「確かに転送とかそういうのは興味あるしね。まぁ、見くびらないで、と言っておこうかな?」

「ああ。でもなんで魔法に関しての知識を入れるつもりだったんだ?」

必要のないものならばっさりと切り捨てそうなものなんだけどな。

「ん、だから言ったでしょ、転送とか次元航行とか、ちょっと気になるかなって。なのはとかはやての話を聞くに地球の外はちゃんと宇宙で、次元世界は別のものなのよ」

「そか、確かに転送とかってホントに凄いよな。俺達がやろうとしてできるかどうか……」

出来ないこともない、らしい。けど遠坂ですら出来るかどうかわからないし、無茶苦茶施術に時間がかかってどれだけお金が掛かるかも予想できないとか何とか。それをこっちは転送、の一言で出来るとか。

「それも全部、”魔法”のための糧にしか過ぎない」

つまりは、今まで魔術だけではたりなかった、届かなかった”魔法”に、こっちの魔法も混ぜ込んで到達してやろうって魂胆か。宝石剣とデバイス、どっちが高性能なんだろうな。

「俺も協力するぞ」

「そん時は頼もうかな。あー……士郎、あんた、やっぱり帰りたい?」

「どうだろう。こっちの地球には行ってみたいって気持ちは強いけど、俺はこのままでもいいと思ってる。もちろん、帰りたくないってことじゃないぞ? それに、俺だってそれなりの覚悟があって魔術使いやってるんだ」

「それもそうね……あんな体験して生きてるほうが不思議だし。でも土蔵、恋しいんじゃない?」

別の見方をすれば宝石の中を通ってきたんだもんな。

「むぅ……それを言われるとつらいな。あそこで一日中いろんなもの弄ってそのまま寝るのって俺の中の至福の時間だったから……」

そう、それだけは少し悲しかったりする。あと気になるのは衛宮家がいまどうなっているか……時間の経ち方が一緒なのかどうかもわからない。あの禁錮結界を起動させると同時に遠隔でそれが起動したことがわかるようにルヴィアさんに伝わることになってるから、知らないってことはないはずなんだ。

遠坂も言いはしないが、向こうがどうなってるかは気に掛けてるみたいだったけど、わかりもしないことにそんなに意識を割くのは無駄、といい捨てた。

「六課が終わったらとりあえず地球には行きたいかな、わたしも」

クロノが用意してくれるんだもんな、生活に必要なものは。その後のことはゆっくり考えればいいわけだ。節約すれば三人でも一年半はいけそうだし、それだけあれば結論を出すことだって不可能じゃない。

「冬木がないのは少し悲しいけどな」

「そーねぇ……あの家と土地に未練はあっても執着はないと思ったんだけどな……いざ無いって言われると多少恋しくなるものなのね、我が家って」

「ああ」

俺達はこの後他愛も無い雑談を交わしながら模擬戦を見て、みんなが戻ってくる前に遠坂は六課の隊舎に戻った。

ヴィヴィオがザフィーラと訓練場に遊びに来たりもして、六課の日常はギンガとマリエルさんが来たということだけで、ほかにかわったことは無かった。

こんな日常が続くのなら……皆が無事でいられるのならこの生活も捨てがたいな、と何処かで思う俺がいる。


このあと夕方に遠坂と共に部隊長室に呼ばれ仕事に関する話を聞き、晩御飯を食べたあとにヴィヴィオが起こした一騒動があったのは、叉次回。





――――――――――




あすくです。毎回あとがきが以下略

といってもいいほど毎回長くてすいませんorz

前回の記事に多くの”違和感”を覚えた方がいたことに感想で気付かされ、オリジナルの部分が違和感というのは”完全に私の力量不足”だと思い、とても考えさせられました……。

特に、こうしたほうがよかったのではないか、~だからあれは少し浅はか過ぎる、など、的確に意見を言って下さる方もいて、本当にためになります。
まさに、”カリムのデバイスを書きたかっただけに追加したせいで出来た異物”状態orz

あの部分は消しても問題ない部分なのですが、私の方針的に残したいと思います。
いらないからポイ、無かったことに、というのは出来る限りなくしたいので……。



では今回のお話、ギャグというか、甘い空間が苦手というか……難しいですね、こういうのは……。筆が進まなかったのはここだけの話で(苦笑)
フェイトのときはすらすら書けたのですが、今回のは難しかった…がんばります!

次回はまた六課の話ですが、公開意見陳述会に行く前にナンバーズとかスの人、レジアス中将の視点の話も書いてみようかと思います。まだ名前しか出てきてないですからね、この人たちは(苦笑)

固すぎるのは閑話として面白くないので、士郎とか混ぜてネタ的に書ければいいかな、と今後の予定でした!

では、感想ご指導、お待ちしております。

読者様、コメントを下さる方々に教えられる日々で……本当に、ありがとうございます(土下座)



[5645] 十五話
Name: あすく◆21243144 ID:d9d49a95
Date: 2009/04/16 18:58
はやてがいつも座る部隊長用のデスクの後ろは開放的で、ガラス張りになっていて外の風景が一望できる。

いつもは外の青空に照らされはやての明るさを象徴しているかのような部隊長室も、少し虚けな来客用のソファーに座るはやての姿も相まって夕焼けが寂しく見えた。

俺、遠坂、そしてフェイトとなのはに話しておきたいことがあるらしく呼び出されたのだ。

「みんな……とりあえず、座ってな」

促される儘に俺達はソファーに腰を下ろす。それを確認したはやてはとつとつと語り始めた。

「今日な、教会から最新の予言解釈が届いたんや。……やっぱり、公開意見陳述会が狙われる可能性が高いそうや」

カリムのあれ、か。カリムも毎日のように同じ予言をいろいろな方向から見て、なんとか間違いがないのか、違う解釈はないのか、と奔走していると聞いた。

公開意見陳述会……確か、地上本部とかの運営方針、スローガンってやつだな、それが話し合われ、その内容も全世界に放映される……つまりは、そこにはいろんなところの重鎮が集まるわけであり、そこを狙われる可能性が高いって言うのは在り得る話だ。

「うん……」

「やっぱり、そうだよね……」

フェイトとなのはは神妙そうに頷いた。やはり、此処らへんが架橋なんだろうな。

「もちろん、警備はいつもよりうんと厳重になる。六課も、各所で警備に当たってもらうつもりや。ほんまは、前線メンバー丸ごとで警備させてもらえたらええんやけど……建物の中に入れるのは私たち隊長陣の3人、そして私の秘書扱いになっとる凛のみや」

このあたりは妥当だと思う。逆に建物の中に大勢が入るのって、指揮系統が揃っていればまだしも別々の部隊が大量に常駐したら混乱を招くだけだ。

ちなみに遠坂はクロノやカリムの計らいもあって、正式な身分としてはやての秘書を名乗っている。尤も、リインとかもそこらへんの位置づけだから仕事はそこまで多くないし、遠坂自体能力が高いやつだ。

「まぁ……3人揃ってれば、大抵のことはなんとかなるよ」

「前線メンバーも大丈夫。しっかり、鍛えてきてる。副隊長たちも今までにないくらい万全だよ」

基本的に、部隊長達の話のおまけである俺と遠坂は話を振られない限りこういう場では口を挟まない。しかし疑問はある……。

今の話だと、なのはにフェイト、そしてはやてが全員建物の中に行くってことになる。はやては部隊長として出席しなければならないらしいが、隊長が全員内部に入って大丈夫なのか?

それに、前線メンバー全員が警備に出張るってことはスタッフ関連を除き、いくら海を挟んで数キロの距離だとはいえ六課がフリーになる。まぁもし襲撃者側だったとしても、特に狙う意味もない六課を潰す理由なんてないだろうけど……。

「……ここを抑えれば、この事件も一気に好転していくと思う」

予言がでているこの一年の中で大きな行事や管理局の重鎮が集まる集会みたいなものは一週間後の公開意見陳述会だけ、つまりはそこを抑えればほかに危険なことは少なく、レリックの回収に全力を注ぐだけで済む、と。

「「うん」」

「でもな、最悪なことを想像しないわけにはあかん。陸の頭と言ってもいいレジアス・ゲイツ中将は地上本部の守りは完璧と言っていて、油断こそないが慢心があるようにおもうんや。内部にデバイスは持ち込めん」

そこに油断があったら何処かの王様になったわけだが、そこらへんは名誉のため匿名にしておく。

内部にデバイスを持ち込めないって……遠坂も、はぁ? って顔になってる。

「うん、それはわかってる。レイジングハートが無いのは心もとないけど……」

「そうだね……けど、なんとかなるよ」

いや、ちょ、ちょっとまて。遠坂が我慢できなかったようで、口を開いた。俺も言いそうになった。

「ま、待ちなさいあんた達……それ、正気?」

「なにがや、凛?」

「だから、いくらデバイスなしでもそれなりに魔法が使えるっていったってたかがしれてるでしょうが。はやては仕方ないとして、それなのはとフェイトが建物内部に入る意味あるの?」

要人の警備って言ったって、犯罪者が武装して突っ込んできたら盾になるのが精一杯じゃないのか? そこにそのレジアス中将は絶対の自信を持っていて、地上本部の防御は絶対に破られないとおもってるらしい。

「え、えっと……」

「それは……」

なのはとフェイトも二の句が継げない。俺からしても、なのはとフェイトが中に入るメリットは無いと思う。建物内部から(裏切り)や地下からの侵入ならばわからないことも無いが、そこまでして着てるやっこさんに丸腰で何とかなるわけはない。

「会議室はに秘書としてわたしが入れるからいいけど、あんた達が外にデバイス取りに行く手助けなんてできないのよ?」

俺達はデバイスとかはカモフラージュ兼通信機で携帯してるだけだからな。宝石って燃費が悪いものを使うのは仕方ないとしても、遠坂ならその辺の防火壁くらいなら簡単にぶち抜ける。俺達はアンチマギリングフィールド、だっけか、それの影響も受けないってわかったからな。

なんでも遠坂曰く、”イメージ的には”AMFって予め設定した周波数(ミッド式やベルカ式)に合わせた逆相違の波を発生させ、魔法という波を干渉して消しているとか。つまりは、そもそも使っている波長が違う俺達には意味のないものだ。

「それなんやけどな……私もそこらへんは考えたんや。進言もした。けど……な、信憑性がない話であり、そちらも実力がある者を重要人の警備に充てる義務がある、って言われてな……」

んー……その人たちが言う話もわかるんだよな。というか、俺達は予言にしたがって行動してるだけで、悪く言えばそれに従ってるに過ぎないからだ。

犯罪者の心理とかを詳しく知ってるわけじゃないからなんともいえないけど、普通に考えて管理局を襲うメリットがない。独裁組織である管理局に疑問を持つ人は沢山いるだろうけど、態々襲ったりして、成功したとしてもその力をなにに使う?

「まぁ仕方ない、か……。そんときはそんときね。はやて、士郎はどうすんの?」

俺は呼び出されただけで何の意味もないみたいでちょっとだけ悲しかった。忘れられてるのかともおもったぞ。

「そやそや、外の警備にはもちろんセイバーさんや士郎君もあたってもらうんやけどな、もし襲撃があるとしたらまず考えられるのはガジェットなんよ」

レジアス中将が防御に絶対の自信を持っている理由って、そこに張られてるバリアー……魔法障壁、それに物理障壁のお陰なんだよな。確かにスペックを見せてもらったけど、ぶっちゃけ破れる気がしない。自信を持つのもわかる強度なんだよな……。

魔法障壁に関しては、いつもは全体を覆っていていざ砲撃があればその部分に出力を集中、一点のみなら理論上防げないものはないといわれるくらいのもの。はやてレベルの、建物全体を覆う範囲攻撃を放り込んでどうなるか、と言ったところ。

逆に物理障壁はそこまででもなく(そこまでする必要が無かったのか)、特にびっくりする性能はないんだけど、それでも魔法障壁とあわせればICBM(大陸間弾道弾)くらいの一発なら防いでしまうだろう。

「まぁな、あの障壁破れるのって、多分AMFの出力を無茶苦茶上げたガジェットを大量に貼り付けて力ずく、くらいだろ」

魔法障壁のそのシステムは一見隙が無いように思えて、多方向からの負荷に弱い。といってもミッドレベルの技術ならインテリジェントデバイス一基が地球のスパコンレベルなんだから笑ってしまう。

しかし、それがAMF搭載のガジェットだと話が違ってくるわけだ。

「なのはちゃんレベルならまだしも、ティアナやとまだ長距離砲撃でAMFまで積んだガジェットを落とすのは不可能や」

「わかった、できるだけ打ち落としてみる……ってことでいいのか?」

「そや、そんときは頼むで」

「ああ」

ようはハエ叩き。魔導師が直接ガジェットを叩くというのが可能かといえば、無理だろう。魔法障壁ってのもAMF技術が使われていて、だから……もし見えない魔法の壁に魔導師が突っ込んでしまうと、高高度からいきなり地面にたたきつけられる羽目になる。

そうなると狙撃しかないわけだけど、そこでまたAMFが厄介となり、普通の魔導師では無理。魔法障壁が一回消えるってこと、それは障壁を管理しているコンピューターが過負荷落ちたってことになるわけだ。何とかして、障壁を破られることは阻止しなければならない。

つまりは、地上本部攻略にあたってガジェットという兵器は無茶苦茶有効なものなのだ。

「いざとなったときの地上の指揮はシグナム、ヴィータに頼んどる。セイバーさん、士郎君は遊撃部隊としてその場の判断で動いてほしいんや」

イレギュラーである俺達を指揮系統に組み込むよりは、俺達を切り離したほうが動きやすい、そう判断したんだろう。それは俺としても、セイバーとしても助かる。

「わかった」

「事が起こったとき、なのはちゃんとフェイトちゃんは即座に外に向かってほしい。……もし襲撃があるとすれば、確実に戦闘機人との戦闘も考えられる」

戦闘機人?

「うん」

「わかったよ、はやて」

「あ、すまん、ちょっといいか?」

多分此処らへんは聞いておかないといけないところだとおもう。

「なんや、士郎君?」

「戦闘機人、ってなんだ?」

そういえば話してなかったか、とはやては頷いた。それに呼応するように、フェイトが話し始める。

「戦闘機人、っていうのはね……脳とか思考回路、神経とか、人間にしかできないところをそのままに……骨格、筋肉、魔力量とかを人工的な物で強化して生まれてくる、作られた子達……」

地球でも、人工臓器、人工血管、というものがある。どうしてもぼろぼろになってしまった部分を”一部”人工物と取替え、何とか補強するもの……。

俺がそれよりも気になったのは、なのはやはやてとは毛色の違う、フェイトの少し悲しげな顔で……。

「安定した戦力をそろえられるから、って昔は研究されていた技術なんだけどね……今はそれが無理だ、人道的に反する、ということで今は研究するのは違法になってるんだ」

地球でも言われてる、拒絶反応とかそういう類のものだろう。ミッドの技術力をもってしても無理だった、となれば相当難しいはずなんだけど……。

「今日、ギンガとスバルをマリエルさんが連れて行ったのって、それの関係なのか?」

「……っ、士郎君、やっぱり……知ってたんだね」

やっぱり、ということは俺が気付いていて何も言わないことをなのは知ってたのだろうか?

「そりゃな、スバルと何回か組み手してれば気付く。つまり、そういう人たちのことを言うわけか」

人間と同じに成長するってことは、度々部品とかの交換をしたり、定期健診をする必要があるってことだ。

「……士郎君も、何にも思わないんだ」

「そりゃそうだろ、なのはたちには言ってるけど俺達は魔術って世界に首を突っ込んでるんだぞ、他人の生き方とか、そういうものに何か言うつもりはないし、間違ってるとも思わない」

それを自分にやるのではなく、他人を使ってやる奴には反吐が出るけどな。

「そういうこと。ね、わかった?」

「凛とセイバーさんの言ったとうりやったね、士郎君動じてへんもん」

ふふ、という軽い笑い声が響くが、フェイトだけは少し俯いていて……。

「フェイト、どうしたんだ?」

突然声を掛けられたことに驚いたのか、びくっ、と肩を震わせた。

「な、なんでもないよ」

「そうか」

本人がそういうのなら、俺も聞くつもりはない。

「そ、そいでな、即座に動けるようにしておいてほしいっちゅうことや」

はやてがなんとかこの空気を戻そうとしたのがわかった。気にならないといったら嘘になるけど、な。

その後はもう少し煮詰めた後解散になり、部隊長室から出て宿舎へと向かった。公開意見陳述会まであと一週間、か。




~・~・~・~・~




「しろーぱぱ!」

「お、ヴィヴィオ、こんなところでなにやってんだ?」

なんと宿舎へ向かう途中、ロビーに降りたところでヴィヴィオがソファーに座って待っていた。一応ザフィーラも一緒に。ちなみに遠坂はまだやることがあるとどこかに行ってしまった。

「ぱぱとまま、まってたの」

走ってきたヴィヴィオの脇の下に手を入れ、一気に持ち上げてやる。

「そっか、ありがとうな」

「わー! たかいたかい!」

なのは、それにフェイトも、もうさっきの暗い顔はどこかに消え、ヴィヴィオのお陰かいつもの笑顔に戻っていた。

「わ、私も……」

「フェイトちゃんっ!?」

「あ、いや、これは、ち、ちがうよなのは……!!」

不穏な会話が聞こえたが俺も大人になった。スルーってやつを使うぞ。俺達は珍しくもう仕事も無く、晩御飯を食べて寝るだけなのだけど、普段ヴィヴィオはもう既に終えてる。基本的に5歳児(大体)は8時とかには寝るのだ。

今日ははやてのところでの話があったから皆と食べれなかったけど、基本は6時過ぎには晩御飯。それで今はもう7時過ぎ。

「そろそろヴィヴィオは寝る時間か」

「だから、ままたちまってたんだよ」

「ありがとうね、ヴィヴィオ」

「うれしいよ、ヴィヴィオ」

なのはとフェイトはヴィヴィオを一旦寝かしつけた後にご飯か。さて、風呂とご飯、どっち先にするかな……。

基本的に食堂は12時ごろまでやってて、夜食とかも簡単に食べれるようになっている。

「ぱぱ、むこーまでかたぐるまっ!」

「いい子にしてたからな、ほら」

背を屈めてヴィヴィオが乗りやすいようにすると、いつものようにヴィヴィオが肩に乗ってきた。

「もう暗いからな、歩くだけだぞ?」

「ぇー……」

ヴィヴィオは肩車のまま、俺が走るのが好きだ。危険だからコンクリートの上とかではやらないけど、やわらかい地面の上とかでよくやってる。

「叉明日やってやるから、とりあえずは今日は寝んねだ」

「はーい」

「ヴィヴィオ、士郎君がいるととられちゃうなぁ……」

「ふふ、いつも私たちは部屋で一緒なんだから」

と、そんな会話をしながら俺が肩車、右からなのはがヴィヴィオの手をつなぎ、左からフェイトがヴィヴィオと手をつなぐ。そして、隊舎から宿舎への短い道のりを歩く。

しかし俺は予想してなかった。いや、まさかこんな事態になるとは思っていなかった。救世主は誰もいない。どうしていいかわからない。ここまでの窮地に陥ったことは丸腰でバーサーカーを目の前にしたときくらいだと思う。

宿舎に入り、ヴィヴィオが頭をぶつけないように注意しながら廊下を歩き、ここから男と女の場所が分かれるロビーに着いたところだったんだ。

「それじゃあヴィヴィオ、いい子にして寝るんだぞ。おやすみなさい、だ」

俺はヴィヴィオの頭をくしゃくしゃと撫でた。しかし、ヴィヴィオは何故かはてな顔。

…………ん?

「ねぇしろーぱぱ」

「どうした?」

「ぱぱって、ままといっしょにねるんだってあいなさんがいってたよ?」

「えっ」

「「へっ?」」

てん、てん、てん、という三点リーダの表現が一番正しいであろうこの沈黙。まて、落ち着け。

「あいなさんは、おうちにかえったらぱぱとねるんだって」

アイナさん……きっと貴女は100パーセント善意のつもりでお父さん、お母さんということについて話したんだと思うけど、俺達は違うんだぞ!

「あ、あのねヴィヴィオ、ヴィヴィオはどうしたいのかな?」

待てなのはっ! お前のそれもこの状況を打開しようとして頑張ったなりの結果なんだろうけど、それは言っちゃ駄目だっ!

「ぱぱともいっしょにねんねしたい!」

子供は、純粋、なんだ。戦地で何回かこういうこともあったなー……なんて回想してる場合じゃない。そのときは子供が親もいなく一人で泣いてて、俺に行かないでくれってせがまれたりしたから仕方なくだったけど、これは状況がまるっきり違う。

「ヴィヴィオ、ほら、お布団も狭いし……士郎も困ってるよ?」

「べっど、おおきいよ?」

なんでだめなの? と首を傾けるヴィヴィオは可愛かったけど、この状況を何とかしないとまずい。

いや俺だって沢山女性がいる家で寝てたけどそれは飽くまで別室だセイバーが例外的に襖越しで寝てたことはあるけどそれはしかないことだったと思ってるし流石に19歳二人と同じベッドで寝るわけにはそう道徳的に駄目だし――――って俺、落ち着け。

落ち着くんだ、I am the bone――――違うっ!! 今の俺なら自力で固有結界張れる気がしたぞ!

「あ、あのなヴィヴィオ、パパとママは一緒に寝られないんだ。本当のパパとママじゃな――――い……」

言葉が途切れてしまったのは、ヴィヴィオの悲しそうな顔を見れば誰だってそうなるだろう。今にも泣きそうで、なのはのスカートをぎゅっと掴み俯いて……。

俺はヴィヴィオの目線の高さにあわせていて、なのはとフェイトは立っていたから、俺は二人の顔を見るために顔を上げた。そしたら口パクで ”ね・る・ま・で” と言われたので俺もそれが最善だと判断する。

なるほど、その手段があるとは気付けなかったな。

「わかったヴィヴィオ、一緒に寝よう」

「ほんとう……?」

「本当だよ、ヴィヴィオ」

「士郎もいいって言ってくれたしね」

二人のママを交互に見上げたヴィヴィオは、笑顔の二人を見て安心したようで……さっきの顔はなくなり、笑顔になる。

「それじゃあしろーぱぱ、かたぐるまー!」

「わかったわかった。部屋までだからな?」

「うんっ!」

再度ヴィヴィオを持ち上げ、今まで踏み入れたことのなかった女性寮……しかも隊長、執務官なのでそれ相応の部屋らしく、どんどん奥の方へ向かう。

ここで誰か女性局員に出会わなかったのは幸いだろう……俺だって男だ、羞恥心がある。

初めて入ったなのはとフェイト、そしてヴィヴィオの部屋は広くて、装飾さえないけれどどこかのスイートルームなのではと思うほどだった。

で、何で個別じゃなくてダブルベッドなのよ? 広さから考えるともうちょいあるかもしれない。

とりあえずヴィヴィオを下ろすと、とてとてとベッドに走っていきぼふんとダイブする。

「ん? なのはとフェイトはどこいったんだ?」

数秒前まで一緒にいたはずのなのはとフェイトが見当たらない。まあいいかと思いつつ、ヴィヴィオの傍、ベッドの傍へ向かった。……ホントにでかいな。

「しろーぱぱ、ぱじゃまは?」

そのまま来たんだから持ってるわけ無い。そもそも俺は寝るとき、大抵シャツ一枚だぞ。

「ごめんな、忘れてきちゃったみたいだ。だから、今日はここだ」

ベッドの傍に傍にあった椅子を持ってきて、そこに座る。そして、既にパジャマだったヴィヴィオの頭を撫でる。

「えへへーしろーぱぱだー」

気持ちよさそうにしてくれると、撫でてる俺も嬉しい。確かに、父親が娘に関すると馬鹿になるっていうのが、わかる気がする……。ありえないと思ってたんだけどな、”わしの娘はわたさんっ!”っていうのは……。

俺の後ろのほうで、バタンと扉が閉まった音が聞こえた。

「あ、なのはままとふぇいとままー!」

なんだ、二人か。

「どこいっ―――――っ!?」

どこいってたんだ、と俺が振り返ったら、だ、みちゃいけないものをみた。いや、俺は何も見てない。

俺は多分、今までにない反射スピードで頭を回転させていたはずだ。多分今の俺なら銃弾も避けれる。

「士郎君、どうしたの?」

「士郎?」

「しろーぱぱ?」

なのはは、まだよかった。薄いピンクの上下のパジャマで、髪を一纏めにしてるいつもとは違い、髪を下ろしてるのは新鮮だなーとか思う余裕もあった。

けどな。

「まて、なのはにフェイト、特にフェイト、俺がいるってこと絶対に忘れてるだろ」

「そんなことないよ? ほら、ヴィヴィオって私たちが一緒じゃないと寝ないし……お布団はいるならパジャマじゃないといけないし……」

「うん。だから士郎も気にしないで?」

無理だろ。

二度言うが、特にフェイト。

二人は気にした様子もなく、俺の横を通り過ぎてヴィヴィオの両隣りになるように布団に入った。

奥がなのはで、手前、つまり俺側がフェイト。俺は全力でベッドから目を逸らした。

「? 士郎?」

それに疑問を持ったフェイトが声を掛けてくるが、それはお前のせいだ。

「いや、あのな、フェイト、その、格好は、まずい、だろ」

半分しどろもどろになりながら何とか言葉を紡ぐけど、それを理解してくれるフェイトでもなかった。

いやあのな、黒い……肩から胸元にかけて紐だけで、薄い……明らかに下着だろ、目のやり場にこまる、って感じの服あるじゃないか、それだ。
ネグリジェ、だっけか? それのシンプルなやつ。

「これ、パジャマだよ?」

そういう問題じゃない!

「しろーぱぱ、どうしたの?」

「あー、いや、なんでも、なんでもないんだ」

何度も言うが俺だって男だ。かといって辺は慣れだと思ってるから、最初はセイバーが隣の部屋で寝てたり、離れてるとはいえ自分の家に遠坂が泊まってるのとかを考えるだけでとぎまぎしていたけれど今はそうじゃない。

けどな、この状況は色々と違うだろ!

「士郎? 何でそんな遠くを見てるの?」

ギギギ、と擬音が聞こえてきそうなかくかく動きで何とか首を前方に向けるも、視線にベッドは入っていない。

だから、フェイト、お前の、せいだ。

「えっとな、できれば肩まで布団を掛けてほしい。頼む」

「え? わ、わかった」

スッと掛け布団をあげる音が聞こえて一安心、視線を下へ移す。

「フェイト、その格好でうろついちゃ駄目だぞ」

「パジャマで外出歩かないよ?」

「そりゃそうだけどな……」

毛布の上から顔だけ出てる3人を見ると、何故か笑ってしまった。

「こんどはしろーぱぱ、わらってるよ?」

「士郎君、へんなこと考えちゃ駄目だよ?」

「考えるかっ」

「え? 男の人って一日中へんなこと考えてるって何処かで読んだ気がするんだけどな……」

その本もってこい、燃やしてやる。だれだ、フェイトに変な知識植えつける奴は。

……え、いや、あのな、俺だって色々とこう……本能的な部分で考えてしまうときはある。そこは察してくれ。

とりあえず力ずくとかでいこうものならこっちが返り討ちにされる状況だったんだ、だからそういう気持ちも浮かばない。へたれとかいうな。

「しろーぱぱ」

「ん? どうした?」

これでヴィヴィオが寝てやっとひと段落か、ふう、と考えていた矢先だった。

「おやすみのちゅーは?」

「「なっ」」

「おやすみのちゅーか?」

何か一緒に寝ろとかそういうまた爆撃があるのかと思ったらそこまでのものではなく、それくらいなら構わない。

「うん!」

「そうだな……明日もいい子にしてられるか?」

「あいなさんのいうことちゃんときくよ?」

「おし、それじゃあおやすみだ」

椅子から立ち、フェイトに一言断ってベッドの柵に手を掛け体を支えつつ、ヴィヴィオにちゅーをした。キスって言うのは恥ずかしいから、ちゅーだ。

「うん、しろーぱぱ、おやすみ」

一瞬だけ口を付けると、直ぐに起き上がり椅子に座り直す。

「かかかかかかかんせつつつ……」

かかかん? 

「しししししろろろろ……ぅ……とととと」

ししろろとと? 新しい怪獣の名前か?

「なんか不味かったのか?」

「「!!」」

ぶんぶんと首を振るなのはとフェイト。毛布かぶってそんな激しく動くから顔も真っ赤になるんだ。

「なのはままとふぇいとままは? いつもちゅーしてくれるよね?」

……え?

「そ、そうだねヴィヴィオ」

「も、もうちょっとまってね」

……後で二人に謝っておくか。そりゃ、俺と間接キスとかしたらいやなわけだ……。本当に、悪いことしたな……。

先に覚悟を決めたのがフェイトだったのか、一気に勢いをつけてヴィヴィオにちゅーをした。

「フェイトちゃんっ!?」

「ん……ふぅ、おやすみ、ヴィヴィオ」

「ふぇいとまま、おやすみなさい」

なのはが驚いてる。……本当にすまない。

「な、なら私も……」

フェイトを見てなのはも覚悟を決めたのか、一瞬静止してヴィヴィオの唇を見たあと、ゆっくりとちゅーをする。

「んん…………それじゃあヴィヴィオ、おやすみ」

「うん、おやすみなさい。なのはままもふぇいとままも、いつもよりながかったね!」

「「しっ!」」

「ふぇっ?」

なのはとフェイトがヴィヴィオに覆いかぶさるのはどこかがどうにかなってしまいそうな風景だったが、それを見続けるのは毒なので立って電機を消した。

重ね重ね本当にごめん、二人とも。ほっぺたにしとけばよかったな……。

明日から気まずくなったりしたらホントなんて言ったらいいか……。






~・~・~・~・~





私は、ヴィヴィオに士郎がちゅーをするって事よりも、私に覆いかぶさっている士郎の事で頭が沸騰した。

ほとんど触れてはいないけどヴィヴィオにちゅーするくらいだから超接近なわけで、ほんの少し士郎の制服が鼻を掠めたときはどうなるかと……。

士郎が離れて少し落ち着いたと思ったら、今度は違う事実にこれまた頭が沸騰した。

(な、なななななのは)

(ふぇふぇふぇふぇふぉっ……フェイトちゃんっ!)

なのは、念話で噛むって一体どういうことなんだろう。けど今はそんなどうでもいいことに気をとられるわけにはいかない。

(し、士郎、ヴィヴィオの唇に……そ、その……ちちち……)

(うん、しっかりと唇にちゅーしてたよ!)

ちゅーなんて恥ずかしくていえないし、キスなんてもっと無理だ……。なのはって凄いな……まって私、だから今はそういうことを考えてる時じゃないっ!

(ど、どうしようなのは、いつも寝る前に私たちがしてるよね? これだとこの後私たちなんだよね?)

(ふぇ、フェイトちゃん、もし良かったらその……私が先にヴィヴィオとしようか……?)

(えっ?)

それはだめだ。何故駄目なのかなんてわからなかったけど、それは駄目な気がした。なのはだからいいっていうわけじゃなくて……なんだろう、この気持ちは。

(あの、その、私ならお兄ちゃんとかとちゅーしたこともあるし、気にならないかなって……)

(そ、それは駄目だよなのは、ほ、ほら、なのははユーノ君としてるんでしょ?)

(してないよっ! って、そんな話はどうでもいいの! も、もしかしてフェイトちゃん、先にちゅーしたいって思ってる?)

(え、えっと……そ、その……な、なのははどうなのっ?)

(えっ……わ、私は……えーと……あの……)

( (…………) )

「なのはままとふぇいとままは? いつもちゅーしてくれるよね?」

ここでヴィヴィオの声が掛かった。これだけの念話をほとんど一瞬でやれるんだから、魔法も便利だ。

「そ、そうだねヴィヴィオ」

「も、もうちょっとまってね」

なのはにはごめんなさいだけど、こうなったらもう……。

(なのは、ごめんね)

「フェイトちゃんっ!?」

なのはが念話でなく、驚きで声を上げてしまった。しかし私は気にしないで、”ヴィヴィオと”お休みのちゅーをした。

「ん……ふぅ、おやすみ、ヴィヴィオ」

(ふぇ、フェイトちゃんいつもより長かったよ!?)

(気のせいだよ?)

「ふぇいとまま、おやすみなさい」

おやすみ、と頭を撫でてあげる。

「な、なら私も……」

今度はなのはが、髪を掻きあげながらヴィヴィオとちゅーをした。

(な、なのはこそ長いよっ!)

(フェイトちゃんよりは短かったよ?)

そんなことは絶対にないはずだ。

「んん…………それじゃあヴィヴィオ、おやすみ」

私と同じように髪を撫でつつ、おやすみをする。これで今日は私たちも気持ちよく寝れそうだな、と思ったら……。

「うん、おやすみなさい。なのはままもふぇいとままも、いつもよりながかったね!」

(なのはっ!)

(フェイトちゃんっ!)

「「しっ!」」

妙な言い争いをしてても、私たちの息はぴったりだった。これ以上何か言われて士郎に気付かれちゃったら恥ずかしい……。

でも、この高揚感はなんなんだろう……ただ、士郎がちゅーしたあとのヴィヴィオの唇に……唇に……士郎の後……唇……ちゅー……。

ごめんなさい、今日は寝れそうもない……かも。





―――――――



今回は少し短めのお話。 コメント欄にて無茶苦茶長く、「北谷菜切」と沖縄の歴史について書いてしまったのと、プロローグ~4話までの読みにくさの解消を行いました。

徐々にやっていくつもりです!


それに、SSタイトルをやっと追加しました。シンプルでいいかなーと思った好きな単語です(苦笑)

少し忙しい時期になったので今までと同じ更新ペースは無理かもしれませんが、書き続けていこうと思います!

では、感想ご指導、お待ちしております!



[5645] 閑話~おりょうりたいむ~
Name: あすく◆21243144 ID:d9d49a95
Date: 2009/04/23 22:42
注意、新話でも良かったのですが、明らかに矛盾点やありえないだろ要素が充満しているのでギャグ要素が薄いのに閑話にしました。ふーん、くらいで流し読みの感覚を持ってくださると幸いです(苦笑)

型月関連で設定に拘る方に対しては本当に申し訳ありません、かなり不快になるであろう要素を含んでいると思われる内容が1部あります。

新話にしなかったのはそういう理由もあるので、流し読みの感覚で読んでくださると本当に幸いです(土下座



―――――――




遠坂やセイバー、俺が口を出さないのはまだ魔法についての理解が浅く、且つここが司法組織でありながら軍隊のような一面を見せているからでもある。

少なくとも縦社会であるのならば上の命令は絶対でなければならいのだけど、その”上”の頭が固いのは早い段階から何となく想像がついていた。

セイバーに聞いたが、地下を潜行してくる奴もいるらしいし、ロングアーチのレーダーを誤魔化すほど高度なジャミング能力を持った奴もいる。戦闘機人の詳細に関しては部外秘(これも正直どうかと思う)らしいが、一応俺も閲覧することは可能なので見てみたがこれは酷い。

曲がりなりにも親父を尊敬し、内戦や紛争に頭を突っ込んできた身としては、その”常識”とか”定石”を簡単に覆される。セイバーも軍勢を率いた侵攻などをしていたけど、聖杯戦争のときと違って歴史とかのフィードバックが無いから無闇に進言できていない。

だけど、”戦争”とかには全てに通じることだってあるはずなんだ。

例えば俺なりに、管理局地上本部の攻略を考えてみたりもした。となるとどうか。

俺がもしガジェットなどの戦力を保有していて、今わかっているだけの戦闘機人だけでも仲間にいたとして自由に使えるならば……驚くほど簡単に、地上本部は”落ちる”。

言語が違うからはかどりはしないけど、俺なりにミッドについて学んだりしているのでわかったこと。それはここが魔法至上主義で、100人のCランクより1人のSランクという姿勢を貫いているということ。

そこで出てきたのが、聞く限りは悪い印象しかないレジアス・ゲイズ中将。この人は質量兵器への偏見がなく、寧ろ推奨して、それを運用としているらしい。

次の公開意見陳述会では、”アインヘリアル”という武器、いや、兵器が発表されると聞いた。

……どこがいけない?

俺は、この人が間違っているとは思えない。魔法、魔力に偏りきったこのミッドチルダだからこそレジアス中将は色々反感を買うことが多いらしいが、この人は当たり前のことを言っているだけだ。

治安の為に魔法に頼りきり、その弊害で高ランク魔導師が引っ張りだこになり人員不足、とか出来の悪い冗談にしか聞こえない。

俺は、レジアス・ゲイズ中将はこの人なりの”正義”があるのだと何処かで思う。

少しはなしは逸れたけど、かといってこの人が正しいことをやり続けているとも思わない。正に慢心。

”ありえない”と思ってるからこそ建物内部へのデバイスを持ち込むのを禁止し、実力者を警備に充てる。

あの地下潜行してくる能力持ってる戦闘機人が飛び込んできたらどうするんですか、と。

もし魔法障壁がガジェットで破られたら、俺が防いだあの砲撃のいい的になる。あれが最大出力かどうかはわからないけれど、少なくとも城壁一枚の強度くらいなら貫く火力があるのは確かだ。

ロングアーチにあるシステムは管理局でも相当なレベルのものらしく、それをも騙すということは本部のメインコンピューターをやられる可能性だってある。そうなったらシステム関連は全て乗っ取られ、障壁が全て下ろされ中にいる人は閉じ込められるだろう。

後はガジェットの物量で押せばそれで落ちる。そもそも人手不足なのだ。しかも、”ありえない”と思っていた方法による攻撃により練度が低い上部ならばそれだけで混乱するはず。

――――逆に考える。

はやては二佐だ、”上”に進言したということは最低でも同じ二佐、それより上……ゲイズ中将に直接は無理かもしれないけれど、絶対にゲイズ中将の耳は入っているはず。

しかし、”襲撃は考えられない、例え襲撃があっても地上本部の守りは鉄壁だ”という。だが、戦闘機人の中に地下潜行型がいることは絶対に知っているはずなんだ。

それでも、”襲撃は無い”と言う。

……そこまで確信を持っていえるのならば、逆に”自分が犯人”または”戦闘機人を操っている主犯と繋がっている”と考えるのが自然じゃないのか?

それ以上を考えると、ゲイズ中将を使えるもっと上の人達、になる。

――――正直なところ、こんな考えをしていても口を出す気は無い。それは俺も遠坂も、セイバーも同じだ(下手したらもっといろんな可能性があることを、遠坂は考えていると思う)。確かに魔法に関しての知識が無いからというのもあるけれど、本音を言ってしまえば管理局がどうなろうと”どうでもいい”。

ただ、頼まれそれを引き受けたからにはそれを全うするのは遠坂のポリシーでもあり、俺達の信条でもある。

その中身がどうであろうと俺達には関係が無い。地上本部が落ちようと、管理局システムが崩壊しようと、どうでもいいことだ。
俺達が頼まれたのは一年間の協力であり、それが結果的間接的に管理局崩壊を阻止することに繋がるのだとしても、だ。

管理局崩壊、を直接的に止める気はまったく無い。もちろん目の前で困っている人、その襲撃に巻き込まれて傷を負った人とかを見捨てるなんてありえないけれども、それを未然に防ごう何て気持ちはまったく無い。

犯罪者だって、その人なりの”正義”がある。ジェイル・スカリエッティとかも、自分の信念や正義があるはずなんだ。

それが犯罪なだけで。100人に聞いたら100人が間違っているという正義もあることは確かだけどな。

ただ、なのはやフェイト、はやて、ヴィヴィオ、エリオやキャロ、スバルにティアナ……ここで知り合った人たちが傷つくのは見たくない。だからこう、色々と考えてしまう。




…………おお、このトマトは美味しそうだ。




そう、今考えていたのはスーパーへ行く途中のただの暇つぶしだ。俺は今買出しにきているのである。

街中までそう遠いものではないので、ヴァイスに自転車を借りてひとっ走り運動がてら。ヴィヴィオの苦手を中心に色々と見て回る。言語こそミッド表記だけど素材に関してはこれも地球のものとそう変わらない。

もちろん、特産品というのか……見たことの無いような食材がならんでいるのもちょくちょく見るけど、それはそれで面白い。つい手に取ってみたくなるがそこはぐっと我慢をするのである。

とりあえずトマト……ピーマン……人参は……キャロか。

トマトソースのスパゲッティとかなら美味しそうに食べるんだけどな、やっぱり生が苦手って人は多いよな。プチトマトだけがだめだ、とか色々。

ほとんど日本にあるスーパーと変わらず、かごを持ってそれに商品を入れていく形だ。

俺はそこにちょこちょこと数人分の食材を入れつつ、レシピを考える。

ピーマンは……やっぱり目立たせないようにするのがいいな。あえてカレーに混ぜてみるとかすれば意外過ぎてわからないかもしれない……ヴィヴィオ、カレー好きだし。

和食も捨てがたいけど、和食って子供にはあんまり喜ばれない傾向がある。そこはやっぱり、カレーとかオムライスとかか……。お、野菜カレーってのもいいな。

野菜ばっかりだと嫌がるだろうからそこらへんは工夫しないとな、と……。

…………うぉ!?

豆乳とか使ってみようか、と飲み物系が置いてあるコーナーへ行くための曲がり角を一つ曲がったときだった。

こ、これはなぁ……だ、大丈夫か?






~・~・~・~・~・~





ドクターは気分屋だ。それはわかっているし、そういうところがあるドクターももちろん尊敬している。

けど

「ウーノ、久々に料理というものが食べたくないかい?」

「い、いえ、私は栄養さえ補給できれば大丈夫な体なので」

「そうか、そうだよね、よし、出前でも取ろう」

「お、お待ちくださいドクターっ! 話が噛みあって――――」

「君はカツ丼派と親子丼派、どっちだったかな?」

「私はどちらかといえば天丼派で……ってドクター!」

「さっきから慌ててどうしたんだね、そうか、君が作ってくれるんだね? 僕としては嬉しいよ、ウーノ」

「は、はぁ……」

ということがあったのだ。

ドクターとの会話が噛みあわないのは幾度ある。かといって仕事にミスをする御方ではないし、全ての点で尊敬している。

その持ち前の気紛れでアジトの外で布団を干すのは流石に肝が冷えたときがあったけど……。布団叩きで物干し竿に干してある布団を叩いてるところを妹達が見たときの驚きようったら無かったわね。

でも、ドクターが私に何かを求めてくることはほとんど無い。”嬉しい”、そういってくれたことが嬉しかった。私ならば誰にも顔が割れていないから街中だって出歩ける。

もちろん普段は1パーセントの危険も冒したくないからアジトにいるが、この”自分が嬉しい”という感情を大切にしたかったのだ。



困った。

材料に関してのデータは揃っている。

妹達全員分になると相当な量になるけれど、私だって強化フレームなので買い物籠の4つや5つでどうこうなるわけじゃない。

けど、そのデータが”新鮮な卵・人数×2”とかなのだ。文字なのだ。とりあえず卵パック8個入りを3つ、籠に入れた。

”備え付けのサラダ用のレタス3つ”

レタスってこのグリーンの葉っぱだろうか? 私の見る限りは同じようなものが数種類ある。”レタス””キャベツ”って書いてあるけどどっちがいいのかわからない。

もしかしたらキャベツのほうが色がいいし、美味しいのかもしれない……。え? 違う?

わからなかったので、このグリーンな球状な野菜を3つずつ籠に入れた。抜かりは無い。

”同じくサラダ用チーズ、お好み量”

何なのでしょう、お好み量って。

ドクターの作ったデータに関して文句を言うつもりはない。けど、チーズでさえ片手では足りないほどの品物がある……しかもお好みといわれても、食べたことが無いのだからどれくらい買ったらいいのかがわからない。

もし足りなかったりしてドクターを悲しませてしまったら自殺物なので人数分、計13……ルーテシアお嬢様やゼスト様の分も考えたら足りないかもしれないし、ドゥーエが急に帰ってきて足りなかったら困る……。16パック入れておこう。あの野菜も一つずつ追加して、卵も……。

えっと次は……”鶏肉70g×人数分”

つまりは1050g、もし足りなかったら困るので倍の2100gを入れて置けば間違えることは無いかしら……。分量を間違えるわけにはいかないので手で持ち、計量システムを作動させ1gも差異がないように鶏肉のパックを選んだ。

さて、次は……ん?

隣にふと目が行く。

……牛肉?

このデータには鶏肉と書いてある。ドクターに間違いは無いと信じているけれど、もしうち間違えたとしたのならば……そっと、私しかわからないように正しい食材を使ってあげるのが私の役目というもの。

そうですよね、ドクター。

牛肉を同じく2100g籠に入れ、次のリストへ目を移す。もう籠が入らないから三つ目の籠を手に取った。

”玉ねぎ、人数÷3”

大体5個入れておけば間違いが無いということだろう。

……いや、おかしい。

今までは全て、掛け算だったのだ。それが行きなり割り算になるのだろうか。もしこの食材が5個でなく45個必要なのだとしたら、明らかに足りない。ということは食材が足りず”親子丼”というものが成立しなくなるはずだ。

そんなことがあれば私の威厳は失われ、妹達からも蔑まれ……ドクターからも見放されてしまうかもしれない。こんなことで躓くわけにはいかないのだ。

45個を籠に入れるのは当然でしょう。

少し重くなり、32個しかありませんでしたが隣にあった”長ネギ”も13本入れ足りない分を補います。同じ”ねぎ”と書いてあったので間違いではないはずだ。

主婦、というものは知識だけでしかしらないけれど、これもなかなかいいものかもしれない。ドクターや妹達のことを考え、食材を選ぶ……何て素晴らしいことなのだろうか。

もしかしたら、ドクターはこの喜びを教えてくださる為に私に料理を頼んだのかもしれない。そういうことなら、本当にドクターには頭があがらない。

次の項目に目を移す。

”三つ葉、大体40本”

三つ葉、三つ葉と……この細い葉のようなものでいいのでしょうか?

これを40束でいいのですね。しかし、ここには12束しかない……む、この下のダンボールの中にあるようだ。5×5の25であわせて37束しかないが、大体と書かれていることから±3は誤差の範囲内だろう。

”米(注意:最重要)。300g×人数”

なんと、最重要項目……。つまりはこの、”米”というもので全てが決まるといっても過言ではないということなのですね。

4500g……丁度いい、この10kgというのでいいでしょう。そもそも一つの袋がそれくらいのようだ。

銘柄があるとは……一番手前にある、この”KO SHI HI KA RI”というものでいいでしょう。

籠も四つ目になり、両手を使ってしまっているから食材が取りにくい……。ですがそれもドクターの為、妥協する気はさらさら無い。

さて、あとは調味料……沢山あるので一つずつ全て入れておけば間違えることはありえないはずだ。

そして最後の項目……。

”美味しい牛乳5本”

最後は飲み物ですか、なるほど。5本と書いてあるようですが、気持ち多めに9本くらい入れておけば妹達も満足かしら。

両腕に買い物籠を2つずつ、そして左手に5個目の籠を持ち、右手で牛乳を籠に入れていく。

…………視線を感じる。

ふと、その方向に視線を投げる。

(ドクター)

(どうしたんだいウーノ。何か食材でわからないことでもあったかね?)

(いえそれに抜かりはありません。今、街中のスーパーにて”衛宮士郎”と思われる人物と遭遇しました。データの照合を行いましたが、99、9パーセント以上の確率で本人です)

(……おもしろいね。僕の顔は知っているだろうが、ウーノ、君の顔は知らないはずだ)

(はい、私のことを見ていますが気付いた様子はありません。どうしますか?)

(君の事を見ている……ふむ……ウーノ、君に任せるよ)

(それはどういう……?)

(君の判断に任せる。少し話してもいいし、こっちに連れてきても構わない。ただ、連れてきてくれるなら生きたままだと嬉しいね)

(私に運動能力以外の武装は存在しませんが……了解しました、私の判断で行動します)

(うん、頼んだよ、ウーノ)

つまりドクターは、彼と話したがっているのかどうなのか。まずは危険ではないかどうか探る必要がある。”力”のことはドクターがそれなりに調べてくれているらしく、そのドクターが気になっているということならば……。

「あ、あの……私のことを見ているようですが……どうか、しましたか……?」

男性は女性が危なっかしそうだと余計に気になるものらしい。言動など変えるのは容易い。






~・~・~・~・~





どうかしましたか、と言われたが反応に困った。

「あ、いや……重く、ないですか?」

スーパーにいる人の9割の視線は独占してるはずだ、この人は。

「……特に、重量に関しては気にするものでは……いえ、実は重くて困っていたところなのです」

困るどころじゃないはずだけど……どんな筋力をしてるんだろう。腕相撲したら負けるかもしれない。

「あっと……その、俺でいいなら手伝いましょうか?」

両腕に籠が二つずつあってさらにもう一つ手で籠を持って、全ての籠に異常な重量になっているはずであろう食材の数々……あの一番下に入ってる卵が無事なのが不思議でしょうがない。

「……よろしいのでしょうか?」

「ええ、構わないですよ。俺は籠一つですし」

「ではお言葉に甘えて……」

左手にあった籠を下ろし、腕にあった籠二つを俺に渡してくる。……やばい、なんで一つの籠の中身が玉ねぎ大量と長ねぎが数本、もう一つの籠には異常な量、満タンに近い調味料の数々……味の素のサイズ違いを何でわざわざ買うんだ?

「ぅぉ……」

「どうか、されましたか?」

つい、腕に掛かる負担が異常なものだったので声が出てしまった。……この人、本当に凄いな。

「大丈夫ですよ。俺はもう全部必要なものは入れたんで、貴女が終わるまで付き合いますよ」

ここまで言ったら男の子として引くわけにはいかない。

「……ウーノ」

「はい?」

「ウーノ、と申します。貴方のお名前をお聞かせ下さい」

うわ……この人一体何歳なんだろう、と思ってしまった。凄く年上のような雰囲気だけれども……名前を名乗られたときにふと上げられた顔みて、綺麗な人だ、と……。

「士郎です」

ウーノさんは若干紫色の髪なんだけれども、ライダーとは違ってもっと薄めで、それでいてもう少し短い。かといってそれも似合っているし、金色の瞳は珍しいと思ったがそれも整っていて……不思議だ。

「そうですか……士郎さん、私もこれでお終いです」

「あ、そうなんですか。それじゃあ、レジへ向かいましょうか」

「レジ?」

「え?」

「……レジ、とは……その、なんなのでしょうか」

「お金を払うところですよ?」

「あ、ああ……そうでしたね、行きましょう」

ウーノさんの服装、どこかのOLみたいだな。確かに時間的にはもう夕方だし、夕食の準備を始めるころではあるけど……。

レジに行って驚いた。先にウーノさんのを終わらせようとその籠を持っていくわけだが、もちろん5つの籠なんで台に乗るわけが無いし店員も慌てていた。急いで値段を打ち出し、明らかに食材を買ったときに表示される値段表示ではないものが表示される。

それを眉一つ動かさず淡々と財布を出し、そこから見えるのは大量の札束。財布が……財布というか、札束を抑えるための布って感じだ。

そこから数枚とりだしお釣りを貰い、それを全額寄付するという……日本円で表すと5千円札と千円札が2枚はあったぞ? ウーノさんはOLじゃないのか……。

店員が3人掛かりでそれを急いで袋詰めするゾーンに持っていくのだが、なにをしていいかわからず手を頬に当てていたウーノさん。そこに店員が何かを話しかけ、ウーノさんが頷くと店員が一生懸命袋に食材やら調味料やらを詰め始めた。

俺も会計を終え袋に固いものからつめ始めるんだけど、それでもまだウーノさんは……いや、店員さん達は半分ほどしか詰め終わっていない。

袋は強度的に大丈夫なのだろうか? (ミッドの袋がビニール袋の数倍の強度を持っているとは知らなかった)

何とか詰め詰めで8袋ほどになったウーノさん。それを苦もなく持ち上げ――――

「あ、士郎さん……心苦しいのですが、もしよければ私の家まで持っていただくことは出来ないでしょうか……?」

たはずが、直ぐに荷物を下ろした。そりゃ、その量を普通に持ち上げるほうがおかしいんだけどな……米の袋とか見えてるし……。

「ええ、構わないですよ」

断る理由は特に無い。帰っても今日はやることが無いしな。

流石に全部持つのはつらかったので、5袋もらい俺の1袋とあわせて両手に3つずつ。これなら大丈夫だな。

「ありがとうございます……序でと言っては申し訳ないのですが、是非お礼がしたいのです。家に着いたらお茶の1杯をご馳走したいのですが、お時間はお有りですか?」

本当はお礼なんていらない。けど、遠坂の教えは違う。”魔術師は貸し借りをはっきりさせる”。これが魔術師じゃない人全てに当てはまるとは言わないけれど、もらえるものは貰うのが相手にとっても嬉しいと聞いた。

相手が嬉しいのならばそれを断るのは逆に失礼だ、と言われ俺は納得している。

「大丈夫です。今日は特に何も無いですから」

「ありがとうございます。外に車を止めてありますので、そこまでご案内します」

と、促されるままに駐車場に向かう俺。……この歩く方向から、車って”あれ”か?

「こちらです。――――ウェンディ」

黒塗りのベンツ……詳しいところはわからないけど、ヤ印の人とかが乗ってそうなイメージがあるあの黒光り……。そして、その中から出てきたのはまったく黒いベンツからは想像できない、カジュアルな服装をした紅い髪の女性。

「ウェンディッス。士郎っていうんスよね? よろしくッス」

たたたと走ってきて俺の目の前で止まりちーっす、と、敬礼の簡単バージョンというか、あの右手をピースみたいな指2本でやるやつ。んー、年齢としてはスバルと同じくらいか? 活発そうな子だ。

名前を知ってたってことは念話か? てことはウーノさんは魔導師なのかな。といっても魔導師でなくてもちょっと魔力があれば念話は可能らしいから、特に気にはしない。

「あ、ああ、よろしくな、ウェンディ」

「お客様の前よ、もう少し丁寧にしなさい」

「ウー姉は固いんスよ、いいっスよね、士郎?」

「ああ、構わないよ。ウーノさん、俺も気にしてないんで」

「そうですか……それならばいいのですが」

と、ウェンディはトランクに荷物を放り込み運転席に駆け込んだ。俺は促されるままに後部座席へ。

……ん?

俺はここで少し違和感を持った。普通マジックミラー……じゃなくて曇りガラス、か。それになってる場合は内側から外を見るのは可能なはずだ。だけどこの後部座席からは左右だけではなく、前も黒塗りのガラスだ。

これでは外がまったく見えない。序でにいれば運転席も見えない。タクシーの後部座席と運転席の間にあるあのガラスの黒い版というか……。

俺の隣に座るウーノさんは表情をまったく変えず、手を合わせて膝においている。

「それにしてもウー姉、随分買い込んだッスねー。なに作るんスか?」

前後左右は見えなくとも、声は普通に聞こえるらしい。

「親子丼よ」

「え゛っ?」

「何か?」

なるほど……読めた。米、卵、玉ねぎ、鶏肉、か。

「いや……ウーノさんの家って相当な大家族なんですか?」

「はぁ……妹が11人いまして、ドクターが1人、そしてたまに帰ってくる御方が2人……いえ、3人おりますから」

凄いな……ってことは”ウー姉”ってことから察するに、ウェンディも妹の1人なんだろう。

「なるほど……ほかに何か作るんですか?」

あの玉ねぎの量や牛肉、不可解な量のチーズやサラダ用にしては可笑しいキャベツや調味料の数々……。

「いえ、私は親子丼というものを作るだけです」

「……ウーノさん」

なるほど、わかった。この人はお嬢様なのか……だからこの車も、あの金額に対して何も思わないのも、納得した。

「何か?」

「もし違ったら申し訳ないんですけど……料理つくるの、初めてだったりしますか?」

このOLっぽい服装も多分、そういう家で、社会に関して学ぶとかそういう物なんだろう。こ○亀とかで世界レベルのお金持ち2人がその辺の交番にいるのも多分そういう理由だろうし。

「……ええ、それが何か」

ウーノさん、あってから表情が一切変わってないからまったく読めない……ポーカーフェイスというレベルじゃない。

「あ、えっと……それじゃあ、作るの手伝いましょうか? 相当な量を作らないとならないですから大変だと思うんです」

「どうせ食べるなら美味いほうがいいッスからねー、あたしは賛成ッスよー」

「そう……それじゃあお願いしようかしら、士郎君」

「任せてください」

それからは暫く無言。20分ほど走っただろうか、エンジンの駆動音が消え、不思議な感覚が体を襲う。一瞬黒いガラスで覆われていて見えないはずの外が、光った気がした。

……転送……か? 

今度はがたがたと車が揺れだし、オフロードを走っているのだと感じ取る。

……今度は、地下? トンネル?

数分走ったと思ったら今度はまたオンロードに戻り、外部からの反響音的にトンネルらしきものを通っているのだと推測した。

計30分ほどのドライブを終えたのか、ガチャリと運転席側の扉が開く音を聞いた。

「ついたッスよー! おつかれッス」

ウーノさん側の扉が開かれ、ウェンディが元気そうにウーノさんの手を取った。

「ありがとう、ウェンディ」

「これくらい当然ッス。士郎も降りるッスよー」

「ああ、そうだな」

女の子の手を借りるのも可笑しいので、俺は普通に車から降りた。

……やはり地下の駐車場なのだろう、どこかのデパートの地下駐車場かと疑うほど広く無機質なところだったが、そういうところと違うのは車がこれを除いて5台ほどで、2台は大型のトレーラー……そして残り2台はスポーツカーらしきものと、普通のどこにでもあるワゴンだ。

やっぱりお金持ちなのかな?

ウェンディとウーノさんが2袋ずつもってくれたのでさっきよりは少しマシになったがそれでも重い荷物を両手に抱え、内部と繋がってるであろうエレベーターホールへと向かった。





~・~・~・~・~





(どうだい、ウーノ)

(拍子抜けです。荷物を持ってもらい、それの御礼をしたいといったら2つ返事で了承されました。疑っている様子もないようなので車でアジトに向かいます)

(……ふむ、それでも武装の無い君の為にも警戒は必要だろう? ウェンディが街中にいてね、車で待機しておくように言っておいたよ)

(ありがとうございます。叉何かありましたら報告します)

(ああ、頼むよ)

そこで念話が切れる。

ドクターはこの男となにを話したいのだろう。前々から興味を持っているのは知っていた。あの時モニターしていた私も知っているが、特殊すぎる登場をした3人の内の1人……改良したはずのドクターのガジェットを長距離砲撃で落としたのは彼だ。

ドクターがなにを思っているのか……それはわからない。しかしそんなことは考えなくてもいい。私はドクターの1部なのだから。

……車の中に入っても、このガラスに疑問を持たないのだろうか?

聞かれたことは料理が初めてなのかということ。そんなこと聞いてどうするのかと思ったら、料理を教えようといってきた。

……実は気付いていて、あえて自分をこっちの懐に潜り込むつもりなのだろうか?

いや、今日妹達は、車に乗っているウェンディが揃えば全員ラボに帰ってきてるはずだ。それにAMFも常に強力な値になっていることを鑑みて、この男が何かをしようとしても即座に抑えられるだろう。

リスクは低い。それに多分、ドクターは彼を帰すつもりは無いはずだ。アジトまで管理局員を連れてくるということは、それを帰すことはありえない。





~・~・~・~・~




「うわぁ……立派だな」

俺はこの家の厨房を見て思わず感嘆の声を上げてしまった。相当なものだぞ、器具は見た感じ一通り揃っているし、オーブンもいくつかある……ピザとか焼くために別々になっているのだろうか。

「そうですか? ドクターは凝り性でして、妥協は許さないのです」

なるほど……お金持ちがそう考えるのは不自然じゃない。けど、1つだけ気になった。

「っていっても、使ったことは一回もないんスけどねー」

やっぱりか。器具や水道、食器類は目に付く限り埃などを被っているようには見えないし、正直ここで親子丼なんて作っていいのかと思うほど立派なところなんだけど……完璧すぎる。

正に初期配置。普通、家庭の厨房となると大抵その家の厨房を使う人の好みというか、その人の色に変わるのが厨房だ。

「勿体無いな……正直、1級品だぞ」

どこかの高級レストラン厨房の縮小図と言ってもいいほどだ。

「それがドクターです。さて、どれくらい時間がかかるものかわかりませんから始めたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ああ、それじゃあ早速手を洗ってからだな」

「面白そうだからあたしも手伝っていいッスか?」

「もちろんだ、寧ろ俺は作り方とか教えるだけだからな」

「了解ッス! 手を洗ったらなにをすればいいッスか? まずは包丁を研ぐんスか?」

包丁研ぐのとか良く知ってるな……まぁ確かにそれも重要だ。

「手を良く洗ったらだな、まずウェンディは鶏肉だ、ウーノさんも――――」

「鶏肉ッスね、ウー姉、ちょっと取ってくださ―――――」

俺とウェンディは洗ったまな板の上に買った鶏肉のパックをあけ包丁も洗い、1口大に切っていこうとしていたところだ。ウーノさんにも頼もうと思って後ろを振り向いた瞬間……ウェンディも俺と同じ気持ちだったのだろうか、同時に言葉を失った。

「な、なんでしょうか」

なんでしょうか、と問われればこの場合はどう答えたらいいのだろう。

――――あのOLっぽい服装の上に着ているのはピンクのフリルがついたエプロン。

あのポーカーフェイスのウーノさんが若干頬を染めている。やっぱり初めてでその格好は恥ずかしいのだろうか。……うん、恥ずかしいよな。

「あ、いや、なんでもないです。似合ってますよ」

「ウー姉……それ、ドクターの趣味ッスか?」

「ありがとう士郎君。え、ええ……ドクターが用意してくださったのがこれだったのよ」

さっきから出てくるドクターって奴の趣味を疑――――いや、いい趣味してると思う。

「まぁ、とりあえずウーノさんも手を洗ってこの鶏肉を全部1口大に切ってください。ウェンディは少ししたら米を炊くぞ」

俺は基本的にちょっと口を出すだけ。初めて作るというのに、俺が色々やってしまったら楽しさもわからない。

「3分の1やったッスよ、ウー姉、後は頼みますねー」

「任せなさい」

トン、トン、トン、とゆっくり丁寧に切っていく音がウーノさんの性格を現しているような気がした。

「それじゃあウェンディ、親子丼で、というよりもご飯を使った料理ではこれが無いと成り立たない、米だ」

「やるッスよ!」

「炊飯器もあるようだからそんな大変なことは無いけど、水の分量をしっかりはかってやるのが簡単だけど1番大切なことだ。ちゃんと炊飯器に書いてある分量を見るように」

「わかったッス! で、どれくらい入れるッスか? この袋ごと全部?」

「違う。12人姉妹とそのドクターって人、あとは誰だ?」

「ルーお嬢様にゼストのおっさん、アギトだからあと3人ッスねー!」

「それじゃあ15人か、10合くらいかな……よし、その計量カップですり切り10杯、あの炊飯器の中身のジャーって奴に入れるんだ」

炊飯器を見ると、15合まで炊ける巨大なものなので大丈夫だろう。

「すり切りってなんスか?」

「カップの淵ギリギリってことだな。多くてもだめ、少なくてもだめ。ちょっと多めに入れてから指でその多い部分を落とすってのがコツだ」

「頑張るッスよ!」

「ああ、頑張れ」

さて、ウーノさんは……おお、見る限り全て完璧に同じサイズだ……。

「これでよろしいのでしょうか?」

「ええ、初めてとは思えないです。では次ですね、玉ねぎを切りましょう」

多分この人数分だと一気に作るのは難しいな。

「玉ねぎ……これですね」

「ええ、こうやるんです」

俺は何故か大量にある玉ねぎの中から1つ取り、洗ってから皮を手でパリパリと剥き、再度洗ってから上下を切り落とす。

それをみながら、ウーノさんも薄皮を剥いた。

上下を切り落とし安定するような形になったところで、それを縦半分に切る。

その縦半分に切ったものを1つは一旦よけてから残ったほうを滑り台みたいになるように寝かせ、端からたんたんと切っていく。これぞ薄切り。

「見事なものです。私は少し崩してしまいました」

「これは慣れですよ。直ぐにできるようになります。最初ならば十二分に合格ですから」

「ふふ、そういっていただけると嬉しいです」

「いえいえ、それが15人ですから……大体5個、全部この形に切ってください」

「なっ……やはり、5個でよろしいのですか?」

「あ、ええ……流石にここにあるの全部入れたら親子の仲を玉ねぎがぶち壊す新しい発想の丼物になりますから……」

ご飯が全て玉ねぎになっている親子丼は嫌だ。

「それは大変です。ならば5個、きちんと切りましょう」

「ええ、お願いします」

さて、今度はウェンディか……お、見かけによらずドジなことにはなってないな。

「士郎、完璧に10杯ッスよ! 今度はどうすればいいんスか?」

「少し重いけど、それを洗うんだ。大体2回くらい、水を入れてから手で掻き回すように洗ってから米を流しに流さないように手で押さえながら流す。難しいぞ?」

ザルとかを使ってもいいんだけど、とぎ汁はそんな流さないほうがいいしな。ザル使うとついつい、米から白いのが出なくなるまでやりたくなるから……。

「そんなこと言われたらやるしかないッスよね、ウー姉、隣お邪魔しますー」

んー、姉妹揃って料理するなんて仲がいいんだな。それに2人とも妙なドジ属性ないのが助かる。

……お、ウーノさん、最初こそ戸惑っていたけど結構なスピードで切っていくな。学習能力の高い人だ。形もほとんど揃ってるし、崩れてもいない。

「ふう、これでどうでしょう?」

「初めてとは思えないですよ、完璧です」

「では、次はどうしたら」

「三つ葉を切っておきたいんですけど……なんでこんなにあるんですか?」

「はい? 40束ほど、と思っていたのですが」

うーん……これじゃあどこかの原っぱになるぞ。

「ほとんどアクセントなんで、40~50”本”あれば十分ですよ。大体1束ですね」

「なっ……はい、それでは洗って切りましょう」

一瞬ウーノさんが驚いたのが気になったけど、まぁそんなことはおいておく。

「三つ葉は大体3センチを目安ですね。見栄えがいいです」

3本ほど取ってまとめて切る。ウーノさんは1本だけとって俺のをみながら切っていたけど、それだと大変だ。

慣れれば全部纏めてやったっていいくらい。……50本は流石に厳しいか。

今度はウェンディ……待て。

「ウェンディ、そんなゴシゴシやらなくていいんだぞ」

「水につけて擦ったら白い変なのが出てきたんスよ、2回っていうから無茶苦茶本気にやってるんスけど……」

「その白いのはある程度のこってた方がいいんだ。だからそのくらいで大丈夫。あとはその、ジャーに書いてある”10合ー普通”って書いてあるところぴったりに水を入れる。1センチとか少なくしたらご飯が別のものになるから気をつけること」

「把握ッス!」

そんなこんなで、特に大きなハプニングも無く料理が進み、後はご飯が炊き上がってから崩さないように具を丼の上に乗っけるだけ。

「こういうのも……いいものですね」

「いい匂いッスよ」

「ええ、料理は楽しいです。特に、作ったものを人に食べてもらうっていうのが1番嬉しい。さて、後はご飯を待って盛るだけなんで、テーブルのほうを拭いたりしましょう」

「炊飯器の表示も”5分”となっているので、ドクターや妹達を呼んでおきます」

さすが高速炊飯。40分ほどで炊き上がってしまった。

「ええ、お願いします。でも、俺がいたら不味いんじゃないですか?」

ここまで着てなんだけど、食事の席まで一緒になるのは悪い気がする。

「いえ、15人の予定でしたが4人ほどこれません。なので余らせてしまうのも勿体無い、とドクターの意向です。ご一緒ください」

「士郎も一緒に食べるッスよー!」

「そういうことなら……是非に。では、テーブル拭いてきますね」

「あたしがやるッスよ?」

「でかいテーブルだったしな、一緒にやるか」

「了解ッス!」

ここの家のテーブルはでかかった。ダイニングキッチンで厨房がかなり広く取られていることもあるが入り口が2つ、扉があるだけなのだが、そのテーブルは多分1辺に10人は座れるだろう。長方形型だから短い辺は2人くらいしか座れないだろうが、それでも十分な広さだろう。

アインツベルンの城みたいな煌びやかな部屋ではないけれど、家族が揃って食事するには困るところではないはずだ。

テーブル布巾をウーノさんから貰い、これも初めて使うものだったので気持ち長めに布巾を洗い、テーブルのあるほうへ向かう。

「俺はこっちからやるから、ウェンディはそっちからだ。丁寧に拭くんだぞ?」

「うッス!」

そして、丁度中央付近を拭いている時に部屋の扉が開かれた。

――――俺は体が凍る。

「美味しそうな匂いだね」

声の主で、白衣を着た唯一の男……アグスタへ向かうときにヘリの中で見た男……ジェイル・スカリエッティ。

「ドクター、ありがとうございます」

「あたしも一緒に作ったんスよー!」

「ウェンディ、それは楽しみだね」

……ドクター、ってこいつのことだったってことか?

別に騙されたわけでもない……単純に、俺がのこのことここまで着てしまっただけ……。

そして、その白衣の男……ジェイル・スカリエッティの後に続くは各々違う服装をした女性達……7人。

脱出は……不可能だろう。

視覚強化はほぼ無意識に出来るものの、他の五感に働きかける強化は意識しないと出来ないため、やっていなかったけど……失敗した。

”全員”、微々たる物だけど機械音がする。スバルよりももっと音が静かなのは改良が成されているからだと思う。ちなみに、俺のデバイスが感知する魔力量の最低ラインは投影なので、多少の強化じゃ魔法陣が展開されることはない。

”戦闘機人”

ということはほとんど全員、俺以上の実力を持っていると思ってもいい……。しかもここはアジトの中……。

「君が教えてくれたのか、礼を言うよ、”衛宮士郎”君」

「俺を……知ってるのか? ……ジェイル・スカリエッティ」

「私の名前を知っているとは驚いた。そうだね……今は食事の場だ。そう硬くなることは無い」

そんなこといわれても正直難しい。スカリエッティの後ろにいる女性達は得物こそ持っていないが殺気丸出し、反対側から入ってきたもう半分の女性達も殺気丸出し。

「ドクター、もう出来ましたので席にお座りください」

「そうかい、それじゃあ士郎君、私の隣に座るといい」

と、態々短い辺のところに腰掛ける。……くそ、刺し違えることくらいはできるだろうが……。

「……」

テーブル布巾を中央において、俺はスカリエッティの隣に腰掛けた。ウェンディとウーノさんは盛り付けてる。

「連れないね、楽しい食事じゃないか」

「……俺をどうするつもりだ?」

俺からすれば敵対する必要は無いんだけれど、向こうからすれば俺は管理局所属だ。

「人聞きが悪いね。どうこうしようなんか思っていないよ。ちょっと君と話したかっただけさ。君がどうなるかはその後だよ」

「わかった」

俺はこういうしかない……良くて監禁、悪けりゃ殺される、ってとこか。

「んー、久しぶりのまともな食事だからね、楽しくありたいものさ」

女性達は無言で席に着く。そして、嬉々として丼に持った親子丼を運んでくるウェンディ。

「それなら、俺の後ろにいる人をなんとかしてほしいんだけどな。冷や冷やして仕方ない」

「……あら、どうしてわかったんですの?」

「そんな殺気丸出しでいたらいくら姿が見えなくてもわかるぞ」

「……不思議な方ですこと」

「クアットロ、客人に失礼じゃないか。すまんね、士郎君」

「すみませーん」

と、後ろにいたクアットロと呼ばれた眼鏡の人物も、飄々とした表情で席に着いた。

「いや、いいんだけどな、どうせなら下から監視するのも勘弁願いたい」

「あんたのお仲間の金髪の騎士もそうだけど、なんで地面の中にいるあたしをみつけられるの?」

と、地面の中から俺の隣に現れたのは青い髪の女性。

「だから、そんな敵意丸出しなら隠れてる意味が無いんだって」

俺は数メートル、視線を向けられてやっと10数メートルくらいしかわからないけど、達人レベルになると相当な範囲の気配を探れるのだとか。

「ふふ、皆、この男は私に手出しをしたりしたりはしない。そうだろう? 士郎君。君の目を見てわかったよ」

……多分、俺がこの場で刺し違えるつもりでスカリエッティを討っても何かしらの準備、計画に支障がないようにしてあるんだろう。そうでなければ1%の危険でも避けるべきだ。

「……ああ。暴れたりはしない。誓うぞ」

「士郎は優しいッスよ、料理教えてもらったんスからー。ね、ウー姉」

「ええ……あの状態なら距離的にウェンディや私を即座に人質にとることも可能でした。しかしそれをしなかった」

正直、ウーノさんは別だけどウェンディですらそれが出来たかどうかわからないけどな。

「みんな、殺気を抑えよう。ご飯は美味しく食べたいものだ」

スカリエッティがそういうと、さっきまでビシバシと感じていた殺気が、波が引くように収まった。……もちろん、全員俺が何かしたときに即座に動けるように警戒はしてるみたいだけど。

「さて、士郎君の国の作法ではこうするんだったね。……さぁみんな、いただきます」

――――いただきます

ウェンディが運び終え、ウーノさんが全員分の牛乳を持ってきてくれた後に、全員で合掌していただきますをした。……仕方ないとは思ってもやっぱりいやだな、この殺伐とした中で料理を食べるのは。

「おお、美味しいじゃないか」

「ありがとうございます」

「嬉しいッスよー! これッスね、士郎が言ってた喜びってのは」

「ああ、やっぱり作る側としてはな」

……俺が何か言うたびに全員の視線が集中するから居心地が悪いったらありゃしない。

「――――時に、士郎君」

「なんですか? スカリエッティさん」

「ジェイルでいい。それに、敬語も要らない。科学者にそんなものは不要だ」

「なら、ジェイルさん。なんだ?」

流石に相当年上であろう人を、呼び捨てには出来なかった。

「私は君達3人がやってきたところをモニターしていた」

「ガジェットの製作者がジェイルさんってのは本当なんだな」

「ああ、あんな玩具に興味はないがね。しかし、その玩具を使ったお陰で興味深い物がいくつか手に入った。いや、まだ手に入れたわけじゃないかな」

全員で親子丼を食べつつこんな会話をするのは妙にシュールだと思った。

まだ数回しか言葉を交わしていないが、やっぱりこの人は多分悪い人じゃない。例え犯罪者であろうとも。

「その中に俺達が?」

「ああ、管理局のデータベースを見させてもらってね、君達の名前は知っている」

ゴクリ、と牛乳を一のみし、言葉を続けた。

「君の能力は転移、とあった。しかしそれは嘘だ」

「ああ」

最初のときの戦闘を見ているのなら、そう思うだろう……。

「そして、魔導師でもない」

「…………ああ」

これも、最初の戦闘のデータがあるならば……俺は投影を使っている。

「じゃあ、君達は一体なんなのだろう。私にはわからなかった。データが少なすぎるなんて理由にならない。戦闘機人でもない、人造魔導師でもない、となれば興味がわくのは当然だろう?」

人造魔導師? 気になる単語ではあったが、それは今必要がない。

「そうだな」

俺に出来ることは無難に回答を続けることだけ。しかしどうしても聞いておきたいことがあるが、それはもう少し後だろう。

「しかしそれだけなら、珍しいスキルを持っているくらいで話は着く。だが、本当に興味を持ち始めたのはもっと後になってからなんだよ。私の改良したガジェットを、いとも簡単に打ち落とした。あれも君だろう、士郎」

望遠機能が搭載されているのならば確認は簡単……知っていて問いかけているのだろうか。

「ああ、そうだ」

「あれを数十倍のスローで再生するとね、君が放った矢は物理的にはありえない軌道を描いているんだよ。それにその直後の爆発、魔力を見分けられる特殊な装置を使っても、あのときに君が収束系の魔法を使ったとは思えない。魔法陣は見せ掛けだからね。そして、君の魔力保有量は換算でCとちょっと」

あの距離を視認するのは無理だから概念に頼ったわけだけど、そこまで色々……。

「あれも俺の能力なんだ」

「証明できないことをぽんぽんとやってのける君は相当な非常識な存在でね、少し話してみたいと思ったんだよ。まぁ、気にしないでくれ」

「ああ……俺からもいくつか、聞きたいことがある」

「構わないよ。君が管理局の人間なら話す気は無かったけどね、どうやら違うようだ」

「俺は管理局所属だぞ?」

「これでも人を見る目はあるんだがね、君を直接この目で見てそういう考えに至った。多分、君は管理局なんてどうでもいいんじゃないかな?」

……驚いた。その、不気味な笑みも不快なものではない。

「……ジェイルさんは、管理局……具体的には、レジアス・ゲイズ中将、またはそれより上の人物と繋がってるよな?」

ジェイルさんの質問を無視して俺は質問で返した。それを肯定と取られたのかどうかはわからないけれど、ジェイルさんは気にした様子も無く話す。片手に割り箸。

「そうだねぇ、レジアスとはそれなりの関係があるかな」

……やっぱりか。そういうことなら、”襲われることはありえない”っていうのにも納得が出来る。

「六課は、公開意見陳述会に何者かの襲撃があるってことで準備を進めてる」

「おやおや、それは殊勝な心がけだ」

「もしそのときは、俺も応戦させてもらうぞ」

「君は……きっと、管理局自体はどうでもいい」

「ああ」

「だが、自分の知り合いが、そして人が死ぬのを恐れる。君は全身全霊を持って助けようとするだろう、っていうのが私の考えた君、”衛宮士郎”という人物なんだけどね、どうだろう?」

「よくわかるな」

「それなりに人に関して研究していればね。約束しよう、無益な殺生をするつもりはない」

「それは助かる。けどな、俺は管理局に協力するって決めてるんだ。もしものときは例えガジェットでさえ、打ち落とさせてもらう」

これはもう、”契約”だ。

「ではなんで、今私を殺そうとしない? さっきはああいったけどね、君は管理局に協力しているんだろう?」

「今は勤務時間外だからな、ほら、空になってるぞ」

ジェイルさんの空になったコップに、美味しい牛乳を半分ほど注いだ。

……俺の反応がよほど気に入ったのか、その注いだ牛乳を一気に飲み干すジェイルさん。

「ふふ、はは、これは愉快だ、ああいいとも、そのときは是非全力で管理局の味方をするといい」

「そのつもりだぞ」

「ところでどうだい、君たちを縛っている何かの倍の報酬を出すといったら、私に協力してくれはしないのかな?」

「それはすまない。1回契約しちゃってるからな、それまで他の誰かに付くつもりはないし、それに遠坂の相談なしに決められることじゃない」

「ああ……それは残念だね。また機会があれば勧誘させて貰うとしよう」

多分お金次第で食いつくからな、遠坂は。といっても、飽くまで魔術師としてその条件が見合うかどうか、が先だけど。

「そのときは考える。で、管理局を襲うんだろ? 何でそんなことするんだ?」

メリットが無いだろ、と意味を含めつつ、俺はジェイルさんに問いかけた。否定しないところを見るとやはり、ゲイズ中将は裏切られる、か。

「そうだね……ちょっと私の計画に忘れ物があってね、そのためかな」

「それは、戦力の把握か?」

「それに近いね」

テーブルを見渡すが、データで見た人たちのほうが少ない。その”計画”というのがなんなのかはわからないし、教えてくれないだろうから聞かないが、実戦経験が無いのは確かに困る。

ということは、ほぼ全力の戦力投入があるのか。

計画というのは予言にあるとおり、管理局システムを崩壊させることなのかどうかはわからないが。

「ここにいるみんなも戦闘に参加するんだよな?」

「それはもちろんだよ。もちろん、応戦してもらっても構わないよ、士郎」

いつの間にか士郎君から士郎になってる……まぁ呼び方なんて好きにしてもらってもいいんだけどな。

もぐもぐと全員で親子丼を食べながらサラダボウルの野菜を摘みつつ、っていうのはやっぱりなかなか異様な光景だ。

「ん、俺は多分ガジェット相手だからな。……最後の質問だけど、どうしても聞いておきたいことがあるんだ」

「なんだい?」

親子丼の残りも5分の1ほどになり、一気にかっ込み始めるジェイルさん。

最後に聞いておきたいこと……それは……。

「ジェイルさん、貴方の”正義”ってなんだ?」

かっ込んでいた箸がピタリと止まり、その金色の目だけを俺に向ける。

「正義、か……それは、別の言葉でもいいのかな?」

「自分の目指していること、自分の信念、そんなものだ」

俺は……”せいぎのみかた”になることを諦めては無い。いつだって目指してる。

「そんなものを聞いて君はどうするのかな?」

「貴方の事を俺なりに見定めたい」

俺は食べ終わった丼を意図せず強く机においてしまい、食器こそ割れなかったがそれなりの音が出てしまった。

これは本音。

話してみて思ったことだけど、この人はやっぱり”魔術師”と同じ匂いがする。

「ふむ……面白いね、見定めて貰おうじゃないか……できるのならば、だけどね」

ジェイルさんも、ガンと丼を机に置き牛乳を注ぎ少しだけ飲むと、ふと天井を見上げた。そしてとつとつと紡ぎ始める。

「――――生命操作技術、と言ってわかるかな?」

「ああ、まさに戦闘機人、とかのことだろ?」

「もう少し広い意味があるんだよ。遺伝子操作、クローニング技術、戦闘機人……簡単に言えば、人を超える存在だ」

クローンに関しては地球でだって研究されてるけど、倫理的な面で問題視されてることだ。遺伝子操作に関してはまだまだだが、それでもやはり研究されていることである。

「けどね、私が目指していることはそんなことではない。、形だけ似せるのならばクローンを作ればいいだろう、しかしそれでは”たどり着いた”ことにならない」

そこからジェイルさんは自分に溺れる様に……俺なんかがいることを忘れているのか、自分の世界に入る。

「ああ、私の記憶を持った、私の技術を持った、私の容姿を持った”もの”を作ることは出来た。だがそんなものは失敗作でしかないっ!」

椅子を倒したのも気付いていないのか、勢い良く立ち上がったジェイルさんの演説は続く。

……俺はそれを黙って聞きいている。

「それは”私”であって”私”でないものだ! そう、いうなれば瓜二つの双子でしかないっ! 決して今の”私”とは似て非なるものなんだよっ! そうだろうっ!」

問いかけの言葉も俺にかけられているものではなく、天に向かってのもの。……ああ、やっぱりこの人は……。

「しかし難しい。非常に難しい。”私”を作ることは可能なのか、それを知りたいっ! 意識を結合すればいいのかとも思ったがそれはただ、1つの意識が肉体という固体を2つ持ったに過ぎないんだよっ! くく、それに1つの意識で二つの肉体をコントロールするのは無理だった……ああ、それでは美しくないっ!」

――――この人はやっぱり、”魔術師”だった。

本当の意味で言えば魔術師は”魔術を用いる者”のことだけど、俺が言っているのではそうではなく……全てをかなぐり捨ててでも”目的地”にたどり着かんとする姿勢に、魔術師という言葉を使った。

「……ふう、すまないね士郎、つい熱くなってしまったようだ」

全てを言い終えたのか、ジェイルさんは椅子を冷静に戻して座り、残っていた一口ばかりの牛乳を飲み干す。

「いや、ありがとうジェイルさん。よく”わかった”」

――――俺の両肩がガッシと掴まれる。

ど、どんな握力してるんだジェイルさん。

「士郎、君、今なんていったのかな……?」

「わかった、って言ったぞ。なんか可笑しかったか?」

「ふざけないでほしいね、軽々しく”わかった”なんて使ってほしくないんだけどな」

ギリ、と手に籠められる力が強まる。

――――く、人の力じゃない……。

でも、わかるもんはわかる。

「いや、わかるんだ。ジェイルさんの言ってること」

だって、それと同じ事を考え、既に実行してる人を”知っている”から。

切欠はひょんなこと、遠坂が時計塔に行く前だったのだが、”死の蒐集”をしていると言われ200年以上生きた魔術師が殺されたという事件があったらしい。

名を、荒耶宗蓮。

遠坂は魔術に関するニュースは定期的に耳に入れる程度はしていたらしいのだが、それなりに名は知られている者の死で、さらにその場所が日本ときたもんだからだから遠坂は”ふーん”くらいに思ったと。

そしてふと、魔術に関する授業中に遠坂が俺に話してくれたことがあった。”日本人の魔法使い”について。

そこで出てきたのが”蒼崎”という名前で、時計塔でも有名らしい。妹は正真正銘の魔法使い、姉もそれに近いものだとか。

凄いなぁ、くらいの感慨しか沸かなかったんだけど、遠坂オススメの”アーネンエルベ”って喫茶店に行ったときだ。

眼鏡を野暮ったく掛けて煙草を口に咥え、これまた白い男物のワイシャツを着て新聞を読んでいるという女性に会った。その人が、蒼崎橙子さん。

そして紆余曲折あって魔術師としての付き合いがあったんだけど、等価交換を原則に橙子さんの最大の研究を教えてもらった。教えてもらっただけで見せてはもらえなかったけど、幹也さんが、”この人、知ってるだけで既に1回殺されてるから”という発言の元、それが真実だということがわかる。

等価交換に関しては、まぁ……俺の解析とか、遠坂の大祖父に関することとか、セイバー(英霊)に関することとか。なんでも橙子さんは、”近いとこに魔術に関して満足できる奴がいて、私の研究はそれでほとんど終わったからどうでもいい”と。

俺には何のことかわからなかったけど、遠坂は色々思うところもあったらしい。

と、長くなったけど、そこで教えてもらったのが”まったく同じならば自分でなくても問題はない”という理念。

本人はそういっていたけど、人形師橙子さんが作るものは”正に自分”らしい。

自分と同じ意識を持ったクローン、とも言えるが、そんなちゃちなことじゃない、って遠坂は言ってた。

もしジェイルさんが言ってるものが橙子さんの人形と違うとしても、少なくとも自分と同じ土台に立っている人物がいることには絶対に興味を示すはず。

”間違いなく歴史に残る天才”と謳われたジェイルさんなのだから。

「それはありえない。私以外に理解できる人などいるわけは無いんだよ」

「俺は、この世界の人じゃないからな。俺の世界では”いる”んだ」

俺の目と、金色の目が交差する。何かを品定めしているようなジェイルさんの瞳……。

「もし、私がここで君の記憶を直接汲み取ろうとしたらどうするかな?」

なるほど、その可能性も無いわけじゃない。

「いや、それはしないな。俺はその人を知っているだけだし、俺を殺したらその人にも会うことは出来ない。自分から”芽”を摘むなんてありえないだろ」

「くくく……やっぱり面白いよ、君は。そうだな、またゆっくりと話をしたいね」

「管理局にジェイルさんが捕まらなかったらな」

「ああ、気をつけるとしよう。時に士郎」

「なんだ?」

ジェイルさんはやっと、俺の肩を離してくれた。

食後の紅茶をウーノさんが運んできてくれる。

「ウーノのエプロン、どうだろう?」

「いい仕事をしたな」

お盆を持って厨房に戻ろうとするウーノさんが、ピタリと硬直した。ほかの子たちもちらちらとウーノさんを見ている。

……やっぱり、気になるよな。

「そうだろうそうだろう、本当はメイドの服装を用意しておこうと思ったんだけどね」

ちょっと見てみたかった、なんて思ってない。思ってないぞ。

「あーらウーノ姉様、本当に似合っていますのよ?」

「……」

「本当はボディスーツを全部メイド服にするのも考えたんだけどね、耐久性の問題からやめたんだよ」

ピクリ、とここにいる子達全員の肩が震えた。

「違う方面から管理局が崩壊しそうだな」

「女性局員も多いからね、そう上手くもいかないだろうがね」

考えてみろ、あんまり容姿とかは気にしなかったけど、銀髪で眼帯してる小学生くらいの子までいるんだぞ? これもジェイルさんの趣味なのか?

と、殺伐した雰囲気も他所に雑談を交わし、紅茶を飲みきったあたり。

ジェイルさんが仕事に戻るらしく、これでお開きとのこと。

「――――ウェンディ、士郎がお帰りだ」

「こういうのもなんなんスけど、士郎帰しちゃっていいんスか? いい奴ッスけど、管理局ッスよ?」

「いや、いいんだ。ああ……君達は本当に面白い……”事”が終わったら叉話を聞かせてもらいたいね」

「俺より詳しいのは遠坂だからな、そのときは3人でいくさ」

「楽しみにしているよ。まずは、正々堂々戦おうじゃないか」

「本当はやめてほしいんだぞ。怪我だってしたくない」

「それは私も同じだよ、この子達は娘みたいなものだからね」

ニヤリ、と不気味な笑みを見せるジェイルさんはやっぱりどこか裏がある気がして……そして、やっぱりそこらへんも魔術師っぽいなぁ、と思ってしまう俺だった。

その後は叉同じように、外が見えない車に乗って転移、自転車が置いてあるので街中で下ろしてもらい、俺はお礼を言って自転車で六課に向かった。時間は大体7時過ぎ……。

俺も買った食材が、少しだけ重くなっていた(後で見たら玉ねぎが5個くらい入ってた)。

今日のことは言うつもりはない。

そのときが着たら、全力で皆を助けるだけだから。

言って止まるのならそうしたと思うけれど、一度決めたことを曲げる人だとも思えなかった。

不思議な、1日だったな。





―――――――




アーネンエルベに関しても、無茶苦茶適当です。凛はまだしも、橙子さんも士郎もアーネンエルベには出演してませんしね(苦笑)

それに、魔術師(橙子さん)が自分の研究(人形)を公開する(教えただけ、ということにしましたが)とも思えません。なら書くなって言う話なんですがそこも苦笑いで。幹也とかはしってるから、ありえない話でもないかなーとおもった(ス印の人に興味を持たせるためだけの)こじつけです。

まさに、閑話扱いです。やりたかったのはウーノのエプロンだけです(反省

そしてスの字の人も、生命操作を目的にしてるはずなのになんでゆりかごかっぱらったのかはよくわからないんですが・・・ちと本編見直してきます。


感想のほうで、六課を潰すメリット云々の考察が色々されていたりして、これはいい傾向なんではないかなと思います! 本編に書いてないのならば考察するしかないわけで、その意見は人それぞれ。

今回は、私の意見をSSに混ぜ込んでみました。

閑話自体が若干の返信になっている・・・かな?

正直なところ、本編のほうでオットーがわざわざ六課の人を非難させてから六課を潰す意味ってなんなんだろう、とか思ってたりします。

本当に潰すのならば殺したほうが早いですから^^;



感想ご指導、お待ちしております。


読んで下さった方々全員に感謝、です!



[5645] 十六話
Name: あすく◆21243144 ID:c1bbe014
Date: 2009/04/25 23:07
公開意見陳述会当日午前2時30分頃、俺はヴァイスと共に居た。

フェイトや遠坂、はやては朝到着予定だ。

俺やセイバーに前線の新人メンバー、そしてなのはは既に現地入り。ヴィータとかも警備にあたっている。

「なぁヴァイス、ストームレイダーの調整終わったのか?」

「ああ、これで当分やることはねぇな。お前もだろう、士郎」

「そうだな。仮眠するわけにもいかないけど、とりあえず夜通しになってもいいように体を休めるくらいか」

ふう、と2人で一息つき、ヘリのコクピット、そしてナビシートで俺達は寛ぐ。ジェイルさんは今日、ほぼ確実に攻め込んでくる。俺の”へま”で人が死ぬようなことがあったら、俺は自分を許せないだろう……。
だからこそ、体調だけは万全にしたい。

「「ん?」」

と、少し欝気な考えに浸たりかけていたところ、ヘリのドアがノックされた。……交代の時間じゃないしな、誰だ?

