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[6229] 許されざる者 (リリカルなのはStS オリ主 本編粗筋変更無)【完結】
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:eb925757
Date: 2009/02/15 01:57
 鍋を仕込みつつ店内の掃除を始める。
 それが一段落つくと、今度は明日の料理の下ごしらえ。とにかく、夜明け前にできることは全部終わらせる。これで、明日の朝が多少は楽だ。
 そしてようやく帰宅。下ごしらえの時に余らせた材料で作った弁当を二つ抱えて家に着くと、バードがファインを起こして服を着替えさせていた。

「お帰り、お兄ちゃん」
「おう。ほら、今日の弁当」

 正確には俺は二人の叔父さんだが、お兄ちゃんと呼ばせている。いいじゃないか、別に。

「行ってきます」
「よし、行ってこい!」

 二人を見送ると、ようやく俺の就寝時間がやってきた。
 おやすみ。

 ……眠れない。
 
 考えることが多すぎる。

「なあ、トランザ、いい働き口があるんだけどな」

 俺は新しい働き口を紹介されていた。
 今働いている店のオヤジさんが俺たちのことを心底心配してくれているのはわかってる。甥と姪のために店の材料を多少くすねても笑って見逃してくれるいい人だ。
 俺が小さな子供二人と借金を抱えて必死でやりくりしてることもわかってくれている。
 そのオヤジさんが言うのだから、本当にいい働き口なのだろうと思う。

「新しくできる役所の飯炊きの仕切りだよ。うちの使いっぱよりよっぽど出世だぜ。給金だって全然違う」

 でもな、オヤジさん、ありゃ役所じゃない。あれは機動六課って言うんだ。

「説明会で部隊長さん見たけど、可愛らしい娘さんだったぞ。俺が若けりゃ、ほっとかないね」

 知ってるさ。八神はやてだろ?
 でもな、オヤジさん、あれはやめといたほうがいい。
 八神はやてって女に見た目で騙されちゃいけない。

 あれは血に飢えた四人の狂騎士を従えた女。またの名を、闇の書の主。


 あのクソ女は、俺の親父と姉さんの仇だ。


 クロノ・ハラオウンとリンディ・ハラオウンにも文句がある。
 クロノの父、リンディの夫。それを殺されて何であの二人は黙っていられるのか。
 言いたくはないが、今も関係者が生きている闇の書の事件の中での最高位の被害者はクライド・ハラオウンだ。それは誰もが認めるだろう。
 その遺族が八神はやてを許すと広言しているのだ。いや、それどころか、風の噂では管理局の有志に殺されそうになったところを救ったらしい。
 ふざけるな。
 父親を殺されて黙っている息子、旦那を殺されて黙っている女房。あんたら、正気か?

 まあ……風の噂程度でしか知らない俺が言うのもおかしいかも知れない。もしかしたら俺の知らない事情があるのかも知れない。
 だけど、俺は親父が好きだった、姉さんが好きだった。
 二人の死んだ理由を作った闇の書は絶対に許せない。
 騎士たちが許せない。
 その主が許せない。
 俺の考え方は、おかしいんだろうか?

 そんなことを考えている内に俺は眠っていたらしい。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

 俺を起こすのは、学校から帰ってきたファイン。

「これ、先生がお家の人に持って行けって」

 大事そうに封筒に入って、封までされている。
 開いてみると…………
『授業料値上げのお知らせ』
 マジかよ。
 
「どうしたの? お兄ちゃん」
「あ、なんでもない」
「ファイン、学校嫌いだよ。だから行かなくても平気だよ」

 嘘付け馬鹿野郎。暇さえあれば友達の話ばっかりしてるじゃねえか。
 くそっ。
 子供がそんなこと気にしてんじゃないよ。俺がみっともないじゃねえか。


 俺は、六課で働くことに決めた。



[6229] 許されざる者 (StS オリ主 本編粗筋変更無)
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:eb925757
Date: 2009/01/30 01:15
 なにこれ。
 どこの大食いチャンピオン大会ですか?
 いやいや、おかしいだろ、あれはおかしいだろ。
 どう見ても子供だよ。バードと同じくらいの年だよ。なんであんなに食えるの。
 それからあの女は何? どこの化け物だよ、無限胃袋だよ。
 お代わりってあんた。準備してる訳ねーだろ。
 いいか、今日そこでメシ食ってるのはあんたたちスターズとライトニング、合わせて八人だ。
 なんで速攻で三十人分が無くなってるんだよ。
 こら、赤毛チビ女、何がデザートだ、アイスだ。待て。それは違う。業務用バケットごと持っていくなぁ!

「返せ。こっちも予定があるんだよ!」
「けちけちするなよ、いいじゃん、これくらい」
「うるせっ! これは全員の分だ。独り占めすんじゃねえっ!」
「じゃあ、それを八つ持ってきてくれ」
「……総務に言って、給料から差っ引くぞ」
「食事は無料配給じゃねえのかよ」
「食い過ぎなんだよっ! 昨日の晩、勘定方が泣きながらそろばんデバイス弾いてたぞっ!」
「それ、本当ですか?」
 
 なんか、金髪が泣きそうな顔してやって来た。

「あのな、フェイト。こいつの言うこと本気にするなよ」
「でも、泣いてるって……」
「んなわけねえだろっ! あたしらの食う量だったら、はやてが把握してるってば!」

 はやて? なに、あいつ、部下に呼び捨てられてんのか。ギャハハハ、人徳無しかよ。こりゃ愉快だ。さすが犯罪者。

「それはそうだろうけど。やっぱり人の分まで食べるのは良くないと思……」
「食いたきゃ食え!」

 俺のいきなりの大声に、赤毛と金髪がきょとんとする。

「食えるなら食えばいい。俺が言ってるのは、他人の分のアイスまで食うなってことだけだ」

 俺が二人に向かって言っているわけではないことに気付いたらしい金髪が、俺の視線を追って、あ、と小さく声を上げる。
 そこには、お皿を抱えてしょげた顔の少年。
 俺は少年に向かって言い続ける。

「だから、食えるなら食えばいいんだよ。それとも何か、俺の飯がまずくて食えないとでも?」
「いえ、美味しいです!」

 ここの言い争いが聞こえて、少年は慌てて食べるのをやめたらしい。
 いや、食えばいいんだよ、子供なんだから。
 子供に腹一杯飯を食わせられない大人ほど情けないものはないからな。

「だったら食え。それとももう腹一杯か」
「えっと……」
「エリオ、正直に言っていいんだよ?」と金髪。
「まだ、食べられます」
「よし、食え。材料はあるから作ってやる。ちょっと待ってろ」
「あ、あたしもお代わり!」

 そこの無限胃袋女はちょっと空気読め。
 あ、ツインテールに殴られてる。仲良さそうだな、あいつら。

 金髪の名前はフェイト。少年の名前はエリオらしい。こいつら姉弟だろうか?
 しかし、エリオはフェイトを「フェイトさん」と呼んでいる。鼻でも詰まっているのか、時々「フェイトそん」に聞こえるのはご愛敬だろ。
 俺の所みたいに、叔母と甥だろうか。若い叔母だと、名前で呼ばせるのも有りだろうな。
 
「本当に美味しいです」
「世辞はいいからよ、食え食え」
「本当ですよ」

 エリオとか言う子は、なかなかに素直なようだ。
 考えてみると、ウチのバードもリンカーコアが優秀だったらこんなことしてるんだろうなぁ。考えると恐ろしいが、それが常識ってやつだ。
 ミッドで出世する早道はリンカーコア。誰だってそれくらいは知っている。
 ちなみに俺のリンカーコアはお粗末以外の何者でもない。ただ、「炎熱」の魔力変換資質があるので、野外炊飯では火種がいらない。
 ……笑うな。本気でその程度しか使い道がないんだよ。

「みんな、食べてるね」
「あ、部隊長」
「はやてちゃん」
「あたしもついでに食べていこうかな。すいませーん」

 俺は周囲を見渡した。俺しかいない。そりゃそうだ。少なくとも今日は、そんな大人数の食事は予定されてないんだからな。

「品切れです」

 エリオと大食い女が真っ青になったのを見て、俺は慌てて言い添える。

「い、いえ、違います、あります、ちゃんとあります」

 そうだよな、女はいいとして、エリオが部隊長の分まで食ったってことになったらシャレにならん。
 俺は、虫とか鼻くそとか精液とか、その手のものを混入する誘惑に耐えながら食事を用意した。
 自分の自制心を恨めしく思ったのは、これが初めてだ。




[6229] 許されざる者 (StS オリ主 本編粗筋変更無)
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:eb925757
Date: 2009/01/30 01:19
 なのはさんが突然厨房を訪れたのは、夕食の片づけの最中だった。

「トランザさん。お願いがあるの」
「なんです?」
「四人分のお弁当を用意して欲しいの」
「スターズの四人ですか?」
「ええ」
「まあ、別にいいですけれど、いつです?」
「明後日の朝練の前にください」
「オッケー。じゃあ、おやつに甘いのオマケしとこうかね」
「ありがとうっ!」

 エースオブエースというのはもっと厳つい、「たまたま何かの手違いで女性ホルモンを持ってしまった男」みたいな奴だと思っていたのだが。
食堂で話している限りは普通の女の子だ。
 俺の趣味じゃないけれど、世間一般では充分美人の部類だろう。
 フェイトさんも美人だ。六課というのは顔で選んでないか、と思う。
 この二人が仲むつまじく歩いている姿はかなりの目の保養だ。つい、見物料を払いたくなる。
 まあ、一番の美人はシャリオさんに決まってるけどな。食堂に来るたびに、俺は癒される。
 ほら、今日もやってきた。

「シャリオさん、何食べます?」
「えーと、今日は……」
「シャーリーもお昼ごはんですか?」

 なんか飛んできた。

「リイン曹長も一緒に食べます?」
「勿論です。コックさん、リインはサンドイッチがいいですぅ」
「よし、あんたを挟もう」
「だ、駄目です、コックさん! リインは美味しくないですぅ!」
「ちょうどいい大きさなんだがなぁ」
「駄目ですよ、トランザさん。リイン曹長を食べたら」
「……しようがない。シャリオさんに免じて見逃すか」
「ふぅ……。シャーリーは命の恩人ですぅ」
 
 リインフォースツヴァイ。いい子なんだよな、何であんな奴についているのやら……

 その翌日、俺は同僚からグリフィス・ロウランに関しての話を聞いた。
 …………六課の副官というエリートで、幼なじみで、提督の息子で、容姿端麗成績優秀物腰柔和。
 よし、グリフィスの食事に毒を入れることにする。

 と思ったが、シャリオさんが本気で悲しんだら困るのでやめた。

 まあ、あんな綺麗な人だしな。頭いい人だしな。眼鏡ッ子だしな。
 彼氏の一人や二人な。そりゃいるさ。いるとも。ああ、いるさ!



