目が覚めると見知らぬ天井が……
なんていうのは冗談で、本当は俺の視界には、暗い青の中に光り輝くものが点々としている光景。……星空。
自分を燦然と主張しているような星もあれば、本当にささやかな輝きを放つ星もある。大小様々な星達。だけど……俺が一番見慣れた月だけは、この空には無かった。
地球……じゃないな。前の俺が住んでいた地域とは、比べ物にならないほどの量の星。
うん、排気ガスやなんやらで汚染された空と比べたら、この星空に失礼極まりない。
そんな風に思えてしまうほどの、星を俺は見上げていた。まあ……俺が地面に寝っ転がってるからイヤでも視界に入ってくるだけなんだけどね。
いつまでも寝っ転がっていても埒が明かないので……よっ、と声を上げて立ち上がる。
「さてと……ここはどこでしょう?」
なんとなく自問してみる。答えは無いけどね。
「う~ん、少なからず時の庭園ではないよね……」
そんなことを呟きながら、辺りを見渡してみる。
見渡してみて…………その、なんていうか……悲しくなってきた。
砂っぽい地面に、ところどころに転がっているゴツゴツとした岩。二酸化炭素を吸って、酸素を作ってくれる緑色なんぞ欠片ほども見当たりません。
それだけならまだ良い、まだね。でも、それだけじゃないんだよね……この状況は。
それだけなら、歩いて人だとか街とかを探しに行けば良い。だけどね……
口での説明は、上手く出来ないそうにもないから……そっと地面に絵を描いてみる。
現在の状況
ちょっと飛び出てる
↓
/ \ ↑
│ │
│ │ 約
│ │ 十
│ │ ㍍
│ \(^o^)/ │
│___________│ ↓
← 直径約二十メートル →
地面にこんな図を書いてて絶望した。
ちょっと自分が小さくなって、コップにでも入れられたとでも考えてみてください。しかも出難いような仕掛けありで。
くそぅ……なんでこんなところに……よし、ちょっと今までのことを整理しよう。
たしか俺はリニスさんに身体を拭いてもらって、服も貰って……うん、それは間違いないよね。今着ている服はあの時のものだし。
それでその後リニスさんに待ってと言われて、俺は部屋に残された。ちょっと寂しかったのは内緒。
それで……三十分くらいで帰って来てくれたリニスさんが、どこか思い詰めた感じで俺に言ったのが――
――どうか良い人に会えるように祈ってるわ……
それでその後、魔方陣が足元に現れて……初めて見たからすんごいビックリ。で、ワケのわからんうちにここに居ました。はい回想終了。
むむぅ……状況から察するに転送魔法でも使われたご様子。
そりゃクローンだと思っていた奴が、いきなり起きてずっと会いたかったです……なんて言ったら転送したくもなるよね。
それなのに服までくれるなんて……。リニスさんありがとう。感謝の意はここで述べておきます。
でも、もう少し転送先を考えてくれたらもっと嬉しかったなー、なんて思ったり。ははっ……。
なんてことをここまで思い出し、確信がより強固なモノになる。
「ここは……間違いなくリリカルなのはの世界みたいだねぇ」
魔方陣なんてモノが出て、こんな場所に転送されたんだから……間違いない。
そう思うとね……少し勿体無かったなぁなんて。せっかく時の庭園に居たんだから、フェイトに会ってみたかったです。残念。
いや、これからの行動によっては……フェイト限らず、全員に会えるかもしれない。
最悪ジュエルシードとか闇の書事件とかに関わらなくても、管理局に入れば問題ない。機動六課が出来上がれば全員を見ることが出来るし。
会って、少し話すことが出来れば満足。下手に首突っ込んで予期せぬ方向に事件が展開したらまずいし。
でも、あの事件をもっと良い結末を目指したいっていう気持ちもある。まあ事件に立ち会えるかわからないし、今考えるだけ無駄だよね。
「そんなこと考える前に、この状況をなんとかしないと……」
そんな先を考えるより今が大事。だけど……どうしようもないんだよね、この状況。でも諦めちゃいけない。なんとか脱出しないと。
とりあえずグルっと壁伝いに一周してみたけど……壁がほぼ直角。手に引っかかるようなデッパリもあんまり無かったです。
あんなところから蔦が垂れてる! なんて希望もありませんでした。ちくしょ。
