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[5745] かんりきょくのこっくさん 【完結】
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/04/02 21:49




 この話にはオリジナルの主人公「森山一郎」が登場します。
以下はその簡単な設定です。

 ・料理を作るのが好きで、将来の夢は料理人になる事。

 ・海鳴市の出身で、なのは達の1コ上、同じ学校に通っていて去年卒業した。
  小さい頃から翠屋にはよく通っていたが、学年が違う為、PT事件の時までなのはと話した事は無かった。

 ・PT事件においてフェイトやアルフと出会い、なのはの事と魔法の存在を知る。

 ・闇の書事件では、当時車椅子で生活していたはやてのサポートのためにたびたび訪れていて巻き込まれた。
  シグナム曰く、「こちらが剣を突きつけて脅したにも関わらず、何かあったら殺してもいいから料理を作らせろと言い放った一郎のほうがどうかしている」らしい。

 ・中学時代は翠屋でアルバイトをしていて、桃子と士郎に可愛がられていた。 
  その反面、恭也からのウケはとことん悪い。

 ・両親を早くに事故で亡くし、ずっと一人暮らし。
  ・・・別に深い事情はありません。

 ・魔法の才能は無いので、魔導師ランクとかは無し。
  ・・・戦ったりしないので必要ないです。
          
 ・基本的に料理の事で頭がいっぱいで、あとは割と気にしない。



 0071年の4月・・・なのは達が中学三年生になり、一郎が中学校を卒業した頃から話は始まります。

 冒頭で特定のキャラが喋ってますが、「~ 当時を振り返って ~」とついている場合は、そのキャラが十年ぐらい経って思い出しながら喋っている感じです。
 
 そうでない場合は、その話の時点での思いを書いています。



 何か判りづらい点や感想などありましたら頂けるとうれしいです。

 よろしくお願いします。

 
 




[5745] 第01話「竜か・・・ゴクリ・・・おっといけねえ」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/01/25 02:39





          ~ 当時を振り返って ~



 キャロ「実は、小さい頃のことはあまり覚えてないんです。

     あの日のこともそうです・・・ぼんやりとしてしまって、詳しくは思い出せません。

     私が一郎さんと出会った日。
     
     それは、大切な家族と出会った特別な日。

     

     あの頃の私は、なにをしたらいいのかまったくわかりませんでした。

     フリードと二人で、当ても無くさまよって・・・・・。

     

     なにをすればいいのか、なにをしたいのか。

     一郎さんは私に答えを出してはくれませんでしたが、私が答えを出すきっかけをくれました。



     出会いは偶然で、でもそれは・・・・・きっと運命の出会い・・・・・」















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第01話「竜か・・・ゴクリ・・・おっといけねえ」















  新暦0071年・・・第6管理世界のアルザス地方に、放浪中の幼い女の子と小さな竜がいた。

  女の子の名前はキャロ・ル・ルシエ。

  まだ6歳だというのにもかかわらず、その女の子は自らの持つ竜召喚士としての強すぎる力ゆえに里を追われて放浪していた。

  

「・・・おなかすいたね・・・フリード」

「・・・ガゥ・・・」

  里を出て一月・・・僅かばかりの金も底を尽き、キャロと使役竜のフリードリヒは途方に暮れていた。

「・・・ゴメンね、きのうもゴハンたべさせてあげられなくて・・・」

  キャロはフリードリヒに向かってすまなそうに話し掛けた。

  キャロは自分の事よりも、自分のせいで辛い思いをしているフリードリヒの事を心配している。

  しかし、キャロがフリードリヒを心配しているように、フリードリヒもまたキャロの事を心配していた。

  フリードリヒは落ち込んでいる様子のキャロの顔に近付くと、

「(ぺろっ)」

「きゃっ!? 
 フリード・・・ありがとう」 

  フリードリヒの優しさによって、キャロの顔に僅かながら笑顔が戻るも事態は変わらない。



  空を見上げながらキャロは考える。

「(・・・どうしたら・・・いいのかな?
  ・・・どうしたら・・・いいんだろう?
  ・・・わからない・・・・・なぁ・・・・・)」



  この一ヶ月、放浪中にずっと考え続けている疑問は、結局今日も答えが出る事は無かった。

  













「うわ甘っ!?
 ・・・なんだこれ」

  一口齧っただけで口の中に広がる砂糖のような不自然な甘味に、一郎は思わず眉を顰めた。



  ここは第6管理世界のアルザス地方の一都市・・・その安ホテルの一室に彼はいる。

  市場で買ってきたリンゴっぽい果物は、さすが異世界とでも言うべきか、とてつもない味をしていた。

「う~む。
 市場のオッサンはこのあたりではわりとポピュラーな果物だっつってたが。
 さすが異世界、恐るべし」

  変な所に感心しながらも、一郎は自然とこの果物の調理法を考え始めていた。



  彼の名前は森山一郎・・・中学卒業と同時に生まれ故郷の地球を飛び出し、何度か世話になっているミッドチルダで料理修行をする予定だったが、仕事先の都合により半年ほど暇ができ、こうして勉強と言う名の食べ歩きツアーを満喫中だった。



「まあ面白い味には違いないし、今度桃子さんにでも教えようかな」

  中学時代に世話になったバイト先の師匠の事を考えていると、自然と故郷の海鳴市の事を思い出す。

  そうやって故郷の事を思い出していると、一郎の脳裏には三人の少女が浮かんできた。

「あいつ等がいないと静かなもんだな・・・」

  思わず口を突いて出た言葉。

  一郎の友人であるあいつ等が聞いたら同じ事を言い返してきそうだが、あいにく一郎の独り言を聞いている者はいない。

  一郎は果物を齧りながら物思いに耽っていった。








「でも、桃子さんには悪いことしたかな」

  高校に進学しない事を伝えると、桃子は翠屋で働いてはどうかと進めてくれたのだが、結局一郎は断った。

「別に、なにか不満があるわけじゃねえんだけど」

  桃子と士郎に憧れている一郎が、それでも翠屋への就職を断ったのは、なのは達と出会って知った異なる世界の存在が原因だった。

  散々迷った挙句、尊敬する二人の下で働くよりも、ミッドチルダで働く事を一郎は選んだ。  

「士郎さんは応援してくれて、最後には桃子さんもわかってくれたけど。
 出発前のあれは勘弁して欲しかったな・・・」

  別れの挨拶を済ませて高町家を出て行く時に、一郎は二人からなのはの事を頼むと言われていた。

「やっぱ・・・四年前のあれを、なのはのやつが喋りやがったのがまずかったよな」

  ゆくゆくは二人で翠屋を・・・のあたりで恭也の視線に殺気が篭り始めた時はさすがに生きた心地がしなかった。

「ま、ヴィータとの約束もあるし、言われなくてもわかっていますよ・・・桃子さん、士郎さん」



  一郎は物思いに耽るのを中断し、バッグの中から地図を取り出して眺め始める。

「さて、次はどこへ行くかな・・・」 

  まだ見ぬ食材や料理で期待に胸を膨らませながら、一郎はリンゴっぽいなにかを齧り続けた。















  その頃地球の海鳴市では、一郎の言うあいつ等が私立聖祥大付属中学校の屋上で昼食を食べていた。



「そういえば・・・いっちゃんは今頃どうしとるんかなぁ?」

  はやては一緒にいるなのはとフェイトに向かってそんな事を呟いた。

「一郎?
 そうだね、もうずいぶん会ってない気がするよね」

  はやての言葉に、フェイトは少し寂しそうに答えた。

「そうやな。
 いっちゃんはあんま連絡とかくれん人やし、今どこにおるかもわからんしな。
 たしか・・・ミッドの就職先はあかんようになったんやろ」

「あ、私知ってるよ。
 お兄ちゃんが言ってた。
 今ね、第6管理世界にいるみたい」

  フェイトの話を聞いて、はやては思わず溜め息をつく。

「相変わらず、ちょっと目を離すとなにしとるかわからん人やね、いっちゃんは。
 でも、なんでクロノ君は知っとるん?」

「ああ、うん・・・。
 一郎しばらく暇になっちゃったでしょう。
 それで、ミッドのどこかで働くか、それとも海鳴市に戻るかってことになるはずだったんだけど・・・」

「ふんふん、そんで?」

  はやてがフェイトに続きを促す。

「一郎がお兄ちゃんに無理を言って、料理の勉強のために違う世界に行ってみたいって話になったんだって」

  はやては苦笑した。

  一郎は相変わらず無茶をしているようだ。

「クロノ君も大変やなぁ。
 でも、行ってみたいって言うてもそんな簡単にいくもんなん?
 お金かて結構かかるやろ?」

「それは、ほら・・・ミッドに行く前に一郎は自分の家を引き払ったでしょう。
 その時のお金を使ったみたい」

  それを聞いたはやては流石に呆れてしまった。

  行動力や決断力があるとかいう問題ではない。

「はぁ・・・さすが、なんかな?
 料理のことになると、いっちゃんはほんまに後先考えんな。
 それに、家を売ってしまって、こっちに帰ってきたらどうする気なんやろ?」

  もしかして考えてないのだろうか?

  一郎の事をよく知っているはやては、それもあるかもしれないと考えしまう。

「多分、なのはの家かはやての家にでも泊まるつもりなんじゃないかな。
 なのはの家にはよく泊まってたし、はやての家にも食事を作りに行ってたんでしょう?」

  フェイトのその言葉は、はやてに当時の記憶を思い出させた。 

「そやったね・・・なんや懐かしいなぁ」

  はやては、今では自由に動く自分の足をさすりながら嬉しそうな顔をしている。



  全ては一郎との出会いから始まった。

  辛い事や悲しい事があったけれど・・・嬉しい事や楽しい事も沢山あった大切な思い出。


 





  暫く雑談を続けていた二人だが、ある事に気付いて話を中断する。

  一人会話に加わらないなのはの事を不思議に思い、二人揃ってなのはを見つめた。



「・・・・・・・・・・なに?」

「「イエ、ナニモ」」



  なのはから返ってきたその一言には何とも凄みが感じられた。

  二人はなのはから距離を取ると、なのはに聞こえないようにひそひそと話し始める。

「なあ、なんでなのはちゃんはあんなに怒っとるん?」

「ほら、あれだよ。
 一郎がミッドに発つ日、皆に挨拶しに来たでしょう?」

「ああ、家にも来たなぁ。
 リインに飴をいっぱい持ってきてくれて、リインが喜んどったのをよう覚えとる」

「うん。
 それでね、勿論なのはの家にも行ったんだけど・・・」

「けど、どうしたん?」

「その日の前日、なのはに急な出動があったの。
 それで、一郎がなのはの家に行った時にはなのは、疲れて眠っちゃってたんだって」

「で、会えなかったと」

「一郎が起こさなくていいって言ったらしくて。
 そのことを今でも怒ってるみたい」

「ふ~ん。
 でも、いっちゃんに怒ってもしょうがないと思うけど?」

「それはほら・・・桃子さんや士郎さんに怒鳴ったりはしないでしょう。
 だから一郎にぶつけてるんだよ」

「つまり、拗ねとるだけか。
 かわいいなぁ、なのはちゃんは」

  などと言ってはやてが笑っていると、



「は・や・て・ちゃ・ん」



  突然、二人の背後からなのはの声が聞こえてきた。

「ひっ!?」 

「誰が・誰に・拗ねてるって言うのかな?」

  はやてが振り向くと、素敵な笑顔を浮かべたなのはが自分のすぐ傍まで近付いてきていた。

  まったく気付く事が出来なかったなのはの早業にはやては恐怖を覚える。

「ち、近い近いなのはちゃん、顔が近いって」

  息が掛かる程に近付いてきたなのはにはやては思わず下がろうとするが、後ろのフェンスがそれを許さない。

「わたしは、一郎くんが黙って行っちゃったことに対して怒ってるんであって、拗ねてるなんてことある訳ないじゃない。
 だから、そういういい加減なことは言わないで欲しいかな」

  笑顔のなのは・・・だがなぜだろう、冷や汗が止まらない。

  今のなのはに説得や謝罪は無意味だと悟ったのか、はやてはなのはの言葉を肯定し続ける事にした。

「うんうん、そうやね、私もそう思うよ。
 なぁ、フェイトちゃんもそう・・・って、あれ?」

  周りを見ると、すでにフェイトはこの場から消えていた。

「フェ、フェイトちゃん・・・そんな・・・」

  どうやら、この場にはやてを救ってくれる人はいないようだ。

  がっくりと肩を落とすはやてに、なのはが優しく語りかける。



「はやてちゃんはよくわかってないみたいだし、放課後ケーキでも食べに行ってじっくり話そうか・・・二人っきりで♪」


 
  すると、かつての闇の書事件でも見せた事の無いような絶望的な表情を浮かべながら、それでもはやては気丈に反論する。 
 
「い、いや・・・私これからミッドに行く予定なんやけど」

「ううん、大丈夫。
 はやてちゃん、今日のお仕事はお休みでしょ?」

「へ?
 ・・・いや、せやから・・・」

  頼むから話を聞いてくれ。

  心からはやてはそう願ったが、その願いは通じる事は無い。

  はやての話などどこ吹く風といった感じのなのはは、

「だ・か・ら・・・」



「はやてちゃんの・今日の・お仕事は・・・・・な・い・の。
 だよね、はやてちゃん?」

  と、にっこり笑ってはやてに告げた。





「いっちゃんのアホーーーーーッ!!!!!」

  海鳴の空には、はやての上げた叫び声がいつまでも響いていた。
 














  変わって、こちらは遠く海鳴市から離れた第6管理世界にいる一郎。

  はやての理不尽な罵倒など当然届くはずも無く、相変わらずそこら中を食べ歩いて楽しんでいた。



「ん・・・あれは?」 

  郊外まで足を運んだ帰り道、そろそろ違う地方にでも行こうかと考えていた時に、一郎は木陰で眠っている小さな人影を見つけた。

  人通りの少ないこんな場所で一人でいるのを不自然に思った一郎は、とりあえずその人影に近付いてみる事にした。








「おいおい、まじかよ・・・」

  傍まで寄ってみると、ボロボロのマントを羽織った10歳にも満たないような女の子が、眠っているのではなく倒れている。

「(なんかすげーやばそうだな。
  とはいえ、勝手に連れてくっていうのも・・・どうだろう?)」

  などと一郎が悩んでいると、女の子の服の中から一匹の小さな竜が姿を現し、一郎に向かって警戒するかのように吼え出した。

「ん・・・この子のペットか?
 竜をペットにするのが普通なのか、この世界は?
 ・・・ああ、わかったって、吼えんな。
 別にお前の御主人様をどうこうしようとは思ってねえよ。
 でもなあ、このままじゃこの子死んじまうぞ。
 見ず知らずの他人を信用するのは危険だろうが、信じてくれないか」

  などと、竜相手に一郎が真剣に説得を試みていると、騒ぎが聞こえたのか、女の子の目がゆっくりと開いていった。








  フリードリヒの声で意識を取り戻したキャロは、朦朧とする中、傍にフリードリヒ以外の誰かがいるのを感じた。

「・・・・・だれ・・・・・ですか・・・・・?」

  すると、その誰かはキャロに向かって、

「お、目が覚めたか。
 俺が誰だかはどうでもいいんだが、見つけた以上、見て見ぬふりは出来そうにないんで助けたい。
 だから、できればその竜を説得してくれないか?」

  頭がぼおっとしてよく理解できなかったが、どうやらフリードリヒの事を言っているらしい。

「・・・・・あの・・・・・だれだかわかりませんが・・・・・フリードをたすけて・・・・・ください。
 ・・・・・この、ごほっ・・・・・このコはとってもいいコで・・・・・わたしのたいせつな・・・・・」

  途切れ途切れになりながらも、キャロはなんとか声を振り絞っていく。

  傍にいる誰かの顔はよく見えないが、必死に服の袖らしきものを掴んで懇願する。

「・・・・・もうみっかも・・・・・ごはん・・・・・あげてなくて・・・・・。
 ・・・・・だから・・・・・え、と・・・・・わたし、むぐっ・・・・・んっ・・・・・(コクッ)・・・・・」

  突然、口が何か温かいもので塞がれて、自分の中に何かが入ってくるのを感じながら、キャロはゆっくりと意識を失っていった。















「・・・ん・・・ここは?」

  キャロが目を覚ますと、そこは自分の知らない部屋だった。



  ベッドが二つ、その一方に自分が寝ている事はわかったが、わかった事はそれだけで安心はできない。

「・・・あっ!!」 

  辺りを見渡すと、椅子の上で眠っているフリードリヒが見えた。

  近付く為に急に立ち上がると少しふらつく。

  それでもキャロはなんとか近寄って、大切な友達を抱き上げる。

「フリード・・・よかった・・・」

  フリードリヒを抱きしめ感極まっているとドアが開き、見知らぬ男が手に鍋を持って入ってきた。

「よう、起きたか」








  目の前の女の子は状況が理解できていないらしく、一郎にどう対応するべきかわからないようだ。

  一郎は女の子を椅子に座らせてから自分も向かいに座ると、今までの状況を説明するために・・・昨年なのはとはやてと三人で、落ち込んだフェイトを慰めた時と同じくらいに優しい声で、その女の子に向かって話し掛けた。

「俺のことがわかるか?」

  その問いに、女の子は少し怯えながら、それでもしっかりと、

「いえ・・・わかりません」

  と答えてくれた。

  まずは答えてくれた事にほっとして、これまでの事を説明する。

「んじゃあまず、俺は森山一郎。
 歳は16で・・・別の次元世界ってわかるか?
 地球って所から来て、今は・・・まあ旅行中だ」

「・・・えっと、はじめまして。
 わたしはキャロ・ル・ルシエっていいます。
 ・・・イチロウさんですか?
 ちきゅうっていうのはわかりません。
 とおいところなんですか?」

「ああ、それで十分だ。
 俺は料理人見習いでな、ここにも料理の勉強できたんだが・・・昨日の昼頃、お前が木陰で倒れているのを見かけて声を掛けたんだ」 

  そう言うと、どうやらキャロには覚えがあったらしく、

「・・・ああっ!!
 はいっ、ちょっとおぼえてます」

「そりゃよかった。
 ここは俺が泊まってるホテルだから、別に遠慮することはない」

  二人部屋に取り直しはしたが、あえてキャロに言う必要はないだろう。



「まあ、なにがあったかは知らんが・・・あんま長生きしないタイプだな、お前」

「ふぇ?」 

  どうやらキャロはよくわかっていないらしい。

「いまにもやばそうな状況だってのに、自分のことよりペットの心配してるんだからな」

「そうでした。
 あの、フリードをたすけてくれてありがとうございました。
 わたし・・・」



 ”・・・くう・・・”



  と、話している途中にキャロの腹が小さく鳴った。

「ん・・・ああ、悪い。
 腹減ってるよな。
 これ、作ってきたから食べてくれ」

  そう言うと、一郎は持ってきた鍋からスープを皿によそってキャロに渡そうとするが、顔を真っ赤にしたキャロは受け取らない。

「・・・えっと・・・あの・・・」

「子供が遠慮なんかすんな、いいからほら」

  そう言って一郎はキャロに無理矢理皿を手渡した。

「でも、あの・・・あっ!?
 ・・・ぁぅ・・・」

  今度は先程より大きな音が部屋中に響いた。

「あっはっはっは。
 いや、悪い悪い・・・でもまあ、どうやら体のほうが正直らしいな?
 それ以上赤くならないうちにとっとと食え。
 フリードって言ったか・・・そっちの小さいのには果物をいくつか食べさせたから心配はいらない」

  そう言うと、ようやくキャロはスープを食べ始めた。

「もう三日以上も食べてないんだろ。
 胃に負担が掛かるといけないから、それはただ野菜を煮込んだだけのスープだ。
 本格的なのは夕飯の時にだな」

  とは言うものの、すでにキャロは一郎の話を聞いていない。

  食べ始めるまで時間が掛かったが、食べ始めるとすぐだ。

「まあ、落ち着いて食べろ。
 急ぐ必要なんかないんだ」 

  とりあえず自分も食べるか、と自分の分をよそおうとすると、キャロが一郎をちらちらと見ていた。

「ん・・・ああ、ほらよこせ」 

  そう言ってキャロの皿をとると、スープをよそってまた渡した。

「・・・あ、あの・・・」

「ん?」  

「・・・ありがとうございます・・・」 

「どういたしまして」



  暫くの間、二人がスープを食べる音だけが部屋中に響いていた。








「まさか、全部食べるとは・・・」

「ご、ごめんなさい」

  食べ終わっても、相変わらずキャロの顔は赤いままだった。



「いや、謝らなくてもいい。
 でも、俺が一人分食ったとはいえ、五人前ぐらいあったんだが・・・苦しくないか?」

「だいじょうぶです。
 あの、すごくおいしかったです」

「そうか、それは良かった。
 それだけ食べられれば、まあ大丈夫だろう」

「・・・でも、その・・・」

  そう言って、キャロは口ごもる。

「ん?
 どうかしたか?」

「わたし、おかねもってないんです」

「・・・はぁ、なにかと思えばそんなことか。
 いいよ別に・・・ンなこと期待して作ってきた訳じゃない」

「でも」

「それに・・・」

  一郎は空になった鍋を見ながら、

「たくさん作っておいてなんだが・・・やっぱ残さず食べてくれるってのは嬉しいもんだ」

  本当に嬉しそうに、そう答えた。

「はぁ」

  キャロのほうはいまいち納得していない様子だったが、一郎は強引に話を切り替える。

「とにかく、そろそろまぶたが重くなってきているみたいだから、聞いておかないといけないことがある」

  すると、キャロはビクッと体を震わせると、慌てて一郎を見た。

「いえっ!
 あの、まだだいじょうぶです」

「無理はしなくていい。
 聞きたいことは一つだけだから、ゆっくり寝て、詳しいことはその後でいい」

  そして、

「警察には連絡していない。
 俺からは連絡するつもりは無いが、それでいいのか?」








  一郎の一言で、キャロの眠気は一気に吹き飛んだ。

「・・・どうして、ですか?」

「ん?」

「そんなことしたら、あなたにめいわくがかかるかもしれません」

「・・・まあそうだな、否定はしない」

  一郎は一瞬迷い、それでもはっきりと答えた。

「(やっぱり。)
 だったらっ!!
 なんでわたしなんかの「届いたんだ」・・・・・え?」

  キャロの言葉を遮って、あさってのほうを向きながら一郎は答える。

「お前の、助けてって声」

「それはフリードのことです。
 わたしは・・・」

  キャロは何とか否定しようとするが、



「いいや、届いたよ。
 ・・・しっかりと」

  そう言って変に伸びた服の袖を見つめながら、一郎は言った。



「・・・」

「俺の知り合いはお人よしばっかでな・・・何時の間にか移っちまった」

「・・・」

「助けてって声を無視できないんだ」

「・・・」

「俺には家族がいないから、一人が寂しいってのはわかる」

「・・・」

「お前が何者なのかは知らないし、俺だって、ずっとここにいるわけじゃない」

「・・・」

「それでも・・・お前がもし、少しでも俺といることで笑顔になれるっていうなら・・・」

 そう言うと一郎はキャロに近づき、優しく頭を撫でながら、



「また一緒にご飯を食べよう。
 一人で食べるよりは、きっとおいしいから・・・な、キャロ」



  この後キャロは泣き出して一郎に飛びつき、自分の事を話せるだけ話すと、一郎に抱きついたまま眠っていった。








  眠ったキャロをベットまで運ぶと、一郎は足元に噛み付いてくるフリードリヒをあしらっていた。

「別に俺がいじめたから泣いた訳じゃねえって。
 それより静かにしろよ、お前のご主人様が起きちまうだろ?」

  そう言うとフリードリヒは大人しくなり、一郎は先程聞いたキャロの事について考えていた。



「(・・・まあ、地球とは違うってことだよな。
  にしても竜召喚士か・・・クロノに相談するのはどうするかな)」

  クロノがどうこうでは無く、キャロに時空管理局の話をして、キャロの選択肢を狭めてしまう事が怖かった。

「(ま、後で考えるか。
  まだ俺がミッドに行くまでには時間がある。
  キャロがどうするかは、キャロが決めることだ。
  ・・・とはいえ、いろいろ用意してもらわなくちゃならんし、後で連絡だけはとっておくか)」

  とりあえず方針が決まったのか、念のために書置きをすると、夕食の買出しと厨房の使用許可を得るために一郎は部屋を出た。





  一郎が夕御飯をつくって部屋に入ると、焦っていて書置きに気付かなかったキャロが一郎の姿を見てまた泣き出し、今度はかなり本気でフリードリヒに噛み付かれた。










          ・・・つづく。












[5745] 第02話「先生! この場合、下はなにも着けないのが基本だと思うんですがどうでしょうか?」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/01/25 02:40





「・・・ふぁ・・・」

  一郎とキャロが出会った次の日の朝、小さなあくびをしながらキャロが目を覚ました。



「あれ、ここは?」

  半分寝ぼけた状態で周りを見渡すと、ここはいつも野宿をしているような景色では無かった。

「(・・・どこのおへやでしょうか?)」

  なんで自分がこんな所に?

  その疑問は、隣のベッドで眠っている一郎を見て全て吹き飛んだ。



「(・・・ゆめじゃ、ない・・・)」

 まだ信じられない気持ちもあるのだが、どうやら現実のようだ。

 キャロは一郎の寝ているベッドにゆっくりと近付くと、一郎が目を覚ますまでじっと一郎を見続けていた。















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第02話「先生! この場合、下はなにも着けないのが基本だと思うんですがどうでしょうか?」















  一郎が目を覚ますと、キャロはとっさに顔を背けた。



「ん?
 ・・・ああ、そうだったな」

  目覚めた一郎はキャロを見て驚くが、すぐに昨日の事を思い出した。

  一郎は少し緊張気味なキャロに向かって挨拶をする。

「おはよう、キャロ」

「あっ、はい。
 ・・・お、おはようございます」

  フリードリヒ以外に挨拶をするのは久しぶりで、キャロは慌てながら挨拶を返した。

「フリードもよく眠れたか?」

  一郎はフリードリヒにも挨拶するものの、昨日の事を思い出したのか、体を撫でるのはやめておいた。








  一郎はとりあえず着替えようとベッドから出ると、今になって気が付いた。

「(キャロの着替えはどうすっかな)」

  こんな朝早くに店が開いているとは思えないし、開いていたとしても自分が選んでいいものか。

  いつまでもぼろぼろの格好をさせておく訳にもいかないし、どうしたものかと思っていると一郎はキャロの視線を感じた。

「ん、どうした?」

「えっ!?
 あ、あの・・・なんでもない、です」

  何でもないとはとても思えない焦った様子を見せるキャロ。

  気にはなったものの、まずはキャロの着替えを用意するために一郎は自分のバッグを漁り出した。

「・・・まあ、とりあえずはこんなもんか」

  替えのシャツがあったので、それをキャロに渡す。

「?」

  受け取ったキャロはどうしていいのかわからずに一郎を見上げた。

「俺が着てたやつで悪いが、そんなもんしかなくてな。
 シャワー浴びたらとりあえずそれ着といてくれ。
 今着てるやつは戻ってきたら洗濯するから」

  そう言うと、一郎はドアに向かって歩き出した。

「あ、あの!!」

  一郎が離れていく事に不安を感じたキャロは思わず大声を上げてしまった。

「心配するな、朝飯買ってくるだけだから」

  一郎はキャロを安心させるようにそう言うと、そのまま部屋を出て行ってしまった。








  一人残されたキャロはシャツを持ったまま呟く。

「シャワーって・・・なんでしょう?」

  どうやら、キャロが今まで過ごしていた里には無かったらしい。



  結局、戻ってきた一郎が一緒に入って使い方を教える事になり、キャロの服を買いに一緒に外出する頃には昼近くになってしまった。















「はぁ。
 どうしたものか・・・」

  次元航行艦アースラの艦長を務めるクロノは、昨夜一郎から受けた相談の内容に溜め息をついていた。



「あれ、どうしたのクロノくん?」  

  同じくアースラで通信司令をしているエイミィが、複雑な表情のクロノに声を掛けた。

「エイミィか。
 いや、一郎から頼まれてね」

「一郎くん?
 確かこの前、第6管理世界にいけるようにクロノくんが手配したんだよね?」

「ああ。
 あれからまだ一ヶ月ぐらいしか経ってないのにもう次が来た」

  そう言って嫌そうな顔をするクロノ。

「またまた、そんなこといっちゃって。
 結構楽しみにしてるんでしょ?」

  エイミィの指摘に、クロノは思わず立ち上がって叫んでしまった。

「なっ!?
 そんな訳ないだろう!!」

「・・・そうなんだ?」

  相変わらずわかりやすい反応をするものだと思ったが、これ以上指摘するとへそを曲げる恐れもあると考え、エイミィはクロノをからかうのをやめた。

「そうだ。
 こちらは迷惑してるんだからな。
 ・・・まったく、僕も忙しいというのにあいつときたら・・・」

  口では不満を言いながらも、なんだかんだで一郎の頼みを聞いてしまう優しいクロノにエイミィは笑みを浮かべていた。



「それで、今度はなんなの?」

「ああ。
 一郎が昨日、偶然女の子と出会ったらしくて・・・」

  

    



  

  

  


  
  クロノとエイミィが一郎の相談に頭を悩ませている頃・・・第6管理世界では、買い物を済ませた一郎とキャロがホテルに戻ってきた。

「もう夜か。
 結構時間かかったな」

  荷物を置いてベッドに腰掛けた一郎が、自分の肩を揉みながらキャロに話し掛けた。

「ご、ごめんなさい」

  隣のベッドではキャロがすまなそうにしている。

「いや、謝る必要はないんだが。
 というか、本当にこれだけでよかったのか?」

  一郎は今日買ってきた荷物を見ながらキャロに問う。

  一郎は何着か買おうとしたのだが、とにかく遠慮しまくるキャロに押されてしまい、このままでは食事をする時間もな無くなってしまうと考えて、結局下着などを除いて服は一着しか買わなかった。
  
「寝る時はどうする?」

「あ、えっと・・・」

  キャロは朝、一郎から借りたシャツを手にとって、

「これをおかりしてもいいですか?」

  おどおどとした様子で一郎に聞いてきた。

「・・・・・でかくないか?」

  いくらなんでもキャロの体には合わないだろう。

  一郎はそう思ったのだが、無言で見つめてくるキャロはそれでいいらしい。

「腕は捲くればなんとかなるか。
 ま、キャロがいいんなら使ってくれ」

  そう言うと、キャロは嬉しそうに微笑んだ。








  一郎とキャロは、一緒に風呂に入ると早めに寝る事にした。



  風呂から出たキャロは、先程借りた一郎のシャツを着ている。

  やはりキャロには大きすぎるのか、腕は何度も捲いて、下は引き摺らないように少し抱えながら過ごしていた。

「・・・」

  一郎はキャロの様子を見て何か言いたそうな顔をしていたが、キャロが嫌そうな感じはしてなかったので何も言わない事にした。

  

「んじゃ、お休み」

「はい、おやすみなさい」

  今日は一日中買い物をして疲れたため、キャロはすぐに眠ってしまう。



「・・・さて、俺はどうするかな」 

  遠慮するキャロに合わせてベッドには入ったが、さすがにまだ眠くは無い。

「昨日の今日じゃ、クロノもまだだろうしな」 

  とりあえずバッグから地図を取り出すと、明日からまた始める食べ歩きツアーの目的地を決める事にした。








  地図を眺め、ある程度目的地が定まったあたりで一郎も眠くなってきた。

「俺も寝るかな」

  そう言って電気を消そうとしたした所で、隣のベッドからすすり泣く声が聞こえてきた。

  不思議に思った一郎がキャロを覗き込むと、キャロが眠りながら涙を流している。
 
  それを見た一郎は、気が付くとキャロの体を揺すっていた。

「はっ!
 あれ・・・えっと、あの・・・どうしたんですか?」

  目を覚ましたキャロは目の前に一郎がいる事に驚いているが、自分の頬を伝う涙には気が付いていないようだ。



「・・・・・・・・・・はぁ」

  まだ出会って二日・・・キャロが自分を信じていないのは仕方が無いとはいえ、気付かなかった自分に腹が立つ。

  キャロの涙を一郎が手で拭うと、ようやくキャロは自分が泣いていた事に気が付いた。

「ち、ちがうんです。
 これは・・・」

  何か言い訳を考えているキャロだったが、一郎はそれを聞かずにキャロを抱えて自分のベッドに運んだ。

  何が起きているのか分ってないキャロに何も言わず、一郎も同じベッドに入ると電気を消す。

「あの・・・」

「もう寝ろ。
 なんかあったら、また俺が起こしてやるから」

  そう言って、一郎は混乱するキャロを置いてさっさと眠ってしまった。



  キャロは一郎が何も説明してくれずに戸惑っていたが、里の事を思い出して泣いていた自分と一緒に眠ってくれるんだと考えて、胸が温かくなっていった。

  おずおずと手を伸ばして一郎の服をそっと掴むと、キャロは安心したように眠りにつく。





「(・・・あったかい・・・)」

  どうやら、もう悲しい夢は見ずにすみそうだ。  

  








          ・・・つづく。












[5745] 第03話「あーもーなんて可愛いんだ。 さあ、今すぐその胸で、悲しみに暮れるボクを温めてー!」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/01/25 02:40





  一郎とキャロが一緒に旅をするようになって一ヶ月・・・キャロが一郎の前で笑顔でいることも増えていった。

  その理由の一つとして、一郎が毎晩キャロに自分の事や友人の事を話して聞かせたのが大きいのかもしれない。

  しょっちゅうハプニングに遭遇しては色々な出来事を経験し、個性的な人と知り合いになっていく。

  そんな一郎の話は、今まで里の中の事しか知らなかったキャロにとってとても新鮮で、毎晩楽しみにしているらしい。



  そしてこの日の夜、一郎は自身の家族についてキャロに話していた。

  随分前に事故で両親を亡くした事。

  一郎は他に家族がいないため、それからずっと一人だった事。

  一郎としては何気なく話したつもりだった。

  だが、キャロは簡単には受け取らなかったようだ。















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第03話「あーもーなんて可愛いんだ。 さあ、今すぐその胸で、悲しみに暮れるボクを温めてー!」















「ま、そんなわけだ。
 大した話でもないだろ?」

「いえ・・・そんなことないです」

  話が終わり、一郎は何でも無いような顔をするが、キャロは少し悲しそうな顔をしている。

  そんなキャロを見ながら一郎は、自分の家族の事など話さなければ良かったと後悔した。

 






  キャロが眠った後、一郎はベッドに入りながらも眠る事は出来ず、ずっと窓の外を眺めていた。



「(本当に、もうなんでもないんだけどな・・・)」

  両親が亡くなって、一人で泣いていた時もあったが昔の事だ。

  桃子や士郎はとても優しくしてくれたし、なのは達と出会ってからはいろんな事がありすぎて悲しんでいる暇もなかった。

  今では大切な思い出として、一郎の心の中に閉まってある。

  でも、

「(ならなんで、わざわざあんな話をしたんだか・・・)」

  里を出て寂しいはずのキャロにする話ではなかったんじゃないか?

  一郎はなぜキャロに話してしまったのか、その理由がわからずにずっと考え込んでいた。

  






  もう一つのベッドではキャロとフリードリヒが眠っているのだが、一郎が気付いていないだけでキャロはずっと起きていた。



  ベッドの中で横になりながらも、キャロはずっと一郎の事を考えている。

「(なんででしょう?
  イチロウさん、なんだかかなしそうでした・・・)」

  何でもないと言いながらも、どこか悲しそうな感じがしたのだ。

  勿論詳しい事はわからないし、幼いキャロにはうまく説明できないのだが、そう感じた事は確かだった。

  そんな事を考えていると、キャロはなぜか胸が締め付けられるように痛み出す。

「(どうして?)」

  一郎の事を考えれば考えるほど、その痛みは増してきた。

「(イチロウさん・・・)」

  まだ出会って一月ぐらいしか経ってないが、キャロにとって一郎の存在は日に日に大きくなっていった。

  フリードリヒと当ても無くさ迷っていたあの頃、一郎と出会わなければキャロはどうなっていたか分らない。

  それから一緒にいるようになって一月、キャロは一郎からたくさんの優しさを受け取った。

  一郎の作ってくれる料理はどれも美味しく、キャロの心と体を温めてくれた。

  毎晩寝る前に聞かせてくれる一郎の思い出話は、自分の知らない一郎をたくさん知る事が出来て、キャロはなんだか一郎と近付いているような気がして嬉しかった。

  それに、

「(あのひ、イチロウさんはわたしといっしょにねてくれました)」

  出会った次の日の夜、泣いているキャロを心配した一郎は、同じベッドでキャロと一緒に眠った。

  キャロは今まで自分が泣いていた事には気付かなかったのだが、確かにあの日の夜はぐっすりと眠る事が出来た。

「(すごくあったかくて・・・そうだ!)」

  あの日、泣いていた自分に一郎が優しくしてくれたように、今悲しそうにしている一郎に、自分は何か出来ないだろうか?

  キャロはそう考え、フリードリヒを起こさないように抱きかかえると、ベッドから起きて一郎に話し掛けた。








「あの、イチロウさん」

  物思いに耽っていたためにキャロが起きていた事に気付かなかった一郎は、キャロが話し掛けてきて少し驚いた。



「ん。
 ああ、キャロか。
 まだ起きてたのか?」

  一郎が声を掛けるも、キャロはどこか戸惑った様子で口篭もる。

「なんかあったのか?」

  一郎が心配そうな声で話し掛けると、キャロは意を決して一郎に返事をした。

「あ、あのっ!!」

「うぉっ」

  突然の大声に驚く一郎。

  そんな一郎をキャロは真剣な表情で見つめている。

  一郎もそんなキャロに対して真剣に身構えていると、



「いっしょに・・・ねてくれませんか?」



「・・・・・・・・・・え?」

  キャロの予想外の答えに、一郎は思わず呆然としてしまった。 








  一郎が体をずらしてベッドに空きを作ると、フリードリヒを抱えたキャロがその中に入っていった。



「すみません」

「いや」  

  色々と思い出したのだろう。
 
  そう考えると、一郎はむしろキャロに謝りたいぐらいだった。

  同じベッドに入ってすぐ、一郎はキャロが自分の腕をそっと掴んでくるのを感じた。

「いっしょだとあったかいです」

「そっか」   

「イチロウさんもあったかいですか?」

「ああ」   

  頬を緩ませる一郎だったが、キャロの発した次の一言で頭の中が真っ白になってしまった。



「わたしは、イチロウさんといっしょにいてたのしいです。
 だから、イチロウさんにもそうなってほしいです」



  我に返った一郎がキャロを見ると既に一郎の反対側を向いていて、呼びかけても答えなかった。

  眠ってしまったのか、それとも別の理由があるのかは一郎には分らないが、応える事は無いのだろう。

  一郎はキャロを呼ぶのを諦め、先程のキャロの言葉の意味を考える。

「(俺を心配したのか?)」

  自分を元気付ける為に、キャロは一緒に寝て欲しいと言ってきたのだろうか?

  確かに、そう考えれば先程のキャロの言葉も納得がいく。



  一郎は笑みを浮かべながら溜め息を吐く。

「(情けねえ・・・)」

  一度認めてしまえば何の事はない・・・自分はキャロを助けているつもりで、実はキャロに助けられていたのだ。

「(結局、自分で思ってたよりも堪えてるってことか)」

  周りに助けられていた時には気付かなかったが、一人で旅をしている内に隠れていた思いが表に出てきたのだろうか。

「(キャロに家族のことを話したのは、ただ俺が聞いてほしかったのかもな)」

  



「(まさか、俺のほうが必要としてるとか・・・・・んなことはねえよな)」

  腕から伝わってくるキャロの温もりに、一郎はそんな事を考えていた。

  








          ・・・つづく。







[5745] 第04話「悪いなフェイト。 お前が中学に上がったあたりから、俺のストライクゾーンからは外れてるんだ」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/02/25 23:23
 




 キャロ「わたしとフリードがイチロウさんとであってから、さんかげつがたちました。

     あれからわたしたちはずっといっしょにいます。

     フリードがたまにイチロウさんにかみついてしまいますが、わたしもフリードもイチロウさんがだいすきです。



     イチロウさんはりょうりにんで、いろんなゴハンをたべるのもしごとだそうです。

     いろいろなところにいって、いろいろなものをたべました。

     どれもおいしかったですが、イチロウさんがつくってくれるゴハンがいちばんおいしいです。

     

     わたしはイチロウさんのためになにができるかかんがえて、おせんたくをすることにしました。

     イチロウさんはゴハンをつくるのはじょうずですが、それいがいはいいかげんです。

     イチロウさんはそんなことしなくてもいいっていってくれましたが、わたしでもできることがあってうれしいです。



     イチロウさんはわたしにいろいろなことをはなしてくれました。

     イチロウさんのことやおともだちのこと、よるねるまえにはなしてくれるじかんがまいにちたのしみです。

          

     イチロウさんはもうすこししたらミッドチルダっていうところにおしごとにいくそうです。

     それまでに、なにがしたいかきめるようにいわれました。

     なんでもいいからじぶんできめることがだいじだっていってくれました。



     わたしは・・・なにがしたいんだろう。

     まだよくわからない。

     そんなことをかんがえていた、あるひのことでした・・・」















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第04話「悪いなフェイト。 お前が中学に上がったあたりから、俺のストライクゾーンからは外れてるんだ」














 
  それはいつものように午後のおやつを食べ、一郎とキャロがホテルの部屋でくつろいでいる時に起こった。

  突然部屋の中に転送ポートが開き、そこから金髪の少女が現れると、二人が呆然としている間にその少女は一郎に泣きついてきた。



「一郎っ!!
 聞いて聞いて、なのはがひどいんだよ!!」

「「・・・・・」」


 
  突然現れた女の子は、二人が呆然としているのにも気付かずに話を続ける。

「今度はね、今度こそ私怒ってるんだ。
 なのはが謝ってくるまで私許さないんだから。
 だから『ゴスッ!!』、イタッ・・・うう・・・なんでぶつの?」

  頭を押さえて一郎を見つめる女の子に向かって・・・一郎は溜め息とともに、それでも久しぶりに会えた友人に、

「なんでクロノにも教えてない俺の正確な居場所がわかったのかはおいて置くとして。
 まあ・・・久しぶりだな、フェイト」

  嬉しそうに話し掛けた。



「うんっ♪
 久しぶりだね、一郎。
 一郎の卒業式からもう半年ぐらい経ったんだね。
 一郎は全然連絡くれないから、皆寂しがってたよ」

  と、嬉しそうに話す女の子・・・フェイトを見ながら、

「それは確かに俺が悪かったが・・・まあなんだ、転送してくるにしても事前に連絡ぐらいしろよ。
 見ろ、キャロのやつがどうしていいかわからずに困ってる」 

  そう言って一郎がキャロのほうを見ると、フェイトもつられるようにしてキャロのほうを見た。
 
「あれ?
 一郎、この子は?」

  やっとキャロに気づくと、フェイトはキャロを見ながらそう呟いた。

「ああ。
 キャロ、自己紹介」

  そう言って一郎が促すと、キャロはようやく話すきっかけを与えられ、若干緊張しながらも自己紹介を始める。

「あ、あの・・・はじめまして。
 わたしはキャロ・ル・ルシエっていいます」

「あ、はい。
 私はフェイト、フェイト・T・ハラオウン。 
 よろしくね、キャロ」

  そう言って、フェイトはにっこりと笑って挨拶をした。

「はい。
 ・・・あの、フェイトさんってイチロウさんのおともだちのフェイトさんですか?」

「えっ!?
 うん、そうだけど・・・私のこと知ってるの?」

「はい。
 いつもねるまえにイチロウさんがはなしてくれるんです。
 えっと・・・フェイトさんとか、なのはさんとか、はやてさんとか」

  その言葉にフェイトは怪訝そうに、

「寝る前?
 あの、キャロ・・・いつも一郎と一緒にいるの?」

  そう尋ねると、キャロは嬉しそうにはにかむと、

「はい。
 イチロウさん、やさしくしてくれて・・・。
 わたしがいろんなことおもいだしてないてたら、いっしょにねてくれたんです」

 そう言って顔を赤らめた。



「・・・・・・(スッ)・・・・・・バルディッシュ、アサルトフォーム」

《yes,sir》



  キャロの様子を見たフェイトは何も言わずに立ち上がると、バルディッシュを基本形態にして一郎に突きつけ、たまになるダウナーモードに突入した。

「・・・一郎・・・ごめん。
 ・・・私、気が付かなくて・・・」

「・・・・・・・・・・はい?」

  一郎はまったく事態についていけていないが、フェイトは気にせず話を続ける。

「一郎もきっと・・・寂しかったんだよね?」

  そう言って、フェイトは可哀想なものを見るような目つきで一郎を見つめた。 

「お前、頭大丈夫か?」

「いいんだよ。
 ・・・あのね、一郎・・・悪い事をしたら、ちゃんと謝らなきゃだめなんだよ・・・」

「いや、だから・・・」

「ちょっと痛いかもしれないけど・・・大丈夫」

「何が大丈夫だっ!!
 おいコラッ、バルディッシュ!!
 テメー気付いてんならさっさとコイツを止めろ!!」

《no problem,ichiro》

「どこがだっ!!
 プロブレムだらけじゃねーか、このポンコツ2号!!
 ったく・・・いいから聞けフェイト、俺は・・・」

  一郎はなんとかフェイトを説得しようと試みるが、

「イヤッ!!
 聞きたくないっ!!」

  フェイトは耳を塞ぎ、いやいやをするように首を振り続けた。



「・・・お前もたいがいはやてに毒されてきたな・・・」

  一郎は呆れたようにフェイトを見つめた。

「大丈夫・・・皆は許してくれないかもしれないけど、私はちゃんと信じてるから。
 なのはが私を信じてくれたように」

「で、お前が俺をぶっとばすのか?
 なのはがお前にしたように」

「うん。
 一郎も、私の大切な友達だから・・・」

  フェイトの目には光るものが浮かんでいた。



「(こいつの場合、演技じゃなくて素なのが怖ええな・・・)」

  毎度毎度の事とはいえ、もうちょっと柔軟に物事を考えられないものか?

  無理だとはわかっていても、一郎はそう願わずにはいられなかった。

「はぁ・・・まあ、もう面倒だから早くしてくれ。
 キャロ、俺は大丈夫だから心配するな」

  もはや一郎は諦めたのか、今度はキャロの心配をし始めた。

「うん。
 でも・・・フェイトさんは?」

「ああ・・・このお姉ちゃんはな、時々こうなるんだ。
 後でクロノっていうこのお姉ちゃんのお兄ちゃんがくるから、そいつについてるんだ。
 ・・・キャロのことは少しだけ話してあるから」

  一郎の言葉を何とか理解したのか、キャロは頷き、フリードリヒを抱えて少し下がった。








「・・・お別れは済んだ?」

  一郎が再びフェイトと対峙すると、虚ろな目をしたフェイトが一郎に問い掛けてきた。



「お前・・・まるっきり悪役のセリフだぞ、それ」

「いいの・・・一郎のためならこれくらい・・・」

「そういう訳じゃねえんだが。
 ったくさっきといい今といい・・・絶対はやての影響だろそれ。
 ・・・・・・・・・・よく考えたら、一緒になってからかったのは俺か。
 自業自得といえば自業自得だな」

  結局・・・なのはとはやてよりも、キレたフェイトが一番手に負えない。





  そしてついに、

「いくよっ!!
 『貫けっ!! 轟雷っ!!』」

《thunder smasher》

  フェイトの目の前、バルディッシュを中心に魔法陣が展開し、



「さようなら、一郎。
 ・・・大好き・・・だよ」

「お前、自分が何言ってるかわかってねえだろ。
 ・・・まあ、もういいか・・・」

  その言葉を最後に、一郎の意識は途切れた。















  目覚めた時に一郎の目に飛び込んできた光景は・・・半壊したホテルと、ずっと手を握ってくれていたキャロ、自分の顔を舐めているフリードリヒに、それと、

  駆けつけてきたクロノにこっぴどく叱られている、正座したままのフェイトだった。



「まったく・・・緊急で僕に通信が入った時は何事かと思った。
 フェイト、今日はたしかなのはとデートだったんだろう?
 昨日は楽しそうに話していたじゃないか。
 ・・・どうやったら昨日の今日でホテル半壊なんて事態になるんだい?」 

「・・・うう・・・それは・・・」



  ここは一郎達が泊まっていたホテルの一室・・・不幸中の幸いなのか、ホテルは全壊とまではいかず、とりあえずは別の部屋を借りていた。

「色々と手を回した結果、オーナーはホテルの修繕費用さえ払えば大事にはしないと言ってくれた。
 ・・・あまりこんなことに管理局の名前を使いたくはないんだが」

「ご、ごめんなさい、お兄ちゃん・・・」

「当分の間、減給は覚悟してくれよフェイト。
 僕は君のことを大切な義妹だと思っているけど・・・さすがにね。
 あとは、戻ったら母さんの説教だ」

「・・・あうう・・・」

 すっかり小さくなったフェイトは、あまりの恥ずかしさに顔も上げられない。








「なんつーか、予想通りすぎてつまらんな」

  ふと、目を覚ました一郎がそうこぼすと、

「君もだ!!
 少しは自覚しろっ!!」

  くわっと目を開いたクロノが一郎に向かって吠え立てた。

「うぉっ、やぶへびだったか・・・。
 まあそう怒んなって。
 見ろ、キャロのやつが怯えてるだろ」

  そう言って一郎はキャロの頭を撫でる。

「・・・ハア、まったく君ってやつは・・・。
 君の頼みを聞いているうちに、僕は最近裏技ばかり得意になっていく。
 僕がどれだけの葛藤と戦っているか君はわかっているのかっ!?」

「いや、全然」

「あーそーだろーよ。
 君はそういうやつだ」

  さすがにこれ以上はまずいか、と思った一郎はすかさずフォローに入る。

「まあ落ち着け。
 理解はしてねえけど感謝はしてるって。
 これからも頼むよ、な?」



「・・・・・言いたいことはまだある」  

  これ以上言っても効果がないと判断したのか、クロノは話を変える。

「君に言われた通り、そこのキャロって子のために地球で暮らす場合とこの世界で暮らす場合、それにミッドチルダで暮らす場合の三種類の書類を用意したんだ。
 君が保護者になるか、それともこの世界で誰か任せられる人間を見つけるか、あらゆる可能性に対応できるように準備した。
 なのに君ときたら・・・竜を使役しているなんて聞いてないぞっ!!
 一体どういうことなんだ?」

「いや・・・ペットってことにして誤魔化せるかと・・・」 

「そんな訳ないだろうっ!!
 まったく君ってやつは・・・わざと黙っていたな?」

「んな訳・・・」



「あのっ!!」



  二人が言い合っていると、横からキャロが叫んで二人の話を止めた。

「・・・どういうことですか?」

  一郎に向かってキャロは尋ねた。

「ん・・・ああ、フリードのことか?
 こいつ小さいし、何とかなるかな、と・・・」

「そうじゃないです。
 わたしのことです・・・なんでですか?」

  キャロがそう問い掛けると、一郎は答えにくそうに、それでもはっきりと答えた。



「それは・・・まあ・・・あれだ。
 出来る限りのことをしたかったんだよ、俺が。 
 どうやら何時の間にか、キャロは俺にとって大切な人になってたらしくてな」



「えっ!!」

  一郎が何を言っているのかわからず、混乱するキャロ。

「たいせつ・・・わたしが・・・?」

「俺はそう思ってる
 ・・・もしかして嫌だったか?」

「ち、ちがいますっ!!」

  思い切り首を振って否定するキャロに一郎は、

「この三ヶ月・・・キャロと一緒にいて楽しかった。
 メシ作るのも食べるのも、やっぱ一人じゃないのはいい」

  一郎は一旦言葉を止め、小さく息を吐くと意を決してキャロに精一杯の思いを込めて伝えた。



「キャロがもし、俺と同じ気持ちでいてくれるなら・・・、
 俺の、家族になってくれないか?」



  その言葉を聞いたキャロは一郎に抱きつくと、部屋中に響くような声で泣き叫んだ。








「どうでもいいけど、出来る限りがんばったのは僕なんじゃないかな?」

「しっ・・・だめだよお兄ちゃん、邪魔したら」

「それは、わかっているけど・・・」

「うう・・・感動だよ。
 私泣いちゃいそう・・・」

「・・・そうか、僕は泣くより先に困惑している。
 なんでこんなことになっているんだろう?」

「それは勿論、愛だよ」

「(即答か。)
 ・・・それよりフェイト、話は変わるけど」

「え、何?」

「今度はなのはと何が原因で喧嘩したんだい?」

「ああ、うん、えっとね・・・。
 今日なのはと遊びに行ったんだけど、なのはったら映画館で寝ちゃったんだよ・・・私楽しみにしてたのに。
 酷いと思わない?」

「(・・・結局いつもの痴話喧嘩じゃないか。)
 あーなんだかとーとつにかんげきしてきた・・・なみだなみだ」

「あれ、もしかして流されてる・・・なんでかな?」



  そばで繰り広げられる兄妹漫才にも気付かずに、キャロは一郎に抱きついたまま、いつまでも泣き続けた。










          ・・・つづく。









 



[5745] 第05話「へーいそこの彼女っ、よかったらオレッチとお茶しよーぜ」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/01/25 02:42





 キャロ「わたしがイチロウさんにだきついて、わんわんないたひ。

     わたしとイチロウさんがかぞくになったひ。

     すこしはずかしかったけど・・・いっぱいうれしかったひ。

     そのひのよる、イチロウさんはいろんなことをわたしにはなしてくれました。



     わたしのちから・・・さとをでていくことになったこのちからは、ひとのやくにたてるかもしれないそうです。

     でも、だれかをたすけるためにだれかをきずつけることになるかもしれないって、イチロウさんはそういってくれました。

     ・・・わたしにはよくわかりませんでした。

     でも・・・イチロウさんはわたしのためにはなさなかったんだってことはわかりました。

     わたしがなかないように。
 
     フリードがいたくないように。



     だから、

     いろいろかんがえて、わたしはかんりきょくにいくことにしました。

     イチロウさんがくれたいっぱいのやさしさを、こんどはわたしがないているだれかにあげたいです。



     イチロウさんにそういうと、わたしをぎゅってしてくれました。

     ちょっといたくて、ちょっとくるしかったけど・・・いっぱいあったかかったです。



     それからいっかげつぐらいがたちました。

     イチロウさんはきょう、わたしよりさきにミッドチルダにいってしまいました。

     おしごとのつごうで、わたしといっしょにはいけないんだそうです。
     
     

     イチロウさんに、わたしはだいじょうぶなのでおしごとがんばってくださいっていったら、おでこをぺしってされました。

     そうしたらイチロウさんは、


   
     『我慢しなくていい。
      少なくとも俺には、寂しかったら寂しいって言って欲しい。
      言ってもなにも変わらないかもしれないけど、でも・・・全部受け止めるから』     



     なんだか、イチロウさんとであってから、わたしはないてばっかりです。

     ・・・ちょっとはずかしい。



     いろんなことがあるけど、まいにちがたのしくて、どきどきして・・・。

     こんなまいにちがずっとつづいてほしいです」     
     














          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第05話「へーいそこの彼女っ、よかったらオレッチとお茶しよーぜ」















「まだ取り残されている人の正確な情報をっ!!
 急いでくださいっ!!」

「人手が足りないうえにこの火の勢い・・・。
 うぅ、どこから手をつけていいかわからないですー。
 え・・・・・その区画はすでに探索済みですから、別の場所をお願いします!」

  現場の状況は混乱を極め、はやてとリインフォースⅡも焦りの色を隠せない。



  ここはミッドチルダ臨海地区・・・ある危険な密輸物が原因で起きた火災はあっという間に広がり、大事故になっていた。



  陸士部隊で研修中のはやては急遽現場の指揮をとることになり、パートナーのリインフォースⅡと救助活動に当たっていた。

  はやての元へ休暇を利用して遊びに来ていたなのはとフェイトは、共に空からの救助に当たっていてはやての傍にはいない。

  しかし、普段通りの力が出せずに焦るはやてのもとに、救助者を抱えて戻ってきたなのはが、救助者を降ろすとはやてに詰め寄った。



「はやて一等陸尉っ!!」

「あ、なのはちゃん・・・」

  階級で呼ばず、プライベート時の呼び名で呼んでくるはやてに怪訝な顔をするなのはだが、

「なにをしているのっ!!
 判断は遅いし・・・時間がないんだよっ!!」

「・・・ごめん・・・私・・・」

  うつむくはやてに対し、先程とは違って優しい口調でなのはが問い掛ける。

「いいから。
 ね、はやてちゃん・・・なにがあったの?」

  その言葉を受け、はやては自分の頬を打つと、今度はなのはの目を真っ直ぐ見て、

「もう大丈夫や。
 ありがとう、なのはちゃん」

  そう言ってなのはに説明を始めた。















  なのは達が空港火災の対策に追われている頃、時空管理局本局の無限書庫には一人の客人が訪れていた。



「ふ~ん。
 それじゃあ、今日一郎はミッドに到着するんだね」

「ああ、あちらも忙しくなりそうだ」

「ねえクロノ、またバーベキューとかできるかな?」 

  この日無限書庫を訪れたクロノは、司書長であるユーノと彼の手伝いをしているアルフの三人で談笑していた。



「・・・さすがに本局内では無理だけど、ミッドでならできるんじゃないかな」

「そっか。
 じゃ、ユーノのお休みしだいだね」

「う~ん。
 僕の場合、休みなんてあってないようなものだからね。
 もしよかったら、アルフだけでも行ってくればどう?」

  そう、ユーノはアルフに提案するが、

「なに言ってるんだい。
 みんな一緒じゃなきゃおいしくないだろ?」

「君はよく僕の心配をするけど、君だって同じだろ?
 まったく・・・休みの日にまでここのデータベースの整理をしてるとは・・・」

  逆に二人から忠告を受ける事になった。

「いやあ・・・僕は、こういうの好きだからね、つい・・・」



「まあでも、近いうちに本局に来ることになるから、その時は一郎をここに連れて来るよ」

「ああ、確かキャロって子のことだよね?
 その子も良かったね、一郎と出会えて」

「(・・・・・それはどうだろう?)
 まあ、あまりあいつの無鉄砲なところは似て欲しくはないんだけどね・・・」

「なんだかんだで、あたしらの中でも一番ムチャするからね、イチローは」



 一郎の話で盛り上がりながら、三人の雑談は暫くの間続いていた。

 ・・・クロノに緊急の通信が入ってくるまでは。















  ミッドチルダ臨海第8空港の上空に、険しい顔をしながら飛んでいるなのはの姿があった。



「・・・情報があった女の子は・・・」

  女の子の救助に向かいながらも、なのはの頭の中はパニックだった。

  先程はやてが話した内容は、それほどなのはにとっては衝撃的なものだった。



(二人には内緒にしてたんやけど・・・実は今日、いっちゃんがミッドに来る日なんよ)



「・・・女の子がいると思われる場所はおおよそでも掴めている。
 だから、こっちを優先するのは当然・・・」



(二人をびっくりさせようと思って・・・それで、一緒にゴハンでも食べようと思って・・・)



「・・・・・大丈夫・・・・・私は・・・・・冷静・・・・・」



(空港から、ミッドに着いたって連絡をもらったのが・・・火災の起きる10分ぐらい前や)



「・・・・・それに・・・・・女の子をおいて・・・・・一郎くんを優先なんて・・・・・、
 そんなのわたしじゃない・・・・・」



(通信は繋がらんし・・・救助者の中にも、事前に空港を出た人の記録にも、いっちゃんの名前は・・・ない。
 せやから・・・)



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



(いっちゃんは間違いなくあそこにいて・・・しかも連絡ができん状態や)



「っ!!
 レイジングハートっっっっっ!!!!!
 ・・・・・お願い・・・・・もっと急いで・・・・・」



《OK》



「ごめんね。
 無理・・・させちゃってるよね」



《NO》



「えっ!?」



《ichiro is my friends,too》



「レイジングハート・・・。
 そうだよね、レイジングハートもわたしと一緒だよね。
 ・・・・・よしっ、ちょっとぐらい無理しても、わたしとレイジングハートなら大丈夫。
 行こうっ・・・わたしたちの、全力全開で」



《yes,master》



 そう言うとなのはとレイジングハートは、女の子を助けるために、限界を超えて加速していった。















  そのころ一郎は、現在地は不明だが空港内のどこかにいた。

  現在地がわからない不安や火災よりも、目の前に広がる光景に、一郎は溢れ出る涙を堪える事ができなかった。

「くそっ、なんてこった・・・」

  目の前に広がるのは荒れ狂う炎、

「みんな・・・燃えちまった・・・」

  今にも、その炎が自分の身体を包みこもうとしている時に、



「キャロのとこで買い集めた調味料が~~~~~~!!!!!!」

  いつまでも、悲しみの涙を流し続けていた。








「ああ・・・どうしたらいいんだ、俺は・・・」

  ひとしきり泣いて少しは落ち着いたのか、一郎はとりあえず火の手から逃れる為にとぼとぼと歩き出した。

「せっかく集めたのに・・・結構高かったのに・・・」

  荷物を全て燃やされ、肩を落として歩く様子からは絶望感が溢れているが、なぜか恐怖感は微塵も見えない。

「税関での面倒なチェック、どれだけ掛かったと・・・・・ん?」

  当ても無くふらふらしていると目の前には、



「・・・ぐすっ・・・お姉ちゃん・・・どこー・・・」

  青い髪の女の子が一人で泣いていた。








「そっか、一緒にいたお姉ちゃんとはぐれたのか・・・」

  一郎はその女の子・・・スバルに声を掛け、一緒に行く事にして歩き始めた。

「うん。
 ・・・ギンガお姉ちゃんっていうの・・・」

  まだ少し涙を浮かべてはいるが、詰まりながらもなんとか答えるスバル。

  一郎は一つだけ残っていた飴をポケットから取り出すと、スバルの頭を撫でながら渡した。

「・・・ありがとう。
 ・・・あ、おいしい」 

  笑顔になったスバルに満足すると、

「そっか、うまいか・・・よかった。
 その飴な・・・実は俺が作ったんだ」

  そう言ってスバルの気を逸らそうとした。

「ホントッ!!
 お兄ちゃんってすごいんだね。
 ・・・でも、なんでこのアメこんなにちっちゃいの?」

  どうやら成功したようで、スバルは一郎に、普通ものとは明らかに違うその小さな飴を不思議に思って聞いてきた。

「ああ。
 この飴はな、今日会うやつのために作ったんだ。
 俺の作った飴を気に入ってくれてよく作るんだが・・・そいつにはそのくらいでちょうどいいんだ」

「ふ~ん。
 ・・・あたしよりもちいさいの?」

「ああ。
 『大切な人のために頑張る』って、そう言ってたな」

「・・・・・そうなんだ・・・・・」

  一郎の言葉を聞いて、スバルは少し落ち込んだ。

「・・・どうした?」



「すごいなって・・・。
 あたしは・・・泣き虫で・・・よわくて・・・。
 そんなに・・・つよくなれない・・・」

  そう言って、再び涙を浮かべる。

  

「そっか・・・怖いのか?」

「うん。
 お兄ちゃんはこわくないの?」  

  スバルは一郎に尋ねた。

「ん・・・ああ、全然」

「そっか・・・お兄ちゃんも、つよいんだね」

  そう言って、ますますスバルは落ち込む。

「違う」

「え?」

「俺も、強い訳じゃない。
 スバルと一緒」

「じゃあ・・・なんでこわくないの?」

  スバルが聞くと、一郎は、



「知ってるからかな。
 今、俺達を助けに来てくれるのは、俺が知っている限り、一番強い連中だ。
 あいつ等が来てくれるから、俺は自分の心配をしなくていいし、怖がる必要もない。
 だから・・・俺は俺で、できることをするんだ」

  そう言って、安心させるために再びスバルの頭を撫でた。



「・・・お兄ちゃんは、そのひとたちのこと好きなの?」

「ん、なんでそう思うんだ?」

「だって・・・お兄ちゃん、なんだかうれしそう」

  スバルの言葉を受け、一郎は少し考えた後、



「そうだな、そうかもしれない。
 ・・・あいつ等の前じゃ絶対に言わないけどな」

  そう、はっきりと答えた。

「ないしょなの?」

「ああ。
 スバルも・・・内緒な?」

「はずかしい?」

「・・・・・・・・・内緒」

「そうなんだ・・・なんだかかわいい」

 そう言って、スバルは少し笑った。



「・・・ったく、まあいいか」

 スバルが落ち着いてきた様子を見て、一郎はスバルに話し掛ける。

「なあ、スバルはどんな料理が好きだ?」

「え・・・う~んと。
 あっ、カレーライス!!
 お姉ちゃんがつくってくれるカレーライスがいちばん好き!!」 

「そっか、カレーライスか。
 それじゃあ・・・」

 一郎はスバルに向かって、



「約束しよう。
 ここから出たら、俺がスバルにカレーライスを腹いっぱい作ってやる。
 ・・・だから、もうちょっとだけ頑張れるか?」

  そう言って、小指を差し出した。



「・・・・・うんっ!!
 ・・・やくそく・・・だね」

  スバルも小指を差し出そうとする。




  
  しかし、



”ガラッ!!”

「くっ・・・スバル!!」

”ドンッ!!”