[6229] 許されざる者 (StS オリ主 本編粗筋変更無)
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:eb925757
Date: 2009/01/30 01:20
「アイス、例のやつな」

 この注文が来たと言うことは……。
 俺は辺りを見回した。やっぱり、誰もいない。いや、平隊員は誰もいない。
 なのはさんがフェイトさんとなにやら話し込んでいるだけだ。

「わかった。ちょっと待ってろ」
「急いでくれ。スバルたちが来ちまう」
「……なんでだ?」
「いいから早くしてくれよ!」

 別に何を食べようとも個人の勝手だと思う。
 スバルやエリオの超盛り(大盛りなどという言葉では足りない)を見れば、ヴィータのアイスなど可愛いものだと思うが。
 どうも、アイスを嬉しそうに食べているところを部下に見られるという状況が気に入らないらしいのだ。
 しかし、俺は気にくわない。他人に迷惑をかけない範囲で食いたいものを食って何が悪いんだ。

「ほら、スペシャルギガ盛り、命名『富士山』だ」
「な、なんだこりゃあ!」

 悪いが、なのはさんの故郷にあるという喫茶店のスペシャルメニューをパクらせてもらった。
 業務用バケットのアイスを、そのまま三つ積み重ね、バナナやらリンゴやらミカンやらプリンやら、あらゆるデザートを周囲に侍らせた究極のギガ盛りアイスだ。
 いやいや、これはもうギガじゃない。ペタ、いや、エクサ盛りアイスだ。
 驚いたか、ヴィータ。

 ……なんか嬉しそうだな、おい。

「……トランザさん、スプーン後二つと小皿ください」

 フェイトさん参加。やっぱ女の子だね、嬉しそうだよ、なのはさんまで。

 富士山を綺麗に平らげた頃にはキャロとティアナとスバルまで参加していたこの不思議。
 ていうか、エクサ盛りを合計二つ追加注文されてしまったんだが。
 
「あ、エリオ君、遅かったね」
「じゃあ、もう一つだ。すいません、トランザさん、富士山二つ追加で」

 スバルがまた追加する。ってさらに二つかよ!
 お前ら、管理局の大食い部隊だろ。実戦部隊じゃないだろ実は。

「あー、美味しかった」
「たまにはこういうのもいいですね」
「みんな頑張っているから、今日くらいは大目に見るけれど、ちゃんとしたものも食べないと、バテるよ」
「そうだね、なのはの言うとおりだよ」
「スバル、聞いてる? あんたのことよ?」
「あははは。大丈夫だよ、ティア。ごはんはちゃんと食べるよ、今から」

 ……なんか言ったか? 無限胃袋女。
 さすがに一同も引いている。

「そうですね」

 ちょっと待て、エリオ、お前もか。
 って、期待の目で俺を見るな。今から飯の用意かよ。
 ま……こんなこともあろうかと、準備はしてあるんだがな。
 もう、慣れたよ。お前らの無限胃袋には。
 ほら、パスタとサラダだ。今日はこんなところでいいだろ、さすがに。
 
「私も頼む」

 ああ、シグナムさんか。デザートには参加してなかったね。

「あと、こいつの分もな」

 足下を示すシグナムさん。
 そこにいるのはザフィーラ、六課の番犬、もとい、番狼だ。
 しかし、誰がこんなところで狼飼ってるんだ? もしかして誰かの使い魔なのかねえ。
 とにかく俺は、ザフィーラのために骨付き肉を準備する。
 くわえた皿を引きずっていくザフィーラ。あの賢さはやっぱりただの狼じゃない。そもそも、言葉がわかっている節があるしな。やっぱり誰かの使い魔だろうか。

「いつも苦労をかけているな」
「え? ちょ、ちょっと、何言い出すんですか。シグナムさん」
「いろいろ、工夫してくれていると聞いている」

 食事のことだろうか。まあ、できるだけ温かいもの、できるだけ旨いものってのは、メシ食わせる人間としての基本だからな。

「おかしな時間に食事を頼むこともあるだろうに、嫌な顔一つせずにやってもらっているからな」
「シグナムさんたちは、戦うのが仕事みたいなもんでしょう?」
「ん? ああ、そうだな」
「俺は、そんな貴方達に飯を食ってもらうのが仕事です。貴方達が手を抜かないのに、俺が手を抜くわけにはいきません」

 実際は、八神はやて配下と聞いて、適当にやろうと思っていたのだが。一度訓練を見たときに俺は、そんな風に考えていた自分をぶん殴りたくなった。
 よく考えれば、八神はやてとこの人たちは単なる上司と部下だ。あの女の悪行にこの人たちは関係ないのだ。
 この人たちは真剣にミッドの平和を考えてくれている。見ているだけでゲロを吐きたくなるような訓練を続けているのだ。
だったら俺のできることってなんだ。精々旨い飯を楽しく食ってもらうこと。それしかないじゃないか。

「生意気かも知れませんけど、俺だってプロですよ。貴方達とジャンルは違うけど、六課所属のプロですよ」
「そうだな。済まなかった。だが、当たり前のことに感謝しても、悪くはあるまい?」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、やり甲斐がありますよ。二番目にね」
「二番目? そうすると、一番目は?」
「そりゃあ、『旨い』って言ってくれることですよ」
「そうか。だが、それは容易いことだぞ。ここの食事ならな」

 いい人だ、シグナムさん。いい女だし。強いし。巨乳だし。
 まあ、一番の美人はシャマルさんだけどな。
 シャリオさん? 誰それ。



[6229] 許されざる者 (StS オリ主 本編粗筋変更無)
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:eb925757
Date: 2009/01/30 01:21

 休暇の日は、基本的に家でごろごろしている。正直、遊びに行く金もない。勿体ない。本当に貧乏なんだから仕方ない。
 はっきり言えば、食費や光熱費の節約のために 出勤したいくらいだ。事実、俺はバードたちと重ならない休日はだいたい返上している。
なんと言ってもただメシはでかい。しかも評判まで良くなるんだから。
 しかし、この休暇は別である。遺族の会からの連絡を待っているためだ。
 またの名を、「闇の書の主を許さないの会」、あるいは「名前を変えても逃がさないの会」という。
 ここからの情報は本当に有り難い。おかげで、八神はやての情報が手にはいるのだ。もっとも、どこまでが本当でどこまでがガセかは調べようがない。
 少なくとも、六課部隊長という話は本当だったが。

 ノックの音。
 外へ出ると、玄関先に一枚の紙。
 そこに書かれているのは落ち合う先。
 まだるっこしいと感じることもあるが仕方がない。はっきり言って、この遺族の会は違法組織に近いのだから。
 リンディ・ハラオウンが所属している「遺族会」とは全く違うのだ。
 向こうは、「不幸な事故で亡くなった遺族を偲び、皆で手を取り合って頑張ろう。そして夜天の主としてかつての『闇の書』を更正利用する八神はやてを影ながら応援しよう」というコンセプト。
 こっちは、「八神はやてを一生許さない」がコンセプト。
 はっきり言ってしまえば、俺は前者に属する連中は頭がおかしいと思っている。もしくはいわゆるDV配偶者が死んで、感謝している連中か。
 そして連中は、俺たちを「単なる過激派」だと思っている。そりゃあ向こうには、名門ハラオウンの後ろ盾があるからねえ。

 俺は身支度をして、指定された場所へ向かう。途中で尾行を撒くためにいくつかの不審な行動も取った。
 大きなホテルに入ってうろうろした後裏口から出たり、交通機関を利用するふりして出発寸前に降りたり。
 ちなみに魔法による追跡は、俺が今の段階で明確な犯罪容疑者だと立証できない限り不法行為である。
もし俺が実際に犯罪者だとしても、魔法による尾行が明らかになった段階で俺の無実は保証されたも同然なのだ。さすがに現行犯逮捕は別だが。
だから操作側がよほどの馬鹿か、それとも犯人側がよほどの馬鹿か、そのどちらかでない限り、魔法による尾行は行われない。

 結局、この日の成果はなかった。ただ、今後手に入る予定の情報を教えてもらっただけだ。
 八神はやて配下、ヴォルケンリッターと呼ばれる連中の名前と顔写真、現在の所属の情報が入手予定らしい。
 やつらもさすがに表には出てきていないだろうが、蛇の道は蛇なのだ。
 きっと、見るからに悪党面してるんだろうな。六課のフォワードなんかとは大違いなんだろうな。
 俺の親父を殺したのは、その中でも剣を使う奴だと聞いた。無実の罪の親父を殺しておいて、何が騎士だ。
 騎士の誇りってのは、シグナムさんみたいな人のためにある言葉だ。なんであんないい人が、八神はやてなんぞの部下なのか。局勤めはたいへんだ、本当に。
 



   続



[6229] 許されざる者 (StS オリ主 本編粗筋変更無)
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:d824f9a4
Date: 2009/02/01 01:14
 散歩をしていると、転がった岩の下に血まみれの八神はやてが挟まれていた。
 昨夜の雨で地盤が脆くなっていて、崖から崩れた大岩に挟まれたのだろう。咄嗟のことで、ご自慢の魔法も役には立たなかったという訳か。
 
「……トランザくん?」

 力無い目の八神が俺に気付く。そして、俺が誰であるかを認識すると瞳に輝きが蘇った。
 
「ああ、部隊長?」
「よかった……誰か、呼んでくれへん?」
「自力脱出は無理そうですか?」
「あかん。なんかこの辺りの土に変なもん混ざってる……。魔力が使えへんのよ」
「なるほど。少しでも、動けませんか?」
「足に……なんか刺さってる。石や思うけど……動かれへんよ」
「全然動けません?」
「そやから、そう言うてるやん」
「どれくらい保ちそうですか?」
「トランザくんが、誰か呼んで来てくれるくらいは」

 八神は笑っている。俺という知り合いが現れたことで、助かったと思っているのだろう。
 俺は辺りを見回して、ちょうどいい大きさの棒きれを見つけた。
 魔法は使えないが、魔法を使えない小娘を殴り殺すくらい、俺にだってできる。

「あかんて。そんな棒くらいじゃこの岩は持ち上がらんよ。そや、ヴォルケンリッター呼んで。私の守護騎士や、何でもやってくれる」
「何でもやってくれるんですか?」
「うん。私のために人も殺すしリンカーコアも盗ってきてくれる。おかげで、子供時の病気も治ったんや」
「死ねよ」

 俺は棒きれを振り下ろした。
 八神の悲鳴があがる。

「なにするんやっ!」
「なにって……殺すにきまってるじゃありませんか」

 こんな機会は二度とない。魔法の使えない無力な八神はやて。その命は俺が握っている。
 このまま殴り殺してしまえば、崖崩れのせいになって事故で処理されるかもしれない。
 今なら、俺は八神を殺すことができる。親父と姉さんの無念を晴らすことができる。そして八神が死ねば、ヴォルケンリッターも一緒に消えるはずだ。

「殺すって……どうして?」
「……貴方が、闇の書の主だから」
「え?」
「俺の親父と姉さんは、闇の書の守護騎士に殺された」
「なんのこと?」
「クライド・ハラオウンが死んだ時だ!」
「そんなん、知らん」

 八神の目は冷たかった。
 
「私は知らん。私と関係ない話やん。あんたのお父さんなんか知らん。お姉さんなんか知らん。私には関係ない」
「闇の書の主だろうが!」
「便利なデバイスやん。手に入れたんはラッキーやったけど、あんたのお父さんは関係ない」
「闇の書の主として責任をとれ」
「あんたはアホか」

 岩が砕けた。
 傷一つない八神が立ち上がる。

「私は古代ベルカ式・総合SSランク、そして機動六課部隊長やで? 下っ端魔道師の一人や二人と一緒にせんといて。
私はレアスキル持ちの特別待遇なんよ? 闇の書くらい、もろうてもええやん」
「ふざけんな!」

 棒を振り上げた俺を、狂騎士の剣が貫いた。

「え?」

 四本の剣が俺の身体を切り刻む。不思議と、痛みは感じない。

「八神様、遅れて申し訳ありません」
「遅すぎや、私を誰やと思うてるの?」
「我らヴォルケンリッターが女王、八神はやて様にあらせられます!」

 化け物のような騎士が四人、八神に侍っている。

「この不敬者をどうされます?」
「殺してええよ、どうせ、リンカーコアの欠片もない半端者やろ? 弱すぎて餌にもならへんわ」

 ふざけるな。そう叫ぼうとする声が出ない。
 不気味な騎士が、俺に一歩踏み出した。

「仇を討ってくれないのか?」

 誰かの声に、俺は振り向く。
 そこには、親父の生首が。



 絶叫とともに跳ね起きた俺を、誰かが押さえつけていた。

「落ち着け!」
「落ち着いてちょうだい」
 
 何かが俺の視界を封じる。いや、周りが歪んで見える。
 これは……そうだ……魔法だ、治療魔法の一種、これまでにも何度か受けたことのある……精神安定の……



「落ち着いた?」

 ゆっくりと目を開けた俺は、シャマルさんの顔を見上げていた。
 横たわったまま周囲を見渡すと、ここは六課の医務室だ。
 つまりは全て、夢だったと……

「……すいません。俺はいったい?」
「脚立から落ちて、頭を打ったのよ」
「脚立?」

 ……そうだ。思い出した。
 食堂外側の外壁、その二階部分に登って、排気ダクトを調べていたのだ。料理の臭いがおかしいと聞いたので、何かあるのではないかと調べに行ったわけだ。
そして脚立に乗ってあがり、降りようとしたら脚立がなかった。
 あると思いこんで足を置いたところが空中で、そのまま真っ逆さま。
 なんで落ちた? というか、脚立がどうしてなくなっていた?

「ごめんなさい」

 そして、なんでヴィータが謝る?

「ヴィータちゃんがね、脚立が出しっぱなしだと思って片づけたんですって」

 ああ、なるほど。ってお前の仕業か、おいっ!

