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[5958] リリカルなのは とある娘(男)の話 『TS』 誤上げのお詫び 序章の修正完了
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/10 01:24
以前にとらハ板でも良いよというコメントいただいたので、板を変更させていただきました。
まだまだ稚拙な文章だと思いますが、よろしければ見てやってください。

※前書き※
この作品はTS要素を含みます。
なるべく原作の世界観、魔法に関する設定に矛盾がないように努力しますが、目に余る問題点があった場合ご指摘願います。
物語は無印以前から始まります。
私の文章は未熟で、稚拙だと思われますが読んでいただければ嬉しいです。
感想、気になる点等あったら気軽にコメントしてください。

それではよろしくお願いします。



一月十八日  第1話に誤字の指摘が。修正しました。
一月二十一日 第2話を微修正しました。
一月二十七日 全体的に誤字脱字のご報告が。修正しました。
一月二十九日 第1話、第3話を微修正しました。
一月三十一日 第4話投稿に伴い、第3話を微修正しました。……後に第4話に誤字を発見。修正しました。
二月十四日  第6話投稿に伴い、第4話を修正しました。
二月二十六日 第7話投稿に伴い、第6話を修正しました。
三月五日   第1話に作者的に許せないミスがあったので、急遽修正させていただきました。
三月十五日  第8話投稿。……後に文章がおかしい部分を発見。修正しました。
三月十六日  第8話に再び文章がおかしい部分を発見。修正しました。
四月十一日  第9話投稿に伴い、注意書きを修正しました。……後に文章の微修正及び追加致しました。
四月十四日  前書きを追加させていただきました。さらにプロローグ~第4話を微修正しました。
四月一六日  第9話の文章を微修正、さらに文章を追加しました。
五月十七日  前書きの微修正及び、第10話前編を投稿しました。
五月十九日  第10話前編に誤字を発見。さらにその他文章も微修正しました。
七月二日   第10話中編を投稿させていただきました。さらに前書きと第1話、第2話を微修正しました。
七月六日   第9話と第10話前編の内容を見直したところ、矛盾している点を発見したため、急遽修正させていだだきました。
八月十四日  第10話後編を投稿させていただきました。
八月十五日  今後書く予定である無印編との差別化のために、各話のタイトルに"序章"を付け足させていただきました。
八月三十一日 序章エピローグ及びその他を投稿させていただきました。
九月二日   プロローグに序章をつけ、さらに内容を加筆させていただきました。
十一月一日  無印編プロローグを投稿させていただきました。それに伴い、登場人物紹介の題を変更しました。
十一月十七日 無印編第1話を投稿させていただきました。さらに、無印編プロローグの誤字修正、今までのあとがきを削除させていただきました。・・・・・・後に誤字を発見、修正しました。
十一月二十日 誤字のご報告をしていただいたので、修正させていただきました。
十二月二十五日 無印編第2話を投稿させていただきました。
二月二日   無印編第3話を投稿させていただきました。
二月九日   序章までの改行を二つから一つに改めさせていただきました。また、その際に文章を修正及び加筆させていただきました。さらに無印編1話、2話を微修正しました。
二月十日   無印編第1話が途中で途切れていたので、修正させていただきました。ゆっけ様、ご報告ありがとうございます。

sage投稿をチェックしていたと思っていましたが、何故か上がってしまいました。紛らわしいことをしてしまい申し訳ありません。今後このようなことが無いように、注意していきます。



[5958] 序章 プロローグ
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/04 02:05
人生には、思いがけない起伏が待ち構えている。




俺がそのことを悟ったのは八歳の頃。

当時、俺は某勇者が魔王を倒しに行くゲームを買ってもらって有頂天だった。

初めてそのゲームを手にした俺は、それはもう喜んだ。

すっかりそのゲームにハマってしまった俺は、すぐにクリアしてしまった。

当然、物足りない。俺の幼心はその程度の事ではまったく満足しない。

そこで幼き俺は何をトチ狂ったかリアリティを求めだした。

ゲームの勇者は他人の家に無断で入り、家捜しをしてアイテムを手に入れる。

勇者は間違っていない。それならば、それは許される行為のはずだよね?

そう認識した俺は、スーパーの袋を手に家から飛び出し、手当たり次第にアイテムを入手していった。

見知らぬ人の家、近くのスーパー。アイテムはそこにかしこに落ちている。

その時はとても楽しかった。

なにせ憧れの勇者と同じ行動をしているのである。

もしかしたらゲームのキャラに、俺の場合は勇者。ともかく、ゲームの勇者と同じ行動をすることで、自分が勇者になったつもりだったのかもしれない。

とにかく、勇者の真似事を始めてどのくらいの時間が経ったのだろうか……スーパーの袋がアイテムやゴールドでハチ切れんばかりになった時、俺の勇者タイムは終わりを告げる。

満足して自宅に帰った俺を迎えたのは、親父の鉄拳だった。

俺のことは既に警察に連絡されていたらしく、そのまま俺は警察に強制連行となった。

警察署内に居る時の父親の怒気というか、殺気は忘れられないトラウマである。

罪事態は特にお咎め無しで済んだのは不幸中の幸いだったのかもしれない。盗んだアイテムやゴールドを元の家の人に返して、額が地面に着く勢いで謝罪。実際土下座でしたけど。

そんなこんなで俺の勇者事件は終了したのだが、この後が大変だった。

俺が勇者の真似(盗み)を働いたことは即座に学校に知れ渡り、俺のあだ名は『勇者(笑)』になった。

幼い俺はむしろ勇者と呼ばれる事に苦痛はなかったが、両親はそうもいかなかったみたい。

勇者事件の一ヶ月後、俺は別の県の学校に転校した。

転校すると言われた俺は引越し作業中の父親に反論したが、帰って来た答えは鉄拳だけである。

新しい家に着いた直後――俺は父親から徹底的に"教育"された。

どのような教育かは推して知るべし。俺が入院したとだけ言っておこう。

そして退院して、新しい学校で心機一転がんばろーとなり、俺は新しい世界に身を投じることに。

この頃からの俺は、母さんの俺に二度と過ちはさせないという気概もあり、非常に礼儀正しい良い子に成長していた。

まず基本的に年上の人には敬語。そして誰にでも優しい態度を。さらに一人称はわたし。ふざけんな。

八歳で自分の事をわたしと呼ぶ人間はなかなか居ないと思いますよ?

脳内では"俺"なのだが話す時は"わたし"。えへ、癖になっちゃった。

さて、そんなことが俺の中で普通になり、九歳になった俺にある事件が起きる。

クラスメートの女の子に告白された。

大好きなんて言われてもう大パニック。

そんな突然の告白に困惑した当時の俺は、返事を保留にして一旦帰宅。

ニヤニヤしながら家に着くと、父親と母さんが言い争いをしていた。

荒れたリビング、割れた窓、TVから流れるニュースがやけに視界に入る。

ガミガミと凄まじい罵詈雑言が俺の聴覚を支配するなか、離婚という言葉が嫌によく響いたのを覚えている。

それで、母さんが「あんたなんかもう知らない。離婚してやるわムキー」とのことで、俺の両親はめでたく離婚した。

親権は母親。それでまた引越し。つまりは……転校。

告白してくれた女の子には悪いことをしたと思う。転校しちゃうんだ、って言ったら凄い勢いで泣かれてしまった。……ごめん。

それから七年ほど時間が経ち、俺が十六歳になったある日のこと。

母さんが再婚した。

新しい父親は誠実そうな人で、とても良い印象を俺は持った。

母さんとも仲良くやってるし、俺としては万々歳なのだが一つ問題があった。

新しい父さんには連れ子が居た。

当時七歳の女の子。大変整った容姿の女の子だったのだが、性格はとても控えめな女の子だった。

一緒に居ても特に会話も無く、家族としてこれは気まずいというか、なんというか……。

彼女はこちらから話しかければ反応してくれるのだが、彼女からは話しかけてくれない。

そこで俺はなにか会話のネタを探そうと思い、彼女を観察することに。

そして……わかったことは、彼女が毎週日曜朝九時から始まる魔女っ子が大活躍するアニメを欠かさず見るということ。

アニメを見ている彼女の瞳はどこか輝いて見えて、俺は嬉しくなった。

しかしそんな俺たち家族の問題もどこ吹く風。アニメは最終話を向かえ終了。次回からは特撮ヒーローやるよ。見てね! 誰が見るかちくしょ。

彼女は魔女っ子以外には興味を示さずに、毎日つまらなそうにして、日曜九時にTVをつけては悲しそうな表情になる。

これはいけない。遺憾の意を示した義兄たる俺は小遣いを握り締め、DVDショップに走った。

だが例の魔女っ子アニメは、まだDVDリリースしていないみたいだった。

……これは、非常にまずい。どうにかしないと。

焦った俺は女の店員さんに「魔女っ子アニメありませんか!?」と大声で聞いてみることに。

店員さんは目を見開き「……え?」と聞き返してきたから、もう一度言ったら哀れみの目で見られた。何故。

店員さんに聞いてもどうやら魔女っ子アニメはないらしく、途方に暮れていた俺の目にあるDVDが目に入る。


『魔法少女リリカルなのは』


これは、と俺は思った。

魔法を使うという点では、魔法少女も魔女っ子も大差ないのではないだろうか。

いざとなれば彼女はまだ七歳。こういう魔女もいるんだよと言えば納得してくれそうだしね。

そう思った俺は『魔法少女リリカルなのは』を購入した。会計を済ました時、何故か店員さんから生暖かい視線が送られた。さっきからなんなのさ。

そんなこんなで自宅に急いで帰った俺は、彼女にDVDをプレゼントだよと言って渡した。

喜んでくれるかわからず、最初は不安だったけど、DVD取り出した彼女の顔を見てそれが杞憂だったと知る。

パッケージを見た彼女は顔を綻ばせ、瞳を輝かせていた。その後の笑顔でのありがとうの言葉は、俺の心にとても心地よく響いた。

その後に、義兄ちゃんDVDの起動方法がわからないようわーんみたいなトラブルがあったものの、なんとかDVDを再生。

TVの前に不動の構えを取り始めた彼女を満足しながら眺めたあと、俺は勉強でもするかと思い部屋を出る。

するとどういうワケか彼女も付いて来た。

どうしたのと聞くと、上目遣いで義兄ちゃん一緒に見ましょとのお願い。

正直な話、アニメには興味を持っていなかった俺はイヤだったけど、涙目で見上げるその瞳にはさからえません。

かくして魔法少女リリカルなのは、始まりますとなった。















さて、みなさんはミイラとりがミイラになる……という言葉をご存知だろうか?

意味は大体の人がなんとなく理解していると思う。

そう、俺はリリカルなのはにドップリとハマってしまっていた。

じっくりと年月をかけて全話見たよ。DVDも全部持ってる。母親ドン引き。理解しかねる。義妹は家族で唯一の理解者。

無印とA'Sが個人的にグッときた。

なのは可愛いよなのは。フェイト可愛いよフェイト。はやて可愛いよはやて。

さて、そんなこんなで俺はリリカル大好きな二十一歳になった。

リリカルなのは見るか、勉強するかの二択での生活のおかげで、かなりの有名大学に入学。成績も良かった。奨学金最高。

そして残り少ない学生生活を楽しむかと帰宅途中に――


――俺は死んだ。


もうあっさりと。道路の横合いから突っ込んできた軽トラに撥ねられ即死。

家族が悲しんでくれるかなーなんて考える余裕すらありませんでした。

死ぬ直前にあ、死んだと認識出来るくらいの撥ねられっぷり。

そのあとに視界がブラックアウト。俺の人生、完。


……と、俺の人生を振り返ってみて、何が言いたいかと言うと、人生は何が起こるかわからないということである。


勇者の真似したら親父に殴れるとは思わなかった。

それが原因で離婚するとは思わなかった。

再婚するとも思わなかった。

義妹が出来るなんて思わなかった。

リリカルなのはに出会えて良かっっった。

そう。人生なにが起きるかわからないのである。だからどんなことにも対応出来るよう、心に余裕と覚悟を抱こう。

それが俺の八歳頃からの人生観。



だけど――



ゴポゴポと口から胃液と空気が出る。

上手く動かない身体。

異臭を放つ室内。

床にぶちまけられたような水。






――これは反則でしょ。





[5958] 序章 第1話
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/04 02:30
なにやら薄暗い室内に俺は居た。

最初に感じたのは強烈な吐き気。それにほんの少しは耐えたんだけど、程なくして決壊。

両膝を床に落として、胃液を水浸しの床にぶちまけることになる。

くそぅ……いったい何がどうなって――あ、また吐き気がブリ返してき……おげぇ。

静寂が支配していた部屋に、びちゃびちゃと水音が響く。

自分でも信じられない量を嘔吐した後、ようやく吐き気が落ち着いてきた。

胃液の影響で痛む喉に顔をしかめながらも、蹲っていた上体をよっくらせと起こし、辺りを見渡す。

「……えーと…………ここ、どこ?」

思わずそう呟いてしまう。だって……まったく記憶に無いような場所なんですよ?

なかなか広い部屋。だけど居心地は最悪。

暗いし臭いし水浸しだし。なんか後ろにあるシリンダー割れてるし。天井にある小さな光しか光源が無いのは正直どうかと。

しかもところどころに液体の詰まったシリンダーがあるし。ぱっと見怪しげな研究室、みたいな感じですか。

「うぅっ、さむ……」

ブルッと身体が震える。なんでこんなに寒いのさ……。

そこで俺は気付いた。

俺……裸。素っ裸!

「なんで裸に……まさか露出に目覚めたのか、わたし……?」

昔からの癖で喋るときは"わたし"。言ってて違和感を欠片ほども無い。慣れって凄いよね。

露出云々は一先ず置いといて……寒い。室内の温度が低いってのも原因なんだろうけど、それよりも身体が濡れてるのが致命的にマズイ。

くそぅ……なんだっていうんだ……。

震える身体を両の手で抱きしめつつ、脳内で悪態を吐く。そんなことしても現状は変わらないけど、これくらいは許して欲しい。

なんでかは知らないが、俺はこの割れたシリンダーから出てきたみたい。なんでだろ。

まあ……今はそんなことはどうでもいい。とりあえず辺りを確認して、なにか身体を拭くものを探さないと。

そう思って、立ち上がり…………それが目に入った。

俺の真正面にあるシリンダー。液体に満たされたそれは薄暗い室内の中で、それはなかなか異質な雰囲気を発していた。

……が、そんなもの辺りを見渡せばいくらでもある。

俺が、思わずフリーズしてしまうほど驚いたモノ。

それは液体に満たされたシリンダーが、鏡のように写したモノで。

……シリンダーには少女が写っていた。

長い黒髪が濡れていて、幼いながら艶やかだ。異常に整った顔立ち。その顔はどこかポカンとしていて愛らしい。しかし黒曜石のようなその両の瞳がこちらを捕えて離さない。両手で自分を抱きしめ寒そうに震えている。

「…………ゑ?」

自分の口から、間抜けな声が出た。わずかに動いた俺の口。シリンダーに写った少女も同じく、わずかに口を動かした。

俺はシリンダーに向けて一歩踏み出す。少女も同じ動作をする。

ぺた、ぺた、と足音がする。水に濡れてるからこんな足音なのか、と変に納得してしまいましたよ。

脳内でくだらないことを考えつつ……シリンダーの目の前に着いた。少女も目の前。

そっと手を伸ばす。もちろん少女も同じように。

ひんやりとしたシリンダーに触れる。

うん、傍から見れば少女が手を取り合ってるように見えるかも。

「……ふふっ」

うん。わかってるよ。今までちょっと混乱してただけだよ?

可笑しくなって笑えてくる。目の前の少女ももちろんね。

「あっはははは! わたし、女の子じゃん!」

そう。気付いたら俺は女の子になっていたんだ!

うん、普通に考えたら狂人の妄想ですねの一言で終わりだが、これ現実なのよね。

前の俺より高い声で、気の済むまでケタケタと笑っていると、呼吸が怪しくなってきたので一旦深呼吸。……あ~、この部屋やっぱり臭い。













~~~~~~~~~~~~~~~~~~













さて、落ち着いたところで少し考えよう。

俺は一回死んだ。これは間違いない。すんごいスピードの軽トラに撥ねられたのだ。

で、気付いたらこんなワケの分からん所に居て女の子になっちゃいました、と。

うん、すっごい笑える。ははは……はぁ。

「なんなんだろうねこの状況は…………もしかして、転生? しかも前世の記憶持ちで」

転生したかどうかはわからないけど、今までの記憶はばっちりある。リリカルなのはとかA’SとかStrikerSとか。

もし転生したのなら強くてニューゲーム状態! やばい。オラワクワクしてきたぞ!

……嘘です。ワクワクなんてしません。仮に転生だとして、俺がどういう立場の人間なのかはっきりしないと安心すら出来ません。

「とりあえず…………見た目は良いね」

シリンダーに写る自分を見て、本気でそう思っちゃったんだからしょうがない。

自分で自分を褒めるナルシー野郎って思わないでね? まだ……ちょっとこの身体が自分だっていうのを認めてないんだよね。

「う~ん……なんか、最初は全然知らない場所かと思ったけど……」

改めて辺りを見渡した俺の感想は、当初のものと大分変わっていた。

なんと言うか、見覚えがあるというかなんというか。こういうのをデジャヴというのかも。

薄暗い部屋。どことなく不気味な雰囲気。シリンダー。

なんというか、そう。まるでリリカルなのはの時の庭園のような――

そこで不意に、静寂を保っていた部屋に響く異音。

「――ひゃっ」

うわぁ情けない声出た。だって今まで俺が出した音以外はなんにも無かったのに。いきなりじゃあ……ねぇ?

そんな風に自己弁解したところで意味も無い。それよりも……何の音だろ。

そっと、聞き耳を立てる。耳元に手をやっただけですけどね。

かっ、かっと軽い音。

これは…………足音?

一定のリズムで響くその音が、徐々に大きくなる。

やばい。なんか知らないけどこっちに近付いて来てるよ!? いきなりの展開で本当に怖いんですけど!

恐怖に駆られるまま、上手く動かせない身体を精一杯使って、部屋の隅のほうに移動。

俺が目覚めたこの部屋には、ドアが一つしかない。

つまりこの音の主が……もし、この部屋に来るのなら、あのドアから来るはず。

「……チャンス」

そう。これはチャンスのはず。

理解不能だった俺の立場を確かめるチャンス。

さっきもやったけど、自分を落ち着かせるために深呼吸一つ。

誰が来るかは知らないけど、言語が通じればきっとなんとかなるっ…………なんて自分を励ましてるんだけどやっぱ怖い。変なおじさん来たらどうしよ。

音が大きくなって――――ちょうどドアの前で止まる。

カチャッ、と案外軽い音でドアが開き、音の主が部屋に入ってきた。

「……え?」

ドアを開け、入って来た女性に…………ひどく見覚えがある。

白い帽子。黒を基調とした服の上に、白い袖なしのコートみたいな少し胸元が開いた服。

間違いない。俺は彼女を見たことがあるし。知っている。

「…………リニ、ス?」

そうポツリと呟くと彼女――リニスはその端正な顔を、驚愕に歪めるのだった。









<リニス>



「……リニス」

大仰な椅子に腰掛けた主、プレシアが私の名前を呼ぶ。

「なに? プレシア」

「フェイトの教育はどんな様子かしら?」

……驚いた。プレシアがフェイトのことを気に掛けるとは。

順調です、と当たり障りの無い事を言っておく。実際のところフェイトはプレシアに会いたがっていますが。

プレシアがそう、と気の無い返事を洩らした後、沈黙がこの場を支配する。

どこか虚ろなプレシアの瞳。

思えばいつからだろうか。プレシアが変わったのは。

アリシアが亡くなった時だろうか。プロジャクトFに加担している最中だろうか。それともプロジャクトFをさらなる高みへと昇華する際に自らの身体を壊した時だろうか。

もしくは…………フェイトを創り上げ、それがアリシアではないと理解したときなのだろうか。

私にはわからない。出来ることも少ない。

私に出来るのはフェイトの教育とプレシアの身の回りの世話だけ――なんて少ないんだろう。

自分の不甲斐無さに少し気分が重くなる。

その時だ。遠くから何かが――そう、ガラスが割れるような音が響いた。

プレシアを見る。その端正な顔を明らかにイヤそうに歪めて、溜息を吐いていた。

「……リニス」

面倒臭そうに私を呼ぶ。実際面倒なのでしょうが。

「様子を見て来なさい」

そう言って、興味を失くしたかのように瞳を閉じる。

「ええ。わかってるわ」

聞いているかわからないが、私はそう言って歩き出した。












~~~~~~~~~~~~~~~~~~












音がした部屋に着いてから私は言葉を失った。

この部屋はプレシアの、プロジェクトFの研究室だった。かつてプレシアがこの部屋に何日も篭っていたのを覚えている。

プレシアはプロジェクトFのクローン技術でフェイトを創り上げた。だが、それ以前に創ったものがある。

アリシアの遺伝子でクローンを創る前に、プレシアは実験をしていたらしい。



本当にクローンを創れるのか。私の技術は間違っていないのか――



それを確認するために、プレシアはプロジェクトFの基礎を作った男から寄越された遺伝子を使い、実験を行った……と言っていた。

結果は成功。無事にクローンは創られ、プレシアはアリシアを生み出すための準備に入り――


――この部屋はプレシアに忘れ去られた。



それ以来放置され続けていたこの部屋に、驚くべきことが起きていた。

部屋の中心にあったシリンダー。そこにはクローンが入っていたはずである。

しかしそのシリンダーは無残にも割られ、シリンダーの中にあった培養液が、床に水溜りを形成していた。

その水溜りを起点に、点々と足跡が作られている。

シリンダーから溢れた培養液が、小さな……とても小さな足跡を作り、道標のように続いていた。

その足跡を、目で追いかけていくと――居た。

部屋の片隅に座っていた。濡れた黒い髪の少女。寒いのか、怯えているのか。両の手で身体を抱えている。そして私の視線が彼女の黒曜石の瞳とぶつかる。

まさか……シリンダーの中から自力で出てきたというの?

どうして今頃になって……プレシアに報告すべき?

混乱している私をよそに、彼女は言った。

「…………リニ、ス?」

何故。貴女は今、生まれたのではないの?

たった今生まれたばかりの存在が、私の名を知っている?









<???>



どうやら俺は失言をしてしまったらしい。

思わずリニスと呟いてしまったんだけど、その瞬間から俺を見る目が、猜疑心に満ちているワケでして。

「何故私の名を知っているの?」

そんなリニスの視線に気圧されていると、そんなことを聞かれた。

もちろん答えられるワケがない。アニメで貴女の事を知りましたなんて言ったら……残念な視線を向けられるに違いないし。

「あなたはクローンなのよ……私のことを知っているはずがないわ」

クローン!? 俺はクローン!? 衝撃の事実発覚。

というかちょっと待って。彼女はリニスで、俺はクローンで、ってことはここは時の庭園で……薄々気付いていたけど、今の言葉で確信した。

ここは、リリカルなのはの世界ということですね!? 前世からの憧れの世界……もう感動としか言いようがないですよ!

嗚呼、思わず涙が……。

「うぅっ……」

「なっ……!(涙? 一体どういうことなの……)」

「わたし、ずっと見てました……」

もうこの感動は止められない! あなたに俺の気持ちを伝えたい!(感動的な意味で)

「あなたやフェイトのこと、ずっと見てました……」

「なんですって……(私達の事を見ていた? どういうことなの……もしかして遠視を行うようなレアスキル?)」

「いつか会えたらいいなって思ってましたっ」

やばい。顔がニヤけてくる。だって嬉しいんだもん!

「はっ……(もしそうなら……彼女はシリンダーの中でずっと……)」

なんかリニスさんが浮かない雰囲気。どうしたんだろ。

……はっ、そうか。俺はクローンだったんだ。それなのに今シリンダーから出てきたような奴が、自分の事知ってたら気味が悪いよね。

「あ、あの……いきなり変な事言ってすいません」

「いえ……いいのよ。ほら、立って」

そう言ってわずかに微笑みながら手を差し伸べてくれる。

俺はその手を取って立ち上がる。なんかもの凄く嬉しい。

嬉しいんだけど……ちょっと寒い。いい加減風邪引きそうですし、震えが止まらない。

「私と一緒に来なさい。そのままじゃ寒いでしょう?」

「え……あ、はい! ありがとうございます!」

リニスさん……俺には貴方様が天使に見えます。

そんな感動に打ち震えている俺の手を引きながら、リニスさんは歩き出した。













~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~













そんなこんなで、俺はリニスさんにホイホイと付いて行き、ある部屋に入った。そこで濡れていた身体を拭いてもらって、リニスさんに服も貰った。

「あの、なにからなにまで本当にありがとうございます」

「いいのよ……気にしないで」

リニスさん、本当にいい人だなぁ。……いや人じゃないんだけども。

「それじゃ、ちょっとここで待ってて欲しいの」

「え? わかりました」

う~む、どこに行くんだろ。まあそんなこと聞いてもしょうがないか。

「それじゃ……」

そう言い残して、リニスさんは出て行った。早く帰って来てくださいね。









<リニス>



「プレシア。貴方が最初に創った……クローンが動き出していたわ」

椅子に座って、瞳を閉じているプレシアに伝える。

「そう……そういえば、そんなモノを創ったわね」

そしてそのままどうでもよさそうに答えた。

何故だろう。少し気分が沈む。なんとなく次のプレシアの言葉を予想出来てしまうからだろうか。

「リニス。もうあれはいらないわ。処分してきてちょうだい」

案の定、プレシアから予想通りの言葉が出た。

「しかし……」

「なにか問題でもあるかしら?」

プレシアはそれで問題無いのだろう。でも、あの子の数年に及ぶ苦しみを知ってしまった私に、そんなことは……とても出来ない。

「情でも移ったの? あんなただの実験台に」

その言葉に思わずプレシアを睨み付けてしまう。情が移った? あの子は意思がある。ならばもう人間ではないか。

「プレシア……!」

自分からこんな声が出るとは。凄まじい程怒気が篭った声色だった。

「……仮に処分しないとしても、誰がアレの面倒を見るって言うの? 私は御免よ。あんなモノ」

「それは私が……」

「無理よ。……リニス、わかっているわね? 貴女に残った時間はもう無いのよ。それなのに誰がアレの面倒を見るって?」

――時間が無い。

そうだった。私には時間が無いんだった。

私はプレシアの使い魔。使い魔は主から送られる魔力なしでは生きられない。

そして、プレシアはいずれ死に至る病を患っている。

その病により、魔力は小さくなっている。使い魔の私を維持出来なくなるほどに。

それでもプレシアが今まで私を残していたのは、フェイトの教育のためだ。

それが私の最後の仕事。私はフェイトの教育が終われば、プレシアとの契約を解除され――消える。

そしてフェイトの教育はもう終わりに近づいている。

「……わかったようね。だったら早く処分してきなさい」

「…………わかったわ」

プレシアの部屋から踵を返し……私は決意した。

たとえプレシアの指示に逆らうことになっても……私を見て、嬉しそうに笑ったあの子に出来ることは、まだある。









<???>



「あ、リニスさん。お帰りなさい」

「…………」

リニスさんは三十分ほどで帰って来たのだが、どうにも沈んでいるご様子。なにかあったのだろうか?

「あの……?」

いったいどうしたんだろ。ちょっと気になる。

「ごめんなさいね……」

「?」

えーと……なんでいきなり謝られたのでしょうか?
 
「私にはこれくらいしか出来ないの……」

そうリニスさんが言った直後にりん、と風鈴のような涼やかな音が響く。

そして……俺とリニスさんを中心に現れる魔法陣。

「あ、あのぅ。リニスさん……?」

「ごめんなさい……貴女がいい人に会えるように、祈ってるわ……」

リニスさんが優しく、だけどどこか影のある微笑を浮かべ――俺の意識は消えた。






[5958] 序章 第2話
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/04 03:20
目が覚めると見知らぬ天井が……

なんていうのは冗談で、本当は俺の視界には、暗い青の中に光り輝くものが点々としている光景。……星空。

自分を燦然と主張しているような星もあれば、本当にささやかな輝きを放つ星もある。大小様々な星達。だけど……俺が一番見慣れた月だけは、この空には無かった。

地球……じゃないな。前の俺が住んでいた地域とは、比べ物にならないほどの量の星。

うん、排気ガスやなんやらで汚染された空と比べたら、この星空に失礼極まりない。

そんな風に思えてしまうほどの、星を俺は見上げていた。まあ……俺が地面に寝っ転がってるからイヤでも視界に入ってくるだけなんだけどね。

いつまでも寝っ転がっていても埒が明かないので……よっ、と声を上げて立ち上がる。

「さてと……ここはどこでしょう?」

なんとなく自問してみる。答えは無いけどね。

「う~ん、少なからず時の庭園ではないよね……」

そんなことを呟きながら、辺りを見渡してみる。

見渡してみて…………その、なんていうか……悲しくなってきた。

砂っぽい地面に、ところどころに転がっているゴツゴツとした岩。二酸化炭素を吸って、酸素を作ってくれる緑色なんぞ欠片ほども見当たりません。

それだけならまだ良い、まだね。でも、それだけじゃないんだよね……この状況は。

それだけなら、歩いて人だとか街とかを探しに行けば良い。だけどね……

口での説明は、上手く出来ないそうにもないから……そっと地面に絵を描いてみる。



  現在の状況 


  ちょっと飛び出てる
   ↓    
                    
  /              \  ↑
 │                │ 
 │                │ 約
 │                │ 十
 │                │ ㍍  
 │    \(^o^)/     │ 
 │___________│ ↓

  ← 直径約二十メートル →


地面にこんな図を書いてて絶望した。

ちょっと自分が小さくなって、コップにでも入れられたとでも考えてみてください。しかも出難いような仕掛けありで。

くそぅ……なんでこんなところに……よし、ちょっと今までのことを整理しよう。

たしか俺はリニスさんに身体を拭いてもらって、服も貰って……うん、それは間違いないよね。今着ている服はあの時のものだし。

それでその後リニスさんに待ってと言われて、俺は部屋に残された。ちょっと寂しかったのは内緒。

それで……三十分くらいで帰って来てくれたリニスさんが、どこか思い詰めた感じで俺に言ったのが――


――どうか良い人に会えるように祈ってるわ……


それでその後、魔方陣が足元に現れて……初めて見たからすんごいビックリ。で、ワケのわからんうちにここに居ました。はい回想終了。

むむぅ……状況から察するに転送魔法でも使われたご様子。

そりゃクローンだと思っていた奴が、いきなり起きてずっと会いたかったです……なんて言ったら転送したくもなるよね。

それなのに服までくれるなんて……。リニスさんありがとう。感謝の意はここで述べておきます。

でも、もう少し転送先を考えてくれたらもっと嬉しかったなー、なんて思ったり。ははっ……。

なんてことをここまで思い出し、確信がより強固なモノになる。

「ここは……間違いなくリリカルなのはの世界みたいだねぇ」

魔方陣なんてモノが出て、こんな場所に転送されたんだから……間違いない。

そう思うとね……少し勿体無かったなぁなんて。せっかく時の庭園に居たんだから、フェイトに会ってみたかったです。残念。

いや、これからの行動によっては……フェイト限らず、全員に会えるかもしれない。

最悪ジュエルシードとか闇の書事件とかに関わらなくても、管理局に入れば問題ない。機動六課が出来上がれば全員を見ることが出来るし。

会って、少し話すことが出来れば満足。下手に首突っ込んで予期せぬ方向に事件が展開したらまずいし。

でも、あの事件をもっと良い結末を目指したいっていう気持ちもある。まあ事件に立ち会えるかわからないし、今考えるだけ無駄だよね。

「そんなこと考える前に、この状況をなんとかしないと……」

そんな先を考えるより今が大事。だけど……どうしようもないんだよね、この状況。でも諦めちゃいけない。なんとか脱出しないと。

とりあえずグルっと壁伝いに一周してみたけど……壁がほぼ直角。手に引っかかるようなデッパリもあんまり無かったです。

あんなところから蔦が垂れてる! なんて希望もありませんでした。ちくしょ。

その後も必死こいて脱出の手を探したんだけど……三十分ぐらい探してみて、見付かったのは、見たことも無いような昆虫だけだった。

本格的にどうしようもないぞこの状況……くそぅ、こういう時は都合良くお約束みたいな脱出ルートがあるんじゃないのっ。 

やばい……本格的にこの状況はよくない。

どうしようやばいこんなとこで死にたくないしかもこのままだと多分餓死とかものっそい苦しい死に方じゃないかどうせ死ぬなら前みたくスパッと一瞬で死にたい! ごめんなさいやっぱ生きたいです。

自分一人じゃ脱出不可能なこの場所。というワケで俺が選択する行動はただ一つ。

すうっと大きく息を吸い込んで――


「誰かああああっ! 助けてええええっ!」


――助けを呼ぶことだった。

 










~~~~~~~~~~~~~~~~~













そして、一時間ぐらい助けを呼んでみたのだけれど……帰ってくるのは静寂のみ。

「うぅっ……ぐずっ……」

基本寂しいと死んじゃうラビットハートなんですっ。おかげで絶賛グズり中です。

ああ、あの星がムカつく。人のことを上から見下ろしちゃってさ……うぅっ。

さわさわと風が吹く。それ以外は嗚咽ぐらいしか音が聞こえない。

うぐぅ……とにかくこの静寂がキツイ。俺の不安とか恐怖とかを抜群に煽ってくれる。

「……ああ~っ! 家に帰りたい! 無性に家に帰りたい!」

もうどうでもよくなって叫んじゃう俺。でも帰ってくるのは沈黙だけ。

「誰かなんか言って! わたし寂しくて本当に死んじゃうよ!」

年甲斐も無く、泣きながらこんなことを言う二十一歳の男です。見た目は違うんだけどね。

「くそぅ誰か本当に助けてく『Please call my name』ひぎゃああっ!」

なんか聞こえた! 人間味に欠ける声が聞こえたよ!

『Please call my name』

もともと携帯にプリインストールされているような声がまた聞こえた。声の大きさからして……近くにいる!?

「どこにいるんだ! 出て来い! ちょっとわたしとお話でもしませんか!?」

この際ポルターガイストでも幽霊でもドンと来い! 寂しくて孤独死よりも断然イイ!

『I am here』

「わたしもここに居ます! もっと具体的な場所を希望します!」

『I am under you』

「え~と……わたしの下に居ます?」

『Yes』

なんか知らないけど、俺の下に居るみたい。声に従って視線を下に降ろすと……足元がチカチカと青く光っている。

「なんだこれ……」

腰を落とし、明滅する光を覆っている砂を払う。すると砂の中から青色の珠が出てきた。

これってまさか……

「まさか、デバイス……?」

『It is so. master, Please call my name』

俺の言葉に、明滅と言葉で答える青のデバイス。

「お、おお……おおおおおっ! すっごいこれ! 本当にデバイスだあっ!」

すごいぞ! デバイスだよデバイス! しかもこれインテリジェントデバイスじゃないか! カッコいい! まだ球体だけどね!

と、そこで思い立った。

「このデバイス使えばここから脱出できるかも……」

デバイスはたしか魔法のデータを詰め込んでおく記憶媒体のはず。

つまり俺にどれだけの魔力保有量があるかは知らないけど、もし俺に魔力があって、このデバイスに飛行を可能にする魔法のデータがあればここから脱出! というワケである。

『Please call my name』

「あ、ごめん。ちょっと待ってて」

さっきからずっと、名前を呼んでくださいってデバイスが言ってる。うん、ずぐに決めて、セットアップして魔法のデータがあるか確認しよう。

「ん~……」

そうだね、名前なんて咄嗟に思い付くモンじゃないよね。なんか無いかな? カッコいいの。

このデバイスとどれくらいの付き合いになるかわからないし、「○○、セーットアップ!」とか叫んでも問題無い感じにしたい。

うぐぅ…………だめだ。思い付かない。いい加減に決めないと、このデバイスに見捨てられるかもしれないし……。心無しかさっきより明滅速度が上がってる気がする。

『Please call my name』

「あああごめんもう決まるから! あと少しだけ待って!」

なんか怒ってるっぽいよ! すぐに決めないと!

……うん。思い付いたモノでいっか。

「……ん、決まったよ。君の名前は"スティレット"でどう? それと出来れば日本語で話して欲しいかなー、なんて」

『…………了解です、マスター。私の名はスティレットですね。良い名前です』

たしかなんかの武器。フェイトのバルディッシュも武器の名前だったし、これでいいかな。

それにしても言語が日本語になるとは。ダメもとで頼んだんだけど、案外なんとかなるもんだね。

「よっし、じゃあ早速セットアップしよう!」

『了解です。では起動パスワードを言語で入力してください』

「うぇっ?」

『起動パスワードを言語で入力してください』

え~と、起動パスワードってあれだよね……なのはが初めてレイジングハートをセットアップした時に言ってたようなやつ。

「……うわ恥ずかし」

『恥ずかしさを乗り越えてください』

「やかましいわ。え~と、起動パスワードって何でも良いの?」

『構いません。私達だけの起動パスワードを、言ってください』

「いきなりんなこと言われても」

『頑張ってください。貴女ならきっと出来ます』

「他人事だからって投げやりに言わないでよ」

『Please call my name』

さっき言ったじゃねーか。もしかして壊れてんのコレ。

『私は、壊れていません。早くパスワードを言ってください』

おお、心を読まれた。案外高性能かも。

しかし起動パスワードか…………仕方ない。

ここから出られるかもしれないし……こんなの大事の前の小事。いわば些事っ!

「じゃあ言うよ。……一回しか言わないからね?」

『了解です。……ではお願いします』

ふぅ、っと一回深呼吸。そして息を吸い込み――

「我、夜空の力を受けし者なり。星達の力を、輝く星の力と魔法の力をこの手に示せ。セットアップ!」

――言い切った。もちろんなのはのを元にちょっとアレンジを加えてね。その瞬間、俺の身体を中心に深い青色の光が顕現した。

「おおおおおっ!?」

大地から湧き上がるように、輝く青が俺を包み込む。

『マスター、思い描いてください。貴女のバリアジャケットを。貴女の武器を』

「予想はしてたけど、いきなりそういうことを言うのはどうかと思うよ!」

『申し訳ありません。次があるなら、気を付けます』

くそ、予想はしてたけど考えてはいなかった。迂闊にもほどがある。

真っ先に思い浮かんだのは……なのはとフェイトのバリアジャケット。

だけど、俺は見た目は女の子だけど、心は男の子だからスカートとか露出が多いのは勘弁願いたい。え~と……よし、こんな感じでっ。

武器は……無いと願いたいけど、もし俺が戦闘するような時があるのなら、なるべく近、中距離で戦ってみたいかな。なんとなく。

『了解です、マスター』

そう言って……俺はさらに眩い光に包まれ、バリアジャケットが具現した。

……やっぱりというか、俺のバリアジャケットは少しなのはの影響を受けたようです。

簡単に言えばなのはのバリアジャケットがズボンになりました、といった感じである。リボンもちゃっかりあるし。

でも色は白を基調としたなのはのとは違い、俺のバリアジャケットはダークブルーを基調としている。

『お似合いですよ、マスター』

「……ありがとう」

なんだろ、ちょっと複雑。

そしてバリアジャケットに続いて、右手に青い光が収束していき、現れた。

それは俺の身長を軽く上回る大きさの薙刀。

約二メートル程の柄から、少し反りのある青い魔力刃が伸びている。かなり大きな武器だけど、思ったほど重くはない。

この身体……推定6歳がちょっと重いな~ぐらいに感じる程度である。


やばい、すごいカッコいい。冗談抜きに興奮してきましたよ!

「ああそうだ。えと、聞きたいことがあるんだけど……」

『なんでしょう?』

武器に現を抜かす前に聞くことがあったね。忘れるとこだったよ。

「スティレットの中になにか魔法のデータは入ってるかな? 出来れば空を飛べるような感じのがあれば嬉しいんだけど」

もしあれば俺はここから脱出できるっ!

淡い期待に胸を膨らませる俺。

『…………』

なにこの沈黙。

「ちょ……黙ってないでなんか言ってよ!」

『……申し訳ありません、私の中には魔法のデータはありません。私は初期の設定が施されているだけの状態です』

「ははっ、まっさかー。…………それ冗談だよね?」

『……申し訳ありません』

「…………マジ?」

『マジ? マジとはなんでしょうか?』

なんかスティレットが言ってるけどいいや。だって……俺ここから出られないんだもん。

「うぅっ…………結局脱出できないならちょっとの希望なんか見せて欲しくなかったよ……」

希望が絶望に変わって……俺は久々に大声で泣いた。




[5958] 序章 第3話
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/04 13:55

大声で泣き続けたせいか、喉が痛い。

「ううっ……くそぅ……太陽が眩しいよ……」

多少掠れた声で呟く。

結局夜通し泣き続けて、気が付いたら太陽がこんにちは。真上に見えるからちょうどお昼時なのかも。地球じゃないからわかんないけど。

陽射しが暖かく降り注ぐ。俺の心は氷点下ですけどね。

ああ、俺の第二の人生は本当にここで終わるのかも。ちょっとこんなところに転送したリニスさんが恨めしくなってきた。

「ねえ、スティレット」

『なんでしょう?』

「ほんとに魔法のデータ無いの?」

『マスター、その質問はもう六度目です。私の答えは変わりません』

「ですよねー」

当初は希望の光だった青色も、今じゃただの会話の出来る球体です。だって魔法のデータ入ってないんだもん。

会話相手が居るということで、孤独感が無くなったのはいいんだけどね。

「はぁ……ほんと誰か助けに来てくれないかな……」

『祈りましょう、マスター』

「そうだねー」

『返事に元気がありませんね』

「この状況で元気があるほうが異常だって進言しておくよ」

『そうですか』

とりとめの無い会話。特に意味なんてないけど、一人よりかは断然マシである。

そんな会話が途切れた瞬間……睡魔がこんにちはしてきた。

「ふあぁ……スティレット、わたし少し寝る。考えてみれば昨日から寝てないし」

『……了解です。良い夢を』

見れるとでも思ってんのか。