ヴァイスが席を立ち、扉を開けた。

「ん、おお、どーかしたかー?」

「警備部隊の方からお茶を頂きましたので、お届けに」

この声はティアナか。

「おー、いいねぇー、士郎、差し入れだってよ」

「口寂しかったから助かるな」

俺は身を起こし、反対側から降りてティアナが居る場所に周る。

「あ、士郎さんも一緒だったんですか」

「ああ、ちょっとシート借りてたんだ。ありがとうティアナ」

「ありがとよ」

「いえ、どうぞ」

そういい差し出されたのは紙コップ。その手にまだ数個あることから、配ってたんだろうな。

俺とヴァイスは紙コップを受け取り、ヘリの外装甲に背中を預け、茶を啜る。……流石にこういう場でそれなりのものを期待するのはバチが当たる。

「ほかのやつらは?」

「警備の端っこのほうなので……交代しつつ、のんびりやってます」

深夜からの警備とはいえ、それ自体はとても緩いもの。といっても俺達は襲撃があったときに働く部隊だから、その襲撃自体を警戒する任務の人たちはこんなにおおらかに行動は出来ない。

「セイバーもそこにいるのか?」

ふと気になったことだった。ヘリの中では一緒だったけどこっちについてからセイバーの姿を見てない。俺がヘリの中に居たせいもあるけど。

「ええ、セイバーさんの話はためになりますから。スバルとかが食いつくような話題を振るのが上手みたいです」

なるほど。フリードとも仲がいいしな。

「それならいいんだ」

「はい。……えっと、ご一緒してもいいですか?」

「ああ」

「勿論」

では、といい紙コップに自分の分を注いだティアナはそれを片手に、俺達と同じように背中をヘリに預ける。

「――――実は、失礼かと思ったのですが……ヴァイス陸曹のこと、少し調べちゃいました」

「ん?」

ヴァイスは俺に視線を送ってくる。

……すまん、興味を持たせたのは俺だ。だからこっち見るな。

「数年前まで、エース級の魔導師だった、って……」

そのこと自体は俺も、冗談交じりにヴァイス本人から聞いたこともある。といっても、自嘲気味、って印象が強かったが……。

「なんだそりゃぁ……エースなもんかい。俺の魔力値なんか、お前の半分以下だっつの」

それを飄々と否定するヴァイス。ティアナ、やっぱり凡人とか言っておきながら魔力量も多いんだな……。

「それでも、アウトレンジショットの達人で……狙撃の名手だった、って……」

「ふぅ……昔はどうあれ、今は俺は只のヘリパイロットだっての。今のお前が聞いて、ためになる話なんてねーぞ?」

調べればわかることだとはいえ、ヴァイスが狙撃を出来なくなった理由……。

「…………」

それでも、何かを期待している目のティアナ。かといって、無理に聞こうとはしてない。

「ったく、それよりもそんなこと考えてる場合か、この馬鹿たれが。まーたミスショットで泣くぞ」

「……すいませんでした。気をつけます」

若干ヴァイスの雰囲気が変わったのに気付いたのか、ティアナは本気で謝っているようだった。ミスショット……それに1番泣いたのは……。

「まぁあれだティアナ、男の過去は聞くもんじゃないぞ」

「は、はぁ……」

「んだそりゃ、士郎」

「ただ言いたかっただけだ」

「「……」」

「まぁ、わかればよし。ほら、戻れ」

「了解しました!」

少し駆け足気味になりながら、ティアナは持ち場へ戻った。

「なぁヴァイス」

「なんだよ」

「ミスショット、って、苦いよな」

「…………ああ」

俺達は紙コップに残った最後の1口を、飲み干す。






~・~・~・~・~






夜も明け、何も起こらないままもう既に正午を回る。なのはやフェイト、はやてに遠坂も既に建物内部に入っている。シグナムさんも中らしい。

3時から公開意見陳述会が始まり、警備の人たちも一層気合を入れる。

もし来るとしたらここ。

だが、その思いも杞憂なのか……いや、絶対に来るはず、と葛藤をしつつ公開意見陳述会が始まりもう4時間が過ぎた。

風景も、夕陽のお陰でオレンジ色に染まってくるこの時間帯。昼夜の感覚自体はほぼ地球と同じものだから、違和感が無いのは助ったことだったりする。

俺達もモニターで放送を横目で見ながら警備をしているのだが、やっぱりこのゲイズ中将って人が言ってることは至極真っ当なもの……だけど、そこまで管理局が色々もつとただの支配組織になる(もうなってると思うけど)、質量兵器は持たないはずだ、等などの意見が交わされる。

これを見る限り、ゲイズ中将を擁護しているのは本当に少数……だけど、ゲイズ中将自体が相当な権力者、そして今までの実績からもそれをも無下に出来ない反対派の皆様。

ゲイズ中将の、”高ランク魔導師に頼りきりだからこその人手不足、それを解決できる”という意見が相当的を射ているらしく、そういう点でも話が長引いている。

なんていうか……ゲイズ中将の演説は力強く、説得力があるし、人を惹きつける力もある。

が、俺達は直ぐにモニターから目を離し、いきなり開かれた緊急回線に耳を傾ける。

『――――っ!! 状況報告っ!』

空気が一気に張り詰める。管制車から警備部隊への緊急通信回線が開かれた。

『コントロールルーム、及び管制システムが乗っ取られましたっ!』

俺は耳を疑った。

落ちるのが早すぎる。

早すぎるとかそういう以前の問題でなく……ここのシステムってそんなザルなのか?

技術力で劣る地球だって、メインが落ちた時には完全別経路でのサブルーティンを組んでおくのは常識だと思う。

――――っ!! ―――――っっ!!

相次ぐ報告、しかしその喋ってる人もあまりの急展開にパニック。

……どういうことなんだ?

俺なりに入った情報を整理すると、まず管制システムがほぼ数秒でに乗っ取られ、何者かの手によりコントロールルームと既に連絡が付かないらしい。

あの地下潜行能力を持った奴が催眠ガスかなんかをまいたのか?

そしてその後、魔法障壁の出力低下を確認……。障壁を管理するコンピューターでなく直接主動力を叩いてきた、と。

だから、何でそんなところまで既に進入を許してるんだ?

魔法障壁出力低下、管制システムのダウン、とくれば……。

「ヴァイス、多分ガジェットが来る。俺は出るぞ」

「お、おいおいまてよ、いいのかよ」

「ああ、俺とセイバーは自立行動の許可貰ってるんだ」

次来るのは、アグスタであったという遠隔召喚によるガジェット群しかない。

言われるや否や、俺は聖骸布を羽織り外に飛び出る。

それとほぼ同時に現れるのは、この広い場所のいたるところに浮かびだす紫色の魔法陣……そして、ガジェットの群。

「俺は六課に向かう。気ぃつけろよ」

「ああ、ヴァイスもな」

ヘリのハッチを閉めると、俺が離れたのを確認したストームレイダーは六課へ向かった。はやての指示だったのかな?

と、反対側でガラスが大量に割れる音がする。

……砲撃?

しかし俺に確認の手段はないし、確認したところでどうこうなるものでもない。

「――――投影・開始(トレース・オン)」

俺は弓と名も無き名剣を投影し、弓に番える。

弱った魔法障壁に群がるガジェット群。

視認出来るだけで既に50体を超えている……無理か。

障壁の出力が前回ならまだしも、主動力をやられたのならば確実に破られる。

そう思いつつも、俺ははやての命令を思い出し即座に矢を放つ。

――――弾――――

コアのど真ん中に命中した俺の矢はガジェットを突き破る。

…………魔力を半分以上使ってもいい、出来るだけ削りたい。

しかしこの距離ならば1射ずつ狙わなければ確実に中てる自信はない……。

「――――投影・開始(トレース・オン)」

かといって魔力にモノを言わせ真名を開放して放ったら俺が魔法障壁を破壊してしまう。

それに……魔力を使ってもいいとは言ったけど、あの子達との戦闘を考えたら今全力で宝具を使うのはリスクがでかすぎる。

――――環―――――

俺の赤褐色の魔法陣が展開される。

籠める魔力をガジェットを倒せるだけの最低限に。

「工程完了――――(ロール・アウト――――)」

投影するは魔力がほぼ”カラ”に近い、存在すらも薄氷な剣。

これならば魔力消費は少なくえて済む。

「―――――全投影、待機(――――バレット・クリア)」

全て同じ剣、同じ設計図。

「―――――停止解凍(―――――フリーズ・アウト)」

構えている俺の左手の弓と右手の間に、魔力が少ないために存在が希薄な1本の矢が投影される。

狙いは外さない。

集中力の勝負。

ズキリ、と体のどこかが悲鳴を上げた。いくら作るものは全て同じ、魔力は少ないとは言えどこれも魔術。もうなれたこの痛みを何処かで感じつつ――――。

「全投影連続層写…………!!(ソードバレル・フル・オープン…………!!)」

――― 弾 弾 弾 ――――

1射を放つごとに自然に俺の右手に現れる(リロードする)次の1射。俺は上空の障壁に張り付いているガジェットを狙い続ける。

いつもは多くても20程度しか投影しない俺にとってはかなりの負担であり……魔力さえ枯渇しない程度には残っているが、思いのほか体に受けたダメージはでかい。

胃に不快なものが溜まる感覚はどうしても慣れない。

少なくともこちら側だけは、と俺は弓を引き続ける。

これを突破されたら中にいる人がどうなるかわからないからだ。

畜生、航空型が体当たりを……。

俺は一心不乱に弓を引く。周りの喧騒も耳に入らない。誰かが何かを言ってる気がするが耳を傾けるつもりはない。

いや、聞く、というのは頭に無かった。それが”退避命令”だったとしても。

――― 弾 弾 弾 ――――

もう少しましなものとおもっていた俺が甘かった。今にも勝手に食み出しそうとする”モノ”を押さえ込み、一心不乱に弓を引く。

だが、どこかで俺も冷静でない。

何故かはわからないが、頭がボーっとする。ただ、矢継ぎ早に投影し打ち抜く。相当な数を壊しただろう、だがそれを数倍も上回る物量で構わず魔法障壁に侵攻してくるガジェット。

勝手に、と言っても過言ではない勢いで次々と装填(リロード)される剣の数々。1本1本で連続投影、という普段はやらないものなので暴れだそうとする”モノ”を抑えるのにも神経を使う。

もう投影した矢は既に30を越える。だが、航空型、大型、小型をあわせると見えるだけで100をも越えるがジェットの大群。視界に入ってない部分のほうが多いことから総数は想像もしたくない数になっているはずだ。

だが、それでも少しでも力になりたかった。

無力なのは嫌だ。

もう数を数えるのはやめた。多分40近い矢を投影している。

――――俺は、体の横に妙な違和感を覚えた。投影の反動とは違う、第6感的なものの”何か”。

は、と気付いたときはもう間に合わない。

訓練のときはでかい図体で捌き易いとも思っていたガジェットの大型――――。

”しまった”

と思ったときは既に遅い。

あの、百足のような、それでいて鉄のようなもので出来ているであろう2本の手……。

痛い思いはして来た。多分死ぬことは無いだろう。

しかし何かを忘れていた。

ああ、こんなときにあるんじゃないか――――

「 Time alter ――――( 一 斉 強 化 ――――)」

いやダメだ、間に合わない。

いつも(いつもギリギリなわけじゃないけれども)なら銃弾が撃たれたのを見てからでもこれさえ発動すればなんとか避けられる(後々に考えると銃弾に当たったほうが、この魔術使うより軽症って事のほうが多いけど)のに……。

ここまでの接近に気付かない俺が間抜けすぎた。

何で気付かなかったんだろう。

その重機の様な腕が俺を―――――

――――疾!――――

「シロウっ! 呆けないで頂きたいっ!」

「あ、ああ……セイ、バー――――?」

奇跡的なほどの間一髪、襲うことは無かった。

寸前のところで甲冑姿のセイバーが重腕を切り落とし、大型のガジェットを爆散させる。

「シロウっ!?」

「な……ん……だ?」

意識ははっきりしてる。けど、口が上手く動かない。さっきまで稼動し続けていた俺の腕もだらりとぶら下がり、そして俺の脚も言うことを聞かない。

「しっかりしてくださいっ!」

立っている状態から崩れ落ちそうになるところをセイバーに抱きかかえられる。

ごめんな、なんかへんだ。

「セ、イバ、あ……ごめ……ごほっ……」

血を吐くくらいは覚悟していたあの投影だから多少の吐血は仕方ないけど、こんな症状は予想してなかった。なんか間違えたのかな。

「――――っ!! シロウ、貴方は……バリアジャケットがあるものはデータを受信しバリアジャケットを生成、ないものは即時非難命令、を聞いていなかったのですか!!」

どういうことだ?

ああ、俺のデバイスから誰かの声が聞こえたのはそれだったのか。

「すま……な…っ」

「少し休んでいてください、致死性ではなく麻痺性のガスがあの先ほどの弾頭に籠められていたようなのです。私はティアナたちのフォローにまわります」

なるほど……いくら魔力的な加護があるからって、薬とかそういう類には無力だし……俺自身の魔力で洗い流すことも出来ない。

意識がこれだけはっきりしてるのもそういう類のガスか。空気を媒体にする薬は厄介だからな……俺じゃ防げない。

「あ、あ……」

そういうとセイバーは、安全であろう少しはなれたところまで俺を連れて行き、草むらのくぼみのようなところに俺を寝かせた。

「ガジェットは目標達成に対する直接的な脅威で無い限り人を襲わない。ここで安全でしょう。では、少ししたら戻ってきますのでそれまで動かないでください」

ああ、セイバーに効かないのはなんでだろう? とか思った自分が情けない。セイバーは、英霊だもんな……。

にしても、この意識がはっきりしてるのに思うように体を動かせないってのはなかなかにもどかしい。そのくせしてガジェットの接近に気付けなかったしなー……。

そして数分もしない内に、魔法障壁が破られる。あのガジェットの数なら、物理障壁もそう持たないだろう。いざとなったら隔壁を下ろすんだろうけど、それも多分持たないと思う。

俺には意味無いけど、あの数のガジェットならAMFも相当な出力で展開されているはずだ。

……それよりもこの体だ。

草木に遮られ、海からの風によってこっちにガスがこないのかさっきよりは楽になる。といっても数分じゃ動けないぞ……。

体に魔力を通してみても、魔術回路とかに侵入されてるわけじゃないから無意味……むぅ、大人しく寝てるしかないのか……。

アグスタのときもそうだけど、俺って実は何にもしてないような気がする。

とりあえず今の状況……俺のデバイスから入ってくるロングアーチからの通信だと(無茶苦茶ノイズがあって聞き取りにくい)、ティアナ達も戦闘機人2体と交戦。

システムを乗っ取った人が1人。

多分システムを現在進行形でコントロールしているんだろうから護衛兼砲撃手が1人。

コントロールルームに侵入、制圧しているであろう人が最低1人。

ウーノさんは多分、ジェイルさんと同じところ。

魔法障壁の主動力を落とした人も最低1人。

……足りない。

あの時、ジェイルさんのところにいたのは”11人”。さらに不参加だった人を含めればあと4人……。

8人”も”姿を現してない。考えろ、意識ははっきりしてる。

ジェイルさんのことだから手抜きなんてことはありえない。

何かが引っかかる。

”高エネルギー反応、こっちに向かってます! 数、2!”

ロングアーチからの報告。……まて、何で六課に?

六課を潰すメリットなんて無いはずだ。今六課にいるのはシャマルさん、そしてザフィーラ……ロングアーチスタッフ、後はアイナさんとかヴィヴィオ、そういう人たちだから。

あと在るとすれば、まだ保管部に届けていない、ヴィヴィオが持っていたレリックと、そのときに回収したもう1つの――――

そこまで考えたときに俺は思い至る。

俺にセイバーみたいな、極限の状況になればまるで未来予知レベルになる第六感みたいなものは持ってない。

けど、悪い予感に関してはそれなりの的中率を誇る。

ジェイルさんはなんていってた?

”忘れ物がある”

戦力に関してのプルーフ(試験運用)なら、”忘れ物”なんて言い方はしないだろう。

俺達は全員、目を背けていたのかもしれない。可愛いくていい子だから、そんな可能性はないと。まったく根拠も無いことだけど、俺を含めて皆……いや、遠坂だけは違ったかもしれないな。

ああ……レリックを持って、ぼろぼろの服装で……下水道を歩く少女が普通なわけ無い。

確信じゃない。ほとんど只の予感でしかなくて、この考えがあってる根拠なんてどこにも無い……けど、どこかで”そう”だと納得している俺がいる。

ジェイルさんの今回の本当の狙いは――――

”六課にあるレリック”

か、

”ヴィヴィオ”

もしくは

”どちらも”

だ。

そう考えれば六課を襲撃する理由にも、ウーノさん姉妹の数が合わないのも納得できる……多分、六課と”ここ”を結ぶ海上に数人……くそ、俺じゃどうすることも……伝えることすら出来ない……。

くそ、こんな動けないことになるくらいならば魔力温存なんてするんじゃなかった……。

歯痒い思いをしつつもこうなったら俺はもう無力……。

通信さえ出来ればいいのだけれども、声を発するのも億劫なのだ。

――――セイバー、戻ってきてくれ……。



~・~・~・~・~





はやて達と中に入り、護衛兼秘書登録のわたしははやての隣で公開意見陳述会を生で見物していた。

士郎が好きそうな話題かな、なんて思いながら基本的には全部右から左に流していたわけだが、その理由はただ議論が下らなかったからだけではない。

払うもの払ってくれるならその分の仕事はする。勿論使った宝石の経費は別勘定。

ここのセキュリティがどうとか、ちょこっと見てみたけどてんでわからない。障壁2つに関しては自分なりに調べたこと、そっち方面にわたしより長けてる士郎に知識補完を頼んでなんとかした。

で、だ。

まさか速攻とも呼べる速さで閉じ込められるとは思わなかった……。やっぱり機械って信用ならない。

「やられた……」

隣のはやてが苦渋に満ちた顔でそう呟く。

電気系統も落ち、すぐさま立ち上がるはずの予備ルーティンも作動していない。

さて、どうするか。

「さて、どうする? はやて」

「どないしよう……通信関連も全てアウトや。なのは隊長とフェイト隊長はこういう自体に備えての指示はしとるから、やってくれると思う。私も出来れば現場に出たい……けど、ここの部屋自体の隔壁が降りてるみたいなんや……」

なんでもここの部屋だけは外との間に一枚、緊急時に降ろせる隔壁があるんだとか。まぁ、お偉いさんが集まるところだから、ね。

「シグナムとか、破壊して突破できないの?」

「遠坂殿、それは無理です。AMF濃度が強く、魔力結合すら上手くいきません」

「はやては?」

「私も同じや……拳に魔力を乗せて殴れば壁くらいは容易いんやけど、私はなのは隊長やフェイト隊長みたいな精密コントロールができひん。これだけ妨害されてるとなると……デバイスなしでは……」

ようはこの部屋ごと吹き飛ばすことは出来るけど扉一枚打ち抜くコントロールが無い、と。

「カリム」

「はい」

「出来る?」

「少しくらいダメージが入ってたほうがやりやすいわね……でも、できるかな」

聖王教会代表として参加しているカリムだけは、デバイスの携帯を許可されているってのは盲点よねー。それに、カリムは魔力じゃなくて剣術だって聞いたし。

「それじゃ、それくらいはわたしが引き受けようかな。それじゃシグナム、あんたは前でちょっと騒いできて。はやてに外出てもらうから」

「「?」」

鳩が豆鉄砲食ったような顔をしている2人が、少しだけ面白いと思ったのは心にしまっておこう。この広間は出口がいくつかあって、警備員やら保身しか考えてなさそうな初老の親父とかが騒ぎ立ててるので多少の爆発くらいは大丈夫だろう。カリムいるし。

「シグナム、お願いね。はやてちゃんが動けたほうが私もいいと思うの」

「騎士カリム……わかりました。その役目、お引き受けしましょう。では、前に行って音頭を取って来ます」

シグナム、あんたどっか間違ってる。まぁいいや。

「凛……カリム……ありがとうな」

「いいのよ、私はちょっとはやてちゃんのお手伝いをするだけだから」

「そうそう、払うもんさえ払ってくれればわたしも手伝うから」

「お金の関係って……それって友情なんっ? わ、私は遊びだったんっ?」

「もちろん」

よよよ、と泣き崩れる馬鹿な子は放っておいて、部屋の後ろの扉まで来た。ここは緊急用の出口で目立たないようになっている(扉が二重で、部屋と非常扉の間、ここの隙間は人が4人やっとは入れるくらいのスペース)のだけど、まぁここなら多分大丈夫だろう。

そもそもなんで非常扉にまで隔壁が降りるのか。火事とかだったらどうするつもりなんだろう?

「カリムは立場的に動けへんのはわかるんやけど、凛はどないする? 一緒に来へんの?」

「んん、正直なところ、あんた達に比べたらセイバーや士郎はともかくわたしは足手纏い。それに飛行なんて便利なこと出来ないし。でもはやて、あんたこそ大丈夫? 此処意外と高いんだけど」

「そか、そいならもしここでなんかあったら後で報告頼むで。それと、大丈夫やよ。AMF影響下でも出来るラペリング技術は訓練校でやってるから。エレベーターのワイヤー使えばなんとかなるやろ」

「そ。それじゃ、凹ませるからあとはカリム、お願いね」

「うん、お仕事よ、クライスト」

『 Ja 』

士郎のいろんな剣を見たけど、カリムが持ってるのはやっぱり綺麗だなぁ……士郎のはちょっと古臭い。といっても、神秘臭いところは好きなのだけど。

わたしは、いつもぶら下げているポーチから1つの宝石を取り出す。魔力を籠め始めて3日とか4日だけど、これで十分……かな?

「ふぅ―――― Anfang (セット) ――――― Zur panzer faust ! ( 鉄 拳 制 裁 !)」

ガン、と鈍い音がした扉は見事にひしゃげて……あらら、ちょっと火力不足。

本当は、隔壁ごと吹き飛ばしてみるつもりだった。ただでストレス解消できるなら、なんて思ったのは内緒だ。内緒ったら内緒なのだ。

「ほぇー……凛って、怪力やったんやね」

「なんかいった?」

確かに殴ったように見えるのだけど。

「いやなにも」

「よろしい。それじゃカリム、よろしく」

「ええ」

フェンシングと似たような……だけど違う、剣先をドアに向けカリムは悠然と佇む。端から見て、扉が人間ならばカリムは隙だらけ。右手に持った黒剣、クライストだけを扉へ向ける。

クライストを持っていること以外はまったく普段と変わらない。

――――ゆらり

カリムの体が揺れた気がする。

「はっ―――――――」

そしてその後に肌が少しだけ感じる旋風(つむじかぜ)。

カリムは扉を斬った。わたしがひしゃげさせたその扉を、容赦なく。

カリムは多分魔力を使ってない。純粋な剣技……そしてその剣戟は音を立てない。いや、ひゅお、という風きりの音が一瞬だけ聞こえた気がする。

重たい音を立てて反対側にずり落ちる扉。

って、これわたしいらなかったんじゃない? 宝石高いのに……。

「凛はともかく……カリムも魔力なしでそんなことできたん?」

「ええ、レアスキル意外は何ももってなくて……親のすねかじり、みたいにいわれるのが嫌で必死に鍛錬したのよ?」

シャッハには何度付き合ってもらったか、なんて懐かしげな笑みを浮かべられても……。

わたしが男だったらカリムに惚れていたかもしれない、何て思ったのも内緒だ。

それよりはやて、わたしはともかく、ってどういうこと?

「私近接苦手やからなぁ……薙刀くらいはやったほうがええんやろか……とと、そんなことはともかく2人ともありがとうな。行ってくるわ!」

「はいはい、はやてちゃん、気をつけてね?」

「バカ(士郎)が無茶やってたら止めといて」

「バカって……そらひどいんとちゃうかー?」

くすくす、と笑いながらもあんただって”バカ”で誰か認識してるんじゃないの。

まさかその辺で倒れて戦力外、なんてことはないと思うけど……。一応心配なのだ。文句あるか。

「いろんな意味でバカだからそれでいいの。ほら、とっとといきなさいって」

「凛は素直なれたら可愛えのになー」

ここにもバカがいたので蹴り飛ばしてやった。あらあら、なんて笑ってるカリム、覚えておきなさい。

「さて凛、私達はシグナムのところへ行きましょう。私はデバイス携帯が許可されているのであの扉は私が少将権限にてやったことにします」

「ん、助かる」

「いえいえ」

そういえばカリムって少将待遇なんだっけ……色々便利そうだなぁ……組織に入るのは面倒くさいけど、メリットデメリットでどっこいどっこい……かな? 後で色々聞いてみよう。

結構広いホールなので戻るのは1分くらいかかったのだけれど、わたし達が元いた席付近に近づくと、ざわついてた筈のホールが静まり返る。

「通信……? 今は通信妨害が効いてる筈……」

その原因がわかったのか、カリムが正面……ゲイズ中将がアインヘリアルとかいう武装を解説していたモニターが、1回落ちていたはずなのに再度立ち上がっている。

「ということは、お定まりパターンだと思わない?」

「そう……ね……」

通信妨害がされているはずなのに入る通信、となれば犯人からの通告に決まってるじゃないか。

興味本位のわたしと、この事件についての首謀者に関して思うところがあるカリムは、人垣の最前列まで歩く。カリムが少将待遇ということは周知の事実なので、わたし達が歩く道を局員は開けてくれる。

うん、気分がいい。本気で資格とろうかなぁ……。

と、丁度いいタイミングでノイズが取れ、クリアな映像が表示された。

『ミッドチルダ地上の管理局員諸君、気に入ってくれたかい?』

――――…………。

みなの反応は沈黙だった。そりゃそうだろう。

階級が上のものが多い今恐れ多く誰も何もいえないのか、この微妙な空気。とりあえず不愉快だったので言わせて貰うことにした。

「わかったから、顔が近い。気持ち悪いからもう少し下がって喋りなさい。聞いてあげるから」

見えるのは口と整った鼻、そして金色の瞳、病的に白い肌だけ。どっかの紫陽花シスターを思い出す。

『…………ウーノ、カメラの配置をミスってるんじゃないのかい?』

『恐れ多くもドクター、それはドクターが御立ちになりカメラに近づいているからだと思われます』

『…………ごほん、これくらいでいいかね?』

「ええ、それくらいで妥協してあげる」

やっと全身が見えるくらいの位置まで下がり、椅子に座った白衣の男は顔を上げた。にやけてるのが正直気持ち悪い。

『さて、少々手違いがあったがまあいい、気に入ってくれたかい? 私からのささやかながらのプレゼントだ……治安維持だの、ロストロギア規制だのの名目の元に圧迫され……正しい技術を促進したにもかかわらず――――』

「まった」

『叉君か、遠坂凛。いったいなんなんだね? ああ、そこにいるのはカリム・グラシア殿ではないか』

あれ? わたしにこんな知り合いいたっけ……。

「何でわたしの名前知ってるのかわからないけど、あんた誰よ? 悪役なら悪役で筋は通しなさいって」

何処かで見た気もするが興味がなかったので忘れた。

『機動六課というところにもいながらその体たらくとは……いいだろう、私の名は――――”ジェイル・スカリエッティ”だ!』

「ジャミエル・スパゲッティ?」

『ジェイルっ! スカリエッティだっ!!』

『ドクター、熱くならずに』

ああ、思い出した。確かレリック追ってる事件の犯人か。

『ああ、すまないねウーノ……続きだ。――――罪に囚われた稀代の技術者達……今日の一撃は、その恨みの一撃だとでも思ってくれたまえ』

演説するのは構わないけど、わたしがへんなタイミングで切ったせいで話が良くわからない。とりあえず、今日の惨事はコイツのせいか。

『――――しかし私も、人間を……命を愛するものだ……無闇な血を流さないよう努力はしたよ……可能な限り人道的にね……はは、忌むべき敵を一方的に蹂躙できる技術、それは十分に証明できたと思う』

『今日はこのくらいまでにしておこう……この素晴らしき技術がほしければ”いつでも”私宛に依頼をくれたまえ……格別の条件でお譲りするよ……くくく……ふはははは』

「だから、カメラに近づいて来ないでよ……それにガジェット? だっけ? 戦闘機人? そんなもんいらないって」

『ああ、すまない……つい嬉しくてね……それよりもどういうことだい? 君はこの素晴らしき技術をいらないと?』

「うん、いらないかな」

『それは何故だい? この技術があれば管理局をこうも簡単に踏み潰すことができるのに……っ!』

そんな理由、ひとつしかない。

「わたし、機械苦手だから」

カリム、あんたもなかなか面白いリアクションが取れるのはほめてあげる。ただ、わたしは一応本気だから。

『…………』

考えるところでも在るのか、スパゲッティは黙ったままだ。

「あ、そうだ、消える前に1つ聞いていい? ちょっと気になってたんだけど」

『君達は本当に面白い……いいだろう、なにかね?』

”達”?

まあいい。

それよりも聞いておきたいことがある。

「六課(わたしの部屋)壊してたりしないでしょうね?」

多分、今のわたしは最上級の笑顔だと思う。

『…………ウーノ』

小声で言ってるつもりなんだろうけど、向こうが集音マイク使ってるんだろうからこっちには丸聞こえである。

『もう既に、”ドクターの命令で”オットー、ルーテシアお嬢様が』

だから、小声で言っても無駄だって。どうせなら念話を使えばよかったのに。

『……さて、私はやることがあってね、そろそろお暇させてもらおう』

「あ、ちょ、ま、まちなさ――――」

プツン、と回線が切れる。

と、同時にわたしの中の”なにか”が目覚める。

あそこには……あそこには……今までコツコツ纏めてきたこの世界のこととか、”魔法”に失敗した原因などのレポートを纏めて……ええ、勿論全て紙に纏めてある。魔術師が機械を使ってレポートするなんて邪道だ(偏見)。そして……そして……。

「ねぇ、カリム」

「な、なんでしょう?」

「あのスパゲッティ捕まえる際はわたしに連絡してくれる?」

「え、あ、う、うん、もちろんよ」

――――数年物の宝石がいくつかあった。

宝石自体は多少のことでは傷つくことは無いけれど、中に入ってる魔力は別で……宝石同士の擦れ合いとか、ちょっと床に落としたくらいなら問題ないけど長時間炎に塗れる、落石などの相当な衝撃を与えられる、などが起こると内部の潮流が乱れて……。

ぶっちゃけていうと、使おうとすると暴発する。要は使えなくなる。

そりゃそうだ、年単位で魔力籠めてたらそれが耐えうるものならわたしの魔力量なんて簡単に超える。

コントロールできない魔力の塊なんてただの爆弾でしかないのだ。

あのスパゲッティゆるすまじ。

「で、でもね凛」

「なに?」

「スカリエッティ、よ?」

「……同じよ、スパゲッティでも」

「…………」

「…………」

周りの沈黙が、少しだけ痛かった。





―――――――――



士郎君、かっこいい見せ場かと思ったら即座にダウンしました。ここからが本番なのに……。

神経系にうったえるものとか、ガス系に対しては士郎じゃ抵抗は難しいものがあるので、へんなことをせずダウン。

文章量が安定しないのはなんとかしないといけないところだと思っています・・・orz

次回の視点はセイバー。

三人称視点で書く練習もしたい(閑話で)ので、まだまだ終わりは見えなさそう・・・

そしてはやて脱出。


……少し話題を変えて、私はたまに雑談板のほうにも目を通すのですが……そこにあった、読者と作者の立場、という議題について。

これは難しいですよね……。

私としては、 作者≦読者 のスタンスでいこうと思っています。

私のSSは、感想を下さる皆様で成り立っているという部分が無茶苦茶大きいので(苦笑)

全て目を逸らさずに読んで、それを全て参考にさせてもらい、そこから自分の意見を見つけていこう、と思っています。

今まで書いた中の前半後半で比べて成長があるかどうかはわかりませんが、これからも頑張りたいです。


読んで下さった皆様に、感謝です!!


PS,20万PV、ありがとうございました!!

といっても、どう考えてもリリカルなのは、という作品とFate、という作品のネームバリューにおんぶにだっこされているだけという自覚はあります(苦笑)

では! これからもこの作品を、よろしくお願いします。

感想ご指導、お待ちしております。



[5645] 十七話
Name: あすく◆21243144 ID:a064a37e
Date: 2009/04/30 19:49
いきなりで申し訳ないですが、閑話でのつもりが本編にていきなり三人称を使ってみようと思います。

やっぱり、セイバーの一人称は違和感バリバリでどうもしっくりこなかったので・・・。やはり三人称は絶対に使えたほうがいいと思い・・・違和感がありましたら、どこら辺がおかしいと自分で気付けないところを指摘してくださると助かります!

読み返してみて、三人称で書いているつもりが一人称みたいになってるところがとつとつとあって・・・どうすればよくなるのかが今一^^;

では!


―――――――――――――――――




航空型は無理でも、地上型ならばいくら飛べないセイバーでも遅れを取ることはない。

魔力を無駄に使えない故高速での移動は無理でも、今持ちうる最善の力量でガジェットの相手をする。

シロウが心配だ……剣を振り、足を動かし続けるセイバーは思う。

しかし、倒れている管理局員を襲っていないことと通信機から入ってきた報告からも、何もしなければ襲ってこないことは確かだ、とセイバーは心に言い聞かせる。

後ろ髪を引かれる思いは在れど、ガジェットの相手をすることに専念する。

「――――――はぁっ!」

広大な敷地を持つ地上本部の周りには魔法障壁があり、その周りを反時計回りに動きながらガジェットを壊す。数さえ数えていないが大型小型を含め破壊したガジェットは100を超える。

だが、それを嘲笑うかのように増え続ける機械群。固体自体の戦闘力はないがそれでもこれほどの数になると……魔力も存分に使えず、対多兵装を有してないセイバーには少しばかり荷が重い。

そこで、こういう自体になったときの集合場所を、ふと思い出す。セイバーと士郎はは基本単独行動を認められているが、多分この場合は一旦合流してから指示を仰いだほうがいい、と判断した。

例の地下を潜行してくる戦術の持ち主、メディアも驚くであろう砲撃手がいるとすれば、セイバーは烏合の衆を相手にするよりも一騎当千の実力を持つものたちにあたったほうが効率的なのは明白だろう。

そうと決めれば行動は迅速に。

強いアンチマギリングフィールド、というものが展開されているらしく、こちらの世界の魔導師はどうしようにも出来ない状態になっている。中にはバリアジャケットすら生成をままならない者たちも居る。

セイバーは急ぎつつも標的を破壊する作業は怠らない。

本部の内部に少し入ると、まだここまで侵攻されているわけではないらしく、セイバーは一瞬だけ安堵する。

だが足を止めることはなく、地下へ潜るための階段をほとんど飛び降りるように駆けながらデバイスに表示される集合場所へと急ぐ。

手に持つセイバーの愛剣、エクスカリバーの存在と重みは、世界こそ違えど変わりない力と安心感をくれる。

「あ、セイバーちゃん」

「セイバー!」

「ナノハ、フェイト、無事でしたか」

これ以上ないといってもいいタイミングでナノハ、フェイトと合流することが出来たのは僥倖だ、と、全てが悪い方向にいっていることでないことに感謝した。

「私達は中にいたから……セイバーちゃんこそ……外は大丈夫?」

「シロウが動けません。ですが、無事です」

「な、なら私が―――――」

フェイトが慌てて外へと踵を返そうとする。

「シロウは無事です。ガジェットは無抵抗な人を襲わない。フェイト、貴女が行ったらシロウは叱咤するでしょう。貴女のやることは決して、それではないはずだ」

「フェイトちゃん……」

士郎や凛の19のときと比べれはなのはとフェイトは相当に大人びている。だがそれは同時に、子供らしさを早い内に失っているということ……。

「……そうだね、士郎は強いから。私は私がやらないといけないことをやるよ」

「はい、それがシロウも喜ぶでしょう」

集合場所がもう見える位置まで来たときに、通路の先から複数の気配を感じた。

「いいタイミングだね」

なのはが足を止め、それに連なって全員の足が止まる。……フォアード陣新人4人、フェイトとなのはのデバイスを持っているのもこの4人のはず。

「――――ふぅ、お待たせしましたっ!」

「お届けですっ」

スバルが足を止め1息つくと、いつもの元気な声でデバイスを差し出す。ティアナやキャロの後衛も、息こそ上がっているがまだまだ元気そうだ。

「うんっ!」

「ありがとう、みんな」

自分達の相棒を受け取るなのは達。

「フリードリヒ、今度はきちんとキャロを守れましたか?」

「きゅくるーっ!!」

「ふふ、それなら上出来でしょう」

問題は、ここからどうするかである。

「あの……なのはさん、八神部隊長やシグナム副隊長のデバイスも預かっているのですが、どうしますか?」

「ヴィータちゃんやリインは空に上がってるんだもんね……ちょっと、まって」

ヴィータとリインフォースは空から来る大型の魔力反応に向かっている。セイバーは、空を飛べれば、と歯痒い思いをしたのが記憶に新しい。

そこで、後方に気配を感じる。

「ちょっと待ちぃ、私のデバイス誰か持ってるん?」

「はやてちゃんっ!?」

「はやて、出られたの?」

驚きを隠せない全員。

「カリムと凛に手伝ってもろたからな。シグナムの分はこの後に来るシャッハに預けてほしい。そいで、状況は一刻を争う。指示を出すから皆聞いてな」

――――はい

年齢さえ幼いけれども、その目はみな本気……私も全力で事にあたるのは礼儀でしょう。

「スターズはギンガのところへ行く。ここにいないのがおかしいと思って通信をしたんやけどつながらへん。多分、戦闘機人となにかあった。ライトニングと私は六課へ戻る。ザフィーラ、シャマルが持ちこたえてはくれてるんやけど危うい状態なんや」

「うん、はやてちゃん」

「了解だよ、はやて」

「ハヤテ、出来れば私も指示を聞いておきたい」

ふむ、と一瞬考えたハヤテ。

「セイバーさんは……そやね、本部でガジェットの掃討や。多分戦闘機人も出てくる、その場合は頼むで。けど、遊撃部隊って本分は変えるつもりはないんよ。臨機応変に、お願いできるか?」

「はい、ありがとうございます」

「ん、そいじゃ、私とフェイト隊長は飛んでいくからキャロとエリオはフリードに乗って手早く行くで!」

解散になった後、セイバーは士郎の元へ向かった。

一旦士郎とも話しておくことがいい気がしたから。……どこかでセイバーは、士郎に会いたいだけだったのかもしれないけれども。

同じ道筋を辿り、逸る気持ちを抑えつつも士郎の元へ向かう。魔法障壁は破られ、物理障壁にも多数のガジェットが張り付いている……。

壁に張り付いているガジェットはどうしようもできねど、増援で来るガジェットは片手間に破壊する。機械自体は繊細なものなのか、表面こそ銃弾を弾きやすいように避弾経始に加工されたものだけれど、基本は脆い。

ほとんど通過する過程で壊すことが可能。ただし大型はその図体から、直接コアらしきものを狙いに行くことが望ましい。

――――セイバーは士郎を置いてきた、少し現場から離れた草むらへ。

「シロウっ!」

「セイ、バー」

まだ体を動かすのは自力ではつらい様子の士郎。……魔力で無理矢理、などは、本来動かないものを動かすのだから代償は大きい。

「シロウ、ハヤテにライトニングスが六課に向かいました。そしてスターズはギンガの捜索です。私はこのままガジェットと交戦、戦闘機人が現れたらそちらにあたります」

痺れて身動きとるのもつらそうな体で、士郎は状態を起こす。それの背中をセイバーは支える。士郎が、何かを言おうとしているのを感じ取ったから。

「――――はい?」

この喧騒の中、聞き逃しそうになるところをなんとか聞き取ろうと、再度耳をギリギリまで近づける。

「六、課に……いってく、れ……ヴィヴィ、オが……頼む……」

士郎の目を見るセイバーはそこで悟る。

士郎の目は本気で、しかし自分で動けない自分が歯痒くて……このときセイバーは、士郎の気持ちをほぼ100%の形で理解していた。

「――――わかりました。シロウ、もう少し辛抱していてください。必ずヴィヴィオは守ります」

「本当、に……ごめん……な」

シロウはもっと私たちを頼ってください、と言いつつセイバーは支えていた手をゆっくりと降ろし、改めて地面に士郎を寝かせる。

そして、いつもの見ほれるような姿勢で立ち上がるセイバー。その視線は海上……いや、見えてるわけはない、見えてるわけはないのに見据えるのは機動六課。

―――――環―――――

――――リン、申し訳ない、少しばかり魔力を多めに借ります。

セイバーは心の中で凛に謝罪する。が、それとは裏腹に、脚部に集中する魔力。

それに呼応するように周りに浮かび上がる白銀の魔法陣。

――――私は飛べない。

――――ただ、”人”より早く走ることはできる。

――――魔力さえあればビルを垂直にかけ上げることさえも。

セイバーがやることは1つ。陸路を行っていたのでは間に合わない。

なら、海の上を行けばいい。

やることは簡単だ。どこかの蜥蜴だって、”右足が沈む前に左足を前に出す”という単純明快な方法で水の上を走っている。

正確には、後ろ足の水を蹴る力によってほぼ垂直に体重を上回る力を得ていて、それで走っているように見えるのだが、そんなメカニズムはセイバーの知るところではない。

恐怖心はない。蜥蜴に出来て私にできないはずはない、とセイバーは強く思う。いや、それはもう暗示を超えており、”事実”になる。

そもそもセイバーには”湖の精霊”の加護があり、水上をそのまま普通に歩いたりすることは可能なのだけれども、セイバーの心はそんな事を微塵も考えていなかった。

士郎に、地面を蹴った反動で舞い上がる砂埃をかけないように少し場所……芝生で草が生い茂っている場所から、臨海公園の様なコンクリートの場所へ移動し、腰を据える。

一呼吸の後、視線を水平に向け――――コンクリートが蹴る力によって砕け凹み、砕かれたものが爆散するほどに地面を蹴りセイバーは海上へ飛び出した。

―――――駆!―――――

――――行ける

聖杯のバックアップがない今、かなり燃費の悪い移動方法を行っていることはセイバーはわかっている。

ただ、海上を走るモーターボートの様に海水を後方に掻き出し驀進することを止めるつもりはない。

時間にして数分。

これならばエリオやキャロ、はやてたちに間に合う――――。

少しでも魔力の分散を避けようとし、セイバーは一旦エクスカリバーを仕舞う。

ここミッドチルダに季節があるのかはわからないけれども、日も落ちかけ宵闇に向かおうとする空の色。

広大な空に広がる灰色と紺色の間のような雲を目標にするようにセイバーは走る。

魔力を絶えず脚部に集中、一部を放出し、”水”という不安定な足場を一瞬だけ確かなものに。

セイバー達英霊に限らず、エーテル体や一般的に”幽霊”と言われる者達は基本、肉体的な疲れを覚えることはない。

セイバー達に限って言えば必要なのは魔力。人間の魔術師もある意味そうなのだけれども、セイバー達はさらにそれが顕著である。

魔力さえあれば不眠不休で戦い続ける事だって可能。今のセイバーのように海上を走り続けることも可能だろう。

――――だが

”龍”の心臓の一部を開放してるからとはいえ、それで補えるのはマスターからの供給が無くてもなんとか普段の生活程度はこなせる、くらいの物。(尤も、マスターが居ないと特殊な例を除いてそもそも現界していることすら無理なのだけれども)

いくら凛が”天才”と言われ、常人の何十倍の魔力を持つとはいえ、セイバー級(クラス)の英霊を使い魔とすれば、聖杯がなければ維持するだけでも半分ほどの魔力を持っていかれるのだ。

「――――ふぅ、はぁ……くっ……」

つまりは、セイバーは疲れていた。

いや、そもそも霊は疲れない。だが、セイバーがそう感じるのは事実。ということは、結論は1つ。

――――魔力の残量が怪しい……。

走り始めてから7分ほど、本部と六課がどれくらい離れているのかなど大まかな位置しか知らない。

走りきる自信は在った。それは自惚れではない。セイバーが記憶している大雑把な地形図でさえも、なんとか魔力的なお釣りがくる距離だと予測している。

セイバーの試みは正しく、走り始めてから3分くらいで既に陸が見えていた。

だが、それは飽くまでセイバーの視点からみて地平線から顔を出しているだけでまだまだ遠い。しかし、ここは地球とは違う。地平線が遥か彼方、というわけではない。

あれは六課だ。

そろそろ馴染みのある風景として認識されつつあるあの建物、海上訓練施設、それがはっきりとわかるくらいにセイバーは六課へと近づいていた。

施設が燃え盛り、この後の対応が遅れたら確実に全焼と言われるかもしれないほどの火の手が上がっている。

そして、気付いてないわけではなかったが走ることに専念するために意識から排除していた思考も戻り始める。

ここに来る間、上空に何人かの気配があった。だけどそれはセイバーが跳躍してどうこうなる距離ではなかったので無視したのだ。

さらに、視線上に見えるはキャロの龍、フリードリヒ。

ほかにいくつかある、ここからでもわかる相当な使い手の気配(そもそも気配を隠す、ということがこの世界では疎いのかもしれない)。

ラストスパートと言わんばかりに足を速める。

――――が、嫌な感じがする。

六課が見え始め、炎の手が上がっていることとは別に何かがおかしいと、セイバーの第6感は告げている。

「あれは……エリオっ! キャロっ! フリードリヒっ!」

エクスカリバーを具現化させる。

ここからあそこまでの距離はまだ数100メートルはあるだろう。あの上空に居るのはあの時地下で戦った者……。

私と同じく”人”ではなかったか、とセイバーは思った。

だが、それに意識を向けたのは一瞬。

セイバーが見たのは、エリオが相当上空から何者かに叩きつけられ、キャロとフリードがバインドで固定されて身動きが出来ない状態になった瞬間。

セイバーのエクスカリバーは普段、風王結界(インビジブル・エア)という鞘に包まれている。本来の”鞘”が無いための苦肉の策ともいえるこの魔術だけれども、使い道はいくつかある。

本質は鞘で、剣を不可視にし、若干ながら剣戟の鋭さを増すだけのもの。

――――もう1つ

その纏っている風の力を解き放ち、遠距離攻撃、またはそれを自身への加速装置(ブースト)とする方法。

これは魔術であるため施術したときの魔力が反映されて、今あるセイバー自身の魔力は関係ない。

これによる加速にエリオとキャロが耐えられるかどうか不安になり一瞬だけ使用を躊躇わせたが、エリオとキャロはバリアジャケットを纏っているということを思い出し、使用に踏み切る。

「―――― 風 王 鉄 槌 ( ストライク・エア )」

――――威!――――

まるでカタパルトから打ち出されたかの如く超人的なスピードに加速するセイバー。

即座に邪魔にならないようにエクスカリバーを仕舞う。

ほぼ同じ場所に落下してくるのは僥倖だといえる。

フリードはセイバーが迫ってくることに気付き小さい龍の姿に戻る。

2人と1匹を抱きかかえ、そのままの勢いで六課の敷地まで走りぬけ、安定した足場があることの喜びを少しだけ感じる。

「セイ、バー……さん……?」

「はい、エリオは気を失ってるみたいですが、2人とも、大丈夫ですか? それと、ハヤテとフェイトはどこに?」

一緒に出たはずの2人が見えない。半端な飛行能力よりもフリードリヒの飛行のほうが早いため置いてきたというのも納得は出来るがどこか腑に落ちない、とセイバーは考えた。

「は、はい……あ、あの……フェイトさんは戦闘機人2名と交戦しました。八神部隊長は追撃の心配をして少しだけ後から来る手筈なので、もう着くはず……です」

ということは、途中で追い抜いていた……? あの複数ある気配はフェイトとはやても含まれていたのか、と。

「わかりました。それよりもキャロ、ヴィヴィオはどこに居ますか?」

逸る気持ちを抑え、現状の把握に努めようとする。

「あ、あのっ! ヴィヴィオが、ヴィヴィオが……連れて行かれました……エリオ君が助けようとして……それで後ろから……」

抱えていたキャロを一旦離し、セイバーはそっとエリオの髪を撫でる。

「……もう少し早く着て居れば間に合っていたかもしれません。エリオ、貴方は良くやってくれました……フリードリヒ、貴方もです。本当に、申し訳ない……シロウに会わす顔がありませんね……」

「きゅく、るー……」

落ち込んでいるフリードにも、セイバーは優しく微笑みかける。

「私に飛行能力はない……ヴィヴィオは追えません……」

「きゅくるっ! きゅくるー!」

「励ましてくれるのですか……感謝します、フリードリヒ」

だが、そんなことを長くしている訳にもいかない。

『これより5分後に、上空の大型ガジェットと航空戦力により施設への殲滅作戦を行います。我々の目的は施設の破壊です、人間の逃亡は妨害しません。抵抗せず、速やかに非難してください』

こんな放送が流れているのだから。

しかし打開策は……。

「セイバーさん……キャロ、これ、どないなっとるん……?」

「ハヤテ……」

「八神部隊長……私、私達……どうしたらいいかわからなくて……ヴィヴィオも……」

漆黒の羽を纏い、上空から降り立つはやての姿は今のキャロには死神にも見え、同時に天使にも見えた。

「ハヤテ、ここに居るガジェットの量は異常です」

そう、地上本部の数十分の一と言っていいほどの敷地面積しかない機動六課にあてられているのは異常な量のガジェット。

ここまで来ると、私怨なのではないかと疑うほどの圧倒的戦力差。

セイバーは、唯一ある対軍兵器……正確には対城宝具のエクスカリバーしかない、と思った。

だが、魔力が圧倒的に足りない。ガジェットを相手にするほどの魔力はあるにせよ、いや、ガジェットくらいならば魔力を使わなくてもいいといっていいほどのものだけれど、この数となれば話は別だ。

「ヴィヴィオが……やて……? そう……やね、フェイト隊長が来るまで待つことも無理や……」

人には手出しをしない、という勧告からかはやてがこちらに降り立つ際に攻撃されることはなかった。

「ハヤテ、コントロールが苦手とは聞きましたが、広域魔法を使うことは出来ないのですか?」

――――限定解除

はやての頭にはこの文字が過ぎる。

ただ、リスクが大きすぎる……今の自分はAランク、広域魔法は使えない。いや、使うことは可能だけどこの量のガジェットを上手く消し去ることは出来ない。

下手したら自分の魔法で六課を消すことになりうるのだから。

さらに、計2回しか承認されることがない限定解除をこの場で使ってもいいのか、というもの。

そして最後、六課を見捨てて人だけ助ければいいものの、”自分の感情で”無意味な交戦をしてもいいのか、という部隊長としての葛藤。

犯人は、抵抗しなければこれ以上人に手は出さないといっている。

「……ごめんな」

今日何回目になるだろう、こんな表情をするのは、とはやては1人ごちる。

だが、それでもセイバーは諦めない。自分の、士郎の、凛の、皆の場所、”城”と呼んでも差し支えないであろう”居場所”を失わせるのは嫌だった。

それは、城を守りたいという王様としてのセイバーの感情なのか、”1人の少女”としての感情なのかは誰にもわからない。

「キャロ」

「……は……い?」

今にも泣きそうなはずなのにそれを必死に堪えるキャロ。エリオは堕ち意識を失い、いつも傍で守ってくれたフリードも同じくもう戦える状態ではない。

「貴女の力を貸していただきたいのです。この数のガジェットを相手に出来るのは、この状況では貴女しかいません……」

セイバーは確信していた。この10にいくかいかないかであろう少女の身には、フリードとは違うもう1つの”龍種”の気配を。

「え……セイバーさん……知って……るんですか?」

「いえ。ただ、”感じます”」

「……セイバーさん、それは無理や」

「はい……ヴォルテール……の力……私じゃ……制御、出来ないので……」

――――3分後、攻撃を開始します

との抑揚のない退避勧告。

それをセイバーは無視し、キャロに語りかける。

「それは違います」

「え……そ、そんなことないです……里を追われちゃったのも……この力の……せいなので……」

さっきよりも泣きそうな表情は強くなる。

「いえ、違うのです。キャロ、本来”龍種”というものは人間に心を許す種族ではありません。討伐に来た人間、交渉に来た人間を容赦なく”心を折る”のが龍種の目です。だが、フリードリヒはそれをコントロールできるみたいだ。貴女のお陰なのです、キャロ」

「それは……私が……卵から育てたからで……」

「それは貴女に”龍種の主”となる資格があるからです。しかし――――」

「……?」

「――――貴女はその、”ヴォルテール”を心の何処かで恐れている」

「――――っ」

ぽたり、とキャロの目から涙が零れ落ちる。少し言い方がきついかもしれないが、キャロのためになると信じる。

「龍というものは本来気高い。それは、人間に心を許すことはないほどに。だが、ヴォルテール、フリードリヒは貴女に心を許しているのです。しかし貴女はヴォルテールを恐れる。認めたはずの主が自分のことを恐れるなど、それは龍種に対する侮辱でしかありません」

「え……?」

はやては黙ってセイバーの話を聞き、しかし他の思考で現状打破の方法を考える。なんとか、なんとかならないか……実際のところ、六課を廃棄して見捨てるのが一番確実な方法だ。

だが、どうしてもその運命に抗いたい。

何度も言うが、ここにいる隊長陣は全員”まだ”19歳。

いくらはやてが管理局キャリア推薦組、なのはは教導隊や武装隊の活躍で”エース・オブ・エース”と呼ばれ、1尉の階級を持ち、フェイトは執務官で1尉相当の権限を持っているとしても……。

それでも、大人の世界で揉まれて来たはやては、意識の何処かでは思っている。”最善”は、このまま非難。無駄な抵抗などはしないほうがいい、と。

いや、もちろん勧告が嘘であった場合はこの限りではないけれども、態々退避の時間を与えるくらいなのだからあの勧告は本当だろう。

逃げれば良い。

しかしそれを許さない気持ちが少なからずあるのだ。

こういう状況でどうしたらいいのか、はやては本当に迷っていた。部隊長としての指揮を優先すべきなのはこういう組織にいるからこそは絶対。

だが、この状況を打開できる策があるとすれば……?

それは私闘ではなくなる、とはやては自分の間違った考えを正当化しようとする。

もしかしたらガジェットも掃討でき、あわよくば戦闘機人も数名逮捕が可能なのではないか。

どうしても、抗いたかった。

部屋の大掃除をしていて幼少のころに使っていたものが出てきて、それをいらないでしょうと親に一括されそれを捨てられる気持ち。

もう使うことはない。それはわかっている。しかし、それがどうしようもなく寂しい……。

いやだ、捨てないで、と駄々を捏(こ)ねたくなる気持ち。

ああ、そういう意味でもはやてはやはり、”子供”だった。

「貴女が恐れるからこそ、ヴォルテールは悲しむ。どうか、恐れないであげてほしい」

ぐ、とキャロの手に力が入る。俯いて涙をこぼしていたキャロの顔が上がり、セイバーを見つめる。

その目の意思は強く。

セイバーは心のどこかで、この子は強い……そう、思った。

「私にも……出来ますか……?」

「はい」

「私たちの居場所を……守れますか……?」

「勿論です」

「も、もし……制御できなかったら……」

だがどうしても残る一握りの不安。しかし、それにセイバーとはやては笑って答える。

「そのときは私が全力を持ってヴォルテールの訓練をしましょう。ハヤテ、貴女は……どう、思いますか?」

これはセイバーなりの問い掛け。セイバーとて、一軍を率いる将だった。はやての気……気持ちはわかる、なんて安易な言葉は使わないけれど、それでもセイバーは幾分かはやてが何かに葛藤しているかというのはわかっていた。

はやては視線を下に向け目を瞑る。

簡単に下して良い決断ではない。だけれども、はやての気持ちは”可能性がある”とわかったときに既に決まっていたのだ。

「そやね、そん時はクロノ君叩き起こしてでも限定解除させるわ」

それがはやての回答。答え。

もしかしたら責任問題かもしれない。

部隊長がこんな判断を下すのだから。

――――残り1分。

だが、間に合った。反撃の芽は残っている。

勝てば官軍、負ければ賊軍やね、と、半ば諦めがちに、もう半分は決意を決めて……。

キャロはその言葉を聞き立ち上がる。

それにつられ、セイバーとはやても立ち上がる。

「ハヤテ、近接戦闘は可能なのですか?」

「んー、まぁ、なんとかなるんちゃう?」

「……背中は守ります」

「ん、あんがとな」

――――今までの思い。

それをキャロは胸に秘め続けてきた。

自分が居ていい場所が出来た。

嬉しかった。

友達が出来た。

嬉しかった。

その居場所が壊されそうだった。

嫌だ。

この力が恐かった。

けど、今は恐くない。なんでだろう……セイバーさんや八神部隊長って、本当に凄いからかな。

……やっぱり、少しだけ涙が出る。

少しだけ壊されちゃったから。

ヴィヴィオが連れて行かれちゃったから。

エリオ君が戦って怪我しちゃったから。

けどね、私はもう――――

―――――守られてるだけじゃないんだよ

「――――龍鬼、召喚」

――――ヴォルテール、今までごめんなさい

キャロの魔法陣が展開される。

ミッド式ともベルカ式ともとれない、特殊なテンプレート。

「――――来ます」

空気が揺れる。

地震のときとは違う、大気が怯えているような、大地が震えているような、本来”畏怖”されるものが持つ独特の雰囲気。

――――恐がって、ごめんなさい

大気が拍動する。

それに呼応するように、海上に広がるキャロと同じテンプレート。いや、同じなのは形だけ。

その大きさは、キャロの十数倍。

――――けど、もう恐くないよ

「ヴォル――――」

「――――テールっ!!」

ここらへん一体に山などはないはずなのにキャロの叫びが木霊する。

凛は言う、呪文とは本来自分を思い込ませるためだけのもので、自分の意思を1番上手く操れる言語を使ったり、方法を使ったりするらしい。

それは例え叫び声でさえ、”思い”さえ篭っていれば”呪”になるのだと。

魔術とは違う呪術になるが、キャロにとってはあまり関係がない。

本来相当長い詠唱が必要なこの召喚でさえ一言で済むほどに、キャロの感情は昂(たかぶ)る。

――――私だけじゃ、守れないから

「ハヤテ、上空はヴォルテールに任せましょう。私たちは私たちが出来ることをすべきだ」

「そやね、けどキャロ……知ってはいたけど、ごっついもん従えとるんやな……」

15メートル以上もある巨体がキャロのテンプレートから現れ、その瞳にはやはり特有の”気”を感じる。

「壊さないで……」

セイバーは、風王結界が纏われていない聖剣を構える。

――――少しだけ、力を貸してね

キャロの声に呼応するように、まるで撃鉄を起こしているかのようにヴォルテールの数箇所に魔力が集中する。

その速度は驚くべき速度で、すぐさま可視できるほどに収束する膨大な魔力。

「私たちの居場所を――――」

収束する魔力の音が聞こえるとは一体どういう収束率をしてるんだ、とはやては思った。

自分達がある程度規格外であるというある程度の自覚はあるが、やはり”本物”には敵わない、と。

「壊さないでー―――――っ!!!」

引き金が引かれる。

天を割らんばかりのヴォルテールの砲撃は闇夜すらも薙ぎ払う、そういう錯覚をさせられるほどの強大なもの。

その黒炎はその射線上にいたガジェットを文字通り跡形もなく吹き飛ばし、周囲にいたはずのガジェットも熱気で爆散する。

「キャロ、そのまま上空、頼むで?」

「はい……頑張ろうね、ヴォルテール」

「■■■■■――――!!!」

「元気やなぁ……まぁ、ええことやね」

「私たちも応戦しましょう。……それとはやて、”家族”のことを放っておいて良いわけはありません。今は要救助者です、助けに行くことは私情ではない」

「セイバーさん……――――――――そやね、ガジェットを薙ぎ倒しながらいくよーっ!」

中には非難できていない人……デバイスからの通信が走っているときに入った……シャマル、ザフィーラが気を失って倒れているはずなのだ。

「はい、任せてください」

セイバーとはやては走り出す。

「セイバーさん、その剣、えらい綺麗やね……どうして隠してたん?」

はやてはスレイプニールを羽ばたかせ、姿勢を制御しながらシュベルトクロイツを構えなおす。

「……これは、この剣は……私の象徴となるものですから」

何か思うところがあったのか、そか、と返しただけではやてはそれ以上何かを聞くつもりはなかった。

セイバー達を脅威と判断したのか、大型小型を含めガジェットが行く手を阻む。

はやての前に現れる夜天の書がパラパラと風に吹かれるように捲られる。そして不自然なほどにピタリと捲られるページが止まった。

「ごめんなぁ、私、ちょっとトサカにキとるねん――――― シュヴァルツェ・ヴィルクング ! ( 鉄 拳 制 裁 ! )」

どこぞの格闘ゲームのように、はやてが前に突き出した右拳から魔力と思われる塊が出でて、正面にいた複数体のガジェットを纏めて薙ぎ払う。

はて、とセイバーは思った。

「……ハヤテ、今の一撃、どこかリンのイメージと被ったのですが、心当たりはありませんか?」

「気のせいちゃう?」

絶対そんなことはない、とセイバーは思った。

――――リンとハヤテは何処か似ている

これが、セイバーが抱いていた率直な”八神はやて”という人物の印象。

そんなことを考えつつもセイバーもガジェットを破壊する。魔力は少ない。けど、この程度のハンデで遅れをとるつもりもさらさらない。

――――シャマルとザフィーラは直ぐに見つけることが出来た。

「シャマルっ! ザフィーラっ!」

六課のエントランスホールの隅のほうに、不自然に重なり合い、横たわる2人。

……反応はない。

はやての鬼気迫る叫び声だけが、パチパチと火の手のほかに聞こえる唯一の音……。

「まだ……まだ、負けてへん……ありがとうな、六課を守ってくれて……ありがとうな……」

「ハヤテ、2人は……」

幸い、エントランスホールに侵入してるガジェットは居らず、警戒こそ怠らないけれども少しだけ心の余裕が出来た。

「ん、大丈夫やよ。この子らは強いんや……今は気ぃ失っとるけど、直ぐに目を覚ます。セイバーさん、手伝ってくれるか?」

「勿論です、ハヤテ。ザフィーラのほうが重いでしょう、私が引き受けます」

「頼むな……」

気を失ってるザフィーラを左肩に担ぐ。ハヤテはシャマルを背負っている。

両腕をふさぐわけにはいかない……。

「ハヤテ、六課に残っているほかの人たちは?」

「――――言われんでもやってるで、もう残ってる生体反応はゼロや」

「助かりました、キャロが心配です」

「そやね、ヴォルテールがいるとはいえ、直ぐに戻るで」

「はい」

軽くずり落ちそうになったザフィーラを担ぎなおし、外に出る。

その光景は凄まじく――――

ヴォルテールを脅威と判断したガジェットがヴォルテールに群がるが、ヴォルテールはまるで蠅叩きをしているのかの如くガジェットを叩き落す。

多数に群がられたら翼を羽ばたかせ、それによって生じる衝撃波だけで薙ぎ払い――――

無数とも思われる射撃は鋼鉄の皮膚が全てを弾き――――

少し間が出来れば収束砲を夜闇に放ち、膨大な物量を溶解させる。

キャロはエリオを抱え、テンプレートの上で祈るように――――

セイバーとはやてはザフィーラとシャマルを抱え、六課を出た。そしてそのまま、海辺付近にいるキャロの元へ向かう。

『抵抗するものは排除します』

叉も、抑揚のない声……。

セイバーは走り、はやては飛ぶ。そこでセイバーは感じる。

―――――まずい!

「ハヤテ、ザフィーラを頼みますっ!」

「は、え、セイバーさんっ!?」

半ば投げるようにザフィーラをはやてに渡す。ザフィーラには申し訳ないと思うセイバーだったが、そんな事を言ってる状況ではない。

「貴女、邪魔……IS、ツインブレイズ」

ふ、と、目が慣れていないものが見たら瞬間で転移してきたようにも見える。が、セイバーには見えていた。赤い双剣を振りかざし、キャロとエリオに肉薄する1人の女性。

―――――接―――――

「貴女……誰?」

セイバーは、剣を振り下ろすよりも早くその女性にエクスカリバーの切っ先を首筋に触れさせていた。

だがそれに怯えているようにも見えず、ピタリと停滞しているだけ。

「セイバーです。そして、動いたら斬ります」

「そう……貴女、速いんですね」

「それなりの自負はあります。貴女の名は?」

「……ディード、と申します。申し訳ないですが、お喋りはあまり好きではありません……」

そして、元々在った2つの気配に加えさらに”2つ”気配が増える。

――――左か

「IS、ブーメランブレ―――――」

切っ先をディードへ向けたまま、突如現れた(ように見えた)ヘットギアを着けた女性へ威嚇の意味を籠めて視線を飛ばす。

――――動いたら容赦なく斬る

その念を籠めて。

「あなどらないで頂きたい。貴女方の動きは確かに目を見張るものですが、どれも同一、そして気配を隠す様子さえ見せない。動きを読むことは容易い」

「…………」

キャロは怯えている。はやては少しはなれたところから、直ぐにでも動けるようにしてくれている。

「そして、少し離れたところにいる3人目、遠距離型なのでしょう、姿を隠している4人目、三段構えの心掛けは賞賛しましょう。だが、貴女達相手4人までなら刺し違えることは出来る」

そもそもセイバーに対して、戦闘機人からの攻撃は全て無力だが、この場合の”刺し違える”とはエリオとキャロの犠牲を示す。

多分、高速移動が可能な能力を持つであろう3人目の位置へ視線を飛ばす。

もちろん、トーレは見つからないようにしていたが、セイバーが躊躇いもなくこちらを見たことに内心焦りを覚える。

「……私たちの動きを見切りますか」

「近接戦闘に関してはそれなりの心得があるものですから」

セイバーから少し離れた位置に移動してくる、濃い紫色の髪をしたショートカットの女性。

「確かに、これでは千日手ですね……」

ジャミングがきつく、セイバーとはやては、フェイトがこっちに向かっていることに気付いていない。

平静を装っているが、これはトーレ達からしてみれば賭けだった。

フェイトがくれば、スピードに関して付いてこれるのがセイバーにさらにもう1人増えることになる。となれば、刺し違えることすら、難しくなる……。

だが、セイバーとはやては気付けない。はやては何度もフェイトに念話を送るが繋がらない。

「ええ、出来れば私も、犠牲は出したくありません」

内心トーレは、安堵した。こっちが”引いた”ように見せかけることが可能になるからだ。

「私の名はトーレと言います。セイバー殿、取引をしませんか?」

トーレはセイバーのことを”騎士”だと思った。騎士ならば誓いを破ることはないだろう、と。

もちろん、頭が回るであろうはやてに話を持ちかけなかったのも、数パーセントでも妹達への危険を減らすためだった。

ナンバーズは基本情報として、六課の隊長格の実力、正確はデータ上で把握しているのだ。

「……私は指揮権限を持っていない。トーレ、と言いましたか……トーレ、出来れば私達の部隊長へ話をしてほしい」

一瞬でも気を抜いたら、隙を見せたら千日手ではなくなる。会話をしつつも切っ先は常に首筋へ。

「それは出来ません。貴女へ話しているのです。即座に返答をもらえない場合は刺し違える覚悟です」

く、とセイバーは歯痒みする。

「……聞きましょう」

しかしそれ以上に、トーレは焦っていた。時間がない。あの執務官が来る……。

「引きましょう。今回は、これ以上施設を破壊するつもりもありません。そして、そこの少年少女にも危害を加えません。こちらの要求は、貴女達も今回は引いてほしい、これ一点です。即答を望みます。そして、そこにいる部隊長殿は口を出さないで頂きたい」

はやては気付いていた。トーレ達が焦っていることに。

もう少し、もう少し時間を稼げればフェイトが来る。そもそもフェイトと交戦していたのはそこにいる2人。

どちらかといえば地上本局寄りの海上での戦闘だったからそれなりに距離はあるが、フェイトの飛行速度を考えれば数分だろう。

そうすれば戦闘機人数名を逮捕が可能……勿論、セイバーとフェイトの協力があればこちらに被害はなく。

だが、考えるのはセイバー。

セイバーはまさに、海上を走っていたため誰が上空にいたのかをわかっていない。あの時感じた気配は今感じるものとどういつものだけれど、これ以上伏兵がいたらこちらが不利。

「……飲みましょう」

ヴィヴィオを失った今、セイバーはこういうしかなかった。

「早期の判断、感謝します。ディード、セッテ、オットー、大人しく引くぞ」

くそ、と普段はあまり使わない言葉を使うほど、はやては”負けた”気持ちになっていた。

だがそれはセイバーを責めるものではないし、相手からしてもそれを狙ってセイバーさんに話しを持ちかけたんだろう、と、相手の頭の回転の速さにも舌を巻く。

自分がセイバーの立場だったら、と考えればあの状況で話を引き伸ばし、部下を……エリオを、キャロを、ただでさえ危険な状況なシャマルを、ザフィーラを窮地に立たせるなど、考えられない。

……それがわかっている、わかっているからこそ、はやては悔しい。

辛酸を嘗(な)める、といっていいのか……。

辺りからガジェットが引き上げ、それに伴うようにヴォルテールも引いた。そして戦闘機人4人の気配も無くなったあとに、フェイトが到着した。

……そこで悟る、セイバー。

あと1分、時間を稼いでいればよかったのだ。

キャロはエリオを抱いたまま泣きじゃくり、胸部の甲冑を解いたセイバーの胸で泣いている。

セイバーはキャロの頭を右手で優しく撫で、反対側の手に持つエクスカリバーを剣先を地に着け表情こそは平穏だが、心は自分の不甲斐なさに憤慨し……。

はやてはザフィーラとシャマルを抱き数滴の涙で地面を濡らす。

この状況を見てすぐさまに悟ったフェイトは、自分があともう少し早くついていれば、と自責の念にかられ……。

数秒後、個人よりも部隊長としての心がわずかながらに働き……はやては顔を上げ、落としていたデバイス、シュベルト・クロイツを燃え盛る六課へと向けた。

最後に1滴、つつ、と頬を伝うはやての涙。

それを拭くこともせず、夜天の書が捲られる。

自分は今4ランクダウンのAランク……無駄に巻き込むことも無いだろう、と。

この炎を見続けるのは嫌だ、と。

―――――この火の手を見ていると、今にもリミッターを解除してもらって、スカリエッティのところへと殴りこみに行きたくなるから。

どうにか感情を抑える。

「仄白(ほのしろ)き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ。来よ、氷結の息吹」

一思いに消してしまいたかった。

古代ベルカ式の独特のテンプレートが立ち上がる。

それを、何も言わず見つめるセイバー、フェイト、キャロ。

「――――細氷・結晶 ( アーテム・デス・アイセス )」







―――――――――




あとがき


今回もこのSSを読んでくださり、ありがとうございました!



1回1人称で全部書いたのですが、どうしても違和感が、ということで全部書き直したため、時間がかかってしまいました・・・。


3人称オンリー、というのは難しかったので、全てを複合したような感じになってます・・・。書いたほうとしては、読みにくい、という感覚は1人称オンリーに比べて少なかったのですが・・・どうでしょうか?



あとあとがき


はやて、脱出したはいいものの指揮官としてどうよ、という行動でした。

これがもう少し前だったらはやては多分、左遷されているでしょう^^lレジアス中将辺りが怒りそう。

そして、結局はヴィヴィオも六課も助けられませんでした。

この後どうなるか・・・。



これからも応援、よろしくお願いします!

感想ご指導、お待ちしております。


Ps、次回はどうしても3人称視点の練習をしておきたいので短いスパンですが閑話になります。

と言っても、いままでの閑話はそれなりに時系列をそろえてきたつもりですが、次回は時系列は適当です。

リクエストを貰っていたので、丁度いいかな、と><

なのはの閑話予定です。

どういう話にするかはまだすっぱりと決めたわけではないので、鳴海に行ってほしい、等のアイデアがありましたら、お答えできるかどうかはわかりませんが、出してくださると嬉しかったりします!


長くなりましたが、ではまた!



[5645] 閑話~うみなりへごー~
Name: あすく◆21243144 ID:627baabb
Date: 2009/05/07 00:46
今回、海鳴の話になりましたが・・・サウンドステージのことをすっぱりと忘れていて、海鳴へなのはが帰るのは久しぶり、という設定になってしまってます。

反省・・・。

そこのところとか、深いところはすっ飛ばして読んでくださると幸いです。

三人称っぽい一人称、がやはり一番書きやすいかもしれません・・・力量不足です。がんばります。




――――――――――







士郎は戸惑っていた。

凛は怒っていた。

なのはは苦笑していた。

ヴィヴィオは喜んでいた。

そして――――

――――はやてはにやにやしていた。



~・~・~・~・~・~



「と、言うわけで、士郎君、なのはちゃんの休暇に付き合って上げてほしいんやけど」

「あのなはやて、前のフェイトのときもそうだけどな、急すぎだ。 俺はいいんだけどなのはが困るだろ」

「あははー……はやてちゃん、いきなりこの時期に休めって言われても困るよ?」

士郎、なのは、はやてがいるのは部隊長室。

朝ご飯を食べているときに館内放送で呼び出され、何事かと思いきてみればこれまたはやての無茶な注文だった。

「そうなんやけどねー……前にも言ったけど、働きすぎなんや。この前の査問でも唯一引っかかるくらいの重大事項なんよ……」

士郎は、あれ、はやても相当働いてないか? という疑問を持った。

「ん、私は六課が終わった後遊ぶで」

「心を読むな」

「凛から教わった”対士郎読心術”というのを実行してみ――――あいたぁっ!」

そんな阿呆なスキルはいらん、そもそも人の心を覗くのは何事か、とばかりに必殺虎印竹刀の一撃が炸裂した。

「はやてちゃん、毎回思うけどそれ痛くないの?」

毎回叩いているわけじゃないはずだけれども、なのははなぜかこのやり取りが恒例事項になっているんじゃないかと思っているのだ。

「士郎君無駄なところでうまいんよ、音だけこう、スパーンと」

無駄な、とはどうことだ、無駄な、とは。

「それならいいけど……それよりもはやてちゃん、確かに問題になったら困るからそこまで言うなら休むけど……それじゃあ、なんか部屋で出来る書類ない?」

「待てなのは、それはなんかおかしい」

「え?」

本気で今の”え”に疑問符をつけているなのはをみて、士郎は思わず溜息をついた。もしかしたらフェイトより不味いかもしれない、と。

「ね」

「ああ」

士郎とはやては、この瞬間だけは通じ合えた気がした。アイコンタクトで話せるレベルに。

なのはだけは至って”はてな”顔なわけで。

「なぁなのはちゃん、ヴィヴィオおるやろ?」

ここから、巧みなはやての誘導尋問(?) が行われた。ちなみに士郎はどこかで感心してた。

「うん、今もアイナさんのところかな」

「なのはちゃんが保護責任者になったやん?」

「うん、なったね」

「なのはちゃんがママになったやん?」

「うん、つい最近だけどね」

「そういうことなら、なのはちゃんのお母さんとお父さんに報告しないといけないのは道理だと思わん?」

「うん、ヴィヴィオは紹介しないといけないなーって思ってたよ」

「そこでここに私もどうしてかわからないんやけど、なぜか、偶然、奇跡的に、丁度、転送ポートの使用許可証が3枚あるねん」

「それって私用で使うのって相当色々やらないといけないことがあったと思うんだけど……はやてちゃん、凄いね。地球にでも行ってくるの?」

感心していた士郎だったがはやてと同時にずっこけた。流石に噛み合ってない。

「あのななのは、はやては多分、なのはとヴィヴィオに行って来い、って言ってるんだと思うぞ」

「え……そ、そうなの?」

「普通に気付いてくれるもんかと思ってたんやけどなぁ……」

「ご、ごめん……でもはやてちゃん、それって大変なことだよね? 私が使っちゃってもいいの……?」

「気にせんでええよー。ヴィヴィオの母親なんて大役引き受けたんやから、これくらいのケアは部隊長として当然や」

はやてもそうだが、なのはは暫く地球に戻っていなかった。下手したらもう1年くらいは帰ってないと思う。

海鳴に戻れるというのは実際、なのはにとってもありがたいものだった。

「あ、ありがとう、はやてちゃん!」

「時間は12時きっかり、すずかちゃんの家に置いてある転送ポートへ繋がるようになっとる。帰りの時間は19時やで、間違えないでな」

「うん、わかった!」

「よかったな、なのは」

が、士郎は1つ忘れていた。

もちろん、冒頭部分の会話である。

「勿論士郎”パパ”も一緒なんやけど」

「What?」

「いやいやそんなボケは似合わんで」

若干滑ったと感じた士郎。お笑いの道は二流どころか三流以下なのかもしれない。

「まてはやて、なのはの家にヴィヴィオが行くのはわかる、けど、俺が行くのはおかしいだろ。そうだよな、なのは」

「うん? ヴィヴィオが喜ぶなら士郎君が一緒のほうがいい……かなぁ?」

「ということで、行ってらっしゃい」






~・~・~・~・~・~





管理局が有している、次元世界へ飛ぶ方法はいくつかある。

簡単に例を挙げると、通称”海”と言われる次元航行部隊のように、次元世界という特殊な空間を文字通り”航行”していく方法。だが、これはまさに旅行で言う船を使っていくもので、目的の世界まではそれなりに時間がかかる。

ただ、大規模に人員を送る場合……管理外世界での大型事件などの場合はほぼ必ず、拠点的な意味も含めて艦船が駆り出され、この方法で次元を渡る。

他にもいくつかあるが長いので割愛させてもらうとして。

そしてもちろん、今回使うのはこの方法ではない。日帰り旅行に戦艦を使うわけにはいかないわけで。

「なのはまま、おそいねー」

「そうだなぁー……でも、女の子は時間がかかるものだから、男は黙って待ってないといけないんだぞ」

「ヴィヴィオ、おんなのこだよ?」

「ああ……えっと……ヴィヴィオも大人になったら、きっとわかる」

「ほえー」

士郎の肩の上に座っているのは軽くおめかしした(と言っても、アイナさんが選んだ少し余所行きの格好程度)ヴィヴィオ。

そして、2人が待っているのは地上本部の転送ポート受付窓口。

そう、今回使うのはこの方法。

正直なところ、士郎や凛は無茶苦茶この方法に興味を持っていた。特に凛。

技術部門の人がいるにはいるが畑が違うので、誰も上手く解説できないのだけれども、まさに”ワープ”なのである。

機動六課も地上部隊、かつ、この前の査問から指摘された”働きすぎ”というものの関係から、オーリス三佐が気を使ってくれた、というのが今回の背景だったりもする。

次元世界までまさにひとっとびなわけだけれども、無茶苦茶に神経を使うシステム、ということになっているとか。

長距離次元転移が大規模に行われる時代は来るだろうけれども、まだそれは無理なのだとか。

ワープ、とはいっても転送ポートと転送ポートを繋ぐだけのものらしいし。といっても、かなりの質量を持つものを別の場所へ飛ばすなど1種の”魔法”なわけで、士郎は多少ながら、年甲斐も無くわくわくしているのである。

「ご、ごめんねヴィヴィオに士郎君、遅くなっちゃった……」

本部の高い位置にあり、ガラス張りになっていることから外を見ていたヴィヴィオと士郎だが、とたとたと後方から走ってくる気配に気付き後ろを向く。

息を切らしながら現れたのは――――

「すまない、俺に君のような知り合いはいないのだけれど……人違いではないですか?」

「……しろうぱぱ、こわいよぅ」

ぎゅ、と士郎の手を持つヴィヴィオの力が強くなる。士郎からはヴィヴィオの表情は見えないが、きっと涙目になっているのだろう。

「あ、あの……私、なのはだよ? ちょ、ちょっとショックだよ……ヴィヴィオまで……」

「え?」

「なのはまま?」

へなへなと腰が砕け、膝を抱えて”の”の字を書いてるこの人は……。

「あう……シャマル先生、絶対わかっててやったんだー……」

いや、な、黒いサングラスかけてまだ寒くないのに(ミッドに冬ってあるのか?) 茶色いコート羽織って、さらに黒いブーツ、髪もいつものような片方に寄せたポニーテールじゃなくて、流すように下ろしていれば誰だってわからない。

「まだ時間に余裕はあるからいいんだけど……なのは、一体どういうことだ?」

「ええと……あんまり大きな声じゃ言えないんだけどね、はやてちゃんが、”有名人がそのまま歩いていたらめんどうくさいでー”なんていうから、どうしたらいいか聞いたらシャマル先生のとこに行ったらいいって……」

もちろん、士郎は約10年前に起こった闇の書事件のことは形しか知らず、そこで起きたシャマルの”変装”のことなど知らないのである。なのはもすっかり忘れていて、言われるがままにこの格好をしてきたのだとか。

寧(むし)ろ逆に目立つということはきっと考えていなかったんだろう。

ちなみに士郎は、叉ヴァイスのところへ行き服装を調達した。今回は黒のインナーに、チェックの赤いシャツを羽織っているという簡素な格好。下はジーパンである。

はやては絶対面白がってやったはずだ、あとでまた竹刀か……などと士郎は考えていた。

「まぁ、ここにはもうほとんど人いないし……それに管理局内なんだから気にする必要も無いだろ。ロッカーあるんだから、縫い出来たらいいんじゃないか?」

「ままこわいー」

「あう……そうするよー……」

ヴィヴィオの反応が直に心に突き刺さっているように感じた士郎はきっと正しい。

なのはがコートを仕舞いに言っている間に先ほど説明しそびれた転送の話をしよう。

今回使うのは月村家に設置されている転送ポート。

といっても、まさに設置されているだけで、無茶苦茶高度なセキュリティーが掛けられ且(か)つ、普通の人が見ても違和感が無いようなものになっているのだとか。

管理局外に転送ポートを設置するのは滅多にないことなのである。

座標が完全に一致していないと転送事故……とまではいかないがそれに近い事故とかもまだ無いとは言い切れないこのシステムは常に監視している必要があるし、長距離(次元世界にも距離の概念があるのだとか)転送は中継ポートとかも使うので本当に大変なものなのだ。

使用には相当面倒くさい申請をする必要があり、基本的に今回のなのは達みたいに”休暇の日帰り旅行”なんて名目で申請したら転送ポートの技術部は憤慨モノだ。

と、今回の転送はまさに特例なわけである。

「怪しまれたから身分証明したら無料で貸してくれたよー」

まぁ、1尉からロッカー代を取るっていうのは勇気がいることだよな。

さて、なのはが帰ってきたこともあり、転送ポートへ入る時間まであと少し、士郎達は許可証を出し、厳重なセキュリティーを3つほど通り、転送ポートへ入るのであった。






~・~・~・~・~





――――どすん、がたん、ばきん、どごん、おどん、うでん

最後2つに関してはわかる人はわかるはず、などとくだらないことは置いておき、士郎達は転送された。

『無事転送、完了しました』

という機械音声が流れてることから成功したんだろう。

「……なんでさ?」

「ぱぱ、まま、くるしい……」

「あははー……すっかり忘れてた……ご、ごめんね……」

暗い。狭い。暑い。

これが、士郎が持った転送の感想。

いや、転送自体は正に一瞬、光がフラッシュのようにたかれたかと思えば次の瞬間この状況だったわけで、この感想は転送後、今の状況の感想だった。

この狭さ、横幅、奥行き……押入れ、ではないな……箪笥(たんす)とかクローゼットの中か?



以下音声のみでお楽しみください。




「と、とりあえず出ないとな……よっと……ん? 柔らか……」

「ちょ、ちょっとま、って、し、士郎君……動かないで……」

「あ、すまん」

「しろうぱぱくすぐったい」

「とと、ごめんなヴィヴィオ。少し待っててくれ。右手が圧迫されて……なのは、悪い、少し動く」

「う、うん……あ……ひゃぁっ!?」

「えっ!? だ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫……士郎君の手踏んでたの私だったみたいだし……あ、あの、私何回かこれ使ってるから、士郎君とヴィヴィオは動かないでね! えっと出る方法は……」

「ぐお、重い……」

「ちょ、ちょっと士郎君それは失礼じゃないかなぁ……」

「いや、ち、違うんだ……一箇所に体重掛けられたらそりゃつらいだろ」

「あ、ご、ごめんね! も、もうちょっとまって! ここを……こう……」



――――扉が開いた



「っつ」

「いたた……」

しかしぎゅうぎゅう詰めだったあそこの扉が開けばそのまま外に放り出されるのは道理で、なんとか士郎はヴィヴィオだけは自分の胸の上に抱きかかえ、怪我を負わせることは無い。

「あはは、ごめんね2人とも、海鳴の転送ポートが1人用ってことをすっかり忘れてて……」

「いや、俺はいいんだけどな……」

――――男として役得だった、何て思ってない。決して。断じて。

「あ、あのー……」

はて、聞きなれない声が

「あ、すずかちゃんっ!」

「なのはちゃんっ! 久しぶりだねー! 元気してた?」

「うんうん、すずかちゃんも元気だったー?」

「元気だったよー! 大学が大変なんだよー」

あらーそうなのー、と、女性の会話は不毛な部分が多い気がする、などとよいこのみんなは断じて言ってはいけない。

ヴィヴィオはなのはと”すずか”と呼ばれた子の顔を交互に見ている。

”すずか”と呼ばれた子は、第一印象は桜に近いな、と士郎は感じた。おっとりとした物腰に、常に愛想良く笑っているような、そんな感じ。

――――やっぱり、癒しって必要だよな。

そう、士郎が思ってしまうのは仕方ないだろう。許してやってほしい。切実に。

「え、えーっとなのはちゃん、雰囲気に流されちゃったんだけど……そちらのお2人は?」

やっぱり、この人はいい人だ。うん、善人オーラが凄い。

ああ……アイナさんも優しいよな……なんて現実逃避気味になっていたのは散々苦労した過去があるのである。

「あ、ご、ごめん、忘れちゃってたよ……こちらが士郎君で、この子がヴィヴィオっていうの。ヴィヴィオ、挨拶は?」

「はじめまして、ヴィヴィオです。よろしくおねがいします。……なのはまま、しろうぱぱ、ヴィヴィオちゃんとできたよ!」

士郎の腕から離れ、可愛らしくお辞儀をするヴィヴィオ。少し大人っぽく背伸びしているところが微笑みを誘われる。

「あらあら、礼儀正しいんだね。私は月村すずか。なのはママのお友達だよ。すずかさん、って呼んでくださいね」

ヴィヴィオの身長にあわせて屈んでくれるあたり、気遣いを感じる。

「すずかさん、よろしくおねがいします」

なのはが、良く出来たねーとヴィヴィオの頭を撫で、それを気持ちよさそうにしているヴィヴィオ。

「……あれ?」

「どうしたのすずかちゃん?」

「え、ええっと……あの……その……そちらの方は?」

「衛宮士郎です。月村さん、初めまして」

「あ、ははは……や、やっぱり……つ、月村すずかです。よ、よろしく……」

士郎となのはは顔を見合わせる。すずかの顔は笑顔だが、そんな異常な量の汗を流していたらそりゃ訝(いぶか)しげになる。

――――なにがやっぱり、なのだろう?

「すずかさん、どうしたのー?」

「え、えっと……ヴィヴィオちゃん、なのはママと、士郎パパって言ったよね?」

「うん、なのはままとしろうぱぱだよ」

すずかは携帯を取り出した。

「――――っ! お、お姉ちゃんっ! なのはちゃんが結婚しちゃった! ど、どうしよう! 私結婚式出席してないよ!?」

まてい。

なのはもものすごく慌てている。

「あ、あのすずかちゃ――――」

「そ、そうだよっ! も、もう子供まで作っちゃてるんだよっ! え、恭也さんが目に見えないスピードで自家用のSu-37(チェルミナートル)に乗り込んだの!? わ、わかった、飛行場の手配はすぐにしておくね! ドイツのそこからだと大体――――」

恭也さん? ドイツ?

しかもSu-37って……なんで”自家用”の戦闘機があるんだよ……。ちなみにチェルミナートルというよりは、NATO読みをしてフランカー、スーパーフランカー、またはターミネーターという呼称が有名だろう。

一頻(しき)り喋ったすずかは携帯を閉じ、ふぅーと深い深呼吸を1つ。

「あ、あの、月村さん」

「そんなっ! すずかって呼んでください、もう身内も同然なんですから!」

「あ、あのねすずかちゃん、だから――――」

あわあわと盛大な勘違いをしているすずかを放っておけば困ったことになる、と判断した士郎はすずかの肩をがっしりと掴んだ。

「月村さん、とりあえず、落ち着いてくれ」

「あ、あの、だめですよ……士郎さん、なのはちゃんがもういるのに……」

「だから顔を赤らめる意味がわからないぞ、頼むから俺の目を見てくれ」

……。

――――そんなこんなで、誤解を解くのに15分はかかったわけで。

「あ、ははは……ご、ごめんなさい……勘違いしちゃいました……てっきりなのはちゃんが2段飛ばしで大人になっちゃったのかと……」

「すずかちゃん、それどういう意味かな?」

「え? そのままの意味だよ?」

「ねぇぱぱー、どういういみ?」

士郎の膝の上に座っているヴィヴィオが見上げて聞いてきたが、士郎はどう答えていいのか困った。わりと本気で困った。

「んー……そうだな、なのはが好きな人を見つけられて、その人と一緒にいられたか、ってことかな」

士郎としては、ヴィヴィオにわかりやすくかつかなりオブラートに包んだつもりだった。

「それじゃあ、すずかさんは、なのはままがしろうぱぱのことを、すきなんだってかんちがいしちゃったんだね」

「ああ、そうみたいだ」

「ほ、本当にごめんなさい……」

「いや、いいんだ。月村さんが勘違いしちゃうのは仕方ないだろ」

微妙におっちょこちょいのところがあるのも、すこし桜と似ているのかもしれない。といっても、これは明らかに士郎達の説明不足というか、勘違いされても仕方の無い……勘違いしない人がいないといってもいいことだけれども。

「あ、さっきのは勢いでしたが、本当にすずかで構いませんよ? なのはちゃんのお友達なら、構わないです」

「ん、それなら改めて初めまして、すずか」

「はい、士郎さん」





~・~・~・~・~





そんな紆余曲折を経て、すずかのお茶の誘いを断ったのは非常に残念だったが、今回の目的はなのは達の両親に会うことなので士郎達は月村邸を後にした。

――――あの時は色々ばたばたしてたから言いそびれたけど、すずかって何か”違う”匂いがしたなぁ……。

そう、士郎は考える。

「ヴィヴィオ、少しお散歩したいんだけど、いいかな?」

「いーよ!」

「士郎君も、いい? 40分くらいは掛かっちゃうと思うんだけど……」

「地球に来るのも久々だしな、いいんじゃないか?」

といっても、特に士郎の気にするところではなかった。すずかが例えなんであろうとも、もう”守りたい人”の1人だ。

凛やセイバー、衛宮家にいる人たちをはじめ、なのは、フェイト、はやて、新人フォアードメンバー、勿論ヴィヴィオに六課のメンバー……。

――――自分の周りだけでも幸せでいてほしい。全ては、”全て”は無理でも手の届くところは全部守ってやる。

本音を言えば、皆を救いたい。

欲を言えば、”ヒト”という枠組みに囚われず全てが幸せになってほしい。助かってほしい。助けてあげたい。

けどそれは無理だから――――

諦めたわけじゃない。いつだってそれは士郎の”理想郷”。

自分を犠牲にしたって構わない。

もちろん今はそれが歪んだ思考だって理解はしている。

だからこそ、自分の出来る範囲だけでもそれを実現したい。

1人でも多く―――――

―――――もしかしたら、士郎は少しずつ根本から変わってきてるのかもしれない。

それは、”報酬を望む”と形容していいのか、”人助け”を報酬として望むのではなくいつしか士郎は”笑顔”をみたいと思うようになっていた。

士郎はそのことを自覚していない。

さっきも、すずかが士郎に笑顔を向けてくれたから――――

自然と、守ろう、そう士郎は思う。

自分に向けてくれる笑顔を壊したくない。

例え自分に向けているものではなくても、壊したくない。

ここにいるなのはの笑顔も、ヴィヴィオの笑顔も、壊したくない。

――――これは歪んでいる?