「イタッ・・・・・・・・・・え?」

  何かが崩れる音・・・一郎の叫び声・・・突き飛ばされる自分の体・・・。

  スバルが訳もわからず呆然としている一瞬の間に、全ては終っていた。















「・・・・・・・・・・なん、で?」

 なのはが目的の女の子を見つけた時にその場にいたのは・・・、

 瓦礫の下敷きになり、血まみれで意識の無い一郎と、彼にしがみついて泣きじゃくるスバルの姿だった。










          ・・・つづく。












[5745] 第06話「お久しぶりです桃子さん。 紹介します、妻のキャロです」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/02/02 22:44





「ギプスが取れるまでに半年、リハビリも含めて全治一年ってところだそうだ。
 ここにいたってしょうがないし、海鳴市に戻るんだね」

「来て早々出戻りかいっ!」



 空港火災から三日、運ばれた病院でようやく目を覚ました一郎は、クロノが話してくれた診断結果に思わずツッコミを入れてしまった。



「なにを言ってるんだか・・・。
 一時はかなりやばかったんだぞ。
 この程度で済んだのが不思議なくらいだって医者が言っていた」

  クロノが呆れたようにそう言うのだが、

「そりゃそうだが・・・」

  それとこれとは別である。



「女の子を一人助けたそうだから強くは言わないが、あまり無茶はしないでくれよ。
 まあ、僕からはこれぐらいだ」

「お前みたいな説教好きが珍しいな。
 なんかあるのか?」

「いや。
 別に僕が言わなくたって・・・」

  クロノはそう言って一郎の隣に目を向ける。



「この子を見れば、僕がいちいち言う必要なんてないだろう?」

「・・・ああ、痛感している。
 俺は一人じゃないんだってな」

  一郎もまた自分の隣・・・同じベットに入り、一郎にしがみつくようにして眠っているキャロを見て、そう呟いた。



 一郎が病院のベットで目を覚ました時、三日ぶりに見たキャロの顔は酷いものだった。

 泣き叫ぶキャロに一郎は何も言えず、泣き疲れて眠るまで、一郎はキャロをただ見ている事しか出来なかった。

「僕がキャロをここに連れて来てからずっと君のそばを離れなかったんだぞ。
 今は眠っているけど、今まで一睡もせずに椅子に座って君を見ていた」

「そうか。
 フリード、お前も悪かったな」

  一郎は足元で眠るフリードリヒにも声を掛けた。



「なのは達は?」

「火災が一段落してから一度来たけど、僕が帰らせた。
 どう見ても疲れきってたし。
 なのはなんか特に、君を助けるためにかなり無理をしたみたいだよ」

「そっか・・・」








「それはそうと、君が意識を失っている間に、君が助けたスバル・ナカジマという女の子が来たんだけど・・・」  
 
「ああ、スバルも無事だったんだな」

  スバルの無事を知り、一郎は少しだけ笑う事が出来た。

「君と違って軽傷だ。
 検査をして、翌日には家に帰った」

「そうか。
 ・・・まいったな」

  一郎は苦い顔をした。

「どうしたんだ?」

「あそこから出たら、スバルの好きなカレーライスをつくってやるって約束したんだけど・・・。
 いや、約束は・・・できなかったんだっけか」

 少し悔しそうに一郎は答えた。

「だったら・・・」

「ん?」



「とっとと治して、さっさと約束を叶えるんだ。
 君は、料理に関することなら絶対なんだろう?」

「・・・ああ、当然だ」















  三日後、一郎のいる病室にヴィータがやってきた。



「どうやら無事みてーだな」

「あのなぁヴィータ。
 これのどこが無事だ」

  軽口を叩きながら笑い合う二人。

「あれ、キャロってのがいるんじゃないのか?」

  ヴィータは病室に一郎しかいない事を不思議に思った。

  はやてから聞いた話では、一郎の傍を片時も離れず困っていたそうだが。

「ああ。
 一緒に海鳴に戻ることになったから、手続きのためにクロノが連れて行った」

  たった半日でもキャロは離れたがらず、説得するのに一郎はかなり苦労した。

  

  ヴィータは椅子に座ると、持ってきた紙袋を一郎に渡す。

「なんだこれ?」

  一郎は手が使えないので紙袋を受け取れない。

「見舞いの品だとさ。
 シャマルに持たされたから中身は知らねー」

  そう言って、ヴィータは紙袋を一郎の枕元に置いた。

  紙袋を見ながら微妙な顔をする一郎。

「・・・お前は中身を見てないんだな?」

「ん、ああ」

「じゃあ持って帰ってくれ」

「ぶっとばすぞっ!!」

  流石に手は出さないが、一郎のあまりの言い草にヴィータは怒った。

「だってなぁ・・・」

「なぁじゃねえ。
 お前、いくらなんでもそれは人としてどうかと思うぞ」

「じゃあ今開けてみろよ」

  何となくではあるが、一郎は自分の判断が間違ってないような気がした。

  憤慨しながらも、ヴィータは言われた通りに紙袋を開けて中身を確かめる。



「・・・悪い」

「やっぱりか」

「あたしが処分しとくよ」

「病院内で捨てんなよ」

「どこならいいんだ?」

「古本屋とかに持ってけば金になるんじゃないか?」

「そんな恥ずかしい真似できるかっ!!」








  暫く雑談した後、ヴィータが帰る時になって、一郎がぽつりと呟いた。

「悪かったな。
 なのはに無理させちまった」



「ざけんな」

  一郎の謝罪を、立ち上がったヴィータは一言で切り捨てた。

「今回みたいな時までなのはに無理するなとは言わねえよ」

「・・・」

「それに、なのはを守るのはあたしの役目だ」

「・・・」

「詳しいことは知らねえけど、なのはが大怪我した後、なんかしたのはお前なんだろ?」

「それは・・・」

「なのははまた飛べるようになった。
 なら次はあたしの番だ」

  ヴィータはドアに向かって歩き出す。

「あたしはさ、一郎・・・お前がいるから一つのことだけ考えてればいい。
 なのはを空で守る、それはあたしの役目だ」

  そのまま、一郎の返事を聞かずにヴィータは病室を出た。















  その後、一郎とキャロは海鳴市へ行く事になる。

  一郎は市内の病院に入院、半年後には高町家に居候し、通院しながらリハビリを始める。

  キャロは高町家から私立聖祥大付属小学校に通う事になる。



  そして話は、あの空港火災から約一年後、一郎の怪我が完治した頃から再び始まる。















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第06話「お久しぶりです桃子さん。 紹介します、妻のキャロです」















  この日の高町家では、珍しく一郎とキャロの言い争う声がしていた。

「わたし、ぜったいにいやですっ!!」

“バタンッ・・・・・カチャ”

「おいキャロ、ちょっと待て!!」

  一郎はキャロを止めようとするが、キャロは部屋に入ると鍵を掛けて出てこない。

 

「ったく。
 どうすりゃいいんだ、俺は・・・」

  自分で蒔いた種とはいえ、頑なな態度をとるキャロに対し、一郎はどうすればいいかわからず途方に暮れていた。















「そうか。
 キャロちゃんは嫌か」

「はい。
 元はと言えば、俺が悪いんですけど・・・」

  夕食後、食卓に現れなかったキャロを心配した士郎が、一郎から事情を聞いていた。



「あの日以来、キャロは俺のそばを離れなくなりました。
 士郎さんも知っているでしょうけど、最初の頃は学校に行くのも嫌がったぐらいです。
 今でもたまに夜中に起きてきては、俺のベットに入ってくることがあります」

「目を離したら、君がいなくなってしまうんじゃないかと思っているんだね?」

「多分。
 もちろん・・・俺のそばにいたいって、そう思ってくれることは嬉しいです。
 でも、今のままじゃまずいんじゃないかって思ったんです」

「そうか。
 それで一郎・・・君はもう決めたんだね」

  士郎が先を促すと、



「はい。
 俺は料理の修業を再開する。
 キャロは管理局に行って、キャロ自身の道を進む。
 離れることになるけど・・・でも、俺の怪我が治ったのはいいきっかけだと思うんです」

  自分に言い聞かせるように、一郎は士郎に告げた。





「士郎さん。
 俺は・・・間違ってるんでしょうか?」

「それは・・・難しいね・・・」

  暫くの間、リビングは沈黙に包まれていた。















「・・・ぐすっ・・・ふぇ・・・」

  一郎と士郎がリビングで何も出来ずにいた頃、キャロはフリードリヒと一緒に部屋にいた。

  夕食も食べずにずっと泣いていたせいで、両目が真っ赤に腫れている。

  フリードリヒが傍で慰めているが、効果は薄いようだ。



  すると、

“コン、コン”

「キャロちゃん、もし良かったらここ、開けてくれないかな?」

「・・・ももこ・・・さん?」

「はい、桃子さんですよ。
 桃子さんはキャロちゃんとお話したいんだけど、どうかな?
 可愛いキャロちゃんを泣かせた悪い子の一郎くんには、桃子さんがたっぷりお説教しておいたから」

  桃子がそう言うと、キャロは急いで部屋から飛び出し、

「ちがうんですっ!!
 イチロウさんはわるくないんですっ!!
 わ、わたしが・・・」

  桃子に向かって叫んだ。

  しかし、ドアを開けた先にいる桃子はキャロの予想に反し、小さく舌を出して微笑んでいた。

「ごめんね。
 大丈夫、そんなことしてないから」

「あ・・・」

「聞かせてほしいな、キャロちゃんが考えていること」

「・・・ふぇ・・・」

「・・・ね?」

  キャロは桃子に抱きつくと、大声を上げて再び泣き出した。















  リビングでは一郎が再び喋り出したが、その声からは不安が溢れていた。

「最近・・・怖くて怖くてたまりません」

  口を開けば出てくる弱気な発言に、士郎は一郎の方も心配になってくる。

「まだ、早すぎるんじゃないかって。
 俺が急ぎすぎてるだけなのかなって・・・」 

「キャロちゃんは今、8歳だったかな?」

  士郎が問い掛けると、

「はい。
 まだ子供です」     

「・・・君もまだまだ子供だと思うけどね」

「それは、士郎さんから見ればそうですけど」

「ごめん、ちょっとふざけてしまったかな」

  そう言って、士郎は一郎に謝った。



「キャロが言ったんです。
 管理局に行きたい。
 行って、やりたいことがあるって、俺にそう言ったんです」

「・・・」

  士郎は口を挟まずに黙っている。



「俺のせいで、キャロが自分で選んだ道に進まないんだとしたら・・・、
 俺は俺を許さない」

  自分を責めながら一郎は唇を噛んでいだ。















「ほんとはわかってます。
 イチロウさんは、いじわるでいってるんじゃないって。
 ・・・でも、こわくて・・・」

  桃子を部屋に入れたキャロは、少しずつ自分の思いを語り始めた。

「一緒じゃないと不安なの?」

「はい。
 あんなことはもういやです。
 わたしをおいて、イチロウさんがどこかへいってしまうんじゃないかって・・・」

  一年前の事を思い出したのか、キャロは再び目に涙を浮かべた。



  そんなキャロを見ながら桃子は少し考え、そしてキャロに問い掛けた。

「ねえ、キャロちゃんはなんで管理局に行こうと思ったの?」

「え・・・は、はい。
 わたしは・・・イチロウさんみたいになりたかったんです」  

  キャロはしっかりとそう答えた。

「一郎くんみたいに?」

「はい。
 イチロウさんがわたしをたすけてくれたように、わたしもだれかをたすけたい。
 ないていたり、くるしかったり・・・そんなだれかを、わたしはたすけたいんです」



  キャロの答えに対し桃子が口にした言葉は、

「こう考えたらどうかな?
 キャロちゃんが管理局に行くのは、一郎くんを助けるために行くんだって」

  キャロの想像を超えたものだった。

  

「イチロウさんを・・・わたし、が?」

「そう。
 一郎くんは、これからもきっと無茶しちゃうでしょ?
 だから、一郎くんが困ってる時や泣いてる時に、キャロちゃんが助けてあげるの」

「そんなこと・・・できるんでしょうか?」  

  キャロには今ひとつ実感が湧かない。

「今のままじゃ無理かな。
 だから、これから頑張る・・・でしょ?」

  桃子の提案に、キャロが考え込んでいると、



「それに、
 キャロちゃんが頑張って、今よりもっと素敵になったら・・・一郎くん、自分から言ってくるんじゃないかな?
 キャロちゃんのそばから離れたくないって」















「イチロウさんっ!」

  一郎と士郎が何もせずにいると、キャロが突然リビングに入ってきた。

「あ、あのな・・・キャロ・・・」

  一郎が何を言うべきか悩んでいると、



「あのっ、ミッドチルダにはいついくんですか!?」



  元気な声で、キャロは一郎に詰め寄って来た。

「・・・・・・・・・・はい?」

  一郎が呆然としていると、

「わたしがかんりきょくにいくひです。
 いつなんですか?」

  キャロは、困惑気味の一郎を気にすることなく質問を続けた。

「あ、ああ・・・。
 クロノからは、いつでもいいって返事はもらってるけど・・・。
 キャロの学校のこともあるし、来年の三月になってからでいいかな、と・・・」

  キャロの様子に圧倒されながらも、一郎は混乱しながらも答えていく。

「わたしならだいじょうぶですっ。
 あしたでもいいですよ」

「いや・・・さすがに明日ってのはちょっと・・・。
 学校だって、いきなり辞めますって言って、はいそうですかって訳にもいかないだろうし」

  事態についていけない一郎が、それでもなんとかこの状況を理解しようとしていると、

「学校なら、私から連絡しておいてあげる。
 そうすれば、明日中に準備して今週中には発てると思うわよ」

  遅れてリビングにやって来た桃子が、明るい声でそんなことを言い出した。



「・・・今日は確か・・・木曜日だったような気が・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 士郎はなんとか意識を保っているが、もはや一郎は言葉も出ない。

「ホントですかっ!
 ももこさん」

  キャロが笑顔で桃子の方を見ると、

「ええ。
 可愛いキャロちゃんのためだもの」

  そう言って、桃子はキャロに負けない笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます。
 それじゃあわたし、あしたからいそがしいのでもうねます。
 イチロウさん、ももこさん、しろうさん、おやすみなさいっ」

  一郎が復活する前に、キャロは入ってきた時と同じように突然去っていった。








「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「一郎・・・そろそろ目を覚ましなさい」

 士郎の声でかろうじて意識を取り戻した一郎は、錆び付いた機械のような鈍い動きで桃子の方に首を回すと、

「桃子さん・・・・・キャロに・・・・・なに言ったんですか?」
 
  なんとか一言だけ、搾り出した。

「一郎くん・・・」

  一郎とは対照的に、桃子は楽しそうに笑いながら、

「女の子同士の内緒話を聞こうなんて、ダメにきまってるでしょ♪」

  そんな事を一郎に言った。





「一郎・・・ああなったらもう、なにを言っても無駄だよ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

  士郎は一郎を慰めるが、一郎の意識は再び飛んでいた。
















「それで・・・」

  激動の日から四日後、高町家では、



「一週間ぶりに家に帰ってきてみれば・・・なんで一郎くんとキャロが出て行っちゃったの?」

  何も知らないなのはが、美由希に事情を聞いて困惑していた。



「今説明したでしょ、二人ともミッドチルダに行ったんだって」

「・・・・・なんでわたしには知らせてくれなかったの?」

「任務中だったんでしょ?
 それに、向こうに着いたら連絡するからいいって、一郎くん言ってたよ」

「・・・・・・・・・・」

「それにしても・・・無茶するよね、二人とも」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

  美由希は話を続けているが、なのはは既に聞いてなかった。

「ようやく一郎くんの怪我が治ったっていうのに・・・・・あれ、なのは?」

「い・ち・ろ・う・く・ん・の・・・・・・・・」

  様々な思い、その全てを込めて、





「バカーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!」

  なのはは吼えた。










          ・・・つづく。












[5745] 第07話「どうやら“間に合った”みたいだ。 会いたかったよスバル」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/02/02 22:45





 キャロ「わたしにあたらしいもくひょうができました。

     できるかどうかわからないですけど、いっしょうけんめいがんばります。



     わたしはきょうからじくうかんりきょくのよかせいとして、くんれんこうにかよいます。

     なにをするのかまだわからないのでちょっとふあんです。
     
     

     イチロウさんはきのういってしまったのでもういません。

     クロノさんが、かんりきょくではたらいたらっていってくれたんですが、イチロウさんはことわってしまいました。

     ・・・さびしいですけど、そのぶんきのうはイチロウさんといちにちじゅうあそべてたのしかったです。




     ふあんとたのしみでどきどきしながら、わたしのあたらしいせいかつがはじまります」















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第07話「どうやら“間に合った”みたいだ。 会いたかったよスバル」















「あの時は助けられた、本当にすまねえ」     

「ちょっと勘弁して下さい。
 ここをどこだと思ってるんですか!?」

  キャロが訓練校に通う事になる日・・・キャロと別れた一郎は、陸士108部隊の隊舎前で部隊長のゲンヤに頭を下げられて困惑していた。















  部隊長室に通されると、一郎はようやく一息つく事が出来た。



「いやぁ、悪い悪い」

  ゲンヤはそう言いながら一郎に笑いかけるが、

「・・・あそこで見ていた人達、絶対勘違いしてましたよ」

  一郎の顔は晴れない。

「しかしな、娘の命を助けてもらったんだ。
 礼を言うのは当然だと思うんだが・・・」

「だったらここでもいいでしょう。
 二十歳にもならない若造に対して部隊長自ら出迎えた挙句、玄関前で頭を下げるなんて・・・一体俺は何様ですか!?」

「いいじゃねえか、過ぎたことは」

「それに、礼なら一年前に何度もしてもらいましたし、もう十分ですよ」    

「それだけ感謝してるってことだ」

  一郎としては十分である事を分かって欲しいのだが、ゲンヤにはいまいち届いていない。

「大体、スバルの命を救ったのは俺じゃなくてなのはです」

「そりゃあ最終的にはそうだろうし、そっちにも礼はしたさ。
 だがな、それでもお前がスバルを助けたことに変わりはねえよ」








「あれからもう一年になるのか・・・」

  ゲンヤは当時を思い出しながらしみじみと呟いた。

「そうですね」

「身体はもう治ったんだろ?」

「はい。
 ・・・スバルは元気にしていますか?」

  一郎がゲンヤに尋ねると、

「ああ、今は陸士訓練校にいる」

「そうですか」

  ゲンヤの答えを聞いて、一郎は少し笑った。

「スバルには詳しい話をしてないんだが、いいのか?」

「怪我が治ったことだけ伝えてくれれば・・・後で自分で話します」








「・・・そういえば」

  暫くして、ゲンヤは一郎に尋ねた。

「今はなにをしているんだ?」

「まだ決まってませんが・・・バイトでもしながら地方を回ろうと思っています」

「もしよかったらウチの食堂でもどうだ?」  

  ゲンヤはそう提案したが、

「ありがたい話ですけど・・・すみませんがお断りします」

  一郎はすまなそうに辞退した。

「・・・そりゃまあウチの食堂は大したことねえし、こんなとこで働いてもしょうがねえか」

  ゲンヤはそう言って諦めようとするが、

「違いますっ!!」

  一郎は大声で否定した。

「そうじゃないんです。
 ・・・実を言うと、クロノからも誘われました」

「クロノっていうと、確か本局の?」

「はい。
 ・・・結局そっちも断ったんですけど」

  ゲンヤは一郎の様子を見ながら、

「・・・理由は、聞いてもいいものなのか?」

  聞きづらそうに問い掛けた。

  少しの間考えて、一郎は口を開いた。



「スバルには話さないでください。
 実は・・・怪我は治ったんですが、まだ体力は戻ってないんです。
 長期の仕事には耐えられないし、力仕事も満足にできない。
 これでは迷惑を掛けるだけだと思います。
 料理自体も、世話になっていた家で手伝いぐらいはしていましたが、本格的なものは一年以上していません」



  すると、一郎の話が終るや否や、

“ダッ!!” 

「「スバルっ!!」」

  ドアの向こうから大きな音が聞こえてきた。

  一郎がドアを開けると、そこには一郎の知らない二人の少女が慌てた様子で立ち尽くしている。

「ギンガっ!?
 ・・・お前、今日は休暇のはずじゃ・・・なんでここに?」

  ゲンヤが慌てて、二人のうちのロングの少女の方に尋ねると、

「私っ、その・・・昨日の夜、父さんの電話、聞いちゃって・・・。
 ・・・一郎さんって人のことは、スバルから聞いてたし・・・。
 だから・・・スバルをびっくりさせようと思って・・・」

  ロングの少女・・・ギンガは泣きそうになりながらも最後まで答えた。

「それじゃあ、今の音は?」

  一郎が二人に尋ねると、

「先程のお二人の話を聞て、スバルが急に走り出してしまって・・・」

  ツインテールの少女が一郎の問いに答えた。

「君は?」

  一郎がツインテールの少女に問い掛けると、

「訓練生のティアナ・ランスターです。
 寮では、スバル・ナカジマ訓練生と同室させてもらっています」

  ツインテールの少女、ティアナは敬礼しながら答えた。

「敬礼は勘弁してくれ。
 ゲンヤさんはともかく、俺は局員じゃない」

「・・・はあ」

  ティアナがどうするか迷っていると、

「そんなことはどうでもいいんだった・・・。
 スバルを追いかけないと」

  一郎が深刻な声で呟いた。

「それなら・・・あたし今日、バイクを借りて来たので・・・・・って、ちょっと!?」

  ティアナが話し終わる前に、一郎はティアナの腕を掴むと、慌てて部屋を出て行った。





「私、なんてことを・・・」

「別に、お前のせいじゃない」

  ゲンヤとギンガは、二人が出て行ったドアを見続けていた。















  ティアナが運転するバイクの後ろで、一郎は真剣な目つきをしながら辺りを見渡している。



「あのっ!」

  スバルを探している途中、ティアナが後ろにいる一郎に尋ねた。

「あなたのことはスバルから聞いています」

「・・・スバルはなんて?」

「自分のことを助けてくれた、お兄ちゃんだって」

「話半分に聞いとけよ、実際に助けたのは別のやつだ」

「高町なのは教導官ですよね、それも聞きました」

「なら・・・」

「スバルが魔導師を目指したのは、お二人がきっかけだって、スバルが言ってました」

「・・・」

「スバルはよくあなたのことを・・・」

「あそこだっ!」

  ティアナの言葉を遮り、一郎が突然叫んだ。

  ティアナが前方を見ると、そこには肩を落として歩くスバルの後ろ姿が見えた。















「「スバルっ!!」」

「え・・・あっ」

  スバルが振り向くと、そこにはバイクに乗ったティアナと、バイクから降りた一郎の姿が見えた。

「っ!!」

  スバルが急に走り出したのを見て、一郎は大声で叫ぶ。

「スバルっ、待てっ!!」

  しかしスバルは止まらず、追いかけるために一郎も走り出す。

「はあっ、はあっ。
 速過ぎだっ・・・痛っ!」

  すぐに二人の距離は離れていくが、一郎が転んだ事でスバルの足は止まった。

「って~。
 ・・・ったく、格好つかねえったら・・・」

  一郎が座り込んで傷を確かめていると、スバルがゆっくりと近付いてきた。

「あ、あの・・・」

「よう。
 一年ぶりだな、スバル」

「・・・あ、あたし・・・」

  スバルの頬には泣いた跡が見え、今もまた涙ぐんでいる。

「手、貸してくれるか?」

  一郎は座ったまま、スバルに手を差し出す。

  スバルは少し迷ったが、一郎の手をゆっくりと手を掴むと、一郎を立たせた。

「っと・・・ありがとな」

  一郎はスバルに礼を言うが、スバルは下を向いたまま顔を上げない。

  そんなスバルに対し、一郎は、

「ゲンヤさんから聞いたよ、がんばってるんだってな」

  それでもスバルは顔を上げない。

「また会えて、俺は嬉しいよ」

  スバルは一郎に抱きついて泣き出したが、顔は下を向いたままだった。 















  三人で近くの公園に着くと、話をするよりも先に一郎の怪我の手当てを優先した。



「はい、これで治療は終わりです」

  一郎をベンチに座らせて、ティアナが一郎の足を診た。

「大した傷じゃないし、2・3日もすれば治りますよ」

「ありがとな、ティアナ」

「いえ」

  そう言って、ティアナは立ち上がると二人から離れていく。

「えっ、ティア!?」

  今まで黙っていたスバルがティアナを呼ぶと、

「あたし、なにか飲み物買ってくる」

  そう言って、ティアは走っていった。







 
  ティアナが行ってしまうと、スバルはどうしていいのか分からずに、立ったままおろおろしていた。

「・・・」

「座れって・・・な?」

  一郎が促すと、スバルはベンチの端に座った。



「俺とゲンヤさんの話・・・聞いたんだよな?」

“ビクッ!”

  一郎の一言に、スバルは身体を大きく震わせた。

「そっか。
 黙ってたほうがいいと思ったんだが、かえって悪いことしたかな」

「そんなっ!!
 あたしの、せいで・・・お兄ちゃんが・・・」

  スバルは立ち上がり、一郎を見た。

「・・・」

「お兄ちゃんは・・・料理人になるって・・・。
 なのに、あたしは・・・その夢を・・・」

  スバルの声はだんだんと小さくなっていく。

「なあ」

  すると一郎は、



「勝手に・・・俺が終ったみたいな言い方すんな」

  真剣な目で、スバルに向かって言った。



「俺は別に料理人になるのを諦めたわけじゃない。
 少し遠回りになったが、あの時のことは今でも後悔はしてない」

「・・・」

「それともお前は、もう俺が諦めたとでも思ってんのか?」

「そんなこと・・・ない・・・」

「なら」

  一郎はスバルに近付くと、

「せっかく久しぶりに会ったってのに、いつまでもそんな顔してんな」

  そう言って、スバルの頭を撫でた。





「今度はちゃんと約束しよう。
 ・・・必ず、作りにいくから」

「・・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・・」










          ・・・つづく。












[5745] 第08話「おい貴様っ!! どうせならその女も置いていけっ!」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/02/02 22:46





          ~ 当時を振り返って ~



 ???「・・・あの時のことは、今でもはっきりと覚えてる。

     あたしがイチローと出会った日。

     それは・・・大切な相棒と出会った特別な日。



     あの頃のあたしにはなにもなかった。

     本当に・・・なにも・・・。



     なにをすればいいのか・・・なにをしたいのか・・・。

     あいつと一緒にいるうちに、そんな考えはどっかにいっちまった。
     

    
     出会いは偶然で、でもそれは・・・・・運命なんかじゃない・・・・・」















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第08話「おい貴様っ!! どうせならその女も置いていけっ!」















「まずい・・・完全に迷った」

  この日の夜、一郎は辺り一面に広がる森を見ながら途方に暮れていた。



  ミッドチルダに再び来てから一年・・・失った体力も、料理のカンも戻りつつあり、そろそろ本格的に修行を始めようと考えていた頃、一郎はどこかもわからぬ山の中を一人で歩いていた。

「バッテリーは・・・切れてるか」

  連絡手段も断たれ、このまま当ても無く進むべきか迷っていると、突然前方から爆発音が響き、その方角が急に明るくなった。

「・・・なんだ、あれ?」
  
  あまりに不自然な状況に、一郎はどうするか迷ったが、

「・・・ま、こんなとこでうろうろしてるよりましか」
 
  そう考え、爆発音のあった方に向かって歩き出した。















「人がいたか・・・助かった」

  一郎が爆発音がした場所に辿り着くと、そこにはいまだに燃え続けている建物と、フード付きのマントで全身を覆ったいかにも怪しげな二人の姿が見えた。  

「実は道に迷ってな、よかったら・・・っておいっ!」

  一郎が話し掛けようとすると、二人は一言も話さずに姿を消してしまった。

「ったく・・・道教えてからにしろよ」

  一郎は頭を切り替えると、目の前の建物に目をやった。

「誰かいんのかな、この中に・・・」

  少しの間、一郎は中に入るか迷ったが、キャロの泣き顔が頭の中をよぎると中に入るのは諦めた。








  一郎が来た道を戻ろうとすると、先程消えた二人がいた辺りに人形のようなものが見えた。

「?」  

  近付いてみると、その小さな女の子は人形では無いらしい。

「リインの親戚か?
 ・・・おい、大丈夫か?」

  声を掛けると、どうやら女の子の意識はあるらしく、虚ろな目で一郎を見上げてきた。

「とりあえずは無事か・・・。
 俺はここから離れるけど、お前はどうする?」

  一郎の問いかけに、

「・・・・・わからない・・・・・」

  女の子はゆっくりと、無機質な声で答えた。

「じゃあ・・・ここにいたいか?」

  今度ははっきりと首を振って否定した。

「んじゃ・・・俺と行くか」

  そう言って一郎は女の子を抱き上げると懐にしまい、来た道を戻り始めた。



  ・・・結局、一郎が山を降り、麓のホテルにたどり着いた頃には夜が明けていて、女の子は一郎の懐の中で眠っていた。

     













「・・・・・・・・・・?」

  融合騎アギトが目を覚ますと、そこはいつもの研究施設の真っ白な部屋では無かった。



  周りを見渡すと、一人の男が眠っている。

  アギトにはその男の見覚えがあった。

「(昨日、確か研究施設が襲撃されて・・・。
  それで、背の高い男と小さな女の子があたしを助け出したんだ)」

  二人がどのような意図で施設を襲撃したのかはわからないが、それでも結果的に助け出された事は間違いない。

「(確か、この男はその後にあたしの前に現れて・・・)」

  目の前の男が、呆然としていた自分を連れ出してこの部屋に連れてきたのだとすれば、今になって思えば危険な事だったのかもしれない。  

「でも、ならなんでこいつは・・・」

  アギトは男を見つめながら、

「あたしなんかに・・・“どうする”なんて、聞いてきたんだろう?」

  そんな事を考えていた。








「うぉっ・・・・・な、なんだ?」

「・・・なんでもない」

  目を覚ました一郎は、昨日連れてきた小さな女の子のアップが目の前に現れて驚いていた。



「目を覚ましたんだな。
 よく眠れたか?」

  一郎としては当たり前の事を聞いたつもりだったが、

「・・・なんでそんなに平然としてんだよ?」

  目の前の女の子は不満らしい。

「なにが?」

「あたしがなんなのか知ってんのか?」

「多分。
 あれだろ・・・古代なんとか式のなんたらっていう・・・」

「ほとんどあってねーよ!!
 あたしは古代ベルカ式のユニゾンデバイスで、融合騎のアギトだ!」

  女の子・・・アギトが一郎に向かってそう言うと、一郎は今気付いたのか、

「アギトって言うのか。
 俺は森山一郎だ、よろしくな」

  そう言って、アギトに手を差し出した。

「・・・・・話聞いてんのか?」

  呆れたようにアギトが呟くと、

「確か、前にはやてから聞いたことはあるんだが・・・」

  一郎はすっかり忘れていた。 








  顔を洗って気持ちを切り替えると、一郎は改めてアギトに向かい合った。



「んで、あそこでなにがあったんだ?」

  一郎はアギトに問い掛けるが、

「あんたに話す必要があるのかよ?」

  アギトからの返事はそっけない。

「そりゃないが・・・まあいいだろ?」

「よかねーよ」

「怒んなって。
 ・・・そうだ、飴食べるか?」

  そう言って、一郎はポケットから飴を取り出し、アギトに渡す。

「なんだこれ?」

  しかし、アギトは飴が何なのかわからず、持ったまま食べようとはしない。

「なにって・・・。
 お前、飴食べたことないのか?」

「・・・そもそも、あたしはなにかを食べるってことをしたことがない」

  アギトとしては大した事は言ってないつもりだったのだが、



「なん、だと・・・」

  アギトの一言を聞いて、一郎の雰囲気が明らかに変わった。



「な、なんだよ・・・悪いかよ」

  気が付くと、アギトは一郎を警戒して身構えていた。

「今まで、なにも食べないでどうしてきた?」

「考えたことないけど・・・栄養剤でも打たれてたんじゃないか?」

  アギトの言葉に、一郎は目を見開くと突然立ち上がり、

「ちょっと待ってろ」

「は?」

「いいから待ってろっ!!」

  そう叫ぶと、部屋を出て行った。



「・・・なんなんだよ・・・」

  アギトは、訳も分からずただ呆然としていた。








  そして、一郎が部屋を出てから一時間後、

「さあ、食え」

「いや、食えって・・・」

  部屋に戻ってきた一郎が次々と運んできたのは、

「なんだよ・・・この量」

  アギトが呆れ返るほどの、テーブルには納まりきらない料理の数々だった。



「食べてみて気に入ったやつだけでいいし、別に全部食べろとは言ってない」

  一郎はアギトに、先程木を削って作ったスプーンのようなものを手渡した。

「・・・」

  アギトが、スプーンを持ったままどうしたものかと考えていると、

「さあ」

「・・・」

「さあさあさあさあさあさあさあ・・・」

「ああ、もうわかったよっ!
 食べればいいんだろっ、食べればっ!」

  結局、根負けしたアギトは目の前の料理を食べる事にした。








「うっ・・・」

  口に入れた瞬間、アギトはそれまで感じた事の無い感覚に襲われた。

「ん、どうした?」

  全身が温かくなっていくのを感じ、なぜか目頭が熱い。

「うまいか?」

  目の前の男はそんな事を聞いてきたが、

「・・・わかんねーよ、初めて食べるんだって言っただろ」

  と、アギトはそっけなく呟いた。

「(ほんと、よくわかんねー・・・)」 

  初めて感じる感覚・・・決して嫌ではない不思議な感覚を持て余しながら、アギトは次々と料理を口にしていった。








「・・・く、苦しい・・・」

「それはな、食べ過ぎってやつだ」

  アギトが食べた残りを一郎が食べ、後片付けをして一郎が戻ってくると、アギトは腹を押さえて苦しんでいた。



「俺はもう寝る。
 昨日一晩中歩いたせいでさすがに疲れた」

  そう言って、一郎がベットに入ろうとすると、

「お、おいっ!!
 ・・・あたしに聞きたいことがあるんじゃなかったのか?」

  アギトが慌てて止めた。

「ああ。
 そういやそうだったな、忘れてた」

「忘れてたって・・・」

「話してくれるのか?」

  アギトは少し躊躇ったが、

「・・・なんか、警戒してたあたしが・・・バカみたいで・・・」

「まあ・・・なんでその警戒が解けたのかは聞かねえけど」

  一郎は眠るのを止め、ベットに腰掛けると、

「んじゃ、聞かせてくれるか?」

  アギトが話すのを待った。








「・・・ってことは、あそこに留まってなくてよかったって訳だ」

「・・・」

  アギトの話した内容は、一郎にかなりの衝撃を与えた。



  アギトは古代ベルカ式の融合騎で、遥か昔に作り出されたらしい。

  しかし、その頃の記憶はアギトには無く、気が付いた時には一郎と出会ったあの研究施設にいたという。

  そこで生体実験のモルモットとして生かされていたのだが、謎の二人組の襲撃により、施設から出る事が出来たのだった。

  

「お前が望むんなら、管理局に知り合いはいるし、誰か紹介してもよかったんだけど・・・」

「悪いけど・・・それは止めとく」

  アギトは、一郎の申し出を断った。

  管理局だろうとどこだろうと、さすがに今は信じる事は出来ない。

  一郎は、アギトがそう思うのも仕方ないと考え、それ以上管理局に誘うような事はしなかった。



「これからどうするんだ?」

「さあ・・・。
 あの部屋の中で壊れていくのが、あたしの全てだったから・・・」

  一郎の問いに、アギトは表情の消えた顔で答えた。








「・・・なあ」

「ん?」

「初めて食べてみて、どうだった?」

「ああ・・・」

  アギトは考えると、

「よくわかんなかったけど・・・まあ・・・悪くはなかった」

  一郎の方を見ずにそう言った。

「なら・・・」

  一郎は、そんなアギトの感想を聞いて、



「俺と一緒に、料理作らないか?」



  アギトにそう提案した。

「・・・・・・・・・・は?」

  アギトは、一郎の言っている事が理解できなかった。

「だから料理だって。
 お前暇なんだろ?」

「ヒマってゆーな!」

「それに、お前炎を操るんだろ・・・ぴったりじゃん」

「どこがだっ!
 あたしは融合騎なんだ!
 あたしの力は騎士とユニゾンして・・・」

  アギトは反論しようとするが、

「でも、管理局に行く気はばいんだろ?」

「ぐっ・・・」

「俺はそこら中を旅してるし、もしお前のロードになれるやつがいたら、そいつに付いていけばいい」

「・・・・・」

「どうだ?」

「・・・一つ、聞いていいか?」

「ん?」

「なんで、ここまでするんだよ?」

「なんでって?」

「あんたには、融合騎としてのあたしは必要ないんだろ?」

「ああ、そこは別にどうでもいい」

「なら、なんであたしなんかの「それだ」・・・え?」

  一郎はアギトの話を遮ると、



「その言い方が嫌だ」



「別にいいだろ、融合騎だろうがなんだろうが」

「・・・・・」
  
「難しく考えることはねえって・・・違うか?」

「・・・・・」


  アギトは熟考の後、暫くは一郎に付いて行く事に決めた。





「となると、次は・・・」

「?」















  アギトの事を考え、一郎ははやてに連絡を取った。



《いっちゃん!?》
  
《久しぶりだな、はやて》

  はやては、珍しく連絡をくれた一郎に驚きを隠せなかった。

《ホンマに、久しぶりやねえ》

  とはいえ、久しぶりに聞いた一郎の声に嬉しくなり、はやての声は弾んでいた。

《そうだな。
 どうだ、お前の夢は叶いそうか?》

《う~ん・・・。
 もうちょっとって感じなんやけど・・・》

《そうか。
 ま、あんま無理すんなよ》

《おおきにな。
 ・・・でも今は無理もせんとな》

  そう言って、はやては静かに闘志を燃やす。

《ったく。
 まあ、叶いそうになったら教えてくれ。
 ・・・できれば、高待遇で雇ってくれると助かる》  

  一郎が、からかうような声ではやてに話すと、

《なに言うてるんや。
 そんなん、皿洗いに決まってるやろ》

  はやても一郎の意図を察したのか、笑いながら答えた。








《・・・そんで、今日はどうしたん?》

  雑談も終わり、はやては本題に入る事にした。

《どうしたって?》

《いっちゃんは、なんもないのに連絡なんかくれんやろ》

《・・・そうか?》

  一郎は、今までを振り返って考えてみた。

《そうや》

《・・・まあ、今回はその通りだが》

《今回“も”、の間違いやな》

《わかったよ。
 俺が悪かった》

《別にええよ。
 ・・・で?》

  はやてが先を促すと、



《ああ、実はな・・・リインの服、余ってるのがあったらこっちに送ってほしいんだ》

  一郎は本題を切り出した。



《・・・・・・・・・・へ?》

  一郎が話した内容は、はやてにとっては予想外どころではなかった。

《だから服だって。
 ・・・少しぐらいあるだろ?》

  一郎は何でもない事のように話を続ける。

《ど、どうする気・・・なん?》

  はやてはおそるおそる一郎に問い掛けるが、



《どうするって・・・。
 そんなもん、使うからに決まってるだろう》

  一郎はまるで気付かなかった。



《つ、使う・・・。
 ・・・いっちゃん、が?》

  はやての頭の中では、一郎がリインフォースⅡの服を使って繰り広げるヤバげな妄想が広がって、今にもパンクしそうだった。

《ああ。
 ・・・まあ、いろいろあってな、必要になったんだ》

  一郎としては、アギトの事を話さず説明しているために、かなり曖昧な表現になってしまった。

《そういうわけだから、今から言う住所に送って・・・》

《・・・いっちゃんの・・・》

《ん?》

  はやての怒りに震える声を聞き取れずに、一郎は思わず聞き返した。



《いっちゃんのどアホ--------ッ!!!!!》

“ブツッ”

  はやての叫び声とともに、電話は切れた。





「・・・・・あれ?
 もしかして、なんかまずかったか?」

(こいつと一緒にいて、ほんとに大丈夫か・・・?)










          ・・・つづく。







[5745] 第09話「えっ、なんで俺がエリオを助けないのかって? ・・・なんで俺がそんなメンドーなことを」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/02/02 22:47





 アギト「あたしは一体、なにをしているんだろう・・・。

     

     イチローと出会って、もう一年近くになる。

     あいつは、融合騎のあたしに一緒に料理を作ろうとか言い出す変なやつだ。

     この一年、あいつといろんな場所へ行って、あいつが料理を作る手伝いをしてきた。

     ・・・最近では、料理中にあいつが今なにを必要としているのか、聞かなくてもわかるようになってきてなんかムカツク。

     別に、自分の力を誇りに思ったことはないけど・・・それでも、肉や魚を焼いているのはなんか違うような気がする。

     そんな疑問も、最近ではあんまり思わなくなってきた。



     あいつは今管理局に行っている。

     前に何度か聞いた、キャロってのに会いにいっているらしい。



     この一年、何度かこんなことがあったのに・・・なんであいつの帰りを待ってるんだろう。

     あいつと料理を作るのが楽しいなんて・・・・・そんなはず・・・・・ない」















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第09話「えっ、なんで俺がエリオを助けないのかって? ・・・なんで俺がそんなメンドーなことを」















「おー、前に来た時より随分出来てきてんなー」

「正式稼動は来年の4月やしね」

  0074年の10月・・・久しぶりに再会した一郎とはやてが、機動六課の隊舎が完成に近付いていく様子を眺めていた。



「・・・んで、俺を呼んだ理由は?」

  一郎がはやてに問い掛けた。

「なんでって・・・。
 そんなん、いっちゃんに会いたかったからに決まってるやないの」

  はやてが顔を赤らめながら一郎を見つめるが、

「そういう小芝居はいいからさっさと話せ」

  一郎は気にせず続きを促した。

「はぁ、あかんなー。
 ちょっとぐらい付き合ってくれてもええのに」

  一郎の対応に愚痴るはやてだが、

「お前も俺と同じだからな、用もないのに俺を呼んだりしないだろ」

「・・・ん?」  

「無理して疲れてるってんなら愚痴ぐらいいくらでも聞くが、その場合はリインあたりから相談されるほうが早いからな」

「・・・なあ」

  



「今思い出したんやけど・・・一年前のいっちゃんの奇行についてなんの説明も聞いてへん。
 ・・・あれ、なんやったん?」

「だから前にも言ったろ・・・詳しくは言えねえって」















  はやての話を聞いた一郎は、その足で管理局の本局にいるクロノの元へ赴いた。



「はやてから大体の話は聞いた。
 んで、お前から詳しい話を聞きに来た」

「聞きに来たって・・・。
 そんな理由で本局に来れる訳がないだろ」

  一体時空管理局のセキュリティはどうなってるんだ?

  なぜか自分の目の前にいる一郎を見ながら不安に思うクロノだった。



「キャロも六課に配属される予定なんだろ。
 保護者としては心配で心配で・・・。
 それで、後見人とかいうやつに直接会って色々聞きたかったんだ」

「そんな理由で僕のところまでは無理だと思うけど。
 ましてここはミッドじゃないんだ」

  クロノは嫌な予感がしたので、あまりこれ以上詳しい事は聞きたくなかった。



「・・・まあそんな話しを、なのはを通じて三提督のミゼット婆さんに相談したんだけど」

  その一郎の一言で、クロノは飲んでいたコーヒーを噴きだした。



「なにを考えているんだ君はっ!!」

「ミゼット婆さんよるとだな・・・これからは開かれた時空管理局を目指しているそうだ」

「・・・今考えただろ、それ・・・」

  クロノは頭を抱えながら一郎を睨む。

「そんで、自分では不十分だから本局のクロノに聞くようにってことに」

「・・・・・」

「そのついでに世間話をしたって・・・まあ、なんの問題もないよな」

「相変わらず変なことにばかり頭が回るな、君は。
 はぁ・・・まあ、僕としてもフェイトのことは心配していたからいいけど」

  クロノはそう言うと、一郎に説明を始めた。





「僕も直接フェイトから聞いた訳じゃないからはっきりはわからないけど。
 フェイトが落ち込むようになったのは、六課での自分の部隊員を決めている頃からだったと思う。
 一人はキャロですぐに決まったんだけど、もう一人がなかなか決まらなくてね。
 そんな時、フェイトはある少年のことを知ったんだ、それが・・・」



「この・・・エリオ・モンディアルってことか」

  クロノの説明を受けながら、一郎は目の前に映し出されたエリオのデータを見ていた。

「ああ。
 フェイトと同じ・・・プロジェクトFの技術によって生み出された子供だ」

「歳はキャロと同じか」

「ずっと研究施設にいて、今は訓練校にいるらしい・・・」

  話している最中、クロノはずっと眉を顰めていた。

「フェイトはこのエリオってのを?」

  一郎がクロノに問い掛けると、

「六課に誘ったみたいだよ。
 ・・・断られたらしいけど」

  クロノは残念そうに答えた。








「・・・まあ、フェイトが落ち込んでるのはその辺に理由があるとして」

  クロノの説明が終ると一郎は、

「なんではやては俺に相談してきたんだ?」

  クロノにそう問い掛けた。

「フェイトはあの性格だからね、誰にも相談しないんだ」

「だったら、お前かなのはあたりが無理矢理聞き出せばいいだろ?」

「そういうことは、なにかと僕に無理難題を押し付けてくる無神経な君にぴったりだと、はやては思ったんじゃないか?」

  クロノの言葉に一郎は照れながら、

「誉めんなよ」

「誉めてる訳ないだろう」

  すると一郎は真顔に戻り、

「ああ、わかってる」

「・・・・・まったく、君ってやつは・・・・・」








「失礼します」

  二人の話が一段落した頃にフェイトが入ってきた。

「フェイト・T・ハラオウン執務官です。
 クロノ提督・・・・・あれ、一郎?」

  フェイトははやてから言われて来たものの、まさか一郎がいるとは思っていなかった。

「よう、久しぶり」

「え、ああ・・・うん、久しぶりだね一郎」

  フェイトの顔に少しだけ笑顔が戻る。

「えっと・・・会えて嬉しいんだけど、なんで一郎がここに?」

「さあね、むしろなんでフェイトがここにきたのか聞きたいぐらいだ」
  
  フェイトの疑問に、クロノが一郎のほうを見ながら言った。

「私ははやてから、クロノが呼んでるって聞いてきたんだけど・・・」

  フェイトも同じく一郎を見て言った。

  二人の視線を受けて、一郎はきっぱりとこう言う。  

「俺ははやてと相談して、フェイトにここに来るように仕向けた」

「やっぱり君の仕業か・・・」

「え、どういうこと?」

  クロノと違ってフェイトにはわからなかった。

  呆然としているフェイトに一郎が近付くと、

「さあ、話せ」

  と、フェイトに向かって言った。

「・・・・・なにを?」

「あのな、それだけでわかるわけないだろう?」

  クロノは呆れたように言った。





「俺は無神経で不躾らしいからな、これぐらいで丁度いい」

「不躾とは言ってないけど・・・。
 ていうか君、もしかしてさっき僕が言ったことを根に持っているのか?」

「・・・・・ねえ、二人ともさっきからなんの話をしているの?」








「そっか、はやてが・・・」

  一郎がここへ来た経緯を話すと、フェイトはばつが悪そうに俯いた。

「ああ。
 なのはもそうだし、皆心配してた」

「・・・うん。
 ありがとう、一郎、お兄ちゃん」

  顔を上げてフェイトが二人に礼を言うと、クロノは少し照れて顔を背けた。

「んで、お前が落ち込んでるのはエリオのことで間違いないんだな?」

  一郎が、エリオのデータを見ながらフェイトに問うと、フェイトはゆっくりと頷いた。



「私がエリオのことを知って会いにいった時、私・・・どうしていいかわからなかった。
 エリオの目がね、・・・私を見て話してるんだけど、私を見てないの。
 感情のこもってない目と声で・・・・・・・・・・私、そんなエリオになにも言えなかった」

  エリオの事を話すフェイトは、まるで涙を堪えているようだった。



「それが原因なのか?」

  一郎がフェイトに問い掛けると、

「研究施設の人達が言ってたの。
 エリオはもっと小さい頃、すごく暴れていて大変だったんだって。
 でもそれって、エリオがなにかを伝えたかったんじゃないのかなって思うの。
 わかって欲しい・・・助けて欲しい・・・。
 でも・・・・・多分、エリオは諦めちゃったんだ・・・・・誰かに期待することを・・・・・」

「「・・・」」

  フェイトの話を二人は黙って聞いている。

「私が・・・・・もっとはやく・・・・・エリオのことを知って・・・・・助けていたら・・・・・」

  フェイトは搾り出すような声で呟いた。








「・・・なるほど、そういうことだったのか」

「それで、どうする気なんだ?」

  話し終えたままじっとしているフェイトから離れ、部屋の隅で二人はひそひそと話していた。

「どうするって・・・それも俺がやるのか?
 フェイトはお前の妹だろ?」

「わかってるっ!
 ・・・でも、どうしたらいいか・・・」

  クロノは悔しそうに唇を噛んだ。

「昔は結構強引だったのになあ。
 PT事件の時なんか、お前に散々なこと言われた記憶が・・・」

  一郎が昔の事を思い出していると、

「昔のことは勘弁してくれ。
 ・・・それに、あの時は君が嫌いで言った訳じゃない」

  少しだけ恥ずかしそうにクロノは言った。

「わかってるよ。
 俺がフェイトに関わり続けようとしたのは、どう考えても危険だったしな。
 ・・・心配してくれたんだろ?」

「・・・・・ふんっ」

  クロノはそっぽを向いて答えなかった。








「さて。
 じゃ、やってみるか」

  そう言って、一郎がフェイトに近付こうとすると、

「おいっ!
 ・・・大丈夫なのか?」

  慌ててクロノが一郎の腕を掴んで止めた。

「たぶんな。
 お前と話してるうちに、思いついたことがある」

「・・・・・・・・・・頼む」

  真剣な顔をしながらそう言って、クロノは掴んでいた腕を離した。








「フェイト」

  一郎はフェイトに近付いて話し掛けた。

「・・・一郎・・・」

  反応はみせたものの、フェイトの声は暗い。

「お前はエリオを助けたいんだろ?」

「・・・・・うん」

「でも、どうすればいいのかわからない。
 届かないんじゃどうしようもないからな」

「・・・」

「そういう時はな、こうすればいい」

「・・・?」

  フェイトがすがるような目つきで一郎を見た。



「思い出すんだ。
 なにをやっても駄目かもしれない、もうどうしようもないかもしれない、そんな時に・・・、
 なのはのやつならどうしたか・・・」















《・・・と、いうわけで》

  数日後となのはから連絡を受けたクロノがなのはに詳細を説明した。

《フェイトはまた元気になって、エリオのところに連日通い続けているらしいよ》

《一つ聞きたいんだけど・・・。
 フェイトちゃんが元気になったのは嬉しいんだけど、なんでそこでわたしの名前が出てくるの?》 

  詳しい話を聞いたなのはは納得がいかない様子だ。



《・・・さあ、なんでかな?》

  クロノの答えははっきりしない。

《フェイトちゃんはお礼を言うばっかりで詳しい話をしてくれないし。
 一郎くんなんか、なにも言わないで行っちゃったんだよ》

《(あいつ、逃げたな・・・)》

  クロノは胸中で一郎に毒づいた。








《でも・・・一郎くん、ずるい》

《なにがだい?》

《だって・・・フェイトちゃん、わたしには相談してくれなかったんだもん》

  なのはは拗ねたようにそう話した。

《まあ、君たちはお互いを思うあまり、遠慮しあうところがあるからね》

《う~ん・・・》

《君だって、なにかあったら一人で突っ走ってしまうところがあるだろ?》

《・・・むー》

  考えてみるものの、なのははまだ納得がいかない。

《まあ、4月からは同じ職場なんだ。
 一郎に言いたい事があったら直接言うんだね》

《うん。
 ・・・そうだよね》





《・・・そういえば、一郎くんって今なにをしてるの?》

《さあ、皆気にしてるんだけど。
 一体どこでなにをしているんだか》










          ・・・つづく。












[5745] 第10話「そうか、そういうことか。 ・・・大丈夫、リインでもいける俺からすればなんの問題もない」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/02/02 22:47





 アギト「イチローが戻ってきた。



     戻ってくるなり料理を作り出すのを見てると、やっぱりこいつは料理が好きなんだなって思う。

     ケーキをつくれるやつはいないから、今世話になっている孤児院のガキ達は大喜びだ。



     ・・・こいつらが喜んでるのを見ると、なんだか変な感じがする・・・なんでだろう?

     最近はこんなふうに悩んでばっかりだ。



     あの頃・・・研究所にいた頃のあたしは、悩んだりなんかしなかったのに・・・」















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第10話「そうか、そういうことか。 ・・・大丈夫、リインでもいける俺からすればなんの問題もない」















  一郎がアギトの待つ孤児院に辿り着くと、多くの子供達が待ち構えていたように飛びついてきた。

  一郎を待っていたのか・・・それとも、一郎の作る料理を待っていたのか・・・。

  どちらにしても、一郎としては嬉しい事に変わりは無かった。

  

  一郎とアギトは、現在とある孤児院に世話になっている。

  部屋を借りる代わりに食事を作ったり力仕事をしたりしていた。

  食事もそうだが、子供達にはおやつの時間が一番嬉しいらしい。

  翠屋で学んだケーキはどこへ行っても好評のようだ。

  始めの内は子供達に遊ばれて文句を言っていたアギトだが、慣れたのか、最近では文句を言う事も無くなっていた。

  以外に面倒見がいいのではないかと一郎は思っているのだが、それを指摘すると烈火のごとく怒り出すので一郎は黙っている。








「・・・疲れた」

「・・・ああ」

  夕食後、後片付けを終えた一郎とアギトは、部屋に戻ると着替えもせずにベットに横になっていた。

「でもまあ、やっぱ楽しいな」

  一郎は満足そうな顔をするが、

「・・・そう思ってんのはアンタだけだよ」

  口元に笑みを浮かべながらもアギトはいつものように毒づいた。








“コン、コン”

  二人でのんびりしているとドアを叩く音がして、二人がドアの方に目を向けると孤児院の院長が入ってきた。

「お邪魔しますよ」

「あ、どうも。
 ・・・すみません、こんな格好で」  

「ばーちゃん、どうかしたのか?」 

  アギトの頭を叩こうとした一郎だったが、それを察知したアギトは天井近くまで飛んで逃げ出した。

「ったく、あいつ。
 ・・・すみません、いつもいつも」

  一郎は院長に向かって頭を下げるが、

「いいえ、いいんですよ。
 元気なのが一番です」   

  院長はそう言って笑っていた。



「そーだそーだ」

「お前は黙ってろ!!」








「それで・・・私にお話というのは?」

  椅子に座った院長はそう切り出した。

「え、イチローが呼んだのか?」

  てっきり院長の方から話があると思ったアギトは一郎に問い掛けた。

「ああ。
 ・・・今後のことで、な」

  一郎は、アギトの問いに真剣な表情で答えた。

「あ・・・そう、か・・・」

  アギトは何の話なのか気付いたのか、少し俯いた。



「そうですか・・・ここを出て行くのですね」

「はい、院長先生には本当にお世話になりました。
 三ヶ月近くもこの部屋を貸してくださったり、アギトのことをなにも聞かずに置いてくださったり・・・本当に感謝しています」

  一郎はそう言って院長に心から頭を下げた。

「そんな・・・頭を上げてください、一郎さん。
 私はなにもしていませんよ。
 それに・・・あなたの作ってくださる食事やおやつのおかげで、子供達はとても喜んでいました。
 お礼を言いたいのはこちらの方です」

  院長も一郎と同じく頭を下げた。



「それで・・・いつお立ちに?」

「職場の正式稼動は来年の四月からですが、すでに中で働いている人のためにも食堂は開いてるんです。
 来年の一月から働くことになっているので、それまではこちらにお世話になってもよろしいでしょうか?」

「なにを言っているんですか。
 一郎さんさえ良ければぜひいてください」

  二人の話が続く中、アギトは一言も喋る事は無かった。








「それでは、おやすみなさい」

  そう言って院長が部屋から出て行くと、一郎は黙ったままのアギトに向かって言う。

「話は聞いてたよな?」

「・・・ああ」

「以前から話していたが、正式に決まった」

「・・・管理局の機動六課、だったよな?」

「ああ、俺の友人が新しく作る部隊だ」

  一郎はアギトを見ながら話しているが、アギトは一郎を見ずに下を向いていた。

「今すぐじゃなくていいけど、向こうで住む部屋も探さないといけないからすぐに忙しくなる。
 だから・・・」

  一郎は一旦話を止め、傍にいるアギトを両手で抱き上げると、

「じっくり考えて、アギトがどうするかは、アギトが決めるんだ」

  出来る限りの思いを込めてアギトに伝えた。





「この一年・・・お前と一緒にいろんなところに行って、料理作って・・・、
 本当に楽しかった・・・・・ありがとな」

「・・・・・バカ野郎・・・礼なんか言うな・・・」















「・・・どうすりゃ、いいんだろうな・・・」  

  話が終わって一郎が眠りに就いた後、アギトは一人で台所に来ていた。



「(ほんとは簡単な事なんだ。
  ・・・あたしは融合騎で、ユニゾンして騎士の力になるために生まれた。
  管理局にしたって、あいつの紹介なら今は信じられる・・・なら、考えるまでもない。
  管理局に行けばいろんな騎士に出会えるし、あたしに合うやつも・・・きっと見つかる)」

  そこまで答えが出ていても、

「・・・なのに・・・なんで、こんな・・・」

  アギトはその答えに納得できていない自分がいる事を強く認識していた。

  そうしてアギトが悩み続けていると、



「あれ?
 アギトちゃん、どーしたの?」

  この孤児院で暮らしている小さな女の子が台所に入ってきた。  








「お前こそどうしたんだよ、こんな遅くに」

「おしっこいってきたー」

「・・・ちゃんと手、洗ったのか?」

  アギトが女の子に問い掛けると、

「うんっ、あらったよー」

  女の子は両手をアギトの前に出した。

「よし。
 えらいぞ」

  そう言ってアギトは女の子の頭を撫でた。

「えへへー」

  アギトに頭を撫でられて、女の子は嬉しそうに笑った。



「ねーねー、アギトちゃんはなにしてるの?」

「・・・・・いいから寝ろよ、明日起きられないぞ」

  一人で考えたいアギトは女の子を寝かせようとしたが、

「えー、おしえてよー」 

  女の子は聞きたがって寝ようとはしなかった。

「明日教えてやるよ、だから・・・」   

  話を終らせる為にとっさに思いついた事を言うアギトだったが、



「アギトちゃん・・・いたいのなおった?」

「え・・・」  

  女の子の言葉にアギトは一瞬固まった。



「えっとね、さっきね、アギトちゃん・・・なんだかないてるみたいだったから。
 ・・・だから、その・・・いたいのかなって」

「・・・・・・・・・・」

  女の子のたどたどしい説明を聞きながら、

「(・・・ったく。
  なさけねーな、あたしは・・・)」

  アギトは自嘲気味に笑った。








「なあ」

「え、なーに?」

「聞いてくれるか? 
 ちょっと困っててさ」

「あ・・・うんっ!」

  女の子が大きく頷くのを見て、アギトは話し始めた。



「どうしたらいいか、自分でもわかんなくてさ。
 ずっと欲しかったものが手に入る。
 なのに、なぜかそれを喜べないんだ。
 ・・・今だって、別に欲しくなくなったわけじゃないのに」

「・・・」 

  女の子はアギトの言葉を黙って聞いていた。

「多分・・・いや、多分じゃないな。
 認めたくなかったけど・・・、
 それで失うものが、いつのまにかでかくなっちまったんだ」

「・・・」

「・・・・・わかるか?」

  アギトが黙っていた女の子に問い掛けると、

「・・・わからない」

  女の子は気落ちした様子で言った。

「そっか。
 ちょっと難しかったな」

「ごめんなさい・・・」

「バカ、あやまんなよ。
 ・・・ありがとな」

「?」

  女の子は、なぜ礼を言われたのか分からずに首を傾げた。

「話、聞いてくれたろ。
 ・・・少し楽になったよ」

「・・・よくわからない」

「いいよ、それで。
 ・・・さっ、話は終ったし、もう寝ろ」

「え~」

「え~じゃない。
 あたしももう寝るから」

  女の子は少し納得いかない様子だったが、アギトに言われて台所から出て行く。

  その途中、女の子はアギトのほうに振り向くと、



「アギトちゃんっ!
 ・・・あのね、わたし・・・よくわからなかったけど・・・でも、
 イチロウおにいちゃんといっしょにごはんつくってるアギトちゃん、わたしだいすきだよ」

  そんな言葉を残して台所を後にした。








「・・・あいつと一緒に料理してるあたしが好き、か・・・」

  また一人になると、アギトは改めて台所を見渡した。

「あたしみたいなのが料理か・・・。
 ・・・ほんと、よくやってきたもんだ」

  この一年を思い返すと、様々な思い出が浮かんでくる。

「・・・・・・・・・・ったく。
 いろんなことがあったってのに、どの思い出にも出てきやがって」

  悪態をつきながら、アギトはそうして今までの事を振り返っていた。















  翌朝、部屋の外から物音がして一郎は目を覚ました。

「なんだ、こんな朝早くに?」  

  まわりを見渡すとアギトの姿が見えない。

「・・・・・とりあえず行ってみるか」

  一郎はそう考えて部屋を出ると、物音がする方へ向かった。















「・・・なにやってんだ、お前?」

「おう、いいところに来たな。
 そっちのフライパン任せた」

  物音がしている台所で一郎が目にしたものは、小さな体を使って一人で料理をしているアギトの姿だった。



「いいからさっさとやれよ、焦げるぞ」

「あ、ああ」

  とりあえず、言われるがままに料理を始める一郎だったが、

「・・・なにがどうなってんだ?」

  起きたばかりでまだ頭が働いていなかった。








「・・・一人で作ってみてわかったよ」  

  二人で料理を作っている最中に、アギトが一郎に話し掛けてきた。

「なにを?」

「アンタみたいに図体のでかいやつがいないと不便だってこと」

「・・・朝っぱらから喧嘩売ってんのか?」

「違うよ。
 ・・・ま、気にすんな」 

「気にすんなって・・・ったく」

  一郎にはアギトが考えている事が分からなかった。



「それよりさ・・・あたし、決めたよ」

「んー、なにを?」   

  料理を作りながら、一郎は適当に相槌を打つ。

「あたしも管理局に行く」

「ふ~ん・・・・・んっ!?」

  一郎の、料理を作る手が止まった。

「今・・・なんて言った?」

「だから・・・」

  アギトも手を止めると、一郎の目を見つめる。

「アンタについて行くよ」

「・・・いや・・・別に今すぐ決める必要はないんだぞ」

「いいんだよ・・・。
 一晩考えて、決めたんだ」

  真っ直ぐ見つめてくるアギトを見て、

「・・・そっか。
 わかった」

  一郎はアギトの考えを受け入れた。








「んじゃ、とりあえずクロノあたりに連絡しておくかな。
 今まで黙ってたんだ、さすがに今度は説教だけですむかどうかわからんが・・・ま、お前に合うやつもすぐ見つかるだろ」

  一郎が今後の事を考えていると、

「んなことは言ってねーよ」

  アギトからそんな言葉が返ってきた。

「ん?」

「融合騎として行くんじゃない、あたしはアンタのサポートをするために行くんだ」

「・・・・・はい?」

「アンタは機動六課ってとこに行くんだろ、そこにあたしも連れてってくれ」

「・・・・・ちょ、ちょっと待て」

  予想外の展開に一郎は慌てた。

「お前は、お前のロードを探してるんだろ?」

「・・・ああ、そうだよ」

「俺は、騎士どころか魔導師ですらない」

「・・・知ってるよ」

「俺はどうでもいいことだと思ってるが、融合騎としてのお前も・・・やっぱりお前にとっては大事なことなんだろ?」

「・・・・・ああ・・・・・。
 そんなアンタだから、あたしはこんなに迷うようになっちまった」

「だったら・・・」

  一郎としては、アギトにもう少し時間をかけて考えて欲しかった。

「・・・うるせーよ・・・」

「ん?」

  しかし、



「うるせーって言ってんだっ!!!!!!」

  アギトからしてみれば余計なお世話でしかなかった。


  
「わかってるよっ・・・全部わかってるっ!
 アンタが言ってることは正しい。
 あたしだって、いまだにそれを諦めきれてない」

「・・・」

「アンタがあたしにどれだけのことをしてくれたか・・・よくわかってるつもりだ。
 ほんとなら、あたしみたいなお荷物はとっとと管理局に預けちまえばよかったんだ」

「・・・」

「そうすれば、あたしはなにも考えずにいられた」

「・・・」

  アギトの迫力に一郎は圧倒されていた。

「・・・アンタが悪いんだ。
 アンタのせいで、よけいな望みが出来ちまった・・・」

「・・・お前の・・・望み?」

  一郎が問うと、



「一郎・・・・・あたしは、アンタと一緒にいたい・・・・・一緒に、料理をつくりたい」

  アギトは自分の思いの全てを一郎に伝えた。



「・・・アギト、お前・・・」

「それが、あたしの出した答えだ。
 誰に言われたわけでもない、生まれながらに決められていたわけでもない・・・、
 あたしが自分で考えて、自分で選んだ答えだ」

  そう言って、アギトの話は終った。








「・・・正直、戸惑ってる」

  二人の間に流れていた沈黙を破ったのは一郎だった。

「そんなこと考えていたとは思わなかった。
 ・・・無理矢理引っ張りまわして、嫌がってないか心配だった」 

「始めのうちは、あたしもそう思ってたよ」

「・・・そっか」

「ああ」

「・・・・・・・・・・あんまり、賢い選択とは言えねえな」

「そうだな・・・。
 一緒にいた変なやつに移されちまったんだ」

「・・・後悔しても知らねえぞ」

「そうしないために、こんなバカな答えにたどり着いたんだ」

「・・・わかった。
 なら・・・」

  一郎はアギトに手を差し出した。





「これからもよろしくな・・・・・相棒」










          ・・・つづく。












[5745] 第11話「随分前に・・・お前とは終わったんだ。 そう、大体7・8年前ぐらいには」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/02/15 04:29





 はやて「あれ、いっちゃん・・・どうしたん?



     あ、そういえば・・・フェイトちゃんのことおおきに。

     まだどうなるかわからんけど、とりあえず元気になったみたいでよかったわ。

     ん、そのことやないの?

  

     ・・・・・・・・・・来てほしいって言われても、すぐって訳にはいかんよ。

     六課発足まであと半年やし。

     いっちゃんが来るのはだめなん?        

          

     ・・・・・・・・・・はぁ、一年前の、なぁ。

     それはぜひ聞きたいけど、私じゃないとだめなん?



