数ヵ月後、惑星ベジータ。
その大半が瓦礫と化した都市の中、数少ない無事だった建物の一つの、そのとある一室。
そこでリンが一人、立派な椅子に座りながら大きな机へと向き直り、積まれた書類をペン片手に眺めながら仕事をしていた。
一瞥し必要な部分にカリカリとペンを入れ、書類を一枚一枚確実に処理していく。その傍らには端末が置かれており、時折操作して画面の内容を切り替え、仕事を続けていた。
「真面目に頑張っているみたいだね」
ふと、無人であった筈の部屋の中に、声がかけられた。ペンを止めてリンが顔を上げると、その声の主が何時の間にか部屋の中に存在していた。
それはリンと同じく、いやあるいはそれ以上に、絶世の美形と呼ぶべき男だった。
腰まで伸びた長髪は独特の、空色と形容すべき様な光沢と艶を発してさらりと服の上を流れ、その腕や足といった全体の身体つきは、触れれば折れてしまいそうなほど細く可憐なものであった。
女と見紛うばかりのその姿は、それら全ての要素が噛み合った末のことか、とても神々しい雰囲気を見る者に感じさせていた。
リンは目の前のこの人間を知っていた。彼もまたリンと同じ由来の秘密を持つ、非常に特殊な部類の、同郷の人間の一人であった。
彼の名はクロノーズ。
リンと同じトリッパーであり、そして所属している組織トリッパーメンバーズの設立者の一人、現在は名誉監督長という地位に就いている男。
リンにしてみれば、大先輩であると同時に、上の上のそのまた上の、とにかく一番上の上司のような存在でもあった。
クロノーズはリンの様子を眺めながら、口を開いた。
「まさか、君がそんなに事務能力が高いとはね。知らなかったよ………隠してたのかい? 総務や経理の一部から君に、苦情が出てたよ? “そんな能力があったんなら、もっとこっちの方に手を貸してくれてもよかったじゃないか、この薄情者”ってね。どうも、いろんな部署に知り合いが多いみたいだね」
「そうなるって分かってたから、隠してたんだよ。面倒事は避けたかったし………何より、俺にはちゃんと別の目的があったんだ。気分転換ならともかく、本腰入れて別のことに手を回すほどの余裕なんてのはなかった」
「でも、今の君はそうじゃないみたいだけど?」
「っけ、あの野郎に、あんな頼まれ方したからな………ちくしょうッ」
ぶすっとした表情で吐き捨てる様に言って、リンはまた一枚の書類をチェックし移し替える。
あの野郎かと、クロノーズは呟いて顔を曇らせる。
クロノーズも聞いてはいた。あの日の最後に起きたという、惑星ベジータの衛星軌道上にて起きた、謎の大爆発のことを。
あれ以来、空に消えていったリキューの行方は、ようとして知れない。完全に消息は断たれていた。
今、こうして惑星ベジータが存在しているという以上、クウラを倒せたのではあろう。だがしかし、リキューの消息は知れず、それどころか状況から顧みるに、生存すら危ぶまれてはいた。
それだけリンの前から姿を消した時、リキューの身体はダメージが深い様子であったのだ。相打ちになった、という可能性は高かった。
「リキューは生きている、と……思うかい?」
「生きてるに決まってるだろ。約束したからな、奴とは。このまま俺に面倒事を任せるだけ任せて自分だけ逃げだそうなんて、絶対に許してたまるか。奴にはこのでっかい借りを、絶対に返してもらわないといけないんだ。だから、奴は必ず生きているに決まってるんだよ」
クロノーズの半ば諦めた問いかけに、断固とした口調でリンは言いのけた。
逃げられてたまるかと、その視線は語っていた。リキューの生存に対して、固く信じている様子であった。
クロノーズはその様子に、感心の溜息を吐く。どうにも、案外信頼し合っている仲ではないか、と。
トリッパーにとって、死は絶対である。
理由、原因などは依然として不明なままであったが、しかしただその事実だけが冷然と横たわっていた。これに対し、一部のトリッパーは仮説として、特別な法則―――すなわち、ワールド・ルールが働いているのではないかと発言している。
トリッパーという存在だけが持つ、独特のワールド・ルール。名付けて、『絶対死』。
その効果は、死した者の蘇りを拒み、その存在を完全に否定する、………と。
過去、クロノーズは同じトリッパーであり、とある経緯の末死んでしまった一人の人間の復活を、自身がトリップした世界のある神に頼み込んだことがあった。
本来ならば何年も待たなければならないところを、一種のコネを使うというズルをしてまで割り込み頼み込んだ、その復活の儀式。それは神直々の手で行われるために、絶対に失敗することはないとされていた。
が、しかし。どういった訳か、その復活は失敗してしまった。絶対に失敗が起こらない筈の、神の手による儀式であったにもかかわらず、復活は失敗したのである。
このケース以外にも多数、死んだトリッパーの蘇生を行おうとして、だが失敗したという話は寄せられていた。
いずれのケースにおいてもトリッパーは蘇ることはなく、そして死んだトリッパーが復活したという話は、一つも存在することはなかったのであった。
ゆえに、出された仮定の一つが『絶対死』であり、そしてトリッパーの死は絶対という結論だった。
それはおそらく、ドラゴンボールを用いたところで変えられないであろう代物だった。
死は絶対。それが創作物世界という場所へと放り込まれた、トリッパーたちに課せられた絶対の現実の一つだった。