それはどうなのだろうか。人の価値観は決め付けていいものじゃない。

ただ、”前”よりはロボットではなく、”人間”に近い……そう、思いたい。

「ねえ士郎君」

「ん? どうした?」

「ここってやっぱり、士郎君のいたところとは……違うのかな?」

「どう……だったかなぁ……正直言うと、ここは地球で日本だろ? 地名とかがないとかいったって、そこらへんは変わるもんじゃないからな……でも写真から、多分違う世界なんだと思う」

正直に言えば、若干の違いは感じていた。

一言で言えば、”濃い”。

元々世界の異変とかに敏感な士郎だからかもしれないが、やっぱり前いた地球、日本と比べて大源(マナ)が濃く感じられる。

元々日本にどれだけ魔術師がいたかなんてわからないし、世界規模でみてどれくらい魔術師がいたのかなんてわからないけれども、そこらへんの魔術師が全員いなければこれくらいの濃さになるのかな? 程度の違いだけれども。

突然変異の如く生まれた超魔力の持ち主(なのは、はやて)がいるというのも、在り得るんじゃないかと思う。

自覚してないだけで、こっちの地球って探せばなのはたちと同じ超魔力の持ち主って結構いるんじゃないのか?

とも士郎は思ったりした。

「え、えっと……ご、ごめんね……へんなこと聞いて……」

「いや、いいんだ。むしろ、何でも聞いても構わないぞ。俺や遠坂、セイバーは覚悟してやったことだからなぁ……命があるってことだけでびっくりだから。――――それに」

「それに?」

士郎は歩みを止めヴィヴィオの身長にあわせるように屈む。

「――――ヴィヴィオとも会えたしな」

優しそうに撫でる士郎を見て、なのはは少し嫉妬した。

髪の色も違う、目の色も違う、似ているところを探すほうが難しいはずの士郎とヴィヴィオが、本当の親子のように見えたから。

「しろうぱぱ、ヴィヴィオにあえてうれしー?」

「ああ、勿論。俺が絶対守ってやるからな」

「やくそくだよー!」

「おう」

くるり、とヴィヴィオは振り向き、なのはを見上げる。

「なのはままは、うれしい?」

きょとん、となのはを見上げるヴィヴィオを見て、なのはは少し涙が出そうになる。

――――自分はまだ19歳

地球で育った時間とミッドにいた時間はほぼ同じだけれども、根底はやはり地球人。

やはり最初は、自分が”ママ”と呼ばれることに若干ながらの抵抗があったのは確かだ。

――――なのはも、士郎と同じように屈む

「うん、なのはママも、ヴィヴィオに会えて嬉しかったよ?」

ヴィヴィオの頭に手を乗せ優しく撫でる。

――――今、自分は上手く笑えているだろうか?

抵抗があったのも確かだが、今はそんなことはまったくない。

”ママ”と呼ばれることに喜びを感じてさえもいる。

「えへへー」

ヴィヴィオが笑ってる。

これだけでいいじゃないか。

ああ、お母さんになる気持ちって、こんな感じなのかな……?

「それじゃあ、もう少しだからがんばれるかな? ちゃんと歩けたら、美味しいお菓子だよっ! なのはママのママとパパが作ってくれるからね!」

「おかしーっ!」

「ん? なのはの実家ってお菓子屋さんなのか?」

叉2人はヴィヴィオの手を両方からとり、海岸沿いをのんびりと歩く。

夕方になれば肌寒くもなるこの季節だが、まだ昼過ぎ。風も海から来る心地よいものだけだし、日差しも暖かい。これほどの散歩日和はなかなか無いと思う。

「そうだよ、今から向かうのはそこなんだ」

「そうか……それは楽しみだな」

士郎はいつもの仏頂面を貫きつつも、内心かなり楽しみになっていた。

もちろん一流の料理人にはまったくかなわないし、”ただちょっと”家事をこなしていただけなのだが、いつの間にか料理などの家事が趣味になっていたのだ。

紅茶に関しては仕込まれてからは相当腕を上げたと思う。

お菓子作りだって、本場のパティシエとかと比べるのは間違っているから置いておくが、そこらへんの主婦にはバリエーションで負けるつもりは無い。

ああ、倫敦に行く前に作ったのはババロアだったか……ホームセンターにセイバーと行ったとき、素で

”この容器はかなりの多数分、ババロアやプリンを1回で作れると思うのですが、購入を検討してはもらえないでしょうか? 効率面ではこれに勝る文明の利器は無いと思うのですが”

と、ポリバケツを持ってこられたときは焦ったなぁ……。

いや、あるけどさ、バケツプリン。

物理的に緻密に計算しないと、プリンの自重にプリンが耐えられなくて、”プッチン”すると崩壊するからその辺を完璧に計算して……とかいう番組もあったな、と士郎は思い出す。

確かセイバーがビデオに録画していた気がする……。

説明書を見ながらビデオの録画をするアーサー王。

……シュールだ。

ちなみに凛は録画が出来なくて、ビデオデッキにガンドをぶち込みそうになったところを皆で必死に止めたこともある。

あとバケツパフェとか。

想像しただけで”糖死”しそうだと思わないか?

と、脇道に逸れたが、士郎なりの”趣味”なので、お菓子作りの本場の人と話せるかもしれないというのは士郎にとってかなりの貴重体験なわけだ。

本当は料理が士郎の中での趣味なのだけれども、子供達の笑顔を見るためには甘いものが一番なのである。

それに、お菓子作りだって大義的に見れば料理だ。

こういうことがいつあってもいいように、メモとボールペンを常に携帯している士郎を褒めてあげてほしい。


海岸沿いから離れ、商店街のようなところに入っていく。

なのはは地元が懐かしいのか、きょろきょろと辺りを見回している。

冬木の新都ほど都会ではないけれど、マウント深山商店街ほど田舎という感じはしない、丁度中間辺りの町並み。緑もあって、ゴミも落ちていない……つい散歩したくなる綺麗な町並み。

そしてもう少し歩きその商店街の外れのほうにいくと、1つの喫茶店が見えてくる。

それがなのはの両親が経営する店であり、高校生や学生も気軽に立ち寄れるリーズナブルな値段、ついつい話し込んでしまう小奇麗な内装と店の雰囲気、店員の接客、その結果から得られる地元からの信頼。

それが外から見ただけでわかるということだけで、素晴らしいことだ、と士郎は思った。

「スイヤ?」

「みどりや、だよ」

――――深読みしすぎた、と頭を掻く。

「ここがままのおうちー?」

「ううん、ここはお仕事するところだよ。皆ここにいるから、こっちなんだ」

「ほえー」

昼過ぎで大体満席に近く、といっても待っている人はいない。

「それじゃ、はいろっか」

「うんっ!」

「ああ」

3人ならんで入れるほどの扉ではなかったため、若干ながらなのはが先行して店にはいる。

「いらっしゃいま――――」

「あ、お姉ちゃん、今日はお店手伝ってたんだ」

――――やってしまった

ああ、さっき勘違いされたばかりだろうに……。

士郎となのははその瞬間だけは意識がシンクロしていたと思う。

なのはがお姉ちゃんと呼んだ女性の顔を見れば、先ほどの過ちを繰り返してしまったのだとわかる。

そして、誤解を解くのがまたしても厄介だなぁ、と……。

「な……のはっ!? お、お母さんっ! お父さんっ! なのはが男の人と子供を連れてきちゃったよー!!」

したたたた、と何かの達人なのかと思わせる軽快な足捌きで厨房に戻る女性――――

「あ、ちょ、ちょ……あう……」

なのははヴィヴィオの手を握ったまま撃沈。

店員がパニくっていてもにこやかに談笑し続けている客はいろいろな意味で凄い。

数秒後、奥から出てくる1人の”人”――――

何故”人”と形容したのか。

単純だ――――

「すまんな、なのはを嫁にやるわけには……って子供ぉっ!?」

動きが見えなかったから。

あ、声で男ってわかった。

「なっ……!!」

その男性がヴィヴィオに目をやったお陰で一瞬動きが止まり、その隙を突いて反射的に”得物”を持った右腕を掴む。

――――得物!?

「なかなかやるな、それでもまだ君の事を認めたわけじゃない。さて、道場へ行こうか」

ヴィヴィオがいてくれてなかったら多分士郎の首が飛んでいたか、殺しは流石に無くとも昏倒位はしていたはずだ。それくらい、この男性の動きは早かった。

え、瞬間ならサーヴァント並? さ、流石にそれは無い……と、切実に思いたい士郎であった。

「あ、あの、俺は――――」

「なのはと君の決めたことだ、子供が先に出来てしまったのは目を瞑ろう。しかし、それにも筋ってモノがあるのは君も日本男児ならわかっているだろう?」

「お、お父さんっ!」

「おお、なのは、お帰りなさい。けどすまない、少し旦那を借りる」

右手を掴んだままだけれども、直ぐにでも振りほどかれる……。その手には得物かと思われたが、良く見たら短めの木刀だった。

動きが素早すぎて刃物に見えたんだから仕方ない。

「いや、あのね、だからこの人は――――」

なのはが必死になって弁解しようとしているのにまったく聞く耳を持たないなのはのお父さん……。

しかし、その行動10秒後くらいに現れた救世主によって救われることになった。

「あらあらなのは、お帰りなさい。取り合えずそこだと邪魔になるから席に案内するわね」

「あ、お母さんっ! よかったぁ……お母さんだけは普通だよー……」

――――な!?

「士郎さん、後でお話、聞かせてくださいね?」

「あ、ああ……厨房に戻ってるとするかな……桃子、もうオーダーも少ないだろうから少しなのは達と話してていいからな……」

「あらそう? では、そうしますね」

この人も”しろう”って言うのか……漢字どう書くのかが少し気になる士郎であったが、そんなことよりも。

奥から出てきたのは2人の女性で、1人はさっき言っていた”なのはのお姉さん”で、もう1人は―――

席に案内される過程で、士郎はなのはに小声で話しかける。

「な、なのは」

「うん? どうしたの?」

「片方がなのはのお姉さんていうのは話の流れでわかったんだけどな、もう1人の人は……えっと……」

「お母さんだよ?」

なのはやあのお姉さんの年齢から考えて、最低齢40はいっているはず……。

――――神秘だ

深くは考えないことにした。そうだな、こういう魔術があっても不思議じゃない。

恒久的な若さを手に入れてたとしても不思議じゃ……いやいや不思議だろ。

案内された窓際の席に座る。

4人席で、なのはとヴィヴィオが奥に座り、

「お隣、よろしいでしょうか?」

「あ、はい」

士郎の隣に、なのはのお母さん、桃子が座る。

―――――やばい、緊張する

そんなことを他所に、桃子は話し始めた。

「初めまして、高町桃子、なのはの母親よ」

「なのはままのまま、はじめまして、ヴィヴィオです。よろしくおねがいします」

「よく出来ました。ヴィヴィオちゃん」

褒められて嬉しいのか、ヴィヴィオは笑顔だ。

「それで……こちらのお方は?」

「衛宮士郎って言います。とあることが切欠でお世話になって……今はヴィヴィオの保護者をやってます」

「しろう……私の夫も士郎っていうの。偶然ね」

――――正直なところ、藤姉より若いんじゃないか

ああ、虎が咆える……。

「それでなのは、この子がヴィヴィオちゃん……貴女は仮にも母親になった……その意味、わかるわよね?」

「うん。お母さんみたいな母親目指して頑張るから」

「そう……そう言われるとなんかむず痒いけど……何か困ったらまた直ぐ連絡しなさいね?」

「うんっ! ありがとう、お母さん」

「ううん、母親になった、なんて連絡してくるものだからびっくりしちゃったけど……なのはが決めたことなら文句はないから。しっかり、やりなさい」

「にゃはは、急だったもんね……ごめんなさい」

「本当のことを言えば、相談くらいはしてほしかったわね。でも、なのははしっかりやれてるみたいだし……そうでしょう? 士郎君」

「あ、はい。俺には母親のことはわからないですけど……ヴィヴィオが笑顔ですから。な?」

「なのはまま、だいすきだよ?」

「うふふ、そうね、それなら士郎君はパパなのかな? ヴィヴィオちゃん」

「しろうぱぱも、すきー!」

「あう……やっぱり、私と士郎君はパパとママなの……かなぁ……」

なのはがなんか言っていた気がするが、そんなことよりも……。

――――面と向かって言われると、本当に可愛いな、ヴィヴィオは

ああ、本当に親馬鹿って奴がわかる気がする……。

さっき肩車してやればよかったな。

士郎は女性に囲まれすぎて感覚が鈍っているため、恋愛をすっ飛ばして父親の感性に目覚めてしまったのかもしれない。

いやいやまて、なんかおかしい。

……なるようなれと思いつつ、ヴィヴィオのおなかが可愛らしく”くー”と鳴った。

「……なのはまま、ごはん」

「あ、まだ食べてなかったもんね。ごめんね」

「それじゃあ、お母さん腕振るっちゃうわよ?」

ということで、翠屋にあるメニューの中から頼むことになる。

士郎はペペロンチーノ、ヴィヴィオはミートソース、なのははカルボナーラ。

流れで全員が同じ系統のもので統一されるのって、結構あると思う。

桃子が席を立ち、厨房のほうに戻っていった。

「……さっきはごめんね、士郎君。怪我、なかった?」

「ん、寸前で止められたしな、なんとも無いぞ。でも、凄いな……なのはのお姉さんとかお父さんの動き、相当洗礼されてるって言うか……」

「お父さん、家でやってる武術の師範なんだ。お姉ちゃんやお兄ちゃんはお弟子さんなの」

私はやらせてもらえなかったんだけどね、と苦笑交じりになのはは付け加えた。

その後もヴィヴィオを交えて談笑する。ザフィーラに乗って遊んだ、アイナさんとお掃除をした、新人達のこと、フェイトのこと、はやてのこと。

スパゲッティがきて、その味に士郎が感動したり、ヴィヴィオがこぼして大変だったり……。

そんな雰囲気だった中、なのはが遠慮がちに聞いてきた。

「そういえば……士郎君って、六課に来る前はどういうことをしてたの……? うんと、私達くらいのときの話しを教えてほしいな」

高校卒業してからの話を口にするのは、ヴィヴィオがいる今、憚られた。

「そうだな……それじゃあ高校生くらいの話だな。まず、高校1年のとき俺は弓道部にいたんだ――――」

半分以下になったスパゲッティを食べつつも話す、今になってはあまりしない過去の話。

遠坂との出会い。

ああ、遠坂のことを最初は完璧超人だと思っていた辺りの話のうけがよかったと追記しておく。

そしてセイバーとの出会い……は特殊すぎるので割愛した。とある事件が切っ掛けで出会い、今に至る、と曖昧な答え。なのははセイバーは幽霊だってことを知っている。

そんな事を知ろうが話している間に、皆のスパゲッティがなくなっていた。

――――どういう調味料を使ってたんだろうなぁ……。

そんな事を思いながら。

士郎自身、”ちょっと人より料理が出来る男”程度だとは自覚している。

実際そうなのだけれども、やはりいつのまにか”趣味”となっていたものだと話は違ってくるものであり、より美味しいものを作りたいという士郎の心境は察してあげてほしい。

――――だが

桃子が、デザートに、と持ってきた3つのシュークリーム。桃子は少し忙しいらしく、シュークリームを置いたら奥に戻っていったが……。

それに添えられるように、シュークリームが乗っていたトレイには2つのマグカップの中には黒い液体……コーヒー。

そしてヴィヴィオ用なのか、オレンジジュース。

これで士郎は前後不覚になるほど打ちのめされた。

この店の人気商品なんだ、となのはが言った。

1つの皿に3つ、心狭しと乗っているシュークリームは普通に見たらコンビニで売っている……とまではいわないが、シュークリーム屋さん、みたいなところで売っているものと素人目には変わらない。

しかし、口にした瞬間そんな考えも吹っ飛んだ。

「どう? 士郎君」

「こ、これは……」

「まま、おいしー!」

それはよかった、とヴィヴィオが頬張り口の周りについたクリームを指で取り、口に運ぶなのは。

だが士郎は茫然と、一口しただけのシュークリームを見つめる。

――――”お菓子”というものを俺は何処かで見下していたのかもしれない

お菓子作りは楽しいし、子供にも喜ばれるが、やはりどこかで”主食”よりは下なんじゃないか、と、深層意識下で思っていたのか……。

「なのは、このシュークリーム、なのはのお母さんが作ったのか?」

「うん、お父さんとかも手伝ってるけど、本格的なところは全部お母さんだったかな。お父さんは、こっちのコーヒー担当」

高いから美味い。これは当たり前であることが必然といえる。高くて不味い、これは次回行きたくなるものではないだろう。

安くて不味い、これは安さの度合いにより許せる。

安くて普通、俗に言うファーストフードなどがこれに該当すると思う。本当に好きなもの、にファーストフードを挙げる人はそれほど多くないはずだ。

――――このシュークリームはどうだ?

美味い、旨い、甘(うま)い、いや……巧い。

値段だってそんなにするものじゃない。

しかしこのシュークリームのシューの中に詰まっているものは本当にクリームなのか? と、疑ってしまうほどの衝撃。

頬っぺたが落ちる、という表現ではなく、感情が籠められているというか……そう、言うなれば、”笑顔になれる”お菓子だ。

そしてこのコーヒー、紅茶塔の凛に教え込まれそれなりの腕にはなっていたものの、珈琲に関してはほとんど素人同然の士郎にとってはこの味も忘れがたいもので……。

珈琲は、基本的に苦いものは美味しい。

飽くまで大別するだけだから深くは突っ込まないが、不味いものは一発でわかる。

元々酸味が強い珈琲だってあるにはあるが、明らかに時間が経って放置してあったものは”すっぱい”。

ファーストフード店など顕著で、休日の昼時に頼むものはそれなり値段相応以上に飲めたものだけれども、普段の日の微妙な時間帯……2時とか4時過ぎとかに飲むものは本当に一発でハズレがわかる。

と、少しだけ話が逸れたがこの珈琲……。

深い。

値段からして無茶苦茶いい豆を使っている、というわけではないと思う。

けど、苦さとは違うこの深さ……。

士郎は珈琲に関して詳しくないし、書いている本人でさえあまり理解しているものではないのだけれども、シュークリームの甘さと絶妙にマッチするこの珈琲。

士郎は、桃子に、そしてなのはの父親である士郎に話を聞きたいと思った。店の秘伝なのならばレシピを教えてもらうことは不可能であろうけれども、心構え、作るときの心境、これに至った経緯などは教えてくれるかもしれない。

そしてなのはも、士郎が趣味で料理やお菓子を作るということは凛から聞いた程度だが、知っていた。

「――――頼むっ! なのはっ! なのはの両親と話をさせてくれ!」

つい声を荒げてしまうほど、士郎は打ちのめされていた。

――――これからは紅茶だけでなく珈琲も、お菓子作りもやりたい。

純粋な趣味の拡大。

なのはもそれを理解し、答える。

「今日はいつもより早く店が閉まるから、その後なら大丈夫かな?」

翠屋はよっぽどのことがない限り年中無休に近いが、週に1度だけ店を夕方になるかならないかほどの時間で閉める日があり、それが偶々(たまたま)今日なのだ。



しかし士郎となのは、それにもちろんヴィヴィオも、気付いていなかった。



――――士郎が声を荒げたとき、店の中が静まり返ったのを


昔を思い出してみてほしい、わいわいがやがやと談笑していたはずのクラスが、まるで幽霊が音を持ち去ったのかのように静まり返る瞬間があったはずだ。

入店騒動でも動じなかった翠屋の客だけれども、今回のはタイミングが悪かった。



静まり返った瞬間、とある高校生2人の小声の会話である。

なのはを見た、という友人を羨ましく思い、翠屋に通っている内にいつのまにか容姿もよく知らないのになのはのファンになっていた村人AとB。

村人ではなかったが、まあいいや。

「お、おいB、まさかアレが幻の……この翠屋の末っ子、高町なのはさんじゃないのか?」

「ま、マジか? ……無茶苦茶美人、それに年が近いって噂を聞いて、なにが嬉しくて男を誘って翠屋に1年通い続けたのか……それでも、通っていた甲斐があったぜ……やばい、美由紀さんも美人だけど少し年上だからな……なのはさん、可愛いぜ……A、お前にはわたさねぇ……」

「で、でもよB、今の会話からすると、男がなのはさんの両親に会いたいっていってるよな?」

「あ、ああ……ここからじゃ男の顔は見えないが、なのはさんの隣に座っている幼女からすればあれは2人の子供……子供……? なん……だ……と……?」

「”出来ちゃった”あとに両親に挨拶するつもりなのか!? あのボケ男は! 暢気にシュークリーム食ってんじゃねぇよ! おいB、殴りこみ行くぞ」

「待て落ち着けA、あの幼女、見た目からすると小学1年生か幼稚園……5、6歳だろ? なのはさんって19だよな……」

「なのはさん、海外に留学してるって噂が強いんだけどな……まさか中学生のなのはさんをたぶらかしたのか? あの男は……」

「しかもなのはさん、オーケーしちゃったぞ? 殺す、あの男殺す」 

「お前こそ落ち着けBっ! 翠屋での店員以外の揉め事は御法度ってのは暗黙のルールだろうが! それを破った奴らの末路をお前も知っているだろう……?」

「ち、ちくしょう……可憐ななのはさんにあの男はあんなことやこんなこと……ぐわあああああああ」

「B! しっかりしろB! 気をしっかり持て!」



思春期真っ盛りな微笑ましい(?) 2人の盛大な勘違いは、決して2人だけの勘違いじゃなかったことを付け加えておこう。

長らくも通い続けている人たちは小さかったころのなのはのことを知っている。

というか、誰でもあの士郎の言い方を聞いたらそう思う。




そんなこともありつつ、3時付近にラストオーダーを受け、まばらに解散しつつある翠屋。

店の片付けをしつつも持ち帰りの販売は続くので、閉店は4時半とかになるのだが、翠屋のお客は基本的に翠屋の負担にならないように、人が沢山いるときは自重して無駄にだべったりはしないし、ラストオーダーとなると30分ほどで自然と解散になる。

持ちつ持たれつ、いい意味で、いや、いい意味しかないが、翠屋は地元からの支持を受けている。

なのは達のテーブルの上にももう何も無く、ただ待つだけとなっているのだがそれも苦ではない。

話すことはいくらでもあるし、ヴィヴィオは知りたがりなのでそれでさえ話題が尽きることは無い。




――――しかし、その平穏な空間が壊される。




カランカラン、と小気味いい音を立てて来客を告げるはずの扉は不協和音のような濁音を発し、それが力任せに扉を開かれたものだとわかる。

店の中にはもう、客として残っているのは士郎達だけだ。

そして士郎は、その来客主が殺気を放っていることに気付く。

いや、扉に入る前から感じていたその強大な気配。

気配を感じるということは特に大した輩ではないというのは間違いで、”この”クラスになると”わざと”殺気を撒き散らし、やってきているのだとわかる。

建物の中にいて奇襲を受けることなど珍しいことではなかったので、士郎の対応は早かった。

――――ここにはなのはとヴィヴィオがいる。そして、その殺気はこっちに向けられている。

ならば迎撃しなければならない。

椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がり、半歩ほどの距離しかないがそれでも間に合うかどうか瀬戸際の、ヴィヴィオとなのはのまに立ちふさがる。

――――見えない

視覚を無意識に強化するも、正に残像しか見えない。

ほぼ反射的に夫婦剣を投影し、その脅威からなのはたちを守ろうとするもその影には意味は無く――――

防御したはずの首、顎、心臓。が、その防御をすり抜け士郎の意識を刈り取る。

「貴様がなのはを誑(たぶら)かしたのか、翠屋を血に染めるわけにはいかない。が、すまない、君を認めるわけにはいかない」

耳元で囁かれた低い声。

そして、最後に聞いたなのはの言葉の印象が強く、士郎の頭に刻み込まれるのだった。

「――――お兄ちゃんっ!?」





~・~・~・~・~




額が冷たい。

そして後頭部が暖かい。

横になってる?

横になっている士郎は、何で自分がこんなことになっているか理解できていなかった。

ぐわんぐわんと揺れている脳に喝をいれ、薄っすらと目を明ける。

――――知らない天井だ

ではなく

「なの……は……?」

涙を流しながら士郎の目を見るなのは。

「士郎君……起きたぁ……よかった……よかったよぅ……」

しかし今の状況を今一理解できていない。

安全だと思われた日本でテロ行為があるとは思っていなかった。だが、反応できたのは僥倖だったはずなんだけど……確か一発でのされて……ん?

「のわぁっ!?」

「きゃぁっ!?」

「むっ」

思わず飛び上がる士郎。

「ど、どうしたの士郎君」

「膝枕だったのか……びっくりした……」

「あ、ご、ごめんね……嫌だった……かな?」

「いや、そういうわけじゃない。ただ、その……慣れてないから……ん?」

急に飛び上がったから無茶苦茶くらくらしたものの、なんとか気合でこらえる士郎が見たものは……。

――――土下座をし続けている1人の男性?

「はい、お兄ちゃん、士郎君に謝って」

「で、でもななのは……俺はお前を心配―――」

「謝って」

「だから――――」

「謝って」

「申し訳ありませんでした」

「あ、いや……その……貴方は?」

土下座をしたままで顔がわからないので、顔を上げてもらうようにもいった。

「高町恭也だ。なのはの兄をしている」

「衛宮士郎です」

恭也……その名前に士郎は覚えがあった。

すずかのところで聞いた名前だ。

「なのはが子供と夫を連れてきたと聞いてな……勘違いだったとはいえ、すまなかった」

「いえ、確かに勘違いされるようなことですし……で、でも、ドイツからですよね? なんで3時間と少しでここまで? 物理的に不可能だと思うんですが……」

「いや、な――――」

……聞いた話は馬鹿げた話であった。

マッハ2程度しか出ないはずのチェルミナートルを忍(恭也の妻)が改造、フルペイロード(最大積載量)でもマッハ1,8を実現、増層タンクをパージすれば2,8ほどまで出せるようになっているとか。

そして勿論燃料が続かないので4回ほど空中給油、領空侵犯などの関係は全て月村家の力でなんとかし、月村家の権力が効く日本の基地に着陸、ここからそこまではヘリ、翠屋上空から直接降り立ったのだとか。

いやいや、アフターバーナー全開にし続けてドイツから日本まで持つって、それ絶対Su-37って名称を持った別の物体だろ。

金属の常識的に無理だ。

――――その常識を覆すのが月村家であることを士郎は知らない

むしろ知らないほうがいいのかもしれない……。

それよりも、今のなのはの心境のほうが大事といえば大事だろう。

「ほんとにもう……最初は誰かまったくわからなかったから、襲われたのかと思ったんだよ……」

「なのは、本当にすまない。ついかっとなってな……並の男なら殺気だけで気絶しそうなもんだが……」

その殺気の方向が自分、なのはに向けられているものではないとわかったのが、士郎を鞘を付けたままの小太刀で昏倒させる瞬間だった。

それまでは”こっちにくる”という感覚でしかなく、正直に言えばなのはは”恐怖”というものを覚えてた。

なのは自身、それなりの場数を踏んでいる自覚はあるが、その経験すら生きない圧倒的な気配。

”殺される”

近くにいただけでそう思わされるほどの圧倒的な気配。

なのはは動けなかった。

しかし、士郎は咄嗟に動いた。

「お兄ちゃんってわからなかったから、本当に恐かったんだよ……?」

「ああ、反省している……俺ももうそれなりの年だしな、大人気ないことはしないつもりだったんだが……」

――――なのはは、自分が”守られる”という感覚を久しく忘れていた。

守られることはあってもそれがフェイトであったり、ヴィータであったり、女性ばかり。

深いところまで掘り起こしてやっと、10年ほど前にユーノに守ってもらった記憶がふと出てくるくらいなのだ。

”エース・オブ・エース”と呼ばれるなのはでさえ動けなかったのに、なのはとヴィヴィオの前に咄嗟に立ちはだかった士郎。

もしアレが恭也でなく、”敵”だったとしたら士郎はほぼ確実に死んでいただろう。けれども、臆することも無く士郎はなのはとヴィヴィオの盾になった。




――――それがどう、なのはの目に映ったのか。




なのは自身でさえも、このときは深く考えていなかった。



――――ヴィヴィオと自分を、守ってくれた

ただ、そう感じる。

もちろん、士郎にとっては先ほどの行動は当たり前。

それがヴィヴィオとなのはでなくフェイトだとしても、はやてでも、凛でもエリオでも、いや、”誰でも”、士郎はそうしただろう……。

昔と違うのは、”死んでもいいから守る”という意識で立ったことではない、ということを付け加える。

「勘違いは尤もだと思いますから、なのはもそれくらいにして、な」

「うん……」

「なのはの許しを貰ったところで、ときに衛宮君、君はそれなりに武術の心得があるんじゃないのか? なのはの魔法の例があるからあのどこからとも無く剣を取り出したのは深く突っ込まないが、少なくとも常人の捌きではなかったな」

「士郎で構わないです。ええと……そうですね、いろいろありましたから……護身術のようなものです」

ふむ、と恭也は士郎を一瞥し、一拍置いてから口を開いた。

「一目見ただけでその人がわかる、とまでは行かないが、それなりに人を見る目は養ってきているつもりだ。……俺も、”守りたいもの”があって今までやってきた。そしてこれからも自分の道を進む。士郎君、君は……その”力”がある意味、自分で理解しているか?」

――――士郎は恭也の目を見て驚愕する。

あの一瞬の交わりでそれなりの見極めをしたというのか。

拳を交えればわかる、そういう類のものなのかどうかは知らないが、恭也は本能的な部分で、士郎のことを少しだけ、ほんの少しだけ理解していた。

――――持っている力を間違った方向に使えば、それは人の笑顔をたやすく壊す。

――――だが、そういう面を理解したうえで正しく使えばそれは”守る”力となる。

勿論、この場合の”正しく”というのは比喩であり、恭也や士郎の主観の話であるが……。

「俺は……いや、俺も、同じです。”護身術”といいましたが、それは自分を守るための力であり、そして皆を、守りたい。なのはも、ヴィヴィオも、勿論恭也さんだって、”もしも”のことがあれば助けに行きます」

「ああ、そのときは助けてもらうとしよう」

そのとき初めて、恭也が微笑んだ。

この人がピンチなんて考えられるかどうかは別だが――――。

「――――だが」

だが?

「なのははやらん」

「お兄ちゃんっ!!」

「あはは……いや、えっと……なのは、ヴィヴィオが起きるから静かにな。恭也さんも、からかうのはやめてくださいって」

「あう……ごめんなさい」

時はもう日が落ち、夜の帳が降りかけている。

それなりの時間、気絶していたらしい。

その間にヴィヴィオは寝てしまったのか、なのはに寄りかかり寝息を立てている。

「だが士郎君、そこらへんの男よりは骨があると見た。本音から言えば俺がいればいいんだが、それは無理だ……。だから、なのはとヴィヴィオのこと、頼めるか?」

「ええ、勿論です」

「私なら大丈夫なんだけどな……」

「お母さんとしては、危ないことをやっているよりはいい旦那さんを見つけて、穏やかに暮らしてほしいんだけど……」

「あ、お母さん……」

持ち帰りの販売も全て終了、片付けも終わりあとは店を閉めるだけになったらしい。

「そうだな、いっても聞かない子なのは昔からだが、お父さんからしても娘が危険に晒されてる状況って言うのは心配なもんだ」

「そうだねー、ほら、士郎君だっけ? 擬似的なパパとママなんてやめて、本当になっちゃえば?」

「お、お姉ちゃんまでっ!!」

「いや、あの……なのはが迷惑でしょう、それは」

「美由紀、久々に訓練してやろう」

「あ、私用事を思い出した、ばいばーい! 士郎君またきてねー!」

美由紀の行動は早かった。

迅速に。いや神速に。

「……多分、なのはは、守る側なんだろう?」

そう、士郎さんが言った。

「……うん」

「それはいいことだ。なのはにしかできないことだってあるはずだ。しかしな、なのはだって”守られてもいい”んだ。わかるか?」

「えっと……それは……」

なのはは久しく、守られるという感覚を忘れていたのかもしれない。誰かに頼るということは自分からはしなかった。

……いつもそれを言わなくてもわかってくれるフェイトやはやてがいたから。

「人、っていう生き物はそういうものだ。例え自殺しかけた人でさえ、人の力によって自分自身と向き直れる人だって少なくない。恭也はそれをわかっているから、決して意地を張ったりせず、さっきの士郎君の言葉を受けただろう? そういうことだ。追々、わかればいい」

「うん……でも、それは迷惑なんじゃ――――」

「それは、違う」

「士郎君?」

「迷惑なんかじゃない。特に女の子なんだから、本当は戦いなんてしてほしくないんだぞ」

「うう……で、でも……」

「なのは、とにかく、頼ってみるんだ。言葉遊びみたいだがな、守られることで守れることだってある。ほら、いいじゃないか、丁度士郎君という人が近くにいるんだ。さっきは俺も取り乱したけどな、桃子と共に全力で応援する」

「お父さんまでーっ!」

そのときの高町士郎の瞳が生気を失っていたのに気付いたのは桃子くらいだろうか。ああ、一体あの勘違いの後桃子にどういう話をされたのかは想像にお任せしたいと思う。




「――――俺は認めん。認めてほしくば俺を倒すことだ」

無理だろ、とゼロコンマ数秒で考えた君は正常だ。

「えっと……認めるとかは別にして、士郎君を殴った分、やっぱり1発は1発だよね……? レイジングハート」

『 All right my mastar 』


「――――な!?」





――――――――


GWのほうが忙しい、っていうひとはきっといると思います・・・はい・・・。

一週間もあけてしまいました、本当に申し訳ないです・・・。

それに、ギャグ色があまり無い回・・・本当に練習での投稿に。

元々考えてたこと(すずかの吸血鬼の話とか、アリサとの邂逅とかを主に)を削りに削ってもこのサイズに。

やりたかったことといえば、恭也が戦闘機に乗って突っ走ってくることです(苦笑)

最初はコンコルドだったんですが、北周りの旅客機で普通に行っても15時間ほどかかるドイツ、3時間半で頑張らせるためには魔改造した戦闘機しかなかった・・・。

チェルミナートルにしたのは、単純に好きだからなので、突っ込まないでいただけると嬉しいです(蹴


士郎がなぜかヴィヴィオ(父親)エンドに向かってる気がしないでもないです。・・・そんな予定微塵も無いのに・・・書いてたら・・・。

では、StS後半戦にいきたいとおもいます!

・・・アニメで視点変わりすぎててどう書いていいかわからないというのが本音ですが、頑張りたいと思います。


読んで下さった皆様に感謝です!


感想ご指導、お待ちしております。



[5645] 十八話
Name: あすく◆21243144 ID:627baabb
Date: 2009/05/10 19:02
管理局が、六課が襲撃にあった。

怪我を負っている隊員以外は襲撃にあった次の日には直ぐに仕事だ。

だが、士郎は参加していなかった。

いや、特に何もいわれてないから別にサボタージュしているわけではない。

そして誰も咎めない。

セイバーも凛も、事後処理にあたっているのは知っている。

だが、その2人も今の士郎には声を掛けなかった。

壊滅的打撃を受けた六課を背に、士郎は着替えもせず海を眺めていた。


――――ヴィヴィオが攫われた


その事実がどれほど士郎を打ちのめしたか。

食事も取らず、どうしても起きる生理現象以外のときはその場所を士郎は動かない。

はやての1発で火の手を沈め、だが夜明けには解凍していた六課。

散らばっていたガジェットの残骸。

時はもう夕暮れ、そのガジェットの残骸も既に回収されている。

それでも、士郎は動かなかった。

シャマルやザフィーラ、ヴァイスが死ぬ一歩手前の怪我を負っていたというのに。

キャロが今までの過去を断ち切り、六課を守ったというのに。

セイバーが無理をしてまで、自分の言うことを聞いてくれたというのに。

はやてが、自分の地位を危険に晒してまで取った行動があったというのに。


――――自分は動けないまま寝ていただけ?


ああ、勿論魔力を無理矢理通せば動くことくらいはできただろうが、それがなんになる。

飛行能力は無い、セイバーのように海を渡れすら出来ない。

結果、ヴィヴィオは攫われ、六課が壊滅し、死人は出ずとも、人、無機物含め大勢の犠牲が出た。

管理局地上本部がどうなったかなんてどうでもいい。

そんな体たらくだった士郎は1日中、海を見つめていた。

その間、考えたことは膨大だっただろう。

日がもう半分以上地平線に沈む。

――――そういえば、はやてはそろそろ戻ってきてるはずだ

士郎は1日中考えた結果、ある結論に至っていた。

はやてが戻ってきている時間だということを思い出し、士郎は立ち上がる。

数人から浴びせられる視線が少しだけ、気になった。いや、これもただの被害妄想なのかもしれない。

――――ああ、わかった

過去の思考に戻ってしまうほど、ヴィヴィオが攫われたことは士郎にとって重大なことだったのだ。

仮にも親だ。

子供が攫われて黙っている親なんていない。

1日中何も食べていなかったからと、ふらつく足取りではない。

どこもかしこも、ガジェットにより壊されている。

鬼気じみた表情で歩く顔を見たら、いつのも士郎を知っている人はどう思うだろう。

幸いにも、その表情を誰かに見られることは無かった。

今足を踏みいれた部隊長室だって、その限りではない。

前に来たときの面影は無く、テーブルや部隊長の机は壊れ、観葉植物は黒こげ、備品が散らばっていた。

扉さえも、もうあの自動ドアの機能を果たしてはいない。

はやてが立つ1段高い部隊長机の置いてあるその後ろは綺麗なガラス張りだったが、今は所々ひびが入っていて見る影もない。

「――――はやて」

今日初めて士郎は口を開く。

「士郎、君……」

そこには凛もいた。

部隊長の補佐、秘書なんだから当たり前か、と士郎は思う。

1段高くなっているところに部隊長机はあるのだが、そこに2人はいた。はやてはひび割れたガラスの向こうの外を眺めていて表情はわからない。

「日光浴はもう終わり?」

凛のいつもの軽い口調も、今の士郎には煩わしいだけだった。

冗談が通じなくなっている士郎に、凛ははあ、と溜息をつく。

そしてはやてに会いに来た理由、それはあることを告げに来ただけなのだ。

士郎がはやてと凛のほうに歩いていこうとすると、はやてが振り返り、それに伴うように凛も1段下の部分に下りてきた。

「はやて、ヴィヴィオを取り戻しに行ってくる」

はやての目の前に立つと、士郎は威圧する意味も籠めてはやてにそう告げた。

「……だめや、それは許可できん」

しかしそれを許可するわけにもいかないはやては、士郎の視線に正直足が震えそうになるのを我慢し、長身の士郎を睨み返す。

いつもの、仏頂面ではあるがそれが逆に士郎らしい、と認識が広まり、それがわかってきたはやてだったが、今の士郎はいつもとは違う。

親の仇(かたき)、とでも表現したらいいのか、その表情から発せられる気配にはやては竦みそうになる。

「いや、許可は要らない。勝手に行く。それじゃあな」

だがそのはやての言葉を聞くこともなく、士郎は踵を返す。

そうだ、許可なんて要らない。親が子供を取り戻しに行くために許可なんていらないだろう?

――――ただ、はやてにそのことを告げにきたのは、何処かで残っている士郎の理性だったのかもしれない。

「だめやっ! いかせへん、いかせへんよっ!」

もう機能していない自動ドアの前に、手を大の字に広げて回り込むはやて。

かつ、かつ、と後ろから凛が近付いているのも士郎はわかっている。

――――はやての目を見る

その目には一滴(ひとしずく)の水が浮かんでいる。

だが、そんなことで止まるなんてことは出来ない。

「退いてくれ、はやて。手荒なことはしたくないから」

「だめやっ! だめなんや……! お願い……士郎君……いかんといて……」

半ば崩れるように、はやては顔を伏せながら士郎の胸を叩く。その手に力は無く、士郎の目線からは表情は見えないが、ぽたり、と地面に垂れる雫。

「すまない、俺は行く」

右手ではやての右肩を持ち、窓を開けるようにその右手をスライドさせる。

「――――ぅっ……!」

退けるだけのつもりだったが、思いのほかはやてが軽く、いや、はやての踏ん張りが効いていなくて右にすっ飛ぶはやて。

――――はやてからすれば、いつもは暴力的ではない士郎が自分を突き飛ばすとは思っていなかった。

尻餅をつき、立ち上がる元気も無いのかはやては目を伏せている。

ごめん、そう士郎は心の中で思い、右足を踏み出す。

心だけの贖罪に、意味はあるのだろうか?

ないだろう。

だが、そんなことよりも優先させないことが今はある。

「士郎」

その声を聞き、また止まる士郎の足。

「なんだ?」

命を預けあった仲の凛の言葉だからこそ足を止めたが、今回ばかりは凛の言葉も聞く気になれなかった。

聞くだけ聞いて、士郎は直ぐに飛び出すつもりだった。

「こっち、向いて」

有無を言わさないときにつかう凛の、ピンと張り詰めた口調。

「向いたら、行ってもいいのか?」

それをわかっていても、問いかけなおしてしまったのは何故だろうか?

「ええ。わたしの言うことを最後まで聞いたら、だけど」


――――ああ、遠坂はアドバイスでもくれるのかな? いつもわかってくれるのは遠坂だった……。


はやてが自分のことをわかっていないとは思っていない。だが、ヴィヴィオを助けに行くのを止めようとするはやてとはどこか違う、そう、士郎は思った。

しかし士郎は、そんなことが起こるとは思っていなかった。

「ああ、そうか、それなら――――」

それなら、のタイミングでくるりと凛の方向に向き直る。



――――っ!?



が、凛が発したのは言葉ではなく。

士郎は一瞬、なにをされたのか理解できなかった。

左頬が熱い。

いや、これは痛いというのか。

部隊長室の広さでも反響するほどの、まるで風船が爆発したかのような大きな音。

「なに……するんだよ」

凛の右手が左頬をはたいた、ということに士郎が気付いたのは数秒遅れてからだった。

「あんたが、ヴィヴィオを助けに行きたいって気持ちが嘘じゃないのはわかる。士郎がそういう奴ってことは数年だけど濃い付き合いしてきてわかった。ううん、わかっているつもり」

「だったら――――」

それにかぶせるように、凛は言葉を続けた。

「”衛宮士郎”ってやつのことはそれなりに深いとこまで知っている。他人が知らなくていい、迷惑でしかないようなところまで知って”しまった”。だからこそ、わたしはあんたに聞きたいことがある」

無視していっても良かったが、凛の目が本気であることに気付いた士郎の足は、外に向かって走り出そうとはしなかった。

「なん……だよ」

「――――100パーセント、全て、心の底から、ヴィヴィオのことを助けに行きたいって言うのなら行きなさい。わたしは止めない。ううん、今すぐセイバー連れてわたしも行く。例え、どこにヴィヴィオがいるのかがわからなくても」

行く、と行ったはいいがヴィヴィオがどこにいるかなんて、士郎はわかっていなかった。

頭が回っていなかった? いや、士郎はヴィヴィオがどこにいるかなんて元々わかっていない。

そして、わかっていないというのに行こうとしていることさえも、自分自身でわかっていた。

「俺は……」

「ただ、もし、あんたがあの場所で麻痺して動けなくて、”自分のせいで”ヴィヴィオが攫われて、六課が落ちて、それの贖罪で”自分を”納得させるためだけの理由がほしいだけで動こうとするなら、許さない」

「…………」

「わかる? あんたはもう昔の士郎じゃない。そんな身勝手の”ついで”で助けられるヴィヴィオはたまったもんじゃない。士郎、落ち着きなさい。2度、同じ過ちを繰り返すのは許さない」

――――俺は、どうだった?

士郎は自分に問いを投げかけた。

ヴィヴィオを助けたい。これは本当だ。

でも……。

凛が言ったことを、否定できない自分がいた。

ヴィヴィオが攫われたのは”自分のせいで”。

六課が壊滅したのは”自分が情けなく寝ていたから”で。

それを誰かに許してもらおうとしていた?

いや――――

自分自身を、自分で許そうとしていた……?

「まぁ、今回のはバ管理局のずぼらさが露見したというか、多分あのレジアスとかいうお偉いさんと、ジェイルなんとかが繋がってて、レジアスはジェイルに裏切られた、ってのがわたし達の見解。そりゃ、手を組んでるやつからちょっかい出されるとは思ってなかったわけで、襲撃はありえないっていえるのも頷ける」

「違う……」

「つまりは六課が壊滅したのも、ヴィヴィオが攫われたのも、強いて言えば全員が悪い。士郎が動けたって多分大筋は変わらなかった。ねえ、あんたはそれ全部背負うつもり?」

「違う……! 俺がちゃんとっ――――」

「違わない。士郎、自惚れないで。あんたが”なにを知っているか”なんてわたしは知らない。あんたが話さないなら聞く気もない」

――――え?

凛は、自分とジェイルさんの間に何かあったのかを知っている……?

そんなことが頭の中を巡ったが、そんなことは後回しだ。

「俺が……ちゃんと……」

伝えられてたら? 

「確かに、士郎が何か知っていて、それを伝えられてたら壊滅は免れてた”かも”しれない。けど、それはわたし達も同じ……」

どこか凛は悔しそうに表情を歪める。

いや、それがわかるのは士郎だけだろう。重要な場で、凛は表情に何かを出すということはしない。基本原則はポーカーフェイス。

だが、今の凛は少しだけ、歯で唇を噛んだ。知っているものさえ、注意してみなければわからないほど微妙な変化……。

「はやてを後数分、わたしが早く外に出してあげれば変わったかもしれない。デバイスを無理にでも携帯させてたら変わったかもしれない。六課にもう少し、人員を残しておけば変わったかもしれない」

「…………」

――――また、俺は1人で突っ走ろうとしてたのか?

「もう一度言う。自惚れないで。士郎、あんた1人で全てが変わっただなんて、まだ言う?」

「俺は……」

「それに――――」

少しだけ凛が、表情を緩めた。

これも、士郎やセイバー、それなりに長く凛と付き合っている人たちにしかわからない変化だろう。

「――――へっぽこ1人で突っ走ったって大した結果にならないんだし、行くときは総戦力で反撃してやろう、って言ってんの」

――――自分を頼れ、そう、面と向かって言ってくれたのはセイバーではなかったか。

1度理解したつもりだったのに。

――――俺は叉、1人でやろうとしてたのか

「…………ありがとう、遠坂。けど、まさか遠坂にビンタされるとは思わなかったぞ。無茶苦茶痛かった」

――――皆を、頼っていいんだよな

「左じゃなかっただけ感謝しなさい。まぁ、あの程度が避けられられないってことはあんたも重症でしょ」

確かに。凛は文官に近く、基本的に格闘や戦闘は苦手なのだ。

……いや、苦手だからって出来ないわけではないけれども。

「ああ……また、間違えそうになった」

「それを引き戻すのがわたしやセイバーの役目だし……ま、”アイツ”にならないように気をつけなさいな」

より多くの人を救えると信じて英霊になったはいいものの、自滅する人間の掃除屋になっただけに過ぎず、理想……全ての人を救うはずが逆に人を殺し続けることになり、狂ってしまった赤い弓兵。

しかしながら、士郎は”アイツ”のことを嫌っているわけではない。寧(むし)ろ尊敬する部分があるとさえ考える。

何十年も、死ぬまで鍛え続けた鋼の肉体。精神力。魔術。

まだ今の士郎には、視力の強化でさえ自然と行える程度にしかなっていない。

強化した視力こそは”アイツ”とそれほど変わらないだろう。

ほとんど遠くと見るのと同じ感覚で目の強化は行えるが、”槍兵”の神速の突きを見切っていたときほどのものではない。

それに、見切れる技量も無い。

超一流であるメディアの空間の固定化を1工程(シングルアクション)で行という、凛が目をパチクリさせるほどの魔術で固定されたのを力尽くで振りほどくというデタラメさだってない。

五感の強化でさえ、まだうまくいかない。身体強化なんて最たるもので、”あんな魔術(一斉強化)”に頼ってでさえもサーヴァントについていけるのは……いや、防げるのは一瞬だろう。

本来身体を強化する、というのは難しいもの。

そもそも”強化”という魔術は、その”存在意義”を強化するのであり、一括して身体強化、という言葉を使っているが、例えばあの一斉強化を例にすると……。

筋肉を強化し、神経を強化し、脳の思考速度を強化する。

勿論これも大別しただけで、脳の思考速度だって反射の速度や脳から四肢に伝わる電気的な通信速度を強化し……等等、実は無茶苦茶大掛かりなものなのだ。

普段使っているのは、簡単な筋力の強化。これだって、使い慣れないと逆効果になるのは明白。

いきなり数倍の筋力がついた、とか、普通だったら歩くことすらままならないだろうから。

アーチャーほど修練を積めば、足りない部分を強化するだけでサーヴァントと打ち合えるようになるのだろうけれども……。

先ほど書いたように、視力の強化でさえ錬度がアーチャーと士郎では雲泥の差と言ってもいい。もちろん、近付いてはいるが。

精神だって、今回みたいなことで簡単に揺れる。

唯一同じ、もしくはそれ以上なのが今着ている聖骸布くらい。

同じものが2つあるというのは不思議なもので、それはまぁ、士郎とアーチャーが同じ場所に存在するのと似たようなものだ。

この聖骸布で唯一、アーチャーと違うのは、色である。

正確には、セイバーと凛が士郎のために送った一品。

この布を手に入れて加工するよりも、霧散しようとするセイバーの血を固定化させるほうが骨が折れた、と凛が言っていたのを覚えている。

勿論、セイバーの血とはいえ持ち主から離れてしまっているので効力は落ちるが、これだけでも一級の対魔防具だ。

血を吸って浅黒く変色した聖骸布だが、それが切嗣(親父)が使っていたロングコートと若干似ている部分があるといわれ、何となく愛着まで、沸いていたりする。

……こっちの魔法はどちらかといえば科学で、対魔力がそれほど意味無かったりする。

霊であるセイバーにはどちらにしても”こっち(神秘の無い)”の魔法は効かないが。


――――士郎は士郎の道を歩む。


使えると思う部分は切嗣の考えだって、アーチャーの技術だって吸収するし、かといって自分の信念は曲げない。

「けどそれよりも、あんたが今やらないといけないことは――――」

凛は視線を士郎からみて左へ持っていった。

――――そこにいるのは、不安そうに士郎を見つめるはやて

士郎ははやての元へ行く。

はやては自分の前に立たれたことにより少しだけ怯える。

「――――ごめん、はやて。俺、間違ってたみたいだ。突き飛ばしてすまなかった。俺がいうのもおかしいけど……怪我とか、なかったか?」

「士郎君……」

右手を聖骸布で拭き、その手を突き飛ばされたままの体勢で座っているはやてに差し出す。

それを、恐る恐る掴むはやて――――

「――――はやっ……て?」

が、士郎が引っ張ろうとしたら逆に引っ張られ、士郎はつんのめるようにはやてに飛び込んでしまった。

「チッ」

後方からなにやら不穏な舌打ちが聞こえた気がするが放置。

「士郎君……もう、嫌なんや……ザフィーラもシャマルも、死ぬ一歩手前やった……ヴァイス陸曹もそうや……スバルやエリオだって、怪我してもうた……シャーリーとかだって、無傷やない……もう、嫌や……誰も、傷ついてほしくないんや……」

いつもは絶対に洩らさない、はやての本音。

管理局を変えてやる、と心に誓い、入ったはやては現実を知った。

もちろん、心に決めたことはまだ折れてはいない。

しかし、人は傷つき、傷つけあい、そして悪いところまで行くと足を引っ張り合う。

軍隊組織としての一面を持つ管理局に所属すると決めたとき、そして今も、覚悟はある。

非殺傷設定など言っていても、犯罪者がそれを使ってくれることのほうが圧倒的に少ない。

いつ、死んでもおかしくは無い。怪我で済めばありがたいもの、そう、自分自身を誤魔化すように無理矢理自分に思い込ませていたはやて。

「ごめん」

時間にして数秒、はやては士郎の肩口で泣いた。

だがはやてだって部隊長。弱みを見せるなんてことは普段は絶対にしない。立ち直るのだって早い。

くい、と士郎の肩を押し戻す。そして、自分の力で立ち上がる。

「……私だって覚悟はある。盗られた物は取り返す。それが例えどんなに危険なことでも、盗られたものが大切なものなら、逃げたらあかん」

「ああ」

「皆には傷ついてほしくない……けど、傷ついてしまうのはしかたないことや」

「そう……だな」

「となれば、部隊長がやらないかんことは1つや。――――その被害を、最小限に食い止めて、最大限の成果を挙げる」

まだ19だというに、士郎と凛は感心した。

”覚悟”

覚悟を決めるという言葉があるが、それには色々種類がある。

その中で、”殺し合いをする覚悟”等は特に、決めるのは難しいだろう。

そしてはやては、部隊長としての覚悟を持っていた。自分の持つ駒を駒として冷静に扱う、これはよほどの経験、覚悟がなければ無理なことだ。

もちろん、”にわか”ならば話は別だが。

「お詫びと言ってはおかしいけどな、俺は協力する。個人で突っ走ったりは、もう、しない」

「……ありがとうな。もしかしたら冷酷な指示を出すかも知れへん……それでも、ええんか?」

「俺ははやてと遠坂を、信じる」

1日中、張り詰めていたはやての顔が少しだけ、緩んだ。

「わたしはとりあえずスパゲッティから取るもん(宝石の恨み)取ればそれでいいんだけどね」

「ええー……凛にも協力してほしいんやけどなぁ……」

「遠坂は、協力してくれないのか?」

少しだけ、士郎ははやての手伝いをした。

――――2人でじっと、凛の顔を見つめる。

「う……まぁ……その……契約だし……? そんなにいうなら……まぁ……はやての代わりくらいなら……できそうだ……し。そ、それに、あのスパゲッティのやつ、わたしの私財(宝石)に手を出したし? 協力してやらないことも……ない、けど……」

「やっぱ凛はかわええなぁ」

「……なんか言った?」

「なんでもあらへんよ?」

「そういえば遠坂、スパゲッティって誰だ?」

「ん? ジェイル・スカリエッティの愛称」

「「…………」」

「……なによ?」

「あ、士郎君、1つお願いしたいことがあるんやけど……」

「ん? なんだ?」


凛が、無視するな、と咆えたのは割愛。





~・~・~・~・~




「――――今すぐ助けに行きたいっ……! だけどっ……だけど……私は……っ……」

もう既に日は落ち、調査メンバーも撤退、新しい拠点の用意が出来るまでの数日の間はここで過ごすという一時的な宿の屋上に士郎はいた。

はやてに頼まれたのは、なのはとフェイトのこと。

――――多分、どちらかの心が折れかけているから、と。

居場所を聞き、足を運んだはいいが、そこで聞こえてきたのはなのはの涙声。そして、それを諭すように、落ち着けるように語り掛けるフェイト。

士郎は出るタイミングを失っていた。

出なくていいのではないか、とも思う。こういうときのフェイトは(日常とは別人格なのかと疑うほどに)しっかりしているし、なのはとフェイトのコンビは本当に良いものだと思う。

「大丈夫。ヴィヴィオは絶対、大丈夫だから……!」

「ぅ……ぁぁっ……」

「助けよう……? 2人できっと……」

士郎自身は何もしていなかったので知らないが、なのはは完璧に仕事をこなしていた。それが魔導師特有のマルチタスクで思考が出来る恩恵なのかはわからないが、士郎とは違い、確実に”部隊”のことを考えて行動していた。

だが勿論、中身はまだ成人も迎えていない女性である。

はやてと同様、どうしても、弱い部分があった。

助けに行きたい、けど、どうしようもできない、部隊に所属している今身勝手な行動は取れないという意識の鎖。

「2人で、はないんじゃないか?」

少しだけ、気になった。先ほど犯してしまった間違いだからこそ。

「士郎……君……?」

「士郎……?」

ちなみに聖骸布は脱いでおいてきていて、今はいつもの作業着だ。

「俺も、手伝う。セイバーだって、遠坂だって、皆手伝う。だから、泣くな。ヴィヴィオは絶対に取り返す」

何の根拠も無い、只の意思。

しかし、今のなのはにとってはそれが頼もしかった。

「うん……うんっ……助け……る……」

「そうだね……2人じゃない。みんなで、みんなで助けよう……? それならきっと、うまくいく」

「ぅん……フェイト……ちゃん……士郎、君……力を、貸して……」

「もちろんだ」

「そうだよ、なのは。私だって、力を貸すから」

女性の涙を見ているのは忍びなかった士郎は、いつも入れてあるハンカチをなのはに渡す。

あまり長くいても気まずいだけなので、士郎も最後に決めていた言葉を口に出す。

「……その代わり、なのは、フェイト、俺にも、力を貸してくれ、な……」

士郎が近くに来たことにより、士郎の左頬が赤いことに気付く。軽く腫れ、2時間程度では消えないビンタを放った凛。

なのはとフェイトは、士郎にも何かあったんだな、とどこかで思ったが、それをいうのではなく、涙声ながらも力強い答え。

「もちろんだよ……士郎君、絶対、絶対ヴィヴィオを……助けようね?」

「士郎、言ったよね……困ったときは、助け合おうって。もちろん、私も力を貸すから……!」

「…………頼む」

そういうと、士郎は一足先に屋上から立ち去る。

多分、士郎以上にあの子達は強い。

精神的な意味でも、戦闘的な意味でも。

けど、やれることはあるはずだ。

――――例えぶっ倒れてでも

――――”世界を反転させてでも”







~・~・~・~・~





そして間も無く、元六課メンバーは全て”アースラ”という船(艦船)に移ることとなった。凛、セイバー、士郎は揃いも揃って驚きだ。

宇宙船、次元航行も出来る船、そして空も飛べる。無茶苦茶である。

アースラでの生活に慣れる間も無く約一週間経ち、今いるメンバーでの会議が開かれる。

そんななか、士郎、凛は会議室にいた。

参加メンバーはこの2人に加え、なのは、フェイト、アルト、そしてキャロとティアナ。

時間は日が昇るか昇らないかの早朝だ。

エリオとシグナムは軽く調整がてら模擬戦、シャマルとヴィータは検査で医務室。スバルは本局にて治療中。

「ああ、隊長達皆揃っとるな。丁度よかった、たった今、機動六課の捜査方針が決まったところや」

今来たはやて、グリフィス。

「地上本部による、事件に関する対策は残念ながら後手に回っています。地上本部による事件調査の継続を主張し、本局の介入を頑なに拒んでいる状況です。……よって、本局からの戦力投入は、まだ行われません」

つまり、これはほぼ確実に凛とはやての推測が当たっていることを意味する。

地上本部の権威であるレジアス中将を調べられるのが困る、と自ら露呈しているようなものだ。管理局が管理局の介入を拒む、というちぐはぐな状態……。

こういう面で見れば、”管理局”という組織は実は良く出来ているのかもしれない。陸、海、空、お互いの仲が悪いということは、擬似的にもお互いがお互いを監視するということでもある。

勿論、これを狙ってお互いの仲を違えさせているのかどうかはわからないが。

少なくともかなりの年数、相当数の星の治安を守ってきているのも事実なのである。

グリフィスの報告は続く。

「よって、本局所属の機動六課には捜査情報は公開されません」

六課の存在というのは特殊すぎる。後見人などを鑑みても、名目上、設置場所上”地上部隊”の銘を打っているが、実際のところは地上本部(レジアス中将)からは毛嫌いされるという、人員が”本局所属”で固められた部隊。

しかし、これだけを聞くと六課は動けないのではないのだろうか。

「……しかし、な?」

そこではやてが口を開いた。凛は別として、なのはやフェイトはこれだけの情報だと”なにもできない”としか思えないわけで。

「私達が追うのは、テロ事件でもその主犯格のジェイル・スカリエッティでもない。……ロストロギア、レリック。その捜査線上に”たまたま”、”偶然”、ジェイル・スカリエッティや戦闘機人がおるだけ。ああ、本当に迷惑なやつやね?」

にやり、と笑うはやてへの返事とばかりに、凛はふん、と鼻息を鳴らしている。ああ、こういう”強硬手段”は凛が大好きな分野だったり。

「で、その過程において誘拐されたギンガ・ナカジマ陸曹、なのは隊長とフェイト隊長、そして士郎君の保護児童、ヴィヴィオを救出する。そういう線でいくんやけど、両隊長、遠坂部隊長補佐、どないでしょう?」

いい忘れていたが、士郎も正式なヴィヴィオの保護者になっている。形だけ、書類上だけとはいえ、その”繋がり”はやはり強いものだ。

士郎となのはが繋がりを持ったのではなく、ヴィヴィオの保護者が増えただけであり、なのはと士郎、フェイトとはまったくの他人なのは変わらないが。

「理想の状況だけど……また、無茶してない……?」

なのはが心配するのは、そこ。はやては只でさえ、部隊員には言っていないが部隊長としての地位が危ぶまれている。

「後見人の黙認と協力は、ちゃんと固めてあるよ。大丈夫」

”黙認”と協力、か。

――――それは無茶という、とここで突っ込んだら空気がぶち壊しなので士郎は自重した。

「まぁ、こういうときに地上で自由に動ける部隊、ってのが六課の意義だったと思うんだけど」

「そや、ここで動けな意味が無い。……みんな、力、貸してくれへんか?」

「もちろんだよ、異論はありません」

「私もです」

なのは、フェイトの順で立ち上がり、はやてに簡易ながらの敬礼をする。

「うん、ありがとうな。それじゃあ、多分出動は今日中や……各自、準備は怠らないようにな?」

そういうと、簡易ながらの会議は幕を閉じる。

今日中、というのは、時間経過から見てヴィヴィオやギンガの安否が怪しくなってくるころであり、後手後手に回っていた今までの状況をなんとか覆すためでもある。

アコース査察官、そしてシスターシャッハが怪しいと思われる区画に出張っていて、もしそこで報告があれば即座にも出動だ。

「士郎」

「ん?」

会議室を出たところで、凛に呼び止められる。

「わたしはもう少ししたら地上本部に行ってくる。はやての許可も取ってある」

「ん? 本部? なんかあるのか?」

少しだけ、考える素振りを見せる凛だが、すぐさまいつもの調子に戻った。

「少しだけ、気になることがある。もしかしたらジェイルのやつの手がかりにもなるかもしれないし……」

「それなら、気をつけてな。もしかしたら俺はアジトに行くかもしれない」

「ん、そのことなんだけど、さ……――――これ、使いなさいな」

はい、と握りこぶしを出されたので、つられるように士郎はその下に手のひらを出す。

ぽん、と軽い感じで落とした凛の態度とは別に、士郎の手には確かに感じられる重量。

「……これ、いいのか?」

「まぁ、払いはジェイルかカリム、クロノ辺りがやってくれるみたいだし……もしかしたら、あんたの”アレ”、使うかもしれないでしょ? わたしはセイバーに魔力まわすと思うからパスも結んであげられない。だから、その代わり」

士郎の手に握られたのは、5大宝石の1つ、凛や士郎を象徴する色をも含むルビー。

――――いや

これは……。

「ピジョン・ブラッド(鳩の血)?」

「それがわかるなら、合格」

「それはどうも……」

ルビーの最上位種、不純物が限りなく少なく、普通のルビーよりも深い、まるで血のような赤を出す。希少価値が高く、勿論その分値段も高い。

それに伴い、魔術的にも効果が高い。そういうことから、凛が切り札にして取ってある10の宝石(聖杯戦争で使った分は改めて補充したらしい)の内でも最上位のモノ……のはず。

「わたしの魔力使ってあんたを蘇生したときに拒否反応が起こらなかったから、多分問題ないと思う。飲み込んで魔力流せばそれだけで”アレ”を発動するくらいの魔力はある……はず」

宝石を飲み込む、というのはためらいがあるが、それで体に溶け出し効力を発揮するんだから問題ない。イメージ的には、宝石という箱に魔力が篭っているのではなく、宝石が一種の魔力の塊、というイメージ。

とはいっても、流動……魔力を停滞させるのではなく、流れるプールのように後続的に魔力を”生きた”ものにするのが得意な凛だからこそできることでもある。

そして、”アレ”というのは勿論固有結界のことだ。

ちなみに、1人でバックアップなしならどう頑張っても発動すら出来ない。詠唱次点で魔力が枯渇し生命の危機になる(少し大げさだけれども)。

「わかった。ありがとう」

「馬鹿……いい? 使わないに、越したことは、ないんだからね?」

態々区切って言うあたり、本当は手放したくない1品なのだろう。

「ああ、使わないように努力する」

しかし、はぁ、と凛は溜息をつく。

「ま……期待はしてないし……あんたのことだから、絶対に無傷ってのはありえないわけで……」

「む、それはひどいと思うぞ」

「正論でしょうが」

「…………すまん」

「ま、死ななけりゃなんとかしてあげるから、ヴィヴィオ、連れてかえってきなさいな」

「任せとけ。絶対、連れてかえってくるから」

「ん。わたしやセイバーのことは心配しなくていいから。スポンサー(クロノ、カリム)の機嫌もあるし、最後くらい気張っていきましょう」

ぴらぴらと手を振り、凛は踵を返しどこかへ行ってしまった。

士郎の右手に残るのはピジョン・ブラッド。宝石言葉は仁愛、情熱、純愛、威厳……。

――――そして、凛の考えていたこととは。

戦闘機人に関することだ。

全ての記録を見直すと、秘書らしきuno(ウーノ、1)から始まり、1番大きいものでディード……dodici(ドディチ、12)から取ったものだと推測する。

それでなくとも、ウェンディ……undici(ウンディチ、11)。

数が、合わない。

ジェイルはまさか、地球のイタリア語から名前を取ったことがばれるとは考えていなかっただろう。

12いるはずの戦闘機人が、11しか確認できていない。

そして、はやてと凛の見解、予想。

レジアス中将とジェイルが繋がっていたとして……。

そのパイプ役が、必ず必要になるはずなのだ。そして、用済みとなればほぼ確実に、レジアス中将は殺される。

もちろん、凛はドゥーエがスパイで、聖王教会に忍び込み神父を正に抱き込み、そして最高評議会という脳みそメンバーとも関わりがあることなど、知らない。

ただ、経験と勘からの推測である。

つまり凛は、”レジアスの傍にいれば戦闘機人と接触できる可能性が大”と考えたのである。それをはやてに言ったところ、許可が下りたわけだ。

はやては凛の本当の強さは知らないが、凛は殴り合いの直接戦闘にさえむかねど、準備さえできれば”天才”とも謳われる魔術師だ。

戦闘機人とはいえ、魔術的な罠(トラップ)に嵌れば確実に抜け出せないだろう、と凛は考えた。

それは正しく、魔術は”科学”の進化系である魔法に技能、効率などあらゆる面で劣る、だが、同時に魔法への天敵でもある。

神秘を知らない魔導師、戦闘機人にとっては正に鬼門。



――――そして



その後数時間でスバルもアースラに合流、さらに数時間後、アインヘリアル3基が戦闘機人によって破壊され、ヴィータを落とした魔導師ゼストも発見される。

相次ぐようにヴェロッサからの通信が入り、ジェイル・スカリエッティのアジトを発見、六課は完全な出動態勢となった。

出撃の布陣は、戦闘機人を相手にするグループ、召喚師を相手にするキャロにエリオ、シグナムとリインはゼストにあたる。

聖王の”揺り篭”が起動しみなが騒然となる。

そして、多方向に渡って展開されているため、自分の教え子達を個別に行動させなければならないということにさいなまれながらも、隊長陣達ですら各個にあたることとなる。

はやては魔導師部隊を引き連れ、揺り篭の周りに大量展開されているガジェットの掃討。

なのはとヴィータは、ガジェットを掃討しつつ突入部隊からの入電を待ち、揺り篭内部に突入する。

フェイトはジェイルのアジトへ向かう。

凛は地上本部、勿論非公式、アポイントメントすら取らずレジアス中将の下へ。

セイバーはフェイトと一緒に降下し、アジトへと向かうこととなる。

「フェイトは私が守ります。なので2人とも、全力を尽くしてください。フリードリヒ、2人を頼みました」

それだけでエリオとキャロの不安感が拭われるほど、セイバーの力強い言葉が印象的だった。

そして、士郎は。

隊長陣の出動までもう直ぐでスバルやティアナ達は既にヘリに乗り込んでいる。

「はやて、俺は……」

士郎も、黒い外套を羽織り、何時でも戦闘を開始できる服装。

だが、唯一行く場所を言い渡されていない士郎……。

「ずっと、考えとった。選択肢は2つ……1つは、スバル達と共に戦闘機人にあたることや」

確かに、明らかに戦力差がありすぎるそちらに士郎がまわるのは得策だろう。そして士郎自身も、ヴィヴィオがいるはずの揺り篭に、いけるとは思っていなかった。

適材適所。冷静になって考えれば、空も飛べず役に立たない自分が揺り篭へと向かえるはずもない。

「そしてもう1つ……これは、かなり危険なんよ。正直、拒否してもらえたほうが、私は嬉しい」

「なんだ?」

「――――揺り篭上部にてガジェットの掃討。そして、その後のなのは隊長、ヴィータ副隊長と共に内部突入」

「はやてちゃんっ!」

「はやてっ!」

なのはとフェイトが抗議の声を上げる。

「2人とも、だから2つ選択肢を出したんや……選ぶのは、士郎君やよ」

明らかに不安定な足場。しかし、高速で移動するレールウェイの上での戦闘ができることから、さらに士郎が持つAMF状況下でも遺憾なく発揮できる狙撃能力も魅力的なこと。

そして、凛が言っていた”対AMFでの決戦兵器になるかも”という意味深な言葉。

揺り篭内部やその付近は、アグスタなどの襲撃時のAMFが子供騙しに思えるほど、強力である。

内部なんかは、想像も出来ないほど強力になっている可能性がある。戦闘機人はAMFの効果を受けない。となれば、揺り篭内部にSクラスの戦闘機人がいた場合、明らかに突入部隊が不利なのは明白。

「俺は……」

そして、士郎も迷っていた。

揺り篭の速度、高度から、あの上に乗って戦闘することは可能か不可能かなら”可能”だ。

勿論、軌道上まで上がられたら人間的に生きてはいられないが、地球とは違いミッドの上空はそれなりに酸素はある。

あとは突入部隊が入り口を見つけるまでの戦いなのだ。

「思考時間はあと1分。答えが出ないのなら、地上にまわってもらうで」

「俺は空を飛べない。それはどうするんだ?」

「それは私が――――」

「ううん、私がやるよ、はやてちゃん。私の戦い方は砲撃や射撃、誘導弾が主体でレイジングハートさえ持ててればあんまり気にならない。それに今回は突入まで私は単独斥候と同じだし、あの上まで運ぶのは難しくない、それに安全だと思う。はやてちゃんは魔導師部隊の指揮を取らないとならないでしょ?」

「ん……理にかなっとるだけに反論できへんな……と、いうことや士郎君。どないする? これが最後の問い掛けやで」

「俺は、揺り篭へ行く。なのは、頼む」

「うん、士郎君、私を信じてね」

「ああ、信じる」

その言葉に少しだけ、なのはが微笑んだ。

「まぁ、そういうと思ってたんやけどなー……凛の言う通りやったってことか……」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもあらへんって。さて、隊長陣、出陣やっ!!」

「「「「了解っ!」」」」






――――――――



読んで下さった皆様、ありがとうございます!


地上本局襲撃~揺り篭突入の間を無茶苦茶端折りました。凛パート、セイバーパート、士郎パートに分けると最終決定したために、こんなところで二話三話使うのはなぁ、と思った次第です;;


はやてフラグ成立は、少なくともStS終了までは無理・・・でしたorz

成立してるのは結局フェイトくらいになるという体たらく。申し訳ないですorz


そして、ギャグ話に関しては確実に一人称のほうが面白いというか、ネタになるということに気がつきました・・・学ぶことが多すぎです。

少しずつでも吸収していきたいと思いますので、これからも宜しくお願いします!


感想ご指導、お待ちしております。


ps、少しだけ最初(この話ではなく、SSの挨拶部分)を改定しました。Fable、の意味などの載せていたりします。



[5645] 十九話
Name: あすく◆21243144 ID:627baabb
Date: 2009/05/13 23:36
「オーリス、お前はもう下がれ……」

今まで地上本部の権威として築いてきた確固たる地位が、足元から崩れ去ろうとしていた。

「……それは、貴方もです。もう指揮権限はありません。ここにいる意味はないはずです」

野太い声と、その声から窺(うかが)い知れそうな凛とした声が、一室に響いていた。

「わしは……ここに居らねば……ならんの、だよ……」

そこで力強く開かれるその部屋の扉。本当はもう少し早くつく予定だったけど、本局周り(スバルをアルトが拾いに行くついでにヘリに乗っていった)でしかも直接地上本部にヘリを下ろせないから少しはなれたところに下ろしてもらったお陰で、大分時間が経ってしまった。

「あんたがレジアス・ゲイズ中将? あ、もう中将じゃないからレジアスのおじさんでいいわよね?」

「誰だっ! 貴様っ! 警備兵はなにをっ……くっ」

そこでレジアスは、今の自分の境遇に気付く。自分を守るものは、もうないのだと。管理局からは追放され、そして管理局に逮捕される運命にあるのをひたすらに先延ばしにしているだけの状況だということに。

「わたしはあんたが嫌ってる起動六課の部隊長八神はやての秘書」

「……あの小娘の側近か、確か遠坂とかいったか……それが、なんのようだ」

そこで凛は部屋に違和感を持つ。

多少の顔見知りであるオーリス、そしてレジアスがいるのはいいとして、知らない顔が1人。

「ん、ちょっとの間だけどおじさんの護衛。多分あんた、殺されるわよ?」

「殺されるのは構わん。だが、わしにはまだ待たねばならん男がいる」

怪訝な視線を浴びせるオーリス、そして小動物のように震える役割のわからない女性をを他所に、凛はレジアスの傍、椅子の傍らにまで接近する。

「そ。それじゃ、それまでわたしの好きにさせてもらっても?」

「ふん、勝手にしろ。どうせわしにはもうなんの価値もな――――……ふん、またせおって」

―――――暴!―――――

扉が爆発した。いや、物凄い力で蹴破られた、というべきか。

凛は心の中で、ギリギリセーフ、とひと息つく。だが、その表情は顔には出さない。まさか、これほどまでに派手な登場だとは思っていなかった。

「手荒な来訪で、すまんなレジアス」

ゼスト・グランガイツ。シグナムからの情報により身元が発覚。……本来いるはずのない、”死者”。

――――こいつが、戦闘機人……?

凛は予め装備していたポーチに手を伸ばし、”とっておき”の1つを人差し指と中指の間に挟む。

2つあるポーチの内の1つは、1から10までのポケットを作り、手を伸ばせばすぐさまに取り出せるようにちょっとした改造をしてある。

eins(1番)は士郎に渡したピジョン・ブラッド(鳩の血)。なのでzwei(2番)に手を掛ける。

そして既にその2番には陣を宝石に刻み込んで、唱えるだけで発動するように細工も。

「構わんよ、ゼスト……」

オーリスが盾になるようにレジアスの前に出るが、それを制すレジアス。

「ゼスト……さん?」

オーリスとゼストが顔見知りだと凛は知らなかったが、特に興味もないのでそれ以上の思考は無駄だと判断し考えない。

「オーリスは、お前の副官か」

壁をぶち破るという暴挙な進入とは裏腹に、ゆったりとした足取りで歩いてくるゼスト。ゼストは凛を一瞥したが、どうでもいい、とも言いたげな目線をやっただけだった。

「頭が切れる分、我侭でな。子供のころから変わらん」

ゼストはオーリスをチラリと見るが、微笑などを投げ掛けることもなくレジアスに向き直る。

「……聞きたいことは、1つだけだ」

ぼろぼろの上着から取り出すのは2枚の写真。

凛はその位置から、その写真になにが写っているかわかってしまった。

……こんなことを知るは、心の贅肉にしかならないのに。

「8年前、俺と俺の部下達を殺させたのは……お前の指示で間違いないな」

「…………」

黙秘は、沈黙は肯定と同じ、という言葉を誰が言ったのか。

そもそも、ディベートの”沈黙は同意”という原則からなのだろうが、そのような使われた方をするのは的を射ているからこそ広まったのだろうが、これは残酷すぎた。

1枚目に見えるのは前に立っている襤褸(ぼろ)雑巾のような風貌とは別に、スーツ姿を決めている若いころのゼストに、その部下達だろう。

レジアスが写真を動かしたためにきちんと見えなかったが、スバルやギンガと似たような容姿の人がいたようにも見える。

「……共に語り合った、”俺とお前の”正義は……どう、なっている」

正義、この言葉を凛は頭が痛くなるほど考えたこともあった。

どっかの馬鹿が散々こけて、苦しんで、もがいた言葉。

「む……ぅ……」

そしてもう1枚の写真に写っていたのは2人の男。

……その若いころのゼスト、そして同じく若いころなのだろう、今より少し痩せているかもしれない、レジアスである。

――――そこには1つ、正義があった

小さな区画、地域はどうでもいいといわんばかりに優秀な人員を引っこ抜いていく本局。待遇も良く、同じ管理局なので引き抜かれる局員は皆、栄転だと喜んだ。

そのうちに、本局から声が掛かることは名誉なことだ、という風潮が出来ていた。

……それを、レジアスはどうしても許せなかった。

大きな次元世界というものを救うために、ミッド地上という小さなものを切り捨てていいのか、いや、断じてならん、と。

そしてその正義に、ゼストは賛同していた。いや、今でも賛同しているだろう。

――――その正義が、歪んだものでなければ

「……お前に問いたかった。俺はいい、お前の正義のためなら、殉じる覚悟があった。……だが、俺の部下達は……何のために、死んでいった……」

ゼストに籠められる一言一言には”思い”が詰まっていた。

「…………」

その強い言葉に、レジアスは閉口を保つ。

ああ、レジアスだってどこかで、自分が歪んできているとわかっていた。だからこその沈黙。

「どうして、こんなことになってしまった……俺達が守りたかった世界は、俺達がほしかった力は、俺とお前が求めた正義は、いつのまに……こんな姿に、なってしまったんだ……」

――――凛は、その話を聞いていなかった

ここに来た本分はなんだった?

”戦闘機人”と接触するためだっただろう。

そして凛は、ここにいる”4人全員”に注意を払っていた。

このシリアスな場面の中で動いている対象がいれば、疑うのは当然だ。

ゼストが入ってきたときは机よりも奥にいたはずの、”正体不明の局員”。

そいつが、手に”凶器”を持っていたらどうなる?

「凛殿っ!?」

ちっ、タイミングが悪い、と凛は心で舌打ちする。蹴破られた扉の向こうから現れたのはシグナム、そしてリインフォース。

そして、凛、シグナムが気付いているのだから当然、歴戦の戦士であるゼストは気付いていた。

「―――― Ich komme Verhaftung ! ( ――――来よ 戒めの 楔 !)」

「貴様……! どういうことだっ!」

捕縛されたことに驚き声すらも上げられない桃色の髪。そして、この状況に対して言える言葉は一つしかないのか、レジアスの叫び。

「はい、捕まえた。それ特別製だから。破れるもんなら破ってみなさい」

だが、勿論”魔術”なんて現象はゼストから見たらわからない。

「レジアスっ!!……はぁぁぁぁぁぁっ!!」

そして、ピアッシングネイルを装備したドゥーエに斬りかかるゼストだったが、それを後ろから見たシグナムはどう思うか。

――――こんなこともあろうかと、と呪を刻んだ宝石はもう1つ用意してある。

殺し殺される覚悟はあれど、生ぬるいとは思いつつも、凛は出来るだけ死人を出したくなかった。不必要なものを出すのはスマートではない。

拘束すればそれで十分すぎるのだから。

ポーチに手をいれ、さっき使った2番の次、3番の位置に入れてある宝石を――――

指をポーチに入れた瞬間、凛は戦慄する。

――――しまった……!

……指を入れた先に宝石がない。

そうだ、強力な3番は元々セイバーのためのバックアップに先ほど飲み込み、予め予備として陣を呪を刻んだのは”4番”。

指を直ぐ隣に動かせば取れるものなので特に支障はないが、”1秒を争う高速戦闘の前では”それが致命的にな時間になる。

このままでは戦闘機人が殺される。

――――それは困る

恐らくは数年間、気付かれず管理局のスパイをしており、”聖王の器”の関係から聖王教会にも通じていたであろうこの女を失うのは惜し過ぎる。

だが、間に合わない……!

「紫電――――」

凛が、頑張っても間に合わない状態でもなんとか魔術を発動させるよりもはやく――――

「――――一閃!」

シグナムが一瞬で間合いを詰め、レヴァンティンがゼストの槍を半分に砕いた。

「ふぅ……貴重なスパイ、殺さなくて済んだ。ありがとう、シグナム」

「いえ……」

「何で……何で私がスパイだとわかったっ!」

そして桃色の女性が手に装備した物騒な鍵爪がレジアスに刺さるより早く、凛の呪が間に合っていた。

3本の機械的な爪がレジアスの背中に突き刺さる寸前で止まっている。いや、それ以上突き出すことが出来ないほどに鎖で全身を絡めとられている。

凛から呪文と共に放たれた宝石は不気味な漆黒の鎖を呼び出し、即座に地面とその女性を繋ぎ、縛ったのだ。

マニアックな連中が喜びそう……いや、引きそうなくらいに雁字搦めにするほどの本数。そして、それは本来1工程(シングルアクション)で家一戸吹き飛ばすほどの魔力量が篭った宝石である。

――――”こっちの世界”に振りほどける輩はいないんじゃないだろうか?

魔法にはバインドという便利なものがあり、態々宝石を使うなんて考えられないわけだが。

こっちの人が聞いたら笑ってしまいそうなお金対効果であるが、それを差し引いても”神秘”というのはこちらの世界では有効なものだ。

士郎と違って凛は魔術師だから基盤が必要になるが、それはそもそも大丈夫だと確認済み。

「多分レジアスのおじさん以外は気付いてたと思うんだけど……どう? ゼストさんは」

「ああ……すまん、早まった。危うく殺すところだった。そこの騎士、シグナムとかいったか、感謝する」

「私も危うく、貴方を殺すところでした。お互い様でしょう」

それを、ゼストは頷くだけで返す。

「あああ!! 貴方達はもうドクターにとって用済みなのです……ここでレジアスを殺せば、貴方の復讐も終わりでしょう……!」

「煩(うるさ)い。――――Ich binde es fest ( 縛り 律せよ )」

「――――がっ……」

立った状態で張り付き、地面と繋がっていた漆黒の鎖が突如地面に引っ張られるように強い力が働き、ドゥーエを地面に貼り付ける。

口にも鎖が猿轡(さるぐつわ)のように巻きつき、息は出来るが何も喋れないようになっている。戦闘機人が舌を噛み切って死ぬのかどうかはわからないが、それの防止のためである。

「小娘、感謝する」

「いえ、わたしはレジアスのおじさんを囮に使わせてもらっただけなので……礼を言われることはしていませんわ」

「ふん……」

縛られた戦闘機人をレジアスは一瞥し、それに対しドゥーエは睨み返すが、レジアスは表情を変えずゼストに向き直った。

そして紡がれる、独白の言葉。

「……ゼスト……わしは、わしは……どこで、道を違えてしまったのだろうか……」

一騒動が治まり、数秒の沈黙が流れた後、今まで口を開かなかったレジアスが口を開く。その言葉は重く、そして、切ないものだった。

オーリスは数歩退き、巨大な本棚に背中を預け、崩れるように座る。目には涙さえ、浮かべていた。

「……そこまでわかるのならば、生き残った時間全てを掛けて答えを出せ。そして、俺に……いや、俺の墓に報告しに来い」

今まで冷静を、いや、全てを悟ったかのように動じなかったレジアスが動揺する。

「な、ま、待てゼストっ! それはどういうことだっ! ならん、ならんぞっ! お前にまで死なれたら……わしは……」

それを……ゼストの過去を知るものにしかわからないほど、ゼストと長い付き合いがあるものにしかわからないほどのものだが、その後にかけられる言葉は優しく、”友人に”かけられるものだった。

「……無理を言うな、レジアス。ここまで来るのでさえ、体に鞭を打ってきたのだ。そして、死人は土に還らなければならん。――――そうだろう、そこの小娘」

「……ええ、その通り」

「――――だが、まだ死ぬわけにはいかん」

そこで、黙って聞いていたシグナムが口を開く。

「ご同行を、願います」

「――――断る」

それを一瞬も思考することもなく、ほぼ反射のような感じで答えられた。

「ゼストっ!!」

「レジアス、そして騎士シグナム、俺にはまだ、やることがある。ルーテシアを救いに戻り、スカリエッティをとめなければならん」

「スカリエッティ、そして戦闘機人については既に逮捕。ルーテシア・アルピーノも、私の部下が保護するべく、動いています」

その言葉に、ゼストは眉1つ動かさない。

「……そうか。それならば俺のやることは、後1つだ」

「ゼストっ! 頼むっ! 考え直してくれ……わしも、わしも一緒に独房に入る。だから、頼む……逝かないで、くれ……」

ゼストは、シグナムが叩き斬った得物の先の部分を拾う。

「悪い、な」

――――凛は、セイバー達”英霊”を見てきたことから、今からゼストがなにをしようとしているのかを悟った。

赤い妖精、アギトが必死にゼストを止めようとしているが、それも無駄なことだ。

――――騎士には騎士の、死に様がある。

凛は目を瞑る。そして、目を開く。

しっかりと見届ける、それが唯一、ゼストにしてやれる手向けだと思ったから。

――――こんな感傷に浸るなんて自分らしくない、と思いつつも。

「あ、ぁぁ……ゼスト……ゼスト……すまなかった、すまなかった……」

「構わん。お前が正しい道に、”俺達が求めた正義”に目を逸らさないで、そして戻ってくれるなら、それで、な」

「ゼストォォォォ……ぅぅ……ぁぁぁあぁ……」

その言葉に、レジアスは両手で顔を覆う。そしてその手の隙間からは、零れるように、溢れるように、涙が流れていた。

「おじさん、ちゃんと、見ててあげなさい」

”正義”という言葉に翻弄され、道を間違えた男と、その間違えた道を正そうと本気になってくれる友人。その2人の在り方に少しだけ、本当に少しだけ、凛は思うところがあったから。

「……ぅ……小娘、感謝、する……貴様がいなかったら、わしはゼストを見送れなかった……」

「礼はいいから、しかと、目を見開きなさい」

「ああ……」

そして叉、一瞬の沈黙。

――――シグナムがレヴァンティンを構える

――――ゼストが、もう武器としての機能を2割も果たしていないだろう、半欠けの槍先を持つ

「……夢を描いて未来を見つめたはずが、随分と道を、違(たが)えてしまった……。本当に、守りたいものを守る。――――ただそれだけなのに、なんと難しいことか」

ここに響くのは最初とは違い、ゼストの言葉のみ。

その言の葉が染み渡り、すすり泣く2人、レジアスとアギトの嗚咽が漏れる。

「…………はぁっ!!」

動いたのはゼストだった。見るものが見れば笑ってしまうほど、ゼストの勢いはない。全盛期の何分の1だろうか? 数メートルしか離れていないはずのシグナムの場所まで、一体どれほどの時間がかかっただろうか。

しかし、シグナムはそれを決して嘲笑わない。

騎士としての最後を遂げようとしている者を、笑う騎士はいない。いや、この場所にもいなかった。

ゼストが走り出したのを見て、シグナムはカートリッジをロードする。

「――――紫電一閃」

小さく呟かれたその言葉に呼応するように、レヴァンティンは炎を帯びる。

今のゼストになら、カートリッジを使う必要なんてなかっただろう。

だがシグナムは、己の全力を持ってゼストに向かう。



――――斬――――



得物の長さですら勝てないゼストの槍先が届くことはなく、シグナムのレヴァンティンはゼストを斬った。

非殺傷設定だったが、シグナムの一閃はゼストの生命……心臓ではなく、レリック……を、叩き割っていた。

崩れ落ちるように倒れるゼスト。それを直ぐに、シグナムが抱える。

「俺が出来る限り調べた事件の真相は……ここに、収めてある。そして……アギトとルーテシアのこと、頼めるか……?」

「はい」

そして、ゼストが倒れたのを見て耐えられなくなり、それに駆け寄るレジアス。

「ゼストっ! わしはっ! わしはっ! 絶対、絶対にもう一度這い上がって、管理局を変えてみせる……!」

「ああ……お前なら、でき、る……」

「ゼスト……わしは……わしは……」

レジアスの言葉はその先、涙で言葉にならなかった。

もう誰から見ても明らかな短い、ゼストの命。

「旦那ぁっ!!」

ゼストの横にあの炎の精霊が寄っていく。それを優しく、ゼストは手で包み込んだ。

「アギト……お前とルーテシアと過ごした日々、存外……悪く、なかった……」

「旦……那ぁ……そんな……しみったれたこと……」

「俺やレジアスが守りたかった世界……お前達は……間違えず、進んで……く……れ……」

「……く…………」

そして、これが、ゼストの最後の言葉となる。

「……いい、空だな」


――――レジアスの慟哭が響き渡る。



~・~・~・~・~



レジアスの雄叫びがこの部屋に響いていたのはどれくらいだろうか。数秒、数十秒、いや、数分……。

レジアスはゼストを抱え、零れる涙を空いている手でふき取った。

シグナムは目を閉じ、黙祷している。

――――そしてわたし、遠坂凛は……。

「……おじさん、わたしが、葬りましょう」

「…………ああ、頼む」

ゼストは本来、管理局に属していた。

もしこのまま遺体が発見されてしまえば、即座に検死に回されいたるところまで調べられてしまうのは明白だった。

こんなことをするのは贅肉を通り越して税金だ、と、どこかで否定する気持ちがあったのは確かだが。

「……小娘、でかい借りが、できてしまったな」

「ん。そうね……まぁ、おじさん、貴方が知っている”情報”、沢山あるんでしょ?」

「ああ……」

「なら、すべきことはわかる?」

「そこまで腐ってはおらん、つもりだ」

「わかった。全てが済んで、あんたが自由の身になるときまで”貸し”とくから、返しにきなさい。わたし、貸し借りには煩いから」

「ふん、まぁいい、借りておくとしよう……オーリスっ!」

ゼストを横に寝かせ手を胸の上で組ませると、レジアスは立ち上がる。その目にはもう、涙の色はない。

「私は、貴方という父に着いて行くことを誇りに思っています」

「いい、返事だ。これからも、頼む」

「はい」

そしてオーリスも気丈に立ち上がる。

…………ああ、これはいい”貸し”を作れたのかもしれない。

たまには税金もいいものに使われるってことか、と凛は自嘲気味に思った。

もし、レジアスが”上”に操作されていた可能性があるとすれば、レジアスの罪は相当に軽くなるだろう。そして、元々政治手腕は確かにあった人物だ。

この世界で嫌われている質量兵器の有用性を今まであれだけ主張していたレジアスの考えも、揺り篭の登場で一気に真実味を帯びるはず。

――――割のいい賭けをするのは好きだ

「それじゃ――――Anfang(――――セット)」

特に、宝石も使わない。

ただ、使うのは”あの神父”から教わったものだから少しだけためらいというか、嫌悪感というか、なんともいえない不快な気分になるのだが、自分が使える弔いの言葉、それに近いものはこれしかないので諦める。

「―――― Ich ermorde Sie. ( 私が殺す )」

「Ich erhalte es am Leben.Ich werde verletzt, und ich heile es.( 私が生かす 私が傷つけ 私が癒す)」

ゼストの前に立ち、すぅ、と弧を描くように手を回すと、ゼストの体の回りに円環が現れる。

「Es gibt nicht die Person, die überhaupt von meiner Hand entkommen kann.Es gibt nicht die Person, die meine Augen überhaupt nicht erreichen (我が手を逃れうる者は一人もいない 我が目の届かぬ者は一人もいない)」

そして、その円環の内側に手を伸ばす。遺体を中心にするように芒星を描き、そうすることによりその線に魔力が流れ、儚げに光が灯る。

「 Es wird zerschlagen.Ich lade die Person ein, die verlor, die Person, die alt wurde. (打ち砕かれよ 敗れた者 老いた者を私が招く)」

その光景に見入っているレジアスにオーリス、アギト、シグナム。リインフォースは先ほどはやてからの連絡が入り、飛び立ってしまった。

「Ich vertraue es zu mir an und lerne von mir und folgt mir.Ruhe.Ich ließ Sie jede Schwere ohne mich ohnevergessendes Gebet zu vergessen, ohne ein Lied zu vergessen leicht vergessen(私に委ね 私に学び 私に従え 休息を 唄を忘れず 祈りを忘れず 私を忘れず 私は軽く あらゆる重みを忘れさせる)」

そして死者への手向けの言葉は架橋に入る。

ゼストの遺体を中心とし、凛から流れる魔力が部屋全体を包み込み、一種の幻想的な風景を描く。

”魂”から完全に消滅させるこの詞(ことば)。

「 Seien Sie nicht gekleidet.ZurSache, die es für Verzweiflung in Hoffnung auf Verrat auf Vertrauen durch Vergeltung leicht gibt, um ihm Dunkelheitsgerade zu vergeben; der Tod, der zur Sache dunkel, die es gibt, ist (装うなかれ 許しには報復を 信頼には裏切りを 希望には絶望を 光あるものには闇を 生あるものには暗い死を)」

レアスキルが嫌いなレジアスだったが、不思議と、今の光景に嫌悪感を抱くことはなかった。

いや、そもそも、レアスキルが嫌い、という自分が歪んでいることに気付いた。

起動六課、八神はやてはなにをした? 確かに犯罪行為をした。が、あの小娘は潔く罪を認め、そして償い、下から這い上がった。

――――あやつは自分の地位も省みず、地上を守ってくれたのに。

自分がしたのは何だ? あら捜しをして、八神はやてを引き摺り落とそうとしただけだ。

聖王教会の予言、何故無碍(むげ)にした。

もしあの言葉をしかと聴いていればまた違ったのかもしれない。

――――自分には魔力がない、つまりは、ただの妬みで、嫉妬で、レアスキルを嫌っていたのかもしれない

「 Das Leben der Ewigkeit, wenn ich Ihr Verbrechen entzünde, und die Ruhe wird einen Fleck auf meinen Griff aufschreiben, wird im Tod gegeben (休息は私の手に 貴方の罪に油を注ぎ印を記そう 永遠の命は 死の中でこそ与えられる)」

――――そして、この八神より年上で、オーリスより下かまたは同じくらいの、この小娘

レジアスは凛に命を救われた。

だからといって、何かしらの感慨が浮かぶレジアスではないが、ゼストとの会話が出来、最後を看取れたのは凛のお陰だ。

あの、魔法陣すら浮かばない魔法はなんだったのだろうか? デバイスすら使っていない。地面から生えるように戦闘機人に巻きついている幾重もの漆黒の鎖はなんなのだろうか。

そして、今行なわれている神秘的な光景はなんなのだろうか。

だが、レジアスはそう思うだけで、特に何かを言及しようとは思わなかった。

――――ゼストの最後に、そんなものは無粋だろう、と

「――――Die Erlaubnis hier.Ich wer machte ein Inkarnationsversprechen(――――許しはここに 受肉した私が誓う)」

一層、光が強くなる。

レジアスは悟る。

逝ってしまうのか、ゼスト、と。

だがもう悲しまない。

レジアスは年甲斐もなく、生きる希望を見つけた。

いや、道を間違えてしまったが、間違えたことに今更ながら気付いた。

レジアスは心に思う。

心に思うのは、このような言葉は自分には似合わないから。





――――”最後に言おうゼスト、ありがとう、と”






呻るような幾多もの光芒の筋がゼストに絡みつく。

そして、凛の最終小節。

服の下で見えないが、駆動し輝く魔術刻印がある手をゼストの上に、陣の上に翳(かざ)す。





 「―――― Kyrie eleison (――――“この魂に 憐れみを”)」














―――――――――――






完全にレクイエムの詩を使っても良かったのですが・・・Fate的にこっちかな?と。
でも、カトリック教のミサで使われるものをドイツ語でやるというなんという矛盾というか・・・。

そこのところはスルーしてくださると嬉しいかもですorz

そもそも、Kyrie eleison.というのは、主よ、あわれみたまえ。という役でそのあとに、Christe eleison.キリストよ、あわれみたまえ、と続きます・・・

でも、ドイツキリスト教、というのがある?ので間違っては・・・いないのかな?

