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[6883] 女王陛下の黒き盾 (女王陛下の下僕2) 【原作第2巻相当・完結・続編あり】
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2010/01/05 19:59
女王陛下の黒き盾

この作品は作者の稚作である
    女王陛下の下僕 (ゼロの使い魔) 【原作第1巻相当・完結・続編あり】
    http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=zero&all=3392&n=0&count=1
    全43章
の続編です。

さらにこの作品の続編が
    女王陛下の黒き翼 (女王陛下の下僕3) 【原作第3巻相当】
    http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=zero&all=15328&n=0&count=1
    執筆中
となっております。
ご存知の方も初めての方も、ごゆるりとお楽しみください。



――――――――――

~これまでのあらすじ~

 ごく普通の日本の高校生、平賀才人はある日突然、異世界であるハルケギニアに召喚されてしまう。
 そこは中世ヨーロッパにも似た魔法の世界。貴族と呼ばれる魔法が使える人々が、平民と呼ばれる魔法の使えない人々を支配している世界であった。
 才人を召還したのはアンリエッタと言う清楚な美少女で、驚いたことに彼女はハルケギニアでも数少ない歴史ある国、トリステイン王国の王女であった。アンリエッタは才人のファーストキスを奪い、才人を使い魔にしてしまう。

 堅苦しい王宮での生活に肩身の狭い思いをしていたアンリエッタは才人が使い魔になったことを喜んだが、元老院をはじめとする他の貴族たちが才人を受け入れる筈も無かった。元老院の命を受け、アンリエッタの護衛を担当する銃士隊のアニエスとミシェルは、アンリエッタの見えないところで才人を拘束し、裸にひん剥いて取調べを行う。取り調べに立ち会ったのは高名な貴族であるラ・ヴァリエール家の娘、エレオノールだった。アカデミーの有能な研究者でもあるエレオノールは才人が異世界人だと言うことに気付くが、不味いタイミングで乱入してきたアンリエッタが才人の裸を見てパニックを起こし、王宮内は大騒ぎになってしまう。
 一連の騒動の鎮静化と、使い魔としての才人を一時的に隠匿するため、アンリエッタの母であり事実上の国王であるマリアンヌ太后は、才人とアンリエッタにトリステイン魔法学院行きを命じる。同時にエレオノールは教師として、学院へと赴任する事になったのであった。

 いっぽう学院ではエレオノールの末の妹であり、かつアンリエッタの親友でもあるルイズが、スイカ大の茶色い卵を召還するという珍事件を起こしていた。
 ルイズは卵を温めるために部屋に引き篭もってしまうが、アンリエッタは才人に依頼してその部屋の鍵を開けさせる。難なく鍵を開けた才人はアンリエッタからの感謝を期待したが、アンリエッタは親友ルイズの事が心配で、軽い礼のみで才人を放置してしまう。そんな才人に温かい言葉をかけたのは、学院秘書のロングビルであった。

 学院での才人はアンリエッタの使い魔という身分を隠し、エレオノールの助手として生活していた。特に黒髪のメイドのシエスタには何かと世話になっていた。
 ところがある日、才人は学院生徒のギーシュの反感を買い、決闘を申し込まれてしまう。元々負けん気の強い才人は、何度もアンリエッタを口説こうとするギーシュを普段から快く思っておらず、後ろから殴ってギーシュをボコるという暴挙に出てしまう。結果、才人はルイズに吹き飛ばされ、反逆罪で投獄されてしまう。
 アンリエッタは才人の死刑を回避しようと努力し、才人の正体を知るエレオノールもまた裏工作を試みるが、学院秘書のロングビルに先を越されてしまう。実はロングビルの正体は盗賊のフーケだったのである。フーケはシエスタを人質にして才人を脅し、学院の宝物庫の扉を開けさせてしまうが、エレオノールの機転によってワルドら魔法衛士隊に包囲されてしまう。フーケは苦し紛れに「破壊の杖」と呼ばれる地球の武器、ロケットランチャーで壁の破壊を試みるが、爆風で気絶、捕らえられてしまう。才人とシエスタも同様に気絶するが、どうにか無事に学院に戻ったのであった。