「それで、この星の………サイヤ人たちのこれからについて、いったいどうするつもりなんだい?」
「とにかくも復興、からだな。何にするにしても、都市のほとんどが完全に崩壊している有様だから、リターン・ポイントから人員を呼ぶにしてもスペースがないし、最低限の空間を確保しておく必要がある。それにとにかく方針転換のための教育なり矯正なりを、サイヤ人たちに受けさせんと………これまでと同じように他星の侵略とか、させられる訳ないしな、チクショウ。今はいいけど、将来的には反発を抑えるための人員も欲しいし………ああ、クソッ…………あの、悪いけど、その時はそっちに要請を頼みたいんだが…………」
ばつの悪そうな表情をして、リンがクロノーズに視線をやる。
それにクロノーズは仕方のないとばかりに苦笑しながら、答えた。
「分かった。心配しなくても、別に断りはしないよ。今回来たのも、そのことだしね。この星が開発されるのは組織としてもリターンが大きい、そう大きな反対もないよ。これから何か要請があった時は、私の名前を使って支援をする」
「助かる………さすがにサイヤ人相手に、もう戦う気は起きないからな。もうあいつらには、勝ちようがない」
そう安堵した風になりながら、リンは言う。その右目には、金色の瞳が輝いていた。
フリーザとの戦いの際、潰されたリンの右眼球だが、その後の回復魔法との併用による治癒によって何とか無事に再生を果たしていた。それは他の傷についても同様であり、肉体面においては完全に回復していた。
しかし、戦いの後遺症は根深い爪痕をリンの身体に残していった。
最後に使った切り札、フルドライブモードの使用は、リンの身体に想像以上の負荷をかけていたのだ。リンカーコアに限界以上の負荷をかけて魔力を酷使したために、その影響でリンの魔力総量は、かつての状態からの13%ダウン。そして加えて何より、リンの持つ二つのレアスキルの内の一つである『同時並行多重発動』。戦闘の要となっていたそのレアスキルは、存在の基底となっていた右目を潰されたことで、完全に失われてしまっていた。
右眼球自体の再生は出来たが、刻み込まれていたレアスキルの基盤情報などは破壊され消えてしまったのだ。その証として、青だった瞳の色は金へと変色してしまっていた。
さすがにこんな状態になってしまったら、サイヤ人相手に戦ってリンに勝ち目はない。何よりも『同時並行多重発動』を失ったのが痛かった。あれがリンの戦闘の根源をなしていたレアスキルなのだ。それを失った以上、リンの戦闘能力は実質、かつての半分以下にまで落ち込んでしまったも同然であった。
それに、専用のデバイスであるジェダイトも今手元になかった。特殊な部品を使っているデバイスであるため、修理は元の出身世界にて行う必要があったのだ。ついでに、オーバーホールなども纏めて頼んでいたために、デバイスの返却はさらに遅れた状態となっていた。
「まぁ、何にせよ、何とかしてみせるさ。ふん………無理難題をひっかけやがったあの野郎に、この苦労した分の礼を全部纏めて返してもらうからな。その時の奴の間の抜けた顔を、じっくり見てやるのが待ち遠しくてたまらないね」
陰湿に笑いながら、リンは書類の決裁へと戻る。
クロノーズは、また現れた時と同じように、何時の間にか部屋から消え失せていた。用事が済み、帰ったのだろう。
どうにも見た目、そして本人が自己申告している以上に、クロノーズは忙しい人間の様であった。
カリカリと、部屋にペンを動かす音だけが響く。
黙々とリンは一人で仕事に集中しながら、その脳裏ではリキューが返ってきた時の仕返しについて夢想し、溜飲を下げていたのであった。
この後、リンはベジータ王など、政治中枢を担っていた文官たちが消えたことで生じた政権の空白状態を利用し、自身が代替執政者として惑星ベジータに君臨。
リターン・ポイントからの援助などを受けながら、惑星ベジータをトリッパーメンバーズの所轄惑星として開発を推し進めると同時に、サイヤ人の性質穏和化を目指した矯正教育等を実行。
さらに時が進み余裕が出来始めてからは、これまでのサイヤ人の風評を一新するための慈善活動なども、周辺の有人惑星へと向けて実行し始める。
これらリンの様々な努力への尽力によって、幾らかの困難も発生するが実行案は成功を収める。そしてその後二十数年間。惑星ベジータは発展し、サイヤ人たちも含めて少なからずの平穏を味わうこととなる。
だがしかし、さらにその後のこと。
惑星ベジータにコルド大王率いるフリーザ軍の残党が、一部の不満を持ったサイヤ人たちと手を組んで侵攻を開始。惑星ベジータ侵攻作戦が始まる。
そして時同じくして、惑星ベジータ消失事件も発生。
これらの事件の最中にて、リンは人々を逃がすために囮として奮戦。果敢に戦い時間を稼ぐも力及ばず、命を落とすこととなる。
「なんだとッ!?」
威圧的な声が響いた。
そこは玉座の間であった。広く暗い部屋の中央に、巨大な椅子が置かれ、部屋の主がそこに立っていた。
その主。巨大な、身長が3mにも達するだろうという肉体を持った主は、今しがた聞かされた部下の報告が偽りでないかを、厳しく問い質す。
「フリーザだけでなく、クウラまでもが行方を絶っただと!? それは本当のことか!?」
「は、ハイ! た、確かに本当のことですッ、コルド大王様!!」
「馬鹿な………いったい、何が起きたというのだ?」
不可解極まると言った表情で眉を寄せたまま、巨大なる身体を持った主―――コルド大王は考え込んだ。