その後も必死こいて脱出の手を探したんだけど……三十分ぐらい探してみて、見付かったのは、見たことも無いような昆虫だけだった。
本格的にどうしようもないぞこの状況……くそぅ、こういう時は都合良くお約束みたいな脱出ルートがあるんじゃないのっ。
やばい……本格的にこの状況はよくない。
どうしようやばいこんなとこで死にたくないしかもこのままだと多分餓死とかものっそい苦しい死に方じゃないかどうせ死ぬなら前みたくスパッと一瞬で死にたい! ごめんなさいやっぱ生きたいです。
自分一人じゃ脱出不可能なこの場所。というワケで俺が選択する行動はただ一つ。
すうっと大きく息を吸い込んで――
「誰かああああっ! 助けてええええっ!」
――助けを呼ぶことだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
そして、一時間ぐらい助けを呼んでみたのだけれど……帰ってくるのは静寂のみ。
「うぅっ……ぐずっ……」
基本寂しいと死んじゃうラビットハートなんですっ。おかげで絶賛グズり中です。
ああ、あの星がムカつく。人のことを上から見下ろしちゃってさ……うぅっ。
さわさわと風が吹く。それ以外は嗚咽ぐらいしか音が聞こえない。
うぐぅ……とにかくこの静寂がキツイ。俺の不安とか恐怖とかを抜群に煽ってくれる。
「……ああ~っ! 家に帰りたい! 無性に家に帰りたい!」
もうどうでもよくなって叫んじゃう俺。でも帰ってくるのは沈黙だけ。
「誰かなんか言って! わたし寂しくて本当に死んじゃうよ!」
年甲斐も無く、泣きながらこんなことを言う二十一歳の男です。見た目は違うんだけどね。
「くそぅ誰か本当に助けてく『Please call my name』ひぎゃああっ!」
なんか聞こえた! 人間味に欠ける声が聞こえたよ!
『Please call my name』
もともと携帯にプリインストールされているような声がまた聞こえた。声の大きさからして……近くにいる!?
「どこにいるんだ! 出て来い! ちょっとわたしとお話でもしませんか!?」
この際ポルターガイストでも幽霊でもドンと来い! 寂しくて孤独死よりも断然イイ!
『I am here』
「わたしもここに居ます! もっと具体的な場所を希望します!」
『I am under you』
「え~と……わたしの下に居ます?」
『Yes』
なんか知らないけど、俺の下に居るみたい。声に従って視線を下に降ろすと……足元がチカチカと青く光っている。
「なんだこれ……」
腰を落とし、明滅する光を覆っている砂を払う。すると砂の中から青色の珠が出てきた。
これってまさか……
「まさか、デバイス……?」
『It is so. master, Please call my name』
俺の言葉に、明滅と言葉で答える青のデバイス。
「お、おお……おおおおおっ! すっごいこれ! 本当にデバイスだあっ!」
すごいぞ! デバイスだよデバイス! しかもこれインテリジェントデバイスじゃないか! カッコいい! まだ球体だけどね!
と、そこで思い立った。
「このデバイス使えばここから脱出できるかも……」
デバイスはたしか魔法のデータを詰め込んでおく記憶媒体のはず。
つまり俺にどれだけの魔力保有量があるかは知らないけど、もし俺に魔力があって、このデバイスに飛行を可能にする魔法のデータがあればここから脱出! というワケである。
『Please call my name』
「あ、ごめん。ちょっと待ってて」
さっきからずっと、名前を呼んでくださいってデバイスが言ってる。うん、ずぐに決めて、セットアップして魔法のデータがあるか確認しよう。
「ん~……」
そうだね、名前なんて咄嗟に思い付くモンじゃないよね。なんか無いかな? カッコいいの。
このデバイスとどれくらいの付き合いになるかわからないし、「○○、セーットアップ!」とか叫んでも問題無い感じにしたい。
うぐぅ…………だめだ。思い付かない。いい加減に決めないと、このデバイスに見捨てられるかもしれないし……。心無しかさっきより明滅速度が上がってる気がする。
『Please call my name』
「あああごめんもう決まるから! あと少しだけ待って!」
なんか怒ってるっぽいよ! すぐに決めないと!
