<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[5944] 【完結】トリッパーメンバーズ(超多重クロス)【外伝更新】
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2011/04/06 01:53
 この話は、以下に記述される要素を持っています。
 これらの要素が受け入れられないと思われた方は、戻ることをお勧めいたします。


 この話は、現実から作品世界へとトリップした人間が主人公の、オリ主ストーリーです。

 この話は様々な作品がごっちゃになって作られている、超多重クロス作品です。

 この話のオリ主は、色々な作品の道具やルールなどを使い、さらに頭も良く戦闘能力も高いと、典型的なオリ主最強モノとなります。

 この話には、非常に多くのオリジナル設定が捏造され多用されます。

 この話では、原作のキャラクターを勝手に殺したり強化したりするなどの行為が行われています。


 これら以上の要素に対して許容できるという方は、どうぞ本編へとお進みください。




[5944] 第一話 序章開幕
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/09/15 13:53

 最初の目覚めは、まっくら闇の中だった。

 意識が覚醒している。夢のように朧ではなく、しっかりとした現実の感触がある。

 目覚めたという実感がある。

 だが、目は開かなかった。開こうと思っても無理だった。訳が分からなかった。

 体を動かそうと思った。が、僅かに身動ぎするだけで、動かすことはできなかった。

 途方もなく怖くなった。理解なんてできない。感情の衝動が溢れ出てきた。



 そして俺は、声を上げて泣いた。

 それがこの世界で俺が最も最初に始めたことだった。








 惑星プラント。元来の先住者であるツフル人に加えて、サイヤ人が共存する星。
 この星には現在、ツフル人の持ち得るテクノロジーによって形成された華麗な都市がある一方で、離れた場所に原始的なサイヤ人の住居が存在する。

 その一方であるツフル人の肉体的素養は、この宇宙全体から見ても低い。
 居住惑星の重力が標準的な惑星の10倍という過酷な環境にありながらも、持ち前の技術力で安全な生存圏を確保した彼らは、過酷な環境から解き放たれたことで得た長い安寧の年月により、生態の退化が起きていたのだ。
 しかし彼らは淘汰されず、現宇宙においてもその隆盛を誇っている。

 それはひとえに、彼らの持つ技術力の高さに由来した。
 彼らの保有するその高度なテクノロジーは、星と星の間を渡ることを容易く可能とし、銀河の往復すら悠々と実現させるのである。
 だがしかし、彼らは決してこの宇宙の支配者という訳ではなかった。
 何故か?
 それはこの宇宙には、彼らの発達したテクノロジーを以ってしても太刀打ちすることができない強靭な種族が、幾多もいたからである。

 その奴ら通常の火器などものともしない強種族の前では、ツフルの文明が生み出した兵器は効力を発揮しえなかったのだ。
 彼らがその事に気が付いたのは、宇宙開発の最初期のことだった。他星系の探索を行うことによって、その彼らにとって忌々しき事実を知り得たのだ。
 この結果、ツフル人の宇宙開発計画は長きにわたる停滞を迎えることになる。


 そしてその停滞を打ち破ったのが、サイヤ人の到来であった。


 突如として惑星プラントに漂着してきた、ある宇宙船。それに乗っていた彼らサイヤ人と接触によって、ツフル人の宇宙開発計画は再始動したのである。
 サイヤ人は戦闘民族であり、民族の者全てが高い戦闘力を持った稀有な存在であった。その性格は総じて好戦的であり、種族的な特性として戦いを求める闘争本能が強い。
 その彼らの逸話は数多く、彼らの凶暴性と共に銀河に幅広く残され語られていた。

 だがしかし、それゆえにかサイヤ人は数が少なく、母星も持たず漂流しているために安定していない。
 文化と呼べるものも大して持っておらず、階級制度こそあれど、それも戦闘力を基準とした原始的かつ戦闘一辺倒なものだった。
 ツフル人はここに目を付け、サイヤ人の民族の王、ベジータ王と交渉を持ったのであった。

 その交渉の意図、目的。それはサイヤ人という種族を、丸ごと自分たちの“戦力”として手に入れることであった。

 ツフル人が望むのは、宇宙開発に向けて矛となり盾となる戦力である。
 そして自分たちに従うサイヤ人という存在は、まさにそれに適したものであった。ゆえに見返りとしてサイヤ人に衣食住と、なによりも彼らが望む戦いの場を提供することで、この目的を達成しようと画策し、実行したのである。
 この交渉に応じたベジータ王は、その内容に異論なく賛同を示した。
 かくして、ここにサイヤ人とツフル人の共存関係が出来上がり、以後のツフル人の宇宙開発計画を強く推し進めることとなったのであった。








 岩山を雑に加工したようなサイヤ人の住居。その一角から皮を巻いた原始的な服装の幼児が、遠くにあるツフル人の都市を眺めていた。
 その幼児はまだ歳が三歳になったばかりではあったが、もうすでに言葉を普通に話し、勝手に一人でそこらかしこを歩いて回っていた。
 その腰にはサイヤ人の特徴である尾が生えており、子供がサイヤ人であること示している。

 その幼児―――彼はサイヤ人のエリートに属する者であった。
 元々サイヤ人には生後すぐに戦闘力の資質を測り、それによって王族、エリート、下級戦士と階級付けられる制度があったが、惑星プラント漂着後はツフル人からもたらされた機材を用いて、より厳格に測定と階級付けが行われていたのだ。
 この階級測定において生後すぐにエリートと判断された彼は、都市を見ながら考える。

 (ツフル人……惑星プラント………)

 彼は単語を一つ二つ思い浮かべながら、記憶のページを捲っていく。考えているその内容は、ただ一つ。
 ―――そんなことが、あったのか?
 小さく、誰も聞こえないような大きさで、彼の口から言葉が漏れた。


 「ドラゴンボールに、出ていたか?」


 彼の名はリキュー。
 エリートと判断されたサイヤ人の子供であり、かつてドラゴンボールという作品を見たことがあった人間の記憶を持つ、世界最大のイレギュラーである。




 都市を見るのやめ、住居の中に引っ込むリキュー。
 彼が彼としての意識を持っていたのは、それこそ生まれた時からであった。
 とはいえ、本当に生まれた直後の記憶なんて、赤子自身の知覚器官では何も感じ取ることなんてできず、ただ衝動にしたがって泣き叫んでいただけで、まともな記憶なんてものは残ってはいないのだが。

 だがおおよそ数日もたてば、サイヤ人という人種が早熟なのか、周囲の状況をリキュー自身は確認することができるようになった。
 しかしそれでも、リキュー自身がここが“ドラゴンボールの世界”であると判ったのは、かなり後のこととなる。
 一見しただけでは、彼にはSFチックな道具と原始的な風景が混ざった、奇妙な世界としか判らなかったのだ。

 自分や他者に生えている尾を見てもしやと思い、言葉を覚え、実際にサイヤ人という単語を聞いたことによって、初めてリキューは“自分はドラゴンボールの世界にいる”という自覚を得たのである。
 だがしかし、サイヤ人という言葉を確かにその耳で聞き認めたリキューだが、未だに“本当に”自分がドラゴンボールの世界にいるのか、確信を持てていなかった。

 なぜならば、リキューには“ツフル人”や“惑星プラント”といった言葉に、聞き覚えがなかったからだ。

 リキューの記憶では、サイヤ人の故郷は惑星ベジータであり、ツフル人なんていう共存相手もいなかった筈である。
 本人自身でも朧な記憶ではあったが、付き合っていたにしても確か相手はフリーザであったと覚えていた。
 サイヤ人の暮らしが、妙に原始的である点も違和感を覚える要素の一つであった。

 あえてここで言っておくが、リキューの記憶は別に大きく間違っているわけでは、ない。
 確かにサイヤ人はその母星は惑星ベジータであり、フリーザ軍団の一角として行動していた。
 そして惑星ベジータでサイヤ人は粗雑ではあるが近代的な生活を営み、ツフル人なんていう共存者もいなかった。

 ただ違っている点は、年代である。
 リキューの知っているサイヤ人の生活は、サイヤ人がツフル人を滅ぼし、フリーザと手を組んだ後のことであったのだ。

 惑星ベジータは元々の名を惑星プラントと云い、サイヤ人が自分たちを隷属するツフル人を滅ぼした後に改名し、自分たちのものとした星なのである。

 リキューが違和感を覚えた通り、本来ならばサイヤ人たちはその衣食住と戦闘を保証してもらう代わりに、自分たちの戦力を対価とする契約を昔に交わしていた。
 それは失効されることもなく、確かに現在まで遵守されてきている。
 しかし現実においては、衣食住において冷遇され、契約の通り万全に保証されているわけではなかったのだ。

 この理由として、ツフル人のサイヤ人へ対する蔑視と、楽観があった。

 元々サイヤ人は戦闘民族として、なによりも戦いを重視する傾向があった。
 現在の階級制度しかり、その欲求本能しかり。
 ゆえに民族としてかなり長い年月を過ごしているにも関わらず文化らしい文化も持たず、ツフル人と接触したときも土人同然の有様であり、印象としても内実としても、蛮族でしかなかったのである。

 対して、ツフル人は自分たちが他の星系も含めて、極めて突出した文明をもった生命であると自負を持ち、だからこそそれに由来する、一種の傲慢さを持ち合わせていた。
 ゆえにツフル人がサイヤ人と接触したときに、このある種の蔑視観が生まれたのも、必然ではあったのかもしれない。
 あくまで契約上は対等である関係であったが、ツフル人たちから見た認識として、自分たちの方が上であるという意識は常に存在していたのである。
 生活に必要不可欠な要素である、衣食住の保証が自分たちに任されているということもことも加わって、その認識はなおさらに加速されてしまっていた。

 “あくまでもサイヤ人はツフル人の下に存在するもので、ツフル人はサイヤ人を従わせる存在である”。

 これが過分することなくツフル人に共通して存在する認識であり、そして年月を経るごとによりより強まってしまっていった、差別意識の表れなのである。
 この認識がサイヤ人たちへの衣食住の保証に影響を与え、満足な契約の履行を妨げていたのだ。

 仮にサイヤ人が文句を言ってきたところで、衣食住を提供しているのは自分たちである。
 その提供を止めれば、サイヤ人たちも従うしかないのだ。問題はないだろう。そんな意見すらも存在していたのである。

 結果としてこれは、扱いに不遇を抱いたサイヤ人たちがベジータの父である現ベジータ王の統率の下、ツフル人を滅ぼしテクノロジーを吸収するというツフル人の予想を遥かに超える暴虐によってピリオドを打たれることになる。
 そしてサイヤ人の原始隷属生活が終わり、後にフリーザと接触。
 こうしてリキューの記憶通りの世界が訪れることになるのであったが………しかし、そのことを現時点のリキューが知りうる術はなかった。

 リキューは結局、ここがドラゴンボールの世界であるという確信を得ることを出来るのは、数年後に勃発するベジータ王によるツフル人殲滅作戦後の、惑星ベジータへの改名の後であった。








 ―――あとがき。

 最近ドラゴンボール熱が再燃焼気味な作者です。
 戦闘力は大辞典やゲームなど参考にテイストする予定。
 基本的にオリな設定が連発することは前提で、主人公がモリモリ強くなる予定である作品。
 軽くプロット作ってみて、こりゃすげぇオリ主無双だと思う自分自身。
 というわけで、プロットも晒して見る。需要はあるかねぇ?
 ドラゴンボールでトリップという組み合わせ、感想待ってまーす。




[5944] 第二話 ツフル人の滅亡
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/01/25 16:26
 因果、という言葉がある。
 
 原因があって、結果があるということを意味する言葉。シンプルで分かりやすく、好きな言葉である。言われてみれば単純で当たり前だが、改めて考えてみて深いと感じる。
 
 そして、だからこそ俺は考える。
 
 目の前で揺らす自分の尾を見ながら、はたして、俺をこの状況という“結果”になった“原因”は何なんだろうか? と。
 
 考えたからといって、分かる話じゃないが。
 
 
 
 
 惑星プラント。この惑星自体は、肥えた星という訳ではない。
 
 標準の10倍の重力という過酷な環境により、元々生命を育むには厳しい土壌だという前提もあるが、その大部分の原因はツフル人自身の手によるものである。
 
 現実世界における人類の発展、それによる地球環境への被害。
 
 それとほぼ同じことが、過去の惑星プラントで起こったのだ。現在でこそほぼ完璧なエコロジーを確立させ、完全循環型の都市機能も実現させているツフル人だが、そのテクノロジーを手に入れる過程で発生した弊害は、惑星プラントを汚染し元々の痩せた土地を更に荒廃させたのだ。
 
 惑星プラントの環境再生プロジェクトなども過去に計画されたことがあったが、計算した結果、再生させるにあたって膨大な時間と労力が必要で、宇宙開発による他星開拓の方効率的であることが分かり、以後ツフル人は宇宙開発に力を取り組むことになったのだ。
 
 ツフル人は今の状態に満足などしていなかった。
 
 より良き発展を、更にその先へ。発展に発展を重ね、今だ見ぬ高みの園へ。
 
 そして目指すは、全宇宙をその手に掴むまで。
 
 その熱意、あるいは執念が今日のツフルの発展を築き、そして今のツフル人たちを動かす原動力となっているのだ。そして、決してその野望は夢物語として終ることはない。その準備は、確たる現実として進んでいるのだ。
 
 個人が装備する、多目的索敵機兼通信機であるスカウター、強力な兵器群、高性能な宇宙戦闘船。そしてサイヤ人や、他星系の強種族を参考に研究し、その成果が出始めている戦闘用人工生物……。
 
 これらの成果物に加えて、自分たちの手足として従属するサイヤ人たち。
 
 もう一度言おう。ツフル人の野望は、決して夢物語ではない。彼らは決して立ち止まらない意思を持ち、困難にくじけない優秀な頭脳を持ちり、そして真にそれが邪悪であると思わぬ心の持ち主である。
 
 ツフル人たちの栄華は今まさにこの時であった。一切の不安はなく、明日への希望のみが胸を満たし、そして目的へ邁進する活力に溢れていた。彼らがこのまま時を過ごしていたら、誇張もなく10年後には現宇宙で勢力を広げるフリーザ軍団すら排除し、全宇宙を彼らの天下に手に入れることができただろう。
 
 しかし、やはり結局は、それは叶わない夢となるであろう。
 
 なぜならば、今日この日は、惑星プラントの衛星・月が真円を描く日だからだ。
 
 
 
 
 
 粗末で原始的なサイヤ人の住居。衣装もロクな加工もしていない何らかの動物の皮を身体に巻いただけの、至極単純なものでありながらそれなりに生活できているのは、やはりサイヤ人の身体に秘められた強いバイタリティのおかげであるのか?
 
 そんなどうでもいいことを考えながら、リキューは広間の適当な場所に腰を下ろして、目の前の風景を眺めた。
 
 広間には珍しいことに、ほぼ全てのサイヤ人が集まっているようである。とはいえ、その数は400人前後で、小学校の全校生徒よりも少ない。元々惑星プラントに漂着した時点で人口は100人程度で、その後もツフル人というパトロンを得たのだが、戦闘民族という性ゆえか戦いに明け暮れ、爆発的な人口増大は見込めなかったのだ。(とはいえ、これでもサイヤ人の歴史から見て飛躍的な人口増加であることは事実である)
 
 実際問題、サイヤ人たちにとっても最重要視されているのは戦闘であり、種の保存といった事柄は関心の範疇にはない。
 
 リキューの目に映るサイヤ人たちは総じて野性的な風貌、人格をしており、原因は分からないが、現代の日本人の記憶を持っているリキューにとって接しがたい人間たちである。だから特に会話をするわけでもなく、ただリキューは沈黙を選ぶ。周囲のサイヤ人もエリートとはいえ、大して戦闘力も持っていない子供なぞに興味がないので適当に無視した。
 
 リキューは沈黙を保ちながら、心中で溜息を吐いた。
 
 
 (……別に、好き好んで孤立したいわけではないが、だからと言って凶暴な人間と進んで話したいとまで思えるほど、人付き合いに飢えちゃいない)
 
 
 リキューは自分をサイヤ人たちと比べて理知的であり、落ち着いた人格をしていると思っている。確かにそれは事実である。サイヤ人は闘争本能が強く、情緒が豊か……悪く言えば、直情的であり、加えて生来の凶暴性を有した人格を持っている。現にリキューと同世代の他のサイヤ人は喧嘩ばかりを繰り返しており、それは大人でも程度の差こそあれど、似たようなものである。決して理性的ではない、という訳ではないが、その方向の大半が戦闘に傾けられているのが現実である。
 
 しかし、リキュー自身が気付いていないことであるが、本能とは元々理性で抑制することはできても、払拭することはできないものである。現に原作において、孫悟空は頭部に生命の境を彷徨うほどの強いショックを受けることによってサイヤ人が持つ凶暴性を抑えられることができたが、大猿化した時にはその凶暴性の全てを発揮させたし、超サイヤ人になった時もそれが人格面に強く表れていた。
 
 本能は、決して払拭することはできない。リキューに自覚症状は全くないが、その人格はすでにサイヤ人の血の、本能による影響を少なからず受け始めているのだ。
 
 
 「静まれ!」
 
 
 広間に声が響く。雑談をしていたサイヤ人たちは会話を止め、同じ方向に黙って視線を向ける。声をかけたエリートサイヤ人はそれを見て脇に下がり、肘を曲げ手の平を胸に当てる礼の態度を取る。
 
 
 「ベジータ王の参上である!」
 
 
 エリート戦士が退いた場所、奥から一人だけ、他のサイヤ人とは異なった装いの人間が現れる。
 
 現戦闘民族サイヤ人の王、ベジータ王である。
 
 それに合わせて、先程まで無秩序に騒いでいた筈のサイヤ人たちも同じ様に礼のポーズを取る。リキューも同じく従う。
 
 普通サイヤ人たちは、ツフル人の宇宙開発計画のために絶えず護衛や侵攻の仕事に従事している。ゆえに住居に全員が集まるということは本来ないことである。これはそれだけツフル人たちがサイヤ人を酷使し、軽視していることを意味している。彼らは自分たちとサイヤ人の身体機能の差を理由とし、法外な労働の正当・恒常化をしているのだ。
 
 しかし、にもかかわらずこの場に何故ほぼ全てのサイヤ人が集まっているのか?
 
 それは至って単純な理由である。ベジータ王からの召集がかけられたのだ。近代のベジータ王は、歴代のベジータ王に比べて非常に優秀な頭脳を持っていた。ツフルの文明から知恵を吸収し、元来の我の強くスタンドアローンが主体であったサイヤ人という民族を、自身の持つ強大な戦闘力を以って統率、指揮下に置いたのだ。加えて、旧来の階級制度にも手を加え体制の改革と、サイヤ人への教育を実施。土人同然であった己ら民族に知恵を与えたのだ。
 
 そしてこれらの全ての行動を、ベジータ王はツフル人に知られることなく行った。
 
 リキューはこの召集の目的を知らなかった。ただ招集命令が伝わって、この場にいるだけであるからだ。それは基本的に他のサイヤ人たちも一緒である。今回の召集の意図を知っているものは、王の限られた側近であるエリートたちだけである。
 
 
 「宇宙最強の戦士たちよ、よくぞ集まった」
 
 
 サイヤ人たちを睥睨し、ベジータ王の声が響く。その言葉を、リキューは黙って聞いていた。
 
 
 「我らサイヤ人は、先祖が交わした約束に従って、今日までツフル人ども手を組んできた。奴らは我らに食糧と住処、そして戦いの場を我らに寄こすものとしてだ」
 
 
 このことはリキューも知っていた。基本的にサイヤ人は放任主義でそうそう自分の子供には構わないのだが、ベジータ王が体制を一新した後からは、子供への基本的な教育がなされるようになったのだ。
 
 
 「だが、しかし。奴らは何を勘違いしたのか、我らサイヤ人を自分たちの奴隷か家畜かのように思っている。ふざけるなッ! 我ら強戦士族であるサイヤ人が、ツフル人なぞという脆弱なクズどもに従うとでも思っているのかッ!!」
 
 
 激昂し、怒声を張り合えるベジータ王。同じように集まったサイヤ人たちも同調する。
 
 そう。それはベジータ王一人だけの思いではない。隷属され酷使される他のサイヤ人たちも、それは等しく同じ考えだったのだ。
 
 しかし、実はサイヤ人たちが何よりも気に入らず怒る点は別にある。酷使されるだとかよりも遥かに癪に障る、何よりも気に喰わない一点が。
 
 それは自分たちをアゴに使う、貧弱なツフル人たちの傲慢。サイヤ人どころか、宇宙の一般的な生命を遥かに下回る脆弱な肉体を持っている身でありながら、サイヤ人を使って当然だと見え透いた態度を取る、その性根。
 
 それが、サイヤ人たちにとって最も我慢ならない一点だった。
 
 
 (それには、俺も同意見だ)
 
 
 リキューも周囲のサイヤ人と同じように、意見に同調する。
 
 そう、たかが少し文明が優れている程度で威張り散らしているツフル人なぞ、目障りだ。
 
 
 「サイヤ人は戦闘民族だ。たかがツフル人なぞという脆弱なクズどもに従わされるものでも、ましてや奴隷などでは断じてない! 我らを扱き使ってきた報いを、奴らツフル人どもに今日、思い知らせるのだ!!」
 
 
 多くの賛同の叫びが上がる。凶暴で非理知的さに溢れた声。
 
 サイヤ人たちが、ベジータ王の言葉に共鳴しているのだ。闘争本能が奮い立ち、原始的な野性が現れ出でる。
 
 ベジータ王が一点を指し示す。その方角には、ツフル人の都市。
 
 
 「今日、我らサイヤ人の手によってツフル人どもを根絶やしにする。この星も、奴らの科学も、すべて奪い取り、我らがモノとするのだ! サイヤ人たちよ、全力をあげて破壊し尽くせ!!」
 
 
 月が真円を描くこの日。恐るべきツフル人殲滅計画が、歓喜の声の下に実行された。
 
 
 
 
 
 爆音と悲鳴が響く。
 
 ツフルの技術の粋が込められ作られた都市が崩壊し、人々の悲嘆の声が上がる。
 
 爆音は止まず、火の手が上がり全てを呑み込まんと荒れ狂う。
 
 サイヤ人たちの予想だにしない反逆は、ツフル人たちには寝耳に水であった。
 
 
 「な、何が起きたんだ!?」
 
 
 慌てて装備を整えて、待機所がから飛び出てきた兵士がスカウターを使い、仲間に連絡を取る。帰ってきた言葉に兵士は目を剥いた。
 
 
 『サイヤ人だ! 奴ら反乱を起こしやがった、俺たちを裏切ったんだ!!』
 
 
 「なんだって!? サイヤ人どもがか!?」
 
 
 『ああ、そうだクソッ! 所詮奴らはただの猿だったってことだ!! 急げよ、あいつら西地区の食糧プラントとエネルギー炉を狙ってきてやがる!!』
 
 
 「ああわかった!」
 
 
 通信を終えると、急いで彼は武器庫へ走った。武器庫には来るべきツフルの栄光のための兵器類が置かれている。宇宙開発期当初に比べ、研究に研究を重ねたその仕様は、例えサイヤ人相手であっても効果を与えるだけの威力を持っている筈である。
 
 武器庫に着き、パスワードを入力。重厚にロックされた扉が音をたてて、ゆっくりと開く。
 
 扉が開ききる時間も惜しく、兵士はスカウターを操作しながらデータを読み取る。
 
 データによれば、先程連絡を取った仲間が言った通り西地区の食糧プラントとエネルギー炉付近に多数の巨大な戦闘力――サイヤ人たちの反応を確認する。ふと、なぜ奴らはそんなところを攻めているのか疑問に浮かぶが、どうせ単純に食い物が欲しかったんだろうと思い片付ける。所詮サイヤ人たちなど、戦闘力が高いだけのただの猿である。
 
 猿の分際で、飼い主である自分たちツフル人に噛み付くという行為。至極当然に沸き上がる嫌悪感に表情を歪めながら、思わずサイヤ人たちへの恨みが漏れる。この時、彼がスカウターで西地区のサーチを行っていたことは、はたして幸運か悲運か。
 
 
 「ああ全く、たかが野蛮な猿の分際で! 拾ってやった恩も養ってやった恩も忘れやがって!! 所詮猿は猿にしか過ぎないってことか、くそッ!」
 
 
 「……誰が猿だって? ゴミが」
 
 
 「!? ッな」
 
 
 声に慌てて背後に振り向く。そこには、みすぼらしい原始的な装束をした、ぼさぼさと特徴立った黒髪の、尾をもった男が立っていた。
 
 
 「ば、サイヤじッ」
 
 
 言葉を言い切る前に、兵士の上から降ってきた女がその頭蓋を蹴り砕き、絶命する。
 
 一回転して着地し、醜い兵士の死に様を一瞥する。

 
 「ハッ、雑魚野郎め」
 
 
 俊敏で軽やかに、まるで猫のように動き着地した女もまた、尾を持ったサイヤ人。あっさりと兵士の死体から興味を無くすと身を振り返し、手を振りながら言葉を発する。
 
 
 「行くよ、とっとと例の物を見つけて、あたしたちも祭りに参加しなくちゃ残り物がなくなっちまう」
 
 
 「おうよ、言われるまでもねえ」
 
 
 他にも数名、続けてサイヤ人が現れ地に降り立つ。口角を吊り上げ、そのまま彼らは無造作に兵士の死体を踏み越えると、兵士が自分で開けた武器庫の中に入っていく。
 
 武器庫の中は、ツフル人が開発・発展させた強力な兵器が幾つも鎮座し、使用されるときを待っていた。
 
 が、そんなものサイヤ人にとっては玩具にしか過ぎない。無造作にツフルの技術の結晶をへし曲げ、叩き潰し、探索する。やがて、一人のサイヤ人が目的の品を思惑通りに発見した。
 
 
 「おい、これだ。見つけたぞ」
 
 
 にやりと笑いながら、不精髭の生やしたサイヤ人が持ち上げた品。それは先程殺した兵士が身につけていたスカウターであり、同じ物がそのサイヤ人の手元に、幾つもケース詰めで並んでいた。
 
 
 
 
 
 突如もたらされたその連絡と、スカウターに表示された内容は、ツフル都市防衛部隊の隊長の驚愕を招いた。

 
 「なんだと! 西地区の騒ぎは囮だと? サイヤ人どもがそんなことをしたというのか!?」
 
 
 『は、はい! 奴ら西地区に注意して手薄になった隙をついて、他の地区に襲撃をかけてきてッ!! し、至急救援を! 自分たちだけでは抑えきれッウワァーー!!!!』
 
 
 一瞬の大きなノイズの後、通信が途切れる。通信は嘘のようではなく、スカウターには他の地区にもサイヤ人たちが現れたことを意味する巨大な戦闘力を隊長に示している。
 
 彼の心中は予想外の出来事に、荒れ狂っていた。まさか、下等で野蛮な猿にしか過ぎないサイヤ人どもが、こんな策を使うなどとはッ!
 
 この事態は、ツフル人にとって最も予想外のことだった。我が強く血の気の多いサイヤ人たちは、集団行動に向いていない。これは曲解でも誤解でもない、嘘偽りなしの事実である。それがこんな作戦を使い、組織だった行動を取るとは、想像すらできなかったのだ。
 
 
 「た、隊長、どうしましょう!?」
 
 
 「ぐ……お、おのれサイヤ人どもめぇ~! 一度体勢を立て直すぞ………住民の誘導を行いつつ、撤退だ!」
 
 
 隊長の号令に従い、部隊が動き出す。
 
 都市の各所ではサイヤ人の増援が現れたことにより、被害が拡大化。なおも猛威は広がっている。これには実は、サイヤ人側の予想を超えた動きというのもあったが、ツフル人側のミスもある。もし誰かが事前に広域サーチを行っておけば、サイヤ人たちには原作のZ戦士たちのように戦闘力のコントロールを行えないため、発見は容易であった筈である。
 
 それをしなかったのも、基本的にツフル人の歴史が争いと無縁であったことに起因する。
 
 長いプラント星の歴史に、存在できた知的生命はツフル人だけであり、また過酷な環境ゆえかプラント星は生命の絶対数が極めて少なかった。生命を脅かす猛獣といった外敵はいたが、ツフル人同士での戦いもなく協力して年月を過ごしてきた。現代でも戦闘という行為の一切全ては、サイヤ人に一任しているのだ。ツフル人の歴史はサイヤ人の歴史とは全く異なった、温厚で争いとは無縁のものなのであったのだ。
 
 つまりツフル人というのは、高度なテクノロジーを持ちながら、戦いを知らないのである。
 
 だからこそスカウターという非常に有用な道具を持っているにもかかわらず、自分たちの思い込みや経験不足によるミスを多発し、サイヤ人に後れを取るのだ。そしてそれらの要素は、加速度的にツフル人たちを破滅へ誘っていた。
 
 生き残った住民の保護と介護を行いながら部隊は後方、王宮へ撤退を続ける。避難民が増え身動きが取りづらくなってはいるが、だからと言って見捨てる気は部隊の人間の誰一人としてなかった。
 
 その時、周囲を警戒しサーチしていた隊員のスカウターに、反応が出る。
 
 
 「た、隊長! サイヤ人が三人、接近してきます!」
 
 
 「なにッ」
 
 
 周囲を素早く確認する隊長。数十人の避難民の姿を見て、地面にできた亀裂に目を付ける。
 
 
 「全員あそこから下水に入れ! 急げ、隠れるんだ!! そこの二人、誘導しろ!」
 
 
 指示を矢継ぎ早に出し、住民の誘導を隊員に任せて、他の隊員を呼び寄せる。内心苦渋の判断であったが、隊長は心を鬼にして命令する。
 
 
 「命令だ、サイヤ人たちへ攻撃を行い、ここから奴らを引き離せ」
 
 
 このままでは避難民たちが下水に隠れる前に、サイヤ人たちが現れる。時間を稼ぐ必要があった。しかしそれは命令を受けた隊員の確実な死を意味する。しかし隊長はそれを理解しながらも、命令を行った。行う必要があった。
 
 命令を受けた隊員たちもそれは理解できた。しかし、全員歯を食い縛りながらも文句はだれ一人言わなかった。
 
 
 「………了解しましたッ!」
 
 
 叫ぶように言って一人が敬礼し、駆けて行った。続くように他の隊員たちも叫び、敬礼し、駆ける。
 
 隊長もその後ろ姿に敬礼を返し、振り返って住民の誘導に戻った。その内心にはサイヤ人に対する、巨大な呪詛を唱えながら。
 
 数分後、住民はみんな下水に隠れ、その姿は地上からは発見することはできない。亀裂も幾らかの偽装をしているため、通りがかっただけでは見抜くことはできないであろう。すでに、隊長のスカウターには足止めを命じた隊員たちの反応はなく、接近してくる三人のサイヤ人の表示だけしか表示されていない。
 
 
 「おのれ……おのれサイヤ人どもめ。許さん、絶対に許さんぞ野蛮な猿がッ!!」
 
 
 表に現れる隊長の呪詛に、他の隊員も避難民たちも、その場にいる全てのツフル人が賛同する。その心に抱かれている想いは、全て同じものである。
 
 おのれおのれ、憎しや憎しやサイヤ人。ツフルから与えられた恩を忘れ、ツフルから受けた恵みを忘れ、よくもこそこのような大逆を行いよって。恨めしやサイヤ人、おぞましやサイヤ人め! 滅びよ滅びよ! 我ら栄光あるツフルの民に逆らいし、愚かな猿どもめが!!
 
 より発展を望むツフル人の飽くなき欲望がそのままベクトルを変えて、サイヤ人への呪詛へと変わる。その有様は凄まじく陰惨で、偏執的情念が漂っていた。
 
 やがてサイヤ人の反応が直上、彼らの隠れる下水の上を通る。
 
 
 が、そのまま通り過ぎると思われた反応は、不思議にもその場で止まった。
 
 
 そのことを隊長が疑問に思う間もなく、次の瞬間には偽装された亀裂の隙間から叩き込まれたエネルギー弾が爆発。密閉された空間である下水でその効力を数倍に発揮し、溢れ出た光と熱が隊員と避難民たちを呑み込み、一掃していった。
 
 
 「はっはっはっは!! モグラみてーに穴倉に引っ込みやがって、そんなんで隠れたつもりになっていたのかよ!」
 
 
 一人のサイヤ人が笑いながら、更にもう一発エネルギー弾を形成。無造作に陥没した地面に向けて投下。かろうじて息があったツフル人たちに止めを刺し、またひとつクレーターを穿つ。
 
 
 「お~お、俺たちを扱き使ってくれてたツフル人さまたちも、なんとも情けない姿をさらしてやがんなぁ」
 
 
 サイヤ人が宙から地に降り立ち、這いずっていた子供の首に足を振り下ろす。その足は呆気なく頚椎はおろか脊椎骨を丸ごと粉砕し、幼い命を狩る。
 
 そのまま三人は周囲を見渡し、怪しいところや、辛うじて命を繋いでいるツフル人を発見すると、一切の躊躇なくエネルギー弾を撃ち込み、文字通りの意味で根絶やしを実行していく。
 
 やがて、粗方の掃討を完了させ周囲が瓦礫の山になったとき、一人のサイヤ人が突然背後の瓦礫を振り返った。
 
 
 「き、貴様、ら………」
 
 
 「お? まだ生き残ってやがったのか?」
 
 
 瓦礫の中に埋もれながら、息絶え絶えな姿でツフル防衛部隊の隊長がサイヤ人たちを睨み付ける。
 
 その手が震えながらサイヤ人を指し示すと、隊長は驚愕に震えながら必死に言葉を出した。
 
 
 「な、何故だ。何故……貴様らが、それを!」
 
 
 隊長の指先には、サイヤ人たちの顔に付けられた道具――スカウターがあった。
 
 そう。入口を偽装し、完璧に隠れていたにもかかわらず容易くサイヤ人に発見された理由は、サイヤ人が身に付けていた道具。スカウターによるものであった。
 
 野卑た笑いを浮かべながら、サイヤ人が答える。
 
 
 「はははは! 便利な道具だなこいつは! 何せてめらツフル人どもがどこに隠れているかアッサリ分かっちまうんだからな!」
 
 
 「おっと、ゴミ一匹発見だ」
 
 
 後ろでスカウターを操作していたサイヤ人が反応を感知する。そして無造作に、瓦礫に隠れながら逃げようとしていたツフル人の少女へエネルギー弾を発射。消し炭にする。
 
 その姿を見て、馬鹿なと呟く隊長。
 
 
 「お、愚かで……野蛮でしかない筈の、き、貴様らサイヤ人が……わ、我らの、ツフルの道具を、使う……だと!?」
 
 
 「そういうことだ。まぁ、こいつはありがたく頂いておくぜ。あと、てめらの技術もな」
 
 
 未だ信じられないと顔を歪める隊長の顔を鷲掴み瓦礫を押しのけて持ち上げると、そのままサイヤ人は隊長の顔を握りつぶした。
 
 ツフル人は馬鹿にしていたが、決してサイヤ人は知性がないわけではない。むしろその適応能力は驚くほど高い。サイヤ人が宇宙を漂流していた時代に使っていた宇宙船こそ、サイヤ人とは関係ない外部由来の品ではある。だがしかし、それを維持し、操縦していたのは紛れもないサイヤ人たち自身であったのだ。本人らに意欲や趣きが全くないだけであって、サイヤ人自身の知性的な能力はツフル人程ではないにしても、非常に高いことは事実である。ゆえに本人たちとの意向と噛み合った時、それは思わない成果をもたらす。
 
 また、ツフル人自身に手よる技術的な追及で、高次元なユビキタス性をスカウターで獲得していたことも、ツフル人たちにとってこの時最悪な方向に働いていた一因であった。
 
 その後も、害虫駆除にも似た徹底的な掃討が行われた。そしてスカウターを操作し完全にツフル人の反応がなくなったことを確認すると、三人のサイヤ人たちは空に飛び立ち次なる狩り場へと向かって行った。
 
 後には、ツフル人の怨嗟のみが残る廃墟があるだけであった。
 
 
 
 
 
 中央区画。ツフル人の王宮が存在し重力制御や環境調整などの、重要な都市全体の主要機能の中枢である。
 
 現在その区画の通りでは、侵略してきているサイヤ人に対抗したツフル人の圧倒的な火力が見舞われている。
 
 どうしても個々で劣る戦闘力を、単純に数を集めることで賄うということである。シンプルではあるが、形成された濃密な弾幕の雨はサイヤ人たちにも十分な効果を発揮し、迂闊に近寄ることすらできなかった。一発一発はサイヤ人にとって大したことない威力の火器ではあるのだが、さすがにここまで集約された火力を連続で受けることは、特に戦闘力の低い下級戦士にとっては命の危険すらもある。
 
 有効性を確認されたこの作戦は、即座にスカウターで各戦線に伝達。同じように苦境に陥っていた戦線を立ち直し、大きくツフル人の士気を盛り返す。
 
 飛んできたエネルギーボールを弾き返しながら、鬱陶しそうに顔を歪めるエリート戦士。
 
 
 「まったく面倒な野郎どもだぜ、よッ!」
 
 
 お返しとばかりにエネルギー波を発射。伸びた光線がツフル人の防衛網の一角を削るが、即座に別の個所から火線がエリートサイヤ人に集中。舌打ちしてその場を離れる。
 
 脆弱な戦闘力しか持たないくせに、こうしつこい抵抗をする。まったくもって面倒極まりない。そう思っていたサイヤ人だが、顔は不敵に笑っていた。なんだかんだと思ってはいたが、結局のところ戦闘による高揚は、彼に限らず全てのサイヤ人の身を包んでいたのだ。
 
 だがしかし、このままずっと磔にされているのも不愉快である。さてどうすればいいか?
 
 そう考え始めた彼の後ろへ、スカウターの強大な戦闘力を感知した反応。慌てて振り返る彼の視界に、その正体が目に入る。
 
 
 「べ、ベジータ王! な、なぜここに!?」
 
 
 「こんなところで、何時までも何をしている」
 
 
 反論を許さない詰問口調で、ベジータ王が問い質す。驚きながらも礼の姿を取り、頭を垂れて報告する。
 
 
 「は、はは! つ、ツフル人どもの意外な抵抗にございまして……も、もう間もなく突破できるものと思われますのでッ、ご安心を!」
 
 
 「……もうよい」
 
 
 「………………は?」
 
 
 疑問に顔を上げた彼の視界に映ったのは、広げられ向けられたベジータ王の掌。
 
 
 「消え失せよ、役目も果たせないクズめが」
 
 
 強烈なエネルギー波が、ベジータ王から放たれる。
 
 その光はアッサリとエリート戦士を呑み込み、建築物を巻き込み、そのままツフルの防衛線の一部をも消滅させ、大地に大きな溝を刻んだ。そして近くに立っていた、その光景を見ていたエリートサイヤ人をベジータ王は呼び寄せる。
 
 
 「パラガス」
 
 
 「……は、はは! 何用でしょうか!?」
 
 
 「貴様はここの他のサイヤ人どもを連れて、とっとと他の地区へと行け。もう間もなく月が昇る。下級戦士どもがここに居ても、目障りだ」
 
 
 「はッ! 了解しました!!」
 
 
 ベジータ王の恐ろしさに身を震わしながらも命令を受けたエリートサイヤ人は了解し、急ぎ周囲にいたサイヤ人を纏めその場を去る。
 
 そしてベジータ王は単身、マントを翻すとツフル人の防衛線へ一人近寄っていく。
 
 その姿へ、生き残ったツフル人からの攻撃が集中する。宙を駆ける火線がたった一人に集中され、その火力は大きな爆発と熱をまき散らし、実弾と熱線が余すことなくベジータ王へ命中する。想像を絶する膨大な衝撃は地が砕き、空間を淀まし、発生した熱は物質を蹂躙し尽くした。
 
 だが、だがしかし。その中心、ベジータ王自身は、一切のダメージを受けず。
 
 他のエリートサイヤ人すら凌駕する強大な戦闘力は、その身に纏った膨大な“気”によってのみで、ツフル人の火器による攻撃の全てをシャットダウンしていたのだ。
 
 
 「クズどもが………」
 
 
 ベジータ王が片手を上げる。
 
 “気”を集中させる、という行動ですらない。ただ片手に纏った“気”をそのままに振り放つ、ただそれだけの技術もなにもない、単純な動作であった。
 
 
 「小賢しいわッ!!」
 
 
 手を振り抜いた。
 
 ツフルの防衛線が、全て消し飛ぶ。その爆裂は大地と大気の一部を巻き込みながら発生し、陣地を丸ごと全て射程に捕えながら、完全消滅というおおよそ人知外の現象を発生させた。
 
 噴煙が収まると、その跡に残るものは底の見えない大穴だけ。
 
 そしてベジータ王は視線すら向けることなく、邪魔な防衛線がなくなったことでできた王宮への道程を、悠々と空を駆けて通って行った。
 
 強大な戦闘力と、歴代の王を飛び抜けた知恵を持つベジータ王。
 
 その戦闘力は12000。これを凌駕するものは、現在の惑星プラントに存在しない。
 
 
 
 
 
 戦線は絶望的であったが、未だツフル人は抵抗を諦めることはなかった。
 
 そこには確かにプライドがあっただろう。
 
 野蛮で下等な猿にしかない、たかがサイヤ人風情に負けるものか、という。
 
 だが、決してそれだけではない。ツフル人には勝算があったのだ。なるほど、苦戦はしている。サイヤ人の戦闘力が驚異的であることは認めよう。ツフル人の傲慢と油断で、数えきれないミスをしたことも事実だ。だが、それもこれまでである。ツフル人には幾多も切り札がある。体制が整わず遅れてしまったが、未だ兵器群には使用されていない対強種族用の強力な火器が存在する。研究室には未完成ではあるが、強力な力を持った人口生物が幾つも培養されている。それら全てを動員すれば、逆転しサイヤ人どもを殲滅することも、十分に可能である。
 
 ツフルの栄光は、決して夢ではない。阻むまれることは未来永劫になく、その道を突き進む。その思いを全てのツフル人が確信していた。
 
 
 ………その思いは、今日この日に夢となって、潰えることなるが。
 
 
 初めにそれに気が付いたのは、ようやく引き出してきた巨大な火砲の標準をセットしたツフル人の若い男だった。
 
 彼は今まで暴虐の限りを尽くしてきたサイヤ人どもが、スコープの中で急に棒立ちになって宙の一点に視線を合わせ始めたことに気が付いたのだった。
 
 
 「なんだ? 奴ら、一体……」
 
 
 同じことに気が付いた周囲の兵士たちも、疑問の声を上げ始める。好機として攻めるには、余りにも無気味であった。
 
 そして、彼がサイヤ人と同じ方向に視線を向け………その最悪な現実を、目のあたりにした。
 
 
 「…………ば、馬鹿な………ま、満月だと?」
 
 
 驚愕の余りに、声すら出ない。同じように気が付いた周りの兵士たちも、女も男も等しく例外なく、立ち竦んでいた。
 
 サイヤ人たちの反逆。予想外の作戦行動。そしてスカウターの使用。幾多の事実の前に驚き、思考が停止していたため、ツフル人たちは満月のことを失念していた。いや、例えそれらのことがなくても気が付かなかったかも知れない。それだけツフル人はサイヤ人のことを軽んじていた。そして仮に気が付いても、ツフル人にはどうするこもできなかったでろう。いくら発達したツフル人の技術であっても、満月をどうこうすることはできないのだ。
 
 
 「お、おぉ……あぁ、うぎゃおぉ………」
 
 
 「が、が……ああぁッ」
 
 
 ドクリドクリと高鳴る心臓の脈動と同時に、筋肉が膨れがる。
 
 急激の肉体の変容とそれに伴う“気”の増大に、大地が震える。
 
 やがて膨張する肉体が服を中から破り裂き、体毛が全身に生え、顔の造形を変える。
 
 
 「あ、ああ………うわあああああッ!?」
 
 
 ツフルたちの身に付けているスカウターが、規格を大きく超える戦闘力を計測し、次々と爆発する。
 
 ツフル人が、サイヤ人を猿と呼び、蔑ましている理由。それはサイヤ人が尾を生やしている、という理由だけではない。より具体的で、率直な原因がある。
 
 それはサイヤ人の特性。サイヤ人はその大小を問わず、何故か満月によってのみに発生する1700万ゼノのブルーツ波を眼から吸収することにより、その尾が特別な反応を示す。そして反応を示した尾は、サイヤ人の全身にシグナルを送り込みエクソン置換を実行。遺伝子情報を変えながら、さらにブルーツ波とサイヤ人自身の“気”を用いて、核分裂反応に似た“オーラ・リアクト”とも呼べる現象を誘発し、莫大な“気”を発生させる。そして発生させた“気”はそのまま質量に転化し、変換された遺伝子情報に則った巨大な体躯の形成に使われる。
 
 これが、ツフル人が解き明かした、サイヤ人の大猿化の原理。この解明過程でツフル人は“気”という概念を発見し、スカウターの開発と“戦闘力”という数値を考案したのだ。だが、今それは重要なことではない。
 
 重要なのは、大猿化したサイヤ人はその戦闘力を、おおよそ10倍に倍加させるということである。現時点で個人の装着しているスカウターで測れる戦闘力は22000までであり、それ以上はオーバーフローを起こしてショートを起こしてしまうということが、このことを決して嘘ではないことをツフル人たち自身に教えている。
 
 ぎろりと、大猿化し、10mほどの巨体になったサイヤ人たちが呆然としたツフル人たちを見下ろす。
 
 
 「ウッオオオオォオォォオオオオォーーーー!!!」
 
 
 咆哮一閃。大猿の口から放たれた極太のエネルギー波は、容易くツフル人を呑み込み消し飛ばした。慌てて火砲による反撃がその巨躯に直撃するが、無傷。簡単に踏み潰され、時間稼ぎすらできない。
 
 
 「し、シッポだ、奴らのシッポを狙ッ!?」
 
 
 指示を飛ばす兵士の上に、大猿が持ち上げた巨大なビルが振り下ろされる。無意味だった。ツフル人の抵抗を全て無意味にしながら、アリを殺すのと同じ労力で彼らは掃討された。
 
 そしてそれだけに止まらず、大猿たちは周囲の建築物を殴り潰し、叩き壊し、破壊を続ける。抵抗する全てのツフル人を葬ったにもかかわらず、無人の街を猛る凶暴性に従って破壊し続ける大猿たち。その頭上では、同じく大猿化したものの、理性を保ち、宙に浮いて様子を見守っているエリートがいる。
 
 ベジータ王が下級戦士を目障りだと言った理由。それは下級戦士の場合、大猿化したとき理性を保てないからである。
 
 下級戦士、それも最下級のものの平均的な戦闘力は1500、大猿化すれば通常のベジータ王すら超える15000になる。そんなものが見境なく暴れられては、奪い取るつもりのツフル人の科学も何もかも、全て消し飛ばしてしまう。だからベジータ王は予め、重要な機能などのツフル人の技術が集まっている中央区画から、満月が出るまでに下級戦士を退けておくよう各エリートに通告し、万が一の場合のための監督役として各部隊に最低一人のエリートを配属していたのだ。
 
 それにもかかわらず、通告に従わないどころか与えられたノルマすらクリアしていなかったために、かのエリートはベジータ王自身の手によって粛清されたのである。
 
 ――満月が昇り、各戦線のサイヤ人たちが次々と大猿化する。
 
 この時を以って、ツフル人に残されていた全ての勝機は潰えたのであった。
 
 
 
 
 
 「ば、馬鹿な……こんな馬鹿なことが!」
 
 
 ツフル司令室。王宮に設置されたその部屋の中、画面に映し出される大猿と破壊される都市を見て、部屋の中のツフル人たちは例外なく硬直していた。
 
 栄光の終わり。ツフルの終わり。サイヤ人の勝利。自分たちの敗北。
 
 
 「認められん、そんなもの認められるものかぁーー!!」
 
 
 画面に腕を叩きつける、科学者。画面が割れ、映像が消える。
 
 しかし、現実が変わることはない。未だに地面は揺れ、外部からはサイヤ人どもの咆哮と破壊音が聞こえる。
 
 現実は変わらない。ツフルの文明は、今日滅びる。
 
 
 「Dr.ライチーよ、早くこの星を脱出するのだ」
 
 
 「ッ王!? 何を言うのです!?」
 
 
 科学者――ツフル人の中で、最も偉大な科学者と呼ばれるDr.ライチーに対してかけられた言葉に彼が振り返ると、そこには部屋に入ってきた高貴な装束をした人間、ツフル王が立っていた。
 
 
 「見ての通りだ。もはや、われらツフル人に勝ち目はない。Dr.ライチーよ、お前はこの部屋にいる全てのツフル人を率いてこの星を脱出するのだ! ああ、口惜しや……せめてあと五年、五年あれば、たかがサイヤ人風情に、ここまでやられなかったであろうにッ!」
 
 
 「おお、王よ……」
 
 
 その通りだと、Dr.ライチーは真に思う。あと五年もすれば、自らが陣頭を取って研究していた戦闘用人工生物もサイヤ人など足元に及ばない性能を持って完成して配備され、このような反乱なぞ一時間と掛からず収められたであろう。だが、現時点ではそれも未完成でしかない。今、培養液の中で眠るそれらを解き放ったところで、大猿と化したサイヤ人たちを前にしては成す術もない。
 
 
 「Dr.ライチーよ、ツフル人の中で最も偉大な科学者よ! お前はこの星を脱出し、そしてその頭脳で必ずや、憎きサイヤ人どもに復讐するのだ!!」
 
 
 ツフル王の言葉はDr.ライチーの想いであった。全てのツフルの民の願いであった。偉大なるツフルの栄光を遮り、全てを奪い嘲笑うサイヤ人たちへの怨嗟と呪詛に満ちた、偏執的な思いだった。
 
 Dr.ライチーは、部屋にいる全てのツフル人は心に火を灯した。暗い色に染まった、漆黒に染めあがった怨念の炎だった。
 
 
 「分かりました。王よ! 必ずや、必ずや我らツフルの恨みを、奴らサイヤ人に思い知らせてくれましょうぞ!!」
 
 
 「ならば行け、皆行け! ツフルの血は決して絶やさん。我はやるべきことをやる!!」
 
 
 「ははッ!!」
 
 
 一礼し、司令室に詰めていた全てのツフル人が、ツフル王を残して出てゆく。彼らはそのまま王宮近くの発着場に用意された宇宙船に乗りこみ、大猿によって破壊される自分たちの都市を見ながら、無事に惑星プラントを脱出することなる。
 
 しかし、彼らの中で最終的に生き残った人間は、Dr.ライチー一人だけとなる。肉体的に脆いツフル人という身での過酷な生活と、後々に王子であるベジータ自身の手によって行われたツフル人の生き残り狩りで、Dr.ライチー以外の全てのツフル人は死に絶えることなるからだ。
 
 司令室から全ての人間が出て行った後、一人残ったツフル王は、急ぎ人工生物研究棟へと走った。
 
 人工生物研究棟、その最重要機密区画へロックを解除し踏み入ったツフル王は、シリンダーの中で培養されている銀色の球形を確認する。一見して卵のような印象も見受けられるこれは、ある意味その表現で間違ってはいないものである。
 
 来るべきツフルの野望の実現。そのために必要となるであろう能力を詰め込み、そして次代のツフルの王に相応しき器として研究・開発が続けられていた、その雛型である。Dr.ライチーが主導で研究している戦闘用人工生物とは一線を隔した代物であり、すでに理論に問題なく、必要となる要素も最低限ではあるが準備されている。後は年月をかけて繊細な環境をコントロール・維持し、培養することによって完成するはずであった。まさにツフル人の歴史と野望の結晶品である。
 
 愛おしげにシリンダーを撫で、ツフル王が名を呟く。
 
 
 「“ベビー”よ………我の全てを受け継げ、ツフルの王である我の遺伝子を、夢を……サイヤ人どもに対するこの恨みを! そしていつの日か、我らツフルに栄光をもたらすのだ!!」
 
 
 万感の想いと、粘着的な執念が込められた言葉だった。ツフル王は身を翻し傍らに用意された機械を操作し、用意されていたプログラムを起動させ邪魔な安全装置やセキュリティを解除。そして全ての手順を完了させ、用意されていた寝台に横たわった。
 
 
 「ベビーよ、我らツフルを受け継ぐ者よ。必ずや、必ずや憎きサイヤ人どもに報いを――」
 
 
 起動したトランスアブソーバーが、寝台に横たわったツフル王に光を照射する。光に照らされたツフル王は原始単位で分解されて、システムに取り込まれる。そして獲得されたツフル王の遺伝子情報を初めとするあらゆるデータが、シリンダー内で培養されている卵、ベビーに転写される。
 
 全データの転写が終えると同時、システムはツフル王に入力された通りに手順を続行。ベビーをスリープ状態へと移行させ、シリンダーをカプセルに封入。そのままカプセルをロケットへ乗せ込んだ。ロケットにはなるべく遠い、別銀河の果ての、外敵が存在しないであろう惑星へと向かうよう航路がセットされ、そのまま打ち上げられる。
 
 はるか彼方。成層圏を超え、強大な惑星プラントの重力圏を振り切り、飛び去るロケット。
 
 その姿を、大猿となったサイヤ人――ベジータ王が見つめる。
 
 
 「っち、取り逃したか。まぁ、たかがクズの一匹二匹、捨て置いてくれるわ」
 
 
 そのまま眼下、ツフル人の王宮を見下ろすベジータ王。全てを奪い取ると言ったが、彼は目の前の物を残すつもりはなかった。
 
 
 「ウオオオオオオオォォォーーーーー!!!!」
 
 
 咆哮と同時に、ベジータ王の全身から莫大な“気”が放射される。全方向に放射された“気”は衝撃波となり、王宮を砕き吹き飛ばす。
 
 衝撃が去った後には王宮の痕跡は欠片もなく、巨大なクレーターだけが残った。クレーターに降り立ち、ベジータ王の勝鬨の咆哮が響き渡る。
 
 ここに、惑星プラントの戦いは終結し、同時にこの惑星の全てのツフル人が滅び去ったのであった。
 
 
 
 
 
 一晩が立ち、一日前には華麗を誇ったツフル人の都市が、未だ災禍の残り香を漂わせた無残な姿を晒す。
 
 手頃な瓦礫に腰掛け、廃墟を眺めるリキュー。現代、それも日本では見ることができない光景である。人の形をした黒い痕を見て動揺せずにいられるのは、サイヤ人の肉体のおかげであるのか。しかしリキューは、それでも心に滾る何かを感じ取った。それが自分と他のサイヤ人たちとを決別し、自分が日本人であったことの証であるのだろうと、リキューは考える。
 
 しかし、リキューは誤解していた。リキューの心で滾る何かとは、決して日本人として培われた戦いに対する嫌悪感だとか、殺されたツフル人への義憤心などでは、ない。それはサイヤ人の血に宿る凶暴性であり、理性の奥から漏れ出す戦いの残り香に対する高揚である。
 
 昨晩のツフル人殲滅時、リキューは自分の意向と子供であること、この二つにより戦いに参加してはいなかった。その選択は正しかったと常に思ってはいるが、しかしそれによってある種の“飢え”を自覚なしに感じることとなる。この“飢え”はこの後、長きにわたりリキューの心を苛まし、結果としてより強大な闘争本能を持った戦士を生み出すことになるのだ。
 
 
 「サイヤ人たちよ! 煩わしいツフル人どもは、我らが滅ぼした!!」
 
 
 リキューが声に顔を上げると、空にベジータ王が浮いていた。
 
 昨晩の計画を考え、実行に移した恐るべきサイヤ人の王。
 
 マントを風になびかせ、腕を振り上げてベジータ王が宣言する。
 
 
 「この星は今日この日より、我らのものとなった! ゆえにこれからはこの星を、我らが星、惑星ベジータと呼ぶことにする!!」
 
 
 歓呼の声が上がる。この時、古き惑星プラントは消え失せ、そして新しき惑星ベジータが生まれたのだった。
 
 ツフル人の怨念など知らず、ただ命を下敷きにしてサイヤ人たちが笑う。その様だけを見れば、とても祝福に満ちた光景である。
 
 だが、その光景を無視して思考に没頭していたリキューは、この時ようやくを以って、自分が“ドラゴンボールの世界”であると確信を迎え、そしてやはり彼も、アッサリとツフル人のことを忘れるのだった。
 
 
 
 
 
 
 ――あとがき
 
 うぃっす。なにか予想以上に反響あったんで、急いで続きを書きました。感想もらえるとうれしいね。
 プロット晒しはまずかった? 撤去するべきかな? 意見募集。
 ワクワクしてくれるよう頑張りました。気合い入れました。そして燃え尽きましたし。調子乗りすぎてすみません。
 オリ設定連発しました。ツフル人かなり嫌な奴。これ読んで彼ら誤解したらいけないよ、彼ら基本善良の種族らしいから(by界王)。
 ちなみこのツフル人はマジ優秀。ここでサイヤ人が反乱起こしてなかったらホントに十年後に宇宙支配してた。
 大猿化とか特撮のノリで設定。あと、とあるとこからネタもらってる。分かった人は趣味が自分と同じです。
 今回かなりはっちゃけました。
 感想待ってまぁーす。
 追伸。何気に劇場版キャラ登場。分かった人いる?




[5944] 第三話 宇宙の帝王 フリーザ
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/01/25 16:19

 ベジータ王の宣言から、惑星プラントは惑星ベジータへ生まれ変わった。
 ツフル人はすべて滅ぼされ、すでにこの星にはサイヤ人しかいない。
 違和感のあった状況から、より誤差の少ない状況への移り変わり。
 これはつまり、俺の記憶に間違いはなかった、ということか。
 知らなかったが、おそらくこれはサイヤ人にあった歴史で、俺は原作より生まれる時間が早かったということ。
 こう考えれば納得できるし、辻褄も合う。
 そうなれば、次に起こることは十中八九、“アレ”。
 
 「………“フリーザとの接触”、か?」
 
 何かが、疼いた気がした。
 
 
 
 
 ツフル人の滅亡と、ベジータ王の宣言から数日。
 サイヤ人たちの生活は大きく変わっていた。
 粗末な衣装から生産プラントで加工された服装へと変え、原始的な居住区からツフル人たちの都市へと移り住んだ。
 土人と同じ生活から、急速に文明レベルを高めていったのだ。
 しかし、順風満帆である幸先であったサイヤ人たちだったが、同時に問題も発生していた。
 
 宇宙船の使用ができなくなっていたのだ。
 
 ベジータ王とて、何も考えなしに反逆を起こした訳ではない。
 ツフル人に知られぬよう民族のリテラシー向上を図り、加えて側近の人間たちには予め、ツフル人たちに従うふりをしながら食糧プラントや各種の都市機能を賄うためのエネルギー炉など、必要になるであろう技術や知識の吸収を秘密裏に実行させていたのだ。
 スカウターと同じように高度の簡易・自動化が進んでいたこともあって、各施設や機材類の扱いはサイヤ人たちにも左程の問題なく行うことができた。
 ちなみ、宣言から数日経った現在、食糧プラントの扱いは誰もが我先にと覚えていった。
 サイヤ人は特徴の一つとして、極めて大飯食らいというものがある。一人でおおよそ常人の50人前以上の量を余裕で食い漁るのだ。
 食い意地の張ったサイヤ人たちは無駄にその知性を発揮させ、プラントの操作方法を各々一時間とかけずに習得。都市各所のプラントを自由に回し、好きな食べ物を腹いっぱいに詰め込んでいたのであった。
 これもまた、サイヤ人の知性と意向が噛み合った結果の意外な成果とも言えるであろう。
 なお、その中の一人にリキューもいたことは、全く本編と関係のない余談である。
 
 閑話休題。
 
 ともあれ、ベジータ王は事前に問題となるであろう要素をできる限り排除し、そして此度の実行に移した。
 計画決起の理由は、ツフル人への憤怒もあったが、計画のために必要な準備が完了したということもあったのだ。
 それは現代において不可欠な、この狭く小さい惑星ベジータから他星系へ赴くための手段である宇宙船においても同じであった筈だった。
 しかし今現在、当初の予想とは違い宇宙船の使用はできなくなっていた。
 それはツフル人の最期の嫌がらせと言えた。
 王宮の司令室に詰めていた、Dr.ライチー率いる脱出組が惑星離脱の際、管制システムにウィルスを打ち込んでいた。
 そしてそのウィルスに気が付かなかったサイヤ人たちが無防備に管制システムを起動したとき、ウィルスはデータリンクを伝って係留されていた全ての宇宙船に感染し、航行プログラムに異常を発生させたのだ。
 余談だが、ツフル人の製作した宇宙船は、その技術の多分にサイヤ人が乗ってきた漂着宇宙船を参考している。
 漂着宇宙船のテクノロジーは、ツフル人から見ても素晴らしいものがあったからだ。
 航続性、整備性、居住性、簡易性、そして耐久性。あらゆる分野でツフル人の航宙力学を数段飛び抜けた能力を持っていた。
 ゆえにツフル人の宇宙船は他の異星文明に比類しない性能を誇り、その構造の一部には一種のブラックボックス的な個所も存在する。
 だからそれに合わせて、ツフル人は極めて独特な、独自の航行プログラムを製作し、組み込んだ。
 つまり操作や修理などはマニュアル化され、誰でも比較的容易に扱えるようになってはいたが、プログラムやソウフトウェア面ではその限りではなかった。
 いくらサイヤ人の知性レベルが高くても、基本的な知識の差という問題にぶちあたったのだ。
 
 「……それで? 宇宙船が使えるようになるのは何時なのだ?」
 
 「はは! 現在、手を尽くしてことに当たっていますが……何分、より専門的な領域の問題ゆえ、その……目処は………」
 
 「…………ッチ」
 
 報告される内容に苛立つベジータ王だが、そのまま担当者を下がらせる。
 怒りに任せて処刑しても、今のサイヤ人に希少な技術者が減るだけだと分かっているからだ。
 用意された玉座に座り、首から下げた王を示すペンダントを揺らす。
 問題は宇宙船が使えないということだけで、他に見当たるものはない。
 食糧プラントも問題なく稼働しているし、エネルギー炉も半永久的に動き続けるので、例え各施設を無整備に使い続けても確実に100年以上今のサイヤ人たちを楽に養えるだろう。
 重力制御装置は、たとえ故障したところで元々10倍の重力下で生活してきたサイヤ人には必要ない。
 しかし、食うことと寝ること、それだけを賄ってもサイヤ人たちは満足しない。
 
 サイヤ人は戦闘民族である。戦うことが存在意義なのだ。
 
 しかし、この惑星ベジータにサイヤ人の闘争本能を満たせる相手は、存在しない。
 闘争本能を満たさなければ、結局サイヤ人たちは潜在的な欲求不満に陥ることになる。
 そうなったサイヤ人たちは不満を蓄積させ、そしてやがては、欲求の解消と不満の捌け口を求めるようになる。
 つまり最も身近な相手との戦い、同族争いである。
 元々好戦的な種族であるが、サイヤ人同士での真剣な殺し合いというのは、そうそう多いものでもない。
 冷酷かつ残虐で、親兄弟すら自らの手で殺す。
 この評価は決して間違いではない。しかし、同時に矛盾するようであるが、身内に対しての親愛などの情を持つこともまた事実であるのだ。
 現に原作において、バーダックは息子であるカカロットをクズとして評し捨て置く一方で、仲間への信頼と殺されたことに対する怒りを見せた。
 パラガスもまた同じように、息子であるブロリーを野望の邪魔として見捨てようとする一面があると同時に、親として助命を嘆願する姿勢も示した。
 両者はその性格も向ける対象も異なるが、やっている行動の本質は変わらない。
 戦いを、あるいはより強さを求めて戦い合うことはある。何かしらの感情的な拗れや、個人的な好悪で戦い、結果殺してしまうこともある。
 だがしかし、最初から互いを殺すつもりで争うという行為は逆に希少であるのだ。
 これはやはり、同族と殺し合うということに対しては、少なからずの反発が働くということである。
 しかし、その僅かな反発も欲求不満の高まりによって払拭される。
 その結果起きるのが、サイヤ人同士の内輪揉めである。
 サイヤ人が少数民族であり続ける理由は数多くあるが、その一つにこれがあることは確実である。
 だからこそ、ベジータ王は今現在の状態に憂慮していた。
 ツフル人が遺した高性能な宇宙船と、全宇宙を探査した結果遺された膨大な星系データ。
 これらを用いて別の知的生命の存在する星へ出向き、サイヤ人の闘争欲求を満たそうと考えていたのだが、それができなくなったのだ。
 このままこの状態が続けば、遠からずサイヤ人同士の命を賭けた闘争が勃発することになる。
 それは別に今日明日、という訳ではない。今はツフル人たちを滅ぼしたばかりであり、新しく食料や住処を手に入れたばかりである。
 数か月、いや長くて一年は欲求を抑えられるだろう。
 だが、それまでだ。その後には欲求を抑えきれず戦うものが現れ、それを皮切りにサイヤ人同士の闘争が始まる。
 
 「とっとと宇宙船の復旧を急がせろ! 半年以内にだ!」
 
 「り、了解しました!」
 
 ベジータ王の怒号により、側近の一人が命令を伝えに向かう。
 そして玉座に座りながら、ベジータ王は考えを深める。
 正直言って、時間に猶予はない。期日以内にプログラム面の問題が解決するかどうかはわかないからだ。
 ツフル人独特の技術体系、その中でもさらに特異な形で組み立てられたプログラムを理解し、期日内に修正を成せる可能性は低い。
 ならば、気休めにしか過ぎないかもしれないが、代替手段の一つも用意しておくべきであろう。
 そう考えたベジータ王は、一つの考えを思いつき、側近の一人に命令を与えた。
 
 「科学者どもに、ツフル人どもが遺した人工生物についても研究させろ。適当に我らの相手になれるレベルの生物を生みださせるんだ」
 
 結局この代替案によって考えられた命令は無意味となるのだが、研究自体は無意味とならなかった。
 サイヤ人の科学者によって進められたこの研究は、乏しい人員と少ない資料にかかわらず、後にサイバイマンというパワーだけならば最下級戦士に匹敵する、携帯性と運用性に優れた人工生物を生み出すことなるからだ。
 
 
 
 
 リキューが片手を伸ばし、力を入れる。
 血管が浮き出て、筋肉が張り切る。
 力を込めたまま片手を曲げると、徐々に、徐々にと掌を開いていく。
 
 「ハァァァ、アアァァーーー………」
 
 息を長く、深く吐きながら、片手を後ろへ持って行き、野球のボールを投げるようなポーズを取る。
 このポーズを取るまでに行った一つ一つ動作は、全て非常にスローに、ゆったりと行われた。
 にもかかわらず、リキューの全身には汗が浮かび、まるでフルマラソンを走った後のように疲労している。
 視線は先、20mほど先に転がっている瓦礫に固定。
 吐いていた息を、止める。
 
 「ッだりゃあッ!!」
 
 振りかぶっていた片手を、裂帛の気合と共に、押し出すように突き出す。
 そして突き出された掌からは、テニスボール大の大きさのエネルギー弾が押し出されるように生まれた。
 生みだされたエネルギー弾は、そのまま突き出された方向に直進。
 高い速度を保持したまま直進するエネルギー弾は、瓦礫との距離を瞬く間に駆け抜けて、微細な湾曲を描いて瓦礫に接触。
 
 ――閃光と爆発。
 
 ……パラパラと、砕けた破片が降り落ちる音が止む。
 瞑っていた目を開け、瓦礫を見やるリキュー。
 標的となっていた瓦礫は完全に砕け、小さな爆心地に似た光景を作っていた。
 その結果を見届けると、リキューは大きく息を吐いて座り込む。
 その服装は、ツフル人が着ていた伸縮性に富んだ防御力の極めて高い戦闘服――バトルジャケットを着込んでいる。
 リキューがやっていたのは、原作のドラゴンボールにおいて敵味方誰もがやっていた、気功波の生成である。
 特別誰かに習う訳でもなく、サイヤ人という人種はその持前のセンスだけで舞空術や気功波といった、“気”の操作を覚える。
 それはいわば、親の話している言葉を聞いて育つ内に言葉を覚えること、それと同じようなものである。
 しかしリキューは普通のサイヤ人と異なり、その記憶には生まれた時から、一個の成熟した人間の記憶が詰め込まれていた。
 この記憶が厄介なことに、“気”の操作を見て覚えるという無意識の学習を妨げていたのだ。
 この事実にリキューが気が付いたのは、先日、同世代である他のサイヤ人が空を飛んでいる姿を見た時である。
 改めて目を向けてみれば、リキューと同世代のサイヤ人はほぼ全員が“気”の扱いを覚え、空を飛んだりエネルギー弾を操ることができていた。

 これを見てリキューは、現状に危機を覚えた。

 具体的に何がまずいか、とは分からなかったが、とにかくまずいのだという焦りを抱いたのだ。
 どうせやることのない子供の身。そのまま抱いた思いが乾かぬ内にリキューは廃墟へ繰り出し、そして先程のような自己流での訓練を行っていたのだ。
 “気”などという、見も知らぬものを相手取った訓練ゆえ、当初はかなりの難航を予想していたリキュー。
 がしかし、リキュー自身の予想と裏腹に、気功波の発生は割と簡単に行えた。
 これはサイヤ人という人種そのものが、ある程度の“気”を操るという能力を生態として、進化の過程で手に入れているからである。
 とはいえ、やはりせっかくの生まれつきある能力を、日本人としての意識が阻害しているということは事実であった。
 同世代が容易く低威力の気功波を出せるのことに比べ、リキューは一発一発に全力を込めて集中しなければ気功波を発射することができなかった。
 威力は時間をかけた分に相応した内容であったが、これでは仮に戦闘になったとしても実戦では使うことができない。隙が多すぎた。
 加えて、現状ではまずいさらに深刻な問題がある。
 
 (………このままでは、空も飛べやしない)
 
 呼吸を整えながら、苛立ちと共に心中で吐き捨てるリキュー。
 空を飛ぶ――即ち舞空術の使用には、持続的な低出力の“気”の放出と操作が必要である。
 “気”の使用を抑えなければ消耗が激しくなるし、操作することができなければ自由に空を舞うことはできない。加えてそれらが持続して行えなければ、自分を砲弾として打ち出すのと変わらない有様になってしまう。
 本来ならば、サイヤ人の能力を考えればそう難しいことではない。元々、子供の時に見て覚えてしまうことである。
 だが、全力で集中しなければ“気”を使えず、また動作を加えなければ気功波を外部に打ち出せない今のリキューにとって、その難易度は極めて高い。
 無意識でできる筈のことを、下手に身に付けてしまった自我意識のために、一つ一つの工程を認識してしまうからだ。
 その中途中途で現れる疑問が潤滑な実行と学習を妨げ、そして習得を遅らせる。
 一向に成果が現れない現状に、リキューの苛立ちは強まるばかりであった。
 ちなみに、一個人の人格が宿ったことはデメリットばかりでなく、メリットも存在していた。
 サイヤ人としての肉体の持つ本能や特性に精神が影響を受けているように、成熟した大人としての人格を持つことで、肉体が精神の影響を受けて活性化を起こしているのだ。
 現在のリキューの戦闘力は150。これは同世代である他のサイヤ人と比べても、高い数値なのである。
 また、未だに成果が見えない訓練であったが、他のサイヤ人は行わないこの入念な鍛錬によってなんとか気功波の扱いや舞空術をマスターしたリキューは、この訓練によって得た経験を元に後々、独力での原作のZ戦士たちが行っていた“戦闘力のコントロール”の技術を手に入れることができることとなる。
 今のリキューに知る由もないが、決して無駄とはならないのだ。
 
 十分な休息を取り終えたリキューは、身体のばねを使って立ち上がり、訓練を再開する。
 今度はアプローチを変え、胸の前に両手で囲いを作るように構え、瞑目しながら全身に力を込める。
 この間、リキューは“気”という力を感じ取ることに専念し、力を両手の間に集中させるよう意識する。

 何故ここまで真剣に訓練に取り組むのか。
 
 それはリキュー自身にも分からない。衝動に突き動かされてのものだったからだ。
 その衝動は成果が未だ上がらない現在にもかかわらず、衰えることなくリキューの心で燃え盛っている。
 すでに、この時リキューがこの訓練を初めて二ヵ月、ツフル人の滅亡からは四カ月が経過していた。
 そしてこの数日後、サイヤ人たちにとって、そしてリキューの運命をも変える転機が、惑星ベジータに訪れた。
 
 
 
 
 このごろ、サイヤ人たちの間では倦怠感とも緊迫感とも言える、微妙な雰囲気が漂っていた。
 ベジータ王が予期していた通り、欲求が燻り不満が溜まり始めていたのだ。
 幸い、火花は切られてはいない。が、時間の問題であるのは目に見えていた。
 宇宙船の復旧は未だ目処が立たず、人工生物の研究も間に合いそうにない。
 命令者であるベジータ王自身が、苛立ちに暴れかねないほどの鬱憤が溜まっていたその時であった。
 
 所属不明の宇宙船が、この星に接近しているという知らせが届いたのは。
 
 
 
 
 「ふむ……あれが例の星ですか、ザーボンさん?」
 
 「はい。間違いないかと……」
 
 円盤状の、大型の宇宙船。その船首部分に作られた、球状の強化ガラスで覆われた展望エリア。
 床から浮いているマシンに乗っている、小柄な人型の異形をした人物が、隣に侍らしている美貌の存在に問いかける。
 異形の人物が、ガラスの向こう側に姿を見せる惑星を見つめる。
 
 「つまらない星ですね………たとえタダでも、あれでは欲しがるものなど誰もいないでしょう」
 
 「へへ、全くその通りです、フリーザ様」
 
 嘲笑するように評する言葉に追従する、美貌の人間の反対側に立つ、また一人の異形の存在。
 
 「ですが、星そのものに価値はなくても、十分に役立てるものはあるようですね」
 
 マシンを動かすとガラスに背を向け、展望エリアから立ち去る異形の人物。
 去り際に、侍らす両脇の二人へと命令を下す。
 
 「ザーボンさん、ドドリアさん。宇宙船を降下させなさい。あの星に降りますよ」
 
 「はは!」
 
 「了解しました」
 
 常に余裕を持ち、口元に嘲笑のごとき笑みを浮かべている異形の人物。
 宇宙の帝王、フリーザ。
 宇宙全体に悪名を轟かせる存在が、惑星ベジータへと現れるのであった。
 
 
 
 
 突如として現れた宇宙船は、サイヤ人たちが住む都市へと飛来。
 そのままサイヤ人の王宮の前に移動すると、そのすぐ目の前へ着地した。
 突然の訪問者の出現に、サイヤ人たちが興味深げに集まり、その船を見つめる。
 その中には様子を見にきたベジータ王や、訓練を中断して様子を見にきたリキューの姿もあった。
 ……虫の知らせ、というべきか。
 リキューは一つの確信、あるいは予感を抱いていた。
 心に煮え滾る、熱い想い。鮮烈な願望。一言では言い表せない絡まった情動。
 目付きは鋭くなり、宇宙船を射抜く視線は熱さを秘めながら、氷のように冷めている。
 
 (――――“奴”か?)
 
 ハッチが開く。
 ラダーが下ろされ、奥の暗闇から人影が現れる。
 先に現れたのは、フリーザの傍に控えていた、異形の存在――ドドリア。
 続けて、今度は美貌の人物――ザーボンが現れる。
 
 「なんだぁ? 奴らは?」
 
 「さあな。観光にでも来たんじゃないか?」
 
 久しぶりの新しい刺激に、適当に雑談をしているサイヤ人たち。
 その中の一人が、面白半分にスカウターを起動させ戦闘力の計測を行う。
 ――そして、その表示された数値に、スカウターを使ったサイヤ人は目を剥いた。
 
 「な、馬鹿なッ……せ、戦闘力……20000以上だと!?」
 
 「なんだとッ!?」
 
 ボンと、計測限界を超えたスカウターが壊れる。
 それを見たサイヤ人たちの間で騒ぎが起き始め、他のサイヤ人たちもスカウターを起動させる。
 結果は変わらず。同じように起動させたスカウターは爆発し、ザーボンとドドリアの両名とも、スカウターの計測限界である22000以上の戦闘力を保持していることが、故障でも何でもない事実であると確認された。
 しかし、それは簡単に信じられることではなかった。
 サイヤ人たちの中で最も戦闘力の高いベジータ王でさえ、その戦闘力は12000である。
 突如として現れた目の前の二人は、そのベジータ王の戦闘力を10000以上も上回っているのだ。
 あまりにも驚愕的事実に対して、サイヤ人たちの間で動揺が広がる。
 
 「くくく……おいおい、薄汚ねぇ猿どもが騒いでやがるぜ」
 
 「ああ。全く……品性の欠片もない奴らだ」
 
 「なんだとッ? 貴様らぁ……随分と大きな口を利いてくれるなッ!」
 
 嘲笑を浮かべながらの二人の言葉に、聞き取ったサイヤ人が怒りを示す。
 元より不満が高まっていた時期のことである。
 戦闘力についての驚きも忘れ、場の雰囲気は一気に殺伐としたものに変わる。
 が、そんな雰囲気を歯牙にもかけず、嘲笑を浮かべたまま態度を微動だにさせないドドリアとザーボン。
 容易く沸点を超えたサイヤ人の一人が、気勢を上げる。
 
 「舐めるなぁあぁぁーーーッ!!!」
 
 怒りと共にパワーを込め、渾身のエネルギー弾が形成。
 そのまま全力で振り投げる。
 リキューのものとは比べ物にならない威力のエネルギー弾は、まっすぐ目標へ直進。
 二人は余裕を消さず、そのまま避ける素振りすら見せずエネルギー弾が直撃する。
 短慮な行動であったが、そこには不満の燻りだけではなく、強大な戦闘力に対する一種の恐れもあったのだろう。
 着弾によって爆発が生じ、煙が辺りを包みこむ。
 
 「ッハ、何が戦闘力20000以上だ。他愛もねぇじゃねぇか」
 
 振り投げたポーズのまま、拍子抜けするサイヤ人。
 避けることも、防ぐこともしなかったのだ。
 あまりにも呆気なさ過ぎて、覚えていた怒りすらも忘れて馬鹿にする。
 表示された戦闘力に、あるまじき醜態。
 すでにサイヤ人たちの考えの中では、スカウターの故障ではないかという思いも願望ではなく確信として現れ始めている。
 だがしかし、サイヤ人たちは大前提としての条件を忘れていた。
 ――煙が晴れ、無傷の二人が一切の影響なく現れる。
 
 「な、なんだとッ!?」
 
 「……んで、さっきのは何なんだ? 花火にしちゃぁ、随分とチンケなもんだったがな?」
 
 「っち、服に埃が付いてしまったではないか。猿どもめ」
 
 服を払いながら、ザーボンが忌々しげにサイヤ人を見下ろす。
 攻撃を加えたサイヤ人の戦闘力は、数値にして2600。
 おおよそ10倍という、単純で圧倒的な戦闘力差が、ここにある。
 そんな攻撃は、防ぐ必要すらないのだ。ただ身に纏う“気”の覆いだけでカットできてしまう。
 はっきり言って、現状のサイヤ人にザーボンとドドリアの二人を傷付けることは不可能である。
 それだけの絶対的な戦闘力の差が、両者に存在していた。
 
 「それじゃ、ちっとばかし下等な猿どもに躾を付けてやるとするか」
 
 「ドドリア、やりすぎるなよ?」
 
 「へいへい」
 
 ドドリアが一歩前へ踏み出る。
 警戒するようにサイヤ人たちが動き、戦闘態勢を取る。
 とはいえ、闘ってどうにかできる相手ではないことは分かっている。
 絶望的な相手というもの理解しながらも戦う姿勢を取るサイヤ人を嗤いながら、ドドリアは大きく息を吸い込み始める。
 
 (――――まずいッ!?)
 
 朧に残っていた記憶によるものか、はたまたサイヤ人としての直感か。
 とっさに判断したリキューは全力で地を蹴り、出せる限りの最速でドドリアの正面から離れる。
 と、ほぼ同時。
 大きく吸い込んでいた息を止め、ドドリアが吸い込んでいた分を吐き出すように口を開く。
 そして、膨大なエネルギー波がその口から放たれた。
 
 「!?ッがぁ!?」
 
 「おああぁぁーーー!?」
 
 「ぎゃあああぁああぁぁーーッ!!」
 
 ドドリアと向かい合っていたサイヤ人たちが、皆強大なエネルギーの奔流に呑み込まれていく。
 リキューは間一髪巻き込まれずに済んだが、エネルギー波が帯びる余波に接触するだけで大きなダメージを受けた。
 サイヤ人を呑み込む、地を抉り、建築物を消し飛ばし、遥か都市の果てまでエネルギー波が突き進む。
 轟音と激震が響く。
 口を閉じたドドリアが、にやけながら頭に手を置く。
 
 「いけねぇいけねぇ、ちと力を入れすぎちまったかな?」
 
 防御姿勢を取っていたベジータ王が、目を開く。
 そして目に映った光景に、言葉が意図せず漏れた。
 
 「なんだとッ?」
 
 都市の端まで作られた、まるでスプーンで削ったアイスクリームのような傷。
 あまりのエネルギー量に地面は融解しガラス状に変化し、呑み込まれたサイヤ人たちが、その所々でバトルジャケットが砕け、全身に傷を作った哀れな亡骸を晒している。
 幾多のサイヤ人を容易く葬った、あまりにも強大なエネルギー波。
 戦闘力20000以上という数値は、決して偽りではなかった。
 
 「貴様ぁーッ!!」
 
 巻き込まれなかった一人のサイヤ人が、激昂に任せて踏み込みドドリアへ襲いかかる。
 
 「かぁッ!」
 
 神速で放たれる拳。
 響く打撃音はもはや普通に人が放つ打撃の音ではなく、まるでダイナマイトを爆発させたかのような音を放つ。
 そして攻撃は、その一発では収まらない。
 
 「らぁあああああぁぁああぁぁぁーーーー!!!!」
 
 一撃二撃三撃四撃五撃―――。
 次々と連撃を重ね、全ての拳をドドリアの身体に食い込ませる。
 全身をボロボロにしながらその様子を見ていたリキューには、その攻撃のモーションさえ見ることができなかった。
 凄まじいレベルの攻撃。今のリキューには足元にさえ及べない、遥か彼方の実力であった。
 攻撃を仕掛けているサイヤ人は、階級はエリートであった。戦闘力は3800。
 リキューの20倍以上の戦闘力を誇るその数値は、確かにリキューには足元にも及べない強さを持っていた。
 
 ……しかし、それはそれだけのものでしかない。
 
 「よっと」
 
 「ぐッ!?」
 
 攻撃を受けていたドドリアが、飛んできたサイヤ人の拳を簡単に掴む。
 そのまま強烈な握力で、拳を握り潰そうと締める。
 慌ててサイヤ人がもう片手で殴りかかるが、今度は脇で腕ごと挟まれ捕まる。
 そして身動きが封じられたサイヤ人に対して、余裕の表情を浮かべ……そのままヘッドバットを打った。
 サイヤ人の顔に、ドドリアの頭がめり込む。
 
 「――ご、がぁ」
 
 「どっこらせっと」
 
 胸に軽く、しかしその実に反比例した威力の一撃を打ち込むドドリア。
 バトルジャケットに罅が入り、サイヤ人の身体が空高く吹き飛ぶ。
 次の瞬間には、吹き飛ぶサイヤ人のその先にドドリアが現れた。
 組んで握りしめた両手を上に掲げ、飛んできたサイヤ人にハンマーを振り下ろすように叩きつける。
 ベクトルを反転させ、地上へ吹き飛ばされるサイヤ人。
 そのまま地に激突し、土煙が上がる。
 煙が晴れ、サイヤ人の姿が現れる。
 ――首をはじめ、全身の骨が粉砕され、死んでいた。
 ドドリアが攻勢に移って、ほんの数秒足らず。
 瞬殺だった。
 悠々と地に降り立ち、ゴキゴキと肩を鳴らしながらドドリアがしゃべる。
 
 「あ~あ、準備運動にすらならねぇな。全く、もうちょっと張り合いってもんが欲しいぜ」
 
 「フフフ、ないものねだりなどしても意味がないだろう、ドドリア。所詮サイヤ人など、下品で品のないただの猿に過ぎんのだからな」
 
 「ちがいねぇな。ぐははははは!!」
 
 「ぐ、き………貴様らぁ~ッ!」
 
 嘲笑に対して、ベジータ王をはじめサイヤ人たちが怒りを募らせる。
 とはいえ、現状のサイヤ人に対抗する術はない。
 それだけ彼我の戦闘力差は大きい。
 だがしかし、だからといって諦める訳にもいかない。
 サイヤ人の怒りと、ドドリアとザーボンの嘲りが漂う空間。
 だが、この緊迫した空間にある声が投げ込まれることで、場の雰囲気が一変されることになる。
 
 「まあまあ、お二人とも。あまりそう挑発しないでおやりなさい」
 
 「ふ、フリーザ様!?」
 
 「はは!」
 
 宇宙船のハッチ。暗がりの奥からかけられた言葉に、服従の意思を見える二人。
 頭を下げると、それぞれハッチの両脇に控えて立つ。
 ハッチから、浮遊するマシンに乗った、小柄な人型の異形が現れる。
 その姿を、ボロボロの身体のままでありながらも、リキューは見つめていた。
 
 (―――ああ、そうだ)
 
 その“もの”が現れることを、リキューはベジータ王の宣言の時から予想していた。
 だからこそ、本人は無自覚ながらだったが、その時からより意識を冴え渡らせ、“生きる”という行為により熱を入れ始めていた。
 宇宙船が現れた時には、はっきりと自覚した期待感を胸に抱いていた。
 そして―――ドドリアとザーボンが姿を現した時、リキューは確信を得た。
 そこに……その宇宙船の中に、“奴”がいるであろうということを。
 
 「私たちは話し合いに来たのですからね、あまりお猿さんたちをからかわないことです。いちいち反抗されるのも面倒ですからねぇ」
 
 「ぐふふふ、分かりました」
 
 「確かに、御尤もな話です」
 
 強大な戦闘力を持った、二人の男をも従える存在。
 突然現れた不気味な輩に対し、恐れを隠しながらもベジータ王が問い質した。
 
 「貴様………いったい何者だ!?」
 
 ベジータ王の言葉に、マシンを動かして本人と対面し、異形が口を開く。
 
 「これはこれは、自己紹介が遅れましたね」
 
 傲岸不足に、マシンに乗ったまま名乗りを上げた。
 余裕の口調、その端々に嘲りを乗せながら。
 
 「私はフリーザ、この宇宙の支配者です。どうぞ、今後ともよろしく……戦闘民族の皆さん」
 
 リキューは見ていた。
 宇宙船から姿を現し、言葉を発するフリーザの姿を。
 一片たりとも視線をそらさず、ずっと見届けていた。
 ドクンと、心臓が高鳴る。
 
 (ああ、そうだ―――)
 
 今この瞬間、初めてリキューは鮮烈な願いを抱いた。
 ―――いや、気が付いた。
 自分がこの世界に転生してから、ずっと心に秘めて熱していた想い、あるいは願いに。

 リキューはサイヤ人として願っていた。肉体を駆使した熾烈な戦いを、より強くなることを。

 リキューは日本人として憧れていた。かつて子供のころに見て読んだ、キャラクターの活躍、しいてはその強さに。
 
 しかしそれは、どちらも叶わない願いだった。
 サイヤ人の闘争本能に任せて戦うことは、日本人としての理性が許さなかった。
 憧れたキャラクターたちのように強くなることは、現実の日本人では実現することができなかった。
 ――自縄自縛。己の夢を己の意思で、ただ心に沈めていたはずのリキュー。
 しかし、彼は得てしまった。夢を目指す理由を、抑える意思を解きほぐす言い訳を。
 
 サイヤ人への転生。
 
 これがリキューの心に網をかけていた前提を崩した。
 強くなることができる。自分もまた、憧れたあのキャラクターたちの強さ、それと同じものが手に入れることができる。
 僅かながらも抱いたこの想いは、ベジータ王の宣言により、ここが確実に原作と同じ世界であると確信した時、より加速することとなった。
 加速する想いはサイヤ人の肉体に宿る本能を刺激し、無意識化の闘争欲求をより駆り立てる。
 ――だが、その捌け口はなかった。
 サイヤ人は決して善人の集まりではない。対極の立場にある、悪性の存在である。
 ここで戦うことを選択することは、自分のために多くの罪のない他人を傷付ける……否、殺戮することを意味する。
 そんなことは、日本人としての倫理観が到底許すことではなかった。
 だからリキューは、猛る闘争欲求をその理性で封じ込めたのだ。
 命の問題との比較である。選択に余地はなく、迷いもなかった。
 しかし、それは確実にリキューの精神に負担をかけ、決して小さくないストレスを蓄積させる。
 そしてこのストレスはリキューにある考えを浮かばせ………その捌け口となる存在を、閃かせたのだ。
 
 これら上記の流れ全てを、リキューは自分自身で把握していたわけではない。
 無意識の判断や決定、願望や本能的な作用のある部分が大半。
 むしろリキュー自身は、転生してからの日々のほとんどを、特に考えもせずに過ごしていたつもりである筈である。
 しかし、これらの流れは決して夢幻ではなく、リキューの心の中で確かにあったものである。
 そしてその結果は、リキューがフリーザをその目で確認したとき、その脳裏にはっきりと自覚された。
 
 リキューは求めていた。
 闘争本能の捌け口を。
 溜まったストレスの発散するべき対象を。
 しかしただ戦うことは、日本人としての倫理観が許さない。
 が、そこでリキューの無意識はこう囁いたのだ。
 
 ならば、闘っても――殺しても文句のない相手ならば?
 
 その考えに至ったとき、リキューはその理想的対象をすでに算出していた。
 リキューは日本人としての記憶を持ち、その倫理観も一層高かった。
 しかし、だからと言って全ての命あるものは愛すべき、というような博愛主義者でもなかった。
 聞くもおぞましい、あるいは卑劣極まる犯罪者など、etc……。
 そういった存在の須らくは、多少過激な言い分であったが、死んだ方がいいと思える人種でもあった。
 だから、リキューは考えた。
 
 リキューの倫理観に触れない、ストレスの、闘争欲求の捌け口としての存在。
 殺したところで、一切の問題のない人間。むしろ、殺さなければならない“もの”。
 
 サイヤ人の、より強者との戦いを、より強くなることを求める本能。
 それを満たせるだけの、強大な相手。
 
 そして、強さに憧れた日本人としての、記憶。
 
 リキューはそれら全てに折り合いが付く、最上の理想的な対象を見つけていた。
 いや、厳密にはその姿は、今この瞬間に“見た”。
 ボロボロの身体でありながら、リキューはかつてない高揚と苛烈な意思を燃やしていた。
 視線は微動だにせず、フリーザに釘付けのまま。
 口元が笑みを作るのを止められず、溢れ出る愉悦は留まるところを知らない。
 それは無謀であっただろう。
 今のリキューの戦闘力では、フリーザどころか、その両脇に佇むザーボンとドドリアにさえ敵わないのだから。
 にもかかわらず、リキューは闘志を衰えさせることはなかった。
 リキュー自身にも、そんなことは分かっていた。
 
 ――だが、それがどうした? それがよいのだ。
 
 ――今の自分では絶対に敵わない。このまま育っても敵わない。
 
 ――だからだ。だからこそ強くなる。
 
 ――憧れたように、自分も修行し、訓練し、鍛錬し、そしてその喉元まで牙を伸ばすのだ。
 
 ――より強い相手だからこそ、挑むのだ。戦うのだ。
 
 ――フリーザは許せない存在だ。殺したところで問題はない。いや、むしろ殺さなければならない存在だ。
 
 リキューの心を律する考えは、遂にフリーザという全ての問題をクリアされる存在が現れることによって、その闘争本能を封じる理由をなくし、闘争欲求を解き放ってしまった。
 今、リキューの戦闘力をスカウターで測れば面白い結果が見れたであろう。
 150程度である筈のリキューの戦闘力が、この瞬間おおよそ600前後まで上昇していたからだ。
 原作において、悟空は言っていた。
 精神と身体を一致させないと、大きな力は出せない……と。
 今この時、この世界に生まれて初めて、リキューは精神と肉体が意向を完全に一致させていたのだ。
 それが活性化の起きていた肉体のポテンシャルを想像以上に引き出し、極めて大きな戦闘力を発揮させていたのだ。
 ぎらついた目付きでフリーザを睨みながら、リキューははっきりと自覚した思いを、心の中で吐き出す。
 
 (そうだ、フリーザ………お前は)
 
 リキューの思考には、原作への介入や史実の改変、といった意識はない。
 そこにはあるのは、純粋な己のための願いであり野望。完全なエゴである。
 
 
 
 
 (お前は……この俺の……この手で、倒すッ!)
 
 
 
 
 あるいは、この時殺すと思わなかったことこそ、彼が純粋なサイヤ人ではなく、日本人であったことの証だったのかもしれない。

 
 
 
 
 ――あとがき。
 
 この作品は九割の捏造と一割の拡大講釈でできております。
 
 こんにちは、作者です。
 意見多数を頂いたのでプロット撤去します。
 面白いと言ってくださった方々ありがとう。
 文体変えてみました。
 自分のイメージ通りの主人公像を伝えられるよう錯誤。伝わったかな? かな?
 正直話として繋ぎ的要素が多いから、面白いかどうか不安。
 戦闘シーンとかの描写を考えるこの頃。
 感想待ってマース。



[5944] 第四話 星の地上げ
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/02/07 23:29

 おそらくはこの世界に生まれて、初めて抱いた思い。
 この手で、フリーザを倒す。
 ベジータ王を超えた戦闘力の持ち主を従える、さらに強大な存在。
 自分でも無謀としか思えない。
 少なくとも、今のままでは触れさえできないだろう。
 だから、そこまで分かっているのだから……俺が取るべきは道は、はなっから一つしかない。
 フリーザをこの手で倒す。それを諦めるつもりはない。
 無謀に挑む気もない。自殺願望なんぞ持っちゃいない。
 なら、最後に残った一つは決まっている。
 
 「戦闘民族を舐めるなよ……フリーザ」
 
 そのまま衝動に従うように笑ってみた。
 意外と、悪い気はしなかった。
 
 
 
 
 惑星ベジータに現れたフリーザの手によって、サイヤ人はその生活をまた新たにしていた。
 まず初めに、多くのフリーザ傘下のテクノロジストたちが惑星ベジータへと降り立ち、彼らは随所の施設へと散らばっていった。
 彼らは絶対的に不足していた文官、あるいはメカニックといった、サイヤ人たちが忌避する傾向であった裏方的仕事を担い、その生活をより文明的且つ快適なものへと変えていったのだ。
 宇宙船の航行プログラムも彼らの手ですでに修正され、自由に使用が可能となっていた。
 だが、そんなことより何よりも、サイヤ人たちを喜ばせた変化は別にあった。

 それはフリーザ軍への編入であった。

 サイヤ人はその一党をフリーザの配下として軍団に取り込まれ、その実行部隊の一人として働くようになったのだ。
 もちろん、当初はサイヤ人の誰もがこの決定に不満を抱いていた。
 元々我が強く、頑迷な部分も多々ある民族である。
 いきなりその軍門の下に従わさせられても、そう易々と言いなりになる従属的な気性ではない。
 現に彼らを従えていたツフル人は、その彼ら自身の手で一片の容赦なく滅ぼされている。
 その長年に渡るツフル人による支配体制から、今ようやく脱却したばかりのことである。
 接触の最初に、ドドリアの手によって予想外の洗礼を受けたからこそ、不本意ながらも服従したのだ。
 喜ぶものなぞ誰もなく、放っておけばベジータ王の号令などなくとも、また勝手に反逆を起こしていただろう。
 だが不思議なことに、生活を続ける内に、次第に不満の声は落ち着いていった。
 それは何故かと言えば、サイヤ人たちはこの生活も満更ではない、ということに気付いたからである。
 フリーザ軍の主な行いは、知的生命体の住む星への侵攻であり、その生命体の殲滅。
 そしてできた生命体が生存するのに適した空き星を、金を持った別の異星人へと売り付けること。

 つまり、星の地上げであるとされている。

 サイヤ人はフリーザ軍の一角を占める戦力として、その実行者としての役割を与えられた。
 そして彼らはフリーザの命令に従い、不満に思いながらも与えられた仕事に従事し、次々と幾多の星を攻め滅ぼしていった。
 ――戦いとはサイヤ人の存在意義であり、本能に潜められた欲求である。
 命令されたという不愉快な事実が前置かれてはいたが、過分に欲求を満たすこの仕事に対する充実感と満足感をサイヤ人たちが得るのに、さして時間はかからなかった。
 やがて、サイヤ人たちは冷静に今の状況を顧みて、気付くことになる。
 定期的に命じられる星の侵攻命令と、派遣されたテクノロジストによってもたらされる快適な環境。
 いわば、サイヤ人にとって理想的な環境が今この手にある、ということにだ。
 その事実へと気付くに至り、もはやサイヤ人たちの間で不満らしい不満の種はなくなった。
 彼らは一時の反抗心も忘れ、口々にフリーザに様という敬称を付けて敬い、己たちの栄華を楽しんでいったのだった。
 
 だが、その栄華を快く思わない者もいた。
 ベジータ王、それと彼の側近のエリートたちである。
 彼らは敬神と権力が己らから離れる今の状況に、大きな反発を抱いていた。
 王である自分に対し頭ごなしに命令し、支配者として我が物顔でいるフリーザ。
 かの存在を、王族としての自分のプライドが高いゆえに、断じて認めることはできなかったのだ。
 だが、これによりサイヤ人たちの間で温度差が生じることになった。
 このことは後々に、フリーザに義理を抱く下級戦士たちを中心とした現状の肯定派と、ベジータ王とその側近を中心とした否定派の二派を生み、当人たちが意識したわけではないが、一種の断絶関係を築いてしまうことになるのである。
 
 ベジータ王は歴代の王族において飛び抜けた知恵を持っている。
 それは単純な、IQだとか知識量といったことが優れているということを指しているわけではない。
 発想と着眼、いわば王として必要な技量。
 知恵という言葉が指している意味はそれであり、そしてそれは決して偽りではない事実である。
 土人同然であったサイヤ人の在り方を、ここまで押し上げたという実績がそれを証明している。
 しかし、それはイコールで名君であるということを意味するのではない。
 ベジータ王は王としての技量を高く備えた人間であったが、同時にサイヤ人特有の凶暴性と残虐さをも秘め持つ男だった。
 つまり王に相応しい能力を持ってはいても、王としての気性では非ず。
 粗暴で直情的すぎる、自制と忍耐の足りない人間であったのだ。
 もし仮に、ベジータ王が知恵を持たぬ今まで通りの王であったならば、他のサイヤ人と同じように今の栄華を喜んでいただろう。
 しかし皮肉なことに、今までにいなかった知恵と凶暴性を併せ持った王であるがゆえに、彼はフリーザの支配を受け付けず、自らの権力を欲したのだ。
 そしてサイヤ人の本能を御することができなかったために、後々に彼は自らの死を招く、フリーザへの反逆を決起することなるのである。



 
 「ふむ、なかなか着心地はよろしいですね」
 
 「はい。サイヤ人どもから回収したものとしては、予想外の拾いものでした」
 
 「ええ、全く。色々と目障りなハエでしたが、ツフル人という方々も中々に素晴らしいものを残してくれました」
 
 惑星フリーザNo.53。
 数ある宇宙の星の中で、フリーザが気に入り何度目かに己の物にとした星。
 その星に作られたフリーザ軍の基地の通路を通り抜けながら、何時も通りマシンに乗ったフリーザとザーボンの二人が会話を進めている。
 彼らはそれまでの姿と異なり、その身にツフル人が開発・製造していたバトルジャケットを着込んでいた。
 ……フリーザが惑星ベジータに訪れた目的は、二つあった。
 その内の、一つ。
 それは、ツフル人が遺した優秀なテクノロジーの徴収である。

 ある日、航行中だったフリーザの宇宙船がとある船籍の反応を捉えた。
 それはDr.ライチー率いる脱出組とは別の、脱出に成功したツフル人のグループだった。
 彼らは事件当時に、衛星軌道上で仕事に従事していたツフル人たちの一行である。
 星で起こった異変に気付いた後、すでに衛星軌道上という場所にいるという地の利もあって、辛くも脱出することに彼らは成功したのだ。
 しかし、星からある程度離れ、母星の状況確認のためにデータアクセスを行ったことが彼らの不幸だった。
 この時すでに、彼らがアクセスした管制システムは、同じ同胞であるDr.ライチー自身の手によって、ウィルスに汚染されていたのだ。
 そうとは知らずアクセスした彼らは、自分たちの宇宙船の航行プログラムをもウィルスによって破壊されてしまった。
 たとえ同じツフル人であるとはいえ、分野が違えば手に負えるものではない。
 彼らは、広大な宇宙のド真ん中で立ち往生することになったのだ。
 
 ――SOS信号を出そうものならば、サイヤ人たちに感じ取られ襲われてしまう。
 
 彼らはこのウィルス攻撃をサイヤ人によるものだと誤解し、すでに母星は陥落し自分たちは追跡されている、と考えていた。
 実際には違うが、彼らはそう捉え、にっちもさっちもいかなくなっていた。
 そしてそうやって宇宙で航行を停止し、漂流していたツフル人たちの宇宙船を、偶然フリーザが発見したのだ。
 
 ツフル人たちと接触したフリーザは、ここで彼らとサイヤ人についての情報を得た。
 フリーザ軍は、かねてよりツフル人らしきものの存在を知っていた。
 ツフル人が邁進していた宇宙進出計画、その下準備のため、多くの偵察行動が行われていたからだ。
 偵察は基本的に無人のポッドなどを使い行われ、加えて自分たちの存在が露見しないよう急速離脱や迷彩機能、万が一にも鹵獲された時のための自壊作用など、多くの安全策が施されていた。
 それら周到な安全策の布石により、ツフル人という具体的な情報は漏れてはいなかった。
 しかしそれは、高度なテクノロジーを持った未知の勢力が秘密裏に活動している、ということが知られるに充分であった。
 フリーザはツフル人と接触することで、図らずも以前から活動していた“未知の勢力”の正体を知ることとなったのだ。
 彼らツフル人が、フリーザ軍を上回る高度なテクノロジーを持っていることは、それまでの経過を見るに明らかであった。
 だからフリーザは以前からのこの勢力のテクノロジーを接収しようと考えていたのだが、歯がゆくも前述のツフル人が用意した安全策の存在によって、その居所を突き止めることができていなかったのだ。
 そこへきて、丁度折良く現れた当人であるツフル人。
 これ幸いとフリーザは己の次の行動をすぐに定め、進路を抽出した航路データに基づき、その行く先を惑星ベジータへと向けたのだ。
 そうして、彼我の宇宙船の性能差ゆえに生じた数ヶ月のタイムラグを置いて、フリーザはサイヤ人と接触することなるのである。
 なお、すでにこの時にはデータを引き出し、用済みとなったツフル人の団体は宇宙の塵となっていた。
 
 フリーザはサイヤ人を自らの軍団の一角に取り込んだ後、多くのテクノロジストを派遣しその生活を快適なものにした。
 当たり前だが、それは単純な慈善などではない。
 彼らは各々、自らの職務をこなす傍らに、ツフル人が遺した高度な技術や膨大な資料など、おおよそツフル文明と呼べる全ての痕跡を吸収し、フリーザ軍へと還元していったのだ。
 バトルジャケットやスカウター、高性能な宇宙船と、フリーザ軍にとって有用なものは山ほどあった。
 むしろ本来の目的こそがこちらであり、サイヤ人の生活環境の向上なぞはついでにしか過ぎなかったのだ。
 
 「では、ザーボンさん。私はもう休ませてもらいますので、お下がりなさい」
 
 「はい、どうかごゆっくりお休みください」
 
 頭を垂れたまま返答するザーボンを残し、フリーザは一人通路を通り抜けると自分の私室へ向かった。
 自分の私室……専用に置かれた広大な瞑想室と、休息用の部屋が用意されたプライベートスペースで、フリーザは瞑想室の中央に静止し、述懐する。
 
 「サイヤ人か……所詮、伝説は伝説に過ぎないということか?」
 
 ゆらゆらと、アメーバか蒸気か、表現のしがたい奇妙なエネルギーが立ち昇る。
 エネルギーはフリーザを中心とし瞑想室を満たすに止まらず、さらにその姿を不可視なものとして変質させて、部屋の外、広大な宇宙へと伸びてゆく。
 フリーザに遠視の力はない。
 この行動に目立った意味はなく、フリーザのただの気晴らし、あるいは暇つぶしでしかない。

 フリーザが惑星ベジータへ訪れた、もう一つの理由。
 それはサイヤ人の存在にあった。
 
 サイヤ人について、銀河ではその存在が幅広く認知されている。
 知的生命の居住する各星々で、彼らサイヤ人について共通の言い伝えがあるからだ。
 その種族全体が持つ凶暴性と残虐さ、そして高い戦闘力によって奮われた暴虐の記録。
 加えて、その中でも際立って等しく語られる“超サイヤ人伝説”の存在が、その存在を一層隔絶させていた。

 曰く、ありとあらゆる越えられない壁を乗り越える、宇宙最強の天才戦士。

 曰く、血と破壊を好み、暴力と非道でよってのみ行動する最悪の破壊者。

 所詮は伝説と一笑に付されつつも、潜在的に恐れられ広まっている伝説。
 サイヤ人が戦闘民族と呼ばれる所以の一つ。
 それこそが、フリーザが目を付け、己直々にサイヤ人の元へと向かった最大の理由であった。
 
 「宇宙最強はこの私、フリーザです。サイヤ人などという猿風情に、どうこうすることはできないでしょう」
 
 ホホホホ、と嗤いながら己の強さを誇るフリーザ。
 他と比肩しない強大な戦闘力と、裏打ちされた絶対的な自信を持つフリーザ。
 これは誤魔化しも偽りもない、事実である。
 しかし、そう断言し嗤っているフリーザの中では、未だ言い知れぬ感覚が漂う。
 それは不安、もしくは怯えと表現できる感情であった。
 いくら恐れられ、広まっているものとはいえ、所詮は確たる根拠のない伝説を何故、こうもフリーザは特別視するのか?
 実際に遭遇したサイヤ人たちは、成程。確かに戦闘民族と呼ぶに相応しい幾つもの生態を持っていた。
 しかいそれを含めて考えても、その戦闘力は自分はおろか部下にすらも劣る微々たるものでしかない。
 それにもかかわらず、何故フリーザは?
 理由はあった。フリーザだけが知る理由があったのだ。
 
 それはフリーザの一族に伝わる伝承にあった。
 
 フリーザの一族は、変身タイプの異星人種族、それのさらに特異なものである。
 出生直後からフリーザ、彼の一族は強大な戦闘力を保持している。
 その強大さは、あまりのエネルギー量にそのままの状態では細胞組織が自壊してしまうほどである。
 ゆえに彼の一族は独特の生態として、パワーダウン用の退化形態、あるいは拘束形態を幾つかの段階に分けて備え持ち、常日頃をその形態で過ごすのだ。
 しかしこれだけではなく、さらに彼の一族には他の種族から逸脱する生態があった。
 年月を経てエネルギーのコントロールを学ぶことで、彼の一族は元の出生の形態で問題なく生活することができるようになる。
 この段階にまで至ることで、彼らは自律的に遺伝子が変容し、さらなる変身形態を獲得することができるのだ。
 新たに得た変身形態は、さらなる戦闘力を与え、エネルギーの総量を爆発的に増大させる。
 やがてこの形態のエネルギーのコントロールを覚えれば、またさらなる変身を獲得するということを繰り返すのだ。
 これがフリーザの一族の持つ、他の種族を凌駕し一線を画する生態である。
 現状、この変身形態の獲得の限界は確認されてはいず、彼ら一族自身も把握していない。
 遺された記録によれば、過去には一族に、最高七回の変身をも可能とした者も存在したというのだ。
 圧倒的に、他を超越した生命と呼べる存在。
 しかし、今までにおいて、彼ら一族がフリーザ以前に、歴史に表だって現れたことはない。
 それは何故か?
 もう残っていないからだ。フリーザの血族以外、この宇宙に彼と同じ種族は存在しないのだ。
 強大な戦闘力を持ち他種を圧倒していた彼ら。
 過去に存在していた彼らは、フリーザの系譜をのものを除いて、全て殲滅されていたのだ。
 
 他ならぬ、“超サイヤ人”の手によって。
 
 それが、フリーザがサイヤ人を気に掛ける理由であり、恐れの原動力である。
 過去に何百と存在していた己の同族を、ことごとく滅ぼしたとされる超サイヤ人。
 栄華を誇っていたにもかかわらず日陰に追い込み、己らに恐怖を与えた全ての元凶。
 自分たちの伝承にそう語られているがために、フリーザもまた超サイヤ人伝説を気にかけていたのだ。

 宇宙最強である自分を、圧倒するかも知れぬ存在。
 
 瞑想室の中央で、泰然とした態度で停止しているフリーザ。
 しかしフリーザから立ち昇るエネルギーは、本人の自負とは裏腹に、苛立つかのように不気味な脈動を繰り返していた。



 
 フリーザ軍は、頂点にフリーザを置いた独裁構造的な組織である。
 その活動目的は宇宙全体へその支配力を伸ばすことであるが、しかしフリーザ自身は決して具体的な宇宙支配を目論んでいるわけではなかった。
 フリーザの目的は単純で且つ明快なもの。即ち、自分が宇宙最強であることである。
 だからフリーザは、世界征服だとか、国家建設などといった野望は持っていない。
 
 自分が宇宙最強の存在、ゆえに世界は自分の自由にできる。
 
 フリーザの行動原理はそんな傲慢なジャイアニズムに基づくものであり、しいてはその行動結果が、フリーザ軍の存在と星の地上げというものなのである。
 フリーザは己に刃向かうもの、あるいはただ不愉快なものを叩き潰し、消し潰し、服従させていった。
 そうしてゆく内に形造られていったのが、今のフリーザ軍である。
 組織の結成によってその力と範囲を広げたフリーザは、さらにその強大な力を依り代に幾多の勢力を呑み込んで支配力を拡大。
 遂には複数の銀河を跨り悪名を轟かせる存在となり果てたのだ。
 その本性は極めて悪辣で、心に微塵も良心の存在を思わせぬ悪魔、フリーザ。
 だがフリーザは、自由を認めていない訳ではなかった。
 フリーザの気分の匙加減ひとつで吹き飛んでしまうようなあやふやなものではあったが、自らの支配領域下に置いての国家の存在や、自治権の維持も認めてはいた。
 もちろんタダではなく、それには多くの運営上の制約や代価としての条約を暗黙のものとし、ヒエラルキーにおいてフリーザ軍下に置かされていたが。
 だが、それでも自治が認められていることには変わらない。
 ゆえにこそ、フリーザ軍がメインに行っている“星の地上げ”という仕事が、かろうじて成り立っているのだ。
 
 基本的に、星の地上げというのはフリーザが自分の無聊を慰めるために行われる。
 金銭的な理由で行われることは珍しく、大半がフリーザ自身の好奇心、あるは嗜虐心を満たすための行動である。
 しかしそうやって地上げた後の星は、フリーザが愛でるのに飽きると、適当に優秀な功績に対する褒賞として譲渡したり、支配下の自治団体や流浪の民族に売却したりするのだ。
 これが結果として、商売として成立しているに過ぎない。
 フリーザ軍の運営費用というのは大半を支配下の星々から徴収しており、その性質はギャングやヤクザといった非合法集団でしかないのだ。
 徹頭徹尾、フリーザ軍の存在にまともらしい部分は存在しない。
 彼らの存在が許されているのは、一重にフリーザという絶対者の存在があること、その一点のみである。
 だこらこそ、フリーザは自分こそが宇宙最強であると誇示する。
 それこそがフリーザの寄る辺であり、それだけがフリーザ軍の成り立つ根拠だからだ。
 ゆえにフリーザは、その最強を守るために如何なる労力も惜しまない。
 これまでも、そしてこれからもだ。




 全身に“気”を纏い、常に全力を維持しながら飛び回る。
 この行動は激しい消耗を招くが、しかしそれをやらなければ、相手に触れることさえ今のリキューにできなかった。
 相手を中心に据え、幻惑するように必死に飛び回る。
 角度を変えるときには舞空術の応用で拙いながらも“気”を操作し、持前の筋力も合わせて、慣性を無視したかのような動きを可能にする。
 全力機動する今のリキューの動きを、常人では捉えることはできなかったであろう。
 一人の人間を中心に、なにかの風切り音が響いているだけに見える筈だ。
 しかし、相対する相手はレベルが遥かに異なる上位者であった。
 リキューは唐突に動きを変え、背後から彼女に襲いかかる。
 疑う余地なく全力。全身のばねを効かし、全力で地を蹴り込み、さらに“気”を操作しての加速も加えた自己最速の一撃。
 ……が、彼女はあっさりとリキューの面に裏拳を叩きこんだ。
 
 「っぐが!?」
 
 「遅いね、もっと速く動けないのかい?」
 
 そのまま顔面を打たれ動きの止まったリキューの腹に、連続して蹴打を叩き込む女。
 蹴りは一撃一撃、リキューの身体に衝撃を浸透させるように食い込み、著しいダメージを与える。
 リキューが纏った“気”の力場なぞ、ないと等しいと言うように貫く。
 
 「ぐ、ふ」
 
 計七発の蹴りを食らい、さらに〆の回転蹴りがリキューの首に決まる。
 首の骨が叩き折られかねない、強烈な衝撃。
 
 「ッご」
 
 呼吸はおろか、血流さえ阻害され、意識が瞬間的に飛ぶ。
 そのまま弾き飛ばされたリキューは、受け身も取れずに壁に叩きつけられた。
 そして叩きつけられた衝撃で、意識を取り戻す。
 ごふと、一度だけ呼吸を乱す。それだけでもう息を整え、体勢を立て直し、構える。
 
 「もっと力を出しな、退屈だったらありゃしない」
 
 「ああ、そうかいッ」
 
 分かり易い挑発の言葉に、軽く沸点に達する。
 彼女の言葉が嘘でないことが、よりリキューのむかっ腹をたてた。
 地を蹴り、彼女に向って走り出す。
 あっさりと捉えられたことから、自分程度の出せる速さでかく乱させることはできないと分かった。
 ゆえに余計な動きは削ぎ落とし、一撃の力に賭けると決めて一直線に疾走する。
 ただし、片手にはひそかにパワーを込めながら。
 無謀な特攻と見たのか、呆れたようにポーズを取りながら、油断しきった表情でリキューを見る彼女。
 
 (食らいやがれッ)
 
 その表情を見ながら、吐き捨てる。
 迎撃しようと手を上げたその瞬間、彼女の顔へ向けてパワーを込めていた手を突きつけた。
 
 「ッハァ!!」
 
 「なに!?」
 
 拡散されたエネルギー波が放出される。
 思わず驚く彼女であったが、エネルギー波は彼女に一切の傷を付けることはなかった。
 元々大したエネルギーを込めているわけではなかったので、彼女の“気”の守りを貫ける威力はないのだ。
 狙いは牽制。
 予想外の攻撃に気を逸らしたその一瞬に、リキューは彼女に懐に飛び込む。
 
 「しまったッ」
 
 「もらった!」
 
 チャンスの到来。
 リキューは全身の“気”を再び励起させ、ありったけの力を込めて拳を繰り出した。
 
 「ずえりゃぁああああ!!!!」
 
 ラッシュラッシュラッシュ。
 先程のお返しとばかりに、拳の雨を胴体に叩き込む。
 息の続く限り、力の持続する限り。
 全ての力を出し切り、この攻勢に賭ける。
 そして、止めのアッパーを繰り出し、動きを止めた。
 
 「どう……だ?」
 
 激しい運動による、息切れと疲労。
 疲れ果てながら、リキューは面を上げた。
 おおよそ最高のタイミングによる、最大限の攻勢。
 ダメージがない筈がないと断ずる攻撃だった。少なくともリキューはそう思っていた。
 
 ――が、そこにいた彼女の姿は、一切の不動。
 
 「残念だったね、根本的に威力が足りないよ」
 
 あいにくと、リキューの渾身を込めた連打は、彼女にとっては牽制に放ったエネルギー波と同じものでしかなかった。
 彼女の“気”の守りを、突破することができなかったのだ。
 ノーダメージ、それが結果。
 そしてハエを払うよう振るわれた手の動きに、あっさりとリキューは弾き飛ばされた。
 対抗するだけのパワーは、もう残っていなかった。
 
 (ち、くしょうッ)
 
 追撃に放たれる拳を、成す術がなく見つめる。
 そしてリキューの意識は途絶えた。
 完膚なきまでの敗北であった。
 
 
 
 
 リキューは、年が九歳となっていた。
 先程までいたのは、サイヤ人の要望によりフリーザ傘下のテクノロジストが作った、戦闘訓練室である。
 そこでリキューは模擬戦を行い、そして散々に叩きのめされたのだ。

 リキューの訓練は、新たな段階にシフトしていた。
 フリーザの到来から幾年月、ようやく自主訓練により、未だ自由自在とはいかないが最低限の“気”の操作はマスターし、舞空術や気功波をある程度操れるようになったリキュー。
 彼は肉体が成長し、戦闘力も付いてきたこともあって、訓練の内容をより即物的なものへと変えた。
 腕立てやランニングなど、他のサイヤ人があまり好んでやらない基礎的訓練を反復し、復習し、徹底して行ったのだ。
 その成果は今は期間が短いこともあって、目に見えたものとして表れてはいなかったが、徐々にリキューへ反映されてはいた。
 現在のリキューの戦闘力は1200。戦いようによっては、最下級戦士を倒せる能力を持っている。
 エリートとは言え、子供がこれだけの戦闘力を持っていることは極めて稀である。
 とはいえ、前述したようにあくまでも戦いよう、という前提が付くことがあるように、いくら戦闘力が高くても戦い方を知らなくては宝の持ち腐れである。
 リキューは戦闘力こそ高いが実戦経験は皆無であり、そういった意味ではやはり他の同世代と同じ、あるいは劣っていた。
 リキュー自身もそれについては悩んでいた。が、具体的な解決手段は取れていなかった。
 フリーザとの接触により、若干の意識改革――日本人としての意識とサイヤ人としての本能の融和――がなされたリキューであったが、それでもやはり他のサイヤ人と交流を持つことには抵抗があったのだ。
 簡単に言えば、引っ込みが付かないというべきか。一度疎遠となっていた関係を戻すことに厚かましさのようなものを感じていたのだ。
 下手に成熟した人格と記憶を持っているがゆえに、いらないことを複雑に考え、行動させていたのだ。
 これが普通にサイヤ人としての意識しかなければ、特に問題はなかっただろう。
 彼らは本能に忠実であるため、模擬戦の相手なぞを何のてらいもなく願うし、過去の細かいことも気にしないからだ。
 そもそもリキューが考えるほど、サイヤ人たちの間でリキューが意識されて除外されているわけでもない。
 言ってしまえば、これはリキューの一人芝居でしかなかったのだ。
 とはいえ、それにリキューが気付くことはなく、結局リキューはこれからの長い間を己だけの独力訓練で多くを過ごすことになり、結果としてそれが自分の訓練スタイルとなるのだった。
 
 閑話休題。
 
 そうして実戦経験の不足と、訓練相手に不在に悩んでいたリキューに、声をかける者がいた。
 彼女の名はニーラ。
 
 リキューの母親である。




 「まぁ、子供にしちゃ頑張った方じゃないかい? 地力が足りないことに変わりはないけどね」
 
 「……そうかい」
 
 がやがやと騒がしい、サイヤ人の集まる食堂……雰囲気としては酒場に近い場所で、リキューはニーラと一緒に食事をとっていた。
 模擬戦後、目を覚ましたリキューをニーラはここまで連れてきたのだ。
 リキューとしてはあまりにも圧倒的な実力差と勝負の結果ゆえ、一緒に行動するのには抵抗があったのだが、かといってそれを断る理由にするには惨めにも過ぎた。
 もぎゅもぎゅと運び込まれたマンガ肉を貪り食いながら、あまり交流のない母親と会話をする。
 ニヤリとニーラは笑うと、不機嫌そうなリキューの顔を覗き込んで言った。
 
 「にしても、最初生んだ頃は心配だったんだけどね。なんだい、ちゃんとサイヤ人らしいトコがあるじゃないか。結構心配していたからね、割と安心したよ」
 
 「……ふぁ?」
 
 ジョッキを飲み干すニーラの思わぬ言葉に、大量の麺を口から伸ばしたまま呆けるリキュー。
 プハーと、空にしたジョッキを置きながら、ちらりと横目でリキューを見るニーラ。
 
 「なんだい? 別に普通だろ? 自分の子供のことなんだからな。男どもとは違って、私らは子供を自分の腹を痛めて生むんだ。気ぐらい配るさ」
 
 「………そ、そうなのか」
 
 目をパチパチとさせながら、予想外のことに困惑しながらロブスターっぽい甲殻類の中身をもぎゅもぎゅするリキュー。
 リキューはサイヤ人という種族を十把一絡に扱っていたが、それがサイヤ人の全てを当たり前だが語っているわけではない。
 サイヤ人はその粗野な性格とは裏腹に、恋愛関係については貞操観念が高くストイックである。
 基本的に生涯で男女ともに一人だけを愛し、その末に結婚や、子供を産むといったことに至るのだ。

 なお余談ではあるが、サイヤ人の男女比率は非常に偏っており、下級戦士やエリートといった階級に関係なく、全人口の一割程度しか女はいない。
 数多くあるサイヤ人の少数民族である理由の内の最たるものが、これであるのは間違いなかった。

 サイヤ人の女は、男に比べて子供に対する愛情といったものを持っている。
 地球人のそれよりも弱いし、放任主義が強くはあるが、やはり母性とも言うべき感情があるのだ。
 そのことをリキューは知らなかったし、想像してもいなかった。
 色々と複雑な経緯を持っているし、今も迷走の中にいる人間であったが、なんだかんだとはいえリキューは愛されていたのだ。
 
 何か、急に照れ臭さを感じてきたリキューは、物言わず目の前に山盛りにされたサラダのボウルを引っ掴みかっ食らい始めた。
 その姿に微笑ましいものでも感じたのか、目元を緩ませるニーラ。
 そこには、リキューが期待していなかった温かな雰囲気が、確かに存在していた。

 と、ピーピーとテーブルに置かれた、ニーラのスカウターが音を鳴らす。

 ニーラは適当にヒョイヒョイと数十個の肉団子を摘まむと、そのままスカウターを手に取り顔へ装着する。
 さっきまであった暖かな雰囲気は、もう霧散していた。
 
 「時間だ。それじゃ、私は出掛けてくるよ」
 
 「………仕事か?」
 
 「そうさ。この星から結構離れてる、惑星マウっていうところが目標だ」
 
 スープを飲み干す動作が、一時、止まる。
 さっきまでの感情の動きが嘘のように冷え、代わりに冷たいものが背筋を伝った気がした。
 
 「私らほどじゃないが意外と強い奴らでね、結構手こずりそうだけど……ま、期日以内には片付けることができるさ」
 
 じゃあな、と最後にリキューに声をかけると、ニーラはテーブルから離れていった。
 ニーラは下級戦士であり、戦闘力は2000である。
 下級戦士としては普通の数値であり、特に特筆するように飛び抜けた存在ではない。
 彼女の言う言葉には含みも裏もなく、事実その通りなのだろう。
 つまり、惑星マウの住人は期日以内に殲滅される。
 
 ……誰の手によってだ?
 
 「ああ、言い忘れてたことがあった」
 
 「ッげふげふ!」
 
 水を飲んでいる最中に不意にかけられた言葉に、思わず咽るリキュー。
 呼吸を整えている間に、気にせずニーラが言葉を続けた。
 
 「戦闘力も付いてきたみたいだし、アンタにもそろそろ仕事が回されて来る筈だよ」
 
 「ッ!? もうか!?」
 
 「別におかしくはないだろ? まあ、戦いには事欠かない筈だから、好きに楽しみなさい」
 
 今度こそニーラは立ち去ると、リキューは顔面を歪めながら頭を抱えた。
 確かにリキューは若い。が、しかしサイヤ人社会で重要視されるのは戦闘力であり、良くも悪くも性別や年齢は考慮されない。
 十分に能力があるとされれば、仕事は回されるのだ。
 そしてサイヤ人の仕事とは、星の地上げに他ならない。
 耳を澄ませてみれば、周りで騒いでるサイヤ人の幾つかは、自分たちの仕事の成果について披露しながら談笑していた。
 
 「おいおい、どうだったお前が行った星は? 楽しめる相手はいたかよ」
 
 「俺のところの星の連中、てんで弱くてよ~。メンドくせえ玩具しかもってなくて楽だったぜ」
 
 「意外と前に俺がやった星は強い奴らが多くてな、かなり手間取ったよ。ま、最後は満月の日でケリを付けてやったがな」
 
 彼らは自分の話す内容がとても面白いように、皆が皆笑い合っていた。
 
 しかし、そんなものをリキューには理解することも、受け入れることもできない。
 
 その点で言えば、やはりニーラも他のサイヤ人と同じであるのだ。
 今の状態を受け入れ、そして疑問を抱かず嬉々として仕事に臨む姿勢。
 リキューが唾棄、嫌悪している存在と同類なのだ。
 
 この世界の母親は。
 
 (誰が望むか……罪もない人間の命を、意味もなく、楽しむためだけに奪うなんてことをッ)
 
 激しい怒りが立ち昇る。
 日本人としての良識とサイヤ人としての凶暴性が併せて、尋常ならざる激情の渦が巻き起こる。
 良識が命を奪うことへの怒りを生み、凶暴性がその怒りを燃え上がらせる。
 リキューの内面、意識は、フリーザと接触した時、僅かに変化していた。
 それは一種の追い詰められたストレスによるものであり、ある意味必然的なものであった。
 リキューはそれまで、日本人として持った人格と倫理観によって、サイヤ人特有の凶暴性と闘争心の無意味な発露を抑えていた。
 しかしこの行動は肉体的に多感期であるリキューに対し、想像以上のプレッシャーを与えていた。
 これを軽減させるために、リキューの精神は自己防衛的な機能を働かせ、倫理観を犯さない範囲での拡大解釈を行ったのだ。
 
 凶暴性と闘争心の無意味な発露が駄目であるならば、無意味でない状況で発露すればいい。
 
 罪のない人間を対象にするには良心が痛む、ならば良心の痛まない相手を対象とすればいい。
 
 かくして、リキューはその内面をこの通りに変化させた。
 そして己の凶暴性と闘争心をぶつける相手としての他にも、様々な基準や欲求を満たす、最上の理想的な相手として選ばれた過不足ない対象。
 
 それがフリーザであったのだ。
 
 しかしこの時、最上ではないが、もっと身近で同じように条件を満たす相手はいた。
 同族、サイヤ人である。
 彼らもまた、大雑把な上記の二項に触れる存在である。
 罪もないものを何人も殺し、滅ぼし、楽しむ悪しき存在。
 原作において、悟空もまたその滅びを肯定する、邪悪な集団。
 しかしながらも、リキューがサイヤ人を対象としていなかった理由は、幾つかある。
 自分が属する団体であるという利己的な理由と、同じ同族であるという生理的な理由、そして曲がり並にも少なくない交流を持つ、血縁がいるという感情的な理由etc………。
 しかしそれら全ては身勝手な、自己中心的な理由であり、結局は自分の精神的保身のために見逃していたにすぎないのだ。

 ……決断の時は迫っていた。

 少なからずの自己中心的な理由で、目を逸らしていたサイヤ人の所業。
 それを自分がやらなければならない、という事態。
 いくらリキューに自己中心的な部分があるとはいえ、それを認めることはできない。
 それこそがリキューという人格を構成する核であり、最後の一線だからだ。
 仕方ない、あるいは我慢すればいい。
 そういった理由でココを流されてしまえば、もはやそれはリキューであってリキューではない、別人となってしまうのだ。
 
 「どうする……チクショウ」
 
 リキューの悩みに答えてくれる、あるいは相談に応じる人間はいない。
 リキューと同じ境遇の人間はいないし、同じ思想の人間もいないからだ。
 血を分けた親でさえ、今のリキューの助けとはならない。
 むしろ、邪魔な敵でしかなかった。
 リキューは愛情を否定しないが、非道を否定する人間である。
 そしてニーラは、愛情と非道の両方を持った人間であった。
 
 ――リキューは、ニーラに対してどう行動すべきか?
 
 その答えは、持っていなかった。
 
 しかしそれは、答えを必ず出す必要がある問題であった。
 リキューがリキューであり続けるために、無視ができない重要な問題。
 その答えが、今後の、この世界でのリキューの在り方を決める、重要な選択。
 だがしかし、今この時、今しばらくは、その問題からリキューは逃げたかった。
 答えを出すには、今日愛情を知ったリキューには、重すぎた。
 
 リキューは、たった一人で答えを出さなければいけなかった。
 
 リキューは、たった一人であった。
 
 
 
 
 ―――あとがき
 
 こんちにわ、作者です。
 感想ありがとう、うれしい限りの作者です。
 オリ設定の連発、それがこの作品の真骨頂です。調子乗ってすみません。
 今回かなりの難産。
 時系列的には進んでるけど作品的にはどうよ? 文章って難しいね。
 ちと文面的な悩みが多発しているので、批評も欲しいこのごろ。
 とりあえずリキューは悩んどくヨロシ。
 批評と感想の両方を待ッてマース。



[5944] 第五話 選択・逃避
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/02/15 01:19

 良心はこう叫ぶ。
 所詮は同類、容赦なぞ必要ない。
 
 良心はこうも叫ぶ。
 同族だ、同じように扱うべきではない。
 
 良心とは、なんだ?
 それは従うべき指針だろう。
 良心がなければ、俺は俺でありえない。
 それは分かっている。はっきりと自覚している。
 だけど、それでも分からない。
 
 ………良心とは、なんだ?
 
 「俺は、どうするべきなんだよ」
 
 答えを教えてくれる奴は、いない。




 惑星ベジータ、技術研究区画。
 フリーザ軍傘下のテクノロジストが大半を占め、サイヤ人はあまり近寄らないブロック。
 その中に、ここで働くものとして非常に珍しい、サイヤ人の姿があった。
 バトルジャケットも他のサイヤ人のものと異なり、テクノロジストを示すローブ状の構造のものを着用している。
 ヒゲを生やしたその顔には幾条もの傷痕が残っており、データ端末を保持している右手は、手首から先がメカニカルな外見の義手となっていた。

 彼の名はガートン。エリートの階級であり、現在は一線を退きテクノロジストに専念している稀有なサイヤ人である。

 ふと手を止めると、ガートンは画面から顔を上げ、部屋の入口へ振り返った。
 そこには、また珍しいことに、子供のサイヤ人の姿があった。
 ガートンは予想外の来訪者に、目をほんの少し大きくした。
 
 「リキューか?」
 
 「…………親父」
 
 普段よりも暗く重い表情で、リキューは呟くように声を出した。
 サイヤ人の中に十数人しかいない、希少なテクノロジストであるガートン。
 彼がこの世界での、リキューの父親であった。




 ニーラとの会話から、二日経った。
 リキューは答えを未だに出せていなかった。
 決して曖昧にはできない問題であるが、そうであるがゆえに苦悩は深かった。
 リキューの、日本人としての意識とサイヤ人としての意識の両方が融和し、変質した価値観に従えば、サイヤ人は許せない存在である。
 許せない存在、つまり己の凶暴性と闘争心を開放してもかまわない存在。
 殺したところで、良心の痛まない存在。
 リキューはフリーザを、その基準に従い許せない存在として断定し、打倒するべき輩とした。

 しかし、サイヤ人はそうとはしなかった。

 それは保身的な、自分恋しさの理由でだ。
 いくらリキューがサイヤ人の中で、孤立気味なスタンスを取っているとはいえ、完全に接触を絶っているわけではない。
 サイヤ人は少数民族である。総人口は400人にも満たない。
 大げさでも何でもなく、リキューにとってサイヤ人という種族は、一人一人に至るまで顔見知りなのだ。
 この世界に生まれて、九年あまり。それだけの間があれば、たかだか400人程度しかいないサイヤ人全ての顔と名前ぐらい、外部に排他的な種族ということもあって覚えることはできる。
 もちろん、それは全員と親しい親交があるということを意味しているわけではない。
 ……だが、全員を知ってはいるのだ。

 曲がり並にも顔見知り、ということである。

 良くも悪くも、日本人としてのメンタルを要素に持ったリキューに、そんなサイヤ人をフリーザと同じ扱いにはできなかった。
 しかし、それは矛盾である。
 比較すれば、確かにフリーザの方がサイヤ人よりも悪であろう。
 しかしそれは比較の話である。最悪と比較した話をすれば、何もかも善良になってしまう。

 サイヤ人が悪であるという事実は、一切変わらないのだ。

 あるいは二日前のまま、サイヤ人の仕事を回されないままに済んでいたら、まだこの問題を先まで誤魔化せていただろう。
 サイヤ人の所業には見て見ぬふりをしながら、来るべきフリーザの打倒、その後まで、矛盾を意識しないで済んだ筈である。
 しかし、そうはならなかった。
 皮肉にも、普通よりも早熟な戦闘力の有無が、リキューに矛盾の存在を早々に意識させたのだ。

 自分に、星の地上げが任される。

 それはリキューとして、断じて認められない最後の一線。
 たとえ他人が手を下している様を見て見ぬふりで誤魔化せても、自分が手を汚すことまでは精神を誤魔化せないのだ。
 これもまた、自己保身に塗れた想いではあっただろう。
 しかしそれがリキューの心が許す、限界の一線であったのだ。

 仮に、ここでリキューが妥協、あるいは諦めて仕事に従事するとしよう。
 その瞬間、リキューのアイデンティティは崩壊し、その在り方・精神はただのサイヤ人となる。
 それはリキューが消えると言っても過言ではない表現である。
 今のリキューは日本人としての人格を骨子に、サイヤ人という種の生理本能でデコレイトされているのだ。
 色々と屈折した内面となっているが、主体が日本人であるということに変わりはない。
 リキューがリキューであるためには、星の地上げを肯定することも実行者となることもダメなのだ。
 なぜならば、それは主体である日本人を否定することに繋がる。
 リキューの日本人としての部分は、罪のないものの命を奪うこと、大量虐殺を認めていないのである。

 ――単純に仕事を拒絶する。

 リキューがもっと孤独主義であり、一切の交流を絶っていたのなら、その行動もとれただろう。
 しかし現実は違い、リキューは中途半端な生き方で日々を過ごし、そしてサイヤ人に情を移してしまった。
 それでもあるいは、まだ二日前のリキューならば可能だったかもしれない。
 全ての人間と顔見知りであるとはいえ、まだギリギリ切り捨てることに割り切れるレベルだったから。
 罪の在処を明確にし、己の価値観に従ってサイヤ人をフリーザと同じ扱いにすることを、大変な心的徒労を伴うだろうができたであろう。
 しかし、リキューは知ってしまった。
 
 自分が愛されているということを。
 
 ニーラとの会話と、予想外の言葉は、リキューに自分が愛されているという望外の事実を認めさせた。
 本来ならば、ただ喜ぶだけで済んだその事実。
 だがそれがこの問題を、より複雑に、重要に、残酷なものに変えていた。

 今まで親とも思っていなかった。ただ、親と子という記号があるだけだった。
 そんな認識であった関係の変化。
 どこまでいってもこの世界にとって異物でしかない、頼れるものも繋がる関係もない、たった一人だけの人間だと思っていたリキューに、一人でないと教えてくれたもの。
 はじめて母だと思い、拠り所になるかもしれない、なってくれるのではないかと思ってしまった存在。
 
 しかし彼女はサイヤ人であった。
 リキューにとって、許せない存在であった。

 星の地上げを、自分への仕事を拒否することは簡単である。
 しかしそれは、あえて抽象化し避けていたサイヤ人の問題を、直視するということでもある。
 そしてひいては、サイヤ人を“別に殺してもかまわない”対象とすること、つまり完全な決別をも意味する。
 母と認識してしまった人を、今まで共に同じ場所で住み、育ってきた人間たちを、その対象としてしまうのだ。

 今のリキューの精神は、極めて歪な形にある。
 一度敵対対象として認識してしまえば、もうその対象は理性の働かない領域のものとして心に置かれるのだ。
 それは闘争本能が一切の枷をなしに解き放たれる、ということを意味する。
 分かりやすい例として、フリーザがいる。
 対象として認識したフリーザに対して、今のリキューは無条件の敵愾心・闘争心を抱いている。
 もう敵対対象として、認識した存在だからだ。
 その行為への猜疑心すら沸かず、それが当然のものとして、一種の思考停止状態に置かれているのだ。
 リキューは自分のその精神を、無意識下で理解していた。
 だからこそリキューは、決断する前に、あらゆる煩悶から解き放たれて行動する前に、自分の理性を使って敵対するかしないかを判断する必要があったのだ。

 しかし、リキューに判断を決するだけの覚悟も勇気も、あるいは意地も、なかった。

 それは、優柔不断と称する行動だっただろう。
 決断のための基準は明確にあり、フリーザに対してはあっさりと判断しているのにもかかわらず、身内に対しては躊躇う姿勢。
 他者が見れば、十人の内十人全員が卑怯、あるいは自分勝手だと罵倒したことだろう。
 リキュー自身にも、そういう少なからずの自覚があった。
 しかしそれでも、決めることはできなかった。
 
 そして苦悩し、煩悶しながらも、答えが出ないまま二日が経った。

 もう、残された時間もなかった。
 リキューはまともに眠れず過ごしたために、精神的にも肉体的にも極度に疲労していた。

 答えは出ない。流されるわけにもいかない。時間がない。

 そんな様々な悪条件の中、リキューはふとある人間を思い出し、半ば縋る思いでその人物のもとへ赴いたのだ。
 リキューが思い出した人間。ニーラについて考えていた時に、ふと連想された人物。
 それが、ガートンだった。




 リキューの姿に、ほんの僅かだけ驚きを示したガートンであったが、それだけだった。
 すぐに視線を外すと、また端末に目を向け作業を再開する。
 
 「貴様が私に、何の用がある」
 
 作業を続けるその姿に、リキューへの思いやりは感じ取れなかった。
 少なくとも、リキューはそう見てとった。
 だが、逆にその無関心な態度の方が、今のリキューにとっては心安らぐ反応だった。
 
 「………アンタに、聞きたいことがある」
 
 「私は暇ではない。戯言は別のところでしていろ」
 
 「何で、アンタは戦わない……何で、戦うのを止めた?」
 
 無視して問いかけられる言葉に、ガートンの動きが止まる。
 端末を持ったまま、ガートンがリキューへと振り返る。
 その表情は憮然としており、面倒臭さが滲み出ている。
 
 「そんなことを聞いてどうするつもりだ。私が戦いを止めた理由が、貴様に何か関係あるとでも言うのか?」
 
 「頼む、答えてくれ」
 
 精気の欠けた表情のまま、リキューは懇願する。
 溜息と舌打ちを漏らすガートンだったが、聞き届ける気になったのか完全に作業を中断し、リキューへ身体ごと向き直る。
 
 「面倒な子供だ……」
 
 エリートであるガートン。
 彼のことを、元々は生粋の戦士であり、前線でその力を思う存分奮っていた人間であると、リキューは聞いていた。
 しかし、ある時に受けた負傷が原因で一線を退き、そしてテクノロジストに転向したと。
 これが地球人、現代の人間ならば納得できた話の流れであった。
 しかし、ガートンはサイヤ人である。この流れは不自然であった。

 サイヤ人は回復力が高く、大抵の傷は適当な時間の経過によって治癒することができる。
 また、仮に回復しきれない深刻な深手を負ったとしても、それを理由に戦いを止めることはまずない。
 例え戦闘力が少々低下しようとも、戦いを求める本能が身体を突き動かすからだ。
 “死ぬまで戦うことを止めない”というのは、サイヤ人にとって比喩でもなんでもない慣例であるのだ。

 サイヤ人という人種にあって珍しい、戦うことを止めた人間。
 問題の答えが出せないリキューは、そんなガートンの話を聞きたかった。
 話を聞けばあるいは、答えを出せるのではないか? その糸口を掴めるのではないか?
 そんな思いがそこにあった。
 しかしリキューは、例え話をしたとしても、それが問題の助けにはならないことに気付いていなかった。
 ガートンがいかなる理由で戦いを止めたとして、そしてその内容を知ったとしても、リキューの悩みの根源である“サイヤ人が悪である”という事実に変わりはないのだ。
 そのことに気が付かないほど、リキューは疲れ果てていた。

 「私が過去に重傷を受けた………そのことは貴様も知っている筈だ」
 
 右手の義手を暗に示しながら、ガートンが話す。
 無言で頷き、リキューは続きを求める。
 フン、と鼻を鳴らす。

 「ならばそれが答えだ。他に言うことなどない」

 「嘘言うなよ、それだけじゃない筈だ。それだけで戦いを止めるわけがない」

 「知った口を利くな、子供が。貴様がサイヤ人らしかぬ者だという話程度、私も知っているぞ」

 「だが、サイヤ人だ。俺も、サイヤ人なんだよ………親父」

 リキューの言葉は、本人の思い以上に万感の込められた言葉だった。
 そのことに、特に意味はなかった。
 ガートンも別に、その言葉と表情に、心動かされるものはなかった筈である。
 彼もサイヤ人らしく、目の前にある己の次男に対して一切の興味を持っていなかった。

 だから結局、ガートンがその後に言葉を続けた理由は、気紛れにしか過ぎなかったに違いない。

 「………私が重傷を負った時、すでに戦線は片付いていた。傷を受けたのは、敵の最期の抵抗に不意を突かれたに過ぎない」

 リキューは、黙って話を聞いていた。

 「しかしツフル人はとっくに戦闘が終わり、惑星を全て制圧下に置いたにもかかわらず、私にはおざなりな応急処置だけで放置した」

 その結果がこれだ、と右手の義手を見せる。
 右手の義手だけではなく、他にもガートンの身体には、目に見えない多くの部分に後遺症が残っている。
 今のガートンの戦闘力は、全盛期の三分の二程度しかない。
 サイヤ人の戦闘民族としての特性があるがため、多くの後遺症を抱えながら、これだけの戦闘力を保持していられるのだ。

 「そのときの衝撃は、私にとって初めてのものだった。ツフル人に対しての怒りなどではない、呆気なく奪われた己の戦闘力に対してだ」

 ぐっと、ガートンは右手の義手を動かし、握り拳を作る。
 ギリギリと特殊合金の擦れる音が響く。が、すぐに力は抜けた。

 「しばらくして、私は考えた。何故こんなにも簡単に戦闘力が消えたのか、何がゆえにこうなったかをだ」

 「……それで、どういう答えを出した?」

 リキューの問いを鼻で笑いながら、ガートンが答える。
 
 「簡単な話だ。奴らツフル人には技術があり、我々サイヤ人にはなかった……それだけの話だ」

 ガートンは、視線の動きで部屋の全てを示す。
 一昔前のサイヤ人にはなかった設備、文明の証。
 
 「だから私は選んだ。奴らツフル人が持っていた技術を、科学を。手っ取り早く奪い、我々のものにするということをな」

 それが今の私の理由だ。
 そう、ガートンは締め括った。
 リキューは、愕然と目を開き、呆然としている。

 「それが、理由なのか? 戦うことを止めた?」

 「そうだ。ベジータ王も愚かではないからな、数少ない科学者を前線に送ることもない。戦いを止めるのは必然だった」

 そして言い切ると、ガートンはリキューに背を向け、落としていた端末の電源を入れる。
 
 「話は終わった、とっとと出て行け。貴様は邪魔だ」

 もう蚊程の興味もないのか、ガートンはリキューを無視し、作業に没頭している。
 リキューの望む答えは、結局得られなかった。
 そして失望と落胆を抱きながら、リキューは部屋を後にした。
 ガートンは、その姿を振り返って見てやることもしなかった。




 ここに、失意に包まれたリキューが気付かなかった、一つの重要な事実があった。
 それはガートンが、サイヤ人として精神的解脱を迎えた存在だということ。
 つまりリキューにとって、己を悩ます煩悶を超えた先、問題の原因である生理衝動と決別した、一歩先を行った存在であるということだ。

 サイヤ人にとって、闘争本能とは決して断ち切れない関係にある。
 原作のサイヤ人らしかぬ存在である筈の孫悟空ですら、闘争本能は根ざしていた。
 しかしこれだけならば、別にさしたる問題はない。
 過剰反応気味であるリキューであるが、これだけならば、ただ趣味に“戦うことが好き”ということが付け加えられるだけで、今ほど内面が複雑にならなくて済んだ筈だ。
 問題は、もう一つのサイヤ人由来の特性である、人格に表れる凶暴性である。
 この二つの本能が組み合わさったことが、リキューの内面を殊の外に複雑化させることになったのだ。
 凶暴性とはつまり、暴力の肯定であり悪性の容認である。
 これに戦いを求める闘争本能が併さるために、サイヤ人は種族単位で画一的に残虐非道であり続けているのだ。

 しかし、この生来の凶暴性を抑制したサイヤ人もいない訳ではない。
 孫悟空という例外以外にも、多数存在しているのだ。
 その数少ない一人が、原作におけるベジータであり、現在テクノロジストを専攻しているガートンである。
 ベジータの場合は、長年の平和な生活と家庭を持ち愛情を抱いたことが、精神に変革を与え凶暴性を抑えることとなった。
 ガートンの場合は、負傷によるこれまで拠り所にしていた戦闘力の喪失と、それによって気付いたツフル人とサイヤ人との間にある圧倒的な格差に一種のカルチャーショックを受けたことが、その切欠となった。
 他にも年月を経て老境に至り、若さを維持できなくなった古参のサイヤ人などが同じ精神となることもある。

 いずれの場合にあっても共通しているのは、彼らはリキューにとっての問題の根源である凶暴性を完全に抑制した、いわば理想形だということだ。
 もしこの事実にこの時リキューが気が付いていれば、あるいはこの後の彼の運命も、大きく変わっていたかもしれない。
 しかし残念ながら、リキューがこの後もこの事実に気が付くことはなく、そして彼はある選択をするのである。

 結局のところこれは、人の運命はなるべくしてなるのだ、ということを示しているのかもしれない。




 ふらふらと安定しない足取りで、子供が歩いていた。
 見るからに注意力散漫であり、見てて不安しか抱けない有様であった。
 案の定、少年は向かいから現れたサイヤ人の一行と衝突した。
 
 「ん? なんだぁ、お前は?」
 
 ぶつかった巨漢のサイヤ人が、訝しげに問う。
 だがそれにも大して注意を払う様子を見せず、衝突したことにも気付いていないのか、ふらふらとした様子のまま少年は脇を通り過ぎていった。
 癇に障るものがあった男であったが、その様子に不気味なものを感じ、思わずそのまま少年を見送る。

 「………何なんだぁ、奴は? 変なガキだぜ。見覚えがある奴だが……」
 
 「あれだろ? 確か、リキューっていう、一人で変なことをしてるっつうエリートの子供だ」
 
 「へえ、あいつが噂の?」

 女のサイヤ人が声を上げる。
 彼らは各々、先程の少年――リキューの姿を思い返し、確かに変な子供であると納得していた。
 仲間と群れず、一人で何をやっているかと思えばエネルギー弾の発射やよくわからない座禅のような行動。
 最近では、地味な筋トレも始めたという話も聞く。
 何をやりたいのか、そもそも何を考えているのか分からない奴。
 サイヤ人の間でのリキューについての評価は、精々がこの程度。
 奇妙な行動の多い、戦闘力が高めのおかしな子供という認識だった。
 
 「ま、あんなガキなんてどうだっていいよ。バシレイ、マッピン、とっとと目的の惑星へ行くよ」
 
 「へいへい、まったく休む暇がないったらありゃしねぇぜ」
 
 「ッケ、何言ってるっつんだ。いの一番に暴れまわる奴がよ」
 
 そして彼らも、リキューについてあっさりと忘却すると次のターゲットの星について、それぞれ考えを馳せながら去っていった。
 所詮、サイヤ人の間でリキューなど、その程度の扱いでしかなかったのだ。




 自室へと戻ると、リキューはベッドに飛び込んだ。
 日本人であった時の記憶よりも遥かに快適であるベッドであるが、リキューの疲れが取れることはなかった。
 疲れ果てているのだが、眠りに誘われる気配はない。
 過剰なストレスが緩やかな頭痛を呼び覚まし、さらに精神の不安定化を招き連鎖する。
 不安定化した精神は凶暴性の手綱を容易く緩め、そしてストレスの捌け口を求めて溢れる衝動を自戒することで、さらなる軋轢を精神に招いた。
 悪循環である。
 
 「チクショウッ」
 
 苛立ち紛れに振るった拳が、壁にめり込んだ。
 自制が効かなくなってきているのが、リキューにも自覚できていた。
 が、だからといってそう易々と解決なんてできないのだ。
 リキューは今、一種の潔癖症にある。
 主体である日本人の部分を守るために、サイヤ人としての悪辣な面に過剰反応し嫌悪しているのだ。
 そのために現在の複雑な精神の内面を構築し、そして割り切りや妥協といった中途半端な行動の選択を不可にしていた。
 リキューの行動論理に従って言えば、自分がこれから生きるために星の地上げを行うことを選べば、それは同時にサイヤ人の罪を肯定し容認するということになる。逆を言えば、星の地上げを拒否することはサイヤ人の罪を認め、フリーザと同じく断罪するということになるのである。
 答えが直結しているのだ。
 もちろん妥協や割り切りといった行動が正しいという訳ではないが、少なくとも今ほどのストレスからは解放された筈である。
 どちらがリキューにとって幸せであったかは、今となっては本人とて知る由はないが。

 「どうすりゃ、いい……」

 ありていに言って、リキューは限界であった。
 ギリギリまで張り詰められ、さらにその限界まで引き延ばされた極限の状態。
 日本人としてもサイヤ人としても経験のしたことのない重大な選択の重みは、リキューの精神へ指数関数倍に負担をかけていた。
 今のリキューは、理性の途切れる一歩手前だった。

 だがこの時、リキューの脳裏に、つい先ほどの、ある会話が再生された。
 それは、父・ガートンとの会話であった。

 『そうだ。ベジータ王も愚かではないからな、数少ない科学者を前線に送ることもない。戦いを止めるのは必然だった』

 それは、まさしく天啓だった。
 閃光のように走るアイディア、今の状況を打開する機転。
 限界まで追い詰められたリキューがそれを思い付いたのは、ある意味当然か。

 急に身を起こし、ふらりと足並みを僅かに乱すも、すぐに体勢を整えてリキューは歩き出した。
 意見を、自らの意向を上申するためである。
 その足取りは軽く、先程に比べ重圧は表情から消えていた。




 宇宙空間に、ぽつりと単独で航行する宇宙船がある。
 それはフリーザだけに使用が許された、ツフル人の遺した最新のテクノロジーを導入し改良された、円盤型の巨大宇宙船であった。
 しかし、その宇宙船に乗っていたのはフリーザではなかった。
 宇宙最強の力を誇ると、自他共に認められているフリーザ。
 そのフリーザだけに使うことを許された宇宙船と同型のものに乗るものは、しかしその力が、圧倒的にフリーザを超えた存在であった。
 
 「………クウラ様」
 
 展望エリア。
 宇宙船の主が、フリーザと同じマシンに乗ってくつろいでいるその場所へ、整った顔立ちの男が報告に現れる。
 主……フリーザの実兄であり、宇宙最強である筈のフリーザを凌ぐ力を秘めた男は、視線すら向けずに応えた。
 
 「なんだ?」
 
 「以前、御所望しておられた惑星マウが手に入った、とのことです」
 
 「ほう、早かったな」
 
 僅かに興味が惹かれたのか、クウラの声に興が乗る。
 その報告は、決められていた期日よりも一ヶ月早かった。
 男――サウザーは、主の興味に応え、報告を続けた。
 
 「地上げを担当したのは、サイヤ人である、とのことです」
 
 「――――サイヤ人、か」
 
 ゆっくりとマシンが回転し、サウザーの方へ顔を向けると、そのままクウラは展望エリアを後にする。
 サウザーは邪魔しないよう一歩引き、その姿を見送った。
 
 「超サイヤ人伝説などという、子供のお伽話を信じる気などないが………サイヤ人か………」
 
 表情を一片も動かさず、鉄面皮を維持したままクウラは吐き捨てた。
 
 「不愉快な話だ」




 かつて隆盛を誇りながら、“超サイヤ人”に滅ぼされたという、彼の一族。
 現在、その数少ない生き残った一族を統率しているのが、フリーザとクウラの父、コルド大王である。
 彼はすでに全盛期を過ぎ、力は衰弱傾向にあった。
 彼の一族は特徴だった生態の一つに、年月を経るごとによる形態の退化がある。
 コルド大王も忘年は、長い年月により生来の莫大なパワーのコントロールを習得し、五回の変身を可能とした猛者であった。
 しかし老化による肉体の衰弱によって、その形態は著しく退化し、現在では見る影がないほど極端にパワーが減少していた。
 だが長年かけて習得したパワーコントロール技術は無駄ではなく、単純なパワーでは息子たちに劣っても、未だに実力については一族のトップを維持しており、長としてコルド大王は君臨していた。
 そして地に伏するのは止め、宇宙の表舞台に台頭を決意したコルド大王は、その旗頭として次男であるフリーザを掲げることとしたのだ。
 このことに少なからずの反発は、当然発生した。
 しかし一切の反論は、コルド大王が己の力でねじ伏せた。
 そしてフリーザには東の銀河を、クウラには西の銀河をそれぞれ活動領域として割り当て、両者の住み分けを行ったのだ。
 この住み分けと意図的なプロパガンダによって、一般的に一族のもので認知されている存在はフリーザだけとなっていた。

 このコルド大王の行動の意図は、両者の切磋琢磨、あるいは生存競争であった。
 フリーザは一族の最有力株、寵児であった。
 その保有パワーは一族を振り返ってみても随一であり、未だパワーコントロールは未熟であれど将来への期待性は最も高かった。
 しかし長男のクウラはクウラでまた、まだ年若いながらも四回目の変身を可能としたつわものであった。
 フリーザとは別に、将来の期待性は高かった。
 ゆえに一族の繁栄を重視するコルド大王は、フリーザに期待の比重を傾けながらも、両者に機会を用意し、宇宙の覇を競わせながらその成長を促していたのだ。
 その心の内に秘められた野望は、一族の再興。
 かつて失われし栄華を取り戻し、宇宙最強の覇者として一族を降臨させることである。

 とはいえ、それはコルド大王の思惑であり、フリーザやクウラの思惑とは異なっていた。
 クウラは元より、自らを押さえ付ける父の存在を目障りに思っていたし、資質的に自らに等しいあるいは凌駕するフリーザの存在は気に喰わなかった。
 フリーザはフリーザで、自らを持ち上げる父に感謝はしていたが、それとは別に自分の上に立つ存在を無用と考え、クウラのことはチンケな変身ができるだけに過ぎないくせに偉ぶる、目障りな存在と認識していた。

 誤解を恐れず言うが、彼らは決して身内の間に情を持たぬ種族ではなかった。
 互いの間に少なからずの親愛なり友愛なり、身内として相応しい感情を抱いてはいるのだ。
 しかし同時に、それはそれ、これはこれとして、感情を別のものとして扱うことができる人種でもあったのだ。
 知ればリキューが羨むほど、感情の扱いに長けて、自分の欲望に素直で忠実である種族なのだ。
 
 だからこそリキューが彼らの価値観を理解することが、これからの生涯決してないのでもあったのだが。




 「リキュー!?」
 
 地上げを終え、惑星マウから帰ってきたニーラは、その足でリキューの元へ向かっていた。
 声に反応したリキューが、振り返って呟く。
 
 「ニーラ……お袋か」
 
 ニーラの目に映ったリキューは、バトルジャケットがローブ状の構造のものとなっていた。
 その姿を見て、ニーラは伝え聞いた噂が嘘でないことを知った。
 予想外の展開に驚きしか抱けず、ニーラは思わず言葉が漏れた。
 
 「お前、科学者に志願したって話は本当だったのかい?」
 
 「ああ、本当だ」
 
 リキューは肯定した。
 ニーラの言っていることに、一切の嘘は交じっていなかった。
 進退窮まり、袋小路に追い詰められたリキューの脳裏に閃いた、父・ガートンとの会話。
 彼はその内容を改めて吟味し、とあることに気が付いたのだ。
 
 『そうだ。ベジータ王も愚かではないからな、数少ない科学者を前線に送ることもない。戦いを止めるのは必然だった』
 
 この中の、さらに一文。
 
 ――数少ない科学者を前線に送ることもない。
 
 この部分にである。
 
 彼はその話の中のおまけ程度に付け加えられた情報に着目し、詳細を調べる時間も惜しんで申請したのだ。
 すなわち、テクノロジストへの転向である。
 それは一縷の望みをかけた博打染みた行動であったが、しかしリキューの望みは無事に果たされた。
 リキューはテクノロジストへの転向申請を、許可されたのだ。
 これはサイヤ人にとって、テクノロジストが慢性的な人手不足であったからだ。
 リキューの知らなかったことであるが、フリーザ傘下のテクノロジストの存在により単純な人材は充足してはいたのだが、フリーザの支配に反感を抱くベジータ王一派の思惑によって、フリーザの傘下ではない人材の確保が裏で求められていたのだ。
 露と知れぬその裏での思惑の助けが働いたこともあって、リキューはテクノロジストへの転向が認可されたのである。
 そしてテクノロジストに対し図られる便宜として、リキューは星の地上げが免除された。
 つまりリキューはようやく、あれほど自分を悩ましていた問題から解放されたのだ。

 しかしこの行動は周りのサイヤ人からすれば、どう見ても戦いから逃げたようにしか映らなかった。
 そして元々奇抜な子供であると評価されていたリキューであったが、この行動が契機に一つのあだ名が付け加えられることになったのだ。

 曰く、“腰抜けのエリート”、リキュー。

 よっぽど分かり易く、そしてある意味親しみやすいこのあだ名は、リキューの前評判の不可思議さもあって、あっという間に広がり認知されたのである。
 惑星ベジータへ帰還したニーラが最初に聞いたのも、このあだ名であった。
 
 「アンタ、サイヤ人らしくなったと思った矢先に、いったいどうしたっていうんだい?」
 
 「別に………関係ない話だろ」
 
 あんたには、という言葉は呑み込んだ。
 今のリキューにとって、ニーラと会話することは苦痛でしかなかった。
 溜息をつき、ニーラは疲れたような表情を見せた。
 
 「私には、やっぱりアンタが分からないよ」
 
 「………そうかい」
 
 会話はそれだけ。
 ニーラは踵を返し、リキューもまた背を向けて歩き出した。
 ここに、話が終ると同時に親と子の関係も断たれた。
 リキューは一人、そう感じ取った。

 リキューはニーラについての考えを早々と忘却することに励み、懐から取り出したテキストを読解しながら歩く。
 問題の解決法として選んだテクノロジストであるが、転向した以上は成果を出さねばならない。
 リキューは自然と鍛錬の時間を削り、勤勉に勤める必要性ができていた。
 この後も、一人リキューは、腰抜けのエリートと呼ばれながら、黙々と学習を続けるのであった。




 リキューが選んで選択は、結局のところ、その本質は“逃げ”でしかなかった。
 彼は結局答えを出せなかったのだ。
 星の地上げに対する、その自分の答えを。
 リキューが行ったことは、サイヤ人の所業から硬く目を逸らし、その事実を半ば意図的に見過ごすということである。

 答えの正否がそのまま行動へと直結する。
 ならば、答えを出さなければよい。

 単純な、論理の穴を突いての行動であった。
 しかし、このリキューの行ったことは究極的な自己保身に他ならない。
 彼はあまりに精神的負荷の重いこの選択から、逃げたのである。
 自分が手を汚すことを認められなくても、他者が手を汚すことは容認する。
 リキューの中に少なからずあるこの利己的思いが、この選択をさせたのである。
 この行動によって、リキューは己の内にある“悪”としてのサイヤ人に対する“善”としての日本人の意識を、“サイヤ人の罪に対して自分のするべき行動”というのを確定させることをせずに守ったのだ。

 人によっては、もはやリキューも他のサイヤ人と同罪というかもしれない。
 現実問題、リキューの行ったことは非常に汚い行動であろう。
 自分がするのは嫌だが他人がするのを見過ごす。
 これはいわば、規模が違うが、隣で誰かが虐められているのを見過ごしている、というようなものである。
 そしてこのようなことをしていながら、自分は正義の領域の方へ立っているのだと心に言い訳しているのだ。
 社会通念で言えば、同罪とは言わないまでも性根の腐った人間と言えた。

 しかし、それでもリキューは、その手を汚してはいなのだ。
 優柔不断であり、自己保身にも走ったが、それでも凶暴性と闘争心に苛まれながらも、他のサイヤ人と同じように罪ない命を奪うことはしなかったのだ。
 もちろんこれは、いちいち言われずとも守って当り前のルールである。
 破ることがおかしく、守ったところで特別に称賛される行動でもないのだ。
 なぜなら、“守って当然”なのだから。




 だが、リキューははち切れそうな理性の中で、このルールを必死に遵守した。
 そのことに、意味はないのだろうか?




 ――あとがき
 こんにちわ、作者です。
 感想が多くて感謝感激が溢れています。ありがとうございます。
 オリ設定は相変わらず連発。オリ設定が尽きた時がこの作品の終わりです。
 今回もかなりクドクド主人公の内面描写を盛り込む。
 うちのリキューは一に不安定、二に倫理、三四が闘争心で五が潔癖で構成されています。
 自分が同じ境遇だったらアッサリ流されること請け合い。ま、リキューは主人公だからガンバ。
 今回でそろそろリキューの内面描写も区切りを付け、もちと作品のノリを重視する予定。
 いいかげん内面を読むのメンドいだろうと思うこの頃。
 感想・批評待ってマース。
 
 追伸。
 今回の話に出てきたオリサイヤ人の名前の元ネタ、分かった人はいるかな? かな?



[5944] 第六話 重力制御訓練室
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/02/23 00:58

 腕を曲げ、腹から胸、そして顔が接地する直前まで、身体を傾ける。
 速さはない。一つ一つを確実にこなすことだけを念頭に置く。
 じっくりと時間をかけ、ほんの鼻先まで床が近付いたところで、動きを止める。

 「ッフ」

 短く息を吐き、吐きだした分僅かに新しい息を取りこむ。
 汗が一滴、その拍子に垂れた。
 回数は、何度目だったか?
 ……忘れた。
 まぁ、いい。
 気にせず、続きを行う。
 またじっくりと、曲げた時と同じだけの時間をかけて、腕を伸ばす。
 かかった時間は、おそらくは五・六秒ぐらいだったか?
 腕を伸ばし終えて、取り込んだ息を吐いた。
 ふと、回数を思い出した。
 
 「1013回、目」
 
 その時、ピーピーとタイマーが音を鳴らす。
 あらかじめセットしておいたアラームだ。
 これはつまり、今日はもう鍛錬の時間は終わりだということ。
 思わず溜息が漏れた。
 
 「時間が、全然足りない」








 リキューがテクノロジストに転向し、一年が経った。
 リキューは与えられた自分の研究室で、手に入れた膨大な資料を端末を使って閲覧していた。
 資料はツフル人の遺したもので、その内容はサイヤ人の生態について研究・解明されたものである。
 リキューは現在、図らずもテクノロジストとなることで手に入れた権利を使い、より効率的な修練方法を模索していた。
 なぜかといえば、テクノロジストへ転向したことで真剣に鍛錬の時間が取れなくなっていたからである。

 ここで述べておくが、リキューの今いる世界、すなわちドラゴンボールの世界において、テクノロジストとは現実における存在とは微妙に在り方が異なる。
 現実においてテクノロジストとは、大抵が機械工学や生命化学など分野毎に内容が区分され、そして分けられた分野それぞれを専門的に習熟している者である。
 しかしドラゴンボールの世界においては、テクノロジストはあらゆる分野の知識を統合的に習熟している者、つまりネクシャリストであることが一般的なのである。

 逃避で選んだ選択であったとは言え、テクノロジストはリキューが自分で選んだ道である
 そして自分で志願してなった以上、リキューは成果を出す義務があり、ゆえにこの世界で一般的なテクノロジストになるため、情報統合学――ネクシャリズムの学習を真面目に勤めていた。
 しかし、ネクシャリズムは元々、高度に文明が発達した結果生まれた学問であり、その内容レベルは非常に高い。
 ベースが現代日本人であるリキューが、鍛錬の合間の片手間にそう易々と習熟できる代物ではなかった。
 学習過程で、今の身体の知的なスペックが実は高いことにリキューは気が付いたてはいたが、しかしだからどうしたといったものか。
 リキューは結局、鍛錬の時間を削って、それを学習の時間に充てざるを得なくなったのだ。

 リキューの鍛錬はこれまで、腕立て伏せやランニングといった基礎的な筋肉トレーニングを中心に、未だ不慣れな“気”のコントロールを改善するための自己流による座禅モドキなどを行っていた。
 これらは決して効果が出ない鍛練ではないが、しかし持続的且つ長期間継続して行うことで初めて効果を発揮する内容である。
 元々効率的とは言えなかった鍛練が、ネクシャリズムの学習で時間が取れなくなったことで、さらに効果が出なくなっていたのだ。
 だからリキューは、より短時間で効果の発揮される、理想的な効率の修練方法を見つける必要があったのである。
 これは師匠がいない、独力でのリキューの限界でもある。
 たとえ鍛錬で行き詰っても、導いてくれる、あるいは知恵を貸してくれる人がいないのである。
 独力のリキューでは打開策も何もかも、手探りで探すしかないのだ。

 より効率的な修練方法を探すに当たって、リキューはまず資料を見漁った。
 現在のリキューの立場は、見習いレベルに過ぎないと言ってもテクノロジストではある。
 通常のサイヤ人とは入手できる情報の質・量の両方に格段の差があり、そしてそれを活用できることはリキューにとって大きな助けだった。
 情報量が多く取捨選択の必要はあったが、少なくとも知識が全くない状態よりはるかにマシであることは確か。
 そして数ある資料の中から、リキューが現在有用だと思い見ているのが、ツフル人によるサイヤ人の生態データ資料である。

 資料にはサイヤ人に関するありとあらゆるデータが研究・解析され、特に戦闘民族の名を冠するに由来したであろう、幾つもの生態的特性について、当のサイヤ人ですら知らないような事柄にまでメスを切り込んでいた。
 つまりその内容は、リキューにとってすら初めて知るものが多くあったのだ。

 「……“サイヤ人は戦闘を重ねるごとに、通常の種族よりも高い戦闘力の成長が働く特異な特性がある。そしてその中にも際立って目立つもので、負傷から回復した場合の戦闘力の増大は個体差があれど著しい増大率を誇り、実用性に欠けるも急激な戦闘力の増加を可能としている。”………か」
 
 リキューは端末から一旦面を上げると、目を閉じて額に手を当てる。

 「………そういえば、確かにそういうこともあった………気がするな」

 すでに部分部分でしか思い出せない彼方の記憶、その中で資料に語られている通りのことが示されていた気がするリキューであったが、確証は抱けなかった。
 この世界で十年。日本人であった頃の記憶も含めれば三十年以上、原作である“ドラゴンボール”から離れているのだ。
 リキューははっきり言って、“ドラゴンボール”の内容をもう大して覚えていなかった。
 大猿化の原理や、大猿によって得られる戦闘力の倍率なども、今初めてこの資料を見ることで知った、あるいは思い出したのである。
 分かり易く言って、今のリキューは悟空がフリーザと超サイヤ人になって戦ったことは覚えているが、悟空がどうやって超サイヤ人になったのか?
 遡ればそもそも、何故悟空たちがフリーザと戦うことになったのか?
 それすらも、もう覚えていなかったのだ。

 久しぶりに記憶の中の原作へ注意を向けたことで、このことを思い知ったリキュー。
 サイヤ人となったことか、もしくは原作と大きく異なる舞台環境であったことが原因か?
 どちらが原因かは知らないが、ともかくリキューはさして原作の知識を重要視していなかった。このことが記憶の風化の原因でもあるだろう。
 だがさすがにこれはまずいかと、ほんの少しだけ思い直す。
 そして資料を熟読する片手間に、リキューは原作での悟空たちの修行について朧な記憶を振り返ってみた。
 しかし、リキューの脳裏に思い浮かぶ姿は、グレートサイヤマンだとかカリン塔を登る少年悟空だとか、あるいはフュージョンに失敗しデブになる光景、ぐらいしか思い浮かばなかった。
 本気で思い出そうとしていないこともあったが、そういった印象に残った一部分しかもはや覚えていない、という現実も多分にあった。

 「……まぁ、仕方がない」

 結局、組み手をしている姿ぐらいしかまともな修行について思い出せなかったリキューは、端末の電源を切って席を立った。
 そのまま一路、訓練室へと向かう。
 今日の己に課したネクシャリズムの学習ノルマはすでに終えていたので、これからすぐに鍛錬に移るつもりであった。
 原作の知識が当てにならない以上、資料を見て思いついた二・三の新しい修練方法を実施し結果を見て、そして自分で道を切り開かなければならない。
 元々原作の知識を頼りにしていないリキューは、ポジティブに行動の指針を定めて動いていた。

 考えるよりも先に行動する。
 このあたりは良くも悪くも、リキューはサイヤ人らしくなっていた。
 ストレスから解放された分、反動でリキューのフットワークは軽くなっていたのだ。
 また、単純に強くなることに喜びも感じているという部分もある。
 サイヤ人の強さを求める向上本能と、日本人としての強さへの憧憬的な思いが相乗的に重なり、強さを求めるストイックな姿勢を形成していたのだ。

 (…………? 確か、そういえば……………)

 ふと、リキューはあることを思い出す。
 そのまま歩みを止めて立ち止まると、彼は目を閉じて考え込んだ。
 唐突に連想した悟空と修行という二つのキーワードが、ほとんど忘却されていたリキューの記憶を刺激したのだ。

 リキューが考え込むこと、おおよそ十秒前後。
 ようやく、リキューは記憶の淵から一つの有益な情報を、思い出した。
 このときリキューは得られた望外の恵みに対し、無意識に口の端を吊り上げていた。

 目を開ける。
 そして、また別の用件について少しだけ考えて、すぐに向かう先を変えるとリキューは歩き出した。
 向かう先は技術工廠である。








 宇宙を集団で進む、小さな個人用ポッドの姿があった。
 数は六つ。
 しかし、唐突にその中の一つが失速したかと思うと、軌道を変えて集団から逸れていった。
 逸れたポッドの中にアラームが響き、ステイシス状態を解かれた搭乗者が意識を覚醒させる。

 「―――っち、一体なんだ?」

 予定よりも早く目覚めた彼は、鳴り響くアラームに眉を顰めた。

 「エンジントラブルだと? このガラクタが………あいつらボロを回しやがったな」

 ポッドはトラブルに対処するため予定の航路から外れて、早急に付近の宙域をサーチし降下可能な惑星を探していた。
 やがて、ポッドに搭載されているコンピュータは条件に該当する星を発見。
 自動的に軌道を修正すると、真っ直ぐ発見した星の座標に向けて加速する。

 そして程なく、ポッドは星へと辿り着いた。




 天を裂き、穏やかな世界を突き崩して、ポッドが地に激突する。
 幾許かは直前に減速しフィールドを張っていたために抑えられたが、それでも大気圏外から突入して生じたエネルギーは大きい。
 ポッドの着陸した後はクレーターの如くすり鉢状に大地を削り、運動エネルギーから変換された熱が陽炎を作っていた。

 僅かに残った熱に空気が揺らぐ中、圧縮された空気を排出しながらカバーが開かれる。
 中で待っていた搭乗者は、憮然とした表情のまま外へと乗り出る。
 シュルリと、拠り所なく動いていた男の尾が、腰に巻き付いた。

 「復旧まで六時間だと? ……手間をかけさせやがるぜ」

 操作していた遠隔端末を無造作にポッドに放り投げると、男はクレーターを登り周辺の大地を見渡す。
 その視界に見えた光景は、広々とした土地が広がっており、緑の姿は見えずそれほど大地は肥えているようではない。
 怪訝そうに、男は呟いた。

 「妙だな………こんな星があるなんてことは、聞いた覚えがないが」

 ふと思い当った疑惑であったが、確かに不自然なことであった。
 それほど好条件という程でもないが、生存に適した環境がある星である。
 地上げの対象の星の通り道ということもあった。
 しかし事前に、通り道にある大抵の生存に適した環境の星については覚えていた筈の男に、この星に関するデータの覚えはなかった。
 だが元々この星に来たのも、登録されてる星図に従ったものではなく、ポッドに備え付けられた自前のサーチャーで発見されたがゆえに辿り着いたのだ。
 それを考えれば、未発見であったということも考えられる話ではある。
 たかだか個人用のポッドに備えられている程度のサーチャーで発見できる星を、今まで見過ごしてきたというのも変な話ではあるが。

 「まぁいい。どうせ、大して目ぼしいものもないチンケな星だ」

 覚えた疑問も興味を無くすと、男はその場に両手を頭の後ろで組んで寝転んだ。
 
 「退屈だ…………いい暇つぶしはないものか」
 
 そのまま、男が暇を持て余しながら数分後。
 男の顔に付けられたスカウターが、反応を示した。
 男は閉じていた目を開けると、跳ねる様に立ち上がって背後を向く。
 クレーターを挟んだ反対側に、こちらへ向かってくる数人の人影が見えた。

 「ほう、人間が住みついていたのか」

 こいつはいい。口に出さず思う。
 やがてクレーターの淵まで近付き、人影の姿が露わになる。
 年老いた老人と、若く屈強な肉体を持ち、2m程の長さの棍を備えた男が二人。
 その計三名が、男とクレーターを挟んで相対した。
 不敵に三人を前にしながら腕組みをしている男へ、老人が威厳を纏いながら口を開く。

 「去れ、異星から訪れた人よ。この星は隠され、忘却された場所。ここに汝を満たすものは何一つとしてなく、そして汝の存在を歓迎するものも一人としていない」
 
 「ふん………随分と強引な態度だな、ジジイ。問答無用で出て行けだと? そう言われてハイハイ従うと思うか?」

 「貴様、長老に向かってなんという口の利き方をッ」

 「よせ、抑えろ」

 憤る若者を、長老と呼ばれた老人は片手を伸ばし制するよう指示する。
 そのまま視線を男に合わせると、続けて言葉を発した。

 「異星の方よ、無作法であることは認めよう。だがしかし、我らには与えられた使命がある。そして“我らが神より賜ったものを守り通すべし”という使命は、何よりも優先されるもの。たとえ不愉快を覚えられようとも、押し通させてもらわねばならない」
 
 ガシンと、二人の若者が棍を地に打ち鳴らす。
 二人の瞳には、力を行使することも辞さぬ意思が見える。
 
 「再度勧告する、立ち去られよ。この星は汝の来訪を厭うている。余計な怪我を負いたくなけば、早々に自らの母星へ帰るのだ」
 
 シン、とした沈黙が場に漂う。
 言う事を云い、もはや語ることもなき原住の者たちは、ただ黙し威圧を加える。
 相手側の意図は分かり易く示された。

 「余計な怪我ねぇ」

 嘲笑する。
 親切とも取れる程明確な意思表示に、男は滑稽だと嗤い返す。

 「あいにくと、しばらく宇宙船は使えない状態なんでな………ちょうど退屈していたところだ。どうだ? その“神から賜ったもの”というのでも、見せてもらおうか」

 その言葉に、長老は溜息を漏らした。

 「致し方ない。ガッド!」

 「心得ました」

 承ると同時、ガッドと呼ばれた若者が動く。
 地を一蹴りし、ほんの刹那に挟まれたクレーターの間合いを縮める。

 「御免ッ!」

 一切の加減挟まず。
 棍の一撃が、容赦なく男へと突きいれられる。
 その目にもとまらぬ動作は、見守るものすべてに結果を容易く想像させた。

 しかし、予想は呆気なく裏切られた。
 打ち込まれた神速の一撃を、男は容易くその先端を捉え、掌で受け止めたのだ。

 「な、何だとッ? っぐ、ぬぅ!」

 「ガッド!?」

 素早く間合いを取ろうとする若者であるが、捉えられた棍が凄まじい膂力で固定され、動くことができない。
 男は片手であるにもかかわらず、若者の全力を完全に圧倒していた。

 「戦闘力221………雑魚だな」

 スカウターに表示された数値を見てとり、男は嘲笑う。
 そのまま握力を強めて、男は棍の先端を握り潰す。

 「し、神木から作られた棍が!?」

 「ば、馬鹿なッ! こんなにも簡単に破壊されるなどッ」

 「脆いんだよ」

 動揺したまま動きの止まっている若者に、男が手をかざす。
 かざされた手から、エネルギー波が放射される。
 放たれたエネルギー波は間近にいた若者を捉え、断末魔の悲鳴ごと姿を呑み込んだ。
 爆発が地煙を上げる。

 「が、ガッド! ば、馬鹿なッ!?」

 「き、貴様ぁあああ! よくもガッドを!!」

 「!? よ、よせ! やめるのだディアン!」

 残ったもう一人の若者が、長老の抑止を振り切って突撃する。
 男はかすかに残る吹き飛ばした若者の残滓……黒い灰を片手で払うと、ちょいちょいと指を動かして挑発する。
 怒りに占められていた若者の思考が、さらに沸騰する。
 
 「己ぇぇえええええ!!!!」
 
 大きく薙ぎ払うように、棍を一閃。
 男がジャンプして避けると、若者はさらに追撃せんと休まず猛攻を続ける。
 繰り出されるのは神速をもった突きの連打。残像が残る速度で応酬される突きの嵐は、間違いなく一撃一撃が必殺の威力。加えて敵は空中、逃れる術はない。
 しかし、男は余裕を崩さない。
 嘲笑のままに、男は足場のない空中であるのにもかかわらず突きの全てを捉える。
 若者は己の突きの全てを、一切触れられることもなく、ただ挙動だけで避けられた。

 「ぬッ、ぐぅ! ならば!」

 「む?」

 大きくバク転し、間合いを開け放して若者が構えを取る。
 棍を水平にするようにし、握ったまま両手を前に突き出しパワーを込める。

 「喰らえぃ! ヨジン・ボゥーーッ!!」

 パワーを充填した棍を男へ、突きの形のように押し出す。
 突き出された棍の矛先から、凝縮されたエネルギーの奔流が発せられる。
 そして発せられた巨大なエネルギーの流れは、男に直撃し爆発を起こす。

 「仕留めたッ、手応えを確かに感じたぞ!!」

 「いかん、逃げるのだッ! 急げディアァァンッ!!」

 「長老? なにを言ってッ!?」
 
 突如として発生する突風に、土煙が払われる。
 それとほぼ同時に、若者の腹に衝撃が加えられる。
 加えられたその凄まじい威力に、一瞬で骨は砕かれ内臓を傷付けられた。

 「―――ッ、か……が!?」

 「さっきのは驚いたぜ、まさか戦闘力が400まで跳ね上がるとはな」

 崩れ落ちそうになる若者の身体を、首に尾が巻きついて持ち上げられる。
 肌にはおろか、服にさえ傷一つ付いていない男の姿が、若者の眼中に入る。
 そっと、若者の腹に男が手を添える。

 「お返しだ、遠慮せずに受け取りな」

 「か、ガ――――」

 閃光が走る。
 貫通性を高められたエネルギー波が男の掌から放たれ、若者の腹を貫いた。
 どてっ腹に風穴を空けられた若者は、しばらく痙攣した後に息絶える。
 適当に亡骸を投げ捨てると、尾を元通り腰に巻きつけながら男が長老に振り替える。

 長老は身震いしながらも、毅然とした姿勢を崩さなかった。
 男から発せられる、強大な邪気とパワーを感じ取ったからこそ、より気を張って相対した。

 「汝は、汝は何者だッ!? いったい、この星で何をするつもりなのだ!!」

 「俺が何者か、だと?」

 男は無造作に近づくと、長老の首を掴み、華奢なその身体を持ち上げる。
 ぎりぎりと力を緩やかに加えて、苦悶の表情を愉しむ。

 「ぐぅ………が、あぁ」

 「知りたければ教えてやろう。俺は、全宇宙一の戦闘種族であるサイヤ人の一人。名はターレス」

 「タ………レ、ス」

 「何をするつもりか、ねぇ………何、大したことではないさ。俺としても仕事があるんでな、なるべくこの星からは早く出て行かなくてはならないんだ。しかし肝心の宇宙船がトラブルを起こしていてね……どうにも、後数時間はこの星で足止めされざるをえない訳だ」

 「く、き―――きゃ、―――――か」

 「だからやることがなくてな、暇で仕方がないんだ。まあ幸いにも、この星には人間が住んでいるようだ………せっかくこの広い宇宙で会えたんだ、この出会いは大事にするべきだろう?」

 パキリ、と乾いた音が響く。
 ターレスは手を離した。
 そのまま血泡を噴き出している長老の身体が地に落ちるのも興味を示さず、スカウターを操作する。

 「くっくっくっく、見つけたぜ。そう遠くない位置に固まっている、小さな戦闘力の反応が多数………」

 宙に浮き、ターレスは空を一路に駆ける。
 スカウターの反応を辿り、あっという間に距離を縮めてゆく。
 そしてさして時間も過ぎぬ間に、視界にほどほどの大きさの、隠れるようにある村落が見えてきた。

 「さぁて、せっかくの貴重な出会いだ。俺の暇つぶしに付き合ってもらおうじゃないか」

 好戦的な笑みを浮かべながら、ターレスは村落へ加速した。
 やがて村に火の手が上がり、悲鳴と怒号で満たされた。








 リキューがより効率的な修練方法を模索し始めて、一ヶ月が経った。
 幾ら生態に関する詳細な資料があるとはいえ、そうそう革命的な鍛練など見つけることは出来ない。
 現在もリキューは試行錯誤を繰り返しており、その成長は遅々としたものだった。
 しかし、その日々は決して無駄ではない経験をリキューに与えてくれていた。

 素早い動きで、リキューへ二方向から影が忍び寄る。
 俊敏且つコンビネーションの取られた動きは、幻惑の効果を含有し相手の対応を遅らせる効果を持つ。
 そしてそのまま二方向より、勢いの乗った打撃が放たれる。

 「ッふ」

 惑いに誘われず、リキューは二つの打撃を捉えた。
 正面からの拳を右の掌、左上からの変則かかと落としを左腕で受け止める。

 「ギィ!」

 「ギェァ!!」

 攻撃を防がれた次の瞬間には、停滞せず速やかに離脱。
 リキューを挟み込むように離れ、二体の人工生物――サイバイマンが構える。
 半身を動かし、両者に視線を動かしながらも不敵な表情は崩さない。

 「来やがれ、ゴミが」

 「シィヤッ!」

 リキューの背後にいたサイバイマンが、片手からエネルギー波を放出した。
 挙動を即座に見抜き、リキューは振り返ると同時に右手で殴り弾く。
 その隙に付け込み、対面にいたもう一体のサイバイマンも攻勢をかける。
 無防備に曝け出されている背中へ繰り出される、ラッシュの嵐。
 当然みすみす喰らう気もなく、リキューはまた流れを逸しずに反転し、サイバイマンのラッシュに合わせ、打撃を防ぐ。
 激しい打撃の交錯を演じながらも、リキューのスピードは相手の一歩上を行き、防御を掻い潜って着実にダメージを加える。
 しかし、そう何時までも一体に集中してはいられなかった。
 敵は二体いるのだ。

 エネルギー波を撃ったサイバイマンが、反対側からラッシュに加わる。
 舌打ちしながらリキューが片手で初撃を受け止めると、そのまま二体一の攻防へ流される。
 軽く飛び上り、両手足をも使って相手をする。
 だが、さすがに二体同時に相手をするには手数が足りなかった。
 繰り出される打撃に対して、防御が追い付かない。

 「ッち、離れろ!」

 亀のように身体を丸め、全身を縮める。
 次の瞬間、弾かれるように縮めた身体を広げると同時、リキューは全身から“気”を放射した。

 「ギャギャ!?」
 
 「ギェェ!!」
 
 全方位へと放出された“気”が、近接していた二体のサイバイマンを怯ませる。
 威力は欠片ほどもなかったが、元より牽制目的。
 作り出した隙を利用し、即座にリキューは一体のサイバイマンの足を掴む。そしてそのまま身体を振り回し、残ったサイバイマンへ投げつけた。
 即席の投身砲丸がぶち当たり、二体は絡まったまま壁際まで転がっていく。
 両手を組み、そのままリキューは“気”を集中させて振り上げる。

 「止めだ、消えろォーー!!」

 組んだ両手を離し隙間を作ると、間に光輝く球体。エネルギー弾が生成される。
 リキューは両手を投げ下ろし、そしてエネルギー弾がサイバイマンへ放たれた。

 「ギャ……」

 爆発。
 寝げる暇もなく、二体のサイバイマンにエネルギー弾は着弾した。
 確実に命中した。リキューはその手応えに勝利を確信する。
 しかしそれゆえに次の瞬間、煙を突き破って現れたサイバイマンの姿に不意を突かれた。

 「な!?」

 「ギャギャーッ!!」

 加速のついた肘打ちがリキューの顔面に叩き込まれる。
 衝撃に後ろへ数歩後退り、足元がよろける。
 が、それだけ。すぐに体勢を戻しサイバイマンへ視線を向けるリキュー。
 口元を拭えば、口を切ったのか僅かな出血の跡。

 「貴様………調子に乗るなッ」

 「グ、グギャ!?」

 一対一ならば、今のリキューの実力でサイバイマンに負けることはない。
 姿が掻き消えサイバイマンのすぐ真横に現れると同時に、反応が追い付いていないサイバイマンに裏拳を後頭部へ叩き込む。
 ベキョと骨格を叩き割り、今度こそ完全な止めを刺したことを確認する。

 「……もう一体が盾になっていたのか、チクショウ」

 焼き焦げたサイバイマンを一目見て、原因を推察する。
 これが意味することはつまり、リキューのエネルギー弾の火力が足りていなかった、ということである。
 未だにリキューは、“気”のコントロールが不得手なのだ。
 そのことがダイレクトに気功波の威力に反映されていることもまた、リキューに課せられた早急に解決すべき課題の一つである。

 舌打ちをしながら、リキューは訓練室を後にした。
 リキューが出ていった後の部屋では、自動的に清掃ロボが動きサイバイマンの痕跡を片付け始めていた。

 サイバイマンとは、つい最近サイヤ人の科学者が発明した、インスタント人工生物である。
 元はツフル人の遺した戦闘用人工生物のデータが土台となっているもので、植物の種状にかたどられた卵を惑星の土壌に埋め、付属の特殊培養液を振りかけてやることでその場で数分と経たずに誕生する、携帯性に優れた非常に有用な人工生物である。
 戦闘力も使われる星の土壌状態により多少の前後があるが、1200前後の数値とこれほど即席培養の人工生物にしては高いものを保持しており、汎用性の高さは随一だった。
 リキューは未だ大々的に量産されていないこれを、自分のテクノロジストとしてあったコネを通し、先行試作品の幾つか都合してもらったのだ。

 現在のリキューの戦闘力は2000。
 一年前の戦闘力である1200と比べれば、その成長率は普通では妥当である。が、リキュー自身は不満があった。
 妥当な成長率であるということは、鍛錬の効果がいまいち発揮されていないということだからだ。
 リキューは妥当ではなく、より急進的、あるいは爆発的といった評価のされる成長を望んでいるのである。
 ゆえにこの一ヶ月、リキューは様々な思いつく限りの手法に、それこそ持てる手を出し尽くして挑んでいた。
 サイバイマンを使った戦闘訓練もその一環である。

 リキューは歩きながら先程の戦闘訓練を思い出す。
 実に有意義であった。そうリキューは思う。
 実戦の経験を味わえるという意味以外にも、常日頃から抑制されている欲求、そのフラストレーションを遠慮なしに解消できるということが、何よりもリキューの高揚を誘った。
 リキュー個人の思惑としては、これからもサイバイマンを使った戦闘訓練をより絞って行っていきたい。
 やはりサイヤ人には、実際に戦いを行うことが精神的にも肉体的にも良好に働くのだ。

 しかし、それは無理な話である。
 サイバイマンは未だ試作品が出来たばかりの品である。
 これから試作品を元にシェイプアップし、調整を行った後に量産され、流通化するのだ。
 そしてこれらの工程が行われ完了するまでは、少なくとも後数年はかかる。
 まだ文字通り、形になっただけに過ぎないのだ。
 それにいくらコネがあるとはいえ、そう何度も試作品は流してもらえるものではない。
 この方法ではない別の手段をまた、リキューは講じる必要があった。

 難航する先行きに、先程までの戦闘による高揚も忘れてリキューはテンションを下降させる。
 道程は険しかった。

 部屋に戻ったリキューは、上のバトルジャケットを脱ぎ捨ててそのままベッドに飛び込む。
 何時もならば軽くシャワーを浴びているのだが、今日は興が乗らなかった。
 そのまま眠るにも頭が煩悶としているので、リキューはベッドサイドの引き出しからテキストを取り出し、内容に目を移す。
 正直、きちんと内容が入っているのか疑問ではあったが、リキューに他に気を紛らわす方法は思い付かなかった。

 そしてそのまま、一時間ほどの後。
 ふと、リキューは部屋の壁に備えられている通信端末に、赤いランプが点灯していることに気が付く。

 「何だ?」

 テキストをベッドの上に放り、端末まで移動してスイッチを入れる。
 電源が入り、画面に相手の姿が映る。

 『おい! やっと繋がったかリキューッ! お前ずっと部屋にいただろうが、早く出やがれ!!』

 「アンタは、確かメカニックの………俺に何の用だ?」

 『何って、一ヶ月前にお前が頼み込んできた例のヤツのことだよ。お前が言った通りのヤツが完成したから、今こうして親切にも連絡入れてやってるんじゃねぇか』

 「一ヶ月前? ………すまん、何の事だ?」

 『…………ハ?』

 画面に映っている、爬虫類系異星人のメカニックの目が点になる。
 しばらくの沈黙が発生したかと思えば、徐々にメカニックの身体がプルプルと震えだす。
 そして震えが収まったかと思った次の瞬間、メカニックが火を噴いた。
 比喩ではなく本当に。
 ちょっと本気でリキューはビビった。

 「ッお!?」

 『おのれが吾輩に頼み込んだんだろうがぁあああああ!!!! 一ヶ月前にッ! 重力コントロール出来る訓練室を作れとッ!! こっちが誠心誠意籠めてやって一ヶ月かけて作ったヤツを、お前何の事だと!? 感謝以前に忘れ去るとはどういったこったぶるぁああああ!!!!』

 「あ、あーあー、そ、そうだった。すまん、悪かった。ちょ、ちょっと落ち着けって。おい」

 『ぶるぁぁああああ!! ぶぅぅうううるぁぁあああああああああ!!!!』

 「うるさいッ! 黙れ爬虫類!!」





 一時間後。
 ちょっと文章にし難い小事を挟み、リキューはメカニックと一緒に新設された重力制御訓練室にいた。
 なんとか機嫌を収めたメカニックが、マンガ肉を食らいながら設備の説明をリキューにする。

 「お前が注文した通り、とりあえずこの部屋の中の重力を100倍まで操作できるようにはしてある。操作方法は、あの部屋の中央のコンソールでやれる。まぁ、一々説明せんでも分かるだろうってぐらい簡単にしてあるから、大丈夫だろ。あと緊急停止用のボタンもあるから、ちゃんと確認しとけよお前? ちなみに安全装置があるから、扉を閉めんと重力コントロールは出来んし、逆に重力コントロール中は扉の開閉は出来んから、注意しとけ」

 「上出来だ。ありがとよ、おっさん」

 バクバクと饅頭を頬張りながら、予想外の賜物にリキューも上機嫌で褒め称える。
 両手を腰に当てて仰け反りながら、当然だと言わんばかりに威張るメカニック。
 少しばかり強気にも程があるメカニックの態度に多少不愉快であったリキューだが、今はそんなことを無視できるほど気分が良かった。

 「それじゃ、吾輩は戻らさせてもらうぞリキュー。あ、そうそう。いくらお前らサイヤ人が高重力に慣れてるったって、100倍は止めとけ。死ぬぞ? それも即死で」

 「そうかい、肝に銘じとく」

 「ホントかよ? ぶるぁ」

 最後までどこか不遜な態度を取りつつ、元気でなーとフレンドリーに消えていくメカニック。
 そんなメカニックの存在をすぐに忘却し、リキューは目の前の新調の訓練室に興味を注ぐ。

 一ヶ月前、リキューがふと思い出した有益な記憶。
 それは“ドラゴンボール”において、界王星で悟空が行ったバブルスとの追いかけっこである。
 最初は又どうでもいい記憶だと思ったものだったのだが、ふと思ったのだ。
 何故この修行に、悟空は手間取ったのか?
 そのことに思い至ると同時、界王星の重力が10倍であることを思い出し、更に連想してナメック星までの過程で悟空が行った、100倍重力修行についてもリキューは思い出したのだ。

 そしてリキューはそのことを思い出した際、ダメもとで技術工廠へ向かい、そこにいたメカニックの一人に重力コントロールの出来る訓練室の製作を依頼していたのだ。
 不躾な依頼ではあったのだが、受け持ったメカニックはブチブチと文句を言いつつもこの頼みを引き受けてくれた。
 これはサイヤ人が機器の扱いに荒っぽく事あるごとに修理に駆り出されていて、メカニック側がサイヤ人に要求され慣れているという環境が形成されていたことに一因があった。
 まぁ、一番大きな理由が引き受けたメカニックの性格にあったことは確実であろうが。
 そして一ヶ月の製作期間を終えて、リキュー自身ダメもとで頼んだ代物であるが為に、もはや頼んだ事を忘れていた今日に、その頼み込んだ品である重力制御訓練室が完成したのだ。

 「これで大体の問題は解決だな………」

 不敵な笑みを思わず浮かばせながら、リキューは扉をきっちり閉めて、中央のコンソールへ向かう。
 早速この部屋を試そうというのだ。
 もう夜も遅く、明日を考えれば休むべきなのだが、リキューはその衝動を抑えることはできなかった。
 その行動は、目の前に新品の玩具の箱を置かれた子供のものと何一つ変わらない。

 「惑星ベジータの重力が、確か10倍だったか?」

 なら、20倍ぐらいでいいだろう。そうさして深い考えもなく、リキューは簡単に数値を決めると入力した。
 そして、ドライブスイッチを押す。

 電源が入り、機械の作動する僅かな重低音が部屋に響きだす。
 そして徐々に身体が重くなったと思った刹那、重力が倍加された。


 ――かくして、リキューはあの世の深淵に一歩踏み込む。


 初めに意識が遠のき、次いでリキューは呼吸が出来なくなった。
 そして床に叩き付けられた衝撃で、ギリギリ意識を持ち直した。

 「――――か――――か、ッ――――!」

 骨の軋む音が、身体の内側から聞こえる。
 血流は滞り、滞る血の流れが内臓器官の働きを弱めるばかりか、さらに意識すらも刈り取ろうとする。
 身体は微動だにせず、そもそも身体を動かそうとする意識を保つこと、それ自体が困難。
 呼吸器官もまともに動かず、活力源である新鮮な酸素が取り込めない。

 「か――――がッ――――――――――!―――――――」

 リキューはこの時、この世界に生まれて初めて、死の危機に追い込まれた。

 ここに、リキューの誤算があった。
 重力の倍化は、単純に体重を倍にするわけではない。
 肉体全てに等しく負荷は降り注ぎ、その働きかける影響は絶大なのだ。
 リキューの体重は38kg。20倍の重力下では、これは760kgとなる。
 しかし、仮にリキューが普通に760kgのヘビーウェイトを身に付けたとしても、このようなことにはならないのだ。

 重力が20倍になるということは、身体に重りを付ける訳ではない。
 内蔵器官から脳や骨格、筋繊維質の一筋から血管の一本一本さらにはその中を流れる血液まで。
 それら全ての重量が20倍になった結果、リキューというそれらの要素の集合体の重量が20倍となるのだ。
 メカニックが言っていた、即死するという言葉は決して嘘でも冗談でもなかった。
 幾らサイヤ人が高い戦闘力を持った戦闘種族であろうとも、身体の内への負荷にそう強固な耐性を保てるわけではない。
 身体の中の臓器が砲丸並の重量になるのだ。常人ならば容易く血管が裂け、内臓は自身の重さに破裂しているものである。

 そしてさらに最悪なことに、リキューの場合は幾つもの負の要因がその上に加えられていた。

 確かにリキューは生まれてから数年間、惑星ベジータの10倍の重力下で生活していた。
 しかしツフル人を滅ぼし文明的生活を得てからは、フリーザ軍から派遣された非戦闘員の軍属もいるため、都市部では重力制御された状態で生活していたのだ。
 つまりリキューは、何の心構えもなしに、10倍の重力についても忘れていた状態でいきなり20倍の重力の負荷を受けたのである。
 そしてさらに不幸なことに、リキューは“気”のコントロールが不得手であった。
 これがまだ他のサイヤ人であったならば、咄嗟に身体の中に“気”を働かせ生理機能を保護・維持し、活動が出来ただろう。
 しかしリキューは未熟であったがために、この咄嗟の反応ができなかった。

 がふと、リキューの口から赤黒い血が吐き出される。
 “気”の護りの遅れたリキューは、全身の内外に深刻なダメージを負っていた。
 重力がかかった瞬間、全身の毛細血管が破裂し臓器のいくつかが傷を負い、加えて、脳にも少なくないダメージを受けて意識が混濁し、肺からは空気が絞り出され呼吸が出来ていなかったのだ。

 間違いも誇張もなく、重傷。
 そして危機は、さらに現在進行形でリキューを蝕んでいる。

 「ば―――ギ、ッ、か―――」

 必死に手を動かすが、ほんの僅かしか身体は動かない。
 全身のダメージに加え、等しくかけられる重力の負荷が、身体に力を入れにくくさせているのだ。
 “気”を身体の中に働かせようにも、脳のダメージの影響で上手くコントロールが出来ない。
 パキパキと、骨に加えられる圧力の音がリキューの意識に届く。

 「き―――か、がッ、がぅ、ああああぁぁああああああ!!!!」

 死の危機。死の一歩手前。
 この時リキューは、かつてない生命の危急に対して、かつてない力を発揮した。
 それはいわゆる、火事場の馬鹿力という現象であったのだろう。
 ただ全身の“気”を励起し噴出し、ボロボロの身体を超重力の枷を振り切って動かす。

 だが、それも急場凌ぎでしかない。すぐに“気”の放出は収まるだろうし、そしてその時には、本当に死が待っている。
 リキューは血走った眼でコンソールを見渡す。
 そして見つけた赤いスイッチを、確認もせずに叩き押す。
 機械は忠実だった。
 押された緊急停止ボタンに従い、稼働を止め電源が切られる。

 「が、はぁッ! はぁ、はぁ………ぐ、く……そ」

 力尽き、コンソールにもたれかかる様に倒れる。
 重力制御は解いたが、全身のダメージは変わらない。
 急ぎ手当てをしなければ危険であることに、変わりはなかった。

 リキューは身体を引き摺る様に動かす。
 火事場の馬鹿力で残った体力を根こそぎ放出したため、より一層ダメージは深刻だった。
 早急に手当、いや治療ポッドに入らねば、命が危うい。

 血の跡筋を残しながら移動するリキューであったが、しかし表情には不屈の闘争心が宿っていた。
 重力特訓が凄まじいリスクを秘めていることは体感し、まさしくその身に沁みた。
 しかしだからこそ、リキューはこの特訓によって莫大な効果が得られるだろうというのを、直感で感じ取っていたのだ。
 ハイリスク・ハイリターン。シンプルな理屈である。
 全身のダメージに滅多打ちにされているリキューは、しかし見られた新たな光芒に悦んでいた。

 なおメディカルルームへ行く途中に力尽きて倒れたリキューを、例のメカニックが見つけて運び込んでやったことは全くの余談である。








 ズボと、貫き手が棍棒片手に立ち向かってきた男の胸を貫通する。
 手を抜き血を払い、さらに無造作に反応のある方角へもう片手を向けてエネルギー弾を連射する。
 さながら絨毯爆撃のように、村の過半数が爆発に呑まれる。
 手を下げると、もうスカウターには反応がなく、生きたものは一人もいなかった

 「これで終わりか………呆気ないもんだぜ」

 コキコキと、ダメージを負った様子もなくターレスがぼやく。
 時間にして二時間も経たず。たったその間に、一つの村がターレスによって滅ぼされた。
 守り人の一族であり、この星でも随一の戦う力を持った村であったのだが、その力はターレスに及ばなかったのだ。
 立ち向かった勇敢な戦士たちは皆命を狩られ、戦う力を持たない女子供はその逃げる後姿から消し飛ばされた。
 ターレスのただの暇つぶしで、多くの命が消されたのである。

 ターレスは無人となった村の中を散策する。
 一つ、興味を惹いていた事柄があったからだ。
 そのまま適当に散策し、やがて祭壇らしき古ぼけた石造りの構造物を発見する。

 「ほう、こいつか?」

 手をかざし、軽く“気”を込める。
 ボンと、弾ける様に祭壇が吹き飛ぶ。
 そして露出した祭壇の直下には、古ぼけた鉄箱が置かれていた。
 厳重に封がしてあるが、ターレスは構わず力を込めると、呆気なく錠が壊れる。
 中に封印されていた品が、ついに明らかにされる。が、ターレスの表情は白けたものだった。

 「……こいつが“神から賜ったもの”か?」

 ターレスの手に摘まめられたものは、一粒の種であった。
 とてもではないが、そんな“神から賜ったもの”なんていうほど、大層なものには見えない。

 「っち、くだらん………こんなものを後生大事に守ってきてたとはな」

 ターレスは興味も失せると、種を無造作に投げ捨てて歩き去る。
 まだポッドの復旧までは時間が余っていた。
 時間をつぶすついで、ターレスは何か食うものはないかと無人の村の廃墟を漁ることにした。
 結局この星が今まで見つからなかった理由については分からなかったが、しかしターレスは気にしなかった。最初から特に執心してないからである。
 そしてしばしの後に首尾よく食糧庫を見つけ、彼はそこで物を食い漁り、時間をつぶすことになる。

 ターレスが去った後の、その地。
 そこで無造作に打ち捨てられた種が不気味に動いたことに、この時ターレスは気付かなかった。




 ターレスが村の蹂躙を始めていたころ、近傍の宙域にある巨大な宇宙船の姿があった。
 全長が数百mにも達するであろう、巨大宇宙船。
 その中心部に備えられた玉座、そこへ座する主に報告が飛び込む。

 「ス、スラッグ様………ご、ご報告すべきことがあります」

 主は手元に置かれた薬置きから、一粒の錠剤を取り出し齧る。
 視線だけを動かし、発言した者を目に捉える。

 「………なんじゃ?」

 下手な報告をすれば、たちどころに処刑されてしまうであろう。
 そのことを理解していた発言者は、どもりながらも伝えるべきことを言う。

 「は、ハイ! さ、先程、突如としてある惑星の反応が、レーダーに捉えられたとのことです!!」

 その言葉に、脇に控える主の腹心の一人が疑問を投げかける。

 「いったいどういうことだ、それは?」

 「わ、分かりませんッ。と、突然反応が現れたとしか………」

 曖昧な報告であるが、そうとしか言いようがないのも事実。
 発言者は畏れ慄きながらも自らの役目を終え、その場に平伏する。
 疑問を投げた腹心の部下が、主へ尋ねる。

 「スラッグ様、いかが致しましょうか?」

 「んー………面白そうな話じゃなぁ」

 ボリとまた一粒錠剤を噛み砕き、主……フリーザと立ち並ぶ銀河の支配者であるスラッグが宣言する。

 「進路をその星へ取るのじゃ。何があるか、わしが直々に見てくれよう」

 ハハハハと、陰湿で邪悪な笑い声が、広間に広がる。
 そして巨大宇宙船は、進路を隠されし惑星へと向ける。




 「な、なんだこれは!?」

 それは突然のことだった。
 食糧庫の備蓄を体外食い尽くし、しばしの休養を取って予定の時間が経ったターレスが、ポッドの元へ向かおうとした時のことである。
 地震とは違う異様な揺れが起きたと思った次の瞬間には、巨大な根が大地を割って現れたのだ。
 咄嗟に空へ飛び上ったターレスは、異変の全容をその目で見た。
 揺れは収まらず、巨大な根は尚も成長し、次々と地盤を破砕し地上へ姿を現している。
 そしてまさに大地を変換していると形容するような速度で成長する、巨大な樹木が目に映ったのだ。

 「こいつはいったい………!?」

 ターレスの眼前で、樹木は尚も猛々しい生命力の猛威を振るう。
 その根は凄まじい速度で惑星全土を覆い、尋常ならざる勢いで星の生命力を吸い取りながら樹は成長を続ける。

 今この時、古き時代に封じられた禁断の樹木、神精樹の長きに渡る封印が解かれたのである。








 ――あとがき。
 
 ハロ、作者です。
 感想が自分を後押ししてくれる、平に感謝を。
 戦闘描写が難しいね。
 スラッグとターレスの話は当初から構想してたり。
 でも原作キャラはイメージ掴むのが大変じゃい。
 感想・批評待ってマース。



[5944] 第七話 飽くなき訓練<前編>
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/02/23 00:59

 ポコポコという微音と、自分の心音が聞こえていた。
 ゆらゆらと、まるで水中の中にいる様に身体が揺らいでいる感覚。
 それがとても心地いい。
 呼吸の度に、気泡の弾ける音がする。
 それがより一層、深海の中をイメージさせた。

 癒される。
 全身の疲労が、傷が、癒されていく。
 夢心地の中で認識する。
 癒され、代わりに活力が与えられる。

 夢のようだった。
 夢の中だった。
 今までの俺の全てが些事に思え、そして全てから解放されていた。
 母の胎の中にいるような、無償の安らぎ。
 ずっと最後まで、俺が、自分というものが薄められた状態。
 夢幻の境界。

 ―――そして、目覚めを告げる無機質な音が割り込む。

 夢は、終わりだ。








 リキューがあわや臨死体験をしてしまってから、三ヶ月。
 その生活スタイルは、以前から一点を除いて変わってはいなかった。
 相変わらず一日の大半はネクシャリズムの勉学で費やされていたし、鍛錬も残った僅かな時間を用いて行っていたのだ。
 変わった一点とは、それらを行う場所である。
 リキューはこれらの行動と、それ以外の寝食といったほぼ日常活動の全てを、重力制御訓練室で過ごしすようにしていたのだ。

 当初リキューは、普通に鍛錬の時間のみに重力室を利用していた。
 しかし数日の利用の後に、より長時間、できれば24時間ずっと重力下で過ごした方が、もっと飛躍的・効率的に効果があるだろうと悟ったのだ。
 そうと考え付くと、リキューの行動は早かった。
 テキストや家具といった必要品を重力室へ運びこみ、他にも馴染みとなった爬虫類系メカニックの元へ赴き、食糧設備や浴室といった重力室の設備の増設を依頼したのだ。
 そしていい加減にしやがれゴルァといった文句を言いながらもメカニックが仕事をこなした後には、勉強から寝食まで全てを重力室で行う、半引き篭もり修行生活に入ったのである。

 ゴトリと、飲み干したカップを置く。
 起動している教育AIの言葉を聞きながら、リキューはテキストを読み進める。

 「相転移………インフレーション理論? 波動量子論の応用解釈?」

 何が何だか……と、ペンでこめかみを押さえながら何度も読み直す。
 真面目に学習を重ねているリキューであるが、まだまだテクノロジストとして名乗れるほど知識は備わっていなかった。
 一人前のテクノロジストとして名乗るには、例えこのまま真面目に勤めたところで、少なくとも後数年はかかるだろう見込みである。

 実のところ、リキューの本音を言えば、学習する時間などは惜しんで鍛錬に費やしたところではある。
 しかしそれはできない。
 本末転倒というべきか、なんというべきか。
 リキューはより効率的な修練方法を求めて、重力室の製作や居住設備の増設を行った。
 しかしこの行為によって、リキューはフリーザ軍という組織により大きな“借し”を作ってしまったのだ。
 さすがにこれらの設備を、しかも一介のテクノロジストのさらにそれ以下の身分の個人に、無償では手に入らない。
 そしてこの作ってしまった“借し”は、テクノロジストとして所属しているリキューにとって返すことが難しい大きさのものであった。
 戦闘員であるならば、返すことは難しくはない。
 基本的に、テクノロジストよりも戦闘員の方が、功績をたてる機会も与えられる給与も大きいからである。
 もちろんテクノロジストでも治療ポッドの開発や、身近で言えばサイバイマンの発明など、そういった大きく貢献した者などに対しては、きちんと報酬は得られるし給与や他の待遇も良くなる。
 しかしそういった功績のないテクノロジストの待遇は、一般的な戦闘員よりも低いものであるのだ。
 組織自体に少なからずの戦闘力至上主義の傾向があることもあったが、やはり前線で命を賭ける者と賭けない者との差があるのである。
 またいくら功績を上げれば待遇が良くなるとは言え、テクノロジストの場合では戦闘員のソレよりも、その難易度は遥かに高い。
 既存の技術の画期的なバージョンアップを行うにしても、全く新しい技術を開発するにしても、単純に知力ではなく発想・センス的な要素も求められるからである。
 難易度が高い分、逆に一度功績を認められれば待遇はそこらの戦闘員などよりもずっと良くはなるのだが、前提が厳しいことは変わらない。

 しかし、リキューに他の手段を選ぶ余裕はない。
 前述したが、フリーザ軍は決して健全な組織ではないのだ。
 ただの無駄飯ぐらい、あるいは能無しな人材なぞはおろか、フリーザの機嫌を損ねたというだけで、あっさり人が消される世界なのである。
 すでに大きな“借し”を作ってしまっているリキューは、早めに“借し”に見合うだけの功績を示さなければ、比喩ではなく消されてしまう状態にあったのだ。

 そしておそらく、その猶予はそう長くはない。

 遅くて二十歳までには功績を出さなければ、消されるだろう。リキューは周囲の話からそう予測していた。
 さらに言えば、この予測はあくまでも希望的観測のものであり、もっと早くなる可能性は十分にあるということもリキューは気付いていた。
 そうなる前にフリーザをも倒させるほど強くなれば問題はないが、しかし現実にはそこまで強くなる前にリミットが来る可能性の方が高い。
 ゆえにリキューは目的を果たすためにも、また自分の命を繋ぐためにも、なんらかの功績を出し早急に“借し”の返済をしなければならなかったのだ。
 込められているニュアンスや求められている行動に多少の差異があるが、リキューの現状はいわば闇金融に多額の借金を作っているようなものである。
 つまり端的に言って、崖っぷちであったのだ。
 例え本意ではないとしても励まなくてはならない理由が、より切実なものとなってリキューに出来ていたのである。