自身の子であり一族の寵児であるフリーザが、その消息を絶ったという報告が入ったのがつい先ほどの話であった。
細かい確かな情報は入ってこず、流言飛語ばかりが飛び交っている状態であり、中にはフリーザは消息を絶ったのではなく、何者かに殺されたのだという話なども混じっていた。
馬鹿馬鹿しい、有り得ない話だ。そしてその噂を一笑に付して発言した者の頭を吹き飛ばし、正しい情報を一刻も早く持ってくるようコルド大王が命じた時である。
なんと、長男であるクウラも、連絡が取れず行方を絶ったのだという、そんな知らせが届いたのだ。
しかもよくよく報告の内容を聞けば、クウラとフリーザ。その両方が最後に行方を確認された場所は、惑星ベジータ近辺であるという。
「何を言うかと思えば………まさかな、たかがサイヤ人ごときが、あの二人をどうにか出来る筈もない!」
「そ、それが、コルド大王様。これは噂なのですが、どうも惑星ベジータでは………あ、あの超サイヤ人が現れた、という話が………」
「なんだと!? 超サイヤ人、だとッ!?」
おずおずと出された部下の話に、コルド大王の顔が一変し、驚き一色に染まった。
部下はあくまでも噂ですがと、そう慌てて後付けながら言い募る。
コルド大王はそれに頓着せず、馬鹿なと驚き慄いた様子のまま、自身の玉座へと腰を下ろした。
「超サイヤ人だと………いや、しかし…………確かに、ただの伝説ではないのかもしれんが、まさか………本当に、そうだというのか?」
ぶつぶつと呟きながら思案に暮れる様子のコルド大王を、部下たちは不安そうな態度のまま見つめる。
コルド大王が、口を閉じて面を上げる。慌てて部下たちは姿勢をただし、コルド大王の指示を待つ状態を作った。
力強く、コルド大王が宣言し命令する。
「情報を集めろ! 惑星ベジータから流れる全ての噂、話を調べ上げ、超サイヤ人に関する情報の真意を確かめるのだ!! どうした、何をしている? さあ動け!!」
「は、ハハッ!!」
部下たちが弾かれたように動き始める。
コルド大王は片肘を突きながら、その様子をじっと見つめていた。
何よりもまずは、超サイヤ人が本当にいるのかどうか。それが重要なファクターであった。何かしらの行動を起こすにあたって、何よりも先にそのことを知る必要がある。
コルド大王はそう判断した。
それがフリーザたち息子になくて、親であるコルド大王にはあるもの。
怯えとすら取ることが出来る、一種の慎重さ、狡猾さであった。
すでに歳を取り息子たち程のパワーを持てなくなっていたコルド大王は、ただ己の戦闘力に対する圧倒的な自負にだけ任せた行動というものを、出来なくなっていたのだ。
だからこそ、彼はその代わりと言わんばかりにその行動は慎重なものであり、そしてその心構えが結果として、彼を依然として一族の長という立場へと置いていたのであった。
コルド大王は、その冷めた視線を秘めさせたまま、じっくりと腰を下ろして時を待つ。
その後、二十数年間。コルド大王率いるフリーザ軍一派は、惑星ベジータから意図的に放出される超サイヤ人の存在などを示唆するデマ、かく乱情報に翻弄されて、長い時を勢力の一部を衰えさせながら雌伏して過ごす。そして頃合い時だと判断したコルド大王が号令の下、一部の反乱を望むサイヤ人たちと結託し、惑星ベジータ侵攻作戦を実行に移すこととなる。
彼らはその時、惑星ベジータにおいて、超サイヤ人の姿を目撃することとなるのであった。
宇宙のどこかにある、とある一つの惑星にて。
その星の大地の上に、ぽつりとまだ幼い少年が一人だけ、手頃な石の上に腰かけてスティック状の携帯食糧をポリポリ食べていた。
子供はその小さな体躯を戦闘服で包み込んでおり、顔にはスカウターを装着していた。
そのスカウターが、突然として音を立てた。通信が入ってきたのだ。少年は携帯食糧を食べながら、通信スイッチを押す。
『べ、ベジータ様ですかい!? た、大変なことが起こりましたぜッ! もうこっちは何が何やらてんやわんやの騒動でして―――!?』
「落ち着け、ナッパ。それで? いったい何の用なんだ?」
スカウターの向こうから動揺した様子で伝えられる窮状に、全く関心を示さずたしなめ、少年―――サイヤ人の王子、ベジータはスティックを無感情に食べる。
冷や水を浴びせさせられたかのように、ベジータの声で若干の冷静さを取り戻したのか、スカウターの向こうの声が落ち着く。
『へ、へえ………すいません。それで、その起こった大変なこと、についてなんですが………』
「何だ? 早く言え」
『そ、それが何でも、フリーザ様が死んだ、とかなんとかって話が………』
「何ッ? フリーザ様が死んだ、だと!?」
パキュと手に中にあったスティックを握り潰し、思わず座り込んでいた石から腰を上げる。
詳細を求める様に声を荒げて詰問するベジータに、スカウターの向こう側にいるナッパは混乱したままの様子で、声に応える。
「どういうことだ、いったい何が起きた! どうしてフリーザ様が死んだなんて話が出てきている? 誰が殺ったというのだ!?」
『そ、それが……細かいことは全然分かってない状況でして………こちらもあっちゃこっちゃが騒いでる状態で何が何だか。ただ、これもまた噂何ですが………どうにも、フリーザ様を殺っちまったって奴は、超サイヤ人だって話が一部でありまして…………』
「超サイヤ人だとッ!? ……………っち、埒が明かん。すぐに俺もそっちに戻るぞ」