「本当にごめん」
「悪気はないのよ」
「……あったらなのはさんに言いつけますよ」
「それくらいは覚悟してるけど……」

 いい覚悟だ。さすがスターズ副隊長は伊達じゃない。

「あの、できれば、はやてには内緒に……」

 安心しろ、俺からあいつに話しかける気は全くない。
 しかし上司とはいえ、ヴィータのこの怯え方を見ると、そうとう悪辣なんだろうな、あいつは。しかしそれでも名前呼び捨ては変わらないヴィータ。
アイツがいかに部下に嫌われているかよくわかるエピソードじゃないか。

「誰にも言わないよ。安心してくれ」
「本当に?」
「俺は子供に嘘はつかない」
「子供じゃねえっ!」
「あ、そういう次元の種族なの?」
「ま、まあ、そんなとこだ」
「……すまん。エリオやキャロみたいに、実年齢も低いと思ってた」
「あたしは、お前より年上だ!」
「マジ!? ごめん、本当ごめん!」

 何故か怪我させられた方が謝っているこの不思議。

「それで、トランザ君はどうなの? 何か身体に不調は?」
「え? いや、頭を打ったみたいだから、先生を見てもらえれば」
「そうじゃなくて」

 シャマルさんが真剣な顔で俺を見ている。

「今回以前のこと。もしかしたら、六課に来る前かも知れないけれど、なにかあったの? ものすごくうなされていたわよ?」
「……俺、何か口走ってました?」

 シャマルさんはヴィータと、足下を交互に見る。そのときようやく俺は、足下にザフィーラがいることに気付いた。
 ザフィーラって、シャマルさんの使い魔?

「別に二人がいてもいいですよ。言ってください」

 ザフィーラも勘定に入れると、シャマルさんが微笑んだ。

「『親父、ごめん』って言っていたのよ」
「ああ」

 わかりやすい。実にわかりやすい。わかりやす過ぎるぞ、俺。

「ああ……俺の親父は管理局にいたんですよ。それで、時空犯罪者に殺されてしまって。……夢の中で仇を討とうとしていたんですよ。
ところが、夢の中ですら俺は魔道師でも何でもなかったわけで……。勝てませんでした」
「ごめんなさい。立ち入ったことを聞いて」
「いえ。いいんですよ。先生はカウンセリングもするんでしょう? 逆に、話すことができてこっちの気が軽くなりました」
「そう言ってくれると嬉しいわ」

 俺は時計に目をやった。うわ、まずい、もうこんな時間だ。

「すいません。そろそろ行かないと仕込みが……」
「ああ、ええ、行っていいわ。もし軽くても吐き気や目眩を感じたらすぐに連絡して」
「わかりました。それじゃあ」
「おいおい」

 医務室を出た俺についてくるように駆けてくるヴィータ。
 俺は立ち止まって、振り向いた。

「お詫びはもう…」
「いや、そうじゃなくて」

 ヴィータは真剣な眼差しである。

「さっきの話に出た時空犯罪者って、あんな夢を見たってことは捕まってないんだな?」
「捕まってないどころか…」

 詳しい話をするわけにはいかない。一応はあれでもヴィータの上司だ。

「どっかの世界で、無罪同然の立場でのほほんと暮らしているだろうな」
「な!? そんなのありかよ! だって、それって、お前……」
「悔しいさ。悔しいよ! ……俺になのはさんやフェイトさん、ヴィータくらいの力があったら……だけど、俺はただの料理人なんだよ! 
デバイス一つ満足に使えないんだ!」
「あたしが手伝ってやる」
「え?」
「もし、そいつが見つかったら、あたしが絶対に手伝ってやるからな!」
「ヴィータ……」
「あたしで足りなきゃ、シグナムだって、なのはだって、フェイトだって! フォワード全員引っ張っていっても手伝ってやる!」

 俺は何も言えなかった。
 なんで、こんないいやつがあんな奴の部下でいるんだよ。
 管理局そのものが間違っていると思ったことなんてない。だけど、どんな組織にだって腐った奴はいるんだ。腐った奴を上司に持つことは不幸かも知れない。
だけど、それでもヴィータはこんな風でいられるんだ。
 くそっ、八神! お前がどれだけ腐ってたってな、ヴィータみたいな奴はまだまだ管理局にいるんだ! 覚えてろ!



[6229] 許されざる者 (StS オリ主 本編粗筋変更無)
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:d824f9a4
Date: 2009/02/01 01:15


 静かだ。
 昼飯の時間だというのに誰も現れない。
 組織というのは、時間を守る。作戦行動中でさえなければ、ここ六課もその例外ではない。
 何かあったのだろうか。
 せっかくの、あんかけ皿うどんが冷めてしまう。
 とりあえず、俺はあんを保温庫に入れておく。固麺はなんとでもなるが、スバルとエリオの食欲を見越して大量に準備しているんだ。
余った奴を残りの職員で食べるなんて、とてもじゃないが無理なんだからな。最悪、夕食に回すしかないんだが。
 どうしたものかと考えていると、メカニックの数人が連れ立って食事に来る。

「今日の昼定食は何?」
「お薦めはあんかけ皿うどん」
「じゃ、それ三つ」
「ん。ところで、なんかあったのか? フォワードが誰も来ないんだが」
「ああ、なんか騒いでるけどな。ヴァイスかアルトならわかるんじゃないか? あいつら、フォワードの誰だったかと古い馴染みらしいから」
「おう。わかった。ほれ、皿うどんあがったぞ。持っていってくれ」

 ヴァイスなら話はしやすいが。ここはアルトに聞くのが男の性だろう。

「ティアナが、なのはさんに撃たれたぁ!?」

 なにやら慌てて食事にやってきたアルトを捕まえた俺は、かなり素っ頓狂に叫んでいたと思う。
 確かに、なのはさんの教導は厳しい。見ているだけで悪夢を見そうなくらい厳しい。だからといって、理不尽ではないと思っていたのだが。
 それとも、ティアナがよっぽど馬鹿なことでもやったのだろうか。
 言われてみれば、どこか危ういというか、生き急いでそうな雰囲気はあったような気がするが。

「大声出さない。別に戦ったって訳じゃないの。なんだか、ティアナが突っ走っちゃって、なのはさんに怒られたって言う感じなんだけど」
「なんだ、撃たれたって言うから銃殺刑にでもされたのかと」
「動乱時代じゃないんだから」
「いや、最近きな臭いからさ、なんか、でっかい大砲作ってんだろ? 陸は」
「ああ、そうみたいね。って、なのはさんやティアナと関係ないでしょ」

 アルトは座ると、フォークを手に取った。

「で、今日のお薦めは?」
「あんかけ皿うどん」
「……他には?」
「海鮮パスタ&特製ホットサンド。サンドの具はベーコンポテトサラダ」
「パスタのほう頂戴。それからアイスレモンティーとデザート。デザートは食べた後でね」
「おい、この食堂はセルフサービスだったと思うが」
「情報代」
「……しっかりしてんな」


 結局、あんかけ皿うどんはほとんど夕食に回すことになった。さすがにそのままだとまずいので、名称だけは「本格堅焼きうどん」に替えておく。
 海鮮パスタと特製ホットサンドは少し手を加えて、海鮮ドリアと変わりピザにそれぞれ転生。俺って料理の天才。
 夕食の仕込みを終えると俺は、キャスター付きワゴンに大量の弁当パックを乗せる。
 そしてかなりの重さのそれを押しながらえっちらおっちらと廊下を歩いていると、通りすがりのフェイトさんが怪訝な顔でこちらを見ているのに気付いた。

「えっと……。何をしているの?」
「差し入れですよ」
「どこに?」
「医務室ですけど」
「あ」
 
 俺のやりたいことに気付いたのか、フェイトさんはニッコリと頷いた。

「よろしくお願いします」
「まかせてください。食事関係のことなら」
「うん。これからもお願いするかも知れないけれど」

 いくらでもどうぞ。フェイトさん、こうして見てるとやっぱり綺麗だなぁ。恋人いるのかな……。
 なのはさんとちょっとアレの方向って噂もあるけど。どうなんだろ。
 いや、いかん。俺にはシャマルさんという歴とした目標が。
 その辺りの煩悩を振り払いつつ。でもやっぱりちょっとだけ楽しく妄想しつつ。俺は医務室に入る。

「ちわ、デリバリーストア、六課食堂です」
「え?」

 きょとんとした顔で俺を見ているのは無限胃袋娘。世を忍ぶ仮の名前はスバル。

「あの。トランザさん?」
「なにか?」
「デリバリーって……シャマル先生に?」
「いーや」
「もしかして、ザフィーラに?」
「まさか」
「じゃあ、誰?」
「押し売りデリバリーだ」

 俺はスバルの座っているソファの前、テーブルの上に弁当パックを広げて置く。中身はあんかけ皿うどん。保温パックなのでまだ暖かい。

「どうせお前さんのことだから、昼から食ってないんだろ」
「あたしは……」
「お前が腹減らして待ってても、ティアナは喜ばないだろ?」

 スバルは困ったように俺を見ている。

「それこそ、非常呼集でもかかったらどうする気だ? ティアナの分まで頑張るんだろう? だったらしっかり食っとけ」
「ありがとう……ございます」
「よし、いいから食っちまえ。お前さんもエリオの奴も昼飯に来ないから、余ってしょうがないんだ。責任持って食ってくれよ」
「はいっ!」
 
 食べる様子を見ていると、いつの間にか俺はスバルの話を聞く立場になっていた。
 ティアナが頑張っていたこと。撃たれた理由。なのはさんの起こった理由。
 勿論、それは全てスバルからの一方的な視線だ。スバル自陣もそれをわかっているのか、弾劾口調ではない。
ティアナをこんな目に遭わせたなのはさんへの不信は多少あるようだが、それはなのはさんたちが考えることだろう。
 大いに話して食べて、スバルの顔色は目に見えて良くなっていった。実のところはティアナもそれほど大きな心配はないと、俺は思う。
重傷ならば、ここよりも病院に連れて行っているはずなのだから。
 そして俺はスバルに食事を食べさせ、空容器を抱えて去る。はずだったのだが……。

 スバルの話を聞いているうちに一つの疑念が生じてしまったのだ。
 もしかしてティアナは……。

「なあ、スバル。これは門外漢からの的はずれの言葉だと思ってくれていいんだけどさ」
「なに?」
「食堂でサンドイッチを注文したとするだろう?」
「ん? うん」

 スバルは首を傾げている。

「『こっちのほうが旨いから』って、勝手にパスタ持ってこられたら、客は怒っていいと思うんだ。たとえ本当にパスタが美味しくても」
「トランザさん。それって……」
「俺が料理を教えるとしてさ、スープの作り方を教えているのに、勝手にドリア作って出してきたら、俺は怒る」
「でもっ!」
「ごめん」

 俺は頭を下げた。

「多分、俺の言う事なんて、戦い方もロクに知らない馬鹿野郎の戯言なんだろうな。済まなかった、馬鹿言って」
「馬鹿なんて思わない、あたしも考える。ティアがどうすれば良かったのか。なのはさんにどうして欲しいのか」

 本当にいい連中だ。
 つくづく、八神には勿体ない連中だよ。
 俺は心の中で溜息をつくと、別のパックをテーブルに置いた。

「軽いサンドイッチとサラダが入ってる。ティアナが目を覚まして、腹が減ってるようならこれを。ま、朝から晩まで寝てちゃあ、腹も減るさ」
「ありがとう」
「お前さんが食うなよ?」
「食べないよっ!」
「怪しいもんだ」

 俺は笑いながらキャスターワゴンを押して医務室を出た。
 向こうから、血相を変えて走ってくるのはエリオだ。ティアナの見舞いにしては様子が……

「あ、トランザさん、たいへんですよ!」
「どうした、エリオ」
「食堂で大騒ぎです」
「なんで!?」
「昼食と同じメニューだって、怒ってますよ」
「げっ、気付かれた」
「気付……かれた?」

 あ、エリオの視線が軽蔑を含んだような気が。

 ……さてどうするか。
 俺は言い訳を考えながら、食堂へと急ぐのだった。



[6229] 許されざる者 (StS オリ主 本編粗筋変更無)
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:5090cc06
Date: 2009/02/04 01:29

 二番目の姉さんの夢を見た。

 夢の中で姉さんは裏切り者――ギル・グレアムを問いつめていた。

「どうして? どうして見逃すんですか。闇の書の主が現れたんでしょう!?」
「すまない。シェビー君。しかし、聞いて欲しい」

 俺は、二人のやりとりを眺めていた。
 ああ、これは夢だけど夢じゃない。現実の繰り返しなんだ。
 俺はその場にいた。
 裏切り者と姉さんのやりとりを見ていたんだ。

「私が間違っていたんだ。何も知らない彼女を犠牲にするわけにはいかない」

 裏切り者はしゃあしゃあと言う。当時の俺はただ、姉さんとそいつのやりとりを見ているだけだった。
 だけど、今は違う、今の俺なら言える。

「ギル・グレアム、あんたは老いぼれた自分の身惜しさに俺たちを裏切った卑怯者だ」

 何も知らない彼女?
 
 何も知らない?