~~~~~~~~~~~~~~~













どうやら俺の祈りは通じたらしい。

先刻まで俺を見下ろしていた空は既に無く、目が覚めたら見知らぬ天井が……と言わざるをえない。お約束だね。

というより、俺が寝てる間に何があったんだろう。

知らない部屋で、ベットに寝かされている俺。

「……スティレット」

『なんでしょう。マスター』

スティレットに声を掛けると、寝台の近くに置かれた小さなテーブルの上から、機械的な声が上がった。

スティレットがあるということは、夢オチでは無かったらしい。

「わたしが寝てる間に何があったのか教えて」

『了解です。マスターが眠られた後に魔力反応が近くに出現。その反応の持ち主がマスターを発見し、転送魔法でこちらに運ばれました』

「…………ん、ありがと」

いったい誰が助けてくれたか知らないが、何にせよあの最悪の状況から脱せられただけ僥倖である。ありがたやありがたや。

さてと。とりあえずは…………状況確認だ。

簡易的なベットの上で上体を起こし、部屋を見渡す。

全体的に白を基調とした部屋。ベットも、スティレットが置いてあるテーブルも、窓を薄く遮るカーテンも白。

「なんか保健室みたいな部屋だね」

『保健室? 保健室とはなんですか?』

「ん~? あれだよ、学校とかにある簡易的な病院みたいな」

『そうですか』

なんか……案外スティレットって知識が少ないね。初期状態だったらしいからこんなもんなのかもしれないけど。

なんてことを思っていると、控えめにドアが開かれる。

不意に開いたドアに視線を向かわせ、目が合った。

「良かった……目が覚めたのね」

優しげな女性の声。

白衣を身に纏った、保険医のような女性がゆっくりと近づいて来る。

「大丈夫? 痛いところとか無いかしら?」

優しくそう言って……青い瞳が、俺のことを覗き込む。

年齢は二十代後半だろうか。背にまで届く金髪を後ろで緩く纏めていて、彼女が動くのに合わせて髪も揺れる。

俺からいったん視線を外し、テーブルに備え付けられたイスを引いて腰掛けた後、もう一度俺に視線を合わせた。

視線の高さを合わせたのは、こちらに警戒を抱かせないようにするためなのだろうか。

「ここは……?」

「うん、ここは私のお家よ」

即答せずに一瞬の間を空けて答える。貴女のお家であることはなんとなくわかっていましたが。

「……貴女は誰ですか?」

「私? 私の名前はルシィ。ルシィ・クライティ。……貴女のお名前はなんて言うのかな?」

「え、名前……」

思わず前世の名を言いたくなったけど……違う。

前世の俺はもう死んでいて、ここにいる俺は別物。

違うのだ。魂だかなんだかはしれないが、心は変わらずとも入れ物が違う。

「……レシア」

少し考えてそう呟く。名前が思いつかなかったからプレシアの"プ"を取っただけじゃないだからねっ。

「わかったわ。レシアちゃんね」

……ちゃん付けは少しやめて欲しいなーなんて思ったり。一応中身は男の子(21)なんで。

そんなことを考えているとルシィと名乗った女性が怪訝そうな表情になる。

「……レシアちゃん」

「は、はい……」

な、なんでしょう? どうしたんですか。

「ちょっと汚れてるからお風呂入ろっか」













~~~~~~~~~~~~~~~~~











というわけでお色気シーン満載のお風呂場。

うん、冗談。鏡に写るこんなちっこい女の子に色気なんぞあるわけがない。

もし色気を感じてしまう人は……世間の風当たりは強いと思うけど、頑張ってください。

そんな憂いを思いながら、ゴシゴシと力を込めて身体を擦る。

砂の上で寝ていたから、多少の汚れは覚悟していたけど……これはひどい。

いったん身体を洗うのをやめて、お湯を被るとご覧の通り。

俺の身体から流れていくお湯の色が茶。服を脱いだ時に、ズシャーとかいって砂が出てきたから覚悟はしていたんだけどね。

こんなのをベットに寝かせていた、ルシィさんベットの惨状は推して知るべし。

そんな風に身体を擦ってお湯を被るのを何回か繰り返すと、お湯の色が変わらないようになった。

「ふぅ。どんだけ汚れてたんだわたしは……」

うむぅ……ルシィさんには悪いことをしちゃった。

あの嫌がらせみたいな状況から助けてくれたうえ、風呂まで貸してくれたのに。今頃はベットの掃除で大忙しだろう。

感謝してもしきれない。……そういえばお礼まだ言ってないや。風呂から上がったらすぐに言おう。

「……ん?」

ふと、鏡に写る自分に違和感。チラッと視界に入ったのだがこれは……

「これ、傷跡?」

ちょっと気になったところを凝視してみると、そこには一筋の線のような裂傷があった。

よく自分の身体を観察してみると、あちこちに似たような傷がある。

決して目立つようなモノではない。目立ってたらとっくに発見していただろうし。

まあこの身体はクローン体だからね。作ってる最中に出来た傷なんだろ。

別に気にする必要は無い。服を着ちゃえば見えないとこにしかないし。

そう結論付けて風呂場から出る。砂で風呂場を汚したので、湯船に入る気にはなれませんでした。

「あら、レシアちゃん。もういいの?」

風呂場から出ると洗面所があって、そこにバスタオルを持ったルシィさんの姿。

これ以上貴女のお風呂場を汚す気にはなれません。

「はい。……あの、助けてくれてありがとうございました」

「そんなの気にしないでいいのよ。困った時はお互い様! って言うじゃないの」

そう言って笑いながらバスタオルを渡してくれる。ああ、なんて良い人だ。この人に幸あれ。

お礼を言いながらも、バスタオルで身体を拭く。女性に見られて羞恥プレイの如く非常に恥ずかしいので、身体を隠しながらね。

「……(どうしてこの子こんなに身体を隠すのかしら)」

「ルシィさん……あんまり見ないでください(こんなナリでも俺、男なんで)」

「ふふっ、女の子同士なんだから気にする必要は無いじゃない」

ルシィさーん俺男なんでーすって言いたい。でも信じてくれるワケないので言わない。

前世にはあったモノが今は無いし。こんな状態だと最悪精神病院に連れて行かれるかもしれないし。

そんなあって欲しくない想像を膨らましているうちに、身体を拭き終わった。えーと、服はどうしましょ。

「ルシィさん。わたしの服はどこですか?」

とりあえずバスタオルを身体に巻きつけてから聞いてみる。

「レシアちゃんの服は汚れてるから洗濯中よ」

すると人差し指を立てながら笑顔でのたまうルシィさん。にっこり笑顔が素敵です。

「というわけだからサイズは合わないと思うけど我慢してね」

そう言っておもむろに女物のTシャツを取り出す。ところどころひらひらしたフリル付き。

「じゃ、バスタオルはこっちにちょうだいね」

「え、ちょ待っ……!」

静止を試みるも俺は身体に巻きつけていたバスタオルを剥ぎ取られ、スッポンポンに。

「もう、気にすることないの」

「あうぅ……(恥ずかしい……見ないでください)」

両手を使ってなんとか身体を隠すも、抵抗空しくルシィさんは俺の両手を持ち上げバンザイの体制に持っていく。恥ずかし過ぎるので俺はもう顔を背けちゃった。

「……ッ(これは、傷跡?)」

え、ちょなんで人の身体を凝視しているんですかっ? 早く終わらせて欲しいんですけどっ。

「あの……ルシィさん?」

「いえ……なんでもないのよ(この裂傷は……鞭の跡ね……だからこの子こんなに嫌がってたんだわ……)」

そう言ってTシャツを俺に着せる。あ~恥ずかしかった。

「レシアちゃん」

なんでございましょう?

「ちょっと私とお話しようか」

「は、はい……」

なんだか表情が重い。やっぱりお風呂場を汚しすぎたみたいです。












~~~~~~~~~~~~~~~~~













さて、場所を移してルシィさん宅のリビング。

お茶の置かれたテーブルを挟んで俺とルシィさんは向かい合っている。

ルシィさんは先程から神妙な面持ちで言葉を発しようとして、思い留まるといった行動を繰り返している。

こちらから言うのもなんとなーく気が引けるので、とにかく待つ。

そんな状況が三分ほど続いたぐらいだろうか。

「レシアちゃん」

意を決したように、ルシィさんが先程思いついた俺の名を呼ぶ。

「どうしてレシアちゃんは……あんな場所にいたのかな? あんな人が入りそうじゃない場所に。よければ教えて欲しいな」

探るように、それでいて声色を柔らかく聞いてくる。

あんな場所、とは俺がリニスさんに転送された断崖に囲まれた場所のことね。

「……転送魔法で送られたんだと思います」

あの状況から察するにそれ以外は考えられない。

「そう……それじゃ、お母さんやお父さんはどうしてるのかな?」

「…………ぅ」

お父さんと言われて最初に思い出すのは勇者(笑)事件の親父の姿。……うわ思い出しただけで身体が震えてきた。

「ッ! ごめんなさい、なんでもないわ(震えてる……やっぱりあの傷跡は……この子、虐待されてたんだわ。そして、捨てられたのね……)」

そして沈黙が流れる。

ルシィさんは何か考えるように目を閉じたっきり動かない。

沈黙が場を支配して数分後、機械的な音声で沈黙は破られた。

『マスター』

隣の部屋からスティレットの声が聞こえる。おお、すっかり忘れてたよ。

「なんの音かしら?」

「わたしのデバイスの声みたいですね。ちょっと取って来ます」

そう言って立ち上がり、ベットにある部屋に行く。

俺が風呂に入っている間に掃除されたのか、ベットは既に純白の生地に戻っていた。

『マスター』

「ごめんスティレット、ちょっと忘れてた」

『忘れるなんて酷いです』

そう言ってテーブルの上で青く点滅する。拗ねているのだろうか。

「そんなに拗ねないでよ」

『拗ねてなどいません』

そう言って点滅速度を上げる。やっぱり拗ねてるね。

そんなスティレットを手にしてリビングに戻る。

「そういえば……レシアちゃんはそのコを大事そうに持っていたわね」

俺の手にしたスティレットを見て、ルシィさんが言う。もちろん大事ですよ。拾い物ですけどね。

「うん、問題無さそうね」

「?」

一つ頷きそんなことを言う。いったいなにが問題ないのですか。

「レシアちゃん。私、決めたわ」

「うぇ?」

唐突にそんなことを言うルシィさん。なにを思ってなにを決定付けたのか、今の俺には理解できない。

「貴女、今日からここに住みなさい」

…………はい?

「インテリジェントデバイスのマスターになれたんだから魔力もあるに違いないし、魔法学校にも通わせてあげるわ」

「あの……」

「大丈夫! 悪いようにはしないわ!(こんな子を放っておくなんて出来ないもの……!)」

えーと、なに? ちょ、ちょっと急展開過ぎてなにがなんやら……。

この勢いに圧倒され……気が付いたら、俺の名前はレシア・クライティになっていました。

戸籍とかその辺はどうしたんだろ……。



[5958] 序章 第4話
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/04 14:20
さて、俺がルシィさんに引き取られて二週間が経った。

俺は現在ルシィさんの優しさに甘える形で生活している。

衣食住全てをいきなり与えられて、さらにスティレットの整備をしてもらったりでおんぶに抱っこ状態。

こんなにしてもらって、ルシィさんに悪いな~なんて思ったり。そう思ったから掃除、洗濯とかの家事全般を手伝ってはいるんだけど……。

中身は二十歳過ぎた男なのだが、世間一般から見た俺は小学生にやっと入学したんだねぐらいの姿である。

それに俺がリリカルなのはの世界や事件を知っていたところで、日本の、それもごく限定的な地域での生活しかしたことの無い俺には、足りないものがあるのですよ。

それすなわち生活力。

ごく一般的な家庭かどうかは知らないけど、それでもそれなりに平穏な暮らしをしてきた人間が、いきなり今までと違う世界に放り込まれて生活出来るワケがない。

前世の姿のまんまだったら働き口を探すぐらいは出来たんだろうけど、いかんせん今の俺の見た目は少女……いやどっちかと言えば幼女と言っても過言ではない。

そんなんで働きたいんですっ、なんて言っても哀れみの目で見られるのがオチである。

つまり、俺は何かの庇護下に入らざるをえないというワケでして。

だから今しばらくはルシィさんの好意に甘えるしかない。ヒモとか思わないでね。

ルシィさん曰く「あなたはもう私の娘! さあ遠慮無く甘えなさいっ!」とのこと。この恩は何時か返させていただきますっ。

さて、話は変わるけど……リリカルなのはを見ていた人間ならミッドチルダという地域をご存知だろう。

ミッドチルダ――時空管理局の運営に大きな影響を持っている世界で、魔法文化が最も発達している世界なんだとか。

それとミッドチルダ式魔法の発祥の地。名前の通りだけど。

なんでそんなことを思っているのかというと……驚いたことにルシィさんはミッドチルダ在住で、しかも魔法学校の保健室の先生なんだそうです。

ミッドチルダに行きたいな~なんて思ってたけど、気が付いたらミッドチルダに居てビックリ。全部運なんだけどね。

それで……ルシィさんが言っていた魔法学校にも通わせてあげるとの言葉通り、俺は明後日にでも魔法学校に入学することになった。

そのことが確定した時の喜びといったらもう……思わず涙目になりながらルシィさんにお礼を言ったね。

そしたらちょっと複雑そうな表情をされた。喜び過ぎて引かれたのかも。

しかし入学と言っても、現在の季節は日本で言う秋。植物達が色付き始めた頃に入学するのだから、どちらかといえば編入に近い。

もちろん別の世界の学校に入学するのだから、当然のように問題が生じる。

いきなりこの世界に来た俺は、ミッドチルダの言語における知識が皆無。

当たり前だけど、ミッドチルダで日本語が共通語であるはずもないわけでして。一部地域では使われているとか聞いたけど、この世界ではマイナーな存在なので。

学校に行きながら学びなさいとのルシィさんの言葉を撥ね退け、俺はミッドチルダの言語を勉強した。

何故そんなことをしたかというと、理由は二つ。

一つは周りに迷惑が掛かるから。普通に入学した生徒なら既にある程度の言語の知識を得ているはず。俺の存在で授業が遅れるのは避けたいし。

そしてもう一つは魔法を早く学びたいからである。字が読めなきゃ教科書も読めないどころか、魔法を勉強するなどとても無理。

やっぱ魔法とか撃ってみたいし……この先絶対に必要にもなるしね。

そんなワケで、学校の授業でちんたら学んでいくよりも、短期集中学習のほうが効率的だと判断。

そんなことを考えて勉強するとあら不思議、もう本が読めちゃうわ。さすがに分からない単語が出てきたらルシィさんに聞いたんだけれども。

昔に見たテレビの番組で、英語をマスターするのに1~2年、日本語は10年とか聞いたけど、案外なんとかなるもんだね。

まあこの身体の脳がまだ幼くて、与えられた情報を記憶しやすいってのもあったのかも。

まあ、以上の理由で俺は学校に行くのが二週間遅れました。

言語云々の話はここまでにして。

一般的に、魔法学校へ入学するには必要なモノがある。

それは魔法学校で重点的に学ぶ魔法――それを行使出来るかの魔法資質である。

魔法資質がない人間が、魔法学校に入ったって意味が無い。

それで一週間ほど前に、それの検査に行くことになって……魔法学校専属の病院みたいなところに。

ルシィさんが言うには簡単な検査らしいのだけど……ちょっと怖い。注射とか大嫌いなんですよね。

そんな俺の想像は外れて、検査事態は至極簡単に終わった。

検査結果は資質あり。やったね。

それでルシィさんと二人、ホクホク顔で帰ろうとしたところにストップがかかる。

帰ろうとしたルシィさんと俺を引き止めた理由は、なんでも詳しく検査したいとのこと。

正直……このことを言われた時は、何か変な病気でも見付かったのかと冷や汗が出たけど、単純に魔法資質以外に魔力出力値や保有量の検査もしたい。と言われてちょっと安心。

何故慌てているのかわからなかったけど、とりあえず受けてみることに。

この検査事態も簡単で、ハンディスキャナみたいな機械であっという間に終了。

その結果――


平均魔力出力値55万。
最大魔力出力値103万。
本人の成長に伴いさらなる上昇の可能性が高い。


――というかなり高スペックであることが判明。この身体が誰のクローンかはわからないけど、これは嬉しい。

九歳時点でのなのは(平均127万)やフェイト(平均143万)と比べると多少見劣りする感じはあるけどね。

まだ成長の可能性もあるらしいし。うむぅ……これで俺の管理局入りの夢が現実味を帯びて来た。

そんな先のことは後に考えるとして、ひとまず俺が魔法学校に入学するのに必要なものは全て揃ったと言える。

「レシア~ご飯よ~」

「あ、はーい。今行きま~す」

う~ん、魔法学校が楽しみだ。












~~~~~~~~~~~~~~~~~













「レシア~準備は平気~?」

「ん……大丈夫~」

さて、日本には無いミッドチルダの文化の中で暮らしていると、何もかもが目新しくて、時間がやたらと早く感じる。

そんなこんなで、あっという間に時間が過ぎて本日初登校。

うぐぅ……前世で何回か転校したから慣れてるとはいっても、面識の無い大多数の人間の中に飛び込むのは……やっぱり緊張するもんだね。

『マスター、緊張していますね』

そんなことを思っていると、ネックレスのようにして首から下げたスティレットが声を上げてきた。

「スティレット……余計なこと言わないで。緊張しているのなんてバレたら義母さんがなにしてくるか……」
                   
ちなみに俺はルシィさんのことを義母さん〈かあさん〉と呼ぶ。

最初はルシィさんだったのだが「私達は家族っ! 他人行儀な呼び方は許しません! 敬語も禁止!」の一言でこれに落ち着いた。

当然俺の感覚としては有り得ざることなので、ちょっと直すのに時間が掛かった。

今では呼び方も、敬語で話さないのも、なんとか慣れたから問題無い。俺の一人称と同じく脳内ではルシィさんだけども。

さて、そんなルシィさん。なんというか……コミュニケーションが非っっ常に激しい性質なので、ちょっと困っちゃうなーなんて。

毎朝これはおはようの挨拶よとか言って頬っぺたにキスするわ、何かにつけて抱きしめるわ、風呂も一緒に入って来ようとするし。

あと俺のこの身体は、三半規管がまだ未熟のようで大変転びやすい。前世と体格が著しく変わったってのもあるのだと思うけれども。

それで……魔法資質の検査のために外に出て、歩いてる最中に転ぶとさあ大変。

「きゃあああレシア可愛いいいっ!」とか言って人目なんぞお構い無しに抱きしめて、高い高いのコンボを繰り出してくるのである。

それ以外にもコンボも経験したけど……恥ずかしいなんてモンじゃないですよ?

これは俺の精神が見た目相応だったら許される行為であって、既に心は成人している俺にとって拷問でしかない。

で、やめてと何とか抵抗の意を示したところで「照れてる照れてる可愛いいいっ!」とかなって悪循環。どないせーっていうのさ。

結局のところ……ルシィさんが落ち着くのを待つしかないという結論に至った。くそぅ。
これがカルチャー・ショックと言うものなのかもしれない。ヤック・デカルチャーでもいい。

意味合いは多少違うけど、どちらも俺の心情を表してくれてるしね。

そんなコミュニケーションの塊のルシィさんに、緊張しているなんてバレたらどんなコンボが繰り出されるか……。

「いい? スティレット。君もインテリジェントデバイスなんだからね。マスターの不利になるようなことはしちゃダメだぞ」

だからスティレットに釘を刺しておく。いや本当に恥ずかしいんですからね。

『………………了解です。マスター』

ちょっと意味深に空いた間が気になるけど、一応これで大丈夫だろう。

「レシア? なに言ってるの?」

「うっ、なんでもないよ。うん。スティレットと話してなんかいないからね」

「ふ~ん」

なんでもないと言ったあたりで疑惑の目で見られたから、多少の誤魔化しを混ぜておく。これでバレないはずっ。

「ねえスティレット、レシアとなにを話してたの?」

「うぐぅっ、ちょ義母さん! わたしスティレットと話してないって言ったよ!」

「うふふっ、そんなんじゃ話してましたって言ってるようなものよ?」

うぬぅ……なんて鋭い人だ。感付かれた以上、スティレットが余計なことを言わないことを期待するしかない。

『……特になにも』

「ふ~ん……そうなんだ、へえ~、誰がスティレットの整備をしていると思っているのかなぁ?」

『マスターは学校に入学することに緊張しているようです』

「スティレットが裏切ったあああっ!」

ちくしょう! 整備して貰えなくなるからってスティレットに売られた! 

『私が整備されなくなったら、マスターが不利になると思い発言しました』

「変なところで知能を発揮しないでいいからね!?」

そんな風にツッコミつつルシィさんを見ると、既に手に持った荷物を放り投げ……俺に手を伸ばしていた。

「レシアあああ緊張してるなんて可愛いいいいっ!」

ああ、もう好きにしてくださいな…………はぁ。

…………若干の諦めを顔に浮かべつつ耐える。

ルシィさんが五分ほど俺を弄んだあと、ようやく離してくれた。

なんだかんだあったがまだ家すら出ていない。

まあルシィさん宅から、学校まではかなり近いから問題無いけれど。大人なら徒歩十分前後。俺だと二十分近くかかるけどね。

靴を履いて、筆記用具とか入った鞄を片手に持ち、さあ出発というところでルシィさんに右手を取られた。

「また転んじゃうかもしれないから、手を繋いで行きましょう」

「……大丈夫だからっ」

そう言ってルシィさんに手を離して貰う。やれやれといった視線で俺を見下ろすルシィさん。

『マスター、無理はしないでください』

「無理なんかしてない」

実はこのやりとり、出掛けるたんびにやってるのである。

なんというか……出掛けるたびに転んで、ルシィさんにハグされているうちに意地になってきちゃいまして。

今日こそは転ばないでルシィさんを見返してやるっ……といった感じ。

「はいはい、それじゃあ頑張ってね」

俺の意地を見透かすようにして、微笑むルシィさん。

ルシィさん、見ているがいいっ……俺は今日、絶対に転ばない……!

目線と同じくらいの位置にあるドアノブに手を掛け、玄関を開く。

第一歩を踏み出し…………

「うぶっ」

玄関にあるちょっとした段差を失念していた俺は、呆気なく転んでしまった。

慌てて立ち上がり後ろを見ると、ルシィさんがそれはもう大変ステキな笑顔でいらっしゃった。










<ルシィ・クライティ>



私が抱きしめると、レシアは顔を真っ赤にして恥ずかしがる。

……ああ、なんて可愛いのかしら。

出掛けるたびに転ぶレシア。危ないから手を繋ぎましょうと言っても、意地になって繋いでくれないのも可愛い。

私が学校に出掛けているうちに家を掃除してくれたり、家事を手伝ってくれたりもして、とっても良い子。

恥ずかしがりやで、ちょっと意地っ張りなんだけど、この子はとても聡明な子。

この子は今六歳と言っていたけど……とてもそうとは思えないほど落ち着いていて、大人びているし、頭もとても良い。

この歳なんだから文字がわからないのが普通。実際わからなかったけど。

だから学校に行って、授業で学んでいきなさいと言ったら、ものすごく勢いでダメだと言われた。

――わたしのせいで授業が遅れるのはイヤ――

とても六歳児の発言とは思えない。この年頃の子は、物事を自分中心で考えるはずなのにね。

それで私が教えることになったんだけど……二週間で大人が読むような本まで読めるようになった。

とても、子供の理解力とは思えない。

可愛くて、とっても良い子で、頭もよくて――いったいなんの不満があってこの子は捨てられたのだろうか?

顔も知らないが……レシアの親には腹が立つ。

もしかしたら、そいつらの影響でこんなにも大人びてしまったのかもと思ってしまう。

もしそうだとしたら……いや、もうこのことを考えるのはやめておこう。

なんにせよ、今のこの子は笑って暮らせているのだ。なら、それで良い。

「さ、もうすぐ学校に着くわよ」

「うん。……うぶっ」

あ、また転んだ。









<レシア・クライティ>



ルシィさんに散々と弄ばれたあと、ようやく登校することになり、学校に着く直前まで行って……はぁ。また転びましたよ。

で、当然ルシィさんにアレされてワケです。ちくしょ。

そんな過去の醜態は忘れるとして、辺りを見渡す。

身体が小さくなったからか、道行く人々やちょっとした木がとても大きく見える。

考えると……昔の俺はだいぶ成長してたんだなぁ。小学校のグランドに高校生ぐらいになってから行くと途端に狭く感じたし。

今はあの時と逆の状態。本当にいろんなものが大きく感じてちょっと新鮮。

そんなことを考えながら、魔法学校の門を越え、俺はグランド内に入った。

魔法の訓練などをする為なのか、そこらの学校より一回りは広い。このグランドの外周を回るだけで何分掛かることやら。

それ以外にも……寮やら専門の施設やらで建物もいっぱいで、なんかこの学校が一つの国に思える。ちょっと誇張が入っているけど。

「まずは職員室に行くわよ。付いてきてね」

そう言ってルシィさんが歩き出す。俺の歩調に合わせて、ゆっくりと歩いてくれるルシィさんの細やかな気遣いが嬉しい。

俺が通う魔法学校だが……今の時間帯はまだ人は少ない。

まあ余裕を持ってかなり早く来たからね。現在時刻七時十分。そんで授業開始が九時。人が少ないのも頷けるよね。

さて、ミッドチルダの魔法学校は初等部と中等部に別れている。

それぞれ日本で言う小学、中学と考えて差支えは無い。

そして初等部が五年制、中等部が二年制とやや日本の学校とは違う。

ちなみに、成績優秀者は飛び級が可能で、その気になれば2~3年で卒業出来るとのこと。

俺が編入するのが当然初等部。しかも検査の時に六歳って言ったから最下級学年。早く飛び級して、高度な魔法を学べたらいいね。

そんなことを想像しつつ、歩いてたら職員室に着いて……俺の担任になる先生に挨拶。時間があるから八時過ぎまで、時間を潰してきなさいとのこと。

それで俺が向かったのが、図書室である。

当然ながら場所を知らないので、ルシィさんに案内してもらい別れる。

ルシィさんも仕事があるから、俺ばっかりに構うわけにもいかないし。

図書室から職員室までの道順も覚えたし、迷子になることはないと願いたい。

魔法に関する本も読みたいし、今後お世話になるだろうね。

さて、そんな感じで図書室のドアを音を立てないようにスライドさせ、中に入る。

……が、そんな気遣いはいらなかったようで、誰もいない。

時間が時間だし、当たり前なのかな。

朝の明瞭な空気と、図書室特有な雰囲気があいまって心地よい。

それにしても……広いなぁ。

それもそのはず。図書室なんて言ったけど、建物自体が教室なんやらがある建物と別なので……表現としては図書館が正確だね。

そんな図書館、本の数は十万どころじゃ足りないかも。

数えるのが馬鹿らしくなるくらい、本棚がたくさん並んでる。

さて、図書館の考察は置いといて。

あと一時間もあるんだし、適当に本を選んで時間を潰しましょうか。

適当に目に入った本を手に取る。背が低いから……高いところの本が取れなくて、選択肢事態は少なかったけどね。

選んだ本を持ち、窓際かつ端っこの席に陣取る。

座った席は、窓から薄く陽光が差してきて……なかなかリラックス出来る。うん、次回来る時もこの席に座ろう。

しかし一時間とは長いようで案外短い。

そのことをちょっとだけ考慮して、なるべく薄めの本をチョイスしておいた。まあ実際パッと見で選んだからあんまわかんないけど。

さて、読書スタートといきますか。

……と思ったところで静寂を保っていた図書館に異音が響く。

カラカラと控えめにドアをスライドさせる音。ふむ、俺以外にも暇潰しに来た人が居たか。

何気無しに開いたドアを見て…………え?

見覚えがある。

入ってきた人物を、俺は見たことがある。

あの民族衣装。茶に近い髪の毛。

民族衣装と言ったら、そう。スクライア一族なワケでして。



つまり――ユーノ・スクライアがそこに居た。



お、おお、おおおおお――――っ!

きたきたきたっ! 原作キャラ登場ですよっ!

ユーノっていったらあれですよっ、結界魔法とかが得意で、スクライア一族で、ジュエルシードをあれしちゃうんだけど……っていうかこの魔法学校に通っていたんだ!

う~ん話し掛けようかなっ。あ~でも緊張するしっ。どうしましょっ?

こんなに慌てたのは久しぶりかも。いやだって憧れていたアニメのキャラに実際に会えたんだからね? もう嬉しくって!

ん~ユーノも勉強しに来たのかな? 確かユーノは飛び級で卒業したっていうし。頑張ってるんだろうな~。

あ、こっち見た。それで視線も合って、なんかもう俺嬉しくなって笑い返しちゃいましたっ。えへっ。

「……(ニコッ)」

「……!?」

……あ、本持ってどっか行っちゃった。まあ、初対面でにこやかに笑われても対応に困るよね。

いや、しかしこれはラッキー。まさかこんなところで原作キャラに会えるとは。

うん、これは良い学校生活が送れそうっ。

それで……その後、終始ニヤニヤしながら読書してたらあっという間に一時間が過ぎました。


「……(さっきの女の子、なんて綺麗な笑顔なんだ……)」












~~~~~~~~~~~~~













さて、ユーノとの出逢いがあった図書館を出て、職員室に着くと……ルシィさんが声を掛けてきた。

「あら、レシア。なんか良い事でもあったの?」

「え?」

うむぅ、なんとも鋭い御人である。なんでと聞くと顔に書いてあるわとのこと。そんなにニヤけてたと思うと恥ずかしい。

「じゃ、後はあの先生に付いて行けば大丈夫だからね」

「ん、わかりましたっ」

キーンコーンと前世で聞きなれたチャイムがなる。

現時刻八時半。時間から察するに多分予鈴。それにしてもこの音はどこ行っても共通なのかな。

「それじゃレシアちゃん。先生に付いて来てね」

俺の担任になる先生が、優しく微笑んでから歩きだす。

どうせクラスに着いてからやるのは……自己紹介なんだろうね。名前間違えないようにしないと。

職員室から歩いて二分ほどの距離に、俺のクラスはあった。

まず最初に先生が先行してクラスに入って、俺は先生に呼ばれたら入るというお馴染みのパターン。

人生で三回目かな~なんて、どうでもいいことを考えつつ待つ。うむぅ……やっぱり緊張する。

「それじゃあみんなの新しいお友達を紹介しま~す! レシアちゃ~ん、入って来てくださ~い」

その言葉にちょっと脱力。いやまあこの身体の年齢を考えれば、正しいんだろうけどさ。

カラカラとドアを開く。注がれる興味満々の視線がちょっと恥ずかしい。

さて、俺の学校生活の始まり始まり……ってね。




[5958] 序章 第5話
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/04 14:34
<ユーノ・スクライア>



最近、勉強に身が入らない。

魔法学校の寮に設けられた僕の部屋。その部屋の中、僕は形だけ机に向かっている。

今日出された宿題を広げてはいるが、ペンは遅々として進まず、宿題は一向に終わる気配が無い。

時計の針が定期的に音を奏でる。窓からはあと少しで夕暮れといった程よい明るさが差し込んでいて――

カチッと時計の長い針が高い音を出した。

――だめだ。

これ以上やっても終わる気がしなくて、ペンを置く。

宿題を机に出したまま立ち上がって、僕はベットに身を投げ出した。

「……はぁ」

思わず溜息が出る。何をやっているんだ、僕は。

こうしている間にも時間は確実に進んでいるっていうのに……。

僕はスクライア一族のお金で学校に通わせて貰っている。僕個人のお金じゃない。

みんなに迷惑を掛けて、この学校に通っているんだ。

スクライアのみんなは"子供がそんなこと気にするんじゃない"なんて言って笑いながら見送ってくれたけど……。

幸いこの学校には飛び級制度がある。たくさん勉強して、飛び級して、早く卒業してみんなの役に立ちたい。

だから、僕は時間を無駄にしちゃいけない。そう、いけないんだ。

一生懸命勉強して、魔法を覚えて、それを先生に認めて貰って、飛び級して、スクライアのみんなの元に帰る。

そのためにはこんな風にしている余裕など無い。


それなのに――――


――――頭の中にはあの子の笑顔で埋まってしまう。

一ヶ月前に図書館で会った……いや、目が合っただけの女の子。本当に綺麗で、でもどこか儚いような……そんな笑顔。

あれ以来、その子のことで頭が埋め尽くされてしまう。

……もしかしたら、これが一目惚れなのかも。そんなことを考えてしまうほどに。

僕は気になってしまい、彼女にことを調べ上げた。

わかったことは……名前はレシア・クライティ。学年は僕の一つ下。一ヶ月前にこの学校にやってきた。

"クライティ"というセカンドネームを何処かで聞いたな……なんて思っていたら、この学校の保健室の先生の名前。

以前、僕が怪我をした時に優しく治療してくれた。金髪と青い瞳が印象的な人だった。

髪の色とかが全然違うけど、レシアちゃんはルシィ先生の子供なのかも。

そんなレシアちゃんは……放課後はよく図書館を利用している。

初めて会ったのも図書館だし、僕もよく図書館を利用しているから放課後に会うことも多い。

彼女に会えるかもしれない――そんな理由で、最近僕が図書館を利用する割合は増加するばかりだ。


――ああ、今日も行ってみようか。


どうせ宿題も進みそうにないし、いや、宿題が進まないから図書館に行くんだ。わからないところは調べないと。

そう自分に言い訳をして、僕は部屋を出た。









<レシア・クライティ>



俺が魔法学校に入学してから一ヶ月が経った。

人間は普段どのような感情を抱きながら生活しているかによって、時間の感じ方は変わるモノである。

上向きの感情を持っていれば、時間は矢の如く過ぎて行き。下向きの感情だったのなら、時間は鈍く滞る。

……まあ、単純に言えば時間って楽しければ早く、つまらなかったら遅く感じるよねーということである。

ちなみに今の俺が抱いている感情は前者。最近はもう楽しくて楽しくて仕方が無いのです。

なにが楽しいかって、魔法を学べるということに尽きる。

人間だったのなら……一度くらいは魔法を使いたいと思ったことがあるだろう。

空を飛んだり、ビームを撃ったり。その他諸々。

それを実践しているのだからもう……たまりません。

実際のところ、初等部の学ぶことなんてそこらの小学生と変わらないんだけどね。

魔法を使うにもまずは心構えから――てな感じで、道徳の授業に近いかも。

割合的に普通の一般常識を学ぶのが八割、魔法を学ぶのが二割、と言った感じです。

一般常識なんて言っても……それこそ普通の学校とほとんど同じと考えて、まったく問題無い。

ミッドチルダ語が日本で言う国語。あとは普通に算数、社会、道徳、体育といった感じ。

今言った五科目と魔法が俺の必修科目にあたる。

一応、理科とか家庭科とか音楽とか……副次的なものもあるっちゃあるんだけど、それはそれ。

魔法学校は魔法を学ぶ所。それらの授業を受けたい人は好きに受けてくださいね、といった感じで。まあ所謂選択科目みたいな扱い。

当然俺はそんな授業を受ける気はありません。家庭科や音楽には興味が無いし、理科なんかは教科書見たら全部知ってる事だった。

それもそのはず。一応俺は元大学生。大学生の学力を舐めてはいけません。

それと同じ理由で……算数も簡単過ぎる。

俺が今居るクラスは初等部の一番下の学年である。つまりは日本で言う小学校一年生。

小学校一年生なんて、いちたすいちはにーとか言って喜んでいるお年頃。そんな算数の時間は、二十歳過ぎた俺にとって無為な時間でしかない。

まあ算数の授業中は、図書館で借りてきた本をずっと読んでますが。

だからといって授業がイヤなわけではない。

あれだね、ある程度成長した人間なら昔を振り返ると良かったな~と思える時があったと思うのですよ。

経緯はどうあれ、小学校に戻って来た俺は何気ない授業が楽しく思えちゃうワケでして。

さて、そんな俺の一番の楽しみはやっぱり魔法を学ぶ事。

もちろん初等部からまともな魔法が学べるワケが無い。

最初の魔法の授業を要約すると「魔法は危険なモノですよー、だから気を付けて使いましょー」ぐらいなもの。

多分に、新しく来た俺を気遣ってくれたのだろうけど。

その後の授業である程度進んだけれど、念話とかの簡単な魔法しか習ってない。

当然物足りないので、図書館での独学学習を強行しているワケです。

独学と言っても、やることはデバイスにプログラムを入力したりするだけ。

最近その成果が出たのか、空を飛べるようになりました。念話は授業でやったから出来るし。次は攻撃魔法あたりやってみたいかも。

さて、そんなことを考えていたら午後の授業も終わり、現在放課後。さて、どうするか……。

「レシアちゃん、これからひま?」

そんな放課後の予定を決めかねている俺に、話しかけてくる女の子が居た。

彼女の名前はクレイン・ティエスタちゃん。一応俺と同い年で六歳。

どうやら俺は彼女に懐かれてしまったようで、よく行動を共にする。まあ一緒に昼ご飯食べたり、グループ作って~とか言われた時に真っ先に組んだりしたり。

思い返してみると、この一ヶ月間で彼女以外にも懐かれてる気がする。

一応見た目はアレでも中身は大学生、低年齢層の集団の中で、俺は一人だけ妙に落ち着いているワケでして。

その落ち着きを感じ取った周りの子供達が、俺のことを頼れる人間だと思ったみたい。

そういえば休み時間中、一人で居た記憶もあんまり無いし。まあ懐かれて嬉しいという感情が無いわけじゃない。……ロリコンとか思ったらイヤですよ?