     んー・・・・・よしっ、わかった、なんとかしてみる。

     ・・・・・うん、じゃあまた。



     ・・・・・・・・・・(にやり)・・・・・・・・・・」















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第11話「随分前に・・・お前とは終わったんだ。 そう、大体7・8年前ぐらいには」















  アギトが一郎と共に生きていく決意をした日から数日後、一郎ははやてに連絡を入れた。



  そして、その日から二日後に、一郎の元に現れた人物は、

「俺ははやてを呼んだはずなんだが・・・なんでお前がここにいる?」

「それはね・・・」

  目の前にいる一郎を見てにっこりと笑うと、



「はやてちゃんがお仕事で行けなくて、わたしがちょうどお休みだったから♪」  

  部屋に入ってくるなり、アクセルモードのレイジングハートを一郎に突きつけた。








「じゃあ・・・俺を縛り付けてるこれはなんだ?」

  一郎は、なのはのバインド魔法によって動きを封じられた自分の体を見てそう言った。

「だって、こうでもしないと一郎くん逃げちゃうし」

「逃げねえから解け、それと・・・」

  一郎は目の前に突きつけられているレイジングハートを、動けない手の代わりにあごで指すと、

「いいかげんに降ろせよ、それ」

「え~」

  なのはは残念そうな顔をした。  

「え~じゃねえよ。
 お前ここでぶっ放したらきれるぞ」

「するわけないよ。
 一郎くんにだけだって」

  なのはは真顔でとんでもない事を言い出した。

「それをやめろって言ってんだよ。
 ・・・いい加減にせんと、こっちにも考えがあるぞ」

  レイジングハートを降ろす気がないなのはに対し、一郎は真剣な目をしてなのはに言った。

「え、なにかななにかな?」

  なのはは笑顔で話の続きを促す。



  そんななのはに一郎が告げた言葉は、

「桃子さんと士郎さんに、あることないこと言いふらすぞ」

「うっ・・・・・それは・・・・・」

  一年あまりの居候生活もあり、以前にも増して一郎を可愛がっている両親の事を思うと、思わずレイジングハートを落としそうになるなのはだった。



「どうするー?
 俺は別にどっちでもいいけどなー?」

  一郎は拘束されたまま、とてもキャロには見せられない嫌味な笑顔を浮かべてなのはを挑発した。

「・・・うう・・・」

  追いつめられたなのはは最後の切り札を使う。



「そんなことしたら・・・ドイツにいるお兄ちゃんに泣きながら電話するもん」 
 
  会うたびに恭也から殺気を浴びせられている一郎とって、なのはのその言葉は死の宣告に等しいものだった。



「お前それは反則だろっ!!」

「それを言うなら一郎くんもでしょ!!」

「お前は恭也さんの怖さを知らねえからそんなことが言えるんだっ!
 もうガキじゃねえんだから、今だとなにされるかわかんねえんだぞ」

「わたしだってそうだよ!!
 めったに怒らないけど、怒るとお母さん怖いんだよっ!
 一郎くんだって知ってるでしょ?」

「わからない訳ねえだろうがっ!!
 子供の頃何回怒られたと思ってる!?」

「それは一郎くんが悪いからでしょ。
 わたしとアリサちゃんを泣かせたりするからじゃない」

「なに言ってやがる。
 すずかと三人でよってたかって絡んできやがって。
 俺が少し本気になってやり返したぐらいで泣くんじゃねえよ、卑怯だろうがっ!!」

「あー、そういうこと言う、普通?
 昔からいっつもそうなんだから。
 どうしてわたしとアリサちゃんだけみんなと対応が違うの!?」

「そういうのはなぁ・・・すずかやフェイトみたいにちったぁ可愛げのある態度を取ってから言えやっ!」

「(ブチッ!!)
  頭きた・・・もう、絶対に許さないんだから」

  二人の低次元な言い争いはどんどんヒートアップしていった。








「「はあ、はあ、はあ・・・」」

  息を乱しながら、いつ終わるのかと思われた二人の言い合いは、



「やめるか」

「そうだね」



「(・・・・・は?)」

  唐突にあっさりと終わり、傍で見ていたアギトを驚愕させた。

「酷いこと言って悪かったな、なのは」

「ううん、わたしも。
 ゴメンね、バインドまで使っちゃって。
 ん~~~よし、解いたよ・・・苦しくなかった?」

「いいや、大丈夫だ。
 フェイトの時はすまなかったな・・・なのはには世話になったのに、なにも言わずに帰って」

「いいの。
 フェイトちゃんを元気付けてあげられなくて、悔しかっただけだから」

  散々言い合ってすっきりしたのか、先程とは違って親しげに話をする二人。





「・・・なんなんだ、コイツら・・・」

  そんな一郎となのはの一連のやりとりを見ながら、アギトはしばらくの間、唖然としていた。








「ふ~ん、そんなことがあったんだ」

  その後、一郎からアギトの説明を聞いたなのはは、ようやく一郎がいまだに放浪を続けている理由が分かった。

「だから、忙しいのはわかってたんだがこっちに来てほしかったんだ。
 アギトのことを考えると、ある程度根回しを済ませてからじゃないと不安だったしな」

「そっか・・・。
 そのアギトがいたっていう研究施設は今どうなってるかわかる?」

  なのはが管理局の局員として一郎に聞くと、

「さあな、ただ・・・あの後、新聞やテレビで報道された様子はなかった。
 真っ当な施設じゃなかったんじゃないか?」

「うん、たぶんそうなんだと思う。
 詳しい場所は覚えてる?」

  なのはが二人に問い掛けると、

「さっき説明した通り、迷った挙句にたどり着いたからな。
 さっぱりわからん」

「あたしは、それどころじゃなかったし」

  二人は揃って首を横に振った。

「そっか・・・一年前じゃ、今から調べても無理かな」



「それよりも、アギトのことだ」

  研究施設を調べるべきか迷っていたなのはを、一郎の言葉が断ち切った。

「ああ、うん、そうだね」

  なのはは研究施設については後で考える事にして、意識を切り替えてアギトを見た。

「えっと、アギトは一郎くんと一緒に、六課の食堂スタッフとして働きたいんだよね?」

  それを聞いて、アギトは迷う事無く頷いた。

「どう思う?」

  一郎が真剣な顔をしながらなのはを見るが、

「どうなんだろう・・・正直言って、こういうケースは想定されてないんじゃないかな」

  なのはにもよく分からなかった。



「そう、だよな・・・融合騎で、こんなこと考えるやついないよな・・・」

  アギトは気落ちして俯くが、なのはや一郎が何かを言う前に気を取り直して顔を上げると、

「でも、決めたんだ。
 イチローと一緒に、これからも料理を作っていくって」

  なのはを真っ直ぐに見てそう言った。

「うんっ、大丈夫、わかってるよ。
 アギトが一郎くんと一緒にいられるように、わたしも協力するから」

  そう言ってなのははアギトに笑いかけた。








「でも、どうしてわたし達に知らせてくれなかったの?」

  今までの話から、なのはは一郎に疑問に思っていた事を聞いた。

「言ったろ、あの頃はアギトが管理局に行く気がなかったからだって」

「それでも、教えてくれてもいいのに・・・」  

  今まで黙っていた事に対して、なのはは少しだけ拗ねたように一郎を見つめた。
 


  一郎は、そんななのはの視線に対して、

「なのは・・・俺はお前のことなら信じてる、お前が信じてる知り合いもな。
 でも、知り合いの知り合いまでは無理だ・・・悪いな」

  そう言って答えた。

「むー・・・」

  なのはは、一郎が自分を信じていると言ってくれた事を喜ぶべきか、それとも管理局自体はそうでもない事を残念に思うべきか微妙だった。

「まあ、とにかくそんなわけで誰にも知らせなかったんだが、事情が変わってな」

  一郎が話を続けると、

「その事情って、アギトのことだよね?」

  そう言ってなのははアギトを見た。

「ああ。
 アギトが管理局に行くつもりならクロノあたりに任せればいいし、そうでないならそのまま黙ってるつもりだった」

「でも、アギトは一郎くんと一緒にいることを選んだ」

「ああ。
 俺も、アギトと一緒にいることを選んだ」

  一郎が真剣な顔をしてそう言うと、アギトは恥ずかしいのか目を逸らした。



「この場合、一郎くんがアギトの所有者になるのかな?」

  なのはが今までの話を聞いて思った疑問を口にすると、

「形式的なものは俺もアギトもどうでもいいんだが・・・。
 問題は俺で許可されるかってことだ」    

「う~ん、どうだろうね?」

  なのはにもはっきりとした事は言えなかった。
  
「で、俺としてははやてに来てほしかったんだ」 

「はやてちゃんならどうにか出来るの?」

  なのはも詳しくは分からないが、はやてでもどうにか出来るとは思えなかった。

「はやてがっていうより、六課が、だ」   

「どういうこと?」

「六課は一年間の試験運用の予定だろ?
 はやての裁量が多岐にわたって許されている。
 正式じゃなくて試験的ってことなら、なんとかなると思わないか?」

「・・・微妙だね」

「ま、六課にいる間だけでも認めさせれば十分だ。
 後のことは一年あればなんとかなるだろ、クロノもいるし」

「結局クロノ君に頼るんだ。
 相変わらず変わってないよね、一郎くん」

「専門的なことはわからん。
 俺はな、無理なことは出来るやつに任せる主義だ」  

  一郎は迷う事無く言い放った。

「いばって言うことでもないと思うけど・・・」

  とはいえ、なのはも反対する気はない。






  話しも一段落し、一郎となのはは今後の事について話していた。

「詳しいことははやてに聞いてみてからだな」

「そうだね。
 今は忙しいみたいだから、今夜にでも連絡してみる」

「今日は悪かったな、せっかくの休みなのにわざわざ」

  一郎は、戦技教導官として毎日忙しい中来てくれたなのはに礼を言った。

  が、



「ううん、別に・・・むしろ助かっちゃった。
 実は一週間もお休みをもらっちゃってね、どうしようか迷ってたの」

  なのはにとってはそうではないらしい。



「・・・・・・・・・・は?」

「休みを取らないでいたらついに怒られちゃって。
 最初は海鳴市に帰ろうかなって思ってたんだけど」 

「けど・・・なんだ?」

  一郎は嫌な予感が止まらない。

「はやてちゃんに頼まれて来たとはいえ、せっかくだからのんびりしようかなって」

  どうやら、一郎の嫌な予感は的中したようだ。



「いや、休みなら帰れよ。
 桃子さん達も喜ぶだろ?」

  一郎はなのはに帰るよう促すが、

「この辺ってホテルとかあるかな?
 来る前に調べたんだけどよくわからなくて」

  すでになのはは聞いてなかった。

「いや、だから・・・」

「この孤児院の院長先生は、部屋なら余ってるからどうぞって言ってくれたんだけど・・・一郎くん、どうしようか?」

「お前はなにやってんだっ!!」

「今から相談してくるね。
 なにかお手伝いとかできればいいんだけど」

  そう言ってなのはは部屋を出て行く。

「おいなのは、待てっ!!」
 
「この辺りはわたし初めてだから、明日からいろいろ案内してね、一郎くん♪」  

  一郎の制止も効果は無く、結局なのはは部屋を出て行ってしまった。








「・・・・・」

「なあ、イチロー」

  なのはが部屋を出てから、アギトは固まったままの一郎に声を掛けた。

「・・・・・んっ、ああ。
 なんだアギト?」

「アンタが黙ってろって言ったから言わなかったけど、よかったのか?」

「何が?」

「研究施設を襲撃した二人組みのことだよ」

「ああ・・・別にいいんじゃないか。
 アギトを狙ったわけじゃないんだろ?」

「うん」

「なら・・・その二人はアギトを助けてくれた、それでいいんじゃないか?」

「そりゃ結果的にはそうだし、あの二人が管理局に追われるのはあんまり気が進まない。
 でも、ほんとにいいのか?」





「もう会うこともないだろうし、いいさ」

「・・・・・そうだよな、わかった」










          ・・・つづく。












[5745] 第12話「いや、そうじゃないって。 つまり・・・そう、本気なんだっ・・・どっちも!!」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/02/15 04:29






 キャロ「一郎さんが、こんどいっしょに働くことになる機動六課のちかくにお部屋をかりることになりました。

     えらぶのを手伝ってほしいっておねがいされたので、わたしもがんばってお手伝いしようと思います。



     それと、わたしにだいじな話があるそうです。

     わるいことじゃないから心配しなくてもいいって一郎さんは言ってました。

     でも・・・やっぱりちょっとふあんです」















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第12話「いや、そうじゃないって。 つまり・・・そう、本気なんだっ・・・どっちも!!」















  クロノやはやての協力もあり、アギトも一郎と同じく機動六課で働く事に決まった。



  クロノは、アギトがいた研究施設について一郎が語った、

「なんか迷って辿り着いたら燃えてた」

  という、適当極まりない説明に疑問を抱いてはいたが、アギトに関しては反対するつもりは無く、一郎に小言を言いながらも積極的に協力してくれた。



  それから暫くして、一郎とアギトはアパートを借りる為とキャロへ報告する為に、キャロに会いに行く事になった。

  始めのうちは一郎との再開を喜ぶキャロだったが、アギトの事でこれまでとこれからの事情を一郎から聞いているうちに段々と口数が減っていき、考え込む仕草をするようになった。

「「・・・・・?」」

  そんなキャロを見ながら思わず顔を見合わせる一郎とアギトだったが、一郎が聞いても笑顔で大丈夫だとしか言わないキャロに、それ以上の事を聞き出せずにいた。



  結局キャロは、二人の住むアパートが決まり、昼食をとるために寄ったファミレスでもその不自然な態度は変わらなかった。

 













「おい、アギト・・・・・・・・・・どうしよう?」

「あたしに聞くなっ!
 わかるわけないだろっ!!」

「・・・・・(じーっ)」

  一郎とアギトは、ほとんど喋る事無く、テーブルを挟んでこちらをじっと見続けているキャロに困惑していた。



「えーっと、あのな・・・キャロ。
 ・・・・・どうなさいましたでございましょう、か?」

  とにかくこの状況をなんとかしたい一郎だったが、口から出てきた言葉は滅茶苦茶だった。

  自分の前に座っているキャロの出す雰囲気は、それだけ一郎にプレッシャーを与えていた。

「イチロー・・・アンタ、なんか変だぞ?」

「黙ってろっ!!」

「黙ってろだぁ。
 ・・・・・どうしていいかわかんないって、あたしに泣きついてるのはどこの誰だっ!!」 

「俺がいつ泣きついたっ!?」 

  キャロが見ている前で、一郎とアギトが口喧嘩をしていると、



「・・・お二人とも・・・とってもなかよしです・・・」

  ぼそっとキャロがこぼした。



「「どこがっ!!」」
 
「・・・・・やっぱり・・・・・なかよしです・・・・・」

  そう言って、キャロはまた黙ってしまった。








「「・・・・・」」  

  状況は変わらず、一郎とアギトが途方に暮れていると、



“ガチャッ”

「いっちゃん!
 よかった、ここにおったんか」

  店に入ってきたはやての明るい声が店内に響き渡った。

「「「・・・・・・・・・・」」」

「なんや元気ないなぁ・・・どうしたん?
 いっちゃん達の部屋が決まらなかったんか?」

  来たばかりのはやては状況がわからないため、三人の微妙な空気を感じてそう考えた。

「いや、決まった。
 六課から近い所で丁度いいのがあってな」

  黙っていても仕方が無いので、一郎がはやての質問に答えた。

「そっか、ええとこがあってなによりや」

「ああ、で・・・」 

  お前は何をしに、と一郎が続けようとしたところで、

「おおっ、あんたがアギトやな。
 映像と違って直接会うのはこれが初めてやね・・・なるほどなぁ・・・」

  はやての興味はアギトの方へ移り、アギトを見ながら一人で納得している。  

「な、なんだよ」

  気が付くと、アギトは一郎の後ろに隠れていた。

「いやー、これなら確かにリインの服を欲しがったわけやと思ってな。
 ・・・あの時はてっきり、いっちゃんがアカンようになってしまったんかと」

  はやては笑いながら話しているが、

「説明しなかったら今でもそう考えてたかもしれないってことか」

  一郎としては笑えたものではなかった。



「ジョーダンやって。
 あ、そやっ、そんなことより・・・」

  はやては何かを思い出したのか、突然一郎の腕を掴むと、

「実はな・・・いっちゃんについてはオッケーなんやけど、アギトのことでいっちゃんが書いてもらう書類がまだあるんよ。
 と、いうわけで・・・これからちょっと来てもらうわ」

  そう言って一郎を連れて店から出ようとした。

「ちょ、ちょっと待て。
 別に今すぐじゃなくてもいいだろ?」

  一郎としては、さすがにこの状況で二人を残して行きたくはなかったのだが、

「いっちゃん」

  一郎が反論を躊躇うほどに、はやてが声を落として話し出した。

「六課の発足まであと半年もない。
 毎日忙しくてな、休む暇もあらへん」

「そ、そうか・・・。
 大変だな」

「ええんよ、それは。
 私の夢なんやし、ちっとも大変な事なんかやない。
 アギトのことにしたってそう・・・六課に新しいメンバーが加わるんなら大歓迎や。
 ・・・でもな」

  はやては、掴んでいた一郎の腕を強く抱きしめると、





「今日中にこの件が終わらんと・・・明日の、三ヶ月ぶりの休みが・・・いつになるか・・・」

  はやての鬼気迫るような目つきが一郎を射抜いていた。

  どうやら、断る事はとても出来そうにない。








  一郎とはやてが店を出て行くと、キャロとアギトの間には沈黙が流れていた。

  今にも逃げ出したいアギトだったが、しばらくするとキャロが口を開いた。

「・・・あの」

「えっ!?
 ・・・ああ、あたしか・・・なに?」

「アギトさん・・・でいいんですよね?」

「ああ、うん・・・そっちはキャロ、だろ?」

「はい。
 アギトさんは、ずっと一郎さんといたんですよね?」

  アギトはびくびくしながらも、なんとか会話を続けていく。

「イチローが説明したように、一年ぐらい前からは、アイツがあんたに会いに行ってる間以外はほとんど一緒だったと思う」

「・・・そうですか・・・」

  そう言って、キャロは再び黙ってしまった。








  再び、二人の間に沈黙が流れる。

「(なんなんだよ・・・ってゆーか、どうすりゃいいんだ、あたしは・・・)」

  アギトが沈黙に耐えられなくなった頃に、キャロは再び口を開いた。

「・・・ごめんなさい・・・」

「・・・へ?」

  突然謝り出すキャロに呆然とするアギト。

「今日はわたし・・・なんだかいじわるです」

  そんなアギトに対し、キャロは話を続ける。

「いや、別にそんなことは・・・」

「一郎さんこまってました。
 アギトさんもですよね?」

「あたしもイチローも、あんまり気が利くほうじゃないからな。
 気付かずになにかしたんだったら悪い」

  アギトの話にキャロは首を横に振ると、気落ちした表情で話す。



「わたし、うらやましかったんだと思います」

  

「・・・羨ましい?」
 
  アギトが聞くと、

「一郎さんといっしょにいて、これからもずっといっしょのアギトさんのことが」

  キャロはアギトを見ずに答えた。

「あたしが?」

  アギトはキャロの予想外の答えに驚いた。

「はい。
 わたしが管理局にいきたいって言ったのに・・・。
 一郎さんは、いつもわたしに会いにきてくれるのに・・・」

  キャロの声はだんだん小さくなっていく。

「わがままを言って、一郎さんをこまらせたくないのに・・・。
 わたし・・・」

  キャロは気付いていないが、その両目は涙で滲んでいた。








  キャロの言葉を聞いてアギトが感じた事は、

「(あの、バカ・・・)」

  一郎に対する怒りだった。



  一郎は共に旅をしている間、よくアギトにキャロの話をしていた。

  始めは興味がなくて聞き流していたアギトも、一郎が何度も何度も話してくるうちに自然と覚えていって、段々と興味を持つようになっていった。

  アギトは一郎の話を聞きながら、どんな女の子だろうと思っていたが、

「(こんな子だったってわけか・・・)」

  一郎の高評価も決して言い過ぎではなかったらしい。








「なあ」

  先程までどう対処したものか迷っていたアギトだったが、今ではその迷いも消えて、キャロに自然に声をかける事ができた。

「・・・はい」

  そんなアギトに対し、キャロの言葉は少し震えていた。

「今の言葉、アイツに伝えてやれよ」

「・・・でも」

「わがまま、だっけ・・・そう思ってるんだろ?」

  アギトの問いにキャロは答えず、顔を下に向けていた。

  そんなキャロを見ながらアギトは話を続ける。

「まあ、そうかもな。
 アイツ料理以外だといい加減だし、案外めんどくさいって思うかもな」

  アギトの言葉に、キャロは一瞬体を震わせる。

「実際アイツ、なに考えてるかわかったもんじゃない。
 あたしと出会った時に、偶然現れたみたいに言ってたけど・・・どうだか」

  キャロは体を震わせながら、アギトの話す一郎の悪口を聞いていた。

「もしかしたら、なにか目的でもあったんじゃないかな・・・あたしは利用価値があるから。
 キャロは竜召喚士だっけ・・・あんたもあたしと同じかもしれないな」

「・・・・・」

「きっとあんたのことも利用しようと「やめてくださいっ!!!!!!」・・・」



  聞いている事に耐え切れなくなったキャロが、顔を上げて大声で叫ぶとアギトを睨みつけた。

「一郎さんはそんな人じゃないですっ!!
 これいじょうひどいこと言わないでくださいっ!!」

  キャロの叫びを、アギトは黙って受け止めている。

「一郎さんはわたしとフリードを助けてくれたんです。
 いっぱいいっぱいやさしくしてくれたんです。
 わたしが泣いていたら・・・ぎゅってしてくれたんです」

  一郎とのこれまでの様々な思い出が、キャロの頭をよぎっていく。

「アギトさんは知らないんです。
 一郎さん言ってました。
 がまんしなくてもいいんだって、ぜん、ぶ・・・・・うけ、とめて・・・・・」

  そこまで言って、キャロの言葉が途切れていく。

「・・・そう、でした・・・一郎さんは・・・」

  キャロの頭が混乱していく中、黙っていたアギトが口を開いた。



「そうだよな・・・あたしの知ってるイチローだったら、それぐらい恥ずかしいことを平気でいうやつだよな」

  アギトは、してやったりという顔をしながらキャロを見つめた。



「・・・わたし・・・」

「あたしが知ってるイチローも、キャロが知ってるイチローと変わらない。
 不思議に思われてるってのに、知り合いや家族のあんたにも秘密にして、あたしを守ってくれた。
 あたしに、いろんな選択ができるように・・・」

「・・・わたしも・・・そうでした・・・」
 


  偶然知り合っただけだというのに、自分がどの道にも進めるようにクロノに頼んでくれた。

  管理局に行きたいと言うと、応援してくれた。

  離れる事が怖くて学校に行かず、傍にいた自分を学校に行くように説得してくれた。

  ・・・いつだって、一郎は自分の事を考えてくれていた。



「そんな、わがままとも言えないようなことぐらいで・・・アイツが嫌がったり、困ったりなんかすると思うか?」

「・・・ぐすっ・・・」 

「一緒にいたいなんて話なら喜んで聞いてくれる。
 アイツ、キャロのことを世界で一番大切な家族なんだって言ってたぞ」  

「・・・ふぇ・・・」

  アギトの話を聞きながら、キャロは溢れ出る涙を堪えきれなかった。



  アギトは泣き続けるキャロの頭に飛び乗ると、優しく撫でながらこう言った。

「正直羨ましかった。
 もしよかったらさ、あたしも入れてくれないかな?
 あたしも、どうやらキャロのこと好きになったみたいだからさ」








          ・・・つづく。












[5745] 第13話「スバル・・・。 はぁ・・・出会った頃に戻りたい・・・」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/02/15 04:30





 エリオ「結局、今日から僕は機動六課で働くことになる。

     あれだけ邪険にされたのに・・・フェイトという人は諦めることを知らなかった。

     ・・・今さら、なにを言われても変わらないのに・・・。

  
          
     そんな、まったく興味がなかったあの人の誘いも、何度も何度も聞かされているうちに考えが変わった。

     調べてみると、メンバーには優秀な人材が揃っていて、後見人も大物のようだ。
 
     経験を積むためにも、人脈をつくるためにも・・・もしかすると丁度いいのかもしれない。
 
     

     ・・・いつか・・・全てを破壊する為に・・・。     

 

     そういえば、誘いを受ける事を告げた時に、あの人は随分と喜んでいた。

     ・・・・・・・・・・関係ない。

     僕はもうやめたんだ・・・誰かに救いを求めることも、助けてほしいと叫ぶことも・・・」















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第13話「スバル・・・。 はぁ・・・出会った頃に戻りたい・・・」















  0075年4月、古代遺物管理部・機動六課が正式に稼動する今日・・・はやてとリインフォースⅡのいる新しい隊長室に、一郎とアギトが入ってきた。



「あれ、二人ともどうしたん?」

「出前だ。
 時間ないんだろうが少しは食べとけ」

  そう言って、一郎ははやてに軽食を載せたトレイを渡した。

「ほらリイン、あんたにはこっちだ」

  リインフォースⅡにはアギトが手渡す。

「リインにも作ってきてくれたんですか!?」

  まさか自分のためだけに作ってきてくれるとは思わず、リインフォースⅡは驚いた。

「いや・・・まあ・・・その、なんだ・・・ついでだよ」

  アギトは照れくさそうにそう言った。

「なに言ってんだ、朝早くから準備してたくせに・・・」

「そうなんか。
 おおきにな、アギト」

  一郎とはやての暖かい視線を受けて、アギトがますます恥ずかしがる。

「だから別に・・・って、うわっ!?」

  アギトが二人に反論する前に、感極まったリインフォースⅡがアギトに抱きついてきた。

「ありがとうございますですっ!
 リインはすごくうれしいですー」

「バカッ、苦しいだろうが・・・離れろ!」

  アギトはリインフォースⅡを引き剥がそうとするが、リインフォースⅡはしがみついたままはしゃいでいる。

「いやですー」
 
  二人はそのままもつれ合って空中をくるくると回っていた。





「まあ、仲がええのはなによりや」

「そうだな」
  
  そんな二人の様子を、一郎とはやては苦笑しながら見ていた。

  

「おいこらっ、見てないで助けろっ!!」

  






「「失礼します」」

  騒動が一段落した頃、陸士部隊の制服に着替えたなのはとフェイトが入ってきた。



「あ、お着替え終了やな」

「お二人とも素敵です」

  リインフォースⅡが二人の制服姿を誉めると、二人は素直に喜んだ。

「そうやね、よう似合っとる。
 ・・・いっちゃんはどう思う?」

  はやてが笑みを浮かべながら一郎に聞くと、

「最高だ、見違えたよ。
 ていうか誰だお前等」

  ぐっと親指を立ててそう言った。

「そんな・・・えっと・・・」

  フェイトは恥ずかしそうにしているが、



「フェイトちゃん・・・一郎くんは別に誉めてるわけじゃないと思うな、わたし・・・」

「え、そうなの?」 

  なのはのツッコミで気付いたようだ。








「それじゃ、あたしは先にキャロのとこに行ってるから」

「ああ、片付けるのは俺がやっとく」

  一郎とそんな会話をした後、アギトは隊長室を出て行った。



「キャロって言えば・・・」

  アギトが出て行った後、

「今日から寮で暮らすことになるから、一郎くん寂しいんじゃない?」

  なのはがからかうような口調で一郎に言った。

「そっか・・・ここしばらく、一郎のアパートに泊まってたんだもんね。
 大丈夫?」

  フェイトのほうは、なのはと違って純粋に心配しているようだ。

「大丈夫って、お前・・・。
 なのはよりもむかつくな、その言い方」

「どうしてっ!?」    

  フェイトはわかってないらしい。

「まあまあ。
 でも・・・ほんとのところ、どうなん?」

  二人に続いてはやても一郎に聞いてきた。

「ったく・・・別にどうもしねえよ。
 今日からは同じ所で働くんだし、会おうと思えばいつでも会えるだろ」

  溜め息をついてから、一郎は三人に向かって言った。





「むー、つまんない」  

「つまんない、じゃねえよ」

「ねえはやて、私のなにが悪かったのかな?」

「そうやな・・・こうしたらどうやろ。
 今度からはこう、少し胸元を開けながら・・・」

「おいはやてっ!
 フェイトの場合よそでもやりかねんから、その類の悪ふざけはよせっ!」
  
「えー」





「・・・あの・・・もうすでに全隊員が待っていますので・・・」

  はやての副官を務めるグリフィスが呼びにきても、くだらない会話はしばらく続いていた。















  一郎達がロビーに着くと、ようやく機動六課のメンバーが揃ってはやての挨拶が始まった。



  はやてが全隊員を前にして機動六課発足の挨拶を終えると、スバルが一郎の近くに駆け寄った。

「あのっ・・・久しぶりです、お兄ちゃん」

  スバルは少し緊張しながら、それでも嬉しそうに一郎に挨拶をした。

「おお、スバルか・・・元気だったか?」

  一郎も、久しぶりの再会に顔を綻ばせながらスバルの頭を撫でる。

「はいっ」



  頭を撫でられてスバルが喜んでいると、ティアナがスバルを呼びに近付いてきた。

「スバルー、なのはさんのところに行くんだから早くしなさいよー」

  ティアナはスバルと一緒にいた一郎に気がつくと、

「一郎さんですよね、お久しぶりです」

「ん?
 ・・・どっかで見たような・・・」    

  ティアナが挨拶をするものの、一郎は誰だったか思い出せない。

「ティアナですっ!
 以前一緒に、バイクでスバルを探した・・・」

  そこまで聞いて、一郎はようやくティアナの事を思い出した。

「ああ、思い出した!
 ・・・ティアナ・ランスターだよな、確か?」  

「はい」

「悪い悪い・・・でも、一度しか会ってないのによく覚えてたな?
 あの時以来だから・・・二年以上前だろ、確か」

  忘れていた事を詫びながら、一郎はティアナに聞いた。

「俺が約束を果たすためにスバルに会いに行った時も、確か用事があるとかでいなかったよな?」

「ええ、だって・・・」

  一郎の問いに、ティアナはスバルを横目で見ながら、



「あたしがいてもお邪魔かな、と思って」

  からかうような目つきでそう言った。



「ティアっ!?」

「昨日は大変でした。
 お兄ちゃんに会えるって一晩中、ムグッ!?・・・」

  慌てたスバルがティアナの口を塞いで話を強引に止めた。    

「ダメだよティアー!」

「・・・ムグッ・・・モゴッ・・・」

「内緒だって言ったでしょー!」

「・・・・・・・・・・」  

  一緒に鼻まで塞いでいるため、ティアナがなにやらやばい顔色をしているが、スバルは焦っていて気付かない。

「おいスバル・・・そろそろ離してやったほうがいいんじゃないか?」

「へ・・・・・ああっ、ティアっ!?」

  一郎に言われて気付いたのか、スバルがようやく手を離した。  

「プハッ・・・はあ、はあ、はあ・・・。
 あんたねえ・・・殺す気?」

  息を整えながら、ティアナはスバルを睨む。   

「う・・・ごめん・・・」



「それより、スバルに用があったんじゃないのか?」  

  一郎が話を逸らす為にティアナに話し掛けると、

「あっ、そうでした。
 フォワード4名はなのはさんの所に集合なので、スバルを呼びに来たんです」

  ティアナはそう言って、スバルの腕を掴んだ。

「さ、行くわよ」

「うんっ」

  スバルは一郎に手を振りながら、ティアと一緒になのはの元へ向かっていった。    





「ほら、キャロも行ってきな」

「・・・はい・・・」

「今朝まで一緒だったんだし、食堂に来ればあたしもイチローもいるだろ?」

「わかってます」

「やっぱ・・・今日はあたし、キャロのとこに泊まりに行こうか?」

「・・・・・いいです・・・・・」

  その間アギトは一郎から離れ、スバルを羨ましそうに見ているキャロを慰めていた。















  フォワード部隊の新人4名が、海上に出現した陸戦用空間シミュレータの前で訓練の準備をしている様子を、近くの建物の上からヴィータとシグナムが見ていた。

「お前は参加しないのか?」

「あたしが教導を手伝うのはもうちょっと先だな」

  シグナムの問いに、新人達を見ながらヴィータが答えた。

  自分の出番は4人がもう少し基礎が出来上がってからだし、自分自身の訓練もある。
  
「同じ分隊だからな・・・あたしは空でなのはを守ってやらなきゃいけねー」

  ヴィータは静かに決意を固めていた。



「なのはの事もそうだが・・・お前も無理すんなよ、ヴィータ」

  そんな二人の元に一郎がやって来た。

「一郎か・・・どうしたんだ、こんなところに?」

「さぼってんじゃねーぞ」

「俺は今日は非番だ。
 はやての挨拶聞いたら帰るつもりだったんだが・・・シャマルに捕まって、今まで医務室にいた」

  一郎は首や肩を回しながら疲れた声を出した。

「ふっ・・・それは災難だったな。
 どうもうちの連中は、お前に遠慮することを知らなくてな・・・すまない」

  シグナムが苦笑しながら一郎に軽く頭を下げるが、

「まるで自分だけは遠慮してるみてーな言い方だな、シグナム?
 あたし達が出会った頃、一番たちが悪かったのはどう考えてもお前だと思うぞ、あたしは」

  ヴィータはそう言って、笑みを浮かべながらシグナムを見た。

「なっ!?
 あれは・・・主はやてのことを思って・・・だから・・・うう・・・」

  当時、一郎に何をしたのか思い出したシグナムは、顔を赤くして口篭もる。



「そんなことより、キャロはどうなんだ?」

  話を変えた一郎。

  なんだかんだでキャロの事が心配だった。

「まだ始まったばっかだろーが。
 どうもこうもねーよ」

  ヴィータからの答えはそっけないものだったが、

「お前も知っているだろう?
 なのはが鍛えるんだ、心配しなくてもいい」

  シグナムがそう言ってくれて、一郎も幾分安心した。








「イチロー、そろそろ帰るぞ」

  三人で世間話をしていると、アギトが飛んできて一郎の肩に止まった。

「おう・・・じゃ、またな」

  一郎はシグナムに向かって手を振り、ヴィータの頭を撫でると足早に去っていった。





「テメー、頭撫でんなって何度言えばわかんだ!!
 ぶっとばすぞっ!!」

「うむ・・・なかなかの逃げ足の速さだ・・・」










          ・・・つづく。












[5745] 第14話「なのは、フェイト、いざとなったら頼むぞ。 いや、ほら・・・弾除けになるとか、さ」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/02/15 04:30





 キャロ「これから、初めてのじっせんになります。



     いつも一緒のフリード。

     一緒にくんれんをしているスバルさんにティアさんにエリオくん。

     わたしたちをきたえてくれるなのはさん。

     それに、フェイトさんにリインさん。

     たよりになるみんながいて、そんなみんなと一緒なら、心配することなんてなにもありません。



     それなのに、なんでこんなに不安なんでしょう?



     ・・・どうしよう、ふるえが止まらない・・・」















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第14話「なのは、フェイト、いざとなったら頼むぞ。 いや、ほら・・・弾除けになるとか、さ」















「あ」

「一郎っ!
 てめー何度目だっ!!」

「す、すいません!」

「やる気がねーなら帰るか、ああっ!?」

  機動六課内の厨房では、出来上がった料理を床に落とした一郎が、料理長に怒鳴られていた。



  普段の一郎とは比べ物にならないほど集中できていない。

  説教が終わり、一郎は落とした料理を片付け始めたが、すぐにその手が止まる。

  そのまま固まってしまった一郎にアギトが声をかける。

「イチロー、大丈夫か?」

「ん、アギトか。
 大丈夫ってなにが?」

  何でもないかのようにふるまうと、一郎は片付けを再開した。

  しかしそれも長くは続かず、一郎の動きは再び止まってしまった。



  そんな挙動不審な一郎を、アギトは溜め息をつきながら見つめていた。















  機動六課初の実戦となる今回の任務は、山岳地帯を走行する貨物車両からロストロギアの一種であるレリックを確保する事と、そのレリックを狙う機械兵器・ガジェットドローンの全機破壊の二つが目的となる。



  現場に向かう途中、ヘリの中で任務の内容をリインフォースⅡから聞きながらも、キャロの頭はパニックに陥っていた。

  頭の中が真っ白で、任務の内容が頭に入ってこない。

「(なのはさんは大丈夫って言ってくれたのに、どうして?)」

  自分を励ましてくれたなのはは、フェイトと共に制空権を確保する為に先に出撃してしまって、もうここにはいない。

「(あんなにくんれんしたのに・・・)」

  俯いていた顔を上げると、キャロは周りを見渡した。

  自分以外の新人3人は、多少緊張している様子が見られても、自分のように震えている者はいない。

「(だめ・・・こわい・・・)」

  両手で自分の体の震えを抑えながらも、ついには弱気な考えが頭をよぎる。

  そんな、キャロの気持ちが限界を超えようとしている時に・・・、



《キャロ、大丈夫か?》

  アギトからの念話がキャロに届いた。








《アギトさんっ!?》

  声に出して叫びそうになるキャロだったが、なんとか堪えてアギトに返事をした。

《任務中にどうかと思ったんだけど、心配になってさ》

《ありがとうございます。
 でも、大丈夫です》

《・・・そっか、ならいいけど》

  キャロはアギトに心配をかけないよう平静を装うが、いつもキャロの事を気にかけているアギトには、不安や緊張を隠し切る事は出来なかった。

《あの、一郎さんは?》

  それでもキャロは念話を続けた。

  無意識に、一郎の事を考える事で不安をかき消そうとしているのかもしれない。

《えっ、ああ・・・。
 大丈夫、キャロにがんばれって伝えるよう頼まれたよ》  

  念話をしながら少しは落ち着いたおかげか、アギトの返答が一瞬詰まったのをキャロは気付く事が出来た。

《一郎さん、どうかしたんですか?》

《いや、別になにもないって》

《アギトさん》

《うっ》

《・・・・・》

《・・・ハァ、わかったよ。
 出来れば、出撃前のキャロには話したくなかったんだけど》

  根負けしたアギトは、キャロに念話を送った事を後悔していた。

  自分自身もキャロを心配してテンパっていた事には気付けなかったようだ。



《アイツは今、すげーまいってる》

《え?》

  一瞬、アギトが何を言っているのか理解できなかった。

《注文受ければ間違える。
 作り出したら今度はさ・・・料理を焦がしたり、出来た料理を床に落としたりして、もう滅茶苦茶だよ。
 料理長に怒鳴られて、あたしも一緒に厨房から追い出されちまった》

《一郎さん、が?》

《今は隊舎の裏にいるんだけど。
 あっちこっちうろうろして、まるで落ち着きがない》

《・・・・・》

《あたしが声をかけると平気な顔するんだけどさ、すぐ元に戻っちまう》

《わたし、一郎さんに心配かけてるんですね》

  キャロの声がだんだんと小さくなっていき、アギトは焦った。

《それは違う!!
 キャロはそんなこと考えなくていいんだ。
 一郎のことならあたしがなんとかするから》

《一郎さん、きっと困ってます》

《だから違うって!!》

  やはりキャロは落ち込んでしまったのだと、アギトはそう考えていた。

  しかし実際は、キャロが考えていた事はアギトの想像とはまるで違っていた。








「(そうだ・・・思い出した)」

  今までは頭がパニックで真っ白になってしまい、何も考えられなくなっていたが今ならわかる。

「(なんのために、わたしが管理局に入ったのか)」

  高町家で桃子が言っていた事。

  たとえ一郎と離れる事になっても、それでも自分が頑張れる理由。

  それは・・・、



「一郎さんのために、わたしはがんばるんだ」

  不安で揺れていた目を見開くと、キャロははっきりと声に出した。



「(不安に思うことなんかない。
  こわくなんてない。

  一郎さんが心配してる。
  困ってる。

  なら・・・)」  

“こんな事ぐらい”で、立ち止まってなんかいられない。








《アギトさん》

  再びアギトに念話を送った時には、キャロの中から迷いはすっかり消えていた。  
  
《キャロっ!!》

  その頃アギトは、キャロからの念話が途切れた事で気が動転していた。

《一郎さんに伝えてください》

  そんなアギトに対して、キャロは落ち着いた様子で話を続ける。

《すぐに帰りますから、そうしたらわたし、一郎さんの作ってくれるスープが飲みたいです》

《スープ?》

《はい。
 一郎さんと初めて会ったときに、わたしに作ってくれたんです》

  詳しくはわからないが、キャロにとってとても大切な事らしい。

《そっか。
 わかった、必ず伝えるよ》

《ありがとうございます。
 アギトさんも、心配かけてごめんなさい》

《あやまんなって。
 大丈夫なんだよな?》

  先程までと違い、キャロの声は真っ直ぐアギトに届いたが、それでもまだ心配だった。

《はい。
 思い出しましたから、こんどはもう平気です》

《思い出した?
 なにを?》

  アギトの質問にキャロは、



「・・・ないしょ、です・・・」

  少し考えてから、恥ずかしそうに言った。 








  キャロがアギトとの念話を終えると、ヘリはちょうど降下ポイントにたどり着いたところだった。

  まずはスターズ分隊のスバルとティアナが先に降りた。

「次は僕達の番だよ」

  キャロを見ずに、平坦な声でエリオが呟く。

「うん!」

  迷いを感じさせないキャロの返事に、エリオは思わず振り向いて、キャロを見つめていた。

  するとそこには、先程まで震えていた様子など微塵も見せないキャロがいる。
  
「・・・」

「どうしたの?」

  黙って見つめてくるエリオに、キャロは首をかしげる。

「なんでもない」

  エリオは顔をそむけて気を取り直すと、普段よりも無機質に答えた。





「次っ、ライトニング!」

「「はいっ!!」」

  ヘリパイロットのヴァイスに向かって返事をすると、キャロとエリオは貨物車両に向かってヘリから飛び出した。








          ・・・つづく。












[5745] 第15話「この話はいいから先に進もーぜ。 ルーテシアが俺を待ってんだからよ」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/02/15 04:31





  とある日、時空管理局の管理外世界でロストロギアが発見された。

  本来対策を講じるべき遺失管理部では手が足りずに、機動六課が派遣される事になる。















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第15話「この話はいいから先に進もーぜ。 ルーテシアが俺を待ってんだからよ」















  派遣任務に就くスバルとティアナが屋上のヘリポートに集まるとなぜかその場に一郎とアギトがいて、傍にいるキャロがはしゃいでいた。

  キャロと一緒に来たエリオはすでにヘリの中で待機している。

「あれ、お兄ちゃんもですか?」

  不思議に思ったスバルが尋ねると、

「さあな。
 あいつ等もなに考えてんだか」

  一郎は溜め息をつきながらそう言うが、同じ任務につけることでキャロは嬉しそうだ。



「あっ!
 よかった、一郎くんとアギトもちゃんと来たみたいだね」

  次になのはとフェイトがヘリポートに現れ、一郎とアギトを見てほっとしている。



  一郎はなのはに近付いて軽く睨む。

「どういうつもりだ、なのは?」

「え、なにが?」

「なにが、じゃねえよ。
 なんで俺が派遣任務に付き合わなきゃならん」

  ロストロギア関連の任務に、調理スタッフの自分とアギトが必要だとはどうしても思えない。

「いや、ほら・・・、
 もしかしたら長期の任務になるかもしれないし、今回は人数も多めだから一郎くん達いると助かるかなあって」

  いまいち説得力に欠けるなのはの説明だが、それよりもなのはの目が僅かに泳いでいる事に不信なものを一郎は感じた。

  一郎がなのはの横を見ると、フェイトは分かりやすく顔を背けてくれた。

「フェ・イ・ト?」

  一郎はゆっくりとフェイトに近付くと、両肩に手を置いて優しく話し掛けた。

「お前はまさか、俺に隠しごとなんてしないよな?」

  優しいのは声だけで、一郎の顔は全く笑っていなかった。

「え、あの・・・」

  困ったフェイトはなのはに助けを求める。

「なのは~」

「だめだよフェイトちゃん。
 一郎くんをびっくりさせようって、はやてちゃんと一緒に考えたでしょ?」

「やっぱなんかあるんじゃねえか」

  一郎はフェイトを問い詰めようとしたが、フェイトは一郎から離れてなのはの背後に隠れてしまった。



  どうしたものかと迷っていると、なのは達にとっての救いの手は思わぬ所からやって来た。

「一郎さんは一緒にいくのいやなんですか?」

  アギトを頭に載せたキャロが、上目遣いで一郎を見つめる。

「いや、別にそういう訳じゃ・・・」 

「一郎さんも一緒って聞いたので、わたし・・・」

  だんだんキャロの目が潤んできた。


  アギトはキャロから一郎の頭上に飛び移り、髪の毛を軽く引っ張る。

「(おい、どうすんだ?)」

  アギトにとっては、任務云々よりもキャロが泣きそうな事のほうが重要らしい。

  周りを見渡せば、非難を込めた目が一郎を射抜いていく。

「(え、俺!?
  なぜに?)」 

  じっくり考えたいところだがそんな時間は無い。

  キャロは今にも泣き出しそうで、一郎としてもそんなキャロをほっておく気は無い。

  とはいえ、

「(アギトだけならまだしも、衆人環視のもとでやらなくちゃならんのか?)」

  一瞬躊躇いを見せた一郎だったが、すぐに腹を括る。

  腰を落とすと、キャロと同じ目線で優しく語りかけた・・・先程のフェイトの時とは違って、今度は心から。

「あのな、キャロ。
 別に嫌ってわけじゃない」

「・・・そうなんですか?」

「もちろん。
 ただな、俺がいたら邪魔になるだろ?」

「そんなことないです」

  今まで一郎の事を邪魔になんて考えた事すらない。

  一郎は別にそういう意味で言った訳ではないのだが。

「ありがとな。
 でも、ロストロギアが発見されて俺が役に立てることなんかないし、ならなんで俺がって思っただけだよ。
 だから、一緒に行くのが嫌って訳じゃない」

  頭を撫でると、ようやくキャロは落ち着いたようだ。

  キャロが一郎に抱きつくと、周りから暖かい視線が降り注ぐ。

「(・・・勘弁してくれ・・・)」

  今すぐにでも逃げ出したい一郎だったが、キャロの為にもなんとか耐え続けた。



  抱き合う二人を見ながら、

「(あんなに無茶ばっかりやってた一郎くんが、なんてまともな発言を・・・)」

  なんて事を思わないでもなかったが、さすがに口に出すほど空気の読めないなのはではない。

  なのはが横を向くと、すぐ傍でフェイトが涙ぐんでいる。

  どうやら感動しているようだ。



  その後、派遣任務に就く残りのメンバーのはやて・シグナム・ヴィータ・リインフォースⅡ・シャマルがやって来て、ようやく一同は出発する事になった。















  ヘリの中で一郎は自分が連れてこられた理由をはやてから聞いた。

「ロストロギアが海鳴市で発見されたってことか。
 別に黙ってる必要はないだろうが」

「いやあ、そのほうがおもろいと思って」

  まさかキャロが泣くような事態になるとは思わず、はやては素直に詫びた。

「まあ、いいけど。
 それより、本当に俺がいて邪魔にはならんのか?」

「大丈夫やって。
 待機所としてアリサちゃんの別荘を貸してもらえることになったんよ。
 せやから、いっちゃんとアギトにはそこにいてほしいんや」

  はやての話を聞いた一郎は嫌な予感がしていた。

「アリサの別荘ってことは、あいつも来るのか?」

「そうやね」

  案の定の展開に、一郎は次第に気分が重くなっていった。

「一郎くん、今でもアリサちゃんと仲悪いんだよね。
 わたしは仲良くしてほしいんだけど」

  なのはが話に入ってきて、会う度に喧嘩を始める二人を心配する。

  何もわかってないなのはに対して、溜め息をつく一郎をはやてが慰めていた。

「まあまあ、そこがなのはちゃんのええところなんやから」

  一郎は別にアリサの事が嫌いな訳ではないが、アリサにとっては、昔からなのはが楽しそうに一郎の事を話すのが気に入らないらしい。



  すると今度は、ティアナが一郎達に質問をしてきた。

「今から行く地球って所は、昔皆さんがいらしたんですよね?」

「そうだよ。
 わたしとはやてちゃんと一郎くんはそこの出身なの」

「私は小さい頃に暮らしていたんだ」  

  なのはとフェイトが答える。

「私達は六年ほど過ごしたな」

  次に、ヴォルケンリッターを代表してシグナムも答えた。

「わたしも少しだけですけど」

「えっ、キャロも!?」

  ティアナはまさか、キャロまで地球にいたとは思わなかった。

「一郎さんと一緒に、なのはさんのお家におせわになっていたんです」

「その頃はまだ出会ってなかったから、あたしは行ったことないけど」

  そう話すアギトの体は、何時の間にかサイズを変えて大きくなっていた。

  リインフォースⅡもそうだが、地球で目立たない為に二人は普通の子供として振舞うらしい。

「へー、そうだったんだ・・・ん?」

  色々な事を知って感心するティアナだったが、隣を見るとスバルの元気がない。

「どうしたのよ?」

「えっ、ああ・・・うん」

  いつも喧しいぐらいに元気なスバルなので、こうも落ち込んでいるとやけに気になる。

  ティアナが不思議に思っていると、一郎がスバルに近付いて髪をくしゃくしゃに掻き混ぜる。

「まーだ気にしてんのかお前は」

「だって」

「だってじゃねえよ、ったく。
 ・・・そんなこと気にするより、その酷い髪型気にしたほうがいいんじゃないか?」

  自分でやっておきながら、スバルの乱れた髪を指差して一郎は笑った。

「あうっ。
 今お兄ちゃんがやったのに・・・」

  髪を押さえながらスバルは頬を膨らませる。



「あの、どういうことなんでしょうか?」

  ティアナはフェイトに尋ねる。

「そっか、ティアナは知らないんだね。
 四年前に一郎とスバルが空港火災に遭遇したのは知ってる?」

「はい、スバルから聞きました」

  複雑な表情をしながら話してくれたスバルの顔は今でも覚えている。

「その時に一郎が大怪我しちゃって、リハビリのためにキャロと一緒に地球に戻る事になったの」

「そうだったんですか」

  だから一郎とキャロが地球で過ごしていた頃の話を聞いて落ち込んでいたのか。

  今まで詳しくは聞かなったので、そういう事情があったとは知らなかった。

  再びスバルを見ると、直した髪を乱されて笑いながら一郎に文句を言っていた。















「あら、はやてのところをクビにでもなった?」

  一郎とアギトがアリサの別荘の前に転送されると、不敵な笑みを浮かべたアリサの嫌味が一郎を出迎えてくれた。

「相変わらずだな、アリサ」

  いつも通りといえばいつも通りの対応に、一郎は苦笑しながら手を差し出す。

「ふんっ」

  叩きつけるように自分の手を合わせ、これまたいつも通りの挨拶を終えた。

  傍で見ていたアギトは以前アリサの事を一郎から聞いていたので、仲がいいとはとても見えない二人を見ても何も言わなかった。

「それでなのは達は?」

  久しぶりの親友達との再会に、アリサははやる気持ちを押さえきれない。

「あいつ等はもういったよ。
 市街地の捜索って言ってたかな」

  一郎の言葉にあからさまに肩を落とすアリサ。

  しかし、一郎の傍にいるアギトに気が付くとその表情が一変する。

「一郎っ、この子がアギトなの?」

  なのはからのメールで知ってはいたが、実際に会うのはこれが初めてだ。

「ああ、俺の相棒だ」

  そう言って、傍で見ていたアギトをアリサの目の前に押し出す。

「えーっと・・・アギト、です。
 よろしく」

「うんっ!
 あたしはアリサ、よろしくね」

  そう言ってアギトの頭を撫でた。

  アギトは頭を撫でられるのは好きではないのだが、初対面の人間で一郎の知り合いという事もあって我慢した。

「一郎といつも一緒だからって、こいつみたいに無愛想なのはだめよ。
 せっかくかわいいんだから」

  そう言って、そのまま一人で別荘の中に入っていこうとする。

「あいつ・・・。
 アギト、前にも言ったと思うがアリサは・・・」

「いいよ別に。
 何度も言わなくてもわかってるって」

「そうか、ならいいけど」

  一郎もアリサの後を追った。



  追いついてすぐに口喧嘩を始める二人を見ながらアギトは思う。

「(見てればわかるさ。
  結局、あたしと同じって事だろ)」

  でなければ、喧嘩しながらあんなに楽しそうな顔で笑う訳がない。  















  この日の捜索は、教会本部からの情報で事件性もロストロギア本体の攻撃性もない事がわかりひとまず終了した。

  待機所へと戻る途中、分かれて捜索していたライトニング分隊とスターズ分隊は合流してなのはの自宅、喫茶翠屋に寄ることにした。

  店に近付くといきなりキャロが走り出して、何のことかわからないスバルとティアナを慌てさせた。

「「キャロっ!?」」

  他のメンバーはわかっているのか平然としている。

  皆が店に入ると、店中では桃子がキャロを抱きしめて感動の再会を果たしていた。



「あらなのは、おかえり。
 ・・・どうしたの?」

  久しぶりに会う妹が微妙な笑いを浮かべている事に首を傾げる美由希。

  キャロの後だからなのか、美由希の態度もあっさりとしたものだった。

「いや、いいんだけど・・・」

  一応ここは自分の実家では?

  そういう思いもないではないが、目に涙を溜めながら抱き合う二人を見ているとそんな気持ちも吹き飛んだ。

「なのは、帰ってきたな」

「お父さんっ!」
 
  今度こそ嬉しそうな顔をするなのはだったが、

「一郎も帰ってきてるのか?
 アギトちゃんにはぜひ会いたいと思ってたんだが」

「うわぁ~~~~~ん!!!」

  なのはが泣きながら店の奥に走っていく様子を、スバルとティアナは唖然としながら見ていた。



  その後、すっかり拗ねてしまったなのはを皆でなだめてから、ケーキと飲み物を受け取って待機所へと向かう事にした。















  すずかの元へ寄っていたはやて達がすずかと共に別荘に着き、夕食の準備をしていた一郎達を手伝っていると、翠屋に寄っていた連中
が待機所に到着した。

  なのはとフェイトがすずかとの再会を喜んでいると、別荘にエイミイと美由希とアルフがやって来る。

  そしてその頃、ちょうど夕食の準備ができたので皆でバーベキューをする事になった。 



「そうか、それはまた楽しそ・・・じゃなかった、災難だったな」

  食べながら翠屋であった事を聞いていた一郎は、思わず本音が出てしまいなのはに睨まれた。

「別に拗ねたとかじゃないもん!」

  なのはの反論も、皆の笑いを誘うばかりで効果は無い。

「桃子さん、キャロのことすごく可愛がってるから」

「あーフェイトちゃんまでー」

「俺としてはありがたいんだけどな」

  今でも、自分だけでは行き届かない部分を桃子がなんとかしてくれたと思っている。

「せっかく来たんだし、出来ればアギトを連れて挨拶に行きたいんだが大丈夫か?」

  とはいえ、任務中という事もあり無理を言うつもりは無い。

「なに言うてるん?
 そんなん当たり前やろ」
 
  そんな一郎に対してはやては当然のように言った。

  元々、そのために無理矢理連れてきたのだから。



「その人って、前に何度も話してくれた人だろ?」

  一郎の隣にいるアギトが一郎に聞いた。

「ああ。
 なのはの母親で、俺やキャロがすごくお世話になった人だ」










          ・・・つづく。    
  
  

   

 






[5745] 第16話「これはキャロの保護者として行使すべき当然の権利であり義務なのだ!! わかったか貴様等っ!!」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/01/07 23:30





 ティアナ「本当に今日は驚くことばかり起きる。



      いつもはしっかりしている隊長達は、友達や家族と会えて嬉しいのかいろんな顔を見せてくれる。

      笑ったり、拗ねたり・・・・・スバルが普通の女の子みたいって言うのもわかる気がする。

      キャロもいつも以上にはしゃいでるし、そんな皆を見ているスバルも楽しそうだ。


      
      でも・・・、

      隊長達が普通の女の子だっていうのなら、一体あたしとの差はなんなんだろう?

      どんなに努力をしても、圧倒的な才能の前には無駄なんだろうか。



      一歩引いて皆を見ていると、同じようにしているやつがいた。

      いつもフェイトさんが気に掛けているエリオ。

      確か、あたしと同じで家族と呼べる人はいないんだっけ。



      でも、エリオには才能がある。

      凡人のあたしなんかとは違う・・・」















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第16話「これはキャロの保護者として行使すべき当然の権利であり義務なのだ!! わかったか貴様等っ!!」















  アリサの別荘には風呂が無い為、食事が終わった後に皆で銭湯に行く事になった。

  銭湯に到着すると、受付の人が人数を聞いてくる。

「団体様ですか?」

  すると、はやてが人数を数えている間に一郎とアリサが動き出した。

「(いくぞ)」

「(OK)」

  普段喧嘩ばかりしている二人は、こういう時にだけ無駄なアイコンタクトを発揮する。



  そして、はやてが受付の人に答えるよりも先に一郎が答えた。

「大人十二人と、子供六人です」

  不思議に思ったティアナが人数を数える。

「子供六人って、エリオにキャロ・・・」

「私とアルフもです」

  リインフォースⅡが後に続く。

「あとは・・・」

  スバルが考えていると、後ろで物音がしている。

  何事かと思って皆が後ろを振り返ると・・・、



  アギトとヴィータが、一郎とアリサに口を塞がれながら羽交い絞めにされていた。



「どうしてあの二人はお互いの考えてることがわかるのかな?」

「いたずらする時だけよ」

「もう、しょうがないなぁ。
 普段からあんなふうに仲良くすればいいのに・・・」

  なのはとすずかとフェイトは、アギトとヴィータを拘束したまま中に入っていく二人を見て苦笑していた。















  中に入り、一郎とアリサが暴れていたアギトとヴィータを解放する。

“パシッ”

  無言で手を合わせ、作戦の成功を喜び合う一郎とアリサ。

「「喜んでんじゃねーっ!!」」

  アギトとヴィータは当然納得がいかずに叫んだ。

  そんな二人を一郎とアリサが見つめる。

「「誰が子供だっ!!」」

「「・・・?」」

  顔を見合わせ、首をかしげる一郎とアリサ。

  ぴたりと揃った動きが憎たらしい。

「「ぶっとばすぞっ!!」」

  

  そうやってアギトとヴィータが騒いでいると、料金を払い終えたはやてがやって来た。

「おまたせ~・・・ん?
 なんや、二人ともまだ怒っとるんか?
 ええやんかそのくらい」

「はやて~」

  ヴィータが泣きついても、はやては真面目に取り合ってくれない。

  アギトは一郎に狙いを絞って殴りかかった。

「危ねえだろうが、なにをするっ!?」

「なにをするじゃねー、避けんなっ!」

  続けてアギトは追撃態勢に移る。

  アリサはすでに観戦モードに入っていた。

「ふっ、甘いな・・・て、うぉっ!?」

  アギトの攻撃をかわしながら笑っていると、一郎はいきなり後ろから腕を引っ張られた。








  一郎達がふざけている間、他の皆は少し離れた場所にいた。

「いえ、あの・・・結構ですから・・・」

  その中でエリオが一人、女性陣に囲まれて窮地に陥っている。

「そんなこと言わないで。
 せっかくなんだし、エリオも一緒に入ろう?」

「そうだよエリオくん。
 いっしょに入ろ?」

  フェイトとキャロが一緒に風呂に入るよう誘ってくる。

  他の皆も別に構わないようだ。

  特に、エリオが未だに周りと溶け込もうとしない事を気にしている六課の連中は、これがいい機会だと思っている。



  しかし・・・、

「(冗談じゃない)」

  エリオにとってはこれ以上騒がしいのは御免である。

  とはいえ、フェイトの諦めの悪さはこの半年で嫌というほどわかっているし、自分から騒いで大事にする気も無い。

  どうしたものかと周りを見渡していると、アギトに追い掛け回されている一郎の姿が見えた。

「(あの人は・・・)」

  今までまともに話した事すらなかったが仕方が無い。

  エリオは彼に駆け寄ると、その腕を掴んだ。








「は?」

  一郎は最初、何かの聞き間違いかと思った。

「ですから・・・助けてください」

  しかし、一郎の腕を掴みながらエリオはもう一度同じ事を言った。

  どうやら一郎の聞き間違いでは無いらしい。

「助けてって、誰が、誰を?」

「あなたが、僕を」

「なにから?」

  一郎の問いに、エリオはこちらに近付いてくるフェイト達を見ながら、

「あの人達から、です」

「はあ。
 アギト、一旦休憩だ」

  まずは事情を聞く必要がありそうだ。

  アギトも、一郎の様子が変わったのを見て一旦止まる。

「で、なんだって?」

「あの人達が僕に言ってくるんです。
 一緒に入らないかって」

「あー、なるほど」

  なんとなく事情が理解できた。

「にしても、初めてなんじゃないか。
 お前が誰かに頼みごとするなんて」

  少なくとも一郎は聞いた事が無い。

「別にいいでしょう、そんなこと。
 無理なら構いませんよ」

「まあ待て。
 無理とは言ってない」

  どっちでもいいとは思っているが。



  そんなやり取りをしているうちに、フェイト達が近付いてきた。

「一郎からもお願いして」

「一郎さん」

  キャロの願いは聞きたいが、エリオも皆に囲まれて女湯に入るというのは大変だろう。

  エリオの頼み事などそうそうあるとは思えないので、今回はエリオを優先する事にした。

「あのなあ、お前等・・・」

  一郎がフェイト達を説得しようというところで、近くでヴィータと一緒にいたはやてが話に入ってきた。

「なんや、いっちゃんも一緒に入りたいんか?」

  笑みを浮かべながらはやてが言う。

  隣を見るとアリサが笑いを堪えていた。
 
「(あいつ、余計な事を・・・)」

  フェイト・スバル・ティアナ・キャロ以外のメンバーは、そんなはやてに対して、またいつもの事かと呆れた目で見ている。 

 

「(ティアっ、本気なのかな?)」

「(いくらなんでもそんなことあるわけないじゃない!)」

  スバルとティアナはこの世界での文化や習慣を理解しているわけでは無いのでかなり焦っていたが、

「いくらいっちゃんが入りたくてもそれはあかんなぁ。
 エリオとは違うんやから」

  はやての言葉を聞いて二人はようやくほっとした。

「そうだったんだ・・・。
 どうすればいいのかな?」

  フェイトの場合、はやての言葉を真に受けて一郎を注意しようか迷っていた。

「でしたら一郎さんも・・・」

  キャロにいたっては、高町家で桃子と一緒に入るようになるまで一緒に風呂に入る事も多かったし、そもそもまだよくわかってない。



「どうするんですか?」

  一郎に小声で問いかけながら、エリオはすでに後悔していた。

「(こんな面倒なことになるなら相談しなければよかった)」

  とはいってももう遅い。

  一郎のほうに皆の注意がいっている間に逃げるかと考えていると、

「心配するな」

  一郎が落ち着いた声でそう言った。

「なんとかなるんですか?」

  はやてやアリサは楽しそうだし、他の皆も止める気はなさそうだ。

「ああ。
 いいか・・・」 
 
  一郎がエリオに耳打ちする。

「どうせふざけてるだけだ。
 新しい話題があればそっちに食いつく」

「まあ、そうですね。
 でも・・・そんな話題があるんですか?」

「今ちょうど思いついた。
 俺も傷を負いかねないんで、あんま使いたくないんだけどな」

  しかしあいにくと、やられたままで終わるつもりはない。 

  さっきアギトやヴィータに自分がした事はすっかり忘れて、一郎ははやてと対峙した。

「おっ、なんや」

  一郎が何を言い出すのか楽しみなはやて。

「あのな、はやて。
 そんなこと出来るわけないだろう・・・エリオとは違うんだし、な」

  しかし、一郎の口から出てきた言葉はいたって普通のものだった。

  あからさまにつまらなそうな顔をするはやて。

  はやての隣にいたアリサも同様のようだ。

  しかし・・・、



「キャロだけならともかく、お前等と一緒になんて無理に決まってるだろ。
 “子供の頃”とは違うんだからな」



  この言葉を聞いてはやての動きが止まった。

  隣にいたアリサは目を見開いてはやてを見つめているし、他の女性陣もはやての反応を見て驚いていた。

  静かになった周りをよそに、一郎はエリオに告げる。

「んじゃ、行くか」

「・・・」

  いちいち聞くのも面倒に思ったエリオは、黙って一郎の後を付いて行く事にした。



  一郎とエリオが男湯のほうに姿を消した後、他の皆は一斉に動き出してはやてに詰め寄った。







  







「「・・・」」

  一郎とエリオは風呂に入ってからもしばらく何も喋らなかった。

  エリオはそれでも構わないのだが、一郎としてはせっかくなので色々聞いてみる事にした。

「キャロはどうだ?
 同じ分隊だろ?」

「・・・優秀ですよ」

  一瞬迷ったが、エリオは正直に答えた。

「そっか」

「気になるんですか?」

「まあな。
 キャロは大切な家族だ」  

  一郎の答えに顔をしかめるエリオ。

「ん、どうかしたか?」

「いえ、別に・・・」

  そうは言うが、どう見ても別にという顔はしていない。

  気にはなったが、一郎はとりあえず話を変える事にした。

「フェイトとはどうだ?」

「・・・どうって、なにがですか?」

「あいつは心配してるんだよ。
 今でもたまにお前のことを相談しにくるぞ」

  さすがに、夜中に押しかけてくるのだけは勘弁してほしいが。

「・・・そうですか・・・」

  でも、そんな事はエリオには関係ない。

「(心配している?
  だからなんだっていうんだ・・・)」

  エリオは頑なに心を閉ざし続ける。



  そんなエリオを見て、一郎が突然笑い出した。

「なにがおかしいんですか?」

「いや、悪い。
 似てるなって思っただけだ」

  他人を信じられない所はシグナム達のようだし、そうやって隠し事をしているのがばれてないと思っている所はフェイトそっくりだ。 
  昔の事を思い出しながら、一郎は再び笑い出した。

「・・・」

  何の説明もせずにただ笑っている一郎に、エリオは段々気分が悪くなってきた。

「先に出ます」

  そう言って、エリオが風呂から上がろうとすると、

「エリオ」

  一郎がエリオを止めた。

「・・・なんですか?」

「一応言っとく」

  一郎は自分を見つめてくるエリオに向かって言った。
  
「お前は信じてないだろうが、あいつ等はお前のことを信じてる」

「・・・」

「お前の目的がなんなのかは知らないが、気をつけといたほうがいいぞ」

「なにをですか?」

  エリオの問いに、一郎は先程までの楽しげな笑みではなく、どこか挑発するような笑みを浮かべながら言った。
  


「あいつ等の信頼は強烈だってことだ」



「・・・」

「よく覚えとけ。
 きっとすぐに役立つ」

  一郎の忠告に、エリオは何も言わずに出て行った。



  その途中、エリオは一人で男湯に来たキャロと鉢合わせたが、キャロの呼び止めも無視してそのまま出て行ってしまった。

「一郎さん」

  キャロが風呂に入って一郎の傍に近付いてきた。

「どうした?」

「エリオくんどうしたんでしょうか?
 もしかして、わたしがなにか怒らせるようなことを言ったんじゃ・・・」

  キャロが悲しそうに顔をふせる。

「心配するな、それは俺のせいだ」 

「一郎さんっ!」

  キャロは顔を上げると一郎に詰め寄る。

「そんなことしちゃだめですよ」

「いや、別に怒らせるつもりはなかったんだが・・・」

「なくてもだめですっ!!」

  頬を膨らませて一郎を見つめる。

「えーっと・・・あの・・・」

「・・・」

  キャロは黙って一郎を見続けた。



「ごめんなさい」

  結局、一郎は耐え切れずに謝った。



「わたしじゃなくてエリオくんにです」

「わかったって」

  エリオに後で謝罪するという事で、キャロは何とか納得してくれたようだ。

「せっかくエリオくんとお話できると思ったのに・・・」

「それでこっちにきたのか。
 アギトは一緒じゃないのか?」

「あ、はい。
 さそったんですけど、どうしてもいやだって」

  キャロはその事を思い出して残念そうな顔をした。 

「何度もさそっていたら、アギトさんわたしにあやまってくるんです。
 わたしびっくりしちゃって・・・」 

「(ああ・・・きっと、キャロが泣きそうになって耐えられなくなったんだろうな)」

  どこまでもキャロに甘い二人は、キャロの涙には勝てた事が無い。



「他の皆は?」

「はやてさんをかこんでいろいろ聞いてました」

「・・・まだやってんのかよ」

  出た時にはやてが何を言ってくるか少し怖くなってきた。

「はやてさんとお風呂にはいってたんですか?」

  キャロもどうやら知りたいらしい。
  
  とはいっても皆とは違い、好奇心ではなく、自分の知らない一郎の過去が知りたいだけのようだが。

「何度もってわけじゃないが・・・」

  一郎は当時の事を思い出しながら、

「はやてが子供の頃に車椅子で生活してたことは知ってるよな?」

「はい、聞いたことあります」

「ヴィータ達もいなくて、はやてが一人で暮らしてた頃のことだ。
 あいつは嫌がってたんだけど、無理矢理手伝いに行った」

  当時のはやては沈みがちだったが、それ以上に恥ずかしかったらしい。

「あの頃はフェイト達の事件の後だったからか、どうも口より先に手が出るほうが速かった気がするな」

  いくら子供だったとはいえ、無理矢理風呂に放り込んだ時はさすがにはやてに引っ叩かれた。

「そうだったんですか」

  一郎の思い出を聞きながら、しばらく二人でのんびりしていた。








  その後キャロは女湯のほうに戻り、一郎もすぐに出た。

  着替えを終えて外に出ると、皆の様子が慌しい。

  話を聞くと、どうやらロストロギアの反応があって今から出動するようだ。

「(・・・もしかして助かったのか?)」

  そう思った一郎だが、一瞬はやてと目が合ったときに見せた鋭い目つきからすると、どうやら忘れてはいないようだ。

「(時間を稼いだだけか)」

  出動していく隊員達を見ながら、一郎ははやての機嫌を取る方法を考える。



「・・・・・・・・・・無理だな、諦めよう」



「なに考えてたかは知らねえけど、もうちょっと粘れよ」

  キャロを見送った後、一郎の隣でアギトがつっこむ。

「いいって、それより今からなのはの家に行くぞ。
 桃子さんと士郎さんに挨拶しないと」

「えっ、今からか!?」

「ああ。
 早く片付けば、今日中に戻ることになるかもしれない」

「そっか、そうだよな。
 ・・・でも、こんなに夜遅くに行って迷惑じゃないか?」

  一郎にとってもキャロにとっても大切な相手。

  アギトは段々緊張してきた。

「むしろ行かないほうがまずい。
 後で桃子さんになにされるか・・・」

  なのは同様、一郎も桃子の怒りに触れるような真似は避けたい。





「なあ、一体どういう人なんだよ?」
  
「・・・心配すんな。
 被害は俺かなのはにしかいかねえから(あ、あと士郎さんもか・・・)」










          ・・・つづく。    

  
  

   

 



     ◆あとがき◆

 今回は没になったタイトルがいくつかあるので原因とともに紹介します。

「だからなフェイト、そんなもんいくら見せられても嬉しくともなんともねえんだよ」
・・・フェイトが男湯に乱入しなかったので当然没に。

「エリオ、お前自分が全裸だってことに気付いてないのか?」
・・・キャロと鉢合わせした時の事ですが、なんかいまいちでした。
        
「残念だったな、その程度でこの俺に勝とうとは・・・。見るがいいエリオ、キャロ、これが俺の全てだっ!!」
・・・最後までこれにしようか迷ってました。

「な、なんてことだ! しかし・・・まだ俺のほうが勝っているっ!!」
・・・大体このあたりでこれ以上考えるのをやめました。




  



[5745] 第17話「なぜ俺を連れて行かなかった!? 俺のスペシャルな能力が覚醒してルーテシアとフラグを立てる絶好の機会だっただろーが!!」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/01/07 23:31





          ~ 当時を振り返って ~



 エリオ「・・・この頃のことを思い出すのは、正直恥ずかしいです。
     


     確か・・・地球で一郎さんと会話をした後だったと思います。

     その頃から一郎さんは僕に話し掛けてくるようになって、一緒にいることが増えていきました。

     当時、周りに合わせて大人しくしていた僕は、傍から見れば年上のお兄さんに懐いているように見えたらしいんです。

     実際は、そんなほのぼのした感じではなかったんですが・・・。



     なんで一郎さんを拒絶しなかったのか、あの頃はわかりませんでした。
   
     ・・・最低な話ですが、暴力で訴えることもできたはずです。

     でも、今なら少しわかるような気がします。

     僕が今まで出会ってきた人は、対応が三種類に分かれます。

     優しくするか・・・拒絶するか・・・無視するか・・・。

     拒絶や無視はなんとも思いませんでした。

     周りに壁を作って閉じこもっていた僕には、気にするほどのことでもなかったからです。

     優しくされること・・・これは主にフェイトさんやキャロがそうだったんですが、これも当時の僕には逆効果でした。

     他人の優しさを素直に受け止められることは、あの頃の僕には不可能でした。



     でも・・・一郎さんは、その三つのどれにも当てはまらなかったんです。

     僕のことを知っているのに、それでもなんでもないかのように話し掛けてきました。

     フェイトさんなら、同じような境遇の僕に同情でもしているんじゃないかって考えることも出来たんですが、一郎さんに対しては、どうしたらいいのかわかりませんでした。          

     素直に仲良くすることなんて当然できないし、かといって強く拒絶することもできない・・・。

     出来ることといえば、一郎さんに悪態を吐くくらいでした。

      

     きっとそのせいだったのか、この頃の僕は段々不機嫌になっていきました。

     ・・・はっきり言ってしまうと、理解できない一郎さんにいらついていたんです・・・。

     僕の人生を変えるきっかけになった出来事はその頃におきました。

     今では一番大切・・・・・なのかな?