このまま会話を続けても得られるものはないと判断し、ベジータは動き始めた。
超サイヤ人。1000年に一人生まれるとされる、伝説の超戦士。かつてベジータが父であるベジータ王に語られた、その宇宙最強の存在。
それが現れたなどという話、断じて見逃す訳にはいかなかった。
何故ならば、仮に超サイヤ人になれたとしたら、だ。それは自分を置いて他には存在する筈がないと、ベジータは父からその話を聞かされた時、父であるベジータ王からそう言われ、また自分自身そうだと、確信していたからだ。
その自分を差し置いて現れたという、超サイヤ人。あまつさえ、それが自身がいずれ反逆しようと目論んでいた、フリーザを抹殺したという噂。
この話、どうして見捨てておけようか。
『こ、こちらに戻ってくるって………し、仕事の方はどうするおつもりで? わざわざ直接ねだった仕事でしょうそれは。さすがにそいつを勝手に途中で帰っちまうのは、不味いんじゃ―――』
「そんなものはとっくの昔に終わっている」
強引にスカウターの通信を切ると、ベジータは一路自分が乗ってきたポッドへと向けて飛び立った。
そのベジータが飛び去った後の地。
そこにはまるで貝塚のようにうず高く積み上げられた、原生住民たちの死体の山だけが、ただ不気味に存在していた。
「どうにも、妙なことになって来たぜ」
がやがやと騒々しい音が満たす、フリーザ軍傘下のとある星のとある基地の食堂にて、一人の男が果物にかぶりつきながらそう吐き捨てた。
男の目の前の卓には、注文した料理の数々がどっちゃりと並べられている。
それらの品々に次々と舌鼓を打ちながら、男はつい最近の情勢の移り変わりについて考える。その腰からはひょろりと一本の尾が伸びていた。
男はサイヤ人の一人。遠い星への地上げに行っていたために、フリーザの粛清から逃れることが出来ていた者。
ターレスであった。
(フリーザが死んだという噂………もう流れてそれなりの時間が経っている。これだけ時間が経っているってのに、この収まっていない混乱の具合を見るからに………こいつは、どうやら本当に確かなことかもしれないな。だとしたら、こいつはチャンスだ)
ばくばくと口に肉汁の滴るステーキを丸ごと放り込みながら、そうターレスは考える。
フリーザはまさしく、目の上のたんこぶだった。
恐るべき戦闘力を誇って君臨し、逆らうことを許さぬ絶対独裁者である。
以前事故で来訪し、そしてそこでたまたま手に入れることが出来た、秘蔵の逸品。星一つを糧とするだけで簡単に戦闘力を上げることが可能な、あの樹木の種。
ターレスはそれを使い力を付け、いずれフリーザに対して反乱しようと画策してはいたものの、思った以上にそれは困難なことであったのだ。
そもそも、星の地上げはフリーザ軍から回される仕事だ。勝手に地上げ対象の星で種を使おうものならば、星一つを不毛の星に変えてしまう以上、すぐにその行為はばれてしまう。
ならば地上げの対象外の星に使えばいいと思ったが、そちらの場合はそれ行うだけの暇がなかった。それに仮に使う場合、出来れば目撃者はないことが望ましい。簡単に戦闘力を向上させる手段など、周囲に知られてしまえば平穏でいられなくなるのは、間違いなかったからだ。
かといって、人目に付かぬ痩せた星に種を使っても、得られるものはない。糧とする星自体に生命力がなければ、そもそも実自体が実らないケースすらあったのだ。
このようにして、ターレスは諸々の事情によって、その戦闘力を増大させることが遅々として進んでいなかったのである。
これらの障害について、やはりネックになっていたのはフリーザの存在だ。
下手に派手な動きを取ってしまえばフリーザの目につき、そして戦闘力の及ばぬターレスは成す術なく始末されてしまう。このような大きな障害があるために、全ての行動が滞ってしまい、物事がスムーズに進むことがなかったのである。
フリーザを倒すために必要な、戦闘力のパワーアップ。そのための手段である種の使用。その種の使用を邪魔する、フリーザの存在。
目的を達するための手段の使用に、目的が邪魔をするという構造である。何という閉塞か。これでは遅々として計画が進む筈もないだろうに。
しかし、その構造が、崩れた。
(戻る必要は、特にないだろう。惑星ベジータも、何やらキナ臭い匂いを感じるしな…………それにいまさら、帰ったところで意味のない星だ。せいぜい注目を集めてれば、それでいいさ。注目が集まってくれりゃ、それだけ俺が動き易くなる)
ムシャムシャと皿に乗っていた、最後の一品である骨付き肉を綺麗に食べて、ぽいと骨だけを投げる。
カランと、骨が空の皿の上を滑り音を立てた。
未だ様々な噂話などでざわめき続けている食堂を背に、ターレスは席を立って出ていく。
フリーザは消えた、これはほぼ確定だろう。ターレスはそう考える。
ならば、もはやこの俺の行動を目立って制限する障害は存在しない。ターレスはそうも判断する。
種を使えば、あっという間に戦闘力を上げることが出来るのだ。実の出来にも依るが、何にせよそのパワーアップのスピードが桁違いの速度であることは、疑う余地がない。
今現在のフリーザ軍は統率が乱れているし、仮にばれたとしても、フリーザでないのであれば向かってくる追手が誰であろうとも十分に返り討ちするこが出来る。ターレスはそう踏んだ。
もはやこの俺に、この宇宙に敵はいない。くっくっくと堪えた笑いが漏れる。