その子供達の中でも、一番一緒に居るのがクレインちゃんである。いつもこうして放課後になって暇? と聞かれる。その後はだいたいが図書館に行ったり、遊んだりしたり。

「どしたの? わたしはこれから暇だけど……」

「やった! じゃあ図書館に行こうよ!」

「ん、りょ~かい」

そんな風にして、肩まで伸ばした亜麻色の髪を揺らすクレインちゃんに引っ張られ、図書館に向かった。












~~~~~~~~~~~~~~~~~~













さて、そんなこんなでユーノと出会った思い出の図書館。

最初はユーノと出会えて嬉しかったけど、どうやら俺とユーノは学年が違うらしい。

詳しく調べてみたところ……ユーノは俺の一個上の学年で七歳。成績優秀で飛び級する気なんだとか。思わず頑張ってるなあと関心しましたよ。

そんなユーノ、なかなかの頻度で図書館を利用している。なんだかんだで図書館に来ると絶対見かけるし。

図書館は勉強をするのに最適な環境だし、それでよく来るんだろう。

話してみたいんだけど、まだ話したことは一度も無い。だって勉強の邪魔しちゃ悪いしね。

さて、そんな図書館を放課後に利用する人はそこそこ。それに来ている人の年代はバラけている。各世代の勤勉家が集まっているのかもね。

そんな図書館の中、俺とクレインちゃんは各自に本を取ってきて後に窓際の席を確保。向かい合う形で座った。

「今日はどんな本を読むの?」

「えっへへ~、今日はこれ!」

何気なしに聞いてみると、クレインちゃんは嬉しそうに表紙を見せてくれた。

表紙に描かれているのはシチュー。端的に言って料理の本であることはあきらかです。

「クレインちゃんって料理出来たっけ?」

「あたし? できないよ。できないから本を読んでがくしゅーするの!」

そう言って本を開く。元気良く本を読んでいる……と言ってその光景を想像出来る人は少ないかもだけど、クレインちゃんの場合はそう表現するしかない。

なんというか、身に纏っている雰囲気が活気に満ち溢れているから、そう思ってしまうのですよ。

さて、そんなクレインちゃん。実のところなんにでも興味を持ってしまう女の子なのだ。

前回来た時は生物図鑑。途中で飽きてたけど。さらにその前は数学の参考書。全然わかってなかったけどね。まるで統一性が無い。多種多様な興味は子供故のモノなんでしょうが。

「レシアちゃんはどんな本を読んでるの?」

クレインちゃんが聞いてきたので、表紙を見せる。

「う……むずかしそう」

「ん、そうかもね」

俺が現在読んでいるのは、攻撃魔法のプログラムに関する本。通常六歳が読むような本では無いから、難しく見えて当然だろう。

その後は料理の本を読んでいるクレインちゃんが、あれこれと聞いてくるのに相槌を返しつつ……時間が過ぎていく。

本を読み始めて一時間ぐらい経ったころだろうか。

「そういえば、レシアちゃんって料理できるの?」

「わたし?」

クレインちゃんが唐突にそんなことを聞いてきた。

「うん。レシアちゃんならなんでも作れちゃいそう」

純粋な瞳でクレインちゃんが見つめてくる。ふむ、料理ね……。

まあ、一言で言ってしまえば出来ない。

生まれてから二十余年。学校の調理実習以外で料理なんぞしたこともないのですよ。

「わたしは料理なんて出来ないかな」

だから素直に言っておく。俺ならなんでも出来るみたいに思われるとさすがに困るし。

「そうなんだ……」

あああ、あからさまにガッカリしないで。ちょっとなんとも言えない気分になるから。

「でも、料理とか作れないとお嫁さんになった時に大変だよ?」

いや、その……お嫁さんになる気なんて欠片ほどもないから大丈夫。うん、問題無い。

「女の子は料理ができないとダメ! ってお母さんも言ってたし……」

いや男なんです。……といっても信じて貰えないだろうね。

「クレインちゃん」

「ぅえ? なにレシアちゃん」

どうやらクレインちゃんは俺に料理をさせたいらしいのだけども、俺は料理をする気は無い。

それに……先程から攻撃魔法の本のページを進めたくてしょうがない。

相手がかつての同級生だったら、うるさいよの一言で終わりなんだけど、クレインちゃん相手にそんな無碍に言い放つことなど出来ない。

というわけで女の子は料理が出来ないといけない、というのが間違いだということを優しく諭すことにする。

「別に女の子は料理が出来なきゃいけないワケじゃないんだよ」

「……そうなの?」

「うん。確かにお嫁さんになった時に料理が出来ないと不便かもしれないけどね。でもね、お嫁さんが料理を作れなかったら、旦那さんが作ればいいんじゃないかな? ほら、夫婦は支え合って生きていくものだし」

言ってて自分を殴りたい衝動に駆られるっ。だけど、ここは我慢しないと。

「ん~、じゃあレシアちゃんは料理のできる人と結婚するの?」

「……今の理屈でいけばそうなっちゃうね」

というか、絶対に結婚なんてしないだろうね。男と結婚するなんて考えたくも無い。

「そっか、夫婦で一緒にがんばっていけばいいんだね」

「そうそう」

おお、クレインちゃんが納得してくれたみたいでなによりです。

さて、そんなやりとりをしつつ読書を再開……といきたいところだけど、気付けばもう四時半。良い子は帰る時間です。

「クレインちゃん、そろそろ帰ろっか」

「え~」

ちょっと不満気なクレインちゃんを宥めつつ、攻撃魔法の本を借りるため、図書館のカウンターに行く。

出されたプリントにサインして、返却は一週間以内にというカウンターに居た人の言葉に笑顔で答えて……図書館を出ようとすると、そこには見慣れた民族衣装を着た……ユーノがそこに居た。

「あっ……」

目が一瞬合ったんだけど、ユーノはすぐに行ってしまった。うむぅ……少しは話したいんだけどな。

それにしても勉強してたんだと思ってたけど…………なんでユーノは料理の本なんて持ってたんだろ?











~~~~~~~~~~~~~~













「ただいま~」

気の無い帰りの挨拶と共にルシィさんの家のドアを開ける。一応自宅なんだけど……深層心理では慣れないもんだね。

俺が玄関で靴を脱いだ辺りで、家の奥から┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛という足音が聞こえてきた。

ああ、この足音はアレだね……と悟りきった僧のような気持ちになる。

「レシアあああおかえりいいい待ってたわああああっ!」

当然足音の正体はルシィさん。この異常なテンションの上がり方は……やっぱりアレか。

先程からアレアレと代用語を使っているけど、ルシィさんが荒い息をしながら持って来たモノを見たら、アレというものがよくわかると思う。

ルシィさんが俺の目の前に立つ。その手に持っているのは……ひらひらとしたフリルがいっぱいの黒いお洋服。

まあいわゆるゴスロリという服なわけですよ。

ルシィさんに引き取られて二ヶ月近く経ったのだけど、時折ルシィさんは俺を着せ替え人形みたいにして、いろんな服を着せて遊ぶという、恥ずかしさ満点の羞恥プレイを強行してくるんです。

今まで着てきた服は……うわ思い出したくもないよ!

当然の如く遠慮したいんだけど、抵抗すればよけいにルシィさんに火を点けることになるので、これまた大人しくしているしかない。ちくしょ。

「さあレシアっ、早くこっちに来て!」

「は~い……ってちょっと待ってその手に持ったカメラはなに!?」

「え、コレ? だってレシアが可愛いから、ちゃんとカメラに残しておきたいじゃない」

「義母さんそれだけはやめてえええっ!」


…………その後、俺の人生に残るであろう黒歴史が形となって残ってしまった。くそぅ……。



[5958] 序章 第6話
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/04 23:54
<レシア・クライティ>



春眠暁を覚えずではないけれど、なかなか眠気の治まらない今日この頃。

まあ眠気が治まらないのは、先日借りた攻撃魔法の本が原因だけどね。昔から興味が出たものに、ひたすらにのめり込んでしまうタイプの人間だったから、つい夜更かしもしてしまう。

それが魔法となれば……思わず張り切ってしまう気持ちを理解して貰えると思う。

えーと、たしか期限は明後日までだったっけか。忘れないようにしないと。

のそのそと緩慢な動きでベットから這い出し、思わず倒れそうになりながらも、なんとかテーブルに辿り着いてそんな事を考えていた。

「こらレシア。夜更かししたわね?」

そんな本の心配をしている俺に、ルシィさんがトーストの乗った皿を運びつつ諌めるような口調で言う。

「うぐぅ…………」

「まったくもう。昨日言ったでしょ? 早く寝なさいって」

「だって……」

「言い訳しないの」

「…………ごめんなさい」

たしかに昨晩、ベットの中で本を広げている俺にルシィさんが言っていたよーな気が……正直、本に夢中になっていたので曖昧なんですけどね。

でも聞いたような記憶もあるし、素直に謝る。自分の非は認めていかないと。

それに実際半端無く眠い。さすがにこの身体での睡眠不足は結構な負担になるなあ……。

うん。これからはルシィさんの言う通りにしてもう少し早く寝よう。

ルシィさんが「わかればよし」と笑顔で頷いて、イスに座る。

今日の朝食はトーストにスクランブルエッグ、サラダ。まあ一般家庭のメニューです。

「……いただきます」

「はい、いただきます」

それでご飯を食べ始める挨拶をして、朝食を取り始める。

特に会話も無いが、居心地の悪い沈黙ではない。こういう雰囲気って良いよね。

トーストに噛り付き、ちょっと詰ったから牛乳で飲み下す。そんな俺を、ルシィさんは湯気の立ったマグカップ片手に微笑みながら見ていた。

しっかしルシィさんはコーヒーなのに、なんで俺は毎回牛乳かな? 別に牛乳が嫌いなワケではないんだけどさ。

前に俺もコーヒー飲みたいって自己主張したんだけれども、ルシィさんは「レシアにまだちょっと早いわねー」って取り合ってくれない。

見た目はこんなんだけど中身は大学生なのに……。たまにはあの苦味を堪能したいものですよ。

「そういえば……」

ルシィさんが何かを思い出したかのように呟く。

「どうしたの?」

「ん~、そういえばそろそろ文化祭の季節だなーって」

「……文化祭なんてあるの?」

「あら、知らなかった?」

「うん」

ええ、まったくもってご存知有りませんでしたとも。

しっかし文化祭ねえ。魔法学校の文化祭……どんなことやるんだろ。

魔法学校なんだから、やっぱ魔法をふんだんに使ったド派手なショーみたいな事でもするかもね。

…………おお、想像したらワクワクしてきた。

「……(ニヤッ)」

「……!」

だ、駄目だ……笑うな……堪えるんだ……いくら楽しみだからって笑うなって。傍から見ればいきなり笑い出す変人に……

「レシアあああ嬉しいのが顔に出てる可愛いいいいっ!」

「ちょ熱っ義母さんコーヒーこぼれてるってえええっ!」













~~~~~~~~~~~~~












「それじゃあ、これから私達のクラスが文化祭で何をするか決めたいと思いまーす!」

さて、そんなこんなで現在HR〈ホームルーム〉の時間。なにをするかは今壇上にいる先生が言ってくれました。

実際はこれから午後の授業が二時間分あったんだけど、今日はそれを取り止めてHRが二時間続きに変更。

俺としては嬉しい限りです。その理由は簡単、午後の授業である体育が潰れるからである。

別に運動は嫌いじゃないんだけど……俺が未だにこの身体に慣れないもんだからもう転びまくりで。

一ヶ月もすれば慣れるだろ……なんて思っていたけど、やっぱり二十余年に渡って使い続けた感覚はそうそう抜け切らないらしい。

日常生活は問題無いんだけど、普段しないような激しい動きをすると、やっぱり身体と感覚に齟齬が発生してしまう。

だから体育を本気でやると転ぶし、手を抜くと面白く無いから苦手意識が芽生えてしまった。

さて、そんな自分の身体云々はどうでもいいとして。

昼休みに魔法学校の文化祭について調べてみたところ、期待していたド派手なショーみたいなモノは無いようだ。

それもその筈。魔法は本来危険な力であり、学生のうちはそれを使いこなせていないと判断されているためである。

管理局では稀に魔法を使ったPR活動を行っているらしいけど、この魔法学校ではそういったものは皆無。

まあ人間としても未完成な時期な年齢の集団に、魔法を使ったショーの許可が下りるワケが無いよね。ちょっと残念だけど。

そんなわけで魔法学校の文化祭と言っても、日本で行うそれと大差無いらしい。

魔法が使えないから、しょうがないんだけど……期待していた分、肩透かしをくらった気分。

「それじゃあ何がやりたいかみんなで相談してくださーい!」

そんなちょっと低迷気味な気分の俺を他所に、先生のその言葉を受けてそれぞれが仲の良い人間同士で集まり始めた。

先程までは落ち着いていたものの、やはり幼い子供達。自由な時間を得ればまさに水を得た魚の如く騒ぎだす。

このぶんじゃ意見は出るけど、纏まりそうには無いないかもしれない。ちょっと先生も困った顔してるし。

まあ文化祭で何をやるかはもう何でもよかったので、俺はそんな騒ぎに耳を貸さずに、攻撃魔法の本を取り出す。

うーん、文化祭は「魔法を使って何かやりましょー」と言われたら率先して参加したんだろうけど。

雑音というより騒音に近い声があちこちから上がっているが、極力それを意識しないようにして栞を挟んでいたページを――

「レシアちゃ~ん。文化祭どうしよっかっ?」

――開こうとしたところで、天真爛漫を絵に描いたようなクレインちゃんが俺に話し掛けてきた。

軽い足取りで駆けて来て、俺の近くの席に着席する。

「う~ん、どうしよっかと言われてもね……わたしはなんも思い付かないかな」

どうする、と聞かれたのでありのままに答える。まあ厳密に言えば考える気も無いんだけどね。

「ふっふん、安心してレシアちゃん! あたしは思いついているから!」

そう言ってきゃははと楽しそうに笑う。

どうやら俺と違い、クレインちゃんは文化祭が楽しみのようで、普段より二割増しぐらい活力が滾っているご様子。

それを表すかのように、先程からにこにこ笑顔で俺の腕を取ってぶんぶんと振っています。ちょっと痛い。

「いたたた……それで、クレインちゃんは何を思い付いたの?」

このままでは脱臼しかねないので、クレインちゃんを落ち着かせつつ聞いてみることに。

「うん! あのね、あたしみんなで劇をやりたい!」

ああ、そういえば昨日行った図書館でクレインちゃんは絵本を読んでいたから、それに影響されたのかもね。

しっかし劇か……屋台とかのお客さん主体で運営して行くモノに比べると、劇って準備が面倒なんですよ。

例えば教室内でお化け屋敷をする時に必要なモノは、多少雑でも暗くすればそれらしい装飾、あとはちょっとした演出をする人ぐらい。

屋台なんかだと、内装、食材、調理する人、調理した料理を運ぶ人、レジぐらいか。

しかしそれが劇になると話は変わる。

クレインちゃんがどんな劇をやりたいかは知らないが、必要なモノ、人の数はかなりの量になる。

小道具、大道具、背景、演出、これらを作り出すために必要な材料がまず多い。

それにプラスして、主役、脇役、その他を決めなきゃいけないし。劇に配役された人は演技の練習もしなくちゃならない。場面ごとに背景も変えることもあるかも。

まあそんなワケで劇を行うには準備が大変なのである。

……と、否定的な意見ばかりを俺は述べていたのだが、考えてみればこのクラスの平均年齢は六歳。

大多数の人間が平均六歳のクラスが劇をやるよーなんて言っても、そこまで良い出来を期待などはしていないだろう。

そもそも文化祭は学校行事であり、こういった生徒主体で行う学校行事の目的のだいたいが、生徒の協調性を育てるためのモノである。

そう考えればぶっちゃけなんでもいいんだよね。何かをみんなでやれば。

「いいんじゃないかな。この後みんなの意見を纏めるだろうし、その時に提案してみよっか」

「うん!」

そう結論付けた俺はクレインちゃんにそう告げる。

告げたのはよいのだが、どうにも睡眠不足の影響が出たみたい。

さすがに寝るのはまずいかなーと思った俺は、重い瞼と格闘しつつ……クレインちゃんの話に耳を傾け続けた。












~~~~~~~~~~~~~~~~~~













さて、睡魔との格闘を二時間ほど楽しんで現在放課後。俺はクレインちゃんと一緒に図書館に来ています。

俺のクラスの出し物はクレインちゃんに御要望通り劇となったのだが、ここで一つ問題が生まれた。

劇とは、予め決められた物語を演じていくものであり、物語にはストーリーが必要で……すなわち台本が無いといけないワケですよ。

台本が無ければ劇なんぞとてもじゃないが出来るはずがない。

……それで、クレインちゃんは劇をやりたいとは言ったものの、どんな劇をやりたいかまでは考えていなかったみたい。

それで子供特有の"言い出しっぺが責任を持つ"というルールのもと、クレインちゃんが題材を決める事になり……台本は俺が作る事になった。

だって……クレインちゃんが困ってたんだもん。俺としては助けざるをえない。

さすがに六歳の子供が台本を作るのは不可能だし、仮に作らせてもメチャクチャなモノしか生まれないだろうしね。

俺自身は劇なんぞやったことも無ければ、もちろん台本も作ったことも無い。

まあ何事も挑戦が大事ということで。台本を作るということで俺自体は配役されないことになったし。それで良し悪しかな。

「じゃあクレインちゃん。なるべく短めのお話を探そっか」

「は~い」

図書館の一角、小説だとか童話なんやらが並んでいる棚の前で、俺はクレインちゃんにそう言った。

劇をやるといってもアレですよ。

演じるのが平均六歳なんだから簡単かつ短め。それに子供が演じても問題無いようなほのぼの系の作品を選ばなくてはならない。

日本でいう三匹の子豚とか桃太郎みたいな作品があればいいんだけど、ミッドチルダにそんな定番な童話があるのかすら俺は知らないし。

だからこうして探し回るしかないワケです。

でも童話って実際は子供向けでは無いんですよね。

世間一般に出回っている童話。その殆どが子供向けの修正が入っているのが当たり前。

まあ子供に見せるんだから当たり前っちゃあそうなんだけどね。

そんな事も知らなかった高校生ぐらいの俺は、何気なく童話を調べてしまいまして。

その無修正童話の生々しさといったら……。

うん、思い出すのはやめておこう。気になった人は自分で調べてみてください。責任は持てませんが。

さて、そんなことはどうでもいいとして……なかなか良い本が見付からない。

本を手にとってパラパラと大体のストーリーを見ているのだが、どれもこれも長かったり内容が子供向けじゃない。

やっぱり簡単には見付からないもんだね。

「レシアちゃん、いいの見つかったよーっ!」

少し気落ちしていた俺に向かって、右方約五メートルのところに居たクレインちゃんが大声を上げた。

あああ、ここは図書館なんだからそんなに大きな声出しちゃダメだって。ちょっと周りの人の視線が痛い。

しかしクレインちゃんはそんな視線も気にならないようで、本を両手に抱えながらトテトテと駆けて来た。

「はいっ、これ」

「あ、うん。ありがと」

「えへ、どういたしましてっ」

俺に厚さ1㎝も無い本を渡して、俺がお礼を言うと心底嬉しそうな笑顔。その笑顔に注意する気も失せて来ちゃいました。

でも……ちょっと周りの目が怖いから、本を持って図書館の端っこの席に移動しよう。そうすれば少しくらい騒いでも平気……かな?

移動中はクレインちゃんはにっこり笑顔。だけど俺は内心ビクビク。だってなんか凄い注目を浴びてるんだもん。おお、怖い怖い。

そんな視線の中、なんとか席に辿り着いた。

イスに隣同士に座って、クレインちゃんに渡された本を見る。

タイトルは『正義の魔法使い』 表紙には杖を持った男の魔法使いと変なドラゴン? みたいなのが描かれていた。ふむ、良い感じじゃない。

「あのねっ、とってもつよい魔法使いがわるいひとをやっつけるの!」

にこにこ笑顔のクレインちゃんが大体のあらすじを教えてくれました。

でもそれだけじゃ情報不足なので、表紙を捲りクレインちゃんと一緒になって読む。

この作品を簡単に説明すると、変な王国に住んでいる主人公の魔法使いは妻と幸せに暮らしていたのだが、悪いドラゴンが妻を連れ去ってしまい魔法使いはブチ切れ。王国からの依頼と私怨で魔法使いがドラゴンをぶっ倒してお終い。

まあ、実に王道的な作品な感じだねぇ。

王道故に台本も作りやすそう。子供にも分かりやすそうだし。それに文章量も良い感じ。読み終えるのに掛かった時間は十分ぐらいか。

「クレインちゃん、この本面白かった?」

「うん! おもしろかった!」

二十歳過ぎの俺と六歳のクレインちゃんでは価値観の差が激しすぎるので、面白いか聞いてみるとこの返事。

うん、クレインちゃんも面白かったみたいだし、この本で問題無いかな。

そうと決まれば話は早い。

後はこの本を借りて、俺が台本を作れば良い。配役とかは適当で。そもそもそこは俺が決めるようなことではないし。

でも多分クレインちゃんが主役やるんだろうな。劇に対するやる気はクレインちゃんが一番あるし。

演技する人は何人かな。えーと……魔法使い、妻、王国を治める王に……

「あの……」

そんな風に劇の構想を考えていた俺の近くから、控えめな声が聞こえた。

俺は座っているので、必然的に顔を上げて声の主を見上げる形になる。

「こ、こんにちは……」

ちょっと震えた声。その声の主は――民族衣装を身に纏った……ユーノ。

「うぇぁ?」

いやいやいや待って変な声出しちゃった。

ってかなんで!? なんでユーノが俺達に話し掛けてきてるの!?

お互い何にも接点が無かったはずなんだけどな。

あ~でも嬉しいっ! 原作キャラとの対話! もう俺にとっては悲願だったのですよ!

そんな風に脳内で一人盛り上がっていると、一つの不安が浮かんで来た。

……もしかして俺達が騒ぎすぎたのを注意しに来たのかも?

やばい。それはやばい。

俺としてはユーノと仲良くしたいし、ユーノは結界魔法のプロフェッショナルになるんだから教えて貰いたい。ここで悪印象を与えたくはないワケでして。

「お兄さん、だれ?」

そんな俺の不安を知ってか知らずか、クレインちゃんがユーノに疑問を投げかける。そういえば二人は初対面だったね。

「――あ、そ、そうだね。自己紹介しなきゃ。えーっと、僕の名前はユーノ・スクライアって言います」

そう言って恥ずかしそうに顔を俯かせる。どうしたんだろ。

「あたしはクレイン! クレイン・ティエスタって言うの。よろしくねっ」

ユーノの自己紹介に答えるように、クレインちゃんが元気満点の自己紹介。

……考えたら、俺も自己紹介しなきゃいけないんだな。

俺はユーノの事知ってるから、もう知り合いみたいな感覚だったけど、ユーノからしたら俺なんて初めて話す人だし。

「え~と、わたしは――」
 
「うん、クレインちゃんにレ、レシアちゃん。その……よろしく」

「――ってなんでユーノさんはわたしの名前を知ってるんですか?」

精神的には年下なんだろうけど、昔から年齢が上の人には敬語という母親に植え付けられた癖が出た。

俺としては違和感無いし、問題無いことだけれども。

それにしても、お互い話したのは初めてなんだから、俺の名前を知ってるのはおかしいよね。なんでだろ。

「え? あ、いや……その、レシアちゃんは……ゆ、有名だから……かな」

「有名? わたしがですか?」

「う、うん……(有名なのは、僕の中でだけど)」

う~ん、有名ねえ。いまいち実感沸かないな。

でも、考えてみれば俺みたいな六歳児が攻撃魔法とかのやたら難しい本ばっか読んでたら目立つかも。

それで教室とかでは噂とか聞かないけど、図書館内ではちょっと有名になったってところかな。

「まあ、それはいいとして。とりあえず自己紹介しておきます。レシア・クライティです。ユーノさん、よろしくお願いしますね」

クレインちゃんみたいな元気いっぱいの笑顔ではないけれど、ユーノと話せた嬉しさを笑顔という表情に変えての自己紹介に続けて、手を前に出す。

もちろん、握手するため。人間は初対面の人と自己紹介したら握手するのが定番。少なくとも俺が以前に通っていた小学校ではそうだった。

「ぁ……その、よ、よろしくお願いします……」

そう言ってまた俯きながら俺の手を握るユーノ。ほんと、どうしたんだろうね。

というかユーノ、風邪なのかも。今気付いたけど顔が真っ赤。握った手も熱が篭っているような気がする。

あ、もしかしたら勉強を頑張り過ぎてるのかも。ユーノは努力家なのはわかるけど、身体を壊したらしょうがないだろうに。

それは後で注意するとして……ユーノはなんで俺達に話し掛けてきたんだろ。

「それでユーノ君はどうしたの?」

俺の思考を読んだようなタイミングでクレインちゃんのお言葉。

「えっ? あ、うん。その……今度、僕達の学校で文化祭があるよね。それで……」

基本的に俺、たまにチラッとクレインちゃんを見つつユーノが答え始める。

「僕のクラスで、カレーを作ることになったんだ……」

なるほど。文化祭でユーノのクラスはカレーを作るのか。まあ万人向けの料理だし、大量に作れるしね。提案した人はなかなか頭が回るだろう。

「それで……良かったら、食べに来てくれないかな?」

そう絞り出すように言って、ユーノは俯いた。

え~と、これは文化祭のお誘い……なのかな?

でもなんで見ず知らずの俺達を誘うんだろうね。

それにさっきからユーノの態度はおかしいし…………あ。ユーノって、もしかしたら……。

自分の考えが合っているか確認するために、もう一度ユーノを見ると、ユーノはチラチラとクレインちゃんを横目に見ていた。


「(……このクレインちゃんって子、何時もレシアちゃんと一緒に居る……羨ましいな……)」


うん、間違い無い。――――ユーノはクレインちゃんが好きなんだなっ!

それで恥ずかしいけど文化祭にお誘いに来たと。うんうん、納得したぜ。

どうもさっきからおかしいと思ったんだよね。なるべく俺と視線を合わせようとしてたのは、クレインちゃんを見るのが恥ずかしかったからか。

それに加えところどころでチラチラと熱っぽい視線でクレインちゃん見てたし。バレバレだぞユーノ。

う~ん、純情だねぇ。アニメではなのはに気が有るみたいだったけど、いやはや、ユーノも人の子というワケか。

「わっかりました、それじゃあわたしとクレインちゃんで食べに行きますね」

やばい。俺の野次馬精神が刺激されている。お節介かもしれないけど、少しぐらいはユーノのお手伝いしてもいいよねっ!

「あ、うんっ! それじゃあ待ってるよ!」

俺がそう言うと、ユーノは嬉しさと恥ずかしさが混じったような顔でそう言って、走り去った。

おお、クレインちゃんが来てくれるからはしゃいでる。転ばないように気をつけてね。

「レシアちゃん、さっきの男の子変な子だったね~」

うむぅ……頑張れユーノ。初対面の印象がこれだと、前途多難の道になりそうだぞ。








<ユーノ・スクライア>



さっきから自室のベットで悶えている僕は浮かれっぱなしだ。

ああ……勇気を振り絞って良かったな。

でもちょっと失敗もした。レシアちゃんから見たら僕は知らない人なんだから、名前を知ってるのはおかしい。なんとか誤魔化せたみたいだけど。

それなのにレシアちゃんは笑って自己紹介してくれて、握手までしてくれて――――思い出しただけで身体が熱い。

文化祭。それは僕にとってはチャンスだった。

この機会に仲良くなって、レシアちゃんとたくさんお話が出来るようになりたい。

何時も一緒にいる……たしかクレインちゃん。僕もそんな関係になれたらいいな。

料理の出来る人と結婚――たまたま図書館でたまたまレシアちゃんの席の近くでたまたま聞いたこの言葉。

正直、僕は料理なんてしたことが余り無い。

以前、スクライアの人達の手伝いをしたことがある程度だ。

そんな僕がまともに料理を作れるわけがない。だから最初は簡単で、みんなが好きそうな料理を探した。

それがカレー。一度試しに作ってみたけど、そこまで難しくはない。

これならいける。そう結論を出した僕は、クラスの文化祭でなにをするかを決める時に真っ先に提案した。

カレーの作りやすさ、大量に作れるし、お金もそこまで掛からないという事をしっかりとみんなに説明。

そうしたらみんなも賛成してくて良かった。

もちろん作るのは僕だ。僕の作ったカレーを食べて貰わないと意味が無い。みんなは配膳とかをしてくれれば充分。

レシアちゃんはおいしいと言ってくれるかな……

そんな不安と期待に想像を膨らませながら、僕はベットで悶え続けた。



[5958] 序章 第7話
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/05 00:03

<レシア・クライティ>



『マスター、朝です。起きて下さい』

そんな機械的な声に聴覚を刺激され目が覚める。

「ん…………おはよ……スティレット」

『おはようございます、マスター』

返事はしたんだけど、すごく眠い。

普段ならもっと寝覚めが良いのだが、今日は何時もより早く起きたせいか頭がぼうっとする。

ああ――このまま二度寝したい。惰眠を貪って一日を過ごしたい。

そんな惰性な思考が脳内を支配しているんだけれども、それの実行は出来ないんだよね。

今日が休みの日ならこのまま二度寝……どころかスティレットにすら起こして貰ってすらないか。

で、なぜ惰性に過ごせないかというと、今日は魔法学校の文化祭があるんですよ。

それだけならわざわざ早く起こして貰う必要は無いんだけど、俺のクラスは「早く集まって気合を入れようぜ!」とかのたまった男子のおかげで、通常登校より三十分早く学校に行かなければならなくなった。ちくしょう。

そういうことでいつもより三十分早く起こして貰ったんだけど、いやはや、朝の三十分は貴重だと実感することになるとは。

睡眠時間の大切さを実感しながらも上体を起こし、目を擦るとぼやけた視界と思考が鮮明になってきた。

ベットの近くに置かれたテーブル。その上にチカチカと光って自己主張をするスティレット。

「……今回はちゃんと音声で起こしてくれたね。偉いぞスティレット」

『ありがとうございます』

……実は前回スティレットに起こすように頼んだら酷い目にあったんですよね。

今回みたいに音声で起こしてくれれば良いのに、スティレットは何を思ったのか大音量の念話を脳に直接叩き込んできた。

その威力といったらもう……まあ目は一発で覚めたんだけど。

スティレット曰く『マスターが確実に起きる方法を選択しました』とのこと。無駄なところで知能を発揮しないで欲しい。

そんなことを考えながらベットから降り、身体を伸ばす。パキパキと骨がなって心地よい。

「レシアー起きてるー? ご飯出来てるわよー」

意識が大分覚醒したところで、ルシィさんの声が聞こえた。

さて、今日の朝御飯はなんだろう。












~~~~~~~~~~~~~~~~














さて、気合を入れるというワケのわからない理由で朝早くから学校に登校。

意味も無く円陣を組んでやるぞ、おー。みたいな掛け声で気合が入った事になったらしい。正直、意味が無いと思う。

そんな今朝のことはどうでもいいとして。

学校で大きな行事を行う時は開会式みたいなのがセットだとは思っていたけど、どうやら魔法学校も例外ではないらしい。

現在、魔法学校に在学している生徒一同が体育館に整列中である。もちろん文化祭の開会式をやるため……文化祭だから開催式かな? まあどっちでもいいや。

並び順は初等部がステージから見て左側に並び、学年が上がるごとに右にずれていく。

校舎から体育館への入り口もステージから見て左側だから、初等部に優しい並び方になっている。

校舎に戻る時間も地味に短縮されてありがたい。背の順で俺が一番前なのが気に入らないけど。

魔法学校の体育館……といっても、実際はそこらの学校とたいして変わらない。俺が前世で通っていた学校と似ているんですよね。

ステージがあって、用具室があって、放送室があって……と、まあそんな感じ。

そんな魔法学校だが、文化祭を行うからにはしっかりとした舞台が必要と判断しているみたい。

そのため三日前から学校全体に各クラス分担でド派手……とはいかないモノの、それなりの飾り付けを行った。

おかげで見慣れたはずの校舎や教室が輝いて見える。多分気のせいだけど。

もちろん体育館も例外ではなく、壁にステージを使うクラスの宣伝用チラシが貼ってあったり、今日だけは土足で入れるようにシートが床に敷いてあったりと、ずいぶん様変わりしている。

そんなちょっとした変貌を遂げた体育館を、文化祭で使うクラスの数は多い。やっぱりクラスで何かするにも、大きな舞台でやりたいっていう気持ちがあるのかもしれない。

さっき体育館に貼ってあったチラシを見たのだが、ここ体育館で各クラスが行う内容はダンスだとかバンドがメイン。

中にはかなり気合の入っているようなのもあったんだけど……音楽を練習するのも良いが、ちゃんと魔法の勉強をしているのか不安に思うんだけどね。

ちなみにステージを使うクラスには俺のクラスも含まれている。

初等部の、しかも最年少クラスの劇なんだから自分達の教室で行えばいいのに、我がクラスの担任様が無駄に気合を入れてしまいまして。

倍率も結構あっただろうに、体育館の使用権利を、しかも一番最初の使用権利を得た。

そんなワケで開会式が終わったらすぐに我がクラスの劇が開演である。

正直、イヤだなーって思ったり。だって劇の台本、俺が書いたんだもん。

本の内容自体は王道だったけど、キャラクターの台詞とかをアレンジせざるを得ない場所が多々ありまして。

そのアレンジ内容も、演じるのが子供だから、言いやすくて、なおかつ子供が好きそうな台詞じゃなきゃいけない。

クラスの連中からは好評だったけど、まるで自分で書いたポエムを朗読されているみたいで死にたくなってくる。

俺としては脚本が自分の劇なんぞ内容も知ってるし見たくも無かったが、クレインちゃんが「絶対見てね!」なんて言うから見るしかない。見るといっても俺にも仕事があるから、ステージ裏から見ることになるんだよね。

まあ劇さえ終わってしまえば残りは自由時間なので、文化祭をおおいに楽しむとしよう。なんだかんだで文化祭には興味があるし。

そんな風に今後の予定を思案していると、がやがやと周りの人達が動き出す。

ん~どうやら開会式が終了したみたいだ。

「レッシアちゃん! いよいよだよ!」

ようやく終わった話を受け流すだけの時間に気を緩めていたら、クレインちゃんが咲き誇るような笑顔で話し掛けてきた。

「そうだね~。クレインちゃんの名演、期待してるよ?」

「まっかせといて!」

おお、クレインちゃんが燃えていらっしゃる。

案の定というかなんというか、一番やる気の漲っていたクレインちゃんが我が劇の主役である。

主役の魔法使いは男なんだけど……まあ、細かい所は気にしない方向で。

そんなやる気が暴発しかねないクレインちゃんを連れてステージ裏へ。

ステージ裏にも充分なスペースがあったので、昨日のうちに必要な道具等は運んである。最初に体育館を使えるクラスの利点だね。

さて、俺達は劇をやるといっても、本当にたいした内容じゃない。

背景、大道具、小道具、衣装その他のだいたいが六歳が手掛けたモノである。出来は推して知るべし。

台本は一応二十歳過ぎの人間が作ってるけど……初心者ですし。物語の流れとか台詞とかおかしくないと願いたい。

台本はともかく、それ以外が本当に酷い。いや台本も人のことは言えないけど。

まず背景。ぐちゃぐちゃ。お城ですって言われて、ああそう見えなくもないねってレベル。

魔法使いが持ってる杖も酷い。新聞紙を棒状にしてそれらしい色を塗りたくっただけ。デバイス使えばいいじゃんって思ったんだけど、デバイスの使用も禁止。本当に魔法学校か。

次に衣装。……まあこれはそれなり。そういう服が売ってる店など探せば見付かるもんです。

そんな不安要素たっぷりの劇だが、やるしかないんだよね……周りの子供達、まあ俺も子供だけど。みんなと協力して劇の準備を始める。

最初の場面の背景を貼り付けて、舞台に使う道具をセッティング。

…………ん、まあこんなもんかな。

「よーし、みんな集まってー!」

舞台のセッティングが終了したのを確認したのか、我らの担任から集合の合図。

クラス全員が集まって円陣を組む。朝の再現みたいな感じ。

「それじゃあみんな、気合入れていきましょう!」

「「「おーーっ!」」」

みんな元気だねぇ。舞台裏からこんな声が聞こえてきたら、お客さんがびっくりするだろうに。俺も声出したけどさ。

そんなちょっと皆の熱意に押されている俺は、現在マイクを持って移動中です。

何故かというと、脚本を書いた俺にはもう一つの仕事があったりする。

それは劇を始める前に場を静かにして劇を始められる体勢を作り、お客さんに注意事項を言うことである。

まあ早い話が司会みたいなモノかな。違う気もするけど。

そんなワケで幕の下りたステージに立っていると……なんかお客さんは来ているのか不安になってきた。

いやだって客の居ない劇なんぞ喜劇もいいところですよ。

そんな不安に駆られた俺は、ステージに下りた幕を捲り、チラッと体育館の様子を覗き見る。

わざわざ平均六歳の劇を見に来るんだろうか…………そんな不安は一瞬で消し飛んだ。

先程まで全校生徒が居た体育館。その半数近くが未だ体育館に留まっていて、がやがやと騒いでいる。

いやいや……いっぱい居るよ……ってか居すぎだよ! 想定していたよりずっと多いわ!

たしかにメインの出し物は体育館が多いけど……まあ、その出し物の前座ぐらいの気持ちで来てるんだろうね。

…………こんな人がいっぱい居る中で、劇を見ることへの注意を促すのか……やばい、緊張してきた。

「レシアちゃん、それじゃお願いね~」

そんな俺の緊張を知ってか知らずか、担任が間延びした声でそう言った。

くそぅ、本当ならこういう仕事は先生がやるべきでしょうが…………はぁ……。

…………仕方が無い。

溜息一つで覚悟を決め、幕を捲って前に出ると――

――その瞬間、興味の視線が俺に突き刺さる。こっちみんな。

やばい、数百の視線に捕えられて足が震えて来た。蛇に睨まれた蛙状態。

それでもなんとかポケットから注意する内容を書いた紙、いわゆるカンペを取り出し――

「し……静かに……あっ……ッ」

――ドンッと音声を拡張された鈍い音が体育館に響いた。

ああああマイクの電源入れ忘れた! しかも入れたと思ったらマイク落とした! やめて! 笑わないで! 誰にだってミスはあるでしょ!

(あらあら、あの子可愛いわねー)
(でしょ? 私の自慢の娘よ)
(俺、新しい自分を見つけたかも)
(このロリコンめ!)
(レシアちゃん頑張って!)

なんかお客さんの声が遠い。うぅ……恥ずかしさで死にたくなってきた。

落ち着け、落ち着いて……うん、マイクのスイッチはオンになってる……よし。

「え、えーっと、皆さん静かにしてください」

ざわざわとしていた体育館に涙目の俺の声が響く。

くそぅ……本気でイヤになってきた。こんな辱めを受けることになるとは……。

俺の必死の訴えが功を奏したのか、お客さん達が静かになった。よし、今のうちに注意文を読み上げてしまえ!

「本日はお越しいただき、ありがとうございます。えーっと、これから劇を御覧になるにあたっての注意点を説明したいと思います」

よーしよし、ちゃんと前文は読めたぞ。この勢いでちゃっちゃと行こう。こういうときカンペの存在は偉大だね。

「まずひとちゅ……ッ!」

………………………………………………誰か俺を殺してくれないかなぁ。

なんでカンペもってるのに噛んじゃうんだよ! お客さんめっちゃ笑ってるじゃん!

ちくしょう……もうイヤだ…………なんかお客さんが「頑張ってー!」とか励ましてくるし…………時として優しさは人を傷つけるんだよ……。

「うぅっ……まず一つ目は劇を御覧になる時は静かにお願いします…………次にステージ以外の照明を消しますので携帯電話等の光を発するモノの使用は御遠慮ください……最後に劇を御覧になさっている時の飲食は御遠慮ください……以上で注意点の説明を終わります……」

半ば自暴自棄になって言い終えると、何故か盛大な拍手が上がった。「よく頑張ったねー」とか「ちゃんと言えてたよー」とか言われて本気で泣きたくなった。ちくしょ。

これ以上この場に居ると、俺のなけなしのプライドが粉砕されそうなので、俺は逃げるようにしてステージ裏に帰った。

やっと終わった…………きっとあの醜態はルシィさんに撮られてるんだろうなぁ……なんかルシィさん昨日ビデオカメラ持ってたし……。

俺の黒歴史に新たなる一頁が刻まれたことを思うと軽く鬱だけど、もう過ぎたことだし、なるべく早く忘れられたらいいなぁ。

そんな内心ブルーな俺と入れ替わるようにして、クレインちゃんをはじめとする役者達が幕の下りたステージに立つ。

ああ、そういえば最後の仕事が残ってるな……開演の言葉を言わなきゃ劇は始まらない。

さっきの注意事項と違い、この一言はステージ裏で言えるから気が楽だね。

ステージ上のクレインちゃん達の準備が整ったことを確認、マイクをしっかりとオンにしてからすうっと息を吸い込んで――

「それでは、『正義の魔法使い』、始まります」

――言い終える。それと同時に幕が上がって、俺達の劇は始まった。










<ユーノ・スクライア>



さっきまでは体育館に居たけど、見るべきモノは見たので、僕はカレー屋になった教室に戻って来た。

教室には先生と、午前中に店を担当するクラスメイトが十人ほど。

ちなみに僕の担当する時間は、開店から午後二時まで。このお昼時の時間帯にレシアちゃんが来る可能性が高い。来なければ手伝うとでも言ってずっと居ればいいし。

わーわーと騒いでいるクラスメイトの避けて移動しつつ、時計を確認する。

今はまだ九時四十五分。開店時間は十時だから、もう少し時間がある。

それを確認して、僕は窓際に立ち、さっきまで居た体育館での出来事を思い出していた。

ああ……レシアちゃん、可愛かったなぁ。

劇の始まる前、劇を見る時の注意点を言いに来たレシアちゃん。

マイクを落としたり、説明の最中に噛んだり、それを恥ずかしがったり…………しっかりしてるように思ったけれど、意外とドジなところもあったんだ。

それを知ることが出来ただけで、体育館に残った価値がある。

正直なところ、あまり劇の内容を覚えていない。僕はずっとレシアちゃんのことを考えていた。

これからレシアちゃんが、ここに来る。そのことを考えただけで嬉しくなってくる。

「ふふふ……(今日、レシアちゃんが来るんだ……カレーもしっかりと作ってある。大丈夫だ……)」


「せんせ~ユーノ君の様子がおかしいです~さっきから一人で笑ってます~」

「気にしないで平気よ、男の子にはそういう日もあるから」


周りが少し騒がしいが、僕の耳には入ってこない。窓から見える景色が綺麗だなぁ。

そのまま十分ほど時間が過ぎて……。

………………よし、そろそろ時間だ。

「それじゃみんな集まってー! 開店する準備をするわよー!」

九時五十五分。そろそろ開店準備をしないとという時間になって、先生が集合するように声を掛けた。

騒いでいたみんなもすぐに集まって、先生の前に並んだ。

「全員、エプロンと三角巾を着けて。忘れた人は居ない?」

その言葉に各自が持って来たことを主張し始めた。当然、僕は忘れてはいない。

「はいはい騒がない騒がない。じゃあエプロンと三角巾を着けた人から、それぞれ役割の場所に向かってねー!」

そう先生が言うと、みんなが動きだす。

僕の役割はご飯の盛り付け。そこから流れ作業でルーをかけて、お盆に水とスプーンを備え付けてから注文した人に渡す。

ご飯の盛り付けは二人、ルーをかけるのも二人、水とスプーンは一人ずつで、注文を受けてお客さんの元にカレーを運ぶのが三人。最後にレジが二人。それを先生が監督する。

所定の場所に着くと、店の外から人の声が聞こえてきた。

まだ開店時間前だが、気の早いお客さんが来たのかもしれない。

レシアちゃんが来たら配膳とか盛り付けとか全部自分でやって、レシアちゃんに運ぶのも僕がやろうかな……。

開店前になって、僕はそんなことを考えていた。










<レシア・クライティ>



さて、劇も滞り無く終演し、俺達のクラスは自由時間となった。

……劇が終わってステージ裏から外に出たら、満面の微笑みでビデオカメラを持ったルシィさんが居たんでまた泣きたくなったけどねっ。

「レシアちゃん、どこ行くっ?」

そんな風に我が身に降り掛かった不幸を嘆いていると、クレインちゃんが今にも走り出さんほどの雰囲気で俺の腕を掴んできた。

どこ行くと聞かれましても…………文化祭用に用意した手提げ鞄から、先日配られた各クラスの出し物が書いてあるパンフレットを取り出す。

一応流し読みをしたが、ここには絶対行きたいっ、というほど興味をそそられた店は無かったし……。

「ん、そうだね……クレインちゃんはどこか行きたい所はある?」

そんなワケでクレインちゃんにそのパンフレットを渡し、逆に聞いてみる。

パンフレットにはこの魔法学校の大まかな地図が書いてあり、その地図に各クラスの場所と出し物が書いてある。

どこにどんな店があるかとかがわかりやすくていいね。

「え~っとね、あたしはね……」

クレインちゃんが唸りながらも地図を見ている。う~ん、微笑ましい光景です。

そんな風にどこに行くか丸投げしちゃったんだけど……本当に俺としてはどこに行ってもいいんだよね。やっぱこういう時に積極性というか主体性があったほうがいいのかな。

「あ! レシアちゃん、あたしここ行きたい!」

「ん、どこどこ?」

おお、クレインちゃんが興味を示すような場所があって良かった。これでどこでもいいよ~なんて言われたら困ってただろうし。

クレインちゃんが指差した場所には『お化け屋敷』の文字が。

「クレインちゃんは怖いもの平気なの?」

「へいきだよ~、じゃあレシアちゃん、行こっ」

そう言うなりクレインちゃんが俺の手を引いて歩き出す。

え~と……お化け屋敷は校舎の三階か。上手いこと先導していかないと。