 ちなみに、リキューがこの予想外極まる崖っぷちの状況に対して気が付いたのは、メカニックによって重力室の環境設備が整えられたその時のことである、
 準備が整い意気揚々としていたリキューにさり気なく、“んじゃかかった費用についてはまたお前の個人名義で申請しといたかなー”と言って立ち去ろうとしたメカニックに問い詰めて、初めて判明したのである。
 思わず驚愕に呆然となったリキューに対して、また不遜な態度で“当たり前だろうがアホウ、こんな大がかりなもんをただで用意してやる訳ないだろうが。ぶるぁ”とメカニックは言ってのけた。
 理屈としては正しいのだろうが、それはそれとして激しい憤りが沸き上がったのは別問題だろう。
 とりあえずこの時、リキューはそう思った。
 そしてその後に、技術工廠近くで犬神家状態のとあるメカニックの姿があったとかなかったとか。

 閑話休題。

 そのままテキストの読解を進め数時間。
 本日のノルマを終えて、リキューは道具を片付けると恒例である鍛錬に取り組む。
 やる内容は依然とさして変わらない。
 高重力の下で、腕立てや腹筋、あるいは全力を維持したままの長時間ランニングなどである。

 「ふう……」

 汗で溜まりができるほど運動した後、リキューは一呼吸し息を落ち着かせる。
 そして身体を少し落ち着かせ、今度は肩幅ほどに足を開くと、腕を曲げて両肘を腰に接し、力を集中させる。

 「ぐ……ぎ………がッ」

 額に血管を浮かべながら集中すること、おおよそ十秒前後。
 ようやく浮力が働き、リキューの身体が宙に浮く。
 そのままゆっくりと上昇すると、身体が地から3mほどまで浮いたところで止まる。
 血管を浮かべさせたまま、極限まで集中し、リキューはその体勢を維持する。

 舞空術は“気”を用いて浮遊しているが、その原理は反重力を発生させている訳ではなく、方向性のある力を発生させて浮いている状態を保っているのである。
 当然働きかける対象の重量が重くなれば、要する“気”の大きさも相応に大きくなり、難度も高くなる。
 とはいえ、現在の室内で働いている重力は12倍。
 重力によって生じるリキュー自身のたかが450kg程度の体重ならば、浮遊させること自体は現在のリキューの戦闘力から見て、そう苦労することではない。
 しかし、現にリキューはこの行為に対して極めて多大な労力を払っていた。
 この理由は、また別のところにあったのだ。

 「ぐ、ぬ………」

 “気”を操り、移動を始めるリキュー。
 部屋の中央に設置されている、支柱の重力制御ユニットを中心の基点とし、緩やかな歩くほどの速度で、部屋を回転するように飛行する。

 しかし、途端に猛烈な吐き気がリキューを襲う。
 即座に反応し、速度の維持を意識しつつ“気”を操作し、脳機能の維持へ回す。
 だがまたその次に、今度は胸部や腹部に不調が発生する。
 次々と発生する体調の不良に、その都度リキューは意識を割き、“気”のコントロールを行い対処していく。
 そしてようやくコンディションを万全に整えたかと思えたが、しかしその時にはいつの間にか疎かにしていたのか、舞空術の維持は解かれて地に足が付いていた。

 リキューは一旦切上げることにし、張り詰めた気を緩める。
 そしてそのまま倒れて、地に両腕を付けて息を荒げた。
 ぎらりと強い眼差しを見せながらも、その心は不甲斐なさに憤る。

 「はぁ、はぁ………ちく……しょう………」

 “気”のコントロールの不得手。
 端的に言って、リキューの行っているこの鍛錬を多大な労力を払うものとさせている原因はこれである。
 超重力下にあって、十全に動ける理由。
 それはつまり、“気”を使って体内の内臓器官の働きを保護・強化しているからに他ならない。
 これは簡単に言えば、つまりリキューの体内は超重力下にあっても最適な環境を、疑似的に保持しているということである。
 ゆえに、本来ならば器官不全に陥り、到底活動できない筈の超重力下にあっての活動をも、可能としているのである。
 しかし、本来片手間というほどの意識もかけずに行えるこの技術も、リキューにとっては簡単なものではなかった。

 当初、リキューが鍛錬の開始に当たって設定した重力は10倍である。
 これは20倍の重力時に死にかけたことで、自分の未熟と幼少時の重力下生活を忘れ果てていることを実感したからである。
 幸いにして昔経験していたおかげか、リキューはこの重力での日常生活に一週間ほどで慣れることができた。
 しかし、それはあくまで日常生活についてである。
 トレーニングなど激しい運動を行った場合、それも特に舞空術や気功波といった“気”を用いた鍛錬を行った場合には、リキューは恒常的に著しい体調不良や肉体的疲労ないし負傷に襲われていた。

 これは、“気”のコントロールの意識が別の事柄に取られ、体内環境の維持を保てなかったがゆえに起こったことである。
 つまり、内蔵器官の守りがお留守になっていたのだ。“気”のコントロールが未熟であるがゆえに、“気”の操作の両立が出来ていないのである。
 ゆえに本格的な、特に“気”を使った鍛錬を行おうとすると、“気”の守りが疎かになった内臓器官が超重力の影響を受けて体調の悪化を招くのだ。
 もちろん、この体内環境の保護・強化に要される“気”の大きさも、舞空術と同じように負荷される重力の大きさによって増大するし、求められるコントロールはより繊細なものとなる。
 重力が大きくなればなるほど、“気”のコントロールはシビアなものとなるのだ。

 しかし、仮に他のサイヤ人や原作のZ戦士が同じ超重力下にいたとしても、このリキューの例ほど苦しむことはないだろう。
 これは高い戦闘力を持っていながら、それに反比例するように“気”のコントロールが不得手であるリキューだからこそ起きている現象なのだ。
 本来ならば、戦闘力が1000程度もあれば10倍の重力下での活動はエネルギー的に十分なのであり、そしてこの数値は“気”の扱いが巧みになるほどより小さく済むのである。
 つまりリキューが重力修行に手間取っている理由は、一重に“気”のコントロールという一点に全てが収斂されるのだ。
 そして結局、本来ならば最下級戦士とて簡単に克服出来る筈の10倍の重力にリキューがなんとか及第点と判断できる程度に慣れたのは、鍛錬を始めてから一ヶ月も経った後のことだったのである。

 「はぁ……はぁ……ッハァ!!」

 全身にのしかかる様にかかる、重力のプレッシャーを跳ね除けて立ち上がる。
 そして今度は全身に気を纏い、地を全力で駆け抜ける。
 いかにコンディションを維持しつつ、自らの限界まで速度とスタミナを発揮できるか?
 平時の自らの動きを目標とし、ただ円運動を描いて走る。
 速度を上げて“気”の扱いを疎かにすれば、途端に体調は悪化する。
 かといって的確なコントロールを怠れば、体力はすぐに底を突く。
 求められるのは“気”の精密の扱い、加えてそれが無意識に実行できるだけの感覚。
 だがなにより、最低どんな状況であっても体内の環境を保てるだけの“気”のコントロールを覚えるべきである。リキューはそう認識していた。

 現在の設定重力は12倍。
 リキューは基本的に、鍛錬以外の日常時に差し支えがない程度に成長したときを目安に、重力の数値を増やしている。
 テクノロジストとしての学習がある分、さすがに日常に本格的な差し支えできる程、急激に重力を増やすことはできないのだ。
 だがしかし、この重力室の修行は確実に現在のリキューに素晴らしい効果を与えていた。
 さすが原作において多用された修行方法というべきか、この修行は特に現在のリキューに対して非常に効率的であったのだ。

 常に全身に重力という負荷が与えられることによって、全体的に身体が鍛えられることは言うまでもない。
 “気”で保護されているとはいえ、内臓器官も重力の影響を受けていることに変わりはない。
 この一時的な効果によって、本来はそうそう鍛えられない筈の肉体の内面まで磨き上げることが可能となっているのだ。
 これは簡単に言えば、非常にタフで強靭な身体が作られるということである。これだけで十分に素晴らしい効果を発揮しているだろう。
 しかし加えて、二次的な効果もこの修行にはあった。
 それは即ち、前述した“気”のコントロールである。
 強烈な超重力から生理機能を守るために、恒常的な“気”のコントロールもこの修行では求められるのだ。
 つまりこの修行は、リキューが最も改善すべき“気”のコントロールと身体のシェイプアップの二つを同時に行える、一石二鳥の効果を秘めているということである。

 十分ほどの後、リキューは覚束なくなった足の動きを止めて、その場に仰向けに倒れ込んだ。
 呼吸は荒く、全身から熱気を立ち昇らせている。

 「がはぁッ、ハァ、ハァ、ハァ」

 全身のエネルギーを使い果たし、さすがにもう動くだけの余力はなかった。
 僅かに残った“気”を掻き集めて、それを身体の内への護りに回す。
 サイヤ人という種の生態的な要素もあるのだろう。特に激しい運動さえしなければ、無意識の操作で内臓器官の最低限の保護をする程度は、リキューでも行えるようになっていた。

 ともあれ、今日の鍛錬はもう終了である。
 時間そのものはまだ余裕があったのだが、体力が持たないのだ。
 以前に比べて格段に効率が良い修行とはいえ、その分リキューの消耗が極めて激しいのである。
 テクノロジストとしての学習も怠ける訳にはいかないため、明日への疲れを残す引き際を誤り鍛錬を続ける訳にもいかなかった。

 よろよろと立ち上がり、リキューはそのまま浴室へ移動しシャワーを浴びる。
 そして身体を清めながらも、リキューは考えていた。

 (………時間が勿体ない)

 消耗が激しいがゆえに余ってしまった、せっかくの鍛錬の時間が無駄となっているのである。
 普通ならば休憩時間が多くなり喜ぶところだが、リキューは逆に不満であった。
 効率的な修行である以上、この場はより絞り集中して鍛え上げるべきなのだ。
 ただですら時間的余裕に乏しく、僅かにしか捻出されない鍛練の時間である。
 しかしリキューは“気”のコントロールが未熟であるために、ほぼ毎回鍛錬の時間を使い切る前に疲弊してしまうのだ。
 それが自分の力量であるのだから、仕方がないと言えば仕方がない。
 だがしかし、だからといって納得できるものでもない。
 よりパワーアップを見込める機会なのだ。それを逃したくないと考えるのは、サイヤ人としては普通であった。

 全身をタオルで拭い、アンダースーツだけを着込むとそのままベッドに寝転ぶ。
 超重力によって450kg前後にまで重量を増したその身体を、ツフル人の科学によって作られたベッドは易々と受け止める。
 そして快適な寝心地を、リキューにプレゼントする。
 だが眠りに誘われながらも、リキューの脳裏には一つの思いだけが残っていた。

 (―――この問題、どうにか解決できないか……)

 そうずっと考えながら、意識がシフトし眠りにつく。
 そしてリキューは数日の後、非常に強引な手段を以って、この問題の答えを出すのであった。








 一つの星が、今終わりを迎えようとしていた。
 肥沃ではなくとも命があり、大地と空の恵みがもたらされていた、隠匿されし星。
 だが、その星に今や恵みは存在していなかった。
 星の表面に走る異様な巨大根が大地を砕き、急激に吸い上げられる水源に海が干上がる。
 数億年先までの寿命を持ったであろう生命力は、その一片まで略奪されていった。

 滅びゆく星。
 その中、一つの村落が消え去ろうとしていた。
 突如として発生した大地震に家屋が倒壊し、間を置かず地を割って現れた巨大な根の群れに、逃げ惑う人々が呑み込まれていった。
 混乱に叫ばれる悲鳴。嘆きに満ちた絶叫。
 子を連れて逃げた母親が、親子ともども地割れに呑み込まれた。
 逃げ遅れた老婆が、倒壊する家屋に押し潰された。
 皆を指揮し避難していた一団が、巨大な根の行進に巻き込まれ轢殺された。

 阿鼻叫喚の地獄。
 ほんの数時間前までは日常であった筈の光景は、すでに消え果てた。
 絶望し、膝をついた村の長が、呆然と事態を見る。

 「ま、まさか……よもやこれは、し……神精樹の封印が、解かれたというのか」

 そして長もまた、背後から現れ出でた巨大根に圧殺された。
 同じ光景は、この星の全ての村々で見られた。
 そして皆この事態の原因に思い至り、絶望に屈伏して死んでいったのだった。




 「こいつはすごいな………」

 上空から俯瞰し、思わず感嘆の声を漏らす。
 ターレスは樹木によって行われる蹂躙、その全てを見ていた。
 見る間もなく星が枯れ果てていく様は、何とも表現しがたいカタルシスを与えるものだった。
 宿主である大地に対して共生ではなく一歩的な搾取を行うその行動は、本来の植物の在り方として、埒外のものである。
 明らかにこの樹木は成長速度だとか以前に、どこかがおかしかった。

 「“神からの賜物”か………ホラにしか過ぎないと思っていたが、あながち嘘ではなかったようだ」

 数時間前に放り投げた、一粒の種子を思い出す。
 考えられる原因はそれだけだった。

 ターレスは神精樹に向かって移動する。
 近くで見れば、よりこの樹木の威容が見て取れた。
 そして観察しながら上昇を続け、樹の中頃に空洞を見つけると、丁度良いとばかりに入り込み着地する。
 振り返って地を見渡せば、視界には根に覆われて生命力の限りを吸い取られ、砂漠化が進み始めている大地が垣間見えた。

 「しかし、後生大事に守ってきたものに滅ぼされるとはな………なんともまぁ愉快な話だぜ」

 ターレスはあまりのその道化具合に、嘲笑し扱き下ろす。
 そして地上に背を向けると、空洞の中へ踏み入る。
 空洞の中は思った以上に広く、ドーム状に開けた空間があった。
 全体を眺めながら、ゆっくりと歩みを進める。
 そしてふと、ターレスは天井を眺めてるとき、あるものに気付く。
 たった一つだけ存在している、赤色の小さな物体。
 宙に浮き、近くまで近付いて観察する。

 「これは………実か?」

 丸くとげとげとしたその物体は、確かに実であった。
 他にもないかターレスは見渡してみるが、見当たる様子はない。
 今ターレスの手元に収められている、たった一つだけしか実はなかった。
 こんなにも巨大な樹木であるにもかかわらず実がこれだけとは、非常にアンバランスな話だった。

 「この樹が確か“神からの賜物”ということは、だ。その実であるこれは、さしずめ神にだけ食べることを許されたもの、といったところか?」

 安直な推察をして、興味深く実を眺めながら手に取って見る。
 実はまだ張りも色艶も褪せていて熟しているようではなかったが、成長速度から考えれば完熟するのもすぐだろう。
 面白い。ターレスは素直に思う。
 是非ともこの実を食べてみたいという、強い欲求が沸いてきていた。

 「星を丸ごと糧にした樹の実か………どんな味がするか、楽しみだぜ」

 期待に口の端を吊り上げる。
 しかし、ふと唐突に、ターレスはある違和を感じ取った。
 実から手を離し、素早く地に降り立つと空洞から出て、外の様子を見る。
 そして、ターレスは感じ取った違和の元凶をその目で見た。
 怪訝そうに眉を顰め、ターレスは呟く。

 「宇宙船だと………俺たちのものではない、どこの奴らだ?」

 ターレスの眼前。
 日が陰り生命を吸われ枯れ果てた大地に、一隻の巨大宇宙船が四脚の足を広げて、降り立っていた。




 地に足を広げ降り立った巨大宇宙船が、大気摩擦の名残を陽炎として示す。
 網目状に張り巡らされた邪魔な根を、強引に粉砕してその宇宙船は着地していた。
 急速冷却され、機体の表面温度が素早く冷やされる。
 やがて準備が整うと、宇宙船の一角が開き足場が下ろされる。
 そして中から、統率のとれた動作で多くの兵士が現れた。
 彼らは皆ヘルメットを被り、そしてその服装はフリーザ軍とは異なる意匠のものであった。
 その彼らの眼前に、ターレスは降り立つ。

 「貴様ら、いったい何者だ?」

 スカウターを操作し、目の前の兵士たちを調べる。
 表示された数値は500前後。
 一兵士としては中々の戦闘力を持っている。
 これだけの戦力を持ってフリーザ軍に与しない集団があることに、正直ターレスは驚いた。

 「ほう……その姿、貴様フリーザの配下のものだな」

 「ん……?」

 兵士たちの間から、数人の人間が進み出る。
 その中の一人がヘルメットを外す。

 「どうやら、あの樹木のおかげで日も欠けているようだな。おい、全員ヘルメットを外せ!」

 「っへ、そいつは好都合だぜ」

 「ケケケ!」

 その言葉を聞いて、他の兵士たちもヘルメットを外す。
 久しく味わう地上の爽快感に、声が上がった。
 そして着込んでいた防護服を破り捨て、姿を露わにした目の前のリーダー格がターレスに口を開く。

 「我々は大宇宙の王であられるスラッグ様、その忠実なる配下」

 「スラッグだと………?」

 その名前に、僅かな聞き覚えをターレスは感じた。
 しかし答えは出ずに、そして出す猶予は与えられなかった。

 「おいアンギラ、あいつを殺しちまっても別にいいよな?」

 「なんだと?」

 聞き捨てならない言葉に、こめかみを動かす。
 しかしターレスの反応などは無視し、彼らは会話を続けた。
 巨漢の鬼のような男の言葉に、アンギラと呼ばれた優男の風貌をした者は少しだけ考え込む。
 しかしすぐに答えは出した。

 「まぁ、いいだろう。どうやらこの星が見つかったのも、どうせ奴が原住民を皆殺しにしたのが原因だろう。さして生かす理由もない」

 「へっへっへ、なら俺にやらさせてもらおうか。ずっと宇宙船の中にいたおかげで、身体が錆び付いてたまらねぇからな」

 「ケケケ、ずるいぜゼウエン」

 「そうダボ。俺だって身体は鈍っているダボよ」

 「うるせえ! 俺が最初に目を付けたんだ、文句は言わせぇぜ!」

 ほんのウォーミングアップ扱いに、ターレスの意識が怒りに染まる。
 スカウターに表示される目の前の者どもの戦闘力は、全て1000前後。
 いくら下級戦士であるとはいえ、この程度の戦闘力はターレスの敵ではない。
 ターレスは抱いた怒りのまま、行動に移す。

 「貴様ら、図に乗るなよ。死ねぃ!!」

 呑気に無駄話をしている目の前の雑魚を標的に、両手を振りかざしエネルギー波を打ち出す。
 違わず命中、そして爆発。
 さらに止まらず、連続してエネルギー弾を撃ち出す。
 爆発が連続し、粉塵が巻き上げられる。
 巻き込まれかねないと、慌てて周囲の一般兵が逃げ去るのも無視し、なおも攻撃を続行する。

 「はぁーーッ!!」

 数十発のエネルギー弾を叩き込んだ上に、止めに巨大なエネルギー球を形成。
 爆煙の中に撃ち込む。
 一際大きな爆発が起き、衝撃波が走る。

 「ふん………雑魚の分際で、舐めた真似をするからこうなるのだ」

 そう吐き捨てて、ターレスは優越に浸る。
 所詮は低レベルな戦闘力しか持たない集団。自分に勝てる筈もないという自負が溢れていた。

 しかし、それがただの勘違いに過ぎないと思い知らされるのはすぐであった。

 閃光が走る。
 未だ漂う粉塵の中から、ターレス目掛けて気功波が撃ち出された。

 「なに!?」

 慌てて宙に飛び立ち、回避する。
 外れた気功波は、ターレスの背後にあった根に直撃して爆裂し、吹き飛ばす。
 そして粉塵の中から、宙のターレスへ追い縋る影が飛び出す。

 「ぐわははははーー!! 楽しませてくれよなぁッ!!」

 「な!?」

 現れたのは鬼のごとき強靭な肉体を持った巨漢、ゼウエン。
 あそこまで叩きつけたエネルギー弾の影響を、その屈強な肉体は一切見せず。
 彼は凄まじい速度で接近し、ターレスに反応させる間もなくその腹に膝蹴りをぶち込んだ。
 尋常ではない威力が、バトルジャケットの超質ラバーの守りをも突き抜けて浸透する。

 「が、か!」

 「ぐはははは! おらおらぁ!!」

 笑い声とともに、重い拳が何度も何度も繰り出される。
 腹に打ち込まれ屈み込んだ次に顎を打ち上げられ、ふらついた横っ面を殴られたと思った瞬間に顎を掴まれ、ヘッドバッドを食らう。
 サンドバック状態であった。
 一撃一撃がとてつもなく強烈な威力を秘め、そして見た目とは裏腹に早く打ち込まれる拳に反撃の機会は見出せない。
 手も足も出ず、ただ一方的に嬲られるしかなかった。
 そしてようやくラッシュから解放されたかと思った一拍の間の後、ターレスは首に稲穂を狩る様に剛腕を叩き込まれ、そのまま上空から遥か先の大地まで吹き飛ばされる。
 加速した勢いのまま、途中にあった木々をあっさり砕きながら大地に激突し、轟音を立てて身体が地に埋没する。

 すでに晴れた煙の中、姿を現しその様子を見ていたアンギラが、面白くなさそうに喋る。

 「っち、ゼウエンの奴め、一人で好き勝手楽しみやがって」

 「全くだぜ、ケケ」

 「ダボ」

 傍らに立つ異形たちも、同じくその言葉に同調する。
 彼らもまた誰一人、ターレスの攻撃に一切のダメージを受けていなかった。
 ターレスのことなど余興にしかすぎない。そう言い切れるだけの圧倒的な実力を、彼らは持っていたのだ。




 「がはぁ! はぁ、はぁ。くそ……いったいどういうことだ!? なぜ奴にこれほどの戦闘力がある!?」

 埋まった身体を引きずり出しつつ、あまりにも異なる現実の有様にターレスは吐き捨てる。
 その時、スカウターに捉えられている数値に気が付き、愕然とする。

 「馬鹿な、戦闘力21000以上だと!? いったいどういうことだ!?」

 あまりにも先程とは違いすぎる数値に、一瞬スカウターの故障かとターレスは思いこむ。
 しかし、現実にゼウエンとの間には圧倒的な実力差があった。
 それを考えると、不本意ではあるが故障とは考えにくい。
 ゆえにターレスは、合理的に答えを弾き出した。

 「まさか、戦闘力をコントロールできるというのか、奴らは!?」

 通常、戦闘力は極端な変動をしない。
 あったとして、全力を発揮することによる何割かの一時的な上昇がある程度で、巨大な戦闘力を持つものの戦闘力基準値は相応の大きさであるのだ。
 ここまで極端に平時の戦闘力が落ち込んでるなど、普通では考えられない。

 考えられないのだが……しかし、実はその法則に当て嵌まらないものも、存在しないこともないのだ。

 例外として、この宇宙には少数ではあるが、戦闘力のコントロールを行える種族がいる。
 その種族のものは、平時とは裏腹に戦闘時には、平時の何倍という通常では考えられない強大な戦闘力を発揮することがある。
 そういう種族は宇宙全体から見ても非常にレアな存在であるのだが、しかし奴らがそうであるとターレスは結論付けざるを得なかった。

 戦闘力という数値は、残酷なまでに絶対的な差を明確に示す。
 ツフル人の遺した資料によれば、彼我の戦闘力の差が五割以上あれば、勝敗は確定されるとなっている。
 テクニックや運といった要素による逆転の可能性があるのは精々、戦闘力の差が二割から三割までの間に収まっている時までなのだ。
 そしてゼウエンの21000オーバーという戦闘力に対して、ターレスの戦闘力は1800。
 これはつまり、どうあがいてもターレスに勝ち目はないということである。

 「くそったれ、冗談ではない。あんな奴をまともに相手をしてられるか!」

 いくら闘争本能の強いサイヤ人とはいえ、自殺願望があるわけではない。
 確実に負けると分かる相手に挑む気は、ターレスにさらさらなかった。
 幸いにして、周りは神精樹の根によって覆われている。隠れる場所には事欠かさない。
 そして奴らがスカウターを付けていないことは確認していた、見つかる心配はない。
 極力息を殺し、隠れながら移動を始める。無様な姿ではあったが、命あって物種だと考える。
 その進む目的地は、乗ってきたポッドのある場所である。
 すでに時間は十分に経ち、自動復旧は済んでいる筈。早々にこの星から離れ、奴らとはお別れをするつもりであった。

 ターレスのこの行動は、彼我の戦闘力差も懸案に入れて生き残ることを考えた上では、最善のものだった。
 しかしたった一つだけ、全てをご破算にする致命的な誤算があった。
 それは、彼らゼウエンたちは原作のZ戦士たちと同じように、スカウターがなくとも居場所を感じ取れるということである。

 突如、横合いから根を突き破って拳が飛び出てくる。
 そして驚く暇もなく気功波が放射され、ターレスを吹き飛ばす。

 「ぐぁあ!?」

 「何処へ行く気だぁ、もっと俺を楽しませやがれ!」

 根を引き裂きながらゼウエンが現れる。
 何故居場所が分かったのか、疑問を挟む暇もない。
 迷わず逃げよう飛び上った瞬間、その足を掴まれる。

 「っく! 貴様、離せ!!」

 ゼウエンの鼻っ面に、渾身のエネルギー弾を叩きつける。
 しかし、それは正しく埃を巻き上げるだけの行為にしかならない。
 無傷の顔を露わに、ゼウエンは掴んだ手に力を込める。

 「がはははは! おらよっと!!」

 「っぎゃ!」

 ゼウエンはターレスの足をつかんだまま腕を振り回し、ありとあらゆる場所に叩きつけ回す。
 それはさしずめ、傘でチャンバラごっこをする子供のような行為。
 必死に抜け出そうともがくが、拘束から逃れることはできない。
 そして何度も叩きつけられていく内に、容赦なくダメージが蓄積され身体を蝕んでいく。
 散々叩きつけられボロボロになったところで、ゼウエンの目の前に身体を吊り下げられる。

 「まだまだくたばるんじゃねぇぞ? 俺はまだ遊び足りないんだ」

 「こ…の………野郎、が」

 「ぐふふふ、どうやら心配はいらなぇみたいだな」

 ゼウエンが手を離す。
 そしてすかさず、まるでサッカーボールかのようにターレスを蹴り上げた。
 根の囲いを自身の身体で破り突き抜きながら、また上空へとトンボ返りする。
 ターレスはなけなしの力を発揮し、その場に制止し止まる。
 すぐさま慌てながらゼウエンを探す。が、姿が一切見えない。
 何処へ消えたのか? そう思った時、忠実に反応を示すスカウター。
 反応は真後ろにあった。
 そして振り向く前に、ターレスの後頭部に衝撃が走る。

 意識が遠のく。
 すでに背後に回っていたゼウエンが、ハンマーパンチを振り下ろしていたのだ。
 そしてたたらを踏むターレスに、さらに続けて後ろ回し蹴りを放つ。

 大気の膜を撃ち抜く、激烈な一撃。
 人形のように力を失ったターレスの身体は、神精樹の方角へまた吹き飛び、そして幹を突き破った。




 ばきゃと、厚い幹の層を自分の身体で粉砕して、ターレスが神精樹の中の空洞に現れる。
 もはや受け身を取る力もなく、慣性に任されるままに転がる。
 そしてようやく動きが止まり一時の間が出来たが、しかしターレスにパワーはもう残っていなかった。
 ここまで戦闘力差がありながら命を保っている。そのことだけでもう奇跡に等しいのだ。
 それも相手に遊び嬲る気持ちがあったがゆえにであるのだが、サイヤ人という生命力が強い種族であることも関係なしではない。

 「お、おのれぇ………こ、こんなところで………死んで、たまるか!」

 立ち上がるが、しかし数歩も進まない間にまた倒れる。
 精も根もすでに尽き果てていた。
 意思に身体が付いていかないのだ。

 「くそ、動けッ。早く逃げなければ、奴がすぐに追ってくる!」

 追いつかれれば、確実に命はない。
 そう確信していたがために、ターレスも必死であった。
 身体を叱咤し、ずるずると這いずりながらも必死に動き続ける。

 ふと、ターレスの目の前に赤い物体が落ちてきた。

 「? ……こいつは」

 良く見てみれば、赤い物体は実であった。
 それはターレスが見つけた、トゲトゲと独特の形をしたこの樹木の実であった。
 ターレスの予想通りもう完熟したのか、先程見た時に比べてその色艶や張りは増していた。
 手を実に伸ばす。
 そして迷いなく実を掴むと、ターレスは一切の躊躇なくその実を齧った。
 今は少しでもパワーが欲しかったのだ。
 例え僅かでもあっても、それがたかだか樹の実一つだけに過ぎなくても、パワーとなり得るものを逃す気はなかった。


 しかしこの行動が、ターレスの命を救いそして、思いがけもない素晴らしき福音をもたらすこととなるのだった。


 味はまぁまぁ、それなりに美味な味わいであった。
 そして咀嚼した実を飲み干した時、ターレスの身体に異変が生じる。

 「ん? …………ッぐ!?」

 ボキュッと一瞬の内に右腕の筋肉が膨張し、そして思いもよらぬ変化に、手の中にあった神精樹の実が圧力に弾け飛ぶ。
 右腕の筋肉だけではない。
 左腕も右足も左足も、全身の筋肉という筋肉が膨張し増大し、そして反発するよう発生した強力な拘引力に小さく纏められ圧縮される。
 筋肉だけではない。
 強力に増大した筋肉に合わせ、全身の骨格もまた変質を始めていた。
 新陳代謝が刹那の間に高まり、骨というものの材質レベルで強固さが高まっていたのだ。
 尋常ならざる肉体強化が、全身のあらゆる部位でバランスを損なうことなく行われたのである。
 そしてげに恐ろしきことに、これらの工程は開始から終了まで二秒と掛からなかった。

 信じられない様子で、ターレスは立ち上げって自分の身体の様子を見ている。
 あれほどまでに痛めつけられていた身体のダメージが、完全に消えていたのだ。
 加えて、引き換えに溢れ満ちる尋常ならざるパワー。
 全てが信じられない、正に化かされているかのような事態である。
 しかし、これは夢でも幻でもない。紛れもない現実であった。

 ターレスの口元が、釣り上がる。

 「なるほど、“神からの賜物”か………くくく、はっはっはっは!! こいつは素晴らしいぜ!! まさかこんな代物だったとはな! こいつは明らかに下級戦士のパワーはおろか、エリートのそれすら超えている!!」

 最上の贈り物に、思わずターレスはこれを賜った神とやらに感謝を捧げた。
 手を握りしめ、拳に“気”を纏わせる。

 「勝てる………この力さえあれば、もはやあんな奴らなど俺の敵ではない! ………ん?」

 丁度、その時スカウターが反応を示す。
 反応の方向へターレスが目を向けると、自身が現れた方向の幹が爆砕する。
 煙を払い現れたのは、ゼウエンであった。
 ゼウエンはターレスを見つけると、思った以上にまだ平気そうな姿を見て感嘆した。

 「ほう、まだ元気そうじゃねえか。だがさすがにもうお前で遊ぶのにも飽きた。もう終わらせてもらうぜぇ? ぐふふ……」

 全く自分の優位を疑わない態度。
 当然である。先程まで目の前の男、ターレスをボロクズの様に扱っていたのは誰だというのだろうか?
 ゼウエンはそのことを良く知っていた。
 ゆえに余裕と慢心を貼り付け、悠々と止めを刺しに行く。
 好きに扱い、好きに壊す。それが強者の権利である。弱肉強食の論理である。
 ゼウエンも、ターレスも、そのルールの世界にそのルールに従って生きているのだ。

 「グワッ!!」

 ゼウエンの姿が掻き消える。
 この早さの動きに、ターレスが付いてこれないということはすでに証明済みであった。
 一瞬でゼウエンがターレスの背に現れる。
 そして、大きく振りかぶった一撃を見舞おうとする。
 振り抜かれるこの一撃は、ターレスの頭蓋を砕き命を奪う筈であった。それが道理だった。
 だがそれは過去形である。もはやその道理は通用しない。

 ゼウエンの拳が、空を切る。
 ターレスが僅かに首を動かし、狙いを外したのだ。
 そのままターレスは片腕を上げ、顔のすぐ傍を通っているゼウエンの腕を引き戻される前に絡み取り、動きを封じた。

 「なんだと!?」

 「よくもまぁ、散々痛みつけてくれたな」

 ゼウエンが腕を戻そうと動かすが、微動だにしない。
 完全にパワー負けしていたのだ。先程まで嬲っていた輩にだ。
 嗜虐心に溢れた表情をしながら、ターレスが言い放つ。

 「お返しだ……じっくりと味わえ!」

 ゼウエンの腹に、刹那の速度で肘打ちが入る。
 突き抜けるのではないかという程、それはゼウエンの腹を歪ませ深くねじ込まれた。
 ゼウエンにとって、想定外且つ規格外の一撃。
 ターレスが腕を開放すると、そのままよろよろと腹を押さえて後ずさる。

 「な、がぁッ!?」

 「どうした? まだまだこんなものではないぞ?」

 攻守逆転。
 今までの力関係の逆転した姿が、そこにあった。

 「ば、馬鹿な……な、何が起きた!? なぜいきなり、これ程のパワーが……」

 ゼウエンが面を上げる。
 そこには嘲笑しながら見下す、ターレスの顔があった。

 「さぁ、お楽しみはここからだ」




 光が迸る。
 遠く存在する巨大な樹木、神精樹の中腹が輝き、そして光の中から一つの影が弾き出される。
 その影を追撃し、また一つ現れる影。
 そして繰り広げられる攻防は、目に見えて優劣が明らかであった。
 追撃されている影は分かり易いほど翻弄され、嬲られ、吹き飛ばされていた。
 追撃している影は分かり易いほど翻弄し、嬲り、吹き飛ばしていた。
 その様を見て、アンギラは不機嫌そうに呟く。

 「っち、ゼウエンの奴め……いつまで遊んでやがる。とっとと終わらせ戻って来い!!」

 その声が届いたのか、追撃する影の動きが変わる。
 まとわりつき嬲る様にジワジワと攻撃を加えていた動きを止め、一旦大きく距離を離す。
 その距離は助走距離だった。
 開いた距離を利用し加速し、そして勢いを増した影は、そのまま減速せずにもう一つの影に接触。
 そのままビリヤードの玉のように押し出され、もう一つの影は全ての運動エネルギーを受け持って吹き飛ばされた。

 ようやく終わりかと、アンギラが思う。
 しかし傍にいた小柄な緑色の肌の者――メダマッチョが、その考えを吹き飛ばした。
 近付き大きくなってくる、吹き飛ばされた影を観察していたメダマッチョが驚愕混じりに叫ぶ。

 「ケ、ケケケ!? ち、違うぞッ!? あれは、あの飛んできている影がゼウエンだ!!」

 「何だと!?」

 ドズンと、アンギラのすぐ近くの地面に、吹き飛ばされた影が叩き付けられる。
 その正体を確認した、周囲の一般兵が声を上げた。

 「ぜ、ゼウエン様だ!?」

 「なんだって! そんな馬鹿な!?」

 横たわっているゼウエンの姿は、見るも無残な姿であった。
 そして周りの一般兵同様、アンギラもまたその姿を確認し、驚きに支配されていた。
 それはメダマッチョともう一人の異形――ドロダボの二人も一緒である。
 ゼウエンの実力は自分たちとそう違わないのである。
 にもかかわらず、辛うじて息があるもののこうもボロボロにされるとは、予想外にもほどがあった。

 そして、そんな彼らにかけられる声があった。

 「よう」

 振り向いたアンギラたちは、その声の主を確かめて大きく驚く。
 ゼウエンによってボロクズの様に嬲られていた者・ターレスが、ピンピンとした姿でいたからである。

 「!? 貴様はッ!」

 「ま、まさか……お前がこれをやったダボか!?」

 「そうさ。たっぷりと借りを作っていたからな、丁重にお返しさせてもらった」

 嘲りながら、ターレスはそう言い放つ。
 アンギラたちはその言葉を聞き届けた時には、もう臨戦態勢に入っていた。
 どういった訳かは知らないが、目の前の男の戦闘力が著しく上昇していることを感じ取ったからである。
 さっきまでとは違う。もう目の前の男は、油断のできる相手ではないのだ。
 ターレスが両手を広げ挑発する。

 「さぁ、かかってくるがいい。ゴミどもを、全員まとめて相手をしてやる」

 「貴様……図に乗るなよ。俺達三人を相手に、勝てるとでも思っているのか?」

 「ふん、貴様らこそたかだか三人風情で、この俺を止められると思っているのか?」

 「この野郎…舐めるなダボッ」

 「泣き面を拝ませてやるぜ、キキ!」

 アンギラたちが散る。
 ターレスを中心に置き、等線上に間隔を開いて立つ。
 そしてそのさらに外側を、一般兵たちが群がり円形の場を作り出していた。
 しかし包囲されたにもかかわらず、ターレスはその表情に未だ余裕を保っていた。
 その程度何でもない。ターレスは全身でそう語っていた。

 「舐めやがって……」

 憤りに頭を支配されるアンギラ。
 そして彼が怒りに駆られて攻撃を開始しようとした、その時。
 場の空気を冷ます、絶対的な声が割り入った。

 「全員、待てぃ」

 「す…………スラッグ様!?」

 「ん?」

 声に、ターレスを除く全ての者が反応し、視線を巨大宇宙船の方向へ向ける。
 そこにはローブのようなものを羽織った、年経た人間がいた。
 そのローブの隙間から垣間見える肌は、緑色をしている。
 一見して、ただの老人にしか見えない。
 しかし、アンギラもメダマッチョもドロメダも周りを囲む全ての一般兵も、即ちこの場にいるターレス以外の全ての人間が、彼を恐れていた。

 「……何者だ、貴様?」

 無遠慮にターレスは問いかける。
 そしてターレスの言葉に、ローブを羽織った者は手に摘まんだ一粒の錠剤を噛み砕き、答えた。

 「儂か? 儂の名はスラッグ。この宇宙のありとあらゆるものを支配し頂点に立つ者……大宇宙の王じゃ」

 名乗り上げる、ローブを羽織った者――スラッグ。
 その身から発せられる“気”は、凄まじいまでの邪気を含む。
 紛れもなく、邪悪。
 そしてその大宇宙の王と名乗るスラッグの視線は、しっかりとターレスの目を捉えていた。








 ――あとがき

 あうち、本来一話に収める話が分割することになってしまった。
 なるだけ早く次の話を出そうと思います。
 感想が来てくれるということは、まだまだ私は書き続けられるってことです。
 サンキュー! あざーっす!!
 屁理屈は好きですか? 私は大好きです。
 10話ぐらい行ったらチラ裏から移動しようかと思っているこの頃。
 感想・批評待ってマース。



[5944] 第八話 飽くなき訓練<後編>
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/03/03 01:44
 「大宇宙の王だと? そういえば、そんなホラも聞いたな」

 そう言いながらも、ターレスはその名前に頭の奥を刺激されるものをハッキリと感じていた。
 やはり、錯覚だとかデジャヴなどではない聞き覚えがある。
 スラッグという言葉。はたして、どこで聞いたものだったか?

 ターレスの思惑をよそに、スラッグはふわりと動く。
 まるで蜃気楼か幻影か、掠れ消えたかと思った次には包囲の中へ現れていた。
 余りに奇怪な雰囲気を纏った存在。ターレスが今まで相手にしたことのないタイプの者である。
 彼らはほんの10mもない間合いを挟み、相対する。

 スラッグは不気味な笑みを浮かべたままであった。
 そしてターレスを見据えながら、口を開く。

 「小僧。貴様、神精樹の実を食べたのじゃろう」

 「神精樹……あの樹のことか? 貴様はあの樹のことを知っているというのか?」

 思わず聞き返す。
 それがターレスが超パワーを得るに至った原因であるのだ。
 少しでも情報は欲しいところであった。

 「儂の記憶の底に、ぼんやりと残っておるのだ。星一つを糧として吸い尽くし、やがて実を成す大いなる樹の存在が……」

 フフフフと哂い声を洩らしながら、スラッグが喋る。
 その目を見て、ターレスは目の前の老人が自分に対して抱いている思いを悟った。
 憤怒が沸き上がる。

 ――こいつは、俺を見下していやがる。

 「貴様のその急激なパワーアップ……察するに、神精樹の実を食べたのじゃろう。星一つの生命を凝縮した実じゃ、そのパワーアップも頷けるわ」

 「ふん、正解だ。その慧眼には感服しておこう。だが、それならば分かっているだろう。この俺と貴様との間にある、天と地ほどの実力差をな」

 神精樹の実から得たパワーは圧倒的だった。
 10倍以上の戦闘力差があった筈のゼウエンを、赤子の手を捻るのと同じ手間で料理できたのだ。
 このパワーアップは単純に神精樹の実の力だけではなく、死の淵から這い上がることで戦闘力を増すという、サイヤ人特有の超回復特性も合わさったものだったのだろう。
 だが、この際理屈は関係ない。
 どういった論理が働いたにせよ、現にターレスは凄まじく大幅に戦闘力が上がっている。それが事実なのだ。
 少なくとも、今この場にそれ以外の事柄は重要ではない。

 ターレスは増長していた。
 あるいはそれも、サイヤ人の性であったのかもしれない。
 掌中のものとなった膨大なパワーに、もはや敵はいないと早合点し勝利を疑っていなかった。
 巨大な驕りと慢心に支配されていたのである。

 「大宇宙の王だが何だが知らないが、今の俺に太刀打ちすることなぞ到底できんぞ」

 今の自分ならば、フリーザすら倒すことが出来るかもしれない。
 ターレスはそこまで考えていた。そこまで、意思は驕り昂ぶっていた。

 「行くぞ、俺の動きに付いてこれるか?」

 そしてターレスは荒れ狂う闘争本能の猛りに従い、上空へと飛び立ち、急速上昇する。
 散々コケにした後、嗜虐心を満たした上で止めを刺す。
 そんな攻撃的な思考を胸に抱いていた。

 「愚かな奴じゃ」

 スラッグもまた、ターレスの挑発を受け取り後を追って飛び立つ。
 その顔には、愚者に対する優越に染まった憐みが漂っていた。
 暴虐と独裁の主である。
 元よりスラッグもまた、己に逆らったターレスを逃す気はなかった。

 空の上へと消えていった二つの人影を見送り、残された者たちの一人、アンギラがぼやく。

 「―――馬鹿な男だ。あの程度の力で、スラッグ様に敵うものか」




 高度数百m近くまで一気に舞い上がり、ターレスとスラッグが相対する。
 先に仕掛けたのはターレス。
 勝利の確信を微塵も疑わず、攻勢へと移る。

 「喰らえぃッ!」

 エネルギー弾を打ち出す。
 威力は抑えられている。すぐに終わらせてはつまらないからだ。
 己の力を誇示し嬲り楽しむ。サイヤ人の悪癖である。

 エネルギー弾が、スラッグに迫る。

 「ふん……ッカ!」

 しかしスラッグは、迫りくるエネルギー弾に喝を叩きつける。
 それだけで、エネルギー弾は弾け飛んだ。
 ほうと、僅かにターレスは感嘆する。
 確かに力は込めてはいなかったが、だからといって今の自分のエネルギー弾が気合いだけで吹き飛ばされる様な、柔な代物ではない筈である。
 少しばかり力を抑えすぎたか。ターレスはそう解釈する。

 スラッグが、馬鹿にするように鼻を鳴らす。

 「この程度か、小僧?」

 ピクリと、その挑発にターレスは眉を動かす。
 不快であった。
 その、まるで己の方が圧倒的優位にいるかのような発言が。

 「ゴミが……たかがその程度のことで、この俺に勝てるとでも思っているのか!」

 “気”を纏い、ターレスの全身からさながら白い炎に包まれた様なエネルギーが発散される。
 そして、そのままスラッグへ突撃を仕掛ける。
 まずはその身体に実力差を叩き込み、生意気な口を黙らせようという考えであった。

 加速する。
 瞬く間に距離は縮み、スラッグのすぐ傍まで接近する。
 拳を握り締める。狙いは余裕を装う顔面、その一点。
 そして、拳が解き放たれる。
 裂帛の激突音。
 ターレスの拳は、確実にスラッグの顔面、その真芯を捉えて打ち抜いた。
 スラッグは頬に拳をめり込ませ、衝撃に顔はあらぬ方向へ向かされている。
 大人げなかったかと、ターレスは嗤う。

 が、その嗤いはごく自然にスラッグが顔を戻したことで止まる。

 「な、なに!?」

 「ふふふふ……その程度の攻撃など効かぬわ」

 「っち、ほざけぇ!」

 一歩バックステップし、両手を揃えてスラッグへ向ける。

 「はぁーーッ!!」

 ターレスは特大のエネルギー弾を発射する。
 至近距離からの攻撃である。外す筈がない。
 それは確実に無防備に構えているスラッグへ接触すると、爆発を起こす。

 直撃である。
 しかし爆煙が晴れる間もなく、中から突如として腕がターレス目掛けて伸び出してきた。
 腕はターレスの首根っこを捕まえる。

 「ぬぐ!?」

 「どれ、儂の力を見せてやろう」

 爆煙が晴れると、無傷のスラッグが現れる。
 スラッグは自分の腕を数mに伸ばし、ターレスを捕らえていた。
 そしてそのまま腕を元の長さへ収縮し始めて、反対の手に力瘤を作り引き寄せられたターレスを殴り飛ばす。

 「ごあぁッ!?」

 叩き付けられた拳に吹っ飛ぶターレス。
 強烈な衝撃が、殴られた腹に走っていた。
 ターレスは驚き狼狽しながらも、腹を押さえて錐揉み落下する身体を止める。
 慌てて見返したその先には、スラッグが泰然と待ち構えている。
 が、ふと姿がターレスの視界から掻き消える。
 何処へ? 辺りを見回すターレスのスカウターに反応が出る。
 反応は後ろを示していた。
 そしてターレスが振り向くと同時、顔に突き付けられる掌。

 「なッ」

 一瞬で背後に回っていたスラッグの掌から、気合砲が放たれる。
 ターレスはまたもや大きく吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされて、“気”を発揮して慣性を殺し体勢を立て直すターレスだが、しかしその顔は信じられない思いで支配されていた。
 ワナワナと震えながら、困惑している。

 「ば、馬鹿な………俺は最強のパワーを手に入れたのだぞ? なのに、何故こうも簡単に!?」

 下級戦士はおろかエリートすら凌駕する戦闘力を得たにもかかわらず、ターレスは無様に翻弄されていた。
 その事実が余りにも理不尽に思え、頭を憤りに支配される。
 スラッグが、そんなターレスに向かって嘲り言い放つ。

 「ぐふふふふ、分かっていなかったようじゃな。儂と貴様との間にある天と地ほどの実力差を」

 「き、貴様ぁ!」

 痛烈な皮肉だった。
 強大な殺意が沸き上がり、スラッグを睨み付ける。
 しかし所詮は負け犬の遠吠えか。スラッグはにやにやと笑い嘲り、その視線を見下す。
 それが分かり、なおさらターレスは怒りのボルテージが上昇する。

 「所詮、フリーザの手の者などその程度の実力しか持っていないということじゃ。儂に敵う筈もない………儂こそが、この大宇宙の王に相応しい」

 漫然と、スラッグが言い放つ。しかしそのセリフには、ターレスには関係ない何かしらの含みを感じさせた。
 そして憤っていたターレスは、スラッグの言葉にふと我に帰る。
 スラッグの言葉に、より強く記憶を刺激するものを感じていたのだ。
 キーワードがターレスの頭を乱舞する。フリーザ、スラッグ、支配、宇宙………。
 忘れ果てていた記憶の扉を、それらが開いていく。
 そして、ターレスは遂に記憶の中からソレを思い出した。

 「く、くくく………ふははははははッ!!」

 「……どうした、狂いおったか?」

 突如として笑いだしたターレスに、スラッグが奇怪な視線を送る。
 ターレスはその反応を無視する。いや、それは正確ではない。
 その、余裕と傲慢に満ちた態度へ、最大最高の悪意を返す。

 「笑わせてくれる。何が大宇宙の王だ、くくくく……」

 「何じゃと?」

 その言葉に、スラッグの視線に殺意が混じる。
 ターレスは表情にたっぷりと嘲りを混ぜ込み、言い放った。

 「スラッグという名前について、ようやく思い出したぜ。確かそれは、フリーザとの勢力争いに敗れた哀れな負け犬の名前だった筈だ。そんな落ち目の人間が、大宇宙の王を名乗るとはな……くくく、片腹が痛いぜ」

 「小僧ッ、貴様ぁ!?」

 ターレスの言葉に、一気にスラッグが煮え沸く。
 その態度は、逆説的にターレスの言葉を肯定していた。

 フリーザ軍が活動するより、一つ前の時代のことである。
 まだスラッグが若く力が全盛にあった頃、スラッグ率いるスラッグ軍は本人の言葉通り、大宇宙の王という言葉に相応しく宇宙各地で暴れ回り、そして支配していたのだ。
 それだけの行いが出来たのも、全てはスラッグの持つパワーが凄まじいものであったからである。
 スラッグの超パワーを拠り所として蠢く彼らは、勢いに乗ってありとあらゆる星を滅ぼし、銀河を掌中に収め、星雲を支配下に置いていたのだ。
 それは規模だけで言えば、今のフリーザ軍すら凌ぐものであった。
 しかし、現在ではその形は見る影もなく、フリーザ軍の台頭を許している。

 何故か?

 簡単である。衰退したのだ。
 如何に強大な力を誇ろうとも、時の流れには逆らえれなかったのだ。
 かつて暴虐を振るい宇宙を支配したスラッグの超パワーも、老化による肉体の衰えに影響され、全盛期の半分以下へと落ち込んでいたのである。
 そして力で支配していたがゆえに、力が衰えることは同時に求心力の低下を意味していた。スラッグは数多くの離反者を、自分の支配地から出し始めていたのだ。
 そこに加えて、フリーザ軍という新興勢力の出現である。
 フリーザ軍は己こそが宇宙の支配者として豪語し、古い遺物として邪魔なスラッグ軍の排除に動いた。そしてスラッグ軍もまた、これに宇宙の支配者の地位を賭けて対抗し争ったのである。
 しかし、すでに組織として黄昏時を迎えていたスラッグ軍は、フリーザ軍と正面から張り合えるだけの力も持っていなく、敗北することとなる。
 結果、スラッグ軍は僅かな残党だけが生き残って宇宙を放浪し、そして自分たちが支配していた領域の大半をフリーザ軍に奪われたのである。

 ターレスはこの話を以前、場末の酒場かどこかで古参の人間から聞いていた。
 さして興味もなく、自分とは関係ない話であったため聞き流していたのだが、今ようやく本人を目の前にして思い出したのだ。
 そしてこれをこうして本人に言い放つこと。これはいわば意趣返し、もしくは嫌がらせであった。
 目の前で踏ん反り返っている輩を、嘲て鼻を明かすために言い放った言葉である。

 それは確かに、嫌がらせとしては万全の効果を発揮した。
 スラッグの最も触れられたくない、最も忌まわしい過去をほじくり返したのだ。
 スラッグは傍目から見ても分かり易く、激怒している。
 本人が纏っていた泰然とした雰囲気も完全に取り払われていた。これだけを見れば、ターレスの思惑通りだと言える。

 激昂させ隙を作らせ、そしてその隙を突く。

 自らが神精樹の実から得たパワーを以ってしても、未だスラッグの戦闘力を下回っているということを実感したターレスは、そう一計を案じた。
 ターレスの予想では、確かに戦闘力に差はあるが、それでもまだ戦い方次第ではスラッグの倒し様はある、と判断していたのだ。
 それは先程の攻防での手応えによる反応からの予測であり、そしてターレスはその考えに大きな自信を持っていた。
 思い出した先の話の内容も、その自信の補強の要因として働いていた。
 ターレスの目の前にいるスラッグは、すでにその力は全盛期の半分以下になっているのだ。
 神精樹の実から得た力は、非常に膨大なものであった。しかしスラッグはそれをも上回っていた。
 加えて、全盛期はこの倍以上の力を誇っていたのだというのだ。
 なるほど、それならば確かに最強だと、ターレスはそのことを素直に認める。
 しかし、所詮それは過去の失われた栄光でしかない。
 スラッグの戦闘力の底は遠い位置にあるわけではない。
 今のスラッグの戦闘力と自らの戦闘力、その間にそう大きな差はないだろう。そう思い込んでいたのだ。

 結果だけを言えば、このターレスの推測は大いに間違っていた。
 両者の間にあった差は、そんな小手先の技術だけでどうにか出来るほどの大きさではなかったのだ。

 「遊びは終わりじゃ小僧ッ! バラバラに砕いてくれるわ!!」

 感情の猛りとともに、“気”がスラッグの身体から放射される。
 強大なエネルギーの放射に大気は歪み、風が吹き荒れる。
 そして一瞬で計測オーバーへと至った、ターレスのスカウターが爆砕した。

 「な、なんだと!?」

 「カァッ!!」

 大気の壁を破壊し、スラッグが近接する。
 そしてターレスが一切の反応を取る間を与えずに、右ストレートを胸部に叩き込んだ。
 一瞬で超質ラバーのバトルジャケットが砕け、そして筋肉を潰し骨を粉砕する。

 「がぎゃッ!?」

 そのまま発生した運動エネルギーに従ってターレスの身体が吹き飛ぶ。が、みすみす見逃すことはしなかった。
 スラッグが左腕を伸ばす。伸長した左腕は吹き飛ぶターレスの足を掴み、そのまま強引に引き戻す。

 「シャッ!!」

 右腕に気功弾を発生させながら、スラッグはそのままターレスに掌底の形で叩き込む。
 浸透する衝撃と同時に染み入る様に爆発する気功弾。爆煙と衝撃。
 煙を裂いて、ボロボロになって宙から力なく落下するターレス。
 スラッグはさらに追撃する。
 “気”を纏ったまま、急加速攻撃を仕掛ける。
 上空からの直下、斜め下からの斜辺上への交差、水平方向に隣接する軌跡。
 ターレスを地に落とさぬように、執拗に攻撃を繰り返して宙へと打ち上げる。
 それはまるで球遊びの光景である。
 ターレスという球を使った、非常に悪趣味な球遊びであった。

 「お、己ぇぇえええ!!」

 なすがままとなっている身体を奮起させ、ターレスは不意を突いたカウンターとなる様にエネルギー波をスラッグへ発射する。
 しかしスラッグにとって、そんなものは何でもなかった。
 一切の動揺も見せずに、あっさりと瞳孔からレーザーのように細い気功波を放ち、エネルギー波を相殺する。
 そしてそのままエネルギー波を相殺した気功波は存在を維持し、ターレスへ向かう。接触し、まるで電撃が流されたかのように全身が痺れるターレス。

 「が、ガガガガッ!?」

 その真上に、スラッグが現れる。
 組んだ両手から振り下ろされるハンマーパンチ。ターレスは直下の大地へと叩き下ろされた。




 「か、がはっ! はぁ、はぁ。し、信じられん! まさか、これで全盛期の半分以下の力だというのか!?」

 並大抵の衝撃では破壊されない筈のバトルジャケットはボロボロに砕け、全快した身体もさっきの攻防で傷だらけ。
 ターレスは、自分の算段が甘すぎたことを痛感せざるを得なかった。
 スラッグは老いてもなお、ターレスの手には負えない桁違いの化け物であったのだ。
 最初の手応えなんてものは全く当てにならない。先の一気呵成の攻勢には、底知れない実力の程を実感させるに十分だった。
 ターレスの推測なぞ、スラッグが手加減していたが故の錯覚・勘違いでしかない。

 「俺は宇宙最強の戦闘民族、サイヤ人だぞ? かつてないパワーも手に入れたのだッ! それでも、たかがあんな負け犬の老いぼれ一人に勝てないというのか!?」

 屈辱であった。
 誰であろうと圧倒できるパワーを手に入れたと思ったがゆえに、再度の転落による屈辱はより大きかった。
 サイヤ人は戦闘民族である。宇宙最強の強戦士族なのだ。
 しかし現実には、フリーザはおろかそれに負けた敗北者にすら勝てない有様。
 その沸き上がる憤りは大きい。

 保身を第一に行動するならば、ターレスはこの場を速やかに逃れて逃走すべきであった。すでに彼我の実力差は明らかである。意地を張り対抗しても、成す術なく殺されるだけである。現にゼウエンとの戦いの最中ではそれを実行した。
 しかし、ターレスは素直にその選択を良しとはできなかった。負の感情は、一度希望が手に入るところまで近付いた後に奪われた方が、より強まる。
 ましてや、絶対の勝利を確信するだけのパワーを手にいれ、増長していたところからのこの急落である。
 ただで引き下がるには、感情の収まりがつかない。
 しかし、現実にはターレスとスラッグの間に存在する隔たりは大きい。
 一矢報いるにも、絶望的な戦闘力差である。

 (パワーだ……なんでもいい。パワーを、戦闘力を上げる手はないのかッ!)

 神精樹の実について考える。まだ幾つか、神精樹の実が残ってはいないか?
 しかし即座に却下する。ゼウエンに吹き飛ばされ樹の中へ入ったとき、軽く見渡してみたがやはり実は一つもなかった。
 実はターレスが食べた一つきり。神精樹の実によるパワーアップは見込めない。

 (俺はサイヤ人、宇宙最強の戦闘民族なのだぞ。何か、何か方法がある筈だ。何かが……)

 ふと、ターレスがあることに気付く。
 目に入ったそれを、ターレスは注視する。
 それは腰に巻いている、尾であった。

 「はははは……そうだ、手はあったな」

 ターレスは左手で右手の手首を握りしめ、右の掌を上に向けて広げ、パワーを集中させる。
 それは下級戦士であるターレスにとって、初めての試み。
 慣れぬ動作に血管は浮き出て、汗が流れる。
 しかし口の端を歪めたまま、ターレスは余裕を保っていた。

 「神精樹の実を食べた、今の俺ならば出来る筈だ………かぁぁッ!」




 スラッグが地に舞い降りる。
 眼前に忌々しい記憶を掘り返した愚かな男の後ろ姿を捉え、コキコキと手の指を鳴らしながら死の宣告を告げる。

 「さぁて、覚悟は出来たか」

 「………さぁ? それは何の覚悟かな?」

 「なに?」

 振り向き言い放ったターレスの言葉に、スラッグは不審に思う。
 ターレスの表情は、追い詰められた人間にしては余りにも余裕があった。
 そしてスラッグは、ターレスの右掌に浮かぶ光球に気付く。
 さっきまでの姿との相違点。それがターレスの余裕の根拠か。
 スラッグは鼻で吐き捨てる。そんな珠っころ一つで、自分をどうにか出来るとは微かにも思えないからだ

 「見せてやろう、負け犬野郎。戦闘民族サイヤ人の、その本領をなッ!」

 「雑魚が、戯言を言いおって!」

 ターレスが振りかぶり、そしてそれを避けるまでもないと弾き飛ばそうと身構えるスラッグ。
 しかし、スラッグの予想は外される。ターレスは光球をスラッグにぶつけず、見当違いの方向へ投げ放ったのだ。
 スラッグを無視し、遥か上空へと昇っていく光球。

 「なんじゃ? 何をする気じゃ?」

 スラッグの疑問を口元で笑って流し、ターレスは片手を光球へ向ける。
 そのまま光球を開いた手で握りしめるように動き、あるキーワードを発する。

 「弾けて、混ざれッ!!」

 閃光が、大地を照らす。
 その巨大な明りに、スラッグは思わず目を閉じる。
 発光はそれほど長くは続かなかった。ほんの数秒で収まり、スラッグは目を開いて空を見上げる。

 「なんじゃとッ!?」

 遥か空高く。神精樹の影響で大気が淀み、日の隠れた空の上に、光輝く球体が出来ていた。
 それは正しく、月であった。

 「くくくく………ハハハハハハハハハハッ!!」

 「ぬぅ!?」

 哄笑に向き直れば、ターレスが自ら宙に作り上げた月を見詰めたまま、嘲り笑っていた。
 彼はそのまま、月を注視したまま言葉を紡ぐ。

 「確かに貴様は凄まじい戦闘力だったが、残念だったな。最後は俺の勝ちで、終わらせてもらおう」

 「たかがあのようなものを作った程度で何を言うのかと思えば、小生意気なことを………さっさと死ぬがいいわぁッ!!」

 間合いを詰め、スラッグはもはや一切の容赦をなく命を取るつもりで拳を叩き込む。
 ターレスは全く微動だにせず、無防備のまま腹に攻撃を喰らう。
 しかし、なんら反応を示さない。
 スラッグは手応えに訝る様子を見せる。何故、反応がない?
 しかし次の瞬間には、思考が驚愕に染まった。

 ターレスの身体が、筋肉が異常に膨張を始めたのだ。
 慌ててスラッグが飛び去り距離を取る。そして、一歩離れたことによって事態の推移を克明に目撃する。
 筋肉の膨張だけに、身体の変化は留まらなかった。
 身体の巨大化が進行し、その過程で顔の造形や基本的な骨格の構造まで変化は進行。
 全身に濃い体毛が生え始め、腰に巻かれるように収められていた尾は巨大化と共に自由に振り回された。
 そしてある一定の大きさまでに達し、ようやく巨大化は収まる。
 全長10m前後の、巨体となったターレス。その姿は人間型ではなく、全く別の動物の姿。
 予想外にも程がある事態。スラッグは、思わず驚愕のままに言葉が漏れる。

 「お、大猿じゃと?」

 伸縮性に富んでいるがゆえに破れずに済んでいるボロボロのバトルジャケットを身に纏いながら、大猿となったターレスは咆哮する。
 響き渡る獣の叫びが大地を揺さぶり、そして大気を叩き打つ。
 ギロリと、敵意に満ち溢れた視線がスラッグを捉えた。
 咆哮を上げながら、右足を持ち上げて叩き下ろす。
 スラッグはそれ斜め上方へ飛び上り回避。
 しかしふと気配を感じ視線を移すと、真横から大猿の拳が接近していた。

 「ぬぅううう!?」

 かわすにはタイミングを逸す。
 両手を交差させ防御態勢を作り、そして拳の直撃を受ける。
 それはまるで、ハエ叩きに打ち落とされたハエの光景。
 斜め下方の方向に叩き吹き飛ばされたスラッグは、大地に叩き付けられた後もなお有り余る運動エネルギーで地を抉り、数十mの溝を作り出す。

 「己ぇ! 大猿になるなぞ、そんな猪口才な手で、この儂がどうこうなるとでもッ!?」

 大猿がスラッグの方向へ向き、口を開く。
 そして間も置かずに、凄まじいまでのエネルギーを含有した超高エネルギー波がその口から解き放たれた。
 土を払う間もなく、スラッグはエネルギーの奔流の直撃を受ける。
 巨大な爆発。
 まるで水爆のごとき衝撃波と熱を生み出し、そしてキノコ雲が上がる。
 大猿となったターレスは支配されている原始の本能に従い、両手で胸を叩きながら再度の咆哮を上げた。

 ふと、空に一つの光が現る。
 それは不規則な軌跡を描きながら飛来し、そしてドラゴミングしていた大猿の脳天に接触。爆発した。
 不意打ちの痛みに、頭を両手で押さえて取り乱す。そして燃え上がった敵愾心に従い、大猿が光の飛来した方角へ顔を向ける。
 そこにはローブを所々破き小さなダメージを受けつつも、五体満足で宙に浮いているスラッグの姿があった。
 年老いてシワを刻んだ肌を露出させながら、スラッグは怒りに打ち震えていた。

 「猿風情がァ!! ゴミの分際で儂を傷付けるとは、ふざけた真似をしおって!」

 ゴッ、とスラッグを中心に嵐のごとき乱気流が巻き起こる。
 今ここに、スラッグは全ての戦闘力を解放した。それだけの強敵であると判断したのだ。
 そしてその圧力に対し、大猿が吠える。下級戦士であるターレスは、大猿化すれば理性を失う。
 ここに存在するのは、10倍に増大した溢れんばかりの戦闘力を持つ、ただの一匹の野獣である。

 「ぬおおおッ!」

 スラッグが突進を仕掛ける。
 合わせて、大猿も猛進する。
 彼我のサイズに大きな差を作りながらも、両者は如何なる理由でも怯まずに拳を繰り出した。
 星を砕きかねない、激闘が幕を開ける。




 激震が空を伝わり大地を揺らす。
 大猿とスラッグの戦いによる余波は、離れた場所にいるアンギラたちの元まで届いていた。

 「け、ケケケケ!? も、物凄いパワーだ! 信じられねぇぜ!?」

 「あ、あの野郎……スラッグ様と対等に渡り合ってやがるダボか!?」

 メダマッチョとドロダボが口々に驚きを露わにする。
 にわかには信じられない事態であった。
 幾ら老いたとはいえ凄まじい戦闘力を秘めた自分たちの首領が、あの程度の戦闘力しか持たない一人の男に手こずるどころか、対等に戦い合うこととなっているとは。

 「な、なんてことだ……」

 「や、やはり、スラッグ様ももう年を取りすぎたということか」

 「パワーが、昔より衰えているのだ……」

 周囲の一般兵が、口々に囁く。
 その内容は一様に、スラッグの力を疑問視、あるいは嘆く言葉である。
 しかし話し合っていた数名の兵が、真横から突然放たれた気功波に消し飛ばされる。

 「貴様らぁ、ごちゃごちゃと益体もないことを喋りやがって。それでもスラッグ様の部下か!?」

 アンギラが気功波を発射した態勢のまま、怒声を発する。
 そのまま二度・三度と気功波を発射し、兵たちの間の雑談を取り除くと視線を戦場へと戻す。
 鳴動は止まず、戦いは未だ続いている。




 「かぁーー!!」

 両手から渾身のパワーを込め、大猿の身体の中心に巨大な気功波を叩きつける。
 そのまま巨体で強靭な身体がシャトルのノズルのように働き、大猿は上空へと打ち上げられる。
 しかしある一定の中空まで飛ばされたところで、大猿は身体を押し上げる気功波を強烈な力で抱擁し押し潰す。
 その隙を見逃さない。スラッグは両手を残像が残るほどの速さで動かし、連続して気功波を発射する。
 自由落下していた大猿が気功波の群れに呑まれ、姿が爆煙に掻き消える。
 なおもしつこく気功波を打ち出し、限界まで打ち続けてようやく止める。

 「どうじゃ!」

 肩で息をしながらスラッグは様子を見る。
 そこに即座に煙を割って現れる影、全身に傷を作りながらも闘争心に満ちた大猿の姿。
 吠えながら大猿が、両手を組んで頭上からスラッグへ打ち下ろす。
 舌打ちしながら加速しかわす。

 しかし安堵する間もなく、自分に迫る影を発見するスラッグ。
 それは大猿の尾。
 避ける暇もない。スラッグは尾に叩かれ吹き飛ばされる。
 さして距離を飛ばされる前に、舞空術を使い宙に止まり姿勢を正すスラッグ。
 そのスラッグに対し、より強い原始本能を喚起させて大猿が吠え、威嚇する。

 「猿の分際で、しぶとい奴じゃ……」

 単純な戦闘力の大小で言えば、未だにスラッグの方が大猿ターレスをも上回っていた。
 しかしスラッグは大猿の相手に手を揉んでいた。
 それは大猿の戦闘力以上に秘められた予想外のバイタリティの高さと、自身の老いによる影響が原因である。
 特に老いの影響は深刻だった。
 それは単純にパワーのMAX値を全盛期より下がらせるだけではなく、全力の発揮を阻害する方向にも働いていたのだ。
 スタミナの低下。加えて、無理に全力を発揮しようとするならばそれは寿命を縮める結果となるのである。
 様々な要因がこの場でスラッグの足を引っ張り、大猿の排除を容易なものとさせてなかった。

 大猿が飛びかかる。
 巨体であるにもかかわらず、その動きはとてつもなく速い。
 俊敏に軽快に、そして見た目通りのパワーを秘める拳打が放たれる。
 易々と当たってやるいわれもない。スラッグはかわし、拳が地盤を叩き割るのを尻目に大猿の顔面すぐ近くへ接近する。

 「かぁッ!!」

 “気”を励起させ、加減抜きの全力でその顎を蹴り上げる。
 大猿の顔が跳ね上がり、僅かに上体が浮く。が、即座に顔を戻すと、血走った目でスラッグを睨み付け口を開く。
 しぶとい。余りにもしぶとい生命力。スラッグが命を奪うつもりで打ち込んだ蹴りが、ダウンすら奪えていない有様である。

 「ぬっ!?」

 咆哮一閃。そして大猿の口から放たれる極太のエネルギー波動。
 大地を削岩する光の一筋が、地平の先まで駆け抜ける。
 しかしスラッグは、すでにエネルギー波が放たれる前に上空へと退避済みである。

 「おのれぇ、しぶとさだけが取り柄の猿めがッ!?」

 跳ね上がって迫るアッパーに、不意を突かれる。
 ヒットし、さらに上空へとスラッグは吹き飛ばされた。
 ふわりと一回転し、体勢を戻す。口を拭えば紫色の血が付着していた。
 憤怒の表情で大猿を見下ろす。かつてここまでコケにされたことがあっただろうか?

 「猿がぁッ!! 舐めおってぇーー!!」

 血管を顔に浮きあがらせて憤るスラッグに、ふと視界の端に眩いばかりに輝くものが映る。
 見てみれば、それは先にターレスが作り出した人工の月である。
 光輝くその球体を見て、スラッグの脳裏に閃光が走る。

 「く、ふふふふふ………ぐはははははは!! そうか、そういうことじゃな。分かったぞ、貴様のその姿のタネがッ!!」

 飛び上り、スラッグの正面に大猿が迫る。
 両手で挟むようにスラッグへ叩きつけるが、その前にスラッグの姿が消える。
 何処へ行ったのかとキョロキョロと見回す大猿の後頭部、それを渾身で蹴り飛ばし、スラッグはエネルギー弾を掌の上に作る。

 「元の姿に、戻るがいいわぁーッ!!」

 スラッグが、エネルギー弾を投げ付ける。
 エネルギー弾は飛ぶ。湾曲的な軌跡を描き、目標へと向かって。
 そして目標――ターレスが作った月へと、接触。
 閃光ととも、月は爆砕し粉砕した。

 「ぐわはははは!! これでもはや大猿ではいられんじゃろう! 元の姿へ戻るがいいわ!!」

 ターレスの行動と、大猿となった前後の状況を顧みての推測であった。
 大猿となるためには、あの月が必要である。
 スラッグのこの推測は正しい。サイヤ人が大猿となるためには、満月と尾の二つ、この両方が必要なのだ。

 ―――しかし、ここに一つだけ計算外の事柄がある。
 
 まぁ、それを予測することは、土台無理だっただろうが。

 「ぬぉ!? な、なんじゃと!?」

 スラッグを握りしめる、巨大な手。
 油断していたスラッグを、依然として大猿のままであったターレスがその手で捉えたのだ。

 「馬鹿な! なぜ大猿のままなのじゃ!? 月は破壊した筈じゃぞ!?」

 それはターレスにとっても予想外の効力であった。
 本来、人工の月を作りだすパワーボールは、サイヤ人でもエリート、それも一部の者だけが作り出すことが出来るとされている代物である。
 しかしこれは正確ではない。現に下級戦士であるターレスは、パワーボールを作り出すことに成功している。
 より正確な表現で言えば、パワーボールを作り出せるものはサイヤ人の中の、さらに一定以上の戦闘力を持った者の中で限られた人間であるのだ。
 下級戦士の戦闘力ではパワーボールを作り出せないがために、エリートに限られたと言われているに過ぎないのである。
 そして神精樹の実を食べて戦闘力を増大させたターレスは、この第一の問題をクリアでき、そしてパワーボール作成の素質を持っていたために月を作れたのだ。
 加えてターレスは神精樹の実を食べたおかげで、本来ならば月を壊されればすぐに解けてしまう筈の大猿化の持続性という、新たな効力を自らのパワーボールに獲得できていたのだ。

 とはいえ、このことは本人とて知り得てはいないこと。
 スラッグに予測することは不可能であった。

 大猿が咆哮する。
 両手の握力を最大限に発揮し、掌中のスラッグを握り潰そうと圧力をかける。
 潰されんと、スラッグは“気”を全開にして抵抗する。が、状況は圧倒的に不利であった。
 容赦なく加えられる圧力に、スラッグの身体が悲鳴を上げる。ボキボキと骨が折れ、紫色の血が流れる。

 「ぐぉぉおおおおおおお!!?!?!」

 あるいはこのままパワーを込め続けていれば、この時スラッグは殺せていたかもしれない。
 しかし、残念ながらターレスにそこまでの幸運はもたらされなかった。
 筋肉が縮み始める。
 骨格の形が組み直され、全身に生えた体毛が巻き戻されるかのように薄くなっていく。
 大猿化の持続が解け、本来の人型へと戻り始めたのだ。

 掌中へと込められる力も緩み、スラッグへの圧迫も維持できなくなる。
 大猿が吠える。それは最後の嫌がらせか。
 大猿は大きく振りかぶると、スラッグを巨大宇宙船の方角へ投擲した。
 音速を超えて飛翔するスラッグ。
 
 抵抗する余力もなく、スラッグは自身の宇宙船の四脚の内の一つを叩き折り、外壁を破って中にめり込んだ。

 しかしそれを見届ける暇もなく、ターレスは元の人型へと戻った。

 大猿が消えた位置には、大猿であったという面影をその尾以外一切を残していないターレスの姿がある。
 ターレスはしばし呆然自失とした様子であったが、ふと我に返り身体がよろめく。

 「ぐ……っち、随分と派手にやっちまったみたいだな」

 頭に手をやりながら、全身のダメージに毒づくターレス。
 大猿化すれば戦闘力が跳ね上がるが、その行動は極めて原始的且つ衝動的なものへと化す。
 大抵のダメージなぞ無視して暴れ回るのだ。元に戻った後の反動は大きい。それゆえターレスは、あまり大猿化することを好んでなかった。

 「さすがに、もうこれ以上付き合ってはいられんな」

 全身のダメージの具合を見て、切上げ時だと判断する。
 もう憤りも収まっていた。ダメージも思った以上に大きい上、初めて行ったパワーボールの生成に消耗が激しい。
 スラッグは姿が見えない以上始末したと判断できたが、さすがに敵の全てを殲滅できたとは思えてない。
 今のコンディションで他のスラッグ軍の取り巻きの相手をするのは得策ではなかった。
 
 ターレスは身を翻し、その場を速やかに後にしてポッドへ向かった。




 「す、スラッグ様!?」

 「ご無事ですか!?」

 アンギラたち側近が、外壁に空けられた穴からスラッグの様子を窺う。
 瓦礫に埋もれ、スラッグの姿は見えなかった。

 「スラッグ様………ッ!?」

 ピシリと、空間に紫電が走ったような気がした。
 近づこうとしたアンギラの足が止まる。冷や汗が流れた。
 がちゃがちゃと瓦礫が震えだす。細かな破片が地の上を踊ったかと思えば、宙に浮遊し始める。
 瓦礫の下から、膨大な“気”が漏れ始めていた。

 「ぬぅぅ…………ぐるぁぁああああああ!!!!」

 瓦礫が全て吹き飛ばされる。
 怒気を纏いながら、全身の砕かれた骨格を再生させたスラッグが現れる。

 「おのれぇい!! 汚らわしい猿風情が、儂に刃向かうだけじゃなくここまでコケにしおってッ!!」

 滲み出るスラッグの“気”に共鳴し、周囲にあるランプ類が砕ける。
 余りの圧力に、アンギラたちが怯え退く。
 その中、勇敢にも一人の一般兵がスラッグに近づく。

 「す、スラッグ様! どうか気を落ち着かせ下さい!! そんな身体で無理をされては!?」

 一瞥すらせず、スラッグはその兵を気功波で消し飛ばす。もはやスラッグの怒りは抑制できるレベルを超えていた。
 煮え滾る憎悪に駆られながらスラッグが動くが、ふとこの星を離れる気配を感じ取る。
 ッキと、視線を空の彼方へ向ける。

 「猿小僧がぁ………彼奴め、逃げおったなぁ!!」

 「ひ、ヒィィイーー!?」

 激情とともに放射される“気”の衝撃に、周囲の部下たちが吹き飛ばされる。
 巻き込まれれば冗談ではなく死を与えられる。
 部下たちは皆、必死の形相で逃げ出した。
 周りから人気がなくなっていく中、スラッグの怒声が響く。

 「小僧がぁー!! サイヤ人じゃとぉ………覚えたぞ、必ずやその首を宇宙から見つけ出し、捻り千切ってくれるわぁー!!」

 スラッグの憤りは、結局破損した宇宙船を修復し、宇宙へ飛び出したその後もしばらくの間続くことなった。




 ターレスは憤るスラッグがいる惑星を尻目に、本来の予定地である侵略対象の星へと向けてポッドを駆けさせていた。
 ある程度星から離れ、安全な宙域に出たところでポッドは超光速航行から超々光速航行へと移行する。
 ターレスはその中、簡易的なメディカルキットを引き出しながら全身のダメージに呻く。
 ポッドの故障から、全くとんでもない目にあったものである。ターレスはしかし、そう思いながらも愉快な気持ちが沸き上がってしょうがなかった。
 災難は多かった。が、しかしそれ以上に良いものを得ることが出来たからだ。

 ターレスはボロボロとなったバトルジャケット、その内からあるものを取り出す。
 それは数粒の種であった。

 新精樹の種である。

 ポッドへ向かう前に、空洞へ向かい粉々にした実の残骸から回収しておいたのだ。

 「くくく………これだ。これさえあれば、俺はフリーザすらも超えることが出来る」

 スラッグと戦ったことで、やはり今の自分ではフリーザに太刀打ちできないことをターレスは悟った。
 大猿化しなければ全く手に負えなかったのだ。そんな化け物であるスラッグの力は全盛期の半分以下で、さらに抗争で勝ったというフリーザは当然その上を行くのだろう。
 ターレスは思い上がりを正さなければいけなかった。まだまだ、より強く高い戦闘力を手に入れる必要があった。
 しかし、その手段として最高のものは、すでに自分の手の中にあった。

 「たかが星一つを潰すだけで戦闘力が簡単に上がる………素晴らしい話ではないか」

 ターレスは邪悪に笑う。
 もとより他者の命を何とも思っていない人間である。星一つの犠牲なぞ、強くなるためならば簡単なコストであるとしか考えていなかった。
 かくして、ターレスはこれ以後の地上げの仕事の影で、秘密裏に幾つかの星を神精樹の糧とし始める。
 そして実を食らうことで戦闘力を高め、いずれかの日の反逆を心に抱き志すようになるのであった。
 サイヤ人は反骨心を秘めた種族である。
 従わなくていい理由が出来れば、容易く下剋上を狙うようになる。
 ターレスはサイヤ人らしく、その衝動に従ったのだった。








 ガチャガチャと、メカニックが巨大な装置の足元で作業を行う。
 場所はリキューの引き篭もり場所であり、現在は私室とも呼べる重力制御訓練室。
 リキューはメカニックの背後で、その作業の様子を眺めている。
 さすがに非戦闘員であるメカニックがいる現在、重力室の稼働は止められていた。

 「よし、こんなもんでいいだろ」

 「……終わったのか?」

 メカニックが開いてたカバーを閉じ、装置の脇に取り付けられているレバーを押し上げる。
 電源が入り、取り付けられた装置が稼働を始める。
 コンソールに火が灯り、何時でも使用が可能であることを示すランプが点灯する。
 どっこらしょと言いつつ、メカニックがゴキゴキと首を動かし炎を吐く。
 ちなみに炎を吐いた瞬間、リキューの顔がちょっとツッコミ系に変わった。

 「ま、こんなとこだな。操作説明はメンドーだから、マニュアルでも置いておくから勝手に自分で確認しとけ」

 「そうかい、ありがとよ」

 「あー、疲れた。にしてもリキュー、お前ってなー………」

 メカニックは装置を設置した部屋から出て、重力制御のコンソールが置いてある広間を見渡す。
 当初はこの広間だけが置かれていた、文字通りの重力制御訓練室であった。
 だが現在は三ヶ月以上前に比べて異様に拡張が進み、部屋が幾つも増設されて浴室や寝室に学習室etc……。加えて今度もまた、もう一つ部屋を追加に新設である。
 メカニックはこの有様もう一度よく見つめ、一つ頷くとリキューに向かって思ったことを言った。

 「お前って、あれだな。後で返せばいいって言いながら借金を重ねるタイプの人間だな。つまり典型的なダメ人間」

 「やかましいわ爬虫類ッ!」

 やはりこのメカニック、どこか一言生意気である。

 うおおーなにをしやがるー!? と騒ぐ爬虫類系なその顔面に、ちょっと洒落にならない威力のアイアンクローをかませながら、リキューは新設された部屋の中、そこに置かれた装置を眺める。
 リスクは高いものではあったが、しかしこれさえあればこれからの鍛錬が非常に効率的なるとリキューは考えていた。
 ハイリスク・ハイリターン。性急に成果を求める以上、代償を払うことは当然の理屈であった。ちなみにこのとっき必死にメカニックがリキューの腕にギブギブとタップしている。

 リキューが性懲りもなく新たに増設依頼をした設備。そしてその目の前に置かれている装置。
 それはメディカルマシーン。三ヶ月前、死にかけたリキューの命を救った治療ポッドであった。




 効率的な鍛錬の出来る環境にありながら、消耗の激しさゆえに鍛練の時間が取れなかったリキュー。
 彼が数日の間考え抜いた末に思いついた解決策は、単純且つ極めて強引なものであった。
 消耗が激しいのならば、回復させればいい。そう考え付いたのだ。

 これはつまり、治療ポッドの使っての強引なリカバリーである。

 激しい鍛練により体力が尽きれば、治療ポッドに入って体力を癒す。こうすることによって鍛錬の時間を無駄にすることなく、さらに以前よりも、鍛錬をより集中して行うことができるのだ。
 もちろん、こんなものは強引を通り越して無茶苦茶である。そんな鍛錬なぞしようものなら、普通は強くなる前に身体を壊すものだ。
 しかし、良いことか悪いことか、サイヤ人の肉体の特性と治療ポッドの性能は、この無茶を可能なものに出来た。
 ゆえにリキューは迷うことなく、メカニックへ依頼し治療ポッドの設置を行ったのだ。

 しかし、何故メディカルルームがあるにもかかわらず、リキューはわざわざ重力室への治療ポッドの設置を依頼したというのか?
 すでに大きな“借し”を作ってしまっているリキューである。ここにきてさらに“借し”の追加など、全くもって正気ではない。
 メカニックの発言は、あながち間違いでもないのだ。この行動で間違いなく、リキューの猶予はさらに短くなったに違いない。
 加えて、リキュー自身が、たしかに不味いが最終的に“借し”を全て返せばいいだろう、と本当に考えている辺り救いがない。

 本当に何故、リキューはこんなリスクを払ってまで手間をかけたのか?
 それはメディカルルームまで道程が遠く往復の時間が勿体ないから、とリキュー自身はそんな理由を答えとしていたが、実際は他のサイヤ人と極力接触を避けるためである。

 リキューのサイヤ人の悪行、その罪に対する答えは出されてはいない。先延ばしにして誤魔化しているだけである。
 だからなのか、特に意識した訳ではなく、リキューは無意識にサイヤ人との接触を避けている節がある。
 サイヤ人と触れ合うことは胸の奥、無意識の奥にしまっている筈のその問題を意識してしまうことになるし、なにより下手な接触を持てば、また情を移してしまうかもしれないからだ。
 今のリキューにとって、サイヤ人と繋がりを作ってしまうことは苦痛でしかないのである。
 リキューが鍛錬の名の下、半ば引き篭もった生活をしているのも、単純に強くなりたいという理由だけではなく、こういったことも関係していたのだろう。

 「ぶるぁ、それじゃ吾輩は帰らせてもらうぞ」

 全くひどい目にあったぜと言いながら、顔に五指が食い込んだ痕を残したメカニックが立ち上がる。
 先程まで泡を吹いて倒れていたにもかかわらず、その早い回復に軽くリキューは驚く。
 が、所詮はどうでもいいことである。
 治療ポッドのマニュアルを眺めながら、リキューは無言で手だけを振ってやった。メカニックも同じ様に手を振る。
 なんだかんだでこの二人、馴染み深い仲となっていた。

 「まぁ、その治療ポッドもお前の親父の作品だからな。丁寧に使ってやりなー」

 「………………は?」

 部屋を出る間際に発せられたメカニックの言葉に、何か予想外の情報が混じっていた気がしたリキューは、呆けた声を上げてメカニックに顔を向けた。
 その反応に、逆に意外そうにメカニックが返す。

 「なんだ? お前知らなかったのか? その治療ポッドはお前の親父のチームが改良した、最新式のタイプだぞ?」

 「親父が? ………これを?」

 呆然としたまま、リキューは傍らの治療ポッドを見つめる。
 おうと、踏ん反り返りながらメカニックが言う。

 「お前がガートンの息子だって聞いたからな、せっかくの親子だ。吾輩がちびっと粋なサービスを用意してやったぜ」

 結構苦労したんだぜー用意するのはー、というメカニックの戯言を聞き流しつつ、リキューは沈黙していた。
 すぐ傍に置かれている治療ポッド。これに存在していた、実の父との繋がり。

 リキューは、何故か急に気分が悪くなった。

 吐き気が沸き上がり、不快感だけが増す。原因は分からなかった。
 とりあえずメカニックに対し、威力を押さえた気弾をぶち当てて、己の視界から姿を追い出す。

 マニュアルを置き、寝室へ向かう。
 早速鍛錬を開始しようと思っていたのだが、リキューはその予定を今日だけは取りやめることにする。
 バトルジャケットを脱ぎ捨て、ベッドに横になる。吐き気は、収まらなかった。
 リキューは、この吐き気の原因が全く分からなかった。しかし一晩寝れば治るだろうと思った。
 そして明日には治るよう祈りながら、リキューは目を瞑ったのだった。

 とても、気分が悪かった。







 ―――あとがき。
 
 オリ設定は永遠です。作者です。
 急いで仕上げた後編。なにか予想以上に伸びた後編。
 戦闘描写が困る。躍動感とこざっぱりさを併せ持った分は書けないものか?
 感想は私というエンジンを動かすニトロです。本当にありがとうございます。
 うちのリキューはヘタレです。実は書いてて楽なキャラ。それは私もヘタレだから。
 感想と批評待ってマース。



[5944] 第九話 偉大なる戦士
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/03/14 22:20

 宙に浮く。
 舞空術を行いながらも、体調の管理も怠らない。
 2mほどの高さを維持し、深呼吸を一回。

 “気”を操作し、加速する。
 支柱を中心に軌跡は回転を描き、より加速を強めていく。
 “気”を操り加速する一方で、体調の保持も継続する。

 速度が上がり、回転軌道ゆえに、より強い遠心力が身体に働く。
 遠心力に軌道を歪められ、壁に激突しかねない可能性が出てくる。それは過去にあったことだ。
 “気”を強めて、より強く身体を拘引し軌道を維持する。速度は落とさない。
 加速は尚も続く。

 室内の光景が目まぐるしく回る。
 広い室内ではあるが、所詮閉じられた空間である。
 飛行するには狭い。コントロールを誤れば、呆気なく俺の身体は激突する。
 そして重力が倍化している今、クラッシュした場合のダメージは深刻で、それは命にかかわる。

 加速が終る。
 おおよそ出せる限界の速度までに達した。後はどこまで、これを維持できるか。
 速度を維持する。限界は近い。
 体調は今のところ、万全。しかし、コントロールが完璧という訳ではない。

 まだ必要個所一点に集中して“気”を回せるほど、技術は上達していない。
 ピンポイントに集中させている訳ではなく、全身に“気”を励起させて纏っているだけ。
 ゆえに消耗が早い。体力が瞬く間に消えていく。
 生物である以上、全力を常に維持できる訳がない。

 最高速に達して、おおよそ10分程度。
 限界だ。
 朦朧としてきた意識を絞り、急制動をかけて静止する。地に降り立つと同時に、眩暈がして膝をつく。
 体力が底を尽いていた。“気”の守りは維持できていたが、心なしか身体全体が重い気もする。
 俺は身体を引き摺る様に動かしながら、一つ扉を隔てた向こうの治療ポッドへ赴く。

 もう手慣れた操作を行い、システムを起動させて中に入り込む。
 自動的にマスクと端子が張り付けられ、溶液が中に満たされていく。
 俺は目を閉じて、流れに任せた。

 理想は、まだまだ遠い。
 苛立ちか、激情か。よくわからない思いが頭で騒いでいた。








 三年の時が経った。
 宇宙にある、とある一つの星、惑星ベジータ。
 今日この日、この星では実に祝福すべきことが起こっていた。
 それは、新たなる生命の誕生。
 現ベジータ王の子、男児が生まれたのである。

 サイヤ人の階級制度は、生まれ持った戦士の素質を秤にかけられて決定される。
 基本的にこれは絶対で、以後のいかなる行動によってもこの階級が変動することはない。
 しかし、だからと言って血統に意味がない、という訳ではない。
 やはり、戦士の素質にも多分に遺伝的要素があるからだ。
 大抵エリートの子供はエリートであるし、下級戦士の子は下級戦士ということである。

 その例に漏れず、やはりベジータ王の子も王族の素質であった。
 だがしかし、その子供は王族であるという、ただそれだけの言葉で済まされる存在ではなかった。
 彼は赤ん坊でありながら100という非常に高い戦闘力を保有して生まれ、そして計測されたその戦士の素質は、歴代のベジータ王をも凌駕するものを示していたのだ。
 生まれ持った戦闘力が100などというのは、並大抵のものではない。加えて計り知れない。将来の成長性をも併せ持っている。

 それはまさに、千年のに一人の逸材と呼べる存在。

 ベジータ王は、その事実に驚き喜んだ。
 現サイヤ人の王である自分を、簡単に追い越すであろう存在。まさに自分の後継に相応しい者。
 ゆえにベジータ王は、この期待すべき己が息子の名として、本来王の称号である筈のベジータの名を贈ることとしたのである。

 サイヤ人の王子、ベジータ。
 後に孫悟空の終生のライバルとなる男が、今日ここに生まれたのである。








 サイヤ人の王子、ベジータが生まれた頃。
 しかし大多数のサイヤ人、それも特に下級戦士を中心とした一団は、そのことに大した感想は持っていなかった。
 これは、肯定派と否定派という二つの派閥という、無意識の壁があったことも原因だったであろう。だがしかし、何よりも根本的な原因は、サイヤ人たちが自分たちの王への関心を持っていなかったことである。

 大多数のサイヤ人とって、自分たちの王が誰であろうとどうでもいい、と考えていたのだ。
 こういった部分だけを見れば、ある意味サイヤ人は現代日本人と似ているとも言える。
 良いとか悪いとか以前に、興味がないのだ。
 ゆえに新しき王子の誕生というニュースが流れても、惑星ベジータは別段大して騒ぐこともなかった。

 そしてそれは、メンタル面がサイヤ人に近しくなってきていたリキューもまた同じであった。








 リキューは紙媒体の資料を持ち、机に向って黙考している。
 年月が過ぎ、すでにリキューは年が十三となっていた。身長も伸び、現在は150cmを超えたところ。身体も鍛えられた筋肉で覆われ、鋼のように引き締まっていた。
 元々の知性的なスペックのおかげか、あるいは学習カリキュラムが優秀であったのか、リキューはようやく一端のテクノロジストと呼べる程度に知識を身に付けていた。
 見習いという言葉が頭から取られ、新人であれど一人前のテクノロジストとなったのである。
 がしかし、それはいわば受験で例えれば受験資格を満たしただけである。
 リキューはこれから、例えで受験合格に相当するものとして、テクノロジストとして何らかの功績を示さなけばいけなかったのだ。

 リキューはさしあたって、功績を立てるための研究対象としてスカウターに着目していた。
 何故かといえば、リキューなりに調査してみた結果、個人で手を加えられる範囲で、尚且つタイムリミット以内に改良出来そうな対象がスカウター以外に見当たらなかったからだ。

 一例として、リキューの父であるガートンがその改良に携わった治療ポッドであるが、これは使われている技術の理論や体系の多分に様々な分野が複合されており、幾らネクシャリズムを聞きかじっているとはいえ個人で全てを把握し、尚且つ手を加えるなんてことが出来る代物ではないのだ。それこそ、天才と呼べる人間でもない限り。
 現に、ガートンもまたこの治療ポッドの改善に当たっては、数人のテクノロジストと共同し、チームを作って研究を行っていた。
 このように、普通は研究改良などといった作業は、複数人で知恵を持ち合わせて行うのである。
 それをリキューは全てを個人で行おうとしていたのだ。それも出来ない話ではないだろうが、時間的制約のある今では現実性は皆無である。
 そう。リキューは自分の意向で、こういった他者との共同作業を拒否していたのだ。

 ここにきてもまだ、リキューの自己保身が働いていたのである。
 数年に渡り続けてきた半引き篭もり修行生活は、悪い意味で伊達ではない。
 リキューは三年の月日で肉体的には頑強にはなったが、精神的な打たれ強さに関してはさして成長してなかった。
 未だサイヤ人という人種と己の間にある問題には目を逸らし続け、そしてサイヤ人との接触も極力取ってなかったのである。
 肉体の成長に精神の成熟が付いていけてないのだ。

 これはいわば、心が子供のまま大人になってきているということである。
 成熟した日本人の人格一つ分の記憶を持っているにもかかわらず、何故こうまで精神的に脆いのか?
 それは単純に、その日本人の記憶でここまで深刻な選択をしたことがなかったのが原因であるし、加えてその人格が逆境に強かったわけでもなかったからである。つまり有体に言って、ヘタレとも呼べる性格だったのだ。
 ヘタレた性格の人格の記憶が基本として構成されているがために今のリキューの精神は打たれ弱く、そしてその人格が成熟した大人のものであったがために、下手に確固なものとして残っているのである。

 閑話休題。

 ともあれ、リキューは自身の無意識あるいは意識的な意向で、共同作業に頼らず自身一人で何らかの成果を上げることが必要、という状況に追い込まれていたのである。
 完璧なまでの自業自得であった。が、しかしそうなったからにその環境で頑張るしかない。
 しかし、そうそう簡単に個人で画期的なマシンや道具なんてものは作れないし、既存のもののバージョンアップもできる筈がない。
 前者は技術以前にセンス的な要素が多く求められる領域であるし、後者は逆により高度な技術的レベルが要求されるものであるからだ。
 仮に個人で簡単に改善できる代物があったとしても、そんなものは別のテクノロジストがとっくに行っている。誰だって、特にフリーザ軍所属のものであるならば、より高い地位とそれに伴う特権や利益が欲しいのだ。
 みすみす手柄のチャンスを逃したりはしない。
 そう言う訳で、リキューの希望を満たす理想的な研究対象というのは中々見つかるものではなかった。

 ゆえにリキューはより条件を絞ることとし、よって前者である有用物の新規開発については早々に諦めた。
 自分にセンス的な才能はないと判断したからだ。
 功績を立てるものとしては既存物の改善改良を目指すこととし、その条件の下で研究対象を探したのである。
 そして条件に合致し、目を付けたのがスカウターであったのだ。

 リキューがスカウターに目を付けた理由は、簡単なものであった。
 それはスカウターの研究をしているテクノロジストが、ほとんどいなかったからである。
 スカウターは元々、ツフル人が開発したもの。
 そしてツフル人はその科学技術においては、おそらく全宇宙レベルで見ても最先端の高さを誇っていた種族である。
 彼らが開発したスカウターもその完成度は非常に高く、目立って改善すべき点も見つからず、研究対象としてはさほど着目されてはいなかったのだ。
 精々が計測限界値を上げるための地味な研究程度であり、それも熱心に行われている訳ではない遅々としたものであった。

 リキューはこの点に目を付けた。
 もしも同じ対象に別の研究者がいれば、個人で挑む自分は確実に不利である。ただですら猶予が限られ切羽詰まっている身。ライバルなぞは欲しくなかった。
 リキューは、自分は数年前に比べてずっと賢くなったと思っている。しかし、だからと言って数の力を覆せるほど世界一の賢者であるとまでは、さすがに思ってはいなかった。
 そしてスカウターは幸いなことに、現在特に誰かが研究している対象ではない。
 リキューはこれ幸いとライバルのいないスカウターを対象として研究し、功績を立てようと目論んだのだのだ。

 が、しかし、リキューは根本的な部分を忘れていた。
 それは何故、スカウターにはライバルである研究者がいないのか? というところである。

 リキューは紙媒体の資料から顔を上げると、憂鬱に溜息を吐いて頭に手を置いた。
 手の隙間から資料を見下ろし、頭痛に頭をこらえる。

 (―――これは、どこに手を加えたらいい?)

 スカウターに研究者がいない理由。それは先にも言ったが、スカウターそのもの完成度が極めて高いから。
 つまり手を加える余地がもうほとんどなく、見つからないからである。
 しいてあるとすれば戦闘力の計測限界値の向上、といったぐらいのもので、しかもそれすらもさほど現状では必要とされてはいないのだ。
 対抗者がいないというだけの理由で研究対象をスカウターにしたリキューだが、その最初の一歩からベストのつもりでバットな選択肢を選ぶというミスをしていたのだ。

 元よりチームで研究できないために分担作業できず、求められている基本ハードルが普通よりも高くなっているリキュー。
 彼のことを、とある爬虫類系メカニックは、典型的なダメ人間と称した。
 その評価は、案外間違っていなかった。
 なぜならば、現在のリキューの苦境。それは全てリキュー自身の行動による結果であり、まさに身から出た錆びだからだ。

 タイムリミットのある命の危機に晒されているのも、リキューが自分で重力室関係の設備を依頼したことで“借し”を作ったことが原因。
 チームを組めず一人で全ての作業を担い研究するのも、リキュー自身の意向。
 そして研究対象として改善の余地がないスカウターを選んだのも、これもまたリキューの決定。
 あえてもう一度言う。現状に陥ったのは、完璧にリキューの自業自得である。それぞれの行いに対して同情の余地の有無はあるが、それでも自業自得は自業自得である。
 それもこれも、リキューの根底にあるなんとなるであろうという楽観が原因であり、しかも本人にはその自覚症状が欠けているという有様。
 つまり反省の余地なし。本人がこれらの苦境に対してネガティブな意見を出さず行動してる分だけましだが、全くもって性質が悪い人間なのだ。

 リキューは舌打ちして資料を乱雑に放ると、椅子から立ち上がり、部屋を出ていく。
 いい加減、頭の煮詰まりも限界であり苛立ちも強かった。気分転換がしたかったのだ。
 机の上には資料を置いたままにし、広間に出て瞑想モドキを行う。

 はっきり言ってスカウターを研究対象に選んだのは失敗であり、さっさと別のものへ対象は変えた方が良かったのであるが、しかしリキュー自身はそのことに気付いていなかった。
 単純に何もアイディアが思い浮かばないのも、まだ自分が資料を十分に理解してないだけだからと考えていたのだ。
 まだタイムリミットは少なからず残っている筈。その時間を費やして理解していけばいいと、ここでもまたリキューは楽観視していた。

 サイヤ人、リキュー。
 彼は、自爆型苦労性ポジティブファイターであった。




 研究が滞りを見せていても、リキューの日課は変わらない。
 今日も今日とて、捻出した時間を鍛錬に当ててさらなる強さの頂へと挑戦する。
 研究成果の如何は確かに命が賭かった問題であるが、リキューの心情的にはこちらの方が本題であるのだ。

 リキューが広間に立ち、両手を胸の前で囲みを作る様に構える。
 “気”を集中させ、囲いの中にエネルギー光球を形成。そのままエネルギー光球を維持し、さらに舞空術を行い宙に浮く。
 エネルギー光球の維持、舞空術の維持、そして体内環境の維持。
 大別して三つの“気”コントロールを同時に、リキューは一筋の汗を流しながら行う。
 しかしその行動も、三十分ほどで限界を迎える。
 制御し損ねて光球が消滅し、合わせて疲労にリキューが着地する。

 ままならない成り行きに、憤りが沸き上がる。怒りに任せて拳が床を叩いた。

 リキューは“気”のコントロールを上達させていたが、しかしそれでも、まだ平均と比べれば下手であったのだ。
 膝に手を付いた状態で十秒ほど休み、そして喝を入れて姿勢を正す。
 流れる汗を拭う暇も惜しみ、リキューはすぐさま鍛錬に取りかかった。




 三年の月日により、リキューの戦闘力は重力修行を始めた頃より、おおよそ倍にまで成長していた。
 具体的な数値にして、リキューの現在の戦闘力は5100。この数値は、平均的なエリートの戦闘力を数割上回っている数値である。
 重力も地道に数値を上げていった結果、現在ようやく20倍の重力にまで耐えられるようになっていた。
 これは年も加味して考えれば、リキューはかなり良くやっている方だろう。
 まだ子供と呼べる未熟な年でありながら、一流のエリートを超える戦闘力を身に付けているのだから。

 しかし当人であるリキューは、やはり不満しか浮かんでいなかった。
 さしあたっての暫定的な戦闘力の目標として、リキューは戦闘力53万を掲げている。
 曲がり並にも、フリーザ打倒を心の中の凶暴性を抑制する大義名分として抱いているからだ。
 サイヤ人的なリキューの潜在的理想は最強を目指しているものの、表層意識の目標としてはフリーザを超えることなのである。
 53万と5100、100倍以上の落差だ。満足どころか不満しか浮かばなくて当然である。

 ちなみに、このフリーザ打倒として挙げた目標戦闘力である53万という数値。
 これはリキューがもうほとんど忘れていた“ドラゴンボール”の記憶から思い出した数値であり、この世界で現在生きるものとして改めてその数値の凄まじさを実感しているため、この数値がフリーザの実力であるとリキューは思い込んでいたのだ。
 現実にはこれはフリーザの第一形態の戦闘力であり、最終形態の実力はより上であるのだが。
 この戦闘力に関する誤解はこの後も色々と経緯をたどるが、最終的に是正されることもなく、リキューは手痛い報復を味わうことになる。




 宙に仮想敵、サイバイマンを思い浮かべ、にわか仕込みのシャドートレーニングを行う。
 片足で立ち、高速連続の蹴りを放つ。蹴りは軽く音速を突破し、残像を残す。
 サイバイマンがまともに当たればあっという間に勝負が決まる威力。当然敵は後退する。
 リキューの姿が消える。超スピードで移動し、サイバイマンの背後に回ってその身体を蹴り上げる。
 さらに姿が消え、蹴り上げたサイバイマンの到達地点に先回りしてまた蹴り飛ばす。
 また同じように繰り返し、先回りしての蹴撃。
 繰り返し、繰り返し、繰り返し。
 数十回以上も蹴り回しリキューが息荒く着地した後には、仮想のサイバイマンはズタボロの状態であった。

 息を整えつつ、精神統一を行う。
 20倍の重力にも、慣れが見え始めてきたところである。
 “気”のコントロールにもコツらしきものを掴み、重力加重の耐性も一般的なサイヤ人程度には養われてきた。
 リキューは確実に強くなってきている。それは事実であった。

 だが、リキューの苛立ちは消えない。
 それは前述の目標に遠く届かない戦闘力が理由でもあったが、それだけでもない。
 欲求不満。それが一番の原因だった。

 それは一言で言って、戦いへの“飢え”。
 リキューの胸に燻ぶる、リキューの心を複雑にした原因であるサイヤ人の悪の部分。倫理という枷を無視して暴れる、凶暴性そのものである。
 闘争本能と結びついているそれは、ただ孤高に鍛え、戦闘力のアップを行っても満たされはしない。
 リキューが真面目に鍛錬と学習に打ち込み、修行僧の如くストイックな生活を続けていても、心の底に抑えつけられるだけなのだ。
 抑えられても反発はある。不満がある。満たされない欲求がある。だが、おいそれとその衝動を解き放つ訳にもいかない。だから抑える。悪循環の流れ。
 結果残るのは、濁り粘着するように蓄積される、始末に困る方向性のない情動である。
 積もり積もったそれは苛立ちや焦りといったベクトルの感情に変換されて、リキューの心を埋めるのだ。
 つまり現在リキューは、慢性的なフラストレーションにさらされているのである。

 リキューは自らのフラストレーションを躊躇なく晴らす対象としてフリーザを選び、そしてそれをいわば眼前の釣り得の様にして無意識の暴力の発露を抑えて生きてきた。
 しかし、その抑制もさすがに限界を迎えてきたのだ。
 食うなと言われても腹は減る。
 サイヤ人にとって、闘うなと言っても理性を超えて闘いたくなるのだ。
 特に今のリキューの年頃は、一層本能の欲求が強まる思春期である。自制の限界がきて当然であった。
 理性が強く働き未だ爆発こそしてはいなかったが、それでも最近は行動の節々に粗雑さが見えてきている。
 短気は損気とも言う。何とかしなければいけなかった。

 と、唐突にぐぎゅる~、と音が鳴る。リキューは腹を押さえて堪える仕草。
 腹の音である。確認すれば時刻は深夜を過ぎており、そしてリキューは未だ晩飯を取っていなかった。
 リキューは腹を満たそうと、食糧室へ移動する。
 わざわざ贅沢にもこしらえた食糧プラントと直結した食糧設備のおかげで、本当にここ数年もの間、リキューは重力室をほとんど出ずに生活をしていた。
 ヘタレでありながら行動力がある人間の、悪い例である。

 食糧機械のスイッチを入れる。

 はたして今日は何にするべきか? 飯かパンか麺か? 肉は欠かせないしサラダも必要である。スープも欲しいし前食べた野菜炒めはおいしかったから今日も大盛りでああ迷うな何にするべきか待てそもそも何で迷う必要があるのか選ぶ手間をかけるぐらいならば全部注文してしまえばいいかどうせタダである好きなものは全部食べてしまえいやいやさすがに全部は食べきれない食べ物は粗末にしてはいけませんやはり厳選に厳選を重ねて選ぶ必要があるああ面倒だメシメシメシメシメシメシメシメシメシメシメシメシメシメシ……

 瞬間的にフラストレーションだとか研究だとかという俗界の煩悶から解き放たれつつあるリキューに、エラーを告げるブザーの音。

 「――ん? なんだ?」

 カチカチとスイッチを押すも、機械は反応を返さない。
 振って返ってきた苛立ちに苛まされながら、リキューはガンガンと機械を叩く。機械の外装が所々へこむ。
 反応なし。
 テクノロジストらしく論理的に対応しようと、斜め45度の角度からチョップ。
 気円斬的ダメージ。大破、スパーク。目標の完全沈黙を確認。
 頭に血管を浮かばせながら、リキューは怒った。

 「ちくしょう、壊れやがった!」

 食い物の恨みは海よりも深い。
 とりあえずリキューは脳裏に浮かんだ爬虫類系メカニックに対して制裁しようと、心のメモに書き加えた。




 リキューは仕方がなく、食堂へ向かっていた。
 他のサイヤ人との接触を厭う気持ちと、飯を抜くことを嫌う気持ち。両方を天秤にかけた結果である。
 とはいえ、完全に厭う気持ちが押し殺された訳もなく、時刻は先程よりもさらに経っての深夜も過ぎ。
 通路を歩くリキューの周りに、人影は見えない。

 久しぶりに見る外の光景に懐かしさを覚えながら、リキューは歩いていた。
 いくら生活環境が充実しているとはいえ、やはり窮屈な空間での生活は心身に良くない負担であったのだろう。
 こうして重力室の外を出歩くだけで、リキューは苛立つ意識が洗われるような、一種の爽快感を味わうことが出来ていた。
 それは接触を避けるために引き篭もった生活してきたリキューが、これからも少しは外を出歩いてもいいか? と思う程である。

 やがてリキューは目的地の食堂に到達。そのまま警戒せずに中に入る。
 そして食いものを取ろうとカウンターへ向けて動くが、ふとその足が止まった。
 閑散とした、人気の絶えた食堂。
 その中に、ただ一人だけ卓に着いて飯をかっ食らってた人間がいたからだ。
 立ち止まったリキューに、卓に着いていた人間が気付き、片手に持った肉を噛み千切りながら視線を向ける。
 嘲笑じみた表情を浮かべながら、その人間――サイヤ人は話す。

 「へぇ………こいつは珍しいぜ。腰抜けのエリート様が、姿を見せるなんてよ」

 「お前は、確か……バーダックだったか」

 リキューはその顔を見て、記憶から名前を掘り出す。
 悟空に似た姿をした、下級戦士の男である。サイヤ人の中ではそれなりに有名な男であったため、リキューもその名前をはっきりと覚えていた。
 がぶりと、果実らしきものにバーダックが齧り付く。

 「エリート様がしがない下級戦士風情の名前を覚えてくれてるとは、これはこれはありがたいことで……」

 「何だと?」

 ニヤニヤと笑いながら、バーダックは言う。
 その言動と態度。それには間違いなく、リキューへの嘲りが含まれていた。
 リキューに権力を振りかざす気は別になかったが、それとこれは話は別である。
 燻っていた情動の積もりもあった。癇に障ったその感情のままに、剣呑な視線をバーダックに贈る。
 その視線を、バーダックは鼻で笑う。

 「どうした? 戦いから逃げた腰抜けのエリート様が、何か文句でもあるっていうのか?」

 戦いから逃げ出したもの。臆病者。腰抜けのエリート、リキュー。
 それがサイヤ人の間でのリキューに対する評価である。
 年中ずっと部屋に引き篭もり、何をしているのかも分からない怪しい存在。
 影でこそこそ動く、全くもって情けない男。
 リキューの評価はそれだけであり、つまりは非常に低かった。
 それは戦闘を最重視するサイヤ人社会では当然のことであったし、その少なからずの自覚もリキューにはあった。
 しかし、リキューはわざわざそれを他者から指摘される気もなければ、許容する気も毛頭ない。

 「うるせぇよ、たかが下級戦士が。黙ってろ」

 内心から猛る苛立ちに従い、吐き捨てる様に言い放つ。
 他者を気遣うなりやっかみを上手くかわすなり、どちらが出来るほど今のリキューに余裕はない。噛み付かれれば噛み返すだけの即物的な行動しかできなかった。

 「言ってくれるじゃねぇか、たかが腰抜けのガキが」

 バーダックの物腰に、殺気が混じる。揶揄し愉しむ態度から、怜悧で戦闘的な態度に。
 戦闘力至上主義のサイヤ人において、階級なぞは戦闘力の目安程度の認識でしかない。階級差で命令に従う気概はなかった。
 ましてや、たかだか戦いから逃げた臆病者風情に従う気なぞ。
 剣呑な視線と意識が、ぶつかり合う。

 「黙らないなら、力尽くで黙らせるぞ」

 「ほぅ……戦いから逃げた温室育ちのガキが、力尽くでだと? っは、笑えねぇ冗談だぜ」

 それはリキューが一歩譲歩すれば、回避できる諍いであった。
 だが、リキューは退く気がなかった。トラブルを避けようとする気持ちが、欠片も沸かなかったのだ。
 逆に心を満たしていたのは、戦いへの闘志。
 抑制している本能の中でも最も強い、戦いを求める欲求である。
 苛立ちが理性の枷を緩ませ、何よりも本能が、戦いへの“飢え”がリキューを突き動かしていたのだ。
 リキューが親指で食堂の入口を指し、口を開く。

 「来いよ。いい場所を教えてやる」

 「調子に乗りやがって………いいだろう、受けてやるよ、ガキが」

 不愉快気に言いながら、バーダックが立ち上がる。
 が、リキューは何を思ったのか入口には向かわず、カウンターへ近づく。
 その様子を見ているバーダックの視線に気が付くと、リキューは食いものを大量に手に取りながら言った。

 「まずは腹一杯食ってからだ。ちょっと待て」




 それから時間が少しばかり経って。場所は戻り、食堂から重力室。
 リキューのねぐらに、現在バーダックと部屋の主であるリキューの二人がいた。
 ポキポキと骨を鳴らしながら、バーダックがリキューへ語りかける。

 「本気で俺に勝てるつもりでいるのか? だとしたら、随分と舐められたもんだぜ」

 その言葉に反応せずに、リキューは部屋の中央に置かれている制御パネルへ向かう。
 パネルと向き合い、操作する。
 そしてバーダックに振り返ると、嘲りを混ぜて言い放った。

 「サービスだ、軽めにしといてやるよ」

 「何? ………ぬッ!?」

 機械の作動音が響くと同時、ズンと強烈な負荷が発生する。
 軽く身体をよろめかしながら、しかしキチンと地に立ってバーダックが驚きに表情を作っている。
 設定重力は10倍。惑星ベジータの重力と同じである。
 思った以上に平気そうなバーダックの姿に内心毒づきながら、リキューが構える。

 「この部屋では重力を変えることが出来る。分かったか?」

 「なるほど……こいつはいい」

 確かめる様に拳を握りしめていたバーダックが、感嘆の声を上げる。
 そのまま構えて、リキューへ笑いかける。

 「残念だったな。あいにく、この程度の重力ぐらいじゃ足枷にもならねえよ。いや、サービスだったか?」

 「黙れよ、下級戦士が」

 「黙らせてみろよ、腰抜けのエリートさんよ」

 舌戦もそこまでか。
 リキューもバーダックも口を閉じ、静かにパワーを溜める。
 何か合図があったという訳でもない。
 しかしある時点を境に、場は動きだした。

 リキューが動く。踏み込み、バーダックの懐へ神速で迫る。
 その速度に、バーダックが驚く。驚き、反応が追い付かない。
 圧倒的なスピード。その速度は、初見からたかがガキだというバーダックの予想を裏切っていた。
 近接する。
 リキューの拳が振り抜かれる。背丈の違いを利用して一歩、バーダックの身体の内へさらに踏み込み、強力なアッパーを腹を叩き込む。
 めり込み、腹に呑まれる拳。

 「ぐぉ、お!?」

 腹を押さえて、バーダックが後ずさる。
 ダメージの影響は色濃く、それはバーダック自身の予想を凌駕し浸透する。
 その姿を見送りながら、リキューはサディスティックな感情に表情を奪われ口を開く。

 「どうした? 何か言ってみろよ、バーダック」

 「き、さまぁッ!」

 激昂するバーダック。ぞくぞくとした感情の流れを背筋に感じながら、リキューは“気”を纏う。
 怒気を帯びたバーダックのラッシュが、リキューに浴びせかけられる。
 リキューはそれを、敢えて避けない。
 瞼を開き、その拳と蹴りの一つ一つを知覚し、そして防ぐことを選ぶ。

 繰り出される拳の一つ一つ、合間に打たれる蹴りの幾重。
 リキューはそれらをはっきり見た。見ることが出来た。
 合わせる様に身体を動かす。顔に迫る拳を掌で受け止め、ボディを打ち抜こうとする攻撃を逸らし、側頭部を狙うハイキックを腕で防ぐ。
 バーダックが必死になって繰り出すラッシュを、全て受けきる。

 「っち!」

 舌打ちし、バックステップしバーダックがエネルギー弾を打ちだす。
 リキューはそれを裏拳で殴り飛ばし、弾き消す。
 距離を取り間合いを確保したバーダックが、息を荒げながら言う。

 「まさかな……貴様がここまでやるとは思わなかったぜ。腰抜けのエリートの、それもたかがガキ風情が、これだけの戦闘力を持っているとはな」

 「知るかよ、勝手に勘違いしたのはそっちだ」

 リキューの現在の戦闘力は、5100。対してバーダックの戦闘力は、3200。
 バーダックの戦闘力は下級戦士にしては高いものであり、その数値だけを見ればエリートに匹敵する。
 しかしリキューの戦闘力は、そのエリートの平均レベルをさらに数割上をいっている。
 ツフル人の戦闘力理論で言えば、このまま戦ってもバーダックに勝利はない。戦闘力の差が五割以上あるのだ。さっさと降参して切り上げるのが賢いやり方である。
 スカウターがなくても、直接戦い実力差を痛感した筈である。バーダックもそれは分かっていた筈だ。
 だがしかし、バーダックに戦いを止める気配はなかった。
 そもそも戦いを始めた理由も、戦闘力もないただエリートというだけの子供が命令してきたから、というものだったのだ。厳密に言えば戦う理由ももうなくなっていた。
 それでも戦闘を続行する理由は、たった一つだけだった。

 「面白いじゃねぇか……」

 にやりと、闘志を衰えさせず、むしろより燃焼させてバーダックが構える。
 より強きものとの戦いを望む、サイヤ人の本能。バーダックはそれに忠実に従い、より闘争本能を喚起させていた。
 おそらくはサイヤ人という人種の中で、最もサイヤ人らしい人間。それがバーダックであった。
 実力差など、戦いを止めるには理由に不足がありすぎた。

 そしてリキューもまた、内を焦がす衝動、そして満たされる充実感を覚えていた。
 言ってみれば、この戦いはリキューの衝動に任せた暴走とも言える行為。理性で統制しきれなかった感情の動きがもたらしたものである。
 しかし、だからこそとも言えるが、この戦いという行為は大いにリキューの心を潤わせた。
 以前戦った、サイバイマン以来か。これだけの充実感を味わったのは、都合三年間の中で初めてであった。
 すで抑えられていた闘争本能が喚起され、たまりにたまった鬱蒼も加燃剤として投下されている。
 もはや、簡単には止まれなかった。

 バーダックが動く。
 超スピードで移動し、室内を激しく駆け回る。その動きに、ほんの僅かにリキューは目が追い付かない。
 打ち出されるエネルギー弾。連続して放たれ、背後からリキューに迫る。
 ほんの少しだけ早く察知し、振り向きエネルギー弾を弾くリキュー。
 その隙に、バーダックが懐へ飛び込む。
 が、易々とそうはさせない。リキューの反射が一枚上手であった。
 対応が間に合い、蹴りが懐へ入ろうとしていたバーダックの顎に決まる。蹴り上げられ、身体が仰け反り宙に浮く。
 追撃しようとリキューが片手にパワーを込め、エネルギー弾を発射しようとする。

 衝撃。リキューの視界が揺れて、身体が横へ飛ばされる。

 バーダックが、吹き飛ばされ際に蹴りを放っていたのだ。蹴りは追撃をかけていたリキューの側頭部に決まり、頭蓋を揺らしていた。
 宙で一回転し綺麗に着地を決めて、バーダックが反攻を仕掛ける。
 リキューは意識が混濁し、リカバリーが一歩遅れた。

 「でりゃあッ!!」

 渾身の力と速度を込め、バーダックの膝蹴りがリキューの腹に決まった。
 衝撃に意識が戻り、同時にダメージに咽ぶ。
 バーダックは止まらない。リキューのバトルジャケットの襟元を掴み上げて身体を持ち上げて、その額にヘッドバットを食らわせる。
 衝撃の二撃目。さらに視界が揺らされて幻惑する。が、これに完全にリキューの意識が戻る。
 ッキと、バーダックの顔を睨み付ける。

 「離れろぉーーッ!!!」

 叫びと同時に、“気”を放射する。
 全方位に放たれる“気”が、バーダックの身体を弾き飛ばす。
 離れた隙に地に足を付け、踏み込みを強く、反撃を仕掛ける。
 単純な力とスピード。それらは全て、バーダックよりもリキューの方が勝っていた。
 バーダックの一撃を凌駕する威力を備え、拳が飛ぶ。
 だが命中する瞬間。バーダックは体勢を立て直したかと思ったと同時、リキューの顔面へエネルギー弾を撃ち込んだ。
 思わずリキューは腕を戻し防御する。
 エネルギー弾は腕に弾かれ、ダメージはない。が、安心する暇もなく後頭部へ衝撃。
 膝をつき手を後頭部に当てて、リキューは痛みをこらえる。

 「なっちゃいねぇな、リキューさんよ。パワーは強くても、使い方がてんでなっちゃいねぇ」

 よっぽど戦い易い相手だ、とバーダックが言葉を連ねる。
 リキューが視線を背後にやれば、腕を組んでにやにやと見下しているバーダックの姿。

 (舐めやがって)

 怒りを圧しながら立ち上がり、リキューがバーダックを睨み付ける。交差する視線。
 と、リキューの姿が掻き消える。
 バーダックは完全にリキューの姿を見失った。
 焦り困惑するその背中へ、叩きつけられる激震。吹き飛ばされるバーダック。
 地に叩きつけられリバウンドし、慌てて跳ね上がる様に立ち上がる。
 痛む背中を我慢しながら見れば、そこには仁王立つリキューの小さな姿。
 苛烈な意思を灯しながら、リキューが言う。

 「忘れるなよ、バーダック。戦闘力は俺の方が上回っているってことを」

 “気”を纏い、全力を発揮してリキューが構える。
 そのパワーを肌で感じ取りながら、バーダックは好戦的な笑みを浮かべる。

 「言っただろうが。パワーの使い方がなっちゃいねぇ、ってな。いくら戦闘力が高かろうが、貴様は戦い方が出来てないんだよ、ガキ」

 「黙れよ、下級戦士」

 「黙らせろよ、腰抜けのエリート」

 停滞は一瞬。
 次の瞬間には、また二つの人影は交錯していた。




 リキューはこの日を境に、度々バーダックを相手に模擬戦を行うことなった。
 それは決して心温まる友好的なものではなかったが、しかしリキューにとって非常に貴重な経験であることに違いはなかった。

 バーダックは元々スカウターを使い、率先して自らよりも戦闘力の高いものへと挑むという、サイヤ人の中でも奇人視されている人間であった。
 おかげで幾度となく死にかけ、結果的に下級戦士でありながらエリート並の戦闘力を持つほど力を増大させてきていたのだが、それでも常に自らよりも戦闘力の高いものを選び率先して戦うため、生傷が絶えることのない奇特な男である。
 この逸話があるためにある種有名であり、リキューも際立って顔と名前を覚えていたのだ。
 そしてその性癖ゆえに、自分よりも遥かに戦闘力の高いリキューに対し、これ以後も臆することなく戦いを挑み続けることとなるのである。

 常に自分よりも戦闘力に勝る相手を戦い抜いてきたその実戦経験は、本来勝敗が決定されるだけの戦闘力差があるにもかかわらずリキューと互角の勝負を演じさせ、その成長に大いに貢献することになる。
 そしてリキューにとってみれば、今まで自分を苛まし続けていた情動の燻りを過不足なく解消できる相手が出来たのである。
 良くも悪くもサイヤ人らしいバーダックとは性格的波長が全く合わなかったリキューであるが、その点だけで言えば二人は最高の相性を持つパートナーと言えた。

 この二人がこの日に出会ったことは、あるいは運命だったのだろう。
 少なくとも二人がこの日に出会わなければ、後々の出来事は悲劇にしろ喜劇にしろ、ことごとく姿を変えていたからに違いないからである。








 ちなみに、バーダックについてだが、リキューは単純に悟空に似たサイヤ人であるとだけしか思っていなかった。
 それは何故かといえば、サイヤ人の下級戦士は似た顔つきの人間が多いかったからである。
 単純に悟空に似た人間だけでも、リキューはそれこそこれまでに山ほど見つけているのだ。余談だがその中にはターレスも含まれている。
 元々“ドラゴンボール”についても細かく覚えていたという訳でもなかったので、おかげでバーダックを見つけた時もただのそっくりさん程度の認識しか持てなかったのだ。

 しかしこのことは全くもってどうでもいい、雑事である。








 ―――あとがき。
 
 急いで書き上げた話っす。粗が多いか。
 区切りのいいとこまで話が進んだら総改訂しようと思うこの頃。
 感想ありがとうございました。私というエンジンはニトロでボロボロよ!
 バーダックさんは個人的に古武者のイメージ。
 感想と批評待ってマース。



[5944] 第十話 運命の接触
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/03/14 22:21

 加速。トップスピードまで刹那に至り、バーダックの視界から消える。
 バーダックに捉えられることはない。戦闘力は俺の方が圧倒的に上だ。
 反応させる前に、俺の攻撃が決まる。
 全力の蹴り。後ろに回り込み、拾い上げる様に下から上へ蹴り上げる。
 ゴム毬のように、バーダックの身体が跳ね上がる。

 このままでは終わらせない。熱く冷たくピリピリとする感覚。
 離れるバーダックの足を掴む。僅かに抵抗する意思は力で押し潰す。
 そのまま筋肉を発起させ、振り回して身体を床に叩きつける。
 鈍い音。肉が床と接触する音。そのまま数度リバウンドし、仰向けにバーダックが転がる。
 飛び上り、寝転がるバーダックの直上に位置する。

 俺の勝ちだ。勝利の確信。
 落下、加速。重力加速も入れてのトップスピード。
 直上から直下へのまっすぐなラインを描き、最高の一撃を落とす。重力負荷により一段と脅威となったその威力は、絶大。
 だが決まる直前、バーダックがパチリと目を開ける。ほんの少しだけ身体をズラし、一撃が外された。
 腕が床を貫き埋没。すかさずその腕がホールドされる。
 顔面に食らう衝撃。片腕を封じられ、執拗な殴打を受ける。
 煩わしい。戦闘力に差があるゆえにダメージは少ない。だが、いいようにされているということに腹がつ。

 ホールドが解かれる。腕を引き戻し、素早く距離を取る。
 頭を振って意識を冴えらせる。散々言いようにやってくれたお返しを、たっぷりとくれてやる。
 が、目を開けば離れてた筈のバーダックが、すぐ目の前に張り付いている。手が顔にかざされていた。
 迸るエネルギー波。すぐ眼前で発せられた光に目を射られ、その場に蹲ってしまう。
 腹部に一撃が入る。視界が閉じたままに衝撃に身体が流される。身体が部屋の端の壁にぶつかり、ダメージに咽る。

 「下手くそが。そんな有様じゃ、せっかくのパワーも宝の持ち腐れだな」

 声がかけられる。上から見下したその発言。癇に障る言葉だ。
 睨みつければ、コキコキと身体を鳴らし待ち構えている姿。余裕と嘲笑の表情。
 酷く苛立たしい。

 「舐めるなよ」

 弾かれたように飛び出す。
 高速、一撃。シンプルな理屈。単純な力を叩き付けて黙らせる。
 戦闘力差は圧倒的スペックの差を顕す。バーダックとの距離を刹那に詰めて拳を身体ごと突っ込ませる。
 が、バーダックは避けた。圧倒的速度の一撃を、まるであらかじめ分かっていたように宙へ飛び避ける。

 「分かり易いんだよ、ガキが」

 嘲り笑うバーダック。
 宙で両手を組み、そのまま直下の俺の脳天へ叩き下ろそうと振り上げる。
 面を上げて、その顔を視野に捉えた。

 ―――吠える。

 「ぐッ!?」

 バーダックの身体が吹き飛ぶ。叩き付けられた気合に押し飛ばされ、体勢を崩す。
 ざまあみやがれ。表情で嘲りながら掌中にエネルギー弾を形成。
 そのまま投げ付けて、追い打ちをかける。
 宙を吹き飛ばされているバーダックに、かわす余裕はない。
 爆発し、さらに吹き飛ばされて、今度はバーダックが壁に打ち付けられる。

 「何時までも、ただ闇雲に攻めるだけだと思うなよ」

 「ガキが……生意気言いやがって」

 殺意が視線に籠もる。今更、仲良しこよしなんて思う訳がない。
 バーダックが両掌を上に向け、エネルギー弾を生み出す。
 構え、備える。
 もう長く闘って、身体も疲れ果てている実感があった。
 だが、戦いを止める気は欠片も起きなかった。
 ただ、目の前の奴をぶちのめすことだけしか、頭には思い浮かばない。

 バーダックがエネルギー弾を投げ付ける。
 吠えて、駆け出した。








 一年が経った。
 ベジータ王は先の第一子に続き、第二子を得ていた。
 その子供は第一子であるベジータ程の戦闘力も、潜在能力も持ってはいなかったが、それでも王族に連なるものとして相応しい能力を持ってはいた。
 この子もまた、兄であるベジータをよく助け、一族の栄光に貢献するだろうとベジータ王は考え、期待を寄せた。
 子の名はターブル。兄であるベジータを将来、よく補助してくれるだろうとの思いを込めて、ベジータ王はそう名付けたのであった。

 が、しかし。残念なことにこのベジータ王の期待は叶うこととはならない。
 数年後、成長し自我を持ったターブルの人格は、とてもではないがサイヤ人らしかぬ軟弱なものであったからだ。
 サイヤ人特有の凶暴性はおろか、闘争心の欠片もない、戦いを厭い嫌う気性。
 戦闘力もその性格を現したかのように小さく、とてもではないがそれはベジータ王の期待に応えられるどころか、戦闘民族サイヤ人の王族にあるまじき醜態であった。

 ゆえにベジータ王は後年、落胆と失望を抱きながら自らの第二子を半ば追放のような形で、下級戦士の子供と同じように遠い辺境の星へ送り出すこととなる。
 そしてその子の存在については忘れ、有望である己の第一子に全ての希望と期待を注ぐこととするのであった。

 これは物語の本筋には一切触れぬ、関係のない小事である。







 リキューは研究に関し、進退窮まっていた。
 この一年、スカウターの研究について、全くと言い切ってしまっていい程に進展がなかったのだ。
 勿論、リキューとて何もせずに座して過ごしていた訳ではない。役に立ちそうな資料を掘り出し、独自に理解を深めようと様々なアプローチを試みてはいたのだ。
 しかし、その上で全く進展がないのである。
 さすがに事ここに至って、リキューは事態が洒落にならないことに気が付いてきた。
 別に気にしなくて何とかなるだろうと、そう抱いていた楽観が払拭されてきたのである。
 まだまだ大丈夫だろうと思っていたリミットも、すでにかなり喉元まで迫っている。そうと感じさせる怪しい雰囲気らしきものを、リキューはここ最近感じ取っていた。
 命の危機、死神の鎌。それがすぐ近くに佇んでいたのである。

 机の上に実際の品であるスカウターを置き、隣に紙媒体で記されたスカウターの資料類が無造作にばらまかれている。
 加えて携帯端末にプログラム内容を表示させながらも、しかしリキューは黙考して微動だにしていなかった。
 最近、ようやく本気で問題の研究に取り組もうとしてはいたが、だからといってすぐに妙案が思い付く訳ではなかった。

 当然である。
 例え本気ではなかったとはいえ、別に今までの研究に手を抜いてた訳ではないのだ。
 リキューは、確かにその思考の大半を戦闘力の上昇に関して偏重されてはいたが、だからといって馬鹿という訳でもない。
 むしろ遠回りをせずに着実に己に課した仕事をこなしているため、頭の出来や仕事の能率といった面で言えば、至極真面目で良好な人材であったのだ。
 それこそ、単純にテクノロジストとして生きていれば、今後もフリーザ軍の中で堅実にそこそこ成り上がって生きて行けるほどの能力である。

 それがこの状況に陥っているのも、一重に領分も弁えず楽観のままに“借し”を作りまくったリキュー自身の自業自得。
 わざわざ自分で自分の首を絞めているのである。その上に自覚に欠けているため、繰り返す。
 頭がいい馬鹿の典型である。

 資料を覗き、隅々まで目を通して見るが、もうすでにこれまで何十回と行った行為である。やはり良いアイディアはない。
 次いで、スカウターを実際に身に付けてみる。やはり不具合らしきものの一つも見つからない。非人間型の種族にも対応しているほどなのだから、当然である。
 機能面もレスポンス良く、改良面は見つからない。端末に表示されているプログラムコードも見てみるが、そもそも内容がツフル人独特の記述式である。理解するにはリキューの知識が不足している。

 お手上げであった。ある意味ここまで先の見通しが立たないことも、珍しいことではないだろうか。
 端末の電源を切り、机を立つ。
 すでに机に向って数時間は経っていた。気分転換の一つでもしたかったのだ。

 部屋を出て広間へ出る。
 コキコキと軽く全身を揺らし、凝った身体をほぐしながら体勢を整える。
 準備ができると、リキューは手を伸ばし一念。伸ばして広げた掌からエネルギー光球を形成する。
 そのまま表情を固めながら、繊細なコントロールを意識し、エネルギー光球を身体から離して動かし始める。

 リキューはこの一年で、以前とは比べ物にはならない劇的な速度で戦闘力を成長させていた。
 現在の戦闘力は8500、設定重力は25倍である。たった一年で、これほどまでに戦闘力を増大させたのだ。
 こうに至った原因。それはこの一年の間に度々繰り返された、バーダックとの模擬戦にあった。
 バーダックとの模擬戦は、リキューに足りていなかった戦闘経験を積ませるだけではなく、思春期に入った肉体ゆえに増大していた闘争本能の猛りを、リキュー自身の倫理観を侵さずに解消することが出来たのである。
 このことが、リキューに鬱積されていた情動の捌け口となり、精神的にも肉体的にも極めて健やかな作用をもたらしたのだ。
 加えて、長きに渡り戦い抜いてきた生粋の戦士であるバーダックの、膨大な戦闘経験から構築された、泥臭さに塗れながらも強力な戦法を相手に戦いを重ねることは、サイヤ人の血に秘められた天性の戦いのセンスを、誘発させるように目覚めさす方向にも働いていた。
 未だ未熟であれど、リキューは戦士としての実力や“気”の扱いなどを加速度的に上達させていたのだ。
 バーダックとの戦いは、リキューにとって一石二鳥どこらか、三鳥や四鳥にも働いていたのである。

 低速で広間を一周させていた光球を、慎重にコントロールしながら身体まで誘導し、手で受け止め、そのまま握り潰す。
 その“気”の扱いは拙いにも程があったが、それでも一年前に比べれば恐るべき成長であった。
 今では“気”のコントロールの精度はともあれ、操作の両立については、ほぼ確立できるレベルに行き着いていたのである。
 このように戦闘面だけに限って言えば、リキューは至極順調ではあったのだ。
 無論、だからどうしたとも、現状では言うしかないことではあるのだが。

 ちなみに、リキューは戦闘力の向上について最終目標は53万であったが、当面のクリアすべき第一目標としては3万を目指していた。
 その理由は、最初期にリキューが参照としたツフル人の遺す、サイヤ人の生態データに記述されていた内容に依る。

 ツフル人の遺された生態データには、様々なサイヤ人の生態特性に関しての言及に加えて、算出された戦闘力の種族限界値についても記されていた。
 種族限界値とは読んでそのままに、その種族が修練によって向上できる戦闘力の、その予測される限界のことである。
 サイヤ人の、それこそ遺伝子アルゴリズムの細分からDNAの一片まで解析したツフル人が算出したその値が、3万であったのだ。
 そのことがデータには記されていた。またこの数値が妥当であるかのように、現に過去のサイヤ人を振り返っても戦闘力3万を超えるものはいない。
 最も戦闘力の高い、現サイヤ人の王ベジータ王とて、その戦闘力は12000なのだ。数値の正当性は高かった。
 だがしかし、これはおかしいとデータを参照したリキューは思った。
 なぜならば、原作において当のサイヤ人であるベジータや悟空は数々の強敵を倒し、そしてその中の敵にはフリーザとて含まれている筈だからだ。
 フリーザの戦闘力は53万とリキューは認識していた。とてもではないが、たかが3万程度の戦闘力では太刀打ちなどできはしないだろう。

 ならばこれはいったい、どういうことなのだろうか?

 明らかな矛盾に対面し、しばし頭を悩ませていたリキューであったが、さほどの間も置かずに答えは出された。
 簡単なことである。限界が定められているということは、悟空やベジータは限界を超えたということだ。
 そう単純に片付けられることではないのだが、大きな納得とともにリキューはそう結論付けた。
 そしてならばと、自分も第一目的として3万の値を目指し、戦闘力の向上を図ったのである。
 実際リキューの考えはテクノロジストとして規格外にも程があったが、しかし本質的なところで間違ってはいない。
 現実に断然たる大きなる壁として、戦闘力3万の値が存在しているのは事実であり、そしてその壁を原作の悟空たちが突破したことは本当なのだ。

 限界を超える。

 この言葉がZ戦士を、そしてこの世界のその本質、真理を突く言葉なのである。

 さらにエネルギー光球を生み出しながら、リキューは訓練を続けた。




 数時間後。一通り身体を動かし汗を流したリキュー。だがしかし、いまいち気分転換ははかどらなかった。
 それは真面目に現状の不味さをリキューが理解していたことの証ではあったのだが、しかし同時にストレスの原因でもある。
 僅かな苛立ちと共に溜息をつき、リキューはコンソールへ向き直る。
 盤面を操作し、重力制御を解く。
 ほどなく稼働音が停止し、身体に圧しかかっていた負荷が取り除かれる。同時に安全装置も解かれ、部屋のロックが外された。
 久しぶりの開放感に身体を馴染ませながら、リキューはそのまま扉の外へ出かけるのであった。

 バーダックとの接触の後、深夜過ぎに限定してだが、リキューは時折重力室から外に出歩くようになっていた。
 それは数年来の引き篭もり生活から比べてみれば、驚くべき変化であった。
 久方ぶりに味わった外の快適さと、バーダックとの接触による鬱蒼の解消など、それに生来の楽観性がこの変化を与えたのだ。

 元々リキューが外出を控えていたのは、単純に身体を鍛えるためだけが理由ではなく、サイヤ人との交流による情の発生を避けるためでもあった。
 精神的に打たれ弱いくせに割り切りや妥協といったことが出来ない潔癖症染みた性格のために、サイヤ人に対して複雑な思いを抱いているリキューである。
 さら加えて誰かに情を持つことなぞは、より精神に負担をかけるだけでしかない。そしてそんな事態、リキューは望んじゃいなかった。
 よって単純に引き篭もるという手段で接触を断つをことで、精神の安定を保っていたのだ。

 しかしリキューは元来、その性格は楽観的なものである。
 つまり、反省性が欠けているのだ。
 外出による快適感という、いわば禁断の果実を味わってしまったリキューは自己保身のために行っていた自らの行動も忘れ、以前よりも頻繁に外に出歩くようになってしまったのだ。
 すでにサイヤ人との交流を絶つという大前提すらも忘れ、バーダックとも幾度も会っていた。それも会う度に行われる、模擬戦の楽しさゆえにである。
 これらの行動を、後々リキュー自身を苦しめるだろうと分かり易過ぎるものであったにもかかわらず、自分から行っていたのだ。
 つくづくリキューという人間は、自爆的な行動ばかりに満ちていたのである。

 なおこの性格ないし性質を指して、後々リキューはある人間にマゾ体質ではないかと言われるが、その発言をした人間はリキューのサド体質の片鱗を垣間見ることなる。




 電灯も落とされ、外側からの月明かりと柔らかな案内灯だけが明かりとして取り入れられている通路をリキューは歩く。
 そこはツフル人が作った一種の展覧室の一つであり、外側の壁は全て強化ガラスで覆われ夜景を眺めることが出来るブロックであった。
 しかし、そんな情緒に満ちた感性なぞサイヤ人が持ち合わせる訳もなく、当然人の姿は常にない。
 時折存在そのものが雰囲気をぶち壊しにしている爬虫類系メカニックの姿を見ることがあるか、そんなものがいた場合は発見と同時に始末である。工廠付近に犬神家一つ追加である。
 ともあれ、現在このブロックに人の姿はなく、リキューが余計な心労をこうむる心配はなかった。

 仄かな月明かりと、僅かな人工の明かりだけに彩られた夜景を、リキューは眺めながら歩く。
 リキューとて、その感性の大部分は他のサイヤ人と相違ないものとなっている。
 骨子となっている日本人の部分が景観を楽しむ気質を持っていなかったというのもあったが、なによりも転生してから過ごした年月が、曲がり並にも“サイヤ人としてのリキュー”とでも言うべき情緒の部分を養ってきたのだ。
 今こうして景色を眺めているのも惰性にしか過ぎず、一見して心をくすぐる価値がある夜景にも、リキューはさしたる感想も持っていなかった。

 そのまま無感動に外の眺めを見続けながらリキューは歩き続け、やがて通路の空間が僅かに開けた場所に出る。
 そこには足休めと憩いのためのベンチが置かれてあり、幾つかの観葉植物が飾られてあった。
 リキューはベンチに腰掛け、コキコキと首を動かし身体をほぐすと、その場に止まり身体の力を抜く。
 仄かな光源だけで、暗闇ばかりに染まった空間の中、ただガラスの向こうの夜景を眺める。

 時折夜空に走る一筋の光は、はたして何処から何処へと目指す宇宙船のものか?

 リキューの脳裏に浮かぶ思いは、せいぜいその程度であった。
 虚無感とも形容することも出来る、空虚に支配された状態。
 ただ無感に、リキューは誰も来ず誰もいない場所で、身体全体でひたすら自由という感覚を味わっていた。
 生産的な意味も意図も、そこにはなかった。
 自分の存在意義について考える訳もなく、将来の不安に疑問を投げかける訳もなく、研究の新しいアイディアを考える訳でもなく。
 ただ彫像の如く、リキューは微動だにせずに夜景を瞳に収め続けていた。




 幾許の時間が経っていた。
 詳しく把握はできていなかったが、それなりの時間が経ったということだけはリキューは分かった。
 建設的な思考を取り戻し、身体を動かす。
 ベンチから立ち上がり、すっかり暗闇に慣れた瞳で周りを見渡すと、重力室へ向かい歩き出す。
 常人のリラックスとは少しばかり一線を隔した様相ではあったが、それがリキューなりの気休みであることに変わりない。
 数時間前よりも幾らか軽くなった足取りで、また研究について頭を悩ましながらリキューは帰路へ着く。
 今日この時の、あるいは数分の行動のずれが、リキュー自身の運命を決定的に変えたのである。

 ふと、リキューは眉を顰めた。
 違和感。
 なにかしら変化、それもこれまで感じたことのないような、奇妙な感覚を感じ取ったのだ。
 とはいえ、暗闇と僅かな明りに照らされた通路に目立った変化はない。
 しかしリキューは五感、およびそれらを統合最適化し導き出された直感に、確かな違和を感じ取った。
 疑問が頭を埋め尽くしながらも、胡乱な目付きで周りを見渡す。

 目につく範囲に、異常はない。

 疑問が片付かないまま、怪訝な表情のまま口をへの字に曲げる。直感は何がしかの事態を伝えてはいるのだが、肝心の根本が視認できないのだ。
 喉元に突き刺さる魚の骨のような引っかかるものを覚えてはいたが、しかしリキューはそれを気のせいだと片付けざるを得なかった。
 そのまま疑念を圧し殺して、リキューは再度歩き出す。
 が、最後にと歩みを止めて、通路の後ろへと振り返った。

 「!? なにッ!?」

 思わず声が漏れた。
 その瞳が、驚愕に開け広げられる。

 リキューの目の前に、“穴”が広がっていた。

 それは、そうと表現するしかないものだった。
 暗闇の中にあってなお、さらに暗い色をした“穴”。
 黒よりも黒い、漆黒よりもさらに漆黒とでも呼べる、黒い“穴”。
 目の前の空間に虫食いのように突如として現れていたそれは、不気味に沈黙して佇んでいたのだ。

 (なんだ、これは!?)

 即座に飛びずさり、距離を取って警戒しながらリキューは混乱していた。
 目の前にある“穴”が、直感に訴えかけていた元凶であったのは明確である。
 しかし、そうだとするならば、一体これは何だというのだろうか?
 音もなく、光もなく、意思もなければ原因もない。
 全く、これが現れるということ自体が、リキューには理解できなかった。
 訳もなくただ警戒し、構えながら視線を“穴”に送る。
 “穴”は、最初からそれだけ大きかったのか、あるいはいつの間にか成長したのか、通路の上から下まで満たすほどの大きさであった。

 異質な怖れが、リキューの身体に走っていた。

 “穴”に変化が起きる。
 水面のような波紋が、その黒い面に起こった気がした。
 そしてリキューが注視する次の瞬間には、人の姿をしたものが飛び出してきたのだ。

 「!?」

 リキューが驚愕する視線の中、飛びだしてきた人型の主は地に着地すると、そのまま立ち上がり目を開ける。
 目を向ければ、“穴”はいつの間にか跡形もなく消え失せていた。
 発生から消失まで一切の能動的現象を示さず、それは存在を消していたのだ。
 代わりとでも言うのか、リキューの視界に残されたのは“穴”から現れた、一人のヒトだけ。

 それはリキューの目から見て、ただの人間に見えた。この世界の宇宙に存在する人間の中でも、極めて標準的なヒューマノイド。
 その人間は、暗闇に目が慣れていないのか幾度も瞼をしばたかせ、きょろきょろと視線を彷徨わせている。
 服装は見慣れない、ジーンズとジャケットらしき動き易い服装。
 その意匠は、この世界では珍しい奇抜なもの。むしろそのセンスは、かつての日本人としての記憶にあるものに近いものを感じ取れた。

 「………誰だ、お前は。何者だ?」

 リキューの問いかけに、弾かれたようにすぐ目の前のリキューのいる空間へその人間はピントを合わせた。
 今ようやく、その問いかけによってリキューの存在の気付いたようであった。
 目が慣れてきたのだろう。しっかりとその目の照準を合わせて、人間……まだ年若い、リキューと同世代かその前後程度の少年が、見つめていた。
 同じように見返しながら、正体不明の上に怪しいことこの上ない少年に対しリキューは距離を詰める。

 「誰だ、と聞いているんだ。おとなしく答えろ! さもなければ、痛い目を見てもらうぞ」

 語気を強めて迫るが、しかし少年が応答に応じる様子はない。歯切れなく呟きとも取れない声を洩らしながら、視線を逸らしている。
 先程まで身体を占めていた、怖れの反動というのもあった。その様子に怒気を強めながらさらにリキューは距離を詰め寄る。
 何者かは知らないが、少なくとサイヤ人でもなければフリーザ軍関係者でもないことは、その服装を見れば明快であった。
 捕まえておいて間違いはない。リキューはそう考える。
 相も変わらず困惑した様子を示し煮え切らない態度を取っていた少年も、動きだしたリキューに対して焦った様子を見せる。
 焦ったまま激しく視線を上下させるが、しかしリキューの手が自身に掛かりかけたことで、吹っ切れたのか叫びを上げた。

 『!?~~$%&#*+‘‘~~ッ!!!』

 「なにッ!?」

 少年が発した言葉に驚き、思わずリキューの動きが止まる。
 その隙に、少年は身を翻すと脱兎の如く駆け出した。
 しばし呆然としていたリキューだが、ふと我に返って少年の後姿を追う。
 その内心は、激しく混乱したままであった。
 少年が発した言葉はリキューをはじめ、この世界の宇宙の多くの人々が使っている共通語ではなかった。

 それは別段、珍しいことではない。
 共通語以外にも、宇宙には種族独自の固有言語という代物も数多く存在する。共通語の方が汎用性が高いために使用されないだけで、その数は膨大なものなのだ。
 ちなみに、この共通語。これはこの世界のほぼ宇宙全体の、知的生命体の存在する星々において伝承、使用されている言語である。
 その由来にはいくつか説があるが、現在はとある一つの説が有力なものとして支持されている。

 ある程度文明が進み、星間交流が活発となった星の考古学においては、とある考え方が一般的なものとして提唱される。
 それは、この宇宙は過去に二度か三度、あるいはそれ以上の回数で、超凡宇宙的規模での文明圏が形成されていたというものである。
 これはある程度の文明を持った星では決まって一様に提唱される学説であり、そしてこのことが示しているように、この学説は決して的外れのトンデモ説という訳でもない。
 何故かといえば、宇宙各所の星々にそれらしい痕跡が数多く散見されるからである。

 ある星に住む航宙技術を持たぬ種族が、遠く銀河を離れた星とそこに住まう種族のことを知識として伝承していたり、明らかにオーバーテクノロジーと分かる技術が使われた遺跡が、未発達の文明惑星に存在していたりなど。
 共通語の存在も、この学説を裏付ける確固とした証拠の一つであった。
 過去存在していた、何かしらの原因で滅亡した見られる超巨大文明圏。その遺物として、この宇宙全体に遍く頒布し伝えられたと見られているのが共通語なのである。
 それゆえこの世界の知的生命のほとんどは、さして言葉の壁に悩むことはなく宇宙進出し、そして交流を持つことが出来ているのである。

 閑話休題。

 リキューが驚いていたのは、少年が共通語ではない言葉を発していたからではない。
 少年の発した言葉、その言語が、自分の遠い記憶の中で使われていたものと同じものだったからだ。
 少年は、こう次のように叫んでいた。

 『だぁ~!! もうどうにでもなれぇ!!』

 それは、日本語だった。
 少年を追う理由をさらに別のものへと変えて、リキューは駆けた。




 少年とリキューにでは、地力に差がありすぎたのだろう。あっさりとリキューは追いついた。
 展覧ブロックを抜け出すまでの距離も稼げず、少年の背中にリキューが接近する。

 「止まれ!」

 『っげ!?』

 呼びかけに少年が振り向き、すぐ傍にまで迫っているリキューの姿に呻きを上げる。
 だがすぐそばまで追い付かれているにもかかわらず、なおも少年は逃げる姿勢を崩さない。
 舌打ちし、仕方ないとばかりに荒っぽい手段を行使しようと手を伸ばす。
 が、手が少年を捕らえようとしたした瞬間、少年が叫んだ。

 『ブリティッシュ・インヴェイジョン!!』

 同時、いきなりリキューの手が弾かれた。
 なにもない空中で、少年を捕らえようとした伸ばした手が、まるで“見えない何かに叩かれたように”、だ。

 「なんだと!?」

 弾かれた己の手を見て、思わず足を止めるリキュー。合わせて少年も逃げるのを止め、距離を取って向かい合う。
 少年の表情は、相変わらず焦りと混乱に満ちたまま、一人百面相している。
 何をしたのか、されたのか。警戒心も加えながら、リキューの視線が少年を射抜く。
 とはいえ、この膠着状態はリキューにとっても幸いである。
 心に浮かぶ最も大きな疑惑を解消するために、リキューはさしあたっての疑問には蓋をして、少年に問いかける。

 「貴様、なぜ日本語を使える? どこでその言葉を覚えたんだ? 答えろ!」

 語気荒く問い詰めるリキューだが、やはりと言うべきか少年な答えない。
 変わらず表情をシロクロさせ、言葉とも呟きとも言えないあやふやな音を口から漏らしている。
 じれったい上に、はっきりしない。
 そんな少年の煮え切らない態度に、リキューは不快な感情を高まる。

 「はっきりしろ! 答えるのか答えないのか!?」

 幾度目かの勧告。が、変わらず。
 はっきりとした舌打ちをし、不愉快極まる表情でリキューは行動を決断する。
 元より、そうそう悠長な性格でもない。

 先程の手を弾いた不可解な技のこともあり、実際に行動に移りながらもリキューは慎重に動いた。
 掌を掲げ軽くパワーを集中し、エネルギー弾を生成する。さして威力は存在しない、見かけ倒しのものだ。
 そして驚きに少年が目をまばたかせる中、見せつける様にスローな動きでそれを少年へ放った。
 投げつける動作の動きとは裏腹に速い速度で、エネルギー弾が少年に迫る。

 『く!? ブリティッシュ・インヴェイジョン!!』

 リキューははっきりと見た。
 放ったエネルギー弾は少年に接触する瞬間、またしても先程の自身の手と同じように、その手前でまるで“弾き落とされた”ように向きを変えられたのを。

 少年が叫んだのをキーに、何かしらの変化が生じたのは明白であった。
 目を細め、表情に僅かな好戦的な彩りが現れる。
 能力か、技か。どちらにしろ、目の前の少年が下手人であることに違いはないようであった。
 リキューはちょっとした期待を沸かせていた。
 少しばかり話を聞こうと思っていた事柄が、思った以上にお楽しみな事態になったようで、心が浮き立っていたのだ。

 「仕方がない。力尽くで取り押さえてから、話を聞かせてもらおうか」

 どんな種の代物にせよ、リキューはそれによって自分が倒されるとは毛筋ほどにも思ってはいなかった。
 ただ勝利を前提とした戦いが舞い降りたと、喜びながら構えを取り、少年と相対する。

 『ああもう、何でいきなりこんなことになるんだ!? チクショー!!』

 うだうだと後ろ向きな思考をそのまま言葉に漏らしながらも、少年もその姿勢を改める。
 意思はともあれ、その身体は戦うことを決意しているようであった。

 この時が、今後のリキューの運命の趨勢を定めた、決定的な時。
 異世界間組織トリッパーメンバーズ構成員の一人である、時間と空間を操る『ブリティッシュ・インヴェイジョン』のスタンド使い、勝田時雄と接触した瞬間であった。








 ―――あとがき。

 遅れたー。
 その上内容が薄くなったー。
 スランプ? 筆が進まねー。
 やっぱり時期を見て総改訂する必要が大だわねー?
 以上愚痴終わり。

 感想ありがとうございました!! 見捨てないでくれたら私はとてもうれしい作者です。
 今日は短め。理由は上記。すみません。
 目標の十話いったから、次の投稿あたりで板変更しようかな?
 感想と批評待ってマース。



[5944] 第十一話 リターン・ポイント
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/03/16 22:47

 先に動いたのは、やはりリキューであった。
 双方睨みあったままの膠着。そこから一歩先んじ、リキューが飛び出す。
 少年との間にあった10mにも満たない間合いを一瞬で詰め、すぐ懐に迫りよる。
 そしてバーダックとの戦いの時と同じ感覚で、少年のさらけ出されている腹を狙って拳を振り抜いた。

 『どわぁああああ!?』

 少年の叫び声が響く。
 予想外に無抵抗……というか、少年の反応する間もなくパンチが入り、そして少年の身体がぶっ飛んだのだ。
 数m以上の距離を優に飛び越えて、ごろごろと床を転がる。
 ギャグみたいに軽く吹っ飛ぶ少年の姿を見て、逆にリキューが拳を打ち抜いた姿勢で困惑する。

 攻撃を仕掛けた側ではあったが、リキュー自身にそこまで少年を吹き飛ばそうという意図はなかった。
 軽い小手調べにしか過ぎない一手であったにもかかわらず、予想外の効力を出していたのである。
 色々な意味で思惑からずれた事態に、リキューは当惑していた。
 その当惑は、吹き飛ばされた少年が慌てて立ち上がりながら叫んだ内容に収拾を付けることなる。

 『速ッ!? 動きが目に見えないってどんだけ!? 常時瞬動とか? 有り得ねぇって! こんなん勝てるかー!!』

 「速い? 目に見えない? ………ああ、そういうことか」

 納得し、疑問が片付くリキュー。
 つまり簡単なこと。リキューは少年の呟きから曰く、手加減の具合を間違っていた、ということらしい。
 思えばリキューがこれまで戦ったことのある相手はサイバイマンなりニーラなり、最近ではバーダックと、後にも先にもどれも手加減の必要など皆無な人間ばかりである。
 そしてどう見ても、目の前の少年は前述の輩らと同等の強さを持っているようには見えない。
 彼らに対するのと同じ感覚で攻撃を仕掛ければ、その結果は火を見るよりも明らかであった。

 元より、リキューに少年を仕留めようという気はない。
 不審な侵入者である以上、フリーザ軍に属している人間としては気分のままに少年を殺したところで全く問題はないのではあったが、そもそも“殺す”という事柄に対して今のリキューは非常に敏感である。
 日本人であった頃よりも歪に倫理観が強調されているリキューに、そういう無責任な上に理不尽な悪事というのを、ましてや自分が実行者になることなどは受け付けなかったのだ。
 交戦状態にこそ内心望んで挑んではいたものの、少年の命を害そうという気は欠片もなかったのである。
 そして殺す気がない以上、力の加減にはより注意を払う必要があった。
 未必の故意で殺人を行う気など、リキューにはさらさらないのだ。当然であった。

 こうして、また“気”の操作が苦手であるにもかかわらず、戦闘中に絶妙に手加減をする必要性を作るという、セルフ難易度上げを無意識に敢行しているリキューであった。

 体勢を立て直した少年を眺めながら内心、力加減に四苦八苦していたリキューだが、しかしふと少年の様子を眺めて怪訝に思う。
 リキューのパンチを受けて派手にぶっ飛び、さらに少年の言葉を受け取れば、少年はそのリキューの動きにも付いていけてなかったようである。
 だがしかし、それにしては少年のダメージが少ないようにリキューには見えた。
 レベルが違う攻撃をまともに受けたにもかかわらず、その足腰に淀みが見えないのだ。
 思い返してみれば、打ち込んだ拳の手応えも何か、今までの人体や戦闘服を殴り付けた感触とは違った気がした。

 (考えるより、先に動いた方が早い)

 浮かんだ疑問を手早く解消する術を、ごちゃごちゃ考えるより先に実行する。
 地を蹴って動き出し、3m程度の幅の通路の中央に立つ少年の横を抜けて背後を取る。そしてそのまま打点を微妙にずらした三撃を、少年の背中に見舞った。
 なおこの過程の全てにおいて、リキューの多大な焦心を払った手加減が十全に発揮されている。

 少年自身の語った言葉に、やはり偽りはないのであろう。
 リキューが横を駆け抜け少年の背後へ移動しても、手加減を行ったためか幾らか反応をしていたようではあったが、しかしやはり少年はその動きに対応できていなかった。
 そのまま順当に、やはり成す術もなく拳は三つとも少年の背中へ叩き付けられる。

 がしかし、それはそのように見えただけだった。

 リキューは驚愕した。
 確かに、少年へ打ち込んだ三撃はそれぞれ、その背中へ狙い通り打ち込まれたように見えた。
 がしかし、実際にはその背中には触れず、そのほんの僅か皮一枚程度の手前で、“何か”に遮られていたのだ。間を置かず打ち放った三撃とも、全てがだ。
 その、まるで空中に突然した不可視の壁は奇妙な手応えをリキューに返しながらも、しかし1mmたりとも拳を進めさせずに、攻撃を完全にシャットアウトしていたのだ。

 どういった技か?
 それは衝撃までは阻めないのか、少年の身体がまた吹き飛ぶ。
 しかし今度は先程とは違って余裕を持ち、空中で姿勢を反転させると、そのまま飛び退く軌道にあったベクトルを不自然に変えて、着地する。
 リキューを見つめる視線には、先までの困惑や悲嘆といった感情ではなく、確かな余裕を浮かべていた。
 打って変って自信にあふれた笑顔を見せながら、少年が口を開く。

 『無駄無駄無駄ァ!! “スタンドはスタンドでしか攻撃できない!” いくらインフレの激しい世界だろうと、このルールは適用される!! てめえの攻撃は通じないぜ!!』

 「スタンドだと? 何だそれは!?」

 不可解な言動に突っ込むが、相変わらず少年が応答する様子はない。自信を持った表情をしたかと思えば、また一人で百面相を始めたのだ。
 本格的に、戦闘の高揚感とは別に苛立ちを強めながら舌打ちし、構えを取る。
 スタンドだが何だが知らなかったが、決定的とも言えるほど戦闘力に歴然な差があるのだ。
 どんな技にせよ、そんなものが自分の繰り出す全ての攻撃を防ぎ切れるとは、欠片も思ってはいなかった。

 リキューが動く。
 小細工は使わず、真っ向から少年へ迫り、大振りしながら上体の“しなり”を加えて拳を突き付ける。
 動きにこそ手心を加えてはいたが、その拳にはさして加減はない。
 現に先の三撃を防いでみせられたのだ。おまけに完封宣言までされてそのままでいるほど、リキューの性格は穏やかではない。
 先よりも強力な鉄槌の如き一撃が、少年へ迫る。

 『ブリティッシュ・インヴェイジョン!!』

 少年が叫ぶ。
 そして拳はリキューの予想よりも僅かに早く、少年の手前10cmほどの空間で“壁”にぶつかった。
 激突音もなく、空気の裂ける僅かな音だけを残して拳が止まる。少しだけ衝撃に少年の身体が後ろへずれるが、何かがストッパーになっているのか、吹き飛ばされずに済んでいる。
 そしてリキューは“本当に”加減を抜いた自分の拳が止められたことに、目を見開いた。

 (何だとッ!?)

 にわかに信じ難い事態に、数瞬動きが止まる。
 その隙を見出し、少年が動き出す。

 『油断大敵!! もらったぜ! 無駄無駄無駄無駄無駄ァーー!!!!』

 「ぬぐ!?」

 突如としてリキューの顔面、いや身体全体に衝撃が走った。
 一歩少年が踏み込んだと同時に、顔を含む上半身から下肢まで、少年と向き合っていた身体の前面が絨毯爆撃されたように満遍なく、打撲に似た衝撃を連続して受けたのである。
 余りにも高速であるがゆえに、一篇に全体へ叩き付けられたかのように錯覚するほどの打撲連撃。
 全くもってどういうことなのか理解できなかったが、リキューはさながら不可視のラッシュ、それも“尋常を凌駕する超高速の攻撃”を受けた。
 そう表現するしかない衝撃を、少年が踏み込んだ刹那の間に体感したのだ。
 思わず反射的に飛び退き、リキューは手を顔に当てて何かを払う様に動かす。

 『よっしゃ、どうだぁ!! ………って、あっるぇー?』

 「妙な技を使いやがって………」

 飛び退いたリキューの姿を見て勝ち誇っていた少年だが、全くダメージを負った様子もなく厳しい視線を送ってくるリキューの様子を見て、目が点となる。
 視線を険しくしながら、リキューは適当に衝撃の感触が残っているところを手でポリポリと掻き払う。
 見当も付かない正体不明の攻撃に驚いたリキューではあったが、しかし全身に受けた“ラッシュのような打撲”など文字通り、蚊に刺された程度にしか感じなかったのである。
 攻撃の正体をリキューは見当もつけれなかったが、どんなものであれ効きはしない以上、脅威なぞと認識できはしない。

 盛大に少年が顔色を悪化させていくのを尻目に、リキューが考えることはやはり、自分の攻撃を防いだ奇妙な“壁”のことである。
 動きも遅く、正体不明の攻撃も全く威力がない。これらのことからまず間違いなく、少年の戦闘力が自分以下であることは間違いないどころか、最下級戦士にすら劣るのことは明白。
 にもかかわらず、その少年は自分の攻撃を完璧にシャットダウンしてみせた。
 戦闘力がこんなにもちっぽけでありながら、自分の攻撃を“完璧に”防がれたのだ。
 率直に言って、リキューは非常に不機嫌だった。

 「手加減の必要は、ないみたいだな」

 据わった目付きで少年を見つめながら、リキューが呟く。
 その意思を感じ取ったのか、少年の顔色が真っ青になり、表情が絶望感溢れるものとなる。

 「ッか!!」

 『ぶ、ブリティッシュ・インヴェイジョン!!』

 短い叫びで口火を切り、リキューが飛びあがる。
 一瞬で間合いを詰め上げ、一回転したかと思った次には勢いの付いた蹴りを、宙から斜め下方への少年へ打ち放った。
 肉と肉がぶつかる激突音はせず、ただいきなり宙で止まった蹴り足と、それに付随した不自然な空気の急激な動きによる破裂音だけが響く。

 「はぁあああああ!!」

 『どわあああああああ!?!?!!!?』

 そのままリキューは間隙を作らず、宙に浮いたままパンチやキックを複合した一気呵成の攻撃を加えていく。
 少年は情けない悲鳴を上げながら及び腰になってはいたが、その全ての攻撃を、やはり不可解で奇妙な“壁”を発生させて防ぎ切っていた。一撃を受けるごとにジリジリと踵が床と擦れ、衝撃に身体をよろめかせていたが、まるで誰かが支えているかのように踏ん張り、最初の一撃を受けた時と打って変わって耐え凌ぐ。
 攻防の合間、リキューの脳裏にさらなる憤りが滲み出る。
 一応戦闘力が最下級戦士以下であるということもリキューは苦慮し、もしも“壁”を抜けて攻撃が当たってしまった場合というのも想定して、最低限“壁”の反応が間に合うようスピードだけは落としてはいた。
 が、しかしそれだけである。繰り出す攻撃の一撃一撃の威力、それ自体には一切の遠慮を取り除かれている。にもかかわらず、その全てを一様に防がれているのだ。
 徐々に威力を繰り上げて、今ではもはや、それが本気に等しいものとなっているのにもかかわらず、である。

 右腕から繰り出す拳撃。少年の顔面の手前30cmで止まる。
 宙に浮いた姿勢を利用し、身体を曲げて放ち脇腹へ迫る、レフトニー。打ち込まれず、その手前の空間で動きが静止する。
 くるりと縦横三次元に回転し、直上から脳天を狙って踵落としを打ち下ろす。寸前で停止。少年の足元が軋み、床が僅かに陥没する。
 ポンと身を翻したと思ったが次、超高速連撃の連打を、左腕で正面から打つ。空気を切り裂き放たれる機関銃を遥かに凌ぐ連続攻撃だが、しかしその一発たりとも少年には触れれない。
 舌打ちと同時に素早い切り返し。瞬速で上体を半回転させ、そのまま流れる様に右手で手刀を叩き斬る様に滑らす。これまでのラッシュ中最速の一撃だが、やはりストップする。

 これら攻撃の一手を防がれることに、リキューの不快感は増していく。

 (………こいつ、まさか?)

 途切れなくラッシュを続けながら、ふとリキューは疑問を浮かべる。
 リキューはエネルギー弾を形成して投げ付け、一旦ラッシュを切り上げて飛び退く。
 少年の間近でエネルギー弾が爆発し、煙が立ち上るのを目に映しながら着地し、油断なく相対する。
 はたして、思った通りに煙の中から、無傷の少年が現れる。エネルギー弾とてあの“壁”が防ぐことは、すでに分かっていたことである。
 いや、“壁”ではない。リキューは訂正する。

 (“腕”だな。おそらくは、見えなく、そして触れられない、もう一つの“腕”がある)

 リキューは拳を二度・三度開け閉めし、これまでのラッシュの手応えを回想してそう結論付けた。
 目の前の少年が操っているの不可視の障害は、“壁”ではなく“腕”であると、だ。
 それは確かにデータを集めた上での推理ではなく、多分に勘に任せた思い付きに近いものであった。
 だがしかし、その肉体を使った実践派であるがゆえの独特の推察手段でありながら、それは真実の淵を言い当てることに成功していた。
 ―――が。

 (そんなことはどうでもいい)

 リキューはその推察をどうでもいいと、自分で出した答えをあっさり切って捨てる。
 そんなことよりも、断然して重要な事実を見出していたからだ。
 それに比べたら、見えない“壁”の正体がもう一つの“腕”であるとかいう情報など毛筋ほどの価値もない。

 ひゅんとリキューの姿が掻き消え、残像も残さず瞬時に移動し、下から上へ突き上げる重厚な一撃を少年の懐へ打ち出す。
 宙で停止する拳。その一撃もまた、“壁”ならぬ不可視の“腕”によって抑止される。
 やはりと、この一撃の攻防でリキューは確信する。それは非常に不愉快な事実であり、より一層リキューの機嫌が傾いた。

 『うぉおおお!! 無駄無駄オラオラドラララ無駄無駄ボラボラアリアリオラオラグロォオオリアァアアアア!!!!』

 不機嫌な表情で止まったリキューに、少年の気勢がかかる。
 そして、その咆哮に合わせてリキューの顔面を含めた上体に、先と同じ衝撃が襲いかかる。
 熾烈で爆発的な勢いの打撃。
 リキューでも不可能な切り返しの速度で繰り出される、不可視の“腕”によるラッシュ。
 刹那の間に数千あるいは数万、いやそれ以上の億に至る回数の打撃が、執拗且つ偏執的に、繰り返し繰り返しリキューへ襲いかかる。
 それにリキューが反応する間もない。
 まさしく一瞬と表現する間に、想像を絶する数の攻撃がリキューへ叩き込まれた。
 余りの打撃の数とその速度に、さながら巨人の手に叩かれたような錯覚を発生させながら、リキューは衝撃に流されて後ろへ飛ぶ。

 『ぶっちゃけ、ぶっつけ本番のにわかコンボだったけど、成功SI☆TA☆ZE! どうだこの野郎!!』

 イヨッシャーっと、上半身を奇妙に曲げて指を突き付ける姿勢を取りながら僅かに息を荒げて喜び叫んでいる少年であったが、しかしその歓声もすぐに途絶え、動きが凍りつく。
 少年の視線の先には、ポリポリと痒そうに頬を掻きながら、一切のダメージのない健全な様子であるリキューの姿があった。
 少年は何処か精気の抜けた笑顔を見せて、ですよねーと訳の分からん言葉を口走っていたが、リキューはさっぱり無視する。

 リキューは心底憤っていた。
 先程、少年の不可視のラッシュに先んじてリキューが放った一撃。
 あれは、一切の加減を抜いた正真正銘の“本気の”攻撃だった。
 だがしかし、少年は完璧な対応をして見せたのである。
 単純なパワーに対して“腕”の耐性があることまでは、不愉快ではあったがリキューとて初期に理解していた。
 リキューが怒りを抱いているのはまた別の部分。
 これまで少年に対してリキューが放った全ての攻撃は、威力はともあれスピードだけには配慮し、手加減していたものだった。
 だがしかし、先程の“本気の”攻撃は、その配慮も抜いていた代物であった。
 つまり、移動し踏み込むその初速から少年へと放たれる鋭い矛先の如き一撃まで、一切の減速のない“本気”。
 本来ならば、“腕”の反応も間に合わず攻撃がヒットする筈の一撃であったのだ。
 だがしかし、現実には“腕”の反応は間に合い、“本気”の一撃をも防がれた。

 疑念のきっかけを抱いたのは、少年へラッシュをかけていた時である。
 全ての攻撃を防がれ続け、釣られる様に威力を繰り上げるいく中、気付かぬ内に攻撃の速度も上がっていたことに気が付いたのだ。
 だがしかし、少年はリキューが無意識に威力と共に釣り上げていたスピードの攻撃に対しても、動じずに変わらぬ対応をしていた。
 それが疑念を抱いた始まりであり、そして今確信したことであった。
 睨みながら、リキューは胸中で憤り共に吐き捨てる。

 (こいつ……俺の動き、攻撃に対して、完全に付いてきてやがる!)

 屈辱であった。
 戦闘力が圧倒的格下であるにもかかわらず、もはや手加減の一片もない攻撃をも防がれたのだ。
 文句の言う僅かな隙もない、完封。
 それはさながら、これまでリキューが必死に積み重ねてきた修練が、鍛え上げてきた己の肉体が、その全てが無意味であると言い捨てられたのと同じであった。
 相手がまだ強者であるのならば、戦闘力の高い者ならばいい。
 だが、目の前にいる少年はそうではない。ただ奇妙な“腕”を扱うという技を持つ、戦闘力など下の下である弱者だ。

 少年はリキューにとって、誇張なく端的に述べれば、今までの全ての努力を否定する存在、と言えた。
 それは怒りを纏うに十分な理由であった。

 怒気に任せ、リキューは戦闘力を全開し、動いた。
 ビリビリと全開にした“気”の余波で、ガラスどころか展覧ブロック全体が震える。

 「うぉおおおおおおッ!!!」

 『ぎゃぁああああああぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぇあああああああああああああああ!!??!?!!?!??!!!?』

 音の壁なぞ最初の踏み込みのそのさらに手前で突破し、超速で少年にリキューが迫る。
 瀑布の如き怒涛の連撃が、上下左右ありとあらゆる角度から少年に迫る。
 しかし情けなさに壮絶な悲鳴を上げながらも、その全てを少年はやはり同じように“腕”で防ぎ切っていく。
 バーダック曰く、単純と評されながらもその鋭さと威力は認められている攻撃が、圧倒的弱者である少年の前で全て正面から止められるのだ。
 躍起になって攻めを加速させるリキューだが、しかしその攻勢は少年の“腕”を突破できない。

 (どういうことだ? なぜ“腕”の動きが攻撃に追いつく!?)

 疾風怒濤の連撃に少年が絶叫している合間、リキューは何よりも先に思う疑問を問答する。
 “腕”がリキューの攻撃を防ぐことは、まあいい。それも屈辱ではあったが、強引にそういう性質の技であると片付けることもできる。
 だがしかし、その“腕”がリキューの攻撃に対して追い付き防いでいることに、リキューは不可解であると回答する。
 当然だ。戦闘力が低いということはイコールであらゆる能力が低いということでもある。たまに戦闘力に見合わぬタフネスを発揮するなどの例外はいるが、それが基本なのだ。
 少年の戦闘力が低い以上、格上であるリキューの攻撃をその動体視力で捉えることなんて出来ないし、捉えたところで反射神経の反応が間に合う筈がないのである。
 現にバーダックとて、戦闘力差のあるリキューの全力を見切ることは出来ない。膨大な戦闘経験によって、リキューの動きを予測したり誘導するなどしているから対等に渡り合えているのだ。

 まだ最初の初撃や続けて背中から不意を打った時は、拳は少年のすぐ近くの空間で止められていた。
 だがしかし、時を置き攻撃を重ねるごとに、その攻撃を“腕”で止められる間合いは、ドンドンと広がっていった。
 最初の頃は文字通り皮一枚で止められていたのが、今では攻撃が少年の手前1mから2mの範囲でストップされてるのだ。

 可笑しな話だった。実力を隠していたとでも言うのだろうか?
 リキューは攻勢を積み重ねながら思考を重ねる。
 普通ならば、このあたりで“腕”という考えから“壁”という考えに、予測を戻すのだろう。もともと大してデータを集めて結論したものではないのだ。
 だが野生の直感で“腕”だと見抜いたリキューは、理論的な理屈を無視して不可視の障害が“腕”であると確信したまま、思考を続ける。

 攻撃を止める間合いが一定していないのは、“腕”が少年の意思で動かされているという証である。リキューは勘に近い閃きでそう考える。
 だがしかし、そうであるならば仮に“腕”が一瞬で動かすことが出来る代物であったとしても、その動きは最低限の前提として、少年の知覚が追い付かなければいけない筈である。
 少年の意思で“腕”が統制される以上、統制する側の少年が迫りくる攻撃を認識しなければ、“腕”の動かしようがないに決まっているからだ。
 そしてその肝心の、少年がリキューの攻撃を認識するということ。これが有り得ないのだ。本気で動くリキューの攻撃を、少年がその片鱗とて掴むことなど、絶対に出来はしない。
 それが絶対的な戦闘力の数値差というもの。
 少年自身の言葉を使って表現すれば、それがルールであり、この世界に適用される不文律なのだ。

 幾ら思考を重ねたところで、結局答えが出されることはない。
 答えを導き出すだけの情報をリキューは集めていないし、そもそもそこまでより深く思索を重ねる前に、リキュー自身が考えることを放棄したからだ。
 ドンと、一つ強烈な一撃を最後に叩きつけることでラッシュを終えて、そのまま宙に回転しながらリキューが飛び退く。

 『た、助かった……もう俺のライフポイントはゼロだぜ……………』

 直撃こそ一切防ぎ切ったものの、拳撃の雨による影響はそれだけではない。
 元よりその動作一つ取っても、音速を遥かに超越しているリキューである。その攻勢とて例外はなく、一発一発の拳を防ぐことは出来ても、付随して生ずる衝撃波や“気”の余波といった類に、少年はその身体を激しく疲弊させていた。
 とはいえ、やはり少年に具体的な目立った外傷はなく、余波もまた奇妙な“腕”という技のように何らかの手段で防いではいたようである。
 息を激しく乱しながら少年はジリジリと後退り、逃げる隙をその眼を大きく開いてリキューから探そうとしている。

 「ごちゃごちゃと考えるのも面倒だ………一気にケリを付けてやる」

 リキューが両手を胸の前で向かい合わせる。右手と左手で囲いを作る様に、合間に僅かな空間を残して構える。
 “気”を高める。全身の“気”を励起させ、そしてその何割かに方向性を作ってやり、手に集める。
 集まり高まる“気”に、構えを取った両手が発光を始める。少年がちょ、それ勘弁と何か戯言を言っていた気がするが、リキューはスルーする。

 「くらいやがれッ!」

 叫び、両手を広げて少年へ突き付けた。
 そしてリキューの伸ばされた両掌から、高め集められた気功波が光線のように放出された。
 輝く光流は光の道筋を描きながら、一直線にムンクの如き表情となっている少年へと突き進む。

 『ぶ、ぶぶブリティッシュ・インヴェイジョンッッ!!』

 狼狽の極致を体現しながら少年が叫び、自身も顔の前で腕を重ねる。
 気功波が迫り、着弾する。

 閃光、衝撃。

 「はぁああああああッ!!」

 『ぬぎゃががががーッ!?!?!?』

 少年の前方の空間でやはり“腕”に阻まれながらも、激烈に気功波がしのぎを削る。
 こめかみに血管を浮かべながら、リキューは力任せに“壁”を突破しようと、さらにパワーを送り込みながら奮起する。
 少年は絶叫しながら持ち堪えているものの、その身体全体が堪え切れていないのか、ズリズリと靴を擦らせながらもドンドン通路を後退していっている。

 (本当にその“腕”が俺の全力を受け止めきれるのか、出来るものならやってみせろッ!!)

 この時のリキューが冷静でなかったことは、それは確かなことではある。
 実際に度重なる、リキューからしてみれば一方的に自分がコケにされた攻防の応酬により、頭に若干血が上っていたのだ。
 だがしかし、それでも一部に冷静な部分も残ってはいた。
 気功波が“腕”を突破出来る兆候を見れば、即座に威力を抑制しようとする考えも持ってはいたのだ。
 繰り返して言うが、リキューに少年を殺す気は欠片もないのである。

 が……その気遣いも無意味なものなのか、後退こそさせれど、一向に気功波が“腕”を突破する気配は見せなかった。
 馬鹿に出来ない威力を打ち込んでいるにもかかわらず、“腕”を突破することが出来ないのだ。

 あるいは本当に、全力にすら耐えるというのだろうか?

 だがしかし、そんなことをが認めることは、これまでの年月で培ったリキューのプライドが許さなかった。
 ゆえにリキューは、自分で自分にかけていた最後の枷を解く。

 ―――全力の全開、MAXフルパワー。

 「だぁあああああああああああッッッ!!!!!!!」

 正真正銘の全力。
 咆哮と共に身体に残る力をありったけ絞り出し、送り出せる全ての“気”を両掌へと注ぎ込む。
 光が強まり、より太く、より激しくなった光流が放出される。
 少年の身体が、極限にまで振り絞られた気功波によって一気に吹き飛ばされる。

 (その“腕”を、突き抜けろォーー!!)

 リキューのプライド、あるいは誇り、もしかすれば生きてきた証とも言える力を込めて、ただそれだけの意思を込めて、“気”が迸る。

 光が、展覧ブロックに溢れた。




 パラパラと、微振動に震える通路に、砕けて粉塵となったチリが降る。
 全身の疲労に激しく息を荒げながらも、最後の意地を賭けて、地に膝を付けることだけは堪える。

 「ちく、しょうがッ……」

 結果は残酷であった。
 リキュー渾身の気功波は、“腕”を突破することは出来なかった。
 “気”と共に込めたリキューのプライド、誇り、それら諸々は、気功波が“腕”に弾かれると同時に粉砕されたのだ。
 完全敗北。肉体的な疲労もあれど、なにより精神的にリキューは叩き潰されていた。

 重度のショックに見舞われているリキューであったが、しかしこれによって万策が尽きたものとなった。
 MAXフルパワーでも“腕”を突破できないという事実がある以上、もはやリキューの攻撃は一切通じないということなのだ。
 少年自身の攻撃とてリキューに何ら痛痒を与えない代物であるから、すなわち現状を顧みれば千日手になってしまうということである。
 どちらも防御力はともかく、決定的な攻撃手段に欠けているのだ。
 このまま膠着状態が続くのであろうか? その可能性が最も高かった。
 だが、事態はそうは運ばなかった。
 あることにリキューが気付くことで、事態はさらに急変する。

 失意に塗れながら、しかし意地だけを張って少年の方向をリキューは睨み付ける。
 少年は通路を遥々と吹き飛ばされ、その突き当たりまで飛翔し激突。その余りある運動エネルギーで壁をぶち抜いていた。
 バチバチと剥き出しにされた配線コード類がショートしながら、ぶち抜いた壁の中の空間から少年が這い出て来る。
 しかしその足取りはまるで酔っぱらった人間みたいにふらつき、壁に手を付けながら、しきり咳を繰り返していた。
 その姿を見て、不審げにリキューは眉を顰めた。脳裏に、ある一つの考えが浮かぶ。

 (いや、まさかな………)

 内心否定しながらも、リキューはとりあえずその考えに従い、行動する。
 すでに今生で培った精神的な補強材の大半がブレイクした後で、その動きは力の抜けたものであったが、それでも少年にしてみれば素早すぎる動きであった。
 しゅんと風を切り、遥々と少年が駈けた距離を瞬く間に消費して、その勢いのままに少年へ右チョップを振り下ろす。

 『ごほッ……ぐ、ブリティッシュ・インヴェイジョン!!』

 これまで通り、宙に止められるチョップ。ここからさらにラッシュへ移ったとしても、その結果はこれまでと同じであっただろう。
 しかしリキューはラッシュをかけずに、そのままチョップを宙に止められた状態から、さらに力を加え始めた。

 『ぬぐ、ごほごほ!? ぜーぜー、無駄無駄無駄!! 幾ら力を込めたって、スタンド以外のものがスタンドに触れることは絶対にできない!!』

 少年が歯を食いしばりながらも、叫ぶように言い放つ。
 リキューもそれは理解していた。
 “スタンド”というものが何かはいまいち分からなかったが、察するにこの“腕”が、その“スタンド”であるのだろう。
 これまでの攻防で、散々そのことを身を以って体験したのは、他ならぬリキューであるのだ。
 リキューの目的は力比べではない。これはただの前振りである。
 チョップを形作り競り合っていた右手を、するりと動かす。そして丁度チョップをせき止めていた“腕”、いや“スタンド”を握りしめる様に形を作ると、握力を込めて捉えたのだ。
 力比べは、正確に“スタンド”の位置や形を把握するための準備でしかなかった。

 っげと、少年の顔が崩れる。待、と何か言葉の切れ端が漏れた。
 だがそれよりも一足早く、リキューの行動が先制する。

 リキューはそのまま“スタンド”を握りしめたまま、右腕を振り回したのだ。
 それに合わせて、少年ものぉおおおおお!? と叫びを上げながら身体を振り回される。それはまるで、少年の見えない糸をリキューが掴んで振り回しているようであった。
 “スタンド”への衝撃は少年自身に降りかかる。そのことをリキューは自分の目で見ていた。
 そしてそのままリキューは、“スタンド”を捉えたまま腕を振り抜き、釣られて振り回されている少年の身体を通路の壁に打ち付けた。

 どかんと音を立てて、少年が壁を突き抜けて、その向こうの通路へと飛び出る。
 そちらは展覧ブロックではなく、十分に照明が点けられ通路は明るい。リキューは暗い空間から慣れぬ内にいきなり目に入った光に、目を細める。
 げほげほッ! と少年が激しく咳き込みながら通路に倒れ伏し、身体を震わせていた。

 そう。ダメージを受けているのである。

 (まさか本当に、たったこれだけのことで、だと?)

 その様子にリキューはある意味、今まで以上のショックを受けた。擬音に表せば、ガーンとでもいう音が大きく出ていただろう。
 そう、“スタンド”を超えて少年を攻撃することなんて、実は何てこともなかったのだ。
 どういう理屈かは知らないが、精密かつ瞬速でリキューのラッシュの全てを見抜き、受け止め、渾身のMAXフルパワーとて防ぎ切った“スタンド”。
 だがしかし、それは完璧な防御力を誇っていながら、一方向へ限定されたものであったのだ。

 気功波によって少年が身体ごと吹き飛び壁に激突し粉砕した際、“スタンド”はその恐るべき威力の気功波を完全に防ぎ切っていた。
 だがしかし、気功波を防いでいたために“スタンド”は少年が背後の壁に激突した時には対応できず、そして“スタンド”の守りがなければその身体自体の戦闘力が極端に低い少年は、壁との激突でダメージを負っていたのだ。
 つまり、“スタンド”を使わせている間に別方向から同時に攻撃を加えてやれば、ただそれだけで少年は打撃を被るのである。
 そして当人である少年自身は戦闘力が極小であるために、ただ壁に叩きつけるだとか、そういった行為だけで大ダメージとなるのだ。

 あまりに呆気なさすぎる攻略法であった。フルパワーまで出した自分の労力は何であったのか?
 リキューは愕然とショックを受けてしばし本気で落ち込むが、ギリギリのところで精神のリカバリーを果たす。
 経緯はどうあれ、膠着状態をいい意味で打ち破ることが出来たのだ。少年から自分へ攻撃する手段がない以上、この勝負は決まったと同じである。
 少年自身のダメージも二度の壁抜き、特に二回目の叩きつけでのダメージが大きく、これ以上の攻撃は命に障る危険もある。感情はどうあれ、もうリキューに少年へ攻撃する意思はなかった。

 「勝負は付いた。もう貴様も無駄な抵抗はするな」

 ただ話を聞く筈が、何故こうも大事になってしまったのか?
 頭の片隅でそんなことを他人事に思い浮かべながら、リキューは少年を取り押さえようと手を伸ばす。
 そこには油断と怠慢が確実に存在していたが、しかしそれ以上に予測不能な要素の発生により、リキューは致死の不意を打たれることとなる。

 リキューは、すでに少年の“射程距離”に踏み入っていた。

 『ブリティッシュ・インヴェイジョンッッ!!』

 「なに!?」

 倒れ伏していた少年が急に起き上がり、叫びを上げる。
 すぐ傍まで近付いていたリキューは、その様子に思わず驚き声が出た。
 まだ抵抗する気なのか? すでに少年に一片の勝ち目も見当たらないゆえに、内心面倒だとリキューは思った。
 しかし、その余裕を持った思考を維持できたのもそこまでだった。

 バキャンッ! と、今まで聞いたことない異質な、何かが壊れるような音が響いた。

 同時にリキューは激痛を伝える信号が脳内を迸り、内外から大量の血を噴出した。

 「ぐぎ、がふッ!?」

 激痛に声が出ようとした瞬間、大量に吐血する。
 頑強な戦闘服。そのバトルジャケットからアンダースーツまで全てが一様に破壊され、内側の肉体まで同じように傷付けられていた。
 まるで無造作に引き裂いたかのように、強度だとか戦闘力だとか、そういった全ての要素を無視しての破壊。
 特に胸部から腹部にかけての損傷が酷く、内臓にまで届く深い裂傷は大小多く、それこそ無数にリキューの身体に発生し、蝕んでいた。
 あの奇妙な音が響いた時それに引きずられる様に、まさに一瞬でこの状態となったのだ。

 全くもってリキューには現状が理解不能ではあったが、ただ自分が重傷であるということだけは否応なく理解した。
 予測を大きく乖離するダメージに、リキューはその場に両膝を落とし、腕を付いた。内臓まで傷付けられたその証左に、色の黒ずんだ血を吐きだす。
 ブルブルと、さらに激しく消耗した様子を見せながら、息荒く汗を多く浮かべながら少年が言葉を吐き捨てる。

 『く、くそッ。し、真性のリアル戦闘民族なんかと………ガチで戦ってられるかっ、ての…………』

 「貴、様………待ち、や……がれッ!」

 ズリズリと身体を引き摺りながら逃げていく少年に、リキューは全身を血に塗れながらも、重傷を圧して手を伸ばす。
 少年はその姿に、さながらゾンビかバーサーカーの様なイメージでも抱いたのか、表情に慄きを浮かべつつも舌打ちを打つ。

 『しつ、っこいんだよッ!! ブリティッシュ・インヴェイジョンッ!!!』

 「待ッ」

 少年が叫ぶと同時、いきなり少年の身体の真下にパックリと穴が開いた。
 突如として床に出来た穴の中へと少年の身体は落ち、抑止の声を上げるも、リキューの伸ばしたその手が届く前に穴は閉じる。
 またもや発生した、“スタンド”というものと同じく、奇妙不可解な技。
 ともあれ、重要な事柄はただ一つ。リキューは少年に逃げられたのだ。それも、置き土産に手痛い洗礼を頂いた上である。

 「ちく………しょう……………」

 ゴポリと、一際大きく吐血するとリキューは倒れた。
 べちゃりと自分の血潮で形成された血の池に身体を浸して、そのまま意識が昏睡レベルに近づく。
 ダメージは深刻であった。本来ならば自身の戦闘力の高さ、それに由来する“気”の守りによって、より強固に守られている筈の肉体内部。
 先の少年が放っただろう攻撃は、その戦闘服の防御力なぞ遥かに上回っている“気”の守りごとリキューの身体を引き裂いたのだ。
 これまでの攻防から見て、想像の埒外にあった“切り札”であった。よもや、戦闘力の高低という絶対的な基本法則を無視して攻撃できる手段があるなどとは。
 それはリキューの知りうる知識において、この世界では絶対にある筈がないことだったのにもだ。

 力が抜けていく。
 “気”がどんどん減ってゆき、血が身体から流れ出ると同時に、活力とも呼べるリキューの生命の根源が消えていく。
 身体の芯の底から冷えていく感覚を朧に覚えながら、リキューは薄暗い闇に意識を囚われていた。

 (死ぬ、のか?)


 ―――体が寒い。

 ―――頭が重たい。

 ―――意識が眠気に襲われる。

 ―――力が出ない。

 ―――どんどん明りが消えていく。

 ―――思い出が遠ざかる。


 離別を、無を、消失を、そんなものを連想するイメージが、リキューの脳裏に次々と展開されていく。

 死。ただシンプルなその一字が、リキューの眼前に押し付けられていた。

 ―――ピクリと、血の池に沈むリキューの身体が震える。

 (し……死ん、で…………)

 ぎしりと、力なく開かれていた手の指が動き、拳をかたどる。
 油の切れたネジを回すように、リキューの頭がゆっくりと動き、面が上がる。
 ッカと、その瞼が勢いよく開かれた。

 「死……んで…………たまる、かぁッッ!!」

 喉元までせり上がってきた血の塊を、吐き出さずに堪え、そのまま一飲みして身体に押し戻す。
 ぎちぎちと異常を訴えて言うことを聞かない身体を無理矢理動かし、その場に突っ立つする。
 ぼたぼたと、溜まりから付着したものと今も傷から流れ出ているもの、二種類の血が垂れ流れる。

 リキューは死の淵からさらに一歩先の、さらなる彼岸への踏破の過程から自力で舞い戻った。
 なおも大量の出血を起こしている、放っておけば、もはや今度は死へ踏破と言わず瞬間移動してしまうだろう全身の傷に対し、筋肉を隆起しさらに“気”を集中させて対処する。
 痛みを伴ったものの、盛り上がった筋肉が物理的に傷口を圧迫、塞ぎ込み、さらに“気”をつぎ込んで強引に生理環境を整える。
 力技にも程がある手段ではあったが、とりあえずの止血は果たせた。たらりと目元に流れた一筋の血を親指で拭い、リキューは良しと判断する。
 実際には文字通り止血しただけで状態は全然良くなかったのだが、リキューは頓着しなかった。
 それ以上に、少年の追跡を優先したのだ。

 消耗著しくも、リキューは身体を奮起させて腕を振り上げると、そのまま振り下ろして床を叩き割る。
 一撃で砕けるタイルブロック。
 通路の底抜きを行い、瓦礫と共に一階下のフロアへ舞い降りる。
 顔を乱雑に動かして少年の姿を探すが、しかしその場には影も形もなく、何処へ行ったのか手がかりもなく、行方は分からなかった。
 リキューは、完全に少年を見失ってしまっていた。
 当てなく探し回るには、リキューのコンディションが最悪であった。さすがにこれ以上に下手な負担をかければ、比喩ではなく死ねる重体である。

 (くそったれめ………何かいい方法はないのか? 奴の居場所が分かる方法はッ)

 遥か記憶の彼方に残る日本語を使う。
 戦闘力という大原則を無視して完璧に攻撃を防ぐ“スタンド”に、防御を無視して重傷を与える奇妙な技。
 リキューがここまで少年を追い捕らえようとする理由は色々あった。それこそ人間の心の内である。単純に一言で表せるほど分かり易いものではない。
 だが結局のところ、今この時のリキューに限って言えば、その根底を占める最も大きな理由は意地であった。
 ここまで抵抗されて、追い詰めるどころか逆に追い詰められて、もはや理論的な理屈だとか理性的な判断だとかよりも、なによりも意地を張って、そしてそのために動いているのだ。
 子供染みた、そんな拙い感情のために、重体の身体を張って少年の後を探しているのである。
 サイヤ人というのはそんな子供みたいな精神の人間ばかりであり、そしてリキューもそんなサイヤティック・メンタルを培っていたのだ。

 とはいえ、いくら意思を猛らそうとも、リキューに少年を探し出すいい方法は思い付かず、そしてそう長い猶予も残されているほど傷も甘くはなかった。
 くらりと気が遠くなったと思った瞬間、身体がふらつき、そのまま傾いて壁に頭をぶつける。
 止血したとしても、すでにリットル単位で血が流れているのだ。貧血になって当然である。
 加えて“気”を高めて、幾らか物理法則を無視して生理機能を維持し重傷の身体を動かせているものの、傷が本当に治った訳でもない。
 幾らサイヤ人が生命力の高い種族であろうと、カバーし切れるレベルを大きく逸脱している。
 リキューの受けているダメージは、とっくに許容値を突破しているのだ。

 ふらふらと揺れる頭に手を当てて、意識を保つように務める。
 と、ふと打った衝撃に加えて貧血に酩酊気味のリキューの頭に、天啓が走った。

 「―――これだ!」

 にやりと、リキューの口の端が釣り上がった。




 展覧ブロックから一つ位置をずれ、煌々と明かりの焚かれているブロックの通路。
 その誰もいない無人の通路。その天井にパックリと穴が広がった。
 穴から人が通路に飛び降りると、即座に穴が縮小し閉じる。飛び降りた人間は、リキューと相対していた“スタンド”を操る少年である。
 少年は直前に重力が弱まったかのように減速して柔らかく着地すると、ひーひー言いながら歩き始めた。ダメージが大きいのだろう、その身動きには淀みが受け取れる。

 が……どういう訳だろうか?

 ただ普通に、若干歩くよりも速い程度の早歩きの動きしかしていないにもかかわらず、少年はまるで滑っているかのように不自然に、その一歩一歩が大きく間隔を空けていたのだ。
 一歩一歩が大きい分当然その移動速度は速く、早歩き程度の動きしかしていない筈の少年がまるで幅跳びしているかのような光景で、通路を駆け抜けている。
 さながら狐に化かされているかのような光景である。ただ歩いている動作をしている人間が、短距離走選手並みの速度で動いているのだ。

 『このぐらい距離を離せば十分か? アイタタタ……とっとと一時退却して担当変えてもらわんと、あんなインフレ種族を相手にしてられるかっつーの』

 ぜってーもうここには来ねぇぞと言いながら長い通路を駆け、少年は懐をゴソゴソと探る。
 すでに何度も縦に横に穴抜けをして建物の中を逃げ回っていたために、完全に撒いたものと判断していたのだろう。
 しかし、何かを取り出そうと懐を漁りながら、無警戒にL字角を曲がった瞬間のことである。

 踏み込もうとしたその先で、突如として通路が爆砕した。

 『ゲェエーーー!?』

 驚き慌てふためきながら、少年は表情を派手にブレイクさせながら飛び退く。
 べたりと背中を壁に貼り付けて、どどどどどどど!? と、文字通り泡を食った表情で粉塵立ち込める通路の方角へ視線を向けている。
 ゆらりと粉塵の中から、人影が現れる。

 「見つけたぞ、クソガキめ」

 全身を僅かに乾き赤黒くなった血で染め上げた、ボロボロに破壊された戦闘服を纏った尾を持ったサイヤ人の少年。
 すなわちリキュー本人が、自分の頭に装着していたスカウターを操作しながら、その場に立っていた。




 リキューが頭に手をやったとき、その手は自分の身体ではない、不可解な感触を返していた。
 この時初めて、リキューは自分がスカウターを付けたままであったことに気が付いたのである。
 本来フリーザ軍所属の者であっても、戦闘員ではないリキューにスカウターが配布されることはない。
 スカウターは戦闘補助道具。
 戦闘員以外には必要ないのだから当然である。
 この時偶然にも装着していたのは、リキューが研究用に申請して取り寄せた物。自室で実際に本物を身に付けて具合を確かめていた際に電源を切ったまま、今の今まで外し忘れていたのだ。
 これは研究用のために一般の物と異なって、デバックモードやその他のオプションが組み込まれているスカウターである。しかし、その性能自体は一般配備されているものと何ら遜色ない。
 少年の追跡に関して、何ら問題はないということである。

 方法さえ見つければこちらのものである。リキューは意識を鮮明にし、早速スカウターの電源を入れて、サーチをかけた。
 が、しかしその捜査は初っ端から躓くこととなった。
 
 少年の戦闘力は極めて低い。これがリキューの見立てであり、そして実際に本当のことである。
 これが何を意味するのか?
 特徴がない。つまり表示される“どの戦闘力が”少年であるか、分からないのだ。
 リキューの眼前のレンズには幾つもの戦闘力と、その持ち主の所在地が克明に暴きたてられている。
 少年の戦闘力は確実に1000を下回る。リキューが自分のその見立てを信じて戦闘力を除外したとしても、しかし戦闘力が一桁クラスのものでも、その表示は数多くあるのだ。
 惑星ベジータに居住しているのは、戦闘力の高いサイヤ人だけではない。フリーザ軍から配属された非戦闘員も多い。
 まだ少年の戦闘力が高ければ分かり易く、見分けも付いたのだが。
 スカウターはあくまでも索敵ないし測定機であり、通信機でしかない。個々人の識別機能などないのだ。

 とはいえ、思わず舌打ちしたリキューであったがこの問題は早々に解決した。
 リキューの現在位置から、妙に速い速度で遠のく戦闘力の反応を捉えたからだ。
 その戦闘力は数値が一定しておらず、3前後の数値から11程度までを間断なく上下していた。
 ダメージから考えて移動速度に疑問があったものの、しかし動きから見てこれが少年の反応であろうと見当を付けたのである。
 そして反応が向かう先へと先回りし、間の邪魔となる壁という壁を破壊して追い付いた現在。

 リキューは見事、珍しく理論的に当たりを引き当てたのであった。

 「本当に、手間を、かけさせ、やがって」

 インターバルを短く、激しく肩で息をしながら、リキューは目の前の少年を睨みつけた。
 少年もリキューほどではないがダメージが大きく、どういう訳かは知らなかったが先に見た時よりもさらに疲弊しているようであった。
 そこまで弱まっている以上、リキューとしては自分の身体のこともあり、さっさと抵抗を止めて口を開いてほしいと心中で願っていた。
 とはいえ、あのリキューに大打撃を与えた“切り札”の存在もある。
 これまでの経緯を見れば、少年がここまで来て大人しく言うことを聞いてくれるとも思えなかった。

 (くそッ……面倒な手間がかかる)

 リキューは睨んだまま内心で毒づいた。
 少年を殺す気はない。それは死にかけるだけの重傷を負った現在でも変わらない。
 リキューにしてみればこの怪我も、自分の油断と行動の結果であり、責任は全部自分にあるのだとキッパリ考えている。
 怪我の恨みや、逆上して命を奪う気などないのだ。なぜならば完全な自業自得なのだから。

 が、しかし。それではリキューは結局、この局面を打破するものとして取れる行動がないこととなる。
 これ以上のリキューから攻撃を加えることはその大小を問わず、疲弊の様子から見て少年の命を奪う危険がある。
 殺してしまう危険性がある以上、手出しは出来ない。つまりリキューに許されるのは、精々が口頭での説得程度、ということだ。
 とてもではないが、リキューは目の前の少年が言葉で説得できるとは思えなかった。

 『こん畜生………ここまでかよ。ぶ、ブリティッシュ・インヴェイジョンッ』

 スカウターに表示される少年の戦闘力が、変動する。
 3を下回っていた数値が、9前後の値へ。その数値は確実に少年の消耗を映しているようで、先に見た時よりも落ち込んでいた。
 本当にどうすればいいものか? 力に頼らずどうやって話し合いに持ち込めばいいか、リキューは身体の傷も合わせて頭痛を起こす。
 このまま膠着状態を維持しても、先に倒れてしまうのは少年以上に重体であるリキューである。
 今まで一度たりとてリキューの言葉に反応をしない、目の前の強情な少年の態度を、どうやって可及的かつ早急に解きほぐせばいいというのか?

 「貴様も、いい加減に俺の言葉に答えろ。くそッ」

 半ば、投げ捨てる気分のままにリキューが言葉を述べる。
 実際それは応答を期待したものではなく、八つ当たり同然の言葉であったのだが、しかし少年は反応するように口を開いて、言葉を放った。

 『だから、何言ってんのか分かんねぇよ畜生!! 日本語喋りやがれ!!!!』

 「………………………………………………………………………………………は?」

 やけっぱちの様に叫んだ少年の言葉が耳に届き脳が内容を理解してから、リキューが長い沈黙の末に言葉を漏らした。
 ふとリキューが思い返す。
 成程。確かにリキューは、少年への第一声から今の今まで、ずっと発し続けていた言葉は“共通語”であった。
 それも致し方がないことであろう。リキューが赤ん坊としてこの世界に転生してから、今日この日までの十四年間。共通語はずっと使い続けていた言葉である。
 むしろ十年以上使うどころか、聞いてもいない言葉である日本語を覚えていることが凄い。それも知的なスペックの高いサイヤ人の身体のおかげだろう。
 とはいえ、それもこの場にだけ限って言えば良いこととは言えなかった。
 下手に日本語の記憶が完璧だったために、少年の言葉を聞き取り内容を普通に理解してしまい、リキュー自身が同じ言葉で会話しているのだと何時の間にか錯覚を抱いてしまっていたのだ。
 そもそも共通語が通じないという事態がほぼ有り得ないことであるために、リキューの勘違いも仕方がないことではある。それだけこの世界では言語の壁は薄い認識なのだ。
 まぁ、やけにコロコロ切り替わる表情豊かな少年自身にも、錯覚を抱かせた原因として少なくない責任はあったのだが。

 くらりと、リキューは一瞬……ほんの一瞬であるが、身体の傷やその他諸々の要素で気が遠くなる。
 片手で額を抑えながら、その内心に止めながら呟く。

 (もしかして……もしかしてだが。ひょっとして、だ。俺は、めちゃくちゃ無駄な苦労をしたんじゃ………ない、のか?)

 あまりにも嫌過ぎるその可能性を胸中で具体化させて、リキューはその現実に意識が傾いた。
 主に払った労力や重傷的な意味で、アホらし過ぎる。
 何か頭痛を堪える仕草で動きを止めたリキューの姿に、もしかして逃げられるんじゃねとか少年が呟く。
 この上さらに逃げられれば、もう救いがないどころではない。

 リキューは刹那的な憂鬱に苛まれながら面を上げると、視線を向けた。
 逃げようと蠢いていた少年が、まるで見られたくないシーンが母親に見つかった息子のように動きを止める。
 リキューは、重い口を開いて言葉を投げかけた。

 『言葉、通じるか?』

 『………はい? 日本語?』

 あるぇー? と少年がリキューへと視線を向けている。
 リキューの予想は、全く嬉しくないことではあったが見事に的中した。

 凄まじくアホらしい出来事の幕は、これで下ろされることとなったのであった。




 『なに? それじゃ、あんたがトリッパーなんかい!!』

 『トリッパー? なんだそれは?』

 日本語で話しかければ、あとは簡単だった。本当に。
 もう攻撃する意思がないことを伝え、ただ聞きたいことがあるだけだという皆を明かすと、少年もおk、把握したと奇妙な訛りで同意した。
 少年自身もう限界で、というか最初の最初から戦いは勘弁であったらしい。
 俺はどこかの地上最強の生物じゃないんだっつーの、とは少年自身の言葉。どういう意味なのか、リキューにはさっぱり分からなかったが。

 少年は名を勝田時雄と名乗った。リキューも同じ様に名乗り、そしてとりあえずの疑問として、何故日本語を使えるのかと時雄に尋ねたのだ。
 それに対して時雄は、そりゃ俺は日本人だからと、薄々リキューが予測していた答えを返した。
 服装などから見て、そうではないのかと思っていたのだ。顔立ちも少しばかり彫りが深いように見えるが、アジア系のそれである。
 むしろそっちが何で日本語が使えるん? サイヤ人でしょ? と尾を指しながらキャッチボールのように返された質問に対して、さらに続けて聞こうと思った言葉を呑み込みながら、リキューも答えた。
 自分は確かにサイヤ人であるのだが、サイヤ人として生まれる前に、日本人であったという記憶を持っているのだ、と。

 上の言葉は、そのリキューの台詞に対して時雄に返されたものであった。
 内心信じられないだろうと思っていたために、その返答はリキューの予想外だった。
 実際、自分がそんなことをいきなり言われたとしても、妄言や戯言にしか思えないからだ。

 訝しげに尋ねるリキューに対して、えーなんて言えばいいかなーとぼやきながら、時雄が口を開く。

 『要するにトリッパーてのは、ぶっちゃけて言えば日本人のことだよ。日本人。いや、正確には違うけど』

 『日本人だと? 俺はサイヤ人だぞ?』

 『元日本人ではあるでしょうが。細かい挙げ足取るなって』

 はっきり言って、リキューの疑問は解消されるどころか、ますます増えていた。一つ聞けばどんどん疑問が増えていくのだ。
 だがしかし、残念ながら全ての疑問を解消するには時間が残されていなかった。
 いきなり咳をしたかと思ったら、リキューが血を吐きだしたのだ。

 『どわぁ!? イキナリ何だ!? ビックリかッ!?』

 『まずい。ぐ、き……傷が、開き始めた』

 『傷ッ!? てかそういや俺がアレ使ったっけ!? イヤイヤイヤイヤイヤむしろ何であんた生きてんの有り得ないって、つか手当てしてなかったんかい!?!?』

 『ぐ、ぎぃ、がぁ………』

 時間を忘れて話しに没頭していたためか、無理を通していた身体に限界が来たのだ。
 必死に血眼になって“気”を操作し維持しようとするが、そもそも元が壊れている状態となっている生理機能を“維持”するのは、いくら“気”をつぎ込んだところで限界があるのだ。
 塞き止められていた出血が、また流れ始める。サイヤ人の脅威の生命力によってすでに幾らかの傷口は塞がり始めてはいたが、焼け石に水であった。
 誤魔化していた傷の反動が、ここにきて一挙にリキューへ牙を剥いていた。

 ばたりと堪えることも出来ず、リキューが倒れる。倒れた場所から、またリキュー自身の血で溜まりが形成されつつあった。
 もしかして俺か俺のせいなのかと、冷や汗を流し慌てながら、時雄が懐から何かを取り出す。
 取りだした、掌に収まるようなサイズの黒い何かを、時雄が焦りながら弄くる。その様子を霞がかかったような視界でリキューは見ていた。

 『来い来い来い来い、よしキターーー!!!』

 辺りを落ち着かぬ様子で見回していた時雄が歓喜の声を上げると、グイっとリキューを引っ張って負ぶさせて歩き出す。
 がんばれ死ぬなファイトーてか俺もちょやばいって、と何か声が響くもの、すでにリキューは答えることもできなかった。
 なんとか重い瞼をこじ開けて見てみれば、時雄に負ぶさり進む先。

 そこに“穴”があった。

 あの最初、リキューが展覧ブロックで薄闇の中で相対し、時雄が飛び出てきた“穴”である。
 一体いつの間にあったのか、時雄がやったことなのか。
 もはやそんな思考も持てず、ただリキューは時雄が自分ごと“穴”へと入るのを見るだけだった。

 そして視界が“真闇”に包まれた。

 『こ、こんな時に言うのもなんだがな』

 息を乱しながら“真闇”の中で、まあ恒例だしなと時雄が呟く。
 おほんとワザとらしい咳をすると、時雄は言った。


 「ようこそ、トリッパーメンバーズへ………だ」


 いつの間にか、唐突に、兆候もなく、視界が変わっていた。

 “真闇”ではなく、柔らかい自然光に似た照明に照らされた、人工的な広い空間。
 何かの用途かは分からないが機械類が所々に設置され、時雄とリキュー以外にも数人、人の姿が見えた。
 そこは明らかに“穴”の中でも、先程までいた惑星ベジータでもない場所であった。

 しかし、リキューが確認できた情報はここまでだった。
 抵抗の余地なく意識が断たれ、がくりと首が傾く。
 おい待てってもうちょっと頑張れおい。言葉が投げかけられた気がしたが、しかしリキューはそれを聞き取る以上に深い奈落へと意識が落ちていた。
 誰か手伝ってくれー。そんな最後が間延びしたように聞こえた台詞が、最後に聞き取れた台詞だった。


 リキューはこの時初めて、トリッパーメンバーズ本拠地“リターン・ポイント”へと踏み入った。








 ―――あとがき。

 つ・つ・疲れた、いぇい。
 全開の鬱憤を晴らすように書き込みまくったら、最後には燃え尽きた。作者です。何気に過去最高の量じゃん。
 物語的には起承転結の転ですかね? 作法守れてるか知らないから適当にケテーイ。
 この話こそ俺式スタンドバトル。原作風味を出しつつのアレンジ! ………風味、出てますよね? スタンドは決して一方的には負けないと思うこの頃
 感想が前回多くて驚き。作者は平伏一頭のままに感謝の意を示したい所存。アザーッス!!
 今回の投稿で板変更。見てくれる人がどれだけいるか気になるこのごろ。
 感想と批評待ってマース。

 PS
 リキューがスタンド身に付けかって意見が散見できましたけど、仮に本人スタンド得たら、それはどんなスタンドだと思います?
 だって本体である本人が厨スペックのサイヤ人だしなー。
 遠近両方カバーしてるし? 下手なスタンド身に付けても、使う機会がないことこの上ナッシングですよ旦那。




[5944] 第十二話 明かされる真実
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/03/19 12:01

 暗かった。
 冷たかった。
 寒い。
 何も見えない。聞こえない。

 何をしていた?
 何処にいるんだ?
 何かをしたいのか?
 何も思いつかない。何も浮かび上がらない。

 沈んでいく。
 俺が沈んでいく。
 何処までも何処までも。
 何処に行くのかは分からなかった。が、そこがもっと冷たということだけは分かっていた。
 寒い。寒くて震えそうだった。
 だから沈むことが、ただただ嫌だった。

 ふと、明りが射した気がした。
 暗くて深いどこかの中で、身体の中に温かみが生まれてきていた。
 身体が浮かび上がるような気持ち良さが、心地良さが沸いてきた。
 そう思った時には、もう沈んでた身体が実際に浮かび上がっていた。

 光が、見えた。
 俺は泡沫の沈みから、光の中へと入っていった。

 最後に、ふと振り返った後ろ。そこに何か、誰かの姿の影が、見えた気がした。








 「――――っう」

 身体を動かした際の違和感に、リキューはその意識を完全に覚醒させた。
 うめき声を上げながら、ゆっくりと目を開く。
 視界に、清潔な白に染まった天井と、眩いばかりの光源である電灯が目に映る。
 視線を動かして辺りを見回すと、どこかの医務室のような光景。装飾や風景の違いに、明らかに自分の部屋でもなければ惑星ベジータのメディカルルームでもないと分かった。
 全身に引き攣る様な違和感を纏わせながら、上半身を必死に起こす。
 リキューは戦闘服ではなく薄く単純なシャツとズボンを纏い、見たことのない特徴性の皆無なベッドで横になっていた。

 (何だ、どうなっている?)