     よく判りませんが、まあ・・・そんなあの人と初めて本気でぶつかり合った、忘れられない出来事です。

     
   
     話は、機動六課がホテル・アグスタでの警備任務を終えた頃の話です。



     僕が学んだ事は二つ。
     
     一つは、一郎さんの話は正しかったということ。

     二つ目は・・・、



     結局のところ、一番たちが悪いのは一郎さんなんだっていうことです」















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第17話「なぜ俺を連れて行かなかった!? 俺のスペシャルな能力が覚醒してルーテシアとフラグを立てる絶好の機会だっただろーが!!」















  機動六課隊舎内の厨房で、一郎は料理を作りながら首を傾げていた。

「アギト、キャロは特に問題ないって言ってたんだよな?」
 
  六課に帰還する前にキャロと念話で話をしたアギトに聞いてみる。

「ああ。
 任務は成功したらしいし、怪我したやつもいないってさ」

「・・・じゃあ、なんであいつ等はあんなに沈んでるんだ?」

  そう言って、出来上がった料理を皿に盛り付けると、珍しく静かに食事をとっているスバル・キャロ・エリオを見た。

  いつも明るく喋りながら食べるスバルは特に元気が無く、いつも十人前は食べる所を五人前程で食事を終えて俯いている。

「一人足りないんだから、そいつが原因じゃないか?」

「・・・だろうな」

  一郎がそう呟きながら3人のいるテーブルを見ると、ちょうど一人分のスペースが空いていた。  















「・・・んで、なんかあったのか?」

「う~ん。
 あったっていえばあったんだけど・・・」

  気になった一郎は、今回の任務の報告書をまとめていたなのはに聞きに来た。

  新人達と同じく少し気落ちした様子のなのはは、一段落したようで手を止める。

  一郎が作ってきたキャラメルミルクを差し出すと、受け取ろうとしたなのはの手が一瞬止まる。

「どうした?」

「・・・ううん、なんでもない」

  が、せっかく自分のために作ってくれたものを断る事つもりなど無く、ありがたく受け取って口にした。

「・・・・・おいしい・・・・・」 

「だったらもう少しうまそうな顔したらどうだ?
 おもいっきり不満そうに見えるんだが」

「おいしいから不満なの」

  一郎が相手では仕方無いとはいえ、こうも簡単に自分より美味しく作ってしまうと不機嫌にもなるというものだ。

「まあ、そうだろーな」

  一郎があっさりとそう告げると、なのはは立ち上がって一郎を睨みつけた。

「やっぱり、わかってて作ってきたんでしょっ!」

「いつまでもつまんねーツラしてるからだ」

「つまらないって・・・、
 別に一郎くんに面白いなんて思われたくないもんっ!」

「お前はただでさえその凶悪な魔法で周りから恐れられてるんだから、少しは顔で笑いを取ろうとか思わんのかっ!!」

「思う訳ないでしょっ!!
 わたしを一体なんだと思ってるのよっ!?」



  そうして一郎となのはの口喧嘩が始まるが、もはや見慣れたのか、周りの隊員も止めに入る事は無かった。








「・・・なるほど、そういうことか」

「うん」

  暫くして喧嘩をやめ、いつもの調子を取り戻したなのはが今日あった出来事を一郎に話した。



  今日の任務はホテル・アグスタで行われた骨董オークションの警備で、出品物のロストロギアをレリックと誤認したガジェットが攻撃してきたらしい。

  なのは・フェイト・はやてがホテル内の警備を担当していた事や、結局正体を確認できなかった謎の魔導師による召喚魔法などによって苦戦はしたものの、なんとかガジェットを破壊する事は出来た。



  しかし・・・、

「ティアナが危うくスバルを撃ち落すところだったと」

「ヴィータちゃんが間に合ってくれたから大丈夫だったんだけど・・・」

  ティアナは限界を超えた力を制御しきれず、放たれた弾丸がスバルめがけて飛んでいったらしい。

「なんかあるのか、あいつ」

「えっ!?」

「前から無茶をするやつだとは思っていたが、限度ってもんがある。
 なにか理由があるんじゃないのか?」

「・・・」

  なのはは話すべきか迷ったが、隠す事でもないと思い、一郎に話す事にした。








  なのはからティアナが無茶をし続ける理由を聞いた一郎は、

「・・・随分とまあ、しんどそうな道を選んだもんだ」
  
  溜め息をつきながらそう呟いた。

  
  ティアナには魔導師の兄がいて、その兄は任務中に死亡してしまった。

  そんな兄を上層部が役立たずと切り捨てた事で、ティアナの心は深く傷ついたらしい。

  それからティアナは、執務官になるという兄の夢を自分が変わりにかなえるために、強くなるために無理を続け、今回の無茶な行動に至ったのだとなのはは考えている。



「まあ、とりあえず理由らしきものはわかったし、そろそろ戻る」

  そう言って立ち去ろうとする一郎に、なのはが慌てて声を掛けた。

「えっ、ちょっと待って!?
 心配してるんじゃないの?」

「してないとは言わんが、お前の教え子だろ?
 俺にどうしろってんだ」  

  そう言われると、なのはとしては黙るしかない。

  別になのはは一郎になんとかしてほしい訳ではないのだ。

  ティアナのことは勿論自分で何とかするつもりでいる。



「それに・・・俺の役目はどうやら終わったらしい」 

「・・・?」

  一郎が去り際に言った言葉は、なのはには理解する事が出来なかった。

  













  一方そのころ・・・、

「エリオ、もうゴハンは食べた?」

  寮に戻るエリオをフェイトが話し掛けて引き止めた。

「はい。
 今日は早めに休もうと思います」

  対するエリオの返事は、丁寧ではあるがどこかそっけない。

「そっか。
 今日は出動があったし、疲れてるよね」

  相変わらずのエリオの様子に、フェイトは少し落胆しながらも話を続ける。

「明日からも訓練は続くし、休める時にちゃんと休まないとね」

「・・・」

「えっと、あとは・・・」

  無言のエリオにフェイトは段々焦っていく。

「そうだ、最近一郎と一緒にいることが多くて驚いちゃった。
 仲良くなったんだね?」

  困ったフェイトは、エリオが一緒にいる事が多い一郎の話をし始めた。

「一郎はとっても優しい人だから、きっとエリオも「すみません」・・・え?」

  フェイトの話をエリオは無理矢理中断させた。

「疲れているんで、いってもいいですか?」

「え、ああ・・・うん、そうだよね。
 ごめんね、疲れてるのに」

「いえ、では失礼します」

  そう言って、エリオは寮に入っていった。








「(やっぱり・・・)」

  離れていくエリオを見ながらフェイトは考えていた。

「(エリオの顔、歪んでた)」

  よく見ていなければ気付かないぐらい一瞬だったが、一郎の話をした時に、今まで変化が無かったエリオの顔色に変化が見られた。

「(どうしてなんだろう)」

  それがたとえ嫌悪であろうと、エリオが一郎に対して感情を表に出しているのは間違いない。

「(私じゃ駄目なのかな?)」

  何でも構わない。
 
  エリオの思いをぶつけて欲しいのだ。






「(・・・きっと、今のままじゃ駄目なんだ・・・)」

  ティアナの事で皆が心配している中、フェイトは一人、別の事で静かに闘志を燃やしていた。










          ・・・つづく。    

  
  

   

 





[5745] 第18話「いや・・・あいつ等の中だと、ヴィータとリインだけいれば俺は・・・」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/01/07 23:32





 ヴァイス「俺は最近、ティアナとスバルが厳しい自主練を続けているのを傍で見ていた。

      ホテルの警備任務でティアナがミスったことで、なんとか挽回しようと必死らしい。

      毎日隊長さん達の訓練もあるってのに、無理しやがる。

      無理ばっかしたってロクなことねーと思うんだけどな。

      きっと今のティアナには、なにを言っても意味ねえんだろう。



      明日はなのはさんとの模擬戦があって、今までの特訓の成果を見せるらしい。

      ・・・どうなることやら。

      

      ライトニングの二人・・・エリオとキャロは、そんな二人のサポートをしていた。                   

           
      キャロのほうは飲み物や夜食なんかを用意しているようだ。

      なにか自分に出来ることはないかって、一郎に相談したって言ってたな。

      あの年で、なんであんなにしっかりしてんだか・・・。

      問題はエリオのほうだ。

      たまにふらっとやって来ては、あいつが二人の訓練に付き合う姿を何度か見かけた。

      悪いやつじゃないんだが、付き合いのいいやつだとは思わなかったので、ちょっと不思議に思ったのも事実だ。

      たぶん、最近よく一緒にいる一郎がなにかやったんだろうな。

      
      
      それにしても、一郎か・・・。



      なのはさんや八神隊長の同郷で、なぜかここ・・・ミッドチルダにやって来た料理人。

      魔力がなく、民間人にも関わらず、ユニゾンデバイスのアギトの所有者ってことになってる。

      ・・・はっきり言って滅茶苦茶だ。

      でも、大抵の六課の主要メンバーにあいつは深く関わっている。

      六課には、隊長達も含めて若くて才能の塊のようなのがゴロゴロしているが、その多くが一郎に救われたと言っていた。

      そりゃあ魔法だけが全てなんて考えはさらさらないが、一体なにをやらかしたんだ?

      ・・・あのシグナム姐さんをして、尊敬に値するとまで言わしめたのははっきり言って驚愕ものだった。



      そんなわけで、どんなやつかと今まで楽しみにしていたんだが、実際に会ったやつの印象は・・・はっきり言って普通だった。

      本当にどこにでもいるようなやつで、話してみて付き合いやすそうな性格はしていたが、なにか隊長達を惹きつけるものがあるとはとても思えなかった。

      でも、確かに一郎と話す時の彼女達は年相応の女の子のように見え、俺を含めた周りの局員達を驚かせたもんだ。



      管理局のエース・オブ・エース、高町なのは一等空尉。

      そのなのはさんと同等の力を持つ、フェイト・T・ハラオウン執務官。

      そして、この機動六課の部隊長である、八神はやて陸上ニ佐。

      この三人を平気でどつけるやつなんて、管理局中探したっていやしない。



      以前、一郎に聞いたことがある。

      なんでお前は隊長達に敬語を使わないのか?

      正確には、局員じゃなく外部スタッフ扱いになってるんだから構わないって言えば構わないんだろうが、対外的に見れば異様な光景に映るだろう。

      部隊長にタメ口で話し、いくら年上だろうとただの一般局員に敬語で話すなんて、周りを困惑させようとしてるとしか思えない。

      知り合いだろうとなんだろうと、こういう場では敬語ぐらい使っておいたほうがいいんじゃないか?

      そう忠告した俺に一郎が返した答えは、はっきりと覚えている。



      『あいつ等に敬語を使わなければ話せないんだとしたら、こんなところには来ません』



      ・・・あの時、ようやく彼女達が一郎を信頼している理由がわかった気がする。

      確かに、彼女達にはあいつのような存在が必要なんだろう」  















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第18話「いや・・・あいつ等の中だと、ヴィータとリインだけいれば俺は・・・」















  この日の早朝、ヴァイスが心配していた模擬戦が行われたのだが、結果だけを見ると最悪なものに終わってしまった。

  スバルとティアナは、自主練習で磨いたコンビネーション技をなのはに仕掛けたのだが、そのあまりに危険で、今までなのはが教えてきた事とはまるで違う無茶な技になのはが怒り、なのははスバルを拘束してからティアナを撃墜した。

  今はもう昼を過ぎているのだが、ティアナは未だに目を覚まさない。

  と、いう事は・・・、



「ああ。
 つまりあれだろ、キレたお前がついにティアナを殺っちゃったと・・・」

  手を叩き、なるほどといった様子の一郎になのはが叫んだ。

「殺っちゃったとか言わないでっ!!」








  一郎は、食事にも取らずにオフィスで仕事を続けていたなのはを強引に外へ連れ出すと、一郎が持ってきたサンドイッチを二人で食べながら、なのはから今朝の事を聞き出していた。



「それ以外になんて表現するんだ?」

  一郎はなのはのほうを見ずに、ぼんやりと海を眺めている。

「えっと・・・だから・・・これも、教導のうちで・・・」

「ごまかすのが本当に下手だな、お前」 

「むぐっ!?」

  淡々と話す一郎の一言で、なのはは食べているサンドイッチを喉に詰らせた。

  一郎は溜め息をついてから、苦しそうにしているなのはに飲み物を差し出す。

「自覚してんじゃねえか。
 わかりやすいやつだな」

「(ごくっ、ごくっ)・・・はぁ。
 どうせわたしはわかりやすいもん」  

  どうやら苦しかったのか、少し涙目になりながら、なのははふてくされたような顔をした。

「ティアナにはわかりづらかったようだけどな」

「うぐっ!?」

「どうした、また詰ったのか?」

「聞かなくてもわかるでしょっ!!」








  適当にからかっている内に元気が出てきたなのはにひとまずは満足すると、一郎は一人で隊舎に戻る事にした。

「もう戻るの?」

「ああ。
 お前に飯食わせに来ただけだからな」

  一郎はそう言って、さっさと隊舎の中に消えていった。



「本当に、わかりづらいんだから・・・もう」

  一人になったなのはは、一郎の向かった先を見つめながら呟いた。  

  あの口の悪い友人は、自分が冷静でない時に喧嘩を売るような真似をしてくるものだから、いつも後になってからその優しさに気付く。

「たまには優しい言葉でもかけてくれればいいのに」

  その時なのははふと、一郎が自分を心配して優しい言葉をかけてくれる場面を想像してみた。

「・・・・・ふふっ。
 駄目、笑っちゃう」

  それこそ、そんな事になったら自分が一郎を心配してしまいそうだ。



  暫くの間、なのははそんな事を考えながら一人で笑っていた。















  夜、やたらと深刻そうな顔をしながら相談しに来たフェイトと共に、一郎は食堂で同じテーブルについていた。

  話をしようとした所でフェイトに通信が入り、二人はティアナが目を覚ました事を知る。

「・・・よかった」

「まあな」  

  今まで眠っていたのは睡眠不足と疲労が原因なのだから、一郎はフェイトと違ってそこまで心配はしていない。

  それよりも、一郎はフェイトの相談内容のほうが心配だった。

「で、相談したいことってのは?」

  一郎が話を促すが、フェイトは口篭もって答えない。

「・・・?
 昼もなのはに飯届けるために抜け出したから、あんまり時間ないんだが」

「ご、ごめんね。
 そうだよね、だったら・・・」

  また、次の機会に・・・と続けようとしたところで、一郎が両手でフェイトの頬をつまんで引っ張った。



「いひおう?(一郎?)
 い、いひゃいお(い、痛いよ)」

  一郎が離してくれずに変な声になってしまったが、一郎は気にせずにそのまま話し始めた。

「あのなあ、フェイト」

「あい?(なに?)」

「お前が相談があるっつうからこうして聞いてる。
 でもな、別に嫌々聞くわけじゃねえ」

「・・・」

「前から言ってるよな、なんかあるなら話せって。
 お前はいちいち溜め込みすぎんだ」

「えお・・・(でも・・・)」

「でもじゃねえよ・・・ったく、どいつもこいつも。
 いいから話せ」

「やあ・・・はあいえよ(じゃあ・・・離してよ)」

  このままでは話せないし、なにより恥ずかしい。

  そう思ってフェイトが抗議の目を一郎に向けるが、

「なに言ってるか全然わかんねえ」

  一郎はそう答えて、にやりと笑った。



“パシッ”

  フェイトは無理矢理一郎の手を振り解くと、頬を押えて一郎を睨む。

「いつまでも一郎が引っ張ってるからだよっ!!」

「おおすまん。
 気付かなかった」

  勿論嘘だ。

「もうっ」

  さすがに気付いたらしくフェイトは頬を膨らませた。

「わかったよ、遠慮なんかしないからね。
 怒られたって知らないから」

  厨房のスタッフは、一郎がサボってる時は隊長達絡みで何かあったのだと知っているのであまりきつい事は言ってこないのだが、当然そんな事をフェイトに話す一郎ではない。



  しかし、怒りの収まらないフェイトがようやく相談の内容を話そうとした所で、突然警報が鳴った。

「出動!?」

「みたいだな」

  フェイトは表情を引き締めて立ち上がると、走って食堂を出て行った。

「一郎ごめんっ。
 やっぱりまた後で!」

  走りながら話すフェイトの声は、どんどん離れていったせいか、一郎にはよく聞き取れなかった。








  どうやら、今日は相談どころでは無くなったらしい。

  一郎は頭を切り替えると、厨房に戻る事にした。

「さて、戻るか」

  そう言って立ち上がった所で、一郎はふと考える。

「(今のあいつ等、大丈夫か?)」

  なのはがあれからどうなったのかは知らないし、フェイトは最近どうもおかしい。

  ティアナは多分出動できないだろうし、スバルやキャロは今朝の件で随分と気落ちしていた。

  エリオは最近不安定で・・・まあ、これは間違いなく自分のせいだろうが。

「・・・」



  どうするか迷ったが、やはり心配になった一郎は厨房に行って料理長に声をかけた。

「すみませんっ!!
 もうちょっとだけいいでしょうか?」

「ああ。
 とっとと行ってこい。」  

 さすがに怒られると思ったのだが、料理長はあっさりと了承してくれた。

「え、いいんですか?」

「心配なんだろ?
 少しでもいいからあの子達の荷物を軽くしてやれ」

「・・・もしかして、聞こえてたんですか?」

  一郎の問いに、料理長はにやりと笑うと、 

「もうほとんどの連中は飯を食った後だから人がいなくて静かなんだよ。
 だから食堂で話してたんだろ。
 あんだけ大声でイチャついてりゃあ誰だって聞こえる」

  料理長の言葉に、周りのスタッフも笑顔で頷く。

  一郎は否定しようと思ったが、時間がかかりそうなので諦める事にした。

  礼を言い、厨房を出ようとした所で料理長が一郎を止める。

「おいっ、アギトも連れてけ」

  フェイトが相談に来たので一郎から離れて厨房にいたアギトは、突然自分の話題になって焦った。

「いや、あたしは別に・・・」

「なに言ってやがる。
 お前等は二人揃ってようやく一人前だろうが。
 いいからとっとと行ってこい!」



  一郎は料理長の提案をありがたく受ける事にした。

「ありがとうございます。
 戻ったら今日の掃除は俺がやりますので」

「お前とアギトが、だ。
 忘れんな」 

「はいっ。
 アギト、行くぞ」

  一郎が声をかけると、すでに準備をしていたアギトは一郎の肩に飛び乗った。

「おう」 



  そうして、一郎とアギトは厨房を飛び出していった。    

    

  



  
  一郎とアギトが出て行くのを確認してから、料理長はスタッフに向けて楽しそうな声を出す。

「さて・・・じゃあ、誰にするか決まったか。
 前回賭けてたやつも、レイズとチェンジはOKだ。
 ただし、二人以上に賭けるのとキャンセルは無し」
  
  その言葉をきっかけに皆が料理長の近くに寄ってきて、料理長が隠していたホワイトボードを取り出すと、皆が食い入るように見つめていた。

「前回までのオッズだ。
 参考になるかはわからんがな」



「俺、やっぱりフェイト隊長に替えようと思います」

「私はそのまま。
 やっぱりなのは隊長が一番合ってますって」

「あんた達、まだまだ子供だねぇ。
 あたしの見たところじゃ、八神部隊長に間違いないね」

「普段の懐きようからしたら、スバルちゃんもあると思うな、私」

「あんたさあ・・・いくらなんでもキャロちゃんはないんじゃない?」

「俺は真のギャンブラーだからな。
 うまくいけば俺の一人勝ちだ」

「料理長。
 候補者の中にクロノって書いてあるんですけど・・・誰なんですか?」 



  ・・・どうやら、このへんに一郎が仕事を抜け出しても強く言われない本当の原因があるようなのだが、この場にいない一郎とアギトは未だに気付いてはいなかった。

       
 
  











  屋上のヘリポートには、すでにフォワード陣がヘリの前に集合していた。

  なのはの説明によると、今回は海上に現れたガジェットドローンの撃墜が任務の内容なので、出動するのはなのは・フェイト・ヴィータの三名になる。

  新人四人は出動待機となり、六課に残るシグナムが待機組の指揮を執る事になったのだが、

「ティアナは、出動待機から外れておこうか」

  なのはがティアナの状態を考えて言った一言が、ティアナの胸に強く突き刺さった。



「言うことを聞かないやつは・・・使えない、ってことですか?」

  声を震わせながら、静かにティアナが抗議する。

「自分で言っててわからない?
 当たり前のことだよ、それ」

  なのはは説得しようとしたのだが、ティアナは段々と熱くなって声を荒げていく。

「現場での指示や命令は聞いてます!
 教導だって、ちゃんとサボらずやってます。
 それ以外の場所での努力まで、教えたられた通りじゃないと駄目なんですかっ!?」

  なのはの思いを無視したティアナの言動に、文句を言いたくなったヴィータがティアナの前に出ようとするが、それをなのはは制した。
  
「あたしはなのはさん達みたいにエリートじゃないし、スバルやエリオみたいな才能も、キャロみたいなレアスキルもないんです!
 ・・・皆みたいに生まれてこれたら、どんなによかったか・・・。
 だから・・・少しくらい無茶したって、死ぬ気でやらなきゃ強くなんてなれないじゃないですかっ!!」

  ティアナのこの叫びをきっかけに、ついに我慢の限界を超えたシグナムがティアナの胸倉を掴んで殴り飛ばした。
  
「ぐっ!?」

  しかし、殴り飛ばされたティアナが倒れる所を、

「おっと」

  ちょうど屋上に着いた一郎が抱きとめた。








  一郎とアギトがここに来た事を疑問に思うフォワード陣をよそに、熱くなっているティアナは一郎に叫ぶ。

「離してくださいっ!」

「わかったから落ち着け」

  振りほどこうともがくティアナを一郎が離すと、ティアナは力が抜けたようにその場に座り込んだ。

「ほら。
 やっぱりまだ疲れが溜まってるんだよ。
 無理しないで、今日はちゃんと休みなさい」

  なのはの忠告を聞いて、一郎は何となく事態を察知した。

「外されて文句言ってるってとこか」

  ちっとも嬉しくないが、一郎の嫌な予感は的中したらしい。

  そんな一郎に向かって、ティアナは座ったまま上目遣いで睨みつける。

「あなたになにがわかるんですか?
 あたしは、自分が間違っているとは思えません」

「わかんねえよ。
 それにな、俺はどっちが正しいかなんて興味ない。
 ただ、今のお前に必要なのが休息なんだってことぐらいはわかる」

  一郎の言っている事は正論で、だからこそティアナの神経を逆撫でする。

  そして、興奮状態のティアナは、普段なら絶対に言わないような事も口に出してしまう。

「あなたなんかに、あたしの気持ちなんてわかりっこないんです!
 いいですよねあなたは、ここで料理を作っているだけでいいんですから」

「ティアっ!?」

  さすがに言い過ぎだと思ったのか、スバルが叫ぶ。

  ティアナのあまりの言い様に周りが呆然とする中、一人なのはだけがティアナに近付く。

  ほとんど錯乱状態で、何を言っているのか自分でもわかっていないティアナ。

「ティアナ」

  そんなティアナに向かって、無意識のうちに手を振り上げるなのは。

“がしっ”

  しかし、なのはの手がティアナに振り下ろされる前に、その腕を一郎が抑えた。

「なにしようとしてんだ、お前は」

  一郎は呆れたようになのはを見つめる。

「・・・え?」

  一郎に掴まれた自分の腕を見ながら呆然とするなのは。

「お前等に対する暴言だったら、引っ叩こうがなにしようが好きにしろ。
 でもな、俺のためにってんなら・・・そういうのはよせ」



  一郎は掴んでいたなのはの腕を離すと、今一番冷静そうなヴィータに聞く。

「ヴィータ、誰が出動するんだ?」

「今回は空戦になるから、あたしとなのはとフェイトの三人だ」

  ヴィータの返事を聞いてから、なのはを見る一郎。

「・・・わたし・・・」

  なのはは、自分がティアナを叩こうとしていた事に気付いて愕然としている。

「おい」

  話し掛けてもまるで気付いた様子は無い。

  一郎は頭を掻いて考えるが、迷っている時間も無いのですぐに行動した。

  一郎は突然なのはを抱きしめると、誰にも聞こえないように耳元でこう囁く。



「いいかげん目を覚まさねえと、桃子さんから聞いた・・・お前が何歳までおねしょしてたとか皆にばらすぞ」



“がばっ!!”

  効果は抜群のようで、一郎から離れた時にはなのはの意識は戻っていた。

「・・・あれ?」

  しかし、どうやら一郎が話した内容は覚えてないらしく、なのはは首を傾げていた。

「目を覚ましたんならとっとと行ってこい。
 こっちはこっちでなんとかするから」

「え・・・ああ、うん」

  いまいち納得はしていないが、とりあえずなのはは任務を優先するためにヘリに乗っていった。



  その間、ティアナは座り込んだまま下を向いて動く事は無かった。








「シグナム副隊長」

  三人を乗せたヘリが飛び立つと、スバルがシグナムに対峙して言った。

「命令違反は絶対駄目だし、さっきのティアナの物言いも駄目だったと思います。
 だけど・・・」

  スバルは一旦言葉を止めて、大きく息を吸うと、シグナムの目を真っ直ぐに見て叫んだ。

「自分なりに強くなろうとするのとか、きつい状況でもなんとかしようと頑張るのって・・・そんなにいけないことなんでしょうかっ!?」

  それを聞いて顔を上げるティアナ。

  スバルは体を震わせながら話を続ける。

「自分なりの努力とか・・・そういうこともやっちゃいけないんでしょうかっ」








「自主練習はいいことだし、強くなるための努力もすごくいいことだよ」

  皆が黙ったままスバルを見ていると、屋上にやってきたシャリオがスバルの疑問に答えた。



「皆、ちょっとロビーに集まって」

  シャリオは、不器用で思いがすれ違い合う皆を見ている事が出来なかった。

「私が説明するから。
 なのはさんのことと、なのはさんの・・・教導の、意味」















  ロビーに集まった一同は、そこでシャリオからなのはの説明を聞いていた。

  わずか9歳にして魔法と出会い、まったくの素人だった彼女が幾度も命がけの戦いを繰り広げてきた事。



  モニターには、フェイトやヴィータと戦っている映像が映し出されている。 

「「「・・・」」」

  スバルとティアナは、当時のなのはのあまりに過酷な状況に驚きを隠せない。

  キャロは、一郎や桃子からある程度は聞いていたものの、まさかこれほどだとは思いもしなかった。



  映像が切り替わると今度は・・・フェイトが泣きながら一郎に向けて魔法を放ち、気絶した一郎の前からアルフと共に飛び去っていく映像が流れる。

「うわ」

  過去にあった出来事とはいえ、アギトは思わず顔をしかめた。

  周りの視線を受けて一郎が説明する。

「当時、フェイトにはいろいろあってな。
 巻き込みたくないっていうのを俺が無理矢理付き纏ったもんだから、諦めさせる為にフェイトがやったんだ。
 ま、そのぐらいで諦める程賢くなかったからな・・・当時の俺は。
 結局あの後、フェイトの母親には本当に殺されかけた」

  当時の事を思い出し、一郎は笑いながらそう話した。



  そんな一郎にスバルが尋ねる。

「・・・怖く、なかったんですか?」

  一郎はなのはのように魔法が使える訳では無い。

  つまり、身を守る術を持っていないのだ。

  普通なら逃げ出したくもなるだろう。

  しかし、一郎は少し考える振りをしてから、

「どうだろうな。
 怖くなかったわけじゃないと思うが、それより・・・」

「それより?」

「あいつは俺の作った料理を食べて笑ってくれた・・・おいしいって、言ってな。
 感情をほとんど表に出さなかったあいつが、だ。
 それがすごく嬉しかったな」

  アギトは何となくフェイトの気持ちがわかるのか、一郎の肩に座りながら少し微笑んでいた。

「だから・・・あいつが俺に関わるなって言ってきた時、自分に突きつけられているデバイスの恐怖よりも、あいつが出会った頃みたいに無表情になっていくことへの怒りのほうが強かった。
 あの頃の俺には、強く信じていたことがあったんだ」

「なんですか?」

  聞いてきたキャロの頭を撫でて、一郎は言った。

「俺の料理で人を幸せにする。
 ・・・なんとも傲慢な考えだろ?
 今思うと、恥ずかしいったらない。
 俺が作った料理でフェイトを笑顔にしてやるんだ。
 当時の俺はそんなことを本気で思っていたから・・・フェイトの笑顔が消えた時にすごいショックを受けた」

  でも、そのくらい馬鹿だったからこそ、一郎はフェイトを諦めなかったのかもしれないし、フェイトも一郎に心を開いたのかもしれない。

「フェイトに気絶させられた後、目を覚ました時に俺が思ったのはただ一つ。
 絶対にもう一度俺の料理を食わせてやるってことだけだった。
 恐怖なんか、どっかにいっちまってたんだろうな」


  
  一郎の話を聞いて、ティアナが躊躇いがちに一郎話しかける。

「あ、あの・・・あたし、さっきは・・・」

「いいよ別に。
 それにな・・・正直言って、怒りなんかより笑いを堪えるのに必死だった」

  思い出したのか、今も一郎は笑いを堪えているようだ。

  不思議そうな顔で一郎を見る皆に一郎は言う。

「あの程度じゃまだまだだ。
 俺が昔シグナムを説得しようとした時なんて、さっきのお前より酷いこと言われた挙句に刺されたからな」

  そう言って、一郎は自分の脇腹に指を刺す動作をした。

「「「「「えっ!?」」」」」

  シャマル以外は知らなかったらしく、シャリオまでもが声を上げて驚いていた。

  シグナムは赤くなっていく顔を抑えながら一郎を軽く睨む。

「よ、余計なことを言うな」

「ティアナを殴った罰が当たったんじゃねえか?」

「うるさい!
 今はなのはの話をしてるんだ。
 シャリオ、続きを話せ」

  この話題は続けたくないのか、シグナムはシャリオに続きを促した。

  一郎は未だに笑みを浮かべながらティアナを見る。

「ま、そういう訳だ。
 いちいち気にすんなよ」

「・・・は、はい」  

  ティアナはどこか釈然としない思いをしながらも、とりあえず頷いておく事にした。



  シャリオの話が再開した。

  なのはは無理を続けた結果、瀕死の重傷を負ってしまった事があるのだった。

  一時は空を飛ぶどころか、歩く事さえ出来なくなる可能性もあったほど危険な状態だったが、過酷なリハビリに耐え抜いて回復したのだと言う。

「なのはさん・・・皆にさ、自分と同じ思いさせたくないんだよ。
 だから、無茶なんてしなくてもいいように・・・皆が元気に帰ってこられるようにって・・・本当に丁寧に、一生懸命考えて、教えてくれてるんだよ」



  ティアナ達は、なのはがどれだけ自分達の事を考えてくれていたのかを知り、シャリオの話が終わった後もずっと黙っていた。

  ・・・自分達は、そんななのはの思いを少しでも考えていただろうか?















  皆が持ち場に戻って行った後も、スバル・ティアナ・キャロはロビーでずっとなのはの事を考えていたのだが、エリオだけは隊舎を出て、裏の林に一人でいた。



“ゴンッ!!
 ゴンッ!!
 ガスッ!!”

  溢れ出て来る感情を抑えきれずに、エリオは木を殴り続ける事で気持ちを落ち着けようとしていた。

「はあっ、はあっ、はあっ・・・・・」

  ここまで感情が高ぶるのは、一体何年ぶりの事か。



  先程ロビーでシャリオが話していた内容は、エリオは聞き流していただけでまるで頭に入っていなかった。

  なのはの事などどうでもいい。

  そんな事よりも、

(・・・皆みたいに生まれてこれたら、どんなによかったか・・・。)

  ティアナが言ったその一言が、エリオの中に暗い影を落としていた。

「・・・ティアナ・・・ランスター・・・」

  エリオはゆっくりと、噛み締めるようにその名を呟く。



  以前のエリオならば気にも留めなかったかもしれない。

  誰が何を言おうと自分には関係ない・・・そう考えて無視していただろう。

  これだけ気になっているのは、エリオ自身は気付いていないが、一郎のせいで精神が不安定になっているからに他ならなかった。


  
「僕みたいに・・・だって?」

  あの時のティアナの状態を考えれば、他の皆にとってはそこまで気にする程の事でも無かった。

  他にも色々な事がありすぎて、ティアナの発した一言一言までは覚えてない者のほうが多いかもしれない。

  しかし、エリオにとってそれは、忘れる事などとてもできなかった。








「・・・ティアナ・ランスター・・・」

  たとえそれがどんな感情であれ、エリオは再び手に入れる事が出来たのだ。

  フェイトでは無理だったし、一郎でもはっきりした所まではいかなかった。

  今より前、全てを諦めてからのエリオには無かった物。



  それは・・・特定の他者に対する、明確な執着の思いだった。










          ・・・つづく。












[5745] 第19話「背負ってたエリオを盾にしようか迷ったんだけど・・・後でもっと酷い目にあうからやめた」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/02/25 23:24




  隊舎の外では、ティアナがなのはに抱きつきながら泣いていた。

  そんなティアナを抱きしめながら、なのはは優しい目でティアナを見つめている。

「これからは、ちゃんとティアナ達に説明するからね。
 ごめんね、色々黙ってて」

「そんなことないです。
 わ、わたしが・・・馬鹿だから・・・」

「ううん。
 やっぱり・・・言葉にしないと伝わらないんだよ、きっと」



  思いをぶつける事・・・全力でぶつかっていく事・・・。

  小さい頃なら当たり前のように出来た事が、なんで出来なくなってしまったんだろう?  



  泣き続けるティアナを見ながら、なのははそんな事を考えていた。








  任務から帰ってきたなのははティアナに色々な話をした。

  自分の過去についてや、ティアナの事。

  ティアナは決して凡人などではないのだと・・・今はまだ原石の状態でも、必ずその力は開花するのだと。



  ティアナは、なのはの事を理解しようともせず、今まで無茶ばかりしていた事を謝った。

  それに対してなのはは、ティアナを叩こうとしてしまった事を詫びた。

  あの時の自分はティアナの上官である事を忘れていた。

  たとえどんな理由があるにせよ、許される事ではないとなのはは反省している。

  ティアナからすれば、あの時の事は叩かれても当然だと思っていたので、むしろ恐縮してしまった。



  話を逸らせる為にティアナは、

「いつもは冷静ななのはさんが、どうしてあの時は我を忘れるくらい怒っていたんですか?」

  と聞くと、なのはは迷い、やがて嬉しそうな顔をしながら話してくれた。

「実は、フェイトちゃんにも話した事ないんだけど・・・」

  その時なのはがティアナに教えた一郎となのはの過去は、今まで自分の母親にしか教えた事が無いらしい。


  その後なのはは、ティアナがその存在を知らなかったクロスミラージュのダガーモードの使用許可を与えた。

  将来執務官を目指すティアナのために、個人戦が多くなる事を見越したなのはがクロスミラージュに組み込んでいたのだった。

  なのはが基礎訓練を重視していたのは、出動する機会が多くなるであろう新人達には、新しい技を教えるよりも今持っている力を伸ばすほうが良いと考えていたらしい。

  

  本当に・・・どこまでも自分達の事を考えてくれていたなのはにティアナは抱きつくと、ただ涙を流し続ける事しか出来なかった。    

  






  ティアナがようやく泣き止み、なのはから離れた。

「大丈夫?」

「はい」

  目が赤く腫れているものの、これは仕方が無いだろう。

「じゃあ、そろそろ戻ろっか?」

  そう言ってなのはは立ち上がるが、

「あ、いえ。
 もう少しここにいようと思います」

「あんまり遅くならないようにね。
 早く寝ないと明日きつくなるよ?」

  今日は色々あったため、なのははティアナの事を心配して言ったのだが、

「大丈夫です。
 もう、無茶はしませんので」

  そう言ったティアナはどこかふっきれたような顔をしていて、なのはもこれ以上言わなかった。








「それじゃあ、わたしはもう戻るね。
 一郎くんが連絡しろってうるさいの」

「うるさいって・・・。
 心配してるんじゃないんですか?
 あたしが言うのもなんですけど、自分の好きな女性が困ってたんですから」

「う~ん、どうかなぁ。
 そんな感じじゃなかったような・・・・・・・・・・・・・・・え?」

  今、ティアナが何かおかしな事を言っていたような?

「ティアナ・・・今、なんて?」

「え?
 一郎さんが心配してるんじゃないか・・・」

「その後っ!!」

  なのはのあまりの剣幕に、ティアナは少しビビってしまった。

「あ、え~っと・・・。
 確か・・・あたしが言うのもなんですが、自分の好きな「そこっ!!」・・・え?」

  なのはの叫びがティアナの言葉を中断させた。



「・・・・・どういうこと?」

  なのはが真剣な目をしてティアナを見つめてくる。

  なんだか息苦しくなってきている気がするのだが、ティアナは気のせいだと思いたい。

「え~っと、どういうことって、なにがですか?」

  ティアナの問いに、なのははいきなり言葉を濁し始めた。

「えっと、だから・・・一郎くんが、わたしを・・・どう、とか・・・」

「それがどうかしたんですか?
 だって一郎さんは・・・・・あっ!?」

  その時、ティアナはようやく気が付いた。

「(そうだった。
  確か・・・)」

  とはいえ、今さら気付いてももう遅い。

  ティアナの変化を察知したなのはは、ティアナが反応出来ないほどの速さで近付くと、その両肩に優しく手を置いた。

「なにか知ってるの?」

「いえ、あの・・・スバルに内緒だからって言われていて・・・」

  どうやら、息苦しいのは気のせいでは無いようだ。

「そっか。
 それじゃあ、しょうがないよね」

  意外にもなのははあっさりと納得してくれて、ほっとするティアナ。

  しかし、



「スバルに聞くしかないか・・・」 

  あっさりと納得したはずのなのはが、なぜバリアジャケットを身に纏っているのだろう?     



「あ、あの・・・なのはさん?
 一体なにを?」

  恐る恐る尋ねるティアナに、なのははとびきりの笑顔を見せる。

「なにって・・・スバルに聞こうかなって。
 ほら、今回の教訓を生かすチャンスかなって思うの」

  そう言ってなのははレイジングハートを握り締める。  

「・・・・・あたしが話しますから、とりあえずジャケットを解除してください」 

  考えるまでもなかった。



  どうやら、話し合った事でなのはとティアナの距離が縮まったのか、なのははティアナに自分の素を見せるようになったらしい。

  ・・・初体験のティアナには心臓に悪い事この上ないのだが。 








  なのはが落ち着くのを待ってから、ティアナは話を始める。

「スバルに聞いたんですけど・・・確か、空港火災の時だったそうです。
 怖がっていたスバルを元気付けるために、一郎さんがいろんな話をしてくれたって言ってました」

「・・・そ、その時に?」

「はい。
 ただ、一郎さんは秘密にしているみたいで、スバルにも黙っているように言ったみたいですけど」  

  こうして話している以上、自分も同罪だ。

「そ、そうなんだ・・・」

  そう言って、なのはは黙ってしまった。



「なんだか嬉しそうですね?」

  表情がころころ変わってわかりづらいが、ティアナの見る限りなのはは嬉しそうだ。

「えっ!?
 ま、まさか・・・そんなことないよ」  

  なのはは一応否定はするものの、真っ赤な顔をしながらでは説得力が無い。



  そんななのはを見ながらティアナは言う。

「確かに・・・大した人みたいですね、一郎さんは。
 なのはさんに、フェイトさんに、八神部隊長。
 あたしの知り合いや同期にも、皆さんのことを好きだって言う人は山ほどいますけど、どちらかというと憧れのような気持ちのほうが強いみたいですし・・・。
 それに加えて三人ともって言うんですから、信じられないです」

「だ、だから別にわたしは・・・・・・・・・・・・・・・ん?」

  今、またもやティアナが何かおかしな事を言っていたような?

「なんで・・・フェイトちゃんと、はやてちゃんが?」

「え、なんでって言われても。
 空港火災にはフェイトさんと八神部隊長も救助にあたったんですよね?」

「う、うん」

「スバルが聞いた話では、助けに来てくれる人達って言ってましたから」

(ブチッ!!)

  何かが切れるような音が聞こえたのだが、ティアナにはそれが何の音だったかはわからなかった。

「そ、そっか・・・。
 そうだよね、一郎くんだもん・・・」



  不穏な空気を感じたティアナがなのはを見ると、

「あれ?」

  なのははすでに、ティアナの目の前からは消えていた。


 












          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第19話「背負ってたエリオを盾にしようか迷ったんだけど・・・後でもっと酷い目にあうからやめた」















  なのはが突然消えてしまって困惑していたティアナだが、なんとなく深くは考えない事にした。

  それより・・・一人になって考えてみると、胸の奥に何かしこりのようなものが残っているような気がする。

「(・・・なんだろう?)」



  なのはの思いを聞き、完全にではないにせよ理解は出来たのだと思う。

  兄の夢を叶えるために努力を続ける事は変わらないが、今までのように無理を重ねるつもりは無い。

  なのは達を信じ、仲間達を信じ、自分を信じる・・・最後のはまだ微妙だが、信じようとは思う。



「なら・・・なんでこんなにすっきりしないんだろう?」

  口に出してみるとはっきりわかる。

  何かまだ、自分に足りないものがあるような気がする。



  そんな事を考えているティアナの前に、俯いたままのエリオが歩いてきた。








  目の前のエリオが何も言わずに黙っているのを見てティアナは首を傾げる。

「で、どうしたの?」

「・・・」

  ティアナが話を促そうとしても、エリオは黙ったまま下を向いている。

「あたしになにか用があるんじゃないの?
 ないんならそろそろ戻るけど」

  そう言ってティアナが立ち上がった所で、ようやくエリオは口を開いた。



「・・・羨ましいですか?」

「え?」  

  ティアナが思わず聞き返してしまったのは、エリオの話が聞き取れなかったからではない。

「(・・・震えてる?)」

  いつも憎たらしいくらいに淡々と話していたのに、なぜ?



  ティアナが不思議に思っていると、エリオが話を続ける。

「冗談じゃない。
 ・・・なにも、知らないくせに・・・」

「だからなにがよ?」

  ティアナにはエリオが何を言おうとしているのか理解出来ない。

  が、

「お兄さんのことは聞きました。
 正直・・・皆の怒りや悲しみが僕には全然理解出来ませんでした」

  エリオのこの一言ははっきりと理解する事が出来た。

「・・・なんですって?」

  ティアナの目つきが鋭くなっていく。

「あなたにはわからないんでしょうけど、僕はあなたのように恵まれてはいないんです。
 よかったじゃないですか・・・羨ましいぐらいですよ」

「っ!!」

  激昂したティアナがエリオの胸倉を掴みかかる。

  しかし、それよりも先にエリオの拳がティアナの顔を捉えた。

“ガスッ!!”

「いっ!!」

  殴り飛ばされ、仰向けで天を見上げるティアナの耳に、エリオの悲痛な叫びが突き刺さる。



「僕には、縋るものすら・・・なにひとつないんだっっっっっ!!!!!」








  倒れたままのティアナに、エリオは次々と言葉を浴びせていく。

  随分と冷静さを失っているせいで支離滅裂な所もあったが、なんとかティアナは理解していった。

「(つまり・・・さっきあたしが言ったことが気に食わないってわけね)」

  エリオにも随分と辛い過去があったらしい。

  そんなエリオに対してヘリポートでティアナが言った発言は、確かにエリオを怒らせるものだったのだろう。

  そう考えれば実にわかりやすかった。

  
    
  でも、

「(そんなこと・・・わかってるわよ)」

  自分がどれだけ馬鹿だったかぐらい、殴らなくてもとっくにわかっている。

「(あんたのことは知らなかったけど、ちょっと冷静になって考えてみればわかる。
  優れた才能や力があるからって、それだけで幸せなんてことにはならないぐらい)」

  スバルの過去を知っているのだから、ティアナだって当然理解はしている。

  エリオは未だに叫び続けているが、ティアナは倒れたまま考え込んでいる。

「(でも、ま・・・自業自得かもね。
  なのはさんも一郎さんも、あたしに怒鳴ったり罵倒したりなんかしてくれないし。
  殴られるぐらいでちょうどいいんだ、きっと)」

  今までしてきた事を考えれば、むしろ一発では足りないぐらいだ。

  

「(・・・あれ?)」

  その時、ティアナはようやく自分の抱えているもやもやの正体を知った。

「(そうか。
  あたしは、殴って欲しかったんだ)」  

  自分が非を認めたからこそ、それに対するわかりやすい罰が欲しかったのだ。

「(あたしはそんな熱血タイプじゃなかったはずだけど。
  ・・・スバルの変なとこが移ったのかな?)」  

  となれば、いつまでも寝ている訳にはいかない。








  ティアナは立ち上がると、笑みを浮かべてエリオを見る。

「エリオ。
 あんた、今まで隠してたのね?」

「はあっ、はあっ、はあっ・・・・・え?」

  エリオは叫び続けて息を乱している。

「ようやくあんたとキャロが同い年に見えたわよ」

「なにを・・・」

「もしかしたら気が合うのかもね、あたし達」

  笑みを浮かべながら話すティアナに、エリオの怒りは膨れ上がっていく。

「ふざけないでくださいっ!!」

「ふざけてなんかないわよ。
 あんた、あたしのことが気に食わないんでしょ?」

「・・・ええ」

「あたしもそう・・・あたしが嫌い。
 ほら、一緒じゃない?」



  苛立つエリオは、何も言わずにティアナに再び殴りかかった。

  しかし、冷静さを失っているエリオの動きは、冷静さを取り戻したティアナには手に取るように見える。

“スッ”

  エリオの拳を避けると、ティアナはそのままエリオの腹を殴りつけた。

「ぐっ!!」  

  蹲るエリオをティアナが見下ろす。

「あたしが悪いんだし、黙って殴られるのもいいんだけど。
 殴られてばっかりってのも、ねえ?」

  自分の我侭にエリオを付き合わせているすまなさと、何かを抱えているようなエリオを心配する思いをティアナは感じていた。



「さ、立ちなさい。
 あたしも、あんたも・・・このぐらいじゃ満足しないでしょ?」

  ティアナの挑発を受けて、エリオはまたもやティアナに殴りかかっていった。















「・・・なにやってんだか・・・」

  ティアナとエリオが全力で殴り合っている様子を、少し離れた所から一郎が見ていた。



  食堂の清掃を終え、アギトから今日はキャロの所に泊まると言われたので一人で帰宅しようとしたところ、一郎は外で珍しい光景に出くわした。

「止めたほうがいいのか・・・どうすっかな?」

  一方的という訳ではないので、ただの喧嘩だろう。

「二人とも最近色々溜まってるみたいだったし、まだいいか」

  先程からなのはが何度も通信してきているのだが、返事は少し待つことにした。

  ティアナとエリオが殴り合っている事実を知ったら、きっとすぐに止めるに違いない。

  
  
  フェイトの事で相談しようとしたのは一郎なのだが、結局なのはからの催促は暫く無視する事にした。









   





“ドガッ!!”

  ティアナが倒れると、エリオは馬乗りになって、そのままティアナを殴る。

「僕がっ、なぜっ、機動六課に来たかわかりますかっ!?」

  エリオの攻撃を防ぎながら、ティアナはなんとか返事をする。

「さあ・・・ぐっ!!
 どうせ、大した理由じゃないんでしょう?」

  エリオは一旦攻撃を止める。



「あなたのような人が嫌いだからですっ!!
 ここにいる人達を利用して、僕はもっと上に行く。
 いずれ・・・あなたのような人も含めて、全てを壊すのが僕の目的だっ!!」

  






「・・・そんなに嫌い?
 全部壊したくなるくらいに」 

  ティアナは、先程までと違って優しく問い掛けた。

「ええ」

「なら、あたしを殴っている今は満足なの?」

「・・・そうです」

「本当に?」

「そうですよ、満足です!!
 なんなんですか一体っ!?」

  息を乱しながら叫ぶエリオ。

  ティアナは溜め息をつくと、エリオを見上げたまま告げる。



「ならさあ・・・・・なんであんた泣いてんの?」   



「・・・・・・・・・・え?」

  エリオはティアナの言っている事を理解できずに固まる。

「さっきからずっと。
 顔に手を当ててみれば?」

  エリオは顔に手を当てる。

「・・・なん、で?」

  手を濡らす、今も流れ続けるこの熱いものは一体なんだ?



  それはエリオが数年ぶりに流す涙なのだが、エリオにはなぜ自分が涙を流しているのかさっぱりわからなかった。








「あたしを殴って満足っていうんなら、涙なんか流さないんじゃない?」

「・・・」

  呆然としているエリオにティアナは話を続ける。

「無理してるんでしょう?
 気付かないふりしてるだけで、あんたはとっくに気付いてるのよ」

「ち・・・違う・・・」

「ただ、認めたくないのよ。
 今までの自分を否定するような気がするから」

「そんなこと、ない。
 ぼ、僕は・・・全部、捨てたんだ・・・」

  エリオは何とか反論しようとするのだが、その声は酷く弱々しい。

「あんたがどんな思いでそんな考えに辿り着いたのかあたしにはわからない。
 でも、そこまで辿り着くのにいろんなことがあったんでしょう?
 だから認められない。
 認めちゃったら、もう立ち上がれないかもしれないから」

「はあっ、はあっ、はあっ・・・」

  エリオはもはや言葉を発する事が出来ず、浅い呼吸を繰り返している。

「似たようなものだったからわかるのよ。
 あたしも、立ち止まるのが怖かった。
 兄さんのために・・・そう自分に言い聞かせながら、ずっとその思いに縋り付いてた」



  何も言えなくなったエリオだが、それでもティアナを否定するために拳を握る。

  その様子を見ても、ティアナは両手を構える事無くエリオを見つめていた。

「・・・・・いいわよ、やんなさい」

「?」

「あんたのおかげですっきりしたし。
 明日からちゃんと前を向いて歩ける。
 あたしの・・・ティアナ・ランスターの道を。
 だから、今度はあんたの番」

「な、なにを・・・」

  エリオは、爪が食い込んで血を流すほどに拳を強く握り締めている。

  そんなエリオに、ティアナは優しい目を向ける。



「あんたの全部をあたしが受け止める。
 だから・・・それが終わったら自分を偽るのはやめなさい。
 あんたはまだ、なにも捨ててなんかない」



「・・・」

「それに、ここにはあんたが手を差し伸べれば応えてくれる人達がたくさんいる。
 ・・・もちろん、あたしもね」

「・・・」

  エリオは迷い、握り締めた拳を震わせながらティアナを見つめていた。

  しかし、エリオは迷いを振り切るように大声で叫ぶと、ティアナに向かってその拳を振り下ろした。



「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!」















「実はちょっと怖かったんだけど、歯を食いしばる必要はなかったみたいね」

  結局・・・エリオの振り下ろした拳がティアナに届く事はなかった。

「・・・うっ・・・ひっく・・・」

  エリオはティアナに縋りつくようにして顔をうずめている。 

  エリオの流す涙がティアナの胸元を濡らしていた。

  ティアナは、そんなエリオの頭を優しく撫でていた。















  暫くしてから、エリオがティアナから離れたのを見て、一郎は二人に近付いていった。

「悪いな。
 今度は見てるだけで止めなかった」

  ちっともすまなそうな顔をせずに、一郎はティアナに言った。

「いえ。
 ありがとうございます」

  ティアナは、一郎が自分達の邪魔をしないようにあえて止めなかったのだとわかっているので、何も聞かずに礼を言った。

  

  二人の状態を確認すると、一郎は手元で何かを操作している。

「なにしてるんですか?」

「シャマルに連絡した。
 お前等、体中すげえことになってるぞ」

「そうですね・・・いっ!」

  ティアナは気が抜けたのか、途端に忘れていた痛みがぶり返してきた。



  エリオも体中が痛みを訴えているが、それよりも一郎に聞きたい事があった。

「一郎さん。
 あなたに聞きたいことがあります」

「ん、なんだ?」

「僕のこと、どこまでわかってたんですか?」

「どこまでって?」

「とぼけないでください。
 わかっていたんでしょう、だから僕に構った・・・違いますか?」

  エリオの追及も、一郎は軽く笑って首を振る。

「んな訳ないだろ。
 生意気なガキを見てちょっかい出したくなっただけだ」

「でも・・・くっ!」

  思わず立ち上がろうとすると、鋭い痛みがエリオを襲う。

「大人しく座っとけ」

  エリオはまだ言い足りない事があるのか一郎を睨んでいたが、しぶしぶ座る事にした。

  






  エリオは俯いて一息つくと、先程までの事を考えていた。

「(なんだか、頭の中が滅茶苦茶だ)」

  何年ぶりかに流した涙と共に、エリオの中から色々なものが流れ落ちていったのだが、

「(僕は、なにか変わったんだろうか?)」

  今は頭が混乱していてわからない。

  ただ、

「(あんまり嫌な感じじゃない気がする)」

  そんな事を考えていると、自分を呼ぶ声がしてエリオは我に返る。

  顔を上げるとそこには、



「エリオ・・・」

  何時の間にか現れたフェイトが、バリアジャケット姿で危険な空気を放っていた。















「ここなら大丈夫か」

  フェイトの接近に気付いた一郎は、ティアナを抱えてエリオから距離を取った。

  ティアナを降ろすと、その横に腰を下ろしてフェイトとエリオの様子を見る。

  ティアナは二人の様子を見ながら一郎に問う。

「あの、なんでフェイトさんが?」

「俺がさっき呼んだ」

「確か、シャマル先生って言ってませんでしたか?」

「あれは嘘だ」

「うそ・・・ですか」

「ああ」



「エリオ、大丈夫でしょうか?」

  なんだかフェイトの様子がおかしい。

  話の内容は聞き取れないが、エリオの心配をしているようには見えない。

「(なんでだろ・・・今朝のなのはさんを思い出す)」

  エリオも事態が把握出来ていないのか、遠目からでも混乱している様子がわかる。

「大丈夫じゃないだろうな。
 ああなったフェイトは手が付けられない」 

  身をもって体験した事がある一郎にはよくわかった。

「あたし結構殴り返しましたし、まずいと思うんですけど。
 それに、エリオならもう・・・」

  ティアナには、一郎がなぜこのような事をするのか理解出来ない。

「エリオのほうは別にいいんだ。
 問題はフェイト」

「フェイトさん?」

  それこそ意味不明だ。

「フェイトがずっとエリオの心配をし続けてきたのは知ってるか?」

「はい」

  気にしていた訳ではないが、それでも毎日のようにエリオに話し掛けているフェイトの姿は何度も見た事がある。

「このままエリオの問題が片付くと、今まで心配し続けてきたフェイトが蚊帳の外になっちまう」

「でも、あのままだと二人の溝を深くするだけじゃないんですか?」

  ティアナの視線の先には、デバイスを構えたフェイトが泣きながら何かを叫んでいる。

「いいんだよ。
 なんでもいいからフェイトも関わったって事実があれば」



「(この人は、一体なにを言ってるんだろう?)」

  浮かび上がってきた明確な思いを、ティアナは口には出さずに心の中に閉まった。

「フェイトのフォローは俺となのはとはやてで出来る。
 エリオのほうは・・・・・まあ、忠告はしたからな、俺は」

  これから起きるのは、その忠告をした本人が原因なのだが。

「はあ」

  なんだかこれ以上考えるのも疲れてきた。

  そんなふうにティアナの思考が段々と鈍ってきた頃、



“ドンッ!!”

「「あ」」

  一郎とティアナの視線の先から凄まじい轟音が響いた。








「・・・・・飛んでるな・・・・・」

「・・・・・飛んでますね・・・・・」

  二人が空を見上ると、ボロボロになったエリオが宙を舞っている。


    

 



「・・・・・あいつ・・・・・まだ浸ってやがる・・・・・」

「・・・・・ああ・・・・・あの泣いているのって・・・・・そういうことだったんですか・・・・・」

  フェイトを見ると、涙を流しながら震えている。








“ドボンッ!!” 

「・・・・・落ちたな・・・・・」

「・・・・・落ちましたね・・・・・」  








「「海に」」










  
  

  

  先程まで二人でのんびり見物していたのだが、一郎はエリオを助ける為に慌てて海に飛び込んでいった。



  そんな一郎を見ながらティアナは思う。

「(あの人・・・結局なにがしたいんだろう?)」

  優しいんだか、優しくないんだか。

  ティアナにとって一郎はスバルの命の恩人であり、スバルを通してしかほとんど知らなかったので、六課に来るまではかなり良い印象を持っていた。

  だが最近、一郎と直に接するようになってその印象は揺らいできた。

  それは、悪くなったというよりも・・・、

「(わけわかんない)」

  悪い人ではないのだろう、それはわかる。
 
  だが、皆が言うように頼りになるのかというと、



「・・・微妙だなぁ」

  思わず口に出してしまった。



「そういえば、なのはさんが言ってたっけ」

  ティアナは思い出していた。

  なのはが語ってくれた、一郎となのはの過去の事。

  それは・・・なのはが怪我をした時に起きた、なのはにとってとても大切な思い出。















(わたしね・・・自分の怪我のことを聞いた時、怖くてどうしていいのかわからなくなっちゃったの。

 だって当然でしょ?

 あの時はわたしまだ11歳なんだよ。

 リハビリはもうちょっとしてからじゃないと出来ないって言われてたんだけど、やる気は湧いてこなかったなぁ。

 しばらくは病院のベットで外を眺めてた。

 皆がお見舞いに来てくれた時は心配かけないようにしてたんだけど、たぶん皆気付いてたんじゃないかな。





 それでね、ある日・・・フェイトちゃんが一人でお見舞いに来てくれた時のことなんだけど。

 始めのうちはね、なんの問題もなかったの。

 その頃フェイトちゃんは執務官試験を控えてたから、わたしが励まそうとして怒られちゃったり。
 
 でね、フェイトちゃんがお土産を持ってきてくれたの。

 ケーキを持ってきてくれて、それを二人で食べて。


 一口食べてすぐにわかった。

 ああ・・・お母さんのケーキだ・・・って。


 わたしはね、あの頃本当に怖かったの。

 今すぐにでも逃げ出して、お母さんに甘えたかった。

 でも、そうしたらもう頑張れなくなっちゃうんじゃないかなって思うと、地球に帰ることも出来なかった・・・。





 だから・・・そのケーキを食べた時、ずっと溜まってた思いが爆発しちゃって。

 初めてフェイトちゃんに怒鳴っちゃった。

 酷いこといっぱい言ってね・・・フェイトちゃんには本当に悪いことしちゃったなぁ。

 そしたら、喚き散らすわたしにフェイトちゃんがこう言ったの。


 『一郎が作ったケーキを持ってきたんだけど・・・なのは、私なにか悪いことしたのかな?』


 それから・・・わたしはすぐに謝って、フェイトちゃんに帰ってもらった。





 一郎くんはね、わたしのお母さんとお父さんのことが大好きなの。

 翠屋もそう・・・昔からアルバイトして、二人から色々教わってたみたい。

 でもね・・・お店で出す時はともかく、それ以外で一郎くんがお母さんと同じケーキなんて作ったことなかったんだよ。

 一郎くん、あの頃から本気で料理人になるって言ってたから。 





 一郎くんがお母さんと同じケーキを作ったのは偶然じゃない・・・絶対わざとだ。

 そう考えてたら、とにかく一郎くんに文句を言いたくなったんだ。

 一郎くんは長期の休みを利用してミッドチルダによく来てて、ちょうどあの頃もミッドチルダにいたの。

 だから、一郎くんがお見舞いに来たら色々言ってやるんだって考えて、なんだか怪我のこともちょっとだけ忘れられたり。



  

 それから何日か経って・・・一郎くんは来なかった。

 一週間・・・まだ来ない。

 結局一ヶ月も経ってから・・・今度ははやてちゃんが来て、こう言うの。


『いっちゃん、休みが終わって海鳴に帰ってったで』


 ああ・・・わたし、喧嘩売られてるんだ・・・。

 ようやくその思いに辿り着いたら、なんだか頭の中で一郎くんの声が聞こえてきてね。

 わたしのことすっごく馬鹿にして笑ってるの。

 わたし頭にきちゃって・・・・・実際に一郎くんが笑ってたわけじゃないんだけどね。





 それでも、その時からわたしの意識は変わった。

 一郎くんが来るまで待つんじゃない。

 わたしのほうから会いに行って、一郎くんを引っ叩いてやる。

 ・・・そう思ったらね、恐怖や不安もどこかにいっちゃった。

 こんなところでのんびりしている暇なんかない。

 すぐにお医者さんを呼んで、それからリハビリを始めたの。




  
 皆はわたしのことすごいって言ってたけど・・・実際はね、こんな理由だったの・・・がっかりした?


 もしかしたら、わたしを元気付けるためにしたのかなって考えるようになったのは、結構経ってからだったかなぁ。

 結局一郎くんには聞かなかったから、なんであんなことをしたのか、本当のことはわからないんだけどね。





 え?

 一郎くんを叩いたのかって?

 それは、ないしょ・・・ごめんね♪)















「聞きたいような、聞きたくないような・・・」

  もし一郎に聞いて、

「たまたまそういう気分でさぁ、フェイトがちょうど見舞いに行くって言うから持たせたんだ。
 見舞いに行かなかった理由?
 ・・・あれから忙しくなって忘れてたんじゃねえか、多分」

  とか言われたらどうしよう?



「聞かないほうがいいか」
 
  ティアナはそう結論付ける事にした。

「わからないほうがいいこともあるわよね、きっと」








  ・・・わからないといえば、今ここに一郎を探してそこらを爆走中のなのはが近付いてきているのだが、勿論ティアナにわかるはずがない。















  ・・・翌日。



「えーっと・・・。
 今日の訓練はあたし一人で見るから覚悟しとけよ」

「ヴィータ副隊長、なんであたしとキャロしかいないんですか?」

  早朝訓練を始めようとしたヴィータに、スバルから当然の質問が飛んできた。



「なのは隊長とフェイト隊長は謹慎中。
 出動待機がかからねえと、今日一日は寮から出てこれねー。
 ティアナとエリオは医務室だ。
 そっちも今日は使い物にならねーな」

  スバルの質問に、ヴィータは酷く投げやりに答えた。

「あの・・・皆さんどうなさったんですか?」

  キャロも何も知らないので不安がっている。

  しかし、ヴィータは溜め息をつくと、

「知らねー」

  としか応えなかった。

  

「「?」」

  スバルとキャロは顔を見合わせ、思わず首を捻った。










          ・・・つづく。












[5745] 第20話「ヴィヴィオか・・・でかくなったりするから微妙なんだよな、俺的には」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/01/07 23:34





  先日の件から二週間後・・・この日の朝、仕事が休みの一郎とアギトは茶を飲みながら自室で和んでいた。



「今日はどうする?」

  特にする事も思い浮かばないので、一郎はアギトに聞いてみた。

「食料品の買出しに行かないとまずいんじゃないか?」 

  落ち着いた様子でアギトが答えた。

「そりゃいつもやってることだろ?」

「いつも通りでいいんじゃないか?」

「悪くはないが・・・」

  良くも無いと一郎は思っている。

「じゃあのんびりしようぜ。
 あ、そうだ・・・そんなに暇ならキャロ達に弁当でも作って持っていくか?」

  アギトがそう提案するのを見ながら、一郎は何も言わずに考え込んでいた。








「(こいつのこのユルい感じは一体なんだ?)」

  落ち着いているというより、むしろだらけている。

  一郎はアギトを見ながらそう思っていた。

「(そういえば・・・最近のこいつはいつもこんな感じだな)」

  以前のアギトならこんなのんびりとした様子は見せなかった。

  出会った当初は無表情で無感動、そんなアギトを一郎が無理矢理引っ張り回していた。

  六課に来た頃は、一郎の役に立ちたいという思いからか、頑張りすぎて無理をする事もよくあった。

  最近では無理をする事もなくなり、一郎や料理長は一安心だと思っていたのだが、  



「(なんつーか・・・伸びきったゴムみてーだな、まるで)」

  安らかな表情を浮かべ、茶を飲んでほっと一息・・・そんなアギトの様子を見れば、一郎がそう思ってしまうのも無理はない。








「ん、どうかしたのか?」

  急に黙り込んだ一郎をアギトは不思議に思った。



  一郎はアギトを見つめていたが、暫く迷った後にゆっくりと口を開いた。

「お前さ、なんか変じゃないか?」 

「あ?
 変って、なにが?」

 アギトは一郎がなぜそんな事を言ってきたのかさっぱりわからない。

 首を傾げるアギトに一郎は話を続ける。 

「最近、お前に怒鳴られたり殴られたりしなくなったんだが」

「いいことだろうが、それは・・・」

  何言ってんだこいつ、という顔をしながらアギトは呟いた。

「そうなんだが、なんか足りないような・・・」

「んなこと言われてもなぁ。
 大体、なんかってなんだよ?」

  アギトに聞かれて首を傾げる一郎。

「ん~・・・・・覇気、とか?」 

  一郎もはっきりした事はわからないようだ。



  暫く考えても答えは出ず、一郎は痺れを切らしたように、

「あーもうとにかくだ!
 最近のお前はなんかこーユルい。
 不満でも怒りでもなんでもいい、なんかないのかっ!?」

  アギトに向かって叫んだ。

「不満なぁ・・・あ」

「お、あるのか?」

  嬉しそうにアギトに尋ねる一郎。

  しかし、アギトは目線を逸らしながら口ごもる。

「いや、不満とかそういうことじゃなくて・・・」 

「なんでもいいから言ってみろって、ほら」

「いいって、別に大したことじゃないし・・・」

「聞いてみなけりゃわかんねえだろ」

「・・・」

「な?」



  あまりに一郎がしつこいので、アギトは思わず、

「アンタさぁ、ただ単に自分が暇なだけじゃないのか?」 

「そりゃ三割ぐらいだ。
 残りの七割ぐらいはちゃんと心配してるぞ」

「ああそうかよ。
 正直すぎる相棒を持って最高だ」

  少しも自分の心を隠そうとしない一郎に、アギトは思わず溜め息を吐いていた。








  自分の考えを整理するように、ゆっくりとアギトが口を開いていった。

「アンタはさぁ、あたしが最近落ち着いてる感じが気に食わないんだろ?」

「別に気に食わないわけじゃないが」

「最初はなに言ってんだかさっぱりわからなかったが、あんたに不満とか言われてやっと気付いたよ」

「やっぱなんかあるのか?」

  一郎の目つきが自然と鋭くなっていく。

  しかし、アギトはそんな一郎に笑いながら返す。

「違うって、そうじゃなくてさぁ・・・」

  ここでアギトは一旦言葉を止めた。



「なんかさぁ、最近ふと思うんだ。
 あたしは、今幸せなんだなって」



「・・・」

  アギトの答えは全くの予想外だったため、一郎は言葉を発する事も出来ずにいた。

「ここで働くようになっていろんなことがあった。
 アンタだけじゃなく厨房の連中とも一緒になって、毎日六課の皆のために料理を作ってる。
 あたしの名前を呼んでくれる人が増えて、あたしが名前で呼ぶ人も同じだけ増えた」

  アギトは話しながらとても嬉しそうな顔をしていた。  

「それに・・・リインっていう、まぁ、一応、なんだ・・・」

  今度は恥ずかしいのか、そっぽを向きながら話す。

「友達みたいなのもできたし、さ」

「アギト、お前・・・」

「キャロのことはいまでも心配だけど。
 でも、キャロが頑張ってるのを見ると応援したいし」

  そんなキャロのために料理を作れる事が、アギトはなによりも嬉しかった。

「だからさぁ、なくなっちゃったんだよ。
 不満も、不安も、焦りも・・・あたしが抱えてた嫌なものがなにもかも」

  アギトは向きを変え、一郎を真っ直ぐ見て話す。

「料理作って、こうやってアンタと一緒にいて。
 こんななんでもない、いつも通りの毎日っていうのが、なんかすごく楽しくて」

「・・・」

  一郎は何も言わず、ただアギトの言葉を聞いていた。

「そうやって考えてると思うんだ。
 ああそっか、あたしは今幸せなんだなって」








  アギトの話が終わると、一郎は何も言わずにアギトを抱きしめた。

「ば、馬鹿。
 なにすんだ離せ!」

  顔を赤くして暴れ出すアギト。

  しかし、アギトが暴れても一郎は離す事無く抱きしめ続けた。

  アギトは暫くの間離れようともがいていたが、やがて大人しくなっていく。



「そうだな・・・やることがないなら無理に探す必要はないな。
 のんびりして、後でキャロ達に弁当持ってくか」

「・・・・・おう・・・・・」








  こうして、一郎とアギトの間には優しい空気が流れていたのだが、突然出入り口のドアを開けて入ってきた人物のおかげで、その空気はぶち壊しになってしまった。



「一郎、聞いて聞いて、大変なんだよ!」  















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第20話「ヴィヴィオか・・・でかくなったりするから微妙なんだよな、俺的には」















「まぁ・・・フォワード陣が今日休みになったってのはわかった」

「あのさ、一郎・・・なんでそんなに微妙な表情してるの?」

  先程までの遣り取りを知らないフェイトには、一郎の様子がおかしい原因が全くわからない。

  天井付近を飛んでいるアギトは、フェイトが何を聞いても答える事は無かった。

「気にするな、お前の間が悪いのはいつものことだ」

「私!?
 どうしてっ!?」

「いやだからいいんだって。
 いつも通りっていえばいつも通りだから」

  一郎はそう言うが、フェイトは納得できない。

  フェイトは一郎に詰め寄ると、真剣な顔で尋ねる。



「子供の頃からずっと聞きたかったんだけど、私のどこが悪いのかな?」



  フェイトの真剣な様子を見て、一郎も真剣に答えた。

「どこが悪いっていうか、はっきりいえば悪いところなんてないんだ。
 あのなフェイト・・・お前の思いは正しいし、行動も間違ってない。
 俺も皆もそんなフェイトのことは好きだし、悪く言うやつなんか一人もいないんだ。
 実は何年か前になのはとはやてと三人で、なんでこう空回りし続けるのか話し合ったことがある」

「そ、それで・・・どうなったの?」

  フェイトは思わず息を呑んだ。

「そこで出た結論はな・・・正しい思いと行動、プラスとプラスを掛けて結果マイナスになるわけだから、なにか運だとか神様の気まぐれ的な要素がマイナスで掛かってるんじゃないか、ということに」

「・・・・・・・・・・それだけ?」

「おう」

「それじゃ全然わからないよっ!?」

  フェイトは半泣きになって抗議するが、一郎としてもこれ以上はどうしようもなかった。





  


  すっかり落ち込んでしまったフェイトを一郎が慰めていた。

「いやだから、お前はそのままでいいんだって」

「でも、いつもうまくいかないし・・・」

  あまり効果は無いようで、一郎が何を言ってもフェイトの沈んだ様子は変わらない。

  降りてきたアギトがフェイトに茶を入れたのだが、手をつけずにいたためすっかり冷めてしまった。



「それよりほら、家に来たのは何か用があるからだろ?」

  何とかフェイトの気を逸らそうと一郎は話を変えてみたが、

「う・・・。
 いいの、やっぱり私じゃ駄目なんだよ」

  どうやら逆効果だったらしく、フェイトは益々落ち込んでしまった。



「・・・」

  どうしたものかと一郎が考え込んでいると、肩に腰掛けているアギトが一郎の顔を突く。

  一郎がアギトを見ると、アギトは何も言わずにフェイトをあごで指す。

「(わかってるよ)」

  覚悟を決めた一郎は、やたらと淀んだ空気を撒き散らすフェイトに話し掛ける。

「なぁフェイト、話してくれないか?」

「・・・」

  しかし、フェイトは何も答えない。

  一郎はかまわず話を続けた。

「うまくいかないんなら皆で考えればいいんだって。
 俺だってそうだ。
 キャロのこともアギトのことも、俺一人じゃなんにも出来なかったんだ」

「・・・」

「皆が助けてくれて、それでなんとかしてきたんだ・・・だろ?
 だから教えてくれって、なにがあったんだ?」

  一郎の言葉が届いたのか、ようやくフェイトが口を開いた。

「・・・助けてくれる?」

「ああ」

  一郎が即答すると、ついにフェイトはここに来た目的を話し出した。



「最近変だなって思ってたんだけど、今日やっとわかったんだ。
 エリオ、私のことが怖いみたい」








“ゴンッ!!”