~~~~~~~~~~~~~~~~~~













おかしいな……なんで足が震えてるんだろ。動悸も激しいし。まるで怖がっているみたいじゃないか。

「レシアちゃん、だいじょうぶ?」

隣で歩いているクレインちゃんが心配そうに聞いてくる。やだなぁ、大丈夫に決まってるじゃないか。

「あはは、レシアちゃんって怖いの苦手だったんだね~」

「いやいやいや、それは違うよクレインちゃん。わたしは怖がってなんかいないよ? ちょっと驚いただけで」

そう。俺はちょっと驚いただけだよ? うん、間違い無い。見た目はこんなんだが中身は二十歳過ぎの男がお化け屋敷如きで怖がるワケがないじゃないですか。

「そうなの?」

「うんうん、ちょっとびっくりしちゃっただけだって」

自分に言い聞かせるように言う。

そうだよ、俺はただびっくりしちゃっただけ…………ごめんなさい嘘です。超怖かったです。たかだか文化祭のお化け屋敷だって甘く見てました……。

クレインちゃんの手前、怖がってないように振舞っているけど……正直、ビビリまくりです。

なんであんなに怖いんだよ……そこらにある日本のお化け屋敷よりよっぽど怖かった……。

……っていうかクレインちゃんはなんで平気なの? 君の心臓には毛が生えてるの?

きっとそうに違いない。そう思わないと、情けない気持ちでいっぱいになってくるんだもん。普通の六歳児が平気で、二十歳過ぎの俺がビビるなんてありえない!

よってクレインちゃんが普通の子より、怖いものに耐性があるということにしておく。そうじゃないと俺がどれだけ情けないのさ。

その後、恐怖の余韻で震える足でのろのろと歩いて十分ほど経った頃。

「そういえばお腹すいたね~」

俺のお化け屋敷に対する恐怖が抜けてきた頃、クレインちゃんがそう呟いた。

「クレインちゃん、お腹空いたの?」

「うん。なにか食べよ~」

現在時刻午前十一時。ん~ちょっと早い気もするけど……でも考えてみればお昼頃になるとどの飲食系の出店も混むだろうし、早めに食べたほうが正解だね。

となればなにを食べるかなんだけど……まあ、これは考える必要が無いか。

「じゃあカレー食べに行こっか」

「おお、さんせーっ」

カレーを提案すると、クレインちゃんは満開の花を思わせる笑顔で肯定してくれた。

ユーノとの約束もあるし、カレーに決定。それにユーノが勇気を出してクレインちゃんを誘ったんだ。その願いは叶えてあげないと。

そんなワケで手提げ鞄からパンフレットを取り出し、地図を頼りにカレー屋を探す。えーと…………なんだ、すぐ近くじゃないか。

ユーノのカレー屋がある場所は、お化け屋敷の真下。現在俺達が居る階が三階だから、階段下りればすぐに着く。

場所がわかったので、あとは移動するだけ。トコトコとクレインちゃんと一緒に階段を下りて行くと……もう店が近いのだろう。カレー特有の香りがしてきた。

「んゃ~おいしそうなにおいだねっ」

おお、クレインちゃんの食指を刺激されている。ん~でも確かに美味しそうなにおいがする。

階段を下りきり、廊下に出るとユーノの店はすぐにわかった。

すでに少し列が出来ている店が一つ。どうやら混んでしまう前に食べてしまおうという考えを持った人が他にも居たらしい。

まあ似たような思考を持つ人間なんてたくさん居るしね。仕方が無いことではある。

「こんでるね……」

「そうでもないよ、ほらクレインちゃん。並ぶよ~」

待ち時間に抵抗がある様子のクレインちゃんを宥めつつ、列の最後尾に加わる。

カレー屋の待ち人数は十五人ほど。これは十分近く待つかな~なんて思ったが、案外客回しが良く、すぐに順番が回って来た。

どうやら教室内に用意された席で食べるのと、カレーだけをテイクアウトするという二つのパターンがあるらしい。

そのおかげでお客さんの数が分散され、すぐに順番が回って来る仕組みといった感じ。

うむぅ……考えてるなぁ……結構繁盛してるみたいだし、これは期待できそう。

そんな風に感心していると、中に居る女の子の一人が入り口に立って居る俺達に気付いて注文を取りに来た。

「いらっしゃいませ、カレーはお持ち帰りですか? それとも店内で食べますか?」

「あ、すいません。ちょっと待っててください。……クレインちゃん、店内で食べるよね?」

「え? ……うん。そうしよっかっ」

一瞬の思案の後、クレインちゃんは頷いた。

「えーと、それじゃ店内でお願いします」

そう女の子に告げると「それでは席にご案内しまーす」と言って店内に入ったので、俺はクレインちゃんを連れて後を追う。

案内された席に座ったところで、店の片隅から視線を感じ――

「…………ッ」

――そちらを見ると、ユーノがこちらを顔赤くして見ていた。

……ユーノ。クレインちゃんが来てくれて嬉しいのはわかるが、ご飯を盛り付ける作業が止まってるぞ。どうやら流れ作業みたいだから一人が止まると……あ、隣に居た子に注意されてる。あ~あ、余所見してるから……。

「あ、あの男の人このまえ図書館で話しかけてきた人だよね?」

お、クレインちゃんもユーノがこちらを見ていることに気付いたみたい。

「レシアちゃんの知ってる人?」

「ん~……まあこの前知り合ったばかりの人かな」

「そっか」

知ってるかって聞かれたら首を縦方向に運動したくなるんだけど、それはアニメを見ているからでなんだよね。お互い会話したのなんてあの時が初めてだし。

よって曖昧に濁すことにする。クレインちゃんも特に興味も無さそうだし。……それはそれでユーノが不憫な気もするが……頑張れユーノ。

「あ、そうだっ。レシアちゃん、こんどお泊り会やろうよ!」

そんな風にユーノに対して哀愁の念を感じていると、クレインちゃんが手をポンッと叩きつつそんなことを言ってきた。

「お泊り会?」

「そう! お泊まり会! きっとたのしいよっ」

う~む……また突然の提案だね。

「え~っと、それはわたしの家でやるの? それともクレインちゃんの家?」

「あたしはどっちでもいいよっ」

ああもう、笑顔が可愛いなぁクレインちゃんは。

しっかしお泊まり会ね…………正直、ルシィさんにはあんまり迷惑を掛けたくないんだよね……。

俺は拾われた身なんだから、最低限の礼儀、節度は守るべきである。

だけどルシィさんは「家族なんだから遠慮なんかダメっ!」と常々言ってるし……う~む……。

「じゃあ義母さんに聞いてみるね」

結局はそういう結論に至った。ルシィさんの性格を考えたらすぐに許可をいただけそうだけど。

「うん! あたしも聞いてみる!」

どうやらクレインちゃんは、お泊り会についてはこの場で思いついただけらしい。

それはいいとして。多分、お泊り会をするなら冬休みの間になるだろう。

冬休みは十二月の中旬から。現在が十一月の終わり頃。この後にテストやらなんやらで余り纏まった休みは無い。泊まったは良いけど、次の日すぐに学校ですなんてのはイヤだし。

「でもね、クレインちゃん。お泊り会をするのは冬休みになってからだよ」

「えーっ」

どうやらすぐにでもお泊り会をしたクレインちゃんは不満気なご様子。

そんなクレインちゃんにこれから学校がまだあって、テストもある。それに遊ぶならなんの気兼ねも無く遊んだほうが楽しいよー、みたいなことを柔らかく説明すると「おおーっ、じゃあそうしようっ」と言って納得してくれました。

「あの……カレーをお持ちしました」

クレインちゃんに説明を終え、少し喉が渇いたなと思っていたら、店員さんがカレーを運んできてくれた。

「ってユーノさんじゃないですか」

俺達の元にカレーを運んで来たのは言葉通りにユーノ。おかしいな……このクラスの様子だと、カレーが出来るまでは流れ作業で、ユーノはご飯の盛り付けの担当だと思ったんだけど。違ったのかな。

「こ、こんにちは」

俺とクレインちゃんの前に、カレーと水とスプーンが入ったお盆を置きつつ、伏目がちにユーノはそう言った。

うむぅ……緊張しているみたい。

まあ好きな子が出来ると、子供の行動はだいたい二つに分かれる。全力で仲良くなろうと構いたがるか、緊張して全然話せないか。どうやらユーノは後者みたいだけど、勇気を出して動いてる感じなのかな。

俺とクレインちゃんが二人で「こんにちは」とユーノに挨拶しているなか、そんなことを考えていた。

「……来てくれて、その、ありがとう」

顔を紅潮させながらユーノが言う。

「いえ、約束しましたから。それにわたし、ユーノさんが作るカレーを食べてみたかったですし」

「えっ……! あ、そそそれじゃゆっくりどうぞっ!」

俺が極当然なことを言うと、ユーノは顔を真っ赤にしながらダッシュで持ち場に帰って行った。

……おーい、ユーノさーん。クレインちゃんが唖然としているぞー。うむぅ……やっぱりまだクレインちゃんと話すのは恥ずかしいのかな。このぶんだとまだまだ先は長そうだねぇ。

「やっぱりあの男の子ってかわってるね~」

「はは……んじゃカレーも来たことだし、食べようか」

「うん! いただきまーすっ!」

元気良く食事宣言をして、カレーを口に運ぶクレインちゃん。

俺は喉が渇いていたのでまずは水を一口。その後スプーンをを手に取りカレーを口に運ぶ。

「…………美味しい」

「だねっ。とってもおいしいっ!」

やや甘めだが、これは美味い。辛いのは人を選ぶから仕方が無いが……これはかなりのレベルに達しているような気がする。

欲をいうなら福神漬けが欲しいところだが、そんなことは些細なことだね。福神漬け無くても充分美味いし。

予想以上のカレーの美味さに舌鼓を打っていると、作業しているユーノがチラチラとこっちを見ていることに気が付いた。

うん、そりゃ気になるよね。誘っておいてあんまり美味しくなかったらアレだし……でも安心しろユーノ。このカレーは美味しいぞ!

でもそんなんだとまた注意されちゃうぞ。それはさすがにどうかと思うので、ユーノにジェスチャーと口パクで美味しいということを伝える。

「……ッ!(レシアちゃん……美味しいって……! よかった……)」

あ、しゃもじ落とした。また注意されてるし。

その光景が微笑ましくて、少し笑ってしまった。頑張れユーノ。

そのようなことをしつつも、カレーを完食。まことに美味でした。

あああクレインちゃん、俺が食べ終わったからって急いで食べないでいいから。ゆっくり食べないと危ないよ。

そんなこんなで数分の時間が経った。

「クレインちゃん。そろそろ行こっか」

カレーを食べ終え、少し食休みをしてから席を立つ。さすがにこれ以上いたら迷惑だし。

そんな風に店を出ようとすると、ユーノの視線が再び俺に突き刺さる。

うむぅ……やっぱりクレインちゃんが来てくれたのはいいんだけど、名残惜しいというかなんというか……そういう気持ちがあるみたい。

………………よし、決めた。せっかくだし、ちょっと一緒に文化祭を回らないかって聞いてみるかな。

これはそう、ユーノとクレインちゃんが仲良くなるためのきっかけ作り。これもユーノのお手伝いってことでいいよねっ!

そう決めた俺は店の出入り口に向けていた進路を反転。ユーノのもとに歩いていく。

「ユーノさん」

「え? レシアちゃん。な、なにかな?」

ユーノの期待と不安が入り混じった瞳。そんなに期待されても困るけどね。

「もしこのあと暇でしたら、一緒に文化祭を見て回りませんか?」




「せんせ~二時まで当番だったはずのユーノ君がどこかに行っちゃいました~」

「気にしないで平気よ。男の子にはそういう日もあるから」












~~~~~~~~~~~~~~~~~












「あら、どうしたのレシア。随分と嬉しそうな顔して」

文化祭も終わり、家に帰るためにルシィさんと合流した矢先、そんなことを言われた。

う~む、やっぱり俺は顔に出やすいのかな……ルシィさんには毎回心理を見破られている気がする。

「そんなに文化祭は楽しかった?」

「別に……なんでもないよ、義母さん」

まあ、楽しかったのは事実だけどね。ユーノを一緒に回らないかって聞いたら快く了解してくれたし。

クレインちゃんも最初は戸惑ってたけど、もともとクレインちゃんは明るい子だからすぐに仲良くなれた。よきかなよきかな。

「ふ~ん……ま、私は楽しかったんだけどね~」

そう言うとルシィさんは肩に提げた鞄から…………それはビデオカメラ!?

「レシアの可愛い姿も撮れたし~」

「ちょ待って義母さんっ! ちょっとそのビデオカメラを貸して!」

ちくしょう! やっぱり体育館での失態は録画されていたよっ! なんとか抹消しないと! 

「それは出来ない相談ねレシア」

「なんでさ!?」

「だって渡したらせっかく撮った映像消すつもりでしょ? それはいけないわね~」

そう言ってニヤニヤと笑いながらビデオカメラを鞄に戻すルシィさん。くそぅ。俺に見せびらかすためだけにビデオカメラを鞄から出したのか。

「うぐぅ……やだなぁ、別に消したりしないよ。思わずビデオカメラを落としたり踏んじゃったりはしちゃうかもだけど。ね、だから貸して」

「レシア、本音ダダ漏れよ。……大丈夫、レシアの成長の思い出として大切に保存しとくから」

「全然大丈夫じゃないってえええっ!」

…………その後、家に帰って体育館での辱めを何回も見られて、俺は泣きたくなった。……はぁ。



[5958] 序章 第8話
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/09 22:25
<ユーノ・スクライア>



僕の通う魔法学校は冬休みに入ったせいか、いつものような活気が無くなっている。

僕が現在利用している図書館も例外ではない。

普段も静かだったけど、今は僕含めて片手の指で数え切れるほどの人数しか居ないから、寂しさすら感じさせる静かさだ。

自宅から魔法学校に通学している人は何か用が無い限り来ないだろうし、学校の寮に寝泊りしている人達も大多数が実家に帰ってしまった。

ちなみに僕は冬休みの間も学校の寮にお世話になっている。スクライアの元に帰るのは僕が一人前になってから……と決めている。

だけど最近は料理のことばっかり勉強していたから…………そういえばレシアちゃんは今なにしているんだろう。

文化祭すっごく楽しかったなぁ……まさかレシアちゃんが一緒に回ろうなんて誘ってくれるなんて……。

文化祭が終わってからも、図書館とかで会ったらお話も出来るようになったし。

もう友達と呼べるぐらいの関係にはなれていると思う。僕はもっと上に行く気だけどね。

これも料理が出来るようになったおかげ。最近はまた練習して、少し凝った感じの――――

「……はっ」

――――だめだ。油断するとすぐにレシアちゃんのことを考えてしまう。

ただでさえ、最近は魔法の勉強に身が入らないんだ。この冬休みで挽回しないといけないのに。

冬休みの間に一生懸命勉強して、飛び級して、スクライアのみんなに掛かる負担を少しでも減らしたい。

…………でも、飛び級するとレシアちゃんと一緒に居られる時間がなくなってしまう。

それを考えると、僕の勉強に対する気持ちが落ち込んでいく。でもスクライアのみんなに、迷惑は掛けたくない。

どっちつかずの感情。僕はどうすればいい?

随分前から考えていて、先延ばしにしてきたこと。

「はぁ……」

いつも思考が其処で停止する。まだ結論は出ない。でも、近いうちに決めなきゃいけないことだ。

半ば考えることを放棄して、何気なく窓から外の様子を見る。

閑散として、人気のまったく無いグラウンド……いや、僕が今居る窓に対面するように設置された魔法学校の正門から、誰かがグラウンドに入って来た。

あれは…………グラウンドに入って来た女の子を見て、思わず顔が緩む。

何故かって? あの人は僕が一番会いたい人だからだ。


――うん、今日はもう勉強はいいや。


そんな風に考えてしまい、スクライアのみんなに対して罪悪感が生まれたが、僕はこの衝動に耐え切れずに本を片付け、図書館から飛び出した。










<レシア・クライティ>



冬の寒さが身に染みる今日この頃。

寒さが一番厳しくなる時期に登校させるのはどうかと魔法学校も考えているようで、現在魔法学校は冬休み。

基本的に寒さが苦手な俺にとってはありがたい話である。

特にここ最近は一段と冷え込んで、朝は布団から出るのがすごく辛い。実際はベットだけど。

そんな怠慢な考えから朝ご飯を食べた後、俺は二度寝を実行しているのですよ。

それにしても……冬場における布団の魔力は凄まじいものがある。布団に入った瞬間に動く気がなくなりました。

おーぬくいぬくい……どうせ冬休みだし、ちょっとぐらいダラダラしてもいいよねっ。

「こらレシア、いい加減に起きなさい」

「ぅ………………」

そんなベットの魔力に取り付かれた俺を、ルシィさんがゆさゆさと揺する。

「……かぁさん、おねがい……さんびゃくびょうほどねかせて…………」

「……素直に五分って言えばいいじゃないの。それよりほら、今日はクレインちゃんとユーノ君が泊まりにくるんでしょ?」

むぅ……そうだった……。

それにしても…………一ヶ月ほど前に行った文化祭がきっかけになって、ユーノと仲良くなれてよかった。

学校内ですれ違ったときも、挨拶したり小話したりするし。図書館に行ったときは近くの席に集まるようにもなりましたし。

クレインちゃんと一緒に居られてユーノも嬉しそうだし、良いことだらけだね。

冬休みに入ってから、まだ魔法学校の寮に残っていたユーノをいきなりお泊まり会に誘っても快諾してくれたし。

誘った時のユーノの笑顔は凄かったね。お泊まり会は俺の家でやることになったんだけど……やっぱクレインちゃんが来るとなるとやる気が違う。

クレインちゃんもユーノと仲良くしてるし、よきことです。

という感じで本日がお泊り会当日というワケです。さっきまで忘れてたけど。

ルシィさんにお泊まり会のことを聞いたときはちょっとだけ後ろめたかったけど、ルシィさんは「そういうことはもっと早く言いなさい! さあ、準備が忙しくなるわ!」と言ってノリノリでした。本当にルシィさんは良い人だと思う。

「ねえレシア」

いまだに布団の中でごろごろと動こうとしない俺を軽々と抱き上げ、ルシィさんが視線を合わせる。

「……義母さん、どうしたの?」

「ん…………なんかね、嬉しいのよ」

小さくそう言って、俺を抱く力が強まる。…………ルシィさん、どうしたんだろ?

「この家に来たばかりの頃のレシアは、本当に大人しかったわ……まるでお人形さんみたいに」

いつもと違うルシィさんが不安になって、抱きすくめられた身体を少しだけ動かし、ルシィさんの顔を見る。

「……最近、やっと甘えてくれるようになったって思ってね」

そこには、優しそうに微笑むルシィさん。

「そう……かな?」

「ええ、そうよ。それが嬉しくって……」

甘えているのかな……? でも、思えばそうなのかもしれない。

最近になって俺もルシィさんと四六時中一緒に居るから、血の繋がりは無くとも、遠慮だとか気遣いだとかは無縁なくらいな関係になっていると感じる。

前まではこの家をルシィさんの家と思っていたけれど、文化祭の頃ぐらいからは自分の家と認識しだしていた気がするし。

もしそうじゃなかったらこの家に友達を呼ぼうなんて考えないだろう。これ、ルシィさんの優しさの力なのかもしれない。

でもルシィさんの言葉通り、出逢った当初はやっぱり遠慮という溝があった。

それは人と人との間に必ず生まれてしまうモノだし、仕方が無いモノなんだけどね。

ルシィさんと暮らし始めた当初はお互いに相手の出方を窺っていて、気まずい感じが抜け切らなかった。

前世の俺と義妹もこんな感じだったのかな。ふと、そんなことを思ったこともある。

「…………家族だからね」

「……うん、そうね」

ルシィさんが小さく頷く。

う~ん……でも、こういうしんみりした雰囲気は少し苦手なんだよね…………。

「ねえレシア……私達が家族になれた記念というワケで、この服を着てくれないかしら?」

そう言って俺に渡されたのは、フリフリのメイド服。

「…………」

「…………」

「…………義母さん。流れがおかしいよね? ほら、なんか……シリアスな感じだったじゃない? ここでそれを出す必要が……」

「…………気付かれたっ!?」

「ちょっと待って気付かれたってなにさ!? 今までのは演技だったの!?」

なんてこった! マジメに受け答えした俺がバカみたいじゃないか!

「いいえ、本心よ。そしてこの服を着て欲しいのも本心ッ! さあ、レシア! 着なさいッ!」

「これからユーノさんとクレインちゃんが来るのに誰が着るかっ!」

「だからこそ着るんじゃないの!」

「いやいやそれ間違ってるから! 絶対に着ないからね!」












~~~~~~~~~~~~~~~~













さて、朝ご飯が消化され、そろそろお昼ご飯が恋しいなーという時間。

「レシアちゃん! 来たよっ!」

ピーンポーン、とインターホンが来客を知らせる音を出したので玄関を開けると、そこには冬の乾燥した空気を吹き飛ばすような笑顔のクレインちゃんと、クレインちゃんのお母さん。

以前クレインちゃんの家に遊びに行った時にも思ったんだけど、クレインちゃんのお母さんはかなり若い。多分二十代中程だど思われる。

クレインちゃんも一人っ子だし、早期に結婚した人みたい。早く結婚すると苦労が多いと思うけど、頑張って欲しい。

さて、そんなクレインちゃんのお母さんの手には大き目のバック。多分クレインちゃんの着替えとかが入っているのかな。

「こんにちは、クレインちゃん、クレインちゃんのお母さん」

「こんにちはっ!」

「はい、こんにちは、レシアちゃん」

うん、挨拶は大切だよね。クレインちゃんの挨拶は元気があって大変微笑ましいし、お母さんのほうも優しく笑いながら挨拶してくれました。

「あらあら、いらっしゃいクレインちゃん」

玄関でクレインちゃんとこんにちはの言い合いをしていると、俺の後ろからルシィさんがやって来た。

「どうも、本日はクレインがお世話になります」

「いえいえ、うちのレシアも喜んでいますし」

そしてそのままルシィさんとクレインちゃんのお母さんの二人で立ち話スタート。

「それじゃクレインちゃん、どうぞ~」

「おじゃましまーす!」

このままだと母親同士のお話が長引きそうなので、先にクレインちゃんをリビングに御案内。女性の立ち話はどこに行っても長いモノですよ。

さて、今日はお泊まり会ということもあって、いつものリビングとは一味違う。

普段からルシィさんと俺で掃除してるからだいたいは綺麗なんだけど、昨日の内に塵一つ残さない勢いで掃除してからピッカピカ。

それに暖かすぎないように部屋の温度を調節し、テーブルの周りに座布団も人数分揃えて準備は万全。

「荷物とかは適当な場所に置いてね」

そう言うとクレインちゃんは「はーい」と応じて、自分が持って来た……というより先程お母さんからふんだくった荷物を部屋の端っこに置く。

そしてそのままお互いに座布団の上に着席。

「レシアちゃん、この荷物だれの?」

座布団の上に可愛らしく女の子座りしたクレインちゃんが、自分の隣に置かれた荷物に気が付いて俺に聞いてきた。

「あ、それユーノさんの荷物だよ」

そう。そこに置かれた荷物はユーノのモノである。

どうやらユーノはクレインちゃんに自分の作った料理を食べさせたいらしく、料理の材料を持って集合時間より早く来たのである。

最初は「子供に包丁を使わせるのはちょっと……」みたいなことを言っていたんだけど、ユーノの包丁捌きを見てまあ大丈夫でしょうとなった。

しかっしユーノは以外な才能の持ち主だよね。まさか七歳で料理が出来るとは。原作ではそんな描写なかったから全然知らなかったよ。

「あれ? じゃあユーノくんはどこにいるの?」

「ん、ユーノさんはキッチンに居るよ。ユーノさんがお昼ご飯作ってくれてる」

「あ、じゃあちょっと挨拶してくるねっ」

そう言ってクレインちゃんは立ち上がり「レシアちゃんキッチンどこー?」……まあわかんないよね。

そのまま俺の右腕にしがみつくクレインちゃんと共にキッチンへ向かう。キッチンから良い香りがするし、トントンと包丁の音が聞こえるから、もしかしたら道案内はいらなかったかも。

トコトコと歩くクレインちゃんを誘導し、トントンと一定のリズムが聞こえるキッチンに到着。

「ユーノさん、クレインちゃんが到着しましたよっ」

「ユーノくん! こんにちは!」

俺達が近づいているのを足音で悟っていたのか、落ち着きのある動作でこちらを向く。

「うん、クレインちゃん、こんにちは」

少しだけ微笑みながら挨拶を返すユーノ。う~ん、あらためて見るとユーノって女の子みたいな顔立ちだよね。まだ幼いからそうみえるだけかもしれないけど。

「えっと……レ、レシアちゃん。僕の顔になんか付いてる?」

「あ、いえ。なんでもないですよ~」

まじまじとユーノの顔を見ていたら、俺の視線が気が付いたみたい。

しっかし……ユーノは料理が上手いなぁ。今ユーノは包丁で野菜を切って人数分のサラダを作っているけど、既に完成されたサラダは盛り付けも丁寧で、視覚的にも美味しそうに見える。

「あ、そうだ。ユーノさん、なにか手伝うこととかあります?」

「あたしも手伝うよっ!」

まあ料理なんて出来ないんだけどねっ。でも配膳とかは出来るし、ユーノに作らせっぱなしってのも悪いしね。

「ん~っと、もう殆ど終わっちゃったし……特になんにもないかな」

「うむぅ……そうですか」

「……レシアちゃん、ごめんね」

「えーっと、ユーノさん。そこは別に謝るところじゃないですよ?」

……なんだか変な気を使わせてしまったみたいです。

でも殆ど終わったって言ってたけど、その料理の姿が…………あ、キッチンに備え付けられたオーブンが稼動してる。

ということはメインの料理はそっちかな。まあ何が出てくるかは後の楽しみにしておこう。

「……レシアちゃん、それじゃあ後でお皿とか並べるの手伝ってくれるかな?」

「あ、了解です」

「うん、もう少しで出来るから待っててね」

「は~い。それじゃクレインちゃん、邪魔しても悪いし戻ろっか」

「あ、うん。わかったっ」

クレインちゃんの手を引き、リビングに戻る。後少しということだから、おとなしくしていよう。

「ユーノくんってすごいね~料理できるんだもん」

トントンとリビングにも聞こえる包丁の音。そんななかクレインちゃんがそう呟く。

「たしかにそうだよね。わたしも料理の出来る人はすごいと思うよ」

「こんどおしえてもらおうかな、あたしも料理できるようになりたいしっ」

ん~……どうやらクレインちゃん、以前言っていた"女の子は料理が出来ないとだめ"というのをまだ気にしているらしい。いや単純に料理が好きなのかもしれないけどさ。

「そういえばレシアちゃんは料理のできる人と結婚するんだよね?」

「え?」

「レシアちゃん、図書館でそう言ってたよ」

「あはは……そういえばそうだったね……」

うぐぅ……そういえば図書館でそんなことを言ったような気が…………。

でも本当に俺は結婚なんかする気は無いんですよね……。同棲するだけならまだ、まだ許せるかもしんないけどさ!

仮に間違いを犯すようになったら……考えたくもない! 精神的にキツ過ぎるわ!

「ユーノくんだったら料理もできるし、いいと思うよっ」

あああまかり間違ってクレインちゃんはなにを言い出すかな!? 俺にユーノをオススメしないで! ユーノはクレインちゃん狙いだから!

……先程からトントンという包丁の音が止まっている? まずい、料理が終わってユーノがこちらに来てこの会話を聞かれたら、クレインちゃんにその気が無いのがわかって傷ついてしまうかもしれない! それだけは避けねば!

「いやまあうん、先のことはわからないよねっ! 結婚とかは特に!」

さあ早く話題を逸らすんだ! ユーノのことからね!

「それもそうだよね。……う~ん、じゃあレシアちゃんはどういう人が好きなの?」

なにこの修学旅行のノリ。いや、でもクレインちゃん自らユーノの話題を逸らしてくれたし、ここは普通に応えて平気だよね。

「どういう人が好きかって言われても……ん~そうだね」

ああ、どうして女の子はこういう話が好きなんだろう…………。

そんなことを考えながら……はてさて、俺はどういう人が好みなんだろうか。

前世は基本的に恋愛とは程遠い人生を歩んできたし……少しマジメに考えてみう。もちろん女性の好みですよ?

俺は料理が出来ないから、料理の出来る人がいい。それで優しくて気が利いて……あ、俺はなんだかんだで知識欲が多い気がするから、頭の良い人がいいなーなんて。あとリリカルなのはの世界に居るんだから魔法が使えたら最高だっ。

…………あれ? ユーノが女の子だったら良かったんじゃない? ユーノは将来、時空管理局無限書庫司書長にもなるんだし。

「いやまあユーノさんが女の子なら……」

ってちょっと待って! せっかくユーノから話題が逸れたのに俺はなに言ってんのさ! しかも今の俺の見た目だとちょっと特殊な性癖があるみたいじゃないか!

「え? なにレシアちゃん? もっかい言ってー」

「あ、いやなんでもないよ。うん」

「えーっ、レシアちゃんもっかい言ってよーっ」

よかった……結構小声で言ってたみたいで、クレインちゃんに聞こえなかったみたいだ。

さて、ユーノとは言わないが、自分の好みを素直に応えておきますかね。









<ユーノ・スクライア>



キッチンから出て行くレシアちゃんを見送って、小さく溜息を吐く。

「別に僕は邪魔だとか思ってないのにな……」

レシアちゃんが気を使ってくれたのはわかっているけど、正直に言えばキッチンに残って欲しかった。

でも、これで気落ちするほど、僕はバカじゃない。レシアちゃんに明確に拒絶されたら……考えたくも無い。

トントンと、包丁で一定のリズムを刻む。うん、一ヶ月前より大分上達してる。以前はよく指を切ったりして四苦八苦したものだけど。

今日、レシアちゃんのために作るのはドリアだ。これからは本格的に寒くなっていくし、少しでも暖まって欲しい。

ホワイトソースも丁寧に仕上げたし、バターライスも良い感じに出来た。あとは焦げ目が出来るまでオーブンで焼き上げるだけ。今まさに焼いている最中だ。

あとは栄養バランスを考えてサラダを作る。これはあと少しで完成する。……もう少し刻んだほうが食べやすいかな。

また一定のリズムがキッチンに響く。案外、僕はこの音が好きかもしれない。

なにかを自分が作っているという感覚が好きなのか、レシアちゃんのためになにかをしているのが好きなのか。……うん、多分後者だ。

《そういえばレシアちゃんって料理のできる人と結婚するんだよね?》

そんなことを考えながら包丁で野菜を切っていると、リビングからクレインちゃんの声。

うん。僕が料理を始めたきっかけはそれだったなあ……。実に単純な理由だと自分でも思うけど、こればっかりは仕方が無いんだ。身体が勝手に動くんだから。

料理の出来る人って聞いたけど、どのくらいのレベルまで出来たらいいんだろう?

…………盗み聞きとかはあんまり好きじゃないけど、レシアちゃんの会話が気になってしょうがない。

そう思った僕の行動は早かった。包丁をまな板の上に置き、キッチンからリビングまではフローリングの廊下で一直線に繋がっているから、キッチンの入り口のギリギリまで近づいて聞き耳を立てる。

《あはは……そういえばそうだったね……》

少し困ったような、レシアちゃんの声。……そういえばレシアちゃんってあんまり慌てないよね。僕が知る限り、慌てたレシアちゃんを見たのは文化祭での体育館だけだ。

《ユーノくんだったら料理もできるし、いいと思うよっ》

………………え? ちょっと待てクレインちゃんは何を言ってるんだ!? いきなり結婚の話で僕の名前を出してあーでも気になる! 

《いやまあうん、先のことはわからないよねっ! 結婚とかは特に!》

これは……どうなんだろう? 嫌われてはいない、と思うけど……曖昧な返事に少しがっかりしたけど、逆に安心した。

《それもそうだよね。……う~ん、じゃあレシアちゃんはどういう人が好きなの?》

これはすっごい僕も気になる。レシアちゃんはどういう人が好きなんだろう。

《どういう人が好きかって言われても……ん~そうだね》

そこで少しの間。レシアちゃんも答えを考えているのだろう。早く聞きたいような、聞きたくないような気持ちが堪らない。

《…………ユーノさんが…………》

余りに小さくて、聞き取れなかった。でも僕の名前を言ったのはたしかだ! なんだろう、少し顔がニヤけてきた。

《え? なにレシアちゃん? もっかい言ってー》

《あ、いやなんでもないよ。うん》

《えーっ、レシアちゃんもっかい言ってよーっ》

出来ることなら僕ももう一度言って欲しいな。

《う~んそうだね……わたしは料理が出来て優しくて頭の良い……それに魔法が上手な人かな》

…………………………なんかすごく魔法が勉強したくなってきた。









<レシア・クライティ>

ユーノが作ったお昼ご飯はミートドリアとサラダ。

これがまた大変美味しくて、俺もクレインちゃんもルシィさんも大絶賛。ユーノは照れながらもありがとうと言って、嬉しさを表現していた。

昼食後はルシィさんを交えてのゲーム大会が開幕。某赤い配管工が出演してそうなレースゲームや、某ゲーム会社のキャラクターが総出演してるパーセントが高いと吹っ飛びやすくなるようなゲームで遊んだ。

……別にゲーム内容が似てるだけで、名前とかは違いますからっ。

みんなゲーム自体あんまりやったことがなかったから、実力が均衡してて異様に盛り上がったね。俺も前世での経験があるっていっても、ゲームなんてあんまりやってなかったし。

ゲームはルシィさんがこの日のためにわざわざ買ってきてくれて、本当に優しい人だなーっと再確認しましたよ。……あとは人を着せ替え人形にさえしてくれなかったらなお良いんだけどね。

んでやっぱり楽しい時間っていうのはあっという間に過ぎるモノで、もう既にルシィさんが作ったいつもより多少豪華な夕飯を食べ終え、現在食休み中である。

「それじゃあそろそろお風呂入って来なさいな」

夕飯から二十分ほど時間が経ったころ、ルシィさんがそう言った。

「じゃあみんなで一緒に入ろうよっ!」

と、クレインちゃんが続く。一緒にお風呂ね……まあみんな年齢低いし、大丈夫だと思うけど……まさかルシィさんまで一緒に入るワケじゃないよね?