依然遭遇した、かつての大宇宙の王を名乗る存在などもあった。あるいはそんな粒のような際立った存在がこの宇宙にはまだいるのかもしれなかったが、しかしそれだっていずれ追い付き、そして簡単に追い抜かせるだろう。
それだけの力が、この種にはある。そうを確信している。
ターレスは思う。
この俺の時代が来たのだ、と。
かくしてこの時よりターレスは、以前よりもより大胆に、されど密に隠すことは意識したまま、より活発に活動を行っていくこととなるのであった。
宇宙のどこかに存在している、とある星。フリーザ軍の手が未だ及んでいない、ある惑星。その名もエイリア星。
そこはそこそこに緑の恵みがあり、比率で言えば地球よりも少ないとはいえ、綺麗で広大な海が存在してる星であった。
そのエイリア星の大地の上、そよ風の吹く気持ちのいい、とある草原。
そこでごろりと寝転がっている、一人の男の姿があった。
筋肉質な身体をした、ツンツンとした特徴的な黒髪をした男であった。彼は両手を組んで頭の後ろで枕にして目を閉じ、スヤスヤと快適そうに寝ている。
しかし、どすんばたんとした騒音と騒動が遠くから響いてきた。平穏だった草原の平和が破られ、寝ていた男の瞼がぴくぴくと動きだす。
やがて未練がましそうにしながらも、男はゆっくりと瞼を開けて目を覚ました。身を起こして首を回し、背伸びをする。
そうして十分に身体を柔軟した後、彼はなおも近付いてくる騒音の元へと視線をやった。
「だ~ははのはぁ~~~ッ!! どうだ小僧ッ子め! 今日こそは目に物見せてやるぞ! この俺様、ドッコン様がよぉ~!!」
「待てー!! 村にチョッカイばかりかけてくる乱暴者のドッコンめ! 今日はグレを捕まえるなんて卑怯なことをするなんて! グレを返せ!!」
「ターブル~! 助けて~ッ!」
「だははは~~!! 実は計画してやった訳じゃないんだけど、結果オ~ライ~! さあ小僧ッ子よ、この娘を無事に返しけりゃ抵抗するなよ~?」
「っく、卑怯なことを………ッ!」
「またか、あいつらはよくもまぁ、飽きもせずに毎日毎日やるなぁ」
目の前で行われている寸劇を見て、呆れたように彼はため息を吐いた。
だいたい同じような光景が、すぐ近くにある村で生活しているとほぼ毎日見ることが出来るのである。もはや彼にしてみれば目の前の出来事は、朝の挨拶と同じレベルの恒例行事であった。
本人たちは真剣にやっているんだろうけども、彼はもはや間近で見ていても、心配のしの字すらも沸かなかった。
その彼の目の前では、身の丈が5mはあろうかという、人語を喋るやけにコミカルな巨大な二足歩行のトカゲが、片手に男ともトカゲとも種族の異なる、ツルツルとした肌と丸い輪郭をした体形の、幼い女の子を握っていた。
そのトカゲの足元には、女の子と同じぐらいの年頃の男の子が、トカゲに対して悔しそうに歯ぎしりしながら、ぶんぶん振り回されている蹴りから素早く逃げ回っている。
男の子は、彼と同じ種族の様であった。トカゲとも女の子とも違い、特徴的なツンツンとした黒髪がその頭には存在しており、小柄ながらも筋肉質な身体を持っていた。
しかし、彼とその男の子では違った一点があった。
それは尾であった。
男の子の腰には茶色い毛の生えた尾が伸びていたのだが、彼の腰には尾は存在していなかったのだ。
彼はどうするか少し考え込んだ後に、目の前の出来事に首を突っ込むことにした。
別に、それは男の子のことや女の子のことを心配した訳じゃなかった。というより、そっちのほうの心配は全くない。
首を突っ込んだのは、単純に気分の問題でしかなかった。しいて言えば、安眠を妨害してくれたという恨みもあったからか。
ポーンと避け切れず男の子が蹴飛ばされる中、横から彼は口を出した。
「そこまでにしとけよ、そこの爬虫類」
「うげッ! お、お前は金ぴか野郎!? な、何故お前がここにィ~!?」
「コンブルさん! 良かった、お願いします! ターブルを助けてください!」
「コンブルさん!? いえ、大丈夫です! このぐらい、自分一人で切り抜けてみせてッ―――!」
「いや、そんなに必死にならなくていいから。まあ、ここは任しときなって。すぐに終わらせるからさ」
乱入してきた彼―――コンブルの姿を見て、三者三様に反応を返すのを見て、場違いだなぁと思いながら隣で張り切る男の子―――ターブルへ、押し留める様に手を掲げる。
そしてコンブルは目の前の巨大な二足歩行トカゲ、村にチョッカイばかりかけてくる暴れ者のドッコンに向かい合い、ポキポキと手を鳴らしながら告げる。
「それじゃあこの腐れ爬虫類。さっさとその手の中のグレちゃんを離して視界から消えれば、とりあえずここでボコるのは、なしにしといてもいいんだけど?」
「ぬゥ~~ッ! 何とも魅力的な魅惑だが、ここで引く訳にはいかァ~ん!! くらえィ金ぴか野郎、この俺様の新しい必殺技! 全体重をかけた突進だァ~~!!」
「きゃあァーーーッ!! 助けてターブルーーー!!」
「グレーー!!」
「いや、それは必殺技じゃなくて、ただのタックルだろお前………」
どかどかと巨体を動かしながら、ドッコンがその手の中にグレを握り締めたままコンブル向けて突進する。
幾らコメディ調全開なキャラクターとはいえ、さすがにそれをまともに受けるのは危ないであろう。現実にギャグ補正というのはないのだし。
グレの悲鳴にターブルが叫ぶ中、コンブルは冷静に接近してくる巨体を見つめたまま、軽く意識を集中させた。
次の瞬間、コンブルの身体から光が立ち昇る。