 「ああ、気が付いたのかね?」

 かけられた声に、弾かれる様にリキューは反応した。
 医務室らしき部屋、その入り口のすぐ近くに、白衣姿のドクターと思しき服装の人間が立っていた。
 ドクターは感嘆の表情で部屋の中へ入ると、警戒しているリキューにも気付いてないのか、話しかけた。

 「すごいな、もうそんなに身体を動かせるのかい? まだ処置をして峠を越えてから、一晩しか経ってないって言うのに。驚くほどの回復力だ」

 「処置だと? 俺の身体に何をしたんだ!?」

 不穏当な単語を聞き取り、リキューは思わず声を荒げてしまった。右も左も分からない状況にある中で、洒落にならない言葉である。
 ドクターはびっくりしたように目を丸くしたが、落ち付かせるように優しく言葉を続ける。

 「まぁまぁ、そんな変なことはしてないさ。少し落ち着きたまえ。普通に傷の手当てを施しただけだから、安心しなさい。処置内容の説明でもしようかい?」

 「傷……?」

 その言葉に考え込み、ようやくリキューは意識を失う直前にあったこと。すなわち勝田時雄との邂逅とその顛末について思い出した。
 結局時雄の行った謎の“切り札”による負傷の影響で、リキューは昏倒してしまったのだ。あの時の傷は、そのまま死んだとしてもおかしくないレベルのものであった。
 正直言って、あの状態から今生きていることは奇跡と言っても差し支えがない。

 リキューが朧に残っている最後の記憶は、時雄は自分を背負ってあの“穴”の中に飛び込んだところまで、であった。

 (良く分からんが、ここは時雄の属する国か組織、ということか?)

 リキューは状況証拠を積み上げるに、そう見当を立てる。
 実際そう間違った考えではないと思うが、しかし確かめる手段はなかった。

 「君が運ばれてきた時には、もうかなり状態は深刻であったからね。未知の種族であることもあったし、何よりも先にゲノムデータや体質に関して検査させてもらった後、急いでナノマシンを全身に投与。傷口は縫合する時間も惜しかったんで、回復魔法を使用しての治癒力の急速促進で塞がせてもらった。輸血の必要もあったんだが、こちらも残念ながら時間が足りずデータ不足だったからな、その代替にナノマシンを増量することで対応させてもらったよ。この増加分で全身の違和感も強いと思うけど、半日ほど経てば成分も変化して安定するし、不要分も自然分解するから我慢してほしい」

 それにしても本当に素晴らしい生命力だと言い募りながら、カルテらしき書類を見て、ドクターがリキューに行った処置の内容について述べていく。
 リキューはそれを黙って聞きながら、しかし妙な単語の含みに怪訝な表情を浮かべた。

 (回復……“魔法”? それに、ナノマシン? なんでまた、そんな古臭いものを?)

 リキューの身近にもメディカルマシーン、俗称に治療ポッドと呼ばれているマシンに、微小機械は使われている。
 治療の際に対象者の全身を包みこむ溶液。それが治療ポッドで使われている微小機械であるのだ。
 ただし、治療ポッドの溶液はナノマシンではなく、それよりもさらに極小で高性能であるピコマシンで形成されているが。
 このピコマシンで形成された溶液は高い浸透圧によって、傷口からはおろか皮膚の毛穴といった、細胞と細胞の合間という合間から対象者の体内へと瞬く間に浸透する。
 そして文字通り内外から全身を癒し、異常部分の正常最適化を行うのだ。そして作業完了後は対象者にとって害のない組織液やビタミン成分などに分解変質し、跡を残さず消滅するのである。

 つまり何が言いたいのかと言えば、すでにナノマシンというのは、リキューの認識では一世代以上に古い前時代の骨董品なのである。
 加えて“魔法”である。
 これまたリキューの知識では、魔法と呼ばれる代物は、魔族をはじめとした宇宙の一部の種族だけが扱える、戦闘力とは関係ない不思議な能力のことである筈だった。

 (戦闘力と関係ない………ああ。そう考えれば、あいつが使っていた“スタンド”とかいうのは魔法なのか?)

 知識を掘り返し、時雄について納得したようにリキューは内心で頷いた。特徴だけ取ってみれば、まさしく時雄の“スタンド”は魔法と呼んでよかった。
 なお、このリキューの持つ魔法や各種テクノロジーについての造詣は、テクノロジストとしての学習過程で培ったものである。
 それが盛大な勘違いであるということを教えてくれる人間は、残念ながらこの場にはいない。

 「確か君を連れてきたのは、メンバーズの人だったね? それじゃ、意識を取り戻したことを連絡しておこう」

 ドクターは考えに没頭しているリキューへそう言うと、ベッドの傍を離れる。
 そうして入り口近くに取り付けられている端末へ近づくと操作し、どこかへと連絡を取り始める。
 その姿を見送ってから一拍の間を置き、リキューはまた知らない言葉に疑問を生む。

 「ああ、医療班の医師の者ですが、十時間ほど前に運び込まれた患者の意識が――――――」

 「…………メンバー、ズ? 誰のことだ?」

 あるいはそれは、時雄のことなのだろうか? ふと直感で、その名前をリキューは連想した。
 連れてきた人だと言うのだから、間違いではないだろう。だがしかし、リキューの記憶では当人は自分たちのことをトリッパーだと、そう呼んでいたのではないか?
 いや、違う。そんなことよりも、とリキューは次々と沸き上がる有象無象の疑問を圧し潰し、何よりも大事な一つの事柄を考えた。

 (ここは、一体どこだ?)

 遅まきながら、リキューはようやくその重大事項に着目した。
 話を終えて端末を切り戻ってきたドクターに対して、ドクターが口を開くよりも早くリキューが尋ねる。

 「おい、ドクター。いったい、ここは“何処”なんだ?」

 ドクターはその発言に目を丸くする。
 リキューの口の悪さには頓着せずに、彼は答えた。

 「何処って、リターン・ポイントだが? もしかして、知らないのかい?」

 「リターン・ポイント? 何処にある星のことを言っている?」

 「星って、そういうところじゃないんだが………。君、何も知らないみたいだね」

 リキューのスケールが大きい問いかけに、ドクターは困ったように口を閉じる。
 んーと顎に手を当てて考え込んでいたが、いいアイディアが浮かんだのか、っぱと表情が切り替わる。
 ドクターはリキューと視線を合わすと、こう言った。

 「さっき連絡を入れたから、君をここに連れてきたメンバーズの人がすぐに来てくれる筈だ。ここについての説明とかは、その人に聞けばいいだろう」

 それがいいと言いながら、ドクターは一人頷いていた。
 っちと不愉快気に舌打ちするが、リキューは黙って上半身をベッドに転がす。
 リキューは短気の気がある人間ではあったが、わざわざ積極的に問題行動を起こす気もなかったのだ。
 そして結局、リキューはその自分を連れてきたメンバーズの人間が来るまで、大人しく疑問を呑み込んだまま待つこととなった。




 「ああ、説明? パス、面倒だし。説明係てか、担当の人が別にいるから、その人に聞きたいことは聞いてくれ」

 果たして、迎えに現れたのはやはり勝田時雄その人であった。
 が、しかし。ようやく疑問を晴らせるとばかりに言葉を投げかけたリキューへの返答が、上の台詞だった。
 わざわざ積極的に問題行動を起こす気がないリキューではあったが、短気の気があるのは確か。
 ゆえに思わず軋む身体を動かして時雄の顔面を掴み圧力を加えてしまうのも、無理ならかぬことであろう。

 とりあえずフィンガーハングを喰らっている当人の元気が程良くなくなったあたりで、時雄少年は無事解放してもらうこととなった。
 この戦闘民族めとブチブチ悪態をつきながら、時雄は言葉を続けた。

 「こっちも身体全体が疲れきってて辛いんだよ。ダメージは全部治療してもらったけど、体力やら気力まで全快した訳じゃねーの!」

 さっきまで別の部屋のベッドでずっと寝てたんだぞ、俺も。時雄はそう言い、欠伸にふわっと一つ、大口を開ける。
 言われてみればと、時雄の服装はリキューと同じシャツとズボン、つまり患者服であり、疲れていると言う言葉も嘘ではないようだった。
 こうしている間も眠いのか、時雄は視線をうつろにし、ふらふらと頭も揺れ動している。

 「担当の人がいるってのも本当で、実際聞きたいことも全部その人に聞いた方がよく分かるはずだから。手続きつか、申込みもしといてやるよ………」

 「あ、ああ……分かった」

 「じゃ、案内表示されるから……もう、勝手に行ってくれ…………」

 話している内に眠気がぶり返していたのか、本格的に意識を揺らしはじめていた。
 さすがにその様子を見て、もうリキューも文句は言えずに、口を閉じて了解の意だけを返した。
 聞いてるのか聞いてないのか、時雄はそのままふらふらーと力のない様子のままに、懐から出した小さな黒い機械をプチプチ弄って部屋を出て行った。
 大丈夫なのかあれは? リキューはそう思ったのだが、まあホームグランドだろうし大丈夫だろうと片付けた。
 スルーしたとも言う。

 さて、ともあれ聞きたいことは山ほどあると言うのに、一向にそれは解消される様子がない。
 どんどんタライ回しされて、結局リキューの疑問は宙ぶらりんのままである。

 トリッパーとは何なのか?
 メンバーズとは何なのか?
 リターン・ポイントとは何なのか?
 そもそもここは何処なのか?

 聞きたいことはどんどん溢れていた。
 現状分かったことと言えば、使われているテクノロジーが数世代前のレベルであること。魔法が使われているのだという程度である。
 はっきり言って、こんなものでは無知と同意義である。
 リキューは自身の精神的な安寧のために、さっさと胸に渦巻く疑問を片付けてしまいたかった。

 (案内が表示されると言っていたが……)

 時雄が言っていた言葉を思い出す。あれはいったいどういう意味なのか?
 表示されるとは、部屋のどこかに画面でも置いてあるということか。リキューはそれらしいものを探して、キョロキョロと見回す。
 だが、入院部屋のようであるこの部屋の中に、それらしいと思える機器は見つからなかった。
 もしかして狂言ではないか? 時雄の退出時の様子を思い出し、ある意味最も可能性の高いそれをリキューは連想していた。

 そのリキューの目の前の空間に、ポンといきなり画面が出現した。
 不意打ちのそれに、リキューは思わず驚きの声を上げてしまった。
 リキューの隣でバイタルデータをチェックしていたドクターが、心配はいらないと声をかける。

 「空間ディスプレイは初めてか? まぁ、慣れない内は戸惑うだろうけど便利な代物だよ」

 「3D、いや空間投影型のディスプレイか」

 正体を見抜き、ほうと感嘆の声をリキューは上げた。
 立体画像はフリーザ軍でも別に技術的には実現できないと言う訳ではないが、実用するには無駄なジャンク部分が多く普及していなかった技術である。
 先のナノマシンでやけにレトロな技術を使っている印象を抱いていた分、この3Dディスプレイの表示はリキューに思わず感心の念を持たせた。
 ディスプレイには、簡易的なマップ画面が端に表示され、中央には大きく矢印が提示されている。
 文字通りの、案内表示であるらしい。それもリアルタイムでのだ。

 「どうやら、準備が出来た様子であるけど………どうするんだい?」

 「望むところだ。今すぐ行かせてもらう、っさ!」

 全身に違和感のある身体を無理矢理に動かすと、身を起してベッドから降りた。
 身体を動かすのは非常に辛かったが、しかしリキューにしてみれば身体のことなぞよりも、精神的な問題を解決する方が何倍も大事であったのだ。
 そのまま用意されていた簡易靴を履き、見た目は平然と歩き出す。

 ダメージは完全に癒されているとはいえ辛いことに変わりはない。そのことを知っているドクターは、そのリキューの行動に心底感服の表情を送っていた。
 やはり実に素晴らしい回復力に生命力だ、とドクターは言葉に出して褒め称える。ふと、そのドクターにリキューは疑問を抱き、入口で振り返った。

 「そういえば、ドクター。お前、さっきカルテをディスプレイじゃなく紙で見てなかったか?」

 「ああ、あれは私だけだ。他の同僚はみんな空間ディスプレイを使っているよ」

 「何故だ? 機密……プライバシーか何かか?」

 「いや、ただの趣味だ」

 「………………………………………そうかい」




 リキューはディスプレイの表示に従って移動していた。
 基準位置を相対的に設定しているのか、ディスプレイはリキューが動くのに問題なく付いてきていた。
 歩き続ける内に医療セクションを抜けたのか、リキューの目に映る人々の様相が変わっていく。

 リキューはやはり、ここがどこか基地か何かの施設内部なのだろうと考える。
 歩き続ける通路には一つも窓が見当たらず施設が密閉型の印象を抱けたし、マップや実際に見て歩いてみて、かなり施設が大きいことを把握したからだ。
 地下に埋設されているという可能性もあったが、リキュー自身の勘では宇宙ステーションに近いものを感じていた。
 また多種多様な人間が働いているようであり、途中でリキューが見かけた人間はアジア系だけに限らず、別種のヒューマノイドタイプや人間型以外の種族の姿も見ることが出来た。
 それは人種の坩堝、というよりも混沌という感じで、様々な星から精鋭を掻き集めたフリーザ軍の構成の様に、統一性が欠けていた。
 また一つ、リキューの疑問は増えることとなる。

 やがて、食堂らしき区画や娯楽室のようなブロックを傍目に歩き抜けながら、リキューは段々人気の少ない通路へと入っていった。
 交通量が減った通路には事務職らしき人間の姿なども時折見かけたが、それすらもついには見えなくなってきた。
 そして長い道を歩き通した末、立派な構えの扉まで来たところでディスプレイがCLEARと表示し、消え失せる。
 案内が終了したのだ。

 (ここに、説明係がいるということか)

 ようやくこの時が来たと、リキューは不機嫌そうに息を漏らした。
 特に声もかかっていないが、リキューはそんなことには頓着せず、さっさと進み出た。
 前に立つリキューの存在を認識し、扉が開かれる。スライドし扉が開かれた先は、広い空間を持った部屋があった。
 そして簡素であり装飾のない広い部屋の中、中央奥に一つだけ置かれた立派な机と対応用らしきソファーがあり、その机に一人の人間がいた。

 少し驚いたように彼はリキューの方を見たが、特に咎めることもなく言葉を発する。

 「や、まずは初めましてかな? 確か、名前はリキューだっけ?」

 手元に小さなディスプレイを表示しながら、確認するように喋る。
 おそらくは男だとリキューは判断したが、しかし女と見間違うような人間であった。
 姿形は標準的なヒューマノイドであり、髪は腰まで届くような長髪。その髪色は青と言うには薄く、白というには深い。あえて形容するなら、空色とでも呼べる色彩だった。
 身体つきも華奢で細く、サイヤ人であるリキューと比べるまでもなく、普通の種族として見ても柔にしか見えない。
 顔はとても整っており、本来ならばあまり記憶に残らない筈の美形が、逆にその美しさゆえに強く記憶に焼き付けられるほどであった。
 また非常に変わった雰囲気を漂わせており、それが一層の神々しさを醸し出していた。
 その姿は端的に言って、大抵の人間に男女問わず、その美しさに物怖じしてしまうほどの畏怖を与えるほどに美麗であったのだ。

 がしかし、リキューにしてみればそんなことはどうでもいいと、一切無関心のままであった。
 サイヤティック・メンタルに、美しいだとかキレイだなとか、そういった感性は全くと言っていいほどないのである。
 美しさよりも強さ、花より団子。このように、至極原始的な欲求に従った精神構造をしているのだ。
 単純、とも言うが。

 「お前が説明係か? こっちは聞きたいことが山ほどあるんだ、今度こそ誤魔化さないで全部聞かせてもらうぞ」

 「ん、まあ合ってるけどね………そう慌てなくても、ちゃんと答えるよ。そこに立ってないで、こっちに座ればいい」

 目の前のソファーへ手を向ける彼の言葉に、リキューは不躾な視線を隠さなかったが、別に反抗せずに素直に従う。
 ようやく、本当にようやく、この胸の疑問を解消できるのだ。答えの出ない疑問が答えの出そうな、中途半端な状態で放置されるほどこと、ストレが溜まるものはない。
 リキューがソファーに座ったのを確認して、彼も表示していたディスプレイを消して向きあった。
 その際、ソファーの上でひょこりと動いているリキューの尾を見て、彼が言葉を漏らす。

 「本当にサイヤ人なんだな………。いや、別に可能性がない訳じゃないんだろうけど、いるとは思わなかったよ」

 「サイヤ人がそんなに珍しいのか?」

 「まぁ、そりゃ、ねぇ?」

 苦笑しながら、彼は言葉を濁らす。
 リキューはその伝えようとする意味を汲み取れず、ただ眉を顰めて不機嫌になるだけだった。
 さてと、彼は気分を切り替えてリキューへと話しかけた。

 「私の名前はクロノーズ。新しくここに来たトリッパーへの説明役を担当していてね、さしあたって先に何か聞きたいことがあるなら、そっちから質問を受けるよ」

 「じゃあ聞くが、そのトリッパーとは何なんだ? 日本人のことだと聞いたが、ここにいる奴らはどう見ても日本人以外の人間にしか見えない奴らもいたし、そもそも俺もサイヤ人だぞ」

 「あー、そこからか………」

 どう説明するかとぼやきながら少し考え込み、クロノーズは口を開く。
 彼はリキューに対して、そもそも前提を間違っていると言った。
 リキューは不可解そうに呟く。

 「前提だと?」

 「そう。この場合の日本人とは、単純に地球という名前の惑星の日本という島国に住んでいる人間を指している訳ではない」

 「なら、まどろっこしい言い方は止めろ。さっさと答えを言いやがれ」

 「んー………分かった。じゃあ一言で言わせてもらうよ」

 表情を引き締め、真剣で真面目な雰囲気を作る。
 クロノーズは宣言通り、簡潔に一言で語った。

 「“現実”から創作物の世界へ移動した人間。その人間が“トリッパー”だと呼ばれるんだよ」

 「なッ」

 にッ!? とは言い切れず、驚きのあまりに言葉の最後をリキューは呑み込んでしまった。
 一瞬、リキューは考える。
 現実とは、何の事を言っているのか? 今が現実ではないとでも言うのだろうか? 夢の中だとでも?
 しかしそれも一瞬である。リキューは一瞬の次には、つまり刹那の間にはすでにクロノーズの言わんとすることが理解できていた。
 クロノーズの言った、“現実”から創作物の世界へと移動した人間。
 自分が今までいた、生きてきた世界は何だ? リキューはそう自分に問いかけた。
 答えはすぐに帰ってくる。

 それは、“ドラゴンボール”の世界だ。

 「どうやら、分かったみたいだね」

 リキューのその表情を見納めて、クロノーズは言った。
 未だ収まらぬ感情を持ちながらも、リキューはその彼の言葉へ反応する。

 「まさか……そういうことは、お前も?」

 「そう、たぶん君の考えている通り。私も君と同じ、“現実”から創作物の世界へと移動、トリップした人間。つまりトリッパーだよ」

 まあ、私がトリップした世界はドラゴンボールではないけどね。クロノーズは一言そう付け加えた。
 現実から創作物の世界へと移動することをトリップすると呼び、ゆえにトリップした人間のことをトリッパーと呼ぶ。彼は沈黙したままのリキューへそう説明を続けたのだ。

 創作物の世界。今までリキューが生きていた世界こそ、まさに“ドラゴンボール”という創作物の世界であった。
 そしてリキューは自分が、遥か遠い日本人の記憶にその“ドラゴンボール”を読んだ記憶を、つまり“現実”と呼べる世界についても認識していた。
 だからこそ、自分にそぐわぬサイヤ人という周囲の価値観に苦しんでいたのだ。歪で複雑な精神を形作り、フリーザを倒すと決意したのだ。
 本来ならば有り得ない、絶対に有り得ない境遇であったがために、ずっと一人で孤高に生きていたのだ。
 そう、ずっと一人だったのだ。

 リキューは自分の様にマンガの世界に入り込む人間なぞ、他には一人もいないと考えていたのだ。
 自分がどんな感情を沸き起こしているのかも分からず、リキューは身を乗り出してクロノーズへ言い募る。

 「他にも……他にも、俺の様にマンガの世界に入った人間がいるのか!?」

 「マンガには限らないよ。創作物って言っただろ? アニメや小説にゲームと、それこそいろんな世界にトリップしている人間がいるよ」

 はたしてそれは友愛が悲壮か感激か憤怒か、あるいは今までの言葉では言い表せない全く未知の感情か。
 大きな、とてつもなく大きな感情のうねりが、濁流となってリキューの心の中で荒れ狂っていた。
 混乱したまま、言葉が口に出来ないままに、ソファーへ深く身を沈めて、リキューは背を後ろへ倒して顔を天井に向けた。
 何を思ったか、何が思えたのか。それは本人も含めて誰も分からなかった。
 しかしただ一言だけ、リキューの口から言葉が漏れた。
 それだけが、具体化できたことだった。


 「―――――――ひとりじゃ、なかったのか」


 クロノーズは、黙ってリキューが落ち着くのを待っていた。




 リキューが落ち着いたのを見てから、クロノーズの説明が再開した。
 とはいえ、基本はリキューが質問し、クロノーズがそれに返答する形であったが。

 「トリッパーというのは、何人いるんだ。まさか、ここにいる人間全員がトリッパーなのか?」

 「いや、それは違うよ。まあ、確認できているトリッパー自体は現時点でも数百人以上はいるけどね。たぶん、千人はいなかった筈。ちなみに、ここにいる人間の大半は、それぞれの世界から雇ったその世界の住人だよ。組織が大きくなった分、トリッパーだけじゃ運営するのに人の手が足りなくなってね」

 「組織? いや、そもそもここはどこなんだ? やはり、どこか別の創作物の世界か何かなのか?」

 「あー………それだったら、ちょっと待ってくれ。映像を出しながら説明するから」

 クロノーズが、机に内蔵されている端末を操作する。
 すると机の上に、巨大なディスプレイが展開され、リキューの方へと近付いてきた。
 そのディスプレイには、白生地に黒い斑模様という奇妙な空間に、宇宙ステーションらしき構造物が映されていた。
 クロノーズはその提示されている構造物を指差しながら、リキューへ説明する。

 「とりあえず現在位置について説明するけど、その画面に表示されているものが今私たちが中にいる建物で、私たちの組織であるトリッパーメンバーズの本拠地となっているリターン・ポイントだ。元々は別の作品世界の巨大宇宙船を建物代わりに持ってきてね、それから幾つか増改築を繰り返して今の状態になっている。全長が惑星とまではいかないけど、衛星サイズはあるからね。増改築の繰り返しでかなり住み心地が良くなっているよ」

 「宇宙船を丸ごと、ステーション代わりに使っているのか」

 その発想のスケールの大きさに、リキューは素直に驚いた。そのアイディアはなかった。
 感心しているリキューへ、ステーションというより都市に近いとクロノーズは言う。

 「ま、サイズだけは先に言ったようにあったからね。資材や道具類を持ち込んできて、ドンドン中を好きにぶち抜いて改装していったらそうなってたよ」

 「そのことは別にいい。それより、この妙な空間は何なんだ? 明らかに普通の空間ではないし、それにそのトリッパーメンバーズとかいうのも、何が目的なんだ?」

 リキューは画面に映る、斑模様の空間を指してクロノーズに聞く。
 それはリキューの知る限り、どう見てもただの宇宙空間でもなければ、知識にある異次元空間の姿でもなかった。

 「分かったって、ちょっと待ち。ちゃんと説明するけど、かなり長くなるよ?」

 「構わない。早く教えろ」

 はいはいと、リキューの言葉にクロノーズは長い説明を始めた。

 最初のきっかけは、とあるトリッパーがある技術を開発したことであるらしい。
 それは、それぞれがトリップした創造物の世界を超えて、トリッパー同士が連絡を取れる代物であった。
 この技術を使って、おおよそ十人前後のトリッパー同士で連絡を取り合い始めたのが、最初の最初の始まりであったと言う。
 彼らはそれぞれが連絡を取り合って知識を共有し、各自の世界の技術を使って研究を重ねて、遂には世界を超えることが出来るようになった。
 その時お互いに顔を見せ合い合流した場所が、現在のリターン・ポイントが鎮座する斑模様の空間であり、そしてその世界と世界の狭間とでも呼べる場所がここであるとのことであった。

 「便宜上、この空間についてはゼロ・ポイントって呼ばれているよ。色々特殊な性質があるんだけど、まあ今は関係ない話だね」

 クロノーズはそう言うと、話を続けた。

 この時集まったトリッパーたちは、互いに話し合いを行い、そして開発した技術を使ってある目的のために集団で活動することを決め、その団体名をトリッパーメンバーズと定めた。
 これが、後に現在のトリッパーメンバーズと呼ばれる組織になる前身であり、雛型であったのだ。
 そしてこの過去と現在のトリッパーメンバーズという集団にある根底の基本運営方針は、変わりなく一致している。
 トリッパーメンバーズという組織の運営方針。それは同じトリッパーへの保護と援助であり、そして現実世界への帰還である。

 「現実への帰還ッ!?」

 「そう。やっぱり自分たちの生まれ故郷でもあるし、なによりも創作物の世界へのトリップなんていう、この有り得ない異常事態に心底嫌気が差しているトリッパーもいるからね。まあ、逆にこの世界に骨を埋めようっていう考えのトリッパーも結構いるけど。とはいえ、現状では現実へ帰還については全然目処は立ってないけどね。メインはトリッパーの発見・保護で、帰還方法については現在、常時模索中だ」

 リターン・ポイントという本拠地の名前の由来はここにあるのだと、クロノーズは言った。
 現実への帰還、その足掛かり場所だと。
 クロノーズはさらに続ける。

 開発された世界を超える技術についてだが、それは特性と言うべきか枷と言うべきか、自由自在に好きな創作物世界に行ける訳ではなく、ある三つの決まりがあった。
 それは以下の通り。

 この技術では、トリッパーのいる世界にしか行けない。

 一度行くまでは、目的地がどの世界かは特定できない。

 新しい世界へは、トリッパーでないと移動することができない。

 この三つが世界を移動する際の大原則として、組織には存在した。
 これは前述通りに枷とも言えたし、特性とも言えた。
 何故ならば、新しい世界へと移動すれば、その世界には確実にトリッパーが存在することとなり、発見と保護が行えるからである。これは組織の運営方針として迎合できた。
 だがしかし、トリッパーでなければ新しい世界へは移動できないことと、一度移動するまではどういう世界か分からないことはデメリットでしかなかった。
 トリッパーでなければ新しい世界の開通が出来ないことは使える人員を大きく制限してしまうこととなるし、移動先が不明だと、下手に物騒な世界だった場合にトリッパーが危険に晒されるからだ。
 現に、“ドラゴンボール”の世界へとトリップした時雄は、トリップした直後にリキューと遭遇し、すれ違いの結果戦闘状態へと陥ってしまっていた。あれがもし会ったのがリキュー以外の他のサイヤ人だった場合、今頃時雄の命はなかっただろう。
 新しい世界へのトリップには、そういった危険も常に付きまとっていたのだ。

 ともあれ、組織はトリップに対し危険性を持ちながらも、その活動を継続した。
 新しい世界の開通を行い、その世界にいるであろうトリッパーの発見と保護を行いつつ、現実への帰還方法も模索していたのだ。
 しかし、活動を続けていく内に新たな問題が出てきた。
 それは活動費用についての問題である。
 トリッパーの保護を続ける内に、その数の多さに近い未来、その援助に限界が来るだろうと言われ出したのだ。
 そこで資金難への解決策として、組織はその運営の拡大を図った。
 単純に言えば、企業的な活動も副業的に行い始めたのである。

 基本的な組織の売りの“目玉”は、技術にある。あるトリッパーはそこに着目した。
 組織は新しい世界の発見と最初のトリップこそトリッパーが行われなければいけなかったが、しかし一度トリップしてしまえば、その世界へは自由に誰でもトリップすることが出来たのだ。余談だが、これゆえに新しい世界への最初のトリップは開通と呼ばれている。
 これを利用し、組織は効率的な資金稼ぎを各世界で行ったのである。
 この時点で組織には、様々な世界へのトリップが可能な状態であり、そしてその扱っている技術も極めて混沌として、商品として提供できるものが様々にあったのだ。
 つまり、中世レベルの文明世界で石鹸や印刷技術などを売り、現実に近い文明の世界では、少しばかり未来のSF世界での技術を取り扱ったり、といった行為によって収入を得たのである。
 この策は成功し、それぞれの世界でボランティア団体的に活動したり、あるいは企業などを立ち上げて、組織は資金難に関する問題を解消することが出来たのだ。

 だがしかし、この組織の運営拡大に伴って、組織は先にクロノーズが言ったように人手が足りなくなってきた。
 そしてしまいには、このままでは人手不足で組織運営が停止してしまう一歩手前までに、追い詰められてしまうこととなる。
 このレベルにまで深刻化するに至り、組織も規模が拡大してきたために増大した仕事量に対し、組織の中枢構成員にもトリッパー以外の人間を起用して対応することしたのだ。
 すでに手伝いレベルで各自の世界から給仕やメイドといった者は連れてこられていたために、この決断もスムーズに働き、そして組織はさらなる躍進を続けることとなる。

 こうして拡大と進出を繰り返した結果、トリッパーメンバーズは最初の十人前後の集まりであった集団から、現在の形へと至ったのである。
 今では、様々な世界に大小問わず組織の手による企業や商店などの下部組織が点在し、そして関係組織に所属している人間も含めれば、その総数は万を優に超えるだろうという、一大巨大組織となっているのだという。
 なお運営については、それらが上げる利益によって問題なく潤滑に行われているとのこと。

 クロノーズは大体こんなところだと、長い説明を終えて息をついた。
 リキューは思った以上の組織の規模とその変遷に、半ば呆然となっていた。

 「省略したところとかはあるけど、大まかな筋はこんなところだね」

 「なんというか………スケールが違うな」

 「うん、自分でも時々、つくづくそう思う」

 まさかこうなるとは思わなかったよと、クロノーズが苦笑しながら言う。
 ふとその言葉に、リキューは気が付いたように尋ねた。

 「お前は何時からこの組織にいるんだ?」

 「クロノーズ、だよ。私は最初からだよ。ファーストメンバー………つまり最初期メンバーだからね、私は」

 クロノーズ曰く、すでに自分以外の最初期メンバーは、現在の組織運営から手を引いているらしい。
 大半のメンバーが一人引き篭もって研究したり、それぞれの世界で自由に生活を満喫していたりなど、気ままに生活しているとのこと。
 組織との接触を完全に絶った訳ではないそうで、たまに会うことはあるらしい。

 「もう組織の運営については、私自身の手からも離れているからね。基本的に総務部の人たちや周りの部署の人間が、現在の組織の運営と管理は行っているよ」

 「なるほど………」

 リキューは頷き、言葉を閉じた。
 もう大半の、胸に残る疑問と呼べるものはなくなっていた。
 そのリキューの様子を見て取り、それじゃこれをあげておくよ、とクロノーズは何かを取り出した。

 「? 何だそれは?」

 「イセカム。正式名称は長いし、誰も覚えてないから知らなくていいよ」

 はいとクロノーズが手を伸ばすと、不思議なことにその手の中のイセカムと呼ばれた物が、独りでに浮いてリキューの元へと近付いていった。
 しかしリキューはさして驚きを見せずに、平然とした表情のままで飛んできたイセカムを掴み取る。
 なおその無反応さに、何気にクロノーズが残念そうな表情をしていたが、リキューは気が付いていなかった。

 リキューはじっくりとイセカムを観察した。
 サイズは小さく、形状は縦の長い長方形。しいてサイズと形状が近い物を挙げれば、シャープペンシルの芯ケースだろう。色が全体的に黒く、一部の操作盤らしきホイール類の縁取りに銀が使われている。
 ここで不意にリキューは、これが病室で時雄の使っていた物と同じ物であることに気が付いた。
 説明を求めてクロノーズに目を向ければ、リキューが問う前に彼が説明を始める。

 「それはこのリターン・ポイント内で主に使用されている道具で、色々な機能を兼用している。簡単に言えばそれ一つで身分証にもなり、財布にもなり、ルームキーにもなる代物だよ」

 「ほう。これがか」

 付けられている細い鎖を持って、リキューが目の前でイセカムを揺らす。
 クロノーズは投影していたディスプレイを消して、手元に新たなディスプレイを表示し操作する。

 「登録しておくよ。名前はリキューで良かったね?」

 「ああ」

 少しの間を置いて、はい出来たとクロノーズが言う。
 同時に、リキューの手の中でイセカムが仄かに輝いた。
 見てみれば、イセカムの黒い表面に、内側から浮き出る様にリキューという文字が現れていた。
 興味深くリキューが見つめている中、その文字も輝きを失い、元の黒い表面に戻る。

 「言い忘れてたけど、それ一つで食堂区画の店と居住エリアの一部屋がタダで使えるよ」

 「何? 本当なのかそれは?」

 ただで飯が食えて寝る場所が貰えるという話に、リキューは思わず聞き返した。
 クロノーズが柔らかく笑いながら答える。

 「トリッパーを助けるって言うのは最初期からの運営方針だからね。問題ないよ。この待遇自体は、発見したトリッパー全員に与えられていることなんだ。まあ、予算的な方の問題がないからこそ、出来ていることなんだけどね」

 もちろん、働かざる者食うべからずという考えもあり、保証されるのは最低限の衣食住だけである。それ以外の娯楽や贅沢をしたければ、働いて給料を得る必要がある。
 とはいえ、それでも何もしなくても安全に生存できる環境が与えられるだ。それだけでも破格の待遇である。

 「それじゃ、説明も長引いて疲れてるだろうし、イセカムの操作方法と最低限の注意事項だけを伝えて、この場は一旦解散することにしようか」

 「ああ、それでいい」

 リキューも頷き、クロノーズの最後の説明が行われる。
 イセカムの操作方法は単純で、イセカムを握ってイメージすればいいだけとのこと。
 伝達されたイメージをイセカムが受け取り、イセカム側がその要望を処理した情報を同じくイメージに変換し、持ち主の脳内へ送り返すらしい。
 つまり画面に当たる処理を、本人の頭の中で行うということである。
 リキューが実際に試し、握って起動のイメージを送ったところ、頭にイセカムの起動したという表示とメニューがイメージで帰ってきた。
 成程とリキューは納得する。本人以外が触れてもイセカムは反応しないらしく、携帯端末としてプライバシーも十分に守られてた。
 また曖昧なイメージを送っても見事に対応し、関連メニューの表示などといった親切機能に疑問に対するヘルプ機能も付いていた。
 これならば、それこそ中世の人間からSFの人間まで、誰でも扱うことが出来るだろう。

 また、注意事項として伝えられたことに対しては、強く注意するようにリキューは言われた。
 まずトリッパーであるということは、同じトリッパー以外には基本的に話してはいけないとのこと。
 これは何が言いたのかと言うと、つまり創作物世界の人間に対して、“あなたの世界は創作物である”とは伝えてはいけない、ということである。
 トリッパーメンバーズには、トリッパー以上に創作物世界の人間が構成員として所属している。
 ゆえに同じトリッパー同士の会話の際にはもちろん、それ以外の場合でも、創作物世界の人間には十分に注意を払い秘密厳守を通すことが求められたのだ。
 万が一秘密が漏れた場合は、早急に自分まで連絡するように。そうまで念押しされた。

 リキューは訝しげに尋ねる。

 「何でまた、そんなに気を使う? 何か理由でもあるのか?」

 その問いに対して、嫌なことを思い出したようにクロノーズの表情が歪んだ。
 なんだと思うリキューに対し、クロノーズは重く口を開く。

 「過去に大きな事件があったんだよ、そのことをある人間に話したことで」

 「大きな事件?」

 詳しくは話したくない。リキューに対してクロノーズはそう言った。
 不可解気に眉を顰めるリキューへ、クロノーズは苦しそうな表情で語った。
 自分の今いる世界が、今まで生きてきた世界が作り物だって突き付けられることは、思った以上に残酷な結果を招くことがあると。
 ある人間にとってはそれがどうしたと跳ね除けることが出来ても、ある人間にはそれは出来ないことであるのだと。
 それはトリッパー自身だって、例外ではないのだと。

 その言葉の深いところについて、リキューは感じ取ることが出来なかった。
 だが、リキューに進んで面倒を起こす気はない。不理解であっても、それが重要であるというのなら守るというだけだった。
 しかし、それに当たって問題があった。リキューは率直に尋ねる。

 「別に守れと言うなら守るが、どうやってトリッパーとそうでない人間を見分けるんだ?」

 「それを見ればいい」

 クロノーズはイセカムを指差して言った。
 リキューへの疑問に、分かり易く答えられる。

 「イセカムは身分証にもなるって言ったろ? つまり役職や、その所属部署でその色や模様が変わるんだ。イセカムが黒色なら、秘密について話してもいいってことだよ」

 「そういうことか」

 「だからイセカムについては、常に他人に見える様に外に出して置くように。少なくともここ、リターン・ポイントにいる間はね」

 分かったと返事をして、リキューはイセカムの鎖を首にかけてぶら下げる。胸の上でイセカムは揺れていた。
 そしてこれで話は終わりだと、クロノーズは言った。

 「案内表示もイセカムを使えば出るから、迷うことはない筈だよ。重ねて言うけど、くれぐれもさっきの注意事項については気を付ける様に」

 「ああ、分かってる。二度も言われなくても、別に破りはしない」

 リキューはソファーから立ち上がると、軽く身体を動かして慣らす。
 すでに、身体の違和感もほぼなくなっていた。類稀なるサイヤ人の生命力が通常を遥かに凌ぐ治癒の促進を果たし、役目を終えたナノマシンを急速分解させたのである。
 入室時よりも軽やかに身体を動かし、扉の前に立ってスライドさせる。
 ふと、その退出間際にリキューは振り返った。
 ディスプレイを表示し仕事を始めていたクロノーズに、リキューが喋りかける。

 「そういえば、お前………クロノーズは、何の創作物の世界だったんだ?」

 「え? ああ、私のトリップした世界か? はははは………」

 ぽりぽりとクロノーズは頬を掻くと、少し嬉しそうに表情を作った。
 そのまま楽しげに、彼はリキューへ答える。

 「私がトリップした世界は、“フォーチュン・クエスト”、もしくは“デュアン・サーク”っていうラノベ………いやライトノベルだよ。その世界の、ある神さまの眷属になってね」

 知ってるかい? そう僅かに期待を込めて、クロノーズがリキューへ尋ねる。
 リキューは神と言われてデンデ? を思い浮かべながら、無造作に答えた。

 「いや、知らないな。ライト………ノベル? 外国の小説か? 悪いが、小説に触れたことはあまりなかった」

 「あ、ああ……そうなの。ははは…………残念だなぁ」

 ずーんと落ち込み、ディスプレイに向かい合うクロノーズ。
 何で知ってるやつが少ないんだよいいじゃないかほのぼの面白いんだぞと、亡霊の怨嗟のような独り言が部屋に響く。
 が、しかしリキューはそんなこと知ったこちゃなく、さっさと扉を抜けて外に出て部屋を後にしていたのだった。

 リキューは早速胸元のイセカムを掴み、案内板を表示させるためのイメージを送った。
 イセカムを操作し終わると、ポンと忠実にリキューの目の前にディスプレイが現れ、矢印が表示される。
 クロノーズの話を聞き、身体の違和感も取れた以上、さしあったってリキューのやるべきことはすでに決定されていた。
 多く与えられた情報を火急に纏める必要もあっただろうが、それは何よりも優先すべき事柄であった。


 グギュルルと、奇怪な音が響き渡る。


 リキューは腹を抑えながら、食堂区画へと急ぎ駆け抜けたのであった。








 ―――あとがき。
 
 超速執筆。ノリに乗って書き終える。作者です。
 超絶オリ設定の乱舞。この作品でやりたかったことその一。自重した方がいいな俺。
 完全説明タイム。今になって気が付いたが、読んでてだるくないかこれ? ………いや、しょうがないよね? ね!?
 感想ありがとうございました。いつか時雄視点の外伝も作る予定。PVの数が予想外に多くて感激です。作者張り切っちゃいますよ? ウボワァアアア!!!
 感想と批評待ってマース。特に今回は切実に。
 



[5944] 第十三話 最悪の出会い
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/03/28 22:08

 鬼人が舞い降りていた。
 その荒れ狂うが如くは、まさに化け物としか形容できず。
 縦横無尽にその手は動き、貪り、喰らい、次々と目の前を無に帰していた。
 その所業の後に、残るものはなし。
 それを周囲から傍観している者たちは、今日この日、抗う術のない圧倒的暴力というものが存在することを、その目に焼き付けることとなった。

 ―――鬼が、吠える。

 「おかわりッ!!」

 集団用の、大きな八人掛けテーブル。
 その机上を食い尽くした空皿で埋め尽くし、さらになおも皿の塔を積み上げながら、リキューはさらなる飯の追加の要求をした。
 涙声で注文を承ったウェイトレスが、厨房へと走る。
 遠巻きに様子を見ている人々は、その衰えぬ勢いの光景に戦慄を抱いたのであった。

 サイヤ人、リキュー。
 すでに100人前以上の量を完食するも、その食欲、未だ留まるところを知らず。








 食堂区画は、デパートなどのそれと社員食堂のようなもの、この二つが混じったような代物であった。
 様々な大きさの卓と椅子が広く用意されたスペースに置かれ、そのスペースを囲むように周りに様々な料理のカウンターが設置され、注文を受け付けていたのだ。
 料理の注文は好きな卓に付いた後、イセカムを使ってウェイトレスやウェイターを呼び出すことで対応する。
 そしてここ以外にも別にレストラン街といった場所もあるらしいのだが、しかしそちらはこのイセカムでも有料であるとのことを、リキューは疑問を参照した時に知らされた。
 レストラン街というのにも興味はあったが、別にここでもさしたる問題はない。
 リキューは不満を持たず適当に空いていた卓へと付いた。
 そしてヘルプ通りにイセカムを使ってコールし、近くにいた獣耳ウェイトレスを呼び寄せ、表示されているディスプレイを見ながら注文した。

 「とりあえず、このメニューに書いてあるものを上から下まで全部。さしあたっては、それぞれ五人前で」

 ぴしりと、ウェイトレスの表情が凍った。
 彼女は何を言っているのかこいつはという目で見ていたが、しかし注文を承り下がっていった。

 かくして、惨劇の幕は開いたのであった。




 「馬鹿なっ!? あの特盛り丼を、一杯僅か三秒で完食だと!?」

 「信じられねぇ!? スープとチャーハンと饅頭の三つを、両手だけじゃなくシッポも使って片付けやがった!!!」

 「有り得ない!? 明らかに食った量と体格比に矛盾がある、食った物はどこへ消えていると言うんだッ!?」

 「俺の胃袋はダイナマイトッッッ!?」

 「あら、逞しいボウヤがここに」

 「化け物だ………クレイジーな化け物が現れやがったッ!!」

 瞬く間に空となった皿が積み上がる。
 机上を埋め付くし続々と追加される空き皿に、多くのウェイターとウェイトレスがバケツリレーの様に各々厨房へと運ぶが、片付く様子は全く見えない。
 超高速フル回転状態となっている各カウンターの厨房では、ヤケクソ気味にコックたちが死線に近付きつつ調理し、空き皿を下げた給仕たちにとって返して配膳させていた。

 「くそったれ、今日はいったいどうなってるってんだ!?」

 熱気の立ち昇る厨房の中、中華料理カウンターのコック長が巨大鍋を振るう。
 まるで調理担当の人間が数人倒れた時に注文が混雑したかのような、それほどの凄まじい忙しさであった。
 すでにどれだけ鍋を振っただろうか? あまりの疲労に腕が痺れ、全身から汗を噴き出していた。
 かつてない超過密作業量に、コック長の限界は近かった。

 「この野郎………俺がどれだけ鍋を振るってきたと思ってやがる! ぬぉおおおお!!」

 朦朧とする意識の中、全力を振り絞って鍋を振るい、火を通し、料理を仕上げていく。
 この道に生きて、すでに三十余年。この厨房のコック長となりヒヨッコどもを叩き上げてきたのは、十年にもなる。
 その年月が、毎日の月日が、今のコック長の矜持であり誇りであった。
 たかが多忙による疲労程度で、その手を止めてなるものか。コック長の目に火が宿る。
 手元で踊っている料理が、最後のオーダーである。コック長は彼自身の矜持にかけて、なんとしてもそれだけは仕上げてみせると決意する。

 一気呵成に鍋を振るいにかける。

 「ぬぁああああああああああ!!!」

 具材が踊り狂う。
 ダイナミックでありながら繊細なる技巧、綿密に計算し尽くされた加熱時間。
 地獄のような熱に炙られ旨みが引き出され、タイミングを見損なうことなく調味料を次々と投下していく。
 コック長は覚醒する自らの意識の存在を感じていた。
 極限状態にまで追い込まれた、今。今この時こそ、かつてない至高の逸品が出来るであろう、手応えを得ていた。
 もはや吠える暇すら惜しい。コック長は無言のままに調理を続行する。
 そしてついに、最後の一仕上げを、残った体力の全てを注ぎ込んで完了させたのであった。

 流れるような手つきでそれを皿に盛り、ガンッと鍋を置いて、コック長は会心の笑みを浮かべる。
 自分は見事、この苦難にも負けずコックの誇りを守り切ったのだ。
 すでに限界を超えて力を絞り尽くした身体は疲れ切り、鍋を振るい続けた右手は感覚がない。しかしコック長の心はかつてなく澄み渡っていた。
 コック長はそのまま清涼感を胸に抱きながら、良い笑顔で仕上げた料理をカウンターへとやってきたウェイトレスへと差し出す。
 おそらくは、生涯最高の逸品となったその一皿を。

 「おら、持って行きやがれ! 最高の出来だぜそれはよ!!」

 「そうですか分かりました! あとコック長、追加注文らしいです!! 今までと同じ物をあともう一セットてあああああコック長ぉおおお!?!?!?」

 もう一皿ではなくもう一セットと言った辺りで、コック長の心はぶち折られた。
 良い笑顔のままに、コック長が地に沈む。

 中華カウンター、暁に没する。




 そんな裏方の涙ながらのエピソードを無視しつつ、リキューはその口へ料理を詰め込み続けていた。
 フードバトラー? そんなものは比較対象とはならない。
 一皿の完食に五秒とすらかからない。嫌がらせ気味に冷凍庫から取り出した未カットの巨大肉を丸焼きにして出されたりもしたが、それすらおおよそ五分で骨だけにしてしまった。
 まさに暴帝。まさに覇王。今の彼奴は世界をも滅ぼせる。そうと思わせるだけの気迫を漂わせていた。
 すでに食堂はゆっくりと飯を楽しめる雰囲気ではない。
 リキューを中心し空白地帯が出来、その距離を離した向こうではこの場にいる全ての人間が、囲むように人だかりを作ってその一挙一動に注目していた。

 リキューの傍に待機している獣耳ウェイトレスは、涙目で笑っていた。
 すでに一部のカウンターが、材料不足や限界を超えた仕事量に休業状態へと追い込まれていたのだ。
 別にそれは彼女自身に責がある訳ではないのだが、しかし注文を取ってくる人間が彼女であるために、厨房からの非難の視線が一手に彼女へ集中していたのである。
 私のせいじゃにゃいのにー。獣耳ウェイトレスは、耳と尾をぺターンと垂れ下げて落ち込んでいた。

 モグモグとパスタを頬張り、また一皿を空ける。
 塞がっている両手の代わりに尾を使って、リキューがジョッキを飲み干す。中身はノンアルコールである。
 ちなみに別にリキューは飲まないが、アルコールは嗜好品に入るため、トリッパーでも飲むには有料だったりする。
 リキューは飲み干したジョッキを遠くへ置くと、最後に残った特大丼に箸を付ける。
 カッカッカッカと小刻みな音と共に、瞬く間に丼の中身が消えていく。結局これもまた、完食するのに四秒しか経過しなかった。
 ごとりと、丼を置いて一息をつく。

 獣耳ウェイトレスが緊張する。その丼が今のところ最後の注文であった。
 しかし、だからと言ってこれで食事の終わりという保証はない。このまま自然に、おかわりッと叫ぶ可能性は大である。
 獣耳ウェイトレスのみならず、辺りの見守る観衆みんなが、緊張しながらリキューの次の言動を待った。
 ポンと、リキューは手を自分の腹に当てて言う。

 「ごちそうさん。ふう…………ちょっと食い過ぎたな」

 ≪ちょっとじゃねーよッッ!!!!!≫

 今この場のリキュー以外の人間は、確実に心が一つとなった。
 ひくひくと震えながらも、しかし気を取り直して獣耳ウェイトレスは端末を取り出し、レシートを表示する。
 その額は、一個人が一食で消費したものとは思えない凄まじいものとなっていた。具体的には、0が六つほど並んでいる。
 食堂区画の料理価格が安めに設定されていながらの、その額である。いったいどれだけ食べたというのか。
 というか、払えるんでしょうね? まさか、食い逃げにゃいわよね? ここまで来て?
 そんな内心を呑み込み、彼女はリキューへ端末を差し出した。

 「で、では、会計をお願いしますにゃん」

 「ん? ああ」

 リキューがイセカムのヘルプで知った知識によれば、会計はウェイトレスの差し出したリーダー端末にイセカムをタッチさせればいいとのこと。
 リキューはキャッシュ機能をオンにして、端末に自らのイセカムをかざした。
 ピンという固有の電子音と共に、レシート内容にCLEARと表示される。トリッパーサービスのため、0六つ以上の料金請求分の食事が全部無料で済んでしまったのだ。
 会計処理が終わり、差し出されたイセカムの色を見た獣耳ウェイトレスは驚きに目を瞠る。

 「にゃ、ナンバーズの人だったのね!?」

 「ナンバーズ?」

 ふと聞いたことのある言葉に、疑問が浮かぶ。
 そのイメージが起動状態のままであるイセカムへと送られ、回答がリキューの脳へと送信された。
 ナンバーズとは黒色のイセカムを持つ人間を呼ぶ名称である。黒色のイセカムを持つ者は普通のイセカムを持つ者と異なり、様々な特権が与えられてその待遇に差があるため、一般構成員の間ではその呼称と共に区別化されている。食堂区画のフードマネーフリーもまた、その与えられている特権の一つである。
 脳内に展開された情報について表情におくびも出さず、ふむとリキューはその内容に理解を示した。

 ナンバーズの人は化け物にゃのねーと、ひいこらしながら獣耳ウェイトレスは空き皿を持って下がっていった。
 他の給仕も手伝いながら、ビルの如く積み上げられた空き皿の回収を続ける。

 リキューはその様子を尻目に、熱い茶を一杯飲んで一服していた。観衆となっていた人々も嵐が去ったことを認識し、熱気が収まらぬ様子でありながらも三々五々に散っていく。
 思えば、自分は研究に専念していたために昼と晩の二食を抜いていた。リキューはそのこと回想し、思い至る。
 さらにその後、時雄との戦闘に重傷を負い、そして回復したばっかりである。昏睡していた時間も含めれば丸一日以上何も食べていないことになるし、身体が癒えたばかりで栄養を欲するのも無理ならかぬことである。リキューは当社比で普段の三倍ほどになった食事量を顧みて、そう言い繕う。
 実際は点滴やナノマシンの作用により、栄養的には十分すぎるほど整っていたのだが、それはリキューの与り知らぬことである。
 つまり、単に食い意地が張っているだけであった。

 気ままにプラプラ尾を揺らしながら、リキューは目に映る食堂区画の様子を見る。
 様々な創造物世界の住人というだけあって、先に抱いたように視界に入る構成員に統一性はなかった。
 一応制服のようなものはあるらしく共通する意匠を多々感じるが、個人ごとの改造がかなり許されてらしく様相は様々で、中には完全に制服とは関係ないだろう衣裳の者も少なくない。
 務めている種族と言う観点ではフリーザ軍と同じように混成しているのだが、この点によりまだフリーザ軍の方が秩序だった印象をリキューには持てた。
 しかしそれは別にマイナスイメージという訳ではなく、その雰囲気は活気に溢れていて、フリーザ軍よりもリキューには好ましかった。

 「何をやってるんだ、あんたは……」

 「ん?」

 かけられた声に、リキューが後ろを振り返る。
 そこには、呆れたような視線でリキューを見ている勝田時雄が立っていた。服装は病室で見た時と変わらず、リキューと同じ簡素な患者服である。
 時雄は引き下げられていく大量に積み上げられた空き皿を横目に見ながら、リキューのすぐ近くの席を引っ張り出して座る。
 訝しげにリキューが問いかける。

 「寝ていたんじゃないのか、お前は?」

 「あんたのせいで叩き起こされたんだよ!」

 おかげで眠気がなくなっちまったわと、ぶちぶち時雄が文句を言いながら何かを取りだして差し出した。
 それは、とリキューが今気が付いたと声を上げる。
 時雄が差し出した物。それはスカウターだった。
 すっかり忘れていたと思いながら、リキューはそれを受け取る。身に付けて機能を確かめて見るが、特にいじられた様子もないようであった。

 「あんたを診ていたドクターが渡すの忘れてたから、届けておいてくれってよ。あと着ていた服については損傷が激しかったから、破棄したとさ」

 にしてもさすがはサイヤ人、サイヤ人の胃袋は化け物か。惨劇の名残を見ながら、妙に濃い表情を作りながら時雄は一人呟く。
 スカウターの様子を確かめ終えると、そのまま付けたままにして、リキューは時雄に話しかける。
 近くに他の人の姿はなく、聞かれる心配もなかったのだが、心持ちその声は小さいものとなっていた。

 「クロノーズから話は聞いた。確か、お前もトリッパーだと言ったな?」

 「ああ、そうだよ? 組織に入って、まだ半年ぐらいしか経ってねーけど」

 組織について知った時は驚いたね本当。しみじみと時雄は思い出を振り返りながら頷く。
 それはそうだろう。時雄だけではなく、話を聞いた時は自分でも驚いたのだから。リキューはその反応に共感した。
 時雄は少しばかり考える様に黙った後に、リキューへと提案する。

 「そんじゃ、込み入った話でもしたいなら場所でも変える? そんな気を付けなくてもいいんだけどさ、色々と気兼ねなく話したいこともあるっしょ」

 リキューはその時雄の言葉の一部に、疑問を浮かべる。
 込み入った話という言葉の意味は分かる。要するにトリッパーについての話であり、気兼ねというのは注意事項のことを言っているのだろう。
 だが、そんなに気を付けなくてもいいとは、いったいどういうことなのだろうか?
 クロノーズにあそこまで念押しされたというのに、気を払わなくていいというのだろうか。
 そんな率直な疑問を、リキューは特に隠すこともなく尋ねた。ああそのことと、時雄は何でもないように答える。

 「いや、簡単なことなんだけどさ。そりゃトリッパーについては秘密にするように言われているけど、少なくともココにいる人たちは最低限の認識として、みんな他の世界があるってことは知っているのよ。当たり前だけど」

 ほらと様々な種族が混在する食堂を指し示されながら言われて、そういえばそうかとリキューは納得する。
 リターン・ポイントという拠点が世界と世界の狭間という領域にある以上、ここに勤めている人間はそれぞれの世界の壁を一度は超えているということなのだ。
 さすがに勤め先の情報を知らない筈はないだろうし、そもそも先のクロノーズの話の中でも組織運営に手が回らなくなったために人員を導入したというのだから、この組織の形態について、運営そのものに携わる一般構成員が知っていたとしてもおかしくはない。むしろ同僚に明らかに種族の異なる異世界出身の者がいるのだから、知っていて当然だろう。
 フリーザ軍が同じように種族の混成した組織であったために、そのことにリキューは思い当たらなかった。
 だからと、時雄は言葉を続ける。

 「別にトリッパー同士で色々ぶっちゃけた話をしていても、よっぽど核心に迫る言葉……例えば、まあ“現実”だとか“原作”だとか、そういった具体的な言葉でも出さない限り、たいがいは別の世界の話だと思われて、変に思われることはあっても深刻に疑いをかけられることはない訳だ」

 さすがにキーワード部分については声を潜めながら、時雄は言った。
 つまり例えて言えば、ドラクエの世界についての話がしたいと喋り合って聞かれたとしても、精々そういう名称の世界があるのだろうと思われるだけなのだ。
 だからよほど口を滑らせない限り、基本的に秘密厳守でなければならないと言えど、そうばれることはないのだという。
 肝心なのは、創作物世界の住人に自身の世界が創作物であるということ。あくまでもこの事実がばれないことであり、それさえ守れれば、極論を言って別にトリッパーが幾つかの世界を知っているような口振りをしたとしても、問題はないとのことだ。

 「まあ、トリッパーの立場ってこの組織じゃ結構優遇されてるみたいだから、そのあたりのフィルターもかかって色々誤魔化しが効くってこと」

 「なるほどな」

 さすがにそれだけで安心するのはまずいのだろうが、しかしそれでも心理的重圧が軽くなったことは事実。
 特に意識していた訳ではないが、秘密を守ることがそう難しいことではないということに、リキューは少なからず安堵した。
 納得をしたリキューに対し、んでと時雄が続きを言う。

 「で、それでもやっぱり最低限は言葉に注意する必要はあるっしょ? だからココにはトリッパーだけが入れる、ナンバーズエリアっていう区画ってのがあったりする。そこだったら別に言葉に気を使う必要もなく、自由に話してもおkってこと」

 「そういうことか」

 「Exactly(その通りでございます)」

 「……?」

 時雄の言葉にクエスチョンマークを浮かべながらも、そういうことならば話は早いと席を立つ。
 リキューも気兼ねなく話せるというのならそちらの方がよく、時雄の提案に素直に従うことにしたのだ。
 リキューと時雄の二人は連れ立って席を立つと、喧噪の残る食堂区画を後にした。




 去っていく二人の後ろ姿を眺めながら、獣耳ウェイトレスがようやく片付いた空き皿を届けて息を付いていた。

 「にゃー………凄い食いっぷりだったのね」

 その凄まじさは、もしかしてこの食堂区画にある全てのカウンターを休業状態に追い込んでしまうのではないかと言う勢いだった。
 とはいえ、本拠地内に勤めている数千人の構成員の食いぶちをカバーしている食堂である。いくら大食いとはいえ、さすがにたった一人の暴食闘士《グラップラー》によって食い尽くされることはなかった。
 勢いに呑まれて心配こそしたものの、この食堂が完全に閉店営業状態に追い込まれることなぞ、絶対に有り得ないことである。
 獣耳ウェイトレスはそう自己完結して、あの人また来るのかにゃー嫌だにゃーと思いながら、仕事へと戻ったのだった。

 この時彼女は数年後、自分の目の前で本当に食堂区画の全カウンターが全ての具材を食い尽くされて営業停止に追い込まれる事態になるのだということを、全く知る由もなかったのだった。




 すでに道を覚えているのか、時雄は案内を表示することなく先導する。
 その道のりの途中では多種多様な施設が見えた。ショッピングエリアらしき場所や、土と緑に加えて天然の空と見紛うばかりの、凄まじく広い公園施設すらも存在していた。
 今歩いている通路も縦横の幅がとても広く、乗用車やトラックが通っても問題がないだけの空間が確保されていた。
 この施設は宇宙船を元にしていると言っていたが、衛星サイズの宇宙船とはどれほどのものなのか。そこまで大型の宇宙船は、さすがにリキューの認知外であった。

 歩いてる最中に、ここは居心地はいいが広すぎて不便であると時雄が愚痴をこぼす。
 クロノーズが形容に出した都市という言葉は誇張ではなく、人口的にも面積的にもなんら一都市と変わらない状態であるらしい。それゆえ、徒歩だけでは移動するだけで時間がかかると。
 近々に公共移動用の設備を増設するという話自体はあるらしく、それによってようやくこの面倒から解放されるとのことだ。
 さすがに広さがあるからと言って、車などをそのまま通路に走らせるには、色々と別な手間と問題があるらしかった。
 なお、ナンバーズエリアは居住エリア近くに設置されている、とのこと。

 やがて、そういった雑談と景色を見ながらも時間が経ち、通路も小さくなって人通りが少なくなってくる。
 そしてある扉の前まで来ると、時雄は立ち止ってイセカムを取り出した。

 「ここだ、ここ。ここがナンバーズエリアね。入口は別にここに一つだけって訳じゃないけど、共通して鍵がかかってるから、イセカムを使わないと開かなくなってる」

 扉の脇にあるリーダー端末にイセカムを押し付けると、ピンという固有の電子音が鳴ってロックが解除される。
 扉がスライドし、二人を中へと誘った。
 そしてさらに歩き通していくと、広い空間へと抜けた。談話室らしく、幾つかの椅子や机に自販機類があり、そしてそこには数人の人影が見えた。
 時雄はその中の、壁際に立ってコーヒーを飲んでいた男性に近付き、声をかける。

 「やほー、藤戸さん。おはようっす」

 「時雄か? もうおはようって時間じゃないぞ」

 「いや、俺は今起きたばっかりですからー。はっはっはっは」

 「おいおい………君が昨日来た、新しいトリッパーか。身体の調子はどうだい?」

 「ああ、別に問題ない」

 飲み干したコーヒーをダストシュートに捨てて、男性がリキューへと声をかける。
 リキューは返事をしながら、その身動きに違和感のようなものを感じていた。
 どうも、ただの人間ではないようだと直感的に見抜く。具体的にどう違うのかは、分からなかったが。
 時雄はそんなリキューへと、付け加える様に言葉を発した。

 「この人は藤戸利光さん。ズタボロだったあんたを医療班まで運んでくれた人なんだぞ、感謝しとけ」

 「そうだったのか?」

 「そうだったの」

 戻った辺りで俺も限界が来てなーと、身体を痛みを思い出したのか時雄がうめく。
 昨晩の傷は、さすがに放置されればそのまま死ぬしかなかったとリキューは認識している。
 真剣に感謝の念を抱きながら、リキューは藤戸に、サイヤ人に転生してからは本当に珍しく、真摯に礼を言った。

 「すまない、助かった。恩にきる」

 「別にいいさ。情けは人のためならず、だ。同じトリッパーだし、助け合って当然だろ?」

 「すごい良い人だろ、この人?」

 時雄の言葉にそんなんじゃないよと藤戸は返すが、内心でリキューは時雄の言葉に同意していた。
 ただ言葉だけではなく、実際に行動しリキューの命を救っているのだ。目の前の藤戸は、リキューにとって稀に見るいい人であった。
 実際問題、藤戸がいの一番に血塗れのリキューを担いで運んでやらねば、リキューは手遅れになっていた可能性が高かった。
 知らぬことではあったが、リキューにとって藤戸は本当の意味で命の恩人であったのだ。
 その立ち振る舞いからただ者ではないと睨み、内心戦ってみたいとの思いは少なくなかったのだが、しかしリキューは純粋に感謝の念を以って行動を自重することにした。

 「それにしても、たしかそれって………それにそのシッポって…………」

 藤戸が、リキューの頭に付けている物へ指を向ける。
 指し示しているのはスカウターである。
 リキューは何が言いたいのかいまいち分からず、ただ聞き返す。

 「スカウターがどうかしたのか?」

 「やっぱりか!?」

 「レプリカとかじゃなくて本物かい!!」

 「どわ!?」

 いきなり別方向からかかる声に、驚いてリキューが振り返る。
 慌てて振り向いてみれば、談笑していた他の数人の人間の視線が、みんなリキューに集まっていた。
 なにやら楽しそうに表情を輝かせながら、彼らがリキューに群がる。

 「散々いろんなジャンルのトリッパーがいるとは思ってたけど、ついにドラゴンボールから出てくるとは!」

 「シッポがあるってことはサイヤ人!? てことは転生型か!!」

 「スカウターを一度使わせてくれ!」

 「てかマジでドラゴンボール!? 神龍使えるじゃん! すげぇ、おれハーレム叶っちゃう? 叶っちゃう!?」

 「残念ながら、その願いは私の力の限界を遥かに超えている。無理だ」

 「俺のハーレムは神の力の上限すら突破すると申したか!!」

 ひゃほーいとばかりに、盛り上がるトリッパーたち。
 あまりのノリにリキューは付いていけない。あとさり気なく尾を掴もうとしたTS幼女なケモナーがいたので、無造作に手刀を打ち込んで意識を刈り取る。
 神龍のくだり辺りで、時雄も俺の嫁が具体化できるじゃんとか言い始めて沈黙したため、全く頼りに出来ない。
 頭を抱えたまま、リキューは視線を藤戸へと移して助けを求める。
 視線に気が付いた藤戸が、リキューに顔を合わせる。
 困ったような笑顔を浮かべながら、一言。

 「……………あー、がんばれ?」

 「どうしろと!?」

 吠えた。見捨てられても困る。
 はっきり言ってこの異様な雰囲気とノリは、リキューにとってサイヤ人としても日本人としても未知のもの。ぶっちゃけ不気味である。
 リキューは色々な意味で、健全な人間であった。
 藤戸はうーんと悩みながらも、ポリポリと頬を掻きながら言う。

 「まあ、トリッパーだからねぇ………仕方がないさ」

 トリッパーだと仕方がないのか。
 その言葉にリキューは戦慄を抱く。自分もトリッパーなのだが、まさか目の前の騒ぎを起こしている輩とそう言う意味で同類だと?
 ひとりではないと思った心の感動が台無しであった。実は自分は結局ひとりではないのかと思ってしまったりする。
 目の前には未知の情熱に支配された集団。彼らはリキューをその情熱の中へと誘い続けている。
 結局頼りになるのは自分だけか。無駄に悲壮な覚悟を決めて、リキューはとりあえずやることを決定する。
 大きく息を吸い、そして吐き出す。

 「やかましいわ貴様らッッ!!」




 リキュー自身の手による気迫と若干の実力行使によって、事態は沈静化した。
 なお、最後まで長門にルリルリに御坂妹ハァハァと訳が分からない上に生理的嫌悪感を誘発させる言動を繰り返していた時雄は、少しばかり間接に負荷をかけた上で遠くに安置した。
 止めを刺した上で捨てたとも言う。

 そして現在リキューは、テーブルに座って他のトリッパーたちと自己紹介の後、雑談に興じていた。
 主に質問される内容に回答する形であるが、会話は思いの外はかどり、リキューに暇を持たせなかった。
 それは今の今までサイヤ人に生まれてから、まともに取れていなかったコミュニケーション分の量を取り戻すようでもあった。

 「へー、じゃスカウターの原理がどうなってるとか、知ってるってことか?」

 「ああ、まぁな」

 「地球には行けないん?」

 「星系データに登録されていれば、行けないことはない筈だが。確認してないから分からん」

 「ベジータはもう生まれてるの?」

 「………確か、一年ぐらい前に生まれたって話を聞いた覚えがあった……………気がする」

 「そんなことよりもさ、バーダックには会ったりしてんの!?」

 「バーダック? それがどうかしたのか?」

 意外と理屈立っているドラゴンボール世界の内容を知って場が賑わったり、逆に知らないことをリキューが問いかけたりなど、時間は思いの外早く過ぎ去っていた。
 なお時折しぶとく復活するTS幼女のケモナーが執拗に尾を狙ってきたため、リキューはその眉間にお望みの尾で突きを打って昏倒させたりなどして対抗していた。
 そして、やがて勢いも消沈し、集まっていたトリッパーたちもそれぞれの事情で解散し始める。

 ふうと一息つくと、リキューは椅子に身を沈めた。慣れぬ長時間の口上に、精神的に疲れていた。最後とばかりにTS幼女のケモナーが挑んできたりもしたが、あえなく尾で払われた。
 と、脇からドリンクが差し出された。
 その手をリキューが見上げると、差出人は藤戸であった。

 「奢りだよ。疲れただろ?」

 「すまない、助かる」

 素直に受け取り、プルタブを開けて中身を飲む、懐かしい味だった。日本茶の味である。
 茶自体は惑星ベジータの食糧プラントで自由に作れていたのだが、やはりこの国独特の味とでもいうものは別であった。
 あたたと言いながら、いつの間にか時雄も復活してドリンクを飲んでいる。

 茶を飲みながら、憂鬱気にリキューは回想した。
 多人数を相手にすることは、やはり精神的な疲労が多かった。ずっと一人で過ごしてきた上に、まともに話して行う交流といったものに全く縁がなかったのだ。
 嫌な気分ではなかったし、知識を得るということで有益ではあったのだろうが、率直な感想ではやはり面倒ではあった。
 すでにリキューというの人間は、在り方として一人でいることが定着しているのである。
 ひとりであることの孤独が原因でそういう在り方となり、そしてその形作った在り方が原因で現在の関わりの問題となっているのだ
 難儀な体質である。

 「あれ、その姿ってもしかして」

 「ん?」

 ふと、何度か聞いた反応にリキューは面を上げた。
 その先に、驚いたようにリキューを見ている男の姿があった。
 うげ、と時雄がその姿を見てうめく。

 「来た、チートオリ主筆頭が」

 「お前が言うな、このチートスタンド使いが」

 《全くです》

 時雄の言葉に、その男と何処からか響いた電子音声が即座に反論する。
 その男の容姿は驚くほど特徴的で、そしてクロノーズと同じく凄まじい美形であった。
 腰ほどまでにある長髪をしており、一目見るだけで分かるほどの素晴らしいサラサラとした髪質。その色は白雪のように純白で、光を跳ね返してその長髪をより目立たせていた。
 身長も170cm以上あり、足が長くすらりとした体格をしている。身体の線はリキューの様に筋肉質ではなく、細く整っている。
 服装は上下ともに黒のレザー材質で作られた、身動きの取り易いものとなっている。装飾品か、胸には小綺麗な翡翠色をしたクロスを垂れ下げていた。
 その顔はハンサムという意味で特徴的であり、鼻が高く目端がきりりと釣り上がっている。
 リキューに男の顔が向けられる。この時、リキューは男の瞳が左右の色が違う、ヘテロクロミアであることに気が付いた。
 男の瞳は右の目が青、左の目が緑であった。

 「なあ、やっぱり彼は?」

 「察しの通り、正真正銘本物のサイヤ人だよ」

 「やっぱりか。まさか、ドラゴンボールから出てくる奴までいるとは……」

 《マスター、一人で納得していないで、早く私にも説明してください》

 「ああ分かった分かった、ちょっと待てって!」

 男が時雄と話している最中に、また電子音声が何処からか飛んでくる。
 リキューは観察していると、それが男が首からかけているクロスが発生源であることに気が付く。

 AI、人工頭脳が搭載されているのか。リキューは珍しいものを見たと、興味深げに眺める。
 一個の確立した人格を保持するレベルの人工知能の技術は、フリーザ軍の手元にはない。
 時折発見される、遺跡施設などの先史巨大文明の名残から発見されることがある程度で、量産・流通化するほどの解析は出来ていないのだ。
 別に必要とされてないために発展していない技術であるのだが、しかしあればあったらで使い道は十分にある代物である。
 本当に多種多様な技術が混在しているなと、リキューは呆れと共に感服した。

 《私に何か? そんなに凝視されて、用でもあるのでしょうか》

 「ん?」

 ふと、クロスを見ていたリキューに電子音声がかけられる。どうやら、観察していたリキューの視線に気が付いたらしい。
 見た目とは裏腹に、認識機能はそれなりに高度なものを取りつけているようであった。
 なんだなんだと、男と時雄もリキューの方へと視線を向ける。
 元より知的好奇心から見ていただけで特に含みもないため、リキューはあっさりと答える。

 「別に、なんでもない」

 《なら見ない下さい、この猿》

 ばきりと、手の中のドリンクを握り潰す。
 残っていた茶が溢れて手を汚す中、時雄が何をやってんだぁぁああああ、と濃い表情と奇妙なポーズで突っ込みを入れている。
 素晴らしい。今実に瞬間的且つ強烈に、かつてない敵意が引き出された。リキューは理性的に、落ち付きながら述懐する。
 俺は今冷静だな。リキューは断言する。
 そしてこめかみに血管を浮かべながら、リキューは燃え滾る視線で男を見る。
 ちょ、おま何てことを、と男が自分のクロスに文句を言うが、リキューの視線に気がついて誤魔化すような笑顔を浮かべ、急いで話を振り始めた。

 「あ、あははは~………さ、サイヤ人だってことは、まだ惑星ベジータは消滅してないんだよなッ! なッ!!」

 「………………………………ああ」

 「そ、そうかそうか! てことは、原作の開始まではまだまだ先だってことだな!!」

 まくし立てる様に言い募る男の様子に、ふんと鼻を鳴らすものの、リキューは僅かにクールダウンする。
 目を閉じて額に手を当てながら、落ち着けとばかりに自分へ念ずる。
 所詮はたかが珍しい人工知能を積んでいるだけの、文字通りの木偶の戯言である。
 ここで激昂するのも、大人げないものだろう。
 サイヤ人としては十四歳だが、日本人であった頃の記憶も合わせれば、すでに精神的な齢は四十に届こうと言うのだ。
 そう。たかが機械細工の玩具の戯言風情など、聞き流せばいいだけだ。リキューは己にそうやって言い聞かせた。
 ………ふう、とため息をつく。

 「もう、別に気にしてはない」

 「そ、そうか。悪いな」

 男が頭を下げながら、リキューの言葉に感謝する。後ろで見守っていた時雄も安心したように息をついていた。
 やれやれといった様子で、藤戸が男のクロスに話しかける。

 「ジェダイト。初対面の人間にその口の悪さは失礼過ぎる。もうちょっと君も抑えなさい」

 《Mr.フジト、申し訳ありません。思わず思ったことが口から漏れてしまうのは、私の基本仕様ですので》

 こいつ破壊した方が良くないか?
 おおよそ相対した人間の七割が抱く感想と同じ物を、リキューも抱いた。
 手の中で歪に圧縮されてしまったプラスチックに似た材質のドリンクをダストシュートに放り捨てて、怒りを抑えようと努力する。
 ジェダイトと呼ばれたクロス、リキューはそれを直感的な感性によるものであったが、人工知能として間違ってるとしか思えなかった。
 このリキューの直感は間違ってはいない。
 実は、ジェダイトと呼ばれているこのクロス。それ自身の元の世界においては危険物指定されている、超一級の欠陥品である。

 そんなことは露知らず、リキューは男へ視線を向ける。
 ジェダイトのおかげでリキューにとって男の第一印象は最悪であったが、先に言ったように子供ではないのだ。
 それだけでコミュニケーションの全てを拒絶するほど、単純ではあっても短気ではない。

 リキューは不機嫌を圧して観察してみると、どうもクロノーズと同じように華奢な身体だと思っていたが、違いがあることに気付く。
 見た目は細く、柔な体躯をしているのだが、しかしどうやらその肉体は予想以上に引き絞られているようであった。
 細い肉体でありながら、しなやかに限界まで鍛え上げられているのである。
 ふむと納得する。見てみれば身動きにも隙がなく、上体がぶれてはいない。見た目以上に身体能力は高いようであった。
 とはいえ、それでも細い身体にしては、という前提が付く。リキューにしてみれば藤戸と比べて、戦う相手としてそう食指が働く存在ではなかった。
 ふと、そういえば目の前の男の名前を、まだ聞いていなかったことにリキューは気が付いた。

 「お前の名前は何なんだ?」

 男はリキューの問いに、一瞬クエスチョンマークを思い浮かべるものの、思い出したかのようああと頷いた。
 そう言えば自己紹介をしてなかったわと、頭を掻きながら自分の名を名乗る。

 「俺はリン・アズダート、こっちは口は悪いが相棒のジェダイト。よろしく」

 《マスターが余計な事を行ってくれましたが、相棒を務めているジェダイトです。今後ともよろしくお願いします》

 「リキューだ」

 自己紹介が終わり、ようやく先の失敬についても流してもらえたのだろうと実感したのだろう。
 リンはさっきよりも緊張が取れて、若干馴れ馴れしい態度でリキューへと話しかけてくる。
 藤戸と時雄も嵐は去ったのだろうと、それぞれ見て取りくつろぎ始める。

 「時雄は今日はどうする予定だ? 家の方に帰るのか?」

 「いや、まだ身体が疲れてるんで、今日は居住エリアの部屋の方に泊まってから………」

 ゆったりとこれからの予定について話し合いながら、彼らは油断していた。
 嵐は去った。その認識は間違いだったのだ。嵐はこれから巻き起こるのである。
 主にリンという男の行動によって。

 リンがリキューへ色々と話しかけている。それは他愛もない雑談からドラゴンボールの世界についての質問であり、組織についての経験談である。
 だがしかし、話を聞きながらもリキューはリンを面倒だと思っていた。
 何故かは分からない。第一印象のせいか、もしくはもっと生理的な理由であったのかもしれない。細かい理由は不明であった。
 どういう訳かは知らなかったが、リキューはリンとの会話で、リンに対するイメージにいいものが抱けなかったのだ。
 とはいえ、自分ですら理由の分からないことである。リキューは我慢してリンとの話に付き合っていた。
 そして、やがて話題が戦闘力に関してのことに移る。

 「へー、戦闘力の計測ってのはそう言う理屈だったのか」

 「単純に言えばな、そうなる」

 「そういや、リキューの戦闘力はいくつ何だ?」

 ふと、思いついたようにリンが尋ねる。
 リキュー自身別に隠す気もないため、素直に答える。
 ドラゴンボールの世界において戦いというのは、他の世界みたいに手札を隠す必要性も特にない、基本的に単純でパワー勝負の要素が大きいものなのだ。

 「8500だ」

 リキューの述べたその数値は、正確ではなかった。
 何故ならば彼はすでに一度、その数値を計測した後に時雄の手によって、死に瀕するほどの重傷を負っているからである。
 サイヤ人の戦闘民族たらしめる種族特性の一つに、“死の淵から回復することで戦闘力が爆発的に向上する”という、一種の超回復能力があるのだ。
 時雄との戦いで死にかけ、その後に死ぬことなく回復出来たリキューは、すでにその戦闘力は10000を突破していた。
 とはいえ、そのことは本人は気が付いていなかったし、また気が付いていてもこの後の展開は変わらなかっただろう。

 リキューの申告を聞いたリンは、思わずといった感じで言葉を漏らしていた。


 「うわ、低いな」


 べきゃあッ! と机が破砕される。

 すぐ近くで藤戸と談笑していた時雄が、凄まじく濃い表情に冷や汗を幾つも垂らしながら、ドドドドドドと奇妙な迫力と共に二人を見ている。
 藤戸自身も、その表情を引き攣らせていた。もはやフォローのしようがない。そう顔に浮かんでいる。
 嵐が、超特大級の嵐が発生していた。
 主に一人の男の手によって。
 その男の胸元に輝くクロスが、簡潔に感想を述べた。

 《貴方は実に馬鹿ですね、マスター》

 「俺か!? 俺のせいなのか!?!?」

 間違いなくてめえのせいだ。時雄のそのセリフをリンはシャットアウトした。
 弁明の機会を! リンが慌ててリキューへと向かい合う。
 リキューは、二つ三つ血管を頭に浮かべながら、リンへ言葉を発した。

 「舐めるなよ、貴様」

 リキューは悟った。何故自分は目の前のこいつ………リンが気に入らないのか。
 その理由は簡単だった。事実を悟ったリキューは心の中を晴れ渡らせながら腹の底を煮え滾らせる。

 (こいつは、俺を心の底で舐めてやがるッ)

 ぽきりと拳の骨を鳴らしながら、リキューは憤怒に燃えていた。
 ダメだこりゃ。時雄は天を仰ぎ呟いた。




 リキュー達は、場所をナンバーズルームから移していた。
 縦数十m、横数百mほどの広大な空間の中、今リキューとリンの二人が向かい合っている。時雄と藤戸は部屋の隅の入り口近くに設けられた見学室で、様子を見守っていた。
 そこは戦闘訓練室。第一から第二十までリターン・ポイントに存在する施設で、文字通り武装員などといった戦闘技能をもった人間が、その技術を鍛えるための施設である。
 現在、その一つである第三戦闘訓練室を貸し切って、リキューとリンの戦闘訓練が始まろうとしていた。
 見学室には、さっきまで各自散らばって訓練を行っていた者たちや話を聞き付けた者たちが、メンバーズの戦闘訓練を見ようと詰めかけている。

 「やれやれ………まさかこうなるとは」

 表示されているディスプレイの中の二人を見て、頭痛を堪える様子で藤戸が呟く。
 新しい仲間が来たというめでたい話であった筈が、なんだってこういう事態に発展しているのか。
 仕方ないんじゃねと、時雄は言う。

 「相性が最悪に悪そうだったからなぁ、あの二人。こう、水と油みたいな? そう、水と油みたいに」

 大事なことなので二回言いましたと、時雄が言う。
 ふぅ、と藤戸はため息をつき、ディスプレイを見ながら、自分は万が一の場合に備えておくのだった。
 広大な空間を持つ戦闘訓練室を貸し切ったのは、藤戸の判断である。
 本来ならば数百mの広大なフィールドなのだから、たかが二人が戦う程度で貸し切る必要などない。明らかに空間の無駄使いである。
 だが、戦うのがディスプレイに映る両名であるのならば、貸し切る必要性は十分どころか絶対にあった。
 藤戸はリキューの実力については知らないが、しかしサイヤ人であると聞けば最低限の想像は付く。

 大事にはならないでくれよ。
 十中八九無駄になるだろうその願いを祈り、藤戸は訓練室の外壁シールドの出力を上げた。




 「なんだってこうなるんだ……」

 《自業自得です、マスター》

 (白々しい奴め)

 20m程の間合いを間に挟み、リキューとリンは向かい合っていた。
 リンの態度に対して、リキューは内心で唾を吐く。あの恰好がブラフだということを、リキューは直感で断定していた。
 ブラフでないとしても、その行動の根底には非常に醜い、大丈夫だろうというあの男の余裕が位置しているのだ。リキューはそう確信している。
 そしてそれはつまり、目の前の男はリキューを、自分を舐めているということだ。
 リキューはその事実に思い至るに従い、さらなる憤りを積み上げる。
 バーダックへと抱いていたものとは違う、また別種の敵意であった。むしろそれは憎悪に近い。

 何故そこまで男の内面を、リキューが察知できるのかは知らない。過程だけを見たらいいがかりに近いというか、それそのものだろう。
 だがしかし、リキューは疑いを持つことなく、その自身の直感を愚直に信じる。それがこれまでの生き方であったからだ。
 自身の直感は何よりも信じるものに値する。無意識であったが、リキューは確信していた。

 ッキと、リンを睨む。
 本来、リキューに自分よりも弱いものを嬲る趣味はない。例え相手が多少気に喰わない相手だろうと、それを理由に暴力は振るわないのだ。
 にもかかわらず、見た目柔なリンに対してリキューが勝負を吹っ掛けたのは、一重に時雄の存在ゆえにである。
 自身の攻撃を完全に防いで見せた、戦闘力とは関係ない“スタンド”を扱う者。そしてその扱う者であった時雄は、トリッパーであった。
 その後に会った同じトリッパーである神の眷属であるというクロノーズや、得体の知れぬものを感じた藤戸の存在。
 つまりリキューはトリッパーは皆、戦闘力とは関係ない、不思議な能力の持ち主であると勘違いしていたのだ。
 あまりにも勘違いにも程がある内容であったが、残念ながら訂正してくれる人間はなく、そしてこの場に限ってはだが、その勘違いもあながち間違いではなかった。

 「あ~くそ、仕方がないッ! いくぞジェダイト!!」

 《了解しました、マスター》

 リキューの睨みを受けて、リンも決意し胸のクロスに手をやる。
 そしてクロスを握りしめると、高らかに叫びを上げた。

 「ジェダイトッ!! セットアップ!!!!」

 光が迸る。
 一瞬の強い閃光が走り、思わずリキューは目を逸らした。光の放出はすぐに止む。
 リキューが逸らしていた目を戻すと、リンの様子は一変していた。

 黒いレザー状の上下は基本変わっていなかった。しかし所々を縁取る様な金糸状のデザインが付け加えられ、身体のラインを模り浮かせていた。
 そしてその身体を覆うように、白いコートの様な羽織が現れて、リンの身体を包みこんでいる。
 実用的な頑丈そうなシューズが足に巻きついており、手もまた指先までピッチリ覆う黒いレザーグローブが現れていた。
 そして何よりも特徴として目に映ったのが、その腕に握られた長大な獲物。
 それは刀であった。持ち手の部分は機械的な装甲や機構を備え付けられて、柄から鍔までを完全に機構化されていたが、刃渡り70cmはある翡翠色の刀身が僅かに反りを描いて存在している。
 形は異形となっていたが、それは間違いなく刀であった。

 ピピピピと、リキューのスカウターが反応を示す。
 先のトリッパーたちとの会話の中で、電源を入れてそのままで放っていたのだ。
 そしてスカウターは急激に現れた強い反応に対して、自動的にシステムを起動させて戦闘力を計測していた。
 計測の終わった数値がリキューの眼前に表示され、リキューは驚きに目を開く。

 「馬鹿な………戦闘力2500だと?」

 リキューが最初に図った時、リンの戦闘力は精々30前後でしかなかった。
 それでも常人より遥かに高い戦闘力を持っていたのだろうが、しかしその程度ではリキューに太刀打ちできない。
 そういう意味では今の戦闘力とて、リキューに対抗することは出来ないだろう。リキューが驚いているのは、これほどまでに急激に戦闘力が変動・上昇したことにである。
 リンが、締まった表情でリキューを見つめる。

 「さすがにサイヤ人相手じゃ心もとないからな、最初から全力でいかせてもらうぞ! ジェダイトッ! リンクモード起動!!」

 《了解しました、マスター》

 リンが手にしたマシン・ソードが、電子音声を返す。リキューはここで初めて、リンの胸元にクロスの姿がなく、そしてあのマシン・ソードがクロスの変形した姿だと気付いた。
 リキューの観察を捨て置き、さらなる変身が始まる。
 ゴウッ! と風が吹き荒れた。リキューは咄嗟に腕を顔の前にかざし、突風を凌ぐ。
 風の収まりを待って腕を除けて様子を伺い、リキューはまたも驚きを胸にする。

 リンのその背中に、“羽”が展開されていた。
 膨大なエネルギーが放出されて力場を形成し、白く輝く“羽”を、リンの背中に二対四枚となって展開されていたのだ。
 その大きさは一枚の羽が2mほどもあり、常に空間に負荷を与え続けている羽が風を生み出しリキューを叩いていた。
 そして最後の変化か、リンの純白の髪は仄かに揺れながら発光し、さながらまるで銀色のように輝いていた。

 ピピピピピと音が鳴る。さらなる戦闘力の上昇を、スカウターが計測する。
 表示されているリンの戦闘力は、3800を表示していた。度重なる戦闘力の急激な上昇と、リンの変貌にリキューは驚きを隠すことが出来ない。
 ブンと、リンがリキューにジェダイトの刃先を突き付ける。
 翡翠色の刀身から、“羽”と同じ白いエネルギーが放出され、さらなる巨大な刃が形成される。

 「かかって来いッ」

 ヘテロクロミアの瞳を輝かせながら、リンが叫ぶ。
 その挑発に、リキューは胸に去来していた驚きを忘却し、瞬時に憤怒で頭を満たされた。
 ドンと、広大な敷地を誇る戦闘訓練室が、リキューの漏れ出す“気”に共鳴し震え始める。

 「でかい口を叩きやがってッ………舐めるなと言っているんだァーー!!!」

 音の壁を粉砕しながら、リキューが突進する。
 リンとリキュー。後に犬猿の仲となり、悪友となり、そして親友とも呼べるだろう関係を築く二人が、ここに幾度と行う中の最初の激突をした。




 激震が走る。
 シールドは最大にしてあるため、破られる心配はなかったが、その余波の振動は見学室まで届いていた。
 ディスプレイはノイズが混じりながらも、その戦闘を余すことなく見学者たちに見せつけていた。
 ごくりと、誰かが息を飲んだ音が、やけに響いた。

 「あ、有り得ねぇ………なんて、なんて戦いだ」

 誰かが、呟いた。
 誰も答えなかったが、内心では皆が頷いていただろう。
 それは、とてもではないがたった二人の人間が戦っている光景には見えなかった。
 時折空間を無数に駆け抜ける光線が奔ったかと思えば、たった一撃の拳で極太のビームを弾く。
 無数の、一発がロケットランチャー並の破壊力を秘めた光弾が、地を埋め尽くすほど無数に、誰が一個人が放てると思うか?
 とてもではないが、それは人間業とは思えなかった。

 「これが……な、ナンバーズの実力なのか?」

 彼ら見学している一般構成員の者たちは、皆戦慄を抱きながら、その恐るべき戦いを目に焼き付けているのであった。




 「っはぁ!!」

 気合と共に、生成したエネルギー弾を投げ付ける。
 リンは“羽”を羽ばたかせながら、不自然なほどの急加速でその場から消え失せる。
 ッキとリキューは視線を動かし、叫んだ。

 「見えているぞッ! だぁああああああ!!!!」

 「っち!」

 ぎゅんと、“気”を励起させてリキューが追跡する。
 急速離脱していたリンへと追い付き、リキューは近接する。リンは舌打ちながら“羽”をリキューへと叩きつける。
 “羽”というエネルギーの奔流に呑み込まれながらも、僅かに姿勢を崩すだけでリキューは喰らい付き続けた。
 そして“羽”を浴びさせられながらも、両掌を組んで、気合と共に叩きつける。

 「はぁーーーーッ!!!!」

 「ぐぁっ!」

 どんと、叩き付けられた気合い砲によってリンが空から地へと叩き落とされる。
 そのまま地に激突するかと思ったが、しかし上手く体制を立て直してリカバリーする。
 けほけほと咳をしながら、リンはうめいた。

 「くそ、本当に信じられん。サイヤ人だってことは分かってたけど、たいがい出鱈目にも程があるぞ、あれ」

 《同意します。本当に生物なのですか、あれは?》

 単純なスピード、パワー、その他全てにおいてリキューはリンを超越していた。
 弱点らしい弱点などは見つからない。遠距離だろうと近距離だろうと、関係なく奴は攻めてくる。
 プロテクションの同時三重展開を、まさかあっさり破られるとはリンですら思っていなかった。
 さすがはサイヤ人。内心評価を舐めていたと反省し、考えを改める。
 とはいえ、諦める気はさらさらなかった。
 確かに強いのだが、しかしそれだけだ。リンはふんと笑いかける。

 「勝てない戦いじゃないな」

 《その通りです、マスター》

 「よし、なら行くぞ!!」

 “羽”が大きく羽ばたく。ジェダイトを構えて、リンは空へと飛翔する。
 戦力差は大きい。正直、リンが単純なスペック差でここまで負けたのは初めての経験だ。しかし、それだけである。
 スペック差で負けていようとも、いくらでも勝つ手段はある。布石はすでに打ってあった。
 孫子曰く、戦いとはすでに戦う前から勝敗が決している。リンはすでに、この勝負の勝ちを確信していた。




 「バインド!」

 ピピピピとリンの掛け声とともに、スカウターの数値に若干の変動が生じる。
 そしてほぼ同時に、リキューは腕を突然現れた白色の光の輪にとらわれる。

 「っち!」

 舌打ち一つで腕を振れば、あっさりとその拘束は破壊される。
 そして余裕を持って振り返り、目の前まで迫っていた白色の刀身を片手で掴み取った。
 ギギギギと込められる圧力を何ら痛痒とせず、リキューは力を込めるリンの瞳を覗き見た。
 そのまま、事実を叩きつける様に宣言する。

 「無駄だ………妙な術を使うようだが、いずれにせよ、貴様の攻撃は俺には通じないッ!」

 「っふ!」

 掴み取っていたエネルギー刃が消え去り、拘束を失い自由となったリンが後ろへと下がる。
 そのリンの姿を余裕を持って見ながら、リキューは腕組みして言葉を叩きつける。

 「諦めろ。“スタンド”と違い普通に俺の攻撃が通用する以上、貴様の戦闘力では俺に勝つことは出来ん」

 時雄の場合では、“スタンド”によってリキューの攻撃が通用しなかったための苦戦であったのだ。
 これまで戦い続けた結果、リキューはリンに“スタンド”のような問答無用で攻撃をキャンセルする芸当は出来ないと判断した。
 そして、戦闘力を無視して効力を与えるという例外的な技がないのであれば、単純に戦闘力が高い者が勝つというのが道理なのである。
 現にリキューはリンの繰り出した幾つもの光弾や光線を浴びたが、何ら具体的ダメージを食らってはいない。全て避け、弾き、防いでいるのである。
 これが戦闘力差というものが示す、絶対的な定理というもの。
 本来あるべき、具体化された強弱の関係なのである。

 勝利を確信し、リキューは悠然とリンを見下ろしていた。
 リキューに嬲る趣味はない。憤りは多々あるが、すでに勝負が決した以上は戦いを無駄に継続する気はなかった。
 とはいえ、わざわざ自分が戦いを止めると言うには感情の収まりが付かない。あくまでもリンに降参をさせた上での終着を、リキューは企んでいた。
 そのため、リキューは心を折る為の力の誇示を行うことにする。

 エネルギー弾を形成して掌の上に光球を作り出すと、リキューはそれを地に向けって放った。
 なにを? リンがその行動に疑問視を思い浮かべる。
 その表情は、次の瞬間驚愕に打ち消された。

 光が溢れた。
 そして次の瞬間には爆風と熱が生まれ、地から空に浮かぶリンたちの元へと侵食した。
 あまりの爆音に、鼓膜が破壊されない衝撃。
 歯を食いしばりながら耐えていたリンは、そのまま視線を下方へとやって……戦慄した。

 「………なんだと?」

 《―――なんという、威力》

 巨大なクレーターが、訓練室の大地に形成されていた。
 ほぼ敷地面積全体に及ぶほどの大きさであり、とてもではないがそれは、あんな小さな光球にそれだけのエネルギーが詰まっていたとは思えなかった。
 本当に、ただ戦慄だけを浮かべながらリンが、リキューへと口を開いた。

 「今まで、手加減していたってのか?」

 「そうでもあるが、そうでもない。俺たちは自分の攻撃の威力を調節できる。そうしなければ、自分で自分の攻撃の巻き添えを食らうからな」

 これはドラゴンボールの世界に存在する強種族、その全てに言えることであった。
 ドラゴンボールの世界を一言で言えば、いわば生命の進化が科学の発展を凌駕した世界である。
 強靭な物理法則すら逸脱したレベルの身体能力を持った種族が、全宇宙に拡散し生息しているのだ。

 彼ら強種族の、その保有するエネルギー量は凄まじく、戦闘力にして三桁程度の生命体ですら都市を一撃で灰燼に帰すことが出来る。
 しかし、だからと言って彼らが常日頃から、それだけの威力を発揮している訳ではない。
 当然である。住処が破壊されれば困るのは彼ら自身であるし、近い距離であまりに破壊力の高い攻撃を行えば、巻き込まれるのは自分自身だ。格ミサイルのすぐ傍で起爆スイッチを押すようなものである。
 彼らは自分たちの攻撃、その威力もまた物理法則的な観念を全く無視して、自由自在にコントロールできるのである。

 具体的な例えを出せば、リキューが一つのエネルギー弾を形成する。
 このエネルギー弾には10の“気”を込めるとする。当然、その発揮できる威力の最大値は込められた10の“気”までとなる。
 この10の“気”が岩を壊す威力ならば、岩を壊すまでの威力しか発揮できないということだ。
 では1万の“気”を、このエネルギー弾に込めたとするならば、どうなるか? 当然威力の最大値もまた、その込められた1万の“気”までとなる。
 この1万の“気”が都市破壊レベルならば、都市を破壊できる威力を最大のものとして発揮出来るということだ。
 だがしかし、実際にこの1万のエネルギー弾を、そのまま何の考えもなしに至近距離で使えば、当然自分とて巻き込まれるだろう。
 ゆえにリキューはこの威力を任意に抑えて、好きに調節することが出来る。
 つまり、エネルギー弾に1万の“気”を込めながらも、そのエネルギー弾で10の威力程度しか出さないという芸当が可能ということである。
 軽い挨拶程度の攻撃で都市を吹き飛ばす威力を出しながら、全力の一撃ではその効力の範囲が狭いという矛盾の理由が、これである。

 はっきり言って、こんな芸当をするのは“気”の無駄遣い。つまり無意味ではないのかと言う意見もあるだろう。
 しかし、この余分な“気”を込めることには意味がない訳ではない。“気”を込めると言うことは質が高まるということを意味する。
 幾ら威力が高かろうと、たかが1万の“気”を込めた気弾では10万の“気”を纏った人間には一切通用しないということである。
 攻撃が通用するか否かは、威力ではなくその質に問われるのだ。
 先の例で言った挨拶と全力の、それぞれの両者の攻撃。その違いは、込められた攻撃の中の質にあるのである。

 そこまで事細かくリキューは語らず、悠然と構える。
 普段は行わないこのパフォーマンス染みた行為も、ただ目の前の無性に気に入らない人間の意思を折るためだけが目的のもの。
 実際に相手に対して直接叩きつけるつもりは微塵もないが、わざわざそれを悟らせる必要はないのだ。
 圧倒的な実力差に加えて、圧倒的な破壊力の差までもがここまで露呈されたのだ。もはやリンに戦いを継続するだけの気力はない。
 リキューはそう確信し、リン自身の口からの降参を迫る。

 「まいったと言え。貴様に勝ち目は、欠片も残っちゃいない」

 が、しかし。
 リキューが見つめるリンの瞳に、戦慄は見えても絶望は見えていなかった。
 不敵な表情はなおも変わらず、依然その顔に余裕が伺える。
 気に入らず、リキューは奥歯を噛み鳴らした。

 「………なあリキュー、確か、お前が教えてくれたことがあったよな」

 「……何のことだ」

 「スカウターのことさ」

 ジェダイトを峰の部分を肩に当てて担ぎ、リンが“羽”を輝かせる。
 リキューはリンが何を言いたいのかよく分からず、ただその余裕綽々とでもいう態度に眉を顰めた。
 リンはそのままの体勢で話を続けた。

 「確かスカウターの戦闘力を計測する理屈は、“その対象がコントロールしているエネルギー量”、によって決定されるんだったよな?」

 それは先の雑談で、リキュー自身がリンへと語ったものであった。
 スカウターの大まかな戦闘力を計測する理屈は、リンが語った通りである。
 対象となる生命から観測されるエネルギーの中から、さらに対象によって統制しているエネルギーの量を計測し算出されている。
 単純にエネルギーと呼べるものを観測してしまえば、生命だけではなく、自然界には様々な波長のエネルギーが充満しているのである。とてもではないがそんな状態では、機器が捉える幅が広すぎて、正常に計測することなど出来はしない。
 ゆえにスカウターは、計測するエネルギーを意思によって統制されているものに限定し、その量によって戦闘力を弾き出すのだ。
 不可解気なリキューへ、リンの言葉は続く。

 「たぶん俺の予想じゃ、そのスカウターに表示されている俺の数値は、最初の状態から比べてかなり上下している筈だ。違うか?」

 「………ああそうだ。だがそれがどうかしたか? 確かに貴様の戦闘力は揺れ幅が激しいが、それでも俺に勝てないということに変わりはない」

 リキューの言葉に嘘はない。
 確かにスカウターの数値は、最初の表示からリンの変貌と共にかなり上昇した上に、さらにリン自身が奇妙な術を使う度にも少なからず上下していた。
 単純に戦闘力のコントロールが出来る種族であると考えても、その上下の頻度は激しく、一種の独特なものではあるのだろうとはリキュー自身とて思える。
 しかしそれでも、その上下の揺れ幅を計算に入れたとしても、その戦闘力は到底リキューには及ばないのである。
 そして戦闘力が及ばない以上、絶対に勝ちはしないのだ。
 “羽”を大きく羽ばたかせて、リンが言う。

 「まだお前は、組織に入ったばっかりで知らないだろうから教えておいてやるよ、リキュー」

 「………何を言っている?」

 「世界ごとの違いであり特色、“ワールド・ルール”についてさ」

 リンの言葉に、さすがにリキューは興味を引かれた。敵意を忘れ、純粋に好奇心が浮かび上がる。
 “ワールド・ルール”? いったいそれは何なのか?
 リンはその様子を感じ取ったのか、口の端を釣り上げながら言葉を紡ぐ。

 「当たり前だが、作品毎にその作品に用意されている設定は異なる。ある作品では魔力は魔法を使うための力であるが、ある作品では魔力は魔族の持つ力のことを指していたりと、同名の言葉があっても意味する内容が違うことは、極々普通にあることだ。これはつまりその作品の設定、その世界固有のルールということ。すなわち、それが“ワールド・ルール”と呼ばれているものの正体だ」

 リンの言葉は、確かに興味深いものではあった。リキューは内容を把握しながら、リンの言葉を素直に聞き取る。
 なるほど、確かに作品毎に設定が違うのは当たり前だろう。違う内容で、違う作品なのだから。
 そしてトリッパーが創作物の世界へ飛ばされる以上、その世界には元の作品として用意された設定がそのまま存在しているのだろう。それはつまりその世界にとっては法則のようなものだ。
 前提として存在しているもの、すなわちルールである。

 「この“ワールド・ルール”に定義された決まりは、ルールとして存在する以上、絶対的なものとして扱われる。リキュー、お前スタンドについて何か言ってたよな? 例として挙げさせてもらうが、スタンドは作品の設定として明確に決められている設定がいくつも、確実に存在している。“スタンドはスタンドでしか触れられない”、“スタンドはスタンド使いにしか見ることは出来ない”てな。この明確に定められた設定が存在する以上、これらの設定は“ワールド・ルール”として定義され、例え別の世界へとトリップしようとも絶対的に遵守されることになる」

 そこまで述べて、意味が分かるか? とリンが問いかける。
 スタンドについて、その効力をよくよく身に沁みて味わったのはリキュー自身である。
 リキューは不愉快そうに、だが同時に驚いているような、そんな感じに言葉を出した。

 「“スタンド”以外の攻撃では、絶対に傷付かない。そういうことか」

 「その通り。例えガンダム世界に行ってコロニーレーザーの直射を受けようと、スパロボ世界に行ってグランゾンから縮退砲の直撃を受けたとしても、“スタンドはスタンドでしか触れられない”という“ワールド・ルール”が存在する以上、スタンドがそれらの攻撃によって傷付くことは一切ない。まぁ、実際にそんなことになれば、スタンドに関係なく本体の方が耐え切れないだろうけどな」

 なるほどと、幾らかの戦慄と共にその言葉をリキューは呑み込んだ。
 いまいちリンの言った例えは分からなかったが、その伝えようとする意味の程はよく理解できた。
 “ワールド・ルール”というものの絶対性に対し、リキューは深く理解を示す。
 それはつまり、万が一“見るだけで相手を強さに関係なく殺す”などという能力の持ち主がいた場合、一切の抵抗が出来ずにリキューは殺されてしまうということである。
 実際にそこまで出鱈目な力の持ち主がいるかどうかは分からなかったが、しかし“ワールド・ルール”というものの意味とはそういうことである。
 創作物である作品に用意された設定であり、そしてそれがゆえに絶対に遵守されるルール。それが“ワールド・ルール”。
 リンはリキューの様子を眺め、納得したように頷く。

 「理解出来たようだな、そいつは重畳」

 「“ワールド・ルール”についてはよく理解した。で、結局それがどうしたと言うつもりだ? まさか貴様もそんな、スタンドのような絶対的な“ワールド・ルール”を持っているとでも、いまさら言う気か?」

 笑わせるなよ、とリキューは言う。
 そんなものがあるのなら最初から使えばいいのだ。しかしここまでリキューが追い詰めて、今までリンがそんなものを使った形跡はない。
 それはつまり、持ってないか、とてもではないが使えない代物だということである。
 戦闘用ではないのか、消耗が激しすぎて連発出来ないのか。
 いずれにせよ、すでに時雄の“切り札”によって痛い目にあったリキューは、みすみすそんな手を食らう気はさらさらなかった。

 「何でいきなり、“ワールド・ルール”について説明を始めたと思っている?」

 「何?」

 担いでいたジェダイトを下ろし、リンが構えを取る。
 リキューへその瞳を合わせながら、彼は言った。
 その表情は、勝利の確信に濡れている。

 「時間稼ぎだ!」

 「っな!? ぬぐッ!?!」

 ピピピピとスカウターが反応し、瞬間的に戦闘力が増大したかと思ったが次の刹那に、リキューの全身を何十、何百の白色の輪が発生していた。
 急激に何百もの紐状に具現化された拘束場が、リキューの全身を縛り上げる。
 “気”を励起させて抜け出そうともがくが、その数と質は先程まで度々出されていたものとは段違いのものである。
 抜け出せない。脱出しようと足掻くが、ビクともしない。力が、強制的に奪われ抑制される感触を覚えていた。

 「改めて挨拶させてもらう。魔導師のリン・アズダートだ。戦闘力についてだがな、俺は魔力を使って魔法を使うタイプの魔法使いだからな。だからスカウターの聞いた計測原理でじゃ、魔法を使う度に戦闘力が変動していたんだろうよ」

 そしてその拘束は練りに練った特別製だと、リキューへと言い放ちさらに上へと上昇し、リキューの上を取る。
 上段にジェダイトを振り上げて、リンはリキューを見下ろす。
 リキューはそれを憤怒の猛りの中、見上げていた。

 「貴様ぁッ!!!」

 「時間稼ぎは十分だ。すでにこの空間には、俺の放出した魔力が充満している。見せてやるぞ、原作の魔法をモデルに組み立てた俺の必殺技を!!」

 ばさりと、リン自身の放出している何かのエネルギーで形成された“羽”を羽ばたかせて、宣言する。
 リキューは動けない。抜け出せない。
 ただ睨み付けるだけしか、出来ることがない。
 ジェダイトを握りしめ、リンが叫んだ。

 「スターライトブレイカーのアレンジ!! ジェダイト、スターダストメモリーズ発動!!!!」

 《了解しました、マスター。スターダストメモリーズ、スタンバイ》

 光の軌跡が、描かれる。
 広大な戦闘訓練室の、そのあらゆる空間から光が生まれ、リンの掲げるジェダイトの刀身へと集約されていく。
 それはまさしく星の煌めきと言える。神秘的で幻想的な光景であった。
 だがしかし、リキューはそれに頓着する余裕などなかった。
 スカウターが急激な反応を捉えている。リキューは爆発的に上昇していく数値に、愕然としながらリンを見るしかなかった。

 「ば、馬鹿な………6000……7000……8000!? ま、まだ上昇していくだとッ!?」

 やがて、空間中の光の軌跡が、全てリンの刀身へと集められた。
 すでに刀身だけで、その全長が3mほどまでサイズは伸長している。
 リキューのスカウターに計測されている数値は、カウントをようやく止めていた。
 その数値、21000。スカウターの計測限界値ギリギリの値であった。

 「往くぞッ」

 《オールコンプリート。スターダストメモリーズ、リリース》

 「ぐ、うぉおおおおおおおおおお!!!!!!」

 リンがリキューへと目指し、舞い降りる。
 リキューは血管を浮かべながら全力で抵抗するが、拘束を振りほどくことが出来ない。
 リンが迫る。リキューは動けない。

 白色のエネルギーに全てを包みこまれた刀身が、リキューへと振り下ろされた。

 右鎖骨付近から、左脇腹下までを通過する強烈なエネルギーを持った異物。それはリキューの“気”の守りを貫き、ぐちゃぐちゃに内外の神経を乱し尽くす。
 尋常ならざるショックが、リキューの意識を叩き潰していた。
 拘束場ごと叩き斬られたおかげで、すでにリキューの身を捕える鎖はない。
 だがしかし、リキューに反撃するだけの気力は残されはいなかった。直撃を受けて、すでに意識が失せかけていたのだ。
 そのまま舞空術を維持することもできず、ふらりとリキューの身体が揺らぐ。

 墜落する直前。
 リキューは、何処からかかけられるリンの声を聞いていた。


 「――――安心しろ、非殺傷設定のままだから、命に別状はない」


 その言葉を、そのセリフを聞いて、リキューは確信した。
 内臓を引き締められるような墜落感を味わいながら、リキューは紅蓮の思いを抱く。
 ただ、リンへ対する強固且つ絶対的な評価で不変の決定。


 (こいつは――――心底気に喰わないッッ!!!!!)


 そしてリキューの意識は刈り取られた。




 一日後、リキューはまた昨日と同じ入院部屋のベッドの上で意識を取り戻し、気絶する前に抱いたその思いの再確認を、改めて行うこととなる。
 長きに渡るリンとリキューの二人の衝突。その最初の邂逅。
 リキューのリンに対する第一印象と第二印象及び総合的な評価は、その全てにおいて最悪であった。








 ―――あとがき。

 リン登場。この作品でやりたかったことその二。自重を知らぬは作者のみよ。すみません。
 やはり賛否両論である評価の模様。それでも見てくれてる人たちがいることに私は心の底から感謝します。
 思えばSLBでプチ元気玉だよね原理がと思うこの頃。
 容量過去最高。何か今降りてる? 降りちゃってる作者?
 感想と批評待ってマース。




[5944] 第十四話 さらなる飛躍への別れ
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/04/04 17:47

 がちゃがちゃと、机に向って作業を続ける。
 手元には幾つかの設計図を広げ、少し離れた場所には細かい部品類や工作用の道具が置いてある。
 照明を照らしながら、俺はただ黙々と手を動かす。

 面倒で手間がかかると、つくづく思う。
 本音を言えばこんなことなどさっさと放り投げて、修行に時間を注ぎ込みたいところだ。
 しかし、そう言う訳もいかない。
 義理は通す必要はある。ただ知らないふりをして、逃げる訳にもいかない。
 ギブ・アンド・テイク。等価交換。いちいちそんな言葉で飾る必要もないこと。
 借りたら返す。当たり前のことだ。

 どれだけ時間が経ったか、自分でも忘れて作業に没頭した。
 やっと作業を終えて気が付けば、もう半日以上の時間が経っていた。
 この頃食事が不規則なっていることを思い出し、腹に手を当てる。空腹が強く訴えかけていた。
 食事にすることにし、席を立つ。

 一つ溜息をつき、少しだけ晴々とした気分で作業室を出た。
 作業は終了した。
 これで“借り”も帳消しだ。








 トリッパーメンバーズと接触してから、一ヶ月後。
 リキューは、遂にフリーザ軍への“借り”を返すことが出来ていた。
 当初より研究対象としていたスカウターの画期的な改良に、ようやく成功したのだ。

 リキューがスカウターに行ったこと、それは新機能の追加である。
 これまでリキューは、スカウターを研究する際に、主に“不具合を取り除く”という観点で改良を目指していた。
 この観点はフリーザ軍の中では主流の考え方であり、特に変なものでもない。
 しかしそれゆえに、不具合らしい不具合のないスカウターの研究は非常に困難なものとなっており、リキューもその改良に躓いていたのである。
 リキューがその観点を変えるに至ったきっかけは、やはりトリッパーメンバーズとの接触が原因。
 つまりあの夜、時雄と出会ったことが、リキューにこの着想を思い付かせたのである。

 リキューはあの時、時雄が逃走した際のその行方の捜索に、スカウターを使用した。
 だがしかし、スカウターには個体識別能力は付いていないために、反応の動きを予測した上でこれだろうと、当てを付けて行動するしかなかった。
 この時リキューは、スカウターに識別機能があればという願いを持ち、そしてその願いから新たな観点を見出したのだ。
 すなわち、“不具合を取り除く”から“欲しい機能を付け加える”というものである。
 必要は発明の母とは、よく言ったものである。まさにこの時のリキューに、その言葉は当て嵌まっていた。

 リキューは新たに得た着想の元、スカウターに新機能を追加した。
 それはずばりそのもの、個人識別機能の搭載であった。元々スカウターに内蔵されている、戦闘力計測用のエネルギー観測機器の機能を一部流用して改造し、個々のエネルギー波長を区別することが出来るようにしたのである。そして思わぬ副産物であったが、この個人識別機能の搭載で、さらに派生して便利な機能も開発出来た。
 一つは、事前にスカウターにエネルギー波長を登録していた者、つまり仲間の状態を確認出来る情報共有機能。
 もう一つは、逆に登録した敵対者のエネルギー波長を登録することで可能となる、自動追跡モードである。

 前者はこれまでのスカウターでも行えていた機能だが、しかし登録することで確実且つ明確に仲間の状態が把握できるようになった。
 そして後者は、例え敵が戦闘力をコントロール出来る種族で反応を消して逃げたとしても、確実に反応を追跡できるようになったのである。
 元々、スカウターは個人が装着している装備でありながら、その索敵範囲は一惑星全体を余裕でカバーしている。
 自動追跡モードを使用すれば、索敵機能そのものは低下するものの、例え相手が反応を消して星の裏側に逃げたとしても追跡することが可能となったのだ。
 つまり、リキューの改良によって、スカウターは原作のZ戦士たちが行っていた“気”による仲間の識別が行えるようにまでなった上、機械ゆえの正確な機能もあって、その性能の一部にZ戦士たちの感覚を凌駕する部分も出来てしまったのだ。

 リキューはこれらの実績と共に、さらに技術開発に対する新たな観点の導入という功績を得たのである。これによって他の科学者による技術改革も促進されることとなったのだ。
 フリーザ軍におけるテクノロジストの待遇は、基本的に戦闘員よりも悪く、そして冷遇されている。だが功績を一度上げれば、その待遇は一発で逆転に転ずる。
 リキューは見事に功績を叩き出し、フリーザ軍内での評価と待遇を急激に向上させたのである。
 この功績に比べれば、今までリキューが積み重ねていた“借り”なぞミジンコのようなもの。
 リキューは自身の手によって、ようやく首元にかけられていた死神の鎌を取り除いたのだ。

 そして最低限の義理を果たし終えたリキューは、ある考えを持っていた。
 それは、この惑星ベジータを出ることである。








 リキューは膝をついて頭を垂れていた。
 その場所は玉座の前。
 広い玉座の間の赤いカーペットの上で礼の形を取りながら、入口から玉座までの両脇を王の側近であるエリートが立ち並んでいる。
 そして、その玉座の間の中央に座する玉座。そこに現サイヤ人の王、ベジータ王が厳然と位置していた。
 ベジータ王は漫然と、だがしかし冷徹で底冷えた視線をリキューへ送りながら睥睨している。

 「ほぅ………暇が欲しい、と?」

 「はい、左様です」

 頬をつきながら、ベジータ王は言った。リキューは顔を伏せたまま答える。
 ベジータ王は表情も声色にも変化を見せず、言葉を続ける。

 「暇を求める理由を聞かせよ。その内容の如何によって、取り計らってやる」

 「了解しました」

 膝をついたまま、リキューは理由について語り始めた。
 曰く、此度の成果によって、科学者として取り上げてもらった恩に報いることこと出来たものの、しかし現状ではもうこれ以上の成果は期待できない状態であると。
 より良き発想と機転を得るためにも、野へと自ら赴き、宇宙の広さをその身体で体感していきたい。
 すなわち自らのより科学者としての大成のために、見聞を広めただ知識だけでは得られないものを獲得していきたいのである。
 と、その旨をとくとくとリキューはベジータ王へ訴えた。
 必ずや無駄とはならず、ベジータ王のお力となるでしょう。そう、慣れぬ売り文句も文末に付けて。
 なるほど。ベジータ王はそう呟き、瞼を閉じて沈黙する。

 静寂な時間が、静かに流れる。
 一分は経たなかっただろうが、しかしそれは長い時間だった。
 瞼を開き、ベジータ王が言葉を出して沈黙を解く。

 「面を上げい、リキューよ」

 「はっ」

 短く返事をし、リキューが顔を上げる。
 ベジータ王は凍て付いた目を向けながら、言葉を発した。

 「貴様の望みを認めてやろう」

 「在り難き幸せ……有難うございます」

 「ただし、条件がある」

 ピクリと、リキューのこめかみが動く。
 その動揺を押し隠しながら、リキューは尋ねる。いったい、いかなる条件であるのか。
 簡単なことじゃ。ベジータ王は条件を告げた。

 「今後、貴様に儂からの帰還命令が伝えられた場合、即座にこの惑星ベジータまで戻ってくること………それだけじゃ」

 リキューはその条件に、疑問が浮かぶ。わざわざ条件にする必要があるものなのだろうか、それは。
 とはいえ、提示された以上は呑むしかない。
 リキューにとっても多少の差し障りがある内容であったが、気を付けてさえいれば問題ない内容であった。
 淀みなく、応答する。

 「了解しました。必ずや、その時は駆け付けましょう」

 「よかろう、では行くがいい。必ずや我ら宇宙最強の戦闘民族の元へ、成果を持ち帰って来るのじゃ」

 リキューは了承し、その場にまた頭を下げる。
 ベジータ王は満足し、リキューから視線を外した。
 そしてリキューは、礼を失せぬよう気を付けながら、玉座の間から身を引き出て行った。




 リキューが出て行った後、ベジータ王は近くに佇んでいた側近を呼び寄せた。
 阿吽の呼吸で、側近がベジータ王の元へと近寄る。

 「おい、奴の戦闘力は今どうなっている?」

 「は………登録されているデータによれば、8500とのこと。科学者にしては、かなり高い数値ですね」

 側近は手元にある端末を使ってデータを呼び出し、感嘆しながら内容を読み上げる。
 8500か。ベジータ王は少なからず感心したように息を漏らした。
 その数値が意味することはつまり、リキューは現在のサイヤ人の中でも有数の戦士であるということだ。
 予想外の賜物だな。ベジータ王は頷き、好都合だと独白する。
 来るべき時、彼奴のその力は必ずや役に立つだろう、と。
 側近はそのベジータ王の様子を見て、ではやはりと問いかける。
 それにベジータ王は、不機嫌さを隠しもしない様子で吐き捨てた。

 「そうだ。我々はいずれフリーザに対し、決起する。そしてその時は、そう遠くはない」

 「あちらから、何か要求が?」

 「ふん……奴め、我が息子を自分の元に預けろと言ってきおったわ」

 「王子の身柄を!?」

 そうだと、驚く側近に対しベジータ王が不機嫌に告げる。
 それは、フリーザ自身の気紛れによって設定された謁見の時に発せられた言葉であった。
 いくら従属している身とはいえ、その無礼にも程がある勧告に、ベジータ王とて易々従う気はなかった。
 ゆえにその場においては丁重かつ断固に言葉を言い繕いながら断り、フリーザ自身もその答えを良しとして、話は収まったのだ。

 だが、それはフリーザ自身が諦めたことを意味していた訳ではない。文字通り、話が収まったのはその場だけでしかなかった。
 まだ自我も覚束ない幼子であるがゆえに時を待つことにし、いずれ王子が成長し自我を持った時、その時改めて身柄を預かろうと、そう話を決められたのである。
 それとてベジータ王の本意ではなかったのだが、しかし反論は出来なかった。
 フリーザはベジータ王の内心の情動を見て取ったようなせせら笑いを浮かべながらも、念押しの様に幾度も繰り返して言い含めてきたのだ。
 その場でベジータ王には、ただ憤怒を呑み込み受諾の意を伝えて引き下がることだけしか、行動は許されていなかった。

 「フリーザめ………我らを………俺をコケにしよってッ!」

 拳を握りしめながら、内から猛り狂う激怒の感情を押し隠すベジータ王。
 別に、それは将来有望である我が息子の身柄を無下に要求されたがゆえの義憤、ではない。
 その要求を簡単に言ってくる、フリーザ自身の己に対する認識。それが腹立たしく、そして憎々しいのだ。
 つまり、ベジータ王は舐められているのである。フリーザに。
 この出来事は、その事実をより強烈なものとしてベジータ王へと叩きつけたのだ。

 常日頃からフリーザに対して不満を抱き続けていたベジータ王だったが、今回の出来事は決定的であった。
 ベジータ王はこの出来事をきっかけに、前々から考えていた計画、すなわちフリーザへの反逆……下剋上を決意したのだ。
 とはいえ、それは今すぐ決起すると言う訳ではない。
 フリーザのその戦闘力の恐ろしさは、ベジータ王自身とて慄きと共に認めている。そうでなければ、今までという期間の中を従順に過ごしている筈がない。

 フリーザのその戦闘力を語る逸話として、ある一つの伝説がある。
 曰く、フリーザはその自らの手によって一つの星を破壊した、というものだ。
 別段これだけ聞けば、そう大した逸話には聞こえない。少なくとも、サイヤ人にとってはである。
 この世界ではフリーザでなくとも、星一つを破壊する程度はサイヤ人の下級戦士はおろか、人にもよるが戦闘力が三桁程度の人間でも可能だからである。
 そうであるがゆえに、このフリーザの逸話にしてもそう自慢にはならないものであった筈であったのだ。
 だがしかし現実には違って、この逸話は恐るべきフリーザの戦闘力を語るものとして、広く流布し語り継がれている。

 それは何故か?

 この逸話が、他の戦士が行った同じ所業とは別のものとして語られる、その明確な一点でもある、話のポイント。
 それは、その星の破壊行為が“完全にフリーザ自身のパワーによってのみに起こされたものであること”、ということである。

 通常他の戦士がもし星を破壊する場合、その時は破壊する対象である星の“核”を打ち抜き、星自身の内在している膨大な“気”と反応を共鳴・暴走させて破壊するものとなる。
 “気”はありとあらゆるもの、万物に宿っている。
 動植物はもちろん、目に見えぬ大気や物言わぬ鉱物などにも、波長の異なるそれを捉える事が出来るかは別問題として、確かに“気”は存在しているのだ。
 それは当然、星自身にも言える。
 他の戦士たちはいわば、その星自身が内在している巨大な“気”を利用することによって、星を破壊することが可能となっているのだ。
 これはつまり、星の“気”を上手く共鳴・暴走させるほど“気”の扱いに長けてさえいれば、自身の戦闘力が微弱であっても星を壊すことが出来る……そういうことを言っているのである。
 そして逆を言えば、これは星自身の“気”を利用して共鳴・暴走させなければ、やはり単純なパワーで星を破壊することは難しい、ということでもあった。

 が、しかし。フリーザはそれをやってのけたのだ。星自身の“気”を共鳴させる訳もなく、暴走させる訳もなく。
 ただ自身のパワーだけを使い、強引且つ単純に、星を一つ破壊してのけたというのである。
 はたして、それには如何ほどのパワーが必要であるというのであろうか?
 試しに適当な科学者に試算させてみたところ曰く、詳細はデータが足りず出せないが、最低でも六桁の戦闘力がなければ絶対に不可能であろう、という答えが出た。

 最低、戦闘力10万以上。それがこの逸話が示す、恐るべきフリーザがその戦闘力の絶対性を語っていることなのである。

 現サイヤ人最強の戦闘力を持つ、ベジータ王の戦闘力は12000。
 そこに存在しているのはおおよそ10倍以上の戦闘力の落差であり、そしてそれはあくまでも最低ラインにしか過ぎず、それよりも上である可能性は極めて濃厚だという現実。
 反抗したところで無駄。むしろその意思すら沸き立てさせない、絶望的な戦力差であった。
 しかし、そうでありながらもベジータ王は意思を萎えさせず、ただ秘密裏に計画を続行させた。
 何故か? 
 それは勝算があったからだ。少なくとも、ベジータ王自身はそう考えていたのである。

 サイヤ人は戦闘民族である。その肉体の特性、身体能力、および気性など、彼らを構成するその全てがこの事実を肯定していた。
 そして彼らの多くある戦闘に特化した生態の一つに、あることがあった。ベジータ王はそこに着目し、計画を練り始めたのである。
 ベジータ王が着目した、サイヤ人の戦闘に特化したある生態。
 それは徒党を組むことによる、連携による戦闘力の数値以上の発揮である。
 サイヤ人は基本的にその気性からスタンドアローン的な行動が目立つ民族であるのだが、しかし戦いの際に同じサイヤ人同士で連携することで、戦闘力以上に戦果を上げることが出来るのだ。
 この傾向はフリーザ軍配下に組み込まれ、サイヤ人同士でチームを組んで星の地上げに回され始めた際に、初めて判明したことである。
 ベジータ王はこの事実を知った時に、フリーザに対する勝ち目を見出したのだ。

 サイヤ人という種族は、日に日に強くなっている。
 現在の戦いに溢れた毎日の影響か、あるいは全く別の要因による変革の時が来ているのか。理由は分からない。
 だが結果として、サイヤ人という種族全体の力は、日増しに強くなっていっていた。
 全体的に下級・エリート問わず、戦士たちの力がじわじわと向上していたし、強いパワーや素質を持った赤子などが、王子ベジータを皮切りに生まれ始めていたのだ。
 サイヤ人には大猿化という、戦闘力を10倍にまで高めることの出来る生態があるが、それには満月が必要であり、星を破壊できるフリーザ相手には効果的とは言えない。
 しかし、今後時をかけて戦士たちの戦闘力が成長し、徒党を組み連携を行えば、その結果はどうなるであろうか?
 例え相手が戦闘力10万オーバーとて、十分相手には出来る。ベジータ王はそう踏んだのだ。

 フリーザは我らサイヤ人を恐れている。ベジータ王はその内心で、フリーザをそう見ていた。
 忠実な配下として組み込まれてはいるものの、一応は民族として形骸が残されているところや、何度か繰り返し様子を見に来るように設定される、謁見の時間。
 これらの事実から、ベジータ王はそう睨んでいたのだ。王子の身柄を要求することなども、その内心の恐れの現れだろう。
 この確信もまた、ベジータ王の決起を決意させる補強材ともなっていた。

 決戦の時は数年後、王子が成長しフリーザにその身柄を渡す時である。ベジータ王はそう計画を予定していた。
 戦闘力が向上し集団を形成した、エリート戦士の徒党によるフリーザへの反乱。この考えられる最高の布陣を引いた上で、フリーザの命運を絶つ。
 これこそが勝利を導く方程式。そしてその時こそ自分がフリーザに成り替わり、全宇宙の支配者となるのである。
 ベジータ王は輝かしい未来を想定し、不敵な笑みを浮かべながらその時が来ることを耐えて待つのであった。







 実はこの時、リキューにとって幸運に働いたある一つの誤解があった。
 それは側近が参照した戦闘力のデータが、最後に測ってから更新のされていない古いデータであったことだ。
 もし側近がベジータ王にリキューの戦闘力が報告したとき、データ資料を参照せずにスカウターで直接計測していたならば、リキューの未来は変わっていただろう。
 現在のリキューの戦闘力は11300。すでにその数値は、現サイヤ人最強であるベジータ王に比肩するほどのものとなっていたのだ。
 時雄によるスタンド攻撃によって負傷し回復したことで、一気にここまで戦闘力が引き上げられていたのである。
 これだけの数値ともなると、その数字が意味することは優れた戦士である、ということだけではなくなり、もう一つの意味も帯びてくる。

 もう一つの意味………それはつまり、王の権力を脅かすもの、ということである。

 現ベジータ王は、歴代ベジータ王と異なり権力欲の強い人間であった。そして完全な実力主義であるサイヤ人の社会において、戦闘力の高さは権威を握るに当たって最も重要な要素。
 リキューはまだ年若く、加えてエリートの生まれ。今後の成長の余地は十分以上にある存在である。
 それにもかかわらず、リキューは現時点ですでにベジータ王と等しいまでのレベルまで戦闘力が付いているのだ。
 その存在は確実に将来、自ら王族の権力を脅かすものになることは明白であった。
 これがあるいは、リキューが下級戦士かもしくはもっと年かさを経た人間であったらのならば、話は違ったのだろうが。

 つまり戦闘力について真相を知られていれば、リキューは確実に惑星ベジータを出ることも出来ず、抹殺されていたということである。
 これより未来、生まれながらにして1万の戦闘力を持っていたブロリーと同じように、だ。

 中途半端な力は、災いを招いてもそれを跳ね除けることが出来ない。

 ここにきて今生で最も大きな幸運に見舞われて、リキューはその命を知れずに生き永らえたのだった。








 取り急ぎ重力室へ戻り荷造りすると、簡単に旅行ケース程の大きさのボックスに全ての荷物を詰め込み、リキューは馴染み深いその部屋を後にした。
 そのまま向かう先は、宇宙ポッドの射出施設である。
 功績によって得た権限で、新しく手配しておいた自分の個人用宇宙ポッドがそこに用意されていたのだ。
 リキューは足早に、時折すれ違い珍しそうに見ているサイヤ人たちの間を抜けて、目的地へと急ぐ。

 リキューがベジータ王に申告した口上は、嘘である。
 実際はテクノロジストとしてのさらなる大成なぞ望んではなく、その本心はもっと別のものであった。
 口上は適当なものとしてでっち上げたものであって、ただの暇を頂くための偽りでしかない。
 この嘘を述べて暇を得ることに対して、リキュー自身若干の抵抗はあったのだが、しかしこれまでかけてきた世話については最低限以上に清算は済んでいる。
 不義理を働いてはいないのだから、特に問題ないだろうと判断し、納得させていた。

 リキューが惑星ベジータを出て、向かおうとしている場所。
 そこはリターン・ポイント。
 すなわち、リキューは先月に接触を持ったトリッパーメンバーズという組織の元に、所属しようと考えていたのだ。
 その決断した理由は色々あった。その中の一つに、自分と同じ境遇の者たちが集まっているという、感性的に似通った人間の集団であるということもある。
 だが何よりもリキューにその決断を促した理由は、ただ一つであった。
 それはトリッパーメンバーズという組織に所属していた方が、フリーザ軍に属している今の環境よりも、より強くなれるだろうと踏んだからである。
 単純に戦いの経験を積むことや、様々なタイプの相手と触れられるだろうという点で、惑星ベジータよりも遥かに大きいメリットを感じたのだ。

 現状、惑星ベジータに止まっても効率的な戦闘力の向上は見込めない。リキューは過去を顧みながら、そう判断した。
 実際サイヤ人と言う観点から見れば、リキューの戦闘力は非常に高いものである。が、しかし、所詮それだけとも言えるのも事実であった。
 現在の戦闘力では、目標であるフリーザどころか、その側近であるザーボンやドドリアにも手出しできないのが現状なのである。
 非常に業腹であったが、その点だけで言えばリンの発言とて間違いではないのだ。確かに、リキューの戦闘力は低いのである。
 フリーザ軍には、戦闘力が1万を超える上級戦闘員が数多く在籍しているのだ。

 これは単純に鍛錬が不足していたこともあっただろう。研究のための時間を確保するために、みっちり時間を突き詰めた鍛錬が行えなかったせいである。しかしそれならば、すでにノルマであった研究を終えた現在、今まで以上に全ての時間を鍛錬に注ぎ込み、これまで以上の速度での上達も可能となった筈だった。
 だがしかし、それでも埋まらないどうしようもない部分もある。
 それは実戦経験である。
 重力室を使い限りなく過酷な環境を用意して鍛錬すれば、戦闘力は上がるだろう。しかしそれでは当然の話なのだが、戦いの経験は積めないのだ。幾らサイヤ人という人種が戦闘に関して天性のセンスを持っていたとしても、とてもではないがそれだけでこれは賄えるものではないのである。
 リキューには、圧倒的に実戦経験が不足していたのだ。
 そして惑星ベジータという環境では、その実戦経験を積めるだろう手頃な相手を見繕うことが、主にリキュー自身の内面の理由で出来なかった。
 例外扱いであるバーダックという人間もいたが、バーダックは一般的なサイヤ人と同じように、あるいはそれよりも仕事に忙しい人間であった。ほとんど惑星ベジータにその身は置いていなかったし、いたとしても大して休む間もなく次の仕事に出掛けていたのだ。実力的は十分なのだが、これでは鍛錬の相手として最適とは言えなかった。
 現にこれまで、リキューはバーダックと幾度か模擬戦を行ってはいたが、その回数は両手で数えられる本数にも満たないのである。
 有益ではあっても最適ではなかったのだ。

 その点、トリッパーメンバーズという組織は非常に環境が整っていた。
 そもそもにリキューにとって精神的な抑圧を加える要因が環境になく、そして文字通り“様々なタイプの実力者”が組織には在籍しているのだ。
 これほど実戦経験を積み上げるに最適な場所も、そうそうないだろうというものである。
 そしてただ身体を丹念に鍛え上げ続けていくだけではなく、実際に幾度も幾度も戦いを経験することは、さらなる戦闘力向上の礎となる筈であった。
 戦えば戦う程強くなる。それが戦闘民族サイヤ人なのである。
 ゆえにリキューは、より強く、より高みを目指すために、惑星ベジータを出奔することを決意したのである。

 少なからずの逃げも、その決意の中には刷り込まれてはいたが。




 リキューが足早に通路を歩いていると、ふと進む先の曲がり角から、見覚えのある人間が姿を現した。
 その姿を見てとり、思わずリキューは足の動きを緩める。
 相手側も気付いたのだろう。視線をリキューへと合わせて、その彼が珍しそうに口を開いく。

 「お前は、リキューか? なんだ……珍しいじゃねえか。腰抜けのエリートさんが、こんな時間に外を歩いているなんてよ」

 「………バーダックか」

 思わぬ知人との遭遇に、リキューは軽く驚く。
 そのまま適当に二人の距離が近づくと、自然とリキューは歩みを止めてバーダックを観察した。
 すでに何度もぶつかり、度々模擬戦の度合いを超えて白熱し、熱戦を行った相手である。
 もはや見慣れたその姿を、リキューはしかし改めてまじまじと眺めた。
 その胸中には、これまでバーダックに対して抱いていた敵意に加えて、また別のものである異なる感情が渡来していた。

 感慨、戸惑いとも呼べる感情だった。

 (バーダック………孫悟空の父親、か)

 それは先月、リターン・ポイントで他のトリッパーたちと雑談に興じていた際に知り得た情報だった。
 完全に忘却していたかあるいは元々知らなかったのか………どちらかは知らないが、リキューはバーダックが悟空の父親であることを知らなかった。ゆえに何気ない会話の中、知っていて当然という風に振られたその情報に、心底リキューは驚いたのである。
 サイヤ人の、特に下級戦士の間では似た容貌の人間は少なくない。だがしかし、同名の人間はいないのだ。少数民族ゆえか、名前のダブりは基本的にないのである。
 それはつまり、バーダックという名前の男が悟空の父親であるのならば、それは目の前の男で確定されるということだ。
 図らずにも、リキューは原作キャラと接触を持っていたということである。

 リキューにしてみれば、その胸中は複雑であった。
 目の前の典型的なサイヤ人らしいサイヤ人であるバーダックが、かつて少なからずの憧憬を抱いていた主人公の父親であるのだ。
 バーダックについて語っていたトリッパーは、バーダックをかっこいいキャラクターだと語っていた。
 リキューにしてみれば、バーダックは残虐で冷酷であり、かっこいいなどと評することは到底できない人間でしかない。
 好意や憧憬なぞは抱けないし、間違い血迷ったとしても、心許すことなんて考えは論外な存在。トリッパーの語っていたバーダックの評と現実とでは、あまりにもギャップがあったのだ。

 悟空とバーダック。

 親子と言われながらも、その両者には決定的で隔絶された差があるとしか、リキューには思えなかった。
 しかしそうだとしてもだ、目の前にいる男が悟空の父親であるという現実は一切変わらないのである。
 ゆえに、リキューの胸中は複雑であったのだった。

 だが実際のところ、リキュー自身とてバーダックに対して抱いてる感情は、単純に敵意だけではない。
 本人は気付いていないし、気付いたところで絶対に認めないだろうが、リキューはバーダックに少なからずの親しみも持っていたのだ。
 なんだかんだでこの惑星ベジータでまともに話を交わした数少ないサイヤ人であるし、またバーダックが一種のそうさせる方向性を持った気性でもあったのである。
 トリッパーの語っていたかっこいいという言葉も、所業は別としてその生き様だけを見れば、リキュー自身も無意識に同意していたのだ。

 「何だ……寝惚けてでもいるのか?」

 「誰に言ってやがる」

 普段とは違うリキューの様子に、バーダックが訝しげに怪しむが、その言葉に改めて敵意がぶり返し、ふんと鼻を鳴らしてリキューは否定した。
 貴様のことだよ、ガキ。身長差に見下ろしながら、バーダックもまた敵意をリキューへと返す。
 不機嫌なままにリキューは思う。やはり自分は、この男を好きにはなれないし、好ましく思うことも不可能なのだと。
 そのまま不敵な表情でぽきぽきと身体の骨を鳴らしがら、バーダックは口を開いた。

 「丁度いい………今帰ってきたばっかりで、身体が鈍ってんだ。慣らしついでに、これからやり合おうか」

 「それは生憎だったな。俺は今からこの星を出るところなんだ。貴様に付き合っている暇は、もうないんだよ」

 「何だと?」

 せせら笑う様にリキューから告げられた言葉に、バーダックが怒りを覚える。
 リキューは見せつける様に荷物を詰めたケースを示すと、そのまま歩き出しバーダックの脇を通り過ぎた。
 振り返りもせずに立ち去っていくリキューの姿に、バーダックがイラついたような表情を形作る。

 「舐めるんじゃねえよ………このガキがッ」

 バーダックが動く。
 挨拶代わりに、手は抜いても加減という気遣いはない拳を、後ろを見せたままのリキューへと叩きつける。
 しなりという緩急を付けたその攻撃は、実際に戦う場では戦闘力の数値以上に厄介な味を見せる。
 実戦経験の足りないリキューに対しては、その効果は尚更であった。
 が、その拳は振り返ったリキューに、あっさりと捕まえられた。

 「なんだと?」

 本気であった訳ではないので、おかしな話ではない。しかしただ少しだけ、バーダックはそれに違和感を覚えた。
 とはいえ、違和感の正体にも思い当たらない。ゆえに黙って腕を戻そうとする。
 が、拳は動かない。幾ら力を込めてみても、微動だにしなかった。
 重心をずらそうと試みたり、全力を込めてみても、小揺るぎもしないのだ。
 バーダックの表情に焦りが浮かぶ。小揺るぎもしないのは何故か? ただ圧倒的なパワーで、下らない小細工も全てを抑え込んでいるからだ。
 これが指し示す事実はただ一つ。リキューは戦闘力をまた、それもかなり大幅に上昇させたということだ。バーダックは違和感の正体にようやく気が付く。
 ふと、リキューが拘束を止めて拳を開放する。すかさずバーダックは飛び下がり、距離を取った。
 握り締められていた拳をプラプラと揺らし、舌打ち混じりに睨み付ける。

 「貴様………どういった手を使ったかは知らんが、また戦闘力を上げやがったな」

 現在のバーダックの戦闘力は5800。下級戦士としては破格の戦闘力だが、しかしリキューはそのおおよそ倍程度の戦闘力がある。
 ツフル人の戦闘力理論では、戦闘力差が五割あれば完全に勝敗が決するとされているのだ。さすがのバーダックもリキュー相手とは言えども、ここまで数値に差があると手足が出せなくなる。
 いくら技巧を凝らそうと相手が実戦経験の足りぬド素人であろうと、戦闘力が倍近くに開けば、ただその身の力任せだけでリキューはバーダックに勝ててしまうのだ。
 これはつまり、絶対に勝ちを拾えないということ。良くても負けないよう時間を稼ぐ戦い方しかできないのだ。その事実に不愉快だと、その表情でありありとバーダックは語っていた。
 そんなバーダックの姿に、リキューは言葉を投げかける。

 「………………バーダック。俺はこれから、さらに強くなる。今よりももっと、もっとだ」

 「なに?」

 くるりと背を向けると、リキューはそのまま言葉を続ける。
 もう、バーダックの姿も目には入れていない。
 それはリキューなりに決別を意図した言葉ではあったが、しかしあるいはその中のほんの一欠けら程度に、別の感情が混じっていたのかもしれない。

 「お前はお前で好きに戦っていればいい。強くなっていればいい。だが俺は、その遥か上を行かせてもらう。もう、お前程度に構っている暇もないんだよ」

 「なんだと……言ってくれるじゃねえか、たかが腰抜けのエリート風情が。貴様がこの俺をその程度……雑魚扱いだと? 自惚れているんじゃねえぞ、ガキがッ!」

 「言ってろよ、下級戦士。底辺で好きに足掻いてろ。俺は強くなる………誰よりも、お前程度なぞ遥かに上回るほどにな」

 そしてリキューは言うべきことは全て言ったと、もはや口も閉じて無言で歩き去る。
 バーダックはその背中を見ていた。散々にコケにされて、あるいは掴みかかってくるかもしれないと考えていたリキューにとって、それは少し予想外だった。
 が、何にしろ問題がないのならば、それに越したことはない。
 リキューはそれまでの考えを捨てて、バーダックについての思考も葬り去る。
 考えることはただ一つ。未来へのこと、すなわちより強くなること。
 目標は遥か高く、それに比べたらバーダック程度の戦闘力が路傍の石に過ぎないことは事実。リキューにいつまでもバーダックに関わってる暇がないことは、本当のことだったのだ。
 ゆえに、リキューがその目的を変えない以上、戦闘力向上に最適とは言えないバーダックを見限ることは、選択として当然であった。

 惑星ベジータでの僅かな交流を経た人間も振り払い、リキューは歩き続けた。




 「あのガキが………舐めやがってッ」

 壁に握り締めた拳を叩きつける。
 昂ぶった感情に釣られて威力が強まり、その八つ当たりに壁にひびが入る。
 バーダックは不機嫌極まりない様子のままに、歩き始めた。目的地はない。適当に食堂あたりを目指していた。
 その歩いている間とて、考えるのはあの憎たしく、気に喰わないことこの上ない奇妙なエリートのガキのことである。

 最初の出会いからして前もって知っていた知識とそれに伴う接触から印象は悪く、知識の誤りが解消された今とてその抱くイメージは常に悪いままである。
 最初はともかくとしても、現在のイメージの悪さは単純な惰性のものだろう。最初の印象が悪かったから今も悪いのだ。
 サイヤ人の持つ、頑固な気性と呼べる部分である。この点はリキューもまた似通ったものであった。

 「底辺で足掻いてろ、だと? ふざけやがって、くそったれが!」

 ともあれ、如何なる理由であろうとも、バーダックがリキューを心底毛嫌いしていることに変わりはない。
 加えてのあの去り際の言動。その内心が怒りに溢れようとも、無理ならかぬことであった。

 だが、しかし。

 怒りを滾らせながらも、バーダックの脳裏はただ一概にリキューの言葉を否定することが出来なかった。
 あの発言は確かに不遜であっただろう。いくら戦闘力が高かろうとそれはバーダックとの比較であり、もっと広い視野で見ればそんなもの五十歩百歩にしか過ぎない。実戦経験も少ない若造以下のガキが、寝言を言っているだけでしかない筈だった。
 そうに過ぎない筈なのだ……が。実際にリキューが、大して戦ってもいない筈なのに急速に戦闘力を上げていたのも事実。
 バーダックとて下級戦士にあるまじきレベルで戦闘力が高まってはいるが、それは自他共に認める無茶な戦い方の繰り返しによる賜物である。そもそもが缶詰状態で日々を過ごしていたリキューとでは、戦いに日々を明け暮れているバーダックと比べるに前提となっている環境が大きく違うのだ。
 リキューは現実として、かなりの速さで成長してるのである。そのことをバーダックは、先の攻防で改めて体感していた。そしてこれからは、これまでの生活を改めてより上を目指すと言う。

 あながち戯言でもないかもしれない。バーダックは少なからず、そう思ってしまったのだ。

 そう思ってしまった自分に対して舌打ちをしつつ、苛立ちながらバーダックは歩き続ける。
 エリートだとか下級戦士だとか、そんなことはすでに関係なかった。ただ奴に差を付けられること、それが心底気に喰わなかった。
 それは深く身に沁みた反骨心、つまり意地である。
 子供染みた衝動だけで、バーダックはリキューの発言に反抗を示していたのだ。

 バーダックは考える。リキューのあの強さ、何かタネがあるのだろうと。
 ずっと部屋に引き込んでいた腰抜けのエリート風情があそこまでの戦闘力を、ただ無為に過ごすだけで身に付けるのは明らかにおかしいからだ。
 いくら戦闘民族であるサイヤ人とて、身体を動かさなければその肉体は地球人と同じように鈍る。
 仮に戦いもせずにずっと密やかに過ごしていたとしたら、それでも宇宙の標準的な種族に比べて頑健な人間にはなろうが、しかし戦闘力は二桁以内にしか収まらないものなのだ。
 まあ実際には、サイヤ人にはその本能レベルで強さを求める意識があるために、そういった事態になることはまずないことなのだが。
 しかしそれを含めて考えてみれば、やはりエリートと言えど全く戦いを経験していなリキューがあそこまでの戦闘力を持つのは、おかしいことこの上なかった。
 何かしらの裏がある。バーダックはそう当てを付けた。

 ここまで考え、ふとバーダックは頭に閃光の如く走る記憶を思い出した。
 それはかつてリキューと会った、その最初の時の記憶。接触し、互いに互いを挑発し反発し、そしてそのまま戦いへと移行した時のことである。
 思えばこの場面。この時の戦いの前哨にリキューの戦闘力のタネが隠されていたことに、バーダックは今気が付いたのだ。

 (なるほど……そういうことか)

 タネは分かった。
 バーダックはそのまま食堂へ向けていた足の向きを変えて、そのまままた別の場所を目指して歩き出す。
 明確に目的地を定めている分、その歩みは先に比べて迅速であった。そのままさして時間をかけない内に、バーダックは目的地である部屋の扉の前へと辿り着く。
 そこは重力制御訓練室。
 先程、リキューが荷物を纏めて出て行った場所であった。

 部屋の主がいないことに頓着せず、勝手に扉を開けてバーダックは重力室の中に入っていく。
 そのまま記憶を頼りに、部屋の中央にある重力コントールパネルまで近付く。
 パネルを前に細かい操作方法が分からず一瞬躊躇するが、元々そこまで複雑な代物でもない。適当にいじる内にコツを掴み、見よう見真似で装置をセットしドライブさせる。
 装置の稼働音が響く。
 そして僅かに空気が重くなったかと思った次の瞬間には、強烈な負荷がバーダックに襲いかかってきた。

 「ぐッ…ふ!」

 身体が軋むものの、なんとか堪えてその場に仁王立つ。
 拳を開け閉めしながら、バーダックは身体にかかる手応えに感嘆の声を漏らした。

 「こいつはいい………あのガキ、これを使って鍛えてやがったのか」

 パネルに表示されている20Gという表示を眺めながら、バーダックはリキューに対してセコい真似をしやがってと毒づく。
 思えば、最初にリキューとバーダックが接触した時のことだ。リキューはバーダックにこの部屋は重力が操作できると語り、そして実際に重力を10倍に倍化してみせていた。
 その時は驚いたものの、結局は10倍程度の重力なぞ意味がないと笑い、バーダックはこのことに対して深く考えることもなく戦うこととなった。
 そしてそれからも幾度か戦いを繰り広げるものの、リキューは最初限りで部屋の重力を操作することもなく、ゆえにもはやバーダックも重力操作について忘れ去っていたのだ。
 リキューの戦闘力向上に何かタネがあるのだろうと考えていたバーダックは、この忘れ果てていた記憶をサルベージし、思えばとこの機能に何の意味があるのかを考えた結果、正解である答えに辿り着いたのだ。

 バーダックが身体を動かす。その一歩ごとに猛烈な負荷で身体が揺らぎ、拳を振るもその形は安定したものにはならない。
 たかが10倍程度の重力ならば何の痛痒も感じないが、さすがに20倍の重力ともなると、いかにバーダックといえども、その行動に差し障りが出来る。
 バーダックは確信した。これこそが、リキューが成り行きに見合わない戦闘力を身に付けた、そのタネであると。
 くっくっくと、愉悦を含んだ声が漏れる。それはバーダックが、今ここにはいないリキューへと向けたものだ。

 「底辺で足掻いてろ、だと? っは、笑わせてくれるぜ。足掻くのは貴様だ、リキューさんよ。俺は貴様よりも、さらに強くならさせてもらうぜ。貴様が残したこいつを使ってな」

 ただ意地をかけて、バーダックは宣言した。
 リキューなぞに負けてたまるか。その思いが、この行動にある根源であった。

 かくしてバーダックはこれより以後、惑星ベジータにいる間の時間を利用し、リキューの残した重力室に入り浸ることとなる。
 そして重力室の過酷な環境下の自己鍛練と、相変わらぬ他者がイカれてる評する戦法で戦いを続ける日々を送り、原作以上に急速に戦闘力を高めることとなるのだった。
 その結果は、やがて来るフリーザによる惑星ベジータ崩壊の危機、すなわちサイヤ人絶滅計画を前にして、大きく運命を変える力となるのである。

 この未来の趨勢を予測できる者は、フリーザも、バーダックも、リキューも、そしてトリッパーですらにも、誰にもいなかった。




 リキューは、ようやくポッド射出施設まで辿り着いていた。
 その道中で会話らしい会話は交わしていない。まともな別れらしいことをしたのは、バーダックだけである。
 しいて言えば、途中に偶然エンカウントした爬虫類系メカニックの存在があったが、またそいつが出会い頭に“あ、ヒッキーが出てる”と余計な事を言ったため、即撃沈となっていた。
 出立の挨拶もする人間がいず、そしてする気もなく、リキューは自分のポッドを探す。

 大量に安置されている未使用のポッドの中から、リキューは手配したポッドのナンバーを思い返しながら見回る。
 やがて、さして時間もかけずに見つけることに成功する。
 リキューはそのまま付属の遠隔操作端末を取り出してポッドを起動させると、カバーを開放。手早く荷物を放り込む。
 そして端末を使って目的地となる座標を適当に入力して、ポッドの準備がすべて完了する。
 後はもう、乗り込んで発進するだけである。リキューは身を乗り出してポッドの入口に足をかけると、中に乗り込もうとした。

 が、その時。不意を突くように、声をかけられた。

 「アンタ、やっぱりリキューかい?」

 「え?」

 思わず、素のままに声が漏れてしまった。
 ほんの少しばかり慌てて、若干記憶に残っているその声に神経を削りながら、リキューは振り返った。
 射出施設の入口。そこに、人がいた。尾の生えた、サイヤ人の女である。
 怒りだとか、そういった感情ではない別の何かで、リキューは心を引き絞られたような気がした。

 「ニー……ラ?」

 女の名はニーラ。リキューがよく知り、そして関わりがある意味で最も薄く、だが濃い人間。
 リキューの今生での、母親であった。
 彼女は驚き固まっているリキューの姿を確認すると、そのまま近くまで寄ってくる。

 「アンタがこんなところにいるなんて、一体どうしたんだい?」

 珍しそうな表情のままに、ニーラはリキューの様子を見ている。
 あまりにも思いがけない相手の出現に、リキューは思考が真っ白になっていた。
 それは具体的な時間にして、おおよそ五年ぶりの再開であった。

 リキューは、もどかしく具体的な行動も起こすことも出来ず、ただ目の前のニーラを見ることしかできない。
 ニーラは、今あるリキューの精神的構造、その矛盾の原点で象徴であり原因とも言える人物。
 リキューにとってニーラと会うことは、過去に逃げて先送りにしたままの問題それそのものを、直に叩きつけられているようなものだった。
 形容し難い、戸惑いとも言えない情動がその内を埋め尽くす。
 ニーラが眉を寄せる。リキューの様子に不審を感じたのか、怪訝そうに問いかけてきた。

 「アンタ、大丈夫かい? 何か変なものでも食べたのか、少し変だよ?」

 「……別に、何でもない」

 「本当に? まぁ、それならいいけどさ」

 納得してはいない様子ではあったが、リキューの言葉を信じたのか、追及の手を引っ込めるニーラ。
 かろうじて絞り出すように言葉を出したリキューは、もうそれだけで一杯一杯になっていた。
 この場に留まることは、自分自身が耐え切れない。ただ勘でも経験でもなく、そう心底からリキューは認識した。
 リキューは無言で身体を動かし、ポッドの中へ滑り込ませる。
 ニーラはそんな慌ただしく動き始めたリキューへ、声をかける。

 「ちょっと、リキュー! アンタそんなに慌ててどこに行くってんだい!?」

 「関係、ないだろ」

 億劫に言葉を紡ぎながら、リキューは計器類の電源を入れていく。
 元々必要な準備はすべて整っていた。あっさりと工程を終えると、射出施設が動き始める。
 ニーラはため息を付きながらも、しょうがないねと言った。

 「どうせ、戦うのにいい場所でも見つけたんだろ? バーダックと戦うだけじゃ、満足できなくなっちまたのかい」

 「…………………え」

 その言葉に、リキューは今度こそ、何の含みもなく驚いた。思わず逸らしていた目線を戻し、ニーラを見る。
 リキューが自分の行動をニーラに報告したことは、一度もない。それはスカウターについての研究や重力室での修行は元より、バーダックとの模擬戦についてにもである。
 つまり、ニーラはリキューの行いについて知る筈がないのだ。にもかかわらず、まるでその口ぶりは知っているかのような代物であった。
 戸惑いを露わにするリキューを見て、ニーラは前も言ったろと言う。

 「男と違って、女は自分の腹を痛めて子供を産むんだよ。時々見に行ったり、それなりに気を払ってはいたのさ」

 アンタは私の子供なんだからね。苦笑しながら告げられた言葉に、リキューは言葉を出せない。
 すでに親子の関係は途絶えたものと、リキューは認識していた。それに間違いはないのだろうと、リキューはそう思っていたのだ。
 だがしかし、実際はそれはリキュー一人だけの思いでしかなかったという。ニーラは変わらず、リキューへその親の愛を抱き続けていたのだ。
 本来ならば、それは喜ばしいことである。祝福できることであろう。

 しかしリキューには、この事実が酷く重苦しく、ただ心を圧迫した。

 言葉も出せず、ただ理解不能な気持ち悪さが胸の奥から滲み出てくる。
 カバーが降り始め、ニーラの姿が隠される。
 そして完全にポッドのカバーが閉まり切る前に、その隙間からある言葉が滑り込んできた。

 「行ってきな、リキュー。身体には気を付けるんだよ!」

 カバーが完全に閉まる。
 外界の音がシャットアウトされ、そのままポッドが後ろ滑りに移動し、出来た隙間を防護壁が下ろされて埋める。
 僅かな荷重。
 そして次の瞬間には、ポッドは遥か高く上空まで打ち上げられたのであった。




 超々光速航行で、星々の間をリキューの乗ったポッドが駆ける。
 リキューはそのポッドの中で、顔に手を当てて沈黙していた。すでに惑星ベジータの姿は、遠く離れた数千光年以上先にある。
 ポッドが飛び立ってから、ずっとリキューはその状態であった。
 リキューの矛盾は、長い年月を過ぎた今となっても解決なぞしてはいない。埋め立てて、より上手に誤魔化しているだけである。
 リキューにとってニーラとの邂逅は、その矛盾を浮き彫りにして精神を揺らがす効果しか発揮していなかった。

 と、ポッドの中にアラームが響く。入力された座標に辿り着いたのだ。
 超々光速航行から減速し光速航行へ、そしてさらに減速して通常の空間にまで現出する。
 やがて音速以下まで速度は落ち込み、もはや宇宙という場所では静止しているのと変わらない状態へとなった。
 しかし目的地に着いたとなってはいるが、ポッドの付近に惑星はおろか、星一つすらも姿はなかった。
 そこには、ただ広大な宇宙空間だけが広がっていたのだ。
 リキューはもぞもぞと動き出す。今まで微動だにしなかった姿勢を崩して、バトルジャケットの懐から黒く小さい物体を取り出す。
 それは先月、トリッパーメンバーズでクロノーズから頂いたイセカムであった。
 変わらぬ重い表情のままに、リキューはイセカムを操作する。イメージを送り、イメージ補助用のホイールやスイッチを弄りながら、操作を完了させてイセカムを放る。

 しばし待つこと、おおよそ一分前後。
 起動させていたサーチャーが、奇怪な反応を捉えたことを知らせてくる。
 微速で進んでいるポッドの進行方向上、そのすぐ先の空間が妙な変調を起しているのだという。コンピュータは現在進行形で異変は発生しており、安全のための回避を推奨していた。
 しかしリキューはその警告に構わず、無視して指示を入力。がなりたてる警告を黙らせて、空間へ向かって突入するようポッドを動かす。

 やがて、強化ガラス越しにその空間の変調自体を、リキューはその肉眼で捉える。
 宇宙の暗黒に紛れて分かりにくかったが、それは間違いなくかつてリキューが見た、“穴”であった。

 トリップ・システム。トリッパーメンバーズが開発し保有している、創作物世界の区切りを超える世界移動技術である。
 黒いイセカムの持ち主、すなわちメンバーズの人間は、イセカムを使うことで自由にトリップ・システムを起動させることが出来るのだ。
 これもまたメンバーズに与えられている、数々の特権の内の一つである。

 肉眼で見える距離と言うのは、宇宙ではほんのちょっとの距離である。
 あっという間にポッドは“穴”へと突っ込み、リキューの視界は“真闇”に包まれた。




 ふとリキューは、強化ガラス越しに見える景色が変わっていることに気が付く。
 少しばかりの星々の煌めきだけがある暗黒の宇宙空間から、何時の間にか真っ白な世界に黒い斑の浮かぶ、奇妙な空間に変わっていることに。
 気絶していた訳ではないのだが、しかしリキューは、何時その景色が移り変わったのか気が付かなかった。
 それはまるで映画のフィルムの一シーンを、突然別の場面のフィルムに貼り付けたような唐突さ。
 このトリップ・システムを使う際の独特の体験に、リキューは慣れずにいた。

 視界を少し動かせば、この奇妙奇天烈な斑模様の空間―――ゼロ・ポイントに、唯一存在している構造物の存在を確認できる。
 それは衛星サイズの巨大物体。トリッパーメンバーズ本拠地、リターン・ポイントそのものである。
 ポッドの動きは何時の間にか、完全に停止していた。
 これはゼロ・ポイントという空間の持つ特性である。この空間では、どういった訳かは知らないが、物質に働く運動エネルギーが減少されるのである。つまり普通の宇宙空間とは違い、この空間では加速した物体は、加速し続けなければいずれ止まってしまうということである。
 リキューはサーチャーを起動させてコンピュータに構造物の座標を記録させると、目標に向かって移動するよう指示する。
 ポッドは忠実に指示に応えると、その巨大物体へ向かって加速を始めた。

 リターン・ポイントへ徐々に近づく光景を眺めながら、リキューはまたイセカムを取り出す。
 そしてイセカムに対して正確にこれとは定めずに、欲しいと望む曖昧なイメージを送り込む。イセカムはイメージを取り込み処理し、推奨される情報をリキューの脳裏に返信した。
 リキューの脳裏に展開されるイメージ。

 ―――ナビゲートを起動させますか?

 「イエス」

 言葉を出してリキューは決定した。イメージが消えて、そしてリターン・ポイントに変化が始まる。
 その巨大な構造体の一部、とある区画のハッチらしき入口が解放され、ガイドラインらしき誘導灯が空間に走り始めたのだ。
 加えて、ポッドに対して牽引用のトラクターフィールドが発生。そのまま緩やかにハッチまで、自動的に誘導される。
 リキューはシークェンスの邪魔にならないようポッドの推進機能を断ち、そのまま流れに身を任せた。
 やがてポッドはそのままハッチの中へと吸い込まれる様に入っていき、そしてリキューは一ヶ月振りにリターン・ポイントへと踏み入ったのであった。








 わいわいガヤガヤと、少しばかり昼のラッシュ時を過ぎながらも人の多い食堂区画。
 そこのテーブルの一つに、二人の男が卓について会話していた。
 その内、片方の人間に対しては、周りのウェイトレスや組織の構成員の人々。その中でも特に女性から、あまりの美貌ゆえに、強烈に注目されていた。
 ほとんどの女性が頬を染めて、あるいは羨望を浮かべながらその男性へと目を向けている。余談だが一部には男の姿もある。

 大多数の視線を集めているその男は、確かに凄まじい美形であった。
 人形の如く整えられた顔はおろか、全体的な身体の造形すらもまるで図ったかのようにバランスのとられた、均整なスタイル。
 腰まで伸ばされた長髪は白雪のごとく綺麗な純白で、光を照り返しさながらさながら輝いているかの様子。
 そして止めにその両眼に映る、左右の色が異なるヘテロクロミアな瞳が神秘的な雰囲気を形成し、その魅力を一層際立たせていた。
 彼の名はリン・アズダート。先月、リキューと戦い、再度病院送りにした、トリッパー内でチート筆頭と呼ばれている男である。

 冷茶を飲み干し、コップをテーブルに戻した際に胸元のクロスが揺れる。その動作一つとっても、周囲からは感嘆の声が漏れる。
 リンは一息つくと、向かい側で同じく手元に冷茶を置いている、同席している成年男性へと話しかける。

 「それで? 結局お前がさっき行ってきたっていう世界って、今度は何の世界だったんだ?」

 「さぁ? 分からなかった。少なくとも、チラ見した程度じゃ普通に現代風な日本だったけどな」

 答えてから、男は一口茶を飲む。その腰のジーンズの帯には、黒いイセカムが巻き付けられていた。
 リンと同じく、彼もまたメンバーズでありトリッパーの一人。名前を加田明と言う。
 ただリンと違い、加田は至って普通の人相であった。別にハンサムという訳でもなく、極端に醜悪という訳でもない。極々平均的なヒューマノイドであり、ただの人間であった。
 黒い髪をした典型的なアジア系人種であり、その姿は本当に普通の日本人にしか見えない。

 今彼らが話している内容は、つい先ほど目の前の加田がトリップしていた新たな世界についてである。
 加田は探査部の実行班、俗称で開通係と呼ばれている職種に就いてこの組織で働いてる。なお、リンもまた同じ職種であった。
 この職種は主にトリップ・システムを使い、新しい創作物世界へと最初のトリップをするのが内容である。
 トリップ・システムがその性質上、最初の開通はトリッパーでなければ行えないために、この開通係の人員は全てトリッパーで占められているのだ。
 だが未知の世界へとトリップするには少なからずの危険性があるために、開通係に所属するトリッパーには技能としてサバイバリティ、つまりある程度の困難を生き抜く力を求められる。
 そして開通を行えるトリッパー自体も組織の総数から見てそう多くないこともあり、開通係の人員は非常に少なかった。
 わざわざ危険のある職につかなくても、トリッパーメンバーズには安全な職業は色々とあるのだ。尚更人手は少なくなっていた

 加田とリンの二人は、この条件を満たしながら、危険性を認識して開通係に所属している数少ないトリッパーの一人であったのだ。
 ちなみに時雄もまたこの開通係に所属してはいたのだが、最初にドラゴンボールの世界へとトリップしてから、その一回だけで開通係を止めている。
 貴重な実戦能力持ちトリッパーであったのだが、本人曰く、もうこりごりだっつうのやってられるか畜生! とのこと。

 「現代風の日本ね。それじゃ、伝奇ものか少年漫画ものか?」

 「少女漫画ものかもしれないぞ。まぁそうだったら、今後も何の世界か分からずじまいになるかもしれないけど。なんにしろ、それは別班が調べることだろ」

 「まぁ、そうだな」

 加田の言葉に同意を示しながら、リンが言葉を収める。
 開通係には、別にトリップした先の世界の情報を調査する義務はない。求められているのは新しい世界への最初のトリップ、ただそれだけである。
 一度開通さえしてしまえば、後は勝手に実行班とは別の班が世界の調査を行い、探査機や人員を派遣するからだ。
 あくまで開通係がすることは、新しい世界へとトリップし、その世界の座標データを記録し、そして無事に帰ってくること。つまりはいのちだいじに、だ。

 「それにしても、お前についてある話を聞いたんだが、本当のことなのか?」

 「ん? 何の話だよ?」

 ふと思い出した風に、加田がリンへと語りかける。
 リンは何の事だと怪訝そうにして、耳を傾けた。

 「お前が、サイヤ人になった新入りのトリッパーと戦ったって話だ。おまけにその戦いで勝ったとか。本当の話か、これ?」

 いくらお前がチート筆頭でも信じられないぞ、おい。加田は付け加える様に言う。
 そのことか。リンはなるほどと頷きながら、本当のことであると肯定した。
 加田は呆れたように表情を形作り、言葉を発する。

 「おいおい。勝ち負けについてはこの際置いておくとして、よくもまぁあんな元祖戦闘民族に戦いを吹っ掛けたな、お前?」

 「誰が吹っ掛けるかっての! 不可抗力だ、不可抗力。好き好んで戦ってたまるかっての。俺は進んでトラブルに首を突っ込むマゾ体質じゃないんだよ!」

 《自覚なしですか。真性ですね、マスター》

 「お前はちょっと黙っとけ!」

 胸元から飛び出た電子音声に対して、クロスに向かい怒鳴るリン。
 翡翠色をしたクロス。これはリンの相棒でありデバイスであるジェダイトの待機モードである。
 傍から見れば一人で漫才しているようなその風景を眺めながら、加田が喋る。

 「それで、サイヤ人にまで勝てるって、どういう手を使ったんだ? まさか、実はサイヤ人相手でも楽勝とか抜かす程チートだとでも? たいがいにしとけよ、お前」

 「まさか? さすがにそこまでチートなギフトなんてのはないって。勝てたのは相性だ、相性」

 「最多ギフトホルダーが何言ってやがる」

 手をひらひらさせながら言ったリンに対し、心底妬ましげに声色を変化させながら、加田が言う。
 ギフト。それは各トリッパーがそれぞれの世界にトリップした際に得る恩恵、その有形無形に対する総称である。俗に言うチートもまた、その一つだ。
 ギフトにはとくにこれといった基準がある訳ではなく、容姿や能力、あるいはトリップしてからの環境などから、主にトリッパーたち個人の独自の見解によって決定し呼称される。
 そしてトリッパーの中には、このギフトが多く得られる人間もいれば、一切得られないという人間もいるのである。
 加田の目の前にいるリンという人間は、組織に所属するトリッパーの中で最も多くのギフトを得ている人間、つまり最多ギフトホルダーとして評価・認定されている存在であった。

 リンの得ているギフトの数々の内容を知っている加田は、全くもって度し難いと言ってのけるような表情でリンを見つめる。
 内容を知っている人間からしてみれば、例え醜いと評されようとも、妬みや恨みの一つぐらいは言いたくなるのである。
 とはいえ、今更それを言ってもしょうがないことではあった。
 ずっとこだわっていても仕方がないと、無理矢理僻みを抑えて、加田は話を元に戻す。

 「で、相性ってのは、結局どういうことだ? サイヤ人相手、というかあの世界の人間相手に、相性がどうのこうのってあんまり意味がなさそうなんだが?」

 「ワールド・ルールだよ、ワールド・ルール。そりゃあの世界同士の人間なら意味はないだろうが、世界が違えば話は別だろうよ?」

 そういう意味では、一応勝算はあった。リキューはそう加田へと述べる。
 ワールド・ルールねぇ。自分にはほとんど縁がないその言葉を聞きながら、加田はオウム返しに呟く。
 椅子に座り直してから少し姿勢を変えて、リンは詳しい解説を始めた。

 「そもそも、ドラゴンボールの世界ってかなりハチャメチャだろ? 人気少年漫画の例によって、最後なんかパワーバランスが完全に崩壊しているし。だからある程度は“現実化”が働いて、弱体化しているとは思ってたんだよ。まぁ実際は、かなり非常識なままだったけどな」

 「へぇ? ………成程。確かに、それは有り得るかもな」

 少し考えて、加田もリンの言葉に賛同する。
 現実化とは、読んで字の如くである。元々創作物としてある世界が、トリップで現実として存在するものになることで発生する、いわば世界設定の修正。辻褄合わせのような現象のことだ。
 主にゲームを原作とする創作物世界に多く見られる現象で、開通係に属して数年が経つ加田も、そのことはよく知っていた。

 例えば、あるRPGを例にあげるとする。
 ゲームでは主人公は、訪れる各地の町々、その道具屋で自由にアイテムを買える。それはHPを回復するものや、状態異常を治すものだ。
 このアイテムの中には、仲間を蘇生させるという効果を持つ道具もあるだろう。
 そして実際に戦闘場面で、仲間が敵の攻撃で負傷し力尽きて倒れた。当然、その場で蘇生させるという効果のアイテムを使う。
 仲間は死亡状態から生き返り、また戦闘へと復帰するのであった。

 しかし、実際にこのゲームが原作である創作物世界へとトリップしても、このようにゲームと同じように世界が動いていることは、ほぼ間違いなく、ない。
 この場合で言えば、蘇生させるとなっているアイテムの効果が変わっていたり、あるいは同じ効果を持っていても、店で気軽に買えるものではない希少なものになっていたりなど、である。
 このようにトリップし、創作物という架空のものから現実の世界へと変貌することによって発生するいわば弊害などが、現実化と呼ばれているのだ。

 この影響は、さすがにその創作物のストーリーの要に関わる部分では変更されることはないが、それでもかなり大きく働くことがある。
 リンはドラゴンボールの世界でもこの現実化が働き、サイヤ人といえどもその能力は大幅に弱体化しているのだろうと考えていたのだ。
 それは例えば、せいぜいフリーザレベル以外の戦士では星を壊すことも出来ないだろうと、などである。
 連載初期はそもそもギャグテイストな世界観ゆえに、より顕実に効果が働くことはほぼ確実だろう。そう半ば確信していたのだ。


 現実化の影響は、確かにリンの推測通り、少なからずドラゴンボールの世界にも発生していた。
 しかしそれは残念ながら、リンが思っているような、弱体化という働きではなかったのだが。
 むしろこの現実化の影響によって、ドラゴンボールの世界はより一段と手を付けられない世界へと、その脅威度が増していたのだった。
 現実化は修正であり、辻褄合わせの力である。リンや加田といった大多数の人間は弱体化に働くと捉えていたが、辻褄を合わせるために、逆に強力化する方向に働くこともあったのだ。
 とはいえ、このことを現時点で二人が知る術はなかったのだが。


 リンの推測に、加田は同意する。
 しかしそうだとしても、些か納得がいかないという風に加田は答えた。
 当然だ。幾ら現実化や様々なギフトの恩恵があろうと、それでも両者には隔絶した差というものがある様にしか思えなかったのだ。もちろん、それはリンを下としたもので、である。
 その言葉に、だから相性だって、とリンは返す。

 「そもそも俺が使ってる魔法がどんなもんか、お前知ってたっけ?」

 「リリカルな世界の奴だろ? ファンタジーっていうよりもSFっぽい代物の」

 「いや、そうじゃなくて。原理の方だよ、魔法の働く原理」

 「? それがどうかしたのか?」

 魔法は魔法だろと答える加田に、それも合ってはいるけどなとリンは呟く。
 腕組みして考えを纏めながら、リンは話す。

 「俺が使っている魔法は、そっちがさっき言ってた通りリリカルな世界の代物なんだがな。このリリカルな世界の魔法ってのは大雑把に言って、プログラムっていう作った魔法の内容を、魔力を使って物理法則に介入させて望んだ現象を起こすという原理になっているんだよ」

 「ふーん。……で、それがどうかしたのか? 正直、それだけじゃ他の魔法と何が違うのかよく分からんのだが?」

 魔法だとかそういった技能類を扱うことに関し、ことさら縁のない加田は興味がなさそうに答える。
 加田にしてみれば、じゃあどうしたといった気分であった。
 原理がどうであろうと、それこそメラだろうがファイアだろうが魔法は魔法だろう。微妙に妬ましさを潜ませている身では、そんな廃れた意見しか出てこなかった。

 「要するに、俺が言いたいのは自由度が高いってことだ。リリカルな世界の魔法ってのは……まあ基本さえ理解していればなんだが、かなり自由に魔法を作り出せたりするんだよ。他の世界の魔法とは違う特色がこれだな。固定されてない分効力の絶対性は薄れるけど、その代わりに即応性や対応能力が幅広いんだ」

 「悪いが、俺は魔法だとかは基本的にさっぱりなんだ。何を言ってるのかよく分からん」

 あっさりと匙を投げる加田に対して、がくっとリンの頭が滑る。
 だーかーらーと、リンは気を取り直し、改めて説明を始めたのであった。

 現在トリッパーメンバーズは、数多くの世界をすでに発見・開通している状態にある。その中には魔法と呼べる技術、あるいは能力が存在している世界もあった。
 それらの魔法には、その効果が固定されているものもある。
 これはつまり、何かしら基本的な形のようなものが用意されており、それを利用する形で万人が共通した魔法を使うということである。こういった種の魔法は、扱う人間の魔力なり技量なりと、その魔法毎に求められるスキルの高低で威力が上下することはあっても、その効果は同じものとなっている。
 つまり、傷を癒す魔法を使えば、それを悪魔だろうと天使だろうと誰が使おうが、同じように傷を癒す効果を発揮する、ということである。
 こういった魔法は効果が固定されて存在しているために、基本的に個人の創意工夫などで新しい魔法の開発や改良といったことは、ほぼ出来ないものとなっている。
 だがその代わりか、効果が固定されている分ワールド・ルールとして定義されているのだろう。リンにしてみれば、魔法の構成だとか強度に関係なくほとんど問答無用でその効果を発揮する魔法も、その中には少なくないのである。

 例えば、リンが全力で魔法の障壁を張るとする。物理的にも魔法的にも、最大限の魔力を込めて最大限の構成を以ってその魔法を発動させたとしよう。
 この障壁を破ることは、リンのトリップした世界の人間ではほぼ不可能である。
 それこそどれだけバリアブレイクを図ろうと、トラックを何台突っ込ませようが跳ね除けるだけの、物理・魔法共に強固なシールドだ。
 しかし、このようなリンにしてみれば完璧な防御であるにもかかわらず、どこかの世界にある魔法によってはただ一言呪文をかけるだけで、一瞬でこのシールドは破壊されたりするのである。
 何故ならば、それがワールド・ルールだからである。前提として遵守される決まりの違いなのだ。

 リンの扱う魔法は一応見本となる標準的な形というものも存在するも、個々ごとの個性が色濃く出るパーソナリティの高い種類の魔法である。固定されず自由な改変・改造が可能であるのだが、その代わりに、前述の種の魔法のような、ワールド・ルールに保証される効果の絶対性が欠けているものなのだ。
 それゆえに、もしも相手が魔法に関して絶対的なアドバンテージを誇るワールド・ルールの持ち主であったりすると、リンは非常に不利になるのである。
 しかしこれは裏を返せば、相手がリンの魔法に対して圧倒する効果のワールド・ルールを持ってさえいなければ、リンには何の不足もないということにもなる。
 相手によってリンは己の持ち得る、力の全てを発揮できるのである。

 よって判断するは最初のまず一点、つまりは全力を出せるか否か?
 この点でまず、リンはリキューに対して相性がいいものであると判断していた。
 その理由は、ドラゴンボールの世界にはリンが知る限り魔法と呼べる代物もなかったし、基本的に力押しばかりで、相手の能力を無力化するといった技も存在していなかったからだ。
 これはつまり、サイヤ人であるリキューはレジスト関係のワールド・ルールを持ってはいないということである。
 リキューは自らの魔法に対して、完全に純粋な意味でパワー勝負をするしかないのだ。そしてリンはそうなるならば、まず自分の負けはないと踏んだ。

 これは何故かというと、基本的にリンは自分の魔法が純粋な力のみで破られるとは、思っていなかったからである。
 相手を束縛するバインドや身を守る障壁であるプロテクションなど、リンが操る魔法は細かなバリエーションを含めて、数多くある。
 このプロテクション一つ取っても、その強固さはトラックが突っ込んできても揺るがないほどの物理的強度を持っていたのだ。というか実はリンに限らなくても、彼がトリップした世界に存在する他の一般的な魔導師のプロテクションとて、個人にもよるが、たいてい乗用車が突っ込んできても守り切れるだけの物理的強度はあったりする。
 彼ら魔導師が互いに互いのプロテクションやバインドなどを突破、破壊していたりするのは、直接魔法の構成そのものにハッキングしたり、魔法の構成を物理法則に介入させている媒介、つまりは魔法を構成している魔力そのものを、自らの魔力をぶつけて吹き飛ばしていたりするからなのである。
 リンの扱う種類の魔法は、言ってみれば物理法則を自分好みに好きに改竄して事象を操る種類のもの。魔法的干渉もなく単純な腕力だけで突破できるほど、チャチなものではないのだ。
 端的に述べると、リンにバインドをかけられてそれを純粋な物理的力で突破しようとすれば、t単位とまでは言わないが、かなりのパワーが必要ではあったのである。
 何処の世界に、そんな拘束やかけられた防壁を、真実ただ力任せだけで破れる生物がいるというのだろうか?
 まず不可能だ。リンはそう断定していた。

 の、だが。

 「過去形ってことは、違うってことだな」

 「その通ーり。ホント有り得ないって、あれ」

 《同感ですね。サイボーグかロボットか、百歩譲っても生体兵器の類ではないのですか、あれは?》

 ハハハハと乾いた笑い声を上げながらリンが首を振り、ジェダイトもまた電子音声を響かせて同意する。
 リキューはその拘束や障壁を、文字通りぶち破りやがったのだ。最初は捉えたと思い、リキューも抜け出せないかのように捕まっていたのだが、少し力を入れる素振りをした次には崩壊していやがったのである。おまけに動作が無茶苦茶速く、魔法を発動させて仕掛けるのがそもそも困難であるという状況。
 弱体化してねぇよ。それが戦い始めた時の、偽らざるリンの本心だった。
 とにかく強化魔法の青天井式ブースト状態で何とか視覚を追い付かせ、かつてないほどスタイリッシュな高速移動魔法の頻発で必死に動き回るが、それでも相手は捉えてくる始末。
 リンにとって、リキューはつくづく非常識で厄介な相手であったのだ。

 しかしリンは同時に、こうも思っていたのである。まぁそれでも、致命的な相手って訳じゃないけどな、と。
 確かに戦い続けて、そのステータスパラメータは確実にリンを上回っているのだということは実感していたが、しかしリンにしてみればそれだけであったのだ。

 リンは加田に説明しながらも、ふと、過去の開通の際の記憶を振り返る。
 それなりに色々な世界の開通を担当したことがあり、そして当然その経験に応じた、危機的体験も少なからずリンは経験済みである。
 その中には思い出したくもない、悪夢的な体験もあった。
 それは例えば、脳に小型生体量子コンピュータを積んで、その演算処理速度で物理法則を改竄するタイプの魔法を使う世界だったり。
 あるいは、とある鉱物を媒介にして、物理法則を改竄するどころか完全無敵に無視する輩が跋扈したりする世界だったりである。
 リンはそれらの世界に限っては、今後絶対に寄り付かないことを真に誓っていた。

 前者の世界では、自分の放つ魔法のことごとくが全て無効化され、さらには文字通り光速と等しい速度で接近された上に、自分の身体にかけていた障壁や強化魔法すらも無効化されて斬撃を叩き込まれた。その傷はもしもリンがギフトで今のチートボディでなかったら、その時確実にリンは死んでいただろうものだった。
 光速で移動すること自体反則染みていたのだが、まあまだそれはいいとしておこう。相手にするのはリンでも正直非常にキツいのだが、まだ設置型トラップだとか手がない訳ではない。
 だがしかし、あらゆる魔法が無効化されるのはインチキにも程があった。必死に魔法構成を複雑化しレジスト耐性を高めようとしたのだが、相手は脳に超高性能な量子コンピュータ内蔵型の人間である。同じ演算装置持ちであっても、魔力を触媒に物理法則へ干渉しているリンと、その演算処理能力で物理法則へ干渉している相手とでは、比べる土俵が圧倒的に違っていた。
 つまり何が言いたいのかというと、リンの努力など一笑に付しながら全ての魔法は無効化されたということである。
 打てる手を全て無効化されるのだ。それこそ砲撃だろうと斬撃だろうと拘束だろうと障壁だろうと強化であろうと、である。加えて逃げようにも、距離を取れば相手は光速で追跡してくる。
 悪夢である。リンにとって、相性が最悪のワールド・ルールを持った世界であった。

 後者の世界はさらにその度合いは上であった。主に理不尽レベルというもので、だ。
 たまたまのエンカウントと擦れ違いの結果からバトル状態に落ち込み、そして当然リンは魔法を使って対抗したのだが、あれほど物理法則が何かとリンが疑問に思った日はないだろう。
 見た目が紐でも、実際は視覚化された力場の淀みでしかないバインドを、邪魔よ! の一言と共にブチッと千切る。
 見た目が薄いガラスでも、実際は空間の構造体に干渉して形成している障壁を、どきなさい! の一言と共にパリーンと叩き割る。
 見た目がただの服でも、実際は防刃防炎防弾その他多機能完備のバリアジャケットを、成敗! の一言と共に無視して直接リンの頬を殴り飛ばす。
 前者とはまた違った意味での最悪であった。まさに悪夢。
 この世界については、もはやリンとは関係なく、もれなく全ての人間にとって相性が最悪だろう。そういうワールド・ルールがある。

 「どうした? いきなり震えだして」

 「いやいや、何でもない。気にしなくていいから」

 リンはふと思い出した悪夢に鳥肌を発生させながらも、さっさと忘却するよう努める。いちいち覚えても、身体にいいものではない。
 改めて気を取り直すと、リンは加田へ説明を続ける。

 リキューは確かに厄介であり、自分のパラメータを大きく上回っている相手ではあったが、先の例に挙げたような、問答無用な能力や相性最悪のワールド・ルールの持ち主ではなかった。
 そうである以上、リンにしてみれば少なからず自分の攻撃が有効打を上げる分、まだリキューは抑え易い相手であったのだ。
 とはいえ、度々加える攻撃や拘束が具体的な成果を上げていなかったのも事実。リキューは防御が堅く、そして動きが速かった。幾ら設置型トラップを用意しても、それでは効力が出ない。
 よってリンはまた一つ一計を案じた。時間稼ぎである。
 その言葉を聞き、加田は怪訝そうなままに声も歪めて、リンへと口を出す。

 「時間稼ぎぃ? 時間稼ぎって、稼いで意味あるのか? 攻撃が通じないんだろ? 一人で戦っているのに、時間を稼いでも意味がないだろうが」

 「意味はあったさ。色々な意味でね」

 リンはまず初めに、ジェダイトにバインド魔法の構成を組み替える様に指示し、加えてもう一つ、リキューへとあるサーチを行うことを指示した。
 バインド魔法は、そのフィジカル面の効力を大きくするように構成の組み直しを。そしてサーチの内容は、リキューの魔法素質検査。つまりリンカーコアの有無を調べることであった。
 うわぁ、と加田の表情が形作られる。

 「おいおい、ワールド・ルールの感染かよ。勝つために勝手にやったのか、お前?」

 「俺のレアスキルは知ってるだろ? 手持ちの札を有効活用させてもらう以上、打てる手は全部打たせてもらうさ。それに別に損する訳じゃなし、いいだろ」

 その勝負で損してるだろ。リンはその加田の言葉を黙殺する。
 ワールド・ルールは感染する。
 ウィルスになぞらえて、ワールド・ルールが伝承されることはそう呼称されていた。
 その感染にはルールごとに法則があるらしく、具体的にこれと感染方法が確定しているワールド・ルールは、その数が少ない。が、だいたい経験則的にその法則は理解されてはいた。
 リンが行ったこととは、数少ない感染方法が明確に分かっている自身のワールド・ルールを、リキューへと本人に知られることなく感染させたのである。
 その方法とは、対象を検査しリンカーコアという魔力生成器官が存在するか否か、それを判定することである。
 判定の結果、リキューの体内にはリンカーコアの存在が検出された。これによって、リンからリキュー本人へとワールド・ルールの感染は完了したのだ。

 つまりリキューは先月の戦いの最中、自分でも知らぬ間に魔力を宿していたのである。
 別にこれは量子論という訳ではないが、確かにリキューはリンによってリンカーコアの有無を観測するまで、正真正銘、その身に魔力なんてものは宿ってはいなかったのだ。
 リンによってリキュー体内の測定を行い、ワールド・ルールが感染された結果として、今その時にリキューは体内にリンカーコアが発生し、魔力を帯びたのである。
 とはいえ、これはリンにとっては保険のようなものであった。リンカーコアの検査を行いなしと判定された場合、ワールド・ルールの感染はないからだ。
 この場合のリンにとっての本意は、あくまでもバインド魔法の再構築にあった。

 そしてワールド・ルールの感染が図られているその間も、リンは自分の魔力で構築された“羽”を動かし、訓練室の空間の中に自身の魔力を放出し続けていた。
 リンがジェダイトの主機能であるリンクモードを起動させた場合に発生する、その背中の“羽”。これはリン自身の魔力で形成されたものであり、リンク・モードで一回り増幅された結果、身体から放出されている過剰魔力を操作しているのである。その性質上この状態で時が経つことは、自動的にその場の空間に残留する魔力が増大していくということを意味する。
 そしてリキューへと放った決め技、スターダストメモリーズは原作のある魔法をモデルに、リンがアレンジした魔法である。ゆえに斬撃と砲撃という違いはあれど、その性質は同じである。つまりは、空間に残留している魔力を集めて放つ、という性質のことだ。
 リンはリキューに対して、スターダストメモリーズが決定的有効打まで威力を引き出せるほどに、魔力が空間に蓄積されるのを待つ必要があったのだ。

 これまでが、リンが時間稼ぎをする必要があった三つの理由の内の二つである。
 リンはそういうと、さすがに喋り疲れたと、だらしなく椅子の上で姿勢を崩した。
 おいおいと、目線で注意しながら、加田が話を中途半端に打ち切るなと、先を促す。

 「二つの理由は分かった。で、その最後の理由は何なんだ?」

 「これだよ、これ」

 リンは前髪を掻き上げて、自分の額を露出させると加田へと向けた。
 ん? と怪訝そうに加田の表情が歪む。何が言いたいのか全く分からなかったのだ。
 仕方ないなと、リンが身を乗り出して良く見ろと、額を近づける。訳が分からないままに額を凝視する加田だが、ふとあることに気が付いた。


 なおこの時、二人の顔が急接近する光景を見て、周りの主に女性陣から黄色い声が上がったりしていた。

 腐女子、死すべし。


 加田の目の前、凝視しているリンの額に、非常薄いのだが……何か線らしきものが走っていたのだ。
 よりよく注意して見ると、それは何かのイレズミのようであった。
 加田は身を引き、疑問符を浮かべながら尋ねる。

 「何なんだ、これ? イレズミか?」

 「紋章だよ、覚醒の紋章。少し前に開通した時見つけてな、適性があるみたいだったんで宿してもらったんだよ」

 「紋章? 覚醒の? 何だそれ?」

 知らないのか? と驚いた風にリンは言いながら、元の席に着く。
 そうだなと、加田に説明する言葉に悩みながら、口を開く。

 「簡単に言えば、これを宿しておくと魔法の威力がアップするんだよ。そういう効果を持った紋章でな。ただし発動まで時間がかかるから、その分待つ必要があった」

 あらかじめ発動させておくことが出来ないからな、これ。リンは額を指差しながら呟く。
 へえと、関心を示したように加田が紋章を見る。
 リンはさらにもう二つ、覚醒の紋章以外にも宿している紋章があると言い、両手の甲を差し出す。
 加田が見ると、そこには確かに、言われて注視しなければ分からないほど薄っすらとしたものだったが、額の紋章と同じようにイレズミらしき模様があった。

 リンが宿している紋章は、三つ。
 この紋章というのは、それぞれが種類ごとに独自の魔法的な効果を持ち、そして人に宿ることで宿主に対して様々な恩恵を与えるものであった。
 そのリンが宿している各紋章の位置と効果は、以下の通り。
 額に宿している紋章は、覚醒の紋章。戦闘状態となってからしか準備状態へと移行できず、加えて発動するまでに時間がかかる制約があるが、発動さえすればリンの魔法の威力を、おおよそ1.5倍にまで引き上げるという強力な効果を持っている紋章。
 右手に宿している紋章は、疾風の紋章。これもまた戦闘時に発動する紋章であるが、覚醒の紋章とは違いこちらは常時発動型である。宿主の速度を高め、行動動作を機敏にする働きがある。
 最後の一つで、左手に宿している紋章は返し刃の紋章。これもまた戦闘時常時発動型の紋章であり、これは宿主の反射速度と動体視力を向上させる働きがあった。

 強化魔法による青天井式ブーストに加えて、これら紋章の助けもあったゆえに、リンはリキューの動きに反応することが出来ていたのだ。
 いわば幾つものワールド・ルールを利用した、パラメータのドーピングである。
 このようにリキューには知ることが絶対に出来ないだろう幾つもの搦め手を、リンは密かに行っていたのだ。

 ともあれ、この述べた三つが、リンの時間稼ぎによる逆転の秘策を得るための理由だった。
 一つ、ジェダイトによるバインド魔法のフィジカル面特化への再構築。加えて、リキューへの保険的なワールド・ルールの感染。
 二つ、スターダストメモリーズの威力強化のため、過剰魔力の空間への放出と残留魔力の蓄積。
 三つ、覚醒の紋章発動のための、準備状態の終了。
 時間稼ぎによって以上三つの事柄を達成し、そしてリンの勝利は確定したのである。

 まずは油断していたリキューに対し、再構築したバインドを大量に、それこそ雁字搦めという表現しか形容できないレベルで絡み付かせる。
 このバインドは特別製であり、おそらくはリキュー以外の人間に対しては、さして意味のない拘束でしかなかった。なぜならば、フィジカル面に作用するのを優先させたために魔法の構成が粗くなってしまい、物理的にはともかくとして、魔法的な側面で見れば非常に脆くなってしまっていたからだ。リンと同系の魔導師がいたとすれば、あっさりとブレイクすることが出来る代物である。
 しかし、レジスト関連のワールド・ルールを持たず、ただその身のパワーだけで動いているリキューにしてみれば、話は別であった。
 先のバインドでもフィジカル面の作用力は馬鹿に出来ないものだったのだが、今回はリキュー対策に魔法的なバランスを欠いてまで特化させた特別製である。加えて、尋常を凌駕する物量のバインドで縛り上げているのだ。
 覚醒の紋章の影響により、さらに魔法の効力自体の底上げすらも働いていた。

 ほぼこの時点でリキューは身動きを取れなくなってはいただろうが、さらに加えてリキューに働くマイナス要素はあった。
 それはリンの持つ二つのレアスキルの内の一つ、『魔力乖離』である。
 これはリン自身の魔力が持っている性質で、リンの魔力及びそれで構築されたもの、つまりリンの魔法などに触れることで自動的に発動するものである。
 この効果が発動した対象は、自身の持っている魔力を強制的に体外に放出されてしまうのだ。加えて、この魔力の放出時には、放出される魔力量に比例した脱力感や痛みといったショックが発生する。ゆえに魔力を持つ者がリンの攻撃の直撃を食らった場合、そのショックで気絶する可能性が非常に高いのである。
 リキューは元々魔力を持っていなかったために意味のないレアスキルであったのだが、戦闘中にリンの手によってワールド・ルールを感染されたリキューは、魔力を保有していた。
 よって無用の長物となっていたリンのレアスキルが、ここで発動することになったのだ。
 リキューは強固になった無数のバインドに加えて、未知で奇妙な脱力感に身体を縛られ、拘束されることとなったのである。

 ちなみに、リンの持つ二つのレアスキルの内のもう一つは『同時並行多重発動』。一度大本となる魔法の構成を覚えてしまえば、デバイスや自分の処理能力を無視し、その場所や数を好きなよう設定し、好きな数だけ魔法を自由に展開できるレアスキルである。
 展開する場合には展開するものの内容や量に応じた魔力を要求されるも、膨大な魔力を持つリンにとっては一切の問題のないレアスキルであった。
 リキューに対してバインドで雁字搦めにしたのも、このレアスキルを使ったものである。
 これはその気になれば、今回の場合では使わなかったが、スターダストメモリーズをスタンバイしている間も常にバインドし続けることが可能だった。

 かくして、人知れず打ったリンの布石によって身動きを封じられたリキューは、リンにフリーとなる猶予を与えることとなる。
 リンはこの時間を利用して自らの必殺技、スターダストメモリーズをスタンバイさせ、空間に満ちた膨大な魔力をジェダイトの元へと収束させる。
 時間をかけて限界ギリギリまで空間に魔力を溜め込んだおかげで、それはリンがスターダストメモリーズという魔法で放てる、ほぼ最大限の威力にまで高まった。
 加えて、覚醒の紋章である。
 覚醒の紋章が発動することによって跳ね上がる、魔法効力の倍率はおおよそ1.5倍。
 リンは最大威力のさらに1.5倍相当となった、スターダストメモリーズの刀身を身動きの取れぬリキューへと叩きつけた。
 逃げれぬリキューは当然その直撃を受け、そして同時にリンの持つレアスキル『魔力乖離』によって、その身体の魔力を根こそぎ放出。
 発生した強烈なショックによって、意識を狩られてしまったのであった。

 以上が先月に起きた戦いの全容であり、リンがサイヤ人に勝利した秘訣である。
 長い長い説明をようやく終えて、リンはその結果を総括し、次の一言で締め括った。

 「つまり、話が長くなったけど、結局は相性が良かったってことだ」

 「相性ねぇ。まぁ、そうかもしれないが」

 何か納得しにくそうに微妙な表情をしながら、加田が呟く。
 相性が良かったのは、まあ話を聞く限り本当なのではあるのだろう、確かに。
 が、しかし。それにしたって、前提であるスペックがかなり優遇されているというか、結局チートでないのだろうか? 加田は負の感情混じりにそう思う。
 というか、紋章って何さてめぇ。加田はとりあえずそのあたりが、現在最も気になってたりする。

 「どちらにしろ、もうあんな出来事はコリゴリだ。俺はトラブルと関わりたくなんてないんだよ、本当に。チートだって言うがな、そんなに良いものでもないんだぜ、これ?」

 「ほう、そうかそうか。よし代われ。今すぐ俺と立場を交換しろ貴様」

 「御免こうむる。誰がお前なんかと変わるかっての」

 嫉妬を全開にして迫る加田に、素気無く答えるリン。
 それは加田の境遇を知っている分、絶対にノーサンキューな持ちかけだった。

 加田明。
 訪問型のトリッパーであり、おそらくは悲惨な境遇のトリッパーの中でもそれなりに上位に位置するだろう、不運に塗れて溢れている男である。

 トリッパーは大別して、訪問型と憑依型と転生型。この三つにパターンが分けられている。そしてその中でも、訪問型のトリッパーはギフトの恩恵がない割合が最も高いタイプであった。
 加田もまた、不幸にもこの例に漏れずギフトの恩恵が、一切なかった人間である。
 この時点でもすでに十分加田は悲惨ではあったのだが、トリップした世界がさらに輪をかけて悲惨に働いていた。

 加田がトリップした世界は、バイオハザードの世界であったのだ。
 おまけに最初にトリップした時点で、周囲がゾンビに囲まれて包囲されている状態であったという。

 初っ端からの死亡フラグの乱立であった。

 加田はその場でかつてないバイタリティとサバイバリティを発揮し、死ぬ気で死なないよう動いた。
 ゾンビの頭を蹴り飛ばし鉄パイプを振るって這い寄る敵を叩き潰し付近の住宅に侵入して武器を探したり生き残りを探して合流し反抗したりグループが内部分裂したりラブロマンスしたり。
 ほんの数日の間をハリウッドの主人公も目ではない、極めて濃密に過ごして生き抜いたのである。ほぼ生身一つで。

 ちなみに、悪夢のトリップを生き抜き組織に所属している現在。
 様々な技術技能が集まるトリッパーメンバーズに所属していながらも、加田が魔法などといった特殊能力を得た様子は、一切ない。
 生身一貫で極限状態を切り抜けるという体験をした分、本人はそういった個人の超越技能を得ることを熱望していたのだが、なぜかことごとく適性がなく身に付かなかったのだ。
 ギフトがないにしても、ここまで来ると筋金入りである。
 ゆえに彼は魔法や超能力といったものに対して非常に無関心な態度を取っているものの、新たな技能体系などが見つかったりすると、興味を非常に沸かせていたりするのである。

 なお蛇足だが、このトリッパー内悲惨境遇ランキングで、藤戸は訪問型トリッパーの一人としてトップ10内に入っていたりする。


 適当に話しながらも、すでに時間は結構過ぎていた。
 周囲の人影も少なくなり、リンを注視していた女性の姿もほとんど姿を消している。まぁ、まだ一部にはいたが。
 そろそろ切り上げ時かと、内心に二人は思い始めていた。

 ふと、残っていた茶を飲んでいた加田が気付く。
 向かい側の通路、リンからしてみればその背後の方向にある遠くから、こちらに向かって歩いて来る一人の影にだ。
 特徴的な鎧のような服装。腰の方から生えている尾。そして特徴的なツンツンとした黒い髪の、子供である。
 加田はその姿に対して、猛烈に思い当たる節があった。少年はどんどん近付いてきており、明らかに目的地がここに設定されているようである。
 目の前にいる全然気づいていない様子のリンへ、声をかける。

 「おい、リン。お前後ろ見てみろ」

 「ん? どうした?」

 「いいから見てみろって。多分、てか確実にお前の客だ」

 何だいったい、と後ろを振り向いたリンは、少年の姿を認めてッゲと声を漏らした。
 リンの反応が固まっている間に、少年―――リキューはリンのすぐ傍まで近寄り、目の前で立ち止まる。
 真っ直ぐに、だが異様に重たい視線が、リキューからリンに突き刺さっていた。
 あー、と声を洩らしながら、曖昧な愛想笑いらしき表情を浮かべるも、リンは具体的行動を起こせず。ただリキューとの間に微妙な空間を作る。
 どうしたものか。愛想笑いを浮かべながら言葉に迷うリンであったが、しかし何時までも固まっている訳にもいかない。
 仕方がないと決意すると、とりあえず何か喋ろうと口を開きかけた。

 「あー、まぁ、なんだ。元気だっ?」

 「貴様に願いがある」

 ばっさりと、リンが言い切る前にリキューの言葉が割り込んだ。
 僅かにその反応へむっとなるも、リンは黙って落ち着き、言葉の続きを待った。
 重苦しい、敵意とまた別の黒い感情を乗せながら、ぎしりと拳を握り締めながら、リキューは言いのけた。

 「もう一度、俺と勝負しろ。貴様と俺、一対一でだ!!」

 それは、再戦の申し込みだった。




 場所は打って変わって、食堂区画から殺風景な風景へ。
 戦闘訓練室。先月にリンとリキューが戦った場所と、同種の場所だった。
 ただし、先月戦った場所である第三戦闘訓練室自体は損傷が激しかったために、現在修理中のために立ち入り禁止である。
 今リンとリキューが立っている場所は、先月の場所とは微妙に様相の異なる、第七戦闘訓練室であった。

 前回の様に広大なフィールドではなく、精々小型の体育館程度の広さしかない室内。
 この場所を指定したのはリンである。もちろん、それは思惑あってのことだ。
 軽く腕を振りながら、リンは待機状態のジェダイトへ声を送る。

 「さすがに、あんな攻撃を連発されたら敵わないからな」

 《それには同意します、マスター》

 リンが思い浮かべているのは、先月の戦いの最中にリキューがデモンストレーションの如く披露した、あの第三戦闘訓練室を大きく破壊した一撃である。
 リキューにすれば全く大したことのない一撃であったのだが、リンにしてみればあの戦いの中で、あれは恐らくは最も脅威を抱いた瞬間であったのだ。
 これはやはり、両者の価値観の違い。ワールド・ルールが違うことが挙げられるだろう。

 リキューの世界、つまりドラゴンボールの世界では、単純に気功弾の破壊力を上げたところで意味はない。
 闇雲に破壊力を上げたところで、それは込められている“気”の密度が薄くなり、質が低下するからだ。質が低下すれば、格上の相手の“気”の守りを突破できないのである。
 全力を込めて、結果的なものとして制御がブレて多大な破壊力を発揮することはある。しかし基本的にドラゴンボールの世界ではその一撃ごとの質を重視するために、威力自体は強者・弱者問わず同程度であるのだ。
 だがこれはドラゴンボールの世界だけの話。リキューだけのワールド・ルールである。
 リンにしてみれば込められている“気”の質なんてものは関係なく、重視されるのはその単純な威力だ。
 極論言って、リンにとって脅威すべきものと形容される攻撃は、リキューが力を込めて多大に凝縮し質を高めた攻撃なぞよりも、片手間に作りだした全く威力の抑えのないエネルギー弾の方であったのだ。“気”という側面よりも、単純なフィジカルな面に働く力の方が、純粋に脅威的であったのである。
 ゆえに、場所をこの第七戦闘訓練室へ密かに決定し誘導していたのだ。前回の訓練室と違い、この部屋の空間は狭い。おいそれと高威力な気功弾を放つことが出来ないだろうという思惑が、そこにはあったのだ。加えて空間が狭い分、リンにしてみればトラップを張るなど、前よりも戦い易くはなっている。
 ニヤリと笑いつつ、リンは呟く。

 「孫子曰く、戦いとはすでに戦う前から勝敗が決している……ってな」

 戦うことは全くの本意ではなかったが、戦う以上は勝ちを拾いには行かせてもらう。
 リンは嫌々ながら引き受けた勝負ではあったが、しかしそこには妥協は一切なかった。
 すでに対策の幾つかも練ってはいる。各種魔法類も対リキュー用のフィジカル特化型へと、変更済みである。
 負ける要素はない。リンはジェダイトを握り締めると、高らかに声を上げた。

 「ジェダイト! セットアップ!! 同時にリンクモード、発動!!」

 《了解しました、マスター》

 一瞬の閃光が放たれて、刹那の間にはリンの姿は変わっていた。
 身体を縁取る金糸状のライン。より機能的に手足を覆うレザー状の保護服。そして身体を包みこむように形成される、大きな白いコート。
 純白の長髪が銀に輝き始めて、背中からは過剰魔力の放出による二対四枚の“羽”が生み出される。
 リンのバトルフォームの完成である。
 マシン・ソードへと姿を変えたジェダイトを握り、その翡翠色の刃先を突き付けてリンは宣言する。

 「準備は整った。来い! リキュー!!」

 「………そうかい」

 言葉に応えて、リキューが返事をする。
 戦闘開始である。宣言しそれに返答が行われ、戦いの始まりが告げられたのだ。

 戦いの始まりと同時、すかさずリンはバインドを発動させた。
 リキューの動きは速い。すでに強化魔法のブーストと紋章の加護が働いてはいるが、それでもリンがリキューを捉えるのは至難の業である。
 まずはその動きを封じることが先決。リンは己のレアスキルの一つ、『同時並行多重発動』を使って、目の前のリキューに対し、無数のバインドを同時に仕掛ける。
 一度捉えさえすれば、『魔力乖離』とその物量が併さり脱出不可能になるということは、先月の戦いで実践済みであった。

 無数のバインドが発生する。あえて名付ければ、フィジカル・バインドと呼ぶべきか。その数は具体数にして、231。t単位の圧力すら封じ込めるだけの、拘束力場が発生していた。
 しかし、発動したそれは不発に終わる。
 戦闘開始と同時に瞬速で仕掛けたバインドであったが、しかし発動した時にはすでに、リキューの姿が目の前から消えていたのだ。
 リンが驚く間もなく、横合いから衝撃が走る。
 反応式の防護魔法の発動が間に合わず、常時展開していた障壁すら一瞬でぶち抜き、強烈な拳がバリアジャケットの上に叩き込まれていた。
 余りにも激烈な一撃。肋骨が軋みを上げて、リンはあえなく吹き飛ばされた。

 「ぐがッ!?」

 《マスター!?》

 リンクしているジェダイトが即座にリンの状態を見抜き、自動的に緩衝力場を形成。吹き飛ばされている身体を減速させ、リンの意識をリカバリーさせるよう働く。
 が、減速するには距離が足りない。皮肉にも狭いフィールドを選択したことが、この時マイナスに働いていた。
 リンは意識を取り戻す前に、ほんの僅かに減速するも壁に叩きつけられる。
 衝撃にむせ返りながら、リンは激しい疑問に駆られていた。

 「げほッ……な、何だいったい。どういうことだ?」

 見れば、リンの立っていた位置にはリキューの姿が。
 リキューは何の色も浮かべていない表情でリンを睨んでいると、その掌を向ける。
 掌が輝き、一発のエネルギー弾が撃ち込まれた。リンは慌てながら、ジェダイトに指示を送る。

 「っち!」

 《ムーブ・アクション!》

 瞬間的に加速してその場を飛び立ち、遅れてエネルギー弾が着弾する。
 加速を終えて止まり、宙に浮かびながら視線を寄こすも、リキューの姿はない。
 何処へ?
 その時、警告が走った。

 《マスター!! 後ろです!!!》

 「な、ぃ!?」

 警告に振りかる暇もなく、リンは咄嗟にプロテクションを連続展開していた。
 おおよそ重ね合わせたプロテクションの数は、七。咄嗟に展開したにしては、かなりの数であった。
 しかし、背後から伸びた手はいとも容易くプロテクションを破壊し、そのまま背中を向けたままのリンの首を、強く握り締めた。
 ぐっと強まる力に、息が圧迫される。

 「っぐ、あ!?」

 「悪いが、今の俺は気分がすこぶる悪い。手加減はなしでいかせてもらうぞ」

 「こ、の野郎!!」

 “羽”を動かし、リキューへと叩きつけ様とするリン。
 魔力で形成されている“羽”は、『魔力乖離』と合わさり、それそのものが魔力を持つ者に対して非常に有効に働く、立派な武器の一つとなる。
 が、しかし。“羽”を叩きつける前にリキューは腕を放して飛び退き、悠々と攻撃を回避する。
 リンは素早く振り返ると、左手の五指を僅かに曲げてリキューに突き付け、叫んだ。

 「フィンガー・ブレイク・バスター!!」

 《セット、発射》

 リンの左手の五指。その指先一つ一つの宙に、魔法陣が生み出される。
 『同時並行多重発動』を使った、五連砲撃魔法展開。単純計算で通常砲撃の五倍の威力を誇る攻撃。
 それがリンの突き付けた左手の五指から、リキューへと向かい放たれた。

 突き進む、巨大な五条の光の軌跡。
 白く輝く光線が真っ直ぐにリキューへと迫る。しかし、リキューは動じず。
 またリキューの姿が掻き消える。目標を見失った光線は、そのまま誰もいない空間を突っ切って壁に着弾した。
 左手の返し刃の紋章が一際輝き、ほんの僅かに、リンは目の端にリキューの姿を垣間見ることが出来る。
 返し刃の紋章は、元々反撃の一瞬を戦いの最中、宿主に対して見出させる効果を持つ紋章。常時少なからずの恩恵をも与えるが、真に発動した時には宿主の能力を超えて、敵の動きを捉える事が出来る。その効果は一瞬だし発動も不安定だが、このような絶対的な効果を発揮するワールド・ルールを保有しているのだ。

 捉えた姿を頼りに身を動かし、瞬速でプロテクションを発動。
 『同時並行多重発動』による瞬間発動で、一気に百近い数のプロテクションを張る。
 同時に、張ったプロテクションへと向かい、リキューが突っ込んできた。
 凄まじいまでのショック。
 張ったプロテクションのほぼ全てを粉砕し、残ったプロテクションが三つにまでなったところで、肘打ちの姿勢のままにようやく止まる。
 フィジカル特化型の魔法に換装しているにも関わらず、この結果。リンは苦々しい表情のまま、どういうことだと、内心で叫びを上げていた。
 じくじくと、叩きこまれた拳の痛みが身体を走っていた。ダメージそのものは素早く再生するが、痛みは普通と同じように感じるのだ。
 リンの表情を覗き込みながら、リキューが喋る。

 「貴様は時雄とは違い、少しばかり身体が頑丈みたいだからな。余計な気遣いはしないで良さそうだ。おまけに、俺は貴様が心底気に喰わない」

 「どういうことだ、それはッ!」

 「気楽に攻撃できるということだ」

 リキューが動いたと思った瞬間、振り抜かれた蹴りが残ったプロテクションを一瞬で破壊し、そのままリンの腹に打ち込まれた。
 ボキボキと、固いものが壊れる音が響く。盛大に肋骨を折りながら、口の端から血の筋を伸ばしてリンが吹き飛ぶ。
 しかしそのまま打ち上げられず、リンの身体は足を掴まれて止まる。逆に掴まれた足を基点に、リキューはリンを斜め下の方角へと投げ飛ばした。
 床に叩き付けられるもリンは減速し、衝撃を和らげる。しかし立ち上がろうとする時、血を少しだけ吐き出す。

 肋骨が二・三本、折れていた。普通に考えて重傷。模擬戦なぞ終了するところである。
 がしかし、リンのそれらの負傷は、急速に再生され始めていた。
 最多ギフトホルダーであるリンの持つ、数多くあるギフトの一つ。吸血鬼並に強力な、肉体の再生能力である。

 「この野郎………やってくれやがったな」

 口から流れる血を拭い、真剣に敵意を抱いてリンがリキューを見つめる。
 ふんと、リキューはその視線を鼻で笑った。いい気味だと、その表情が内心を語る。
 怒りを抱きながら、リンはジェダイトを振った。

 「ジェダイト、コントロール頼んだ! リモート・スフィア展開!!」

 《了解しました、マスター》

 『同時並行多重発動』が使われる。
 一挙に、そして連続的に、リンの周りの空間にピンポン玉程度の光球が、無数且つ多大に現れる。
 それはそのまま空間を支配するかのように増殖していき、リンを中心にどんどん訓練室の中を埋め尽くしていく。
 リキューの表情が引き締まる。そんなリキューへ向かい、リンが叫んだ。

 「幾ら早かろうが、避ける空間を埋め付くしゃあ逃げられないだろうがッ!! 喰らって沈めよ、この野郎が!!」

 「舐めるなよ、貴様。たかが貴様程度の作り出す、こんなちっぽけな攻撃を食らった程度で、この俺が沈むとでも? ふざけるなッ!」

 「黙れよ、このパワー馬鹿が! ジェダイト!! リモート・スフィア、オールシュート!!」

 《リモート・スフィア、オールシュートコントロール》

 リンの号令と共に、全ての光球が動き出す。
 リキューにしてみれば遅いであろう、その動き。しかし、数が圧倒的に違った。先の戦いに使った訓練室と違い、今回の訓練室は非常に空間が狭い。
 この訓練室を埋め付くかのように溢れる光球の波が、リキューへと全ての個々が統制され、独自の軌道で迫り来ていた。
 リキューは目にも止まらぬ加速で、光球を回避し迎撃し続ける。
 その間にもリモート・スフィアのコントロールを全てジェダイトへ一任しながら、リンはスフィアを生み出していた。
 リキューが睨む。リンが睨む。二つの敵意が交差する。
 互いに互いを拒絶しながら、今二人はお互いに等しい思いを持っていた。
 それは相手に対する、ただ一つだけの思い。

 絶対に気に喰わない。それだけである。




 先月の、最初の戦闘時。リキューはリンに対し手加減をしていた。
 それは何故かというと、リンの戦闘力が低かったからである。
 確かにスカウターの表示には脅威的な数値の増幅を見せてはいたが、しかしそれでもリキューからしてみれば、リンの戦闘力は低かった。
 リキューに嬲る趣味はない。
 ゆえにリンに戦いを吹っ掛けこそしたが、その戦闘力の低さを見た以上、性根を叩き直すつもりはあったが、肉体的に必要以上痛めつける気はなかったのだ。
 言ってみれば、時雄の時と同じようなものである。必要であると思ったから戦うが、別に叩きのめすこと自体が目的ではなかったのだ。
 この場合で言えば、内心で自分を舐めているリンの認識を改めさせること。それが目的だったのである。

 しかし、いざ戦ってみると非常に奇妙な相手であることに、リキューは気が付いた。
 それは離れていても相手を捕まえられる技や、戦闘力に見合わぬ硬さの壁が、リンの身体を守っていたりなどである。
 結局は力尽くでそれらは突破することが出来たが、しかし何にしろ、スカウターの表記に見合わない奇妙な存在であった。
 戦闘力からすれば逆に妙に攻撃が決まったり、反射するのが遅いと思ったら、逆に戦闘力以上の反応や加速を見せることがあったり。
 戦っている最中に戦闘力の上下が激しいこともあったが、それを含めて考えてもおかしい現象が多かったのだ。
 リキューは戦っていて、不可解極まりなかった。

 これは、リキューがスカウターの数値に頼った結果のミスリードが原因だった。
 そもそも、スカウターに表記されていたリンの戦闘力だが、それはリキューの戦闘力とは全くその内容は異なっていたのである。
 何故かと言うと、リキューの戦闘力は主に“気”を測ったものであるのだが、リンの戦闘力は主に魔力を測ったものだったからだ。
 単純に“気”だけに限定したドラゴンボール世界の戦闘力で言えば、リンの戦闘力は実は10前後でしかないのである。
 常日頃から魔力を帯びている上に、戦闘時には強化魔法によるブーストや防護魔法などの常時使用で魔力を消費しているため、スカウターではリンに対し、正常な意味で戦闘力を測ることが出来ていなかったのだ。

 げに恐るべきは、ツフル人のオーバーテクノロジーか。
 “気”という概念に関して、ツフル人は発見こそはしていたものの、その全容の解明自体はさすがに出来ていなかったのである。
 ゆえに実はスカウターも、別に“気”だけに限定して反応し、観測・測定している訳ではないのだ。
 “気”というものの全容が解明できず、普通の物理的なエネルギーとの明確な、定義的なライン引きも出来なかったツフル人。
 そんなものでは当然、“気”を観測することで戦闘力を測るスカウターなぞ、開発出来はしない。測定の前提である“気”の判別が出来ないのだ。
 が、しかし。ここで彼らは逆転の発想を行った。
 つまり、“気”を判別出来ないのであれば、もはや“気”の判別などせずに観測レンジを広げて、あらゆるエネルギーを観測可能としたのである。それこそ電力から熱に重力やら、ありとあらゆるエネルギーを無差別に観測できる観測素子を作り上げて、スカウターに組み込んだのだ。
 そしてそれら観測可能なエネルギー群の中から、意思によって統率されているエネルギーだけを限定して測定し、戦闘力を弾き出すシステムを作り上げたのである。
 これがほとんど知られてはいない、スカウターの真の計測原理であったのだ。

 このように非常に大雑把且つ強引な機構であったスカウターなのだが、しかしこれはドラゴンボールの世界では上手く働いた。
 なぜなら、基本的にドラゴンボールの世界に存在する、意思によって統率されるエネルギーとは“気”だけだからだ。
 ゆえにスカウターは一切の問題もなく、その機能を発揮していたのである。
 が、しかし。そのシステムでは当然だが、スカウターはドラゴンボールの世界以外ではまともに機能しなくならざるをえなかった。
 リンが意思によって統率しているエネルギーは、“気”ではなく魔力だったからだ。

 恐るべきことに、スカウターは全くの未知のエネルギーである魔力すらも捉えて、計測していたのである。

 魔力と“気”では、当然ながらエネルギーの性質が異なる。
 どちらも量に応じて物理法則を超越する能力を人間に与えるエネルギーではあるが、しかし決定的にその方向性が異なるのだ。
 言ってみれば、リキューの“気”は内向きに働く力に対して、リンの魔力は外向きに働く力なのである。
 “気”は量を貯えコントロールすることで、ただひたすら本人を強くし、その結果として物理法則を超えたパワーを与えるエネルギー。
 対して魔力は、そもそもが物理法則に働きかけて、事象を操作し望む現象を本人が引き起こすというものなのだ。
 物理法則に干渉するという意味では二つも一緒でも、明らかにその内容は違うのである。

 例に挙げれば、戦闘力1万に相当する量の“気”を持った人間と、魔力を持った人間の二者を用意する。
 単純に両者が肉弾戦に限定して戦った場合、どうなるか?
 当然だが、“気”を持った人間が勝利する。リンの持つ魔力それ自体は、大量に蓄えたところで“気”と違い本人に働きかける性質は一切ないからである。
 では普通に戦えば負けるか? そう問われれば、決してどちらと断言することは出来ないだろう。
 何故ならば、魔力は“気”と違って、好きに物理法則へ干渉することが出来るからだ。可能性の話だが、物理法則を改竄した結果として、“気”を持った人間を上回る身体能力に肉体を強化することだって出来るだろうし、そもそも単純な肉弾戦以外の戦い方だって可能である。
 “気”と魔力という力は、根本的に性質が違うもの。単純に両者を比べることなど出来はしないのだ。

 ともあれ、そんなことをリキューが知る由はなかった。
 何しろ今の今まで、正常に働いてきた自分の世界の道具である。正常に機能が働いていないとは思いも付かなかったし、そもそもワールド・ルールというものの存在すら知らなかったリキューが、そんな可能性に思い当たる筈もない。
 精々が、時雄のスタンドとはまた違った、奇妙な技の使い手。その程度の認識しか抱けていなかったのだ。
 そして手加減の具合を測りながら力の微調節をしながら、リンに時雄のような絶対性のある技の存在はないと判断。自身の勝利を確信したのである。
 それ以降の展開は、ご存知の通りである。

 未知と油断と余裕。リキューの先月の敗北原因は色々とあれど、結局は本人が未熟であるということに帰結するのであった。




 「だぁあああああぁぁーーーーーッッ!!!!!!!」

 リキューが叫びを上げて、全身から“気”を放出し周囲を包囲する光球を弾き飛ばす。
 襲いかかる余波を展開したフィールドで防ぎながら、リンは様子を窺う。
 そして肩で息をしているリキューの姿を見て、口の端を釣り上げた。

 今回の戦い。先月の雪辱と八つ当たりゆえに、リキューは殺さぬよう最低限の気配りこそすれど、手加減と呼べる気遣いは一切なかった。
 その速度は凄まじく速く、前回の戦いを元に何とかなるだろうと予測していたリンに対して、容赦なく牙を剥いた。
 見ることも出来ず、反応することも出来ない。リンにとっては予想外もいいところである。
 だが、リンとて打つ手がない訳ではない。リキューほどではないにしても、彼は彼でギフトを初めとする様々な恩恵によってそれなりにタフであったのだ。
 また加えて言えば、負けず嫌いであり、他人に舐められるのは非常に気に喰わない性格であった。
 完璧に実力的に上回っている、あるいは上回られている時は気にしないが、一度勝った相手に対して逆に勝ち誇られるなど、虫酸が走るのである。

 端的に言って、リンはリキューが心底気に喰わなかった。

 ゆえにリンは、それなりに取り繕っていた性格を露わにしながら、全力を出してリキューの排除に回っていた。
 嘲笑の表情のままに、リンが口を開く。

 「どうした、息が上がってるぜ? 疲れてるんじゃないのか?」

 「黙れよ、この陰険野郎が。ねちねちねちねち、性質の悪い攻撃を仕掛けやがって」

 「うるせえよ、真性猿が。パワー勝負しかできない馬鹿は、黙ってとっとと沈め」

 首を掻き斬る仕草を取りながら、リンが言いのける。

 リキューは分かり易いほど疲れ果てていた。それはリンの持つレアスキル、『魔力乖離』によるものである。
 リンの魔力あるいは魔力で構成されたもの、つまり魔法に触れた対象は魔力を持っていた場合、強制的に魔力を、脱力感や痛みを伴いながら放出される。
 この場合の魔法とは、種別を問わない。それこそリンの砲撃魔法から防護魔法であるプロテクションや、拘束系のバインドまで、どんな魔法であろうと触れれば効果は発揮する。
 そしてリンカーコアとは、後付けてあろうとも立派な体内器官の一つ。それに異常が発生―――つまり魔力が減少するなりすれば、その影響は肉体的な疲労や痛みなど様々な形で現れる。
 つまりリキューは、リンカーコアという未知の器官の異常とリンの『魔力乖離』による効果、この二つによる体調異変に襲われているのである。

 たとえ無防備にリモート・スフィアの直撃を受けたところで、リキューは小揺るぎすらしない。現に避け切れなかった光球の直撃を幾つか受けたが、それによるダメージは皆無であった。
 しかし、肉体的なダメージとは別の、上記の通りの異変がリキューの身体に襲いかかっていたのである。
 これに気付き、リキューは必死に光球を全て避けざるをえなかった。リキューは前回の戦いの最中、すでにリンカーコアを発生させていたのだ。
 リンにはすでにその反応は予想済みであった。ゆえにさらなる追加のリモート・スフィアを生成し空間を埋め尽くし続けながら、傷の再生を行っていたのだ。
 その表情は、リキューに対して実にいい気味であると、笑っていた。

 そして今。
 全てのリモート・スフィアを片付けたリキューは疲労困憊であり、対してリンは傷を全て再生させていた。
 例えスペック差で負けていようが、たかがそれだけの人間程度に負けはしない。そのリンの自負は、驕りではない。
 リンは決してトリッパーの中で最強という訳ではないが、その実力がトリッパー内のランキングトップ10の内に入っているのは、事実であるのだ。

 せせら笑う様に、リンはリキューへ話しかける。
 圧倒的優位に立つ、優越が漂っていた。

 「じゃ、セリフをそのまま返させてもらおうか」

 ジェダイトを突き付ける。
 “羽”をはばたかせながら、リンは言う。

 「俺はお前に対して、気楽に攻撃出来るぜ」

 バインド。リンはそう一言付け加える。
 リキューは反応する。その言葉は、散々すでに聞いたものだ。
 バインドが発動するも、捕らえられる前にリキューの姿が掻き消える。
 と同時に、離れた横手の空間。その場所で、超速で移動していたリキューは、いきなり発生したバインドに、その身体を拘束されていた。
 間を置かず即座にリキューは拘束を破壊するも、しかし疲労が祟っていたのだろう。その動作は、一手遅れてた。
 リンのバインドが発生する。一瞬で数百。それだけのバインドを、畳み掛ける様にリキューへと巻き付ける。
 先月の戦いの際の倍近い拘束をかけて、冷やかにリンは告げた。

 「設置型バインド………俺がただ休んでいたとでも思ったのか? この馬鹿が」

 《スターダストメモリーズ、スタンバイ》

 ジェダイトが電子音声を発生させ、先月の戦いの焼き直しかのように同じ風景が展開される。
 部屋中の空間から集約されていく光の中、上段にジェダイトを構えてリンが喋る。
 リキューは微動だにしない。こうしている間も、『魔力乖離』によって、独特の脱力感と痛みが走っている筈である。

 「もう一つセリフを返させてもらおう。俺も、お前が心底気に喰わない」

 「………そうかい」

 小さな声で、リキューが返事を返した。
 鼻で笑らいながら、リンは最後だと言葉を付け加える。

 「お前は心底気に喰わないけど、別に殺す気はさらさらないからな。非殺傷設定は解除してやらないから安心しろ。ただ、しばらくの間ベッドの上で寝込むだけだ」

 感謝しろと、リンは恩着せがましい言い分を述べる。
 リキューはまたそうかいと言葉を返し、しかしさらに言葉を続けた。

 「安心しろよ。俺も、貴様は心底気に喰わないが、殺す気はないからな。当てる気はない」

 「………なに?」

 疑問符を浮かべて、リンがリキューを改めて見る。
 ふと、気付いた。
 数百の光輝くバインドに絡み付けられて分かり難かったが、しかしその拘束の合間から、何か、光が漏れているということに。
 リキューは喋る。その視線は、リンを睨みつけている。

 「先月の戦いのお返しだ………見せてやるよ、俺の必殺技を」

 「ま、まず!?」

 慌ててリンが動くも、まだスターダストメモリーズのスタンバイは終わっていない。
 そしてリンが何かしらのアクションを起こすよりも、二手速く、リキューが行動を起こした。
 光が、強まる。
 リキューがこめかみに血管を浮かべながら、叫んだ。

 「フルバスタァーーーー!!!!!!」

 光が弾けた。
 拘束場の中で組まれていたリキューの両腕から迸る光の奔流が、一気にバインドを弾き飛ばし解放される。
 そして光の中に、リンの姿は呑み込まれていった。




 瓦礫が落ちる。
 粉塵が舞い土煙に視界を閉ざしながら、リキューが荒く息を吐きながら佇んでいる。
 疲労困憊であった。リンカーコアへの打撃と魔力の放出は、かなりの消耗をリキューへ招いていた。
 加えて、完成したばっかりの必殺技の使用である。はっきり言って、リキューは倒れる一歩手前であった。

 訓練室の壁には大穴が空いていた。何処かのシールドで減衰され施設の貫通こそ免れたようであったが、幾つかのブロックは突き抜けになってしまっている。
 リキューには幸いにして、そちらの方向は無人区画ばかりで、この時巻き込まれた人間はいなかったが。
 膝に手を着きながら、しかしリキューは反省する。結局まだまだ未熟であると。
 本来、フルバスターは使うつもりはなかったのである。最大威力を誇るものの、威力のコントロールがまだ甘かったからだ。
 リキューにリンを殺すつもりはない。心底気に喰わない相手であるが、だからといってそれで殺すほど、短気でもなければモラルが欠けている訳でもないのだ。

 が、しかし。
 生意気な挑発に逆上した上に、先月と同じシチュエーションに陥ってしまったために、リキューは反発のあまりに技の使用を決意してしまったのだ。
 もちろん、殺す気がないことに変わりはない。ゆえにリキューはリンの様に非殺傷設定などという便利な力はないために、ギリギリで外す必要があったが。
 リキューが目線を移せば、収まりつつある土煙の中に倒れている一人の姿。
 もう“羽”も消えて、特徴的な長髪も銀の輝きを失せて純白に戻っている、リンの姿があった。気絶しているのか、マシン・ソードの状態のジェダイトを握ったまま微動だにしないが。
 直撃こそ喰らわずとも、直近にいたのだ。収束し切れなかった余波を全身に受けて、ダウンしていた。時雄であったら余波でも本体が脆弱であったから、やばかったかもしれない。
 非常に疲れた。一人その場に佇む、リキューの感想はそれだった。

 ともあれ、戦いは終わりである。
 前回の戦いの雪辱は果たせて、リキューとしても溜まっていた苛立ちの八つ当たりも済んで万々歳である。
 リンのことが気に喰わないことは今現在も変わらぬことであるが、しかしだからといって死人に鞭打つような行為をする気はない。

 (医療セクションぐらいにまでは、連れて行ってやるか)

 リキューはそう思って、倒れているリンへ近づいた。
 そして気乗りしないながらも持ち上げようと、リンの身体に手を伸ばした時である。
 その顔先に、人差し指が突き付けられた。

 「……………は?」

 「喰らい、やがれッ!」

 《私のマスターは、本当に、実に見苦しい男です》

 魔法陣が展開され、巨大な砲撃がリキューの顔を直撃した。
 一切の肉体的なダメージは受けずも、ごっそりと魔力を奪われ、襲いかかる脱力感にその場へ倒れるリキュー。
 憤怒の表情で面をなんとか上げたリキューは、煮え滾る視線を同じく倒れているリンへと向ける。
 そこには倒れながらも、やってやったぜと言わんばかりにイイ表情をしたリンの顔があった。

 「き、っさまッッ!!」

 「誰が、てめぇなんぞに、負けるか! こちとら伊達にトリッパーやって長いんだ。パワー押し馬鹿に負けるかっての!!」

 だいたい今時流行らないんだよ、ただの格闘漫画なんて。時代はトリックだ、テクニックだ。リンはリキューへ訳の分からない言葉を喋る。
 リキューはその内容を一切理解できなかったが、とりあえず、今するべきことは明快であった。

 リンとリキュー。両者はふらつき四肢を着きながらも、超接近インファイトバトルへと移行したのであった。








 かくして、リキューは惑星ベジータを出奔し、トリッパーメンバーズへとその身を属することになる。
 そしてその中で色々な出会いや経験を経ながら、その強さを磨き時を過ごすことになる。
 年月は流れる。
 そして四年の月日の後、リキューは今生での己の成し遂げてきた全て業と、惑星ベジータで向き合うこととなる。








 ―――あとがき。

 作者です。100kb突破しました。パワーダウンです。真剣にダウンです。
 前回の更新後、感想見てうわヤベと思ったり。見苦しいけど言い訳させて。
 前話はあえて一部の描写を省き、リンのキャラクター性などを伝える方を優先させました。このあたりは成功したと思っています。
 色々パワーバランスだとか有り得ないとか言われているのは、まぁ今回の話で公開されたオリ設定を見て納得して欲しいなぁと、そう願っています。
 リンはキャラクター設計で、どう見てもDBに勝てないだろう世界出身だけど、ワールド・ルールを駆使したら勝てるというコンセプトでした。ですので、このコンセプトを守れるであれば、極論言ってトリップした世界を変えても支障はなかったりします。ですけどもう内容の展開について最終話まで考えていますので、申し訳ございませんがリンの設定の変更などは無理です。ごめんなさい。
 意外と感想の中に公開していないオリ設定に触れるものが多数あり戦慄。読者の鋭さは時々凄い。
 作者は二次創作について、原作に敬意を払いつつ拡大解釈を最大限を行うべきだと思っております。ウェカピポさんやフェ○何とか教授は心の師。
 初期プロットでありました異世界編ですが、完結を優先させるためにキングクリムゾンすることにしました。すみません。
 一応アイディアや考えはあるので、完結した後に暇があれば番外扱いで出そうと思います。

 次回更新は時雄視点の外伝予定です。
 非常に多くの感想が集まったことは、それだけ多くの人たちが見てくれているのだということでもあります。皆様方、ありがとうございました!!