 リンカーコアを集めさせていたのに?
 リンカーコアを抜かれた魔道師がいるのに?

 守護騎士が、命令も受けずにリンカーコアを集めていたというのか?
 主が命令していないのに勝手に他人を襲ったのか? 
 自分たちの意志で、魔道士を襲ったというのか。闇の書によって生まれた、人工生命体ごときが。使い魔にも劣る人造生命が。
 あり得るのか、そんなことが。いや、あり得ようはずがないではないか。
 もし、そんなことが実際に起きているのだとしたら、守護騎士は自我を持っていることになる。
 だとすれば、より危険な存在ではないか。それを無視するのは、殺人鬼を野に放つのに等しい行為ではないのか。

 俺は知っている。グレアムが何をしていたか、そしてこれから何をするか。
 


 父と姉を同時に喪い途方に暮れていた頃の俺たちの前に、一人の女性が現れた。
 彼女がグレアムの使い魔であると知ったのは後日であるが、彼女……いや、グレアムは俺たち以外の家族にも極秘に接触していたらしい。
 その家族たちの共通点、「一家の誰かが闇の書の犠牲になっている」ということ。
 しかし、全ての犠牲者家族に会ったわけではない。

「失礼だが、先に色々と調べさせてもらった」

 すぐにわかったことだが、グレアムはリンディ・ハラオウンには連絡を取っていなかった。

「彼女が私に賛同してくれるとは思えなかったからね」

 今の俺は、その意見に納得できる。
 グレアムは、「闇の書」への復讐を企んでいた。そして、その計画に賛同する者を密かに集めていたのだ。
 一人では無理だ、とグレアムは言った。そして、真に復讐を志す者でないとこの計画には参加できないとも。
なぜなら、一人の人間を陥れなければならないからだ。一人の人間を贄に捧げ、闇の書と共に葬らなければならないのだから。
 疑問はあった。自分の復讐のためとはいえ、見ず知らずの人間を陥れることなど許されるのだろうか?
 
 それほどの人格を持った人間ならば、そのとき考えればいいのではないか?
 もし、贄となる人間が喜んで闇の書を利用するような者であれば、憂いなく天誅を下せるではないか。
 その逆であれば、改めて闇の書を奪回すればよい。本人が闇の書を使わないのであれば奪回は容易だろう。
 集められたうちの一人のその言葉がきっかけだった。その言葉を待っていたかのように遺族たちはグレアムの計画に賛成した。
 
 そういえば、あれは誰だったのだろうか。
 俺が覚えているのは、奇妙な仮面を被っていたということだけ。本人は、怪我のせいだと言っていたのだが。
 
 そして時は過ぎ、俺は知った。
 再び召喚された守護騎士が、リンカーコアを集め始めたことを。
 新たな主は、誅するに相応しい存在だったのだ。
 それは、喜ぶべきことだった。

 しかし、グレアムは裏切ったのだ。
 
 守護騎士とその主を時空管理局に迎え入れ、己の勢力拡大の駒としたハラオウン家に尻尾を振る。それがグレアムの選んだ道だった。
 その恥ずべき所行、プライドの欠片もない愚行に俺は絶望した。
 寛大にも罰を免れたグレアムは故郷でもある管理外世界に隠遁し、クロノは新たな「闇の書の主」をその配下に収めた。

「闇の書ではない。夜天の書である」

 ただの言葉遊びに過ぎない、そのようなペテンにも等しい主張を認めるのが、管理局の掲げる正義だったのか。
 親父と姉さんが命を捧げた管理局のあり方なのか。
 新たな主の覚醒を待ちながら、正しき天誅が為されることを信じて病床に伏せ、そしてこの世を去ったお袋はいったい何だったというのか。
 残された俺と次姉は、何を信じて生きていけばいいのか。

「私が間違っていた」

 違う、グレアム。間違っていたのは貴方じゃない、貴方はただ、卑怯なだけだ。卑劣である自分に正直なだけだ。
 英雄と称されたまま引退するという欲望に勝てなかった、卑小な存在というだけだ。
 間違っていたのは俺であり、お袋であり、次姉だったのだ。貴方を信じた俺たちが、間違っていたのだ。いや、愚かだったのだ。
 
 姉さんはグレアムの言葉を留め、何かをつぶやいた。
 その言葉に反応したのかいきり立つ使い魔を、グレアムは自ら抑え、再び頭を下げる。
 姉さんはそれを無視して、ゆっくりその場を去った。俺は生まれたばかりのバードを抱いたまま、姉さんについていく。
 
 俺たちにできることはそれほど多くなかった。父母を喪って生きていくこと。借金を返すために働くこと。
 借金は、書類上は俺一人の肩に掛かる形になっていた。次姉の嫁ぎ先に迷惑はかけられない。
 姉の夫は、俺たちの復讐への想いをそれなりに理解してくれていた。そして色々な形で、次姉は俺を助けてくれていた。
 俺は足掻いていた。いつの日にか復讐を果たす。その想いだけが俺を支えていた。
 俺は可能な限りの手段で情報を集めた。あらゆる伝手を頼り、調査費用を絞り出し、数年かかってようやくわかったのは、八神はやての名前と顔だけ。
 それでも、俺はある種の満足を覚えていた。復讐する相手の顔を知ったことによって、恨むべき相手に初めて形が生まれたのだ。
 

  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 陸士108部隊本部で、ゲンヤ・ナカジマは頭を抱えていた。
 事件そのものの対処にではない。事件は解決している。
 よくある、というよりも最近になって増えた詐欺事件だ。ただの詐欺ならばゲンヤが出張る必要もないのだが、人死にも発生している。
さらにこの詐欺グループ自体が、口封じに被害者を始末していた例も少なくないと言うのだ。

「それで、どうなんだ?」
「二桁はいってますね」

 被害金額ではない。被害者総数、しかも死亡者のみの総数だ。

「……機密詐欺か……」

 管理局の関わる事件には、事件内容そのものが極秘資料とされるものもある。
ロストロギアや別次元世界、それも管理外世界が関わるとどうしてもそうせざるを得ない時があるのだ。
ゲンヤもその点は理解している。
 しかし、それによって困るのは捜査側ではない。機密の壁によって捜査ができなければ極端な話、それを扱える部隊に丸投げしてしまってもいいのだ。 
 本当に困るのは、被害者である。下手をすれば、自分の身内の死んだ理由さえ教えてもらえない場合があるのだ。
 それを悪用しているのが、近年急増している魔道師詐欺であった。
 簡単な話、前述の機密によって隠されている事件の全貌あるいは一部を「教える」「調査する」と言葉巧みに近寄り、それなりの報酬を前払いさせると逃走するのだ。

「あー、こいつら、『闇の書事件』専門でやってたようですね」

 ゲンヤが八神はやてと知り合うのはこの翌年である。もっとも、知り合ったからと言って軽々と「闇の書事件」について教えてもらうわけではないのだが。

「……痛いところ突きやがるな」

 詳細こそ知らないが、それがいわば、「次元航行部隊の汚点」になりかねなかった事件だということは知らされている。
 「海」に反感を持つ「陸」内部での噂を聞けば嫌でも知ってしまうだろう。

「被害者はどこまで裏とれてる?」
「……今、ホトケさんの遺族の所へ聞き込みに行かせてます」

 闇の書による被害者の遺族とその夫。
 調査料という名目で大金を巻き上げられ、それに気付いて詰め寄ったあげく、詐欺グループに殺されたのだ。
 不幸中の幸いは、夫婦の息子と娘が殺害現場にはいず、存命であると言うことだろう。
 ゲンヤが大きく溜息をつくと、それを勘違いしたのか部下が慌てて付け加える。

「すぐに連絡が取れた遺族は、妻のほうの弟で、トランザ・ティアックと言います」



[6229] 許されざる者 (StS オリ主 本編粗筋変更無)
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:5090cc06
Date: 2009/02/04 01:29
 ティアナは元気を取り戻したらしい。
 何があったかは深く詮索しない。食堂仕切りの俺が詮索してどうなるものでもないだろう。
 ただ、元気を取り戻したこと自体は喜ばしいのだ。
 なぜなら、ティアナの調子に比例するようにスバルも元気をなくすため、食材が余るのだ。それは困る。
 足りないのは保存食や冷凍食品でどうにかしても、余ったものの処理はどうしようもないのだ。
ザフィーラに余り物を食わせようとするとヴィータが激怒するし、そもそも一匹の食べる量など多寡が知れている。
 だから、ティアナが元気を取り戻す=スバルの食欲が戻るのは大歓迎だ。
 なんでも旨そうに大量に食うスバルは、食堂スタッフの女神とも呼ばれているのだ。彼女の食いッぷりはまさに無限胃袋。
スタッフ一同のテンションも上がるってもんだ。
 そんなある夜、朝食仕込み中の所に突然ティアナが顔をだしてきた。

「あの、お願いがあるんですけれど」
「なに? 夜食でも欲しいの? 皿うどんならすぐできるよ」
「あ、そうじゃなくて」

 自分で作りたい、とティアナは言う。
 
「ああ……アクセとかその辺より、食い物が一番喜びそうだもんなぁ、あいつは」
「そうなんですよ。一応、同じ年頃としては複雑な……って、ええええ!?」

 突然叫ぶティアナに、俺は目を丸くして尋ねた。

「どしたの、ティアナ」
「どうして、スバルのことだって……」
「……いや、スバル以外だったらこっちが驚いてるぜ?」
「あ……」
「いや、お前さん、というか六課女性陣って、こっちが心配になるくらい男っ気無さ過ぎ。いいのかそれで?」
「大きなお世話ですよ!」
「キャロやヴィータは見た目がアレだからしょうがないとしても、シグナムさん、フェイトさん、なのはさん、お前さんにスバルに……あああ。勿体ないだろ?」
「確かに男っ気が少ないのは認めますけど。なのはさんには彼氏がいるみたいですよ?」
「初耳だ」
「ユーノ・スクライアさん。無限書庫の司書長だそうです」
「うわ、エリート?」
「多分……」

 ティアナはそこでふと首を傾げた。

「シャマル先生の名前がありませんね……え? もしかして、シャマル先生は彼氏が?」
「候補者ならいる」
「誰ですか?」

 この辺りはティアナも年頃の女子である。目が輝いているじゃないか。

「俺」
「は?」
「うん。だから候補者」
「……」
「どした?」
「あ、お願いがあるって言ってましたよね、私」
「言ってたね」

 ちょっと待て。俺の宣言はスルーか。

「ピザの作り方、教えてください」
「条件がある」
「なんですか?」
「俺がシャマル先生の彼氏候補だという噂を流してくれ」
「誰も信じないと思います」
「なんで!?」
「トランザさん、ヴィータ副隊長とつきあってるんじゃないんですか?」
「……俺はちっちゃい子に興味はない」

 ていうか、なんだ、その噂は。
 まあ、言われて考えてみれば、確かによく話しているな、脚立の一件以来。

「その噂、ヴィータも知ってるのか?」
「知らないと思います」
「忠告しておくけど、それ本人に知れたら、グラーフアイゼンの染みにされるぞ」
「心に刻みつけておきます。だけど、あたしからも一つ忠告を」
「おう」
「副隊長の前で『ちっちゃい子』なんて言ったら、トランザさんがアイゼンの染みに……」
「うおっ!?」

 染みとまでは行かなくとも、「富士山」一ダースくらいは要求されそうだ。気をつけよう。
 互いの身の安全を祈りつつ、俺はティアナにピザの作り方をレクチャーすることを約束した。とは言っても訓練をサボらせるわけにはいかない。
 結局、簡単なレシピを書いて渡すことになった。一から作らせるのは論外である。

「前もって言ってくれれば、生地の用意とオーブンの準備くらいしてやるよ」
「ありがとうございます」
「おっと、ただし、忙しい時は空気読んでくれよ」
「はい」



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 デバイスリミッターの一段階解除。
 シャリオさんが嬉しそうに言う。
 要は、フォワード新人連中のレベルが上がったと言うことらしい。
 俺は喜ぶ連中の顔を想像していた。
 普段の昼食時から、
「なのはさんに一撃入れた」(バリアの上から)
「副隊長のハンマーを避けきった」(一発だけ)
「フェイトさんに追いついた」(走っているフェイトさんと、空を飛んだ自分)
 などと、一挙一動で大騒ぎしているのだ。
 それがレベルアップしたというのだからとれ程喜ぶことか。

「四人とも喜んでるでしょう」
「勿論。私も腕によりをかけてデバイスをチューンするわよ」
「じゃ、俺も腕によりかけてご馳走でも作ろうかね」
「いいんじゃない? 喜ぶわよ。皆、素直だから」
「よぉし、エリオとスバルの食べっぷりだからなぁ、こりゃあ面白そうだ」

 そして……

「うわぁ、どうしたの、今日のご飯。凄いご馳走だよ」
「本当だ、あの真ん中の大きいお皿って……」
「俺特製のあんかけ皿うどん。そっちはケーキ」
「どうしたの?トランザさん、誰かのお誕生日?」

 目を丸くしているなのはさん。いやいや、鈍感すぎでしょ、隊長殿。

「何言ってるんですか。祝いですよ、祝い」
「祝い?」
「あ……」

 フェイトさんが目を泳がせる。
 あれ?
 なんか俺、暴走してる?