……あ、言っときますが俺はルシィさんと一緒に入ろうなんて望んだことはありませんよ。

一人で入れる、って言ってるのにルシィさんが無理矢理入って来た時があったけど…………あれは地獄でした。もちろんタオルで身体は隠して貰ったよ? 変な妄想はしないでね。

「えっと……それは僕も一緒に……?」

そんな過去の思い出を振り返っていると、ユーノが戸惑いながら声を上げる。

「あったりまえだよユーノくん! みんなで入ったほうが楽しいよっ」

「えーっと……」

……なんでユーノは俺を見るかな。別にこんな歳なんだから気にすることはないと思うけど。

「まあみんなで入るのも良いと思いますよ? せっかくですしね」

「あ…………うん。そうしよっか」

少し頬を染めながら頷くユーノ。別に俺は同性から見られても特に抵抗無いしね。

「じゃあ私も……」

「義母さんはおとなしくしててね? だいたい四人も入れるほどお風呂広くないでしょ?」

「…………レシアのいじわるっ」

さて、ルシィさんは置いといてお風呂に行こうか。









<ユーノ・スクライア>



嬉しいような恥ずかしいような……とにかく心臓がおかしいぐらいの速さで動いている。

この状況は目のやり場に非ッッ常に困る。

だってすぐ近くに裸のレシアちゃんが居るんだ。なるべく見ないようにしているけど、たまに視界に入ってくると動悸が跳ね上がるような錯覚に襲われる。

今は僕とクレインちゃんが湯船に入っていて、レシアちゃんが身体を洗っている。……つまり、身体を洗い終わったら湯船に入ってくるのだ。

……どうしよう。僕は正常で居られる気がしない。だいたいレシアちゃんは無防備過ぎる。

仮にも僕は男なんだから、もう少し恥ずかしいとかそういった感情を持って……いやまだお互い小さいからなんだろうけど。いちいち気にする僕が間違ってるのか?

だいたいレシアちゃんとお風呂に入るなんて今後あるかわからないし、だったら――

「それじゃ湯船入るよーっ」

そんな少しやましい感情を考えてしまった僕の思考を遮るように、レシアちゃんが声を上げ、立ち上がる。

ちょっと待ってまだ心の準備が……思わずレシアちゃんと反対方向を向く。視界に入ったレシアちゃんの白い肌を見て、動悸がさらにおかしいことになってる。

「レシアちゃんはやくはやくーっ」

「よっし、レシア入りまーすっ」

レシアちゃんが遂に湯船に入った。湯船はそこまで大きくなくて、僕とクレインちゃんの二人で入るだけならお互いが端に寄って悠々と入れた。

だけど三人目のレシアちゃんが入ると少しキツい。ちょっと動くとどこかに触ってしまう。

しかもよりによってレシアちゃんは僕とクレインちゃんの間に入ってきた。これは……いろいろとマズイ。

「あれっ、ユーノくんどうしたのーっ? こっち向いてよーっ」

僕の苦悩を知らないクレインちゃんが無邪気な声を上げる。

なんか…………もういいや。変に気にするからおかしいことになるんだ。なにも考えずに、自然体で居ればいいんだ。

そう諦めて、レシアちゃんとクレインちゃんのほうに振り返る。

湯気の中、レシアちゃんの白い肌が見えて――――

「ユーノさん? どうしたの?」

「……ッ、レシアちゃん……なんでもないよ」

――――これは、傷跡? 一つだけじゃない。よく見ないとわからないような裂傷が、無数にある。

先程まで僕の思考にあったやましい考えは一瞬で消え失せた。

なんだこれは。なんでレシアちゃんの身体にこんな傷跡があるんだ?

何故。その後、僕の頭にはその言葉しか浮かばなかった。













~~~~~~~~~~~~~~~~~~~















お風呂から上がったあと、もう寝なさいとレシアちゃんのお母さんのルシィさんが言ったので、既にみんなは就寝の体勢に入っている。

寝る場所はレシアちゃんの部屋。レシアちゃんが自分のベットを使い、僕とクレインちゃんはルシィさんが用意してくれた布団を使わして貰った。

すやすやと隣からクレインちゃんの小さな寝息が聞こえる。クレインちゃんは寝るのが早く、布団に入ったらすぐに寝てしまった。

そんなクレインちゃんと違い、僕はしばらく眠れそうにない。頭の中に、レシアちゃんの傷跡が浮かんできてしまう。

ルシィさんがレシアちゃんを傷付けるとは思えない。ルシィさんは優しい人だ。それは今日で充分過ぎるほどわかった。

もうわかっているけど、レシアちゃんとルシィさんは血が繋がっていない。

レシアちゃんはおそらく、ルシィさんの養女だ。なら前の親か?

「ユーノさん、起きてますか?」

自分の感情が悪い意味で昂ぶって来たとき、レシアちゃんが僕に話しかけてきた。

「え……うん、起きてるよ」

「あ、起きててよかった。ちょっと聞きたいことがあったので」

自分を少し落ち着かせて、返事を返す。レシアちゃん、どうしたんだろう。

「うん、なに?」

「ユーノさんって、今後の進路って考えてますか?」

進路、か。僕は飛び級して、早く卒業してスクライアのみんなの役に立ちたい。……と前から考えていたけど、今は……正直迷ってるっていうのが本音だ。

レシアちゃんと居られる時間が少なくなるならいっそ……とまで考えてしまっている。

「レシアちゃんは考えてるの?」

まだ迷っていて、答えが出せないから苦し紛れに聞き返してみる。……情け無いなぁ。

「わたしですか? う~ん、そうですね……」

レシアちゃんはいったいどういう進路を考えているんだろうか。

「わたしは管理局に行きたいかなーって」

「えっ?」

これは予想外だった。管理局といえば、すなわち時空管理局のことだろう。

「でも、管理局って勉強とか魔法とか使えないと大変だよ?」

「大丈夫ですよ、わたし魔法もそこそこは出来ますし」

そういえば、レシアちゃんが図書館で読んでる本は魔法の、それもかなり難しい本を読んでいた。

「勉強は?」

「そっちもまあそれなりに……まだ義母さんにしか言ってないけど、実はわたし飛び級しよっかなーなんて考えていたり……」

「えっ、それ本当なの!」

「ユーノさん、そんな声大きくするとクレインちゃんが起きちゃいますよっ」

「あ、ごめん……それで飛び級するっていうのは……」

「本当ですよー」

なんてことだろう。レシアちゃんが飛び級する? なら僕が飛び級するのになんの迷いも必要ないじゃないかっ。

もしかしたらそれで一緒のクラスにもなれるかもしれない。

「……それでユーノさんはどうするんですか?」

「うん、僕も飛び級しようと思ってる」

そういうとレシアちゃんがクスクスと笑いだす。

「じゃあ一緒ですね。同じクラスにならたらよろしくお願いしますね」

「こちらこそ……よろしくね」

まだそうなると決まったワケじゃないのに、気が早いかもしれない。でもそれでも僕は全然構わなかった。

レシアちゃんと一緒のクラスになれたらどんなに楽しいだろうか。想像しただけで、嬉しくなってくる。

「それじゃユーノさん、おやすみなさい」

「うん、レシアちゃん。おやすみ」

レシアちゃんとの会話はそこで終わり、少ししたらレシアちゃんも眠ったみたい。

思わぬレシアちゃんの言葉に嬉い半面、やはり傷跡のことが頭をよぎる。

……うん、今度ルシィさんに聞いてみよう。僕は少しでもレシアちゃんのことが知りたいんだ。

そう決意して、僕は目を閉じた。




[5958] 序章 第9話
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/09 22:35
<レシア・クライティ>



時間は誰にでも平等に流れるんだけど、やっぱり楽しい時間は短いと感じるモノ。

楽しい時間がもっと長く続けばいいのにと思うんだけれど、過ぎ去って行く季節にどこか寂しい気持ちを抱いてしまう。

短く感じた冬休み。すぐに始まる三学期。魔法の勉強。勉強の合間にクレインちゃんとユーノと遊んだり。ルシィさんに絡まれたり。……そして迎えた飛び級試験。

……うん。楽しかった。本当に毎日が早くて、あっという間だった。

これから環境は変わってしまうけど、またそういう楽しい時間が続けばいいな。

『マスター』

そんなことを魔法学校の入り口の前で考えていると、首から下げているスティレットが機械的な音声を上げる。

「ん、どしたの?」

『いえ、先程から俯いていたので……体調でも優れないのですか?』

「そういうワケじゃないんだけどね……ちょっと考え事かな」

そう言うとスティレットは『そうですか』と簡潔な応答。だけど心配してくれていたみたい。

感謝の意を示すつもりで、首から下げたスティレットを撫でる。それに応えるように、スティレットがチカチカと点滅した。

そんなことをして、時間が過ぎるのを待つ。もうすぐ魔法学校の……新学期、そして新学年の授業が始まる。感慨深いというかなんというか。

ユーノと待ち合わせしているんだけど、うむぅ……やっぱり待つだけの時間は長く感じちゃうね。

待っているうちは動かないので、風の冷たさが身に染みる。けれど、冬の残した僅かな肌寒さを暖めるような陽射しは心地良い。

春の訪れを実感しつつ……待ち合わせの時間を五分程過ぎた頃だろうか。

珍しくユーノが遅れてるなーと考えていると、校舎から見慣れた民族衣装を着たユーノが走ってくる。息も切れ切れな様子にちょっと吃驚したのは内緒ね。

「はぁっ……はぁっ……レシアちゃん、ごめん……遅れちゃって……」

「いえ、気にしてなんかいませんよ~」

気にしてないって言ってるのに、ユーノはなんか不満そう。ユーノは責任感が強いからねぇ。

「ほらっ、気にしてないって言ってるんですからもういいじゃないですかっ」

そう言って笑いながらユーノを軽く小突く。別に良識を疑うほどの遅刻じゃないし、五分くらいは全然気にしない。

「でも……」

「いいからいいからっ。友達なんだから細かい事は気にしない!」

そう言って俯き具合なユーノをぐいぐいと引っ張って歩き出す。

「……うん、わかったっ」

俺が全然気にしていないことを悟ったのか、ユーノも微笑みながら俺に歩調を合わせ始めた。

やっぱ男同士の友情は些細な事は気にしないのが一番だね。

「………………………………今はまだ友達、だね」

「え? ユーノさんなにか言いましたか?」

「ッ……い、いや……何も言ってないよ?」

ユーノが何か言ったような気がしたけど……じゃあ勘違いかな。まあ特に気にする必要もないよねっ。

「じゃあそろそろ始まっちゃうし、少し急ぎましょっか」

「あ、うん。そうだね」

「飛び級してから初めての授業なんですし、頑張りましょうねっ」

「もちろん!」













~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~













さて、新学期の初授業も無事に終わり、現在は放課後。

新学期の初日にも関わらず、午後までバッチリ授業がありました。

まあ授業と言っても、今日やったことと言えばクラスの顔合わせみたいなモノと、中等部になってから使える施設の説明とかがメインだったんだけどね。

……ちなみに、飛び級試験に受かった直後に知らされていたんだけど、俺とユーノは同じクラス。

年齢も近いし、今年度に飛び級したのが俺とユーノだけなのを学校側が考慮したんだと思う。これは純粋に嬉しい。

だけどもクラスに入った瞬間、俺とユーノに視線が集まるのがすこーしイヤでしたねぇ……確かに珍しいんだろうけどさっ。

見世物を見るような目はやめて欲しいなーなんて思ったり。まあそんなことを気にせずに話しかけてくれた人も居たし、これからの授業が楽しみです。

「レシアちゃん、どうしたの?」

そんなことを考えながら歩いていると、隣を歩いていたユーノに声を掛けられた。

「えっ、なにがですか?」

「ええっと……なんか嬉しそうな顔してたから」

「うぐぅ……」

くそぅ……俺の心理はルシィさんに止まらず、ユーノにまで見破られるとは……どんだけ顔に出でるんだろ……。

「いや、これからの授業が楽しみだなーって思ってただけですよ」

「うん、確かにそうだね」

まあでも楽しみなのは事実ですしね。そんな会話をしつつ歩くこと数分。俺とユーノは図書館に着いた。

図書館のドアをユーノが開け、俺に入るように促す。うん、ジェントルマンみたいだなユーノは。

「レシアちゃーんっ!」

そんな紳士なユーノに感心していると、不意に響き渡る声。

日当たりが良く、窓際の端っこ。俺とクレインちゃんとユーノの三人のお馴染みの席。

そこでクレインちゃんが手をブンブンと振って俺の名前を叫んでいた。ああ、周りの視線が痛いです。

その視線に急かされるように、未だに俺を呼び続けるクレインちゃんの元に急ぎ足で向かう。

俺とユーノが近づいて行くと、クレインちゃんは自分の荷物を席に残したまま俺達に駆け寄って来た。

「クレインちゃんっ、図書館なんだから静かにしようね」

「はーいっ」

口に人差し指を当ててのジェスチャーを加えてクレインちゃんに注意を一言。するとニコニコ笑顔で返事を返されました。

そんなクレインちゃんは返事をした後、俺の手を引っ張り自分の隣に俺を座らせる。

「レシアちゃん、ユーノくん、授業どうだったー?」

俺を隣に座らせ、そのまま俺の腕に抱き付きながらクレインちゃんが聞いてくる。

「今日は……クラスの人達と顔合わせして、その後に新しく使えるようになった施設の紹介と……」

「それとこれからの予定……でしたよね? ユーノさん」

「えへへ……あたしもそんな感じ。それとねレシアちゃん! あたしね、もうたくさんお友達できたよっ!」

その言葉も聞いて…………安心した。

自惚れかもしれない考えだけど、俺が居なくなってクレインちゃんは大丈夫なんだろうかという不安があった。

俺が飛び級すると伝えた当初は、どういう意味かわからなかったみたいだけど、もう同じクラスどころか一緒の学年にすらなれないことを理解した時は瞳一杯に涙を溜めていましたし……。

クレインちゃんは「がんばってね……あたしもがんばるっ」って言っていたけど、俺は心に大きな蟠りが生まれて……。

だから、クレインちゃんに新しい友達が出来たみたいで良かった。

けど学年が別れようがなんだろうが、俺とクレインちゃん、そしてユーノと過ごした中で育んだ友情に嘘偽りはない。

出来る限り一緒に居たい。それが俺達全員の総意である。だから昼休みや放課後はこうして皆で集まろう――そう約束した。

「……良かったね。クレインちゃん」

「うん。とっても良いことだよ」

「うんっ!」

俺に続いてユーノがホッとしたようで、どこか嬉しそうに言う。やっぱりユーノもクレインちゃんが心配だったんだろうね。

「さって、それじゃあ本でも読みますか」

いつも通りのこの時間。もう残りは少ないかもしれないけど、だから卒業まで精一杯楽しんでもいいよね。











~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~













<ユーノ・スクライア>



僕とレシアちゃんが飛び級して三ヶ月ほど経った。

僕はレシアちゃんとは違う授業の帰りで、現在自分のクラスに向かっている。自然と急ぎ足になりながら歩く僕に対して送られる視線は好奇な色が見えて、少し居心地が悪い。

まるで飛び級して間もない頃みたいだなー、と思う。初めてクラスに入った時もすごい注目されたし。

しばらくは僕もレシアちゃんもその視線を気にしていたんだけど、もう慣れた。今ではクラスにもすっかり馴染んで、レシアちゃんと楽しい毎日を送っている。

特に同年代の人が居ないから、僕とレシアちゃんの距離も縮まったように感じて、ものすっごく嬉しい。

ついこの間なんてレシアちゃんと二人っきりで買い物にも行ったんだ。

当日は緊張でガチガチになっちゃったけど、レシアちゃんと一緒に時間を過ごせて、幸せはこういうものなんだと考えてしまった。

そう考えてしまった原因もわかっている。

…………僕は、魔法学校に入った時から周りの子供達より幾ばくか浮いた存在だったから。

入学してから、僕はスクライアのみんなに面倒を掛けないように一生懸命勉強した。遊びに行こうと言われても断り、ただひたすらに勉強の毎日。

僕はさぞかしつまらない人間に見えただろう。事実、次第に遊びの誘いも少なくなり、交友関係も浅く狭くなっていった。

客観的に見たら僕は機械染みた生活を送っていたに違いない。

朝早く起きて勉強。学校に登校して授業を受ける。放課後になって勉強。図書館が閉館すれば寮に戻ってまた勉強。

そんな生活を送っていくうちに、僕は次第に感情の起伏が薄くなっていくの自覚していた。クラスで少しは話す知り合いは居たが、友達と呼べるような間柄ではなかった。

先生からは落ち着いているねなんて言われたけど、嬉しくもなんともなかったし。

僕は別にそれでもいいと考えていた。そうやって勉強して、それでスクライアのみんなの役に立てるならそれで構わないと、わりと本気でそう思っていた。

そうやって一年間と半年ほどを過ごして――――僕はレシアちゃんと出逢ったんだ。

何時ものように図書館で勉強をしようとして、レシアちゃんが居て、この学校にきて初めて心臓の鼓動が高まって、酷く慌てたのを覚えている。

本当に久しぶりに……僕は感情に赴くまま行動した。

気になって、レシアちゃんのことを調べた。

少しでも話したくて、図書館に来たレシアちゃんの視界にわざとらしく入った。

レシアちゃんが料理の出来る人と結婚するって言ったから、僕は魔法の勉強を放り投げて料理の練習をした。

そうして、もやもやと落ち着かない日々が続いて……僕は我慢出来ずに、レシアちゃんに声を掛けた。

それから文化祭があり、それが終わると……僕の生活は激変した。

レシアちゃんと友達になれた。すると毎日が楽しくなった。学校が終わり、レシアちゃんが帰ると早く明日にならないかと毎日思った。

僕は、こんなに学校生活を楽しくしてくれるレシアちゃんが…………好きだ。出来るなら何時も一緒に居たい。

だけど、最近は一緒の授業を受けられない時があって、僕はそのレシアちゃんと一緒に居られない授業が嫌いだ。

僕は結界魔法やバインドとかの補助魔法が得意で、攻撃魔法が苦手。レシアちゃんは射撃や直射型の攻撃魔法が得意で、補助魔法が苦手。

授業が始まった当初は基礎的なことからやっていったから、レシアちゃんとも同じクラスで授業を受けれた。けど二ヶ月も経つと射撃や結界魔法などの授業は成績順にクラス分けされてしまい、その弊害を受けてしまった。

以前の同じクラスどころか学年すら違った頃と比べたら全然いいんだけど……やっぱりイヤなものはイヤだ。

それに……レシアちゃんの身体にある、傷のこと。お泊り会で見てしまった、レシアちゃんに刻まれているモノ。

僕はまだそのことについて何も知らない。いや、知らされていない。ルシィさんに聞いてみても、教えてくれはしなかった。

ただ、あの時のルシィさんの雰囲気から、詮索して欲しくないということだけが窺えた。僕は知りたい。けど……知ってしまうことがレシアちゃんに悪影響を及ぼすなら、知らないほうがいいのかもしれない。

「…………あっ」

そんな事を考えていたら、もう自分のクラスの教室を通り過ぎていた。

はぁ……レシアちゃんのことを考えていたとはいえ、何をやっているんだか……。気恥ずかしさを隠すように、素早く踵を返して再び歩き出す。

なるべく早く歩き、教室に入る。レシアちゃんの席は窓際の一番前で、僕はその隣。これは学校側が考慮してくれて、本人達が希望するならばこうして隣同士になることが許されている。

当然僕はそれがいいし、レシアちゃんも拒まないでくれている。嬉しい限りだ。

そんな僕の席に近づいて行くと…………レシアちゃんが居ない。授業開始まではあと三分ほど。普段は開始五分前には必ず準備を済ませて座っているのに……なにかあったんだろうか。

少しの逡巡。そして僕はレシアちゃんを探しに行こうと立ち上がると――レシアちゃんが少し慌てながら教室に入って来た。

転ばないように注意しながら僕の方に走ってくるレシアちゃんに、思わず頬が緩む。

「…………よしっ、間に合ったっ」

席に着くとすぐに教室の時計を確認、間に合ったことがわかるとレシアちゃんが嬉しそうに微笑む。

「レシアちゃん、なにかあったの? レシアちゃんがこんなに遅れるなんて珍しいよね」

「ちょっと授業の連絡事項が長引いちゃって……わたし、こんなギリギリなのは初めてですよ……」

そう言いながら、次の授業に使う教科書を準備し始めるレシアちゃん。

さっきレシアちゃんは結界魔法とかの補助魔法が苦手とは言ったけど、それは攻撃魔法に比べたら……という意味。

補助魔法もクラスのみんなと同じぐらい出来てるんだけど、攻撃魔法が物凄くてそれが霞んで見えてしまう。

初めての攻撃魔法の授業。内容は的があって、それに射撃を行うというモノだった。周りの年上の人達が四苦八苦しているなか、レシアちゃんは一撃で的を貫いて見せた。

威力も、精度も圧倒的で、その場に居た全員が唖然としたのをよく覚えている。

「そういえば……そろそろ模擬戦ですね」

授業の準備をしていたレシアちゃんを見守りつつ、過去のことを思い出していると、レシアちゃんが不意に呟く。

……そう。初等部とは違って、中等部に入ってから模擬戦が行われる。僕達が中等部に入ってから模擬戦の許可が出るのは今回初めてだ。この三ヶ月間で魔法に関して少しは認められたということだろう。

ちなみに出るか出ないかは志願制。つまり、ずっと拒否し続ければ模擬戦なんかしなくてもいいのだ。出れば成績に加算はされるけど、出なければ減点ということはない。

「そうだけど…………レシアちゃん出るの?」


「ん、まあ一応やってみようかなー、なんて思っていたり……」

「僕はやめたほうがいいと思うけど……」

たしかにレシアちゃんの魔法の実力は圧倒的だ。周りの人達と比べても……頭一つどころか二つ三つ飛び抜けている。

だけど、レシアちゃんはまだ子供なんだ。たとえ模擬戦とはいえ戦いには違いない。

「レシアちゃん、やっぱりやめたほうがいい。もっと大きくなってからのほうがいいんじゃないかな」

「わたしは子供じゃありませんっ」

少しだけムキになって言うレシアちゃんも可愛いなぁ…………ってダメだ! 流されるな僕! ちゃんと注意して考えを改めて貰わないと!

「でもね……」

制止する言葉を紡ごうとした瞬間……ふと、背後から感じる視線。

それが気になって、振り返る。そこにいたのは、いかにもガラの悪そうな二人組み。

たしかあの二人の名前は…………うん、思い出せない。余り近付きたくない人種だったし、特に興味も無かったからなぁ。

実際にあの二人には悪い噂が多い。しかも少しばかり魔法の成績がいいから、それを盾に付け上がっているような連中。

そんな連中がいったいなんで僕を見ているのだろうか。僕はあの二人とは極力関わらないようにしていたし……見当もつかない。

「あれ? ユーノさんどうかしましたかー?」

「あ……いや、なんでもないよ」

よく見たら、僕じゃなくてレシアちゃんを見てる……? あの二人……いったい何を考えているんだ。

なにか、イヤな予感がする。あの二人はそれなりに攻撃魔法も出来たから、多分模擬戦にも出るはず。……ダメだ。なぜかはわからないけど、あいつらとレシアちゃんを関わらせてはいけない気がする。

「レシアちゃん……やっぱり模擬戦は」

やめたほうがいい――僕のその言葉は、チャイムと共に教室に入って来た先生によって遮られた。











~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~













結局、レシアちゃんは模擬戦に出ることになった。

何度か止めたのだけど、レシアちゃんが「一回だけ様子を見させてくださいっ。それでダメみたいでしたらもうやめますから……」と涙目で訴えられてしまっては……僕としては首を縦に動かすことしか出来ない。

授業も終わり、現在は放課後。模擬戦の希望者はグラウンドの一角にある模擬戦専用の場所に集合で、レシアちゃんはすでに集合場所に居て、僕はレシアちゃんとは少し離れた場所に居る。

レシアちゃんが不安だから、模擬戦を見学させてもらうことにした。特に何も起こらなければいいんだけど。

今回の模擬戦の参加者は……様子見の人が多いのか、かなり少ない。大体二十名ほどだろうか。周りにも僕を含め少しの野次馬がいるだけでかなり閑散としている。

そんな静けさの中、グラウンドに居る参加者の様子を窺う。……例の二人が居た。

……イヤな予感は、未だに胸の中で燻っている。一応レシアちゃんに、あの二人にだけは気を付けてと言ったけど…………ただの杞憂であって欲しい。

僕も少しくらい攻撃魔法が出来れば、レシアちゃんの模擬戦の相手をしたい。だけど、今の僕では無理だ。

僕は攻撃魔法を失敗することが多いし、コントロールも甘い。前々から思っていたけど、どうも僕には攻撃魔法の才能は余り無いらしい。

その代わりと言ってはなんなんだけど、結界魔法はかなりのものだと思っている……自慢に聞こえちゃうかな。

そんなどうでもいいことを考えていると、どうやら模擬戦が始まったようだ。

どうやら模擬戦の形式は一対一のシンプルなモノで、監督の先生が模擬戦を取り仕切っている。その先生の監督下の中で、僕より年上の人がそれぞれのデバイスを介して魔法の撃ち合いを始めた。

レシアちゃん以外の試合はたいして興味が無いので、感慨も何も無い。早く終わればいいのに。

一戦が約五分ほどで終わり、二十分ほどの時間が流れ…………レシアちゃんの番が回ってきた。

模擬戦の相手は……くそっ、例の二人の片割れじゃないか。やっぱりイヤな予感がする。

「スティレット、セットアップ!」

不安に駆られる僕を尻目に、レシアちゃんが自身のデバイスであるスティレットを発動させ、その小さな身体にダークブルーの光を纏い……バリアジャケットを装着する。

バリアジャケット姿のレシアちゃんを見るのはこれで何度目かな……一見ちょっと大人みたいな落ち着いた格好なんだけど、胸元の大きなリボンがレシアちゃんの幼さと可愛らしさを引き立たせて、物凄く似合ってる。

そしてその手に持つのは、レシアちゃんの身長の二倍以上ある槍のようなモノ。たしかレシアちゃんはこれは薙刀ですよって言ってたっけ。リーチはあるけど、少し扱いずらそう。

その薙刀の先端部分には魔力で形成したダークブルーの刃が輝やいて……レシアちゃんは静かにスティレットを構えた。

そんなレシアちゃんに向き合うあの男もデバイス……杖の形をしたデバイスを構える。

「それでは……始めッ!」

先生が号令を掛けた瞬間――レシアちゃんは青い光を身に纏い、空に向かって一気に飛び上がった。












<レシア・クライティ>



制空権を取るというのは戦いにおいて重要……だと思う。

模擬戦が始まり、そう思ったから飛んでみたんだけど……これからどうしよう。……あ、ユーノがこっち見てる。手でも振ってみようかな。

そんな風に空からユーノを眺めていると、いきなり撃ち出される射撃魔法。かなりの速度の射撃なんだけど、これは距離が離れているのもあってなんなく避ける。

俺が空を飛んでいるのに対し、模擬戦の相手……名前はわかんないけど。……ん、あの男の人は……ユーノに注意しろって言われた二人組みの一人だっけ。

なんか悪い噂があるみたいだけど……まあいっか。とにかく、相手の男は飛ぶ気配を見せない。ふよふよと浮いてる俺を、手で目元を覆いながら眩しそうに見上げている。微妙に太陽と俺が重なっているみたい。

そんなに眩しいなら飛べばいいのに……いや、飛べないのかな。原作じゃ飛べない人も結構居たし、ありえない話じゃない。

それにしても……ユーノも心配性だよね。俺が模擬戦に出るのを快く思ってないみたいで、何度もやめるように言われましたし。

俺だってこの一年ぐらいの間に必死に勉強したし、この身体の元々のスペックが良いってのもあったんだろうけど、周りと比べてもかなり出来ると思う。

特に射撃と放出とかの攻撃魔法は、この学年で俺より上手い人は見たことがないし、結界魔法だって人並みには出来る。戦闘経験はゼロですけど。

その戦闘経験がゼロだからこそ、経験を積むために模擬戦をする。多少は怖いんですけどね。

今回は一対一だけど、今度はタッグを組んでやってみたいかな。それにもしかしたら将来戦うかもしれないし、経験はあるだけあったほうがいいと思うのですよ。

「よっし、じゃあスティレット。こっちも攻撃するよっ」

『了解です、マスター』

スティレットの機械染みた音声の直後、りん、と涼しげな音と共に魔方陣が展開され、俺の中にある魔力が意識的に動きだし四つの魔力の塊を生み出した。

『ディバインシューター』

「シュート!」

掛け声と共にディバインシューター……なのはが使っていた魔法を撃つ。発射タイミングをずらした四つの魔力弾が男に殺到するも、身を投げ出すようにして地面を転がり避けられてしまった。

ちなみに俺が使える魔法は大体がなのはとフェイトと同じ。せっかくなのでそういう風にスティレットにプログラムしてみたんですよ。威力は二人と比べたらかなり劣るだろうけどねっ。

それでも同学年の人達より威力がある。まだまだ成長するらしいし、どこまでいくのか実は期待していたり……。せめて管理局入り出来るくらいにはなりたいです。

そんな風に自分の将来を夢見ていると、地面を転がった男が立ち上がり、再び魔方陣を展開し始めた。

その魔方陣を展開する様子は空中からよく見えるので、射撃までのタイムラグを使って距離を取る。先程より距離が開いていたので、これも俺に当たることはない。

ん~、なんというかジリ貧な戦いになりそう。どっちかが大きく動かないと決着しそうにないような……。

魔力量に依存して、空中からの射撃で相手の体力を削ってもいいんだけど……なんか卑怯だからイヤだし…………。よっし、決めた。

相手がもう一度射撃魔法を使った時を狙って、スティレットの魔力刃でカウンターを狙ってみよう。確実に決めるためには射撃と同時に突っ込まなきゃいけない。

うぅ……少し緊張してきた……。

「スティレット……次でカウンターするよ?」

『了解です』

うぐぅ……緊張を誤魔化すために話しかけてみたけど……そんなにそっけなく返さなくてもいいじゃないかっ!

『マスター、心拍数が上昇しています。大丈夫ですか?』

そう! そういう言葉を待ってたのさっ!

「大丈夫じゃないかも……結構緊張してるみたい……」

『大丈夫です、マスター。自身を持ってください。今回の相手はマスターと比べて格下の相手です。負けることはそうそうないと思われます』

スティレットがこんなに長く話すの初めてだね……しかも励ましてくれてるしっ。…………微妙に相手を貶めてるような気がしないでもないけど。

「…………よっし、じゃあ頑張ってみるかなっ」

『サポートはお任せください』

……あ、相手のことを忘れてスティレットと話しちゃってたけど……この間に攻撃されなくてよかった。

なにはともあれ、スティレットを構える。現在の小さな身体だと、魔力刃を含めて二メートルを越えるスティレットを振り回すのは非常に難しい。

そういうことなので、俺が出来る攻撃は突くことぐらいである。空中から滑空して突っ込んで行けばそれなりの速度は出るだろうし。これが今のところ思いつく攻撃手段かな。

俺がスティレットを構えるのを見て、相手の男も杖型のデバイスを構える。

わずかな時間、お互いが相手の出方を窺い……こちらが動く気がないのを悟ったか男が再び魔方陣を展開。

男の周りに生み出された魔力弾が発射されると同時、男に向かって一気に加速。俺の移動速度と、魔力弾との相対速度があいまって、撃ち出された魔力弾が異常に速く感じる。

幸いにも男の射撃は誘導性が無いらしく、移動の軌跡を少しずらすことで回避。よっし狙い通りっ!

こちらの行動が予想外だったのか、目を見開いている男。そのままの速度で突っ込み、スティレットを突き出す。

ここまでは狙い通りに行ったモノの、男は存外反射神経が良いらしく、スティレットの魔力刃は腕を掠めるだけに終わった。

当然、非殺傷設定なので、肉体を傷つけることはない。……けれども魔力にはダメージを与えられたらしく、男は腕を押さえ顔を歪めていた。

再び距離を取りつつ、スティレットを構える。男もカウンターを警戒しているのか、なかなか射撃に移ろうとはしない。

うぐぅ……やっぱり一撃で倒せなかったのは痛いよね……。

男と向き合っていると……不意に男が視線をずらす。なにやってるんだろ。

幾ばくかの間。そして再び男が魔方陣を展開し始めた。

「スティレット、次で決めるよ」

『了解です』

スティレットに一言声を掛け、もう一度カウンターを成功させるべく身構える。

男が魔力弾を撃ちだすと同時に、再度加速して男に突っ込む。先程の魔力弾と同じく誘導性は無いようで、少し軌跡をずらし男に近付いていき――――


――――衝撃と共に俺の動きが止まった。


一瞬、なにが起こったのか理解出来ず呆然となる。

思考が正しく機能しないけれど、身体が締め付けられるような感覚だけはわかった。何事かと身体を見ると…………これは、バインド?

胴体と両手足がバインドによって固定されていた。

おかしい。男は魔力弾を撃った直後で、そんな余裕は無いはず。ランクが高いような人ならこれくらい出来るだろうけど、学生の範疇では出来るはずがない。なのになんで……。

思考がぐるぐると廻り出し……反応するのが遅れた。りん、と魔方陣が展開する音が聞こえる。監督の先生が制止の声を上げるが、お構いなしに撃ち出される射撃。

『プロテクション』

スティレットが咄嗟に結界を張って……防御出力が足りない。結界は容易く打ち破られ……直後に激しい衝撃。

非殺傷設定でも痛いなー、なんてことを一瞬考えたが、すぐに視界が悪くなってきた。多分、この身体はまだ弱くて、自衛のために気絶させようとしているのだと思う。

気絶する間際……俺が何故バインドによって拘束されたか理解した。

俺が気絶する直前に見たもの。

それはニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた――俺が戦っていたのとは違う、ユーノに注意するように言われたもう一人の男だった。












~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~













目覚めると……保健室のベットに寝かされていた。

瞬きを数回して、上体を起こそうと……やめた。頭がくらくらする。

中途半端に身を起こしたせいか、掛けられていた毛布がずれてしまった。後で直そう。

目を動かして、周りを見回す。白が基調の部屋、少しの薬品の臭い。ここは……保健室?

「あ……レシアちゃん、起きた?」

自分の置かれた状況を確認していると、横から聞きなれた声。

「ユーノ、さん……」

「レシアちゃん、もうちょっと寝てたほうがいいよ。射撃魔法が直撃したんだし」

「ここ、保健室ですよね……? 義母さんは?」

「さっきまで居たんだけど……どうしても外せない用事があるんだって」

そう言ってユーノがずれた毛布を掛けなおし……それから沈黙が生まれる。

そのまま五分ほど経った頃だろうか。

「レシアちゃん」

ユーノが沈黙を破り、声を発する。

「僕は言ったよね? 模擬戦はやめたほうが良いって」

「…………はい」

「確かにレシアちゃんは凄いよ。攻撃魔法だって学年で……いやこの学校で今一番上手いかもしれない。けどね……」

一つ一つの言葉を、確認するように、言い聞かせるようにゆっくりと言う。

「まだ僕達は子供なんだ。危ないことはしないほうが良いに決まってる」

そうユーノは言って、一呼吸だけ間を空けた。

「監督の先生が居るからって、模擬戦はやっぱり危険なんだよ?」

「でも、わたしが負けたのは……」

「レシアちゃんの言いたいことはわかってる」

俺の言葉を制し、数瞬の沈黙。その後、ユーノが続ける。

「僕、実はね、ものすっごく怒ってるんだ。……あ、もちろんレシアちゃんにじゃないよ?」

唐突に、ユーノが切り出す。

「ほら、模擬戦の前にレシアちゃんに注意したあの二人のこと」

「え……はい、そうですね」

あの二人と言われて……先程の模擬戦が脳裏を駆け巡った。途中までは優勢だった。だけど、あいつらの卑怯な手に嵌ったことを。

「あれ……ユーノさん。どうしましょう。わたし、すっごくムカついてきました」

「だよね。僕、見てたんだよ。あいつらの片割れ……模擬戦を見ていた方の奴がレシアちゃんをバインドで捕まえたの」

「そうですか」

「そうなんだよね」

そう言い合って……二人で笑う。あの二人にとって、俺が気に入らないからこういう目に遭わせたんだろうけど……お前等が思っているよりこの代償は大きいよ?

「ユーノさん。次の模擬戦……手伝って貰えませんか?」

「正直、もう模擬戦はやって欲しくないんだけど……仕方ないよね」

うん、どうやら俺とユーノの心は一つみたい。











「「あの二人、ブッ潰す」」





[5958] 序章 第10話前編
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/09 22:50
<ユーノ・スクライア>



前々からわかってはいたけど、改めてその現実を突き付けられると苛立ちが募る。


――僕には攻撃魔法の才能が無い。


その代わり、補助魔法が周りの人より少し上手に出来る。

……だからどうした。そんなことを考えても慰めにもならないし、余計に自分に嫌気が差すだけ。

魔法学校に設けられた寮の自室のベットに腰掛け、僕は自分一人なのを幸いに、不機嫌さを隠さずに思考に没頭していた。

あの模擬戦…………思い出しただけで腹立たしい。

あれは一対一の模擬戦なのに、外野が手を出したあげく、レシアちゃんを墜とすなんて……絶対に許さない。

レシアちゃんと直接戦った奴と、横合いからバインドで邪魔した奴。模擬戦が終わって、レシアちゃんが帰路に着いた後……僕はこの二人の情報を調べ上げた。

模擬戦でレシアちゃんと戦ったのがクルカス。バインドで外野からちょっかいを出したのがブシャイム。

こいつらはどちらもそこそこ魔法が上手く使えることを理由に増長している腐った人種。

大きな問題は起こさないけど、それはこいつらが公になりにくい陰湿な行動を主としているからだ。

この学校で、こいつらに好意的な感情を抱いている人間は居ない。もし居るならそいつもこの二人と同じ人種の人間だろう。

飛び級した当初はそんな連中がなにをしようと気にならなかった。

所詮は他人事だと、そう思っていた。同時にくだらない、卑しい人間だとも思ったけど。

だが、今回は違う。奴等はレシアちゃんにその陰湿な矛先を向けてきた。

保健室ではレシアちゃんと一緒だったから抑えていたけど……僕の頭は怒り一色に染まっていた。

模擬戦で、レシアちゃんが墜ちるのを見て…………僕の人生で初めてだと思う。

ただ、どこまでも純粋に――――人を、潰してやりたいと思ったのは。

けど、ここで行動しちゃダメだ。この衝動に囚われるまま行動したらいけないと、感情的になる僕を……かろうじて残った冷静な部分が、あの時僕を止めた。

――ここで僕があいつらに殴りかかってなんになる? そんなことより気絶したレシアちゃんをさっさと保健室に運ぶんだ……。

その言葉が頭に浮かんで……僕はこの衝動が向かう矛先を睨みながら、監督の先生を振り切って僕がレシアちゃんを保健室に運んだ。

この衝動を抑える気は、無い。あいつらは絶対に僕が潰す。

あいつらはちょっと魔法が出来るからと、鼻っ柱を高くしている。それを魔法で、模擬戦で叩き折ってやりたい。

だけど…………そう思っても、僕は攻撃魔法が上手くない。

「くそ!」

苛立つ衝動を拳に込め、ベッドに叩きつける。攻撃魔法が上手く扱えない自分を、ここまで恨んだことは無い。

別に、成功しないワケじゃない。初歩的な魔法なら魔力弾も生み出せるし、ちゃんと撃ち出せる。

……だけど、威力も、速度も、数も、全てが平均かそれ以下。それは攻撃魔法の射程が大きくなるごとに酷くなっていく。

魔法学校に入った時にスクライアのみんなから貰ったデバイスも、僕には使いこなせていない気がして……。

そもそも僕が得意としている補助魔法の殆どがデバイスを必要としない。

スクライアのみんなから貰ったデバイスは確かに高性能なんだけど……それが逆に僕に合っていない感じが拭いきれない。

高性能だけど、自分に合わないデバイス。そんなんじゃダメだ、自分に合うデバイスが欲しい。…………そうだ、だったらいっそのこと――――


――僕に合うデバイスが無ければ作ればいい。


そう、僕だけのデバイスを。

僕の…………攻撃のためのだけのデバイスを。

そうと決まれば話は早い。早速明日にでも材料を揃えて……絶対に作り出してやる。

……このことはレシアちゃんには秘密にしておこう。レシアちゃんは優しいから、もし言ったら手伝ってくれるだろうけど……それじゃあ意味がない。

レシアちゃんに余計な手間を掛けさせたくないし。それに……少しびっくりさせたいしね。

…………僕もまだまだ子供っぽいかな。

ふと、そんなことを思った。










<レシア・クライティ>



さて、あの模擬戦から三日が経った。

現在は放課後。俺はルシィさんと一緒に魔法の練習場みたいな場所に来ています。

そんなところに来てなにをするかというと、あの二人組みを叩きのめすために気合を入れて魔法の練習をしようかなと思いまして。

魔法の練習をするというのに、何故ルシィさんと一緒にいるかというと……練習場を使用するには、必ず魔法学校の先生の監督下で行わないといけないという規則があるのですよ。

最初はそんな規則があるとは知らず、門前払いをくらってしまった。くそぅ。

そんな門前払いを受けたけれども、魔法の練習をしたい俺はなんとか練習場を使いたいワケで……。

そう思いあぐねて、ルシィさんに練習場に一緒に来てーっと相談してみると快く承諾してくれた。

ルシィさん曰く、暇を持て余しているとのこと。

最初は保健室の先生が来て平気なのかなって思ったんだけど、保健室の先生もルシィさん一人だけじゃないらしく、今日の放課後は大丈夫みたいです。

そんなことを思いつつ、練習場の端っこで屈伸とかのお馴染みの準備体操をして身体をほぐす。

前世の俺の身体と違い、この身体ってものすごく柔らかいんですよね。長座体前屈が大好きになりました。

さて、そんな俺の柔軟性はどうでもいいとして。

……これから俺が行おうとしている魔法の練習は、授業でやっていた内容に少しだけ改良を加えたモノである。

今まで授業で行っていた射撃魔法の練習は、両足を地面に付けての……同じ場所に立って的に向かって魔法を撃ちだすという簡単な内容。

ちょっと考えたら、その練習方法……あんまし意味無いんじゃないかなーって思ったり。実践じゃ敵は常に動き回っているわけですし。

学生のうちはそんなもんなのかもしれないけど、俺としては実践向けの練習がしたいワケで。

そう思った俺は先生に頼んで、見た感じソフトボールぐらいの大きさの、丸っこい鉄の塊みたいなモノを貸してもらった。

実はこの丸っこいの、空中をランダムに移動してくれる優れモノの的なのである。

本当は個人にこういう道具を貸し出すのは、授業内容の足並みを揃えたい学校側が余り認めてないんだけど……今回は特別に貸してもらった。

最初は俺の要求が突っぱねられて泣きそうになったけどねっ。それでもめげずに、涙目になりながらも何度もお願いしたら貸してくれました。ありがたやありがたや。

さらにこの練習では、動くのは的だけでなく……今回からは俺も動きながら射撃を行ってみようかなと考えていたり。

ちょっと模擬戦を思い返してみると……俺って射撃魔法を絶対に止まって撃っているんですよね……。

せっかく空中から射撃できるというアドバンテージがあったのに、空中を移動しないでいちいち止まって撃ってたらたいして意味が無い気がひしひしと……。

とまあ、それらの反省点を念頭において今回の練習を頑張ろう。そういう意味ではあの模擬戦にはちゃんと収穫があったんだね。もっともあの二人組みにはムカついたけどねっ!

「さって、じゃあ始めようかな。……スティレット、準備はいい?」

『問題ありません、マスター』

「よしよし。それじゃ……スティレット、セットアップ!」

その言葉の直後に、青い魔力光が俺から発せられる。

その魔力光が集束し、俺は長い棒状の形のスティレットを手にしたバリアジャケット姿に……ルシィさん、なんでカメラを構えて凄まじい勢いでシャッターを切っているのでしょうか。

「……義母さん、なんでカメラなんて持って来てるの?」

「えー、だってレシアが魔法の練習したいって言うし。せっかくだから……ねっ?」

「へー、そうなんだー。じゃあ義母さん、後でそのカメラ貸して……ねっ?」

「別にいいけど、このカメラのデータを消しても無駄よ。もう家のパソコンにレシアのバリアジャケット姿のデータは送ってあるからね~」

「義母さんはなんでこういうことに関してはそんなに行動が速いのっ!」

ちくしょう! このままではルシィさんが作っている【レシアの成長アルバム】なるモノにまた俺の写真が追加されてしまう!

あのね、写真を撮るだけならまだ良いですよ?

それだけなら思い出として残すとまだ納得出来るけど……ルシィさんはそれだけじゃ飽き足らず、そのアルバムをルシィさんの友人達に自慢げに見せて回ってるんですよね……。

しかもそのアルバムの中には、ルシィさんにあらゆる衣服を着せられた俺の写真が満載ですよ? 羞恥プレイなんてモンじゃない。

ちなみにそのアルバムを破壊しようが、カメラ内のデータもパソコン内に入ってるデータも残るし、仮にそれらのデータも消しても……ルシィさんのことだから、別のメモリースティックに予備としてデータを残すぐらいのことはしてるだろうし……。

だから、あのカメラを何とかしたところでたいした意味は無いんですよね……。

「ほらレシア。この場所もあんまり長く使えるわけじゃないんだから……練習するなら早く始めちゃいなさい」

「え、うん。そうだね」

そういえばこの練習場、五時ぐらいまでしか使えないんだよね。う~ん、こればっかりはこの見た目じゃ仕方ないことと諦めるしかない。年齢制限はどこに行ってもあるモノです。

ルシィさんに誘導されてるなーと思いつつ、学校から貸して貰った的を起動させる。

極々小さい起動音。その音が数秒ほど聞こえて……ソフトボールぐらいの大きさの的はフワフワと浮き上がっていく。

うむぅ……こういうのをあらためて見るとなかなかシュールな光景だねぇ。

「さてと……それじゃあはじめますかっ」

一声、自分を鼓舞。そして俺も空中へと舞い上がった。












~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~













規則ギリギリまでの練習を終え、現在は自宅のリビングでふかふかのクッションの上に寝っ転がり、まったりとした時間が流れている。

「ほらレシア。ご飯できたわよ~」

ルシィさんがそう言ってキッチンから顔を覗かせるが、リビングでごろごろしている俺は動かない。……正確には動きたくないだけだったり。

だって…………ものすっごく疲れたんだもん。そんな弱音を吐いているんだけど、実際に練習をしていたのは大体二時間ぐらい。

それだけの時間しか練習してないけど、普段の授業と違って空を飛び回りつつ、動き回る的を相手に射撃魔法を撃ちだすっていうのは……なかなかに疲労が溜まるモノだと実感しました。

しかも俺は子供の身体。体力なんぞあるワケもなく……むしろこの年齢の子供と比べて体力が低い気がするし。もう練習で疲れて動きたくないというのが今の心情です。

まあそれをやりたいっ、って言い出したのは俺ですけど……疲れちゃったもんはしょうがないよねっ。

「ほらっ、いいかげんに起きなさい」

「んぅ…………」

寝っ転がって動く気配を見せない俺に対し、ルシィさんがしょうがない子ねーみたいな微笑でゆさゆさと軽く揺する。

どことなく優しさが見え隠れするルシィさんを見て…………なんか眠くなってきちゃいましたよ……。

「こら、寝るならご飯食べてからにしなさい」

「……ん…………ぅ……」

ダメだ……もうこの身体が完全に睡眠を欲している。前世までの身体と違って、眠くなったらもう止められないんだよね……この子供ボディは。

「……レシア。起きないとメイド服着せるわよ?」

「……うん」

やばい。瞼がすっごく重い……ルシィさんがなにか俺になにか言ってるけど……頭に入ってこない。

「あら、いいの? じゃあ……この前買ってきたこっちの服もいい?」

「…………うん」


「………………」←ルシィさん、テープレコーダー準備中。


「……っと、準備完了したわね。ふふふっ、言質を取るわよ~」

ルシィさんがなにやら俺に聞いてくる。それを曖昧に答えていき…………しばらくして、眠りに落ちた。








<ルシィ・クライティ>



「……レシア、眠っちゃったのね」

あら残念。もうちょっと言質が欲しかったけれど……まあいいわ。もうたくさん取れたことだしね。

この子は自分の言ったことには責任を持っているから、ちゃんと着てくれるでしょう。

テープレコーダーのスイッチを切り、立ち上がる。

このまま寝てたらレシアが風邪を引いちゃうかもしれないし、毛布を持って来ましょうか。

……あ、良い事思いついた。今日は布団をリビングに持って来てレシアと一緒に寝るのもいいかもしれないわ。

うん、そうしましょう。前にお泊り会の時に使った布団もあるし、それに決定。レシアは手の掛からない子だけど、その分甘えてきてくれないのよねぇ……。

家族に成り立ての頃に比べたらいいんだけど、私としてはもっと甘えて欲しいのに。

あんまり甘えてくれない愛娘の愚痴を思いつつ、布団を運ぶ。その流れのままリビングで静かに寝息をたてているレシアを起こさないように布団を敷く。

「さ~て……レシア、今から抱っこして布団に運ぶけど……起きないでね」

なんとなく、寝ているレシアに声を掛けてみる。当然返事は寝息なんだけどね。

その寝息を勝手に了承と受け取り、レシアを抱え上げる。う~ん、やっぱりレシアは同年代の子供達と比べても軽いわ……もっと食べさせたほうがいいかしら。

レシアは好き嫌いは無いんだけど、ちょっと小食気味なのよね。

そんなことを考えながら、慎重に移動開始。この年頃の子供は一度眠り始めたら全然起きないものだけど、だからといって乱雑に扱っていいわけがない。

レシアを起こさず、布団に寝かせて毛布を掛ける。さて、次は料理にラップをかけておきましょう。

幸いにも今日作ったのはシチューだし、温めればまた美味しく食べられるわ。

手際良くラップをかけた後、洗濯物などの家事を済まし、リビングに戻る。

「…………ん……」

レシアが穏やかな顔で眠っている。うん、やっぱり可愛いわ。写真を撮っておきましょう。

普段から懐に忍ばせているカメラを手に、レシアをロックオン。そのままパシャパシャと。デジタルカメラはメモリがある限り何枚撮っても平気だから便利ね。

…………よし、これだけ撮ればいいでしょう。そろそろアルバムも新しいのを買ってこないといけないわねぇ。

それにしても…………眠っているレシアを見て、思う。

最近は魔法の練習を以前にもまして頑張っている。……まあ頑張っている理由はわかっているけど。

…………模擬戦、悔しかったみたいねぇ。

そこで一つ溜息を吐く。

「よくもまぁ、私の愛娘相手に酷いことをしてくれたわね……あの二人は」

魔法学校でたびたび問題を起こす二人組み……クルカスとブシャイム。

三日前にユーノ君が気絶したレシアを保健室に連れて来た時は、本当になにがあったのかと酷く動転した。

ユーノ君の説明によると、レシアがグルカスと模擬戦をしている最中にブシャイムがバインドでレシアの邪魔をしたとのこと。

正直に言うと……私はその時、頭に血が昇っていた。ユーノ君にはずせない用事があると言って、模擬戦の監督をした先生に問い詰めに行くほどに。

その先生曰く、証拠はなにもない。それにあの二人に聞いたところで知らぬ存ぜぬな態度を取られるだけだと。

なんのために監督の先生としてあなたがその場に居たんだと、言ってやりたかった。

けれどそれを言っても、責任逃れをするのが目に見えていたので言わない。無駄だから。

学校側の不手際に、もう一度溜息を吐く。

さて、あの二人……今までは子供だからといって学校側も大目に見てきたけど……今回は少しお灸を据えてあげようかしら。

でも…………うん、とりあえずレシアとユーノ君が今度は模擬戦であの二人と戦いたがっているから、それまで待ってみましょう。

レシアもユーノ君も、あいつらにしかえしをしてやりたいでしょうからね。












~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~












<レシア・クライティ>



さて、魔法の練習を始めて一週間。自分で言うのもなんなんだけど、射撃魔法の精度はなかなか上達したように感じる。

やっぱりほら……人間って自分の好きな事には無心で打ち込めるモノですし。最初はランダム移動する的に全然当たらなかったんだけど、今で六割ぐらいは狙って当てられる。

そんな思わぬ集中力を発揮したんだけど、学校から貸してもらった的はもう手元に無い。

俺としてはもっと使っていたかったんだけど……これ以上は貸せないと、朝のHRの時に先生に持ってかれてしまった。くそぅ、もうちょっとくらい貸してくれてもいいじゃないか。

そんな先生に対する愚痴を思っていても、魔法学校の授業は進んでいく。

もちろん授業中に考え事をしていても、俺の右手はせっせとノートを書き取ったり、個人的に気になったところをメモしたりと大忙し。

先生の講義の声と、書き取る音が続く。

ノートに写し取る部分を書き終え、一休みしていると……俺の机の端に、隣に座るユーノからノートの切れ端を渡された。

おお……ユーノが授業中にこんなことをするなんて珍しい。ちょっとビックリしちゃいましたよ。……えーっと、なんて書いてあるのかな。

『魔法の練習、調子はどうかな? 手伝えることがあるなら言ってね』

ふむ……心配してくれてるみたい。でも……俺としてはユーノの方が心配なんだど。

『調子はなかなか良い感じですよー。わたしをのことより……ユーノさん、最近ちゃんと寝てますか?』

なんというか、一週間ぐらい前から目の隈が酷いんだよね……ちゃんと寝ているか不安ですよ。

『うん、二時間ぐらいは寝ているから大丈夫』

………………いや、それは大丈夫ではないよね。

『ユーノさん……もっと寝てください。だいたいなんでそんな時間まで起きてるんですか。身体壊しちゃいますよ?』

『心配してくれてありがとう。でも、それはまだ秘密かな』

うむぅ……別にやましいことをしているワケじゃないだろうに。

『まだ秘密、ってことは……そのうち教えてくれるんですか?』

そう書いた紙を渡すと、ユーノが苦笑したのが雰囲気で伝わってくる。

『うん。……来週の模擬戦までに必ず』

ユーノがそう書いた紙を渡すと同時に、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。




[5958] 序章 第10話中編
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/09 22:57
<ルシィ・クライティ>



魔法学校がお休みで、ゆったりと時間が流れるお昼過ぎ。

陽射しが燦々と降り注ぐリビングで、クッションにうつ伏せに身を預け、足をパタパタさせながら一枚のプリントを眺めているレシア。

とても平和な風景なのだけど、不満が一つ。

「ねーレシア」

「んー?」

「さっきからなんのプリント見てるの?」

「んー」

先程から私の問い掛けに、レシアが気のない返事を返すのよねぇ……。

「……親に対してその態度っ。悪い娘ねっ。これはお仕置きが必要だわっ」

小声で決意した私のことなどお構いなしに、プリントを見ているレシア。

そんなレシアに気付かれないよう、私はそーっと近付いていき……一定のリズムで動いている足を掴む。

「……?」

プリントから視線を外して、レシアは不思議そうな瞳でこちらを見る。けれどそれも数秒のことで、レシアは再びプリントに意識を戻す。

む、まだこちらに意識を向けないわねっ。それならばと今度はレシアに抱きつく。

「わっ、ちょなに…………うぅ」

少しだけ恥ずかしそうに、私の腕の中で身をよじるレシア。それでもレシアの視線はプリントに向けられている。

それならば……私はレシアを抱え上げ、そのまま――

「……義母さん。さっきからなんなのさ?」

――私の部屋に抱かかえていこうとしたら、レシアから抗議の声が上がる。

「レシア。これはお仕置きなのよ」

「…………んーっと、義母さん、それはなんでか聞いていい?」

まるで意味がわからないと言いたげな表情で私を見上げるレシア。

「だって」

「だって?」

「だって……レシアがさっきからプリントばっか見てて、構ってくれないんだもん……」

「………………………………」

「そういうワケで、これはお仕置きしかないなーっていう結論に」

「おかしい! 話が飛躍し過ぎてるし、なにか間違ってる気がするよ!」

その言葉と共に、じたばたと動きだすレシア。

「はいはい、そんな風に暴れたってもう逃げられないからねー」

レシアはまだまだ幼いから、まったく力が無い。がっちりと捕まえてしまえば、レシアが私の手から抜け出すことなど不可能。

暫くはなんとかして私の拘束から逃れようとしていたけど、やがて観念したのかすっかりおとなしくなる。

「うぅっ…………ただ静かにプリントを読んでいただけのに……」

「レシア、親とのスキンシップを無碍にした罪は重いわよ? ……それにいったいなんのプリントを見ていたの?」

「えと……今度の模擬戦のプリントだよ」

あらあら、それじゃあこの子が真剣になって見るワケだわ。だからといってお仕置きすることに変わりはないけど。

私の腕の中で、完全に力が抜けているレシアからプリントを拝借。それをざっと流し読みして…………リビングのテーブルに置き、私はレシアを抱かかえて歩き出す。

「えっちょ義母さん、どこに行くの? それにプリント……」

「ウフフフフフ、お仕置きにそんなモノは必要ないわよ……ねえレシア?」

「………………義母さんがこわい……なんか変なオーラが出てるよ……」

「それはきっと愛よ。……それじゃあ私の部屋に行きましょうか……」

もう諦めたのか、レシアはぐったりと力を無くして「ドナドナってこういう感じなんだろうね……」と呟いている。

そんなレシアを見て、やっぱりレシアは可愛いわーなんて思ったり。まあ実際可愛いけど。

「さっ、楽しい楽しいお仕置きの時間よ?」

「わたしは楽しくないと思う!」

「私は楽しいわよ!」




それにしても……今度の模擬戦、タッグマッチなのね。相方は……まあユーノ君でしょう。













~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~












<レシア・クライティ>



涼しげなチャイムが午前の授業の終わりを告げ、先程まであった授業独特の微妙な緊張感が一気にほぐれていく。

周りの生徒達は立ち上がり、教室を出る者や、その場で自分達が持ってきたお弁当や菓子パンなどを取り出す者、各々が昼食を食べ始めるために行動を起こす。

普段ならここでユーノと一緒に、学食でランチセットなりパンなり買って、一緒にお昼を食べるクレインちゃんとの集合場所であるフリースペースに行くんだけど、今日はまだユーノが教室に姿を見せていない。

う~ん…………いったいどうしたのかな。まじめなユーノが授業をサボるとは思えないし。もしかしたら体調でも崩したのかも……最近寝てないみたいだし。

今の俺がもっとも気にしている懸案事項の模擬戦は今日の放課後。うむぅ…………ユーノは大丈夫なんだろうか。

今回の模擬戦はタッグマッチということで、既にユーノと組むことはプリントを貰った時点で、お互いに了承し合っているんだけど……。

けど、もしもユーノの体調が優れないなら、今日の模擬戦は出ないほうがいいよね。

あいつらにしかえししてやりたいけど、ユーノに無理はさせたくない。俺にとってしかえしなんていう感情より、友達であるユーノのほうが大事ですし。

そんな風にユーノの安否を思っていると、教室のドアが開き…………見慣れた民族衣装。

俺の姿を見つけて、ゆっくりと近付きながら軽く手を持ち上げて会釈してくるのはもちろんユーノである。

「レシアちゃん、おはよう」

「ユーノさーん、ちこくちこくー」

「あー、うん。その、ね……寝坊しちゃったーなんて、あはは……」

「夜更かしするからですよー」

しっかし随分とまあ……盛大な遅刻ですね。そりゃ一日二時間しか寝てなきゃそうなるだろうけどさ。

「それで……またやってたんですか?」

俺が言いたいのは……先日、授業中にノートでやりとりした時にあった秘密について。文の主語を意味する言葉が抜けているけど、ユーノにはちゃんと伝わったらしい。

嬉しさを表すように微笑んで、ユーノが口を開く。

「あー、うん。それなんだけどね。昨日には完成してたんだけど、微調整に手間取っちゃって。今朝ようやく終わったんだ。……そのせいで気が抜けて寝ちゃったけど」

最後に冗談めかしたように言い終えて、ユーノが自分の座席に肩から提げた鞄を置き、普段の定位置である俺の隣に座る。

「完成……ってことはユーノさん、なにか作っていたんですよね?」

「うん、そうだよ」

「ふむふむ……で、なに作ってたんですか?」

「それは今日の模擬戦でのお楽しみ……かな」

「むぅ……別に教えてくれたっていいじゃないですかー」

「あ、そういえば…………レシアちゃん、お昼ご飯まだだよね?」

「んぇぁ? あ、はい。まだですよ。これから食堂に行こうかなーって」

ユーノの唐突な物言いに、思わず素っ頓狂な声が出ちゃった。

というか……思い切り話を逸らしたなユーノ。……まあ、そこまで秘密にしたいならってみよう。模擬戦までには教えてくれるって言うし。

「えーと、レシアちゃん、実は…………」

そんなことを考えている俺を気にせず、ユーノが鞄に手を入れてモゾモゾと。どうしたんだろうね、ユーノは。

視線を泳がせ、躊躇いがちにユーノが鞄から取り出したのは……布に包まれた二つの箱のようなもの。

「あれ? ユーノさん。それ、なんですか?」

「うん、その…………お弁当」

「うぇ?」

あ、また変な声出た。……ってお弁当?

「お弁当作ってきた、から…………その、レシアちゃん。良かったら……食べて欲しい」

うむぅ、聞き間違えではなかったみたい。しかしお弁当ね……ユーノの料理の腕は知っているけど、なんで頼んでもいないのに作ってきてくれたんだろ。

「えーと……また突然ですね」

「ダメ…………かな?」

ってなんでユーノはそんな捨てられた子犬みたいな瞳をしているの!? 俺が悪者みたいじゃないか!

「いえいえっ、ユーノさん、ありがたくいただきますっ」

そう言ってユーノから一つ、布に包まれたお弁当箱を渡してもらうと……ユーノはホッとしたように表情を綻ばせる。

そしてそのまま俺は立ち上がり、ユーノと並んでクレインちゃんとの集合場所へと歩き出す。

それにしても、なんでユーノはいきなりお弁当を作ってきてくれたんだろ。

う~ん………………閃いたぞっ! ユーノはいつかクレインちゃんにお弁当を作ってあげようと考えているんだな!

それでまず俺にお弁当を食べさせて、評価して欲しいワケですね!

うんうん、そういうことならお安い御用だぞユーノ。それにユーノは料理上手だから問題ないと思うし。

それじゃあユーノの期待に応えて、お弁当を食べさせてもらいますか。












~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~













さて、そんなこんなでユーノのお弁当を美味しくいただき、待ち望んだ放課後。

前まではお昼休みに俺、ユーノ、クレインちゃんとの三人で昼食を食べていたんだけど、最近は新しく出来たクレインちゃんの友達も昼食を一緒するようになってきたんですよね。

うむうむ、友達の輪が広がることはよきかなよきかな。

クレインちゃんはユーノが料理出来る事は知っていたけど、クレインちゃんの友達は知らなかったみたいで純粋に驚いていたね。

それにしても、ユーノのお弁当は本当に美味しかったね。ユーノにそう伝えたら今度から作ってこようか? なんて言われちゃいました。

ユーノも料理好きだねぇ。まあクレインちゃんのためってのもあるんだろうけど。

俺としては美味しいし、是非ともお願いしたいところなんだけど、それがユーノの負担になっちゃうんじゃないのかなーなんて考えたり。

ユーノにそう伝えたら一人分も二人分も大差ないよ、なんて言ってたけど……正直どうなんだろ。

俺が普段昼食を食堂で取るのは、やっぱりルシィさんも朝はそれなりに忙しいので、お弁当を作る暇がないからである。

とまあそんな感じでお弁当を作ってきて貰えたら、俺としてもルシィさんとしてもそれはいろいろと助かるんだろうけど……そういうことは親の許可無しにやっちゃいけないよね、と結論を出し保留。

そんな風に昼休みのことを思い出して歩いていると、気が付けば模擬戦が行われるグラウンドに到着。

「もう大分集まってるみたいだね」

「そうみたいですね」

辺りを見渡して、そう呟くユーノに同意する俺。

ユーノの言う通り、模擬戦専用グラウンドに集まっている人達はそれなり多く、おおよそ二十人ほどか。

一応集合時間よりちょっと早く来たんだけど、みんな考えることは同じみたいだね。

だいたい集合時間まであと五分ほど。その待ち時間中やることもないので、グラウンドの端っこにあるベンチに二人で腰掛ける。

座る勢いのまま背凭れにだらしなくよっかかる……のはちょっと躊躇われたので、腰を落ち着けて、グラウンドに居る人達を見てみる。

それぞれのデバイスの調子を見ている者、仲の良い友人等と談笑している者などなど。

なんというか、模擬戦前だけど和やかな雰囲気だねぇ。まあ模擬戦っていっても本気で戦り合うワケじゃないし、ゲーム感覚で来ている人が多いのかな。

そんな風に周りの人達を眺めていると、周りの人達の輪から少し離れた場所に居る二人組みの存在が俺の視界に入った。

うん、間違いない。前に俺と模擬戦をした奴と、横合いからバインドで邪魔した奴。……確か、ユーノが言うにはクルカスとブシャイム。

あんまりあいつらのことを記憶に留めたくないんだよね……なんかムカつくし。

俺の視線に気付いたのか、あいつらはこちらを見て……ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた。

それを認識した途端、なんか頭に血が昇って来ましたよ…………そうやって笑っていられるのも今のうちだぞこのやろう。

イラつきを抑えぬまま、二人にガンを飛ばしてみるけど、俺の外見じゃ迫力なんて欠片ほどもないよね……。

そんなことを思って、ちょっと悲しくなっていると今回の模擬戦の監督をする先生が到着した。

「今回のタッグマッチ形式の模擬戦に参加する者は集合しろ!」

監督である男の先生が、大声を張り上げる。なんていうか、体育会系の先生みたい。ちょっと怖いと思ったのは内緒。

先生の声を合図に、ワラワラと集まりだす参加者達。

うむぅ……やっぱりなんだかんだで結構な人数がいるね…………ふと思ったんだけど、こんなに人数いたら誰と戦うとか選べないんじゃない?

模擬戦前に配られたプリントには、どういう風に対戦相手を決めるとかは書いてなかったし……どうなるんだろ。

監督の先生が模擬戦の説明を始めているけど、どうやってあいつらを対戦相手に選ぶのか気になるし……うん、ユーノに聞いてみよう。

隣に居るユーノの袖をちょちょいと引っ張り、ユーノの意識をこちらに向け、疑問を口にする。

「ユーノさん、こんなに人数居ると戦う相手って選べないんじゃ……」

「ん、それは大丈夫だよ。前に調べてみたんだけど、タッグマッチの模擬戦は戦う相手をその場で選ぶみたいなんだ」

自らの疑問をユーノに聞いてみると、事前に調べていたらしい情報を教えてくれた。

その場で選ぶねぇ……まあ相性悪いとか、誰々とは戦いたくないって言う生徒への救済措置なのかな。

「だから、あの馬鹿二人と戦いたがる人なんてまずいないだろうし、大丈夫」

監督の先生の話を右から左へ受け流しつつ、ユーノの言葉を反芻する。

まあ一言で言えば、なにされるかわからないから戦いたくないっていうのが、周りの生徒の考えなんだろう。誰しも平和に過ごしたいってことです。

「たしかにそうですね……あいつらと好んで戦う人が居るとは思えませんし」

「うん。仮に居たとしても、模擬戦の相手を決定するには双方の合意が必要だから、あいつらが僕達と戦いたくなるように挑発でもすれば問題無いよ」

そんなユーノの言葉に頷きを返しているうちに、先生の説明が終わったみたいで、先生の「それでは各自で対戦相手を決めろ!」と、ユーノの情報通りの言葉を張り上げる。ちょっと喧しいと思ったのは内緒。

「それじゃあレシアちゃん。どうせあいつらはあぶれるだろうし、ちょっと待ってみようか」

「ん~それもそうですね」

ユーノの言葉に頷き、参加者達から少し距離を置いて暫し待つことに。

ガヤガヤと周りの参加者達が対戦相手を決めるため、適当な人間に話しかけたりするなか……やはりというか、あの二人組みは見向きもされない。

まあ普段の行いが悪ければそうなるのも当然かな。声を掛けたりはしているんだけど、なんだかんだで全部断られてるみたい。

待っている間に、俺とユーノに声を掛けてくる人も何人か居たけど、それは丁寧にお断わりさせてもらった。それ受けちゃったら意味ないし。

さて、五分ほど経った頃だろうか。だいたいの参加者達が各自の対戦相手を決め終え、決まっていないのは俺達を含め極少数。

うん、そろそろ頃合かな。あいつらを観察するのも馬鹿らしくなってきたしね。

「それじゃ……ユーノさん。そろそろ行きましょうか」

「うん、そうだね」

ユーノと一つ頷き合い、俺達はあいつらに向かって歩き出した。










<ユーノ・スクライア>



「あ? なんだテメェら」

レシアちゃんと僕が近付いたのに気付いたのか、クルカスが僕達に視線を向け、言葉を発する。

それにつられて、ブシャイムの方も視線をこちらに向け……レシアちゃんを見た途端、表情が下卑たものに変化した。

「おいクルカス。こいつ、前の模擬戦でお前が戦ったガキじゃねえか」

「へっ……よく見りゃそうみてえだな」

そう言って、見ているだけで僕の不快指数を跳ね上げるニヤけた顔になる。

「で、お前らこれからここでなにやるのか知ってんのか?」

「ええ、もちろん」

顔を顰めて嫌そうにしているレシアちゃんに代わり、僕が問いに答える。

こいつらとの会話はイライラする。レシアちゃんにこいつらの声なんて聞かせたくないし、さっさと終わらせよう。

「僕達とタッグマッチで勝負しろ」

「あぁ?」

簡潔に伝えたのに、こいつらは理解出来なかったらしい。

「頭だけじゃなく耳まで悪いのか? 僕達と勝負しろって言ったんだ」

仕方なしに、もう一度言う。言葉遣いが悪いが、こいつら相手ならこれで充分だろう。

「おいなんだテメェ。舐めてんのかおい」

「もちろん。……で、勝負するのかしないのかどっちなんだ?」

どうせこいつらは先生の居る場所じゃ、大きなことはなにもできはしない。

短い間。あいつらの表情に浮かぶのは少しの逡巡と、大きな驚き。

なにげなしに隣のレシアちゃんを見ると、レシアちゃんも驚いた顔をしている。

驚いたレシアちゃんも可愛いけど、ちょっと怖がらせちゃったかもしれない。少し自粛しないと。

ふぅっと、溜息を一つ。それで少しは落ち着いた。

改めてクルカスとブシャイムを見ると、未だに悩んでいるみたいなので、少し挑発してみようか。

「あー、勝負するのが怖いなら別に構わないから。あんたらは卑怯な手を使わないと勝てないしね」

「……ケッ! いいぜ、そこまで言うならやってやろうじゃねえか!」

こんな簡単な挑発に乗るなんてやっぱ馬鹿だなこいつら。台詞も三下っぽいし。

うん、もう対戦するのは決定したし……こいつらと話す事なんて何も無いな。

「じゃあレシアちゃん、行こう」

「え、あ……はい」