 感想と批評待ってマース。




[5944] 外伝 勝田時雄の歩み
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/04/04 17:48

 いつもと何一つ変わることなく、布団の中へ入って就寝。
 で、次目が覚めた時には病院のベッドの上だった。


 ……………………あっるぇーー??


 何か、どっきりにも程がある展開ですよ旦那?
 意味が分からん上に唐突だしおまけに何か洒落にならんレベルで身体が動かないぜ。あ、よく見たら包帯で雁字搦めだ。
 ちょ、何事? 寝てる間に火事に巻かれましたか? いやそれは死ぬわ。
 とまあ適度にパニくったりしてたんだけど、とりあえずお約束は守らなねば。
 はい、天井を見て一言。

 「………知らない天井だ」

 どっとおはらい。
 という訳で、誰か来てくれ。説明を求む。
 あ、ナースコールがあった。連打連打連打ァ!!








 駆け付けてきてくれたナースさん(本物。欲情はしない)やドクターに話を聞くこともなく聞いてみると、どうやら自分は事故にあったそうである。
 家族三人で車でドライブ中に、荷物を限界まで積載した10tトラックが鋭角に抉り込んできたらしい、と。

 なんという大惨事。これは間違いなく死亡決定。

 おかけに単純に質量でミンチにされるだけじゃなく、漏れ出たガソリンが引火し大爆発と炎上のコンボが発生。素晴らしいまでの追い打ちも加えられたと。
 これは神様が確実に殺しにきてやがる。
 しかしところがぎっちょん、散々猛威が振るわれて鎮火された後の黒焦げた事故現場からサルベージを始めてみると、周りが全部焼失しちゃってる座席付近から生存者発見。
 予想外の事態にてんやわんやの大騒ぎである。そのまま発見された生存者は救急車に積まれて輸送されて、病院へ。
 で、その生存者=俺、であるらしい。

 なんという引田天功も驚きの脱出トリック。なお、ポイントは結局脱出してないところね。

 結局消化もされずほとんど自然鎮火するまで放置状態な上に深刻なクラッシュ事故だったが、どういう訳か俺は多数の火傷はあれども、外傷はほとんど見つからなかったそうだ。
 火に巻かれて酸素もない状態だった筈なのにも、極めて健康状態は維持されていると。まさに人体の驚異、てかそれだけでは済まないレベルの奇跡であったそうな。
 なお、俺以外に生存者は皆無の模様。具体的にそう言われた訳ではないのだが、口振りからそうとしか思えない台詞ばかりである。
 というか、そろそろ突っ込んでいい?

 いったいどういうこっちゃ? いつの間に俺は家族でドライビングなんぞをしていたと??
 俺は普通に自室で寝てましたが何か? よもや家の親が寝ている息子の身柄を勝手に動かし、車に積んでドライブしとったと?
 いやないない。家の旧世代型両親にそんな茶目っ気なんてないから。てか、それは普通に考えて一家心中フラグだ。
 そんなこんなに混乱している俺へ、ドクターが話しかけてきた。

 「今は何も考えず寝ておきなさい。ご家族の方に対しては、私たちの方から連絡を取っておくからね。もう安心しなさい、時雄君」

 いや、時雄って誰さ?




 俺さ!
 あの後から時間が経って、結局自分は施設に入れらることになった。二週間程度の入院生活から一転、いきなりの集団生活である。
 んで、さすがにこんぐらい時間が経つと状況も理解して来たぜ。
 要するに、俺は昨今のネットでポピュラーになっている憑依をしちまったっぽい。だって明らかに背丈はおろか人相が違うし。つーか名前が違うし。
 この身体の持ち主は、勝田時雄という名前らしい。ピッチピチの八歳児である。すげえ手とか肌がプにプにしてるぜぇ~、ヒャッハー! とセルフバーニングしたり。
 うん、しがない現実逃避ですね。
 しかし改めて思うけど、この身体の主である勝田時雄クン。休日に満喫していた家族水入らずのドライブ中に、交通事故で天涯孤独の身になるというめちゃくちゃ悲惨な境遇であると。
 おまけに、現在は身体を俺という人格に乗っ取られていたりする。

 いやはや、実に哀れである。不幸の星の下に生まれたというか、呪われてるんじゃない?

 正直同情するにも程があるほど可哀想ではあったけど、だからといって俺自身がどうにか出来るものもないしなぁ。
 憑依なんて、自分で好き勝手どうこうできやしないって。わたしゃ神様じゃないんですよ?
 という訳で手を合わせて南無。時雄クン本人の意識が眠っているのか消失しちゃったのか知らないけど、とりあえず祈りだけは捧げておく。
 はい。これで黙祷アンド覚悟完了。これからは俺が勝田時雄ということで、とりあえず状況に流されたりすることにしましょうか。
 …………これでも混乱してるんですぜ、旦那?




 てな訳で始まった施設暮らし。周りにも同じように複雑な事情抱えたチビッ子たちがいるぜ。
 施設は基本的に、自分でやれることは自分でするという思想。小さな子たちの面倒は大きな子が見るというシステム。

 だけど、なぜか同じくチビッ子である筈の俺が、周りのチビッ子どもの世話役っぽい役割を割り振られてるのは何故?
 はい憑依のせいですね、分かります。

 だって中身の年齢が倍以上違うし? いちいち演技とかして隠してないから、周りには性格とか落ち着き具合が子供らしくないって丸分かりですよ。
 という訳で自然とフォロー役が任命されてしまった。まあ複雑な事情経緯を知っているせいか、怪しまれても追及されなかったのは良かったけどさ。

 そうそう、憑依なんてファンタスティックな体験をしちまった俺だが、驚くべき事実はまだあったぜ。
 聞いて驚け。何と憑依に加えてタイムスリップすら経験してしまったようだ、俺。
 なんか微妙に違和感あるなーと生活していたんだけど、新聞を見た時に日付を見て気が付いた。年号がまだ二千年にすらなってなかったぜ。
 通りでなー。微妙にレトロというか、センスが違うと思っていたら。思えば携帯電話使っている人も全然見当たらないし。
 これはあれか? 火の鳥的な時間超越? 輪廻転生に時間は関係ないと? 転生じゃなくて憑依だけど。

 というか今更だけど、俺の元の身体はどうなってんの。魂の抜け殻とか………脳死状態?
 まぁ、とりあえず今の俺に出来ることは、PCの内容を誰かが………特に親とかが見る前に消去してくれということを祈るだけである。
 ………つーか、マジパネェっす。友人ABC誰でもいいからHD処分しておいて!! マジで届けこの思い!!!
 見られたら死なざるおえない。主に恥辱的な意味で。何この高度羞恥プレイ。

 そんな感じで悶えたりしたけど、最終的には立つ鳥跡を濁さずなんて無理だよねと、開き直って立ち直ったり。
 全然問題解決してないけどな!

 さておき、施設生活である。

 チビッ子の世話は凄い大変だった。元々子供なんて、騒いでなんぼ遊んでなんぼな存在である。つまりエネルギーの桁が違う。
 幾ら身体は子供でも頭脳が大人な俺じゃ、とても付き合いきれたもんじゃないぜ。もう精神的に疲労困憊である。
 おまけに、施設には色々と複雑な事情持ちで、トラウマっぽいもの抱えた子もいるし。単純に面倒見るだけじゃない、気遣いも必要である。
 で、さしあたっては目の前にいる枝折ちゃんへの対処である。
 一切話を聞いてはいないのだが、レイプ目で黙々とボロボロになっているパパと刺繍されている人形を弄っている姿は、凄まじい過去を思わせる。
 ちなみに、近くにはボロボロではなくバラバラになった、ママと刺繍されている人形の残骸が。こっちにはなにか燃やしたような、焼き焦げた跡すらある。

 て、これは間違いなく、しかもかなり重度なトラウマだろッ! 医者を呼べ! 医者を!!

 怖すぎるって。間違いなく病むんじゃってるよこの子。年代的に時代を先取るにも程があるぞ!? ケアしろと? 同世代の子なら心を癒せると思ってるのか、大人さんたちよ!!
 いいや、違うね! あれは面倒だから任せたって目だ!! 同じように複雑な境遇でしかも他の子よりしっかりしてるし、どうせなら任せちゃおうっていう魂胆の目線だ!!
 つーか、あんたら会話の内容が聞こえてるんだよッ!

 いやほんと、大人ってずるいね。とか、身体は子供な俺が言ってみたりする。

 んで言ってても仕方がないので、コンタクトを取って見るぜ。
 気分はMIBな人たち。嘘です、本当は猛獣養育を担当させられた新人アイドルタレントな気分です。

 「あ、あの……枝折ちゃん? ひ、一人で遊んでないで、みんなと一緒に遊ばない? きっとその方が楽しいよ? たぶん」

 「知らない」

 「いや、知らないじゃなくて………ほ、ほらほら~、こっちにはトランプとかカルタとか、面白い遊びが一杯あるよ~?」

 「パパと遊んだ方が楽しいもん」

 「パパのライフはもうどう見てもゼロどころかマイナスになっているけどなーHAHAHAHA。………ちなみに、ママは?」

 「ママは嫌い。パパをワタシから取っちゃうの。でもワタシの頭を撫でてくれるのは好き。作ってくれるハンバーグも好き。だけどパパを取っちゃう。だから嫌い」

 「…………そ、そう。じゃ、じゃあパパは好きだと」

 「パパも嫌い。嘘を言ったから」

 「うぇ?」

 「パパは言ってくれたの。ワタシを好きだって、世界で一番アイしてるって。いっぱいっぱい撫でてくれて、いっぱいいっぱいキスをしてくれたの。ワタシがわがままを言っちゃうとたくさんお腹をぶつけど、その後は身体全体を舐めてくれて気持ち良くしてくれるの。こんなことをするのはアイしてるからって、ワタシだけなんだって。そう言ってくれたの。だからパパは好き」

 「……………………………………」

 「だけどね、ワタシ見たの。夜に目が覚めちゃってトイレに行こうとしたの。パパやママに迷惑かけないようにって、静かにしてた。いい子にしなさいって、パパやママに言われてたから。ワタシ、ちゃんと言いつけを守っていい子にしてたんだもん。でもね、変な音が聞こえたから見に行ったの。それはパパの部屋だったの。パパの部屋にはママもいたの。パパはそこで、ワタシにしてたのと同じように、ママを舐めてたの。ママもパパを舐めてた。ワタシだけだって言ってたのに。ワタシをアイしているからしてるって言ってたのに、ママにも同じことをしてたの。パパは嘘をついていた。だからパパは嫌い。でも好き。ママも好き。だけどパパを取るから、嫌い」

 「……………………………………………………………………………」

 「ねえ、あなたは嘘付かない? 私に嘘を言わない? パパみたいにワタシを捨てない? ママみたいにワタシのものを取ったりしない?」

 「と、取りません。嘘付きません。俺、誓って誠実デスヨ?」

 「信じていい? 信じていい? 信じていい? 信じていい? 信じていい? 信じていい? 信じていい? 信じていい? 信じていい? 信じていい?」

 「し、信じていいです! すいません勘弁してください!!」

 「ねぇ、お名前は? なんていうの?」

 「時雄です! 勝田時雄ですッ!!」

 「時雄クン? 分かった。信じるね、ワタシ。時雄クンはパパとは違うって。ママとは違うって。パパとママは好き。だけど嫌い。けど好き」

 ……メディック!! メディーック!!! 助けてヘルプミィィィイイイイイ!!!!!!
 ちょ、洒落にならないって出来ないって!! 何やってんのパパとママ!? あと施設の大人ども他多数!!!
 やばいって、俺の手には負えないって!? レベルが違い過ぎるって!!
 スライム以下のぶちスライムが大魔王バーンに挑むぐらい隔絶してるって、マジやばいって! 地球マジやばいって!!!
 鬼眼解放プラス天地魔闘の構えが目の前に待ち構えてる状態でぶちスライムが突撃してるようなもんだって! 意訳するとミンチより酷ぇ状態になるだけだ!?
 助けて友人ABC他!!

 と、めっさ焦っているところに、手に触れる感触。
 なんとそこには何時の間にか、枝折ちゃん(レイプ目)に捕獲されている俺の手が。

 「時雄クンも好き。パパとママと違うから」

 なにか頼られているぜ俺。凄いぜ俺。こんな短時間でもうフラグ立っちまってるぜ俺。
 ……これは、あれだな。人生は、何時だってこんな筈じゃなかったことばかりだって奴だ。
 ホントそーだよねーHAHAHAHAHAHA!!

 明らかに用法や使う場所間違ってるけどなッ!

 という訳で、めちゃくちゃ地雷を抱えているような気持ちのまま一緒に遊びましたよ?
 まぁ、とりあえず初期の目標は達成できた訳ですがね。
 うん。無造作に手元に置かれていたボロボロなパパ人形が、素敵に心を揺さぶってくれました。

 ちなみに、何気に色々と遊びを教えてると、年相応に笑ってくれたりしてます枝折ちゃん。
 このあたりの様子は素直に可愛いと思う。ホント。これは将来美人になる予感がビンビンである。

 そこ、俺はロリコンじゃない。これは父性愛だ。




 んで、時間が経つのは早いもので、気が付けばすでに俺も中学生である。
 そして当然だけど、生活にも大きな変化が出てきた。

 元々身体は子供なのに、憑依なんてもので人格が大人である俺。それゆえか、世間一般から見れば天才少年扱いであったのだ。
 タネは単純な上に躍起になって勉強に励んでるわけじゃないから、どうせすぐにドラえもんののび太的な頭打ちが来るのだろうけど。けどまぁ、それは赤の他人には分からない訳で。
 つまり何が言いたいのかというと、中学がそれなりにレベルの高いいいところに行けたのだ。
 奨学金とかも家庭の事情がこんなもんだし、余裕でクリア。学力もさすがに中学レベルで苦労はしないし、学生寮のあるかなりのハイレベルな学校へ入れたのである。
 そうそう、憑依にタイムスリップと奇妙奇天烈な体験を二連発していた俺だが、さらに驚愕の事実が発覚したぜ。

 なんと驚け。実は俺はトリップしていたらしい。おまけにそれはジョジョに奇妙な世界っぽいと。

 二度あることは三度あるって言うけど、これそんなレベルじゃねぇーって。あまりの衝撃の急展開に、おじさんビックリさ。
 このことが分かったのは何を隠そう、スタンドらしき不思議存在が俺の身体から沸き上がったからである。

 それはある日のことである。枝折ちゃんが小学校の帰りに虐めにあっている現場を目撃し、思わず駆け付けて怒りにまかせて乱闘した時、ひょっこり出てきたのだ。
 いや、ホント驚いた。実にユニーク、なんてもんじゃなかったね。
 幸い破壊力がスタープラチナみたく馬鹿高い破壊力Aなスタンドではなかったようで、殴っちゃった子たちは大して怪我してなかったが。いや、ぶったまげたわ。
 最初はスタンドじゃなくてペルソナなのかと思ったりもしたけど、それには造形センスがイマイチ違ってたし、何よりもっと簡単な判別方法があったり。
 調べて簡単、ありましたよスピードワゴン財団。ジョジョ確定の瞬間でした。
 ま、言うほど簡単でもなかったがな。まだインターネットどころかパソコンも流行ってない時代だから、地道に図書館言って新聞を見たりと大変でした。

 なお、ひょっこり現れた俺のスタンドは近距離パワー型の人型、一番スタンダードなタイプですね。
 んで、色々と隠れて能力チェックしてみて、判明したことが幾つかあった。
 確かAが超スゴイで、Bがスゴイ。Cが人並みだったっけ?
 そういう分け方でいくと、俺のスタンドは物凄く微妙なパラメータになっちまったのだ。どれだけ微妙なのかって言うと、主役は到底張れないくらい。

 まず破壊力。近所の空き地に無造作に置いてあった、コンクリブロックを使ってテスト。
 拳を振るってぶち当ててみると、ブロックは破壊。で二個を重ねてやってみると、破壊出来たのは一個だけ。
 正直ブロック一個ぐらいなら、それなりに武道を聞きかじった人間なら割合破壊できそうな気がする。よって破壊力はB評価で。

 次、スピード………なんだけど。
 なんか、これは測るまでもなく丸分かりだった。動作がノロいのである。
 パンチ自体はそれなりに速いんだけど、その前振りとか切り返しとかが、スロゥリィにも程があったのだ。これじゃラッシュ出来ないって。エンポリオぽくじわじわ潰すのが関の山だって。
 よって、スピードはC以下の、おそらくDもしくはE評価。これはショック。

 射程距離は言わずもなが。普通に2m程度だったよ。
 だって近距離パワー型だし? DIOみたく10mとか無理だって。
 CかDぐらいだろ、評価。

 そして精密性。準備として適当に紙を持ってきて、まず初めに直線を引いておく。
 準備を終えたらおk。スタンドにペンを持たせて、勢いよく腕を振り抜かせるように動かし、直線をなぞらせる。
 結果を見ると、ペン筋が綺麗に直線をなぞることは出来ていない。筆入りからすでに直線から離れていて、しまいには途中で交差して抜けてしまっている。
 試しに自分自身でチャレンジすると、やっぱり直線を綺麗になぞることは出来ず、何cmかはずれてしまった。うーん、こいつはよく分からん。
 まあ、確実にAやBではないし、CかD評価だと結論する。

 成長性なんかは調べようがないので、最後に持続力のチェック。
 でもこれって、何を調べたらいいんだ? スタンドを出していられる時間か? それとも能力の方の持続時間?
 後者だったら能力が分かってないんだから、判断のしようがない。よって保留。

 結果判明したパラメータは、破壊力B、スピードD~E、射程距離C~D、精密性C~D、持続力保留、成長性? となった。
 パッとしないですね! ホントに!!
 というかA評価が一つもないあたり、ダメだこりゃ。主役張れないって。
 そんな感じでorzしていた俺の肩に手を当てて、慰めてくれる枝折ちゃん(レイプ目)。
 うん、枝折ちゃんは優しいね。お兄さんは嬉しいよ。でもその手に収まっている、ときおクンって刺繍された新しい人形があることは、何でかな? かな?
 お兄ちゃん、さっきとは別の理由でガクブルだよ。
 焼き芋作ろうと準備されてる焚火に、くべられているパパママ人形らしき代物は目に映らない。映らないったら映らない。

 しかしかし、いやいや、まだ諦めるには早かった。諦めたらそこで試合終了です。俺は気を持ち直した。
 スタンドはやっぱり、能力あってのもの。帝王も言ってたじゃん。王には王の、コックにはコックの道があるって! あれ、違ったっけ?
 ま、それはいいとして。とにかく重要なのはパラメータよりもスキル! つまり知るべきはスタンドの能力な訳だ!!
 てな訳でチャレンジ、と言いたかったのだが、しかし能力なんてどうやって分かるよ? 俺シラネ。

 こういう訳で、一時俺のスタンド解明は暗礁に乗り上げ、進展をなくすことなったのだ。ガッデム!

 で時は流れに流れて数年後、またまた学校の帰りに枝折ちゃんを虐めている悪ガキどもの現場に遭遇。
 つーかてめぇら前の虐めてたメンバーと同じじゃねえか! たいがいにしやがれ貴様ら!! と怒鳴り込みながら突進。
 二度あることは三度あるとは、誰かの言葉。いや、これはまだ二度目だけどね。
 ガキ同士の乱闘で、またもやスタンドが発現。
 さらにこの時初めて能力が発動し、俺は自分のスタンドの能力とは何かを知ったのだ。

 さて気になる俺のスタンド能力とは? それはズバリ! 時間と空間を操る程度の能力だったんだよ!!

 ひゃっほぉぉおおおい!!! ってラスボスフラグ達成ぃぃいいいい!?!?!?!?
 いやいやいやいや、便利で強力な能力が欲しいとは思ったけど、時間関係はまずいって。なに、死ぬの? 黄金の精神相手に真っ向勝負するの!?
 イヤァァァアアアア!!!!

 そんな感じで錯乱すること数日の間。妙なテンションに付いていけないのか、施設のみんなから放置プレイを食らったりする俺。
 悲しすぎるぜ。変わらず慰めてくれる枝折ちゃんだけが俺のマイ天使である。だけどその人形だけは勘弁な?

 まぁ、こんな感じで俺は、怒涛の小学生ライフを送ってたりしていたのである。丸。
 すごいぜ俺、完璧だぜ、俺。退屈になると思った児童生活を、よもやセルフで盛り上げることになろうとは。
 そのあまりのすごさゆえに、なぜか親しい付き合いのある人間が枝折ちゃん以外いなかったりするんだぜ、俺?
 ……いいけどさ。どうせ、精神は大人は何だし? 子供たちが子供らしい感性のお喋りしてる横で早く帰りてーとか、眠りてーとか空気無視したこと言ってたしさ。
 でもなんでだろう。涙が、涙が溢れるんです。安西先生。

 ………そういえば、いまさらながら察するに、なんだが。
 時雄少年が巻き込まれた交通事故で時雄少年だけが生き残ったのって、スタンドが守ったからじゃないのか? というか、守ったんだろうな。
 じゃなきゃ、車体の大半がプレスされた上に爆発炎上している現場で、生き残れるはずがないし。
 おれが憑依する羽目になったのも、案外時雄少年本人のスタンド能力によるものかもなぁ。
 結局、考えても分からんが。

 で、ようやく話しが戻ってきた現在。学生寮のある中学に入学するってことについてだ。
 当然ながら、俺は施設を出ての寮生活となる。
 落ち着くと思う傍ら、寂しいとも思っちゃう複雑な心境。まぁ、どうせいずれは施設を出るのである。これはそのていのいい予行練習ということだな。
 という訳で、始めました寮生活。幸い部屋は一人部屋。天才扱い様々である。
 なんだかんだと思うところはあったが、やっぱり一人部屋ってのは心が休まるな! こう、リビドーが解放される的な意味で!!

 ところで枝折ちゃん? 何で部屋の中に貴方がいるのか、お兄さんちょっと疑問に思うんだけど。
 ちょっとワクワクしながら扉を開けてみると中に貴方の姿を発見しちゃったもんだから俺、とても言葉では言えない男の急所が縮み上がっちゃいましたよ?

 「時雄クン…………ワタシ、捨てるの? パパみたいに、捨てるの? ママみたいに、裏切るの? 約束したのに。約束したのに。約束したのに。約束したのに。約束したのに。約束したのに。約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに」

 違うんだよ枝折ちゃんお兄ちゃん裏切るつもりなんてちっともないんだよパパみたいに捨てたりなんてしないって落ち着いてお願いああときおクンって刺繍された人形をそんなに手荒く扱わないで怖い怖い怖い信じてお願いお兄ちゃん裏切らないって信じて信じて捨てない捨てないうんうんへいやそれは無理だからああああ取れちゃう取れちゃう首もげちゃうから人形の怒らないでお兄ちゃん誠実デスヨ信じてここには一緒に住めないのちゃんと顔を出すから施設にいてお願いね枝折ちゃんプリィィイイイイズ!!


 狂気の二時間だった。私のSAN値は限界です。


 何とか枝折ちゃんの説得は達成できた。
 でも交換条件として、週に最低四回は顔を出すように決めつけられてしまった。
 何か、頭の片隅で本当の地獄はこれからだとか叫んでる野菜王子の姿が。

 ジーザス。神は死んだ。




 さらに時は流れて、一年。寮生活もとっくに馴染み、なんだかんだでそれなりに友人が出来たこの頃。
 変人扱いは変わらないのは非常に不服だったけど、まあ置いておこう。新生友人ABC他、も出来たし。

 何故か女友達がさっぱりなのが不思議だったけどな!

 ……あっるぇー? オカシイナぁ?
 中身大人な俺ですぞ? 複雑な思春期なぞ当の昔に乗り越えて、女人のありがたみを知る人間であるというのに、これは何故に?
 別にがっつく訳でもなく、ただ普通に話しているだけなのに。何故か全く女友達が出来ない。
 いや、ホント何故に?? そこまで魅力がないと? へ、キモいの? 真性だったりするの、俺???

 そんな風に、真剣に自分の存在について考えることもしばしばな日々。
 自分としてはすでに日常は波乱万丈であり、そこそこ満たされていたのだが、しかし望まぬイベントというものは容赦せず襲いかかってきた。
 要するに、うっかり忘れていたのだ、俺。
 スタンド使いは惹かれ合う、という法則を。

 中学に入り一年が経ち、二年生となったころ。俺はスタンド使いと接触した。

 それは、いつもの日課である枝折ちゃんと会うために、施設へと訪問した帰りの夕暮れのことだった。
 紅に染まる住宅を尻目に、俺は呑気に歩きながら学生寮へと帰路についていた。

 思い返すのは枝折ちゃんのことである。昔に比べて落ち着いた感はあるものの、やはり彼女は未だに所々に言い知れぬスゴみを感じる、凄まじい少女であった。
 その彼女、どうも来年の中学進学に、俺の今いる学校を選ぶつもりらしい。
 かなりレベルが高いので、反則の俺ならともかく枝折ちゃんでは、もし行くつもりならかなりの努力が必要になるだろうに。どうも譲る気はないようである。
 勉強も一生懸命励んでおり、その熱意の高さは目を見張る。
 色々と怖い少女ではあるのだが、こういう一途な姿は本当に可愛いと思う。こう、俺の父性愛にビンビンに訴えかけてくるね。

 決して恋愛ではない、そこんとこヨロシクな?

 とまぁ、俺はそんなことを考えたりしていた。
 正直言って、ここがジョジョワールドだと分かっても、俺に関わる範囲で物語に絡まるような要素や被害もないようではあったし、特に気にしてはいなかったのである。
 どこぞの殺人鬼を真似る訳じゃないが、やっぱ平穏は大事だしな。野次馬根性もあるけど、わざわざ主要キャラクター関係にチョッカイ出して危険に身を投げ出すのはノーサンキュー。
 スタンド能力を使ったりして適当に人生を彩り、不本意にも始めた第二の生活を楽しもうと思っていたのだ。
 まぁ被害といえば、しいて言えば第六部でガングロ神父が世界を一巡させたりするあたりがヤバいが、それはそれ。三十年近く先の話だし、別に今気にすることでもない。
 対策するにしても、年代が近付いてきたころにスピードワゴン財団へ適当に一報してやれば、簡単にカタが付くだろうと考えていたりしていたのだ。

 で、それは唐突に起きた。

 夕暮れ時であり、住宅地の近くもあり、付近を歩いていた他の人間の姿ほとんどいなかった時の場面である。
 俺の他には、向かい側から歩いてきている仕事帰りらしきスーツ服姿の男と、主婦らしき女性、その俺を含めて三人しかいなかった。
 そのスーツ服姿の男と、主婦の女性がすれ違った時だ。
 突然、貧血に見舞われたかのように女性が倒れたのである。丁度すれ違った男性は驚いたように声を上げると、慌てて女性を抱きとめた。

 「なッ!? だ、大丈夫か!? そ、そこの君! すぐに誰か人を、救急車を呼んできてくれ!!」

 男性はそのまま女性を腕に抱えたまま、目に付いた俺に対してそう言葉を投げかける。
 しかし俺はその言葉に、咄嗟に反応することが出来なかった。
 目の前で突然人が倒れる姿というのは、言い知れぬ衝撃を初見の人間に与える。ましてや平和なこの国である。そのショックは尚更大きい。
 かくいう俺も、多分に漏れず目の前の事態の急変に、少なからずのショックを受けて硬直していた。
 しかし単純に女性が倒れたこと、何も俺はそれだけにショックを受けていた訳ではない。
 それもあったけど、何よりも別に注意を引いていた光景があったのである。

 それは、目の前で女性をその腕に抱きとめているスーツ服姿の男にあった。
 男のすぐ傍らに立つ、“明らかに人間ではない奇怪な姿をした人型”。
 つまり俺に救急車を呼ぶよう指示した男はスタンド使いであり、そして男こそが、女性を昏倒させた下手人であったこと。
 俺はその成り行きを知っていた。全部見ていたのだ。

 男と女性がすれ違う時、まるで滲み出る様に男の身体から現れたスタンド。
 スタンドはそのまま流れる様に自然に手刀を振るい、女性の首筋へ叩き込む。
 そして不可視の手により意識を狩られた女性の身体を、何食わぬ顔を装い男が抱きとめたのである。
 酷いマッチポンプ。自作自演にも程があった。

 その手慣れた手付きからも、おそらくは男は常習犯なんだろう。
 スタンドはスタンド使いにしか見えない。この特性があるがゆえに、スタンドを使えば完全犯罪の達成だって難しくない。
 俺だってさすがに犯罪には手を染めてはいないけど、色々とイタズラレベルでスタンドを使い楽しんだりしていた。
 男は俺が踏み越えていなかったその境界を、あっさりと突破していたのだ。
 男にしてみれば、いつも通りの手順を踏んだ完璧な行為だったのだろう。目撃者だって、周りには俺しかいないし。
 唯一のミスは、俺が男と同じスタンド使いであったことだけで、そしてそれが致命的だったってことだ。

 俺は男のスタンドを凝視ながら、内心でかなりテンパっていた。
 率直に言って、俺はスタンド使いと戦う気なんてさらさらなかったのだ。スタンドはあくまでも人生を彩るオンリーで使うつもりで、ガチバトルなんぞ御免被る。
 平穏一番、平穏大好き! これ大事。
 よってここは速やかに転身し、男の言った通りに人を呼びに行った方が良かったのだろうが………うーん。しかし、である。
 ここで俺が言われた通り去ってしまったら、残された女性はどうなる? そう考えちゃうと、単純にその考えを実行するにも、気が咎めてしまった。
 女性を昏倒させたのは、目の前の男である。そして救急車を呼ぶよう指示したのも、目の前の男である。
 この時代、前も言ったように携帯電話なぞ、ない! よって救急車を呼ぶにしても公衆電話を探さないといけないし、人を呼ぶにしても付近に人影はない。
 つまり、俺が男の指示通りに動くと、男と女性を二人っきりにしてしまうということである。で、男にしてみればそれが狙いなのだろう。

 このまま思惑通りに動いてしまった場合、女性がどうなってしまうか。スタンドが見えてしまったゆえに、俺はそう考えてしまったのだ
 そして、これが間違いだった。俺は取るべき選択肢を間違えてしまった。

 「お前………何を見ている?」

 「え?」

 気が付けば、唐突にトラブルと接触した通行人という役柄とは違った、猜疑心に満ちた視線を男から送られていた。
 不味い、しくじった。俺は硬直してた間、ずっと男のスタンドを見ていた。

 見える筈のないスタンドを、見ていたのである。

 思わず後ずさるも、男は女性の身体を無造作にアスファルトに置き捨てて、ずんずんと俺との距離を詰め始める。
 そしてある程度距離が縮まった瞬間に、自分のスタンドを動かして殴りかかってきた!
 幸いスピードは遅い。挙動を見抜いて、慌てながらも俺は避けれた。
 だけど、もうこれで隠し様がない。

 「やはりか。ガキ、お前コレが見えているな? っち、面倒なことになったぜ」

 男は露骨に顔を顰めて、もう演技も全て剥ぎ取った態度になる。
 唾を吐き捨てるなど、さっき垣間見せた紳士な姿は欠片もねぇ。実に下衆である。

 「“秘密”を知られては、せっかくの俺の人生も台無しだ。ましてや、それが赤の他人ではな。俺のこれからの人生のためにも、“秘密”は守られなければならない。絶対にだ」

 ぺらぺらと喋る男の言動には、悪い予感しか連想しない。
 というか、すでにイベントの回避は不可能なんだろうなぁ。ほぼ間違いなく。

 「よって、だ。“秘密”を守るためにも、確実にお前を“殺す”。俺に繋がる情報は残さない。脳内の血管を二・三本、ほんのちょっぴりぶちっと千切らせてもらおうか。なに、手間はかからないぜ? 蜘蛛の巣を箒で引っかき回すみたいなもんだ」

 「ジョーダン! 誰が殺されるかっての!! 俺はまだまだ人生を謳歌してないんだ!!」

 俺は身構えて、俺自身のスタンドを出す!
 身体を覆う様に現れ、傍に現れ出でる力ある像《ヴィジョン》。俺のスタンドである、その名も名付けて“ブリティッシュ・インヴェイジョン”!!
 ブリティッシュ・インヴェイジョンの体格は俺よりも断然に大きく、200cm近くはある体躯となっている。そして身体の各所には縫いつけられたような一から十二までのローマ数字が乱雑に存在し、目の部分は懐中時計のような形。全体的に骨太な身体ではあるが、やはりその見た目からは鈍重な印象が強いスタンドである。
 しかし、巨大な体躯である分、得られる安心感も心強い自慢の相棒でもある。
 これで能力が時間関係でさえなければなッ!!

 「!? このガキ、お前も俺と同じコレを持ってやがったのか!?」

 「スタンドってんだ、覚えとけ!!」

 「………っち。まぁいい、“予定”は変わらない。だがお前が俺と同じコレを………スタンドとか言ったか? まあこのスタンドを持ってると判った以上、より“確実”に! お前の息の根を止めるッッ!!」

 出来るもんならやってみろバーロゥ!!
 と啖呵は切ってみたものの、スタンドバトルで重要なのは能力それ自体よりも能力の扱い方。
 時間と空間を操る俺のスタンド、“ブリティッシュ・インヴェイジョン”は正直かなり強力な性能であったのだが、しかし相手のスタンド能力によっちゃ負ける可能性大である。
 あいにくとこちとらジョセフ・ジョースターではないのだ。ペテンも策も利かせる練らせる両方どちらか出来るほど、頭の質は良くないのである。
 つ・ま・り、相手のスタンド能力も分からない内に仕掛けるのは、めちゃくちゃ危険だということだ。
 よってここは、ジョースター家伝統の最終手段を使わせてもらおう。

 要するに、逃げるんだよォォオオオ~~ッッ!!!!

 という訳で、一目散にダッシュ。これぞ必殺奥義、敵前大逆走である。嘘です。いや、嘘じゃないけどね。
 ダッシュ、ダッシュ、ここにダッシュ! と全力で走りながらも男を見る視界は確保。ブリティッシュ・インヴェイジョンの頭出して、そちらの方へ目を向けているのである。
 なんと便利なデュアル画面。正直二つの視界があることに最初は酔ったものの、慣れるとすっごく便利です。
 男の方のスタンドも近距離パワー型なのだろう。まぁ、見てて一発で分かるが。あっちもあっちで真剣な表情で追ってきている。
 さすがに人を巻き込むのは不味いだろうから、人気のない方を目指して走る。ペースはこっちが握っているので、後は冷静に相手のスタンド能力を探ればいい。
 ………けど、どうやって探ればいいんだ? やべ、思い付かねえぞ? てか走りながら考え事するの難しいって、マジパネェっす。

 しかし俺が余裕を保てていたのは、そこまでであった。
 人気のない薄気味悪い雰囲気の路地裏に差し掛かったころ、悪い方に事態が変化したからだ。

 バンッという、火薬の炸裂するような音が響く。
 そして次の瞬間、いきなり俺の足に激痛が走った!
 その不意打ちに、俺はその場に倒れ込んでしまう。

 「っぎぁッ!?」

 一体何が起こったのか。
 デュアル画面を維持していた俺は、確かにその真相を見届けていた。
 痛みを堪えながら身を起こし振り返ると、男のスタンドが掌を広げてこちらに向けている。その掌には、まるで銃身の様な小さな筒が手首の付け根付近から伸びている。
 それはまさしく銃身だった。男のスタンドはそこから銃弾を打ち出し、俺の足を銃撃……いや、“狙撃”しやがったのだ!

 「追いかけっこはお終いだ、くそガキめ。俺はあえて人気のない場所まで誘導されたんだ。ここならば誰にも見られる心配もない。俺はなんの心配もなく、安心してお前を“始末”することが出来るということだ。その足ではもう逃げることも出来ないだろう?」

 この野郎、近距離パワー型のくせして、能力が遠距離攻撃ってのはどういうことだ畜生!
 足の傷は幸い深くはない。けど、傷口からは血も流れていて、男が言ったように走るのは無理っぽい。
 おまけにこの路地裏、人気がない上に障害物になる様なものも見当たらないと来た。

 って……不味い、かなり不味過ぎるッ! 身を遮るものもなく身動きも取れず、開けた道のど真ん中で狙撃手相手に無防備を曝け出しているというこの状況!!
 致命的すぎる! いくら俺のスタンドが時間と空間を操れると言っても、その射程距離は短い! この状況は俺にとって最悪過ぎる!!
 ヤベェ、洒落にならねぇぞ!?

 「脳の血管をちょっぴり千切るつもりだったが、お前が俺と同じようにスタンドを持っているというのなら、話は別だ。この状況で不用意に近づけば、どんな“反撃”を食らうものか判ったもんじゃない。よって少しばかり“後始末”が面倒だが、このままじわじわとねぶる様に“射殺”することにしよう。氷を砕いたばかりのかき氷の山を、ストローでさくさく切り崩すようにだ」

 男のスタンドから、またもや銃弾が射出される。
 それは俺の足を打った時と同じように高速を維持し、そして極めて正確に俺の眉間をターゲッティングしていた!
 叫ぶよりも先に俺は念じる!!

 「ブリティッシュ・インヴェイジョン!!」

 ブリティッシュ・インヴェイジョンが具現化し、目の前に迫っていた銃弾を弾き飛ばす!
 一息つく俺に、男の声がかかる。

 「“やはり”か。俺と同じもの、スタンドを持っているならばもしかしたら、と思っていたが。どうやら、お前のスタンドで俺の“銃弾”は防げるようだな」

 「おうともよ! いくらでも打ってこいや! 全部叩き返してやらぁい!!」

 「ふん。言っただろう? ねぶる様に“射殺”する、と。とっくにその可能性など考えていたさ。俺の狙撃は“単発”だけではない。“連発”も可能なんだよ」

 男のスタンドがもう片手の掌を広げると、なんとそこにはもう一つ銃身が!
 状・況・悪・化!!
 ボケる暇もなく、雨のごとき銃撃が降り注ぎ始めた!!

 「ブリティッシュ・インヴェイジョンッッ!!!!」

 スタンドを具現させる。
 そして機関銃のごとき怒涛の量で迫る狙撃銃のごとき鋭い銃弾の全てを、叩き落とす。
 銃撃の雨に、終わりは見えない。間断もなく一切の勢いが衰えない銃弾を一つ一つ視認し、ブリティッシュ・インヴェイジョンを追跡させて防がせる。
 そう。俺は本物とその速度が一切変わらないスタンドの弾丸を前に、ブリティッシュ・インヴェイジョンを全て“目視”させた後に反応させて、叩き落としていたのだ。

 これこそ、時間と空間を操るスタンド、ブリティッシュ・インヴェイジョンの能力。その効果を発揮した結果の一つである。
 スタンドそのものに働く固有の時間を加速させ、結果的に周囲からすれば超速反応、超速行動を可能とさせる超チート能力。いわば簡易版メイド・イン・ヘブン!!
 仮に時間を十倍に加速させれば、例えスポーツド素人の俺であろうと100m走のタイムは十分の一となり、2秒以下のオリンピック選手顔負けの超人となる。
 精密性とスピードが欠けるスタンドでありながら完璧に銃弾を防いでいた理由は、ここにあった。
 要するに時間が加速された結果、相対的に豆鉄砲以下の速度になった銃弾を一つ一つ弾き飛ばしていたのである。傍から見れば俺のスタンドは残像を残すような速度で動いてるだろう。
 精密性とスピードに欠けているという欠点を、ものの見事に能力で埋めていたのだ。なんというチート。これならラッシュなんて余裕だぜ!

 しかしまぁ、深刻な欠点もなくはない。
 この時間加速、本体である俺自身の身体には全くかからないのである。あくまでも時間を加速できるのはスタンドそれだけ! よってガングロ神父みたく神出鬼没を再現できない。
 幸い視界の方は加速しているスタンドの方の視界もあるデュアル画面だから指示は追い付けるものの、俺自身の身体はスタンドの加速に反比例し微動だに出来ないのである。
 時間の加速しているスタンド視点から見れば、動きの止まった本体の周りを甲斐甲斐しくスタンドが世話して回っているような光景になっている筈だ。
 なんという役立たず。近距離パワー型ゆえに、文字通りの足枷である。俺が。おまけに現在足を負傷していて動けない。まさに足枷。
 そしてこの時間加速。スタンドパワーの消耗が空間を操るのに比べて、何気に激しいのだ。
 今でこそ銃撃を完封しているが、このまま持久戦になったら本気でヤバい。時間加速が切れてしまったら、文字通り命運が断たれてしまう。
 空間を操作してぶちかます切り札はあるものの、空間操作は本体を中心とした2mの範囲でしか実行できねぇし!!

 アレ? ちょ、ちょっと待て!? これ本気で手詰まりじゃない!!??

 「そこのお前たち。何をしているんだ?」

 そんなこんなで焦り出したところに、声が響いた。目の前の男でも俺でもない、第三者の声である。
 男の攻勢も止み、俺は声の響いた方へと顔を向ける。
 人気の失せた路地裏。その向こう側の細い横道から、ジーンズとジャケットを着た普通の服装の男性が姿を現していた。
 男性は怪訝そうな表情で、こちらの様子を窺っている。
 スタンドはスタンド使いにしか見えない。
 彼からしてみれば、倒れ込んだ俺とスーツ服姿の男が、妙に真剣な表情で向かい合っているようにしか見えなかったんだろう。

 「怪我をしているじゃないか。君、大丈夫なのか?」

 「ヤバイ! あんた早く逃げろ!! 急げッ!!」

 「なにを―――?」

 スタンド使いにだけ聞こえる、銃撃の音が響いた。
 俺の目の前で、わざわざ気遣い近寄って来てくれていた男性の身体に満遍なく、スタンドの銃弾が食い込む。
 そのまま男性の身体は吹っ飛び、アスファルトの上に転がった。
 血が、流れる。

 ……あ、あの野郎。やりやがったッ!
 真剣に怒りが吹き上がったぞ、この野郎!!

 「お前はッ―――よくも簡単に!! 人を!?」

 「面倒な話だがな……しかしこの際、もうたかが一人二人程度の違いは“関係ない”。すでにコッチはそれなりに危険な橋は渡っているんだ。余分な“芽”を残すつもりはない。ふん、半端な正義感をかざしたのが運の尽きだったな、コイツ。ああ心配はいらないぜ、ガキ? すぐにお前もコイツと同じように“始末”してやるよ」

 男はスタンドの両掌を向けて、また銃撃を加えようとしている。
 ふざけやがって、冗談じゃない。黙って殺されてたまるか。目の前の蛮行に、改めて怒りを覚えてしまった。こいつは一発、いや何百発も殴らないと気が済まない。
 けどそれには足の傷が邪魔だった。近距離パワー型のスタンドは近付かなきゃ役に立たない。物を投げるにも、精密性は高くないし第一投げる物それ自体がない。
 くそ、スタンドがクレイジー・ダイヤモンドじゃない以上、傷を塞ぐ方法は俺には………いや! あった!!

 反射的に思い付いたアイディアに従い、ブリティッシュ・インヴェイジョンの能力、空間の操作を“傷口”に対して使う。
 “傷口”に存在する、裂けた肉と肉の間の“空間”。その空間を“縮小”し、ミクロン単位にまで“空間”を縮める!!
 この空間の縮小によって肉と肉の境は狭まり、そして見かけ上だが、傷は塞がる!
 出来た! ぶっつけ本番のアイディア勝負だったが、上手くいったぞ!!

 が、勢いよく銃撃される前に駆けだそうとした瞬間、塞げたはずの傷のある足から、激痛が迸った。
 思わず身体の動きが止まり、その場に静止してしまう。
 し、しまった。確かに傷は塞いだが、あくまでもそれは見かけ上だけで、実際に神経や筋肉が繋がった訳ではなかったんだった。
 完治したつもりで足に負荷をかけたから、神経を圧迫されて激痛を引き出してしまった。この場面で自爆するか、俺!?

 時間加速をかけた訳ではないのに、やけに視界がゆっくりと動く。
 恐らくは男が銃撃を再開するまで、二秒とて時間はかからない。急いでショックで消してしまったブリティッシュ・インヴェイジョンを再発現させようと意識する。
 間に合うか? 間に合え! 一念岩を貫く思いで、必死に願う。
 だが、だめだ。男の方が、一手、早いッッッッ!!!



 「――――――変、身」



 「ぇ?」

 何処からか現れたワイヤーが、男に絡まる。
 絡まったワイヤーは一気に引き絞られて、男の全身を強引に拘束した。
 その思わぬ不意打ちの衝撃に、男は自分のスタンドを消滅させてしまう。

 「な、なにィィイイイイイ!?! ば、馬鹿な、なんだこれはァアアア!?!?!」

 「な、な……なぁ!?」

 俺は俺で、拘束された男とは別ベクトルの驚きに混乱しまくってた。
 ワイヤーの出所を辿って見てみれば、そこは先程、男に銃撃された親切な男性の倒れていた場所である。そこには倒れている男性の姿はなく、立っている人影がある。
 が、しかし。その容姿は、決してあの男性のものではなかった。
 黒を基調とした全身のカラー。ぺったりと全身の節々を覆うライダースーツの様な光沢のアンダーに、肘や胴体などを装甲の様に守っている外骨格。
 所々に露出されているメカニカルな機構に加えて、腰には特別な意匠を施されたベルト。止めにその頭部を包む、複眼状の構造をしたマスク。

 「か、仮面ライダーッ!?」

 明らかに世界の違う存在だった。
 スタンドではない、確実に。造形センスが、ペルソナとかいうレベルじゃなく一線を画し過ぎている。
 知っているどの仮面ライダーとも一致しなかったが、しかしそのマスクやスタイルや、何よりもちらりとさっき聞こえた掛け声が、雄弁に且つ明瞭に仮面ライダーだと語っていた。
 てーかここジョジョワールドじゃなかったんかい!? 混ぜ過ぎにも程があるしジャンル違いもたいがいだろオイ!!

 「何がどうなっているか……詳細は分からない。しかし、話を聞く限りではこの場の元凶は、貴様で間違いはなさそうだ。そして、到底野放しにはできない魂の持ち主でもある」

 「くそ! 次から次へと妙な連中が沸いてきやがって!!」

 男はワイヤーに絡まりながらも、強気な姿勢を崩さず再度スタンドを召喚する。
 仮面ライダーは反応しない。いや、というかもしかして、スタンドが見えてないのか? そりゃ仮面ライダーであるなら、スタンド使いではないだろうし。
 って、そうだったら不味い!?

 「ま、不味ッ! 避けろ仮面ライダー!!」

 「遅いッ! 喰らいやがれ!!」

 俺が叫ぶが、それよりも早く男のスタンドが両掌を仮面ライダーに向けて射撃体勢を整える。
 ダメだ、間に合わない。思わず俺はそう思った。
 が、それは無用な心配だった。

 「ワイヤー・ショック!!」

 「ぐぎゃぁあああああぁああああ!!!!」

 ばちりと音がした次には、男が盛大に髪を逆立たせながら感電していたのだ。
 銃撃を受ける前に許容量以上の電撃を食らった男は、絶叫の後にあっさりと意識を失った。合わせてスタンドも姿を消す。
 シュルシュルとワイヤーを巻き取り、仮面ライダーが男を開放する。哀れ、即席のパンチパーマ状態となった男が路上に転がっていた。

 「………殺した?」

 「いや、少しばかり出力を強めにこそしたが、命を奪うレベルではない。気絶しているだけだよ」

 強い光が一瞬だけ漏れる。
 光の後にはもう仮面ライダーの姿は消えて、代わりに立っていた場所には、あの男に銃撃された男性が立っていた。
 すげぇ、リアル変身を生で見てしまったぜ。

 「俺は藤戸利光という。よろしく」

 「か、勝田時雄です。こ、こちらこそ、よろしくお願いしますッ」

 手を差し出され、思わずどもりながら握り返して立ち上がる。
 やべぇ、まじやべぇ! リアルヒーローと会話しちまったよ!? ホンマもんの仮面ライダーだぜおいっす!? 知らないライダーだけどね!!
 心臓ばくばくである。年甲斐もなく興奮しちゃってるぜ、俺!?

 「そうか、時雄か。時雄、君に尋ねたいことがあるんだが……いいかな? さっき君は、俺のことを仮面ライダーって呼んでいたね?」

 「は、ハイ!」

 テンション最高潮! 俺クライマックス!!
 が、そんな俺のテンションをあっという間に冷ます一言を、藤戸さんはくれたのであった。

 「仮面ライダーっていう単語を知っているってことは………君がもしかして、トリッパーかい?」

 …………………………はい?




 衝撃の事実発覚。驚愕! トリッパーは俺一人ではなかった!!
 藤戸さんとの会話で判明したことであるのだが、いやはや………そりゃまぁ、自分が世界で最初且つ唯一の特殊な事例だって考えるのはおこがましいんだろうけどさぁ。たいがいの行動やアイディアは、もうすでに別の人がやってたりする世の中だし。
 にしたって、まさかこんなモンにまで先行者が、いや違った。先駆者がいるとは思わなかったぜ。俺、涙目。
 なんでもさらりと聞いた話の部分であるが、藤戸さん曰く、最初に集まった数人のトリッパーが作った集団が発展し、現在ではそれなりに巨大な組織を形成しているらしい。
 んで開発出来た技術を元に他の世界への移動も可能になった。ぶっちゃっけ仮面ライダー世界からジョジョ世界に行ける、と。
 ゼルレッチですね、分かります。
 他にも細かい話を聞きたい所ではあったのだが、しかし残念ながら時間がなかったので、話はまた後日。会う約束を取りつけてこの場は分かれることに。

 そうそう、スタンド使いの男についてだが。藤戸さんといっしょにどうするべきか、扱いにすっごく困り、悩みまくった。
 単純に暴力沙汰として警察に身柄を差し出そうにも、スタンド能力を持っている以上は再犯する可能性が大であるし、そもそも簡単に警察に捕まってくれるとも思えない。
 かといって後腐れなくスタンド能力を封じる方法なんて思いつかないし、まさか殺してしまう訳にもいかないでしょ?
 ああ、ジャンケン小僧の能力が欲しい。そうヒシヒシと思っていたのだ。
 で、そうやって頭を悩ましている時、ピンと某坊主さんの様にいい考えを思い付いたのである。
 スタンドってのは、要するに本体の精神力の現れな訳だ。

 つまり精神的にフルボッコしてしまえばスタンドは弱まる!

 この考えを下地に、俺は行動を開始した。
 まず男のスーツを程良く切り裂き、身体の随所に卑猥さを強調させるように縄を持ってきて亀甲縛りを敢行。猿轡はもちろん噛ませる。
 下半身は完全に露出させて、ケツの穴を見せつけるように掲げるポーズを取らせる。ついでにアクセントとして温度計を突っ込んでおく。
 そして止めに身体に私は犯罪者ですと書かれた紙を張り付けて、住宅地のど真ん中に放置しておく。なお、紙には財布に入っていた免許証から調べた氏名と住所もばっちり明記済みだ。
 うむ、これで完璧だろ。実に変態野郎の完成だ。マスコミにも通報済みである。
 これは確実に精神的に再起不能だね。俺ならそのまま自殺するレベル。これでリカバリー出来る奴はマジもんの真性ぐらいだろう。

 ちなみに何か藤戸さんがすっごく躊躇していたが、いやいや仕方がないんですって?
 まさかぶちのめし終わった相手をさらにボコボコにするのは寝覚めが悪いだろうし、かといって放置する訳にもいかないんですから。
 という訳で藤戸さんを説得しながら、一仕事を終えたその日であった。
 あー、疲れたぜ。




 そんなこんなで、来ました日曜日。藤戸さんと会うために、今日は予定を一切入れていない。
 藤戸さんとの話では、今日は件の組織まで連れて行ってくれるとのこと。そっちに説明役の人がいるから、色々と詳細についてはその人に聞いた方がいいとのこと。
 で、約束通り藤戸さんと合流した後、藤戸さんが取り出した小さな機械っぽいアイテムを弄ると現れた、凄い奇妙な穴。何これ? 暗黒空間か?
 こっちの困惑を置いたまま、藤戸さんは普通にその穴の中へズブズブ入っていく。うぇ!? 入るの!?
 はっきり言って抵抗はかなりあったのだが、しかし仕方がないので覚悟を決めて突撃。男は度胸! なんでもやってみるもんさ!!

 どっぷりと真っ暗闇になったと思ったら、視界が急変。なんか気が付いたら、どっかの施設らしき場所の中にいた。
 すぐ傍には先に行っていた藤戸さんがいて、遠くには別の人影の姿も見える。どこよ? ここ? ワープか?

 「恒例の言葉なんだけどね………ようこそ、トリッパーメンバーズへ。時雄」

 苦笑する感じで、藤戸さんが俺にその言葉を言った。
 かくして、俺は初めて異世界間組織、トリッパーメンバーズと接触することとなったのだ。

 この後、俺はトリップで神様の眷属になるというのに加えて、羨ましいほど美形なチートを持った説明係のクロノーズと対談したり、(フォーチュン・クエストてなにさ?)
 バイオ世界にトリップして生身で生き抜いた上に、一切の特殊能力が身に付かなくてもう銃だけが友達とか言っちゃってるガン・マスターなトリッパーとか会ったり、(悲惨すぎるぜ)
 美形な上に肉体的にも強く魔力も馬鹿多くてレアスキルを二つ持っている、実に妬ましいチートオリ主筆頭と会ったりなど、(時折ムカつく奴だが、ノリはイイし気前は良かったりするのだ)
 結構新鮮で楽しい経験を体験するのであった。

 クロノーズ曰く、組織はトリッパーを保護することを目的として活動し、発見したトリッパーに対しては無条件に色々なサービスや保証を与えているという。
 しかし、だからと言って別に組織に拘束する気はないんだと。トリップした世界に愛着があったり個人的な事情があるのなら、別に無理して組織に所属する必要はないとのこと。
 トリッパーの保護というのは完全な慈善事業であり、打算や押し付けは一切ないらしい。
 極端に言って、トリッパーに用意したサービスを利用するだけして、自由気ままにトリップした世界を満喫しても問題ないとのこと。さすがにそれが組織のルールを破る様だったり損害を与えるような問題行動なら取り締まるが、別に利益的な還元は求めていないらしい。
 なんか非常に都合のいい話なんだが、クロノーズはこれについて嘘偽りはないと太鼓判を押していた。メチャクチャ気前が良すぎるぜ旦那。
 で、実際俺にも、何と居住用の一室が与えられるなど各種サービスを貰えた。すげぇ!!
 とりあえず貰えるものは貰っておこうと、遠慮せずにありがたくサービス類は全部受け取ったぜ。




 それからは、普通に元のジョジョ世界へ戻り学生生活を送ることに。そして変わらず枝折ちゃんを見に行ったり、時折リターン・ポイントの方へ顔出しに行って適当にくちゃべったりなど、そういう風に日々を過ごす。
 んで、月日が流れること半年ほど、夏休み。
 まとまった時間が取れるようになり、俺は組織で働くことにした。
 とはいっても、それはアルバイト感覚であり、気安いものだったけどな。
 リターン・ポイントのショップは、品揃えが色々と面白いのである。一般構成員向けのお土産レベルのものから、購買にライセンスの必要な特殊な品目まで。
 メンバーズサービスでそのあたりの制限がないので、俺はその商品を自由に買えたりするのである!
 いい加減携帯ゲーム機の一つでも欲しかったんだよね。年代的にこっちは全然出てきてないしさ。
 しかし、問題は一つあった。金がないのである。
 サービスで自由に買うことが出来ても、さすがに料金はタダにならなかったのだ。ガッデム!!

 で、リターン・ポイント内で適当に職につき、お金を稼ぐことにしたのだった。
 このリターン・ポイント、施設の大きさから中に存在する人口まで、全部が全部バカでかい。その様子は都市と言っても変わりないレベルだったりする。
 だからそれこそ、一般的な会社員染みた内容の仕事から、そこらのコンビニのバイトレベルの仕事まで、色々と働き口が多かったりするのである。
 けど正直、ちまちま働くのは面倒だしなぁ。勤労精神は大事だけど、やっぱ理想は最小労力でガッポリ稼ぐことでしょう?
 という訳で、俺は条件に合致した素晴らしい職場を発見したのであった。
 それは何か?

 探査部の実行班。通称、“開通係”と呼ばれている職種である。

 この仕事、トリップ・システムを使った新しい世界の発見・開通を行っているのだが、しかしシステムの性質上行うことが出来るのはトリッパーだけとなっている。
 前提として絶対的少数なトリッパーである必要がある上に、少なからずの危険性も孕んでいるために、万年人員不足に陥っている職種なんだとさ。
 しかし、組織としては重要な職種ではある。ゆえに、この職種はかなりの高額な給金額を誇っているのである。ココ重要ね!!
 給金システムは基本歩合制でそれにプラスαなシステムらしく、基本的に一回のトリップで、普通に働く分の三カ月相当の額を稼げるとのこと。グレート! 素晴らしい!!

 正直、危険性があるといってもそんなん、可能性だけの話でしょ?
 仮に、いくらトリップした世界が戦争しているような世界だったとしても、まさか戦場のど真ん中にトリップしてしまう筈がないだろうし。そんなんどんだけ奇跡的な確率だよ?
 おまけに、俺がトリップする世界は、かなり帰還の周期が短い世界であるとのことだし。スタンドもあるし楽勝でしょ!

 この帰還の周期とは、開通の際にだけ起こる現象のことである。最初にトリップして、またリターン・ポイントへ戻るためにトリップ・システムを起動させるに生じる、インターバルの様なものだ。このインターバルが終わらない内には、トリップした世界からは帰還できないらしい。
 インターバルはトリップする世界によってマチマチであり、ほんの五分程度で済む世界もあれば、一ヶ月ほどの長期に及ぶ世界もあるのだという。この必要なインターバルは詳細な時間は分からないが、しかし事前に短いか長いか程度は分かるらしく、それによって準備を整えてトリップするのだと。
 俺がトリップする世界はインターバルは極めて短く、せいぜい最長で一日程度だろうと見られている。たかが一日ですぞ? さすがに一ヶ月とか長期間だったら不味いだろうが、一日程度なら飲まず食わずでも耐えきれるレベルだって。
 一日働いて、三カ月相当の稼ぎ。ボロい! ボロ過ぎる稼ぎだぜ!!

 という訳で、俺は盛大に欲に釣られながら、喜び勇んで新しい世界へとトリップするのであった。

 で、俺はこの十秒後あたりに、この迂闊さを心底後悔するのであった。うん、有り得なくね?




 以下、感想ね。

 割に合わねーって!! いくらボロくても命とは釣り合わんっつーの!!
 平穏第一! 命大事に!! もう絶対俺は危険に首を突っ込まんからな、ちくしょー!!!
 正直舐めてました! ごめんなさい!! お金を稼ぐって大変ですね!!

 俺は平凡に生きるぞぉー!! 部長ォーーーーッッ!!!!

 まじ御免なさい。勘弁してください。
 土下座して辞表を出したその日でした。








 憑依型トリッパー、スタンド使い勝田時雄。
 彼はその後、この時の思いとは裏腹に、より危険の渦中へと身を投げ出すこととなる。

 時雄はそのスタンド能力ゆえにDIOに目を付けられ、連れ去られた高目枝折を助け出すために、単身エジプトへ出国。そこでジョースター一味と接触し、DIO相手に激戦を演じる。そして自身のスタンド“ブリティッシュ・インヴェイジョン”を、“2nd・ブリティッシュ・インヴェイジョン”へと成長させるのであった。
 加えてさらに後年。後にトリッパーメンバーズ三大事件と呼ばれる事変の一つ、ブロリー・ショックにて己のスタンドをレクイエム化。事態収束に大きく貢献することになるのである。

 このことを、この時の彼は予想だにしていなかった。








 ―――あとがき。

 外伝です。時雄主役です。時雄主役はこれで最後です。
 感想が凄い。多くの人が真剣に本作を見てくれてるようで、作者は頭が下がる思いです。期待を裏切らないよう、がんばらせていただく所存です。
 一人称にチャレンジしてみた近作。感想はやりにくい。簡単って聞いたけど、逆にやりにくくない? なんか一人称で場の状況を語らせるのがすごく難しい。
 次は本編に戻ったり。キングクリムゾン! 四年ほど時間を吹き飛ばした! 結果だけがその場に残る!!

 応援ありがとうございます。これからも本作をよろしくお願いいたします。
 感想と批評待ってマース。

 PS
 これから更新が不規則になるかも。ごめんなさい。




[5944] 第十五話 全ての始まり
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/04/26 22:04

 爆発が響く。
 薄ら暗い、大地の朽ちた不毛の星。
 そこはおおよそ生物が生息するに適さない、暗黒に包まれた黒き惑星であった。
 岩が切り立つ、緑のない世界。恒星そのものの寿命が近付き、生命力の欠けた太陽系。
 その世界に、場違いとも言える爆発が連続する。

 暗闇を切り裂くように光弾が飛び交い、桁違いのエネルギーを撒き散らす。
 破壊されているのは、これまたこの星に場違いな建築物。
 知的生物はおろか、生命の痕跡すらとうの昔に滅び去ったとみられる星に、極めて高度なテクノロジーで築き上げられたと思われる建造物が存在していたのだ。
 その建造物群に対して、光弾が飛ぶ。見た目は小さく儚い光弾はしかし、おおよそ尋常ならざるエネルギーを秘めて飛来し、建造物群を破壊していった。
 爆発、炎上。成す術もなく蹂躙されていく。

 光弾を打ち出していたのは、人間であった。人数は十人程で全員が鎧の様な服を着込み、そして何よりも際立った特徴に、その腰から尾を生やしていた。
 彼らは無造作に手を向けるとその手から光を生み出し、とてもではないが一個人が捻出したとは思えないエネルギーをその光弾に含有させて発射していたのだ。
 彼らのその正体は、宇宙にその名を轟かしている恐るべき戦闘民族、サイヤ人。
 現在はフリーザ軍傘下の勢力として、その力を大いに振るい暴虐を振りまいている存在だった。

 「っへ、手応えが全然ねぇな。こんなもんなら、わざわざこんなご大層に人数集める必要もなかっただろうによ」

 「油断するんじゃない。幾ら逃げ散った残党とはいえ、敵は小賢しいあいつらだ。面倒な手を打ってくる可能性は十分にある」

 その注意を促すエリートの言葉に、へいへいと気のない返事を下級戦士のサイヤ人は返す。真剣に受け取ってないのは明白だった。
 それは周りで話を聞いていた他のサイヤ人も一緒であったし、また注意をしたエリートサイヤ人自身、そうでもあった。
 確かに油断はならない、これは正しいのだろう。だがしかし、現実問題として脅威に思えるか? そう問われれば、答えはNoとしか存在しなかった。
 それは単純な戦力分析の結果であるし、またその根本に嘲りであり見下しが存在するゆえでもあった。
 だが何にしろ、脅威にはならない、ということ。これは共通し、そして正しい見解であった。
 今回、念を押し派遣されたサイヤ人の数は、エリートも含めて十名前後。敵のレベルと比較し、明らかに過剰とも思えるほどの戦力を投下しているのだ。
 負けようがなかった。事実、現在各自がエネルギー弾の飽和攻撃を行っているだけで、ほぼ施設の破壊は完了に近付いている。
 味気がないにも程があった。このまま一仕事終わってしまうというのだろうか?

 「―――ん? 何だ?」

 サイヤ人たちの多くが落胆し退屈し切っているところ、事態に変化が訪れる。
 ほとんど破壊され、炎上している施設類。その残った瓦礫や建造物が、崩れ始めたのだ。
 同時に、細かな震動が地を伝わり、サイヤ人たちの元へも伝導される。
 地震。唐突に巻き起こった自然現象の中、さらに変化は持続する。
 粉砕され粉々にされた施設類。その降り積もった粉塵の中から、地を裂くように新たな建物が現れ出したのである。
 壮大な仕掛けに、サイヤ人たちの中の一人が口笛を吹く。
 地上に露出していた施設は偽装……ダミーであったようだ。地震も収まり新しく現れた施設の内、特殊合金製格納庫の門扉が解放され、中から無数の戦闘ロボットがわらわらと出撃する。
 戦闘ロボットたちはセンサーを輝かせると、遠くに佇むサイヤ人たちをそのレンジに捕捉。世代としては旧式だが、しかし性能が格段に引き上げられたブースターを噴射し、突撃を始めた。

 その搭載AIの狙いは、ただ一点。憎き怨敵、サイヤ人の撃滅。

 向かってくる血潮なき殺戮者の群れを見て、サイヤ人たちは表情に喜色を浮かべて戦意を奮い立たせた。
 どうやら、面白くなるのはこれからの様であった。
 次々と待ち切れないとばかりに、サイヤ人たちが飛び出していく。
 圧倒的に数で劣りながらも、しかしやはり負ける気は一切せずに、戦闘ロボット群とサイヤ人たちは間の宙でぶつかった。
 戦火が開かれる。
 騒ぎ出す血潮、煮え滾る戦意の元に、一人のサイヤ人が叫んだ。

 「ハハハハハッ!! いくぜぇ、死に損ないのツフル人どもがァ!!! グァッハッハッハァーーー!!!」

 すでに星としての生命が廃れ果て、輝きの欠けた暗黒惑星。そこに場違いなテクノロジーを持ち込み、拠点を築き上げている存在。
 彼らの名はツフル人。かつて、惑星ベジータが誕生する際にその立場を簒奪され滅ぼされた、全宇宙でも有数の知性生命体。その生き残りたちであった。
 サイヤ人と因縁深い相手である彼らツフル人の生き残りを、偶然発見したという報告を聞き届けたベジータ王は、即時殲滅を決定。

 それはすなわち、ツフル人残党掃討作戦。
 多くの人員を動員したその冷酷な作戦が、今この時決行されていたのだった。




 「己ぇ! 猿どもめが、ここを嗅ぎつけて来おったか!! 忌々しいサイヤ人どもめぇッッ!!」

 モニターに映る戦況の様子を眺め、一人のツフル人が怒り狂う。
 圧倒的大多数の戦闘ロボット群が殺意も露わに次々と飛びかかっていくが、その具合はよろしいものではない。
 雲霞に呑まれる羽虫のような光景でありながら、しかし羽虫側であるサイヤ人たちが粉砕される様子は皆無であったのだ。
 一斉に放たれる波の如き熱線の束。超精鉄ブレードを構えて避ける隙間を残さず飛びかかる、大量の戦闘ロボットたちの捨て身の特攻。
 しかし、そのいずれも具体的な効果は生み出せれず。
 アッサリと熱線は弾かれ、超精鉄ブレードも叩き折られ弾かれ、特攻も意に返さず逆に粉砕される。
 圧倒的総数差でありながら、戦況はサイヤ人たちの方が圧倒的優勢であった。

 苛立ちと共に、拳を叩き付けるツフル人。
 致し方ないことではあった。
 幾らツフル人が全宇宙有数のテクノロジーを有しているとはいえ、しかし逃げ落ち、身一つ同然の有り様での潜伏生活である。
 設備らしい設備も、資源もエネルギーも、何もかもない状態。おおよそかの惨劇より十年以上の月日が過ぎたが、しかしその内実は未だ十分とは程遠い、困窮したものだったのだ。
 その胸に抱いた執着的な無念と怨恨を原動力にここまで生き延び、そして軍団とも言えるほどの数の戦闘ロボットを製造できたが、それすら旧式にも程がある設計の産物。
 所詮は惨めな敗残兵。いや、それ以下の身分である。ここまでの戦闘ロボットや施設を構築したことこそ驚嘆に値するが、しかしサイヤ人に対抗できるレベルには程遠かったのだ。
 ゆえにこそ、ツフル人は一切の惜しみなく全機へ発進命令を下し、製造した全ての戦闘ロボットを勝ち目のない、サイヤ人への戦いへと投入する。
 そう、元より勝ち目がないことは分かっているのだ。

 ツフル人たちの目的は、この惑星の脱出。戦闘ロボットたちは、ただそのための時間を稼いでくれればいいのである。

 ようやく、ようやくなのだ。
 十年以上に及ぶ途方もない年月をかけて、劣悪な環境下から、ようやく憎きサイヤ人への反撃の火種を手に入れたのである。
 過酷な潜伏生活は、生物的に惰弱であったツフル人にとって命にすら障った。
 惑星ベジータ脱出時の人数と比べ、現在生き残っているツフル人はほんの十名にも満たない。他の皆は無念の念を残しながらも朽ち果てていったのだ。
 同胞の無念、嘆き、そして怒り。それらを背負いそして手に入れた礎。決して無駄には出来なかった。

 「データは全部引き出し終わったのか!?」

 「ああ! もう宇宙船に積み込んでいる! 研究資材も積載済みだ!! 後は工作機械類を積み込む必要がある!!」

 「時間がない、サンプル用のモデルだけにしろ!!」

 「分かった!!」

 慌てながらも迅速に、血と涙の結晶である成果物を回収していく。
 この施設を破棄することは手痛いが、致命傷ではない。研究を重ねて築き上げてきたその成果さえ持ち出せれば、より短期間で立ち直ることは出来る。
 再起の芽はあるのだ。より確実で、そして絶対的な保証の元に。

 ―――しかし、その芽はただ圧倒的な力の前に、叩き潰される。

 ピピピピと、モニターに反応が走る。
 振り返り反応を確かめたツフル人は、驚きに目を見開いた。

 「な!? ば、馬鹿な!? こ、この戦闘力の数値は!?」

 スカウターの機能を併せ持ったモニターに、急激に反応している最も危険度の高い戦闘力の数値が表示されていた。
 その数値、13200。
 それだけの戦闘力を持った存在が、急速に近付いてきているとモニターは示していた。
 ここまで巨大な戦闘力を持ったサイヤ人を、そのツフル人は一人しか知らなかった。

 「まさか、ベジータ王まで来ているというのか!? この星に!?」

 爆発が走る。
 回収作業を行っていたツフル人たちが悲鳴を上げて地に伏せ、衝撃に慄く。
 いち早く気を取り直した一人のツフル人が立ち上がり、爆心地に目を向ける。
 力任せに破壊され破られた、特殊合金製の外壁。粉塵漂うその場所に佇む、マント状のオプションが付属したバトルジャケットを着込んでいる小さな人影。
 そのサイヤ人は、未だ幼いにも程がある小さな子供だった。

 「こ、子供だと? 馬鹿な………こ、こんな子供が、あれだけの戦闘力を発揮していたとでもいうのか?」

 にわかに信じ難い事態に、思考停止状態へと陥るツフル人。
 外から力任せに押し入ってきた、子供のサイヤ人。彼は部屋をぐるりと見渡すと、つまらなさそうに鼻を鳴らした。

 「ふん………期待して損したぜ。所詮は負けて逃げ出したクズの残りカスか」

 「き、貴様ぁ……サイヤ人風情が、ふざけた口を!!」

 激昂したツフル人の一人が、放置されていた実験段階の火器を持ち上げる。。
 研究中ゆえに骨組みが剥き出しになってる上、エネルギー変換効率に乏しくサイズも大型化してしまった、実用に欠けているもの。だがそれでも執念の賜物で、基地から直接コンデンサーを繋ぎエネルギーを注ぎ込むことで、下級戦士レベルならば対抗できる威力をそれは引きずり出せた。
 銃口を憎きサイヤ人へと向けて、標的が子供であることにも頓着せずにツフル人は引き金を引く。

 「死ねぃ! サイヤ人めが!!」

 凝縮された、高密度エネルギー波が照射される。
 狙いは精密だった。それもまた執念のなせる技だったのだろう。
 熱線は一直線にサイヤ人の顔面へと、直進していた。確実に直撃コースの一矢。

 が、あっさりとそのサイヤ人は、迫る熱線を虫を叩くように弾いた。

 そのまま気だるげに手を向けると、お返しとばかりにエネルギー波を発射。
 悲鳴すら上げる間もなく、火器ごとツフル人が呑み込まれ、消し飛ばされる。そのまま余波は施設を貫通して貫き、派手に爆発を引き起こした。
 いとも容易く命を刈り取りながら、しかしその顔には一切の思い入れも浮かべず。子供はただ退屈に苛立つ様子しか存在していなかった。

 「ひ、ヒィイイ!?」

 腰の抜けていたツフル人の一人が、恐慌を起こしながら逃げ出す。
 同じように、後に続けて残ったツフル人たちも走り出し、逃げ始めた。
 余りにも桁違いな存在。ただ生き延びるためには、無様に逃げるほか手はなかった。それほど脅威的な存在であったのだ。
 しかし、ただ背を向けて逃げるだけで生き延びられるほど、その敵は優しくはない。

 サイヤ人が人差し指と中指を揃えて、先頭を切って逃げるツフル人にッピと狙いを付けた。
 次の瞬間、狙いを付けられたツフル人が爆発した。
 内側から爆裂したかのように、内臓と体液を撒き散らしてバラバラに弾ける。
 凄惨極まるスプラッタな光景に悲鳴が上がり、堰き止められた川の流れの如く、逃げ走っていたツフル人の動きが滞った。
 サイヤ人の子供は眉一つ動かさず、そのまま立ち止まったツフル人たちへ指の照準を合わせると、同じように淡々と処理を重ねる。
 瞬く間に血と肉の山が生み出され、惨劇が形作られていった。逃れる術はない。

 残った最後の一人であるツフル人は、もはや逃げられないことを悟りサイヤ人へと身体を向ける。
 無念、そして怒り。決して言葉に言い表しようがない凄まじいまでの怨念の猛りを、言葉と視線に込めれるだけ込めて吐き出した。
 未来永劫の呪いを、ただ与えん。絶対にただでは死なぬという、朽ちぬ永遠の災厄を届けようと。

 「おのれサイヤ人、おのれぇ野蛮な下等生命がぁ!! 許さぬぞ、決して………絶対に! 例え肉体は滅びようとも、我らツフルのこの怨念は決して消えず、貴様ら種族を子々孫々の末まで! 呪い尽くしてくれるわ! そして必ずや貴様ら一族の存在を、この宇宙から抹消しッ」

 ボンと、ツフル人が最後まで台詞を述べれず、弾け散る。
 ぼとぼとと派手に肉片が飛散し、サイヤ人の足元にまで眼球が一つ転がってきた。
 無造作に足を踏み下ろし眼球をべちょりと潰し、唾を吐き捨てる。

 「惨めな奴らだ。吠えることしかできない、負け犬め」

 踵を返し、自身が破壊した外壁の穴から外へ出る。
 垣間見える遠方の様子は、未だ蟻のように湧き出ている戦闘ロボット群と戦いが続いていた。わざわざ戦いを楽しもうと、すぐにケリを付けられる戦いを故意に引き延ばしているのである。
 下らない。彼は内心でそう吐き捨てる。今回与えられた仕事は、彼にとってあまりにも容易く、つまらないにも程がある代物だった。
 その心中はもうすでに関心が失せ果てており、とっとともっと歯応えのある、別の星へ行きたいと思っていたのだ。

 「ベジータ様。ここにいたんですかい」

 「……ナッパか」

 かけられた声に反応し、子供が振り返る。
 丁度見つけたのだろう。空から巨漢の男が子供のすぐ近くへ降りてきた。男もまたサイヤ人であり、その腰には尾が帯のように巻かれている。
 男の名はナッパ。代々サイヤ人の王族に仕える名門のエリートの出自であり、現在は王子の付き人をしている者である。
 そして目の前にいる子供こそ、現ベジータ王の実子であり、そして歴代の王族を遥かに圧倒する戦闘力の素質を持った超エリート。戦闘の天才児。

 戦闘民族サイヤ人、その王子ベジータ。
 その齢にしてすでに父ベジータ王を凌ぐ戦闘力を持つ、恐るべき怪童である。

 着地した後、ナッパは振り返ったかと思うといきなりエネルギー弾をぶっ放す。
 伸びたエネルギー波の軌跡が、そのまま宙にラインを描いて直進。ナッパを追って群がって来ていた、戦闘ロボットの大群に着弾。
 盛大に開花する爆炎の華に、ナッパは興の乗った叫びを上げる。
 冷めた目でその様子を眺めて、ベジータは感想代わりに鼻を鳴らすとそのまま一人宙へ飛び立つ。
 行動に気付き、慌ててナッパもその後を追う。

 「ど、どうしたんですかい、ベジータ様?」

 「何時までもこんな茶番に付き合っていられるか。とっととこんなチンケな星なんて片付けて、フリーザ様に新しい仕事でも回してもらうんだよ」

 ナッパに対し一顧だにせずに飛翔し、ベジータは適当な山岳に目を付けて降り立つ。
 なお途中、ベジータを捕捉した戦闘ロボットが何十体も行く手を遮ったが、構わず突き進むだけでそれらはすれ違い際の干渉で破壊されていった。
 ベジータが改めて景観を確かめれば、丁度その位置からは戦闘中のサイヤ人たち、その全員の姿が確認できた。
 ベストポジション。
 思った通り、ここベジータがこれからやろうと思っていることに対して、最適な位置取りだった。
 数拍の間を置いて、追い付いたナッパが傍に降り立つ。
 自分の行動に振り回されていることを、しかし欠片も歯牙にかけず、ベジータは言葉を述べる。

 「ナッパ、目を閉じていろ。俺の傍で変身されても迷惑だ」

 「へ? まさか、ベジータ様……あれをやるつもりで!?」

 「ふん。トロトロトロトロ、何時までも時間をかけやがって。いくらツフル人なぞがゴキブリ並にしぶとい野郎だろうと、こうすれば後は勝手に残った奴らでも始末を付けれるだろうが」

 ベジータが手を掲げ、力をその掌に集中させる。
 より純粋な、普段何気なく使用しているエネルギー弾とは質の異なる“気”の集束。素質を持った限られたサイヤ人にしか行えぬその芸当を、こめかみに血管を浮かべながら実行する。
 ほどなく、ベジータの掌から跳ね上がる様に、一つの小さな光球が生み出された。
 彼はその手を大きく掲げたまま振りかぶると、投球し、遥か彼方の上空へと向けて光球を投げ放つ。
 高速に飛来する光球。おおよそ直下に戦闘中のサイヤ人たちが位置するころへと位置するに至り、ベジータはその手を光球の姿に重ねる様に合わせる。

 「弾けて混ざれ!」

 そしてキーワードを発し、重ねた手を握り潰すように閉じた。
 その動作に同期して、閃光。
 溢れだし一瞬全てを覆った光の一閃に、ほんの一時ばかり戦場の動きが止まる。
 しかし、眩い光が輝いたのも一瞬だった。すぐに光は収まり、辺りは今まで通りの空間へと戻る。
 だがそれは唯一点、前の姿とは異なっていた。
 宙空に座す、光輝く球体。恒星の光すらも届かない暗黒惑星に、突如として降って湧いた異質な存在。
 それは満月であった。突然生成された満月を、思わず直下にいたサイヤ人たちは皆、その瞳の中に姿を収めてしまう。

 ベジータはマントを翻し、自身が生み出した人工満月を確認することもなく立ち去り始める。
 同じく事前に忠告を受けて、視線を遮っていたナッパもまたその後へと続いた。
 困惑しながらも付き添い、ナッパは疑問を表す。彼は王子の付き人である以上、王子の動向には常に同伴しなければいけないのだ。

 「ベジータ様、いったいどちらへ? まだツフル人どもの掃除は終わってないですぜ?」

 「言っただろう。フリーザ様にもっと骨のある星の仕事を回してもらえるよう、ねだりに行くんだよ。ツフル人の掃除なんて面倒は、残った奴らだけでも十分片付けられる」

 つまり端的に述べれば、最低限の義理は果たしたのだから、もう自分がここにいる必要はない。そうベジータは言っていたのだ。
 内心の本音を暴露してしまえば、もはやこの後どうなろうと知ったことではない。そういう思いを抱いていたのである。
 しかし此度の作戦は、曲がり並にも父ベジータ王から息子であるベジータへ、直々に監督するよう言い渡された命令であった。
 ただ十分であるというだけでこの場を後にするのは、分かり易いほどに深刻な問題行動だった。その程度のことは、ナッパとて理解出来る。
 ゆえにこそそれで本当にいいのかと、困惑した表情を浮かべながらその背後に付いていく。
 幼い身空でありながら、ベジータは殊更邪悪で冷酷な嘲笑を浮かべる。

 「ッハ……親父が怖いのか、ナッパ? 放っておけ、あんな奴のことなんてな。どうせ、大した文句も言えやしない」

 サイヤ人社会は、極めて純粋な意味で、完全な実力主義社会である。
 その戦闘力の高低で権威の行方が定まり、すなわち戦闘民族の支配者としての王権を掌中に収められるのだ。
 とはいえ、だからと言って戦闘力の高いものがすべからく権力に興味を持つ訳ではない。サイヤ人の歴史の中では希少な事例だが、王以外にそれ以上の戦闘力を持ったサイヤ人の存在とてありはする。
 だがしかし、彼らの手によって王族の主権が簒奪されたことはない。もとより戦闘民族の人間であり、戦いにその欲求の大部分が占められている者たちだ。権威を握る資格を持てても、実際にそんな本人たちからすれば面倒極まりない役柄を担う気は、毛頭なかったのである。
 しかし、例え主体的な意思での権力欲は皆無でも、利用できるものは利用するという合理的な判断と狡賢い知恵というものは備わっていた。
 現在のベジータの戦闘力は、実父であるベジータ王の戦闘力を上回ったものである。形式的な意味では未だ王子に過ぎず、権力と呼べる代物も継承されてはいない。
 しかし、書類的な手続きといった形式での権力を手に入れてはいなくても、単純なサイヤ人社会通念的な概念に支えられた王を凌ぐ権限は、すでに手に入れているのだ。
 サイヤ人社会で重視されるのは、どこまでも行ってもやはり戦闘力の高低の如何である。そしてそれは階級に関係なく、ベジータ王自身すら基本的な観念として持ち得ている。
 ゆえに王としてベジータに命令を下したベジータ王であったが、しかし仮にベジータがその命令を拒否したところで、一切のペナルティは加えられなかったのだ。
 が、しかしである。それはあくまでもベジータだけの話。
 付き人であるナッパにしてみれば関係のない話であり、むしろ非常に進退としては白黒で言われれば黒が濃いかった。ベジータにペナルティを加えられない分、ナッパへシワ寄せが来る可能性は大だったのである。
 とはいえ、それこそベジータにしてみれば知ったことではない。
 彼は己の付き人への配慮なぞ一切考えることもなく、自分本位な行動を押し通しその場を後にするのであった。それにしかめっ面を浮かべながらも、ナッパも追随する。

 彼ら二人が立ち去った、その背後。
 ベジータの手によって生み出され煌々と輝く、その人工満月の下。
 未だ蠢く有象無象な戦闘ロボットの中から、幾多もの野獣の雄叫びが響き始め、そしてこれまでと比べ物にならない爆発が巻き起こる。

 終わりが始まっていた。




 「ば、馬鹿な!! な、何故だ!? 何故奴らサイヤ人どもが大猿になれるのだ!?」

 反響する野獣の雄叫びと、同期するように震える、強大な破壊活動による地響き。
 その中、準備を整え至急に宇宙船へと一人ひた走っていたツフル人が、その有り得ぬ事態に目を大きく開眼し驚愕していた。
 大猿となり、その戦闘力を10倍と引き上げたサイヤ人たち。彼らはその圧倒的な、ただひたすら圧倒的な力で、元々隔絶した差のあった戦闘ロボットを容易く破砕し、特殊合金製の施設類を破壊して回っている。
 その様はまさに、彼の脳裏に克明に刻まれた最悪の記憶。十年以上前の、あの忌まわしき母星で起こった反乱の再来でしかなかった。
 大猿によって成す術もなく蹂躙されていく、我ら栄光あるツフルの文明。屈辱に塗れながらの遁走。
 本当に図ったかのように、その様相は酷似していた。否応もなく、ツフル人である彼―――ツフル人の中でも最高の知恵を持つ者と称される、Dr.ライチーは劇的な憤りに駆られる。

 わざわざ、わざわざ多大なリスクまで払って、このような絶対的に生存に適さない惑星へと隠遁したのは、全ては憎きサイヤ人から逃れるためであった。
 一年中暗雲に覆われ、日照が全くと言っていいほど欠けた生命の維持が覚束ない環境の暗黒惑星である。当然生命体として弱い種であるツフル人たちは、ドンドン死んでいった。
 それでもひたすら辛抱し、耐え凌いで生き抜いてきたのだ。発見され難いというメリットを取る方だけを選択し、必死に生き抜いてきたのである。
 しかしツフル人たちがこの星にそこまでしてこだわった理由は、他にもあった。
 サイヤ人たちがその本領を発揮するため、つまり大猿化に必要な満月が存在しない星であること。ツフル人たちはこの条件をも併せ持つということがあったために、そうまでしてこの星に執着したのだ。
 複数の条件を満たした、得難い星。万が一の場合を想定し備えるために、そうであるがゆえに、耐えてきたのである。

 しかし、目の前の状況はどうなっているというのだ? Dr.ライチーはただ静かに理性を消し飛ばす。
 あれほどまで苦労し、辛酸を舐め、命の対価を払って年月を過ごしてきたというのにである。目の前の憎き怨敵たちは、呆気なくそれらを無に帰し、暴虐を振りまいているのである。
 何のために払った対価であったというのか。何のための失われた命であったというのか。
 マグマの如き粘性と熱量を秘めた感情が、一つ皮膚の下でとぐろを巻いていた。

 「おのれぇ………おのれぇッッ!! サイヤ人がぁあああ!!! 許さん、絶対に許さんぞ! この宇宙のゴミ屑どもがぁああああああああ!!!!」

 なけなしの体力を振り絞り、Dr.ライチーは疾走する。
 目指すはすでにオートで発射準備が進められている、脱出用の宇宙船。より強固となり固定化されそして逐次燃焼されている、その業火の如き憎悪を抱いて彼はそこへと駆ける。
 この星で生み出された数多くの兵器、技術、資材。持ち出せたそれら成果物は、余りにも微少であった。
 混乱と対応の拙さゆえに、与えられた損失が膨大だったのだ。自分以外の生存者の姿すらも、視野には映らない。
 しかし、それでもまだDr.ライチーには希望があった。
 Dr.ライチーが手がけし、最大最高の発明。研究し開発し組み上げられた、長き潜伏の中で生み出された最も優れたるもの。
 その最重要マシンの雛型だけは、持ち出すことに成功していたからだ。
 すでに運搬され、最優先に宇宙船の中へとその大型のものとなったマシンは搭載されていた。それさえあれば、極論言ってそれ以外の全ての品々を捨て去ってしまっても何とかはなる。
 また長い年月による多大なロスは生じるだろうけれど、それも致し方ない。たたこの場を生き延び、そして確実な報復を与えようと、Dr.ライチーは企てていた。
 全ては、憎きサイヤ人どもへの復讐を成すがため。すでに視界に宇宙船の開かれた搭乗口を見収めながら、Dr.ライチーが駆け込もうと最後のダッシュをかける。
 後、ほんの10m程度の距離だけだった。

 しかし、その際に突然、Dr.ライチーの真横から大猿が現れた。

 「なッ、何だとォォッ!?」

 獣性の差し向けるがままに破壊し回っていた大猿が、足元をうろつくちっぽけな存在に気が付く。
 わざわざ注意を払う必要すらもない。
 大猿は無造作な動作で腕を振るうと、埃を払うような仕草で哀れなDr.ライチーを弾き飛ばした。

 呆気ない見た目とは裏腹、その腕の先の拳速は軽く音速を突破している、巨大な鉄球に等しい平手。
 大猿にしてみれば、文字通り埃を払っただけのその行動。だがしかし、Dr.ライチーにはオーバーキルに値する威力のものだった。
 ボギャリと、肉が叩き潰され同時に骨が擦り潰される。迫りくる平手と接触したその瞬間に、すでにDr.ライチーは三度死に果てていた。
 そのまま一切の生命活動を担う器官の全てを破壊されたDr.ライチーの身体が、与えられた運動エネルギーに従って飛翔。その空気抵抗の圧力で全身から雑巾のように体液を噴出しながら、彼は一気に空間を駆けて、そして激烈な速度のままに壁へと叩きつけられた。
 べちゃりと、重力に従いDr.ライチーの亡骸が地に落ちる。すでに、彼は事切れていた。

 だがしかし、何のいたずらか。
 大猿に弾き飛ばされたことで、幸か不幸か、Dr.ライチーは宇宙船の中へと辿り着いていた。
 そして叩きつけられた衝撃で、偶然にも“壁”……すなわち宇宙船の操作パネルに接触し、待機されていた最後のシ-クェンスを起動させたのだった。
 ハッチが独りでに閉められ、ブースターに火が灯る。

 ふと、Dr.ライチーを弾き飛ばした大猿が気が付いたように目を向けるも、遅い。
 アイドリング状態であったメインエンジンの出力を一気に高められ、ブースターが緊急最大推力にて作動。大猿の眼前で、宇宙船はあっという間に飛び上ったかと思うと、もうその姿は視界から消えていた。
 近くにいた大猿が、理性の失う下級戦士であったことが原因か。
 まんまと取り逃がしてしまった獲物の存在に、原始的な衝動のままに猛る、大猿が咆哮が暗黒惑星の空に響いた。




 オート状態のままに、暗黒の宇宙を駆け抜けている宇宙船。
 その船内には一人の生命体も存在せず、ただ一体のツフル人の亡骸と巨大なマシン。それと幾つかの工作機械だけが搭載されていた。
 生命がないゆえの静寂に満たされた、静かな世界。

 そこに、異変が起こり始める。

 船内の中央に安置されていた、用途の分からぬ巨大なマシン。それが電源が入ったかと思うと、勝手に動き始めたのだ。
 人工知能だとか、あらかじめ組み込まれていたシステムという訳でもなく。
 その姿には、科学に優れたるツフル人が製作したマシンでありながらオカルト染みた雰囲気を漂わせていた。
 マシンの胎動は止まらない。いかなる用途のもので、いかなる機能のものなのか。全てが秘密に包まれながら、マシンは動き続ける。

 やがて、放置されていたDr.ライチーの遺体に変化が発生する。
 ぐちゃぐちゃに骨と肉が挽き合わされた、悲惨な死体。その死体から、凄まじくおぞましきオーラが立ち昇り始めたのだ。
 それは黒く、根深く、執着的で、色濃く、おぞましく、狂おしく、一途であり、粘着質なもの。エネルギーではあるのだろうが、しかし決してまともな代物ではない。

 それは一言で、怨念と言い表せた。

 おおよそ一個人が持てるものとは思えない、歪みねじれそして異常なほどの情動を秘めた、視覚化され現出した怨念。
 そのおぞましい瘴気を発している怨念を、マシンは淡々と、文字通り機械的に蒐集していく。
 そしてそんな異常なマシンを腹に抱え込んだまま、宇宙船は広大な宇宙を進み続けていくのだった。


 ツフル人が世界へと遺した、二つの災厄。
 その一つである、忌まわしき命なきマシン。それは今日この日、邪悪な意志の元に、その稼働を始めのだった。

 これが出番を現す日は、まだ遥か先のことである。








 歪みのない、綺麗な直線を描いた閃光が走る。数は五つ。しかし光速のそれは五つにとどまらず連射され、次々と立て続けに空間を突き進んだ。
 撃滅の光。雨あられと人の手によって降り注がれる、その攻性の光を前に、しかし相対する人間に怯む様子はない。
 何故ならば光速のそれなど、相対する彼―――リキューにとって、微塵の脅威も与えることはできなかったからだ。

 リキューは、ほんの僅かに身体を傾ける。そんなレベルの微小な動作だけで、迫りくる光線の数々をかわしていく。
 文字通り、紙一重の見切り。それは光線の発射前の前動作や射線の位置、対象の視線などから読み取った先読みであった。
 これまで積み重ねた経験によって際立った、その技量による賜物である。四年という歳月は、リキューという人間を戦闘者としてあらゆる面において成長させていた。
 涼しげな表情で回避し続けながら、リキューはその視線を大量の弾幕を形成している本人へと向ける。そして本人と視線がかち合ったことを確認すると、見せつける様に嘲笑った。
 分かり易い挑発だった。加えて、誤魔化しなく余裕があることは事実。一気に嘲笑を向けられた本人の顔が気色ばむ。

 「てめぇ、余裕かましてるんじゃねぇ、よッ!!!」

 彼は手にしたマシン・ソードを、振り回すように自分の周りで一周させる。その動作により、突き付けた左手から五つの小型魔法陣を発生させて光線を打ち込みながらも、さらに足元に巨大な直径2m程度の魔法陣を追加生成する。
 リキューと戦っている相手。
 それは同じトリッパーであり長い付き合いとなっている、常日頃から反目し険悪な雰囲気を形成させている存在である、メンバーズ内最多ギフトホルダーと称されるトリッパー。
 魔導師、リン・アズダート。メンバーズ内の戦闘的な実力ランキングにて上位10位内に位置する者、通称メンバーズ・トップテンと評される人間の一人であった。
 リンはイラついた表情のまま、叫ぶ。

 「ジェダイト! 範囲攻撃魔法準備だッ!! フィールド・クエイカーの発動スタンバイ!!」

 《了解しました、マスター。フィールド・クエイカー、スタンバイ》

 「ッハ、見ていやがれリキュー。余裕の顔していられるのもそこまでだ、この野郎ッ」

 リンの足元に追加された魔法陣の、輝きが強まる。
 リキューはその様子に気がつき、目付きが僅かに鋭く細まる。そして変わらず降り注ぐ光線を全て紙一重の間合いでかわし続けながらも、移動を開始した。
 リンはリキューを狙い光線を放ち続けるも、リキューは何ら痛痒した様子も見せずに光線を軽くかわし、ゆっくりと距離を詰める。
 その姿には警戒はすれど、危機感を覚えてる様子は一切見られなかった。緩慢な動作がそれを物語る。
 リンの表情に浮かぶ感情に、さらなる薪がくべられる。明らかにリンの実力を格下と見た、舐め切った態度。リキューはそのリンの表情を見て、内心に充実する愉悦心に口元を釣り上げた。

 《コンプリート。フィールド・クエイカー、レディ。いつでもどうぞ、マスター》

 「………ああ、分かった」

 抑え込んだような声色で了承の意を表し、リンは苛烈な熱情を秘めたまま押し黙る。
 光線が止む。
 連続展開していた光線、ブレイク・バスターの発射をリンが止めたのだ。リキューは詰めていた歩みを止めて、軽く身構える。
 来るか。内心でそう次の攻勢を感じ取り、リキューは感覚を研ぎ澄ます。
 一瞬の膠着。リンが口火を切り、事態は再動を始めた。

 「フィールド・クエイカー発動ッッ!! 連続展開開始ッ!!」

 《了解しました。演算開始、シミュレートをリアルタイムで修正します》

 その瞬間、リキューは異変を感じ取った。研ぎ澄まされた感覚器官から集積された情報を最適化することによって閃いた、ある種第六感とも呼べる超知覚。
 リキューは己の直感に逆らうことなく、それまでの緩慢な動きを裏返した、素早い動きでその場の空間から一瞬で飛び退く。距離にして50m。まさしく瞬間移動とも形容できる、一瞬の移動。
 直後、白色の球体が発生した。リキューがそれまでいた空間を削り取る様に、立体状の巨大な球体が出現する。
 リキューはその攻撃を認識すると同時、即座に動き始めた。次の瞬間にはまたリキューの移動したすぐ背後に、白い球体が出現している。

 線攻撃から面攻撃への切り替え。加えて、今まで使ってきたものとはまた異なった種類の攻撃。
 リキューは楽しげにリンの繰り出してきた新たな魔法を分析しながら、立て続けに現れる白い球体を余裕で回避し続ける。
 四年前は、このような面を満遍なく埋め尽くすような飽和攻撃による被弾数の累積と、それによる不可思議な疲労の追加で押し負けるケースが少なからずあった。幾らガードしようとも関係なく入るダメージに、それなりの苦労を強いられたのだ。
 しかし、現在ではその不可思議なダメージの理由も分かり、また戦闘力の大幅な上昇と戦闘経験の積み重ねによる戦術面の成長でそのようなケースはほぼなくなっていた。
 一発の被弾を受けずに、リンの魔法を先読みし、避けてかわし迎撃することができるようなったのだ。わざわざ今放たれる魔法を曲芸のように紙一重でかわしているのは、見切りを鍛えるための自己鍛練であり、つまりは絶対にリンの魔法によって致命打を受けないのだという、傲慢な自負の表れである
 余裕を未だ崩さず、リキューは口を開いた。その宛先は当然、リンに他ならない。

 「どうした? 俺に吠え面かかせるんじゃなかったのか?」

 「黙ってろ、真性バトルジャンキーが!!」

 「っは、陰険な根暗野郎が。言葉だけは強気だな」

 リキューの嘲笑とリンの怒声が衝突する。
 しかし一見無差別な球体、範囲攻撃魔法であるフィールド・クエイカーの発動であったが、しかし実際には周到に計算され、予測しながら攻撃は行われていた。
 リキューの行動パターン。逃げる方向、及びその際の速度。置かれた状況による取りうる選択肢。緻密に計算しながら、リンはフィールド・クエイカー発動の位置・時間を定めていのだ。

 このことに、リキューはリンの思惑通りの位置取りまで誘導された時にようやく気が付いた。

 また同じように発動されるフィールド・クエイカー。生じる空間の歪みの前兆を敏感に感じ取って、リキューはまるで不可視の壁に沿って飛んでいるかのように奇妙な軌跡を描く。
 そのまま悠々と飛翔し続ける。すでおおよそ、リキューはリンの魔法の見切りが完璧となっていた。間合いを読み違えることなく、完璧に最小限の動きで避けているのだ。
 そしてかけられる攻勢。やはりリキューはその前兆を感じ取る。キリがないと判断したのか、これまでよりも多く、占有される空間の大きい魔法の発動。
 リキューはその中に幾つかある脱出経路を見繕い、フィールド・クエイカーが発動する前に効力範囲を抜け出そうと、必要最低限の加速をする。
 この間の知覚と行動、時間にして0.01秒以下のことである。尋常沙汰ではない。
 そもそも、発動する前に効力範囲を抜け出すという表現も的確ではない。厳密に言えば、リキューが空間の歪みという前兆を察知している時点で、すでにリンの魔法は発動しているのだ。
 例えてみれば、引き金が引かれる前に回避するのではなく、引き金が引かれた後に回避するようなもの。超越的な反射神経と行動速度があるからこそ出来ている見切りであり避け方であって、いわばそれ自体が超人芸な代物。まさしく、リキューは遊んでいたのだ。
 もはや、リンにリキューを捉える術はない。こうまでに至り、すでに両者はそこまで力量に大きく隔絶した差があった。リキュー自身の認識とて、それに相違ない。
 ゆえにリンが打った次の手に、リキューは驚くこととなった。

 大規模な魔法の包囲発動を感知し、そして急速離脱を行ったリキュー。
 その眼前で、リキューがかかる前に発動を始めていた設置型バインドが存在していたのだ。

 「なにッ?」

 自分から突っ込む形となり、バインドに引っかかるリキュー。すぐにもそんな戒めは破壊したが、微小にも速度が低下した瞬間、いやそれよりも前に発動されていた、リンの追加捕縛用のバインドが雁字搦めに発生する。
 本来ならば有り得ないことだった。いくら設置型バインドであろうと四年前とは違い、今ならば例え引っかかったとしてもフィールド・クエイカーと同じように、その効力を発揮する前に脱出することが出来る筈だった。それに加えて、この追加で発生された捕縛バインド。余りにも手際が良すぎた。
 ふと、リキューは気付く。引っかかる前に発動された設置型バインドに、手際よく行われた捕獲バインドの生成。あまりに展開がリンに都合が良すぎる。これが指し示すことは、つまり。

 「っち、…………嵌められたか?」

 「今頃気付いたか? この馬鹿が。いつまでもいつまでも、対策の一つも工夫の一つも用意しない訳じゃねんだよ。誰が負けを前提に戦うか!」

 《運の要素も高い作戦でしたが、上手く行きましたね。単純で助かりました》

 「貴様ら…………俺がこの程度の拘束を逃れられないとでも、思っているのか?」

 投げかけられる言葉に青筋を立てながら、リキューが全身に力を込め始める。
 その様子を見抜き、リンは叫んだ。

 「させるか、磔にされてろ!!」

 「ッぬ!? き、貴様ぁ……」

 その瞬間、リンの額が僅かに輝きを発した。
 同時、さらに雪崩の如く怒涛の勢いで連続生成されたバインドがリキューへと絡みついていき、そして莫大な拘束力を示す。単純な数だけではなく、それは質的にも一つ一つのバインドの効力が増大していた。
 予想外の圧力の増加に、思わずリキューは声を漏らす。体力的には一切のダメージはないが、リンのレアスキルである『魔力乖離』の影響が、少なからず発生していたのだ。

 覚醒の紋章の発動。
 戦闘開始からようやく準備時間を満たしたことで、紋章がその効果を発揮し始めたのだ。
 覚醒の紋章の発動により、宿主の放つ魔法は全て1.5倍の効力を発揮することとなる。これは覚醒の紋章の能力であり、すなわち定義されているワールド・ルールである。
 ゆえに、本来覚醒の紋章が存在していた世界のものではない魔法を扱うリンであったが、このワールド・ルールにより効果が遵守され、その持ち得る全ての魔法が強化されることになる。
 現在自分の肉体にかけられている、強化魔法。今リキューを拘束している、捕縛魔法。そして、リンが扱う全ての攻撃魔法。それら全てに遍く、覚醒の紋章は力を示すのだ。

 都合、1600超。常時それだけの最低数はある強化バインドを維持しながらも、リンはさらに恒常的に追加のバインドを生成し続ける。
 生成の手を休めれば、いくら強化されたバインドであろうが、たちまち破られることになるであろう。リンは癪であったが、その現実を認識していた。
 ゆえにバインドの生成を続けながらも、リンは次の行動の準備に取りかかる。幸い『同時並行多重発動』のレアスキルがあるゆえに、その行動には際立った差し障りはない。

 片手に保持しているジェダイトを、その切っ先をリキューへと向けて構える。
 するとジェダイトが変形を始める。刀身が縦に二つ割れたかと思うと芯が開くように湾曲していき、そして柄の機構部分が分解したかと思うとせり上がり再構築の達成、変形した刀身部分の根元を補強するように覆う。
 ジェダイト、バスターフォーム。
 リンは己のデバイスをマシン・ソードの形態から、巨大なショットガン染みた形態へと、変形を完了させた。

 刀身もとい、銃身部分に重なる様に幾重もの魔法陣が折り積まれる。
 最高の威力を出そうと思うならば、収束魔法の術式を組み込んだ魔法の必要があった。が、しかしそれは発動に時間がかかり過ぎる。
 正直四年前のリキューならば一度捕獲してしまえば、後はほぼ勝ちが決まったようなものであった。しかし、現在では一度捕獲したからと言って安全とは言えなかった。
 それだけリキューの戦闘力は異常に増大していたのだ。ふと次の瞬間には呆気なく拘束を破壊される可能性がある以上、時間をかける訳にはいかなかった。
 ゆえに、リンは収束系は諦めて、ただ自身の膨大な魔力を限界まで注ぎ込んだ最大最強の砲撃魔法をぶち込むことにした。
 ジェダイトという、リン自身にとって最高に最適化されたデバイス。その耐えきれる限界まで魔力を充填し、複雑な砲撃魔法プログラムを走らせる。
 リンにしてみれば威力以上に、速度を優先させた砲撃魔法。すぐに準備は整った。

 「終わりだ。負けて落ちろ、この腐れ猿が!! アンリミテッド・ブラスター、発射ァ!!!」

 《FCS、オフ。アンリミテッド・ブラスター、発射》

 ドンと、極太の白色光線が放たれる。
 ビリビリと蓄えられた魔力を一気に放射され、ジェダイトが震える。リンの持ち得る最大威力の砲撃魔法ではないが、しかしそれでも同系の魔導師から見て、それは規格外の一撃だった。
 外し様がない一撃。未だバインドの拘束に捕われたままのリキューへと向かい、迷いもなく白色光線は直進する。
 それは威力という面で言えば、例え非殺傷設定を解除したところでリキューには傷一つ負えさせることはできない砲撃だった。しかし、リンには『魔力乖離』がある。
 砲撃そのものが肉体的に何ら痛痒を与えなくとも、砲撃に込められた膨大な攻性魔力を浴びれば、その効果は魔力を保有しているリキューには戦闘力がいくら高かろうと甚大に働く。
 それが、ワールド・ルールによる絶対的な遵守というものなのである。ゆえにこそ、当てさえできればリンにも勝利の芽はあった。

 そう、当てさえできれば、だ。

 リキューは己に迫る特大の光線を見て、楽しげに呟く。
 余りにも落ち着いた、同様の見られぬ態度。当然であった。なぜならばこのシチュエーションを、リキューは今回“待ち望んで”いたのだ。

 「それを待っていたぜ、間抜けが」

 リキューは拘束されたまま、意識を集中させる。
 意識を一点に収束させる感じではなく、耳を澄ませる感覚での集中。その対象は、バインドに隠れて目には見えていない、左手に身に付けた鋼製の腕輪。
 さらにその腕輪の、窪みへと取り付けられた宝石のような石へ。リキューは意識を同調させる。
 直撃する間際。リキューは静かにその言葉を紡いだ。

 「“リフレク”」

 リキューがその言葉を唱えると時同じく、ガラスの様な薄い膜がリキューの前に展開された。
 そして着弾。間を置かずに、余りにも見た目脆弱に過ぎるその膜へと、リンの光線がぶち当たる。
 それは明らかに、光線を防ぐには強度も厚みも何もかもが足りない稚拙な防御であった。現にリンがその細腕で殴りかかれば、強化魔法を一切使わなくても呆気なく貫通する代物である。
 が、しかし。光線は突破できない。
 リンが渾身の魔力を注いで打ち放ったアンリミテッド・ブラスターは、リキューの眼前に張られた淡い薄膜に受け止められていた。
 リンの顔が引き攣る。リキューの顔がにやつく。
 リキューは少しばかり抑えていた力を開放して、容易く拘束力場を破壊して自由になる。そして親指を首元に持ってきて、掻っ切る仕草を取りながら言い放った。

 「負けて落ちろよ。ただし、貴様がな」

 ッピとそのまま腕を伸ばし、親指を下へと向ける。
 そして膜に受け止められていたアンリミテッド・ブラスターが、“撥ね返された”。
 リキューへと直進していた光線はその方向を180度反転させ、反対側に相対していた人間へと牙を向ける。すなわち、攻撃者であるリン本人へとである。
 焦りの頂点に達した表情を刻み込みながら、しかし打つ手もなく。
 無情にもブーメランとなって帰ってきた、己の砲撃魔法を見つめながらリンは叫んだ。

 「ちょ、おま、って…………ふ、ふざけんなぁああああああああああああぁぁあああぁああああああああああ!?!?!?!?!?!!!!」

 反射的に展開するプロテクションの複層展開だが、しかし微塵の減衰すら効果を果たせず光線は突破する。
 それは対リキュー専用のフィジカル特化型魔法であるがゆえに、魔法的側面の強度が脆弱であったためでもあったのだが、しかし何よりも大きな理由はリン自身のレアスキル、『魔力乖離』にあった。魔法という効力を発揮しているその媒体である魔力そのものを、『魔力乖離』の効果によって強制的に離散、消滅させていたのである。
 『魔力乖離』というレアスキルは、その汎用性と絶対性が著しく高い代物だ。同系の魔導師と戦えばその性質ゆえにほぼ完勝が拾えるし、全く異なるタイプの相手でも魔力さえ持っているのならば、一定の効果を確実に保証するのである。
 しかしリンにとって不幸なことに、この確実な効果の保証は、リン自身とて例外なく該当していた。

 強大な白色の光線に、リンが呑み込まれる。
 そして、怒涛の如き馬鹿魔力の奔流とそれによって弾き出される激痛。及び、『魔力乖離』の効果によって生ずる、表現し難い脱力と苦痛を伴いながらの魔力の強制放出。
 最強最悪なるダブル・ショックを経験し、リンは根こそぎ魔力を吸い尽くされて即座に気絶し、力尽きた虫の如く落下するのであった。

 かくして、リンは己の放った魔法と己の持つレアスキル、その二つの相乗効果を過分なく実感することとなったのだった。

 少しばかり脱力した身体を解すように身体を動かし、リキューはいい気味だと笑う。
 先に述べたように、すでに四年前と比べて超成長を果たしたリキューにしてみれば、今更バインドで拘束されようが『魔力乖離』が効果を発揮する前に脱出すことなど容易い。ワールド・ルールの関係も認識し、それに沿った戦い方というのも習得していた。
 いやそれ以前に、そもそも何度も戦いを経た結果培った見切りで、リンの魔法の兆候を察知できるようになったリキューにしてみれば、バインドに捕まることすら難しいものだったのだ。
 つまるところ、リキューの勝利は単純な実力だけを述べてしまえば、すでに戦う前から約束されていたのである。

 しかしそうであるがゆえに、途中バインドに捕獲されたことには、確かにリキューは驚いていた。
 四年前までは結局のところ力押しが目立ったリンであったが、しかし年月を経て経験と実力を強めてくるリキューに対しては、それもかなり早期の段階で通じなくなってきていた。
 本来ならば、リンはその時点でリキューに対して対抗することなど諦めていた筈である。元々サイヤ人という、チートと呼べるギフトの中でも特筆した代物を持ている相手だ。
 意地汚い性根であるリンであったが、だからといって情けなく何時までもどうしようもないことにしがみつくような、愚鈍な性格ではない。素直に実力差の有無や相性の悪さなどで勝てないと理解すれば、黙って身を引くという選択をこれまでしてきていたのだ。
 が、しかし。そうであった筈のリンだが、リキューに対してだけは対応が違っていた。諦め悪く、執念を燃やしムキになってリキューに対抗心を張り続けたのである。
 理由は分からない。リン本人にもである。
 ただ言えることは一つ。リキューはリンが心底気に入らず、そしてリンもリキューのことは反吐が出るほど好かない相手であるということ、ということだけ。あえて理由を言えば、それだけでリンにしてみれば理由としては充分だったのだ。

 そして今までの力押し一辺倒であった戦い方にも変化が現れ出したのである。
 結局のところ、ワールド・ルールを活用した戦法であれど単純であった力押しから、創意工夫を行い未来予測と誘導を組み合わせる戦い方にへと。嘯いていた技巧派戦術士に、真実成り育っていったのだ。
 その成果が、今回のリキューのバインド捕獲である。
 自身の魔法が見切られていることをも計算に入れた上で攻撃を仕掛け誘導し、あらかじめ設置していたバインドを引っかかるその一歩手前のタイミングで発動させる。元々程度を見計らい捕まろうと考えていたリキューであったが、その不意を突いての捕捉を果たしたのである。
 リンの誤算は、そこまで努力の末に追い込んだにもかかわらず到底及ばない実力と、これらの努力を全てご破算にする、自身にとって最悪の切り札をリキューが持っていたことであった。

 リキューの腕に付けられた、無骨な鋼製の腕輪。そしてそれ取り付けられた、綺麗な色をした鉱石。
 それは数か月前にリキューがトリップした世界で手に入れた品物であり、そしてリンに対して極悪な機能を果たしたその元凶であった。
 鉱石の名前はマテリアと言う。無論ただの綺麗な石ではなく、その実態はリンの宿している紋章と同じような働きをする、それ自体が魔法の発生能力を持つ神秘的なアイテムである。そして腕輪はバングルと呼ばれている、マテリアの能力を引き出すための専用の装備品であった。
 マテリアは身に付けて意識を通わせることにより、リンの扱っているものとはまた異なる種の魔法を発現させることが出来る。そしてその内容は身に付けるマテリアの種類によって多種多様であった。ちなみに、リキューの装備しているマテリアは“バリア”。発現する魔法は文字通り、対象を守護する働きを持つバリア系統のものである。

 リキュー自身の趣向から、本来はこういった搦め手染みた手段は使うことはなかった。例え便利であろうが魔法だとかの異能を使うより、自身の肉体を使っての戦いの方が性に合っていたからだ。ゆえにもっぱら、素手での肉弾戦を得物として頑張ってきたのである。
 が、しかし。そんなリキューだが、あえてこのマテリアは身に付けていた。
 それもこれも、このマテリアの発現させる魔法がリンに対して、盛大に一泡吹かせられる効果、すなわちワールド・ルールを持っていたからだ。
 “バリア”のマテリアによって発現された魔法、“リフレク”。その効果は、放たれた“魔法”を敵対者へ反射するというもの。
 この定義される“魔法”は、全く内容どころか体系すら異なるリンの“魔法”とて、平等に作用し適用される。これがリンの魔法にはない、絶対的なワールド・ルールの存在だったのだ。
 ただ単純に叩き潰すだけではない。より屈辱的な方法を以って、完膚無きにその泣きっ面を張り倒す。
 つまりはただそれだけのために、リキューは主義に反するそのマテリアを装備していたのである。

 そして、ようやく巡り合わせたリキュー待望のその瞬間が今日であり、今この瞬間であったのだ。
 タイミング悪く接触する機会を持てず延びること、数ヶ月。最大最高の瞬間を見計らい展開された“リフレク”は、見事リンの意表を突くことに成功し、地に叩き落としたのである。
 ピクピクと、ズタボロな姿のままに戦闘訓練室の地の上に伏せったリンが痙攣する。自身のアンリミテッド・ブラスターを喰らって魔力で構築されていたバリアジャケットも破壊されており、その姿は無残極まる。
 リキューはその姿を見て、大きく溜飲を下げた。もちろん今までいがみ合い対立してきた相手である。それだけで全ての因縁が解消され訳ではない。所詮は一時的な感情の静まりであり、しばらくすればまたこれまでと同じようにいがみ合い、そして対立が続くことは、間違いのない確定事項だ。

 とはいえ、それは現時点においては関係ない未来の話である。
 さしあたっては医療セクション辺りに一報を入れてやろうと、リキューはイセカムを取り出して連絡を取りながら、その場を後にするのであった。
 正直、リンの持つギフトを考えれば放っておいても一切問題はないように思えたのだが、それはそれ。勝者の義務の様なものである。律儀にリキューは人を呼んで運ばせるのであった。
 なお、自分で駆け寄ることはしない。さすがにそこまでする義理はなかったし、相手の意地汚さについては、リキューはよくよく理解していたからだ。
 リンとリキュー。両者は基本、切った張ったの関係なのである。

 やがて、リキューの姿が消えてから数分の後に、がちゃがちゃと数体の虫型ロボットが戦闘訓練室に入って来てリンを回収し、そのまま撤収していく。
 そしてようやくその戦闘訓練室は、嵐の如く一際騒々しい喧騒から解放されたのであった。
 ちなみに蛇足だが、リンが自身の魔法を反射されてダメージを喰らった経験は、これで通算三回目である。過去二回とも、また異なるワールド・ルールを持った能力の前に反射されたのだ。この経験により、彼はカウンター、それも特に反射系の技に対しては一種のトラウマを持ってしまっていたりするのであった。




 周辺に目立った星の存在しない、ただ遠望から注がれる星々の光だけが満たす、広大な宇宙の中のポイント。
 そこにただ一機、乗り手の存在しない個人用の宇宙ポッドが遊泳している。
 すでにかなりの年月の間を、ポッドはそのポイントで過ごしていた。無為にという訳ではなく、意味は存在している。
 ポッドは本来の乗り手である操縦者本人から幾らかの改造を受け、新しい機能を獲得した上でその場所に放逐されていたのだ。
 だが放逐されており、数年。今まで、与えられた役目を達成できる機会は巡っては来ていなかった。

 しかし、ようやくその機会は訪れた。

 ポッドの中、コンソールの一部が点灯する。超々光速にて発信された信号を受信し、同時に与えられた機能に沿ってマシンが動作を始めたのだ。
 電源が入り、本格的に動力の火が灯る。ポッドの取り付けられた外部装置が起動し、オーダーを遥か遠い異界へと送信する。
 やがて、“穴”が生まれた。宇宙の暗黒よりもなお暗い、“真闇”に塗られた入口が、ポッドの目の前に開かれる。
 そしてポッドは自動的にシークェンスを処理していき、“穴”の中へと飛び込むのであった。




 ワイワイガヤガヤと、活気のある食堂区画。
 その中の一角。大人数用のテーブルを一人で支配しながら、幾つもの空き皿をすでに積み上げている人間がいる。
 非常に目立った、異質な光景であった。のだが、しかしもう見慣れたように、周囲の人間はみな普段通りの行動だった。
 そこへ姿を現した一人の青年は、ふと見知った人間の姿を見届けて、思わず声をかけた。

 「あれ? リキュー、なんだそれ? 珍しい格好をしてるな?」

 「……? ああ、お前か」

 幾つもの空き皿を積み重ねている人間の正体は、リキュー。
 今もまた大皿に盛られた五人前のパスタを、あっさりと完食したところだった。
 非常に胸やけや驚嘆を覚えるシーンであったのだが、しかしそんな見慣れた光景に今更動じることもなくスルーし、時雄は別の事柄へ疑問の目を向ける。
 すでに始めて会った日より、四年の月日が経っていた。時雄もすでに少年と呼ばれる年ではなく、背丈も成長し身長は180cmに迫ろうかと勢いであった。

 「スカウターに、それって戦闘服だろ? なんでまた、そんな服装に? どこに出かける気だよ?」

 「少しな」

 スープをずずずと啜りながら、リキューは答える。
 リキューは時雄の言った通り、その服装はかつて着込んでいた戦闘服―――バトルジャケットであり、その頭部には最近めっきり姿を見かけていなかったスカウターが装着されていた。
 バトルジャケットはともかく、異世界における有用度において役立たず筆頭のスカウターをすでに戦闘力のコントロールを見に付けたリキューが今更身に付けることに、不可解気に思う時雄。
 リキューはそれに具体的な理由を応えることはなかったが、しかし時雄本人も尋ねていながら、まぁいいかと、適当に流す。
 異世界において戦闘力測定機としては不安定極まりない動作のスカウターであったが、なにも戦闘力測定だけがスカウターの機能ではない。通信機能や索敵機能もずば抜けて高性能な代物なのだ。使い道は幅広く存在する。不可解と言えば不可解ではあったが、しかしだからと言って、心底疑惑を抱くほどおかしなことではなかった。

 適当に近くの椅子を引っ張り出して座り、時雄はドリンクと適当に金額設定が高めの、サービス対象外である有料メニューを注文する。
 これ幸いと、そのままリキューにたかる気満々だった。
 しかし特に咎めることもせず、リキューは特大スペアリブを掴むとかぶり付いた。
 リキューはリターン・ポイントにおいて、ちょっとした小金持ちであった。開通係に所属している高給取りであったし、なによりもパテント料の収益によって、毎月かなりの額を得ていたのである。
 何のパテント料かと言えば、それはスカウターやバトルジャケットなど、リキュー自身がトリッパーメンバーズへと持ち込んだ“ドラゴンボール”の世界の技術全般のものである。

 リキューの持ち込んだ“ドラゴンボール”世界の技術は、完全に地球文明とは乖離している、異星文明産出のオーバーテクノロジーであった。ゆえにいくらトリッパーメンバーズがあらゆる世界から流入している技術集積の混沌地とは言えど、その解析・普及は容易ではなかったのだ。使用されているプログラミング言語一つ取っても、未知のものなのである。多数の秀才と天才がいるだけで、どうにかなるようなものではなかったのだ。
 よってそのままでは数多くある既存技術と同じように、解析待ちでプール状態にされる定めにあったのだが、しかしリキュー自身が解析作業を手伝ったためにそうはならず、早急なる技術体系の解析・普及化が達成できたのである。
 自分で持ち込み、尚且つその実用化を果たす。この功績によって、リキューは技術普及化によるパテント料を得る権利を得たのだ。

 本人も含めて周囲の人間が忘れがち、あるいは欠片たりとも知らないことであったが、リキューは元々テクノロジストとして養成されカリキュラムを受けていた人間である。
 元来のサイヤ人の肉体的な素養も含めて、その知的水準はそこらの知識層なぞ軽くぶっちぎっているのだ。見合った環境こそ前提として必要だが、その気になれば宇宙船の一隻ぐらい設計から開発まで、自力で行うことも可能なのである。
 まぁ、実際にその知能を活かす機会はないし、本人自身にも活かす気はない、まさに豚に真珠レベルの無用の長物であったのだが。

 ちなみに、パテント料を得ているにしてはリキューの貯蓄は少ない。
 それは今の様な大量の食糧費に消えているせいでもあり、そしてリキュー自身が金銭に頓着する性格ではなく、必要と思った時に呆気なく過剰なほど資産を放出していたからでもある。
 メンバーズの中で一・二を争う程金遣いの荒い男。リキューはメンバーズ・トップテンの一人であると同時に、そんな称号も持っていたのである。

 閑話休題。

 そしてほんの十分ばかり時間が経ち、数割ほど空き皿の量を増やしてリキューは一息ついた。
 目の前で極普通の自分のペースで食事を続けている時雄を尻目に、リキューは猫耳ウェイトレスを呼び寄せて支払いを済ませる。時雄の料金分も加算されていたが、とくに構わず一緒に済ませた。
 そしてふと、気が付いたようにリキューは時雄に振り向くと、言葉を発した。

 「おい、聞きたいことがあるんだが?」

 「ん~? むぐッ……俺に聞きたいこと? なんだいったい?」

 口の中のものを呑み込んでから、疑問視を表情に浮かべてリキューを見つめる時雄。
 リキューは視線を合わせて内容を話した。

 「フリーザについてだ。詳しかっただろう、お前は。奴について聞きたい」

 リキューはトリッパーでありながら、しかし原作である“ドラゴンボール”の知識がほとんど欠如しているという、トリッパー内では珍しいタイプの人間だった。
 ゆえにこれから起きるであろう“ドラゴンボール”世界における諸々の事象についてもほとんど無知であり、そしてもっとも身近で関係しているであろうフリーザ自身についても知ることは少なかったのだ。トリッパーメンバーズに所属することにより、同じトリッパー仲間たちから教えられた知識はあれど、それにしたってこれからの出来事だとか、あるいはリキュー本人にしてみればどうでもいいような、豆知識だとかトリビアばかり。
 肝心のフリーザ自身にまつわる情報で、真に有用と呼べる代物は得ていなかったのだ。

 「詳しいというか、あんたが知らな過ぎるだけだって………まぁ、いいや。んで、何が聞きたいんでっせ?」

 「別に家族構成だとか来歴だとか、そんなくだらないことが知りたい訳じゃない。奴の戦闘力がいくらなのか。知りたいのはそれだけだ」

 んん? とその質問に時雄は首を捻ると、腕組みして考え込んだ。
 行儀悪くスプーンを口にくわえながら、時雄は答える。

 「なんだそれ? 要するに、あんたがフリーザに勝てるかどうかが知りたい。って、そういうことなのか、それ?」

 「ああ、そうだ。で? どうなんだ、それは?」

 「う~ん。てかそもそも、今のあんたの戦闘力は幾つなんだよ? 10万くらいか?」

 適当に数字を上げて、時雄が問いかける。時雄本人にしてみれば、1万も10万もさして差はない。どっちにしても自分自身ではリキューの動きには反応できないし、そしてリキューの攻撃はスタンドを貫通出来ないからだ。
 リキューは手元に置いてあった茶碗を持ち中身を飲み干して、簡潔に答えた。

 「430万だ。測ったのは少し前だから上がっているかもしれないが、そう大した差はない筈だ」

 スカウターに組み込まれている携帯用の小型観測素子ではなく、大型の据え置き用に用意された観測素子を組み込んだ測定機で測った数値である。
 理論上は1000万の桁数まで数値を計測することが出来るその大型装置を用いて、リキューは自身の戦闘力を確認していた。
 430万か。時雄は四年前とは比べ物にならないレベルに飛躍している数値を、その恐ろしさを真剣に理解することなく受け止め、ただ単純な数値として考える。
 そしてリキューへと、あっさり答えを口にするのであった。

 「たぶんだけど、勝てるんじゃないか? 厳しいとは思うけど」

 「ほう?」

 その言葉にただ一言、しかし僅かに口の端を釣り上げてリキューは返事を返した。
 ちゃんと根拠もあるぞと時雄は述べて、その結論に至った理由を事細かにリキューへと語り始めた。
 ほんの一分あまりの説明。しかしその説明を聞き終えてから、リキューは成程と納得の言葉を吐きだした。

 「礼を言うぞ。これで確信を持てた」

 「いえいえ、どういたしまして」

 ひらひらと腕を振りながら謙遜する時雄。
 そして用を終えたリキューは軽く礼を告げると、そのままその場を後にした。
 その背に、何処に行くんだーという時雄の声が振りかかったがしかしリキューは返事をすることなく手だけを振り、そのまま食堂区画を立ち去っていた。

 時雄はその後ろ姿を見送り、何だろうないったい? と疑問を浮かべながらも、そのまま具体的行動に移すこともなく席に座りなおした。
 脳裏に、久方ぶりに見たコスチューム姿のリキューを思い浮かべる。
 現在のリキューには、尾は存在しない。何でも、戦闘力が100万を超えた辺りで勝手に切れてしまい、その後はもう生えてしまわなくなってしまったと、そう本人から時雄は聞いていたが。

 「そういえば、尾がなくなったってことは、超サイヤ人4にはなれなくなったってことか? …………って、ないない」

 ぶるぶると時雄は頭を振るい、思い浮かんだその考えを振り払う。ブツブツとGTは黒歴史黒歴史、俺は認めないと呟く。
 そして彼は気を取り直すと、とりあえずは目の前のタダ飯を処理しようと食事を再開するのであった。




 リキューは一人、足早に通路を進む。
 装着しているスカウターには、遥か彼方から送信され、つい先ほど受信した一つのメッセージが表示されていた。
 リターン・ポイントは、通常の空間……つまり各々の創作物世界とはまた様相の異なる、独立した空間のゼロ・ポイントに位置している。
 ゆえにこの場所にいる限り、いくらツフル人由来のオーバーテクノロジーとはいえ、メッセージが世界の壁を越えて伝達されることはない。
 言ってしまえば、完全に隔離されるのと同じなのだ。外界の存在と本来、連絡など取れる筈がないのである。

 しかしそれではリキューとしては困る。よって彼は一つ、自分宛てに何かしらの連絡・メッセージが寄こされた場合、リターン・ポイントまでその内容が届けられるよう一つの仕組みを用意したのだ。
 自身が乗ってきた宇宙ポッドを改造し、トリップ・システムを組み込んでメッセージの受信装置として設定。何かしらのメッセージが入った場合、自律的にトリップ・システムを起動させてリターン・ポイントまで帰還し、内容を伝達するようにしたのだ。
 非常に手間暇かけて用意された、ただ連絡を受け取るためだけの仕組みである。その機構は準備されたからの数年間、一切の音沙汰なく沈黙していた。
 しかし今日、戦闘訓練室から宛がわれた自室へと戻ったリキューの部屋。その部屋の机に置かれていたスカウターに、一つのメッセージが受信されたいたのであった。
 惑星ベジータより出奔してから、四年。始めて伝達されたその内容は、簡潔に記されていた。

 発信者の名は、ベジータ王。
 文面は惑星ベジータへ帰還するよう、王の名の下に命令という形で書かれていた。
 このメッセージを見た時、リキューはついにこの時が来たと、そう雷鳴の如く悟った。

 惑星ベジータ消滅。その詳細について、リキューはトリッパーたちとの会話で知っていた。
 フリーザが惑星ベジータを消滅させようと決定し、惑星ベジータへ来訪すること。そして合わせる様にその直前、フリーザへの反抗を決起するベジータ王たちサイヤ人の一派のことを。
 惑星ベジータを出奔する日、リキューはなぜベジータ王があのような条件を提示したのか理解できなかったのだが、それもこの話を聞いたことで氷解した。
 ベジータ王は戦力を欲していたのだ。来るべき日、挑むであろう遥か格上の存在であるフリーザ、それに対抗し打倒するための、有力な戦士を。そのためのあの条件だったのだ。
 つまりそうであるならば、この連絡が指し示す意図は一つしかない。

 宇宙の帝王、フリーザ。その最強との対決、それに他ならない。

 リキューは思う。好都合だと。
 四年前までの自分ならば、ただ屠殺されるだけの存在でしかなかった。それは三年前も二年前も、一年前だとでも一緒である。
 だがしかし、今ならば話は別だった。戦闘力では未だに不足はあるようではあったが、しかし自分はその差を縮めるための手段を持っている。経験を積んでいる。
 勝てる。勝つことが出来る。リキューはただそれだけを思う。

 「待っていろ、フリーザ」

 好戦的な色を浮かべながら、リキューは自らの宇宙ポッドへと急ぎ駆けたのであった。








 かくして、喜劇と悲劇と惨劇の幕は開かれる。








 ―――あとがき。

 作者です。遅れた更新、見捨てられてないかガクブル。
 時間がとれない。更新ペースのダウンはこれからも続きます。すみません。
 全開感想くださった皆様、ありがとうございました!! 作者は感想を食べて文を生み出す、想合成な生物です!
 前話にはあえてミスリードを誘った部分があります。気付いても気付かなくてもたぶんどっちでもいいです。
 最近はDBの二次も増えて楽しみな作者です。現実を忘れたくて現実逃避をしている作者です。
 感想と批評待ってマース。




[5944] 第十六話 幻の拳
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/06/04 01:13

 エイジ737年、惑星ベジータ。
 ここに、一人の赤子の産声が上がった。
 生まれたばかりの新生児であり、まだ泣くことしか知らぬゆえにただひたすら、大声で泣き続ける赤子。
 保育器の中のその様子を外から眺め、テクノロジストの老人が確かめる様に呟く。

 「カカロット? これかぁ、バーダックの息子ってのは」

 「ああ、やはり下級戦士の子だな。潜在能力が全く低い」

 機器に表示される測定された結果を眺めながら、爬虫類系ヒューマノイドのテクノロジストはその結果を眺める。
 老人のテクノロジストと顔を合わせると、どうしようもないといった口調で続きを述べる。

 「これじゃ、どこかの辺境惑星に送り込むしかないだろうな」

 「うーん……そうだろうなぁ」

 同意を示しながら、老人は興味があったのか、カバーを開放するスイッチを押した。
 作動音を立てながら、保育器のカバーがスライドし解放される。同時に、狭い室内の中に赤ん坊の泣き声が響き渡った。
 二人のテクノロジストは、並び立って泣き喚いている、目の前の赤子を興味深げに眺めた。
 赤子はただ泣く。観察している部外者を気に留めることもなく、ただ泣くことだけを続ける。

 赤子の名は、カカロット。父の名はバーダック。惑星ベジータに生まれし、戦闘民族サイヤ人の下級戦士である。
 そして、もう一つの名を孫悟空。
 “ドラゴンボール”という作品の主人公であり、幾度となく世界を救う全宇宙最強の戦士となるであろう、男。

 今日この日、彼は生まれ、そして壮大なる物語の幕を開けることなるのであった。








 真円を描く、月が昇る夜の日。
 それはこの宇宙に存在する、とある惑星でのこと。
 比較的穏やかであり平和であったその星は、ほんの数週間前から数人の、強大な悪意ある侵略者たちに侵攻されていた。
 侵略者たちの名はサイヤ人。数々の逸話を持ちし、残虐非道な戦闘民族である。

 その攻防は熾烈を極め、そして一方的に事態は悪化の一途を辿っていた。
 いくら逃げようとも、隠れ潜もうともサイヤ人たちはたちどころに居場所を探知し、襲撃を繰り返したのだ。そして必死に防戦するも甲斐なく、滅ぼされていく。
 相手は強大であった。特にその中の一人は際立った実力を持ち、抵抗の余地を挟む間もなく葬られ続けていたのだ。
 しかし、それでもただ座して死を待つだけではなかった。
 彼らはサイヤ人たちに対して徹底抗戦の構えを取り(元より、それ以外の道はなかったが)、ゲリラ戦法や罠、ありとあらゆる戦術戦略奇策に謀略と取れる手段を全て実行し、対抗したのだ。
 それでも流れは変わらず事態は悪くなる一方であるものの、しかし少なからずの効果は芽を出し、彼らは延命出来ていた。

 しかし、その小細工もここまでだった。
 多少は手こずるだろうということは、侵略者たるサイヤ人側にも事前に分かっていたことであったのだ。
 それゆえに、本人たちにしてみれば保険程度の意味合いだが、しかし絶対な効果を発揮する手を打ってはいたのである。
 それこそが、今日この日のこと。この惑星にも存在する衛星である月であり、そしてその月が真円を描く満月の日。
 これが保険扱いで用意していた奥の手であり、そして全てを終わらせる決定打であったのだ。

 夜空に響く、野獣の咆哮。そして滅びの光。

 そしてその一晩で、粘り強く抵抗を続けていた彼らは滅亡する。
 かくして、侵攻よりたった一ヶ月にも満たない時の間で、宇宙に輝く星の一つであるカナッサ星は陥落するのであった。




 あっちこっちに形成された、異様なクレーター。
 それなりに高度であったのだろう文明を思わせる建築物、その残骸と、そして転がるこの星の先住者であったカナッサ星人たちの、死屍累々たる亡骸の姿。
 生存者はいない。圧倒的なまでの過剰戦力の集中投下により、一人の生者とて漏れ落ちる余地はなかった。
 盛者必衰、ではなかった。ただ弱者が圧倒的強者の手によって一方的に打ち滅ぼされた、弱肉強食の姿だけがそこにあった。

 そんな全てが崩壊し、滅亡の姿を晒している文明の痕跡の中。
 穿たれた一つのクレーターの中、車座となって雑談に興じている人間たちがいる。
 奇妙な鎧の様な形をした服を着込んだ、尾を生やした者たち。この星の先住民をつい先ほど滅ぼした下手人、戦闘民族サイヤ人である。
 数は五。たったそれだけの数で、一ヶ月と時間をかけずして星の地均し、つまり先住知的生命体の殲滅を終えたのである。
 げに恐るべき戦闘能力。だが真に恐れるべき個所は、その所業を成し得る精神か?

 「っけ、ちきしょう」

 一人の太った体格のサイヤ人が、舌打ちしながら己の頬を撫でる。そこにはすでに新しいピンク色の肉で埋まり始めていたものの、火傷の跡の様な傷があった。
 昨晩、大猿となり理性を失って暴れ回っていた際、最後の足掻きとばかりに放たれた、カナッサ星人の気功波によって付けられた傷跡である。
 その様子を揶揄するように、別のサイヤ人がからかいを含みながら発言する。

 「へっへっへ、てめぇが油断してっからだよ。………しかし、バーダックよ? 息子の誕生日祝いにしちゃ、ちょっと派手にやりすぎちまったな」

 彼は隣に寝転んでいる男へ声をかける。
 辺りの散々たる様子を確かめる様に眺めながら、言葉を続けた。その声色もまたからかい混じりであり、ただの知人同士という訳ではない気安さを感じさせる。
 男は答える。心底馬鹿馬鹿しいと言いたげな風に。

 「息子の誕生祝いだと………ふん、下らねえ冗談だぜ」

 「この星も片付いたことだし、惑星ベジータに帰って会ってきたらどうなんだい?」

 そのパーティの中であって、唯一の紅一点である女性のサイヤ人が口を開く。
 じろりと、男はサイヤ人全体の中でも存在が希少な女性である、チームメイトのセリパへ視線を向ける。
 ッペと加えていた楊枝を吐きだしながら身を起こすと、男―――バーダックは吐き捨てる様に言った。

 「何の見どころもねぇ最下級戦士のクソガキに、わざわざ会いに行く馬鹿がいるか? どうにでもしろと言っとけよ」

 「ふん……そうかい」

 ある意味典型的なその答えに、やれやれと言わんばかりに表情をかたどってセリパは首を振る。
 サイヤ人の男どもは、えてして自分の子供に対して興味を持たないことが多い。無論これも一般論にしか過ぎず、例外もいる。が、例外の名の通りそれはマイノリティなことだ。
 基本的にバーダックのその態度こそが、サイヤ人社会における父親のスタンダードな姿なのである。

 バーダックは、すでに二子の子を持つ立派な親であった。だがしかし、その素行はおおよそ親とは呼べぬ身勝手なものである。
 先に生まれ、現在もう一人立ちし星の地上げを行っている長男に対しても自分から関わりを持とうともしなかったし、そして今日まさに生まれたという次男へもそれは同じ。
 もしかすれば、戦闘力の素質がもっと高ければまだ興味自体は引けたかもしれないが、そうだとしても親としての愛情など向けなかっただろうし、どっちみち無意味な仮定でもある。
 バーダックという男は、下級戦士という身分でありながらエリートすら凌駕する、凄まじく高い戦闘力を秘めた戦士だ。しかしいくら戦闘力が高かろうと、下級戦士だという己の身分と、その遺伝子に変わりはないのである。そして戦士の素養というものは、その大半が遺伝に左右される。
 つまり、所詮下級戦士の子は下級戦士だということだ。そして下級戦士は、下級の名の通り戦闘力も低く、その成長性も愚劣なものである。バーダックは例外中の例外で、その戦闘力にしても己の死すら怯まぬ無茶な戦い方の賜物であるし、今ここに生きているのも実力以上に悪運強さがあったがゆえのもの。普通ならここまで戦闘力が成長する前に成長の頭打ちが来るし、そもそも命もない。
 そういう意味で言えば、基本値こそ大きく後れを取るものの、成長性という潜在能力だけで言えば、サイヤ人よりも地球人の方が遥かに高かったりするのである。

 そしてバーダックの長男は下級戦士だった。それは次男も同じく、いやそれ以下の能力値であり、計測されたその潜在能力は最下級なものだという。
 バーダック自身も測定結果は最下級のものであったため、そういう意味で言えば長男よりも次男の方が、バーダックに似ているのかもしれなかった。しかしだからと言って、そんな悪い意味で似ている劣等な子供に対して期待なぞ抱けないし、愛情なぞ言わずもなが。バーダックは自身の異常性を自覚していたし、その生き方を押し付けるつもりは毛頭なかった。
 ゆえにバーダックがすることは一つ。ただ一切の興味を抱かず、放置するだけである。
 どうせ自分が構わずとも、放っておけば勝手に別の奴らが面倒を見るし、そしてさして間も置かず、いずれ他の下級戦士の子と同じく他の星へ送り込まれるのだ。
 送り込まれた先の星で勝手に野たれ死ぬも良し、役目を果たして無事惑星ベジータに戻ってくるも良し。どうぞご勝手に、自分は知ったこっちゃない。俺は構う気はない。だから、そっちも俺に構うな。
 つまり、親としての究極の責任放棄である。

 行動もその理屈も、全て子供染みた大人に相応しくないものだ。セリパは内心で、これだから男どもはと、呆れながら仕方がないと首を振る。
 気分は我の強い悪童を見守る母の心境、といったところである。
 サイヤ人の女とて平均から比べれば、子供の世話にはノータッチだ。だが男どもよりも子供に対しては確かな愛情を持っているし、母性的な本能も強い。自然と精神的な成熟度も上である。

 要するに、女は男よりも大人だということであった。
 ゆえに、基本的にサイヤ人は家庭内の力関係がカカァ天国。男は女に頭が上がらなかったりする。

 閑話休題。

 「いやぁ、しかし。フリーザ様には感謝しなくちゃな。毎度毎度、俺たちをよく使ってくださるぜ」

 頬を撫でていた小太りな体格の男、パンプーキンが笑いながら喋る。その隣では、黙々と無口な大男であるトテッポが、干し肉を口に頬張っている。
 多くの戦闘員が存在するフリーザ軍の中、フリーザは何故か、直々にサイヤ人を指名し数多くの星々の侵略を命じていた。
 そのおかげで彼らサイヤ人の一団は、常に自分たちの闘争欲求を満たせる上に、手柄を手に入れる機会に事欠かないのだ。パンプーキンに限らず、手足となって動いている大半の下級戦士たちは現状に感謝を捧げていた。一切の不利益がなく、楽しんだ上に利益を得られるのだ。不満を抱く余地はなかった。

 「だが、なんだってフリーザ様は、こんなチンケな星を欲しがってらっしゃるんだ?」

 バーダックは腑に落ちなさそうな表情で周囲を見渡す。
 別に辺りを見回してみたところで、特異だった個所は見受けられない。陥落するに多少は手こずったものの、それだって一ヶ月にも満たない間のことである。
 興味を引く特産物がある訳でもなく、希少な埋蔵資源がある訳でもない。保有するテクノロジーとて、さして高いものではない。別荘地にするにも、景観や環境が秀でている訳でもない。
 理由らしい理由は、全く思い付かなかった。最も、星の侵攻理由なんて口に出したバーダック自身、どうでもいいと思っている事柄だったが。
 と、その疑問に、バーダックの隣にいる男、トーマから答えらしきものが返ってくる。

 「うーん、何でもな……このカナッサ星にはな、変な超能力を身に付けられる、エネルギーがあるって噂なんだがな」

 からりと、車座になっている彼らの背後。
 無造作に積み上げられている瓦礫の山のほんの欠片が、風で崩れたのかこぼれ落ちる。
 トーマの話を聞いている彼らは、気付かない。気付いても、特に気を留めることなく無視する。

 「そんな噂を信じているかどうか………フリーザ様は前々から、手に入れようと考えていたらしいんだ」

 「ふーん……そんな理由なのか? 酔狂なことだぜ」

 そんな風に実にもならない雑談を重ねながら、彼らは時間を潰す。
 すでに仕事は済んだのである。完了の報告も入れ終えており、後は適当に時間を見て帰還するだけだった。
 気抜けた状態であったこと。それもまた、“ソレ”に気付けなかった理由の一つだった。

 唐突に、ボコンと、いきなり近くに積み上げられていた瓦礫が崩れ去る。

 驚き、一同がその発生源に目を向ける。
 立ち昇る土煙の中、その中に幽鬼の如く立ち尽くす人影が見えた。人影の正体は、鱗に覆われた皮膚と背びれを持った水陸両用に居住可能な生態を持つ人種。

 全滅させたはずのカナッサ星人、その生き残りだった。

 何と、思わずバーダック達は驚きに動きが止まる。
 スカウターで調べた際、すでにこの星にカナッサ星人の反応は確認されてなかったのだ。
 反応がないということは、全滅したということである。生き残りが、それもこんな近くにいるなんて、予想外にもほどがあった。

 「ぬぉおおおおおお!!!」

 「ちッ!」

 カナッサ星人が、叫びを上げながら距離を詰める。
 蝋燭の最後の灯とでもいうのか、その動きはこれまでのカナッサ星人たちの動きの中でも、最も早く、俊敏であった。
 虚を突かれた形となったバーダック達は初動が遅れた。一気に元々近かった距離の半分以上を縮められ、対処が間に合っていない。
 その中、バーダックが動く。パーティの中でも、いや現サイヤ人の中でも突出した最高の戦闘力を持った彼は、完全な不意打ちにもかかわらずその反応を間に合わせた。

 雑魚が。内心で吐き捨てながら、バーダックが拳を握り締めて打ち放つ。狙いは一点、その魚面の中央。
 一撃でケリをつけようと、加減のない拳撃を繰り出した。
 その速度、その威力。戦闘力の差は明確であり、免れる術はなかったはずだった。

 だがしかし、放たれた攻撃は当たることはなく、カナッサ星人が直前で飛び上がることでかわされた。
 まるで“あらかじめ決められていた”ような、予定調和染みた一連の流れ。バーダックは驚きに目を見開く。
 飛び上ったカナッサ星人が、そのまま弧を描いて上方からバーダックの後ろへと回り込む。
 そして完全なる死角を位置取り、貫き手を放つ。指先を揃え力を込めた、鋼鉄とて貫く一撃を、無防備に眼前に晒している後頭部と首の付け根、その部位へと。
 痛烈な打突が叩き込まれた。

 「っが!?」

 電撃が走った。バーダックはその一瞬、全身に走ったその感覚をそう誤認する。
 蜂の一刺しの如き、強烈なる一撃。
 そして前身の隅々に渡るまで染み透る様に神経を犯す衝撃に、そのまま抵抗の余地なく彼は転倒した。

 「この野郎!」

 「ぐぉ!?」

 パンプーキンが踊りかかり、カナッサ星人のその背筋に飛び蹴りを食らわせる。
 元々死にかけの戦士。呆気なく吹き飛ばされ、顔から地を舐める。不意打ちできたことが奇跡であり、そしてそこまでが限界だったのだ。
 それでも足掻こうと力を振り絞り立ち上がるカナッサ星人に、トーマがダメ押しのトドメを刺す。
 無造作に放ったエネルギー弾が、その腹に直撃する。それは容易く衰弱し疲労したカナッサ星人の身体を貫き、炎上させた。

 「ぐぁ、ああ!! ぁああ、ッ!!」

 「っち……俺も油断してたぜ、この野郎ッ」

 バーダックが毒づきながら身を起こす。多少の痺れはあれど、ダメージはない。たかが命をかけた程度で、間にあるどうしようもない戦闘力の差は縮まりはしないのだ。
 セリパやトテッポ等、他のメンバーたちも油断なく構え、死にかけのカナッサ星人と相対する。
 カナッサ星人は全身を炎に包まれているにもかかわらず、しぶとく生き続けていた。両足を地に付け、立ったまま苦悶の声を上げている。
 しつこい相手だ。バーダックはお見舞いしてくれた生意気な一撃の礼をしようと、拳を振り上げる。

 「き、聞けいッッ!!」

 しかしその機先を制するように、カナッサ星人が叫んだ。
 まるで未来を読み取ったかのような絶妙にタイミングに、思わずバーダックの動きが止まる。
 その隙に燃え盛る身のまま、指の間に水かきの張った手を突き付けながら、カナッサ星人は言葉を綴る。

 「ワシは今、お前に未来を予知できる幻の、拳を放ったッ!」

 「未来を予知……?」

 「お前ら一族の、行く末が見えて来る筈だ………」

 「な、何を言ってやがるんだ?」

 意味の分からぬ言葉の羅列に、困惑したままバーダックが呟く。
 理解させる気は最初からないのか、カナッサ星人は炎に包まれたまま言葉を続ける。
 全身を焼かれながら発するその言動は、極めて異質且つ、異常な雰囲気を醸し出していた。

 「言っておくが、お前らには呪われた未来しかないぞ。我が一族と同じように、滅び去るのみなのだ! お前ら同族自身の手によってッ!! その未来の姿を見て、精々苦しむがいい。ふふふ………はーはははははははッッ!!」

 哄笑する。

 滅ぼされ、今まさに一方的に命を狩られる立場にありながら、その声色には勝ち誇ったような色が混じっていた。
 どういった訳かは、バーダックには全く分からなかった。だがしかし、目の前のカナッサ星人は一矢報いた様子であった。
 その勝利者染みた哄笑に、バーダックの苛立ちが高まる。そして今度こそ彼は、その衝動のままに一撃を放つ。
 腕を振り上げて、叫びと共に溜め込んだエネルギーを解き放った。

 「ほざけぇーーッッ!!!」

 「ぐぁあああああああああ!!!!」

 過剰な威力を込められたエネルギーに呑み込まれて、カナッサ星人が消し飛ぶ。パラパラと炭化した一片が周囲に散らばる。
 ここに正真正銘、カナッサ星人の殲滅と星の陥落が終了したのであった。
 っへ、とパンプーキンが嘲笑する。

 「笑わせるぜ。俺達無敵のサイヤ人が、何も見て苦しめってんだ? なぁ、バーダック……んん?」

 死に際の世迷言だと、バーダックに話を振ったパンプーキンだが、ふとその言葉を止めてしまう。
 ぐらりと、バーダックが傾く。
 そしてそのまま受け身すら取ることなく、バーダックは完全に脱力したまま地面に倒れ込んだのだ。
 事態の急変に付いていけず、仲間たちの焦燥に染まった声が投げかけれる。

 「お、おいバーダック!?」

 「どうしたバーダック! バーダック!?」

 「どうしたんだよ、おい! しっかりしろバーダック!!」

 「バーダック!!」

 声が響く。
 しかし一切応えることもなく、バーダックはピクリとも微動だにせずに倒れ伏したまま、意識を飛ばしていたのだった。








 惑星フリーザNo.58。攻め滅ぼし築かれた、フリーザの数ある星丸ごとが別荘となっている地の一つ。
 その建設された居住区の中の一室。支配者の座する間。
 そこに馴染みのものである専用マシンに何時も通り腰掛けたまま、支配者であり頂点。宇宙の帝王の名を冠する圧倒的覇者。フリーザが存在していた。
 その傍らでは側近であり、武力行動を担当するドドリアが控えている。
 そこにもう一人の側近であり、細々とした雑務などを担当する頭脳労働係りのザーボンが近付く。
 彼は近くまで寄ると、礼の態度を取って主であるフリーザへ報告する。

 「フリーザ様。たった今、カナッサ星を占領したという報告が入りました」

 「ほう」

 「予定より、一ヶ月ほど早く手に入れることができました」

 その朗報をザーボンが口にするも、しかしフリーザはにこりともせずに、視線はあらぬ方向を向いたまま考え込んでいるかのように沈黙している。
 代わりとばかりに興味を引いたのか、ドドリアがザーボンに疑問を投げかける。

 「誰なんだ、そのカナッサ星を攻め落としたっていう野郎は?」

 「名もないサイヤ人の下級戦士どもだ」

 「―――サイヤ人?」

 ただ一言、フリーザが呟く。それ以外の反応はない。
 しかし、確実にその言葉はフリーザの内心に、少なくない揺れをもたらしていた。ザーボンもドドリアも、気付いてはいなかったが。
 二人は気にせず会話を続ける。

 「最近の奴らはよく働きやがるなぁ」

 「確かに、目覚ましいものがある」

 「特にあの、フリーザ様が目にかけていらっしゃるあの王子のベジータなんかは、とてもガキだとは思えない戦闘力だしな」

 「それだけではない。今回のカナッサ星制圧を担当したサイヤ人どもの中の一人は、戦闘力が3万近くあるそうだ」

 「なんだと!? 3万!? 嘘を付け、サイヤ人風情がそんな戦闘力を持っているはずがねぇ!!」

 「信じられないことだが、嘘ではないようだ。しかもそのサイヤ人は、下級戦士だと聞く」

 ドドリアが有り得ないとばかりに気勢を上げて否定するが、同じく信じ難いと言わんばかりの仕草でありながらザーボンは事実であると宣告する。
 ザーボンの戦闘力は22000。武闘派であるドドリアの戦闘力は24000である。フリーザの側近を務めている以上、彼ら二人はフリーザ軍に在籍している普通の上級戦闘員以上の戦闘力を持っているのだ。
 だがしかし、その件のサイヤ人は彼ら二人を凌駕する戦闘力を秘めているというのだ。
 幾ら戦闘民族という看板を背負っていても、サイヤ人という人種は全宇宙から生え抜きの逸材を掻き集め構成されたフリーザ軍の中において、そう戦闘力に秀でている存在ではない。
 その戦闘力アベレージは贔屓目で見ても一般戦闘員の上といったランクであり、上級戦闘員には及びはしないのだ。
 そうであるからこそ、子供でありながらあれだけの戦闘力を持つベジータの存在が、より異質なものとして際立っていたのである。
 たかがサイヤ人風情が、自分たちを凌駕する。それは認めることなど絶対にできない、忌まわしい事実だった。
 加えて、情報に関してより接する機会の多いザーボンには、さらに付け加えられる厄介な事実を知り得ていた。彼はそれに対しても言及する。

 「それだけではない。一人一人大したことのない奴らが、徒党を組むととてつもない力を発揮するのだ」

 ザーボンよりもさらに早い時期に、ベジータ王が気が付いたその特質。徒党を組むことによる戦闘力の不可思議の向上、発揮。
 ザーボンもその性質に気が付いたのだ。そしてその性質を極めて厄介ではないかと、真剣に危惧を抱いていたのである。
 たかが数千程度の戦闘力を持った雑魚どもすら、群れることで1万にも達する戦闘力を持った相手とも五分に戦うことが出来る。ならば、その戦闘力が1万を超える者たちが集まればどうなるか?
 それは恐ろしく、そして厄介極まりない事態であろう。加えて、この予想も夢物語ではなく、高い現実性が伴っていた。
 現に王子ベジータ、そして件の下級戦士という風に、卓越した戦闘力を秘めた戦士たちがサイヤ人の間から現れ出しているのである。そしてサイヤ人は実歴として、かつての支配者層であったツフル人に対して反乱を起こし、これを滅亡させているのだ。どうして自分たちにも反乱を起こさないと言えるのか?
 いささかうぬぼれと短慮が過ぎるドドリアも、その想像に至ったのか唸り声を上げる。
 戦闘力3万の下級戦士。分かり易い厄介な存在というものの具体例を出されて、彼も反論の余地なく危機感を抱いていた。

 その沈黙の中、不意に声が舞った。
 それは今まで黙ったままだった、フリーザからの言葉だった。

 「目障りな存在、ということですね」

 「いやッ………はい、その通りです」

 突如降って割り込んできたフリーザの言葉に驚き詰まりながらも、ザーボンは肯定の返事を返す。
 なるほど納得し、フリーザは沈黙する。しかしその表情は、先程までの何か考え込んでいたような、無表情なものとは異なった様相のものとなっている。
 口元が釣り上がり、笑みの如き形が作られる。
 何らかの“答え”を出したのだろうか。フリーザの雰囲気は、確実に変わっていた。

 その時、扉の開閉音が響く。
 ザーボンとドドリアが振り返り見ると、部屋の入口の扉から入ってくる、小さな人影の姿が。
 噂をすれば影、か。
 部屋に入ってきたのは、つい先ほど話していたその張本人であるサイヤ人のその王子、ベジータだった。
 ずかずかと無遠慮に押し入るベジータの前に、側近の二人が立ち塞がる。

 「なんだ、貴様は?」

 「何しにきやがったんだ? ここは貴様のような奴が入ってこれる場所ではないんだぞ!」

 サイヤ人の王子であろうと、フリーザ軍という組織の中でベジータに与えられている身分は、ただの一上級戦闘員に過ぎない。
 フリーザによって色々と特別な便宜が図られてはいても、アポイントメントもなしに自由にフリーザと面会できるほど、権限などないのだ。
 不機嫌そうな眼差しのままに目の前に立つ二人を眺めながら、ベジータが口を開く。

 「俺はただ、フリーザ様に出発のご挨拶をしに来ただけだ」

 「その必要はない。さっさと言われた星の地上げをして来い」

 腕組みして見下ろしながら、ザーボンはベジータの言葉を切って捨てる。
 じろりと、ベジータの視線がザーボンを射抜く。見て取れるほど、不機嫌極まりない様子であった。ザーボンはそんな視線を何でもないように受け流し、冷たい眼差しを返す。
 しかし、許しの言葉は意外な方向からもたらされた。

 「いいんですよ、ザーボンさん」

 「! フリーザ様?」

 「ベジータ。しっかり、働いてきてくださいね」

 「っは、ありがとうございます」

 「ホッホッホッホ、礼には及びませんよ」

 マシンに隠れ、背を向けたまま、フリーザが賜りの言葉を授ける。
 ベジータはその場で礼の態度を取り頭を下げて、感謝の言葉を返した。
 一見、和やかとも取れる光景。だがしかし、感謝の言葉を述べながらも伏せたベジータの視線は鋭く、そして賜りの言葉を送りながらも、フリーザの表情は不敵なままであった。
 そしてやることを終えて、ベジータはドドリアとザーボンの二人に追い出される様に部屋を退出する。
 フリーザは変わらぬままマシンに腰掛けた状態で、しかし不気味な笑みを浮かべ続けていた。








 一人のサイヤ人が、顔に汗を流しながら走っていた。
 薄暗い通路の中を、焦りにひたすら駆られながら男は走る。
 その理由は、いきなり知らされたある事実がゆえにであった。
 その事実を認めたくないがゆえに、そしてただ否定するためだけに、彼は必死の形相で走っていたのだ。
 やがて、男の目の前に重厚な門が出迎える。
 王が座する、謁見の間への入口。彼はものを考える暇も余裕もなく、無礼であることを百も承知しながら、その扉を開け放った。
 同時、広間全体に響き渡る王の命令が、彼の耳にも確かに届いた。

 「パラガスの息子………ただちにこの世から抹殺しろ!!」

 確かに聞き届けてしまった、違えることのない最悪なその内容に、男―――パラガスは絶句する。
 その姿に気が付いたベジータ王が、冷徹な、血を通わせぬと思わせる酷薄な視線を、パラガスへと向ける。

 「何用じゃ、パラガス?」

 「ぶ、ブロリーはッ、必ず将来惑星ベジータの、ベジータ王子の役に立つ、優秀な戦士になります!! どうか、どうか再考をお願いしますッ! ベジータ王!!」

 その言葉に硬直が解け、パラガスは必死に懇願を始めた。
 決死の思いで言葉を選び紡ぎ立ち並ばせながら、ふらふらと玉座に近付き身振り手振りも加えて嘆願するパラガス。
 即座に両脇に立ち並ぶエリートたちの中から人手が飛び出し、王の裁定に逆らう無礼な人間を取り押さえる。
 しかし両脇を固められ、身動きを封じられながらも、パラガスは言葉を止めようとはしなかった。

 「どうか、どうかお願いですベジータ王!! なにとぞ、なにとぞブロリーめの命だけは! 息子の命をお助けください、王よッ!!!」

 ブロリーはつい先日ばかりにパラガスが得た、待望の第一子であった。
 そして恐ろしいことに、生まれて間もない新生児でありながら、その戦闘力は1万もあったのである。
 それは普通、有り得ないことであった。例え戦闘民族の謳い文句を持つサイヤ人であろうとも、まだ歩くことすら覚束ない赤子の時は脆弱な存在でしかないのである。
 しかしそうであるにもかかわらず、新しく生まれ落ちたブロリーという子供は1万という桁外れの数値を持っていたのだ。フリーザ軍内の上級戦闘員になれるだけの数値を、である。かの超天才と期待され超絶的な能力を持つ王子ベジータとて、出生直後の戦闘力は100だったにもかかわらず、だ。
 もちろん、所詮は力の制御のイロハも知らない赤子である。いくら高い戦闘力を持っていようとも、それが即実戦において数値相当の実力を発揮する訳ではない。だがしかし、年を重ねて自意識を持つようになれば、子供は恐ろしい戦闘力を発揮するようになるのは間違いなかった。
 あるいは、パラガスというサイヤ人の父親がこうまで己の息子に対して執着し、愛情らしきものを示しているのも、この他を逸脱する規格外の戦闘力ゆえだったのかもしれない。
 その成長性も鑑みれば、将来は予想することすら不可能な、とてつもない化け物が誕生することは確実だった。

 「優秀な戦士、か………そうだ、だから困るのじゃ」

 「べ、ベジータ王!!」

 重い腰を上げて、ベジータ王が玉座からパラガスの元へと歩み寄る。
 優秀な戦士になることは、そう。間違いないことであった。ブロリーは育てば、それこそ誰よりも強い、フリーザすら凌ぐかもしれぬ最強の戦士となっていただろうことは明白だった。
 そうであるがゆえに、ベジータ王は尚更一層、ブロリーのその存在を認めることは絶対に出来なかった。
 強さとは、すなわち権力。王たる証。戦闘民族を統率し支配する者の絶対条件であるのだ。
 しかるに王を凌駕する実力を秘めし者、その存在を認めることは断じて否。
 将来の禍根となるものの芽を摘み取ることは、ベジータ王にとって至極当然且つ、絶対に譲れぬ行動であったのだった。

 ―――そう、“将来の禍根となる芽”は、全て摘み取る。

 ベジータ王の目の前には、拘束され身動きを封じられた一人の男がいる。戦闘力1万という規格外児をもうけた、本人は凡庸でありふれた、ただのエリート階級に属するサイヤ人だ。
 本人に一切の危険性は、ない。しかし、男はブロリーの如き子供を、今後ももうける可能性がある。ゆえにその危険性は、果てしなく高かった。
 ベジータ王は、あっさりと決定し行動した。
 広げた掌にエネルギー弾を形成する。そしてその手をそのまま、パラガスの腹へ抉り込むように押し付ける。

 「お前も一緒に、あの世へ行け! ハァッ!!」

 「っか、――――ぁ」

 パラガスは、一切の抵抗を許されなかった。両脇を抑えられたまま、無抵抗にその処刑を受けるしかなかった。
 ベジータ王が叫びと共に解放したエネルギー弾に、身体を貫かれ一気に吹き飛ばされる。抑えに回っていた衛兵の手がインパクトと同時に緩められ、パラガスの身体はゴミの様に転げ回った。
 そのままやがて動きは止まり、哀れな姿を晒すぼろきれとなったパラガスにベジータ王は鼻を鳴らす。
 そしてベジータ王はすぐに側近を呼び寄せて、指示を下し始める。

 「おい、あの亡骸をさっさと捨てて来い。パラガスの息子もとっとと始末させろ。それと、母親はどうした?」

 「っは、どうも母親は出産時の状態が悪く、産後にすでに死亡したとのことです」

 その報告に、ならばいいと返事を返す。死んだのならば重畳、余計な手間が省けた。
 ベジータ王の指示に動き始める現場を眺めながら、ベジータ王はふと付け加える様に言った。
 それは思い付きのひらめきだったのだが、さぞ面白そうにベジータ王は笑う。

 「パラガスとその息子は同じところに捨ててやれ。せっかくの親子だ、死体同士ぐらい一緒に葬ってくれてやるわ」

 薄く嘲笑を上げながら、ベジータ王は指示を出し終えて玉座に戻る。
 禍根の芽は、容赦なく摘まみ取る。将来の王族の権力、一族の支配権を揺るがす芽をだ。ベジータ王は利己的なその思惑のままに、容易く二つの命を刈り取る命を下したのだった。

 この行動は、近代のベジータ王であったからこそ発生した出来事だった。
 現ベジータ王のその前の世代までは、そこまで王権に対して神経質にはなっていなかったのだ。
 頭が切れ、そして権力欲に強い執着を持つ、歴代ベジータ王に比べて異端とも形容できる性格の現ベジータ王であったからこそ、起きてしまった惨事。
 ブロリーは、不幸にも生まれた時代を間違えてしまったのだ。ゆえに物覚えが付かぬ赤子でありながら、無下にその命は狩られるよう命じられてしまったのである。

 玉座に片肘を着きながら、ぎろりと側近を睨みながらベジータ王が口を開く。
 その意識には、もう先程己自身の手によって始末したパラガスのことなど欠片も残ってはいなかった。
 そのような些事に何時までも関わっている暇はないのだ。そしてこれから話す議題は、優先度においてパラガス風情の存在程度など足元にも及ばない、最重要事項であった。

 「分かっているな? 明日だ。明日、例の計画を始める。抜かりはないだろうな?」

 「っは。すでに各地に散らばっている全てのエリートたちの元に、召集命令は届けております。刻限までに人数は揃うものかと」

 「ふむ、よかろう」

 ベジータ王は視線を広間全体に彷徨わせ、室内に存在する全てのエリートサイヤ人たちを睥睨する。
 そして威厳と威圧を込めたままに言葉を発し、演説を行った。

 「サイヤ人たちよ! 宇宙最強の戦士たちよ!! ついにこの時が来た! 我らサイヤ人に対して、まるで奴隷か何かのように勘違いし扱き使う、あの忌まわしき化け物! 宇宙の帝王を名乗る憎きフリーザに対し、反抗する時がだ!!」

 おおと、広間に存在するサイヤ人たちの間から歓声の声が上がる。
 いずれ来ると語られていた、運命の日。その日が来たという発言に、熱気が立ち昇り始める。

 「明日だ! 全宇宙に散らばったエリートたちへ発したメッセージ、それを受け取り集合した我らサイヤ人たちエリートの集団が、明日近辺にやってくることになっている奴の宇宙船に潜入し、その首を取る!! よもや襲撃されるなど夢にも思ってはいまい、油断しているフリーザめの寝首を掻いてやるのだ!!」

 明日、フリーザは惑星ベジータ近傍の宙域までやってくることになっていた。そしてベジータ王はその元まで赴く予定となっている。
 それは自らの息子、王子ベジータの身柄をフリーザの元へと預けるということ。その正式な手続きを両者合意の下で行うためであった。
 しかしその行事の指している本質は、すでにフリーザの手の元へと送られている王子ベジータの身柄の有無を、より確固且つ、正当性を帯びたものとするためのデモンストレーションにしか過ぎなかった。

 両者合意の下と建前を作られていてもベジータ王に拒否権なぞないし、そもそもフリーザ軍ないし、フリーザそのものを縛る絶対的なルールすら存在などしていないのだ。
 現実問題、今のこの宇宙において、フリーザそのものが全てを左右するルールであり、絶対者なのである。どんな決め事だろうと法律だろうと、フリーザ自身が気に喰わぬと思えばそれを遮る力とは一切なりえないのだ。
 要するに、こんなものはフリーザが己の嗜虐心を満たすためだけにセッティングした、ベジータ王に屈辱を与えるための舞台装置でしかなかったということである。

 しかしその傲慢が、この時ばかりはベジータ王の味方として働いていた。
 わざわざ向こうからこんな御大層な舞台を用意してくれているおかげで、ベジータ王は労せずフリーザの宇宙船内部へと侵入することが出来るのである。
 自分で自分の首を締めてくれているのだ。利用しない手はない。

 「フリーザは集団となった、我らサイヤ人を恐れている!! サイヤ人たちよ! エリートたちよ!! 今こそ憎きフリーザに対し、我らの怒りの猛りをぶつけるのだッッ!!」

 おおおお!! ベジータ王のアジテートに、サイヤ人たちのテンションも上がっていく。
 気合いは十二分に満たされていた。時すらも最高のタイミングが用意されている。
 負ける要素などない。勝利を思い描き口の端を釣り上げるベジータ王に、しかし側近が小声で胸にある思いを語る。

 「しかし、ベジータ王。召集命令を送ったのはエリートだけでよろしかったのですか? 下級戦士たちには一切伝達はせずともよいとのことでしたが………」

 「ふん、下級戦士風情が何の役に立つ。奴らなど戦いの邪魔になるだけだ、わざわざ役立たずまで集める必要なぞない」

 「……了解しました」

 側近はそれ以上物申すことなく、ベジータ王の断言を受けて引き下がる。不愉快気に顔を顰めて、ベジータ王は片肘を突く。
 ベジータ王は必要ないと断言したが、しかしその本当の理由は、側近に語ったものとは全くの別物であった。
 本当の理由は、単純に不愉快であったからだ。フリーザの存在を迎合し、現状を甘んじて受け入れている、奴ら下級戦士たちのことがだ。

 下級戦士とて、別に戦力にならない訳ではない。頭数が多ければそれだけ戦いようは広がるし、そもそも徒党を組むことによる戦闘力の向上という今回の戦いによる切り札が、その内容ゆえに人数が多い程こそ有利に働くに違いないからだ。戦闘力の低い下級戦士とて、十分戦力にはなる。
 なにより、現サイヤ人最強の戦闘力を持った戦士は下級戦士なのだ。勝算を上げようと言うのならば、下級戦士をバトルメンバーに入れてしかるべきだった。
 だがしかし、ベジータ王はそうはしなかった。結局のところそれは、つまらない意地、本人とて意識していない派閥争いが理性に割って入り、効率を無視させた選択をした結果であったのだ。

 決して顕在化せずとも、しかし確実にサイヤ人の間に存在している二つの派閥。支配者層であるエリートを中心とした現状の否定派と、末端部分である下級戦士たちを中心とした肯定派。
 年月をかけて蓄積されたその影響は、この場面のベジータ王に収斂されて、その選択を導き出したのである。
 この選択が吉と出るか凶と出るかは知らない。そもそも選択の如何によって、結果に何らかの変化があったのかも怪しいことだ。
 ただ言えることは一つ。
 どういう内容であれ、その選択による結果はすぐに出てくるであろうということである。


 なお、何故ベジータ王を遥かに凌ぐ高い戦闘力を持ちながら、サイヤ人最強の実力を持った下級戦士……バーダックが、ブロリーの如く抹殺されないのか?
 その理由は、つまるところバーダックの年齢と階級にあった。
 確かに随分と高く突出した戦闘力を保持しているようであったが、所詮は下級戦士なのである。潜在能力は極小であり、つまりは将来性なんて皆無なのだ。年齢もすでに大分重ねており、肉体こそ戦闘民族の特性ゆえに若々しさを維持しているが、その成長のピークはとっくに過ぎているのである。

 つまり、もはや先のない存在だと認識されていたのだ。加えてその無茶な戦法についても、周囲には知れ渡っていた。
 下級戦士ゆえに、より頻繁に地上げの仕事は回されるし、放っておいても本人自身が勝手に死にかけるのだ。ゆえにベジータ王の目には、脅威として映ってはいなかったのである。
 勝手に自爆してその内死ぬだろう。そう思われていたがために、バーダックは抹殺されることなく放置されていたのである。

 皮肉なことに、本来ならば使い捨てとして使われる死に易いはずの身分が、逆にバーダックの命を守るという逆転現象を起こしていたのだ。








 ぽこぽこと気泡の弾ける音と、機器の放つ一定の電子音が響く。
 ピコマシンによって形成されている、癒しの溶液に包まれた男が一人、裸身でポッドの中で眠っている。
 その頭部や胸部などに身体の随所に探査・確認用のセンサーを張り付けられ、口には呼吸用のマスクを装着しながら、男はじっくりと溶液の中で安らいでいた。
 その治療ポッドのすぐ外で、キャノピー越しに様子を眺めていたテクノロジストの一人が感嘆する。

 「さすがはバーダックだな。僅か数日でほとんど完治してしまうとは」

 「ああ、こいつは下級戦士ながら、星の地上げに行く度に死にそうになって帰ってくるからなぁ」

 ある意味何時も通りとでもいうか。
 また意識不明の重体の状態で運び込まれることとなったバーダックの身体を、メディカルマシーンに入れて治療を開始すること数日。すでに傷らしい傷は見当たらない、全快に等しい状態だった。
 元々外的傷害が少なかったこともあったが、しかしそれでも凄まじく高い回復力だった。生命力の高いサイヤ人であるということを鑑みても、その回復力は高い代物である。
 老人姿のテクノロジストが、思い返すように頭を探りながら喋る。

 「確か、すでに戦闘力はサイヤ人の限界値にあたる3万に達していたはずだ」

 「普通じゃないとは思っていたが………全く、スゴい奴だなこいつは」

 サイヤ人の戦闘力限界値という値は、この宇宙でも頂点に位置するテクノロジーの持ち主であるツフル人が直々に研究し、弾きだした数値である。
 その信憑性は非常に高い。現に幾つかの資料に残されていた、他惑星の強種族などのデータを見ても極めて高い整合を見せた。
 戦闘力限界値という値は、戦闘力という目安で測る上で一つの目盛りだった。この限界値を超えることは基本的には不可能であり、例外的扱いは突然変異的に生まれた超天才戦士ぐらいなものなのである。
 要約して言ってしまえば、バーダックはサイヤ人として一つの極みに達しているとも言える状態だったのだ。

 「どうなんだ、奴は?」

 会話を交わしていたテクノロジストたちの間に、声が降りかかる。
 投げかけたのはトーマだった。数日前に運び込んだバーダックの様子を窺いに来ており、その後ろにはいつもチームを組んでいる、他の三人の姿も見える。
 爬虫類系ヒューマノイドのテクノロジストが、モニターに表示されているデータに向かい合って疑問に答えた。

 「肉体的には、何ら問題はない。完璧だ。だが、脳波に異常があるとコンピュータは診断していてな。それにどういう訳かは分からんが、疲労の様なものが溜まっている反応も検出されている。まだしばらくは安静にしていたほうが良さそうだ」

 「そうか……」

 「仕方ねぇ、今回はバーダックは置いていくことにしよう」

 「ああ」

 パンプーキンの言葉に仕方がないと賛同し、トーマはメディカルルームに背を向けて歩き出す。
 前回の仕事を終えて数日。早々に次の地上げの仕事が与えられたのだろう。
 老人のテクノロジストが、その背に尋ねかけた。

 「今度は、何処の星に行くんだ?」

 立ち止まり、トーマは振り返り一言で返す。
 何てことはないと言いたげに、その表情は不敵な自信を浮かばせていた。

 「惑星ミートだ」





 そして暫くの後。
 惑星ベジータから、四つの宇宙ポッドが空の彼方へと飛び去っていった。
 その中のだれ一人とて、その先に待ち受ける己らの運命を知りうる由はなく、また予想だにすらしていなかった。
 その道を進む彼らに、救いは、ない。


 そして残された最後の一人は、ただ静かに溶液の中で奇妙な夢を見続けていた。








 ―――あとがき。

 基本的に繋ぎの話。山なしオチなし、意味はあり。
 原作どおりな展開が多い話ですが、ちょくちょく相違点があったり。間違い探しな気分で探してくれれば楽しいかも?
 実は本作において次の展開というのは、これまでの話を読んでいると簡単に推理出来たりします。ピースというか材料は、もうたいがい放出したので。後は回収するだけです。
 もう突拍子のない超展開とか裏設定は、基本出ない予定。暇な人は展開を予想したりしたら楽しいかも?
 的中しすぎたら作者涙目。矛盾ですね、すみません。
 感想と批評待ってマース。



[5944] 第十七話 伝説の片鱗
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/06/22 00:53

 バーダックは夢を見ていた。
 治療ポッドの溶液の中を漂いながら、深く沈んだ意識は現実とは異なる風景を再生させている。
 泡沫の如き幻。それは夢であるがゆえに、突拍子もなく出鱈目な内容であることは当然であり、自然だった。
 だがしかし、そうであるはずのことだったのだが、それを含めて考えても、今バーダックが見ている内容は奇妙なものだった。

 バーダックは夢を見る。泡沫の幻、突拍子のない出鱈目な、支離滅裂な夢を。
 抵抗も反感もなく、ただ静かに流れる光景を垣間見ていた。


 子供がいる。
 山の中、自然に溢れた世界を子供は逞しく駆け抜けている。
 一人ながらも捻くれることもなく、子供は明るく元気な姿のまま、日々を過ごしている。


 場面が移り変わる。


 先の風景よりも時間が経ったのか、子供はもう山ではないところにいた。
 老人と自分と同世代の兄弟弟子と一緒に、より強く、さらに強くなるための修行を行っている。
 子供は純粋なまま、師である老人の言うことを守り、兄弟弟子と切磋琢磨し、その強さを磨き上げていく。


 暗転、再開。


 子供が戦っている。
 先よりも時を経て、より高みへと昇った子供が、かつてない巨悪と死闘を演じている。
 幼い身体でありながら、死力の限りを尽くして子供は戦い続けていた。
 友の仇、師の仇。憤り猛る感情と己の全ての力を、その戦いに注いでいた。


 バーダックは夢を見る。
 何処とも知れぬ場所の、誰とも知れぬ子どもの物語を、泡沫の意識の中で垣間見る。
 ごぽりと、呼気が漏れた。


 場面がまた変わり、そして時間も大きく針を進める。
 子供はもはや大人となり、子供を一人持つ親となっていた。
 彼は身体の成長と共にまたさらに逞しくなり、そしてそのひたむきに鍛錬に励む姿勢は変わることがなかった。
 平和な日常がそこにはあった。それはバーダックには想像もできない、穏やかな風景であった。


 だが時は進む。平和は破られる。


 二人の男が相対している。
 一人は彼。もう一人は、見慣れた戦闘服に身を包んだ、尾を生やした男。
 両者は言葉を交わす。

 「俺に従え、カカロット。いい目を見せてやるぞ?」

 「オラはカカロットじゃねぇ、孫悟空だ!!」


 暗転。


 激突する。
 今まで遭遇したことのない凄まじいエネルギーが、衝突し干渉し削り合い、互いが互いを叩き潰そうとしている。
 慣性なぞ虚空の彼方へと忘却し、出鱈目な軌跡を描きながら両者は闘い続ける。
 その一撃が地を砕き、その挙動が空を裂いた。

 「界王拳ッ、20倍だぁああッッ!!!」

 「俺はサイヤ人の超エリートだ!! 舐めるなぁあああーーーッッ!!!!!」


 暗転。


 ボコボコと、溶液の中で気泡がさらに溢れ、消える。
 閉じた瞼の下に再生される夢が、バーダックの意識を刺激する。
 同時、その溶液の中に浸されている肉体に、見た目には何ら変化はなく………しかしその見えぬところにおいて、途方もなく大きな変革が始まっていた。
 筋肉が収縮し、伸長し、そして蠕動を繰り返した果てに、より強靭でしなやかな形へと仕上げられる。
 その肉体を構成する細胞の一つ一つ、おおよそ70兆に及ぶそれらが秘めた“気”の容量が、桁違いの増幅を発揮する。

 受け皿であり力の出力器となる肉体、それそのものの、純粋なる意味での頑健性・強靭さの上昇。
 そして尋常を凌駕する能力を付加する……ただひたすら、持ち主を“強くする”働きを持つ、既存の物理的概念の当て嵌まらないエネルギーである“気”、その絶対量の増加。
 この二つの事柄が指すことはつまり、飛躍的な実力の繰り上げ、戦闘力の拡大にほかならない。
 穏やかに眠りながら癒し続けられている中、人知れずバーダックの肉体はかつてないパワーアップが行われていたのである。

 それは一重に、サイヤ人の持つ特性の一つである“死の淵から蘇ることで戦闘力を大きく増大させる”という、戦闘民族特有の生態があったがゆえのことだった。
 だがしかし、そう確たる理由が存在はしたものの、同時にそれは有り得ないことであった。
 すでにバーダックの戦闘力は3万という、サイヤ人という種族の限界値に達しているのである。いくら戦闘力を桁違いの効率で跳ね上げる特性があったとしても、そんなものイコールで無限に戦闘力を上げ続けられるという意味になりはしない。
 成長の上限、鍛錬の極み。
 限界という言葉は伊達や酔狂などではない、越えることのできぬ厳然たる壁なのだ。
 そしてこの限界値という数値は、故ツフル人がその遺伝子の一片まで細分し、隅々まで観測した上で弾き出した数値。つまり逆説的に言って、サイヤ人という種族はその身体に秘められた遺伝子全てから、戦闘力の上限を3万であると、そう定められているようなものなのである。

 人は決して、生身一つで空を飛べはしないし、水も食物も取らずに生きることはできない。

 これは人の身体が、そういうふうに出来ているからだ。人体の構造、すなわち遺伝子に記された設計図に、そう生誕するより前に定められているからである。
 限界値というのもそれ同じ。傷付けば血を流し、心臓が止まれば死ぬと同じレベルの意味で必然であり当然である、文字通りの“限界”なのである。
 ゆえに幾ら傷付き回復しようとも、あるいは鍛錬しようとも、今後バーダックの戦闘力が上昇することは有り得ないことであったのだ。
 だがしかし、現実にバーダックの戦闘力は増大していた。それもただの増大ではなく、過去のいずれも類を見ない凄まじいまでの割合……いや、倍率と表現するレベルで、である。
 その肉体が癒される治療過程にて増強作用が併発され、そして増強作用を歪みと見たピコマシンが適度に正常最適化を実行することで、それをさらに助長していたのだ。

 有り得ないことであった。遺伝子という絶対の楔に縛られた、越えられない壁がそこには存在しているはずであった。
 にもかかわらず、現実に発生しているこの事態。これは何故だというのか?
 その答えはシンプルに一つ。
 “限界”を越えたのだ。越えられないはずの、出来る筈のない業を達成したのである。
 矛盾極まりない表現であるが、しかしそれがすべての真実であった。

 リキューの残した重力室を利用した荒行と、元来の遮二無二な戦法。この両者が合わさったことによる、相乗的な戦闘力の増加。これによってバーダックの肉体は、四年の歳月をかけてサイヤ人の限界レベルまで肉体を押し上げられたのだ。それは現在では、60倍の重力にまで耐えきれるほどである。
 そして越えられぬ限界、肉体の極みまでに達したバーダックに対して放たれた、カナッサ星人の最後の生き残りである彼―――トオロの放った幻の拳。
 それが最後のきっかけとなり、バーダックの肉体にさらなる変革をもたらしたのである。

 サイヤ人という種族の限界。その壁を突破させる力を。

 バーダックの遺伝子は、その在り様に小さな、されど大きいと呼べる、明確とした変質が起き始めていた。
 さながら、大猿化の如きと形容させるほどの変貌。エクソン置換。そのDNAの裏側に埋没されていた“隠された遺伝子”が発現し、その内容を肉体に具現化させ始めていたのだ。
 それはあえて言えば、自己鍛練の極みの結果である“先祖返り”。人体を根本から定義する遺伝子の内容が変質を起こし、ツフル人が細分し走査したデータの一切を無意味とさせる、一見ではなんら異常を見出させない変化が深く静かに進行していたのだ。
 限界の壁を越えたことによって得た、新たな境地。さらなる領域へ達する肉体。大仰な表現、バーダックは新生したのである。

 原作“ドラゴンボール”において、亀仙人はこう述べた。
 真に完成された武道家になるには、その人間の壁を越えなければならぬ、と。
 バーダックは戦闘者としての修練の果て、ついにサイヤ人の壁を越え、その戦闘レベルが大きく上回る肉体を手に入れたのである。

 それだけではない。バーダックの変容はまだ終わらない。
 新生することで手に入れた、新たなる領域への肉体。その身体に秘められたポテンシャルは巨大ではあるものの、それだけのもの。
 これだけでは戦闘力の上限が解き放たれただけで、即パワーアップを意味するものではない。鍛えることでさらなる戦闘力の成長は可能だが、鍛えなければ変わらぬのだ。
 新生することで得た新たなる肉体。負傷状態からの回復。この二つに加えたもう一つの理由が、バーダックを絶大なるパワーアップへ導いていたのだ。


 空を駆ける。
 惑星ベジータの地表から飛び立ち、その大空のさらに先、大気圏の最上層、宇宙と空の分け目の領域へと上昇する。
 目的地には巨大な宇宙船と、見覚えのある人間の後姿。
 その人間が振り返る。

 「これは、バーダック?」


 暗転。


 余りにも速すぎるその挙動に、翻弄される。
 反応が追い付かず、防御が追い付かず、攻撃などはすると考える余裕すらない。
 全身をドリルのように穿つ気弾が責め苛み、一方的に叩き潰される。
 そして気弾が止んだかと思った次の瞬間、また反応は追い付かず、強烈な打撃を腹部にめり込まされて吹き飛んだ。

 「おやおや、どうしましたか? まだ始まったばかり、お楽しみはこれからですよ。ひゃひゃひゃひゃひゃ」


 暗転。


 バーダックは夢を見る。泡沫には違いなく、されど幻と言うには確固とした形を取る、奇妙不可解な夢を。
 それは幻であり、現実でもある。
 その正体はトオロが己の死力を払い打ち込んだ、幻の拳によって身に付けし予知能力。コントロールされぬそれが見せる、未来の群像である。
 バーダック自身の意志の関与しない領域でその能力は暴走し、まだ見ぬ未来の姿をバーダックへと突き付けていたのだ。

 彼は垣間見る。予知能力によって、まだ見ぬ筈の、見える筈のない人間たちを。
 それには恐ろしいまでのパワーを持つ者が現れることもあれば、また唐突に関係のない、牧歌的な家庭の姿なども再生された。
 この無差別な未来の群像。その幻でありながら、しかし決してただの幻とは言えない情景の再生が、バーダックの超パワーアップ。その最後の理由であったのだ。

 再生された未来の群像の無差別な内容の中に現れた、自身とは比較することが出来ない強者たち。
 バーダックは彼らの存在に直接触れ、体感したのだ。
 予知能力を持っていたための偶然、現象。現実に対面していないにもかかわらず、直接相対するに等しい経験をもたらしたのである。

 そしてバーダックの肉体は、その強大なパワーに反応した。
 途方もない格上の存在を認識し実感したことで、新生した肉体がそれに対抗しようと、より強く働きかけていたのだ。
 強力に作用を始めた超成長に応えるために肉体はさらなる革新を始め、治療ポッドという環境が作用を促進し、より強大な成長を促す土壌となる。

 新生した肉体というより強き力の受け皿。負傷からの回復による成長作用。最後に、自己よりも強大な実力者の知覚。

 この三つの要素が介在したことによって、バーダックはこれまでのサイヤ人の歴史において類を見ない、まさしく前例のない変貌を遂げていたのだ。
 サイヤ人でこれに対抗できる存在がいるとすれば、それはさしずめ、伝説に語られているだけの超サイヤ人だけだろうか?