詳しくないので、すいません;;


そして、士郎君について。


士郎って

・弓道部引退後(高2)
・魔術の鍛錬はやってたけど身体的鍛錬をやっていたという描写はない(当初は一般人並?)
・強化の魔術は、士郎が使うのは特別で、木から弓を作ったり、サッカーボールを修復したりが可能
・剣以外の投影に関しては”可能”だが、”外見のみ”。しかしそれは霊媒系の術者でさえも違和感を持つ程度くらいまでしか思わない、精巧なもの。

これで、間違っているところがあったら・・・私の認識不足だと思うので;;

士郎の強さ(私主観)

・基本的に戦いになると格上ばかりなのでボロボロ。基本もみくちゃにされる。
・しかし、正義の味方になりたい、などの強い意志によりどんなにぼろぼろでも這い上がる。
・我慢比べでは学園1。
・ちゃんとした武器を投影できる数は多くて10程度。(アーチャーと戦ったときで計8?)真名開放でどれくらい投影できるかは不明・・・。(このSSではちょっと成長してるので中身外見しっかりしてるものを約15~17くらいは可能)


これを元に、”衛宮士郎”という人物を書いてたりします・・・。もし間違っていたら根本から考え直さないといけないのですが、教えてくださると幸いです。


そして最後に、今回の凛。流石に凛パートはこれが本命じゃないです(苦笑)

折角凛とセイバーも連れてきたんだから、多少は暴れてもらったほうが・・・うん、このままだと”いらなかった”ということになりそうなので(苦笑)

そして、後半出てきませんでしたがドゥーエ姉さん縛られっぱなしの放置プレイです。一応生きてます(い、いきてた・・・)

レジアスも生きてます(当初の予定はそのまま死んでるはずだった・・・あれ・・・?)


そんな感じで、書きたかった部分を消化。少し短かかったですが(苦笑)

その分あとがきを長々と・・・申し訳ありませんでした。

では、読んでくださった皆様に感謝です!


感想ご指導、お待ちしております。


あすく



[5645] 二十話
Name: あすく◆21243144 ID:fcb964f5
Date: 2009/05/17 23:16
「ほんなら、隊長陣も出動やっ!」

「「うんっ!」」

「応!」

「はい」

はやての号令により、なのは、フェイト、ヴィータ、そしてセイバーが気合を入れる。セイバーは騎士甲冑姿……ではなく、鎧は具現化させていない、あの青い服装。

『降下ハッチ、開きます』

そして、見計らったようなタイミングで、オペーレータの声が響く。

――――え?

「基本的に制御はレイジングハートに任せるから、士郎君は何もしなくて大丈夫だよ。両手は密着してることが気になるくらいで、フリーに使えると思う」

がっし、となのはが後ろから士郎の腹部にかけて、手をまわした。

ふと視線を横にやると、セイバーはフェイトに負ぶさっている。

「え、ちょ、え? 降下? し、しかもなのは、この体勢はまず――――」

「士郎君もセイバーちゃんみたいに負ぶったほうがいいのかな?」

それも気まずい。年下の、しかも女の子に負ぶさるのは気まずい、と士郎は考えた。

「あ、あのね士郎、どうせなら私がセイバーと一緒に士郎を――――」

「……このままで頼む。それよりはやて、降下? 今の高度わかってるか?」

フェイトがなんか言ってた気がするが、士郎は気付かなかった。

ちなみにその直後フェイトは項垂(うなだ)れてた。南無。

「そやで? ちなみに上空(ピー)メートル」

死ぬて。

ビルから落下して自殺する人たちの死因って、”ショック死”の割合が結構高いらしいぞ?

うぃいいーんという嫌な音が開き、今から自分に起こる災厄を想像してしまう。

「待った、なのは、せめてバリアジャケットを装備してくれないか?」

「え?」

え、じゃない。

頼む。

頼むから。

だが、そう思う士郎の願いは聞き遂げられることはなかった。

「ほいなら、いっくでー!!」

――――号令と共に、はやて、ヴィータ、フェイトにセイバー、そしてなのはと士郎が降下ハッチ(という落とし穴)に飛び降りた

「…………ぅうううああああああああああ!?!?!?」

――――いきなり、こんな高高度から飛び降りたら(一般人なら)誰でも悲鳴をあげると思う

「し、士郎君落ち着いてっ! び、びっくりしたよー……」

だから、頼むからバリアジャケット生成して飛んでくれ。これ、落下してるだけなんだが。

――――風が顔に当たる

痛い。

でも、”痛い”といっても時速60kmで走ってる車のパワーウィンドウを開けたときくらいなので、なのはの魔法が働いていることを意味する。

しかし背中は柔らかい。

背面から士郎の腹部にまわっているなのはの右手が離すまいとしっかり力を籠めているので、男としては役得過ぎるのだけれども、流石に空気を読んだ士郎は黙っていた。

「あ、カリムさん」

『あら、士郎君。今度はなのはさんですか?』

モニターが立ち上がり、そこに映し出されたのはカリム。いつもの変わらない物腰で、ころころと笑っている。

「はい?」

『はやてもお願いしますよ? ……とと、それよりも……起動六課、隊長、副隊長全員……能力限定、完全解除』

これを最終決戦だと見たカリムは、全員の了承を下に、部隊全員のリミッターを解除する。

『――――はやて、シグナム、ヴィータ、なのはさん、フェイトさん、セイバーさん、そして、士郎君……皆さん、どうか……っ』

それを聞いたはやては景気良く返す。

「皆、しっかりやるよー!」

「迅速に解決します」

セイバーを背負いながら、フェイトは力強く。

「お任せくださいっ!」

そして、士郎の後ろから聞こえる決意の声。

「カリム、フェイトやシャッハ、ヴェロッサは私が守ります」

――――今度こそは、と意志を堅くするセイバー

「絶対、ヴィヴィオを取り返す……!」

『はい……――――リミット・リリースっ!』

その言葉の直後、まゆばい4つの光があふれ出す。

白、赤、金、桃。

それぞれを象徴する魔力光が空を照らす。

「エクシード……ドライヴっ!」

『 Ignition 』

なのはの身長以上もあるレイジングハートを掲げ、なのはは最初からエクシードモード。

なのはは左利きなのでレイジングハートを左手に、右手で士郎を支える。とはいっても、バリアジャケットの1部、という処理の仕方をしているのでほとんど勝手に士郎がくっ付いている状態だ。

「行くよ、士郎君」

「ああ」

個々にバリアジャケットを生成し終えると、一旦また雲の上で合流する。

「なのは、士郎」

「フェイトちゃん?」

「フェイト?」

その直後に、セイバーを背負ったフェイトがなのはの隣まで飛んでくる。

「……なのはとレイジングハートのリミットブレイク、ブラスターモード。なのはは言っても聞かないだろうから……使っちゃダメ、とは言わないけど……お願いだから、無理だけはしないで……」

ブラスターモード? と、士郎は疑問を持つ。リミットブレイク(限界突破)という言葉から推測するに、相当な出力を得る代わりに代償がある危険なモード。

しかし、それに”むっ”と反論するなのは。

「私はフェイトちゃんのほうが心配。フェイトちゃんとバルディッシュのリミットブレイクだって、凄い性能だけどその分、危険も負担も大きいんだからね……!」

「私は平気。大丈夫」

「むー……相変わらずフェイトちゃんは頑固だなぁ……」

「なっ!……な、なのはだって、い、いつも危ないことばっかり!」

「だって、私航空魔導師だよ? 危ないのも仕事だもん」

「だ、だからってなのはは昔から無茶が多すぎるの! 私が……私たちが、いつもどれくらい心配しているか……」

「……知ってるよ」

「……え?」

「ずっと心配してくれてたこと、良く知ってる。……だから、今日もちゃんと帰ってくる。ヴィヴィオを連れて、一緒に元気に、帰ってくる!」

そこで、フェイトの顔が明るくなった。

「う……うんっ!」

「そうだぞ、ヴィヴィオは任せてくれ。なのはも、俺が守る」

「いえ、シロウは必ず無傷でこのような大きな戦闘を終わらせたことがありません。寧ろ私が心配なのはシロウだ」

「セ、セイバぁー……」

「え、士郎君?」

「なのは、士郎も守ってあげてね」

「もちろんだよ!」

「こら、フェイト、なのは、セイバー」

くすり、と場違いにも関わらず、笑いが漏れる。

だが、そのような時間も一瞬。

「あ、あのー……フェイトちゃん、そろそろ降下ポイントなんやけど……」

忘れてた、とフェイト。

「あ、う、うん」

「フェイト隊長とセイバー、心配はすんなよ? 空はあたしらが、きっちり抑えるからな」

赤い極光を放つ、ヴィータが力強く激励を飛ばす。士郎の赤を赤銅、凛を深紅というなればヴィータはどういう赤だろうか?

「はい、ヴィータもご心配なく。シロウを、頼みます」

「……がんばろうね」

なのはが右拳をフェイトに差し出す。

「……うん、頑張ろう」

それにつられるように、フェイトはなのはの右拳に左拳を合わせた。



――――ちょっと待て

「なのはあああああ!! 馬鹿っ! 落ちるっ! 腕っ! ちょっ!」

「あ、ごめんね士郎君」

『 No problem 』

実際のところ、なのはが無茶な機動しない限りは手を離していても士郎がなのはから離れることはないのだが、そんなもん士郎からすればたまったものではない。

そして改めて、抱きかかえられる。

「あ、はは……よし、セイバー、行こうか?」

「はい、フェイト。それでは空は、頼みます」

――――了解

そう、空を担当するなのは達は答えた。なぜ了解と言ってしまったのかはわからない。

ただセイバーにはそう、敬意を持って答えるべきなのでは、とどこかで思ったのだろう。

金色の極光が雲の下へ突き進む。

あの纏っている金色の光は魔力光なのだろう。バリアジャケットが生成する、高速飛行時におけるもう1枚のバリアジャケット。

普通、戦闘機の飛行圏内レベルの上空をこの速度で飛んでいたら身が持たないわけで。

そして、なのはを先行として3色の光が”揺り篭”へ近付く。

「…………でかい」

言葉こそ出さないが、最新の資料で送られてきた揺り篭のサイズをデータ上で把握していたなのはやはやてでさえも、そう思った。

大型のガジェットが米粒以下に見える。

航空型のガジェットが魚群のように群れている。

1番メジャーな小型機なぞ、数えるのも億劫だ。

どこかを直線的に飛ぶだけで何かのガジェットに衝突してしまうのではないかというガジェットの密度。

それに比例し、AMFも強くなる。航空魔導師部隊のエリートクラス1部しか揺り篭に近付くことすら出来ず。はやてが指揮する大多数はギリギリ耐えられるAMF濃度の位置、つまり揺り篭まではかなり距離がある場所でのガジェットの掃討。

勿論、揺り篭本体に近付くほどガジェットの数は増え、空飛ぶ島のような大きさの揺り篭を覆う位の量が見える。

しかしその厳しくなるAMFの中を気にもせずなのはとヴィータは駆け抜け揺り篭へ接近する。

勿論、駆け抜ける際に”ついで”と言わんばかりにガジェットの密集地点をなのはは撃破していた。ヴィータも大技以外での範囲攻撃には向かないが、なのはへ近づこうとするものは全てヴィータが排除した。

「……士郎君、本当に大丈夫?」

なのははレイジングハートの切っ先を進路へ向け視線も同じく前を見据えて且つ、攻撃をしつつガジェットを屠(ほふ)っているのだが、士郎へ話しかけた。

「ああ、ヴィヴィオは絶対に助ける。だから、突入ポイントがわかったからって置いてかないでくれよな?」

少しだけ、なのはの表情が和らいだような気がした。

「……わかった。けど、絶対に私が迎えに行くまでにピンチになってないでね? 士郎君のデバイスに積んである通信機じゃ、私たちと連絡が取れないから……」

士郎が積んでいる通信機能は魔力さえ使わないものの、それほど強力ではないがAMFと同時に展開されているジャミングに阻まれるほど脆弱なものだからだ。

「大丈夫、”お守り”があるからな」

「お守り……? あ、そろそろ予定地点だよ。足場は……しっかり取れるみたい」

凛から譲り受けたルビーの最上位種ピジョン・ブラッド(鳩の血)、そして傍目からは見えないが、士郎が首から提げている金色の宝石。

価値こそはピジョン・ブラッドの足元にすら及ばない宝石だが、”こっちの世界”で初めて個人的にプレゼントされたものだったので士郎は大切にしていた。

初見で自分の”世界”を知る人がいるとは思わなかった。

いや、正確には”アイツ”の世界だけれども。

それを自分のことのように考えて心配してくれた――――フェイト・テスタロッサ・ハラオウンという女性。

凛やセイバーも士郎の事は親身になって考えてくれるし、士郎は凛やセイバー、もっと言えば冬木にいる知り合いみんなに助けられていた。

けど、凛やセイバーだって士郎の”世界”を見たことはない。どういうものかさえ、知っていれど。

そこが、フェイトと他のみんなの違い。些細だけれども、その些細なことの違いが少しだけ、士郎の心に引っかかっている。


――――なのはは士郎を抱えたまま、揺り篭上部へ降り立った

『 Oval protection 』

なのはは士郎を体から離し、士郎は久しぶりに(と言っても数十分だけれども)地(?)に足をつけた。

そして、桃色の幕が2人を覆う。

「それじゃあ、士郎君、頑張――――」

「まった。これ丁度いいな。なのは、1分だけそこにいてくれ。このプロテクション張ったままで」

「……え? う、うん」

なのはのオーバルプロテクションは内部からのバスターなどの直接的な攻撃が出来ない代わりに、ガジェットが相当数一斉に撃ってきても破られないほどの強度があった。

そして、士郎は無理だと思っていたことを実行する。

自分ひとりなら避けながら狙撃をしないといけないから。

だが、今は違う。こんな便利な魔法があるとは。

連発は出来ないが――――

――――1発なら……!

「――――投影・開始(――――トレース・オン)」

左手には黒ずんだ弓を。

右手には一矢を。

1分の時間をかけて射れるのならば、一矢だけでも本気でぶつけてやろう、と。

「アクセルシューター!」

『 Axel shooter 』

なのははバスター系以外にも、使える魔法は勿論あった。

それはオーバルプロテクションの外に生成し、操ることが出来る。

機械的なコッキング音と共にカートリッジが2発消費され、なのはの周り、プロテクションの周りには25ほどの魔球。

驚異的なAMF下、かつプロテクションの負荷に耐えつつもこの量を生成し、しかも操ることが出来るなのはのスキルには誰もが驚愕するだろう。

「―――――シュートッ!」

1つの合図で全ての弾丸が意思を持ったように散り、凄まじい勢いでガジェットを貪(むさぼ)る。その数は数秒で100を楽に超え、それでも飽き足らず魔力が尽きるまで魔弾はガジェットを破壊し続けた。

――――そして

士郎は矢を番え、目を閉じその矢に魔力を籠めていた。

「――――なのは、揺り篭の右舷にいる魔導師、いないとおもうが、一応通達してくれ。全員退避、30秒後に揺り篭右舷に範囲殲滅攻撃するから、って」

「……士郎、君? わ、わかった。こちら高町一尉――――」

人員が少ない中(そもそもこのAMF状況下で上がってこれる魔導師すら少なかった)、基本陣形は街を背にするように揺り篭の左舷へ展開。

もし市街地に流れるガジェットがいたら叩けるように、との布陣である。

――――話は変わるが

士郎が信頼して使っている宝具は、夫婦剣がまず筆頭に上がるだろう。

シエルほどの威力は持たせられねど、魔力消費……つまり燃費がいい黒鍵(これを宝具と言ってはいけないだろうが)。

日本刀では近接しか出来ないという常識を覆す、菊乃丸が持っていた北谷菜切(ちゃたんなぁちらぁ)。

そして”激怒”の末裔の、とある少女が持っていた――――大神宣言(グングニール)

あの子は逆式魔槍、と言ったがそれはまた別の話。

ゲイ・ボルクの原点とも言われた槍。

属性が”剣”の士郎が槍を使えるのか、と言われれば”はてな”になるだろうが、そもそも槍というのは剣の派生から進化した、という説もある。

例えば、軍用のサバイバルナイフには柄の部分が空洞になっていて、そこに棒などを差し込んで槍として扱うことも出来るし、一般的に知られている”銃剣”というのはぶっちゃけたところ扱い、形状ともに”槍”なのである。

さらに言えば剣という扱いを受けながらも、使用方法は槍に酷似、という剣もある。トゥーハンデッドソード、グレートソードがその例だ。

流石に、剣イコール槍、という図式は成り立たねど、”剣”の概念をまったく持っていない、というわけでもない。勿論訓練、鍛錬を積んだ結果だが、士郎なら剣を100として80パーセントから90パーセントくらいの力を使うことが出来る。

偽・螺旋剣(カラド・ボルグⅡ)やゲイ・ボルクを使えばそれでいいのだが、それは本来”士郎自身”が経験した結果で得た(投影できるようになった)ものではない。

大神宣言は正に、”士郎自身”が経験して得た結果なのだ。

ギルガメッシュに見せてもらったのでもない、”アイツ”からの流用物でもないもの。

それを、士郎は好んで使った。

――――自分自身の道を歩く、と決めたことも関係してるだろう

「――――時限発火(カウントダウン)」

「――――10……9……」

8、7、と無機質に紡がれる士郎の呟き。その意思を間違いなく読み取ったなのはは――――

「――――2……1……」

『 Purge 』

ガラスが割れるような音を立てて、オーバルプロテクションが解除される。

「―――― 大 神 宣 言 ( ―――― グング ニール )」


――――捻!――――


空間を捻じ切るかの如く射出される矢のスピードは凄まじい。

概念のみに任せた前回とは違い、今回は肉眼で”見えて”いる。狙い続けるは右舷のガジェット。

士郎からガラスの結晶で出来たような蒼い矢が放たれたことを、いや、放たれる右手の動きを確認したなのはだったが、次の瞬間にはその矢は視界から消えていた。

視認出来ない速度で駆け回る”幾たびかわされようと必ず相手を貫く”という宝具の原典。士郎が”狙い続ける”限り、そして魔力が切れるまで物理的概念を無視し、絨毯爆撃のようにガジェットを爆散させる。

惜し気もなく真名を開放した士郎は矢の方向を見つめながらも、直ぐに夫婦剣を投影し、自分に迫り来る大型のガジェットの対処に周り、そしてなのはもレイジングハートを操っているのだが、なのはの目は信じられないようなものを見る目だった。

「あんなにいたガジェットが……う……そ……?」

右舷にいるガジェットだけを標的にした士郎だったから、ある程度経ったところでグングニールを消す。

――――音速を遥かに超える一矢は、駆け抜けるだけで暴力的な威力をガジェットに与えていた

勿論、ガジェットの総量からすれば5分の1程度だろうが、この光景をみたものは士気が自然と上がる。

ああ、はやてがその気になれば同じことはできよう、だが、士郎のように味方を巻き込まずというのは難しく、そういう点を鑑みてやはり、士郎の一矢は味方の士気を向上させた。

なのはに背を預け、士郎は直接的に来るガジェットを破壊し尽くす。なのはも威勢よく、砲撃を放つ。

なのはとヴィータは突入部隊という枠組みになっていれど、ほとんど独立部隊に近い。

本当は密集点に行こうとしていたなのはだったが、士郎が右舷を壊滅させたために機械的な動きをするガジェットはそれの補完とばかりに色々な地点から右側にガジェットが移動し、結果として揺り篭を取り巻いているガジェットの密度が減ったのだ。

となれば、先行部隊の報告が来るまではここで士郎と共に攻撃し、報告が着次第士郎を連れて突入したほうが効率がいい、となのはが判断したためだった。

『高町一尉!』

「……っ?」

そのタイミングは思いのほか、早かった。それに関しては僥倖である。先行部隊が、上手くやってくれた。

『内部へ侵入できそうな突入口を発見しました! 突入隊、20名が先行しております!』

通信を一旦切ると、なのはははやてに繋いだ。

「はやてちゃん」

『外周に関しては私が引き受ける。士郎君の攻撃で幾分楽になったのも確かやしな……なのはちゃん、ヴィータ、士郎君、いってくれへんか?』

「了解っ!」

「ああ、任せてくれ」

『士郎になのは、上で待ってるぜ』

一旦別れていたヴィータからの通信も追って入り、指定された突入ポイントへ向かうことが決まる。

「さて、士郎君」

「お――――うっ!?」

不意に、後ろから抱きしめられた。

――――いや、先ほどと同じように、右腕を回された



「ぬわああああああ!?」

飛んだ。

「だ、だから士郎君、大きな声はびっくりするってー……」

「頼むからなのは、心臓に悪いからせめて一言頼む」

「あ、う、うん」

士郎は両手にこそ夫婦剣を持ったままだが、とばれたら何も出来ない。なのはは器用に誘導弾、収束魔法を使い分けて道を切り開いているが。

そして、その突入部隊の人たちに見送られ、なのは、士郎、ヴィータは揺り篭内部へ突入する。

突入部隊の人の視線が痛かったのはきっと気のせいだ。

「スターズ1、2、起動六課遊撃部隊所属衛宮士郎、揺り篭内部通路へ突入!」

いつの間にか所属が決まっていた士郎だった。TAKネームを考え忘れていたらしい。

しかしそんなことよりも、降下する際の加速度が上がってる気がした。

「ん――――物凄い濃度のAMF……っ……」

それを制御し得る魔導師など、さらに一握りだろう。

士郎にはわからないが、現状でさえ、オンロードではなく砂漠の上をマラソンしているほどの負荷が掛かっている。

飛行し続けるのは得策ではないと判断した2人は通路に足をつけ、そしてなのはは士郎を放した。

「なのは、ありがとう。さて、どうする?」

「そうだね……詳細ルートが割り出されるはずだから、それまでは3人一緒で行動かな。その後は多分、駆動炉と……揺り篭の脳、にあたるところへ分かれると思う」

――――解析

この2文字が士郎の頭を過ぎった。

士郎が剣の概念を少しも内包していないものを投影すると中身がないものが出来上がるように、士郎は解析を表面上だけ、行なえる。

空間の概念を無茶苦茶に覆してるデバイスなどを解析することは出来ないが、このような巨大船、建物、などの構造のみを把握することは可能。建築における際の設計図を頭に起こすだけ。

だが、それでどこに何があるかがわかるか、といわれれば答えはノー。

「そうだな、士郎となのははとりあえずあたしについて来い。ガジェットはあたしが引き受ける」

「まてヴィータ、なのはを温存するのはわかるけどな、女の子1人に任せるのはだめだ。俺もやるぞ」

「ああ? 空も飛べねーやつがなにいってんだよ。いいからあたしにまかせとけって」

「む、空は飛べなくてもなんとかなる。いいから半分だけ俺にやらせてくれ」

確かに、現在位置が揺り篭中央部ということだけはわかっていて、そしてこれからどこら辺まで行くのかわからない分、全てを引き受けるよりはある程度分担したほうが後々無理しなくて済む。

「……わかった。打ち洩らしたりしたらゆるさねーからな」

「ああ、任せとけ」

「あ、はは……2人ともありがとう……無理は、しないでね? 危なくなったら私も――――」

「なのはは休んでおいてくれ」

「なのははついてくりゃーいいんだよ。後で疲れるのはなのはなんだからな」

「う、うん」

センターの魔力を温存するのはフォアードの役目である、ということをわかっているなのははそれ以上何もいえなかった。

そして、士郎はさり気無く、ピジョン・ブラッド(鳩の血)を口に運んだ。

魔力が途端に循環し、頭が沸騰するように熱くなる。

もし落としたりしたら目も当てられないし、戦闘機人との戦闘になったら飲む隙もないだろうから。

全力の大神宣言を放ったことにより少しだけ魔力が減っていたが、まだまだこの宝石のバックアップがあれば固有結界も可能。

体全身が熱い、というのに慣れるまで少し掛かったがそれでも支障はない。

報告から、戦闘機人は相当に散らばっているらしい。スカリエッティのラボと揺り篭に総戦力を配置することをどこかで考えていた凛だったから宝石を士郎に渡したが、これなら固有結界は必要ないかもしれない、と士郎は思う。

――――3人は体を休めつつ、歩き始める

ガジェットの数は多くない。外と比べればいないにも等しい数の量しか襲ってこず、しかも5~6体ずつである。

ヴィータが殴りに行く前に士郎が必要魔力の少ない剣を射て数を減らす。

なのはは後方を警戒し、少しずつ歩を進める。

そして、詳細解析が済んだ報告が届く―――――





~・~・~・~・~




「烈風一陣――――」

シャッハの一対のトンファーが鈍い音を立て、カートリッジをロードする。

「――――切り裂け、ヴィンデルシャフト……っ!」

高速の歩行術と合わさったその一閃はガジェットをバターのように切り裂いた。

「はぁぁぁぁっ!!」

そして、正に天井を貫かんとするフェイトの金色の刃は大型を纏めて両断する。

「……フェイト、天井を斬ってどうするのです。結果的に瓦礫でガジェットを壊しましたが……」

「そうだね……ちょっと、やりすぎちゃった……」

「騎士セイバー、貴女の腕は見事です。驚きました」

「ありがとうございます、シャッハ」

そこでヴェロッサの猟犬が、3人の下へ来た。

『別働隊、通路確認。危険物の順次封印を行ないます』

「了解。各突入ルートは、アコース査察官の指示通りに」

『はい』

ふう、とフェイトは一息ついた。

「……ありがとうございます、シスターシャッハ。お2人の調査のお陰で、迷わず進めます」

「探査はロッサの専門です。この子達のお陰ですね……――――このまま奥まで、スカリエッティの所まで!」

「……はい!」

こちらの魔法は効かない、なにかトラップがあっても確実に対処できるというセイバーを先頭に、3人は奥へ進む。

言葉通り、いくつか捕縛するトラップや上空からいきなりガジェットが降ってくる等のものがあったが全てセイバーは確実に対処し、結果としてフェイトとシャッハの魔力を温存することが出来た。

――――奥に近付いている

それを震撼とさせる所まで着てしまった。

セイバーはこの光景に嫌悪感を覚えた。

いや、この光景を作った人物に、だ。

「――――人体実験の、素体……?」

「だと、思います。人の命を弄(もてあそ)び、只の実験材料として扱う……あの男がしてきたのは、こういうことなんです」

セイバーはフェイトのその言葉に、ただならぬ思いが篭っていることを感じた。

それがなにを意味するかまではわからないが、スカリエッティを昔からフェイトが追っている、ということは知っていた。

「一刻も早く、止めなくてはなりませんね」

「はい」

感傷も一瞬、セイバーは何かを感じ取る。

「お2人とも、下がって!」

大型のガジェットがいくつか、落下しようとしてくる。

それを同時に斬るのは容易なセイバーだが、大型となると切り裂いてもその破片の落下は止まらない。

破片といえど、人の数倍の重さを持った鉄片が振ってくるのだ。

セイバーの言葉に即座に反応したシャッハとフェイトは飛び退こうとするが――――

「シャッハ! 地面を砕きなさいっ!」

セイバーとフェイトが飛び退いた直後、地面から現れた手に寄ってシャッハの足がつかまれ、バランスを失ってしまう。

しかしさらにセイバーの言葉に反応できたシャッハは即座にカートリッジをロード、トンファーを地面にたたきつけた。

「フェイトっ!」

フェイトも反応していたが、それよりもセイバーが前に出て飛来物を迎撃する。

「シスター!!」

セイバーに前を任せ、フェイトはシャッハへ言葉をかける。

「フェイト執務官、騎士セイバー、こっちは大丈夫、さらに下の通路へ落ちただけです。戦闘機人一機を発見、この子を確保し次第そちらへ向かいます」

「――――了解しました」

すぐさま飛び降り、シャッハを助けに行かなかったのは理由があった。

「フェイト、来ます」

「そう、だね」

薄暗い、生体ポットのみの明かりだけなのか? と思ってしまうほどの通路。その闇の中から、2人の足音が聞こえた。

そして、その2人は顔がわかるほどに近付いてきた。

セイバーは自然と、エクスカリバーを構える。

凛からの魔力供給はかなりあり、真名開放こそ無理だが、聖杯があったとき且つ士郎がマスターの時の7割ほどの力を出せる。

「……フェイトお嬢様」

――――お嬢様?

セイバーは少しだけ、疑問を持つ。本来考える役目ではないセイバーだったが。

フェイトが”こちら”と関係を持っていないことは明白。寧ろ追っている立場だ。

だが、この2人はフェイトを見知った顔のように話しかける。

「……っ」

セイバーからは後ろにいるフェイトの表情は見えないが、フェイトが息を呑むのがわかった。

「今日こちらにいらしたのは、帰還ですか? それとも反逆ですか?」

敬語で話し続ける、紫色の髪の女性。

「どっちも、違う。……犯罪者の逮捕、それだけだ」

その問いにフェイトは力強く答える。バルディッシュを前方に構えなおしたのは心理的なものだろうが、その言葉に嘘偽りがないことをセイバーは確信した。

「犯罪者、ですか……まぁ、いいでしょう。貴女のそういう態度は変わらないようだ。そしてそちらは……セイバー、でしたか」

「はい、トーレにセッテですね、記憶しています」

「え、セイバー……?」

「この2人とは六課襲撃時に1度会っていますから」

「なるほど……」

今度はトーレが、口を開いた。

「セイバー、そしてフェイトお嬢様、お2人とも投降の意思はありませんか? ドクターも歓迎するでしょう」

だが1つだけ、トーレとセッテは勘違いしていた。

ここで投降の意思を聞いたのは必ず勝てる、という自信があってのもの。あの時とは違いかなりの濃度のAMFが展開されており、Cランクほどの魔導師ではバリアジャケットすら生成するのが億劫、いや、出来ないかもしれないというレベルだ。

そして、それの影響をセイバーとフェイトがもろに受けている、と思っている。

いや、フェイトが影響を受けているのは正しい。

が、セイバーに関してはまったく関係がないことだ。

ランクとしてオーバーS、Sのトーレとセッテからしてみれば、これほど有利な状況はない、と思っている。

だが――――

「フェイト」

「そうだね、セイバー。――――貴女達を、逮捕します」

決意の篭った言葉を、フェイトは口にする。

そして、それを聞いたトーレは溜息を着いた。

「……聞き分けのない、お2人です……セッテ」

「はい」

一瞬の空白。

セイバーが剣を握りなおし。

フェイトがバルディッシュを構えなおした。

「……IS――――ライドインパルス!」

――――速い!

速いといっても勿論、サーヴァントには及ばないがそれでも常人では追えない速度なのは確かだった。

それに後れを取るセイバーとフェイトではない。

即座に反応したセイバーはトーレのインパルスブレードをエクスカリバーで受け止める。

その鍔競り合いにあわせるように、フェイトが上空からバルディッシュを振りかざす。

「やらせません。IS、スローターアームズ」

だがフェイトは、数枚のブーメランブレードに行く手を阻まれる。

投擲するブーメランが意思を持ったように往来、トーレへ的確な支援を送る。

「くっ」

両手に現れるインパルスブレードは計4枚の羽。両手剣のエクスカリバーほどには攻撃的な威力は無けれど、防御に関しては取り回しはいい。

倒される心配はないが、一旦セイバーは距離を取る。

「セッテ、飛ぶぞ」

「わかりました」

「――――やらせません」

飛ばれたら不利、というほどでもない。そもそも飛ばれたら飛ばれたなりに対処する方法を考えればいいだけなのだが、地上にいてくれればそれが1番だ。

神速の踏み込みをするセイバーを一瞬でも見えたのは、戦闘機人の中で1番のスピードを誇り、1番戦闘向きのトーレだったからだろう。

セイバーに腕を切り落とされる寸前のところでISを発動、紙一重で回避し上空へ逃げる。

セッテを狙っていれば終わっていた。

内心舌打ちするセイバーだが、即座に次の行動へ移る。

「なっ……!」

「フェイトっ!」

セイバーは駆け戻る。

セッテのブーメランブレードは4つまで同時に制御が可能で、その高速で飛来する1枚1枚のブーメランには”ベルカの騎士”一撃に相当する。

だが、それが4枚同時に来たところで本来のフェイトならば問題なく避けるなり捌くなり出来ただろう。

――――フェイトの後ろには、生体ポットが

避けたら中にいる人にあたる。

勿論、その人が生きているかの保証などない。しかしフェイトはどうしても、その場を動くことが出来なかった。

――――迎撃する

そう、目から意思を読み取ったセイバー。

それは無茶だ。

動かず同時に4本を迎撃するのはいくらフェイトでも難しい。

しかし、フェイトは信じていた。

―――撥!―――

「フェイト、無茶をしないで頂きたい。貴女はシロウにどこか似ています……」

「セイバーが着てくれるって、思ったからね」

「まったく……間に合ってなかったら大怪我でした」

その顔でそのようなことを言われたら、それ以上セイバーは小言をいえなくなってしまった。

セイバーが迫り来る反対側に位置するブーメランブレード2本をフェイトが弾き飛ばし、そしてギリギリ間に合ったセイバーが残り2本を砕いた。

「空中戦は私だね、セイバー、援護お願い」

「わかりました」

そして、フェイトは上空へ飛び立った。

フェイトはバルディッシュを軽々と振り回し、迫り来るブーメランブレードを弾き飛ばす。フェイトが一瞬、気を取られる瞬間を狙ってトーレが肉薄するが――――

「1対2とは、卑怯でしょう」

空中にいる3人にどうしても1歩遅れるセイバーだが、ここは室内。幾重にも壁を蹴り体の方向を無理矢理に変え、一時的に空中戦を可能としていた。

何度も地面に着地し、そこから駆け上がるのだから非効率にもほどがあるがそれは仕方の無いことだとセイバーは割り切る。

「連携、といってほしいですね」

足場が安定しないどころか無い空中ではセイバーはどうしても、トーレを仕留められないでいた。セッテはさらに高度を取り、さらに壁からなるべく離れる位置取りをしているためにこちらも倒しきれない可能性が高い。

「セイバー、降りよう」

「はい」

敵が上にいるからと言ってそれに付き合う道理は無い。

…………いや、それよりもフェイトの消耗が激しかった。消耗というよりは、AMFに対応することだけで体が疲れているのだ。

AMF空間における戦闘は魔力量が多いことは必須だが、ただ単に魔力を注げばいいというものではない。魔力を精密にコントロールし、結合させる必要がある。

――――AMFが重い

着地し、セイバーと背中を合わせたフェイトは肩で息をしながらそう思う。

――――ソニックもライオットも、まだ使えない

スカリエッティを逮捕するまでに魔力が残っていなかったら最悪で、例え逮捕できてもみんなの援護にいけなくなる、とフェイトは考えた。

魔力を”使える量”だけの話をすれば、実はこの強度AMF空間に居るフェイトのほうが凛よりも多い。

そもそもリンカーコア、という未知なる機関が発生させる魔力量が異常なのだ。闇の書の影響があるはやては特別としても、オーバーSともなれば”魔力量だけ”で見たらサーヴァントすら凌駕する。

といっても、効率は明らかに魔術のほうが上で、そもそも魔力をプログラムによって変換して打ち出すなど無茶苦茶効率が悪い。

何かのエネルギーを他のエネルギーに変換するというのは基本的に効率は最悪に近い。

車を例にすると、ガソリンを燃焼させその熱エネルギーを運動エネルギーに変換して車を動かすとか、本来馬鹿げているほど効率が悪い。具体的にいえば実際のところ、20~30パーセントほどの熱効率でしかない。

まったく関係ないことだが、日本の広島に落ちた原爆は搭載された原料の約2%が反応したものだ。

もっといえば、その2%の核子の質量エネルギーが運動エネルギーとして開放された結果である。

と、話がかなりずれたが、この強度のAMF空間でさらに魔力のエネルギーを変換して使う……魔法を使うことは無茶苦茶に非効率だ。

「フェイト。どう、しますか?」

セイバーが尋ねてくる。この空間だからとはいえ、フェイトは間接的にセイバーの足を引っ張ってしまってることを自覚していた。

しかしセイバーはそんな事を微塵も思っていない。そして今までセイバーが本気で掛からなかった理由は、下手したら殺してしまうから。

それは管理局として不味い。

前のセインのときは腕を弾き飛ばしたが、それと同じ要領でやろうとするとどうしても阻まれる。

士郎がマスターのとき、且つそれの7割ほどの実力しか出せないセイバーだからか、戦闘機人1、2の戦闘能力を有する2人を簡単な傷で捕縛は出来なかった。

7割といったが、先ほどの無茶な軌道を幾重にも重ねたために今7割もあるかどうかは怪しい。

それを踏まえての、セイバーの問い。

殺す気でいけばセイバーも地上ならば戦闘機人を圧倒できるだろう。

そしてセイバーなら、大怪我は負わせど殺しはしないでやってくれる、とフェイトは思う。

自分も、1人相手ならば後手に回ることは無いはずだ。

「……一気に、蹴りを――――」

『やぁ、ご機嫌よう、フェイト・テスタロッサ執務官』

セイバーは、いや、ここに居る全員が驚いた。モニターに映し出されたのはこの一件の犯人、ジェイル・スカリエッティ。

「スカリエッティ……!」

『私の作品と戦っている、Fの遺産と龍召喚師、聞こえているかい?』

しかしフェイトの視線を無視するように、誰かに問いかける。

Fの遺産と龍召喚師……?

龍召喚、ならば多分キャロのことだ、だがFの遺産とは……?

セイバーはフェイトやエリオの出生のことをそもそも知らない。

『我々の楽しい祭りの序章は、今やクライマックスだ』

その言葉にフェイトは激怒する。

「なにが楽しい祭りだ……! 今も地上を混乱させている、重犯罪者がっ……!」

『重犯罪……? 戦闘機人や人造魔導師のことかい? それとも、私が本管を設計し……君の母親、プレシア・テスタロッサが完成させた、”プロジェクトF”のことかい?』

それを悪びれる様子も無く、自分のやっていることをあらわにしていくジェイル・スカリエッティ。

「全部だ……!」

その声は、怒りで震えていた。いや、怒りだけではない……。

『いつの世にも、革新的な人は虐(しいた)げられるものでね……』

「そんな傲慢で……人の運命や命を弄んで……!」

『貴重な材料を無闇に壊したり、必要も無く殺したりはしていないさ……価値の無い無駄な命を、尊い貴重な実験材料に変えてあげたのさ』

セイバーは内心に猛りを感じていた。

この男は、危険すぎる。

そう、例えるならばあの巨大生物を召喚したキャスターのように。

行動こそまったく似ていないものの、どこか狂気じみたあの雰囲気。

「……っ――――!!」

フェイトは黙っていられなかった。今すぐにでも、アイツの元へいく、と。バルディッシュに魔力を集中させ、一気に片をつけようとする。

「来るっ!」

「はいっ!」

――――パチン

しかし、この場に不釣合いな指を打つ音がモニター越しから聞こえると共に――――

「フェイトっ!」

フェイトが幾重もの赤い糸に絡め取られる。

セイバーの”直感”は飽くまで戦闘における”自身にとって”最適な未来を第6感的なもので感じ取る能力であり、決して全てのことを”先読み”する能力ではない。

即座に対応できなかったことが悔やまれる。それに反応し飛び上がったフェイトだったが、バルディッシュの刃にもからみつき、そしてフェイトの四肢にも絡み付いた。

セイバーならば即座に赤い糸を断ち切ることは可能だろう。しかし、セイバーはこちらの魔法の知識については疎い。

もし、これが魔術師の戦いならば確実と言ってもいいほどにあの”糸”には仕掛けがある。

セッテがブーメランブレードを構えなおし、フェイトへ放とうとしたそのとき、セイバーは1つの足音が近付いてくるのを感じ取る。

「……っ!!」

フェイトもそれに気付いたようで、そしてトーレとセッテも反応する。

「……ふふ、ははは……普段は温厚且つ冷静でも、君は、直ぐに我を見失う」

右手につけている不気味なグローブを握る動作をすると、それに呼応するようにフェイトに絡み付いている赤い糸が締め付ける。

――――バルディッシュが砕かれる

問題ないと判断し糸を切り裂こうとしたセイバーだったが、スカリエッティが魔弾を生成していることに気付く。

「――――フェイトっ!」

即座に放たれた糸と同じ色の赤い魔弾だったが、セイバーはバルディッシュを刃を見捨てフェイトへ向かう弾丸を打ち落とした。

そして、地面から生えている糸を切り裂く。

「ありがとう、セイバー」

「いえ、私も対応が遅れました」

しかしそれが面白いとばかりにスカリエッティは顔を気味悪く歪める。

さらにそのグローブを横薙ぎに一振りすると、先ほどの倍ほどの糸が地面から湧き出る。

「下らない、この様なもので私を――――」

「ああ、動かないでくれるかな? あの子供……ヴィヴィオとかいったか、その子を助けるんだろう?」

エクスカリバーを振り絡み付こうとする糸を払おうとするセイバーだったが、その言葉に固まる。

フェイトも、バランスを崩し地面に落ちたため反応が出来なかった。

「――――卑怯な」

「なんとでも言ってくれたまえ、異世界からの訪問者殿。本当に君達は不思議だねぇ、ここではAランク魔導師程度ならばガジェットすら倒すのを苦労するだろうに」

く、とセイバーは歯痒みする。

実際のところ脱出しようと思えば簡単なのだが、心理的に追い詰める意味なのか、赤い糸がケージのようにフェイトとセイバーを覆う。

「――――ふふ、まぁいい。はぁ、そんな目で見ないでくれたまえ、そんな性格も母親にそっくりだよ、フェイト・テスタロッサ」

『フェイトさんっ!!』

通信が繋がっているのか、エリオの声が木霊する。












――――――――――

毎回長くなって申し訳ありません、あとがきです。


前回、士郎に関してコメントを下さった方々、ありがとうございました!半分以上が士郎についてのコメントで、びっくりです(爆)

やっぱり、そういう反応から、きちんと”士郎”のことを知らなかった、と反省。

”失敗は今後に生かす、よほどのことでない限り改定はしない”というスタンスから、前の話(リミッターつきフェイトとの模擬戦で防戦一方、逃げ回っていただけの回とか)を直すつもりはありません。

が、今後に生かしたいと思います。

今まで

「酒屋のバイトをしていて、いっても運動系部活をやっている生徒程度、の士郎が数年間経験をつんだ結果」

というものだった今までの脳内設定を改変いたしました(苦笑)

どうしても、アチャ腕装備でない士郎がなんで超一流とタメ張れるのかが納得いっていない状態の私でしたorz

どうか、ご容赦ください。



私が士郎に、原作で出ているものを出来るだけ使わせたく無い理由・・・カラドボルグⅡ既に使ってますが(苦笑)

やっぱり、自分の道を歩む、と決めた後に、自分の努力で得た結果ならばそれに愛着がわいてもいいのではないかな、と。

槍と剣の関係設定も、あながち間違いではない・・・のではないかな、と思った次第です。

正直言うと、お詫びを兼ねてちょっとだけ士郎の見せ場を作りたかったのです。

揺り篭パート1話ないしは2話、アジトパート同じく1話か2話、を想定。

セイバーをなんとか封印しないとパワーバランスが・・・というorz


感想ご指導、お待ちしております。

読んで下さった皆様に、感謝を!

あすく



PS,ふとした疑問なのですが、固有結界(UBW)の必要魔力量(投影何回分、真名開放何回分、等々)ってご存知の方いますか?(汗)設定集などを持っていないので・・・もし、”大体これくらい”がわかる方がいたら、教えてくださると嬉しいです。




[5645] 二十一話
Name: あすく◆21243144 ID:fcb964f5
Date: 2009/05/20 23:13
「ああ、動かないでくれよ? フェイト・テスタロッサ、そして異世界からの騎士殿?」

フェイトがこの場面を打開しようと、バルディッシュを構えなおしたがスカリエッティの静止の声が入る。

――――動けない

この状況に2人はそう、感じていた。

そして、フェイトとセイバーはある1つの可能性に気付いている。

”このスカリエッティを倒しても、この事件は止まらない”

何故か。

そもそも舞台の主役を気取っている、事件の首謀者がみすみす危険な場に出てくることなど本来ありえないからだ。そして、生命操作技術などでは歴史に名を残すレベルの天才。

となれば、”自分のバックアップ”を作っていたとしても不思議ではない。

「その顔だと思うところがあるようだねぇ……ああ、私を例え殺したとしても、揺り篭も私の作品達も、止まらんのだよ」

「ふざ……けるなっ!」

フェイトの憤慨を嘲笑うかのように、そして挑発するように、スカリエッティは言葉を続けた。

「プロジェクトFは上手く使えば便利なものでねぇ、既に私のコピーを12人の戦闘機人の体内に仕込んである。1つでも生き残れば、一ヶ月もすると私と同じ記憶を持って蘇る」

やはり。

――――やはり

「その性根、私が矯正しましょう」

――――腐っている

ああ、セイバーは魔術師の世界にはそれなりに理解はある。

人体実験、自分の複製、”自分を研究対象にして”やる分には寧ろ応援しよう。それが、”1つの答え”へ至るための道なのだから。

だが。

スカリエッティは他人を巻き込み、力に溺れ、自分を革命者だという。

実直なセイバーにとって、それは許せることではなかった。

「おっと、動かないでくれたまえ? 蘇るといってもやられたときは勿論痛みを伴うからねぇ……出来れば勘弁してほしいものなんだよ」

――――セイバーは、動けない

もし、もし本当にヴィヴィオのことをスカリエッティが好きに出来るならば、今は動いていいときじゃない。

「結論を言うとだね、君達は各地に散った12人の戦闘機人全員を倒さなければならないのだよ。そして―――私も、この事件も、止められないのだよ……っ!」

スカリエッティが動く。

それに反応するが、動けない。

鬱陶しい赤い糸が、さらに巻きつくようにフェイトとセイバーに絡みついた。

セイバーは糸に巻きつかれて気色悪い、程度の物だが、フェイトはたまったものではない。只でさえ尋常ではないAMF状況下において、さらに魔力結合を阻害する赤い糸。

「…………絶望したかい? 君と私は、良く似ているんだよ」

「……っ!!」

「私は自分で作り出した生体兵器達、君は自分で見つけ出した、自分に反抗することが出来ない子供達。それを自分の思うように作り上げ、自分の目的のために使っている」

セイバーは、不快だった。

「黙れ……っ!」

「フェイト、やめてください、魔力の無駄です」

フォトンランサーをいくつか生成したフェイトだったが、怒りに任せての低威力の攻撃などこの場所では意味を成さない。

セイバーの言葉になんとか落ち着いた様子のフェイトは、頷いてスフィアを消した。

「違うかい? 君はあの子達を自分の都合のいいように育て上げ、逆らわないように教え込み、そして戦わせているだろう?」

違う。

エリオとキャロは、小さいながらも”自分のために”、そして”フェイトのために”戦っていることをセイバーは知っていた。

「私もそうだし、君の母親も同じさ。周りの人間は全て、自分のための道具に過ぎない。その癖君達は、自分に向けられる愛情が薄れるのには臆病だ。実の母親がそうだったんだ、君もいずれ、そうなる」

この男は話術に長けている。

いや、フェイトの心の闇を巧みに突き、あたかも自分が正論を言っているように聞かせている……。

そうセイバーが思ったのは、あながち間違いではなかった。フェイトはどこか、心が弱い。

誰しも弱い部分はあり、それを知ってこそ強くなれるものだが、フェイトはそこが脆過ぎる気がした。

――――過去が、関係しているのでしょう

それがセイバーの思った感想。

「間違いを犯すことに怯え……薄い絆にすがって震え……そんな人生など……無意味だとは思わんかね? ああ、聞いているだろう? 衛宮士郎」

――――シロウ?

「…………ぃ……や……」

フェイトが震えている。

いや、怯えている……?

『揺り篭内部全部に聞こえるように中継してたら耳に入るだろ』

「くく、その様子も間抜けだねぇ……ああ、いいことを教えよう。そこで怯えてる執務官のことさ」

「や……め……ぁ……」

『ん? なんだ?』

シロウの表情はいつもとあまり変わらない。それが寧ろ安心する、その仏頂面。

「フェイト・テスタロッサという人物はね、クローンなんだよ。私が基礎を築いたプロジェクトの結晶でね」

『おお、凄いな』

…………シロウ。

その反応は士郎らしく……が、女性の心的にはなんとも複雑な反応だった。

いや、確かに魔術師の世界に触れていて、セイバーのような霊体が日常的に存在してて、”アオザキ”なんて人形師を知ってるのだからそういう反応になるのは当たり前と言ってもいいかもしれない。

「……人間じゃないんだよ? 作られた命なのさ」

ちなみに、なのはに抱えられている映像を映し出されている士郎は少し間抜けであることは事実だった。

『あのなジェイルさん、”人間”の定義を間違えてるぞ』

「なん、だと……? 君はなにを言い出すんだい? 所詮は作られた命なのさ」

気高い科学者が自分の考えを”間違っている”といわれたらどうなるか。

『だから、重要なのは心なんだ。俺達の言い方だと”魂”って言うんだけどな。それを持って人となるか、人ならざるか。つまりな、フェイトは立派な”人間”で、”親”だ』

「士、郎……」

その士郎の言葉にフェイトは顔をあげる。

――――フェイトは、拒絶されることを恐れた

けど士郎には、セイバー達にはそんな憂いを持つこと自体が間違っていた。

『だからフェイト、そんな顔するな。いいからジェイルさん全力で逮捕して、こっちの応援宜しく頼む。セイバーも、頼むな。……ヴィヴィオは、俺となのはに任せろ!』

「そう、だね……士郎、ありがとう……」

「……はい、シロウ」

「勝手に解決しないでくれるかな……君は親なんかじゃないんだよ。無意味な存在なん――――」

『『違うっ!』』

その声を聞いてさらに、フェイトは顔を見上げる。フェイトの頬を一筋の何かが伝ったように見えた。

『フェイトさんは無意味なんかじゃありませんっ!』

バックのキャロがボロボロのところををみると、かなりの激戦だったのだろう。

『僕達は、自分で自分の道を選んだっ!』

さらにエリオは、キャロよりも汚れている。

『フェイトさんは……行き場のなかった私に、暖かい居場所を見つけてくれた!』

里を追われ、厄介なスキルもちとして煙たがられていたキャロに。

『沢山の優しさをくれた!』

自分は誰かのクローンだという事実を知ってささくれ立ち、人というものを信じられなくなっていたエリオ。

『大切なものを守れる幸せを……教えてくれた』

「キャロ……」

『助けてもらって、守ってもらって、機動六課で、なのはさんに鍛えてもらって……!』

「エリ、オ……」

『やっと少しだけ、自分で立って歩けるようになりました……』

『フェイトさんは、何も間違ってない!』

その2人がここまで、頑張って成長したのは紛れもなく2人の頑張りに寄るものだ。

『不安なら、私たちがついてます……! 困ったときは助けに行きます……!』

『もし道を間違えたら、僕たちがフェイトさんを叱って、ちゃんと連れ戻します。――――僕たちが、みんながついてる!』

しかし、”頑張る”ことへのスタートラインに立たせたのは、フェイトだ。

『だから……迷わないで、悩まないで……』

エリオとキャロの激励に、フェイトは泣きそうな顔をしている。

そしてこの小さな2人は確かに、フェイトへ希望を、勇気を与えた。

『『――――戦って!!』』

「…………っ!」

フェイトは気付く。

自分は間違ってなかった。

これで、良かったんだ。

ああ、これで項垂れたら”親”として立場がない。

ヴィヴィオのことは、士郎を、そしてなのはを信じる。

後は――――。

「セイバー」

「はい」

「力を、貸してくれないかな?」

「勿論です」

だがギチリ、と締め付ける赤い糸。そして、スカリエッティの不気味な笑顔。

「いいのかい? 君達がここで力尽きてくれる分には大いに構わんよ……揺り篭の中がどうなってもいいのかな?」


「――――黙りなさい」


セイバーは魔力を足に籠める。

「シロウを」

腕にも力を籠める。

「そしてなのはを」

フェイトはセイバーの言葉へ続く。

「「信じてるから」」

スカリエッティは、”自分が死んでも揺り篭は止まらない”と言った。ヴィヴィオは、揺り篭起動のキーだという報告がある。

ということは。

――――スカリエッティを逮捕したところで、ヴィヴィオには影響は無い

『 Get set 』

低い、バルディッシュの声が木霊する。

それに伴うように可視すら出来る金色の魔力光。

「オーバードライヴ――――真・ソニックフォーム」

『 Sonic drive 』

――――ごめんね、ありがとうね、エリオ、キャロ、そして……士郎

「疑うことなんて……ないん、だよね……」

「はい、貴女の信じる道は正しい」

「……ありがとう、セイバー」

『 Riot zanber 』

バルディッシュのカートリッジシリンダーが回転し、そして1発、カートリッジをロードする。

――――私は弱いから。迷ったり、悩んだりを、きっと、ずっと、繰り返す

――――だけど、いいんだ

フェイトの魔力光はそれだけで赤い糸を引きちぎる。

そしてセイバーも、力ずくで糸を振りほどく。

その光景に驚きの表情を浮かべる、トーレとセッテ。

そうだろう、このAMF状況下でこれほどのことができると、誰が思うか。

――――それも全部、私なんだ

フェイトは2刀剣を構える。

セイバーも、エクスカリバーを中段に構えた。

「行くよ……セイバー、バルディッシュ!」

「はい」

『 yes sir 』

完全に本気の臨戦態勢になったことでトーレとセッテも改めて構えなおす。

「装甲が薄い……あたれば落ちるっ!」

何のための軽量化か。

セイバーとフェイトは一瞬、目を合わせた。

それだけで通じ合える瞬間。幾たびの戦場を共にしたわけでもない。

長年一緒に居たわけでもない。

だが、今だけは――――。

フェイトは駆ける。

セイバーはそれに追随するように全力の踏み込み。

2人の、まさに神速の速度へ反応できたのはトーレだけだった。

スカリエッティが赤い糸でフェイトを邪魔したがそんなもの関係ないとばかりにフェイトは赤い糸を切り裂く。

そしてセイバーは、まず厄介なセッテのブーメランブレードを一刀の元に両断。ほぼ無力化したセッテを一旦放置し、明らかに実力者のトーレを落とそうと肉薄する。

「っく、……ライドインパルスっ!」

「バルディッシュ」

『 Sonic move 』

が、曲線を描く2人の空中戦についていけないセイバーは即座に標的をセッテに変更。

――――しかし殺すのは不味い

だが次のフェイトの攻撃によりある閃きが頭に浮かぶ。

「――――はぁぁぁぁっ!」

「――――カラミティ」

『 Yes sir. Riot zamber calamity 』

トーレがフェイトへ迫るが、フェイトは足を止めライオットザンバーを重ね合わせ、身長の数倍もある大剣……2刀剣のスティンガーから、それを2つあわせたカラミティへ。

フェイトの肌は高速戦闘の所為でいくつか傷が見られ、数箇所切り傷を負っている。

セイバーはその光景を見つつ、スカリエッティを警戒しながら動き回り、セッテを惑わせる。

フェイトの邪魔をすることが出来るスカリエッティの持つデバイスらしきものと、壊したはいいが隙を見せれば直ぐにでも新しい物を取り出すであろう、セッテのブーメランブレード。

それを使わせないように、そして隙があれば直ぐにでも昏倒させられるように立ちまわる。

そのセイバーの動きにセッテとスカリエッティは動けなく、フェイトの大剣がトーレへ振り下ろされる瞬間を目の当たりにした。


―――叩!―――


ほとんどたたきつけられる勢いで、トーレは地面に激突。

――――なるほど

それが”アリ”なのならば。

一瞬、地面に叩きつけられたトーレへ視線をやるセッテ。

が、それはセイバーにとって脆弱な一面でしかない。

セッテが新しくブーメランブレードを生成しようとするより早く、セイバーはセッテの懐に潜り込む。

「しまっ――――」

視線を戻したときはもう遅い。

セイバーはエクスカリバーを思い切り横から薙ぐように振る。

「―――― 風 王 鉄 槌! ( ストライク・エア )」

「――――っ!?」

それ以上の言葉を発するより早くセッテの体が吹き飛び壁に激突、いや、貫通し隣の通路への大穴を開けた。

止め、とばかりにフェイトがスカリエッティへ向かう。

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

――――フェイトの全力の一撃を、大剣カラミティを手で防ぐ

鈍い音と共にスカリエッティに叩きつけられた衝撃で地面がめくれかえるほどだというのに。

「……美しい……やはり美しい……!! あぁ……欲しかったなぁ……!! だが――――」

最後の最後まで、嫌な笑みが絶えることはなかった。

「君達はここで足止めだぁ、揺り篭へ託した私の夢は、止まらんよっ!!」

狂気じみた、いや、既に狂っているスカリエッティへセイバーは一言放つ。

「――――世迷言を」

セイバーは既に剣を下げ、その結末を見守っていた。

「ああぁぁ――――――――……ぁぁっ!!」

一旦下がり、改めて助走をつけたフェイトの渾身の一撃はスカリエッティの横腹を直撃、刃ではなく剣の腹で吹き飛ばしたために、スカリエッティは吹き飛び壁にクレーターが出来た。

フェイトの、息が上がっている。

このAMFでの活動はやはり、相当な負担を強いられるようだった。

バルディッシュの通風孔から蒸気が噴出し、インテリジェントデバイスですら相当の熱を吐き出すほどの過負荷だったのだろう。

「広域次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティ……貴方を……逮捕します……」






~・~・~・~・~






スカリエッティ、トーレ、セッテをバインドで捕獲し、一息つけたと思った矢先、不吉な予兆が響いた。

「フェイト、この地震のようなものは?」

「わからない……アコース査察官は、自爆装置のようなものだとおっしゃって……」

「まずい、ですね」

「ふふ、クアットロが……この拠点の廃棄を決意したようだ……」

あれほどのダメージを負ってまだ意識があることに驚きを隠せなかったが、今は少しでも情報が欲しい。

「止めさせて。このままだと貴方も一緒に――――」

「いったろう? 彼女の体内には私のコピーが居る……こちらの私は、用済みなのさ」

どこまで邪魔をしようというのか。

「フェイト、ここから解除は可能ですか?」

「……やってみる。セイバー、ギリギリになったら合図お願い。その時は脱出する。AMFもここの拠点だけは収まってるみたいだから、限界まで頑張ってみる」

「はい。お任せを」

フェイトはヴェロッサが調べたここの拠点のメインパネルを呼び出し、操作を始める。

フェイトが直ぐにでも脱出しない理由はわかっていた。

「ヴェロッサ」

通常の通信も回復したところで、セイバーはヴェロッサへ通信を掛ける。

『セイバーさん、丁度いい、今から僕が行く。それまで――――』

「待ってくださいヴェロッサ。崩壊ギリギリまでやらせてあげてください。絶対に、私が崩落への予兆を看破して見せます」

『でもそれだと――――』

「ヴェロッサ、こちらは自力で脱出します。そして、生体ポットの中の人がまだ生きているかも知れません。それをフェイトは見過ごすことは出来ないようだ。他の救援に向かってあげてください。フェイトは必ず、守ります」

『で、ですがそれではっ!』

それの危険性を感じ取ったシャッハが通信に割り込む。そこで、解除コードを抜くことに専念していたフェイトが口を開いた。

「止めます! ――――シャーリーっ!」

『はい、フェイトさん!』

セイバーは全神経、全感覚を崩落の音へと傾けていた。

絶対に、ミスは出来ない。

ここからの脱出時間を鑑みて、確実に間に合う時間を言わなければならない。

「――――シャーリー、20秒です。それ以上は間に合いません。やれますか?」

『やってみませます! ――――データ解析、証文照合、キー設定解読、…………』

――――5

セイバーの中でカウントが始まる。0になった瞬間、即座に全力で駆け抜けなければ脱出は出来ない。

――――4

セイバーはスカリエッティとトーレを抱え、足に魔力を籠める。

――――3

フェイトも、手こそ直ぐにでもコードを打ち込めるように待機しているがその姿勢は既に脱出へ向けられている。

――――2

流石に、時間が――――

『――――パスコード看破! フェイトさんっ!』

「うんっ!」

――――。

―――――――――。

「止まっ……」

「フェイトっ!」

止まったかと思われた崩落。実際止まった。

が、一部耐えられなくなっていた部分が。

丁度、フェイトの上の部分が。

安堵し息をついたフェイトは上を見上げ茫然とする。

――――まさか

だが

――――疾――――

崩落した瞬間、いや、ほぼ同時に反応したセイバーは2人を降ろし、いつにない、今の限界まで出せるスピードで踏み込んだ。

「あ、ありがとうセイバー……」

「最後まで気を抜かないで頂きたい……もしフェイトが潰れていたら、シロウに会わす顔がなかったところです」

「つ、潰れてたなんて不吉だよー……あ、これ少し恥ずかしいからおろしてほしいな……」

その格好でお姫様抱っこを恥ずかしいというのか。

何となく突っ込むとフェイトに辛辣なダメージを負わせそうだったので、セイバーは黙っていた。

「シャーリー、他の場所は崩落しなかった?」

『えっと……入り口へ向かう途中の1部が崩落してます。ちょっとひどいみたいで……フェイトさん、少しそのまま待機をお願いします。結構掛かってしまうみたいです……』

「わかった。この人たちを、救えたからそれくらいなら構わないよ。……それとセイバー、崩落、してたみたいだけど……」

不安げに、フェイトは聞いた。

もしかしたら、脱出できなかったのではないか? と。

「予想はしてました」

が、それに対して特に表情も変えず、淡々と答えるセイバー。

「一応聞くけど、どうするつもりだったの……?」

「愚問です、吹き飛ばします。そもそもそのまま来た道を帰ろうとは思っていなかった」

「…………え」

その言葉にフェイトはぽかんと口を開ける。

「そうでしょう、一応来た道、方角関係は全て頭に入っていますが、そのまま引き返していたのでは最初から即座に脱出しなければ間に合いません」

「あ、う、うん。そういわれれば……」

つまり最初からセイバーは、壁を思い切りぶち抜いて最短距離を突っ走るつもりだったのだ。ぶっちゃけ恐ろしい。

セイバーだからこそ考えられる方法だ。……いや、セイバーにしか、だった。


――――さて


と、これからの時間一体どうしようか。崩落してる付近まで行って、安全圏で待機するのが1番いい気がする。

「それじゃあセイバー、行こうか」

「はい。それでは私が2人――――」

だが、そこで予想外のことが起こる。

繋がるようになった所為で空間モニターが立ち上がった。セイバーのデバイスに入っている通信機である。

『セイバー、全力でアースラまで戻りなさい』

「リン? どうしましたか。そしてどうしてヘリに――――」

突如開かれたモニターには、ヘリの内部に居る凛。

その表情から、一瞬でセイバーは自体を悟る。いや、どういうことかさえはわからないが、”あの”表情から只ならないことだと察する。

しかしセイバーは一時的にとは言え、閉じ込められている。崩落してるものを壊すのはいいとして、崩落が止まっているものの1部を壊したらどうなるかわからない。

『つべこべ言わずさっさときなさい!』

凛は焦っていた。しかし、それを諭すようにセイバーは言う。

「――――リン、今私とフェイトは閉じ込められている。よって、1部を破壊しなければなりません」

焦っていても、凛の頭の回転の速さは失われない。

『……ん、ごめん。わかった。シャーリーに解析させて安全なポイントをしていするから、そこを”ぶち破って”きなさい』

「良いのですか?」

『もし場所が場所なら、許可するわ。ただ、魔力が……正直、これから”突入”してくるからあんまり回せないんだけど』

「……策は?」

『ん、フェイト』

フェイトはセイバーと凛が何の会話をしているかわかっていない。

「な、なに?」

『正直に、貴女今どれくらい魔力ある? 全快時と比べて』

疑問だらけのフェイトだったが、今は聞くときではないと判断した思考は正しい。

フェイトは自分の内部へ手を伸ばし、残っている魔力を大よその値で算出する。

「……常時の30パーセント。強濃度のAMF状況下なら、全力戦闘で大体5分くらいしかもたない」

なんとか冷静さを取り戻した凛は一瞬考え込み、目を上げた。

『シャーリー、崩壊させずに脱出できるポイント、わかった?』

『はい、場所は今フェイトさんとセイバーさんがいる場所から西側へ150メートルほど行ったところの岩盤が最も安全です。しかし……厚さは20メートルはありますよ? ほとんど山をくりぬいたような場所ですから、まさに20メートルから先の山を削るくらいの勢いでやらないと……』

『ん、ありがとう。やっぱり使うしかないかしら、ね……シャーリー、フェイトとセイバーのデバイスにポイント送っておいて』

『わかりました。射線上の人員退避も済ませておきます』

『ありがとう。で、フェイト』

「うん?」

『セイバーに魔力、貸してほしいんだけど……いい?』

「リン?」

今あるセイバーの魔力、そして凛からの供給だけで”1発分”はあるが、今から凛は”突入する”という。となれば魔力が少し足りない。

だが凛は、フェイトからの供給を考えているという。

「えっと……構わないよ。私はもう、助けに行けないから……」

『セイバー、大丈夫。信じなさい。それじゃあ切るわよ。即刻、戻ること』

「はい」

「凛、頑張ってね」

『ん』

そう簡単に答えた凛は通信を切った。

魔術師が使う魔術と、魔導師が使う魔法は”別物”である。

ただ、魔導師が使う魔法のエネルギー、”魔力”に関しては別だった。前は”周波数の違い”という表現を用いたが。

例えば50ヘルツと60ヘルツでは周波数が違い電気製品が使用できなかったりもしたが、かなり簡略して言えば大元は”電気”だ。

確かにサーヴァントが供給される魔力は魔術師が使う魔力……小源だが、他にも供給できる方法はある。それが第二要素(魂)ないしは第三要素(精神)だったりもする。

魔術師の小源へ魔導師の小源(といってもいいのか?)を混ぜればそれは毒にしかならないが、セイバーは”サーヴァント”である。

試したことはないが、実践する価値はあった。

そしてセイバー自身、”いける”と踏んでいた。

さらに考えるは、フェイトの魔力量。

凛は色々と思案していたが、数値化すればサーヴァントすらも凌駕する量を持つオーバーS魔導師。

一体それは自分たちの魔力量に換算すればどれくらいなのだろうか。

まったく根拠は無いし、そして比べる基準すらでたらめだが、どんなに少なくとも自分(凛)の3倍から4倍はあると踏んでいる。


――――つまり


30パーセントしかなくてもフェイトクラスの魔導師ならば――――

「ではフェイト、よろしいですか?」

スカリエッティ達を連れ、シャーリーが探り当てたポイントへの移動が完了。

「うん。私たち魔導師も、魔導師どうしの魔力の供給とかはするから……で、でもどうやって? 今の魔力だと私一人じゃあの岩盤は厳しいよ……?」

「宝具を使います」

「ほう、ぐ……?」

聞きなれないであろう言葉に、フェイトはきょとんと首をかしげた。

「――――説明は後に。では、失礼します」

セイバーの行動は早かった。黄金に輝いているエクスカリバーの刃を唇にあて、少しばかり切り傷を作る。

「――――え?」

スタスタと歩いてくるセイバーにフェイトは身動きが取れなった。

「動かないでください」

「……ひゃうっ――――セ、セイバーっ?」

セイバーは一直線にフェイトの元へ行き、そしてフェイトの二の腕から出ている切り傷へあわせるようにセイバーは切った唇を近付け、そしてそのまま――――

「……っ…………」

絡ませるようにお互いの血を交換する。

何か強大なものが流れ込んでくる感覚のセイバーとは逆に、フェイトは何かを抜き取られる感覚に苛まれた。

ふらり、とフェイトの体が揺れたのをセイバーが抱えるように支える。

――――。

―――――――――。

時間にして数秒、そして契約時間も傷口が治ってしまうまでの簡易な”パス”の生成。

それだけで仮の契約は結ばれ。

――――セイバーへの魔力の受け渡しは完了する


――――猛!―――――


仮の契約が成功したことを告げる、デバイスが生成するのとは別の魔法陣がセイバーの足元を覆い、そして荒れ狂う大嵐の中の稲妻のような魔力の余波がセイバーとフェイトの周りを駆け回る。

「成功です。フェイト、貴女は見ていて欲しい」

「――――ううん、私もやるよ」

貧血気味になったフェイトは気丈にも立ち上がり、バルディッシュを構えなおした。

「いえ、そのような体では……」

「バルディッシュ、カートリッジフルロード」

『 Yes sir 』

しかしフェイトはセイバーの言葉を聞き流し、バルディッシュへの命令を下す。

残っているカートリッジは4発。

「――――やはり、貴女はどこか士郎に似ている……」

その言葉を聞き、少しだけフェイトは嬉しくなった。

しかたありませんね、という言葉と共にセイバーはフェイトの横へ並び、エクスカリバーを構えた。

ホールのようになっているこの区画は、薄暗い以外フェイトとセイバーを遮るものもないし、障害物もない。

「いきましょう」

「そうだね……――――雷光一閃」

屋内では雷を受けられないため、プラズマスフィアを生成しそこからバルディッシュの刃へと雷電を送る。

ザンバーフォームの派生でもあるライオットザンバー。

言葉は少ない。

そして、急がなければならない。

帯電させたカラミティを担ぐ。

フェイトが動いたことにセイバーが反応し、20メートルほど先にある”壁”へ駆け出す。

本来は動く必要がない砲撃魔法だが、フェイトのは剣戟のもダメージに比例するためフェイトも駆ける。

先に走るセイバーの掲げている剣の光が増した。

いや、増したどころではない。

「 約 束 さ れ た ――――( エ ク ス ――――)」

”剣そのものが光になっている”

「プラズマザンバー―――――」

帯電していた雷が暴れるように魔力の奔流を作る。

――――魔力切れで倒れたっていい

走るフェイトの前に巨大な魔法陣が展開される。



「―――― 勝 利 の 剣 !(―――― カ リ バ ー!)」


「――――ブレイカー……っ!!」



放たれる2本の黄金の極光の片方は天すらも割り。

片方は森林を薙ぎ払う。

山の岩盤など無いにも等しく。

2人の一撃は射線上の地形を変える一撃となった。

それを見ていた、近くまで着ているエリオとキャロ、そして武装隊の全員にヴェロッサ、シャッハは皆それに見入り。

ヴォルテールすら、動きを止めた。

片方の砲撃はフェイトが放ったものだとわかるものもいたが。

もう一方が放ったのは誰なのか。

わかっている。セイバーしかいない。

しかしそれを信じられないと、セイバーを知るものはどこかで信じきれていなかった。

魔力がほとんどないとはいえ、オーバーSランクの魔導師の砲撃魔法の数倍の太さ、彼方まで届こうかという光の柱。

――――そして

見るものを圧倒する、神々しさ。

砲撃魔法じゃない。収束系ですらない。

もはやミッドの”魔法”という定義から大きく外れた一撃。

それをセイバーは放った。

フェイトからの供給が加わったことにより、岩盤を砕くだけの力でいいものの、もてる全力で放ったセイバー。

やがてその極光も鳴りを潜め、セイバー達を包んでいた、山を削ったことによる煙も晴れる。

そこで悟る。

セイバーが持つ黄金の剣。

吸い込まれるような魔性ささえも持つ神造宝具。

――――ああ、あの光はあの子が放ったのか

と。

黄金の剣を携えた子は言った。


「――――フリードリヒ、私とフェイトをアースラに」










――――――――――



あとがきです。

前回思いのほか進めてしまっていたらしく、セイバーパートが2話どころか短く終わってしまったorz

エリオの登場をカット。

やりたかったことはセイバーがフェイトの二の腕を(ry


私個人の解釈で申し訳ないとは思うのですが、魔法として具現化された魔力はもはや別物(科学の結晶)だと思うのですが、魔術回路とリンカーコアが作り出すものは似たようなもの、という設定を初めから考えていました。

サーヴァントならば大丈夫かな、と。(サーヴァントを動かす要素は魔力だけじゃなくて・・・いうなれば雑食(苦笑))

この辺の解釈だけは、本当に二次創作設定となってしまっているので、ご容赦ください。フェイトの、魔術師換算魔力量も同じく。


では、読んでくださった皆様に感謝です!


感想ご指導、お待ちしております。



あすく


ps、やっと士郎パート! そして、逆式魔槍、で反応してくださる方が多くて狂喜乱舞です。
まったくもって人にすすめられる作品ではないのですが、個人的にはFate並みに好きな作品なんですよね><

少なくとも5回くらいはループしてたりします。

では!



[5645] 二十二話
Name: あすく◆21243144 ID:4e3d3f93
Date: 2009/05/26 19:58
注)このSSはStS本編をほぼトレースしていますが、士朗が混ざったことにより差異が結構出ていたり、付け足したりしている部分がかなりあります。
”差異”を”間違い”と思われないように書いたつもりですが、自信がどうしても持てなかったのでご了承ください・・・。

では!


―――――――――

「行くぞアイゼン、士郎っ!」

『 Jawohl 』

「無理するなよ、ヴィータ」

「っせぇ……士郎は飛べねーんだからなのはの護衛をしてりゃあいんだよ――――てりゃあああああ!!」

ヴィータの息は上がっていた。

砂漠を歩くような重さのAMF状況下で普段と同じようにガジェットを捌いていれば、魔力が尽きるよりも疲労が先にくる。

それは肉体的な疲労ではなく、魔導師にしかわからないような……強いていえばリンカーコアの負担というべきか、魔力コントロールする上の精神的な負担というべきか。

しかし、無茶をするヴィータを士郎は止める気は無かった。口は悪いけれども、士郎やなのはを気遣ってフォアードとしての任を全うしようとしているヴィータを、止められるわけは無い。

『 Kometfliegen 』

ヴィータの技、魔力を圧縮した球体をアイゼンで叩き打ち出し、ガジェットの大型へぶつけてその魔力を爆散させる。

結果周りの大型は見事に破壊されるが、それを辛うじて逃れた残り1機を士郎が魔力消費を限りなく減らした剣で打ち抜く。

「ヴィータちゃん……あんまり飛ばしすぎると……!」

「うるせぇよ……センターや後衛の魔力温存も……前衛の仕事の内なんだよ……それに、士郎が後ろを守ってくれてんだからあたしはいつもより楽してんだ」

それをいわれてはなのはも何もいえない。

だが、決していつもよりは楽なんてことはないということを此処で追記しておく。無茶苦茶とも言える強濃度AMF状況下で楽なんてことは絶対にないのだ。

「ヴィータ、俺がもう少し引き受け――――」

士郎自体も投影した数はもうかなりになる。凛の宝石からの供給があり、そしてギリギリガジェットを破壊しうるだけの極小の魔力の剣だからといっても、限界は勿論ある。

凛の宝石は異常ともいえる魔力量を誇り、あの士郎を蘇生させた宝石と比べてどうか、というレベルだった。ルビーという凛との相性もあったんだろう。

士郎の中の残りの魔力でまだ、固有結界は多分可能。もし戦闘機人が出てきたとしても士郎1人で数人までは対応できる。

士郎が只のヴィータを気遣ったのではなくきちんと分析した上での進言をしようとしたところ、3人が待ちに待っていた情報が届いた。

空間モニターが立ち上がる。

『突入隊、起動六課スターズ分隊、そして遊撃部隊へ』

「はい」

とはいっても、士郎が個人だけで何か出来るわけではないのでヴィータとなのはが聞いている間士郎は全方位警戒。

『駆動炉と玉座の間、詳細ルートが判明しました!』

モニターが移り変わり、揺り篭内部の詳細データが映し出される。

士郎はそれを横目に見て、やはり管理局という組織は優秀だと評価を改めなおす。

揺り篭自体は古代兵器だと聞いた。それの内部データを探し当てるなど簡単なことではないはず。それを十数分という短い時間で看破して見せた。

だが、それ自体は褒められたものだったが、映し出された情報は決していいものとはいえない。

「ま、真逆方向……?」

疑問系で答えているなのはだったが、3人の脳内では既に結論は出ている。

「突入隊のメンバーは……まだ、そろわねぇのか?」

『各地から緊急収集をしていますが……あと、40分は……』

一縷(いちる)の望みを掛けてヴィータが問うたが、それは絶望的とまではいわずとも非現実的な時間。

揺り篭をとめなくてはならないリミット時間はもう既に2時間をとっくに切っていて、あと40分で揃ったとしてもそこから突入、そして駆動炉ないしは玉座の間へ移動し揺り篭を止めるというのは難しすぎた。

揺り篭自体、端から端まで飛行魔法で移動したってかなりの時間がかかる。

「……しかたねぇ。スターズ1とスターズ2、別行動で行く」

となればやはり、今いるメンバーでなんとかするしかない。

先行していた突入部隊20名は内部のAMF下で大量のガジェットを相手にする際、死人が出ると上層部が判断し既に撤退している。

『……了解しました、急いで応援を用意します』

そこで、モニターが閉じられた。悲観的な表情さえ見えなかったオペレーターだが、正直なところ状況は良くない。

この強力なAMFの中で、いるかもしれない大量のガジェットを相手に出来る局員を相当数揃えるのは正直なところ不可能だ。

40分という時間も、それが弊害してのもの。武装隊に限っての話になれば別だが、そもそも空を飛べる局員と飛べない局員では明らかに飛べない局員のほうが多い。

そこからさらに精鋭を集めるなど、どだい無理な話である。40分でも頑張っていると言いたい。

「ヴィータちゃん!?」

この選択肢は、行かなければならないところが真逆という次点でほぼ決まっていたこと。なのはも頭ではわかっているが、それの危険性にだって十分理解していての叫び。

「……駆動炉と玉座のヴィヴィオ、片っ方止めただけで揺り篭は止まるかも知れねぇ。けど、片っ方とめただけじゃとまらねぇかもしれねぇんだ」

ヴィータの言い分は大よそ正しかった。

駆動炉をとめれば揺り篭も止まる、というのは至極当然の考えであるが、機械的なものに触れる機会がかなりあった士郎にとってはそれはイコールで繋がらない。

そもそも、サブルーティンがない大型の、機械、システム、プログラムなど危険すぎる。

あのジェイル・スカリエッティがそんな簡単な方法で止めさせてくれるとは思わない。

多分……いや確実に、メインブースターが動かなくても予備のブースターで確実に目標……軌道上まで上がれる用意はしてあるはずだ。

そのサブブースターをさらに時間内に止めるのなんて、ほぼ不可能に近い。

「こうしてる間にも外は危なくなってる」

それも、正しい。揺り篭が排出するガジェットの量は、見るものによっては無限のようにも感じられるだろう。何体倒しても壊しても砕いてもこれでもかと改めて増援を射出する。

「……でもヴィータちゃんは此処までの消耗が……!」

「だから、俺がヴィータについて駆動炉へ行く」

警戒さえ緩めないが、士郎はそこで口を挟んだ。

明らかに消耗が激しいヴィータと、ほぼ満タンに近い魔力を残しているなのは。

そして、これほどの巨大船の駆動炉となれば相当な大きさになっていると予想される。物体の破壊が得意なヴィータ、そして時間さえあればはやてに近い破壊力を一点に集中して起こせる士郎。

この2人の相性は駆動炉へ向かうということに限って、かなり良好と判断した士郎なりの結論。

「士郎君……そうだね、2人なら私も安心――――」

「ダメだっ!!」

だが、それはヴィータが許さなかった。

ヴィータ自身、2人でいけたらどれほど安心か。士郎がいることによる安心というよりは、今の消費を鑑みて”もしかしたらダメかもしれない”という弱さからのもの。

「何でだよ! この状況で俺となのはが一緒になったって効率が――――」

ヴィータのグラーフアイゼンが士郎へ突きつけられた。

士郎はその目を見てヴィータの決意を悟る。

「……あたしとアイゼンの1番の得意分野は破壊と粉砕。得意なことやるのに助けはいらねぇ。それとも士郎、あたしとアイゼン
を馬鹿にしてんのか?」

ヴィータの本心は、違う。

本当は、1人は不安だ。

けど。

けど――――

なのはを守る奴がいないのはどうしても嫌だった。

本当は自分がなのはを直接守ってあげたい。そう、”あのとき”誓ったから。

かといって士郎を1人で駆動炉へ向かわせるなどできるわけもない。

――――そして、自分の弱さに負けるのが嫌だった。

「……わかった」

「士郎君っ!」

「そこまで言うなら、俺はなのはと一緒に行く。直ぐ壊して即座に脱出しろよ?」

だが、ヴィータはそれを鼻で笑った。

「一瞬でぶっ壊してお前達の援護にいってやる。んでとっとと全部終わらして、表のはやてと合流だ」

聖杯戦争を初めとし、いくつもの戦場へ身をおいていた士郎は、ヴィータの言葉から色々と感じるものがあった。

ここで止めるのは、覚悟を決めたヴィータへ無粋すぎる。

「こっちは元々2人なんだ、援護へ向かうとしたらそっちだな。だよな、なのは」

心配そうにヴィータを見つめるなのはだったが、士郎の言葉ではっと意識を改めた。

「――――うん、直ぐにそっちに向かうよ。だからヴィータちゃん、無事でいてね?」

「だから心配は不要だ。お前達はヴィヴィオを救出してくれればそれでいいんだよ。ああ、あたしは時間ねぇからもう行くぞ」

「うん……気をつけて、絶対、直ぐに合流だよ!」

「帰ったらお菓子でも作るから、ヴィータ、食べるよな?」

「ったりめーだ。…………アイスがいい」

もう背を向け歩き始めたヴィータはピタリと足を止め、そう、いった。

士郎はそれに無言で少しだけ微笑むと、なのはと共に歩き始めた。

「士郎君、飛ぶよっ!」

「ああ、頼む!」

なのはの右手が後ろから回され、なのはは士郎を抱え地を蹴って飛び出した。

左手のレイジングハートは真っ直ぐに。




~・~・~・~・~




「一々相手してられない……」

高速飛行をしているなのはがそう、呟く。

そして士郎も気持ちは同じだった。

ヴィータと分かれて玉座の間へ最短距離で向かう最中なのだが、明らかに玉座の間へ向かうにつれてガジェットの量が増えている。

それこそ二次関数の正のグラフのように曲線を描く如く、爆発的に。

密度も濃く、ガジェットの大型が通路をふさぐ勢いで乱立しはじめているのだ。

残りの距離を考えても、ここで消耗するのは不味い。

「――――士郎君、少し危ないことするけど、いい?」

「ああ、五体満足でヴィヴィオのところへつければ満点だ」

一瞬だけ、なのはが微笑んだ。士郎からは見えないが。

だが、その顔も直ぐに”エース・オブ・エース”の表情へ戻る。

「レイジングハート!」

『 All right Strike flame 』

レイジングハートからの声が聞こえると、なのはの杖から桃色の巨大な羽が現れる。

手を広げてもまだ足りないくらいのその羽からは物々しい魔力の多さを感じる。

先端からは魔力で出来た刃が突き出す。

「 A . C . S ドライバー!」

アクセレイト・チェンジ・システム・ドライバー。その詳細をあとで知った士郎はなのはの性格を改めた。

――――なんつー魔法、使ってるんだこの女の子は、と

『 Charge 』

レイジングハートの柄の一番後ろの部分から魔力ブースターが起動、爆発的な加速をみせる。

士郎は急に上がった速度に耐える。(と言っても、レイジングハートの制御によりGが増したりしたわけではない)

ストライクフレームの攻性フィールド生成機能により、なのはが通過した場所付近にいたガジェットはそれだけで破壊しつくされる。

まさに通路を完全にふさいでいたガジェットすらも、レイジングハートの先端から突き出る刃を突き刺しそのまま突撃。

「――――っく……」

ほとんど特攻のような移動方法により、なのははバリアジャケットすらも少しばかり傷をつけていた。なのはの頬、唇、肩口等に擦り傷や切り傷が目立つ。

「なのは、俺を庇う必要なんて無い」

「でも……っ!」

多分、それは士郎を守っての影響も少なからずあったはず。

確かに高性能のバリアジャケットがあるわけではない士郎にとっての今の守りは、物理的なダメージには頑丈な布、防災頭巾程度の防御力しかない聖骸布、そして肉体、あとはレイジングハートがなのはと士郎を覆うように展開しているバリアのみ。

「いいんだ、それでなのはが落ちたら元も子もない。だから、五体満足なら文句は無いぞ」

きついからと言ってそれを絶対に口に出したりしないなのはの性格を少しだけ、士郎はわかりかけていた。

「……わかった。もう少し、速度上げるよ!」

「ああ」

もう1段、ギアが上がる。

そしてさらに距離が近付いているのか、明らかにガジェットの量がおかしい。もう、ほとんど数十メートル間隔で密集点を破壊していかなければならない勢いで。

士郎も両手がフリーなことで、難しい体勢だが弓で援護。1射だけ、長い通路のときいつもの力で弓を穿って少しでもなのはの負担を減らした。

といってもそれも微々たる物で、ストライクフレームだけの吶喊(とっかん)は危険すぎると判断しいくつかスフィアを生成、そこからの援護射撃で道を切り開く。

『 Target point is near . (玉座の間まで、もうすぐです)』

「うん」

そこではのははいくつかのスフィアを新たに生成、道に放った。

――――?

その意味を士郎は解りかねたが、後々に役に立つことを知る。



そして玉座のままで、次の角を左折し一直線のところまで来た。

――――角を高速で曲がる

「「――――っ!」」

なのはと士郎は気付く。

オレンジ色の”何か”が一点に集中していることに。そして士郎は即座に視力を強化、見る。

あれは――――

「っく、レイジングハー――――」

「なのは、足を止めるなっ! 突き進めっ!」

「――――士郎君?」

「いいからっ! ――――”俺を信じろ”!」

「――――信じるよ」

なのははこの言葉を放ったことに自分でもびっくりしている。

士郎はリミッターが掛かったフェイトにかったとはいえCとちょっと。明らかにオーバーSであろう迫り来る砲撃にどうやって対処するのか。

対処できなかったらそれで終わりである。

――――だけど

「―――― I am the bone of my sword . ( ―――― 体は 剣で 出来ている )」

士郎は聖骸布の袖を引き伸ばし右手で掴み、手を覆った。

そして紡ぐ。

「――――" 後 より 出で て 先に 断つ者 "! ( ――――" A n s w e r e r " !)」

なのはに抱えられた状態での真名開放。

なのははなにが起きているかわからなかった。

自分の眼下とは言わないが、肩口の下より伸びる士郎の手から、いや、手の少し先に現れた拳よりも少し大きな球体。

フェイトの雷とは性質がまったく違う雷のようなものが士郎の拳を覆う外套と球体の間を繋ぐ。

なのははバリアジャケットで気にならなかったが、士郎が一瞬呻いたということはその雷は士郎へ届いているのだろう。


――――橙色の、通路を覆わんばかりの砲撃が迫り来る


士郎は少し顔を捻り、なのはを見る。

――――なのはの顔は真っ直ぐ前を見つめており、恐怖に染まった色などまったく見せない

なのはは純粋に、士郎の言葉を信じていた。

ならば、それに答えなければならない。

「" 斬 り 抉 る "――――(" F r a g a "――――)」

どういうからくりになっているのか、球体が奇妙な文字が書かれた短剣へと姿を変える。

だが、どうやってそのような小さな剣であの砲撃を止めるのか。

なのはは疑問だらけだったが、何故か、”大丈夫”と思っていた。

レイジングハートが危険を知らせないのはそのためなのか、レイジングハートが士郎のすることをわかっていたからなのか。

人殺しは不味い。

視力を強化して見た士郎は、この砲撃があの兵器から放たれる切り札だと確信した。

つまりは、その兵器を”殺せば”いい。

後数秒も掛からない内に到達するであろう極光を見て士郎は拳に力を籠める。

「―――― " 戦 神 の 剣 "(―――― " r a c h " )」

――――そして、その拳を放った

――――

―――――――――え?

「ふぅ……熱っ……」

士郎は外套から手を出し、若干火傷らしきものを負っている手をぴらぴらと振る。

――――なのははなにが起こったのかまったく、さっぱり、微塵も理解していなかった。

なんで迫り来る砲撃が”魔法”のように消えてしまったのだろう?

