鍋を仕込みつつ店内の掃除を始める。
それが一段落つくと、今度は明日の料理の下ごしらえ。とにかく、夜明け前にできることは全部終わらせる。これで、明日の朝が多少は楽だ。
そしてようやく帰宅。下ごしらえの時に余らせた材料で作った弁当を二つ抱えて家に着くと、バードがファインを起こして服を着替えさせていた。
「お帰り、お兄ちゃん」
「おう。ほら、今日の弁当」
正確には俺は二人の叔父さんだが、お兄ちゃんと呼ばせている。いいじゃないか、別に。
「行ってきます」
「よし、行ってこい!」
二人を見送ると、ようやく俺の就寝時間がやってきた。
おやすみ。
……眠れない。
考えることが多すぎる。
「なあ、トランザ、いい働き口があるんだけどな」
俺は新しい働き口を紹介されていた。
今働いている店のオヤジさんが俺たちのことを心底心配してくれているのはわかってる。甥と姪のために店の材料を多少くすねても笑って見逃してくれるいい人だ。
俺が小さな子供二人と借金を抱えて必死でやりくりしてることもわかってくれている。
そのオヤジさんが言うのだから、本当にいい働き口なのだろうと思う。
「新しくできる役所の飯炊きの仕切りだよ。うちの使いっぱよりよっぽど出世だぜ。給金だって全然違う」
でもな、オヤジさん、ありゃ役所じゃない。あれは機動六課って言うんだ。
「説明会で部隊長さん見たけど、可愛らしい娘さんだったぞ。俺が若けりゃ、ほっとかないね」
知ってるさ。八神はやてだろ?
でもな、オヤジさん、あれはやめといたほうがいい。
八神はやてって女に見た目で騙されちゃいけない。
あれは血に飢えた四人の狂騎士を従えた女。またの名を、闇の書の主。
あのクソ女は、俺の親父と姉さんの仇だ。
クロノ・ハラオウンとリンディ・ハラオウンにも文句がある。
クロノの父、リンディの夫。それを殺されて何であの二人は黙っていられるのか。
言いたくはないが、今も関係者が生きている闇の書の事件の中での最高位の被害者はクライド・ハラオウンだ。それは誰もが認めるだろう。
その遺族が八神はやてを許すと広言しているのだ。いや、それどころか、風の噂では管理局の有志に殺されそうになったところを救ったらしい。
ふざけるな。
父親を殺されて黙っている息子、旦那を殺されて黙っている女房。あんたら、正気か?
まあ……風の噂程度でしか知らない俺が言うのもおかしいかも知れない。もしかしたら俺の知らない事情があるのかも知れない。
だけど、俺は親父が好きだった、姉さんが好きだった。
二人の死んだ理由を作った闇の書は絶対に許せない。
騎士たちが許せない。
その主が許せない。
俺の考え方は、おかしいんだろうか?
そんなことを考えている内に俺は眠っていたらしい。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
俺を起こすのは、学校から帰ってきたファイン。
「これ、先生がお家の人に持って行けって」
大事そうに封筒に入って、封までされている。
開いてみると…………
『授業料値上げのお知らせ』
マジかよ。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「あ、なんでもない」
「ファイン、学校嫌いだよ。だから行かなくても平気だよ」
嘘付け馬鹿野郎。暇さえあれば友達の話ばっかりしてるじゃねえか。
くそっ。
子供がそんなこと気にしてんじゃないよ。俺がみっともないじゃねえか。
俺は、六課で働くことに決めた。