コンブルの瞳の色が黒から碧へと変わり、筋肉が張り詰めて髪が金色に変わって逆立ち、そして金色のオーラが発生する。
「うぉぉおおぉおお!?!?? い、いきなり変身とか、そんなのありかァ~~!? ごべちょ!?」
顔面にメキョリとコンブルの拳が埋まり、奇妙な悲鳴を上げてドッコンの動きが止まる。
しゅたりと着地すると、コンブルは手際よくドッコンの片手に捕まったままのグレを助け出し、ターブルの元へと届ける。
よかったグレ~! と、それに応える様に返される、怖かったよターブル~! という台詞。二人はその場で抱き合ってぴょんぴょん飛んで喜びを示している。
それじゃ最後の仕上げと、コンブルは両手で抱き抱える様にドッコンの尾を引っ掴む。
そのまま尾を持ち上げると、ぐるりぐるりと大回転を始めた。
遥かにコンブルなどよりも巨体なドッコンの身体が、まるで新聞紙で作られた筒と同じように、いとも呆気なく振り回される。
「ぐぼァ~~!? や、止めてェ~~。お、俺様のシッポが千切れちゃう~~。というか、それよりも吐き気がッ、く、口から何か色々なものがぁ~~!」
「それは御免被る。じゃあな、バイバイ」
ぽいと、適当に遠心力を付けたところでコンブルは手を離した。
悲鳴を上げながら、ドッコンが空の彼方へと飛んでいく。
キラリンと、ドッコンの姿が消えたあたりで星が輝いた気がしたコンブルだった。
悪は全て滅びた。とりあえずそう片付けておこう。まぁ、どうせ数日後には平気な姿をして戻ってくるのだろうが。
コンブルの身体が、元の姿へと戻る。
頭髪や瞳の色、オーラも収まって元の雰囲気になったところで、ターブルが話しかけてきた。
「今日はありがとうございました、コンブルさん。おかげで助かりました」
「ん? いや、別に気にしなくてもいいよ。俺が助けなくても、どっちみっちターブルがグレを助けただろうしね」
「いえ………ボクが戦っていたら、あそこまであっさりとグレを助けることは出来なかったでしょう。まだボクには精進が足りません、こんなことではグレを守るなんてことは………」
「そんな! そんなことないよターブル! 私うれしかったよ、ターブルが私のために頑張ってくれて!だから、 そんなに自分を責める必要なんてない。私はただ、ターブルにそう思ってもらえてるだけで、もういっぱい幸せなんだから………」
「グレ………」
「カエレてめえら………げふげふげふッ! ふぅ…………まあその話は置いといて、だ。もう日が落ちてきたし、村に帰ろうとするか、お二人さん」
コンブルの言葉にッハと気が付いたように二人が動きはじめ、動揺しながら同意の声を返す。
砂糖を吐き捨てたい感情を抑えて笑いながら、コンブルは二人の背を押して村へと向かわせる。そして一歩離れた位置からその背を見て、のんびりと歩き始めた。
幸せそうな少年少女の後ろ姿を見ながら、しみじみと彼は思い返す。
(“ドラゴンボール”の世界に来た時はどうなるかと思ったが……どうにかなるもんだな)
コンブルは、トリッパーであった。
未だフリーザに従属していない時代のサイヤ人としてこの世界に生を受け、原作という本来ならば存在する筈がない知識を持ったイレギュラーな存在であったのだ。
彼はサイヤ人の一人として極々普通に生活しながらも、このままでは到来するであろう自身の死。つまりフリーザの惑星ベジータ破壊行為をどうやって切り抜けるか、ただそれだけをひたすら考え込んで過ごしていたのである。
彼は考えた末に、極めて単純な手を使うことにした。
死んだふりである。とある惑星の地上げを任され、真面目に仕事をこなしているように見せている傍ら秘密裏に準備し、自身の死を偽装。それに成功したのだ。
かくしてコンブルは晴れて自由の身となり、そうとなれば用はない言わんばかりに、さっさとフリーザ軍の闊歩している宙域周辺から離脱し、遠く離れた手の及ばぬ星として今いるこの惑星、エイリア星を見つけたのである。
予想外と言えば、フリーザ軍の影響が及ばぬ星として選んだこの星に、まさかの同じ民族であるサイヤ人が送り込まれてきたことがそうだった。
すわ追手かと、ポッドの姿を確認した時に思わずそう思ってしまったコンブルだが、しかしその心配も無用のものだった。ポッドの中に乗っていたサイヤ人は子供で、しかも戦闘に向かない性格をしているために半ば追放処分として、遠い何の関わりも持たないであろう星に送り込まれてきた人畜無害な子だったからだ。
彼は今現在の状況に、とても満足していた。
何せこの物騒な世界にトリップしたにもかかわらず、ほぼ安全が保障された位置に自分はいることが出来ていたからだ。
ターブルはこの物騒な世界に登場したキャラクターの中で、奇跡的にほとんど危機を体験しなかった人間の一人である。この世界ではただの一地球人ですら最低一回死ぬ目に遭うのだ。その中であって体験する危機がほとんどなく、あってもせいぜいあって一度だけであり、それだってあっさりと悟空たちに頼ることで解決するのである。
フリーザだとかセルだとか魔人ブウだとか、全宇宙レベルでの危機が何度も発生する“ドラゴンボール”の世界において、確実に存在するだろうとされる有数の安全スポットであった。しかも原作キャラクターのすぐ身近に陣取り、色々と見て触れることが出来るポジションでもある。
実に都合がよく美味しい位置であった。ゆえにコンブルは心底から、現状を受け入れて満足していたのだ。
(そういや、そろそろか? フリーザが惑星ベジータを破壊するのは?)