自分の訓練弾を防いだときみたいな大きな盾で防御するのかと思ったら、そのまま小さな短剣を放っただけだった。

”それだけ”で、一瞬光ったかと思うと砲撃は消えていたのだ。

「だ、大丈夫?」

「ん、ああ。ちょっと火傷しただけだからな」

なんか違うことを聞いてるなーと思いつつ、なのはは深く詮索しないことにした。これが、あのとき……教会で言っていた、”伝説の能力を付加する”能力なのか。

――――もしこんなものが簡単に出せるのならば、誰も勝ち目は無いと思う。

もちろんなのはが、これが”相手の切り札”に反応する宝具だとは知らない。

「じっとしていなさい……突入隊が貴女のことを安全なところまで護送してくれる」

士郎にバインドのようなものは無いので、なのはが1人の戦闘機人……あの砲撃を放ったであろう人物を拘束した。

そして、その砲撃の射出媒体……普通のライフルを何倍も大きくしたような道具もバインドを掛けようとしたが、士郎がそれを制した。

「なのは、これはもう使いものにならない。完全に、壊したから。無駄な魔力を使うのは勿体無い」

見た目はほとんど無傷のそのものを何もしないのは少し不安が残ったが、士郎がそう確信的に言ったのでなのははそのままにした。

”両者が相打つ”という運命を斬り抉る短剣は決して、必ずしも相手の心臓を突き穿つものではない。

だが、飽くまで”後から放ったのに先に放ったことにする”という性質上、相手もしくはその道具を完全に壊さない限り先にはなったことになっただけで攻撃を結局くらってしまう。

それだと意味が無い、というよりは、攻撃が飛んでこないということはその攻撃の元を完全に潰したということである。

「この船は……私たちが停止させるっ! 行くよ、士郎君」

「ああ」

見知った顔を後にしつつ、なのはと士郎は玉座の間へ向う。


――――ディエチは完全な敗北を知り、抵抗をやめゆっくりと、頭を地面に下ろした。


一方、この最後の長い直線を飛ぶなのはと抱えられている士郎。

「士郎君……ごめんね、大丈夫?」

「問題ない。これくらいの傷ならまったく支障はないからな。寧ろなのはのほうがひどい怪我だろ」

なのはと士郎は大きな怪我こそしていないけれど、度重なるガジェットの物量にそれなりの傷を負っていた。

士郎はぺろり、と血が出ている唇を舐める。

なのはも、バリアジャケットで顔から流れている血を拭った。

「ううん、私は大丈夫。バリアジャケットは優秀だから」

そのバリアジャケットを貫いての傷なのだ。なのはは魔力を少しでも温存しようと、士郎を覆うバリアはそのままに自分を覆う分のバリアを少し薄くしていた。

「そうだな――――……ん……扉?」

今の飛行速度で30秒ほど飛んだのだから相当な距離があったことになるが、見えてきたのは1つの扉。

「玉座の間だね……レイジングハート!」

『 All right 』

ストライクフレームを収納し1発、軽めの砲撃魔法で扉を打ち抜いた。

少しなのはが力んだことにより無駄に破壊され煙が舞うが、そのまま中に入り地面に足をつける。

「いらっしゃーいっ。お待ちしてましたぁ」

不快な声が部屋に響く。

――――あの時俺の後ろに立っていた幻術らしきものを使う奴か

と、士郎は思った。

アーチのみならず地上本部さえも苦汁をなめさせられた原因。

「こんなところまで無駄足ご苦労様ー。さーて、各地で貴方達のお仲間が、大変なことになってますよぉー?」

モニターがいくつか立ち上がり、六課のメンバーが映し出される。

なのははそれを見上げたが、士郎はクアットロから眼を離すことはない。

戦場で敵から目を逸らしたらなにがくるかわからない。特に幻術使いとなれば尚更である。

「――――大規模騒乱罪の現行犯で、貴女を逮捕します。すぐに騒乱の停止と、武装の解除を」

だがなのはもそのモニターを一瞥しただけで視線を元に戻す。

そして、仕事上言わなければならない勧告。

クアットロはそれが滑稽なのか、嫌な笑みを絶やさない。その笑みを士郎は非常に不快に思っていた。

「お仲間の危機と、自分の子供のピンチにも、表情1つ変えずにお仕事ですか。いいですねぇ、その悪魔じみた正義感」

士郎は実は、部屋に入った瞬間から即座に……あの、椅子に座って……いや、椅子に拘束されているヴィヴィオを救出したい衝動に駆られていた。

怯えた様子など一切見せずなのはの精神を煽るのは敵ながらにして巧みだ。

――――その汚い手でヴィヴィオに触ろうとするのも、なのはのことを逆撫でするためにわざとやったのだろう

「――――っ!」

「まて、なの――――」

士郎の制止の声よりも早く、なのはは魔法をクアットロへ向けて放っていた。

勿論、幻影。

『でーもぉー、これでも平静を保っていられますぅ?』

勝手に立ち上がるモニターを壊したい衝動にも駆られたが、無意味なのでやめる。

――――な……!

ヴィヴィオを拘束している椅子に電気らしきものが流れ、失っていたヴィヴィオの意識が覚醒する。

「ヴィヴィオっ!」

薄い”仕事”という幕に覆われていたなのはの感情は、抑えられるものではなった。

「あ、あぁあ……あああああああああ!!」

「なのは、解除してくる」

なのはが勝手なすることをするわけにいかないのならば、俺がやればいい、と士郎は足を踏み出す。

――――だが

「な、んだ……これっ!」

「士郎く……あぁっ――――!」

魔力の奔流なのか、聖骸布に覆われている士郎はなのはよりもかなり前に進めたがそれでもやはり強烈な圧力に押し戻される。

『んっふ、いいこと教えてあげる……”あの日”ケースの中で眠ったまま、輸送トラックとガジェットを破壊したのは……この子なのぉ。どうやって防いだかはしらないケド、”あの時”のディエチの砲撃、例え直撃を受けたとしても、物ともせずに生き残れた能力……』

なのはと共に扉付近まで吹き飛ばされたが、即座に姿勢を直してヴィヴィオへ向かい合う。距離に比例するようで、此処まで離れればちょっと強い風、くらいにしか感じない。

『それが、古代ベルカ王族の固有スキル……”聖王の鎧”。レリックとの融合を経て、この子は完全にその力を取り戻す……』

レリックとの……”融合”?

つまり――――

つまり…………!

『ベルカの王族がその身を自ら作り変え――――』

「黙れ」

「士郎……君?」

なのはの声も、耳に入らない。

『あら……折角教えてあげていたのに。お気に召さなかったかしらん?』

「黙れ……お前……いや、お前達は……ヴィヴィオとレリックを、”融合”させたってことかよ……」

モノとヒトを融合させるのなんて、別に構わない。

だけど。

だけどな。

”何で他人を巻き込むんだ!”

『だからぁー、そう言ってるじゃないですかぁ、その子、”究極のレリックウェポン”なんですよぉー』

「ふざけるな……!」

『あーらー、ふざけてなんて無いですよ? 私達は至って、至極、真面目ですぅ。ほら、お話してるからー、聖王様が怒っちゃったじゃないですかぁー』

「何を言って――――なっ!」

「――――ま、マーっ! ……ぁっ……パ、ぱ、ぱぱ……ぁっ……ああぁぁぁあああ!!!!」

「ヴィヴィオっ!」

「や……ぁぁっ……ゃだ……ままああああああ!!!」

「おい、ヴィヴィオに何をしたっ! 何が起きてる!」

『すぐに完成しますよ? 私達の王が。揺り篭の力を得て無限の力を振るう……究極の戦士……』

「――――ぁ……ままー!! ぱ、ぱ……ぁ……ああ、あ、あああああああああ!!!」

「ヴィヴィオーっ!!」

「ヴィヴィオ! 今、今助けるからなっ!」

だが意思に反し、光が一層強さを増す。

目を眩ませんばかりの光の、オーロラ色の魔力の流れはそれこそ氾濫寸前の川のようで、1歩もヴィヴィオに近付くことができない。

――――光がヴィヴィオに収束する

拘束されていたはずのヴィヴィオが空中を浮かび、叫ぶ元気すら無くなったようにぐったりしている。

光の収まりと共に収まった奔流だが、今から起こることに士郎となのはは驚愕していた。

『ほら陛下、いつまでも泣いていないで……陛下のママが助けてほしいって泣いてますぅ』

「…………」

ヴィヴィオが薄っすらと目を開けたことで、意識があるんだと思いなのはと士郎はあらんばかりの声を発し、ヴィヴィオへ呼びかけるがそれに気付いた様子は無い。

『陛下のママをさらった、こわーい悪魔が2人、そこにいます……頑張ってそいつをやっつけて、本当のママを助けてあげましょう……? 陛下の体には、そのための力があるんですよぉー……?』

今クアットロが発する言葉は2人には聞こえていない。

意識が混濁してるヴィヴィオはクアットロの言葉が本当のように聞こえ、そして、なのはのことを、士郎のことを……ヴィヴィオは正常に、考えられなくなっていた。

『心のままに、思いのままにその力を解放して……うふふ……』

「何が……おきて、るんだ……?」

「わから……ない」

ヴィヴィオの様子が変だ。

「まま……ぱぱあああああああああああ!!」

最後にそう叫んだヴィヴィオは、何かが入ってくるのを耐えるように体をよじる。

「……なん……だっ!!」

「ヴィヴィオの体が……成長してる」

あれが、レリックの影響だというのか。

5歳程度の体だったヴィヴィオが身をよじり続けていると、明らかに物理的な、生物的な法則を完全に無視して体が成長……それこそ、なのはと同じくらいの体まで。

――――そして、ガラスが割れるようにオーロラが弾け、その中からバリアジャケットを纏ったヴィヴィオが佇む

バリアジャケットらしきのものの色は黒、なのはのバリアジャケットをそのまま漆黒に塗りなおしたようなもの。それがどういう意識から作られたものなのかはわからない。

「貴女が……貴方達が……ヴィヴィオのママをパパを……どこかにさらった……」

目を開いたヴィヴィオが士郎となのはを一瞥するが、その視線は敵意に満ちていて――――。

「ヴィヴィオ、違うよっ! 私だよっ! なのはママだよっ!」

なのはは必死にヴィヴィオに話しかける。

その表情から、やはりどこかで混濁、または意識の改定、とにかく話しかけることにきっと意味があると信じ、士郎もヴィヴィオに言葉を掛ける。

「ヴィヴィオっ! 士郎パパだ、肩車したじゃないか! 忘れたわけじゃないよな?」

「――――違うっ!」

だがそれを否定され、なのはと士郎は少しだけショックを受けた。

「――――嘘つき……貴方達なんか……ママじゃない……パパじゃないっ!」

はやてが魔法を使うときのような三角形のテンプレートがヴィヴィオの足元に現れた。

士郎は反射的に夫婦剣を両手に握り、何がきても対処できるように構える。

「ヴィヴィオのママを……パパを……返してっ!」

「ヴィヴィオっ!」

『んふふ、その子を止める事が出来たら……この揺り篭も止まるかもしれませんねぇー』

「黙れ……行くぞ、なのは」

「うん! レイジングハート!」

『 W . A . S Full Driving 』

ワイドエリアサーチ、のことである。なのははまず、クアットロを止めなければならないと考えていた。そのためにスフィアを撒いたのだ。そして、今はそちらへ魔力を重点的に回す。

『親子で仲良く、殺し合いを……ふふ……』

「ママを……返してっ……!」

収まっていた魔力の流れが再度爆発するように流れ出す。

だが、先ほどと同じということで士郎は聖骸布を頼りに踏ん張る。

「ブラスターシステム・リミットワン・リリース!」

『 Blaster set 』

そしてなのはは、魔力に対応するためには魔力といわんばかりに……ついに使う、ブラスターシステム。

「なのは、それは――――」

「大丈夫っ! 絶対、絶対大丈夫だからっ!」

「わかった、すぐにヴィヴィオを助け出すぞっ!」

「うんっ!」

2人が構えたその刹那後、ヴィヴィオがなのはへ突進する。

「――――くぅ……」

なのははヴィヴィオの拳をプロテクションで受け、耐える。

士郎は即座に反応しヴィヴィオの側面へ、バリアジャケットは相当強固なものだということがわかっているがどうしてもためらい、剣の腹をヴィヴィオの胴体へぶつけるが――――

「そんなもの……っ!」

が、剣の腹を見せていたことで空いていた右手の掌底で腹を押され、防がれる。

宝具を砕かれはしなかったが、手に相当な振動が来た。

こちらも全力で振ったのにそれを防ぐヴィヴィオ。

「ディバイン――――」

士郎に一瞬気を取られたことを見逃さなかったなのはは即座にヴィヴィオに向けてほぼゼロ距離での砲撃。

「――――バスターっ!」

「ああぁあっ!!」

だがそれをヴィヴィオもプロテクションで弾く。なのはの砲撃を逸らすなど並大抵の事ではないはずなのだが。

このときばかりは、非殺傷設定というものが羨ましい。

万が一、ヴィヴィオを殺してしまったら士郎は悔やんでも悔やみきれないだろう。

だが、とめるためには昏倒ないしは気絶させなくてはならない。

”とある”宝具を試してみることも考えたが、刺さらなければ意味が無い。

「貴方も……邪魔っ!」

なのはと士郎を比べ、この状況ではなのはのほうが脅威と感じたのかヴィヴィオは士郎へと方向を変える。

「くっ……」

プロテクションがない士郎は夫婦剣を体の前で交差し、ヴィヴィオの拳を受ける。

「はあっ!!」

その2つの剣の止められたことに思うところがあったのか、右、左と交互に拳を繰り出す。その一撃は重く、葛木先生とやりあったときを思い出す。

あの人と比べれば技も何も無く、ただ力任せに殴るだけなのだが。

「なのは……!」

士郎が避けることをせず受けたのは、繋げるためである。

「アクセルシューター!」

「っ!」

突然、ヴィヴィオの周りを一気に覆いつくすように大量のスフィアが現れる。

「――――シュートっ!」

なのはの掛け声と共にその弾丸がヴィヴィオへ殺到する。

「……邪魔、しないでーっ!!!」

だがそれを、プロテクションすら使わずオーロラの魔力だけで防ぎきる。

――――聖王の鎧

それは聖王への危険、危機などで反応する強固な鎧。

体から溢れる魔力、それは士郎達が言う”神秘”に近い。

つまり、聖骸布を纏っている士郎は少しだけ、耐性があった。

夫婦剣を即座に消し、腕を伸ばす。

「ヴィ、ヴィオ……! 帰るぞっ!」

そしてしっかりとヴィヴィオの腕を掴んだ士郎は、どこかで油断した。

「いや……いやああああああああああ!!」

目を閉じて叫んでいたヴィヴィオがゆっくりを目を開ける。

「なっ……がっ!?」

掴んでいないほうのヴィヴィオの手が、強化していなかった士郎の視線では一瞬対応が遅れてしまうほどの速度で掴んでいる腕を掴んだ。

――――そして

「ああああああっ!!!」

「士郎君っ!」

「――――がっ……う……」

ヴィヴィオに振り回されるように投げられる。馬鹿力、なんてものじゃない。どこかで油断したのか、対応が遅れて踏ん張れなかったのもあるがそれを差し引いても、片手で成人男性を振り回して投げるなんて正気の沙汰ではない。

投げられた士郎は壁に叩きつけられるが、そこはギリギリで受身が間に合う。だが、ずり落ちる様に結構高さがある部分から落ちたため、立ち上がるのに数秒掛かった。

「なの、はっ!」

立ち上がる前に、なのはがこちらへ来ようとする。

だが、それはヴィヴィオにとって敵の隙でしかない。

「貴女も……どっかいって……!」

「えっ――――」

ヴィヴィオの渾身の蹴りは、レイジングハートが張った簡易プロテクションをまるでそんなもの無いように蹴破り、なのはの脇腹に直撃する。

「かっ……ぁ……ぅ……」

『 Master ! 』

衝撃こそバリアジャケットで緩和されるも、運動エネルギー自体は思い切りなのはと吹き飛ばし、壁にめり込むほどに叩きつけられた。

「大……丈夫、ぅ……ヴィ、ヴィオ……!」

「勝手に――――」

不味い。

だが、士郎の位置からなのはまでは遠い。

「――――呼ばないでっ!」

ヴィヴィオは格闘しか出来ない、なんてことはなく、両手から放たれた透明のガントのようなもの。

しかし、やられてばかりのなのはではない。士郎はなのはが動いたことを”見えて”いた。

壁にめり込んだ状態から、魔弾を避けつつ飛んでいるヴィヴィオの真後ろに高速移動。

士郎も駆ける。飛んでいる2人に対抗する手段は無いが、気を逸らすことくらいは出来る。


――――擲!――――

なのはの行動を悟られないようにするために投影した黒鍵を2本、特に何もしないでヴィヴィオに投げつける。

「馬鹿にしないでっ!」

それは簡単にヴィヴィオに弾かれるが、それは予定通りである。むしろ刺さったら困る。

『 Chain bind 』

そこでなのはがヴィヴィオへ拘束魔法をかけた。

気を逸らさなかったら簡単に抜けられてしまうだろう魔法は見事、ヴィヴィオを捕らえる。

だが、そこで魔法を打たず拘束したのはなのはのミスである。

速射可能ななのはの魔法の中にあるものでは確かに昏倒は無理、もしくは鎧に弾かれる可能性もあったが、バインドが通じたということはオートではなく発動に条件があるのだろうか。

「こんなもの……――――効かないっ!!」

そのバインドは数秒で看破、いや、力ずくで破られた。

「なのは、どうするんだっ!」

「もう少し……もう少し待って!」

くそ、と士郎は心の中で悪態をつく。それは勿論なのはやヴィヴィオに向けられたものではなく、自分の無力さに対して。

例え固有結界を発動したとしても、殺してしまっては意味が無いのだ。良くも悪くも剣しかないあの”場所”は、今の状況には不要なもの。

そもそも、ヴィヴィオが長い詠唱を待ってくれるとは思わなかった。

――――そして、なのはは待ってといった。

だが、何か策があるというのか。

このまま消耗戦など、明らかになのはや士郎のほうが部が悪い。

AMFはヴィヴィオに効いているのかすらわからない。そもそも、レリックと融合しているということは……いや、クアットロの言葉から察するに、ヴィヴィオは揺り篭と繋がっていると考えていい。

となれば、ヴィヴィオはほぼ無限に近い魔力を持っていることになる。

その”蛇口”こそ小さいからなのはや士郎がヴィヴィオを抑えてるとはいえ、時間が経てば経つほど2人が不利になるのは誰の目からも明らかである。

さらに、2人には制限時間がある。

残り50分を切っているんじゃないだろうか。

駆動炉もまだ止まった様子は見せない。

「はぁっ!」

ヴィヴィオが繰り出すのは、先ほどと同じような透明のガントのようなものを4つ、なのはへ放つ。

それをプロテクションで防ごうとしたなのはだが――――

『 No ! Oval protection ! 』

しかし、ヴィヴィオの魔法は先ほどの只の魔弾ではないことを見抜き、レイジングハートはなのは全体を覆うプロテクションを展開。

「ぁあ……っ!」

透明の魔弾が弾け、拡散する。

なのはの意思ではなかったために、あの強度を持つオーバルプロテクションは無残にも砕け散る。

「なのはっ!」

地上にいた士郎はそれを見て、なのはの落下地点にギリギリ間に合う。

「ありが――――」

「―――― I am the bone of my sword . ( ―――― 体は 剣で 出来ている )」

落下を防いでもらった士郎はなのはの謝礼に割り込む形で詠唱をする。

先ほども聞いた、士郎の詠唱。

「はああああああっ!!!」

「 " 熾 天 覆 う " ―――― ( " ロ ー " ―――― ) 」

なのはを庇うように胸に抱きつつ、士郎の視線はヴィヴィオへ向けられていた。

そのヴィヴィオは、ヴィータのように1つ、サッカーボールほどの球体を生成。

そしてそれを――――

「っ、間に合わない、プロテク――――」

その、ヴィヴィオが数秒”も”かけて生成した魔弾は相当な魔力が篭っているらしく、なのはが渾身の力を籠めて防がなければならないほどの魔力が篭っていた。

「大丈夫だ、任せろ」

「――――ぇ……?」

「はぁっ!!!」

有らん限りの力を籠めて、ヴィヴィオは拳で打ち出す。

――――だが

「――――― " 七 つ の 円 環 " ( ―――― " ア イ ア ス " )」


――――堅――――


「士郎君、の……力って……」

「ん、ほら、大丈夫だったろ?」

「う、うん……」

ヴィヴィオと、士郎となのはの間を隔てるなのはの魔力光より少し濃い、7枚の花弁。

1番”アイツ”に近づけているのは皮肉にも剣に関することではなく、”誰かを守りたい”という根本的な思念なのか。

もしくは、世界を移動したことにより本来魔術師が気にする、基盤の独占などの話なのか。

魔術師ではなく”魔術使い”の士郎にとっては、使い勝手が良くなっているという事実があればそれでよかったのだが。

「そんなに……そんなに邪魔するならっ!!! ――――っ!!」

『 Round shield 』

「「――――っ」」

なのはは即座に飛び起き、レイジングハートを構える。

士郎のアイアスは数秒しか持たない。

今度はなのはがしっかりとプロテクションを張り、ヴィヴィオの二撃目を防ぐ。

『 W . A . S . Area 2 complete . Beginning area 3 . This will take some time . (ワイドエリアサーチ、エリア2終了。エリア3に入ります。あと、もう少し!) 』

なのはのプロテクションに守ってもらったところ、レイジングハートがそう告げた。

――――なるほど

士郎はミッド語ではなく英語なら、ある程度聞き取ることが出来る。

なのはが、”待って”ということが理解できた。

後はそれを、あの”女”に悟らせなければいい。

「なのは、後ろだっ!」

――――っ

「――――はぁっ!」

攻撃を防いだなのはが前方に気を取られている内にヴィヴィオは背面へ移動し、士郎となのはのいるところへ魔法弾。

なのはと士郎はその場から即座に飛び退き、地面を抉るヴィヴィオの攻撃を避ける。

士郎は鉄甲作用をあえて付加せず、ヴィヴィオにまた2本の黒鍵を投擲した。

「馬鹿にしないでっ!!!」

大した速度も出ていない黒鍵など、この場にいるヴィヴィオからしたら子供だましもいいところである。

まるで鬱陶しい蚊を叩く様な行動だけで2本の黒鍵を弾く。

「ブラスターシステム! リミット2、リリース!」

『 All right 』

また士郎に一瞬だけヴィヴィオの気が逸れたのを狙い、なのはがブラスターシステムのギアを1つ上げる。

「なのはっ! それは――――」

「大丈夫だからっ! ――――ヴィヴィオっ!」

ブラスター2になったなのはが発する魔力だけで、なのはに突撃しかけたヴィヴィオの体が弾き飛ぶ。

だが、ヴィヴィオは上手く着地し即座になのはを睨む。

「士郎君っ!」

「任せろっ!」

士郎は干将・莫耶を投影し地上に降りたヴィヴィオへ突っ込むように走り出す。

「――――こないでっ!!!」

言ってることと、ヴィヴィオがやっている士郎達を狙う行動が一致しないのは、やはりどこかでヴィヴィオの意識が混乱してるのだろう。

「ヴィヴィオ、家に帰ろうっ!」

「違う……違う違う違う……っ!!!」

士郎は干将の腹をヴィヴィオの腹筋に叩き込もうとする。

が、ヴィヴィオの超人的な見切りにより、それをかわすどころか裏拳で柄に近い部分の干将の腹を思い切り殴られる。

その行動を予見できなかった士郎は干将を伝う予想外の衝撃を手に与えられ、思わず干将を手放す。

「なの、はっ――――!」

だが士郎の目的は端からヴィヴィオを昏倒させるためではない。

「うんっ!」

レイジングハートの先のような部分が2基、空中を渡りヴィヴィオの体の周りを1周、ヴィヴィオにバインドを巻きつける。

夫婦剣を即座に消し、そのバインドに巻き込まれないように飛び退く士郎。

「ブラスタービット――――クリスタルケージ――――ロック!」

正八面体の上部だけ、三角錐のようなケージがヴィヴィオを地面と結ぶチェーンバインドの上から被せられた。

「”まだ”か、なのは!」

「もう……少しっ!」

士郎は少し、焦っていた。

気を逸らすための黒鍵の投影、夫婦剣の投影、そして揺り篭に入る前の全力の真名開放、そして入ってからもう一度真名開放。そして先ほどの、魔力消費が普通よりも多いアイアス。

ヴィータと共に揺り篭内部を移動していたときの投影回数。

これらを鑑みて、いくら凛が正に手塩にかけて溜め込んだ宝石、1つだけで固有結界も可能なくらいの魔力量があったそれでさえ、流石にもう固有結界は厳しくなっていた。

といっても、固有結界を使わないことを前提にすればまだまだいける。

そもそも固有結界が必要かと問われれば、今は明らかに必要ではない。

「なのは、魔力は持つのかっ?」

「厳しいけど……これくらいなら、全然問題ないよっ!」

そこまで考えた結論、そしてなのはの返答から、士郎は完全に固有結界の使用を頭から除外した。

もしも。

もしもの場合は、士郎はヴィヴィオの四肢を切り裂いてでも止める気だった。それをするためには固有結界が必要だっただろう。

ミッドの技術は凄い。生体移植などに関しては、地球のがお飯事(おままごと)……とはいわないが、足元にも及ばないレベルの差がある。

多少千切れたくらいならば、戦闘行為などは無理でも日常生活レベルならばまったく違和感無いレベルに再構成できる。

――――自分は恨まれても良かった。その覚悟はしてきた。

だが、大丈夫なら――――それに、越したことは無い。

魔力ダメージで昏倒。

「これはもう――――覚えたっ!!!」

「――――っ!」

ヴィヴィオがケージの中で、先ほど少し時間がかかったチェーンバインドをほぼ瞬間で振りほどく。

だが、なのはのブラスターモードでのクリスタルケージは硬い。

――――しかし

士郎は違和感に気付いた。

チェーンバインドを破られたなのはが一瞬、顔を歪めていた。

勘違いかと思った士郎だが、それが確信に変わる。

「はぁぁぁぁ!!!」

ヴィヴィオがケージを殴り始めた。

ヴィヴィオが魔力を有らん限り籠めて殴っているのにケージが破れない堅牢さは筆舌にしがたいが、士郎はそこで気付く。

「――――くっ……ぅっ……っ―――!」

魔法陣のテンプレートを展開し、必死にレイジングハートの切っ先をケージに向け、制御しているなのは。

――――つまり

あのケージの硬さは、なのはの意志の固さ……言い換えれば、破られそうになるのを必死に魔力を注ぎそれを防ぐ。

このAMF状況下で魔力を注ぎ込みながら、ヴィヴィオの連撃に耐えるほどのケージのプログラムを制御するなど、凛達魔術師とはまったくベクトルが違う、だが辛さは同等以上の難解な作業。

その影響からか、なのはの唇にある傷から血が垂れる。それを拭うことすら、いや、出血していることすら気付いていないのか、なのはは必死にヴィヴィオを見つめケージを制御。

ケージがある以上士郎は動けず、その光景を見ているしかなかった。

が、ヴィヴィオがケージを破るまでに掛かる時間はそれほど長くはない。

約10発、ヴィヴィオが拳を打ち込んだところでケージに歪が出来、そこに食い込ませるように手を無理矢理ねじ込む。

「――――ぁあっ!」

「なのはっ!」

ケージが破られ、士郎がヴィヴィオへ駆け寄り夫婦剣を振り下ろすよりも早く、ヴィヴィオは地を蹴り、飛行ではなく正に跳ぶ様にしてなのはへ突っ込む。

そのスピードが乗った一撃をレイジングハートの柄で防ぐ。

接近戦をこなせない事は無いが、得意分野でないなのはは敬遠し、士郎の隣の地面に降り立つ。

そして、2人の対岸に立つようにしてヴィヴィオも降りる。

――――息が上がっていた

なのはだけのものかと思ったら、ヴィヴィオも肩で息をしてる。

魔力自体は膨大な量の供給タンクがあるためほぼ無限に近いヴィヴィオだが、蛇口がその負荷に耐えられるかというのはまた別の話。

レリックと融合して超人的な身体能力を得ていたヴィヴィオだが、その本来の肉体は多少弄ってはあるが機械の部分など無いし、いつまで動いてもびくともしないような強化されたものでもない。

実際、ヴィヴィオは”疲れ”ていた。

(知識上だけはあったとしても)経験も無く、魔力に任せて攻撃していたヴィヴィオ。

さっきまで猪突猛進に突っ込んできたヴィヴィオの足が止まってくれた。

――――まだなのか

士郎となのはの思考はそこで一致する。

もう、完了してもいいはずだ。

このインターバルでなんとか――――

『 Wide Area Search successful . ( WAS、成功 )』

「「――――っ!」」

―――――きた











――――――――




実は、士朗パートは既に書き終わっていたりします。。。

一話でおさめてあげようとおもって書き上げた後分量を確認したら・・・一話では長すぎる量に・・・

具体的には、このSSで1番長かったフェイトとの模擬戦の話の、1,5倍。


なので、ぶつ切りで2話に分けることに。

あとは推敲だけなので、明日、もしくは明後日には上げられると思います。

手にとっていただければ、幸いです。


読んでくださった方々、ありがとうございました!


感想ご指導、お待ちしております。



Ps、30万を超えて33万PV、感謝です!


あすく


修正)IMEに任せて変換していたため”士朗”になっていた事実・・・置換して一気に直しました。

気をつけます、ひどすぎた・・・報告、ありがとうございました;;



[5645] 二十三話
Name: あすく◆21243144 ID:4e3d3f93
Date: 2009/05/28 20:09





士郎となのはは顔を見合わせ、頷く。

『 Coordinates are specific , distance calculated . ( 座標特定、距離算出 )』

「――――解析・開始(――――トレース・オン)」

地面に手をあて士郎は揺り篭の一部、半分よりこちらの図面を頭に起こす。

レイジングハートが特定し、空間モニターに映し出される”あの女がいる”場所と、脳内の図面を意識的にリンクさせる。

「……見つけた」

「ああ」

しかし、遠い。

此処を最上部とすれば、クアットロがいる位置は最深部。


――――エリアサーチ!? ま、まさかずっと私を探してた……?


そんな呟きは士郎となのはには聞こえない。


――――だ、だけど此処は最深部……此処までこられる人間なんて……


何通りの行き方があると見せかけて正解は1つだけ、そして大量に仕掛けたブービートラップ、ガジェットの量を鑑みても、確かにそこを人が通りたどり着くのはほぼ不可能。

クアットロのISは幻術で、それを破るのは至難の技だ。

だけど。

クアットロはその、”自分を倒すためには此処までこなければならない”という先入観から。

1つだけ。

1つだけ、見逃していた。

いや、”そんなことは不可能だ”と、どこかで思ってしまっていた。

「なのは、道は俺が作る」

「うん、タイミングは合わせるよ」

「わかった。―――――― I am the bone of my sword . ( ―――――― 体は 剣で 出来ている )」

ブラスタービットを操り、ヴィヴィオをチェーンバインドで雁字搦めに。

先ほどとは術式を変え、少しでも時間を稼ぐ。2本で縛っていたものを、今度は6本。

士郎のその呪文を聞くのは今日何回目だろうか。

いつの間にか握られている黒ずんだ弓と、全てを削り飛ばしてしまいそうな物々しい、”矢”。

魔力充填にそこまで時間をかけられるわけではない。


――――壁抜……き……? ま、まさかそんな馬鹿げたことが……


そう、そんな”馬鹿げたこと”が可能な2人だということに。

……此処から”あそこ”までの”壁抜き”程度ならば10秒あれば十分。

『 Clearrance confirmation , firing lock is cancelled . (通路の安全確認、ファイアリングロック解除します) 』

その言葉を聞いて士郎は安心した。これで、余計な人を巻き込むこともない。

士郎の仕事は、”道”を作ること。

なのはの負担を少しでも減らし、且つ、確実にしとめるために必要なこと。

「――――ブラスターっ! セカンドっ!」

『 Blaster 2nd 』

リミットリリースで上限をこじ開け、そしてセカンドでブラスター2の臨界点へ。

生成するブラスタービットは4基。

頭の中で起こした図面とクアットロの位置、そして今自分たちがいる位置を照らし合わせ、1つの壁の前に2人は足を思い切り、力強く踏み込む。

「いくよ、士郎君」

「いくぞ、なのは……」

カートリッジをこれでもかとロードし、それでも飽き足らずクイックローダーでリロード。

「ディバイン―――――」

なのはの掛け声にあわせ、先に士郎が放つ。

「――――"偽・螺旋剣 "( ――――"カラド・ボルグⅡ" )」


――――砕!――――


”アイツ”のオリジナルを使うのは気が引けたが、自分の世界を見て検索してもこれ以上のものはない。これ以上のものとなってしまうと、クアットロを勢い余って殺してしまう。

――――轟音を立て、士郎が放った矢は壁を突き破る。

ただ突き破るのではなく、矢先から後ろまで捩れている刀身の矢が通過した辺り一体を空間ごと捻じ切るように、まさに”トンネル”を作るように突き進む。

――――そして


「――――バスタァー――――っ!!!」


士郎とは違い、確実に”狙い”をつけて放たれる必殺の一撃。

士郎が作った道をさらに広げるかのごとく極太の光は、最下部へ到達する前に魔力が切れ掛かっている士郎のカラドボルグⅡを飲み込み、士郎がそれを見計らって剣をカット。

今の自分は管理局員、万が一にも殺すわけにはいかない。

蟻の巣へ洪水の様に流れ込む水の如く、なのはの魔力は士郎の作った道を通り、クアットロが逃げる間もなく……。



――――いや……ぁ……いやああああああああああああああああ!!!



1人の断末魔(非殺傷だが)が士郎達のいるフロアへ届くはずもなく、なのはの魔力の奔流はその叫びごとクアットロを飲み込んだ。



士郎は弓を消しヴィヴィオへ向き直る。

息も絶え絶えになりつつあるなのはも、レイジングハートを立て直しヴィヴィオへ振り返る。

必死になっていてそちらに思考を割けなかったが、先ほどのストール……失速するような振動から、ヴィータは上手くやったのだろう。

後は――――

強引に絡みついていたバインドを引きちぎるヴィヴィオだったが、様子が少し違っていた。

「あ……ぁぁ……!」

頭を抱えるようにヴィヴィオは呻く。

それはまるで苦しんでいるようで――――

「ヴィヴィオ!」

「大丈夫か、ヴィヴィオ!」

なのはと士郎がヴィヴィオへ近付こうと、走る。

「なのは……ママ……士郎……パパ……?」

「ああ、そうだ――――」

だが。

「ダメっ! 逃げてぇっ!」

「――――ぇ……ヴィヴィ……」

「馬鹿、なのはっ!」

ヴィヴィオは泣きながら拳を振り上げ、なのはへと叩きつける。

間一髪で間に合ったレイジングハートの柄で受け止めるが、踏ん張りがきかずそのまま後ろへ押し戻されるのを、後ろから士郎が支えた。

「――――だめな、の……!」

振り切った拳が震えている。

そして、それに呼応するように振動が激しくなる揺り篭……。

「なっ…………!」

次の瞬間に変わる、色があった世界からモノクロの背景へ。

「ヴィヴィオ……もう……帰れないの……っ」

「そんなこと――――っ?」

なのはが呼びかけようとしたところ、いきなり放送が流れた。

これは……ドイツ、語……?

身近にいる人が使うせいで聞きかじっていた程度の士郎だが、断片的に単語を聞き取ることは出来た。

「駆動……破損……管理……不在……王……意思……なし……自動……守り……」

「う、そ……?」

「異物……排除……なん、だって?」

ほとんど単語しか聞き取れなかったが、明らかにいい知らせではない。

少なくともヴィヴィオの意識が戻ったこと、ヴィータが成功したこと、そして……自分たちが排除対象になっていること、がわかった。

「士郎君っ!」

「ああ、急ぐぞ!」

「ヴィヴィオを」

「連れて帰る!」

士郎は干将・莫耶を構え。

なのははレイジングハートを向ける。

「だ、め……だめ……ぇ……っ!」

体がいうことをきいてくれないのか、士郎達が構えたことによりヴィヴィオが臨戦態勢へ。

「地上は、お願い」

「ああ、空中は、頼む」

――――踏――――

時間がない。

近接戦闘ではいくら魔力が高かろうと、なのはは士郎に及ばない。かといって、士郎が空中戦をできる訳もない。

一瞬で自分たちの役割を理解し合い、色素を失ったモノクロの世界へ改めて踏み込む。

士郎は脚部をしこたま強化し踏み込み、なのはは高速移動魔法で空を駆ける。

――――打撃で気絶させるか、動きを止めてなのはの一撃

これしかない。

ヴィヴィオは空中へ飛び、2人は光の軌跡を残し空中で何度もぶつかる。

クロスレンジが得意ではないなのはがヴィヴィオを止めたい一心で立ち向かい、お互いゼロ距離での大魔力砲撃をぶつけ合う。

士郎はもう、時間がないことを判断し鉄甲作用を付加するように体を大きく捻転させ、ヴィヴィオに向かって投擲。

シエルほどの、某吸血鬼を広い公園の端から端まで転がす威力はないが、それでも鉄筋くらいなら軽くぶち抜けるエネルギーは持っている。

それを本能的に察したのかヴィヴィオは触らず、避ける。

「ヴィヴィオっ! 今、助けるからっ!」

「だめなの……止められない……っ!!!」

「諦めるなっ! 絶対、俺が、俺達が助けてやる!」

「だめ……早く……2人だけでも脱出して……!」

「「だめじゃないっ!!!」」

そんなこと、出来るわけがなかった。

なのはとヴィヴィオが放つ大威力魔法が至近距離でぶつかり合い、その魔力がお互いを反発しスタングレネードを思い出させるほどの光が視界を覆う。

なのははその衝撃で地面に落ちるが、ギリギリで倒れないように踏ん張る。

――――だが

「なのはぁーっ!!! Time arter ―――― ( 一 斉 強 化 ――――)」

これの使用に、ためらいはない。

目が眩んで、目を瞑ってしまっているのは人間の目の事情的に仕方がないことだが、それは戦闘中矢ってはいけないことである。

なのはの背後から迫るヴィヴィオ。

目を数秒でも潰されたなのはは動けない。

ヴィヴィオの一撃はオートガードなど容易く貫くことはわかっている。

だから。

だからこそ。

「―――― Double accel (―――― 二 倍 速 )」

ぶちり、とどこかで嫌な音がした。

ああ、今回はハズレか……。

どこかゆっくりな思考が冷静に、そう判断する。

体の神経、筋肉、伝達速度、内臓の機能、細胞の働き、それに伴い心拍すらも全て、所構わず”強化”を掛けるだけの術式。

”意義”を強化する”強化”という魔術では、”身体を強化する”なんて漠然なことができるわけない。

身体を強化するということは、それに付随する全てを強化すると同義――――

その足で踏み込む。

筋力の強化には慣れているのでつんのめる事はない。

有らん限りの力を掛けて、蹴る。

100メートル走をすればほぼ確実に世界チャンピオンだろう。

いや、5秒も持ってくれないので無理か。

時間にしてみれば正に刹那の間にくだらないことを考えていることを自覚しつつ、そのままなのはとヴィヴィオの拳の間に割り込む。

――――間に合った

けど

止められなかった。

本当は、拳を止められていれば最高。

しかし、尋常ではない、少なくとも常人の2倍以上の速度で動く、ほとんど訓練もしていない(多用できない)手、足、思考など全てを思い通りに操るのは至難の業。

「――――がっ……!!」

ヴィヴィオの拳が士郎の手をすり抜け、士郎の頬へめり込む。

レイジングハートがプロテクションを張っていたが、同じものなら確実に看破するヴィヴィオの前では紙ほどの守りでしかない。

「士郎、君……士郎君っ!?」

窓ガラスを砕いてしまったときを思い出させる、破片が舞散る音と共に破壊されたプロテクション。

力が弱まることすらなく、体重、スピード、おまけに魔力が乗った一撃が士郎を思い切り捕らえていた。

なのはへの攻撃は避けられたが、異常ともいえる重さを誇るヴィヴィオの拳を受けた士郎は壁まで吹き飛ぶ。

そして、一斉強化を解除することに精一杯だった士郎は受身も取れず壁にたたきつけられる。

「パパぁーっ!!」

握った拳を全力で振り切って”しまった”ヴィヴィオは涙を散らす。

ずるり、と嫌な感じしかしない、危険な落ち方をする士郎。

「士郎君っ! 私を……な、なんでっ!! 私は少しくらい、大丈夫だったのに!!」

なのはは士郎の下へ駆け寄る。

少しくらい大丈夫、それは確かだろう。

だが、ヴィヴィオの一撃は”少しくらい”なんてものではない。

ヴィヴィオは、一定距離さえ離れていれば大丈夫ということを察し、なんとか体を意思で抑えつけその場で留まる。


そして士郎は。


一斉強化による神経への直接的な痛みなのか、回路が不味いのかさっぱりわからないが、気絶はしていない。

「お、前が……やら、れたら……ヴィ、ヴぃお……と、め、られ……」

士郎自身、何の考えもなく”女の子が危ないから”という理由で突っ込んだのではない。

ここで万が一にもなのはがやられ、自分が残ったところでヴィヴィオを連れ戻す手段がほぼなくなることを危惧してのこと。

だが一斉強化、そしてヴィヴィオの一撃で意識を失わないのは逆に士郎にとっては酷だろう。

神経が焼きついてくれればまだ良かったかもしれない。

もう少しヴィヴィオの拳が下、顎に当たってくれれば人間の構造的に士郎は昏倒していただろう。

魔術回路と通常神経がほぼ同一になっている士郎の神経は、異常ともいえるほど頑丈。

魔術回路、神経の破損自体はそれほど、ない。

なのはに抱き起こされながらも、士郎は逆を向き口の中にたまった”液体”、胃の中にもたまっている”赤黒いナニカ”を吐き出した。

「ちょ、っと……し、士郎君っ!!!」

口の中はずたずた、歯は何本か折れているだろう。

内臓のダメージも酷い。

少し、視界がぐにゃりとする。

それ相応の力を使おうとすれば、代価を支払わなければならないのは当然のこと。

身体全てを一斉に瞬間で強化して、一時的に超人的な力を得られるという士郎の一斉強化は、即効性のある薬物と似たようなもの。



――――逆にいってしまえば、”この程度”、士郎は慣れっこである。



なのはの問い掛けに答えず、なんとか持ち直そうと士郎は息をゆっくり吸い、そしてゆっくり吐く。

3回ほどそれを繰り返した士郎は目を開ける。

「よか、った……後は私が――――」

「大、丈夫だ。俺、も、まだ、やれる」

嘘だ。

ただの意地である。

それほどまでに、ヴィヴィオの一撃は重い。

しかし。

それを止める、なのはではない。

今士郎を止めたら、自分を否定することになるから。

なのはは士郎に肩を貸し、レイジングハートを杖のようにして立ち上がる。

「絶対、ヴィヴィオを連れて、みんなで、帰るよ」

「勿論、だ」

2人は数メートルはなれたところで俯いている”娘”に視線を。

「もう、こない……で……」

小さく紡がれたその言葉。

自分に近付くと怪我をさせてしまうから。

「わかったの、私……もう、ずっと昔の人のコピーで……なのはマ―――なのはさん、フェイトさん、そして士郎さんは本当のパパとママなんかじゃなくて……この船を飛ばすだけの……ただの鍵で……」

――――何で、なんで言い直すんだ。

「玉座を守る……生きてる兵器……」

「違うよ……」

その独白になのはは言葉を掛けるが、それに被せるようにヴィヴィオが叫ぶ。

「本当のママとパパなんて……元からいないの……! 守ってくれて……魔法のデータ収集をさせてくれる人……探してただけ……」

――――それは、嘘だ

あの笑顔は、絶対に”本物”だ。

「違うよ……っ!」

「――――違わないよっ!」

「違うっ!!!」

渾身の力で叫んだためか、胃から不快なものがあがって来るがそんなものは無視する。

自由が利くほうの左腕で士郎は口元の血を拭った。

かなり深く切ったのか、前歯に当たる肉がいつもとは違う感じになっているが気にしない。

「なんで……どうせ……痛いのも……悲しいのも……全部、偽物の作り物っ!」

士郎は、”怒って”いた。

激怒ではない。憤怒でもない。

「私は――――この世界にいちゃいけない子だったんだよっ!!!」

目に見えるくらい、ヴィヴィオの大粒の涙が地面へ零れる。

「違うよ……生まれ方は違っても……今のヴィヴィオは……そうやって泣いてるのは……偽物でも作り物でもない」

「……っ」

「すぐ泣くのも……転んでも1人じゃ起きられないのも……ピーマン嫌いなのも……私が寂しいときに……いい子ってしてくれるのも……!」

「マ、マ……」

「俺に、肩車してくれってせがむのも……手を繋いで散歩したりしたのも……」

「パ、パ……ぁ……」

「私達の――――」

「俺達の――――」



「大事な、ヴィヴィオだよ……!」
「大事な、ヴィヴィオだ」



なのはが1歩踏み出す。

此処で担がれたままなんて、出来るわけがない。

なのはから手を避け、士郎はふらふらになりながらも自分の足で立つ。

「私達は……ヴィヴィオの、本当のママやパパじゃないけど……」

1歩踏み出したことで、ヴィヴィオは構える。

だが、その目には既に溢れかえっている大粒の涙。

「俺達は、本当のパパとママになれるように努力する」

なのはに続き、士郎も1歩、ヴィヴィオに近付く。

「いちゃいけない子だなんて――――」

「言うな……っ!」

「…………ぁっ……」

これ以上近付かれたら攻撃してしまうという自分を嫌がって、自分から1歩下がるヴィヴィオ。

「本当の気持ち、ママと――――」

「パパに、教えてくれ……ヴィヴィオっ!」

勝手に構えようとする両腕を押さえつけるように手を下ろす。

少し、震え……。

そして、顔を上げる。

「私は……ヴィヴィオは……なのはママと……士郎パパが……」

唇を噛み切るような表情で、紡がれるその言葉。

そして、聞きたかった一言。

「――――大、好き……」

「…………」

「ママと、パパと、ずっと……一緒にいたい……!」

ヴィヴィオの必死の独白から、目を逸らすことなんて出来ない。

「――――ママ……パパ……」

煩い、邪魔な放送から”へんなこと”が聞こえていようとも。


――――ああ、この一言が聞きたかった


「――――助け、て……っ!」


「―――助けるよ」

士郎が言葉を続ける。

「いつだって――――」

なのはがさらに、被せる。

「――――どんなときだって!!」


――――環――――


なのはの魔法陣が展開されたことによる防衛反応か、2人は突撃し、なのはがヴィヴィオの拳を手のひらで捕まえる。

『 Restrict lock 』

「――――え……?」

ヴィヴィオを、6本どころか倍以上の本数で縛る。勿論、プログラムは変えてある。

――――が

ヴィヴィオを縛ったところでなのはが、膝を突いた。

一基のビットが、かたんと音を立てて地面を転がる。

「場、最大……」

「う、そ……こ、こにきて……?」

士郎が聞き取れたのは2つの単語だけだが、なのはの反応を見る事から考えるに――――

アンチマギリングフィールド……出力、最大……?

ヴィヴィオは身をよじるが、強固かつヴィヴィオの意識自体は必死に振りほどかないようにしてくれているため30秒は持つだろう。

「――――なのは、いけそうか?」

いける、と、いつものなのはなら言うだろう。

だが、今回ばかりは勝手が違う。

確かに、まだ”最後の手”は残している。

だけど――――

「ごめん、なさ、い……足り、ない……かも……」

少しくらいの無茶なら、”いける”と気丈にも皆の士気をあげるなのはだが、このときばかりは勝手が違う。

なのはの表情は地面を見つめているのでわからないが、声からして――――

そしてヴィヴィオも、その言葉を聞き、諦めの表情を浮かべている。

賭け、ならいい。いつもの通り気丈に振舞っただろう。

だが、今回ばかりは――――


しかし。


「なのは、1つ聞く。今の魔力が3分の1、多くて半分……なくなった状態でAMFがないところと、今のまま、どっちのほうが勝算がある?」

士郎は、諦めていなかった。

「何を言って――――」

「答えてくれ」

バインドが持たない。

――――なのはの答えは一択。

「AMFがない、場所なら魔力が半分になったって絶対、成功させるよ。けど、そんなの――――」

「――――ある。言ったろ、俺を、信じるか、信じないか」

これはほとんど、いや、完全に賭け、だ。

士郎の魔力だけではとっくに、”足りない”。

ただ、なのはの魔力をどれくらい持っていくのかが、わからない。

だから、賭け。

「――――信じるよ」

その言葉の意思は固かった。

砂漠をマラソンしている、という表現すら生ぬるい、沼を渡ろうとしている感覚すら伴う最大レベルのAMF。

動けば動くだけ深みに嵌る。

そんななか、なのはは二たび、気丈にも立ちあがった。

「でも、魔力を渡そうとしても士郎君、デバイスが――――」

「いや、”その”魔力じゃない。簡単に言うぞ、血と血を絡ませるだけでいい。指を切って――――な! ……の、……っ」

ヴィヴィオを拘束しているバインドが千切れている。

あと、数本……間に合わない。

危機感を感じ、血と血を絡ませる、そう聞いたなのはは反射的に――――

「ん……っ………」

「え、ん、あ、ええっ?」

口の中に、自分のとは微妙に違う”鉄っぽい味”が広がる。

視界がなのはの顔で覆われたことに、唇に何かが触れたことに、一瞬何が起きたか理解できていなかった士郎。

「――――これで、いい?」

「あ、え、えっと……あ、あぁ……」

「なら、早くっ!」

「――――わかった」

なのはは”そんなこと”を微塵も気にした様子は見せない。

なのはの目は既にヴィヴィオに、士郎は改めてヴィヴィオに視線を向けると、バインドがもう2本――――

「――――は、やく、逃げ……てぇっ!!!」

「士郎君っ!?」

準備は出来た。

だが、もう少し――――

「すまない、あと20秒、耐えてくれっ!」

「にじゅ……わかった。レイジングハート!」

20秒という絶望的な時間を突きつけられるも、方法はそれしかない。なのはの目に活力が戻る。

『 All right my master 』

士郎は目を見開いた。

実はもう、血を絡ませたときから”異常”に気付いていた。

「な、のはママ……? だ、だめっ!!!」

――――なのはがヴィヴィオへ寄り、バインドが解けるとほぼ同時に、ヴィヴィオへ抱きつく

「―――― I am the bone of my sword.(―――― 体は 剣で 出来ている)」

決死の覚悟で、まさに捨て身の覚悟でヴィヴィオに、なのはは我武者羅ににしがみ付く。

「だめ……諦めないよっ……!」

展開するのも辛いバインドで、自分とヴィヴィオを無理矢理に縛る。

「―――― Steel is my body, and fire is my blood (―――― 血潮は 鉄で 心は 硝子 )」

暴れるヴィヴィオを、なのははほとんど気力だけで押さえつける。

……そして、士郎も。

下流の小川を回路、流れる水を士郎の魔力とすれば、なのはのリンカーコアは川の本流、そして供給される魔力は”氾濫した濁流”である。

表現はなのはに悪いが、士郎にとっては”毒”でしかない。

「―――― I have created over a thousand blades. Unaware of loss. Nor aware of gain ( ――――幾たびの 戦場を越えて 不敗 ただ一度の敗走もなく ただ一度の勝利もない )」

士郎の体中の神経、魔術回路、いや、”士郎”の全てを魔力が駆け回る。

しかし

違う”モノ”を受け入れられるほど、士郎は特別ではなかった。

士郎はサーヴァントではないし、魔導師でもない。

自分の魔力を起動の駆け出しに使ってしまったため、体内の回路に”濁流”が暴れまわる。

痛さ、なんてものではない。

一瞬でも気を緩めれば回路が全て破裂せんばかりの激痛に耐え、士郎は呪文を紡ぐ。

普通の魔術師だったら、なのはの魔力が流れ込んできた時点で回路が暴発していただろう。

異常ともいえる士郎の魔術回路の頑強さがあればこその、荒業。

「―――― With stood pain to create weapons. waiting for one's arrival (――――担い手は ここに 独り 剣の丘で 鉄を鍛つ )

血管が、脳内で”ぶつり”と音がするのがわかるくらいに簡単に切れた。

回路の丈夫さに定評のある士郎だが、そこから漏れ出し容赦なく士郎の内臓、血管、細胞を傷つけて体中を暴れまわる、”違う機関”で生成された魔力。

結んだ簡易の”パス”が引きちぎれないのが不思議で仕方がない。

「―――― I have no regrets.This is the only path . ( ―――― ならば 我が生涯に 意味は不要ず )」

魔術回路が生み出す魔力と、リンカーコアの生み出す魔力は”周波数が違う”という表現を多々用いた。

この場合において、もう少しわかり易い例えがある。

――――ガソリンと、軽油

性質の話ではない。

魔術師を車に例えるなら、魔術師が使う魔力はガソリン。

「 My whole life was ―――― ( この 体は ―――― )」

元々のガソリンがそれなりに残っていれば、例え間違って軽油を入れても車は走る。

放っておけば

煙を立て

馬力が落ち

駆動系を全てオーバーホールする羽目になり

”エンジンがストップするのだが”

「――――“ Unlimited Blade Works”( ―――― "無限の 剣で 出来ていた")」

2本の焔がなのはとヴィヴィオも巻き込むように地面を走る。

クアットロを倒したことによりヴィヴィオの意識が戻り、モノクロ化したはずの揺り篭がまるでなにかに侵食されるように、赤い世界が広がりを見せる。

自己の心象世界を現実に侵食させ、現実を現実ならざるものに変化させる士郎の”切り札(おくのて)”。

魂に刻まれている個人の”世界”と、現実の”世界”の表と裏をひっくり返す。

「こ、こは……?」

ヴィヴィオの暴れるのが収まったことにより、なのはゆっくりと手を離し士郎の元へ戻る。

どこまでも続く夕焼け色の荒野。

見渡す限りの剣。


剣、剣、剣。


なのはが辺りを見渡すのも、無理はない。

「……AMFは?」

士郎の発する言葉は少ない。

手は聖骸布を伸ばし見せないように。

顔は俯き、同じく見せないように。

倒れそうになる足腰を気力のみで支え、悟られないように。

いくら頑強な士郎の魔術回路も、もう……。

「大丈夫、体、物凄く軽いし……魔力も思っていたより持ってかれてない! ――――やれるよ!」

外から、固有結界に干渉することは並大抵なことではない。

AMF程度が士郎の世界に入り込めるわけもなかった。

「長くは、持たない。早く、頼む」

もう、言葉を紡ぐのすら辛い。

「うん――――! レイジングハート!」

暴れまわる魔力のせいでいたるところの毛細血管が破損、それが士郎のいたるところを”青黒く”染めていく。

そんなものを、見せるわけにはいかない。

『 Restrict lock ex 』

ビットがヴィヴィオの周りを旋回、改めてバインドでヴィヴィオを固定する。

用心を込め、同じ魔法を違う組み合わせで。

――――なのはは少し、空を飛ぶ

ティアナのときよりも甲高い、収束音が響き渡った。

士郎の世界は、魔力(マナ)で満ちているとは言わないが、十分な魔力量。

魔術師、魔導師、ところどころに違いはあれど、大気中に存在する”大源(マナ)”は同じ。

「――――ヴィヴィオ、ちょっとだけ、痛いの我慢できる……?」

「”あんなこと”を言った、お仕置き、だ、から……な」

「う、ん…………」

なのはは一瞬、微笑んだ。

士郎はまだ、倒れられない。

やることはまだ、残っている。

正直、足の感覚がおかしいことになっている。

パンパンに腫れてしまっているのかなんなのか。

頭が、痛い。

ただ、体は痛みを通り越してしまったのか、何故かなのはの魔力が心地よく感じる。


――――心地よい、そんなわけ、ないのに


「……防御を貫いて、魔力ダメージでノックダウン……いけるね、レイジングハート」

『 Clear to go ( いけます ) 』

士郎の耳にも届く、レイジングハートの声が頼もしかった。

自分は、役に立てた。

「……全力、全開っ!」

耳を刺激する充填音は一層、力を増した。

なのははレイジングハートを構える。

そして――――

「  星  光 ―――――― ( スター ライト ―――――)」

――――光が、夕暮れを染め上げる

「 ――――― 流  星 ! ( ――――― ブ レ イ カ ー!)」


――――揺!――――



揺れた。



地面が。



”世界”が。



ビットを含めた4本の極光は地面に居るヴィヴィオに集中し、そして、全てを揺るがす。

ああ……毛細血管に飽き足らず、ついに皮膚を突き破ってきた”ナニカ”。

右足の脛あたりから鉄色の”ナニカ”が飛び出している。

「く……ぁ……」

そんな足で立てるわけもなく、士郎は右膝を荒野につく。

だが、視線だけは絶対に逸らさない。

「あ、ぁあ……あああ…………あああああ!!!」

聖王の鎧などまるでないもののように、4本の光の奔流はヴィヴィオをひたすらに覆い続ける。

数秒続いた放出は最後の一滴まで、なのはの魔力を搾り続ける。


「ブレイク――――」


レイジングハートが負荷に耐えられず、ピシリと皹が入ったことに士郎が気付くわけはない。

そんなことよりも、やっと浮かび出てきた”レリック”。


「――――シューット!」


体から半分ほど抜け出したレリックは、なのはの最後の一撃により完全に浮き上がった。


――――ここだ


奔流が収まる瞬間を狙う。

今だ煌煌と光を放ち続けるレリック。

もうなのはの光は収まりかけているのに、ヴィヴィオはまるで操り人形のように、レリックに糸で繋がれたように体を仰け反らせている。

「―――― 破戒 すべき 全ての 符 ( ―――― ルール ブレイカー )」

真名を開放、メディアの宝具をヴィヴィオに向かって投擲。

「なのはっ……頼、む!」

「うん……!」

気を失いそうになりながらも士郎の精度は完璧で、投擲した短剣はヴィヴィオの手の甲へ少し、傷をつける。

レリックとヴィヴィオという、繋がった関係を”作られる前”の状態へ戻す対魔宝具、ルールブレイカー。

掠った瞬間、糸が切れたようにヴィヴィオの体が地に落ちる。

それを、弱弱しくなったフライアーフィンを必死にはためかせ辿りついたなのはが抱えた。

「士郎君……っ! ヴィヴィオが、元に……!」

「あ、あ……早く……こっち、に……」

痛々しいヴィヴィオのうめき声が聞こえたが、士郎はそんなことよりも、最後に、本当に最後にやらなければならないことがある。

――――レリック

いまだに空中で輝きを失っていないあの石。

寧ろ、なのはの魔力や固有結界内部の魔力にあてられたのか、輝きが増しているようにすら見える。

暴走したら、何が起こるかわからない。

決して、いいことではないことは確かだ。

もう限界なのか、士郎の足元までふらふらとヴィヴィオを抱え飛んできたなのはが地面に倒れた。


――――ヴィヴィオは気絶しているだけ。息、してるよ。


なのはの報告を聞き、自分は笑えていただろうか?

父親として、これ以上”娘”を危険に晒させることなんて、出来ない。


――――右手を上げる


「ぇ……?」

なのはの驚嘆の声。

不思議そうに首を傾げるのは仕方のないことなのかもしれない。

いたるところにある剣。

剣、剣、剣。

古今東西の剣、日本刀、トゥーハンデットソード、ショートソード、刀身が捩れている奇妙なもの、その荒野に突き刺さっていたありとあらゆる剣が、宙に浮いた。

士郎は正直、右手を上げるのすら、辛かった。

「しろ……く、ん……その、手……どうした……の……?」

「…………」

証拠に、手を上げたせいで捲れてしまった聖骸布……肘から妙な”剣(モノ)”が生えていて、皮膚を、血管を突き破ったせいかおびただしい量の血が外套を伝う。

手は既に肌色の部分のほうが少なく。

士郎の目はもう、霞んでいる。

体のダメージ、一斉強化やヴィヴィオの一撃だけではこうならなかったことは確かだろう。

なのはを恨むようなことはしない。

これが最善だったから。

声ももう、出すのが辛い。

「……ぃ、や……う、そ……え……あ、あぁ……」

外套よりはみ出て見える、士郎の右膝。

そこからは、肘にある剣とはまた違う、剣。

士郎の皮膚を突き破ってくる、端から見たら異様としか思えない現象。

「ヴィヴィ、オと、なの、はは……俺、が、守る、から……」

ここで意識を失ったら、危険が残る。

自分は”どうなっても”いい。

ただ、ただ……なのはとヴィヴィオだけは、無事に帰ってほしい。

「わ、私も……私も手伝……っ……」

三度立ち上がろうとしたなのはは、今度は立ち上がれない。

抱えている、元の姿に戻ったヴィヴィオの重さにすら、体が持っていかれる。


――――士郎は挙げた右手を一気に振り下ろす


それを合図に、レリックへ大量の、士郎の世界にある全ての、剣が殺到。


剣の上に剣を、さらに剣を、そして剣を――――


有らん限りの、剣を。


もっと、剣を。



――――針鼠すら生ぬるい、レリックの上に何十層にも重ねられた剣山。


全てを砕いたら、なのは達が危ない。

だから――――



「―――― 壊れた 幻想 ( ―――― ブロークン ・ ファンタズム )」



レリックに密接している、中にある剣だけを砕いた。

勿論外を覆っている剣も耐え切れなくなり爆風によって破壊されたが、なのはたちに怪我はないようだ。

だが

ついに固有結界が”割れ”る。


――――セイバー、遠坂……


それは魔力枯渇、意思、そして誰かに破壊されたのでもないのなら、理由は1つ――――

「――――っ! し、ろう君っ! ……ぃゃ……士郎君っ!」

景色が荒野ではなく揺り篭内部の様子に戻ったと同時に――――


士郎は、自分で作った血の海に、倒れた。


前のめりになって倒れたが、顔が打ち付けられるのは寸でのところでなのはの腕に抱えられる。

強度AMF空間に戻ったことをなのはは認識する。


――――レイジングハート、ブラスター3使ったとして、ここからヴィヴィオと士郎君担いで脱出できる?


――――……No. ( 無理です )


喋るのも億劫なので、少しでも魔力を使ってしまうがレイジングハートへ念話をする。

ああ、確かに……揺り篭内部は来るときよりもガジェットの量が多い……。

それを、もう短時間しか使えないブラスターを使っても……。

使用者のリンカーコアを、文字通り”絞り取って”魔力をこそぎ出すブラスターモード。

1%でも可能性があるのなら、やってみたかったが……。

ここで3人で――――

――――― But (――――しかし)

だが、レイジングハートから追加で念話が届く。

一縷の、望み……。

いや

”希望”

なのはは30秒ほどの休息で、歩けるくらいの気力は取り戻す。

士郎とヴィヴィオを担ぎ、少しでも壁際へ。

「なのはちゃんっ!」

――――聖王陛下、反応ロスト、システムダウン

「は、やてちゃん……! 士郎君がっ!」

「……っ! あかんな、すぐにでも脱出せんと……間に合わんかもしれへん」

まだ、希望は捨てられない。

士郎の、怪我なんて言葉じゃ言い表せないような怪我を見たはやては一瞬顔をしかめたが、すぐに部隊長としての顔に戻る。

――――艦内復旧のため、全ての魔力リンクをキャンセルします。艦内の乗員は、休眠モードに入ってください

一刻も早く、”なんとか”しないと。

なにかを言っていることはわかったなのはとはやて。はやてはベルカ語をある程度理解していたらしく、顔をゆがめた。

「AMFじゃなくて、完全な解除……?」

「そう、やね……飛んで帰ることは出来へん……」

フライアーフィン、ユニゾンしていたリインも全て解除される。

バリアジャケットだけは、少し特殊な機構になっているので解除はされないことに安心を。

最深部に居たクアットロが操っていた、最深部へのトラップが本人の昏倒により全て解除され、後続の突入隊が保護に成功したということをはやてはなのはへ伝える。

「仕方あらへん……歩いて脱出や!」

「でも、なのはさんが……!」

「……大丈夫、歩けるよ!」

「士郎君は私が担ぐで。なのはちゃんはヴィヴィオをしっかり頼むな」

――――これより、破損内壁の応急処置を開始します。破損内壁、及び非常隔壁から離れてください

何かが、破壊されていたはずの壁をいきわたる。

「出口へいそぐんやっ!」

その危機を悟ったはやてが号令をかける。

重いけどなのはに比べたら、と思いつつ、士郎を負ぶさりはやては走る。

だらりと垂れ下がる士郎の腕からはおびただしい量の出血が。

――――正直、はやては間に合わないかと思った

隔壁が降り、完全に閉じ込められ、瀕死の人が居る今の状況。

一刻も早く、なんとかしなければならないのに――――

「…………駆動、音?」


――――まだ士郎を、助けられるかもしれない








――――――――



リリなの側の(体内にある、いわゆる小源的な)魔力と、型月側の魔力を完全に別物、にしなかった理由・・・。

作者設定になっているのは自覚していますが、ここらへんの定義はそれなりにしっかり練れたと思うのですが・・・どうでした、でしょうか・・・?

クロス本編としては、次回、そしてエピローグでラスト、のつもりです。

最後までお付き合いいただければ、幸いです。



感想ご指導、お待ちしております。


あすく



[5645] 二十四話
Name: あすく◆21243144 ID:29413af8
Date: 2009/05/31 23:10


「いいか! 船ん中、奥に進むほど強度のAMF空間だそうだ……ウイングロードが届く距離までくっ付ける、そいつで突っ込んで、隊長たち、ついでに士郎もを拾って来い!」

士郎をついでというあたり、ヴァイスも若干照れくさいのだろう。

「「はいっ!」」

「ったく……凛さんも扱いが酷いっすよ……俺ぁ怪我人ですよ?」

「わたしより年上がぐちぐち煩いわね……で、目は覚めた?」

ヴァイスの愚痴などどこ吹く風、と華麗に流し、凛はヴァイスの若干赤くなった片頬を見る。

「まったく……凛さん無茶しすぎっす。まぁ、お陰で目は覚めましたけど……」

「そ。なら、文句なんて言わない言わない」

ヴァイスが操舵するヘリの中に、ヴァイス、ティアナ、スバル、そして凛がいた。

ティアナがヴァイスのバイクにまたがり、スバルはその後ろ。

そして凛は、古い映画にでてくるアメリカンバイクの助手席というか、子供が乗っているイメージが高いあの備え付けるタイプの座席……に、乗っている。

「そうっすけど……まさかあんな――――」





~・~・~・~




「あ、丁度いい、ヴァイス起きた?」

「凛さん……どうしたんすか? こんな病院まで」

凛はドゥーエを引き渡した後、ヴァイスやザフィーラがいる病院に足を運んでいた。

自分の予想からして、多分揺り篭に突入する必要があるからその足を取りにきたのだ。

「ん、ヴァイス、あんた射撃とヘリ操縦できるんだっけ」

「ヘリは出来ますけど射撃は……」

俯いたヴァイスを一瞥すると、凛は扉の外へ声を掛けた。

「あー、入って入って」

「…………?」

”はてな”顔だったヴァイスの顔が驚きに染まる。

「お兄ちゃん……」

「ラグ、ナ……?」

ラグナ・グランセニック。早い話ヴァイスの妹である。

避難勧告が出ているにもかかわらず、凛は1歩間違えれば人攫いレベルの行動をし、ラグナをつれてきた。

正直、心配でならないあの”バカ”を助けるためにはなりふり構っていられない。

今までの勘から、あやつが無事で帰ってきたためしがないのだ。

とはいっても、凛はまさか”あそこまで”酷くなっているなどとは微塵も思っていないのだが。

「お兄ちゃん、わ、私ね? あのときのこと……ホント気にしていないから……」

「…………」

そして、凛は凛なりに人を見る目はあるほうである。

士郎からの話などを鑑みて、ヴァイスがある”トラウマ”を背負ってることに気付いていた。

興味本意というか、片手間に書類整理がてら過去を漁ってみればそれが”誤射”によるもの、しかも撃ったのが妹ときた。

確かにトラウマになるのも頷ける。

が、そんな事を理由に断られるのも困るのである。

「ラグナ、だっけ、違う違う」

ちょいちょい、と凛はラグナに手招きをした。

「……え?」

とことこと、純粋なラグナは凛に近寄る。耳かせ、の合図でラグナはよそりと耳を凛に預けた。

まだ幼さが残るラグナの前に”にっこり”と笑顔を咲かせた凛はラグナになにか耳打ちをする。

ぽかん、と聞いていたラグナだが、凛の耳打ちが終えるころにはある種の決意を決めた表情がそこにあった。

もちろん、まったくもって意味がわかっていないヴァイス。


――――寝台の上にいるヴァイスに、固い表情をしたラグナが近付く。



そして――――



「ラグナ、俺は―――――つっ……ぇ……?」

「いつまでもへこたれてるんじゃないばかあにき。これはいままでへたれてたぶんのいちげきだ、どうだ、これにこりたらしたくしてとっととしごとへいきなさい!」

パァン、と大きな張り手の音と共に、棒読みで紡がれるその言葉。

後の、黄金の右手である。

いや、違うだろ。

「…………これでいいの?」

「うん、バッチリ」

凛はナイス・ガイのポーズをしながらサムズ・アップ。

「……俺は…………ラグナ、今の一撃……」

まさかラグナが、と思っていたのだろう。

正にその通り、ラグナは凛が耳打ちしたことをそのまま紡いだだけ。

だが、それはヴァイスにとって文字通り”目が覚める”一撃で――――

「ごめんお兄ちゃん……痛かった……?」

引っ叩いてしまったことに勿論罪悪感を感じているラグナは、赤くなりかけているヴァイスの頬へ手を持っていった。

「いや、いいんだ。すまん、ちょっくら仲間んとこ、行って来る。ヘリのパイロットが必要らしい」

「で、でもお兄ちゃん……怪我……」

そこは兄貴としての意地があった。

「いや……俺はヘリパイロットだ。そしてその”ついでに”、安全なところから”狙撃”するだけの能無しよ。そもそも俺にそんな魔力量はないからな」

ニヤリ、と凛は不敵な笑みを、こっそりと浮かべる。

まさかここまで効果があるとは思わなかったが、結果オーライ。

ヴァイス自身、射撃のトラウマは若干ながらに克服しかけていた。それは一途なティアナの事を見ていたせいもあるかもしれない。

ただ、ルーテシアを見たときに過去を思い出しただけ……。

トラウマというよりは、一種のフラッシュバック。

「で、でも危ないところ……なんでしょう……?」

その過去を、さっきの一撃で払拭したヴァイス。

後やることは―――――

「そしたら……そうだな、なんかほしいもん考えとけ。一緒に行って買ってやる。なんでもいいぞ、今までの、そしてさっきの一発のお礼だ」

「むぅ、女の子を物で釣っちゃだめなんだよ? でも、それで許してあげる。それじゃあお兄ちゃん、気をつけて、ね?」

「ああ、ストームレイダー、準備はいいか?」

『 Yes 』

「それじゃ、解決したところでアンタのバイク、横に映画とかによく出てくる助手席っぽいの付けて、ちょっと貸してほしいんだけど」





~・~・~・~・~




「でしたからね。流石に強引っす」

「まぁ……仲直りできて、あんたの目も覚めたんだし。よかったじゃない」

「それ言われちゃ弱いっすけどね……」

そもそも年下の女の子に階級的に抜かれまくっていて立場的にも弱いヴァイスであった。

だが何故階級の無い凛に敬語なのかはやはり、わからないが。

「で、でも、ヴァイス陸曹はそんなエピソードありますけど、私達なんか……ねぇ、スバル?」

「あ、う、うん……」

「気にしない気にしない」

凛が2人に放った言葉は少ない。



~・~・~・~・~



「ティアナ、怪我は?」

「あ、凛さん……ちょっとした捻挫だけだったので、シャマル先生に見て貰えたのでもう大丈夫です」

「ん、なら、あんたバイクの操縦、出来たわよね?」

「あ、はい……でも、今何故それを?」

「アッシーゲット。それじゃ3分後ヘリ前集合で」

「……はい?」

そして、近くにいたスバルへ声を掛ける。

「あ、スバル、あんたってあいつら戦闘機人と同じで、AMF内で行動可能でしょ?」

「え……あ、はい、一応……で、でもどこでそれを?」

「ガジェット壊せる?」

「はい、それは出来ますよ!」

「それじゃ同じく3分後、ヘリ集合で。護衛ゲット」

「……え?」

無茶苦茶である。




~・~・~・~・~




「ま……そんなに言うならもう一度聞くけど、行く? 行かない?」

「「行きますっ!」」

「よろしい」

ヴィータが駆動炉を止める前からはやてが内部に入り、単独で面制圧できる輩がいなくなってしまったのでガジェットの密度がかなり濃い……。

正直、鬱陶しい。

「凛さん、ちょっと……きついっすよ、これ」

「うん……狙撃だけじゃちと厳しい、か……」

ポシェットのストックを漁る。

回せないといったけれど、一応追加で1個宝石で供給増やしといたから……ふむ。

スカリエッティの襲撃により、8番以降の3つの宝石は壊滅していた。

ついでに言えば、あまり魔力が篭ってない小粒も数少ない。

士郎に1つ、初めに自分で1つ、ドゥーエ捕縛に1つ、そして追加でさっきの1つ……。

「どうしますか? 多分援護呼んでも、今の状態じゃどこもカツカツですよ? つか正直なところ、これだけのガジェットの密度を一点だけでも無理矢理突破できる魔導師なんて一握りですて」

ヴァイスの言うことは概ねあたっている。ついでに言えば凛も同意見だった。

――――ったく、はやてのやつ……

チッと心で悪態をつくが、いないものは仕方がない。部隊長としてはどうかという行動だが、間違っているとも言い切れない。

「わたしが、やる。ヴァイス、少し時間かかるから落とされないように注意宜しく」

「マジっすか……? わかりました」

「合図はまんま、大きな”花火”打ち上げるから、わたしが飛び乗ったらティアナ、発車よろしく。ヴァイスはあの、揺り篭に密着してる大型落としといて。そこにウイングロード飛ばしてね、スバル」

「はい!」

「わかりました!」

「でも、どうやってこんな量のガジェットをなんとかするんすか?」

「ん、それは――――」

それの返事とばかりに、ヘリのハッチ付近へ歩を進める。

ハッチは既に開いているので、強烈な風が凛を吹き付けた。

そして、残っているうち3つのなかから、2つの”とっておき”を取り出す。


「―――― Anfang ( ―――― セット ) 」


それなりの貢献度を示せば、宝石代のほとんどは持ってくれるという算段だ。

使ってしまっても問題はない。

いや、そんなことよりも

凛は純粋に、士郎の事が心配だった。決して、口には出さねども。


――――多分、歩けないくらいにはなってるんだろうな、あのへっぽこ半人前は


本当は、攻撃的な魔法は得意分野ではない。

魔術師は自衛はあれど、本来戦う必要はないのだ。

だが、知っている攻撃型の儀式系の魔術はいくつかある。

知っておいて損ということはなかったから。

流石に、”神代の魔女”ほど早く詠唱(あれはそもそも早いどころの話ではない)できなく、そしてそれほどの威力は持たせられねども。


「―――――Von der Straße zu Hades, die ich pechschwarz um den Sinn der nächst Soße bitte(――――我は 乞う 黄泉路より 来たれ 漆黒の 念 )」


――――それに似た事なら、わたしにもできる


魔術刻印が起きる。

音こそ出ねど、ギアを入れゆっくり、ゆっくり、輝きを増しながら回転する。

魔力が初期段階でいきわたり、これからやろうとしている術式の陣が凛の足元を覆う。

「――――Der Staub gab dem Boden die Schuld an der Asche in Begräbnissen in der gleichen Stelle in Asche in einem Staub(――――塵は 塵に 灰は 灰に 重葬 共に 地に帰せよ)」

両手に1つずつ持った宝石を砕き、その粉を魔法陣へ撒く。

「なに、これ……」

「ティアも、わから、ない……?」

加速する凛の高速詠唱とともに、白銀色だったものが漆黒の陣へ、そして拡大、拡大、拡大。

「――――Geben Sie das Kommen entlang hart, daß ich das Enthalten davon, um zu blockieren beschuldige, und du erwartet(――――阻む物 断罪す 汝が 望む 鉄槌を 下せ)」

1番2番ほどの魔力量は無けれども、それでも2つの宝石はそれなりの魔力量を誇る。

徐々に広がりを見せる漆黒の、知らぬものから見れば不気味にしか映らない陣を拡大させ続ける。

凛の足元にあったはずの漆黒の円環はさらに広がり、ヘリの大きさを上回る。

いつしか円形だった陣は、中央に中心となる陣を残し無数に分裂、足元にあったはずの陣は凛の背中へ、そして拡大、ヘリさえも簡単に飲み込む巨大な円環を生成する。


――――黒揚羽(クロアゲハ)


ヘリの外から見たものはそんな印象を、持つ。

ヘリ(凛)を中心に左右に羽ばたくように展開されている無数の点。

奇妙な文字が書かれた陣。

そして詠唱は最終節へ。

「――――Lassen Sie mich es lassen, gehen Sie mit einer Sachenkleinigkeit, die ich und Ziel, und zu bohren, ziele(――――狙い 狙え 穿つ物 灰燼と 帰さしめよ)」

耳を割らんばかりの収束音がヘリの外から響き渡る。

凛の足元に残った小さな陣はおかしいばかりの光を放つ。

手を翳し、必死に制御する凛の腕は服の上からもわかるほど光り輝き、服をはためかせる。

凛の額には数滴の汗。

自分が扱える中で最大の攻撃大魔術。

こんな長時間詠唱すること自体、”攻撃魔術”という分類に混ぜるのはおかしい気もするが、”もたらす結果”が破壊なのだから仕方が無い。

まったくもって割に合わないが、この烏合の衆ともいえる、そして無限の繁殖でもするのかといわんばかりの物量に対してスカッと蹴散らしたい気持ちがあった。

ヘリの周りに出現した大量の不気味な黒い斑点が各々、溢れんばかりの光を纏い始めているのである。


それが――――



―――――収……――――




「――――" Lunatic Graeae !" (――――" 狂気の 奔流 !")」





――――散!―――――



散らばる。


無数にもあるの点からはじき出される黒い弾丸。


ティアナとスバルは、まるで豪雷の如く鳴り響く収束と射出の繰り返しの音の凄まじさに息を飲む。

ハッチからは揺り篭へ向かう前方しか見えないが、その前方向のガジェットへ殺到する禍々しい魔弾。

バレーボールほどの球体がほぼ無数にいるガジェットへ無数に殺到するという光景は圧倒的なもので――――

ヴァイスはその光景を見て笑みを浮かべている凛へ、”一生敵わないだろう”という印象を持つ。

忘れているだろうが、この”世界”の基盤はほぼ凛が独占している。

たった宝石2つと、長時間詠唱だけでは”あっちの世界”ではここまでにはならなかったはずだ。

『 Variable barret 』

「――――おし、いけぇっ」

凛はバイクの横に備え付けられた席へ飛び乗る。


「――――出しなさい」


まるで絨毯爆撃が行なわれた後の草1本生えていない情景をそのまま空中に持ってきたように、前方にいたガジェットは消滅……。

ただ、はやてほどの広域殲滅を行なったわけではない。

最初の士郎がやったときのように、正に無数にいるガジェットは密度に異常が出ればすぐに集まってくる。

ちんたらやっている時間はない。

「は、はいっ! ――――ウイング・ロォードッ!」

蒼い空の道が作り出された。

「「 Go ! 」」

ティアナとスバルの掛け声で加速するバイク。

風が髪を巻き上げる。

それを片手で掻き揚げつつ、ヴァイスが破壊した部分へと飛び繋いだ――――





~・~・~・~・~




数が多い。

「スバル、中らないように気をつけなさい!」

「へっ? え、ちょ、凛さんっ! あわわわわ――――」

最初はスバルの攻撃だけでなんとかなっていたものの、データ上士郎達がいる部分に近付くにつれ数が多くなってくる。

正直邪魔臭い。


――― 弾弾弾 ―――


凛は魔術刻印が起動しているほうの腕まくりし、バイクに乗りながらガントを乱射する。

正直なところ、凛は細かい精密射撃みたいなのは苦手である。

数うちゃ中るのだ。

AMF状況下だろうとガントに関係はなく、威力の増したガントは一発で小型を砕き、数発ヒットすれば大型もぶち抜く。

一応、スバルに中らないように気を使っているつもりではある。

――――あとはあのバカ”達”を回収して戻るだけ。

魔力の残量もそこまで気にする必要は無い。

ミイラ取りがミイラになってどうする、という意味をこめての”達”。



走る



――――走る



―――――――――――走る



いい加減ガント撃ちまくるのも飽きてきた、というより流石に疲れてきた凛である。

「凛さん、最終ポイントまであと10秒です! ただ、最短距離で着たため壁が――――」

玉座の間へきちんと入り口から向かっていたら構造的に物凄く時間がかかる。

そのため、凛は出来る限り”間”へ近づけるルートを選んだ。

隔たりは壁1枚。

「ううん、上出来。さてスバル、いける?」

「はいっ!」

スバルは1つのデバイス……ギンガから受け取ったブリッツキャリバーを取り出した。

「ああぁぁぁぁぁあぁあぁああああ―――――――はぁっ!」

”漢”らしさすら感じられる勇ましさでそれを装備し、両腕につけられたリボルバーナックルを構え壁に肉薄。

左腕から1発の弾丸。

そして――――

「はぁぁぁぁぁぁぁあ―――――はぁっ!!!」

殴る。

スバル渾身の一撃。


――――だが


「……硬――――」


「スバル、退きなさい。ティアナ、2秒後急ブレーキ」


「「は、はいっ!」」


ポーチからラストの宝石を取り出す。

取って置きであり、そしてラストでもある7番。


―――――止!


「 Es ist gros ―――― ( 軽 量―――― )」

慣性の法則に則り、凛は腰を落ち着けていた席から前方に吹き飛ばされる。

だが、姿勢制御に凛は成功、そして自分を軽量化。

体が浮く。

スバルは横に避けた。

あとは――――

「 Es ist klein ( 重 圧 )」

少し距離のあるバイクと壁の間を、弧を描くように空中を駆ける。

制御は完璧。

――――右手に持った”八番(とっておき)”も落としたりはしていない

あとは思い切り――――




「―――― "Sturm und Drang !!" (―――― "疾 風 怒 濤 !!")」




――――破!―――――


叩きつけるだけ。

1工程(シングルアクション)もなしに叩きつけるだけで家一軒吹き飛ばす魔力が篭っている宝石はいとも簡単に壁を破壊。

そこに、ゆっくりとティアナが近付く。

凛は衝撃の反作用で、多少膝を突く位で無事に着地。

大穴が開いたところから見下ろす位置に、なのは、はやて、リイン、そして士郎。

だが。

凛は果てしなく後悔した。

魔力を、ほとんど使ってしまったことに。

ああ、確かに”もしも”を思ってセイバーを戻しておいたのだけは賢明な判断だったといえるだろう。

しかし。

しかし…………。

「凛ちゃんっ! し、士郎君が……! 荒野みたいなところに連れて行ってもらったと思ったら……そしたら……そしたらっ!」

連れて行ってもらった……。


――――固有結界


それを使う可能性があったのは計算の範疇。

”多少”ぼろぼろになるのも当たり前だとどこかで思っていた。

計算が狂えば、冷静ではなくなるのが人だ。(そういうときこそ、そこからのリカバリー力が問われる場面でもある)

「なのは……っ! あんた……士郎に一体――――」

そして凛だって、ここ数年で何も学ばなかったわけではない。

自分の感情に振り回されたってどうしようもない。

「…………ううん、ごめん、そんなの後回し」

凛は無言で士郎を預かる。

士郎を先ほどまで自分が乗っていた部分に乗せ、その上から凛がその縁に座る。きちんと捕まっていなければ振り落とされるだろう。

はやてはティアナの後ろに。

なのはとヴィヴィオはスバルにおぶられる。

今の士郎の状態はもう、生きているのが不思議なくらいのスプラッター。

四肢から見えているだけで、ずちりと蠢く2本の剣(しろう)。

表情は安らか。

所々どころか、もはや士郎の皮膚面積では肌色よりも青黒くなっているほうが多い肌。

血塗れていて、もはや人間かと疑うような外見さえ除けば、まるで士郎は寝ているようだった。

はやてとなのはは訓練で受ける感情操作から、なんとか目を逸らさず直視できるが冷静になれば管理局ではありえない光景。

スバルとティアナはほとんど、士郎を直視できていない。

ヴィヴィオはなのはがなんとか見せないようにしている。


――――凛は考える


どうやったらこうなるのか。

どうやったら助けられるのか。

もう、いくら発達しているといってもこちらの技術力では士郎は確実に持たない。

”あのとき”とは違い、綺麗に心臓を穿たれたのではなく、全身がずたずた、内蔵を含めて人間として機能しているかどうか怪しい。

その機能を全て戻すなど、”魔術”では無理だ。そしてこっちの、”魔法”でも無理。

凛は医者ではない。

だが、心臓がまだ動いていることくらいはわかる。

奇跡。

まだ、剣(しろう)は士郎の心臓を突き破ってない。

考える。

士郎は固有結界を使った。

それはいい。そして、一斉強化も使ったのだろう。

それもいい。

数回使うくらいは予想の範疇、だからこそ迎えに来た。

筋肉ずたずたで動けなくなってることくらいは予想が出来た。

だが。

なんで、”剣(しろう)”が士郎を突き破ろうとしているのか。

士郎の固有結界(世界)が暴走し、世界を押し止めている器(身体)を突き破ろうとしている。

それは今までもあった。

けど、何故そうなる……?

そして士郎の肉体からは魔力を感じない。

魔力の枯渇……。

それならまだわかる。

だが、ここまで肉体が傷つくことが説明できない。

一斉強化を何分も使い続けたみたいだ。

ただ、それだけじゃ凛の宝石があったのだから魔力は枯渇しない。

士郎の魔術回路はほぼ神経に同化していることを凛は知っている。

だからこそ、だからこそ……。


――――凛は自分の魔力をほとんど使ってしまったことを、後悔した














~・~・~・~・~












夕陽が落ちる寸前、地平線のギリギリのところで頑張っていた太陽が落ちるところのような、淡い光しか残っていない。

そして寝転ぶはどこまでも続く荒野。

仰向けに大の字に寝転がっている自分の体を無視し、首を左右に振ってそのことを確認。

そしてその次に、自分の体を確認。


――――どこも、痛くない


なのはの魔力を受け止め、ヴィヴィオの拳を受けたはずなのに、どこも異常はない。

だが不思議なものだ。

人は死に逝く寸前は走馬灯を見るというのに、自分の世界を見ることになるとは。


―――――ああ、死ぬんだな


漠然と士郎はそう思う。

特に実感があるわけではない。

あの光が全て消えたら、自分もいなくなるんだろう。

その証拠に、先ほど左右に頭を振ったときには”無くてはならないもの”が1つもなかった。


―――― I am the bone of my sword . ( 体は 剣で 出来ている )

正にその通り。

剣がなければ体がないのと同義なわけだ。

レリックを砕くために使ったとはいえ、士郎は少しだけ反省する。


――――結局、自分を犠牲にしてしまった


それ自体は特に自分ではなんとも思わない。結果として2人を救えたのなら。

ただ、凛達との約束を破ってしまうことになることに士郎は少し、反省した。

あとどれくらいで終わるのだろう。

それはわからない。

”外”は大丈夫なんだろうか。

それも、わからない。

わからないことだらけ。


「……何かと思ってきてみたら貴様か、エミヤシロウ」


ふと、頭の上から声がかかる。


「……なんのようだよ」

特に痛まない体を、片膝を抱えるようにして起こす。

背中を向け、顔を見ないように。

「特に用など無い。ただ、自分と瓜二つの世界が崩壊しかかってるようでな、久々なので見にきただけだ」

「……お前も、死ぬ寸前はこんな感じだったのか?」

「ああ。かなり久しいがな」

がさり、と音がし、”アイツ”も士郎と同じように座ったような気配があった。

「……なんだよ、気持ち悪いぞ」

ごつごつした何かが座っている背中にあてられ、それが”アイツ”の背中なんだとわかったときは少しだけ不快だった。

「そういうな。似合わんことをしているとは私自身わかっている」

男同士が背中をくっ付けあって座っているとか、なんの冗談か。

「……皆は、どうしてる?」

「凛や貴様、セイバーがいなくなったことに関しては騒然となったが、凛は魔術師だ。”もしも”のことがあるというのはわかっているし、覚悟も出来ていた」

俺は魔術師じゃないんだけどな、ということを言いたくなったのは内緒である。

「そっか」

下手に心配をかけたら、と士郎は思っていたが、そのことは杞憂だったようだ。

「……勺だが、貴様に聞きたいことがある」

「なんだよ」

「前に1度な、金髪の女性が私を見ていることがあった」

――――フェイト、か

「セイバーじゃないのか?」

少し、とぼけてみる。

「少なくともセイバーや凛よりかは、身体的に魅力がある女性だったな」

「伝えとく」

「…………」

「冗談だ。言ったら俺まで死に掛ける可能性がある」

「……貴様に借りを作るとはな」

決して見下されているのではなく、飽くまで”対等”に話しかけてくる”アイツ”。

「で、フェイトがどうかしたのか?」

「フェイト、というのか……まぁ、どうでもいいのだが」

いいのかよ。

「だから、何が言いたいんだよ」

「……まあ、聞け」

何故か今の士郎は、死に掛けだからかは知らないが”アイツ”の口調がそれほど癇に障るようなことも無い。












~・~・~・~・~









アースラのせまっ苦しい医務室に士郎を担ぎこむ。

本来の医務室はほかの武装隊で満室、よって簡易の場所に。

簡易ベッドとモニター、そして窓しかない物置のような部屋。

ベッドの周りに1人ずつつめたらそれだけで窮屈である。

「シャマルっ!」

「だ、だめです凛さん! だめ、だめ、止まらない……!」

シャマルの治癒魔法も試す。だがその結果は著しくなく、士郎の崩壊は止まらない。

多少なりとも抑えることは出来ているが、中から突き出してくる剣を抑えることは出来ない。

シャマルは額に玉汗を浮かべる。

「凛っ!」

「凛ちゃんっ!」

「あぁもう煩い!!!」

いらいらしているのは自分でもわかっていた。

フェイトとなのはにあたってしまったのはただの八つ当たりでしかない。

バイタルモニターはもうほぼフラットに近付いている。

医学的な観点から見ても、士郎の復帰は絶望的。

シャマルも奮闘は続けているが、頭のどこかでは若干の諦めの色がある。

部屋にいるのは士郎を除き、なのは、フェイト、はやて、シャマル、そして凛。

それだけでほとんど部屋は埋まってしまっている。

なのはとフェイトは両側から、シャマルの邪魔にならないように士郎の手を掴む。

バリアジャケットや、フェイトにいたっては素肌が血濡れになろうとも厭わず。

「凛、手は、ないん……?」

士郎の足元のほうにいたはやてがボソリと呟く。

茫然と士郎のことを見つめ、若干涙目になっているはやて。

3人の中では1番感情のコントロールが出来ているであろう彼女も、目の前にある絶望に耐えられそうにはない。

「手は――――」

「―――――リンっ! 申し訳ない、遅れました」

「――――遅いっ!」

扉が壊れんばかりの音を立て、1人の来訪を告げる。

「申し訳ない。――――……シロウ?」

騎士甲冑のまま飛び込んできたセイバーは、士郎を見て固まった。

「ふぅ……役者が揃ったところで、言う。1回しか言わないから、よく、聞きなさい」

沸騰した頭をなんとか一息でおさめる。

シャマルだけは手を止めない。

そして、皆が聞き入る。

「今からやろうとしていることは、多分、こっちの世界でも御法度。誰かに知れたら、わたし達はもう、普通にいられない」

「そんなのっ! 構わないよ、はやくっ!」

「なのは、落ち着きなさい。それには必要なものがいくつか、ある。まず大前提に、セイバー」

「はい」

「そして、士郎とセイバーを繋ぐ、わたしの技術を魔力。魔力は……なんとか、持つ」

本当にギリギリ。この部分だけの目算で、勝算は半分。

「凛、他には……?」

凛はフェイトの問いを受け、1度目を瞑る。

なのはには残酷な仕打ちになるから。

「……士郎自身の魔力」

「な、なら私がっ! 今私と士郎君、繋がってるみたいだから……やれるよっ!」

やはり……。

これで全てが繋がった。

なのはとフェイト、そしてはやての表情が少しだけ、和らぐ。


――――今から言うことに、なのはは、耐えられるのか


「なのは、士郎がこうなったのは、貴女の、魔力の、せい」

「…………え……?」

一言一言区切り、ゆっくりと、言う。

それ自体を責めることはしない。

それが、必要なことだったのだろうから。

「わたし達がもつ回路と、貴方達のリンカーコア、これは別物。セイバーは特殊だから大丈夫だけど、士郎を含めてわたし達には、毒でしかない」

少なくともそれが憶測だけではなく、現に士郎がこうなっていることで証明されていた。

「それに、多分だけど今のなのはからはほとんど魔力を感じない。消耗しているはずのフェイト達と比べてももっと、希薄」

「それ、は……」

バリアジャケットさえ保っていれど、なのはの魔力は枯渇している。

魔術師と違って、魔力が無くても日常生活程度ならば問題が無い魔導師だからこそ今こうしていられるが、ブラスターを使ったなのははその反動で、リンカーコアがほぼ完全に”閉じて”いる。

「それに、士郎が気を失っている今フェイトが新しくパスを繋ぐことも不可能だし、それはもちろんわたしも同じ。だけど、士郎自身に魔力が必要。さて、どういうことかわかる?」

「私、が……魔力を……で、でも……」

「凛、私らがなのはちゃんに魔力与えるんは無理なん? そこから……」

「無理。貴方達が魔力を分け与えるのは知ってるけど、”それ”ではわたし達には意味が無い。そしてもう、時間もない」

「凛、ちゃん……士郎君、私ががんばったら……起きるかな……?」

それはつまり、”やれる”という選択肢が残っているという意味での返答。

もしなのはの魔力が本当に無かったらどうしてたか……。

「さあ……でも、やらなかったら確実に、死ぬわね、こいつ」

あとは、炊き付けるだけ。

「で、でも……私の魔力が入ったらまた……」

恐怖心があるのはわかる。

「なのはちゃん……」

はやてがなのはへ眼差しを送る。

「なのは……」

フェイトが血塗れた手を握りながら、懇願する。

「――――いける? レイジングハート」

『 ......All right 』

パーツは揃った。

「セイバー、かなり無茶なやり方であんたと士郎を”契約”させるから、上手く入り込んで。間接的に契約させるなんて術式自体初めてだけど、セイバー……いける?」

「――――はい。必ずや」

セイバーの返答は頼もしい。

「……わたしらはなにもみてへんよ。ちょっと、部隊員の看病してただけや」

はやての気遣いが、少し、嬉しかった。

「……ありがとう。さ、シャマル退いて。なのは、わたしが合図したら、一気に士郎に注ぎ込みなさい」

「はいっ!」

仰向けに寝転んでいる士郎の上に馬乗りになり、左手を士郎の額にあてる。

自分でも、無茶苦茶だってわかってる。


「――――Anfang (――――セット)」


二たび、三度、本日何度目かは忘れたが、刻印を起動させる。


「 Auftrag wird ersetzt ( 変革 準備 ) 」


正直なところ、コレで意識を失っている士郎と、セイバーを繋げることができるかさえわからない。


「 Das drette Element wird als das erste ( 自失 忘我 ) 」


「 gekennzeichnet. das Fleisch geht ( 目印 接続 )」


凛の高速詠唱に息をのむ音が聞こえる。

実際、ここまでくれば正に”オカルト”のレベルなのだ。


「 einmal zum Teil ( 開始 ) des Sternes zurück. ( 背景 ) 」


なけなしの魔力を搾り出し、士郎への”道”を開く。


「 Sie fliegen,hoch,schnell,weit,zu ( 小さく 小さく 小さく 小さく ) morgen. ( 次へ ) Nie zurück ( 円環 航路 ) schauen ( 開示 ).