~~~~~~~~~~~~~~~~~~













既に何組かの模擬戦が終わり、いよいよ僕達の模擬戦が始まろうとしていた。

グラウンドの中央で僕達はクルカス、ブシャイムの二人と対峙して、監督の先生の話を聞いていた。

僕が先程行った安い挑発が気に障ったのか、二人揃って馬鹿みたいにこちらを睨んでくる。

そんな視線にはさして興味が無いので、特に気にすることもなく、監督の先生の模擬戦前の注意事項に耳を傾けていた。

「――であるから、お互いにフェアな戦いを行うように。では各自デバイスの準備をしろ!」

説明が終わり、先生が少し離れた距離に引いていく。僕達とあいつらもそれに倣うように、お互いに少しの距離を取り合う。

「いよいよだね。レシアちゃん」

「はいっ」

何気なしにレシアちゃんに声を掛けると、模擬戦前で高揚しているのか、普段より二割増しぐらいの元気で返事をしてくれた。

返事の後、レシアちゃんはペンダントのように首から提げたスティレットを手に取る。

「スティレット、準備はいい?」

『もちろんです、マスター。今度こそ、あの不届き者どもを叩きのめしてやりましょう』

「……なんかヤル気全開だね。……まあいいや。スティレット、セットアップ!」

短い会話。その直後に、眩い青の魔力光がレシアちゃんから発せられ……数瞬後、青い魔力刃を輝かせるスティレットを持ち、ダークブルーのバリアジャケットを身に纏ったレシアちゃんの姿が現れる。

うん、やっぱいつ見ても可愛いね。レシアちゃんは。

「……ぅん? ユーノさん、どうかしましたか?」

「え、あ、いや……なんでもないよ、レシアちゃん」

まさか見惚れてたなんて言えるワケがない。不思議そうに僕を見つめるレシアちゃんの視線に……なんというか、恥ずかしさを感じる。

なんとなく、小さく咳払い。それでなにが誤魔化せたとかはわからないけど。

「そういえば……ユーノさん、デバイスを出さないんですか?」

魔力刃を含めると、自分の身長の二倍以上あるスティレットを両手で持ち、レシアちゃんが僕に聞いてくる。

その言葉を聞いて、少し緊張してくる。いよいよ僕の新しいデバイスを、レシアちゃんに見せる時がきたんだ。

「うん。今から出そうと思ってたところだよ」

そう言ってレシアちゃんと同じく、ペンダントのように首から提げたライトグリーンの球体を取り出す。

「え……それって、あれ?」

以前レシアちゃんに見せた待機状態のデバイスとはまったく違う色に、レシアちゃんが気付いたみたい。

「このデバイスをレシアちゃんに秘密で作ってたんだ」

「あ、ぅえ? それ……ユーノさんが作ったんですか?」

「うん、そうだよ」

「あ、あの……夜更かししてまで作っていたのが……そのデバイスなんですか?」

「うん」

予想以上にびっくりしているレシアちゃんを見て、思わず表情が緩む。うん、僕のレシアちゃんをびっくりさせる作戦は成功だねっ。

「えーっと……それじゃあ、あのスクライアの人から貰ったっていうデバイスは……?」

「ん、あっちのデバイスは無駄に高性能だったから、僕にちょっと合わなくって。だからこれからはこっちのデバイスをメインで使おうと思うんだ」

その言葉を聞いて、呆然としているレシアちゃん。うん、ぽへ~っとしているレシアちゃんも可愛い。

もう少しレシアちゃんを眺めていたいけど、そろそろ監督の先生が注意してきそうだし、さっさと準備を終わらせよう。

「もしもーし、レシアちゃーん、大丈夫かなー?」

「…………はっ! あ、いえ、大丈夫ですっ。ちょっとびっくりしていただけで!」

まだ現実に帰って来ていなかったレシアちゃんの声を掛け……新しい僕のデバイスを掌に乗せる。

「それじゃあ……"アイギス"、セットアップ!」

その言葉の直後、僕の身体をライトグリーンの輝きが包み込んだ。













<レシア・クライティ>



淡い緑の輝きが収束していき、スクライアの民族衣装を基調としたバリアジャケットを身に纏ったユーノが姿を現れた。

その右手に握られているのはスティレットによく似た……薙刀のようなデバイス。

ユーノの身長を軽く上回る長い柄。その柄の先端から伸びるライトグリーンの魔力刃が輝いている。

……………………ってなにこれ? なんでユーノがこんな自分専用のオリジナルデバイスなんか作ってるのさ! 俺こんなの知らないよ!?

「レシアちゃん……どう、かな? せっかくだからレシアちゃんのスティレットと、同じようなタイプのデバイスにしてみたんだけど」

「え? あ、……たしかにスティレットとそっくりですね」

ユーノから不意に聞かれた質問に答え……たしかにスティレットとユーノの新デイス……"アイギス"って言ってたよね。とにかく、俺とユーノのデバイスの形状は、色違いの同じモノと言われても納得出来るほど似通っていた。

ってそれより! なんでユーノはデバイスを作ろうなんて考えちゃったのさ!? 前に見せてもらった赤い球体のデバイス(おそらくレイジングハート)がかわいそうじゃないか!

脳内にいろいろと変な考えが浮かんでくる。主にユーノが新デバイスを持ったことでの原作への影響についてとかね。

うぐぅ…………とにかく、作っちゃったモンは仕方が無い。別にあって困るモンじゃないし、それにユーノが強くなったってきっと不利益は生じないはずさ!

そう勝手に自己解決して……現実逃避とか言っちゃダメだよ? とにかく、改めてユーノの右手に握られた……アイギスに目を向ける。

「……僕はあんまり攻撃魔法が得意じゃないから。それを補うために、内部のデータとプログラムの殆どを攻撃に特化させた……このアイギスを作ったんだ」

「ふむぅ、なるほど」

「攻撃特化と言っても、時間が無かったから基本的な魔法しかプログラムしてないんだけどね」

俺が興味津々の視線に気付き、ユーノがアイギスの説明をしてくれた。

それにしても攻撃特化型デバイスね……また大胆なモノを作ったもんだねぇ。

「えーっと、それじゃあ防御魔法とかはどうするんですか?」

「うん、防御魔法はデバイスが無くても出来るから大丈夫かなって」

俺の問いに、ユーノは微笑みながら答えを返す。

つまり……攻撃はデバイスで、防御は自分のみで行うってことですか……結構難しそうだけど、大丈夫なんだろうか。

「そのデバイス……アイギスはテスト運転とかはしたんですか?」

「ん、昨日の夜……というより今日の朝方にやったけど、問題なく使えたよ。……でもアイギスはストレージデバイスだから、融通はきかないけどね」

しかもアイギスはストレージデバイスですか……処理速度とかはインテイジェントデバイスより早いけど、適切な魔法の選択をするために高い判断力を必要としていた気がする。

「おい! いつまでも何をしている! 準備が終わったなら早く指定の位置につけ!」

「あ、すいませんっ」

うぐぅ……ユーノと話し込んでいたら先生に怒られてしまった……。少し慌ててユーノと二人、指定の位置……クルカスとブシャイムから十メートルほど離れた位置に向かう。

うん、あいつらがすっごいこっち睨んでる。どことなく小者臭を感じるからあんま迫力は無いけどね。

お互いが対峙し合い、先生が最後の説明と銘打って話を始める。それを軽く聞き流しつつ、ユーノに声を掛ける。

「あの……ユーノさん。わたしたち作戦とかは決めてないんですけど……どういう風に戦いましょうか」

なんで事前に作戦ぐらい決めておかないんだとか言わないで。俺もユーノも自分の事で忙しかったんですよっ。

そんなことを考えているうちに、ユーノが一つ頷いて口を開く。

「それなら……レシアちゃんの好きなように戦って欲しい。僕がレシアちゃんをサポートしてみせる」

「……はい、りょーかいですっ。ユーノさん」

ユーノに力強くそう言われて……不思議と安心感を覚えた。

「――ではこれより模擬戦を始める」

ユーノとの短い会話をしているうちに、監督の先生の話も終わったみたい。先生が俺とユーノ、クルカスとブシャイムを交互に見て、その視線で模擬戦の開始を訴えかける。

それに触発されるように、胸の鼓動が高まっていく。そして俺も、ユーノも、目の前にいる敵も各自のデバイスを構える。

監督の先生が全員が模擬戦に入る準備を終えたことを確認し、数歩後ろに下がる。そしてその右手を上に持ち上げ――

「それでは……模擬戦始めッ!」

――号令と共に振り下ろし、俺はそれと同時に空中へと飛び上がった。





[5958] 序章 第10話後編
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/09 23:03
<レシア・クライティ>



人間には個人差はあれど、成長期というモノが存在する。

子供だった身体が大人へと、大きく成長していくその時期。平均して十二歳あたり、日本だったら中学生になった頃に成長期というものが訪れる。

俺とユーノはもちろん成長期になんぞ入っていない。それに比べて、クルカスとブシャイムは既に成長期に入っている。

なにが言いたいかというと、成長期に入っているか入っていないかで、身体能力に大きな差が出るということですよ。

二十歳と二十七歳が喧嘩したらどっちが勝つかはわからないけど、七歳と十四歳が喧嘩したらどうなるかはお察しの通りだよね。

身体の大きさが違えば歩幅も違うし、走る速さとかも違ってくる。

これってよく考えたら、俺とユーノは地上で戦うと、それだけであいつらに大きなアドバンテージを与えちゃうなーなんて思ったり。

相手の射撃魔法を避けるにも身体を使うし、間合いみたいなモノを取る速さも違ってくるんじゃないんだろうか。

そんなことを思ったから前回の模擬戦と同じように飛んでみたんだけど……これからどうしよう。

「どうしたの? レシアちゃん」

いざ模擬戦が始まったはいいけど、どう攻めればいいか考えあぐねていると、不意に近くから聞こえてくる声。

声のした方向へ視線を向けると、右手に自作したスティレットそっくりのデバイス"アイギス"を持ったユーノが不思議そうに、だけど戦闘が始まったからか、どことなく真剣な表情でこちらを見ていた。

「ん……いえ、どうやって攻めようかなーっと思いまして……」

前回みたいなカウンター戦法は……どうなんだろ。

二対二の対戦じゃこちらにもユーノという仲間のフォローがあるように、相手にも味方のフォローがあるんだよね。

「レシアちゃん。前回の模擬戦でやっていたカウンター……あれはもうしちゃダメだよ」

「え?」

頭の中で考えていた作戦を言い当てられてちょっとビックリしちゃった。

「……えーと、ユーノさん。なんでですか?」

「レシアちゃんが危ないから」

そんなことを真顔で言われて……その、ごめんユーノ。ちょっとどう答えていいかわかんなくなちゃいましたよ。

そういうカッコいいことはクレインちゃんに言ってください! ユーノは始めての模擬戦だから少し興奮しているのかもね。

「ええと、じゃあカウンターはなしの方向で……」

「うん」

とりあえずカウンターをしないということを口にすると、ユーノは俺に対しふわふわと浮きながら首肯を返した。

「そういえば……ユーノさんって飛べたんですね」

首肯を返してくれたユーノに対し、ちょっと気になったのでそう声を掛けてみる。なんていうか、あんまり原作でも飛び回ってるイメージがなかったので。

「空を飛ぶこと自体は初級の最後くらいの魔法だしね。それに……レシアちゃんと同じ空を飛びたかったから」

何故か少し気恥ずかしそうに視線を流し、ユーノがそう呟く。

ふむ、なるほど。ユーノも俺と同じく地上戦は不利と判断していたみたい。よし、なんかお互いの意見が一致して嬉しくなってきたっ!