 フーケ捕獲に協力したという名目で、才人のギーシュに対する罪は許されたが、実はそれは才人の知らないところで暗躍する、エレオノールをはじめとする様々な人々の思惑の結果であった。
 そんなことを知らない才人は能天気に、日本の銃の性能をアンリエッタに見せると言って、学院長のオスマンに頼んで宝物庫からリボルバーを持ち出し、銃士隊のアニエスとの銃対決を行ってしまう。結果は才人の圧勝だったが、その事件はエレオノール以外の貴族が日本の技術に興味を持つきっかけとなった。
 翌日、リボルバーの分析を行うことになった学院教諭のコルベールは、才人から地球式の元素記号を教わり、それがハルケギニアに古くから伝わる「(つぶ)理論」だと気付く。その事実は学院はおろか、ハルケギニアじゅうで大論争を引き起こしてしまうのであった。

 才人と犬猿の仲だったギーシュは粒理論をきっかけに才人に急接近し、鉄の錬金に成功して銃士隊の銃の改良に乗り出す。
 またキュルケとタバサという2人の留学生はそれぞれの思惑から才人への接近を試みたが、一緒に才人から錬金の手ほどきを受けたルイズが誤って核爆発にも似た凄まじい光を放ったため、才人ともども死にかけてしまう。幸いにもタバサの使い魔の韻竜シルフィードによって4人は救出されたが、エレオノールは実は粒理論が不完全なもので、才人は重要な何かを隠していると気付く。

 そのころフーケはワルドら魔法衛士隊によって王都へ移送されようとしていた。ところがワルドは実は裏切り者で、こっそりフーケを脱出させてアルビオン王国へと連れ去ってしまう。元々アルビオン王家に対する恨みを持つフーケは、ワルドと共にアルビオンでの反乱を目論むレコン・キスタという連中に加担する事を決心する。
 レコン・キスタの首領であるクロムウェルは「虚無」と呼ばれる魔法を操り、死者を蘇らせて従えていた。ワルドは己の野望達成のために、その恐ろしい魔法を必要なものだと考えていたが、フーケは直感的にそれが虚無ではないと感じる。
 しかしフーケとワルドはクロムウェル命令で、ルイズの取り込みと才人の暗殺のためトリステインに戻り、機会をうかがいつつ潜伏するのであった。

 いっぽう才人の重要性を再認識したエレオノールは、一計を案じて自分の母親であるカリーヌ(烈風カリン)に才人を襲わせる。それは才人を窮地に追い込むことで才人の人間性を突き止め、才人がアンリエッタの使い魔にふさわしいかどうかを判断するための試練だった。
 アンリエッタを人質としたその戦いで、才人は血みどろになりながらもカリーヌの予想を超える善戦をした。結果は才人の敗北であったが、その戦いぶりはカリーヌに才人への支援を決意させる。そしてカリーヌの夫であるラ・ヴァリエール公爵は才人の独占を目論んで、自分の2番目の娘であるカトレアを才人とお見合いさせることにしたのであった。
 ところがお見合いは夏季休暇の予定だったにもかかわらず、才人に興味を持ったカトレアは学院のフリッグの舞踏会へと勝手に来てしまう。カトレアの突然の登場に驚くアンリエッタとルイズ。しかし才人が驚いたのはカトレア本人よりもむしろその巨乳だった。
 貴族の礼儀を知らない才人は、ちょっとした誤解からカトレアの唇を奪ってしまい、アンリエッタとルイズが激怒。2人のダブル攻撃を食らった才人は空しく絶叫するのだった。



――――――――――

~登場人物に関する補足(原作からの改変点)~

平賀才人(サイト・ヒラガ):
    原作どおりの普通の高校生。ただしルイズではなくアンリエッタに召還されたため、左手の甲にルーンはあるもののガンダールヴではない。
    前作「女王陛下の下僕」では幾度か頭の良さげな行動をしたが、それは置かれた状況がそうさせたのであって、サイト自身の知能は原作どおり並の高校生レベルである。
    使い魔であることを隠すため、普段は左手に黒皮手袋をしている。

アンリエッタ:
    原作どおりの水のトライアングル。そのためサイトを召還して使い魔にはしたものの、伝説の使い魔には出来なかった。
    普段はおしとやかだが、幼いころは意外とお転婆であり、走ると速い。
    サイトに対してかなり好意的ではあるが、本命は原作どおりウェールズである。
    現在、トリステイン魔法学院に在籍中。ルイズやギーシュたちと同じクラス。