……うん。思い付いたモノでいっか。
「……ん、決まったよ。君の名前は"スティレット"でどう? それと出来れば日本語で話して欲しいかなー、なんて」
『…………了解です、マスター。私の名はスティレットですね。良い名前です』
たしかなんかの武器。フェイトのバルディッシュも武器の名前だったし、これでいいかな。
それにしても言語が日本語になるとは。ダメもとで頼んだんだけど、案外なんとかなるもんだね。
「よっし、じゃあ早速セットアップしよう!」
『了解です。では起動パスワードを言語で入力してください』
「うぇっ?」
『起動パスワードを言語で入力してください』
え~と、起動パスワードってあれだよね……なのはが初めてレイジングハートをセットアップした時に言ってたようなやつ。
「……うわ恥ずかし」
『恥ずかしさを乗り越えてください』
「やかましいわ。え~と、起動パスワードって何でも良いの?」
『構いません。私達だけの起動パスワードを、言ってください』
「いきなりんなこと言われても」
『頑張ってください。貴女ならきっと出来ます』
「他人事だからって投げやりに言わないでよ」
『Please call my name』
さっき言ったじゃねーか。もしかして壊れてんのコレ。
『私は、壊れていません。早くパスワードを言ってください』
おお、心を読まれた。案外高性能かも。
しかし起動パスワードか…………仕方ない。
ここから出られるかもしれないし……こんなの大事の前の小事。いわば些事っ!
「じゃあ言うよ。……一回しか言わないからね?」
『了解です。……ではお願いします』
ふぅ、っと一回深呼吸。そして息を吸い込み――
「我、夜空の力を受けし者なり。星達の力を、輝く星の力と魔法の力をこの手に示せ。セットアップ!」
――言い切った。もちろんなのはのを元にちょっとアレンジを加えてね。その瞬間、俺の身体を中心に深い青色の光が顕現した。
「おおおおおっ!?」
大地から湧き上がるように、輝く青が俺を包み込む。
『マスター、思い描いてください。貴女のバリアジャケットを。貴女の武器を』
「予想はしてたけど、いきなりそういうことを言うのはどうかと思うよ!」
『申し訳ありません。次があるなら、気を付けます』
くそ、予想はしてたけど考えてはいなかった。迂闊にもほどがある。
真っ先に思い浮かんだのは……なのはとフェイトのバリアジャケット。
だけど、俺は見た目は女の子だけど、心は男の子だからスカートとか露出が多いのは勘弁願いたい。え~と……よし、こんな感じでっ。
武器は……無いと願いたいけど、もし俺が戦闘するような時があるのなら、なるべく近、中距離で戦ってみたいかな。なんとなく。
『了解です、マスター』
そう言って……俺はさらに眩い光に包まれ、バリアジャケットが具現した。
……やっぱりというか、俺のバリアジャケットは少しなのはの影響を受けたようです。
簡単に言えばなのはのバリアジャケットがズボンになりました、といった感じである。リボンもちゃっかりあるし。
でも色は白を基調としたなのはのとは違い、俺のバリアジャケットはダークブルーを基調としている。
『お似合いですよ、マスター』
「……ありがとう」
なんだろ、ちょっと複雑。
そしてバリアジャケットに続いて、右手に青い光が収束していき、現れた。
それは俺の身長を軽く上回る大きさの薙刀。
約二メートル程の柄から、少し反りのある青い魔力刃が伸びている。かなり大きな武器だけど、思ったほど重くはない。
この身体……推定6歳がちょっと重いな~ぐらいに感じる程度である。
やばい、すごいカッコいい。冗談抜きに興奮してきましたよ!
「ああそうだ。えと、聞きたいことがあるんだけど……」
『なんでしょう?』
武器に現を抜かす前に聞くことがあったね。忘れるとこだったよ。
「スティレットの中になにか魔法のデータは入ってるかな? 出来れば空を飛べるような感じのがあれば嬉しいんだけど」
もしあれば俺はここから脱出できるっ!
淡い期待に胸を膨らませる俺。
『…………』
なにこの沈黙。
「ちょ……黙ってないでなんか言ってよ!」
『……申し訳ありません、私の中には魔法のデータはありません。私は初期の設定が施されているだけの状態です』
「ははっ、まっさかー。…………それ冗談だよね?」
『……申し訳ありません』
「…………マジ?」
『マジ? マジとはなんでしょうか?』
なんかスティレットが言ってるけどいいや。だって……俺ここから出られないんだもん。
「うぅっ…………結局脱出できないならちょっとの希望なんか見せて欲しくなかったよ……」
希望が絶望に変わって……俺は久々に大声で泣いた。