――――さて、どうか……!


「つか、まえ、たっ!! セイバー、準備っ!」

一筋の道、1つの可能性が見えればそこを抉じ開けて進むのが魔術師。

「――――いけます!」

士郎の頭の方向へまわっていたセイバーは、凛の手の上に手を重ねる。


「――――Ein gezwungener Vertragsanfang !! (―――― 強行 契約 実行 )」


同調の術式を改変、”意識を失っている”からこそ出来る、精神の乗っ取りのさらに上位、強制的な契約。


「Verbindung ( 接続 ) reparierte ( 固定 ) Verbindung ! ( 接続 !) reparierte ! ( 固定 !) 」


セイバーと士郎を1つずつ、つなげては固定させ、つなげては固定させる。

無理矢理のためにどうしても”契約”としてのレイラインが通らず、剥れる。

だが諦めない。

魔力がある限り、続けてやる。


「――――繋がる! なのは、今っ!」


「――――ブラスターシステム……リミット3、リリース!」


豪、となのはから、リンカーコアから、魔力が”絞り”出される。

「なのはっ! そ、それ……」

「なのはちゃんっ! そら、あかんっ!」

「ううん……士郎君、私のこと、守ってくれたから。ね?」

なのはの表情は苦しい。

いやな、脂汗も見えた。

凛も知っている、ブラスターシステム。

だからこそ、炊き付けた。

安らかに寝ていた士郎の顔が苦痛に歪む。


「 Es gibt niedrig ( 大きく ) ist langsam ( 大きく ) ist nah ( 大きく ) und in die Vergangenheit ( 大きく ) 」


ピクリとも動かなかった士郎の体が呻きだす。

「――――士郎を、叩き起こすっ! あんたたち、必死に呼び戻しなさい!! あとは士郎が”気付いて”くれるかどうかだからっ!」

本当の、”奥の手”は士郎でないと使えない。

そして、それを士郎が知っているかどうかは定かではない。

凛はここ数年の間に、聖杯戦争のことについてもう少し詳しく調べてみていた。

幸いメディアもいた。

そこで1つの疑問が、英霊召喚には基本、”よりどころ”となる何かがある。

それが精神だったり、その英雄に関するものだったりと、様々。

凛は後々に、アーチャーを召喚したことに関しては納得。

だが、士郎がセイバーを呼び出したことについては今一納得できていなかった。

セイバー(アーサー王)クラスの英霊は正に特1級。まさか士郎の精神、考えにシンクロするほど一致して呼び出したとは考えにくい。

となれば、触媒が必要なわけだ。

自然に見える範囲で士郎の所有物などを探ってみたがそれらしきものはなし。

となれば、”投影”品でそれに順ずるものがあったのか。

いや、それも考えにくい。

投影品は飽くまで模造品、”贋作(フェイク)”である。

興味を持ち、行き着いた先は士郎の父親。

いや、”義父”。養父、といったほうが正しいだろう。

そして士郎は、あの大火災での生き残りらしい。

あの大火災は第四次の戦争の産物。そして、士郎はその火災の生き残りで、助け出してもらったのがその戦争の”参加者”、士郎の養父、”衛宮切嗣”。

セイバーは、四次のときもセイバーのクラスとしてその衛宮切嗣という人物のサーヴァントだったらしい。


――――となれば、疑問に思わないわけが無い


何故、衛宮切嗣はセイバー(アーサー王)を呼べたのか。

何故、衛宮士郎はセイバー(アーサー王)を呼べたのか。


そして、衛宮切嗣はアインツベルンに雇われた魔術師、魔術使いという記録。”衛宮切嗣”という名前自体はとても有名なもので調べれば簡単に色々と出てきたが……。

アインツベルン。

あそこなら、確かに……それ相応の、触媒を集められるはず。それを裏付けるように、5次で召喚したのがこれまた1級の英雄、ヘラクレス。

――――繋がる

士郎がセイバーと”契約していたとき限定”でみせた、超回復。最初は、治癒魔術を使っているという勘違いをしたのはいい思い出。

そして、現在……セイバーの聖剣に纏わりついているのは、”風王結界”という名の鞘。

…………本物の、”鞘”はどこへ消えた?

英霊ならば持っていてもおかしくは無い、いや、もっていなければならないもの。

剣だけ持っていて鞘がないなど、不思議な話である。

実際の文献によれば、その鞘がなくなったためにセイバー(アーサー王)は破滅への道を辿ったという。

もう一度言う。


――――鞘は、どこへ行った?



――――そこに、”賭けた”



まさか、そんな、聖骸布すらその”鞘”の前では価値が霞むような超一級の概念武装……概念武装どころの話ではない、礼装、いや、そんな言葉ですら括れないものが……士郎の”体内”にあるなんて考えるのは馬鹿らしいと思う。

だが、だが……。

それを考えると、全ての辻褄が合う。合ってしまう。

その証拠にどうだ、士郎はセイバーと契約しただけで、実際シャマルの魔法でも癒せなかった部分、どんどん黒ずんでいった皮膚、青あざが止まっている。

もちろん、これだけだと士郎は死ぬ。

宝具を使用しなければ、そこから零れ落ちる効果など微々たる物である(それでも、士郎の治癒力は異常だったが)。


――――1つでも、可能性があればそこを抉じ開けて通れるようにするのが魔術師



「――――Wahrnehmung, die Ruckrückkehr weckt !! ( 感知 覚醒 引き戻し !!)」


士郎の額を握る手に、力をこめた。


「……あ、が、あああががあああああっ……っ!!! あああああああ――――」


「 Nie vorher ( 隘路港道 ) betraohten ( 連続閉鎖 )」


この状態を固定する。

魔術師は魔力さえあれば多少は動ける。

その魔力を無理矢理に流し込み、外部から無理矢理士郎の意識を目覚めさせる。

セイバーと契約させ条件を整え、あとは――――

もちろん、神経が麻痺してるなんてことはないので、究極の痛みが士郎襲っているのだろう。

残酷なことをしているのはわかっている。

だが、だが、こんなところで失うわけにはいかない。

「士郎君っ!!! 起きてっ!!!」

「士郎っ!」

「士郎君……!」

なのは、フェイト、はやてが声を掛ける。

だが、士郎の意識を”起こして”いるだけで、凛は魔力を消費し続けている。

「がああぁあああ、あ、あああああ――――っ……あああああ、ああ、ああああああ!!!」

苦悶の表情を浮かべ、暴れる士郎。

それを必死に体重をかけて押さえつけ、さらに頭をなんとか固定させる。

動くたびに、ぶし、ぶしゅ、と聞きたくもない音が聞こえる。

なのはとフェイトが必死に腕を押さえ、はやてとシャマルで足を体ごと押さえつけた。

勿論、士郎の上に乗っている凛も必死だ。

セイバーは目を閉じ、士郎とのラインを断ち切らないことに専念。

勿論、全員血まみれである。

セイバーですら、手は既に赤く染まりかけている。

頭部の出血は基本的になかなか止まらない。

もう本来動かないはずの筋肉を動かしていること、そしてはみ出す”剣(しろう)”により、自分で自分を傷つける。


「――――シロウっ!」


セイバーは目を見開く。


「士郎君っ!! お願い、お願いっ……」


なのはは奇跡を信じ、涙を目にためながら士郎の腕に縋り付く。

ブラスターによる魔力抽出は限界が確実にあり、そしてそれが近い。


「士郎……やだ……逝っちゃ……だめだよ……」


フェイトは士郎の腕をベッドに体重で押し付けるように固定。そのせいで顔すらも若干ながら血の色に染まっていた。


「士郎君……頼むから、帰ってきてな……!」


足を押さえつけるはやてはさらに辛い。

これが瀕死の怪我人か、と思わせる力で暴れる士郎の四肢。魔力でなんとか強化して保っているはやて。


「士郎くんっ!」


シャマルは思い出したように、士郎にバインドを掛ける。

今までピクリとも動かなかったはずの人が、ここまで動けば対応が遅れるのもわかる。

その緑色のバインドを引きちぎらんばかりの力で暴れるが、バインドは解けず、逆に士郎が自分を傷つける。



「――――こんの馬鹿っ! へっぽこ! 半人前っ! とっとと帰って来なさいよ! わたしの苦労も考えなさいっ!!!」


――――。


―――――――――。


――――煌―――――


――――士郎の腹部に体重を掛けていた凛の位置より少し前、士郎の胸部辺りから、淡い、光が漏れる











~・~・~・~・~・~












「私はな、貴様を殺そうとしていた」

「……それは、知ってる」

「半ば八つ当たりであった」

「…………」

こいつは、冬木でよっぽど、頭がプリンになってしまったのではないか、という感想を持った士郎。

八つ当たりで殺されかけるとか。

「私は狂っている。狂っていると冷静に判断する思考があるのは不思議だが、狂ってしまった」

「いまさら、なんだよ」

「正義の味方として多くの人を救えると願い”座”についたものの、結果は酷いものだ。私は呼ばれるたび、醜く自滅するしか能が無い人間をただ殺していた。簡単に言えば、掃除屋だ」

それも、知ってる。

「八つ当たりと言ったのもそのせいだ。私は貴様を殺し、過去を無かったことにしたかった。そんなことをしても私自身が消えることは無いとわかっているのだが、それに縋ることしか、自我を保っていられなかった」

「…………」

幾多にも枝分かれしている、”未来”のなかの結果の1つ、を呼び出しているに過ぎず、その枝分かれしている1つを亡き者にしたところで、数多にある結果の1つが失われるだけ。

「そこで、だ。貴様の死に掛けの記念に餞別をくれてやる」

ざく、ざく、と士郎の両脇に落ちる、2振りの剣。

”アイツ”が最も信頼している宝具、干将・莫耶。

「……どうしろってんだよ」

「”どう”使おうが貴様の勝手だ。私は何もする気は無い」

それは、殺されても、いいということなのか?

「もし俺が、首を取りにかかったらどうするんだよ」

「構わん。こっちで死んだところで現実で死ぬわけではないかもしれんし、現実で死んだところで”座”に戻るだけだ。やりたいのなら、そう使うのも一興だろう」

いったいなんなのだろうか。

どういう心境の変化なのだろうか。

「……そんなことしたって何にもならないから、やらない」

「何故だ。私は貴様を八つ当たりで殺そうとした。故に、私は殺されても文句は言えん」

士郎は”むかついた”。

「ふざけんな」

「なんだと?」

なんだと、ではない。

言ってやる。

最後くらい。



「――――お前と一緒にするなって言ってんだよ、”エミヤ”」


――――一瞬の、沈黙


「――――そう、だな。貴様は私とは違う。ああ、何故、そのことに……最初から、気付けなかったのか……――――ああ、馬鹿だから、かもしれん」

「それは間接的に俺を馬鹿っていってるのかよ」

「違うのか?」

「…………」

否定できなかった。

「殺されないようなので、私は帰る」

「そうか」

背中の感じで、”アイツ”が立ったことがわかった。

「……本音を言えば、私は興味がある。貴様の進む先に何があるのか。私自身が、私と違う道を歩む……その、末路がな」

「……俺はここで終わりだ。お前自身、この終わりは見た光景なんじゃないのか?」

「まだ、完全には沈んでおらん。本当に終わるときは、闇だ」

とはいっても、士郎の目から見える風景はほとんど暗闇に近い。

士郎は横に刺さる、夫婦剣を見る。

「……とっとと自分の世界に帰れよ」

「そうだな、正直なところなんでこんなとこに着たか今一わからん。酔っていたことにでもしておけ」

「わかった。それと……――――”コレ”、記念に貰うぞ」

「…………ふん。目覚めたら、”いろいろな意味で”地獄だと思え」

「……はあ? それよりもさ、俺もう目覚めることなんて無いだろ」

「凛が、いるんだろう? あの子は優秀だ」

「それは知ってるけどさ、遠坂、あいつは天才だよ。けど天才にだって不可能なことはあるだろ」

「……貴様、自分の体のことを知らんというわけではあるまいな?」


なんでこのタイミングで殺気を飛ばしてくるのかがわからない士郎。


「……さっきから抽象的過ぎだ。多少ボロボロになっても気にしなかったけど多分、外の俺は瀕死だろ? そこから復活させるなんてまさに”魔法”じゃないか」

「…………貴様にはさっき作った借りがあったな。立って、こっちを見ろ」

有無を言わさぬ口調で、逆らったら逆にこっちが殺されそうだったので大人しく立ち、”アイツ”と顔を合わせる。

アイツの背景は夕焼けで、幾多にも剣が突き刺さっていて。

士郎の背中にある世界は夕闇で、もう剣はない。

士郎とアーチャーを境界線にしているかのように、真っ二つと、2つの世界は分かれていた。

赤い外套を着て佇むアイツは、聖杯戦争のときと同じ。


「……なんだよ」


つい癖で”アイツ”を睨んでしまう。

もちろん、”アイツ”も士郎を睨む。

どうしても、相容れない2人。

同一だったはずのものから、違ってしまった2人。


「これで、借りは無しだ」


「……鞘?」


アイツは呪文も何も無く、まるでそれが自然のように、なにかの鞘……とはいっても鞘というからには剣の鞘なのだろう、それを取り出す。

呼ぶのではなく、取り出す。

士郎は自分の投影に関してはそれなりに理解を深めていて、刀剣類以外の投影にはそれなりの魔力が掛かるし、辛いこともわかっている。

だが、”アイツ”はそれを、呼吸するかのように取り出した。


「私にはもう必要の無いものだからくれてしまっても問題は無いのだが……態々同じものを”2つ”所持する意味は無いだろう」

「俺、そんな鞘、もってないんだが」

「…………まだ、わからんのか?」


――――解析・開始(トレース・オン)


自然と解析を掛ける。本来、”贋作(フェイク)”に解析を掛けても意味は無い。

が、これは……。

「――――セイバーの、鞘…………?」

「ふん、あとは知らん。死んだらそこまでだ。ではな」

「ちょ、ちょっとまてよ」

「……なんだ」

アイツの背中が、止まる。

「鞘がもしかしたら、その”魔法”みたいな効果があるのはわかった。けど、そもそも根本的な問題がある。それでもお前は、俺に”生き返れ”っていってるのかよ」

沈黙。

「貴様が死のう生きようがが私は知らん。ただ、借りを返しただけだ」

「ああ、そうかよ。それじゃあな」

やっぱり”アイツ”はアイツだった。

「もう一度言う――――」

だがその背中は歩みを進めず、もう一度、口を開く。

「……ん?」

「―――――餞別に、くれてやる」

アイツは歩き出す。

普通に歩いてるだけのはずなのに、瞬きしたらもう、米粒ほどの大きさに見えるほど、離れている。

地面に刺さった夫婦剣を握る。



―――― I am the bone of my sword .



体は、剣で、出来ている。



剣がないなら俺はもう―――――


そこで気付く。

両手にあるのはなんだ?

アイツの積み重ねた年月、鍛錬、色々な記憶が入ってくる。

アイツと士郎の関係は正に、この剣のようなものなのかもしれない。

夫婦ではない。

作り手が一緒な一対の剣のはずが、まったく違う陰と陽。


――――陰陽太極図


陽の中にも少し陰があり、陰の中にも少しの陽がある。

善と悪の話ではない。

互いに反対の属性を持ちながらも、互いのどちらかが欠ければそれだけで成立しなくなる陰と陽。


――――ああ、やっぱり俺とアイツはそんな関係じゃない


両手に伝わる重みを感じつつ、そう、士郎は思った。


振り向く。

やはり、闇に落ちかけている背景は変わらない。

「――――……ロウ」

ふと、声が響く。

「セイバーかっ?」

振り返る。だが、そこにあるのは暗闇。アイツの世界は、なくなっていた。

「――――し……くん」

風呂場で喋っているように、反響した声で。

「なのはっ!!」

今度は左? いや、そこも暗闇。

「しろ……――――」

途切れ途切れに。

「フェイトォっ!」

右? だがそこにもなにもない。

「――――ろう……ん」

呼ぶ声がする。

「はやてっ! どこだっ!」

また、振り返る。もちろん、はやてがいるわけも無い。

「し……くん……」

悲観的な、声。

「シャマルさんっ!」

だが返答はない。

見渡す。

もうかなり暗く、足元すらはっきりと見るのは怪しい。


――――ヴィヴィオに会いたい


最後の最後になってこんなことを思ってしまった士郎は罪だろうか。


暗闇を走る。


「はぁ、っはぁ、あ、あ……みん、な、どこ、だっ!!」


わからない。短距離しか走っていないのに、全身が痛い。

両手に持つのはアイツからの餞別。

ただ、もう暗い。

地面なんてもうとっくに見えてない。


――――諦めたくない


走る。

心の中の世界なのか、どこなのか。

ただひたすらに、走る。


「――――頼む、セイバーっ!!!」


「――――はい、シロウ」


はっきりと、声が聞こえた。

思い切り走っていた足にブレーキをかけ、二たび振り返る。


「……セイ、バー……!」


「シロウ、戻りましょう」


あの、初めて会った夜のように凛と、佇むセイバーが居た。


「……ああ。でも、どうしたんだ? エクスカリバーが……」

ただ、そのときとは違う部分が1つ。

「――――それは、きっと、貴方ならわかっている。違いますか?」

黄金色に輝く、風王結界の纏っていないエクスカリバー。

この闇の世界には不釣合いの、黄金。

「そう……だな、セイバーのものだ。”コレ”は返さないといけない」

「はい、ありがとうございます、シロウ」


――――ちくしょう、結局、”アイツ”に借りを返されたどころか貸しを作っちゃったなぁ……


なんて、ことを思いながら。



「――――こんの馬鹿っ! へっぽこ! 半人前っ! とっとと帰って来なさいよ! わたしの苦労も考えなさいっ!!!」



「と、遠坂っ?」


この暗闇で、響く懐かしい声。


「ふふ、リンがご立腹のようです。さあ、早く、シロウ」

「ああ……」


両手に持っていた剣を、落とす。

それは闇にのまれて消えてしまうどころか、きちんと、”地面に”突き刺さる。


――――そこから広がる、赤い世界



――――ああ、俺はまだ、死んでなかった




「シロウ、その名は――――」







「「 ―――― 全 て 遠 き 理 想 郷 ( ―――― ア ヴ ァ ロ ン ) 」」









――――――――――




な、なんでこんな”妙”な感じに・・・本当はぱぱっとアヴァロンで終わりのつもりだったのですが、かなり変わって文章量もそれなりに。

やりたかったことは、ラグナのビンタと凛の揺り篭ないで宝石使って吹き飛ばす場面だけだったのに・・・!

次回はエピローグです。

多分、士郎一人称に戻ると思います!

楽しい文章はやはり一人称・・・だと、個人的には思っているので。


最後までお付き合いいただければ幸いです。


感想ご指導、お待ちしております。



あすく



[5645] ~終わることのないエピローグ ~
Name: あすく◆21243144 ID:c8821b88
Date: 2009/06/13 15:05

目を、開ける。

……く、暗闇? いや、この感触は……手?

「…………もがっ……」

「し、士郎君!」

「士郎っ!」

「よ、よかったわぁ……」

「ですね、はやてちゃん」

「はぁ……お帰りなさい、士郎」

「あ、ああ……ただいま。――――状況説明、してもらってもいいか?」

意識ははっきりとしている。

手をどけられたお陰で、視界もクリアだ。

ただ、黄金色の光に包まれなんとも言えない……質量のない羽毛に包まれている、そんな感じ。

妙にべたつく感覚があるが、ああ、血なんだろうな、とおぼろげにしか感じない。

――――不死の力を持つセイバーの鞘、”全て遠き理想郷(アヴァロン)”

真名を開放すればその鞘は幾多にも分裂し、所有者を守る絶対防御。

全ての悪、宝具、”魔法”すらも跳ね除ける究極の一。

少しでも害意や敵意を持ったものを遮断し、即死レベルの肉体的損傷でも治癒できる。

勿論、所有者でなくとも回復は可能で――――。



でもな?


「……死に掛けた馬鹿をなんとか無理矢理意識を取り戻させてあとは賭け。それに成功した。まぁ、本当にそんな”モノ”、あんたが持ってるとは思ってなかったケド」

ああ、この”鞘”か。

といっても、鞘は数百のパーツに分解され光となって身に纏わりついているが。

「……あの火災のときに親父が俺を蘇生させたのって、コレのお陰だったんだな」

「あ、なのは、あんたもちょっと士郎に触れときなさい。士郎とパス繋いでるなら多分それなりに効果あるし」

「え、あ、うん。さっきから胸の痛みもなんか収まってるんだー。不思議だね」

いや、だからな?

「でも、そんなことより――――」

とんでもないもん、親父が体内に仕込んでるとは思わなかった。

と、さっきから無視というか、極力気にしないようにしてたんだけど……。

「――――重い」

「は?」

遠坂。

「え?」

なのは。

「ん?」

フェイト。

「あぁっ?」

はやて。

「あらやだ……」

シャマルさん。

「シロウ、貴方は……」

呆れているセイバー。

で、でもな、聞いてくれ。

「いや、あの、俺もな、その、なんていうか……なんで遠坂、俺の腹の上に乗ってるんだ?」

「…………貸しだから」

ぽかん、とした表情が徐々ににっこりとなっていく様は、正直恐怖以外の何者でもない。

でもすまん、男とは違う感触に正直色々と反応してしまいそうなんだ。

もう少し簡単に言えば、膨張する。

それを察してくれたのかどうかはしらないが、青筋を立てたまま、ベッドから降りてくれた。


左腕を見る。


フェイト、ちょっとまて、なんでバインドの上から全体重をかけるように腕に上半身を……。

しかもなんだその格好。ほとんど裸じゃないか。

し、しかも肘の部分辺りに物凄い感触が……ああ……。

だから膨張する。

「うん? あ、ごめんね……重かった?」

フェイトはいい子だ……でも中身と服装があっていなさ過ぎる。

確かに19歳だからまだまだこれからなんだろうけどな!

「え、あ、あ、ああ……役得だった」

ボソリ、と呟いた言葉はきっと聞かれてないはずだ、うん。

右を見た。

「なのは、すまん、死に掛けた。ヴィヴィオは大丈夫か?」

「あ、あれで士郎君が大変なことになるなんて……本当に、本当に、ごめんなさい……」

バインドがついたままなので何も出来ないのが心苦しいが、目に涙を浮かべるなのはを見ているのは忍びない。

「いや、あれは俺も誤算だった……本当に死に掛けるなんてな。ヴィヴィオも助かって、俺も無事だし、なのはも生きてたんだから……それでいいだろ?」

「あり、が、とう……ありがとう……」

立っているのも辛くなったのか、立って士郎の腕を掴んでいたなのはは崩れ落ちるように床にへたりこむ。

「でもね、お2人にお1つお聞きしたいのですが……どうやって、高町さん衛宮君は”パス”を結んだのでしょうか?」

あー遠坂、青筋が素晴らしい量になってる。

切れるぞ、それ。

「……ふぇ? 凛ちゃ―――あ、……え……あ、あの……ええっと……その……」

「黙秘するぞ」

「「却下します」」

フェイトも?

え?

「ねえ、セイバー……凛が言うパスって、”あのとき”みたいに血と血を混ぜるんだよね?」

あのとき?

え?

「はい、簡易パスを結ぶということで1番単純なのは、お互いの血を混ぜること、と認識していますが」

「……なのは?」

「フェ、フェイトちゃん怖いよ……?」

「そんなことよりこのバインドを―――――」




~・~・~・~・~





そんなこんなで、後にJ・S事件と呼ばれるジェイル・スカリエッティ事件は収束に向かった。

揺り篭は脱出後、クロノさん達が完全破壊したらしい。

死傷者はほぼ出なかった。

民間人に死者が出なかったのは素晴らしいことだと思う。

そして、事件がやっと落ち着き、六課の再建も急ピッチで進みアースラ生活から終えたころ、の話になる。

2ヶ月ほどはアースラでの生活だった。

特に不自由も無かったのだが、感覚的なものなのか、やはり地に足をつけるというのは気持ち的に落ち着ける。


そして、久々の、六課での朝飯――――


「あー……レジアスのおじさん、こういう形になったんだ……こういうところはやっぱり組織っていうか、根暗っていうか」

「遠坂、この人知ってるのか?」

移動日ということで、朝飯を食べたら個々に整理整頓である。その代わり、朝飯の時間はほぼ同一の時間にとられており、偶々遠坂と一緒になった。

「うん、ちょっとしたことで」

ニュースに耳を傾ける。

ジェイルさんと組んでいたことが発覚したゲイズ中将は管理局を完全に追われるかと思いきや、今回の”ゆりかご事件”で、ゲイズ中将が謳っていた論が見直されている。

管理局が言う、そして民間人が思っている質量兵器とは、簡単に言えばボタン1つで発射可能(本来はボタン1つなんてありえないけど、比喩で)な大量破壊兵器のこと。

レジアスが推奨していたアインヘリアルは魔力兵器なのだが、これも大量破壊兵器の括りとして許可が下りていなかった。

もし、六課が揺り篭の本体を止められなかった、次元航行部隊が間に合わなかった、等のことがあればミッドは確実に日の海になっていたのだ。

まさに、自分の上空に質量兵器が飛んでいるのにただ避難することしか出来ない民間の心境を考えると……アインヘリアルは抑止として必要なのではないか、となる。

そして、認められる銃などの実弾兵器。

まだまだ登録には無茶苦茶に大変な申請があり、民間が持つことはほぼ不可能に近いが、管理局内でデバイスとして登録することも可能になっている。

民間人からの署名も、過去に類を見ないほど集まったとか。

しかも極めつけに、”最高評議会”という、1部の人しか存在を知らないような部分が管理局にあり、その3人にゲイズ中将は操られていたことが証拠と共に発覚。

そこまでマスコミに言われて、”ゲイズ中将は正しかった”という風潮がある中にクビにでもしたら、管理局が民間にどう叩かれるかわからない。

そして勿論、管理局の中でレジアスの考えを支持する一派は居た。

主に地上での任についている人が多いが、本局所属の人でも実際に割り当てられる戦力差に疑問を抱く人は少なくない。


と、ここまできて困るのはレジアスの処分。


レジアスは、確実に道を間違えている。それは誰が言おうと、1番の友人がそういうほど、確かなこと。

戦闘機人、人造魔導師に携わっているスカリエッティと組んでいたことも公に。正確には、マスコミを抑え切れなかったからだが。

ただ、民間も身勝手な人がいる。

今までの魔法至上主義を皮肉ってなのか、本音なのかはわからないが、戦闘機人がいれば、人造魔導師が沢山居れば、などというおかしな意見まで出てきている。

俺には魔力がないんだからそいつらになんとかさせろ、と。

だがこれはおかしい。倫理的観点から見ても、受け入れられるものではない。

難しい問題だ。

公開意見陳述会の内容は全て放送されるものであり、そこであった”空海地の戦力的割り当て”の話。

必要なのだからアインヘリアルを導入したい。なら何故必要なのか、管理局の人員割り当てがこうで地上に戦力が足りないから、と繋いでいくのは1つの手段である。

だがこれも、少しずれた話だ。

忙しさ、事件の重さから見れば、海も空も人はほしいのだ。

結論を言えば、正直管理局は全体的に”慢性的な人不足”なのである。

事務員は確かに魔力なしでもやれるが、一定の魔力を持っている人でなければ現場、戦線には出れない。魔法至上主義を謳っている弊害である。

誰が悪いのか。

レジアスが悪いのか?

人を殺さないことを前提にしている管理局が悪いのか?

簡単なことを言えば、犯罪はだめなことだ。やるほうが悪い。

ただそれは、家の鍵をかけないまま外出し、泥棒に入られて、泥棒が悪い、と言ってるようなもの。

確かに泥棒は悪い。入られた方は被害者だ。だが、鍵を掛けなかったことは……?

重ねて言うが、入られた方は被害者である。一概に、”鍵を掛けなかったお前が悪い”というのはおかしいことではないか? 悪いのは盗みに入ったほうなのだ。

今の管理局は、そういう、複雑な問題が完全に民間に露呈したのである。


話を戻すが、レジアスを支持している輩を全て抑え、且つ管理局にとって疎ましい犯罪者の処分とは――――


内々に、二ヶ月の謹慎、2年の無料奉仕。

そして公式発表では


”レジアス・ゲイズ中将 名誉中将へ昇格”


凛はこのことに対し、いろいろと知っているらしい。

マスコミには”休暇”と発表されていた謹慎が解けるのが今日……。


「遠坂の小娘はおるかっ」


まさかのタイミングである。


「ああ、おじさん、良かったら食後の紅茶、一緒にどう?」

どすどす、と歩いてくるゲイズ中将に六課メンバー全員が黙った。

そりゃそうだろう、と。

だがここは軍隊までとはいかずとも、階級がきっちり区別されている場所。

はやてを中心に一斉に立ち上がり、管理局の方法に則った敬礼をする。

「レジアス・ゲイズ中将、この度は――――」

形式的ながらも挨拶をしようとするはやてを、レジアスは諌めた。

「今は非公式の場だ。敬礼はいらん。邪魔してすまない、皆、食事を続けてくれ」

「は、はぁ…………」

そういわれれば逆に鬱陶しいのもあれだと、はやては皆に、そのまま食事を続けるようにと促した。



「で、だ。紅茶はなよなよしくて好まん」

「あらそう……で、何か用?」

優雅にソーサーからカップを取り、唇をぬらす遠坂は優雅だ。

でもな、前に居るの、中将、中将。

士郎と凛は特に気にせず座ったままだったわけだが。

「貴様とここの部隊長、2人の小娘に用があってな」

すっかり無視されている俺。

「わたしらに? はやてー、ちょっとこっちきなさいよ」

横目から少し見える程度の位置に座って同じく朝食を取っていたはやては盛大に飲み物を吹いていた。

ちらりちらりと横目で観察しながらばれないように飲み物を飲んでいたらまさか、だったらしい。

確かに、かなり無茶振りである。

おお、案外ヴィータが甲斐甲斐しくその後始末をしているとは……。

「……ん? ああ、わかった。おじさん、あとで部隊長室でいい?」

「構わん」

物凄い勢いでジェスチャーしてたはやて。それを読み取る技量は正直驚愕だ。






――――






「で、おじさん、どうしたの? 謹慎は解けたでしょうに」

復旧したはやての部隊長室にあるソファーに腰掛ける、はやて、レジアス、凛。

「だから貴様らに用があるといったのだ」

ちなみに、はやてはさっきからあまり思わしくない表情を浮かべていた。

そりゃそうだろう、今まで間接的にも若干ながら対立していた相手なのだ。

「だって、はやて」

「……レジアス・ゲイズ中将。今日はどないしてこちらにお顔を……? 予定には組まれていなかったと記憶していますが」

やはりそこは部隊、組織。

階級がいくつも上の相手にはきちんとした敬意を払わなければならないのは当然のこと。

勿論そこらへんのことには厳格なレジアスだったが、少しばかり、変わったことがある。

「八神はやて二佐。いや……この場では八神、と呼ばせてほしい。そして今は公式ではない。階級で呼ぶ必要はない」

「……構いません」

怪訝な表情をする、はやて。

紅茶が嫌いとのことだったのでお茶を出したが、それは好みだったようで、湯飲みに入ったお茶を豪快に飲み干すレジアス。

ごとん、とそれをテーブルの上におき一呼吸息を大きく吸って吐くと、レジアスは言った。

「まずは……八神、貴様らの部隊のお陰で地上の平和は保たれた。……礼を言う。ありがとう」

「いえ、仕事ですし、当然のことをしたまでです」

レジアスが空の人間に頭を下げるということに内心、動揺を隠すのが精一杯なほど焦っているはやては平静を取り繕うのが大変だった。

「……わしは、貴様のことを嫌っていた。レアスキルをもち、闇の書事件の首謀で犯罪者、という偏見がわしの目を完全に狂わせた」

凛も、はやての過去はそれなりに知っている。飽くまで知識上だが。

「だが、間違っているのは確実にわしだった。それに気付けたのは……そこにいる小娘のお陰だった」

なにしたん、という目ではやては凛を見るが、そんなのはどこ吹く風である。

レジアスの告白は続く。

「地上の平和を守ろうとしてるのに、わしはそれを間接的にも妨害しようとしていた。だが実際はどうだ、貴様らの部隊がなかったら、地上は、ミッドは、次元世界は、どうなっていたかわからん」

「わしも罪を犯した。だが八神、貴様とは違い、償おうともせず、今もまだのうのうとして中将という椅子に座っているのだ。……冷静に、客観的に見ればどちらが正しいのかなど、一目瞭然だろう」

いくらレジアスの支持率が異常なほどに跳ね上がり、圧力をかけられ操られてたとはいってもレジアスは犯罪者であることに変わりはない。

それに反発するグループも確実にある。

レジアスは犯罪者。これは覆らない。

管理局本局はゲイズ中将を2ヶ月の謹慎、そしてむこう2年の無料奉仕という形を非公式に。

そもそも、管理局で寝泊りしていれば食うのに困ることは無いが。

そしてもう1つ――――

おかしな方向に思考が言っている民間を納得させ、だが管理局内部では降格と同等、いや、ある意味降格よりたちが悪い――――


”ゲイズ中将、”名誉”中将へ昇格”


1部の民間は明らかに、目が曇っている部分がある。

レジアスは悪くない、悪いのは――――

魔法至上主義のせいで、俺たちが――――

それらを全て黙らせる、マスコミから発表された昇格の文字。

しかし、実際はただの島流しである。

管理局として、犯罪者はほうっておけない。

ただ、下手な処分をすると民間が黙ってない。

ならば風潮のまま持ち上げてしまおう、と。

特別な部屋を用意され、そこに居るだけ。

仕事をしたければ構わない。だがそれは雑用並。

管理局が仕事をレジアスにまわすことは、必要最低限以外、ない。


そのこと自体は、凛もはやても把握していた。


いや、(不可能であるが)部外秘で管理局所属の皆が、それを知っている。


「それを全て踏まえて、だ。すまなかった。そしてもう一度言おう――――ありがとう」

テーブルに額をつけかねない勢いで頭を下げるレジアスをみて、はやては目を見開くばかりだった。

「……おじさん、それだけを言いに来た、ってわけじゃないでしょ?」

頃合を見計らった凛は口を開く。

薄々と、凛はレジアスのしようとしていることに気付いている。

「……ああ、八神、聞いてくれるか?」

「……ええ」

レジアスは椅子に座りなおし、至極真面目な表情で言葉を紡ぐ。

「わしに、協力してほしい。いや、今すぐにではない。わしもまた1からの出直しだ……そして貴様もまだ経験を積むべき年齢であろう。そこで、だ――――」

一旦、言葉を切る。

「――――空と地上、そして海がいがみ合う時代は早急に終わらせる必要があると、わしは感じておる。それを、管理局を、根本から立て直したい。わしの余命、全てそのことに捧げる覚悟がある。どうだ」


その意思は固い。


レジアスの掲げる思いは、はやて自身、望んでいること。

だがそれを簡単に飲み込めるのか。

優秀が故に、高速の思考で得た結論。

それは……。

「後半年は、考える時間をください。わたしはまだ初めての部隊運用で手一杯なんです」

クロノにも、カリムにも、相談したかった。

自分ひとりで決めていいことではない。

ただ、ただ……動かなければ、何も変わらないことは、確か。

まったく権力のなくなったレジアスだが、それは管理局の中でのこと。

仕事はないといっても、例えば民間を納得させるために昇格させたのだから、一般に放映される公開意見陳述会には出席する必要がある。

罪を償い、地盤を固め、民間を味方につけ、一気に根底から覆す――――それが、レジアスの狙い。

ただのエゴといわれればお仕舞いかもしれないが、レジアスは今まで使っていなかった貯蓄などを最低限残し、全て寄付するつもりで居た。勿論管理局にではなく、困っている次元世界の子供達などにだが。

少しでも、少しでも、償えれば、と。

「ふむ……当然だな。わしも、ただの夢物語を語ったところで仕方がない。わし自身の地盤を固めてからまたこよう」

その返答にレジアスは気を悪くした様子もなく、寧ろ、その答えに満足しているようだ。

「わたしもどうしようかなー……六課解散後……」

何の気なしに言った言葉だったが、そろそろ真剣に考えなければいけなくなっていた。

「わしの下にくるか?」

「管理局に所属するかどうかも決めてないのに早急すぎ。とりあえず保留。それよりもおじさん、若いの沢山集めてどうすんのよ……」

「小娘、逆に聞くが、むさくるしい男なぞ雇って何が嬉しい?」

「そりゃそうだけど……って、はやて?」

そのやり取りに対して、呆けた表情で見ているはやてはどこか間抜けだった。

「ほぇっ!? あ、え、す、すいません……ゲ、ゲイズ中将もそういう冗談をいうのかと思いまして……」

いきなり話を振られたことにびっくりしたはやては、妙な返事をしてしまったことで若干頬が赤くなっていた。

「……貴様もか八神、冗談ではない。貴様らはわしをホモかゲイなどと勘違いしてたのではあるまいな」


レジアス・ゲイズ。


この人が言っていることは、本気なのか冗談なのかなんなのか判別できないのである。


「え、でも、あの……ゼストさん、だっけ? あの時、あの人をずっと待ってたんじゃないの?」

「当たり前だ。ゼストは良き友だったからな。…………待て小娘、その表情はどういうことだ」

「どうって…………ねぇ? まさか……」

「か、勘違いをするなっ! わしはオーリスも生んだのだ! まさかとはなんだ、まさかとはっ!」

「”わしはオーリスも生んだ”って、やっぱり相手はゼストさん……?」

「違ぁうっ! いい間違えただけだ馬鹿者! 生んだのはゼストだ!」

「ぶふっ」

はやては、何とか笑いを堪えようと紅茶に手を伸ばしたのだが、それは悪手である。

口の中のものを吹きだした訳ではないが、カップの中身を大きく波立てているはやて。

「ち、違うぞこの小娘がっ! わしの動揺を誘うとは……」

ハンカチを取り出し汗を必死に拭くレジアスは、妙に親しみがわく。

「り、凛もそれくらいにしときぃ……ゲイズ中将、申し訳ありませんでした……」

「……構わん。それに、そんなにかしこまらんでもよい」

「はやて、”レジアスのおっちゃん”とかでいいんじゃない?」

「あ、あんな凛、そんなこと言ったら簡単に私の首が飛んで――――」

「それで構わん」

「構わんのかいっ! …………あ」


……。

…………。


「……お茶、どう?」

「なかなか良いものを使っているな」

レジアスと凛は慌てているはやてを華麗にスルーし、お茶と紅茶を待ったりと飲む。

「あ、あの、ゲ、ゲイズ中将……その……申し訳――――」

脊髄反射的に反応してしまったはやては、泣きそうな顔をしながら平謝り。

「八神、それで構わん。敬語も、プライベートなら必要ない」

「だって、はやて」

「む、むむ……」

まさかの超展開に、魔導師特権マルチタスクでも処理が追いついていないみたいだ。

「八神、お茶」

「はやて、紅茶」

「ほなら……プライベートでは、はやて、って呼んでくださいな。”レジアスのおっちゃん”?」

レジアスはまだしも、凛にもパシリにされていることに気付けないほど、はやての頭はオーバーロード。特に疑問すら持った様子もなく、二佐がお茶を入れるという構図。

そして、はやてが出した結論。

「おっちゃんなど呼んでいいと誰が言ったァッ!」

「えぇっ!!」

「あんたでしょうが」

「すまん、そうだったな」

何事もなかったようにお茶を啜るレジアス。

「あ、あの…………」

まさか、弄られてることに気付いていないはやての狼狽振りは果てしないものだった。

「いや、おっちゃんで構わん。は……はや……はや……八神」

ごすん、と盛大にソファーからずり落ちる凛。

それでもカップは決して手放さず、紅茶すらもこぼさなかったのはなかなかに出来ることではない。はず。

「……おじさん、まさか――――」

「なんだ」

「照れてる?」

「………………何を根拠に」

スキル仏頂面、があったらレジアスのランクはそれなりに高いものになると、思う。

「ねぇおじさん、わたし、小娘じゃなくて、遠坂凛。凛。特別に名前で呼ぶこと許可してあげるから、はいどうぞ」

にっこり。

20代前半と、10代後半の女性にからかわれる、50代。

「り、りり…………貴様なんぞ小娘で十分だ」

実はレジアス。

オーリスを除き、若い女子(おなご)とこんな近距離で会話をするのは久々であった。

スキル仏頂面を持っているせいか表情には出さないが、心臓は大変なことに。

「あ、すんません、おっちゃん。今日部隊の移動日で、これから書類整理とかしなきゃあかんのです……」

「ふむ、わしも悪かったな、急に押しかけて」

「いえ、おっちゃんの意外な一面見れたんで。あ、私のプライベート用の連絡先を――――」

という感じで、レジアスの訪問は終わった。

はやても、それなりにレジアスの見方が変わったらしい。

そして凛も、今後の身振りについてさらに考えさせられるものとなった。

委託ではなくきちんとした嘱託へ、または完全に、レジアスのコネを使ってそこに入るか。

どっちにしても、明らかに”個人的な研究”に避ける時間が短くなる。

これは避けたい。

だが、資金がなければその個人的な研究が出来ないと、なんとも難しい話なのである。

士郎は魔術師としてどうか、という見方をすれば半人前どころか、3流以下。正直、”魔法”への足がかりとしては頼りないものなのは前からわかっている。

となれば、1人では難しい……。

だが、”こっち”の技術を流用すれば”至れ”そうな予感はある。

とんだハプニングで今までの生活がリセットされ、何事もまだ空想段階……。

やるべきことは、沢山ある。

地球と比べ、ミッドの雇用条件がいい(賃金的な意味で)のは確か。そして偶然にも手に入れた、パイプがある。

となれば、こっちで地盤を固めつつ、資金を繰り、”挑戦する”のが最短。

士郎、凛、セイバー出現時のことを知っているのは、ここにいる六課メンバー、クロノ、カリム、多分ヴェロッサ、そしてリンディという人物に、レジアス。

レジアスに関しては、知っているのは本当に、レジアスとオーリスくらいなものらしい。情報操作の賜物である。

思いつくのはこのあたりと、司書長ユーノ・スクライア。

凛が頭の片隅に置いている1人の人物である。

興味、というのは研究に関して1番かその次くらいに重要な要素だと、凛は考える。

その点、その安牌ユーノは相当な興味を持っていると聞いている。

凛自身、かなり興味がある。そのうちアポとって会いに行くことを、結構前から計画していた。


そして―――――


ジェイル・スカリエッティ


実は、協力者として1番の有力候補である。


そのことは追々語るとして、連絡先を交換し終えたレジアスは席を立つ。

ではな、といい、直った自動開閉の扉を潜り、部隊長室を後にする。

はやてと凛は目を合わせ、くすり、と微笑んだ。







~・~・~・~・~






「なぁフェイト、今日は六課の隊舎に戻る日だろう? いいのか、ここで油を売っていて」

「うん、大丈夫だよ、お兄ちゃん。午後から行くことになってるんだ」

「ならいいのだがな。さて、まさかセイバーや遠坂凛、あの2人があれほどの実力を持っているとはな……騎士カリム、どう思われます?」

カチャリ、とカップをソーサーに丁寧に置き、金髪の姫が口を開く。

「そう……ですね。凛さんはまだ、許容範囲でしょう。魔力的なバックアップをしてあの火力ならば頷けますから。あれだけ見れば、はやてとかを知っている今それほど驚くことはありません。ただ……」

記録を立ち上げる。

勿論、その場にいた隊員全員には命令をし、口止めを。

「やっぱり……何度見ても、凄いです……」

フェイトがその動画に見入る。

「ああ、いくら魔力がほとんど枯渇してて、カートリッジだけで撃ったとはいえフェイトのザンバーなど要らなかったのかのような……」

「ですね……映像でさえ、私は戦慄を覚えました。そして、このもう1つのデータ……」

カリムはフェイトから受け取った、バルディッシュが自動的に記録していたその場面の動画。


――――エクスカリバー


そう、セイバーは言い放っている。

ユーノ調べによると、エクスカリバーとはなのは達の出身地、地球での神話にある、”アーサー王伝説”という物語に出てくる剣らしい。

「お兄ちゃん、騎士カリム、全てを含めて……3人の処遇、みたいなのは……どうなるかわかりますか?」

フェイトが不安げに聞くと、ふむ、とクロノは押し黙る。カリムも少し、思案する。

「……正直なところ、わからない。ただ、3人の功績は大きい。そして、特に犯罪らしきものに抵触しているわけでもない」

「――――そのことを鑑みても、3人は悪いようにはならないでしょう。ただ……」

「……ただ?」

「3人の力は未だにわからないところが多すぎる。それに疑問をもたれたときに、どう対処するか、だな」

つまりはまだほとんどどうなるかがわからない、ということ。

「セイバーさんと士郎君は魔導師よりも騎士登録をしたほうがいいかもしれませんね。凛さんは魔導師で問題ないでしょう」

それは、フェイトも考えていたことだった。剣を使う人たちはいる。シグナムがいい例。

「……ありがとうございます、騎士カリム、クロノ提督」

フェイトは改めて、2人に頭を下げた。

「いや、いいんだ。結果的にだが、あの3人に協力してもらったことは間違っていなかった。敵対されたりしたら、正直困る。3人がジェイル・スカリエッティ側にまわっていたことを考えると未だに恐ろしい」

「そうね……六課はまだ続くけど、これからも、お願いね?」

「はい」

そう、六課はまだ終わっていない。ただ、1つ大きな事件を解決できて、レリックを集める上での敵対組織がなくなっただけ。

その大きな事件が六課の設立に大きく関わっていただけで、”表向き”のことはまだ終えてないのだ。

「それになフェイト、僕も、いい加減君の”妙”な噂を聞かなくて済みそうだしな」

滅多に浮かべない、笑みを浮かべるクロノ。

「…………え?」

「あらあら」

カリムは笑っている。

フェイトは困惑している。

「なのはにはユーノがいるだろう?」

「う、うん」

「はやてとロッサはお互いそんな意識はないみたいだけど、いい雰囲気なのよね」

「は、はい」

「……さて、君はどうだ」

――――わ、私?

「え、えっと……エ、エリオとキャロ」

ごすん、とクロノとカリムがこけた。

「ち、違う。今の流れからどうしてそうなる」

「うん……?」

心底”はてな”顔のフェイトに、クロノは溜息を吐く。

「……はやてからもらったものだ」

空間モニターを立ち上げ、キーを手早くいくつか操作したクロノは再生のボタンを押す。

「あ、え、ちょ、お、お兄ちゃんっ!」

ぽん、という効果音が最適だろうか、フェイトの白い肌が林檎色に染まる。

これまた綺麗な金色の髪が、その赤い顔にあいまって栄える栄える。

「これで兄としての心配が1つ減ったというものだ……」

「な、なんの心配なのっ! は、早く消してー……」

ぱたぱたと手を振るフェイトに危うくクロノはエイミィに失礼な感情を浮かべるところだった。

「だからな、僕も仕事上ある程度集まりみたいなものがいくつかあるんだが、そこで意外とフェイトやなのは、はやてのことが話題に上がるんだ」

「そう……なの?」

「知らなかったのか?」

「うん……」

「で、だ。僕が君の兄で、なのは達と交流があることを知っている輩はかなりいる」

「それが……何かある、の……?」

「……君達、特にフェイト、君がフリーなのはしかるべき集団からすれば当然の情報らしい」

「フリー? わ、私執務官だよ……? 自由じゃないよ?」

流石にもう、なんとか平静を保つクロノとカリム。

「率直に言うぞ。フェイト、君には恋人がいないだろう? そして、男との噂も聞かない」

「うん」

「なのはやはやては、それなりに色々と噂があるからそのしかるべき集団も自重しているらしいんだがな」

話の腰を折るようだが、なのはは言わずもがな有名人、ある種アイドル。広告塔なはずが、実力を伴っているエース。

容姿が良い、実力がある、とくれば性格が悪いなどという要らないオプションがあるのだが、なのはにはそれがなかった。

そう思っていた者達も、なのはの教導などを経て考えを変えファンになった人たちがかなりいる。

誰とでも差別なく接するなのは。

怪文書(ゴホン、失礼)が多々送られてくることもあるがそれらは全てシャットアウトされるという究極的な体制が取られていたりする。

そしてはやても同じ。過去を背負い頑張る少女は傍目から見ていて美しいものだ。

局員であれば、あの事件は歴史書に載ってもいいくらいの事件でもある。

なのはとは違うベクトルで有名になり、そして、なのはファンほどの派閥を作るほどのはやてファンが密かにいる。

傍目から見れば薄幸の少女のはずが、立ち直り、頑張る様を見て支えてあげたいという気持ちを持つ男がかなりいるのだ。あの強がっているような姿の裏には絶対弱い部分がある、等等。

そして、そのなのはとはやての派閥ほどの徒党を作っている人がもう1人……フェイト・T・ハラオウン。

なのはやはやての陰に隠れていたフェイトだったが、スタイルはなのはやはやてを軽く凌駕する。流石外国人パワーである。

日常ですれ違い、フェイトが書類を取り落とし男性局員が拾う、というべたなパターンで惚れてしまった局員がかなり(フェイトがドジすぎる)いるらしい。

ときには何もないところでこけるフェイトを見たり、道に迷っておろおろしていたり、と。

”そのテ”の行動に男心をくすぐられる人は少なくない。

さらにあるのは、現場などの状況を共にしたことがある人からの情報。執務官は基本単独だが、六課のように集団での行動になることだって多い。

で、だ。現場ではいつものドジっぷりなど見る影もないように鳴りを潜め、きりりとした表情で戦う。


そして、脱ぐ。


その噂が広まり、いつのまにか隠れアイドルのような感じになっていたのである。

あんな子がまさかあんなバリアジャケットだとは、と。そのギャップでさらに落ちた人は多い。

今は基本インパルスなのでそれほどの露出はないが。

昔の写真、データが高値で取引されていることを知ったクロノの気持ちはさぞ複雑だっただろう。

勿論、管理局にいる美人、かわいい、といわれる局員は他にも数多くいて、そしてファンクラブなどもあるが、その人たちは大抵手付きだったりするのだ。

となれば、”少しでも可能性がある”人たちに目が行くのはわからない感情でもない。


これぞ天下三分の……いや、違うか。


という感じで、仕事というくくりをなくせば機動六課という場所は究極の男のロマンが詰まったところである!

異論は認める。

ヴァイスやグリフィス、六課の男性が機動六課に就任になるにあたり、それぞれの仲間内で”パーティー”というなの”洗礼”があったことなど、強烈過ぎて六課の男性人は等しくその記憶をなくしていたり。

「……で、だフェイト、正直に言えば、君を紹介してくれという人が後を絶たなかった」

「うん? 紹介くらいならいいんじゃないかな?」

「君は勘違いしてる。紹介というのは、僕が”フェイト、この人なんか恋人にどうだ?”と言ってることとほぼ同義になる。それは困るだろう?」

「あ、うん……」

「君がレズビアンなのか? 実は恋人がいるのではないか? なのはが恋人では? とかの質問は何回受けたかわからん」

「ご、ごめん……」

まさか本当にそんな噂が流れていると思っていなかったフェイトはクロノに感謝した。

実際、フェイトに直接言いに来る輩はかなりいたが、全て断っているフェイトである。食事に誘われたりなど日常茶飯事だったりも。

「いや、それ自体は構わない。ただ、兄として少しばかり心配している一面もあることを知ってほしい」

ミッドでは全体的に、日本などと比べ平均雇用年齢、平均結婚年齢などが比較的低い。

とはいってもクロノとエイミィは23前後同士の結婚なのだが、これは遅いほうになる。

ただ2人は長年一緒にいて、クロノが仕事で忙しかった事もあり等等の諸事情で遅れただけだった。

19になって何の噂もないフェイトを少しだけ心配する、クロノの気持ちもわかる。

「うん……」

「本題に戻るが、どうなんだ? フェイト」

「へ? ど、どうなんだ、って?」

「士郎のことだよ」

「あ、え、っと……し、しろう?」

「クロノ提督は、フェイトさんは士郎君のことどう思ってるの? と、聞いてるんですよ」

ころころと笑うカリムは年齢こそ不詳だが、他人の色恋話はそれなりに好きだったりする。



「え、えっと……私は……士郎のこと……―――――」










~・~・~・~・~





「あ、士郎君、こんなところにいたんだ」

鉄の扉を閉め、とたとたと歩いてくる音が聞こえる。

「ん、なのはか。セイバーとシグナムさんが試合してるみたいでさ、俺も暇だったから見学見学」

荷物整理などが忙しい初日なのに、その休み時間まで使って剣を取るとは、流石だと思う。

「シグナムもセイバーちゃんも、凄いね……あはは……あんまり離れてないのに剣が見えないよ……」

態々(わざわざ)新たに搬入された市街地のセットを起動して(名目上、シグナムは機材のテストとはやてに言い張った)やりあうシグナムとセイバー。

今士郎やなのはがいる場所は、あの屋上である。

その眼下で、小気味良い音が響く。

セイバーは竹刀、シグナムは木刀。

竹刀といっても士郎が補強しているので、木刀と打ち合っても折れたりはしない。

「今日っ! こそはっ! 貴女をっ! 打ち負かしてっ! 見せますぞっ!」

「やってみなさい、騎士シグナムっ!」

正直シグナムは強い。

地上限定で、且つセイバーが魔力ブーストなしという条件があるが、シグナムはセイバーに負けてない。

「あ、そうだなのは、ブラスターの後遺症……診断結果、出たんだろ?」

「あ、それがね?」

それなりに士郎が気にしていたことがある。

なのはは、士郎を助けるためにブラスター3を使ったらしい。

あのあとはシャマルが強行的になのはを文字どおり隅から隅まで検査したとか。

その後本局で、もう一度精密検査。

結果が出るまでそれなりの期間が空いたのだ。

それほどの検査が必要なほど、ブラスターモードというのは危険なものらしい。

実際に、まさにリンカーコアを”搾って”魔力をこそぎ出すブラスターはリンカーコアの形状すら変えかねないもの。

「まさかのびっくり、後遺症なし。リンカーコアも正常、体調なんかは事件の前より快調なくらい」

「……はい?」

ぴょん、元気元気、と言っているように軽く飛び跳ねるなのは。

「シャマル先生も、本局の人も驚いてたよ? 絶対おかしい、機械の故障だ、って」

「そりゃ……ブラスターって、やばいやつなんじゃないのか?」

「本当はね。ティアナに、私が最後使ったスターライトブレイカーは教えるつもりだったんだけど、ブラスターだけは誰にも教えるつもりはなくて……墓場まで持っていくことを決意してたくらいの、危険な魔法」

「まさか……」

「…?」

「いや……」

なのはとパス結んでたから、鞘の効果がなのはにも、というのが……的を射ている、はず。

ただ、まさか未知なる機関のはずのリンカーコアにも影響があったとか……これは確実に、遠坂に相談するべきだと思う……。

「本当に、”魔法”みたいだね。よかったよかった」

手すりに腕を組みその上に顎を乗せ、高いところにいるせいか少し風が吹き、片方に纏め上げているポニーが棚引きながらそう呟くなのはは少しだけ、幻想的。

「そう、だな。よか、った」

正に魔法……こっちではなく、”あっち”の、魔法。

イメージはある。

目を閉じれば、そこの暗闇の中に浮かぶほどの、完璧な”設計図(イメージ)”。

そこから”もってくる”だけで簡単に、呪文も無しに投影できそうなあの”鞘”。

今はセイバーとの契約も切れ(士郎の魔力量の関係で、繋がっていると不味いので早急に切った)、魔力もないのでほとんど機能していない鞘。

ただ、それはすぐにでも動き出しそうで……。

「あ、そうだ士郎君、私ね、ヴィヴィオの本当のママになったんだ」

シグナムとセイバーを見ていたなのはがふとこちらに振り向き、向日葵のような笑顔を咲かせる。

「お、そうなのか。おめでとう、だな」

だが、それは士郎にとって寂しくもあり……。

なのはに相談されたこともあった。私が本当のママになってもいいのかな、と。

士郎はそれを、頑張れ、と後押し。

「それでね士郎君、士郎君……は、考えて、くれた?」

遠慮がちにそう聞く、なのは。

「…………ん」

それは、士郎も本当の父親にどうか、というもの。

士郎は明確な答えを出せていない。

それを言われてから、暇さえあれば、ふと気付けば、そのことをずっと考えていた士郎。

正直に言えば、士郎はヴィヴィオの父親になって、守ってあげたい。

だが、もし、自分が”元の世界”に帰ることになれば……?

となれば、悲しむのはヴィヴィオだ。

生半可に父親になって、無責任に放り出すなど出来ない。

父親になる、ということは、”こっち”に永住を誓うのとほぼ同義。

凛やセイバーにも相談した士郎だったが、凛の答えは



――――ん、好きにしたら? けど、”至る”ためには手伝ってもらうからそこは宜しく




――――私はシロウの決めたことならばとやかく言うつもりはありません。ただ、”ここで父親になる”、という意味を決して軽く見ないでほしい




一抹の不安をなのはが抱えていることは、誰しもわかっていることだった。


――――母親になる


その覚悟。

普通ならば、妊娠、出産、などを経て徐々に心構えを作りつつ、頑張っていくもの。

なのははそれを全てすっ飛ばし、5歳児という少女を抱えることとなる。

それに、なのはは六課が終わり次第教導隊に復隊するつもりなのだ。

となれば、構ってあげられる時間すらそれほど持てないことになるのはなのは自身、わかっていること。

勿論、フェイトやはやて等、なのはを知る人たちは出来る限りのバックアップはしてあげるつもりではあるが、それにだって限界はある。


「あ、ぱぱー!」

二たび重い扉が開かれたかと思えば、そこからひょっこり現れるヴィヴィオと引率係のザフィーラ。

「こらヴィヴィオ、こっちは危ないって言っただろう?」

「うー……ごめんなさい……」

「おし。……ほら」

「わーっ!」

ヴィヴィオが好きな肩車。

なのはもそれを、微笑ましげに眺める。

「……すまん、なのは、ヴィヴィオ。俺はまだ、決める覚悟が……父親になる覚悟が、ない」

そしてもう1つ引っかかること……なのはがヴィヴィオの本当のお母さんになった今、士郎が本当のヴィヴィオの父親になるということ、それは2人が本当の”――――”と、いうこと。

「そ、っかぁ……そう、だよね……」

「ぱぱ? ぱぱは、ぱぱじゃないの?」

「でも、まだ、本当のパパじゃないんだ。ごめんな、情けなくて……」

「ううん……それが当然だもん」

少しだけ、気まずい空気が流れる。

セイバーとシグナムは気が済んだのか、タオルで汗をぬぐっていた。


「――――でも、ぱぱだよね?」


屈託のない笑みを浮かべ、士郎の肩口から顔を出すヴィヴィオ。


その問いに士郎は一瞬、答えに困る。

士郎が本当の父親でないことは理解しているのだろう。


だけど、だけど――――


形式上、本当かどうかなんて、関係、ない、よな……?


俺は……。


滅多に見せないと自分でも自覚しているほどの、自然とこみ上げてくる”笑み”というもの。


”それ”が答えといわんばかりに――――









「――――ああ、パパは、パパだよ」






なれるだろうか、ヴィヴィオの、”本当の”、父親に――――





―――――――――



StS編終了後書き。


かなり長くなります故、ご了承ください。



まず、アニメ本編はこれにて終了です。六課解散はまた別のお話で。



……ここで、言わせてください。



私を、そしてFableを見て、読んでくださった皆さん、本当に、本当にありがとうございました。


最初のころを読み返すと、つたない腕で良く続けられたなぁ……と、しみじみ思ったりします。

とらハ板に移動してからほぼぴったし2ヶ月で、ここまでこじつけることが出来ました。

本当に、皆様のお陰だと思っています。特に、感想を下さる皆様には言葉には表せないほどの感謝の念が……。

励まし、応援、誤字脱字報告、設定矛盾報告、疑問など等……ときには辛辣なコメントもありましたが、全て、ここまでやってこれた糧になったと思っています。



ただ、題名に書いたとおり、この『Fable』はまだ終わりません。

むしろ、ここからがスタートだと思っています。


今までは、私の文章を書くということの練習、いわば習作でした。1から全て改変するとなると、明らかに”構成を練り、文章を書く”ということが両立しないと、思ったからです。

まさに予感は当たり……本当に、文章が……orz


1~6話くらいの前半と、20~エピローグを比べると、成長していますでしょうか……? 少しでもまともになってきていれば、書いた価値はあった、と、思いたいです。


途中まで一人称でやってたはずなのに、(一人称混ざり)三人称に変えたせいなのか、一人称が凄く難しく思え……結局、エピローグも7~8割は三人称に(苦笑)

どれも使いこなせなければだめなのでしょうが……最初を1とすれば、今は3くらい……になってれば、いいな、という感じであります。



そして、エピローグ。

といっても、ほのぼのとしているのを書きたく、いうなれば「第一部」の区切りとしての、エピローグですね。

特にエンディング要素をつめたつもりはありません(苦笑)



これから六課卒業までに、ほのぼの、ちょっと甘め、バトル要素、などなど書きたい話がかなりあるので……もう暫く、お付き合いいただけたらな、と思う次第です。

そこからはまたどうなるか……SSXにいくのか、まさかのVivid、フォースにいくのか……ま、まさかFate世界に参戦して協会と戦う? いやいやそれはない(なんなんだ


ただ、”忙しい”という言葉は使うつもりはないですし、実際忙しくはないのですが……転機により、夜に取れる時間があまりなくなってしまったのです。

一時間とかそこらは”自由の時間”というものが普通に存在するのですが、そこで”さぁ! 7kbくらいは書けるぞ!”といって向かう気力がないのです;;(向かってしまえば楽しい時間なので、書けるのですがorz)

今までは2~3時間あったので趣味時間をSSにあててたのでこのペースでしたが、明らかに更新ペースはがた落ちする、はずです。


しかし、これからも書いていきたいと思う気持ちは変わりません。


なので、これからももしこのSSが上がっていたら、クリックしていただけると、嬉しいです。



まずは1話から全ての誤字脱字のチェック、そして今更ながら”大幅な改定はしない”と謳っておきながら、一人称を三人称に変えていく作業を使用かなと思っています;;

日を置いて読むと、自分の文でもかなり違和感があるというかorz

無駄に士郎が「だ」「ぞ」「な」と言っていたり……。



一気にやると疲れるし更新も出来なくなるので、少しずつやっていこうと思っています。




さて、あまりにも長く書くのは鬱陶しいと思われるので……ここらへんで。


メモ張kb数を文字数に変換すると、約50万文字弱……大体原稿用紙1200枚……小中学生のときの、”原稿用紙三枚”というハードルが無茶苦茶高かったころを思い出しますね(苦笑)



最後に改めて……今まで、ありがとうございました。

そして、これからも、宜しくお願いします!





あすく






エピローグ書くときにだけ、ずっと流していたBGM


『いつか、届く、あの空に。』


より


明日宿 傘 ( あすく さん )


……キャラソンではないです(笑)






ps,感想ご指導、お待ちしております。



[5645] 閑話 ~りん、しつむかんをめざす~
Name: あすく◆21243144 ID:af27dd66
Date: 2009/06/21 22:32
注)無茶苦茶にネタ脳で書いてます。特に設定などを深く考えず読んでいただけると幸いかもしれません!

特に、凛のキャラが崩壊しかかってます。

では!



―――――――――






「あ、わたしちょっと執務官になっとくから」


この一言で始まった物語……もとい、奮闘録。

年に2回の試験で、次回は1月、準備期間は3ヶ月しかない。

筆記だけではなく実技も加わったようで、ハードルが上がった執務間試験。

執務官、というのは飽くまで資格であるからして、持っている=クソ忙しい、という図式は成り立たない。

しかし持ってるだけで給料が上がる(勿論仕事を引き受けたりすればさらに)という、なんとも美味しい資格なのだとか(凛談)。

ちなみにこれは勘違いで、資格ではなくきちんとした役職なのだが……。


ただ、ハードルは無茶苦茶に高いと名高い執務官試験。


そもそも受けるだけでも大変(ある一定の功績、または誰かの推薦状)なのだ。

大量に執務官という資格を与えるわけにもいかないという、管理局なりの配慮というか、そんな感じである。


そして勿論、筆記問題は全てミッド語で書かれていて、午前は一問一答形式の2時間半、午後は記述式でこれまた2時間半。

つまりは、ミッド語を読み書きできなければそもそも成立しない。

とはいっても、凛はここ数ヶ月でほとんどミッド語は使える(読み書きできる)ようになっている。

英語を流用した形だったのでそれほど苦労はなかったのだとか。


フェイト曰く、まず午前問は管理局の法律、規則などのことの全てが出るらしい。

問題の書き方こそ変わっているが、全てが問題に出てくるのだから、全てやればいい、という念の元。

そして、午後問は、ある状況における最適と思われる解の記述。

それが犯罪者立て篭もりであったり、災害であったり。

色々なパターンが出題され、それを事細かに自分はどうすればよいか、という判断を全て記述形式で書かなければならないという。

それを採点する必要があるという意味で、受験者数を搾る必要がある。

勿論、午前のマークシート形式で弾かれれば午後は採点すらされないのだとか。


なんとも、採点者の偏見が入りそうな試験ではあるのだが、それは仕方がない。


勿論、凛は功績ではなくコネを使って受験資格を得た。

フェイトの推薦だけでいいものの、さらに

レジアス・ゲイズ中将

カリム・グラシア(少将待遇)

リンディ・ハラオウン統轄官

クロノ・ハラオウン提督

八神はやて二佐

ゲンヤ・ナカジマ三佐

という執務官試験を担当している者の目がまさに飛び出るような名前、わかりやすく言えば明らかなオーバーキル(ニュアンスでよろしく)なわけだが、10のボーダーを超えるために20の努力をして優々と試験をクリアしていった自分の親父のスタンスをみならい、これほどの名前を集めてきた。

……10を超えるために250くらいを用意したとか言わない。





万全の準備をし、時は過ぎ1月――――





わたしは、二次の受験会場施設にきていた。

一次は合格。

といっても、午前問ボーダー95%を98%で通過、午後問は文法的なミスがあったらしくギリギリ合格なのだが。

そのことに、数回落ちたフェイトは少し凹んでいた。

が、良く考えてほしい、勉強さえすれば”小学生でも”受かる試験なのだ。

日本の6大学クラスの大学受験を考えるとどちらが大変か。

はてさて、そんなこんなで第二次試験は試験監督との一騎打ち。

一次を通過したのは大体10名前後だとか。

で、だ。

今わたしがいるのは、サッカーでもやるのかという敷地面積の屋外グラウンド。

少しはなれたところに、どこかの部隊の隊舎らしきものが見える。

通達されたのは、この場所に何時何分集合、というものだけ。

そして、その時間まで後数分。

耳にイヤリングのようにつけているデバイスを、少し手で触る。

ふと見渡すと、隊舎のほうから歩いてくる男が1人。


――――あの男が試験官か


両手をポケットに突っ込み、脇になにやら箱らしきものを抱えた風貌の人が、こちらに向かってきていることがわかる。

気だるそうに見えながらも足は早足で、みるみるうちにその試験官の全身が大きくなっていく。

身長は……大きい。

明らかに見上げる形になるだろう。180はこえているのではないだろうか。

管理局の制服の上からもわかるほど、引き締まった肉体。

薄っすらと茶色掛かった黒髪から、何となく日本人を思わせる。

「貴様が遠坂凛か」

その男がわたしの目の前に立ち、口を開いた。

「ええ」

それを、少しだけ不遜な態度で答える。

「デバイスは、もってきてないだろうな?」

「勿論ですわ」

そう、本来この試験はデバイス持込不可。デバイスの性能差が顕著に出る今の時代、公平に判断するためには管理局局員が一般的に使うストレージで受けなければならない。

しかし、デバイスがないと常に魔法陣が展開されないという不可解なことが起こってしまうので、お忍びで持ってきている。

改造デバイスなので非公式だし。

「ふん、俺の名前は タッケール・シロガーネ だ」

「……はい?」

私は、耳を、疑った。

「聞こえなかったのか? タッケール、だ」

「た、タッケール、さん、ですか?」

「なんだ、聞き取れてるじゃないか。では、こちらが用意したストレージを配布する。受け取れ」

「はい」

何事もなかったように、脇に抱えていた箱をわたしに渡してくる、タッケールさん。

だが、だが、嫌な予感がした。

何故、ストレージデバイスごときがこんな”宝箱”のような箱に入っているのだろうか。

バスケットボールより少し小さいくらいのこの箱は、片手で持ち開けるには少し大きい。

しっかりと左腕と胸で固定し、恐る恐る、箱を開ける。

鍵などは掛かっていなく、少し重たいくらいで特に不自由なく、箱は開くようだ。

少しだけ持ち上げたところで、まだ全貌が見えない、蓋と箱に出来た隙間からこっそりと、中を覗いてみる。


『はぁい、凛。私はカレイ―――――』


パタン。


箱を、とりあえず、閉めた。


OK、OK、……何が起きた?


「おい、どうした。とっととデバイスを取りたまえ」

「……あの、1つ聞きたいのですが」

これを、聞かずには、いられない。

「なんだ」

「本当に、ストレージなんですか?」

「ああ、ストレージだが」

嘘だ、と叫びたくなってしまった衝動を堪えつつ、もう一度ゆっくりと、箱の蓋を開けてみる。


『もう、ひどいわねー……挨拶も無しに閉じちゃうなn――――』


さっきより少し閉める力が強くなってしまったのはまぁ、許してほしい。


ストレージデバイスは、しゃべらない、はずだ。


そして、何故、これが、ここに、ある、のだ。


「……1分以内にバリアジャケットを展開しろ。さもなくば失格だ」


「…………はい」


それは、困る。

たかがこいつの存在のせいで試験を棒に振るなど出来るわけがない。

これは、ストレージ、ストレージ、ストレージ…………。

三度ゆっくりと、そして今度は完全に、箱を開け放つ。

『ねぇ、名前、呼んでくれないの? ねーねーねー。失格になっちゃうわよ?』

……いら、っときた。

なんでこんなファンシーな赤いステッキはこんな陽気なのか。

そしてどう考えてもこれを不自然と思わないそこのタッケール。ふざけろ。

会話聞こえてないのかよ。

22にもなってまさかこんな羞恥プレイを自らすることになるとは思わなかった。

「……カレイドルビー、セット、アップ」


『おっけーい! バリアジャケット生成! いやっふぅ!』

この杖、ノリノリである。


「――――貴様、どういう趣味してやがる」

「……黙秘権を」

そして、いい加減気付かないのか、このタッケールとかいう馬鹿は。

明らかに間違ったのもってきてんじゃないか。


……なんで、ストレージが展開したバリアジャケットがあの量産型じゃなくて、なのはのバリアジャケットを、白のふりふりがついたミニスカートにして、赤を基調に、肩出し、そして背中にはマントを2つに裂いたような白いひらひら……そして赤いニーハイでキめた――――


――――魔法少(ゲフン)女 凛


手に持つステッキは柄が赤で、先には星型の模様をつけた丸いわっかの周りに天使の羽。

意識がはっきりしているということは、乗っ取られてはいない。

「あんた、ルビーでしょ」


『なにいってるの? マジカルルビーなんてなんのことかわからないわ』


さっき自分で自己紹介しようとしてただろ。


「貴様、誰と喋っている」


ついでに、わたしはストレージデバイスに話しかけるという変態になっていたようだった。


「あ、いえ、独り言です」

なんとか、誤魔化す。


「ふん、では始めるか……合格条件は、俺を昏倒させる、または30分意識を失わないことだ」


なるほど。つまりは適当にしばって放置しとけばそれで終わりか。


『そんな卑怯な手はつかわせませんよー! 正々堂々、勝負なんですよっ!』


思考を、読むな。



「ふ、俺のデバイス……フリーダム! セットアップ!」


試験官はデバイス持参化なのかよ。

そして、しぱん、と光に包まれたとおもったら、バリアジャケットらしきものをまとって出てくるさっきのタッケール……。

「…………」

だが、絶句した。

「なんだ、その顔は」

「それ、バリアジャケットですか?」

「愚問だ」

……全身メカメカしい金属っぽいものに覆われ、素肌はまったく見えておらず……顔など、日本にいたころどこかで見たような……。

背中には青い羽、というか青い機械っぽい何かをはためかせ、手にはでかい盾と長い銃みたいなもの。


作品、違うだろ。


「では、開始だっ!」

それは卑怯だろ、とか思いつつも、長い銃をしまい1本の剣を取り出し肉薄してくるメカタッケール。

「っ! ルビーっ!」

『シールドよんっ!』

なんと飛び出したのはハート型のシールドだったが、突っ込む気力もないので誰にも見られないうちに終わらせてしまおうのが最善。

の、はず。


「ふん、なかなかやるな。はぁぁぁぁぁぁっ!」


がしょん、と背中の青い羽がなんと至近距離でタッケールの両肩から除き、なんか光ってる光ってる。

『甘いわねっ!』

ああ、シールドって星型のパターンもあるんだね。

「バラエーナをストレージで防ぐとは貴様、なかなかの魔力だな」

こいつはまだストレージだと思ってるのか。


え、もしかして、間違ってるの、わたし?


いやいやいや。

『凛、攻撃魔法使わないとっ! ほら、ビームって!』

「ビ、ビーム!」

言ってみた。

『いっけぇぇぇぇえ!』


――――轟!――――


な、なんか出た。

ファンシーな杖をタッケールに向けて放ったその言葉は魔法となり、なんとハート型の、タッケールの体を丸々飲み込むような特大砲撃が地面を抉る。

「魔力だけは多いとはな……行かなくちゃ……また、あんなことになる前に……」

どんなことだよ。

しかも飛んだし。

「ルビー、飛べる?」

『任せなさいっ!』

おおお、背中に生えてくる、天使の羽……もう、突っ込まない。


「飛行技能くらいは持ってるみたいだな……まずは近接技能を見るとするか……」


さっき突っ込んできたのはなんだったんだよ。


「ビームサーベ……74式近接戦闘長刀の餌食になれ! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

まて、こいつ、なんていった。それよりも声が暑苦しい。

「ル、ルビー! な、なんかないのっ!」

ビームサーベ……長刀を持ち、切り抜け居合いのように突っ込んでくるメカタッケール。

『もちろんあるわっ! プリズム☆チェンジっていって!』

落ちるわけにはいかない。

落ちるわけにはいかない。

まさか、こんなことで落第になったら流石に恥ずかしい。

ちくしょー!

「ぷ、ぷりずむちぇ――――」

「うぉぉぉぉぉぉ!」

案外突進の速度が遅かった。

『だめよっ! もっと、こう、プリズム☆チェンジ! っていうの!』

ええいままよっ!

「プ、プリズム☆チェンジっ!」


――――衝!――――


なんと30センチもなかった赤いステッキの先から、80センチほどのピンク色の魔力で編まれた剣が飛び出す!

なんとかそれで受けきり、鍔競り合い。

「うぉぉぉぉBD格始動だとパターンすくねーんだよ!」

何の話だ。

「あんたねぇっ! ちょっとは手加減しなさいよっ!」

「黙れ変態」

「へ、へんた……あんですっ――――…………煩いっ!」

ふと自分の格好を思い出すと、否定できない自分が悲しかった。

22にもなってこの格好……この格好……。

……。

…………。

うん、殺す!

「ルビー、なんかこう、一撃必殺、的なのないの?」

『任せて。一旦距離を取るのよっ!』

「だから、誰と話してるんだ貴様は」

「ほっときなさい」

天使の羽をはためかせ、風を切る気持ちよさを若干ながらに感じながら、タッケールと200メートルほどの距離を取る。

……追ってこない?

でも、チャンスである。

とりあえず張っ倒して記憶消す。

『ねぇ、あいつ、なんか構えてるけど』

「ん?」

視力を若干強化してみると、なんか両手に違う武装……腕自体が銃というか砲塔になっているというか、とりあえず両腕が銃なのである。

それを、がしりと前で合体させてる。

「……え、ちょ、ルビー!」

『カレイドキューピットって言って! はやく!!!』

「カ、カレイドキューピット!」

『 Bogen Form !!!』

誰かの真似をしたかったらしい。

いえい、と体が勝手に動き、ステッキを持ってないほうの手を腰にあて、高らかに杖を宙に挙げる。

魔力で編まれた剣が収納されたかと思うと、次に現れたのは――――

「……一応聞くけど、これは?」

明らかに、キューピットが持ってる弓と矢が赤く装飾されただけである。

少し違うのは、弓がどっちかといえば洋弓で、赤いバレルがついてること。

ちなみにご丁寧に矢じりはハート型である。

「――――どうして君はっ!!!」

オレンジ色の極太ビームが飛んでくる。

それを、放った矢で迎撃……出来るのか?

という疑問を押しつぶし、手に持った矢を引く。



「――――ええいっ!」



(士郎の)見よう見まねで放った矢。

なんとも軟弱そうな軌道を描くが、なんと――――

先ほどの疑問がぶつかり合ったところで解決される。

あのごんぶとビームをハートの矢が押し返しているのである!

「……もう1発ないの?」

『ざーんねん、1つの兵装につき1日1発しか撃てないんですよー!』

使えない。

しかも、黄色いビームと矢は相殺され、タッケールがゆっくりとこちらに飛んでくる。

こっちくんな。

「……なんだ、その武装は。まさかストレージ以外を使ってるのではあるまいな?」

「あんたが持ってきたんでしょうが」

ようやく気付いたかこの馬鹿は、と思ったら。

「ふむ……それもそうだな……」

納得してた。おい。

「で、あんたのそれなに?」

「なにって……ツインバスターラ○フルだが?」

「デバイスの名前は?」

「フリーダム」

「……あんたの名前は?」

「タッケール・シロガーネ」

作品はいいから、せめて中の人くらいは統一してほしかった。

「……ちなみに、ランクは?」

「XXX(トリプルエックス)」

「なるほど、秘密ってことなの?」

「いや、XXX(トリプルエックス)」

……。

…………。

そういうことも、あるさ。

「時間は……げ、まだ5分しか――――」

と、ちらっと腕についているこれまたファンシーな時計に目を移したが――――

「やめろっ! もぉっーーーー!!!」

「プリズム☆チェンジ!」

不意打ちとは卑怯すぎないか?

いつの間にか元の人間のような(機械だけど)手に戻ったと思ったら、ダブルセイバーのように長い剣の中央を持ち、それを突き刺すように突っ込んでくるタッケール。

……それよりも、自然と”プリズム☆”とか言ってる。死にたい。

天使の羽をはためかせ、機械の羽を持つ輩を迎撃する。

猛攻なはずなのに、それを捌き切っている自分に驚愕。

「ヴァルキリー1っ! FOX2!」

味方へのコールを口でいってどないすんねん。

あの青い羽がまたもや肩口から2門覗き、赤い光が灯る。

『面倒だから避けてね☆』

こら。

サボり始めるとはどういうことか。

とりあえず上昇の意思を背中に集中させると、自然と羽ばたいて高速上昇してくれた。

……これ制御してるのもあんたじゃないの?

とか思ってしまったのはご愛嬌。

「避けるな貴様ぁっ!!!」

「こっちの勝手でしょうが!」

こちとら死にたくなるような格好をしてるんだから勘弁してほしい。

とりあえず使える地形をめいいっぱい使うために、翼をはためかせフィールド内を飛び回る。

勿論、作戦会議は忘れない。

「ねぇルビー、もっとこう、どばーっとやるようなのないわけ?」

『うーん……力が、足りなくて……ごめん……』

至妙に思案しているようなその声音から、少し心配してしまった。

「やっぱり、わたしの魔力量?」

確かに、こっちの世界の人と比べれば、むこうでは異常な量を誇るはずのわたし自身の魔力量は、かなり少ない。

なのはやフェイト、はやてが人間の壁を突破している気しかしない。

『違うの……』

「へ? じゃあ一体――――」

違う?

魔力量でないとすれば、あとは筋力ぐらいしか思い浮かばない……。

正直、魔力は宝石でずるが出来ても筋力とかまでは難しい。

やろうと思えばやれないことはないが、普段訓練したりしてないのでいきなり筋力が2倍になってもつんのめるだけである。

だが、それしかないのならばやるしか――――


『鈍感な意中の男性に対する素直になれないスーパーオトメりょく』


…………。


…………………。


…………………………ホワイ?


わたしとしたことが、戦闘中に8秒ほど思考を停止させてしまうとはこれはいかん。


多分、聞き間違い以外の何者でもないはずだ。


そうだ、最近執務官試験の勉強とはやての補佐であっぷあっぷだったし……うん。


疲れてるんだ。


「ごめん、聞き取れなかったみたい。……なんだって?」


『鈍感な意中の男性に対する素直になれないスーパーオトメりょく』


………ほう

聞き間違いではなかった、と。

そういいたいのか。

必要なのは……スーパー乙女力、ということか。

なるほど、それならすぐにでも用意……――――


できるか!


なんで、数年前に卒業したはずのツインテールを再びやってまで、こんなかっこうしてまで、さらにそんなふざけたものを用意しなければならないのか。

しかもどこからもってこいと。


『みんな! ルビーちゃんにスーパーオトメりょくをわけてくれ! って言ってください』

「えええ……」


『えええ、じゃないですよ。あっち見てくださいって。そんなこと悠長に考えてるからピンチになるんですよ』

「へ?」

あっち、という表現でわかるのは何故か知らないが、とりあえず飛び続けるのを一旦停止し、後ろを振り返ってみた。

「え、えええ!!!」

『さっきから”え”しかいってないじゃないですか。さぁ、どうしますか?』

うるさい。

どうしますか、といわれても。

振り返ってまた望遠で見てみると、あのときの立ち位置からまた動いていない。

だが

だが

どこから、そんなの、持ってきた?

『説明しよう』

突如空間モニターが立ち上がりメカメカしい顔が表示される。

いらない、とブチ切りたかったが、あの詳細は確かに気になるのでそれはやめておいた。

「なに、アレ」

人間サイズだったはずのバリアジャケットつきタッケールだったはずが、突如巨大なロボットのようなものに変わっていたらそれは驚く。

『ミーティ……げふん、凄乃皇四型だが』

「すさのお? それ、あんたのデバイスなわけ?」

『勿論だ』

あの馬鹿でかいロボットの名前?

なにか、縦で180メートルくらいあるのがデバイスだって?

まて。

おかしい。

「え、ちょ、それはいいけど、何しようとしてるの?」

なんか、胸部パネルみたいなところが”カパッ”っと開いていて、光がこう……集まってるというか、なんというか。

『主砲発射まで暇なんだ』

こいつ、さらっと大変なこと言いやがった。

おい、ちょ、主砲?

「ルビー!!!」

『オトメリョクガタリマセン』

ふざけろ

『武装を説明しよう。2700ミリ電磁投射砲2門、120ミリ電磁速射砲8門、36ミリチェーンガン12基――――』

勝手に説明し始めてるが、ちょっとまて、え、お願い、待って。

『――――多目的VLS14基、荷電粒子砲1門』

全部質量兵器ですよね、試験官さん。

え、いいの?

『ちなみに全て名前だけで、魔力エネルギーだから大丈夫だ。口径はそのまんまだけど』

大丈夫なわけがない。

本当に、どうしよう?

『ちなみに超直列式電磁場発生装置 VDWFジェネレーターが2基、予備逐電2系統回路、指向性電磁力場抑制装置――――という名前の、外部から魔力取り入れる装置と、外部からの砲撃や攻撃を遮断するフィールドを形成する装置が積んである。ちなみにダブルSクラスの攻撃でも耐えうるフィールドである』

どこから、もって、きた。

流石に洒落にならない。

『ちなみに、主動力はムアコック・レヒテ機関で、俺の魔力とは関係なかったり。その砲撃を防ぐフィールドを生み出してるのがそれ。この馬鹿でかい図体を重力制御で浮かして、その重力場で砲撃を全部捻じ曲げます』

誰だよ、こんな奴試験官にしたの。


「ル、ルビー! わかった、わかったからどうすればいいのっ!」

『まずー、オトメりょくを集めてくださいね!』


『ついでに言えば、主砲の荷電粒子砲はその余剰魔力を変換して――――』


わかった、わかったから!

「ル、ルビーちゃんにスーパーオトメりょくをわけてくれっ!」


無意識のうちにステッキを持っているほうの手を高くあげてしまうが、そんなの気にしてもいられない。

『――――貴様、流石にそれは気持ち悪い。それよりも攻撃してこないのか? あ号たんは触手が厄介すぎたんだが』

「うるさいわね……」

自覚してるから、あとはアイツの記憶を消せばオッケー。

たかがいっときの羞恥だけで執務官の資格がもらえればそれでいい。記憶さえ消してしまえば何も残らない。

『折角充填する時間を作ってるというに、空気よめ。ついでに言えば夕凪艦長とかラファイエット艦長達に謝れ』

「…………」

無視、無視。

『無印では散々、一文字高嘴(たかはし)という名前と送迎最速理論という”D”ネタでいじっておいて最後であれはひでーよ! ”なんたって俺は、不可能を可能に……”とか言わなかった辺りは助かったけど』

だから何の話をしてるのか。

『あ、集まってきましたーっ!』

どこからだ。本当だったのかよ。

「で、次は?」

『プリズム☆トランスっていってください! あ、ポーズもないと受理されませんから』

絶対に関係ないと思う。

「ぷりずむとらんすー」

『…………』

ええいっ!

「プリズム☆トランスっ!」

きゅぴん、なんて音をだれか編集で入れてくれれば完璧だろう。ええ、やるときは覚悟を決めますよ。

やるときはやる女ですから。

『多元転身プリズムトランス! いっくわよーっ!』

え、さらっとこいつ、凄いこと言わなかった?

”多元”転身?

凄乃皇に徐々に充填していく光を見つつ、凛は7色の光に包まれる。

自然と、嫌な感じはしない。

慣れたのか?

それは嫌だ。

…………この感じは?

何かが、頭に流れ込んでくる。

情報、知識が渦を巻きながら自分の頭の中に注入されているような、なんとも形容しがたい心地良い感覚……。

『凛さん変形ですーっ!』

ああ、わたしは、これを、”知っている”。

「カレイドルビーフォルムⅡ(ツヴァイ)――――」

自然と、さっき出したカレイドキューピットを手に持つ。

それを、あの巨大ロボへ向ける。

「――――シュバインシュタイン……セット・アップ」

「 Ja !!! Kareido-Ruby SCHWEINSTEIN 、いっきますよぉーっ!! 」

それは、カレイドステッキと宝石剣ゼルレッチを融合させた究極兵器の最終形態――――

っておい、お前、宝石剣どこから持ってきたの?

ちょ、ください。お願いします。

と、そんな願望は華麗に無視される。

そんなことは置いておき、最終形態その姿とは……

『カレイドアロー、必殺、熱戦狙撃銃式を兼ね備えた武装ですっ! 600メートル先の移動要塞車両ティーガーⅡの装甲を貫通する威力ですよ!』

ちゃちな弓だったはずが、凛が生やしている翼と見間違わんばかりの羽が弓に沿う様に生え、凛の身長すらも越す弓となる。

ハート型だった矢じりはそのままだが、先が鋭くなり矢自体も長くなる。

まて。

物騒すぎだろ。

おかしいだろ。

こんなファンシーな弓がそんな破壊力持ってたら子供が泣き出すと思う。

『あ、一応非殺傷できるんで安心設計ですね! ちなみに、アローのスペックをもう1度言うと、戦闘機並みの飛行能力と超密度の魔力を併せ持ちます』

一応、ってなんだ、一応って。

なるほど、この無駄に大きな弓についてる羽で飛行も可能なのか。

「ま、いいか……」

いいのか、凛よ。

『それよりもやっこさん、そろそろ危ないですよー?』

「――――え?」

いかにも”撃ちます!”って光の輝き方。

「え、ちょ、ま、ええいっ! スカーレット――――」

なのは並みの魔力が矢に集中してるのがわかる。

起動のキーワードは、自然と頭に流れ込んできていた。

ちなみに不快だった。

……わたし、こんな魔力量あったっけ?