 ぼこりと、治療ポッドの中で気泡が弾けて消える。
 だれ一人と知らぬままに時間は流れ、そして変革はじっくりと終わりへ向かい収束を始めていた。








 密閉された、それなりの広さを持った空間。
 四十人前後の人間たちがその中に立ち並び、ひしめいていた。彼らには例外なく尾が生えており、戦闘員であることを示すバトルジャケットとスカウターを身に付けている。
 サイヤ人。それもエリート階級に属する者たちの集団であった。
 その彼らを威圧的に睥睨しながら確認するように視線を動かし、ベジータ王はそばに控える側近を呼び寄せる。

 「おい。人数はこれが限界か?」

 「っは、その通りでございます。他の者どもは、もう時間に間に合わぬ様子で………今この場にいる者どもが集められる限界かと」

 「っち……グズどもが。肝心な時に役に立たんわ」

 盛大に舌打ちして、ベジータ王は毒づく。サイヤ人はこと戦いに関しては並みならず意欲の高い種族ではあるが、それ以外の事柄に関しては関心が際立って低い。
 今回の召集命令を流布する時に、ベジータ王は盗聴などといった危険性を避けるために敢えて具体的な目的を文面には載せず、ただ集まるようメッセージを発信していた。
 仕方がないことではあったが、しかしそれが仇となっていたのだ。
 サイヤ人という人種は、例えそれが王からの命令であっても、それが戦いに関係ない事項であったのならば極めてルーズな対応になる。加えて、エリートですらも一部の者たちの間では、ベジータ王よりもフリーザに畏敬を表し軽んじている風潮があった。
 ゆえに尚更一層足並みは揃わず、そしてベジータ王の機嫌は加速度的に悪化していた。自身の王としての権威が衰退していることをこれほど分かり易く示されているのだ。自己顕示欲に満ちたベジータ王にとって、これは侮辱でしかなかった。
 とはいえ、それでもおおよそ大半のエリート階級の戦士たちは召集に応じ、そして時間はかかったもののそれなりの数を揃えることはできたのである。権威の落失は著しいものの、その全てが無に帰している訳ではなかった。

 ふと、居並ぶ面々を見渡していたベジータ王が何かに気が付いたかのような表情を作る。
 そこにいるべきである筈の人間の顔が見当たらなかったのだ。
 四年ほど前、惑星ベジータを出奔したとあるサイヤ人。そのフリーな行動を認める条件として自身の召集に絶対服従するよう言い含めていた、サイヤ人の中でも有数な戦闘力を持つ戦士の一人であり、しかしその職務はサイヤ人には見合わぬ科学者というものに就いている人間。
 リキュー。この場にいるべきその名を持つ人間が、ベジータ王の視界の中にはいなかったのだ。
 ベジータ王のこめかみに青筋が浮かび上がる。そのまま苛立ち紛れに彼は側近へ問いかける。

 「貴様、奴はどうした。数年前に外に出したあいつ……確かリキューとか言ったか? 奴の姿が見えんぞ」

 「は? いえ、特に連絡はありません。遅れているかもしくは、気付いていないのか………」

 「おのれぇ、若造が………俺をコケにしやがって!」

 契約不履行、約束の翻し。
 特別に目をかけてやったにもかかわらずのその所業に、もはや語るまでもない激情の迸りが生まれる。
 こうなれば、しかるべき制裁を加えなければなるまい。道理的にも感情的にも正しい選択がベジータ王の脳裏に浮かび、そして即座に確定される。
 かくして、速やかにリキューの断罪がここに決定されたのだった。

 と、ベジータ王は時間を確認し、気持ちを切り替える。憤りは深く大きいものではあったが、しかし理性をもってその発露を抑え込む。
 忘れる訳ではない。ただ、そんなことよりも優先度の高い、危急の用件が目の前に存在しているだけだ。
 ばさりと、注目を集める様にマントを翻す。サイヤ人たちの視線が己一身に注がれていることを確認し、ベジータ王は口を開けた。

 「時間だ………いくぞ! 戦士たちよッ!!」

 『オオゥッッ!!』

 空間に詰める全てのサイヤ人たちが応え、その号令が空間を震わした。




 ―――ズンッと、地響きに似た振動が走った。




 フリーザの座する、戦闘員の使う個人用ポッドとは違う巨大な宇宙船。
 現在、かの船は惑星ベジータ近傍の宙域にてその機動を停止し、停留状態にあった。
 これは、かねてより準備され待ち望まれた王子ベジータの身柄譲渡。それを認める正式なる体裁と書面を整えた上での調印式のためである。
 これを行うことにより、茶番であり本意ではないことでだが、しかし対外的にはベジータ王は自分自身の意思でフリーザに対して息子の引き渡しに応じた。そういう意味を知らしめることとなるのである。

 なお、近傍とはいえ、その位置は惑星ベジータからは軽く数百光年は離れており、船内から肉眼で惑星ベジータの姿形を捉えることはできなかった。
 ツフル人のテクノロジーによる恩恵を受けている船であり、その抜き出た航宙速度で相対的にかかる移動時間が短縮されているがゆえに、近傍と称されているのである。

 何時もの通り、フリーザは愛用のマシンに搭乗して展覧エリアに待機し、その球状ガラスから外の宇宙空間の眺めを見る。
 フリーザ自身曰く楽しい催し、他者からすれば悪趣味極まる茶番と称される、今回のイベント。
 悠々とその手にグラスを構えながら、フリーザは不敵な笑顔を浮かべ続ける。

 ドドリアがフリーザの元に近付く。その手にはボトルが握られており、彼は差し出されたフリーザのグラスへと恭しく中身を注ぐ。
 軽く一口だけ口に含み、その芳香と味わいを楽しむ。それだけにとどまり、フリーザはさらに口を付けることはせず、ただ僅かにグラスを揺らしてその色合いを眺めた。
 扉が開放される。席を外していたザーボンが部屋の中へ戻ってきた。
 彼は口を開き、携えてきた報告をフリーザへと述べる。

 「フリーザ様。ただいまサイヤ人どもが例の王子の件にて、この船に到着したとのこと。謁見を願い出ております」

 「そうですか、分かりました。どうやら、時間はきちんと守ってきたようですね………感心なことです」

 わざとらしく見直したような表情が作られる。
 しかし、だからといってフリーザが即座に動き出す様子はない。サイヤ人どもの陳情なぞより、目の前の香しき飲料の風味を楽しむことを優先させる。
 フリーザが暴君であるということ。それは何時いかなる時であろうとも変わらぬことだ。
 自分から提案した催しにもかかわらず、召集したサイヤ人を一切の遠慮なく待たせる。そこには端から敬意や気遣いなどはなく、驕れる自負が示されているだけだった。

 そのまま、また自分の気の向くままに時間を費やした末に謁見を行うのだろう。と、しかしそう思われていた、が。
 その予想は思わぬ展開により覆され、意表を突くことになる。

 ズンと、唐突な地響きに似た震動が船内を揺らした。

 宇宙船と言う環境の中での明らかな異常事態。フリーザの目元が引き締まり、何事かと二人の側近が身構える。
 先程の大きさほどではないが、微細な震動はなおも頻発し宇宙船内を揺るがす。慌ただしくザーボンが動き、状況の把握をせんと通信回線を開く。

 「どうした、何があった!?」

 ザーボンの詰問に、スカウターの向こう側からノイズ混じりの回答が返ってくる。
 向こうは向こうで焦燥と混乱に満ちた様子であり、詳細な現状を把握している訳ではなかった。しかしその中でも最重要な一点だけは理解し、火急に伝えんと伝達された。
 ザーボンはその回答に驚いたように目を見開く。ある意味で予想外な、その回答に。

 「何だと!? サイヤ人どもが反乱を!?」

 それは意表を突くに十分過ぎる情報だった。ザーボンは血相を変え、ドドリアもまた追従し声を上げる。
 ピクリと、その言葉の内容にフリーザもまた、身体を揺らした。




 「うわぁあああああ!!!! フリーザ様ぁあああーーー!!」

 光が弾け、押し流すように通路全体を占めるだけの巨大な気功波が放出される。
 迸る気功波の流れは通路に立ち塞がっていた数名の兵士を呆気なく呑み込み、そのまま骸すら残さず存在を抹消する。
 そして力尽くで邪魔者が排除された通路を、ベジータ王率いるサイヤ人の一団は悠々と駆け抜けていった。

 「続けい! 狙いはフリーザだ、奴を探せ!!」

 遠慮の欠片もないエネルギー波が船内で放たれ、地震の如き揺れをもたらす。
 今この時まで来て、もはや隠密行動は意味をなさない。反逆は自明の理。求められるのは風の如き速き行動と、それに伴う結果だけである。
 異変に対応し訳も分からず姿を現した戦闘員の横っ面を殴り潰し、なおもサイヤ人の一団は快進撃を続ける。

 これも不意打ち、奇襲であったが故の戦果。ベジータ王の目論見通り、浮足立った戦闘員たちは効果的な対応一つ取る暇もなく押し流されていった。
 しかし、奇襲による効果も時が経てばその意味をなくす。フリーザ軍の戦闘員は野卑で粗暴ではあるが、だからといって無能ではない。戦いに関しては優秀な精鋭たちである。
 通路の先。後ろ。サイヤ人たちを包囲するように戦闘員たちが姿を現し、わらわらと壁を作る。
 あっという間に包囲網が完成される。要した時間は奇襲からほんの数分ほどと、ツフル人とは違った極めて高い対応性のなせる業である。
 その中には上級戦闘員の姿もあった。

 「馬鹿かテメエら。たかがサイヤ人風情が、本気でフリーザ様に刃向かう気かよ?」

 一人の戦闘員の言葉に、同調するように皆が嘲笑う。
 戦闘民族サイヤ人。彼らはそんな御大層な看板を背負ってはいるが、しかしその戦闘力は覇を唱えるほど突出してはいない。確かにその戦闘センスは輝くものがあるし、タフネスさも認められる。だが根本的な戦闘力が決定的に足りていないのだ。
 この集団の中で最も高い戦闘力を誇るベジータ王ですら、その数値は12000程度。それはランクにしてフリーザ軍の上級戦闘員に過ぎないレベルのもの。目の前に立っている数人の上級戦闘員たちですら同じだけの数値を持っているのである。
 これすなわち、フリーザどころか、今の現状それそのものがすでに王手に等しいということを意味する。

 戦いばかりにかまけて遂に呆けたかと、嘲笑うことは至極当然の理屈だった。
 奇襲の利が生かせなければ、そもそもベジータ王一派に勝ち目はおろか、今のこのような快進撃すらありえないのだ。それが周知の認識である。そしてすでに、包囲網は完成された。
 もはやあとはこの目の前にいる、頭の足りない不届き者どもを殲滅するだけ。ただそれだけだった。
 一方的な捕食者の立場にあるものとして戦闘員の口が歪み、そして叫びを上げる。

 「かかれぇーーーーーー!!!」

 号令がかかり、包囲した戦闘員たちが雪崩の如くサイヤ人たちへ殺到する。
 黙ってやられる筈もなく、サイヤ人たちもまたその攻勢を前に、真正面から受けて立つ。

 「ふん、雑魚どもが。この俺の邪魔をするなッ!!」

 ベジータ王は掌がエネルギー弾を生成し、固まっている戦闘員たちの群れの中へと投げ込まれる。投げ込まれたエネルギー弾は時間差を以って炸裂し、溜め込んだエネルギーを解放・放出。
 巨大な爆発が発生し、景気よく戦闘員たちが吹き飛ばされる。
 そして火花は切って落とされた。
 気勢を上げて両勢力がぶつかり合い、事態は乱戦状態へと陥る。

 「ベジータ王を殺るぞ、タイミングを合わせろ!」

 「おうよ!」

 「ぬ!?」

 スカウターで数値を調べた上級戦闘員が二人、ベジータ王を挟み込むように襲いかかる。その戦闘力は共に1万を超えており、ベジータ王を僅かに凌駕する。
 正面と背後の両サイドから襲いかかる蹴打。ベジータ王は両手を駆使しその一撃二連を受け止める。
 そのままもつれ込む様にラッシュへと戦いは移行し、激しい鍔迫り合いの如き様相を描く。

 「ギャハハハハ!! オラオラッ! どこまで持ち堪えられるのか見せてみろよ、王様よぉ!!」

 「せいぜい抵抗して見せてみな、うらぁ!!」

 ドドドドッと、想像を絶する威力が込められた拳打が交差され、熾烈な音を立てる。
 音速など遥か彼方へと捨て置かれた、もはや疾風とすら形容するが生易しい超速の攻防。ベジータ王は二者によって与えられる凄まじきラッシュの嵐を、また同等の反応速度を以って防ぐ。
 そのサマを、角を生やした鬼の如き種族である上級戦闘員は見下し、扱き下ろす。
 戦闘力で勝るものとの戦い、それも二対一。勝ち目なぞは豆粒一つ浮かばない布陣である。笑わずにはいられなかった。

 「シャアッ!!」

 「ぬるいわ!!」

 顔面を狙った攻撃に対し、ベジータ王は身体全体を沈みこませるようにして回避する。
 そしてそのまま目の前にある伸び切った腕を、引き戻される前にベジータ王は掴み取る。一瞬の停滞もなく一本背負いへと移行し、もう一人の敵へと身体ごと投げ付ける。
 絡み合った状態となり弾き飛ばされる戦闘員。互いに罵声を交わしながら体勢を整えようとした次、更なる追い打ちである連続エネルギー波が降り注がれ、目を剥く。
 間断なく雨あられとばかりにエネルギー波を打ち込んでいる下手人は、ベジータ王。一撃一撃に無視できないだけの威力を込めて、それを連続させて打つという芸当は予想以上に“気”のコントロールが求められる、高等技術の一つである。

 形成される弾幕に、防ぐには単純に手が足りない。戦闘員たちは慌てて腕を全面に押し出し防御を選択、全身の力を放出させて持ち堪える。
 そしてエネルギー波の嵐が襲いかかった。防御の上に次々とエネルギー波が着弾し、爆煙が視界を妨げる。
 二対一で抑え込みに回るのだから、押し負ける筈はない。彼らはそう楽観して考えていた。このまま防ぎ続け、息切れが見て取れた隙を拾い攻勢へと反転せんと狙う。

 が……しかし、その考えは早々に想定外の事態に見舞われ、撤回することとなる。

 「な、なんだ!? パワーが強い!?」

 「ぐ、ぐぐぐ!? お、抑えきれねぇ!?」

 悠々と持ち堪えられるはずだったエネルギー波の猛攻を前に、早々に限界へと達してしまう。エネルギー波の一撃一撃、その威力があまりにも大きかったのだ。
 スカウターの数値には相変わらず変化がない。おかしなことだった。自分たちの方が数値が上回っている筈なのにも、こうまで容易く防御の上から削り押されるとは。
 理屈が通ってない。しかしそう訴えたところで、眼前の現実が変わる筈もない。なおも降り注がれるエネルギー波は容赦なく二人へと猛威を振るい、その威力は今にも防御の上から彼らを焼き焦がそうと熾烈であった。

 「ぐぬぬ、ちっくしょう! あとは任せたぜ!!」

 「な!? テメェ!!」

 迷う暇もなし。遠からぬ時間の内に押し切られると判断した一人が、仲間を見捨ててさっさと弾幕から逃げ出す。残された一人はそれに怒声を上げるも、分担されていた二人分の負荷が一挙に己一人へと集約されることとなり、文句を言う暇もなくなり死力を振り絞ることとなる。
 一人逃げ出した卑怯者は、フリーとなった身体を生かしてベジータ王へと大きく回り込むように移動し、近接する。一人にかかりきりになっている今の状態であれば、不意を打つには十分過ぎるほど隙だらけである。爆煙に紛れての行動に、気付かれる心配もない。
 絶え間なく弾幕を形成しているベジータ王の背後へと、瞬速で移動する。両手を組み合わせハンマーをかたどり、背後からベジータ王の頭部へと振り下ろす。
 だがしかし、振り降ろされたハンマーパンチはベジータ王を捉えることはなかった。直前にベジータ王の姿が掻き消え、代わりに拳は床を砕くだけに終わる。
 何処へ消えた? そして焦りが浮かぶ暇もなく、背後から衝撃は襲いかかった。

 「ぐべぇ!?」

 ぼきゅりと、背後からの痛恨の一撃が、骨を粉砕し肉を擦り潰す。
 超質ラバーで構成されているバトルジャケットをも粉砕してその中身を打ちのめし、拳そのものが肉体の中へと食い込む。
 ぽたりと滴り落ちる鮮血。乱暴に埋め込まれた拳が引き抜かれ、激痛にたたらを踏みながら戦闘員は数歩歩む。
 振り返るとそこには、超スピードで掻き消えたはずのベジータ王の姿が。
 ベジータ王が腕を振りかぶる。そして手刀の形を作り、さながら断頭せんが如く腕を振るい、剛腕を戦闘員の首へと叩き付ける。
 抵抗の余力はない。反応する暇もなく打ち込まれた手刀は呆気なく首の骨を破砕し、眼球が飛び出らんがばかりに剥かれたまま戦闘員は絶命した。

 「ば、馬鹿な!? どういうことだこりゃ!?」

 そのあまりにも簡単すぎる決着を目撃し、取り残されエネルギー波を凌ぐ羽目となっていた戦闘員が喚き散らす。
 彼も仕留められた者も、ともに上級戦闘員だ。戦闘力は1万を優に越えるし、その数値がベジータ王を超えていることはスカウターでも確認済みのことである。
 戦闘力が勝っているのだ。確かに絶対的と言う程落差があった訳ではないだろうが、しかしそれでもこうも容易く仕留められるほどその数値差は甘くない筈であった。
 しかし、どうであろうか。目の前の現実は。スカウターには今も変わらずベジータ王の数値に変化がないことを示しているにもかかわらず、僅か数瞬の攻防で一人の上級戦闘員が始末されたのである。
 認めることは、どうしても無理だった。

 「ただのまぐれだ! 調子に乗ってんじゃねぇぞッ! このサイヤ人がぁーー!!!」

 エネルギー波を防ぎ痺れの残る両腕に力を込め直し、一直線に猛進する。
 驕りなしの本気。いくらセンスがあろうと何だろうと、力で押し切る構えのまま突撃する。
 その加速は自信の通り、常日頃のベジータ王を上回るパワーを秘めたもの。ベジータ王を食い破らんと戦闘員が迫る。

 だがしかし、その全力が込められた一撃は一片もかすることはなく空回る。
 紙一重の間合いで見切られ、逆にカウンターとなった反撃を顔面にぶち込まれた。
 顔面が陥没するような異音と激痛が駆け巡り、そのまま突っ込んできたのと同じ速度でベクトルを反転させ、壁際まで吹き飛ばされ激突する。
 ひゅうと、不規則で不自然な呼吸が漏れた。激烈な一撃をもらったものの、戦闘員はまだ辛うじて命を繋いでいた。が、瀕死であることに変わりはない。
 その胸中に多大な恐怖を抱きながらも、彼は毒づきながら舌打ちをする。スカウターの故障なのかどうか、たかがサイヤ人風情に過ぎない筈の目の前の男は予想外の戦闘力を持っている。そうとしか思えないと、彼はパニック寸前の思考で結論付けた。
 自分一人じゃ勝てない。強烈に意識したその事柄に全てを支配され、彼は叫んだ。

 「おい! 誰か手を貸せッ!! ベジータ王を……ッ!?」

 辺りを見回し、しかし飛び込んだ光景に目を瞠った。
 それはあまりにも馬鹿げた光景だった。一体どういうことだと、おそらくは今日最も驚いた光景だった。
 押されていたのだ。
 “上級戦闘員が、他のエリートサイヤ人どもに”である。
 彼らサイヤ人たちは群がる戦闘員たちを容易く蹴散らし、そしてその中にいる数人の上級戦闘員たちすらも数人がかりで相手をすることによって、あろうことか互角に渡り合い、挙句押し切っていたのである。

 「こ、この野郎が!?」

 「ッハ! こんなもんが効くか!!」

 一人の上級戦闘員が放ったエネルギー波をサイヤ人が防ぎ切る。そしてその両サイドから飛び出した二人のサイヤ人が近接し、タイミングを合わせて拳を突き出す。
 反応する間もなく二撃が同時に臓腑を抉り込む様に戦闘員へと打ち込まれ、攻撃した二人はそのままヒット&アウェイで流れる様に距離を取って離れる。
 そして逃がしてたまるかと、ダメージに喘ぎながら反撃しようと戦闘員が構えた瞬間、その上から急落降下し襲いかかる影。また別のサイヤ人の強襲。戦闘員は気付かない。
 激突。直上から頭部を打ちつけられ、戦闘員は地に叩き落とされた。

 「ぐぎゃぁあ!?」

 「消えな!!」

 地に打ち付けられた戦闘員へ向けて、四方八方より五月雨の如く放たれたエネルギー波が集中される。
 絶叫と共に高熱の嵐が生まれる。
 そしてまた、一人の上級戦闘員が彼の目の前で、光の中で姿を消し炭に変えていった。

 圧倒されている者は、その上級戦闘員一人だけではない。
 本来ならば眼前に反抗を起こしたサイヤ人どもと同等の戦闘力を持っている筈の戦闘員たちは、まるで雑魚の様に一蹴されている。
 決して手の届きようがない、隔絶した実力差がある筈の他の上級戦闘員ですらも、普段ならば歯牙にもかけない筈である複数のサイヤ人たちによる同時多数の連携攻撃を前に、次々と押し潰され、そして敗退していっている。

 信じ難いどころではない。理解不能であった。
 ベジータ王以外のサイヤ人たちは皆エリート階級の者だが、その戦闘力の数値は3000から4000と、上級戦闘員の半分にも満たない値なのだ。
 たかがその程度の数値しか持たない雑魚風情が、上級戦闘員に太刀打ちできるはずがない。例え群れようがそんなもの、根本的な戦闘力にこうまで差があっては意味をなさない悪手でしかないのだ。
 だが、だがしかし。その理屈を覆す異常な現実は、目の前に横たわっていた。
 そして現実を否定し続けている間にも、彼自身にをも降り注ぐ過酷な現実はすぐ傍まで近寄っていたのである。

 「ッハ!?」

 ふと気付き、慌てて視線を元に戻す彼の眼前に、急に突き付けられた何者かの掌。
 ほんの目の前まで近付いていたベジータ王が、その右手を彼の顔面にかざされていた。ベジータ王は能面のように無感動な表情なままに、一言だけ言い捨てる。

 「消えろ、クズめ」

 「待っ―――!?」

 エネルギー波が発射される。
 エネルギーの奔流は言葉を発そうとした戦闘員の姿を言葉と共に呑み込み、一気に消し飛ばした。
 奔流が収まった後には、上半身が丸ごと消し飛んだ亡骸だけが残される。
 ベジータ王が服に付いた埃を払いながら乱戦となっている場へと振り返ると、そちらもまた決着が付いたころだった。最後の一人となった上級戦闘員の頭を締めて、ゴキリと一人のエリートサイヤ人が骨をへし折る。

 と、ベジータ王の頬の傍を、かする様に背後から伸びた光線が通り過ぎた。
 背後を見やれば、騒々しく足音を立てて戦闘員の一団が新たに接近してきていた。
 装着されたエネルギー収束機によって凝縮された、レーザー状のエネルギー波がベジータ王を狙って飛来する。ベジータ王は片手でそれらを弾き飛ばしながら、もう片手に“気”を纏わせながら振りかざす。

 「俺の邪魔をするな! このゴミどもがァーー!!」

 通路全体を占有する極太のエネルギー波が、新たに現れた戦闘員の一団に向けて放たれた。
 激震する。悲鳴が残響しせめてもの抵抗とばかりにエネルギー波が放たれるも、ベジータ王の強大なパワーの前に一切の余地なく呑み込まれていく。
 閃光と爆発。爆風が発生し、マントが大きくたなびく。
 煙が晴れた後には、黒ずんだ通路が広がるばかり。ベジータ王の一撃の下、戦闘員の一団はあっさりと全滅させられたのだった。
 その結果に、ベジータ王は満足げに口元を歪める。
 拳を開け閉めしながら、やはり己の策に間違いがなかったという自負を、新たに掴み直し増長する。

 明らかに戦闘力が上がっていた。無論、スカウターの数値には変化はなく、具体的にそれを示す測りは存在しない。だがしかし、現実に戦闘し、そしてその結果が転がるこの状況そのものが、何よりも雄弁にその事実を物語っていた。
 集団となったサイヤ人たちが発揮する、不可解な戦闘力数値以上の実力の顕現。圧倒的に実力が隔絶しているだろうフリーザに対抗するための策としてベジータ王が用意した切り札は、間違いなくその効力を発揮していたのだ。
 サイヤ人のエリートが、本来何人がかりで向かい合おうとも抑えることができない筈であるフリーザ軍の上級戦闘員を仕留められているのである。ベジータ王自身、普段の己よりも機敏に動き、そしてより強大なパワーを発揮している自身の状態を認識していた。
 原理は不明。科学者に解析させてみたものの、その判明には全く至れてはいない。ただそうなるきっかけと結果が分かっているだけの未知な現象である。
 とはいえ、有用な結果が出されているのだ。理屈理論などには頓着せず、ベジータ王は使えるものは使うとしてこの現象を計画の内に盛り込んだのである。

 その結果は上々。文句の付け様はない。
 ただのエリート戦士が、戦闘力が3倍から4倍、もしくはそれ以上の開きがある上級戦闘員を圧倒しているのだ。しからば、エリートなどよりも遥かに地力のある自分ならばどうだ?
 フリーザとて、十分に手の届く領域にある。ベジータ王は確信する。

 「フリーザを探せ! 奴の命を奪い、そして全宇宙の頂点の座をも頂くのだ!!」

 滾る血潮の導きのままに、ベジータ王が声を上げる。
 サイヤ人たちも同調する。野性が呼び覚まされ、力に酔いしれながら行動を再開する。フリーザだけを目指し、船内を奔走する。
 散発的に戦闘員たちが現れ鎮圧しようとするも、もはや勢いが付いたサイヤ人たちを止めることなどできやしない。即座に反撃の一撃を返され、抹殺される。

 ベジータ王たちの反乱の勢いは、留まるところを知らなかった。




 スカウターに計測されぬ、未知の戦闘力向上の秘密。その原理。
 それこそ戦闘民族サイヤ人の血に秘められし能力。長き年月によって衰退し、その遺伝子の裏側に埋没された、忘れ去られた力であった。
 顕現されていない遺伝子記述、つまりジャンクDNAであるがために消え去ってしまっているその力。
 しかし消え去ってしまっている筈のその力は、多数の同族であるサイヤ人たちが集まり、そして戦いの場で本能が奮うことにより共振し、喚起されていたのだ。

 それは喚起されるとはいえ、所詮は量として微小な力でしかなかった。いくら共振すれど、それを意味する記述は決して表には現れぬ、遺伝子の深層に埋没されていることに違いはないからである。
 だがしかし、それであっても、もたらされる効果は莫大なものであった。
 ほんの微小、スカウターにも観測すらされぬミクロレベルでしか喚起されぬ力でありながら、その力は戦闘力に数倍の落差がある筈であるエリートサイヤ人を上級戦闘員と対等に戦わせ、ベジータ王に行く手を遮る邪魔者たちを容易く葬るだけのパワーを与えていたのだ。

 かつて、伝説の彼方にサイヤ人たちが置き去りにし、時の流れと共に埋没させていったその力。
 “気”と総称される、個体ごとに大小な差異がある生体エネルギーの中でも、さらにより異なった、独自の性質を持つ超エネルギー。

 その名も“サイヤパワー”。

 数千年前に存在せし、伝説に語られる超サイヤ人が身に纏っていた宇宙最強の超パワーである。
 ベジータ王たちは自分たちでも意図してないことであったが、伝説のその片鱗たる力の手助けを受けていたのだった。




 「何を手こずっている!? 相手はたかがサイヤ人だぞ!!」

 『も、申し訳ありませんッ! で、ですが、奴ら何か様子が妙で……』

 「言い訳などしてる暇があるならさっさと動け! これ以上手間取るようなら、貴様の命はないぞ!!」

 『は、ハイィイイ!!!』

 苛立たしげに通信回線を叩き切り、ザーボンはその端整な顔を歪める。
 船内に響く揺れは、未だ収まる様子はない。不定期に発生し、宇宙船内全体を揺るがし続けている。
 これはつまり、サイヤ人どもの反乱を鎮圧することが一向に出来ていない、ということである。部下の報告を待たずともそれを理解させる、分かり易い狼煙にもほどがあった。

 懸念はあった。以前よりこうなるのではないか、という。
 だがしかし、そうでありながら実際に起こるとは全く予想できていなかったというのが、ザーボンの偽らざる本音だった。
 それだけフリーザは絶大な存在であり、対してサイヤ人の一団は弱小な勢力でしかなかったからだ。
 それがあろうことか、現実に反乱を起こすことになろうとは。しかもさらに予想外は重なり、すぐに鎮圧できる筈の騒動は終息する気配がなく、逆に拡大する様子すらをも見せている。
 投入している手駒には数多くの上級戦闘員もいたのだが、ことごとく返り討ちにされ、その勢いを僅かに減衰させることすら叶っていないのだ。
 アベレージが5000にも満たない戦闘力の集団が、こうも抵抗するとは想像の埒外にも程がある。しかもその勢いは時間が経つごとに、さらなる加速の傾向すら示してもいる。

 (こうなれば、もはや私とドドリアが出ていかければならないか!?)

 成果の出ぬ無能な部下の醜態に、焦燥をにじませながらザーボンはその手を考える。
 それは部下たちの命が次々と散っているがために駆られている義務感、などといったものではない。己の命惜しさのための、ただ保身のためがゆえの選択であった。
 ちらりと、様子を窺う様にザーボンは忍びながら、視線を移す。
 視線の先には自らの主であり絶対なる支配者である、フリーザが沈黙したまま背を向けている。フリーザはサイヤ人反乱の一報を聞いてからより、一切の反応を返すこともなく沈黙を続けていた。
 その沈黙が、何よりも重いプレッシャーとなってザーボンへと降りかかる。ドドリアは両手にボトルを持ったまま、そのプレッシャーに打たれて固まったままだ。二人の側近の肌には、恐れゆえに浮かぶ幾つもの脂汗が張り付いている。
 このままでは、無能な部下を粛正するより先に、自分たちの命が危ないやもしれぬ。フリーザがふと機嫌を損ない、その矛先を自分たちに向けようものならば、それだけでもう終わりなのである。
 焦らざるをえないに決まっている。両者ともに甘んじて死を受け入れるほど、潔い心意気など持ってはいないのだから。

 もはや、猶予はない。ザーボンは素早く決断する。
 すでにサイヤ人の反乱を起こしてしまったという時点で、かなりのマイナスを被ってしまっていることは確実。
 加えてその後の対応と結果の拙さ。責任を取るために、降格されるどころか処刑されてしまってもおかしくはない。自分がその立場ならばそうするであろうから、そこに疑う余地はない。
 直接自身が赴き、この事態を招いた愚劣な猿どもを駆除せん。迫る危機感に後を押されることにより、ザーボンは行動を決定する。
 そしてザーボンがドドリアへと声をかけようと、口を開きかけた。
 丁度その時、一際大きい激震が船を揺らした。
 ほんの少しだけよろめくものの、ザーボンもドドリアも体勢を崩すことなく立ち並ぶ。

 「ザーボンさん」

 「ッ………は、はい。なんでしょうか?」

 心胆を奥底から冷やかす声が、ついに投げかけられた。ザーボンは怖気を身体に走らせながらも、言葉だけは平静を保つよう努めて返答する。
 一体何事か? 心中穏やかならず、しかし絶望に包まれながらも僅かな希望を求め、ザーボンはただ黙り待つ。
 だが、当の主であるフリーザはザーボンのそんな様子には一切気を止めることもなく、ただ視線を下に落としていた。
 視線の先には、悠々と腰掛けているフリーザ自身の足があった。その足には液体の降りかかった痕。その正体はフリーザがその手に握っている、グラスの中のドリンクである。
 先に揺れた際、震動で跳ねた水面からこぼれ出た中身が付着したものだ。
 視線をその汚れた己の足に固定したまま、フリーザはザーボンへ言葉を続ける。

 「そこの扉を開けてやりなさい。サイヤ人の皆さんを、ここまでご誘導するのです」

 「よ、よろしいのですか?」

 「ええ。少しばかり礼儀の足りないお猿さんたちには、私が直々に躾を付けてあげましょう」

 「了解しました、ただちに取りかかります」

 命令を聞き届け、ザーボンは自身の言葉の通り、迅速な行動へと取りかかる。通信回線を開き、部下たちへと通路の開閉及び撤退を指示する。
 フリーザは腕を伸ばし、グラスを傾ける。残っていた中身が床へ無造作に放られ滴を散らし、そして中身の放られた空のグラスを急いでドドリアが回収し、持ったボトルごとダストシュートへ捨て去る。
 ギチリと、フリーザの閉じられた口の奥から音が鳴る。無意識に込められた力に、奥歯を強く噛み締められた。

 小さく呟かれたその言葉を、ザーボンとドドリアの二人が聞くことはなかった。

 「………サイヤ人が」




 「進め! 雑魚になど用はない。フリーザを探し出せ!!」

 快進撃は続き、なおもベジータ王の攻勢は緩むことがなかった。
 加速する勢いは疲れを知らず、そのまま勢いそれ自体が戦闘力に転化されているかのような様相を醸し出しながら、散発的に立ち塞がる兵どもを一切合財粉砕している。
 障害などないに等しい。そう表しても問題がないほど、彼らは異常な戦闘力を示していた。

 「む?」

 今し方、また一人の愚かな上級戦闘員の首に腕を絡めへし折ったベジータ王が、空気の変化を察知する。
 わらわらと無駄と分かりきっていながら現れていた戦闘員たちの姿が、急激に減っていたのだ。単純に数が尽きた訳ではないのだろう。その証に、今この場に駆け付けていた戦闘員等も合わせる撤退を始めている。
 明らかに流れが変わっていた。その様子に、大きな方針の転換があったに違いないとベジータ王は確信する。
 チャンスである。ベジータ王はその流れの変化を、そう判断し直感した。

 今この時こそ、フリーザのその喉元に刃の切っ先を突き立てるとき。
 今ある勢いを最大限生かし、チャンスも余すことなく見逃さぬことで初めて、それを成し遂げることが出来るのだ。フリーザという存在は、それだけ強大絶無である。
 潮を引くように下がっていく戦闘員たちの姿を観察しながら、ベジータ王は腕を振り上げた。

 「続け! フリーザの元まで一気に攻めるのだ!!」

 ベジータ王が先陣を切り、それに遅れぬようと、ボルテージが高まったサイヤ人たちも追随する。
 文字通りの障害のない行進に、あっという間に一団は行程を消化していく。勢いに乗った行動は論理的な選択を失わせ、先導者であるベジータ王は自然と開放されている道を選択し、追随している後方の皆も同じ道へと付き合い、疾走する。
 進ませようとする道だけを開放し、それ以外の道を封鎖する。そういう至極単純な誘導であったが、しかし勝者としての雰囲気に支配されたベジータ王を初めとするサイヤ人たち一団は、だれ一人としてそのことには気付くことがなかった。
 そうしてやがて、彼らは通路の終端へと辿り着いた。行き止まりではない。そこには扉が一つ、存在していた。
 ベジータ王が乱雑に扉を破壊しようとした瞬間、その扉は勝手に開き始める。

 そして、同時。
 ベジータ王は思わずうめき、瞠目する。サイヤ人たちも皆、一瞬にしてその全神経を凍らせていた。

 開放されできたその隙間から、言葉に出来ぬ非常に強烈なプレシャーが空気を伝わり、一瞬にして伝播される。
 扉は機械的な自動動作によって開放され、そしてその奥に隠されていた者の姿を情緒なく曝け出す。
 果たして、正体が明かされた。
 その姿に、その威容に、ベジータ王は己の激情を以ってプレッシャーを圧し潰し、気合を溢れさせた。

 「フリーザッ!!」

 「やれやれ、困ったものですね。ベジータ王? このようなことを起こすなんて………おイタが過ぎますよ」

 「ほざけッ! 貴様を倒し、全宇宙はこの俺が支配する! そう余裕でいられるのも今のうちだけだ!!」

 普段搭乗しているマシンから降り立ち、泰然とした構えのまま両腕を腰の後ろで組むフリーザ。ザーボンとドドリアという取り巻きである二人もすぐ傍に仕えていたが、しかし場からは一歩引いた地点に立っており、本来後ろに控えているべきであるフリーザが前に出ていた。
 その言葉一つを発する度に生み出される強大なプレッシャーを意に返すこともなく、ベジータ王はさらに強く戦意を燃焼させる。
 流れは自分にある。その自負がベジータ王に引くことを覚えさせず、ひたむきな前進の意思を灯させていたのだ。

 しかし………その自負は、もはや今この時ではベジータ王の勘違いでしかなかった。
 余裕に満たされた態度のまま、白々しくフリーザが口を開く。

 「ふふふふ、威勢はよろしいようですが………果たして、そう上手くいきますか? 貴方の部下たちは、すっかり怯えてしまっているじゃありませんか」

 「なんだと!?」

 ちらりとベジータ王の背後へ視線を移しながら、フリーザは紛れのない嘲笑の笑みを浮かべる。
 言われて背後に首だけを振り返らせたベジータ王は、フリーザの偽りない言葉の様をその目で目撃した。
 ベジータ王を除く、全てのエリートであるサイヤ人たち。40人にも及ぼうかという集団に属する強戦士、その全てが例外なく、萎縮していた。ただ相対しているだけで浴びせられるフリーザのプレッシャーに、猛っていた本能が凍結され神経はショックに麻痺し、そして心は畏れと恐怖に支配されていたのだ。

 フリーザという存在。それと向き合うただそれだけで、全ての流れと勢いが失われたのである。
 残されたのは負の雰囲気に取り込まれた、哀れな反抗者の一団だけ。その現実を否応なくベジータ王は理解することなった。

 「さあ、どうします? まだこの私を倒すと、そのような戯言でもおっしゃりますか? 跪き許しを請った方がよろしいかと思いますよがね、私は」

 最も、今更謝ったところで許す気などございませんが。フリーザはそう言葉を繋ぎ、ホホホと笑い声を上げる。
 圧倒的なまでの格の違い。まさしく己一人の存在ただそれだけで全てを左右させる、埒外の頂点。
 宇宙の帝王、フリーザ。天地の差が、彼の者の前にはそれだけの断絶が、ベジータ王に立ち塞がっていた。
 拳が握り締められる。精神を圧迫する不可視の重圧を跳ね返すようにベジータ王は気合いを込め、全身の筋肉を盛り上がらせて叫びを上げた。

 「舐めるなァーー!! フリーザァーーーッッ!!!」

 床を蹴り砕くだけのパワーを込めて踏み込み、ベジータ王は突貫した。
 纏わりつく負の雰囲気を気勢で否定し、即時決着を目指し、余力の残さない全力全霊を込めた一撃を拳一つに押し込める。
 兵どもは役には立たない、それがどうした! ベジータ王はプレッシャーに押し潰され萎縮した部下たちを回想し、その一言で切って捨てる。
 元より、戦闘員どもなど雑魚相手ならばともかく、フリーザ相手にたかがエリート程度の戦士で太刀打ちできるとは、ベジータ王は考えていなかった。
 最初からフリーザの相手は、王であり最も戦闘力の高い自分がするつもりだったのだ。
 連れてきた部下たちに期待していたのは、せいぜいが露払いとパワーブースター程度の役割ぐらいなもので、良くておまけ程度に盾や囮の役がこなせるものだろうと考えていたのである。
 フリーザを倒せる者は、この俺を置いて他には存在せぬ。そう驕りと呼べる判断が、ベジータ王の裡にはあった。

 ベジータ王の大いなる誤算、愚かなる過ちは三つ。

 一つ、“根本的な地力、戦闘力の絶対的な欠如”。
 確かにこのサイヤ人の集団の中で、ベジータ王の戦闘力は最も高い。しかし所詮それは五十歩百歩にしか過ぎず、いくら伝説の片鱗たる“サイヤパワー”の助けを得ようとも、到底そのパワーはフリーザに及びようがなかった。


 真っ向から放たれた、ベジータ王“生涯最高”の拳撃。
 フリーザはやれやれといった仕草で目を少しだけ伏せる。そしてほんの少しだけ頭を傾けるだけで、あっさりとその“生涯最高である筈の”拳撃は頭のすぐ隣を通り過ぎた。


 二つ、“サイヤパワーの欠如”。
 フリーザと相対し、放たれたプレッシャーにサイヤ人たちが皆呑み込まれたその時、すでにベジータ王の身体に沸き上がっていたサイヤパワーは消失していたのだ。
 サイヤパワーは戦意というガソリンを燃料に喚起され、そして同族たるサイヤ人たち複数の存在を以って増幅。この二つの相乗効果があって初めて、ようやく表へと極小に顕現される力なのである。
 いくらベジータ王が一人憤り、その場に多くのサイヤ人たちが居合わせようとも、皆がその闘争本能を活性させてなくては意味がない。
 この時、もうベジータ王にサイヤパワーによるパワーブースター効果は、発揮されていなかったのだ。


 ベジータ王が突き付けられた結果に目を剥く中、にやりと嘲笑を当てつける様にフリーザが浮かべる。
 驚愕しながらも舌打ちをし、咄嗟に距離を取ろうと上体を引く。まるで周囲の空気がコールタールになったかのような、言葉にし難いもどかしさを感じながらの行動。
 しかしそんなことは関係ないと言わんばかりに、フリーザはついと、軽快に且つ自然な動作ですぐ近くの懐付近まで近付いた。
 すぐ真上にある、動けず必死な表情のまま固まっているベジータ王の顔を、フリーザは見上げた。
 ―――嗤う。


 最後の三つ、“フリーザの戦闘力の絶望的なまでの見積もり違い”。
 ベジータ王はフリーザの戦闘力を噂と評判、そして自らの見解を元に10万以上であり、おそらく15万前後だと推定し断定していた。
 そしてそれだけの数値であると断定し圧倒的な差だと認識しながら、しかしサイヤパワーによる後押しさえあれば、自身の力によって太刀打ちできると判断していたのだ。自信の戦闘力とは10倍以上の開きがあったが、それでも手の届く内に入ると思っていたのである。
 この思考自体に間違いはない。サイヤパワーの助力があれば、確かにベジータ王は10倍以上の戦闘力の開きがあったにもかかわらず、対象と渡り合うことが出来ていただろう。
 だが、実際にこの時この場面で、仮にベジータ王がサイヤパワーの助力を得ていたとしても、フリーザを打倒することは出来なかったことは間違いない。
 何故か? 答えはシンプル。
 フリーザの戦闘力は、たかが15万程度などというちっぽけなものではなく、53万という規格外なる数値だったからである。


 フリーザはベジータ王のように、派手に踏み込むことも叫びを上げることもしなかった。
 ただ軽く手を拳の形に整えたかと思うと、少しばかりのパワーをその手に込めて打ち上げただけ……ただそれだけである。
 その拳は呆気なくベジータ王のその顎へと届き、ベジータ王は必死な表情のままに顎先を撃ち抜かれて顔全体を跳ね上げる。そしてそのまま身体全体は付加された運動エネルギーに従って宙に浮き、少しだけ飛行したかと思うと床へと着陸。
 ぷらぷらと殴り飛ばした拳の方の手を振り、フリーザは視線を仰向けのまま倒れ伏したベジータ王へと向ける。
 ベジータ王は動かない。目は白目を向けたまま閉じず、口や鼻など随所から止まることなく出血している。

 たった一発の拳だけで、ベジータ王は絶命していた。

 つまらない幕切れだった。
 大望を抱き、虎視耽々と隙を窺い計画を用意してきた、サイヤ人社会に大いなる変革を与えた稀代の指導者の、あまりにも惨めな最期である。
 フリーザの足元まで、ころころとベジータ王が下げていたペンダントが転がり倒れる。王を示すそのペンダントの姿もまた、王の末路を語っているようですらあった。
 その姿を、その亡骸を目にすることで、ようやく金縛り状態から解き放たれた数人のサイヤ人たちが現れ、一団の中から駆け始める。

 「べ、ベジータ王!」

 「王!?」

 ベジータ王の傍に集まるサイヤ人たちの姿を、フリーザはつまらなさそうな目で見ていた。
 足元に転がり落ちているペンダントに足を踏み下ろし、極めて無造作な所作で粉砕する。

 「あなたたちは、王が倒されたというのに仇を討ちたくないのですか?」

 「っく……うう!」

 「く、くそッ」

 フリーザの挑発的な言動が投げかけられるが、しかし歯ぎしりしうなり声を上げるものはいても、フリーザ自身に対して向かって来る者は一人もいなかった。
 完全にプレッシャーに呑み込まれ、すでに精神が根本から折れていたのだ。
 身体の奥から沸き上がる怖気を前に、サイヤ人たちは進むことも退くことも、そのどちらの一歩すら踏み出すことが出来ずにいた。

 「ふぅ、つまらないですね………戦闘民族などという看板は、どうやらお猿さんたちには過ぎた言葉だった、ということですか」

 目を閉じそう言葉を繰りながら、フリーザは身に付けていたスカウターを取り外し、頭を軽く二・三回回転させる。
 そして閉じていた目を開き、その視界に相対するサイヤ人たちの一団。その全てを余すことなく捉える。
 切り捨てる様に命じた。

 「消えなさい」

 フリーザのその双眸から、莫大なるエネルギー波が放たれた。
 器用にコントロールされたそのエネルギー波は丁寧に上下の幅を取り、床と天井を破壊することなく空間を占有しながら直進する。
 初めにベジータ王の亡骸が。次にベジータ王の近くまで駆け寄っていたサイヤ人たちが消し飛ばされる。
 悲鳴の迸りもかまわず打ち消し呑み込みながらエネルギー波はさらに直進し、小さな通路への扉を食い破る様に破壊するとその先まで矛先を伸ばす。未だ棒立ちのままに固まっていたサイヤ人たちの一団も、逃れる暇は与えられることなく消し飛ばされた。
 激震。そして巻き上げられた煙が晴れると、そこにももう、何も残ってはいなかった。
 外したスカウターをそのままにして、フリーザはもはや壊れた扉だけしか痕跡のない現場に背を向ける。
 最後まで後ろで傍観していたザーボンが動き、言葉を述べる。

 「お疲れ様です、フリーザ様」

 「いえいえ、なんてこともない些事でしたよ。ちょっと運動しようと思っていたのですが、あれではウォーミングアップにもなりませんでしたからね」

 「いやぁ、さすがはフリーザ様。サイヤ人なんかとは格が違いますぜ」

 賛辞の声を送りながらも、二人の側近は久方ぶりに間近で見た恐ろしいまでの超パワーの一片に、心中を激しく震わせていた。表にもその震えは、微妙に乾いた声となって伝わり出る。
 フリーザはその側近の様子に気が付いているのか否か、マシンの傍にまで近付くと、さてと呟いた。

 「ザーボンさん、ドドリアさん。いいことを思い付きましたよ」

 「へ?」

 「なんでしょうか?」

 唐突な申し出に、二人揃って疑問の声を上げる。
 フリーザは愉悦に満ちた表情で、愉しそうに言葉を続ける。

 「ベジータ王の行いのおかげで、せっかくの今回の催しが潰れてしまいましたからね。代わりと言っては何ですが、綺麗で大きな花火でも見ることにしましょう。この宇宙で、とびっきりに綺麗な花火をね」

 「花火……ですか?」

 「ええ、そうです。ですがその前に、お二人にはやってもらわなくてはいけないことがあるんです。お願いいたしますよ? フフフ、ホホホホホホ!」

 理解に及ばない様子の二人を眺めながら、あえて具体的な内容を口には出さないフリーザ。
 ただただ、愉しそうに。一人フリーザは笑い声を上げ続けていた。
 なんてことはないただの笑い声であるそれは、しかし聞く者に異様な感覚を抱かせる、不気味な音色に聞こえていた。








 ピーと、音が響いた。完了を意味する、治療ポッドのアラームである。
 音に気が付いたメディカルルーム常駐のテクノロジストが機器に近付き、コンソールを操作する。
 溶液が排出されて、乾燥のための送風がポッド内に吹き荒れる。検査用の端子と呼吸器も外され、そして溶液の全排出が確認されると同時、カバーも開放された。
 外気が中へと侵入し、肌に触れる空気を久しい感じさせた。

 「大丈夫か、バーダック」

 「……ああ」

 パチリと、バーダックの瞼が開けられた。
 のっそりとした動作で、しかし不調は一切垣間見せずにポッドの中から全裸のまま、特に羞恥を感じる様子もなく出てくる。

 「まだ頭がふらふらするけどな………」

 何かしらの違和感を感じながら頭に手をやり、変な夢を見ちまったぜと独りごちる。
 ふと、ポッドの中に目をやった一人のテクノロジストが、気が付いたことに首を傾けながらバーダックに伝える。

 「あれ、おいバーダック! お前シッポが取れてるぞ?」

 「なんだと?」

 置かれていた戦闘服を片手に掴んだまま、バーダックは振り返ってポッドの中を見てみる。
 そこにはテクノロジストの言った通り、サイヤ人の特徴である尾が一本、千切れて存在していた。自身の腰を見てみると、確かにそこにはあるべき筈の尾がない。
 違和感の正体に合点がいき、バーダックは納得した。そしてそれだけでもう注意を外し、特に文句を付けることもなく着替え始める。

 「別にどうでもいいぜ。どうせ放っておけば勝手に生えてくる」

 「本当に大丈夫か?」

 ふと一抹の心配を覚えたのか、初老のテクノロジストがバーダックへ尋ねる。
 ダメージを受けた場所が場所である。いくらデータ上は回復したと言えど、如何なる後遺症が発生するか分かったものではない。
 妙な夢、尾の切断。ここまで不自然な事象が重なれば、無用な心配と切って捨てるにも不安がある。
 しかしバーダックはその心配に対し、鼻で笑って返事を返してやった。

 「ふん。てめらとはデキが違うんだよ、デキが。それより、トーマたちはどうした?」

 「フリーザ様のご命令で、惑星ミートに出掛けて行る」

 「なにぃ!」

 アンダースーツにシューズ、バトルジャケット。順々に身に付け最後にリストバンドをぱちんと整えたところで、バーダックは声を若干荒げる。
 舌打ちしながら、しかし憎む訳ではなく、まるで先に競争のスタートを切られたかのような、そんな純粋な対抗心が沸き出ている。

 「っちきしょう、俺を仲間外れにしやがって。惑星ミートか、すぐ近くだな。よおしッ」

 「おい、バーダック!」

 テクノロジストの抑止の声に僅かにも頓着せず、スカウターを付けるや否や、即座にバーダックはメディカルルームを走り出て行った。
 その後ろ姿を残ったテクノロジストたちが、仕方がないといった諦観の表情で見送っているのであった。




 すでに戦意に満たされた状態のまま、バーダックは通路をひた走る。
 先程まで治療ポッドの中で治療中だった身分なのにもかかわらず、一切本人は気にしている様子はない。意識はもう次なる戦いの舞台へと移り、心はその戦いへの期待に満ち溢れている。
 それこそがバーダックが、サイヤ人の中でも最もサイヤ人らしいと評される理由の姿であった。

 「……ん?」

 通路を疾走していたバーダックは、ふと耳に届く音に気が付く。
 それは赤子の泣き声だった。通路の途中、ガラス張りとなっていて保育室の様子を伺えるブロックが見えてくる。
 本来ならばそのまま通り過ぎていくそのブロックを、バーダックは思わず足を止めてしまっていた。
 それは耳に届く赤子の泣き声が、なぜか妙に、バーダックの記憶を、心を刺激してたからだ。なぜそうまで己の心をこの泣き声が刺激するか、バーダック自身にもさっぱり分かり得ぬかったが。
 保育室に並んでいる幾つもの保育器。今のところ、その保育器を使っている赤子は一人だけだった。その赤子はサイヤ人であることを示す尾を生やして、大声で泣き叫んでいる。
 バーダックが、特に感慨耽ることもなく赤子を視界に入れる。


 ―――その未来の姿を見て、精々苦しむがいい。ふふふ………はーはははははははッッ!!


 バーダックの脳裏に、唐突にイメージが差し込まれた。
 大地の内から発せられる光。地を砕き、星を破壊するほどの強烈なエネルギーの炸裂。
 消えているのは、どこの星か? 誰が星を消しているのか?
 星の上に、眩いばかりの閃光を身に纏った人間が存在している。全身から金色の光を放つ、強大な戦闘力を漂わせる人間。

 ―――誰だ? お前は誰だ!?

 バーダックの疑問に、答えが与えられる暇はない。
 光が、全てを呑み込んだ。


 「っぐ………っはぁ!?」

 額を手で抑えて、よろめきうめく。
 不意打ちに浴びせられた強烈なイメージが、バーダックの心を焼いていた。
 少しばかりの時間を置いて落ち着き、不愉快なままにその余韻を振り払う。
 そして苛立ったまま開いた視覚に、今度は保育器に書かれた赤子の名前が飛び込んできていた。

 「カ……カ……ロッ、ト?」

 それは先日生まれたという、自身の第二子の子供の名だった。
 なにか奇妙な感覚を、まるでなにか重要な事実を忘れているような喪失感を、バーダックはその名を読み取った時に感じていた。
 しかしその正体は、結局分からぬまま。どうしようもない苛立ちだけがただ降り積もり、そして気を紛らわせるための行動として、バーダックはスカウターのスイッチを付けた。
 スカウターが起動し、目の前の脆弱な存在をターゲットに捉える。結果はすぐに表示された。

 戦闘力、2。生まれたばかりの赤子、それも最下級戦士である。真っ当な数値だった。
 元々特別に期待していた訳ではないが、なんにしろその結果はバーダックの苛立ちを、さらに募らせるだけの効果しか発揮しなかった。
 もうここにいる必要もない。自分を刺激していたもの正体は結局分からないままであったが、ここに居続けたところで分かる訳でもないのだ。バーダックはそう結論付ける。
 これ以上の長居は、ただ苛立ちを溜め込むだけだ。

 「っち。戦闘力、たったの2か」

 身を翻し、保育室に背を向ける。
 心底自分が思った気分を、そのまま言葉に変えて吐き捨てて、バーダックはその場を走り去った。

 「クズがッ!!」




 後には、泣き疲れて、眠りに落ちた赤子だけが一人、残された。
 赤子は眠り続ける。周りの流れも、己の後の運命にも気付くことなく。
 自信の周りで蠢く激動の流れに、全くかかわることなく、赤子は眠り続けるのであった。








 ―――あとがき。

 やっとこさ更新です。一ヶ月空きました更新です。すみませんでした更新です。
 感想くださった皆様ありがとう。見捨てないでくれた皆様ありがとう。作者は元気に時間が欲しいと願っております。
 主人公一切出ていません話。でも別に主人公が出てくる必要はないよねストーリー。ぶっちゃけこれからもそんな話ばっかりだよストーリー。
 次回の更新も頑張るけど遅れる可能性は大ですごめんなさい。定期更新は素晴らしいよアミーゴ。
 感想と批評待ってマース。




[5944] 第十八話 運命の集束地点
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/07/12 00:16

 流星が漆黒の闇の中、一筋の光線を伸ばして突き進む。漆黒の闇は宇宙空間。流星の正体は宇宙船である。
 宇宙船は一人乗りの個人用ポッドであり、超々光速航法を以って度外視の速度で移動中。目的地へ向かって邁進を続けている。
 その内部には当然、搭乗者の姿があった。
 文字通り個人用であり、自動車以上に搭乗スペースの少ない代物である。人一人が座るだけのスペースしかないその内部は、お世辞にも居住性は良いとは言えない劣悪なものだ。
 しかし、それゆえ本来、長期航宙に備えるための搭乗者保護装置であるステイシス・モードがポッドには存在しているのだが、件の搭乗者はそのモードを起動させている様子はなかった。
 もちろんそれは、ポッドに取り付けられている装置が故障している、という訳ではない。単純に搭乗者自身が不要だと判断し、モードを起動させていなかっただけである。

 (っち………計算外だったな)

 不機嫌そうに舌打ちながら、搭乗者である彼―――リキューは内心で呟く。
 今現在の状態、つまり周辺宙域に一切の星々がない孤立した宇宙空間を、目的地に向かいひたすら直進している状況は、リキューの思惑ではなかった。
 本来ならばとっくの昔に、目的地である惑星ベジータに着いている予定だったのだ。
 それが出来ずにこんな遠く離れた宇宙空間を駆けている原因は、一重にリキューの初歩的なミスにあった。

 トリップ・システムによって創作物世界へと移動する際、基本的にその入口は基点となるものを目印に形成される。この場合はイセカム等といった専用機器が、その基点となるのだ。
 これは別に基点がない場合、トリップ・システムを起動できない……という訳ではない。基点がない場合、つまり開通時には、ランダムに入口が形成されることになるのである。
 では、これら上記にも当て嵌まらない状況の場合、どうなるのであろうか?
 その答えが、今まさにリキューが対面している状況なのである。

 “ドラゴンボール”の世界は、発見されてからすでに四年の歳月が経過している。がしかし、トリッパーメンバーズはこれまで一切の干渉を行ってきてはいなかったし、リキュー自身も出身世界であるこの世界へと戻ってきたことはなかった。
 その理由は多々ある。極端に発達した文明圏の存在する世界であり既存の概念や技術が通用しない可能性のある危険性の高い世界である、ということが大きかったのもある。しかしなによりも決定的な原因は、単純に人手・人材不足、及び時間不足の問題が立ち塞がっているという現実があったからだ。
 実は、同じ理由で放置されている世界など他にもごまんと存在している。
 これが意味していることはつまり、トリッパーメンバーズは組織の現状として、次々と発見・開通されていく各創作物世界の探査速度に比べて、各世界への開発が非常に遅れている状態となっている、ということである。

 別世界へと進出するというのは、非常に煩雑な手間がかかる事業なのだ。
 利益拡大のために現在も四方八方へと手を広げ続けているトリッパーメンバーズだが、それゆえに闇雲で際限のない発展を続けながらも一切手を付けてない、大量の世界がプールされているという贅沢な状況に陥っているのである。そしてその中の世界として“ドラゴンボール”の世界が存在しており、当然基点の設置などは行われてはいなかったのだ。

 ちなみに、リキュー自身が“ドラゴンボール”の世界へと立ち寄っていなかったのは、単純に避けていただけであり、特別な理由があった訳ではないことをここに記しておく。

 上記の理由などにより結果として、基点の存在しない開通済みである世界、というものが発生することになるのである。
 で、基点が存在しないために入口の座標を指定することも出来ず、さりとて開通済みであるために入口の形成のランダム性も失われている状態。
 こういった場合は、次の入口は基本的に、前回にその世界で開いた入口の座標と同じ位置に形成されるのだ。

 このことをリキューは失念していた。思いっきりド忘れしていた。
 この四年間、開通係に所属し散々あらゆる世界へとトリップを繰り返し、システムについて周知していた筈の男がだ。

 全くもって言い繕いようのない、馬鹿らしいミスだった。そのミスのせいでリキューは現在、一人孤独に退屈なポッドの中、離れた宙域を目的地目掛けて疾走させていたのだ。
 前回の入口を形成した時………つまりポッドがリキューの手によりセットされたプログラムを起動させて、自動動作でトリップ・システムを起動させた時の座標は、惑星ベジータから見ておおよそ数時間ほどの距離を跨いだ位置である。直接惑星ベジータの付近に出ようと思っていたリキューの思惑は、見事に潰れたのだ。
 あいにくと、リキューの搭乗する宇宙ポッドには超々光速航法装置は備え付けられてはいても、ワープ装置の類は存在しない。地道に移動する他、手段はなかった。

 かくしてリキューの退屈と苛立ちに支配された、度し難い数時間のシンキングタイムが生まれたのである。

 リキューは静かに腕組みしたまま、落ち着かなさそうに人差し指を小刻みにトントンと動かす。
 狭いポッドの中である。苛立ったところで何かしらのアクションを起こすことなど出来はしない。
 こうなれば、素直にステイシス・モードを起動させていた方が良かったか? そうふと考え、しかしたかが数時間程度の時間のためにモードを起動させるのも馬鹿らしいと考え直す。

 (完全に遅れたな………くそ、不味いか?)

 届けられた文面の内容を思い出し、定められていた時刻を過ぎてしまう事実を再確認するリキュー。
 短気で野蛮な人格をしていながら倫理観が強いという、妙なキャラクターを持った男である。かつて曲がり並にも自分自身の意思で交わした約束を破る事態に対し、非常に後ろめたく罪悪感染みた感慨を抱いていた。
 大体ならば原因となる存在へとその沸き上がる感情の分の責任転嫁、八つ当たりを行えばいいのだが、しかし今回は自分が原因。
 感情の矛先の向けようがなかった。ゆえに仕方なく、ただ静かにリキューは沈黙し胸中の苛立ちを抑えつけるのであった。

 ポッドは進む。宇宙空間の中を、定められた目的地へと進路へと向けて。
 惑星ベジータ到着まで、残り数時間。




 リキューは本人も気付いていなかったが、実は計算外の事柄が、この時もう一つ存在していた。
 それは、仮にトリップ・システムの機能的な制約に、リキュー自身が前もってこの時気付いて対処していたとしても、決して約束の刻限には間に合わなかったということである。
 ポッドが用意されていたプログラムに基づき、自律的にリターン・ポイントまで移動しリキューの元まで連絡を伝達する。この大がかりな措置は、確かに機能していた。
 が、しかし。システム側に問題はなかったが、実は使う側である人間の方にヒューマンエラーな問題が発生していたのだ。

 あろうことかリキューは、せっかく自身が大仰な仕掛けをこしらえて、しかもキチンと機能し連絡が自身の端末まで届けられておきながら、肝心の受け取り端末であるスカウター、それ自体を確認することを“忘れていたのだ”。
 仕方のないことではあった。戦闘力のコントロールを学び、“気”を知覚する技術を得たリキューにしてみれば、スカウターなぞ必要のない道具でしかなかったのだ。
 がしかし、そうだとしても、しょうもないミスとしか言いようがないことではあった。
 連絡内容に気付き確認したのは、実際に連絡が届いてから数日経ってからの出来事であり、そもそも最初のスタート地点から思いっきり出遅れていたのである。
 リキューがトリップ・システムを起動させ“ドラゴンボール”の世界へとトリップした時には、もうすでにベジータ王率いる反乱一派は葬られており、そしてその下手人でありリキューのターゲットとして認識されている宇宙の帝王フリーザは、ある目的の下行動を開始していたのだ。
 この致命的なまでの時系列の誤認識に、リキューは一切気が付いていなかった。








 瓦礫が見渡す限り広がる、文明の破壊された後の姿を晒す惑星。
 その至る所に哀れな亡骸から、原形を留めてはいない消し炭となった原生人の姿が見当たる。
 惑星の名はミート。亡骸たちの正体はミート星人。彼らは皆、ほんの数日前に空の彼方から現れた、悪意に満ちた強大なる者たちの手によって滅ぼされていた。
 ミート星人たちがそれだけ弱く、そして侵略者たちが強かった。そんな単純な理屈による結果である。

 そんな風景を、適当な瓦礫に片足を乗せながらバーダックは見渡す。
 すぐ背後には乗ってきた宇宙ポッドが着陸し、お決まりの派手なクレーターを廃墟のど真ん中に形成していた。

 「っへ、随分派手にやってやがるな」

 自分を除け者にした分、盛大に仕事に取り掛かっているようであった。
 そのことに不満と競争心を矛盾させず興奮させ、バーダックは急かし立てる己の情動を抑えつけてスカウターを起動させる。
 が……ふと怪訝そうに、表示された内容を眺める。

 「何だ? あいつら、スカウターを外してるのか?」

 バーダックのスカウターには、普段チームを組んで連なっているトーマたち四人のサイヤ人のデータが、仲間として登録されている。
 それゆえ、かつて四年前にリキューの開発したスカウターの新機能である情報共有機能によって、その居場所を初めとする各種状態を一挙に把握できる筈だった。
 しかし、そうである筈だったのだが、奇妙なことにバーダックのスカウターには、トーマの表示だけしか示されてはいなかった。
 他のパンプーキン、トテッポ、セリパの三人のデータは一切表示されず、唯一表示されているトーマのデータも、所在地だけを伝える情報しか明示されてはいない。

 スカウターの電源でも切っているのか、あるいは故障か。バーダックは少しばかり原因について思索を巡らせる。
 が、大して間も置かずどうでもいいことだと、あっさり思索を放棄する。
 こんなところでアレコレ考えるよりも、直接行った方が話は早い。

 「場所はあっちか、よし。行くぞ!」

 方位と距離を確認し、跳躍の勢いをそのままに空へと飛び立った。
 音速ジェット機を凌駕するスピードを初速であっさり引き出し、さらなる加速をなおも継続し飛翔する。
 そしてバーダックは予想外にも、その吹きさぶる風の中。己の身一つで引き裂かれていく大気の中で、少しばかりの驚きと爽快感を味わっていた。

 (こいつは………どういうことだ? 身体がやけに軽い?)

 あまりに身体が軽い。まるで己の身体が、さながら羽毛になったかの様な感触。
 不意打ちの様に身体の中から漏れ出てくる、これまで感じたこともないようなパワーの脈動。圧倒的だと、認識が麻痺し出来なくなってしまう程の力の存在。
 バーダックはこの時初めて、治療ポッドから出てからの、己の肉体の変化に気が付いた。

 (良く分からんが………まぁいいさ。こいつは気分がいいぜ)

 まさしく望外の賜物といったものか。
 バーダックは深く猜疑心を挟むこともなく、素直に己の肉体の変化を受け入れた。遊ぶようにクルクルと複雑な軌跡を宙に描き、気持ちを演出する。
 どこまで速度が出せるのか。子供染みた、そんな思考すらも生まれてくる。
 そして、それを遮るものはない。

 バーダックはより一層の加速を行い、目的地へと遊びながら直行した。
 底知れない身体の奥底から沸き出てくる力に、見る方が呆れるほどの高揚を抱いていた。




 そして到着した目的地にて、彼はその高揚した気持ちのベクトル、その一切を反転させることになる。




 瓦礫の山と化した廃墟の町。無残に転がる骸の数々。
 それはバーダックの降り立った場所でも変わらぬ、先と同じ光景だった。
 違うのは一点。転がる骸の数々に混じる、異なる種族の者たちの姿。その骸。

 パンプーキン。トテッポ。セリパ。瓦礫の上に横たわる、血に塗れた各々の姿。
 自分の仲間たちの亡骸が、目の前に存在していた。

 バーダックは、言葉を発することなく沈黙していた。
 珍しくも呆然とした表情を晒したまま、ただその場に立ち尽くしていた。
 先程までに酔っていた気分の高揚などすでに消え失せ、ただ信じられぬ眼前の現実を直視し続けることだけを、行っている。

 「…………い、一体………何が……………?」

 長い沈黙の末に、ようやくそれだけの言葉をバーダックは引きずり出した。
 今更死体の一つ二つを見て正気をなくすほど、ヤワな過去を歩んできてはいない。これより悲惨な屍なんて山ほど見てきたし、そしてそれの大半を自分自身の手で作り出してきてもいた。
 だがしかし、そうでありながらもバーダックは自失せざるをえなかった。
 これまで行動を共にし戦ってきた仲間が、こんな今までの仕事と一切の代わり映えがないチンケな星の地上げ風情で、全滅を喫する。そんなものは想像の埒外だ。
 なおも吹き荒れる疑問の嵐に、立ち尽くすままなバーダック。
 その時、彼へと投げかけられる言葉があった。

 「バ、バーダック……か?」

 「!? トーマッ!?」

 声の主に気が付き、弾き出されたかのようにバーダックは動き出した。
 所々のバトルジャケットは砕け散り、また全身を他の皆と同じように血で染めたその姿。表情からは死相しか見当たらない。
 瓦礫に半ば埋もれるような形で倒れていたトーマ。その体躯を引っ張り上げ、頭を腕で下から抱え込む。

 「どうしたんだ一体ッ、ここで何があった!?」

 「へ……馬鹿、野郎だぜ。大人しくオネンネしてりゃあ………いい、ものを……………」

 「そんなことより………まさか? ミート星人なんかに?」

 「あんな奴ら、すぐに全滅させたぜ………」

 「それじゃ、誰がお前たちをッ!!」

 舐めるなと言わんばかりに、全身を血塗れにしながらも不敵な表情を示し、トーマはバーダックに告げる。
 それはバーダックとて理解していた。たかがミート星人ごときに、トーマたちがやられることなど有り得ないと。
 だがそれならば、一体誰がトーマたちを仕留めたというのだ?
 バーダックはその気持ちをそのまま吐露する。
 トーマは面を変える。悔しそうに、無念そうに。
 ありったけの思いをその顔で表情しながら、絞り出すように真実を伝えた。

 「フ、フリーザだ。奴がッ裏切りやがったんだ……グ、ゥ」

 「そんな………馬鹿な?」

 傷の痛みに語尾を濁らせるトーマ。
 一方バーダックは伝えられた真実の内容に、信じられないとばかりに瞳を大きく見開いた。
 フリーザが下手人。自身らの上の存在が、自分たちを亡き者にしようとしているというのか?
 到底信じられるはずがない。フリーザがサイヤ人たちを厭うているなどという事実は、サイヤ人ではベジータ王率いる否定派派閥に属する者、そのさらに一部の者たちしか知らないからだ。
 その忠実な手足として働いている末端の存在であるバーダックらには、いきなり告げられたその事実は青天の霹靂でしかなかった。

 「ふ、フリーザの野郎は、俺たちを……利用しているだけだったん、だ。ぐ……ゴフッ!!」

 血を吐きだすトーマ。
 すでにトーマの身体に刻まれた傷は、致命傷であるレベルを超えている。本来ならば死んでいない方がおかしいほどの重症だ。
 にもかかわらず今こうして息をしていられるのは、サイヤ人という種族の持つ並外れた生命力の賜物でしかない。
 だがそれも死を先延ばしにする程度にしか、もはや効果はない。
 トーマは死ぬ。
 それがは覆しようのない、非情な現実だった。

 「俺は、もう……ダメだ。ぐ、ゴホッ! だ、だが、このままじゃガハッ! はぁ、はぁ………サ、サイヤ人全員、フリーザの野郎に、やられちまう」

 最期の力。命の最後の灯。苦しみに表情を歪ませながら、されどそのまま楽にはならぬと踏み止まる。
 トーマは動かぬ身体に力を入れ、言葉に全身全霊の思いを込めてバーダックへと伝える。

 「いいか、良く聞け! ゴホッ………すぐ、惑星ベジータへ戻れ。そして……仲間を集めて、フリーザを、倒すんだ………奴に………サイヤ人の、つ……よ、さ………を、思い、知ら、せ………て……や……………れ………………」

 トーマの瞳が、静かに閉じられる。
 その最期の最後まで、言葉を途切れさせることなく希望を伝え、トーマは身体の力を抜いた。
 かくりと、首が傾く。

 トーマは、死んだ。

 「――――――――――――」

 バーダックは、黙っていた。
 静寂に沈み、言葉はおろか、微動だにすることもせずに動きを止めていた。
 仲間の死。フリーザの裏切り。危急なる一族の危機。
 告げられた唐突な情報の濁流に、行動の指針を定めることも出来ずに固まって、ただ沈黙することだけしか出来なかった。

 ほんの少しの間、時が流れる。
 数分も経ってはいなかった。一分あったかどうかも怪しい。
 けれど、たったそれだけの時間しか経っていないにもかかわらず、もうトーマの身体は温もりを散らし始めていた。
 それが死だ。
 今までもこれまでも変わらない生命の定め。バーダックがこれまで散々見てきた、呆気ない生涯の終焉。
 否応もなく、見慣れたその事実の明示によって、バーダックの精神は停滞から動きだされる。

 柄にもない丁寧な手付きで、トーマの亡骸をそっと地へと降ろし、楽にさせる。
 ふと気が付き己の掌を見てみれば、その広げられた掌全てが、紅に染まっていた。
 改めてトーマの亡骸を見やれば、その身体は血に濡れていない場所がないと言えるほど、全身から夥しいほどの出血をしている。
 トーマだけではない。
 パンプーキン。トテッポ。セリパ。皆が皆、全身を紅に染め上げていた。
 最期まで退くことなく、戦い抜いた証だった。

 トーマの腕には、白い布が巻かれていた。何かの願掛けかまじないか、彼は常日頃からそれを巻きつけて行動していた。
 バーダックは手を伸ばし、するりとその布を外し取る。
 そしてそのまま手に持った布をトーマの顔へと当て、血に塗れた面を拭う。
 血が染み込み、すぐに真白であった布は紅の混じった斑模様と変化していく。
 手を止め、布を下げる。顔を濡らしていた鮮血の色はおおよそ全て取り去られ、はっきりとその死に顔をバーダックへと見せつける。
 無念な最期だった。それは自他共に疑う余地のない、どうしようもない事柄だった。
 だが。だがしかし。見せつけられた死に顔は、何故か満足そうに、一切の後腐れがないかのように、そんな風にかたどられているような………バーダックには不思議と、そう見えた。

 布を握り締めたまま立ち上がり、バーダックは歩き始める。
 順々に仲間たちの屍を回り、トーマにしたと同じように、死に顔を汚す鮮血を拭い去っていく。
 お調子者であるパンプーキン。無口な大男であるトテッポ。小うるさく面倒な女であるセリパ。
 一人一人、血を拭い顔だけを綺麗に整えていく。
 やがて、バーダックは全員の血を拭い終えた。全員の顔を拭った布はもはや大量に吸った血によって、元の色とは対照的な紅色のものとなり果てている。

 死に果てた、仲間たちの姿。満足そうな、信じ切ったかのような表情をして逝ってしまったトーマ。
 彼らのその有様を克明に瞳に焼き付けながら、バーダックが何を思うのか。何を、すべきなのか?
 そのさしあたっての内容は、とりあえずは向こうの方からバーダックの元へと、顔を出してくることになる。

 がちゃりと、遠くから放られてきた石がバーダックの足元に、音を立てて転がった。

 「よぉ、そこのサイヤ人」

 投げかけられる言葉。バーダックが振り返ると、そちらには何時の間にいたのか、それとも最初からいたのか。
 フリーザ軍共通の、見慣れた戦闘服を着込んだ男たちが数人。にやにやと馬鹿にしきった表情で佇んでいる。
 フリーザ軍所属の兵士。それも、全員が戦闘力1万をオーバーする上級戦闘員たちであった。

 「わざわざご親切にも、テメエら猿どもの再会シーンを丁寧に待ってやってたんだ。感謝しやがれよ、ええおい?」

 「お別れの挨拶はちゃんと出来たかぁ? ククク、まあもっとも、すぐにまた顔を合わせることになるんだがな………ギャハハハハ!!」

 隠す気もない悪意をさらけ出している彼らの姿を、無表情な顔のままバーダックは見る。
 飛ばされる野卑なヤジや嘲笑に反応を返すことなく、ただ静かに、彼は内心で一つの納得を得た。

 「おい、テメエ聞いてるのか? 黙ってないで何か言ってみやがれ。それともなにか? ビビって口もきけないってのか」

 黙ったままのバーダックに気を害したのか、不機嫌そうな面構えをして戦闘員の一人が挑発混じりの要求を放つ。
 実質の強制命令。それは従わなければ殺すという、横暴が与えられるものだ。
 しかし、バーダックはその言を意にも返さなかった。無感情な動作で無視するだけに留まらず、あまつさえ興味がないと言わんばかりに、あっさりと視線を彼らから外した。
 元より存在していなかった彼ら戦闘員たちの堪忍袋の緒が、呆気なく切られる。

 「猿が粋がってんじゃねぇ! お前ら、いくぞ!!」

 「おう!」

 瞬時に各々四方へと散り、姿を眩ませる。
 腐った性根であろうとなかろうと、上級戦闘員という階梯に位置する能力を持つ戦士たちである。その戦闘能力は一介の戦士風情で太刀打ちできる範疇ではない。
 あっという間に立ちつくすバーダックを包囲し、そしてそのまま淀みなく攻撃へと動作を移行させる。

 「うらぁッ!!」

 一直線に打ち放たれた剛拳が、バーダックの顔面に真正面から突き刺さった。
 加減もなく躊躇もなし。空気が炸裂する発破音が轟く。無防備なままにバーダックは戦闘員の攻撃を喰らっていた。
 あまりの容易さに、ニヤリと戦闘員は嗤った。内心で雑魚だと切り捨て、勝利の余韻に浸る。

 そして次の瞬間、バーダックが何事もなかったかのように視線を戻したことで、凍り付いた。

 「な、なに!?」

 己を見つめる視線に、得体の知れぬ圧力を感じたかのように錯覚し、思わず戦闘員が後ずさる。
 バーダックは何も言わない。追撃も言葉をかけることも、何もしなかった。
 我に返り、打って変わって戦闘員は逆上した。

 「たかが下級戦士如きがぁ!! 痩せ我慢しやがってぇええええ!!!! 全員でやるぞ! 一斉にかかれぇ!!」

 ドンと、地を蹴り加速し、包囲した上級戦闘員たち全員が一挙にバーダックへと襲いかかった。
 腹、頬、脇、後頭部、腿、脳天、顎。ありとあらゆる攻撃可能部位へと次々に打撃が入る。
 戦闘力アベレージが1万を優に超える集団による、多対一な壮絶なまでのリンチ。
 それはたかがサイヤ人風情が耐えきれるレベルのラッシュではなかった。根本的な戦闘力の違いに加えて、数の暴力という最も単純かつ効果的な戦法による滅多打ちである。
 バーダックはやはり何の反応も返さない。それを戦闘員らは、反応することも出来ないと判断した。
 口角が釣り上がる。気勢を上げてさらなるラッシュの加速を図り、より激しい怒涛の渦中へと彼らはバーダックを叩き込んだ。

 ほどなくして、それが一切の勘違いであったことに彼らは気付くこととなった。
 バーダックが平然と動き始めたのだ。ラッシュを緩めた訳ではない。その激しい渦中の中にあって、なお平然とした様子で動いたのである。

 「な!? こ、こいつ!?」

 ラッシュを続けながらも戦闘員は驚愕する。
 そこで初めて彼らは、バーダックの身体が一切動じちゃいないことを認めたのである。
 立て続けに打ち込まれる打撃の数々が、全然効いてはいないのだ。ボディを打つものはおろか、頭部への攻撃ですら、文字通り不動のまま耐え凌いでいる。
 反応出来ていない、のではない。反応していないだけなのだ。

 続々と打ち込まれる打撃を、蚊に刺される程度、あるいはそれ以下のものとして無視したまま、バーダックは動き出す。
 手に持った、深紅に染まった布。それを頭へと持ち上げ、額に巻く。
 仲間の鮮血によって紅に染め上げられた布。それを確たる決意の証として身に付けた。
 頭に真っ赤なバンダナを掲げ、バーダックは面を上げる。

 「こ、この! この野郎ぉおおお!!!」

 「だりゃだりゃだりゃだりゃだりゃだりゃぁあああああああ!!!!!!」

 「とっととくたばりやがれッ! くそが!!」

 猛攻はなおも続く。より必死になりながら、戦闘員たちはずっと拳を振り、足を振るい、攻撃を続けていた。
 当然、バーダックにはダメージなどない。それどころか、行動の妨げにすらなっていない。
 ぎちりと、歯が噛み締められる。これまで能面の如く無表情のまま、一切の動きを見せていなかったバーダックに、変化が生じる。
 拳を握り、全身の筋肉を隆起させる。こめかみに青筋を浮かべ、そしてバーダックは激怒の表情で叫んだ。

 「貴様らぁ………邪魔だぁあああああああァーーッッ!!!」

 閃光が迸った。
 咆哮と同時にバーダックの全身から膨大な“気”が放射され、全身に群がっていた戦闘員たちを薙ぎ払う。
 それはもはや、サイヤ人の戦闘レベルに収まるパワーではなかった。あまりの桁違いのエネルギーの放出に、戦闘員たちはあっさりと細胞一つ残さず消し炭にされる。
 轟音が大気を震わし、激震が大地を振るわせる。
 器用に纏わり付いていた戦闘員たちだけを消し飛ばし終えて、バーダックは唾を地に吐き捨てる。

 ふと、スカウターが新たな反応を捉える。
 反応のあった方向へと、バーダックは振り返る。そしてそこにあった人影の正体を認めて、驚きに目を見開いた。
 鈍重な外見をした異形の人型と、端麗な容貌をした美しい人間の二人。バーダックはその二人について、よく知っていた。

 「貴様ら……ザーボンにドドリア!?」

 「てめえが例の戦闘力が3万だっていうサイヤ人か」

 「どうやら、無駄足にはならなくて済んだようだな」

 観察するようにバーダックを眺めながら、ザーボンが手間が省けたと呟く。
 フリーザの側近であり腰巾着である、二人の強者がそこには存在していた。




 ザーボンとドドリアの二人。彼らが揃って惑星ミートに存在している理由は他ならない、主であるフリーザ自身の命令によるものだった。

 先に起こった、ベジータ王の反逆。件の事件の後に、フリーザは己の部下たちへとある命令を下した。
 それは、サイヤ人抹殺命令。ある意味で当然とも言える、フリーザらしい無慈悲な命令である。
 フリーザは現時点で他惑星へと赴いているサイヤ人たちの所在の確認と同時に、その大多数の殺害を命じたのだ。
 一部のサイヤ人は地理的要因、あるいはフリーザ自身の何らかの思惑によってその殺害リストから除外されたものの、元々少数民族である。おおよそ全ての惑星ベジータの外に存在していたサイヤ人たちは、この命令が下されたことによって友軍である筈のフリーザ軍、それ自身の手によって次々と消されていった。
 トーマたちもまた、この命令によって手を下された被害者の一人であったのだ。
 すでにもう、バーダックが惑星ミートへと来訪したこの時。もはや惑星ベジータ以外に存在していたサイヤ人は数名しか生き残っていなかったのである。

 本来、荒事担当であるドドリアがこなすべき今回の命令。しかし惑星ミートには、何故かもう一人のフリーザの側近であるザーボンまでもが付き添っていた。
 それは一重に、噂に聞いた戦闘力3万のサイヤ人という存在を警戒し、備えたがゆえのことである。
 ドドリアの戦闘力は24000。相手の戦闘力が3万では敗色が濃厚、つまり一対一で勝てる相手ではないのだ。
 そのため噂の戦闘力3万のサイヤ人がいるという、今回の惑星ミートに存在しているサイヤ人の一団を潰しに出かける際に、フリーザ自身からの命も加えてザーボンが同行することとなったのである。

 ザーボンとドドリア。両者の戦闘力はいずれも3万には達せずとも、二人がかりで相手をすれば対抗できないこともない。
 それに万が一には、ザーボンには“隠し玉”とも言えるとっておきが存在していた。
 かくして万全を期した態勢が整えられ、そして今、バーダックの目の前にフリーザの腰巾着と称される二人が相対していたのだった。

 「貴様らがここにいるということは、フリーザ様は……いや、フリーザの奴は、本当に俺たちを裏切ったのかッ!?」

 ただの戦闘員とは違う、フリーザの側近と称される二人の姿の存在に、バーダックは改めてその事実を噛み締める。
 トーマの言葉である。信じていなかった訳ではない。しかし、それでも与えられるショックは大きい。
 今の今まで、忠実に命令を受け、従ってきたのだ。それが何故、今更? ただ奴隷の如く好き勝手扱き使い、その果てにゴミを捨てる様に処分するとでも言うのか?

 「っけ、何言ってやがる。先に裏切ったのはてめえらサイヤ人どもだろうが。まぁどっちにしろてめえら猿どもについては、フリーザ様は前々から鬱陶しいと思っていらしたからな。遅かれ早かれ、こうなってたかもなぁ? ぐはははははは!!」

 「喋りすぎだ、ドドリア。無駄に時間がかかっているからな………さっさと目の前の奴を始末して、フリーザ様の元まで帰還するぞ」

 「へいへい、了ー解」

 ごきごきと手の骨を鳴らし、ドドリアは手を軽く振り回し、そして地を蹴った。同時に合わせて、ザーボンもまた空へと飛び立つ。
 くそったれ。内心で吐き捨てて、バーダックも構えを取り迎え打つ。

 「同時に行くぞ、合わせろドドリア!」

 「カァッ!!」

 直上より急速下降し、ザーボンの踵が脳天へと振り下ろされる。連動しドドリアが全身に“気”を纏いながら突進し、頭からバーダックへと突っ込んだ。
 バーダックは両手を動かし対応する。右手を突き出して掌でドドリアの突進を受け止め、直上からのザーボンの強襲を左腕の肘で完全に受け止める。
 攻撃が防がれたのも束の間、即座に跳ね跳び距離を取って、二人は肉弾戦へと移行。ラッシュへと持ち込む。
 ザーボンとドドリア、両者ともにそこに油断はなかった。戦闘力3万の猛者相手、加減する余地はない。殺らねば自分たちが殺られるだけだ。

 暴風が吹き荒れる。等身大の人間たち三人の巻き起こす攻防の余波が、さながら暴風圏の如き強風の渦を形成していた。
 その攻防の中。中心地帯に位置するバーダックは、それでもなおかすり傷一つ負っていなかった。
 次々と前後から挟み込み襲いかかる拳打蹴撃頭突きの数々を、全てかわしていたのだ。
 苛烈な表情なまま眉一つ動かさず、全ての攻撃を触れさせることすらさせずに凌ぐバーダック。

 「この野郎ッ!?」

 「っちぃ!」

 完全に見切られている。打撃を打ち込み続けながらも、そう実感せざるをえなかった。
 ザーボンは舌打ちをしながら身を沈め、足を伸ばしながら身体を半回転させる。しかし足払いが成功する前に、バーダックの姿は消えた。
 一歩先に、バーダックが空へと跳躍する。ドドリアはその姿を見逃す捉える。

 「今だ、喰らいやがれェーーッッ!!」

 大きく息を吸い、次の瞬間かぱりと開いた大きな口から、ドドリアは膨大なエネルギー波を放出した。
 かつて惑星ベジータへと初めて参上した時にも披露した、ドドリアの十八番。強烈な破壊力のそれにより、フリーザは最初の交渉にサイヤ人たちよりも圧倒的優位な立場へと立つことが出来たのだ。
 宙に飛んだバーダックへと、巨大なエネルギー波が迫る。だがしかし、バーダックは慌てるまでもなく視線をエネルギー波へと合わせ、叩き付けるような叫びを浴びせた。
 次の瞬間、目標へと直進していたエネルギー波が四散した。ドドリアが驚愕に目を見開き、馬鹿なと狼狽する。

 「気合いだけで俺の攻撃を掻き消しただと!? そんな馬鹿なことがッ、出来るはずがねぇ!!」

 「ドドリア! 何を呆けている!? 来るぞッ!!」

 「だりゃあッ!!」

 隙の出来ていたドドリアだけではない。備えていたザーボンですら、その刹那に生じた出来事を認識することが出来なかった。
 衝撃が走ったかと思った時には、もうすでにザーボンは“吹き飛ばされた”衝撃がままに、遠方の瓦礫の中へと叩きつけられていたのだ。同じようにまたドドリアも、こちらは大地へと叩き込まれ、軽く地面の中へと埋没している。
 バーダックはほんの少し離れた場所で、悠々と立ったまま二人を見下ろしていた。
 何が起こったのか? その疑問に対し、答えはザーボンの激しく訴えてくる身体の痛みが教えていた。

 ザーボンたちが認識するよりも速く、より圧倒的に凄まじきスピードを以って、一瞬の内に叩き伏したのだ。

 なんという力か。ザーボンは傷を抑えながら咳を二・三回し、戦慄を抱く。
 これが戦闘力3万の実力というものなのか? ある程度現実を理屈付けるその理由を知っていながらも、しかしザーボンの胸中には言い知れぬ不安がよぎる。
 何かより致命的な、根本的な間違いを犯しているような。そんな胸糞の悪い悪寒が走っていたのだ。
 しかしその不確かな恐れも、次にバーダックが放った傲慢な発言に吹き飛ばされた。

 「どうした? フリーザの取り巻きたちが、実力はこんな程度だったのか? だとしたら拍子抜けだぜ。てめえらのご主人さまがいなけりゃ、なにも出来ねえとはな」

 「なんだとッ」

 にやりと、バーダックが口の端を歪める。
 先程まで抱いていた恐れなどなんのその。目の前の男の発する挑発に怒りが目覚め、その他の感情を駆逐する。
 たかがサイヤ人如きが。醜い猿風情の挑発が心底腹に据えかね、ザーボンの逆鱗を逆撫でした。
 そしてそれはザーボンだけではない。
 ボンと、巨大な土煙を上げながら埋没していたドドリアが現れる。血走った眼でこれとないほどブチ切れた己の心情を表現し、彼が雄叫びを上げる。

 「がぁあああああ!!! このサイヤ人の猿野郎がぁ!! ザーボン!? てめえ何時までも余裕ぶっこいてんじゃねぇ! さっさと変身しやがれェッッ!!」

 「言われなくとも! 後悔するがいい、名もなき下級戦士がッ。貴様のそのうぬぼれが、己の首を締めることになるのだ!!」

 「変身だと?」

 バーダックの怪訝な様子を捨て置き、ザーボンが全身の筋肉を力ませる。血管を浮き立たせ、何かに集中させる。
 そして一泊の間を置き、瞬時にしてその姿が異形へと“変身”した。
 何だとと、バーダックは驚愕する。それほどまでに劇的な変身であった。
 変身前までの美貌はどこに行ったのか。その姿は見る影もないほどのフリークス・スタイルであり、先までの女性と見紛うばかりの容姿は、どちらかと言えばドドリアに近いものへと変じてしまっている。全体的な腕回りや足回りなどの筋肉という筋肉も肥大化しており、結果として体格すらも変じてしまっていた。
 トカゲの如きものとなった顔面を歪ませながら、ザーボンが喋る。

 「はははは!! 驚いたか!? これが私が隠し続けていた真の力だ!! 変身することによって戦闘力を向上させるのは、貴様らサイヤ人だけの専売特許ではないのだ!!」

 「こいつは驚いたぜ………まさかアンタがそんな化け物になるとはな、ザーボンさんよ」

 「黙れ! この醜いサイヤ人の猿がッ!」

 変身能力。それこそがザーボンの隠し玉であり、そして持ち得る真の力の正体であった。
 美麗なヒューマノイドとして標準的な種族の姿から、野性的な化け物と呼ばれても文句の言えない形態へと変身することにより、ザーボンはその戦闘力を5000近くも上昇させることが出来るのである。
 しかもこの変身はサイヤ人たちの行う大猿への変身とは異なり、戦闘力の増大率こそ低いけれども、代わりに満月など何かしらの特殊な条件が必要ではない。一切の制約なしに使える、ノー・リスクな能力なのだ。
 無条件に使えるノー・リスクなパワーアップ能力。それがザーボンの持つ、極めて汎用性と利便性に優れる最優たる切り札であった。

 だがしかし、それならば何故ザーボンは、最初から変身をしてバーダックへと挑まなかったのだろうか?
 それは単純に、ザーボン自身の精神的な部分に問題があったからである。
 ザーボンは元々、自身の美的センスに対する拘りが非常に強い男である。美しきものを好み、そして自身もまた美しくならねばならないという、一種のナルシズムを持っていたのだ。
 そうであるがゆえに、自身の変身によって晒される真の姿の醜さを、心底嫌悪していたのである。パワーの節約という正当な理屈もあったが、何よりもそのことが理由として一番のものであり、ゆえにザーボンは己の変身能力を自分自身の手により、半ば封印状態にしていたのだ。

 しかし、その封印も解放された。
 プライドと命。どちらを取るかと問われれば、ザーボンは迷わず命を取る。
 プライドを守ってまで命を捨てられるほど、達観してもいなければ信念を持っている訳でもないのだ。

 ともかく、これで状況は戦闘力3万対、戦闘力24000と戦闘力27000という二対一の場となった。ここまで戦闘力が縮まれば、もはやさっきのような一方的な展開にはなることはない。
 ザーボンは両手を広げ、その巨躯となった肉体を威圧するように広げながら突進する。

 「援護しろドドリア! 私が仕留める、奴の足を止めろ!!」

 「指図してんじゃねぇー!! うおぉおおおぉーーー!!!」

 ドドリアが飛翔し、宙空からバーダックへと両手を向け、渾身のエネルギー波を放射する。
 閃光にバーダックの姿が呑み込まれる。是非を確認する間もなく、続けてドドリアは構わず第二波、第三波とエネルギー波を放射する。
 爆発と震動が鳴り響き、キノコ雲の如き土煙が上がる。その中へザーボンは躊躇なく突撃した。
 土煙の中に動かぬ人影の姿を認め、ザーボンは歪んだ笑みを浮かべながら右手を振り上げる。パワーが集中され、収束され切れぬ過剰エネルギーが、スパークを右手の拳に生まれさせる。
 たとえドドリアの攻撃を意に返さぬところで、自分の全力を込めたこの拳の一撃ならば、致命打を与えることが出来る。
 その動かぬ確信と共に、ザーボンは右手を振りかぶった。

 「死ねぃッ!!」

 拳が、人影の中心を抉った。
 撃音が響き、違えることなく標的へと拳が命中したことを知らしめる。
 しかし、ザーボンの表情は晴れない。
 否、逆に意図を大きく外されたと、その眼を大きく開眼し驚愕する。

 「やったか? おい、どうしたザーボン!」

 怪訝そうに上空から手を休め、ドドリアが訝しそうに叫ぶ。
 やがて煙が徐々に晴れてゆき、ドドリアの元にもその現場の様相がさらけ出される。
 徐々に露わにされていくザーボンの姿と、殺った筈のサイヤ人の姿。完全に全容が視界の中にへと現れ、そしてドドリアは何だと!? と吠えた。
 突き出されたザーボンの拳は、バーダックの手に受け止められ、あっさりと止められていたのだ。
 そのまま握力を強め、バーダックがザーボンの拳を捕獲し、捻り潰さんと圧力をかけている。
 必死に振り解こうとザーボンは全力で足掻くが、しかし欠片も姿勢を揺らすことすら叶わず、なおも握力は強められていく。

 「ぐぅおおおぉッッ!? は、放せッ! 貴様、さっさとその手を放すんだ!!」

 苦悶の声を上げながらザーボンは怒鳴り散らすも、バーダックは揺るがない。
 表情に愉悦を滲ませたまま、躊躇なく更なる圧力を追加した。
 べきゅりと、水気を含んだ硬い物質の砕ける音が響いた。
 ザーボンが絶叫し、握り潰された己の右手を抱えながら後退する。
 掌に付着した汚らしい体液を振り払い、バーダックは宣言する。

 「どうやら、お前らと俺との間にはとてつもなく大きな差が出来ちまったみたいだな。悪いな、まだ自分でも実感出来てないんだ。このあまりにも圧倒的なまでのパワーによ……」

 「ハァッ! ハァッ! な、生意気なことを。た、たかがサイヤ人風情が………粋がるなァーーッッ!!」

 左手を突き出し、不意打ち気味にエネルギー波をザーボンは発射した。至近距離からの最大放射。ザーボンの放てる最大の一撃を撃ち込む。
 しかしそれを、バーダックは瞬く間もないスピードを以って極々普通に対応し、呆気なく手首の返しだけで弾き飛ばした。
 弾かれたエネルギー波がザーボンのすぐ傍を駆け抜け、宙空に位置するドドリアを驚かせるようなギリギリ掠める軌道を取って遥か彼方の大地へと着弾し、火柱を上げる。
 爆風が戦場を一撫でし、髪を巻き上げる。
 ザーボンは完全に威圧され、絶望を体感しながら必死に有り得ないと、目の前の現実を拒絶し続けている。
 ザーボンの足が、恐れに後ろへと下がる。

 刹那、ザーボンの腹部をバーダックの拳が食い破った。

 「ぐが!? が、ぁ……が、がががが!??!」

 「あばよ、ザーボン」

 超質ラバーを貫き、肉を抉って骨を砕き、無慈悲に突き込まれた拳を、悶え苦しみながら見つめるザーボン。
 そのまま猶予を与えることもなく、呆気なくバーダックは突き込んだ拳を開き、エネルギー波を直接体内から炸裂し放出させた。
 身体全体が発生した作用力によって吹き飛ばされ、遥か彼方の瓦礫の中にと宙を舞い墜落する。
 ザーボンは動かない。臓器ごとその命をも、すでに消し飛ばされていた。

 「あ、ああああ…………フ、フリーザ様ァーーーッ!!」

 一目散にドドリアが錯乱状態に陥りながら、ザーボンの亡骸には目もくれずに急速離脱する。
 変身したザーボンが、こうも容易く、まるで赤子の手を捻る様な呆気なさで屠殺されたのだ。自分に勝てる相手ではない。
 何よりも己の保身を第一がために、文字通り命をかけてドドリアは退散した。
 しかし、それをわざわざ見逃すつもりは、バーダックには毛頭ない。

 バーダックの姿が一瞬にして掻き消える。そして一泊の間を置く暇もなく、ドドリアの眼前に進路を遮るように現れ、立ち塞がった。
 ギュンッと、慌ててふためきながら宙空に急ブレーキをかけて静止するドドリア。知覚不能な超スピードによる回り込み。それ一つ取っても両者の実力差を物語っている。
 どうするか。抗ったところで末路は見えている。一体どのような手立てを打てば、己の命を永らえさせることが出来るのだろうか?
 焦燥ここに極まり。かつてない懸命さで頭脳を回転させるもそれは空回りするばかりで、一向に一縷の望みを求むドドリアに光明を与えない。
 しかし、ほどなくドドリアは自身を束縛する煩悶から解放される。

 気が付いた時には、もうすぐ目の前にまで近付いていたバーダック。
 何、と反応する間もなく何時の間にか構えられていた腕が振り抜かれ、ドドリアのその首級を跳ね飛ばされていた。
 クルクルと宙を舞う生首。その回転する視界の中、死に至る数秒の間の間にドドリアは一つの事柄を悟る。

 結局のところ、土台目の前のサイヤ人から逃れることなど、無理であったのだ……と。




 ビュクビュクッ、と不気味な痙攣と共に体液を首から噴出させながら、ようやく気が付いたかのようにドドリアの身体が落下していく。
 それは遥か空から地に叩きつけられたことで、さらに柘榴の様に醜い有様へと姿を変じる。
 バーダックはそれを一瞥し、唾を吐き捨てた。

 改めて、何時の間にやら手に入れてしまっていた己の超パワーに彼は瞠目する。
 かつての手も足も出せぬ筈であった、フリーザ直属の側近であるザーボンとドドリアの二人。それをかくも容易く、慣らし程度の労力だけで葬ったのだ。
 まさしく、超越的なまでと称するに足るパワー。サイヤ人の限界レベルを遥かに超えた、恐るべき力量を掌中に収めてしまっていた。
 思わず力に溺れ耽りそうになるバーダック。しかし、重要な要件があることを思い出し、すぐに意識をそちらのベクトルへと追いやる。

 そう、ザーボンとドドリアなど、前座でしかない。
 真の敵は別にいる。より強大で、より邪悪な存在が。トーマたちの、サイヤ人たち全ての仇とも言える存在がだ。
 バーダックは宙空を睨みつける。まるでその先に、件の元凶が座しているかのように。
 そしてその怨敵の名を、憎悪を迸らせながら口から吐き出した。

 「フリーザァアアッッ!!!」

 額に巻いた深紅のバンダナが、バーダックの思いを一層燃え上がらせた。








 宇宙空間を通常航行にて進んでいる、フリーザが搭乗している専用巨大宇宙船。
 ベジータ王の反乱によって消耗した人材を補給し、また艦内に生じていた一部の損傷個所の修復も進められ数時間。作業の進捗は、ほぼ完了となっていた。
 そしてその宇宙船の中、専用の玉座の間にいつも通りマシンに乗ったスタイルのまま、フリーザが存在している。
 その傍には、常日頃から仕えている存在である二人の側近の姿は見えない。フリーザ自身が下した命令に従い、今彼らは主の元を離れているのだ。
 フリーザは己が下した命令が、無事果たされたという朗報を待つために、ただ玉座に間にて大人しく待ち続けていた。
 その表情は楽しそうであった。もうすぐ後に、とても面白いイベントがあるかのように。
 その場に、慌ただしい声が入ってくる。通信回線が開かれ、名もなき部下たちの一人がフリーザの元へ報告を届けてきた。

 『フ、フリーザ様ッ!』

 「何ですか、慌ただしい。ザーボンさんとドドリアさんのお二人から連絡でもありましたか?」

 『い、いえッ。それが………こ、この映像をご覧下さい!』

 口を濁らせる部下は、フリーザの元のスクリーンを起動させ、一枚の映像を表示させる。
 表示された画像は惑星ミートのもの。疑問に思いながら映像を眺めるフリーザだったが、しかし次の瞬間にはその瞳が大きく見開かれた。
 惑星ミートという星から、宇宙空間という巨大な黒い海原へと飛び出していく一筋の光。その軌跡の先頭へと画像が拡大され、正体をモニターの中に晒す。
 強化ガラスに覆われた風防越しにスクリーンへ大写しされた中の搭乗者は、紛れもなく始末を命じた筈のサイヤ人であった。
 目が釣りあげられ、声を荒げてフリーザが問い質す。

 「どういうことです? ザーボンさんとドドリアさんのお二人と通信は!? 私はあの星に派遣されたサイヤ人どもの始末を命じた筈ですよッ」

 『そ、それが! 通信を試みてはいるものの、依然惑星ミートへと派遣された者たちとの交信は取れずッ、ザーボン様とドドリア様のお二人とも連絡は途絶したままで!! スカウターの反応も消えたまま………』

 「もうよろしいです! ………っち、スカウターが都合よく全て破壊されたとは考え難い。大方、油断して見くびったところを殺されたか………たかが戦闘力3万ごとき相手に、使えない人たちです」

 一転し不愉快極まると言わんばかりの苛立ちを、面に表すフリーザ。
 惑星ミートから離脱していく個人用ポッドをスクリーンにトレースさせたまま、部下が恐る恐ると意見を提案する。

 『どういたしましょう? 撃墜しますか?』

 スクリーン上のポッドと重なる様にターゲットスコープが重ねられ、FCSが起動される。
 ツフル人の科学技術を接収し流用された最新鋭の宇宙船である。その性能は耐久性、航続性、機動性に航行速度と、あらゆる現行の他星系に氾濫する宇宙船等のそれを凌駕する。
 当然、それは火器管制、兵装についても同じである。
 数光年程度の距離ならば、個人搭乗の宇宙ポッドごときを狙い撃ちすることは可能であった。
 しかしフリーザはその部下の提案を、首を振って退ける。

 「いえ、よろしいです。どうやらあのサイヤ人も、惑星ベジータへ向かって移動している様ですからね。わざわざ今手を下す必要もないでしょう」

 『そ、それでは?』

 「宇宙船を動かしなさい。進路を惑星ベジータへ。小生意気なサイヤ人たちがみんな集まったところで、纏めて片付けてあげましょう」

 フリーザの命令が伝わり、了解という返事と共に部下たちが動き始めた。
 スクリーンに映された宇宙ポッドの軌跡は、その先行きを惑星ベジータを示したままである。
 殺される前に情報を吐き出されたか、あるいは単に自分たちの古巣へと戻ろうとしているだけなのか。まあ、どちらにしてもどうでもいいことだと、フリーザは考える。
 部下たちが生き延びているという考えは、もう欠片もなかった。仮に生き延びていたとしても、命令も果たせない無能に用などない。改めて処刑を命ずるだけである。

 スクリーンを腕組みしながら観察し続け、フリーザは泰然と構える。
 宇宙船はゆるりと余裕をもって航宙を始め、宇宙ポッドの後方を追う様に動き始めた。二つの大小異なる宇宙船の目的地は、共に戦闘民族サイヤ人の母星である、惑星ベジータ。

 運命の集束地点が、すぐ間近にまで迫っていた。








 惑星ベジータ。その航宙管制を担う管制塔では現在、複数の当直の人間たちが中に詰めて、各々がそれぞれ自分たちの職務に励んでいた。
 とはいえ、その仕事内容は煩雑なものではない。高度なテクノロジーによって極限にまで機能の自動化が行われているため、ユーザー側に対して強いられる負担はほとんどなくなっているからだ。
 場合にもよるが、最悪管制室を無人にしたところとて機能に支障のないレベルに達しているのである。無論実際のところは、最終的な意思決定のためや不測の事態に備えるために、完全な無人となることはあり得ないのだが。

 現在彼らは、ある宇宙ポッドを打ち出すために、その最終手順のチェックを行っていた。
 ポッドの中にはサイヤ人の子供が搭乗させられている。下級戦士と認定された、まだ生まれてそう間もない小さな赤子だ。
 サイヤ人社会には定められた決まりに、まだ赤子である下級戦士の子供を文明レベルの低い、さして攻略に手間もかからないであろうと判断された星へと送り込むというものがある。
 送り込まれた赤子はやがて成長し、本能が訴えかける残虐性と闘争心の赴くままに戦闘力を開放させ猛威を振るい、送り込まれた星を片付けることになるのだ。
 そして全ての役目を終えた後に、自らが乗ってきたポッドに乗ってこの星まで帰還してくるのである。
 ゆえに帰ってくるのは、例え早くても最低十年以上の月日が必要であった。場合によっては、そのまま死別することにもなる。
 これはフリーザ軍編入後に制定された決まりであり、その非情な内容でありながら、しかしサイヤ人たちのほぼ全てから反論の出なかった決まりであった。

 「準備は出来たか? どこの星に送り込むんだ、こいつは」

 「地球だ。太陽系の第三惑星、青くて綺麗な星だよ。月もあるし、下級戦士のこいつでも数年程度の歳月で現地生物を滅ぼすことが出来るだろう」

 「目的地、チ・キュ・ウっと。名前は、え~と………カカロット、か。よし、チェック終了だ。いつでも出せるぞ」

 表示されたデータの内容を確認し、誤りがないことを認めた兵士の一人が声を上げる。
 後は射出認証のスイッチを押すだけであった。別の兵士の一人が赤い認証スイッチへと人差し指を伸ばす。
 しかしスイッチが押される前。その兵士の動きを抑止しようと、レーダーを見ていた別の兵士がストップをかけた。

 「待て! 接近してくる反応が一つあるぞ………誰か惑星ベジータに帰ってくる!」

 「なんだと? こんな時間にいったい誰だ? 帰還報告は受けちゃいないぞ?」

 ぞろぞろと兵士たちがレーダーの元に集まり、捉えられた反応を覗きこもうと顔を傾ける。
 表示されたデータの羅列を読み取り、言葉を発する。

 「丸型か、戦闘員か? どこの星の奴だ?」

 「いや、違うぞ。認証コードと照合したが、乗っているのは戦闘員じゃない。科学者だ。サイヤ人にしては珍しいな」

 「名前はリキュー………と、こいつはもしかして、あの“腰抜けのエリート”って奴じゃないか? 数年ぐらい前に惑星ベジータから出て行った、ていう」

 「ああ、あの変わり者の妙なサイヤ人か。…………って、いまさらこんな時期に何しに帰って来たんだ、こいつ?」

 「さあな。とにかくだ、打ち上げは一旦停止だ。万が一のことだとは思うが、事故が発生しちゃたまらんからな」

 雑談という形の情報交換と決定を終えて、兵士たちが散らばる。
 スイッチ一つでもう発射が可能であるレベルまで進められていたシークェンスが停止され、発着場に常駐している兵士の方へ連絡が入れられる。
 別に打ち上げたところでニアミスする可能性は限りなくゼロに近い数値であったのだが、それこそ万が一に備えてである。急ぐ事柄でもないのだ、無用なリスクは避けて然るべきだった。

 この打ち上げの一時停止という不慮の出来事の発生は、その後に思わぬ波紋を広げることとなる。
 打ち上げ作業を再開し各種機器の再チェックを行った際、赤子の乗るポッドの一部老朽化が確認されたのだ。
 老朽化とは言っても、それは致命的なレベルのものではない。このまま運用したとしても問題なく稼働するであろうことは確かなことであった。
 しかし、先に言ったように無用なリスクは避けて然るべきであった。
 どうせ一度停滞したのだからと、兵士たちは老朽化部分の部品を交換・整備するよう決定し、打ち上げ作業の予定時刻を大きく超過する、さらなる遅延を招くこととなるのである。

 かくしてここに、本来の“世界”にはない一つのイレギュラーの混在により、一つの小さな事実が異なる形へと書き換えられたのだった。




 大気圏に突入し、大気との摩擦でポッドの表面が赤熱化する。
 同時に搭載されている重力制御装置が反転場を形成して速度の減衰が図られ、機体保護用のフィールドも展開される。
 あらかじめプログラムされた大気圏突入システムは何時も通り正常に作動し、万全の体勢が整った状態でポッドは発着場に備え付けられた専用の着陸用マットへと接地。ボスンという布団を張っ叩いたかのような音を巨大化したものが響き、ポッドは無事に惑星ベジータの大地に受け止められた。
 急速な冷却によって表面温度が数秒と経たずに冷まされ、圧縮空気の放出と共にカバーが開放される。

 ゆっくりとポッドの中から、数時間ほどの宇宙旅行を無事に終え、リキューが現れる。
 リキューは数年ぶりに帰ってきた己の故郷を視界に収めながら、辺りをぐるりと見回す。
 その胸中は、リキュー自身にもどういったものか、細かいく述べることは出来なかった。
 何も浮かんでこない様でもあり、逆に筆舌に尽くしがたいほど様々な思いが渦巻いている気もする。郷愁の念がある様な気もするが、しかし何も情緒など働いていないようにも思える。
 妙な気分であった。端的にリキューはそう片付ける。

 そんなリキューの元へ、発着場に常駐していた兵士たちが近付いていく。
 我に返って近付いてくる兵士たちの存在に気が付いたリキューが振り返ったところで、彼らが言葉を投げかける。

 「よぉ! 随分と久しいお帰りだな、“腰抜けのエリート”さんよ!」

 「確か、四年ぶりぐらいか? 何しに帰って来たんだ、お前? まさか里帰りなんかじゃないだろうに」

 腰抜けのエリート、という単語の部分にカチンと僅かに反応したものの、すぐに気持ちを入れ替えてその単語を受け流す。
 たかが言葉の一つ二つ程度で切れてたら、話が進まない。言ってる本人としても深い悪意がある訳ではなく、リキューという人物を表す記号としてその言葉を使っているだけなのだから。
 もっとも、世の中に溢れている大概の虐めや中傷などといったものは、大半がそんなものなのだが。
 リキューは兵士たちからの言葉を無視し、自分の聞きたいことだけを単刀直入に尋ねる。

 「おい、ベジータ王は何処にいるか知らないのか?」

 「ベジータ王ぅ? さあ………玉座の間にでもいるんじゃないのか?」

 「いや、確かベジータ王は今惑星ベジータにはいない筈だぞ? どこに行ったのかまでは知らないが、数日前にエリートたちを連れて何処かへ出掛けていた筈だ」

 「そりゃ本当か? そいつは知らなかったなぁ………」

 リキューの不躾な態度も、サイヤ人相手では慣れたものなのだろう。特に気にすることもなくあっさりと兵士たちは流し、呑気に雑談する。
 そして又聞きでその話の内容を捉えたリキューは小さく舌打ちする。ようやく、自身が想像以上に出遅れてしまっていたという事実を認識したのだ。

 数日前にベジータ王が出掛けて行ったということは、もうフリーザとの決戦は行われてしまったのだろう。
 当てが外された。そう認識し、リキューは臍を噛む。
 どうするべきか。当面の問題としてリキューはその課題に意識を占められながら、同時にもうこの場所に用はないという事実を認める。

 大地を蹴り、舞空術を使いあっという間に空を駆けていくリキュー。発着場を離れ、都市部からすらも離れた荒れ果てた荒野の方向へと加速していく。
 その束の間の出来事に、兵士たちは皆呆気に取られ、ふと一人の兵士が気が付いたかのように声をかけるも、リキューは一切の反応を返すこともなく去っていくのであった。




 都市部から離れた、長き年月の果てに荒れ果て、割れた大地に岩石の如く硬質化した地質ばかり表出する場所へと降り立ったリキュー。少し視線を逸らせば、遠くにかつてのサイヤ人たちの住居であった岩山が見えた。
 重力制御装置の恩恵のない大地は、惑星自身の放つ標準から10倍程の強さを誇る超重力によって生命の息吹きがない、不毛な大地のままとなっている。
 その中でリキューは、適当に転がっている岩石の中から腰掛けるに丁度良い大きさのものを見繕い、座りかける。
 10倍程度の重力ではリキューに対して、何ら妨げともなりはしない。極々普通な態度のまま、リキューは思索に耽る。

 (これからどうする? リターン・ポイントに戻るか?)

 リキューは細かく“ドラゴンボール”の時系列を把握している訳ではない。所詮は又聞きの上にうろ覚えの知識にしか過ぎないものであり、ゆえに正確性に欠ける雑多な散らばった断片的な情報しか知らなかった。
 フリーザが惑星ベジータを消滅させる前にベジータ王が反乱を起こすという情報は知ってはいたが、では具体的に、どれほどの時間が経った後にフリーザが惑星ベジータに襲来をかけてくるのか? そこまでは知ってはいなかったのだ。
 さすがに何年ものタイムラグがあるものとは思わないが、数ヶ月程度のインターバルがある可能性は否定できなかった。
 一番確実な方法とは言えば、単純に惑星ベジータで待ち構えておけば良いだろう。少なくとも、フリーザが惑星ベジータに来訪してくるという事だけは確実なのだから。擦れ違うことも待ちぼうけになることもない、最も確実で手堅い手段である。

 がしかし、数ヶ月もの間惑星ベジータに留まり続けるという選択肢は、リキューにとっては全く別の問題を喚起させた。
 正直言って、惑星ベジータの都市部以外の場所なぞ、今いるリキューの周辺の環境と全く変わりはしない。惑星全土が荒廃し自然という要素が欠けているのだ。
 どれだけサバイバル技術に習熟していようが生きてはいけない。そんな苛烈極まる環境なのである。
 自然、この惑星に留まるというのならば、都市部に住まなくては生きてはいけない。都市部には快適な環境を保つための重力制御を始め、食糧プラントなど生存に不可欠な施設が全て揃っているのだ。
 だがそれは、リキューにしてみれば他のサイヤ人たちと接触を持たなくてはならないということを意味する。
 ただその一点。その一点だけが、リキューに最も確実で安全な手を打たせることを躊躇させ、怖じ気付けさせていたのであった。

 四年の月日は、リキューを戦士として極めて大きく、凄まじき者として成長はさせていた。
 けれどもその精神、メンタル的な強さに関してだけは、ほとんど成長らしい成長を見せてはいなかったのだ。

 頭を抱えたまま、女々しい様子で思考の回転を続けるリキュー。
 このまま放っておけば、日が暮れるのも問わずずっと考え続けていたのかもしれなかった。
 が、しかし。この時に限り天運はリキューに傾いたのか、より直接的な問題の解決策がリキューの前に差し出されたのであった。

 ピクリと反応し、リキューは機敏な動作で空を見上げた。
 驚きに支配された眼差しを天空に向けたまま、言葉が口から洩れる。

 「この“気”はッ………まさか、フリーザか!?」

 リキューの感覚に捉えられた、強大なまでの“気”の波動。
 四年のひたすら修行に励んだ歳月の間、その中でリキューは“気”を感じ取れるようになり、そしてそれに伴って戦闘力のコントロールという技術を手に入れたのだ。
 その身に付けた感覚が、鮮烈なまでに今まで感じたことのない巨大な“気”の接近を、リキューの元に感じさせていた。
 “気”の発生源は遥か彼方。天空のその先、すなわち宇宙からであった。
 驚きに目を見開いていたリキューは、しかし次の瞬間にはふてぶてしい表情となり、眼を戦意に爛々と輝かせ始める。

 (タイミングを逃したかと思っていたが………逆か。最も丁度いい時間に、俺は来たということか!)

 拳を握りしめ、力を込める。
 烈風が巻き起こり“気”が身体から蒸気の如く噴出し纏われ、余波が周辺の岩石を吹き飛ばす。
 そのままリキューは大地を蹴りつけ叩き割り、反動を用いて遥か彼方の天空へ、“気”が指し示すフリーザの降り立つ場所へと向かい飛翔した。

 「待っていろ、フリーザッ!! くくく、はははははぁーーー!!!」

 溢れる衝動のままに、そのままリキューは言葉を迸らせる。
 その表情は、実にサイヤ人らしい貌となっていた。




 フリーザという、待ちに待った“敵”の存在に気を取られていたリキュー。
 彼はそれゆえに、フリーザ以外にも存在していた強大な“気”の持ち主が一足早く惑星ベジータへと降り立っていたことに、気が付いていなかった。

 運命の集束地点が、ここに形を成す。









 ―――あとがき

 書き上げたー。一ヶ月にはならなかっただぜ更新。
 そろそろ佳境に入るぜ本作。感想くれた皆様ありがとうございました。ゆっくりでもいいのなら完結までぜひ見守ってほしい所存。頑張ります作者。
 これだけは言っておきます。作者はハッピーエンド至上主義です。オッケー? 嘘違うよ?
 感想と批評待ってマース。




[5944] 第十九話 フリーザの変身
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/07/19 13:12

 赤茶けた色をした球体が、暗黒の宇宙空間にぽつりと浮かんでいる。
 荒廃し実りのない星。惑星ベジータ。スクリーンに投影されたその姿を、宇宙船の主は無表情なままに眺めている。
 スクリーンが一部の画像を拡大し、内容の仔細を露わにする。
 惑星ベジータへと向かっていく、個人用の宇宙ポッド。その少し後に続くように迫る、自身の乗っている船と同型である巨大な専用宇宙船。

 「どうやら、御推察は当たっていたもようで………その鋭い洞察力、恐れ入ります」

 「世辞などいらん。フリーザとて、特別隠れて行動していた訳ではないからな」

 背後から投げかけられる言葉を、一言で切って捨てる主。
 フリーザの乗る専用巨大宇宙船。それの同型艦に搭乗している主の名はクウラ。
 最強を称する宇宙の帝王、フリーザ。その実兄であった。
 若い身空でありながら、すでにもう一段階の変身を加えて行うことが出来る一族の秀才であり、そして単純なパワーだけを言えば、現一族最強の存在。
 彼はフリーザが普段から愛用しているマシンと同様のものに座りかけながら、スクリーンを眺め続ける。
 背後に膝を付き控えている、直属の親衛隊であるクウラ機甲戦隊、そのリーダーであるサウザーが質問を投げる。

 「フリーザ様の作業を手伝うおつもりはないので?」

 「このあたり一帯の宙域はフリーザの管轄だ。このオレがいちいち手を貸してやる義理はない。それにこの程度の雑事、わざわざこのオレが手を貸さずとも奴だけで出来る」

 サウザーの言をそれだけで切って捨て、クウラは観戦の姿勢を崩すことはなかった。
 部下たちもクウラの意を汲み取り、沈黙したまま控える。

 別銀河にて活動している筈のクウラが、なぜ此度のフリーザの活動を察知し、こうもすぐ間近まで来訪していたのか?
 それは数か月前からフリーザ自身の命令によって生じている、一部の不審な動きが組織の中にあったからだ。
 不審な人材、物資の動き。しかもそれらはフリーザ直々の命令として下され、動かされていた。
 そしてそれらを訝しげに思ったクウラが全体の流れを探り、狙いとするところを洗った結果、クウラはフリーザのやろうとしていることに気が付いた。
 クウラ自身も常々思っていた、不愉快な存在。戦闘民族サイヤ人。その母星、惑星ベジータの破壊であると。

 これはつまり、フリーザはベジータ王の反逆があろうとなかろうと、どのみちサイヤ人たちを抹殺するつもりであった………ということである。
 そういう意味ではベジータ王の反逆も、無謀な試みであるという事実は変わらねど、最もベストなタイミングでの決起ではあったのだ。

 この思惑をフリーザは特に隠しだてする気もなかったのだろう。そして割合簡単に導き出されたこの答えに対し、クウラは興味を示した。
 ゆえに今、予定していた星々の侵攻作業を全て切り上げてこの場に静止していたのだ。

 前門のフリーザ、後門のクウラ。

 惑星ベジータは今、人知れずに現宇宙有数の圧倒的二大強者に包囲されていた。
 このことに気が付いているものは、当のサイヤ人たちの中に一人として存在していなかった。








 『フリーザ様、惑星ベジータ付近にまで到着いたしました。もう目視で確認できる距離です』

 「ふむ、ご苦労様です。このまま丁度良い位置まで接近を続けなさい」

 了解という部下の返事を聞き届け、フリーザは不敵な表情を浮かべたままスクリーンを見上げる。
 倍率加工がされるまでもなく、そのままただの球面ガラスとしてしか機能していない表面には赤茶けた惑星の姿が映る。
 惑星ベジータ。戦闘民族サイヤ人の母星。
 すでにレーダーでこの宇宙船より先に先行させていた、仕留めそこなったサイヤ人の乗る宇宙ポッドが惑星へと突入したことは確認されていた。
 幾つか手の行き届いていない個体も存在してはいたものの、これでほぼ全てのサイヤ人たちは目の前の星に集結したことになる。

 万事順調。途中に挟んだハプニングも気にせず、フリーザはそう思う。
 そうして持ち直した機嫌なまま作業が続けば、本人にしても周りの部下たちにしても良かったのだろうが、しかしそうはならなかった。
 報告が入る。それはフリーザの機嫌を損ねる、不愉快な内容であった。

 『フリーザ様、ご報告が』

 「なんですか、いきなり。エンジントラブルでも発生しましたか?」

 底冷えた声色で、フリーザが返事を送る。
 部下はその言葉に命の危険を感じ、慌てて声を上ずらせつつ報告する。

 『い、いえ!? 違います! そ、それが惑星ベジータの衛星軌道上に、サイヤ人らしき者の姿が………』

 「なに?」

 スクリーン上の惑星ベジータへと、フリーザが視線を戻す。
 赤茶けた地表を持つ星。その一角に存在する小さな影。スクリーンが影を拡大し、より鮮明にその正体を晒す。
 フリーザは眉を顰め、不愉快気にその姿を確認した。

 惑星ベジータの衛星軌道上。宇宙と大気の境目とも言える地点。
 そこに一人のサイヤ人が、不敵な面構えのままに浮遊し、静止していた。
 その鋭い眼差しは、明らかに惑星へと接近しているフリーザの乗る宇宙船を捉えてる。

 『ど、どういたしましょうか?』

 「兵士たちを出撃させなさい。目障りなハエ一匹、さっさと目の前から排除するのです」

 『ハイ! 了解しました!!』

 通信が切れる。フリーザの命を受けて部下たちは動き始め、宇宙船はさらに惑星へと近付いていく。
 フリーザはスクリーンに映るサイヤ人を見る。その顔つきを、眼差しを、あたかも自分に向けられたかのようなものに感じながら。
 気に喰わない。そう、内心で思った。




 リキューは衛星軌道上に静止しながら、接近してくる宇宙船の姿をようやく肉眼で捉えていた。
 おおよそ今いる付近に接近するであろうことは、感じ取っていた“気”の動きから判じてはいた。予想通りにいき、満足そうにリキューは頷く。

 惑星ベジータの大気圏は、標準的な惑星の基準よりも非常に厚い。10倍の重力の影響により、より強く広く大気を星の表面に押し留めているからだ。
 加えて、着込んでいる戦闘服の補助もあった。戦闘服の素材である超質ラバーには、粒子レベルで簡易的な生命維持機能を持つマイクロチップが封入されている。持って二時間程度しか効力は発揮しないが、最悪砕けたバトルジャケットの一部でも見に付けてさえいれば、宇宙空間でも活動は可能であった。
 宇宙空間で生命活動を維持することが出来ないサイヤ人でありながら、衛星軌道上にリキューが存在できた理由がこれである。

 リキューの視線の先に存在する宇宙船は、瞬く間に距離を詰める。
 対比物の存在しない宇宙では容易く遠近感覚がマヒする。ゆえに突然間近にまで迫っていたかのような、そういう錯覚を抱く。
 五感だけに頼らず、“気”を察知する技能を鍛えたリキューは惑わされず、落ち着いた格好のまま待ち構えていた。

 そして、惑星ベジータのすぐ近くまで近付いてきた宇宙船に、動きが生ずる。
 フリスビー状の形をしている巨大宇宙船。その円周下部のハッチが開かれ、わらわらと大量の兵士たちが現れ出でた。
 まるで栓を抜いた浴槽のように宇宙船から次々と姿を現してくる兵士たちの姿に、リキューは口笛を吹く。それは一種壮観な眺めだった。
 放出された戦闘員たちが散開し、布陣とも言えぬ布陣を取る。たかが一人のサイヤ人を相手にすることに驕りが生まれ、連携を取ることなど微かにも思い浮かばせなかった。

 「ッケ、なんだこりゃ? 戦闘力たったの800だとぉ? 雑魚にもほどがあるぜ」

 「サイヤ人の出来損ないかよ、こいつ」

 けらけらと、スカウターに表示された戦闘力の数値に笑い声が周囲から響く。
 平均的な下級戦士以下の数値である。用心する余地など一片もなかった。
 一人の戦闘員が、背後に控えるフリーザにアピールでもしようかと思ったのか、リキューの元へと向かい加速した。

 「あ、てめっ!?」

 「待ちやがれッ!」

 行動に気付いた他の戦闘員たちもまた、黙って見ていられるかと後を追いかける。
 リキュー一人の存在に対し、散開している全ての戦闘員たちが殺到し始めていた。怒涛の如き流れが発生し、リキューを呑み込もうと押し寄せる。
 その中、最初に加速を行った先頭の一人がリキューの元へと到達しようとし、乗った勢いのまま一撃を叩きつけようと拳を振り上げた。

 「ヒャハッ! フリーザ様に取り立ててもらうためだ、死んじまいなァッ!!」

 「そうかい、それはご苦労だな。無駄な努力をよくやるぜ……」

 「ギャハハハ!! 何言ってやがるゴミ野郎がッ!」

 リキューの挑発的な言動に腹を立てることもなく嘲り笑って、戦闘員は拳を振り抜いた。
 呆気なく決まる筈であったその拳は、がしかし、目標を捉えることはなかった。
 するりと、リキューが動く。
 トンと軽く顔の目の前へと迫っていた拳の横を叩き、それだけで攻撃の軌道を逸らしてしまい、かわしていた。
 そのままはへと、腑に落ちないと言った様子で疑問視を浮かべる戦闘員の懐に、流れる水のように自然な動作で踏み入る。

 そして一拍。

 裂帛の撃音が響き、戦闘員の目玉が飛び出らんがばかりに瞼が見開かれた。
 戦闘員の腹へと、リキューの手首までが埋まるほどめり込んでいる。
 一撃。それだけで勝負は決していた。
 そのまま地獄の苦しみの中意識を飛ばした戦闘員の身体は浮力を失い、重力に引かれて一人寂しく惑星ベジータの地表へと落ちていった。

 ざわめきが走る。予想外の展開に、我も続けと奮っていた戦闘員たちの足が止まった。
 どういうことだと、真っ当な疑問が皆の胸中を貫いていた。

 「何だ? 何がどうなってやがる? いったいどうしたってんだ?」

 「戦闘力には別に変化はねぇ………どうせ油断し過ぎちまってただけだろうよ」

 「間抜けな野郎だぜ」

 普通じゃ有り得ないその光景を、しかし彼らはただの偶然だとあっさり片付けた。
 当然と言えば当然な判断ではあったが、しかし同時に愚かでもあった。
 リキューは挑発的な表情を不敵に浮かべたまま、唇の端を釣り上げる。ちょんちょんと人差し指を伸ばし、敵意を煽っていた。
 戦闘員たちの沸点が容易く超過され、一気に弾けた。

 「うらぁああァアアアアーーーッッ!! 叩きのめしてやれぇえええええーーーーッッッッ!!!!」

 群衆の重なった咆哮が轟きとなって響き、堰を切って流れが再開される。
 リキューが接近してきた数人の戦闘員をまたそれぞれ一撃で沈めるも、今度は止まることなくその姿を呑み込まんと迫る。
 上等だ。リキューは原始的な本能の疼きを感じながら、独白する。
 そして自身もまた進んで、濁流の中へと身を投げ込んでいったのであった。




 かくして、戦闘を開始して数十秒。
 次々と宙に出来た戦闘員たちの雲霞から、ぽろぽろと意識が断ち切られた者たちが地表へと落下していく。
 それらは全員、リキューの手によって仕留められた戦闘員たちであった。
 立て続けに押し寄せる者どもを意にも返さず、リキューは一切触れられることもなく攻撃をいなし、逆に一撃を以って戦闘員たちを仕留めていたのだ。

 流れる様に動き続け、まるであらかじめ打ち合わせた演武かのように次々と無駄なく攻撃をかわしていく。
 目の前から迫るストレートを首を横にずらすだけで避け、そのまま片足を上げたかと思った次の瞬間には丁度それまで足のあった空間を蹴りが薙ぐ。
 勢いよく後方から両足を揃えて放たれてきた蹴りをひょいと上体を傾けてかわし、狙いを外された蹴りがリキューの前にいたストレートを繰り出していた戦闘員の顔面にヒットする。
 真横から繰り出されてきた手刀に対してはほんの少し手を添えてやり、くるりそのまま手刀の勢いを利用して身体全体を回転。
 コマ回しのように攻撃をいなして、手刀を素気無く回避。
 さらにそのまま回転した状態で足を伸ばし、一挙に纏わりついていた戦闘員たちへ各々に一撃叩き込んでやって意識を刈り取る芸当をも披露。

 リキューは敵の位置を完全に把握し、見切っていた。

 背後から不意を突こうと接近した戦闘員に見もせずに裏拳を叩き込むリキューの姿を見ながら、一人の戦闘員が狼狽しながらスカウターを操作する。
 奇怪な熱狂に支配された場の中では、まるで流れ作業のように呆気なく戦闘員たちが倒されまくっている。
 それは戦闘力1000以下の雑魚相手にである。異常極まる光景であった。
 熱狂に乗り損ね、ふと我に帰ってしまった戦闘員は錯乱気味にスカウターを凝視する。

 「な、何でだ!? いったいなんだってこんなことがッ!? スカウターの故障かよ!?」

 表示されている数値は、相変わらず800前後をマークしたまま。
 にもかかわらず当たらない。そして逆に反撃は決まり、しかもその一撃だけで勝負は決している。
 まるでてんで違う実力者同士が戦っているかのように呆気ない有様に、不気味な違和感が戦闘員の背筋を駆け廻った。
 何故だ。何故こうにも、まるで歯が立たない状態に?
 答えのない自問自答が戦闘員の胸中を貫く。が、それに長く煩悶する必要はほどなくなくなった。

 ひゅんと、間隙に滑り込むかのように戦闘員の目の前へ、リキューが現れた。
 驚く暇もなく、眉間辺りを狙う様に軽い掌底打が打ち込まれる。
 そして空気が破裂するような音を最後に聞き届け、件の戦闘員は何一つすることなく走った衝撃に意識を飛ばしその場から退場するのであった。




 一息鋭く吐き出し、何発もの拳を打ち出す。そうして次には弾ける様に纏めて十人以上の人影が吹き飛び、そのまま地表へと落下していった。
 真上から奇襲をかけてきた戦闘員を避けながら交差際に股間を蹴り上げてノックアウトし、リキューは辺りを見回す。
 すでにもう、優に50人以上の戦闘員たちを自分一人で片付けていた。だがしかし、視界に映る敵の数は衰えるところを知らんとばかりに変わってはいない。
 キリがないな。内心でそう嘆息しながら、また一人飛びかかってきた敵をスライドしながらかわして、その後ろ首に手刀を叩き付ける。
 かくりと力を失った人影がまた一人追加され、惑星ベジータへと落ちていく。

 闘争という環境が与えられたことによって、リキューはすこぶる精神が昂ぶっていた。
 普段理性で抑制せんと努めている本能が目覚めの声を上げて、相手に振るう攻撃の動作一つ一つに解放感が付き纏う。
 が、しかしである。それもいい加減に飽きてきた。
 いくら戦いという行動を心底から楽しめる人種とは言え、延々と同じことを繰り返すかのような機械的作業に楽しみを見出せるほど、逸脱しちゃいない。
 圧倒的なまでの物量差の多対一による一方的な殲滅戦というのも愉しくはあるのだが、しかしそのパターンならば過去の“開通”の際に赴いたとある世界で、すで散々経験していたのだ。
 リキューはかつて訪問した、地球外起源種の侵攻によって地球人類の総人口が10億にまで減少していた世界での戦闘を回想しながら、思考する。
 もう充分に前菜は味わった。そろそろメインディッシュに移ってもいいだろう。
 リキューはそう一人結論付け、そして“ほんの少しだけ”、力を解放することにした。

 ぞわりと、波紋のようにリキューを中心に感覚にだけ伝わる“波”が走った。
 ピーというエラー音。そして爆発。
 全ての戦闘員たちのスカウターが、一気に戦闘力の計測が振り切られ、そして即座にオーバーフローを起こしていた。

 「な、ィ?」

 瞬く隙間に捉えた戦闘力の数値に皆が意識を取られながら、そしてそれを認識するだけの暇もなく、もう全ては終わっていた。
 リキューの姿が消失する。
 そして間を置かずして黒い線らしきものが空間に走ったかと思ったと同時、包囲滞空していた戦闘員たちが軒並みぶっ飛んでいた。
 バラバラと落下していく人影を背に、少しばかり離れた位置にリキューが再出現する。パンパンと手を払う様に打って、息一つ乱さずくつろいでいた。
 ちらりと墜落していく兵たちの有様を最後に一瞥し、死ぬことはないと再度確認し意識から外した。
 そう。死ぬことはないのだ。

 何故ならば、リキューは己がこれまで叩きのめしてきた全てのフリーザ軍戦闘員を、一人たりとも殺してはいないのだから。

 それは、類稀なる鍛え抜かれた手加減の技術と、そしてリキューの潔癖症染みた精神性が結び付き具現化した産物であった。
 その奇妙極まる環境に由来して、リキューの精神的な構造は歪なものとなっている。特に倫理観に関しては一部の観念が大きく拡大され、突出していた。
 つまりリキューにとって、“殺人”というアクションは何よりも避けるべき忌憚となっていたのである。
 それゆえにリキューは基本的に、いかなる戦いに臨む時も相手を倒そう、あるいは楽しもうという気持ちは持てど、殺そうという明確な殺意を抱くことはなかったのだ。
 それは年を経た現在でも変わってはいない。
 それこそ例えば、心底から気に喰わない人間であるリン相手だろうが、もしくは人間の屑とも呼べるような者たちが相手であろうとも、リキューは半殺しにすることはあっても殺害にまで至ることはほとんどないのである。

 不殺主義者。

 自分の手を汚すことを厭い逃げる、無意識化の醜い願望の賜物であったのだが、それがリキューの戦闘スタイルであったのだ。
 そして、月日の積み重ねによる研鑚が加えられたそれはより完成度を高め、今この時にも戦闘員たち相手に過不足なく発揮された。
 死亡者ゼロ。遥かな高度から地表へと叩きつけられているようではあったが、その程度ではフリーザ軍所属の戦闘員である。死にはしないということはすでに確認済みであった。
 リキューはだれ一人手にかけることなく、戦いを完全に制していたのだ。

 リキューは心構えにリセットをかけて、自然と構えを取った。
 視線を遠方に静止する宇宙船へと注ぎ込む。熱烈に沸き立つ感情がその身を焦がしていた。
 そこに、存在しているのだ。リキューの知覚は、鮮明にその気配を捉える。
 リキューの精神的な抑制に囚われない、絶対悪と認識された存在。この宇宙に存在する最強の存在であり、そして際立って邪悪なる化身。
 例え、殺したところで文句の存在しない存在。むしろ、殺した方が世のためとなる害悪。

 宇宙の帝王、フリーザ。

 不殺主義者であるリキューがその殺意を遠慮なく開放できる、数少ない存在である一人。“敵”と認識した、最初の一人である。
 散々長い間待ち構えたメインディッシュ。リキューは溢れ出る情動のままに、口から言葉を吐き出していた。

 「さあ出て来いフリーザッ!! 早く俺の前に出て来い………それとも怖いのか? この俺のパワーが!!」

 傲慢不遜なる態度での挑発。フリーザを知る者にとって考えることも出来ない愚行。
 ほんの暫くして、ハッチが開く。果たして、その挑発に応えるように宇宙船の上部ハッチが開放された。
 そしてついに、悠々と、かの存在は姿を現した。

 虫を見るかのような視線。小さな体躯。そして圧倒的な威圧感。
 愛用のマシンに乗ったまま、ふわりと宇宙船の中から浮かび上がる。
 かつての在りし日、おおよそ今から十二年ほど前のその日。この世界にて生まれ落ちて初めて目にした時と、全く変わらぬその姿。
 フリーザ。
 視野に入るその存在の有無に、否応なくリキューは高揚する。

 「やれやれ………ほとほと呆れますね、あなた方サイヤ人の存在には。そんな世迷言を、まさか本気で仰っているおつもりですか」

 首を振りながらフリーザは言葉を述べる。
 しかし覗かれるその視線は底冷えて、自身の心境の程を何よりも雄弁に語っている。
 リキューは視線を真っ向から受け止め、その上で不敵に笑う。
 ふと、フリーザが腕を上げた。その指先には、ビー玉ほどのサイズしかない、極小のエネルギー球が浮かんでいる。
 そのままエネルギー球を浮かべたまま、フリーザは人差し指を伸ばし、天へと向ける。

 「? 何をする気だ?」

 リキューは率直に疑問を洩らしながらも、しかしふと、デジャ・ヴらしき奇妙な感覚を覚えていた。
 どこかで見たことがある様な、そんな光景。
 フリーザが、嗤った。

 同時―――指先に浮かべられていたエネルギー球が、一挙に巨大化した。

 ほんの蛍火程度しか光量のなかったエネルギー球が、まるでさながら太陽の如き莫大なエネルギーと光を放射する。その全長、推定して100mを優に超越する巨大さを誇っていた。
 リキューは驚愕しながら、フリーザの意図を電撃的に理解する。

 (惑星ベジータを消すつもりか!?)

 部下がまだ全員生きていることは把握しているだろうに。リキューはそう思い信じられないとする中、チョンとフリーザは人差し指を折る。
 特大のエネルギー球が、動き出す。
 それはあっという間に加速し、巨大ゆえに鈍足と錯覚させながらも、その実かなりの速度でリキューの元へと向かい飛翔する。
 リキューは舌打ちし、その場に留まったまま動かない。
 背後には惑星ベジータがある。避ければ星が破壊され、自分は宇宙空間の中で死んでしまう。避けるという選択肢はない。
 それに、だ。

 たかがこの程度の攻撃、避けるまでもない代物である。

 リキューは片手を握りしめ、気合を込める。
 目の前にまで迫るエネルギー球の輝きを目にしながら冷静な心境のまま佇み………そして、動いた。

 「ハァッッ!!」

 拳を開き、掌を押し出すように宙へと突き出す。
 刹那。
 数百m以上の巨体を誇っていたエネルギー球は爆砕した。

 「なんだとッ!?」

 嗤っていたフリーザは、あまりにも予想外の展開に表情を崩す。
 そのフリーザの元へ、声が投げかけられる。

 「いきなり星ごと消そうとするとはな………やってくれるじゃないか、フリーザ」

 「貴様………」

 片手一本、気合一つでエネルギー球を破壊せしめたリキューは、変わらぬ様子でその場に座していた。
 フリーザの視線が鋭くなる。リキューへの認識がただの不愉快なる路傍の石から改められた様子が、その雰囲気からありありと伝えられていた。
 ふわりと、腰かけていたマシンから全身が浮かび上がり、宙へと全身を躍り出す。

 「どうやら、ただのサイヤ人ではないようで………その戦闘力、明らかにそこらの存在から抜き出ていますね。ホホホ………正直な話、先程のには驚きましたよ」

 「ふん。その余裕、何時まで保てる?」

 「いいでしょう。不甲斐ないベジータ王の代わりに、私の運動にはあなたが付き合ってもらいましょう」

 ゆらりと、空間が歪む。
 フリーザを中心として、フリーザそれ自体が発信源となって、空間に軋みは生じる。
 それは錯覚だ。徐々に開放されていくフリーザのパワー。その漏れ出す余波によって生じるプレッシャーが、そう見させてるに過ぎない。
 リキューは少しばかり目を見開く。

 (フリーザも、戦闘力のコントロールが出来るのか?)

 フリーザが複数段階の変身によって、その戦闘力を圧倒的に倍化させることは知っていた。
 しかし変身せずとも戦闘力のコントロールが可能だとは、知らなかったのだ。予想外の情報に、場違いな感想をリキューは抱く。
 フリーザが告げる。

 「さて、では行きますよ」

 帝王が動く。
 その目に見えるかと思えるほどの威圧感を放つ禍々しいエネルギーを身に纏ったまま、フリーザはリキュー目掛けて突進する。
 強者としての余裕を顔に張り付けたまま、フリーザは振り上げた己の右拳を叩き込む。
 その速度はまさに規格外であり、音速など果ての彼方に捨て置かれていた。しかしリキューは、常人では絶対に捉える事の出来ないだろうその動きを捉える。
 激突する爆音。リキューは己の開いた片方の掌でフリーザの拳を受け止める。
 静止する二人。だがそれは戦いの応酬まで止まった訳ではない。
 パチリと、空間が帯電する。その火花は収まらずすぐにより激しく数を増やし始め、嵐の如く荒れ狂う。
 フリーザが受け止められた姿勢のままパワーを注ぎ込み、リキューもまた対抗して同等のパワーで押し返している結果、両者の間で衝突し行き場を失ったエネルギーが空間に過負荷を与えていたのだ。
 無言のままに続けられる静かな凌ぎ合い。そのままの体勢を維持したまま、フリーザが口を開く。

 「ホウ! まだ粘りますか! 素晴らしい実力ですよ、サイヤ人にしておくのが勿体ないくらいです。どうです? 私の部下になりませんか? それだけの実力があれば、私直属の配下である特選隊のリーダーにもなれますよ? オホホホホホ!!」

 フリーザが賛辞の言葉を進呈する。それは嘘偽りのない言葉であった。彼は本心からそう思っていた。
 全力を出し切った訳ではないし、“真の力”を披露した訳でもない。しかしそれでも全力の半分程度のパワーは発揮していた。リキューをそれと真っ向から張り合っているのだ。その時点で既に、現在の特選隊のリーダーであるギニューを上回った実力を持っている筈であった。
 もちろん、所詮は気紛れに出した言葉であり、実際にリキューが応じたところで配下に迎えるかどうかは、また改めてフリーザのその時の気分次第ではあろうが。
 リキューは答えない。沈黙したまま力比べを続行し………喋る。

 「この程度か、フリーザ?」

 「………なに?」

 「もしこれが全力だって言うなら、拍子抜けにもほどがあるぜ?」

 みしりと、フリーザの拳を受け止めていた掌が閉じられる。強烈な握撃。その圧迫は想像を絶し、フリーザの拳そのものが耐え切れぬ悲鳴を上げた。
 リキューは握り締めた掌をそのままに動かす。大きく引き込む様に後ろへと引っ張りフリーザの身体を牽引し、そしてそのまま無防備な腹へと折り畳んだ膝を打ち込んだ。
 フリーザの身体が折れ、同時に握り締められていた掌を解放され、遥か遠くまで吹き飛ばされた。

 「ガァッ!?」

 強烈なダメージを被り、一瞬フリーザは何が起こったのか、理解に及ばなかった。
 くるりと回転して自身の運動エネルギーを打ち消して体勢を整え直し、ダメージに苦しむ様子を見せながらリキューへと視線を向ける。
 しかし、もう視線を向けたところにはリキューはいなかった。

 「ここだ」

 「ッ!?」

 背後。声はフリーザのすぐ後ろから響く。
 即座にフリーザは反転し、そのまま悠然と背後に構えていたリキューを視認したと同時に抜き打った。
 受け止めるまでもなく、リキューは手の甲を少し当てるだけでそれを弾く。
 口火を切り、さらなる連撃を加えてゆく。十を超え百を超え、あまりの速さにフリーザの乱打が分身を起こしているかのように残像を残す。
 その速度はそれだけで空気を掻き分け、完全な真空が出来上がるほど。しかしリキューは怯まない。変わらず手の甲で、しかも片手で全てを捌き切る。

 「シィ!」

 舌打ちし、フリーザは瞬時に間合いを取った。
 人差し指を突き出し、その指先をリキューの眉間にと狙い付ける。
 一閃が生じる。フリーザの突き付けられた指先からレーザーの如き収束された気功波が、超速を以ってリキューに肉迫する。
 しかしそれすらも、リキューは頭を傾けるだけで難なく避けた。

 フリーザの表情が驚愕を示す。
 リキューは話にならない。そうと言わんばかりの内心を動作で不足なく表しながら、言った。

 「本気を出せよ、フリーザ。俺は弱い者いじめをする趣味はないんだ」

 「ふ、ふふふ………いいでしょう。そこまで言うのならばお見せしてあげましょう! この私の恐るべきパワーを………この身の程知らずの下等生物がッ!!」

 フリーザが激昂の叫びを上げ、同時にその身に纏う禍々しいオーラがより一層濃く、そして猛々しく唸りを上げた。
 解放される内在されていた全ての“気”の大きさを、対峙するリキューは己の知覚でしかと感じ取る。
 それこそが、戦闘力53万という数値の放つ力の大きさ。宇宙の帝王を名乗る、恐るべきフリーザの実力。
 空間が鳴動する。成層圏の最上層部分に存在する僅かな大気が共鳴し、放電現象が頻発する。

 「さぁ光栄に思いなさい、名もなきサイヤ人のお人。これが私の全力です。ふふふふ、まさかたかがサイヤ人風情にここまで力を披露することになろうとは、思いもよりませんでしたよ」

 リキューは静かに観察する。フリーザの本気。その放たれる威圧感の全てを。
 その表情が実に冷めていた。彼が今現在、その内心で思っていることは単純に一つだけ。

 (この程度か、フリーザ)

 そしてリキューの拳が、嘲笑を浮かべていたフリーザの横っ面を力一杯殴り抜けた。

 一瞬にして両者の間に存在していた間合い、それを詰めフリーザに反応させる間もなく打ち抜いたのだ。
 殴り抜けられた勢いがそのままに、フリーザは吹き飛ばされる。そして数百mほどの距離を駈けたところで立ち直り、静止する。
 その口の端から、紫色の血を一筋流れていた。

 「な、何だと!? 馬鹿な!? この私がこんなッッ!?」

 「フリーザ。ちゃんと理解できていなかったようだから、今度ははっきりと言ってやるよ」

 ッキと、殺意と敵意に満ちた視線が声の源へと送られた。
 発したものはリキュー。自身の満ちた態度のまま、扱き下ろすかのような表情をフリーザに向ける。

 それは、確実にフリーザの誤算であったのだろう。
 たかがサイヤ人風情が、自分を圧倒する。本領を発揮した己を、かくも格下として扱えることなど。よもや戦闘力53万という実力に対し、喰らい付けるどころか凌駕するなど。
 目に見てとれる屈辱がフリーザの表情から、全身の動きから発せられていた。認められ得ぬ事実であったのだ。しかし現実は変わらない。
 リキューは現時点において、完全にフリーザを超越していた。それこそ、片手間扱いでフリーザという存在を消し炭にすることが出来るほどに、だ。

 しかし彼はそうとはしなかった。
 そして代わりに、衝撃的な言葉を発した。


 「変身しろ、フリーザ。俺はそう言ってるんだ」


 場の空気が、凍る。
 フリーザの表情が、雷に打たれたかのように固まった。
 それだけのショックと、そして同時に冷静さを、その言葉はフリーザに与えていた。
 スゥと、フリーザのいきり立っていた雰囲気が収まっていく。
 理性の占める冷徹な視線が甦り、それは冷やかにリキューを見つめる。

 「…………その情報、何処で知りましたか。そうそう知ることなど出来ぬ筈のことですが」

 「さぁな。自分で考えろよ」

 詰問に対しまともに取り合うことなく、リキューは悠然と構える。
 フリーザのパワーについて、その要でもある変身という生態について、リキューはよく知っていた。
 一回の変身毎に倍増されていくという強大な戦闘力。それは元来持ち得ていたリキューの数少ない“ドラゴンボール”の知識でもあり、トリッパーメンバーズに在籍していた間の期間に同じトリッパーから知り得た情報でもある。
 しかしそうでありながら、何故わざわざ己が不利になるであろう事態になるのにもかかわらず、リキューは変身の催促を行うのか。
 自分の首を自分で締める愚行。正気とは思えない決断。

 それは一重に、サイヤ人の持つ本能故のものであった。より強き者との戦いを欲する戦いの本能が、リキューをより困難とさせる戦いへの選択を取らせていたのだ。
 もちろん、理由はそれだけではない。
 サイヤ人とて生存本能がない訳ではない。闇雲に勝算のないレベルの戦いにまで挑んで行くほど、生命として壊れている訳ではない。

 そう。勝算があったのだ。

 勝算があったからこそ、たとえ変身したとしても勝てるだろうという予測があったからこそ、リキューは余裕をもってフリーザの変身を促したのである。
 その勝算。即ち自身の戦闘力への自負と確信を得た理由は、リターン・ポイントでの時雄との会話にあった。
 その中で交わされた会話で得られた情報が、リキューの背を押しこの行動へと踏み入らせたのであった。








 わいわいガヤガヤと、人の出入りが多い食堂らしき場面の風景。
 リターン・ポイント、その食堂区画。少しばかり昼時の時間は過ぎてはいたが、相変わらず人の出入りが欠ける様子は見られることがなかった。
 その中の一角。様々な人種と装束の者たちが多くいる中であって、それでもなお一線を画すような様子の老人がそこにいた。

 その老人の一目見た印象は、“黒くて白い”といったものだった。
 真っ黒な肌。顔をはじめその覗かれる肌の全てが塗り潰されたかのように黒くなっており、その中で紅く輝くように光る瞳は一層に際立っている印象をもたらす。
 頭髪は綺麗さっぱりないスキンヘッドとなっており、その肌の黒さが全身にあるものとより具体的に視覚へ訴えていた。
 典型的なネグロイド系の人種である。しかしそれだけならば、この場でさして目立つという訳ではなかった。
 その老人は、全身を白一色で飾られた紳士服で着飾っていたのだ。
 シャツは元より上下の服から、その蝶ネクタイまで。シューズすら真っ白であり、傍らに置いてあるステッキもまた同様。
 極めつけと言わんばかりに、今まさに手に取って味わっている紅茶、そのカップを掴んでいる手も上質そうな白絹で編まれた手袋で覆われていた。
 一人で白と黒のコントラストを形成していたその老人は、この個性に満ち溢れた群衆の中でも一際飛び抜けた注目を浴びていたのであった。

 「ふむ……?」

 ふと、老人は何かに気が付いたかのようにカップを卓上の小皿へと置き、その紅眼を遠くへとやった。
 そこには今まさに食堂区画に姿を現しこちらへと歩いてきている、一人の青年の姿が見えた。フラフラとした様子ではあるが、足腰はきちんとしっかりした様子ではある。
 純白の腰まで伸びた長髪。170cmを越える身長と、女が羨むほど淡麗な顔。黒いレザー材質で作られた身動きの取り易い服装をしており、胸には翡翠色をしたクロスが揺れている。
 老人は彼の姿を認めると、片手を上げて声を上げた。

 「リン、こちらだ」

 「? ああ、“紳士”の爺さんか」

 リン・アズダート。名を呼ばれ、美貌を持った人間が老人へと振り返った。
 “紳士”と呼んだ老人の招きに応じて、卓へと近付き適当に椅子を引いて、席に付く。
 顎に手をやりながら、“紳士”が問いかけた。

 「どうも、疲れた様子が見て取れるのだが。いったいどうしたのかね?」

 「ッケ」

 リンの端正な顔が、その瞬間荒んだ形へと崩れた。
 露骨に毛嫌いしている様子を隠そうともせず表し、舌打ちのように息を吐き捨てる。
 まともな言語を返さぬリンの代わりに“紳士”へ応えたのは、その胸にかけられたクロス―――リン専用デバイスであるジェダイトであった。

 《Mr.リキューとの模擬戦で撃墜されまして。それで現在この腐れマスターは不機嫌となっているのです》

 「てめぇはどっちの味方だッ!!」

 「なるほど、そういうことだったか」

 己の胸にかかるクロスを引っ掴みながら叫ぶリンに対し、納得したように“紳士”は頷く。
 リンとリキューという二人の関係がすこぶる最悪であるという事柄は、リターン・ポイントではもう大抵の人間が知り得ているところとなっていた。“紳士”は内心でよくも飽きないものだと感心しながら、それが若者かと、見た目通り老けた結論を出す。
 そんな“紳士”の純白の紳士服の胸元には、これまた対照的な黒い色をした小さな物体が付けられていた。それはトリッパーメンバーズという組織特有のアイテムであり、このリターン・ポイントで様々な役割を担う汎用小型携帯端末であるイセカムである。
 黒いイセカムの持ち主。つまりこの老人もまたメンバーズであり、そしてトリッパーの一人であった。

 「あんの単細胞馬鹿が………今度会った時は絶対に痛い目を見せてやる」

 「無理はしない方が良いかと思うがね、私は。確か私の記憶が正しければ、君のリキューに対する勝率はここ一年で二割を切っていなかったかね?」

 「まだ三割だッ!」

 《ただし、四捨五入してのギリギリの数値、ですが》

 「ジェダイト、お前少し黙れ」

 《拒否します。思わず思ったことが口から洩れてしまうのは私の基本仕様です》

 自身のデバイスと不毛な口論をしながら、リンはウェイトレスを呼び注文を済ませる。
 猫耳ウェイトレスが注文を承って下がってゆく中、リンは冷水を飲んで口を開く。

 「それで、爺さん。あんたあの野郎がどこ行ったか知らないか? まあ、別に知らなくてもどうでもいいけど」

 「ふむ………リキューの居場所か。済まんが、分からんな。少なくとも、ここ二・三時間の間でこの辺りでは見なかったが」

 「リキューがどうかしたって?」

 ふと、外野から入ってきた闖入者の存在に、なんだとリンと“紳士”の二人が振り向く。
 そこには一人の眼鏡をかけた少女が、食事の乗ったトレーを持って立っていた。
 普段着らしき極々ありきたりな装束の上に白衣を纏っており、胸ポケットには黒いイセカムがぶら下げられている。少女もまたメンバーズであり、トリッパーであった。
 少女はトレーをリンたちの着く卓の上に置き、また近くから椅子を引っ張って来て座る。

 「私もリキューに用事があるのよ。あの人こっちから声かけないと、うちの部署に全然顔出してこないし」

 「?? 技術部があいつに何の用があるんだ? なんか人体実験でもするのか?」

 むしろやっちまえと、そう言わんばかりの雰囲気でリンが尋ねる。
 少女は何をいまさらといった感じで首を振って否定し、言葉を続けた。

 「違うわよ。そりゃ興味はあるけど、あいにくと生物学や遺伝子工学関係は私の専門じゃないし。それにおおよそ一通りの調査ならもう済んでるわ」

 私が用があるのはもっと別の件だと、少女は述べる。
 何の事だと怪訝そうにリンは顔を傾げる。思い当たる節が思い浮かばなかったからだろう。
 当然と言えば当然であった。リンはリキューを心底毛嫌いしているのだ。いちいちそんな対象のことについて詳細を調べる気など欠片たりともなかった。

 「雲雀嬢、君の用件とは何なのかね? 差し支えがなければ教えて頂きたいのだが。ふむ、どれかデザートの一つでも進呈しよう」

 「遠慮する。というかそれ以上近付かないでちょうだい。別に機密でも何でもないから、用件ぐらい教えるわよ」

 ぴしゃりと“紳士”の言をはね付け、加えて冷たい視線を送りながら警戒のポーズを取る少女―――雲雀。
 その様子に顎に手を当てて少し考え込む仕草をした“紳士”だが、すぐに思い至ったかのように顔を上げて言った。

 「安心したまえ、雲雀嬢。私の欲情対象は最低でも年齢が二十歳以上で、しかも肉体的にもふくよかであるエロティックな魅惑を持った女性だ。加えて言えば私は巨乳派だ。君みたいな幼い上に胸に膨らみの欠片もない少女なぞには、私の全存在を賭けても劣情を抱くことは有り得ないと断言しよう。ただ愛でるだけだから、安心したまえ。まぁ、あと十年ぐらいすれば話はまた変わるかしれんが」

 「一昨日きやがれこの“変態紳士”ッ」

 菩薩の如く邪気のない優しい笑顔を浮かべたままのたまった“紳士”に対し、流れる様に食い終わった空の皿を掴み投げ付ける。プラスチックに近い材質の皿は叩きつけられた衝撃にも負けず、“紳士”の顔面へと食い込み床へと落ちた。
 通称“紳士”と呼ばれる、トリッパーの一人である老紳士スタイルの男性。彼は魔法が公表され世界全体にその存在が知らしめられた、とある世界へとトリップした人間である。
 本名は不明。人当たりも良く、また女性に対しても気配りが利く優しさを見せる、まさに紳士と形容するしかない人物像を持つ人格者。
 そんな彼の本性は、極々普通にエロトークを会話の中に盛り込ませるという離れ業をやってのける紳士の頂点。“変態紳士”という名の称号であり名誉を持つ男であった。

 レディはもっとお淑やかではないといけないと言いながら、“紳士”は皿を拾い卓の上に戻す。
 その姿を警戒心を滾らせた視線で射抜きながら、雲雀は口を開いた。

 「技術部が年中無休で人手不足なことは知っているでしょう? だから助っ人が欲しくて探していたのよ。リキューにしか出来なさそうな内容のこともあったしね」

 「…………は? なんであいつが技術部の助っ人になるんだ? なんかの実験品の試験でもさせる気か?」

 「何言ってるのよ? 助けてもらうのはココのことに決まってるでしょう。もしかして知らなかった?」

 頭をトントンと指で指し示しながら、訝しげに雲雀は尋ねた。
 そして全くもって訳が分からないといった様子のリンと“紳士”の様子を見て、仕方がないと雲雀は説明を始める。

 リキューは、その性格と見た目からは予想もつかないことではあるが、実はかなり頭が良いのだということ。
 その頭の良さは技術部でも第一線で活躍できる程のレベルであり、単純に比較することは出来ないが技術部でもかなり上位に入る部類の技術者であるということ。
 一部の技術解析にもすでに実績を残しており、その功績によるパテント料を受け取っているのだということ。
 これら初耳である情報の数々を、リンと“紳士”の両名は驚きながら聞くこととなった。

 「嘘だろ? あの…………腐れ単純馬鹿が?」

 「ほう………人は見かけにはよらない、ということか。よもやこんな身近に例があろうとは思わなんだな」

 あんぐりと口を開けて呆然とするリンの横で、感心したように腕を組んで“紳士”が呟く。
 ふと、リンの胸元に揺れていたジェダイトがメッセージを発した。

 《戦闘でも負けて、知力にも劣りますか…………マスター、貴方はMr.リキューにありとあらゆる面において負けてますね。まったく、見っともないったらありゃしない》

 「や・か・ま・し・いッッ!!」

 ガンガンガンと、クロスを手に取り卓の角に叩き付けるリン。色々と余裕が失せている様子であった。
 “紳士”はそんなリンの様子を尻目に、雲雀へ尋ねる。

 「リキューの凄さについては分かったのだが、それほどとはな。雲雀嬢、彼は君よりも優れた頭脳を持っているのかね?」

 「たぶん、そうかも。分野違いもあるからそう断言できることじゃないんだけど、やっぱり基本の文明レベルが違い過ぎるしね。それに私はココだと、ただの頭が良い天才だから」

 肩を大仰にすくめながら、雲雀が応える。
 雲雀の言葉に思い当たったところがあるのか、“紳士”は納得したように頷き理解する。

 「そうか。いくらウィスパードとは言えど、ここまでは“ささやき声”は届かんということか」

 「そういうこと。ゼロ・ポイントの特性の一つ、各世界間との完全隔絶。電波や重力は元より、それは思念波などといった非物理法則に則る現象にも及び、遮断される」

 そうして、話に一旦の頃合いが付いたころに、丁度リンの注文していたメニューが卓へと届けられてきた。
 と、急に雲雀が目の色を変えて椅子から飛び出した。飛び付いた対象は料理ではなく、料理を持ってきた猫耳ウェイトレスである。
 ニャニャニャーッ! と悲痛な猫悲鳴が響く中、その垂れ下がる猫シッポから猫耳といったアイテムに雲雀が笑顔一杯の表情でじゃれついていく。
 やっぱりメンバーズの人は鬼門にゃのねー! という叫びが響く。その中“紳士”は全く動じる気配を見せず、極めて紳士的な態度で紅茶を手に取り口に含むのであった。ちなみにすでに冷めていた紅茶は、リンの扱うものとはまた異なる魔法を使って、すでに適温にまで変更済みである。

 木月雲雀。メンバーズにしてトリッパーの一人である少女。ちなみにケモナー。ただしTSではない。
 とある現実に近い世界観の世界にトリップし、そしてギフトにウィスパードという、その世界特有の特殊能力を手に入れた人間である。
 このギフトの存在によりその知性は爆発的な増大を見せ、現在彼女はトリッパーメンバーズの技術部に所属し、その持ち味を生かした生活をしていた。
 なお蛇足だが、彼女のトリップした世界は現在トリッパーメンバーズの有力な資金源の一つとしてカウントされており、組織由来の企業が立ち上げられ、そして世界を股にかける超巨大企業として成長・君臨している状況となっていた。

 閑話休題。

 「それで、結局あいつはどこにいるのか分からずと」

 もぐもぐとチャーハンを頬張りながら、リンが述べる。
 “紳士”も雲雀も揃ってその通りだなと頷き、事態は振り出しに戻る。
 ふと思い付いたかのように、“紳士”がリンへと向け問いかける。

 「リンは知らないのかね? 君とリキューも長い付き合いだろうに」

 「俺が? あいつのことを? ッハ、冗談でしょ? ………まぁ、どうせまたどっか別の世界に行って、喧嘩でも売ってるんじゃねーの?」

 鼻で笑って否定し、適当に予測するリン。しかし適当とは言え、それは十分に有り得そうな内容だった。
 “紳士”の知る限り、リキューはあまり一か所に留まる様な性格をしているものではなかった。というか落ち着きがあるようでない。動いてないように見えて、常に何かしらの目的に向けて動き続けているような人種であったのだ。ある意味では生真面目とも取れる性格である。
 それゆえにしょっちゅう姿を消していたのだ。大抵はそういう場合、どこか別の世界に開通に行っている場合が多い。
 そこでふと、紳士はあることに気が付く。
 よくよく姿を消すと言えば、リンもまた同様であったのだ。何か用件でもあるのか知らないが、リンは大体一ヶ月ほどの周期を置いて定期的にどこかへと出かけて、姿を消すことが多いのである。
 プライベートな事情だろうゆえに干渉する気などなかったが、一体何をしているのやら。“紳士”はその思いを一切面に出すこともなく隠蔽し、呟いた。

 「あれ? そんなに集まってどうしたんだ?」

 そんな卓に着いていた三人へと向けて、ふと声が降りかかった。
 今度は誰だと見れば、ここ数年ですっかり背丈が伸び、リンの身長すらも追い越した元少年の現青年、勝田時雄がそこにいた。
 時雄は珍しいなぁと言いながら、自分もまた椅子を引っ張って来て卓に着く。
 メンバーズエリアでもないのにメンバーズが四人揃うのは、確かに珍しいことであった。特に事前に打ち合っていた訳でもないので、なおさらである。

 「時雄、何やってんだお前?」

 「藤戸さんの付き添い。なんか体調崩したらしくて、医療室のところまで連れて行ってた。ほら、あの人改造人間だし、たぶん色々面倒なんだろうさ」

 (藤戸か………)

 リンと時雄の会話を聞きながら、表情を若干だけ暗くし“紳士”は呟いた。
 哀れな奴だと、藤戸というトリッパーの中でも随一の人格者の男を思い浮かべながら、独白する。
 藤戸という男の状態、境遇。それを知る者は少ない。“紳士”を含めてもクロノーズや一部のメンバーズ、そして医療セクションと技術部の構成員の一部だけだ。技術部の実力者である雲雀とて、藤戸についての詳細な情報は伝えられてはいない筈だ。
 それは藤戸本人の要望ゆえのことである。自身について不必要に喧伝する必要はないという意思が当人にあったがゆえに、それを尊重し情報の規制が行われていたのだ。
 そして“紳士”もまたそれは同様。ゆえに藤戸についてその真相の見当が付いていながら、黙ったままで彼は過ごすのであった。

 「リキュー? ああ、あいつなら会ったけど? それがどうかしたん?」

 「会っていたのかよッ」

 ふと、話に進展があったようだった。
 少しばかりの回想から帰り、“紳士”は会話を拝聴する姿勢を整える。
 注目されている中、時雄はリキューと遭遇した時の状況を思い出しながら語り始めた。

 朝方に食堂へ来たところ、なんでも珍しい戦闘服姿のリキューが食事をしているシーンに出会ったということ。
 そして一緒に食事を始めたところ、急に聞きたいことがあると言われ質問されたということ。
 質問に対して答えたところ、役に立ったらしく礼を言われ、そのまま席を立ち何処かへと出かけて行ったということ。
 時雄が知っているのそこまでであり、後はリキューが何処へ行ったのかまでは分からない、とのことだった。

 「うーん………それじゃあ、そのリキューに質問された内容ってのは何だったのよ?」

 雲雀は結局のところ居所が分からぬという成果に対し、代わりとばかりに質問する。
 時雄はその質問に軽く答えた。

 「ああ、それは……なんだっけ、確か“自分はフリーザに勝てるか?”っていう質問だったよ」

 「そうか………ふむ。こうなると、結局手がかりはないということか」

 時雄の言葉を聞き、“紳士”はそう漏らす。
 リキューはサイヤ人というだけあって、強さに執着のある人間であった。いつも暇を見ては身体を鍛えていた人間である。
 当然その中には、子供染みた“誰それよりも強いか?”などといった興味もあり、そういった内容の質問も珍しくはなかった。
 さて本気で手詰まりか。そう場に沈黙が流れだす。しかしその中で一人、動き出した人間がいた。
 リンである。

 「ちょっと待て、時雄。お前その質問に、結局なんて答えたんだ?」

 ずいとその両目に輝くヘテロクロミアな瞳を向け、リンが追及する。その表情は妙に険しい。
 時雄は少し首を傾げながらも、その追求に応える。

 「いや、勝てるんじゃねって答えたけど?」

 「はぁ!? 何でッッ!?」

 がくんと口を開けて驚き、リンが叫びを上げる。
 少しばかりその反応が過剰だとは思ってはいたが、しかし感想としては“紳士”もまたそれには同じであった。
 いくらリキューがサイヤ人でありその戦闘能力には超越したものがある、とはいえだ。さすがにフリーザ相手に勝てるとは到底思えなかった。
 “紳士”の知っている範囲では、リキューはまだ超サイヤ人にもなることが出来ていなかった筈だからだ。

 「いやいやいや、待て。待たれよ。ちゃんとこれには根拠があるんだって。まあちょっと聞いてくれ」

 手で抑止する様に前に構えて、時雄が言い募る。
 リンが落ち着いて聞きの体勢に入ったことを確認し、時雄は口を開く。

 「とりあえずさ、まずは最終的なフリーザの戦闘力について結論を出そうと思うけど、フリーザの戦闘力は最初の形態で53万だったじゃん? で、確か第二形態で100万以上って言ってた。これはつまり、一回の変身で戦闘力は大体2倍になるってことになる。んで、この形態の戦闘力がMAXで110万か120万ぐらいだと仮定すると、次に変身すればまた戦闘力は倍で、250万前後。そして最後の変身でまた倍。これで戦闘力は最終的に500万前後になるってことに落ち着く訳じゃん?」

 時雄が軽くイセカムに触れると、宙にディスプレイが出現する。
 その表示されたディスプレイの中、時雄の発言した通りに数値が現れていき説明を補助する。

 「そんでもって、確かリキューの戦闘力は本人が言ってた数値で430万ぐらいだとこと。戦闘力が500万と430万の対決になる訳で、まあ多分これぐらいの数値だったらそうそう負けはしないだろうってことになるだろ? んで本人もなにか秘策っぽいのがあるらしかったからさ、多分パワーアップアイテムか何かを持ってるんだと思ってね。それならまぁ、勝てるだろうって判断した訳だ」

 どうよ? と自信満々といった風情に時雄が講釈を終えて尋ねる。
 ふと雲雀の手が上がり、時雄に対して苦言を呈した。

 「その計算の是非はどうでもいいけど、確かフリーザの戦闘力については明言されてなかったっけ? 詳しくは知らないけど」

 「うむ。確かに雲雀嬢の言う通り、フリーザの戦闘力は確かに1億2000万と明言されていた筈だ」

 まあ本編中に明かされた訳ではないのだがね。その言葉はさすがに引っ込めて、“紳士”は黙る。
 さすがに本編などという具体的な言葉を使うのは、この場所ではまずい。
 時雄はやれやれという風に首を動かしながら、チッチッチと言う。

 「10万の桁で争っていたところが、いきなり一桁値が繰り上がって戦いを始めるんですぜ? んなただですらインフレ過剰になっているストーリーが、さらにもう一つどころか二つも桁が上回ってるとか、例え天が認め地が認め人が認めようとも、俺は認めません。ええ認めませんとも。超サイヤ人4と同じレベルで絶対認めません。反論は受け付けません。ただし異論は認める」

 超サイヤ人4はいいじゃない、いやいやないない。雲雀と時雄がそんな会話をしている横で、そういうことかと腕を組む。
 確かにその頃の展開からにおいて、ドラゴンボールは過激な戦闘力のインフレが起きていた。作中の展開も顕著ではあるが、この公式設定された戦闘力1億2000万という数値など最たるものだろう。完全に世界が切り替わっている。
 現実化という現象が存在している以上、これらの数値に対しても幾らかの現実化が働いた結果による変化が生じている可能性は、否定できなかった。
 そんな風に顎に手をやって“紳士”が考えているところ、隣の椅子がガタリと音を立てて倒された。
 何だと目を向けたところ、リンが素早い動作で席を立ち動き出していた。もう“紳士”が視界に捉えた時には、リンの後ろ姿しか見えていない。

 「リン、どうかしたのかね!?」

 慌てて声をかけるも、リンが応えることはなく、その姿はあっという間に食堂区画から消え去っていったのだった。
 後にはぽかんとした表情で見送る三人のメンバーズの姿だけが、そこに残されていたのであった。




 その端麗な容姿を歪ませ舌打ちしながら、リンは通路を走っていた。
 胸元のジェダイトが、主に向けてメッセージを発する。

 《マスター、いきなりどうしたというのです? そんな取り急ぐ必要がある用件が出来ましたか?》

 「あんの大馬鹿野郎を止めに行くんだよッッ!!」

 《マスターはMr.リキューの居場所が分かったので?》

 そうだと荒々しく答えながら、リンは走る速度を緩めず疾走する。
 目的地はトリップ・システム使用設備室。トリップ対象世界は“ドラゴンボール”の世界である。
 リンは時雄との会話の中で、リキューのやろうとしていることを十中八九、現実にはほぼ完璧に推察したのだ。
 リキューが時雄に、自分はフリーザに勝てるのかという質問をしたという時点で、嫌な予感はしていた。
 確信したのは、時雄がその返事に勝てると返した。そう言った瞬間である。

 リキューと遭遇した日から経過した年数を改めて数え直し、またリキューから最後に聞いていた“ドラゴンボール”世界での状況とそれを比較してみた結果、おおよそ今のこの時点がフリーザが惑星ベジータへと来襲する時期である。リンはそのことに気が付いたのである。
 もちろん、それだけでは正確ではない。しかし“おおよそそうだと予測される時期”に、“当のフリーザに関係ある内容を質問”し、“姿を消したリキュー”という三つの条件の重なり。
 偶然と片付けるには、あまりにも怪しすぎる。

 通常、現実化は辻褄を合わせるために働く。経験則的な直感で、リンはそのことを悟っていた。
 それはアイテムの効果が変わっていたり、貴重性が増していたりなどである。
 それを考えれば現実化の効果により、時雄の言う通りに戦闘力の値が変化している可能性は否めなかった。
 しかし、その現実化の条件。基軸となる部分、あるいは優先順位とも言うべきものの存在について、リンは知っていた。否、気が付いたのだ。
 それは第一に、ストーリーの存在。第二に、設定の存在であった。
 現実化はこの二つの優先順位の順番に沿って働くのである。

 例えとして、あるゲームを例として出す。
 このゲームのストーリーで、主要キャラクターがイベントによって死んだとする。そしてこの主要キャラクターの死がカギとなってストーリー全体の流れを司り、決着まで持っていくのだ。
 そこで、もしこのゲームの中に問答無用でキャラクターを蘇生させる効果を持つアイテムが、普通に店で買えるとしたらどうなるであろうか?
 当然、ストーリーは成り立たない。蘇生させることが出来るアイテムを持っているのならば、主要キャラクターが死んだままでいる必要などないからだ。整合性がない。
 ゆえにここに辻褄を合わせるために、現実化は働く。ストーリーの成立。それが現実化が働く上での第一優先順位であり、そして最優先事項なのである。

 その次。第二優先順位、設定の存在。
 仮に、とある技なり魔法なりがあったとする。この力は発動したが最後、全ての生命を奪うとしよう。しかし結局劇中の活躍により発動されることはなく終局したとする。
 だがこの力が伊達や張ったりではなく、発動したら確実に前記の通りの効果を発揮すると設定・明言されていたとしたら、この力は現実化によってそれだけの力が発揮できる背景を整えられるのである。
 例えその物語の中であらゆる攻撃を防ぐ能力があるとされていても、それすら無視できると趣旨があればそうと出来る理由がある。そういうものとして背景が整えられ、設定通りの効果が発揮できるよう辻褄合わせが行われるのだ。もちろんこの現実化の優先順位はストーリーの方が上回るために、ストーリーが破綻するような辻褄合わせは発生しない。
 いわばこの現象は、“現実”という神の視点にいるがゆえに見ることの出来ない部分を用意する、という現象なのだ。
 現実では有り得ないものが存在する以上、それを成り立たせるに至る歴史、政治、感情などといった特殊な背景があって然るべきである。そういう働きであった。

 以上が、細かい現実化の働く理由である。
 リンはこれほど詳細に現実化を理解していた訳ではないが、朧気にそういうものだという認識程度は抱いていた。
 ゆえにこそ、焦っていたのである。
 何故ならば上記の理由を見てみれば、良くも悪くもフリーザの戦闘力に対して、現実化の働く余地がないのだ。

 第一の優先順位は部類としては、積極的なルールの修正に入る。
 ストーリーという大木のために、邪魔となる枝葉を切り捨てているのである。戦闘力が修正されるというのならば、こちらの条件に引っかかった場合だろうと思われた。
 しかし別にこの項目において、フリーザの戦闘力は別に修正を必要とするものではなかった。弱体化させる必要性など、見当たらないからだ。

 第二の優先順位の部類は、第一とは逆にルールの肯定である。
 設定として存在している力、あるいは舞台などを成り立たせるため、それらの環境を整えるために発揮される辻褄合わせだ。
 こちらの理由で戦闘力が修正される可能性は、第一の優先順位以上に低かった。

 これらの理由により、結論として現実化によって戦闘力の数値が修正される可能性は極めて低かったのである。

 そして現実化による辻褄合わせがない場合、設定は明言されている内容を重視することになる。

 くそと、口に出してリンは毒づく。
 リンはリキューが大っ嫌いである。心の奥底から気に喰わず、相対するだけ無性に腹が立ってくる始末だ。それはリキューから見ても同じであろう。
 だが、しかし。リンは思う。

 だからと言って、死んでしまえとは思ってはいない。

 それこそ常日頃から痛い目を見ろと思い、念じ、吐き捨てている関係だ。相手が不幸な目に遇えば、全力で扱き下しながら笑うだろう自信もある。
 そうでありながらも、しかし。決して死ねとは言わぬ。死んでしまえとは言わない。
 敵意を抱き、時には憎み合うような間柄であっても、殺意を抱くことは絶対にないのだ。リンの意識にリキューが死に果てて喜ぶ己の姿などないのである。
 ゆえにこそ駆ける。走り、疾走する。
 リンはリキューを死なさせないがために、急ぎ息を切らしていた。

 「早まるなよ、あんの腐れ馬鹿猿がっ!!」








 (勝てる。フリーザを相手に、この俺がッ!)

 腕組みし余裕を見せつけ、リキューはフリーザを見下ろす。
 それが時雄との会話にて手に入れた自信であり、確信であった。例えフリーザを変身させたとしても勝つことが出来る。その傲慢なまでの自信。
 ゆえがこそ、ここまで不遜な態度を取って変身を促せるのだ。
 多少の戦闘力差があろうとも、それを克服するための手段とてある。リキューの自惚れは収まるところを知らなかった。

 「っち、ザーボンさん辺りが口でも滑らせましたか………しかし知っているとなれば、ことさら隠す必要もございませんか」

 メキリと、音が発する。
 フリーザの着込んでいる戦闘服、バトルジャケットに罅が生じていた。音は罅が入るもの。
 その罅は尚も増え続け、バトルジャケット全体を覆ってゆく。

 「分かりました。大サービスですよ、サイヤ人。あなたのその無謀な挑戦へのご褒美です。見せてあげましょう、真の恐怖というものを!!」

 バトルジャケットが、粉々に弾け飛んだ。内側から加えられた圧力に、超質ラバーが耐え切れず破砕したのだ。
 戦闘服が取り除かれ、本体をそのままさらけ出すフリーザ。
 当然、それは変化の終わりではない。そんなものがフリーザの“変身”などではない。変化はこれより始まる。

 ぼぐっと、いきなり眼前でフリーザが爆裂した。リキューはその一瞬を、思わずそう誤認する。
 現実には爆裂などしていない。ただ、爆発的にその胸部が膨張しただけである。しかしその視覚的インパクトは、想像を絶する。
 奇形の如く変貌したフリーザの異変は、まだまだ止まらない。続いて今度は下半身が一挙に膨張、巨大化を果たし、とりあえずのバランスだけが取られた。
 そしてその両腕、両足と、身体の各部位が順々に膨張を行ってゆき、最後に頚骨、首周りが太く大きくなったことで、“変身”は終わった。
 フリーザが荒く息をつく。質量保存の法則を無視する巨大な変身には、さすがに疲れを覚えずにはいられぬのだろう。
 しかし、それもほんの数瞬のこと。しばしの間を置いて面を上げた頃には、もうフリーザの呼吸は正常に戻り、疲労などという要素は一片も見える隙はなかった。
 むしろ垣間見えるのは、活力。巨大化した身長は2mを楽に越え3mにも達するものであり、その身体つきは体格に相応し、極めて筋肉質な外観で覆われている。
 変身前の体格とは完全に逆転する、屈強且つ精強な、そんな印象を見る者に与えた。

 「待たせたな、猿野郎。悪いがこの姿になったオレは、もう前ほど優しくはないからな。覚悟しろよ?」

 「ほう、そうかい」

 長大な尾が、蛇のようにくねり動く。その口調も所作も、フリーザの全てががらりと一変されていた。
 それは放たれる“気”にしても同様であった。変身前の倍近くにまでその大きさは増し、しかもより深く探ってみれば、未だ発揮されていないだろう潜在パワーの存在すら感じ取れた。
 圧倒的な戦闘力の倍増。リキューは身に付けた知覚にて、十二分にそれを感じ取っていた。
 がしかし、そうであっても、リキューは特別怯む様子を見せなかった。変わらぬ様子のまま、構えらしい構えも取らずに対面している。
 ぽきぽきと噛み締める様に指の骨を鳴らしながら拳を作り、戦意も露わに呟く。

 「楽しみだよ、フリーザ」

 「くっくっくっく………つくづく癇に障る野郎どもだな、貴様らサイヤ人はッ」

 漏れ出る殺気が具体となって現れ、緊迫感が急速に高まる。
 一触触発。ほんの数秒の後には激突を開始するであろう、嵐の前の静けさ。
 そして今まさに激突せんとした………まさにその時のこと、リキューは何かに突然気付き、目を合わせていたフリーザから視線を逸らした。

 「? 何だ?」

 フリーザがその場違いな動作に、隙を突くこともなく疑問の声を上げた。しかしリキューはそれを無視し、視線を遠方、背後であり下方である惑星ベジータ、その地表へと向ける。
 リキューは感じ取っていたのだ。
 今この場、空と宇宙の境目が最も曖昧なこの高度までに、地上から一直線に接近してきているある巨大な“気”の存在を。
 今気が付いたその“気”は、これまで気が付かなかったのが不思議なほど大きかった。それは目の前に対峙している巨躯となったフリーザ、それに匹敵しかねないほどである。
 やがて、徐々に接近してくる者の姿がリキューの肉眼の中にも捉えられてくる。
 その豆粒ほどの大きさの姿を見て、そして感じ取った“気”の質を捉え、リキューは思わず声を漏らした。

 「これは、バーダック?」

 そしてあっという間に、風を切り捨ててリキューとフリーザの両者が見守る間に、それは身を割り込ませた。
 ツンツンと特徴的な形をした、黒い髪。バトルジャケットに身を包んだ隆々とした肉体。頬に走る傷痕。額に巻かれた深紅のバンダナ。
 バーダック。リキューの記憶に残る姿のままをしたその戦士が、そこに居た。








 時は少し遡る。
 リキューが荒野へと身を置き、そして宇宙より接近してくるフリーザの存在を感じ取るその少し前のこと。
 一つの宇宙ポッドが、フリーザの乗る巨大宇宙船よりも一足早く惑星ベジータへと降り立っていた。
 ポッドに乗っている者の正体は、サイヤ人の下級戦士。その名をバーダック。
 フリーザの野望を、迫りくる己が種族の危機を知った彼は、一路惑星ベジータへとその足を急がせていた。

 惑星ベジータの大気圏を突破し、ポッドが熱を帯びたまま地へと降る。
 規定されたシークェンスに則りポッドは減速され、専用の着陸マットへと大きな音と共に機体を沈める。
 余熱が急速冷却され、圧縮空気が放出。ハッチが開放される。
 そして間を置くこともなく慌ただしい様子で、バーダックは外へと這い出た。

 「おいおい、どうしたんだよバーダック? そんなに慌てて、トーマたちはどうしたんだ?」

 「お前、まだ惑星ミートへ出掛けてからそんなに時間も経ってないじゃないのか? 忘れ物でもしたのか?」

 今日はやけに珍しいことが多いなと、口に漏らしながら怪訝そうに常駐の警備兵たちが話しかけてくる。
 しかしバーダックはそれを無視した。
 横柄極まる態度のまま、一人の警備兵の襟首を掴み口荒く問いただす。

 「おい! 他の奴ら………出ていないサイヤ人たちは今どこにいる!?」

 「へッ!? い、いや。さぁ? どこにいるって、それは、今の時間帯ならたぶん、飯でも食ってるんじゃ………ない、か?」

 「飯か、よし!」

 目を白黒させながら答える警備兵の言葉を聞き、バーダックは掴んでいた手を解放する。
 そのまま警備兵たちには見向きもせずに、とっと走りだそうとする。
 声をかける暇もない慌ただしい動作に、その前にと片方の警備兵が待ったをかけた。

 「ちょ、ちょっと待てバーダック! せっかく丁度いいタイミングで帰って来たんだ、息子の顔を見てやったらどうなんだ? お前の息子の乗っているポッドにちょっとしたトラブルが見つかってな、まだ発射されないでこの星にいるんだよ」

 「知るか! しみったれた下級戦士のガキなんぞに用はねぇ!」

 自らの血を引く実子のことにもかかわらず、バーダックは見向きもせず切り捨てる。
 彼にしてみれば、それは当り前な反応だった。何の見どころもない最下級戦士のガキである。どこに構う必要がある?
 そんなバーダックの素気無い、興味の欠片も抱かれぬ発言にもめげず、警備兵は言葉を続けた。

 「いや、そう言うなよ? 発射されちまったら、息子は辺境の地球って星まで送られちまうんだぜ? 十年以上は顔を合わせることができなくなるんだぞ?」

 「………なに?」

 ふと、バーダックの足が止まる。
 どこか引っかかったような表情をしたまま、身体を振り返らせ警備兵へと向き直る。
 脳裏を刺激する単語。それが会話の中に不意に混じっていた。バーダックはそのことに気付き、改めて問いかける。

 「お前、今さっき、“地球”って言ったか?」

 「あ、ああ? そうだぜ? 地球だよ。太陽系の第三惑星にある、青い星。お前の息子が送られる星はそこだって」

 どこに喰いつきどころがあったのか分からなそうにしながらも、警備兵は答えた。
 そしてその答えを聞き、バーダックは内心で愕然としていた。表にもその動揺の幾許が隠せず、露呈する。

 (地球、だとッ!?)

 ぐらりとした感覚が、バーダックの身体を走っていた。きっかけが与えられ、芋づる式に記憶が再生されてゆく。
 まるで白昼夢のように時折覗く、不可解な光景。見知らぬ者が見知らぬ者と出会い、話し、あるいは激闘を行っているその場面。バーダックがくだらない夢や錯覚と決めつけていた群像。
 その中でバーダックは、確かに地球、という言葉を聞いていたのだ。
 無論、バーダック自身の記憶にそんな惑星のことなど存在してはいない。

 堰を切られた氾濫する川の水のように、激流となって記憶が、場面が、風景が。バーダックの脳を駆け廻る。
 見知らぬ星での話。地球と呼ばれる、惑星ベジータとは大きく環境を違えるその星で繰り広げられる、壮大なある人間の軌跡。
 子供から大人へ、年月を経て成長していくその人間。バーダックの脳裏に、青い星へと突入していく一つのポッドの姿がフラッシュバックした。それもまた知る筈のない光景。
 時を越え空間を越え、その軌跡が映し出される人物。
 ある場面において、その者の名はカカロットと呼ばれていた。

 (ッ―――夢じゃ、ない!?)

 電撃的な閃きが駆け抜けた。
 その瞬間、あらゆる理屈を越えてバーダックは真実を悟るに至った。

 (あれは、あの幻は本当に、これから先のッ、未来の姿ッッ!?)

 幻聴がバーダックの耳に木霊する。
 それはあの、バーダックに未来を見通す力を授けた者。カナッサ星人の最後の生き残り、その彼の声であった。
 憎きサイヤ人たちの滅びを予期し、嘲笑を以ってそれを祝福した彼の今際の台詞が、バーダックの心に反響していた。

 ―――その未来の姿を見て、精々苦しむがいい。ふふふ………はーはははははははッッ!!

 歯が噛み締められる。沸き上がる憤りに任せて拳を作り、バーダックは己が心に反響する言葉へ黙れと叫び付けた。
 そしてもはや一片の視線すら投げかけることもせず、身を翻し走り抜ける。
 背後に警備兵たちの声がかかるも、完全に無視し反応せず。
 そのままとっとと建物の中へと駆け込み、幻覚の見せる場面を未来の姿である自身で確信しながらも、食堂目指し疾走し続けた。

 瞬く間に目的地までの過程にある通路が、流れる様に消化されていく。
 室内でありながら風切る速さで移動を続け、そしてバーダックは二分と経たぬ内に食堂の扉前に辿り着いた。
 空ける時間も惜しいとばかりに、バーダックは半ば蹴破る様に勢いをそのまま、食堂の中へと突っ込む。弾け飛ぶように扉が開け放たれ、留め金が限界ギリギリの負荷に悲鳴を上げる。
 中には警備兵の予想の通り、惑星ベジータに在留している大半のサイヤ人たちが席を並べていた。数はおおよそ200人程。皆が皆、酒精の混じった飲み物を好きに振る舞い、卓に山ほど積まれた食物類を食い散らすなど、その有様はさながら宴会の様でもあった。陽気に包まれ、活気に満ちた喧騒に溢れている。
 その彼らの視線が、バーダックに集まっていた。騒々しく現れた珍客の姿に、なんだなんだと目を丸くしている。

 「なんだよ、バーダックじゃねぇか? いったいどうした?」

 「お前、星の地上げに行ってたんじゃないのか?」

 「トーマたちはどうした? 別行動かよ?」

 「んな慌てなくても、食いもんならたっぷりあるぜ! だははははは!!!」

 胡乱気な言葉に、見当違いな当てずっぽう。様々な言葉が投げかけられる。
 バーダックはその厳つい視線を緩めることなく見詰めたままだった。
 少しだけ息を吸い込み………そして叫んだ。


 「てめら全員、聞けッッ!!」


 ビリビリと空気が震え、裂帛の衝撃が食堂全体に伝導された。
 馬鹿騒ぎしていた場が一気に静まり返る。遠くで気付かず騒いでいた者は驚いたかのようにバーダックへと視線をやり、近くにいたものは突然のあまりの声量に耳を抑えていた。
 注目が不足なく己に集まっていることを理解し、バーダックは伝えなければならぬことを口から紡ぎ出す。
 仲間から、トーマから託された願いを。

 「お前ら、俺と一緒に来い! フリーザを倒すんだ!!」

 「な、何言ってるんだお前?」

 ざわりと、その言葉に食堂の中が揺るいだ。
 バーダックの言葉に、波の様な動揺が広がる。
 それに頓着せず、なおもバーダックは言葉を続ける。そうしなければならないという、使命感染みた炎が身を突き動かしていた。

 「俺を信じろ………トーマも、他の奴らもッ! みんな殺られちまった。フリーザの野郎が俺たちを、この惑星ベジータを! 消そうとしているんだッッ!!」

 心の内に溜まった全ての思いを口から吐き出し尽くし、バーダックはその場に立ちつくした。
 言うべきことは全て伝えた。ありったけの情熱ともいえる熱を込めて、無念すらも込めて叫んだのだ。
 しからば、後はただ、結束し纏まったサイヤ人たちの皆の力を出し尽くし、憎き宇宙の帝王フリーザを倒すだけであった。バーダックは何一つ疑う余地なく、それだけを考えていた。

 ―――しかしそれすらもただの甘い夢でしかないことを、バーダックは突き付けられる。

 哄笑が響いた。
 一斉に笑い声が食堂の中を駆け廻り、一人残さずさぞおかしそうに大笑いしていた。
 男も女も、一人の例外なく。
 バーダックの呆然とした表情を前に、一人のサイヤ人が口を開く。

 「ギャハッ、ギャハハハハハッッ!! こ、この星が消えてなくなるだとよ? 聞いたかおい、ギャハハハ!!」

 「ははははッ!! 大丈夫かよ、お前?」

 「しっかりしろよ、バーダック」

 「フリーザ様がそんなこと、する筈がなかろうが! ブァハハハハッッ!!!」

 愕然とした表情のまま、バーダックは目の前の光景を理解することが出来なかった。
 こいつらは何を言っている? 何を笑っているのか?
 信じられない光景を前にし自失し、バーダックの思考は停止していた。理解不能な事態であった。

 それもまた、仕方のないことであった。
 サイヤ人はフリーザに今の今まで、従順に従ってきていたのだ。その忠実なる手足として。
 多くの功績を上げ、そしてそれに対する報酬も得ていた。何一つ不自由なく、そして何一つ支障もない関係が構築されていたのだ。一体どこにその関係を壊す理由がある? どこにその安定を崩す意図がある?
 加えて、その発言者がバーダックだ。
 バーダックはその戦闘スタイル―――スカウターで自らよりも強い反応を探り当て、積極的に立ち向かっていくという姿勢から、仲間内からも常々まともではないと称されていた。
 一種のキチガイ扱いだ。そこに来てこの常識離れした発言である。
 本格的に狂ったかと、そんな扱いをされても仕方がなかった。
 バーダックには決定的に、己の発言を信じさせるだけの信用が足りていなかったのだ。

 しかし、現実はそんな事情を鑑みてはくれない。
 例えバーダックの発言に信用が足りず、サイヤ人の一人として信じてはくれなくても、その内容に嘘偽りは一片も混ざってはいないのだ。
 フリーザは、来る。サイヤ人たちを滅ぼしに。惑星ベジータを破壊しに。
 だがしかし。バーダックの目の前には、ともに戦うであろう仲間は一人もいなかった。バーダックを信じ共に戦ってくれただろう仲間たちは、もうすでに死んでしまった。
 そして友の言葉に従い集めようとした同族たちには、誰一人とてバーダックを信じるものはいなかった。

 「馬鹿………どもが…………ッ」

 バーダックの意識が、再び動き出す。
 未だ響く哄笑の音に、わなわなと全身を震わせながら、歯を食いしばった。
 そして身体の内側を焦がす熱烈な感情の迸りが、そのまま口から飛び出した。

 「くそったれェーーーーーーーッッッッ!!」

 食堂全体を叩くショックに、哄笑が収まった。
 烈火に燃える瞳でサイヤ人たちを見渡しながら、バーダックは吐き捨てる様に宣言する。

 「もう、頼まんッッ!! てめえら全員、地獄へ落ちろッ!!」

 そうだけ言って、バーダックは踵を翻し食堂を後にした。
 思わず一人のサイヤ人が、反射的に声をかけて呼び止めようとしたが、別のサイヤ人が止めとけと静止する。

 「ほっとけよ、あいつイカれてるぜ」

 それが、残されたサイヤ人たちが抱いた感想であった。
 バーダックの言葉が残した結果は、それだけだった。




 激しい憤りに蝕まれながら、バーダックは尖塔の階段を駆け上っていた。
 より手っ取り早く戦場へと向かうために、いち早く外へと向かい走っていた。
 その内心は荒れ狂っている。
 フリーザへの怒り。サイヤ人たちへの怒り。己への怒り。
 もはや何に対して自分が怒りを抱いているのかすら分からぬほどの怒りを抱きながら、ただ走っていた。
 それは一つの想いゆえ。このままで済ましてなるものかという、意地。サイヤ人としての誇り、その輝きのためである。
 くそったれ。その言葉を内心で独白し、バーダックはひた走る。

 光が視界に差し入る。出口だ。
 残った階段を一挙に駆け上がり、バーダックは飛びこむ様に出口から外へと飛び出す。
 そしてふと、辺りを見回し、バーダックは異変に気が付く。そこは尖塔の上ではなかった。
 バーダックは何故か、いつの間にか惑星ベジータの都市部から離れた荒野の場所に立っていた。

 (―――なんだッ、一体!?)

 思考が空回る。唐突な変事に付いていけない。
 ふと、バーダックは気が付いた。上に何かがいる。ッバと弾ける様に、バーダックは上空へ顔を向けた。
 そこにそれは、居た。

 のっぺりとした肌。白く彩られ、肩などの一部に結晶の様な彩色のこぶが人体の一部として存在している。
 体格も全体的に小柄であり、バーダックは一目見てそれから、ガキのような印象を得た。
 それが叫ぶ。

 「サイヤ人は皆殺しだッ!! 一人として生かすものかッッ!!」

 バーダックはそれの言葉を聞いて、その対象は自分だと思った。しかしすぐに勘違いだと気付く。
 それの視線はバーダックからずれていた。まるで気が付いていないかのように、別の方向へと目は向けられている。
 そしてまた気が付く。何時の間にか、バーダックのすぐ正面。その目の前に背を向けて立っている、一人の人間の姿があることに。

 それは男であった。バーダックと同じ背丈をした、奇妙な見慣れぬ赤い装束を着た男。その装束には見知らぬ言語らしき文字が一字、その背中に縫い編まれている。
 筋骨隆々とした体格。とげとげとした特徴的な黒髪。
 誰なのか。そのことをバーダックは知る筈がなかった。だがしかし、なぜか不思議と、バーダックはその人間の正体が分かった気がした。
 それは何故か。どうしてなのか。いつか見た奇妙な夢か、あるいは幻だからではなかったからか?
 バーダックは思わず、手を伸ばした。その背中に向け、その人間に向けて。もどかしそうに、じれったくなるような動きで。

 「カ―――カ、ロッ――――――?」

 声にもならぬ声が漏れる。何故かバーダックは、碌に身動きも取れぬ状態になっていた。
 果たして、その声を聞き届けたのか。男が振り返ろうとする。
 スローモーションのようにも見える、遅延した視界の光景。ゆっくりと、じれったく男の顔が――――

 そこで、バーダックの視界が一変した。

 「な、なんだ!? これはッ――――!?」

 地が、裂けた。
 惑星ベジータの地殻が崩壊し、滅びの激震が星全体を襲っている。
 爆発する。至る所から過剰エネルギーが地を割って表へと噴火の如く噴出し、崩壊へのカウントダウンを加速度的に加速させていた。
 バーダックの足元の地面もまた、爆裂した。星を滅ぼす莫大なエネルギーがバーダックの全身を包みこみ、一個の人間というちっぽけな存在を無に帰していく。

 「アアアアアァァーーーーーーーーッッッッ!!!!!」

 己の存在が無に帰す中、絶叫し続けることだけしか出来ぬ無力な中、バーダックはそれを見た。
 惑星ベジータに、宇宙に浮かぶ一つの星の表面に、亀裂が走っていく様を。
 裂け、割れ、砕け、そして最後には花火の如く盛大な光となって欠片一つ残さず消えていく、己の母星のその終局を。
 同じく無へと帰っていく己が視界の中、見届けていた。
 そしてバーダックは、原子一つ残さず消滅した。




 「っか!? ハァッ! ハァッ! ハァッ! …………こ、ここは?」

 バーダックは全身から脂汗を流しながら、辺りを見回した。
 そこには何も起こってなどいなかった。バーダックの身は駆け上った尖塔の屋上テラスにあり、荒野になぞに身を置いていなかった。
 もちろん、惑星ベジータが破壊された様子もなかった。大地は今までと同じようにあり、星を滅ぼし尽くすほどの過剰なエネルギーが地を裂いて空を飾ることもない。
 ただの白昼夢。
 しかしそうだと素直に思う程、もうバーダックは余裕を持っていなければ呆けてもいなかった。

 「あれもまた、現実………未来だっていうのか?」

 つまりは、惑星ベジータの崩壊。
 自分の戦おうという、その意思。それは結局、無駄だと?
 バーダックの脳裏に、カナッサ星人の嘲笑が響く。奴の言っていた意味が、実感を伴ってバーダックに襲いかかっていた。
 カナッサ星人の幻影が、バーダックの心を折ろうと迫る。

 「ふざけるな………ふざけるなよ、くそったれェーーーッッ!!」

 叫ぶ。叫び迫る幻影を追い払い、バーダックは気合いを入れ直す。
 ふざけるなと、ただそれだけを念じる。未来が何だ。定められた滅びが何だと、心の奥底から吐き捨てる。
 そんなものを認めてたまるか。断じて認めてなるものか。苛烈なる意志の閃光が、バーダックを駆り立てる。

 (未来は…………)

 遥か上空。バーダックは視線を天空のその先、宇宙の方向へと差し向ける。
 大気と宇宙の境。衛星軌道上のそこに、フリーザの乗る巨大宇宙船の姿が見えていた。
 そっとスカウターを外し、そのままぐしゃりと握り潰す。もうここに至り、スカウターは何の意味もなさない。ただのガラクタだ。
 テラスの淵にある柵を両手で掴み、身体全体を沈める。そして数瞬のラグを置き、貯めた力を解放し空へとバーダックは飛び立っていった。

 (未来は、この俺が変えてみせるッ!!)

 空を駆ける。
 惑星ベジータの地表から飛び立ち、その大空のさらに先、大気圏の最上層、宇宙と空の分け目の領域へと上昇する。
 目的地には巨大な宇宙船と、見覚えのある人間の後姿。
 その人間が振り返る。

 「これは、バーダック?」

 そして、ドンと急制動をかけて、バーダックは静止した。
 見知らぬ……という訳ではない人間と、完全に見覚えのない化け物との間に。
 バーダックは予想外の人間の姿を認め、確認するように呟いた。

 「お前は、リキューか? あのガキが、よくもまあでかくなったもんだぜ」

 バーダックが最後に見たリキューは、身長は160cm程度のチビな部類に入る人間だった。しかし今のリキューのリキューの身長は170cmを越えており、バーダックと同じぐらいの高さまで成長していたのだ。
 男子三日会わなければ、とも言う。四年もの月日が間に挟まっていたのだから、ある意味当然なことであった。
 しかし、今のバーダックには悠長にリキューなどと友好を改めている暇などない。もはや仲間にも頼らず、己一人で戦い抜くことを決意したバーダックはリキューを無視し、もう一人の異形へ向けて視線を移す。
 敵意を隠すことなく示したまま、バーダックは誰何する。

 「誰だ、貴様は」

 「やれやれ、また一人命知らずな猿がやってきたか」

 バーダックの問いに答えず、大柄な化け物は虫けらを見る視線で見下ろす。
 その仕草。そして声。なによりもどことなく残る全身の印象から、バーダックは電撃的に悟った。

 「貴様、まさかフリーザなのかッ!?」

 「その通りだ、サイヤ人。それで、正解したところで貴様はこのオレに対し、何をするつもりなんだ? そっちの猿と同じように、まさかこのオレに刃向かう気だとでも?」

 「だとしたらどうする?」

 「……………っち、猿が。いつまでも優しくしてやれると思うなよ」

 化け物―――フリーザが、無表情となり空気が変わる。
 バーダックの飛び入りによって中断されていた戦いの幕が再び開き始め、場に殺気が立ち込め始める。
 バーダックもまた構える。そして視線も向けず、隣にいるリキューへと乱雑に言い捨てた。

 「リキュー、てめえは手を出すなッ! 奴の相手はこの俺がするッ!!」

 「ふざけるなよバーダック。先に戦っていたのは俺だ、後から入ってきたお前が口出しするな!」

 「うるせえッ!! つべこべ言わず俺の言うことを聞け!!」

 フリーザを無視し、言い争いを始める二人。
 バーダックは怒声を張り上げて意見を押し通そうとするが、リキューも引かず叫び返す。
 何時の間にか言い合いはただの罵詈雑言の応酬となっていた。
 バーダックは眼に力を入れて睨みつける。リキューもまた同じように睨みつけていた。

 「てめえ………」

 「バーダックッ………」

 完全に身体を向け合って、両者は威嚇を始めていた。
 そしてその緊張感が高まり始めた時――――――両者とも、横合いから叩きつけられた衝撃に、吹き飛ばされたのであった。
 不意打ちの衝撃に、派手な乱回転をしながら落下する。何とか持ち直してバーダックが姿勢を回復させた頃、遠くのリキューもまた同じように体勢を回復させた様子が見えた。
 衝撃波の出所を見てみると、そこには片手を広げて突き出しているフリーザの姿があった。

 「貴様ら…………ふざけるのもいいかげんにしろよ。このウジ虫どもがッ!!」

 ゴウと、物理的な衝撃を伴ってフリーザのオーラが放出される。
 そしてフリーザが激怒の表情で突撃を始め、舌打ちしながらリキューとバーダックの二人もまた対応し、動き始めた。

 ここに、運命を変えるための戦いが始まったのであった。








 ―――あとがき。

 ようやく戦いが始まったー。
 感想くれた方々ベリベリサンッキューッッ!! 作者張り切っちゃうよ? そして書くよ?
 文って調子乗るときスンゴク書けるよね? 実質この文章の半分は一日で書いちゃったし。逆に調子悪いと3kbもカケネ。
 感想と批評待ってマース。




[5944] 第二十話 戦いへの“飢え”
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/08/06 17:00

 巨大なパワーを持った存在が、二人のサイヤ人たちの元へと迫っていた。
 変身を遂げ、巨大な体躯へと変貌したフリーザはまず、その標的として距離の近い方の者をターゲットとして選出する。
 それはバーダックであった。
 一直線に凄まじい速度を以って、フリーザがバーダックへと肉薄する。

 「来やがれ、フリーザッ!!」

 「シャッ!」

 激突するバーダックとフリーザ。
 弾けた二つの強烈なエネルギーの相互干渉に、大気が爆裂し激震が伝導される。
 バーダックは視界の片隅で、獲物を後から横取りされ不機嫌な表情のまま舌打ちするリキューの姿を目撃する。しかしすぐに気にすることではないと、忘れた。
 今優先すべきことは、目の前に存在する憎き化け物。宇宙の帝王を名乗るこの強者を打倒することであった。
 リキューの存在など、バーダックの眼中には入っていなかった。

 気勢を上げて蹴りを真横に振り抜く。それをフリーザは巨体でありながら身軽な動作で宙回転しやり過ごす。
 そしてそのまま後ろ回転する中、カウンターに己の長大な尾を鞭の如くしならせ、人の胴ほどもの太さのあるそれを叩き付けた。
 単純な打撃とは異なる生物的な軌道を描く尾の一撃に惑い、不意打たれる様にバーダックは攻撃を喰らって吹き飛ぶ。

 「まだこの程度では終わらせんぞ?」

 彼方へと吹き飛ばされるバーダックに向けて、フリーザが掌を開いて突き付ける。
 瞬間、バーダックの身体がいきなり宙に静止した。バーダック自身のリカバリィではない。外部からの圧力だ。
 全身を不可視の力場が拘束し、締め付けていた。

 「こいつはッ!?」

 「サービスだ………よく噛み締めて味わえ」

 嗜虐的な笑みを浮かべて、フリーザは開いた掌を空を掴む様に力を込め、圧縮した。
 同時に劇的なレベルでバーダックの全身を圧迫する圧力が上昇した。常人ならば軽く挽肉になれるであろう凄絶な圧力が発生し、バーダックが絶叫を上げる。
 精神動力―――サイコキネシスとも称される、フリーザの持つ超能力。それがバーダックを囚われの身とし、苦痛を与えていた。

 「ハハハハハ!! ほらどうした? もっと力を入れて抵抗しろ。それとももう、呆気なく潰れてしまうか?」

 「グ、ギ……ギギギギギッ!」

 全身の筋肉が隆起し、血管という血管が浮き出て汗が流れる。
 さらにまた一段と圧力が強まり、バトルジャケットの一部が砕け散る。フリーザの超能力はバトルジャケットの耐久性などものともせず発揮されていた。
 口から全ての内臓が吐き出しかねないほどの超圧力空間。死の領域。
 ちらりと眼球だけを動かし、嗜虐に耽るフリーザを認める。
 こめかみに青筋を浮かべながら、バーダックは叫んだ。

 「グ、ギィ、ガッガガガァッ!! な、舐めるなァァーーーーッッッ!!!!」

 「ッ、こいつッ!?」

 バーダックの全身から“気”が放出され、不可視の力場を吹き飛ばす。
 その予想外の戦闘力の発露に、思わずフリーザは目を見張る。その瞬間、それは間違いなくフリーザに出来た反撃の好機である、隙。
 バーダックはそれを見逃さなかった。全身から“気”を放出した後の体勢から、急な加速制動を以って猪突を敢行。即座に下方を経由しフリーザへと肉薄。熟達した三次元戦法が発揮され、フリーザの意識の間隙を突く。
 そして加速した勢いを衰えさせず、バーダックは拳をフリーザの巨大な体躯の腹部へとぶち込んだ。
 フリーザの身体がくの字に折れ曲がり、ダメージが与えられる。

 「うぉッッ!?」

 「フリーザァッ!!」

 一撃、一撃、そしてまた一撃と、次々に加えられてゆく超連続打撃群。激烈なる轟音が全てを揺るがす。
 二回り以上の体格差がある筈のフリーザが、完璧に押され呑み込まれていた。

 「貴様ァッ、調子に乗るッ!?」

 「だぁりゃあ!!」

 ヘッドバッドを正面から、フリーザの顔面にぶち込む。玉弾きみたいに大きく後ろに頭が下がった。
 また一つ隙を稼ぎ、バーダックは怒涛の攻勢をなおも続行する。
 殴りに殴り、都合三十八連撃。己の有り余る膂力の限りを込めた連撃を与え抜き、そして頃合いと見てまた行動を変える。
 フリーザの腰から生えた、その尾を掴む。そしてそのままフルパワーでフルスイングに移行。立ち直ろうとしていたフリーザが戸惑いの声を上げる。やがて回転が最高潮に達したとき、バーダックは手を離した。蓄えられた運動エネルギーに従い、フリーザが吹き飛ぶ。
 それだけでは終わらせない。バーダックは後を追う。そして両足を揃えて向けたまま、フリーザの背中へと突っ込んだ。
 さらなる撃音。
 ダメ押しの荷重が加えられ、フリーザの勢いはなお一層高められ、その身を遠くへと弾き出した。

 数百mの距離を飛来して、ようやくフリーザは復帰する。
 ピタリと宙に静止し、上下反転した姿勢のまま疑惑に満ちた様子で呟く。

 「馬鹿な………あいつといいこいつといい、何故たかがサイヤ人風情が急にこんなにも戦闘力を? しかも二人もだと?」

 口の端を拭う。フリーザの視線がその拭った手に付着する、己の血へと止まる。
 目元が険しくなり、拳を閉じる。力みに骨が音をたてた。

 「サイヤ人がッ」

 バーダックが接敵する。
 数百mの離された距離を詰めんと、休む間もなく苛烈な勢いを保ったまま突っ込んでいた。
 しかしそれは、ただ真っ直ぐに突っ込んでいる訳ではない。加速の勢いは落とさぬがまま小刻みな変動を加え、幾重もの残像の如き幻惑を演出していた。
 フリーザの手が伸ばされる。人差し指が突き出され、接近するバーダックへと狙いが絞られた。

 「調子に乗るなと言ったぞ、猿がッ!!」

 人差し指が突き出され、放たれる光の軌跡。数十の閃光が立て続けに漏れ出し、同数の集束された気功波が飛びだされた。
 流星の如き光線が、流星を凌駕する速度でバーダックを射抜こうと迫る。舌打ちし、回避へと専念。バーダックの動きが止まり、その行動の全てが回避へと費やされる。
 フリーザの口に嘲笑が浮かぶ。明け透けた悪意が見て取れた。
 埒が明かない。回避を続けながらも、ほんの数瞬の間にバーダックはそれを見抜く。このままではジリ貧だと。
 ならば、然るべき手を打とう。バーダックは即座に思索し決断する。
 迫った光線の一つを回避すると同時に、その場へと止まる。当然そこへと向けて、すぐさまフリーザの気功波の狙いが定まれ斉射された。
 一拍の間すら挟まず眼前に迫る、破壊的な意思を持った気功波。しかしバーダックは怯まない。腰を据えたまま冷静に事態を把握する。これは事前に予測出来ていた展開である。
 両掌を突き出す。集中する意識。刹那の時間で体内のエネルギーを掻き集め、収束させた。

 そして放つ。

 瞬時に形成された巨大なエネルギー波が放たれ、眼前にあった今まさに喰らいつこうとしていた気功波たちを全て呑み込む。
 だが、それだけでは止まらない。放たれたエネルギー波は完全に迫りくるフリーザの気功波を呑み込んだ上に、その勢いを一切衰えさせず、さらにその先に座するフリーザそのものへと牙を伸ばしていった。
 フリーザすらも呑み込まんとするバーダックのエネルギー波。切迫するそれをフリーザは鼻を鳴らして片手で弾く。
 仔細なし。バーダックの行動はもう終わっている。
 フリーザの背後に現れる人影。自身の放ったエネルギー波そのものを迎撃と同時に攻撃、そして目くらましという三つの用途で使用し、バーダックは果たして目論見通り、再びフリーザの懐へと掻い潜ることに成功した。
 バーダックの鍛え培ってきた、膨大なまでの戦闘経験、戦闘論理。それがバーダックの戦術を極めてタクティカルに展開させていた。
 出し抜いた優越。それの幾許かを過分なく感じながら、バーダックは気合いを込めた拳を後頭部目掛けて突き込ませる。

 が………止まった。確実に決まるであろうと思い振るわれた拳は、その寸前で割り込まれた掌によって止められていた。
 バーダックが驚愕に目を見開く。
 熱せられた視線を注ぎながら、フリーザが言葉を発した。

 「そう何度もいいようにやれると思ったか? この下等生物がァ!!」

 拳に、悲鳴が走る。捕獲された拳に加えられる圧力が増大していた。
 逃げられぬ囚われの中、上段から振り下ろされる様に叩きつけられたパンチを顔面にぶち込まれ、今度はバーダックが地上へと向けて数百mの距離を一気に吹っ飛ばされた。




 衛星軌道上という、地に足が付いた状態とは異なる環境。
 そこを戦場としているフリーザとバーダックの戦いは、自然と上下左右ありとあらゆる全方位領域を駆使した、超三次元戦闘となっていた。
 殴り、蹴り、吹き飛ばし、戦火は激しく交差し、戦いの場は激しい攻防を繰り返しながら極自然に数kmもの距離を跨ぎ行われる。
 あっという間に戦場は場所を移していき、それはとてもではないが二つ生命の起こす闘争、しかも等身大の大きさものが起こすものとは信じ難かった。
 しかし、否定しようとも事実は変わらない。現実に非現実的な戦闘は激烈に、熾烈なる様相で繰り広げられている。

 その様子を静かにリキューは観察していた。
 交差する黒い影。爆音響く薄い大気の中での戦闘。圧倒的なる二者の攻防。
 バーダックが組み合ってその首を絞め上げたかと思えば、フリーザがその尾を伸ばして逆にバーダックの首を絞め上げる。
 フリーザがその巨躯から打ち出す強烈な打撃を真正面からクリーンヒットさせたかと思えば、その腕を掴みそのまま動きを封じてバーダックが反撃の一撃を見舞う。
 一進一退の激戦が、飽くことなく続けられていた。

 獲物を横取りされた憤りも収め、リキューは静かに分析していた。
 フリーザとバーダック。一見にして二人の戦いは互角、甲乙つけがたい伯仲した実力同士であると見て取れた。
 どちらも一歩引くこのない実力。長引く戦いになるか?
 ―――否。
 リキューは戦況を眺めながら、その考えを否定する。

 (バーダックが勝っている………フリーザの方が形勢が悪い)

 リキューは間違うことなく、その戦闘の本質を見抜いていた。
 感じられる限り、単純な両者の“気”の大きさにはそう差はない。リキューはそう確信し結論する。戦闘力は互角、それが答え。
 ならば、後の勝敗を決するのは両者の戦術、戦い方次第であるということだ。
 そして戦闘経験において、バーダックを置いて勝る者はこの場には一人とて存在していない。それはフリーザですら例外ではなく、である。

 これはフリーザの戦闘経験が不足している、という訳ではない。比較対象が悪いのである。
 バーダックはその常日頃の戦闘スタイルからして、“己よりも高い戦闘力の持ち主と率先して戦う”という命知らずなものなのであった。
 ツフル人の戦闘力理論においては、五割の彼我差が戦闘力にあれば勝敗が決すると言われているにもかかわらず、それも無視して挑む男であったのである。それゆえに毎回の遠征の度に、死にかけの状態となって帰還してくる羽目となっていたのだ。
 しかし、この自殺願望とすら取れるような無茶な行動。この行動がバーダックに稀有な、圧倒的強者との戦闘経験という代物を大量に蓄積させることとなったのである。
 この蓄積された戦闘経験から構築された、バーダック自身の戦闘技術、戦闘論理。それは感や運などといったものを凌駕する、非常に強力な戦いの冴えをバーダックにもたらした。
 すなわち、本来ならば勝敗が決するとされる戦闘力差があっても戦い抜くことができる。それほどの脅威的な戦闘戦術を手に入れさせていたのだ。
 ゆえがこその、最下級戦士の生まれでありながらのサイヤ人最強。ひたすら戦い抜いた末の珠玉に磨かれた実力を持った、男。

 戦闘力が互角であるがゆえにフリーザは表向き互角の戦闘を成立させてこそはいたが、しかしそれだけではバーダックを倒すには材料が足りなかったのだ。
 一見しての互角な様子も、よくよく見てみればバーダックに戦闘の主導権を握られていた。
 フリーザとてただの強者ではない。ゆえに時折に生じる直感に基づく一撃が強烈な反撃としてバーダックにも決まってはいる。しかしそれだけである。決してフリーザ自身がイニシアチブを握ることはなかったのだ。
 先に動くのは常にバーダック。よってフリーザは常に後手に回らざるをえず、そして徐々に素人目にも見えるほど戦況は傾きを始めていたのであった。

 「さて、どうするフリーザ。そのまま負けるか?」

 期待を潜ませて、言葉を呟く。当然そんな声量の言葉が戦闘中のどちらにも聞こえる筈がない。
 そうして今また、両手を組んだフリーザが振り下ろした拳を叩き付け、その命中の瞬時に放たれたバーダックのカウンターの蹴りに吹き飛ばされるその巨体の姿を、リキューは視界に捉えるのであった。




 顔面に叩きつけられる拳。その威力に押され、吹き飛ばされるフリーザ。
 それだけではない。それだけで終わらせる筈がない。下がるフリーザの頭を掴み、さらにその逞しい胸部へと激烈な膝蹴りをぶち込む。フリーザが吐血し、苦悶の声が漏れた。
 連撃を続ける。頭を掴んでホールドしたまま、さらに同じ威力の膝蹴りを繰り返し見舞う。
 一撃。二撃。三撃。四撃五撃―――ッ。
 ふとバーダックは気付いた。いつの間にやらフリーザが、その両腕を大きく開いて構えていることに。

 失策。
 閃光のようにそれに気付く。が、バーダックがアクションを起こす前に、フリーザが先に行動した。

 「しまッ!?」

 「逃がさんぞ、サイヤ人ッ!!」

 閉じられる両腕。それはさながら、獄囚を繋ぐ縛鎖の枷とでもいうべきか。
 屈強なフリーザの両腕は間にいたバーダックの身体を固く挟み込む様にロックし、そのまま圧殺されかねないほどの圧迫を加えるベアハッグに移行した。
 メキメキと肉が潰れ骨が軋む、破滅の音がバーダックの体内から響き始める。超能力による捕縛以上の殺人的重圧が、ピンポイントに発生していた。

 「が、ぎゃぁあああぁぁッッ!! あ、がぁ……ッ、がぁああああーーーーッッッ!!!」

 「散々好き勝手してくれたが、こうなればもう下手な小細工も出来んだろう? クックック……このまま押し潰してやろう、かッ!」

 筋肉が盛り上がり、さらなる加重が生じる。バーダックの苦悶に塗れた悲鳴がさら強まり、辺り一帯へと響く。
 暴れ回るも、その両腕ごと胴体をホールドされたバーダックに成す術はなかった。駄々っ子のように揺れる両足だけが、バーダックに許された抵抗であった。
 フリーザが嗤う。愉悦の声。自身を手こずらせた相手が虫けらのように惨めな最期を晒す姿を見て、その気分を高揚させていた。
 バーダックの視界が、高まる血圧に真っ赤に染まる。締め付けられている胸部部分は骨格と筋肉によって守られていながら、関係ないと言わんばかりに今にも圧縮されそうであった。
 死。イメージされるその一字を、しかしバーダックは苛烈なる意思で否定する。

 (ふざけるな……ふざけるな、フリーザッ!!)