ルイズ:
    原作どおりの虚無の使い手だが、現時点ではまだ虚無だと言うことは判明していない。
    サイトではなくスイカ大の卵を召還してしまうが、いかんせん卵なのでコントラクト・サーヴァントは未達成。
    卵の正体は不明だが、茶色いので「マロン」と名づけ、エレオノール製の孵卵器に乗せて溺愛している(本作第3話で孵化)。
    アンリエッタが人間を召還したことに不満を抱いており、何かにつけてサイトに反発する。

エレオノール:
    本作中ではアカデミーの研究員と言う設定。現在はマリアンヌ太后の命令で魔法学院の教師をしている。
    原作によると魔法の系統は火以外の何かであるが、本作では土のトライアングルにする予定。
    使い魔は蝙蝠のピーピングトム。

カトレア:
    原作同様。ただしサイトとのお見合いが決まると、魔法学院までサイトに会いに来てしまうというお茶目な側面も見せる。
    魔法の系統は土のような雰囲気が原作中にはあるが(うろ覚え)、本作でどうするかは未定。

ギーシュ:
    原作同様の土のドットだが、サイトから教えられた元素記号によって錬金の技術が向上し、鉄のワルキューレを作れるようになっている。
    なお、本作における四系統魔法の改変部分については下記を参照のこと。

モンモランシー:
    原作と同様の水系統のメイジだが、ギーシュと同様にサイトから元素記号を教わり、現在錬金の練習中。

アニエス:
    原作と異なり最初から登場。平民出である上に、復讐だけを目的に生きて来たためか、軍事と無関係な事には疎く、虫垂炎を知らなかった。

ミシェル:
    アニメと同様にアニエスの副官。アニメと異なり最初から登場。元貴族だけあって意外と博識で、アニエスとは逆に虫垂炎を知っていた。

ラ・ヴァリエール公爵:
    原作によると魔法の系統は火以外の何かであるが、本作では水のスクウェア。
    ファースト・ネームはレオン。ただしごく限られた人間(マリアンヌ太后など)しかその名では呼ばない。
    使い魔はハルケギニア最大級の飛竜、オーディン。ただし大きいがスピードは速くない。

カリーヌ:
    原作どおり。偏在による分身はワルドを超える7体。年齢は原作どおり50歳前後。

ワルド:
    原作どおり。前作「女王陛下の下僕」では一部に矛盾した行動が見られるが、それは作者のミスである。

マチルダ:
    原作どおり。現在はトリスタニアに潜伏中。

マリアンヌ太后:
    原作どおりアンリエッタの母。
    ラ・ヴァリエール公爵とは幼馴染。血縁関係は未定。年齢は40歳前後?



――――――――――

~独自設定について~

(つぶ)理論:
    始祖の祈祷書に記載されている『この世のすべての物質は小さな粒より為る』という一文が、伝説として一部貴族の間に流布している物のこと。

四系統魔法:
    パワーバランス、およびサイトの存在価値を明確にするために、このSSにおける四系統魔法は以下の図のようにな関係になっています。
        ┌火┐
        土 風
        └水┘
    火と水は対立関係にあり、土と風も対立関係にあります。対立関係にある魔法を習得することは非常に困難であるため、スクウェア・クラスで無い限り習得できません。
    一方で対立関係に無い系統は比較的容易に習得できるため、たとえば火のラインならば火と風もしくは火と土を習得します。
    また、火のトライアングルならば火、土、風を習得しますが、土と風は対立関係にあるため、たいていの場合はどちらかに偏りが出ます。両方を完璧に操れるトライアングルは多くはありません。その差によって、同じトライアングルでもレベルに違いが出ます。
    例えばタバサは風のトライアングルですから、風、火、水を習得しています。一応3つの系統すべてを完璧に近く操れます。しかし土はタバサ本来の系統である風と対立するため、習得は非常に困難となっています。もちろん習得に成功すればスクウェアとなります。

鉄の錬金:
    金の錬金はスクウェア以上、鉄の錬金はライン以上でなければ不可能となっています。
    他の物質もメイジのレベルによって可能だったり不可能だったりしますが、これは単純に原子番号によって決まるとは思わないでください。
    ギーシュは本来ドットなので銅の錬金しか出来ませんが、粒理論を習得したことにより、こと錬金に関する限りラインと同等の力を発揮できるようになっています。