  フェイトの話を聞いたアギトは、固まってしまった一郎の後頭部を全力で殴った。

「って~・・・おい、なにすんだ」

  一郎がアギトを睨む。

  しかし、アギトは気にせず一郎に近付くと、逆に鋭い目つきで一郎を睨み返した。

「ほとんどアンタのせいじゃねえか!」

「う・・・」

  そう言われると、一郎としては言葉が無い。

  二人はフェイトに聞こえないように小声で話す。

「あれだろ、前にアンタがフェイトをけしかけてエリオをぶっとばしたのが原因だろ?」

「ああ」

「じゃあアンタが悪いんじゃねえか」

「いや、あの後フォローはしたって。
 フェイトも頑張るってことでまとまった筈なんだが・・・」  

  フェイトの様子を見るかぎり、うまくいってないんだろうか?

「なんでこんなに落ち込んでるんだ?」

「それは今さっきアンタが余計なこと言ったからだ」

  呆れながらアギトがツッコミを入れた。



「まぁとにかく、エリオのことをなんとかすればいいんだろ?」

「とりあえずはな。
 できんのか?」

  アギトが疑わしい目つきで一郎を見た。

「おう。
 フェイトのフォローは俺のライフワークみたいなもんだからな」

  一郎は自身満々にそう言った。

  アギトが心配そうに見守る中、一郎がフェイトに声を掛ける。

「フェイト、エリオのことなら心配すんな。
 なんとかなるって」

「・・・本当?」

  フェイトは縋るような目つきで一郎を見つめた。

「勿論。
 お前のことが怖いってんだろ?
 大したことじゃないって」

「でも・・・」

  すこしも納得出来ないフェイト。

  そんなフェイトに一郎は、



「ほら・・・出会い頭に俺を吹き飛ばしたもんだから、キャロも最初の頃はお前のこと怖がってただろ?
 なのにすぐ仲良くなったじゃねえか。
 それと同じだって」

「うわーーーーーんっ!!!!!」

「ドアホーーーーーッッッッッ!!!!!」



  結局、一郎とアギトを驚かせる為に弁当を作っていて遅くなったキャロが来るまで騒ぎは収まらず、三人は後でアパートの管理人に叱られた。










          ・・・つづく。












[5745] 第21話「いや、実は知ってんだけどね。 興味がないから聞かないだけで」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:ef43ac10
Date: 2009/01/07 23:35





  一郎達がアパートで騒いでいた頃・・・ティアナ、スバル、エリオの三人は六課に配属されてから初の休暇を市街地で過ごしていた。



「映画・・・ですか?」

「そ。
 あんた観たことないでしょ?」

「あたし達も久しぶりだねー」

  映画館の入り口付近で呆然としているエリオの両側で、ティアナとスバルが楽しそうに話している。








「キャロも来ればよかったのにね?」

  三人で何を観ようか選んでいると、スバルが少し残念そうに言った。

「まぁ、あたし達は四六時中一緒だし。
 せっかくの休みぐらい一郎さんとアギトと一緒にいたいでしょ」

  自分達に付き合おうとしていたキャロだったが、傍から見てはっきり判るほどうずうずしている様子だったので、4人で何処に行こうか決めていた時にティアナが一郎達の所に行くよう薦めたのだった。

「今までほとんど気にしてなかったんですけど、それでもキャロがいつも誰のことを考えてるのかは僕でもわかりましたよ」

  あれぐらい誰かの事を好きになれるというのは、きっと凄い事なんだろうな・・・。

  最近ようやく自分の世界を広げようと努力しているエリオには、キャロの姿はとても眩しく映った。

「どれだけきつい訓練の後でも、食堂に行くたびにすぐ元気になるものね、あの子。
 ・・・あんたも一緒に行きたかったんじゃないの、スバル?」

  ティアナはそう言ってスバルをからかった。

  からかわれたスバルはむきになって反論する。  

「いいの!
 そんなんじゃないって言ってるのに・・・もうっ、ティアの意地悪!!」

「はいはい。
 悪かったわよ」

  ティアナに軽くあしらわれ、スバルはますます頬を膨らませる。

「それに、ティアとエリオを二人きりにさせたら大変でしょ?
 この間なんか傷だらけになるまで喧嘩して・・・あたしとキャロ、後で知ってびっくりしたんだよ」

  あれ以来エリオが変わってきているのはわかるのだが、その理由をティアナもエリオも話さないため、スバルは今でも不満に思っていた。

「もうやんないわよあんなこと。
 そうでしょ、エリオ?」

  ティアナはあの時の事を思い出して笑いながら話すが、エリオの顔色は暗い。

「・・・・・・・・・・はい、絶対に」

  エリオがあまりに真剣に答えるので、場の空気が次第に重くなっていった。



  すると、スバルが耐え切れずに盛り上げようとする。

「ほらあれでしょ、どーせティアが悪いんだよね?
 ティアったらいっつもあたしのこと怒ってばっかりだもん」

「いえ、全部僕が悪いんです・・・」

「あぅ」

  ますますエリオが落ち込んでしまい、口篭もるスバル。

「(馬鹿・・・)」

  横で見ていたティアナは思わず天を仰いだ。



  このままではまずいと思ったのかティアナが動く。

  ティアナはスバルに自分の財布を渡すと耳元で囁いた。

「はい」

「・・・なにこれ?」

  受け取ったスバルは全く理解出来ていない。

「券買ってきて。
 エリオはあたしがなんとかするから」

「・・・・・うん、わかった。
 なにがいいかな?」

「そうね・・・明るくて楽しそうなやつでいいんじゃない。
 エリオは映画観るの初めてだっていうし、難しく考えなくてもいいわよ」

「そうだね、じゃあ行ってくる。
 ・・・殴っちゃだめだよ?」

「うっさい!
 とっとと行けっ!!」

  ティアナが怒鳴ると、スバルは笑いながら走っていった。


      





「ったく、あいつは・・・」

  スバルが映画館の中に入っていくのを見ながら、ティアナは溜め息を吐いていた。

  続いて横を見ると、未だにエリオは落ち込んでいる。

「落ち込んでたって変わんないわよ」

「・・・わかってます」

  ようやくエリオは口を開いた。

「ならとにかく前を向きなさい。
 なにかあるならあたしが聞くから」

「でも、これ以上は・・・」

  遠慮しようとするエリオの頭をティアナは掴むと、髪の毛をぐしゃぐしゃにした。

「なーに言ってんの。
 遠慮するなんて百年早いわよ」

「で、ですが・・・」

「それに、一人でっていうなら今までと変わんないでしょ?」

「あ」

「あたしが言うのもなんだけど、ね」

  少しだけ自嘲気味にティアナが言った。

「偉そうなこと言ってるけどあたしだって似たようなもんよ。
 周りを信じる・・・言葉にすると簡単なんだけど、なかなかね・・・」  

  慣れないせいか、どこかくすぐったい。

  きっとエリオも自分と同じような思いをしているのだろう。


 
  暫くして、黙っていたエリオが口を開く。

「不安なんです。
 自分から周りに近付いていけばいくほど、自分が足りないものをいくつも抱えてるんだって気付かされます。
 僕はここにいてもいいんだろうか?
 本当に変われるんだろうか?
 僕は・・・なによりも、自分を信じることが出来ない」

「・・・」

  ティアナはエリオの話を黙って聞いていた。

  慰めるとか、励ますとか、そういう事よりも、

「(あんた幾つよ・・・)」

  10歳でそんな考えしか出来ないエリオに対し、呆れて言葉も出なかった。

  とはいえ、いつまでも黙っているわけにはいかない。

「あんたさぁ、スバルが悩みを抱えているの知ってる?」

「え?」

  いつも明るいあの人が?

  エリオには俄かに信じられなかった。

「あたしからは言うわけにはいかないけど、スバルにはとっても重い秘密があるの。
 それでもあいつはいつだって笑ってる。
 あたしはそんなスバルにいつも助けられてきた」

「・・・」

「大切な恩人にも打ち明けられなくて悩んでて・・・きっとあいつ、怖いんだと思う。
 でも、そんなそぶり見せたことないでしょ?」

「はい」

  自分の事で精一杯で、他人の気持ちまで考えている余裕は無い。

  再び落ち込むエリオにティアナは話を続ける。

「なんとかしたいのよ。
 話を聞いているだけじゃ、スバルから受けた恩は返せないから」

  直接は言わないが、スバルにはどれだけ感謝してもし足りない。

  スバルがいなければ、自分はとっくに潰されていただろう。

  自分が不必要に積み重ねていった心の重荷をスバルはいつも軽くしてくれた。

「だから、あんたも手伝いなさい」

「は?」

  なにが、だからなんだろう?

「スバルのことよ、さっきから言ってるでしょ。
 あたし一人じゃ無理だから、あんたやキャロにも手伝ってほしいのよ」

「ぼ、僕には無理ですよっ!」

  エリオは思わず叫んだ。
 
  自分が誰かを助けるなど出来るはずが無い。

「難しいことじゃないの。
 あの子があんたに秘密を打ち明けたら、ただ黙って受け入れる。
 それだけでいいのよ」

「それだけ・・・ですか?」

「ええ」

  おそらくは、それ以上の事は必要ないのだろう。

  変に理解しようとするのではなく、ましてや同情などではない。

  ただあるがままを受け止めてくれる、そんな人がスバルにはたくさん必要なんだ。

  首を傾げて難しい顔をしているエリオを見ながら、ティアナはそんな事を考えていた。

  いくら簡単だといっても、他人の悩みをどうにかするなどという難問に、エリオは自分の悩みが何処かへ行ってしまった事に気付いていないようだ。






「(ったく、前よりは良くなってると思ったんだけど・・・)」

  もうちょっと柔軟に考えられないものか?

  そんな風にエリオの事を心配してるとふと思う。

「(なんであたしはこんな偉そうに他人の人生相談なんかしてるんだろう?)」

  自分だって最近色々あって一杯一杯のはずだ。

  他人の心配をしている余裕なんて無い筈なのに。

  だが、

「(しょうがないかな・・・こんなに可愛げのあるやつになっちゃったら、ね)」

  無茶をするのは辞めても、どうやら楽をする暇は無いらしい。

  













          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第21話「いや、実は知ってんだけどね。 興味がないから聞かないだけで」















  市街地にある公園では、この日奇妙な光景が見られた。

  人々はその光景を見て、思わず笑顔になりながら通り過ぎていく。



「「ごめんなさい」」

「知りません」

「あのさ、キャロ・・・そろそろ許してあげたら?」

  キャロが頬を膨らませてそっぽを向いている目の前で、一郎とアギトは頭を下げて謝っていた。

  傍ではフェイトがキャロを説得しようとしているが、効果は薄い。

  キャロは持ってきた弁当を広げると、フェイトに向かって笑顔で言う。

「フェイトさん、お昼ごはんにしましょう」

  事情を知らない人間から見れば可愛らしいその笑顔も、一郎とアギトにとっては死刑判決に等しい。

  愕然としている一郎とアギト、どうしていいかわからずに立ち尽くすフェイト。

  三人の様子に気付いていながらも、キャロはそのまま昼食の準備を続けていた。








「あ、おいしい」

「本当ですか。
 ありがとうございます」

  キャロが作ってきた弁当を食べるフェイト。

  とりあえず一郎とアギトのことは諦める事にしたらしい。

「キャロって料理上手なんだ、知らなかったよ」

  フェイトが誉めると、キャロは少しだけ微笑む。

  どこか陰りがあるように見えるのは、フェイトの気のせいというわけではないだろう。

  フェイトがキャロに気付かれないように溜め息を吐いていると、一郎が恐る恐るキャロに話し掛ける。

「あの、キャロ・・・」  

「はい」

  キャロが応える。

  その表情は読みにくく、笑っているわけでも怒っているわけでもない。

「俺もアギトもさ、キャロの作った弁当が食べたいかなーと・・・」

  何とも情けない声を出す一郎。

  一郎の横ではアギトが期待を込めて祈っている。

  そんな二人を見ながらキャロは少し考えてから、縋るような目つきで見つめてくる二人に向かって、

「(ニコッ)」

  満面の笑みを浮かべた。

  二人も思わず笑顔になるが、

「だめです」

“ゴンッ!!”

  キャロの一言でばっさりと切り捨てられ、地面に顔を打ち付けた。








  どうやらキャロの機嫌は直りそうもない。

  一郎とアギトはキャロとフェイトから距離をとって作戦会議を始める。

「どうしよう?
 なんかすげー怒ってる」

「あたしにとっちゃとんだとばっちりだ。
 フェイトを泣かせたのも、そのせいで管理人に怒られたのも全部アンタのせいだろーが」

「なにを言う相棒よ。
 俺とお前は一心同体・・・」

「よく言った、燃やされる覚悟は出来てるみてーだな」

  とは言うものの、一郎を燃やしたところで事態は変わらない。

  アギトは振り返ってキャロとフェイトを見る。

  キャロは何だかやけ食いでもするかのように猛烈な勢いで弁当を食べているし、フェイトはこちらをちらちらと見るものの、その手は止まらない。  

  

「なぁ、キャロの作った料理って食べたことあるか?」

「ない。
 二人で過ごしてた頃は俺がずっと作ってたし、なのはの家にいた頃はまだ小さかったからな」

「そっか・・・」



  二人の視線の先ではキャロの作った弁当がその量を今も減らし続けている。

  二人にとってなによりも大切なキャロが初めて作った料理が。








  まるでおあずけを食らった犬のような顔をしている二人を哀れんだのか、フェイトが二人に声を掛ける。

「あのね、飲み物買ってきてくれないかな?」

  今すぐフェイトを殴りたくなる一郎だが、フェイトの目を見て考えが変わった。

  十年以上の付き合いだ、何となくわかる。

  フェイトの目はこう言っていた。

「(私がなんとかするから、二人きりにして)」

  フェイトの思いを理解した一郎は同じく目で応えると、アギトと共に公園を後にした。



  キャロと二人きりになったフェイトだが、

「(うわ、なんだか新鮮。
  あんな一郎初めて見たかも)」

  期待を込め、哀願するような目つきの一郎に暫し動きを止めていた。

「(もしかして、一郎が期待してくれるのって初めてかな?)」

  一郎は大抵の頼み事はクロノかはやてにするので、フェイトに何かを頼むという事は無い。

  そう考えれば、いつも自分を助けてくれる一郎のために何かが出来るというのはとても嬉しい。



  気合が入ったフェイトは、意を決してキャロに話し掛ける。

「キャロ、いいの?
 あの二人に食べてもらうために作ってきたんでしょ?」

「う・・・いいんです!
 フェイトさんを泣かせたり、アパートの皆さんに迷惑をかけたり・・・・・お二人にはあげません!」

  どう見ても無理をしている様子だが、キャロの気持ちは変わらないようだ。

「一郎が意地悪なのはいつものことだし、私は気にしてないよ」

「・・・」

「うーん。
 どうしてかなぁ・・・」

  どうしてこうも聞き分けがないのか?

  普段訓練中などにキャロと接しているフェイトにはわからなかった。

「(それに、キャロがこんなことするなんて初めて知った)」

  何事にも一生懸命で、誰に対しても優しい。
 
  フェイトはキャロにそんなイメージを持っていたので、目の前で頬を膨らませているキャロが自分の知っているキャロと結びつかなかった。

  少なくとも一郎とアギトは謝っているのだから、いい加減に許してもいいと思う。

「(じゃあ、一郎とアギトに対してだけなのかな?)」

  自分と同様、六課の他のメンバーも知らないだろう。

  こんな、子供のようなキャロを。 



「・・・・・あれ?」

  待て。

  そもそもキャロはまだ10歳だ。

  子供っぽいなんて、そんな当たり前の事ではないのか。

「もしかして、私がどうとかじゃなくて・・・ただ拗ねてるだけなの?」

“ビクッ”

  気が付かない内に、フェイトは自然と言葉に出していた。     

  不自然に体を振るわせたキャロを見ると、どうやら間違いないらしい。

「(そっか。
  はっきりした理由なんかないんだね、きっと)」

  大好きな人達のために弁当を作っている間、キャロはいろんな事を考えていたのだろう。

  上手くできるだろうか・・・喜んでくれるだろうか・・・それとも、失敗したら・・・。

  期待や不安で一杯になっていたのに、キャロがいざ二人の元に行ってみればそれどころではなく、自分達はアパートの管理人に叱られていた。

  なんでこんな事に?

  キャロはそう考えて落胆したのかもしれない。

  元々大した理由が無いのだとしたら、

「(私達が知らなかっただけで、キャロは二人にこんな可愛いところを見せるんだね)」  

  ちょっとした事で拗ねたり・・・意地悪したり・・・。

  何時の間にか、そんな事が出来るくらい三人の関係は素敵なものになっていたのだ。

  そう思うと、フェイトの顔には自然と笑みが零れていた。

「フェイトさん笑ってます。
 ・・・わたし怒ってるのに」

  フェイトを見てキャロは不貞腐れたような顔をした。

「笑ってないよ」

「うそです。
 もうっ、フェイトさんにもあげません!」

  そう言ってキャロは弁当を抱えて自分の手元に引き寄せてしまった。

  そんなキャロの様子に耐え切れなくなったフェイトは、ついに声を上げて笑い出した。















  その頃、公園を離れ飲み物を買いに来ていた一郎とアギトは途方に暮れていた。

「なぁアギト・・・・・どうすればいいと思う?」

「・・・・・」

  一郎が問い掛けるも、アギトは無言で答えない。



  一郎の腕の中には小さな女の子がいた。

  出会った頃のキャロのように幼く、ボロボロの衣服を纏った少女。

  キャロと違うのはその左腕に捲かれた鎖と、鎖の先に繋がっているやたらと重そうなケースの存在だ。

  今までケースを引き摺って疲労したのか、それとも別の原因かはわからないが、少女は一郎の腕の中ですでに眠っている。

  

  はっきりいって何が何だかさっぱりわからない。

  ただ一つ、一郎もアギトも同じ思いを抱いていた。





「「(キャロの作ったご飯、きっと食べられないだろうなぁ・・・)」」










          ・・・つづく。










     ◆あとがき◆

 キャロとエリオは対照的にしたいと思っているんですが、はっきりしない思いを、書いてる自分でもはっきりしないまま書くというのは、なかなか混乱します。
 自分でもいまいち理解していないので、読んでくださる方に伝わっているのか、そもそも何を伝えようとしているのか、その辺りからして曖昧です。
 エリオがこう・・・自分のこれからの生き方とか、自分が六課にいてもいいんだろうかとか考えて忙しいのに対して、キャロの場合は一郎やアギトに甘えたり拗ねたりで忙しい・・・そんな感じです。

 色々付け足しました。
人物紹介についてはかなり適当ですので、今後ちょくちょく変えていくと思います。



 間違えて全部消してしまいました。
・・・なにやってんだか。
 






[5745] 第22話「俺が拾ったんだから一割は請求できるな。 ・・・よし、一割あれば十分だ」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:46b8553e
Date: 2009/01/13 23:10





 アギト「偶然出会った小さな女の子を連れてキャロのところに戻ると、そこからはあっという間の出来事だった。

     女の子が引き摺っていたケースを確認すると中にはレリックが入っていて、どうやら六課の力が必要な事態が起こってるらしい



     キャロがティアナ達に、フェイトが六課に通信をすると、すぐにこっちに向かってくることになった。


     
     六課からはなのは・リイン・シャマル先生がヘリで来て、先生の診断によると女の子は心配ないそうだ。

     あたしとイチローと先生は女の子と一緒にヘリに乗って、他の皆は現場調査を開始した。

     するとすぐ、海上と地下水路から多数のガジェットが現れて皆は二手に分かれて行動した。

     なのは・フェイト・リインは空へ・・・・・リインは二人とは別行動で、急遽駆けつけたヴィータと合流する。

     キャロ達は地下へ・・・地下にもレリックの反応があるらしい。





     それから少し経った。
  
     ・・・まだキャロ達は戻ってこない。

     苦戦してるんだろうか?

     空ではガジェットの増援が来たせいで、なのは達は地下にサポートには行けないみたいだ。

     あたしはヘリの中、女の子のそばでイチローと一緒にじっとしていることしかできなかった。



     女の子・・・そういえば、さっき地下でキャロ達と合流したスバルの姉のギンガって人が言ってた。

     あの人は別件調査中にガジェットの残骸と生体ポッドを発見して、こっちの事件と重なると考えて参加を要請したらしい。

     なんでも、見つけた生体ポッドの形状から、この女の子が人造魔導師の素体なんじゃないかってことらしい。

     人造魔導師・・・・・ったく、むかつくやつってのはどこにでもいるもんだ。





     ・・・ん?

     地下から誰か戻ってきた。

     キャロ達かな・・・・・・・・・・え?



     あ・・・あの子・・・もしかして・・・」
          



     










          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第22話「俺が拾ったんだから一割は請求できるな。 ・・・よし、一割あれば十分だ」















  突然の閃光と轟音が一郎達の乗っているヘリを襲った。

  どうやら何処からか砲撃で狙われたらしい。

  ロングアーチのスタッフやフォワード陣が祈るような気持ちでヘリを見つめる中、ゆっくりと煙が晴れていく。

  するとそこには、



「・・・間に合った」
  
  

  海上のガジェットをはやての遠距離砲撃に任せ、急いで飛んできたなのはが防ぐ事に成功したため、ヘリは無事だった。







  ヘリの中では・・・、

「アギト、大丈夫か?」

「・・・あ、ああ・・・」

  一郎はアギトに声を掛けるが、アギトは上の空でほとんど聞いていないようだった。

  不思議に思った一郎だが、怪我をしている様子も無いので次は女の子の無事を確認する。

「大丈夫みたいだな」

  眠っているようだ。

  一安心した一郎になのはからの通信が入ってくる。

《一郎くん、女の子は大丈夫?》

「ああ、だが・・・」

  一郎は手元を見て苦い顔をしている。

《どうしたの、どこか怪我でもした!?》

  完全には防ぎきれなかったのだろうか?

  心配そうな声を出すなのはに一郎が告げる。



「うう・・・キャロの弁当が、滅茶苦茶に・・・」

《・・・・・・・・・・はいはい》

  どうやら、先程の揺れの影響で預かっていた弁当がひっくり返ってしまったらしい。



「どこのどいつか知らねえが、なんてことを・・・。
 なのは頼む・・・仇を取ってくれ」

《仇って・・・。
 また作ってもらえばいいじゃない》

  一郎の願いはなのはには届かなかったようだ。

  ヘリを撃ち落そうとした人物をフェイトと共に追いながら、なのはは呆れた声でそう言った。

「まただと?
 馬鹿野郎っ、キャロが初めて作ったんだ、替えなんか効くかっ!!」

《わたしに怒鳴っても・・・》

「とにかく頼むぞ暴力担当」

《誰が暴力担当よっ!?》

  慣れたもので、ふざけながらも的確に追い詰めて行くあたりはさすがである。















  一方その頃、地上に戻ったティアナ達の間には微妙な空気が流れていた。

  この事件の関係者と思われる召喚魔導師の少女を取り逃がしてしまったというのに、なぜか落胆している雰囲気はない。

「・・・よ、よかったわねキャロ・・・一郎さん達無事で・・・」

「・・・・・・・・・・はい・・・・・・・・・・・」

  ティアナが微妙な笑顔を浮かべながら慰めるも効果は薄い。

  聞こえてくる一郎となのはの通信の内容に、キャロは恥ずかしくて顔を上げる事が出来なかった。



  地下水路でギンガと合流したティアナ達は、捜索の結果レリックケースを発見するも、そこを召喚魔導師の少女と人型の召喚獣に襲わ

れる。

  以前ホテル・アグスタでも機動六課を苦しめたその少女は、召喚獣と共に現れ今回もティアナ達を苦しめた。

  しかし、はやてが海上のガジェットを担当する事でティアナ達のフォローに回る事になったヴィータとリインフォースⅡの活躍で、少

女と召喚獣は撤退。

  一同は地上に戻り、一旦は逃げた少女を捕らえるも、ヘリを狙った砲撃の爆発に乗じて乱入してきた正体不明の人物に少女とケースを

奪って逃げられてしまった。

  しかし、ティアナの機転によってレリックを奪われる事だけはなんとか避けられた。

  それで現在に至る訳だが・・・、



  一郎がキャロの弁当をどれだけ食べたかったのかなど、なぜこんな状況で自分達は聞いているのだろうか?

  おそらく、その場の誰もが思った事であろう。

  ・・・未だに顔を上げられずにいるキャロを除いて。















  結局、なのはとフェイトはヘリを狙った人物を捕まえる事は出来なかった。

  追いつめたものの、またも現れた正体不明の人物により、後一歩という所で逃げられてしまったのだった。

  無事解決とはいかなかったもののとりあえずは一段落し、なのははヴィヴィオを聖王医療院へ運び、他の一同は機動六課へ帰った。



  しかし、ヘリが機動六課に着き、皆が隊舎や寮に戻ろうとしている時に一つの騒ぎが起こった。

「だめですっ!
 返してください!」

「いや、でもな・・・」

  ヘリポートで一郎とキャロが言い争いをしていた。

  いつもはキャロの願い事を聞く一郎が今回は珍しく抵抗している。



「なにやってるの、あの二人?」

  ティアナが隣にいるスバルとエリオに聞いた。

  しかし、首を横に振るだけで二人にもわからないようだ。

  随分珍しいと思ったが、自分達だけでは無いらしい。

  ティアナが周りを見ると、他の皆も二人の口論を見守っていた。

  すると、皆の耳に二人の口論の内容が聞こえてくる。



「ぐちゃぐちゃになっちゃったんですから、そんなの食べたらだめです」

「でもな、せっかくキャロが作ってくれたんだし・・・」

「また作りますから、それは返してください」  

  二人に喜んでもらくて作ったのだから、ちゃんとしたものを食べてもらいたい。

  キャロはそう考えているのだが、一郎は違う。

「いいんだって。
 キャロが初めて作ってくれたんだから、これじゃなきゃ駄目なんだって」

「でも・・・」




  
「・・・行きましょうか」

「そうですね」

「うん」

  ティアナ・スバル・エリオは、何も聞かなかった事にした。

  自分達はいないほうがいいだろう。

  他の皆も同様に去っていく。



  この間、アギトが二人の口論に何も言わなかった事には誰も気付かなかった。















「うぅ、持ってかれた」

  結局、一郎は手ぶらでアパートに戻る事になった。

  説得を重ねたのだが、最後は一郎が持っていた弁当をキャロが強引に奪って逃げてしまった。

  とぼとぼと歩きながら愚痴をこぼすが返事は無い。

  いつもは話し掛ければ応えてくれるアギトは、なぜか今日は無口で何か考え込んでるようだった。

  一郎が気付いた範囲では、確かヘリに乗っていた頃からだと思うが、怪我人が出た訳ではないので理由はわからない。

  一郎は仕方なく、肩にいるアギトの顔を突付いた。

「おい」

「えっ!?」  
    
  アギトは体をびくりと震わせ、ようやく気付いて一郎を見る。

  すると今度は周りをきょろきょろと見渡した。

「あれ・・・ここは?」

  どうやら、自分が何処にいるのかもわかってなかったようだ。

  一郎は溜め息を吐いてアギトに教える。

「今から部屋に帰るとこだ」

「ああ、そっか」

「いつまでもぼおっとしてんなよ」

「してねえよ」

「ならいいけどな・・・」

「ああ・・・」

「・・・」

「・・・」

 






 暫く無言の時間が続き、

「なぁ」

  アギトが真剣な顔をして一郎を見た。

「ん?」



「実はさ、話したいことがあんだけど」










          ・・・つづく。










     ◆あとがき◆

 今回の話はアギトがルーテシアに気付くってだけの話なので、後はほとんど蛇足です。
原作とあまり変わらないので正直飛ばそうかとも考えたんですが、後の話が判り辛くなると思って大雑把な流れだけ書きました。

 次回は久しぶりにクロノが出てくると思います。

 やっぱり今の一郎だと現場には向かないなと改めて理解しました。
子供の頃だと最前線につっこんでいって、活躍はともかく目立つんですけど・・・。
あぁ、結局は家庭を持って変わってしまったということか。

 人物紹介のフェイトとエリオですが、もちろんちゃんとした紹介も考えてあります。
ただ、あの一文以上のものではないため当分あのままです。

 前回は自分のミスで混乱させてしまい申し訳ありませんでした。



 あ、あと・・・今回のタイトルは「キャロ」・「初めて」でいくつか考えたんですが、あまりに品が無いのでやめました。
いまさらもう手遅れな感じですが。




        



[5745] 第23話「くっくっくっ、気をつけろよルーテシア。 俺は狙った獲物を二度は逃さない」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:3fbbcab2
Date: 2009/01/18 23:36





 アギト「・・・なんで・・・今まで忘れてたんだろう?

     あの・・・キャロと同じ召喚魔導師らしい小さな女の子。

     間違いない・・・あの時の女の子だ。



     もうあんまり思い出したくない研究所での日々。

     あそこを出てイチローと出会うきっかけになったのが、あの女の子と大きな男の二人組が施設を襲撃したことだ。

     しばらくは気になってたんだけど、イチローと一緒にいてあたしの世界が広がっていくうちに、気にすることもなくなってた。



     あの二人は、まだあんなことを続けてたんだ。

     なんのためなのかはあたしにはわからない。

     あの二人には、誰かを傷つけたり多くのものを壊したりしてもなお、叶えたい目的があるんだろう。

     でも・・・、



     今のあたしならわかる・・・きっとそれは間違ってるんだ。



     正義とか悪とか、そんなんじゃない。

     世の中がそんな簡単じゃないことぐらいわかってる。

     きっと、あの二人にはいないんだ・・・あたしにとってのイチローみたいなやつが。

     だからあんな方法しかとれないんだ。

     わかんないけど・・・きっとなにか別の方法があるはずだ。

     だからまず、あたしはあの二人に会って話がしたい。



     向こうは知らないだろうけど、二人のおかげで今のあたしがあるんだから」















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第23話「くっくっくっ、気をつけろよルーテシア。 俺は狙った獲物を二度は逃さない」















  この日、隊長室にいるはやては珍しい来客に少し驚いていた。

「いっちゃん?
 アギトもか・・・珍しいこともあるもんやね」

「アギトちゃん、いらっしゃいですー」

  リインフォースⅡは嬉しそうにアギトに飛び付く。

  しかし、抱きつかれたアギトはぎこちなく笑うばかりで、いつものように騒いだり振りほどいたりはしなかった。

  いつもとは違うアギトの対応に首を捻るリインフォースⅡ。

  別に振りほどいてほしい訳ではないが、それはそれで自分とアギトのスキンシップの形だと思っている。



「はやて、今いいか?」

「ん、なんか相談事があるんか?」

  これまた珍しい。

「ちょっとな」

  一郎とアギトの態度から、どうやら真剣な話らしい。

「聞いてあげたいんやけど、今はちょっと無理なんよ。
 これから聖王教会本部に行くとこでな」

「聖王教会?」

  確か、管理局と同じような事をしている所だったか?

  観光目的で訪れた事はあるものの、あまり詳しくは判らない。

  とはいえ、忙しいなら他を当たるかと一郎が考えていると、

「これからのことで騎士カリムやクロノ君と話すことがあってな。
 なのはちゃんとフェイトちゃんも一緒や」

「クロノが来てるのか・・・」

  どうやら、運悪く丁度いい状況のようだ。

  とはいえ、カリムという人物には会った事が無い。

  どうするべきか迷っていると、

「?
 ・・・クロノ君がどうかしたんか?」

  はやてが不思議そうに聞いてきた。

「ちょっとな。
 クロノはこっちに来る時間はあるのか?」

「六課に?
 んー、どうやろ、クロノ君も忙しいからなぁ」

「そっか。
 ・・・・・ま、いいか」 

  クロノに怒られるのはいつもの事だ。

  なら、早いほうがいいだろう。

  一郎はそう考え、はやてに向かってこう言った。



「俺も聖王教会に連れてってくれ」

「・・・・・へ?」















  話がまとまり、一郎・はやて・アギトの三人でなのはとフェイトを迎えに行った。



  二人がいる隊舎内の一室に入ると、そこにいたのは二人だけではなかった。

「なんだ、随分大勢だな」

「ティアナ達も一緒やったんか」

  なのはとフェイトに加え、ティアナ達4人も揃っており、さらに一人の小さな女の子がなのはにしがみ付いていた。

「どうしたんだ一体?」

  こんなに大勢で集まって何をしているのだろう?

  なのはにしがみ付いてる女の子は、確かレリックを引き摺ってた子のはずだ。

  そんな事を考えている一郎に、ティアナが状況を説明する。



  女の子の名前はヴィヴィオといい、機動六課で預かる事になったらしい。

  人造生命体である事や母親を探している事を説明する時のティアナはどこか悲しそうな顔をしていた。


  
「で、皆が集まってる理由は?」

  一郎の問いに、ティアナはヴィヴィオを見ながら苦笑して答える。

「なのはさん・・・なんだか懐かれちゃったみたいで・・・」
    
  なのはが出かける事を聞いて、今までずっと泣いていたらしい。

  皆であやしてなんとか納得してくれたものの、なかなか骨が折れた。

  クロノの子供達と日頃接しているフェイトがいなければ、未だに泣いていたかもしれない。

  エリオに至っては、迷惑をかけないよう離れて立っていただけだ。
  
「・・・そうか」

  納得した一郎は、ヴィヴィオにゆっくりと近付いていく。

「?」

  ヴィヴィオは少し怖くなってなのはの影に隠れようとするが、

「大丈夫だよヴィヴィオ。
 このお兄ちゃんはね、とっても優しいから」

  そう言ってヴィヴィオを安心させた。

  仕方が無いとはいえ、あまり一郎の前では言いたくない言葉だ。



  なのはの内心はともかく、その言葉でヴィヴィオがなのはの後ろに隠れる事は無くなった。

  一郎はヴィヴィオの目の前まで行くと、じっとこちらを見上げてくるヴィヴィオに合わせてしゃがむ。

「はじめまして」

「・・・」

  どうしていいかわからず黙り込むヴィヴィオ。

  しかし、一郎は構わず話を続ける。

「俺の名前は一郎」

「・・・・・いちろう?」

  今度は応えてくれた。

「そう、一郎。
 君の名前は?」

「・・・・・・・・・・ヴィヴィオ」 

  小さな声で、でもはっきりとヴィヴィオは言った。

「ヴィヴィオか、よろしくな」

  そう言って、一郎はそっと手を差し出した。

  差し出された手を前に戸惑うヴィヴィオ。

  思わずなのはを見上げると、なのはは何も言わずに笑って頷いた。

  それを見て、ヴィヴィオもゆっくりと手を伸ばす。








  一郎とヴィヴィオが握手をしている様子を見て、ティアナ達は感心していた。

  聞こえないように念話で話す四人。

《フェイトさんもすごいけど、一郎さんもすごいわね》     
      
  あの口の悪さで子供が懐くとは思えなかったが、どうやら間違いだったようだ。

《まあ、お兄ちゃんにはキャロがいるんだし》

《わたし、そんなに子供じゃないですっ》

  スバルの言葉にキャロが反論するものの、説得力は無い。

  キャロも多少は自覚しているのか、あまり強くは言わなかった。

《ぅぅ・・・》

  エリオは相変わらず黙ったままだ。

  別にうまく出来ないからといってどうだという訳ではないのだが、最近のエリオはちょっとした事ですぐ落ち込む癖があった。

  まるで何年か前の誰かのようだが、それを知る者はこの四人の中にはいない。








  一方、なのはとはやては違う事を考えていた。

  一郎が小さな子供の扱いが上手いのにはキャロと暮らしていたことが影響しているだろう。

  それは間違いない。

  だが、それだけではないのだ。

  一郎は十年程前に、凍りついた一人の少女の心をたった一人で溶かした事があるのだから。



  ・・・とはいえ、口にはしない方がいいだろう。

  二人は、一郎とヴィヴィオの様子を見ながら微笑んでいるフェイトを見てそう思っていた。








  自己紹介を済ませた後、ヴィヴィオの頭を軽く撫でてから一郎は立ち上がる。

「んじゃ、行くか」

「そやね」

「「え?」」

  なのはとフェイトは思わず声を上げた。

「なんで一郎くんが?」

「ちょっと用があってな」

「はやて、そうなの?」

  フェイトの問いに頷くはやて。

「アギトもやて。
 なんの用かちっとも言わんけど」 



「お二人も行くんですか?」

  一郎達の話を聞いて話に加わるキャロ。

「あ、うん」

  キャロに答えるアギトだが、やはりどこか硬い。

「後で話すよ。
 お前等にも関係ある話だからな」

  一郎はそう言ってティアナ達を見た。

  というか、多分自分が一番関係ない。

  何の事かわからず首を傾げる四人を見ながら、一郎はそんな事を考えていた。



  その後、一郎は関係ないでは済まないような目に遭うのだが、この時の一郎には知る由も無かった。



   

    









  これから向かう聖王教会は、管理局と同様、ロストロギアの調査と保守管理を使命としている宗教団体である。

  管理局との繋がりは深く、中には反対意見があるものの、基本的に両者は協力関係にある。

  これから会うカリム・グラシアは、聖王教会の騎士と管理局の理事官を務め、機動六課設立に深い関わりを持っている。

  そんな話をはやてが一郎とアギトにしている内に、一行はベルカ自治領内にある聖王教会本部に到着した。



  カリムの部屋に通され、挨拶を交わすなのは達とカリム。

  はやてはカリムの事をよく知っているのだが、なのはとフェイトにとってはこれが初対面となる。

  既に到着していたクロノは、久しぶりに会うなのは達に挨拶するよりも先に気になる事があった。

「はやて、君はここに来る前、一郎も連れてくるって話してくれたと思うんだけど・・・」

  そう、なぜかこの場に一郎とアギトの姿は無かった。

「ああ、はやてがよく話してくれた方ですね。
 なにかあったのですか?」

  それを聞いてカリムも気になった。

  前から会ってみたいとは思っていたのだ。

「それがな、外で待ってるって聞かないんよ」

「クロノ君に話したいことがあるから、終わったら連れてきてくれって」

「私達にもわからないんです」

  どうやら、なのは達も疑問に思っているようだ。

  三人の話を聞いて落胆するカリム。

「そうですか。
 残念です・・・是非お会いしたかったのですが」

「それにしても珍しいな。
 一郎はそんな気を使うようなやつではないはずだが・・・」

  クロノは思わず首を傾げた。

「もしかして、私がいてはなにか不都合でもあるのでは?」

  カリムがすまなそうにそう話すと、なのは達三人は必死で否定した。

  しかし、クロノだけは顔に手を当てて、

「いや・・・まてよ?」

  そう言って考え込んでしまった。



  カリムの推測を肯定するかのような態度に、

「クロノ君、いくらなんでも騎士カリムに失礼だよ」

  流石になのはは咎めるような声を出した。

「そうだよクロノ」

  フェイトも同じ考えのようだ。

  二人に責められたクロノは、
 
「いや、そういうわけじゃなくてね・・・。
 はやて、君は騎士カリムのことを一郎に説明したのかい?」

  自分の想像が正しいかどうか確かめる為、はやてに聞いてみた。

「いっちゃんに?
 勿論したよ・・・聖王教会のこととか、六課設立のことでお世話になったこととか」

  それが一体どうしたというのだろう?

  はやてには見当もつかなかった。

  だが、クロノには思い当たる事があるらしい。

「そうじゃなくて、もっと個人的なことだよ」

「個人的なことって?」

  なのはがクロノに聞いてきた。

  なのはの隣にいるフェイトも、同じように知りたそうだ。

「だから、僕達が友人であることだよ。
 騎士カリムが一郎のことを僕やはやてから聞いていて、一郎がどんなやつかある程度知っていることを一郎は知らないんじゃないか?」

「・・・・・そうやね。
 そんな感じの話は、確かにいっちゃんにはしとらんね」

  少し考えて出したはやての答えは、クロノの想像が正しい事を裏付けるものだった。



「はぁ、やっぱり。
 ったくあいつ・・・」

  まさかなのは達が何も知らないとは。

  一郎らしいといえば一郎らしい行動に、クロノは自然と笑みをこぼしていた。



  しかし、クロノは一人で納得して笑っているだけで、他の四人にはさっぱり分らない。

「ねえクロノ、一体どういうことなの?」

  フェイトがクロノに聞いた。

  いい加減、自分達にも教えてほしい。

  するとクロノは笑うのを止め、皆に向かって説明する事にした。

「ああ、すまない。
 今から説明するよ、なんであいつがここにこないのか。
 多分間違ってないと思うから」

  喋っていいのかクロノには判らないが、多分問題無いだろう。

  それに、たまには自分が一郎をやり込めるのも面白そうだ。

  全てを知った一郎がどんな顔をするか想像しただけで、クロノは再び溢れ出てくる笑みを堪える事が出来なかった。

  その顔にはすでに提督としての面影は無く、まるで悪戯をする子供のようだった。

  クロノにそんな顔をさせるのは、どの次元世界を探したとしても一郎ぐらいのものだろう。

  

「「「・・・?」」」  

  再び笑い出したクロノの様子に、なのは達は顔を見合わせて首を傾げた。

  クロノは・・・自分達が知らない一郎の、一体何を知っているというのだろう?














  その頃、一郎とアギトは教会本部の外を歩き回っていた。

  この辺りは景色が良く、観光地としても有名で、一郎は以前訪れた事があった。

「キャロとも来たことがあったな。
 ・・・今度は皆で来るか、観光目的で」

「ああ。
 そう・・・だな」

  確かに楽しそうだ。

  アギトはそう思う一方、素直に喜べない自分がいるのを感じていた。

「(今は、それよりもやりたいことがあるんだ)」

  一郎には悪いが、それが終わってからでないと、今の自分はきっと楽しむ事が出来ないだろう。

  しかし、



「お前が気にしてるっていう二人も連れて・・・だろ」



  これでもアギトと一番長く一緒にいるのだ。

  それぐらいの事は一郎にも分かっていた。

「イチロー・・・」

  アギトは驚いて一郎を見上げた。

「ん、どうかしたか?」

  一郎の肩から見上げる一郎の顔は、アギトの考えなどまるで気にしていないかのようにいつも通りだった。

  何も言えずに一郎を見上げているアギトに構わず、一郎は話を続ける。

「弁当作んなきゃな」

「・・・」

「キャロもきっと作りたいって言うだろうな。
 そういや、三人で作ったことはなかったな」

  一郎は楽しそうに話している。

  それは出来るかどうかも分からない・・・いや、むしろ厳しいとさえ言えるような事なのに、一郎はまるで将来実現するのが当たり前

の事ように話している。

  そして、

「(イチローの話を聞いてると、本当に出来そうな気がしてくる。
  なんだか・・・どんどん力が湧いてくる)」

  そうだ。

  出来るかどうかではない・・・やるのだ。

  アギトの決意が固まった。



  考え込んでいるアギトに一郎が少し大きな声を出す。

「アギト!」

「えっ!?
 ああ・・・なんだ?」

  驚いている所を見ると、話は聞いてなかったらしい。

「なんだじゃねえよ、聞いてなかったのか?」

「悪い」   

「ま、いいけどな」

  アギトの目が潤んで今にも涙をこぼしそうなのだが、一郎は教えなかった。

  何も言わずに、前を向いて散歩を続けた。







「一郎」

「ん?」

  暫く経ってから、アギトが一郎を呼ぶ声がした。

  立ち止まり、一郎がアギトを見ると、

「また来るの、楽しみだな」    

  そう言って、アギトはようやく心から笑う事が出来た。

  アギトの様子を見て、一郎も笑みを浮かべる。

  一安心し、時間潰しの散歩を再開させようとした所で、



「あの、すみません」

  自分達を呼ぶ声が聞こえて二人が振り返ると、一人のシスターが目の前に立っていた。








  いきなりの登場に驚いたものの、一郎はすぐに気を取り直す。

「はい、なんでしょうか?」

  生憎、一郎にシスターの知り合いはいない。

  しかし、どうやらシスターの方は一郎の事を知っているらしい。

「もしかして、森山一郎さん・・・でしょうか?」

「・・・・・え?」

  なんで知ってるんだろう?

「イチロー、アンタの知り合いか?」

  アギトが聞いてくるが、それはむしろ一郎の方が知りたい。 

  しかし、一郎がいくら考えても目の前のシスターに心当たりは無かった。

「そうですけど・・・失礼ですがどちら様でしょうか?」

  観念した一郎は正直に話した。

「やっぱりそうでしたか」

  間違いではないとわかってほっとしているシスター。

「はぁ」

  どう対応したものか迷っている一郎を見て、ようやく自分が自己紹介をしていない事に気付いた。

「失礼しました。
 ・・・こほんっ。
 はじめまして、私は聖王教会の修道女、シャッハ・ヌエラと言います。
 機動六課の皆さんから、あなたのことは伺っていたもので・・・つい」

  そう言って、シスター・・・シャッハは、軽く頭を下げた。

「ああ、それで・・・」

  一郎はようやく事情を理解した。

  自分が忘れている訳ではなかったようだ。

「えっと、それでシスター・・・」

「あ、シャッハで構いませんよ」

「はぁ、ですが・・・」

「それに・・・」

  シャッハは少し顔を顰めた。

「無理をして敬語を使わなくても結構ですよ。
 あなたは“あの”一郎さんなんですよね?」

  そう言って今度は、シャッハは少し笑みを浮かべた。



「・・・・・はぁ。
 まぁ、そういうことなら」

  というか、“あの”とはどういう意味なのだろう?

  どうやらはやて辺りに事情を聞く必要がありそうだ。



「で、そちらの方がアギトさんですね?
 はじめまして」

  今度はアギトを見て挨拶をするシャッハ。

「・・・ども」

  アギトはとりあえず頭を下げた。

「はい。
 で、今日はどうされましたか?
 なのはさん達は今、カリムやクロノ提督とお会いになっているのでは?」

「まあ、そうだろうな」

  急に口調を変える一郎。

  別に苦手ではないのだが、必要が無ければ敬語で話したいとは思わない。

「カリムもあなたに会いたがっていましたよ。
 騎士はやてが話す“いっちゃん”という方がどんな人なのか」

「え?
 知ってるのか・・・その、騎士カリムって人も」

  そういえば、個人的な関係までははやてから聞いてなかった。

「ええ。
 私とカリム、それに彼女の義弟のロッサの三人はあなたのことはよく聞いています」

  いろんな人達から一郎については聞いていた。

  それは・・・思わず笑ってしまうような話から、感動的な話まで。

  どんな人なのかと三人で想像していたのだが、目の前にいる青年はどうもシャッハの想像とは違っていた。

「あの・・・どうなさいましたか?」

  なぜ、肩を落として落ち込んでいるんだろう?

  一郎の様子を見て、少し心配になったシャッハだった。  

「いや、別に」

  どうやら、あの三人に黙っていた事が裏目に出たらしい。

「それで、あなたはここでなにを?」

  シャッハの疑問に、一郎は天を仰いで深く溜め息を吐くと、シャッハを見て、





「さぁ。
 なにやってんだろうな、本当に・・・」 

「・・・・・はい?」









  



  

「失礼します。
 一郎さんをお連れしました」

  一郎とアギトはシャッハに連れられてカリムの部屋に入った。



「お、来たのか」

  久しぶりに会うクロノ。

  だが、どこか様子がおかしい。

「(なんだ、そのにやけたツラは?)」

  あまりに不自然なクロノの様子を見て、一郎は何か嫌な予感がした。

  続いて、カリムが一郎達に声を掛ける。

「一郎さんとアギトさんですね。
 はじめまして、カリム・グラシアと申します」

  なんだか目の前の女性が笑っているような気がするのだが、初めて会う一郎にはそれが素なのかどうかが判らない。

「どうも、森山一郎です」

「あたしはアギトです」

  挨拶を済ませると、今度はシャッハが部屋を出て行こうとする。

「それでは、私はこれで失礼します」

「ありがとう、シャッハ。
 一郎さん達を連れてきてくれて」

「あー・・・まぁ、助かった」

  カリムの後に一郎も礼を言った。

  助かったかどうかは微妙な所だが。

「いえ、それでは」

  そう言って、シャッハは部屋を出て行った。








  シャッハが出て行った後、カリムに勧められて席に着くと、

「えっと、さっきシャッハから聞いたんだけど。
 俺のことを知ってる・・・とか」

  一郎は躊躇いがちにカリムに尋ねた。

  すると、カリムは楽しそうに答える。

「ええ。
 はやてやクロノ提督は私の大切な友人です。
 あなたのことは知っていますので、そう硬くなさらずとも結構ですよ」

「なるほど」

  一郎はクロノを見た。

  すると、クロノは満面の笑みで一郎を見返してきた。

「・・・」

  一郎は無言でクロノを見ながら考える。

「(こいつ、一体なにを言いやがったんだ?)」

  どうせ、碌な事ではあるまい。

  そんな事を考えていると、一郎はカリムが自分を興味深そうに見つめている事に気付いた。

「・・・なにか?」

  すると、カリムは少し慌てたように、

「あっ!?
 い、いえ・・・すみません。
 ・・・ただ、ちょっと」

「ちょっと?」

  一郎が繰り返すと、

「あなたが・・・“あの”一郎さんなんだなって、少し思っていただけです」

  カリムがその柔らかな笑顔で、感慨深げにそう答えた。



  一郎は立ち上がってクロノを睨む。

「おいこら」

「ん、なんだ?」

  対するクロノは随分と涼しげな表情をしていた。

  一郎がそう来る事は予測出来た。

「俺のことなんつって説明してやがる!!」

「どういうことだ?」

「さっきシャッハって子にも言われたがなぁ・・・どうして俺は“あの”一郎で通ってんだよ!!」

  それを聞いたカリムは楽しそうに声を上げて笑う。

「まぁ、シャッハったら」

「僕だけのせいではないだろう?
 もう一人いるじゃないか?」

  一郎はクロノに言われて思い出した。

  そうだ、犯人はもう一人いる。

  一郎は今度はその人物を睨み、

「はやて!
 お前一体なに話したらこんな・・・・・ん?」

  すぐに一郎の追求が止まった。

  おかしい。

  なぜはやては俯いているのだろう。

  何も言わずにただじっとしている。

  よく見ると耳が真っ赤だ。



「(そういえば・・・)」

  今さらになって一郎はやっと気付いた。

「(はやてだけじゃない)」

  なのはとフェイトも変だ。

  この部屋に入ってから、一郎はまだ三人の声を聞いていない。

「(・・・なんだ?)」

  一体、何が起こってるというのだろう?

  なのははこちらを凝視し続けている。

  いっそ睨んでいると言ったほうが正しいかもしれない。

  フェイトからも視線を感じるが、一郎がフェイトを見ようとすると、フェイトは大袈裟な動きで顔を逸らした。

  あまりに判りやすい動きをするので、一郎はどこをつっこんだらいいのか判断に迷う。



  何度か声を掛けるものの、なのは達が一郎の呼びかけに応える事は無かった。

  一郎は仕方なく、

「なぁクロノ、こいつ等どうしたんだ?」

  するとなぜかクロノではなく、未だに笑い続けているカリムが訳を説明しようとした所、

「それはですね、さっきクロノ提督が・・・」      



「「「ちょっと待ってーーーーーっっっっっ!!!!!」」」  
  
  なのは達三人が、カリムの話を遮るように唐突に叫んだ。















  八神はやては知らなかった。



  元々、はやては一郎を機動六課に誘う事を迷っていた。

  それほど危険が無いとはいえ、管理局に関わる以上絶対ではない。

  一郎が自分のせいで再び傷つく事に恐怖を憶えているはやては、一郎のほうから言い出さなければ自分から誘う事は出来なかった。

  一郎が機動六課に来る事も無かっただろう。

  

  結局、自分は甘えていたのかもしれない。

  二人でいるといつもふざけてばかりいたが、それでも一郎と一緒にいると安心した。

  なのはやフェイトといった友人達とは違うし、シグナム達家族とも違う。

  共に何かを成し遂げる訳ではなく、ただ傍にいるだけだ。

  それでも、一郎がこの機動六課にいるのといないのとでは随分違っていただろう。

  少なくとも、今ではとても考えられない。



  信頼できる仲間に、先が楽しみな新人達・・・それに、尊敬できる上官。

  自分が今とても恵まれている事をはやては知っている。

  だが、それでも日々自分を襲ってくる重圧は並大抵のものではない。

  部隊を率いて、全隊員の命を預かる。

  自分で選んだ道とはいえ、たまにはその重さに押し潰されてしまいそうな時だってある。

  そんな時、一郎といる時だけはその重さを忘れる事が出来た。

  まだ頑張れる、そう思えるようになるのだ。

  

  だから、八神はやては知らなかった。

  まるで当たり前のようにいてくれるから、そんな事は考えもしなかった。  








  フェイト・T・ハラオウンは気付かなかった。



  一郎はいつも変わらない。

  昔、子供の頃に自分の事を救ってくれた時のままだ。

  意地悪だったりする時もあるが、それでも一郎は自分の傍にいてくれる。

  あんなに酷い事をした上に、自分に関わったせいで、母には危うく殺されるような目にも遭ったというのに・・・一郎はそれでも自分

の傍にいてくれて、自分に笑顔を見せてくれる。

  一郎に対する限りない謝罪と感謝・・・この二つの思いはいつだってフェイトの中にある。

  謝罪は口にすると怒られるから言わないが、今でも消えてはいない。



  自分は人付き合いには慣れてなくて、昔はよく人間関係で悩んでいた。

  そんな時、一郎はいつだって相談に乗ってくれた。

  からかわれたりもしたけど、決して自分が落ち込んだままではいさせなかった。

  だから、なにかあると一郎に相談する事が多かった。

  エリオの事も、一郎の言葉が無ければ何時までも迷い続けていたかもしれない。

  ・・・まだ、上手くいった訳ではないけれど。



  だから、フェイト・T・ハラオウンは気付かなかった。

  一郎はいつだって変わらずにいてくれるから、そんな事は考えもしなかった。








  高町なのはは・・・・・なんというか、悔しかった。  



  一郎はいつだってそうだ。

  いつだって自分に気付かせないようにこういう事をする。



  なのはの一郎に対する思いは、他の二人とは少し違っていた。

  なのはにとって一郎は、はやてのように安心感を与えてくれる存在でも、フェイトのように絶対の信頼を向ける相手でもない。

  そもそもなのはの場合、二人と違って一郎と運命的な出会いをした訳ではないのだ。

  一郎は子供の頃から両親に会うために自分の家にいる事は多かったし、くだらない事で喧嘩をする事もしょっちゅうだ。

  傍からは何でもないただの友人にしか見えないが、なのはにとってはある意味特別な友人である。

  なのはには大切な友人・・・フェイトやはやて、地球にいるアリサやすずかなど大勢いるが、何度も喧嘩をするのは一郎ぐらいしかい

ない。

  アリサやすずかとは小さい頃に大喧嘩をしてそれからとても仲良くなった事があるし、フェイトやはやての場合あまり友好的な出会い

とはいかなかった。

  それでも、一度仲良くなってからは喧嘩をする事など滅多にないし、その滅多にない喧嘩をした時の事ははっきりと覚えている。

  でも、一郎との喧嘩の場合、一杯ありすぎて原因も内容も全然覚えていない。



  なんで未だに仲良く出来てるんだろう?



  本来なのはは人と争ったりするのは好きではないので、時々はそう思う事があった。

  でも、クロノの話を聞いてわかった事がある。

  そんな事は、考えるまでもなかったのだ。



  一郎がそういう人だからこそ一緒にいて楽しいし、これからもきっとそうなのだろう。



  まあ、それはそれとして・・・。

  高町なのはは・・・やっぱりなんか悔しかった。

  この気持ちも、きっとこれからも変わる事は無いだろう。








  色々と考えている事は違うものの、三人は一つの同じ思いを抱いていた。

  想像するだけでも悲しくなってくる。

  そういった状況もありえたはずなのに、なぜ自分達は今まで気付かなかったのだろう?

  一郎がそんな事をするはずがないと、勝手に決め付けていたのだろうか?

  

  一郎が、自分達に敬語を使って接してくる。

  ・・・そんな事、とてもではないが耐えられそうにない。



  一郎がどう考えているのかは判らない。

  もしかしたら、それほど深く考えてはいないのかもしれない。

  でも・・・・・嬉しかった。

  変わらずに自分達と接してくれる事、たったそれだけの事にすぎないのに・・・。

  そのたったそれだけの事が、何よりも自分達の心を暖かくしてくれた。








  森山一郎は知らなかった。

  はやてから新部隊を作る事を聞いた時、正直言って迷った。

  一般人なら同い年の三人にどんな口を聞こうが、下がるのは自分の評判だけなので一向に構わないが、多少なりとも関わるのであれば

そうはいかないかもしれない。

  それに、三人はきっと喜ばないだろう。

  詳しい話を聞くと、どうやら自分の知り合いばかりらしくて助かった。

  はやての裁量があまり及ばない部隊であれば、多分何も言わなかったのかもしれない。  

  実際、本当に三人の事だけを考えていたかというとどうだろう?

  もしかしたら、ただ単に自分が嫌なだけだったのかもしれない。

  

  その後、一郎はアギトの事ではやてに借りができた。

  これでも一応は気にしている。

  貸し借りを気にしないのは男友達のクロノぐらいのものだ。

  だから、いちいち話す程の事ではないと思っている。

  三人に余計な心配をさせるつもりは無いし、自分が気をつけていればいいだけの話だ。

  それにもしかすると、三人が気にしない可能性だってある。

  案外、笑い話で済む事なのかもしれない。



  森山一郎は知らなかった。

  一応気をつけてはいるものの、そこまで重くは考えてなかったから。

  自分の行動を知った三人が、その事をどれだけ深く受け止めているかなど、まったく考えていなかった。







  
  






  聖王教会本部にあるカリムの自室は不思議な空気に包まれていた。

  全てを知っているクロノとカリム。

  二人は一郎となのは達を交互に見ながら笑っている。

  なのは達三人は黙っている。

  先程カリムの話を止めるために叫んだが、その一言しか発していない。

  俯いたり、顔を逸らしたりしていて落ち着きが無い。

  そして、何も知らない一郎。

  クロノとカリムが笑っている理由も、なのは達の様子がおかしいのもさっぱり判らない。








  そんな彼等を見ながら、アギトは一郎の肩の上で溜め息を吐いていた。

「(・・・いつになったら話が進むんだ?)」

  やはり、一郎といると悩んでいるのが馬鹿らしくなってくる。










          ・・・つづく。










     ◆あとがき◆

 このままだと万馬券が出そうなので、本命達を少し進めました。
ただ、最近はそれでもいいかなぁと少し思ったりもします。

 ヴィヴィオの紹介はもう少し経ってからです。







[5745] 第24話「いいじゃないか素晴らしいじゃないか最高じゃないか!! 一体なんの不満がある!?」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:2b9a1699
Date: 2009/01/25 02:34





 なのは「聖王教会本部での話し合いは衝撃的なものだった。 



     わたし達が所属している機動六課・・・実は、その設立には理由があるのだと騎士カリム達は教えてくれました。

     それゆえに、騎士カリムや三提督は機動六課設立に協力してくれたのだと。

     騎士カリムはプロフェーティン・シュリフテンという、古代ベルカのレアスキルを保有していて、そのスキルは最短で半年、最長で数年先の未来の出来事を散文形式で書き出した預言書になっていて、自分で選べるわけではないらしい。

     そのスキルによると、ロストロギアをきっかけに管理局地上本部が壊滅し、管理局までもが崩壊してしまうというのだ。

     だからこそ、地上本部の管轄区域内でも捜査が出来るロストロギアの捜索を専門にする機動六課が必要だったみたい。

     トップのレジアス中将をはじめ、地上本部の中には本局や聖王教会のことを快く思わない人がいるみたいで、そのあたりが機動六課を必要とする原因のようだ。



     もう、はやてちゃんったら・・・教えてくれてもいいのに。

     わたしやフェイトちゃん、それに機動六課のみんなもいるんだから、力を合わせればきっと大丈夫だよ。





     騎士カリムやクロノ君の話が終わると、今度はアギトの話になった。

     そこで、わたし達はようやく一郎くんとアギトから、二人が出会った日の真実を聞くことになる。

     

     二人は、アギトがいた研究施設が火事になって、そのどさくさで偶然出会ったって言っていた。

     施設が火事になった原因は二人ともわからないって言ってたけど、あれは嘘なんだって。

     なんでも・・・大きな男の人と小さな女の子、その二人組が施設を襲撃して、そこに一郎くんが偶然居合わせたらしい。

     なんで教えなかったのかってクロノ君怒ってたんだけど、その時に一郎くんが話した理由は、なんていうか・・・ちょっとずるい。

     『アギトが結構気にしてたんだよ。
      アギトを狙った訳じゃないならもう会うこともないだろうし、ならまあいいかなって。
      勿論犯罪行為には違いねえけど、おかげでアギトと会えたからな』

     何度も唸ったり一郎くんを睨んだりしたんだけど、結局クロノ君がそれ以上文句を言うことはなかった。



     クロノ君、ずいぶん柔らかくなったなぁ。

     一郎くんの変なところばっかり移っちゃったのかな?



     なにもなければその話はそこでおしまいなんだけど・・・先日、新たな事実をアギトが知った。

     わたし達がヴィヴィオと出会うきっかけになったあの事件。

     そこで見た召喚魔導師の女の子が、なんとアギトがいた施設を襲撃した二人組の内の一人だって言うの。

     一郎くんはアギトと違って二人の顔は見てないからわからないんだけど、アギトが言うには間違いないって。



     アギトはその二人組に会いたいって言った。

     それで、アギトにも一連の事件の解決を手伝えるように、一郎くんとアギトは相談に来たみたい。





     それはそれでいいとして・・・今、わたしが頭を悩ませているのは一郎くんのことだ。

     クロノ君から聞いた、一郎くんの秘密。
 
     わたし達三人は、一郎くんにそれが本当かどうか聞くことが出来なかった。



     うう、なんでかな?

     わたしが大怪我した時のことといい、今回のことといい・・・なんで一郎くんに聞けないんだろう?



     前の時もそうだった。

     すごく気になっていたのに、一郎くんの顔を見たら、なぜか聞くことができなかった。

     今だって、すごく気になって頭が混乱してる。

     胸がどきどきして、なんだか落ち着かない。



     これから起きるかもしれない管理局の危機や、ヴィヴィオのこれからのこと、それにティアナ達の訓練のこともある。

     やらなくちゃいけないことや考えなくちゃいけないことがたくさんあって、一郎くんのことを考えてる暇なんかないの。

     それなのに・・・・・うう・・・・・。



     一郎くんの馬鹿」















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第24話「いいじゃないか素晴らしいじゃないか最高じゃないか!! 一体なんの不満がある!?」















  聖王教会での話し合いの翌日、訓練の休憩時間に、ティアナ達四人はなのはからアギトの過去やこれからの事について説明を受けた。

  どうなるかはまだわからないが、今後アギトが任務に参加する可能性があるらしい。



「そんなことがあったんですか」

  なのはから話を聞いて驚いているティアナ。

  そういえば、アギトがなぜ一郎と一緒にいるのか、アギトがなぜ料理を作っているのか、今まで聞いた事が無かった。

  よく考えなくても異常な事なのだが、そういう事情があったとは。

「アギトさん、その二人のためになにかしたいんだって言ってました」

  昨日の内に一郎とアギトから聞いていて、一人事情を知っていたキャロ。

  あの少女がアギトと出会っていたとは思いもしなかったので、聞いた時は随分驚いた。

「もしアギトさんが前線に出ることになったら、一郎さんも含めて今後どういう扱いになるんですか?」

  疑問に思ったエリオがなのはに聞いた。

  確か、今の所は一郎がアギトの所有者という事になっているはずだが、この先もそれで通用するのだろうか?

「そういえばそーだね。
 お兄ちゃん達って、今でも結構綱渡り的な立場らしいしね」

  エリオの問いに頷くスバル。

  一郎がアギトを大切に思っている事はよく知っているので、離れるような事にはならないでほしいと思っている。

「ああ、うん。
 まだわからないんだけど、多分大丈夫じゃないかな」

  エリオの問いに答えるなのは。

  だが、その答えは曖昧ではっきりしない。

「多分って、はっきりとはわからないんですか?」

  少し不安そうな顔をするキャロ。

  キャロにとっては大切な家族の事なので、他の三人よりも心配している。 

「ていうよりね、わたしが考える訳じゃないから」

「「「「え?」」」」

  なのはの予想外の答えに驚く四人。

  そんな四人に対し、なのはは笑顔でこう告げる。 



「そういう難しいことはね、わたしじゃなくてはやて隊長やクロノ提督が考えるの」

  なのはにとってはもはや当たり前の事なのだが、四人にとってはそれでいいのだろうかと不安になってしまう。

  どうやら、一郎の悪影響を受けているのはクロノだけでは無いようだ。








  






  一方、一郎とアギトが住んでいるアパートでは。



「今年で俺も二十歳・・・はたしてこれでいいんだろうか?」

「おい、ぼけっとしてる暇があるならおやつでも作れ」



  物思いに耽っている一郎に、ヴィヴィオと遊んでいるアギトが文句を言っていた。








  この日、非番の二人は部屋でのんびりしていた。

  アギトが今後どうなるかは心配だが、心配したって何も変わらない。

  一郎はクロノやはやてに期待して待つ事にした。

  アギトは昨日相談した事でふっきれたのか、いつもの調子を取り戻していた。

  そんな二人をヴィヴィオとザフィーラが訪ねてくる。



  ヴィヴィオは現在機動六課で預かっていて、なのはとフェイトの部屋に住んでいる。

  なのは達の仕事中は寮母のアイナが見る事になっていたが、せっかく一郎が休みなのでこうして遊びに行く事にしたのだった。

「ザフィーラはなんで?」  

「護衛だ」

「なるほど」

  ヴィヴィオの出会いを考えれば、それも仕方がないかと一郎は思ってしまう。

  出来れば、自由に外で遊べるようになってほしいのだが。



  そんな訳で、一郎とアギトは休日をヴィヴィオと過ごす事にした。

  一郎は昨日ヴィヴィオに挨拶を済ませてあったし、アギトは孤児院でも小さな子供の面倒をよく見ていたので、すぐにヴィヴィオと打ち解ける事が出来た。

  そうやって遊んでいると、一郎はふと考えてしまう。

「(せっかくの休日だっていうのに子守りか・・・うーん)」

  別に子供の面倒を見るのは嫌ではない。

  なのは達は忙しいだろうし、どうせ暇だったのだから構わない。

  ヴィヴィオが寂しいのなら、今後時間がある時はこちらから誘うのもいいとさえ思っている。

  ただ、

「(そんな考えが自然に出てくるってのはどうなんだろう?)」

  ほんの僅か、あえて気にしなければ分らないほどではあるのだが、どこか腑に落ちない点があるように思えてならない。

  しかし、どれだけ考えても答えは出なかった。

  それに、アギトと遊んで笑っているヴィヴィオを見ると、やはり気にするほどの事でもないと思ってしまう。

「(ま、いいか)」

  一郎は考えるのをやめると台所に立ち、ヴィヴィオのために何を作ろうか考え始めた。

  すると、今まで悩んでいたのが嘘のようにいきいきとしてくる。

  結局の所、一郎は料理さえ作っていれば何でもいいようだ。



    

  

  







  再びなのは達。

  訓練が終わって皆で隊舎に戻っている最中、キャロがぽつりと呟いた。

「そういえば、一郎さんが言っていたのはなんだったんでしょう?」

  今日のなのはを見るかぎり、どこもおかしな点は見当たらない。

  キャロが首を傾げて考えていると、

「どーしたのキャロ、なにかあった?」

  先程のキャロの呟きを聞いたスバルが話し掛けて来た。

「あ、スバルさん。
 じつは・・・」

  隠す事ではないので、キャロはスバルに聞いてみる事にした。

  二人で話をしている内に、自然と歩く速度が落ちていく。



  そんな二人に気付いたティアナとエリオは、立ち止まって二人を待った。

  二人が追いついてきた所でティアナが尋ねる。

「なにしてんの二人とも」

「あ、ティア」

  ティアナに話し掛けられて、ようやく二人は皆から遅れている事に気付いた。

「すみませんティアさん。
 エリオくんもごめんね」

「いや、別に謝るようなことじゃないよ。
 それより、二人でなにを話してたの?」

  エリオの問いに、キャロは前方を見つめ、

「なのはさんのことなんです」

「「なのはさん?」」

  ティアナとエリオがキャロの視線を追うと、その先にはなのはがいた。

  自分達に気付いていないのか、随分と距離が離れている。



「なのはさんがどうしたっての?」

「あのね、お兄ちゃんの話だと変なんだって」

  その言い方はどうだろう?

  スバルの説明ではティアナには全然理解出来ない。

「変・・・ですか?
 僕にはいつもと変わらないように見えますけど。
 ティアナさんはどうですか?」

  そう言ってエリオはティアナを見た。

「あたしにもわからないわね。
 どこが変だっていうの?」

  訓練中はいつも通りだったし、今自分達の先を歩いている様子を見ても変わった所は見当たらない。

  ティアナはスバルに聞くが、スバルも分らないようで、

「二人で考えてたんだけど、キャロもあたしもさっぱり」

「一郎さんはなんて言ってたの?」

  キャロはスバルにした話をティアナとエリオにも話す。

「昨日の夜、二人が帰ってきてからアギトさんのお話を聞いたんですけど、その時に言ってたんです。
 いつもと様子がちがうって」

「いつもねぇ・・・」

  そう言われても、ティアナには一郎が知っているいつものなのはがよく分ってない。

  以前と比べれば随分親しくなっているものの、まだ一郎や隊長達のようにはいかない。

「キャロは僕達よりなのはさんと知り合って長いんだよね?
 なにか気付いたこととかはないの?」

  エリオにそう言われ、キャロは考えてみるが、

「わたしには、いつも通りの優しいなのはさんだと・・・」

  やっぱり分らないようだ。



  これ以上考えても答えが出そうもないので、ティアナは少し視点を変えてみる。

「そもそも、なのはさんがいつもと違う時ってどんな時だと思う?」

  四人は考える・・・までもなく、一人の男の名前が浮かび上がった。

  今ではもう慣れてしまったが、最初の頃は、度々起こる二人の騒動に随分と驚かされてきた。

「でも、休憩時間に一郎さんの話もしてましたよね」

  なら違うのではないか?