『――――ドラクルアンカー!』


「―――――――冥夜ぁぁあぁぁぁあぁぁああ……っ!!!!!」


誰だよ、という突っ込みは置いておき、通信も使っておらずかなりの距離があるはずなのに聞こえる、暑苦しい雄叫び。

だが、それと同時に射出される光は――――



――――奔――――





強烈な威圧感を持つ巨大、特大、いやそんな言葉ですらくくることができないほどの大きさの荷電粒子砲。

そして、たかが人間より少し大きいくらいの弓から出でた1矢。

勝敗は明らか。

だと思われたが――――


「う、そ……?」


自分で射た矢なのに信じられない。

細い1矢ははや飲み込まれると思われたが、強烈に渦巻くような赤い魔力の流れが矢からほとばしり、荷電粒子砲をおし止めている。

「意地があるんだよ……――――」

”きらり”と輝く、あのタッケールが長々と説明してたあの凄乃皇につまれているはずの武装の数々――――

そして、呟いているはずなのに聞こえる、奴の声。

なるほど、あっちも本気ってわけだ。

「ルビー!」

『合点承知、ルビーちゃん痛いのはゴメンですからねっ! 多元転身、カレイドアローシュバインシュタイン――――』


”あの”ルビーならば、全部ドイツ語だが全て翻訳されて聞こえる。

そんなことは置いておき、ルビーが珍しく真剣にそう呟くと……

ぷつり、ぷつり、と”空間”から何かが出現し始める。

それが全て、”カレイドルビーシュバインシュタイン”のカレイドアローである。

ぶっちぎりで”魔法”だった。


『――――重装(――――フラクタル)…………受けてみなさいっ! スカーレットドラクルアンカー―――――』

数十を軽くこえるであろう、あの超火力の弓、矢が担い手も居ないのにルビーのこえに反応し、それらが引かれる。


「―――――男の子にはなぁあああああああああ!!」


きらりと光った凄乃皇の武装は充填など必要なく発射され――――


「――――フルバースト!!!」

『ジェノサイドフィーバーいやっふううううううううう』


再びぶつかり合う、数十を超える矢の数々と、衰えを見せない荷電粒子砲。


だが――――


「人類を――――」



もう、恥ずかしさなど関係ない。

いや、関係あるけど。

ここで負けたら丸損である。

出現した弓と同じ数だけ矢が放たれ、小粒の弾丸を消し飛ばし、まだ尚威力が減衰していない荷電粒子砲へ矢が肉薄。

だがタッケールも負けてない。

遅れて届いた2700ミリらしきこれまたトレーラーサイズの極太レーザーがその矢をかき消す。


そして――――



「――――――――無礼るなぁぁぁぁぁぁぁぁあっっっ!!!」





――――煌――――



押さえ込んだと思った主砲が再び活力を見せ、幾多の武装と共に矢を飲み込む。

迫り来る光。

『凛さん、ごめんなさい……オトメりょくが……足りなかった……みたい……』

「ルビーっ! ルビーっ! 死んじゃだめっ! わたし、頑張って乙女になるから! ああ……もう、光が……」

って、なに大真面目にクソ恥ずかしいセリフを言ってるのか。

死んじゃだめとか、いやいや死んでください。

あ、でも光が迫ってるのは本当で――――








~・~・~・~・~







「ふん、まさかストレージこれほどまでの実力を持っているとはな……俺はいらんから、そのデバイスは餞別にくれてやろう。…………どうせかっぱらったもので持ってても厄介なだけだし」

いや、いらないから。

しかも最後のほう、小声でボソッとだったために上手く聞き取れなかったがなんか重要なこといってない?

と、色々言いたいのだが混濁する意識の中、口を開くことが出来ない。

「む、このポーチみたいなのにでも入れておくか……待機状態はただのビー玉だし……まぁ、面白かった、と言っておこう。またいつか、会う日が来るかもな」

こなくていい。

心底、そう思う。
















「あ、凛、執務官試験、どんまいやったね」

「ん、返す言葉もないかな……まさか落ちるとはね……」

「勉強3ヶ月で筆記受かっただけでも凄いんよ? まぁ、2次の実技受けれんかったのはしゃーないからなぁ……次、頑張り」

……ん?

「え、はやて、今なんて?」

「次頑張りーって」

「えっと、その前」

「2次、出られなかったんちゃうん? 集合場所に来なかった、って」

……え?

「ちょ、ちょっとまって、それ誰から聞いたの?」

「執務官試験の結果は権限さえあれば見られるんやけど、凛の欄、欠席ってなってたで? 私にも連絡きたから凛に通信しても繋がらないし。体調でも崩してたんかな、って思ってたら次の日は何事もなかったように仕事してたから、気にしてなかったんやけど……どうかしたん?」

「…………ううん。なんでもない」

まさか、と思い……。

『ルビー』

『あ、凛さん、やっと気付いてくれましたかー』

念話ではなく、心で念じただけ。

ちなみに、直ちにそれを遮断した。

「あのころは根つめてたからなぁ……凛、ごめん……」

「いや、それはいいんだけどさ、はやて」

「うん?」

「シロガーネ、って人知ってる? 無茶苦茶大きなデバイス使う人なんだけど」

「シロガーネ? フルネームは?」

「タッケール・シロガーネ」

「ふむむ……ちょい、まってな」

部隊長室のいつもの椅子に座っているはやては空間モニターを立ち上げ、慣れた手付きで管理局のデータベースを開き、一般人でも見れる管理局員の名簿欄にその名前を打ち込んだ。

「え…………?」

「ないなぁ、無茶苦茶大きなデバイスなんて使ってる人いたら目立つはずやけどな……」

「ん、わかった。ありがとう。わたしの勘違いだったみたい」

「それならええんやけどね。それじゃ、今日のスケジュール―――――」



はて、と凛は思案する。

あの人物は……試験官ではなか……った?


ということは何のために?


ルビーにでも、問いただしてみるか――――






ただ、ひとつ思う。













あの格好は一体、何のためだったんだ、と













――――――――



やってしまった。ジャンルとしては、 バトル(笑) だと……

でも、こういう話を書いてみたかったんです。

意味深に終わらせましたが、正直出てくる予定はないというか、ルビーも深いところ考えると(というか面倒くさい)……。

マブラヴは神ゲーだと思ってます。

無印→アンリミ→サプリ→オルタ→オルフェまでやると、Fate+ホロウよりも長いかもしれない……!

サプリは正直どうでもよかったけどオルフェはよかった!

まりもちゃんでとらうまになった人は絶対にいるはず!

桜花作戦の半分は、軌道降下する部分だと思うのです。

ラダビノットは若本ヴォイスだし! 若本ヴォイスといえば、なのはの声が若本ヴォイスになる人はきっといるのではないでしょうか?

フェイトが大塚明夫さんヴォイス(ソロモンよ……の人)で、はやてが中田譲二さん(言峰とか)。


そして種は好きでもないのに保志さんが好き(武の影響で)だからという理由で種、種死を見た私は一体……


シリアスというか、真面目ばかりだったので、こういう好き勝手したのを書いてみたかったのです……拒絶反応が出る方、本当に申し訳ありません;;




感想ご指導、お待ちしております!



ps、40万PVありがとうございます!


ps2、次回はほのぼのでいこうと……その後辺りから、オリジナル中編を書いていこうと思います。

はやて! はやて!


追記ps3、

ttp://zoome.jp/youfate/diary/4

↑、オルタを知らない人のためのMAD。

オルタをやってない人からしたら、ネタバレ的な部分はほとんどわからないはず……。

1分丁度~1分3秒くらいに出てくる背景にある機械が凄乃皇4型です。

他にも同じような機械が出てきますが、そっちは2型。

次話のアンケートの部分の”霞”という人物は、四型が出てきている場面の右下、銀髪のうさぎっ子のこと。

オルタというかマブラヴキャラの髪型に突っ込んではいけないのは仕様です!



[5645] 閑話 ~ぱぱとでーと~
Name: あすく◆21243144 ID:b7a67ab1
Date: 2009/06/21 22:27
注、閑話なので特に構成を練って書いているわけではありません。

なので、魔法の深い部分を突っ込まれると……;;

そのあたりを、閑話では流し目で見ていただけると幸いですorz


では!



―――――――




割り当てられた一室、寮の空きに入れてもらったため部屋自体はかなりいいものだ。

少し大きめのベッド、デスク、テーブル、洋服を入れるクローゼット、本棚、雑貨などを仕舞える棚、などが心狭しと並んでいるが、それほど窮屈な印象は受けない。

テレビなどの情報源は端末で見られる。

ワンルームだが、かなり上等なものだと思う。ポットなども置いてある。

ティアナやスバルたちの部屋と比べると、かなり待遇が違う(契約の内なので)。

そしてベッドだが、窓際に設置されていて、カーテンなどを閉めないで置くと丁度朝に心地よい日差しが差し込んでくるのだ。

これは士郎のちょっとしたお気に入りでもある。

つい、土蔵で寝たまま朝になり、微妙に差し込む日差し……そんな過去を思い出してしまう。


――――しかし


「……んん…………ふぅ……」


すやすやと寝息を立て、だが規則正しさのなかにも若干のずれを聞き取れる。

ただ、その寝息は色気があり、決して男が出せるような音色ではない。


つまり、だ。


結論を言うと


――――この寝息、俺のじゃないよな?


ああ、朝6時とかそういう時間で寝起き、少しばかり頭が回っていないのは許してほしい。

夏から秋に移り変わり、かけるものが何もなしでは少しばかり……ではなく、本格的に寒くなる日も出てくる10月の陽気。

気象は日本と似ていて、本当に助かっている。

この時期に愛用するは、シーツよりかは暖かく、毛布よりは暑くないタオルケット。

……少しばかり思考がずれたが、自分の横に出来ている不自然な盛り上がり……意を決して、大き目の白いタオルケットを捲る。

すっぽりと頭まで被っていたわけではなく、太陽のような金色の髪が覗いていたことから明らかに自分ではない誰かがこのベッドにもぐりこんでいるからであり、士郎はそれを確かめる必要があるのだ。


――――頭が回っていないのは本当に許してやってほしい


そろり、と顔が隠れている部分のタオルケットを剥がす。


そこには――――


「…………ふぇ……あ、パパ、おはようー」


眠い目を擦る、金髪の、オッドアイの、自分のことをパパと呼ぶ、17~9歳くらいの、女の子が、居た。


「あ、え、お、こ、こんばんは」

「パパー、朝だよー? おはようございます、だよー」

この子も意識が覚醒しきってないのか、語尾が伸びている。


――――なんでさ?


「お、おはようございます……?」

「わー……よくできましたー……おやすみなさい……」

「ね、寝るなっ」

「ふぇ……? あ、そうだねー……朝だもんねー……お顔洗わないと……」

待て、待って!

「ちょっと待った!」

その子がベッドから這って(窓際に寝ていたため、士郎を跨がなければ降りられない)士郎の上を行こうとしたため、勿論タオルケットが持ち上がるわけだが――――

「どうしたのー……? パパもお顔洗って歯磨きしないとだめだよー」

とりあえず一旦タオルケットを被せなおし、なんとか思考を落ち着かせようと努力する。


――――なんで、Tシャツ一枚なんだよ


あ、一応下は履いてたけど。

「ええっと……ヴィヴィオ、だよな……?」

「そうだよー……パパ、ヴィヴィオ忘れちゃいやー……すやすや」

「寝るなって!」

「ふぇ」


なるほど、思い出した。


それは昨日――――






~・~・~・~・~




「それじゃあ士郎君、ヴィヴィオのことお願いね」

「ああ、任せてくれ」

「ヴィヴィオ、士郎の言うこと、ちゃんと聞くんだからね?」

「はぁーい」

六課に戻ってあまり日がたっていないというのにも関わらず、フェイトとなのはがある程度の整理を終えた夕方……これから本局に出向で、明らかにそのまま帰ってこようとすると午前様になってしまうのでなのは達は本局の仮眠室で一泊することに。

それで、士郎はヴィヴィオを預かることになった。

アイナさんはヴィヴィオの面倒を見ることを自ら買って出ているといっても、自宅がある。

ほとんど住み込みに近いアイナさんではあるが、それでもずっと自宅に帰らないわけにはいかないので、その日が重なってしまったのだ。

「でも、ヴィヴィオいいのか? はやてのとことかあるんだぞ?」

「ぱぱとねんね、たのしみだよ?」

「あはは……ごめんね、士郎君……」

「いや、大丈夫。でも、ベッドとか1つしかないしな……」

「なら、ぱぱとねんねだねー!」

屈託なく笑うその顔に士郎は負け、寧ろ、本当の父親として認めてくれているヴィヴィオに自然と頬が緩むのだった。







~・~・~・~・~





と、回想が終了したところでやっと思い出した。

ああ、ヴィヴィオがここで寝てるのは納得した。

そろそろ頭の回転も戻り始め、状況整理をするとしよう。

横に寝ているのは、ヴィヴィオ。

そして、俺は衛宮士郎。

…………。

落ち着け。

で、だ。

わかった、わかった、やっと今の状況を、1つの問いに纏めることができた。


「……あの、ヴィヴィオさん、貴女、その体は……?」


良く思い出してみれば、揺り篭の中で見た、あの成長したヴィヴィオではないか。

そうそう、あの時はレリックと融合したせいで……――――あるぇっ!?

「あ、本当だ、おっきくなってるね」

主に胸部が。

じゃない!

「え、ちょ、ヴィヴィオっ! 大丈夫なのかっ? は、はやくシャマルさんのところに――――」

「あ、パパ、大丈夫。これ多分魔法だよー!」

骨格が変わるほどの魔法っておい。

「多分夜には元に戻るよー! だから、大丈夫なの」

「……本当に、か?」

「うん、やってみたらできちゃったんだけど、戻し方がわからないから待てばなんとかなるかなーって。だから、大丈夫だよ、パパ」

あはは、じゃない。

まぁ、いざとなったら前と同じ感じで……。

実はかなり問題事項なのだが、魔術師の世界や魔法の世界で摩訶不思議に慣れきっていた士郎の思考は軽かった。

「それなら、まぁいいか……でもすまない、服、着てくれ」

正直に言えば、さっきから心臓の音がやばいことになっていたりする。

「うん、お着替えしないとねー」

もそもそ、とタオルケットから這い出るように動き出すヴィヴィオだが、それは不味い。

士郎は上半身を起こしていたのだが、ヴィヴィオが足の上を通過しようとする、というかしている。

「…………」

「あぅ」

四つんばいになってベッドから降りようとしていたヴィヴィオがバランスを崩し、士郎の足へしなだれかかる。

「と、とりあえず作業着が箪笥に入ってるから」

「はーい。……前が、重いよー……」

なるほど納得。

……すいません。

ちなみになんでTシャツ1枚なのかというと、夜にヴィヴィオが士郎のシャツで”ぶかぶかー”と遊んでいて、そのまま眠ってしまったからであったり。

そして士郎は男としての衝動に耐えるのに必死だったり。

そりゃ、娘なのである。娘。ヴィヴィオは、娘。

と、なんとか朝の一騒動は終わる。

予備の作業着を着て、なのはのようにサイドポニーにしたヴィヴィオだったが、妙に似合っていた。

迷彩服とか、似合いそうである。

士郎も同じように作業着を着て、朝食を。

といっても、なのはやフェイトが忙しく居ないときはヴィヴィオは寮でアイナさんに作ってもらって食べることなども度々あったのだが……。


「あの……どちら様でしょうか……?」

「アイナさんおはようございます! ヴィヴィオだよっ!」

「…………きゅぅ」


と失神騒動があったとかなかったとか。



そして見た目ティアナ達と同じ、または少し上のなのは達くらいに見えるヴィヴィオを見た六課メンバーは驚愕し、シャマルに無理矢理診断され、とりあえずは様子見となった。


六課を沸かせたヴィヴィオ変身事件は一旦収束を向かえ、朝食が終わったあたり。


「なぁヴィヴィオ、本当に行くのか?」

「約束だもん」

「わかったわかった。それじゃ、はやてにお願いしに行くか!」

「うんっ!」

見た目は大人、頭脳は子供、という感じ。と言っても若干体に引っ張られ、少しだけ思考も大人っぽくなっているが、それでも10歳と少し、くらいのヴィヴィオ。

そしてなにが約束だったのかというと、士郎が休みなので、なのはに”ヴィヴィオを外に連れて行ってあげてほしい”と頼まれていたからだった。

それをヴィヴィオも楽しみにしていたし、士郎もそれなりに心が躍った。

看板程度の読むレベルならば今の士郎もこなせるし、場所などのデータは全て用意してもらっているという準備万端。

で、だ。

まさか大人になるとは思っていなかったので、服がない。

そのまま作業着で出かけるわけにも行かないし。

士郎はヴァイスに服を借りるのが三度目になり、ちょっとしたお願いをされているのだが、それは察してあげてほしい。

ヴァイスも男である。

話を戻して、ティアナやスバルにも聞いてみたが前の六課襲撃で全て燃えてしまったのだとか。後は実家にしかない、と。

となればあと今すぐという意味で可能性がある、というか頼みやすいのははやて。


そんな事を考えつつ、部隊長室。

「はやて、今大丈夫か?」

『ん? 士郎君? かまわへんよー』

部屋の前に立ち、扉についている端末から連絡を取ると、大丈夫ということなので部屋に入る。

いつものデスクではなくテーブルのほうに座って、飲み物を飲みつつ書類に目を通しているはやて。

扉が開いた音に反応し、書類から目を離すと、立ち上がって士郎達を出迎える。

「どないしたん? 今日はヴィヴィオと出かけるんやったんちゃう?」

「ん、それで少しお願いがあって来たんだけど……ほら」

書類と飲み物を置き、気軽にこちらに歩いてくる制服姿のはやては、士郎の後ろでちっちゃくなっている女性に気付く。

「んん? それと、そちらさんは?」

はやては朝食をまだとって居ない。結構はやめの時間帯だったからでもあるが。

端的に言うと、あの一騒動を知らないのだ。

というか、大丈夫だとわかったあとにわざとシャマルははやてに報告してなかった。

そして、服をはやてが持っていると進言したのもシャマル。

つまりは、そういうこと。


「――――はやておねーちゃんっ!」

士郎の後ろに隠れていたヴィヴィオが飛び出し、急にはやてに飛びつく。

「はぇっ? え、えええっ??? ヴィ、ヴィヴィオっ?」

「そうだよーっ」

と、気付くのが早かったはやて。

呼称に関して、なのはとフェイトがママなのに同い年のはやてがお姉ちゃんでまた一悶着あったのは懐かしい話でもある。

「ええっと、はやて、服、貸してほしいんだけど」

「ヴィヴィオっ! くすぐったいって! え、ちょ、士郎君、それは変態さんのやることやで」

「待て、俺が女装してどうする」

「はやておねーちゃんのお服、ヴィヴィオに貸してください」

一旦はやてから離れ、ぺこりとお辞儀をしてきちんとお願いするヴィヴィオ。と、やっと繋がったはやて。

「ああ、なるほどなるほど……ヴィヴィオが士郎君とデート行くためのコーディネイトか……腕が鳴るなぁ、これは」

「でーと?」

「そやでー、ヴィヴィオ、なのはママとフェイトママに負けたらあかん。お姉ちゃんが士郎君を完全悩殺できるように服えらんだるから、勝ったあかつきにはその豊満な胸を―――――ったぁっ!」

「ヴィヴィオにへんなこと吹き込むなよ」

久々に登場、はやて叩き用(というかいつのまにか用途がこれしかなくなっていた)虎印竹刀である。

「むね……士郎パパ、これ、フェイトママと同じくらいばいんばいんだよね?」


「 Nice boat .」







~・~・~・~・~








話が進まないのでカオスの流れを無理矢理にもぶった切りつつ、場所はあの、フェイトと来た街中。

六課から散歩がてら徒歩でも可能な距離なので、ゆっくりと歩いてここまで来た。

ヴィヴィオははやてに見繕ってもらった服を着て跳ねるように道を歩く。

フェイトのような服装を想像していた士郎ではあったが、はやての持ち服、ということを忘れていた。

デニムのパンツとベストで揃え、水色に少し幾何学的な模様が入ったインナー。

動きやすく、かつ活発なイメージもあるヴィヴィオには確かに似合っていて、素直に”似合っている”と言ったらヴィヴィオはいつものノリで抱きついてきたのだが、なんとか引き剥がしたり、ということが。

そしてヴィヴィオ自身も気に入っているのか、道中はそれなりの時間を歩くのに、終始ご機嫌だった。

士郎は赤いジャケットにカジュアルパンツと、若干ながらそれが士郎の私服と定着しつつあったりもする。

ヴァイス曰く、”買ったはいいんだが真っ赤のジャケットなんて俺着ねぇんだ”。

六課襲撃で燃えたはずなのにきっちり自分の私服は初日から揃えているあたり、ヴァイスもまだまだ男である。

道中の話だが、


「パパ、肩車して!」

「すまん、流石に大きくなったヴィヴィオを肩車は少し辛い……」

というか、体裁的に不味いというか、ぶっちゃけて言えば怪しい。

「むぅー……」

それに納得いかないのか、少し頬を膨らませ背中で腕を組みむくれるヴィヴィオ。

そのあたりのしぐさはやはり精神と体があっていないのか、微笑を誘う。

だから――――

「ほら」

ジャケットのポケットに突っ込んでいた腕の片方、左手を取り出す。

「わぁ……パパ好きーっ!」

「こ、こら」

手を差し出したはずなのに、飛びつくように腕にしがみ付いてきたヴィヴィオ。咄嗟のことだったので少しバランスを崩したが、なんとか堪える。


―――――ああ……ヴィヴィオは嫁にやらん……特にヴァイスとかには……


いつの間にか父親思考が染み付いている士郎だったり。

やはり嬉しいものは嬉しいのである。

えへへ、と屈託のない笑顔で腕にしがみ付いて自分を見上げるヴィヴィオを見て、少しくらい歩きにくいくらいならば気にならない、そんな感じ。




――――ただ、傍目から見たらどう映るかは、ご想像にお任せする




そんなこんなで目的の地はクラナガン最大のデパート。当初の目的はヴィヴィオの玩具購入で変わるかと思っていたのだが、変わらずにそのまま目的地に到着。

クラナガンははやてがミッドの住居的拠点としている場所でもあったりするのだが、自宅はほぼ物置で家に帰ることなど滅多にないらしい。

……そりゃそうか。

「ほわー……初めて来たけど、大きいねー……」

「流石、ミッド最大なだけあるなぁ……」

そして共に、感嘆の声を上げる2人。ちなみに腕は流石に勘弁してもらい、手を繋いでいるだけだ。

大きな自動ドアを潜り抜けると、そこは2階まで吹き抜けのエントランスホール。

都心なのにここまで巨大なデパートを建てられるのは凄いが、デパートらしいデパートといえばここなのだとか。

生鮮食品、ちょっとした晩御飯のおかず、大きな家具や調理器具、連なる呉服屋やアクセサリー関係、本屋や音楽系の店まで何でもござれ。

ゲームセンターなどもあり、縦には地上3階までしかないが(4、5階は駐車場)横長に広がっているため、無茶苦茶な広さである。

レストランもあるので、家族で揃ってここに来て子供を遊ばせ親は買い物、というのがかなりある。

映画館まであるというのだから驚きだ。

そして、このデパートの名前は”ジャコス”。

決してジャ○コではないので悪しからず。悪しからず。


「迷っちゃいそうだね」

「ああ、気をつけないとな」

「うんっ」


デパートで迷子、子供のころに実際あったというトラウマを持つ人は少なくない。……はず。


「えっと……お人形、だっけか?」

「うん、どこにあるのかなぁ……」


それで、今回の目的。

六課襲撃時にフェイトから貰った人形が焼けてしまったので、なのはとフェイトがどうしても新しいのを買ってあげたい、とのこと。

ただ、ヴィヴィオは例え焼け焦げてもその人形が好きで、士郎がパッチワークで直してあげたのを物凄く喜んだ。

しかしそれで折れないのがママ達。なんでも、あまり構ってあげられないので玩具くらいは好きなのを……とのことで、士郎はなのは達からかなりの額のお金を受け取っていた。

とはいっても、士郎とヴィヴィオが1日街で遊べるくらい、のものだけど。

最初、”服、ここからここまでください”というレベルでお買い物が出来るくらい渡されて必死になったのはいい思い出。

ヴィヴィオの洋服やら、靴やら、等等を揃えてほしいといわれても、士郎は男なのであった。

そんなこんなで、最初はお人形。

なのは達から貰ったお金だけれども、なのは達に対してなにか買ってあげたい、という子供心からヴィヴィオはプレゼントする気でいた。

士郎とヴィヴィオは案内板のようなところへ行き、目的の店を探す。

多分、玩具店などが該当するだろう。


「ここじゃないか?」

「行ってみよー!」


と、目を皿のようにして案内板を見ていると、それらしきものを発見。

規模の割に店舗数がそれほど多くないので、ミニ写真付きだから物凄く助かったり。

吹き抜けでガラス張りの、開放感溢れるエントランスホールを後にし、2階のおもちゃ屋さんへ。

エスカレーターなどは地球と似たような機構になっていて特に戸惑うことはなかった。

そして到着するは、そのまんまおもちゃ屋さん。

休日だからか、子供達が走り回っている姿も見られる。それに気付いた親に叱られしょんぼりした後、玩具をひとつ買ってあげる、等と言われたのか、涙目のまま笑顔になったり、と微笑ましい光景だ。

「ん? ヴィヴィオ?」

「な、なんでもないよっ? あ、お人形さんだー!」

その光景を見ていたら、ヴィヴィオも見ていたようで話しかける、が、少しだけ悲しそうな目をしたヴィヴィオ……。

本当の両親、というものを知らない……いや、居ないヴィヴィオにとっては少しだけ、辛い光景だったのかもしれない。


――――寂しい思いは、させない。

 
その気持ちを確かめて。

「お、本当だ。こんないっぱいあるのか……迷っちゃうな」

「ヴィヴィオはウサギさんが好きだけど、パパはどんなのが好きなの?」

「ん? 俺か? うーん……そうだなぁ……あ、ちなみにセイバーはライオンのぬいぐるみが大好きなんだ」

「そうなんだーっ! ライオンさんも可愛いねー……あ、大人のウサギさんがいる……」

思いのほか豊富のお人形ゾーン。

というより、クッションのようなものが多いかもしれない。

小さめのお人形は棚1つという感じだが、大き目のクッションなどに使えそうなものは壁1面ほどのバリエーションがある。

その中でヴィヴィオが目をつけたのが、大き目の、小さい子……子供ヴィヴィオと比べたら同じくらいの身長がありそうなうさぎ……なの、だが……。

「うぉ……」

「どうしたの? パパ、これ可愛いねー!」

「え、あ、ああ……そう、だな」

まじか。

嬉しそうにうさぎ(商品)を抱きしめるヴィヴィオは愛らしかったが、とりあえずまだ買ってないので抱きしめるのはやめさせた。

しかし、しかしだ……。

……。

…………こわい。

ピンク色で細身の体、長い耳、ここまではいい。身体的特徴から言えばうさぎっぽい。

しかしながら、黒目のはいっていない虚ろな赤い目、そして落書きのように書かれた楕円形の口に、ギザギザと歯が書かれている。

正直手抜きなのではないか、と思われるその商品だが、ヴィヴィオは気に入ってしまったようで、しかとその人形の虚ろな目と見詰め合っている。

「ね、パパもそう思うでしょ?」

くぁ……そんな笑顔で言われたら、誰でも同意せざるを……。

「だな。ヴィヴィオが気に入ったのなら、それでいいんじゃないか?」

「うんっ! なのはママとフェイトママの分だから、2つっ」

と、両脇にそのうさぎの人形を抱える。

ま、まじか、お金に関してはまったく問題ない、寧ろ余りあるくらいだからいいのだが、そのシュールな人形を……。

だがしかしヴィヴィオの笑顔には以下略。


会計を負え、大き目の袋に包まれた2つのうさぎの人形。

結構な大きさがあるので、士郎が抱えるように持っている。

「お名前、もう決めたんだー」

「おっ、どんなのにしたんだ?」

嬉しそうに言うヴィヴィオ。

士郎も興味を持ち、素直に聞いてみた。

「えっとね、”うささん”」

「なるほど、いい名前だな」

「ありがとうパパっ」

やっぱり、外見は一時的に変わっても、ヴィヴィオはヴィヴィオだった。

にしても、うささん、か……。


そんな他愛もない会話を楽しみつつ、レストランで食事をし、ヴィヴィオが笑顔でいわゆる”お子様ランチ”と頼む姿で店員が笑っていたり、呉服店で子供ヴィヴィオサイズの服を選んでいるときに、

「お子様のお歳はいくつくらいなのでしょう?」

と親切に聞いてくれた店員に対し、

「これ、ヴィヴィオのだよ?」

「ええと……ヴィヴィオ様とは、おいくつ位のお子様で……」

「ヴィヴィオは、ヴィヴィオだよ?」

と、自分を指差し説明しているヴィヴィオに店員が困りだし、間一髪士郎が発見、妙なことにならずに済んだ。

「あら、旦那様もお越しで……」

といわれたときは流石に焦った。
そして、色々なところを回り、ゲームセンターで”あれなに?” と気になったヴィヴィオが、それを写真を取る機械、いわゆる”プリクラ”というものだと知り、一緒に撮ったり。


――――ちなみに、生涯初でした



と、色々見回っておやつも食べ、ヴィヴィオも少々疲れてきたころの、話。

ゲームセンターとは違い、もう少し小さい子向けのいわゆる”コインゲーム”のコーナーの隣にトイレがあったので、丁度いいとばかりに士郎はヴィヴィオにそのコインゲームコーナーの隣、裸足で遊べるスペースがソファーで囲まれており、その中で子供達が遊んでいる場所、と言ったらわかるだろうか、そこで待っているように言いトイレへ向かう。

しかしヴィヴィオは短時間、ほぼ一瞬で溶け込み、子供達に混じって遊んでいた。

少し、”お姉ちゃん”の心境なのか、沢山の子供がヴィヴィオと一緒になって遊んでいた。

だが、そこで事は起こる。

こんなときに起きなくても、いいのに。

管理局の地上本部があるために、普通はクラナガンで大きな悪さを働こうとする輩は少ない。

心理的に、見える位置にそういう組織があるところではなにかしたくないものである。

コンビニに入って掛けられるあの”いらっしゃいませ”というのも、万引き防止へ一役買っているらしい。

ただ勿論、例外はある。

例外というのは、基本的に起きないことであり、滅多に起こることではない、しかし起こらないとはいえない、非常に稀なもの……。

そういうものを引きつけてしまうのは何故か。





「あー、動かないでねー、ガキ共には人質になってもらうからさー」





―――――っっ!!!!


―――― 弾 弾 弾 ―――――


―――――……


甲高い悲鳴を上げた、そのソファー付近で待っていた女性だったが、迷彩服にベストというこちらでは特殊な格好をした男が実弾を天井に向かって発射。

明らかに”非日常”な出来事に、悲鳴も一瞬で収まる。

そして、トイレにいた士郎は勿論それに気付いた。

実弾の音。

手を暢気に洗っていた士郎は即座に思考を切り替える。

数ヶ月”スイッチ”が入っていなかったためぶるったらどうしよう、などという思考も一瞬あったが、数年身をおいた”戦場の音”というものを聞いた途端、意識がクリアに。

少し、安心した。

考える。

ここミッドでは、認められつつあるとはいえまだ実弾兵器は禁忌である。局員でさえ、滅多なことでは所持を許可されることはない。

勿論、どう考えてもデパートで発砲するような輩が局員とは考えにくい。


――――テロ行為


となれば、即座に飛び出て行くのは得策ではない。

テロだとすれば人数が気になる。

ここのデパートの規模を考えれば、全ての人を人質とするのは無理だ。

閉じ込めようにも出入り口は、個別に出している店舗の出入り口や非常口を考えればほぼ無数。


……なるほど


だからこそ、”そこ”にきたのか。

正直頭がいいとはいえない。

子供を人質にとる、ということは基本的に珍しい。

……子供?


――――……ヴィヴィオ


舌打ちをする士郎。

そして思うのは、大人しく捕まってほしい、ということ。

聴覚を意識的に強化し、聞き耳を立てる。


――――――



「おーおー、なんでこんなとこでねーちゃん子供と遊んでんだよ。まぁ……いいか。つーか大人は邪魔だ、どっかいってー」

「き、貴様らは何者だっ! すぐに管理局が――――ひっ」

パララ、という音を聞くに、突撃銃……。

「うるさいよー、とっとと失せてー。コレ、簡単に人死ぬんだよ?」

少しだけ、安心した。

邪魔な人間の話を聞いているあたり、プロではない。

人を撃つのにまだ躊躇いがあるレベルだ。

そして、貴様”ら”ということを聞くに、単独犯ではないことがほぼ確定。

「リーダー、とりあえずガキはいいとして、あの金髪はどうします?」

「んー……なんかあの表情がムカつくから、連れてっといて」

「はっ!」

人質は子供、そして……ヴィヴィオ、か。

……確か、聖王の器として覚醒したヴィヴィオは戦闘時における状況の把握能力が半端ではなかった。

今自分が暴れたら、子供達に被害が出ることをわかっていたのだろうか。

ちなみに、暴れるだけの力が、今のヴィヴィオにはある。

Sランク砲撃でも死なないといわれたその力は実際に証明されている。

勿論、揺り篭内部でのほぼ無限の魔力供給は無いが、それでも固有スキルの”鎧”はある。

レリックと融合したからか、人造魔導師だからかはわからないが魔力保有量もあの5歳児姿でもかなりのもの。


慌しい足音が聞こえるあたり、とりあえず大人達は避難したのだろう。さらに耳をそばだてれば、すすり泣く子供の声が聞こえる。


――――助ける


自分がキャリコも持っていないことに少しだけ不安を覚えたが、相手がプロでないのならばなんとかなる。

自分がでしゃばらずとも、管理局が来てくれさえすれば解決も可能だろう。

少なくとも、今動くのは得策ではないことは確かだ。

今出て行くことも考えたが、相手の総数がわからなければそれは愚行である。


士郎は一旦トイレの個室に身を潜め、犯人達が子供達を連れ、立ち去るのを待った。







~・~・~・~・~






テロ事件。

最初からデパート全てを占拠するということはまったく念頭においていなかったのか、逃げ出した客から管理局へ通報が行き、相当な速さでデパートの外部を地上の武装隊が占拠。

その顛末を、この事件を起こしたリーダーはあたかも第三者がニュースを見ているような気持ちで悠然と見届けていた。


馬鹿なことをしているとはわかっている。こんなことをしても、何も変わらないということも。


だが――――


このリーダーは、どうしても、あの”ゆりかご事件”を許すことが出来なかった。

いや、今まで魔法至上主義を謳っている、管理局を。

自分は魔力を持たない。

今や20代半ばに入っている自分も、10代のころは管理局入りを目指し、世界の平和を守る、と親に豪語していた記憶もある。

ただ、魔力がないということだけで半ばその夢は折られる。

勿論、魔力なしだって活躍できる場はあるが、どうしても、武装隊に入りたかったのだ。

それは、無理だという決定的な事実。

仕方のないことだと思っていた。

実際、人を殺さないで悪人を取り締まれる、という魔法は憧れるほど素晴らしい力。

それがほしかった。

自分に魔力資質を与えてくれなかった両親をうらんだことさえ、あった。

よほど大きな事件が起こらなかったこともあるが、管理局は正しいと思っていた。

人を殺さず、取締り、今の治安があるのは管理局のお陰、と。

魔力がない、などはただの自分の妬みの愚痴なのだ、と。


――――しかし


今回の事件。

奇跡的にも(一般の人は、スカリエッティが”無闇な殺生はしない”という念の元に動いていたことは知らない)ほとんど死者が出なかったが、それでも運悪く死んだ人はいる。

空に浮かぶ巨大な船。

それを取り囲む、隙間がないといっては大げさかもしれないが、それに似た密度の妙な機械群。

その機械群は街中に降り、あらゆる施設を破壊していった。

勿論、何も出来ない。

拳銃の所持などミッドでできるわけもなく、丸腰である。

そして頼りの管理局はというと、なんと”魔力結合を阻害されるフィールドがとても強力なため”とかなんとか言って、あの巨大戦艦に近付くことすらままならない。

そこで、リーダーの何かが”キレ”た。


――――ふざけるな


と。

実弾を使った兵器の存在は知っている。

探せば、資料自体はいくらでも出てくる。そもそも管理局自体が、実弾兵器を防ぐための訓練を行なっているのだから。


――――なら何故、それを持ち出さなかった


今手に持つ ステアーAUG A3 という突撃銃をちらり、と見た。


――――コイツがあれば、俺も戦えたはずだ


……勿論、避弾径始加工されているガジェットにA3の5,56ミリの弾が通用するかは疑問だが、そう、このリーダーが思ってしまうのも無理はないだろう。

ハンドグレネードなどを持ち出せば、対応できることはほぼ確実。

戦車などがあればもっと、だろう。


ガラス越しに、大量の局員が陣を取ってこちらの様子を伺っているのがわかる。

「暴れるな、よ?」

「……しらない」

子供達の中で1番でかかった、というか1人だけ明らかに年齢が違う金髪の少女を、腕を胴体ごと鎖で縛り自分の前に立たせている。

ほかに10人ほどの人質がいるが、仲間が見張っている。

いきなり金髪の少女にどかれたらたまったものではないので、もちろん”お前が退いたら子供は殺す”という脅しをつけ。

仲間は6人。

同じ気持ちを抱いた輩は腐るほどいたが、実際に”コト”を起こすとなると腰が引ける奴が大半。

そして、残ったのが6人。

全員、このA3を仕入れた国の軍隊の格好をまねている。

迷彩服、ベスト、と。

正直なところ、成功するなど微塵も思っていない。

ただ、魔法至上主義が決して”正しいことではない”ということを、気付いてもらえれば、それでいい。

誰も、殺す気だって無い。

実際に実弾を試射したときは手が震えたものだ。

木の的を容易く撃ち砕き、人など2秒連射すれば蜂の巣になるだろう、アサルトライフルという兵器。


ここで蛇足を入れると、ステアーAUG……正式名称STG77という突撃銃(アサルトライフル)は弾やスコープを除き全て、”強化プラスチック”で出来ている。

このプラスチックは数トントラックに轢かれた後でもきちんと作動したほど、強度はある。

さらに、かなりのところまでバラバラに分解できる。

つまり、だ。

明らかに金属ばかりで素人が分解したら元に戻せないような銃よりもよっぽど、”密輸しやすい”。

襲撃時は丸腰だったが、実はこの銃、リーダーがコツコツ部品単位で密輸したものである。

1番骨が折れたのは弾だったが、そこは割愛しよう。


……強化プラスチック、しかもバラバラならば日本でも飛行機のチェックに引っかからないのでは? などと思ったのは内緒だ。



話を戻すが、今いる6人、リーダーを合わせて7人のメンバーは特に知り合いというわけでもない。元々行なわれていた集会みたいなので顔を見たことはあったが。

もう約3ヶ月ほど前になる揺り篭事件後に結成したゲリラ部隊。

リーダーは定職があったが、他のメンバーはほとんどその日暮しをしていたらしい。

”自分に職がないのは管理局のせいだ”とも勘違いしている輩も最低2人。

その不満がお門違いなのはわかっている(魔力がなくったって管理局は雇ってくれる)が、水を差すのは無駄な亀裂にしかならなさそうなので、リーダーは放っておいた。

実もないただのゲリラ部隊。言いたいことだけ言ってお縄になる、ただそれだけの。


――――でも


やらなくてはならない。

自分が間違っているとも思わない。

1人でも、”魔法だけが正しい力ではない”ということに、気付いてくれれば……。


さて、始めよう――――












――――――




ご無沙汰してしまいました、あすくです。

悪い癖が発動……ほのぼのあまあまの一話でおさめるつもりが、よくわからないテロ集団という話を加えてしまったために長く;;

続きはほぼ書き終わっているので、また一週間以内には……。


そしてその後が、オリジナル中編となります。

一応きちんと構成練って頑張ろう、という試みです。


あ、あと、前回の話のオルタをわからない人のために、前話のラストにMADを張って置きました。

規約を読み直して判断した結果直リンではないですし、問題ないかな、とおもったのですが……まずかったら即座に改定しますので、教えていただけると幸いです。


そこで……マスコットキャラ的な位置づけで、霞をこのSSに出そうと思うのですが、正直クロスさせる必要はないキャラです。

そこで、

真面目に出すならおk

知らないキャラが増えると困るお

の意見を、もし感想を下さる方がいたら、下さると嬉しいです。

本当に、ただ私が霞スキだ! 出したい! というだけなので……

霞というキャラはMADを見てくださるとわかるです。


では、また


感想ご指導、アンケートの部分、お待ちしております!



[5645] 閑話 ~ぱぱとでーと つう゛ぁい~
Name: あすく◆21243144 ID:6b2e14c0
Date: 2009/06/27 15:45




「くそっ……」

士郎は小声で、悪態をつく。

エントランスホールは2階まで吹き抜けになっているので、その2階の片隅から細心の注意を払い、目を強化し状況を観察しているところ。

目視できる限りは、6人。全員AUGで武装。

数名がしきりに胸元を触っているあたりから、サブとして拳銃を持っていると推測。

そのしぐさから銃を持つことに慣れてない、と判断。

自分が飛び出るのは明らかに愚かな行動なので、ひたすらに観察しているだけの状況。通信機で連絡を取り、アーチスタッフに事を伝えたが、指示は待機だった。

頭のキレそうなあのヴィヴィオに突撃銃を突きつけているリーダー格らしき男……見た目から判断したり、性格分析するプロファイリング技術など士郎にはないが、あの男は特に慌てた様子もなく、あの時トイレから聞いた口調のとどう人物だとしたら、それを思わせないほどひどく冷静で……。

ただの素人集団なのはそれなりのの戦場を見てきた士郎から見ても明らかだったが、どうもただのテロ行為とは違う様子である。

となると厄介な話。

少し負担になるが、聴覚も強化。神経は常に過敏に。

数分、色々と考えていたところ、7人目の男が出てきてそのリーダー格らしき人物に、マイクを渡した。

マイクというよりは通信機……なるほど、館内放送のところを弄って、外部と連絡できるようにしたということか……。




―――――





「あー、あー、外にいる管理局の皆さん、聞いてますか?」

テストの意味を兼ねて、渡された小型のマイク状のものに声を発してみた。

『既に貴様らは包囲されている! 大人しく人質を解放し降伏をしなさいっ!』

仲間に頼んで、外にいる管理局の連中と通信できるようにするまで少し時間がかかった。

やり方は任せると言ったら、管理局に”犯人なんですが”と連絡したらしい。

リーダーの声はマイクを通して向こうに聞こえ、向こうの声は館内放送で聞こえるのでうるさいったらありゃしない。

ドラマとかで聞く、よくあるセリフに若干ながら辟易。

「うるさいねー。その決まり文句みたいなのもさ」

『投降の意思がなく、そしてその兵器を持ち続けるようなら、我々としても相応の手段をとらざるを得ないことを、先に伝えておく』

話を聞かないのも、マニュアル、ってか?

「だからさ、いいの? そんなこと言って。少なくとも強硬手段は得策じゃないよ。昏倒させられる前に人質を殺すことくらいはできるし、魔力弾が当たったら反応する特殊な爆薬も、このベストの下に全員着てるから」

くい、と顎を仲間の1人に向けると、ベストの前、そして迷彩服をはだけさせ、その下に見える爆弾のようなもの。

例えば地球ならば、アフルレッド・ノーベルさん(ノーベル賞の提唱者!) が開発したダイナマイトなどは殺そうと思えば人を簡単に殺せるものだが、合法的に手に入れられたりするのはご存知だと思う。

ただ、ミッドだとダイナマイトはアウトなのだが、勿論代用品はある。

どうせアンチマテリアル(対物)設定なら人を殺せるんだから態々魔法で作るのは意味がわからない(コスト的に安い、有害物をほぼ一切出さない、というのはある)のだが、勿論そういうものも手に入るのは地球と一緒。

それをちょいちょい弄れば、魔力弾が当たったら爆発する……一種の自決装置というか、最終手段というか、そんな感じのものの出来上がり。


『……そういうことならば――――』

「あー、いいや。とりあえず要求言うからさ。無駄なことで話し遮られるのウザイから、人質が大事なら黙ってて」

『……聞こう』


ここで脚注を入れると、管理局というのは無茶苦茶に、実弾、質量兵器、などに抵抗があるのは周知の事実だと思う。

人を殺せる力……”殺す”という単語は文字だけで人は少し反応してしまうほど、強烈な言葉。

そして、臭い物には蓋、の精神というか、人手不足、それによる指揮官の欠如、ゆりかご事件での部隊変動の混乱から抜けきっていない今、管理局のマニュアルからすると、こうなるとどうにもならないのである。

というか、人質を取って立てこもりというのは取り締まる側からすればどうしようもならないものだったりもする。

30時間近く人質とって立てこもり、警察が1名殉職した事件や、カップヌードルが流行る切っ掛けとなった、約9日に渡って立てこもられたような某事件があるように。


そして、要求を出してもらえるというのはかなりいいことだったりもする。

前者はほとんど正常な精神ではなかったらしいので置いておいて、後者の事件は要求すらなくグループでの犯行、しかも食料は豊富となっていて、かなり難解な事件だった。


要求を出されれば……大抵は金などであるが、それの引渡しの場面などで活路が見出せたりする。


つまりは、要求を出してくれている今、大人しく用件を聞くことは管理局にとってほぼ当然ともいえる選択。

「俺らの要求はただ1つ、そっちが俺の音声聞こえてるなら、それをなんとか拾うなりしてミッド全域に放送すること。公開意見陳述会やってるくらいだし、それくらいできんだろ?」

『なっ……私の独断では無理だ。上層部に掛け合うので時間をくれ』

「コレも常套手段、ね……はいよ、ただし3時間な。最高は……んーと、ひーふーみーよーいつ……13時間は待つよ」


規定の時間になればさらに時間を要求するのは要求を言ってくる輩へのそれなりの手口だが、今回は勝手が違った。

『どういう、ことだ』

正直なところ、悪い言い方をすれば独裁状態の管理局が呼びかければメディアを一時的に動かすことに何時間も掛からない。

そして、長い時間……。


「ん、子供1人につき1時間。11人いるから、13時間。3時間たったところで1人目を殺すから、ヨロシク。あー、あとさ」

『なんだ』

「目障りだからさがって。ココの後ろから包囲してるのはそのままでいいからさ。狙撃とかバインドとか、考えないほうがいいよ? 爆発するから。 それに、そんな無茶な要求じゃないっしょ」

『……わかった、下がろう。要求に関しては、聞いてみなければわからない』

「んー、いや、多分アンタさんも、時間的にも余裕たっぷりってのはわかってると思うんだけどなァー」

『それよりも、要求をのんだあかつきには――――』

にやり、と口元をゆがめるリーダー。

ああ、あえて無視しているらしいが、確実に無茶なことでないことはわかっているはず。

なんせ、管理局が管理しているチャンネルがある。

ニュースなどを放映するメディアも勿論あるが、唯一の司法的組織の管理局がチャンネルを持っていないというのはそもそもありえないことだ。

「あー、うん、人質は解放、俺たちも武器を捨て投降する。ちなみに、1分もまたないから。無茶苦茶余裕あるのにやらなかった管理局、なんてありえないよね?」

『本当だな?』

飽くまで不利な部分は聞かない、という姿勢を貫くのはあながち間違っていない。

「本当だよ。もちろん、選択肢なんてほかにはないからね? 13時間たっても何もなかったら俺らは自害するだけだし」

『く……わかった、暫し待て』





~・~・~・~・~




その後、要求は飲まれ、2時間半ほどで全ての準備が完了していた。

マスコミもかぎつけ、放送ではどのチャンネルも今の事件を映し出している。


「悪いなねーちゃん」

「どうして……こんなこと、するの……?」

リーダーは少女のことを考慮して、顔はこちらを向かせていた。

ただ、銃を突きつけるのは変わりなく。

「ん……まぁ、ちょっと、な。ところでねーちゃん、名前はなんていうんだ?」

「……ヴィヴィオ、だよ。あなたは……?」

「ヴィヴィオ、か。いい名前だ。とーちゃんとかーちゃんは元気か?」

「ありがとう……うん、パパもママも、元気」

「そっか……パパとママは大事にするもんだ。」

と、自嘲気味に笑うこの男を見て、ヴィヴィオは思う。

「おにーさん、なんでこんなことしたの? おにーさんのパパとママ、悲しくなっちゃうかもしれないんだよ?」

「あぁ……そうだな、居たら、そうかもしれないなー」

「え……?」

「まぁ、ねーちゃんのきにすることじゃーねぇ。さぁ、はじめっかな」

ヴィヴィオが追求するのを妨げ、リーダーは立った。

音を拾うマイクを持ち、ゆっくりと。





~・~・~・~





潜伏しつつ数時間、確実に危険がないことを確認してからアーチスタッフとの連絡も取っていた。

現状は――――

管轄的に六課も応援に来ているらしい。

そして、犯人からの要求は全て管理局は飲んだとか。

2時間ほど掛かったのは、放映すると見せかけて何とかできないものか、等といういくつか案があったからであり、結局は本当に全て放送するという案で可決。

犯人達は、金も何も要求せず、もし3時間経った場合、13時間経った場合、人質が無事である可能性が限りなく低い、との見解から。

13時間で自分たちも自決するということが本当かどうかはわからないが、それが本当ならば、人質はまず助からない。

そしてほかにも、バインドなどの魔力に反応して爆破するあれが上半身に纏われているなら、”頭部”を狙撃して鎮圧する、などの案もあったが、7人同時に狙撃は至極困難なものとして却下された。

そもそも、7人しか見えていないだけで、それ以外に仲間がいないとも限らない。

今のところほかに仲間がいる様子は見せないが。

誘導弾を送り込み頭部を、というものもあったが、エントランスホールを全周囲に渡って警戒しているため、どうしても気付かれる恐れがある誘導弾も危険性から却下。

決定されたのが、犯人の要求を呑み、開放を待つこと。

もしそれ以上何かあるようならば、人質を犠牲にしてでも突撃する構え、だとか。

はやてが士郎に出した命令は、現状待機。

何か不審な行動、違和感があれば直ちに報告、と。

もし、人質に危険があるようならば単独行動も許可されている。飽くまでそれは最終手段、と念をおされてはいたが。

だが、管理局は大きな勘違いをしていた。


――――犯人が放送で言うことなど取るに足らない、言わせたいだけ言わせればいい、どうせ今の管理局の体制は云々、といいたいだけだろう、と


リーダー格の男が小型マイクを持ち、話し始める。

1部の仲間はモニターを立ち上げ、きちんと放映されているかどうか確認。

管理局の放送チャンネルだけではなく、ほぼ全てのチャンネルで、放映されているようだ。


『ども、今回の犯人です』

始まった演説。

口は饒舌で、砕けているように思えて真がしっかりとしている内容――――

予想通り、管理局の魔法至上主義体制、についてのこと。

今は実弾で武装しているが、とある世界には麻酔銃(地球には対人用麻酔銃は存在しないが)やゴム弾、音響兵器、等の、殺傷性がほぼ皆無な兵器があるにもかかわらず、それらを知っているはずなのに導入しないのは何故か、などの話。

これらがあれば魔力がなくても武装隊で働くことは可能、などのこと聞くと、犯人の希望も垣間見えたりしたが……。


それら兵器の話は、こっちの世界に馴染んできた士郎も感じていたことだった。


確かに、緩くなっているとはいってもまだ実弾兵器≒質量兵器のイメージが強い管理局の管理する世界では拳銃を持つことすら厳しい。

デバイスでなければ、刀剣類ですらアウトになる。

いつの間にか、大量破壊兵器を禁止、というのが大義名分だったはずなのが、”殺傷能力のあるもの”に対して抵抗があるようになっていた。

勿論、包丁や、車、魔力ダイナマイトなどの、用途を変えれば人を殺せるものはいくつもあるが。

しかし、しかし、だ。

士郎は、地球人的思考からすれば、犯人の言っていることは正しいだろう。

ただ、明らかに――――

取るべき方法を間違えた。

レジアス・ゲイズ元中将のことをは知らないなんてことはないだろう。

それが間違っている、間違ってないを考えずに、だが、法的に触れながら自分の正義を貫こうとする、それはその世界では”悪”になってしまうのだから。

いくらいってることは正しい、賛同してあげたくても、やっていること自体はその世界のルールでは”間違っている”のだ。


兵器などの話を15分ほど喋ったあと、犯人は一息つく。

そして――――


『――――俺の両親は、ゆりかご事件で死んだ』


士郎には聞こえるはずもないが、それを視聴している人たちが息を呑む姿が想像できた。


『ガジェットとか言う機械に、直接殺されたわけじゃない。だが、あの機械が原因になっていることは目の前で見ていた俺が1番良くわかる。――――コイツがあの時あれば、両親は死ななかった』


AUGを握り締め、呟くように独白。

……そういう、話か。


『管理局が謳う、人を殺さない方針、っていうのは凄く良い事だ。俺はそう思う。けど、それで人手不足、とか言っているのはおかしいだろ……? 機械相手なら、殺すも何もなかったはずなんだ。殺さない兵器、だってあるんだよ……なんでそれを、管理局はわかってくれないんだ……』


何度も言うがそれは、地球人の士郎からすれば正論。

ただ、根本からそういう風に教え込まれてきたミッド人、管理局員からすれば、異端な主張。

士郎とて、心情的には今すぐにでも犯人達の擁護をしてあげたい。

地球にはこんな人を殺さない兵器もあるし、こんな方法もあるだろう、と。

無力な自分に腹だたしくなって、事を起こした……それではただのわがまま、なのだ。

それでも、犯人の主張は水面に一滴の雫を落としていたことは確かだろう。

それは波紋として広がり――――



――――殺さないのならば、使ってもいいのではないだろうか


――――魔力を使わない兵器なんぞ、信用できたものではない



こんな意見が2分化する中、1部の管理員はてんてこ舞いであった。

まさか、それほどまでの知識を集めて、さらには”人を殺さない兵器”という存在を公に。

ミッド在住の人、そして管理局員からしても、人を殺さずに制圧できる兵器というものがあることは知らなかった。

知っている輩はいれど、そんなものは安全じゃないという先入観から、ろくに調べもせず。

それが今回、具体的な……音響兵器等というものが露見。

確かに、音ならば人を殺しようが……。

絶対、魔法のほうが安全、と信じている人たちからすれば、衝撃的な事実。


それなだけに、説得力がない適当な主張ならばいわせるだけ言わせて終わりだったが、まさか、と――――

とめさせようにも、ほぼ全てのメディアがこの事件を取りあえげている現状、とめるのは不可能。


この犯人の主張は勿論通るわけもなく、ただの賊軍として捕まえられるのは確定されたことだろう。

しかし、コレを聞いた人々の意識のどこかに、少しでも、何かを植えつけたのは事実。


『ふぅ、言いたいことは終わったのでコレで終わりにしますわ。俺らの願い……テロ行為の要求は、ミッド在住の皆さんに”魔法”というものだけに固執し、目を曇らせてほしくなかった、ということなんで。それじゃぁ、約束通りガキから開放――――』

終わったか、と思われた。

勿論、リーダーは終わらせるつもりで居た。

だが――――

「お、おい、ちょっとまてよ」

終わりに近付くにつれ、捕まることに畏怖を覚える輩も、出てきていて――――

『あ?』

何か異変があったことに気づき、士郎は即座に聴力を強化。

「ふ、ふざけんなよ。これで終わりなんてふざけんじゃねーぞ」

全員顔を出していたので、異を唱えている人物はわかる。

スキンヘッドで体格のいい、だがそれだけで、ただの不良の成り上がりのような雰囲気の男。

『あー、すんません、すぐ開放しますんで。ちょい待っててくださいねー』

そうリーダーは言うと、マイクをきった。

「おい、俺は捕まる気なんてねーぞ、お、俺にはコイツがあるんだ……管理局なんかには負けねぇ」

まずい、と士郎は反射的に筋力を強化。何時でも動けるように。

2階だが、それほどの高さでもない。

ヴィヴィオは困惑気になっている。


――――助けたい


逸るこの気持ちを抑え。


「俺は元々これで終わらすつもりだとはいっただろう。それに賛同したのは貴様らだろーが。大人しく、お前たちもつかまれ」

「うるせぇ、そんな気はねーよ。実弾だぜ、実弾。人、殺せるんだ……お、おい、お前らもつかりたくねーよなァ? 俺につく奴、手ぇあげろや」


―――――……!


おずおずと、リーダー以外の全員の手があがる。

状況の振りを悟ったのか、ずっとポーカーフェイスだったリーダーの顔が歪む。

子供達は既に衰弱しきっていて、叫ぶ気力もないらしい。茫然と光景を見つめている、そんな感じ。

柱を背にしていたリーダーを中心に、左右に展開していた6人が全て内側を向き、突撃銃をリーダーに向けた。

リーダーから見て右側に拘束されている子供達の反対側、スキンヘッドの男の周りにゆっくりと、スキンヘッドの男の周りに集まり始める。

困惑していたヴィヴィオの目は据わっていて……鎖に上半身を縛られながらも、脚部に力をこめているのがわかる。

リーダーもゆっくりと、AUGを構えなおす。



――――なんでそうなるんだよっ!



士郎は心の中で悪態を。

通信機を開く。

『士郎君! 中、どないなっとる――――』

「不味いことになった。いざとなったら動く。なんとかしてみる」

それだけ言い放ち、通信機を切った。


「お、おいリーダァー、お前も、今からでも脱出しようぜ……お前は頭がいいんだ、人質も居る、なんとか、で、できるだろう?」

「ふざけるな」

スキンヘッドの男を見るに、多分前後不覚……反逆を宣言、逃げるといいつつ、何も考えていない――――

「お、おい、この状況でふざけてるのはどっちだよ……はは、そ、そうだろ、マシンガンだぜ? こいつがありゃあ管理局なんか――――」

「黙れ。大人しく、銃を置いて俺たちは投降するんだ。わからねーのかよ」

「あ、ああわからねぇ……このまま捕まってたまるかってんだよ……へへ、なぁお前ら、そうだよな、ああ、おいリーダー、協力しないってんなら俺らはお前を捨てて人質だけ貰っていくぜ」

「……それなら、俺はお前らを撃ち殺す」

「あ?」

そこで、スキンヘッドの声が据わった。

動揺していたはずが、リーダーのその一言で。

「本来の目的は今日の主張だけだ。端からどうこうする気もねぇ。銃はただの脅しだった。もし従わないのなら、殺す」

「ふざけんな……6対1だってわかってんのか? ああ? オメーがそんなアマちゃんだとは思わなかったなぁ、おい」

「お前こそわかってねーだろ、自分でも言ってたじゃねぇか、マシンガンだって。少なくとも何人かは道連れにできんだよ。それで、お前らは逃げたところを管理局にとっ捕まってアウトだ」

そこで少し、スキンヘッドの男が少し竦む。

このまま、どうか――――

「おいおい、勘違いすんなよ……俺らにもこの防弾チョッキとやらを着せたのはお前だろ、リーダァー。道連れにできんのかよ、ぁあ?」

一触即発、そんな空気が流れる。

管理局も中の様子を伺っているようで、下手に動いたらヴィヴィオのことが――――

いくら今のヴィヴィオなら鎧が発動できるとは言っても、それを管理局に記録されてしまえば大変なことになるのは目に見えている。

こうなったら一か八か――――


「そこまでだ、それ以上動くようなら制圧させてもらうが」

2階の、下に落ちないようになっているガラス張りの柵の上に立ち、一旦注目を集めることには成功。

ヴィヴィオが驚きの表情で士郎を見るが、士郎は仏頂面のまま、一瞥しただけでスキンヘッドの男に視線をあわせる。

「あぁ……? 管理局か? やってみやがれ、魔法ならお前もお陀仏なのはわかってんだろ。そこから動いたらこっちが撃つかんなぁ」

銃口を士郎に向けるスキンヘッド。

「事を大きくするな。今ならまだ、捕まっても罪はそこまで重くない。その持っている突撃銃で、殺人をしたらと比べれば、だが」

「ど、どうせ今更投降したって罪は消えねぇよ……」

そこで少し、スキンヘッドの男が揺れた。

視線を床に移し、一瞬だけうなだれるように。

ああ、明らかにあの男は覚悟ができていない……その場の感情と気分だけで、今この場所に居ることが見て取れる。

これなら言葉で鎮圧も可能――――

そう士郎が考え、少しだけ安堵しかかったが。

「――――そう、だよなぁ……お前ら、俺らはもう、引き返せねぇんだよな……ァァ……」

ぽつり、ぽつり、と呟くその言葉の最後のあたりで違和感に気付く士郎。

スキンヘッドの周りにいる男達を見ると、何かに頷いていて……。

無意識のうちに視力を強化、スキンヘッドの口元が動いていることが見て取れた。



――――もう、終わりだ、皆殺しに



まずい


「く、っくっく……それならこうすりゃいいんだろうがあああああああ!!! あのガキどもの親も皆殺しにしてやるよォっ!!!」

スキンヘッドの男はAUGを”ヴィヴィオ”に向け――――

それにつられたように、周りの男たちも銃をいたるところへ向け――――


―――― 弾 弾 弾 ――――


「えっ……」

ヴィヴィオは起こったことがわからず一瞬、反応が遅れる。

「ざけんなっ!!!」

「おにーさんっ!」

それを、リーダーが庇い――――

「ヴィヴィオっ! 動くなっ!」

「パパっ!!」


――― 擲 ―――


黒鍵を即座に投影し、ヴィヴィオの真上から鉄甲作用を付加して投擲。

1度見たことがある攻撃にヴィヴィオは理解したようで、その場から動かない。

ほぼ真上から黒鍵が降り、ヴィヴィオを縛っている鎖を断ち切り、勢い余って黒鍵は地面に深々と突き刺さる。

「てめぇ、邪魔するんじゃ――――」

「お前が、邪魔するな」

「……あ?」

スキンヘッドが上空の士郎へ銃口を向けた。

魔法は撃てない、という考えから、あの男は2階にいる、という考えからまさか飛び降りてくるとは察せられず――――


――― 擲 擲 擲 ――――


2階から飛び降りつつ放った6本の黒鍵は完璧に、犯人達のAUGを捉え、AUGの身が砕ける。

手から離させればそれでいい、と思っていた士郎だったがこれは嬉しい誤算。

数トントラックに轢かれても無事なAUGだったが、(一点集中だったのもあるが)鉄筋さえも楽にぶち折る鉄甲作用を付加した黒鍵には流石に耐えられなったらしい。

リーダーが持っているもの以外、バレルごと半分に砕ける。

密集している6人はまだしも、リーダーのほうまで同時に投擲するのはいささか難しかった。

「け、剣……だとっ!? くそっ」

スキンヘッドの男が悪態をつきつつ、懐に手をやった。

それを見た周りが思い出したように、拳銃を取り出す。


それを士郎に、ヴィヴィオに、リーダーに、子供達に向けて――――


「ヴィヴィオ、できるか?」

「うん……」


―――― 煌 ――――


撃たれたリーダーを抱えていたヴィヴィオが、防弾チョッキを着ていたことにより助かったことを確認すると、気丈にも立ち上がる。

渦巻く虹色の魔力光(カイゼル・ファルベ)。

まだ魔法を覚えていないので魔法らしい魔法はまだ使えないが、先天固有技能……聖王の鎧、ならば。

発射される銃弾。

まともに射撃訓練をしていないのか、弾はある程度目標に向かってまともに飛んだが数人は自爆して手首を痛めたようだ。


そして、虹色の魔力は八方に散った銃弾を全て、”絡めとる”。


「お、おい、嘘、だろ……? な、なんで爆発しないん――――」

号令を掛けた男が、この光景に言葉を洩らす。

「だめなんだよ…………――――」

ヴィヴィオを見る。

つつ、と流れる一筋の涙。


「――――パパとママを殺すなんて言ったら、だめなんだよ……っ!!!」


――― 膨 ―――


絡めとった銃弾を弾き飛ばし、ヴィヴィオの髪が逆立つほどの、”純粋な魔力”の流れ。

「ヴィヴィオ、いけるか?」

「……うん、パパ」

2人は走る。

何故、魔力に反応するはずの爆薬が反応しないのか。

それは単純、プログラムによって出力された魔力、ではないから。

神秘に近い、人体から生成されたそのまんまの、もの。

人の手によって作られた魔力反応爆薬は、その安全性からもきちんと定められた”起動魔法”にしか反応しないものを、改造して、”魔法全般”に反応するようになっていただけ。

ヴィヴィオはそれを、ほぼ直感でわかっていた。


ヴィヴィオと士郎は左右に別れ、挟撃するように残った犯人達に肉薄。

それは少しでも子供達の危険をなくすためでもある。

錯乱した犯人達は銃を乱射。

士郎は夫婦剣で身を守りながらさらに左右に動き的を絞らせないように突撃。

わけもわからず連射する犯人達だが、突撃銃ならまだしも単発の拳銃などそれほど脅威ではない。

1発かすったのがわかるが、それほど問題ではない。

ヴィヴィオは鎧を纏い、実弾など鎧は通さないためそのままに。


その後は一瞬。


士郎は3人の後頭部、顎、などを綺麗に打ち抜き、昏倒させる。

ヴィヴィオは3人を思いっきり魔力を乗せて殴り(とはいっても、ゆりかごからの供給があるわけではないのでそれほどのものではないが)、顔が歪むほどの後が残るであろうが特に命には別状なし。

というか、ヴィヴィオに殴られたほうは3人とも綺麗にすっとんでいった。

ちなみに、スキンヘッドが特に吹き飛んでいたと思う。


「パパ……」


ヴィヴィオがふらふらと、歩いてくる。

数時間たちっぱなしの後に、コレはきつかったのだろう、千鳥足のようにおぼつかない。

確かに疲労もあったが、こっそりと練習していた変身魔法に加え、先ほど思いっきり放出してしまった魔力によって、そっちの疲労のほうが強かったりも。


――――そんなヴィヴィオを、士郎は抱えた


「パ、パパ?」

「逃げる!」

「え、へ?」

士郎は一応管理局所属なので、不味いことは何もないのだが――――

”大きくなっちゃったヴィヴィオ”を見つかるわけには、いかなかった。

幸いにも、リーダーは無事なようだし、放映を無音声で見ていた限りはヴィヴィオが映っていたのは背中だけ。

最後に士郎は、AUGを落とし、茫然と士郎とヴィヴィオを見つめるリーダーに言った。

「お前の言っていることは、正しいと俺も思う。心情的にも、親を殺されたとなったら動きたくなるのもわかる。けど、な、お前は明らかに――――……取るべき方法を、間違えた」

「違うっ! 俺はただ、ミッドに住んでいる人たちにこの事実をわかってほしかっただけで――――」

士郎が背を向け、言葉を被せる。

「違わない。目的がなんであれ、いくら正しいことであれ、過程を間違えたらいけないことがあるんだ」

そこまで言うと、士郎は足に力をこめた。

「う……っ……くそっ」

拳を床に打ちつけている様子は、自分のしたことを悔いているのか……なんなのかは、士郎にはわからなかった。

こめた力を解き放つ前に、腕の中にいるヴィヴィオが士郎の肩からリーダーのほうに顔を出す。


「おにーさん、パパとママを悲しませたら……だめ、なんだよ? 絶対、絶対、天国にいるおにーさんのママとパパは……悲しんでるよ……?」

「あ…………ぁ、そう、だ、な……その通り、か……」


士郎の首に回しているヴィヴィオの両手に力が入る。

それを感じた士郎は、すぐさまエントランスホールから立ち去った。

ぞくに言うお姫様抱っこでその場を離脱。

ちなみに全速力でした。

リーダーが人質を開放する旨を改めて管理局に伝えたあとの突入などのドサクサに紛れ、士郎とヴィヴィオはジャコスを後に。

”あ、パパ、うささん!”

ヴィヴィオの命により士郎が必死になって回収したのは骨が折れたり。








~・~・~・~




事件後は、色々と凄まじいものだった。

奇跡的に、ヴィヴィオの顔は映らずに済んだ。士郎は映ってしまった所為で色々と状況の確認などで無茶苦茶忙しくなってしまったが、よくやった、という風潮に。

あのときの銃撃戦のときはかなり困った自体になったんだとか。


魔法はまずい、だがあのままだと死者が、と。


ちなみにヴィヴィオが魔法を使った記録も、残っていない。

というか、ヴィヴィオが鎧で絡めとる前のぶっ放した弾がガラス(ミッドのガラスは標準的に、地球の防弾ガラスほど……とまではいかずとも、それに追随する強度が)にあたり、ひびで内部が見えない状態になっていたのだと。

館内のカメラも、全て停止されていた。それは外部(管理局)から館内のカメラで内部をうかがわれることを阻止するために、犯人達がマイクの設定などをしているときに弄ってあったらしい。

そのあたりは本当に僥倖といえよう。

ちなみに、士郎が昏倒させた3人とあわせ、ヴィヴィオがすっ飛ばした3人も全て士郎がやった、という記録に。


そして、犯人、いや、リーダーが演説した内容。

あれは確実に、人々に影響を及ぼしていた。

ただ犯罪は許容できないので、全員お縄になったが。

火の車になって働いている人たちからすれば、魔力がなくても使える非殺傷兵器が導入されれば負担はかなり軽減できる。

勿論、すぐにどうこうなる問題でもない。

人々に根本から根付いていること、というのはなかなかに変わることができないもの。


本当に、本当に、難しい問題。

どういう風に管理局が変わっていくのか……それは、気になることだといえるだろう。

最高評議会が全滅、ゲイズ中将が実質実験をなくし、がたがたになっている管理局である。

これから、どう、固めていくのか――――


そのことは他の世界などには興味がない士郎が少しだけ、興味を持つことになる。









さて、少しだけ時を戻して、事件解決後の夜の話をしよう――――



「ちょっとだけ、疲れちゃったねー……フェイトちゃん」

「うん……まさか本局から帰る途中にいきなり現地召集だったもんね……」


そう、あの事件のとき、なのはとフェイトは、いや、六課メンバーはあの場所に来ていた。

最終的には、ボコボコになった犯人6名+銃弾が打ち込まれたあとがあるが命に別状は無し、の演説をしたリーダー格の人を逮捕。

最後は士郎が頑張ったということを聞き、ほっとしていた2人である。

ただ、疑問があった。

人質に、ヴィヴィオがいなかったのだ。

それはそれで安心できることなのだが、保護もされてないとは逆に不安になる。

はやてに聞いてみたが、詳しくは何も言われず、無事だからはよ部屋に帰り、と言われ、丁度部屋の前まで歩んできたところなのだ。


がちゃり、と扉を開ける。


「ただいまー、ヴィヴィオ、いい子にして――――」

言い終わる前に、ぼふ、と体全体に重量感。

あれ、ヴィヴィオはいつも飛びついてくるときの重量感は腰までのはずなのに……あれ?

「なのはママ、フェイトママ、お帰りなさいっ! ヴィヴィオ、いい子にしてたよーっ!」

「いい子にしてたんだ、偉いね」

「うんっ! フェイトママっ!」

なのはに飛びついたのを一旦離れ、今度はフェイトに飛びつくヴィヴィオ。

「え、えええ……? ちょ、ど、どうしたの? い、一体なにが……あ、あれー?」

困惑気味のなのは。

昨日まで自分の腰よりちょっと高いくらいしかなかった身長が、いつの間にかほとんど同じ高さに……というかあのゆりかごの中で会ったヴィヴィオではないか。

「ヴィヴィオ、大きくなったんだね。いい子にしてたからだね。ほら、いい子いい子――――…………あれ?」

ぱちくり、とようやく状況に気付いたフェイト。

「でね、でね、なのはママと、フェイトママに、プレゼントっ!」

困惑気味の2人を置いてきぼりにし、満面の笑みで2つの”うささん”を渡す。

「わぁ……かわい――――」

「本当だ……すっごく可愛いね、ありがとう、ヴィヴィオ」

「えへへっ」

ヴィヴィオが大きくなったことに驚いているところにいきなりプレゼントを渡され、いくら優秀でマルチタスクが可能ななのはでも少しだけテンパっていた。

仕事とプライベートは別なのだ。

一旦ヴィヴィオのことは置いておき(いいのか)、満面の笑みで渡されたプレゼントになのはの思考はゼロコンマ数秒停止する。

一瞬、うさぎのようなものが見えて反射的に”可愛い”といいそうになったのだが、あまりにもコレは――――

フェイトは笑顔で人形を抱き、ヴィヴィオの頭を撫でているのだが……。


(どどどどうしようフェイトちゃん、この人形と目があっちゃったよぉぉぉ……)

(え? すっごく可愛いよね、このお人形さん)

(えぇえぇえぇぇ!? か、可愛いのかなぁ……?)

(うん、すっごく。今日からは一緒にベッドで寝ないとね)

(い、一緒に? え、えっと……あれ、よおく見てみると……可愛い、の、かなぁ?)

そこで一旦念話を打ち切った。

子供から貰えばなんだって可愛いのだ、うん。

「あ、ありがとうね、ヴィヴィオ」

なのはがそういうと、これまた満面の笑みでヴィヴィオはえへへ、と笑った。

「名前はね、うささん、っていうの」

「うささんだね、大事にするよ」

どの角度から見たら可愛く見えるか、と人形を横から見たり上から見たりしたから見たりしているなのはを他所に、フェイトは本当に嬉しそうに。

勿論、なのはも無茶苦茶嬉しいのだが、それ以上に”自分の感性は間違っているのか”という、ヴィヴィオへの申し訳なさのほうが少しだけ強いなのはであった。

「でね、でね、士郎パパにも買ったんだー」

「そうなんだ、士郎にはどんなのにしたの?」

「士郎君にお人形さん、っていうのも面白いね」

「えっとね、こっそり見つからないように買ったんだけど……」






そのあとヴィヴィオは、体が大きくなったことを説明するよりも早くすぐに眠ってしまい、特に問題がないということをシャマルに確認してから2人は眠りについた。

ヴィヴィオが持つフェイトがプレゼントした少しつぎはぎのうさぎに加え、2つのうささんと共に、3人はベッドで眠る。

朝起きたらヴィヴィオはいつもどおりの姿になっており、みんなも安心したのだとか。




その日以降の訓練で、士郎の竹刀には虎ではなく、小さなサンタの格好をしたうさぎのストラップがついていることが発見された。

そしてそれのオリジナルは士郎が大切そうに、ガラスケースまで買って大事に保管していたり……。



















ふと、士郎は思う。



頭にリフレインするのは、ヴィヴィオのちょっとした何気ない一言。




――――”コレ”、フェイトママと同じくらい、ばいんばいん





…………ふむ


と、士郎は腕を組み、ライトニングスとの模擬戦をしているフェイトを一瞥したあと、空を見上げた。






――――ああ、フェイトって、着やせするタイプなんだな












―――――――――





最後の最後で台無しにしてる感が否めないですが、辛気臭いまま終わるのもな、といった感じです(苦笑)

さまざまな意見をいただき、管理局内部もそのような意見を持った人に分かれている、というのを想像してもらえるといいかもしれません。

閑話なのでスパッと終わらせてしまいましたが、やはり魔法至上主義、というのは色々な意見が分かれる部分だと思います。

どれが正しく、どれが間違っているのか、と……

後書きなのにこんな真面目なこと書いていてもしょうがないので別のことを!

とりあえず、ヴィヴィオ可愛いよね! よね! という感じですよ!


霞に関しては、オリキャラの代わり(次からのやつでちょっと必要に……)に出してみて、どうか、にしたいとおもいます。

オリキャラの代わりなので、きちんと描写は入れるというか、そういうところはきちんとやります。 


そして次回予告は、はやて中編。

はやては部隊長なので、扱いが難しかった……閑話ならほのぼので終わりだったのですが、真面目に書くとなると部隊長が出動って……となりまして、そのあたりのことを考えるのに無茶苦茶苦労を。

短いながらも初めて(閑話とかの1発ネタではなく)、真面目な方面での創作になると思うので、見守ってくださると嬉しいです。


がんばります! 更新に関しては、早くて一週間以内、遅くても再来週には必ず投稿できると思います。

今回、3話を改定したのですが、改定はしようと思うと無茶苦茶時間がかかる……ちょこちょこ気になって付け足したりしていたら容量が5kbほど増えていた、とかorz


少し後書きが長くなりましたが、今回も手にとっていただき、本当にありがとうございました。


感想ご指導、お待ちしております!


あすく



[5645] Fable1
Name: あすく◆21243144 ID:85e937b8
Date: 2009/08/01 12:41
機動六課隊舎に戻り数週間、六課もようやく元通りの空気になっていた。

何故数週間も掛かったのかというと、戻ってからは整理、そして猫の手も借りたい状況になったのが、ゆりかご事件のレポートなどを卒論かというレベルで纏め上げていたからだ。

はやてなどは毎日のように本局やら地上本部やらに赴(おもむ)き、てんてこ舞い。それに伴って動く凛も同じ。

2人の性格から疲れなどはほとんど見せていなかったがやはり、疲労の色は見えたりもした。

フェイトとなのはも同じ。

なのははまだ、元の所属が教導隊(正確には、現在の境遇は飽くまで六課に出向中)だったりもしたのでそれなりに新人達の面倒も見れていたが、フェイトは執務官。

これまたあちこちに走り回り、逮捕した戦闘機人などの境遇に関してなどの補佐も。勿論、スカリエッティ本部に潜入したことのレポートなどがあったので、セイバーをお供に奔走していた。

そしてなのはだが、それなりに新人の面倒も見れていたとは言っても揺り篭内部に潜入、玉座の間での出来事を深く書かなければならなかったのは言うまでもない。

そこは、士郎と一緒に仕上げていた。

なのはは、士郎の固有結界のことについては書かなかった。というか、”事実”といえる記録が残っていなかったのだ。

勿論なのはは士郎に問いただし、説明したが、なのはも理解できるものではなかった。


固有結界については追々、士郎が3人に説明する日が来るが――――


それはさておき話を戻すと、基本的に行動中は簡易の記録装置が働いているレイジングハートだが、士郎が固有結界を発動したときはブラスターモードを使用していたことにより、レイジングハートの独断でブラスター1のときから少しのリソースも残したくないということで記録装置は止まっていた。

記録を採る事は基本的にしなければならないが、レイジングハートの本体破損状況から鑑みて、それは致し方なかったと判断されている。

ちなみに言えば、士郎の世界を記録装置で撮影できるかと聞かれれば、それは疑問で終わるだろう。

そんなこんなで結果的には”奇跡の部隊”などと呼ばれる機動六課。

飽くまで結果的には、であり、さまざまな偶然(士郎達がやってきたことを含め)が全て味方をしたからこその結果。

1部の人間はそれを揶揄していっている部分もある。

レポートなどの書類仕事が1段落し、先ほども言ったように六課が落ち着きを取り戻したころ――――

ちなみにその、”奇跡の部隊”を快く思っていない輩も勿論、管理局の内部にはいたりする。



それはさておき、士郎、はやて、リインフォースⅡはとある無人世界にやってきていた。








~・~・~・~・~





「殺伐と、してるよなぁ」

地上本部にある転送ポートがやられていなかったので、そこから転送された後。

超長距離になると、中継ポート、そしてそれを受けるために出口の転送ポートが必要になるが、今回はミッドから比較的近い土地だったので直接転送されてきた。

「まぁ、歩こか」

「はいです」

足を踏み出すは、岩石地帯。

まるでグランドキャニオンの縮小図というか、まるで地面が割れて、その下に落ちてしまったのかと思うくらいに、左右にそびえ立つ岩場。

とは言っても左右の岩壁の間は20メートルはあるので、そこまで窮屈な印象は受けない。

壁もそれほど高いわけではなく、とはいっても素手で上るのはほぼ不可能だろう。

上を見上げると、空がまぶしい。

「で、今回のこと、俺まだ詳しく知らないぞ?」

「ん、ああ、ごめんなぁ、ばたばたしてたから忘れてたわ」

そうはやてがいうと空間モニターを立ち上げ、歩きながらパタパタとパネルを叩く。

「それにしても、なんかちょっと……おかしいですよね」

はやてと士郎の顔の間を飛ぶように、リインが言う。

「おかしい?」

はいです、とリインは頷く。

「なのはさんやフェイトさん、それにヴォルケンズの皆もいないなんて……凛さんやセイバーさんなんて、士郎くんもそうですが……はやてちゃんが契約した形になってる委託魔導師、なんですよ?」

確かに……。

クロノ、カリムとの約束とは別に、管理局とした契約的には基本的に3人はお手伝いさん。

嘱託ほどの権限もないかわりに、基本的に命令ははやてから下るはずのものなのだ。

「……リイン、そこまでにしとき。それじゃあ、今回の任務についてのことなんやけどな」

はやてもそのあたりのことを知っていてか、リインをいさめた。

ああ、と士郎は返事をし、はやての説明が始まる。

リインの疑問は尤もで、確かにおかしい。

朝ごはんを食べ、今日も1日働くかと工具を取りに行こうとしたところではやてからの召集があったのだ。

しかし、今日は朝から異様な光景だった。

あまりにも食堂が閑散としていて、気になったので事情を聞くとほぼ全員朝から出払っているとの事。

なのはやフェイトが同時にいなくなったりするのは多々あることだったが、シグナムやヴィータ、シャマル、新人達、それにセイバーや凛までもが散り散りになっている。

とはいってもフェイトはライトニングスにセイバー、シグナムをつれていたり、団体行動なのだが……それも少しおかしい。

正式な本局からの出頭命令なので偶然に偶然が重なったのだと思いはやてもそこまで疑問に思わなかったのだが、考えが変わった。

これでは六課はほぼもぬけの殻なのだ。何か事件があったらはやてと士郎しか対応に出れない。

ザフィーラが出れるのは六課襲撃時のように緊急の場合のみなので、管理局としての正式な任務の今回には連れてこれなかった。

凛やセイバーまでもがいないとなるのは正直疑問しか浮かばない。

そして今回の任務。

これも、多々疑問なのである。

「ここからあと少しいったところから、レリックと似た反応、それを回収して来い、か……」

「端的に言えばそうなんよ。帰りはクロノ提督の艦が拾ってくれることになっとる」

近距離なら転送ポートから送ることはできても、帰ることができない。

「クロノか……それはありがたいな」

「で、でもやっぱりこんなの……!」

「リイン」

「はい……マイスターはやて……」

おかしい、というのはリインだけではなく、はやてと士郎も気付いていること。

ただはやては、士郎に余計な気を遣わせたくなかった。

「んー……おかしいのはわかるんやけど、ね。幸いにも士郎君が居てくれるからなー」

「気楽だなぁ……」

砂埃が舞うような道を闊歩しつつ、少し空気が和む。

「それにリインもいるし、いざとなったらなんとでもできるやろ。ロングアーチもこの距離なら連絡取れるし、何かあったら即座に知らせてくれるよう頼んであるんよ?」

「それに、何かあるって決まったわけでもないだろ? リイン、そんなに心配するなって」

「はやてちゃんと士郎君がそういうなら……」

それでもやはり納得はしていない様子なリインの頭をはやてはゆっくりと撫でる。

「ほら、飛んでるの疲れるだろ」

「あ、どもどもですー」

一応管理局員としての仕事なので制服を着ている士郎。

その上着のポッケをあけると、そこにリインが入ってきた。

「あ、リインがとられてもーた」

「わ、リインのマイスターははやてちゃんですよっ!」

仕事中ながらもそんな和気藹々とした雰囲気で、歩を進める。

「でも、レリック、なのか? しかも無人世界に?」

「ん……レリックと似た反応がちらちら前から観測されてたらしいんやけど、今回正式に辞令が下った、という感じやね。無人世界にレリックがあること自体は不自然じゃないんよ? それよりも気になるのは……ちょっと……厄介な問題が合わさってるかもしれない、ってところ」

そういうはやては、少し難しい顔をしている。

「厄介な問題?」

「うん……最近、もっと言えば揺り篭事件の前くらいから、いろんな世界で不自然な行方不明者がでとるのはニュースで士郎君もしってるやろ?」


行方不明者が出ること自体は、それほど珍しいものではない。

日本でさえ、年間かなりの数の行方不明者が出ているのだ。

ただ、ニュースに取り上げられるのは――――

「行方不明というよりは誘拐の線が強い、ってやつだろ?」

まったくもって管理局が対応できていない事件。

ただの行方不明ならまだしも、年齢が幼い子の、具体的には10歳前後くらいまでの年齢の行方不明者が相次いでいる事件。

それが誘拐事件ではなく、行方不明者続出、となっているのは犯人らしき人がまったく見えないから。

「そや。まぁ、その事件は飽くまで他の次元世界の話だし、今は地上の私らには関係ないんやけど……」

「それが、今回と何の関係が?」

少しばかり言葉を濁すはやてに、士郎が聞き直す。

「……真実かどうかはわからないけど、その行方不明者を”この”世界で見た、という垂れ込みがはいっとったらしい」

ふむ、と士郎は唸る。

「無人世界のはずのここで、か?」

「そう、や」

無人世界に人がいること自体は、おかしいことではない。

世界という定義は、1つ大きなコミューンがあるか、または部族のようなものが複数存在しているか、などで無人か管理世界になるか、になる。

拘置所などがあるのも無人世界だし。

しかし、その垂れ込みは少しおかしい。

元々無人世界に居たならばまだしも、無人世界に住む、または行くためにはそれなりの手続きが必要なのだ。

「その発見されたというポイントが、今回レリック反応が在る位置とほぼ一致、ってとこなんだろ? 正直、なんかきな臭いな」

「やっぱり、そうなんよねぇ……特に暴走した、ガジェットが現れた、などの報告もないのにいきなり本局からの命令で緊急出動って……一応地上本部を通してあったからそれはええねんけど……この命令も今一納得が……」

はやてはもう一度、今回の命令に関して色々と考える。

「まぁ、レリック封印して、そのあたりを調べてなんもなかったら、早々に帰ろう」

「そやね」

「スパッとクリアーですよっ!」




~・~・~・~・~




そして数分、今回の流れなどを確認していると、どんどん間の岩壁が狭まっていることに気付いた。

「……家、がある」

「え? 士郎君? そんな報告は……」

「いや、在る……」

特に視覚も強化しないでもみえるくらいに、見えている家。

「本当……やね。シャーリー」

『はい』

3人は一旦立ち止まり、はやてはモニターを開いた。

アーチとは連絡が取れるようになっており、想定外の事態につき連絡を試みた。

「今回のレリック絡みので、民家の存在報告は上がってたん?」

『いえ……今回知らされているのは、八神部隊長も知っている微妙ながらレリック反応とズレがある、ことくらいです。そしてこちらでも、民家らしき存在を確認……』

はやては少し考える。

やはり、おかしい。

事前調査である程度の情報は手に入るものなのである。

「はやて、どうする?」

「ちょっと……まってな」

こんな僻地、砂埃が舞う土地なのに廃れている様子がない民家。

ということは明らかに、人の住んでいる気配がある。

そして、そこから出るレリック反応。

となれば、大抵ろくなことではない。

可能性として1番ありがたいのは、そこの住人がレリックを偶然か何かで入手し、倉庫か何かに放り込んでいるだけ、という本当に奇跡的な状況。

一応、それに似た線も考えられる事は確かだ。

珍しいものを拾って置いておくくらいならば別におかしなことでもない。

しかし、士郎がそうはやてに問いかけたことには理由がある。

視覚を強化し見てみたところ、その建物は純和風……。

コレばっかりはどうしても気になるところだったわけだ。

地球の中でも、日本という限られた範囲の島国でしか見られなかった、”屋敷”という建物。

とはいっても武家屋敷のように、もっと言えば衛宮邸より広いものではない。

しかし個人で住むには十分すぎる広さがあるだろうその母屋(おもや)。

それなりに立派な門が立ち、瓦でできた屋根が見える。

塀から少し奥に建物が見えるということは、趣味などに使える庭があるのだろう。

そんな、少し昔の日本にならどこにでも見かけただろう、士郎からすれば懐かしさすら感じる造りの一軒屋。


日本なら――――


とはいっても結界やその他の違和感に敏感な士郎が特に何も気付かなかったので、はやてに一任することにしたわけだが。


「……一応仕事やからな、ここまできて引くわけにもいかへんし……ええかな?」

「はいです」

「ああ、わかった」

『私たちもサポートはするので、何かあったらすぐに知らせてください』

「おおきにな」







そして目の前にあるのは、衛宮邸ほどの大きさはなけれども、懐かしい感じのする閉ざされた門。

勿論インターフォンもなく、少し困った。

「どないしよう?」

この屋敷は岩の狭まっている最後尾に造られているようで、塀は前方にしかない。

母屋の後ろは岩の壁である。

落石などあったらひとたまりもなさそうなのだが、今はそんなことを心配する場面ではない。

「呼んだら出てきてくれるんじゃないですかねーっ?」

「まさかそんなことは――――」


――――と思った矢先、キィ、と若干コケが生えかかっているその門が開かれた。


「どちら様かと思いましたが……管理局の方でしたか。遠路はるばる、ご苦労様です」

一瞬身構える士郎とはやてだったが、温厚そうに笑顔を浮かべた20代中盤くらいの男を見て警戒を少しだけ解く。

「……時空管理局、古代遺物管理部機動六課、部隊長の八神はやて、いいます」

「同じく、衛宮士郎です」

「それはそれはご丁寧に。ここまで来られたということは、私に話があるのでしょう……どうぞ、中へ」

士郎は注意深く、男を観察した。

黒目、背中まである黒髪を束ね、そして縁がほとんどないようなフレームの眼鏡……。

士郎と同じくらいの身長、体型としてはほっそりとしていて、士郎の方がかなり筋肉質だ。

そして1つの特徴――――

現代では1部……ほとんど現実では見ることがない、”狩衣(かりぎぬ)”という服装。

黒い烏帽子(えぼし)を頭にのせ、白い神職が使うとされた衣を纏い、長い裾が腕と手を隠している。

「何故、俺達が来るとわかったんですか?」

「士郎君……?」

そう疑問を投げかける士郎に、はやては疑問の色を浮かべる。

気になったのは、士郎やはやてが門の前でごちゃごちゃ言っている間にこの男が来たこと。

足音なども聞こえなかったことから、あたかもその場で待っていたような――――

もう1つ、基本的に日本人は(外国はどうなっているかはよく知らない)名乗られたら名乗り返す。

それが名刺だったりと、形はさまざまであるが。

この男がまるで陰陽師のような格好をしているあたりから想像するのはどうかと思うが、礼節は弁えているものだと士郎は思った。

尤も、この男が日本人なのかどうかはわからないが。

そして男の答えは飄々と、そして特にどもった様子もなくこう答える。


「――――式(しき)が……いえ、鳥が、教えてくれましたので。さて、中へ」


はやてとリインは若干引き気味である。

士郎とはやては警戒しつつ、そのまま和室に案内された。

玄関で履物を脱ぎ、廊下を通り、縁側を歩く。

そこから見える庭は立派なもので、小さいながらもきちんと手入れが行き届いており、四季折々の草花が植えられていることがわかる。

桜、藤、あやめ、士郎にわかるものはあまり多くなかったが、日本でも有名な草花は見てわかった。

最終的に通されたのが、縁側に位置する部屋の一室。

完璧な和風、囲炉裏まである。

2人は座布団の上に正座をし、リインもはやての横にちょこんと座っている状態だ。

囲炉裏を挟んで対面に先ほどの男が座った。


「はて、今回のご用件とは如何様なものでしょう?」


にこやかな笑みを絶やさず、男は口を開く。

士郎はどうしても、この笑みを信じれなかった。元々仏頂面の士郎だが、少しばかりきつく睨んでしまっている。

「ええと……まず、貴方のお名前をお聞かせください」

はやてがそう問うと、男はゆっくりと、まるで小川のせせらぎのように言う。


「――――……安倍清明(あべのせいめい)、と申します」


そのおどけたような口調、そして士郎達を嘲笑っているのか、その答え――――


「……馬鹿に、してるのか?」


はやてからすれば、士郎がここまで喧嘩腰なのには驚いていた。

はてさて、日本で陰陽師といえば少なくとも飛鳥時代から居るとされるが、有名な名前といえば奈良、平安時代の人たちだろう。

それは藤原の名を持つものもいたし、カリスマと呼ばれる人たちの中にはあの蘆屋道満(あしや どうまん)等もいる。

そして今現在、日本で1番知名度が高い陰陽師といえば、安倍清明(あべ の せいめい)が挙げられるだろう。

士郎ですら知っている、その名前。

しかしそれは平安時代の人物。

「いえ、調べてもらって結構ですよ」

失礼しますと、はやてが弾かれたようにモニターを立ち上げ、名前を打ち込む。

「安倍清明……出身世界、第97管理外世界……」

97とは、地球のこと。

そこにでてくるプロフィールは、管理局にきちんと届け出てここに住んでいるということと、男の身分を証明するものだった。

ただ、やはり、おかしい。

正直なところ、士郎はおちょくられているようにしか思えない。

長い裾に隠れた手で口を隠し、上品にくすくすと笑っている男。

「どうです?」

飽くまでも笑みを絶やさず、優男風の容姿も相まって”いい人”そうに見えるこの男。

はやてもやはり、おかしいことに気付いたのだろう。

「――――では安倍さん、もう1つ……地球での、名前はなんでしたでしょうか?」

はやてがモニターを閉じ、男に問うた。

しかしその問いにも、微笑を口に浮かべている。

「地球での……はて、覚えが……ありませんなぁ……これは失礼……」

管理外世界の人が管理局での戸籍(というか、登録証みたいな物)を作る際に、地球での戸籍はどうでもよい。飽くまで自己申告なのだ。

そして、あべ せいめい、ではなく、あべ”の”せいめい、と名乗ったことから、明らかにふざけていることが察せられる。

~の~、という名前の表記は、 所属 の 誰々 というニュアンスが強く、現代では何々の何々という名前の表し方はほとんど失われている表現だ。

「……そうでしたか、ありがとうございます」

無理矢理に追求する権利などないので、こういわれたら引き下がるしかない。

「いえいえ」

その名前の表現をわざとしている(と思われる)この男。

「では、今回我々がここにきた理由なのですが、レリック、というものをご存知でしょうか?」

はやては手早く、本題に入る。できればとっとと核心に迫り、レリックを回収して、とっとと帰るのがベストなのだ。

ちなみに、管理局のプロフィールにこの男のことはほとんどかかれていなかった。

「レリック……はて、そのような名前を聞いたことは……」

やはりわざとらしく、首を傾げる。

とはいっても、わざとらしく見えているのは士郎がひたすらに疑っているからかもしれないが。

「では、この付近で人を見かけたことはありませんか?」

反応があるのは確認されているのだからほぼ確定的にあるはずなのだが、人の所有物に関しては無理矢理に口を出すことはできない。

それがガジェットを呼び寄せていたり、直接的な犯罪に関わっている場合は管理局の名の下に強制封印も可能なのだが、ここは管理内世界ではなく飽くまで無人世界であり、いきなりに所有しているからと家宅捜索はできないのである。

それに見切りをつけ、早々に違う話題に転換。

犯罪の可能性は見捨ててはいけない。

「人、ですか……何しろ無人世界というくくりを受けているもので、ここに住んでいる私ともう1人以外は……見かけませんなぁ」

もう1人、というところが少し引っかかる。

「その、もう1人というのは?」

士郎は黙って、はやてと男のやり取りを聞いている。

五感は強化こそしていないが過敏に。

「はて……お茶の用意を、と言いつけましたのですが……遅いですね。暫ししたら呼んでみましょう」

さて、とはやては困った。

もう一度言うが、捜査をする権限は持っているが強制的な家宅捜索などができるわけもない。

レリックが暴走したりガジェットが現れたりすることがあれば安全確保の下に可能なのだが。

これは出直しか、とはやては思う。

「ご協力、感謝します。もし何かありましたら直ぐに管理局までお知らせ願えますか?」

いえいえ、と男はいった。

管理局員としていいのかどうかはわからないが、ここまですれば表面的な意味で任務は全うしたことになる。

出直しをし、フェイトやなのはをつれ、もう少し情報を確かなものに(明らかに、今回の事前情報は足りてなかった)してから来るべきだとはやては判断。

「わかりました、もし何か異変を感じましたらそのときは、お力を借りることにいたしましょう。折角きてくださったのに何も出せないのは申し訳ないので、少しお待ちいただけると」

怪しい、だけで踏み込むことはできない。

おかしいところはいくつもあることはわかっている。

ありがとうございます、とはやては正座したまま礼をする。それに倣(なら)い、士郎も軽くお辞儀をした。

「そいで安倍さん、貴方はここで一体なにをしていらっしゃるんでしょか?」

ふう、と一瞬溜息を吐き、少しでも次に生かすための情報を得ようと、はやては世間話をするように問いを投げかけた。

どうせなら、とはやてはお茶を受けることに。

それまでの短い間だけ、少しでも情報を、と――――

「そうですね……例え話でも、構いませんか?」

「勿論です」


しかしこの、少しの間だけ情報収集を、と考えてしまったことははやてにとって……いや、全体的な――――


――――悪手、であった


それにはやてと士郎は勿論気付くわけもなく、男はぽつぽつ、と語り始める。

士郎は警戒を怠っているわけではないが、今のところ特筆すべき問題もなく、それならばはやての決定ならば従うしかない。

「では八神さん、衛宮さん、リインフォースさん、……”呪(しゅ)”、というものをご存知でしょうか?」

いきなりの意味不明な質問に、少しだけ士郎は眉をひそめた。

「しゅ、ですか?」

「はい、呪い、呪文、呪術、これらに共通して使われる漢字の、”呪(しゅ)”、です。お2人も名前から、地球、日本出身でしょう?」

士郎の疑問はさらに増える。

男は、士郎とはやての出身世界を日本と言い切った。

スバルのように日本語のような響きながらも、純粋なミッド人(?) もいるというに。

「人を呪ったり、怨んだり……することでしょか?」

男は、はは、と柔らかい笑顔で答える。

「それは、違います。確かに、呪い、呪術、という例を挙げましたが、それは飽くまで応用……”呪(しゅ)”とは、万物を縛るもののことを言います」

はぁ、と曖昧に返事を返すはやて。

「たとえば、この世で最も短い”呪(しゅ)”とは、名です」

「名前……?」

はい、と男はまた笑みを浮かる。

「それは草、木、もっと言えば八神はやてさんという人物……”名”がなければ、八神はやて、という人は存在しないものになるでしょう」

その話は少しばかり、聞き入ってしまった。

士郎が使う真名開放も、やはり重要なのは名前。

その物体が象徴する最もわかりやすいものが名であり、あの有名な物干し竿などの刀も、”物干し竿”という名前がなければただの長い鉄の塊だろう。

「この世に名づけられないものがあるとすれば、それは如何様なものでもないということ……存在することが許されない……いえ、存在しない、ということになるでしょう」

「えと……それが安倍さんのしていることと関係が……?」

「抽象的で申し訳ないですが、私が研究していることはそういう”コト”になります」

その話を聞き、まったく関係ないのだが、凛がいっていたことを士郎はふと、思い出す。


士郎達の世界の話になるが、日本には日本特有の魔術というものが存在した。

ただ、それらを使うものは魔術師、の括りにしたら凛が怒るだろう。


―――――その特有の魔術を使う人たちの1つが、陰陽師


歴史書にも名前を出すくらいの有名なもので、律令制時代……大体日本の7世紀から10世紀くらいまで実施されていた時代の中務省(なかつかさしょう)のなかの1つに、陰陽寮が在る。

律令制やら中務省、そのあたりの話は歴史の話になるので割愛するが、少しだけ陰陽寮の話をしよう。

陰陽寮の仕事は、占い、天文などのことを担当する。

今では考えられないようなものだが、昔はかなり重宝されている部分があったのだ。

陰陽道を基礎とし、そこからいろいろ天災を占ったり、時には人の進退についての相談を受けたりと、そういう抽象的なもの。


そんな陰陽寮だったが、現代になれば勿論そのような不確定的なものは政治云々では嫌われる。

現代ではほとんど名を消してしまって、映画やテレビのドキュメンタリーに登場する程度にとどまっている”陰陽師”という職業。

――――だが

ひっそりと、水面下で、それを継承しているものが確実にいるという話なのだ。

ただの占いではなくきちんとした陰陽術により、行くべきか、引くべきか、などの助言を1部の政治家などに与え、それによって報酬を貰ったり、と。

それは飽くまで”職”であり、凛達のような”魔術師”とはやはり違うもの。

絶対数もかなり少ない。

もはや今の日本ではオカルトの分野になってしまっている陰陽師という存在だが、かえってそれが、それでお金を貰っている本物の陰陽師には得になっている。

……魔術師として凛の怒りは、何故そのような力を持っているのに根源に向かおうとしないのかというものも含まれる。

例えば凛の属性は5大元素だが、これは「 空気 火 土 水 エーテル 」、または言い方を変えて「 風 火 地 水 空 」なのは承知の通りだと思うが、陰陽道はこれまた独自の思想……陰陽五行といえば「 木 火 土 金 水 」によって万物は形成されているとしている。

ちなみに、よく聞く式神のようなものは飽くまで陰陽道のおまけであり、そっちを使役してバリバリ戦うというのは間違っていたりも。

蛇足だが、”丑の刻参り”というのも式神使役法の一種だったりもする。


明らかに、ほぼ根本から思想が違うのに出来上がっている1つの魔術形態。

それを、根っからの魔術師の凛が認めていないわけがない。

そういう意味で、凛は怒っていたのだが――――


テレビなどの似非陰陽師に隠れて活動する本物の陰陽師……日本が生んだ魔術形態、そんな話を士郎は凛から聞いたことがあったのをふと、思い出した。

「んんー……教えてもらったのにすいません、ようわからんです」

「そんなものですよ、八神さん」

ふふ、と男はこれまた微笑を口に浮かべる。


風がそよぐ様な笑い方を保っていた男だったが、おかしい。大体はさらっと笑みを作り、いつの間にか戻しているのだが……その微笑が、収まっていない。

注意深く観察していた士郎。

男の口元が少しだけ、本当に少しだけ、釣りあがるのを見逃さなかった。

――――ここで、士郎は違和感に気付く

”甘い”匂いがするのだ。

久々に感じる、”魔術的な”香り。

そう、あの学園が恐怖に包まれたときのような――――


「――――はやてっ!! 今すぐアーチに連絡を!」


そこまで思い、士郎はバネに弾かれたように飛び起き、はやての前に出る。

訳がわからずも、マルチタスクという便利なものを持っているはやては即座にことの異常性を感じ取る。

いつの間にか扇子を取り出し、口元を隠しながらくつくつと笑う男。


「う、そ……つながら、へん……?」

「なんだっ……って?」


「――――私はこれを絶の結界、と呼んでいます。用意がなかなか大変でしてね」


優男風だった男がいつのまにか爬虫類の様な眼光をし、それをはやてと士郎に送る。

リインも士郎の隣に浮き、はやてを守るように。

士郎はほぼ情景反射で呪文を心で唱える。


――――投影・開……

…………は?