「あの、トランザさん……?」
「はあ?」
「今日はご褒美で、フォワード全員休暇なの」
「ふーん。休暇か、それはあいつらも喜ぶ……」
「だから、みんな夜まで帰ってこないの」
「は?」
「だから、ご飯はこんなにいらないの」

 なんですと?
 ちょっと待て、そんなの初耳………って、あ、俺に伝える義務なんかないわな……

「食べようよ、なのは。美味しそうだよ」
「う、うん」

 フェイトさんがテーブルに座って、むりやりなのはさんを座らせる。

「きっと、すぐにシグナムたちも来るよ」

 言葉通り、シグナムさんがヴィータとシャマルさんと一緒に姿を見せる。

「どうした、テスタロッサ、急に呼び出すなど。見たところ、何もないようだが」

 呼びだした?

「し、シグナム、お腹減ってるよね。ヴィータも、シャマルも」
「テスタロッサ?」
「減ってるよね!?」

 フェイトさん、必死だな。シグナムさんが気迫に押されている。おお、珍しいものが見れた。

 そして…………

「いや、これは確かに旨い」
「おいしー!」
「残念だねぇ、スバルもティアナも、エリオもキャロも」

 ヴァイス、アルト、ルキノ、シャリオさん、グリフィスまで。
 手すきの者が入れ替わり立ち替わり現れてはご馳走を食べていく。足下ではザフィーラも。

 ま、エリオたちには食わせてやれなかったけれど。これはこれで……。
 そう、悪くない。



[6229] 四回目
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:5090cc06
Date: 2009/02/08 00:25

 結局ご馳走は大量に残った。
 緊急出動がかかってしまったのだ。
 エリオたちも可哀想に。せっかくの休日だって言うのに。

 それで、俺は先走りの集大成を抱えて途方に暮れる。
 とりあえず、弁当を作ってバックヤードに出前する。
 一部の遅めのランチを考えていた連中や、シフトと緊急事態のかねあいで昼飯を抜いた連中には好評だった。

 それでも、やっぱり余る。
 これはある意味、好機なのだ。俺は弁当を余分に作って持ち帰ることにした。厳密に言えば、横領になってしまうかも知れない。
しかし、ここにあっても捨てられてしまうのだ。食べた方がマシだろう。それに、俺はわざと余らせたりはしない。
 言い訳に過ぎないのはわかっているが、仕事をする上での礼儀は守っているつもりだ。
 持ち帰る弁当の準備が終わると、俺は自分のシフトを確認した。
 明日は休みだ。そして、遺族の一人と会う約束の日だ。
 向こうの言うことが本当ならば、ヴォルケンリッターの現在の所属と顔写真が手に入る。
 場合によっては、本気でヴィータに相談しなければならないのかも知れない。
今奴らが何をしているにしても、俺の戦える相手でないということだけは、確かなのだから。
 俺はそんなことを考えながら着替え終え、更衣室から出る。
 そして、カバンの中の弁当を確かめて、六課を出た。

 敷地から出ようとして、思わず辺りを見回す。
 弁当を持って帰るのは今日が始めてではない。初めてのお持ち帰りの日に、見とがめられているのだ。
 他の誰でもない、シグナムさんに。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「おう、ザフィーラ、またな」

 青い犬……もとい、狼だと教えてもらった……に挨拶して、俺は帰途につこうとしていた。
 何故かザフィーラが俺の行く手を阻む。

「なんだよ。あ、臭いか?」

 カバンの中を確認する。弁当の中身が漏れて、その臭いでもかぎつけたのかと思ったのだ。
 しっかりと蓋は閉まっていて、汁の一滴も零れてはいない。

「餌なんてないぞ」
 
 それでも、ザフィーラは裏門の前から動こうとはしない。

「なんだよ、お前は」
「その辺にしておけ、ザフィーラ」
「シグナムさん?」
 
 俺は振り向いて、シグナムさんが近づいてくるのを見た。

「トランザ。少し尋ねたいことがあるのだが」
「はあ、なんです?」
「カバンの中を見せてもらいたい」
「拒否はしませんよ。ただ、理由を聞かせてもらえますか?」
「ここがどこであるか。それを考えれば理由は必要ないと思うが?」

 シグナムさんに理はある。機密を扱ってもおかしくない部隊なのだ。
 そして、俺もそれを納得している。今回のこれは、俺が馬鹿なだけだ。
 だから、俺は無言でカバンを差し出した。

「確認のうえ開けさせてもらう。確認していてくれ」
「どうぞ」

 カバンを開けて中を覗き込むシグナムさんの表情が厳しくなる。
 カバンの中に伸ばした手が、一つの包みを取り出していた。

「開けさせてもらうぞ」
「あ、一つだけ」
「なんだ?」
「丁寧にお願いします。こぼれると勿体ないですから」
「こぼ…れる?」

 包みを開き、中のタッパーをゆっくりと開ける。
 中身に目をやった後、シグナムさんは複雑な表情で俺を見ていた。 

「これは……」
「見ての通り、食材です」
「なんで、こんなものを」
「うちにゃあ、欠食児童が二人いるんですよ」

 俺はファインとバードのことを説明した。勿論細かい説明は省いて、死んだ姉の忘れ形見だとだけ言う。
 そして、訳ありの借金を抱えていることも。
 母の入院費と死んだ姉の借金。俺が言えるのはそれだけだった。
 現在の八神の周辺に関する調査料に関しては、さすがに言えるわけがない。

「食材を持って帰ることが横領だと言われれば返す言葉はありません。相応の罰は受けます」

 事実その通りだ。見逃して欲しいという想いがないと言えば嘘になるし、この程度なら構わない、という甘えがあることも自覚している。
 それでも、罪であるという事実は替えられない。悪いのは誰か問われれば、俺だ。

「シグナム」

 シグナムさんが俺の処置を決めあぐねているように無言でいると、シャマル先生が姿を見せた。

「話はザフィーラに聞いたわ。ちょっと、いい?」

 やはり、ザフィーラは誰かの使い魔だったわけか。もしかして、シャマル先生の?
 医者が魔道師でも、ここでは全くおかしくないだろうし。
 いわれてみれば、割と行動をともにしているような気がする。

「シャマル? どうしてお前が出てくる」
「シグナムが困っていると思って」
「私が?」
「見逃してあげたいけれど、規則は破れない。そういう顔をしているように見えるけれど?」
「シャマル、お前…」
「はいはい。ちょっと下がっていて」
「しかし」
「六課の医療主任としての権限で命じます」
「まて。この状況と医療と何の関係がある」
「隊員のケアも私の重要な役目よ」
「それはわかっている」
「隊員の福利厚生も少しは考えていいんじゃない?」
「待て、それじゃあ」
「待ちません」

 シャマル先生が俺に向き直る。

「一つだけ確認させて」
「はい」
「持って帰るためにわざと余らせることはある?」
「いいえ」

 自信を持って俺は答えた。
 以前の職場と違って、ここは余り物が極端に少ない。はっきり言えばスバルとエリオのためだ。多少の残り物はこの二人が始末してしまうのだから。
 それにオヤジさんには悪いが、給料だって前の職場とは雲泥の差なのだ。必死で余り物を持って帰る必要はない。
 ただ、六課というか管理局というか、とにかくここは本当にいい食材を使っているのだ。一級品高級品の類ではないが、さりとて三級劣等の類でもない。
 安くあげるためにコストダウンに頭を捻る食堂とは違うのだ、やはり。

「それほどたびたびでないのなら、いいのではないかしら?」
「いいのか? シャマル」
「広言するべきことではないけれどね。それに、限度は考えてもらわないと」

 俺は無言で頷いていた。
 シャマル先生が譲ってくれるというのなら、俺は応えなければならない。
 これは、この三人……ザフィーラを入れれば四人だけの秘密にしなければならない。

「ありがとうございます」

 結局、俺が言えたのはこれだけだった。



[6229] 四回目
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:5090cc06
Date: 2009/02/08 00:25
 ファインとバードがぐっすり眠っているのを確認すると、俺は静かに家を抜け出した。
 いつものように、尾行の目を誤魔化すようなコースを歩く。
 本当に尾行などいるのか、という疑問はある。いや、実際にはついていないと考えるのが常識なのだろう。
 それでも、俺は自分自身を満足させるためだけにこの習慣を続けている。自己満足で構わない。しかし、少なくとも今は必要なのだ。
 今の俺は、雇われ先である六課を裏切ったと言われても仕方ないのだから。

 そして指定された場所には、いつもの女。
 もったいぶった仕草でデータディスクを差し出す。

「前には約束していた例の四人組のデータよ。外見と現在の所属。わかる限りは全て書いてあるわ」
「金は準備してある」

 封筒を懐から取り出すと、俺はディスクに手を伸ばす。手が触れようとしたところで、女はデータを引っ込めた。
 さらに手を伸ばす前に、俺はもう片方の手で封筒を差し出す。
 しかし、女は封筒の中身を確認しようともせずに首をふった。

「そんなものはもういらないわ」
「なんだって?」
「いらない、と言ったのよ。聞こえているでしょう?」

 俺は女を睨みつけていた。
 いくらなんでも、無料で情報がもらえるとは思えない。なにか、別の埋め合わせが必要なのだ。この場合、金よりも重要なものが。

「変わりに欲しいモノがあるのだけれど」
「金は払うと言っている。必要以上に危ない橋を渡る趣味はないんだ」
「仕方ないわね」

 女はディスクを自分のポケットに戻す。

「それじゃあ値上げするしかないじゃない」

 報酬の額が替わった。倍どころの騒ぎではない。女が提示した金額は、封筒の中身とは桁が違っている。

「ふざけるなよ。約束は約束だろう。ちゃんと守ってもらう」
「どうするの? 契約不履行だって訴えてみる? その足でしかるべき所に駆け込んでもいいわよ」

 それとも、と女は言いながら不快に笑みを浮かべる。

「管理局機動六課の方がいいかしら? 八神はやての情報が不当な価格で販売されているって、訴えてみる?」

 できるわけがない。女もそれを見越しているのだ。

「危険かどうかを気にするのなら、安心してくれていいわ。情報を欲しがっているのは同じ管理局よ。
局内にも八神を疎ましく思う勢力はあるということ。わかるでしょう?」

 その理屈はわかる。その勢力の存在も理解できる。問題は、女が本当にその勢力に関係しているかどうかということだ。
 女は、じっと俺の目を見つめている。

「闇の書の力で、それを利用する周囲の思惑で出世した小娘よ? まともな局員ならどう考えると思う? 
今は、ハラオウン家と教会が牛耳っているから誰も言い出せないだけ。貴方にもわかっているはず」

 わかっている。八神を快く思っていない者は管理局内部にもいる。だからこそ、希少とはいえ情報漏洩が起こるのだ。
 そして、もう一つのこともわかっている。
 この世界では人を信じる方が、人に騙される方が馬鹿なのだと。
 しかし、俺が辿るべき糸を握っているのはこの女だということもまた、間違いのない事実なのだ。
 どちらにしろ、今の段階で八神の騎士の情報を得られそうなルートはこの女しかない。他のあてなどなく、今更他の道を模索している余裕などない。

「どうするの? 選ぶのは、貴方よ?」

 八神はやてへの復讐。それは俺の生き甲斐だ。何かも諦めるしかなかった俺が今ここに立っているのは、八神への復讐を成し遂げるためだ。
 そう。迷う必要など最初からない。
 女を信じるか信じないか。悩むべきはそこなのだ。
 今更、六課への裏切りなど悩むことではない。

「一応、話だけは聞こう」

 この歩み寄りは、俺の敗北なのか?