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~01 手紙姫の一日~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/03/29 13:34
女王陛下の黒き盾
~01 手紙姫の一日~


―― アンリエッタ ――

 最近知ったのですが、わたくしは「手紙姫」と呼ばれているのだそうです。
 初めてそれを聞いたとき、わたくしはお腹を抱えて笑ってしまいました。そのあだ名はわたくしのことを実に的確に表現していたからです。わたくしの生活はまさに、手紙に始まり手紙に終わると言っても過言ではないのです。
 王女と言う立場上、わたくしには老若男女を問わず沢山の人たちとのお付き合いがあります。もちろん多くの人たちは礼儀上のお付き合いだったり、立場上のお付き合いだったりするのですが、お友達と呼べる人もたくさんいるのです。ルイズのように親友と呼べるほどのお付き合いではないにしても、年齢の近いお友達もたくさんいますし、歳の離れたお友達も結構います。
 わたくしにとってそれらのお友達と文通することは、半ば王宮に閉じ込められたような生活をしているわたくしの、数少ない楽しみの一つなのです。特に遠い国にいるお友達からの手紙には、わたくしの側近たちも知らないような様々な出来事が書かれているので、わたくしはそのようなお友達からの手紙を楽しみにしているのです。
 シャッ!
「おはようございます、アンリエッタ様。ラツィオのカーラ様からお手紙が届いております」
「んふ。おはよう、レノーレ」
 朝、目を覚ますと真っ先に、昨夜のうちに届いた手紙に目を通すのがわたくしの日課です。王宮にいた頃は朝靄に陰るテラスに出て読んでいたのですが、今は学院にいるので女子寮の自室で紅茶を飲みながら読んでいます。
 メイドたちがわたくしの身だしなみを整えている間に、わたくしは手紙の封を切りました。
 カーラさんはロマリアの高名な神官の娘さんで、去年生まれたばかりの息子さんがいらっしゃいます。
「あらあら、しばらく体調を崩していらしたなんて。季節の変わり目ですから気をつけて頂かないと」
 毎朝必ず新しい手紙が届いているわけではないのですが、何人かのお友達は頻繁に手紙をくださいますし、同じ手紙を何度も読み返すこともありますから、朝の短い時間に暇を持て余すことは滅多にありません。逆に何通もの手紙が同時に届いた場合は大変で、朝食までの間にまるで速読のように読むこともあります。
「ルイズ様がお見えです」
「はーい」
「おはようございます、姫様」
「おはようルイズ。ちょっと待ってくださいね」
 いけません、いけません。ついつい手紙に熱中して支度が遅くなってしまいました。
 わたくしは姿見で自分の姿を確認すると、ルイズと一緒にアルヴィーズの食堂へと向かいました。もちろん護衛の銃士隊員も一緒です。

「おはようございます、アンリエッタ様」
「おはようございます、ミス・マスカール」
 食堂へと向かう道すがら、合流してくる学院のお友達と朝の挨拶を交わします。
 同級生は90名ほど。それが3つのクラスに分かれていますから、クラスメートは約30名ということになります。わたくしにとっては些細なことですが、王女であるわたくしと同じクラスになることは名誉なことですから、わたくしの居るクラスとそうでないクラスとの間には微妙な温度差ができてしまっているようです。なので、わたくしはなるべく皆さんと平等にお付き合いするように心がけています。
「おはようございます、アンリエッタ様、ルイズ」
「おはようございます、モンモランシー」
「おはよ」
 とは言え、気の合うクラスメートと仲良くなってしまうのは仕方の無いことかも知れません。
 ルイズはほぼ常時わたくしと一緒におりますし、モンモランシー(最近ファーストネームで呼ぶようになりました)も、サイトさんとミスタ・グラモンの一件以来一緒にいる事が多くなりました。モンモランシーはわたくしと同じ水のメイジですから何かと気が合うのです。
「これはこれはアンリエッタ様。今日は一段とお美し……」

 ガンッ!
「痛あ~~~~~!」

「ギーシュ! 朝っぱらから何アンリエッタ様を口説いてるのよ!」
 あらあら、モンモランシーに脛を蹴っ飛ばされて、ミスタ・グラモンがぴょんぴょん跳ね回っています。まるでサイトさんのようですね。