「無駄ですよ、大掛かりな結界ですからねぇ……不自然にならないように時間を稼ぐのは、少しばかり難しいものでしたよ」

投影が、できない。

いや、体内から魔力を……感じない……?

そんなことはないはずだ。それならば魔術を使うものとして、ガソリンがないようなもの。そんな状態で活動できるのはおかしい。

「――――ご同行を、お願いできますか?」

攻撃を加えられたわけではないのでまだ動けないが、はやても立ち上がる。

「拒否、いたします。そうそう……貴女方が探しているのは……これ、ですかね?」

わざとらしくとぼけた様に、男は座ったまま懐に手を入れる。

そこから取り出すは――――

ぼろぼろの、紙など灰色に色あせ、ところどころ千切れ千切れになっている……1冊の、本。

1度本物を見たことがある士郎にはわかった。

ああ、確かに、あの本は――――レリック

人間とも融合できるのだから本と融合していてもおかしくはない。

「管理局の権限で、それを回収いたします。リイン」

実はまだ行動を起こすことは無理なのだが、明らかに異質なこの状況。

「はいです。捕らえよ、凍てつく足か――――へ……っ?」

「リインっ!?」

「マ、マイスターはやて! おかしいです、魔力が……あるのに、使えません……っ!」

「なっ……」

ことの重大さを知り、はやては目の前の男に近距離魔法を放つことにする。リインが無理なら私が、と。

だが――――

「無駄だ、と言ったでしょう? 追記して言えば、この居間から抜け出すことも、囲炉裏のこちら側に来ることも、貴女方には不可能です」

魔法が発動、しなかった。

「ふざけるなっ!!!」

士郎が、嫌な笑みを浮かべ続ける男の方へ蹴りを放つ。

――――だが

壁を蹴ったような感触。

何もない空間なはずなのに。

「”あの子”が来るまでほんの少し、時間がありそうですからね……仕掛け晴らし、といきましょう。まず、安倍清明というのが偽名なのは当然の如く、大正解ですよ」


――――士郎は自分の不甲斐なさで自分を殺したくなった


こっちの世界に着てぬるま湯につかっていたからか、どうなのか……”魔術”を知らなくても、魔術にたどり着いているものがいない、といえるわけもないのに。

気付くべきだった。ヒントはあった。

甘い香りも、五感を強化して感じ取れば看破できていたかもしれないのに。

「し、士郎君……?」

「結界だ、はやて」

閉じ込められ、魔法が、そして魔術が使えない事態に気付いてはいるが、魔導師であるはやてにこの異常が正確には伝わっていない。

”なんか気味悪い空間にいる”、くらいのものだろう。

結界という言葉自体は魔導師も使う表現なので把握したらしいが、魔導師が使う結界というのは飽くまで認識を逸らすためのものなどが多い。

だが、これは――――

「この本の名前は占事略决(せんじりゃっけつ)、と言うのです」

占事略决……安倍清明が残したとされる、有名な書物。

「そんなこと聞いてな――――」

「士郎君っ! 落ち着き」

……っく、と士郎は歯痒みする。

怒ってもいいことなど何もない。

まずは、落ち着くことだ。

「私の家系は代々陰陽師の家系でしてね……とはいっても、まさに占いごとの延長線上……今となってはおままごとにしか思えませんね。陰陽師なのに祈祷師まがい、イタコまがいのことをするんですから」

「私たちを、どうするつもりです?」

だがそのはやての言葉に男が耳を貸すことはなく、飽くまで自分に酔うように言葉を続ける。

「そして私の家に代々伝わっていたのがこの本なんですが……本来この本に書かれていることはただの占い術なんですよ」

確かに、占事略决という本は本来、六壬神課(りくじんしんか)という干支などを使った占い術、そして社会の命運などを占う太乙神数(たいおつしんすう)、そして奇門遁甲(きもんとんこう)などのやり方が書かれた、いうなれば陰陽道に関する教科書とされている。

――――本来ならば

「私の家の先祖は大層頭が弱かったらしく、この本の”本当の読み方”を知らなかったようでね……いや、読めなかった、というのが正しいのでしょうか……」

「それとこの結界、何の関係があるんだ?」

注意深さを取り戻した士郎は解析を掛けてみたが、まったくもってわからない。というよりも、解析自体が魔術として成されなかったのだ。

本来使えていたものが使えない、本来あって当たり前のものがない……いつも持っていた携帯電話を家に忘れたようなものである。

落ち着けば、対処できる。

「まぁまぁ……どうせ貴方達はここで終わりなのですから、付き合ってくださいよ。長年1人暮らしのようなものをしていますと、誰かと口をきけるということはなかなかに嬉しいものでしてね」

聞き捨てならない言葉があったが、そんなものは要らない情報でしかないので士郎とはやてはあえてその部分を聞き流す。

「貴方は先ほど、もう1人いるとおっしゃいませんでしたか?」

「いえいえそれはまぁ……あの子には、感情がないもので。ほら、入っておいで」


――――閉められていたはずの障子のふすまが開かれる


「…………」

そこにお盆を持ち、棒立ちになっている1人の少女がいた。

長い銀色の……少しだけ青みがかった青銅のような髪を、うさ耳のような黒いカチューシャでとめた、エリオとキャロより少し大きいくらいの、女の子。

手入れをしているのかしていないのかはわからないが、長らく切っていないであろう、長い髪。

それは、見ただけでは枝毛や荒れている部分は見当たらないほど、整ったもの。

明らかに適当に見繕われたであろう、ただの無地、真っ白なワンピース。

裸足で、なんの装飾品もない……この子がこの格好のまま外にいたら、端から見たら孤児にも見えるだろう。

容姿だけ見ればかなり美人……将来は確実に素晴らしいことになるだろうとの想像が難しくないほど。

しかしそれは日本人ではなく、地球各地をある程度まわったことがある士郎からすればその子は露(ロシア)系の雰囲気がある。

ただ――――

髪の色と同じような雰囲気を持つ目には――――

生気が、なかった。

まるで命令を受けたものをそのまま遂行するロボットのように、人間という器から魂というものが抜け落ち、ただの人形のように……。

目の前に士郎やはやて、リインがいるのにも関わらず、まったく焦点のあっていない瞳。

はやてが呼びかけるも、まったくもって反応すら見せない。

あたかも目の前には何もない、とでも言っているような。

そしてその子に触れようとしたはやては、見えない壁に阻まれた。

「彼女が来たところで話を戻しますと、私の代になりこの本を手にしましたところ……何の偶然か、赤い石が日本にいたときの庭に転がっていましてね」

「レリック……!」

はやてはようやく、事態を把握できたようだ。

見えない壁のようなものに阻まれ、左右に1歩程度しか動ける隙間しかなく、魔法も使えない――――

外との連絡も取れず、直ぐに試した念話も不可能。

最初はAMFのように思われたが、魔力結合が阻害されるどころの話ではない。

魔法そのものが、封印されているような――――

「淡い光を放っている石は勿論目を引きましてね……今のようにほぼ常に持ち歩いていたこの本と同様に懐に仕舞ったところ……」

「融合、したってか?」

ご名答、と男は言った。

「私も最初はわけがわかりませんでしたけどね……見えて、きたのです。この本の本質、というべきものが。ああ、安倍清明という人物は偉大だった。系譜的に先祖にあたるものではないのですがね……私にこの本を与えてくださった天命に感謝すべきということですか、ね」

その少女は身動きすらせず、虚ろな目で部屋の中央を見ている。

男は言葉を続けた。

「赤い石と融合したと思ったらまぁ……見えてくるではないですか、この本に隠された本当の陰陽術というものが……っ! 式神を従え、鬼を調伏させ、”場”を操る術がっ!!!」

なんと――――

この男は、魔術がない世界で……魔術に辿りついた、というのか。

いや、確立されていなかったはずの”本当の陰陽術”を、偶然で手に入れてしまったというのか……。

平行世界という単語が身近にある士郎は即座に思考を切り替える。

この男はいわゆる……士郎達の世界で言う、”魔術使い”ということか。


――――まずい


今士郎達の状況を鑑みるに、翼をもがれた鳥も同然。

「はやて、リイン、無理か……?」

「はい、です……」

「私のミスや……ごめん」

くそ、と士郎は数度目になる悪態を心の中でつく。

「管理局は困ったものですよ……成人付近の健康な実験体をくれ、といったらまさかここまで危険な人物をよこすとは思いませんでした。ああ、貴方達も相当邪魔な存在だったようですねぇ……?」

今、この男はなんていった……?

「なっ……なんやてっ!!!」

はやてが咆える。

「だから言ったでしょう、貴女方は私の実験体なんですよ」

「聞きたいことはそこちゃうっ!」

繋がる。

合点がいった、というべきか。

本局の命令により不自然に部隊が散り散りになっているこの状況。

凛やセイバーまでもがどこかに連れ出されている、明らかにおかしい今回の任務。

「だから言ってるじゃないですか……とある管理局のお偉いさんと私は協力関係にありましてね。ギブアンドテイク、ってやつでしょうか。相当面倒だったらしいですよ、ええと……遠坂凛にセイバー、でしたっけ? そして貴方、衛宮士郎……不可解な奴らがいるからして、部隊を散らせるのは」

「それは誰やっ!!!」

はやては士郎達が詳しく知らない過去がある。

闇の書事件……。

罪を償ったとしてもそれを快く思っていない輩は、確実にいた。

それのつながりなのかはわからないが、はやては決して誰からも怨まれていないわけでも、なかった。

「さぁ? 知る必要もないでしょう。さて、そろそろ大丈夫ですか? トリースタ」


「…………もう、少し」


今まで無言だった、トリースタと呼ばれたあの少女が口を開く。

「なにをする気ですっ!」

マルチタスクでも処理できないような色々な念が渦巻いているはやての変わりに、リインが叫ぶ。

「もう少しとのことなので、おしゃべりを続けますね。どうせならば私の研究していることをお教え致しましょう」

「聞きたくないですっ!」

「まぁまぁ……貴女方のされることなのですから、聞いておいても損はありませんよ? 憑依術って聞いたことないですか?」

憑依術……シャーマニズムにおける、神や信仰の対象などを術や祈りによってモノやヒトに降ろす術……。

降霊術ともにている。


――――それを、拒否する俺たちにやろうというのか?


「レジアスとかいうのがやった戦闘機人、人造魔導師……こんな違法を態々するなんて、馬鹿の極みでしょう。戦力強化なぞ、人に強力な動物の霊でも降ろしてやれば、従順で強力な”ドウブツ”の出来上がり……いえ、出来上がるはず、です」

「……無理だ」

そんな話を聞き、士郎は少し安心した。

他人に干渉する魔術、というのは基本的にかなり難しい部類に入る。

例えば、いくら強化が得意な士郎でさえ、他人に強化の魔術を掛けるのはほぼ不可能なくらい、難しい。

凛でも無理だろう。

魔眼的なもので意識を乗っ取るのでさえ、特1級……。

聖骸布を持ってないことにかなり後悔しているが、この男がやろうとしていることはそれほどまでに難しい。

意識を乗っ取って操るのではなく、完全に魂を入れ替えるといっているのだ。

その本来の魂があるのに違う魂を入れるとなれば、魂を密接に関係している身体がその違う魂を拒絶する。

本能、と言っても良い。

さらにそこに魔術的な抵抗が加われば、ほぼ、ではなく不可能だろう。

「ええ、無理でした。この本にやり方こそ書いてあるものの、それが適用するのは魂を食われたものや自分からそうなる意思があるもの……この本の力なら無理矢理やることならできたのですが、それはとんだ失敗作でした。ああ、悔しかったですねぇ……それも役に立ったことはたったんですけどね」

「なら、なぜやろうとする! 無理だとわかってるんだろ!」

「無理……でした、と言ったのです。彼女……トリースタ・シェスチナの能力を詳しく知るまでは。まぁもっとも、彼女のそれは名前ではなくただの開発コードなんですがそれはまぁ……どうでもいい」

はっ、と士郎は相変わらず虚ろな目で佇んでいる少女を見た。

トリースタ・シェスチナ……ロシア語で、トリースタ(300番)・シェスチナ(第6の)。

士郎はある、冬の少女を思い出す。

自分の姉であり、この子とは少し違う銀髪の――――

「その子はもしかして……」

一向に変化のしない、まるでガラス張りのような空間。

その外にいる、儚げな少女は……。

「ええ、作られた存在です。しかも、地球で。信じられますか?」

「嘘、や……」

地球でこれほどの技術が確立されているという事実は、耳を疑った。

士郎からすればそれほどでもないのだが、”こっちの地球”でそのような技術があるとは……。

だが、ミッドの技術を逆に、地球に持っていけば……。

――――いや

今考えるのはそのようなことではない。

「その子の命を嘘というのは勝手ですが……。某大国が秘密裏に研究していた生体兵器なんですよ、その子は」

「お前と何のつながりがあるんだよ、この子はっ!」

生体兵器、そんなことはどうでもいい。

「この本を手に入れてから覚えた、式の使役法を嬉々として学んでいた際の偶然なんですけどね……どこまで潜れるか試してみたかったのですよ。そこらへんのコンビニエンスストアから始まり、学校……銀行……徐々にエスカレートしていき、日本の政府のデータベース……」

魔術ではこういうことも可能だから困る。

能率や効率で見れば科学に負けるところのほうが多いけれども、科学に対しある1部分でジョーカーのように強力な一面を発する、魔術……。

「さらに、某国のペンタゴンを勝手に査察したりもできましたねぇ……まぁ、その結果たどり着いたのが、その子が……いえ、その子の姉妹が眠る、巨大な研究施設。そりゃもう、驚きましたよ。どこか容姿が似通った少女達が大量に生体ポットのようなものの中に浮いているんですから」

「お前はそれを……っ!!!」

ギリ、と握りこぶしを握る。

「壊しました。この本がどこまでやれるのか、というのを試してみたかった。ええ、準備は周到にしましたとも……そこで役に立った……いえ、本気で興味を持ったのが先ほどの憑依術です。面白かったですよ、向こうの守りを混乱させるためだけにそこらへんの人に動物の霊を降ろし、適当に離した後結局器と中身が伴わず崩壊していく人を見るのは。ただ、従順ではなかったですよ……とんだ出来損ないです」

また男は、爬虫類のような不気味な笑みを浮かべた。口を片方に吊り上げ不自然に笑うその様……。

「貴方は……管理局法でもいくつの罪も犯しています。罪状は後々に……八神はやての名において、逮捕します」

「やってごらんなさい。私は喋らせてもらいますよ……ああ、やはり研究の成果を人に見せ聞かせるというのはなかなかの快感ですね。自己陶酔とでも言うのでしょうか……」

「くっ……」

啖呵を切ったはいいものの、成すすべがない。

上下左右、前後もだめである。

そして一向に魔力が戻る気配もない。

ただ、感じ取れるのは――――

甘い香りがさっきよりも強い、ということ。

これもほぼ直感。

いや直感だからこそ、魔力に関係なく働けているのだろうが……。

「本当はそこで人と動物の融合形の完成を目指してもよかったのですけど、本来の目的を見失っては元も子もないですからね。手っ取り早く、施設を破壊しました。勿論証拠など一切残さず……動画記録等が残っていたとしても、勝手に物が散乱していくポルターガイストのようにしか映らないでしょう」

士郎が持っている単純な知識からすれば、あの本が本当ならば……あの男は最低12の式神……六壬神課で使用する象徴体系の1つに12天将というものがあり、それをもし、もし使役できるとするならば――――

――――安倍清明という人物は、守護者並の力を持っていた……?

「その施設にあったのはほぼ死体でした。これも事前に念入りに調査を入れましてね……その中で”最高傑作”と呼ばれていて、息をしていたのが彼女だったのです」

それを助けた、と。

「人のことを……最高傑作、やて……?」

ええその通り、と男は頷いた。

「何でもその施設で研究していたものが、ESP能力……いわゆる超能力だったのですよ。人工的に子供を作り上げ、先天的、後天的にそのESP能力を開花させる研究所……とは言ってもその子は発火能力とか、そんなものを持っているわけではないのですが」

ESP能力は大別的に見れば、予知、透視、サイコメトリー、……てパイロキネシス(発火能力)等も全てここに含まれる。

スプーン曲げなどはESP能力より、PK(サイコキネシス)能力と言われることもある。

ESPとPKの違いは、ESPを超能力、PKを知覚を超えた知覚、というよくわからない括りをするのだが……まとめてPSI(サイ)、と呼ぶ。

「それとお前の研究、一体何の関係が……それと、俺たちをどうするつもりなんだ?」

慌てずに慌てずに、と男は嫌みったらしくそう言った。

「簡単ですよ。試したいのです。人間の器と魂が揃っているところに、違う魂を無理矢理入れたら器が壊れてしまうのは散々試しました。それはまぁ、”魂が無垢であるとされる子供で試した”ところで変わりませんでしたからもういいです」

コイツは一体、なにを言ったのか。

脳裏に過ぎるは、原因不明の行方不明事件――――

「それは体が拒絶するからと考えたのですが、魂が反発しあってしまってるのではないか、と最近になって考えたのですよ」

「だったら俺たちを拘束する意味も――――」

「ありますよ。貴方達には魂……意識、と言ったほうがよろしいでしょうか……それを今から、刈り取らせていただきます」

人という器のなかに魂が収まっており、その器に無理矢理他の魂を入れると器が崩壊してしまう。

ならば、その元々あった魂を器を壊さず取り除き、そこに新しい魂を入れましょうという気が狂っているとしか思えない考え。

「それは無理だ」

その考えを、魔術を知っている士郎は否定する。

元々何も入っていない器に入れるならまだしも――――

「いえ、できます。実験と言ったほうが正しいのかもしれませんけどね……まぁ確かに個人1人の力で人の根本となる魂を、器を傷つけずに取り出そうなど、無理な話でしょうね」

「だったら――――」

「やります。だからこそ……彼女がいる。ほら、初めてなので手間取ってしまいましたが……いいおしゃべりができました。楽しかったですよ」

はやてとリインは、異質な会話についてこれていない。

地球の科学レベルからしたら超科学が蔓延る管理局。

そこの仕事でまさか、”魂”等という抽象的な言葉を聴くことになるとは思っていなかったのだ。

それなのに士郎とこの男は、まるでそれが当たり前のように会話をする。

「ふざけるなっ!!!」

「ふざけてなんていませんよ。言ったでしょう? 彼女にはESP能力がある、って。ESP能力研究における第6世代の300番目、トリースタ・シェスチナの能力が。……準備はできましたか?」

「……はい」

トリースタと呼ばれた少女が再び、口を開いた。

「おいっ!!!」

がん、と士郎は見えない壁に手を打ち付ける。

「……最後に教えましょう。彼女のESP能力は2つ……対象の思考を色として読み取るリーディング。まぁこっちは、彼女の意識を奪っているので役に立たないのですが……今回使う、プロジェクション。念写と近いですが、どちらかといえばテレパシーに近いかもしれませんね。簡単に言えば対象にイメージを送るのです」

「そんなもので……っ!」

「プロジェクションは幅を広げれば、私の陰陽術の増幅装置にもなるということが、わかったんですよ。――――さ、始めましょう」

男はずっと座っていたが、片膝をついて中腰になる。

「まだ聞きたいことがあるっ! 一体お前は――――」

聞きたいことが山ほどある。

本当に管理局が自分たちをここに、まるで生贄のように送り込んだのか。

何故、こんなことをしているのか。

何故、こんなところに住んでいるのか。

どうやって、地球にいたころ管理局と接触したのか。

中途半端にわかるからこそ、余計にわからなくなるものばかり。

少女の目に生気がないのは一体何故か。

男が操っているのか?

この魔術、魔法が使えない結界に関しては、”魔術師の工房”という見方をすれば納得できる。

いくら凄いといっても、それ相応の術と時間と資産があれば到達できる範囲だろう。

工房にうかうかと入り込んだことと、ただただ、自分のうかつさを呪うだけだったが。

「こちらとしてもまだまだ話したいことはあったのですがね、余興はここまでで十分ですよ」

士郎は咄嗟にはやてのほうを向いた。

「はやてっ!」

「だ、だめやっ! 何度もやってるけど、つながらへん……」

「こっちも、だめですっ!」

男は右腕の手を腕、地面と垂直に、そして手の人差し指と中指を立て薬指と小指を折る。

その形の右腕を口元に持っていく。

左腕で何かを払うように地面を擦ると、男はボソボソと何かを呟いている。

お経を読み上げるような抑揚のない声で、しかしまったく聞き取れず――――

「――――対象者への疑似同調を開始」

機械的な少女の声が響く。

「な、なんやこれ……あ、頭が……割れっ……るっ……!」

「はや――――……っが!?」

高速で頭の中を釘が駆け抜け、いたるところ突き回しているような痛みと、万力でごりごりと締められているような鈍痛が襲う。

意識をしっかり保って、どころの話ではない。


――――これでは


「はやてちゃんっ! 士郎君っ! どうしちゃ――――……ぁっ……ぅ……」



――――貴方達の体は頂きます


まるで消えうる火のような意識の中、男の声が響いた。

薄っすらと閉じられる視界。

さっき見ていた女の子が横に見えるあたり、ああ、俺は倒れてるんだなと漠然とそう思う。

しかし

士郎はそんな混濁した意識の中、決して見逃さなかった。




――――あの少女の目から、一雫の涙が零れていたことを













――――――――――




時間がかかりました、あすくです。

新話……ということで、私の中に前々から、魔術っぽい話も書きたいなーとおもったのが今回の元になってます。

魔法でどかーんばきーん、はクロスでよく見られるのですが、Fate的な意味で神秘的な戦いはあまりないんでないかな、と。

とはいってもこの男は魔術師でもなんでもないですが(苦笑)


それよりも、今回の話を閑話で書く分には部隊が散り散りなっているのはご都合主義でできましたが、真面目に書く上でこれ(部隊の中に残っているのが部隊長と下っ端+曹長+通信兵)のご都合主義は無理です。

はやて中編といっていましたが、結果的には先が続いてしまいそうです……。

グレアム提督ではないですが……闇の書事件をやっぱり快く思っていない輩もいるのでは? という妄想の下。


正直、次回とか終わりの部分、そして今回の状況を作り上げるための裏側背景のほうを色々考えてしまい、進みませんでした……orz

そしてかなり特殊な設定だと思うので、うわーと思われる方が多いのでは、という一抹の不安も抱えていたり……。

次回もまた、一週間~二週間の間と思ってもらえると幸いです。

手直し:新話を今まで1:1だったのですが、2:1くらいにしないと一向に終わらない罠!

ではでは、今回も手にとって下さり、本当にありがとうございました。


感想ご指導、お待ちしております。




[5645] Fable2
Name: あすく◆21243144 ID:97377212
Date: 2009/08/01 12:50

目を閉じたら真っ暗闇になるか、と問われればどうだろうか。

そうだ、と言う人が大半だろうか?

もしかしたらきっと、ぐわんぐわんと黄色やら赤やら妙なものがちらちらと見えると答える人もいるはずだ。

見えるという表現が正しいのかわからないが、”まぶたの裏を見ている”という、奇妙な表現。

そんな、感覚。

頭の中身がねじれているような、まるで箪笥をひっくり返したときの乱雑さがする、今の意識。

頬に冷たい何か……地面だろう、それが体全体の半分だけ触れていることから、自分が地面に横たわっていることを認識する。

混濁した頭では今の状況を1つ1つ理解するまで激しく時間がかかった。

寝起き直後にヴィヴィオがいたときともまた違った、頭のエンジンが掛かるまでに時間が掛かるという妙な感覚。

本来朝は強いはずの士郎だが――――


――――あれ、俺は…………?


士郎は現在の体位を確認した数秒のち、やっと現在の境遇をきちんと考えられるようになった。


――――確か、任務で……任務っ?


士郎は飛び起きる。

はやては、リインは、どうなったのか。

あの陰陽師は一体なんなのか。

だが――――

「っぁ…………」

まるで寝耳に水を掛けられたときのように飛び起きた士郎は立ちくらみでふらふらする。

少し頭を押さえ冷静になると、砂で汚れた管理局の制服を手で簡単に払う。

靴で足場を確かめるように地面を軽く蹴った。


――――え?


そこでやっと、違和感に気付く。

「なん、で…………さ?」

独り言は恥ずかしい、とあとで少しだけ後悔するの士郎だが、今はそんなことも考えられていなかった。

結界を張られ、魔術が使えず、確か魂を器から取り出すといっていたあの男、そしてそのときの状況が鮮明に思い出された。

そこまで思い出せやっと、明らかな違和感、いや、”明らかにおかしい場所にいる”ことを認識した。

――――どこだ、ここ

士郎の心の疑問は尤もである。

体ごと回転させて風景をみると、辺り一面砂漠……荒野……岩石地帯と言ったらいいのか……まず、雷雲が立ち込める夕方のときと似たあのどす黒い雲が広がり、そのせいか辺りは少し暗い。

今にも豪雨と共に雷でも鳴り出しそうな雰囲気である。

そして、少しばかし砂利が混じった土の地面が士郎の見える限り続く。

その所々に無造作に置かれている……いや、巨大な石が隕石のように振って来たあとなのかと思うほどの、士郎の身長の数倍はあろうかという岩が乱立している。

こんな世界に見覚えはない。

――――はやては? リインは?

士郎の疑問に答えてくれるものはいない。

そして魔術は――――

「……っ」

やはり、使えない。

何年も慣れ親しんでいた自分の中にあるものが使えない、この焦燥感。

それはさておき、一体どういうことになっているのかがさっぱりわからない。

あの時倒れた感覚ははっきりと思い出せる。

畳の感触が頬に触れるかどうかというときに意識を失ったことも、おぼろげながらに覚えているのだ。

あの、名前すらももらえていない少女のことも――――

救いたい。

ただのエゴかもしれない。

けど―――――

――――あのとき見た涙は、本物だと思ったから

意思を決めたときの士郎の行動は早い。

まずははやて、リインと合流するのが先だ。

魂が云々、と言っていたことを士郎は思い出すがそれはやはりはったりなのだろう。

魂が消失しているのなら、自分が今こんなところにいることも証明できないし、そもそもこうやって意識を持っていること自体が矛盾している。

管理局の人間が士郎やはやてに恨みがあったのかという政治的な話は士郎にはわからないが、処分したいならば別に魂を奪う、なんてことをする必要はないのだから。

となれば、考えられるのは……。

――――転移、か?

自分たちの魔力を使えなくするという、激しく強力な結界を張り逃げられなくし、あとはこのようなまるで殺風景な世界に飛ばし、のたれ死ぬのを待つ。

いや、待たずとも魔術、魔法が使えないならばここから脱出するのは不可能だろう。

強化してないとはいえ、士郎の視力は人並みかそれ以上。

見渡す限り……所々点在する岩が邪魔だが、地平線すらも見えるほどに広い。

物といえば岩か土、砂利くらい。

一時期戦場に身を置いていた士郎は究極的な状況に1度陥ったことがあり、草の根っこから水分をとったり、葉を食べたこともあるが、ここでは草すら見当たらない。

動物なんて、自分以外いるのか? と問えば即座にNOと応えたくなるほどに静かだ。


「はやてーーーーっ!!! リインーーーーっ!!!」


ふと思い立った士郎はとりあえず叫んでみた。

先ほどの自分の状況から、転移だとすればはやてやリインも近くに倒れている可能性は捨てがたかったのだ。

単独行動が多かったりの経験から、1人だから寂しい、不安だ、という感情はない。

もし戻れなかったら……などと思うことも、自然とない。

かといって、死を覚悟しているわけでもないのだ。

士郎の自分の力では無理でも、はやてとリインがいれば転移で帰れるかもしれない。

クロノの艦が迎えに来るという手はずになっていた手前、近場にいないとも限らない。

向こうが発見してくれればそれで帰れる。

個人の力で転移できること自体が驚きだが、それでも世界をいくつも跨いで飛ばす、なんて人外的な力は流石にレリックと融合したあの本でも無理だろう。

よし、と意気込む士郎だったが……ふと、気付く。

――――なんで、靴を履いている……?

そのまま転移だとしたら、靴を履いているのはおかしい。

あの時最後に意識があったのは室内だ。日本式家屋の中にいて、履物を履いているのはありえない。

男が使った魔術が一時的に気を失わせるものだったとしても、態々靴を履かせるなんてありえないだろう。男に男がわざわざ靴をはかせていたらただの変態である。

――――まぁ、まずははやて達を探すか……

わからないことを考え続けても深みに嵌るだけなので、思考を切り捨て士郎は歩を進めることにした。

まさに勘のみに頼り、乱立する岩を周るように歩く。

乱立する、とはいっても実際歩いてみると一個一個の岩の間はそれほど狭いものではなく、見えている範囲が広大すぎてそういう感覚になるのだろう。

少なくとも、4つの岩を線で結んだとして、そこを使えば軽く運動会ができるくらいの広さや間隔はある。

ほぼ無数にある岩の後ろを見るように、適当に歩く。

岩の陰に倒れていたとしたらほぼ確実に、気付かないだろうから。

本当に同じところにはやてやリインがいるのかもわからないのに、気の遠くなる作業。

一応のことを想定して走るようなことはせず、歩いて岩の世界を巡る。

のぼれそうな岩を見つけるたびに、簡単に乗って見渡してみたりもした。

やはり、視点が高くなっても見えるのは黒ずんだ岩と曇天、地面だけ。

目印になるものなど、形が少しずつ違うだけの岩のみ。


―――――くそ


歩く。


……歩く。


…………歩く。


疲れたら休もう、などとも思ったが、不思議と疲れない。

心のどこかで沸き始めている焦り、のようなものがそうさせるのか、士郎が足をとめることはない。

一体どれほどの時間が経っただろう?

1日や2日などとは言わないが、少なくとも体感的には数時間は下らないかもしれない。

わらをも掴む気持ちで岩の後ろを覗き、人が倒れていないかどうか見ていく。

たまに名前を叫ぶのは忘れない。

叫ぶと少しだけ、活力が沸くから。

そしてまた、歩き始める。

一向に終わりの見せない、この岩の地帯を。


「ふぅ……――――」


肉体的な疲れはない。

これだけ歩き回ったのだから多少なりとも生理的な欲求がきてもいいと思うのだが、自然と空腹にはならないし、尿意などもまったくないのだ。

もう1度、冷静になって考えてみようと思った。

途中から見た岩の数を暇つぶしがてら数え始め、200とカウントしたところでその岩に背を預ける。

地面に腰をおろすと、ふと空を見上げてみた。

やはり何の変化もない、この状況。

打開策も浮かばない。

常に手持ちのデバイスに入っている通信機なども即座に試したが、そこに映るのは地球にいたころのテレビである、俗に言う砂嵐。

そんなものただのガラクタである。

かといって捨てるのもあれなのでそれを管理局の制服のポッケに押し込むとまた、少しだけ考えにふける。

――――リーディングと、プロジェクション

そのままの意味でとるなら、”読み取り”と”投影”。

あの少女はESP能力持ちだという。

超能力のくくりで見れば、リーディングは他者の思考を読み取る能力、プロジェクションは相手の思考に自分の思考を割り込ませる能力。あの男は、念写、テレパシー、と言った。

これで正しいのだろうか?

リーディングに関してはまったくもって情報がないので考えないが、プロジェクション……それがなぜあの男の術の、増幅装置?

むぅ、と士郎は唸る。

自分の気持ちを折らせないために色々な思考にふけっていることは士郎自身わかっていることなのだが、わからないことを考えても直ぐに終りが見えてしまう。

なので少しでも思考を広げる。

――――ここが現実だとすれば……

あの少女を持ち出す理由が今一わからない。

まぁ勿論、あの男の言っていることが完全なブラフで、ただ単にこっちを混乱させるためだけに言ってるということも十分に考えられるのだが、あの完全有利、自己陶酔している状況で態々嘘を吐く理由も考えにくい。

わからない。

しかもあの少女は、作られた存在だといっていた。

米国に侵入していたのに飽き足らず、露の研究室まで足を広げるというのは士郎の持っている地球の情報からして、かなり勇猛であり同時に無謀でもある行為だったりもする。

エリア51、という米国の機密施設などの話が本当かどうかはわからないのだが、それと同じレベルの秘密にあの男は踏み込んだというのだ。

それを成功させてるからして、レリックというロストロギアと、占事略决(せんじりゃっけつ)という本……それが合わさったときの力は……。

もしかしたらの話だが、眠っていたことを考えれば占事略决もロストロギア指定されてもおかしくない代物なはず。

ロストロギアの2つが融合した、とかいう正直考えたくないような最悪な思考が若干ながら頭をよぎる。


――――ちくしょう


思考に区切りがつき、ふと、フラッシュバックのように今の状況を思い知らされる。

どうしたらいいかわからない。

どすれば……。

諦めではなく悔しさから、士郎は地面を殴った。


……そこで違和感に気付く。


ふと、背後の岩から気配がしたのだ。

どこぞの漫画のように”範囲内にあるものの全ての気配がわかる”という敏感さはない士郎だが、人並み以上であることは確かである。

もしかしたら、と思い士郎は立ち上がり、勢い良く振り向く。

「はやてなのか? よか……――――なっ……!」

即座に反応できたのは僥倖だった。

思い切り左に横っ飛びしあまりにも突然だったので地面に転がるが、自分が立っていたところの地面が深々と抉られているのを見て少し戦慄した。

「ヴぁあガああ――――!!!」

バーサーカー、を思い出す。

身長も似ていて、バーサーカーより少し大きいくらいなものだろう。

筋肉質で、手に武器を持っているのも酷似していた。

だが――――

鬼。

この言葉が1番、しっくりくる。

角が2本あり、人間が狂化したように目が釣りあがり真っ黒に染まっている。

牙も見え、その口の間からは汚らしく涎が零れているのだ。

手に持つ金棒は、鬼の図体から振り下ろされることを考えれば人間1人くらいならば軽くすりつぶすだろう。

それが、自分に目掛けて振り下ろされたのだ。

――――何故

疑問の念が渦巻くが、確実にいえるのは鬼の目は自分に向いていて、岩の上から今にも飛び掛ってきそうなのである。

まるで獲物を見つけた狩人のように鬼は士郎を見つめる。


「がァああぁあアあ――――っ!!!」


鬼が飛ぶ。

バーサーカーほどの巨体を持ちながらも、驚異的な跳躍力で上に跳ぶ。

見上げるような形で鬼が跳ぶのを見て、士郎はまずいと本能で悟る。

避けなければならない。

受けきることも考え、強化と投影を試みたがやはり無理なものは無理だったのだ。

走って逃げたのでは確実に捕らえられると悟り、頭上数メートルのところまで金棒を引き付け、思い切りまた横っ飛び。

鬼は思考が弱いのか、金棒で捕らえられてないことを悟るまでに態々地面にめり込んだ金棒を引き抜き、その面に士郎がついてないかまじまじと見ているようだった。

それを悟ると、鬼は頭を動かす。

岩の陰に隠れ鬼の様子を伺う士郎。

単純にバーサーカーに生身で立ち向かったことがある経験から察するに、というかどう考えても、今の状態であの鬼を相手にするのは不可能だ。

どうする。

どうする。

頭の中に言葉が渦巻く。

鬼はセンサーでも持っているのか、士郎の隠れている岩のほうへグルリと首を回した。

地鳴りでも聞こえてきそうな歩き方でこちらに近付いてくるのがわかる。

まるで小学生のようだが、鬼が回りこんできたら方の逆側に素早く抜け出し、即座に逃走を図ることを考えた。

どす、どす、というわかり易い足音が岩の丁度真逆で止まったのがわかる。

流石の図体の鬼でも、いきなり岩を抱きしめるように手を回す、ということは無理な大きさの岩である。

耳を澄ませ、どちら側から来るのかを注意深く聞き取る。

――――どっちだ

あの金棒のときから察するに、それほどまでに鬼は優秀な知能を持ってはいないはず。

ならばこんな単純な作戦とも呼べないようなものでも、成功すると考えたのだ。

だが――――


鬼の思考は、もっと単純だった。


―――砕―――


「はっ……?」

顔や背中にぱらぱらとふり注ぐのは、石の破片。

少しばかり大きなものもあり、軽く頬を傷つけた。

なにが――――

起こった、と疑問を投げかける前に、体は動いていた。

今度は横ではなく思いっきり前に跳び、前周り受身の要領で立ち上がる。

ああ、と士郎は理解する。

背を預けていたはずの岩が、見事に砕かれているのだ。

濛々と立ち込める砂塵の中から鬼のシルエットが浮かぶ。

早急に逃げなければならない。

でなければここで――――


「えっ…………」


どう逃げるか、を考えていたとき。

突然、左腕がなくなった。

いや、少し首を回して地面をみてみると、そこには金棒に潰された自分の腕があるではないか。

全貌は金棒のせいでみえないが、自分の左側の肩口からごっそりとなくなっている本来あるべき”モノ”がないことから想像するに、この眼下に見える金棒の下にはなにが埋まっているか想像は簡単だった。

痛い。

士郎は認識してしまった。


――――痛い


―――――――――痛い


「が、ぁ……く、そっ……」

普通ならこれだけで発狂してしまいかねない状況だが、痛みには慣れがある程度ある士郎の思考はまだ正常。

吹き出る血を見るが、このままではまずい。

さっきの鬼はやっと、自分が砕いた岩の砂塵の中から出てきたところを見るに――――

後ろに、もう1匹。

金棒がやっと引き抜かれたところで士郎の足は動いた。

こんなところで死ぬわけにはいかない。

帰って報告しなければならないことがある。

片腕がなくなると本当にバランスが崩れるのか、非常に走りにくかった。

2匹の鬼は歩きが基本なのかどうかはわからないが、少しだけ距離を離した。

岩に一旦背中を預け、走ってきた方向を見据える。

あまり息は上がっていない。

遠近的に少し小さくなった鬼が見える。

――――あと少しは、休んでいられる

血を何とかしないといけない、というか、左肩からごっそり持っていかれて実際出血しているのに、頭がふらふらになったりしないのは何故だ?

痛覚はあった。

今もまだ、鋭利な刃物で斬られたのではなく金棒にそぎ落とされた形なので、傷口がじくじくと熱い。

出血もしている。

なのに、それに伴ってくるはずの貧血的なふらふらがない。

こないならこないでいい、と半ばやけになり、少しでも休もうと一旦目を閉じる。

が――――

「なっ……!」

左腕がないので受身が取れないことを考え、右に飛ぶ。

右腕1本で体全体を支えるのはいささか難しかったが、できないことはない。

まだ遠くにいたはずの鬼2匹だけだと思っていたら、目の前で高々と金棒を構えていた鬼が1匹。

数時間捜索していたときは1匹たりともいなかったはずが、今になって3匹も――――

いや――――

「うそ、だろ……?」

そう呟いてしまったのは仕方がないだろう。

振り上げた金棒がまた地面を抉り、その際に立ち上げた砂埃が晴れると――――


鬼に、囲まれていた。


そこで士郎は久々に”恐怖”という感情を抱く。

バーサーカーに勇敢にも立ち向かったことがある士郎が抱いた感情。

恐怖を抱いたことは数えるほどしかなく……戦場の町で、数メートル先にいた子供へ向かって小型のミサイルが飛んできたとき……など、少なくとも自分の境遇に対して抱いたことはなかったはずだ。

それが――――

全員が全員コピーのように、同じように金棒を肩に掲げ、同じように仁王立ち。

だが目線は全て、士郎へ向けられている。

士郎を中心に輪のように広がっている鬼を見渡すに、どれの目がどれも、自分に向けてられることを改めて悟る。

ぐるりと首を回転させても、見えるのは汚らしく涎をたらし、金棒を肩に掲げる鬼共。

そんな状況でも、士郎は絶対に諦めない。

死に掛けたとしても諦めなかったのだ。

また、”死に掛ける”程度で臆病風にふかれるわけにはいかない。

恐怖という感情をくずかごにぶち込み、右腕で支えるように体を起こした。

じくじくと痛む左腕は、ないと不便だが痛みで判断が鈍るようなこともない。

邪魔にならないならそれで十分。

「「■■■■――――!!!」」

単体ではなく、群で叫ぶ鬼の咆哮はもはや声ではなく、ただの地鳴り。

士郎が立ち上がったのを確認したからかは知らないが、士郎を取り囲む鬼が皆同じモーションで金棒を振り下ろす。

それは中れば一撃必殺ほどの威力が籠められているだろう。

先ほどの岩を破壊した一撃を思い出せば。

動きも早い。

バーサーカーやセイバー等のサーヴァントほどではないが、強化も何もない士郎ではかなり荷が重い。

ギリギリ、本当にかつかつに、飛ぶように士郎は大量の一撃を避ける。

コンマ1秒でも遅れていたら体のどこかが千切れていただろう。

体を転がすように動かし、そして鬼が愚鈍であることを信じて、”鬼の股”の下を潜り抜ける。

士郎の勇敢な行動は正解だった。

鬼達は皆、同じように金棒の先を不思議気に確認する。

股を潜り抜けられた鬼も、気付いていない。

まさに全員がコピーのような動き。

魔術が使えないのだけが、本当に心苦しかった。

鬼の囲みを脱出したのはいいが、それからは勿論考えてなんていない。そんな余裕はなかった。

走って逃げてもいいが、またあの訳もわからず不思議に囲まれる状況は果てしなく勘弁願いたい士郎である。


――――ぎょろり


円陣だった鬼達の首が同時に……ああ、違う動きも出来るのか、と感心してしまうのは少しおかしいが……鬼達の顔が全て、士郎に向けられる。

即座に体を起こした士郎は、どうするべきかと思考。

逃げても囲まれる。

また囲まれたら、先ほどのように運よく奇跡的に回避できるなんてことはなかなか出来ないだろう。

ならば――――

向かう。

もしかしたらはやてやリインが気付き、助けてくれるかもしれない。

ならば、ひと時でも時間を稼ごうではないか、と。

幸い、何故か息は乱れない。

数時間の徒歩、そして少しばかりとはいえ走ったことにより疲労を心配したが、ない左腕と魔術以外に異常は見当たらない。

「ああああーーーー!!!」

絶対に心が挫けないように、自分を鼓舞するかのごとく叫ぶ。

数10体になる鬼達の周りをひたすら駆け、金棒で地面が抉られるのを寸でで避ける。

空気を裂くが如く横なぎに金棒が振るわれるのを、しゃがんでかわす。

時には転がり、全身で避ける。

避ける。

避ける。

――――避ける


「「■■■――――!!!」」


岩しかないこの大地を揺るがすが如くあげられる雄叫び。

まるで、士郎の心を折らんとせんばかりに。

そして思い出す。

ここまで絶望的ではなかったが、それなりに修羅場だったときもあったことを。

いつも、お守りのように着ていたのは”この”聖骸布。


――――え?


つい癖で、汗を右袖で拭ってしまうことがたまにあることを士郎は自覚していた。

左腕ではなく右腕が残っていたことで、”つい”、右腕の袖で額の汗を拭った。

「っ――――」

不可解過ぎる現象に一瞬気をとられてしまった自分の未熟さを怨む。

管理局の制服の上に黒い外套を羽織る、という奇妙極まりない格好。

――――何故これが?

と。

拾ったわけでもない。

もとから着ていたわけでもない。

そんなことを考える一瞬の内に、金棒ではなく鬼の手が腹に迫っていた。

勿論、避けることなど出来ない。

「……っ……う……ぐ……ぁ……はっ……」

反射的に右腕を、迫る巨大な手に向けたがそんなものお構いなしといわんばかりに、重さも大きさもボーリング玉よりはるかに巨大な鬼の手は士郎の腹部を思い切り殴る。

紙切れのように宙を舞い、ラグビーボールのようにバウンドしつつ士郎の体は数10メートルは吹き飛ぶ。

20メートルほどで済んだのはそこに岩が偶々あったから。

その岩に、転がりながら叩きつけられたのだ。

ヴィヴィオに殴られたときと、どっちが痛いかといわれればどっこいどっこいだろう。

叫び声もあげられず、腹のほうからこみ上げてくる不快感に対しても上手く対処が出来ない。

なんとか吐き出そうとするが、体がそれを拒否……いや、それを行なうことが出来ないのか、それほどまでに先ほどの一撃は重かった。

意識が一瞬飛び掛ける。

寧ろ、食らった瞬間にフェードアウトしなかっただけ御の字……いや、気絶してしまったほうが……文字通り、楽になれるはずだった。

ただそれだけは、士郎のなけなしの意識の中それを拒む。

――――ここで意識を失ってしまったら終わり

第6感がそう告げているから。

鬼に殺されるということよりも、”自分自身がなくなってしまうかもしれない”という奇妙な感覚。


「…………っぅ」


士郎はしぱしぱと目の前が白む中、まるでフラッシュバックのように……とあることを、思い出した。

何故こんなときにそんなことを考えてしまったのかは、士郎自身わからない。

鈍痛で意識が混濁しているからかもしれない。

そんなことはさておき――――


――――鬼、という存在について


人によって、鬼の印象は様々であろう。

童話の桃太郎、一寸法師等に登場する、倒すべき悪とされる鬼。

人間と仲良くなりたいと願う鬼が登場する、泣いた赤鬼なども。

行事の1部として登場する、無病息災の御利益があるとされる藁を持つ、秋田のなまはげ。

様々な衣装、顔をしている。

そしてそれはおおよそ、正しい。

ある程度の典型的なイメージはあれど、”鬼”としての明確な姿形は決まっていない。


――――なぜか


鬼、という言葉の元は、”陰(おぬ)”という言葉から来ているとされている、という一説がある。

元来姿形は見えず、この世在らざる者の意での、おぬ、という言葉。

ここで士郎はさらに思考を巡らせる。

あの男が言っていた、”呪(しゅ)”というのはすなわち言霊のことを言っているのではないかということ。

言葉には魂が宿る。

鬼には”鬼である”という、言葉的な呪いが掛かっている。

ということは、だ。

”この世のものではない”という意味を持つ鬼、その”鬼”が存在するということは、ここは――――


――――現実ではない


確証は持てない。だが、そういうことならばきっと――――

もしかしたら、もしかしたら、という言葉が頭の中を駆け回る。

レリックという”超高エネルギー結晶体”と、安倍清明が残したとされる”占事略决”が合わさったのなら……。

――――魂だけを閉じ込める固有結界、も可能ではないのだろうか

いや、と士郎は考えを打ち消した。

ありえない。

あの、まるで魔術が使えない……魔力のダムがせき止められてしまったような感覚の結界を張ることはまだ、長時間は無理でもそう考えれば可能だろう。

しかし、魂だけを閉じ込めるなんて芸当は聞いたこともない。

そしてそれは、魔術と数年間付き合ってる知識からしても、不可能と言い切れる。

だが――――

それは飽くまで”元の世界”での常識。

そして、鬼という存在。

もしかしたらあれは、固有結界(仮にこの場所に名前をつけるとしたら、だが)に取り込んだ魂をすり潰す存在なのではないだろうか。

魂を引きずり込み、魂、という存在を消滅させてしまえば、現実に残るのは植物人間と言っても過言ではないただの”ヌケガラ”の体である。


――――今、俺がここで心を折ってしまえばそれ即ち魂の死ということではないのか


その士郎の考えは、奇跡的とも言えるが……ほぼ完全に、的を射ていた。

鬼は直接的には魂本体を攻撃はしない。

腕を捥いだり、視覚的に絶望を与え”心を折ろう”とするのが鬼の存在なのだが、飽くまで魂本体の意識がある限りは絶対に負けない。

そしてそれ相応のことを術者はすることとなる。

この固有結界(何度も言うが、飽くまで仮の名前)を維持し続けるためには相応の集中力がいる。

術者も結界のどこかに取り込まれ、今もひたすら結界の維持を続けている。

術者と掛かったものの、根競べ。

それが今の士郎たちの状況。

士郎の心が負けてしまえばその時点で終わりである。

死ぬ、もう無理だ、帰れない、このような負のイメージが頭にいっぱいになったとき、それは負けを意味する。


士郎たちの世界でいう、維持に必要な魔力はレリックが。術式は本が。それを展開するのがあの男。

そして……この”世界”のイメージを保ち続けているのが彼女、トリースタ・シェスチナという少女。

彼女のもつプロジェクションという能力は、士郎やはやて達の頭の中に直接この世界のイメージを叩きつけ、結果的に結界の長時間維持を可能としている。

勿論ここまで詳しく、士郎が気付いたわけではない。

ただ、ただ――――ー

心が負けたら終わり、という本質的なことだけは的確に、士郎は捉えている。

呼吸がなんとか出来るくらいには回復したとき、士郎は薄っすらと目を開けた。

「…………くそっ……」

そんな呟きで今の状況で変わるわけはないとわかりつつも、悪態の言葉を吐いてしまう。

うずくまるようにして地面に横たわっていたところ目を開けると、一定の距離を開け一杯に広がる鬼の足。

足。

足。

襲ってこないならそれはそれでありがたい、と休めるだけ休もうと考える。

だが、それよりも試してみたいことが士郎にはあった。

黒い聖骸布を見る。

元は紅かった、将来の自分の象徴ともいえる大切な礼装。

今これがここにあるのは、何故か。

その下には管理局の制服というかなりちぐはぐな格好になっているのは何故か。

何故、靴を履いていたのか。

これの意味を知ることがきっと、今の状況を打開することに繋がるはずだから。


……もし、もし、今の自分が”魂”なのだとしたら。


そんなに深くは考えない。

外にいるから、靴を履いているのは普通だと思った。

制服だったのだから、制服を着ているのは当たり前だと思った。

ほんの一瞬、戦場に居たときの自分を思いだし……その戦場に居るときはいつも、この聖骸布を着ていた……から?

なら、なら――――

目を閉じる。

未だに焼けるような痛みを感じる左腕に意識を集中させた。

本来、ここについているものがあるはずだ、と。

痛みなどは本来はなく、そこにあるのは――――











――――――


はてしなく間が空きました、本当に申し訳ありません……あすくです。

一気に時間がとれなくなったのもありますが、実はまたつい癖で50kbを超える量になってしまったというのが……このFable2を前半とすれば、後半の3は推敲だけなので直ぐうpできると思います。

ただ、終わりになるであろう、4が……これだけは書ききりたいと思うのですが、いつになるか……8月中には絶対、と考えております。

世間は夏休みとかorz

そのあとのことは、3か4の後書きで書きたいと思っています。



話、どうでしたでしょうか? かなり抽象的というか、”わけのわからない”というものをイメージして書いています。

後半でもう少し詳しく……かな? 書いてると思いますが、やはり”なんぞこれ”という感じになるかな、と。
話のコンセプトは”わけのわからない”+”型月っぽく”なのですが、ほとほと技量がないと痛感しました。

それでも書く、なんとか書いて腕をあげたい、という精神は変わってないつもりです!(笑)

次回はきっと士郎君が暴れてくれるはず。はやて……これまた次回に(ry


簡単な後書きで申し訳ありません。

みなさん、暑さに負けず、がんばってください!

では、叉。




あすく



[5645] Fable3
Name: あすく◆21243144 ID:3d3dc340
Date: 2009/08/06 00:00
「治……った……?」

痛みが自然と消え、それに伴い目を開くとそこには元の自分の左腕。

イメージする、という分野に関しては得意な士郎。

それが幸を成したのか――――

自分の腕を投影した、というのが1番表現として近いだろうか?

勿論魔術などではない。

そこでさらに士郎は考えた。

魔術を使えないのは、あの得体の知れない結界にいて、それが継続しているものだと思っていたから。

ならば――――

イメージする。

難しいことではない。

慣れ親しんだ、本来在るものなのだから。

自分の世界を。

士郎にとっては、この言葉がそれを成すには最適だろう。



――――― I am the bone of my sword . ( ―――― 体は 剣で 出来ている )



目を瞑ったまま士郎はゆっくりと、心の中でそう呟く。

呪文という枠組みすら超えた、士郎そのものを象徴するようなその一文。

「―――― 投影・開始 ( ――――トレース・オン )」

その言葉と共に立ち上がる。

5体満足でいられることに少しだけ、感謝した。

回路 (サーキット)を駆け巡る魔力に、感謝した。

両の腕に伝わる重みは何よりも士郎に安心感を与えたことだろう。

結局は”アイツ”と同じ夫婦剣が1番しっくりくるということに少しだけ思うところがある士郎だが、そんなことを考えるのも一瞬。

目を開く。

どこ吹くモノかはわからないが、聖骸布を少しだけ捲る一陣の風。

そして士郎の目に映るは、大群の鬼。

士郎の心が折れていないことを確認したのか、鬼が再度動き始める。

共に士郎の足が前に出る。

先ほどとは違い格段に体が軽い。

もし、もし――――

この鬼達が心の負の部分を象徴としているとするならば。

――――全て、薙ぎ払ってやる

バーサーカーほどの体格の鬼の足に思い切り両手の剣を振り下ろす。

鬼は動きこそ愚鈍。

強化までした斬り付けの衝撃に耐えられず、鬼の左足は吹き飛ぶ。

それにワンテンポ遅れて気付く鬼だが、両の足で支えていたものの片方がなくなればバランスを崩す。

鬼は醜いうめき声をあげ、崩れるように倒れる。

斬り飛ばした足に目をやると、黒い砂が風に吹き飛ばされるように消え去ったのを見る。

そしてそれに続くように、倒れた鬼が掻き消えるように霧散した。

あれほどまでに強大に感じられた1体の鬼がこれほどまでに簡単。

あとは――――


――――この数に、負けなければいい


士郎を取り囲む鬼は、それだけで敗北感を覚えるほどの物量。

絶対に、絶対に、心は折らない。

改めて士郎は走り出す。

目標(ターゲット)は全ての鬼。

いなくなるまで斬り続けてやる、と。

悠長に弓を射てる時間こそないと感じたから。

全て自分の力で。

「――――鶴翼、欠落ヲ不ラズ」

――――シンギ ムケツニシテバンジャク

両手にある剣を両方、大群……いや、大軍の鬼へ投擲。

呪文すらも必要としないほどに使い続けた剣を二たび、両手に投影。

「心技 泰山ニ至リ」


――――チカラ ヤマヲヌキ


弧を描くように飛んでいく剣を一瞬だけ確認。

本来は個々の物体に対し使用するものということは士郎とて、心得ている。

「心技 黄河ヲ渡ル」


―――― ツルギ ミズヲワカツ

さらにもう1度、両手の剣を投擲した。

互いに引き合うという性質を持った剣が2組あるという状況は特殊で、それに伴い剣が動く軌道はとても不思議なものだ。


「唯名 別天ニ納メ――――」


セイメイ リキュウニトドキ ――――


そして最後にみたび、同じ夫婦剣を手に。

ランクが高い宝具に比べれば幾分も劣る干将・莫耶だが、それでも宝具である。

「――――両雄、共ニ命ヲ別ツ……!」


――――ワレラ トモニテンヲイダカズ ……!


本来飛んだり跳ねたりなどはする必要がないのだが、鈍重ながらも攻撃を繰り出してくる鬼の間を縫うように走る士郎は避けながら攻撃を行なった。

彼方へ投擲した筈の2対の剣が手元の剣に引かれる様に、戻ってくる。

魔力を乗せさらに回転しているからなのか、その際に描く軌道上に鬼が居れば剣は鬼を容赦なく切り裂いた。

そして士郎は体重を乗せ、戻ってくる剣と同時に――――

目の前の鬼を、切り裂く。


――――鶴翼三連


単体を相手にする攻撃方法のはずが、士郎が投擲した宝具、そして走り抜けた際に腕を切りつけた鬼などが消滅することを考えれば十二分に有効な攻撃へと変わっている。

ただ、それだけではただ鬼が減っただけである。



――――士郎は戦い抜くという覚悟と共に、4度目になる夫婦剣を投影した







~・~・~・~・~




一方。


はやても、士郎と同じ空間にいた。

周りに居る鬼は士郎のとははやての認識の違いからか若干の差異が見れるが、ほとんど変わるものではない。

鬼達ははやてを、見下ろすように囲んでいる。

ただ――――

はやての四肢が、無かった。

管理局の制服……長袖だった上着はまるでノースリーブのように袖が無い。

スカートということはそこから足が見えるはずなのだが、丁度スカートの切れ目の辺りで切断されてしまったのか……。

色としてみるのは少しだけ茶色がかったはやての髪、青ざめてしまった顔の肌、あとは管理局の制服だけ。

「わた……ぶたい……ちょ……し……だめ……」

目は既に生気を失っていて、ひゅうひゅうと苦しそうに呼吸する。

本来ならばとっくに、心が折れていたであろうはやての状態。

今までの境遇や経験が、特殊という言葉を二乗したような士郎こそこの世界に気付き、本質を見極め復帰したが、本来はこうなるはずなのである。

いや、はやても一般人と比べたら異常と言ってもいい。

得体の知れないものに襲い掛かられ、四肢を切断され、今も尚、絶望的な数に囲まれている状態。

その状態ですらまだ……それが例え風前の灯の小さな火だとしても、それを保てているのは部隊長としての心があったからだろう。

自分が倒れるわけにはいかない。

自分がへこたれたら仲間を死なせてしまう。

勿論1部は訓練で培った精神だとしても、根本としてあるはやての強靭な精神力が下にあるからだろう。

痛み、絶望、恐怖で正常にものを考えられなくなっている今でも、はやては耐え続けていた。

もしかしたら助けがくるかもしれない、最初こそそう思っていたが、今はただただ”自分が死んではいけない”という心があるだけである。

もし、もし、今のはやてが”もう無理”と思ってしまったら、それは心の死を意味するこの世界。

心、魂が死んでしまったら現実で死んでしまったのと同じである。

勿論士郎とは違ってそんなことを理解してたり、考えてたりしてたわけではない。

本当にただ部隊長としての意地、そして人間としての生存本能だけである。


鬼は直接、魂を砕くことは出来ない。

視覚的に削り、そして数で絶望を与えることは出来ても直接手を下すことは出来ない。

飽くまで全て自分との戦い。

とはいっても、並大抵の人ならばほぼ確実に……腕を失い、途方も無い状況……無数ともいえる自分を攻撃してくる怪物に囲まれたら”死”を思ってしまうだろう。


――――鬼が一斉に、はやてを見た


その目からは感情らしきものなどはうかがえない。

なにを思っているのか。

恐らくは何も思っていないのだろう。

「だ……め……だめ……」

頭はほぼ錯乱状態になっていても、危機を感じ本能的に体を動かそうとする。

だが勿論、手足の無い体でなんとかしようとするのはどだい無理な話。

「ぁ……あ…………ゃ……」

もはやはやての口から発せられるものは言葉にすらなっていない。

虚ろな目に映るのは金棒。

それを視認できているのかどうかすらわからないが、恐怖だけは感じ取ったのだろう。

これで心が負ければ、はやては……――――





~・~・~・~・~




「……投影(トレース)……廃棄(カット)」

疲れない、そして魔力も減らない空間だと思っていた士郎は少しばかり、認識が甘かったことを実感する。

正確にはその通りで、この疲労はいわば”魂の疲労”なのだが、実際には疲れているように感じるのだから仕方ない。

鬼は、倒した。

が、いわばそれは自分の恐怖、絶望などの感情を倒すのと似ている。

歩き回る程度では士郎の精神はびくともしなかったが、流石に少しだけ疲れていたのだ。

それよりも士郎は倒しきれたことに驚く。

無限にでも沸いてくるものだと士郎は思っていたので、そこだけは感謝した。

いくらロストロギアのエネルギー体、レリックとはいえ無限ではないし、魔力とほぼイコールである鬼の存在、そしてそれを操る側が居る限りは無限ではない。

だが、倒したからと言ってこの場所から出られるわけでも、ない。


――――どうする?


士郎は岩に背中を預け少し休みながらそう、問題を自分自身に提示した。

剣を振り続けたので考えていなかったが、はやては? リインは?

勿論応えてくれる親切な人など居ない。

自分みたいに鬼を倒しているだろうか?

いや……と、士郎は考えた。

鬼という言葉に関する知識を持っていたのは偶然だし、そもそも元いた世界の神秘、オカルト……いわば”魔術”に使っていたからこそ、考えられたことだともいえる。

――――その知識が無かったとしたら、はやては……? リインは……?

がばり、と士郎は勢い良く腰をあげた。

まずい。

腕をもぎ取られ、そのあと逃げ回れたのはある意味自分のそれなりに鍛えた身体能力があったからだともいえる。

魔法を使えない(と思っている)はやてが、鬼から逃げ回れるのか?

容赦なく攻撃してくる鬼、腕からだとすれば……腕、足、その先は……?

そういった思考がぐるぐると巡る士郎は、なんともいえない不安感に襲われた。

自分が危機に晒されるよりももっと、ずっと、嫌な感情。


「――――はやてっ!!!」


雄叫びに近い叫び声をあげるが、勿論誰かに聞こえるわけは無い。

くそ、と焦る士郎は岩に拳を叩きつける。

どうすれば、と。

可能性としてあるのは――――


ふう、と一息だけ深く呼吸し、また目を閉じた。

成功するかなんてわからない。

ただ、今出来ることはそれくらいだから。

やってみなければわからないから。

イメージするは、はやて。

リインには少しだけ申し訳ないと思った士郎だが、はやてで出来るならリインもできる筈だから。

部隊長として凛々しいはやて。

竹刀に叩かれ、いつものノリで涙目になってくれるはやて。

あとはもうやけくその気合である。

目を瞑ったまま士郎は走り出す。

「はやてっ!!!」

女の名前を叫びながら目を瞑って走るなど、あまり褒められた光景ではないのだが。

それでも――――





~・~・~・~・~





「はやてっ!!!」

叫び声が聞こえた。

聞こえた、とはいってもはやては気付いているわけではない。

そして振り上げられた金棒は、降ろされることはなかった。

一斉に振り上げられていた腕が、全て吹き飛んでいたから。

「ぁ……ぁ……」

いまだに安定した呼吸すら出来ないほど、はやては錯乱していた。

「はやてっ! 絶対に助かる! だから絶対に、負けるなっ!」

鬼達の間を無理矢理突破し、その中心に居るはやてのところまで駆けつける士郎。

そしてそっと、はやての体を抱くように起こす。

「ぁ……しろ……く……よかっ……」

焦点のあっていなかったはやての目に、色が戻る。

少しだけ顔を傾け、士郎と視線を合わせた。

「本当に、間に合って……よかった」

士郎は心から、安堵の声を洩らす。

「ぁ…………」

それを聞いたはやては目に少しだけ、涙を溜めた。

しかし意識が戻ったことで、残酷な一面もある。

本来在るはずの四肢がないのだ。

どれほどのショックを受けるか。

「大丈夫、絶対大丈夫だからはやて、少しだけ……待ってろな」

「わた……し、て……あし……ない……な……い」

先ほどの安堵からくる涙ではなく、絶望からの涙だろう。

目にたまった雫が大きくなり、はやてのほほに一筋の流れを作った。

確かにはやては精神的に強い。

それは、今までのはやての境遇が強く影響しているだろう。

勿論、軍隊的な一面もある管理局では精神的な訓練もやるわけだが、それも相まってはやての気持ち、心は本当に強い。

だが、四肢を切断され……今まで頼ってきた魔法も使えず、強大に見える鬼を目の前にし、その強靭な心は折れかかっていた。

しかし――――

「大丈夫だ。だから、少しだけ……待ってろ」

士郎の表情はいつもの通り、仏頂面。

声音だって、優しいものではない。

それなのに――――

「う、ん……はよ……し、てぇな?」

はやては少しだけ……本当に少しだけ、震えていたはずの口元に笑みを浮かべた。

何の根拠も無い。

なのに―――――

「ああ」

士郎がきれくれた。

その事実――――

――――さて

と、士郎は抱えて起こしていたはやてをゆっくりと地面に横たわらせる。

あまり長引かせるのは絶対によくない。

そして、はやての心境から、あまり遠くに行くのもよくないはずだと士郎は考える。

1番早いのは固有結界だろう……。

だがそこで疑問なのが、今の自分に発動できるのか。

魔力的な疲労は、投影を数回使っても感じられない。

だがしかし、それが無限の魔力があるのとイコールになるなんてことはないだろう。

”思いの力”、”自分のイメージ”、そんなものが影響する空間……今の自分が魂そのものだと考えれば、納得は出来る。

でももし、本当に”魂そのもの”だとしたら、明らかに士郎個人の魔力だけでは発動すら出来ない固有結界を生成できるのかといわれれば、ノーになるだろう。

「……よし」

となれば、確実に出来る範囲で殲滅するのが1番いいはずだ。

妙な重圧を出してくる鬼を、士郎は睨みつけた。

霧散したはやての周りの鬼を確認したのか、ずいずいと幅をつめてくる残りの鬼達。

これまた大勢でお越しで、と士郎は冗談混じりに心で呟く。


「――――投影・開始(――――トレース・オン)」


それらを士郎の呪文、という認識をしているはやては”え?” という小さくも驚きの声をあげたが、士郎には聞こえなかった。

魔術、魔法が使えないはずなのに、と。

鬼が近寄ってくるのを他所に、士郎は言葉を紡ぐ。

「―――憑依経験、共感完了」

この工程だけは省いても良かったのかもしれないが。

頭に剣の設計図をおこす。

1枚、2枚、3枚――――

魔力が形となるのを必死に押さえ込む。

暴れだしそうなソレを押し止めつつ、さらに設計図の枚数を増やす。

7枚、8枚、9枚――――

鬼を屠ってきた感触から、大体これくらいあれば足りるだろう、という魔力を注ぐ。

一応自分のキャパシティを超えないように気を使ってはいるが、そのほかは全力である。

宝具級の投影となれば10本投影できるか出来ないかという魔力量の士郎だが、それほど籠める魔力が多くなければ比例して本数も上がる。

「工程完了(ロールアウト) 全投影・待機(バレット・クリア)」

設計図の数、総勢47。

もしここが現実ならば、倒れてしまうギリギリの本数。

1本1本は弱いが、それでも鬼を倒すには十分――――

士郎は改めて、自分たちを取り囲む鬼を見渡した。

360度に展開する鬼達。

そいつらには、これで十分届くはず。

「停止解凍(フリーズアウト) 全投影 ―――― (ソードバレル ――――)」

右腕をあげた。

それに呼応するように、士郎の上空が少し歪む。

「―――― 連続層写 ( ――――フル オープン )」

上空を見上げる形になっているはやては、目の前の光景に自分の今の状態を忘れるほど、驚いていた。

まるでクロノのジェノサイドシフト。

いやそれよりも、魔術を使えている事実。

はやてから見たらほぼ無数の剣は上空から弾丸のように降り注ぎ、次々と鬼を撃ち砕く。

逃げ回ることしか出来なかった自分が少し、恨めしかった。

聞きたくもないうめき声をあげ、黒い霧となって消滅していく鬼達。

「……はやて」

声の掛かった方向に少しだけ首を傾けた。

片膝を突き、まるで動けない……いや、動けないのはその通りなのだが、あたかもベッドに寝かされている病人のように士郎ははやてを抱き起こす。

「お疲れさんや……」

直接的な脅威は確かになくなったかもしれない。

周りを見る限り、そして士郎が確認した限りではもう鬼は見えない。

しかし、はやての怪我はもはや――――

「はやて、俺の言うことをよく聞いてほしい」

真剣な視線をはやてに投げかける。

「どう……したん? 辛気臭いのは……いや、やで……?」

とくとくと流れる血をまじまじとみているはやての視界を遮るように、士郎ははやてに近づく。

「はやて」

首の後ろに腕を回し、片足で背中を支えつつはやてを起こしている士郎は、顔をはやてに近づけた。

「ちょ、ちょ……士郎君、顔、近いて……」

ほとんど顔色を失っているはやてはそれでも、照れくさそうに視線を逸らした。

「はやて、俺の目を見てくれ。そしてゆっくり、目を瞑ってほしい」

だが勿論、それは考えあってのこと。

ちなみにこんな状況でなければ、かなり威力のある言葉である。

「う……さ、最期……やしね……士郎君なら……」

そんなことを言いながら、はやては目を閉じた。


「――――なにいってんだ、バカ」


虎竹刀を、丁度はやての頭の上にくるように空中に投影した(深く突っ込んではいけない)。

それは勿論、地面に向かって落ちるのであり、ぱしんと小気味良くはやての頭を打った。

「――――あいたっ……も、もう、こんなときになにふざけとるんっ」

今だ片目を閉じながらも、はやてはもう片方の目に涙を浮かべて、士郎に視線だけで反撃した。

「ふざけてるのはどっちだって。いいから、目を閉じろ。そして、思い出せ」

「え……?」

本気な士郎に対し、それを感じ取ったはやても真摯に応える。

――――もう一度、目を瞑った

「よし。よく、思い出してくれ。さっきみたいに竹刀で頭を打ったとき……そうだな……はやてがフェイトとの休日を企てたときとかか?」

「ふふ……そんなことも、あったなぁ」

独特のイントネーションが戻ってきた。

薄っすらとではなく、はやては目を閉じたまま笑った。

「そのときもはやては涙目になりながら、頭を手でさすってたよな?」

「そやね……ついつい、痛くもないのにやってまうんよ」

「ちなみに痛さを出さないよう音だけ出すには2年掛かる」

「大げさやて」

「本当なんだ」

うっすらと、本当に薄っすらと――――

「その努力の時間、もう少し別に役立てたほうがよかったんちゃうか?」

おどけて言うはやてに、そうかもしれないと士郎は笑った。

「そういえばはやてって、子供のころ足、不自由だったんだってな」

「そやよ、そのころからかなぁ、なのはちゃんやフェイトちゃんと友達になったのは……」

「今も子供だけどな」

「むむ」

そら、フェイトちゃんには負けるけど云々、と呟くはやて。

「それで、足はどうしたんだ?」

「リインフォース……今のリインはその子の子供、姉妹みたいなもんなんかなぁ、その初代リインフォースが……自分のことと引き換えに、治してくれたんよ」

リインフォースツヴァイ、というのはやはり、アイン(1番)……が存在していたということからきた、ということだけ薄々気付いていた士郎だった。

そして、はやては足のことをそう考えている。

事実は勿論、闇の書……いうなれば、初代リインフォースが縛っていたと考えても過言ではないのだが、そう考えるのははやてにとって少し、辛かった。

「そう、か……ごめんな、辛いこと聞いて」

ううん、とはやては目を閉じたまま首を横に振る。

「辛くなんかない。あの子が生きていたという事実は絶対に、忘れたらあかんのや。あの子が残してくれた足……シュベルトクロイツ……夜天の書……」

思い出すようにとつとつとはやてが呟くと、戻った腕と共に胸に抱えられる、1冊の本と1杖(じょう)の杖。

そして、足――――

「あと、忘れちゃいけないのが―――」

「ふふ、そやね……――――リイン」

「はいです。――――って士郎君、はやてちゃんになにしてるですかっ!」

士郎の横に現れたリインが、ぱかぱかと士郎の頭を叩いた。

「リ、リイン? そ、そこにいるん?」

まだ許可を貰っていないからか、目を閉じたままのはやては目に見えて汗をかいている。

「いますですよ、ちなみにずっとはやてちゃんの横にいたんですよ? それなのにはやてちゃん、全然気付いてくれないんですからーっ」

人格を持ったデバイスという、(向こうから見たら?)曖昧な存在だったせいか、リインはそんな感じだったらしい。

「見てたならわかるだろ、はやてにはなにもしてないって」

未だにぽかぽか叩き続けるリインをなんとかなだめる。

「まぁ、見てましたから、許してあげます」

「そりゃどうも」

それならたたくなよ、とも言いたくなる士郎だったが。

「あ、あのー……」

若干放置プレイされているはやてはなんとかしたいのであった。

「ああ、まだ気付かないか? 目、あけてみろって」

「はやてちゃんもいつまで士郎君に抱っこされてるつもりですかーっ! 無事だったから良かったですが」

無事、という言葉にはやては疑問を覚えた。

無事……?

「う、そ……やろ? な、なんで……」

ゆっくり、ゆっくりとはやては目を開けると、信じられないといった風に呟く。

視線を動かし、確認するように。

胸の前で交差している両手。

確かに足の先まで神経が通っていて、自分の意思でちょこっとつま先を動かしてみたら動いた……足。

両手の中にあるのは、夜天の書とシュベルトクロイツ。

「説明はあとだ。そもそも今一俺もよくわからない」

「もうっ! 士郎君、いつまではやてちゃん抱えてるんですかっ!」

てい、とリインが冗談交じりに士郎の方をキックした。

「それもそうだな。立てるか?」

「え、あ、いや……えっと……」

なぜか戸惑っているはやての返答を他所に、士郎ははやてを介護するように立たせる。

「よし、とっととこの世界から脱出しないとな。はやて、いけるか?」

「ま、まってや。士郎君は使えるかもしれへんけど、まだ私は魔法使えへんで?」

ふむ、と士郎ははやてを見た。

はやては感触を確かめるように、つまさきをとんとんと地面にやっている。

「はやて、いったろ。思い出せ。使えないなんてことは、絶対にないから」

士郎は改めて真剣に、はやてに言った。

そしてはやてはもう1度、目を閉じた。

先ほどと同じように。

――――9歳のころから使えるようになった魔法

――――自分の家族のこと

――――その家族の1人が残してくれた、遺産

――――自分の中に溶けた、闇の書

それがなくなるなんて事は絶対に、ない。

そして――――

「リミット……リリース」

煌、とはやての周りに若干白みがかった風が舞う。

目を見開いたはやての姿は騎士甲冑。

シュベルトクロイツと夜天の書を携え、優雅に佇む。

「リイン」

「はいです」

「ユニゾン――――」

2人の声が重なる。

「――――イン」

初めて真近に見た2人のユニゾン。

はやての髪が白みががかり、目の色も変わる。

「いけ……そうだな」

「うん。……それにしても士郎君、さっきはどうやって私のところまできたん?」

え? と士郎は少しだけとぼけた反応を返した。

「どうやってって……同じ要領でいけるかなぁ、と思って目を瞑ってはやてのこと考えながら走ったら、なんかできたんだ」

無茶苦茶である。

あの男からしても、これは予想外だっただろう。

「はぁ……」

勿論、”はてな”顔のはやて。

それ以上聞いてもわからない、と早々に判断したはやての決断はおおよそ正しかった。

「さて、なんとか脱出を試みるわけなんだがな」

「そこなんやけど、どないするん?」

「どうしようか」

はやてはこけた。

折角四肢、魔力が戻ってユニゾンまでして、このままスパーッとスマートにと思いきや、何にも考えていなかったらしい。

「いけるか、なんてかっこよく言うから……な、なんか案があったんちゃうん」

「俺もこんな良くわからない場所初めてなんだって」

もっともな話だった。

夜天の書を一旦仕舞ったはやては、シュベルトクロイツを挟みつつ腕を組む。

「わからんでもないけど……そこはもうちょい、男の子らしくしてもらわんとなぁ……」

「それだったらそこは、もう少し部隊長してもらわないとな。なんだそのスカート、短いだろ」

「あーっ! セクハラやっ! 由々しき事態やー……凛に報告せんと……」

ぎゅっとスカートの先を両手で握り、必死に下げようとするはやて。

でも、短いのは確かだった。

「ごめんなさい」

ジャンピング土下座だった。

というか、なんとも締まらない空間になっていた。

「まぁ、真面目に考えると……なぁ……」

「力ずくか」

「…………え」

少しは真面目に考えてほしいと願うはやて。

でも正直、それくらいしか今のところ思いつかないのである。

「ん? 違ったか?」

「んー……まぁ、それしかないかなぁ……」

トライアンドエラーでいいや、ともう半ば投げやりのはやてだった。

「よし、決まりだな。……ん、はやて、結界破りの能力がついてる魔法とかってないのか?」

「うん? 一応あるにはあるよー。ただ、意味あるん?」

「わからない。けど、”概念的”に、ないよりはあったほうがいい」

概念、などという久々に聞いた言葉が飛び出したことにより少し困惑するはやてだったが、それがいいというならそれで。

「なのはちゃんの魔法、借りることにしたわ」

「人の魔法まで使えるのか」

「色々あったんよ」

蒐集した結果、などとはあまり言いたくないのであった。勿論、忘れるなどはありえないが。

「それじゃあ、1分後でいいか?」

「ん、わかった。それが士郎君の全力やもんね。私も少しだけ詠唱するわ」

そうか、と士郎は一言だけいい、虚空を睨む。

曇天の風景は代わり映えない。

「――――投影・開始(――――トレース・オン)」

左手には黒ずんだ弓を。

右手には、砕かれた水晶が集まったような矢を。

虚空を睨む視線は変わらず、番える矢の先はその目線の先を目標に。

「 I am the bone ―――― ( 体は 剣で ――――)」

その呪文と共に、士郎は一気に矢を引いた。

「―――― of my sword . ( ――――出来ている)」

ぎりぎり、と弦が苦しそうに音を立てるほどに。

そして魔力が矢に充填される。

それを見たはやては、背中のほうから士郎にゆっくり近寄った。

最初にこれを見たときは画面越しで、凛のいっていることからフェイトに申し訳ない気持ちを抱いたはやてだったが、確かにこれは強烈だ。

夜の学校や病院の嫌な感じを、何倍にも強くした感じ――――

上手い表現をしたものである。

だがはやては不思議と、退く気にはならなかった。

はやてはそのまま士郎の背中のところまでいくと一瞬だけ立ち止まり、両手で――――

士郎の背中に、手をつける。

ごつごつした背中を手のひらで感じつつ、はやてはそのまま、寄り添うように額も士郎の背中に。

――――怖かったのだ

もしあのまま士郎が来なかったら、というその先を考えたら。


士郎君がきてくれて、本当に……本当に、嬉しかった――――


「――――……ありが……とぅ」


と、小声で呟く。

勿論それに士郎は気付いているが、あえて、何も言わなかった。

いくら魔力を充填中だとはいっても、喋れないわけではない。

だが、士郎は虚空を見つめ続ける。

何にも言わない士郎に逆にはやては感謝した。本来部隊長が部下に対し、甘えなどを見せていいものではないから。

時間にしたら20秒くらいだろうか、それほど長い時間ではない。

すっとはやてが離れたのを士郎は背中越しに感じ取った。

そのあと直ぐ隣で、シュベルトクロイツが構えられるのが見える。

左腕を翳し、夜天の書を捲る。

右腕でシュベルトクロイツを天に掲げ、士郎の視線の先に合わせた。

「咎人達に、滅びの光を……」

自分のことの集中しているはずの士郎でも感じ取れるほど、強大な力が集まっているのがわかる。

「我が上にありし月の女神よ――――」

その魔力量は一体、どれほどのものだろうか。

まさに全力の、リミッターを外したはやて。


「――――月光と宿木の加護を以って、北の禍を穿て」


はやてを中心に、隣にいる士郎を巻き込まんばかりに集まってきた魔力がさらに、集中する。

かみ締めるように刻まれたはやての呪文。

詠唱が終わるのとほぼ同時に、1分。

今の2人に、合図はいらない。


「 大 神 ―――― ( グング ―――― ) 」

「 闇 光 ―――― ( スターライト――――)」


溜めて、溜めて、押し込んだものを一気に――――


「―――― 宣 言 ( ――――ニール )」

「―――― 流 星 ( ――――ブレイカー )」


――――開放する


打ち消しあうことなく、重なり合うように打ち出された2筋の極光。

どこまでも、どこまでも伸びていき、逆にそれが2人に”だめか”とも思わせたのだが――――

割れた。

2人の放った先の雲に穴が開き、そこから見えた空が。

ガラスに石をぶつけ、ひびが入ったように。

少し入ったひびから広がるように。

士郎は若干みたことがあるような光景にほんの少し、感傷的になり。

はやてははじめて見る、少しだけ幻想的な光景に見入り。

――――そんな時間も短い


割れて見えた場所は、現実ではなく――――









――――――


あとがきです。

士郎君がんばった……はず!

リインに関しては少しお粗末でしたが、本来の目的ははやてとシロウなので、申し訳ありません(汗)

次回で一旦、区切りになるはず。

もしくはもう一話……かな?


そして、区切りというのは『Fable』の区切りになりそうです。

テスト板のころを知っていらっしゃる方がいれば、去年の感じと同じに……これから年末に掛けて、そして2月が終わる辺りまで今までのが嘘のように忙しくなってしまうので、一旦休止を考えています。

その前になんとか、一区切りだけはつけたいと思っています。

8月中には必ず。

そのあたりのことに関してはまた次回になりそうですが、私は諦めませんよ!(苦笑)




今回の話、どうでしたでしょうか? 

自分としては、やはりまだまだだなぁ、と痛感しているところです。

これからもっとうまくなりたい、という意思もかなり強いです。

一旦区切り、といいましたが……再開するに当たってどのような話にするのか、半年掛けて考えたいと思います。

そこでまた、読者様に頼るのはおかしいと思いますが……こんな話を、というのがありましたら、ご意見をお聞かせください!


では、叉次回。



PS、50万飛び越えて52万PV、ありがとうございます! あくまで結果なので特に気にしていなかったのですが、50万……今考え直すと、自分としては本当に驚きの数字です……ありがとうございました!

あすく


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