「そうだよね。
 今回はお兄ちゃんとは違うのかな?」

「だとすると気になるわね。
 一郎さんのことだったら関わらないようにするしかないけど、もし私達のことで悩んでるんだったら大変だしね」 

「そうですね。
 もしそうでしたらなのはさんの・・・」

  と、



「ん、わたしがどうしたの?」 



  話に夢中で気付かなかったのか、先に行っていたはずのなのはが四人の会話に突然入ってきた。

「「「「なのはさんっ!?」」」」

  いきなりの登場に、思わず飛び上がって驚く四人。 

「気が付いたらわたし一人でびっくりしちゃった。
 みんなどうしたの?」

  邪魔になるかとも思ったが、どうやら自分の話をしてるようなので話に入ってしまった。

「いえ、あの・・・」

  ティアナは迷う。

  はたして、話すべきなのだろうか?

「その、いろいろありまして・・・」

  スバルも同様に。

  エリオとキャロも迷っているようだ。

  そんな四人を見て、

「あ、もしかしてわたしが聞いちゃいけなかったのかな。
 だったらごめんね」

  なのはは少し悲しそうな顔をして、四人から離れようとする。



  慌てる四人。    
  
「ち、違います!」

「そうです。
 その、じつは一郎さんが・・・」

  やむをえず、キャロはなのはに本当の事を話そうとした。

「一郎くん?」

  思わず聞き返すなのは。

「なんで一郎くんが?」

  先程まで考えていた名前が、まさかここで出てくるとは。

  平静を装い、四人に尋ねるなのは。

「一郎さんがキャロに話したそうなんです。
 なのはさんが、その・・・少し、いつもと様子が違うんじゃないかって」 

  表現を変えて説明するエリオ。

  さすがに本人を前にして変とは言えない。



「ふ、ふ~ん・・・。
 そうなんだ」 

  何とか動揺を隠そうとするなのは。

  成功したのか、四人はなのはの心の揺れにはまだ気付かない。



  やはり一郎の事では無い。

  そう判断した四人は、なのはにぎりぎりの話をし始めた。

「そうなんです。
 それで、みんなでどうしたのかなって相談していたんです」

「でも、訓練中のなのはさんはいつも通りに見えました。
 お兄ちゃんの勘違いだったんですか?」

  自分達が地雷原の中を歩いている事に全く気付いていない。

「さ、さぁ・・・どうだろうね。
 一郎くんの考えてることなんか、わたしにはわからないし」

  なのはは曖昧な返事をして誤魔化そうとした。



「そ、そうですよ。
 あの人結構いい加減なところもありますし・・・」

  勘違いなら勘違いで構わない。

  それよりも、エリオは何故か寒気を感じるこの場から離れたかった。

  人のために何かをする。

  そんな考えを持たなかった以前のエリオならば、とっくに逃げ出していたのかもしれない。

「・・・」

  無言のキャロ。

  一郎の事は好きだが、もう昨日今日の付き合いでは無いので、エリオの言葉を完全に否定する事が出来なかった。

  いい気分ではないが、自分でも同調する所があるので何も言えない。

「まぁ、なのはさんがわからないのならいいんです」

  話を終えようとするティアナ。

  二度も被害に遭っているため、ティアナも何かを感じたのかもしれない。

「うん。
 そうだね、じゃあ戻ろうか」

  そう言って、隊舎に戻ろうとするなのは。

  そこに、



「あ、そういえば・・・昨日はどうだったんですか?
 クロノ提督ってなのはさんのお知り会いなんですよね。
 さっき聞いた仕事の話以外にも、いろいろと話したんじゃないですか?」

  踏んだ。



「昨日?」

「はい」

  気付いてない。

  スバルは自分が何をしたのか全然気付いてない。

「・・・知りたい?」

「(・・・あれ?)
 ・・・あ、はい」

  ようやく異変を察知したスバル。

  が、すでに遅い。

  他の三人は、自分達でも気付かない内に距離をとっていた。

  そんな四人になのはは告げる。



「じゃあこうしようか。
 今からみんなと模擬戦をやって、わたしに一度でも攻撃をヒットさせたら教えてあげる」

  その目は、どう見ても模擬戦をやろうという目つきでは無い。

 

「「「「えっ!?」」」」

  待て。

「それじゃ、訓練施設に戻ろうか」

  しかし、なのはは気にせずに来た道を戻ろうとする。

「なのはさんっ!
 その、あたし達もうへとへとなんですけど」 

「それに・・・そうっ、おなかも空きましたし」

  エリオは訳の分らない事を言っているのだが、必死なので気付かない。

  何でもいい・・・とにかく考え直してほしい。

「知りたいんでしょ?」

「それならスバルだけで」

「ティア、それ酷いっ!?」

「うっさい!」

「二人とも落ち着いてください」

「なのはさんが話したくないのでしたら、わたし達無理に聞こうとか・・・」

  混乱している四人。

  しかし、



「みんなー、行くよー」

  既になのはは訓練施設へ向かっていた。

   




  

  この日、四人は高町なのは一等空尉の本当の力を身を持って味わう事になった。

  流石に魔力は抑えていたものの、そんな事は全く関係なかった。

  管理局のエース・オブ・エース、その名前は伊達では無い・・・・・なんてもんじゃなかった。










          ・・・つづく。










     ◆あとがき◆

 公開意見陳述会が始まると、そこからはラストまでシリアス一辺倒になってしまうので、今回は完全にギャグです。
最後、「ふぅ、スッキリ」というなのはの一言を入れようかと思ったんですが、やりすぎかなと思ってやめました。
公開意見陳述会までにあと2・3話挟みます。







[5745] 第25話「ふっ。 これで俺とキャロの邪魔をするやつはいなくなったな」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:2a48c0ed
Date: 2009/02/02 22:43





 フェイト「私となのはがヴィヴィオのママになりました。

      正確には、なのはがヴィヴィオの保護責任者になって、私は二人の後見人っていう形になります。

      将来どうなるかはまだわからないけど、今はなのはと一緒にヴィヴィオを見守っていきたい。

      でも・・・本当にこれでいいのかな?

      私なんかに・・・ヴィヴィオを幸せにできるのかな?

      一郎に相談したいけど、今はちょっと・・・。



      一郎・・・。

      もう何日も経つのに、あれからまだ一度も一郎の顔を見てない。



      避けてるのがバレバレらしくて、昨日はシグナム達にからかわれた。

      でも、ティアナ達はなにも言ってこないし、きっとシグナム達とは付き合いが長いからだよね。

      なのははすぐに吹っ切れたのか、いつも通り話してるみたいだけど、なにがあったのかな?

      はやてはどうなんだろう?」















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第25話「ふっ。 これで俺とキャロの邪魔をするやつはいなくなったな」
      














  この日の朝、食堂に向かう途中、一郎とアギトは隊舎から出て来るギンガに会った。

 

「よう、久しぶり」

「お久しぶりです、一郎さん」

  挨拶を交わす二人。

  直接会うのは数える程しか無いが、スバルを通してお互いの事はよく知っていた。

  ギンガは次にアギトにも声を掛ける。

「アギトも元気だった?」

「ああ。
 そういや六課に出向してくるの今日からだっけ」

「ええ。
 よろしくね」

  そう言って、二人は握手を交わした。


      
「んで、今からどこへ?」

  一郎は軽装のギンガに尋ねた。

「早朝訓練です」

「初日からか・・・。
 大変だな」

  すると、ギンガは元気よく、

「いいえ、むしろ楽しみです」 

  笑顔で答えた。

  妹のスバルや、普段スバルと共に前線に出ているフォワード陣、それに、空港火災の時に助けてもらったフェイトもいる。

  スバルはどれだけ成長したのか・・・自分はあの時からどれだけ成長しているのか・・・今から楽しみでしょうがない。








「じゃ、食堂で」

「またな」

  そう言って、隊舎に入ろうとする一郎とアギト。

  すると、

「あのっ」

  ギンガが、先程とは違い真剣な表情で二人を止めた。

  振り向く二人。

  その二人の視線を受けてギンガは、

「実は、スバルのことで一郎さんにお話したいことが・・・」

  ギンガの重い雰囲気に、一郎達も真剣に構える。

「俺に?」

  一体何の用だろう?

「はい」

「あたしはいないほうがいいか?」

  アギトの質問に、ギンガは少し考えてから、

「ううん、よかったらいてくれる?
 一郎さんにだけ話して、アギトに黙ってる必要はないから」

「そっか、わかった」



「いつにする?
 俺達は今夜でもいいけど」

「・・・そうですね。
 私も構いません」

  どうせ相談するなら早い方がいい。

  そう思う一方、ギンガは未だに迷っていた。

「(本当に、これでいいのかな?)」 

  一郎はスバルが慕っている人で、自分もどういう人かは知っているつもりだ。

  それでも緊張感は付き纏う。



  悩んでいると、突然肩を叩かれる。

  考えを中断し、顔を上げると、二人が自分を心配そうな顔で見つめていた。

「大丈夫か?」

「あ、はい。
 すみません」

  謝るギンガに一郎は何か言いたそうな顔をしていたが、

「・・・・・まぁいいや。
 とにかく、後で連絡するから」

  それだけ伝えて、アギトのと共に隊舎に入っていった。








  ギンガは二人の後姿を見ながらじっとしていた。

  二人が隊舎に入り、少し経ってから、

「よしっ!!
 行こう」

  両手で自分の頬を張り、気を取り直して訓練施設に向かう。



  訓練施設に向かう途中、今まで話していたアギトから念話が届く。

《心配すんな》

《え!?
 あ・・・アギト?》

  突然で驚くギンガ。

《こいつに相談すればなんとかなるよ》

  アギトはそう言うが、そんなに簡単なものでは無い。

《なんとかって・・・。
 アギトはそうだったかもしれないけど、一郎さんだって毎回毎回うまくいくとは限らないでしょ?》

  相談しようとしておいてなんだが、ギンガは一郎をスバル程には信頼している訳では無い。

  そんなギンガに、アギトは笑いながら答える。

《当たり前だろ。
 ってゆーか、こいつに相談したって基本的にはなにも変わんないよ》

《え?》

  これから相談しようする自分に向かって何て事を言うのか。 

  唖然とするギンガにアギトは話を続ける。

《だってそうだろ?
 こいつになにか特別な力があるとでも思うか?》

《え、あ・・・その・・・》

  それを言ってはお終いだ。
 
  ギンガもそれは否定出来ない。

  元々、スバルの事で無ければ一郎に相談しなかっただろう。

  とはいえ、

《あのさ、アギト・・・。
 一郎さんに相談しても無駄ってこと?》

  今の言い様では、そう捉えられても仕方が無い。

  しかし、ギンガの呟きにアギトは再び笑い出した。

《?》

  何がそんなに可笑しいのだろう?

  ギンガには全く分らない。

《悪い悪い、そうじゃなくてさ。
 あー・・・なんて言ったらいいかな・・・》

  ようやく笑うのを止めたアギト。

  だが、上手く説明する言葉が見つからないようだった。

  暫く考え、アギトの口から出てきた言葉は、 



《最近、こいつに相談してみてやっとあたしにもわかったんだ》

《なにを?》

《なんでなのは達はイチローに相談したりすんのかってこと》

《・・・どういうこと?》

  まだギンガには理解出来なかった。

《六課の誰かから聞いたことはないか?
 困ってたことがあってイチローになんとかしてもらったとかそんな話》

《・・・ある》

  スバルやはやてから何度も聞いていた。

  詳細は分からないが、エリオが六課に入るきっかけにもなったらしい。 

《でもさぁ、不思議に思わないか?
 あいつ等の周りにはすげえ連中が一杯いるってのに、なんでこいつに相談すんだよ?》

《そ、それは・・・》

  確かにそうかもしれない。

  ギンガは六課のメンバーを思い浮かべてみる。



  はたして、あの人達では解決出来ない事があるのだろうか?

  あるとして、一郎なら何とか出来るというのだろうか?



  黙ってしまったギンガにアギトは言う。

《きっとさ、解決してほしいとまでは考えてないんだよ》

《・・・?》

《イチローに相談することで変わるのは、あくまで自分の気持ちぐらいのもんなんだ》

  自分がそうだった。

  あの二人を助けて、一郎の下に帰ってくる。

  迷っていた心が、一郎に相談した事ではっきりと固まった。

  

  ギンガはまだ迷っていた。  

《きっとわかるよ》

《・・・》

《なんで一郎なのか》

《そうなのかな?》

  そうなのだろうか。

  少なくとも、今のギンガには分らなかった。

  ただ、

《わかったことが一つあるわ》

《ん?》



《アギトが、一郎さんのことを大好きなんだってこと》



《っっっ!?》

  声にならない叫びを最後に、アギトからの念話は途絶えた。















  食堂へ向かう途中、一郎の肩に座っていたアギトが突然舌打ちをした。

「ん、どうした?」

  先程まで黙っていたのだが何かあったのだろうか?

  アギトに声を掛ける一郎。

  しかし、



「うるせぇっ!!」



「うぉっ!?
 なんだよ一体・・・」

  顔を真っ赤にしたアギトに怒鳴られた。















  夜、ティアナとエリオの二人は寮への道を歩いていた。

「随分遅くなっちゃったわね」

「・・・」

  無言のエリオ。

  先程からずっとこの調子だ。

「少しおなか空いたわね。
 寮に戻る前になにか食べない?」

  ティアナが話を振っても何も答えない。

  それどころか、

「・・・・・はぁ」

「あんたねぇ、人の顔見て溜め息吐くってどういうこと?」

  どうやら、ティアナの声が届いてない訳では無いようだ。



  ようやくエリオが口を開く。

「溜め息を吐きたくもなりますよ。
 こんなことになるなら、あなたの誘いになんか乗るんじゃなかった」

「なっ!?」

  大袈裟な動きで驚くティアナ。

「一人で自主練するのを見かけて手伝ってあげたってのに、よくそんなこと言うわね」

  憤慨するティアナ。

  しかし、その様子を見たエリオは冷静に反論する。

「僕は言いましたよね、寝る前に軽く動くだけだから一人で十分ですって」

「う・・・」

  勿論覚えてる。

「そしたらあなたは、今日は疲れたから見てるだけだって僕に言ったんです」  

「そ、そう・・・よく覚えてるわね?」

  余計な事を・・・と、ティアナは口には出さずに頭の中で呟いた。

「それなのに、僕が訓練を始めたらすぐに自分のデバイスを取り出すし」

  あの時点で気付くべきだった。

「やっぱ見てるだけってのは物足りなくてね」

  自分でもどうかと思うが、これは性分なのだ。

「それだけなら別に構いません。
 でも、なんでそこから手合わせしようなんてことになったんですか!?」

「いや、そのほうが効率いいかなって・・・」  

  ティアナの返事を聞き、エリオは再び溜め息を吐いた。

  そして、自分の体を見ながら、



「確かに、そういう意味ではいい練習になりました。
 こんなに泥だらけになるまで集中してましたからね」



  エリオの皮肉に、ティアナも自分の体を見た。

「(・・・まずいわね)」

  自分もエリオと大差は無い。

「(こんなんで帰ったらまたスバルに心配かけるし、なんとかして誤魔化さないと)」

  スバルは、自分が隠れて無茶をしてるのではと今でも疑っている。

  それなのに、こんな姿で戻ったら言い逃れなど出来なくなってしまう。



  エリオの愚痴は続く。

「明日も訓練があるんですから、疲れを残してどうするんですか?」

「わかってるわよ、それくらい」

「わかってたらなんでこんな・・」

「あーもーわかったわよ、うるさいわねー」

  つい本音が出てしまった。

  自分が悪いと分ってるからこそ、こうも冷静に責められるとむかつくものだ。

「大体、そんなに嫌だったら嫌って言えばよかったじゃない」

「僕のせいですか!?」

「そうは言ってないわよ。
 ただ、あんたがはっきりと嫌って言えば、あたしも無理に誘ったりしなかったかもって言ってんのよ」

「そ・・・そんなこと言える訳ないじゃないですか」

  そう言って、エリオは少し顔を逸らした。

  エリオの様子を見たティアナは、ここぞとばかりに畳み掛ける。

「なんでよ?」

「な、なんだっていいじゃないですか」

「よくないわよ。
 それじゃあたしが無理矢理命令してたみたいじゃない」

  それ程言いにくい事なのだろうか?

  しかし、ここまできて聞かない訳にはいかない。



  ティアナがじっとエリオを見つめていると、暫くしてエリオは観念したように語り出す。

「嫌だとか、あなたには言いたくなかったんです」

「だからなんでよ?」

  エリオは相変わらず顔を逸らし、ティアナと視線を合わせようとはしなかった。

  そして、

「感謝してるからです。
 あなたのおかげで、僕は少しずつだけど変ってきている気がします」

「・・・・・え?」

  予想外の答えに呆然とするティアナ。

  不意打ちをくらい、頭が真っ白になってしまった。

「あなたのためになにかしたいんです。
 スバルさんのことで助けてほしいって言ってくれましたけど、それだけじゃ足りない気がするんです」

「・・・」

「でも、なにをしようか考えたんですけど、なにも思いつかなくて・・・」

  今まで考えた事すらなかったから、どうすればいいか分らないのだ。

「・・・」

「だから、せめてあなたが嫌な思いをしないように気を付けるぐらいしかできなくて・・・って」

  突然、エリオはティアナに抱きしめられていた。

  顔を逸らしていた為、ティアナの接近に気付く事が出来なかった。



「・・・馬鹿ね、あんた」

  いや、それは自分か。

  エリオを頭を撫でながら、ティアナは自嘲気味に笑った。

  未だ不器用なエリオが見せた、精一杯の思いを全然考えていなかったのだから。

「ちょっ、離してくださいっ」

  エリオは恥ずかしがって暴れるが、ティアナは離そうとしなかった。

  そのうち、エリオは諦めたのか大人しくなる。

「いいのよ、そんなこと考えなくて」

「でも・・・」

  エリオは焦っていた。



  自分のためでは無く、誰かのために自分の力を使いたい。

  自分は人とは違うけれど、それでもよかったのだと、そう思えるようになりたいのだ。















  同時刻、一郎とアギトの部屋にギンガが訪ねてきた。



「一通り揃ってるけど、なに飲む?」

  一郎がギンガにリクエストを聞くと、

「いえ、お構いなく」

「んじゃ、俺達と同じでいいな。
 アギト」

「おう」

  遠慮するギンガを無視してアギトを呼ぶと、台所からアギトがカップを持ってきて一郎に渡した。 

「あの、本当に結構ですから」

  しかし、一郎はまるで聞いてない。

  緑茶を入れ、緊張気味のギンガの目の前に差し出した。

「まずは肩の力を抜け。
 話はそれからだ」

「あ」

  そう言われて、ギンガはようやく気が付いた。

  他人から見て気を使われる程、今の自分は緊張していたのだ。

  ギンガは大人しく二人の厚意を受ける事にした。








  暫くは、取り留めの無い話をしていた。

  一郎とアギトが話すスバルの機動六課での日常など、世間話をしているうちに、ようやくギンガの顔に笑みが浮かんでくる。



「スバルはいい人達に囲まれているんですね」

  ギンガは嬉しそうに呟いた。

  そして、   

「一郎さんは、今起きている一連の事件についてどこまで知っているんですか?」

  再び真剣な顔つきになったギンガが本題を切り出した。

「事件って、今六課が関わってるやつだろ?」  

「はい」

「大体は知ってるつもりだ。
 キャロもそうだし、次からはアギトも前線に出るだろうからな」

  まだ決まってはいないが、きっとそうなるだろう。

  ギンガは初耳だったのか、驚いた表情でアギトを見る。

「まぁ、色々あってさ。
 正式に決まったらちゃんと話すよ」

「は、はぁ」

「それより今は事件のことだろ。
 俺に聞くよりなのは達に聞いたほうがいいんじゃないか?」

  一郎が話を戻した。

「いえ、そうではなく・・・」

  ギンガは少し言いにくそうに、

「先日の、お二人が居合わせた事件のことなんです」

「ああ、ヴィヴィオと初めて会った日のやつか」

「ヴィヴィオを見つけた時は、まさかあんなことになるとは思わなかったよな」

  一郎とアギトは、慌しかったその日の事を思い出していた。

「それで、あの日のことでなにかあるのか?」

「あの日、事件を起こした人達なんですけど・・・」

  と、ギンガが話を続けようとした所で、



「あいつ等か・・・」

  一郎が鋭い目つきで顔を歪めていた。



  突然の一郎の豹変振りに、ギンガは言葉を失う。

「(一体なにが・・・あ!)」

  ギンガは報告書の内容を思い出した。

「(そうだった。
  危うく撃ち落されるところだったヘリに、この二人も乗ってたんだ)」

  一歩間違えれば命を落としていたかもしれないのだ、何か思う所もあるのだろう。

  そう思ってアギトを見ると、なぜか一郎を見て呆れていた。

「(あれ?)」

  アギトも一郎と一緒にヘリに乗ってた筈なのになぜ?

  ギンガが不思議に思っていると、その様子をアギトが見て、

「なに考えてるか知らねえけど、多分ギンガが考えてるのとは違うぞ」

「え?」

  アギトは一郎を見て溜め息を吐く。



「こいつのこれは、ただのやつあたりだ」

「・・・どういうこと?」

  流石に、報告書にはキャロが作った弁当云々までは書かれておらず、ギンガには何の事か理解出来なかった。








  すぐに一郎は冷静さを取り戻し、話を再開する。

「んで、そいつ等がなんだって?」

  しかし、ギンガはまたも口を閉ざす。

  まだ迷っているのだろうか。

  俯いたギンガを見ながら一郎は考える。

「(あいつ等とスバルねぇ・・・・・あ)」

  すぐに分った。

  気付いてしまえば簡単な事だ。  

  だからギンガは自分に相談してきたのだ。



  暗い表情のギンガに一郎は言う。

「もしかして、その連中が戦闘機人だとかいう話か?
 お前やスバルと同じ」    

「えっ!?」















  ティアナとエリオはまだ外にいた。

  寮には戻らず、二人で海を見ている。

  

  ティアナは、無言で海を見続けるエリオに向かって笑みを浮かべる。

「あんたさぁ」

「え?」

  ティアナを見るエリオ。

「あたしのこと考えてくれるのは嬉しいけど、それより先にやることがあるでしょ?」

「先に?」

  何だろう?

  エリオには心当たりが無かった。

「ほら」

  エリオがティアナの指差した方向を向くと、一台の車が自分達の方に近付いてくる。

「あの車って確か・・・」

  などとエリオが考える間も無く、ティアナは道路に飛び出して車を止めようとしていた。



  車が止まり、窓が開く。

「フェイトさん、お疲れ様です」

  そう言って、ティアナは車内にいるフェイトに明るい声で挨拶をした。

  しかし、フェイトはティアナの服装を見て眉を顰める。
 
「ティアナ、また無理してるの?
 駄目だよ」

「違いますって、今日はたまたまです。
 あ、そうだ、エリオも一緒なんですよ」

  と、ティアナはわざとらしくエリオの存在を教えた。

「エリオ?
 あ、本当だ」  

  フェイトが車から乗り出して周りを見渡すと、少し離れた所にエリオがいた。

  エリオは二人には近付かず、どうしていいか分らずに立ち尽くしている。

「エリオ・・・」

  しかし、フェイトはエリオを見ても何も言わなかった。

  やはり、まだこの二人はうまくいっていないようだ。



  ティアナは落ち込んだ様子のフェイトに耳打ちする。

「実はですね、エリオがフェイトさんに話したいことがあるそうなので、二人で待ってたんです」

「エリオが私に?」

  勿論嘘だが、その方が都合がいいのでそうしておく。

「はい。
 大切な話らしいですよ」

「そ、そうなんだ」

  微妙な顔をするフェイト。

  エリオから話をしてくれるのは嬉しいが、少し不安も感じる。

「ええ。
 ですから、車を回してきてください」

「今すぐじゃまずいの?」

  二人を待たせるのも気が引けるし、車は後回しでもいいのだが。

  しかし、それではエリオの準備が出来ない。

「色々あるんです」

  流石に理由が適当すぎるかと危ぶむが、

「んー・・・わかったよ」

  フェイトが信じやすい人で助かった。     
  


  

  


  車が消えたのを確認してから、エリオがティアナに詰め寄った。

「なにを話してたんですか?」

  真剣な表情のエリオに対し、ティアナは軽く、

「うん、話があるってさ」

「フェイトさんが?」

「いや、あんたが」

「だ、誰に?」

「そんなの、フェイトさんに決まってるじゃない」

「僕がいつそんなことを言いました!?」

  思わず叫ぶエリオ。

  しかし、



「あんただってわかってんでしょ、このままじゃまずいって」

  ティアナにそう言われ、これ以上反論する事が出来なかった。



  黙り込んでしまったエリオにティアナは言葉を重ねていく。

「あんたはまず、あの人とのことをなんとかしなくちゃいけないんじゃないの?」

「・・・わかってますよ」

  そうは言うものの、本当に分っているのだろうか?

  分かった振りをして、ただ単に逃げていただけではないのか。

「こういうのはね、勢いでいっちゃったほうがいいのよ」

  ティアナはあまりの説得力の無さに、自分で言っていて呆れてしまう。

  だが、このままよりはましだろう。

「でも、なんて言えば・・・」

  エリオは迷っていた。

  フェイトの場合はティアナとは訳が違う。

  自分がしてきた事を思えば、顔向けが出来ないとしか言いようがないのだ。



  このままではフェイトが来てしまう。

  見かねたティアナはエリオの緊張を解そうと、

「あれは?
 聖王教会に行った時の一郎さんの話とか?」

「・・・」

  どうやら逆効果だったらしく、すごい目つきで睨まれた。

「冗談よ」

「笑えませんよ全然」

「だってフェイトさん最近変でしょ。
 話をするきっかけにはなるんじゃない?」

  その後の事まで責任は持てないが。

「よくそんなことが言えますね。
 なのはさんの時のこと忘れたんですか?」    

「・・・忘れられる訳ないでしょ」

  自分の才能の無さを嘆きたくなる・・・そんな馬鹿な考えが再び頭を過ぎるぐらい、なのはは圧倒的だった。

「まぁ、今回はあたし関係ないし」

  ティアナは二人の話し合いを邪魔するつもりは無かった。

「最低だこの人っ!?」



「・・・あんた、さっきから随分言うわね?」

  確か、エリオは自分に気を使っているのではなかったのか?

  ティアナが軽く睨むと、エリオは急に大人しくなった。

「す、すみません」

「馬鹿ねぇ。
 なんであやまんのよ」 

「そ、それは・・・」

  口篭もるエリオに、ティアナは楽しそうな笑みを浮かべ、

「嫌いじゃないわよ。
 少なくとも、気を使われるよりよっぽどいい」

  俯くエリオに優しく語り掛けた。

「え?」

「可愛くはないけど、そうやって言いたいことをはっきり言ってくれるほうがあたしは好きよ」

「・・・」

「フェイトさんにもそうやって自分の思いを全部伝えればいいのよ。
 いちいち難しく考えるから話が出来ないんでしょ」

「そうでしょうか?」

「そう。
 ってわけで、がんばってね」

「はぁ・・・・・って、はいっ!?」

  顔を上げるエリオ。

  すると、既にティアナは自分の周りにはいなかった。

  エリオが慌てて辺りを見回していると、



「エリオ」

「フェイトさん」

  自分に近付いてくる、緊張した様子のフェイトが見えた。








  フェイトが目の前に来ても、エリオは未だに決心が付かなかった。

  結局、当り障りの無い話をしてしまう。

「えっと、今まで仕事だったんですか?」

「え、ああ、うん。
 今日は遅くなっちゃったかな。
 午後の訓練見れなくてごめんね」

「いえ、そんな。
 あの・・・お疲れ様です」

「え、ああ・・・。
 うん、ありがとねエリオ」

  フェイトは嬉しかった。

  こうして、エリオの方から話し掛けてくれるだけでも、今までから考えたら随分な進歩だ。

  

  しかし、会話はすぐに途切れてしまった。  
  
  沈黙が二人を包む。



  早くも話す事が無くなってしまい、エリオは焦り出す。

「(どうしよう?
  やっぱり一郎さんの話題を・・・いやっ、さすがにまずい)」

  などと考えて首を捻っていると、

「ごめんね」

  寂しそうな目をしたフェイトがすまなそうに呟いた。

「え?」

「私と話してもつまらなよね」

  フェイトは自嘲するように笑いながらそう言った。

「そ、そんなこと・・・」

  違う。

  だが、エリオはどう話せばフェイトに自分の思いが伝わるのか分らなかった。

「やっぱり、一郎やティアナのようにはいかないなぁ」

「あの二人のように?」

「うん」

  フェイトは後ろを向いて空を見上げた。

  エリオに顔を見られないようにしながら、独り言のように呟く。



「私ね、一郎とティアナにちょっと嫉妬してるの」



「え」

「エリオは最近みんなと打ち解けてきてるけど、あの二人と一緒にいる時だけはいろんな顔を見せるでしょ?」  

「それは・・・」

  そうかもしれないとエリオは思った。

  二人には自分の全てを見せてしまった。

  今さら隠す事が何も無いので、他の人よりも無防備になってしまう。

  先程も、どれだけ気を付けていても、ティアナの前ではつい本音が出てしまった。

「いけないことだってわかってるけど、それでも時々思うんだ・・・。
 なんで私じゃ駄目なのかなって」

「・・・」

  エリオはフェイトの話を聞きながら、自分への怒りに震えていた。

  拳を握り締め、血が出るぐらいに唇を噛んでいる。

「エリオが心を開いてくれないのは、私に足りないところがあるからなのにね」

「・・・」

  笑いながら話すフェイト。

  でも、決してフェイトの顔は笑ってなどいないだろう。

「ヴィヴィオの後見人のこともちょっと迷ってるの。
 もしかして私は余計なことしてるのかなって」

「・・・」

  エリオは自らを奮い立たせようとしていた。

  今すぐにでも行動を起こさなければ、きっと自分は後悔するだろう。

「なのはがヴィヴィオの保護者になるんだから、私は・・・」  



「やめてくださいっ!!」

  フェイトの話を止める為、エリオは叫んだ。



  馬鹿な自分のせいで、フェイトは今までこんな思いを抱えていたのだ。

  今まで何をしていたんだ。

  真っ先にしなければいけない事から逃げて、変わりたいなどと本気で思っていたのか。  

  迷っている暇なんか、自分には一秒だって無かったんだ。








  フェイトは振り向いてエリオを見る。

  目を見開いて驚いているのは、今までエリオに怒鳴られた事など無かったからかもしれない。

  エリオはそんなフェイトの目を正面から捉えた。

  フェイトと本当の意味で目を合わせたのはこれが初めてかもしれない。

「今日は、僕がフェイトさんに話があるんです」

  震えながら何とか言葉を搾り出していく。



  怖い・・・。

  エリオは初めてそう思った。

  ティアナの時、自分は完全に錯乱していた。

  自分の意志で全てを曝け出した訳では無い、結果的にそうなっただけだ。

  でも今は違う。

「(自分の意志で、自分の全てをフェイトさんに伝えるんだ。)」 

  それは、エリオにとってとても怖い事だった。



  でも、逃げ場は無い。

  それに、自分もこれ以上逃げるつもりは無い。

 

  フェイトは姿勢を正して身構える。

  エリオの真剣さが伝わったのかもしれない。

「そうだったよね。
 ごめんね、私ばっかり話しちゃって」

「いえ」

  エリオはフェイトの謝罪を流した。

  そんな事は無い・・・そんな、形だけの否定などする場面では無い。

「まだ、自分でも整理しきれてないのでわかりづらいかもしれませんが、最後まで聞いてくれますか?」

「え・・・あ、うん。
 聞くよ。
 違うかな・・・聞かせて、エリオの話」



  エリオは深く息を吸い、ゆっくりと吐く。

  そして、



「僕は今まで誰も信じることができませんでした。
 フェイトさんは知ってますよね?
 両親・・・って言っていいのかわからないけど、あの二人から離されて、今まで知らなかった本当の僕を知りました。
 研究施設にいるうちに、僕は自分から全てを拒絶するようになっていった。

 あなたが来た時の僕は最低でした。
 フェイトさんは僕の全てを受け止めようとしてくれたのに、僕はその思いを拒絶するどころか無視した。
 何年も自分の殻に閉じこもった結果、僕は周りの全てが灰色に見えるようになったんです。
 僕と、僕以外の全て・・・そうやって分けて考えることで、僕は嫌なことを忘れようとしていました。

 そして、そんな僕の馬鹿な行為が、さらなる愚考を犯そうとしていた。
 六課の誘いを僕が受けた時、フェイトさんは喜んでいましたよね?
 でも、あの時僕は、フェイトさんの思いに応えた訳じゃなかったんです。

 僕は、全てを壊そうとしていた。
 自分から周りを拒絶して、自分には関係ないと開き直っても、僕の心の奥底に眠る悲しみや憎しみは消えてなかった。
 気付かないうちに大きくなっていった思いは、いつしか一つの結論に達しました。

 いつか全てを壊してやる。

 僕がフェイトさんの誘いを受けたのは、その為に都合がいいと考えたからなんです。
 六課には優秀な人間が揃っていたし、クロノ提督やリンディ提督などとの繋がりも使えるんじゃないかって考えて。

 それからのことはフェイトさんが知っている通りです。
 全てを諦めていた僕の心を一郎さんが掻き回して、ティアナさんの騒動で溜まっていた思いが爆発した僕は、ティアナさんと初めて本気でぶつかった。
 あの時に、僕が抱えていた色々なものが壊れて、僕はようやく変われたんだと思います」



  エリオは話を一旦止め、深く息を吐いた。

  フェイトはその間ずっと無言だった。

  身じろぎ一つせずにエリオの話を聞いている。

  そして、再びエリオは語り出す。

 

「少しずつ変わろうとしていた僕ですけど、フェイトさんのことはどうしていいかわからずに逃げ続けてました。
 だってそうでしょう?
 今まであなたにしてきたことを考えれば、なにをしたって許される訳ないじゃないですか!
 というより、許されていい訳がないんです。

 ずっとそう思ってきました。
 だから、ずっと逃げ続けて・・・きっとフェイトさんも僕も、これ以上深く関わらないほうがいいんじゃないかって、そんな馬鹿な考えで自分を正当化しようとしてきました。

 でも、あなたの話を聞いてやっとわかったんです。
 僕が曖昧な態度をとり続けたせいで、今まであなたにどれほどつらい思いをさせていたのか。

 だから、もう逃げません」



 フェイトは涙を流していた。
 
 頬を伝う涙は、途切れる事無く流れ続けている。



「フェイトさんが自分を卑下する必要なんかないんです。
 ヴィヴィオのことだって悩む必要ありません。
 なのはさんもヴィヴィオも、フェイトさんのことが必要なんです。
 ・・・僕のように。

 あなたのおかげで今の僕がいます。
 確かに、あの二人が僕を変えたのかもしれません。
 でも、あなたが僕を六課に誘い続けてくれなかったら、僕は今ここにはいません。
 あの二人にも出会うことはなかったと思います。
 だから・・・」



  エリオは心から祈る。

  どうか、自分の思いがフェイトに届いてほしい。

  フェイトには何時でも笑顔でいてほしい。

  その思いを込めて言葉を紡いでいく。



「今まで本当にすみませんでした。
 それと、本当にありがとうございました。
 まだ少しぎくしゃくすると思いますが、これからもよろしくお願いします。

 僕は・・・・・僕は、あなたに出会えて本当によかったです」















  その頃、一郎とアギトの部屋では。



  一郎の話を聞いたギンガは、あまりの衝撃に思わず立ち上がっていた。

「ど・・・どうしてそれを・・・」

「それってどっちのことだ?
 事件を起こした連中のことか、それともお前等のことか?」 

  一郎はギンガに聞いた。



  ギンガが一郎の問いに答える前に、

「どっちでもいいからとにかく座れ」   
 
  アギトにそう言われ、ギンガははやる気持ちを抑えながらとりあえず座った。

「私達のことです。
 八神部隊長から聞いたんですか?」

  自分達の秘密を知っている人間は数少ない。
 
  しかし、

「そっか、はやてなら知ってるよな、さすがに。
 なのはも知ってんだろうな、スバルは自分で選んだんだし」

  顎に手を当てて考える一郎の様子を見ると、どうやら違うようだ。

「違うんですか?」

「ああ。
 スバルは隠してたからな。
 六課の中でも誰が知ってて誰が知らないのかわからねえし」

  不用意に広める事はしなかった。

「なぁ?」

  そう言って、一郎はアギトを見た。

「そうだな」

「え!?」

  つられてギンガもアギトを見る。

「アギトも知ってるの?」

「ああ」

  アギトは頷いた。

「だ、誰から?」

  混乱しているギンガに対し、一郎はさらに混乱させる事を言う。

「ゲンヤさんだよ」

「父さんっ!?」

  ギンガは今度こそ叫び声を上げてしまった。

  まさかここで自分の父親の名前が出てくるとは思わなかった。

「この前、休みの日にアギトと街に出た時に偶然会ったんだよ。
 で、二十歳になった俺を酒飲みに連れてってもらったんだ」

  一郎の説明を聞いて、ギンガは最近の父の動向を思い出す。

「・・・あっ!?
 そういえば、父さんが珍しく泥酔して帰ってきたことがありました」

  隊舎に帰ってきた時の父は随分と楽しそうだった気がする。

「その日かもな。
 ゲンヤさんかなり酔ってたし」

  そう言ってアギトを見ると、

「飲まなかったあたしにとっちゃ最悪だったよ。
 二人揃って潰れやがって」

  アギトは思い出して溜め息を吐いた。

  あの時は、二人を置いて帰ってしまおうかと本気で思った。

「じゃあ、その時に?」

  ギンガが聞くと、

「ああ。
 飲み始めてすぐだったから酔ってはなかったと思うぞ。
 誰にも言うなって言われたから、そこら中で言ってる訳じゃないと思う」

「そうだったんですか」

  ギンガは驚いていた。

  父が一郎にそこまで話していたとは。

「まぁ、それでお前等のことは知ってたって訳だ。
 スバルが話さない以上、俺達も聞きはしなかった」

  ギンガはスバルにこの事を話すべきか迷う。

  スバルからの手紙では、自分の秘密を話せない事を随分と悩んでいるようだった。

  特に、命の恩人である一郎に隠し事をしているのが辛そうに感じた。



  悩んでるギンガに向かって、一郎は軽い調子で話し掛ける。

「でもまぁ、俺にとっちゃどうでもいいことだしな。
 お前もいちいち気にする必要はないんじゃないか?」

「なっ!?」

  聞き捨てならない言葉だった。

  ギンガは一郎を睨みつける。

「どういう意味ですか?」

  ギンガは怒りを抑え、静かに問い掛けた。

「なにが?」

  そんなギンガに、一郎は変わらぬ調子で聞き返した。

「気にするに決まってるでしょうっ!?
 どうでもいいなんて、そんな気休めはいりません!」

  そう。

  当たり前の事なのだ

  自分とスバルは普通の人間とは違うのだから。



  しかし、

「でもなぁ、俺にはお前等がなにを気にしてるのかさっぱりわからん」

  一郎はギンガの神経を逆撫でするような言葉を続けた。

「わからないって、そんな訳ないでしょう!!
 戦闘機人については知ってるんですよね?」

「ああ。
 あれだろ・・・なんか、サイボーグみたいな感じ」

  随分と大雑把だが、間違ってはいないだろうと一郎は思う。

「だったらなんで!?」

  大声を上げるギンガに、一郎は落ち着いて答える。



「それはな、俺とお前等が違うからだ」



  一郎の言葉に衝撃を受けるギンガ。

  改めて人から言われると、分かっていてもやはり辛い。

  しかし、一郎はギンガが思っているような意味で言ったのでは無い。

「勘違いすんなよ。
 お前等ってのは、お前とスバルじゃない。
 俺を除いたみんなって意味だ」

「・・・・・え?」

  どういう事だろう?

  ギンガには一郎の言っている意味が全く分らなかった。

  やはり勘違いしている様子のギンガに、一郎は溜め息を吐きながら説明する。

「お前はさ、自分が戦闘機人であることを異常なことのように言ってるけど、俺からすれば大したことのように思えないんだよ。
 俺からすれば、この世界で常識のように認識されてる魔法のほうがよっぽど変だ」

「・・・・・はい?」

  この人は何を言っているのだろう?    

「だってそうだろ。
 空を飛んで、炎出したり氷出したり雷だしたり・・・絶対変じゃん?」

「いや・・・じゃん、とか言われても・・・」

  それの何処が変だと言うのだろう。

「空を飛ぶ空戦魔導師は誰もがなれるという訳ではないですけど、別に変というほどのものでは・・・」

「そういうことじゃない。
 あれだろ、お前はミッドチルダの常識で考えてるだろ?
 っていうか、管理世界の」

「え、それは当たり前のことでは・・・」

  ギンガは当然の事だと思っている。 

  他に何があるというのか。

「俺は地球出身だ。
 魔法技術のない、管理外世界のな」

「あっ!?」

  ギンガは思わず声を上げてしまった。

  忘れていた。

  一郎があまりに自然にいるものだから、そんな事気にもしていなかった。

「でも、八神部隊長や高町一尉は・・・」

「あいつ等は例外中の例外だ。
 あの二人を基準にして考えるな」     

  二人が聞いてないからといって好き放題言う一郎。

「俺のいた世界じゃなぁ、お前等が大騒ぎしてる質量兵器なんてもんがゴロゴロしてる」

  身近に存在していた訳では無いし、ゴロゴロという表現もどうかと思うが、その方がギンガには分かりやすいだろう。

「それは・・・」

  確かに、そういった世界も存在している事は当然知っている。

「そういう意味で、俺とお前等は違うって話だ。
 魔法なんてもんが当たり前のようにある世界で、戦闘機人の話をされても、まぁ・・・そんなこともあんだろうな、ぐらいにしか・・・」

「・・・」

  そんな考えもあるのだと、ギンガは初めて知った。

  頭が混乱していて考えが纏まらない。

  でも、確かにそうかもしれない。

  魔法技術が存在しない世界の人間からすれば、魔法も戦闘機人もどちらも変わらず異質のものだろう。

  そんな人からすれば、自分達の何処が異常なのか分らないなんて事があるのだ。








  ギンガが考え込んでしまい、どうしたものかと何もせずに座っている一郎とアギト。

  すると、



 “ドンッッッッッ!!!!!”



  凄まじい轟音が玄関のドアから響いた。

「な、なんだ?」

  音は続いて何度も聞こえてきた。

  その度に、玄関のドアが軋んでいく様子が分かる。

「イ、イチロー」

  突然の事態に、アギトは一郎の肩に飛び乗った。

  アギトも恐怖を感じているのかもしれない。



  そして、ドアがついに破られ、外から一郎目掛けて何者かが突進してくる。

  その人物とは、



「一郎っ、聞いて聞いて大変なの!!
 どうしよう、ねえ、どうすればいいと思う?
 私もうどうしていいかわからないの。 
 すっごいことがおきたんだよ、ねえねえ一郎聞いてるの?」

  エリオの話に舞い上がってしまい、無意識のうちにここまで走ってきたフェイトだった。

  
     

 



  フェイトは一郎の上に馬乗りになると、一郎の肩を掴んで激しく揺さぶる。

  アギトは既に一郎から離れて見物していた。

  ギンガは考え込んでいてまだ気付かない。



「ねえ一郎聞いてるの?
 凄いんだよ、さっき凄いことがおきたんだよ。
 エリオがね・・・」

「ちょっ、フェイト・・・ま・・・」

  フェイトは一郎に自分の気持ちを分かってほしいのだが、一郎は頭を激しく揺さぶられているせいで、話の内容が全然頭に入らない。

「(き、気持ち悪い・・・)」

  何とかフェイトを止めようとするのだが、有頂天のフェイトは一郎の話を聞こうともしないし、一郎は先程からのフェイトの攻撃の影響で体が言う事を聞かない。

「(・・・こいつ・・・最近俺のこと避けてなかったか?)」

  確かそうだったような気がするのだが、一郎は段々と意識が朦朧としてきてこれ以上考える事が出来なかった。



  そんな一郎にも気付かずに、フェイトの話は続いていた。

「私もう嬉しくて、どうしよっか?
 エリオが・・・エリオがねーーーーーっっっっっ!!!!!」








  アギトはタイミングを見計らっていた。

  一郎はフェイトのなすがままで、糸が切れた人形のようになってまだ一分も経っていない。

  いつもは終わるまで放っておくのだが、今夜のフェイトはかなり様子がおかしいので止めた方がいいだろう。

  でも、

「あれ止めんのやだなぁ」

  アギトには喜んでいるようには見えず、何か危ない感じに見えるフェイトと、別の意味で危ない一郎。

  二人を見ながら、アギトはそんな事を呟いた。 



  ようやく周りの騒ぎに気付いたギンガがアギトに声を掛ける。

「ど、どうしたのこれ?」

「さあな」

  アギトは投げやりに答えた。

  そんな事、自分の方が聞きたいぐらいだ。

「なんでフェイトさんが?」

「・・・」

  ギンガの質問には答えず、アギトは玄関の方を見る。

  そこには、全体的に凹んだ姿のドアが横たわっていた。



  溜め息を吐き、アギトは思う。

「(また管理人に怒られる・・・)」

  一体これで何度目だろう?

  それに、今回は怒られるだけでは済むまい。



  何をしているのか分からない二人を見ながら、落ち込んだ様子のアギトにギンガは言う。

「一郎さんっていつもこんなことしてるの?
 ・・・確かに、誰にでも出来ることじゃないわね」

  二人を見ていると、何と言うか、深く考えるのが面倒臭くはなってくる。

「・・・」

  ギンガの問いに、アギトは何も答えられなかった。










          ・・・つづく。










     ◆あとがき◆

 この話もギャグっぽくするつもりで、最初は一郎とフェイトのくだりしか考えてませんでした。
ですが、いざ書き始めると思ったよりも話が広がってしまい、収拾が着かなくなって時間が掛かりました。

 前回はなのは、今回はフェイトで、次ははやての予定なんですが、この分だとはやてもあまり目立たなそうです。 




     



[5745] 第26話「たとえお前が嫌がっても、俺はお前を一生逃がすつもりはないから(ニコッ)」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:3c630c0d
Date: 2009/02/10 22:13





 はやて「先日、カリムから新しい預言が届いた。

     それによると、どうやら地上本部で開かれる公開意見陳述会が狙われる危険性が高いらしい。

     なにする気か知らんけど、絶対に機動六課が阻止してみせるわ。





     それと、アギトが前線に出ることが決まって、今後はたぶんシグナムかヴィータと組むことになる。

     明日ユニゾンしてみて相性のよかったほうに決めることになるけど、アギトはすっかり忘れとったみたいや。

     そのことを話したら随分と微妙な顔しとったなぁ。

     いっちゃんと一緒におるのが当たり前になってたってことなんやろうけど、あんま深く考えんほうがええよ。     

     まぁ、いっちゃんみたいにアギトの気持ちをまったく考えんのもどうかと思うけど。             

  


     いっちゃんか・・・。

     はぁ、不安や。



     どんどんいっちゃんのことが心配になってくる。

     きっと今までのイメージが強すぎるせいやろな。

     別にいっちゃんが前線に出る訳やないのに、ちっとも不安が消えん。

     どうしても、私やフェイトちゃんの時のようなことがまた起こるんやないかって思ってしまう。

     勿論、あの時のことは感謝してる。

     してるけど・・・でも・・・怖いんよ。

     いっちゃんを六課に入れなければ、なんてことにだけは・・・お願いやからならんでほしい。





     にしても、なのはちゃんとフェイトちゃん・・・。

     何時の間にいっちゃんと元通りになってったん?

     いつもみたいに気にしないことにしたってどういうことや!?

     

     ・・・はぁ。     

     一人で悩んでるのもアホらしいし、直接聞くしかないんかなぁ?」














          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第26話「たとえお前が嫌がっても、俺はお前を一生逃がすつもりはないから(ニコッ)」















  勤務時間が終わり、帰ろうとした所で一郎は料理長に捕まった。

  アギトが傍にいない理由を聞かれ、二人で食堂のテーブルに着くと、一郎は料理長に今日の事を説明する。



  今後アギトが前線に出る事が決まり、明日シグナムとヴィータのユニゾンを行う事。

  はやてからその話を聞いたアギトが固い表情をしていたため、緊張しているのかと思って励ました所、急に怒り出して飛んでいってしまった事。

  キャロから聞いた話によると、アギトにはリインフォースⅡが付いてるらしい事。



  一郎の話が終わり、黙っていた料理長が口を開く。

「あほう」  

「ぐっ・・・」  

  自分自身よく分かっているだけに何も言い返せない。



  一郎が何も言えずに黙っていると、料理長は一郎の頭を突付きながら、

「てめぇのここの中にはおがくずでも詰まってんのか?」

「・・・・・どうなんでしょうか?」

「こっちが聞いてんだよ。
 で、今からどこ行くつもりだったんだ?」

「え・・・いや、帰ろうかと・・・」

“ゲシッ!!”

  蹴られた。 

「いっ!!
 ・・・なにすんですか」

  一郎は痛む足を押えながら料理長を見上げた。

「んなこったからあほうだってんだお前は。
 とっととアギトんとこ行ってこい」

「いや、でも・・・今はリインが付いてるっていうし、俺は明日にでも・・・」

  一日置いた方が冷静になれるのではと一郎は考えているのだが、

「・・・・・はぁ」

  料理長は、心底馬鹿にしたような目つきをしながら溜め息を吐いた。

「お前、アギトがなんで怒ったのか未だにわからない訳じゃないよな?」   

  もしそうだったら、今度は蹴るだけで済ませるつもりは無い。

「いえ、わかってると思います。
 あいつは融合騎として生きるんじゃなく、俺と一緒にいることを選んだ。
 その選択の意味を、あいつほど重く考えてはいなかったってことですよね?」

  アギトに怒られてすぐは分からなかったが、リインフォースⅡの説明を聞いてようやく理解した。

  シグナムかヴィータとユニゾンする事がベストで、アギトもそれは分かっているのだろうが、簡単に割り切れるものではないらしい。

「わかってんならとっとと行けよ」

  だったらなんで帰るなんて言い出すんだか・・・。
 
  料理長は呆れながら一郎を見るが、

「いいじゃないですか、明日ちゃんとアギトには謝りますから。
 ほっといてください」

  一郎はまだ踏ん切りが付かないようだ。



  そんな一郎に、料理長は再び溜め息を吐く。

「っとになさけねえな。
 お前に女の気持ちがわかる訳ねえんだから一晩考えたってなにも変わらねえよ」

「関係ないでしょそれは。
 っていうか、なんでそんなことまで言われなきゃならないんすか?」

  段々一郎の口調も荒くなってきた。

  自分の考えが足りなかったとはいえ、そこまで言われては流石に一郎もいい気分はしない。

「一緒だ一緒。
 だから未だに嬢ちゃん達になにも言えねえんだろうが、このへタレ」

「それこそ関係ねえっていうか余計なお世話だーーーーーっっっっっ!!!!!」

  一郎は大声で叫ぶと、この場から離れる為に帰ろうとした。

  しかし、



「なんや、でっかい声出して」

  一郎に会いに来たはやてが食堂に入ってきたため、出て行く機会を逃してしまった。



  気を取り直しはやてに話し掛ける一郎。

「はやて、なんかあったのか?」

「え・・・あ、まぁ・・・そうなんやけど・・・」

  話しにくい事なのだろうか、何故か口篭もるはやて。

「けど?」

「あー、ちょっとな。
 いっちゃんに聞きたいことがあって来てみたんやけど、今忙しそうやしまた後で・・・」

  ほっとしたような、でも少し残念なような微妙な気持ちになりながら、はやては足早に食堂を出て行こうとした。

  しかし、一郎は慌ててはやての腕を掴んで引き止める。

「いや、ちょうどいいところに来てくれた。
 用は済んだから一緒に行こう」 

「ええの?」

「ああ、大したことじゃなかったから」

「でも・・・」

  そう言って、はやては料理長を見た。

  何があったのかは分からないが、先程の大声を聞く限り大した事のように思えるが。

        

  すると、はやての視線の先にいる料理長が口を開く。

「本当にちょうどよかった。
 実はな、今こいつとあんた達の話をしようと・・・」

「喋るなーーーーーっっっっっ!!!!!」

  再び大声を出して料理長の話を邪魔した一郎。

  料理長に駆け寄ると、はやてに聞こえないように小さな声で口止めをする。



「・・・・・なんなん?」

  間近で一郎の大声を聞かされたはやては、耳を押さえながら二人の様子を見ていた。  















  一方その頃、アギトは機動六課の隊舎上空に浮かんで空を見ていた。

  リインフォースⅡは何も言わずにアギトの隣で同じようにしている。


  
  暫く経った頃、アギトがようやく口を開いた。

「悪かったな、リイン」

「なにがですか、アギトちゃん?」

  アギトの言っている意味が理解出来ていないかのように、リインフォースⅡはアギトの謝罪を受け流した。

「別にあの二人がどうって訳じゃないんだ。
 ただ・・・」

「いいんですよ。
 ちゃんとわかってます」

  リインフォースⅡはアギトの話を止めた。



  リインフォースⅡには始めから分かっていた。

  自分にとってのはやて達が、アギトにとっては一郎なのだ。

  その関係は特別なもので、たとえ選んだ道が違っていても、同じような思いを抱いている自分にはアギトの気持ちがよく分かる。








「なんでこんな簡単なことを考えなかったんだろうな・・・」

  アギトは自分の考えの浅さに呆れてしまった。

  自分が前線に出るというのなら、融合騎としての自分が求められるのは当然の事だった。

「ついこの間まではすげー迷ってたんだけどなぁ」

  シグナムにしろヴィータにしろ、きっと良いロードになるに違いない。

  かつて自分の望んでいた事が短期間とはいえ叶うというのに、なぜ躊躇うのだろう?



  いくら考えても答えは出ない。

  アギトが隣を見ると、リインフォースⅡは優しく微笑んでいた。

  自分の考えを見透かされている気がして、アギトは不機嫌そうな顔をする。

「・・・なに笑ってんだよ」

「笑ってないですよー」

「笑ってんじゃねえか」

「きっとアギトちゃんの気のせいです」

  そう言って、リインフォースⅡは満面の笑みを浮かべてアギトを見つめた。



「てめぇ!!」

  アギトは半ば八つ当たり気味にリインフォースⅡに掴みかかろうとする。

「きゃっ!?」

  間一髪回避したリインフォースⅡ。

「避けんな!」

「アギトちゃん、なんだかお顔がとっても怖いですよ?」

  そう言いながらも、リインフォースⅡの顔は笑ったままだ。



  そんなリインフォースⅡを見てアギトは益々腹を立てる。

「リインッ、待てっ!!」

「きゃあきゃあきゃあ♪」

  必死の形相で追い掛け回すアギトと、笑いながら逃げ回るリインフォースⅡ。

  機動六課の上空で繰り広げられる二人の追いかけっこは、二人が疲れるまで暫くの間続いていた。

  

 
    


    
  






  はやても加えて三人でテーブルに着くと、はやては今まで気になっていた事を一郎に聞いた。

  一郎を達を連れて聖王教会に行って以来ずっと気にしていたのだが、気が付けば未だに気にしているのは自分だけだった。



  はやてから話を聞いて、一郎はようやく三人の様子がおかしかった理由を知った。

  思わず舌打ちして毒づく。

「クロノのやつ、余計なことを・・・」

「ってことは、やっぱり本当なん?」

  はやてが聞くと、一郎はどう答えるべきか悩んだが、

「・・・さぁ、どうだか」

  結局、そう言って誤魔化した。



  一郎を見ながらはやては、

「ふ~ん。
 そうなんや・・・」    

  自然と零れてくる笑みを堪える事が出来なかった。

  どうやら誤魔化す事は出来なかったらしい。

  付き合いが長いにも関わらず、そんな答えで誤魔化せるのはフェイトぐらいのものだ。

「・・・・・はぁ」

  溜め息を吐く一郎。

  絶対にという訳では無いが、あまり知られたくは無かった。  

  とはいえ、知られてしまった以上は仕方が無い。

  というより、はやてや、はやてを通してなのはとフェイトに知られるのは此の際大した問題では無い。

「(問題は・・・)」

  一郎はこの場にいるもう一人の人物に目を向ける。

「・・・・・」

  先程から一言も喋ってないが、料理長の目はこう言っている。



  面白い事を知った。

  

  にやにやと笑っている料理長を見ながら、一郎は明日から面倒な事になると思い憂鬱になった。















  本気の追いかけっこは二人が疲れて終了した。

  体を動かして少しはすっきりしたのか、アギトの顔にも笑みが浮かんでいる。



  少し休憩し、落ち着いた所でリインフォースⅡが話を切り出す。

「それじゃあ、イチロウのところに戻りましょう」

「え~」

  先程までとは打って変わって嫌そうな顔をするアギト。

「え~じゃないです。
 さ、行きましょう」

  そう言ってリインフォースⅡがアギトの手を引っ張るが、

「いや、明日でいいって・・・」

  一郎と同じような事を言って抵抗した。



  リインフォースⅡは一旦手を離し、駄々をこねるアギトを見ながら苦笑する。
    
「もう、駄目ですよアギトちゃん。
 イチロウだってきっと待ってます」

「あいつはもう帰ったって。
 だからさ、今日はとりあえずキャロのところにでも・・・」

「だーめーでーすー」

  叱るような声を出してアギトの提案を却下するリインフォースⅡ。

「いや、でもさぁ・・・」

「そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ。
 アギトちゃんがイチロウのことを思ってるのと同じくらい、イチロウだってアギトちゃんのことを大切に思ってるんですから」

  リインフォースⅡの真っ直ぐな言葉に顔を赤くするアギト。

「いや、あたしは別に・・・。
 っていうか、あいつがそんなこと思ってるかなんてわかんないし・・・」

  俯くアギトに、リインフォースⅡは明るい声を出して励ます。

「そんなことありません」

  一郎もアギトも普段強気というか強引な所があるのに、自分の事になると臆病な所がある。

「イチロウも恥ずかしいから、アギトちゃんに知られないように隠そうとしてるんですよ」

「なんでそんなことを?」

「それはアギトちゃんだって知ってるはずです」

  自分に関係している事だからうまく考えられないだけだ。

  

  リインフォースⅡはアギトに向かって楽しそうに言う。

「イチロウは・・・お馬鹿さん、なんですよ♪」 










          ・・・つづく。










     ◆あとがき◆  

 えー、今回ははやてをメインにおいた話を展開させて・・・・・まぁ、出せただけましかなと思ってます。

 次からは公開意見陳述会がスタートするので、今回のようなのんびりした展開はラストまで無いかもしれません。
    
        





[5745] 第27話「俺を出さないというのならそれでもいいさ。 その隙にヴィヴィオを(以下、検閲の結果削除)」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:328bd9a6
Date: 2009/02/15 04:27





  公開意見陳述会は、本局や各世界の代表による、ミッドチルダ地上管理局の運営に関する意見交換が目的で開かれる。

  今回は特に、かねてから議論が絶えない地上防衛用の迎撃兵器・アインへリアルの運用についての問題が話し合われる予定だ。



  そして、機動六課は陳述会の会場となる地上本部の警備任務に就く。

  カリムの預言が正しいのなら、この地上本部の壊滅をきっかけに管理局の崩壊が起こる事になるという。



  地上本部に到着した機動六課のメンバーは、本部ビルの中と外、二手に別れて警備を開始した。

  なのはとフェイトはビルの中で警備をし、はやては陳述会に参加するために会議室の中に入った。  

  ビルの外にはヴィータ・シグナム・リインフォースⅡ・アギト・ティアナ・スバル・キャロ・エリオ・ギンガの九人が任務に当たって

いる。

  ビル内にはデバイスを持ち込めないので、なのは達はデバイスを外で警備をする隊員達に預けて中に入っていた。








  そして、公開意見陳述会が始まった。



  緊張感を高め、警戒を怠らない機動六課の隊員達。

  しかし、開始から数時間が経ち、日が暮れようとしている頃になっても何も起こらず、公開意見陳述会は順調に進んでいった。

  

  










          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第27話「俺を出さないというのならそれでもいいさ。 その隙にヴィヴィオを(以下、検閲の結果削除)」











  

  

  それは公開意見陳述会終了間際に起きた。



  地上本部の幾つかの場所で爆発が起き、それと同時に地上本部通信管制システムがクラッキングを受けた。

  そして、突然現れた大量のガジェットドローンが本部ビルに取り付いてAMFを全開にし、本部ビルの機能は停止。

  全ての隔壁や非常口が閉じられてしまい、なのは達はビル内部に閉じ込められてしまった。















  一方、外にいるヴィータ達。

  報告のために一人離れているギンガは向かった先で対応に追われていたが、他の皆は状況を把握するために一箇所に集まっていた。 

 


「駄目だっ!
 はやて達と通信が繋がらねえ」

  ビル内部との連絡が取れず、ヴィータは思わず舌打ちした。

  刻一刻と悪くなっていく状況に、他の隊員達の顔色も険しい。



  ヴィータ達は防ぐ事が出来たが、辺り一体に麻痺性のガスが撒かれており、多くの局員は倒れている。

  通信障害も起きている為、地上本部の防衛機能が回復するまで時間が掛かりそうだ。




    

    

  焦るヴィータ達に、ロングアーチから通信が入ってくる。

《本部に航空戦力が向かっています。
 ランクは・・・推定オーバーS》

  通信を聞いて焦るシグナム。

「まったく、次から次へと・・・」

  これでは対策を立てる暇も無い。

 

  すると、焦る二人にスバルが提案する。

「副隊長、あたし達が中に入ります。
 なのはさん達を助けに行かないと」

  ティアナ・エリオ・キャロが頷く。

  三人も同じ考えのようだ。



  考えている時間は無い。

  ヴィータとシグナムは顔を見合わせて頷き、ヴィータがロングアーチに通信する。

「そっちはあたしとリインが空に上がって食い止める」

  シグナムはティアナ達に向かって、

「お前達は隊長達の下へ」

  そう言って、はやてのデバイスをティアナに渡した。
  

  





  ヴィータとリインフォースⅡは空へ向かい、ティアナ達がビル内部へ向かうと、シグナムとアギトがこの場に残った。
  


  傍にいるアギトがシグナムに問い掛ける。

  結局、アギトはシグナムと組む事に決まっていた。

「あたし達はどうすんだ?」
 
「大量のガジェット達が突然現れたのは、例の召喚魔導師の仕業だろう。
 ロングアーチ、位置を特定できるか?」

  すぐに返事が返ってくる。

《やっていますが不明です。
 遠隔地からの召喚の可能性もあるので厳しいかもしれません》

「そうか・・・」

  どちらにしろ、今すぐに行動する事は出来ない。

  シグナムは召喚魔導師の少女の事を後回しにする事にした。

「・・・駄目か」

  悔しがるアギト。

「だがのんびりしている暇はないぞ。
 私達は火の手が上がっているところに向かう」

  事態の収拾は大事だが、最低でも襲撃者の一人ぐらいは確保しなくてはならない。

「おうっ!!」

  アギトはすぐに気持ちを切り替え、気合を込めて返事をした。 

  







  

  



  上空でアギトとリインフォースⅡは一人の男と対峙していた。

  大柄の男で、手には槍を持っている。

  

  ヴィータはリインフォースⅡとユニゾンして目の前の男と何度か打ち合ったが、決定打を与える事が出来ないまま時間だけが過ぎてい

った。



  ヴィータは距離を取って男に話し掛ける。

「目的はなんだ?」

「・・・」

  男は何も答えなかった。

  手に持った槍をヴィータに向けて構え、微動だにしない。

「あたしは管理局機動六課・スターズ分隊副隊長のヴィータだ」

  名乗ってはみたものの、ヴィータは返事を期待した訳では無い。

  しかし、男はヴィータの問いに初めて言葉を発する。



「ゼスト」

  たった一言、そう呟いた。  








  ヴィータに槍を向けながら、ゼストは焦っていた。

「(いい目をしている・・・それに、強い)」

  ヴィータとのこれまでの攻防でゼストはそう感じていた。



  フルドライブを仕掛ければ倒せるかもしれないが、それでは自分の肉体に負担が掛かりすぎてしまう。

「(それでは意味がない)」 

  自分の目的は、地上本部のビルの中にいるレジアスに会って確かめたい事があるのだから、ここで全てを出し尽くす訳にはいかない。

  しかし、このまま時間だけが過ぎていけば、いずれ地上本部の防衛機能も回復するだろう。

  そうなってしまえば、単身ビルに乗り込んだ所で返り討ちに遭うだけだ。



「(仕方ない・・・)」

  この時点でゼストは、今回は目的を達成する事が出来ないだろうと悟った。

  それならば早く撤退する必要があるのだが、そうはいかない。

「(まだルーテシアは活動中だ。
  ここで俺が引けば、この局員がルーテシアの下に向かうかもしれない)」

  ゼストには、ここ数年共に過ごしてきた召喚魔導師の少女の事が気に掛かっていた。

  

  考え込んでいたゼストをヴィータがからかう。

「どーした、おとなしく投降する気にでもなったか?」

  ゼストは考えを中断し、ヴィータの言葉を一笑に付する。

「まさか・・・・・ゆくぞっ!!」



  ゼストは気合を入れると、ヴィータをこの場に留めて置く為、再びヴィータに向かって突進して行った。















  地上本部の地下通路で、なのは達とティアナ達が合流した。



  なのはとフェイトは、ティアナ達から自分のデバイスを受け取る。

「あの、八神部隊長は?」

  ティアナがはやてのデバイスを持ちながらなのはとフェイトに聞くと、

「会議室のドアは開かないし、通信もできなかったからみんなと合流することを優先したんだ。
 他の局員達と協力して、エレベーターのドアをこじ開けたの」

「はやてはまだ会議室にいると思う」

  との答えが返ってきた。

「シグナム副隊長から預かった、八神部隊長のデバイスはどうしましょう?」

「う~ん、そうだね・・・」

  と、なのはが考えていると、



「高町一尉!!」

  カリムと共に陳述会に参加していたシャッハが、自分たちの下に走ってきた。



  会議室にいるはずのシャッハの登場になのはとフェイトは驚く。

「シスターシャッハ!?
 会議室にいたはずでは・・・」

「会議室のドアはなんとか開きました。
 それで、私はお二人の後を追ってきました」 

「はやては?」

「まだ会議室の中です。
 カリムと共にガジェットや襲撃者についての説明をしていらっしゃいます」

「そっか・・・」

  とにかく、これではやて達の無事は確認できた。



  なのはは次に隊員達の現状を把握する。

「ティアナ、ここにいない他のみんなは?」

「ヴィータ副隊長とリイン曹長は空で何者かと交戦中、シグナム副隊長とアギトは戦闘機人一名を見つけたと先程通信がありました」

「そう、それで・・・」

  フェイトが最後の一人について聞こうとした時、



「ギン姉っ!!」 

  スバルが突然大声を上げた。

     

「スバル?」

  なのはが声を掛けると、スバルが深刻そうに報告する。

「ギン姉と通信が繋がらないんです」

  続いてティアナがなのはに向かって、

「ここに来る途中、戦闘機人二名と交戦しました。
 表にはもっといるはずです」

  

  詳細を知る必要があるため、フェイトはロングアーチに通信を入れる。

「ロングアーチ、こちらライトニング1」

  しかし、フェイトの耳に入ってきたのは、酷くノイズ交じりのグリフィスの声だった。

《・・こちら・ロングアーチ・・・》

「グリフィス!?
 どうしたの?」

《・・・こちらは今、ガジェットとアンノウンの襲撃を受けて・・・持ちこたえていますが・・・もう・・・》

  途切れ途切れの音声からも、事態の深刻さが伝わってきた。



  どうやら、考えている時間は無いらしい。

  なのははすぐに命令を下す。

「分散しよう。
 スターズはギンガの安否確認と周辺戦力の排除。
 ライトニングは六課に戻る」 

「「「「はいっ!!」」」」

「シスターははやてにデバイスを渡してもらえますか?」

「はい」   

  シャッハは頷くと、ティアナからはやてのデバイスを受け取った。








  そうして、一同はすぐに行動を開始した。

  次々に起こる事態に頭が一杯で、キャロの体を襲う激しい震えに気付いた者は誰もいなかった。










          ・・・つづく。










     ◆あとがき◆
  
 さすがに書かない訳にはいかないので大まかな流れは書きましたが、ほとんど原作通りです。
問題は次の話で書くことになる、その頃一郎が六課でなにをしているかです。
とりあえず、空港火災の時とは違うようにするつもりです。

  

  
  



[5745] 第28話「オメーらじゃねーよ!! いいからとっととルーテシアを呼べっ、訴えるぞ!!」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:6f2d3910
Date: 2009/02/17 23:12





  公開意見陳述会が開催される日の朝、非番で暇を持て余していた一郎は、機動六課の隊員寮で寮母をしているアイナから連絡を受けた



  いつもはアイナかザフィーラがヴィヴィオの傍にいるのだが、ザフィーラは陳述会の影響で機動六課の人手が足りない為忙しいらしく

、アイナもこの日は午後から出かける用事があるのだと言う。

  なので、もしよかったらヴィヴィオの相手をして欲しいとアイナから頼まれ、一郎は快諾した。



  せっかくなのでヴィヴィオの為におやつでも作ろうと思い、一郎は街に出て材料の買出しをしてから機動六課の隊員寮へ向かった。 















  一郎がなのは達の部屋のドアを開けると、中からヴィヴィオが嬉しそうな顔をしながら駆け寄ってきた。

  一郎は腰を落としてヴィヴィオと目線を合わせ、近付いてきたヴィヴィオの頭を撫でる。

「暇だったんで遊びに来た」

「うん」

「なのはとフェイトが帰ってくるまで一緒に遊ぼう」

「・・・うんっ!!」

  ヴィヴィオは笑顔で返事をすると、一郎と手を繋いで部屋の中に引っ張っていった。








  ヴィヴィオと遊んでから暫く経った頃、一郎は一緒に読んでいた絵本を読み終えた所でヴィヴィオに尋ねる。

「そろそろおやつにするか・・・ヴィヴィオはなにが食べたい?」

「え・・・え~っと・・・」

  一郎の膝の上に座ったままヴィヴィオは考え込んでしまった。

  一郎は今までに何度も美味しいおやつを作ってくれるので、何にしたらいいのか迷ってしまう。

   

  結局、ヴィヴィオは選びきれずに悲しそうな顔をしてこう言う。

「いっぱいあってえらべない・・・」

「ははっ」

  一郎は思わず笑みを溢してしまった。

  嬉しい事を言ってくれるものだ。 

「ヴィヴィオがそう言ってくれるなら全部作ってやりたいけど、そうするとヴィヴィオのママ達に怒られるからな・・・」

  一郎の言葉を聞いて、ヴィヴィオはしゅんとしてしまう。

「・・・うん」

「特になのははおっかない。
 どうする・・・二人で怒られようか?」

  一郎はからかうようにそう言った。

  もしヴィヴィオがそれでもいいと言うのなら、一郎はヴィヴィオの望むだけ作るつもりでいる。

  あまり誉められた事では無いが、たまになら構わないだろう。

  しかし、

「ううん・・・いい」

  ヴィヴィオは一郎の提案を却下した。

「・・・そうか」

  何となく、そう答えるだろうと思っていた。

「うん。
 なのはママ、おやつばっかりたべちゃだめっていってた。
 それに・・・」

  ヴィヴィオはほんの少しだけ一郎を見る目つきを強め、



「なのはママ、こわくなんかないよ。
 とってもやさしい」

  

  一郎は嬉しくなり、声を上げて笑った。

  ヴィヴィオは一郎が何故笑っているのか分からず、不思議そうな目で一郎を見ている。

  一郎はすぐに笑うのを止め、ヴィヴィオの頭を優しく撫でる。

「ごめん。
 そうだな、なのはは優しいよな」  

「・・・」

  自分が何故頭を撫でられてるのか分からず、ヴィヴィオは一郎のされるがままにじっとしていた。

「じゃあ、こうしようか?」

「?」

「二人で作ろう」

「ふたり・・・ヴィヴィオも?」

  そんな事出来るのだろうか?