「ふふっ、考えていることは一緒みたいですね。ユーノさん」

「えっ! あ、その……レシアちゃん……?」

その瞬間、もう既に聞きなれた、魔方陣を展開する涼しげな音。

慌てて音のした方向……視界を下に下げると、クルカスとブシャイムが二人揃って魔方陣を展開している。

「レシアちゃん、下がって!」

俺が回避行動を取る前に、ユーノが俺の前に立ち……撃ち出される射撃魔法。

それなりの速度、といっても地上で避けるにはなかなか難しいほどの速度で迫る魔力弾。

クルカスとブシャイム。二人が撃ちだした魔力弾に対し、ユーノは右手を前に差し出すだけ。

うぐぅ、やっぱり自分に向かって魔力の塊が飛んでくるのはなかなかに怖い……。それよりユーノはこの状況をどうするつもりなんでしょ。

そんなことを考えて……迫る魔力弾が被弾する直前――淡く輝く緑の結界が俺とユーノを包み込んだ。

結界が生まれ、着弾。全ての魔力弾が命中したにも拘らず、なにも衝撃が伝わってこない。

「レシアちゃん、大丈夫。この程度の威力じゃ……僕の結界は破れない」

ユーノは少しだけ誇らしげに、そして微笑みながら言う。

お、おお、おおおおおーっ! すごいぞユーノ! さすが将来は凄腕の結界魔導士になる男だよ!

「ユーノさんすごいですねっ!」

思わず手放しで喜んじゃうよっ! かっこよかったし!

「え、その。……それほどでもない、かな」

うむぅ。謙虚だなぁユーノは。もっと誇ってもよかろうに。まあユーノらしいといえばそうだけどねっ。

褒められたことに対し照れているのか、少しだけ朱に染まった頬をかいているユーノを見てると、思わず和んじゃうね。

……っといけない。今は戦闘中だった。気を引き締めていかないと。また不意打ちをもらってしまうじゃないか。

「それじゃ…………ユーノさん。そろそろいきましょうか」

「そうだねレシアちゃん。……作戦はどうしようか?」

俺の意識の切り替えを感じたか、ユーノに先程までの気の緩みはない。油断無くアイギスを構え、クルカス達を見据えている。

「ん~…………そうですね」

もうここまできたらあーだこーだと考えても意味ないし……別に考えるのが面倒だったワケじゃないですからね?

スティレットの矛先をクルカスとブシャイムに向け、一言。

「ユーノさん、作戦は"ガンガンいこうぜ"で!」









<ユーノ・スクライア>



「ディバインシューター、シュート!」

レシアちゃんのその言葉と共に、複数個の青い魔力弾が生成され、凄まじい速度でクルカスとブシャイムに殺到する。

展開速度、出力、弾速、弾数の全てがあの二人の射撃魔法を圧倒している光景は、僕にとってとても心地よいモノに感じる。

レシアちゃんは射撃を行わない時は空中を小まめに移動して、クルカスらに照準を絞らせず、さらに移動中もディバインシューターで常に攻撃の手を休めない。

正直なところ、レシアちゃん一人でクルカスとブシャイムを倒せると思う。

前回の模擬戦でレシアちゃんが負けたのは、レシアちゃんの長所である中・遠距離からの射撃をあまり使用せずに、スティレットの魔力刃で斬りかかったからだ。

……それに加えブシャイムの奴が横から邪魔したせいでもある。むしろこれが元凶だ。

…………いけない。余計なことを考えすぎた。今は模擬戦の最中なんだ。僕に出来ることをしっかりとしないと。

右手にあるアイギスを一度見て、構える。

「フォトンバレット!」

掛け声と共に、僕の中の魔力が抽出されていく。

今の僕が使える攻撃魔法なんてこれ一個。それも基礎の基礎。誰だって使えるような初級の魔法。

以前までの僕の"フォトンバレット"の威力だったら、それこそ牽制になるかならないか程度の威力しか出せなかった。

それでも、アイギスがあれば……変わる。

アイギスから撃ち出された淡い緑色の魔力弾は、確かな威力と以前とは比べ物にならない速度で突き進んでいく。

フォトンバレットは指定した方向にただ一直線に突き進む射撃魔法。それだけに扱いやすいし、また避けられやすい。

クルカス達に向かっていく僕の魔法弾。以前より断然速いとはいえ、誘導性重視のレシアちゃんの射撃の速度より劣っている。

そんな僕の射撃は当然避けられる…………けど、それでいい。

少しでもあいつらの牽制になれば、それがレシアちゃんの攻撃の起点となる。

「よっし、スティレット!」

『アクセルシューター』

「シュート!」

レシアちゃんが空中で凄まじい速度で魔方陣を展開、そして射撃魔法を撃ちだしていく。

青い魔力弾かクルカス達に降り注ぎ……さすがに避け切れなかったのか、二人揃って身体のどこかしらを押さえて呻き声を上げた。

「ユーノさん、ナイス牽制っ!」

レシアちゃんは自分の攻撃が命中したのが嬉しいのか、僕まで嬉しくなってくるような笑顔でそう言ってくれた。……実際嬉しいけどね。

レシアちゃんに手を振って返し再びアイギスを構える。

…………この模擬戦において、僕の仕事は、レシアちゃんが気持ちよく戦えるようにサポートすることだけだ。









<ルシィ・クライティ>



放課後の保健室は、なかなか退屈を持て余してしまうことが多い。

別に職務怠慢をするつもりはないのだけれど、もう書類等の片付けは終わったし、"予期せぬお客さん"が来ない限りは退屈そのもの。

まあ、その"予期せぬお客さん"っていうのが大抵は怪我人だったりするから、退屈の方がまだ良いのだけどね。

「レシアとユーノ君は今頃頑張っているのかしら……」

イスの背凭れによっかかり、そんなことを呟く。

むぅ……娘の戦う姿は是非見たかったのに……なんで今日が私の当番なのかしら…………。

そんな愚痴を頭で漏らしながら、デスクの上に置いてある、一つの薬瓶を手に取る。

「まあ……レシアとユーノ君が勝ったら、お客さんが来るでしょうし。それでよしとしましょう」

なんだかんだでレシアの本気の魔法を受ければ、否殺傷設定といえど掠り傷ぐらいはする。

そしたら……"予期せぬお客さん"には、このとっっても良く効くお薬を塗りたくってあげましょう。

私の愛娘に卑怯な真似をしたんだから、ささやかだけどお返しはさせてもらわないとね…………。









<レシア・クライティ>



やっぱりというかなんというか…………ユーノは誰かをサポートすることに関して、尋常じゃない才能を持っているのかもしれない。

どんなに頑張って射撃魔法を撃っても、次の射撃魔法を撃つまでには多少時間が掛かってしまう。

……まあそんなタイムラグは誰にだってあるワケですが。タイムラグ無しで攻撃魔法を連発出来るなんていったらチートもいいトコですよ。

ともかく、俺が射撃魔法を撃ち出して、次の射撃魔法に撃つまでの僅かな時間。それをユーノが完璧に補ってくれている。

俺が撃って、ユーノが撃って……この繰り返し。

未だにクルカスとブシャイムは動きながらだと魔法を制御できないようで、俺とユーノの射撃魔法を避けるので精一杯。

最初の不意打ち以外、魔法を使ってすらいない。

そんな一方的な展開になって、なんでまだあいつらをしとめていないかっていうと…………実は俺のせいだったりしちゃいます…………。

俺が撃つ攻撃魔法は基本的に誘導性のある"ディバインシューター"がメイン。スタンダートで扱いやすいし、何より連射が効く。

それで、その誘導性がちょっと甘いらしく……あんまり当たってくれません。

うぐぅ……結構練習したんだけど……。プログラムが甘いのかもしれないけど、やっぱり最初っから使いこなしているなのはさんはさすがですよ。

弾数の多い"アクセルシューター"は当たるんだけどね。

「ディバインシューター!」

なんてことを考えながらも、攻撃の手は休めない。……けど当たらない。くそぅ。

掠りそうにはなってるんだけど……あいつらも必死になって避けてるしねぇ。

けど、もうそろそろ決着は着きそうかな。

《ユーノさん、聞こえますか?》

《えっ? あ、どうしたの、レシアちゃん》

戦闘中なので、なんとなく念話で会話してみたり。いきなりだったからちょっと驚かせちゃったかな。とにかく、今伝えたいことを伝えよう。

《あいつらを見てください。……いい感じにバテててきてますよね》

そう伝えて、ユーノが油断無くあいつらにクルカス達に視線を向ける。

俺とユーノの眼下には、砂に塗れ、肩で大きく呼吸を繰り返している二人の姿。

模擬戦が始まったときの不意打ち以来、からずっと回避行動の繰り返しだから、当たり前っちゃあ当たり前のことなんだけどね。

《確かに……そうだね》

《というワケで、そろそろトドメを差そうかなーっと思ったりします》

その言葉と共にユーノに視線を向けると、一つ頷いて肯定の意を示してくれた。

《うん、わかった。……僕にすることはあるかな?》

《もちろん。あいつらへの意趣返しはわたし一人じゃできませんから。ユーノさんにお願いしたいのは――》

簡潔に、作戦を伝える。俺としては一度はやってみたかったことを。

《――という感じで……お願いできますか?》

《うん。完璧にこなしてみせるよ》

作戦を伝え終えると、ユーノからは頼もしい返事が帰ってきた。

《はい。よろしくお願いしますね》

ユーノとの念話を終え、右手に持った、長い薙刀状のスティレットを見る。

「スティレット、次で終わらせるからね」

『了解です、マスター。……この時を待ちわびていましたよ……』

「……またなんか物騒なこと言ってる……」

もういいや。気にしないでおこ。一つ溜息を吐いて、ユーノと共に移動を始める。

俺とユーノが向かっているのは……クルカスとブシャイムの前。

肩で荒く息を吐いている二人の前方約十メートルほどの場所に立ち、二人を観察する。

「テメ……なに……余裕かまして、んだ……」

まだ呼吸が整わないのか、クルカスがポツリポツリと声を紡ぐ。

「まあ、実際余裕でしたから」

素直に、一言。それだけで二人の顔色が赤く染まって、感情を露にしだした。

「ッ!」

怒りと共にクルカスとブシャイムがデバイスを構え――――

「舐めんじゃッ!? ぐッ……」

――――瞬間、数十もの淡い緑の線が二人に絡みついたように見え……ユーノの放ったチェーンバインドが、二人を身体を完全に拘束した。

「さっすがユーノさん。ものすごい精度のバインドですね」

「ん、ありがとう。こういった事が僕のとりえだから」

こんな感じに、ユーノと軽口を叩けるほど完璧な拘束。

やっぱりユーノって凄いよね。ブシャイムが前の模擬戦で俺にやったそれとはレベルが違う。目の前の二人がまったく動けていない。

「それじゃ…………レシアちゃん」

ユーノに声を掛けられ、頷きを返し……スティレットをクルカス達に向ける。

「スティレット、シューティングモード!」

その言葉と共に……スティレットが変形する。…………あんまりたいした変化はないんだけどね。

スティレットの先端にあった青い魔力刃が消え、刃と柄の付け根から斜め後ろへと音叉状のパーツが生まれる。……イメージしたのがレイジングハートのシューティングモードだから似てるのはしょうがないさっ。

「スティレット。ディバインバスター。フルパワーでいくよ!」

『了解です』

リンカーコアから魔力が抽出されていくのが、なんとなくわかる。

一瞬の間の後、りん、と涼しげな音。俺を中心に青く、大きな魔方陣が展開されていく。

クルカス達に突きつけたスティレットの先端部分に、青い魔力光が音を立てて収束する。

バインドで動きを封じて砲撃を撃ち込む。……リリカルなのはを知っているなら、誰もが御存知であろうこの戦法。

俺はユーノに協力してもらわないとできないけどねっ。

スティレットの照準を、憔悴しきった表情のクルカス達に完全に合わせ――

「ま、待て! 参った! 俺達の負けだ!」

――突然の降参宣言。


……………………………………。


…………………………。


…………………。


うん、聞こえないな。

「あれ、ユーノさん。なにか聞こえましたか?」

「いや、僕はなにも聞こえなかったよ。気のせいじゃないかな」

「ですよねー。……さてと」

スティレットの先端に蓄えられた魔力が動き出そうと青い魔力光が明滅しだす。もう……撃ってもいいよね?

「待てレシア・クライティ! もう降参している!」

俺は先生の制止の声も振り切って――――

「うるさい! ディバインバスター!」

――青い閃光が、クルカス達を貫いた。












~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~













「うぐぅ……あんなに怒らなくてもいいじゃないか……」

「あら、レシア……どうしたの?」

「あー……ルシィさん。ちょっと今日の模擬戦での事で、僕とレシアちゃんは怒られちゃって……」

模擬戦も無事に快勝で終わり、俺としては万々歳だったんだけど…………降参した相手に砲撃を撃ったことで、ものすっごい怒られました。

俺としてはクルカス達に砲撃をぶっ放すのは予定通りだったから、後悔はしていないけど……むぅ、一時間近く説教されちゃった。

実際はまだまだ続きそうだったけど、ルシィさんが来てくれたおかげで解放され、これからみんなで帰ろうかーとあいなったワケなのです。ユーノは学生寮だから見送りだけど。

「むぅ、まあ勝てたからよかったけど……」

「ならいいじゃないの、しかえし出来たんだから。私もやることはやったし」

「んぇ? どういうこと?」

「ん~"良く効くお薬"を塗りたくってあげただけよ」

……よくわかんないや。なにはともあれ、これからは平穏な日常が戻ってきそうでなによりです。

「あ、そうそうレシア」

「ん? どうしたの義母さん」

ルシィさんがなにかを思い出したかのように言葉を発する。

「家に帰ったら色々着てもらって、撮影会するからねー」

「………………………………はぇ?」

えーっと……いきなりルシィさんはなにを言い出すのかな?

「ちょっと待ってよ義母さん。いきなりなにをワケのわからないことを……」

「だって約束したじゃないの」

「嘘だっ! わたしはそんな約束しないから!」

いったなにを言ってるんだルシィさんは! そんな約束した覚えなんてまったくないよ!

「ふっふ~ん。そんなことはこれを聞いてから言いなさい!」

そう言ってルシィさんが鞄から取り出したのは…………テープレコーダー!? ←第10話前編参照

呆気に取られる俺をよそに、ルシィさんがその手に持ったテープレコーダーの再生スイッチを押した。


≪レシアー? 聞こえてるー?≫

≪んぅ………………≫

≪今度の模擬戦が終わったら、レシアにお願いがあるんだけど、いい?≫

≪…………なん、なのさ……≫

≪この前レシアのためにね、たくさん洋服買ってきたから、それを着て欲しいなーって≫

≪うん………………いいよ…………≫

≪あ、写真ももちろん撮るけど……いいわよね?≫

≪………………いいよ≫

そこで、テープレコーダーの再生は終了した。

「ちょ待って義母さん! なにコレ!? いつ録音したっていうか、え!?」

「約束は守らないとね。ねえ、ユーノ君?」

「えっ、あ、はい」

「話を聞いてよ! ユーノさんも流されないで!」

くそぅ! なんなのコレは! いつの間にこんなモノを録られていたのさ!?

「さっ、帰りましょうレシア。楽し~い撮影会が待ってるわよ?」

「や、ヤダ! 今日はユーノさんトコ泊まる!」

「えっ!? レシアちゃん!?」

「ダメよ。あ、そうだ。ユーノ君も来る? 楽しいわよ~」

「あ、はいっ!」

「なんでそんな良い返事してるの!?」

ダメだ。ここは危ない。逃げないと!

そのまま踵を返して駆け出そうとして……ええ、ルシィさんに捕獲されましたとも。

「さーって、今日は楽しい夜になりそうね。ねっ、レシア?」

ルシィさんがこんな風に楽しげに話し掛けてくるのだけれども、俺は言葉を返す気力なんてもう…………。

「ユーノ君、撮るの手伝ってね」

「はい、わかりました!」

「なんでユーノさんはそんな嬉しそうなの…………」

やめて……これ以上黒歴史を形に残すのはやめて……。




[5958] 序章 エピローグ
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/09 23:06

<ユーノ・スクライア>



カーテンの隙間から漏れる陽射しに当てられて、僕は目を覚ました。

目を開けると暖かな陽光が視界を覆い、それを避けるように僕はベットから離れる。

身体は既に動いているけど、思考はまだ少し鈍い。僕は割と目覚めは良い方なので、一分もすれば普段通りになるから多分問題はない……と思う。

それでも、以前みたいに夜遅くまで起きていたらこうはいかない。ここのところになって睡眠の大切さを理解出来た。

最近……というより、だいぶ前にレシアちゃんに言われてからはしっかりと睡眠を取るようにしたから、毎日が健やかに過ごせている……と感じる。

そんなことを考えながら、セットしてあった目覚まし時計を解除して、洋服等が入っているクローゼットを開ける。

中にあるのは部屋着に、スクライアの服。そして今日着るために用意した服。

その服を手に取って……一つだけ溜息を吐く。

「…………今日で最後、なんだね」

そんなことを呟いて、少しだけ気分が暗くなる。

レシアちゃんとの学校生活が今日で終わってしまうことに、僕は寂しさを感じてしまう。

「卒業がこんなにもイヤなモノになるとは、思ってもいなかった……かな」

そう、今日は待ち望んでいたはずだった…………魔法学校の卒業式だ。












~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~













<レシア・クライティ>



あの模擬戦の後は流れるように時間が過ぎていった。

もっと詳しく魔法の勉強をしたり、また模擬戦したり、ルシィさんに着せ替えられたり、ユーノとクレインちゃんと遊んだり。

そんなこんなで本日は魔法学校の卒業式なワケです。

うむぅ……思い返してみると、なかなか感慨深いモノがある。なんだかんだで二年以上お世話になった学び舎ですし。

今日でこの教室に入るのも最後だと思うと、どこか寂しさを感じてしまう。

「あれ、レシアちゃん。今日はいつもより早いね」

教室にある自分の席で、そんなことを考えていると、見慣れた民族衣装……ではなく、正装したユーノが登校してきた。

「あ、おはようございます。ユーノさん」

「うん、おはよう。レシアちゃん」

朝の挨拶を交わし合い、ユーノが俺の席に設けられた席に座る。

「ユーノさん……似合ってますね」

正装したユーノを見て、一言。だってホントに似合ってるんだもん。

普段の民族衣装のユーノを見慣れてるせいか、どことなく新鮮な感じだし。

そんな何気なく言った言葉なんだけど、ユーノは褒められたことが少し照れくさいようで、少し顔を赤らめながら口を開く。

「その、うん。ありがとう。レシアちゃんも似合ってるよ」

「うぐぅ…………」

あんまり言われたくない言葉を言われて、思わず呻いちゃいました。

「ど、どうしたのレシアちゃん……?」

「あ、いえ、なんでもないんです…………ホントに……」

そう言って、机に項垂れる俺。

今日は卒業式。なにかの式典を行うときはそれらしい服装……すなわち正装しなければならないワケでして……。

先日ルシィさんに渡された服が……その、スカートだったんですよ。

ルシィさんに変な服に着せ替えられているときは、もう自分を捨てて、なにも考えないようにしていたから、思いのほか大丈夫だったけど……人前にスカートで出るなんて恥ずかしいってレベルじゃねーですよ?

普段着ている私服は、頑なにズボンを選んでいただけに……違和感が凄まじい。足が嫌な感じにすーすーするし。男の癖に周りの視線が気になるとか……本気でイヤになって……。

そのうえユーノに似合ってるとか言われましたし……普通の人だったら喜ぶんだろうけど、俺はそんなこと言われても複雑な感情しか浮かんでこないワケでして。

うん。もう考えるのやめようか! せっかくの卒業式なんだから、そんな細かいことは気にしないようにしないとっ。

くだらないこと考えるのやめて、卒業という一大イベントに心して掛からないとね!

そんな感じに勝手に自己解決して、机から顔を上げる。そのさい結構な勢いでガバッと起き上がったのにユーノがビックリしたのか、ちょっと驚かせちゃったのは内緒。

その瞳に少し疑問を浮かべるユーノに向けて、口を開く。

「ユーノさん。今までの思い出でも語りましょう?」

さて、最後の魔法学校だし、いきなりだけどユーノと今までの思い出を振り返ってみるのもいいかもね。












~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~













恙無く卒業式も終わり、今学期卒業する生徒達の波の中、ユーノと並んで体育館を出る。

いやー、カメラのフラッシュとか凄かったね。主にルシィさんの。

なんていうか、職員が座っているべき座席から凄まじい勢いで連写されたらさすがにね……。

ちなみにユーノは学年最優秀成績者として表彰なんかされていたり。こういったことに関してユーノの右に出る者はいない、って改めて思い知らされた気分だね。

……そんな気分の俺はユーノに次いで学年優秀成績者として、いちおー表彰されました。

思い返してみれば結構勉強してたし、前世分の知識から応用が利く部分もあったからこそだけど。

そんなことを考えつつ、卒業証書を片手に、体育館から学校の正門までの道を歩く。

ちなみにこの後は卒業を祝って、クレインちゃんの家でパーティーみたいなことをやるみたいです。

「う~ん…………」

ふと、ユーノが少しだけ俯きながら声を漏らした。

「ん、どうしたんですか? ユーノさん」

「うん。その、たいしたことじゃないんだけど。卒業してみて、卒業っていうのは……嬉しいより寂しいほうが大きいんだなって」

「…………そうですね」

内心感じていたことを言われ、少しだけ言葉に詰る。短く返事をして……そのまま並んで歩き出す。

魔法学校を卒業すれば、ユーノはもちろん、クレインちゃんやその他の友人と会える機会が少なくなることはたしかだろう。

クレインちゃんは家が近いし、会おうと思えばいつだって会える。けれど、ユーノはそうはいかない。

ユーノはスクライアの元に帰らなければならないから。会う機会なんて殆ど無いだろう。

俺はこれから管理局に入るためにまた勉強するつもりだけど……きっとしばらくは会えないと思う。

この魔法学校でもっとも仲良くなったのはユーノとクレインちゃんだから、やっぱりユーノと疎遠になるのは妙に寂しいと感じていたり。

まあ、俺が管理局に入ればいずれ会えるさっ。

「たしかに寂しくはなっちゃいますけど……もう会えないってワケじゃありませんし…………」

言葉を続けながら、前を見る。正門の近くにはクレインちゃんを含めた友人達と、まだ仕事があるだろうにも関わらずなぜか居るルシィさん。

それに手を振りながら、続ける。

「だったら寂しがってないで、楽しんだほうがいいと思いますよ?」

「…………なるほど。それもそうだね、レシアちゃん」

そんなことを言い合いながら、お互いに苦笑する。

そのままルシィさん達の元に向かい、少し手荒い祝福を受けて。

俺とユーノは魔法学校を卒業した。




[5958] 序章までの登場人物紹介など
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2009/11/01 01:46
序章までの主な登場人物紹介


●レシア・クライティ●

本作の主人公。
かつては普通の大学生(理系)だったが、ある日事故に巻き込まれ死亡。
気が付けばアリシアのクローンを産み出す前の実験で作られた、誰ともわからないクローン体に憑依(本人は転生と認識)してしまう。
見た目は黒髪黒目の愛らしい少女である。魔法に関してのスペックは高く、同年代の平均的な人間より頭一つ以上飛びぬけている。
……しかし本人に戦闘センス自体はあまり無い。性格は普段は思いのほか冷静で、子供好き。
しかし抜けているところも多く、大人から見れば背伸びしている子供にしか見えない。
クローン体ゆえの劣化のせいか、身体に裂傷多数。それが周りの人間に変な思い違いを与えていたりする。



●ルシィ・クライティ●

魔法学校の保健室の先生であり、レシアの義母。
レシアを自分の愛娘として深く愛している人物。たまに愛が暴走してコスプレさせたり、アルバムを沢山作ったりするが、愛なら仕方がないよね。
子供好きで優しく、レシアに対しその優しさはどこまでも。
ちなみにレシアに敵対するということは、ルシィと敵対することと同意である。



●クレイン・ティエスタ●

魔法学校に在籍している天真爛漫な女の子。
レシアが一番最初に仲良くなった人物であり、また本人もレシアのことを一番のともだちだと思っている。
実はユーノのレシアに対する好意に気付いている節がどことなくあったりする。



●ユーノ・スクライア●

本作のもう一人の主人公。
言わずと知れた原作キャラ。魔法学校でもくもくと勉強するなか、図書館で出逢ったレシアに一目惚れ。
以降、レシアの何気ない言葉に振り回される努力の男。
レシアのために魔法の勉強を疎かにして料理を覚えたり、レシアが魔法が出来る人が好きと言えば遅れを取り戻すどころか追い残す勢いで勉強したり。
レシアが卑怯な手段で模擬戦に負けた挙句には、自作デバイスを作り上げレシアと一緒に戦ってしまうほどである。
原作では優秀な結界魔導士であったが、新デバイスのアイギスを手にしたことにより、ユーノ自身にもさらなる戦闘能力が追加された。
ちなみにレシアと敵対するということは、ユーノと敵対することと(ry




●クルカスとブシャイム●

模擬戦で卑怯な手でレシアを倒した二人組み。
しかし後の模擬戦で結局はレシアの砲撃の前に敗北。ようはかませ犬である。



本作で登場したデバイス

○スティレット○

レシアが鼠返しのような縦穴の底で拾ったインテリジェンスデバイス。
最初は脱出のキーアイテムだとレシアに思われていたが、機能の全てが初期化されており、全く役に立たなかった。
後にレシアの手によって、ディバインシューターやディバインバスターなどの魔法をプログラムされ、実用に値するデバイスになった。
ちなみに今のところスティレットにプログラムされた魔法は、なのはが使っていた魔法と同名だが、性能は誘導性能が甘かったりと多少劣化している。



○アイギス○

ユーノが作り上げた攻撃特化型デバイス。
ほぼ全ての処理機能を攻撃魔法に費やすことで、術者の能力以上の攻撃を可能とする。
ユーノはまだ扱いに慣れておらず、今後のユーノの成長、さらにはアイギスの調整によってはさらなる攻撃能力の上昇が期待される。
ちなみに、ユーノ専用で、ユーノ以外には扱えない。




[5958] 無印編 プロローグ
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2009/11/20 23:53
こんにちは、それともこんばんはかな?
とにかく、こんな手紙なんだけど……久しぶりだね。

いきなりこんな手紙を送っちゃって、少しは驚いてくれたかな?

魔法学校を卒業して、もう半年も経ったね。
スクライアでの生活は忙しいけど、毎日が充実しているんだ。
ついこの前に遺跡の発掘作業を実際にやってみて、発掘方法とか作業効率のこととか……。
やっぱり、僕には勉強しなきゃいけないことがまだまだあるみたい。

レシアちゃんのほうはどうかな?
レシアちゃんは管理局に入りたいって言っていたけど、無理はしちゃ駄目だよ?
いろんなことを勉強しなくちゃいけないけど、ゆっくりやっていけばレシアちゃんならきっと大丈夫。

まだまだ書きたいけど、まだ発掘作業があるから、もうペンを置かせてもらうね。

もしよかったら……返事を書いてくれると嬉しいな。
それじゃあレシアちゃん。またね。




「あらレシア。なに読んでるの?」

「んー、ユーノさんからの手紙だよ」

「ふふっ……ずいぶん嬉しそうの読むのね」

「うぐぅ……それは、まあ……ユーノさんが手紙を書いてくれたんだから、嬉しいに決まってるよ」

「うんうん、そうよねー。それで、お返事は書くの?」

「あ、うん。宛先も書いてあるし。せっかくだからね」

「よしよし、それじゃあ封筒とか用意してくるわ」

「なんで義母さんがそんなに嬉しそうなのさ……」




えーと、手紙を書くの初めてなので、なんて書き始めたらいいのやら……とにかく、ユーノさん、お手紙ありがとうございます。
ポストにユーノさんからの手紙が入っていた時は何事かと思ってしまいましたよ。

スクライアでの生活も、ユーノさんが忙しいなんて書いちゃうぐらいだから、とっても大変なんですね。
わたしのほうは管理局に入るために、まったりと勉強しています。
義母さんが管理局に入るのはいいけど、もっと大きくなってからじゃなきゃダメって言っていたので、実際はまだまだ先になると思います。

それより……ユーノさん。わたしに無理しちゃ駄目って言ってますけど、ユーノさんこそ無理したら駄目ですよ?
ユーノさんはわたしなんかより無茶しがちなんですから、健康には気をつけてくださいね。

それでは、遺跡発掘頑張ってください。

追伸
遺跡発掘が終わって、もしお休みができたら是非遊びにきてください。
クレインちゃんも義母さんもユーノさんに会いたがってますよ。わたしもユーノさんに会ってスクライアのお話が聞きたいですし。




「おやユーノ。なにを読んでいるんだい?」

「長老。すいません、発掘スケジュールについて相談が……」




ユーノさん、どうもこんにちは。
前回はユーノさんからお手紙をいただいたので、今回はわたしから手紙を送ってみました。

以前ユーノさんに送った手紙に、遊びに来てくださいと書いてはみたんですが……。
まさか手紙を送って、一週間で遊びに来てもらえるとは思いませんでした。
久しぶりに会えてとっても嬉しかったです。
クレインちゃんも義母さんも騒がしいぐらい喜んでいましたし。
スクライアでのお話もとても興味深かったですし、見学に行きたいくらいです。

お休みが出来たら、また遊びに来てくださいね。クレインちゃんも喜びますよ?

追伸……? というか一言メモみたいのになっちゃいました。
次回来る時は、泊まって行きなさい。レシアも喜ぶし、大歓迎させていただくわ。←義母さんより
ユーノくんへ。また遊ぼうねー。待ってるよー。←クレインちゃんより




「おやユーノ。…………何故そんなにニヤついているんだ」

「えっ! いや、なんでもないんです!」

「そうかそうか。ユーノにも春が来ておったか……」

「茶化さないでください! ………………あ、そうだ、長老。少し相談があるんですが、いいですか?」

「ん、なんだい。言ってごらん」

「スクライアの発掘作業に、誰かを見学させたりとかは……出来ないでしょうか?」

「……ふむ。そうだな……ユーノに現場の指揮を任せられるぐらいになったら、別にかまわんよ」

「わかりました!」




レシアちゃん、こんにちは。返事を書くの遅れてごめんね。

久しぶりにレシアちゃんやクレインちゃん、ルシィさんに会えて僕もとても嬉しかった。
またまとまった休みが出来たら、もちろん遊びに行くよ。

それと、レシアちゃんが前回くれた手紙に、スクライアの作業現場を見学したいって書いていたよね。
もしレシアちゃんが良かったらだけど……今度スクライアに来てみないかな?
レシアちゃんのことを、スクライアのみんなに紹介したいし。

もし都合の良い日があったら、教えてくれると嬉しい。

それじゃあ、お返事待ってます。




「……むぅ、どうしようかな……」

「あら、今度はどうしたの?」

「いや……今度ユーノさんがスクライアに来ないかって」

「あら……ユーノ君も案外……」

「……どうしたの義母さん」

「んー、なんでもないわ。それで……レシア、行きたいの?」

「んー……。わたしとしては行きたいな。スクライアってどんなことしてるか興味あるし」

「うん、よし。なら行ってきなさい!」

「なんか…………案外すっぱりと決めたね」

「それはまあ……多少不安だけど、可愛い子には旅をさせろって言うし……ねぇ?」

「いやそこで同意を求められても……ねぇ?」

「とにかく、そうと決まったら準備しましょうか!」

「早いよ! まだ行く日にちも決まってないからね!?」





[5958] 無印編 第1話
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/10 01:21
<レシア・クライティ>



初冬の寒さで、息も白く色付く今日この頃。

まだ冬一歩手前の季節とはいえ、やっぱり寒い。特に朝の冷気は耐え難いモノがありますよね。

目が覚めて、ベットの中でそんなことを考えていたら……もうベットから出る気が失せちゃいまして。

魔法学校も飛び級で卒業したし。朝ご飯が出来るまでの間は二度寝ぐらい許されるはずっ。

誰に許されるかなんてわからないけど、そう結論付けてベットに潜り込む。おーぬくいぬくい。

そんな風にベットの中で怠惰な幸せを感じていると……閉じていたはずの、自分の部屋の扉が開くの感じた。

不審に思ってベットから顔を覗かせると、エプロン姿のルシィさんが部屋に入ってきた。

「こら、まだ寝てるの?」

うむぅ……どうやらルシィさんは俺を起こしに来た模様です。

「だって、ベットから出るとさむい……」

ありのままに、自分の思いを語る。

ベットの外は本当に寒いのですよ。体感温度は10℃ぐらい違うかもしれない。

「まったく……仕方ない子ね~」

ルシィさんが優しくそう言って、俺の寝ているベットに腰掛ける。

そのままベットから出ている俺の頭をなでなでと。

…………ルシィさん。そんなことをされたら眠気が助長されて、余計にベットから出れませんよ?

あったかいベットに加え、程好く心地よい感覚があいまって、すぐに寝てしまいそう。

「……なら、…………ね」

そんな風に、ベットの中でまったりとしていると……ルシィさんがなにやらボソッと呟くのが聞こえた。

「ん……義母さん、今なにか言った?」

少し気になったので、聞いてみる。

「ふふ、どうやってレシアをベットから出そうかな~って」

頭を撫でていた手を頬に移して、ルシィさんが続ける。

「レシアは寒いのがイヤだから、ベットから出たくないのよね?」

ニコニコと微笑みながそう言うルシィさん。

…………なぜだろう。ルシィさんの笑顔にイヤな予感しか感じない。

「だから……私がレシアを抱っこしていけば、お互いの体温であったかいまま移動できると思わない?」

「その発想はおかしいよね!? 暖房器具を使うなり別の解決方法があると思うよ!」

「いいじゃない! さっレシア、母さんの胸に飛び込んで来なさい!」

「飛び込まないから! っていうか有無言わさずに抱え込まないでよ!」












~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~











朝から多少の騒動もあったモノの、なんとか朝食を食べ終え、自分の部屋で一息つく。

窓からは太陽光が射し込んできて、ささやかながらも自然の暖かさを与えてくれる。

そんな少し弱めの熱光線を浴びていると、まったりと寝っ転がって時間を浪費したくなるんだけど……今はそんなことは出来ません。

なぜなら、今日からスクライアの発掘作業の現場にお邪魔しに行くワケでして。そのための荷物点検ということです。

もちろん荷物は前日から準備していたけど、念のための確認作業は必要だよね。

着替えと少しのお小遣いが入った財布に、筆記用具とメモ帳。スクライアには遊びに行くワケじゃないですし、書くモノは必須です。

あと出来ればデジタルカメラなんかも欲しいけど、うちにはルシィさんが持っている一つしかない。

それを借りたいっ、とは思ったんだけど……仕事と私用で使うかもしれないので、遠慮しておきます。

ちなみに、スクライアへの現場見学はなんと一週間の長丁場。

一週間もスクライアに泊まりに行くワケなんですが……色々な説明だとか、古い書物とかいっぱいあるらしいので、それをしっかり見るには一週間でも足りないんだとか。

いろんなモノを見たいとは思うし、ユーノも全然構わないと言ってくれたけど……そこまで長く迷惑を掛けるワケにはいきません。

本当はクレインちゃんも連れて行きたかったんだけど……クレインちゃんには学校もあるし。今回は無理とのこと。

……今回はこんな軽いノリでスクライアに行くけど、もうちょっと後だったら危ないんですよね。

現在は初冬で、原作開始まではまだまだ時間がある。まさかこんなに早くジュエルシードも発掘されないだろうし。

原作にはあんまり関わりたくないんですよね……もうユーノと関わっといてないを今更という感じですが。

……管理局に静かに入って、遠くから機動六課を眺めるだけにすればよかったかも。本当に今更なんだけどね。

そもそもユーノがもう原作と掛け離れているし……もう原作通りになんていかないよね……。

まあ、なるようになる……よね? むしろなってください。

そんなことを考えながら、広げていた荷物を大きめのバックに戻し、時計を見る。

時刻十時三十分。ユーノとの約束の時間は十一時なので、まだ余裕はあるけど……五分前行動の精神に肖って、早めに出ようかな。

「義母さ~ん、そろそろわたし行くよー?」

自分の部屋から荷物を持って出て、リビングに居るルシィさんに出発の旨を伝える。

「あら、まだ少し早くないかしら」

「んー、そうだけど……もしユーノさんが早めに来てて、待たせちゃったら悪いし」

「ふむ、それもそうね」

そう言って、ルシィさんがおいでおいでと片手のジェスチャー。

「ん? どしたの義母さん……わふっ」

何事かと近付いてみれば、正面から抱きしめられました。

「…………義母さん。ホントにどうしたのさ?」

「……一週間ちょっととはいえ、レシアと別れるのが辛くてねー」

そう言って、ギュッと。

正直、とっても気恥ずかしいんだけど……ルシィさんの放つ雰囲気が、寂しそうだったので、しばらくはこのままでいいかなーなんて思ったり。

「……よし」

一分ほど経って、ルシィさんが気合を入れたような声を上げる。

そっと身体を離して、向き合うルシィさんは微笑んでいた。

「それじゃ、いってきなさい。大丈夫だと思うけど、スクライアの人達に迷惑掛けちゃダメよ?」

「むぅ……大丈夫だよ。それじゃ、いってきます」

「いってらっしゃい、レシア」

そう言い合って玄関に向かう。

……もう少し、ルシィさんに抱きしめてもらいたかったのは……内緒にしておこう。









<ユーノ・スクライア>



レシアちゃんと待ち合わせた公園。その中央広場に設けられたベンチに腰掛け、僕は柱時計をジッと見続けている。

現在時刻十時三十五分。約束の時間にはまだまだ早い。

それでも居ても立ってもいられずに、約束の一時間前に来た僕。

大きく息を吸って、ゆっくりと呼吸をする。

深呼吸すれば少しは緊張が和らぐかと思ったけど、全然効果が無い。

早鐘を鳴らすような心臓の音は、苦しいんだけど……不思議と不快ではない。

なにしろ二ヶ月ぶりにレシアちゃんに会うんだ。

少し緊張はすると思っていたけど……予想以上に緊張している自分に戸惑ってしまう。

魔法学校を卒業してから半年経って、我慢出来なくなって手紙を書いて、遊びに来てくださいなんて返事が来て……。

時間を作るために、古代遺跡の発掘スケジュールの粗探し。あそこまで真剣になったのは人生で初めてかもしれない。

スケジュールを今まで以上に効率化して、その余った時間を利用してレシアちゃんの家に遊びに行くことが出来た。

半年振りにレシアちゃんに会えると、表情が自然に緩んで、平静を装うのに苦労しちゃったな……。

「あれ、ユーノさん。早いですね」

後方から聞こえてきたその懐かしい声色に、心臓が大きく跳ねる。

思考の海に没頭していた僕に、投じられた一石はとても大きかった。

静かな水面が石によって大きく波打つように、思考が上手くまとまらない。

「あの……ユーノさん? どうしたんですかー?」

落ち着かないと……久しぶりに会えたのに、レシアちゃんを不安がらせるような真似はしちゃいけない。

「あ……うん、なんでもないよ。久しぶりだね、レシアちゃん」

振り返って、そう言葉を紡ぐ。

「はい。お久しぶりですね。ユーノさん」

僕の言葉に返って来たのは、ずっと見たかったレシアちゃんの可愛い笑顔だった。










<レシア・クライティ>



久しぶりに、正確には二ヶ月振りに会ったユーノ。

顔色も良く……若干赤い気がするけど、元気そうでなによりです。

声を掛けた時は少し慌てていたけど……いきなりだったんで、驚かせちゃったのかもしれない。

「わたしは結構早く来たつもりだったんですけど……ユーノさん早いですね。もしかして待たせちゃいましたか?」

「あ、大丈夫だよ。僕も今来たところだから」

「ん、それならよかったです。あんまり待って貰っちゃうのは悪いですしね」

ふむ、よかったよかった。待たせる身も辛いけど、待つ身はもっと辛いからね。

でも一応、約束の二十分前には来たんだけど……ユーノは三十分ぐらい前には居たのかな。

次回待ち合わせした時は、もうちょっと早く来てみよう。

「レシアちゃん、荷物大丈夫? よかったら持とうか?」

そんな風に、次の待ち合わせに考えを巡らせていると、ユーノからのお言葉。

うむぅ……ユーノは相変わらず優しいねぇ。

普通の女の子なら、ユーノの優しさに甘んじてしまうのかもしれないけど……中身が男の俺には、そんな気遣いは無用ですよ?