ふとそう思い、彼は空へと視線を馳せた。無論、そんなことをしても惑星ベジータの光が見える訳ではないが。
さすがに知り合い連中が全員まとめて消えることには、色々と思うところもあったが………しかし、まあ仕方のないことかと、彼は片付けた。
どうせどうしようもない悪党ばかりだったのである。そういう意味ではサイヤ人一派というのは、死んだ方が宇宙の断然にためになる存在だった。言ってしまえば自業自得である。
それを言う彼とて、一時的とはいえ星の地上げに従事し、数多くの罪のない人間たちの命を奪ったのだが、そのことについては一切言及しない。
ナムナムと、軽く彼は黙とうを捧げて、それだけで終わりと全てを済ませる。
超サイヤ人にもどういう訳か、割合初期のころにあっさりとなれたりしたが、だからと言って彼はフリーザを倒すとか、そんなおおそれたことをやろうとは考えなかった。
戦闘力が超サイヤ人になっても追い付かないだろうと、そういう計算があったことも理由ではあったのだが、何より大きかったのは、そんな博打をする気にはとてもじゃないがなれなかったのが理由だった。ベットするのは自分の命なのである、割が合うどころの話じゃない。
(それに原作の筋書きが狂っちまうしな………ま、仕方がないことだな。仕方のないこと仕方のないこと)
フリーザの存在も含めて、一連の出来事は“ドラゴンボール”という作品の、その主人公である孫悟空の根幹にも関係する、極めて重要なファクターの一つだ。
欠ければそれこそ一大事である。今後の全てのあるべき流れが、文字通り成り立たなくなってしまう可能性が高い。
よって、下手な干渉は無用。コンブルは自身の保身も含めて、そう結論付けたのだった。
最後に、彼はとあることを思い出した。
そういえば、この世界において自分には弟がいたのだと、ということを。
その弟もまた、惑星ベジータと一緒に宇宙の塵となってしまったのだろうか。
唐突にそんなことを思った彼であったが、すぐにそれまたどうでもいいかと、意識の隅に片付けた。
弟とはいえど、彼がその件の人物に会ったことがあるのは一度だけ。それも当の本人が、まだ自我も覚束ないような赤子の時のことである。当人には会ったという記憶すら残ってないだろう出会いだった。それ以来コンブルは一度として自身の弟と顔を合せず、そして偽装死を実行し惑星ベジータからは距離を取った。
はっきり言ってその弟は、コンブルにとってはこの世界での親以上に思い入れなんてない存在であった。
しかし、とはいえども、一応この世界では血の繋がった肉親の一人でもある。
(確か、名前はリキュー………だったけな)
改めて彼は、その一度だけ顔を合わせた弟に向けて、祈りを捧げてやる。
それでお終い。
彼は閉じた目を開き、祈ってやった弟のことについてさっさと忘却し、暖かく自分を迎えてくれるエイリア星の住民たちの住む村へと向けて、歩き出した。
ガコンガコンと、見慣れない重機とそれを動かす人間の姿を視界の片隅に捕えながら、ツバミは散乱する瓦礫の一つに腰を下ろしていた。
惑星ベジータでは今、どこからか運ばれてきた身元の分からない人員や機械を使って、その大半の破壊された都市機能の回復作業が行われていた。
何時の間にやら現れた妙な男が陣頭を取ってその指揮をしており、原住民である筈のサイヤ人を無視して、勝手にその作業は進められている。
しかしそれを咎めるような人間は、少なくとも今現在においてサイヤ人には、一人も存在していなかった。
サイヤ人は例のあの日、フリーザの手によって起こされた粛清にてその大半が殺されてしまった。
元々が400人程であったその総人口は、今では100人を切っており、生き残ったフリーザ軍から派遣されていたサイヤ人以外の人間たちの存在を計上に入れても、その総数は500人前後しかいない状態だったのだ。そしてその生き残りたちは、復興などという生産的な行動を取る様な人種たちでもなかった。
ゆえに、元々大して政治だとかに関心のなかった民族であったということもあり、勝手に復興してくれるのならしてくれと言わんばかりに好きに放置している状態であったのだ。
ツバミはちゃらりと、ストラップチェーンの付けられた黒い小さな物体を、目の前に垂らして見つめる。
それはあの日、フリーザから命を助けられたその時、リキューからツバミへと突然に渡された謎の物体であった。
どういった用途の道具なのか、それともただのアクセサリなのか。どういった意図でこれを渡したのか、そもそも意図などないのか。
悩むが、それに答えは出ない。分かっているのは一つ。これはリキューからツバミへと贈られた、ただ一つの物品であるということだけである。