  今まで料理を作った事が無いヴィヴィオには分からなかった。



  一郎はヴィヴィオの問いに頷き、戸惑うヴィヴィオを安心させるように、

「大丈夫、おいしくできるようにちゃんと教えるから。
 それに・・・」

  一郎はヴィヴィオの耳元でそっと囁く。

「せっかくヴィヴィオも作るなら、二人だけで食べるんじゃなくてみんなにも食べさせてあげよう」

  一郎の言葉を聞いたヴィヴィオは目を見開いて驚いた。

「みんな?」

「そう。
 なのはやフェイト、アイナさんにザフィーラ、他のみんなにも作ろう。
 きっとみんなすごく喜ぶぞ?」

「ママたちに・・・」

  そう呟いてから、ヴィヴィオはその時の事を想像してみた。

  大好きな二人の母親に、いつも優しくしてくれるアイナ、抱きつくとふかふかで温かいザフィーラ。

  そんな皆が、自分の作ったおやつを食べて喜んでいる・・・。

  想像するだけで嬉しくなってきた。



  段々笑顔になっていくヴィヴィオ。

「どうする?」

「つくるっ!!」

  一郎が尋ねると、ヴィヴィオは元気よく返事をした。

  そして、ヴィヴィオは一郎の膝の上から飛び上がるように立ち上がり、一郎の腕を掴んで引っ張る。

「いちろう、はやくはやく」

「そんな急がなくたって大丈夫だよ」

  一郎はヴィヴィオを落ち着かせようとした。

  多分なのは達は夜にならないと帰ってこないだろう。

  ヴィヴィオも作るのだから難しい物を作るつもりは無く、それならば急いで作る必要は無い。

  しかし、ヴィヴィオは一郎の腕を掴む力を緩めなかった。

  寧ろ、より強い力で一郎を急かす。

「だめ!
 おいしいのつくるの!」

  ヴィヴィオの力強い言葉に、一郎は説得を諦めて立ち上がった。

「わかったよ。
 とびっきりおいしいやつ作ってみんなを驚かせてやろう」

「うんっ!!」

  ヴィヴィオは大きく頷いて、小さな拳をぎゅっと握り締めた。

    

  

     









          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第28話「オメーらじゃねーよ!! いいからとっととルーテシアを呼べっ、訴えるぞ!!」














  
  一郎はヴィヴィオ抱きかかえながら、炎と瓦礫が周りを包む機動六課の隊舎の中を走っていた。

  こうやって逃げ回ってはいるものの、もはやどうしようもない事態なのだと、一郎は考えずにはいられなかった。








  寮のキッチンで二人が料理を始めて約二時間、途中何度か失敗したものの、何とかヴィヴィオの納得がいくホットケーキを作る事が出

来た。

  二人で成功を喜んでいると、急に警報が鳴り響いた。

  どうやら、機動六課に向かって大量のガジェットドローンが押し寄せてきているらしい。

  出来上がったホットケーキをそのままにして、一郎はヴィヴィオを抱きかかえて隊舎に走った。



  それから、一体どれだけの時間が経ったのだろうか?

  ガジェットの大群に囲まれ逃げ場の無い中、フォワード陣を欠く機動六課の隊員達は防戦を強いられていた。

  シャマルとザフィーラが必死に押さえてはいるが、それもどこまで持つか分からない。



  ロングアーチとは通信が繋がらないし、なのは達がいつ戻ってくるのかも不明だ。

  この様子では地上本部も襲撃を受けているだろうし、すぐには戻って来れないと考えた方がいいだろう。



  火の手が迫り、建物が崩れてしまうかもしれないというのに、外に出る事が出来ない。

  結局の所、打つ手が無いのだ。








  とりあえず火の手の無い場所に辿り着くと、一郎はヴィヴィオを降ろして一息吐いた。 

「はあっ、はあっ、はあっ・・・。
 ヴィヴィオ、大丈夫か?」

  一郎は息を整え、ヴィヴィオの心配をして声を掛けた。

「うん、だいじょうぶ」

  気丈に振舞うヴィヴィオ。

「そっか。
 よし、えらいぞ」

  少しだけ笑みを浮かべ、一郎はヴィヴィオの頭を撫でた。

「でも・・・」

  ヴィヴィオはそう呟いて、悲しそうな顔をして一郎を見る。 

「せっかくつくれたのに・・・」

  その瞳からは、堪えてきた涙が今にも溢れそうだった。

「また作ればいいさ。
 な?」

「・・・うん」

  ヴィヴィオは頷くが、明らかに元気が無い様子だった。



  一郎がヴィヴィオを励ます言葉を考えていると、突然通信が入ってきた。

《一郎、無事か?》

「ヴァイスさん!?
 はい、なんとか・・・そっちはどうですか?」

《おう、当然だろ》

  一郎の耳にヴァイスの力強い返事が届いた。

「そうですか、こっちもヴィヴィオと二人でいるんですけど・・・」

《ヴィヴィオはお前の傍にいるのかっ!?》

  一郎の話を遮ってヴァイスは叫んだ。

「え、ええ・・・そうですけど」

  驚きながらも一郎は答えた。

《そうか・・・。
 ヴィヴィオは今俺達の話を聞いてるのか?》

  ヴァイスの言葉からは強い緊張感が伝わってきた。

  一郎はヴィヴィオを見る。

「いえ、今落ち込んでるんで聞いてないと思います」

  よほどショックだったのか、先程から俯いたままだ。



《なら、今から話すことはヴィヴィオには言うな。
 連中の狙いはレリックだけじゃない・・・ヴィヴィオもだ》

「なっ!?」

  一郎は思わず声を上げてしまった。

「どうしてヴィヴィオが?」

《さっき確認したんだが、ガジェットだけじゃなく戦闘機人もここの襲撃に加わっている》

「戦闘機人・・・」

《ああ。
 食い止めてる旦那や先生にそいつ等が言ったんだ》

「連中はヴィヴィオになにをするつもりなんですか?」

《わからん。
 ただ・・・ろくなことじゃねえのは確かだな・・・》



“ドンッ!!”



  話の途中で突然爆発音が聞こえ、ヴァイスからの通信が途絶えた。

「ヴァイスさんっ!?」

  いくら一郎が呼びかけても、再び通信が繋がる事は無かった。

「いちろう・・・どうしたの?」

  それまでずっと俯いていたヴィヴィオは、一郎の焦る様子に気付いて声を掛けた。

「え、ああ・・・。
 大丈夫、なんでもないよ」

  一郎はヴィヴィオを安心させる為に笑顔を作った。



  ぎこちない笑顔を浮かべながら一郎は考える。

「(どうすればいい・・・?
  ヴィヴィオが狙われてるんなら、逃げ回ったところで連中は諦めないだろう。
  時間を稼ぐにしても、なのは達がすぐに戻ってこれないなら意味がない)」

  ヴィヴィオを守り、そして・・・自分も助からなくてはならない。

  自分はもう子供では無いのだから、闇雲に向かっていくだけなど許されない。



  そして、一郎は一つの答えに辿り着いた。

  それは・・・とても可能性が高いとは言えない、まるで綱渡りのような危険な方法だった。

  だが、今の状況ではこれ以上の選択肢が増えるとは思えず、時間も無い。

  

  迷う一郎がヴィヴィオを見ると、不安そうな顔をしたヴィヴィオと目が合った。

「(俺に・・・できるのか?)」

  一郎は願った。  

  誰でもいいから教えて欲しい。

  自分がしようとしている事は・・・間違ってないのだろうか?



  ヴィヴィオは、なんだか苦しそうな顔をしている一郎が心配になって声を掛ける。

「いちろう・・・だいじょうぶ?」

「あ、ああ・・・大丈夫」

  しかし、ヴィヴィオは心配そうな顔で一郎を見ていた。

  一郎はそんなヴィヴィオを見て、自分が険しい表情をしている事に気付く。

「大丈夫だって。
 それより・・・」

  ヴィヴィオの気を紛らわせる為、一郎は話を替えた。

「ヴィヴィオはなのはやフェイトのこと好きか?」 

「ママ?
 うんっ、だいすき!」

  ヴィヴィオは元気よく答えた。

「アイナさんもザフィーラもみんなだいすき」

  続いてヴィヴィオは、日頃自分と一緒にいてくれる人達の名前を挙げた。

  そんなヴィヴィオを見ながら笑みを浮かべる一郎。

  しかし、



「いちろうもすき」

  ヴィヴィオのその一言がきっかけで、一郎の表情が固まった。



「え?」

  一郎の変化に気付かず、ヴィヴィオは話を続ける。

「おいしいおやつつくってくれたり、ヴィヴィオといっしょにあそんでくれたり、だいすきだよ」

「・・・くっ」

  耐え切れなくなった一郎は、ヴィヴィオを強く抱きしめた。

「どうしたの、いちろう・・・いたいの?」

  ヴィヴィオは少し苦しかったが、自分の事よりも一郎の心配をした。

「違うよ・・・違う」

  涙を必死で堪えながら、一郎は遂に決心した。

「(迷っている暇なんかないんだ。
  失敗した時のことなんか考えるな)」



  ヴィヴィオを抱きしめたまま、一郎はヴィヴィオに話をする。

「ヴィヴィオ・・・絶対に忘れないでほしいんだ」 

「なにを?」

「ヴィヴィオがみんなのことを大好きだって気持ち。
 それと・・・ヴィヴィオと同じくらい、みんなもヴィヴィオのことが大好きだってことを」

「・・・うん、わかった」








  

    

  

   
  機動六課を襲った戦闘機人のオットーとディードは、ようやく目的の少女を発見した。

  共に今回の作戦に参加していたルーテシアがレリックを発見したのだが、少女の方は見つからず、機動六課に残っていた魔導師二人を

倒した後に自分達も探す事になった。

  
      
  目的の少女の傍には一人の男がいた。

「ディード」

「魔力反応なし。
 障害にはならない」 

「そう」

  意見が一致した。

  オットーが二人に向けて警告する。

「大人しくその子を引き渡せば手荒な真似はしない」

  しかし、オットーは目の前の男がそれで引き下がるような事は無いだろうと思った。

  機動六課の連中は皆諦めが悪く、気絶するまで抵抗を止めなかった。 

  ディードもオットーと同じ考えで、既に双剣を構えていた。 

  しかし、



“ドンッ!”



「「・・・?」」

  オットーとディードの動きが一瞬止まった。

  男が傍にいる少女を自分達に向かって突き飛ばしたからだ。 

  警戒する自分達に対し、その男は言う。

「こいつが目的なんだろ?
 さっさと連れてけよ」

「どういうこと?」

  ディードが問うと、男は半ば狂ったように叫ぶ。

「俺には関係ないんだっ!!
 俺は局員じゃないし、給料がいいからここで働いてるだけだ!!」

「「・・・」」

  オットーとディードは互いに顔を見合わせた。

  目の前の男をどう扱っていいのか判断がつかないようだ。

「俺は死にたくないっ!!
 だから、こいつを連れてとっとと出てってくれ!!」 

「・・・つまり、その子を見捨てるって訳?」

  オットーは少女を見た。

  少女は何が起こっているのか理解出来ず、突き飛ばされた時のまま男を見上げていた。

  男はそんな少女を、まるで嫌なものでも見るかのような目つきで見下ろす。

「冗談じゃない、こいつのせいでこうなってんだろ。
 とんだ疫病神だ」

  その一言を聞いて、少女が大きく体を振るわせた。



  その後も、男は泣き言のような事を狂ったように叫び続けた。








「オットー」

  オットーはディードの呼び声に振り向き、小さく頷く。

「ただのゴミだ」

  そう言うと、少女に近付いて抱き上げる。 

  てっきり暴れるかと思ったが、少女は微動だにしなかった。
  
  目の焦点が合ってないようだが問題無い。

  生きてさえいればいいのだから。



「ぐあっ!!」

  オットーが叫び声がした方向を見ると、ディードが男を斬りつけていた。

  その男は体から血を流し、崩れるようにして倒れた。

「ディード?」

「ゴミを片付けただけよ」

  剣を振って血を払いながら、ディードは無表情に答えた。 

「そう。
 公開意見陳述会に行ってる機動六課の連中が戻ってきてるらしいから早く行くよ」

  そう言って、オットーは少女を抱えて歩き出した。

  ディードもオットーの後について歩き出す。



  既に、二人の頭の中からは男の存在は消えていた。








  一人残された一郎は、意識が薄れゆく中、体から流れる血を押さえずに天井を見上げていた。

「・・・・・くそっ・・・・・」

  本当にこんな方法しか無かったのだろうか?

  呆然と自分を見つめていたヴィヴィオの顔を思い出すと、あまりの怒りに自分を殴りたくなってくる。

「でも・・・・・とりあえず、かはっ!!
 はあっ、はあっ、はあっ・・・・・・・・・・上手くいった」

  血を吐きながらも、これからの事を考えていた。

  連中が何時気付くかが問題だが、暫くは大丈夫だろう。

  その為に、あんな反吐が出るような真似をしたのだから。
 
  だが、

「(ちょっとやりすぎたか?
  俺をゴミ扱いしてくれたのはよかったが、挑発しすぎた)」

  すでにかなりの量の血が流れてしまっている。

  炎や建物の崩壊も怖いが、その前に死んでしまうかもしれない。

「(まずい・・・これじゃ、あいつ等に伝えられない・・・)」

  それだけは何としても避けなければならない。

  だが、どれだけ力を入れようとしても一郎の体は動かなかった。

「(頼む・・・動いてくれ・・・)」

  一郎の願いは届かず、無情にも機動六課の隊舎は崩れていく。



  そして、一郎の意識は途絶えた。

    

  



  


          ・・・つづく。










     ◆あとがき◆

 よしっ。



 それだけっていうのもあんまりなんで、今回の話で一言。

 ごめん一郎、君とルーテシアが絡むシーンないや。




       



[5745] 第29話「これってあれだろ? 俺が出ていいってことだよな?」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:9f92a6d3
Date: 2009/02/23 21:14





  預言は覆らなかった。





  急いで機動六課の隊舎に戻ろうとするフェイト達の前に、二人の戦闘機人が立ちはだかった。

  フェイトは自分が戦闘機人を食い止めると言い、エリオとキャロに先に行くよう指示を出す。



  フリードリヒの背に乗って戻ってきた二人が見たものは、炎に包まれている隊舎と満身創痍の隊員達の姿だった。

  さらに、今にも崩壊しそうな隊舎の周りを多数のガジェットや航空戦力が取り囲む。

  そんな絶体絶命の状況を打破したのはキャロだった。

  里を出て行く原因にもなった強すぎる力・・・ヴォルテールという巨大な竜を召喚し、ガジェット達を一瞬で殲滅する。

  しかし、戦闘機人達はヴィヴィオを連れ去ってしまい、助ける事は出来なかった。



  攻撃は止まったものの、未だ燃え続ける隊舎を見ながら泣き叫ぶキャロ。

  周りには負傷した隊員達がいるにも関わらず、何も出来ずに震えていた。 

  そんなキャロを心配しながらも、エリオは隊員達の救助を開始する。

  救助をしている最中に、エリオは負傷したヴァイスから、一郎がまだ隊舎の中にいるというキャロが一番恐れていた情報を聞く事になる。

  戻る途中、非番のはずの一郎と通信が繋がらなかった事から嫌な予感はしていたが、その通りになってしまった。

  それを聞いたエリオは、単身、炎に包まれる隊舎の中に突入していった。








  地上本部では、一人別行動を取っていたギンガが戦闘機人三人を相手にぼろぼろにされた上に連れ去られてしまう。

  スバルはギンガを助けようと無茶をし、自分の体とデバイスを酷く損傷してしまった。

  ヴィータやシグナム達は襲撃者を捕らえる事が出来ず、正に完敗だった。



  戦闘終了後、地上本部の会議室のモニターに事件の首謀者スカリエッティが現れた。

  スカリエッティは声明を発表する。

  今回の犯行は不遇な技術者達の恨みの一撃であると笑いながら話すスカリエッティを、はやては悔しさを滲ませながら見ていた。















          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第29話「これってあれだろ? 俺が出ていいってことだよな?」















  公開意見陳述会の翌日、エリオは破壊された機動六課の隊舎から少し離れた場所で海を見ていた。



  何をするでも無く、ただ黙って海を見ていると、エリオは背後から自分を呼ぶ声がして振り向いた。

「ティアナさん」

「あんたねぇ、まだ休んでなきゃ駄目じゃない」

  普段通りに返事をするエリオにティアナは溜め息を吐いた。

「ああ・・・」

  そう言って、エリオは所々に包帯が巻かれている自分の体を見た。

「こんなの大したことないです。
 火傷っていっても軽いものですから」

「それでもよ」

  ティアナはエリオの隣に座ると、先程のエリオのように海を見る。

  エリオもティアナに合わせるように視線を海へ戻した。

「今からスバルの顔見に病院行くから、あんたも付き合いなさい」

「スバルさん、大丈夫なんでしょうか?
 ギンガさんが連れ去られてしまったんですよね?」

「・・・そうね。
 落ち込んでるでしょうね、きっと」

    

  

  

      
  暫く二人で海を眺めた後、ティアナは海を見つめたままぽつりと呟く。

「さっきシグナム副隊長から聞いたんだけど、一郎さんの手術がやっと終わったらしいわ」

  エリオは凄い勢いで首を振ってティアナを見つめた。

  

  一郎を隊舎の中から助け出したのはエリオだが、その時に見た一郎の姿は凄惨の一言だった。

  昨日の事件で負傷した隊員達は既に危険な状況を脱したらしいのだが、一郎だけは分からなかった。  

  

  険しい表情でティアナを見つめるエリオに対し、ティアナはそのまま海を見つめている。

「・・・どうだったんですか?」

  エリオは恐る恐るティアナに尋ねた。

  自分の方を見ないティアナにエリオは不安になってしまう。

「とりあえず、最悪の事態は防げたって」

  相変わらずエリオの方は見ずに、ティアナは淡々と答えた。

  それを聞いてほっとするエリオ。

「そうですか!
 ・・・・・よかった」

  緊張が解け、エリオは深く息を吐く。

  しかし、



「ただ・・・目を覚ますかどうかはわからないそうよ」

「・・・・・え?」



「・・・どういうこと、ですか?」  

  エリオはティアナの言葉の意味が理解出来なかった。

「言った通りよ。
 今すぐにでも目を覚ますかもしれないし・・・・・・・・・・十年経っても目を覚まさないかもしれない」

  この話をしてくれたシグナムの険しい表情から考えると、あまり期待しすぎないほうがいいのかもしれない。 

「そ、そんな・・・」

「キャロにさぁ、なんて言えばいいと思う?」

  ティアナの問いに、エリオは何も答える事が出来なかった。















「はあっ、はあっ、はあっ・・・」

「・・・」

  疲労が限界を超えてもなお訓練を止めようとしないアギトを、リインフォースⅡは悲しそうな目で見つめていた。




  昨夜、地上本部から帰ってきたアギトは、一郎が病院に運ばれ危険な状態にある事を知った。

  しかし、皆が勧めてもアギトは病院に向かおうとせず、こうして一晩中訓練を続けている。

  リインフォースⅡが何度も止めようとしてもアギトは聞こうとせず、訓練というよりもただ自分の体を痛めつけるだけのような行為を決して止めようとはしなかった。



「はあっ、はあっ・・・・・・うっ」

  遂にアギトの体が耐え切れなくなり、力が抜けたアギトは地面に落下していく。

「アギトちゃんっ!!」

  アギトが地面に叩きつけられるぎりぎりの所で、今まで見ていたリインフォースⅡが慌てて飛びつき、何とかアギトを抱き止めた。

「もうやめて下さい!
 これ以上続けたら、アギトちゃんが壊れちゃいます」

  泣きながらそう言うと、リインフォースⅡはアギトをきつく抱きしめた。

  リインフォースⅡはこれ以上アギトが傷ついていく様子を見ていられなかった。

  しかし、アギトはリインフォースⅡの体を跳ね除けようともがく。  

「リイン、離せ」  

「嫌です!」

  リインフォースⅡはアギトに必死でしがみついて離さない。

「離せって言ってんだろ!!」

「絶対に嫌ですっ!!」

「離せーーーーーっっっっっ!!!!!」

  いくら叫んでもリインフォースⅡはアギトを離さず、体力の尽きたアギトはリインフォースⅡを振りほどく事が出来なかった。



  やがて諦めたのか、アギトは力を抜いてリインフォースⅡにもたれかかる。

「頼むよ・・・離してくれ・・・」

  先程までの勢いはすっかり消え、アギトはまるで哀願するかのような声を出した。

「どうして・・・こんなことするんですか?」

  リインフォースⅡは泣きながら問い掛けた。

  こんな事をしても何も変わらない、それはアギトにだって分かっているはずなのに。

「じっとしてらんないんだよ」

「でも・・・」

「じっとしてると、変なことばっか考えちまう」

「・・・イチロウはきっと大丈夫です」

  先程手術が終わったとの報せを受けたのだが、アギトの様子を見たリインフォースⅡは真実を告げる事を躊躇ってしまった。

「・・・違うんだよ」

  一郎の事は勿論心配だ。

  だが、アギトが本当に恐れているのは別の事だった。

「え?」

「じっとしていろんなこと考えてると・・・思っちまうんだ」

  そう言って、アギトは震えながらリインフォースⅡの体を掴んだ。



「あの二人のことなんか・・・気にしなければよかった」



「・・・・・」 

  アギトの予想外の告白にリインフォースⅡは絶句してしまった。

「あの二人のことなんて忘れちまえばよかった・・・ずっとイチローの傍にいればよかった・・・。
 それこそ・・・あの二人を憎んでしまいそうになるんだ・・・」

  アギトは酷く辛そうな顔をしながら話を続けた。

  話をしながら、リインフォースⅡを縋りつくような目で見つめる。 

「嫌なんだよ・・・。
 そんなふうに考えちまう自分が嫌で嫌でたまらないんだ」

「アギトちゃん・・・」

  リインフォースⅡはただアギトを抱きしめる事しか出来なかった。

「だから、あたしは・・・」

  アギトの話が突然止まった。

「アギトちゃんっ!?」

  リインフォースⅡは慌ててアギトの顔を覗き込む。



  アギトはまるで気を失うように眠っていた。



  リインフォースⅡは溢れ出てくる涙を拭う事も忘れ、アギトをただ優しく抱きしめた。

「イチロウ・・・お願いです、目を覚ましてください・・・」















  夜、負傷した隊員達が収容されている聖王医療院にやって来たはやて。

  躊躇いながらも一郎がいる病室の前まで着くと、そこには沈んだ顔をしたなのはとフェイトがいた。



「二人とも、こんなところでどうしたん?」

  いつもの元気は出なかったが、それでも何とか声を掛ける事が出来た。

「はやて」

  小さく返事をするフェイト。

  しかし、なのはは返事もせずに俯いていた。

「明日も忙しいって言うてるのに、ヴィータとシグナムがどうしても行けってうるさいんよ。
 そっちは?」

  すると、フェイトははやてに近付き、なのはに聞こえないように小さな声で話をする。 

「なのはがね、休憩も取らずにずっと仕事してたの。
 見てられなくて、ここまで引っ張ってきちゃった。
 でも、なのはが中に入ろうとしないんだ」 

「そうか・・・。
 ヴィヴィオのこともあるし、つらいやろな」

「うん」

「フェイトちゃんは大丈夫なん?
 フェイトちゃんもヴィヴィオのこととか心配やろ?」

  その言葉に、フェイトは一瞬顔を歪ませるが、

「うん・・・とっても。
 でも、だからこそ頑張らないと」

  はやての目を見てはっきりと答えた。

「強いな、フェイトちゃんは・・・」



  はやての呟きに、フェイトは苦笑いを浮かべる。

「(はやて、私は強くなんてないよ)」

  今だって、泣きたくなるのを必死で堪えているのだ。

  自分は決して強くなど無い。

  はやてが自分を強いなんて思ったのは、フェイトが強い訳では無く、

「(そう見えるぐらい、二人がすごく落ち込んでるんだよ)」

  自分が二人を支えなければ・・・そう思ってしまうぐらい二人は酷く落ち込んでいた。



  フェイトはなのはに近付いて体を揺すると、顔を上げたなのははようやくはやての存在に気付いた。

「・・・はやてちゃん・・・」

「こんばんは、なのはちゃん」

  一言ずつ喋ると、すぐに黙ってしまう二人。

  このままでは埒があかないので、フェイトはなのはの手を取って病室のドアを開けた。

「行こう、二人とも」

  なのはの返事を待たず、フェイトはなのはの手を掴んだまま中に入っていった。















  一郎が眠っている集中治療室は怖いぐらいに静かだった。

  三人は一郎の眠っているベッドから少し離れた位置で、無言で一郎を見つめていた。



  体中を包帯で巻かれ、いくつものチューブが体に繋がっている一郎。

  目を覆いたくなるような光景だが、三人にとってこのような一郎の姿を見るのは初めてでは無かった。

  子供の頃から一郎は何度も傷つき、その度に自分達はこうしてベッドで眠る一郎を見てきている。

  何度見ても慣れる事など無く、何度見ても涙が零れてきた。








  一郎を見ながらなのはは思う。

「(一郎くん・・・ヴィヴィオがね、攫われちゃった)」

  いつものように自分を元気付けて欲しかった。

  ヴィヴィオの事、怪我をした隊員達の事、事件解決のためにこれから機動六課がしなければならない事・・・。

  考えなければいけない事が多すぎて頭が混乱してしまう。

  こんな時、一郎は呼んでもいないのにいつも自分の事をからかいに来た。

  そうやって一郎と喧嘩しているうちに、何時の間にか抱えていたもやもやが晴れていった。

「(いつもみたいに、わたしのことからかってよ)」

  しかし、一郎は何も答えてはくれなかった。








  一郎を見ながらフェイトは思う。

「(一郎・・・やっぱり私じゃ駄目だよ)」

  泣き言を言いたくは無いのだが、自然とそう思ってしまう。

  自分では落ち込んでる二人を元気付ける事が出来ない。

  しかし、こんな時に相談に乗ってくれる一郎は今は眠っている。



  フェイトは必死に自分を奮い立たせる。

「(私、頑張るから。
  一郎も頑張ってね)」

  フェイトは一郎が必ず目を覚ますと信じていた。

  というよりも、そう信じなければ立っていられないからかもしれない。








  はやては一郎を見ながらようやく涙を流す事が出来た。

「(・・・いっちゃん・・・)」

  ずっと恐れていた事が現実になってしまった。

  自分のせいで一郎が再び傷つく事をはやては何よりも恐れていた。

  忙しいといってここに来なかったのは、目の前の光景を見たくなかっただけなのかもしれない。

「(ごめんな・・・いっちゃん、本当にごめん)」

  眠る一郎を見ながら、はやては心の中で何度も謝り続けていた。








  静まり返った病室に、シャリオからの全体通信が入ってきたのはすぐの事だった。















「・・・」

  一郎とアギトの部屋で、キャロは電気も付けずに目を瞑ってじっとしていた。

  フリードリヒが心配そうに見つめるが、気付いてる様子は無い。



  昨日、キャロはエリオが助け出した一郎を見てそのまま気を失ってしまった。

  そして今朝、聖王医療院で目覚めたキャロは一郎の様子を確認する事無く、逃げるように病院を抜け出した。

  そのまま一郎達の部屋に入ると、こうして一日中座り続けていた。



「(わたしは・・・・・変わってない・・・・・)」

  空港火災の後、何も出来ずにただ泣いていたあの頃のままだ。

  一人前になっているとまでは思わないが、それでも少しずつ強くなっていると思っていた。

  しかしあの時、隊舎の中に一郎がいるかもしれないと思ったら、全身の力が抜けてしまった。

  ヴォルテールは自分の思いに応えて助けてくれたが、自分は何もしていない。

  こんな事をしている場合では無いと頭では理解しているのに、体は少しも動いてくれない。



「(・・・一郎さん・・・)」

  一郎に会いたい。

  しかし、同じくらい会うのが怖い。

  キャロには、自分がどうすればいいのか分からなかった。




    
  




          ・・・つづく。










     ◆あとがき◆

 今までのように行き当たりばったりという訳にはいかないので、ある程度先の話を書いてからの投稿になったんですが、次の話はシリアスとは程遠い感じになってます。
・・・別にサブタイトル通りになる訳ではありません。
 






[5745] 第30話「まずい。 もし隠しファイルの中を見られたとしたら、なんとしてでもやつを・・・」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:4a6d8717
Date: 2009/02/25 23:22





  ミッドチルダの何処かにあるスカリエッティ達のアジト、そこにスカリエッティや戦闘機人達はいた。



  負傷した戦闘機人や回収したタイプゼロ・ファースト、聖王の器に今後の展開など、考えなければならない事が山ほどあるにも関わら

ず、スカリエッティは戦闘機人達を前にして笑っている。

「あっはっはっは」

  理由は分からないが大爆笑で、戦闘機人達はそんなスカリエッティを見て固まっていた。



  何時までも笑っているスカリエッティに、ウーノは意を決して声を掛ける。

「ドクター、その・・・笑っている場合では・・・」

  すると、スカリエッティはようやく笑うのを止めた。 

「いや・・・すまないね、つい」

  そう言いながら目元の涙を拭う。

  だが、笑うしか無いではないか。

  手元の通信機を眺めながら、スカリエッティは笑いを堪えていた。







「けっきょく、どーいうことなんスか?」
 
 何が起きているのか全く理解出来ないウェンディはクアットロに尋ねた。

「ドクターが持ってるあれ、発信機としての機能が付いてるの」

「ふ~ん、そうなんスか。
 確か、オットー達が連れてきた女の子が持ってたやつっスよね」

「そうね」

  中身を調べた所、所有者は別の人間だった。

  あの子は何故自分が持っていたのか分からないと言っていたし、元々買い与えていたものでは無く、こうなる事を予測して誰かが忍び

込ませておいたのだろう。

「(だとすると、ディードちゃんやオットーちゃんが会ったっていう、あの子と一緒にいた男が怪しいわね)」

  ディードとオットーから話を聞いたクアットロはそう思っていた。

  二人はそこまで考えが至らなかったようだが、その男がおめでたい連中が揃ってる機動六課の関係者なら、二人から聞いたような行動

を取るのはおかしい。

  演技だとすれば、よくそのような状況で考えついたものだ。

  可能性が高いとは言えないが、元々何とか出来る可能性など無かったのだ。

  そう考えると面白い。

  確かに笑うしか無いのかもしれない。



  クアットロが笑みを浮かべていると、ウェンディが再び質問してきた。

「でもクア姉、発信機だかなんだか知らないっスけど、あんなのがここで使えるんスか?」

  そんな物が使えてしまう程、このアジトのセキュリティは甘いのだろうか?

「あたしもそれは知りたい。
 あんなオモチャみたいなのが役に立つのか?」

  ノーヴェもウェンディと同じ事をクアットロに聞いた。

  他の戦闘機人達も同じ考えなのか、皆の視線がクアットロに集中していた。

  そんな皆に向かってクアットロは楽しそうに説明する。

「役になんか立たないわよー。
 ノーヴェちゃんの言う通り、ここじゃあんなのオモチャにしかならないもの」

「だったら、別に気にする必要なんてないんじゃないんスか?」

  だからこそ、何故スカリエッティが笑っているのかがウェンディには分からなかった。

「そうでもないの。
 確かに、今あれは機能を停止しているわ。
 ここの位置が特定されることはない。
 でも・・・」 

「でも?」

「受信元の記録を調べれば、どこで発信が途絶えたかなんて一発よ。
 ここの位置の特定ができなくても、この辺り一体を調べられればすぐにわかっちゃうでしょうね」 

  だから、近付きさえすれば見つかったとしても構わないのだ。








  ウーノが真剣な顔でスカリエッティに言う。

「まだ準備は整っていません。
 今ここの場所を知られてしまうと・・・」

「とはいってもねぇ、今さらどうしようもないだろう?」

  スカリエッティはウーノの言葉を遮った。

「ここを破棄する訳にはいかないし、別の場所に移す時間なんてない。
 計画を早めるぐらいしかないだろう」

「では、どのようになさるおつもりですか?」

  スカリエッティは考え、即座に判断する。

「そうだねぇ・・・。
 タイプゼロ・ファーストは後回しにするしかないな。
 負傷した妹達が直り次第、すぐに行動に移そう」

  そう言って、スカリエッティは通信機を握りつぶした。



「管理局の被害も大きいだろうし、すぐに動ける駒があるとは思えない。
 この程度では問題ないさ」

  スカリエッティの手の中にあった通信機は粉々になって地面に落ちた。

      

  











          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第30話「まずい。 もし隠しファイルの中を見られたとしたら、なんとしてでもやつを・・・」








  






  シャリオがいる病室に機動六課のメンバーが集まったのは、シャリオが全体通信をしてすぐの事だった。

  夜ももう遅い為、病院の一室を借りてそこで話し合いが行われる事になる。



  一同が席に着くと同時に、なのははシャリオに向かってドスの効いた声を出す。

「それで・・・一体どういうことなのかな?」

「せやな・・・ちゃんと説明してもらわんとさっぱりや」 

  はやてからも強烈なプレッシャーを受け、シャリオは思わず泣きたくなった。

  シャリオが随分と怖がっているのを見て、フェイトは二人を宥める。

「二人とも少し落ち着いて。
 シャーリーが話しにくいでしょ」



「とはいえ、二人の気持ちもわかる。
 一体なにがどうなってる?」

  フェイトが二人を宥めている間に、シグナムがシャリオに聞いた。

「そーだな。
 イチロウの通信機が勝手に動いただの、消えただの・・・なに言ってんだか全然わかんねーよ」

  シャリオから通信を聞いた時、ヴィータは最初、悪戯か何かかと思ってしまった。

  ティアナとエリオにも訳が分からなかった。

  何も言わずに席に着いているが、知りたい気持ちは皆と一緒だろう。 



  なのは達が落ち着くのを待ってから、シャリオは皆に説明する。 

「みなさんには言ってなかったんですけど、一郎さんの通信機には発信機としての機能が付いてるんです」

「「「「「「「なんで?」」」」」」」

  シャリオ以外の全員の声が揃った。

  何故そんな機能を付ける必要があるのだろうか?

「一郎さんは今まで何度も危険な目に遭っているので、前々からクロノ提督に言われていたんだそうです。
 ただ、一郎さんはそんなもの必要ないって断ってたらしいですけど」

「へ~、クロノ君がそんなことを・・・。
 フェイトちゃん、知ってた?」

  なのはの問いにフェイトは首を振った。

  フェイトも初耳らしい。

「その後もクロノ提督が諦めずに話を続けた結果、一郎さんが折れたそうです」

  シャリオは、一郎がその話をしている時に随分と嫌そうな顔をしていたのを覚えている。



「ちょっと待って」

  ここで、なのははシャリオの話を止めた。  

「なんでわたし達には教えてくれなかったの?」

「そうや」

  すると、シャリオは言い難そうな顔を浮かべ、口篭もる。

「え、え~っと・・・その」

  果たして、言ってしまってもいいのだろうか?

  シャリオは判断がつかなかった。 

  とはいえ、また暴れられても困るので、シャリオは正直に言う事にする。

「私が言ったんじゃないですからね、そこは忘れないでください。
 一郎さんが言うには、なのはさん達に知られると、その・・・いろいろ面倒臭いらしいです」



  一瞬、まるで時間が止まったかのように、部屋の中にいた全ての人の動きが止まった。

    
 
  そして、二人の叫びをきっかけに再び動き出す。

「なによそれーーーーー!!!!!」

「面倒臭いってなんやーーーーー!!!!!」

  シャリオに詰め寄ろうとするなのはとはやて。

「二人ともストップ!!」

  しかし、立ち上がった所でフェイトに腕を掴まれた。

  二人がフェイトを睨むが、フェイトは珍しく強気な態度に出る。

「話が進まないでしょ。
 邪魔するなら二人とも出てってもらうよ」

  自分も二人と同じように気になるが、それどころではない。

  一郎の事が知りたくて必死なのだ。

  二人の好きにさせていたら何時まで経っても先に進まない。

「で、でも・・・」

「そ、そうや・・」

  言い返そうとする二人。

  しかし、

「でもじゃないっ!!
 ちゃんと座って話を聞く!!」

「「・・・」」

  珍しく見せるフェイトの強い口調に思わず黙ってしまう。

「返事はっ!?」

「「はっ、はい!!」」

  揃って声を上げ、大人しく席に着いた。








  他の皆は唖然とした顔をしてフェイトを見ていた。

  目の前にいるフェイトは、本当に自分達の知っているフェイトだろうか?

「シャリオ、もう大丈夫だから話を続けて」

  周囲の視線を気にする事無く、フェイトは落ち着いた様子でシャリオに話の続きを促した。 

「え・・・あ、はい」

  フェイトの事は気になるが、あまり知らない方がいいような気がする。



  とりあえずは忘れる事にして、シャリオは話を続ける。

「一郎さんは発信機を付けることは了承したんですけど、緊急時以外に知られるのは嫌だって言うので、クロノ提督と話し合って私に頼み

に来たんです。
 発信記録の受信先をキャロのデバイスに限定して、キャロにも知られないようにしてくれって」

「なんでキャロに?」

  ティアナは質問しながら、この場にいないキャロの事を思った。

「万が一バレても、キャロにならいいんだってさ」 

  なのはとはやてが立ち上がりかけたが、フェイトの視線を感じて何とか耐えた。

 

「一郎の通信機についてはわかったが、それでどうなったんだ」

「あ、そうですね。
 私も今日は入院ってことになったんですけど、大した怪我じゃないし、なにかやることないかなって考えてたら、キャロがいたベットに

キャロのデバイスがあったんです」 

「キャロ?
 そういや、今なにやってんだ?」

  気を失ってこの病院に運ばれた事は知っているが、その後の事は分からない。

  ヴィータがティアナとエリオを見ると、二人は複雑な顔をしていた。  

「キャロは一郎さんのアパートにいます」

「何度か話をしようとしたんですけど、繋がらなくて・・・」

「そうか・・・」

  ヴィータは何も言う事が出来なかった。

  一郎を助けずに見ていた事が、キャロにとって相当ショックだったのだろう。



「とにかく、とりあえず今出来ることはキャロのデバイスのチェックぐらいかなって思って色々調べてたんです。
 スバルのデバイスは損傷が激しくてすぐには無理でしたし。
 それで、調べているうちに一郎さんの通信機がおかしなことになってるのに気付いたんです」

「一郎くんの通信機が動いたってことは、誰かが持ち去ったってこと?」

  一郎が病院にいる以上、そういう事になるだろう。

  だが、一体何の為に?

「その可能性もあるかもしれませんが、多分違うと思います」

「なんでや?」

  はやての問いに、シャリオは微妙な顔をする。

「記録を調べたところ、通信機が六課から移動した時間とヴィヴィオが攫われた時間が一致したんです」

「「「「「「「えっ!!」」」」」」」

  シャリオ以外の全員が声を上げて驚いた。



「ヴィヴィオ・・・って、確か・・・」

  なのはが何かに気付いた。

  他の皆も気付いたのか、一斉にエリオを見る。

「ヴァイスさんの話では、一郎さんがヴィヴィオを連れて逃げ回っていたそうです。
 ヴァイスさんが確認してからヴィヴィオが連れ去られるまで、あまり時間は経ってないって言っていました」

  と、いうことは・・・。

  皆が思っている仮説を、シャリオが口にする。

「多分、一郎さんがヴィヴィオに自分の通信機を持たせたんだと思います」

  そういう事になるだろう。



「でも、普通気付くんじゃないんですか?」

  ティアナは疑問に思ってる事を口にした。

  もしそれが本当なら凄い事だが、そんな事があるのだろうか。

「向こうも負傷した戦闘機人がいたりして余裕があったとは思えませんし、もしかしたらってことも・・・」

  エリオも半信半疑だが、出来ればそうであって欲しいと思った。

  二人が真剣な顔をして考えを巡らせていると、



「そんなこと考えるまでもない。
 なぁ?」

「ああ、そうだな」

  シグナムとヴィータが笑っていた。

  

  二人が何故笑っているのかティアナが聞こうとする前に、なのはとはやてが立ち上がった。

  二人は声を震わせながら、笑っているのか怒っているのか判断のつかない顔で呟く。

「一郎くんが・・・なにかしたに決まってるよ」

  いつもの事だ。 

  だから一人だけあんな大怪我を負ったのだ。

「・・・せやな。
 そうに違いないわ」 

  自分のせいで一郎が大怪我をした。

  間違いでは無いが、それだけが原因では無いのだ。

「また隠しごとしてたし・・・。
 あれだね・・・すっごくむかつくよね?」

  どうしていつもいつも人の神経を逆撫でするような真似をするのだろうか。

「せやな。
 とっとと目を覚ましてもらわんと。
 これは、いっぺん全部吐かせなあかんなぁ?」

「そうだね、はやてちゃん。
 わたしも手伝うよ」

  二人は見つめ合い、怪しげな笑みを浮かべていた。



  二人に続いてフェイトも立ち上がる。

「フェイトちゃん、止めるの?」

  なのはが聞くと、フェイトは目を見開いて叫ぶ。 

「もちろん手伝うよ!!」

  先程まで二人を止めていたのはシャリオの話を聞くためだ。

  思いは二人と一緒で、一郎に対する怒りは既に最高潮に達していた。








  物騒な話を始めたなのは達三人。

  何時の間にか暗い雰囲気は何処かへ行ってしまった。



  ティアナは三人の様子が心配になってしまう。

「あの・・・シグナム副隊長。
 いいんですか?」

  すると、シグナムは笑みを浮かべながら、

「ああ。
 あれでいいんだよ」

  落ち込んでいるよりはいい。

「でも・・・なんか、怖いんですけど」

  エリオがそう思ってしまうのも無理は無い。

  そんなエリオに向かって、ヴィータは楽しそうに言う。



「ま、だろうな。
 三人いっぺんにキレると大変だからな。
 お前等も気を付けねえととばっちり食うぞ」 

  とはいえ、心配事の種が一つ減った事に、シグナムとヴィータは少しだけ気持ちが楽になった。 




    
  




          ・・・つづく。










     ◆あとがき◆

 気が付くと今回で30話・・・よく続いたものだと自分でもびっくりです。
もう残り僅か、よければお付き合いください。

  

      
  



[5745] 第31話「条件は二周りぐらい若い看護婦ってだけじゃないか!! なぜそれがわがままになる!?」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:2f2053e8
Date: 2009/03/02 23:28





  スカリエッティ達の計画が再び動き出した。



  戦闘機人達は地上防衛用の迎撃兵器・アインへリアルを破壊し、その足で地上本部に向かう。

  時を同じくして、スカリエッティのアジト周辺から巨大な船が浮上した。

  そして、内部と思われる映像が機動六課のメンバーに届く。

  そこには、玉座に縛り付けられ、泣き叫ぶヴィヴィオが映っていた。





  


  浮上した巨大な船は聖王のゆりかごと呼ばれ、古代ベルカ・聖王時代に生み出されたロストロギアなのだという。

  ユーノの調べでは、聖王のゆりかごが軌道ポイントへ到達すると、次元跳躍攻撃や宇宙空間での戦闘が可能になって手が付けられなく

なってしまうという。

  そのため、何としても軌道ポイントに上がる前に止めなくてはならない。

  本局は次元航行艦隊を出撃させ、緊急事態を理解した地上本部も協力して事に当たる。



  スカリエッティのアジトに向かう筈の機動六課だったが、スカリエッティ達の動きを見て作戦を変更する事になった。

  はやてがゆりかごの外で注意を惹きつけている間になのは・ヴィータ・リインフォースⅡが内部へ潜入。

  ヴィヴィオの救出と共にゆりかごの停止に向かう。

  フェイトはスカリエッティのアジトへ。

  ティアナ・スバル・エリオ・シグナム・アギトは地上本部に向かう。



  しかし、地上本部に向かうフォワード部隊の中にキャロの姿は無かった。

  

   

  









          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第31話「条件は二周りぐらい若い看護婦ってだけじゃないか!! なぜそれがわがままになる!?」















  地上本部の中に入っていったゼストを追うシグナムとアギト。

  物音がする部屋に入ると、そこはレジアスの執務室だった。

「こ、これは・・・」

「・・・なんでだよ・・・」

  シグナムは部屋の惨状を見て言葉を失い、アギトは悔しそうに顔を歪めた。



  レジアスと見知らぬ戦闘機人の死体、それらを無言で見下ろすゼストの姿がそこにあった。








  シグナムとアギトはゼストに近寄って声を掛ける。

「あなたがこれを?」

「・・・ああ、そうだ」

  ゼストはゆっくりと振り向いてシグナムを見ると、

「俺が殺した」

  目に後悔を滲ませながらもはっきりと答えた。

「どうしてっ!?」

  アギトは叫んだ。

  

  アギトの問いにゼストは考える。

「(どうして、か・・・)」

  幾ら考えても答えは出なかった。

  全てが終わってしまった今も、本当に知りたかった事は何一つ分からないのだ。

  だから、

「俺が弱く・・・遅すぎたからだ」 

  ゼストはそう答えるしか無かった。



  悔しさを堪えるアギトの横で、シグナムはゼストに一言だけ告げる。 

「同行を願います」

  この部屋で何が起きたのかシグナムは分からないが、アギトのように何故かとは聞かなかった。

「断る」

  ゼストはシグナムにそう答えた。

「ルーテシアを救いに戻り、スカリエッティを止めねばならん」

  自分の目的は果たせぬまま終わってしまったが、まだやらなければいけない事が残っている。

「スカリエッティと戦闘機人達は順次逮捕、召喚魔導師の少女も私の部下達が保護するために動いています」

「そうか・・・」

  シグナムの話を聞いてゼストは少し安心した。

  そして、安心したと同時に悟る。

「ならば、俺がなすべきことはあと一つだけか・・・」

  そう言って、ゼストはシグナムに向けて槍を構えた。



  シグナムも剣を構える。

  もはや何を言っても効果は無いのだと、気付いてしまったのかもしれない。



  しかし、今にも戦闘が始まろうとする時に、アギトが二人の間に割って入った。

  そして、二人に向かって慌てた様子で話し掛ける。

「もういいだろ!!
 なんでこんなことしなきゃいけないんだよ?」

  アギトはここに来るまでずっと迷っていた。

  今でも何を言えばいいのか分からない。

  それでも、こんな光景は見たく無かった。

「・・・終わらせなければならないのだ」

  ゼストはそう呟いた。

  やるべき事が無いのなら、これ以上自分が生きている事など許されない。

「まだ終わってねえ!!
 あたしには、あんたとそのルーテシアって子に用があるんだ!!」

  混乱し、整理しきれない思いを振り払いながらアギトは叫んだ。

「・・・用?」

  その時、ゼストは構えを少しだけ緩めた。

「なにがあるというのだ?」

「そ・・・それは・・・」

  せっかくゼストが興味を持ってくれたというのに、アギトは何も言えずにいた。 

  アギトを見つめるゼストにシグナムが説明する。

「この子はアギトと言います。
 数年前、あなたとルーテシアがとある研究施設を襲撃した際、そこで実験体として扱われていたアギトは自由を手に入れることができま

した」

「・・・そうだったのか。
 そんなことが・・・」

  ゼストはアギトを見ながら思い出そうとするが、全く記憶に無かった。

  同じような事をルーテシアと共に何度もしてきたし、そのような事で覚えておきたい記憶など一つも無かった。

  ただ、

「理由はどうあれ、よき相手と巡り会うことができてよかったな」 

  ゼストはシグナムの真っ直ぐな目を見てそう思った。

  自分のしてきた事を正当化するなどありえないが、蘇ってから間違いばかり起こしてきた中でも、それだけでは無いのだと初めて思う

事が出来た。 

  しかし、



「くっ・・・」

「・・・」

  ゼストの言葉を聞いた二人は何も言わなかった。

  アギトは苦しそうな顔をしてゼストを睨み、シグナムは悲しそうな顔をして唇を噛んだ。



  何も知らないゼストには二人が何故そのような顔をするのか分からなかった。

  不思議そうに二人を見つめるゼストにシグナムが説明する。

「私はアギトの本当のロードではありません。
 私達が組むのは今回だけで、アギトの本当の主は別にいます」

「なに・・・どういうことだ?」

「その男は先日の隊舎崩壊の際に大怪我を負い、今も意識が戻りません」

「なっ!?」

  ゼストは思わず大声を上げてしまったが、よく考えれば分かる事だった。

  何を安堵しようとしていたのだ?

  スカリエッティ達がしてきた事・・・そして、自分がしてきた事・・・。

  それはこういう事ではないか。

「・・・その者は、きっとよき騎士なのだろうな」

  結局、ゼストはそんな事しか言えなかった。

「いえ、その男は騎士ではありません」

「騎士ではない?」

  ゼストは首を傾げた。

「はい。
 その男は魔力を持たぬ一般人で、うちの厨房でコックをしています」

「・・・コック?」

  ゼストはシグナムが何を言っているのか理解出来なかった。

「はい。
 アギトはいつもその男のサポートをしています」

「融合騎が・・・ただ料理をするためだけに・・・その者と共にいるのか?」

  俄かには信じられなかった。

「ええ。
 融合騎としての生き方をせずに、アギト自身が自分で選んだ生き方です。
 ・・・おかしいでしょうか?」

「・・・・・」

  ゼストは考えていた。

  融合騎は融合騎として戦場で生きる。
 
  それしか無いのだと思っていた。

  しかし、そうでは無いのだ。

  融合騎であっても別の場所で意味を見出し、実際そうやって生きている融合騎もいたのだ。

  自分とレジアスが守りたかった世界、その先にある平和・・・それはこういう事だったのではないか。

「いや・・・素晴らしいことだな」

  そう呟きながら、ゼストは改めて実感する。

「(その二人の関係を壊したのだ)」 

  本当に・・・自分は一体何をしていたのだろう?



  そして、ゼストは再び手に力を込めて槍を構えた。

「アギトと言ったな」

「え?
 あ・・・ああ」

「謝って済むことではないが・・・本当にすまない。
 今の俺にはこんなことしか言えん」 

「いいよ別に・・・。
 そんなことより、そう思ってんならもうやめろよ・・・」

  アギトは震える声でそう言った。

「そうはいかん。
 終わらせなければならないのだ」

「アギト・・・下がれ」

  

  アギトは二人を止めたかった。

  怒りや憎しみなどとっくに消えていた。

  元々やつあたりみたいなものなのだから、長くは続かない。

  それなのに、二人を止める言葉が見つからない。

  一郎のいる病院に行かず、悲しんでいるであろうキャロを放っておいてまでこんな所にいるのは、ただ見ている為では無い筈だ。

  それでも、アギトは二人を見ている事しか出来なかった。



「・・・・・ちくしょう・・・・・」

  アギトの胸には、ただ悔しさだけが残った。















「まいったね。
 どうしよっか?」

「そうですね。
 ここで時間食う訳にはいかないんですけど」

  ルーテシアと多数の召喚獣や召喚虫を前に、スバルとエリオは苦戦を強いられていた。 



  ここは地上本部手前にある廃棄都市。

  ティアナ・スバル・エリオはルーテシアを見つけて追跡を開始したのだが、そこを戦闘機人達に襲われてティアナがスバル達と分断さ

れてしまった。

  助けに向かおうとするが、ルーテシアを見つけた為にそうもいかない。

  何とか戦闘を止めさせる為、スバルとエリオは説得を続けていた。








  スバルとエリオはルーテシアと距離を取った。

  周りを牽制しながら二人は互いを気遣う。

「エリオ、まだいける?」

「スバルさんこそ。
 スバルさん自身もデバイスもまだ治りきってなかったんでしょう?
 僕が前に出ますから無理しないでください」

「なに言ってんの。
 エリオだけに無理させる訳ないでしょ」

  そう思っている事は事実だが、スバルはデバイスに無理をさせている事だけは済まなく思っていた。

「(ごめんね、マッハキャリバー。
  もうちょっとだけがんばって)」

  自分とエリオの二人しかいない今の状況では、流石に無理をしない訳にはいかなかった。



  時間が経つにつれ、連絡の取れないティアナの事が心配になってくる。

「ティア、大丈夫かな?」

「大丈夫に決まってます・・・絶対」 

  そう信じるしか無かった。

「そうだよね。
 ティアのことだもん、きっとあいつ等のニ・三人ぐらい捕まえてるかもね」



  そんな事を言っている間に、ルーテシアは新たに召喚を行った。



「うわ・・・でか」

「この前見たヴォルテールぐらいありますよ」

  そのあまりの巨大さに、スバルとエリオは息を呑む。

  果たして、どうにか出来るものなのだろうか?

「ヴォルテールって言えばさ、キャロは来ると思う?」

  スバルはつい口に出してしまった。

  そんな事を言ってる場合では無いのだが、何か喋っていないと不安になってしまいそうで怖い。

「・・・どうでしょうか」

  スバルの問いにエリオは正直に答えた。

「分からないの?
 なのはさん達の前では絶対来るって言ってたのに・・・」

  スバルは首を傾げた。
 
  エリオは必ず来ると答えると思っていた。

「僕達のことで隊長達に心配させたくなかったんです」

  作戦前に心配させるような事を言っては、自分達だけにこの場を任せたりはしなかっただろう。

「そっか。
 来ないって思ってる?」

「いえ。
 どっちもあるんじゃないかって思っています」

  一郎の事を大切に思っているキャロも、自分達と同じ部隊員としてのキャロも、どちらもキャロなのだから。

「そうだね。
 どっちにしても、あたし達はあたし達でできることをするだけだからね」

  そう言って、スバルはエリオに笑いかけた。

「ええ」

  エリオも同じく笑みを浮かべた。



  もしかしたら、どうにもならないかもしれない。

  それでも、最後まで出来る限りの事をする。

  そんな覚悟を二人は決めたのかもしれなかった。



  覚悟を決めたスバルとエリオだったが、対峙するルーテシアは二人を見てはいなかった。

「・・・」

  ルーテシアは二人の後ろの方を無言で睨んでいる。

「「・・・?」」

  顔を見合わせるスバルとエリオ。

  ルーテシアに釣られて振り返ろうとしたその時、背後から強烈な風が吹いた。

  突然の事態に構える二人。

  風が止み、振り返ってみるが何も見えない。

  自分達を油断させる為にルーテシアがやったのだろうかと思っていると、風が再び巻き起こる・・・今度は自分達の頭上から。

  スバルとエリオが頭上を見上げると、





「「フリード?」」










          ・・・つづく。










     ◆あとがき◆
  
 看護婦は古いかと思ったんですが、看護士ってのはどうも・・・。
自分は二十代中盤なんですが、何歳ぐらいから看護婦ってなに、になるんでしょうか?
  
 キャロの話は次回で、JS事件は次で終わりです。
その次は一郎が目覚めるところから始まります。

 登場人物紹介は最後に一新します。







[5745] 第32話「いいなぁ桃子さん、俺もしてもらいたい。 だって・・・キャロに冷たくされると、ぞくぞくする」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:eb2e6661
Date: 2009/03/06 23:48





  スカリエッティが聖王のゆりかごを浮上させている頃、キャロはまだフリードリヒと共に一郎のアパートにいた。

「・・・」

  あれからまだ数時間しか経っていないのか・・・それとももう何日も経っているのか・・・。

  キャロにははっきりした事は分からないが、確かめようともしなかった。

  フリードリヒは何も言わず、ただキャロの傍にいる。

  何も出来ない自分が歯痒く、悲しみに暮れるキャロを見ている事が辛かった。



  そんな時、玄関のドアを叩く音がした。



  聞こえはしたが、キャロは何もせずに座っている。

  今までにも何人かキャロを心配してこの部屋を訪ねてきたが、キャロは返事もせずに、相手が諦めて帰るまでじっとしていた。

  今度もそうなるだろうと思っていたのだが、今度の相手はキャロが想像すらしていない人物だった。



「キャロちゃん、ここ開けてくれるかな?」

「え・・・・・桃子、さん?」

  キャロは自分の耳を疑った。

  夢でも見ているのだろうか?

  そうでなければ、桃子がここにいる筈が無い。

「はい、桃子さんですよ」

  しかし、キャロの思いとは裏腹に桃子の声は続けて聞こえてきた。

「・・・どうして・・・」

  どうやら、夢を見ている訳では無いらしい。

「(桃子さんが・・・すぐそこにいる・・・)」

  キャロの目から、もう出ないと思っていた涙がまた溢れた。

  

「・・・・・キャロちゃん?」

  ドアの向こうから桃子の声が聞こえてきて、キャロは無意識の内に動いていた。

  キャロはドアに駆け寄って鍵を開け、桃子の顔を見てからようやく我に返る。

「キャロちゃん、元気だった?」

「桃子さんっ・・・」



  キャロは、張り詰めていた糸が次々と切れていくのを感じた。

  ドアを開けてはいけなかったのだ。

  今目の前にいる人物は、一郎の次に会いたくて、一郎の次に会ってはいけない人なのだ。








  久しぶりにキャロの顔を見たというのに、桃子は思わず声を失ってしまった。

  目は真っ赤に腫れ、随分寝ていなかったのか隈も酷い。

  顔色も悪く、今にも倒れてしまいそうだ。

  桃子がそんなキャロを抱きしめようと近付くと、キャロは凄い勢いで桃子から離れた。

「キャロちゃん?」

  不思議そうな顔をする桃子。

「あ・・・わ、わたし・・・。
 ち・・・ちがうんです・・・」

  キャロは必死に否定しようとしたのだが上手くいかなかった。

  桃子を拒絶するような態度を取ってしまった事への驚きと、桃子に嫌な思いをさせてしまったのではないかという恐怖から起こる震え

で言葉にならない。



  桃子はキャロを安心させるために笑みを浮かべ、何も聞かずに話を変える。

「今日私がここに来たのはね、しばらくの間、一郎くんのお世話をするために来たのよ」

「え?
 あ・・・はい」

  まだ震えは治まってないが、何とか返事だけは返す事が出来た。

「なのは今忙しいみたいで、お願いされちゃった」

「あ・・・」

  キャロは桃子の話を聞いて気付いた。

  今、機動六課の皆はどうなっているのだろう?

  考えるまでも無く、大変な状況に決まっている。

「(でも・・・わたしは・・・)」

  逃げたのだ。

  何もかも怖くなって、何もせずにここで耳をふさいでいたのだ。








  落ち込むキャロを横目に、桃子は箪笥の中から一郎の着替えを取り出して、持ってきたバッグに詰めた。

「さて、それじゃあ行きましょうか?」

「えっ!?」

  キャロは声を上げて桃子を見る。

  まるでキャロも一緒に行く事が決まっているかのように言われても、言われた方は驚いてしまう。

「わたしも、行くんですか?」

  すると、桃子はキャロに向かってすまなそうな声を出す。

「ごめんなさい。
 なのはったら、ここの場所は教えてくれたんだけど、病院の場所は言ってなかったのよ。
 幾つになってもそそっかしいんだから、ねえ?」

「え・・・あ、そうなんでしょうか」

  肯定は出来なかった。

「私、ここに来たの初めてだからよくわからないし、キャロちゃんが一緒に来てくれると安心かなって。
 だから、お願いしてもいいかしら?」

  桃子はそう言って、手を合わせて頭を下げた。



  キャロは少し考えたものの、桃子の頼みを聞く事にした。

  先程の態度の事があったし、なにより、桃子の頼み事を断るなんてキャロには出来なかった。















  病院に着いてタクシーを降りると、キャロは少しだけ息苦しさを感じた。

「(・・・・・あれ?)」

  緊張しているのだろうか?

  一郎に会う事を怖がっている自分がいる事は自覚している。

  それでも、

「ここね、一郎くんがいるのは」

「あ、はい」

  桃子がいる事で、キャロは自分に言い訳をする事が出来た。

「(桃子さんが困ってたから・・・わたしは、それを助けるために・・・)」

  キャロは自分の気持ちを誤魔化しながら、病院に入っていく桃子の後を追う。

  しかし、



「・・・・・あれ?」

  中に入ろうかという所で、キャロの足がぴたりと止まった。

「(え・・・どうして?)」

  どれだけ力を入れても動いてはくれない。

  まるで自分の体では無いみたいだ。



  そうやってキャロがもがいていると、桃子が戻ってきた。

「どうしたの、キャロちゃん?」

「あ、桃子さん。
 その・・・体が、動かないんです」 

「体が?
 ・・・痛い?」

「痛くないです」 

「そう。
 ・・・どうしたのかしら」

  桃子は頬に手を当てて考える。

「一郎くんと喧嘩でもしたのかな?
 それで、今は会いたくないとか」

「違いますっ!!」

  キャロは大声を上げて否定した。

「(会いたいです・・・。
  今すぐにでも一郎さんに会いたい)」

  それは確かにキャロの本心だった。

  一郎に甘えて、桃子に甘えて、それでいいはずだ。

  辛い思いをしなくて済むし、泣く事だって無い。

  それなのに、

「(どうして動いてくれないの?)」

  キャロの思いに体は応えてくれなかった。



  目に涙を浮かべながら必死に体を動かそうとするキャロを、桃子が近付いて優しく抱きしめる。

「もういいの」

  すると、キャロの体から力が抜けていく。

「あ・・・」

  温かくて、優しくて、いい匂いがした。

  一緒に暮らしていた頃は、いつだってこうして抱きしめてもらっていたのだ。

  辛い事も悲しい事も、こうしていれば全部忘れられる。

  キャロの心は、自然と桃子の優しさに見を委ねていく。



“トンッ”



  突然、今まで動いてくれなかった体がキャロの意思とは無関係に動き出し、桃子を軽く突き飛ばした。

「・・・だめ」

  口からも、自分の思いとは違う言葉が出てくる。

「だめです。
 今、桃子さんに甘えたら・・・だめなんです」 

  それなのに、喋っていると力が湧いてきた。

「これからずっと、一郎さんに甘えるだけになってしまうんです。
 そんなの・・・ぜったいにいやです」

  あれだけ自由にならなかった体が、いつも通り動かせるようになった。 

「こわいけど・・・にげちゃったけど・・・でも・・・」

  キャロは拳を握り締め、目を見開いた。



「まだ、あきらめたくない!!」 

  噛み合わなくなっていたキャロの心と体が、ようやく一つになった。 








  キャロの叫びを聞いて、桃子は微笑みながら立ち上がる。

「そっか、キャロちゃんにはまだやることが残ってるのね」

「あ、桃子さん・・・。
 その・・・ごめん、なさい・・・」

「いいのよ。
 それより・・・」

  泣きながら謝るキャロに、桃子は手を差し伸べる。

「・・・え?」

  どうしていいか分からず困惑するキャロ。

「これ、必要でしょ」

  そう言って手を開くと、

「あ」

  桃子の手の中には、キャロのデバイスがあった。

「なのはがね、キャロちゃんに渡してって」

「・・・」

「みんな、キャロちゃんのこと待ってるわよ」

「・・・」

  キャロは何も言う事が出来ず、涙を流し続けた。



「私も、一郎くんと一緒にキャロちゃんが帰ってくるの待ってるから。
 がんばってね」

    

  

  









  キャロがフリードリヒに乗って飛び立った後、桃子は一人、一郎のいる病室を訪れた。



「一郎くん、久しぶりね」

  声を掛けてみるも、返事は無い。

  桃子はベッドの脇にあった椅子に座り、じっと一郎の顔を見つめる。

「本当に、いつも心配ばかりかけて・・・」

  一郎はまるで眠っているようだった。

  子供の頃のように、起こすと寝惚けた返事が返ってくるのではないかと思ってしまう。

「キャロちゃんは行ったわよ」

  暫く見ない内に、随分と強くなったと思う。

  きっと、すぐに自分の力など必要無くなってしまうのだろう。

  そう思うと、桃子はちょっとだけ寂しかった。

「それに比べて、一郎くんはちっとも変わらないわね」

  一郎が入院するのはこれで何度目だろう?

「なのはを泣かせて、キャロちゃんを泣かせて・・・。
 私の可愛い娘達を何度泣かせれば気がすむのかな?」

  そう言いながら、桃子は一郎の頬を突付く。



「たっぷりお説教して、いっぱい抱きしめてあげるんだから・・・ちゃんと目を覚ますのよ」

  













          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第32話「いいなぁ桃子さん、俺もしてもらいたい。 だって・・・キャロに冷たくされると、ぞくぞくする」















  耳元で騒ぐ声があまりに煩いので、ティアナは切れかけていた意識を取り戻した。



「(なによ・・・。
  眠いんだから静かにしなさいよ)」

  指一本動かす事すら億劫で、目を瞑ったまま悪態を吐く。

「(人がせっかくいい気持ちで・・・あれ?)」

  冷静になって考える。

「(今って、寝てる場合だったっけ?)」

  そもそも、なんで自分は寝てるんだろう?

  ティアナは先程までの出来事を思い出していた。



「(確か・・・スバルとエリオの二人と離れて、一人になったところをあいつ等三人に囲まれたのよね。
  結界張られて逃げられなくなって、一応考えてはみたものの、倒す以外の方法が見つからなくて。
  で・・・それから、どうなったんだっけ?)」

  生きてるという事は、上手くいったんだろうか?

「(二人倒したとこまでは覚えてるんだけど・・・。
  三人目は相打ちっぽかったような・・・)」

  それでも、相打ち覚悟でぶつかろうとした所で、



“ティアナさんっ!!”



「(そうだ、この声だ)」

  先程からずっと耳元で自分の名前を呼び続けている声。

  あの時、ティアナはこの声を聞いた気がする。

  でも、

「(・・・だれ?)」

  戦闘機人三人は流石にきつかったのか、頭がぼおっとして上手く聞こえない。

  しかし、どこか聞いた事があるような気がする。

「(これだけ聞きづらいってことは・・・あたし、けっこうやばい?)」

  もしかして、頭でも打ったのだろうか?



“ティアナさんっ!!”



「(わかったわよ。
  起きればいいんでしょ、起きれば)」

  あまりにしつこく呼ぶので、ティアナは寝ているのも限界になってきた。

  気合を入れ、ゆっくりと目を開ける。 

  すると、




「ティアナさんっ!!」

「(ああ・・・。
  あんたか)」

  聞き覚えがあるはずだ。

  ティアナは、今まで声の主が分からなかった事に苦笑する。

  ティアナの目には、泣きながら自分を呼ぶエリオの姿が映った。








  ようやくティアナが目を覚まし、エリオは大きく息を吐く。

「よかった・・・」

「なに泣いてんのよ」

  そう言って、ティアナは微かに笑みを浮かべた。

「心配したんですよ!
 血は止まったのに、全然目を覚まさないから」

「血?」

  やはり怪我を負ったのか。

  ティアナは体を起こそうとしたのだが、慌てた様子のエリオに止められた。

「動かないでください!」

  エリオがあまりに必死な顔をするので、ティアナはじっとしている事にした。

「・・・?」

  ここでティアナは、後頭部に当たる感触と、自分を見下ろすエリオの姿から、自分が今どういう状況なのか気付いた。

「あんたの膝枕?」 

「え?
 ああ・・・はい。
 ちょうどいいのがなかったので・・・で、それがなにか?」

  ティアナの質問の意図が見えなかったので、エリオは聞き返した。



「ん~・・・・・なんか、微妙ね」

  こういうのは本来逆なのではないだろうか?