 精神が肉体を励起させる。
 抑えつけられ圧迫されている身体が、その筋肉が膨らみ、血管が浮き上がる。纏う“気”の量が増大し、威圧感に旋風が巻き起こる。
 その抵抗に、フリーザの表情から愉悦が引っ込み驚きが引き出された。

 「こいつッ!? まだこんなパワーをッ!?」

 「アアアアァァーーーーーッッッ!!!」

 爆音と共に拘束を脱する。瞬間的に増大したパワーに、フリーザが弾き飛ばされた。
 舌打ちしフリーザは即座に体勢を直し、確認する間もなく気功弾を撃ち出す。そのフリーザのリカバリィの速度も、この戦いの中で上昇していた。
 しかし、その即座の反応も空振りに終わる。気功弾の先にはバーダックはおらず、攻撃は無駄撃ちに終わったのだ。
 バーダックの姿はその予測よりも、内。すでにフリーザのすぐ懐に肉薄し、近接していた。
 息をのむフリーザ。その胴体に両手を添え………そしてバーダックは全霊を込めた。

 「消えろ! フリーザァァーーーーッッ!!!!」

 「お、おおおおおぉぉーーーッッ!?!?!?」

 “気”が凝縮され、最大級の一撃となる凄烈なエネルギー波が放出された。フリーザの全身がエネルギーに包み込まれ、莫大な推進力によって押し出されていく。
 どんどん、どんどんと速度が跳ね上がり、フリーザの身体が空の果てへと運ばれてゆく。その軌道は惑星ベジータの外へと行き先を描いており、そのまま宇宙へと放り出されかねないほどの勢いが付いていた。

 そのフリーザの吹き飛ばされている、軌道上。描かれるラインの先に、静止する物体があった。
 それは巨大な円盤状の宇宙船。フリーザの乗ってきた専用船であった。

 その宇宙船が丁度、フリーザの進路を遮る位置に停止していたのである。
 このままでは衝突することになるであろう位置取り。その事実に気が付いたであろう、慌てた様子で急に宇宙船が動き始めた。
 がしかし、そのアクションは遅すぎた。
 退避は間に合わず、フリーザは自身を押し出していたバーダック最大級のエネルギー波ごと宇宙船へと突っ込んだ。

 直撃。
 間髪入れず、爆発。
 尋常を凌駕する過剰なエネルギーの直撃を受け、宇宙船は一秒とて耐えることなく爆散し宇宙の塵となった。

 荒い呼吸を行いながら、バーダックは警戒を絶えず視線を注ぎ続ける。
 手応えはあった。いくらフリーザとてダメージは避けられぬ筈である。しかしそうではあったが、仕留め切れたという自信はなかった。
 流れる汗を拭い捨てる。その時、果たして、爆煙渦巻く塵となった宇宙船の残骸が舞う中から、異形の人影が姿を現した。

 「っち………タフな野郎だぜ。あれだけの攻撃を受けたってのに」

 舌打ちして毒づく。
 無傷ではなかった。その身体の節々には多くの傷が生じ、相応のダメージが刻み込まれていることを示してはいる。しかし、それだけである。
 憤怒の表情を浮かべるフリーザの姿には衰える様子は見えず、未だ戦闘続行が可能であることを雄弁に語っていた。
 すでに少なくない数の攻撃を加えているにもかかわらず維持されている、その戦闘力。その肉体の頑健さは信じられないほど強靭であった。
 フリーザよりも受けた打撃の数が少ない身でありながら、バーダックの方がその息は荒くなっていたのだ。
 単純なダメージの蓄積量はともかく、タフネス、スタミナにおいて、バーダックはフリーザに大きく劣っていた。

 とはいえ、それは決してバーダックを窮地に追いやる要素とは足り得なかった。
 すでに勝利の趨勢は傾いていた。フリーザに勝ち目はない。バーダックはそう確信に至っていた。
 戦闘力に差はなけれど、常に戦場のコントロールを自身の手で担い、好きに戦闘を繰り広げることが出来ていたのだ。
 フリーザに勝利の芽はない。戦闘力が互角であるからこそ、逆にその事実をことさら強くバーダックは認識する。
 タフで結構、しぶとくて結構。粘ると言うのならば、その全ての体力を削り落し抹殺する。

 (未来は、この俺が変える。フリーザ、貴様をこの手で倒してでだッ!)

 バーダックの口元が、弧を描く。内心の動きが面に漏れていた。
 それ見て、フリーザの様子が変わる。憤怒を抑え怒りを積層させていた様子から、ふと抑えられていた枷が抜かれたかのように、力が一瞬抜ける。
 場違いな、予想を外す動作。違和を感じ、眉を顰める。

 「………何だ、いったい?」

 「このフリーザを、ここまでコケにしてくれるとはな。とことん目障りな野郎どもだよ、貴様らサイヤ人は。………何だ? まさか貴様、本気でこのオレを倒せるとでも思っているのか?」

 「今さらこの状況で何を言うのかと思えば、ボケるなよフリーザ。貴様はこの状況から逆転出来るとでも抜かす気か? ッハ、寝言は寝てから言いやがれ!」

 フリーザが嗤う。不気味な余裕が浮かべられ、先程までの憤りなどのネガティブな精神が消えていた。
 ただのブラフだと思いながらも、しかしバーダックの背筋に得体の知れない悪寒が走る。
 尊大な仕草で、フリーザが言葉を述べた。

 「貴様を絶望に突き落とすために、あるいいことを教えてやろう。このオレ、フリーザは変身を行う度に戦闘力を圧倒的に増す。圧倒的にな」

 「変身だとッ? ザーボンの野郎みたいにか!?」

 「ザーボン? クククク、あんなチャチなレベルのものじゃあない。もっと恐ろしく、強大な変身だ。そしてその変身を、オレはあと二回残していると言ったら、どうする?」

 バーダックの眼が大きく見開かれる。脳裏には変身したザーボンの姿、あるいは大猿となった自分たちサイヤ人の姿がフラッシュバックする。
 強大なまでの戦闘力を得る変身。しかもその変身がまだ複数回、具体的にあと二回も残っているという言葉。
 自身もまた変身によって戦闘力を増大させる種族であるがために、より強くその言葉はバーダックの心身へと深く沁み入った。
 フリーザが大きく宣言するように言い放つ。

 「見せてやろう、薄汚いサイヤ人ども! このフリーザの第二の変身を!! 光栄に思えよ? なにせ、かつてこの宇宙の支配者を気取っていた、古臭い遺物を相手にしたときにも見せなかった姿なんだからな。この姿を見せるのは貴様らが正真正銘、初めてだッッ!!」

 フリーザが両手を握りしめ、全身の筋肉を緊張させて腰だめに構える。
 そして鋭い呼気が吐き出す同時、その両肩部から背後へと向けて長さ1m程度の角がずるりと現出した。
 バーダックが愕然とする中、変化は続く。
 ショルダー保護のように覆われていた鎧の様な強皮質部分の一部が剥がれ、伸長拡大化し外へと伸びる。
 全身の3m越す巨大な体格が縮小をはじめ、代わりとばかりにフリーザの顔面が全面にせり出すように歪み、後頭部が長く後ろへと延長していく。

 そうして、時間にしておおよそ10秒もかからなかった程度の時を経て、バーダックの眼前の変身は完了した。
 その場にあるだけで強力なプレッシャーを放つ巨躯がなくなった代わりに、その不気味さが突出し強化された姿をフリーザが晒す。
 端的な外観の印象だけで言えば、先程の姿に比べてそれは弱く感じた。身長が半分以下となり、パワーの低下を見る者のイメージに喚起させていたからだ。
 やはり虚仮脅しか。身体に走る怖気を無視し、バーダックがそう思考する。

 それは願望の色が濃すぎる楽観だった。

 フリーザの姿が消失する。
 己の動体視力を圧倒的に凌駕するスピード。バーダックが慌てて見回すも、完全にその姿を見失う。
 焦燥。その時背後からかかる、声。

 「さて、それでは第二ラウンドを始めましょう」

 「ッ!?」

 振り向いた瞬間、その頬に衝撃が走り吹き飛ばされた。
 回る視界。激しくシェイクされた脳が著しい体調悪化を訴え、現状の把握に意識が追い付かない。
 吐き気と混乱だけが脳裏を支配する。どちらの方向へ吹き飛ばされているのか、そもそも自分が本当に今吹き飛ばされているのかどうかすらも不明瞭な認識。
 まずい。咄嗟にその言葉が思い浮かぶ。

 意地を振り絞り、全身の不調を呑み込んで活気させる。叫びとも言えぬ声を上げて、全身から力を放射しその場に止まるよう図った。
 ギュンと、重力落下していた身体が静止する。リカバリィを果たし、そして口の中に違和感を覚えてそのまま吐き出した。
 欠けた歯の一部が吐き出される中、バーダックの警戒はただ一点に注がれる。
 腕組みし余裕を浮かべる存在。フリーザ。バーダックの知覚を完全に凌駕して背後に回り込み、ただ一発の拳だけでこうまでもダメージを与えた存在。

 息が乱れる。バーダックは己の身体に生じる異変に気付くこともなく緊張したまま、視線を動かせない。
 “気”を感じる能力を持っていないにもかかわらず、バーダックの肌は、本能は、まるで圧迫されたかのようにフリーザの存在に萎縮していた。
 強張った身体。萎縮した精神。
 それは紛れもなく、恐怖と呼ばれる感情の脈動であった。
 ただ一度の攻撃を受けただけで、バーダックの無意識は彼我の間に横たわる絶対差を認識してしまっていた。

 「どうしましたか? 先程までの威勢の良さは何処へ行ったのです。そちらから来ないというのならばどれ、仕方ありません。私から動くことにしましょうか?」

 「く………くそたっれェーーーーッッ!!!」

 フリーザのわざらしいほどの余裕の表れに、バーダックが弾かれたかのように突撃する。
 叫びを張り上げることで己の無意識が下した判断を否定し、無理やり戦意を高揚させて身体を沸き立たせる。
 フリーザが馬鹿にするような嘲笑を発する。数百mの距離を瞬く間に消費して突き込まれた拳を、頭を横に逸らすだけで難なくかわした。
 気勢を上げながら、なおもバーダックは猛攻を続ける。
 連続して振るう拳撃の雨、蹴打の嵐。しかしそのいずれも肌にかすることすらせず、完全に見切られ避けられる。
 認め難い現実。さらにがむしゃらとなってバーダックは拳を振るい、そしてその拳が避けられず、受け止められた。
 リズムを外す行動。思わず動きが止まったその刹那、フリーザが喋った。

 「では、そろそろこちらから反撃するとしましょう」

 そして呆気なく、打ち上げられる様なアッパーがバーダックの腹部にめり込んだ。
 その一撃は、重く、苦しい、予想以上の威力を誇った代物であった。一切の役目を果たすことなく、腹を護るバトルジャケットが粉々に砕けて舞う。
 甚大なるダメージ。迸る激痛に、バーダックの呼吸と動きが止まり、そのまま腹を押さえて後ろへと身体が流れた。

 「か………っか、はッ………」

 「せっかくこの姿まで晒したのです、この程度で終わらせはしませんよ。あなた方は責任を取って、もっと粘ってもらわなくては」

 「はぁ……はぁ……はぁ………こ、この野郎ォーーーッッ!!」

 流れる脂汗を、張りつく不快感を振り払ってエネルギー波を打ち出す。しかし不意打ち気味の早撃ちでありながら、その手応えはなかった。
 フリーザが現れる。バーダックのすぐ眼前。エネルギー波を発するために伸ばされた腕の内、顔のすぐ手前数cmの距離に。

 「ッな!?!?」

 「ひゃはッ!」

 奇声と共に、フリーザが二指を立てて突き出した。
 その指先から弾丸状の気功弾が凄まじい速度で発射され、バーダックの身体を穿ち吹き飛ばした。
 苦痛の声を喉で押し殺しながら、脇近くに被弾したその傷口を抑える。バトルジャケットはまた砕け散り、バーダック自身の“気”の護りすらないものとして、その攻撃はいとも容易く身体を抉っていた。
 フリーザの姿が、また消える。この場から撤退したのではない。耳に聞こえる嗤い声がそれを証明する。バーダックの周囲を超高速で移動し続けているのだ。
 その動きを見ることも、先程の攻撃を見ることも出来なかった。
 圧倒的な戦闘力差が、目に見える形で叩きつけられていた。それは心を折る絶望に身を塗れることと同意義である。

 (まだだ、まだ諦めてたまるか。フリーザ、貴様なんぞに負けてたまるかッ!!)

 身を蝕む絶望の澱を、確固たる意志が駆逐する。託された想いが、バーダックの足元を強固にし背中の後押しをする。
 まだ折れてはいない。バーダックの闘争の意思は、勝利への執念は潰えてはいない。

 ―――だが、所詮それは精神論だけの話に過ぎない。

 「それ、お一つどうぞ」

 「ぐぁ!!」

 背後から突如打ち出された気弾に射抜かれ、悲鳴を漏らす。
 急ぎ振り返ろうとするも、その前に今度は二つの気弾が全くの別方向からそれぞれ飛来し、バーダックの知覚の外から身体を穿つ。
 今度は三つが。
 さらに次には四つ。
 気弾はどんどん数を増やし、そしてしまいにはありとあらゆる上下左右の角度から降り注ぎ穿つようになった。
 堪らず、バーダックは亀のように腕を顔の前で十字に組み、身体を固めるしか取る手がなかった。
 姿が、全く見ることが出来ない。攻撃しているフリーザ本人はおろか、その降り注ぐ気弾それ自体の姿すら目に認めることが叶わなかったのだ。
 組んだ腕の隙間から必死に目を動かすも、残像すら捉えれない。

 (速いッ! くそ、速過ぎて攻撃が見えねぇ!!)

 余りにも速すぎるその挙動に、翻弄される。
 反応が追い付かず、防御が追い付かず、攻撃などはすると考える余裕すらない。
 全身をドリルのように穿つ気弾が責め苛み、一方的に叩き潰される。
 そして気弾が止んだかと思った次の瞬間、また反応は追い付かず、強烈な打撃を腹部にめり込まされて吹き飛んだ。

 「おやおや、どうしましたか? まだ始まったばかり、お楽しみはこれからですよ。ひゃひゃひゃひゃひゃ」

 「が、はぁ! く………そッ!! フリーザァーーーー!!!!」

 全身のパワーを全開にし、真っ正面からフリーザへと突進する。
 蒸気のように吹き出る“気”の迸りをそのままに、直前に目くらましと牽制を兼ねたエネルギー弾を打ち出す。
 避ける素振りすらなくそれはフリーザへと命中し爆煙が上がる。バーダックは迷う素振りなく自身もまた爆煙の中へと突撃し、全身全霊を込めた右ストレートを身体ごと飛び込ませ、打つ。
 決まれと言う必中の願い。が、それは外れた。
 手応えなく空振って、バーダックの身体がそのまま爆煙の中を突っ切って宙を泳ぐ。

 「な!? ど、どこだ!? どこに行きやがった、フリーザッ!!」

 「ここですよ」

 しゅるりと、いつの間にか忍び寄っていた尾が、バーダックの首にとぐろを巻いて引き締まっていた。
 狼狽しながら反射的に縛りを解こうと首に手を伸ばし尾を掴むも、遅い。その前にフリーザが動き出した。
 がくんと身体が首を基点に引っ張られる。フリーザが急加速を始め、引き摺られてバーダックの身体もまた加速していた。
 加速方向は、下。重力の引かれる方向、地表へと向けて垂直直下を行っていた。
 風、大気を切る轟音が耳に響く。衛星軌道上の高度約35000km地点から真っ直ぐに全力直下し、ほんの数秒足らずで成層圏から対流圏すらも突破し、激しい大気摩擦で二人の身体が赤熱化を起こす。一切減速されぬ加速の中、どんどんと惑星ベジータの赤茶けた地表が目の前に大きく姿を表し始める。

 そして高度が、大地から僅か200mも満たぬ地点にまで達したとき、フリーザが動いた。
 くるりと回転したかと思うと、絡め取っていたバーダックの身体を振り回し、そのまま尾を離して遠心力を付加したまま大地へと向けて放り投げる。

 「あああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」

 音速を遥かに凌駕する超速度を維持したまま、バーダックはその身体を大地へと叩き付けられた。
 轟音が周辺地域一帯に響き渡る。遥か天空の彼方から真っ直ぐに加速された人間大の物体が叩き付けられたことで、派手に地盤が砕かれ大地が削岩。巻き起こるショックウェーブがさらに後追いして着弾地点を蹂躙し、なおも大地を痛めつける。
 直径が最大4kmにも及ぼうかというほどの歪なクレーターが出来上がり、打ち上げられた巨大な岩石類が改めて着弾地点に空から降り注ぐ。
 バーダックは、現れない。クレーターの中から、出て来ない。

 「くそ………た、っれ…………」

 巨大な大地の傷痕の、中心。その最深部。
 身体の半分以上が埋もれた状態の中、バーダックは衝撃に軋む全身の激痛に呻き、がぼりと巨大な血の塊を吐き出した。
 あまりにも酷いダメージに、意識が朦朧としていた。当たり前である。隕石が普通に地表に落ちる衝撃を遥かに凌駕する激震を、その身一つで受けていたのだから。普通の生物ならば珪素生物とて死に至るほどのレベルの衝撃を、である。
 むしろ、命を繋いであること。そちらの方こそが異常極まることであった。幾らサイヤ人であろうとも、この衝撃は死んで当たり前なレベルの代物であったのだ。

 「フ、リー…………ザ……………………」

 意識が途絶え、バーダックの身体から力が抜ける。
 そしてその身体を、空から降り注ぐ岩石類が積もり埋めていくのであった。




 「さすがに死にましたか、あのサイヤ人も」

 上空から巻き上がった岩石類を払いつつ、様子を眺めていたフリーザが呟く。
 一向にバーダックが出てくる様子はなく、クレーターの中心部分は降り積もった岩石類で覆い隠され始めている。
 とはいえ、さすがにクレーターそのものが隠れる様子はない。当然であった。巻き上げられた堆積物程度で埋め立てられるほど、生易しい大きさのクレーターなどではない。

 フリーザは経過を見て、バーダックは死んだものと片付けた。
 いくら強かろうが、所詮はたかがサイヤ人である。不死身なんていう規格外な化け物でも何でもなく、ぶち殺せば死ぬ柔な生き物だ。

 「まあ、念には念を入れておきますか。虫けらほど煩わしいものもありませんですしね」

 手を直下のクレーターへと向ける。広げられた掌にパワーが集められ、気功弾が形成される。
 そして無造作にフリーザはその気功弾を解放した。
 掌から弾かれたかのように打ち出され、直下の大地へと真っ直ぐに落下する気功弾。その威力は抑えられてはいるものの、優に出来たクレーターそのものを消し飛ばす程度のものは持っていた。
 バーダックの命を確実に消し尽くさんとする光が、迫る。

 がしかし、気功弾は大地に着弾する前に、急に横合いから飛び出してきた光線に弾かれ、消し飛ばされた。

 眉を顰め、視線を光線がやってきた方向へと動かす。隠れることもなく、下手人は宙へと浮いてそこに存在していた。
 最初にフリーザと相対し、そして変身を促した無謀且つ正体不明なる、一人のサイヤ人。
 その男、その名をリキューと言った。
 確認するように、フリーザが言葉を呟く。

 「そう言えば残っていましたね。無謀で愚かなサイヤ人が、あともう一人。これだけの力を見て、貴方はまだ戦う気が残っておいでで?」

 「当然だ。フリーザ、元々貴様はこの俺と戦う予定だったんだ。バーダックとの戦いなんて、所詮は俺との戦いの前のただのおまけ……前座でしかないんだよ」

 「まったく、サイヤ人という種族はつくづく愚か者たちばかりですねぇ………敵いようがない相手に向かって、こうも自分から頭を突っ込んでいくのですから。いい加減、目障りにも程がありますよ」

 「敵わない? ッハ、それは自分の目で確かめてから言うんだな、フリーザ。この俺の実力を、ただ見るだけで把握した気になぞなるなよ」

 「分かりますよ、たかがサイヤ人風情の実力なぞは」

 沈黙が流れる。
 漂い落ちる堆積物と粉塵の煙を背景に、両者が向かい合い視線を交える。
 そうして、火蓋は突如として切って落とされた。

 「ひゃあッ!」

 二指を突き立て、フリーザが指先から気功弾を撃ち放つ。
 バーダックの全身に喰い込み成す術なく肉を抉った、高速飛来気功弾。それが抜き打ちにリキューへと向けて放たれる。
 着弾必定、バーダックではそうであった攻撃。
 しかしリキューはそれを、至極あっさりと命中前に片手で弾いた。

 「なに?」

 「どうしたフリーザ、この程度か? 二回の変身で戦闘力が高まってるんだろ?」

 「生意気な口を叩いてくれますね………増長するのも程々にしなさい」

 再度、フリーザが鋭い呼気を放ち気功弾を見舞う。今度は両手、連続射撃へと切り替えて。
 奇声を上げながら放たれる弾幕の如き気功弾の瀑布。それを正面からリキューは待ち構え、受け止めた。
 バーダックが見切ること叶わなかった気功弾を全て、一つ一つ見切り把握し、その両手の動きだけで全て弾き飛ばす。
 なおも止むことなく続けらるフリーザの攻勢を、なおも続けて変わる様子なくリキューは捌き続ける。
 そのままの状態のまま、しばらく時間が経つ。

 っちと、舌打ちする。そしてフリーザは自分から攻撃の手を止めて、両手を下げた。
 様子を見れば、バトルジャケットに傷一つ付いていない状態のまま、リキューは悠然と肩などを鳴らしてリラックスしていた。
 気に入らないな。内心からごく自然にフリーザはそう思い、視線を険しく、表情を能面のように固める。
 ちょいちょいと、リキューが人差し指を曲げて挑発した。

 「来いよ、フリーザ」

 「減らず口を、調子に乗るなサイヤ人ッ!!」

 超速で突撃してきたフリーザの肘打ちを、同じく腕を曲げてリキューが受け止めた。
 干渉する両者の波動が打ち合い相殺し、激震の波紋を空中に刻む。
 そのまま雪崩れ込む様に二人は肉弾戦へと移行していき、戦いはより激化した様相へと姿を変えていくのであった。




 地上にあった岩山の一つが、粉々に粉砕される。
 激烈なる戦いの爆音を響き渡らせながら、二つの黒い人影が凄絶なスピードで地を駆け空を昇り、所構わず破壊の目を周辺環境に振り撒いてゆく。
 宙空でもはや何度目かも分からぬ再激突をする、リキューとフリーザ。その余波でまた一つ、地形が変形し崩壊する。

 「ひゅッ!」

 「っち!!」

 フリーザがかざしたその手から気功波が放たれ、そのタイムラグのない即効性に舌打ちしながら弾き返す。
 その向こうには、すでにフリーザの姿はない。超スピードによるかく乱。バーダックが言い様に嬲られたその戦法だが、しかしリキューは動じない。
 視線すら動かさず真横に拳を突き出す。確かな手応えが返り、殴り飛ばされたフリーザが痛みの硬直しながら姿を現した。
 苦しみに腹を抑えながら、その瞳は間違いようのない疑問の色を浮かべている。

 「な、馬鹿な………き、貴様、何故この私の動きを?」

 「貴様は結局目で見てるだけなんだよ。だからどれだけ動きが速くても、楽に見切ることが出来る。それに………」

 リキューの姿が、消える。
 フリーザがそれに驚く中、一瞬にして背後に回ったリキューがその伸びた後頭部に、叩き切らんとばかりに手刀を下からすくい上げる様に打ち込んだ。
 轟く鈍い音。肉を裁断しかねない威力の打撃を無防備に喰らい、フリーザの眼球が飛び出そうに見開かれる。
 痛みにフリーザがおののく中、するりと離脱しリキューは言い放った。

 「貴様の動き自体、そんなに驚くほど速くはないぜ、フリーザ?」

 「こ、この猿野郎がァーーーッッ!!」

 フリーザが咆哮し、その戦闘力が全開にされた。
 爆発の様な衝撃がただそれだけで発生し、リキューの身体を圧す。ほうと、感嘆の声をリキューは漏らした。

 (二回の変身だけでも、これだけの戦闘力を発揮するのか)

 感じる“気”の予想外の大きさに、内心でのフリーザの戦闘力予測値にリキューは修正を入れる。
 時雄から聞いた限りの予想では、まだこの段階では戦闘力はリキューを遥かに下回るとの話であった。だが、目の前で実際に放たれる“気”の大きさの程は、それと言う程隔絶した差はないとリキューに思わせた。

 「ッキェ!!」

 「っふ!」

 打ち込まれる正拳を、甲で逸らし受け止める。その衝撃にビリビリとした震動が、リキューの腕を走った。
 久しく感じていなかった、ややこしい法則や制約に縛られない単純なパワーによる打撃、戦闘力の発露。
 リキューの心に歓喜の念が、少しだけ生まれる。微妙な手加減の必要のない、文字通りの全力全開にて戦いに挑めるのだという予感が、本能を刺激していた。
 逆の手で続けて打ち込まれた拳を、同じくもう片方の掌で掴み取り、そのまま力比べの体勢へと両者が移る。

 競り合う力と力の狭間に、生き場を失った主なき力の吹き溜まりが形成され、関係ない外の環境へと逃げていく。溢れる余波による空間の軋み。不穏な気配がひたすら第六感を刺激し、得体の知れぬただ不愉快な空間が構築されていく。
 徐々に、徐々にとリキューが後退し、押されていく。フリーザの全身の筋肉が盛り上がり、力の限りで押し進むそのパワーにリキューが下回る。
 その事実が、ただ愉しくリキューは笑った。

 「貴様、何がおかしい?」

 「楽しいのさ、フリーザ」

 怪訝そうなフリーザに、多くを語らずそれだけを返す。
 そしてリキューは、久方ぶりに、本当に久しく長い月日を間に挟んで、自身の戦闘力を全開した。
 抑えられていた“気”が上昇し、身体の隅々にまで泉の如く湧き上がる力が染み渡る。筋肉が引き締まり、その能力を単純且つ強力に、より良く絶大に増大させる。

 後退が、止まった。

 異変に気が付いたであろう、フリーザの表情に別の色が差す。
 滾る血潮の指し示すがまま、本能が望むがまま。リキューはその原始的な衝動を抑えず口に出し、行動する。

 「行くぞッ!」

 そしてリキューは蹴り上げた。
 接触状態から下腹部を打ち上げる様に叩き付けられ、そのショックにフリーザが口から空気と苦痛を吐き出す。
 続けて連撃。一歩先へと加速し待ち構え、今度は上から両手を組んだハンマーパンチを全力で振り下ろした。身体の中心に決まり、裂帛音が響く。
 強大な運動エネルギーを強制的に付加され、フリーザの身体は木偶のように地上へと吹き飛ばされた。

 「―――ッギ!!」

 地上へと激突する前、リカバリィし急制動を行うフリーザ。ズンッという地響きと罅を大地に刻みながらも、四肢を付いて無事に着地する。
 そして間髪置かず横へと回転しながらフリーザは動いた。そこへすぐにかすめるようにリキューが両足を揃えて舞い下り、フリーザが着地した地点の地盤を粉々に粉砕する。
 仕損じ、リキューは舌打ちする。そして即座に口火を切ってフリーザが反撃した。

 「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃァーーーーーーーッッ!!!!」

 豪速鉄拳乱打の五月雨突き。極めて安易で明確な暴力圏が殺傷前提で完成し、振るわれる。
 その速度、その威力。さすがに斜に構えていられるレベルではなくなっていた。目を険しくし、歯を食い縛って真剣に対応し応戦する。
 基本は逸らし、それで流せぬ一撃は受け止める。しかしただ受け身に回り続けるには、フリーザの放つ一撃一撃の威力は少しばかり大きかった。ダメージの蓄積に腕が痺れ始める。
 ここに来て、さらなる行動パターンの変化を行う。ただ受け止めるだけではなく、自らもフリーザの連撃の中、拳を振るい始めた。
 爆音が超連続短期爆裂する。衝撃が迸り、その余波だけでまた一つの岩山が崩壊した。

 殴り殴られ、両者互いに吹き飛び、吹き飛ばす。
 横殴りに迫ってきた裏拳を直前に腕を割り込ませて滑り止め、その接触部分を基点に猫のように回転し身体を躍動させる。
 フリーザの頭部を己の両足で絡み取る。暴れる前に、無理やり力でねじ伏せて身体ごと振り回した。

 「おおぉッッ!!」

 宙で回転。両足に絡み取ったフリーザを、頭から大地に叩き込む。
 岩盤を叩き割り頭部が完全にめり込む。足を外して幾度ものバク転を行い素早く距離を取る。
 べこりと粉塵をまき散らし、フリーザが身を起こした。苛烈な視線をそのままリキューへと向け、その瞳からタイムラグなしに収束されたレーザーの如き気功波を照射。

 (っち、避けるのは間に合わないかッ)

 即断し、十字に腕を組んで待ち受ける。気功波がリキューに接触した。
 全身に走る電気的なショック。破壊的なものではない、衝撃を与えることを主眼とした性質の攻撃だった。想定外のダメージに動きが硬直する。
 その隙を見逃さない。フリーザが叫んだ。

 「もらったぞサイヤ人ッッ!!」

 「ぐッ!?」

 超速の突撃がリキューの中心を射抜いた。
 ダイレクトな一撃の直撃。それは戦いを始めて、初めてリキューに決まった有効打であった。
 ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。反応させる暇を与えず、フリーザの猛攻が継続する。

 「シャアッ!!」

 最後に放った、遠心力の込められた強烈な回し蹴りがリキューを吹き飛ばした。
 流される身体を、足を地面にめり込ませながら踏み止まる。がしかし、与えられたダメージにリキューの足元はふらつき、姿勢はふらついていた。
 笑いが、漏れた。

 「はは………思った以上に効いたぜ、フリーザ。まさかここまでやれるとは思わなかったぜ」

 「当たり前だ、虫けらが。アリが恐竜に勝てるとでも思っていたのか?」

 傲岸なる宣言をしながらも、そのフリーザの息は荒い。全身にはリキューとの戦いで刻み込まれた数多のダメージが存在し、著しく体力を削り取っていた。
 対してリキューもまた、その身体には傷が多い。全力を発揮して戦った結果、フリーザにダメージを与えると同時に自身もまた攻撃を喰らっていたからだ。
 しかし、そのダメージの総量で比べれば、両者には決定的な差があった。
 フリーザが息を乱し身体を疲労させているのに比べ、リキューは怪我を負いながらもまだ息を乱さず、その態度に余裕が見えていたのだ。
 フリーザとリキューの二人は、その戦闘力に決定的に隔絶した差は存在してはいなかった。それはフリーザがリキューにそれなりのダメージを与えていることからも、容易に分かることである。
 しかしそれは、隔絶した差がない、ということだけだった。依然としてリキューの方がフリーザの戦闘力を上回っていることは変わりなかったのである。
 それがゆえの、両者の状態の差であった。
 理解しているのかしていないのか、フリーザの表情には熱烈なる敵意だけが渦巻き煌々としている。

 このまま戦えば、自身の勝利は揺るぎないであろう。リキューは驕りではない予測としてそれを確信する。
 多少の手こずりは予想されるが、しかし言い換えれば、逆にその程度の労力しか必要ではないということだ。
 勝利。その文字がリキューのすぐ眼前に、呆気なく差し出されていた。

 だが、だからこそリキューはかくあるべき選択をする。
 それは間違いようのない愚行であった。
 完全にふらつきを捨てて、しっかりと大地を踏みしめた姿勢となって腕を組む。
 そして完全に見下す姿勢を取りながら、上から命令するようにリキューは言い放った。

 「さあ………とっとと最後の変身をしろよ、フリーザ。待っていてやる」

 「なんだとッ?」

 フリーザが、完全に虚を突かれた表情を作る。
 それは信じられないほど愚かな、まさしく愚行としか言いようがなかった。
 まさか、わざわざ相手に塩を送るような行為を、しかもこのような局面で行うなどとは、誰とても思うまい。誰とても行うまい。
 しかし……だがしかし、それをリキューは行った。ただ戦いを楽しむために。自身の身体に根差す戦いへの“飢え”が、その不条理な選択を合理的なものとして行わせたのであった。

 なにせ、この男。わざわざ戦いを楽しむためだけに、相手の力量に応じて手加減を加えるなどということを律儀に実行する男である。
 かつてのある世界では、とある真祖と区分される種の吸血鬼に対して当人が正真正銘の全力を発揮できるように、また別の世界から27の世界を運営する力の一つを宿す始祖と呼ばれる吸血鬼を呼び寄せるなどという、面倒極まる遠大な手段を講じたこともあったのだ。
 こと戦いを楽しむことだけに関しては、他人が真似出来ないほどの労力を支払ってでも行う男なのである。
 もちろん、リキューに自殺願望がある訳ではない。単純に闘争本能が旺盛なだけなのだ。勝てぬ戦いをする気は毛頭ない。しかしそれは逆を言えば、勝てる戦いと分かっているならば率先して挑むということではあるのだが。
 そして、フリーザとの戦いは勝てる戦いである。リキューの脳裏はそう結論していた。それが行動を決断した明瞭な理由だった。
 この判断の一助には、とある男との会話が原因としてあったりしていたのだが。
 ともあれ、リキューは自信に溢れた表情のまま、言葉を続ける。

 「どうした? 早くしろよ。わざわざ貴様が本当の力を、本当の実力を出せるよう待ってやろうって言ってるんだ。それともだ、このまま全力を出せずに負けるか? フリーザよ?」

 「………馬鹿ですね。本当に救いようがない、愚劣な下等生物だよ、貴様らサイヤ人はッ! フフフ、ここまでコケにされたのは生まれてこの方、初めてですよ?」

 「ご託はいいから、さっさと変身しろよ。宇宙の帝王さん」

 青筋を幾つも浮かべながら、フリーザが切れ切れに呟く。それを一言でリキューは切って捨てた。
 いいでしょうと、フリーザが言う。

 「そんなに見たい言うのならば見せてあげましょう。感謝しなさい。自分から地獄を見たいと言う貴様の要望を、親切丁寧に叶えてあげるのだから」

 ギンと、視線が強まる。
 天地がその瞬間、静まり返った。

 「本当の恐怖というものを、貴様に味わせてやるッ!! かぁああああああああああああぁぁぁぁああぁああぁあああッッッッッ!!!!!」

 フリーザが両手を握り締めて身体の前で曲げ、身体全体をずっしりと腰だめに構えさせた状態で叫びと共に奮起する。
 眼球が血走り、盛り上がった筋肉が心臓の脈動に沿った血管収縮に連動し胎動する。
 紫電が迸り、大地とフリーザの間を繋いで眩いだ。

 「“気”がどんどん膨れ上がっていく………いや、より中心に集まって固まっていってるのか?」

 感じ取れる“気”の動きを読み取りながら、リキューは冷静に観察を続けていく。
 その変身はこれまでの二回の変身と比べて、その所要とする時間が段違いに長かった。
 これまでのフリーザの変身が精々10秒足らずの出来事であったのに比べて、優に一分以上もの時間がすでに経過しながら、まだ変身は完了していなかった。
 今までとは明らかに違う。リキューはその予感を大いに強めた。

 「あああぁぁあああぁあああーーーーーーー!!!!」

 長く尾を引きフリーザの咆哮が響く。
 ぴしりと、音がした。発生源はフリーザの肉体。いつの間にやら胎動を止めていたその肉体の表面、肌に亀裂が一筋入っていた。
 ぴしりぴしりと、どんどん亀裂は増えてゆく。彫像のように硬質化していたフリーザの肉体が、あっという間に罅で覆われ、今にも砕けそうな様相となっていく。
 ぎょろりと、一切微動だにしないまま、フリーザがその視線だけをリキューへと向けた。
 真っ向から受け止め、その視線を睨み返す。ふとリキューはその視線に、フリーザの嘲笑が込められていたかのような錯覚を抱いた。

 亀裂の入る音が、止んだ。
 そして次の瞬間、膨大なエネルギーが爆発の如く放出された。

 大地を蹴り、後方へと数十mの距離を一気に取る。
 吹き荒れる暴風に目を細めながら、リキューはそれを見た。溢れかえるエネルギーが円柱状に空へと伸びて、そのふもとにドーム状の発光する力場が形成されているのを。
 エネルギーの放出は、そう間を置かずに静まった。
 巨大なモニュメントとなっていたエネルギータワーが消失し、ドーム状の力場自体も掻き消えて、その跡を土煙が覆う。その土煙もまた、流れる風により呆気なく離散していく。
 やがて、主役がその姿を土煙の中から、悠然と現した。

 ―――のっぺりとした、白い肌。

 ―――身体の各所にそれぞれ存在している、結晶の様な彩色のこぶ。

 ―――子供程度の身長しかない、小柄な体躯。

 フリーザ最終形態。宇宙の帝王、その真なる姿。
 決定的にこれまでの形態とは異なる、その余計な器官類を全て排除したかのようなフォルム。それはこれまで以上に矮小な印象を、見る者周囲に与えるものだった。
 しかし、リキューは見た目に惑わされず、見た。その身に内在する、潜在パワーの迸りを。
 明確には分からない、ただ存在しているとだけ分かるそれの大きさ。それもまた先程までの形態とは、一段と変容していた。
 ひゅんと、フリーザが動く。リキューの手前10m程の位置に辿り着き、その無感情な視線を向ける。
 雑念の混じらない動作。何も考えていないただの一動作だけで、先程の形態の機動に匹敵する速度で移動していた。
 にやりと、リキューの高揚する精神の高ぶりが表に出た。

 「それが貴様の本当の姿か、フリーザ」

 「そうだよ。それじゃ、早速第三ラウンドを始めようか? さっきまでのお返しを、たっぷりとしなくちゃいけないしね」

 「出来るのか? 貴様が」

 「出来るさ。それに、さっきも言っただろ?」

 緊迫感が、ただただ高まっていた。
 空気が凍る。大地が揺らぐ。天がざわめき、心が震えた。
 リキューが構えを取る。“気”は一切抑えない、間違いようのない全開状態。戦闘力430万という数値の指し示す、強大な能力の発露。
 対して、フリーザもまた構えを取った。一本足に見せる様に両足の先を重ね、僅かに前傾姿勢となって両手を大地へと向けて広げる。
 先程までその身体に刻まれていたダメージ。そして散々に感じていた幾多の激情。その全てを洗い流したかのような真白い肌を映えさせながら、フリーザは言った。

 「君には本当の恐怖を味わせてやる、ってね」

 「ぬかせッ!」


 ―――そうして、激突が始まった。








 ―――あとがき。

 祝二十話。今回はあっさりめ。
 感想くれた方々ありがとうございました。オリ主最強なんて地雷を踏んでくれた人たちがこんなにもいてくれて作者は果報者です。
 さて、ちゃきちゃきリンに汚名を挽回させないとね。
 感想と批評待ってマース。




[5944] 第二十一話 必殺魔法
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/08/31 23:48

 リキューは、人を殺すことを目的としてその力を振るうことは、ほとんどない。
 それは今生の環境の中で育まれた歪な倫理観ゆえのことであり、そしてもはや固定化し意固地なものとなってしまっている、自身の潔癖感への執着のためでもあった。
 リキューにとって、“人殺し”とはどうしようもなく悪辣な罪状であり、同時にそれを自身が行い己が手を汚すことは、最も避けなければならない事柄であったのだ。
 それゆえにリキューは、自身から率先して戦いに挑む好戦的な人格をしていながら、矛盾するように道徳について気に病むこともあるという、反発しあうような性質を併せ持った性格を形成するに至っていたのであった。

 この性格を指し示すであろう象徴的な表れがある。それはフリーザ軍戦闘員との戦闘の結果である。
 どれだけ情状酌量の余地を入れようとも、問答無用で悪人であると切って捨てることが出来るであろう彼ら戦闘員たち。それをリキューは圧倒的な実力差で叩き伏せながらも、一人として命を奪うことはなかった。
 例え悪人であろうとも、人間の屑と称される存在であろうとも、容易く命を奪うべきではない。これはそんな似非ヒューマニズムを持っていたがゆえの行動である。

 リキューのこのスタンスは、何時いかなる場所・世界においても変わることなく貫かれている。
 もちろん、このスタンスに従って行動した結果、手痛い反撃を受けた経験など語り尽くせないほどある。死線をさまよう程の重傷を負ったこととて少なくはないし、いらぬ恨みを買ってしまうことなどは言うにも及ばない。だが、そうでありながらリキューが、それらの過去の経験から己の行動を改めたことはない。
 それだけリキューにとって、このルールを守ることは大事だったからだ。そのためならば幾ら自身の身体傷付き、命の危機に晒されようが、全く構わない程度には。

 簡単に言って、リキューは己の精神の安寧を得るために、肉体の安全を切り捨てていたのだ。

 自分で自分の精神に制約をかけ、追い込み、結果形造られた精神の形。自縄自縛した果ての人格。
 単純な戦闘狂のようだと思えば、妙に慈悲深くこだわる行動。傍若無人な人間かと思えば、義理を通すことに執着する。
 傍からの人物像として自由奔走な男だと、周囲の人間にもっぱらそう評価されていたのだが、その内実では幾つもの知られざる障害が置かれていたのだ。

 長々と説明したものの、つまり結論として、リキューは戦闘の時は常に相手に対し、何かしらの気遣いをしているということである。
 老若男女、善悪問わず。それがリキューの戦闘スタイルであり、ずっと変わらず貫き通して来た主義なのである。
 が、しかし。リキューのこの主義の当て嵌まらない存在もいる。
 リキューのずっと貫き通してきた戦闘スタイル。不殺主義スタンス。その例外。
 リキューが殺しても構わないとし、抹殺することを厭わない相手。全力を発揮することを躊躇しない相手。

 それは、リキュー自身が心底から絶対悪だと認識した存在である。

 完全に悪だと認識した存在。死んでも構わない者であり、むしろ死んだ方が世のためになる様な、存在そのものが害をなすであろう、百害あって一利なしな、最悪な者。
 人間の屑を越えた悪。抹殺すべき悪。排除すべき害虫。見るも触れるもおぞましく憎々しい、悪。

 リキュー自身がそうと認識した存在に限り、リキューはその戦闘力を人間に対し一切の加減なく解放し叩き付けることが可能となるのである。
 その結果はこれまで、その全ての戦いにおいて勝利を得ているというものから分かるだろう。
 元々がサイヤ人という、規格外のスペックを持った人間である。余計な驕りや手抜きがなければ、大抵の相手に対してその身体能力だけで勝利を得ることが出来るのだ。

 そして、フリーザという存在はリキューが今生で最も最初に、絶対悪と認識した存在であった。余すことなく殺意を解放し、叩き付けることが許される存在であったのだ。
 十年以上の月日を跨る、千秋の想い。長年の悲願。否応なくリキューは昂ぶざるを得なかった。

 かくして、今。
 リキューは歓喜の念と闘争心の滾りを胸に、最終形態となったフリーザとの激突を迎えた。
 その脳裏には勝利の二文字だけが明示されている。
 今までも、リキューがその戦闘力を全開にし挑んだ戦闘ではその全てにおいて勝利を収めているのだ。それがより一層、確信を深める補強材として働いていた。
 それにいざとなれば、多少の戦闘力差があってもそれを逆転させるであろう隠し手を一つ、リキューは持っていたのだ。

 ゆえに、リキューは揺るがない。愚直に勝利を信じ、宇宙の帝王へと向けて戦いを敢行する。
 この時リキューの胸に、絶望という言葉は欠片たりとも存在してはいなかった。








 フリーザが腕を伸ばし、その人差し指をリキューへと差し向けた。
 その刹那、向けられた人差し指から一筋の気功波が放たれた。収束されたその気功波の威力は見た目以上の威力と、そして何よりも特筆すべきこととして、ただ速かった。
 リキューは舌打ちし半ば地面に倒れる様に、身体を横に投じる。すぐ傍を気功波が通り過ぎた。

 「へぇ? やるね」

 フリーザが感心した様子で呟いた。放たれた気功波は、今までフリーザが放った、その気功波らのどれよりも速かった。
 しかしそれをリキューは、初見で回避することが出来ていた。これはリキューの持つ能力、つまり戦闘力の高さを如実に示していた。
 リキューが動く。
 倒れ込んだ身体を、片手を地に付け支えてそのまま横転。両足が接地すると同時に大地を踏み砕き、フリーザへと猛進した。
 短い叫び声を上げて、握り締めた拳を突き抜けさせる。しかし、拳が命中する前にフリーザの姿が幻のように消える。拳が空振り、身体が流れる。
 リキューの目だけが動き、向かって右へと視線を向ける。フリーザの姿はそこにあった。ほんの一瞬の間に、攻撃をかわすどころかすぐ傍に回り込んでしまっていた。

 フリーザが攻撃を繰り出す。リキューの反応は間に合わない。動きは捉える事が出来ていても、それに身体の動きが付いていかない。
 無防備にさらけ出された脇腹が、したたかに蹴り上げられた。バトルジャケットが粉砕され、肺の中の空気が衝撃に吐き出される。
 空高く身体が打ち上げられる。すぐにフリーザが加速し、追撃をかけた。

 「ちぃッ!」

 リキューは身体を宙に急静止させ、追撃してくるフリーザへすかさず反撃を試みる。
 直前にまで近付いていたフリーザへと浴びせる、拳打の嵐。次々と風切って打ち込まれていくそれらだが、しかし。フリーザは悠々と全撃回避していった。
 それは速度を上げていっても、変わらない。出せる限界にまでスピードを引き上げるも、フリーザの肌にかすらせることすら出来ていなかった。
 速い。リキューはそれだけ思った。
 とにかくも、速度が桁違いに跳ね上がっていた。“気”を探る技能があるために知覚は追い付いてはいたものの、身体の動きがそれに付いていけなかった。

 またフリーザの姿が掻き消える。今までフリーザのいた地点に拳を突き入れた姿勢のまま、一瞬リキューは硬直する。
 そして位置を特定したと同時、フリーザの声が投げかけられた。

 「後ろだよ」

 慌てて振り返る。と、フリーザをその視界に収めた間際に、リキューの顔面へと頭突きがぶち込まれた。
 人中へと入り、あまりの激痛に苦痛の声も漏らさず悶える。そしてさらに追い打ちをかける様に、フリーザはその尾を振った。
 避ける暇もない。リキューは尾に弾き飛ばされ、今度は地上へと向かって墜落させられた。

 「っぎ!」

 意思を強く持って体勢を持ち直し、歯を食い縛りながら地面に両足から着地した。ズンと鈍い音が響き、地面の一部に少しばかりの亀裂が入る。
 即座に上空へと振り返り、リキューは己の右手に“気”を凝縮させた。フリーザの姿を視認するやいなや、その手を伸ばす。
 そして限りなくタイムラグを挟まず、気功弾を打ち放った。光輝く破壊的な光球がフリーザへと接近する。
 だが光球が命中しようとした時、またフリーザの姿が掻き消えた。目標を失い、無人の空の果てへと気功弾が飛んでいく。
 敵意を満たした視線を下ろす。フリーザは地に着地した状態で、そこにいた。

 「そんなものなのかい。もっと粘って見せてくれよ。せっかくこの姿まで引きずり出したんだからさ」

 「ああ、そうかい」

 血混じりの唾を吐き捨てる。不機嫌な様子を隠すこともなく、リキューは表情にそれを表す。
 スピードは完全に上回られていた。こちらが何かしらの行動を起こそうとも、その前にフリーザが先回りしそれを叩き潰す程にだ。
 仮にこちらが先制したとしても、余裕で直前で回避されるのだ。戦いだと呼べるレベルの差ではなかった。
 しかし、そうと分かり切っていながらリキューの態度には、まだ余裕が存在していた。完全にスピードで圧倒され、戦いにならない状況だと理解していたにもかかわらずである。
 リキューが、述べた。

 「どうやら、このままじゃ貴様の動きに付いていけなさそうだな」

 「なんだい? それは諦めたってことかい? 随分とまあ、威勢が良かった割に呆気なく認めるな」

 「早とちりするんじゃねえよ、フリーザ。“このまま”じゃ動きに付いていけないって言ってるんだ」

 「じゃあなんなのさ。もったいぶらずに、隠し手でもあるんならさっさと見せろよ。僕はそんなに気が長くないんだ」

 まああればの話だけど、とフリーザは言い、嗤った。
 自身の優位を一切疑っていない、完全なる強者としての自信と傲慢に満ち溢れていた。それは決して過信ではないだろう。
 現実に、フリーザは強い。圧倒的に。リキューはそれを素直に認める。
 だが、勝つのは俺だ。リキューはそう断じた。

 リキューは見せつける様に大仰に、己の右手を胸の前に持ってくる。
 その右手首には、リストウォッチのような小さな機械がくるりと巻き付けられている。機械はシンプルな外観をしており、電子的なメーターと幾つかのスイッチ類が付いているだけの、味気ない簡素なデザインであった。
 正体を見抜けなかったのであろう。好奇心と嘲笑を浮かばせて、フリーザが問いかけてきた。

 「それが切り札かい? 一体何なんだい、その小さな機械は?」

 「重力コントローラーだ」

 「なんだってッ?」

 笑みを含んだ声で告げたリキューの言葉に、フリーザがほんの少し驚いたかのように声を上げた。
 右手首に巻かれた機械―――重力コントローラーにリキューが左手を伸ばす。そして余計な装飾の存在しない無骨なデザインの中にあった、数少ないスイッチ類の内の一つを押す。
 すると、メーターに表示されていた230Gという表示が消えた。代わりにメーターには、改めて1Gという表示が現れる。
 息をじっくりと吸い、吸った時間と同じだけの時間をかけて吐き出す。ごきごきと身体全体を動かし、関節を柔らかくするように動かす。そうして最後に一つ拳から音を鳴らして、リキューは構えを取った。

 「さあ、やろうか」

 「まさか、ずっとハンデを付けていたとでも言うのか。この、フリーザを相手に?」

 フリーザの漏れ出たその言葉に、リキューは特に応えることもなかった。すでに戦いは始まっている。
 さしあたっては、まず先制。リキューの意識はそれだけを思い浮かべていた。そしておあつらえ向きに、今フリーザは無防備であった。
 ともかく、散々一歩的に遊んでくれた借りだけは返しておこう。遠慮する必要もなく、リキューは突撃した。
 最速最高の機動が発揮される。数ヶ月ぶりに重力の束縛から解き放たれ、心と体が踊っていた。リキューは難なくフリーザの真横へと接敵することに成功する。
 驚愕したかのようにフリーザがリキューへと向き直るも、それ以上の何かしらの反応をさせる前にリキューの蹴りが打ち込まれた。まともにぶつかり、一気に加速を付けられてフリーザの身体全体が遠く彼方まで吹っ飛ばされる。勢いは衰えることなく、やがて進行方向上の立ち塞がっていた岩山へとフリーザは激突。崩れ落ちる岩塊と舞う砂塵の中にその姿を消した。
 油断はしない。この程度で終わるなど、最初っから思ってなどいない。

 予想は違わず。舞う粉塵の中から、フリーザは極々自然な足取りで現れた。その身体には傷らしい傷もなく、精々が肌が少しばかり汚れた程度のもの。
 元より分かっていたことである。“気”も大して減っていなかったのだ。本番はこれからだと、リキューは浮つく意識を適度に抑える。
 フリーザが口を開く。その声色は何ら痛痒を感じさせぬ、平然としたものであった。

 「ハッタリじゃなかったのか………スピードが見違えたように速くなったよ。いったいどこで手に入れたんだい、そんな高度なオモチャを」

 「手に入れたんじゃない、俺が作ったんだ」

 感嘆の声が上がる。フリーザは本気で驚いた様子であった。リストウォッチサイズまで小型化された重力制御機構など知らぬのだから、当然の反応だった。まさか戦うことしか能のないサイヤ人風情が、そんな画期的な技術革新を独力で行えるとは思いにも寄らなかったのだろう。
 実際のところは、確かにこの重力コントローラーを製作したのがリキューであるという点に間違いはなけれども、その機能の全てを自身で一から開発・設計した訳ではなかったのだが。
 トリッパーメンバーズという混雑した技術の集積地だからこそ手に入れられた、本来ならば知ることのなかった他の創造物世界よりもたらされた技術体系。それ由来の重力制御システムなどを研究・微調整し組み込んで、完成させていたのが真相であったのである。
 正直なところリキュー独力で完成させたと言うには大言壮語が過ぎる物言いではあったのだが、しかしそれをわざわざ明かす義理もない。
 重要なのは、今までリキューは強烈な過負荷を受けた状態で過ごしていたのだという事実である。

 リキュー自身の手によりかけられていたその重力は、数値にしておおよそ230倍。単純計算で、リキューはその体重が18tを超える状態であったということである。服一つ取って見てもそれだけの倍化をかけられれば、たかが数百gにも満たないそれとて、数kgもの重量を持つ拘束具の一つへと変ずる。
 普通、そんな重量を持った人間大のサイズの生命が存在する筈がない。したところで、まともに惑星上で生活など出来る筈がない。それだけの重量があれば、その何気ない歩行のための一踏みで地を踏み抜くだろうし、そもそも地に直立することも出来ずに遥か地底深くまで埋まってしまう筈だからだ。地が受け止めるには、その両足の面積は重量の受け皿として小さすぎるのである。
 その不可能を可能とするのが“気”というエネルギーの力であり、より厳密に言えば舞空術と称される技であった。
 重力コントローラーによって倍化した己の身体の重量を、“気”を操り同等の下から押し上げる浮力を発生させることで相殺、結果傍から見ればプラスマイナスゼロ。極々自然な状態であると見えるものを作り出していたのである。ゆえに超重力影響下にありながら日常的な生活を営むことが出来ていたのであった。
 これの意味することはつまり、常態レベルにまで極めた“気”の分割コントロール技術を持つということ、そして凄まじいまでの精緻な“気”の操作力すら持っているということ、この二つである。

 リキューの姿が消えた。
 フリーザは今度は慌てることもなく、視線を横にずらす。猛速で接近してくるリキューの姿を認め、放たれたパンチを至近で避けた。
 リキューは初撃を外されたことを気にも留めず、そのままラッシュへと移行し追撃をかけた。
 あまりの速度に発生する無数の残像が戦場の攻防を彩りながら、リキューはラッシュを続けフリーザはそれをかわし続ける。
 切り返し放たれた拳の一つをフリーザが掴み取ると、即座にリキューは掴まれた手を基点に跳ね上がり、蹴りを放つ。容易く腕を割り込ませてその一撃を受け止めると、フリーザはその勢いを殺すこともなく受け入れて、宙転しながら距離を取った。
 逃がすか。リキューは距離を取るフリーザへと向けて、即座に片手を伸ばし気功弾を撃ち放った。

 その気功弾は、受け止めようと掌を広げて待ち構えていたフリーザの直前で勝手に爆裂し、より細かな砕片となって四方へと飛び散った。
 フリーザが思わぬ展開に疑問の叫びを上げる。予想を外すという意味で、それは立派な不意打ちであった。
 リキューは気功弾を撃ち放った手を伸ばしたまま、その爆裂と同時に掌を広げていた。口元には思惑通りに事が運んでいる者特有の笑みが浮かんでいる。
 爆裂し分裂した気功弾の砕片は、消え去っていなかった。そのままフリーザの周囲を包囲する形で場に静止しており、ただ次の命令を待っている。フリーザは表情を変え、己が何時の間にか取り囲まれてしまったことを悟ったようであった。
 それは、もう遅い。

 「くらいやがれッ」

 リキューは開いた己の掌を、一気に握り締める。そして連動しフリーザを包囲していた無数の気功弾ら、その全てが一気に中心に存在するフリーザへと向かって収束し、爆発した。
 爆風と爆煙が炸裂し、視界を覆い隠していく。
 逃げ場なし、逃げる手もなし。リンとの戦いで経た経験を元にリキューが編み出した、物量による包囲というシンプルな理屈に則った回避不可能な技であった。
 よしと、リキューは得られた結果に内心で頷く。手応えはあった。確実に全弾が直撃した筈であった。
 が……しかし、発せられる“気”の大きさを感じ取り、リキューは眉を顰めた。“気”の大きさに、さしたる変化を感じ取れなかったからだ。

 (ダメージを喰らっていない?)

 そんな懸念が、リキューの脳裏をよぎった。そしてすぐに爆煙は晴れ、フリーザの姿が現れた。
 晒されるその姿に、変化はない。フリーザは全弾が直撃したにもかかわらず、ケロリとした様子で腕組みなぞをしている。
 やはり、思った通りダメージを喰らっている様子は微塵もなかった。

 「なかなかに面白いことをするじゃないか。さっきの機械といい以外と器用な奴だね、お前」

 「そうかい、それはどうも」

 フリーザの褒め言葉らしき代物に、リキューは適当な相槌を打って応答する。その表情は憎ったらしそうに変形している。
 威力が足りてなかったか。フリーザの様子を見て、そう一人で結論を出し納得する。
 決して先の一撃が手抜きであった訳ではない。それなりの“気”を込めた相応の攻撃であったのだ。曲がりなりにもリキューの持つ技の一つである、チャチな威力である筈がない。しかしやはり一旦分裂させてから集中攻撃させるという過程を踏む以上、普通の攻撃よりも単純な一つ辺りの威力が若干落ちてしまうのは事実ではあった。
 なら、とリキューは考える。今度は最高の破壊力を持った一撃を叩き込んでやる。リキューは次なる戦術を決定した。

 弾かれたようにリキューは地を蹴り、空へ躍り出た。
 未だ腕を組んだまま余裕の態度であるフリーザへと向けて、即座に距離を詰めて次々と爆裂乱舞を繰り出す。
 重力制御も手加減もされていない正真正銘の本領が遺憾なく発揮され、凄まじい速度を維持したまま攻勢が続けられる。
 フリーザは防戦一方のまま、攻撃らしい攻撃をしなかった。組んだ両手を解いて動かし、息つく間もなく放たれて来る攻撃の全てを防いでいる。

 ふと、大振ったモーションでリキューが蹴りを放った。唐突に挟まれたその動作だが、当然そんなスローな攻撃が当たる訳はない。
 避けるまでもないと見たのか、フリーザが片手をその蹴りに合わせる様に掲げる。そして放たれた蹴りは予測された通りの軌跡を通り、その軌道上に置かれたフリーザの手と接触し―――すり抜けた。
 フリーザの瞳が大きく見開かれる。リキューの姿が何時の間にか、目の前からいなくなっていたのだ。
 超スピードによる視覚の誤魔化し、俗に言う残像であった。

 「何処だ?」

 キョロキョロと、フリーザは辺りを見回す。残像とは若干スローなスピードに慣らさせたところでスピードを切り換え、相手の視覚を錯覚させ騙す技法である。
 それゆえ、前もってそうと分かってさえいれば別にトップスピードを出されようとも捉えられないという訳ではない。急激な緩急による感覚のマヒが原因なのだから。
 しかし、それでも残像に一度でも騙されれば一瞬の隙が生じる。ほんの一秒にも満たないレベルの小さな隙だが。
 それはリキューにとって、次なる行動を用意するに十分過ぎる猶予である。

 「こっちだ、フリーザ!」

 「!?」

 浴びせられた叫び声に振り向いたフリーザは、遠距離から両足を揃えて身体ごと突っ込んでくるリキューの身体を目撃した。
 音速を突破したことによるショックウェーブを放ちながら、リキューの両足はフリーザの身体にと突っ込んだ。
 防御姿勢を取る暇もなくまともに喰らい、フリーザは斜め下方の方向へと吹き飛ばされた。緩い角度で地に突入し、そのまま数十mにも及ぶ溝を刻んでいく。
 やがて、フリーザの動きも止まる。だが長い距離を吹き飛ばされるほどの衝撃を受けながらも、悠々と半ば埋もれた自分の足を引き抜き、平然と歩き出した。やはりその小さな体躯に、ダメージの刻まれた様子はない。
 底知れないタフさ加減であった。宇宙最強という称号は伊達ではない。

 「だが、これならどうだ?」

 リキューの次なる手は、すでにフリーザを蹴り飛ばした時には始まっていた。
 視線を向け、フリーザは気が付いたようであった。リキューは地に降り立ち、フリーザと同じように両足で大地を踏みしめて立っていた。
 その両掌は胸の前で囲いを作る様な形を取って、向かい合わせられている。

 ニヤリと、リキューは見せつけるような笑みを浮かべる。
 すでに構えられた両手には、全身から掻き集められた“気”が収束されていた。
 気が付いたばかりの様子のフリーザを尻目に、リキューは己の持つ最大最強の必殺技を叫びと共に解放する。

 喰らいやがれ。リキューの思考がそれだけに染め上げられた。

 「フルバスターーーーッッッ!!!!」

 囲いを作っていた両掌が前へと揃えて突き出され、蓄えられた“気”が解放された。極太の気功波がリキューの両手より生み出され、その矛先をフリーザへと向けて真っ直ぐに直進する。
 これこそが、リキューの持つ唯一にして最大最高の必殺技である“フルバスター”だった。ただ“気”を収束して放つというシンプルな原理だけを持つ、単純にして最強なる技。
 それはリキューの初めて編み出した技であり、そして“気”の扱いが熟達した今、その真価を最も発揮できる必殺技であった。その威力は紛れもなく、現時点のリキューにて用いれる最大最強の代物。
 ゆえにこそリキューは、例えフリーザであろうとも確実に通用するであろうという確信を持つ。

 (その余裕面を、何時までもしていられると思うなよ!)

 心に抱くは、そんなくだらない意地程度。しかし放たれた攻撃は、実際問題洒落にならないだけの威力を持った激烈なものであった。
 ここまでの威力を発揮したフルバスターを放った経験は、リキュー自身これまでになかった。こんなものを叩き付けられるだけの相手に会ったことが今までなかったからだ。不殺主義者であるがゆえにこそ働く、自制があったのである。

 最大最強の光線が、特大の気功波がフリーザの抉った地の溝に重なる様になぞりながら、さらなる巨大な溝を上に刻み付けながら直進する。
 タイミングはベスト、かわす余地はない。
 防ぐか受けか、どっちみち当たるしかフリーザには選択肢はない。そうであると、リキューは確信していた。
 だが、しかし。
 フリーザは、防ぐことも受けることも、そのどちらをすることもなかった。
 眼前へと迫る巨大な気功波。 それを前にし、フリーザは表情から色を消し、片手を握り締めて拳を作る。

 そして真っ正面から今まさに呑み込もうと迫っていた気功波に合わせる様に腕を振り払い、その腕一本で無造作に気功波を弾き飛ばした。

 「―――ッッッ!? な、なんだとッッ!?」

 驚愕に染め上げられたリキューの顔の横を、弾かれた気功波が通り過ぎる。そのまま気功波は遠く彼方へと飛来して着弾、激しい爆発と共に大地を削った。
 遠い後ろから爆風の余波が駆け抜ける中、リキューは呆けた表情のまま身体が固まったままだった。
 唖然とし微動だにせぬまま、からからと現実味のない思考だけが空転した。

 (片手一本で………それもあんな呆気ない動きで、俺のフルバスターを弾き飛ばした、だと?)

 コキコキと、フリーザは気功波を弾いた腕の方の手首を調子を確かめる様に動かしていた。
 ダメージを受けている様子は、やはりない。気功波を弾き飛ばしたその腕にすら傷一つなく、正真正銘無傷であった。リキューの最大最強の威力を持った必殺技である、フルバスターを受けていながらだ、だ。
 そこで、ふとリキューは気が付いた。
 感じ取れるフリーザの“気”が、全くと言っていいほど揺らいでいないことに。二つ感じ取れる、明確に認識できる表へと出ている“気”と、そして内へとまだ隠されたまま発揮されていない潜在パワーの波動。その一方である潜在パワーの方が、あれほどの気功波を弾き飛ばしたにもかかわらず変化していないのだということに。

 潜在パワーのその大きさを、“気”の知覚によって外部から厳密に測り取ることは不可能である。表に現れず、身体の中に隠れ潜在している力であるのだから当然ではある。出来るのはただ漠然と存在しているだろうという感覚と、それが減ったかどうか程度の曖昧な認識ぐらいなものなのである。
 潜在パワーが減る。これはつまり、それだけ実力を発揮するということを意味する。逆を言えば、感じ取れる潜在パワーに一切の変化が見られない場合とは、全く本気を出していないのだということをも意味することになる。

 ―――つまり?

 リキューは自身のフルバスターが弾き返された瞬間、フリーザのパワーが跳ね上がったのを確かに感じ取った。
 それはいい。それもまた脅威ではあったが、しかしまだ重要視してしまう程致命的なものではない。
 問題なのは、それだけフリーザが瞬間的にパワーを跳ね上げたにもかかわらず、潜在パワーの大きさが一切変動していないことなのだ。
 少なからずのパワーを発揮しているのならば、絶対に潜在パワーは良くも悪くも変動する筈。なのにも、現実には微動だにしていない。
 これが指し示すことは、つまり、フリーザにとって瞬間的に跳ね上げられたあのパワーは、さして自身の潜在パワー揺るがせるほどの代物ではないのだということだ。

 こめかみから冷や汗が一筋、肌を流れ落ちた。
 この時初めて、リキューの心の中にあった余裕と自信に、揺らぎが生じていた。
 彼我に横たわる巨大な深淵の淵を、垣間見てしまったがゆえの畏れだった。
 リキューは、ぽつりと、その思い至った恐ろしき事柄を己の脳裏に思い浮かべた。

 (フリーザは、全然…………実力を出していない?)

 それも、実力の半分だけだとか技を使わないだとか、そんなレベルの話ではない。もっと桁違いの領域でだ。
 例えれば、それは限界まで蓄えられた巨大なダムから流れる小さな河川。あるいは、広がる大海から取り出された一滴のしずく。
 それほどの実力が、未だ隠されているのではないか?

 「さてと………」

 「っ!?」

 フリーザが、口を開いた。
 それをきっかけに、リキューは硬直から脱し慌てて構えを取った。
 のっぺりとした小柄な体躯。不気味さだけがあり、他者に凶暴なイメージを与えないその姿。しかしその姿から、リキューはかつてない威圧感を覚える。
 それは、リキュー自身の持つ感情がそう見せているだけのことであった。
 リキューの抱くある感情。その感情の名を人は、畏怖、あるいは恐怖と呼んだ。

 「そろそろボクの反撃を始めさせてもらうよ」

 そう言い切ると同時、リキューの視界から比喩でなくフリーザの姿が消えた。そしてリキューが何かしらの動作をする前に、すぐ目の前にフリーザが現れ、腹に拳を叩き込まれた。
 バトルジャケットが砕ける。“気”の守りも容易く貫き、その拳は真っ直ぐにリキューの身体を突き刺した。内臓が外部から押し潰れるような錯覚を抱き、吐き気と激痛が合わさってリキューを襲う。
 痛烈な一撃だった。派手に吹き飛ばされることもない、ただただ肉体の奥の奥にまで響く、ひたすらに強烈な一撃だった。

 「………か、ッが!?」

 よたりと、リキューは後ろへと数歩下がる。打ち込まれた腹の部分に両手を当てて、痛みをこらえる姿を無様に晒す。
 歯を食いしばって顔を持ち上げてみれば、目の前では悠然とたたずむフリーザが、その人差し指をリキューへと差し向けていた。
 怖気が走った。リキューがなりふり構わず地を蹴って身体を投げ出すのと、フリーザの指先から気功波が放たれたのはほとんど同時であった。
 リキューはその瞬間、何かが光ったかとしか思えなかった。一瞬の閃光が垣間見えた次には、すでに着込んでいるバトルジャケットのローブ部分が消し飛ばされていた。そして彼方では、爆発。フリーザの差し向けた指先の射線軸上にあった遠い地平の一部が、巨大なキノコ雲を上げて消し飛ばされていた。
 ふと我に返り、慌ててフリーザへと視線を戻す。が、さっきまでそこにいた筈のフリーザの姿は、また消えていた。
 何処へ? そう思うリキューの頬面を、小さな拳が打ち抜いた。

 「ぐぶッ!?」

 身体が飛ぶ。大の大人の身体が軽く数mの距離を飛翔し、衝撃にシェイクされた頭をふらつかせたまま顔から地面に接触する。
 どろりと口の中の切れた個所から、血が流れた。顔の傷は血が集まっているために、その大きさに見合わぬ出血を被ることになる。
 鉄錆の味に不快感を覚えながら吐き捨てて、リキューは震える身体を持ち上げて振り向いた。

 「所詮目で追っているだけ、じゃなかったのでは?」

 明らかな侮辱が、一片も隠されることなくさらけ出されていた。
 それに屈辱を大いに感じながらも、しかしリキューはそれ以上の恐れに身を塗れさせていた。
 フリーザの初動。最初は見切れていた筈の気功波。そして最後の追撃。その全てを、リキューは捉える事が出来なかったのだ。
 単純に目で捉えるだけではない、“気”の感知なども併せた、フリーザなどのそれよりも遥かに高度なリキューの見切りにもかかわらず、捉える事が出来なかったのである。
 あまりにもずば抜けた規格外の超スピードが、完全にリキューの反応を凌駕していたのだ。
 一体それは、どれほどのものだというのか。どれだけのスピードが、格差があって成し得る芸当なのか。
 フリーザの潜在パワーに、揺らぎはない。ことココに至っても、未だにフリーザの底は欠片たりとも示されてはいなかった。

 リキューの身体が、小さく震えている。そのことに、本人ですら気が付いていなかった。
 フリーザが、口を開いた。

 「ちょっとは楽しめたよ。でももう飽きた。大体そっちの実力も分かったし、そろそろ終わりにしようか」

 そして、地獄が始まった。




 惑星ベジータにある唯一の都市。唯一であるがゆえに名も存在しない、そのかつてのツフル人たちの住居であった大都市でのこと。今現在、この都市はその大半が人の住まぬ無人ないし廃墟区画となっている。それは居住している者の数が、少数民族であるサイヤ人と、それのサポートを行うフリーザ軍から派遣された少数の非戦闘員しか存在しないからだ。単純に人の数が年の大きさに見合っておらず、またそれゆえに、かつてのツフル人殲滅計画時の侵攻による破壊の傷痕が修復の必要性を見出されず、ずっと放置され続けているのである。
 その都市の中の一角。数少ない無事な建物類が立ち並ぶ、人の姿がある区画。そこでサイヤ人をはじめとする多くの人間たちが、ざわめき騒いでいた。

 「一体何がどうなっているんだ!? 何か分かったのか!?」

 「ダメだ! 皆目見当がつかん!! フリーザ様の船の反応があったみたいなんだがッ」

 「フリーザ様が来ているのか!?」

 「だから分からん!! 反応が今はないんだッ!!」

 管制室では喧々囂々と兵士たちの叫び声がひっきりなしに響いている。
 それだけ平常心を失わせるに足るだけの異常事態が、頻発していたのである。

 初めにそれに気が付いたのは、管制室に詰めていた一人の兵士であった。
 仕事もなく同僚たちと共に札遊びに興じていたその時。彼は視界の隅にあったレーダーに、何かの感らしき反応が捉えられていることに気が付いた。
 なんだなんだと、イレギュラー続きの今日の業務について思い返しながら彼が確認してみれば、しかし画面には何の反応も映ってはいなかった。
 これが後に連続するものの中で、その最初に起きた異常事態であった。この件について結局彼は気のせいかと、この時ログを調べることもせずにすぐに忘れることとなる。

 この真実とは簡単なもので、惑星ベジータへと近付きそのレーダー圏内に入ったことを察したフリーザの専用宇宙船内に勤めていた兵士の一人が、上位権限を使って直接命令を惑星ベジータのメインシステムに打ち込んでいたのだ。
 上位権限によって強制的に命令を受理させられた機械は、レーダーの探知からフリーザの宇宙船の反応を除外するように設定されたのである。
 これによってレーダーは探知範囲内に堂々とフリーザの宇宙船や戦闘員たちが存在しているにもかかわらず、その反応を機器の上に示すことがなかったのだ。

 二つ目の異変は空から文字通り、降ってきた。
 天から正体不明の物体が数多く惑星ベジータへと降り注ぎ、その一部が都市部にも落着したのである。すわ隕石かと驚いて見てみれば、その正体はフリーザ軍所属の戦闘員たちであった。
 しかもただの戦闘員ではない。彼らは皆フリーザ直属の指揮下にある、私兵とも言える者たちだったのだ。
 一体何事か。そう思うも、しかし降ってきた戦闘員たちは例外なくノックダウン状態であり、まともに事情を聞きだせる相手は一人もいなかった。
 これが二つ目に起きた異常事態であった。この頃になってようやく一部の者たちの間で、重大な事態が発生しているのではないかという雰囲気が現れ始めてはいたが、しかしまだ少数派でしかなかった。

 決定的となったのは、三度目の異変であった。
 空の彼方で、何度も巨大な爆発や閃光が確認され始めたのである。またそれに伴い不気味な大気の鳴動や大地の微震など、天変地異としか見れない現象が発生していた。
 これには呑気に飲み騒いでいたサイヤ人たちも気付き、そして本格的な混乱が巻き起こり始めたのである。
 慌てた管制室勤めの兵士の一人が試しにスカウターを起動させてみれば、即座にオーバーフローを起こし爆砕。これにまた慌てて、兵士たちは起動させようとしていた管制室の戦闘力測定機能を緊急停止させる。
 スカウターなどの戦闘力測定装置に使われている観測素子は、ツフル人の遺した工業プラントから半ば自動的に製造されている一種のオーバーテクノロジーである。大まかな原理理屈こそ分かってはいるが、その詳細な構造やパワーの入出関係は手探り状態での解明途上であった。ぶっちゃけて言って、使えるから使っている状態とも言える。
 そのため、厳密に言ってオーバーフローが起きると観測素子が爆発してしまう理由も分かってはいなかった。分かっているのは、観測素子はそのサイズに比例して測定できる戦闘力の限界や範囲が決定され、そしてまた、それはオーバーフローによって起こる爆発もまた等しいのであるということである。

 つまり、これはどういうことなのかと言うと。
 スカウターに組み込まれるサイズ程度の観測素子ならばオーバーフローは爆竹程度の爆発で済むが、管制室に存在しているような大型のものだと洒落にならない爆発が発生する、ということである。
 具体的に言えば、管制室の存在する建物が丸々一つ吹き飛ぶ規模の爆発が発生する。
 本気で洒落にならない威力であった。

 ともあれ、こういう経緯により詳細を把握することが出来ず、ただ凄まじい戦闘力を持った存在がいるのだということだけが理解されたのだった。
 当然事態の収容など付く筈がなく、混乱はますます大きくなって続く。

 そこに来て、第四の異変の発生。
 それは遥か空から振り下ろされた、巨大なる鉄槌の一撃だった。
 これまでとは比べ物にならないレベルの激震が突如として発生し、惑星ベジータの大地全体を揺さぶるかのような衝撃が襲ったのだ。
 それは
 混乱の極致に至った兵士たちが機器を駆使して原因を探ってみれば、どうやら都市部から離れた荒野の方に、莫大な運動エネルギーを持った物体が衝突したらしいという結果が出てきた。
 算出された数値が正しければ、その運動エネルギーはおおよそ全長が4kmにも達するだろう大クレーターが出来るに等しいものであるとのこと。

 今度こそ本当に隕石か!? 混乱に惑いながら、彼らはそう思った。
 この考えを裏付ける様に外にいた人間の中には、空から地平の果てに落下していく光の軌跡を見たという者が多数確認されている。
 しかしそうだとするならば、不可解な点があった。幾ら惑星ベジータに少ない人口しかないとはいっても、警戒網が全くない無防備な星という訳ではないのだ。たかが隕石程度の接近ならば即座に感知できる体制がある。しかし現実には一切の反応が検出されておらず、あったのは極めて高レベルな戦闘力の反応だけである。
 単純に隕石の飛来と考えるにはあまりにも不可解極まりなかった。

 ならばと合理的に考えれば、導き出される答えは侵攻であった。
 とてつもなく強大な戦闘力を持った存在が、惑星ベジータに侵攻しかけてきた。こう考えるのが導き出される最も合理的な答えであったのだ。
 そうするであろう心当たりは、それこそ数え切れないほど存在する。フリーザ軍所属であるという時点で怨恨の対象として十分だし、それとは関係なしにサイヤ人の成した悪行はおびただしい。否定する理由が逆にない。
 だが、それですらも最も可能性が高いというだけであり、実際の真相は不明だということに落ち着くのが現実だった。

 結局のところ、彼ら自身の手元に現状を把握するだけの情報はなく、そして取るべき行動を選択することも出来ず、右往左往するしかないのであった。

 そうして、事態が混乱のまま硬直することしばらく。
 新たなる異変が、そしてこれまでの異変のその正体が、彼らの前へとその姿を現すのであった。

 相変わらず続く奇怪な天変地異。微細な大地と大気の震えを感じ取りながら、不快気に辺りを見回している一人のサイヤ人が、ふと気付いた。
 妙な音を聞き取ったのだ。それはまるで岩塊を叩き潰すような音であり、あるいは立て続けに爆撃を行っているかのような、いずれにしても破壊に連なる種の音をだ。

 「なんだいったい? 誰かなにかしてい……」

 彼が言葉を全部言い切る前に、都市の一角がいきなり轟音を立てて崩壊した。
 ショックウェーブが付近一帯を吹き飛ばし、驚き伏せながら彼は目を剥く。

 「な、なんだぁッ!? 何がどうなって!?」

 「誰か戦ってるぞ!? どこのどいつだ、あいつ!?」

 響いた言葉に釣られて現場を観察してみれば、確かに件のものらしき人影を見つける。
 人影、である。細かい人相までは確認することは出来なかった。あまりにも凄まじいスピードで戦っているらしく、霞んだ残像ぐらいしか彼には確認することが出来なかったのだ。
 そのなんとか確認できた姿は、全身ボロボロでほとんど上半身を露出するほど破壊されているバトルジャケットを着込んだ人間と、もう一人。こちらはまるで見たことのない、子供みたいに小柄な体格をした、白い肌の異形らしき姿。
 誰だあいつらは。僅かなりとも見えた人影から正体を探ることも出来ず、一同は皆同じ思考を抱いた。
 とはいえだ、そんなことは正直どうでもいいことではあった。
 正体がどーだとか言うよりも前に、その圧倒的な戦闘力についての方がより重要かつ危急な興味の対象であったのだ。

 示される戦闘力のその高さは、スカウターを用いずとも理解出来た。
 なにせ、見えないのである。距離を取って全体を俯瞰できる位置にいるのにもかかわらず、その両者の攻防が全く見えないのだ。
 ただ両者が激突しているのだという事実だけしか知ることが出来ぬ程の、超ハイレベルな戦闘なのである。否応にも認めざるを得ない。

 無人区画のビルが戦闘に巻き込まれ、纏めて薙ぎ倒される。
 宙で激突しているだろう衝撃波がまき散らされて、風圧がガラスを軒並み粉砕し人を吹き飛ばす。
 近付くことすら出来ない。埒外にも程がある戦闘力の現れだった。

 しかしそんな段違いの戦場の中で、観戦していた一人の野次馬である彼は、とあることに気が付いた。
 何度と繰り返される熾烈な激突。その度に弾き飛ばされる一方の人影。
 もしや。彼はその考えを口に出した。

 「押されて、やがる? 戦闘服を着てる方が負けてるのか?」

 それも一方的に。彼はじっくりと観察した結果、その考えを確信する。
 互角の様に見えた攻防は、ただ単に両者が共に桁違いなためにそう見えていただけであり、実際には互角でも何でもなかった。
 常に攻撃を喰らい、吹き飛ばされているのは決まって一方だけ。激闘している両者には明確な実力差が存在しているようであった。

 サイヤ人やメカニックたちが遠く観戦する中、激闘の皮を被った一方的な戦闘が行われる。
 玉突きのように吹き飛ばされ殴り飛ばされ、そして投げ飛ばされる正体不明の人間。残像しか捉えられないほどの超高速の攻防の中、はたしてどれほどの数の打撃を被っているのか。
 また一つ、巻き込まれて区画の一つが壊滅状態へと追い込まれた。




 派手に三つの頑丈なビルをぶち抜き倒壊させ、舗装された地面をリキューは自身の身体で削り通していた。
 全身に走る激痛や疼痛など、あまりにも重いダメージにもはや悲鳴すら漏れない。
 埋まった身体をなけなしの力を込めて立ち上げさせて、血混じりの咳をする。呼吸は荒く、先の余裕など一片も残っちゃいなかった。

 「ぜぇ………ぜぇ………ち、ちくしょうッ」

 「本当にタフだね、お前。まったく、ゴキブリ並みの生命力だ」

 粉塵漂うの倒壊したビルの方向から、煙を掻き分けて無傷のフリーザが現れる。
 軋む身体を踏ん張らせ、リキューは片腕を突き付けて気功波を撃ち放った。しかし着弾する前に、フリーザの姿が消える。
 そして真横から脇腹に蹴りを叩き込まれ、リキューはまた無抵抗に吹き飛ばされた。
 進路の先にあった廃墟となっていた建物の壁をぶち破って中へと侵入し、埃の積もった家具に叩きつけられて動きが止まる。
 げぼりと、血反吐をぶちまけた。脇腹に手を当てて、新たな苦痛に悶絶する。

 敵わない。一切合財手応えがない。
 リキューはその認め難い、忌まわしい現実を十二分に突き付けられていた。
 殴りかかっても容易くかわされ届かず、力勝負に持ち込もうとも呆気なく押し負かされ拮抗出来ず、真正面から気功波を直撃させてもかすり傷一つ負いもしない。
 根本的な地力があまりにもかけ離れ過ぎていた。ほんの少しばかり戦闘力が離れている、なんてレベルではない。確実に倍以上の戦闘力差が間にはあったし、しかもその状態でも潜在パワーは微動だにしていなという事実。つまりフリーザは、この上でまだまだ底力を隠しているのだということ。
 格が、違う。心身の底からリキューは痛感していた。

 (あの野郎……何が勝てるだろう、だ!)

 リキューは脳裏に描いた一トリッパーの姿に毒づき、ついでに首を絞め上げてハングしてやった。
 そんな八つ当たりはともかく、事態は最悪としか言いようがない状況だった。

 戦闘力の差は歴然とした勝敗の有無を決定づける。
 戦闘力の低いものは高いものに対して圧倒的なアドバンテージを得るし、その差が決定的に開けばテクニックや運といった技能諸々を含めて、完全に覆しようのない不動の勝者の地位を与えることとなる。
 ゆえにこそ、リキューに勝ち目はゼロであった。異論の挟む余地はなく、覆す手段もない。
 例外があればワールド・ルールぐらいなものだろう。過程や理屈を無視しルールを遵守させるそれならば、戦闘力のもたらす絶対不変の定理をも変化させる結果を与えるかもしれなかった。
 もちろん、そのことについてはリキュー自身理解していた。その証に、彼はあるワールド・ルールを持つ強力な隠し玉を一つ持っていたのだ。それを使って実力がほんの少しばかり及ばなかった場合、フリーザの最終形態に対抗しようと思っていたのである。
 がしかし、それは元々時雄の言葉を信じ、少しばかり実力が足りなかった場合の補助として使うよう想定し用意していた切り札である。ここまで隔絶した実力差があった場合を考えて備えられた代物ではない。

 例え使ったところで、現状打破できるほどの効力は発揮できない。リキューはそう判断していた。
 つまりは、手詰まり。打つ手はなく、抗う方法はなし。
 ゲームオーバー、終わりであった。

 「くそ、認めてたまるかそんなこと………ッッ!?」

 リキューは目を剥き、とある方向へ目を向けた。
 壁に遮られたその向こう。そこに存在しているだろうフリーザ。その感じ取れる“気”の僅かな変異。
 まずい。リキューはそう思うが否や、遮二無二飛び出した。

 リキューが反対側の壁をぶち破って外へ飛び出すのと建物が丸ごと押し潰されたのは、ほとんど同時であった。
 周辺の大気も一緒くたに圧縮され、突風が巻き起こる。なけなしの戦意を奮いながら視線をやれば、今まさに建物一つを己が超能力で握り潰したフリーザの姿が。
 そして視線が重なったかと思えば、もうフリーザはリキューの目の前に来ていた。
 口を覆い隠すように、顎部へと蹴りが叩き込まれる。頭を揺さぶられて、リキューはまた吹き飛ばされた。十回以上地面を回転し、横たわる大きな瓦礫を粉砕して動きが止まる。

 「まだ生きてるのかい? ちょっと優しくし過ぎたかな。あいにくとこの姿だと細かい匙加減が効かないんだ、悪く思わないでくれよ」

 「げほッ。こ、の野郎………人をボールみたいに、コロコロコロコ気安く吹き飛ばしやがって」

 ぼたりぼたりと血が垂れ流れ、頭が酩酊したかのようにふらついていた。
 すでに全身で無事でないところが希少な状態である。派手な裂傷などこそないけれど、打撲や擦り傷など細かい負傷は数知れず。内臓にだってダメージは入っている。細かな傷から流れる出血も積もり積もって、馬鹿に出来ない出血量となっていた。

 そして霞む視界の中、リキューは無造作に片手をこちらへと向けるフリーザの姿を見た。
 “気”が伸ばされた手へと集まってゆく。とどめを刺すつもりだと、ワンテンポ遅れて悟った。
 即座に飛び退こうとする。が、足に力が入らなかった。頭へのショックが、身体に蓄積されたダメージが次への動作を鈍らせていた。
 リキューは愕然とした。目の前では余裕たっぷりな笑みを浮かべて、フリーザがその手に“気”を収束し終えている。
 もう間に合わない。その現実を、リキューは理解してしまった。
 フリーザの手から放たれる気功波は、走馬灯の入る余地すらない刹那の速さを以って、リキューを焼き尽くすことだろう。

 (馬鹿な………ふざけるな、こんなところで俺は――――)

 思考は無意味。精神が力となることはない。
 リキューは動くことは出来ず、フリーザの滅びをもたらす気功波を甘んじて受ける他、道はなし。
 光が、放たれる。


 《フィジカル・バインド、セット。リリース・アンド・リピート、スタート》


 ―――前に、突如として出現した幾千もの光る紐が、フリーザの身体を束縛した。

 「な………」

 「!? なんだこれはッ!?」

 未知の現象を前にフリーザが戸惑いの叫びを上げ、見覚えのあるそれにリキューは目を見開いた。同時に見覚えのある光輝く図形―――魔法陣が、リキューの足元にも発生する。
 フリーザが無造作に紐を引き千切ろうと身体を動かすと、その度に容易く紐が千切れていくが、しかしその千切れる数以上に新たな紐が次々と身体を覆っていき、終わりのないイタチゴッゴを演じている。
 リキューは奇妙不可解な、かなり身に覚えのある、とある“気”の存在を感知する。
 自分のすぐ隣へと視線をやると、ふわりと丁度、その“気”の持ち主が降り立っていたところであった。

 「お前は………」

 しっかりと視界の中の焦点を当てて、リキューはその人間を捉えた。
 170cmを越える身長。細く華奢でありながら、その実鍛え絞り込まれた肉体。腰まで届く長いストレートの、今は銀色に光輝いている長髪。上下ともに同じ、身動きのとり易い黒いレザー材質の全体を彩る様に金糸状のラインが入った服装と、その上に羽織る様に存在する白いコート。背からは大きな二対四枚の“羽”が伸びている。そして見るもの全てが男女問わず振り返ってしまいそうな美麗な顔と、その上で異彩を放つ妖しく輝くヘテロクロミアなる瞳。

 魔導師、リン・アズダート。彼がその片手にマシン・ソード形態のジェダイトを携えながら、そこにいた。

 予想外な人物の登場に、リキューは完全に意表を突かれていた。目を白黒させて、言葉らしい言葉が口から出てこない。
 リンはフリーザに視線を固定したまま、苦しげに眉を顰める。

 「くそ………欠片も拘束出来てない。二千以上バインドしているんだぞ? 負荷単位はとっくにtレベルになってる筈だってのに、それで普通に動けてるって………」

 《常識の存在を問いたくなる光景ですね。ここまで埒外の化け物がいたとは》

 視線の先にいるフリーザは、リンの発言した通りバインドを連続しかけられ続けているというのに、動きを止めている様子はなかった。少しばかり力を入れる様子を見せたかと思えば、呆気なくそれだけで重ねられているバインドの束縛を破壊している。
 破壊される傍から即座に新しいバインドが発生させられてはいたが、しかし効力らしい効力は全く期待できないであろう状態だった。
 フリーザから視線を外し、リンが隣に倒れ込んでいるリキューへと目を向ける。
 向けられた真剣な表情。なんだと、リキューは真っ正面かその表情と向かい合った。真剣な表情に釣られて、自分もまた心情を整えて相対する。

 一拍の間が置かれ………そして一気にリンの罵倒が展開された。

 「この、腐れ戦闘大馬鹿猿野郎ッ!! てめえ馬鹿か!? 阿呆か!? こんの真性バトルキチガイ!! まさかと思えば本当に予想通りのことをしてやがって、この馬鹿猿がァッッ!! なんだってフリーザと戦ってやがるんだお前はァ!? あァ!? しかも最終形態になってるのはどういうことだ、説明しろこの馬鹿!! てめぇなら最終形態に変身させる前に仕留められただろうがこの阿呆が!! わざわざ相手をパワーアップさせて窮地に陥っているって、どこのアホだ! お前はベジータかこのサイヤ人!!」

 「な………貴様ッ、やかましいわッ!! いきなり出て来たかと思えばゴチャゴチャと! 貴様は関係ないだろうが、ピーチクパーチク騒ぐな!!」

 「うっさい! てめえが黙れこの腐れ脳筋猿!! ピーチクパーチクって死語使ってんじゃねぇよ!!」

 「ベラベラベラベラとッ! 一体何しに来やがった貴様!?」

 「知るかボケェッッッ!!!」

 《相変わらずの関係であることは結構ですが、そろそろ止めた方がいいかと、この馬鹿コンビ》

 無機質な突っ込みが入れられて、過熱した両者は我に返った。
 互いが互いに舌打ちと睨みを効かせながら、フリーザの方へと視線を移す。
 呆れたかのように白けた表情で待っていたフリーザが、そろそろいいかいと声を出した。

 「そのサイヤ人の仲間か? 妙な技を使うみたいだけど、こんなのでボクに勝てると思ったら大間違いだよ」

 軽く手を振る動作だけでぶつりぶつりと、何百もの重ねられたバインドが千切れていく。
 その気になれば一瞬で全ての拘束を破壊できるだろう、アピールだった。しないのは単純に気分の問題なのだろう。自身の実力の程を見せつけているのだ。
 勝てない。そのリキューの考えは変わらない。突然現れたリンには不意を突かれたものの、冷静に考えれば例えリンが加勢したところで、その事実は万分の一も変わりはしないのだ。そんなことはリキューだって百も承知であった。

 言ってはなんだが、リン程度の相手はリキューはおろか、他のそこらのサイヤ人なども含めて“ドラゴンボール”世界の人間から見れば、雑魚でしかない。
 ワールド・ルール由来の特性があるため、決して勝ち目はないということはないのだが、根本的な地力、つまり知覚速度や反射速度といった身体能力に天地ほどの差があるのだ。
 リンが持前の馬鹿魔力をつぎ込んで青天井式に強化ブーストしようとも、ぶっちゃけ戦闘力が4000程度ある人間の本気の戦闘速度には付いていけないのである。魔法云々を使う前に、殴り飛ばされて勝負が付いてしまう。
 リンがリキューといい勝負が出来て、尚且つたまに勝利が拾えていたのは、リキューの相手に合わせた手加減が一種の紳士協定のような取り決めとして、模擬戦の内の暗黙の了解としてあったからに過ぎない。
 そうでなければ、リンはリキューと出会った四年前の最初のその日から、模擬戦で一切の勝利を得ることが出来なかったに決まっている。それだけの能力差があるのだ。

 よって、フリーザにリキューがやっていたような手加減が期待できない以上、リンの出て来れる場面は存在しないということである。
 無駄に命を捨てるだけにしかならないのだ。リキューだってそれは望むところではない。
 リキューにとってリンは不倶戴天の憎たらしい存在ではあったが、しかしだからといって死んでしまえとまで思う程、殺意を抱く対象でもないのだ。
 ゆえに、何を考えてこの場に現れたのか分からなかったが、隣に立つリンに対しリキューはそっと語りかけた。

 「おい………死にたくなければとっとと逃げろ。貴様がどうこうできる相手じゃない、死ぬぞ」

 「言われなくたって分かってる。フリーザ相手に俺一人で勝てるかよ、しかも最終形態に」

 戦闘力が幾つだと思ってやがる。リンはそう言葉を続ける。
 その答えはリキュー自身が知りたかったが、しかしもはやこの場では関係ないことであった。
 ならばと言葉を続けようとしたリキューの口を、リンが覆い隠すよう言葉を発する。

 「あのフリーザ相手に逃げられると思うか? そんなことよりも、ちょっと耳を貸せ」

 「作戦会議かい? 無駄だと思うけどねぇ………まぁいいさ、どうぞご自由に」

 フリーザは観戦の構えを取って、泰然とした態度で直立していた。フィジカル作用に特化されたバインドを何千重にも受け続けているにもかかわらず、さしたる負荷を受けている様子もない。
 その圧倒的強者がゆえの余裕。それに苛立つリキューの肩を掴んで、耳元にリンが口を近付ける。
 声を小さくし、密かな様子でリンはリキューに言った。

 「リキュー、お前フリーザ相手にちょっと時間稼ぎしろ」

 「………時間稼ぎだと? 貴様、何をする気だ?」

 「とっておきの隠し玉………てめえ対策に色んなところから資料引っ張って来て、試行錯誤した上に完成させた“必殺”魔法を使う」

 リンは自信を持って、その言葉を吐き出した。
 必殺魔法。必殺という言葉のアクセントをより強調し、リキューへと伝える。
 そんなものがあったのかと、リキューは軽く驚く。リンの自信の源となるほど強烈な魔法、それは如何なる威力を持つのか。
 しかしと、リキューは思い付いた懸念を返す。

 「効くのか、それは? 本当にフリーザを相手に?」

 自分対策に作られた魔法というものが、はたしてフリーザ相手に真っ当な効力を発揮できるというのであろうか?
 リキューにとって非常に腹立たしい事実ではあったが、フリーザの実力はリキューを圧倒的に凌ぐ。それは、例えリキューを消し屑に出来る威力の魔法を放ったところで、フリーザに傷一つ付けることが出来るかどうかが怪しい、というほどでである。
 ましてや、リンの魔法である。今までのリンの魔法は、その単純な威力だけを見るとリキューにすら大してダメージを与えられる代物ではなかったのだ。それらがリキューに対して有効打を与えられていたのは、あくまでもリキューが魔力を持ちリンが『魔力乖離』を持っていたがゆえのこと。決して魔法自体の威力に屈していた訳ではない。
 だからこそ、不信が浮かぶ。必殺という言葉を冠していても、実際には必殺ではないものなど世の中には腐るほどあるのだ。
 ッハと、リンは笑った。

 「心配無用というより、無駄だな、そんな気持ち。これは確実に効く。てめえだろうがフリーザだろうが、関係なくな。なにせ色々といじくって試した結果、厳密に言えば魔法じゃなくなった代物だからな………おかげで非殺傷設定も出来ない、完全にデストロイオンリーな応用性の一切ない物騒な代物になるし、その上準備を整えるのにかなりの時間を喰うから、実用性も低いが。だから一人だと使う暇がないし、当てることも出来ない魔法なんだよ、こいつは」

 「そういうことか………道理で、その“必殺”魔法とやらを俺との戦いで使ったことがない訳だ」

 「黙れバトルジャンキー。………とにかく、フリーザを倒せる手立てはあるんだ。けどそのためにはどうにか時間を稼ぐ必要がある。だから、お前がその時間を稼げ。言っとくが、反論は聞かねぇからな。もうそれ以外に手はないんだ。てめえの尻拭いを手伝ってやるんだから、少しは痛い目を見やがれ」

 「生意気な口を叩いてるんじゃねぇよ、この陰険野郎が」

 一方的に自分の役割を押し付けられ、その勝手な進行にリキューは不満が顔に出るも、しかし拒絶の言葉は口に出さなかった。
 どっちもっち手詰まりではあったのだ。手段が一つしかない以上、それに賭けるしかない。リンの提案に素直に従うという事柄には心底不服ではあったが、そうも言っていられない。
 納得のいかない諸々の不満類を胸の奥に呑み込みながら、リキューは腹を据えた。動き出そうと全身に力を込める。
 その時、リキューは身体が軽くなっていることに気が付いた。

 怪訝そうに自らの身体を眺めるリキュー。一瞬気のせいかと思ったが、すぐに違うと断言する。はっきりと先程までとは、身体のコンディションが異なっていた。
 あれほど傷め付けられ傷付いていた身体のダメージが、大幅に回復していたのだ。小さな傷口なども塞がっており、確実に錯覚でも幻覚でもない現実として肉体が回復を起こしていた。
 完全にダメージが全快した訳ではなかったが、しかしそれでもさっきまでの状態に比べれば段違いの状態ではあった。

 (一体どういうことだ、これは?)

 望外の賜物ではあったが、しかしまるで見当のない不可思議な現象に、リキューは首をかしげた。
 しかしその原因は、少し辺りを見回してみるだけで、あっさりと判明された。
 リキューのすぐ足元に存在している、光輝く魔法陣。思えば、それが展開されてから苦しみが若干和らいでいたのである。リキューは魔法陣を見てそのことに思い至る。
 思わずリキューはリンへと振り返った。

 「貴様、この魔法陣は………」

 「回復魔法だ。治癒力促進作用を持った、普通ならそう時間もかかってないから大して効果はない筈のもんだが………てめえならそれなりに効果が出るだろ。サイヤ人だしな」

 「…………っち、余計な事を」

 「うっさい、四の五の言うなこの猿。てめえがフリーザをきちんと足止めしなけりゃ、こっちも巻き添え食らうんだよ。心底……本気で心底不本意だがな、打てる手は全部打たせてもらうぞ。てめえへの支援も含めてな。ジェダイト!」

 《ラジャー。ステータス・ブースト、リリース》

 素っ気なく吐き捨てる様に言いながら、リンはジェダイトに指示を送る。指示を受け取り、デバイスであるジェダイトは忠実にその内容を行使した。
 これまで展開されていたリキューの足元の回復魔法陣が消え去り、また新たな魔法陣が形成された。その新たな魔法陣の展開と同時に、リキューの身体にも変化が生じる。
 なんだと眉を顰めるリキューに、疑問を発する前にリンが答えを言った。

 「強化魔法だ。どんだけ効果があるか分からないが、やらないよりかマシだろう。とにかく時間を稼げよ。こいつは準備している間も動くことが出来ないデリケートな魔法なんだ。狙われたら終わりだ。あと地上に撃ち込むと洒落にならん被害が出るからな、射線にも気を付けないといけない。フリーザを空に誘導しろ、じゃないと撃つことが出来ん」

 「注文の多い奴め………」

 小さく毒づきながらも、しかし実際の所それは喜ばしいことではあっただろう。
 さすがにあれほどのダメージを被った状態のままでは、時間稼ぎすら難しい状態であったことに違いないのだ。素直に歓迎出来ていないのは、それがリンによってもたらされたものであるという一点が引っかかっているだけだからだ。
 話しが終わり、臨戦態勢が整えられていく。それを見て、ようやくとばかりにフリーザが口を開いた。

 「作戦会議は終わったか? もういい加減ボクは待ちくたびれたよ」

 コキコキと関節を動かしながら、フリーザが言う。その度に変わらず、もはや一切意味のないもの化しながらも展開され続けているバインドが弾け飛び、また絡みついている。
 タイムアップ。フリーザの与えた猶予は切らされた。
 緊張が高まる。もう話し合う時間はない。

 戦いの再開であった。

 ぐっと、リキューが少しだけ身体を沈める。
 そのリキューの一歩後ろで同じく身構えながら、リンが叩きつける様に叫んだ。

 「タイミングは念話で知らせる! きっちり役割をこなせよ、リキューッッ!!」

 「うるさい! 言われなくても分かってる!!」

 そうして、リキューは一気に加速してリンの前から姿を消した。同じくフリーザの姿もまた、一瞬にして消え去る。バインドは予想通り、コンマ一秒の時間稼ぎすら出来ずに破壊された。
 後ろを取ろうと加速したリキューだが、しかしその目からはもうフリーザの姿はない。“気”を感じ取り、ほんの刹那の差で首を横に曲げる動作が間に合い、リキューの真後ろから突き出された拳が頬をかすめて通り過ぎた。
 すかさず肘打ちを背後に叩き付けるが、手応えなし。振り返れば一足早くバックステップし飛び退いたフリーザが、感嘆した表情でいた。

 「さっきよりもまた少し速くなってるね。また何か面白いオモチャでも使ったのか?」

 「さあな………俺の知ったことか」

 リキューは苦々しいといった顔のまま吐き捨てる。
 止むをえまい処置とはいえ、リンのやった行為が戦いの一助になっているということは、癪に障ることに違いなかったのだ。
 だがしかし、それを愚痴っていられるほど上等な余裕など、リキューに残されてはいなかった。

 フリーザが突進する。フェイントも何もない馬鹿正直な直進だが、それは何よりも単純に速い。
 何かをする前にフリーザの全身を使った頭突きが、リキューの腹にぶち込まれた。強化魔法をかけられ身体能力がブーストされている筈なのに、リキューはそれに反応することが全く出来なかった。
 苦痛を喉元で必死に飲み下しながら蹴りを放つも、あっさりとかわされ逆に顔面を殴り飛ばされる。くそったれと、胸中で盛大に愚痴を吐き捨てる。
 リキューの能力のブーストに合わせて、フリーザもまたスピードを繰り上げていた。元々の地力の差は十二分に理解はしていたが、しかしブーストされた分の能力差をこうも呆気なく埋められては、愚痴の一つや二つをリキューですら言いたくなる。

 「っく、フルバスタァーーー!!」

 両手を囲いを作る様に合わせて、即座に“気”を収束させ放出する。放たれた極太の気功波はしかし、フリーザに紙一重で避けられてかすりすらせずに終わった。
 放出直後の隙を見出され、逆に反撃の蹴りを直上から首にリキューは叩き込まれた。
 意識が飛びかけるのを、渾身の意思力で押し留める。

 (時間稼ぎすら、出来ないのかよ………)

 実力差は明確であり、その間には断絶的な開きが存在している。このままでは時間稼ぎすら満足に出来ないと、リキューは結論付けるしかなかった。
 身体能力のブーストも、気休めレベルにすらならないという現実。リンの言う必殺魔法がどれほどの時間を必要とするのか知らなかったが、この調子ではその前に嬲り殺される。
 もう一手、何かしらの手立てが必要であった。フリーザを引き付け、生き延びられるだけの手立てが。

 その時、リキューはふと思い出した。
 まさにこの目的に合致する、最適な効果を持った隠し手を自分が持っていたことに。
 元々は補助用として、フリーザの戦闘力に僅かばかり届かなかった場合に備えて用意していた、とあるワールド・ルール由来の隠し手の存在を。

 「長々とした作戦会議の結果がそれか? だとしたら期待外れだな。そんなものでボクに対抗出来るとでも思っていたとしら、見くびるのにも程があるよ」

 フリーザが落胆した様子で喋る。戦闘の主導権はフリーザが握っている。リキューの生き死には、完全にフリーザの気分の匙加減次第なのだ。飽きられた時がそれすなわち、リキューが死ぬ時となる。
 リキューは隠し手の行使を即決する。これほどの戦闘力差があっては、もはや逆転を期待できるものではないが、しかし時間稼ぎだけならばまだ十分にそれは効果を発揮できる筈であった。
 っふと、息を吐く。場違いなリラックスを少しばかり行い、精神を整える。
 フリーザが訝しげな様子を見せる。リキューの奇妙な行動に気が付いたようだった。
 リキューは気にせず、意識を集中させる。それは気功波を撃つ時の一点に集中させるような形ではなく、より広く耳を澄ませるような感覚でのもの。対象はリキュー自身の左手に身に付けられている、鋼製の腕環。そのさらに奥、腕環の窪みに取り付けられている、宝石のような小さな石へ。
 リキューはその石に意識を同調させた。
 そうして、少しばかりの手間をかけてリキューは全ての前準備を終えた。そのまま最後の仕上げであり、発動のキーである言葉に出す。

 「“バリア”」

 その言葉が発せられるや否や、リキューの前面に突如として結晶の様な薄い壁が浮かび上がった。
 音叉の共鳴するような澄んだ音を立てて現れた壁は、ほの数瞬だけリキューの前に浮かび上がったかと思うと、すぐに幻のように消え去る。
 しかしそれは本当に消え去った訳ではない。展開された“バリア”は、不可視の姿となって確かにリキューの周囲に展開されている。
 よしと、リキューは頷いた。
 フリーザが呆れたように口を出す。

 「何をするのかと思えば………手品師か? ボクは大道芸に興味はないんだよ」

 「俺もだよ、フリーザ。大道芸にはあいにくと、興味なんてない」

 「………生意気だよ、お前」

 完全に興味を失したのか、フリーザの顔から遊びが消えた。無表情な顔面を作り、超スピードを発揮してリキューの視界から掻き消える。
 横から来ると、なんとかそれだけは把握し視線を動かすも、それがリキューの反応の限界だった。
 また対応することも出来ずフリーザの接近を許し、無防備なままに脇腹へとフリーザの拳が叩き込まれる。

 ―――その時、今までとは異なる変化が発生した。

 「なにッ?」

 フリーザの拳が、まともにリキューの脇腹へと叩き込まれる。リキューはその衝撃を十二分に味わいながら、また吹き飛ばされた。
 それはこれまでと変わらぬ攻防の姿であった。だがしかし、フリーザは驚いた様子でリキューに叩き込んだ自分の拳を見つめている。
 その様子を見て、リキューはクククと笑った。リキューの方もまた、これまでと同じように打撃を喰らった筈なのに、その様子はこれまでのものよりも幾分か楽そうな雰囲気であった。
 フリーザが納得のいかない様子のまま、リキューへと問いかける。

 「貴様、何をした」

 「さあな………教えると思うか?」

 フリーザが動く。
 勢いを付けて蹴りの形を作ると、そのままリキューの胸の中心へ突っ込んできた。ぶち当たり、真正面から強烈な一撃を打ち込まれる。
 その時、フリーザはまたも見た。先程拳を打ち込んだ時と同じ、不可思議な現象の発生を。

 フリーザの攻撃がリキューへと当たるその直前。まるでリキューを護るかのように、あの幻のように消えていった結晶の様な薄い壁が現れたのである。
 それはフリーザの打撃に触れるだけで、特に目新しいことを起こすこともなくまた現れた時と同じように霞の様に消えていった。
 しかしその壁は、確実に影響を残していった。フリーザの打ち込んだ打撃の手応えが、奇妙なものに変わっていたからだ。特に力を抜いた訳でも、速度が落ちた訳でもない一撃。にもかかわらず、返ってくる手応えは手加減したみたいに軽いものとなっていたのだ。
 それはまるで、4の力を打ち込んでみたら実際には2の力しか通っていないような、そんな不可思議な現象。

 これが決して錯覚ではないことは、リキュー自身の身体が身を持って証明していた。
 その身に受けるダメージが、確かに減少されていたのだ。錯覚でも何でもなく、確かに攻撃の威力が減少されていたのである。

 これこそが、リキューの用意していた切り札。
 “バリア”のマテリアから発動される魔法の一つである、“バリア”の持つワールド・ルール。

 『魔法以外の全ての攻撃のダメージを二分の一にする』という効果に由来する、被ダメージの減少である。

 リキューはこのワールド・ルールを使って、元々はフリーザの最終形態と渡り合おうと考えていたのである。
 このワールド・ルールさえあれば、“ドラゴンボール”の世界でならばリキューはダメージの問題をほぼ気にすることなく戦うことが出来る。足りない分の戦闘力差分を、持久戦に持ち込むことで埋めようと考えていたのだ。
 これほど相性のいいワールド・ルールは他に類を見ないであろう。それほど“ドラゴンボール”の世界に合致した代物であった。

 が………しかし。リキューはこれを、あくまでも僅かな戦闘力差を埋めるための用途として用意していた。
 “バリア”は確かに強烈なワールド・ルールを持っており、ゆえに極悪なまでの効果を発揮する魔法ではある。ちゃんとした対抗策を用いなければ、一方的な展開を自由に繰り広げることだって出来る代物だ。

 しかし、決してありとあらゆる苦境を脱することが出来る万能無敵なツールではない。

 フリーザがラッシュを仕掛ける。無差別な乱打が連発され、リキューはただただ腕を組んで耐え凌ぎ続ける。
 ラッシュの一撃毎に“バリア”が現れダメージを半減させてゆくが、それでも元々が埒外の地力差がある相手に、あっという間に体力が削り取られていく。
 半減させた上で、この威力。それですらかなり手加減されてのものだと、リキューは“気”を感じ取ることで理解していた。

 気勢を上げて、リキューは無理矢理ラッシュの合間を見て攻撃を繰り出した。
 確実に隙を突いた一撃。けれども、当たらない。見られてから余裕でかわされ、お返しのボディブローがめり込まされた。
 吐き気と苦痛がリキューの身体全体を駆け抜けた。思わず頭を下げたその上に、フリーザの手がかざされる。
 気付くと同時に気功波が打ち出された。反射的に励起させた“気”の反応が間に合ったものの、“バリア”によって半減されながらも激烈なその気功波の奔流に、リキューは吹き飛ばされる。

 数分と掛からぬ内に全身をボロボロにされ、リキューは悲鳴を漏らさぬよう歯を噛み締めた。
 例え“バリア”がかかっていようとも、それはダメージを減少させるだけで身体能力を跳ね上げる訳ではない。
 戦闘力の差がまだ小さいならばともかく、こうまで歴然とした差があった場合ではまともに戦うことなど出来ないのだ。“バリア”の効果も、せいぜいサンドバック程度の働きの助けぐらいしかならない。
 “バリア”はあくまでも補助程度にしかならない。それが純然たる現実であった。

 しかし、今この場だけで言えば、それでよかった。
 求められているのは時間稼ぎ。とにかくリキューはフリーザを出来る限り長い間引き付け、生き延びなければいけないのである。
 ゆえに決して勝つことはできなけれども、“バリア”の使用は最適な選択であった。
 とはいえ、それでも曲がり並にも膠着状態が出来ているのは、フリーザが手加減しているからこそのもの。フリーザがほんの少し本気を出せば、“バリア”があったとしてもリキューの命は呆気なく刈り取られることは明確であった。

 一方的にフリーザの攻撃を喰らいながら、リキューは心の中で全力で叫んだ。

 (早くしやがれ、陰険魔法使いッッ!!)

 顔面を殴り飛ばされ、鮮血が飛び散った。




 リンの目の前で、いきなり宙が爆裂しビルが消し飛び都市の一画が崩壊していたりしている。
 まるで爆撃機の編隊が何百機も共同して絨毯爆撃しているかのような風景だが、しかしそれを成し遂げているのが姿の見えない人間大の生物二体だというのだから、現実はつくづくおかしいのだとリンは改めて認識した。
 世界が違えば常識も違うのが当たり前なことではあるのだが、しかし中途半端な共通フォーマットを持っているから余計にややこしいのだ。ガリガリSAN値を削り取られながら、リンは忸怩たるを思いを胸中で渦巻かせる。

 「分かってはいたことだが、ちくしょう」

 《Mr.リキューに手加減されていたという事実を突き付けられて、今更悔しがっておいでですか、マスター?》

 「じゃかましいわ!」

 図星であった。自らのデバイスに思いっ切り己が懊悩のど真ん中を無造作につき止められ、怒鳴りつける。
 リンの目の前で繰り広げられる戦いは、まさしく次元違いの戦いであったのだ。なにせ戦っている両者の姿がまるで見えない。そのくせ激突音らしき爆音や戦いの余波で崩れ落ちていく周辺の瓦礫類は目に見えるので、想像を絶する速度で戦っていることは間違いないのである。
 明らかに自分と模擬戦で戦っていた時とは、レベルが違っていた。目の前の状態のリキューと戦っていたら、自分の勝率がゼロとなっていることは間違いないだろう。
 もちろん、リンだって馬鹿という訳ではない。薄々リキューの奴が自分のレベルに合わせて手加減して戦っているだろうことは、理解してはいたのだ。
 しかし、だからといってこう改まって見せ付けられて、すんなり納得できるかどうかは別の話である。
 リンにとって、リキューは不倶戴天の憎たらしい存在なのである。情けをかけられていたと知って、誰が素直に納得できようか。

 とはいえ、今はそれに拘っていられる場面ではない。胸の内に広がる不満の全てを強引に飲み干し、リンは行動を開始する。
 適当に見晴らしの良い、広いスペースのある場所を探し、そこへ居座りジェダイトを両手で持つ。
 剣先を宙へと向けて、リンは一声号令をかけた。

 「ジェダイト、パターンB・H・S発動。シークェンスを起動させろ」

 《了解しました、マスター。パターンB・H・S発動、シークェンスを起動、同調レベルを繰り上げます》

 そして、ジェダイトのアナウンスが終わると同時に、リンの思考の一部が変化する。
 否、リンの思考にジェダイトの思考が混ざる。
 疑似ユニゾン状態と呼べるリンクモード。その本領は一個の独立した人格を持ったデバイスと思考をダイレクトに直結し、デバイスをパートナーとした完全な連携及び、その能力の限界までの発揮を目的としたものである。
 完全に同期されたリンクモードは、思考を共有しタイムラグなしの情報伝達を可能とさせる。それはマスターである魔導師がデバイスに指示を来るのと同様に、逆にデバイスがマスターに指示を送り動かすことをも可能とさせる。
 ジェダイトが動く。リンと思考を共有し、自身が直接指示を送ってリンのレアスキルである『同時並行多重発動』を使用させて、シークェンスを実行させてゆく。




 リンは“ドラゴンボール”の世界に来るに当たって、その最初で難問にぶち当たっていた。
 トリップ・システムを使って各創造物世界に入口を形成する場合、通常はその入り口は、基点となる物がない場合は以前入口が開かれた座標に開くこととなる。そしてリキューがドラゴンボールの世界に入口を開いた時の場所は、周辺宙域になにもない宇宙空間のど真ん中であった。

 つまり、意気揚々とトリップ・システムを起動させて入口を通ったリンの出た場所は宇宙だった。
 彼はこの時本気で驚き寿命が縮まった。何とかバリアジャケットを纏って命からがらに戻ってはきたものの、しかし初めの一歩で躓いてしまった。
 悠長に宇宙船を持ってきて突入する訳にもいかないのだ。そもそも、惑星ベジータの座標なぞリンは知らないし。

 どうしたものかと悩むこと一分少々。リンは新たな手立てを思い付く。
 トリップ・システムの入口は基点となる物さえあれば、そこを目印に入口を開くことが出来る。そしてこの基点にはイセカムが使えたのだ。リキューもイセカムを持っているのだから、イセカムを検索にかけて基点とすれば自ずと合流することが出来る筈である。
 名案だと早速トリップ・システムを弄くるリン。が、この案は予想通りにはいかなかった。
 エラーが検出されたのだ。対象のイセカムは一定した場所に置かれてはおらず、激しく移動しているのだという。基点として入口を形成するには不安定だとされ、拒絶されたのだ。

 激しく移動しているという一文を見て、リンは不吉な予感を抱いた。
 手遅れになる前に連れ戻すつもりでいたのだが、もしやもう手遅れになっているのではないか。そんな現実味が濃厚な不安を抱いたのだ。
 しかし、見捨てる訳にもいかない。リンは不吉な予感については忘却し、次の手立てを探した。

 そうして、ようやくリンは一つの反応を捉えたのである。トリップ・システムの反応。激しく移動しているイセカムの座標の近くに、移動していない固定された状態のトリップ・システムの子機を見つけたのである。
 その子機の反応―――リキューが自分のポッドに搭載させたトリップ・システムを基点とし入口を形成し、リンは“ドラゴンボール”の世界へとトリップしてきたのであった。




 マシン・ソードの形態を取っていたジェダイトの姿が、変貌していく。
 翡翠色の刀身部分が縦に四つに分割され、宙に浮遊しながら等間隔に広がり疑似砲身を形成する。柄を覆っていた機構部分が分解し、花の様な形に再構築され浮遊する刀身の根元に張り付く。
 秒単位でジェダイトの精緻な指示の下、幾つもの魔法が展開される。大小様々な魔法陣がリンの足元を、宙を、ジェダイトの刀身部分を、ありとあらゆる場所に展開され消失しまた展開される。
 それはデバイスとして破格の性能を誇るジェダイトと、その指示化の下行使されるレアスキル『同時並行多重発動』があってこそ、初めて実現できる魔法であった。
 いや、厳密に言えば魔法ですらないものであった。
 それは魔法という現象を過程の工程に組み込み行われる、全く別の目的の現象を再現させるための魔法であったのだ。

 過程に魔法が関われど、発生した現象は普通の物理法則に従い振る舞われる。それゆえに非殺傷設定も出来ず、直撃すればリキューだって楽に抹殺出来るだろう代物。
 だからこそ、リンは確信する。確実にこれはフリーザをも倒せるだろう、と。

 「負けを前提に戦うつもりはない、てな」

 リンはリキューを、最悪の事態となる前に連れ戻すつもりではあった。だが、最悪の事態となっていた場合のことについても考えてはいたのだ。
 その秘策がこれだった。まさか使う日が来るとは思わなかった物騒極まりない魔法であったのだが、だが逆にフリーザ程の化け物を倒すにはこれしかないだろうという、認識もあった。

 シークェンスが進む。
 光輝く小さな球体の様なものが四つほど生まれ、等間隔に開いた刀身の中、疑似砲身の中で激しく揺れ動いていた。
 球体は莫大な質量を秘めた中性子星である。幾つもの魔法を多重に展開し場の環境を整えながら、さらなる加速をそれら中性子星へと加えていく。
 加速はドンドン激しくなっていき、視認できないレベルへとなっていく。

 この制御はもはや人に出来るものではない。リアルタイムの微調整を加えながら行う必要のあるこの工程は、ジェダイトにしか出来ない作業であった。
 リンは視線を彼方へとやる。
 激突は尚も続いているようであった。相変わらずリンにその姿は見ることはかなわなかったが、左手の返し刃の紋章が輝いた時に限り、ほんの一瞬だけフリーザの姿を目撃することが出来た。

 まだかと、焦りが生まれ始める。
 リンに出来ることはもうない。ジェダイトの作業だって処理能力の限界まで使った、繊細なものであるのだ。下手な干渉は即失敗を意味した。
 時間だけが静かに経過していく。
 そうして、もはやリンが聞き飽きるほどの激突音を聞き届けたその頃。
 ジェダイトが電子音を鳴らした。

 《シークェンス、コンプリート。全行程完了しました、マスター》

 「出来たか!」

 リンがジェダイトを見てみれば、疑似砲身は光輝く膜のようなもので覆われていた。
 準備完了。すでに疑似砲身の中はグラビティ・レールが形成され、暴発を防ぐ簡易シーリングが施された状態となっている。
 とはいえ、それでも不安定な状況には違いない。下手なショックは死を招く状態ではあった。
 即座にリンは設定も何もない、ただありったけの力を込めた念話を発信した。

 (リキュー!! こっちの準備は出来た、フリーザの動きを止めろ!! 空に誘導することも忘れるなよッッ!!!)

 言うだけ言って、即座にチャンネルを切る。リキューは四年前の接触時に、リン直々にリンカーコアを発生させられている。届いてない筈はなかった。
 限界まで目を凝らし、リンは天空の隅々まで目を光らせる。
 彼らの戦闘速度はリンの知覚外にある。幾ら本人たちにしてみれば十分な時間押し止めたという風に感じようとも、こちらからしてみればほんの一瞬にしか過ぎないということはあり得る。
 隙を見逃す訳にはいかなかった。ありったけの強化魔法と探知魔法を併用し、索敵に専心する。

 緊張感だけが、昂ぶっていく。
 まだか。リンの肌を汗が滴った。

 ―――その時、空に閃光が走った。

 弾ける様にリンは閃光の走った方向へ視線をやった。
 そこには気功波を全力で撃ち放っているリキューの姿と、平然とした様子で片手で気功波を防いでいるフリーザの姿が。
 チャンス。リンは稲妻のように悟った。

 千載一遇の、一生に一度の奇跡の瞬間。逃せば次はない。
 リンはジェダイトを構えた。コンマ一秒もかけずに照準をセットする。
 叫んだ。

 「ジェダイト、封印を解除しろ!!」

 《了解しました、シーリングオフ、発射態勢整いました》

 必殺の一撃、使う機会はないと思っていた、必殺魔法の解放。
 その正式名称を発しながら、リンは号令を放った。


 「“ブラック・ホール・シューター”!! 発射ァッッッ!!!!」


 ―――そうして、疑似砲身から漆黒の弾頭が射出された。

 真っ直ぐに、光すらも呑み込む超重力の塊が、一個の生命体へと向けて直進する。
 丁度、気功波を完全に弾き飛ばしたフリーザが、横斜め下方から接近するそれに気が付いた。

 「なんだ、これはッ!?」

 不気味な黒体を前に、目を剥き驚きを示す。
 逃れるには、もう遅い。いや、あるいは本気で逃げればまだ避けられたかもしれない。
 しかし、フリーザはそうとはしなかった。

 「こんなものッ―――!!」

 片手を伸ばし、漆黒の球体を受け止めようと構えを見せる。
 宇宙の帝王としてのプライドが、無様な遁走を許しはしなかったのだ。


 そして、黒い球体とフリーザが、接触した。








 ―――あとがき。
 書き上げたーー。疲れたー。そろそろラストも近いなー。五話行くか行かないか?
 感想ありがとうございました。そろそろ終わりも近い今作、是非とも最後まで見ていただければ幸いです。
 さーて、ぼちぼちリンの名誉を返上させにゃあな………伏線も回収せんと。

 感想と批評待ってマース。




[5944] 第二十二話 激神フリーザ
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/09/07 17:39

 「何がどうなってるって言うんだい!?」

 一人の女サイヤ人が、自身の心境をそのまま率直に言葉にし、口から吐き出していた。
 異常事態が連続し発生し、現在惑星ベジータに駐留している者たちは皆が皆、状況を把握できずに右往左往していた。
 全く、男どもは頼りにならない。そう女は胸に呟きながら、直接己の目で事態を把握しようと外へと出ていた。

 辺りに響くのは爆音に激震。その感触から、誰かが戦っているのではないかと、彼女は勘で察していた。
 しかし、いったい誰が? 誰が誰と戦っているのか?
 仮に戦っている者がいたとした、それはまず間違いなく戦闘力が自分たちとは圧倒的に異なっている者たちである筈であった。
 それだけのレベルの違いがあると、容易に察することが出来る。
 それを証明するように、試しにスカウターを起動させてみれば、即座にスカウターはオーバーフローを起こし爆発した。
 やはりと、女は確信を深める。

 いったい、誰が戦っているのか。

 その時、女の遠い視界の端にあったビルの一つが、いきなり崩壊した。
 何事かと目を向けると、そうしている間にさらに三つ四つと、どんどん建物らが勝手に崩壊し、倒壊していく。
 レベルの異なる戦い。そのあまりの高速の戦闘に、戦う者の姿を女の目では捉えられなかったのだ。

 その、合間。
 女は奇跡的に、地に叩きつけられ一瞬だけ動きの止まった、戦う者の片方の人影を捉えることに成功した。
 女の目が、驚き、見開かれる。

 すぐにまた人影は消えて、そして戦いの場はまた別の場所へと移っていった。
 女は慌てて空へと飛び立つと、その後を追う。戦っている者たちの姿は捉えられないために、その周囲への余波を目印にしてだ。
 驚愕に支配された心境のまま、女は言葉を口に出した。

 「まさか、リキュー?」








 フリーザとリキューの戦闘は熾烈を極めた。
 一挙一動が世界を震わせ、ゼロコンマ以下の切り分けられた極小の領域にて激しく展開される超速の世界。世界が切り裂かれるごとに、命もまた削られ磨り潰されていく極限のバトル。
 それはまさしく、文字通りの命を削る戦いであった。

 がしかし、その戦闘に命を賭けてしのぎを削っている。それはリキューだけの話であった。

 フリーザにしてみれば、それは遊戯にもならない手温い玉弾き程度にしかなっていなかったのである。
 身振り一つ、動作の一つ一つ取って見ても、それは明らかなこと。
 フリーザが軽くその手を振るう度に、リキューの身体はまるで喜劇の様に派手に吹き飛ばされていたのだった。

 リキューが行っていたのは攻勢など一片もない、徹底した防御に専心した時間稼ぎであった。
 ただの時間稼ぎである。必死に逃げ、生き延び、無様に反撃の一手すらも打つこと叶わず、ただ亀のように耐え凌ぐだけの行動だ。
 しかし、その時間稼ぎ。それすらも満足に出来ないという現実が、リキューの砕かれた自信を尚もすり潰していた。
 “バリア”は確かに展開され、その効果は十二分に発揮されてはいる。リキューを襲うフリーザの攻撃は、その全てが威力を半減されていた。
 その上でありながら、フリーザの放つ打撃の数々はリキューに甚大なダメージを通していたのだ。
 根本的な地力に圧倒的な差があったのである。

 「ぐがッ!?」

 どてっぱらに強烈な蹴りをぶち込まれ、リキューが盛大に吹き飛ばされる。
 飛ばされるままに宙を流れ、並び立つビルの数々を無造作に貫通・倒壊させながら道路面を削り、ようやく静止する。
 血混じりに咳き込む中、フリーザがリキューの刻んだ軌跡の残る道路の上に降り立つ。

 「つまらん………いい加減目障りだよ、お前。逃げるばかりでまともに戦いもせずグダグダと………反撃する意思がなくなったんなら、さっさと死ね」

 冷めきった表情で言い捨て、フリーザはぺたぺたと無造作な態度で歩み寄ってくる。
 完全に油断し、舐め切った態度であった。もっとも、両者の間に存在する実力差を考えれば当然とも言えるものではあったが。
 恐竜がアリ一匹に対して、警戒する必要などない。
 消極的な戦闘姿勢を崩さないリキューの様子に、フリーザは心底から落胆し見限った様子であった。
 ちくしょうと、リキューは呟く。反論する余地はなかった。だからこそなおさらにそのプライドが傷付けられる。
 ままならない憤りを無理矢理飲み干して、リキューは両手を合わせて“気”を収束させた。収束すると同時に解放、フリーザへと向けて叫びと共に叩き付ける。

 「フルバスタァーーーッッ!!」

 光の奔流が走り、フリーザの姿が呑み込まれて消えた。
 極大の光線の軌跡はそのまま無人区画の廃墟群を巻き込み掻き消して、スプーンで削り取ったかのような傷跡を残していく。
 やがて、光が収まる。

 そして光が収まった後、リキューのすぐ眼前には傷一つ受けた様子のないフリーザが、無言で佇んでいた。フリーザはあれだけの気功波の中、意にも返さず歩き進んでいたのだ。
 無言で振り上げられた足が、想像を絶する衝撃を伴ってリキューに叩き付けられた。
 ベキベキと、不愉快な感覚と音が人体内部を駆け回った。接触の直前、“バリア”が現れその打撃の威力を減ずるも、容赦なく尋常を凌駕する威力が発揮される。

 さらに瓦礫の山々を吹き飛ばしながら、またリキューは吹き飛ばされた。すでにリンによって受けた応急処置の意味が失せるほど、甚大なダメージを負っていた。
 内臓は血を滲ませ、骨はヒビを入れて軋みを上げる。
 それでもまだ、倒れる訳にはいかなかった。飛びそうになる意識を意志の力で繋ぎ止め、舞空術を発揮しベクトルを変化させて上空へと飛び出る。
 その矢先、リキューのすぐ背後にフリーザが現れた。チョップが背後から脇腹に打ち込まれ、それだけで肋骨が簡単にへし折られる。
 もはや吐くだけの血すらもない。怒涛の流れで注ぎ込まれる攻撃の数々を、歯を食いしばり耐え凌ぐのも限界だった。

 (まだか、あいつからの合図は。もう持たないぞ、くそッ)

 顔面にヘッドバッドを喰らう。目の前に火花がパチパチと飛び散った。
 “バリア”の助けもここまでだった。効力はまだ持続する様子があったが、リキューの肉体の方がもう持たない。だがしかし、それは決して不甲斐ないことではなかった。むしろよくここまで粘れたものだと、感心して言えるほどのものである。戦闘力に10倍以上もの差があったのだから。
 普通なら相手の遊び気分混じりであるというサービスを差し引いても、瞬殺されるものだ。
 リキューがフリーザ相手に稼ぐことが出来た時間は、おおよそ標準時間に換算して5分程度のものである。それは超速にて加速し戦闘を展開してみせる彼らにしてみれば、数時間に相当するだけの長さの時間となる。
 つまりリキューの感覚だけで言えば、もうすでに十分以上に時間は稼ぎ終えていたのだ。だからこそ焦り、胸中でのリンへの苦言が増える。

 その時、リキューの脳裏に巨大な声が響き渡った。

 『リキュー!! こっちの準備は出来た、フリーザの動きを止めろ!!』

 「ぐ!?」

 頭をハンマーでぶったたくような錯覚に見舞われながら、リキューは唐突なメッセージの受け取りに応える。
 念話などという代物、リキューにとってやるもやられるも初めてのことであった。未知との遭遇に軽く混乱に陥るものの、しかし似たようなもののことを思い出して早々にカムバックする。
 要は、変則的なテレパシーのようなものだ。そう手早く片付ける。
 リキューはダメージに苦しむ己の身体を叱咤させ、残った力を振り絞らせた。弾ける様に身体を飛ばさせ、全ての余力を出し尽くさせるようにパワーを放出する。
 一歩遅れて、後半のメッセージが届く。

 『空に誘導することも忘れるなよッッ!!!』

 (分かっているッ!!)

 「動きが変わった? いまさら何をするつもりだ?」

 力強く飛翔するリキューの姿を認めながら、その全身全霊を込めた全速飛行にあっさりと追い付くフリーザ。
 それでいい。リキューはそう思った。

 (付いてこい、フリーザ! 空の上まで、俺に付き合ってもらう!!)

 「どんな思惑があるかは知らないが、付き合ってやる気はもうないよ。さっさと死んでくれないか」

 上空から地上へと、叩き落とすかのようにフリーザが踵落としをリキューへと打ちつけた。
 身体の中心を射抜かれ、ベクトルを180度反転させ急落下するリキュー。苦悶の声を食いしばった歯の間から漏らすことなく、めげず即座に舞空術を発揮させて再度の上昇を行う。
 ふうんと、フリーザは興味を引いた様子を見せた。
 フリーザの姿が消え、リキューの直上に現れる。そして空から大地へとまたリキューを叩き落とし、リキュー当人また先と同じようにカムバックしようとする姿を見て納得したかのように頷く。

 「どうやら、空の上に昇ろうとしているようだな。何か奥の手でもあるのか………まあいい。それじゃ、ボクはその行動を妨害させてもらおうか」

 ニィと邪悪な微笑を浮かばせて、フリーザが宣言する。そしてまた、昇って来たリキューの鼻先に現れたかと思うと拳を叩き込んだ。
 この野郎と、舌打ちしながらリキューは思考する。
 フリーザはどうやら、リキューが上空に位置しなければならないと勘違いしているようであった。それは大きな誤解である。空に位置させなければならないのはフリーザであってリキューではない。リキューに求められているのは、そこにフリーザを誘導し押し留めることだけだ。
 ならばこの誤解、生かさぬ手はない。リキューはそう即決し、手立てを打ち立てた。

 とにかくも、フリーザの動きを止めなくてはならない。それも一瞬ではなく、しばらくの間だ。そうしなければリンがフリーザの姿を捉えることが出来ないだろう。
 そして合図である。どんなに頑張ったところで、フリーザをそう長く押し留めることなんてリキューには出来たものではない。
 おそらくチャンスは一度っきり。それも余裕はないであろうもの。ゆえに、的確にチャンスを伝えるための目印代わりとなる合図が必要であった。
 リキュー自身は念話なんてものは使えない。いかにしてそれを代用するか。
 浮かび上がる問題点の幾つか。絶え間なく動き続けながら思考を続け、リキューは手早くそれらの解決策を導き出した。

 (これしかないかッ)

 決意を固める。そして行動を開始した。
 短く息を吐き、急角度を描いて上昇する。当然フリーザはそれを阻止しようと、そのすぐ鼻先に現れて攻撃を行った。
 これまでと変わりなく、成す術なく打ち落とされるリキュー。だが違った。それは全てがこれまでと同じという訳ではなかった。
 即座にリカバリィし、体勢を立て直してリキューは再上昇を行ったのだ。その反応の速さに不意を突かれ、フリーザは思わずすぐ隣の素通りを許してしまう。
 ッキと、きつい視線をフリーザが送る。

 「やってくれるじゃないか、サイヤ人」

 不愉快そうに呟き、フリーザは上昇していくリキューの後姿を睨み付ける。
 その姿がブれる。瞬きする程の合間に超スピードで移動したフリーザが、あっという間にリキューを追い抜いてその前方に先回りした。
 根本的な地力の違いの露呈であった。不意の一つ二つ突いたところで、絶対的な力量差の存在は呆気なくそれを覆し無意味とさせる。

 だが今回に限り、それはリキューの思惑通りに働いていた。
 前方に現れた強敵、フリーザの姿。予想していたそれの姿を認め、リキューは一切惑わされることもなく即座に両手を構えたかと思った次の瞬間には、叫んだ。

 「フルバスタァーーーーーッッッッ!!」

 「なんだとッ!?」

 あらかじめ用意し、高められていた“気”が凝縮され、フリーザ目がけて牙を剥いた。驚愕に目を剥きながら、フリーザは片手を伸ばし気功波の奔流を受け止める。
 片手で受け止められ、弾かれた気功波の破片が飛び散る。それに頓着せず、リキューは尚もフルバスターの放出を継続し、“気”を放ち続ける。
 光熱が拡散し、轟音が響く。超速で行われていた戦闘行為が、今ようやく、膠着状態へと陥っていた。

 「ぎ、ぐぐッ!!」

 リキューのこめかみに、血管が幾筋も浮かぶ。
 勢い衰えず継続される気功波の放出だが、やはりフリーザに対して効果が出ている様子は一切見受けられない。全く苦しむ様子すらなく、片手を掲げたまま微動だにしていないのだ。
 フリーザ本人にしてみれば、水鉄砲を受け止めているのと同じようなレベルの話なのであろう。
 そうと分かっていながら、しかしリキューは止まらない。かかる負荷に視界を真っ赤に染めつつ、その眼球が血走り始めても、気功波の放出を緩める様子はない。
 元より効力なぞ期待しちゃいないのだ。狙いは最初から変わらずただ一点。
 足止めだ。

 放たれる気功波は莫大な光量を発し、周囲一帯に太陽と見間違わんばかりにその存在を派手に示す。
 これこそが“合図”。リキューがリンへと差し向けた、フリーザの動きを押し留めると同時に発する千載一遇のチャンスを知らせる、火急の連絡であった。

 (まだかッ! まだなのかッッ!?)

 ブツブツと、己の血管の千切れる音が響くのをリキューは聞く。
 最大出力のフルバスターで押し留めているとはいえ、それは決して威力で成し得ている訳ではない。フリーザ自身の気まぐれの様な部分に頼っているのが実情であった。
 不意を突いた攻撃を受けて思わず反射的に受け止めてしまっただけであり、今の膠着状態だってその状態からの惰性で成り立っているに過ぎないのである。
 目の前に投げられたリンゴを、思わず欲しくもないのに受け取ってしまった。例えて言って、そのような状態でしかないのだ。
 フリーザが我に返る、あるいは気が変って手早く始末を付けようとする。そうした時、この膠着は一方的に破壊され全てはご破算となるのだ。
 長くは持たない。リキューは焦りを滾らせながらも、しかし気功波を維持し続けるしか出来ることはなかった。

 「何をするかと思えば、結局こんなものか。下らないな」

 「っぐ、が、がぁッ!」

 フリーザがほんの少し、受け止めている掌から“気”を発した。
 それだけで一切合財、あれだけ全霊を持ってリキューが放っていたフルバスターの奔流が、完全に弾き飛ばされた。
 余波に巻き込まれ、リキューもまた体勢を崩す。完全に興味が失せた様子のフリーザは、更にその姿に向けて人差し指を向けて、抹殺の一手を繰り出そうとする。
 刹那のタイムラグも置かずに準備が整い、放たれようとする気功波。それはリキューの命を刈り取るに十分以上に過ぎるだけの威力を誇っていた。

 しかし、気功波は放たれなかった。
 放つより前に、フリーザは自身へと向かい迫ってくる不気味な存在に気が付いたのだ。

 「なんだ、これはッ!?」

 黒い球体とも見えるもの。物質なのかエネルギーの塊なのか、一目見て判別の付かぬ未知の存在。それが斜め下方の方向から、フリーザへと接近していた。
 遠く体勢を崩していたリキューは、それを一目見て理解した。それこそがリンの言っていた切り札、フリーザすらも容易く屠ると豪語した必殺魔法なのであろうと。
 黒い球体。それを見て、リキューは言い知れぬ怖気を抱いた。直感がそれの未知数な危険性をガンガンと訴える。
 危険。ただそれだけが脳裏に浮かんだ。

 フリーザは逃げなかった。
 リキューが感じていた怖気を同じように受け取っていたであろうにもかかわらず、真っ向からそれを受け止めることを選択していた。

 「こんなものッ―――!!」

 片手を伸ばし、掌を広げて迎え撃つ。
 その掌は、どんなシェルターやシールドを凌駕する絶対無敵な盾に等しいものであった。
 不気味な黒体―――リンの作りし極小のマイクロブラックホールが、フリーザの目前へと迫る。

 そして、両者は接触した。




 「嘘だろ―――!?」

 その光景を、愕然とした眼差しでリンは見つめた。
 烈風がその周囲一辺には渦巻いており、砕けた大小問わぬ瓦礫類が散乱し飛び交い、天空では引き寄せられた暗雲が渦を巻いていた。
 この巻き起こされている異常現象の原因。問題の元凶。それを見ながら、リンの口から呆然とした呟きが漏れた。

 「ブラックホールを………う、受け止めている? じ、事象の地平線を、持ち堪えてるってのか?」

 有り得ない。その言葉は言外に、そう語っていた。
 そのリンの視線の先では、烈風渦巻く事態の中心地となる場所にフリーザが存在していた。
 片手でリキューの射出したマイクロブラックホールを受け止めるその姿にはこれまで見せていた余裕はなく、全身の肌に血管を浮かばせて筋肉は盛り上がり、強く噛み締められた歯の間からは苦悶の声が上がっていた。まさしく全身全霊をかけて、フリーザはブラックホールを受け止めていた。

 「ギ、ギギギギッッ! ガ、ガァ―――!!」

 目を血走らせながらも、しかしフリーザは片手だけで踏ん張り続ける。
 それは意地であったのだろう。宇宙の帝王としての、宇宙最強の存在としてのプライド。たかがこの程度凌いで見せるという意地が、フリーザを意固地にさせ片手で張り切り続けさせていたのだ。

 ふと、呆けていたリンの足場が唐突に砕ける。
 うわと悲鳴を洩らしながら、我に返ったリンは飛行しようと魔法を起動させ、そして深刻な事態の発生に気が付き、即座に抗重力フィールドを展開した。
 慌てて周りの状況を見回して確認し、不味いと言葉を漏らす。
 周辺の瓦礫をはじめとする、ありとあらゆる物質らが強力な吸引力に引き寄せられ始めていた。大気は元より、巨大なビル建築物なども砕け始め、フリーザが押し止めているマイクロブラックホールの元へと吸い込まれていっている。リンが足場としていたビルもまた、そうやって崩壊し、吸引されたものの一つであった。

 「くそ、保護フィールドが消失し始めている!? このままだと、地殻も何もかも軒並み全部ブラックホールに引き寄せられるぞ!?」

 《言わんこっちゃありません。惑星上であのような危険な代物を使用するからです、マスター》

 「だ・れ・が! ブラックホールを受け止められるなんて非常識なケースを考えられるかッッ!!」

 《確かに、それはそうですね》

 リンが大声で叫びを上げる間にも、周囲の重力場異常は継続する。
 舗装された大地が引き剥がされ、土の面を露出しその内部すらも引き寄せられ、吸収されていく。
 この事態を見て、リンの焦燥は否応なく高まっていった。このまま現状が維持され続けて、ブラックホールにかけている保護フィールドが完全に消失してしまえば、事態は致命的なレベルにまで悪化してしまう。

 本来ならば、保護フィールドをかけられ周辺に影響を与えられぬよう加工したマイクロブラックホールが標的に命中し文字通り必殺し、そのまま弾頭であるマイクロブラックホールは大気圏を突破して惑星外である宇宙空間へと突破。そして惑星に影響の出ない距離まで離れたところで保護フィールドが消失し、やがて自然に蒸発するのを待つという、手順さえ間違わなければ危険度はともかくとして、周辺環境や使用者当人にとって安全な魔法であったのである。
 ところが、ここに本来ならば有り得る筈がない狂いが生じていた。本来必殺し通りすがる筈のブラックホール弾頭を、あろうことか対象であるフリーザが受け止め、膠着状態に陥ってしまったのである。
 それによって、本来ならば宇宙空間に脱出してから始まる筈であった保護フィールドの消失が惑星上で始まってしまったのだ。

 リンが生成したブラックホールは、極めて極小なサイズのマイクロブラックホールである。
 仮に保護フィールドが完全に消失しそのままブラックホール本体がさらけ出されたとしても、惑星ベジータ全体を呑み込むほどの被害は出すことはないであろう。それより先にブラックホールが蒸発するのが早い筈である。しかしそれでもリンの存在する周辺一帯を丸ごと、おおよそ惑星の全質量の内の10%程度が吸い込まれてしまうだけの被害は想定された。
 つまりこれが指し示す事実は一つ。保護フィールドの消失は、同時にリンたちの死をも意味する。

 「洒落になってないッ! くそ、拮抗してないで早く呑み込まれろよ!!」

 手遅れとならない内に。リンは苛立ちをそのまま叫びに変えて、視線の先にて全力を発揮しているフリーザへと叩き付ける。
 その叫びが聞こえたのか聞こえなかったのか、場に変化が起こる。

 ぐぐと、フリーザの身体全体が引き寄せられる。血管が浮き上がり全身の筋肉を緊張させながらも、徐々に徐々にとフリーザの身体がブラックホールの方向へ。事象の地平線、決して窺い知ることの出来ない脱出不可能領域であるシュヴァルツシルト面の向こう側へと牽引されていた。
 拮抗の崩壊。それを見てそのまま落ちろと、リンは一心に念じた。事象の地平線、その彼方へ消えてしまえと。
 周辺から引き寄せられる大気の乱流にさらされ、同じく強大な重力場によって吸引されて来る瓦礫などの様々な物体を身体にぶつけられながら、不動を保っていたフリーザの身体が悲鳴を上げる。
 ギシギシと不愉快な音が響き、さらに向こう側とこちら側との境界面に身体が近付いていく。拮抗は崩れ、フリーザの身体はどんどんデッドラインへと近寄っていく。
 その距離はあと、僅か。あと、一歩。

 リンはこの時、ようやく勝利の確信を抱いた。

 そしてフリーザは、血走らせた眼球を大きく見開きながら咆哮した。

 「舐めるなァーーーーーッッッ!!!!!」

 ッカと、閃光と衝撃が辺り一帯に走った。
 これまでとは全く別向き、180度反転された暴風が瞬時に発生し、リンの姿を押し流した。
 小さな悲鳴を上げて、リンはもみくちゃにされながら宙を吹き飛ばされる。
 轟音が轟き、視界が砂塵の幕に覆われ隠される。

 「―――げほ、こほッ。………な、何がどうなった?」

 《不明です。パターンB・H・S終了の影響で、全体の処理機能が一時的に低下しています。センサーが碌に機能していませんね》

 「ッチ、目で確認しろってことか」

 身体の上に乗っていた小さな瓦礫を押しのけて、ふらつきながら立ち上がるリン。
 視界はゼロ。舞い散る砂塵が濃密な幕を形成し、1m先も見通せない分厚いカーテンとなっていた。このままでは埒が明かないと判断し、飛行魔法を起動し上空へと飛び上る。
 そして飛翔してからふと、リンはあることに気が付いた。先程まで働いていた、異常重力場。それがいつの間にやら、完全に消え去っていることに。
 それはいったいどういうことを意味するのか。

 そのことについて深く考える間もなく、リンは砂塵の上へと飛び出し―――そして、それを見た。

 「―――――――ッ!?」

 リンの視線の先。宙空に位置する、ある一点。
 そこに、フリーザがいた。先程まで相対し受け止めていた、ブラックホールの存在だけを失せさせて。
 ぱらぱらと粉塵が降り散る中、伸ばされ握り締められた片手がいやに自己主張をしていた。

 「冗談…………キツイぜ?」

 リンが、言葉を漏らす。
 その顔は笑おうとして失敗し、奇怪に引き攣った表情を浮かばせていた。

 「特異点を―――素手で、握り、潰しやがった………のか?」

 ギロリと、殺気と憎悪に満ちたフリーザの視線が、唖然と無防備に宙に浮かぶリンを貫いた。




 ―――それこそが、ドラゴンボールの世界が持つ、絶大なる効果を秘めた二大ワールド・ルールの内が一つ。

 圧倒的強者たるフリーザをさらなる高みへと位置させ、あらゆる創造物世界に対して強力なアドバンテージを保有させるに至る源の一つ。

 ワールド・ルール、『法則侵食』。

 全てのありとあらゆる法則《ルール》に対し、本人の“気”の大きさ、力量次第で力任せに干渉・破壊することを可能とさせる、強大なる唯我独尊の力であった。




 視界を防ぐ砂塵の幕の中を突っ切り、ようやくリキューは空の上へと這い出た。
 肩で息をしながらきょろきょろと視線を彷徨わせ、フリーザの姿を捉える。リキューは疲労と痛みで、上手く“気”を感じ取ることが出来なくなっていた。
 黒い球体―――ブラックホールの存在が消失しているのを認め、仕留めそこなったのかと、リキューはまず初めにそう思い至った。
 忌々しげに表情を歪め、舌打ちする。
 あれが文字通り最後の切り札であったのだ。幾らかの痛手は与えたかも知れないが、見たところフリーザは五体満足の様子。フリーザ以上に消耗しボロボロの状態である今の己が、対抗できるとは全く思えなかった。かといって、すでに一度喰らって学習している以上、先程のリンの必殺魔法をもう一度フリーザが喰らってくれるとは思えない。

 万事休す。打つ手は全て、尽きた。
 絶望が全身を支配しようと、身体を這い回る。
 そんな希望が一切見えない展望へと陥りながらも、リキューはふらつきながら構えを取った。例え勝ち目がゼロであろうとも、みすみす無抵抗に殺されるつもりはなかった。
 最後の最後まで、戦い抜いてやる。意地とも言えない意思を抱いて、リキューは絶望的な戦いに挑もうとしていた。

 ―――が、その時。リキューが飛びかかろうとした、まさにその時。
 フリーザが、口を開いた。

 「…………痛かったぞ」

 「? なんだ?」

 ポツリと漏らされたその呟きはあまりに小さく、距離を取っていたリキューの耳が正確に聞き取ることは叶わなかった。
 怪訝そうに眉を顰めながら、リキューは内容を聞こうと耳を澄ませた。

 そして―――次の瞬間、フリーザは爆発した。


 「痛かったぞォーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!」


 フリーザの姿が消えると同時、遠くに浮いていたリンがいきなり吹き飛ばされた。
 なにと驚き声を発するも、それすら言い切る暇もない。ほんのワンカットだけリキューの目は、唐突に迫りくるフリーザの拳を捉え、視界がブラックアウトする。衝撃が顔面、それと腹、胸、肩と、全身のあらゆる部位を問わず一瞬に浸透し、爆発し駆け回った。
 “バリア”は一瞬で崩壊していた。ワールド・ルールに保証された絶対的効果を持つそれは、どういう訳なのかフリーザのただの力任せの打撃によって、無理矢理ぶち抜かれていた。
 一言で言って、何が何だか分からない状態であった。そのままリキューは前後不覚な状態のままにきりもみ回転し、落ちているのか上がっているのかも分からず吹っ飛ばされる。
 が、その動きはまた始まりと同じく唐突に、終わらされた。
 強引に首を引っ掴まれ、強制的に静止させられたのだ。ギリギリと締め上げられ、あっという間にリキューの顔から生気が抜け落ちちていく。。

 「っき、っか! ひゅ―――」

 「さっきのは危なかった………危うく死ぬかもしれないところだった。分かるか下等生物が! この俺が、このフリーザ様がッ、死にかけたんだぞッッ!?」

 グンと、首を掴んだままにフリーザがリキューの全身を振り回す。首が締められる苦しみに、リキューの意識がトびかける。
 そうして、そのままフリーザは遠心力をたっぷりと乗せて、まるでモノを投げ捨てるかのようにリキューを“投球”した。

 音速を突破し、空気摩擦による赤熱化と衝撃波を発生しながら、リキューは斜めの角度を描いて直下に位置していた都市に激突。
 爆撃を凌駕する激震を巻き起こして残った建築類を崩壊させつつ、大量の土石類を噴出させるかのように巻き上げながら大地に長い溝を刻んでいった。
 やがて勢いが衰え、リキューは止まった。その身体のほとんどが土の中に埋められた状態になっており、脱力したその身体は、ピクリとも指一つ動く様子がなかった。

 「………っか、…………は」

 重たい瞼を、無理矢理開く。その視界の焦点は何時まで経っても合わず、ふらつく頭はすぐにでもまた目を閉じさせようと働きかける。
 とっくに身体は限界を超えていた。“バリア”の効果もフリーザに攻撃を受けた瞬間、その『法則侵食』の効果によって崩壊させられていたのだ。フィルターのない生のフリーザの打撃は、リキューの身体を思う存分滅多打ちにし、打ち砕いてしまっていた。

 朦朧とする意識。
 リキューはぼやけた視界に、フリーザがこちらに手を向けている姿をなんとか見届けると、ブレーカーが落ちるかのように意識を失った。




 「信じられん奴らだ………あんなものを作りあげるとは、一体どこにそんなパワーがあったんだ?」

 シュワルツシルト面を突破し、特異点そのものを握り潰した己の手を見ながら、フリーザは独白する。
 マイクロブラックホールを叩き付けられるなぞ、生まれて初めての経験であった。いや、もしかすればそれはこの世界において、初めての体験者ですらあるのかもしれなかった。
 あの黒体と相対した時の、怖気。そして受け止め、競り合った時の感触。まるで自分の全てが吸い込まれかねないような、恐ろしい体験。あるいはそれは、恐怖と呼べる感情であったのかもしれなかった。フリーザはそう振り返り、思う。

 そして述懐した結果、より強い、苛烈な次の思いを抱くに至った。
 だからこそ、決して許すことなど出来る筈がない、と。

 こんこんと沸き上がる煮え滾った激情の渦に、これまでとは比較にならない激怒の感情に頭を支配され、フリーザのこめかみに血管が浮き上がる。
 一方的に狩られる筈の立場であった者たちが、生意気にも反旗を翻したという事実。あまつさえ、そいつらから一片とはいえ、己に恐怖という感情を味わされたという認め難い現実。

 それは、断じて許されぬべきことであった。

 ギンと、フリーザが視線を都市の真っ只中。大地を抉って作られた溝の端に埋まっているリキューへと、固定する。そして片手をリキューへと伸ばし、掌を広げる。
 直径1mほどのサイズの気功弾が、瞬時にその掌の先に形成された。

 「もう遊びは終わりだ。このオレ直々の手で消し去ってやる」

 それは“バリア”の加護がない今のリキューにとって、必滅となりうる一撃だった。
 否、例え“バリア”があったところで無駄であっただろう。加減を放棄したフリーザの今の状態では、“バリア”が展開されていたとしても『法則侵食』で破壊されるてしまうからだ。
 が、しかし。
 フリーザが狙いを定め、今まさに放たんとしたその時であった。フリーザの背後から抑止の声が、唐突に投げかけられた。

 「待て、よッ」

 「ん?」

 打ち出す直前であった気功弾を霧散させ、振り返るフリーザ。
 声をかけてきた者の姿を見て、つまらなそうになんだと呟いた。
 フリーザの背後に浮かんでいた者。それはつい先ほど、フリーザの手によって無造作に殴り飛ばされ、吹き飛ばされていた人間。
 リンであった。

 「まだ生きていたのか。しぶとい奴め………それで、このフリーザに何の用なんだ。見たところ、お前はサイヤ人ではなさそうだがな」

 「ぜぇ………ぜぇ………ぜぇ………くそ」

 ボタボタと、おびただしい量の血が流れ、宙に散っていた。
 それはリンの顔面からのもの。次から次へと溢れる出血が幾筋もの血の道を描き、その淡く銀に輝く長髪と白いコート状のバリアジャケットを汚していた。
 先程フリーザから喰らった、あの一撃。それはたったの一発でリンに致命傷を与えていたのだ。もしリンがギフトの一つである吸血鬼並の再生能力を持っていなければ、そのまま確実に命を落としていただろうものである。今でも急速に傷口は再生されつつあったが、追い付かず流血していた。

 荒く息を吐きながら、なけなしの体力を込めてリンがフリーザを見つめる。その見つめる眼差しは、左目の一つだけ。
 リンの右眼球は、完全に潰されていた。

 「ぜぇ、ぜぇ………わざわざ、遠路はるばる、やって来たんだ。死なせる訳には、いかねえんだよ」

 「仲間ということか。下等生物同士が群れたところで、何が出来るつもりなんだ?」

 「うるせえよ、くそ。誰があの野郎なんかと、仲間になるかよ………」

 嫌々とした表情でそう吐き捨てながら、しかしリンは逃げる様子もなく、フリーザの前から一歩も退くこともなかった。
 実際のところ、逃げようとしたところで逃げられるものでもないであろうが。それでもわざわざ重傷をおしてフリーザと相対しているのは、もっと別の理由があるのであろう。
 そしてそれは人情に絡んだものであると、状況から簡単に察しがつく代物ではあった。
 が、所詮フリーザには関係ない話である。

 鈍い音が響いた。リンが咽び吐血する。
 何時の間にやら接近していたフリーザが、その拳をリンの腹に深く打ち込んでいたのだ。
 姿勢を崩し落下しそうになるリンの身体を、その首に尾が巻き付き拘束する。

 「知っているぞ、貴様があの妙な黒い玉を撃ったことをな。気付いていないとでも思っていたのか? よくも目障りなハエの分際で、このオレにあんな忌まわしい体験をさせてくれやがって。ふふふ………随分としぶとそうな体質の様だが、どれ。このままその首の骨をへし折ってやろうか? どれだけやれば死ぬか、試してやろう」

 ピシピシと、リンの首の骨から不愉快な音が走る。完全に気道を塞がれ、声すら漏れず口だけがパクパクと動いた。
 その様を愉悦に浸りながら眺め、容赦なくフリーザは力を加え続ける。
 リンの抵抗が弱まっていく。暴れる手足の動きが、徐々に小さくなっていき………そして止まった。
 死んだか。フリーザはそう呆気なく思い、つまらんと思いながらも止めを刺すべく、巻き付けている尾に骨を粉砕するだけの力を込めようとした。

 その時、電子音が発生した。

 《リミッター、オフ。フルドライブ・スタート、シフトフォーム・ハイパーブレイド》

 「っぐ!?」

 一筋の光が一閃された。
 フリーザの尾が解かれ、リンが解放される。ゲホゲホと咳き込みながら新鮮な息を取り込み、リンの顔が血の気を取り戻す。
 その片手に握られているのはデバイスであるジェダイトであるのだが、形態が先程から変化していた。
 柄の部分に存在していた機構部分が滑らかなラインを描くように組み替えられ、デザインから鋭角的な意匠が完全に取り去られてしまっていた。最も特徴的な部位であった翡翠色の刀身部分は、眩く青白い閃光を発する輝く刃となっており、さながらレーザーブレードの如き形容をさらしていた。

 “紙の雛型”専用特化型デバイス、ジェダイト。そのフルドライブ、ハイパーブレイドフォーム。
 追い詰められたリンは、己が最後の隠し手であるその形態を顕現させ、巻き付いているフリーザの尾に向かって振り下ろしたのである。
 まさか傷付けられるとは思わなかったフリーザはその不意打ちに驚き、見事リンは拘束から脱出することが叶ったのであった。

 しかし、その代償は安くはない。
 ガフと、急にリンが苦しみ始めた。その背に浮かぶ二対四枚の“羽”の姿がブれ、頭髪の銀色の輝きが陽炎のように揺らめく。
 ジェダイトを握る手とは逆の手で胸を抑えながら、表情が苦悶一色に染まる。

 「む、胸が―――ぐぁ、ま、魔力が暴走して………こ、コントロール、が―――ッ!?」

 《肉体のダメージが大きすぎます。パターンB・H・Sによる影響で私の処理能力もダウン中、制御が追い付きません。無茶ですマスター、リンカーコアにもダメージが発生しつつあります! これ以上のフルドライブの起動は深刻な後遺症を残す恐れが!!!》

 電子音声―――ジェダイトが、非常に珍しく焦燥溢れた声で事態を告げる。それだけ内容の指し示す事柄は、洒落にすることが出来ない重大なことであった。
 だが、彼ら二人に危機に対応するだけの猶予はなかった。
 敵が消えてなくなった訳ではないのだ。

 「つくづく苛立たせてくれるな、貴様らハエは………」

 ピクピクと、一部の筋肉を痙攣させながらフリーザが喋る。
 その尾には、ほんの少しだけ擦り剥いたかのような、微妙な薄い線が入っていた。

 身体に纏われた“気”は、その特性として一種のリアクティブアーマーに似た原理のものが働いている。
 外部から物理的接触が加えられた場合、その物理的接触に反応し、そして接触の大きさに応じて“気”が顕現しあらゆる内容に対するショックアブソーバー的な役割を担うのだ。
 これは本人の意思次第で操ることが出来る技能であると同時に、巨大な“気”を持った存在ならば無意識に行うことが出来る自律的な生理機能でもある。
 この特性によって強大な“気”を持った存在は、例え知覚できないほど遠い遠方から対戦車ライフルの狙撃を受けたとしても、大して怪我も負わずに済むことが出来るのである。

 そして、この上記の特性。
 これは肉体への接触面積が大きければ大きいほどそれに比例し、より素早く強く働きかけられるものでもあった。
 つまり逆を言えば、肉体への接触面積が小さければこの特性は働きにくいということである。

 すなわち結論を言って、“気”の守りというのは打撃などといった面の攻撃に対しては十二分に効力を発揮されるが、線や点などといった攻撃に対しては効果が比較的に―――つまり防御が弱いということなのである。
 数段上の戦闘力を持った者であろうとも、真に一流の実力者が真に一流の剣を以って斬り付ければ、傷付けることは可能だということだ。

 リンの命を賭けた最後の一手は、フリーザにかすり傷を負わせる程度の効果を上げていた。


 そしてそれだけが、リンが己の命を賭けて成せた行動の限界だった。


 フリーザが人差し指を、悶え苦しんでいるリンへと差し向けた。
 リンは反応できない。応じるだけの余裕がなかった。

 《マスター!》

 「あ……?」

 咄嗟にその腕が動きジェダイトの刀身が胸の前に位置したのは、リンによるものではなく、ジェダイト自身の判断によるものであった。
 リンクモードによって同期された双方の意識は直結され、その思考だけで互いの器へと指示を送ることが可能となる。それはマスターがデバイスを手足を扱う様に動かせるのと同様に、デバイスがマスターを手足のように動かすことも出来るということ。
 果たして、従順なるしもべであると同時に主の相棒であるデバイスは、その瞬間に機転を利かせて行動していた。

 フリーザの指先から、気功波が放たれた。
 直進するレーザーの様に収束し細く固められた気功波は、違うことなく盾の如く置かれたジェダイトの刀身に接触。
 そのまま刹那の停滞もなく刀身はへし折られ、ジェダイトを破壊しながらリンの胸を貫通。巨大な風穴を穿った。
 ごぼごぼと、溢れ溺れるかの様にリンの口から血が吐き出される。
 胸の傷口からも割れた水筒の様に出血が生じ、空に紅色の飛沫が散らされた。

 ぐらりと、リンの身体が傾く。

 浮力が失せ、活力を失った身体が大地へと落下していった。
 他愛もない結末にその溜飲は収めることは出来ず、逆に構った事でさらに生じてしまった不愉快なストレスの存在に、フリーザの表情は硬いままであった。
 舌打ちしながら、片割れであるもう一人の下手人をさっさと仕留め様と、視線を元の方向へと移す。
 フリーザの目が、大きく見開かれた。

 「姿がないッ?」

 都市の中に刻まれた長く巨大な溝の先、先程までリキューが埋まっていた場所から、リキューの姿が消えていた。
 何処へ行ったと、フリーザは視線を空の上からせわしなく彷徨わせる。
 やがて、ある一点でその動きは止まった。皮膚の上に血管を浮かばせ、殺意をみなぎらせたまま微笑を浮かべ、一人呟く。

 「逃がすものか。貴様はこのオレ自身の手で直々に、この星を消し飛ばす前に直接殺してやるのだからな………」




 まどろみの中、揺れる居心地からリキューの意識は現実へと戻ってきた。
 目を開けば、映る視界の光景はくたびれ、寂れた雰囲気の漂うビル街。リキューの見覚えのある場所。
 惑星ベジータ唯一の名もなき都市の、そのありふれた無人区画の一角である。
 ぼやけた頭のまま少し時間が経過し………ふと、ようやく我に返ったリキューは、自分が誰かに背負われていることに気が付いた。

 「だ、誰………だ?」

 「起きたかい?」

 全身の痛みを堪えて出した言葉に返ってきた声は、女のものであった。
 リキューはそれに驚いた。女の声が予想外であったということもあったが、それ以外にも別に、何か引っかかるものをその声に感じたからだ。
 背負われたまま、リキューは軽い混乱に陥る。
 自分はこの声に、聞き覚えが、ある?
 暖かくなるような、しかし同時に重く圧し掛かる様な、背反する二つの異なる心の動きがリキューの胸を震わせていた。

 「あ………んた、は――――――」

 「すっかり大きくなっちまって………四年前のあの日までは、まだ私の胸までも背は届いてなかったのに。それが今じゃこんなに大きくなって、しかもあんなに強くなってるとはね。そんなこと、これっぽっちも思ってもみなかったよ」

 大した奴だよ、と。そう目の前の女性は、漏らした。
 まさか。リキューは喋るという風に意識することもなく、そう、口に出していた。
 脳裏に目の前の女の正体が、その名前が、様々な感情と共に浮かび上がった。

 女が振り返った。その顔が、リキューの目の前で露わにされる。
 女のリキューを見る目は、ただ単に同族を見るものではない、親しき愛情が存在していた。

 「立派になったね、リキュー」

 「ニー、ラ」

 女の名はニーラ。サイヤ人の下級戦士であり、そして同時にリキューの母である女であった。
 何故だ、と。面と面を合わせたその瞬間、リキューはただそれだけを思っていた。
 何故に自分は今、ニーラとこうして邂逅しているのだ、と。

 それはよくよく考えてみれば、別にそれほど不思議という程のことでもなかった。
 リキューの今いる場所。ここは惑星ベジータなのである。戦闘民族サイヤ人たちの母星なのだ。
 サイヤ人であるニーラがここに居て、そしてリキューとこうして対面していることに、何ら不自然な巡り合わせは存在していなかった。
 失念していたのはリキューの方だ。自分からその事実から目を背け、そしてそのまま自己暗示のように思い込み、現実を改変させて忘れ去っていたのである。

 「にしても、お前が戦っていた相手。あいつはいったい誰なんだ? とんでもない戦闘力を持っているようだけど………なんだってあんな奴がここに居て、しかもお前なんかと戦っているんだ? 周りの男どもはてんで役に立たないし、いつも威張り散らしているエリートの奴らも姿が全然見えやしない。本当に、いったい今この星で何が起こってるってんだい」

 ニーラが愚痴の様に言葉を洩らすのを聞き、ようやくリキューの意識は再起動した。
 激痛と疲労にまともに動かすことも出来ない身体を無理矢理に動かそうと力を入れて、もぞもぞとニーラの背で動き始める。
 その動きを察知し、ニーラが慌てた様子で話しかける。

 「無理するんじゃない! 全身がボロボロになっているんだよ!! すぐにメディカルマシーンまで連れて行ってやるから、大人してな!」

 「は……な………せ……ッ」

 肉体のダメージは深刻だった。内出血に筋肉の断裂、骨だって二桁ほどの数が骨折ないし亀裂が入った状態となっており、常人ならば死亡確定に至るレベルのものであったのだ。
 当然、そんな状態ゆえに生じる痛苦は筆舌に尽くし難いものであった。筋肉に力を一片でも込める度に、魂を擦り減らすような地獄がリキューを襲っていた。
 しかし、それでもリキューは足掻くのを止めようとしなかった。たかがこんな痛みが何ほどのものであろうか。心底からそうと思っていた。

 そう。リキューにとって肉体の傷や痛みなんてものは、重要視するものではない。
 そんなもの以上に、心の痛みの方が、リキューにとっては至極耐え難いものであったのだ。

 ニーラの気遣いの言葉にも耳を貸さず、必死に離れようともがき続けるリキュー。その強情な態度に毒づきながらも、ニーラは逃がさないと抱え込んでいた。
 リキューの逡巡、ニーラのこだわり。一行に決着のつかない、親子の遣り取り。
 しかし、その遣り取りはすぐに終わらされた。
 外部からの無作法な介入によって。

 「何処へ行く気だ、サイヤ人の猿どもが」

 「ッ!?」

 「―――ッチィ!」

 二人が空を見上げる。そこに殺意を隠すことなく露わにした様子のフリーザが、凍てついた視線でリキューとニーラを見下していた。
 スゥと地に降り立つフリーザ。戦意をどうにか掻き集めて睨みつけるも、リキューの胸中には諦観と絶望だけが満ちていた。
 戦ったところで勝つことなど、出来る筈がない。すでに勝敗は決しているのだ。そして逃げることだって叶いはしないだろう。どこへ逃げようとフリーザは即座に追い付くし、それにいざとなればこの星そのものを破壊すればいいだけのことなのだから。
 リキューは気付かぬ間に、自分の死を受け入れてしまっていた。それだけの戦闘力差があることを、実感してしまっていた。

 「リキュー、逃げろ。ここは私に任せて、お前は早くここから逃げるんだ」

 ―――だからこそ、リキューはそのすぐ傍で言われた言葉に、咄嗟に反応することが出来なかった。

 え、と一文字だけ口から出し、硬直する。
 投げかけられた言葉の意味を、リキューは理解することが出来なかった。
 ドサリと乱暴に地面へと放られ、ニーラが一人一歩二歩と前へと進み出ていく。そうにまで至り、ようやく言葉の意味を呑み込みリキューは動き出した。

 「な………ま、待てッ。げほ! くそ………待て、ニーラ! アンタの、敵う相手じゃ………ない! 逃げろ………そい…つはッ、フリーザなんだぞッッ!!」

 「フリーザ……ッ!?」

 「その通りだ。理解したか、この下等生物の猿が。分かったのならさっさと目の前から消えろ。それともだ、先にお前から消されたいか?」

 フリーザにしてみれば、どいつもこいつも全て路傍の石コロ程度の存在でしかない。
 総じて、価値がないのだ。
 言うことを聞かなければ、ただ即時実力行使に移るのは明白であった。

 「まさかね………本当にフリーザだってのかい? いや………そうか、確かにその声には聞き覚えがあるよ…………それじゃ、バーダックの言っていたことは本当だったってことか」

 「分かったんなら、分かるだろうッ。アンタじゃ、ごほッ! ハァ……ハァ……か、敵う訳がないってことにッ。さっさと逃げろ………こ、殺されるぞッ」

 何故そこまで必死になるのであろうか。リキューは脳裏の一部でそう思う自分がいるのを認識しながら、知るかと吐き捨てた。
 さっきまで、あんなに離れようとしていたのに。それが今では逆に、その身を案じ退かせようと言葉を懸命に重ねている。
 矛盾だ。リキューはいったい、ニーラをどうしたいというのか。
 見捨てたいのか。切り捨て、無視し、関係のない者として無関心な態度で、見て見ぬふりをして過ごしたいのか。
 それとも助けたいのか。子として、血の繋がりがある者として。慈しみと愛情を持ってその命を助けたいのか。

 答えはない。出せる筈がない。
 リキューはかつて、その答えを出さないことを選択したのだ。自己の精神の安寧のために、ただ自己保身のためだけに。
 だからもごついたまま、確たる行動に移ることも出来なかった。ニーラを強く抑止する言葉を投げかけることも出来ず、ただ敵う訳がないと諭し逃げるよう、示唆することだけしか出来なかった。
 フリーザの恐ろしさはニーラだって知っている。みすみす死ぬと分かっているのならば、逃げるのが正しい選択だ。
 しかし、リキューの言葉を聞いているにもかかわらず、ニーラは動く様子を見せなかった。
 リキューの前に立ち塞がり、フリーザと相対したまま逃げる気配を欠片も見せないどころか、逆に臨戦態勢を取って戦いの準備を整えていた。
 馬鹿なと、リキューは愕然とした思いで顔を呆けさせていた。

 「何を………やって、いるんだッ。アンタじゃ敵わないって、そう言っているだろう。フリーザなんだぞ、分かるだろ!? アンタの戦闘力じゃ、戦ったって殺されるだけだ!! 早く逃げろって…………死にたいのかッ!!」

 血気が昇り、語調が僅かに荒くなった。言い切った後に苦痛がぶり返し、咳で咽る。
 命を捨てるその行為に、何故かリキューは心が激しくざわめいていた。その情動の正体の理解を拒み、理解不能の封をリキューは貼り付ける。
 リキューの言葉をその背に受け止めたまま、やはり動かないニーラが、口を開いた。

 「死にたくなんてないよ。けどね、逃げる訳にはいかない理由があるのさ」

 なんだ、それは。自分の命の代わりになる理由なぞというものが、一体どこにあるのか。
 リキューの思考に浮かぶ様々な文句・悪態の数々。あまりに感情の昂ぶりが激しすぎて、口が上手く回らずただパクパクと意味なく開け閉めされる。
 必死に言葉を操ろうと苦慮している中、ニーラ自身の口からその理由が一言で語られた。

 「目の前でみすみす、自分の子を殺されてたまるものかい」

 「―――、……………え?」

 するりとその言葉は、リキューの胸に入ってきた。
 混乱したまま、締まりのない声を口から漏らし、情報を整理しようと頭が空回りする。

 まさか………ニーラの、逃げる訳にいかない理由、とは?

 思考が滞る。
 頭が理解しようとするのを拒否する。
 理解してまえば、不味い。それを理解してしまうと、自分がこれまで目を背けてきた矛盾と、否応なしに目を向けなければならなくなる。
 ダメだと、リキューの精神がアラートを鳴らす。理解するな、言葉を聞くなと無意識の怪物がリキューの耳元で叫びを上げ続けている。
 激しい精神内の闘争が、リキューの中で起こっていた。それだけの意味がニーラの言葉にはあった。リキューの心の在処を左右するほど重要な、重大な岐路が目の前に暴かれ様としていた。

 ―――けど、それは結局のところ、リキューの独り相撲でしかないものであった。


 独り相撲に、された。


 ぱんと、音が鳴った。
 リキューの目の前から、ニーラの姿が、消えた。
 響く瓦礫が粉砕される音。そして二ーラの代わりに、目の前の今までニーラがいた位置には、腕をひらひらと振らせたフリーザの姿が。
 リキューの動きが、凍る。

 「いつまでも目の前でぺちゃくちゃと………邪魔をするなら先に殺すとオレは言った筈だぞ、サイヤ人が。まったく、つくづく貴様らはこのオレの癇に障るな」

 「………お袋?」

 ニーラの姿を探し、リキューは視線を右往左往させる。ニーラの姿は、すぐに見つけることが出来た。
 右の方角の崩壊したビルの瓦礫が積まれたところ。そこに全身と尾からだらりと力が抜けた様子で、ニーラは倒れ伏していた。
 頭からは、血がどくどくと流れている。目は、閉じたまま開かない。
 ぷるぷるとリキューの身体が震え出していた。身体の奥底から得体の知れない、心を冷え切られながら肉体を熱くさせる、強大な感情の奔流が迸り始めていた。

 それは、憎しみと呼ばれる感情だった。

 「フ、リーザァッ………キ、サ、マッッ!!」

 「貴様………なんだその目は。まさか、母親に手を出されて怒ったとでも? ハハ、こいつは驚きだな。まさかサイヤ人風情が、そんな高尚な感情を持っているとは思わなかった。ククク、散々幾つもの星を滅ぼしておきながら………ふてぶてしい種族だな、貴様らは?」

 「だ・ま・れぇッッ!!!」

 ぎちぎちと悲鳴を上げ、全身から地獄の苦痛を発しながらリキューはその両足で立ち上がり、地を踏みしめた。
 しかしそれが限界だった。激情に呼応して“気”が一時的に強まっているものの、“気”は身体能力の強化はしても回復はしない。壊れた器官の代替機能として働きはしないのだ。
 ダメージを受けた肉体はそのまま。依然として死にかけ、ボロボロの状態であることに変わりはない。
 フリーザの掌が、リキューの顔面のすぐ目の前にかざされた。リキューの視界が、掌で覆われる。
 フリーザが端的に宣言し、命令した。

 「死ね」

 ―――その時、フリーザの身体がいきなり横へと吹き飛ばされた。

 一人のサイヤ人が空から高速で突っ込んできて、その勢いを維持したまま飛び蹴りをフリーザの頭部にぶち込み、ニーラとは反対側の方向へと弾き飛ばしたのである。
 ビル群を突き破り、ストリートを三つ四つ横断する勢いでフリーザの姿が消える。
 ばさりとローブ状の戦闘服の裾を翻しながら降り立つそのサイヤ人の名を、リキューは驚き瞠目しながら呟いた。

 「あ、アンタは………ガートン? お、親父?」

 傷だらけの顔を晒している男が、じろりとリキューに視線をやった。
 男はサイヤ人のエリートであり、珍しいテクノロジストでもある、すでに第一線を退いていたリキューの父。ガートンであった。
 ガートンは一度だけ無機質な視線をリキューにくれると、それだけでもう見向きもせずに視線を外し、フリーザの吹き飛ばされた方向へと顔を向けた。
 そしてそのまま顔を向けることすらなく、リキューに簡潔な命令を与えた。

 「ニーラを連れて早く行け。まだニーラは生きている」

 「なッ………」

 慌てて痛む身体に鞭を打ちながら、リキューは半ば引き摺るように足を動かしてニーラの近くに寄り、その首筋に手を当てた。
 指先にほのかな命の鼓動を感じ、安堵の息を付く。心に沸き上がっていた憎悪の激情が、一気に引き下がり力が抜けていった。
 ガートンが告げる。

 「急いでニーラを連れてこの星から脱出しろ。発着場のところに使えるポッドが幾つかあるだろう」

 「アンタは………アンタはどうするつもりだッ、残る気か! アンタもニーラと同じように! 親だからって理由で残るつもりか!?」

 「勘違いするな。何故私が貴様なぞのために戦わなければならない。ニーラと私は違う、貴様なぞ私にはどうなろうと知ったことではない」

 背を向けたまま、声色を一切変えぬまま、ガートンはリキューの言葉を冷たく切り捨てた。
 ニーラとは違って、その態度には本人の言葉通り、親の情などを感じさせるものは全くなかった。その点についてだけ理解し、何故か不思議とリキューの心は安堵に包まれた。
 しかし、それならば何故? 何故、ニーラと同じように死地に挑もうとするのだ?

 「何でだ………どうでもいいんだろ、俺のことは。それなら、なんで………」

 「貴様はどうでもいいが、ニーラがいる」

 ニーラ、という言葉。
 そこにだけ、他の言葉とは違った重みが置かれているのを、リキューは感じ取った。

 ―――それこそが、ガートンの戦う理由。

 かつて戦士として戦い、今一線を退きテクノロジストとして月日を重ねていた男は、ただ一人の女のために絶望的な戦場へと舞い戻って来ていたのだ。
 子に対する愛情などは欠片もなく、しかし、己が伴侶への愛情は抱いて。
 クイと、ガートンは背を向けたまま義手の親指をあらぬ方向へと差し向ける。

 「行け。貴様ごときの命なぞどうでもいい。貴様の命を賭けてでも、ニーラを決して死なせるな」

 「……………ああ、分かった」

 迷いは、あった。しかしその物静かな言葉の内に秘められた苛烈な意思に、リキューはただ頷かされた。
 軋む身体を動かし、ニーラをそっと、慎重に背負い、そして走り出す。舞空術を使うだけの余力なぞ残っていなかった。
 走り去る間際、そっと振り返り、リキューは己の父の姿を見た。

 背を向け、立ちつくすガートンの後ろ姿。
 彼は今やリキューから見て、圧倒的に戦闘力で劣っている筈の人間であった。しかし、リキューは何故かその後ろ姿が、とても大きく見えた。




 崩れ落ちた大量の瓦礫の破片が、噴出した。
 下から強烈なパワーによって弾き飛ばされた瓦礫らは、宙空で粉微塵に粉砕され、塵となって風に流される。
 瓦礫が吹き飛ばされ形成された空き地の中心から現れるフリーザ。その姿に依然変わりなくダメージはなく、ただ苛立ちだけが際限なく蓄積されていた。

 「虫けらどもが………本当に次から次へとキリがなく出てきやがって。そうまでしてこのフリーザの不興を買いたいか」

 ガートンは無言のまま、腰を沈め戦闘態勢を整える。
 絶望的な戦闘であるということは、いまさら改めて言われるまでもなく理解していた。戦えば確実に死ぬことになるだろう。
 しかし、例え死ぬと分かっていても引けない時が、男にはある。
 それは地球人だろうと、サイヤ人だろうと、あるいは性別すら関係のない共通したことであった。

 「ハァッ!!」

 地を蹴り砕き、ガートンが先手を取ってフリーザに突撃した。
 義手である右手を振りかぶり、作られた鋼鉄の拳を真っ直ぐにフリーザの顔面へと叩き込む。
 巨大な接触音が響く。フリーザの顔面に違えることなく、ガートンの拳は突き刺さった。
 しかし、フリーザは動じない。身震い一つすらしない。表情も変わらないまま、気にも留めていない。
 フリーザは無造作に手を上げて、ガートンの拳を掴み顔から引き剥がす。ガートンはそれに気合いの声を上げて抵抗するが、まるで赤子の手を捻るかのように成すがまま、腕をねじられた。
 ばきんと、義手が握り潰される。金属部品とスパークが飛び散り、ガートンは一歩飛びずさった。

 「ぐぉ、おおお………ッ」

 散乱した部品を踏み付けながら、フリーザがガートンに歩み寄る。
 ぽきりと、片手の指の骨の音を鳴らしながらフリーザは言った。

 「楽には殺さん。最後まで苦しみ抜いてから死ね」




 「ゼェ、ゼェ、ゼェ、ゼェ」

 引き攣る様な息を吐きながら、必死にリキューは走っていた。
 背にはニーラを抱えながら、全身から絶え間なく発せられる激痛に耐えながら、見る影もないような遅々とした速度でありながらも、必死に走っていた。
 汗の代わりに血が流れるほどの傷を負いながら、しかし立ち止まる気は全然生じなかった。

 たらりと血が一筋、新たに肌を伝って流れた。
 それはリキューのものではない。背に背負われた母から流れ出たものである。
 ニーラの傷の具合は、リキューと比べれば断然に軽い代物だ。しかし傷を負っているのは頭。危険であることに違いはない。
 心が乱れた。急がなければと、リキューの心を何かが駆り立てていた。

 「リキュー、か?」

 「喋るな………ハァ、ハァ………寝るなよ、急いでメディカルマシーンまで連れて行く」

 「ハハ………これじゃ、立場が逆だ………よ」

 「喋るなって、言っているッ!」

 メディカルマシーンに連れていくと言ったが、しかしそれは後回しにされることだった。
 フリーザに狙われている今、悠長にメディカルマシーンで治療を受けるだけの時間なぞなかった。上手く隠れこむことが出来ても、星ごと破壊されれば意味がない。
 ガートンが言った通り、まずは個人用ポッドでも何でもいいから宇宙船を手に入れて、惑星ベジータから脱出。その後に適当な文明の星に行き着き、そうしてから治療を受ける必要があった。
 時間が足りない。リキューはただそう思う。あらゆる意味で時間が足りていなかった。

 宇宙船に乗り込むまでの時間が足りない。ニーラに治療を受けさせるまでの時間が足りない。フリーザを足止めするまでの時間が足りない。
 ないない尽くしばかりの現状。
 頭が沸騰しそうだった。

 そもそも、何故自分は彼女を、ニーラをこうまでして必死に助けようとしているのだ?
 リキューは己の過熱する表層の意識とは別に、心の底でそんな自問自答を行っていた。

 親だから助けるのか?
 サイヤ人なのに? フリーザも言っていたではないか。散々他の星々を侵略し、滅亡させてきた種族なんだぞ?
 彼女だってそうだ。例外ではない。今自分の後ろに背負われている女は、その手で多くの罪のない者たちの命を、ただただ仕事として、己の楽しみとして、奪ってきたのだぞ?
 彼女は悪だ。サイヤ人は悪だ。フリーザと同じ、極悪な存在なのだ。死んだ方が喜ばれる、百害あって一利なしな有害極まりない者たちなのだ。

 何故、助ける必要がある? 何故、必死になる必要がある?

 「うぅぅぅッッ…………」

 噛み締められた歯の間から、唸るような音が漏れる。
 無意識の理性が持ち上げるリキューの精神の根底にある倫理が、自己否定に繋がりかねない痛烈且つ巨大な葛藤をリキューに与えていた。
 サイヤ人をどう扱うか。悪として否定するか、同族として許容するか。
 かつて逃げ、そして今まで逃げ続けていた、リキューの精神の根底にある矛盾。その元凶が露呈される。
 いまさらなことであった。
 かつてのその逃避から、どれだけの歳月が流れたのか。いまさらどちらか選択したところで、どっちにしろリキューは今のリキューでいられなくに決まっているのだ。
 ゆえに選べない。リキューは選ぶことができない。これまでの、今までの。自分の在り方のために、立ち位置のために、選択することが出来ない。

 そんな悪循環に陥っている思考をよそに、身体だけは動いていた。
 長々と続いていた無人区画にもようやく終わりが見え、リキューの視界の遠く、見れる範囲にポッドの発着施設が現れる。
 あと少しだ。そう思い、リキューは足に力を込めた。

 目の前に、閃光が走った。

 眼前の道路が爆発し、咄嗟にリキューは顔を庇い爆風に備えた。
 爆風が収まってから目を開くと、リキューの目の前の道路には横断を防ぐような、底の見えぬ断崖が形成されていた。
 リキューは空を見上げる。
 フリーザが、そこにいた。

 「随分と手間をかけさせてもらったが、もう鬼ごっこはお終いだ」

 ひょいと、フリーザがその片手にぶら下げていたモノを、放った。
 どしゃりとリキューのすぐ傍に、それが落下する。
 それはサイヤ人の亡骸であった。白眼を剥き、義手であった片腕は壊れ、全身から流れ出た血がバトルジャケットを紅に染めて、その男は完全に絶命していた。
 ガートン、だった。

 「お……や、じ……………」

 「安心しろ。すぐに貴様もこのゴミと同じ場所に送ってやる。思わずこいつを殺すのに時間を使い過ぎてしまったからな………貴様は一撃で終わらせてやる」

 人差し指が向けられる。
 その光景を、リキューは緩慢な意識の中、ただ静かに見ていた。
 終わった。そう不思議と自分でも思う程、呆気なくその結果を受け入れていた。
 これまで死にかけたことは何度もあった。その度にリキューは反骨心を燃やし、全力で抗ってきた。
 しかし、その燃えがってきた反骨心が、何故かこの時沸かなかった。
 あるいはそれはガートンの亡骸を見てしまったからだろうか。答えは分からない。
 だがどっちにしろ、全身がボロボロであるリキューにフリーザの攻撃を回避する術はない。死は甘んじて受け入れる他未来はなかった。
 遅延する意識の中、やけにスローな動きで行われる気功波の発射プロセスを、リキューは見る。

 ―――トンと、横に身体を押された。

 え、とリキューが思う。その瞬間、スローであった世界の動きが、一瞬で元の動きに戻った。
 リキューのすぐ傍を、肌をかすめて気功波が通り過ぎる。ちりちりと腕の一部を灼かれながら、しかしリキューは回避することに成功し、背後で着弾し爆発する気功波の余波を受けながら地面に倒れ伏す。

 (―――何が起きた?)

 状況を理解できぬまま、一苦労しながら身を起こす。
 っちと、フリーザの舌打ちが聞こえる。

 「悪運の強い奴め………まあいい。どっちみっち、サイヤ人は一匹たりとも見逃すつもりはないからな。全員皆殺しだ。取りこぼしはない」

 (何を、言っている? 何を―――?)

 後ろへと、振り向く。


 そうして、リキューの時は止まった。


 「え? ――――あれ? ………え? ……………あ、え? …………………なん…………………え?」

 黒焦げた人が、倒れていた。
 ぷすぷすと煙が身体から上がっており、人体の焼けた匂いがリキューの鼻にまで漂ってきている。
 誰なのだろうか。リキューは混乱したままそう思った。
 よほどの高熱で焼かれたのだろう。その人の腕や足は一部が炭化し、炭の様な状態となっていた。
 動く様子はない。当然である。目の前の人は死んでいた。焼死だ。異論の介在する余地は存在しない。

 「え? え? え? え? え? ――――――――――え?」

 死んでいる人間の―――いや、もうモノとなっているそれの顔を、リキューは知っていた。
 バラけていた記憶が、意識が、元に戻り始める。

 目の前のモノは、女だ。女の死体だ。

 そして名は、名は―――――。


 脳の知識と目の前の光景が一致し、ようやくリキューは、現実を認識した。


 「…………………………………ニー、ラ?」

 「貴様も早く死ね。親が地獄で待っているぞ?」

 邪悪な微笑を浮かべて、フリーザは言った。

 プツンと、リキューの脳裏で何かが切れた。

 「フリィィィィィイイイイイイザァァァァアアアアアアア!!!!」

 「な、にィッ!?」

 咆哮した。荒ぶる精神が全ての懊悩を吹き飛ばした。理性も倫理も良心も、野性を縛る余計な枷の一切合財が一瞬で破壊された。
 深刻なダメージを被っていた筈の肉体から、これまでとは比べ物にならない莫大な“気”が噴出し、全身の筋肉が盛り上がり隆起する。
 神速の踏み込みが行われる。フリーザに反応させる余裕を一切与えず、リキューの拳はフリーザの腹を打ち抜いた。

 「ぐごぉッ!?」

 「ああああああああああああッッッ!!!!」

 ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ―――ッ!
 足を天より振り下ろして打ち抜き、地面に叩きつけたと思った次には、跳ね上がったその身体に低空からすくい上げる様なアッパーを放って身体を天へと打ち上げ、さらに逃がさないと吹き飛ぶ足を掴み、振り回してまた地面へと叩き付け、前蹴りを脇腹から容赦なく抉り込ませ前方へと弾き飛ばし、まだまだ終わらせないと追撃をかける。
 さっきまでリキューの心を悩ましていた矛盾についてなどの考えなど、全て消し飛んでいた。
 ただただ際限なく溢れだす破壊衝動が脳を一色で染め上げ、リキューの身体を突き動かし、フリーザを滅多打ちにし続けていた。

 リキューの戦闘力は、著しく増大していた。
 換算してそれは、おおよそ通常時のリキューの戦闘力の10倍に相当するほどのもの。
 凄まじいまでの急激な戦闘力の上昇、倍化。それはさながら、疑似界王拳と称されるべき現象であった。
 かつて、故ツフル人が提唱した理論。核分裂反応に似た、“気”の増大作用―――オーラリアクト現象。
 一時的に己の数倍の戦闘力を発揮するために、このオーラリアクト現象を人為的に発生させ、そして技として昇華・完成させたのが、北銀河の界王の編み出した界王拳であった。
 リキューの身体にもまた、この界王拳と全く同じ原理の現象が発生していたのだ。

 ガートンの死を、ニーラの死を、その肉眼で焼き付けぶち切れたことが、リキューに疑似界王拳というさらなる戦闘力の向上をもたらしていた。
 理性が完全に消え失せ野生に支配された頭脳が、理性がないゆえにその本能を以って、困難である筈のオーラリアクト現象の操作を達成させていたのだ。

 「死ねッ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッッ!!」

 ラッシュは終わらない。連撃は終わらない。リキューの怒りは収まらない。
 打って打って打って打って打って、ただただ打って打って打ちこみまくる。
 嘆きか怒りか、叫びと共にリキューの乱打は果てなく続くようであった。

 「死ねよッ! フリィィィィイイイイイザァァァァァアアアアアアア!!!!!!!」

 必殺の意思が込められた拳を、打つ。
 が、しかしその拳は、ズドンッと受け止められた。
 ぎりぎりと握り締められ拳が悲鳴が上げる。唇を切って血を流すフリーザが、リキューを睨みつけた。

 「調子に乗るな、このサイヤ人がァ!!」

 激烈なボディブローが放たれ、リキューを貫いた。
 かはと、全身を貫く衝撃に口から空気が吐き出される。
 僅かに前傾姿勢となった刹那、フリーザがその顎先に蹴りを叩き込む。上空へとリキューは放り出された。
 超スピードでの接近。瞬時に距離を詰めて先回りし、フリーザは両手を組んで届いたリキューの身体を今度は斜めに打ち下ろすようにブッ叩いた。
 高速で大地に叩き付けられるリキュー。爆音と激震が響き、ビルが倒壊する。

 「げほ………かは、か…………」

 降り注ぐ瓦礫を除けることも出来ず、リキューは倒れていた。
 反動が来ていた。
 ボロボロの身体で、しかも技として完成されていない疑似界王拳の行使が、リキューの肉体をさらに掻き回し疲弊させていた。
 もう今のリキューには、それこそ片腕を上げるだけの力すら残っていなかった。

 意識がボヤけていた。
 終わりか。ふと海に溶ける砂糖の様に薄れていく人格が、そういう思いを綴らせた。
 それを改めて考えるだけの力すら、もうリキューにはない。

 口から、言葉が漏れた。

 「ガー、トン。ニー………ラ」

 光が、全てを包みこんだ。




 「何だ、あの力は。たかが死にかけのサイヤ人風情が………さっきまであのサイヤ人に、あんな力なぞなかった筈だぞ」

 驚きに支配されたまま、フリーザは先程のサイヤ人の猛攻を思い出す。
 いったいどういうトリックなのか。明らかに戦闘力が段違いに跳ね上がっていた。
 元々サイヤ人にしてみては並外れた戦闘力の持ち主ではあったようだが、所詮それだけの存在。フリーザの見立てでは自分のMAXパワーの10%にも及ばないレベルのものでしかなかった筈だった。
 しかしそれがどういうことか、化けた。
 予想外のその戦闘力の増大は、不意打ちとはいえこの自分に対して、ダメージを与えるほど絶大な上昇を示していた。

 くいと、フリーザは自分の唇を親指で拭った。
 見てみれば、その親指の先には血の跡が付いていた。

 超サイヤ人。
 フリーザの脳裏に、ふとよぎる一つの単語。
 歯を食いしばり、フリーザはその不愉快な言葉を振り払った。

 「超サイヤ人なぞ、ただの伝説に過ぎんッ!! 宇宙最強はこのオレ! フリーザ様だッッ!!」

 とはいえ、サイヤ人どもが急激にパワーを上昇させているのは事実である。
 フリーザは冷徹な思考で、そう考える。
 そして結論を出した。

 「少しばかり有望そうなサイヤ人は手元に残しておこうと思っていたが………止めだ。この星だけじゃない。この宇宙に存在する全てのサイヤ人は、一匹残らず始末してやる」

 そして、その手始めの標的は眼下にあった。
 手を空へと伸ばし、2m程の大きさの気功弾をフリーザは形成する。
 惑星ベジータを消滅させる気は、まだない。ゆえにこの気功弾に、星を壊すだけの威力は持たせていない。
 しかし、目の前の死にかけのサイヤ人一匹程度を吹き飛ばすには、十分だった。

 「消えてなくなれ、虫けらがッ!」

 腕を振り下ろす。気功弾が忠実にフリーザの意思に従い、直下へと放たれた。
 気功弾が、着弾した。

 爆発。

 炸裂した巨大なエネルギーが何もかも蹂躙し粉砕した。爆風に建築物が吹き飛び、道路が引き剥がされる。
 やがて、爆風が収まり辺り一帯に静けさが戻った頃。
 そこには直径が20mほどになる大きさのクレーターだけが、存在していた。

 「くくくく、アーッハッハッハ!!」

 笑い声が響く。
 一人残ったフリーザの哄笑が、空に響き渡っていた。








 ―――あとがき。

 キレて急に不利な戦況が逆転する? ありませんよそんなもの、ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから。

 そんな今回の話。前回感想ありがとうございました! ギリギリ八月投稿間に合った、作者です。
 リン死亡確認。ニーラ死亡確認。ガートン死亡確認、と。
 ようやく公開されたドラゴンボール世界のワールド・ルール。以前感想でズバリな正解言っちゃってた人いましたけど、ハイ。こんなものです。
 後一つもそんなにもったいぶったものではなかったり。すでに作中ではヒント出てたり。

 さあ残りの話もチェキチェキいきまっせ。
 感想と批評待ってマース。




[5944] 第二十三話 超サイヤ人
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/09/10 15:19

 子供が目の前にいた。
 そこはありふれたマンションの一室だった。
 まだ幼い、少年でしかないその男の子は、玄関の前に寂しげな様子で立っていた。
 男の子の目の前には、父親が背を向けて靴紐を結んでいた。

 『ねえ、お父さん』

 『………なんだ?』

 男の子の元気のない問いかけに、父は背を向けたまま応える。
 不安に心を震わせながら、男の子は尋ねた。

 『お母さんは? お母さんはいつ帰ってくるの?』

 『お母さんは…………帰ってこない。もう、ここに帰ってこないんだよ』

 え、と言葉が切れる。男の子は父の言葉を理解できず、混乱したまま口が止まる。
 父が身を起こす。脇に置いていた鞄を手に取り、男の子を置いたままドアノブに手をかけ外へと出ていく。
 ドアが閉まる間際、父が言った。

 『これからは、父さんと二人だけで暮らすんだ。これから、ずっと………』

 がちゃんと、ドアが閉まった。

 それが男の子の知る、母に関する最後の話であった。
 そして父の言った通り、その日から以後、父と男の子の二人だけの生活が始まった。

 父は朝から晩まで忙しく働き、少ない休みの日も男の子と特別話すこともなく無言で過ごし、日々の家庭の中で男の子とのコミュニケーションらしいコミュニケーションは一切なかった。
 男の子は寂しいと思いつつも、疲れていると分かっている父に自分から話しかけようとはせずに、それを良しとして過ごしていた。
 愛されていなかった、という訳ではなかったのだろう。毎月男の子の教育費や食費、それに娯楽のためのお小遣いなども、父は用意し与えていたのだから。

 ただ両者の関係に、言葉が決定的に欠如していた。ただそれだけであった。

 母について、男の子は父に尋ねることはなかった。
 それは子供らしかぬ、聡い気遣いによるものであった。男の子は母のことを気にはしていたが、しかしそのために父を傷付けるかもしれないと考えると、尋ねる気になれなかったのだ。
 だから、男の子は結局、自分の母がどうして家から消えてしまったのか、その理由を最後まで知ることはなかった。
 失踪したのか、死んでしまったのか。分かっているのは、ただ自分の家には母親がいないのだという、その事実だけであった。

 月日は流れる。
 男の子は背が伸び、少年から青年へ。子供ではなく大人となっていた。
 そこそこの大学へと通いそこそこの友人と遊び、出来た彼女と不器用な付き合いをしながら日々を過ごしていた。

 母はいなかったが、しかし彼は十分に人生に満足していた。
 生来の気質か、あるいは取り巻く環境か、もしくはその両方によるものか。複雑な家庭事情でありながら、彼は健全に育ち人生を歩んでいた。
 特別な成功もないが、逆を言えば失敗もない。今後先も穏やかに、彼は人生を過ごすだろう。そう彼自身も思っていた。

 そんなある日。友人たちに呼ばれ、居酒屋で少しばかり騒いで夜が少し更けてから、帰路を彼は辿っていた。
 静まり返った住宅街を通り抜け、十年以上の月日を過ごしたマンションのエレベータを経由し、自分の家のドアを開ける。

 そうして、ドアを開けたその先に。彼は父が首を吊っているのを見た。

 その後連絡を受けて警察が来て、慌ただしく現場の検察と聞き込みが行われた。
 やがて時が経ち、一晩後の朝。父の部屋の引き出しから発見された遺書が、彼の元に届けられた。
 遺書には彼宛てに残された、これまで父が必死に働き貯蓄してきたそれなりの額の資産の存在と、その全てを移譲するという旨の事柄が書かれていた。
 遺書が残されていた場所と同じところに正式な書類一式も発見され、この遺書の内容は滞りなく行われることとなった。

 そして、ただ一言。父からのメッセージが遺書の最後の端に、一言だけ書かれていた。
 すまない、と。
 彼はその最後までじっくりと遺書を読み上げ、内容を吟味し、理解してから頭を上げた。
 順風満帆な人生であった。少なくと、彼はそう思っていた。ちょっとだけ他所とは違ったところがあるだけで、至極幸せな人生であったと、彼は信じていた。
 頭に浮かんだ言葉が、そのまま口から出ていた。


 「『なんだよ、これ』」








 惑星ベジータの都市の上は、暗雲で覆われていた。それはマイクロブラックホールの影響による急激な気圧変化が原因によるものであり、雲の中ではしばしばスパークが発せられている。
 その破滅的な光景の中で、不愉快なサイヤ人を抹殺したことで溜飲を下げたフリーザは、ようやくその哄笑を収める。
 さて、どうするか。フリーザは考える。
 自分に生意気にも反抗を示した忌々しいサイヤ人たちは、今しがたその全員を抹殺したところだ。残ったのは特に見どころもない、下らない有象無象どもばかりである。もう何かしらのこだわりもない。
 ならば、さっさと気功弾の一つでも打ち込んで星を破壊するか。ふとそう思い浮かべる。
 それはいちいちサイヤ人一人一人を始末していくよりも、断然に効率的で楽な方法であった。星を破壊することに何の躊躇もないフリーザにしてみれば、極々自然にありふれた選択肢の一つである。加えて、特にそれを止めるだけの理由も存在しない。

 ―――消すか。

 そうして、あっさりとフリーザは惑星ベジータの破壊を決定した。元々破壊する予定ではあったのだ。これはそれが元に戻ったに過ぎない。
 しかし、フリーザはそう行動を決めながら、次に取った行動は全く別のものであった。
 くるりと身体の向きを変えたかと思うと、ある方向へと向かって一直線に飛翔する。

 瞬く間に距離が稼がれ、やがてフリーザは目的地の建物のすぐ近くに到着すると減速し、地へと着地した。
 フリーザが辿り着いた場所は、先程まで必死にリキューが目指していた場所。個人用の宇宙ポッドの発着場であった。
 目の前には衝撃吸収マットに置かれたまま放置されている状態のポッドなどが数個、無造作に存在している。

 「だ、誰だお前は!?」

 「―――ん?」

 フリーザがかけられた声に気付き振り返ると、警備兵が二人、警戒した様子で恐る恐る近付いていた。離れた場所ではまた一人、通信機を片手に握った警備兵の姿も見受けられる。
 サイヤ人ではない。フリーザ軍から派遣された人材の者である。所属から考えればフリーザの部下の様なものであった。
 彼らは自身のトップであるフリーザを相手にしながら警戒している様子が全開であり、不審者に応じる態度で接していた。
 それは仕方がないことではあった。今のフリーザの姿はこれまで身内以外に見せたことなどない、本領を発揮した最終形態なのである。事情を知らぬ警備兵たちが見たところで、それがフリーザだと初見で見抜ける筈がある訳なかった。

 「怪しい奴だな……そこを動くなよ。とにかく、知ってることを全部吐かせてやる!」

 「こいつが、今立て続けに起こってる異常事態の原因か?」

 威圧的な態度で牽制しながら接近する警備兵たち。その姿を見て、フリーザはやれやれといった風に面倒そうな仕草をしながら、手をデコピンをする形にして、近付いてきた警備兵の片方の顔の前にそっと移動させた。
 きょとんとした表情を受けべて、警備兵は自分のすぐ目の前に位置された手を見つめる。

 フリーザがピンと指を弾くと同時、弾かれた指に打たれた警備兵の顔が粉微塵に吹き飛ばされた。

 ブシュと、噴水のように血が吹き出る。
 あまりの与えられた衝撃に、一瞬にして警備兵の頭は砕かれるどころか粉末状にまで結合を分解され、一片も破片を残さず消滅し風に流された。
 ぐらりと傾き、頭を失った警備兵の身体が倒れる。その時、ようやく事態の変化に付いていけず硬直していたもう一人の警備兵が動き始めた。

 「ひ、ひぃぃいい!? うわぁぁああああ!?!!!」

 背を向けて遁走する警備兵。その背中に人差し指を向けて、フリーザは気功波を発射。気功波は逃げる警備兵の胴体を打ち抜き、容易くまた一人の命を刈り取る。
 あまりにも呆気ない。まるで風に吹かれる芥の如く、とても容易く命のやりとりが行われていた。
 視線を少しずらすと、一人離れていた最後の警備兵が必死の形相で通信機相手に連絡を取っていた。
 フリーザが二指を突き立てて振りかぶる。そして指先に“気”を集中させると、そのまま宙を引き裂くように腕を振るった。

 その瞬間、フリーザの指から鞭のようにしなる長大な気功波が放たれ、発着場ごと遠くの警備兵を真っ二つに切り裂いた。

 気功波は警備兵や発着場どころか、その遥か地平線の先にある山脈の向こうから直下の大地の地殻までも纏めて、その軌道上にある全てのありとあらゆるものを切断する。
 文字通りの意味での、星を切り裂く一撃。
 一個人の殺害には過剰過ぎる代物だった。
 切り裂かれた建物が地響きを立てながら崩壊し、土煙を上げる。

 「やはり、この姿じゃ加減が効かんな。虫けら相手に、ついついやり過ぎてしまう」

 さして気にした様子もなく呟き、フリーザは己の手を開け閉めしながら調子を確かめる。自分の配下の者に手を下したというのに、そこに思い入れらしき動きは一切ない。
 所詮フリーザにとって部下など、使い捨ての消耗品である。惑星ベジータに居るという時点で、サイヤ人諸共に切り捨てることは決定済みだったこと。
 煩わしいから目の前から払った、ただそれだけのことだった。

 邪魔を排除し終えたフリーザは、早速目当てのものを見つけ行動へ移る。
 ちらりと発着場周辺の風景を見回して位置関係を把握すると、両手を上げてまるで指揮を執るかのように宙へとかざす。
 すると発着場の衝撃吸収マットに置かれていたポッドらが、まるで釣られる様に連動し宙へと浮遊し始めた。
 フリーザの持つ超能力による、物質操作。
 フリーザはそのまま、自身の手をひょいと動かす。その瞬間、一気に浮遊していたポッドらは加速し、視界から消えて遥か上空の果てへと吹き飛んでいった。
 その手応えの様子を見ながら、フリーザは良しと頷く。
 ポッドは確かに惑星ベジータの周回軌道上へと、適当に飛ばされ配置された筈であった。
 自身の狙い通りに事を進み終えて、邪悪な微笑を浮かばせる。

 これでもはや、惑星ベジータを破壊することに何の憂いもない。

 フリーザはこの世界における、純粋な自然進化によって生まれた種の中では最も生命として完成された種族である。
 それは宇宙空間においても生身で生存できるという脅威的生態から始まり、そしてそれゆえに彼らはその身一つで悠々と星々の間を渡り歩くことすら可能としていた。
 しかし、独力で星と星の間を渡ることが出来る存在でありながら、何故かフリーザは自分の移動手段として宇宙船を欲し、そして使用していた。それは何故かと言えば、単純にわざわざ自分自身で宇宙空間を渡り星間を移動するのは面倒だという、大いに気分的な問題が多分を占めているだけに過ぎなかった。
 自分が乗ってきた専用宇宙船は、先の戦いの際に巻き添えを喰らって破壊されていたので、フリーザは代わりの足となるものを惑星ベジータを破壊する前に確保しておきたかったのである。

 そして今現在、フリーザは目当てのものを予定通りに手に入れ終えた。
 かくして全ての心残りは拭い去られ、後はただ惑星ベジータを破壊するだけであった。
 だが、何時いかなる時でも、邪魔というものはまるで隙間から捻じ込まれて来るかのように無理矢理現れてくる。

 「待ちやがれッ! おい、そこのチビ!!」

 突然、声が投げかけられた。フリーザは舌打ちしながら、声をかけられた方向に目をやる。
 そこには散乱した瓦礫の一つに片足を上げた姿勢で、一人のサイヤ人がフリーザへと戦意溢れる視線を送っていた。
 いや、一人だけではなかった。
 その声を発したサイヤ人の近くにはまた一人。その隣にもさらにもう一人。いやいや、それだけではない。反対側にも、空の上にもだ。
 何時の間にやら数十人もの人数に上る、惑星ベジータに存在する多くのサイヤ人たちが集まり周辺を包囲していた。
 時間をかけ過ぎ、そして目立ち過ぎていたのだ。遭遇した事態に対し、面倒なことになったと、フリーザの表情がありありと語っていた。

 「てめえがさっきから起こってる、妙な騒動の原因か?」

 「なんでぇ、ただのガキじゃねか。こんな弱弱しい奴に何が出来るってんだよ。たく、つまらねえな」

 「バーダックといい騒動といい、今日は妙な日だぜ、まったく」

 口々に思ったことを言いながら、彼らはフリーザを見る。そこには畏怖も恐れもなかった。
 それは至極当然なことだ。彼等も先の警備兵たち同じように、フリーザの姿のことなど知る筈がないのだから。ただ怪しいだけの小柄なチビを相手に、恐れを抱くなどという生易しい精神なぞ持ち合わせてはいない。
 それゆえに、その行為が眠れる獅子の尾を踏みにじる行為だということに、彼らは気付かなかった。

 「―――下等生物どもが」

 「………何だと。てめえ、誰に向かってそんな大口を叩いてやがる」

 ぽつりと呟かれたフリーザの言葉を聞き届け、サイヤ人たちが憤る。
 どうにも現実の認識に欠けているらしい目の前にガキに、相互の力関係というものを叩き込んでやろうかと、動き始める。
 対価は命、安いものだ。
 フリーザは、その動き始めた中の一人のサイヤ人に視線を向けた。

 同時、その双眸から気功波が放たれ、視線を向けられたサイヤ人に命中。悲鳴が上がり激しいショックが加えられた。

 黒焦げとなって倒れるサイヤ人。その有様に皆の視線がフリーザから外された。
 突拍子な展開に全員が一瞬空白に支配される中、フリーザは動く。

 「何処を見ている?」

 「な!?」

 耳元で囁かれた声に、慌てて振り返ったサイヤ人の目に映ったのは、すでに自分のすぐ懐に入り込んでいたフリーザの姿であった。
 反応する間もなく拳を神速で振るわれ、それは下腹部に接触。そのまま拳は腹をぶち抜き、サイヤ人は血反吐をぶちまけながら息絶えた。
 びくびくと不愉快な痙攣をする死体を放り捨てて、ぐるりとサイヤ人たちをフリーザが見回す。その視線に威圧されたかのように、サイヤ人たちの気勢が一歩退かれた。
 ふんと、フリーザは嘲笑を浮かべる。

 「せっかく人が親切にも、苦しむ暇もなく引導を渡してやろうとしていたのに。いいだろう、そうまで望むのなら応えてやる。貴様ら全員、冥土の土産にたっぷりと絶望と恐怖を味わってから死ね」

 「て、てめえッ! いったいてめえはなにもんだ!?」

 「気付いていなかったのか? このオレの正体に。呆れた奴らだ。このオレをフリーザとも知らず挑発していたのか」

 「ふ、フリーザ、だとッ!?」

 フリーザが風を送る様に片腕を払った。
 振るった腕の延長線上数十m、扇状に巨大な爆裂が発生し、それに数人のサイヤ人が巻き込まれ諸共に消し飛ばされた。
 後の土地には瓦礫はおろか、死体の一片一つすら残っていなかった。
 包囲網の一角を一瞬で消滅させられ、そのあまりの威力にサイヤ人たちは皆たじろぎ、慄いた。

 「ち、チクショォォオオオオオオ!!!!」

 サイヤ人が一人、自棄になったように叫びながら突進をしかけてきた。
 フリーザは冷めた目でそれを見たまま、突き出された拳を顔を傾けるだけでミリ単位でかわし、お返しとばかりに手首のスナップを利かせた甲の一撃を顔面へとお見舞いする。サイヤ人はその一撃でこきりと首の骨を折り、頭部を180度回転させて大地へと倒れた。
 倒れたサイヤ人には目もくれず、周囲を見渡して言う。

 「さあ、次に死ぬのは誰だ?」








 巨大なクレーターが、惑星ベジータの都市から離れた荒野に存在していた。
 僅か数時間前に新造されたばかりのそのクレーターは、ようやく天へと巻き上げられた堆積物類が地へと落ち付き始めたところであった。全長は4kmにも及び、中心地点は降り積もった土砂で改めて埋め直されしまっている。
 その埋め直されてしまっている、クレーターの中心地点。クレーターの最も深き部分には、一人の男が眠っていた。
 男の名はバーダック。フリーザを相手に戦端を切り、激闘の末に敗れた男。巨大なダメージを被った彼は昏睡状態へと陥ったまま、地の底で埋もれていた。

 昏々と眠り続けたまま、バーダックは苦しげに震える。
 それは傷の痛みによるものではなかった。確かに深刻なダメージはあったが、しかしバーダックの身体を突き動かすものは全く別のものであった。
 夢だ。バーダックの身体を突き動かすもの、心を惑わせるものの正体は。泡沫の様に弾けて消える夢が、バーダックの脳を占領していたのだ。

 バーダックは夢を見る。泡沫の幻、突拍子のない出鱈目な、支離滅裂な夢を。
 抵抗も反感もなく、ただ静かに流れる光景を垣間見ていた。


 二人の男が戦っていた。
 双方とも金色のオーラを身に纏い、逆立った金髪で筋肉質な身体をしていた。そして片方の男は身長が優に2mを越えるほどの巨躯であり、もう一方の男を一方的に嬲り尽くしていた。
 巨躯の男が凄まじい勢いで、ラリアットをもう一方の男のその無防備にさらされていた首元へと叩き込む。
 ひしゃげるような苦悶の声と共に男は吹き飛ばされ、背後にあった岩塊に衝突して粉微塵に砕きながらその中へと埋没する。岩塊の中から這い出ようとするも、伸ばされた手がするりと落ちた。
 出れない。戦わなければならないという意思はあるのに、男の身体が意思に付いていけず動かすことが出来なかった。
 男と巨躯の者との彼我の実力差には、あまりにも絶望的な隔たりがあった。絶望が残された意思すら挫けさせようとしていた。

 「どうした、もう終わりか? フン………所詮、貴様もあの呆気なく捻り潰したクズと同じ、ただのクズでしかないということか」

 「捻り潰した、クズ―――だと?」

 ピクリと、絶望に挫けかけていた男の意思が、限界を越えて酷使され動きを止めようとしていた男の身体が、脈動した。
 ドクドクと注ぎ込まれる烈火の想いが、止まろうとする男の精神と身体にさらなる燃料を投下していた。

 「クリリンのことか…………」

 べきりと、岩塊を掴んでいた片手が握り締められ、岩が粉砕された。
 男は全身からより一層強まった金色のオーラを噴出させ、髪を闘気で揺らめかせながら絶叫し身体を突き動す。
 地を爆砕させ、比類なき突撃を敢行した。
 果てしない怒りという感情が、男に限界という言葉を無視させた。
 巨躯の男はただ愉快そうに笑いながら、それを諸手をあげて迎合した。

 「クリリンのことかァーーーッッッ!! ブロリィィイイイイイ!!!!」

 「フハハハハ!! 来い、カカロットォーーーッ!!」


 暗転。シーンが切り替わる。


 広大な空間を持つフロアが目の前にあった。
 フロアの中心には機械仕掛けの全ての統括者が存在し、周辺には幾つもの巨大な機械人形たちが吊るされ拘束された状態で置かれている。

 『なんでだ、なんでお前は地球に攻めて来たんだ! いったいお前の目的は何なんだ!?』

 「ただのエネルギー収集だ。ある計画を遂行するために、オレは大量のエネルギーを必要としていたのだ。この星に寄った目的なぞ、単純に大量の生体エネルギーを初めとする各種エネルギーを集めること以外に理由なぞない」

 『なんだって………!?』

 『そんなに大量のエネルギーを必要とする計画とは、いったい何だ!?』

 驚き戸惑う反応が満ちる中、一人が統括者に向けて詰問する。
 統括者は隠すこともなく、その詰問に応えた。

 「メタル超サイヤ人計画だ。すでに計画の実行に必要なファクターは全て揃っている。後はエネルギーの収集が完了すると同時に、確保しているサンプルを基に大量のメタル超サイヤ人を量産するだけのこと。そしてその暁にはオレは量産したメタル超サイヤ人を以って軍団を形成し、忌々しきサイヤ人どもが存在する母星へと向けて侵攻を開始するのだ」

 『メタル超サイヤ人計画ッ!?』

 『サイヤ人、だと………!?』


 暗転。シーンが切り替わる。


 容姿端麗な男が、片膝を着いて荒く呼吸をしていた。
 元は綺麗であったろう純白の長髪は乱れ、羽織っている白いコートの所々には血による赤い斑模様が付いている。
 右目と左目、それぞれ異なる金と緑に輝くヘテロクロミアな瞳が、男の必死な意思を映す。

 「死んで、たまるかよ。くそっ………あいつと、リキューの野郎と、約束しちまったんだからな」

 ふらつきながら、男が立ち上がる。片手に機械的な構造を取り付けられたマシン・ソードを持って、それを支えにしながら。
 しかしその足元はおぼつかない様子のまま、今にも倒れそうなままであった。

 「そうだ、死んでたまるか。あの野郎にもう一度会うまでに、死んでたまるかってんだ。絶対にもう一度会って、そしてこのでっかい借りを返してもらうまでに、死んで………それに、俺はまだ、死ぬ訳にはいかないんだ。そうだ………まだ、言ってないんだから………まだ、会ってないんだから………………だから、まだ死ぬ訳に、は……………………」


 暗転。


 「フ……リ………ザ…………」

 ぎちりと、バーダックの握り締められた拳が軋みを上げた。
 意識が、夢から現実へと戻ろうとしていた。
 比重が夢から現実へと傾くことに、バーダックは思い出す。フリーザの圧倒的な実力に叩き伏せられた自分の姿を、その無様な姿を。
 仲間の仇を討つと決めたのは、誰だ。サイヤ人の誇りを、力を、フリーザの野郎へと見せてやると誓ったのは、誰だ。

 「フリー……ザ……ッ」

 腹の底から頭のてっぺんまで、身体の中心を通して貫き突き上げてくる想いがあった。
 それはまるで煮え滾るマグマだ。熱したそれが身体全体を巡回し、バーダックの身体を焼き尽くしかねないほどの衝動を与えていた。
 くぁと、口から小さな音が漏れた。

 「フリー、ザッ………!」

 バーダックの脳裏に、一つの風景がフラッシュバックされた。
 のっぺりとした白い肌を持った、小柄な体躯の子供程度の身長しかない異形。

 フリーザ。

 見たことのない筈の、初めて見る筈のそれの正体を、バーダックは不思議と悟った。
 身体が脈打ち、深層に埋没された遺伝子記述が呼び覚まされる。

 そして、彼は爆発した。

 「だぁあああああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーッッッ!!!!」








 薙ぎ払う様に気功波が放出され、多くのサイヤ人たちが消し飛ばされた。
 ふと、隙を突くように攻撃を終えたフリーザの身体に、幾つかの気功弾が着弾する。しかしそれらがダメージを与えることはない。フリーザは無傷のまま、気功弾が飛来してきた方向へ目を向け、その目から気功波を打ち出し攻撃を仕掛けてきたサイヤ人を焼却する。
 あまりの実力差にダメだと即決し、我先にと数人のサイヤ人たちが逃げ出し始めるも、それらも見逃されることもなくことごとく背後から抹殺されていった。

 フリーザという絶対者を前に、サイヤ人たちは成す術なく打ち滅ぼされていっていた
 撃滅し粉砕し抹殺され、蹂躙の限りを尽くされる。
 それは、まるで今までサイヤ人たちが行ってきた所業、それが因果応報の如く降りかかっているようですらあった。
 無駄と知りつつもフリーザへと向かってくるサイヤ人もいたが、彼らはフリーザに触れることすら叶わなかった。

 「フリーザ様、な、何故ェーーー!?」

 「うぁあああああああ!!」

 サイヤ人たち以外にもいた騒ぎを聞き付け集まっていたフリーザ軍傘下の者たちも、区別されることなくサイヤ人ごと纏めて吹き飛ばされる。
 容赦もなく、慈悲もない行動。
 その圧倒的な実力に、そのあまりにも圧倒的な戦闘力を前に。相対する者たちは否応なく目の前の異形がフリーザであることを痛感し、認めざるを得なかった。

 そしてそれを認めると同時に、彼らはあることを思い出す。ほんの少しばかり時間を遡った、前のこと。サイヤ人たちが集まりどんちゃん騒ぎをしていた食堂で、突拍子のない内容の発言をし冷笑された、バーダックという一人のサイヤ人のことを。
 彼は言っていた。フリーザはこの星を、惑星ベジータを消そうとしている、ということを。

 「まさか………バーダックの野郎が言っていたことは、本当だったのか?