「何が欲しいんだ?」

 聞くまでもない。予想はついている。俺は、六課で働いていることをこの女に話したことはないのだ。それを女は知っている。
それだけで、向こうの言い出すことは予想できるではないか。

「大したことじゃないわ」
「単刀直入に頼む。こう見えても、部屋で待っている子がいるんだ」
「あら、ごめんなさい。それじゃあ急ぎましょうか」

 女は、要求を告げた。
 それは、拍子抜けするほどに簡単なことだった。ただし、情報の提供は継続的なものとなる。単発ではないのだ。
 そして最初の情報と引き替えに、先ほどのディスクは渡されることになる。結局、今日の所はデータは得られないということだ。
 俺は、徒労と奇妙な敗北感を抱えながら、帰途につくしかなかった。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 トランザを見送ると、女も自宅への道を急いだ。やはりこちらも、尾行を撒くように行動する。
 彼女の場合はトランザ以上に切実だ。顔が知られていないとはいえ、彼女は確実に犯罪者なのだから。

 彼女は、新たな情報源を得たことにほくそ笑んでいた。
 トランザ以上の情報源はすでに複数存在している。それでも、内部からの情報は貴重だった。
 実際の所、トランザからの情報がなくても大勢は変わらないだろう。しかし、他の情報の確実性を高めるためにはやはり有用な情報だ。
 さらに、今後の利用価値を考えれば、六課内部の協力者の存在は決して小さくないのだ。

「それにしても……」

 彼女の顔が変わる。変装化粧の類ではない。文字通り、変わったのだ。

「面白い情報源ができたわね」

 ナンバーズ次女ドゥーエは呟いた。



[6229] 五回目
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:5090cc06
Date: 2009/02/11 01:12
 吹っ切れるわけもなかった。
 だから、吹っ切った。
 それしか、俺には思いつかなかった。

 とにかく、やることは一つだった。
 俺はメシを作る。そして食わせる。
 今は、それ以外のことは考えられない。食堂にいれば、八神の姿を見ることもほとんどない。八神の姿が見えたら、厨房に籠もればいい。

 基本的に、食堂には誰かが常駐している。戦闘糧食の類が必要にならないとは限らないからだ。
そのための夜勤メンバーと引き継ぎを済ませ、俺は朝食の準備を始めた。まず、夜の間は一応閉められていた食堂の扉を大きく開く。
鍵が閉まっていたわけではないので、特に手間ではない。

「……おはようございます」
「ん、おはようさん」

 俺は挨拶をしてきた子供が扉を潜り抜けるまで、扉を支えてやる。キャロよりも小さな女の子だ。
 ああ、子供は朝が早いな。じゃあ今日の朝飯第一号はあの子……

 ちょっと待て! 誰だ、あれ!

「君、誰?」

 子供は立ち止まり、振り向いた。不思議そうに俺を見ている。

「おじさん、誰?」
「……おじさん?」

 俺は大きく息を吸った。仕方ない。ファインやバードの父親と間違えられることも多いのだ。見たところ、ファインと同じくらいの年格好の女の子だ。
彼女から見れば俺はおじさんに見えるのだろう。

「俺はここの料理長だ。そういう君は誰なんだ?」
「ヴィヴィオは、ヴィヴィオだよ?」
「フルネームは?」
「フル……ネーム?」
「お母さんかお父さんは? 一緒なんだろ?」

 エリオやキャロの例があるとはいえ、さすがにこの子は小さすぎる。それとも、ヴィータのように外見の幼い種族なんだろうか。
 ヴィヴィオは辺りをきょろきょろと見回して泣きそうな顔になる。
 げっ。待てよ、なんか、俺が虐めてるみたいじゃないか。

「ヴィヴィオちゃん? ジュース飲むか?」

 俺は答えを待たずに厨房へ急ぎ、ミキサーに缶詰ミカンと缶詰桃、缶詰パイナップル、バナナ、牛乳を放り込んでミックスジュースを作る。
蜂蜜とヨーグルトもオマケだ。バナナは冷凍されているのでほどよく冷えた物ができあがる。
 それを、泣きそうになったヴィヴィオにストロー付きで手渡した。
 ついでにミックスジュースに浮かせているのはサクランボ。

「特製ミックスジュースだぞ。飲んでくれ」

 上目遣いで俺を見ているヴィヴィオ。よく見るとオッドアイ。片方はフェイトさんと同じ色の瞳だ。
 ヴィヴィオはストローに口を付けない。何か警戒してる、というか、俺が警戒されているんだろうか。
 緊張感が妙に高まっていく。

「飲んでもいいんだよ、ヴィヴィオ」

 突然現れた救いの女神に、俺はホッとして肩の荷を下ろした。

「この人は、食堂で一番偉い人だよ。皆のご飯を作ってくれる人だから」
「フェイトママっ」

 ああ。フェイトさんの子供なのか。道理で瞳の色が……
 ……?
 フェイトさん、いくつなんだ? というか、既婚だったのか!? なのはさんと危ない関係って噂はなんだったんだ?
 うーん、旦那が羨ましいな。いったいどんな奴なんだ。

「フェイトさんの子供ですか」
「あ、それは……」
「フェイトちゃん、ヴィヴィオ!」
「あ、なのはママ」

 なのはママ? さっきはフェイトママって。ママが二人? それとも、この子は年上の女性をみんなママと呼ぶのか?
 悩んでいるうちに、なのはさんが何事もないかのように話しかけてくる。
 
「トランザさん、休暇終わったんですね」
「ええ。また今日から俺のまずい飯すから、覚悟してください」
「そんなことないですよ。トランザさんのご飯でまずいなんて言ってたら、私なんかもうご飯作れなくなっちゃいます」
「そんなこと言ってくれるのはなのはさんだけですよ。ヴィータは文句だらけだし」
「ヴィータちゃんは文句というより、いいからデザート食べさせろって感じだよね」
「もう、アイツの飯は全部アイスにしてやる」
「あははは。きっと喜ぶよ?」

 冗談を言い合いながら、俺は朝食セットを準備した。
 ついでなのでフェイトさんとなのはさんにも特製ミックスジュース。それからトースト、サラダ、ベーコンエッグ、ポタージュスープにハッシュポテト。

「それで、ヴィヴィオちゃんって、結局誰の子なんです?」
「私とフェイトちゃんの間の子供だよ」
「ああ、なるほど」

 納得しかけたじゃないか。待て。

「いや、あり得ないから」

 何故か複雑な表情のなのはさん。

「みんな、決まってそう言うんだよね。何故か一瞬の間を空けて」

 それはきっと、みんな一瞬納得してるんだと思う。納得してから、「あれ? この二人女同士じゃね?」と我に返るのだ。
 その気持ちは、非常によくわかる。

「よく懐いているみたいだから、二人の子っていうのは冗談としても、二人共通の知り合いか親戚に見えるんじゃない?」
「ヴィヴィオ、いい子だからね」
「結局、二人の知り合い?」
「細かいことは言えないけれど……」

 機密絡みか。それは仕方ない。
 いや、もしかすると、俺は今後こういうことも可能な限り聞き出さなければならなくなるのだろうか。

「私とフェイトちゃんで、しばらくの間面倒を見ることに」
「へえ。まあ、食事関係ならいつでも協力しますよ」

 一瞬俺はためらって、そして言葉を続けた。

「うちにもヴィヴィオちゃんくらいの子供がいるしね」
「え? トランザさん、奥さんが?」
「いや、姉さんの子供……甥っ子と姪っ子だけどな。両親とも死んじまったもんで、俺が引き取って育ててるんだ」
「え、そうなの?」

 ヴィヴィオの相手をしていたフェイトさんがいきなり反応してきた。

「たいへんだね、大丈夫?」
「まあ、二人ともいい子だから」

 さすがに、金銭的にきついとは言わない。

「だから、ヴィヴィオちゃんも他人とは思えなくてね」
「そっか……」

 フェイトさんが頷いた。

「だから、キャロやヴィータに優しいんだね。勘違いしてたよ」
「まあ、他人事じゃない……勘違い?」
「あ」
「あのー、フェイトさん? どんな勘違いでしょうか?」
「ううん。なんでもないよ、本当だよ?」

 視線が泳ぐ。俺は、ティアナとの会話を思いだしていた。俺がヴィータとつきあっているかも知れないと言う……

「もしかして、俺、ちっちゃい子好きと思われてた?」
「そ、そんなことないよ」

 この執務官は、プライベートでは嘘がつけない性格らしい。

「フェイトさんの今夜のご飯は、パンと水に決定しました。パンのお代わりは自由ですけれど、お水はセルフサービスでどうぞ」
「違うから、違うからね? ね? ね?」
「いやぁ、ちっちゃい子好きな料理人の作った料理なんてねぇ?」
「信じてないから。私は信じてないからね?」
 
 ぽこん、と誰かが足を叩いた。

「フェイトママ虐めちゃ駄目!」
 
 ヴィヴィオがキッと睨んでいる。
 とても怖い。こんないい子を敵に回しちゃいけない。

「ごめんなさい。俺が悪かった」

 素直に謝ると、寛大にもヴィヴィオは許してくれた。本当にいい子だ。
 謝罪を終え、家族(?)三人の朝食タイムが始まる。
 朝食の終わり際にミックスジュースを運び、ついでに今後の予定を聞いてみる。別にデートの誘いじゃない。
ヴィヴィオがしばらくこの食堂に顔を出すようなら、それなりのレパートリーも考えておかなきゃならないからだ。
 そして明かされるとんでもない事実。
 朝ご飯は極力自分たちの部屋でつくって三人で食べると言い出すなのはさん。
 
「たいへんじゃない? 毎日」
「ん? フェイトちゃんと交代でやるし」
「いやいや、作るのもそうだけど、毎朝部屋の行き来は面倒くさいよ。パジャマで廊下うろつくわけにもいかんだろしさ」

 というか、この二人がパジャマでうろつくなら俺は通りすがる。むしろ録画する。

「どうして? 同じ部屋なんだから廊下には出ないよ」
「あ、そうか。同じ…………」

 貴方達、相部屋ですかそうですか。そんなことだから妙な噂も出るはずだ。
 昔からよく一緒にいるし、お泊まりもしょっちゅうしていたし。などとフェイトさん。
 つまり二人は幼馴染みと。
 なるほど、そりゃあ息も合ってるだろ。十年来のつきあいか。

「なのはと私とはやては、小学生の時からの親友だからね」

 八神が? 二人の親友?
 俺は試しに尋ねる。部隊長と二人がいつ頃知り合ったかを。何の気なしに、他意はないように。
 答えがくるまでの数秒の間、俺は祈っていた。
 祈りは瞬時に粉砕される。
 二人は知っているのだ。「闇の書」を。
 つきあいの長さから逆算すれば、二人が八神と知り合ったのはまさに「闇の書」事件の真っ最中。
 そして、「闇の書」事件には二人の優秀な年若い魔道師が関与していたと聞く。
 フェイト・ハラオウン
 高町なのは
 条件には合う。
 八神と知り合ったのはそのころ。
 二人とも優秀この上ない。魔法においては早熟の天才と言ってもいいだろう。
 
 嘘だ。そんなわけがない。

「二人とも、部隊長と古いつきあいなんだ」

 なにか、決定的な証拠を俺は欲している。二人が事件とは関係ないという証拠を。

「私たちよりは、ヴィータたちのほうが少しだけ長いんだけどね」

 ヴィータ、たち?
 少しだけ?