ッキュと、黒い物体を握り込む。
このままで終わらせてたまるか。そう、ツバミは強く思っていた。
(認めないからよ、リキュー。私はあんなのを………あんな勝手に助けて、意味も分からない物を勝手に渡して、それで姿を勝手に消してそれっきりなんて…………そんなの、私は絶対に認めないからねッ)
強く、強く。ただツバミはそう思う。このまま姿を消すなど認めない。
絶対に、もう一度会ってやる。ただそれだけを、ツバミは思い決めていた。
手の中に握り締められたこの黒い物体は、そのための繋がりである。いずれもう一度必ず、あの超サイヤ人と出会うための、引き合わせるための鍵だと。
彼女はそう信じ、それを常に身に付けて日々を過ごすこととなる。
ツバミはそうして、一つの思いを胸に決めて、ただただ惑星ベジータにてリキューとの再会を待ち続けるのであった。
とある星、そのとある山中の中で。
竹林が多い茂り、人気も全くない獣道の中を、一人荷を背中に背負って歩く老人がいた。
立派な白ひげを生やしたその老人は、その見た目の歳とは裏腹に、舗装もされていない獣道を疲れる素振りも見せず歩いていく。
重心も安定しており、見た目通りのただの老人でないらしいということを、それは示していた。
「むむ? はて?」
老人は足を止めて、怪訝そうに辺りを見回した。
人気もなく、道らしき道もない、竹林の真っ只中。そんな場所で、赤子の泣き声らしきものが聞こえたのだ。
はてはて、これは何事か。妖怪の化けごとかと思いながら、老人は泣き声の響く方向へと足を向け歩み寄っていく。
ひょいと一つの茂みを越えて視線を通し、ほおと目を見開く。
「こりゃあ、驚いた」
そこには真っ裸で泣き叫んでいる、まだ小さな赤子が一人いた。
妖怪のたばかりではないことは一目で見抜き、老人は赤子へと近付いていく。
「赤ん坊じゃあ、いったいどこから………?」
人里など近辺にもなく、途中の道には凶暴な獣や妖怪なども出てくる危うい場所である。とてもではないが、赤子が一人ここに来れる筈もない。
よもや赤子を捨てに、わざわざこんなところまで来る筈もないだろうに。老人はそう思いながら、泣き続ける両手を赤子の腋の下に手を回して、その小さな身体を持ち上げてやる。
人肌を感じて不安が紛れたのか、赤子がその泣き声を収めて、老人の顔を見つめる。ふとその時、ぽろりと赤子の尻から何かが垂れた。
なんぞなんぞと、老人が赤子をさらに持ち上げてそれの正体を見る。
それを見て、老人は目を丸くした。
赤子の尻からは、なんと茶色い毛の生えた尾が伸びていたのだ。
「ホッホッホッホ! シッポのある赤ん坊かぁ!」
愉快そうに笑いながら、老人は改めて赤子の顔を見る。
赤子は涙が浮かんだ瞳をパチクリとさせたまま、愉快そうに笑う老人の顔を見ている。
老人はその赤子に、愉快愉快と笑ったまま話しかけてやる。
「こんなところに置いておく訳にはいかんなぁ、儂のところへ来るか?」
このまま赤子をここに置いておけば、獣や妖怪に喰われてしまうだろう。老人はんーと様子を窺う様に、赤子の顔のすぐ目の前にまで、自分の顔を近づける。
すると、赤子は急に笑い出すと同時、近付いてきた老人の顔へと向けて蹴りを繰り出した。幼いながらも鋭い蹴りが、老人の鼻先を打つ。
「痛ー!? おー、こりゃ元気のよい子じゃ! ホッホッホッホ、よーし、よいか。これからお前はこの儂、孫悟飯の孫じゃ! よいな?」
老人は快活に笑いながら決める。
その老人と赤子のいる場所から、少し離れた場所。老人からは見えぬ死角には、先日までは存在していなかった巨大なすり鉢状の穴があったが、それに老人が気付くことはなかった。
老人は両手で抱き上げている赤子をあやすように上下しながら、うーんと考え込んでいる。
「名前は、そうじゃな………ふ~む………………」
ふと考え込む老人の目に、笑う赤子の後ろに広がる綺麗な青空が映った。
よしっ、と、老人の頭に良い名が閃く。
「悟空じゃ! 孫悟空じゃあ! 悟空や、元気に育つんじゃよ? そ~れ~!」
「キャッキャ!」
老人は楽しそうに空高く赤子を持ち上げてやり、赤子もまた笑い声をあげて応える。
綺麗に広がる青空に、老人の声と赤子の笑い声がいつまでも響いていた。
かくして、物語は終わりを迎え、そして新たなる物語が幕を開けたのであった。
1st stage "Chapter of the beginning" The End.
―――――――――To be continued, Next 2nd stage "Dragon Hero".