 ところでサイトさんですが、フリッグの舞踏会以来、給仕などの仕事はしていません。
 それはそうですよね、だってサイトさんは貴族になるのですから。そんな人に給仕なんてやらせてはいけませんよね?
 カトレアさんは既にご自分の城に戻られましたけれど、サイトさんがカトレアさんにキスをしたという事実が消えるわけではありませんから。
 とは言え、サイトさんはメイジではありませんから、この学院の生徒になっても意味がありません。むしろ逆に、粒理論の解明を成し遂げたという業績からすると、教師になってもおかしくはありません。
 まあさすがに教師は色々と問題がありそうですから止めるとして、結局サイトさんはエレオノールさんの助手を続けています。ミセス・シュヴルーズなど一部の先生方は、サイトさんから新たな理論を引き出そうと画策していたようですが、ラ・ヴァリエール公爵が正式にサイトさんの後見人になったので頓挫したようです。それにサイトさんは元々エレオノールさんの助手だったのですから、現在の地位は無難なところでしょう。
 どちらかと言えば、サイトさん本人はミスタ・コルベールと気が合うようですが。
「おはようございます、アンリエッタ様。ご相席させて頂いてもよろしいですか?」
「おはようございます、ミス・セザンヌ。さあどうぞ」
 わたくしがテーブルに着いたころ、サイトさんも食堂にやってきました。ミスタ・グランドプレと、モンモランシーの足蹴りから立ち直ったらしいミスタ・グラモンも一緒です。
 フリッグの舞踏会以来、サイトさんはすっかり男子生徒たちと打ち解けてしまいました。
 まあ、最初のうちは打ち解けたと言うより、カトレアさんとの一件をからかわれていただけなのですが、逆に言えばあのキスでサイトさんとカトレアさんの結婚が確定的になってしまったとも言えます。なのでミスタ・グラモンを筆頭に、いつの間にか皆さんがサイトさんを貴族扱いするようになって行ったのです。
 今ではすっかり打ち解けて、貴族の席で普通に食事をしています。
 ルイズ以外の女生徒も、概ねサイトさんを受け入れているようです。ルイズだけは今でも足蹴にしていますが。
 ただちょっと気になるのは、最近サイトさんが疲れているように見えることです。何と言うか、覇気がないと言えば良いのでしょうか?
 いまさらカトレアさんにキスしたことを後悔しているのでしょうか?
 それとも逆に、カトレアさんに会いたいのでしょうか?
 あるいは、まだわたくしへの思いが強いのでしょうか?
 困りました。わたくしはサイトさんと結婚することは出来ませんし―――いえ、サイトさんを嫌いという訳ではなく、政治的な理由によって―――この件に関してサイトさんの相談に乗ることも出来ません。
 んー
 誰かに頼んで、さりげなくサイトさんの相談に乗って貰った方が良いのでしょうか?



 さて授業です。
 今日の最初の授業はミスタ・コルベールによる火の授業ですね。
「……でありますから、炎の温度を正確に調節することにより、錬金魔法を使わなくても特定の物質を抽出する事が可能になるのです……」
 王宮では専属家庭教師による授業を受けていたわたくしですので、わが国の最も高名な魔法学校であるトリステイン魔法学院に来ても、その授業に遅れをとることはありませんでした。
 もちろん授業の進み具合や、わたくしの得手不得手から、皆さんに追いつくために一生懸命勉強しなければならない授業もありました。特に水と対極にある火系統の授業はお手上げに近い状態で、最も基礎的なろうそくの点火でも、煙すら出ないという情けない有り様でした。ですからミスタ・コルベールの授業は頭では理解できるものの、実践となると全く駄目なのです。
 クラスメートの中で最も火を得意とするメイジはミス・ツェルプストーです。火のトライアングルなんですから当然といえば当然なのですが。
 ルイズとは犬猿の仲である彼女ですが、決してルイズを嫌っている訳ではないようです。逆にルイズは彼女のことを嫌っているようですが、タバサさんを含めた3人でサイトさんから錬金の手ほどきを受けているように、むしろライバルと言った方が正確なのかもしれません。
 まあ、昔からヴァリエール家とツェルプストー家はライバル関係にありますからね。こればっかりは仕方ないのかもしれません。
「……またディテクト・マジックを使わずに物質の特定をすることも、炎を使えば可能です。たとえば銅の粉末をこのように炎に晒すと……」
 ミスタ・コルベールは優れた教師ではありますが、同時に奇妙な研究に没頭する変人とも言われています。
 サイトさんとミスタ・コルベールは気が合うらしく、サイトさんは頻繁にミスタ・コルベールの研究室に出入りしています。詳しいことは分かりませんが、最近は2人でデンキと言うものを研究しているそうです。
 ところで、サイトさんとミスタ・グラモンとで作り上げた最新式の銃なのですが、これには問題が発生してしまいました。
 いえ、サイトさんが悪いわけでも、ミスタ・グラモンが悪いわけでもありません。わたくしたちトリステイン側の問題です。
 実は銃の性能が上がったため、量産品質が追いつかなくなってしまったのです。銃の製造には鉄の錬金が必要なため、主にライン・クラスのメイジが行っているのですが、この新式の銃は普通のライン・メイジでは必要な精度が出せないのです。トライアングル・クラスのメイジ、もしくはトライアングルに近いくらい優秀なライン・メイジでないと、本来出るべき性能を発揮できないのです。
 せっかくサイトさんが銃の性能を向上してくださったのに、これでは意味がありません。
 サイトさんの国であるニッポンでは、魔法の使えない平民が難なく銃を作っていると言うのに、いったいなぜ我々には作れないのでしょう?