 一人のサイヤ人が、そう口に出していた。彼はそれ以上考える暇もなく、放たれたフリーザの気功波の余波に巻き込まれ消滅する。

 だが、彼だけではない。もはやこの場にいるもので、バーダックの言葉を聞いていた者たちは皆同じように、そんな恐ろしい考えが頭をよぎっていた。
 それは目の前で現在進行形で披露されるフリーザのパワーとその残虐さを見るに至り、途端に真実味を増して圧し掛かった。
 まさか、という思いはあった。しかしそれ以上に有り得るだろうという考えは、あっという間に彼らの心を満たしてしまった。

 事ここに至り、サイヤ人たちは深刻な危機に陥っているのだという認識を得た。
 しかし、それはあまりにも遅すぎたことであった。すでに共闘を持ちかけたバーダックは沈み、リキューは消された。
 今惑星ベジータにいるサイヤ人たちだけでは、どう足掻いたところでフリーザに勝てはしないのだ。ただ屠殺されるだけの、烏合の衆でしかないのである。

 しかし、果たしてそれは、神の導きか、あるいは運命のいたずらか。
 救いはあった。
 ―――否。

 それは今ここに、全ての者たちの目の前に現れた。

 フリーザがまた一人のサイヤ人を屠った時、突如として巨大な地震が発生した。
 地響きと直下型の縦揺れが大地を激しく揺るがし、混乱の戦場をさらに掻き乱した。

 「何? 何だ、何が起きている?」

 フリーザは辺りを見渡し、異変の元凶を突き止めようとする。
 そして彼は気が付いた。遥か彼方、都市の外の荒野の方向、形成された巨大なクレーターがあるところで起こっている、その異変に。

 クレーターの中心が、爆発した。
 一挙に降り積もった大量の土砂が消し飛ばされ、クレーターの底からそれは現れた。
 立ち昇る巨大なエネルギーが柱となって天を突き、暗雲を貫く。
 フリーザは現れたその者の姿を見て瞠目する。

 それは人だった。一人の男であった。
 金色のオーラがその男の全身を覆う様に渦巻き、身体から噴出していた。
 男の全身の毛が金色となって輝き、頭髪は重力に逆らう様に逆立ち天を指していた。
 元々厳しかった目元の視線は、さらなる殺意と敵意に満たされることによって、より攻撃的なものとなって完成していた。
 そして何よりも意思を代弁するものとして、その碧に輝く瞳が遥か遠く離れているフリーザそのものを、しかと貫いていた。

 その男は、バーダックであった。

 あまりにも変わり果ててはいたが、しかしバーダックであった。

 「なんだと………? 何だあれは、まさかサイヤ人だと? 馬鹿な、サイヤ人は大猿にしか変身しない筈……ッ?」

 その姿に、フリーザは大いに戸惑い混乱していた。
 状況から見るに、男はついさっき自分の目の前に立ち塞がり、そして最後には返り討ちしてやった、あのサイヤ人の一人ではあるようであった。
 しかしそのサイヤ人が、何故目の前でこのような変貌を遂げているのだというのか。大猿ではない、全く別の異なる姿へと変身しているのだというのか。
 確かに、とどめは刺していなかった。しかしだからと言って、なぜそれが目の前でこんな威容を発しているというのか。

 その件のバーダックの姿が、唐突に消えた。
 そしてフリーザのすぐ眼前に、いきなり出現した。

 「ッな!?」

 「フリーザァッ!!」

 バーダックがその拳を振り下ろし、それはフリーザの真芯を捉えてその横っ面を弾き飛ばした。
 激烈な一撃に脳を激しくシェイクされながら、フリーザが吹き飛ぶ。大地に食い込み地割れを生み出しながら地面と擦れ、ようやく動きが止まる。
 馬鹿なと吐き捨てながら、フリーザは自身の身に起こっている異常に目を剥く。
 よろよろと震えながら、フリーザが立ち上がる。先のバーダックの一撃により、その手足はふらつき頭はよろめいていた。

 「何だ、この威力は!? 馬鹿な、たかがサイヤ人などという下等生物如きが、なぜ急にこれほどのパワーをッ!?」

 視線を上げると、殺意に満たされた碧眼の瞳とかち合った。
 発作的に沸き上がる衝動にしたがい、フリーザは即時抹殺を図って気功波を放とうと、右腕を伸ばした。
 その右腕を、気功波が放たれる前にバーダックが接近し掴み、捻り上げた。
 真っ向から力尽くで腕の向きを変えられ、しかもそのままバーダックは引き千切ろうとでもいうのか、さらなる負荷をフリーザの腕にかけていく。

 「ぐぉおおおッ!? は、放せェーー!!」

 激痛に絶叫しながら、遮二無二フリーザがパワーを発し、バーダックの拘束から力任せに脱出する。
 フリーザは荒く息を付きながら、バーダックへより感情の色を強めた視線を送り込む。
 それに含まれている感情は、先程まであったただの敵意や殺意だけではなかった。さらにもっと別の、恐れともいうべき感情もあった。
 脳裏に浮かぶのは、先程消してやった一人のサイヤ人の姿。
 死にかけた状態でありながら急にパワーを増大させ、不意を突いたとはいえこの自分に一矢報いた奇妙な存在を。

 一つの言葉が、具体性を伴って浮かび上がっていた。

 「き、貴様………貴様は、何だッ!? ま、まさか………貴様は、もしやッ!?」

 「フリーザ………ッ」

 バーダックの身体に、力が込められる。
 力が込められるのに呼応し、その纏い噴出される金色のオーラもまた強まり、烈風を巻き起こしていた。
 フリーザの戸惑いを、あるいは恐れを無視して、バーダックは吠えた。

 「俺は絶対に貴様だけは許さねぇぞ、フリーザァーーーッッッ!!!」

 かくして、ここに長き年月を越えて、伝説は甦った。
 最下級戦士。戦闘民族サイヤ人の中で最もサイヤ人らしい人間。たった一人でフリーザに反抗することを決断した、偉大なる戦士。

 バーダック、超サイヤ人覚醒。

 甦りし宇宙最強の戦士と語られし伝説の超戦士が、今ここにフリーザと戦線を切り開いたのであった。




 かつて存在したとされ、現在では伝承の中にしかその存在が語れぬ者、超サイヤ人。
 宇宙最強の力を持った超戦士であり、フリーザの一族の祖先をも容易く屠ったとされる彼ら。
 サイヤ人の口伝では1000年に一人だけ生まれるとされるその超戦士だが、その実態はしかし、本来条件を満たしたサイヤ人であれば誰であろうとも成ることが出来る、大猿とは異なった一種の戦闘特化形態であったのだ。
 古代のサイヤ人たちは例外なく超サイヤ人へと変身することが出来、そしてそれゆえに全宇宙最強の戦闘民族としてその名を轟かせていたのである。

 しかしこの強大な力を誇っていた超サイヤ人の力も、年月が経ち大抵の外敵を駆逐し尽くしたことで、日常でかつてほどの危険性がなくなり、そしてそれゆえに種として安定していったことによって、徐々にその必要性が薄れサイヤ人という種族の中から姿を消していったのだった。
 こうしてかつては例外なく使えていた超サイヤ人の力は限られた者だけが使える代物となり、そしてやがては種族の中の最後の使い手も潰えることとなり、超サイヤ人は伝説の中で語られるのみとなる超絶の存在となったのである。
 それはある種の必然。時間という避けようのない巨大な潮流による、起こるべくして生じた衰退であったのかもしれなかった。

 だがしかし。今ここに、伝説に埋もれていた存在である超サイヤ人は、再びその姿を現した。
 他ならぬその伝説に恐れを抱く、フリーザ自身の手。それによって最後の後押しをされてだ。

 サイヤ人が超サイヤ人へと覚醒するために必要な条件。それは幾つかある。

 まず大前提として必要とされるのが、超サイヤ人化に耐えられるだけの力を持った肉体だった。
 尾が勝手に千切れて生えなくなるのは、肉体の備えが整ったことを伝える目印であると同時に、危険を避けるために行われる本能のセーフティー機能でもある。
 戦闘力にしておおよそ100万前後に匹敵するだけの肉体を持つことによって、超サイヤ人化へと至るための最低条件が整うこととなるのだ。
 またこの段階に到達するに至り、そのサイヤ人はサイヤ人特有の生態である、瀕死からの回復による戦闘力の増大作用も働かなくなる。

 そして、覚醒のきっかけ。スターターとしての役割を担うものとして求められるもの。
 それは感情である。激烈に昂ぶられた強き感情の波こそが、最後の壁を打ち壊し超サイヤ人覚醒への道を切り開くのだ。
 通常では絶対に体験しないであろうレベルの、巨大な感情の揺れ幅が、起爆剤としての役割を担えるのである。

 バーダックは、以上の二つの条件を満たしていた。ゆえに超サイヤ人に成ることは、いつ出来てもおかしくはなかった。
 しかし、最後の一押しが足りていなかった。だから超サイヤ人へと変身することは叶わなかったのだ。
 烈火の如く怒りが渦巻いてはいたが、バーダックにとって怒りや殺意など珍しい感情ではない。悟空と異なり、バーダックは善良でも純粋な男でもないのである。
 スターターと成り得るほど、感情の揺れ幅が大きくなかったのだ。

 しかし、その最後の一押しをフリーザが成した。

 サイヤ人たちを相手にした、一方的な屠殺行為。それこそがバーダックの超サイヤ人化、その最後の後押しだったのだ。
 フリーザの手によって次々とその命が失われ、元より少数民族であるサイヤ人はその総数を急激に減らし始めていった。すでに他星へと赴いていたサイヤ人たちも、一部を除き皆殺しにされていたのだ。フリーザの虐殺によって、サイヤ人たちの総人口は半分を切っていたのである。
 この急速な数の激減に、バーダックの中に眠っていた種の保存本能が唸り、目覚めた。
 種の滅びを回避しようと、本能が肉体に秘められていた力の枷を緩め、解き放とうと助長したのである。

 肉体の完成、強い怒りの噴出、種の存亡の危機。これら覚醒を促す幾多もの条件の達成。
 かくして、超サイヤ人は伝説から現実へと現れ出た。
 フリーザという絶対的強者の存在が、当人にとって皮肉にも、伝説の超戦士を蘇らせる結果となったのだ。




 「キィェエエエッッ!!」

 奇声を上げながら、フリーザが拳打の雨を降らす。そこに遠慮はなく、一切の手加減も混じっていない、本気の攻勢であった。
 その拳打の雨をしかし、バーダックは全て回避し、避け切る。
 さらなる絶叫と共にフリーザは蹴りを放った。バーダックはすかさずその蹴り足に手を添え、そしてあろうことか力をそのまま受け流し、足の上で転がるように身体を回転させた。
 そのまま回転の勢いを殺さずバーダックは逆襲の蹴りを放ち、それが受け流され隙を作っていたフリーザの顔面へと打ち込まれる。

 フリーザの身体が飛ぶ。バーダックの激烈な蹴りに顔面を変形させ、有り余る叩き込まれた運動エネルギーによって地を砕き、瓦礫を粉砕して地を這った。
 即座にバーダックは追撃をかける。フリーザは激昂しながら身を起こすと、自身に向かって接近してくるバーダックへと対し、すかさず気功波を放って迎撃する。
 しかし気功波が命中する前に、バーダックの姿が掻き消える。
 なにと目を剥くフリーザ。瞬間、背後から突如として現れたバーダックが、その無防備なフリーザの後ろ首に手刀をぶち込んだ。
 衝撃に一瞬眼球を前へとせり出させながら、フリーザがまた大きく吹き飛ばされる。巨大な倒壊したビルの中へと頭から突っ込み、その姿が埋もれる。
 一拍の間を置いて、瓦礫の山を吹き飛ばしフリーザは現れた。

 「がぁッ!! お、おのれェーーーッッ!!!! たかが貴様如きにッ、サイヤ人風情にこのフリーザがッ! 舐めるなァーーー!!!!」

 まるで飴細工に差し入れられる熱せられたナイフかのように、大地を崩壊させながらの超速突進をフリーザが行う。
 その真っ向から迫りくる宇宙最強の飛来物を前に、バーダックもまたそれに応じた。

 激突し、弾かれたかのように距離を取る両者。
 慣性の法則を無視したでたらめの軌跡を描き、一瞬ごとに幾度も幾度も再激突を重ねていく。
 互角の攻防だった。想像を絶するフリーザの強さに対して、バーダックは見事に食いついていき、そして打ちのめしていた。
 その姿を、その戦いを。多くの者たちが見ていた。
 サイヤ人たちが、フリーザ軍傘下の兵士たちが。皆が皆、その戦いをただ迫力に押し呑まれながら、見守っていた。

 「キェッ!!」

 「ぐあ!!」

 フリーザの拳がバーダックの胸を打ち、ダメージを刻む。僅かに怯んだ隙を見て、さらなる攻勢をフリーザがかける。
 引き絞られ、逆の手で放たれる正拳。
 しかし、正拳が当たる直前に横から腕にバーダックの掌底が叩き込まれ、その軌道が強引に変えられ空を切った。
 そして空を切り泳ぐ腕を、バーダックが掴む。

 「うぉりゃあッ!!」

 グンと、フリーザの身体が振り回される。回転数がフルスピードで巻き上げられてゆき、ミキサーに等しい空間が出来上がる。
 そしてバーダックは、投げた。大地へと叩きつける様に勢いをそのまま、フリーザを直下へと投げ付ける。
 超高速で落下するフリーザ。乱回転しながらも、気合いの声を上げて姿勢を回復させると、そのまま何とか両手両足を地面へと向け、そして着地。衝撃に地盤が派手に粉砕しながらも、ぎりぎり踏み止まる。

 「ふざけやがってッ……!?」

 空を見上げ、そしてフリーザの目が見開かれる。
 そこには、片手に有り余るほど莫大な“気”を集中させたバーダックが、フリーザへと向けて構えを取っていた。

 「終わりだ、死にやがれフリーザ!!」

 輝きが一際強まり、そしてバーダックは直下のフリーザに向け、極大のエネルギー波を放出した。
 それはさながら、天より下る神罰の光か。
 破滅的な大きさのエネルギーを含有したエネルギー波は、離脱するだけの暇もなくフリーザに直撃した。

 爆音と閃光が迸った。

 激しく起こる空間の干渉にスパークが発生し、周辺の地形がまとめて崩壊し変容していく。
 余波だけで甚大な被害を周辺環境にばら撒きながら、エネルギー波は宙に止まっていた。
 フリーザが、その両手を突き出しエネルギー波を受け止めていたのだ。

 「こ、こんなものでェ! こ、この俺がッ、やられてたまるかぁ!!」

 猛るエネルギー波の圧力に押し潰されそうになりながら、全身から“気”を噴出させ、全霊で踏ん張る。
 足元に残されていた、余波に吹き飛ばされていない地面が崩壊する。全身の“気”を励起させ、エネルギー波を押し返そうと力む。
 拮抗は一瞬だった。

 「バァーーーーッッ!!」

 フリーザが絶叫と共にパワーを放出し、エネルギー波を弾き飛ばす。
 バーダックのすぐ傍を、弾き返されたエネルギー波が通り過ぎていく。っちと、それを見て憎々しげにバーダックは舌打ちをした。
 フリーザが浮き上がり、高度を合わせて両者は相対する。乱れ切った息を整えようと努めながら、フリーザは確認を取るかのように喋る。

 「まさか、な………貴様のその姿に、その力。それがもしや、超サイヤ人だと………そうだというのか?」

 「さあな。そんなこと知ったこっちゃない。好きに言えばいいだろう。ただ一つ言えることは、フリーザ。貴様は終わりだということだけだ」

 「ふ、ふふふ………伝説ではなかった…………本当に実在するものだったということか。宇宙最強の、超戦士だと………………」

 言葉が途切れる。無言のまま顔が伏せられ、その肩が震わされる。それは嵐の前の静けさであったのだろう。
 ッキと、いきなり顔を上げ睨み付けると、フリーザは激昂するがままに言葉を吐き出した。

 「ふざけるなよ、サイヤ人がッ!! 貴様ら如き下等生物が、宇宙最強だと!? 身の程知らずな言葉もそこまでにしておけよ、この猿がッ!! 宇宙最強はこのオレだ! このオレ、フリーザこそが宇宙最強なんだッ!!」

 それは咆哮だった。
 自身の強さに絶対の自負を、誇りを持つ者であるがゆえの、魂からの咆哮だった。

 そして怒涛の攻勢が再び始まった。

 両手を激しく交互に突き出し、フリーザが次々と絶え間なく気功波を撃ち放つ。
 まるで閃光弾が打ち上げられたかのように、その一瞬空が眩く輝く。気功波が大気を灼いて旋風が渦を巻き、射線上にあった山谷と都市の一部が消失する。
 気功波を撃ち放った刹那、バーダックはその間際を見切って上空へ一足早く離脱していた。それをフリーザは確認し、即座に動き出した。
 そして一気に加速し、バーダックの鼻先へとフリーザは回り込んだ。

 「ッ!?」

 「かぁッ!!」

 両手を揃えて撃ち出された“気”の塊に、頭から叩き潰されバーダックは吹き飛ばされた。
 一瞬にして大地にまで落下し舗装された路面を突き破り、そのまま地盤をぶち壊しながら大地を抉り進んでいく。
 地盤という根本が崩壊することで、積み木崩しのように連鎖し大地が地底へと沈んでいく。
 やがて、そこには深く底の見えない巨大な峡谷が形成されてしまっていた。

 「ハハ………ハハハハ!! どうだ!? 思い知ったか!! これがオレの力だ、所詮貴様らサイヤ人が勝てる筈などなかったのだ!!」

 ドンと、土砂が間欠泉のように噴き出た。
 フリーザの笑いが止まる。全身を汚しながらも、五体の一つも欠ける様子のない万全な装いで、バーダックがそこにいた。
 ピクピクと血管を浮き立たせたまま、フリーザは喋る。

 「しつこい野郎だ………」

 「もう無駄な足掻きは止めろ、フリーザ。貴様の底は見えた…………………もう貴様に勝ち目なんぞはねえ。さっさとその息の根を止めて、全てを終わらせてやる」

 「な、なんだとッ!?」

 殺意に塗られた厳しい視線をそのままにしたまま、バーダックは言ってのけた。フリーザが声を荒げるにも気に留めず、淡々とした態度を崩さない。
 数度の攻防の果てに得た、それが最終結論だった。
 フリーザはバーダックに勝てない。その確信をバーダックは、すでに持っていた。

 超サイヤ人となることで、その戦闘力は通常時の約50倍にまで上昇する。
 超サイヤ人への覚醒は同時にサイヤパワーの覚醒をも意味する。古のサイヤ人たちと等しい存在として覚醒を果たすことで、サイヤパワーを触媒に用いたそれだけの戦闘力の上昇が可能となるのだ。界王拳を凌駕するその上昇率は、戦闘力にして数千万ほどのレベルにまでバーダックを押し上げていた。
 それは現在相対するフリーザ、それに匹敵ないし凌駕するほどの数値である。
 この戦闘力差は、しかしまだ単純に数値だけ見れば、勝敗が決定的に確定する劇的な差はないだろう。
 しかしバーダックには、フリーザにはない戦いの経験がある。それによって構築され鍛え抜かれた戦法がある。
 戦闘力差など、勝敗を付けるにあたって必要などなかった。
 そこまで戦闘力が追い付けば、実力が比類すれば、後はただ己自身の手による直接戦闘で幾らでも勝利がもぎ取れた。

 バーダックにとって、もはやフリーザなど倒せぬ敵ではなかった。これまで幾度となくた戦ってきた、より自分よりも戦闘力が上回っていた戦士たち。その中の一人でしかなかったのだ。
 手こずりはしようが、負ける気はしない。それが宇宙の帝王であるフリーザに対する、バーダックの認識だった。
 フリーザにとって、はたしてこれ以上の屈辱があろうものか?

 ある筈がない。

 「いいだろう…………超サイヤ人、認めてやろう…………貴様のその力、確かにこれまでの雑魚どもなぞとは比べ物とはならない代物だとな。だがな、所詮伝説は伝説にしか過ぎんのだ…………宇宙最強はオレだ。このオレがいる限り、貴様は決して一番になれやしないのだ…………」

 怒気が空気を歪ませていた。
 フリーザを中心として放たれる悪意に満ちた波動が、世界を侵していた。
 覚悟を、決めた。
 必滅の構えで、確実なる抹殺を実行する覚悟を。

 「こうなったら見せてやるぞ、超サイヤ人!! このフリーザ様のフルパワーを!! さっきまでの力はせいぜいフルパワーの75%程度でしかないんだ!! 宇宙最強であるこのオレの100%フルパワーで、貴様の存在を完全に消し去ってやるッッ!!」

 「フルパワー、だと?」

 「後悔するのはもう遅い! このオレの想像を絶するパワーを前に、泣いて許しを請うがいい!!」

 めきりと、フリーザが全身の筋肉に力を込め始める。
 筋肉が徐々に、徐々に膨れ上がり始める。同時にバーダックは感じ取ることが出来なかったが、“気”もまた膨れ上がり充足し始めていた。
 バーダックはそれを静かに見るまま、隙だらけにもかかわらず攻撃しなかった。
 その理由はやはり、サイヤ人だからであるからだろう。宇宙最強であるフリーザのフルパワーを見たいという欲求が、バーダックの足を止めさせていたのだ。

 「いいだろう、見せてみろよフリーザ。貴様のフルパワーをな。宇宙最強のそのパワーと正面から戦い………そして勝って、貴様を殺してやる」

 「大口を叩いていられるのもそこまでだ………」

 にやりと身体の筋肉を膨張させ続けるまま、フリーザは嗤った。




 フリーザは変身を行う度に、その戦闘力を劇的に上昇させる。
 この表現はしかし、フリーザの実態を示すにあたって正確な表現ではない。
 より正確に言い表すならば、フリーザは変身を行う度にその戦闘力を劇的に低下させる、というのが正しいのだ。

 フリーザにとって、今までに何度もリキューやバーダックの前で行った変身は、正確には“変身した”のではなく、“変身を解いた”というのが正しいのである。

 元々、フリーザ本来の真の姿というものは、今現在の形態がそれに当たるのだ。これはフリーザが生まれ出でた時に持っていた真実の姿であるということと同時に、その掛け値なしの強大なるパワーを、そのまま何の枷もなく秘めている形態であるということを意味する。
 フリーザの一族は皆例外なく生まれついて、それこそ自滅しかねないほどの強大なパワーを持っている。それゆえにそのパワーを制御することは、フリーザの一族にとって何よりも重要な事柄であった。彼ら一族はその一生という長い年月を使って、自身の身すら滅ぼしかねないパワーのコントロールを身に付けていくのである。
 しかしそれでは、パワーコントロールのまだ未熟な時期はどうやって時を過ごしていくのか?

 その答えが、退化形態の存在であった。

 ザーボンの戦闘力を高めるための変身とは真逆の目的。その有り余るほどのパワーを抑制し、減衰させるための変身がそれの意義であったのである。
 このパワーダウンを意図する変身を複数回行うことにより、彼らフリーザの一族は自滅を避け、自身の安全を確保していたのである。
 第三形態から最終形態への変身により、その戦闘力が爆発的に増大するのもこのためである。
 パワーダウンを目的とする形態から、一切の制限のない本来の姿へと回帰するがために、元来持ちしその自滅しかねないほどのパワーをそのまま扱うことが出来るのだ。
 これまでの形態と今の形態とでは、その存在の意味が根本から違うのである。

 しかし、本来の姿へと戻りパワーを振るうということは、諸刃の剣である。

 「85%………90%………95%………」

 筋肉がまた一際脈動し、膨張する。
 フリーザの小柄な身体が、バランスを崩して膨れ上がる。上半身の筋肉だけが異常に発達し、異様が周囲に晒されている。
 血管も太く随所に浮き上がり、どう見ても尋常ではない様子を発していた。

 前述したとおり、退化形態の存在は自身の身に宿る有り余るパワーによる自滅を避けるためのものだった。
 あまりにも強大過ぎるパワーは過剰エネルギーとして暴れ回り、宿主の身体の細胞を破壊しボロボロにするからだ。
 これを避けるために、パワーを強制的に抑えつける退化形態があり、そしてパワーコントロールを身に付ける必要があったのだ。完全なパワーコントロールを成し遂げた時、初めてその者は退化形態を必要とせず生活でき、そして同時に新たな頂点への道を指し示されるのである。
 だがしかし、フリーザのパワーコントロールは、まだ万全なものではなかった。

 フルパワーの使用はフリーザ自身の身体を崩壊させる、使ってはならない禁じ手だった。

 筋肉がはち切れそうなほどに膨れ上がり、そしてそれを最後に膨張は終わった。
 上半身の筋肉を異様に発達させたフリーザが、バーダックへと血走った視線を向ける。

 「待たせたな、超サイヤ人。これが貴様を圧倒する、全宇宙最強のパワーだ」

 「おしゃべりはいい。さっさと始めるぜ………貴様の最後の戦いをな」

 「減らず口を………ッ」

 持って、一分あるかどうか。
 それがフリーザに許された猶予。それ以上の戦闘継続は勝敗に関係なく、自滅が待っている。
 しかしそれでも、そうと分かっていても、フリーザはフルパワーを使用せざるを得なかった。

 それは何故か?

 決まっている。プライドだ。自身の宇宙最強であるという、譲れない何よりも強い自負があったのだ。
 その自負が、プライドが、それがたかがサイヤ人などという薄汚い下等生物如きに覆されるなど、絶対に認められる筈がなかったのだ。
 フリーザは宇宙最強という己の立場を、維持する。それを守るためならば如何なる手段も行使する。これまでも、これからもである。
 例えそれがリスクの高い禁じ手であろうとも、使うのに躊躇はしない。

 フリーザが動き、バーダックもまた動き始めた。
 宇宙最強の存在と伝説より現れた存在の最後の激突が、幕を開けた。








 ―――あとがき。

 Q フリーザの一族をまとめて駆逐するってどうやってー。
 A 徒党を組んだ超サイヤ人たちによる一大攻勢でしたー。

 そんな今回な話。感想は私の心を素敵に潤わせてくれる、ありがとうございましたー!

 ちと話しは短め。その分詰め込んだつもりですが。今月中に出来れば完結させたい意気込み。

 感想と批評待ってマース。




[5944] 第二十四話 ザ・サン
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/09/15 14:19

 全霊をかけて刮目せよ。それだけの価値のある戦いが、目の前で繰り広げられていた。
 サイヤ人たちが、それ以外の者たちもが、全ての惑星ベジータに存在している者たちが例外なく、皆その戦いを見守っていた。
 自分たちの命がかかっている、ということもある。
 しかし、それだけではない。その戦いを見守る理由は、決してそれだけではなかった。

 フリーザが両手を揃えて突き出し、全身に“気”を漲らせたまま突進する。
 超々スピードのそれを相手にしかし、バーダックは的確に見切り、予測し、回避する。

 バーダックがエネルギー波を連続して撃ち出し、大地を地平の果てに至るまで裏返す勢いで爆撃していく。
 その破壊の豪雨の中を、尋常を絶する加速を行いながらフリーザは掻い潜った。

 激突、激突、激突。
 空間が圧倒的戦闘力保有者二者の激突によってつるべ打ちされ、まるで引き裂かれたかのような悲鳴を上げる。
 超速の世界で戦う両者の戦いは時間を極限にまで引き延ばして行われ、ただの刹那が永劫に等しい時へと変換されていた。
 爆砕が同期し多重発生する。物理現象が戦いに追い付かず、やまびこの様に遅れて発生していた。

 それはあまりにも速過ぎた。あまりにも速過ぎる戦いゆえに、観戦している者たちには具体的な戦況なぞ欠片も把握できなかった。
 はたしてどちらが優勢なのか? バーダックが勝っているのか? フリーザが勝っているのか?
 だが、それでも観戦を止めるものはいなかった。
 例え戦いの趨勢が分からなくと見なければならぬ意味が、その戦いにはあったのだ。

 多くの者の見守る視線の中、もはや幾度目かも分からぬ激突がまた行われた。








 短い叫びと共にフリーザが手を突き出す。
 放たれた不可視の“気”の塊が身体を打ち、バーダックは吹き飛ばされる。即座にフリーザが追撃をかけ、蹴りが腹に叩き込まれた。
 フリーザの眉が顰められる。蹴りに手応えがなかった。直前にバーダックが身体をくの字の様に曲げて蹴りの打芯を外していたのだ。
 絡みつくように足に手を回し、逆にフリーザが捕まった。
 外そうと足掻くが、遅い。それよりも数瞬早く、バーダックが動いた。
 絡み取った足をそのままに、直下の大地へと投げ付けた。回転がかかり、スピンしながらフリーザが直落下する。

 リカバリィしようとスピンを止めるフリーザ。そしてふとその時に至り、顔を驚愕に歪ませた。
 すぐ傍にバーダックが追い付いていた。すでにフリーザを投げ捨てると同時に、バーダックは追撃をかけていたのだ。
 唸りを上げて拳がフリーザの顔面に突き刺さる。フリーザの視線がくらりと泳いだ。
 続けて連撃。落下したまま次々と繰り出される怒涛の拳打が、フリーザの身体へと突き刺さっていく。げはと、フリーザの口から粘液が吐き出された。
 と、拳が止まる。横から出された手に、腕が掴まれ強制的にパンチを止められていた。ギロリと確固とした視線が、バーダックの顔に向けられる。

 「何時までもそう、好きに出来ると思うなッ!」

 「ふん………」

 逆の手で放たれたフリーザの拳を、間髪入れずタイミングを合わせて避ける。ほんの紙一重の差で通り過ぎる剛拳に、金色に輝く髪の毛が数本千切れて飛んだ。
 落下途中の物体が宙で二つに分かれる。
 くるりと綺麗に回転を描いてバーダックは着地する一方、減速する暇もなくフリーザは頭から地面に激突した。
 もうもうと立ち込める土煙。咄嗟に直感―――戦闘経験に裏打ちされた暗黙知に従ってバーダックがその場を飛び退くと同時、巨大な気功波が土煙を裂いて現れ、バーダックがそれまでいた場所を薙ぎ払った。強烈な威力に瞬時に地面が過程を飛び越えて蒸発し、巨大な底なしの穴が長大に作り出される。

 「くそッ! ちょこまかと目障りに動き回りやがってッ!!」

 「こっちだフリーザ、どこを狙ってやがる」

 「っぐ、カァッ!!」

 超速で飛び立ち、挑発するバーダックの元へとフリーザは突進する。
 バーダックもただでは捕まらぬと逃げレースの様相を作るが、グングンとフリーザが距離を追い詰めていく。

 「ハハハハッ!! どうした超サイヤ人、動きがトロいぞ!? それが貴様の限界か!!」

 「っち………」

 地力において、フリーザのフリーザの方が自身よりも上回っていること。バーダックは腹立ちを感じながらもそれを認識する。
 宇宙最強のパワー、それは伊達ではなかった。明らかに戦闘力に差を付けられていた。単純な力比べをすれば自身に勝利はないと、理解する。
 そうであるがゆえに、バーダックは最初っからまともに戦い合う気なぞ、毛頭なかった。

 「キェエエッ!!」

 奇声を上げて、追い付いたフリーザが直前にさらなる急加速を行い猛拳を振るう。
 だが、背後から見事にその姿を射抜いた筈のそれは空振った。突き抜けたバーダックの姿が宙に崩れ溶ける。
 残像だった。騙されことにフリーザが気付くも、遅い。

 頭蓋に叩き込まれる激震。
 直上から全体重をかけられたエルボーを打ち込まれ、またフリーザの身体が大地に真っ逆さまと落ちてゆく。
 バーダックは止まらない。さらなる追撃を続行する。
 両手を腰だめに構え、両掌にエネルギー球を生み出す。そしてフリーザが叩き付けられ、地に埋もれたのを見て攻撃を開始した。

 「だぁりゃぁああああああああーーーーーーー!!!!」

 エネルギー弾を撃ち出す。二発だけではない。両手を残像が出来るほどの速度で反復させながら、雨あられと次々とエネルギー弾を撃ち込み続ける。
 質より量。しかしそれは超サイヤ人が撃ち出すもの、一発一発の威力すら桁違いの代物となって、フリーザの上へと容赦なく着弾していく。
 爆発が連続し激震が轟く。震動に大地が液状化するほどの被害が出ながら、それを気にも留めぬ攻撃の続行に地割れが起こり、亀裂が拡大し巨大な大穴が広がっていく。

 「だぁッ!!」

 最後に両手を揃えて掲げ、一拍の溜めを置いて形成したエネルギー弾を撃ち込んだ。
 巨大な大穴の中心にエネルギー弾が吸い込まれていって、一時の間。
 閃光が迸り、同時に一際巨大な爆裂が大穴の淵をさらにバラバラに引き裂き拡大化させ、土煙を天高くまで巻き上げた。

 とどめとも言える一撃を叩き込んでいながら、しかしそれを冷ややかな視線で見つめたまま、バーダックは臨戦態勢を解く様子を一切見せない。
 この程度で仕留められる筈がない。そう彼は確信していた。
 証明するように、土煙が突如として発生した旋風によって払われ、大穴の底から異形が姿を現した。
 全身に細かな傷を負いながらも、フリーザは未だ健在な様子で、血走った眼を剥きバーダックを睨み付けている。

 「お、おのれ………チョロチョロと鬱陶しく…………貴様なぞこのオレが一発当ててやれば、すぐにぶち殺してやるのに…………」

 フリーザのその言葉は正しい。
 全ての力を解放しフルパワーとなったフリーザの力を、それだけ強大な戦闘力を発揮していた。普通ならばバーダックを打倒出来るだけの戦闘力差などあったのだ。
 それが出来ないのはバーダックの戦いが実に巧みであり、つまりはその戦法を覆せるほどの戦闘力にまであと一歩、実力が足りていなかったに過ぎない。
 ほんの僅かに、あとフリーザの戦闘力が高ければ。あるいは、ほんの少しバーダックの戦闘経験が不足していれば。
 それだけでバーダックの命運は変わっていた。ただそれだけの差しかなかった。
 それだけの差でフリーザは己の目論見通り、一分しか持たぬそのフルパワーの持続時間で、バーダックを叩き潰すことなど悠々と実現できたのである。

 しかし、現実は違う。残念ながらあと僅かのその差を埋める戦闘力はフリーザにはなく、そしてバーダックの戦闘経験は不足してはいなかった。
 バーダックの思考にはフリーザの思惑通りに攻撃を喰らってやる気なぞ欠片もなく、そしてそれをさせないだけの巧みな戦法をバーダックは身に付けていたのだ。
 一歩の差、だった。

 その一歩の差によって、フリーザの敗北は決まってしまっていた。

 だが、それをまだフリーザは認めない。小賢しい下等生物如きの小細工を力任せに叩き潰そうと、再度の突撃を行う。
 バーダックもまた即座に加速して、的確に攻撃をいなし、機先を制するように攻撃の動作に割り込む小刻みの攻撃を打ち、時間を稼ぎながらダメージを重ねていく。
 決して一発たりともまともにフリーザの攻撃をもらうことはなく、一方的な展開を演出し続ける。

 それはかつて、幾度も行ってきた戦い。
 リキューとの数少ない模擬戦でのこと、そして幾多も重ねてきた星の地上げの過程であった激戦の日々。
 全てにおいて戦闘力が格上の者たちしかいない戦い。命がかかったその戦いの全てに、生還してきたという土に塗れた経験の数々。
 それらがバーダックに力を与える。ツフル人の理論を覆し、フリーザと渡り合える確固たる己の力の、次なる一手を次々と指し示す未来視の如き慧眼をもたらす。

 予測せよ。フリーザの繰り出す攻撃を。その次の行動を。
 予測だけでは足りぬ、誘導せよ。自分の行動で、攻撃で。挑発し、機先を制し、行動を妨害し、意表を突き、戦いを演出せよ。
 そうでなければ戦えぬ。勝ちを得られぬ。
 戦闘力で勝るという道理を覆し勝利を得るための、打てる手立てを全て打ち尽くし、敵を打倒せよ。

 フリーザが腕を引っ込めた。時置かず“気”を収束させそして放とうと構えた瞬間、バーダックは即座にその腕の矛先を弾き照準をズラした。
 気功波が見当違いの方向へと放たれるのを尻目に見て、バーダックは頭突きをフリーザの顔面にぶち込む。
 衝撃にほんの一歩だけ退く。バーダックにはそれで十分。
 バーダックは両掌をフリーザの腹へと押し当て、“気”を一気に放出する。巨大なエネルギー波が至近で発生し、身体を半ば包み込まれる様に呑み込まれながら、フリーザは吹き飛ばされた。

 「ぎ、ぎぎぎッ、がががァーーーー!!!」

 抱きつくような格好であった状態から、そのまま両手で抱きしめる様にフリーザは力を込め、エネルギー波を弾き飛ばした。
 噛み締められた歯の間から興奮した猛牛の様に荒い呼吸をしながらも、さしてダメージを受けた様子はやはりない。
 地力の差。何度も直撃を加えようとも、両者の戦闘力差がそのまま強固な鎧となってフリーザに決定的な有効打を与えさせなかった。

 キリがない状況ではあったが、バーダックに絶望はない。
 ダメージがない訳ではないのだ。ならばあとは、ただ時間をかけて蓄積させていけばよいだけであった。
 時間稼ぎ、は別にバーダックにとって、目的ではなかった。ただ勝つためには、時間をかけざるをえないというだけのことだった。

 しかし、それはフリーザにとって最も有効的であると同時に致命的な戦術だった。

 フリーザが超速移動を行う。敵を撃滅せんとなおも攻撃を敢行する。
 放たれる回し蹴りをバーダックは難なく回避する。が、ぎょっと目を剥いた。回し蹴りの陰に隠れてもう一撃、新たな脅威がすぐに迫っていたのだ。
 予想外のその一撃を避けれず、派手に吹き飛ばされた。一度勢いがままに地面に叩きつけられバウンドし、ビル群の中へと突っ込み倒壊させる。

 「どうだ、思い知ったかッ!! ざまあみやがれッ!!」

 ぴしりと尾で地面を叩き割りながら、フリーザが誇る。
 不意を打ったものの正体は尾であった。回し蹴りのモーションの中に隠すように放たれた尾の一撃に、バーダックは仕留められたのだ。
 がむしゃらな攻撃である。フリーザとて、もはや余裕なぞない。
 フルパワーのリミットは一分。すでに30秒は時間が経過していた。それ以上の超過は自己の崩壊を意味する。

 「とどめだ、跡形もなく消え去りやがれェーーーー!!」

 片手を突き出すと同時、ドドドドッと、気功波が叩き付けられるかのように間を置かず連射された。
 倒壊した巨大ビル群の瓦礫が消滅していく。激烈なる攻性波動の連続怒涛の前に分解し、蒸発すら超えた破壊がもたらされていく。
 土煙すら生じず、フリーザの目の前にある都市の一角は、念入りに散々撃ちこまれた気功波によって完全に消失されてしまっていた。
 にたりと、フリーザの顔に笑みが浮かぶ。

 「どうした、フリーザ。何を焦ってやがる」

 投げかけられた声に、フリーザの表情が凍る。慌てながら振り向くと、顔から一筋血を流しながらも平気そうな様子で、バーダックがフリーザの遥か後方に立っていた。
 気功波によって追撃をかけられるよりも一足早く、離脱していたのだ。
 碧眼の瞳でフリーザを射抜きながら、バーダックは言葉を綴る。

 「やけに戦い方に余裕がねえな………まるで、見えねえ何かに追われているみたいだ。何をそんなに急いでいる? いや………そもそも、何故いまさらフルパワーになった? 追い詰められたからか? 何故追い詰められるまで、フルパワーを使わなかった? ………もしかして、フリーザ。貴様は………」

 「だ、黙れェーーー!!!!」

 遮るように叫び、フリーザが突撃する。
 ラッシュを繰り出しそれにバーダックが対応。直撃を避け全ての打撃を逸らすように矛先をズラしながら、ラッシュの雨が降り注ぐ。
 不意に襲いかかる、第三の手。尾の強襲。
 そう何度も同じ手を喰らってたまるかと、バーダックはそれを完全に見切り、かわしてのける。
 両者の距離が離れ、少しの間が開く。

 「余裕があろうとなかろうと関係ないッッ!! オレが貴様をぶち殺し、とっとと決着を付ければいいだけのことだァーーー!!!」

 「っは、ボロが出ているぜフリーザ」

 時間がない。その態度はそう言ってるも同じだった。
 不意打つように放たれる気功弾をエネルギー弾で迎撃し軌道を逸らしながら、バーダックは思考する。
 フリーザには時間がない。察するに、自身のフルパワーに対して身体が持たないのだろう。長時間粘れば、それだけで自滅まで導ける公算が高い。確信を抱きながらそう結論する。
 好都合だった。実際問題、フリーザとの戦いでは時間をかけざるをえないのが現状だったのだ。自身の戦闘スタイルと合致する朗報であった。

 限界が近いのはフリーザだけではない。バーダックとてフリーザ程切羽詰まってはいないが、その身体はボロボロなのだ。
 超サイヤ人となる前に負っていた身体のダメージは、決して消えた訳ではない。一時的な高揚と覚醒によって誤魔化されているにしか過ぎない。
 時間をかければかけるほど、身体に負荷がかかるのはフリーザだけの話ではなかったのだ。

 鼻先でまた残像を残すが、フリーザもまたそう何度も同じ手に騙されるものかと見抜き、横を通り抜けようとしたバーダックの顔面へと蹴りを打ち込む。
 ぎりぎり避けることに成功するも、僅かに皮膚にかすり、血が流れる。
 予測のズレの生じ。僅かに心が揺れるも、その動揺を押し殺し、バーダックは目の前に蹴り込まれたフリーザの足を掴む。
 そのまま足首を両手で掴んだまま、フリーザの身体を振り回し始めた。フリーザにカムバックさせる前に、振り回す身体の軌道を無理矢理ネジ曲げ、地面へと叩きつける。
 轟音が響き、地面が陥没する。フリーザの身体が地中深くまで叩き込まれる。

 戦いを重ねれば、幾らでも予想外の要素なぞ割り入ってくる。
 どれだけバーダックの積み重ね完成度が高められた戦法があろうとも、完全に思い通りに戦いを運ぶことなど叶わなくなってくる。
 一手増えるごとに敵の思考はより熟達され、そして一手重ねるごとに自分に疲労は蓄積されていくのだ。
 だが、それは両人に等しく働く条件でもある。フリーザだって疲労し、バーダックの思考も鍛え上げられていく。

 地面が一瞬、輝いた。
 瞬時にバーダックが直感に従い離脱する。そして間を置かずして、周辺の大地一帯が纏めて消し飛ばされる。
 地殻ごと全てを巻き込き纏めて亡き者にしようとしたフリーザが、穴の底から無事なバーダックの様子を見て苛立ちを募らせる。たかが照準を付けることを放棄した範囲攻撃程度に捕まるほど柔ではないと、バーダックは視線で挑発した。

 戦いは続く。どちらもデッドラインを見極めながら、着実なる終わりへと、確実に近付いていた。
 その戦況は徐々に、徐々にバーダックの勝利へと、天秤が傾いていっていた。








 激闘の余波が惑星ベジータ全体を揺るがす中、多くの者たちが未だ騒ぎ動いている場所があった。
 それは管制塔などを含む、惑星ベジータの都市機能を担う施設類へと働きつめていた者たちであった。
 サイヤ人ではない、フリーザ軍から出向してきた者たちが多くを占める彼らは、外から得られる情報で混乱に陥りながらあたふたと惑い動いていた。

 「フリーザ様が来てる!? 確かな話か、それは!?」

 「来てるどころじゃない!! この星を消すつもりだ!! 俺たちも纏めて一緒に始末するつもりなんだよ!!」

 「嘘だろ!? 馬鹿な、フリーザ様がそんなことを!!」

 「しないって思うのか!? 俺たちの星を滅ぼしたのは誰がやったと思ってるんだよ!! あいつにとっちゃ俺たちなんてどうでもいいんだ! どうなろうと知ったこっちゃねえんだよ!!」

 「くそ冗談じゃない、俺はとっとと逃げるぞ!! 死んでたまるか!!」

 「待て! 貴様フリーザ様を裏切るつもりか!! 反逆は死刑だぞ!?」

 「構ってられるかそんな決まりッッ!!」

 ある者は不確かな情報だと自分の職務をいつも通り全うしようとし、またある者は流言を信じて一足早く宇宙船に乗って星を離脱し、またある者は真意を確かめようと外へと出ていく。
 なんにせよ、状況は総じて混沌としたものであった。人の手はまともに動いておらず、オートメイションされた機械たちが独自に規定通りの動作を行っている状態であった。
 ばたばたガヤガヤと騒々しい叫びが部屋に響き、混乱に乗じて行われる暴力沙汰に混乱が加速していく。

 その中の施設の一つ、個人用の宇宙ポッドの射出施設。
 普段から人気が少なく、閑散とした雰囲気のそこは、他の施設類とは違って騒動とはなっていなかった。
 それは、決してここにいた人間たちが理性を以って行動していたという訳ではなかった。
 単純にここは、すでに嵐が過ぎ去った場所であったということ。ただそれだけのことであった。

 多くのポッドが並び置かれていた待機ハンガーは、ほとんどが空となっている状態であり、元々人気のない無機質な部屋の内容を、さらにポッカリと寂しい光景として演出していた。
 すでに我先にと群がった脱出を望んだ者たちの手により、ほぼ全てのポッドが使用され宇宙へと射出されていたのである。
 もう残されているのは故障中や修理中などの即時使用が可能でなかった曰く付きのポッドばかりであり、乗れなかった別の者たちはまた別の宇宙船置場へと去ってしまっていたのだ。

 そのもはや役に立つものが残されていない、静まり返った射出施設の下に、一人の人影が現れた。
 ヒーコラヒーコラ言いながら現れた、人間。彼もまた、フリーザ軍傘下の人間であった。爬虫類系のヒューマノイドであり、惑星ベジータでメカニックとして従事していた者である。
 彼は入口の扉を開けて見た、がらんと寂れた部屋の様子を見て肩を落とした。

 彼の目的もまた、これまでこの部屋に群がってきた者たちと同じものだったのだ。
 惑星ベジータの早々の脱出。そのための足である宇宙船の確保。しかし彼は出遅れ、こうして射出施設まで足を伸ばして来てみたものの、空振りとなっていた。

 実はこの時点で、もう惑星ベジータに残っていた大半の宇宙船は使用され、あるいは破壊されてしまっていたのだ。
 危機感の強い臆病な小心者たちはいち早く宇宙船に乗って逃げ、それ以外の者たちが逃げようとした時には、フリーザの戦いの余波などで大部分の宇宙船が使用不可能の状態に追い込まれていたのである。
 実質、今惑星ベジータに取り残されている者たちは閉じ込められたも同然となっていたのだ。

 そんな中、肩を落としていた彼は顔を上げると、僅かに残されていたポッドの様子を見て回り始めた。
 幸いなことに、彼はメカニックであった。ポッドの状態が軽い点検程度で使用可能になるレベルの状態であったならば、自分で調整し使用状態まで持っていくことが出来るのではないのかと考えたのだ。
 果たして、そんな彼の希望的観測は、極めて僥倖なことに叶うこととなった。

 見て回ること、三つめ。ほとんどオーバーホールの終わった状態で放置されていたポッドを発見できたのだ。
 細かくチェックをしてみれば、残された項目は最後の軽いメンテナンスチェックのみ。自分ならば3分とかからず済ませることが出来る作業であった。
 まさしく幸運。神の導き。ひゃっほいと彼は喜び口から軽く炎を吐いた。
 とりあえずそのまま喜びに任せて阿波踊りに移りそうなところを自重し、彼はメンテナンスに移ろうとする。

 と、その時彼は気付いた。
 ポッドの隣の隣、一つ間を挟んで向こうにあるポッドから、何やら音がすることに。
 なんだなんだ、と興味本位でそちらのポッドの様子を見に近付く。風防の強化ガラス越しにヒョイと顔を突き出し、中を覗いた。
 なんとぉー!? と声を上げて彼は驚き目を剥いた。

 ポッドの中には、一人の赤子が放置されたままとなっていた。
 赤子は大きな声で泣き喚いており、その声が物音となって響いていたのである。
 その尻からは毛の生えた尾が伸びており、特徴だったツンツンとした形の黒髪といい、赤子がサイヤ人であることを如実に示していた。

 こらおったまげたと独りごちながら、なんだってこうなっていると、端末を引っ張り出して調べる。
 結果引き出された情報を見て、彼はひとまずの納得を得る。
 赤子の名前はカカロット。生後間もない下級戦士の子供であり、ポッドに入れられていたのは、今日が予定されていた赤子の出征日であったからだった。
 サイヤ人の間で行われている決まり。大して戦闘力に期待の抱けぬ下級戦士の子供は、まだ自我の覚束ない時期から戦闘力が大したことのない惑星へと送り込まれ、その星の地上げを長い年月をかけて行わされるのだ。

 この赤子も、その決まりに従って送られるところだったということである。
 ところが送り込む直前にトラブルが重なり、予定は急遽変更されポッドの再点検と整備が行われることになった。
 そして点検待ちとして待機処理を受けたまま、事態は急変し今の状況へ。赤子のポッドは放置され、そのまま現在に至ると。

 つまり間が悪かったってことだなブルァ、と彼は片付けた。
 間違ってはいない。幾度も重なった想定外のトラブル、その蓄積が現在の結果へと繋がっていたのだ。

 彼はふむと考えた。すでに自分の脱出手段が確保されているという事実が、彼に心の余裕を生んでいた。
 思わず、心にあった少しばかりの仏心が、余計にも出てきていた。
 よしと手を打ち、彼は決める。まだ小さな赤子、どうせだし助けといてやるか、と。

 端末から赤子の乗るポッドのデータを引き出し、ステータスをチェックしていく。
 整備自体は済んでいるらしく、後は認証ロックとして存在している各種チェック項目を満たしていけば問題なく稼働を開始するようであった。
 面倒でなくていいと思いながら、ふんふんふーんとチェック項目の確認作業を行っていく。

 ここで赤子を助けるということは、そのまま赤子が送り込まれた星が地上げされるということでもあるのだが。
 残念ながら、そのことに彼が気付く様子はなかった。まあ、気付いていたとしても特に気にはしなかったかもしれないが。

 所詮、地上げされる星のことなど彼にしてみれば、自分とは関係のない他人事でしかないのである。








 宙空で激烈な拳が放たれた。バーダックはそれを受け流し損ね、ガードの上からまともに食らう。
 一気に身体全体が吹き飛ばされ、空を流れる。
 好機。フリーザの目が輝き、この機を逃さぬと即座に接近、肉薄した。

 「くぁーーーッ!! キョキョキョキョキョキョキョ!! キェーーーッッ!!!!」

 奇声を上げる。拳を振るう。超速乱打乱舞の激旋風となり、烈火怒涛の大攻勢を実行する。
 次々と拳がバーダックの身体へと食い込まれていく。

 一度体勢を崩しさえすれば、後はこちらのもの。余力は残させん、完全にこのラッシュで削り殺す。

 それだけを脳裏に刻み込みながら、ただ打つ、打つ、打ち込み蹴り込み攻撃し続ける。
 顔面を殴り飛ばし腹を蹴り上げラリアットで首を刈り取りエルボーで脇腹を抉る。
 衝撃に身体が流れるのに並行して追い付きながら、次々と絶え間なく打撃という雨を降らせ続ける。
 ラッシュ、ラッシュ、ラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュ―――。

 「キェアーーーーーーーッッッ!!!!」

 ズンと、バーダックの身体がビルに叩き付けられると同時に渾身を込めたパンチを顔面にぶち込んだ。
 そのままビルの壁面を爆砕させ貫通し、バーダックが落ちていく。
 その落ちていくぽつりと輝く金色の人影を、フリーザは狙い撃つ。
 極大の気功波を、ただ撃ち放った。

 「これで終わりだ、超サイヤ人ーーーーッッ!!!!」

 ―――ッカと、バーダックの瞳が開眼された。
 ぐるりと宙でいきなり起き上がり回転したかと思うと、バーダックは自身に迫りくる気功波へと向かってその腕を振り上げ、力一杯振り抜き弾き飛ばした。
 花火の様に弾けて、気功波が消し飛ぶ。馬鹿なと目を剥き、フリーザは驚愕する。

 「な、なんだと!? ………馬鹿な、そんな…………確かに俺の攻撃は当たっていた筈だ!? 何故だ、何故動けるだけの体力が残っている!?」

 「タイムリミットが来たみたいだな、フリーザ。一つ一つの攻撃の威力がガクリと下がっているぜ」

 「っな、なんだと!?」

 くくくと、酷薄な笑い声を洩らしながら、バーダックは告げた。
 本人が装う程、そのダメージは軽い代物ではなかった。流れ落ちる血筋は二本三本と数を増やし、衝撃にクラクラと頭が揺らいでいる。
 だがしかし、バーダックは倒れずそこにいた。削り殺されず、生きてそこに存在していた。
 フリーザのラッシュをまともに食らったにも関わらず、未だ健在していたのだ。
 それはフリーザのパワーが低下していると、ピークを過ぎてドンドンと戦闘力が抜け落ちているという事実を、如実に指し示していた。

 タイムリミット、オーバー。もうフリーザは、フルパワーを使える時間の限界を超えてしまっていた。
 有り余る過剰エネルギーが暴走し、肉体の耐久限界を逸脱し傷付け、細胞の自己崩壊を始めていたのだ。
 バーダックが先に戦いの最中でミスを生じ殺されるか、フリーザが時間切れとなって敗北するか。そのどちらが先に力尽きるかのチキンレース。

 勝ったのはバーダックだった。

 「な、舐めるなァ!! たかがこんなものでェ!! こ、こんなことで貴様なんぞに、サイヤ人如きにこのオレ様が、フリーザが負けることなぞ、ある筈がないんだァーーー!!!」

 認めまいと首を振りながら、駄々をこねる様に気功波を撃ち放つ。
 それをバーダックは横へと打ち払い、軌道を逸らしかわした。愕然とした様相で目を見開いたまま、プルプルとフリーザは震える。
 ピリピリとした反動が、バーダックの手にあった。すでにピークを過ぎパワーの低下が始まっているとはいえ、その気功波の威力には目を見張るものがあった。
 流石、宇宙の帝王といったところか。だがしかし、所詮それは脅威とは足り得ない。

 「終わりだ、あの世に送ってやるよ」

 バーダックの姿が消える。そして衝撃。
 超速で肉薄され、顎を下から上へと強烈に打ち上げられた。冗談のように天空へと身体ごと持ち上げられ、吹き飛ぶフリーザ。
 リカバリィし直下へと向き直るも、遅い。フリーザは先程まで自分がいた下の空間に、バーダックの姿を認められなかった。

 「こっちだ」

 またもや衝撃。何度目となろうか、頭上からの直撃。
 フリーザを打ち上げると同時に超スピードで移動して先回りし、リカバリィした時にはすでにバーダックはフリーザよりもさらに上へと位置していたのだ。
 今度は上から下へと叩き落とされ、大地へと向かい落下する。

 「がァッ!!」

 ギュンと音を立てて、大地に激突する前に急停止を実現する。
 ぜぇぜぇと、耳障りな音を立てながら激しく呼吸が乱れる。呼吸だけではない。骨の軋みと内臓の痛み、血管の破れに疲労による偏頭痛。
 かつてないダメージが、フリーザを打ちのめしていた。混乱し混沌し、屈辱に精神が塗れ錯乱状態の一歩手前へとさらに陥っていく。

 「こんな、馬鹿な。俺は、俺はフリーザだぞ。宇宙最強の、帝王だ。選ばれた栄光の一族の………末裔なんだぞ!? そ、それがあんな猿に………下等生物如きにィッ」

 タイムリミットを過ぎ戦闘力が低下することで、フリーザ自身の“気”の守りもまた低下している。不可視の強固な鎧は脆弱な皮となり、ダメージの大きさも相対的に大きくなる。
 超サイヤ人の暴威が、フリーザという宇宙最強を滅多打ちにしていた。
 ………否。

 もう、宇宙最強ではない。

 「み、認められるか…………認められるかァ………ッ」

 疲労と苦痛に震える身体に、力を込めていく。
 筋肉が膨張した身体が、アンバランスに膨れ上がった身体が悲鳴を上げる。すでにタイムリミットを過ぎた。身体の崩壊は始まっているのだ。
 力を込めようとするたびに、意思に反して力がどんどん抜け落ちていく。しかしフリーザをそれを無視し、さらなる力を込めていく。
 理性を超克する意地が、野性が、女々しい感情の迸りが、道理を覆し現実を否定しようと動いていた。

 「貴様の存在を、断じて認めてたまるものかァーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!!」

 ―――そうして、その絶叫と共に、有りっ丈の残された“気”が凝縮された、最後の気功波が解き放たれた。

 強大なその気功波は、それこそ崩壊の進む身体から捻り出した最後の力だったのだろう。
 なけなしの一撃であるそれは、かなりの威力を誇りバーダック目掛けて直進していた。問答無用の破壊をもたらそうと、伝説を打ち砕こうと牙を剥き迫っていた。
 だが、だがしかし。
 それは、あまりにも遅かった。
 威力を高め“気”を集中し、文字通りの命を賭けた最後の一撃だろうそれは、あまりにも遅速な代物だった。

 そんなものに当たってやる道理なぞ、バーダックには全くなかった。

 「この程度かフリーザ、情けない奴め………」

 呆気なく、射線から身をズラす。ただそれだけで、微塵の誘導性も持たされていなかった気功波はすぐ隣を通過し、かわされてしまった。
 最後の一撃は下らない結果に終わった。バーダックは冷酷にそのつまらない行動を吐き捨てて、気功波を放って隙だらけの状態であるフリーザへと向かう。
 命を、取る。ぱきりと指の骨を鳴らし、終局をもたらす一撃を用意する。

 トーマの、パンプーキンの、セリパの、トテッポの、仲間たちの仇を。
 今まで言い様に使われてきて、挙句使い終えた雑巾の様に抹殺しようとした、その戦闘民族サイヤ人の誇りを。
 その全てを、フリーザへと叩きつける。報いを受けさせる。勝利を得る。

 「これで――――」

 拳を作る。握り締められた指と指の間に、言い知れぬ力が込められた。
 カナッサ星人の声がよぎる。夢に、白昼夢に何度も映った、未来の姿が脳裏に再生される。
 破壊され宇宙に消えていく惑星ベジータ。滅びの運命。滅ぼされた我らと同じように滅びるだろと宣言された、サイヤ人。
 それをバーダックは認めない。未来は、運命は己の手で変えてみせると、深き決意が胸に抱かれる。

 振り上げられる、拳。
 狙いは付けられ、あとはただ振り抜くだけ。

 「――――最後だァーーーーーーーーーッッッ!!!!」


 ―――その時、バーダックの意識に閃光が走った。


 宙を翔ける、個人用のポッド。
 惑星の重力を振り払い、大気を引き裂きながら、天の果て、宇宙の彼方へと目指しポッドが飛ぶ。
 その中に乗っているのは、赤子だ。
 尾が生え、まだ生後間もない、サイヤ人の赤子が、すやすやと眠りながらそのポッドに乗っている。

 そのポッドに、迫る光。気功波の光。
 軌跡は悪夢のような偶然で、重なっていた。
 直撃コースである。

 「――――なッ」

 動きが止まる。加速が中止され、逆に急制動がかけられ、バーダックは愕然とした様子で後ろへと振り向いた。
 かわした気功波が標的を見失い、遥か天の彼方まで飛んで行っている。そのまま放っておけば、気功波は大気を突破し宇宙の果てまで飛んでいったことだろう。
 その気功波の先に、丁度軌跡が重なる様な軌道を描きながら、近付いていく物体があった。
 その物体は、個人用の宇宙ポッドだった。

 「まさか、カカロットか!?」

 宇宙ポッドは気功波の存在を知らぬかのように直進する。
 その速度、そして軌道。

 直撃コースであった。








 閑散とした、ポッドの射出施設。
 メカニックの男は、空となったハンガーを前に、満足そうに頷いていた。
 つい今しがた、チェック項目を全て埋めて、ポッドを使用可能状態にまで持っていき射出したところであった。

 これであの赤子も、無事にこの星を脱出し他の星へと辿り着くことになるだろう。

 いいことをしたなと頷きながら、彼は目の前のハンガーを後にすると、自分のポッドの様子を見始める。
 次は自分の番であった。さっさと準備を終えてこの星を脱出しなければ、自分の身が危ういのだから。

 そうして彼は、自分が行った善行と思っている行動についてさっさと忘却し、己が保身のために動き始めるのであった。








 気功波が迫る。
 遅速のそれは神のいたずらか、はたまた運命の定めか。丁度迫りくるポッドの軌道上と重なっている。
 嫌という程のベストタイミングで。ずれようのないタイミングで。気功波はポッドを破壊せんと直進し続ける。
 もはや直撃まで、幾許の猶予もなかった。

 その中で、その刹那で。
 バーダックは動いた。
 それははたして、意識してのことか、それとも無意識でのことだったのか。

 加速する。全身の“気”を吹き立たせ、金色のオーラを身に纏って加速した。
 一気に空を翔け、すぐ脇にある気功波に並走し、その先端の先、予測される直進する軌道上の先へと、気功波を抜かして飛び出る。
 そして、そして。
 彼は己が身を、迫りくるフリーザの最後の気功波の前にさらけ出した。両手を突き出し、極大の破壊波動を受け止めようと、待ち構えた。

 「ああああァァアアアーーーーーーッッッ!!!!!」

 気功波とバーダックが接触する。
 膨大な攻性エネルギーが、バーダックの肌を這い回った。
 肌を灼き尽くそうと桁違いのエネルギーが暴れ、抑え込もうとするバーダックの身体を蹂躙した。
 持たない。持ち堪えられない。強大なその威力に、暴れ回る脅威に、バーダックの身体という盾が、破壊されようとする。

 否、断じて否。死んでたまるものかと、不屈の意志が立ち上がる。

 バーダックのすぐ背後を、ポッドが通り過ぎて行った。
 これでいい。もうわざわざ、この気功波と真っ向から張り合う必要などない。
 叫ぶ。心の底から叫びを上げ、金色のオーラを発散しながら、バーダックは気功波を押し退け様と全霊を込める。
 所詮は最後の一撃だ。後のない者が放った、最後の悪足掻きにしか過ぎない。弾き飛ばしてみせると、心を強く持って踏ん張った。
 気功波が、ずれる。




 ―――その時、その瞬間。

 その最後にして最大の好機を前にして、しかとフリーザはそれを捉え、見逃さなかった。

 絶叫する。

 「ばァーーーーーーーーーー!!!!!!! 消・え・ろーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!」

 筋肉という筋肉が断裂し、全身から鮮血を噴出しながら、放出される気功波の太さが増大する。
 限界を突破した、最後を超えた一撃が放たれた。
 太さを増した気功波がどんどんと軌跡を辿っていき、まっすぐにバーダックの元へと伸びていく―――。




 気功波の威力が、一気に増大した。
 バーダックのキャパシティを完全に凌駕し、強大な圧力が身体を押す。
 抑えきれない。
 辛うじて呑み込まれないようするのが、精一杯だった。

 「ああああァァァーーーーー!!!!」

 加速する。
 身体を押し留めることが出来ず、気功波に押されるがままに流されていく。
 ドンドンと加速する身体は空を昇り、雲を掻き分けた。しかし未だ加速は緩まず、逆にさらなる加速が身体にかかっていく。

 突破する。
 ついには大気圏を完全に逸脱し、惑星ベジータの全貌を見納められる位置にまで、宇宙空間にまで到達する。
 加速は止まない。まだまだ止まらぬと、バーダックの身体を灼きながら気功波は猛進する。
 バーダックは、必死に抗っていた。絶望的な状況に陥りながらも、まだ抗い続けていた。

 まだだ。まだ死んでたまるか。フリーザを倒すまで、未来をこの手で変えるまで。死んでたまるものか。

 それは執念だった。魂の底から引き出される精神の力だった。
 宇宙空間にまで吹き飛ばされながら、強大な気功波に身を灼かれながら、それでもまだ消滅せんと踏ん張り、生き残ろうと画策していたのだ。
 全身から金色のオーラが迸る。金髪を逆立てて、額に巻いた深紅のバンダナに込めた誓いを胸に、パワーを発揮していく。

 まだ終わりではない。これさえ、これさえどうにかすれば、自分の勝ちなのだ。

 バーダックは足掻く。足掻き続ける。
 勝つために、仇を討つために、未来を………運命を変えるために。
 しかし、それらは全て無意味な行動であった。

 もうすでに、バーダックの命運は尽きていた。

 バーダックはふと、己の身体をチリチリと焦がす熱の存在に気付く。
 それは、目の前で必死に抑えようとしている気功波ではない。別の方角、自身の背後から発せられているものであった。
 背後へと振り向き視線をやる。そしてバーダックは、驚愕に呑まれた。

 暗黒の宇宙空間にあって、その存在感を翳ることなく示す、生命の恵みをもたらす偉大なる光輝きし球体。
 膨大な熱量を持ち、常に反応を続けて遠き星々にまで、その光を伝える星々の中心。

 恒星、太陽。

 それがバーダックのすぐ背後に、存在していた。
 流される気功波の軌道上に、バーダックの行き着く先に、それは丁度重なっていた。

 避けるだけの暇はない。
 バーダックは気功波に流されるままに成す術もなく、太陽の中へと突っ込んだ。
 灼熱の炎が、バーダックの身を包みこんだ。

 「ぎぁああああァァーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!」

 燃える。身体が燃えていく。
 全身に残された“気”を励起させ纏うも、荒れ狂う太陽の猛威が身に纏った“気”を切り裂き、引き裂き、その灼熱の業炎を余すことなくバーダックへと叩き付けていく。
 そして業炎によって引き裂かれた“気”の守りを、その隙間を縫って、前から襲いかかる気功波が蹂躙していく。

 太陽は、巨大な“気”の塊である。
 常に埒外の保有する“気”を元に常識外のオーラリアクト現象を継続させ、莫大な熱と共にその身に“気”を渦巻き、循環せている。
 それはさながら“気”のミキサー如き様相を成し、触れようものならばいかなる強固且つ膨大な“気”を持った戦士であろうとも区別なく、平等に破滅をもたらした。

 そしてそれは、伝説に語られし超サイヤ人とて例外ではない。

 戦闘服が弾け飛ぶ。
 身に付けている装束らが、バーダックを包み込み襲いかかる暴威に耐え切れず、消滅していく。
 もはや、バーダックに逆転の目も、生存の手も一切残されてはいなかった。
 太陽の、乱気流となり荒れ狂う莫大な“気”が、バーダックの守りを剥ぎ取っていく。業炎が身体を灼き、気功波が消滅させていく。
 叫ぶだけの力すらなく、抵抗すら許されず、バーダックは滅殺への道を辿っていた。

 その、刹那。
 完全なる終わりの最中。

 バーダックは、消えていく視界の中に、ふと、夢を見た。








 ふと、バーダックは自分が見知らぬ場所に一人浮かんでいることに、気が付いた。
 そこは奇妙な空間だった。
 白い空間に黒い斑点が存在する、奇怪な斑模様をした空間が存在していた。
 宇宙なのか? それとも全く異なる亜空間なのか?
 なんにせよ、唐突でしかも全く関連性のない、夢としか言いようのない状況だった。

 ―――なんだ、いったいどうなってやがる? ここはどこだ?

 困惑しながら、周囲を見渡す。
 その脇を、何かが急に通り過ぎて行った。

 ―――なんだ!?

 正体不明の物体は凄まじい速度で通過し、そしてバーダックの視線の先で、爆散して散った。
 改めてバーダックが周囲を見渡すと、状況が一変していた。
 その信じられぬ光景に、見たことのない光景に、バーダックは瞠目する。


 そこには虎がいた。魔獣がいた。竜がいた。幾千万幾千億の、数え切れぬ仏僧たちがいた。

 進化する意思持つエネルギーに率いられた、機械の化け物たちの軍団がいた。

 光の国から来た宇宙の平和を守る巨人たちが、何十万人といた。

 憎悪の空より来たりし最弱無敵なる、二体の魔を断つ剣がいた。

 世界を調律する、機械仕掛けの二体の神がいた。

 蝶の羽を持った、数百万体の機械人形がいた。

 宇宙の再生と破壊を行う、勇者の存在にて覚醒する伝説の騎士がいた。

 並行世界の番人たる、負の無限力を力とする虚空よりの使者がいた。

 勇気の究極なる姿であり、最強の破壊神たる勇者王がいた。

 高次元領域に触れ、神と対等となりし接触者を乗せる白き機体がいた。

 果てなく天を目指す螺旋の意思を持った、銀河を越える巨大なる鬼神がいた。

 星をも壊す英雄の種族を宿した、五人の契約者たちがいた。

 世界を越える、全ての破壊者たるライダーがいた。

 冥府の王とならんとした者が作り上げた、天の力を持ちし八卦の一体がいた。

 創聖の力を発揮する、太陽の翼を持ちし機械天使がいた。

 運命すらも跳ね除ける、常識を完全に無視し存在するヒーローたちがいた。


 数多くの尋常ならざる力を持った者たちが、そこに存在していた。
 バーダックはその目で、しかとそれを目撃していた。

 ―――これはなんだ!? 何が起こっている!?

 戦っていた。
 目の前にいる彼らは、皆が皆戦っていた。
 強大でバーダックがこれまで見たことのないような力を振るいながら、しかし。彼らは苦戦していた。
 戦っている相手は、さらに強大な、巨大な、信じられぬ存在であった。

 「ナイトウォッチ大隊壊滅!! 反応途絶、残存機ありません!!」

 「デッドコピー・ターン部隊、次々とオーバーロードしていきますッ!! 駄目です!? 浸食が全然止まりません!! ああ、もう嫌だ!!」

 「くそッ! そこの役立たずを誰か摘まみ出せ!! ラ=グースはどうした!? ラ=グースをとっとと奴にぶつけてやれ!! それが計画だっただろうがッ!!」

 「奴ならもうとっくに呑み込まれたッ!! 計画なんぞはとうの昔に失敗してるんだよ!!」

 「なんだとッ!?」

 「あああああああッ! もうダメだ!! お終いだ!! 逃げよう!? 早くもっと別の世界に逃げよう!! 奴の相手なんか出来る訳ないんだ!! とっとと関係のない別の世界へ逃げ込めばいいじゃないか!? 死にたくない、俺は死にたくないィィイイ!!!!」

 「黙れこの馬鹿野郎がッ!! もう逃げ場所なんか何処にもないんだ!! トリッパーがもう何人も奴に取り込まれてるんだ、トリップ・システムは奴にも自由に使える様になってるんだよ!! ここで奴を倒さなにゃ、何処の世界逃げようが全部まとめて終わりになるんだ!! 分かったんなら元の席に戻って仕事をしろ!!」

 嘆きの叫びが聞こえていた。狂騒に満ちながら必死に指揮を取っている者たちの姿を、バーダックは見ていた。
 ここが何処なのか、今が何時なのか。もはやまともな時空間的感覚を無視し、バーダックはあらゆるものを見ていた。

 ―――なんだ、何なんだいったい!?

 目の前の空間に、その敵がいた。
 白と黒の斑模様を描く、奇怪で奇妙な空間。その大部分を塗り潰すようにして、それは存在していた。
 生き物なのか。そもそもモノなのか。見ていてそんな疑問を抱かせるそれは、バーダックの見渡せる範囲の空間全てを塗り潰して存在していた。
 巨大だ。余りにも巨大すぎた。
 銀河を越える鬼神の存在すら、それに比べたら芥に過ぎないほど巨大であった。
 まさしくそれは、無限大時空の大きさを誇っている存在であった。

 それに立ち向かう者たちの姿の、なんと、か弱きことか。
 宇宙を破壊する力すら、それの前では赤子にすら及ばない脆弱さであった。
 それは勝ち目などない戦いであった。超サイヤ人になる前であったバーダックとフリーザ、その両者の関係以上のどうしようもない隔たりが、そこにはあった。
 それでも、しかし。彼らは戦いを止める気配を見せなかった。背を向け逃げる気配を見せなかった。

 何故戦う? 何故立ち向かえる?

 絶望しかないその戦いに挑む者たちを見て、バーダックの胸にそんな思いが渦巻く。
 譲れぬものがあるのか。退けぬ理由があるのか。彼らの戦う後ろに、その理由があるのか。
 バーダックはそう思い、ふと、後ろを振り返った。

 その瞬間、誰かがバーダックの隣を通り過ぎた。

 バーダックが後ろへと振り向く動作と重なり、丁度視界の死角を通って、その者は通り過ぎた。
 その者はバーダックと同じぐらいの背丈をしており、同じようにがっしりとした、筋肉質な身体をしていた。

 ―――!?

 慌てながら、その姿を追ってまた反転する。
 そこに、その男の後ろ姿があった。バーダックと同じぐらいの背丈をした男。
 青い色を基調とした胴着を纏い、ツンツンと特徴だった黒髪をしており、その腰からは茶色い、毛の生えた尾が伸びていた。

 ―――お、お前………は……………!?

 手が、その背に伸びる。
 バーダックの声が届いたのか、敵へと向かい進んでいた男の動きが止まる。
 ゆっくりと、やけにスローな動きで男が振り返る。男の顔が、バーダックの目にさらされようとする。
 バーダックの口が、男の名を呼んだ。








 「カ…………カ…………ロ………………………ト……………………………」

 夢は、覚めた。
 バーダックの目の前から奇妙な光景は消え去り、男の姿も溶けてなくなった。
 紅蓮の炎が視界を埋め、全身を焼き尽くそうと蹂躙している。
 バーダックの身からは、もう金色のオーラは消えていた。髪も元の黒髪へと戻り、瞳も碧から黒へとなっている。
 超サイヤ人でいられなくなり、そして一層激しさを増した気功波と太陽の暴虐が、身体を滅ぼしていた。

 「へ………へへ……………」

 塵一つ残さず消えようとする中、バーダックはうっすらと笑った。
 最後まで残っていた深紅のバンダナが、熱に包まれ炎となる。
 それでもなお、彼は笑っていた。

 最後に見た、夢。
 ただそれを、その内容を思い返し、粛々とした奇妙な心境に包まれながら。

 「カ………………ト……………よー……………い………………………」

 そうして彼は、ただ笑って太陽の中に、散っていった。








 太陽が僅かな閃光を発し、そして元の様子へと戻る。
 それを、全身から血を流しながらフリーザは見届けていた。

 「ぜぇ………ぜぇ………ぜぇ………ぜぇ………ぜぇ………………………は、ハハハ………………やった、ぞ」

 笑い声が、ふつふつ込み上げて来ていた。
 全身に走る苦痛と疲労の極みに、しかし構うことなくフリーザは腕を振り上げ、全身で喜びの感情を表す。
 叫ぶ。それは勝鬨の声。勝者に許された権利であった。

 「勝ったッ! このオレの勝ちだ!! ハハハハッ!! やったぞォーーー!! 超サイヤ人、貴様をこのオレが、このフリーザの手で葬ってやったのだッ!! ざまあみやがれェーーー!! これでこのオレが名実ともに宇宙最強の存在となったのだ!! 見たか、これがこのフリーザの力だアーーーー!!!!」

 惑星ベジータの空に、フリーザの声が響く。

 超サイヤ人の、敗北であった。








 ―――あとがき。

 感想くれた人たちベリサンキューっぜ! 私の心はヒートでマックス!

 疲れました。
 次回更新でもう終わらせます。

 感想と批評待ってマース。




[5944] 最終話 リキュー
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/09/20 10:01

 「ま、負けた? ば、バーダックがか?」

 「嘘だろ………あいつは、あいつは超サイヤ人じゃなかったのか!?」

 ざわりざわりと、騒ぎが広がる。
 超速の戦いの決着が着けられ、勝者が明るみになるにつれて、動揺と絶望が観衆の中に広がっていた。
 当然であった。
 超サイヤ人の敗北はフリーザの勝利を意味し、そしてそれはそのまま自分たちの破滅にも繋がるのだ。
 戦いが終わり、現実へと意識の焦点が戻り始めた皆の精神に、否応なく危機感が高まり始めていた。

 逃げる、という選択肢が浮かんだ。
 しかしそれを実行する前に、一人のサイヤ人が放った言葉が行動の指針を変えた。

 「いや、見てみろ。あのフリーザの様子を! 見たところボロボロだ、へとへとの死にかけた状態だぜ!? 今なら、俺たちの手で奴を倒すことが出来るんじゃねえか!?」

 「なに?」

 その言葉に今気が付いたように目を剥き、逃げようと後ずさり始めていた者たちがフリーザを注視する。
 確かに。その言葉は偽りではない、真のことであった。
 皆の視線の先にいる、ふらりと宙から地面に着地したフリーザは、目に見えて分かるほど荒い呼吸をし、全身からはその白い肌を塗り替えるほどの血が流れている。
 明らかに重傷だった。それこそ、早く治療ポッドに入り治療を受ける必要があるほどのレベルの。

 ごくりと、唾を飲み込む音が響いた。恐れしか浮かんでいなかったサイヤ人たちの心の間に、欲が生まれていた。
 フリーザを、この手で倒す。自分たちの上で踏ん反り返っていた、あの宇宙の帝王を、この手で。
 その普段ならば妄想と片付けるしかない考えを、妄想ゆえに甘く美味いその考えを、現実に手の届く範囲で、実行に移すことが出来る。
 あまりにも心を惹く、その魅惑。
 欲が、心を静かに、だが確実に焚き付け、熱く燃やし始めていた。

 「へ、へへ………」

 一歩、一人のサイヤ人の男が踏み出していた。心に宿った魅惑的な欲に惹かれるまま、男はそろりそろりと、だがすぐに力強く歩き始めた。
 その男だけではない。
 男が最初の一歩を踏み始めるのに合わせ、皆が合図を切ったかのように動き始めていた。
 獲物を狙うハイエナの如き目をしながら、サイヤ人たちがフリーザの元へと近付いていく。

 やがて、十分な間合い。彼らにしてみれば一足で詰めることのできるほどの距離を置き、足が止まる。
 一拍の間が置かれる。その静寂は、ほんの少しの間だけのこと。
 次の瞬間、先頭切ってサイヤ人の男が飛びかかっていた。

 「はァーーーッッ!!」

 「なに!?」

 その存在に今気が付いたかのように、フリーザが驚きながら男へと振り向く。
 無防備なその姿。その顔面に、男のパンチが打ち込まれた。
 その不意打ちにフリーザの身体は抵抗できず、派手に大きく吹き飛ばされる。

 「っきィ!」

 気を持ち直し、ふわりと回転し地面に着地するフリーザ。
 顔を向け、その時ようやく、自身を囲んでいるサイヤ人たちの存在に彼は気が付いた。

 「下等生物どもが………性懲りもなく、まだ近くをうろちょろしてやがったのか」

 「へっへっへ…………そんな大口が叩けるのかよ、フリーザ様よォ? 見たところ、随分とズタボロな有様じゃねえか」

 「今まで随分と扱き使ってきてくれたが、それももうお終いだ。これからは俺達サイヤ人の天下だ。あんたを殺し、俺たちがこの全宇宙を支配してやるよ!」

 ニヤニヤと笑いながら、サイヤ人たちはフリーザを見下していた。最大の好機を前にして、心が躍っていた。
 サイヤ人は反骨心を秘めた種族である。従わなくていい理由が出来れば、容易く下剋上を狙う様になる。
 フリーザという絶対者が今自分たちの前で傷付き膝を着いている状況というのは、まさしく二度ということのない格好のチャンスであった。
 見逃す手は、ない。

 「くらえェーーーーーー!!!!」

 その叫びが合図となり、一斉にエネルギー波が放たれた。
 四方八方から、フリーザ目がけて雪崩の如くエネルギー波が降り注いでいく。
 それをするのはサイヤ人ばかりではない。フリーザ軍傘下の兵士たちもまた参加し、共に攻撃を仕掛けている。
 どさくさに紛れての行動。何もサイヤ人ばかりが手柄を得ようと突き動かされている訳ではない。自分たちもまた甘い汁を吸おうと、意地汚く行動するものは腐るほどいた。
 フリーザの姿が光と爆煙の中へと消えていく。それでも留まることなく攻撃は続けられ、さらなる閃光と土煙が上がっていく。
 やがて、攻撃が止む。かれこれ、一分ほどの時間が経過していただろうか。
 クレーターが出来るほどの攻撃を浴びせられ、巻き上がった粉塵がフリーザの姿を覆い隠していた。

 「はぁ、はぁ、はぁ…………どうだ? 流石にこれだけ攻撃を集中されりゃ、死んだだろう」

 「アッハッハッハ、これでこの宇宙は俺達、サイヤ人のものって訳だ!」

 「あっけねえな、フリーザの奴も。これが宇宙の帝王だったとはな。がははッ!」

 勝利を確信したサイヤ人たちの笑い声が響く。
 今の今まで自分たちを支配していた、傲慢で強大な独裁者を打倒したという喜びが、彼らに甘露な夢を与えていた。
 これでまた、自分たちの時代が始まるのだと。好きに戦い好きに食う、自由気ままに争い愉しむ愉快な日々が来るのだという。

 最も、所詮それは実現しようのない、都合が良すぎる妄想だということに、すぐに気付かされるのだが。

 「ハハハハ、は………は?」

 笑い声が、止まった。
 一人のサイヤ人が声を失って固まり、釣られてその視線の行く先に目をやった仲間の一人もまた、動きが止まる。
 風に流され、視界を覆い隠していた粉塵のカーテンが取り払われる。

 そこに、全く変わった様子もなく、フリーザが存在していた。

 薙ぎ払われクレーターが出来るほど地面が抉れている中、それの立つ場所の部分だけ円柱状に破壊が免れていた。
 全身から血が流れ満身創痍な様相を晒しているが、それは攻撃を受ける前からのこと。
 あれほどのエネルギー波の一斉攻撃をまともに受けていながら、それでフリーザが新たに傷付いた様子は一切なかったのだ。

 「そ、そんな馬鹿な………あれだけの攻撃を受けて、し、しかもそんなボロボロな身体なのに!? な、何で!?」

 「舐めるなよ、虫けらどもがァ!」

 フリーザが怒りを迸らせながら一喝し、腕を叩きつける様に突き出す。
 腕から気功波が瞬時に放たれ、真っ直ぐに伸びるそれは、棒立つ愚かな数人のサイヤ人を呆気なく呑み込み消滅させて、大地に破壊の溝を刻んでいった。
 爆裂が生じ、爆風がその場にいる皆を撫で払う。

 「ひ、ヒィ!? うあ、うあぁああああああああああ!?!?」

 一人が逃げ出した。それをただフリーザは一瞥し、即座に撃ち落とす。
 爆発し混乱しそうになった場が、一気に静まり返った。
 動けば死ぬ。
 皆が脳裏に、その冷酷なる現実が刻み込まれていた。

 「確かにダメージは深い………だが、貴様らゴミどもを消し潰す程度はわけはないぞ!!」

 それは痩せ我慢でも誇張でもない、純然たる事実であった。
 確かにフリーザの消耗は激しい。全身に負った傷はかつてなく重傷であり、フルパワーを使った反動で余すところなくボロボロであった。疲労など極みの極限にまで達し、今にも気を失いそうになってしまう程深刻である。
 もはや、現状ではMAXパワーの半分。50%ほどの実力が出せればいいところなのが、フリーザの現状であった。
 だがしかし、それでも50%である。
 全盛から見れば見る影もないほど落ちぶれてしまってはいるが、それでもまだ50%程度の余力は残っているのだ。

 それだけの力があれば、たかが目の前に並ぶハイエナの如きゴミの性分を持った有象無象どもなど、軽く消し炭にできた。

 「サイヤ人どもが………もう絶対に貴様らの存在など許しはせんぞ? 皆殺しだッ、一人たりとて生かしておくものか!! この宇宙から完全に消し去ってやるッ!!」

 腕を広げ“気”を抜き放った。
 宣言通り実行するとでも言うのか、強烈な爆発が発生し群衆をまとめて吹き飛ばす。
 フリーザの手によって行われる嵐の如き猛威は留まるところを知らず、さらなる苛烈さを増して一人一人を確実に滅殺せんと振るわれていった。

 事ここに至り、全員が悟った。動かなくても殺される、と。

 硬直が解かれ、狂騒が場を埋め尽くした。
 我先にと逃げ出す者、あるいは無駄と分かっていながら立ち向かっていく者、何も出来ず足を止めたまま慌てふためき、そしてそのまま死んでいく者。
 その場にいる者たちは皆が皆、生き残ろうとそれぞれ足掻き始めた。醜く見えるほど、ただ生に執着した行動を取っていた。

 しかし、フリーザはそれを見逃さない。許さない。

 立ち向かう者も逃げる者も立ち止まっている者も、平等に死を与えぶち殺していく。
 サイヤ人は殺す。サイヤ人以外であろうとも殺す。
 もはや誰一人とて、フリーザは見逃す気がなかった。全てを抹殺し、そして無に帰すことを考えていた。

 フリーザが一際強力な気功弾を形成し、撃ち放つ。
 それは緩慢な速度で、しかしその実かなりの高スピードで飛来し、逃げ去ろうとする集団の中心に着弾し、大爆発。巨大なキノコ雲を上げ、そのあまりの威力は地殻を吹き飛ばし、瞬間的な大地震を惑星ベジータに発生させた。
 凄まじい大破壊を引き起こしたのにもフリーザは頓着せず、次々と狙い撃ち、殴り砕き、踏み潰し、命の駆除を行っていく。

 星の終わりが、足音を立てて近付き始めていた。








 遠くから、腹に響く重い音が響いていた。
 暗闇に包まれた狭い空間であるそこで、まるでその音に目覚めさせられるかのように身動ぎ、動き出す人の姿があった。
 その者はサイヤ人だった。普通のサイヤ人たちは装束の異なる、王の傍で文官として働いていた、エリートの階級に属する男であった。
 男はピクリピクリと震えたかと思うと、苦悶の声を洩らしながら必死に面を上げ、動き始めた。

 男の倒れている場所は、薄汚く狭い、本来ならば人が立ち入ることもない、廃棄物処理区画であった。
 何故、男がそこにいるのか?
 それはひとえに、男が廃棄物―――ゴミとして、その場に捨て去られたからに過ぎない。

 男の名は、パラガス。
 ベジータ王がフリーザに対して反逆を決起する前に、その意に反する者として危険視され、そして処刑された男である。
 彼はベジータ王の手によってその命が断たれた後、後始末を任された側近たちの手により、無造作にこの場所へと捨て去られていたのであった。

 命を絶たれた筈のパラガスが、何故生きているのか?
 それはサイヤ人という種族の持つ、強大な生命力ゆえのことであった。
 彼は廃棄物として破棄された後、その強大な生命力によって停止した心臓を動かさせ、奇跡的に蘇生を果たしたのだ。
 これは原作において、孫悟空がピッコロ大魔王と戦った時に起きたものと同じ現象であった。
 悟空はピッコロ大魔王との戦いに敗れ、確かにその心臓が停止したことを確認されたが、その後に数分のタイムラグを置いて自律的な蘇生を果たしていた。
 これはいわば、一種の擬態死とも言えた。高度な“死んだふり”を行うことによって、真の命の危機を回避したのである。

 とはいえども、幾ら“死んだふり”とはいえ、実際に紛れもなく心臓が停止し、死んでいたことには違いない。
 息絶え絶えとした様子を見せながら、パラガスは必死の体で瀕死の身体を引き摺り、汚い汚物の重なった地面を這って進む。
 何処へ向かっているのか。
 パラガスの進む先。そのほんの数m先に、その答えがあった。

 「ぶ………ブロ、リー………」

 そこには赤子がいた。
 尾を生やした、特徴的な長い黒髪をした、生後間もない小さな赤子が、そこにいた。
 赤子は重体だった。パラガスと同じく、その胸は短剣によって付けられた傷跡が痛々しく残り、しとしとと血を流していた。
 生まれながらにして1万もの戦闘力を持っていた、信じ難い赤子。それがブロリーであった。育てば将来、必ずしや絶大な栄光をもたらすだろうとパラガスに目された、凄まじい存在が彼であった。
 だが、しかし。その存在は野心溢れるベジータ王にしてみれば、自身の王位を妨げかねない存在でしかなかった。
 ゆえにブロリーは、幼い身でありながら抹殺された。その小さい身体を短剣で突かれ、逆らった父共々奈落の底に葬り去られていたのだ。

 予想外であったのは、そのブロリーもまた父と同じように蘇生し、生き延びていたことか。
 その内在する脅威的な生命力は、自身に付けられた短剣による致命傷を、もうその大部分を塞いでしまっているほどであった。
 しかし、いくら凄まじい潜在能力を秘めているとはいえ、やはりまだ子供。
 傷による消耗は極度の衰弱をブロリーにもたらし、その息は今にも止まりそうなほど弱まっていた。

 その手を握ろうと、パラガスが必死に手を伸ばす。
 親子の情が薄いサイヤ人でありながら、相反するように取っているその行動。それははたして如何なる感情に基づくものなのか。
 愛情なのか、はたまた全く別種の、利己的なものに連なる感情からなのか。
 それは分からなかった。だがしかし、確かなことは今、パラガスは死に瀕している己が息子に対して、必死に手を伸ばそうと足掻いているのだということだけであった。

 四苦八苦の、苦しみの末に伸ばされたパラガスの手が、ようやくブロリーのその手に、届いた。
 力の入らない指になけなしのパワーを込めて、そっと掴む。
 ブロリーの浅く早かった呼吸が、僅かに緩み楽になった。

 「ブロリー、よ…………」

 それを見て、ただパラガスはブロリーの名を呟く。
 もう、彼に出来ることは何も残されてはいなかった。何かが出来るだけの力も残っていなかった。
 このまま死を待つだけが、汚く暗い廃棄物処理区画にいる親子に残された道だった。

 が……しかし、その道は塗り替えられる。
 数奇なる運命の巡りが、親子を生かす道へと誘った。

 一際大きな激震が襲った。
 巨大な震動が山を作るゴミを揺らし、轟音が破滅的なイメージを親子の元へと叩きつける。
 それはフリーザの放った破壊目的の気功弾が、すぐ近くに着弾したものだった。
 外壁が呆気なく破れ、外から破壊の閃光が薄暗い区画の中を照らす。

 その、激震が。震動が、轟音が、光が。
 ブロリーの目を、開かせた。

 「ふぇぁ…………ああぁぁ………………」

 声が漏れる、ブロリーの口から、まだ生まれて間もない幼子の口から、声が。
 それは泣き声か? 歳を考えれば珍しくとも何ともない、極々当たり前のことだった。
 ―――否。それは泣き声ではなかった。
 歳を考えれば不思議でも何でもない、むしろ泣かないことの方、そっちの方こそが不自然なそれ。幼い赤子に許された、唯一のコミュニケーション方法。
 だがしかし、赤子の、ブロリーの口から放たれた声は、決して泣き声ではなかった。

 「あああッ!! ああああァーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」

 「おお………おおお……………!?」

 それは咆哮だった。
 呆然とした様子のまま、パラガスはそれを見た。
 幼い筈の赤子が、まだ己の力のコントロールはおろか、そもそも立つことも言葉を介すことすらない筈の、そんな歳の赤子が、己が強さを誇示する咆哮を放つ様を。
 自身に迫る破滅の足音を認めぬと、それを掻き消すだけのあらん限りの咆哮を、世界すらひれ伏させ破壊し尽くすのだという凶悪な意志の発露を。

 「あああああッッ!! ああッッ! あああああァーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 ブロリーの髪が、逆立ち金に輝いた。金色のオーラが迸り、その瞳から瞳孔の輝きが消え去る。膨大な埒外のパワーが、幼子の身体を中心に発露されていた。
 ふわりと、身体が浮いた。パラガスの気付かぬ間に、何時の間にやら強力且つ強固なバリアーが球状に展開されていた。
 バリヤーは、使うのには膨大なエネルギーと特別なコツを求められる、サイヤ人の中でも使う者がほとんどいない技だった。それをこんなまだ幼い赤子が、しかもこれほど強力なものを展開しているという現実に、パラガスは場違いな驚嘆を抱き目を開く。
 ふと気付けば、ブロリーの小さな手に、パラガスの手が強く握り締められていた。パラガスが掴んでいた筈のその手が、逆に今ではブロリーの方から握り込まれていたのだ。

 展開された強固なバリヤーが、次々と崩れ去り落ちてくる瓦礫類を弾いていく。
 そして、二人の姿が消える。目にもとまらぬ超スピードでバリヤーを纏ったまま、二人は障害物を無視し上昇した。
 フリーザの振るう破壊行為の中に紛れ、天井を破壊し堆積する土壌部分も一気に貫いて、そのままさらなる加速を行って惑星ベジータの重力圏すら突破し、宇宙へと飛び出る。

 一秒とかけずして大気圏すら突破した彼らは、そのまま超々光速の世界へと突入する。
 はたして、その行き着く先はいったいどこなのか。

 親子二人は、誰にも知られることなく静かに、ひっそりと、宇宙の果てを目指し惑星ベジータを脱出したのであった。








 激震が轟く。
 ただ音だけではない、物理的にも大地が震え、その震えの伝わりを感じ取っていた。
 五感が刺激され、リキューの意識は緩やかに覚醒に向かって動き始めた。

 「う………あ…………う………………?」

 けぷと息が吐き出され、とくりとくりと心臓が動き始めた。
 心臓が動き出すとともに、身体中に付けられた大小様々な傷口から血が流れ始めた。
 ぼんやりとしたまま、半ば夢心地の心境のまま、リキューは開いた瞳を右往左往させ、彷徨わせる。

 自分はどうやら、すり鉢状に抉られた場所に。さながら、クレーターとも称するべきかのような場所の、その最も深く中心に位置する場所に、寝ているらしかった。
 身体を動かそうと身動ぎするが、しかしほんの少し動かそうとしただけにもかかわらず、まるで鉛かのように指先一つが重く、動かすのが億劫だった。
 痛みは、なかった。感覚が麻痺しているのか。
 リキューは夢心地な心境のまま、まるでフワフワとした感覚のままに現実を見ていた。

 出来れば、このまま寝ていたい。リキューはそう思った。身体の億劫さが、その思いにより拍車をかけていた。
 しかし、リキューはそう思いながらしかし、自分自身のその思いを自分で裏切る様に、動き始めた。
 動かなければならない。そう心を突き動かす、無意識の深層からの訴えがあったのだ。

 反応の鈍い、全てが重く節々の動きに支障のある身体を、その一動作に多大な時間を払いながら動かしていく。
 ようやく身を起こし、手を付いて足を立てようとしたした時、がくりとリキューはバランスを崩した。
 着こうと思った右手が予想外に宙を泳いでしまい、そのままぐしゃりと顔から地面に倒れる。
 なんだ、と呆けたまま、リキューは己の右手をその目で確認した。

 右手が、なくなっていた。
 つい先ほどまであった筈の、その手首から先が見事に消え果ててしまっていたのだ。
 丁度重力コントローラーを巻いていた辺りの部分から綺麗さっぱり吹き飛ばされており、僅かに黒ずみ炭化した傷跡が、幸いにも出血をさせず傷口を覆っている状態であった。
 道理でと、呆けたままの思考で納得がいく。着こうとする手がないのだ、バランスが崩れる筈だった。

 納得し、今度は右手のことを注意に入れながら立ち上がる。
 今まであったものがないというのは、思った以上の手間をリキューに与えた。ふらふらと身体がただ立つだけでふらつき、全然しっかりとしない。
 改めて見てみると、バトルジャケットがほとんど全て消し飛んでいて、上半身の大半が露出された状態であった。慎みのない、下品な姿である。場違いにそう考えた。
 さてと、リキューはよろりよろりと右に揺れ、左に揺れ、今にも倒れそうな雰囲気を常に発しながら歩き出した。
 傾斜のある坂を登り、ふうふうと言いながらクレーターの底から這い上がっていく。
 やがて少なくない時間をかけ、ようやくリキューは地の底から地上へと、出て来れた。

 遠くで強く重い音が響いていた。大地も合わせる様に震え、その揺れをリキューの元まで伝えてきている。
 時折鋭い閃光も走る中、リキューはふらりふらりとした足取りのまままた歩き始めた。
 何処へ向かっているのか。それはリキュー本人にすら分かっていなかった。夢心地な曖昧な意識のまま、ただ心が突き動かすままに歩いていた。
 目的地など思い付く筈もないのに、ただ動かなければならないという欲求だけが、リキューの心にあったのだ。

 轟音が響く。地が震える。その度に体勢を危うそうに崩しながら、ふらりふらりとリキューは歩く。
 まるで、何かを探しているかのように。
 人気が皆無の、目に付くビルというビルのほとんどが倒壊し、崩壊した町並みの中を、夢遊病者のように歩き回る。
 何故、という疑問が浮かんだ。何故自分はこんなところを歩いているのか、という疑問が。
 リキューの意識が、徐々に夢から現実へと戻り始めていた。まるで幻想の世界から眺めていた視点が、色を付け現実という重みを背負い始める。
 それに伴い、リキューの身体から億劫さは消えてゆき、代わりにただひたすら苦しい鈍重さと激痛が、身を覆い始めてくる。

 もう、止まろうか。

 戻り始めた理性が、苦痛を訴える身体の求めに従って、歩みを止めようとしていた。
 そうして、最後に惰性で巨大な瓦礫の隣を通り抜け、角を曲がったその時。

 目に入ったその光景に、リキューの瞳孔が拡大し、息が止まった。

 「あ―――――――――」

 破壊の跡が目の前にはあった。
 道路の真ん中に唐突に、長大に地に刻まれた底深い穴が、その地の底を覗かせない程の深さをリキューへと晒していた。
 その穴の、すぐ近く。
 そこに無残な、無残にも程がある亡骸が、二つ。存在していた。
 その亡骸の名を、存在を、リキューは知っていた。

 「う――――あ――――――あ―――――――――」

 片方の亡骸は男であった。体格の良い、筋骨隆々とした男であった。男は全身をずたずたに引き裂かれ、骨を打ち砕かれ、肉を潰され、見るも無残な有様となって、白眼を剥き完全に絶命していた。
 もう片方の亡骸は、さらに悲惨な様相であった。死因は焼死だろう。全身が焼き爛れ、その姿は正視するのに耐えられないほどであった。元は女であっただろうに、見る影もなかった。
 その男をリキューは知っていた。その女をリキューは知っていた。何故ならば、男はリキューの身内だったからだ。女はリキューの身内だったからだ。
 否、否、否。それよりも何よりも、リキューは知っていて当然だった。何せ、リキューはその二人が死んだとき、殺されたときのその姿を、殺した者の姿を、見ていたのだから。

 止めようとしていた身体を、激痛を無視して動かす。よろめきながら、ふらつきながら、二つの亡骸の元へとリキューは近付いていく。
 声を出そうとして、失敗していた。喉元がまるで引き攣った様に動かず、しゃっくりみたいな音だけが漏れていた。
 感情の波が、心の奥底から溢れて来ていた。それはいったい何の感情か。
 怒りか? 憎しみか? 憐れみか? それともそれとも、恐怖か嫌悪か絶望か?
 違う。どれもこれも違う。リキューを襲っている感情。溢れだそうとする巨大な波。それは、そんな今まで経験してきた感情などではない。

 声ならぬ音が漏れる。喉が震える。心が苦しみ、頭が真っ白に染まっていく。
 怒りなぞではない。憎しみなぞではない。そんな利己的な、自助的なものではない。
 ようやく、ただようやくして、リキューは震える喉から言葉を絞り出せた。


 「お、とう―――さん――――――――――おかぁ、さん―――――――――――――」


 頬を、一筋の滴が伝った。
 溢れだそうとしていた感情が、爆発した。

 「うぁああああああああああァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!!!!!」

 膝を着き、腕を地面に叩きつけた。地が粉砕され、直接地に打ち付けられた炭化した傷口が激痛を発するも、それに気を割くだけの余裕もない。
 まるでそれは懺悔するかのような格好だった。誰に向けるかも知らないが、土下座しているかのような格好であった。
 声が、ただ壊れた蛇口のように口から駄々漏れ状態となっていた。

 それは嘆きだ。
 後悔に蝕まれた者が発する叫びだった。
 無力に支配された者の叫びだった。
 怒りでも憎しみでもない、哀しみという感情が発する、見栄もない醜くだらしのない、無様な泣き声だった。

 リキューの泣き声が、天まで響いた。
 頬を伝う滴が、涙が、滝のように流れて地に落ちていった。
 後悔が、無力が、これまでの自分の行いが、そのそれら全てを包括し頭の中に乱舞させながら、ただただリキューは哀しさに咽び泣いた。

 ―――そして、その身体を金色の光が包み込んだ。

 地に頭を伏せて泣き続けるリキューの身体から、金色のオーラが立ち昇る。
 ツンツンとした特徴的なその黒髪が、天を向いて逆立ち、金色となって輝き始める。
 滂沱の涙を流し続ける焦点失ったその瞳が、碧眼の瞳へと色を変える。
 筋肉が鋼のように張り詰めて、今にも力を失いそうだった身体に活力が漲っていた。

 子供のように泣き続けるリキューは、哀しみに包まれ嘆いている中、超サイヤ人へと覚醒を果たしていた。

 超サイヤ人へと覚醒するために求められる、最後のきっかけ。
 いと激しい、感情の激化。それこそがサイヤ人の限界を突破し、超サイヤ人へと至らしめるスターター。
 だがそれを達成することは、単純に文字として表わすこと以上に困難であった。

 なぜならば、ただ単純に激しく怒るだけ、哀しむだけでは、絶対に超サイヤ人へと至ることは不可能だからだ。

 最後のきっかけ、覚醒のスターターとして求められる、感情の激化。
 それは本人にとって未経験の、未体験に属する領域での、深く激しい感情の揺れ幅を求められる代物だからである。
 怒りっぽい人間が、怒りで超サイヤ人へと至るのは不可能なのだ。なぜならば、この場合本人にとって“怒り”という感情は、決して未知なるものではないからだ。

 激しやすい人間では、憎しみで覚醒することは出来ない。
 悲しみやすい人間では、悲しみで覚醒することは出来ない。
 戦いを嫌い厭う者が、殺意を纏い怒り狂うことで超サイヤ人に覚醒することが出来るのだ。
 勇猛果敢な恐れを知らぬ豪胆な者が、悲しみ涙に暮れることで、超サイヤ人に覚醒することが出来るのだ。

 そんな本人にとって、未知領域に属する感情こそが超サイヤ人への扉を開くのである。
 あるいは、雑念の混じらない純粋な人間ならばこれに当て嵌まらず、怒りで覚醒することが出来るかもしれない。雑念という異物の混じらない、ただただ真っ直ぐな感情の波が強きうねりとなって限界を打破する、覚醒のスターターとなるやもしれなかった。
 だがしかし、リキューは残念ながら純粋な人間ではなかった。様々な雑念が混じり、自らの意に沿わぬ出来事からは目を背け、逃げ続ける愚かな男であった。

 ゆえに、リキューは超サイヤ人になることが出来なかった。
 両親が己の目の前で殺されたのを見て、我を失う程怒り狂っても変身することは出来なかった。
 当然の帰結だった。リキューにとって怒りは見知らぬものではない。元々短気の気がある人間でもある。怒りで覚醒することなぞ出来る筈がなかった。

 ボロボロに敗れ果て、意識も退行しあやふやなまま見た、両親の亡骸。
 その改めて見せつけられた、自身のこれまでの行いの結果。自身の選択の結果。失わされた、今まで目を背けてきたものの重み。
 それを認め、初めて襲いかかってきた膨大なまでの哀しみの感情。激しい後悔の思い。無力への悲痛。

 それを以って、初めてリキューは超サイヤ人へと至れたのであった。

 声が、小さくなっていく。未だ咽びながら、しかしのっそりと、リキューは動き始めた。
 ゆっくりと長い時間をかけながら、徐々に徐々にと身体を伸ばし、そしてその両の足で立ち上がる。
 その動きに、その所作に、もう先程までの脆弱な気配は存在していなかった。頬を濡らす涙の痕をそのままに、その目はもう流れる滴の動きを止めていた。
 空虚な面持ちのまま、リキューは両の足でしっかりと大地を踏み締める。その碧の瞳を動かし、ただ二つの亡骸を見つめていた。

 ふと、リキューが何かに気が付いたように顔を動かす。
 顔を向けた方角では、今も変わらず轟音と激震、そして閃光が走っている。
 リキューの中の、止まっていた時が動き始めた。

 まだ、自分にはやるべきことが残っていた。やらなければいけないことが、あった。

 最後にと、リキューはそっと亡骸の姿をその瞳に収める。
 その顔を、その姿を、その最期を。一寸違わず、忘れることが決してないように、脳に焼き付けて。

 そうして、リキューはその場を後にした。








 暴虐を振るうフリーザの元へと、二人のサイヤ人が飛びかかっていった。
 すでに目に付く辺りに、他の生きている者たちの姿は残っていなかった。殺され消され、多くの者たちの命が失われていた。
 逃げる暇もないと判断した二人のサイヤ人は、互いに目配せし、無茶と分かっていながらもフリーザへと向かわざるをえなかった。

 「うぉおおおおおおッッッ!!! フリーザァーーーッッ!!!」

 「覚悟しやがれェーーーーーッッ!!」

 渾身のエネルギー波を放ちながら、拳を振り上げて二人のサイヤ人は突っ込んでいく。
 だがしかし、その程度がフリーザにとって、どれほどのものか。
 放たれたエネルギー波を呆気なく弾き飛ばすと、フリーザは軽く手を振るい、向かいかかってきた二人のサイヤ人の首を撥ね飛ばした。

 「バシレイッ、マッピンッ!?」

 容易く屠られた二人のサイヤ人を見て、残されていた女のサイヤ人が叫びを上げる。
 殺された二人の男と、残された女。彼ら三人は昔からの幼馴染であった。常にチームを組み、星の地上げなども行ってきた親しい仲であった。
 だがしかし、フリーザに狙われ、もはや他に手はないと判断した二人の男たちは、女を逃がすために自身らを捨て駒とし、特攻を仕掛けたのである。
 愛情があった訳ではない。三人の間にあったのは確かな深い友情であった。そうであるがゆえに、彼らは自分たちの間の唯一の女を生かすために、男として命をかけたのである。

 その結果は無残なものであった。
 男たちの死は一切の時間を稼げず一蹴され、フリーザは背後にいた女へとその視線を向ける。

 「っく、くそ! フリーザめッ! 舐めんじゃないよ………私がただで死んでやるものか、最期に目に物見せてやるッ!!」

 仲間が、親友たちが殺られても絶望に沈まず、女のサイヤ人は戦意を燃やしフリーザに相対する。
 もはや命を繋ごうとする思いはなかった。死の覚悟を決めて、ただ最期の力を振り絞って痛手を与えてやろうと、それだけを考え心構えていた。
 フリーザは虫を見る目で女を見ていた。それに女は気付くこともなく、地を蹴り特攻する。

 「はぁッ!!」

 後を考えぬ最大級のエネルギー弾が、女の掌の上に作り出される。
 勢いのままそれを女は叩きつけようとし、叫びを上げながら振り下ろそうとする。

 が、しかし。エネルギー弾が着弾する前に、その手首を女はフリーザに掴まれた。
 自身を上回る力で軽く捻られ、手があらぬ方向へと向けられる。無造作に込められた力に手首が悲鳴を上げ、エネルギー弾は見当違いの方向へと飛んでいった。
 膝を着き、抵抗を一切許されずねじ伏せられる。

 「ぐ、ぐぅううッ!!」

 「貴様程度が命をかけたところで、どうにかなるとでも思っていたのか。馬鹿な猿め」

 圧倒的な、絶対的な戦闘力の差を、たかが命をかけた程度で埋められるのならば苦労はない。
 女の行いを真実無駄であった。彼女のために命をかけた、仲間の男たちの行為と同じようにだ。
 フリーザは言葉を語るも面倒に、指を突き付ける。

 「死ね」

 「ッ、ちくしょう―――ッ!」

 何も出来ず、ただ迎えさせられる惨めな最期に、女は心底悔しがり歯を食いしばりながら目を閉じた。
 フリーザの指先に“気”が集まり、光が灯る。
 放たれる光は、女にいっそ慈悲深いと思わせるほど確実且つ瞬時に、その命を刈り取る筈であった。

 しかし、その光は何時まで経っても放たれることはなかった。

 代わり、女の耳に別の、それも予想外な音が入り込んで来た。
 それは苦悶に満ちた、悲痛な叫び。
 フリーザの声で、そのような叫びが上げられていた。

 「え―――?」

 死を覚悟していた女はその叫びに驚き、不意を打たれながら、目を開いて状況を確認する。
 そして視界に入ってきたその光景に、呆然とした。

 「がぁ、ハァ! ハァ! ハァ! ば、馬鹿な…………な、何故だ!? き、貴様が、何故貴様がいる!? ここにいる筈がない、確かにこのオレがこの手で、貴様は倒した筈だ!?」

 フリーザが、恐怖に慄いていた。二歩三歩と後ろへと後退りながら、狼狽し混乱していた。
 そのフリーザの、右手。女に突き付けていた、死を告げる指先があった右手は、ネジ切られたかのような傷口だけを残して消え、血をぼたりぼたりと流している。
 女のすぐ傍に、見知らぬ誰かが立っていた。フリーザのその恐怖に満ちた視線は、その人間に向けられている。
 女もまたフリーザと同じように、面を上げ傍に立つ人間の顔へと視線を向けた。
 目が見開かれる。フリーザとは別種の感情に支配されながらも、女もまたフリーザと同じように驚愕に打ち震えされた。

 「お、お前は―――――ッ!?」

 女が驚きに言葉を詰まらせ答えを出せない中、フリーザが代わりにそれ口に出して、そして問うた。
 有り得ない。ただそんな意思だけを込めて。

 「何故お前がここにいる!? 超サイヤ人ッ――――!?!!?」

 その問いを、その疑問を投げかけられ、当の本人は一切反応を返さないまま沈黙していた。
 フリーザを睨み付け動かない碧眼の瞳。天を向き逆立った金の髪。全身から沸き立つ様に現れ出でる金色のオーラ。その鋼のように引き締められた筋肉に覆われた身体で、左手にはネジ切ったフリーザの右手を掴んだままで。
 葬り去られた筈の、超サイヤ人。それがフリーザと女の目の前に、存在していた。




 興味もなさそうに、あっさりとその手でネジ切ったフリーザの右手をリキューは横に放った。
 宇宙の帝王のその右手が、ただのゴミと同じように地面の上を転がる。
 それはリキューにしてみれば、特に意趣返しだという意識もない行為の結果だった。ただ単に目の前にいた、殺されそうになっていた女。それ助けるに当たって、突き付けられていたフリーザの右手をどう処理するか考えた結果、払い除けるよりもネジ切った方が早いと考え付いただけの話であった。
 超サイヤ人化による、凶暴性の増加。それはリキューにも少なからず働いていた。あっさりと他人を痛めつける選択肢を思い付き、それを苦もなく実行を移せるようになるといった具合に。

 「お前は……そうかッ!? さっきの奴とは別のサイヤ人ッ………あ、あの時始末した筈の奴の方か!?」

 初めは混乱し狼狽していたフリーザだったが、リキューのその右手や細かい装束を見て、バーダックとは別人であるという結論に至り納得の様子を見せる。
 だがしかし、それは何故生きているのかという疑問だけに、答えが出たに過ぎない。
 もう一人の超サイヤ人が目の前にいるという、根本の疑問。それには答えが、一切出ていなかった。

 「た、確かに………貴様の死を確認した訳ではなかった。サ、サイヤ人どもはゴキブリ並みにしぶとい………生き延びた可能性は十分にあった………だ、だがしかし! 何故、そ……その生き延びた死に損ない風情が、超サイヤ人になっているッ!? つ、次から次へとポンポンポンポンと、何故こんなにも急に現れてくるのだッ!?」

 錯乱の様相を少なからず出しながら、フリーザは言い募る。
 伝説に謳われていた存在だ。それすなわち、それだけの長い期間、当の本物が現れていなかったことをも示すのだ。
 何かしらの障害があった筈である。現れるために必要な絶対条件が、それもどうしても達成することが出来ないほどの困難な、限界があった筈である。
 だからこそ伝説となる。だからこそ長い間現れることがなかったのだ。
 なのにも、なのにも。
 こうしてフリーザの目の前に、二人もそれは現れた。伝説の存在が、フリーザという宇宙最強を脅かす存在が、立て続けに現れた。

 何故だ。あったのではないか。どうしても達成することのできない条件が。越えられない筈の、厳然と横たわる限界という壁が。

 フリーザのその思いは、正しい。
 錯乱し混沌とした思考から捻り出されたその考えは、決して間違っていない。
 超サイヤ人と化すための条件。それは本来、今のサイヤ人たちでは決して達成することのできない条件ばかりだ。
 古き時代よりも安定とした世の移りによって起こった、種としての衰退。それによって低減し定められた、3万という戦闘力の限界値。
 未知領域に属する感情の激化という、体験することそれ自体が極めて難しい、必要とされる覚醒のスターター。
 どれも一つでは成し遂げられず、全ての条件がクリアされ始めて成される、その覚醒。それは本来ならば伝説となったまま、世には現れることのない存在でしかなかった。

 だが、伝説は伝説のままで終わらなかった。
 こうして現実に姿を現し、フリーザの目の前にその足で立ち、存在していた。
 厳然とする限界という壁を突破し、ここにその威容を示していた。




 ―――それこそが、“ドラゴンボール”の世界が持つ二大ワールド・ルールが片割れ、最後の一つ。

 ワールド・ルール、『限界突破』。

 決して限界が存在しない、という訳ではない。越え難い、越えてはならないとされる、厳然たる限界という壁は存在するのだ。越えれば代償を取られ、時には死にも至るという限界が。

 しかし、その限界の壁を突破するのである。自身を鍛え上げることで。練磨し、より高み高みへと目指し、一心不乱に修練することで、厳然と存在する限界という壁を。

 ただの地球人である筈のクリリンやヤムチャなど、原作におけるZ戦士たちが、修行によってサイヤ人すら凌駕する戦士となったように。

 下級戦士というサイヤ人の落ちこぼれである、孫悟空が修行を飽くことなく続け、宇宙最強の戦士となったように。

 それこそが『限界突破』。

 向上心ありし努力する者を、ただひたすら、どこまでも強く強くさせることを可能とする、基本にして究極のワールド・ルール―――。




 幾ら考えようとも、フリーザがその懊悩の答えを知ることはないことであった。
 それに仮に答えを知ったところで、無意味極まることでもある。
 答えを知ろうが知らなかろうが、フリーザの目の前に今存在しているリキューが、消え失せることは決してないのだから。

 フリーザに勝ち目は、ない。
 その身体はバーダックのとの戦いの結果、もはや限界の極みまで疲弊し痛み付けられている。
 出せたとしても、精々がフルパワーの50%程度の力が限界。それも一瞬だけの、閃光の様な瞬きだけのこと。常に出せるであろうパワーは、さらに下回る。
 勝てる筈がなかった。戦えば確実に負ける。それが決定だった。

 だが、それを、フリーザは認める訳にはいかない。
 たかが、たかがサイヤ人などという下等生物如きに負けるなどという事実は、一片たりとて認めることが、あってはならないことであったのだ。
 例え理性が完全なる負けを宣言してようとも、認める訳にはいかなかったのだ。

 「お、オレが負けるものか………オレは、オレはッ、フリーザだッ! 宇宙最強の!! 超サイヤ人ですら、このオレは倒したのだ!!」

 残った左手を、フリーザは握り締めた。
 全身の力を高める。“気”を励起させる。苦痛に呻き崩壊の衰弱がのしかかるも無視し、引き出せるだけの限界の、そのギリギリにまでパワーを抽出する。
 握り締められたその拳に、集める。集める。集める。エネルギーを集める。“気”を収束する。全ての力を一点に練り上げ固め上げ、結晶させる。
 その無茶に、またさらに一つ身体の崩壊が進み軋みを上げる。深刻な後遺症すら残すほどの反動が、身体を蝕む。
 その全てを、無視する。

 「断じてこのオレが、貴様なんぞに負けるものかァーーーーーーッ!! 超サイヤ人ーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!」

 拳を振り上げ、フリーザが大地を蹴った。
 数mもない間合いが一気に詰められ、振り上げられた拳が渾身の力を込められて突き込まれる。
 リキューはそれに対し、一切身動きすることがなかった。ただ座して待ち構え、睨んだまま微動だにしなかった。
 拳が、リキューの顔面に叩き込まれた。凄絶な音を立てて拳が打ち込まれ、傍で見ていた女が声を上げる。
 にたりと、勝利の確信にフリーザが微笑んだ。

 その腕を、一切の淀みのない動作でリキューが掴んだ。
 叩き込まれた拳の向こうで、彫像のように微動だにしないまま、リキューの瞳がフリーザを貫いていた。

 「な、―――!?」

 ぐいと、腕を掴んだまま無造作に動かす。
 抵抗することすらできず、フリーザは身体全体を返され地面に叩きつけられた。

 「げはァッ!? ち、チクショ――――ッ!?」

 咳き込みながら慌てて立ち上がろうと、四肢を付きその面を上げた瞬間、フリーザの眼前に広げられた掌が突き付けられた。
 愕然とした様子でフリーザはそれを見て、広げられた掌の指と指の間。その向こうに、冷徹に、虫を見る目で己を見る、超サイヤ人の碧眼を認めた。
 意図を悟る。怖気が走る。抑止の声を出そうと、慌てて声が口から出ようとした。

 「ま」

 「死ねよ、フリーザ」

 気功波が、放たれた。
 それは無慈悲な、激烈な威力持った気功波だった。至近距離でそれを浴びたフリーザの末路などは、もはや語るまでもない。
 フリーザは断末魔の叫びを残す暇もなく、塵一つ残さず消え果てた。

 パラパラと、灼けた土の残りが崩れ落ちる音だけがする。
 リキューの広げられた掌の、先。
 そこには僅かに土が抉れた跡だけを残して、何も残ってはいなかった。


 それが、宇宙の帝王フリーザの、最期であった。


 リキューはそれを無感動に見たまま、手を下ろす。
 何もその口から言葉を吐き出すこともなく、ただ沈黙し何処を見る訳もなく、視線を置いていた。
 フリーザの打倒。それは十年以上に渡る、リキューの悲願であった筈だった。
 にもかかわらず、リキューは何も示さなかった。困難であった筈の目標を、目的を、見事に達成できたのにもかかわらず。
 まるでそのことに、何の価値もないのだと言わんばかりに、沈黙し続けていた。

 「な、なあ………ちょっと、あんたッ」

 ふと、沈黙し静寂が漂っていた場に、唐突な声が投げかけられた。
 リキューはそれに反応したのかどうか、無表情なままその顔を声の元に向ける。
 声を投げかけたのは、先程フリーザから助けた、あのサイヤ人の女であった。

 「あんたは、もしかして………リキュー、なのか? あの、“腰抜けのエリート”、の?」

 かつて付けられたリキューの、その懐かしいと本人がふと思ってしまったあだ名を出しながら、恐る恐るといった様子で、女は確認を取って来ていた。
 サイヤ人というのは、狭く閉鎖されたコミュニティである。そもそもの総人口が400人程度の集団なのだ。それゆえ、大抵の人間と親交の有無はともあれ、顔と名ぐらいは知り合っている。
 女もまたそれは同じなのだろう。リキューの顔と名程度は記憶に残っており、超サイヤ人という変貌した姿とはいえ、当て嵌まるものを感じたに違いなかった。

 「そう、なのか? それじゃ、その姿は………それが、やっぱりあの、超サイヤ人………?」

 何を話しかけたらいいのか、女自身思い付かないのだろう。具体性のない呟きの様な言葉を切れ切れと、意図も持たせず口から出していた。
 それを碧眼の瞳で、ただ無表情のままリキューは見る。

 女が殺されようとした場面を見た時、リキューの目には女の姿が、その瞬間ニーラに見えていた。
 言うまでもなく、それはただの錯覚だ。
 女は今改めて見てみても、髪型も顔の造りも、ニーラとは似ても似つかない姿をしている。精々が同じ民族であるがゆえの共通性が感じ取れる程度しか、両者に似た部分は存在しなかった。
 けれども、その瞬間だけに限って、リキューの目には女がニーラの、母のように見えた。そして思わず即時に行動に移し、気が付いた時にはその命を助けていたのだ。

 リキューは女から視線を外すと、残された自信の左手で懐を漁った。
 そのほとんどが砕け、消え去ってしまっているバトルジャケットの、僅かに残された部分。そこに収められ、奇跡的に残っていたある物を取り出す。
 それは黒い色をした、掌の中に収まる程度のサイズをした小さな長方体であった。ふと壊れてないかとも思ったが、どうでもいいことだとすぐに片付ける。

 「おい」

 「! な、なんだ!?」

 「やるよ、これ」

 と、思考の追い付いていない女に、リキューは黒い物体を放ってやった。
 戸惑いながら、慌ててそれを女はキャッチする。手に取って眺めてみるが、それが何なのか分からず女は不可解そうな表情のまま眺める。
 当然だった。その黒い物体の所有権はリキューにある。例え女が手に持って疑問を思い浮かべようとも、その脳裏に解説が示されることはない。女にとってそれはガラクタでしかなかった。
 リキューは女から背を向けると、どこかへと飛び立とう構える。

 「な………お、おいッ! リキュー、お前何処へ行く気だ!? それにこれは!?」

 その時、リキューはそのことに今思い至ったかのような仕草をして、女へと視線だけ向けた。
 いまさらの話であったが、目の前の女。その名前を、リキューは知らなかった。何とはなしに記憶には残っているのだが、どうにもド忘れしたのか、記憶を引き出すことが出来なかったのだ。
 黒い物体を見せながら詰問する女に対して、リキューは言葉を発する。

 「お前………名前は、なんだった?」

 「ッ、急に何を言うかと思えば、私の名前を知らないっていうのか!? ……ツバミだ、私の名前はツバミっていうんだ! 二度と忘れず、ちゃんと覚えてな!!」

 「ツバミか…………そっか」

 呼び覚まされた記憶と一致する名を聞き、合点がゆく。確かにその名を持った女のサイヤ人を、リキューは知っていた。
 これで、もう特に思い残ることもなかった。とりあえず思い付く限りの疑問も行動も全て終えて、リキューはそう思う。
 ふわりと宙に浮く。ツバミがそれを見て、まだまだ言い尽くせぬことがあるのか、慌てた風に話しかける。

 「ま、待てリキュー!? ま、まだ聞いてないことがッ――――」

 「じゃあ、な」

 取り合うこともせず、ただ一方的に行動するだけしていって、リキューは空を翔けてツバミの目の前からあっという間に消えていった。
 伸ばした手がむなしく宙を切り、一人ツバミだけが人気のない廃墟の中に取り残される。
 ツバミはふと、手の中にある、リキューから貰った謎の黒い物体を見つめた。
 キュッと、それを握り締める。

 「っち…………命を助けて、訳も分からない物を渡すだけ渡しといて、そんな散々好き勝手しといて、後はまた勝手にオサラバするだって? そんなの、絶対に認めないからね…………リキューッ!」

 決意の籠った宣言しながら、ツバミはリキューの名を呼んだ。
 その手の中で、黒い物体が鈍く光を照り返していた。








 宇宙に浮かぶ円盤状の大きな宇宙船があった。
 近くに赤茶けた痩せた星―――惑星ベジータを置いて、船は静止している。
 その船の中は、にわかに狂騒に包まれ始めていた。
 原因はブリッジのスクリーンに映されていた、惑星ベジータにて起こっていた戦闘。その余すことなく仔細に伝えられた、それの結果にあった。
 全宇宙から選りすぐられ、結成されたほんの数人による精鋭戦隊。その者たちが、スクリーンを見て激しい動揺を示し取り乱していた。

 「ふ、フリーザ様が!? ま、まさかッ!? た、たかがサイヤ人如きに!?」

 「超サイヤ人ッ、で………伝説は、本当だったのか!? う、宇宙最強の、超戦士………ッ」

 最初に現れた二人のサイヤ人。その予想外にも強大な戦闘力の発露に驚くも、所詮はフリーザに一蹴される程度の雑魚に過ぎないその戦いを見て、その時はまだ、ただの観戦ムードが広がっているだけであった。
 その次に訪れた思いもがけない急展開。何者かも知れない未知の存在が救援に現れ、そしてあろうことかブラックホールを造り出し、それをフリーザにぶつけるという行為。予想なぞ出来る筈もないその事態に、戦隊はフリーザの無事を見てひとまずの安堵を得るも、もはや観戦ムードでいられなくなってきた。
 そして、その次。完全に観戦していた戦隊の平常心を奪い去った、信じられる筈のない事態の到来。

 超サイヤ人の出現。そして、その規格外の戦闘力の発露。
 あろうことか、フリーザすらも打倒し消してしまいかねない、たかがサイヤ人如きから生まれたその生きた伝説。それを見て戦隊の者たちは一人として例外なく、言葉を失ってしまっていた。
 この戦い自体は、まさに負けが決まりそうだといったところまで戦況が運んだところでの急な逆転劇により、なんとか勝利を収めることが出来た。戦隊の者たちもそれで心底胸を撫で下ろしたのである。
 しかしその後に続いて現れた、悪夢。新たなる超サイヤ人の出現。
 その新たなる超サイヤ人の手により、フリーザは呆気なく、真実塵一つ残さず、消し飛ばされてしまったのだ。

 動揺が広がる。混乱と狼狽が場を支配する。
 彼らは全宇宙から選出された精鋭である。その戦闘力は他の一般兵どもとは比べ物にはならないものだ。
 しかしフリーザは、その彼らすら歯牙にかけない存在だったのだ。それをいとも容易く、呆気ないにも程があるほど簡単に屠った、超サイヤ人の存在。
 そのとんでもなさをより理解できる分、彼らの混乱はより一層深刻なものとなっていた。
 だが、その混乱を鎮める者がいた。

 「うろたえるな、馬鹿者どもが」

 「!? く、クウラ様ッ!?」

 床を強く叩きつける音が響いた。
 声と音に戦隊の者たちが顔を向けると、そこにはマシンを降り、苛立たしげにその尾を床に叩き付け仁王立ちしている、彼らが主の姿があった。
 強大なる戦闘力を秘めた存在。彼ら精鋭たる機甲戦隊の主にして、フリーザが実の兄。
 クウラ。彼が凍てついた視線で、各々を睥睨していた。

 「すぐに船を動かせ。目標は惑星ベジータ。超サイヤ人………奴の存在をこのオレ自身の手を使い、抹殺する」

 「は、はいッ!」

 告げられた命令に慌てて返事を返しながら、戦隊の人間たちは動き始めた。
 船の舵を取り、その巨大な船体が動く。
 スクリーンの中の、倍率補正のされていない画面に映る惑星ベジータの姿が徐々に大きくなっていく。
 クウラは映されたままとなっているスクリーンの中の超サイヤ人の姿を、その目でじっと見たまま口を開く。

 「フリーザ、愚かな弟め。あまりにも奴は甘すぎたのだ。だから超サイヤ人などというものの台頭を許し、挙句命を落とした。我ら栄光の一族の血を引く者でありながら、たかが猿風情なぞに殺されるという、有り得ない屈辱を味わうこととなったのだ」

 星が近付く。
 宇宙船はあっという間に惑星ベジータ付近にまで到達し、スクリーンいっぱいにその巨大な星の輪郭が埋め尽くす。

 「屈辱は雪がねばならない。フリーザのことなどはどうでもいい。死んだのは奴自身のミスだ、このオレの知ったことではない。だがしかし、我ら栄光の一族の者がたかがサイヤ人などというクズに敗北を喫したなどという事実は、断じて見逃すわけにはいかん。そして、オレはフリーザのように甘くなどない。奴は勝利に執着し、その己の手によって超サイヤ人に引導を渡すことを求めた。それが間違いなのだ。オレはそのような執着なぞ持たんぞ。超サイヤ人………オレは奴をこの手で始末する前に星を破壊することに、一切の躊躇いなど持たん」

 「わ、惑星ベジータを消すおつもりですか、クウラ様!?」

 「そうだ。その方がいちいちサイヤ人どもを一匹ずつ駆除していくより、よっぽど確実で手間が省けるからな」

 その言葉に驚きながら傍でコンピュータを見ていたサウザーが問い、クウラはそれに応じ返していた。
 フンと、クウラは吐き捨てる。
 ただしと、付け加える様にさらに言う。

 「星を消す………それはあの超サイヤ人を、この手で始末してからだ。オレは愚かな弟とは違う。一族の寵児として甘やかされて過ごし、持って生まれた強大なパワーに溺れ日々のパワーのコントロールの鍛錬を怠ってきた、あの愚弟とはな。だが、どれだけ愚かであろうとも血の繋がった弟だ。せめての手向けとしてこのオレが奴の仇を取ってやり、その末に惑星ベジータをこの宇宙の塵とする」

 それは絶対の自負があったから言える台詞であった。
 実弟を打ち負かし打倒した超サイヤ人。それを真っ向から戦い、そして討ち取れるだろう。そうと断言するだけの自信があったからこそ、その行動を選択したのだ。
 仮に勝つ自信がなければ、クウラはわざわざ真っ向から戦おうなどという選択なぞしなかったに違いなかった。無感情に星に一撃を撃ち込み、破壊していただろうことに疑う余地はない。

 船が、近付く。
 惑星ベジータは、もう目の前にあった。








 空を翔けながら、リキューは見るともなしに眼下の破壊された都市の光景を見ていた。
 元々無人のまま過去のツフル人殲滅計画時のまま放っておかれ、廃れ果てていた都市ではあった。それがフリーザとの戦いの余波や破壊行為によって、ほとんど再起不可能なレベルにまで蹂躙し尽くされ、瓦礫ばかりの風景となっている。
 元々寂れ、空虚な印象の残る町並みではあった。しかし今では、もはやそれすらも残っていない。全てが終わった後の光景だ。
 その時、リキューは本当に偶然に、その瓦礫ばかりが連なる光景の中、ぽつりと動いているものがあることに気が付いた。

 高度を下げて、それの元へと近付いていく。
 すたりと地に着地し、それの正体をリキューはすぐ間近で認めた。
 それは、美麗な男であった。純白の腰まで伸びた長髪、見惚れるほど整えられた顔の造形。すらりと細く引き締まった肉体。それら全ての造りが見てて感嘆の出てくる男であった。
 だがしかし、男は美麗であることと同時に、無残な姿も晒していた。
 全身に深い負傷を負っており、片足を引き摺っている状態で、さらには纏っている白いコート状の羽織もボロボロで、それに自身の流した血で赤黒いシミを作っている。見てて最も目を惹く純白の長髪もほつれにほつれ、泥と埃で汚れ見る影もない。そして何よりも見てて痛々しいのが、その顔面の傷だった。
 完全に潰された右目。ヘテロクロミアである、神秘的な雰囲気を醸し出していたその瞳は片方が潰れて滂沱の血を流し続けており、左の緑色の瞳だけがリキューを窺っていた。
 リンである。

 「生きていたのか…………」

 「ああ………当然だろ。と、言いたいところ………だが、な……………ギリギリ、だったよ。本当に、間一髪、に。紋章の発動が、間に合ってな。治癒魔法を、重ねがけ、して………何とか、生き延びた、ぜ」

 そう言うリンの額には、光を発し輝いている紋章の姿があった。
 リンがその額に宿す、覚醒の紋章。それは発動した時、宿主の放つ全ての魔法の効果を1.5倍とする。
 フリーザに胸を射抜かれ、地上に一切の受け身を取れず落下したリンは、そのままでは成す術なく死ぬしかない状態であった。いくらギフトで吸血鬼並の再生能力を持っているとはいえ、それは急所を射抜かれても問題なく再生させるほどまで、強力な代物ではなかったのだ。
 しかしなんとかギリギリ、その時に紋章の発動が間に合った。それによって死ぬ気で回復魔法を使用した結果、元々の身体の再生能力と併せて、どうにか持ち直せたのである。
 それは文字通りの、ギリギリの瀬戸際だった。あと十秒紋章の発動が遅れていたら、完全にリンは死んでいたに違いなかった。

 ふと、リキューはリンのボロボロの姿を見て違和感を覚えていたのだが、その原因に気が付いた。
 リンの相棒であり得物である、ジェダイトの姿がなかった。

 「ジェダイトは、どうした?」

 「あいつなら、ここだ」

 ちゃりとストラップチェーンを鳴らして、リンが懐から翡翠色の十字架―――スタンバイモードとなっているジェダイトを取り出して見せた。
 リキューが眉を寄せる。
 ジェダイトの様子もまた、主と同じように無残なものであった。十字架の四方に伸びた長方体の内、一番長い一端の部分が中ほどから欠けてしまっていた。全体的にもどこか薄汚れ、覆い隠すように縦横無尽に罅が入ってもいた。時折不気味な電子音がブツ切れに発せられたりもし、それがさながら、壊れたラジオをリキューに連想させた。
 リキューの意図を悟ったのだろう。先回りするようにリンは言った。

 「最後の、一撃。それを咄嗟に、庇ってな。リペアが働かないレベル、だが………基幹中枢は、幸い無事だ。修理すりゃ、元に戻せる」

 「……そうか」

 リンがげほげほと血の塊を吐き出す。呼吸器官だけは何とか回復させたのか、その吐息が正常なものへとなっていった。
 未だ辛そうに満身創痍な姿を晒しながら、しかし何時も通り敵愾心に満ちた視線をリキューへと送り、口を開く。

 「それで? その姿を見るからに、フリーザの奴は倒したってことで合ってるのか?」

 「ああ、そうだ」

 「そうか………ハハ、くそ。やっぱとんでもないなぁ、チクショウ」

 悔しそうに、だが納得した風にも見せながら、リンは独白した。
 マイクロブラックホールを受け止め、あろうことか握り潰したフリーザ。
 その規格外を体現しているフリーザを、さらに上回り打倒してしまった超サイヤ人。
 その胸に飛来する想いはあまりにも桁違い過ぎるその能力へのイチャモン付けばかりだが、しかしそれだけではない。一種の感嘆も混じっていた。
 それがいかなる由来からなるものか。答えは単純なものだ。
 リンは身体の痛みに辛抱するまま、金色のオーラを発しているリキューの姿を眩しそうに見つめる。

 「くそ………やっぱりかっこいいなぁ、それ。超サイヤ人に、なりやがって………くそ、羨ましいよ、お前」

 その言葉に、リキューは意外だといった表情を作った。
 何時だったか、確か四年ほど前だかに交わされ会話の、その古い記憶がリキューの脳裏に蘇る。
 表情をそのままにして、リキューは尋ねた。

 「ただの格闘漫画は、好きじゃなかったんじゃ?」

 「ッハ………古いことを覚えてるな。けど誰が、何時そんなことを言ったんだよ。俺は、今時ただの格闘漫画は流行らない、って言ったんだ。ドラゴンボールは、俺だって大好きさ。かめはめ波とか、界王拳とか、超サイヤ人とか…………ハマったに決まってるだろ、俺もな」

 「そう……か」

 どーだこーだと、リキューとは常にいがみ合ってるしぶつかり合ってる。フリーザ相手に、必ず倒せるだろうとパターンB・H・Sの絶対性を確信していたりもした。
 しかしその裏では、リンだって“ドラゴンボール”という一つの作品を、心底楽しみ、好んでいたのだ。
 だから必殺魔法を破られ、そして心底気に喰わない相手がよりパワーアップしたのだという事実がありながらも、それらを悔しがる一方で感動したりもしたのである。
 かつて紙の向こうに見たお伽話のヒーローたちの、その存在に、その技に力に、ただ心震わせていたのだ。

 この時、リキューは唐突に直感した。悟ってしまった。
 何故、あれほどまでに自分が、目の前の男に……リンという存在に対して、心底から敵愾心を沸かせていたのかを。
 閃光のように閃き理解に至り、そしてリキューは同時に、その内容の愚かしさを痛感した。思い知らされた。
 心に積もる澱を、さらに一つ増やすこととなった。

 「にしても、散々な目にあったよ、本当に。それもこれも元はと言えば、無謀な挑戦をしてくれた誰かさんのせいでな? けふ………で、その誰かさんは、わざわざ文字通り骨を折ってまで助けてやったこの俺に、何か言うことはないのかよ? ええ?」

 「すまなかった、ありがとう」

 「……………………………………え? ………………………あ、そ、そう。な、何だよおい、やけに素直というか、物分かりがいいというか………ど、どうした?」

 「別に、何の裏もない」

 これまでの経緯から有り得ないようなリキューの返事を聞いて、誇る前に不気味そうにリンは訝しむ。
 それを見ながら、リキューはただ思っていた。
 自分の愚かさを。
 積み重ねてきた業の深さを。

 何故、リンの存在がこうも鬱陶しかったのか。何故、こうもリンの存在が憎たらしかったのか。
 一目見た時から気に入らなかった。会話を重ねてもそれは治らず、その後の出来事によって関係はもはや修復の余地のない、両者ともに共通し固定されたものとなった。
 その理由をリキューは、リンが自分のことを心の底で舐めているからだと思っていた。人当たりのいい仮面を被って接する中、その下で他人を自分よりも下に見て舐めているからだと。
 だがそれは違ったのだ。それはリキューがリンを嫌っていた、本当の理由ではなかったのである。
 今この瞬間、リキューが悟った、リンを厭うていた理由。
 その原因とは、何か?

 それは、同族嫌悪だった。

 リンとリキューという二人の男は、全く異なる人格を持っているように見える一方で、その実全く同じ行動原理を持った男たちだったのだ。
 リキューはそうとは気付かず、愚かにもリンのことを毛嫌いし、敵愾心を燃やしていたのである。

 人当たりのいい面をしている裏で、他人を自分よりも下だと見下し接している。そう思い、リキューはリンを蔑んでいた。
 だがしかし、それはリンだけのことではなかった。リキューだって同じことをしていたのだ。
 サイヤ人としてのプライド。強さへの自負。リキューは心の底で常にその意識を持ったまま他者と接し、内心で見下しながら付き合っていたのだ。
 それはそれこそ、どんな時だって変わらずずっと貫かれてきた。

 命をかけた真剣勝負の時も、ただ雑談に興じ和んでいる時も。意識の裏で、常にその思いを抱いていたのである。
 リキューは、基本的にトリッパーメンバーズに在籍し“開通係”として過ごしていた時期も、誰かしらと戦う機会があった場合、その相手に合わせて手加減し相手をしてきた。
 真祖の吸血鬼を相手に戦った時も、魔界の大魔王を相手に戦った時も、神代の英霊と戦った時も、目の前のリンと戦ってきた時も。
 そのいずれも同じく、一切の例外なく、相手に合わせた力量で戦い続けてきた。
 それはリキューにとって、より戦いを楽しむための必要事項であり、いわば当然のものとして片付けられる行為であった。

 しかし、だがしかし。
 それこそが、相手を舐めている行為の、その意識の現れに違いなかったのだ。手加減する理由など、そもそも根本に、自分が全力を出せばとてもではないが相手は耐えられないだろうという、そんな傲慢な思いがあるからこそ行われていたのだ。

 リキューとリンの、その思考形態は驚くほど同じであった。
 その同一性が顕著に表れていないのは、ひとえに両者の人格が違うからに過ぎない。

 直情的で物事をすぐに行動に移し表すように見えて、その実、真に重要で重大な事態には口を閉じ心に溜め込む性質のリキュー。

 一見して人のいい人間の仮面を被り本心を隠して接しているように見えて、その実、付き合えばあっさり自分の内面を大っぴらにする性質のリン。

 上記のような、一見とは正反対な人格を両者が持っているがために、似た者同士であることが目立っていなかったに過ぎなかったのである。
 そして本人たちですらそのことに気付かず、ただただ双方のその行動原理に嫌悪し反発し、いがみ合い続けていたのだ。
 なんという茶番、なんという道化。そしてそのことに、リキューは気が付いた。気が付かされてしまった。

 なんと、愚かな話か。なんと、滑稽な話か。
 リキューはただただ、己の無様な行いを、後悔と屈辱を、そして何処にも向けることなど出来ないやるせなさを感じながら、その過去を反芻するしかなかった。

 「おい………リキュー? お前、本当にどうしたんだ? 超サイヤ人になって、なにか、反動でも来ているのか?」

 リンが、歯を食いしばってただ耐え続けている状態のリキューに対して、声をかける。
 その声色には純粋に気遣う素振りだけがあって、持っている敵愾心についてはその瞬間、忘れ去っているようであった。
 気持ち悪さややるせなさの類を、リキューは一息で飲み干し、抑え込んだ。胸焼けの様な錯覚が襲うも、無理矢理ねじ伏せる。
 そのまま無言でリキューはリンに背を向け、ふわりと宙へと浮かびあがった。どこかへと向けて、飛び立とうとしていた。

 「お、おい。ちょ、ちょっと待ちやがれ! てめえ一人だけで、どこに行くつもりだッ………こっちはまだ峠を越えただけの重傷なんだ、肩を貸すぐらいしや――――」

 「頼みがある」

 リンの言葉を間から割り入って、リキューは背を向けたまま言葉を発した。
 いきなりを何を言うのか、突然の急展開に付いていけないままリンが動きを止める中、リキューが続きを述べていく。

 「サイヤ人のことを………この星の後について、お前に任せたい。何とか、してほしい」

 「は? え、はい? な………い、いきなりお前、何言ってやがる!? 何とかって、いきなりそんなことを言われても……………」

 目を白黒させながら、リンが混乱したように口が止まる。
 リキューの言ったことは、それだけ突拍子のない、さっぱり訳の分からない発言であった。
 何かの悪ふざけか冗談ではないかと疑い睨むも、背を向けたまま宙に静止するリキューが、何かを新たに告げる気配はない。

 まさか………本気、なのか?

 リンはまさかのその考えを思い、そしてそれが正解だと判断せざるをえないと、そう分からさせられた。
 だが、だからとって納得できる筈もない。
 サイヤ人を、というかこの星、惑星ベジータについて後を任せるとは、いったいどういうつもりなのだ? 政治でもしろと、そうでも言うつもりなのか?
 なんにせよ、そんなことをリンがする必要も義理もないことは明白だった。加えて、本人にやる気なども一切なかった。

 「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ、何で俺がそんなことしなくちゃならないんだ! 絶対に頼まれないからな、そんなことッ! というか、そんなこと俺にさせるぐらいなら、お前がすればいいだろうが! お前は俺にそんなことをさせといて、いったいどうするつもりだ!ッ!」

 「俺は、戦いに行かなければならない」

 「………は?」

 激しすぎて重傷の身体から激痛が迸り、咳込みながらリンは顔を伏せた。
 落ち着き、改めて顔を上げてリキューの背を見る。リキューは遠く果ての空へと視線を向けていると、ッスと左手を伸ばし、指先を彼方へと指す。

 「あっちの方角、それもかなり遠い距離から……………多分、宇宙からだろう。巨大な“気”の持ち主が、接近してきている。味方ではない……絶対に。邪悪な“気”の持ち主が………それもフリーザに匹敵する大きさの“気”の持ち主が、近付いてきている。俺はそれを、倒さなければならない」

 「フリーザに匹敵する、だってッ!? …………ッ! くそ!! そうか、クウラか!? しくじったッ、この世界が原作だけでなく、劇場版も含めた世界だとしたらその可能性も十分にあったッ!!」

 その正体に見当が付き、失敗したとリンが激しく毒づく。
 クウラという言葉に、リキューは聞き覚えがあった。しかし具体的な記憶がサルベージされることはなく、やはりどうでもいいことだと片付ける。
 思い出せそうと出せなかろうと、敵はすぐ近くにまで接近してきているのだ。会えば済む話であった。
 飛び立とうとするリキューの背へと、慌ててリンが声をかける。

 「ちょっと待て! リキューお前、帰ってこないつもりか!? だから後を頼むって、そんなことを言いやがったのか!? 冗談じゃないぞ、こんな頼み方があるか! 俺は嫌だぞ! 絶対にお前の頼みなんぞ受けないからな!! 俺にだって目的はあるんだ! お前の頼みを聞いて時間を潰している暇なんてッ――――」

 「頼む、リン」

 「ッ!? ―――お前、俺の名前をッ?」

 リキューが、飛び立った。
 思わず追ってリンは一歩踏み出そうとするが、身体はまだ激しい運動が出来るほど回復してはいない。すぐにたたらを踏んで、動きは止まった。
 ちくしょうと、言葉に出しながら遠ざかっていくリキューの後姿を見つめる。

 「リキュー、あの野郎……人の名前を、初めて呼ぶのがこんな場面だと? くそっ、ふざけやがって!! こんな頼み方をされて、こんな別れ方をされて、断れるかよちくしょうッ!!」

 視界の中の、リキューの姿が点となって消えていく。
 空の果て、雲の向こう、星の楔が最も緩い、宇宙と空の境目へと。
 その消えていく姿に、背に、リンは叫んだ。

 「冗談じゃないぞ、絶対にこんな形で、こんな一方的に約束させられたまま、終わらせてたまるかッ!! てめえリキュー!! お前も約束しろよ! 絶対にもう一度帰って来い! 俺の前に顔を出しやがれ!! こんな面倒な頼みを俺に任せといて、自分だけ逃げようってするんじゃねえぞ!! 分かったか!! 約束だぞッ! これは約束だッ!!!!」

 その叫びが届いたかは、リンには分からない。距離を考えれば届いてない方が自然であった。しかし関係ないと、荒く息を吐きながらリンは断言する。
 聞こえようが聞こえまいが、約束したのだ。ならばリキューはそれを守らなければならないのである、絶対に。それが卑怯極まる頼み方で面倒事を押しつけた、リキューへの当然の要求なのだ。リンは揺るがず、断として構えたままそう考える。

 リンの視界の中から、リキューの姿が空に溶けて消える。
 リンはそのリキューの消えた空を、身体が完全に言えるまでの間、苛烈な視線のままずっと、睨んでいた。

 それが、リンがその生涯で見た、リキューの最後の姿であった。




 リキューは遥か天空の彼方へと目指し、飛翔していた。
 すでに高度は雲を突き抜けた位置にまで至り、下方には雲の平原が広がっている。
 視線を遠く、感じ取れる宇宙から近付いてきている巨大な“気”の存在に向けて定めたまま、空虚な心境で空を翔けている。

 考えているのは、父のことだ。母のことだ。
 いったいなにを、どこで間違えたのかだろうか。リキューはただそれだけを考えていた。
 何故死んだ。二人は何故死んだ。何が間違っていた。俺は何処から間違えていたのだ?

 ―――決まっている。

 (最初から、だ。俺は、最初から間違っていた)

 二人は、悪だった。どうしようもない、悪辣極まる悪であった。
 サイヤ人として生き、その人生を謳歌した人間たちだった。
 その手で多くの罪もない人間たちを、幾つもの星を、侵略し蹂躙し破壊し尽くしてきた、おぞましい悪だ。
 どれほどの悲劇を招いたか。どれほどの未来を奪ってきたのか。彼らは悩むこともなく、逆に楽しみながらそれを成してきたのだ。
 死んで、当然の存在だった。死んだのは、至極真っ当な因果応報だった。
 それに関してはリキュー自身、意義の挟みようがない純然たる事実であった。

 だが、しかし。
 そうだとした上で、矛盾だと分かった上で、どうしようもなく愚かで卑怯なことだと分かった上で、リキューは思っていた。そう思っていたことに、気が付いてしまった。

 (死んで、ほしくなかった。俺は、あの二人に死んでほしくなかったッ―――)

 吐き気がするほど、それはずるく、卑怯な考えだった。
 リキューはかつて、フリーザを悪と決めた。殺したところで一切の問題のない、むしろ殺した方が世のためとなる、害悪でしかない存在だと。
 幼少の頃、まだサイヤ人というよりも日本人という意識が強かった時期。溢れだそうとする種族的な特性である凶暴性の発露を抑制するために、自身の倫理への拘りを守るために、フリーザにその捌け口の役割を担わせたのだ。

 しかしそれは矛盾を招く決定だった。フリーザだけじゃない、サイヤ人だって分かり易く身近な、絶対的な悪なのだ。
 フリーザを悪と断言しながら、サイヤ人を悪とは断じないその行為は、著しい論理的な矛盾があった。
 サイヤ人を悪とみなすか、みなさないか、求められた最低限の決断。今後の一生を左右するであろう、その重要な選択の岐路。潔癖なリキューの精神が、倫理を無視した己にとって都合の良い選択を、許さなかったのだ。
 そしてリキューはそれから、逃げた。悪と断定することも、身内と庇うことも、そのどちらも選択せず答えを出さないことを選んだのだ。そのまま選択を保留したまま、どっちつかずなままにしてサイヤ人に対する己のスタンスを決めなかったのだ。

 その選択を今の今まで、ずっと押し通し続けてきた。その結果がこれだった。
 二人は死んだ。ニーラは死に、ガートンも死んだ。
 死んでほしくないという自信の醜い願いにすら、気付かないふりをして蓋をしてきた報いが、それだった。

 ニーラは、リキューを愛してくれていた。それは間違いのない真実であった。
 悪であるという事実は変わらねど、その一方で確かに、彼女はリキューという存在を愛してくれていたのだ。
 けれどもリキューは、ただ己の事情だけに構い、それを受け取ろうとは決してしなかった。

 何が間違っていたのか。どこで間違っていたのか。
 もはやそんなこと、言うまでもなかった。最初からだ。サイヤ人を断罪するか、容認するか、その選択から逃げたこと。その時からもはや全ては間違っていたのだ。
 初めに間違いがあったのだ。ならばその後の行動など、その全てが間違っていて当然であった。
 きちんとその時の選択が出来てさえいれば………どちらであろうとも、選ぶことさえできていれば、リキューは今の事態に陥らないで済んでいた筈であったのだ。

 だが、それは全て後の祭りでしかない。
 時間は巻き戻らない。過ちは覆されない。過去は変わらない。死者は蘇らない。
 否―――違った。少なくとも、死者は蘇った。

 少なくとも、それを可能とする手段は、この世界に存在している。
 リキューはそのことに気が付いた。

 ドラゴンボール。一切の偽りのない、正真正銘の願望実現器。死者さえも蘇らせる、最大最高の秘宝。
 それを使えば二ーラも、ガートンも、それどころかフリーザに殺された全てのサイヤ人を生き返させることだって出来るだろう。
 そのことにリキューは思い至る―――が、歯を食いしばって、彼はそれを否定した。

 それは出来ない。それは認められないと、後悔と未練に苛まされる中、はっきりと断言する。
 リキューは確かに、親の、ニーラとガートンの生を望んでいた。死んでほしくないと、浅ましくも思っていた。だがしかし何度も言う様に、彼らが悪であるという事実は変わらないのである。
 悪、なのだ。仮にドラゴンボールに、神龍に“悪人以外を蘇生してくれ”と願えば、確実にそれに該当し除外されてしまう存在なのである。
 ゆえにリキューの倫理は、それを認めることは出来なかった。両親の蘇生、それを心の片隅で望みながらも、それ以上に、決してしてはならないという、確固たる意識が存在していたのだ。
 悪である存在の蘇生を認めることは、絶対に出来なかったのである。

 だって、そうでなければ殺され者たちが、あまりにも報われないではないか。
 ただただ屠殺されていった彼らだって、未来はあったのだ。日々の生活があったのだ。それを一方的に奪われたのだ。
 にもかかわらず、奪った側の存在が、殺されても生き返させられる。そんなの、本当に死んでも死にきれない思いだろうに。
 悪の死とは、悲劇などではない。因果応報、報いなのだ。過去の己の悪行の、その積み重ねられた罪科の執行なのである。

 リキューに、そのことを無視して厚かましくも両親の蘇生を望むことなど、出来はしなかった。

 「うぅぅ…………ぁぁ……………………」

 大気が薄まる。
 惑星ベジータの輪郭が浮かび、衛星軌道上という高度にまでリキューの身体が到達する。
 目の前に、リキューの目で届く範囲に、敵がその姿を現し始めていた。
 フリーザが乗ってきたものと同じ、同型の巨大宇宙船。その開放された上部ハッチから、浮き出てくる一つの人影。
 リキューは肉眼で目標を確認できると同時に、さらなる加速を行い、突撃した。

 因果、という言葉があった。
 原因があり、結果があるという意味の、そんなシンプルな意味を表す単語が。
 それはかつて、リキューが好んでいた言葉の一つであった。

 両親は死んだ。自身の愚かなる、最初の最初に誤った道を、目を背けて歩き続けた結果、死んだ。
 そしてリキューに、両親の蘇生を願うことは出来なかった。願う訳にはいかなかった。

 間違っていた。全ては間違っていた。初めから間違っていたのだ。

 全てが間違っていたことに気付かさせられたリキューに、残されたものなど何もなかった。
 だから、出来ることは戦うことだけだった。戦って、そして勝つことだけだった。
 それだけが唯一、リキューに残された、やるべき行動だった。リキューが得たものだった。

 「うぁああああああァァァァアアアアーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」

 咆哮する。咆哮する。
 ただ咆哮する。
 リキューはあらん限りの叫びを上げながら、敵へと向かい突撃していった。








 エイジ737。
 この日、惑星ベジータにて起こった数々の出来事は、甚大な被害と混乱を発生させながらも、同日の内に終着を得ることが出来た。
 宇宙の帝王を称するフリーザ軍のトップであるフリーザが死んだ、超サイヤ人が現れた、などの様々な風説が流れるも、それら噂の確かなる真相が解明されることはなかった。
 なお、一連の事態が終息したとされる時間の前後、惑星ベジータの衛星軌道上において正体不明の大爆発が発生したことを、辛うじて残存していた管制塔施設の機器がレコーダーに記録していた。
 その原因に対しては一切解明されず、今もまだ原因不明のままとされ処理されている。







[5944] エピローグ 序章は終わり、そして―――
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2011/02/05 21:52

 数ヵ月後、惑星ベジータ。
 その大半が瓦礫と化した都市の中、数少ない無事だった建物の一つの、そのとある一室。
 そこでリンが一人、立派な椅子に座りながら大きな机へと向き直り、積まれた書類をペン片手に眺めながら仕事をしていた。
 一瞥し必要な部分にカリカリとペンを入れ、書類を一枚一枚確実に処理していく。その傍らには端末が置かれており、時折操作して画面の内容を切り替え、仕事を続けていた。

 「真面目に頑張っているみたいだね」

 ふと、無人であった筈の部屋の中に、声がかけられた。ペンを止めてリンが顔を上げると、その声の主が何時の間にか部屋の中に存在していた。
 それはリンと同じく、いやあるいはそれ以上に、絶世の美形と呼ぶべき男だった。
 腰まで伸びた長髪は独特の、空色と形容すべき様な光沢と艶を発してさらりと服の上を流れ、その腕や足といった全体の身体つきは、触れれば折れてしまいそうなほど細く可憐なものであった。
 女と見紛うばかりのその姿は、それら全ての要素が噛み合った末のことか、とても神々しい雰囲気を見る者に感じさせていた。

 リンは目の前のこの人間を知っていた。彼もまたリンと同じ由来の秘密を持つ、非常に特殊な部類の、同郷の人間の一人であった。
 彼の名はクロノーズ。
 リンと同じトリッパーであり、そして所属している組織トリッパーメンバーズの設立者の一人、現在は名誉監督長という地位に就いている男。
 リンにしてみれば、大先輩であると同時に、上の上のそのまた上の、とにかく一番上の上司のような存在でもあった。
 クロノーズはリンの様子を眺めながら、口を開いた。

 「まさか、君がそんなに事務能力が高いとはね。知らなかったよ………隠してたのかい? 総務や経理の一部から君に、苦情が出てたよ? “そんな能力があったんなら、もっとこっちの方に手を貸してくれてもよかったじゃないか、この薄情者”ってね。どうも、いろんな部署に知り合いが多いみたいだね」

 「そうなるって分かってたから、隠してたんだよ。面倒事は避けたかったし………何より、俺にはちゃんと別の目的があったんだ。気分転換ならともかく、本腰入れて別のことに手を回すほどの余裕なんてのはなかった」

 「でも、今の君はそうじゃないみたいだけど?」

 「っけ、あの野郎に、あんな頼まれ方したからな………ちくしょうッ」

 ぶすっとした表情で吐き捨てる様に言って、リンはまた一枚の書類をチェックし移し替える。
 あの野郎かと、クロノーズは呟いて顔を曇らせる。
 クロノーズも聞いてはいた。あの日の最後に起きたという、惑星ベジータの衛星軌道上にて起きた、謎の大爆発のことを。
 あれ以来、空に消えていったリキューの行方は、ようとして知れない。完全に消息は断たれていた。
 今、こうして惑星ベジータが存在しているという以上、クウラを倒せたのではあろう。だがしかし、リキューの消息は知れず、それどころか状況から顧みるに、生存すら危ぶまれてはいた。
 それだけリンの前から姿を消した時、リキューの身体はダメージが深い様子であったのだ。相打ちになった、という可能性は高かった。

 「リキューは生きている、と……思うかい?」

 「生きてるに決まってるだろ。約束したからな、奴とは。このまま俺に面倒事を任せるだけ任せて自分だけ逃げだそうなんて、絶対に許してたまるか。奴にはこのでっかい借りを、絶対に返してもらわないといけないんだ。だから、奴は必ず生きているに決まってるんだよ」

 クロノーズの半ば諦めた問いかけに、断固とした口調でリンは言いのけた。
 逃げられてたまるかと、その視線は語っていた。リキューの生存に対して、固く信じている様子であった。
 クロノーズはその様子に、感心の溜息を吐く。どうにも、案外信頼し合っている仲ではないか、と。

 トリッパーにとって、死は絶対である。
 理由、原因などは依然として不明なままであったが、しかしただその事実だけが冷然と横たわっていた。これに対し、一部のトリッパーは仮説として、特別な法則―――すなわち、ワールド・ルールが働いているのではないかと発言している。
 トリッパーという存在だけが持つ、独特のワールド・ルール。名付けて、『絶対死』。
 その効果は、死した者の蘇りを拒み、その存在を完全に否定する、………と。

 過去、クロノーズは同じトリッパーであり、とある経緯の末死んでしまった一人の人間の復活を、自身がトリップした世界のある神に頼み込んだことがあった。
 本来ならば何年も待たなければならないところを、一種のコネを使うというズルをしてまで割り込み頼み込んだ、その復活の儀式。それは神直々の手で行われるために、絶対に失敗することはないとされていた。
 が、しかし。どういった訳か、その復活は失敗してしまった。絶対に失敗が起こらない筈の、神の手による儀式であったにもかかわらず、復活は失敗したのである。
 このケース以外にも多数、死んだトリッパーの蘇生を行おうとして、だが失敗したという話は寄せられていた。
 いずれのケースにおいてもトリッパーは蘇ることはなく、そして死んだトリッパーが復活したという話は、一つも存在することはなかったのであった。

 ゆえに、出された仮定の一つが『絶対死』であり、そしてトリッパーの死は絶対という結論だった。
 それはおそらく、ドラゴンボールを用いたところで変えられないであろう代物だった。
 死は絶対。それが創作物世界という場所へと放り込まれた、トリッパーたちに課せられた絶対の現実の一つだった。

 「それで、この星の………サイヤ人たちのこれからについて、いったいどうするつもりなんだい?」

 「とにかくも復興、からだな。何にするにしても、都市のほとんどが完全に崩壊している有様だから、リターン・ポイントから人員を呼ぶにしてもスペースがないし、最低限の空間を確保しておく必要がある。それにとにかく方針転換のための教育なり矯正なりを、サイヤ人たちに受けさせんと………これまでと同じように他星の侵略とか、させられる訳ないしな、チクショウ。今はいいけど、将来的には反発を抑えるための人員も欲しいし………ああ、クソッ…………あの、悪いけど、その時はそっちに要請を頼みたいんだが…………」

 ばつの悪そうな表情をして、リンがクロノーズに視線をやる。
 それにクロノーズは仕方のないとばかりに苦笑しながら、答えた。

 「分かった。心配しなくても、別に断りはしないよ。今回来たのも、そのことだしね。この星が開発されるのは組織としてもリターンが大きい、そう大きな反対もないよ。これから何か要請があった時は、私の名前を使って支援をする」

 「助かる………さすがにサイヤ人相手に、もう戦う気は起きないからな。もうあいつらには、勝ちようがない」

 そう安堵した風になりながら、リンは言う。その右目には、金色の瞳が輝いていた。
 フリーザとの戦いの際、潰されたリンの右眼球だが、その後の回復魔法との併用による治癒によって何とか無事に再生を果たしていた。それは他の傷についても同様であり、肉体面においては完全に回復していた。
 しかし、戦いの後遺症は根深い爪痕をリンの身体に残していった。
 最後に使った切り札、フルドライブモードの使用は、リンの身体に想像以上の負荷をかけていたのだ。リンカーコアに限界以上の負荷をかけて魔力を酷使したために、その影響でリンの魔力総量は、かつての状態からの13%ダウン。そして加えて何より、リンの持つ二つのレアスキルの内の一つである『同時並行多重発動』。戦闘の要となっていたそのレアスキルは、存在の基底となっていた右目を潰されたことで、完全に失われてしまっていた。
 右眼球自体の再生は出来たが、刻み込まれていたレアスキルの基盤情報などは破壊され消えてしまったのだ。その証として、青だった瞳の色は金へと変色してしまっていた。

 さすがにこんな状態になってしまったら、サイヤ人相手に戦ってリンに勝ち目はない。何よりも『同時並行多重発動』を失ったのが痛かった。あれがリンの戦闘の根源をなしていたレアスキルなのだ。それを失った以上、リンの戦闘能力は実質、かつての半分以下にまで落ち込んでしまったも同然であった。
 それに、専用のデバイスであるジェダイトも今手元になかった。特殊な部品を使っているデバイスであるため、修理は元の出身世界にて行う必要があったのだ。ついでに、オーバーホールなども纏めて頼んでいたために、デバイスの返却はさらに遅れた状態となっていた。

 「まぁ、何にせよ、何とかしてみせるさ。ふん………無理難題をひっかけやがったあの野郎に、この苦労した分の礼を全部纏めて返してもらうからな。その時の奴の間の抜けた顔を、じっくり見てやるのが待ち遠しくてたまらないね」

 陰湿に笑いながら、リンは書類の決裁へと戻る。
 クロノーズは、また現れた時と同じように、何時の間にか部屋から消え失せていた。用事が済み、帰ったのだろう。
 どうにも見た目、そして本人が自己申告している以上に、クロノーズは忙しい人間の様であった。

 カリカリと、部屋にペンを動かす音だけが響く。
 黙々とリンは一人で仕事に集中しながら、その脳裏ではリキューが返ってきた時の仕返しについて夢想し、溜飲を下げていたのであった。




 この後、リンはベジータ王など、政治中枢を担っていた文官たちが消えたことで生じた政権の空白状態を利用し、自身が代替執政者として惑星ベジータに君臨。
 リターン・ポイントからの援助などを受けながら、惑星ベジータをトリッパーメンバーズの所轄惑星として開発を推し進めると同時に、サイヤ人の性質穏和化を目指した矯正教育等を実行。
 さらに時が進み余裕が出来始めてからは、これまでのサイヤ人の風評を一新するための慈善活動なども、周辺の有人惑星へと向けて実行し始める。
 これらリンの様々な努力への尽力によって、幾らかの困難も発生するが実行案は成功を収める。そしてその後二十数年間。惑星ベジータは発展し、サイヤ人たちも含めて少なからずの平穏を味わうこととなる。

 だがしかし、さらにその後のこと。
 惑星ベジータにコルド大王率いるフリーザ軍の残党が、一部の不満を持ったサイヤ人たちと手を組んで侵攻を開始。惑星ベジータ侵攻作戦が始まる。
 そして時同じくして、惑星ベジータ消失事件も発生。
 これらの事件の最中にて、リンは人々を逃がすために囮として奮戦。果敢に戦い時間を稼ぐも力及ばず、命を落とすこととなる。








 「なんだとッ!?」

 威圧的な声が響いた。
 そこは玉座の間であった。広く暗い部屋の中央に、巨大な椅子が置かれ、部屋の主がそこに立っていた。
 その主。巨大な、身長が3mにも達するだろうという肉体を持った主は、今しがた聞かされた部下の報告が偽りでないかを、厳しく問い質す。

 「フリーザだけでなく、クウラまでもが行方を絶っただと!? それは本当のことか!?」

 「は、ハイ! た、確かに本当のことですッ、コルド大王様!!」

 「馬鹿な………いったい、何が起きたというのだ?」

 不可解極まると言った表情で眉を寄せたまま、巨大なる身体を持った主―――コルド大王は考え込んだ。
 自身の子であり一族の寵児であるフリーザが、その消息を絶ったという報告が入ったのがつい先ほどの話であった。
 細かい確かな情報は入ってこず、流言飛語ばかりが飛び交っている状態であり、中にはフリーザは消息を絶ったのではなく、何者かに殺されたのだという話なども混じっていた。
 馬鹿馬鹿しい、有り得ない話だ。そしてその噂を一笑に付して発言した者の頭を吹き飛ばし、正しい情報を一刻も早く持ってくるようコルド大王が命じた時である。

 なんと、長男であるクウラも、連絡が取れず行方を絶ったのだという、そんな知らせが届いたのだ。
 しかもよくよく報告の内容を聞けば、クウラとフリーザ。その両方が最後に行方を確認された場所は、惑星ベジータ近辺であるという。

 「何を言うかと思えば………まさかな、たかがサイヤ人ごときが、あの二人をどうにか出来る筈もない!」

 「そ、それが、コルド大王様。これは噂なのですが、どうも惑星ベジータでは………あ、あの超サイヤ人が現れた、という話が………」

 「なんだと!? 超サイヤ人、だとッ!?」

 おずおずと出された部下の話に、コルド大王の顔が一変し、驚き一色に染まった。
 部下はあくまでも噂ですがと、そう慌てて後付けながら言い募る。
 コルド大王はそれに頓着せず、馬鹿なと驚き慄いた様子のまま、自身の玉座へと腰を下ろした。

 「超サイヤ人だと………いや、しかし…………確かに、ただの伝説ではないのかもしれんが、まさか………本当に、そうだというのか?」

 ぶつぶつと呟きながら思案に暮れる様子のコルド大王を、部下たちは不安そうな態度のまま見つめる。
 コルド大王が、口を閉じて面を上げる。慌てて部下たちは姿勢をただし、コルド大王の指示を待つ状態を作った。
 力強く、コルド大王が宣言し命令する。

 「情報を集めろ! 惑星ベジータから流れる全ての噂、話を調べ上げ、超サイヤ人に関する情報の真意を確かめるのだ!! どうした、何をしている? さあ動け!!」

 「は、ハハッ!!」

 部下たちが弾かれたように動き始める。
 コルド大王は片肘を突きながら、その様子をじっと見つめていた。
 何よりもまずは、超サイヤ人が本当にいるのかどうか。それが重要なファクターであった。何かしらの行動を起こすにあたって、何よりも先にそのことを知る必要がある。
 コルド大王はそう判断した。

 それがフリーザたち息子になくて、親であるコルド大王にはあるもの。
 怯えとすら取ることが出来る、一種の慎重さ、狡猾さであった。
 すでに歳を取り息子たち程のパワーを持てなくなっていたコルド大王は、ただ己の戦闘力に対する圧倒的な自負にだけ任せた行動というものを、出来なくなっていたのだ。
 だからこそ、彼はその代わりと言わんばかりにその行動は慎重なものであり、そしてその心構えが結果として、彼を依然として一族の長という立場へと置いていたのであった。

 コルド大王は、その冷めた視線を秘めさせたまま、じっくりと腰を下ろして時を待つ。
 その後、二十数年間。コルド大王率いるフリーザ軍一派は、惑星ベジータから意図的に放出される超サイヤ人の存在などを示唆するデマ、かく乱情報に翻弄されて、長い時を勢力の一部を衰えさせながら雌伏して過ごす。そして頃合い時だと判断したコルド大王が号令の下、一部の反乱を望むサイヤ人たちと結託し、惑星ベジータ侵攻作戦を実行に移すこととなる。
 彼らはその時、惑星ベジータにおいて、超サイヤ人の姿を目撃することとなるのであった。








 宇宙のどこかにある、とある一つの惑星にて。
 その星の大地の上に、ぽつりとまだ幼い少年が一人だけ、手頃な石の上に腰かけてスティック状の携帯食糧をポリポリ食べていた。
 子供はその小さな体躯を戦闘服で包み込んでおり、顔にはスカウターを装着していた。
 そのスカウターが、突然として音を立てた。通信が入ってきたのだ。少年は携帯食糧を食べながら、通信スイッチを押す。

 『べ、ベジータ様ですかい!? た、大変なことが起こりましたぜッ! もうこっちは何が何やらてんやわんやの騒動でして―――!?』

 「落ち着け、ナッパ。それで? いったい何の用なんだ?」

 スカウターの向こうから動揺した様子で伝えられる窮状に、全く関心を示さずたしなめ、少年―――サイヤ人の王子、ベジータはスティックを無感情に食べる。
 冷や水を浴びせさせられたかのように、ベジータの声で若干の冷静さを取り戻したのか、スカウターの向こうの声が落ち着く。

 『へ、へえ………すいません。それで、その起こった大変なこと、についてなんですが………』

 「何だ? 早く言え」

 『そ、それが何でも、フリーザ様が死んだ、とかなんとかって話が………』

 「何ッ? フリーザ様が死んだ、だと!?」

 パキュと手に中にあったスティックを握り潰し、思わず座り込んでいた石から腰を上げる。
 詳細を求める様に声を荒げて詰問するベジータに、スカウターの向こう側にいるナッパは混乱したままの様子で、声に応える。

 「どういうことだ、いったい何が起きた! どうしてフリーザ様が死んだなんて話が出てきている? 誰が殺ったというのだ!?」

 『そ、それが……細かいことは全然分かってない状況でして………こちらもあっちゃこっちゃが騒いでる状態で何が何だか。ただ、これもまた噂何ですが………どうにも、フリーザ様を殺っちまったって奴は、超サイヤ人だって話が一部でありまして…………』

 「超サイヤ人だとッ!? ……………っち、埒が明かん。すぐに俺もそっちに戻るぞ」

 このまま会話を続けても得られるものはないと判断し、ベジータは動き始めた。
 超サイヤ人。1000年に一人生まれるとされる、伝説の超戦士。かつてベジータが父であるベジータ王に語られた、その宇宙最強の存在。
 それが現れたなどという話、断じて見逃す訳にはいかなかった。
 何故ならば、仮に超サイヤ人になれたとしたら、だ。それは自分を置いて他には存在する筈がないと、ベジータは父からその話を聞かされた時、父であるベジータ王からそう言われ、また自分自身そうだと、確信していたからだ。

 その自分を差し置いて現れたという、超サイヤ人。あまつさえ、それが自身がいずれ反逆しようと目論んでいた、フリーザを抹殺したという噂。
 この話、どうして見捨てておけようか。

 『こ、こちらに戻ってくるって………し、仕事の方はどうするおつもりで? わざわざ直接ねだった仕事でしょうそれは。さすがにそいつを勝手に途中で帰っちまうのは、不味いんじゃ―――』

 「そんなものはとっくの昔に終わっている」

 強引にスカウターの通信を切ると、ベジータは一路自分が乗ってきたポッドへと向けて飛び立った。
 そのベジータが飛び去った後の地。
 そこにはまるで貝塚のようにうず高く積み上げられた、原生住民たちの死体の山だけが、ただ不気味に存在していた。








 「どうにも、妙なことになって来たぜ」

 がやがやと騒々しい音が満たす、フリーザ軍傘下のとある星のとある基地の食堂にて、一人の男が果物にかぶりつきながらそう吐き捨てた。
 男の目の前の卓には、注文した料理の数々がどっちゃりと並べられている。
 それらの品々に次々と舌鼓を打ちながら、男はつい最近の情勢の移り変わりについて考える。その腰からはひょろりと一本の尾が伸びていた。
 男はサイヤ人の一人。遠い星への地上げに行っていたために、フリーザの粛清から逃れることが出来ていた者。
 ターレスであった。

 (フリーザが死んだという噂………もう流れてそれなりの時間が経っている。これだけ時間が経っているってのに、この収まっていない混乱の具合を見るからに………こいつは、どうやら本当に確かなことかもしれないな。だとしたら、こいつはチャンスだ)

 ばくばくと口に肉汁の滴るステーキを丸ごと放り込みながら、そうターレスは考える。
 フリーザはまさしく、目の上のたんこぶだった。
 恐るべき戦闘力を誇って君臨し、逆らうことを許さぬ絶対独裁者である。

 以前事故で来訪し、そしてそこでたまたま手に入れることが出来た、秘蔵の逸品。星一つを糧とするだけで簡単に戦闘力を上げることが可能な、あの樹木の種。
 ターレスはそれを使い力を付け、いずれフリーザに対して反乱しようと画策してはいたものの、思った以上にそれは困難なことであったのだ。
 そもそも、星の地上げはフリーザ軍から回される仕事だ。勝手に地上げ対象の星で種を使おうものならば、星一つを不毛の星に変えてしまう以上、すぐにその行為はばれてしまう。
 ならば地上げの対象外の星に使えばいいと思ったが、そちらの場合はそれ行うだけの暇がなかった。それに仮に使う場合、出来れば目撃者はないことが望ましい。簡単に戦闘力を向上させる手段など、周囲に知られてしまえば平穏でいられなくなるのは、間違いなかったからだ。
 かといって、人目に付かぬ痩せた星に種を使っても、得られるものはない。糧とする星自体に生命力がなければ、そもそも実自体が実らないケースすらあったのだ。

 このようにして、ターレスは諸々の事情によって、その戦闘力を増大させることが遅々として進んでいなかったのである。
 これらの障害について、やはりネックになっていたのはフリーザの存在だ。
 下手に派手な動きを取ってしまえばフリーザの目につき、そして戦闘力の及ばぬターレスは成す術なく始末されてしまう。このような大きな障害があるために、全ての行動が滞ってしまい、物事がスムーズに進むことがなかったのである。

 フリーザを倒すために必要な、戦闘力のパワーアップ。そのための手段である種の使用。その種の使用を邪魔する、フリーザの存在。
 目的を達するための手段の使用に、目的が邪魔をするという構造である。何という閉塞か。これでは遅々として計画が進む筈もないだろうに。
 しかし、その構造が、崩れた。

 (戻る必要は、特にないだろう。惑星ベジータも、何やらキナ臭い匂いを感じるしな…………それにいまさら、帰ったところで意味のない星だ。せいぜい注目を集めてれば、それでいいさ。注目が集まってくれりゃ、それだけ俺が動き易くなる)

 ムシャムシャと皿に乗っていた、最後の一品である骨付き肉を綺麗に食べて、ぽいと骨だけを投げる。
 カランと、骨が空の皿の上を滑り音を立てた。
 未だ様々な噂話などでざわめき続けている食堂を背に、ターレスは席を立って出ていく。

 フリーザは消えた、これはほぼ確定だろう。ターレスはそう考える。
 ならば、もはやこの俺の行動を目立って制限する障害は存在しない。ターレスはそうも判断する。
 種を使えば、あっという間に戦闘力を上げることが出来るのだ。実の出来にも依るが、何にせよそのパワーアップのスピードが桁違いの速度であることは、疑う余地がない。
 今現在のフリーザ軍は統率が乱れているし、仮にばれたとしても、フリーザでないのであれば向かってくる追手が誰であろうとも十分に返り討ちするこが出来る。ターレスはそう踏んだ。

 もはやこの俺に、この宇宙に敵はいない。くっくっくと堪えた笑いが漏れる。
 依然遭遇した、かつての大宇宙の王を名乗る存在などもあった。あるいはそんな粒のような際立った存在がこの宇宙にはまだいるのかもしれなかったが、しかしそれだっていずれ追い付き、そして簡単に追い抜かせるだろう。
 それだけの力が、この種にはある。そうを確信している。

 ターレスは思う。
 この俺の時代が来たのだ、と。

 かくしてこの時よりターレスは、以前よりもより大胆に、されど密に隠すことは意識したまま、より活発に活動を行っていくこととなるのであった。








 宇宙のどこかに存在している、とある星。フリーザ軍の手が未だ及んでいない、ある惑星。その名もエイリア星。
 そこはそこそこに緑の恵みがあり、比率で言えば地球よりも少ないとはいえ、綺麗で広大な海が存在してる星であった。

 そのエイリア星の大地の上、そよ風の吹く気持ちのいい、とある草原。
 そこでごろりと寝転がっている、一人の男の姿があった。
 筋肉質な身体をした、ツンツンとした特徴的な黒髪をした男であった。彼は両手を組んで頭の後ろで枕にして目を閉じ、スヤスヤと快適そうに寝ている。

 しかし、どすんばたんとした騒音と騒動が遠くから響いてきた。平穏だった草原の平和が破られ、寝ていた男の瞼がぴくぴくと動きだす。
 やがて未練がましそうにしながらも、男はゆっくりと瞼を開けて目を覚ました。身を起こして首を回し、背伸びをする。
 そうして十分に身体を柔軟した後、彼はなおも近付いてくる騒音の元へと視線をやった。

 「だ~ははのはぁ~~~ッ!! どうだ小僧ッ子め! 今日こそは目に物見せてやるぞ! この俺様、ドッコン様がよぉ~!!」

 「待てー!! 村にチョッカイばかりかけてくる乱暴者のドッコンめ! 今日はグレを捕まえるなんて卑怯なことをするなんて! グレを返せ!!」

 「ターブル~! 助けて~ッ!」

 「だははは~~!! 実は計画してやった訳じゃないんだけど、結果オ~ライ~! さあ小僧ッ子よ、この娘を無事に返しけりゃ抵抗するなよ~?」

 「っく、卑怯なことを………ッ!」

 「またか、あいつらはよくもまぁ、飽きもせずに毎日毎日やるなぁ」

 目の前で行われている寸劇を見て、呆れたように彼はため息を吐いた。
 だいたい同じような光景が、すぐ近くにある村で生活しているとほぼ毎日見ることが出来るのである。もはや彼にしてみれば目の前の出来事は、朝の挨拶と同じレベルの恒例行事であった。
 本人たちは真剣にやっているんだろうけども、彼はもはや間近で見ていても、心配のしの字すらも沸かなかった。

 その彼の目の前では、身の丈が5mはあろうかという、人語を喋るやけにコミカルな巨大な二足歩行のトカゲが、片手に男ともトカゲとも種族の異なる、ツルツルとした肌と丸い輪郭をした体形の、幼い女の子を握っていた。
 そのトカゲの足元には、女の子と同じぐらいの年頃の男の子が、トカゲに対して悔しそうに歯ぎしりしながら、ぶんぶん振り回されている蹴りから素早く逃げ回っている。
 男の子は、彼と同じ種族の様であった。トカゲとも女の子とも違い、特徴的なツンツンとした黒髪がその頭には存在しており、小柄ながらも筋肉質な身体を持っていた。
 しかし、彼とその男の子では違った一点があった。

 それは尾であった。
 男の子の腰には茶色い毛の生えた尾が伸びていたのだが、彼の腰には尾は存在していなかったのだ。

 彼はどうするか少し考え込んだ後に、目の前の出来事に首を突っ込むことにした。
 別に、それは男の子のことや女の子のことを心配した訳じゃなかった。というより、そっちのほうの心配は全くない。
 首を突っ込んだのは、単純に気分の問題でしかなかった。しいて言えば、安眠を妨害してくれたという恨みもあったからか。
 ポーンと避け切れず男の子が蹴飛ばされる中、横から彼は口を出した。

 「そこまでにしとけよ、そこの爬虫類」

 「うげッ! お、お前は金ぴか野郎!? な、何故お前がここにィ~!?」

 「コンブルさん! 良かった、お願いします! ターブルを助けてください!」

 「コンブルさん!? いえ、大丈夫です! このぐらい、自分一人で切り抜けてみせてッ―――!」

 「いや、そんなに必死にならなくていいから。まあ、ここは任しときなって。すぐに終わらせるからさ」

 乱入してきた彼―――コンブルの姿を見て、三者三様に反応を返すのを見て、場違いだなぁと思いながら隣で張り切る男の子―――ターブルへ、押し留める様に手を掲げる。
 そしてコンブルは目の前の巨大な二足歩行トカゲ、村にチョッカイばかりかけてくる暴れ者のドッコンに向かい合い、ポキポキと手を鳴らしながら告げる。

 「それじゃあこの腐れ爬虫類。さっさとその手の中のグレちゃんを離して視界から消えれば、とりあえずここでボコるのは、なしにしといてもいいんだけど?」

 「ぬゥ~~ッ! 何とも魅力的な魅惑だが、ここで引く訳にはいかァ~ん!! くらえィ金ぴか野郎、この俺様の新しい必殺技! 全体重をかけた突進だァ~~!!」

 「きゃあァーーーッ!! 助けてターブルーーー!!」

 「グレーー!!」

 「いや、それは必殺技じゃなくて、ただのタックルだろお前………」

 どかどかと巨体を動かしながら、ドッコンがその手の中にグレを握り締めたままコンブル向けて突進する。
 幾らコメディ調全開なキャラクターとはいえ、さすがにそれをまともに受けるのは危ないであろう。現実にギャグ補正というのはないのだし。
 グレの悲鳴にターブルが叫ぶ中、コンブルは冷静に接近してくる巨体を見つめたまま、軽く意識を集中させた。

 次の瞬間、コンブルの身体から光が立ち昇る。
 コンブルの瞳の色が黒から碧へと変わり、筋肉が張り詰めて髪が金色に変わって逆立ち、そして金色のオーラが発生する。

 「うぉぉおおぉおお!?!?? い、いきなり変身とか、そんなのありかァ~~!? ごべちょ!?」

 顔面にメキョリとコンブルの拳が埋まり、奇妙な悲鳴を上げてドッコンの動きが止まる。
 しゅたりと着地すると、コンブルは手際よくドッコンの片手に捕まったままのグレを助け出し、ターブルの元へと届ける。
 よかったグレ~! と、それに応える様に返される、怖かったよターブル~! という台詞。二人はその場で抱き合ってぴょんぴょん飛んで喜びを示している。

 それじゃ最後の仕上げと、コンブルは両手で抱き抱える様にドッコンの尾を引っ掴む。
 そのまま尾を持ち上げると、ぐるりぐるりと大回転を始めた。
 遥かにコンブルなどよりも巨体なドッコンの身体が、まるで新聞紙で作られた筒と同じように、いとも呆気なく振り回される。

 「ぐぼァ~~!? や、止めてェ~~。お、俺様のシッポが千切れちゃう~~。というか、それよりも吐き気がッ、く、口から何か色々なものがぁ~~!」

 「それは御免被る。じゃあな、バイバイ」

 ぽいと、適当に遠心力を付けたところでコンブルは手を離した。
 悲鳴を上げながら、ドッコンが空の彼方へと飛んでいく。
 キラリンと、ドッコンの姿が消えたあたりで星が輝いた気がしたコンブルだった。
 悪は全て滅びた。とりあえずそう片付けておこう。まぁ、どうせ数日後には平気な姿をして戻ってくるのだろうが。

 コンブルの身体が、元の姿へと戻る。
 頭髪や瞳の色、オーラも収まって元の雰囲気になったところで、ターブルが話しかけてきた。

 「今日はありがとうございました、コンブルさん。おかげで助かりました」

 「ん? いや、別に気にしなくてもいいよ。俺が助けなくても、どっちみっちターブルがグレを助けただろうしね」

 「いえ………ボクが戦っていたら、あそこまであっさりとグレを助けることは出来なかったでしょう。まだボクには精進が足りません、こんなことではグレを守るなんてことは………」

 「そんな! そんなことないよターブル! 私うれしかったよ、ターブルが私のために頑張ってくれて!だから、 そんなに自分を責める必要なんてない。私はただ、ターブルにそう思ってもらえてるだけで、もういっぱい幸せなんだから………」

 「グレ………」

 「カエレてめえら………げふげふげふッ! ふぅ…………まあその話は置いといて、だ。もう日が落ちてきたし、村に帰ろうとするか、お二人さん」

 コンブルの言葉にッハと気が付いたように二人が動きはじめ、動揺しながら同意の声を返す。
 砂糖を吐き捨てたい感情を抑えて笑いながら、コンブルは二人の背を押して村へと向かわせる。そして一歩離れた位置からその背を見て、のんびりと歩き始めた。
 幸せそうな少年少女の後ろ姿を見ながら、しみじみと彼は思い返す。

 (“ドラゴンボール”の世界に来た時はどうなるかと思ったが……どうにかなるもんだな)

 コンブルは、トリッパーであった。
 未だフリーザに従属していない時代のサイヤ人としてこの世界に生を受け、原作という本来ならば存在する筈がない知識を持ったイレギュラーな存在であったのだ。
 彼はサイヤ人の一人として極々普通に生活しながらも、このままでは到来するであろう自身の死。つまりフリーザの惑星ベジータ破壊行為をどうやって切り抜けるか、ただそれだけをひたすら考え込んで過ごしていたのである。

 彼は考えた末に、極めて単純な手を使うことにした。
 死んだふりである。とある惑星の地上げを任され、真面目に仕事をこなしているように見せている傍ら秘密裏に準備し、自身の死を偽装。それに成功したのだ。
 かくしてコンブルは晴れて自由の身となり、そうとなれば用はない言わんばかりに、さっさとフリーザ軍の闊歩している宙域周辺から離脱し、遠く離れた手の及ばぬ星として今いるこの惑星、エイリア星を見つけたのである。
 予想外と言えば、フリーザ軍の影響が及ばぬ星として選んだこの星に、まさかの同じ民族であるサイヤ人が送り込まれてきたことがそうだった。
 すわ追手かと、ポッドの姿を確認した時に思わずそう思ってしまったコンブルだが、しかしその心配も無用のものだった。ポッドの中に乗っていたサイヤ人は子供で、しかも戦闘に向かない性格をしているために半ば追放処分として、遠い何の関わりも持たないであろう星に送り込まれてきた人畜無害な子だったからだ。

 彼は今現在の状況に、とても満足していた。
 何せこの物騒な世界にトリップしたにもかかわらず、ほぼ安全が保障された位置に自分はいることが出来ていたからだ。
 ターブルはこの物騒な世界に登場したキャラクターの中で、奇跡的にほとんど危機を体験しなかった人間の一人である。この世界ではただの一地球人ですら最低一回死ぬ目に遭うのだ。その中であって体験する危機がほとんどなく、あってもせいぜいあって一度だけであり、それだってあっさりと悟空たちに頼ることで解決するのである。
 フリーザだとかセルだとか魔人ブウだとか、全宇宙レベルでの危機が何度も発生する“ドラゴンボール”の世界において、確実に存在するだろうとされる有数の安全スポットであった。しかも原作キャラクターのすぐ身近に陣取り、色々と見て触れることが出来るポジションでもある。
 実に都合がよく美味しい位置であった。ゆえにコンブルは心底から、現状を受け入れて満足していたのだ。

 (そういや、そろそろか? フリーザが惑星ベジータを破壊するのは?)

 ふとそう思い、彼は空へと視線を馳せた。無論、そんなことをしても惑星ベジータの光が見える訳ではないが。
 さすがに知り合い連中が全員まとめて消えることには、色々と思うところもあったが………しかし、まあ仕方のないことかと、彼は片付けた。
 どうせどうしようもない悪党ばかりだったのである。そういう意味ではサイヤ人一派というのは、死んだ方が宇宙の断然にためになる存在だった。言ってしまえば自業自得である。
 それを言う彼とて、一時的とはいえ星の地上げに従事し、数多くの罪のない人間たちの命を奪ったのだが、そのことについては一切言及しない。
 ナムナムと、軽く彼は黙とうを捧げて、それだけで終わりと全てを済ませる。

 超サイヤ人にもどういう訳か、割合初期のころにあっさりとなれたりしたが、だからと言って彼はフリーザを倒すとか、そんなおおそれたことをやろうとは考えなかった。
 戦闘力が超サイヤ人になっても追い付かないだろうと、そういう計算があったことも理由ではあったのだが、何より大きかったのは、そんな博打をする気にはとてもじゃないがなれなかったのが理由だった。ベットするのは自分の命なのである、割が合うどころの話じゃない。

 (それに原作の筋書きが狂っちまうしな………ま、仕方がないことだな。仕方のないこと仕方のないこと)

 フリーザの存在も含めて、一連の出来事は“ドラゴンボール”という作品の、その主人公である孫悟空の根幹にも関係する、極めて重要なファクターの一つだ。
 欠ければそれこそ一大事である。今後の全てのあるべき流れが、文字通り成り立たなくなってしまう可能性が高い。
 よって、下手な干渉は無用。コンブルは自身の保身も含めて、そう結論付けたのだった。

 最後に、彼はとあることを思い出した。
 そういえば、この世界において自分には弟がいたのだと、ということを。
 その弟もまた、惑星ベジータと一緒に宇宙の塵となってしまったのだろうか。

 唐突にそんなことを思った彼であったが、すぐにそれまたどうでもいいかと、意識の隅に片付けた。
 弟とはいえど、彼がその件の人物に会ったことがあるのは一度だけ。それも当の本人が、まだ自我も覚束ないような赤子の時のことである。当人には会ったという記憶すら残ってないだろう出会いだった。それ以来コンブルは一度として自身の弟と顔を合せず、そして偽装死を実行し惑星ベジータからは距離を取った。
 はっきり言ってその弟は、コンブルにとってはこの世界での親以上に思い入れなんてない存在であった。
 しかし、とはいえども、一応この世界では血の繋がった肉親の一人でもある。

 (確か、名前はリキュー………だったけな)

 改めて彼は、その一度だけ顔を合わせた弟に向けて、祈りを捧げてやる。
 それでお終い。

 彼は閉じた目を開き、祈ってやった弟のことについてさっさと忘却し、暖かく自分を迎えてくれるエイリア星の住民たちの住む村へと向けて、歩き出した。








 ガコンガコンと、見慣れない重機とそれを動かす人間の姿を視界の片隅に捕えながら、ツバミは散乱する瓦礫の一つに腰を下ろしていた。
 惑星ベジータでは今、どこからか運ばれてきた身元の分からない人員や機械を使って、その大半の破壊された都市機能の回復作業が行われていた。
 何時の間にやら現れた妙な男が陣頭を取ってその指揮をしており、原住民である筈のサイヤ人を無視して、勝手にその作業は進められている。
 しかしそれを咎めるような人間は、少なくとも今現在においてサイヤ人には、一人も存在していなかった。

 サイヤ人は例のあの日、フリーザの手によって起こされた粛清にてその大半が殺されてしまった。
 元々が400人程であったその総人口は、今では100人を切っており、生き残ったフリーザ軍から派遣されていたサイヤ人以外の人間たちの存在を計上に入れても、その総数は500人前後しかいない状態だったのだ。そしてその生き残りたちは、復興などという生産的な行動を取る様な人種たちでもなかった。
 ゆえに、元々大して政治だとかに関心のなかった民族であったということもあり、勝手に復興してくれるのならしてくれと言わんばかりに好きに放置している状態であったのだ。

 ツバミはちゃらりと、ストラップチェーンの付けられた黒い小さな物体を、目の前に垂らして見つめる。
 それはあの日、フリーザから命を助けられたその時、リキューからツバミへと突然に渡された謎の物体であった。
 どういった用途の道具なのか、それともただのアクセサリなのか。どういった意図でこれを渡したのか、そもそも意図などないのか。
 悩むが、それに答えは出ない。分かっているのは一つ。これはリキューからツバミへと贈られた、ただ一つの物品であるということだけである。

 ッキュと、黒い物体を握り込む。
 このままで終わらせてたまるか。そう、ツバミは強く思っていた。

 (認めないからよ、リキュー。私はあんなのを………あんな勝手に助けて、意味も分からない物を勝手に渡して、それで姿を勝手に消してそれっきりなんて…………そんなの、私は絶対に認めないからねッ)

 強く、強く。ただツバミはそう思う。このまま姿を消すなど認めない。
 絶対に、もう一度会ってやる。ただそれだけを、ツバミは思い決めていた。
 手の中に握り締められたこの黒い物体は、そのための繋がりである。いずれもう一度必ず、あの超サイヤ人と出会うための、引き合わせるための鍵だと。
 彼女はそう信じ、それを常に身に付けて日々を過ごすこととなる。

 ツバミはそうして、一つの思いを胸に決めて、ただただ惑星ベジータにてリキューとの再会を待ち続けるのであった。








 とある星、そのとある山中の中で。
 竹林が多い茂り、人気も全くない獣道の中を、一人荷を背中に背負って歩く老人がいた。
 立派な白ひげを生やしたその老人は、その見た目の歳とは裏腹に、舗装もされていない獣道を疲れる素振りも見せず歩いていく。
 重心も安定しており、見た目通りのただの老人でないらしいということを、それは示していた。

 「むむ? はて?」

 老人は足を止めて、怪訝そうに辺りを見回した。
 人気もなく、道らしき道もない、竹林の真っ只中。そんな場所で、赤子の泣き声らしきものが聞こえたのだ。
 はてはて、これは何事か。妖怪の化けごとかと思いながら、老人は泣き声の響く方向へと足を向け歩み寄っていく。
 ひょいと一つの茂みを越えて視線を通し、ほおと目を見開く。

 「こりゃあ、驚いた」

 そこには真っ裸で泣き叫んでいる、まだ小さな赤子が一人いた。
 妖怪のたばかりではないことは一目で見抜き、老人は赤子へと近付いていく。

 「赤ん坊じゃあ、いったいどこから………?」

 人里など近辺にもなく、途中の道には凶暴な獣や妖怪なども出てくる危うい場所である。とてもではないが、赤子が一人ここに来れる筈もない。
 よもや赤子を捨てに、わざわざこんなところまで来る筈もないだろうに。老人はそう思いながら、泣き続ける両手を赤子の腋の下に手を回して、その小さな身体を持ち上げてやる。
 人肌を感じて不安が紛れたのか、赤子がその泣き声を収めて、老人の顔を見つめる。ふとその時、ぽろりと赤子の尻から何かが垂れた。
 なんぞなんぞと、老人が赤子をさらに持ち上げてそれの正体を見る。

 それを見て、老人は目を丸くした。
 赤子の尻からは、なんと茶色い毛の生えた尾が伸びていたのだ。

 「ホッホッホッホ! シッポのある赤ん坊かぁ!」

 愉快そうに笑いながら、老人は改めて赤子の顔を見る。
 赤子は涙が浮かんだ瞳をパチクリとさせたまま、愉快そうに笑う老人の顔を見ている。
 老人はその赤子に、愉快愉快と笑ったまま話しかけてやる。

 「こんなところに置いておく訳にはいかんなぁ、儂のところへ来るか?」

 このまま赤子をここに置いておけば、獣や妖怪に喰われてしまうだろう。老人はんーと様子を窺う様に、赤子の顔のすぐ目の前にまで、自分の顔を近づける。
 すると、赤子は急に笑い出すと同時、近付いてきた老人の顔へと向けて蹴りを繰り出した。幼いながらも鋭い蹴りが、老人の鼻先を打つ。

 「痛ー!? おー、こりゃ元気のよい子じゃ! ホッホッホッホ、よーし、よいか。これからお前はこの儂、孫悟飯の孫じゃ! よいな?」

 老人は快活に笑いながら決める。
 その老人と赤子のいる場所から、少し離れた場所。老人からは見えぬ死角には、先日までは存在していなかった巨大なすり鉢状の穴があったが、それに老人が気付くことはなかった。
 老人は両手で抱き上げている赤子をあやすように上下しながら、うーんと考え込んでいる。

 「名前は、そうじゃな………ふ~む………………」

 ふと考え込む老人の目に、笑う赤子の後ろに広がる綺麗な青空が映った。
 よしっ、と、老人の頭に良い名が閃く。

 「悟空じゃ! 孫悟空じゃあ! 悟空や、元気に育つんじゃよ? そ~れ~!」

 「キャッキャ!」

 老人は楽しそうに空高く赤子を持ち上げてやり、赤子もまた笑い声をあげて応える。
 綺麗に広がる青空に、老人の声と赤子の笑い声がいつまでも響いていた。








 かくして、物語は終わりを迎え、そして新たなる物語が幕を開けたのであった。








 1st stage "Chapter of the beginning" The End.








                           ―――――――――To be continued, Next 2nd stage "Dragon Hero".





[5944] 超あとがき
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/09/17 12:22

 自分の作品を読了していただき、ありがとうございました。作者です。
 このページでは本作に関する裏話やボツネタなど、特に本編とは関わりのない話がずらずらと続きます。
 興味がない方は滞りなく戻るをクリックしていただければよろしいかと……。




 ではでは、改めてこんにちわ。作者です。
 二次創作に手を出すのは初めてではないですが、完結させるのは初めてですので現在、感無量です。
 まあ、わざわざ人に言うこっちゃないことですよねー、これは。

 今作品を作るにあたって、自分は最初“あー、こてこてのオリ主最強モノが書きてぇー”と思いました。
 ここで最強と言えばドラゴンボールだろうjkと極々自然な流れで連想されました。
 よし、ならばドラゴンボールでオリ主最強モノを作ろう。これが本作の執筆にとりかかる最初の流れでした。

 そしてふと、早速製作に取り掛かろうとした段階にて、どうせなら過去のボツネタも流用しようかと考えました。出来れば全部。
 という訳でぶち込まれた結果、出来あがったのが本作であり、作中に登場した諸々の設定群でした。
 はい、作者は設定厨です。すみませんでした。

 作中に登場したオリ組織、トリッパーメンバーズ。
 無駄に壮大な風呂敷を広げた代物だと思われたでしょうが、それも当然です。なにせこれ、元々シェアワールド企画のために脳内で設定だけ練られていたものですから。
 ですので実は本編では出せなかった設定とか無駄にたくさんありまして、作者はこれを使って色々と共同で製作出来たりしたらいいなぁと一人ムフフしてた訳です。
 はい、気持ち悪いですねすみませんでした。
 ワールド・ルールというもの。これは自分なりの多重クロスに対する手段として考えていた一つの手であり、同時にクロスの際に重要な部分である設定の擦り合わせの、完全な破棄でもあります。
 要するに絶対に死なないという設定と絶対に殺すという設定がそれぞれ別々にあった場合、これこれこうだから通じる通じないという、そんなこじ付けや努力を省いて両方適用させるのです。
 例で言えば、名前を書けば絶対死ぬデスノートと、主である三只眼がいる限り絶対に死なない无。もしもこの場合でノートに无の名前を書いたとすると、まずデスノートのルールが適応されて、无は絶対に死にます。がしかし、次の瞬間には无の絶対に死なないという設定が適応されて、蘇生します。この場合だと、デスノートの設定に死を永続させるなんて設定がないために、无が甦れた訳です。こんな感じで設定にある記述が互いに適応され合って拮抗したり、設定の粗を突いて押し通したりするわけです。
 だからさらに例えて、どんな攻撃でも一度喰らえば絶対に二度と効かないという設定を持っている人間がいて、そいつに何もかも全部飲みこむ防御不可能だという設定の攻撃を一度当てて、もう一度当てるとします。このような矛盾する場合だと、いかに両者の設定に差があるかで勝負が決まるのです。つまり人間側に、原作で一度でもその攻撃と同じような防御不可能な設定の攻撃を喰らいそれ防いだ描写があれば、この場合人間側の設定が勝ちます。逆に攻撃側に、原作で人間側と同じような存在がいてそれ破っている描写があれば、攻撃側勝つと、そういうことです。
 原作で設定が明確化されている分、ワールド・ルールは強くもなり弱くもなるということです。ああ、また長々と書いてしまった。

 だから、要するにぶっちゃけジョジョのスタンドとかだと、同じスタンド持ち以外だとどんな世界の設定持ちだろうが、見たり触れたりは不可能だったりするわけです。明言してるし、基本作中でそれら設定が破られたこともないから。

 本作の最初の製作のきっかけは上記の通りでしたが、一応それとは別というか、さらに付け足すように本作にはテーマが存在しています。読者の一部には分かったかもしれませんが。
 それはズバリ因果、というものです。原因があるから結果があるってやつです。
 基本的に悪行には悪行への報いがあり、それとは別に自分の何らかの選択の結果は、必ず変化を伴って自分の元に良かれ悪かれ戻ってくるというもの。
 本作では主人公であるリキューが、まさにそれを体現しちゃってます。彼は強くなるためだったり逃げるためだったりと色々な選択をしていった結果、最後にそれらの行動によって発生した結果を全部一身に受けることとなりました。
 他のキャラクターにも大小様々な形で、それらは現れています。例えで出すと、バーダックとかニーラ・ガートンなどの、死んでしまったサイヤ人たちは全員例外なく地獄行きとなってます。これは彼らが生前に罪もない人間たちの命をたくさん奪ったからです。作中でもそのことは書いてますね。
 因果応報。自業自得。良いことも悪いことも、全部ひっくるめて自分の行動の結果は自分に返ってくるってことです。

 本作を書いていたほぼ十ヶ月間。自分でも驚くほどテンションを保てて話を書くことが出来ました。
 やっぱり楽しかったからですね。ドラゴンボールは永遠のバイブルですよ。
 ですが、書いてて分かる欠点も浮き彫りにされる訳で………
 どうにも自分の言葉回しや説明記述に無駄が多く、最初は一話30kbあたりを目安に書いてたはずの話が、後半には平均50kbになっているという不思議。
 もっと一文に上手く説明と説得力を込めた文章が書けるようになりたいと、痛感しました作者です。

 ちなみに、この話は全三部構成の壮大な話になる予定。
 第一部である本作、序章開幕編。続いて第二部である、龍球激戦編。完結部である最後、世界決戦編。
 なおこれらがすべて公開されるかどうかは現在、完全に未定である。あしからず。

 では以下では、各話にての裏話や伏線など、箇条書きでどぞー。


 第一話。
 導入部分ですね。改めて見てみるとボロボロで分かりにくい文章ばかりな一話。
 この話を投稿した時点で、もう一時期出していたプロット以上に話の形は出来ていました。
 反応が気になってプロットも一緒に出していた作者。正直不味かったと思ってます。反省。

 第二話。
 冒頭がテーマを語っている第二話です。
 最後らへんに出てくるオーラリアクト現象の説明がちょろりと出てくる。基本的にこの世界で爆発的に気が増大する現象には総じてこれが関わっている設定。例外もあるけど。
 原作ではツフル人との戦争は結構な長期間続いてたっぽいけど、話数を削るためにそのあたりをばったり改変。ツフル人たちには一話で滅びてもらいました。
 ある意味一番本作で改悪された人たち(文字通りの意味で)。

 第三話。
 フリーザ登場。これは二次創作なんだから、さっさと原作キャラを出さないとなぁと思っていた。
 オリ主の苦労と精神の変節。この辺りからリキューの泥沼化のフラグが立つ。
 ついでに作者の設定厨が騒ぎ始める。収まれ、収まりやがれ俺の右腕ッ!

 第四話。
 オリ主の泥沼本格化。このあたりで道を間違い始める。将来の悲劇フラグ。
 グダグダと生産性のないオリ主の懊悩を書く。たぶん読んでて楽しくないだろうけど、リキューの色々とねじ曲がった精神の葛藤を知ってほしかった。
 この辺りが作者の力量の限界。もっと分量短く意図を説得力と共に伝えられる文章を書きたい。

 第五話。
 オリ主決定的に道を間違える。そんな話。
 あとこの話にヒロインがいないとか思ってた人、甘いよ甘いね! 実はもうこの時にヒロインのツバミさんが登場してるんだよ! ヒャッホーイ!!
 分かる訳ありませんね、すみませんでした。
 あとガートンとの会話のシーンで、実はちょろりと一文だけコンブルの存在を示す伏線があったり。これは分かった人いたかな?