「いえ、大丈夫ですよ。このバック、見た目は大きいですけど……そんなに重さはないですし」

友達にそんなに細かい気遣いはいりません。クレインちゃんのために取っておいてあげてくださいな。

「……うん、レシアちゃんがそう言うのなら。それじゃ、予定より少し早いけど……早速スクライア一族のところに行こっか」

微笑みながらそう言って、俺に近付くユーノ。

「それじゃあレシアちゃん。長距離転送するから……気をつけてね」

おお、いよいよ転送ですか。人生初……あ、リニスさんにも一回転送してもらったかな。

ユーノが俺に行くよ、とアイコンタクト。それに頷き……りん、と広がるライトグリーンの魔方陣。

ユーノの魔力光が視界を埋め尽くして……僅かな浮遊感。

スクライアの人達に会ったら、自己紹介とかするのかな。慣れたモンだけどね。

そんなことを考えながら、俺はユーノと一緒にスクライア民族の元へと、旅立った。




[5958] 無印編 第2話
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/09 23:13
<レシア・クライティ>



「レシアちゃん起きて、朝だよ」

ゆさゆさと優しく揺すられ、耳に入る声で意識がぼんやりと覚醒する。

なんでユーノの声が……あぁ、今はスクライアにお邪魔してるんだったっけ。

起きたばかりのぼやける視界に、にっこり笑顔のユーノの姿。周りを見ると、見知らぬ調度品の数々。

うん、だいぶ思い出してきた。ここ、ユーノの部屋だったね。

えーと、たしか昨日からスクライアにお世話になって、まずはみんなの前で人生何度目になるかわからない自己紹介。

その後に軽く発掘現場の説明や、スクライアの人達の紹介、見学における注意点などなど……。

ユーノに説明して貰っていたら、あっと言う間に時間が経ちまして。

ユーノの大変美味しい夕飯を済ませ、さて寝る場所はどうしましょーとなり……迷惑かもしれないけどユーノ部屋を希望させて貰った。

さすがにいきなり見知らぬ人の近くで寝るのは抵抗がありまして……。とまあそんなワケで、ユーノも二つ返事で了承してくれたし、就寝場所は決定。

こんな流れで、俺はユーノの部屋で寝ることになったのでした。

そんなワケで今日はユーノに起こして貰ったんだけど……ちょっと新鮮で少し驚いちゃいました。

「んぅ…………」

うむぅ……視界は大分鮮明になったけど、まだ頭がボーっとする。慣れてない布団で寝たから、若干寝辛かったのが原因なのかもしれない。

布団の上で、未だに覚醒しきらない様子を見て、ユーノがクスクスと微笑んでいるのが……ちょっと悔しいかも。

「おはよ。レシアちゃん」

「……おはよう、ございます…………ユーノさん」

とにもかくにも、一先ずは上体を起こして、朝の挨拶を交わす。挨拶は大事な習慣なのですよ。

「ほらレシアちゃん。もう朝ご飯も出来てるよ。起きて起きて」

「はい……りょーかいしました」

うむぅ……ユーノはなんでこんなに朝から行動が早いんだろう……。

普段から早起きして、身体を慣らしているのかも。スクライアの発掘作業もあるだろうし。

まだ年齢は子供なのに……ユーノは凄いよねぇ。

そんな尊敬の眼差しでユーノを見上げると……ユーノの顔に違和感。

「あれ……ユーノさん、目が赤いですよ」

「えっ!? いや……その、気のせいだよ。きっと」

「む……じゃあこっち向いてください。ちょっとわたしに目を見せてください」

そう言って、ユーノの手を掴み、ユーノの瞳をジッと覗き込む。うん、やっぱり目がちょっと充血気味。

「ほらやっぱり赤い……って、顔まで赤くなってきてますよ。ちゃんと昨日寝ましたか?」

「え、いや……そ、それはレシアちゃんが」

前々から睡眠の大切さをユーノに説いていた身として、これは問題である。

う~ん……でも昨日は俺と同じ時間に寝たはずなんだけど。

「ほ、ほら、レシアちゃん。僕は大丈夫だから。朝ご飯食べに行こ? 冷めちゃったらあれだし」

「え、あ……はい、そうですね」

むぅ……気になるなぁ。

まあユーノも大丈夫って言ってるし、とりあえず朝ご飯を食べますか。









<ユーノ・スクライア>



「ユーノさん、あの建物は何ですか?」

「あれは……遺跡から出てきた調度品を仕分けるための建物だよ。発掘された物はあそこで詳しく調査しているんだよ」

「ふむ……でも、危険な物とかがあったりしたら……全部一緒にするのは問題があると思います」

「うん、その通り。そのことも考えて、予め遺跡の中で簡易的だけどある程度は品定めして、安全な物はさっきの建物に送って……」

「ふむふむ……じゃあ危険な物が出てきたらどうするんですか?」

「それは別の、そういったことに詳しい人達のところに運ばれて詳しく調べる。その後は売却してスクライアの生活費に当てるんだ」

「なるほど……やっぱり大変そうですね」

僕は今、レシアちゃんと一緒に朝ご飯を食べるため、スクライアが食事を取る建物へ案内している。

スクライアの建物が珍しいのかあっちこっちに視線を移して、あれこれと質問してくれるレシアちゃんにバレないように……小さく深呼吸。

…………レシアちゃんはどうにも、朝から僕を困らせたいみたいで……。

さっきのことを思い出すだけで……僕の鼓動は早くなるし、すぐに顔が赤くなるのが感じてしまう。

レシアちゃんに悪気もなんにも無いのが、余計に僕を困らせる。その反面、なんの抵抗もなく接してくれるのを嬉しく感じるのも事実だけど。

「ユーノさん」

「ん、どうしたの?」

「やっぱり目が赤いですよ。本当に体調は平気ですか?」

「あ……うん。大丈夫だから心配しないで。レシアちゃんは心配症だなぁ」

……レシアちゃん。君は僕の目が赤いって言うけど…………僕の目が赤いのは、他の誰でもなくレシアちゃんのせいなんだよ?

その……誰だって、好きな人が自分の部屋で寝泊りするなんてことになったら、緊張するに決まってるじゃないか。

一緒の部屋で寝たことなら、以前のお泊り会の時にもあったけど……やっぱり状況が違う。

そんな悶々とした考えを振り切れず、結局僕が本当の意味で就寝出来たのは深夜帯と言える時間だった。

睡眠不足には慣れているけど、それが表情に出ないようにしないと。

そんなことを考えながら、レシアちゃんの質問に答えつつも歩みを止めることはない。

レシアちゃんと連れ添って歩き、三分ほど。

今回の発掘現場の近くに設置された、食事を取るための建物に到着した。

流浪の一族であるスクライアは、長期に渡って遺跡発掘をする場合、遺跡のすぐそばに建物ごと転送して生活する。

今、目の前にある建物には食材や食器具、調理機材等がまとめて置いてあって、スクライアの食堂の役割を果たしている。

中に入ると、スクライアの人達の好奇の視線が少しくすぐったい。みんな昨日来たばかりのレシアちゃんが気になっているみたいだ。

レシアちゃんはそんな視線に特に気付くことも無く、トコトコと僕の後に着いて来てくれる。

建物の奥、日当たりの良いテーブルには、既に僕の作った朝食が用意してある。

レシアちゃんが座る椅子を引き……ふと、これからのことを考えてみる。

レシアちゃんがスクライアに居られるのは一週間だけ。さらには今回の遺跡発掘もそろそろ大詰め。

なら……少しスケジュールを繰り上げて、レシアちゃんに遺跡の一番奥から発掘された品物を見て欲しいな。

そう思い、僕は頭の中で今後のスケジュールの改修に取り掛かった。












~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~












<レシア・クライティ>



さてさて、見学という名目のもと……スクライアにお世話になって三日が経った。

現在、俺はスクライアの所有している次元輸送艦の中で、ユーノと一緒の部屋で椅子に腰掛けているワケなのですが……。

実は…………ものすっごくピンチだったり。

そもそもなんで次元輸送艦に乗ってるのかと聞かれると、スクライアが古代遺跡からロストロギアを発掘したからなんですけれど。

その発掘したモノに問題があるのですよ。

最初にユーノから「もう少しで凄い物が発掘できそう!」なんて歳相応の笑顔で言われた時は、自分の事のように嬉しかったけどさ。

普段より幾分か興奮しているユーノに、どんなモノが出てきそうなんですか? ……って聞いてみたらさあ大変。

ユーノがすぐになにやら古めかしい文献を持ってきて、あるページを開いて見せてくれた。

そのページに載っていたのは……願いが叶う宝石、次元干渉型エネルギー結晶体などと題された…………ジュエルシードの絵が。

うん、おかしいよね……なんでこんなに早くジュエルシードが発掘されちゃったのさ!?

アニメを見る限り、原作が始まったのは春ぐらいのはずなのに! ミッドチルダも海鳴市がある地球もまだ冬ですよ!?

いやね、一瞬これでなのはさんやフェイトに会える! なんて考えたけど……やっぱり怖いのです。

なにが怖いかっていうと、既に崩壊した原作に関わることです。はい、もう今更感がひしひしと。

そもそも俺がユーノに関わらなければ……いや、やめよう。こういう考え方はよくないな。

ユーノは良い人だし、友達だもんね。友達になれたことを悔いる要素はどこにもない。

そんなことを考えていると……ふと、隣に座るユーノがこちらを見ていることに気が付いた。

「レシアちゃん……どうしたの。大丈夫?」

視線でどうかしましたかと問いかけると、ユーノからは心配の言葉。

うむぅ……どうやら俯いて考え事をしていたから、余計な心配を掛けてしまったみたいです。

「えっと……大丈夫です。ちょっと嫌な予感がするだけで」

嫌な予感は……もちろんこの船が原因不明の事故にあったりしちゃう予感。

……むしろ確信かも。この輸送艦絶対に襲撃されるよね。プレシアさんとかフェイトさんとかに。

襲撃される様を思い浮かべて……首に提げたスティレットをきゅっと握り締める。

いざとなったら自分でなんとかしないと。

「そう……。レシアちゃん、なにかあったら僕に言って。……力になるから」

頭に擡げた不安が表情に出たのか、ユーノがなにやら励ましてくれました。

「……はい。ありがとうご――――」

俺が言葉を言い切る前に、突然の轟音と衝撃。

輸送艦自体が傾いたのか、あらぬ方向へと掛かる負荷に耐え切れずにバランスを崩し――

「レシアちゃん!」

――地面に倒れこむ前に、ユーノに支えられた。

「大丈夫!?」

「あ、ありがとうございます……わたしは大丈夫です。ユーノさん、それより……」

「うん、なにか異常事態が起きたんだ。レシアちゃん、僕から離れないで!」

そう言って、耳を劈くような警報の中、ユーノは俺の手を引いて早歩きで進みだした。

うぬぁ……やっぱり襲撃されてる…………とにかく、一旦は避難しないとまずい。

ユーノに連れられ、ドアを開けて廊下に出る。赤く明滅する照明が、視界を少なからず阻害していて気分が悪い。

輸送艦から緊急脱出するための手段は二つ。

輸送艦に設置された、大人数を一度に転送できる装置を使うか、小型の緊急脱出船に乗り込むかのどちらか……って、この輸送艦の人達に教えて貰った。

おそらく、俺の手を引くユーノはそのどちらかに向かっているのだと思う。

駆け足で進むユーノに必死で着いていき……視界の奥、進行方向に発掘した数々の品物が納められている保管庫が見える。

遠目から見ても、無惨な状況がわかる。壁は崩れ、微妙に焼け焦げた跡もある。あの部屋が今回の衝撃の発生地点かもしれない。

近付くにつれ、中の様子も見える距離になってきた。

保管庫内部の……時空間に隣接する壁も壊され、そこから納められた品物が次々と飛び出して行く。

ジュエルシードだけは他の物より厳重に……トランクケースに入れられ、壁に固定されるように納められているため、まだ無事なようです。

「……ッ」

駆けるユーノの顔に、浮かぶ逡巡。

ただでさえ自分が発掘した……ジュエルシード。

しかもそれは凄まじいまでの危険物。だからこそ、ここで自分がなんとかしたいと考えているのだろう。

その証拠に、ユーノの足が崩壊した壁の前で止まる。

ユーノが足を止めたその瞬間、再びの衝撃と轟音。

ぐらぐらと揺れる床に立っていられず、壁に手をついてなんとかバランスを整える。

今の衝撃が輸送艦に多大なダメージを与えたのか、どこからか煙が立ち上ってきた。

その煙事態はすぐに時空間に吸い込まれていくので、人体にさしたる影響は無いと願いたい。

「ユーノさん! ジュエルシードが気になるなら、早いとこ回収しちゃいましょう! この船がいつまで持つかわかりませんし!」

ユーノはどうにも回収したいみたいだし、それなら迷っている時間がもったいないよね!

「レシアちゃん……わかった!」

意を決したのか、ユーノが俺の手を離し、アイギスを起動すると共に飛行魔法を発動。保管庫に向けて飛び立とうとした時――

――保管庫内部に、人影が現れた。

金色の髪、黒のバリアジャケット。その手には金の魔力刃を放つ鎌の形態を取ったデバイス。

保管庫の中で、飛行魔法によって浮いているその少女は……フェイト・テスタロッサに違いなかった。

絶対に来ているとは思っていたけど、まさか出逢えるとは思っていませんでしたっ!

おおぅ……内心すっごく嬉しいけど、ちょっと状況がよろしくないよ!

こちらの存在に気が付いたのか、無感情な瞳をこちらに向ける。

「………………」

しかし、それだけ。すぐに視線を外し、ジュエルシードに向かってゆく。

うむぅ……やっぱり今の時期のフェイトは、感情の浮き沈みがまったくと言っていいほど感じられない。

フェイトに会えたことに対し、大きな喜びと少しの落胆を感じるけど、それをどうのこうの言ってる状況じゃない。

フェイトがジュエルシードが納められているトランクケースに手を掛け……壁にくっつくようにされている固定具が邪魔だったのか、魔力刃でそれを引き裂く。

トランクを壁から無理矢理剥がし、そのまま立ち去ろうと――

「待て! それは僕達スクライアが発掘した物だ!」

――した瞬間、ユーノの放ったチェーンバインドがトランクケースを捕えた。

フェイトはトランクケースを見て、そのまま視線をこちらに移す。

「私の邪魔、するの……?」

そのままバルディッシュを振り上げ、強引にユーノのチェーンバインドを切り裂いた。

「くそっ! アイギス!」

ユーノのチェーンバインドから逃れたフェイトは、その機動力の高さで即座に撤退し……その間にユーノはアイギスを構えて射撃態勢を整える。

「フォトンバレッド!」

ユーノがこちらに背を向けて離れていくフェイトに魔力弾を放った。ユーノの射撃魔法を見るのは久しぶりだけど、以前見たモノより段違いに威力が上がっている。

背後からの、それも高速で放たれたその射撃魔法にフェイトは身を捩って避けようとした結果……ユーノの射撃魔法は、トランクケースを直撃した。

トランクケースはバラバラに破壊され、ジュエルシードは時空間にばら撒かれていく。

「あっ……しまった!」

「っ……このっ!」

堕ちていくジュエルシードを見て、二人はそれぞれ異なった反応を見せる。

ユーノは一瞬呆然とし……激昂したフェイトが俺とユーノに振り向いて。

「アークセイバー!」

鎌の役目を担っていた魔力刃を放ってきた。

むぅ……これはユーノが危ない! このままだと回避も防御も出来そうになさそうじゃない!

「スティレット!」

即座にスティレットを起動。少ないタイムラグで撃てる魔法は……!

『ディバインシューター』

「シュート!」

フェイトの放った魔力刃に向けて、数個の魔力弾を撃ちだす。

高速回転しながら迫る金の魔力刃。それに青い魔力弾が数度接触したものの、相殺しきれなかった。

僅かに軌道のずれたアークセイバーは保管庫の床を直撃し……その衝撃で、俺は吹き飛ばされてしまった。

うぐぅ……衝撃で頭がくらくらする……。

一瞬だけ前後不覚になって、気が付けば……俺は時空間に投げ出されてしまっていた。

ふわふわとしていて、堕ちていくという浮遊感がきもちわるい。

「レシアちゃん!」

いやにスローに感じる風景の中、最後に見たのは……俺に向かって飛んで来て、必死に手を差し伸べるユーノの姿だった。



[5958] 無印編 第3話
Name: ミーショ◆7dd9d2f6 ID:ccef4995
Date: 2010/02/02 03:23


<レシア・クライティ>



時空間を突き抜けた先は、高い高い夜空でした。

唐突に広がった眼下の景色と自らの事態に、思わず硬直。

ただ呆然と、重力に引かれて落下してい……って寒い寒い寒い寒いっ! 気温が低いうえに風圧で肌が痛い!

「ス、スティレット! バリアジャケットお願いっ!」

『了解です、マスター』

首のあたりから小さく聞こえる機械的な音声の後に、身体が青い光に包まれる。

発光が止んで装着されるバリアジャケットと、右手に薙刀の形を模したスティレット。

「うぅ……助かった…………」

先ほどまで文字通り……痛いほど感じていた寒さと風圧がどこへやら。

うんうん、やっぱりバリアジャケットの性能は凄いよね。

見た目はさほど暖かそうじゃなくても、実際はぽっかぽか。さらに防風機能まで付属されているワケです。

こんなに便利なのに、魔法資質がないと使えないのがちょっと残念。イメージ次第でどんな服装にも出来るし。

そんな風にバリアジャケットの便利さを実感している間も、飛行魔法を発動していなかった俺は、ただただ下に落ちて行く。

眼下に広がる星空のような街明かりに、吸い込まれそうです。

そんな綺麗な風景なんだけど……さすがに怖い…………重力でぐんぐん加速して行ってるし……。

「スティレットー。飛行魔法もお願い」

『了解です』

機械的な音声が右手に握られたスティレットから聞こえ、少しづつ減速していく。

だって急に止まるのって結構怖いんですよ? 個人的に慣性で揺れる感覚が少し苦手ですし。

そんなことを考えながらも、十秒ほど掛けてようやく空中で停止。

ふわふわと浮かぶ身体を制御して…………広がる街並みを見下ろす。

……少しだけ。少しだけ前世に似た雰囲気を感じる風景を見て……大きく溜息。

「絶対にジュエルシード散らばっちゃたよね……」

俺のその言葉に、スティレットのコア部分がチカチカと明滅する。慰めてくれてるのかな。

気持ちは嬉しいけど、なんだかね……。

「さて、と……これからどうしようかな」

このまま空に居てもどうにもならないし、かといって単独行動なんてしたくはないし……。

うん、やっぱりユーノを待とう。

ユーノもここに来ると思うし……だけども、おそらくはフェイトも来るんだろうなぁ。

今更ながら不安になってきた。俺の知ってる"リリカルなのは"とだいぶ違うし……。

…………うん、今更悩んだって意味が無い気がしてきましたっ。

俺が出来ることをすればいいさっ。……ごめんなさい開き直りです。

さてさて、自分のどうでもいい思考に決着したし、そろそろ地面まで降りてみようかな。

この世界……感覚的に自分が住んでいた前世に非常に近いモノを感じるんだよね。

こういうのなんて言うんだっけ……既視感? デジャヴ?

上空から見る街並みは思いっきり地球のモノだし……ちょっと離れたところには海も見える。

原作にある"海鳴市"だとしたら、非常にラッキーなんだけれども。いろんな意味でね。

『マスター』

頭の中でそんなことを考えていると、不意にスティレットが話し掛けてきた。

「ん、どしたの? スティレット」

『マスターの上空より、魔力反応が接近しています』

「え?」

な、なんか来るみたいだよスティレットが言うにはっ!

ユーノだとしたら非常に助かるんだけど……フェイトが来たら交戦しそうで怖いっ!

もし戦ったら勝てるワケがないっ。フェイトはこの時点でランクとしてはAAAはあったはず。

しかもフェイトのアークセイバーの威力を考えたら、勝てる気がしないのですよ!

それに加えて、アルフまで来て二対一になったら……逃げることすら無理です! 一対一でもあやしいけどね!

「ス、スティレット! 隠れるよ!」

スティレットに一声掛けて、猛然と急降下。

途中でスティレットがなにか言っていたけど、逃げるときは迷ったらいけないような気がする!

飛行魔法に重力も加えて、かなりの速度で……どこに隠れればいいのさ!?

降下しつつ、視線をあっちこっちに移して……よしっ、あの森っぽいとこなんてよさそうっ。

直感を信じて、すぐさま行動。街の上空を滑空するように森に向かって飛ぶ。

冬だからか、葉っぱ一つ無い枝を避けつつも、なんとか枯れ葉が敷き詰められた地面に着地。

そのまま樹の幹にもたれ掛かる様にして、ずるずると座り込む。

「なんか……一気につかれた……」

そんなことを呟きつつ……空を見上げる。

ここまで来れば、きっと大丈夫なはず……。希望的観測だけれども。

さっきまで俺が考えていたのが、ぜーんぶ杞憂だといいんだけどね。

『マスター、ユーノ様が来ました』

「……え? …………本当に?」

『はい。間違いなくユーノ様です』

なんか…………ものすごく断定的な言い方だなぁ。ちょっと違和感を感じるんだけど。

「ちょ、ちょっと待ってスティレット」

『なんでしょうか、マスター』

「なんでそんな風に言い切れるのさ、もしかしたら違ってるってことも……」

『そんなことはありません。魔力反応値から考えた結果、私はユーノ様と判断しました』

この口ぶりだと、スティレットは魔力反応から誰かを特定出来る……ってことは……。

「スティレット。もしかして……最初っからユーノさんだってわかってた?」

『はい』

「…………………」

『私がお教えしようとしたところ……マスターがいきなり行動なされたので、マスターの耳には届かなかったようですが』

「なんか…………ごめん」

つまりは一人で大慌てしていたワケですか…………恥ずかしくなってきたよ……。

自分の行動を思い返し、一人で悶絶していると……スティレットがチカチカと明滅して。

『次からは気を付けましょう、マスター』

「……りょーかい」

なんか諭されました。くそぅ……デバイスのくせに生意気なっ。後で思いっきり解体して整備してやる。

とにもかくにも、近付いてきているのがユーノなら、恐れることはなにもない。

飛行魔法をもう一度発動させ、ふわりと上空へ浮き上がる。

星が輝く寒空の下。スティレットの誘導に従い、飛んで行けば見慣れた人影が一つ。

「ユーノさーん、こっちこっちー」

「レシアちゃん!」

少し大きな声で呼びかけると、すぐに気が付いたようです。

大急ぎでこちらに近付くユーノがそこに居た。









<ユーノ・スクライア>



時空間を抜けた先は、見知らぬ街の上空だった。

街灯が電気に依存していることから、少なくとも高度な文明を持っていることだけは分かる。

そんなこの世界の文明だとか、ジュエルシードも今はどうでもいい!

あのジュエルシードを奪おうとした魔導師が放った魔法の余波で、レシアちゃんは時空間に落ちてしまった。

僕はジェルシードが時空間に落ちたのを気にして、結界魔法も使えずにただ見ているだけしか…………。

僕がもっと気をしっかり持っていれば、こんなことにはならなかったんだ!

「レシアちゃん!」

僕は自分の中の悔恨を振り切るように声を上げる。

だけど、そんな僕の声に返事は…………無く、虚しく夜空に響くだけ。

そして、広がる静寂。無音の空の中、僕の中に嫌な想像が浮かんでくる。

もし……僕とレシアちゃんは違う場所に飛ばされたとしたら。

そんなことになったら、探す術なんて……。

駄目だ! 絶対にレシアちゃんを見つけるんだ! くだならい想像なんてしている暇はない!

今の自分が冷静なんて思ってはいない。だけど、がむしゃらになってでも探さなきゃいけないんだ。

そう思い直して、飛行魔法を制御して一気に飛び立とうとして。

「ユーノさーん、こっちこっちー」

とても聞きなれた、そして聞きたかったレシアちゃんの声。

「レシアちゃん!」

声がした方を見ると、そこには僕に向かって飛んで来る……レシアちゃんの姿。

急いでレシアちゃんに近付いて、怪我がないかどうか確認する。

…………うん、大丈夫みたい。動きに不自然さは感じられないし、どこか痛めている様子もない。

不思議そうに僕を見るレシアちゃんは、いつものレシアちゃんで……。

「レシアちゃん、無事で……良かった。本当に……」

思っていたことを、そのまま言ってしまう。

普段と変わらないレシアちゃんを見て、心が落ち着きを取り戻したせいかもしれない。

「わたしは大丈夫ですよー。ユーノさんの方こそ平気ですか?」

「うん、僕も大丈夫。だけど……」

この世界とは…………魔力が合わない。

レシアちゃんはなんともないみたいだけど、僕の魔力と不適合な性質にあるみたいだ。

「…………ん、ユーノさん。いっかい降りましょう。いつまでも空にいる必要もないですし」

僕の表情からなにかを見出したのか、レシアちゃんがそう言葉を紡ぐ。

その言葉に僕は頷いて応えて、二人でゆっくりと降下していく。

幸いにも近くに海に面した公園があったので、その公園内にあるベンチに並んで腰掛ける。

一呼吸置いてから、レシアちゃんが口を開いた。

「……ユーノさん」

「うん…………」

これから、どうするか。みなまで言わなくとも伝わる疑問。

…………僕はどうしたい?

ジュエルシードは危険だ。途轍もなく危険なロストロギア。

それがこの世界に散らばってしまった。そして、その原因の一端は僕にある。

輸送艦に現れた、ジュエルシードを奪おうとした魔導師。それに遅れを取ったこと。そして僕の射撃魔法がトランクケースを破壊してしまった。

「僕は、ジュエルシードを……自分の手で回収したい。こんな風になったのは僕の"責任"だから」

そもそも、ジュエルシードを発掘したのは僕達スクライアなんだ。最後まで責任は果たさなきゃいけない。

「…………わかりました」

僕の言葉に、レシアちゃんは頷きながら答えてくれた。

ジュエルシードは願いを叶えるロストロギア。どんな危険が伴うかわからない。

それに……あの魔導師のこともある。きっと……あの子もジュエルシードを集めようとしているはず。

もし鉢合わせたら、また戦うことになるだろう。

「レシアちゃん。僕はジュエルシードを集めようと思う。だから――」

「じゃあわたしも手伝いますね」

――転送魔法で先に帰って欲しい。僕のその言葉は、レシアちゃんに遮られた。

「うん、考えたらわたしにも"責任"とやらがあるワケですし。是非手伝わせてくださいっ」

可愛い笑顔で言い切るレシアちゃん。だ、だけどダメだ。危険なことにレシアちゃんを巻き込みたくない。

「え、あ……ダメだよレシアちゃん。ジュエルシードは危険なんだ――」

説得する言葉の途中……僕達のすぐ近く、巨大な魔力反応が突然現れた。

青白い魔力光が公園内の森から放たれ……発光が収まった直後に聞こえる、獣のような咆哮。

おそらく、ジュエルシードに現地生命体が接触した。

願いを叶えるといっても、ジュエルシードはその願いを正しく叶えてくれるワケじゃない。

「ユーノさん、これって……」

レシアちゃんがスティレットを右手に立ち上がり、僕に視線を送る。

「うん、間違いない。すぐ近くで……ジュエルシードが発動したんだ!」

僕も即座にアイギスを構えて立ち上がり……封時結界を発動させる。

魔方陣が展開され……周りの景色が灰色に染まっていく。

この結界は通常空間から特定の空間を切りとり、時間信号をずらすことが出来る。

それにより、現実の世界には直接の被害はなくなるはず。

……この世界はジュエルシードとはなにも関係が無い。被害はなるべく抑えなきゃいけないだろう。

周りの景色が変わったのに驚いたのか、きょろきょろと辺りを見渡しているレシアちゃんを手で制して、僕は前に一歩進みでる。

少しずつ近付いてくる唸り声。それに加え……重く、響くような足音が前方の森から聞こえてくる。

足音とは別に…………何かを振り回しているような風切り音。

次第に大きくなるそれらの音。そして……遠目に、その姿を確認することが出来た。

人間を軽く越す巨大な身体、大きな赤い目に捻じ曲がった嘴が、現実では存在しないアンバランスさを醸し出している。

おそらく……ジュエルシードに鳥類の動物が触れて、取り込まれてしまったんだろう。

何度も聞こえてきた風切り音は、この猛禽類を思わせる鳥の羽ばたきだった。

周りの木々が邪魔なのか、強く羽ばたけないでいる。自重の関係で飛べるかはわからないけど……もし飛べるとしたら、飛ばすのは厄介。

その全貌を現す前に、さらに一歩足を踏み出して……アイギスを構える。

僕らの存在を認知したのか、その巨大な鳥は敵意に満ちた唸り声を上げる。

うん。レシアちゃんを説得するのは、こいつを倒してからにしよう。









<レシア・クライティ>



森の中から出てこようとするその鳥は……どう見てもジュエルシード効果を受けまくっていました。

なんといっても大きい。でか過ぎる。

もしかしたら三メートルくらいあるんじゃないだろうか。

なんていうか……今の俺くらいの身体の大きさだったら、一口でぺロリといけちゃいそう。

それに加えて…………なんというか、威圧感が凄まじい。さっきから見えない圧力が掛かっているみたいに感じる。

う、うぐぅ……落ち着かなきゃ…………慌てたって良い事なんかなにも無いんだからねっ。

「レシアちゃん。ここでちょっと待ってて」

「え、ちょ! ユーノさん!」

ユーノが俺にそう言って……アイギスを手に、飛行魔法を発動。一気に飛翔し、あの巨大な鳥に向かっていった。

ああもう! なんでよりによって単身特攻なんかしちゃうかなユーノは!

飛んで行くユーノを追って、俺も飛行魔法を発動して追いかける。

未だに森の中で動いているジュエルシード寄生体は、近付いてくる俺とユーノに威嚇の咆哮を上げる。怖いからやめてくださいっ。

そんな威嚇にもユーノは怯まず、木々を避けながらも寄生体との距離をどんどん詰め……接触一歩手前に、ユーノがアイギスを振り上げながら魔法を発動させた。

「チェーンバインド!」

振り上げる動作とほぼ同時に、ユーノのバインドが寄生体を木々に括り付けるようにして絡みつく。

ユーノを迎撃しようとしていた寄生体は、不自然な格好のまま縛り上げられることになった。

間髪入れず、ユーノがアイギスの魔力刃で寄生体の羽を斬りつけ……一気に距離を取る。

おお……なんというか、ユーノがもの凄く場慣れしている気がする……。

とにかく、先制の一撃を加えたユーノなのだけど、その表情はどことなく険しい。

「くそっ……対して効いてない!」

少しだけ悔しげに、ユーノがそう言う。

効いてないって……あれだけの勢い斬りつけたのに!?

寄生体を見ると……未だにチェーンバインドで動きを封じられてはいるけど、身体事態に支障はなさそう。

ユーノが斬りつけた場所も、少し羽毛が飛び散った程度で……損傷は特に無いみたい。

「それなら……フォトンバレッド!」

ユーノが追撃に、射撃魔法を放つ――が。

時空間で見たときより、ユーノの射撃魔法は明らかに威力が劣っている。

全弾命中こそしたが、寄生体は少し苦しげに声を上げるだけ。

うむぅ……なんで威力が下がったんだろう。さっきからユーノは少し居心地悪そうにしていたけど……なにか関係があるのかな。

そこでふと、自分の脳内にあった知識を思い出す。もしかしたら……。

……それを肯定するために、辺りを見渡して、このような大きな公園内にあるであろうモノを探す。

割とすぐ簡単に、それは見付かって……すぐにそれに向かって移動する。

公園内の地図が書いてある看板。そこにはしっかりと"海鳴臨海公園"としっかり書かれていた。

その文字を見て…………ああ、ついに原作の舞台に来てしまいましたかっ! なんて思ったり。薄々そうなんじゃないかとは思っていたけどねっ。

うん、それならばもうユーノの射撃魔法の威力が下がった理由は一つ。魔力の不適合による弱体化というワケです。

それでも……あれだけの頑丈さを誇るバインドを生み出せるユーノは、純粋に凄いと思う。

だって未だに寄生体は動けずにいるんですよ。俺のバインドだったらあそこまでは持ちません。

…………よしっ。とにかく、未だに寄生体が動けないなら、やることは決まっている。

「ユーノさんっ。下がってください!」

木よりを軽く上回る位置まで飛び上がり、ユーノにちょっとそこ危ないですよーっと伝える。

「レシアちゃん……うん、わかった!」

俺の声を聞いたユーノが、即座にその場を離れて……俺のすぐ近くまでやってくる。……もちろんバインドはそのままですよ?

こういう……こっちのやりたいことを、即座に理解してくれるのがユーノのとっても良いところだよねっ!

「スティレット、準備はいい?」

『もちろんです、マスター』

こっちも準備万全だったよスティレット。短いやり取りの後……スティレットの矛先を、未だにバインドでロックされている寄生体に向ける。

「スティレット、シューティングモード!」

『了解です、マスター』

その言葉の後……スティレットが高速で変形していく。

スティレットの先端にあった青い魔力刃が消え、より射撃に適した形に生まれ変わる。

「スティレット、ディバインバスター。もちろんフルパワーでっ」

『心得ています、マスター』

りん、と広がる大きな魔法陣。その魔方陣自体が足場となって、より照準しやすく、相手を撃ち抜きやすくなる。

スティレットの先端に音を立てて集まる魔力。胸の中のリンカーコアが疼きますっ。

「ディバイン――」

今すぐに……ジュエルシードから解放するから、ちょっと我慢して!

「――バスター!」

言葉と共に、放たれる砲撃。バインドに捕らわれた寄生体は、なす術も無く青い閃光に飲み込まれた。

…………魔力ダメージだから、命に別状はないよね?













~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~













「それじゃあ……ユーノさん」

「うん…………妙なる響き、光となれ! 赦されざる者を、封印の輪に! ジュエルシード、封印!」

原作そのままの詠唱で、ジュエルシードがレイジングハートに封印された。

おお、原作では失敗していたけど……今回は無事成功してよかった。

最大魔力値が高い方が安全みたいだし、今度からは俺がやった方がいいかも。

うむぅ……それにしてもユーノは……直接的な戦闘はアイギス、補助的な事はレイジングハートを使っているみたい。

とはいっても、ユーノ曰く……レイジングハートはお守りに近くて、緊急時以外はもう使っていないらしいけど。

とにかく、ジュエルシードが無事に封印できてよかった。ちなみにシリアルナンバーはⅦです。

ジュエルシードに取り込まれた鳥も無事でしたし、こちらもよきかな。

「ユーノさん、後でシーリングのプログラムくださいね。次からはわたしが封印するので」

「いや、ダメだよ……レシアちゃん。ジュエルシードは危険なんだから……これ以上手伝ってもらうワケにはいかない」

「むぅ……今更なに言ってるんですか。ここまで来て、そんなこと言われたって納得しませんよ? わたしは手伝いますからね」

「でも…………」

むむ……ユーノ、ここは大人しく手伝われなさい。

「危険だったら……なおさらユーノさん一人にやらせるワケにはいきませんっ」

「う…………」

「それにさっきだって。ユーノさんは魔力が適合してないんでしょう? 威力が下がっちゃった魔法では苦戦は必至です」

俯くユーノに、俺は言葉を続ける。こうでもしないと、ユーノは本当に一人でやりかねないし、ユーノが危ない。

ユーノ自身が危ないと思う……これは紛れも無く俺の本音。一人より二人の方が良いに決まってる。

俺は近しい人が、怪我するところなんて見たくないのですよ。

「だから、手伝ってもいいですよね?」

「…………わかった。だけど……」

ユーノが肯定して、顔を上げ……真剣な表情で言葉を続ける。

「危なくなったら、絶対に逃げて欲しい。それと……一人では絶対に行動しないで」

「はい、わかりました」

「…………約束、だよ?」

「もちろんっ。それでは……ジュエルシード集め、手伝わせていただきますね」




【あとがき】
また時間が掛かってしまいました……申し訳ありません。

プロットは無印終了まで書き終えました。
これからは肉付け作業だけなので、更新は気持ち早くなるっ……と嬉しいです。
もっとも途中で変更点や問題点などが見付かれば、修正でまた時間を取られるワケですが……。

この作品を見てくださっている皆様に、一つだけ御相談が。
序章までは文と文の間にある改行を二つ、無印編からは改行を一つにしていたのですが、どちらの方が見やすいでしょうか?
どちらかによって全文を修正させていただきますので、よろしければ教えていただけると幸いです。


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