「そうだね。ヴィータちゃんと、シグナムさんと、シャマル先生と、ザフィーラと……」

 ヴォルケンリッターは四人。

 …………嘘だ。いや、何かの間違いだ。偶然だ。

「なのは、リインもいるよ」
「あ、そうだ、リインもね」
「リインフォースもヴィータたちと一緒に、部隊長とのつきあいは長いのか?」
「そうだよ」

 五人。
 俺は喝采を叫びたいのを堪えていた。
 ヴォルケンリッターは四人。
 今、名前が出たのは五人。つまり、ヴィータはヴォルケンではない。
 八神とのつきあいが長いのは確かだが、それは八神の外面という物なのだろう。
 そうだ、考えてみれば当たり前だ。
 血も涙もない殺しの道具に過ぎないヴォルケンリッター。
 あの、アイスの大好きな赤毛チビが?
 誇り高い狼が?
 義を知り、情に厚い剣士が?
 おっとりとした優しい女医さんが?
 可愛らしい妖精のような少女が?
 あれが、悪魔の四騎士ヴォルケンリッター?
 馬鹿も休み休み言え。

 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それでも、ある意味では彼女たちを裏切らなければならないのは心苦しい。
 いや、さきに彼女たちを裏切っているのは八神だ。八神の真の姿を知れば、彼女たちは友達でいたことを後悔するに違いないのだ。

「また、裏口から出入りしているのか?」

 いつものように裏口から出ようとした俺を、シグナムさんが引き留める。

「なんだか、後ろめたい気分になるんで、こういう風に帰らないと落ち着かないんですよ」
「できればこちらの道は通って欲しくないのだがな」
「すいません。……あ、そうだ」

 俺はカバンからタッパーを二つ取り出した。

「一応、調べます? こっちは……」

 一つのタッパーをあけると、果物の砂糖漬けが詰まっている。

「良かったらこれ、皆で食べてくださいよ、どうせ見つかると思って余分に作っておきました」
「本末転倒だな」

 そう言いながらも、シグナムさんの表情は優しい。

「有り難く戴いておく、ヴィータとシャマルが喜ぶだろう」
「こっちは俺が持って帰るつもりですけれど、調べます?」
「いや、構わないから早く帰ってやれ。子供たちが待っているのだろう?」

 俺は、上半分にクッキー、下半分にデータディスクの入ったタッパーをカバンに戻した。

「すいません。それじゃあ、失礼します」
「ああ」

 そうして、俺はデータディスクを持ち出した。六課の当面の人員シフト表で、食事の準備のために必要だと無理を言って借りた物だ。
部外秘なので課から出すだけで罰せられる代物だが、課内でコピーするわけにはいかない。そもそも、コピーは不可のはずだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 約束の場所には、いつもの女が待っていた。
 部外秘のデータを、向こうは一時間でコピーして返してくれた。その方法までは俺は知らない。

「これからのこともあるんだから、情報源は丁寧に扱うわよ。貴方に被害が及ばないように極力配慮するから」
「報酬次第だ。八神に関する隠匿されたデータをもっとくれ」
「できる限りは提供しましょう」

 俺は自宅に戻ると早速データを展開し、その内容を見る。
 八神麾下ヴォルケンリッターの全容を。




 そして、自分の口から漏れる絶叫を必死に押さえ、きっかり一分後、便所に駆け込んで嘔吐していた。

 気がつかない間に、俺の身体は汚物にまみれていたのだから。




    続



[6229] 最終回
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:5090cc06
Date: 2009/02/15 01:55
 身に付いた生活習慣というのは、多少のことではなくならないものだ。
 頭の中で別のことを考えていても、身体は勝手に動いている。
 おかげで俺は、混乱した思いのさなかでも通常業務をこなしていた。
 毎日の食事を作り、供給する。言葉にすれば実に単純な仕事内容だ。
 それでも、俺はこの仕事が好きだった。八神の本当の姿とは無関係な六課の連中が好きになりかけていた。だから、俺なりに誠意を尽くしていた。
 それが、裏目に出たのだろう。
 惰性で身体を動かしているに等しいこの数日は、誰から見ても何かが間違っているように見えていたらしい。
 
「どうかしたの?」
「いや、別に? 何故だ?」
「トランザさん、なんだか最近おかしいですよ?」

 代表のスバルが俺の顔をカウンター越しに覗き込むようにして、首を傾げていた。
 俺は無造作にポテトフライを満載した皿を置く。

「気にするな。ああ、そうだ、これでも食ってろ」
「え? いいの?」
「おやつだよ。皆で食べるといい」
「ありがとー」

 テーブルに戻っていくのを眺めていると、嬉しそうに戻っていったスバルがティアナに怒鳴りつけられていた。

「あんた、簡単に買収されすぎでしょ!」
「ち、違うよ、ティア」

 スバルの言いたいことは何となく想像がついていた。
 今のやりとりが、あまりにも普段通りなのだ。惰性で動いている俺なら、おやつなんて出さずに言葉でスバルを退散させようとしていただろう。
 それが、このポテトフライだ。スバルからすれば、俺が平常営業に戻ったように見えているのだろう。
 スバルの言葉に、ティアナは納得したようなしていないような、複雑な顔で答えている。
 俺は、二人のやりとりを横目で見ながら夕食の仕込みを開始していた。この数日サボった分は今夜の夕食の腕で取り返さなければならない。
 もう決めたのだ。悩んでいても仕方がない。
 俺の立ち位地はとうに決まっている。本人がそれを忘れてしまっていただけなのだ。

 八神はやてへの復讐。これだけは、何が起ころうとも外せない目的だ。例え、何を犠牲にしても。
 それを忘れなければいい。
 フォワードたちとのやりとりも今のままでいい。
 八神の真の姿を知っているはずなのに許容しているなのはとフェイト。
 そして、八神の一派であるヴォルケンリッターたち。
 しかし、スバルたちに何の罪があるというのか。あるはずはない。ただ、運が悪いだけなのだ。
 それを正すチャンスを与える能力が俺に与えられたとすれば、迷わずそれを行使するだろう。

 それは古代ベルカだったろうか、それともミッドの古いことわざだったろうか?

「降りるつもりがあるのなら、龍の背には乗るな」

 もう俺は、龍の背中に乗っているのだ。降りてしまえば、食い殺されるだけ。
 俺は信じている。龍を屠ることのできる槍を手にしていることを。
 龍を貫き、共に墜ちても俺に悔いはない。龍を屠れるのなら、それで構わない。
 今、槍を構えて機会を窺っているのだ。

「オヤジさん、これ、預かってもらえます?」
「おいおい、久しぶりに会っていきなり頼み事かよ」
「すいません。だけど、他に頼める人がいなくって」
「なんでぇ、六課じゃ人気者だって聞いたぜ、名物コックだってじゃねえか」
「いやぁ、六課じゃ意味がないんですよ。もしもの時の頼みですから」
「もしもってお前……、そんな危ねぇのかい?」
「いやいや、だから、本当に万が一ですよ。保険みたいなもんですよ」

 しばらくの話の後、俺はオヤジさんに簡単な荷物を託した。


 そして俺は、情報を流し続けた。
 
 
 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 

 六課が燃えている。
 俺は全身の力が抜けたように、瓦礫の中に座り込んでいた。
 周囲には、管理局の制服を着た無数の屍が転がっている。
 
 ストラーダを握りしめたまま、エリオが倒れている。
 すがりつくようにして泣き叫んでいるキャロがいた。

「嫌っ! 嫌ぁ!! エリオくん! エリオくん!!」

 自分も怪我を負っているキャロが振り向いた。その視線の先には、俺がいる。

「どうして! どうして!!」

 逃げようとして、足が動かない。
 何かが俺の足をつなぎ止めている。
 視線を下ろすと、そこには六課の寮母のアイナさんがいた。なのはさんたちのいない時に、ヴィヴィオの世話をよくしていた人だ。

「どうして……」

 血まみれの腕が、俺の足首を掴んでいる。

「ヴィヴィオちゃんが連れて行かれた……どうして?」

 知らない。俺は何も知らない。

「どうして?」

 焼けこげた屍が問いかける。
 シャリオさんが、アルトが、ルキノが。

「……あんた、何やったんだ?」

 デバイスを砕かれ、両手を喪ったヴァイスが尋ねる。

「どうして、こんなことを?」

 静かな声でグリフィスが言う。身体から離れた首だけの姿で。
 
 俺じゃないっ! 俺がやったんじゃない! 俺はただ……

 重い音がして、二つの身体が俺の目の前に投げ出された。
 一つは女性。一つは狼。

「……どうして?」

 虚ろの目で俺を見ることもなく、シャマル先生は呟き、がくりと首を垂れた。

「何故だ?」

 ザフィーラの全身は、まるで元からそうであったかのように真っ赤に染まっていた。
 二人の問いに、俺は応えない。いや、答えられない。
 俺のせいじゃない。六課を襲撃したのは俺じゃない。

「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます」

 二人のナンバーズが俺に頭を軽く下げた。

「貴方のおかげで、この作戦はうまくいきました」
「ありがとうございます。貴方には手を出さないように言われています。早く逃げてください」

 二人の手が動くと、断末魔の悲鳴が上がる。
 俺は血しぶきを浴びていた。
 違う。俺はこんなことを望んでなかった。俺が望んだのは……

「これで、満足なんか?」
「アイツだ!」

 振り向いたところにあの女が立っていた。俺を追いつめた女。俺の父親を殺した女。姉を殺した女。
 俺は叫び、ナンバーズに手を伸ばした。

「アイツを殺してくれ! 頼む。アイツだ! 俺が殺したかったのはアイツらだけなんだ!」

 八神はやてを。
 ヴォルケンリッターを。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 
 細切れの睡眠と悪夢が、俺の体力を奪っていた。
 微睡むたびに、細かいところは違えど似たような夢で起こされる。六課が襲撃され、俺一人残し全滅するという夢で。
 実際には、誰も死んでいない。ヴァイスやエリオが怪我をしただけだ。
 ナンバーズはヴィヴィオを連れ去り、六課の施設を壊滅させていった。人を傷つける目的ではない、逃げろ、と宣言して。
 人間ではないシャマルとザフィーラを殺しもせずに、ナンバーズは去っていった。
 中途半端な奴らだ。
 俺は笑おうとしてみた。うまくいかない。
 ヴォルケンリッターである二人が生き残ったことを、俺は悲しまなければならない。
 奴らが傷ついたことを、俺は笑わなければならない!
 ナンバーズに敗れたことを、俺は嘲らなければならない!
 それなのに。

「……何故、殺さなかったんだ……」

 ただ、呟くしかなかった。
 無茶苦茶な話だった。
 八神を陥れるために、陸が六課の情報を欲しがっている?
 俺はそう思っていた。いや、俺が勝手に想像していたのだ。そして、それに気付いた連中が俺の想像にうまく話を合わせていたのだ。
 ナンバーズ?
 こんな馬鹿な話があるか?
 俺が情報を流していたのは、ナンバーズなのか。それとも、俺と直接会っていた彼女も、利用されていた一人なのか?
 六課壊滅の日まで、俺はそれに気付かなかったのだ。
 
 そして、六課は壊滅した。
 皆は傷ついた。
 ヴィヴィオは、虫の化け物に連れ去られた。最後までアイナさんは抵抗しようとしていたが、抵抗しきれるはずもなかった。

「逃げて」

 その現場で、化け物の主人と思しき召喚魔道師の少女は言った。

「人を殺す気はドクターにもナンバーズにもないから。抵抗せずに逃げるのなら追いかけないよ。早く逃げないと、危ないよ」

 さらにそこに、ナンバーズの一人が姿を見せたのだ。

「速く逃げなさい。建物の破壊から逃げ遅れても責任は持てないから」

 そして、彼女は俺の方を向いた。

「私は、ナンバーズのディードです。トランザ・ティアック、貴方だけは確実に逃がすようにと言われています」
「は……」

 俺は間の抜けた言葉を返すしかなかった。
 スタッフは全員避難。その言葉に従い逃げた。途中で、ヴィヴィオを抱いたアイナさんと合流し、シャリオさんたちとも無事合流できた。
 しかし外へ出ようとした俺たちはガジェットに足止めされ、虫の化け物と召喚魔道師、ナンバーズに制圧されている。
 それなのに、どうして、俺が?
 俺は青ざめていただろう。当たり前だ。この状況でそう言われれば、周囲が俺をどう見るか。

「どういう……こと?」

 シャリオさんが惚けたように呟いた。
 ディードはその言葉を気にも留めていない。

「情報提供者の安全は守る、との約束のはずです。それを果たします。安全な場所まで連れて行きます」

 俺は頷いていた。悟ったのだ。俺が情報を流していた相手の正体を。
 俺は、ナンバーズに……スカリエッティの一味に情報を流していたのだ。
 スパイ。と誰かが呟いた。
 俺は、振り向くことができなかった。俺に向けられているはずの全員の視線が怖かった。
 いや、手はある。俺に残った手が二つある。

 一つは、このままディードに連れられて安全なところまで逃げること。
 その足で、ミッドチルダを出てしまえばいい。しかし、俺は犯罪者として追われることになるだろう。
 いや、スカリエッティが勝利すれば?
 俺は、新しい世界に受け入れられることになるのか?
 その世界で八神を糾弾できるのか?