  ティアナはつい、そんな事を考えてしまった。

「はぁ。
 こっちは本気で心配してるっていうのに、あなたって人は・・・」 

  エリオは思わず溜め息を吐いた。








  ふざけるのはここまでにして、ティアナはエリオにこれまでの状況を聞く。

「戦闘機人達は?」

「二人はティアナさんが気絶させて、後の一人は僕が。
 既に拘束してあるので問題ないです」

「そう、助かったわ。
 そういえば、あんた一人だけなの?
 スバルは?」    
   
  その言葉を聞いて、エリオは今気付いたかのように、

「あ、そうだ。
 スバルさん達もなんとかしないと」

「・・・達?」

  ティアナはエリオの話の中に引っかかる物があった。

  不思議に思っていると、エリオが嬉しそうな顔をして、

「ええ。
 キャロが来たんです。
 召喚魔導師の女の子に、スバルさんと二人で当たってます」

「そっか・・・キャロが・・・」

  確かに、エリオが嬉しそうな顔をするのも頷ける。

「でも、あたしを探すんならスバルの方がよかったんじゃないの?
 デバイスにしろ、ウィングロードにしろ」

「僕もそう思ったんですけど、スバルさんのデバイスは完全に治ってなかったので、また少しおかしくしてしまったみたいで。
 それで僕がティアナさんを探すことになったんです」

「なったんです、じゃないわよ!
 あいつ体だってまだ治ってなかったのに・・・。
 こうしちゃいられないわ、すぐに二人のとこに・・・」

  そう言って、ティアナが起き上がろうとすると、

「だから駄目ですって」

  再びエリオに止められた。



「ティアナさんもう大丈夫みたいですから、僕が行きます」

  エリオはそう言って、ティアナの頭をゆっくりと地面に降ろし、立ち上がる。 

「連絡はしたので、局員が来るまで待っててください」

  走り出そうとした所で、

「待ちなさい」

  ティアナはエリオを呼び止めた。

「なんですか、早くしないと二人が・・・」

「あたしも行く」

  考えるまでも無かった。

  自分一人、ここでじっとしているなんて耐えられない。

「運んで」

「は!?
 なに言ってるんですか、そんなことしたら・・・」

「あんたが運ばないなら這ってでも行くわよ。
 悪いけど、もう決めたの」

  ティアナはエリオの話を遮り、脅迫紛いの提案をした。

「なっ!?」

  これにはエリオも参ってしまった。
  
  ティアナなら本気でやりかねないだけに怖い。

「どうする?」

「くっ・・・」

「早くしないとまずいでしょ」



「・・・あーっ、もうわかりましたよ。
 運べばいいんでしょう、運べば」

  結局、エリオが折れる形になり、急いでティアナに駆け寄った。

「本当にもう・・・なんて滅茶苦茶な人なんだ」

「人間、そんな簡単に変わんないわよ」

「スバルさんと組んで大変だとか言ってましたけど、それ、絶対違うと思います。
 あなたと組んでるスバルさんのほうがもっと大変です」  

「ありがとう。
 誉め言葉として受け取っておくわ」 

「どこをどう聞いたら誉め言葉に聞こえるんですかっ!?」 

  愚痴を溢しながらも、ティアナに負担を掛けないようにそっと持ち上げる。



「・・・・・重」

「うわ、最低・・・。
 あんたがガキじゃなかったら引っ叩いてるとこよ、今の」

「あなたのほうがよっぽど子供ですっ!!」

「まあそう怒らないの。
 短い間だけど頼むわよ、相棒」

「・・・あなたとコンビ組むなんて冗談じゃないです」

「そう。
 けっこう合うかもしれないわよ?」

「向こうについたらすぐ降ろしますから」



  くだらない話を続けながら、二人はスバル達の元へ急いだ。










          ・・・つづく。










     ◆あとがき◆
   
 ティアナがちょっと変わりすぎたかな?
状況を考えれば我侭もいい所なんですが、今後の二人はこんな感じっていうのを書きたかったので、ティアナには(間違った方向に)頑張ってもらいました。

 なにはともあれ、これにてJS事件は終了。
他のメンバーは原作とあまり変わってないので書きません。
  
  

  



[5745] 第33話「そうか・・・。 じゃあ、キャロもそろそろアウトか・・・」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:0d996e41
Date: 2009/03/11 19:56





  目覚めてすぐに、一郎は違和感を感じた。

「(なんか、景色が歪んで見える・・・)」

  風邪でも引いたのか、それとも二日酔いか?

  とりあえず起きようと思って体を起こそうとすると、

「(・・・・・あれ?)」

  体が動かなかった。

  一郎は思わぬ事態に戸惑う。

「(もしかして、そうとうやばい?)」



  状況を把握する為、唯一動く目線を頼りに周りを見渡す。

  暫くの見渡していると、ぼやけていた景色が段々とはっきりしてきた。

「(・・・・・病院?)」

  周りの景色、自分が寝ているベッド、特有の空気・・・そのどれもが、何度も世話になっている病院を表していた。

  

  一郎は、自分が病院に入院している事に気付いて愕然としてしまう。

「(またか・・・)」

  一体これで何度目だろう?

  頭の中で数えている内に、一郎はある事に気付く。

「(今回はなにが原因だっけ?)」

  考えても思い当たらなかった。

  怪我をした原因を忘れるというのは初めての事で、流石に不安になってくる。

「(くっ!!)」

  痛みを無視し、無理矢理首を動かす。

  すると、



「(アギト・・・)」

  一郎の腹の上、今まで死角になっていた所でアギトが寝ていた。



  一郎はアギトの顔を見て少しだけほっとした。

「アギ・・・ごほっ、ごほっ!」

  声を掛けようとしたらむせた。

  どうやら喉の調子もおかしいらしい。








「・・・ん・・・」

  咳き込んだ振動でアギトは目を覚ます。







「・・・あれ?」  

  何故か自分を見つめてくる一郎。

  アギトはまだ状況が理解出来てない。








「「・・・」」

  無言で見つめ合う二人。

  アギトの方は、あまりの驚きでただ固まっているだけかもしれないが。








「・・・・・よ・・・・・よう・・・・・」

  何時まで経っても変化が無いので、一郎は声を掛けてみた。

“ビクッ!!”

  飛び上がらんばかりに全身を震わせるアギト。








  そして、  








「ぎゃぁぁぁぁぁーーーーーっっっっっ!!!!!」

  アギトの叫び声が部屋中に・・・いや、病院中に響き渡った。







  







          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     第33話「そうか・・・。 じゃあ、キャロもそろそろアウトか・・・」 















  アギトの叫び声を聞いて病院は一時騒然となった。

  加えて、長い間意識が戻らなかった患者が意識を取り戻したと言う事で、さらに騒ぎは大きくなった。



「どこか痛むところはあるか?」

「・・・耳が痛いです」

「うっ・・・」

「あほう。
 それだけこの嬢ちゃんは、お前が目を覚ましたのを喜んでるってことだ。
 ありがたく痛がっておけ」

「・・・・・うぃっす」



  その後、一郎は一日がかりで様々な検査を受け、病室に戻った時には既に日が暮れていた。















  病室には、一郎のよく知る人達が揃っていた。



「一郎っ!!」「いっちゃん!!」

  フェイトとはやては、一郎を見るなり駆け寄ってきた。

  しかし、一郎と一緒に入ってきた医師が二人を止める。

「悪いがな、まだ安静にしておいたほうがいい。
 今はそっと触れるぐらいにしておけ」

「「す、すみません」」

「いや、気持ちはわからない訳じゃない。
 今日の検査は済んだから、話をするぐらいなら好きにして構わない」

  そう言って、何処か口の悪い医師は病室を出て行った。








  医師が出て行った後、シグナムとヴィータが一郎に声を掛ける。

「ふむ、どうやら元気そうだな」

「シグナムか。
 まぁ、なんとかな」

「ったく、いつまでも寝てんじゃねーぞ」

「悪い悪い・・・・・ん?」

  一郎はヴィータの何時までもという言葉が引っかかったが、一先ず気にしない事にした。

  それよりも、

「うっ・・・ひっく・・・う~・・・」

「・・・いっちゃん・・・いっちゃ~ん・・・」   

  自分の傍で、言葉にならない呻き声を上げながら号泣しているフェイトとはやてを何とかしなければならない。



  一郎は苦笑いを浮かべながら二人を見る。

「なあ、もう泣くなって」

  心配を掛けた事は申し訳ないと思ってるが、少し大袈裟ではないだろうか?

「だって・・・だって・・・」

  フェイトの涙は止まらなかった。

  一郎が目を覚ましたら話したい事が一杯あった筈なのに、何も出てこない。

「こうやって目を覚ましたんだし、すぐによくなるって」

「ごめんな、いっちゃん。
 嬉しいのに・・・なんや、まだ信じられん」

  はやてもまた、フェイトと同じように泣き続けた。

  一郎が自分を見ながら話し掛けてくれる事が、まるで夢を見ているようだ。



  どうも、暫く泣き止みそうに無い。

「・・・」

  一郎は溜め息を吐き、助けを求めるようにシグナムとヴィータを見る。

「「お前が悪い」」

  二人の声がぴたりと揃った。

「なっ・・・・・はぁ。
 あーそうかよ」

  一郎は、喉元まで出かかった文句を飲み込んだ。

  心配を掛けたのは間違いないのだから、甘んじて受け入れるしかない。








「んで、ヴィヴィオはどうなった?」

  そう言って、一郎は真剣な顔つきになる。

  目覚めた当初は分からなかったが、散々検査を受けさせられている内に、自分が何故入院する事になったかを思い出す事が出来た。 

 
  あの後ヴィヴィオがどうなったのか、知りたくもあり、少しだけ怖くもあった。

  しかし、



「「「「「・・・ヴィヴィオ?」」」」」

  五人は揃って首を傾げた。

  泣いていたフェイトやはやてまでもが首を傾げてぽかんとしている。



  一郎は五人の予想外の反応に戸惑ってしまう。

「え、じゃねえよ。
 お前等、ヴィヴィオを助けに行ったんだろ?」

  何で、何を言っているのか分からないとでも言いたげな顔をしているのだろう?

「あっ!!」

  そこで、アギトが何かに気付いたらしく声を上げた。

「イチローはずっと寝てたんだからわかるわけないじゃん」

  一郎以外の四人に向けて言うと、他の皆も気付く。 

「そっか。
 そうだよね、うっかりしてた」

「だな。
 つい・・・なに言ってんだこいつ、とか思っちまった」

「一郎にとっては、それこそ昨日のことなのだろうからな」 

  フェイト、ヴィータ、シグナムの三人は、自分達だけで納得していた。



「おい」

  不機嫌になっていく一郎。

  そんな一郎を、はやては真剣な顔つきで見つめる。

「あんな、いっちゃん。 
 落ち着いて聞いてほしいんや」

  言ってはみたものの、はやては一郎にどう説明したものか迷っていた。

  どうすれば、一郎はショックを受けずにすむだろう?

「落ち着いてって、まさか・・・」

  はやての迷いを悪い方に受け取ってしまう一郎。

「ちゃうちゃう。
 ヴィヴィオなら無事や」

「そっか。
 ならよかった」

  ヴィヴィオの無事を知り、一郎は安心して大きく息を吐いた。

  しかし、ここで再び疑問が出てくる。

「んじゃ、なんでそんなにもったいぶってんだよ」

  はやてが迷っている理由が分からない。

  ヴィヴィオが無事なら何の問題も無いのではないか。



「・・・せやな。
 どうせすぐわかることやし」

  はやては決心した。    

「実はな、いっちゃんが眠ってたんはニ・三日って訳じゃないんよ」

「だからお前等は大袈裟に騒いでたのか。
 一週間ぐらいか?」 

「あ~・・・もうちょい」

「まさか一ヶ月も寝てたとか?」

  だとしたら大変だ。

  はやて達が泣くのも無理は無いか。

「三年ぐらいってとこやな」








「ふ~ん・・・三年ぐらいか」

  なるほど、確かに問題だ。








「・・・ん?」

  一郎の動きが止まった。








「・・・」
     
  はやてが言った言葉の意味を理解しようと、一郎は必死で頭を働かせて考える。








「三年だとぉぉぉぉぉーーーーーっっっっっ!!!!!」

  一郎は理解すると同時に叫び声を上げ、またしても喉を痛めた。

  






「・・・じょうだん、だろ?」

  一郎は、そうであって欲しいと願いながらはやてに問い掛けた。  

「そやったらええんやけど・・・残念ながら本当なんよ」

「・・・」

  一郎は無言で他の四人を見渡した。

  すると、四人も無言で頷く。

「三年間・・・ずっと眠ってた?」

  俄かには信じられなかった。

  頭が混乱してしまってうまく考える事が出来ない。



  はやてはシグナムを見ながら、

「そんなもんやろ?」 

「ええ。
 機動六課がなくなってからもう二年以上経ちますし、そんなものかと」

「なくなった!?」

  またしても明かされる新事実に、一郎は愕然とした。

「そりゃまあ、一年の試験運用期間はとうに過ぎたし」

  そう言いながら、はやては懐かしさを感じていた。

  決して良い思い出だけでは無かったが、機動六課で過ごした一年間は自分にとって忘れる事の出来ない大切な思い出だ。  
 
     
  

  



「・・・・・」

「あー・・・いっちゃんが寝てた間に起きたこと、聞く?」

「・・・・・少し寝かせてくれ、後で聞くから」

  そう言って、一郎は眠りについた。















  数時間後、一郎が再び目を覚ました。



「一郎くんっ!!」

「ん、なのはか・・・」

  どうやら、一郎が寝ている間に来ていたらしい。

  なのはは随分と深刻そうな顔をしながら一郎を見つめていた。

「なに泣いてんだよ」

「だ、だって・・・。
 一郎くんが目を覚ましたって聞いて、仕事終わらせて飛んで来たのに、一郎くん寝てるんだもん」

  涙を拭いながらなのはは答えた。

  病室に入って眠っている一郎を見た時、聞き間違えたのか、それとも夢でも見ていたのだろうかと思ってしまった。

「色々ショックな事実をはやてから聞いてな。
 そういえばはやて達は?」

「忙しいから今日は帰るって。
 また来るって」

「そっか。
 ・・・なのは」

「え?」



「おはよう」

「あ・・・うんっ!!
 おはようっ、一郎くん」

  ようやく、一郎はなのはの笑顔を見る事が出来た。



  

「聞いてもいいか?」

「ん、なに?」

  なのはが笑顔になった所で、一郎は先程から気になっている事を聞く。

「さっきからずっと、お前の後ろに隠れてるのはなんだ?」

  一郎の視線の先には、子供らしき誰かがなのはの腰にしがみ付き、一郎の視線から逃れようとしていた。



「え?
 ・・・ヴィヴィオ、なにしてるの?」

  なのはは自分の影に隠れているヴィヴィオを見ると、呆れたように話し掛けた。

「ママ・・・」

  ヴィヴィオは迷いを込めた目でなのはを見た。

「ずっと気にしてたじゃない。
 隠れてないでちゃんと挨拶しなさい」

「でも・・・」

  なのはに促されても、ヴィヴィオはまだ迷いを見せていた。



  すると、

「いいよ、なのは」

  一郎はなのはの話を止めさせた。

「え、でも・・・」

  なのはは納得がいかないようだ。

「ヴィヴィオなんだな?」

「あ、うん」

「今はどうしてるんだ?」

「あの後わたしが引き取って、一緒に暮らしてるよ」

「そうか・・・」

  一郎は、ヴィヴィオがなのはと一緒いるという事が分かって嬉しかった。

「じゃあヴィヴィオ、そのままでいいから聞いてくれるか?」

  そう言って、一郎はなのはの後ろにいるヴィヴィオに向かって話し掛けた。



「ごめんな、ヴィヴィオ」

  頭を下げる事が出来ない代わりに、一郎は精一杯の思いを言葉に込めた。



「・・・え?」

  突然の謝罪を受け、ヴィヴィオは驚いてしまった。

  自分のせいで一郎が怪我をしたのだから、謝るのは寧ろ自分の方だと思っている。

「酷いこと言ってごめん。
 もっと他にやりようがあったかもしれないのに、俺は最低な方法を取ったんだと思う。
 あの時のヴィヴィオの顔、よく覚えてるよ」

  一郎は歯を食いしばりながら当時の事を思い出していた。

  悲しみか、絶望か、それとも何も考えられなくなっていただけなのか・・・。

  あの時のヴィヴィオの虚ろな表情はとても忘れる事など出来ないし、忘れてはならないと思っている。  

「来てくれてありがとう。
 それだけでも俺はすごく嬉しいよ。
 だから、無理しなくていいんだ」

「え・・・え?」

  ヴィヴィオは一郎の言っている意味が分からず困惑していた。



「話を聞いてくれるだけで十分だ。
 ヴィヴィオ、本当にごめん」

    

  



  







  その後、一郎となのはが少し雑談をした後、なのはとヴィヴィオは帰る事にした。

  病室を出て、廊下を歩く二人。



  ヴィヴィオは俯きながらなのはの後をとぼとぼと歩いていた。 

  結局、ヴィヴィオは一郎と顔を合わせず、言葉を交わす事も無く病室を出てしまった。

「(わたし・・・)」

  どうして何も出来なかったのだろう? 

  ヴィヴィオは歩きながら先程の事をずっと考えていた。



  助け出された後、一郎の行動の理由を聞かされたヴィヴィオは一郎の事をずっと気にしていた。

  嫌いになった訳では無いし、嫌々ここに来た訳では無い。

  酷い目に遭わせてしまった事をずっと謝りたかったのだ。

  謝って欲しいなんて考えた事も無かった。

  それなのに、ヴィヴィオは一郎に何も言う事が出来なかった。



  ヴィヴィオは顔を上げ、前を歩くなのはに声を掛ける。

「ママ、ヴィヴィオのことおこらないの?」

  すると、なのはは振り向いてヴィヴィオを見る。

「どうしてヴィヴィオを怒るの?」

「だって、ヴィヴィオ・・・」

「ああ、さっきのこと?」

「っっっ!!!」

  ぴたりと当てられ、ヴィヴィオは体を震わせた。

  足を止め、再び顔を俯いてしまう。



  なのははしゃがんでヴィヴィオの肩に手を置くと、俯いたままのヴィヴィオに優しく話し掛ける。

「ヴィヴィオは、一郎くんのこと嫌い?」

  なのはの問いに、ヴィヴィオは首を大きく振った。

「酷いこと言われて、もう顔も見たくない?」

  俯いたまま、何度も何度も首を振り続けた。

「じゃあ、なんでなにも言えなかったんだろうね?」

「わ、わからない。
 でも・・・」

  ヴィヴィオは顔を上げ、



「さっきのヴィヴィオ、だめなの」

  はっきりした理由は分からなかったが、ヴィヴィオはそう思っていた。



「だめなんだ?」

  なのはは笑みを浮かべていた。

「・・・うん」

「そっか」

  ヴィヴィオの成長を喜ぶなのは。

  喜びを噛み締めつつ、ヴィヴィオを抱きしめる。

「たぶんね、一郎くんのことが大好きだから怖かったんじゃないかな?」

「・・・?
 だいすきなのにこわいの?」

  ヴィヴィオにはよく分からなかった。 

「そういうこともあるんだよ。
 ヴィヴィオは、自分のせいで一郎くんが怪我しちゃったって思ってるんだよね?」

「うん」

「だから怖いの。
 大好きだからこそ、よけいに顔を合わせるのが怖い」 

  罪悪感といった言葉が浮かんだがは、ヴィヴィオには難しいと思ってなのはは使わなかった。

「・・・うん」

  頷きながらも、ヴィヴィオにはまだ迷いが残っていた。

「(こわい。
  ・・・そうなのかな?)」

  確かに、そうなのかもしれない。

  でも、ならどうすればいい?

「ママ、どうしたらこわいのなくなる?」

  ヴィヴィオはなのはに助けを求めた。

  何とかしたい。

  その思いだけははっきりしていた。



  そんなヴィヴィオになのはは告げる。

「怖いのはね、なくならないの」

「えっ!!」

  ヴィヴィオはなのはの言葉にショックを受けた。

「ヴィヴィオが一郎くんとちゃんと顔を合わせて、自分の気持ちを言わない限り消えないの。
 怖いのがなくなってから会いに行くっていう訳にはいかないの」

  もしかしたら、時が一郎に対する罪悪感を忘れさせてくれるのかもしれない。

  それでも、なのははヴィヴィオにそんな選択をして欲しくなかった。

  ヴィヴィオには強くて優しい子に育って欲しい、それがなのはの願いだった。

「ヴィヴィオだけじゃない、みんな怖いんだよ」

  落ち込むヴィヴィオになのははそう言った。

「みんな?」

「そう、みんな。
 ママもそうだし、一郎くんだって怖かったんだよ」

「うそ」

  ヴィヴィオはなのはの言っている事が信じられなかった。

「うそじゃないよ。
 ママはね、ヴィヴィオを本当の娘にする時、すごく怖かった。
 ヴィヴィオのことが大好きだから、すごく迷ったの。
 わたしと一緒にいるよりも、もっとヴィヴィオが幸せになる方法はあるんじゃないかって」 

「ヴィヴィオ、とってもしあわせだよ?」

  ヴィヴィオがそう言うと、なのはは嬉しそうな顔をしてヴィヴィオの頭を撫でた。

「一郎くんも、きっと怖かったんだと思う。
 ヴィヴィオのことが大好きだから、ヴィヴィオを悲しませるようなことなんてしたくなかったんだよ」

「・・・」

「それでも、一郎くんはがんばったの。
 たとえヴィヴィオに嫌われても、それでもヴィヴィオを助けたかったんじゃないかな?」

「・・・」



「ヴィヴィオは、一郎くんのこと好き?」

  なのはの問いに、ヴィヴィオが出した答えは・・・。








  一郎がいる病室に向かって走るヴィヴィオの後姿を見ながらなのはは思う。

「怖い、か・・・」

  それは、未だになのはが一郎に対して抱えている問題でもあった。

「わたしは、いつになったらがんばれるかなぁ」

  ヴィヴィオに言ったように、このまま怖がっていても答えが出ない事は分かっている。

  それでも、



「怖いなぁ、やっぱり」

  好きだからこそ怖い・・・正しく、自分がヴィヴィオに教えた通りだ。








  なのはは溜め息を吐いて考える事をやめた。

  どうやら、またしてもこの問題は先送りになりそうだ。

  臆病な自分に呆れていると、

「・・・あっ!!」

  突然、なのはは忘れていた事を思い出した。



「キャロのこと、一郎くんに言うの忘れてた」

  自分自身、一郎が目覚めた事で舞い上がっていた上に、ヴィヴィオの事もあって気付かなかった。



「どうしようかな・・・」

  一郎はきっと気になっているだろうし、病室に戻るべきだろうか?

  しかし、

「いいか。
 アギトが教えてるよね、きっと」

  なのははそう言って、このままヴィヴィオが戻ってくるまで待つ事にした。

  それに、今すぐ一郎の顔を見るのは恥ずかしいので、なのはは出来れば遠慮したかった。

「ふふ。
 一郎くん、きっと驚くだろうなぁ」

  キャロが今何をしているのか知った時、一郎はどんな顔をするだろう?
 
  想像するだけで、なのはは何だか楽しくなってきた。



「管理局やめてウチで暮らしてるなんて、一郎くん思ってもないだろうなぁ」

  笑みを浮かべるなのはだが、それが将来どんな意味を持つことになるのか、全く理解していなかった。


   
  

  




          ・・・つづく。










     ◆あとがき◆ 

  次回でいよいよラストです。




  



[5745] 最終話「また旅に出るかな。 きっと、第二・第三のキャロが俺を待っている」
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:d4f6b26d
Date: 2009/04/02 21:47





          ~ 当時を振り返って ~



 一郎「三年ぶりに目を覚ました俺は、元機動六課のメンバーと全く実感の湧かない再会を果たした。

    ほとんど変わってないなのは達、微妙に成長したティアナにスバル、大きくなったキャロにヴィヴィオ。

    エリオなんかはでかくなりすぎて、最初見た時は誰だかわからなかった。

    誰だって聞いた時、ティアナが爆笑してたっけ。



    みんなの成長や、知らぬ間になくなっていた機動六課などに何度も驚かされたが、一番驚いたのはキャロのことだった。

    キャロは機動六課解散後、すぐに管理局をやめて桃子さん達の世話になっていたらしい。

    高町家から学校に通って、翠屋の手伝いをしながら毎日を過ごしていたそうだ。



    なぜ機動六課をやめたのかをキャロに聞くと、キャロは俺に相談しなかったことを謝りながらも、迷いのない目で答えてくれた。

    相談しなかったのは俺が悪いんだから謝る必要はないし、キャロ自身が納得して決めたみたいだから、まぁ・・・がんばれぐらいしか言うことはなかった。

    キャロがどうこうってよりも、そんな大変な時にベッドで寝ていたことが少しだけ悔しかった。

    しかたないって言えばそうなんだろうけど、やっぱりなんとかしたかったなって思う。



    高町家のみんなには本当に世話になりっぱなしで、動けるようになったら必ず恩を返さないといけない。

    入院中、そんなことをベッドの上で考えていた」















 キャロ「あの頃の私は、急ぎすぎていたんだと思います。

     一郎さんのためや、困っている誰かのため・・・。

     そんなことばかり考えていて、本当にしたいことがよくわからなくなってたんです。

     だから、もっといろんなことを勉強したり経験したりするために、管理局をやめることにしました。



     一郎さんに相談しないまま管理局をやめるのはとても迷いました。

     桃子さんやアギトさん、それに六課のみなさんにもどうすればいいのか相談したんですけど、みなさん決まってこう言ってくれました。

     一郎さんがどうこうじゃなくて、私がどうしたいかが大事なんだって。



     たくさん迷ったんですけど、一郎さんが目を覚ました時に胸を張って会えるように、ゆっくりでも頑張ることにしました」     














 一郎「目覚めた俺は、ミッドでアギトに手伝ってもらいながらリハビリを開始した。

    桃子さんは家に来るよう誘ってくれたが断った。

    さすがにこれ以上迷惑は掛けられないし、俺がいたんじゃキャロも気になるだろうと思ってた。



    それから暫く経って、体も元通りになりつつある頃、俺とアギトは元六課の料理長と再会した。

    相変わらず豪快というか大雑把というか、久しぶりに会ったっていうのにちっとも変わってなかった。

    世間話をしているうちに今後の俺達の話になり、どうしようか迷っていることを告げると、料理長は俺達を自分の店に誘ってくれた。

    六課解散後に店を持ったらしく、よかったら来いってことらしい。

    今後どうするかは特に決まっていなかったし、まだあの人から教えて欲しいこともあったので、アギトと相談して二人で世話になることにした。

    






    そして、それから数年が過ぎた。

    俺とアギトはあの人の下で働き、キャロは高校に通っている頃のことだ。

    突然、キャロが俺とアギトに話したいことがあって尋ねてきたのだ。

    しかし、再会を喜ぶ俺とアギトに対し、キャロはずいぶんと緊張した様子だった。



    キャロが話してくれた、桃子さんがキャロを養子にしたいという話と、それをキャロが受けようと思っているという話。

    あの話を聞いた時、俺はどんな顔をしてたのかな・・・」















 キャロ「いつからかはっきりとはわからないんですけど、私の中で一郎さんに対する気持ちが変わってきたんです。



     一郎さんは大切な家族です。

     あの日、一郎さんと初めて会った日から変わらず、私にとって特別な人です。

     一郎さんと出会えてとても幸せで、その気持ちは変わってませんでした。

     でも、その気持ちとは別に、新しい気持ちが私の中に生まれたんです。



     一郎さんは、私が子供の頃に私のことを好きだって言ってくれて、その気持ちはずっと変わってなかったそうです。

     私の気持ちも一郎さんと同じはずだったのに、いつからか、一郎さんのことを男の人として見ていました。



     だから・・・怖かったけど、私は変わらなくちゃいけなかったんです」

    













 一郎「当然のことながら、この時の俺はキャロの気持ちなんてこれっぽっちも気付いちゃいなかった。

    キャロの話を聞きながら、ショックで頭が真っ白になっていたと思う。

    話が終わってキャロが帰った後も、俺は暫くの間ぼーっとしていた。



    その日から、俺は仕事も手に付かずにキャロのことを考え続けていた。

    そして、どれだけ考えてもこの話に反対する理由が見つからなかった。

    俺みたいないい加減なやつより、桃子さんと士郎さんが親のほうがキャロにとっていいに決まってる。

    実際、当時の状況を考えたら桃子さん達のほうがよっぽどキャロのためにいろいろしてくれていた。

    そんな風に考えていると、キャロと離れてミッドで働いていることは間違っていたんじゃないかって、当時の俺は思うようになっていた。

    

    悔しさと、キャロのためには仕方ないという諦め・・・。

    必死に自分を納得させようとするのだが、どうしても納得することが出来なかった。
    
    それぐらい、俺にとってもキャロは特別で大切な家族だったから。



    それでも、たとえ納得出来ないとしても、キャロのためになるなら俺の取るべき道は一つしかなかった。

    俺は地球に戻って桃子さん達に会いに行き、自分の思いを必死に隠しながらキャロを頼むと言って頭を下げた。



    ・・・後で聞いたところ、俺の思いなんか桃子さんにはバレバレだったらしい」















 キャロ「自分の気持ちに気付いてから、まずは学校のみんなに相談していました。

     一郎さんと共通の知り合いには恥ずかしくて話せなかったんですが、学校の友達にも詳しいことは話さなかったのでどうすればいいのかわかりません。

     それで、結局桃子さんに相談することにしたんです。



     私の相談を聞いた桃子さんは、真剣な顔をしながら私にこう忠告しました。

     『もしうまくいかなかったら、二度と一郎くんの前で笑えないかもしれない。
      そうなったら、一郎くんだって気まずい思いをすることになるわ。
      それに、今のままならお互い大好きな家族でいられるのよ。
      それでも、キャロちゃんはなんとかしたいの?』

     当時の私は、そんなことになるかもしれないなんて考えてもいませんでした。

     でも、よく考えればその通りで、そう考えると怖くてたまりませんでした。

     この気持ちは隠したほうがいいのかなって考えたこともあります。

     でも、怖いから逃げるのは嫌でした。



     管理局を辞めたのは逃げるためじゃない。

     だから、怖くても逃げないって決めたんです」















 一郎「その後、キャロと家族じゃなくなって気落ちしている俺に、重大な事件が起こった。



    料理長ではなく、この頃は店長と呼んでいたあの人が、料理の勉強がしたいから店を任せたいと言い出した。

    元々願望はあったみたいなのだが、今までチャンスがなくて諦めていたそうだ。

    数年前にそのチャンスはあったものの、自分の店を持つチャンスにも恵まれ、悩んだ結果、店を持つことにしたらしい。

    それなのに、ある程度店が軌道に乗ってきた所で物足りなくなってきたって言うんだから困ったもんだ。



    俺だって将来店を持ちたいとは思ってたが、幾らなんでも突然すぎると言って店長の申し出を断った。

    それに、この頃の俺には自信が全くといっていいほどなかった。

    それは料理の腕や経営力ではなく、キャロのことで味わった自分の無力さが原因だった。

    なにか他にやりたいことがあるなら無理して俺の傍にいなくてもいいと、アギトに一度だけ言ったことがある。

    まあ、顔の形が変わるんじゃないかってぐらい殴られたけど・・・。 



    そんな感じで、俺は店を任せるって話は断り続けていたんだが、ある日思いもよらない出来事が起きた。

    朝、アギトと共に店に行くと、事態は取り返しの付かないことになっていた。

    既に、店長はミッドを出ていたらしい。

    ・・・今でこそ笑い話にもなるけど、俺が逃げ出したらどうするつもりだったんだろう?」















 アギト「そんな訳で、イチローは突然店を経営していかなくちゃいけなくなった。

     店長は仕入先とかにある程度の説明はしていたみたいだけど、それだけで上手くいく筈なんてない。

     桃子さんにアドバイスでも聞こうかってイチローに言ったんだけど、あいつはそれを頑なに拒んだ。

     イチローからしたら複雑なんだろうから、あたしから口にすることは二度となくなった。



     それから何ヶ月か経った頃、どこで聞きつけてきたのか、店で働きたいたいと言う二人がやってきた。

     ディードとオットー。

     今さらなにをするって訳じゃないけど、あたしにとっては嫌な記憶を思い出させるので少し複雑だった。

     でも、イチローにとってはそうでもないようで、二人が尋ねてきたことを単純に喜んでいるようだった。

     あたしだけ気にしてるのも馬鹿らしいし、二人と打ち解けるいいきっかけになればと思っていたんだけど、イチローは二人が働きたいと言う申し出は断った。

     正直言って意外だった。

     あまり広い店ではないけど、元いた従業員が辞めたせいで忙しかったし、誰かわからないやつを雇うよりよっぽどいいんじゃないかと思っていたので、イチローはてっきりOKするもんだと思ってた」 















 一郎「ディードとオットーのことを恨んだことなんて一度もないし、ああなるように俺が仕向けたんだから二人が気にするようなことじゃない。 

    ただ、罪悪感から俺を手伝いたいと言うのなら、それを認める訳にはいかなかった。

    そんな理由で手伝いたいなんて言われても迷惑だし、二人にとってもいい筈がない。

    だが、そう断った理由を二人に話した後、ディードが俺に向かってこう言った。

    『罪悪感は確かにあります。
     ですが、それだけではありません。

     私とオットーは知りたいんです。  
     あなたがなぜ、あなたがあんなことをしたのか。
     ただドクターの命令を聞いていただけの私達とは違い、あなたは自分の意志であの少女を助ける為に命を賭けた。
     
     自由になって、姉妹達はそれぞれの道を歩き始めています。
     私達もそうしていたんですが、まだ理解出来ません。
     心、というものがわからないんです。
     姉妹達やスバルさん達がいる以上、戦闘機人だからというのは理由になりません。
     心がないのではなく、まだ見つけてないのだと思っています。

     私達は、それをあなたの傍で見つけたい。
         
     二人で悩んでいた時、あなたのことを聞いてそう思いました。
     ですからお願いします。
     私達をあなたの店で働かせてもらえませんか?』



    頭を下げて頼む二人。

    これ以上断る理由は見つからなかった。

    俺の店じゃないってことだけはわからせた後、一緒に頑張ろうと二人に言った。



    店のことや二人のこと、やることは幾らでもあったので、次第にキャロのことで落ち込むこともなくなっていった。

    というか、考えないように意識してたんだと思う」
    














 アギト「それからまた暫く経って、確かキャロが高校を卒業した頃だったと思う。

     ついに、キャロがあたし達に会いにやってきた。

     キャロと再会した時のイチローは、なんつーか、すげえ面白い顔をしてた。

     イチローに絶対教えないという条件で、なぜキャロがあんな行動を取ったのかあたしは知ってたので、その時はキャロの想いが届くよう願っていた。



     けどさあ・・・あたしはてっきり、キャロがイチローに告白でもするのかと思ってたよ。

     それが、なんでいきなりプロポーズ?

      

     今思うと残念なのは、キャロのプロポーズを受けた時のイチローの顔を写真に撮っておかなかったことだ。

     ディードとオットーはよくわからなかったみたいだし、あたし一人で楽しむのは勿体無すぎる。



     ・・・・・ん、結果?

     イチローが陥落するまで一年かかったよ。

     あいつはキャロをそういう風に見たことなかったから、時間が掛かったのは当然って言えば当然だけど。

     いや、もしかすると早かったのかな?



     あたしもイチローも、キャロがあんなに粘り強いとは思わなかった。

     キャロのことなんにもわかってなかったんだなって痛感したよ。








     まあそんな訳で、二人はまた家族になった。



     今年で二十歳になったキャロ、未だに俺は店長代理だとか言ってやがるイチローに、最近じゃよく感情を表すようになったディードとオットー。

     さらに最近はヴィヴィオがバイトに来るようになって、店はさらに賑やかになった」              














          魔法少女リリカルなのは【かんりきょくのこっくさん】

     最終話「また旅に出るかな。 きっと、第二・第三のキャロが俺を待っている」















  ミッドチルダの首都クラナガンの一角にその店はあった。

  その店は、開店当初は手頃な値段でおいしい食事が食べられると評判だったのだが、数年経って店長が変わってから大きく様変わりしていった。

  ミッドチルダでは馴染みの無い料理を出す店として密かに人気で客足が絶えない。

  デザートも評判で、わざわざケーキだけ食べに遠くからこの店に足を運ぶ人も多いと言う。



  物語の最後は、この店にクロノが訪れた所から始まる。 















  天気のいい昼下がり、ランチのピークも過ぎて客足も少なくなった頃にクロノはやってきた。

  店内に入ったクロノを、オットーと共にテーブルの後片付けをしていたディードが出迎える。

「いらっしゃいませ、クロノさん」

  十二分にとは言えないが、ディードの顔には誰が見ても分かる程度には笑みが浮かんでいた。

「久しぶりだね、ディード。
 仕事もすっかり板についたみたいで安心したよ」

  クロノは、ディードと、食器を片付けているオットーを見ながらそう言った。

  二人にとって、一郎の傍で生活する事は良い方へ向かっているらしい。

「いえ、まだまだです。
 減ってはいますが、今でも失敗ばかりです」

「でも、楽しいだろ?」

  クロノがそう聞くと、ディードは少し考えるそぶりを見せた後、

「・・・はい」

  嬉しそうな顔をしながら呟いた。



  そんな二人の傍を、食器を抱えたオットーが通る。

「ディード、席に案内しないと」

  そう言って、オットーは奥の厨房に消えていった。



「すみませんっ、すぐに・・・」

  ディードの忠告を聞いて慌てるディード。

「話し掛けたのはこっちなんだから謝らなくてもいいよ。
 むしろ、仕事の邪魔をしたようですまない」

  慌てるディードを制し、クロノは店内を見渡した。

「(・・・お)」

  すると、クロノは窓際の席に見知った顔を見つけた。

  しかし、

「(う~ん・・・なんだか荒れてるな)」

  クロノが見る限り、あまり機嫌が良いようには見えなかった。

「(なにかあったんだろうか?)」

  考えてみるものの、思い浮かばない。

  すると、  
 
「あの、クロノさん。
 お席の方に御案内してもよろしいでしょうか」    

  急に黙り込んでしまったクロノを、ディードが不安そうな顔で見つめていた。

「ああ、すまない。
 ・・・そうだ、ディード」  

  クロノはディードに再び迷惑を掛けてしまった事を詫びながら、



「あの席にいる客に、相席してもいいか聞いてきてもらえるかな?」

  何時ものおせっかいを発揮していた。

  













「クロノが来てる?」

「はい」

  厨房でオットーの話を聞いた一郎は、思わず洗い物の手を止めて聞き返した。

「クロノさんが来てくれるなんて珍しいですね」

「本局に勤めてる連中はあんまり顔見せに来ないからな」

  同じ厨房内で作業をしていたキャロとアギトも気になったのか、一郎達の話に加わってきた。



「まだ昼食を食べてないそうです。
 マスター、ランチってまだ出ますか?」

「ああ、大丈夫だ」

  そう言って、一郎が調理を始めようとすると、キャロは呆れた顔をしながら一郎を止めようとする。

「それは私がやりますから、一郎さんはクロノさんに会いに行ってください」

「ん、いや、でもな・・・」

  しかし、一郎はキャロの提案を聞き入れずに準備を続けていた。

「次はいつ来れるかわかんないだろ。
 いいから行けよ」

  アギトもそう言って一郎を説得した。

「そりゃそうだが・・・」

  尚も渋る一郎。

  相変わらず、普段と違って料理の事になると途端に融通が効かなくなる。

  

  仕方なく、キャロは説得を諦めて実力行使に出る。

「私はさっき休憩しましたし、他のみんなもちゃんと休憩は取ってます。
 休んでないのは一郎さんだけですよ?」

  キャロはそう言うと、一郎の持っていたフライパンを奪って背中を押した。

「おいっ、キャロ!」

  一郎は抗議の声を上げるが、キャロ相手に手荒な真似は出来ないのでされるがままだ。

  結局、一郎はキャロの勢いに押されて厨房から出て行った。















  店内を見渡すとすぐにクロノは見つかったのだが、一郎は思わず呆れてしまった。



「ティアナ、お前まだいたのかよ・・・」

「一郎さん、普通、客に向かってそういうことは言わないと思います」

「あ、あはははは・・・」

  クロノがいるテーブルには、数時間前に店に来たティアナも座っていた。



  一郎は二人のいるテーブルに着くと、クロノの隣に座って向かいにいるティアナを見た。

「キャロが仕事に戻ってから一時間以上経ってねえか?」

  休憩から戻ってきたキャロが、久しぶりにティアナと話せて喜んでいたのが丁度そのくらいだった。

  なので、一郎はまさかまだティアナがいるとは思わなかった。

  それに、

「お前これからエリオと会うんじゃなかったっけ?」

  一郎はキャロからそう聞いていた。

  だからこそ、一郎はなぜティアナがまだここにいるのか不思議だった。

  すると、


  
「うっ」

「馬鹿・・・」
  
  ティアナは明らかに不機嫌な顔つきになり、クロノは溜め息混じりに首を振った。



  一郎は事態が把握出来ず、横にいたクロノを見て、
    
「なんかあったのか?」

  すると、クロノは苦笑いを浮かべながらこう答える。

「午前中には任務が終わって、今頃はエリオがこっちに来るはずだったんだけど、別件があって今日は来られなくなったって」

「ふ~ん。
 ま、あいつも今やお前と肩を並べるぐらいになっちまったから大変だな」

  一郎はそう言って、せっかくの休みが駄目になってしまったエリオに同情した。

 
  
  この頃エリオは次元航行部隊に所属し、若くして艦船の艦長を務めるまでになっていた。

  かつての自分のような子供を出さない為に、日々管理世界を飛び回っている。

  ティアナは念願だった執務官になる事が出来、こちらも毎日忙しい。

  今日は二人の休みを合わせ、久しぶりに会えるとティアナは喜んでいたのだが、



「っとにもう、エリオのやつ・・・」

  ティアナは苛立ちが抑えきれないらしく、この日何個目になるかも分からないケーキを、食べるでもなくフォークで解体していた。

「仕事じゃしょうがねえだろ?」

  そんなティアナを見て一郎は不機嫌になるが、他にも客がいるために自分を抑えた。



  ティアナは一郎の話を聞いて深く溜め息を吐く。

「わかってますよ。
 私だって子供じゃないんだし、こんなことはよくありますから」

  ティアナだってエリオが悪い訳では無い事ぐらい分かっていた。  

  寧ろ、これでエリオが自分の所に来るようならそれこそ問題だ。

「じゃあなんでそんな不機嫌なんだよ?」

  一郎の問いに、ティアナは二人に顔を見られないよう下を向き、



「それはそれ、これはこれです」

  と、二人には理解出来ない事を呟いた。

  いまいち鈍い一郎とクロノに、女性の気持ちを分かろうとする方が無理なのかもしれない。
    







  一郎とクロノが顔を見合わせて戸惑っていると、ディードがクロノの注文したランチを持って来た。

「お待たせしました」

「ああ。
 ありがとう」

  一礼し、厨房に戻ろうとするディードを一郎が呼び止める。

「ディード」

  一郎の呼び止めを聞き、体ごと振り返るディード。

「はい。
 なんでしょうか、マスター」  

「俺も食べるから持ってきてくれ。
 そうだな・・・じゃ、ショートケーキと紅茶で」

「かしこまりました」

「あ、ちょっと待った」

  戻ろうとするディードを一郎が再び止めた。

「はい」  

「何度も悪いな。
 紅茶なんだけど、オットーに任せてみようと思うから、一人でやらせるようにアギトに言ってくれるか?」

「えっ!?」

  ディードは驚きを隠せなかった。

  最近のオットーは料理を作る事に興味を持ったらしく、接客の合間に、一郎が料理を作っている様子をじっと見ている事があった。

「よろしいんですか?」

「これから持ってくるのがうまくいったらな。
 言っとくけど、俺は面倒臭いぞ」

  一郎はそう言ってにやりと笑った。

「はい・・・ありがとうございますっ!」

  しかし、一郎の挑発も今のディードに効果は無く、寧ろ満面の笑みを浮かべて嬉しそうだ。

  嬉しさのあまり、ディードは小走りで厨房に戻って行った。








「ったく、店の中で走るなっての」

  一郎は、走り去っていくディードの後姿を見ながら溜め息を吐いた。

「まあ、それだけ嬉しかったってことか・・・・・ん?」

  同じ席に座っている二人から視線を感じ、一郎は言葉を止めた。

「「・・・」」 

「な、なんだよ?」

  目を丸くして見つめてくる二人の視線に一郎はたじろいだ。

「いや・・・びっくりして、なあ?」

「・・・そうですね」

  二人はお互いを見ながら、微妙な表情で苦笑いを浮かべた。

  そんな二人の態度が理解できない一郎は、

「なにが?」

  と聞くと、二人は躊躇いながらもこう答えた。



「いや、君がちゃんとしてるところって、ほとんど見たことがないから新鮮で・・・」

「同じくです」

  というか、実際に見ても何処か信じる事が出来ない。



「て、てめえら・・・」

  一郎は二人を睨みながら呻き声を上げるが、一郎に対するフィルターが掛かってない人からすればそんなものかもしれない。








  その後、一郎とクロノはティアナの愚痴に付き合う事になり、一時間程経って、ティアナはすっきりした様子で帰っていった。



  二人になった所で、一郎はクロノに、

「悪かったな、せっかく来てくれたのにこんなことになっちまって」

  すまなそうには思ってない顔をしながら謝罪の言葉を述べた。

「いいさ、ある程度は覚悟してティアナと相席したんだから」

「ならいいけど・・・」

「それに、ああいうことがあってこそ、この店に来たんだなって思うしね」

  クロノは笑いながらそう言った。

  ティアナからしてみれば不本意だろうが、管理局で頭を悩ませる毎日を送っていると、今日のようなイベントも気が抜けて丁度いい。

「お前はなにを求めて来てんだよ・・・」

  一郎としてもあまりいい気はしない。

  来てくれた客が食事をして笑顔になってくれれば最高だが、別に無理に笑わせようとしている訳では無いのだ。

「そうは言っても、ここに来ると大抵なにかあるだろ?」

  足繁く通っている訳では無いが、クロノはそう記憶している。

「・・・くっ」

  一郎は否定したかったが、思い返してみると確かに、いい意味でも悪い意味でも騒ぎばかり起こしている気がする。  
  







  夕方になり、店は忙しくなってきた。

「じゃあ、そろそろ帰るよ」

「ああ、またな」

「次来る時はあれか、子供が生まれる報告でも聞けるかな?」

「・・・・・とっとと帰れ」  

  二十年来の友人になる二人の間には、もはや遠慮というものが存在しなかった。















  一郎が仕事に戻って暫くすると、学校帰りのヴィヴィオがやって来た。
  


「一郎、お待たせっ」

  ここまで走ってきたのか、息を弾ませながら話すヴィヴィオの額には汗が滲んでいた。

「急がなくてもいいって前に言ったろ」

  何度言っても聞かないため、一郎は無駄と思いつつも注意した。

「いいの。
 わたしが好きでやってるんだから。
 それじゃ、着替えてくるねー」

  ヴィヴィオは一郎の話を話半分に聞き流し、そのまま控え室に消えていった。 

「おいっ!
 ・・・はぁ」

  手が止まる事は無いが、一郎は溜め息を吐いていた。

  やはり、今回も無駄だったようだ。



  そんな一郎をキャロとアギトが慰める。

「ヴィヴィオは一郎さんと料理するのが好きなんですよ」

「いいじゃねえか、元気があって。
 店の中も活気付くだろ?」

「・・・まあ、そりゃそうだが
 学校で居眠りでもしてるんじゃないか心配でな」

  ヴィヴィオがアルバイトをする事になってなのはから頼まれているので、一郎はつい心配してしまう。

「アンタじゃあるまいし、気にすることないって」

「ちょっと待てアギト、なんでそんなこと知ってんだ?」

  一郎は思わず聞き返した。

  中学時代の話をした事はあるが、わざわざ自分の恥ずかしい過去を話すような事はしていない。

「聞いたからだよ」

  何を当たり前の事を、とでも言いたげ顔をしながらアギトは答えた。

「誰に?」

「ウチの常連に、アンタの一コ下で同じ学校通ってたのが三人もいるじゃねえか。
 アンタがその三人のことをよく知ってるように、三人もアンタのことならよく知ってるってことだろ」

  それもそうだ、と思いながらも気落ちする一郎。

  キャロを見ると、躊躇いながらも頷いた。

  キャロも知ってるらしい。

「あいつ等はどこまで話したんだ?」

「それは言えねえな。
 ま、でもこの分じゃ、ディードとオットーにアンタの正体がバレるのも時間の問題だな」

  ディードとオットーは、スバルと同じぐらい一郎を尊敬しているので、手遅れになる前に目を覚まさせた方がいいのかもしれない。








  賑やかになる厨房。


 
「なにが正体だ、人聞きの悪い・・・」

「まあまあ、一郎さん落ち着いてください」

「着替えてきたよー、って、どうしたの?」

「なんでもねえよ、いいから仕事に・・・」

「おおヴィヴィオ、ちょうどいいところに。
 実はイチローがさぁ・・・」

「黙ってろっ!!」  

「え、なになに?
 キャロさん、教えてください」

「う、う~ん・・・」








  月日が経って、人間関係も変わっていった。  

  出会いと別れは、きっとこれからも続いていくだろう。 

  それでも一郎は変わらない。 








「みなさん、客席にまで聞こえてしまっているんですが・・・」

「でもディード、お客さん笑ってくれてる」

「オットー、それは笑われてるの」








  いや、少しぐらい変わった方がいいのかもしれない。
  









          ・・・終わり。










     ◆あとがき◆ 

 なんとか終わらせる事が出来ました。
ミッドで翠屋って名前で店をやっているというのを当初考えていたんですが、悩んだ結果こうなりました。
一度、誰ともくっつかずに曖昧な感じで終わる話を書いたんですが、どうも物足りなかったので全部書き直しました。
色々と強引な所はありますが、起伏も無く終わるよりはよかったんじゃないかなと思っています。

 なにはともあれ、最後まで書けてよかったです。

 最後に、自分のミスで百件近い感想を消してしまい申し訳ありませんでした。
その後もたくさん感想をもらってすごく嬉しかったです。
今までは見る側だったので、感想をもらうことがこんなに嬉しいとは思わなかったです。

 最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。







[5745] 登場人物紹介(本編終了後)
Name: 大豪院キャロ◆0b1756a3 ID:d4f6b26d
Date: 2009/04/02 21:48





○森山一郎○

 結局、こいつが一番分かってなかった。
キャロをゲットしたというより、キャロが一郎をゲットした、という言い方が正しい。
 当初はキャロの告白に対し、答えをはぐらかす事しか出来なかったが、それでもぶつかってくるキャロに圧倒され、真剣に向き合う事を決意。
 10年以上抱えていた悩みは答えが出ないまま終わってしまった。
今では子供の頃の思い出として心の奥にしまい、三人とは仲のいい友人としての関係を続けている。
 突然任された店については今でも悩んでいる。
店長と連絡は付いたのだが、全く戻る気は無く、好きにしろとの事。
 なんでも、一郎の見舞いに行った時に桃子と会って意気投合したらしく、最近では海鳴市にまで足を伸ばしている。
二人揃うと厄介この上ないので、説得するチャンスがあるにもかかわらず、一郎は最近海鳴市に帰っていない。



アギト「ま、なんにしても情けないよな」

一郎 「ぐっ・・・」

キャロ「え、え~っと・・・」

アギト「結局キャロが全部やっただろ?
    アンタはみっともなく逃げ回ってただけじゃん」

一郎 「どうすりゃよかったんだよ!!
    あの時点で俺にキャロの気持ちがわかるわけないだろうが!!」

アギト「だから駄目なんだよ」

一郎 「考えたこともなかったっての」

キャロ「・・・一郎さん・・・もしかして、迷惑でしたか?」

一郎 「え?」

キャロ「あの頃は必死で考える余裕もなかったんですけど。
    もしかして、私が我侭を言うものだから仕方なく・・・」

一郎 「違うっ!!」

キャロ「でも・・・」

一郎 「驚いたのは確かだ。
    今まではキャロのことを妹か娘みたいに思ってたから」

キャロ「・・・」

一郎 「でも、今は違う。
    迷惑に思ったことなんてないし、仕方なくキャロの想いに応えた訳じゃない」

キャロ「・・・本当ですか?」

一郎 「ああ。
    俺もキャロと同じだ。
    同じぐらいキャロのことが・・・・・ん?」

みんな「(にやにや・・・)」

一郎 「っ!!
    てめーら、なに覗いてやがる!!」








○森山キャロ○

 キャロ・ル・ルシエ改め高町キャロ改め森山キャロ。
自分にとっての一番に気付き、桃子に相談して一世一代の勝負に出た。
 現在は一郎と共に店を盛り立てている。
学生時代に翠屋で学んだのか、ケーキ類に関しては一郎を凌ぐまでになっている。
 里を追われ、フリードと共に放浪していた頃から十年以上が過ぎた。
辛い事や苦しい事もたくさんあったが、大好きな人達に囲まれて幸せに過ごしている。



アギト「未だに疑問なんだけどさぁ・・・」

キャロ「はい?」

アギト「なんであの時いきなりプロポーズだったんだ?」

キャロ「あっ!
    あれは・・・その・・・」

アギト「ある程度話は聞いてたんだけどさ、まさかああくるとは思わなかったよ」

一郎 「・・・」

アギト「アンタも気になってただろ?」

一郎 「俺に振るな!!」

キャロ「実は、私もなんであんなこと言ったのかよくわからないんです」

アギト「そうだったのか?」

キャロ「はい。
    お母さんと相談して、いくつか考えてはいたんですけど、あれはもしもの時に最後の手段として使いなさいって・・・」

アギト「で、それをいの一番に使ったと」

キャロ「・・・緊張して、頭が真っ白になってしまって・・・」

一郎 「(やっぱあの人か。
     余計なことを・・・)」

アギト「なんか言ったか?」

一郎 「言ってねえ!!」

キャロ「でも、よかったです」

アギト「ん?」

キャロ「そのおかげで、今とっても幸せです」

一郎 「・・・」

アギト「だってよ。
    なんか言ってやったらどうだ?」

一郎 「あっちで聞き耳立ててるやつらがいなければな」

みんな「「「「「ちっ」」」」」

一郎 「ちっ、じゃねえよ」








○アギト○

 一郎と出会ってから常に一郎の傍にいる。
きっとこれからも変わらず、二人の間にある絆はキャロが羨むほど深い。
 キャロのことを聞いた時、初めは複雑だったものの、次第に応援するように。
キャロのことが心配なだけに、一郎か、と思いつつも、たぶん誰であっても複雑だっただろう。
なんだかんだ言いながらも、大切な二人が幸せそうにしているのでアギトも嬉しい。
 店では一郎のサポートをしながらも、一郎と同じく店で一番の古株なので新人の指導もしている。
最近ではバイトのヴィヴィオに教えることが多い。
 一郎のことがあってディードとオットーの二人とは最初微妙な距離感を感じていたが、接客業などしたことがない二人に仕事を教えているうちに、抱えていた複雑な気持ちも消えていった。
 本人は否定するものの、孤児院にいた時から変わらず面倒見はいい。
 親友のリインとの仲は相変わらず。
リインの休みに合わせて一緒に遊ぶことが多い。
一郎が大怪我をした時や、眠り続ける一郎をただ見つめていた時。
辛い時や挫けそうな時に励ましてくれたリインは、アギトにとって一郎やキャロとは別の意味で大切な存在。
恥ずかしいので口にはしないが、リインと出会えたことを本当に幸せに思っている。 



リイン「アギトちゃんのことなら私の出番です」

アギト「だから抱きつくなっての!」 

リイン「相変わらず恥ずかしがりやさんです」

アギト「違うっての」

リイン「リインもアギトちゃんと出会えて幸せですよ」

アギト「ぐっ」

はやて「まあ、仲がよくてなによりや」

一郎 「そうだな」

はやて「いっちゃんはどないなん?」

一郎 「俺?
    う~ん・・・アギトとは一緒にいるのが当たり前みたいになってるからな」

はやて「それだけ近いってことやし、それはそれで悪くはないけどな」

一郎 「ま、感謝してるよ。
    今はもう、アギトがいないなんて考えられないしな」

キャロ「うう・・・やっぱり羨ましいです」

アギト「ってゆーか、なんであたしがこんな恥ずかしい目に・・・」








○ディード、オットー○

 一郎達と一緒に働くこと数年、最近では笑顔を見せ、感情も豊かになってきている。
人と直接関わる接客の仕事をしていたが、最近オットーが調理に興味を持ってきた。
 将来は二人で自分達の店を、なんていう夢を持つのはもっと先の話。
今は一郎達と一緒に働いている事が楽しいらしい。
 二人ともヴィヴィオと仲がよく、三人で楽しそうに喋っている様子は微笑ましい感じだったのだが、ヴィヴィオが二人に遊び半分で余計な事を教えるので、一郎は最近困っている。



ディード 「御主人様、これからもよろしくお願いします」

オットー 「御主人様、今度僕に料理を教えてください」
 
一郎   「ヴィヴィオっ!!!!!」

ヴィヴィオ「え、なになに?」

一郎   「なになに、じゃねえっ!!
      二人に変なこと吹き込むな!!」

ヴィヴィオ「え~。
      でもでも、とっても可愛いよ?」 

一郎   「そういう問題じゃねえっての・・・」

ヴィヴィオ「一郎だって好きでしょ?」

キャロ  「そうなんですか?」

一郎   「信じるなよ、頼むから・・・」

ディード 「お気に召しませんでしたか?」

一郎   「召しませんでした」

オットー 「残念」

一郎   「ヴィヴィオの言ってることは、話半分に聞くぐらいでちょうどいいからな」

ディード 「マスター、それは難しいです」

オットー 「それに、ヴィヴィオと話すの楽しい」

一郎   「・・・もうちょっと柔軟にってのが、これからの課題だな。
      (っていうか、マスターってのも正直微妙なんだが・・・)」








○高町ヴィヴィオ○

 一郎が三年ぶりに目覚めた日に、ヴィヴィオと一郎が病室で交わした約束。
「また一緒に料理を作ろう」
その約束は叶った。
接客もこなし、店内を元気に走り回る様子は、元々騒がしい店の雰囲気をさらに盛り上げている。
 なのはとの仲も良好で、最近では忙しいなのはに代わって家事を引き受ける事も多い。
 なのはとはやてを足して二で割ったような性格の上、一回り以上年下とあっては、一郎としても対処に困る。



一郎   「俺はどうでもいいんだが、一応、客の前で呼び捨てはやめとけよ」 

ヴィヴィオ「でも、前に一郎くんって呼んだら怒った」

一郎   「なのはの声色を真似てなきゃ別に文句はなかったよ」

ヴィヴィオ「えへへー。
      似てた?」

一郎   「腹立つぐらいにな」

なのは  「一郎くん、それってどういう意味かな?」

一郎   「言葉通りの意味だ」

なのは  「もう・・・。
      一郎くん、本当に変わらないよね」

一郎   「お前も成長してるようには見えねえけどな」

なのは  「そんなことないよ。
      ねーヴィヴィオ」

ヴィヴィオ「ママはいつもキレイだよ」

なのは  「ヴィヴィオ、ありがとう!!
      ねえ聞いた一郎くん・・・って、あれ?」

ヴィヴィオ「一郎、どっか行っちゃったね」








○高町なのは○

 今も戦技教導官として後進の指導に当たっている。
自分の気持ちをはっきりさせないまま終わってしまったことがしこりとして残っていたが、最近では吹っ切れたようだ。
ただ、一郎が義理の弟になるという事実に気付いた時にはちょっとショックを受けた。
一郎も同じ気持ちだったようで、その事がきっかけで久しぶりに大喧嘩。
これからも多分、この二人は変わらない。



はやて 「二人とも、ちっとも変わらんからなぁ」

フェイト「ほんと、元気だよね」

はやて 「喧嘩するんは二人にとって挨拶みたいなもんやろうけど、いい加減やめればええのに」

フェイト「でも、あの二人が喧嘩してるところを見ると、子供の頃や六課時代を思い出すよね」

はやて 「あーせやな、なんや懐かしいわ」

フェイト「実はさ、あの二人がいっつも喧嘩してるの、ちょっと羨ましかったんだよね」

はやて 「あー。
     なんかわかる気がする」

フェイト「一郎はなのはに優しい言葉なんか掛けたことなかったじゃない?」

はやて 「元気付ける時なんかも、なのはちゃんに喧嘩でも売るみたいにわかりにくくするからな」

フェイト「でもそういうのってさ、お互いわかってるみたいな感じがして、なんかいいなって思ってたんだ」

はやて 「なのはちゃんにだけやからな、ああいうことするんは」

一郎  「お前等・・・適当なこと言いやがって・・・」








○フェイト・T・ハラオウン○

 人間関係を弄った結果、キャロとエリオが離れてしまい本当にどうしようか困った人。
消去法で一郎とくっつけようかとも考えたが、さすがにやめる。
現在は同じ執務官になったティアナ等と共に、捜査に奔走する日々を送っている。
・・・まあ、なんていうかごめん。



フェイト「うう・・・。
     やっぱり微妙だよ」

キャロ 「げ、元気を出してください」

エリオ 「そうですよ」

フェイト「でも・・・」

キャロ 「エリオくん、どうしようか?」

エリオ 「やっぱりここは一郎さんに・・・」

一郎  「無茶言うな」

キャロ 「一郎さん」

エリオ 「一郎さん」

一郎  「お前等、この流れで俺に振るなんてどうかしてるんじゃねえか」

フェイト「うう・・・」








○八神はやて○

 リインがよくアギトと遊んでいるので、一郎達の近況はよく知っている。
最近、新部隊設立の話が来て、どうしようか悩んでいる。
元六課のメンバーを集めようと考えてみたものの、偉くなってしまったメンバーも多く、一つの部隊に纏めるのは難しそう。



はやて「とりあえず、厨房の責任者はいっちゃんにお願いするつもりなんでよろしく」

一郎 「決定済みなのか?」

はやて「嫌なん?」

一郎 「嫌じゃないが、店任されてるし」

はやて「ああ。
    あの人、そん時には戻ってくるって言ってたで」

一郎 「なんでお前と店長の間で話が纏まってんだよ!!」

キャロ「いいじゃないですか。
    またみんなで集まるのも楽しそうです」

一郎 「いや・・・でもな・・・」

はやて「問題は、いっちゃんの店は保有戦力が高すぎることやな。
    あれだけ揃ってると言い訳も出来ん」

キャロ「そうなんですか。
    もう現場を離れて随分経つんですけど、難しいんですね」

一郎 「聞けよ・・・」








○ティアナ・ランスター○

 執務官になる夢を叶え、毎日頑張って・・・などという話はどうでもいい。
大事なのはエリオとの事。
六課解散後もお互い連絡は取り合っていたようで、よく落ち込む癖があるエリオを励ましたり、からかったり・・・。
フェイトに対する一郎みたいな感じでいたのだが、エリオも日々成長していく。
身長で追い抜かれた頃には、何時の間にかエリオに支えられている事に気付く。
嬉しくもあり、少しだけ悔しくもあり。



スバル 「なんだかお邪魔っぽいので、最近はあんまりティアと遊ばなくなりました」

ティアナ「お邪魔って、アンタねぇ・・・」

スバル 「だって、エリオとティアのデートにあたしがついてってどーするのよ!」

ティアナ「いや・・・そう言われると・・・その・・・」

スバル 「ティアの馬鹿ーーーーーっっっっっ!!!!!」

ティアナ「あっ!?
     ちょっとスバル、待ちなさいっ!!」

キャロ 「お二人は喧嘩してるんでしょうか?」

アギト 「拗ねてるだけだろ」








○エリオ・モンディアル○

 提督と呼ばれるほどに成長したエリオだが、自分を低く見る癖はいまだに消えてない。
今や自分にとって一番大切になったティアナだが、子供の頃から今だに受け続けているだけの恩を、いつか返したいと思っている。
エリオの勘違いなのだが、説明するのも悔しいのでティアナは黙っている。
 交友関係は広がったものの、基本的に本音を出せる相手はティアナと一郎しかおらず、出来る限りティアナに心配を掛けさせたくないエリオは、何かあると一郎に相談するために店にやってくる。
しかし、それがそもそもの間違いである事にエリオは気付いてない。
一郎がエリオの相談内容を言いふらしたりする事はないが、深刻そうな顔をしながら店にやってくればアギトやキャロはある程度察しはつく。
その結果、エリオが悩んでいるという情報は知り合いを通じてティアナの耳にも入ってしまう。



エリオ 「え!?
     そうだったんですか?」 

ティアナ「まだまだ甘いってことよ」

エリオ 「そっちも驚いたんですけど、それよりも、ティアナさんが僕に支えられているとかのほうが・・・」

ティアナ「う。
     いや・・・あれは・・・その・・・」

エリオ 「本当・・・なんですか?」

ティアナ「悪い?」

エリオ 「ううん。
     嬉しいよ、すごく。
     ありがとう・・・ティアナ」

ティアナ「エリオ・・・」










○スバル・ナカジマ○

 念願だった特別救助隊に配属されて現在も活躍、多くの命を救い続けている。
 休みの日には店に訪れる事が多く、一郎相手に愚痴をこぼす。
ティアナがエリオと付き合っている事よりも、暫くの間、それを黙っていた事が気に食わないらしい。
どう見ても拗ねてるだけなのだが、前に指摘して暴れた事があるので、それ以降、一郎は黙っている。



一郎   「なるほど・・・。
      あれはきついな」

スバル  「お兄ちゃんとキャロのああいうとこってほとんど見ませんね」

一郎   「キャロとは家族として暮らしてた期間が長かったからな。
      っていうか、いい加減お兄ちゃんはやめろよ」

スバル  「駄目ですか?」

一郎   「別に駄目って訳じゃないが・・・。
      俺ももう三十だぞ?」

スバル  「関係ないです!
      お兄ちゃんはお兄ちゃんですから」

一郎   「(悪意の欠片もねえところがやっかいなんだよな・・・)」

スバル  「いいですよね?」

一郎   「・・・まあ、いいか。
      わかったよ」

なのは  「一郎くん、スバルには結構甘いよね」

一郎   「例外はお前とアリサだけだ」

なのは  「なにそれっ!?
      喧嘩売ってる?」

ヴィヴィオ「二人とも、喧嘩しないのっ!!」

一郎   「いや、なのはが・・・」

なのは  「一郎くんが悪いんでしょ!!」

ヴィヴィオ「どっちも一緒っ!!
      怒るよ?」

一郎   「・・・・・ちっ」

なのは  「あっ、今舌打ちした!
      一郎くんのせいでヴィヴィオに怒られたんだよ?」

ヴィヴィオ「もう・・・。
      いつまで経っても子供なんだから・・・」 








○クロノ・ハラオウン○

 いつも忙しいが、暇を見つけては店に遊びに来る。
何時までも変わらない空気を感じさせる店に、若い頃に一郎達と馬鹿な事をしていた自分を思い出すらしい。



一郎 「なんだかな・・・」

クロノ「ん、どうかしたのか?」

一郎 「お前とサシで飲んでる時が一番落ち着くってのはどうなのかと思ってな」

クロノ「まあ、一応誉め言葉として受け取っておくよ」

一郎 「お前は喜んでるかもしれないけどな、どう考えてもウチの店の進んでいる方向性は違う気がするんだが」

クロノ「お客さんからの評判はいいんだろう?」

一郎 「最近は、飯食いに来てんのか笑いに来てんのかわかんねえような評価が多いんだよ」

クロノ「僕としては両方かな」

一郎 「はぁ・・・」








○高町桃子○

 色々と暗躍した結果、キャロとともに一郎をゲット。
もしかしたら、一番喜んでいるのかもしれない。
 キャロから相談を受けた時、なのはと一郎の事も気になってはいた。
しかし、十年以上経ってちっとも変化の無い二人を見てるのにもいい加減飽きてきたので、頑張ろうとしているキャロを応援する事に。



桃子 「キャロ」

キャロ「お母さん」

一郎 「・・・はぁ」

桃子 「どうしたの、一郎?
    私がキャロと抱き合ってるからって嫉妬してるの?」

一郎 「呆れてるんですよ、桃子さん」

桃子 「も・も・こ・さ・ん?」

一郎 「う」

桃子 「あっれー、おかしーなー、私の聞き間違いかしら?」

一郎 「くっ・・・」

桃子 「よかったら、もう一度言ってくれるかな?」

一郎 「・・・」

キャロ「一郎さん」

一郎 「・・・・・はぁ、わかったよ。
    母さん」

桃子 「きゃー、母さんだって!
    キャロ、今の聞いた?」

キャロ「はい!」

一郎 「しろ・・・じゃなかった。
    父さん、あの人なんとかなりません?」

士郎 「無理だな・・・諦めなさい」









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