 第六話。
 不味い、原作キャラを出さんとこれじゃ二次創作じゃない。そう思って、丁度いいと出演させたターレスとスラッグのお二人。
 劇場版にて悟空を一目見てサイヤ人と見抜いたスラッグを見て、スラッグはサイヤ人と会ったことがあるのかなと思って考え付いたアイディア。
 あとリキューの雑な精神が発揮され始めた話でもあったり。
 ああ、あと後にバーダックに止めを刺すメカニックの初登場でもあった。ちなみに彼はあの後、無事に惑星ベジータを脱出してほのぼの暮してます。

 第七話。
 ターレスとスラッグのバトルが思った以上に長引いて分割した話。
 リキューは勉強と修行と、順調に最強オリ主としての道を駆け上っています。

 第八話。
 ようやくターレスとスラッグのバトルに決着が付いた。結果は痛み分けと。
 リキューの精神的な歪さをちびっと現した話。順調にフラグは育っている様子。

 第九話。
 バーダックの登場。リキュー数少ない友達(本人断固否定)が出来るの巻。
 これでバーダックの強化フラグを立てた。バーダックの戦闘力、3200。

 第十話。
 ターブル登場、そして退場。こうして彼はエイリア星へと人知れず送られ、そこでグレと出会い面白おかしく日々を暮らすのであった。
 あと『限界突破』の示唆する一文の挿入。分かってた人もいたみたいですね。
 ようやく時雄とトリッパーメンバーズの登場。長かったぜ。

 第十一話。
 上で長々と書いたワールド・ルール。それを表現するための話だったり。
 けどぶっちゃけトリック分かったら、基本性能がアリと地球破壊爆弾ぐらいの差があるからリキューは時雄に簡単に勝てるのよね。
 重傷を負うリキュー。これは作者の最強観もあったり。痛みを知らない人間は強くなれんでしょ。

 第十二話。
 クロノーズ登場。そして膨大な設定の種明かしが始まる。し、静まれ俺の魂ッ!!
 リキュー回復。何気に戦闘力が上昇し、11300に。

 第十三話。
 リン登場。こいつを設定するために、俺は黒歴史ノートの封印を解いた。誰か枕プリーズ。
 説得力を付けるために膨大な設定バラしをしたかったのだが、あえてリキューのキャラ性を伝えるために省いたり。
 それがあんなに反響をあたえることになろうとは………どうしてこうなった!?
 はい、自業自得ですね、すみません。
 ちなみにこの時の戦闘では、リキューの戦闘力は上がらず。これはあくまでも魔力ダメージであり、肉体的には一切傷付いていないからである。

 第十四話。
 本作にて最大容量となった話。同時に作者の力量不足が露呈された話でもある。鬱だ死のう。
 リキューの悲劇フラグとバーダックの強化フラグは両方とも順調に成長中。ちなみにバーダックの戦闘力、5800。
 ほんのちょっと登場した加田の人気に作者は嫉妬する。

 外伝、勝田時雄の歩み。
 よもやの外伝。少し間を空けようと思っていたのと、いずれちょびっと世界観の説明とスタンドの解説のためにやろうと思っていた話。
 仮面ライダーの人登場。この人の話はちゃんと考えているが、公開する日が来るかは知らない。
 枝折ちゃんは可哀想な子です。ヤンデレって片付けないで上げて!

 第十五話。
 戻ってきた本編。一気にパワーアップしたリキュー。リンとの戦いでの手加減はもはや100分の一なんてレベルじゃなかったり。
 ツフル人は滅びぬさ! 何度だって蘇る!! それはそれとしてベジータ登場。
 時雄の余計な助言は物語のスパイス。悲劇フラグはこれでコンプリートかな。

 第十六話。
 ほぼ原作通りだが、所々で改変がかかってたり。
 ポイントはトオロの台詞。こいつの台詞に第二部の伏線がある。

 第十七話。
 またもやオリ設定が乱舞する。え、エターナルフォースブリザードォ!!
 バーダックの予知夢は、基本的にほぼ絶対の内容を映すだろうという作者の主観が働いています。つまりこれも第二部の伏線。
 超パワーアップ、バーダック。これは原作のナメック星でいきなり戦闘力の跳ね上がった悟空やベジータを元に設定しました。戦闘力は3万から150万前後に。

 第十八話。
 バーダック無双。勝てる訳ないだろ、こんな奴に状態。ザーボンとドドリアは呆気なく散る。
 悟空射出遅延。バーダックの死亡フラグである。そして意気揚々とフリーザに向かっていくリキュー、こいつは悲劇フラグのまさかのオーバーロードである。

 第十九話。
 クウラ様がみている。おっと誰かきたよう(ry
 リキューまさかの“変身しろフリーザ”。こやつ実にサイヤ人である。悲劇フラグはもはや神の領域へ。
 トリッパーたちが大量登場。いつか変態紳士の活躍を書きたいものだ。ちなみに紳士の必殺技は触手プレイ。
 リン参戦へ。こいつはこいつで死亡フラグ作ってる。
 なお実は時雄の話しているGTは黒歴史などの会話も、戦闘力超間違いの伏線だったり。納得出来ないものは公式だって認めない子です。
 フリーザの戦闘力は53万から150万前後に。

 第二十話。
 バーダック、出番を強奪する。
 フリーザの再変身、戦闘力は400万をちょっと下回る程度に。バーダックフルボッコ。
 ようやく来たぜ主人公。まさかのリキュー無双が展開される。そして次の一言“最後の変身をしろよ、フリーザ”。
 フリーザは最終形態へ。その戦闘力、通常時で3000万。

 第二十一話。
 リキュー、自信満々に全力全開。久々の超全力全開戦闘開始。その戦闘力は水を得た魚のように上昇し、500万ほどにまで到達。
 そしてそろそろ始めさせてもらった反撃を受けて撃沈。500万と3000万で勝てる訳ないでしょうが。
 リン参戦。必殺のデッド・エンド・シュート!

 第二十二話。
 『法則侵食』の発揮、フリーザ脅威の戦闘力9000万を披露。ブラックホールの特異点を侵食し握り潰す。
 この『法則侵食』。原作にて神龍が言っていた“神の力を超えた願いを叶えることは出来ない”、それと劇場版でのボージャック一味の結界を力技で無視してる超2悟飯、GTでの超サイヤ人4にて子供から大人に戻る悟空など、そういった描写を元に設定しました。まあ、これの一番の設定理由は、アックマンのアクマイト光線を喰らうとフリーザが死ぬってのが認め難いからってのがあるんですがね。
 激神フリーザ降臨、全殺開始。リンは瀕死で二ーラ・ガートン死亡。リキューブチ切れ、けど及ばず。右手を吹き飛ばされる。
 まあ、この結末にまで至ったのもリキューの自業自得ですからね。ここで超サイヤ人に覚醒するのはないない。

 第二十三話。
 代わりとばかりにバーダックの覚醒。条件は満たしていたから、後はフリーザがサイヤ人の個体数減らせば良かっただけ。つまりフリーザは自分で墓穴を掘った。
 バーダックの戦闘力は150万→7500万へ。フリーザもフルパワーへ、戦闘力1億2000万。
 ちなみに、冒頭で基本的に掘り返されることのないリキューの日本人時代の話が流れたり。親への微妙な態度の遠い原因の一つ。

 第二十四話。
 題名は二つの意味を持たせたダブルミーニング。単純で悪いか!
 トカゲの手により死亡フラグ射出、バーダックは太陽に散る。ちなみにバーダックがフリーザ相手に戦えていたのは、本編でも書いてたけどバーダックの戦闘経験値が超高かったから。
 ほぼ公開することはないだろう第三部の光景をバーダックは最期に見る。

 第二十五話。
 愛は哀だ。哀しみによってリキューは超サイヤ人に覚醒する。かくして彼は自身の行動による結果の全てを得たことになる。戦闘力500万→3億。
 人知れずブロリーは伝説の超サイヤ人へ覚醒。ちゃっかり親を連れて別銀河へと脱出。
 フリーザを一蹴し、ヒロインであるツバミとフラグを立てて、リンに面倒事を押しつけてリキューは消息を絶つ。クウラの存在も消え、惑星ベジータに平穏が戻る。

 エピローグ。
 唐突に登場したコンブルさん。この人が超サイヤ人になれるのはギフトのおかげ。リキューが深刻に悩んでいた大量虐殺などは生きるために仕方がなかったと、すっぽり割り切り済み。サイヤ人たちをあっさり見捨てて、自分はゆったり原作を俺TUEEEしながら満喫している。ちなみにもしも死んだとしたらこの人、確実に地獄行きである。トリッパーだから死んでも地獄行かないけど。
 リンはよもやの内政モノ主人公へのジョブチェンジ。必死に超サイヤ人に関する情報などを操作しばらまくなどして、周辺勢力からの侵攻行為などに牽制をかける。さらに並行してサイヤ人の穏和矯正教育や惑星ベジータの復興開発なども実行していくことになり、発生する様々な問題類にストレスを加速度的に溜めていくこととなる。
 ところで、もしもドラゴンボールで国家運営SLGなんて出たら確実に地雷だよね。一人の超強い武道家の存在で必死に金かけて作った軍隊が蹴散らされるんだから。でも発売されようものなら、絶対買っちゃうけどNE!!


 以上、各話の解説でした。お粗末さまでした。


 リキューという奇妙な主人公の話を読んでいただき、ありがとうございました。
 構想では全三部存在し、この後も続く予定ではある本作ですが、リキューが登場する話自体はこの第一部で終わりです。
 もう彼が、仮に本作の第二部や第三部が始まったとしても出てくることはありません。彼が主人公であり活躍する話は、良くも悪くもこの話で終了です。
 どうも、読んでいただきありがとうございました。謹んで作者からお礼を申し上げさせていただきます。

 さて、これからの作者の行動ですが以下のような選択肢があるのですが、どうすることにしましょうか。

 1、ここは手堅く第二部の製作だろう。
 2、いやいや、ここは意表を突き狂気の第三部だな。
 3、せっかくだから俺はこの時雄主人公のストーリーを書くぜ!
 4、君は実に馬鹿だなぁ、変態紳士の話に決まってるじゃないかシット!
 5、一般人代表ッ、加田!! 書かずにはいられないッッ!!
 6、ここはハードにダークに改造人間を頼むところだろ、マスター?
 7、リンの過去話まだぁー?
 8、アホか、こんなところで終わりがあってたまるか! 俺はリキュー主人公の続編を書かせてもらうぞ!!
 9、が・い・で・ん! が・い・で・ん!
 10、クウラはどうした! クウラのその後であるスーパーロボット大戦OGs 強襲! ビッグ・ゲテスターの脅威! を書きやがれ!!
 11、二次創作などどうでもいい、真に素晴らしいのはオリジナルよ! さあオリジナルを書け!!
 12、まあぶっちゃけどれ選ぼうが、これになるんですけどね。筆を置き作者はROM専へと戻る。




 最後に、ありがとうございました!!





[5944] 誰得設定集(ネタバレ)
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:ee8cce48
Date: 2009/09/17 12:23


 設定資料集エトセトラ。




 全く、何時からここはこんなにツンデレばかりになったのか、作者はびっくりですよ。思わず感想見て誤解しかけちゃったじゃない。
 だが心配無用。こんな時に備えて作者の心眼スキルは鍛え抜かれているからな。全くヒヤヒヤさせてくれるぜ。

 選択肢で8とか1とか5とか3とか色々なツンデレ意見が出ていたけど、大丈夫。作者はちゃんと分かってるって。
 答えは12、だろ? ふ、安心しな。吾輩は惑わされず正解を選ぶぜ!




 まぁ、というわけで本編にて出せなかった及び使えなかった各種設定群の羅列です。
 正直頭で各ストーリーの構想は用意していても、それを全部生きている間に出せるかどうか分からないですし。というかぶっちゃけ無理だろうしなぁ………という訳でこれらの設定群見て、適当に内容を各自の妄想力で補完してくれればいいかなぁ、と思ってみたり。すみません。

 特にトリッパーメンバーズ関係の設定が多いかったり。誰か一緒にシェアワールド展開してくれないかなぁという作者の願望の表れ………まあ妄想ですがね!

 以下、誰得って気もしますが、どぞ。








 ―――キャラ設定編。




 ―――リキュー

 本作全三部作の内、第一部序章開幕編の主人公。頭脳明晰で戦闘能力も高いという、典型的な最強オリ主。
 ドラゴンボールの世界へとトリップしたトリッパーであり、トリッパーとしての分類は転生型。トリップした世界での身分はサイヤ人のエリート。
 トリップした時代は原作の始まる遥か前。まだ惑星ベジータは消失せずツフル人が存在していた時期。
 惑星ベジータにて暮らす内に、自分の今いる世界がドラゴンボールの世界だと判明。様々な障害に遭い懊悩を重ね、屈折した人格を形成していくことになる。その過程にてフリーザの打倒を決意、一人地道な修練を重ねていくこととなる。
 そして惑星ベジータで生活を送っている内に、トリッパーメンバーズに所属する勝田時雄と接触。自分と同じ境遇の者たちがいることを知り、自身もまた組織へと在籍することとなる。
 そこで多くのトリッパーや創作物世界の住人たちと邂逅し、様々な経験を積むこととなる。この時に宿敵にして自身の同類であり、後に親友とも言うべき関係となるリンと出会う。
 やがて四年の歳月が経過し、戦闘力を爆発的に向上させるも超サイヤ人には覚醒出来ず、惑星ベジータ崩壊の時期が到来。意気揚々と出陣し、フリーザへと挑む。
 そして敗北。両親を目の前で殺され自身の右手も消し飛ばされる羽目となり、両親の遺骸の前で慟哭。その時超サイヤ人へと覚醒し、フリーザを抹殺。十年以上の長きに渡る目的を果たす。
 最後は第一部最終話にて、ツバミに自身のイセカムを渡してリンにはサイヤ人の未来を託し、自分は惑星ベジータへと接近してくるクウラへと向けて出陣。惑星ベジータの衛星軌道上にて謎の大爆発が確認された後に行方をくらまし、生死不明な状態のまま完全に消息を絶つ。その後の行方は、そもそも死んでいるのか生きているのかすら誰にも分からないものとなる。
 なお、トリッパーメンバーズではリンを初めとする一部の人間の発する強固な主張を受け入れ、リキューの失踪後も死亡扱いではなくあくまでも行方不明扱いし、何時でも戻って来れるよう在籍名簿など各種登録は消去されず、組織に残されたままとなっている。

 主にその人格・行動について。

 前世に当たる日本人であった頃の記憶と人格と、転生してからの異常な環境の両方が合わさった結果、非常に強くそしてねじ曲がった倫理観を持つに至っている。
 不殺主義者であり、よほどの悪人でも酷くて半殺しにすることがある程度で、ほとんどの場合は軽くノして現地の治安機関に引き渡すなどして済ましている。
 サイヤ人の肉体的特性ゆえに、原始的な凶暴性や闘争欲求の発露と、それに伴う感情の揺れ幅などが非常に大きい。これは単純にサイヤ人だからという理由だけでなく、リキュー自身の過剰反応気味の自己否定も加わった結果のもの。これについて本人は常に理性で感情の統率を務めているが、その精神的な負担は馬鹿には出来ない代物あり、そのため捌け口としての役割を担うために、フリーザを無意識且つ絶対的な敵対者に設定して情動の抑制を図っている。
 なお上記のような精神的構造を形成した結果、リキューは自身が一度“悪”として認定した存在に対しては一切の抑制を働かせず、不殺も撤廃した完全なる抹殺を意図する行動を取るという、精神的なロジックが作られてしまっている。
 なおその人格の全体的な性質は能動的なものと思われがちだが、実際は受動的なものであり、基本的に頼まれごとなどは断らず引き受けて、場の状況に流されることも多い。

 トリッパーメンバーズ在籍時には、探査部の“開通係”に所属。多数の世界へトリップを行い、そこで率先し、あるいは巻き込まれるなどして、幾多の戦闘行為を行っていた。
 トリッパーにしては珍しいオタク知識に造詣のない人間であり、そのために原作を著しく崩壊させるような行為なども平気で実行してまうことが多い人間である。
 通称『原作ブレイカー』。組織内のトリッパーにおいて、創作物世界のストーリーを最も多く破壊した人間であったりする。以下その一例。
 マブラヴ世界にて横浜ハイヴをトリップ早々完全破壊、白銀と純夏を手遅れになる前に助け出す。ダイ大世界にて原作開始前に大魔王へ戦いを吹っ掛け六大軍団長全員とバトル、後のW竜の騎士フラグを打ち立てる。古代アルティメットクウガとガチバトル、山脈を二つ三つ消し飛ばすetc……。
 特に型月世界では、先に存在していたもう一人のトリッパーである『系譜殺し』の活躍と合わせて、裏世界の勢力図を一変させるほどの大規模改変を実行。その名を地味に轟かせたりしている。(ORTを完全消滅させ蘇生完了まで100年という状況に追い込む、ネロ・カオスを太陽にぶち込むなど)
 仕事の面では自身の趣味をこなしている傍らだが意外と真面目に従事しており、“開通係”という高給取りであることもあってそれなりに収入は高い。しかもテクノロジストとして、下手なSF世界関係技術者よりも知識があるため、一部パテント料などそちらから入る利益すらもある。ただし生来の本人の雑な金銭感覚によって割かしあっさり且つ大量に資産を放出するために、蓄えはそんなになかったりする。(重力コントローラーを莫大な予算をつぎ込んで製作する、資産を換金可能な貴金属類に換えてそれをあっさりトリップした世界の他人にプレゼントする、など)
 あと何気にブリーダーとしての素質も持っているようで、何人か戦いを訓示してやった人間が組織の内外に複数存在しており、結果『限界突破』の存在もあって幾人もの超人を生み出すことに。そしてその中には原作キャラもいたりして、彼のおかげでSHIROUやSHIROGANE、ICHIGOといった魔改造キャラなども生まれてしまっていたりする。まさしく『原作ブレイカー』、こいつ自重を知らねえ。

 ちなみに、当人サイヤ人の性質かなんなのか、かなり純情でプラトニックでウブな人間でもあったり。性的にオープンな話題や誘惑などに対しては顔を赤くして慎みを知れッと怒鳴る。
 んで、何気にリターン・ポイントにて、とある売店に務めていた女性といい関係を築いていたりなどしていたり。ツバミにフラグ立てといてのこの所業、リア充がッ。
 サイヤ人としてオールマイティに通じる規格外の身体能力などがあるゆえに、メンバーズ・トップ10のその上位陣の一員として存在。そして後に超サイヤ人へと覚醒するに至り、不動のトップワンとなった。
 その失踪後にはトップワンという地位のこともあり、彼の起こした数々の騒動などの存在も含めて、一種の伝説の存在としてトリッパーメンバーズという組織の中で語られ続けることになる。
 あと本当にどうでもいい無駄設定として、ハンドルのある乗り物に乗ると性格が変わるというものがある。

 最終到達戦闘力は3億。計算が合ってないのは、自分の本当の気持ちに気付き精神と肉体の一致が完全に果たされたから。基礎戦闘力が600万に増えてる。




 ―――リン・アズダート

 リリカルなのはの世界へとトリップした憑依型のトリッパーであり、ランクにしてSSS級に位置する能力を持つ魔導師。
 トリップした世界での時期は、無印開始のかなり前であり、年数に直しておおよそ三十年以上前。主人公陣などまだ一人も生まれちゃいません。
 トリッパーメンバーズ内でのトリッパーの中でも最多のギフトホルダーであり、メンバーズ・トップ10の一人。
 憑依した肉体は脳死状態でカプセルに保存されていた、アルハザードより流出された技術より形成された、すでに滅び去った文明が作成し奇跡的に残っていた人造生命体のものであり、規格外の魔力を持っている。この肉体は非常に秀逸なバランスで形成されており、単純な外観の美麗さは元より、強力な再生能力や並の人間を上回る超人的な身体能力をも持ち合わせている。(片手で掴んだクルミを割ることが出来るなど)
 その肉体の開発における通称コードは、“神の雛型”。理論先行で作られた人造生命体であり、結局まとも生命体として完成したものは一体もないという曰く付きの肉体。
 二つのレアスキルを所持しており、それらはそれぞれ本人の左右の両眼を基点に存在している。よって目が潰された場合、眼球自体の再生は可能であるもののレアスキルは失われてしまう。レアスキルが失われた場合は分かり易く瞳の色が金色へと変色する。
 武装員としての実力に加えて、高い事務能力をも持ち合わせたあらゆる技能に秀でる万能的な人間であるが、面倒であるとのことで事務能力については隠匿している。
 基本的に初対面の人間と会話する時はいい人を装って話すものの、一言多い発言により不愉快を買ってしまうことが多々あり。そして少し親しくなればすぐに地の性格が出てくる。少なからず精神的人格的に浅慮な部分が見受けられ、不快を買うことも多い人間だが、その分他者と色々分け隔てなく話せるために友人知人の数も多い。
 “神の雛型”専用のデバイスでありロストロギアでもある、アームドデバイスのジェダイトを持つ。

 トリップした時の状況は、廃墟となっていた研究所らしき施設の中のポッドに保管されていた“神の雛型”に憑依といったもの。混乱したまま同施設に保管されていた専用デバイスであるジェダイトを発見し情報交換。ここがリリカル世界であるということを知りながら施設を去り、着の身着のまま当てもなく彷徨った結果、餓えて倒れる。そこを偶然発見したアズダート老夫妻に保護され、事情を聞いて帰るところも頼れる者もいないということで養子として受け入れられる。
 アズダート老夫妻はそれなりの資産を持った家庭であり、都会から離れた田舎にて静かに二人だけで暮らしていた。リンは恩を返すためとリリカル世界を見て回ってみようという目的の元、時空管理局に所属しない、無所属の野良魔導師として傭兵の真似事みたいなことなどをするようになる。その派手なスタイルから“白銀の天使”などといった二つ名が付けられはじめ、さらに広がり始めた評判などから管理局にロストロギアの不正所持疑惑をもたれ、優先度は低いものの密かに追跡されるようになる。
 その後、トリッパーメンバーズと接触。その活動目的などを知るに至り、自身も参加することを決意。アズダート夫妻に事情を話してリリカル世界から飛び出し、組織の“開通係”所属し活動していくこととなる。
 リキューと出会ってからは常に当人と反目し続けており、その対立はリターン・ポイント内でもそれなりに有名に。
 第一部終了後からは“開通係”を辞職し、惑星ベジータの所轄惑星化及び、リターン・ポイントの衛星都市化を目指した開発作業を一手に担い行う様になる。この大事業を蓄積されたストレスで胃腸類を痛めつつ、知り合いへのヘルプなど様々な手助けを借り受けて、何とか一定の成功を収めることとなる。
 キャラの役割として、もう一人のリキューというコンセプトでメイキング。リキューとはその思考原理がほとんど同じであり、両者がいがみ合っているのは同族嫌悪でしかなかったりする。第一部本編を読み返してもらうとそのあたり分かって貰えると思われる。行動に差異はあれど、基本的に考えてることはこいつら同じである。
 リンもまた不殺主義者。非殺傷設定を解いて人を攻撃したことは、よほどの非常時以外では全くなかったりする。

 保持している技能技術

 『魔力乖離』
 本人の魔力自体に秘められた性質で、種別を問わず発動した魔法や放出した魔力に対して対象が触れることで、自動的に発揮されるレアスキル。
 この効果の対象となった者は、自身の魔力が強制的に略奪されて体外に放出されてしまう。
 魔力を奪われる際にはその魔力量に比例した脱力感や痛みといったショックが付随して発生するため、攻撃魔法の直撃などを対象者が受けた際は、そのショックの強さに気絶する可能性が高い。
 またこの性質のために一部の魔法による捕縛や防御といったものも、単純に魔力を放つことでその魔法の魔力を奪い、構成や強度に関係なく簡単に崩壊させることなどが可能となっている。
 対象の力量などに関係なく、対象の魔力量に応じたショックを与えるために、リキューなどにも直撃させれば効果が発生する。逆に言えば対象が魔力を持ってないと意味のない死にスキルとなる。

 『同時並行多重発動』
 文字通り、設定した様々な魔法を、本人やデバイスの処理能力を無視して好きな形で発動できるスキルである。
 これはつまり、一つの強烈な攻撃魔法を同時に無数に展開しながら、相手を尋常を凌駕する数の捕縛魔法で無限に雁字搦めし続けることもできるということ。
 魔力こそ展開する数と同等の消費量が求められるが、その問題さえ解決すればタイムラグなしに自由に魔法を使える、無限魔法砲台と化すことも可能なスキル。
 リン本人が膨大な魔力を持っているからこそその効力を発揮しているスキルであり、ゆえにこそまさにリンという存在にお誂えたかのようなレアスキルである。
 このレアスキルは第一部終了後には失われる。

 覚醒の紋章。
 リンが過去に幻想水滸伝の世界にトリップした時に手に入れた紋章。頭部に宿している。
 ワールド・ルールに由来する効果を持っており、その内容は発動時『宿主の放つ全ての魔法の効力を1.5倍にする』というもの。それゆえどんな世界のどんな種類の魔法であろうとも、それが魔法という名が付いているのならば発動した場合に効果が1.5倍になる。
 発動には時間がかかり、その準備も戦闘に突入してからではないと出来ないために、あらかじめ準備しておいてすぐに発動させるという芸当はできない。

 返し刃の紋章。
 同上。左手に宿らされている紋章。
 これもまた同じくワールド・ルール由来の効果を持ち、宿主の基本的な動体視力や反射神経など見切りに必要とされる能力が向上される。
 しかしそれだけでなく、紋章が真に発動した時には圧倒的な格上の相手であっても問答無用でその動きを一瞬だけだが、『見切る』ことが出来る。(全力で動きまわるリキューやフリーザの動きなど)
 なおこの真の発動は純粋な確率に左右されるために、リン自身でコントロールすることは出来ない。

 疾風の紋章。
 同上。右手に宿らされた紋章。
 特に目新しい能力は持たない、常時発動型の紋章。戦闘時に宿主の全体的な行動速度を格段に高める効果を持つ。
 リンはこの効果と自身の用いる強化魔法を併用することで、爆発的な戦闘速度の向上を実現している。けどそれもリキューには大して効果がなかったりする。基本が違うのよ基本が。

 デバイス解説。

 ジェダイト。
 “神の雛型”と並行して開発された、専用のアームドデバイス。これとセットで運用することで、“神の雛型”の能力を120%発揮するのが目的だった。
 設計コンセプトは、武器ではなく相棒。一個の確立した生命と遜色のない人格を持たせパートナーとして信頼し合うことにより、相互補完によるスペック以上の能力の発揮が目指された。なお一部設計にはユニゾン・デバイスが参考にされている。
 こちらも理論先行の気が見られ、理想通りにはならず。確立した自由意志を持った人格を保持させた分、デバイス側の反抗といった問題が露出。高度なテクノロジーが使用されているものの、同時にどうしようもない欠陥デバイスとなる。デバイスによる保持者の乗っ取りというその危険性から、時空管理局からランクは低いけれどもロストロギア認定され、被害が出る前の回収が求められている。

 『スタンバイモード』
 掌に収まる程度の大きさの、翡翠色のクロスをしている。
 普段はこの状態にして首にかけ、アクセサリのように身に付けている。

 『リンクモード』
 デバイスの人工知能と保持者の意識を同調させ、タイムラグなしの完全な意思伝達を可能とする状態。いわば疑似ユニゾン。
 この状態になると、デバイスの処理機能をフルに使っての体調のリアルタイム管理が可能となる。
 またリアルタイム管理によって極限まで魔力の運用は効率化され、その結果による増幅効果をも併発。結果として一回りレベルの上回ったパワーアップが実現する。
 この際には溢れる魔力が背部から放出されて、二対四枚の“羽”が形成される。この“羽”は自由に動かせて、レアスキルとも合わさり魔法に対して攻防一体の立派な一つの武器となっている
 また頭髪も魔力過多による発光現象に見舞われて、銀髪状に輝き揺らめくようになる。
 同期レベルを高めることにより、保持者の意識とデバイスの人工知能との垣根が取り払われ、互いが互いの機能を思考一つで操作できるようになる。二人で一つの状態。この機能こそがジェダイトのデバイスとしての最大の特色であり、同時に最も問題視される欠陥。(デバイス側に悪意があれば、この時保持者の身体を乗っ取ることが出来るからである)

 『フルドライブモード』
 魔力を凝縮して刀身の状態に凝り固め形成する。全ての魔力を総動員した攻撃特化接近戦形態。
 リンの魔力を限界を越えて総動員させる状態であるため、リンカーコアに莫大な負担がかかる。万全な態勢で使用したとしても、長時間の行使は後遺症を発生させる危険性を持つ。
 第一部本編にて瀕死の状態でリンはこのモードを使用した結果、リンカーコアに障害が残りその魔力総量が13%減少してしまった。

 パターンB・H・S。
 ブラックホールシューター。リキューに対抗して必死こいて作ったはいいが、使い勝手が最悪な上に万が一当たろうものなら文字通り必殺と、一切の使い道のないダメ魔法となったもの。
 ジェダイトの処理能力の限界までと、リンの『同時並行多重発動』を最大限に使った上で発動できる魔法。よって第一部終了後は使うことが二度と出来なくなった。

 トリッパーメンバーズに所属してからもその前からも、必ず最低一ヶ月に一度はアズダート老夫妻の元へと、顔を出しに家へと帰っていたりする。惑星ベジータの代替執政者となってからもこれは変わらず、間隔は置くようになったものの時間が出来れば必ず顔は出していた。アズダート老夫妻没後はその土地や資産など全てを譲り受けることとなるも手を付けることはなく、住んでいた家は手を付けず保管するよう手配する。
 現実帰還派の一人。別に現状に嫌気が差しているという訳ではないが、それ以上に現実に残してきた両親に対して一言ケジメを付けておきたいため。この思いはかなり強く、そのため真面目に“開通係”という仕事に従事していた。
 代替執政官執着後から二十数年後、コルド大王率いるフリーザ軍残党と、それに呼応し反抗を起こした一部のサイヤ人たちによる惑星ベジータ侵攻作戦が勃発。そしてその後立て続けに発生する惑星ベジータ消失事件という事態の最中、時間稼ぎのため囮として果敢に奮戦した結果、死亡することとなる。




 ―――勝田時雄。

 ジョジョの奇妙な冒険の世界にトリップした憑依型トリッパー。トリップしたのは原作第三部開始前の時期。メンバーズ・トップ10の一人。
 自動車事故で両親が死亡した後施設に入れられ、そこで高目枝折と出会う。その後施設から出て、トリッパーメンバーズと接触、所属。ただしこれは特に目的あっての行動という訳ではなく、単純に同じ境遇の人間たちと寄り合いたいという仲間意識と、物珍しさからくる好奇心に動かされてのこと。本人は現実に帰還する気もさしてなく、現状に満足している。
 やがて時雄が組織に出入りするようになって、次第に枝折に構うこと自体が少なくなる。その隙を突くように枝折がDIOに攫われて、時雄は単身救出を決意。エジプトへと赴く。
 そしてスタンドバトル、新たな仲間、枝折の父との出会い、死別、ジョースター一行との接触、NTRなどを経験し、そのスタンドは成長。
 時間と空間を操る能力が統合され一つとなった、本来あるべき真の己のスタンド、“2nd・ブリティッシュ・インヴェイジョン”へと変じ、世界を加速させるDIOへの終止符を打つ決め手となる。

 『ブリティッシュ・インヴェイジョン』

 時間と空間を操る能力を持つ。近距離パワー型。
 破壊力B、スピードE、射程距離E、持続力B、精密動作性D、成長性B。
 主にスタンドの固有時間を加速させる時間操作能力と、スタンド周辺2mの範囲の空間を自由に拡大収束などさせる空間操作能力の二つを持つ。
 スタンドが二つの能力を持っているのはこのスタンドが本来の形ではない“未完成”なものであるためであり、“完成”した時、この二つの能力は一つに統合されその真の姿・能力を見せる。

 DIO打倒その後、精神的な成長を果たしその人格は成熟。落ち着いた人格を持つ。
 そしてスピードワゴン財団に入ってスタンド関連の事件などを追うエージェントとなり、トリッパーメンバーズからは距離を取った生活を送る。
 だが時が経ち、ブロリー・ショックが発生した時には事態収束のために駆け付け協力。暴れ回るブロリーを抑えるための最終手段として、己のスタンドを矢を使ってレクイエム化。全力を用いてブロリー打倒に尽力し、死亡する。




 ―――加田明。

 バイオハザードの世界へとトリップした訪問型のトリッパー。トリップしたのはまさにゾンビパニック真っ最中のラクーンシティであり、丁度ゾンビで包囲されてる状態の広場の中心だった。
 特別美形になっている訳でも特殊能力がある訳でも身体能力が跳ね上がっている訳でも武器が持ち込まれている訳でもない、一切のギフトらしいギフトもない生身一貫なトリッパー。
 むしろギフトを得られないギフトを持っているのではないかというぐらい、加護というか補正というか、そういった類の言葉に縁がない男である。
 リキューらしく悩む暇なぞない状況に追いやられ、何が何だか分からないままに鉄パイプを握ってゾンビを叩き飛ばすところから加田の物語は始まることとなる。
 殴って走って轢いて走って侵入して盗んで撃って逃げて撃って助けて言葉通じなくてゾンビになられてラブして目の前で死なれてウィルス感染してワクチン探して核から逃げようとしてと、ほぼ貫徹状態のまま丸々狂気の三日間を過ごし、力及ばず核ミサイルで吹き飛ばされそうになったところをリンに拾われ、ギリギリ生き延びる。
 その後は行くところもないので組織入り。惨劇の経験からか常に銃器を身に付けておかないと気が休まらないようなり、どこのボルボだと言われる様になる。通称ガンマスター、口癖は銃《こいつら》だけが友達。
 現実帰還派の一人。過去の経験によってなにもしないでいると襲われるような恐怖感が沸いてくるので、危険と分かっていながら“開通係”に就くという訳のわからん暴挙に出る。なお得た収入は全て銃器類の購入に充てられており、突然のサバイバル状態への備えは完璧である。
 そんな彼がトリップする世界は何故かゾンビ系列が多く(デッドライジングなど)、その都度加田は鬱憤のすべてと共にショットガンをゾンビの顔面にゼロ距離からぶち込んでいる。
 ちなみに、本人魔法や忍術など、ファンタジーな超越技能の類に関して憧憬が深く、新たな体系技術などが発見されるたびに気合い入れて本人はそれを習おうとするが、ことごとく適性がないと弾かれ、非常にやさぐれている。

 三大事件の内の一つであるブロリー・ショックにて、死亡する。




 ―――藤戸利光。

 仮面ライダーの世界へとトリップした訪問型のトリッパー。時期は10号ライダーの前。メンバーズ・トップ10の一人。
 そのトリップした場所は、最悪のことに敵組織BADANの秘密基地の中であった。そしてこれが藤戸のその後の運命を地獄へとネジ曲げることに。
 まさにトリップしてきた瞬間を目撃された藤戸は、その特異性を看破され即座に捕縛。連行され生命の無事を度外視された拷問と薬物投与による激しい尋問を受ける。魂を絞り切る様なその過酷な尋問によりありとあらゆる情報を吐き出された後、特異性の有無を確認するためのありとあらゆる実験が行われ、死にかけるたびに無理矢理心臓を動かされながら地獄のラリーを継続される。
 やがて実験が終わり、文字通り全ての情報という情報を抜き取られた藤戸は用済みとされ、再利用と称した新技術を用いた改造人間の試験用テストベッドとして素体にされる。
 そこでかつての原形を留めない、パーフェクトサイボーグレベルの全身改造を受ける。ギフトとして高い改造適性を持っていたために、なおさらにその改造作業は加速することに。
 そうやって散々技術テストとして、マッチングなどを無視した過剰改造を受けた後、藤戸はスクラップとして廃棄処分を受ける。
 その後、処分を待つばかりであったスクラップ置き場で、藤戸は自身と同じような境遇である、拉致され改造手術を受けた被害者たちの姿を目撃。かろうじて息の残っていた生き残りの人々からその身体のパーツを譲り受け、自分で自分を無理矢理修理改造し、脱出。継ぎ接ぎだらけの身体で復讐を決意する。
 さらに後、死別や激闘、仮面ライダーたちとの邂逅を経験し、BADANの壊滅を達成。精神的にも凄まじい成長を遂げ、正義のための行動を心がけてトリッパーメンバーズに組織入りする。

 『仮面ライダーアザー』

 藤戸の変身した姿。最初期は規格も何も無いバラバラの継ぎ接ぎ状態であったために、ライダーというよりも怪人と言った方が良いほどの異形な形態であった。
 幾度かの再改造手術を経て整形していった結果、現在の見た目整った状態へと至る。
 なおその首には、最初のスクラップ置き場にてパーツを託された、多くの犠牲者たちのオイルで染められたマフラーを巻いている。
 その身体の内容は技術の混沌といった様相であり、バランスも用途も無視した無茶苦茶な機構技術が使われ、噛み合うことなく絡み合ってしまっている。そのデタラメ具合は、各関節部のトルク比がめちゃくちゃな状態でしかも予想外の機能とリンクさせているためのに、パンチ一つ打っただけでフレームの一部が破断してしまうというほど。戦うと傷付くどころか、そもそも普通に歩く走るといった行為だけで全身に損傷が発生していく狂気の形態である。
 瞬間的な出力などだけを見ればそこそこ強力な性能を持つが、致命的なまでに継戦能力と安定性が欠けている。
 武装はアシッド・ワイヤーや聴覚を通してダメージを通す超音波、それとその拳や蹴りといった徒手空拳がメイン武装。一応バイクもある。
 再改造と調整作業を重ねる度に少しずつ問題改善されてはいるが、それでも根本的な問題の解決は出来ていないため、なるべくこの形態にはならないことが望ましい。
 しかし藤戸は必要となればすぐに変身してしまうため、この注意が意味をなすことはまずない。
 実は、変身してからそのままの状態で10分も過ごすと戦わずして致命的な損傷が発生するという秘密を持つ、超欠陥改造人間。

 改造手術の後遺症で、慢性的な頭痛や疼痛、全体的な激痛と、痛々しい発作を患っている。
 改善するための再改造手術はトリッパーメンバーズでも何度も行っているが、絡み合った複雑な技術の混沌が積み木のような状態を生み出しており、下手な横入れはそれこそ辛うじて成り立っている生命のバランスすらも崩壊させ死ぬ危険性があったため、抜本的な解決には至っていない。残った僅かな生体部分すらも遺伝子レベルで変質しているために、培養医療といった手段も使えていない。
 後遺症の一種で飲み物しか口から食べられないために、処方してもらった薬を飲むことで栄養補給と鎮痛の両方を行っている。
 これら過去の経験ゆえか、非常に人格的に大成しており、トリッパーの中でも有数の人格者でもある。現在の自分の境遇にも悲観しておらず、率先して他者を助ける行動を取り、また悪を決して許さない正義の行動を志している。彼にとって正義とは別にかっこつけでも何でもなく、力持つものとしてやらなければならない義務だと普通に思っているのである。

 三大事件の一つであるブロリー・ショックにて、事態収束のために尽力し、ブロリーへと挑んだ際に致命的な損傷を被り、植物状態へと陥ることになる。
 その後年月が経ち、時天空クライシスが発生した際に長き眠りから覚め、人命救助に奮闘。その命尽きる時まで人々を助け続けた結果、死亡する。




 ―――紳士

 本名不明であり通称、変態紳士。ストレイト・ジャケットの世界にトリップした、憑依型トリッパー。時期は原作開始前の三十年ほど前。メンバーズ・トップ10の一人。
 見た目がスキンヘッドをしたネグロイドな老人であり、白一色で仕立て上げられた紳士服やシューズに手袋とアンバランスな格好。その見た目のインパクトはかなりのもの。瞳は血の様な紅眼《ルビーアイ》。
 《魔族》でありその特性上、自由自在に魔法を操ることが出来る。トリッパーメンバーズには触手プレイごっこをしていた時に接触。そのまま組織入りする。
 原作を楽しめればいい享楽主義者でもあり、極々自然に会話の中にエロトークを混ぜることを得意とする。リキューにはよくエロトークを振ってやってその反応を遊んでいた。
 タイプの女性は大人な成熟した人であり、巨乳などセクシーでエロティックな特徴を持った人が好み。少女などは好みの範疇外であり、手を出す気にはどうしてもなれない。ただしからかって遊ぶのは別。
 気に入ったセクシーな女性に対して、素面のまま一夜を共にしませんかと礼儀正しく持ちかける変態紳士であり、大抵そのお誘いは上品に、あるいは悲鳴と共に、もしくは拳と共に断られる。
 紳士なために、決して女性には暴力を振るわないと決めている。代わりに触手プレイを行うが。本人はそれを正当防衛と言ってのける。
 かつて藤戸の復讐に手を貸してやり、そのため色々と気心の知れた仲でもある。
 トリッパーメンバーズにおいては特に定職に就いている訳でもなく、神出鬼没且つ自由自在に色んなところに現れては、場を適当に引っ掻き楽しんでいる。

 三大事件の内の一つである時天空クライシスにて、死亡する。




 ―――木月雲雀

 フルメタルパニックの世界へトリップした転生型トリッパー。時期は原作開始の二十年ぐらい前。
 極々自然の家庭に生まれ、過ごす内にここがフルメタルパニックの世界だと気付く。
 自身がウィスパードであることにも早々に気付きこりゃ不味いと思いながら、何か打つ手はないかと思案していた時、その世界にて企業進出していたトリッパーメンバーズの存在を発見。
 接触を図り組織の存在を知った後に、自分の安全のためにも所属を決意。出身世界から家族ごと脱出し、リターン・ポイントにて暮らし始める。
 そうして自身のギフトであるウィスパードの能力を活用して組織に貢献。技術部に所属してそれなりに満足する生活を送っている。
 時折ウィスパード技能を生かすために元の世界へと戻ったりしているが、基本的にリターン・ポイントを活動の拠点としておりほぼ永住の構えを見せているトリッパーの一人である。
 後に結婚し家庭を築き、子も儲ける。

 三大事件の内の一つ、時天空クライシスにて死亡する。




 ―――クロノーズ。

 フォーチュン・クエストあるいはデュアン・サークの世界へとトリップした訪問型トリッパー。
 トリッパーメンバーズという組織を立ち上げた最初期メンバーの内の一人であり、またその中で現在、唯一組織に在籍している者でもある。
 すでに組織運営からは手を引いているとし、実際組織の運営・活動について話し合う部署会議などにも出席することはなく、口出しもしてはいない。
 しかし全く組織に対して影響力がないという訳ではなく、私兵のように直属に動かせる人員や、各部署に融通を利かせられる発言力などを持っていたりする。
 新しく組織に入ってきたトリッパーたちへの組織についての説明役であり、イセカムを渡す役割も担っている。
 神出鬼没に動き回っており、困っているトリッパーなどに若干の手助けなどをするような行動を取ったりしている。
 トリッパーというよりも神の眷属としての意識の方が強いために、なるべく人の組織の組織運営に関わりたくはないという節を見せている。(自分が行うことに問題があるのであって、手助けすることは別にいい)

 後に壊滅し崩壊したトリッパーメンバーズという組織を再編成して、本来の目的へと活動方針を持ち直す。
 そして純粋にトリッパーたちへの援助を目的とした活動に邁進し、ゼロ・ポイントの管理などを行っていく。




 ―――『系譜殺し』

 型月系世界へとトリップした訪問型のトリッパー。若干のサイコパスが入った人格の持ち主。キチガイの境界線を彷徨ってる。
 ギフトで手に入れた『系譜殺し』を使って化け物退治を生業に自堕落な生活をしている。こいつの手によって型月世界の吸血鬼が文字通り半分減り、死徒二十七祖も何人か滅んで裏側の勢力図が一変してしまった。日本語以外一切使えないため、実働戦力と翻訳係として美少女が一人、秘書代わりに侍らせている。
 仕事の受け付けはインターネットを使って行っている。特に難しい条件はなく、入口のパスワードクリアしてホームページに入ると、後は依頼内容と報酬金額を書けば受け付けられる。ただしこのパスワード、トリッパーとしての無駄知識と嫌がらせ気味な細かい注文がふんだんに使われたものであり、裏関係に造詣の深い者でも分からない内容のものがランダムで出題されたりする。(例、ネロ・カオスの死徒になる前の人間だった頃の名前は? ただし日本語、カタカナで答えよ。etc……)




 ―――古代アルティメットクウガ。

 リキューがかつて戦いを挑んだ太古のライダー。この戦いで油断したリキューは本気で死にかけた。
 山脈が二つ三つ吹き飛んだのはリキューの仕業ではなくこいつの仕業。リキュー自身も危うく全身をプラズマに変換されかけるところだった。
 壮絶な戦いの後に封印の眠りにつく。珍しくリキューが原作ブレイクしなかった世界での出来事。
 なおこの世界にもトリッパーはいたが、グロンギに憑依して大量虐殺やらかしたためにクウガにぶっ殺された。




 ―――ツバミ。

 第一部本編五話にて実は登場していた、ヒロインさん。
 サイヤ人ゆえに一見して男勝りな性格をしているが、ちゃんと女らしいところもある。実に健康的な美女。
 そのスタイルは実はかなりのもので、胸も大きかったりする。おぱーい!
 リキューに最終話で、ピンチのところを救われるというヒロインの王道的展開にて再開することになる。その分かれ際にリキューのイセカムを渡される。
 第一部その後では渡されたイセカムを乙女チックに後生大事に身に付けており、いずれ来るだろうリキューとの再会の時を大人しく待ち続けている。




 ―――コンブル。

 リキューの兄。転生型トリッパーであり、分類でほぼ間違いなく悪に区分される人。
 惑星ベジータにリキューよりも一足早く生を受けて、早々に逃げなきゃ不味いと考えながら星を地上げして過ごす日々を送る。
 頃合いを見計らって偽装死を実行し、首尾良く存在をくらました後はエイリア星へと辿り着き、そこでターブルやグレなどと一緒に愉快で楽しい日々を送る。
 偽装死を行うまでにやっていた自分の大量虐殺などは、仕方のなかったことだと割り切り済み。フリーザに消し飛ばされるだろう肉親や同族についても、自分のことは棚に置いて自業自得だと片付けている。
 ギフトによって必要条件を無視し、あっさり超サイヤ人になることが出来る。その戦闘力は最初は真面目に鍛えて5000まで上げるも、すぐに根性が続かなくなりリタイア。超サイヤ人になれることも考えて、別にイーヤとさっさと修行を放り投げている。はっきり言って才能などの面で言えばリキューよりも段違いで上なのだが(リキューの苦労した“気”のコントロールなども簡単にマスターしている)、致命的に向上心にかけるため戦闘力は足元にも及ばない。
 実は最初の最初の最初期にて、作者が考えていた主人公役だったりする。しかしプロットを見直した結果やっぱり止めてリキューを主人公にしたストーリーを製作、彼は物語の本筋から退場することに。
 そのボツになったプロット案では最強主人公らしく淡々と強くなっていき、トリッパーメンバーズという組織もフル活用。一部のバーダックを含んだサイヤ人の一団を扇動し、フリーザ戦の為の捨て駒にするなど、わりと人非道なストーリーが展開されていた。しかしこれら使い捨て20倍界王拳特攻部隊やツバミら女サイヤ人たちを力で屈服させて作ったハーレムなど、数々の構想は日の目を見ることなく眠ることになる。というか主人公が外道過ぎる。

 ちなみにニーラのリキューに対する愛情深い態度などの理由には、こいつの偽装死の存在があるためだったりする。
 失って初めて分かる大切さってのもある訳です。こいつは何にも感じていないが。








 ―――世界設定編。




 ―――トリッパーメンバーズ。

 あらゆる創作物世界間を繋ぎ存在する、超巨大世界間運営組織。
 その始まりは十人前後のトリッパーたちが、現実への帰還と同じ境遇であるトリッパーたちの保護を目的として結成した、ただの一集団でしかなかった。
 しかし活動を続けていく内にどんどん構成人数が増えていき、やがてただ集団からそれなりの力を持つ組織と呼べるだけの規模の団体へと変貌、現在の形へなっていたのである。

 その行動と目的。

 組織としての最終目的は、結成当初から変わらず“現実への帰還”と“トリッパーの保護”の二つである。
 しかしこの目的、特に後者の“トリッパーの保護”においては次第に大量の財力が求められるようになっていき、組織は利益を得るための運営拡大を行う必要が出る様になった。
 この財貨獲得の手段として、組織は技術の売買を主力武器に使うことに選択。SF世界での技術を現実準拠世界でライセンス取って収入を得るなど、まさにボロい商売を行う。しかしこの運営拡大によって、組織全体に求められる負担が激増。対応の限界にまで切迫したために、仕方なく組織は構成員の制限を解放し、組織運営にトリッパー以外の人間を招き入れる。
 このような成り行きを経ていって、トリッパーメンバーズは徐々に巨大・拡大化していくこととなった。利益収入はかなりの額にまで上り、組織の運営面において少なくとも資金面で苦慮することもなくなっていた。“トリッパーの保護”という目的も、一切不自由なく果たせていた。
 だがしかし、これだけ組織の巨大化が進んだこともあって、様々の弊害も出始めていた。それらについては以下に纏める。
 ちなみに、これら組織の最終目的についてはメンバーズ以外の人間には完全に隠匿されており、一般構成員には知られていない。

 現実への帰還のための手段。

 組織は最終目的であり至上命題である“現実への帰還”について、以下の二つの手段を具体的な方法として上げている。
 一つ、トリップ・システムを使った探索による到達。二つ、謎の人物Xを確保する。
 前者はトリップ・システムの特性を利用した手段である。トリップ・システムは特性として、新たな世界を開通するためには、その世界にトリッパーが存在していなければならないというものがある。このトリッパーというのはより詳細を言えば、同郷の人間だということである。つまりトリップ・システムを使い開通を行っていれば、いずれはトリッパーたちと同郷の人間たちがいるところ、すなわち現実の世界へと到達することが出来るということである。このために“開通係”という役職が存在しており、組織がなおも新しい世界の開通を行っているのである。
 後者の、この人物Xというものだが、これはつまり俗に言う神や天使などを自称する存在に対する仮称である。トリッパーの中には、自身がトリップした原因としてこの神、あるいは死神などといった名前を自称する存在を上げており、実際彼らに対して何らかの要求をしてトリップをした結果、その要求通りのトリップが実現したという者たちが複数組織には在籍している。これが正しければ、その存在は自由に創作物世界にトリップなどという、非常識な手段を実行できるだけ力を持っているということを意味する。ゆえに組織では現実に戻るための有効な手段の一つとして、この人物Xとの接触を上げている。

 生じ始めている各種弊害等。

 元々最初期の段階において、現在ほど組織の規模を拡大させることなんてことは、構想には丸っきりなかったものである。
 場当たり的な対応を繰り返してきた結果、現在の様な巨大組織化と多方面への進出の実現という歪な成功を収めたために、組織の中に様々な問題が発生し始めることとなった。これは年月を置き組織がより巨大化していくことにより、より顕在化し現れてくることとなる。
 それら問題の一つとして最も浮き彫りにされていったのが、末端の暴走とトリッパーに与えられる権限の過剰増大であった。
 基本的に組織は、多数の世界に組織の息のかかった人間を使って集団を形成させ、各々に応じた適切な組織形態を好きに取るよう任せて(企業やボランティア団体などetc…)収益をあげるようしており、その活動などに目立った監督や制限などを設けていない。これは各創作物世界ごとに異なる現地の風習制度や文明度など考えて、手法の統一化や制限の存在は害にしかならないだろうという判断から来るものである。そして確かにこの判断は正しく機能し、各創作物世界においてトリッパーメンバーズ傘下の組織は素晴らしい収益の獲得を実現、組織の豊潤な財源を確保することとなった。
 だがしかし、年月が経ち組織規模のさらなる巨大化と絡む利益の増大、傘下組織の増加などによって、監督の存在しないという環境を利用した暴走行為―――非人道的な手法による利益の獲得(死の商人となることで引き起こされる本来ならば発生しない戦争の発生)や、組織運営者による利益の着服など、それら問題行為が深刻化していくこととなる。トリッパーメンバーズにも警務部という組織内の治安を守るための法治機関はあったが、先に言ったように各創作物世界における傘下組織の運営には基本的に不干渉という原則があるため、これが働くこともないのである(そもそも警務部の活動範囲は主にリターン・ポイント内でのことであり、そこ以外のことは業務の範疇にはない)。いってみれば、各傘下組織とは収益の上納という書類上の数値だけの繋がりと知識のパイプラインしかない、半ば独立した組織同士の関係となってしまっているのである。
 そしてもう一つの問題。トリッパーの権限過剰化。
 これはトリッパーに対する組織の目的である“トリッパーの保護”という項目が、その内容を細かく規定するものがなかったために、組織の運営内容が拡大化し増大する毎に無作為に適応され続け、組織の行うあらゆる活動への優先的な特権処置が置かれたために生じたものである。本来一般構成員がそれを行う場合に求められ必要事項などの数々を、トリッパーであるというだけで大部分が免除され、同じ活動を行うことが出来るのである。この結果、一部トリッパーの権限を用いた私用目的の組織の力の乱用などが発生している。
 なおちなみに、第一部本編にてリンが惑星ベジータの代替執政者に就き組織から援助を受けたことも、このトリッパーの過剰権限化の一つの例。本来一般構成員が同じことをしようとすれば、数々の適性検査などのチェックをクリアした上での煩雑な手続きが必要とされる。リンの場合は本人が一応相応の能力を持ってはいたものの、それでもトリッパーというだけで優遇され、本来取るべきとされている一部の工程を省かれていることは動かぬ事実である。
 こうした組織の力を悪用した各種暴走行為が、組織の巨大化と共に発生しているため、トリッパーメンバーズという組織は世界によって悪の代名詞となっていたり、嘘偽りのない慈善団体などになっていたりするのである。
 一部では反抗組織すらも存在していたりする。

 その他備考。

 トリッパーメンバーズには、大別して以下の三つの時期が存在する。
 主に最初期メンバーがまだ在籍し奔走していた、集団から組織へと移り変わっていく過渡期に当たる、組織の黎明期。
 組織としての体裁が整い、最も組織が躍進し拡大し続けていた繁栄期に当たる、組織の黄金期。リキューやリンなどが現役の“開通係”として活動していた時期がこれに当たる。
 そして組織の問題などが深刻化し末端での暴走などが目立ち始めた、組織の黄昏期。
 この黄昏期において三大事件の内、その二つが発生することにより組織は甚大な被害を被る。そして後に完全な崩壊を迎えることに。
 やがてクロノーズの手によって生き残った者たちが集められ、組織の再編成が実行。巨大化し発生していた問題部分の正常化と、組織目的に改めて向き直った運営の見直しが行われる。これに異議を唱える一部の元傘下組織は、完全な独立を宣言し関係を断ち切り、独自の運営を各世界にて行い始める。クロノーズはこれら元傘下組織の行っている一部暴走行為などを自分たちに責任があるとして、取り締まるための行動も再編成後の組織の活動として取り込み、奮闘することになる。




 ―――トリッパー。

 現実から創作物世界へと移動、つまりトリップしてしまった人間たちの総称。トリッパーはトリップした際の形態によって、三つの分類に仕分けられる。
 何らかの原因―――主に死という要因により、その世界の人間として生まれ直すタイプの、転生型トリッパー。
 特定されない様々な理由・原因などで、自身本来の身体を持たず、その世界に存在しているものへ精神あるいは魂などが取り付き乗っ取るタイプの、憑依型トリッパー。
 主に神隠しなど異常らしい異常もなく、気が付けば自分本来の身体を持ってその世界にトリップするタイプの、訪問型トリッパー。
 また極少数だが、これら分類に当て嵌まらない特殊なケースの存在もあったりする。
 非常に様々な世界に様々な境遇で存在しており、一部の者は苛烈極まる環境下に置かれていたりもする。彼ら不本意にもトリップしてしまったトリッパーたちを保護するのが、トリッパーメンバーズの持つ活動目的の一つである。
 トリッパーという存在だけが持つ独自のワールド・ルールが存在しており、それは次の二つ、『絶対死』と『世界開通』。

 トリッパーメンバーズに保護・所属しているトリッパーの中では、その行動目的や思想などによりトリッパー内で派閥が出来ていたりする。
 現実への帰還を目指し真面目に仕事に従事している現実帰還派や、現状を認めず自身たちを創作物世界の住人たちよりも上位の存在とする現状否定派。生きていければどうでもいい中庸享楽派などなど。
 創作物世界にトリップするという事態に対して、一部のオタク造詣の深い者たちや精神的にナイーブな者の間では、自分たちも何か創作物のキャラクターなのではないかという、メタ的な悩みや思考に囚われノイローゼ気味な者も存在しており、潜在的な現状への不満を抱く者は意外と多い。しかしそれと同じぐらい現状を受け入れ、逆に現実の時では考えられないようなハイな人格を形成している者たちもおり、なんにせよ総じて精神的に確固としている者はそう多くなかったりする。
 こういった他者に話せるはずもない悩みに起因するストレスが原因なのか、もしくは過酷な環境に遭遇していたことが原因か、トリッパーの中には良くも悪くもサイコパス的な精神を形成している者も多々いる。しかしトリッパーメンバーズでは特に区別することなく彼らを受け入れ、行動と生存の自由を保障している。これは組織にとって、そんな彼等も保護すべき被害者であり同郷の者だからである。

 一部の過激な現状否定派は、現状を甘んじて受け入れている姿勢を見せているトリッパーや、特にトリッパーらしくない人間などを指して“原作にキャラクターとして取り込まれた人間”といった内容の批判を行っていたりする。(主に、クロノーズやリキュー、藤戸などトリッパーらしくない性格や行動原理の人間を指して言われことが多い)

 一つの世界に複数のトリッパーが、年代を違えて存在するなどというパターンも存在している。
 現実に準拠した世界などでは、トリッパー本人がどこの創作物世界へとトリップしたのかも気付いていないまま過ごしているというパターンもある。(例、少女漫画や推理漫画など)




 ―――リターン・ポイント。

 トリッパーメンバーズの本拠地。元々は衛星サイズの宇宙船であり、内装を好きにぶち抜いたりして中に広大な居住空間を構築している。
 ゼロ・ポイントに位置しており、トリップ・システムの母機が複数基置かれている。各創作物世界間の物流などの中継地点でもある。
 最初期から数百人規模でここに務めている人間は存在していたが、組織発展と共に構成人数も飛躍的に増大。一般構成員らの総数だけで数千人規模にまで膨れ上がり、最終的には構成員の人数は万にまで達する。
 船内に存在している居住空間はとてつもなく広大且つ万全に備えられており、交通機関や各種施設の存在など、もはやスペース・コロニーと同じレベルの環境が整えられている。この居住空間は元はリターン・ポイントに務めている構成員たちの家族ら身内などを住まわせるための施設であったのだが、後々に各創作物世界から難民など住む場所をなくした集団などが誘導されて居住する様になり、そういったことが何度か繰り返された結果、組織黄金期には総人口が3万を突破する街を形成するに至り、リターン・ポイントで新しく生まれた世代なども発生するようになる。
 リターン・ポイントではあらゆる対応にイセカムが使われる。そのためイセカムがないと満足に生活できなく、組織構成員ではない街の住人たちもイセカムを持ち使っている。
 様々な人種が入り混じっており、ファンタジーな服装の人間もいれば未来ファッションな人間もいたりと、実に混沌としてる。
 技術部の趣味心に満ちた暴走などが主な原因だが、なぜか特に外敵が存在しないにもかかわらず整った軍備などが配備されていたりする。持ち込まれたターンタイプのMSを解析してデッドコピー・ターン部隊を製作したりするなど、一歩間違えば洒落にならない事態を招くような行為なども多々あり。しかしこれら過剰と思われた軍備はブロリー・ショックの際、あっさり撃滅される。その後は事態の再来時に備えた本格的な軍備充実が図られるようになり、世界を滅ぼす気かと言われるような兵器開発が強烈に推し進められ、大量に配備される。

 実はその正体はゲッターエンペラーを構築していたゲッター戦艦の一つであり、最初期メンバーの一人が逆支配をかけて強引に強奪したものである。
 その炉心は厳重にシーリング処置を施された結果、あらゆる接続を断たれた状態で秘密裏に隔離されている。が、その意思は死んでおらず、後にブロリー・ショックの際に目覚め、事態を悪化させる要因となる。

 組織黄昏期の終わりにて、時天空クライシスの際、中に存在していたまだ退避出来ていない多くの人間たちごと破壊され、諸共に完全消失することになる。




 ―――ゼロ・ポイント。

 リターン・ポイントの安置されている、特殊空間。トリップ・システムを使って創作物世界を行き来する際に通る必要のある、絶対経由空間。
 白と黒の斑模様が絶えず揺らいでるような光景をしており、通常の空間にはない特殊な性質を幾つか持っている。それを以下に羅列。

 一つ、運動エネルギーの減衰作用。この空間では普通の宇宙空間とは異なり、運動する物体に対して常に、その質量に比例した原因不明の運動エネルギーの減衰が発生する。そのためこの空間では物を放ったとしても、いずれその物体は静止することになる。質量ゼロの光に対してもこの減衰は少なからず発生するために、少なくともこの空間の映す奇妙な光景は光学的な作用によるものではないとされている。

 二つ、各創作物世界との完全隔絶。単純な電波や重力波といった物理現象だけに止まらず、テレパシーや次元間通信といった、各々のワールド・ルールに由来するような絶対性を持った情報伝達関連の技能技術すらも、ゼロ・ポイントにいる限り創作物世界に対して情報交換することは絶対不可能となる。例外はトリップ・システムの使用要請シグナルだけであり、このため、リターン・ポイントでは基本的に連絡員を定期的に派遣し、各創作物世界間との情報のやり取りを行っている。なお余談だが、この性質のため型月世界の魔術師が仮にゼロ・ポイントに来るとなると、一切魔術が使えなくなるという罠がある。

 前者の性質があるため、実はトリッパーメンバーズはこの空間の大きさや状態などの概要を、大して把握できていない。これはレーダーなど使っても一定の距離で電波が静止するし、観測機などを使ってもすぐに物理的な限界がくるため(通信だって電波を使い、その電波は減衰により静止してしまう)。普通の宇宙と同じぐらいの大きさがあるのか、実はそんなに大きくはなく、割かしあっさり端っこに辿り着くのかなどなど………。まあ、そもそも端っこがあるのかどうかも分からないが。

 時天空クライシス発生時、その最終決戦場となり、全ての戦力がここに集結される。
 終結後はクロノーズによって再編成された組織がその管理を担い、その後の世界間交流の中継中心地となる。




 ―――イセカム。

 トリッパーメンバーズにて使われている、多目的兼用携帯端末。正式名称はちゃんと存在してはいたが、開発者の趣味が盛り込まれた馬鹿長い代物であったため、早々に忘れられた。
 リターン・ポイントに居住している者は全員が所持しており、特に同所ではこれがなければ生活できないほど、日常に密接した役割を担う重要なアイテム。同所に限った話だが、道に迷ってもヘルプを使えばリアルタイムで道を案内してくれる空間ディスプレイを表示することも出来る。
 曰く、財布であり身分証でありルームキーであり携帯電話でもありパソコンでもある物。
 手に触れて思考するだけで簡単にそのイメージを読み取り動作し、それが曖昧な疑問でも関連・連想するページなどを表示してくれる親切設計。パソコンで言う画面に相当する動作を持ち主の脳内にて行うため、プライバシー保持も完全である。盗んだところで本来の持ち主以外には使用できないという、セキュリティも完備。おまけに持ち主本人のイメージを借りて内容の適切化をして表示するため、それこそ持ち主が機械と一切無縁な中世出身者だろうが、遥か未来なSF出身者だろうが、誰であろうとも扱えるユーザリティをも確保している。まさに職人芸である。

 メンバーズに渡される黒いイセカムはクロノーズ直々の細工が施されており、直接本人に手渡されることになっている。
 この黒いイセカムには、実は誰も知らない特別な機能が隠されている。
 それは通称“密告機能”と称されるものであり、メンバーズの人間がその語ることを禁じている秘密を誰か別の人間に打ち明けた場合、その情報をクロノーズの元まで伝達する機能である。
 この情報を知ったクロノーズは各部署に働きかけたり、直轄の私兵部隊を動員するなどして、本人たちにも気付かれないよう配置転換や仕事の任命などを行い、当人たちを適当な手段を以って秘密裏に処理する。(別にこれは暗殺するという訳ではなく、文字通りその都度適切なものとして選ばれた手段が実行される。辺境に飛ばすとか厳重注意の上での部署転換とかetc………)

 黒いイセカムにはトリップ・システムを自由に起動させる権限・機能させるシステムの子機が与えられており、メンバーズは本来ならば手続きが必要であるトリップ行為を好きな時に好きなように行う権利が与えられている。




 ―――トリップ・システム。

 最初期メンバーが開発し実用化へとこぎ着けた、トリッパーメンバーズという組織を成り立たせる全ての根幹。
 母機と子機で構成されるシステムとなっており、基本的に母機に対して子機が要請することで子機の座標に入口を形成する。子機に望みの創作物世界を選択し入口を形成する機能はなく、母機だけが自由に行きたい世界をセレクトし入口を形成することが出来る。母機は非常に大型であり、起動に際しては莫大な電力が求められる。ただし莫大な電力が求められるのは起動だけであり、一度入口を開いた後、それを維持する分には電力の消耗は一切ない。だが安全上の問題のため、開いた入口は用途を終えた後には速やかに閉じることが求められている。

 未知の創作物世界へと開通を行うには、トリッパーがトリップ・システムを起動させる必要がある。これはトリッパー独自のワールド・ルールである『世界開通』に由来するもの。そのための人員が探査部に所属する“開通係”であり、この役職に就いている者は給与面で優遇されている。
 開通した世界では、二度目のトリップ・システム起動までにしばしの硬直時間、インターバルが生じる。このインターバルを過ごすまでの間、トリッパーは開通した世界にて時間を潰し生き延びることが要求される。このインターバルの期間は事前に長いか短いかが曖昧に分かるので、開通を行うものはその期間に応じた準備をして開通に挑むことになる。インターバル期間が数ヶ月という長期に跨るものでは、準備が不足して食うものにすら貧困する事態に陥ることがある。無事にインターバル期間を終えてトリッパーが帰還することで、晴れてその創作物世界は道が開放されることになる。
 こうして開通が終えられた世界は以後、トリッパー以外の人員も自由に行き来することが出来る様になる。なお開通を終えられた世界には探査部の別班が偵察機などを放って簡単に情報収集をした後は、データべーズにファイリングされ、以後さして注目されることはなくなる。(別の部署が情報を要求したり、トリッパーがトリップしようと目当ての世界を探さない限り)
 これは単純に人員や機材がいくらあっても足りないからであり、用意されている現実世界かどうかを確かめるチェック項目の探索が済んだ後は、適当に文明レベルを測って探索を終了するためである。一応細々とした未確認トリッパーを探すための別部隊も存在しているが、次々と進められている世界の開通に対して追い付いていけてないのが現状である。

 実はこのトリップ・システムによる開通は、創作物世界に存在している世界間を渡る存在らの使っているそれとは、全く本質の異なる別な代物。
 完全に繋がりのない異なる創作物世界を行き来する行為は、そういった彼らには不可能である。
 あくまでもその彼らが出来るのは、その彼らが存在している“創作物世界”の中における世界であって、創作物世界と創作物世界の間を自由に行き来は出来ないのである。
 具体的に言って、型月の宝石翁は型月世界という自身の属している“創作物世界”の中の並行世界なり何なりを自由に行き来しても、そこから別の“創作物世界”である仮面ライダー世界とかには行けないということである。(型月世界の中の並行世界の中に仮面ライダーみたいな世界があれば行けるだろうが、そんな重箱の隅はいらない)

 ただし、この前提はトリップ・システムによって創作物世界の開通が行われると崩れる。
 開通が行われた世界は道が開放されたことになり、そういった世界間を往来する能力を持つ彼等が行き来することが出来る可能性が発生するようになるのである。




 ―――ギフト。

 トリッパーがトリップした際に手に入れる、容姿や能力、体質、境遇など、現実の時にはなかったもの全てを指して称される。
 別名、トリッパーの僻み妬み。
 あくまでもギフト認定するのは自分ではなく、別のトリッパーたちであり、その判断基準も彼ら独自の観点からによるもの。そのため、本人が全く有難味を持っておらず心底迷惑だとしか思っていないようなものに対しても、周囲のトリッパーたちから妬ましい羨ましいと思われれば、それはギフトと認定される。(例、なぜか行動する先々で会いたくもないのに原作キャラと遭遇する『原作キャラ遭遇体質』や、使えば深刻な反動が来るような使い勝手が激悪な能力に対する『チート能力保有』etc………)

 基本的にギフトによって得られる能力などもワールド・ルールに準ずる能力を持ち、ワールド・ルール相手に拮抗し対抗しあうこととなる。。

 余談だが、このギフト認定でリンは堂々の最多記録を樹立。最多ギフトホルダーの称号を手に入れてチートトリッパーとしての妬み僻みを一身に受けることとなる。(物凄い美形、すンゴイ魔力、高い身体能力、ヘテロクロミアな瞳、真っ白な長髪、吸血鬼並の再生能力、理解のある保護者、裕福な家庭、便利なレアスキル、ロストロギアのデバイス、厨二な戦闘態勢、半不老な身体etc………全部書いていられるか!)




 ―――ワールド・ルール。

 各創作物世界に存在する、その世界のフィクションとしての設定などが、原理や理屈を無視した絶対の法則として姿を変えて適応される、その創作物世界の特徴・特色。
 他者から他者へと伝達される様に広がることがあり、このワールド・ルールが伝達されることを感染すると呼んでいる。感染方法はワールド・ルールごとに異なるが、基本的な法則の様なものは存在している。その基本的な法則とは、そのワールド・ルールが適応されるものを手に入れることである。(『リリカルなのは世界での魔力』を手に入れるには、リンカーコアの有無を確かめる。『スタンド』を手に入れるには、スタンドを手に入れるための手段を使用するetc………)

 作者が考えたクロスに対する解答の一つであり、同時にクロスに必須な設定の擦り合わせや解釈などの一種の完全放棄でもある。
 要するに矛盾する設定だとか相反する能力だとかがぶつかった場合、これこれこうだから通じるとか通じないとかいう面倒事を一切無視して、無理矢理両方適応させるという代物。
 細かい理屈の説明などは、超あとがきのページでもう例とか出してやっちゃってるので、そちらをどぞ。
 以下本編にて出したワールド・ルールを一部解説しておきます。

 『法則侵食』
 絶対である筈のワールド・ルールの存在に干渉し力任せに打ち破るという、ワールド・ルールを破壊するワールド・ルール。
 ただしこれは問答無用であらゆるワールド・ルールを無力化できるという意味ではなく、感染者の“気”が十分な大きさでなければ意味をなさないワールド・ルールである。
 本編においても、フリーザがリキューの使用していた“バリア”を破るのには、戦闘力に換算して6000万に匹敵する“気”が必要とされた。このようにあくまでも『法則侵食』は力任せにワールド・ルールを破壊する代物なのであり、力が及ばなければ一切の効力を発揮しないものである。
 例に思い浮かべてもらうと、『法則侵食』は大量の水をぶっかけるようなものである。そのワールド・ルールが弱く、砂で作られた城程度の強度しかなければ少量の水でも十分押し流せるが、ルールの強い確固としたコンクリート仕立てのビルレベルが相手だと、ただ水をかけるだけでは意味がないと。それを押し流すにはそれこそもっと大量の、津波レベルの水が必要である……という訳である。

 『限界突破』
 勘違いしてはいけないのは、これは火事場の馬鹿力を発揮するワールド・ルールではなく、強さの限界値を鍛え続けることで引き上げ平常時の戦闘力を高め続ける、というワールド・ルールだというところである。
 よって、このルールに感染しただけじゃ実際のところ全く意味はなく、それこそ、このルールを活かす気ならば、感染後からただひたすら一心に身体を鍛え続ける必要がある。コンブルは修行リタイアしたため、全然このルールを活かせてない。
 このルールと上記の『法則侵食』。実は感染方法が“気”の存在を自他どちらからでも良いから感じ取ることであり、そのためリキューが“気”を感じ取る能力を所得すると同時、リターン・ポイントの住人は元より、能力習得後にトリップした対象の世界の住人やらと、軽く数億人以上にルールが感染してしまっていたりする。なんちゅうことを。
 しかし前述のとおり、これらのワールド・ルールはただ感染しているだけじゃ意味がないために、その効力が目立って発揮されることはない。

 『絶対死』
 トリッパーのみが保有する最上位に位置するワールド・ルール。
 あらゆるワールド・ルールを凌駕して上位に存在しているルールであり、一度完全に死んでしまったトリッパーはこれが適応され、以後如何なる手段、能力を用いようとも蘇生することは出来ず、幽霊・魂などといった形でも存在できない。(仮死状態など完全に死んでいない場合は問題ないが、一度完全に死亡状態となり間を置いてから蘇るなどといった能力などは効力をなさない。ただし无などの常に蘇生し続ける存在、能力などならばよい。“一度完全に死亡状態に陥る”というのが問題なのである)
 このルールは絶対に覆すことは不可能であり、仮に『法則侵食』を使おうとしたとしても、超4ゴジータのフルパワーですら小揺るぎしないだけの絶対性を持っている。
 トリッパーの死は絶対。それがこのワールド・ルールの示す意味である。

 『世界開通』
 トリッパーのみが保有する、創作物世界への道を開き、開放させるワールド・ルール。
 このワールド・ルールを持つ者だけがトリップ・システムによる新たなる創作物世界の開通をすることが出来るのである。
 一度開通され道が開かれた創作物世界は、仮にトリップ・システムから座標を消去しその存在を忘れ去っても、いずれ独自に技術発展や特殊能力による世界往来などが果たされた時に、別の創作物世界へと行くことが出来る可能性を得る。
 逆説的に言えば、トリッパーによって開通されない限り、どんだけ物騒な存在がとある創作物世界に存在しようが、そいつが別の創作物世界にまで手を出してくることはないということでもある。(クトゥルーとかクトゥルーとかクトゥルーとか………)




 ―――メンバーズ・トップ10

 トリッパーメンバーズという組織の中において、主にその戦闘能力が上位10位内に位置するだろうと目された存在に与えられる、一種の称号。厳密な判断基準がある訳ではない。
 基本的にメンバーズが対象にこの称号は与えられるが、それ以外にも少数の例外は存在している。組織構成員ならば条件該当すれば誰にでも与えられるもの。
 なお、別にこれは言葉通り10人だけに人数が限られている訳でもなく、同じ称号を持っている人間は他にも何十人と存在している。
 これはワールド・ルールやギフトの存在による相互の相性関係や、戦い毎のその場その場での運など、厳密に強さの序列というものが定まっていないからである。(ジャンケンの様な関係が出来ている実力者の輪などもあったりもする)
 ゆえに実際のところ、博打的な要素の高い一発逆転能力などでも持ってさえいれば、それだけで他の能力が低くてもメンバーズ・トップ10に認定されたりする。
 つまり称号を得ること自体に、特に意味はなかったりする。

 第一部本編終了後では、リキューが超サイヤ人へと覚醒することによってこの称号に変化が発生。一部の人間たちの賛同の元、本来存在しなかったトップワンという固定された地位。つまりトリッパーメンバーズという組織において“最強”を意味する称号が与えられ、実質永遠に変わることのない不変の存在になった。(一種の名誉称号)




 ―――メンバーズ。

 黒いイセカムを持つトリッパーメンバーズ構成員の俗称。
 勘違いしてはいけないが、トリッパー=メンバーズではあるが、メンバーズ=トリッパーではない。
 これはトリッパー以外にも最重要機密である組織の最終目的や、トリッパーたちの存在について知る者が存在しているためであり、その彼らもまた黒いイセカムを渡されるからである。
 黒いイセカムを持つ者はすなわち組織とトリッパーたちについての秘密を知る者であり、つまりは組織運営の中枢に携わる重要人物であるということである。
 基本的に各部署のトップなどは黒いイセカムを保有しており、メンバーズの一員でもある。
 この黒いイセカムを持っているだけで様々な特権の行使が許されており、リターン・ポイントでは単純に生きていくためならば、一切働かずともこれ一つで生存できる。まさにニート必需のアイテム。実際リターン・ポイントには与えられた特権を利用し、全然働かず自堕落に食っちゃ寝しているダメトリッパーなども存在している。
 メンバーズの人間、特にトリッパーに対してはイセカムを渡す際に、注意事項として次のことがクロノーズから語られる。

 創作物世界の住人に対し、貴方達の世界が現実におけるフィクション、創作物であると告げてはいけない。万が一にも知られた場合には、出来る限り早急に自分まで連絡を寄こすように。

 罰則などの有無については語らず、一見して重大事とは思わせぬ言い方だが、これは実際それを意図しての発言。こういった物言いをして本人の行動などを観察し、その人間性を測るテストの一種である。




 ―――トリッパーメンバーズ三大事件。

 トリップ・システムがその内容に深く絡み、複数の創作物世界を跨って展開された三つの大きな事件のこと。このいずれの事件にしてもトリッパーメンバーズという組織は著しい被害を被っており、事件発生後の組織では良くも悪くもその体制・制度の一部に変更が加えられ、在り様が左右された。特に三大事件の内最大にして最後の事件である時天空クライシスでは、これの発生によってほぼ完全に組織が壊滅。解決後に、再編成された全く別の組織へと生まれ変わることへとなった。
 以下にそれぞれの事件の概要を。

 ――ワールド・パニック。
 最初に発生した事件であり、最初期メンバーの大半が組織から脱退・死亡することになる事件。
 トリッパーたちが不用意に漏らした、創作物世界の住人たちに対するトリッパーの秘密の暴露が原因となって発生した。
 “自分たちはフィクションの産物ではなく、トリッパーたちの便利な道具ではない”という主張の反トリッパー思想が各創作物世界の一部にて蔓延し勃発した、一種の戦争。
 この想定などしてもいなかった大事件の発生により、組織は事態収容を図るも上手くいかず、被害はかなりのものにまで上ってしまった。
 最終的には一部主要指導者などの抹殺、及びトリップ・システムのログから該当創作物世界の座標を一部完全削除するなどして、事態は収拾されることになる。
 この事件による人的被害は発生時の対応の拙さから、特にトリッパーに多く発生してしまい、最初期メンバーの内の何人かも巻き込まれて死亡。この事件をきっかけとして、クロノーズを除いた他の全ての最初期メンバーは組織運営から脱退し、各自の道を歩いていくことになる。
 組織の黎明期に発生した事件である。この事件発生後、組織のメンバーズに対する情報隠匿制度などが作られ、クロノーズの手による“密告機能”の設置などが行われるようになった。

 ――ブロリー・ショック。
 二番目に発生した事件であり、リターン・ポイントをはじめとする各創作物世界など、極めて広範囲にわたって莫大な人的物的被害を出した事件。
 ブロリー・ショックには、厳密に分けて第一次と第二次の時期を分けた二つのものがあり、特に広範囲にわたって被害が出たのは第一次となる。
 トリッパーなどにも少なくない被害を出しながら、各創作物世界に存在していた実力者なども危険を承知で集めるなどし、第一次ブロリー・ショックは沈静化される。しかしその後ゲッターの意思が倒したと思われていたブロリーを秘密裏に保護し、後に解放。さらなるパワーアップを遂げたブロリーが目覚め、第二次ブロリー・ショックが発生する。組織はこの事態を解決するための最終手段として、伝説の超サイヤ人には伝説の超サイヤ人をぶつけるしかないと判断。過去の経験に基づいた反省を生かし、総力を上げて時間稼ぎに没頭。先の判断通りの計画を実行し、ようやくの事態の完全終息を認める。
 この事件後、シーリング処置を受けて隔離されていたゲッター炉心は完全に破棄されることとなり、リターン・ポイントでは事態再来を避けるための軍備増強が強烈にプッシュされ、推し進められることとなる。これは各創作物世界を移動する際、どうしてもゼロ・ポイントを経由する必要があり、よってこの世界に戦力を配置することが、強大な存在が現れた時に各創作物世界への被害を食い止められる、最後の防衛線であるということが認識されたためである。

 ――時天空クライシス。
 最後に発生した事件にして、最大規模の被害を出した事件。トリッパーという存在が、全ての創作物世界を滅ぼしかねない事態を引き起こす可能性を、分かり易く示唆した事件でもある。
 時天空の全てが完全にゼロ・ポイントへと顕現し、その猛威を各創作物世界全てへと伸ばそうとした悪夢の事態である。その規模は過去も未来も含めて空前絶後のもの。それを表す一例として、視認した存在のステータスを完全に規定化し認識する、言い換えれば旧支配者や魔導書なども気にしない完全な精神耐性を誇るというギフトを保有するトリッパーが、それを見て、規定化されたそのステータスを見て錯乱するほどのもの。どんだけすごいものを見たのか。
 事件発生の最初期にて、事態の深刻さを看破した指揮官の判断によって即座にリターン・ポイントの全兵力を行使した攻撃と、並行してリターン・ポイントに存在する全ての人員の避難が行われた。しかしこの攻撃はさして効力を発揮することなく、人員の避難も終わり切る前にリターン・ポイントそれ自体が呑み込まれて同化。完全に破壊、消失されることになり、かくしてトリッパーメンバーズという組織は壊滅状態へと陥ることになる。
 その後、被害を拡大し続ける時天空の猛威に対抗するために、生き残ったトリッパーたちは力を結集し、最終手段の実行を決意。新たなる時天空となりうる存在が現れる危険性を理解しながらも、さらなる創作物世界の開通を実行していき、時天空に対抗できるだろう実力者たちを呼び集めることに。そしてゼロ・ポイントを決戦場とし、最終決戦を行う。
 事態終了後、判明したトリッパーやトリップ・システムに関する全ての危険性を認識し、クロノーズはこれの絶対なる管理を決断。トリップ・システムの使用に関する制限などを設け、新たに再編成した組織の活動でも取り締まる要項の一つとして専心していく。







[5944] 外伝 戦闘民族VS工作機械
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:1128f845
Date: 2011/03/30 03:39

 トリッパーメンバーズという組織に、サイヤ人へと転生したトリッパー、リキューが所属することになってから間もない頃。
 彼はその組織に在籍していた中、一定の期間の間“開通係”と呼ばれる役職に付き、数々の仕事をこなしていった。
 これは彼、リキューが行った“開通係”の初仕事におけるエピソードである。








 「それでは、準備はいいですか?」

 「ああ、大丈夫だ」

 「分かりました。ではシステムを起動しますので、少し下がってください」

 指示に素直に従い、リキューは後ろへ下がる。
 係員は所定の安全項目を声出し確認しながらチェックし終わると、コンソールを操作する。
 すると、リキューの目の前に置かれている全長が5m程はありそうな、巨大な機械が唸り声のような音を響かせ始めた。
 そして気が付けば、何時の間にやらリキューの目の前に“ソレ”が出現していた。

 それは“穴”であった。
 巨大な機械、組織の根幹を成す代物であるトリップ・システムの母機。
 その手前の空間に、そうとしか呼べないモノが忽然と出現していた。
 “穴”は何も移さない漆黒に包まれ、音もたてずその“真闇”をリキューへ披露している。

 「準備できました。後はもう中に入っていただければいいです」

 「そうか」

 リキューは係員の言葉に了解を示し、目の前に開かれた“入口”を見つめる。
 最後に事前に受けたレクチャーを反芻し、確認する。

 (持ち物………必需品は換金可能な貴金属類と、幾らかの食料と水。不測の事態に備える装備は必要だが、多くに求められるのは機転と要領。最優先するべきことは生還で、身分の詐称や行動の選択は自由。ただし現地文化文明の調査などはボーナスの項目になれども、全ては自己責任におけるもの。インターバル期間はおおよそ数ヶ月前後、か)

 「しかし、本当に大丈夫なんですかそんな軽装で? たしか今回のインターバルはかなり長期のものになる筈でしたが?」

 係員がリキューの姿を見やり、心配そうにそんな言葉を漏らす。
 リキューの身に付けている物は、見慣れた、ただし一般的に見て異質な戦闘服姿に、片手に持ったサッカーボール程度のサイズの革袋。
 そしてその顔に装着したスカウター。たったそれだけであった。二泊三日の旅行をする人間でも、これよりもっと荷物があるだろう。
 とてもじゃないがこれから数ヶ月もの間、たった一人で見知らぬ異郷でサバイバルする者の姿には見えなかった。

 「問題ない。最低限必要な必需品は全部持っている」

 「はあ、そうですか」

 そう断言されれば、係員に口を挟める道理もない。
 全ては自己責任。これから先のことに付き纏う、たった一つのルールである。

 リキューは無言で“入口”へと足を進めた。
 “真闇”の中へ身体が沈み込んでゆくように消えていき、そして完全にその姿がこの世界から消える。
 後には不気味なほど静かに佇む、“真闇”の“穴”だけが残されていた。

 それを見届け終えてから、係員は再度コンソールを操作する。
 トリップ・システム母機が再びその作動音を響かせ、鳴動する。
 そして残された最後の痕跡である“穴”もまた、何時の間にやらまた気が付かぬ間に姿を消したのだった。








 “開通係”という仕事がある。
 それは異世界間組織トリッパーメンバーズに置いて、極めて重要なウェイトを占める業務内容であった。

 数々の創作物世界。トリッパー達が言う“現実”から見てフィクションに該当する世界たち。
 それらの普通なら行くことなど叶わないであろう、世界へとアクセス出来る唯一の手段であるトリップ・システム。
 このトリップ・システムをメインに運用し、そして未だ未発見である新たな創作物世界を発見すること。

 それが“開通係”という部署にかせられた仕事であり、そして組織において最重要な目的を達成するための執行機関であった。
 がしかし、現状における部署の稼働率はお世辞にもほめられたものではなかった。
 組織に置いて最重要なウェイトの部署であるにもかかわらず、である。

 その原因は、一言で言って人材不足であった。

 まず第一に、新たな創作物世界、つまり新規の世界を発見し開通するためには、前提としてトリッパーでなければ実現できなかったのだ。
 すでに発見し終えて開通した世界に対しては、自由に人員や物資を流通させることが出来ていた。
 しかし未だ未開の創作物世界に対しては、トリッパー以外はトリップすることが出来ないという制約が存在していた。
 よって使える人材が著しく制限されてしまっているのである。

 加えて、さらに求められる人材には一定以上のサバイバル能力が要求されていた。
 その理由もまた、トリップ・システムの制約にかかっていた。
 未知の創作物世界へと初めてのトリップした際、その帰還にはインターバルという現象が発生するのである。
 これは最初のトリップ後、一定期間の間その創作物世界にてトリップが出来なくなるというものであった。
 つまりトリップを行った“開通係”の職員は、その世界にたった一人で着の身着のまま、取り残されてしまうということである。

 インターバルは世界によってその長さは異なる。
 世界によってはトリップ後数分でインターバルが終わることがあるし、逆に一年以上の長期に渡るものもある。
 事前ではせいぜい大雑把な推測程度しかインターバルの長さは判別できなく、特定できないのが現状だった。
 この問題があるため、人材には最低でも一人で生き抜けるだけのサバイバル能力、出来れば戦闘能力があることが望ましいとされていたのだ。

 前提として希少なトリッパーであること。必要技能としてサバイバル能力があること。
 この二つの条件が人材として求められているため、結果として“開通係”は万年人材不足として稼働率が改善されないのだった。
 その重要度ゆえに給与など待遇面は最高の用意がされてはいたが、当然その程度の処置でこの問題が解決されたりはしない。

 リキューは、この“開通係”への所属を希望したのだった。

 勿論のこと、このリキューの希望は即時受理され、配属は極めて可及的速やかに決定された。
 前提条件もサバイバル能力も、満たしていることは言うに及ばず。
 “開通係”の部長は諸手を挙げて歓迎した。
 さて、ではリキューが万年人材不足に喘ぐ“開通係”を希望した理由とは何か?

 リキューの目的は単純だった。
 強くなること、ただその一点だけである。
 リキューはそのための手段として直接的な戦闘を含む様々な経験を欲し、そして“開通係”に所属することを決めたのだ。
 別にただひたすら戦い続けること。ただそれだけで強くなれると思うほど、リキューは脳筋ではない。
 しかし、逆にただひたすら単純に引き籠って鍛え続けるだけでも、強くはなれない。リキューはそうとも思っていたのだ。

 必要なのは経験。実戦から鍛錬なども含めた、様々な経験。それこそが強くなるために必要な鍵。
 戦い続けるだけも鍛え続けるだけでも駄目だ。リキューはまさしく、過去の経験からそう結論付けたのだ。
 ではこの様々な経験を積むにはどうすれば良いか?
 その答えが“開通係”であった。

 なにせ、文字通りの意味で違う世界を渡り歩くことになるのだ。
 数ある創作物の中にはあらゆるシチュエーションが網羅されている。剣と魔法の世界もあれば、当然のように広大な宇宙で戦争をしている世界などもある。
 リキューの希望。実戦も含めた様々な経験を積む。これほどこの希望に当て嵌まる部署が他にあるだろうか。

 かくして、サイヤ人へと転生した一人のトリッパーであるリキューは、“開通係”へと所属するのであった。








 “真闇”に視界が包まれ、視界が役に立たなくなる。
 そのまま臆することなく歩き続けると、ふと気が付いた時にはもう周囲の風景が切り替わっていた。
 何時の間にやら、すっぽりとリキューを包んでいた“真闇”は晴れ、“穴”が消え果てている。
 まるで映画のフィルムに異なるシーンを張り付けたかのような、唐突な風景の切り替わり。
 トリップ・システム特有の体験を経過してから、リキューは訪問した新たな世界の光景をその目に収めた。

 そして刹那、その顔面を横から猛烈な力で叩き飛ばされた。

 「っご!?」

 強烈な衝撃に身体全体が吹っ飛ばされる。
 反射的に受け身を取ろうとした瞬間、今度は“何か”がリキューの首元へと巻き付き、そして一気に振り回した。
 巻き付けられた首を視点に、まるで人形を振り回すかのような乱暴な扱いがリキューを襲いかかる。

 体重が50kgを軽く超えるリキューを、自由に上下左右へと振り回す“何か”。
 そのまま事態の把握にまったく追い付いていないリキューへ畳みかけるように、地面へと全身を叩きつける。
 そしてようやく収まったかと思えば、そうではなく、今度は一斉に群がった別の“何か”が、リキューの全身へと山のように重なり始めた。

 「こ、の!? くそ、何だいったいッ! 痛ッ、いて、痛い! こ、この野郎ッ!?」

 全身に襲い掛かる痛みと、ガチガチと何時まで経っても止まない不協和音に、リキューはようやくその“何か”の正体を見定めた。
 “噛み付かれて”いるのだ。

 夥しいほどの数の奇怪な生物たちが、一斉にリキュー一人に対して群がっていたのである。

 っぬ、とリキューの目の前に歯茎を剥き出しにした生物が現れる。
 一体どんな環境から生まれたのか、まるで人間のグロテスクなイメージをそのまま表現したかのような、醜悪で、不気味な生物であった。
 まさしく、化け物。
 その化け物がリキューの顔面に食らい付こうと、大口を開けながら接近する。

 リキューは叫んだ。

 「この、ふざけやがってッ! ハァーーーッッ!!」

 空気が大きく揺らぐ。
 リキューを中心に光ったかと思うと、爆発的に放たれた“気”の奔流が一気に取り囲んでいた化け物たちを吹っ飛ばした。
 すかさず両足を揃えて畳み、反動を使って仰向けの状態から立ち上がる。
 周囲へ視線を巡らせ状況を確認し―――思わずリキューは、言葉を失ってしまった。

 見渡す限り目に入るは、ただひたすら化け物の姿だけ。
 右も左もどこもかしこも化け物化け物化け物―――。
 化け物一色であった。すし詰め状態と言っても過言ではない。

 「くそッ、化け物の巣に入り込んだのか?」

 なんて確率だと吐き捨てる。
 トリップ・システムによる転移は、特にその世界における最初の一回目ともなると完全にランダムとなる。
 少なからずの法則性なども見出されてはいるが、そこを含めて考えてランダムである。
 さすがに上空や深海、火中など一発で死亡してしまうような環境下に放り出されることはないが、運が悪ければ戦場のど真ん中に出てしまう程度の事例はある。

 とはいえ、やはりそんなパターンは全体数から見れば希少としか言いようのない稀なケースであるし、つまり扱いは宝くじに当たるようなものであった。
 そんなレアケースをものの見事に最初の初仕事で引き当てるとは、リキューは実に巡りの悪い星の下に生まれた男のようであった。

 叫び声を上げることもなく、化け物たちが動きだした。
 ズドドドと、凄まじい速度で化け物たちがリキューへと殺到する。そのスピードは自動車並みだった。
 硫黄のような独特の臭気に顔を顰めながら、リキューは大きく深呼吸する。

 幸先からして随分と悪い出発のようであった。
 よもや新しい世界へと踏み込んだその瞬間、敵に襲われるとは思ってもみなかったことだった。
 お陰さまで持ち込んでいた貴金属や食糧などの入った荷物は、何処かへと飛んでしまっていた。

 けれどもしかし、決して不幸ばかりでもなかった。

 今まさにリキューへと襲いかかろうと迫っていた、化け物たちの先頭。
 その一匹がいきなりぶっ飛ばされた。
 いや、その一匹だけではない。
 次々と迫りくる化け物たちの群れの一匹一匹が、リキューの超高速で叩き込まれていく連撃によってぶっ飛ばされていたのだ。

 「でやあッ! だだだだだだだッ! ハァァアアア!! だりゃあッッ!!」

 リキューの姿が消える。その消えた空間へ化け物が襲い掛かり空を切ったかと思えば、まるで見えない力に叩き潰されたかのように地面に叩きつけられる。
 そんな光景が何度も繰り返される。リキューがまったく別の場所に現れ、消え、そしてその間に何十匹もの化け物が討ち取られていっている。
 ギュンと空気を切る音を鳴らして、またもやリキューの姿が現れる。
 その表情は予想外のトラブルに巻き込まれた被害者でありながら、とても楽しそうに笑っていた。

 「どうやら、やはり正解だったようだな。この仕事を選んだことは」

 化け物がまるで人間の腕のような肉付きをした手で、リキューに殴りかかる。
 その一撃を片手で軽く遮るように受け止めて、返すようにもう一方の手で殴り返す。
 それだけで化け物はまた一匹、仕留められて亡骸が吹き飛ぶ。

 「そぉら、化け物ども。ドンドンかかってこい! 俺はここにいるぞ?」

 片手に“気”を集中させ、小さな気功弾を作り出す。
 それをリキューはバックステップで移動するのに併せて、後方の迫りくる化け物の一群へと放り投げた。
 低空を滑るように流れ、一群の中へ押し込まれる気功弾。

 そして爆発が発生した。

 何十匹と途方もない数が集まっていた化け物どもの群れが、纏めて一気に気功弾の爆発に巻き込まれて一掃される。
 実に爽快なそのシーンに、リキューも歓呼の声を漏らす。
 あっという間に、あれほどいた化け物たちの大多数が片付けられたのだった。

 残った生き残りを向かってくる順に仕留めながら、リキューは改めて辺りを観察する。

 リキューの今いる場所は、非常に薄暗い空間であった。そして同時に、途方もなく広い。
 暗く、そしてスケールが大きいため一見では良く分らなかったが、よく観察してみることで実は広大な空間のある閉鎖空間だとリキューは見抜いた。
 おそらくリキューの暴れている現在位置は、広間などといったものではない一種の通路であって、そしてその上下幅が数百mほどもある巨大なものである。
 おおよその観察で、リキューはそこまで推察していた。

 (外が見えない構造、つまり密閉されてる? ということはここはもしかして、地下……地中か? しかし何でわざわざこんな巨大な構造を? こいつらのサイズ比にあった巣じゃないぞ)

 取り留めもなく疑問を重ねながら、化け物たちを片手間に始末するリキュー。
 化け物たちの戦闘力はサイバイマンにも劣る。せいぜい厄介なのは見た目のグロテスクさ程度であって、たかがこの程度の雑魚は幾ら数がいてもリキューの敵ではなかった。
 だからこそ安心しながらリキューは考察していたのだが、その答えはわざわざ考えるまでもなく“向こう”からやってくるのであった。

 (? ………何だ、いったい?)

 リキューはその異変に気が付き、考察を切り上げて目を走らせた。
 相変わらず周りにはちまちまとしつこく、数の減った化け物の生き残りたちが襲い掛かってきている。
 その相手をしながら、感じ取った異変の正体を探る。

 リキューの耳が、音を拾う。
 それは遠く小さな音であったが、徐々に大きく、そして大地を揺らしながら近付いていた。
 遠方、カーブを描いて消えている巨大な通路の先へとリキューは顔を向けた。
 ドドドドドと、音はドンドンと大きくなる。
 そしてまるで地平線から姿を現すように、巨大なチューブ状の通路の先から化け物たちの大群がリキューの視界の中へ現れた。

 その数はもはや、数十匹だとか数百匹、なんてレベルではない。

 上下縦横に数百mは幅のある巨大な通路を、文字通りビッチリと埋め尽くす化け物の大群。
 軽く概算しても、その数は万を超える。
 加えて、新たに判明した新たな事実もあった。

 「なるほどな………はは、道理でこんなに巣が馬鹿でかい訳だ」

 リキューの目に映る化け物の大群。
 その中には先ほどまで相手にしていた、せいぜい2mから3m程度の大きさしかない化け物の他にも様々な種類の化け物が揃っていた。

 全長が数十mはあるだろう、蟹のような化け物。
 堅い甲殻に覆われた錐体のようなシルエットの化け物。
 一番でかい70mはあるだろう多脚の化け物。

 「っち……こいつらは一番サイズの小さい雑魚だった、てことか」

 新たにリキューへと迫る、化け物の大群。それはもはや群れではなく、波としか表現できない雲霞の軍勢であった。
 ショック死してしまいそうな迫りくる威容の中、リキューは静かに“気”を高め始めた。
 パチパチと漏れ出る“気”が火花を散らし、リキューの周りに不可視の力場が渦巻く。
 ある一定まで“気”を高めたところで、ピタリと動きを止める。

 ―――叫ぶ。

 「だりゃああぁぁッッ!!」

 高めた“気”を纏い、リキューは突撃した。
 最初から戦う以外の選択肢は持たず、リキューは万の化け物の軍勢へと真っ向から相対し、その真っ只中へと突き進んでいく。
 程なくしてその姿は、化け物たちの中へ消える。

 凄まじい閃光が、化け物たちの中から溢れる。
 そして戦いが始まった。








 西暦1998年、七月。日本帝国は極めて多大な損害を“人類に敵対的な地球外起源種”―――略称、BETAによって受けた。
 カシュガルから侵攻を開始したBETAの一群が北九州へと上陸し、そのまま九州、四国、中国、近畿まで蹂躙。
 僅か一週間程度の間で、ほぼ日本全土の半分を敵によって侵されたのである。

 このBETA侵攻による被害は凄まじく、民間戦死者数は実に3600万人。当時の日本帝国の総人口の30%に及んだ。
 折悪く、台風上陸と時期が重なったことによる一般市民の避難誘導の混乱。これがここまでの被害をもたらした原因だとされている。
 あるいは、危機意識が欠如していたのが原因か。
 大陸を折檻していたBETAの脅威を真の危機としていなかったがゆえに、ここまでの被害を計上してしまったのだろうか。

 無論、真相は闇の中である。
 実際には光州作戦の直後で軍の力が消耗していたという因果関係もあったのだが、それを含めてすでに終わったことだった。
 所詮そういった考えなど、もはやただの想像でしかなく、そして原因がどうであれ残るのは凄惨な事実のみなのだ。

 日本帝国は侵攻を緩めぬBETAに対して果敢に反撃を試みるも、その速度を緩める程度しか対処は出来なかった。
 結果、BETA侵攻開始より一ヶ月。ついに首都・京都が陥落。
 日本帝国は政府機能に市民、皇族全てを東京へと移し、遷都する。
 事実上の敗北宣言であった。

 こうしてBETAはついに関東の西半分を制圧し、そしてBETAたちの拠点であるハイヴの建設を佐渡島に続き、横浜にも開始した。
 このBETAの行為を止めるだけの実力を日本帝国は持っておらず、ただ黙ってその作業を見ることだけしか叶わなかったのだった。








 薄暗い場所だった。
 物理的な意味でも、雰囲気的な意味でもそこは暗い場所だった。
 広さだけはあるが窓の一つもなく、数十人の人間がその部屋の中に押し込められているからだ。
 しかも、ただ押し込められているのではない。捕らえられているのである。
 虜囚だということだ。

 BETAに捕らえられた、人間の虜囚である。

 明るくなれる訳がない。
 人類がBETAについて分かっていることは、ほとんどない。
 生態から思考、優先順位から目的。全てが闇に包まれた状態である。
 現在あるBETAの分類も、戦略上のこれまでの振る舞いから付けられたものでしかないのだ。
 判明していることはただの二つ。BETAは炭素生物であり、そして人類に有害であること。これだけである。

 ましてやこれが一般市民ともなれば、どうなるだろうか?
 情報規制により、普通の市民はそもそもBETAの姿すら知らないのである。
 ただただ有害、恐ろしいとだけニュースでしか知らない人々。そんな人々が当のBETAに捕らえられた状態にあるのだ。

 そんなもの、許される行為は恐怖に打ち震えるしかない。

 薄暗い部屋の中。構造材そのものが放つ仄かな光源だけが頼りの世界で、二人の男女がいた。
 他の虜囚となっている人々と同じように恐怖に震えながら、互いの手と手を決して離さないようにしっかりと掴んでいる。

 「タケルちゃん……私たち、これからどうなるのかな」

 「大丈夫だ、純夏。大丈夫……絶対に無事に帰れるに決まってる」

 自分にも言い聞かせるように少女―――鑑純夏へと白銀武は喋る。
 しかし、その表情は暗い。それは自分で言ってて信用できない発言だった。
 すでに人類の敵、BETAに捕まって一ヶ月以上経っていた。
 武たちは日の光も差さない部屋に捕まっていたため、正常な日時の間隔はすでに失せていたものの、それでもかなりの時間が経っていることは分かっていた。
 仮に軍が自分たちを助けに来てくれるなら、もうとっくに来てくれてもいいのではないか?

 絶望しか残されていない状況だった。すでに捕まっている人間の中には、正気を失い狂ってしまった人間もいる。
 そうでなくとも気力を失い、死んだようにうなだれている人間が大半だった。
 なんてことはない。
 こんな大勢の人間が一つの部屋に押し込められながら、暴動の一つも起こってない理由。
 すでにこの場の人々は、そんな段階をとっくに通り越してしまっていたのである。

 しかしそんな絶望と無気力に沈む人々の中、武は未だ意思を捨てず気力を保っていた。
 同じように気力を失いかけている純夏の手を握りしめ、諦めず言葉をかけ続ける。
 たった一つの諦める訳にはいかない想いのために、歯を食いしばって絶望に抗い、生き延びようと奮起する。

 (純夏………)

 武は自分の隣に座る、幼馴染を見る。
 何時も自分の近くにいた存在だった。ガキの頃から今まで、それこそずっと。
 からかって、遊んで、勉強して、からかって。いつもいつも、それこそ当たり前のように一緒にいた。
 これまでも、そしてこれからも。当たり前のように一緒に過ごすだろうと、わざわざ考えることもなく思っていた相手だった。

 ぎゅっと、手を握る。
 こんな非常時になって、初めて自分の気持ちに気が付いた。
 当たり前のように保証されことなんてないのだと、日常が崩壊することによって初めて気付かされたのだ。
 馬鹿だ。全くもって救いようのない馬鹿だ。こんなことになってこの気持ちに気付くのだから。
 これでは純夏に散々殴られても文句は言えない。

 しかし、だからこそ。

 (純夏………ッ!)

 白銀武は決意する。
 意地で、惚れた男としての甲斐性で、何よりも大事なものを女を護るため。

 (お前だけは、絶対に守ってみせる!!)

 それが白銀武の誓い。
 神にも仏にも祈る。純夏を護るためなら全身を張る。
 守ってみせる。そのただ一つの誓いが、武に力を与えていた。
 全身全霊を賭けて生きる力を振り絞り、最後の最後まで諦めることなく、活路を見出そうとしていた。

 そうであるがゆえに、武は気が付いた。

 「………ん?」

 「どうしたの、タクルちゃん?」

 武が何かに反応したように面を上げて、怪訝そうに周りを見る。
 それに反応し、純夏も面を上げる。

 「いや、何か物音というか、揺れたような気がしたんだけど。純夏は何か感じなかったか?」

 「別に何も感じなかったと思うけど………」

 「そうか。そう……だよな。悪い、変なこと言った」

 「ううん、いいよそんなこと」

 そう言って、純夏は顔を伏せる。
 純夏の衰弱は目に見えて現れていた。純夏だけではない。武も衰弱していた。
 薄暗い部屋の中に、先の見えない状態で閉じ込められているのだ。精神的なストレスが肉体のバランスにも影響を与えていた。
 最低限食事らしきものは与えられていたが、それだってどんな成分か怪しい流動食だった。
 なんとかしないといけない。考えは浮かばねども、焦燥だけが募る。

 その時、ドンと激しい震動が部屋を襲った。

 「!? なんだぁ!?」

 「タケルちゃんッ」

 純夏を抱きしめて、じっと異変が収まるのを待つ。
 激しい震動は一度では収まらず、持続的に何度も何度も連続して起きた。
 部屋の中が揺れて、腹に響く震動が地面から伝わってくる。

 「タケルちゃん、タケルちゃん………ッ」

 「何だ。何が起きてるんだ、いったい?」

 ざわざわとざわめき始めた部屋の中で、抱きしめる純夏を宥めながら必死に武は考える。
 状況がさっぱり分からない。事態が良い方向に働いているのか、それとも悪い方向に動いているのか、それすら分からない。
 何とかしなければという意思があっても、実際に何かという行動に移れないもどかしさに、武は歯がみする。

 やがて、何度となく発生した振動は収まった。
 異変が収まったことを認識すると、久しくざわめいていた部屋の中も、また元通りの空虚な暗い雰囲気へと戻り始める。
 武もまたそれを認めて、結局何もできなかったのかという落胆を胸に気を落としていた。

 そして唐突に、部屋の入り口が破壊音と同時に開かれた。

 「ッ―――!」

 武は総毛立った。
 この部屋の扉が開かれた時、やってくるのは何時もBETAたちだった。
 奴らは無造作に部屋へとやってくると、適当に部屋の中の人間を一人捕まえて外へと連れ出していった。
 その連れ出された人間がどうなったかは、武は知らない。虜囚となった人間、全員が知らない。
 ただ淡々とBETAどもは人間を連れ出すと扉を閉めて、また自分たちを閉じ込める。そしてある程度時間が経ったら、また別の人間を連れ出しに来るのだ。

 分かることはただ一つ。
 連れ出された人間は、一人も戻ってこないのだということだけ。

 武は破られた入口を警戒心を高めて、強く睨みつける。
 純夏を抱きしめたまま、絶対に守ると意識する。
 どうにかして他の人間の影に紛れて、BETAの注意から純夏を逸らす。そうすればとりあえず選ばれることはない。
 周りの他人を身代りにしてでも、武は純夏を生き延びさせるつもりだった。

 がしかし、そうまで警戒した武の決意は無駄になった。
 扉の方向から、声がかけられたのだ。

 「人か? 人間がいたのか?」

 「……え、あれ?」

 困惑する武を含めた虜囚の者たちの前に、そいつが姿を現す。
 壊れた扉の向こうから現れた者は、人間の姿をしていた。
 トゲトゲとした特徴的な黒髪の、奇妙な鎧のような服を身に付けた少年だった。
 顔には妙なモノクルを装着していて、鋭い目つきで武たちを睥睨している。随分と目付きの悪い。
 その年頃は武よりも年下だろう。

 あまりにも予想外の展開に、部屋の中の人間全員が反応を返せずにいた。




 「はぁッ!」

 両手を揃えて突き出し、気合いの声と共に気功波を打ち出す。
 それはそのまま化け物たち―――BETAの一群へと着弾し、一気に纏めて薙ぎ払った。
 確実に100の単位で敵を消し飛ばしてやった一撃だったが、しかし煙が晴れるよりも先に殺到するBETAの新たな一群が現れ突撃してくる。

 「くッ……しつこい野郎どもだ、なッ!」

 リキューの姿が掻き消え、その場所に巨大な衝角が振り落ちた。
 直上にいた要塞級が繰り出した、リキューを狙った衝角は空を切って地面に突き刺さり、その強酸液をまき散らす。
 超スピードで姿を消したリキューは要塞級の中ほどに現れると、その胴体を思いっ切り蹴り飛ばしてやった。
 爆音と同時にぐしゃぐしゃに潰れた胴体に引っ張られ、要塞級が横転する。
 その撃破をいちいち確認することもなく、リキューは次なる敵へと向かう。

 残心とか何だとか言っていられる状況ではなった。

 「くそったれ、キリがない!」

 数。
 襲い掛かるBETAの、もっとも強大で最大の障害となる数の猛威。
 それがリキューにも等しく襲い掛かっていた。

 戦闘力の問題で言ったら、当然口ほどにもない。
 それこそ要塞級だろうが戦車級だろうが要撃級だろうが、どの種類のBETAもリキューの敵ではなかった。
 そもそも戦闘力がスカウターで測ってみて、どの種類のBETAも三桁にいかないのだ。
 現在のリキューの戦闘力は11300。BETAなぞ文字通り歯牙にもかけない状態だった。

 実際この世界にトリップした直後。リキューは奇襲同然に戦車級に殴られ、続けて闘士級に首を振り回され、最後に兵士級に全身を齧られた。
 だがしかし、全くダメージなぞ受けていなかった。
 巨大ロボットである戦術機にすらダメージを与える戦車級の攻撃を受けても、ノーダメージだったのだ。

 はっきり言って事実上、リキューはこの世界で無敵と言っても過言ではない戦闘能力を持っていた。
 そのリキューをして厄介だと言わしめる現状。
 その理由は何かというと、BETAの数である。

 パンチ一発キック一発で敵を倒しても、その十倍の数の敵が押し寄せてくる。
 ならばと気功波で纏めて一団を薙ぎ払っても、薙ぎ払うや否やその開いた隙間に新たな敵団が突っ込んでくる。
 倒す先から次から次へと、途切れることなく敵がどんどん供給されるのだ。

 要する、敵を倒すスピードが全然追い付いていないということである。
 仮に一秒に一匹始末したとしても、BETAが一万匹いれば要する時間は一万秒。おおよそ2時間半かかる計算となるのだ。そんな長々と誰が付き合っていられるだろうか。
 これこそ数が脅威とされるBETAの真骨頂だった。しかも現在地はその拠点であるハイヴ。BETAの総数は一万なぞ軽く超える。
 もちろんリキューの実力にしてみれば、一秒一匹なんてチンケなことは言わず、一秒の間に数十匹以上のBETAをぶちのめせる。
 が、そんなことは焼け石に水でしかないことは言うに及ばず。
 だからこそ漏れ出たのが、キリがないという台詞だった。

 「っが!?」

 不意に頭上から要撃級の踏み込みが、リキューへと襲い掛かった。
 両手を上に掲げて要撃級の足を受け止め、その場に踏ん張る。
 サイズ差を考えれば馬鹿らしいほど滑稽なシーンであったが、それは現実の光景だった。

 「ぎぎぎ………ッ、ずぇりゃあ!」

 足を投げ返してやり要撃級を弾き返す。一足で距離を取った後、要撃級の全身を呑む気功波を打つ。
 周囲の小物を何匹か巻き込んで要撃級が消滅するが、もうその後ろには次の要撃級の姿が見える。

 「うっとうしい奴らが、どれだけ数がいやがるんだ」

 いかにリキューが戦いを嗜好とする戦闘民族であろうとも、いい加減飽きていた。
 スタミナに問題はない。あまりにも単純作業過ぎて精神的に嫌気がさしてきたのだ。
 いちいち数万のBETAの大群を相手に、素手で一匹一匹ぶっ倒していく。それはいったいどれだけの労力を要する作業か。
 少なくとも、全くもって精神に健全な働きをもたらすものではないことは確かだった。

 「一気に纏めて消し飛ばせれば楽なんだがな………」

 リキューはシンプルで最も楽な解決手段を考える。
 その気になれば星だって壊せる存在である。普通に考えて荒唐無稽なそんな行動すら、十分に実現可能な対応策だった。
 イメージとしては原作“ドラゴンボール”にあった、ナッパの使用したあの技である。挨拶と評して町一つを更地にした、技とも言えない広範囲の無差別破壊だ。やろうと思えばリキューにもそれは出来る。
 しかし、それが出来ない理由があった。

 気功波の光の奔流がBETAを薙ぎ払うが、その奔流を逆に飲み込むようにBETAが押し寄せる。
 続けて気弾を絶え間なく投げつけて爆撃するが、BETAは意に介した様子もなくその穴を埋めて襲い掛かる。
 その有様に舌打ちする。

 「くそったれ……これ以上威力を上げたら、巣もぶっ壊しちまう」

 リキューはこれまでの推察から、この化け物の巣。つまりハイヴが地下にある構造だと考えていた。
 周囲を見て確認できる通路の大きさなどから見て、かなり深い位置に存在しているのだろうとも結論している。
 実際リキューのこの洞察はほぼ正解であり、リキューの現在位置は地表から見て地下300mの位置。現横浜ハイヴの地下最下層にほど近いポイントにいた。
 こんな場所でそんな大規模な破壊活動をしようものなら、確実に崩落が起きる。

 頭上からおそらく数百万tを軽く超える量の土砂が押し寄せてくるのだ。
 それがどれだけの厄介事を巻き起こすのかと考えたら、とてもではないが実行なんて出来るものではない。
 よって、自然と気功波の威力は抑えられざるおえなかった。

 気合いを叩き込んで突進してきた突撃級の図体をふっ飛ばし、リキューはスカウターに手をやって操作する。
 いい加減あとどれだけの数のBETAが控えているのか、それの確認のためだった。
 それは終わりも見えればやる気が湧くだろうという魂胆の行動だったのだが、しかしリキューはその意図を逆方向に裏切られ呻き声をあげる。

 スカウターに表示される夥しい数の反応のマーク。
 画面があっという間に表示で埋め尽くされ、計測をオーバーする。カチカチと操作し範囲を広げてみると、さらなる反応をスカウターは拾う。
 反応を計上すること、約3万以上。しかもこの数は現在進行形で増大中で、範囲をもっと広げたらどんな反応が返ってくるか分かった物ではなかった。
 しかもスカウターの観測範囲と反応の分布から見て、ここが蟻の巣状をした、思った以上に広大な巣であることも分かってしまった。

 「これは、まともに相手をする方が馬鹿だな……」

 前言を撤回して周囲一帯ごと吹っ飛ばしてしまうかと、リキューは考え直しかける。それはあまりにも魅力的な誘惑だった。
 少なくとも、もう今までのように正直に相手をする気は失せて、別の手立てを考え始める。

 (スカウターの反応から見て、どうもこのあたり一帯。最低でも周囲10km以内は完全に奴らの巣みたいだな。つまり仮に丸ごと吹き飛ばしても、この世界の人間を巻き込む心配はないか? 崩落ごときは別に起きたところで、俺一人ならどうとでもなる。要するにネックなのは巻き添えの有無で、巻き添えさえいないなら実行に躊躇する理由はないか………よしッ)

 リキューは行動を決めた。
 この巣とその周囲にいるBETAたち、それら全部纏めて後腐れなく消し飛ばす、と。

 スカウターを操作し、反応を確かめる。
 巻き添えがいないかの最後の確認だった。無造作に全ての反応が表示されるため、非常に面倒ながらも素早く眼球を動かし数値をチェックする。
 数万もの表示を一々自分で確認するという、凄まじく手間な作業であった。しかもその間にもBETAは襲い掛かってくるため、並行して相手をしながらである。
 細々とし過ぎてストレスが蓄積される作業であったが、万に一つでも巻き添えがあったらと考えると、リキューは手を抜けなかった。

 その甲斐もあって、リキューは一つの気になる反応を見つけた。
 数多く表示される戦闘力の反応の中に、妙な反応のものが幾つか混じっていたのだ。

 周囲の戦闘力が平均して10から20前後のものばかりの表示の中に、3や5などといった、検出される明らかに低い数値。
 しかもその反応は一つだけではなく、一つの個所に固まって何十と存在している。
 極め付けに、反応のある場所は地上の方向ではなく、リキューよりもさらに地下の方向にあった。

 (こいつは………)

 露骨に怪しい反応だった。はたして、いったいどうするべきか?
 その選択にリキューは即決する。別に迷う理由もなかったからだ。
 捉えた弱い反応をスカウターにセットし、追跡対象にする。

 (直接行って確かめてみるか)

 そしておもむろに作り出した気弾を、足元へ叩き付けるように投げ付ける。
 大きな爆発が発生し、それに紛れてリキューが舞空術を使い超スピードで一気に飛び出した。広い通路が幸いし、あっさりとBETAたちの群れの合間を飛び去っていく。
 気が付けばリキューは、ほんの二・三秒も経たない内に戦場となっていた場所から抜け出してしまっていた。

 「にしても、本当になんて数だ」

 思わず顔を顰めながら、上空からの地上の様子に呆れてしまうリキュー。
 そこにはまるで渋滞となった高速道路のように、BETAたちがうぞうぞと蠕動しながら詰まっていた。
 こいつら全部がリキューを狙ってわざわざ集まってきたのかと思うと、何とも言えぬ怖気が走る。
 ただですら不気味な外見をした化け物たちが、よりいっそう理解の出来ない別ベクトルに不気味な存在だと思えたのだ。

 スカウターの反応を参照に、ハイヴ坑道内を飛行するリキュー。
 途中、通路の幅が狭くなりBETAたちに襲われる場面などでは手際良く吹き飛ばし、先を急ぐ。
 目的の方位は分かっていても、さすがにハイヴ内の構造までは分からないのでそこは手探りでの探索だった。




 そして迷走し続けること数十分。
 ようやく目的の反応地点まで、あと一歩の距離までリキューは近付いていた。

 「ハァッ!!」

 通路を塞いでいた戦車級の集団を、気功弾を叩き込み爆殺する。
 開いた通路を疾走するも、即座にリキューの向かう先の通路の曲がり角から次なるBETAの群れが現れる。
 舌打ちして踏み込み、一瞬で全てのBETAを殴り飛ばしていく。

 「邪魔だ! どきやがれ!」

 リキューはすでに舞空術を止め、直接足を使って走っていた。
 通路の幅が小さくなり、先ほどまでの非常識に巨大なトンネルではなく人間相応の大きさの通路となっていたからだ。
 自然とスペースの問題で出てくるBETAは戦車級に闘士級と兵士級の三種だけに限られるようになったのだが、それでも尽きる様子はなく敵はリキューの前に現れ続けていた。

 スカウターが反応し、背後へと振り返る。
 戦車級の一団が後方から現れ、怒涛の速度で接近してきていた。
 罵倒する手間も惜しんで片手を突き出し、気功波をぶっ放した。

 戦車級が全て消し飛び、爆風と震動が通路を揺らした。気功波は狭い空間で派手に威力を出し、通路の壁面を抉れた跡を残す。
 ほんの少し息切れしながら、リキューは疾走を再開する。
 思った以上にハイヴの構造が強固であることに気付いたリキューは、徐々に打ち出す気功波の威力に遠慮がなくなってきていた。
 皮肉なことだが本人の当初の希望通り、手加減しながら圧倒的物量相手に戦うという未知の“経験”が、リキューへ思った以上の苦難を与えていたのだ。

 「ここか? 反応の出ていた場所は」

 床に靴が擦れる音をたてて、リキューが立ち止まる。
 目の前には肉のような鉄のような、奇妙な素材で出来た入口らしきものがある。
 軽く手で触れて調べてみるが、開け方は分からなかった。そして悠長に、ずるずるとこれ以上調べている時間はない。
 となれば、打つ手は一つしかない。

 「鬼が出るか蛇が出るか……」

 右手の掌を開き、入口モドキにピタリと密着させる。
 一呼吸だけ間を置き、リキューは軽く集めた“気”を放出した。

 「ッハァ!」

 空気が破裂したような破壊音が響き、入口モドキがまるで障子紙のように破けた。
 これまで地道に鍛えてきた“気”のコントロールの鍛錬、その賜物だった。リキューは器用な小技が幾つか使えるようになっていた。
 ともあれ、リキューは破壊した入口から中へ入り様子を確認する。
 そして目に入った光景に、思わず唖然としてしまった。

 「人か? 人間がいたのか?」

 部屋の中には、驚くべきことに人間がいた。しかも人数は一人二人なんてものではなく、軽く50人近くはいる大所帯だった。
 あまりにも予想外の展開だった。思わずリキューは口を開けて停滞してしまう。
 何かがあると想像はしていても、まさかこんな化け物たちが闊歩している場所の中に普通の人間が集団でいるとは思わなかったのだ。

 じっくりと観察してみれば、部屋の中にいる人間たちは皆衰弱している様子で陰鬱な雰囲気を纏っていた。
 部屋の中には碌なものもなく、他の空間へと繋がる道もない。閉じ込められているようだった。

 (もしかして捕虜? いや、家畜か何かとしてあの化け物どもに捕まっていたのか?)

 捕虜ではなく家畜と表現したのは、リキューの勘だった。
 実際に戦った印象として、奴らBETAがわざわざ捕虜なんていうものを取る高尚な知恵があると思えなかったからだ。

 「おい、お前ら! 何でこんなところにいる。あいつらに捕まっていたのか?」

 適当に全体に呼び掛けるように声をかける。その言葉は何時かの失敗を繰り返さないよう、きちんと日本語を使っていた。
 リキューの言葉にざわざわと、人々の間でざわめき声が大きくなり始める。漂っていた陰鬱な雰囲気なほんの少し、なくなっている気がした。
 そんな中、転がるように一人の中年の男が前に出てきてリキューに問いかけた。

 「あ、あああんた、軍の人か? 俺たちを助けに来てくれたのか?」

 「軍だと? いや、違―――」

 「軍人さんか!? 助けに来てくれたのかようやく! 俺たち助かるのか!!」

 リキューが否定するよりも早く、別の人間が被せるように問い質してきた。
 その早合点をした言葉は、リキュー本人の意図を無視して一気に周りの人間へ広がっていった。
 自分の手元を離れて広がっていく熱気の渦に、リキューは戸惑うまま何もすることが出来ない。

 「ちょ……待て! 人の話を聞け! 俺は軍人なんかじゃ―――」

 「助かった、よかった」

 「出してくれ、ここから出してくれ。日の光が見たいんだ!」

 「ありがとうございます……ありがとうございます……」

 もうリキューの言葉で片付く事態ではなかった。
 絶望に沈んでいた人々は、リキューという仮初めの希望を得たことで暴走している。リキュー本人の言葉を聞けるような状態じゃない。
 事態をどう鎮圧したものかと、リキューは頭を抱え込みたい衝動を必死に抑えながら考えていた。

 (くそ、どうしたらいいんだ!?)

 その時、スカウターがピピピと反応を示した。
 頭を切り替えて、即座に背後の入ってきた入口へリキューは振り返る。
 ザザザと急停止する音を立てて、入口付近に何匹もの戦車級が現れた。

 「わ、わああぁぁぁあああッッ!?」

 姿を見たであろう虜囚だったの男の一人が、悲鳴を上げて腰を抜かしたまま後ずさる。
 その悲鳴が感染したのであろう。一気に狂騒でにぎわっていた部屋の中が静まり、恐怖に支配され直していた。
 戦車級たちが、部屋の中へと侵入してきた。

 (―――ッチィ!)

 考える前に動いた。
 一足で間合いを詰め、近い奴から順々に一撃を叩き込む。
 そのでかい図体が吹っ飛び、壁に叩きつけられて戦車級は動きを止めた。

 一撃必殺。

 ほんの数秒足らずで送り込まれてきた戦車級の全てを、リキューはぶちのめした。
 確実に息の根を断ち、だらりと弛緩した戦車級の亡骸が転がる。
 部屋の中が沈黙に包まれる。絶望によるものではない。それは信じ難い光景を目にしたが故の停滞だった。

 男が見ていた。女が見ていた。
 少女が見ていた。少年が見ていた。
 老人が見ていた。若者が見ていた。
 そこにいた全ての人間が、素手でBETAを叩きのめしたリキューの姿を見つめていた。

 スカウターが反応しリキューへと状況を告げる。
 続々とこの場所へ向かって、BETAたちが集まってきているという最悪の事実を。

 (くそったれ―――仕方がない)

 リキューは内心で毒づきながら決心する。
 土台、リキューにこの部屋の人間たちを見捨てることなんて出来やしない選択だった。
 苦渋の判断としながら、しかし迷いなく決めたリキューは、人々へ向かって叫び告げた。

 「お前ら、全員俺に付いて来い! 外に出るぞ!!」

 空気が静まる。
 ―――そしてようやくその時、虜囚となった皆に希望が生まれたのだった。




 事態は最悪の方向に偏っていた。
 原因は言うまでもなく、リキューが抱え込んだ一般人の集団にあった。
 当たり前だが、当初の計画は迷うまでもなく破棄だった。リキュー一人ならばともかく、こんなに一般人がいる状態でハイヴを吹っ飛ばすことなど出来やしない。BETAどころか守るべき人々も一緒に消し飛ばしてしまう。
 かといって、リキューはその腕に抱えて人々を連れ出せばいいのかと言えば、そうでもない。
 捕まっていた人間の数は50人を超えていたのだ。一人二人ならともかく、50人もの人数を抱えて飛んで行くなんて出来る訳がない。文字通りの意味でリッキューの手が足りない。
 となれば、残された手は一つしかない。

 50人の避難民全員が、地上まで各自の足で走ってもらう。
 当然、その間に襲ってくるであろう数万のBETAの軍勢からリキューが守りながらである。

 「ッカァ!」

 接近していた突撃級を一喝で爆裂させる。
 その間も足を止めるなんて無駄なことはせず、リキューは超スピードで動き続けながら避難民の周囲を忙しく回る。
 次から次へと群がってくるBETAの大群を、ピンは兵士級からキリは要塞級まで、一切合財容赦なくぶち飛ばし続ける。
 集団の前に回ったかと思えば後ろへと戻り、また前に行ったかと思えばもう後ろにいる。
 あまりの襲撃密度と護る対象の大きさに、リキューの動きはフル回転状態を維持し続けざるをえなかった。

 (ちくしょうがッ! 数が、多過ぎるッ!!)

 もはや愚痴を漏らす暇さえなく、とにかく超スピードを維持しBETAの迎撃に専念する。
 リキューの忙しさは限界を極めていた。何せリキュー一人で50人の集団に襲い掛かる敵勢の攻撃を、全方位から守り切らなければならないのである。
 とにかく足りない、手が足りなさすぎる。
 せめて一度に遅いかかるBETAの数がもっと少なければ、あるいは避難民の数がもっと少なければ、もしくはあと一人戦力になる人間がいれば。
 これら一つでも叶えばまだ何とか余裕が持てたのだろうが、しかし現実では一つでも変わることはなかった。

 リキューは“手加減しながら圧倒的物量を相手に戦う”から“手加減しながら圧倒的物量の相手に一般人の集団を一人で護衛する”へと変わった内容に、尋常を絶する労力を払っていた。
 本当に、ほんの一時でも油断する隙がない。
 超スピードをもってしても、50人の団体を全員護衛するのはタイミング的にシビアなものだったのだ。
 その証拠に素早く周囲の確認を行ったリキューは、今度はなんと驚くことに数百m上の天井から落ちてきた戦車級の姿を認めて、そいつらが落ちてくる前に即座に超スピードで肉薄し蹴り飛ばした。
 また改めて確認すれば、今度は前方後方右翼左翼と、四方向からの同時接近を確認。
 超スピードで駆け巡って、順番且つ瞬時にBETAを仕留めていき全ての敵の迎撃を間に合わせる。
 リキューは数の劣勢を、とにかく己の実力で強引にカバーしていたのだ。

 このリキューの奮戦の甲斐あって、幸いにも未だに避難民たちに被害は出ていない。
 だがその先行きはかなり暗かった。
 BETAの数と同じように、悪いニュースも途切れる気配がなかった。

 まず第一に、避難民たちは確固とした道標もなく行き当たりばったりにハイヴの中を彷徨っている状態であった。
 考えてみれば当たり前の話なのだが、リキューを含めて誰もハイヴの構造など分からないのだ。脱走こそできたが、複雑な地下構造を持ったハイヴ内から真っ直ぐに地上を目指すのは困難なことだった。しかも集団が元々いた場所は、ほぼハイヴ最深部に位置していたのだ。
 先導者である筈のリキューはBETAの迎撃に忙しく会話する暇もなく、よって進路は完全に避難民たちの舵取りに任せられた状態だったのである。
 そして加えて、避難民たちの体調不調だった。
 長い間BETAに一つの部屋の中に捕らえられていた人々は、皆大小問わず衰弱していたのだ。
 気力も萎えかけ、足腰も弱っている。しかもその上集団の中には正気を失くしてしまった人間も含まれていて、複数の人間が手を貸してやって運んでいる姿も見えた。
 惨憺たる有様だった。そもそもこの地下から地上までの距離を踏破することが出来るかも怪しい具合である。

 唯一幸いとも言えるニュースがあると言えば、避難民たちの間でパニックが広がっていないことだろう。
 未だ薄暗く広大なハイヴの中におり、周囲からは想像を絶する数のBETAが常に絶え間なく襲い掛かっているという状況にもかかわらず、集団は恐慌も起こさず歩き続けている。
 普通なら一流の軍人でも喚き散らしてしまうだろう状況にもかかわらず、彼らは皆混乱せずに動いていたのだ。
 いったいそれは何故だろうか?

 その答えは目の前にあった。
 今も常に超スピードで動き回り一人で50人以上の集団を守り切っている超人、リキューがいたからだった。




 緊張と疲れに呼吸を乱しながら、武は必死に足を動かしていた。
 特に意識していなかったが、BETAに囚われてから一ヶ月。その日々は確実に筋力を衰えさせていたらしく、想像以上の負担を武に強いた。
 隣には同じように疲れ果てた純夏がおり、武はその手を握って懸命に鼓舞していた。

 「ゼイ……ゼイ……頑張れ……頑張れ、純夏ッ。もうすぐ出られる……オレたち、家に帰れるぞ!」

 「ハァ、ハァ。うん、うんッ。大丈夫、頑張れる……頑張るよ、タケルちゃん」

 二人と同じように、周りには憔悴した顔をしながらも口々に希望を出して必死に足を進めている人たちが、一団となって移動している。
 一団の周囲にはBETAが群がり、途切れる様子がない。ほんの少し視線を上げれば、地響きを立てて迫る要撃級や突撃級の姿も見えた。
 普通ならば、とてもではないが励まし合うなんてことは出来ない光景だった。それどころかそもそも、歩くことすら出来るものではなかった。
 上方も含めて、全方位からBETAが襲い掛かってきている状況である。この状況で歩くということは、自分からBETAの群れに向かって突き進むことと同じだ。

 にもかかわらず避難民の一団は足を止めず、自ら接近してくるBETAの様子が見える方向へと自ら突き進んでいく。
 それは信頼があったがゆえの行動だった。
 遅々と歩む避難民の一団へ、正面から巨大な要塞級率いるBETAが接近する。
 だがその一団が避難民たちの先頭を接触する前に、ある一人の姿がその進路の前に現れたのを武は見た。

 「ハァーーーーッッ!!」

 眩い閃光と旋風が巻き起こった。現れた人影から放たれた巨大な光線が、要塞級の巨体を呑み込み迫っていたBETAの群れ全てを彼方へと消し飛ばす。
 武がもう一度同じところを見てみれば、もうさっき一瞬見えた人影の姿は消えていて、そしてBETAの群れもまた消滅していた。とはいえ、BETAの群れはまたすぐに次の群れが現れるのだが。
 前方だけでなくぐるりと避難民の一団を武が見回すと、他の様子も見えた。
 そこにはまるで避難民たちを中心にした見えない円のような領域が形成されていて、その領域に入ろうとしたBETAはサイズを問わず、即座にぶっ飛び、押し潰れ、ひしゃげていた。
 閃光や爆発なども時折発生し、その合間合間にまるで錯覚のように一人の人間の姿が見え隠れする。
 その光景に、武は心底から打ち震えていた。

 「すげぇ……本当にすげぇ!」

 奇妙な服装をした、まだ子供にしか見えない見た目をした少年。それはまさしく天からの助けだった。
 その拳はなみいるBETAの群れを叩き潰し、見えない速度で空を翔け、そして光をばら撒き、決して一定の範囲以内に敵を近付けさせない。
 帝国軍だって負けたBETA相手に、一人の少年が生身で対抗し、圧倒しているのだ。
 蟻と巨人のサイズ比はあるような要塞級すら一蹴するその様は、伴う轟音と地響きがなければどこの馬鹿な騙し絵だと言ってしまいそうな光景だった。

 カートゥーンワールドからそのまま出てきたような、本物のスーパーヒーローの顕現。

 避難民たちはその姿と活躍に、絶大な畏怖と信頼を抱いていた。
 それが歴戦の軍人ですら二の足を踏むこの状況で、彼らが歩みを止めない理由だった。
 リキューに守られているのだという信頼と意識があるからこそ、それを信じて彼らは気力を振り絞って歩き続けていたのだ。

 これがもし周りを守っているのが普通の軍隊であったならば、また話は変わっていただろう。
 例え同じように完全の保証があったとしても、BETAのプレッシャーに耐えきれず集団は恐慌を起こしていたに違いなかった。
 この違いの原因は何かというと、目の前の現実性にある。
 リキューという“非現実的なヒーロー”による加護あるからこそ、今の集団にある信頼と畏怖による秩序が保たれていたのだ。
 つまり一種の宗教崇拝、トランス状態である。
 リキューの活躍によって与えられたインパクトが、衰弱していた人々の心に強烈な信心を生み出させていて、結果纏まった秩序だった行動をさせていたのだ。
 現実感の喪失という一面がこの場面で、良いベクトルに働いていたのである。

 武はフラッシュの瞬きのように出現と消失を繰り返すリキューの姿を、羨望の気持ちを込めて見ていた。
 そこには分かりやすい、男なら誰でも一度は夢見た力があった。
 誰よりも強い力。何人が相手だってものともしない力。どんな奴だろうとどんなものだろうと、全てを自分一人でねじ伏せ勝利出来る力。

 (あんな力が……あれだけの力さえあれば、俺も―――)

 ぎゅっと、武が純夏の手を強く握りしめる。
 それに反応した純夏が、伏せていた面を上げて武の顔を見る。

 「タケルちゃん……?」

 「―――え? あ、ああ。悪い純夏、ボーっとしてた」

 夢から覚めたかのような仕草をしながら、純夏の手を引いてやり歩き出す武。
 まだまだ安心など出来る状況ではなかった。今優先するべきは、とにかくハイヴからの脱出だった。
 心に滲む強い憧憬の思いを押し殺し、武は地上を求めて歩みを再開した。




 BETAを殴る。蹴る。殴る、蹴る、殴る蹴る殴る蹴る殴る蹴る―――
 戦車級も要撃級も兵士級も要塞級も一切合財関係なく、殴って殴って殴り抜ける。
 とにかくも速度。ほんの少しでも一箇所で留まれば、あっという間に別の方角から避難民に被害がでる。
 一秒単位どころではなく、0.1秒単位で集団の周囲を一周し終えてリキューは敵を薙ぎ払っていく。
 ここまで常に超スピードで動き続けたのは初めてだった。呼吸が乱れそうになるを抑えながら、なおもリキューは止まらず迎撃を続ける。

 「うおおおおおおおおッッ!!」

 近付いてきた要塞級へと接敵し、その身体を引っ掴んだ。
 そして咆哮し、持ち上げる。
 戦術機すら仰臥する全長最大のBETAの足の一本を持ち上げて、リキューはさらに叫ぶ。

 「食らいやがれぇえええッッッ!!!」

 引っ掴んだ足を起点に、全力で横方向へとスイングする。
 要塞級は勢いに逆らえず転倒し、そのまま地面に接触したまま転がった。
 全長70mもの巨体が肉を削りながら地均ししていき、それに巻き込まれた付近のBETAたちがぐちゃぐちゃと押し潰されていく。
 そうして一回転し終えると、そのまま勢いを保ったままリキューは掴んでいた手を離す。要塞級は支えを失い、他のBETAを巻き込みながら遠くへ放り投げられる。

 「ふぅ、ッハ!」

 駄目押しに小さな気弾をその後へと打ち込む。飛び出た気弾は着弾するや否や、凄まじい爆炎と閃光を出してBETAどもを滅却した。
 リキューはさらに未だ蠢くBETAたちの姿に対して、小さな気弾を次々と生み出して放っていく。
 爆撃が連続して大地を揺らす。
 攻勢が終わった時には、もうリキューの姿は消えて別の位置のBETAの迎撃を行っている。

 リキューの避難民たちの護衛作業は、過密という言葉を足蹴にするほど尋常を絶していた。
 超スピードを使い続けていてもギリギリのシビアな作業に、まだまだ持つ筈のスタミナが尽き始めた錯覚がリキューを襲う。
 体感ではもう10時間以上戦い続けているようなイメージをリキューは抱いていた。しかし実際にはまだ護衛を始めて一時間しか経っていない。
 こんな事態はリキューにとって想像の埒外にあったことだった。いくら数が多かろうが、戦闘力が圧倒的格下の相手にここまで消耗するとは。
 守るべき対象の存在。たったそれだけのことでこうも勝手が異なるとは、思いにもよらなかった。
 とはいえ収穫がないわけでもなかった。
 この異常に煩雑で消耗の激しい戦場にあるからこそ学べた成果が、リキューには一つあったのだ。“気”のコントロールについてである。

 「ッハ! ッハ! ハァッ!」

 次々と手を交互に繰り出し、気功波を放ってBETAを掃討する。
 隙間を突いて攻め入ろうとするBETAを捉えたら、ボールを投げるように生み出した気功弾を振り上げる。
 素手による迎撃の数が減り、代わりに気功波によって始末する場面が増え始めていた。

 リキューは戦っている内に気が付いたのだ。BETAを薙ぎ払うのに、そう多くの“気”をいちいち込めてやる必要がないことに。
 実際BETAで厄介なのはその物量にあるのであって、その戦闘力ともなるとたかだか二桁程度でしかない雑魚である。
 始末するのに普段の要領で気功波に込めている“気”の量なんて全く必要なく、“気”はもっと抜いてやって単純な破壊力を上げてさえやれば良かったのだ。
 これは何もBETAだけに該当することではなく、多くのドラゴンボール以外の世界で共通することだった。
 何度も言うが、リキューは曲がり並みにも個人で惑星を破壊できる実力を持っているのである。基本的によっぽど特殊なことでもない限り、負ける筈がないのだ。
 そのことに戦っている途中に気が付いたリキューは、意識して“気”を減らし、そして破壊力を上げた気弾を使用するようになっていた。
 お陰で地味ながらもスタミナの節約になったし、また幾分かBETAからの防衛も楽になっていた。

 とはいえ、焼け石に水なのは一向に変わっていなかったのだが。

 (くそ……不味いぞ。このままだと全員、外に出る前にくたばっちまう)

 天井から降ってきた戦車級を蹴り飛ばしながら、状況を確認したリキューは風向きが悪くなっているのを見て取る。
 そもそもがただの生身の人間がハイヴの中から脱出する、というのが無謀であった。
 幾ら完璧に外敵の脅威からリキューが守るとはいえ、迷宮のごとき地下構造から案内もなく、行き当たりばったりな方法で集団が地上まで行くのにどれだけの時間がかかることか。
 それだけで最悪数日を跨ぐことになる難所だった。
 しかもその上に、避難民たちは全員衰弱しており動けない人間まで抱えている。何とか気力を持たせて歩き続けてはいるものの、それも長く持たないのは目に見ていた。
 幾ら少し防衛に余裕が出てきたとはいえ、あくまでもそれは少しだ。避難民たち自身が歩みを止めてしまったら、リキューに集団全員を動かす術はない。そうなればハイヴ内で立ち往生である。
 リキューもさすがに飲まず食わずで一日中戦い続けることはできない。そうなった時点でジ・エンド。避難民含めて全員が纏めてお陀仏だ。
 この状態のままリキューが戦い続けてBETAを殲滅出来れば話は早いのだが、それもスカウターの反応を見る限り望みは薄かった。未だに次々とスカウターの表示には、BETAの増援が現れ続けているのが確認できたのだ。

 終わりが見える様子は、ない。

 (っち……どうする? どうしたらいい!?)

 焦りを隠せないリキューだったが、そうそう上手い手なんて思い付きはしない。現在の状況だってもうすでに十分非常識なのだ。
 逆に50人もの集団が未だに纏まって行動していてくれていることを、幸運に思うしかない。
 もしかしたらと思いイセカムに手を伸ばして操作するも、やはり反応は返ってこない。インターバルが終わるのはまだまだ先だった。リターン・ポイントに避難させる手は使えない。

 打開策を思い付かないまま、結局同じようにBETAの掃討を続けるリキュー。
 後どれだけの間、今の状況が保つのか。一時間か二時間か、あるいはそれ以下か。
 緩慢な終着への歩みに思えるも、リキューにそれを止めることはできなかった。

 変化が起こり始めたのは、それから間もなくのことだった。

 (―――? 何だ、いったい。襲ってくる奴らの数が増え始めた?)

 これまでも継続的な襲撃を絶やしていなかったBETAたちだったが、なにやら急激にその数を増やし始めていた。
 これまで以上の密度と頻度で、集団へ圧力をかけ始めている。
 もちろんそれはリキューの守りを突破することは出来ず、全て水際で掃討されていたのだが。
 その急な変化にリキューは怪訝に思うものの、原因など分かる筈もなく超スピードで動き防衛に終始する。

 そのまま集団が動き続けて、幾許かの時間が過ぎた。
 皆の衰弱が目に見えて激しくなり、全体の行軍速度が落ち始めていた。
 未だ地上は遠く、スカウターを持っているリキューには大して深度を上っていないと分かっていた。
 着実に避難民たち全員の終わりが近付いてきていることが感じ取られ、なおもBETAの攻勢は激しく続いていた。
 その時、ふと集団の先頭を歩いていた男が喋った。

 「お、おお。おい……何か、何処かに出たぞ」

 「な、何だ? 出口か?」

 その声を聞いて、避難民たちが皆足を急がせた。残る力を振り絞って歩き、先へ先へと進んでいく。
 そうして進んでいき―――彼らは、広い空間へと出た。

 そこは非常に大きな空間であった。これまで自分たちが通ってきた巨大な通路とは違い、一つの大広間のようであった。
 ドーム状に取られた作られた空間非常に広いスペースを持ち、避難民たちに奇怪な解放感を与えた。
 そして特筆することにその大広間には、何十何百何千と、数えきれない数のBETAたちによって埋め尽くされていた。

 即座にリキューは気弾を何個も作りだし、大広間中にばら撒いた。
 打てば当たるという具合に、面白いようにBETAどもが吹っ飛び、その何十倍ものBETAが迫る。
 そんな変わらないBETAとの戦闘のさなか、リキューはふとある点に気が付いた。

 (何だ、あれは?)

 大広間の丁度中心に当たるところに、巨大な瘤のようなものが存在していた。
 それは岩肌のようにゴツゴツした外観をしており、全長が要塞級ほどあった。岩肌の合間合間から奇妙な発光現象も見せている。
 どんな代物なのかは知らなかったが、非常に怪しい代物だった。スカウターに反応があるので、おそらくは化け物どもの一種なのだろうが。

 (どんなものかは知らないが、どうせこの化け物どもには変わりないだろう。なら、別にぶっ壊しておいても問題ないな)

 何が何だか分からないが、とにかく敵ではある。リキューは単純にそう結論付けた。
 避難民たちの周囲のBETAたちを掃討する片手間で、両手を揃えて気功波を撃つ。
 気功波は迫っていたBETAを呑み込み、そしてそのまま直進していってさらに進行方向上にあった、あの瘤も巻き込んでいった。
 撃破を確認せずに別のBETAの迎撃へと移り、一周してからちらりと様子を確認したリキューは―――驚愕した。

 あの巨大な瘤は、驚くべきことに健在だった。
 確実にリキューの放った気功波の直撃を受けたにもかかわらず、吹き飛んでいなかったのだ。

 (何だと!? 馬鹿な……たかがこんな化け物風情が、俺の攻撃に耐えただと?)

 リキューの内心で驚き同時に、じわじわと憤りが生まれる。
 例え手加減をしていたとはいえ、戦闘力が三桁もいかない雑魚に自分の攻撃を食らって無事で済まされた。
 その事実が不快で、リキューは怒りで奥歯を噛み締める。

 (―――ふざけやがって)

 その怒りを胸に、リキューが動く。

 「だぁッ!」

 気合い砲を叩きつけて、一撃で集団後方から迫っていたBETA一群を吹っ飛ばす。

 「だだだだッッ! だりゃあッ!」

 その他、全ての方位から迫っていたBETAへと一気に気功波と気弾を叩き込んでいき掃討する。
 そしてその場その一瞬、ようやくリキューにほんの刹那の余裕が生まれた。
 瘤に視線をやり、大地に足を付けて、両手を胸の前で囲いを作るように合わせる。

 「食らいやがれ……」

 “気”が高まり、合わされた手に光が集まる。
 時間もかけられないし、そもそもそこまでの威力も必要ない。
 リキューは瘤を睨み付けたまま、叫びを上げた。

 「フルバスターーーーーッッ!!!」

 両手を前に突き出し、“気”が解放された。
 巨大な閃光と極太の気功波がリキューの両掌から生み出され、真っ直ぐに瘤へと向かい進んでいく。
 瘤は当然ながら逃げることもできず、進行方向上にいた途中のBETA全てを巻き込みながらフルバスターは瘤へと直撃した。

 爆発。

 爆音と震動が轟きハイヴを揺らす。思った以上の反動に慌てて相殺の“気”を叩きつけて、避難民たちを守るリキュー。
 爆煙が巻き起こり、独特の硫黄臭と金属臭が辺り一帯を掻き混ぜる。
 リキューが確認してみると、今度こそ仕損じることなく、瘤を破壊することが出来ていた。念のためスカウターで確認するも、間違いなかった。
 よしと満足し、リキューはまた超スピードで動き始めてBETAの迎撃を開始し始める。ちょっとばかしタフなBETAを一匹倒しただけで、未だ山ほどBETAは残っているのである。

 がしかし、リキューは早々に異変に気が付いた。

 「な、なんだいったい?」

 リキューの眼前で、BETAたちの行動が著しく変化していた。
 常に避難民たちを標的として迫っていたBETAたちが、あっさりとその矛先を背けて逃げていっているのだ。
 それはまさしく一目散といった様相だった。わき目も振らずに何処かを目指して疾走し、BETA同士で押し退け潰し合ってまで走っている。
 リキューは進行方向上で避難民たちへ向かってくるBETAを始末しながら、何が何だか分からない急激なこの事態の変化に首をかしげてばかりいた。

 「………どうなってるんだ?」

 ぼやいたところで、答えは出ない。
 スカウターで確認してみれば、ここだけではなくハイヴ全体。それどころか地上の周囲一帯にいるBETAたちをもが一斉に移動していた。
 共通しているのは、この場所とは別の方向へと向かって移動していることだった。

 「―――訳が分からん」

 リキューはストレートに心情を出す。偽らざる本音だった。
 ともあれ、窮地を脱したことは確かなようであった。
 スカウターの反応を頼りに、残った敵を掃除していく。数分もすると、あれだけいた筈のBETAの姿がすっかり消えてしまっていた。
 散らばるBETAの亡骸が邪魔だと思いながらスカウターで走査するリキューへ、避難民の一人が声をかける。

 「な、なあ。あんた、ちょっと聞きたいんだが? BETAは? BETAはどうなったんだ? オレたち、助かったのか?」

 「べーた? ……あの化け物どものことか? あいつらなら良く分らんが、逃げたぞ。もう周りにも反応は見当たらんようだしな」

 「………ってことは…………オレたち、助かったのか?」

 「ああ、そうだ」

 スカウターで周囲の反応を確認してみるが、ここにいる避難民以外の反応はとりあえず周囲数百m圏内に存在しなかった。
 そこまで確認し終えて、ようやくスカウターから手を離しリキューは一息をつく。一時間以上もの間、ほとんどずっと超スピードを維持したまま繊細な気遣いのいる戦いをしていたのだ。思った以上に全身が疲れ果てていた。
 いい加減もう休みたい。そうリキューが思っていた横で、声をかけてきた少年が叫んだ。

 「よっしゃぁあああッッ!! 助かったぞ純夏! オレ達みんな助かったんだ!! 家に帰れるぞ!!」

 「うわわ! た、タケルちゃん!?」

 そう叫びを上げて、近くにいた少女へ抱きつく少年。
 歓喜の叫びをあげて抱擁する少年の叫びを聞いたのか、避難民たちみんなにその喜びが連鎖していく。
 生きて帰れる。BETAの巣に囚われるという絶望から得たその希望が、全ての人々に伝わっていく。

 薄暗いハイヴの中に、人類の歓喜の叫びが響き渡っていた。

 「なんて騒ぎだ、たく……」

 思わず耳に手を当てながら、呆れたようにリキューは呟いた。
 しかしその表情は、満更でもない様子であった。少なくとも目の前の光景は、リキューが守った結果のものだったからだ。
 ずっと引き籠り碌に人と接触して来なかったその人生から考えて、おそらく見れる筈がなかったであろう光景を見ることが出来て、リキューもまた感慨深い心持だった。

 「しかし……これからどうしたもんか。まったく………」

 徐々に明かりが薄くなり始めているハイヴ内を見回しながら、リキューは呟く。
 BETAが逃げて動力も途切れたのか、ハイヴ内の構造体が出していた仄かな明かりが徐々に消え始めていた。その内完全な暗闇になるだろう。
 それに未だ避難民たちはハイヴ内の地下にいるのだ。地上に出るまでもまた一苦労である。食糧や体調の問題もあった。

 まあとはいえ、それら全部どうとでもなることだろう。なにせ最大の邪魔者であったBETAがいなくなったのだ。
 とりあえず一休みしてから、手立てを考えよう。
 リキューはそう楽観に考えることに、今しばらく目の前の騒ぎを静観するのであった。








 西暦1998年、九月。BETAの日本帝国本土の侵攻より二ヶ月が経過した頃。
 BETAの行動を監視していた帝国軍は、突如として生じたBETAの異常行動を察知した。
 報告は速やかに軍上層部へと上げられ、BETAの東進再開の可能性も論じられたため即座に内閣会議が開かれることとなった。
 すでにもう仙台への遷都の準備も整えられており、帝国政府は最悪の可能性に対して恐れながら覚悟していた。

 しかし、BETAの様子が明らかになるにつれて、事態は思わぬ展開を見せる。
 東進を再開したかに見えたBETAはそうではなく、逆に自分たちの建造している巣―――横浜ハイヴへと引き返していったのである。
 人工衛星による観測でもそれが確認され、帝国政府はBETAの意図を測りかねて困惑していた。
 とはいえそれは不思議なことではない。BETAの行動予測が不可能だということは、この世界の国々における常識だった。
 帝国軍はこの有り触れたBETAの意図不明の動きに惑わされず、警戒態勢を維持したまま監視を続けた。

 そしてそれから約二時間後。
 BETAの動きにまたさらなる変化が生じ、帝国軍は今度こそ混乱することになった。

 一斉に横浜ハイヴから大量のBETAたちが出てきたかと思うと、あらぬ方向へと向けて行軍を始めたのである。
 それまで横浜ハイヴを目指していたBETAまでもがその動きに追随し、まさしくBETA全てが一丸となって行動していたのだ。
 監視していた帝国軍部隊は、最初その動きをついに東進の再開かと誤認したものの、すぐに間違いと気が付いた。
 他の監視部隊との情報と人工衛星の情報から、BETAたちが目指している場所は佐渡島だと判明したのだ。

 報告を受けた帝国軍と帝国政府は、どちら共に完全に混乱した。
 自分たちで築いた拠点であるハイヴを、わざわざ破棄も同然に捨てて逃げ出す行為が理解できなかったからだ。
 政府内部でも意見が割れ、多くがこれはBETAの罠ではないかという疑いを露わにした。

 この時点において、この世界では未だ一つもハイヴを陥落させてなく、そのためこのBETAの行動がハイヴ反応炉の破壊による撤退行動だとは誰も分からなかったのだ。
 結果、帝国軍は追撃する絶好の好機であるこのBETAの撤退を、みすみす見送ることとなった。

 そしてBETAのハイヴ移動行為が確認されてから、おおよそ6時間後。
 横浜ハイヴとその周囲一帯からのBETA撤退が確認され、事態を察知した国連及び各国政府も動き始め、帝国政府は横浜ハイヴへの偵察を決断。
 米国をはじめとする各国政府の干渉に対してけん制しつつ、横浜ハイヴ周辺へ軍を展開。同時にヴォールクデータを参照とした3個連隊規模の偵察部隊を編成し、ハイヴへと送り込んだ。

 横浜ハイヴ侵入より1時間12分後、偵察していた戦術機部隊が爆発音らしき反応を捕捉。
 臨戦態勢を維持したまま、部隊は反応を捕捉したポイントに向けて移動を開始。
 34分後、部隊はハイヴ内にて移動している生身の人間の集団を発見。集団の数は50名以上にもなり、保護した者たちからの聞き取り調査によるとBETAに捕らえられていたと供述。
 ハイヴ深層で囚われていたところを脱出し、ハイヴ内を彷徨っていたと発言している。
 この集団の中には正気を失って前後不覚になっている者も確認され、全員の著しい衰弱も認められた。

 帝国政府はハイヴ内にて発見した集団に対して、即座に保護を命じ同時に最重要機密に指定。
 彼らは帝都病院へと移送され精神診断を行った上で、各自の供述の妥当性を割り出すよう厳命された。
 また多くの供述の中に共通してあった、彼らを救出し、その後のハイヴ内での安全を確保していたとされる人物に対しては彼らとはまた別の扱いが命令され、その取り扱いは非常にデリケートなものとされた。








 これは、“開通係”に所属したリキューが初めて行った仕事の内容であり、その世界での行動についての話である。
 この世界にてリキューはトリップ・システムが再始動するインターバルの三ヶ月間を過ごすことになり、そして多大な影響を世界そのものへ与えることとなるのであった。










[5944] 外伝 戦闘民族VS工作機械2
Name: ボスケテ◆03b9c9ed ID:1128f845
Date: 2011/04/06 01:53

 日本帝国、首都東京。
 つい先日に忌まわしきBETA侵攻を受け、国土の半分を侵略されあわや滅亡間近かと危ぶまれた極東の国家。
 その国家の運営を司る武官・文官両方の重鎮たちが、大会議室の一室に集められていた。
 その中で白衣を着た一人の男がプロジェクターを使いながら、話を進めていた。

 スクリーンに衛星写真を投射しながら、男が解説を続ける。

 「人工衛星からの観測情報によりますところ、現時点における西関東から近畿、中国、四国。並びに九州地方からのBETAの撤退を確認しました。撤退を開始したBETAたちは建設していた横浜ハイヴも放棄し、大陸方面へと移動。一部のBETAの佐渡島ハイヴへの移動を確認しましたが、大多数のBETAは日本から撤退しました」

 衛星写真に、BETAたちの撤退ルートが重ねられて表示される。
 一人の高官が手を上げて発言を求める。どうぞと薦め、高官が発言した。

 「BETAどものこの行動の原因は何か、判明しているのか?」

 「不明です。現在派遣している横浜ハイヴの調査部隊が原因にあたる要因の調査を行っていますので、その報告を待つ必要があります」

 「横浜ハイヴ内に、今回のBETAたちの行動の原因があると?」

 「はい。そう我々は考えています」

 「それは何かしら、具体的な根拠があるものなのか」

 「はい、その通りです」

 白衣を着た男―――技研から出向してきた科学者が、高官の質疑に肯定を返す。
 プロジェクターに投射される画像が変えられ、男が説明を始める。

 「今回のBETAたちの行動原因が、横浜ハイヴにある根拠。それはBETAたちが横浜ハイヴを放棄したことです」

 スクリーンに、先行派遣された偵察部隊が撮影した横浜ハイヴ内の写真が次々と映されていく。
 ヴォールクデータ以来の貴重なハイヴ内の情報に、居並ぶ武官たちの間からざわめきの声が漏れる。
 安全性を重視し未だ碌にまとめられていない情報の集まりだったが、その価値は疑うまでもない稀有なものだった。

 そんな時系列や位置などもバラバラで表示されるハイヴ内の写真だったが、共通してあることは一つ。
 どこにもBETAの姿が見えないということ。
 つまりこれは偽装や騙し打ちなどではなく、本当にBETAたちはハイヴを放棄したということを示していた。

 技研の男は周囲を見回しながらよく確認し、意見を続ける。

 「これまでBETAたちは我々人類にとって不可解な行動を幾度も取ってきました。その中には唐突な侵攻や撤退行動なども含まれていて、今回の行動もその内の一つのように思えます。しかしながら一点だけ、BETAたちの行動にこれまでのものとは異なる異質な点があります」

 「それが、今回の横浜ハイヴの放棄だと?」

 高官の一人が言った言葉に、男がはいと頷く。
 男はその根拠を強調するように、さらに続けて説明を重ねる。

 「未だ検証不十分ですが、ハイヴ内には明らかに作業途中だったと見受けられる構造個所が現時点で多数報告されています。ですので、おそらく今回のハイヴ放棄はBETAにとっても予想外の事態であった可能性が高いと我々は判断しています。これはまだ予測の段階なのですが、おそらく“何か”……ハイヴ内にてBETAたちにとって支障をきたす危険が生じたのではないか。そのような原因を我々は想定しています」

 「待て。BETAたちにとって支障をきたす危険だと? それは何だというのだ! 現在ハイヴ内に出向している偵察部隊の者たちに危険はないのか!?」

 「不明です。有毒ガスの発生か、あるいは病原の流行か……追って専門の調査部隊の派遣と分析を開始し、特定する予定であります」

 「つまりは想像だということか。技術屋が、ふざけるなよ。個人の勝手な想像をこのような場で報告してるんじゃない!」

 「予測の段階だと、私は申し上げました。未だハイヴ内の安全が確認されたという訳でもありません。現状で確定した情報を届けることは不可能です」

 「ならば最初からそうだと言え! いちいち迂遠な言い回しをしおって、不確かな情報は現場の行動に混乱にしかならんわ!!」

 しばらくの間、会議場に野次が飛び交う。
 やがて静まり返ってきた頃になって、一人の男が発言する。
 日本帝国内閣総理大臣、榊是親だった。

 「つまり、現時点で判明していることはBETAたちが横浜ハイブを完全に放棄しているということ。それだけか」

 「はい。これ以上の究明については、どうしても時間を待っていかなくてはなりません」

 「ならば、もうこの件については終わりにしよう。諸君らについては今後とも研究分析に尽力し、判明した事実について逐次報告してもらいたい」

 「了解しました」

 技研の男が敬礼し、席へ着く。
 そして次なる議題―――今回の会議の本題へと、内容を移す。
 榊首相が、議題の口火を切る。

 「では、次はハイヴ内で救助されたという“生存者”について報告を聞きたい」

 場の空気が目に見えて変わる。
 それだけ、この事の重要性が段違いであったということだった。
 これまで一切の人類側からのコミュニケーションを拒絶し無視してきたBETAが、捕虜に取るなどという明らかに興味を持ったアプローチを仕掛けてきたのだ。
 これをきっかけにBETAどもの生態について、何かしら解明されるのではないかという期待を集めざるを得ない存在。
 軍事、政治、外交。
 全ての分野において大きな影響を与えるファクターとして、最も注目を浴びている事柄であったのだ。

 ―――そしてその中の一人には、それらすらさらに上回る衝撃を伴った存在がいる可能性があった。

 高官の一人が起立し、榊首相の言葉へと応答する。

 「確認された生存者たちの数は全員で54名。内、53名については当人たちからの聞き取り情報を元に戸籍との照合を行ったところ、身元が確認されました。全員が一か月前のBETAの侵攻により行方不明とされていた者たちです」

 「健康状態については長期の勾留によって皆なにがしかの不調であり、全体的な筋肉の低下や視聴覚への異常、また少なくない精神的な傷害も確認されました。現在は全員を帝都中央病院へと搬送し、専門病棟に入院させて治療を受けさせています。警備については軍から選抜された人員を200名ほど派遣し、病棟を中心に固めています」

 「生存者たちからの聞き取りについてはどうなっている? 捕虜にBETAどもがどんな行動をしていたのか、何か分かったのか?」

 「容体に注意しながら聞き取りも行っていますが、なにぶんこれまで長い間監禁されていたようなので……それぞれの証言を照らし合わせた上で妥当な内容などを割り出していますが、あまり芳しい様子はありません。一応聞き取った内容を元に生存者たちが留置されていただろう場所について見当を付けたので、その情報を元に現在横浜ハイヴに派遣されている部隊へ追跡調査を依頼するつもりです。これ以上の進展については、とにかく当人たちの回復を待たない限りは難しいものかと………」

 「そうか……分かった、報告御苦労」

 榊首相がそう一言労いの言葉を出し、口を閉じる。
 自然と場に一拍の間が空き、会議場に静けさが満ちる。
 この場に居合わせている人間全てが、次に口にするべき内容を理解していた。
 榊首相もそれを理解し、その内容を尋ねた。

 「では54名の生存者の内、未だ身元が確認されていない者………例の者について、現在の状態について報告してもらいたい」

 「っは………例の者は現在、こちらが用意した部屋で大人しくしています。これまでの間、特に問題的な行動も起こしていません」

 スクリーンに、画面が投射される。
 それは何処かの室内を映したものなのだろう。部屋を上から俯瞰したかのような構図で映し出された画面の中には、ベッドの上で頭の後ろに手を組んで寝転んでいる少年の姿があった。
 リアルタイムの映像らしく、画面の端には刻々と刻まれている日時も一緒に表示されていた。

 榊首相が、その報告の内容に眉をひそめて問い詰める。

 「問題を起こしていない? 彼はこれまでの間に何か異質な……例えばそう、非人間的な何かとでも言うべきか……そういったことをしていないと?」

 「はい。しいて言うならば、常人の基準をはるかに超える食事量を毎食要求することと、鍛錬のような行動を毎日繰り返すことでしょうか。それ以外は特に言及するべきような行動はなく、極めて大人しい生活を続けています。毎日決まった時間に起き、食事と鍛錬を行い、風呂に入り、睡眠をとる。そう、あまりにも“人間的過ぎる”生活習慣です」

 歯に何か挟んだかのようなニュアンスを込めながら、報告者が告げる。
 まるで人間的な行動を行うことが不自然だと言わんばかりなその態度に、しかし榊首相は疑問を浮かべることもなく当然のように流す。
 そういったニュアンスを込めたくなる原因を、この場にいる全員が知っていたからだ。

 そしてその原因があまりにも荒唐無稽な代物であったために、未だに半信半疑な者たちが多いことも事実だった。
 一人の武官が挙手する。
 指されて意見を述べる権利を与えられ、その武官は疑心を隠す様子もなく露わにしたまま質問した。

 「今更だが確認させてもらうが、その子供が本当に例のあれだと? それが噂や誤報ではなく確かな事実であるという確認を、貴殿らの口から直接いただきたい」

 ざわざわと会議場に騒ぎが広がる。
 質問した武官と同じ心境だった者が他にもいたのだろう。
 その質問を受けて、報告者と榊首相との間で視線が交わされる。
 頷き、榊首相が代わりに立ち上がり述べた。

 「それに対して、私が代わりに説明しよう。先だって裏付け調査を行っていた関係各所から、報告を貰っている」

 榊首相が、周囲の出席者たちを睥睨しながら確認する。
 そして全員からの注意を集めているのを認めて、力強く宣言した。

 「それを踏まえて断言する―――彼は紛れもない異星人だ」

 どよめきが一気に広がった。
 首相から発せられた事実だと断言する驚愕の暴露に、信じ難いという常識からなる騒ぎが起きた。
 榊首相は騒ぎを落ち着かせようとせず、話を進めた。

 「では詳細な説明に関しては、彼に続きを任せる。よく心に留めて聞いておくように」

 「では、首相に変わりまして説明させてもらいます」

 話のかじ取りを任された技研の男が前へと出てきて、プロジェクターを弄りスクリーンに新たな画像を投射する。
 それは正面から写された、現在リアルタイムで表示され続けている少年の写真だった。
 他にもスクリーンには似たような写真がいくつも重ねられて表示され、その全てに少年の姿があった。
 その中の一つが拡大されて表示される。
 その写真は軍に避難誘導されている生存者たちの集団のもので、その集団の先頭に鎧のようなものを着込み奇妙なモノクルを付けた少年の姿があった。

 「例の者……件の少年についてですが、本人自身が証言したところ“サイヤ人”という名の異星人だとのことです」

 「人類ではないのか? どう見ても子供にしか見えないぞ」

 「見た目で言うなら、確かにそうです。二足歩行であるところから脊椎動物であるところ、その他ありとあらゆる生物学的観点から見て、そのほぼ全てが我々地球人類と合致していることが確認されています」

 「ならば何故宇宙人だと断言できる! そんなものただの人間ではないか!」

 「異星人であるという決定的な証拠が、複数確認されたからです。物的証拠と加えて、生物的なものもが。こちらがその写真となります」

 「なに……っ!?」

 スクリーンの写真が切り替えられ、また別の写真が表示される。
 新たに写された写真には、これまでの写真とは異なるあるものが写っていた。
 入浴中に撮影されたのだろう。全身に筋肉が付いた全裸の少年の姿が、スクリーンに投射されていた。
 そしてその少年の臀部に異質なそれ―――尻尾が付いていたのだった。
 驚きに目を開いたまま、罵声を上げていた高官が呟く。

 「これは………まさか、尻尾か?」

 「はい。彼の臀部に対して、地球で言う猿のものに近い尻尾のような器官があることが確認されました。これは装飾品などではなく、実際に神経の通った自在に動かせる人体の一部のようです。この尻尾は普段は邪魔にならないよう、腰に巻いて目立たないようにしているようでした」

 連続して表示される写真の中には、器用に尻尾を使って物を掴んでいる様子や腰にベルトのように巻いている様子のものがあった。
 リアルタイムで表示されている画面もよくよく見れば、時折ねこじゃらしのように反応し動いている尾があることに気が付く。
 紛れもない異星人。その言葉が改めて皆の胸中に広がる。
 解説者は例示資料をスクリーンに映しながら、とくとくと説明を続ける。

 「彼が着込んでいた衣服から採取した試料や体毛などから行った解析、その他幾つかの分析を彼本人に悟られないよう秘密裏に実行した結果、多くが未知のもの、ないし極めて高度な技術を使ったものだと判明しました。よってこれらの結果から元に、我々は彼の正体が本人の証言通り異星人である可能性が高いと判断を下しました。現在は不用意な接触を避けるため、極力敵意を見せないよう注意した扱いの下、24時間体制の観察を続けています」

 「馬鹿な……あんな尻尾があるだけで奴を宇宙人だと判断するのか? あんなもの義肢の応用なりで用意することなど幾らでも出来るだろう! 高度な技術の産物だという話だって、それこそソ連やアメリカが秘密裏に開発していたものなのではないか!?」

 「それこそ有り得ないだろう、落ち着け! 何故アメリカやソ連などがそんな極秘技術を持たせて単身潜入などをやらせるのだ!」

 「そんなことは知らん! 自分が言っているのは、現実的ではないと言っているのだ! 幾ら高度な技術が使われていると言っても、それを宇宙人由来のものだとと結論するなど早計にもほどがある! まだ大国の秘匿技術だとするほうが説得力があるわ!!」

 鼻息荒く否定する高官の弁舌に、表立って賛成の意を表すものはいなかった。しかし言外に同意するかのような雰囲気が漂う。
 やはりそれだけ内容が突飛であったということだった。
 しかしそれらの意見を、解説者である技術者はばっさりと両断するように否定した。

 「いいえ、あり得ません。アメリカ、ソ連、ドイツに中国。この地球上に存在するいずれの国であろうとも、これらの技術を用意することなど出来ません。絶対に」

 あまりにも断定的なその口調に、反論していた高官は威勢をそがれる。
 淡々と、しかしその瞳の奥に確かな熱意を浮かべながら技研の出向者が解説を始める。
 スクリーンに新たな写真が投射される。
 皆の前に大写しされたのは、鍛錬のような行為をしている少年の一シーンであった。
 その写真の中、焦点は少年の着込んでいる鎧のような意匠をした服へと当てられていた。

 「こちらの写真をご覧ください。注目してもらいたいのは、彼が身に付けているこの衣服についてです」

 「これは、鎧か? 防具にしては伸縮性が高いように見えるが……」

 「当たらずとも遠からずといった感じです。機能としては鎧に近いですが、我々が理解しやすいものとしてはこれは強化装備に近いものです」

 「なに!?」

 写真が差し替えられる。
 拡大された砂粒のような画像がスクリーンに投射された。
 まるで雪結晶のように整えられた画一的なデザインが、それら粒の中に揃って存在している。
 それらの構造に指示棒を当てながら、男が説明する。

 「表示しているものは、彼の着ていた衣服から採取した試料を拡大したものです。これを見てお分かりになりますか?」

 「何のことだ?」

 「この衣服を構成していた試料に内包されている画一的な構造体。調査してみたところこれは、全て工学的な組成による特定の機能を持たせた物体―――つまり、機械の一種と判明しました」

 「な、なんだと!?」

 「現在表示している写真の倍率は約6万倍前後。つまりこの物体は恐るべきことに、全長がたった10nmにすらならない細菌よりも小さい微小機械だということです。しかもその上幾つかの耐久実験を行ってみたところ、耐熱、耐冷、耐衝撃ら他多数。それら全ての外的要因に対して一切機能を損なわず、実験前と変わった様子もなく機能を維持し続けている常識外の恒常性も確認されました。………お分かりですか? こんな代物は今現在の地球上で、それこそ例えどの大国が連携し技術と時間を費やそうとも用意することなど出来る訳ないんですよ。これはもはや根本的な領域で異なった、現行の地球人類を遥かに凌駕する超技術の産物だとしか言いようがないんです」

 以上で報告を終わります、と頭を下げて技研の男が席に着いた。
 会議場は静まり返っていた。
 先ほど声を上げた高官を含めて、もはや誰一人として内容を疑う人間はいない。
 根拠を伴った説得を受けて認識を改め、そしてその結果緊張と真剣さに顔を固めて皆が榊首相へと注目している。
 事の重要性と危険性を皆理解し共有化できたことを認めて、日本帝国内閣総理大臣榊是親は言葉を発した。

 「それでは始めようか。初めて人類と接触した“会話の出来る異星人”に対する、我が国が取るべき今後の対応についての話し合いを」








 リキューは今現在、ほぼVIP待遇に等しい環境下にいた。
 一室などとは言わず、一つのフロア丸ごとを貸し切り与えられ、風呂やトイレにキッチンなどが全て完備された場所を住居として提供。
 食事についてもわざわざ自分で調理などする必要もなく、要求すれば時間を問わず届けてくれるサービスが用意されていた。
 まだやったことはないが、この分では他にも色々と贅沢な注文をしたとしてもそれに応えてくれる可能性は高かった。
 これをVIP待遇と言わずして何と言うだろうか。

 そうであるがゆえに、リキューは大人しく過ごしながらも警戒心を持っていた。

 (身元もよく分らない怪しいガキ一人のために、何の裏もなくこんな扱いをするだと? 有り得ないな)

 リキューが保護されてから、軽く二週間ほど経過していた。しかし現時点において、リキューが知り得ている情報は極めて少ない。
 そもそもこの世界にトリップした直後にやったことが、何が何だか分からないままの戦闘への突入である。
 そのまま流れに任せて行動していたらどういった訳か戦えない人間の集団を抱え込み、右往左往の末に化け物どもが消えたと思ったら、今度は完全な暗闇中地上への集団行脚である。
 休憩を何度も挟みながら数時間以上もの間地下を這いずり回り、いっそのこと地上までの一本道を作ろうかと考え始めた頃になって、今度はまた別の反応をスカウターが感知。
 感知した反応へと向かって進んだ末に、現地の軍組織という、ようやく自分たち以外の人と出会うことに成功。そして集団ごとまとめて保護してもらい、都市部へと移送。
 そのまま助けた集団とはリキューは分かれて、今いる環境を提供されたのだった。

 正直に白状すれば、現在リキューが把握している情報は次の通りしかない。

 1.化け物どもの名はBETAである。(助けた人間や軍人などの会話の中で知ったこと)
 2.ここは地球の日本の帝都である。(保護された後の軍人の話や、都市部への移送途中で盗み聞きした情報より)
 3.この世界では地球人と宇宙人との接触はない。(聞き取りを行ってきた軍人へ行ったリキューの身上説明に対する反応からの推測)

 以上である。あまりにも少なく、その上根拠に乏しい推測ばかりの情報である。
 これはもはや無知と言っても差し支えないだろう。
 現にリキューは今現在の自分の境遇に対する理由を、一切想像することが出来なかった。

 不審者として拘束するには待遇が不適切。普通その場合は独房にでも入れられるだろう。
 かといって、他の集団の人間と同じく助けられた人間の待遇としてはあまりにも良過ぎる。入院ぐらいはさせても、こんな高待遇を救出者にする必要なんてない。
 不審者でもなく、救出者でもない。何故に今現在の自分の扱いがあるのか。その理由はなにか?

 まあ少なくとも好意的な反応ではないという程度は、予想していたが。
 フロア一つを貸し切る待遇と言ったはいいが、そのフロアには窓がなかった。外部への出入り口であろう扉には外に人が配置されている。
 つまり形としては軟禁状態だったのだ。これに好意を感じるのは無理がある。

 ともあれ、考えても分からない以上、その理由はリキューの想像を超えているということである。
 よってリキューは大人しく過ごしていながらも、無駄な思索を捨てて警戒心を密かに保ったまま生活を続けていたのだった。その内向こう側からアクションがあるだろうと考えて。
 ちなみに、敢えて大人しく相手側の反応を待っていたのは、単純にどんなことが起こったとしても自分を害することは出来ないだろうという慢心があったからである。

 指一本だけで行っていた腕立て伏せを終えて、立ち上がる。
 それなりに気を付けてじっくりとこなして1万回。汗が肌に滲み、息を吐く。
 大人しく待ち続けながらもうかなり経つ。その間も時間潰しに体を鍛え続けていたが、いい加減退屈だった。
 この世界のインターバルが明ける様子はまだなく、イセカムを弄っても反応は返ってこない。
 衣食住が保証されているのだから何の心配もなくただ時間を潰せばいいだけなのだが、わざわざそんな我慢を強いられる選択をする気もない。

 待つのをやめて、ここから出て行くか。
 用意していたタオルで汗を拭いながら、そうリキューが考え始めたところだった。
 丁度リキューの考えを読み取ったかのように、待ち望んでいた相手側からのアクションが起きた。

 ポーンとチャイムがフロアに響く。それはこのフロアに誰かが立ち入ることを知らせる合図だった。
 しかし今の時間はそれまで来ていたハウスキーパーの来る時間ではなく、リキューが何か料理を注文した覚えもなかった。
 となれば、来たのはどのような人か。

 (遂に来たか。全く、随分と長い間待たされたな)

 タオルを無造作に投げ捨てて、テーブルの上に置いておいたバトルジャケットを着る。
 リストバンドに手袋など順々に身に付けていき、最後にスカウターを装着したところで扉からノックが響いた。
 扉が開かれ、護衛らしき人間たちとそれに守られたスーツ姿の男が現れる。
 そしてスーツ姿の男が、リキューを見ながら口を開いた。

 「はじめまして、リキューさん。突然で申し訳ないが、私は貴方と話がしたいと思いましてここに来させてもらいました。これから少し、お時間を頂けないでしょうか?」

 「いいぜ。こっちも長い間待たされていたからな……お前らと話がしたいと思っていたところだ」

 不敵な笑みを浮かべながら、リキューは了解する。

 ―――ここに、正式な記録上初めての人類と異星人の交渉が行われた。








 日本帝国、帝都内首相官邸。
 その官邸の中の一室で、榊首相をはじめとする帝国の主要人物が集められ、一堂に会していた。
 先に開かれた会議よりも参加人数は少ないものの、それはより人員が厳選され情報を知るべき人材を絞ったためであった。
 これはすなわち、今回の話し合いの重要性は、先の会議を遥かに上回っているということである。

 各々の手元には情報をまとめられた資料が配られている。
 そして皆の視線は室内に用意されたテレビへと向けられ、再生されている映像を注視しているのであった。
 映像は部屋の上方から撮影したものなのであろう。広い部屋の中、卓を挟んでソファーに座った少年とスーツ服の男が対面している。
 男は少年へ問いかけ、少年は男の問いかけに答えいる。

 『それでは申し訳ないが、もう一度私たちに君のことを教えてもらえないだろうか? つまり、そう…自己紹介してもらいたいんだが………』

 『自己紹介だと? ………まあいい。名前はリキュー、サイヤ人だ』

 『そのサイヤ人と言うのはつまり、君は異星人だと―――そういう認識で、合っているのかね』

 『ああ、その通りだ。そんな聞き方をするということは、この星じゃ他の星の人間と接触がないのか?』

 『では君は……この星について、いや我々地球人について、詳しくないということなのか?』

 恐々とした、手探りも同然な調子で慎重にスーツ服の男が少年―――リキューへと質問していく。
 それに淡々と、特に激昂することもなくリキューは応じていく。
 話は特に支障もなく、極めてスムーズな段取りで進んでいく。

 『それでは君は、BETAについて全く知らないと?』

 『知らん。他の星の生き物にあんな奴らがいることなんて知らないし、そもそも奴らと俺には何の関わりもない』

 『ではまとめると……君はこの星について仔細を把握してる訳でもなく、BETAとも無関係な、たまたまこの星に来た異星人であると?』

 『ああ、そうだ』

 「そんな都合のよい出来事があってたまるか」

 画面内のリキューの発言を聞いて、居合わせた面々の内の一人が吐き捨てる。
 内心同感ではあったが、表向き賛意を示すこともなく榊首相はテレビへ注視し続ける。
 嘘のように話はトントン拍子で進んでいき、聞いている内に本当に相手は異星人なのかと疑問が湧き出てくる。
 何せ見た目はただの奇妙な服装の少年にしか見えないのだ。おまけに日本語をぺらぺらと流暢に操っている。この材料では疑わざるを得ないだろう。
 しかし、間違いなく画面の中の少年は異星人なのだ。リキューの腰元で揺れる一本の尾の存在が、改めてそのことを教えてくれる。

 『結局のところ、君がこの星に来た目的は何なのかね? 何も知らない星に、いったい何をしに来たというのだ?』

 『知らないから調べに来たんだ。それ以外の目的はない。調査が終わるまでの間、この星には少しばかり留まらせてもらうぞ』

 『少しの間と言うのは、それは具体的にどの程度の期間を指すのだ? 調査と言ったが、どれほどの人数で地球に来ている?』

 『他の人間なんていない、俺一人だ。期間については俺も知らん。一ヶ月先か二ヶ月先か……終わったら勝手に帰らせてもらうから、別に気にしなくてもいいぞ』

 「―――勝手な言い分をッ」

 図々しい言い分の応酬に、憤りが抑えられないと言った有様で言葉が漏れる。
 リキューの放った台詞には自分の都合しか込められておらず、日本帝国の事情など最初っから考えられていないものだ。
 勝手に調べて勝手に帰る。どこまで身勝手なものか。それに穿って見れば、これは敵情視察ではないのか?
 本当にリキューが宇宙人だというのならば、情報を集めて帰った後、その情報を元に宇宙人の軍勢が改めて襲い掛かってこないと誰が言える?
 すでにBETAという前提がいる以上、それは誰だって否定することはできないのだ。この星はとっくの昔に、異星からの侵略者を迎え撃っているのである。

 この意見は誰かが具体的に具申したという訳ではないが、しかし日本帝国の首脳陣全員に共通して胸に秘めていた懸念である。
 今まさに本物の異星人が現れたと聞いて、この地球上にBETAとの関連を疑わぬ者など一人もいない。
 短絡的な意見の中には、リキューの存在をBETAが寄こした謀略のための擬態だと断定するものだってある。
 そしてこの意見を完全否定する者の数は驚くほどに少ない。この場に会している面々の大半が可能性として考えているものなのだ。

 榊首相はテレビの中に写るリキューを観察しながら頭を目まぐるしく回転させる。
 彼とてその懸念を同じく抱いている人間の一人だった。
 状況証拠や妥当性など、現実的に考えて先の意見は決して否定できるものではない。ならば可能性の一つとして、彼はそのことを視野に含めて考えなければならなかった。
 仮にリキューの発言している内容が全て本当なのだとしたら、逆にやりやすい相手だろう。榊首相はそう考える。
 身勝手な理屈の言葉に憤りを浮かべている者もいるが、それが全て本音なのだとしたら交渉相手として極めて都合が良い。狸と称すもおこがましい海千山千な各国との外交に比べれば、どれだけ組み易い相手だろうか。本音を並べるだけの稚拙な存在を相手に交渉するなど、百戦錬磨の経験を持つ帝国側としては容易にも程がある。
 そう、重要なのは大前提。
 つまり彼は本当に、本音を漏らしているのかだろうか? 彼の発言は正しいのか? 重要なのはその一点。

 『こちらが調べた限りでは、君はハイヴの中から生存者たちと一緒に出てきたと聞いた。詳しいことは知らないが、生存者たちをBETAから守りながらと。どうしてそうしたか、聞いてもいいかね?』

 『どうしてもなにも、成り行きだ。妙な反応があった場所を探してみれば偶然発見したんだよ。最初からあいつらを助けるつもりなんて俺にはなかったし、そもそもBETAとか言ったか? 奴らの巣の中に出たのもただの偶然で、狙ってやった訳じゃない。いくら助けるつもりはなかったとしても、見つけてしまった以上は見捨てる訳にもいかないだろ? だから仕方なく、あいつらを守りながら外を目指すことにしたんだ』

 『守りながら外を目指した、ね。その点について聞きたいんだが………君はどうやってあれだけの集団を、襲い掛かってくるBETAの群れから守り抜いたのだ? ハイヴの中にいたんだ。襲ってきたBETAの数は十や百なんてものではなかった筈だ。何か道具でも持っていのかね?』

 ここが、もっとも重要なポイントだった。
 このテレビに―――いや、記録されているテープの中の画面で、おそらくはリキューという少年をもっとも異星人たらしめている決定的なズレ。地球人類との齟齬。
 今まで散々リキューが異星人だと疑っていた者たち全てが、否応なく異星人だと認めざるを得ない分かり易い事実が知らされた時である。
 記録映像の中で、リキューは言った。

 『どうしたもこうしたも、道具なんてあるわけないだろうが。この手足を使って直接守ったんだよ。近寄ってくるBETAから片っ端にぶっ飛ばしてやったんだ』

 『は?』

 質問を繰り返していたスーツ服を着た男が、まるで聞き間違えたかのように呆けた声を上げた。
 散々現実味のない話を疑う様子もなく表向き真摯に聞き取っていた男が、初めて素の表情を出したかのような印象がそこにあった。
 しかしすぐにその表情は真面目なものに取って代わられ、改めて聞き返す。

 『失礼ながら、もう一度答えてもらえないだろうか? 君は具体的に、どうやって生存者たちを守ったのかを』

 『だから、直接この手で守ったと言っている。絶え間なくあいつらは襲ってくるんだぞ? 碌に休む暇もなく叩きのめし続けなければならなかったんだ』

 『………すまないが、発言の意図を計り切れない。叩きのめすとはいったいどういうことを示しているのかね? 武器を使って撃退したという意味なのか?』

 『だから何度も違うと言っているだろうが。俺は武器なんぞ最初から持っていない』

 会話が止まり、記録映像の中に沈黙が流れる。困惑したかにようにスーツ服を着た男は眉をひそめ、どうすれば良いかを思案している風にリキューを見ている。
 お互いに―――この場合はリキューの言葉の認識に対して、いちじるしい誤解が生じているのだろうと、スーツ服の男側が考えているのだろうと見当は付いた。
 常識的に考えて、BETAを強化外骨格も身に付けていない生身の輩が素手で叩き伏せることなぞ出来る筈がない。戦術機サイズの要撃級や突撃級を例に出すまでもなく、等身大の兵士級や戦車級だって生身の人間では銃火器を持っていても対抗するのが苦しいのである。ハッタリや嘘として考えるにも馬鹿馬鹿しい内容だった。ならば説明に使っている言葉の意味を履き違えているのだろうと考えるのは、自然な流れであった。

 しかしそれらの常識的な考えを、リキューは否定する。

 『っち………仕方がない』

 『? なにを―――ッ』

 舌打ち混じりにリキューがそう呟くと、腰かけていたソファーから身を起こす。
 スーツ服を着た男と周囲に待機していた護衛の者たちが、その動きに緊張する。
 周囲の警戒をよそに立ち上がったリキューは、無造作にそんな彼らの様子を眺めた。

 そして驚くべきことに、次の瞬間その姿が“消えた”。
 画面の中で一瞬でフィルムを切り替えたように姿を消し、気がついた時には入れ替わるようにリキューの姿は警戒していた護衛の一人のすぐ近くに現れていたのだ。
 目の前にいきなり現れたリキューの姿を認めて、狼狽しながら護衛の男が懐に手を突っ込み銃を取り出して構えようとするも、その手首をリキューが掴み、捻る。
 苦痛のうめきを洩らしながら護衛が拳銃を取り落とし、それをリキューは素早く手に取る。
 周りの護衛がようやく対応し銃を向けようとした瞬間にはまたもやリキューの姿は消えて、今度は元いたソファーの場所に出現していた。

 張り詰めた空気が漂う。いきなり見せた摩訶不思議な出来事に困惑しながら、護衛の者たちは皆忍ばせていた拳銃を引きぬき、リキューへと狙いを付けている。
 複数の銃口を向けられながら、当の本人であるリキューはさしたる動揺を浮かべた様子もなく、奪い取った拳銃を無造作に手で弄って遊んでいた。
 スーツ服の男が顔を強張らせたまま、リキューへと問いかけた。

 『い、いったい………何を?』

 『証明だ。こうした方が、いちいち口で説明するよりも手っ取り早いだろう』

 適当に手の中でもてあそんでいた拳銃を宙に放り上げ、片手で掴み直す。
 そしてその手を見せつけるように突き出すや否や、リキューはまるで粘土細工のようにグシャリと片手で拳銃を握り潰した。
 フレームが歪み破片が飛び、スプリングなど細かな部品がバラバラと床の上に転がる。リキューが手を開き、粉々に粉砕された拳銃の残骸が卓の上に放り出された。
 にやりと、野性的な獣性を浮かばせた微笑を口元に表しながら、リキューは言った。

 『これで分かったか? 俺の言った説明の意味が』

 ―――そこで記録映像が途切れる。

 一室は静まり返っていた。
 この場に居合わせている面々は、記録映像の中でリキューの見せた行動がどういったものなのか、全員がその詳細を把握している。
 解析し分析した結論が、手元にある用紙に報告されているからだ。
 それを実証する別の記録映像が用意され、固唾を飲んでテレビを注視する面々の中で新たな映像が再生される。

 テレビに映し出された風景に映っていたのは、先ほどの室内とはまた別の場所だった。開けた広い部屋の中、先と同じ服装のリキューが中心に映っている。
 野性的な闘争心に溢れる表情を、リキューはさらけ出していた。

 「本人との同意の上で記録した、検証映像です。まず初めに行ったのは、対人白兵能力について」

 記録映像を用意した男が説明すると同時に、画像内が動き始めた。
 リキューのほかに画面に映ったのは、6名ほどの男たちだった。いずれも鍛えているのであろう軍人のようで、屈強な様相でゴリラも捻るような印象がある。
 検証は集団による実戦方式らしく、男たちはわざわざ一対一にならず連携を組み、それぞれが間合いを取って一斉にリキューへと襲い掛かった。
 ―――だが、次の瞬間には襲い掛かった先頭の男が吹っ飛んでいた。
 比喩表現でなく、本当に吹っ飛んでいたのである。体重70kgはあるであろう屈強な成人男性が、宙を飛んで後方へとぶっ飛ぶ。
 驚きに身を固める暇もなく次の男へと、リキューが襲い掛かる。
 一歩踏み込んだかと思うや否や、目の前の男が跳ね飛ぶ。二人の男の間をくぐり抜けたかと思うと、そのまま通り過ぎた二人は白目を剥いて昏倒した。そして遂には近付いた覚えすらない者が、何時の間にやらすでに倒れている。
 残った最後の一人の前に悠然とリキューが現れると、気が付けば他の皆が倒されていることに狼狽している男の顔へと指をさし向け、そのままデコピンを打って気絶させた。
 6人の男たちが全て倒され、映像にはリキュー一人だけが立ち尽くす様子が写される。
 全ての者が倒されるまでに有した時間は、僅か5秒にも満たなかった。

 映像が途切れて、切り替えられた別の映像が映る。

 「ハイスピードカメラで撮影したスローモーションの映像です」

 亀のように鈍い動きでリキューへと襲い掛かる男たちの姿がテレビに映る。先ほどの映像の焼き増しだった。
 じれったくなる様な鈍い流れの中、先頭の男がリキューへと襲い掛かろうとする。そしてその瞬間、リキューが動いた。
 周りがスローな流れの中、まるで関係ないと言わんばかりに高速な動きで瞬いたかと思った瞬間、先頭の男が真逆の方向へと吹き飛んでいる。
 リキューは残心する間もなく次の獲物へと向かって接近し、十分に近付くと同時に足が瞬き、またそちらの男がほぼ直上に浮かび上がるように吹っ飛ぶ。かろうじて顎を蹴り上げたのだろうと、榊首相はそれを見て分かれた。
 二人の男の間をくぐり抜ける時には両手が二人の首を去り際に打ちつけて昏倒させ、5人目に対してはもはや近付いてすらなく、手を向けたかと思うとまるで顔を殴られたかのようにのけ反らせて倒れていた。最後の一人に対しては、もはや言うに及ばず。

 言葉も出ない様子の面々を尻目に、記録映像がまた切り替えられる。

 「次は、強化外骨格を身に付けた兵士との実戦検証について。使用する強化外骨格は、小型種BETAとの戦闘を想定した陸戦隊仕様のものです」

 次に映し出された映像には、機械の四肢に身を包んだ2mを超す兵士が表示されていた。
 その強化外骨格は衛士が緊急脱出用に装備するものとは違い、最初から陸戦隊員が装着し実戦を行うモデルのため、衛士のそれよりも重装備かつ堅牢なタイプのものであった。
 間違っても強化装備すら身に付けていない生身の人間が立ち向かうものではないそれに、リキューは素手のまま相対している。
 ゴングも鳴らず戦いが始まり、強化外骨格がリキューへと向かって一気に迫った。 リキューは迫る強化外骨格を前にして、一切反応を起こすこともなく棒立ちのまま待っている。
 巨大な機械の腕が振りかぶられ、リキューへと叩きつけられた。誰もが惨事な光景を想像したが、けれどもその想像はまたもや覆される。

 リキューが無造作に上げた上腕に阻まれ、叩きつけられた一撃は完全に止められていたのだ。

 ギギギと重機が動く音が響き強化外骨格が力押しをするも、リキューは微動だにせず攻撃を受け止め続ける。小型種BETAを相手にするマシンと力比べをして、勝っているのだ。
 リキューが受け止めている腕の反対側の腕を振り上げる。そして手刀の形を作るとそれを振り下ろし、あっさりと力比べをしていた強化外骨格の腕を切断した。
 強化外骨格がバランスを崩し、たたらを踏む。リキューは続けて拳を打ち、蹴りを放ち、次々と堅牢な装甲に包まれている筈の強化外骨格を破壊していく。
 強化外骨格の頭部が破壊され、中の操縦者の顔が露わになる。その表情はまるで化け物に遭遇したかのように青褪めていた。
 遂には完全にハッチ部分が破壊され、ほとんど鉄くず状態になった強化外骨格から半狂乱となった操縦者がリキューの手によって引きずり出される。

 映像が途切れ、別の映像へと差し替えられる。

 「これで最後の検証映像となりますが、内容は彼のモノの“攻撃能力”についての検証実験です」

 その映像の中では、室内に様々な鉄板らしきものが並べられていた。
 大きさや厚みなど多種多様な種類の鉄板が揃えられて、リキューの前に立てられている。

 「並べられているものは、現在戦術機や巡洋艦などに使われている装甲材と同じものです。それを様々な厚みや細工を行ったものを用意し、彼のモノにそれらの破砕を行ってもらいました」

 リキューは並べられている鉄板の端の一枚の前へ移動し、それに向かってパンチを打った。呆気なく置かれていた鉄板は貫通し、ひしゃげ折れる。
 その一枚にとどまらず、リキューは貫通した鉄板から腕を引きぬくと次は隣に置かれた鉄板へと移動し、またパンチを放っていく。
 ドンドンドンドン流れ作業のように鉄板へと向かって拳を、時には蹴りを放ち、次から次へと破壊していく。破壊される鉄板も徐々にその厚みが増していき、ついには鉄板と呼べないような代物まで出てき始めていた。
 そしてリキューの作業は用意された鉄板が全てなくなるまで滞りなく進み、やがて最後の鉄塊が破壊された段階で映像は終わった。
 映像が終了したのを確認し、男が告げる。

 「最終的には厚さ10cm以上はある鉄鋼を用意したものの、彼のモノはそれらも含めて全て何の支障もなく破壊しました。その時点でこちらの用意した資材は全て尽きたため、検証実験は終了。攻撃能力の限界について、推し量ることは出来ませんでした。もっともそれを言うならば、推し量れたことが一つでもあったのかいう話なのですが………」

 男の発言が終わると同時に、不気味な静けさが室内を覆う。何を発言すれば良いのか分からぬが故の静寂。
 原因は分かっている。あまりにも異質で非常識な存在との接触に、どう行動すればいいのか分からないのだ。
 一人の男が手元の資料を眺めながら、笑ったものか怒ったものか、実に半端な表情をして言う。

 「これは、冗談なのか?」

 「残念ながら事実です。信じ難いことですが、紛れのない」

 「そんなことは分かっているんだッ! くそ、私が言いたいのはそんなことじゃない………ああ、くそッ」

 「―――失礼しました」

 わしゃわしゃと神経質に頭を掻きながらそう言う高官の一人に、解説をしていた男が頭を下げる。
 その様子を見ながら、榊首相は呟いた。

 「つまり、こういうことか。サイヤ人という彼………彼のモノは、生身でBETAたちと対抗できる力を持った異星人だと」

 資料を見ながら、その報告が嘘偽りではないという事実を今この場で改めて確認し、榊首相は眉をひそめながら熟考する。
 結局のところ、交渉を持つために見極めたかった大前提は、記録映像を見て見当をつけることはできなかった。
 並べられる情報全てがあまりにも常識外れ過ぎて、どう見極めればよいのか分かったものではなかったからである。
 しかし別に彼が本音を話していなかったとしても、会話さえ出来るのならば交渉のしようは幾らでもある。最高ではないだけで、別に事態は最悪ではないのだ。

 そして少なくとも分かった点が、一つだけあった。
 それは彼―――リキューが、本当に素手でBETAの群れから生存者たちを守ったのだという点である。

 (あまりにも危険過ぎる。これは―――劇薬だ。どう転んでも、絶対に大きな衝撃をもたらす存在になる)

 すでに異星人だと判定された時から、リキューの遺伝子情報は極めて貴重な研究対象として扱われている。
 その体毛から排泄物まで、彼の身体からこぼれおちた構成物は全て回収され研究に回され、その私生活は風呂やトイレに入っている時も含めて24時間体制の監視付きとなっている。そこにプライベートなどという文字はない。初めから与えたフロアに仕込んでいたカメラやマイクに関して、幸いなことにリキューは気付いていないようでもあった。
 仮に彼が本当に言っていること全てが正しく本音だとしたら、それだけの能力を持った個体なのだ。おそらくそういった小細工に対する警戒心が鈍いのだろうと予測を立てる。
 そうでないとすれば、敢えて無防備な姿を見せて誤った情報をこちら側に植え付けようとしているのだろうか。

 榊首相はふと気付く。もうすでに惑わされ始めていると。

 (なるほど―――厄介なことだ)

 異質な存在が相手に、こちら側としては深読みせざるを得ない。リキューが本当のことを言おうと言わなかろうと、その裏を考えてしまう。
 なるほど、上手い手だ。自分がどちらの手であろうとも、相手側が勝手に翻弄するのだから。
 いっそのこと、本当にリキューはBETAとは完全に無関係な異星人だと断定してしまえば楽になるのだろうが。榊首相はそう考える。
 しかしそれは国を預かる政治家として、許されぬ早計だった。リキューの発言は怪しく、信頼性に乏しい。これを無条件に信じることは政治家として愚行以外の何物ではない。
 榊首相は黙考し熟考し、思索する。リキューの価値と危険性を考え、どうすることが最善な判断かと、五里霧中の中から模索する。

 (私は内閣総理大臣として、軽々しく判断してよい立場ではない。綿密に考えた上で、この国のためになることを、国民一人一人のためになる選択をしなければならない。相手は人類初の遭遇となるかもしれない異星人であり、同時に恐るべきBETAの尖兵であるかもしれぬ存在。どちらの側の存在としても、選択を誤った場合その戦闘能力はいちじるしく高く、敵対するとなれば凄まじい脅威となることが明白の劇薬)

 ―――どうするべきか。

 首相官邸の一室に集められた国家首脳陣は、自分たちが取るべき最適解を求めて苦悩する。
 劇薬であると同時に、場合によれば特効薬にも化ける可能性のある異星人の扱い。
 彼らの懊悩は尽きず、リキュー本人を置いておきぼりにして錯誤していた。








 リキューはその居場所をまた新たに変えながら、変わらぬ快適な生活を続けていた。
 こちら側の国家からの使者との対談から、適当に自分の実力を披露してやった後、要望として外の見える場所を要求したのだ。
 そしてその要望は受け入れられ、リキューは軟禁されていたフロアから庭のある一戸住居へと移され、また短い時間だが外出もできるようになっていた。

 (やっぱり、力を見せてやったのは正解だったな)

 改めて自分の待遇を見直し、判断が正しかったことをリキューは確信する。
 所詮どれだけ功績があろうが、身元不明の何の後ろ盾もない怪しいガキでしかないことはリキュー自身理解していたのだ。
 自分で理由を把握していない厚遇である。砂上の楼閣だということは言及するまでもない。
 どういった点に価値を見出していたのか知らないが、明日にでもいきなりこれまでの高待遇が手のひらを返し、放逐される可能性だってゼロじゃなかったのだ。
 結局のところこの世で我がままを通すには、根本的なところで力を示す必要があるのだということを、リキューはこれまでの生涯で身に沁みて理解していた。
 価値だけがあっても、力がなければ所詮操り人形の域を出ることは出来やしないのだ。

 だからこそリキューは、敢えて挑発するように力を誇示してみせ、相手側の提案に乗りテストを受けてやったのだ。
 戦闘民族サイヤ人の実力の一端を示してやり、容易ならざる相手だということを周知させてやったのである。

 この行為による成果は、結果を見れば分かるだろう。
 リキューの要求が受け入れられた点から見て、その重要性が格上げされたことは疑うまでもない。
 少なくとも、一方的に従属させ利用しようという扱いからは脱却したと考えてよいだろうとリキューは考える。

 (あとは、せいぜいこの状態がインターバルが明けるまで維持できるよう、適当に気を付けていればいいか)

 リキューが使者に対して言った言葉は、全て本当のことである。そもそも、わざわざ嘘をつく理由もない。
 トリッパーメンバーズや異世界についていちいち解説するのは面倒であったため、この宇宙のどこからか来た異星人だと説明したが、それもサイヤ人であることを考えれば決して嘘ではない。
 この世界に来たのは“開通係”という役職上の調査であるし、BETAなどという化け物とは何のかかわりもないのは事実だった。そしてインターバルが終わる時間の詳細はこちらでも不明だし、終われば終わったで留まる理由もない以上勝手に帰らせてもらうつもりである。
 リキュー当人としては余計なトラブルを起こすつもりもなく、ただ単に衣食住の確保と一定の自由させ保証出来るのならば良いと考えていただけだったのだ。

 つまり突き詰めて言ってしまえば、無関心だということである。
 リキューが目を向けている事柄は全て自分の欲求に繋がる方向であって、それ以外の情勢については自分から首を突っ込むこともない。
 実際それを証明する事実として、リキューは使者との会談で碌に質問もしなかった。ただ問いかけられた内容に答え、そして自分の要求を述べただけである。
 驚くべきことに現時点においても、未だリキューはBETAについてもこの星にいる外敵程度の認識で、詳細を把握していなかったのだ。

 そんな有様であったがゆえに、リキューはこの世界の人類にとって自分がどれほどの衝撃を与えていたか、全く気付いていなかった。
 それこそまさしく想像の埒外だったのだ。
 まさか異星人の存在がそこまでこの世界の人間にとって非常識的で信じ難く、且つ不信と反感を抱かれるものとは思ってもいなかったのである。
 これはリキューの感覚がサイヤ人のものに近くなっていたことが原因の一つでもあったが、しかし何より、きちんと情報を集めて考えていれば分かっていたことでもある。
 現在進行形でこの新しい住居に24時間体制の完全監視体制が築かれていることも知らなかったし、今後とも外出の際には、決して気付かれぬよう配慮した監視の目が付くことを予想していなかったのだ。

 そしてこの周囲との認識のズレが原因で、後の日本帝国との撃発事件を招くことになるのだが、それは現在のリキューに知る由のないことだった。

 だらりと脱力させていた尾を、腰にまわして固定する。
 気分転換に外に出ることにしたリキューは、特に目的もなく辺りをぶらつくことにした。
 玄関から出たところで、外で待機していた兵士が目ざとく見付けリキューの下へ駆け寄ってくる。

 「外出ですか?」

 「ああ、そうだ」

 「時間や目的地はどういったもので?」

 「そんなもの決めてない。適当に辺りをぶらつくだけだ」

 「了解しました」

 手早く話を済ませて礼をすると、兵士は素早く下がっていく。
 ご苦労なことだと思いながらそれを見送り、リキューは町の中へと繰り出していった。




 リキューは宣言した通り目的もなく歩きながら、周囲の様子を観察していた。
 その服装はそれまで着込んでいた戦闘服ではなく、向こう側が用意してきた服を着用している。
 さすがに戦闘服姿では町中で無駄に目立つということぐらい、リキューも分かっていたからだ。
 スカウターも外し、無用なちょっかいを避けるために尾だって目立たないよう腰に巻き付けている。顔つきや髪の色から見て、こうすればもうただのアジア系の子供にしか見えなかった。
 そうして現地に溶け込む衣装をしながら、しかし鋭い目つきで見回すリキューは胸中で失望のため息を漏らす。

 (町並みを見ても、大して科学力が高い様子には見えない。そもそもテストを受けた時の様子では、碌な科学レベルじゃなさそうだった。これじゃあまりこっちの世界で期待できそうにないな。BETAとかいう奴らだって、前に戦った手応えじゃ数が多いだけの雑魚だった)

 リキューの目的はサイヤ人らしく、ただ単純に強くなることであった。ある意味で男の欲望をストレートに吐き出した目標だったが、リキューはそれを真面目に追求していたのだ。
 そしてただ単純に一人でひたすら鍛え続けることに限界を感じたために、こうして“開通係”として他世界へのトリップを行う役職についていたのである。
 より自分が強くなるための切欠。陳腐で馬鹿らしいものだが、リキューが求めていたのはそれだった。未知の環境に身を投じることで、それを掴もうと期待していたのだ。
 そうであったのだが………どうにも、その期待は望めそうになさそうだと感じていた。

 この世界の技術レベルは非常に低いようであり、敵対者であるBETAにしてもその力は小さい雑魚だった。リンが言っていたような独自のワールド・ルールといったものも見受けられず、リキューにとって本音をぶち上げてしまえば、正直魅力がない。
 ハイヴで保護されてから帝都まで運ばれる途中に、リキューは巨大なロボットである戦術機をその目で見たものの、それにだって脅威を感じることはなかった。

 ここがどんな創作物世界かは知らないが、少なくとも自分にとって得るものはない世界だ。
 それがリキューが感じたこの世界の印象であり結論だった。
 加えて蛇足だが、出される食い物が極めて不味いこともリキューのテンションを下げる要因の一つであった。

 (おおよそ人工的に合成した食い物か何かなんだろうが、もっとマシな味にはならないのかあれは)

 無駄に高性能なサイヤ人の身体は味覚も凄まじく鋭く、彼らは実は口に含んだ料理に使われている調味料をg単位で正確に判別することが出来たりする。
 目隠ししてテイスティングしワインの産地を当てるゲームが世の中にはあるが、サイヤ人ならばワインどころか水のテイスティングすら出来る鋭さを持っているのだ。
 まあそのせっかくの天性の味覚も、同じぐらい味に頓着しない民族的雑食性により一切効力を発揮していない、文字通りの豚に真珠の状態であったのだが。
 そしてその高性能な味覚により食品の正体が合成食材だと見抜き、元来の好き嫌いのない雑食性で何も言わず平らげていたリキューだが、やはりいくら雑食とはいえ不味いメシより上手いメシの方が食っていて嬉しいことに変わりはない。

 食いはしないということはないが、嬉しくない。リキューの正直な感想である。
 惑星ベジータにある食べ物も全て人工合成によって作られた食べ物なのだが、どうしてここまで雲泥の差が出ているのだろうかと胸中で愚痴る。
 どうでもいい余談だが、リキューがこの世界での技術格差をもっとも強く感じたのは、この食べ物の差を味わった時であった。

 閑話休題。

 町を観察し見て回った結果、興味をひかれるどころか逆に失せてしまった。
 そうなると元々観光などに興味のないリキューにしてみれば、せっかくある程度の自由を手に入れたというのにこの世界でやりたいことが全くない。
 こうなったら世話になってる手前、適当に向こう側の要求に応えてやりながら過ごしてやるか。
 そんなことをつらつらと考えながら散歩を切上げ、帰路につく。

 帰り道の途中、リキューは大きな建物に目を付ける。
 建物の頂上には大きく赤十字の看板が掲げられ、白衣を着た者たちと簡素な入院服を着た者たちが敷地内をたむろしている。

 (病院か)

 随分と大きな病院らしく、敷地内には通路で繋がれた複数の棟が立ち並んでいる。
 入口の開かれている門構えには中央総合病院と彫られたプレートが飾られていた。
 気分転換に付き添いといっしょに歩いているらしき患者や、リハビリ中らしき者など様々な人々の様子が、敷地の外のリキューから窺えた。
 そしてよく見れば、解放されている敷地は病院の裏の方の入口とも繋がっているらしかった。リキューの住居がある位置は丁度その方向である。

 (近道になるか)

 そんな安直な発想の下、リキューは病院の敷地内へ踏み込んだ。
 安らぎのために作られた木々やベンチなどといった公園スペースを素通りし、病院棟を迂回して裏口へ目指す。
 本来ならばこの時、ただの子供が病院内を横切っているだけなので誰もリキューに声をかけることなく済んだ筈であったのだが、しかしそれはリキューがただの子供ではないと知っている人間がいたことにより、覆されることになった。

 「ちょっと、待ってくれ!」

 「………ん?」

 いきなりかけられた呼び声に、リキューは声元へ振り返る。
 そこには走ってきたのだろう息を乱している少年―――だいたいリキューと同じぐらいであろう年代の子供がいた。平均よりもリキューの身長が低いため、目の前の少年の方が傍から見て年上のように見えてはいたが。
 見覚えのない人間であったために、警戒した様子を隠しもせずにリキューは喋る。

 「誰だお前は」

 「ハァ、ハァ………あんた、確かあの時俺たちを助けてくれた人、だよな?」

 「……助けた? 何のことを言っているんだ、お前は?」

 意味が分からず眉をひそめて、困惑に満ちた視線を少年に注ぐ。
 少年は真剣な目をリキューに向けてくるも、やはりリキューはその顔に心当たりが浮かばない。
 そうやってリキューが悩んでいる間に、少年の後ろから少女が走り寄ってくる。

 「待ってよー、タケルちゃん! もう、いきなり走ったりしてどうしたの?」

 「純夏! ほらこっち、この人! 俺たちを助けてくれた人だ! BETAたちから俺たちを守ってくれた!!」

 「え!? あ、ほ、ホントだ!?」

 「だから何を………BETA?」

 ふと耳が拾った言葉を聞きとめ、リキューは思い至る。
 この世界でリキューがこれまで戦った機会なぞ一度しかない。その上BETAともなれば確定だった。

 「お前らは、あの時奴らの巣から助けた人間か」

 「ああ、そうだ。あんたのお陰で助かったんだ。と、えーと、その……ありがとう! 本当に感謝してる!!」

 「ありがとうございました!」

 「別に礼なんて言わなくてもいい。俺がやりたくてやったんだ、最初からお前らを助けるつもりなんてなかった」

 二人の少年少女がリキューへ向けて頭を下げるのに対して、リキューはこそばゆそうな表情をしながら、内心の照れを隠すように鬱陶しげに言う。
 今生でストレートな感謝を示される経験なんてとんとなく、全く落ち着かない面持ちだった。
 気まずさが込み上げてきて、とにかくさっさとこの場を後にしようと逃げを選択する。

 「それじゃあな、俺は帰らせてもらうぞ」

 「あ、ちょ、待ってくれ!」

 「うわ、タケルちゃん!?」

 「? ………何だ? まだ何か用があるのか?」

 踵を返したリキューを、少年が呼び止める。
 怪訝そうな表情を向けるリキューに対して、少年は決意を決めたような表情を浮かべて言った。

 「頼みがあるんだ、聞いてくれないか!」

 「え、え? ど、どうしたのタケルちゃん?」

 「頼みだと?」

 リキューと少女の戸惑いをよそに、少年がある一つの一大決心の内容をリキューへと告げる。
 その内容はリキューにとっても、少女にとっても、そしてリキューを監視している日本帝国政府にとっても、非常に驚くべきものだった。
 少年が、周囲にもよく聞こえる大声で叫んだ。

 「俺を………俺を、あんたの弟子にしてくれ! 頼む、この通りだッ!!」

 「え、えええぇぇーーーー!?」

 「な、なにィッ!?」

 少女とリキューの、衝撃的な内容に驚愕する叫びが青空に響いた。








 これが後に興るリキュー門下勢の、その最初の一人となる白銀武が、リキューに対して自ら師事を願った時であった。
 時はリキューがこの世界にトリップしてから、3週間ほどの月日が経過した頃。

 リキューがトリッパーメンバーズに戻るまで、残り約2ヶ月と少し。










感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
2.4752869606018