 できない。

 何かがそう告げた。八神の糾弾はできるだろう。しかし、それを行うのは俺じゃない。新しい世界のお偉いさんの仕事になるのだろう。  

 ならば。

 もう一つの方法を俺は咄嗟に考えていた。
 穴はある。しかし、俺が直接八神を糾弾できる方法はこれしかない。 
 心は決まっているはずだった。俺はすでに、龍の背中に乗っているのだ。
 二度つばを飲み込んで、俺はようやく言う。

「結構だ。俺は六課に残る」
「良いのですか?」
「ああ」
「わかりました。では、失礼します」

 立ち去るディードたちを見送りながら、俺は三度、つばを飲み込んだ。
 振り向いて、燃え落ちつつある壁を見る。ここにいる誰の顔を見ても、予定した言葉が出せなくなるような気がしていた。

「部隊長だけに全てを話す用意がある。逃げるつもりはない。それでも俺を拘束するつもりなら、好きにしてくれ」

 殺気だった叫びが聞こえた。一歩間違えれば、俺はここで私刑のあげく殺されるのかも知れない。
 俺に向かってデバイスを向ける者。拳を振り上げる者。涙を流している者。恨みと憎しみの声をあげる者。
 俺は抵抗の素振りも見せず、ただ立っていた。
 そして、制止の声で叫びが止んだ。

「……君は、自分が何をしたかわかっていて、言うんだな」
「勿論ですよ。グリフィスさん」

 建物の中から足を引きずって現れたグリフィスに向かって、俺は投降のポーズを示す。

「君を拘束している余裕はない。勝手についてきてくれ」
「わかりました。その前に、身の安全を保証してください」
「聞いたとおりだ! 彼への手出しは固く禁じる。彼は大事な証人だ」

 周りに通達を終えたグリフィスは、俺を睨みつける。

「ナンバーズによる、六課襲撃の!」



[6229] 最終回
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:5090cc06
Date: 2009/02/15 01:55
 そして俺は、ここに連れて来られたのだ。
 グリフィスがどこかから指示を受けた後、俺に目隠しをしてここまで連れてきた。指示を出したのは八神なのだろう。
 ここがどこなのかはわからない。しかし、普通の拘禁室でないことはわかる。内装はないに等しいが、どう見ても普通の部屋だ。
 もっとも、それでもドアに鍵がかけられていては俺にはどうにもできない。
 数日の間、俺はただ悪夢に苛まれているだけだった。
 そして今日、複数の足音が近づいてくる音で、俺は寝転がっていた床から身体を起こした。

 重いドアが開く。

「部隊長、ここはどこなんですか?」

 シグナムとリインを連れた八神に、俺は先に尋ねた。
 ドアの向こうには、ヴィータの姿も見える。 

「そういう話は、後にしよか」
「勿論です。部隊長」

 俺は心底困った顔を作る。

「部隊長にだけ明かさなければならない話があります。今日の襲撃に関することです。これを聞いてくだされば、俺の疑いは晴れるはずです」
「いったい…」

 シグナムを制止する八神。俺は申し訳なさそうな顔を作る。

「すいません。シグナムさん、これを貴方に聞かせていいかどうかは、内容を知った上で部隊長に判断してもらわないと」
「わかった。シグナム、ちょっと下がって。ドアは開けといてええな?」
「鍵を閉めろとまでは言いませんが、閉めてくださった方が有り難いです」
「そういうことや、シグナム」
「わかりました」
「部隊長、リインフォースもですよ」
「リイン」
「ハイです」

 シグナムの肩に止まるようにして、リインはドアの向こうへ行ってしまった。

「これで、話せるはずやな」
「ええ。盗聴がなければね」

 俺は部隊長の耳元に話しかけるように身体を動かす。
 警戒したのか、八神はやや身を逸らして俺から逃げるような体勢になっていた。当然だろう、今の俺は裏切り者だ。
 しかし、八神は忘れている。いや、魔道師は殺意を感じると咄嗟に相手のデバイスや魔力を気にする癖がある。
 俺は、魔道師ではない。だから、魔力などは使わない。
 だが、男の腕力があれば八神程度は殺せるのだ。
 俺の両手が、八神の首に伸びる。
 死ね。

「あ、こういうことか」

 灼熱が俺の両手と顔面を焼く。
 次の瞬間、俺は痛みに絶叫しながら床を転がっていた。
 直ちにドアが開き、リインとシグナム、ヴィータが入ってくる。

「早速、役に立ったようだな、アギト」
「……あんたの頼みだからやったけど、なんなんだ、こいつ?」
「はやてちゃんを裏切った悪者です」

 何故だっ。リインフォース以外にこんなサイズ……八神の上着の中に隠れられるサイズ……がいるなんて!?

「……リイン、鎮痛してやり。このままやったら、話もできへん」

 魔法による麻酔で痛みは消える。俺は、息を荒げたまま八神を睨みつけていた。

「残念やね。トランザ・キット。いや、トランザ・ティアック」

 そうか。ディードの言葉は、やはり覚えられていたのか。
 トランザ・キットは俺の名前。ただし名字は母方のものだ。そして、日常生活で使っている名前。六課にはいる時の書類にもこの名前が記されている。
 トランザ・ティアックが、俺の本名だ。この名前を知っているのは、組織の者だけだ。つまり俺が情報を渡していた相手と、ナンバーズ。

「主はやて。ティアックとは……まさか……」
「スティング・ティアック。シグナム、お前がクライド・ハラオウンの前に殺した男の名前だよ」

 シグナムの表情が、面白いように変わった。
 本当に、上出来なプログラムだ。

「トランザ、お前は……あの男の息子……なのか」
「直接殺した男の名前でも調べたのか? 墓参りでもしたのか? 物覚えがいいんだな。ああ、プログラムだものな!」
「……すまん」
「謝って済むのなら、俺も謝るぜ? だから、八神を殺させろ。同じ条件だろ? お前は俺の親父を殺した。そして謝罪した。
よし、それなら俺もお前の主を殺す。それから謝罪する。公平な取引だよな? 違うか?」
「主はやてに罪はない!」

 そんなことは知っている。しかし、本当にそうなのか? 本当にそう信じているのか?

「だったら、なんでてめえらを飼ってるんだよ! 便利なプログラムはもらいます。だけど罪は引き受けません、てか!?」
「はやては関係ねえだろっ!」

 叫ぶヴィータを、俺は睨みつけた。

「黙ってろよ、プログラム。人間様の会話にしゃしゃり出てくるんじゃねえっ! シグナム、てめえもだっ!」

 そして八神に向き直る。

「あんたが、不自由な足を治すために闇の書を蘇らせたんだろう? そして、この殺人鬼プログラムどもを改良して麾下に収めた。
そのうえ、どうやったかグレアムまで手懐けやがった。さらにはフェイト、なのは、クロノ。次はスバルか? ティアナか? エリオか、キャロか?
それとも、まさかのナンバーズかい?」

 ヴィータが跪いていた。

「やめろよ……もう、やめてくれ……」
「誰が口を開いていいと言ったんだ? プログラム」
「私のことは何言うてもええ、せやけど、この子たちをプログラム言うな!」
「ああ、そうやって手懐けたのか。なるほどねえ」
「ひどいです、はやてちゃんが何をしたって言うんですか」

 新たに混ざった声の主を、俺は冷ややかに眺めていた。

「黙ってろ、八神に作られたお前らの言うことがまともに聞けると思うか?」
「じゃあ、ヴォルケンリッターでもバッテンチビでもない本物の古代ベルカ式融合騎のあたしなら、いいんだな」
「……なにもんだ、お前」
「何があったかは知らねえけど、一つだけは言えるね。今のあんたは、反撃できない相手をいたぶって遊んでる最低の人間だよ。
同じ目なんだよ。実験体をいたぶって遊んでいた連中の目と」

 そうだ。
 俺はその言葉を待っていた。
 そして、恐れていた。
 だから言葉を積み重ねていたのだ。決して反論を許さない言葉を。被害者だけが被害者故にぶつけることのできる言葉を。

「そうだ。俺は最低の男かもしれない。それでも、俺の父親を殺したのがヴォルケンリッターであり、その主が八神はやてだという事実は絶対に替わらない」
「だったら、どうだって言うんだよ。復讐しようとして失敗した。違うか?」
「失敗か……その通りだよ。俺の復讐は失敗した。この状態から、反撃なんて夢のまた夢だ」

 あっさりとしたものだった。
 最初から、予想はしていたのだ。
 どのみち、俺がどう転んでも対抗できる相手ではないということも。
 みっともなく足掻いて、嫌な思いをさせる。その程度が俺には精一杯なのだから。

「一つだけ言っておく。俺は死ぬまで復讐を諦めない。それが嫌なら、俺を殺してくれ」
「他に、道はないんか?」
「ない」

 わかりやすくシンプルに。ただそれだけでいい。
 覚悟を決めるとは、こういうことだ。
 八神、俺を殺せるか?
 それとも、俺に殺されるのを待つか?
 今更、新しく罪を重ねるのが嫌だなんて言い出すなよ?
 
 
「JS事件は解決した。私らが黙ってたら、貴方を罪に問う者はおらへんよ?」
「あんたと一緒にするな。俺は自分の罪から逃げるつもりはない。あんたを逃がすつもりもない」

 覚悟は決めている。そう言っているはずだ。
 さあ、さっさと殺してくれ。
 それができないのなら、死んでくれ。

「……シグナム、ヴィータ。トランザを連行するで。リイン、バインドや」
「ハイです」 
「必要ない。それくらい自分で歩いていける」

 部屋を出た俺は、そこが病院の地下だということに気付いた。
 そうか。六課壊滅で隊員たちが運び込まれたのがここなのだろう。俺が説得に応じていれば、今日まで入院していたということにされるわけだ。
 俺の前を歩くのはシグナムとアギト。横にはヴィータ。後ろからついてくるのが八神とリイン。
 俺は、階段の前の人影に気付いた。
 フェイトが立っている。

「トランザさん。はやてが何をしたか知っているんですか?」
「聞く気はない」
「しかし」
「俺が誤解していたとしても、聞く気はない」
「それって……」
「俺の誤解が解ければ、父さんと姉さんは生き返るのか?」
「……エリオとキャロも悲しんでいました。スバルも、ティアナも」
「じゃあ教えてやってくれ。スターズの副隊長とライトニングの副隊長が、昔は殺人鬼だったって」
「それは二人の意志じゃないでしょう!?」
「俺は、八神を殺したい。ヴォルケンリッターに復讐したい。それだけのために今まで生きてきたんだ」
「そんなの、おかしいですよ」
「ああ。俺はきっと、おかしいんだよ」
「甥と姪がいるんでしょう? あの子たちはどうなるんですか」
「……さあな」
「無責任なこと、言わないでください」
「あんたみたいに、簡単に子供を引き取れるほど高給取りじゃないんだよ、俺は」

 無言になったフェイトの前を通り、俺は階段を上がる。
 ファインとバードがどうなるのか。今の俺には想像もできない。
 確かに俺は無責任なのかも知れない。
 だが、今の俺にいったい何ができるのか?
 



[6229] 最終回
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:5090cc06
Date: 2009/02/15 01:56

「今日から、ここが二人の家やと思ってな」

 
 兄さんは死んだ。
 僕と妹がここに住み始めて一年後に、刑務所で自殺した。
 そして僕は、昔兄さんが世話になったというおじさんから、兄さんの残したデータディスクを受け取った。
 その中身を見て、僕はデータディスクを捨てた。

 刻が過ぎて
 
 僕の後見人となった人が結婚した。相手は、ゲンヤ・ナカジマという管理局員だ。
 連れ子であるスバルさんが、僕と妹を見て複雑な顔をしていたのを覚えている。
 聖王教会で挙げた結婚式ではディードという綺麗な人が、何故か僕たちを親身に世話してくれた。

 そして今日は、はやてさんが病院から帰ってくる日だ。
 ゲンヤさんとの間にできた子供。
 今では僕たちも八神家の一員のようなものだけれど、これで本当のはやてさんの子供ができたことになる。

 この赤ちゃんがいなくなったら、はやてさんは悲しむだろうな。

 家族を殺された悲しみがようやくわかるのかな。

 兄さん。ようやく、貴方の無念が晴らせそうです。

「ねえ、はやてさん。僕にも赤ちゃん抱かせて?」




 絶対に許さないよ。
 八神はやて。
 



[6229] あとがき
Name: 黄身白身◆e17d184b ID:5090cc06
Date: 2009/02/15 01:56
以上、お粗末様でした。

理想郷での初投稿。緊張しました。



 使わなかった没ネタ

トランザは死刑に決定。
最後に料理を作らせてくれと頼む。
作った料理は何故かはやての得意料理と一緒。
どうやら前にヴィータに聞いていたらしい。
それをヴォルケンに食わせて一言。
「これでお前ら、八神の料理を食うたびに俺を思い出すんだな。死刑にした男の顔をな!」


シグナムに父と姉を殺されたんだ、と言うトランザ。
それを見てボソッとヴィータ。
「勘違いしてるよ。おめえの姉を殺したのは、あたしだ」




   コメント

 信じてくれないような気がしますけど。
 一番好きなキャラははやてです。


 いや、あの………うん。
 筆がね、止まらなかったんだ。
 嫌なオチだよね……うん、わかってる。
 書いた本人も今凄く落ち込んでる。


 ある程度落ち着いたら修正して、ダーク・欝ネタのカテゴリーとしてサイトに乗せる予定です。

 また、ここに出すネタが浮かんだら書きに来ます。では。


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