 昼休み。
 わたくしはなるべく色々なお友達とお食事をするようにしているので、特定の人と一緒にすごすことは滅多にありません。例外はルイズで、初めてお話しする方やあまり親しくない方とお食事をする場合には、ルイズにも同席して貰っています。
 と言うよりも、どのお友達とお食事をするのかを取り仕切っているのがルイズなのです。
 なるべく平等にというわたくしの意図をルイズは理解しているので、モンモランシーをはじめとするクラスメートたちとお食事する機会はむしろ少なくなっています。虚無の曜日を除いて計算すると、だいたい1ヶ月で1周する感じでしょうか。ああ失礼、男子生徒は除きます。
 ルイズがどういう基準で選んでいるのかは分かりませんが、もちろんミス・ツェルプストーやミス・タバサとご一緒することはあります。
「ミス・タバサ、ずいぶんたくさんお召し上がりになるのですね。見ていて惚れ惚れするくらいですわ」
「美味しいから……」
「お気に召して光栄ですわ。料理長もきっと鼻が高いでしょう」
 ミス・タバサはほとんど人付き合いをしないそうですが、ミス・ツェルプストーと一緒の場合には、こうしたお食事会にも出席されるのだそうです。
「タバサはまだ成長途中だものね? 誰かさんと違って」
「その誰かさんって誰よ? ここにいる誰かのことじゃないわよね?」
「さあ? どうかしら?」
 やれやれ、また始まりました。
 お食事の席にミス・ツェルプストーがいらっしゃると言うことは、当然ルイズも対抗して出席するわけです。すると当然このように、罵り合いが始まってしまうのです。
「もちろんルイズだってまだ成長する可能性はあるわよね? 何しろ2番目のお姉さんがあたし並みのナイスバディなんですもの」
 どうやらミス・ツェルプストーはカトレアさんの胸が大きかったことにショックを受けたようです。あの日以降、何かにつけてルイズをそのネタでからかっています。
「当然じゃない。あと2~3年もすれば、あんたなんて軽く追い越してやるんだから」
「2~30年じゃなければ良いけどねえ?」
「何ですってぇ?!」
 やれやれ。
 この2人が仲良くなることはあるのでしょうか?

 ところで、本人に尋ねてはいないのですが、ミス・タバサに関して少々疑問があります。
 そもそもお名前が、こう言っては失礼ですが本名とは思えないお名前ですし、無口でお友達もいらっしゃいませんので、アニエスたち銃士隊はミス・タバサをガリアからのスパイではないかと疑っています。
 もちろんガリアから提出された入学時の書類は完璧ですから、あらぬ疑いをかけるのは名誉毀損と言われても仕方がないのですが、ミス・タバサ自身の態度と言うか、人を寄せ付けない雰囲気が、アニエスの警戒心を呼び起こしてしまうようです。
 ミス・ツェルプストーはミス・タバサと親しいので、彼女を通してであればミス・タバサの情報をある程度は入手できるのですが、ミス・ツェルプストーも留学生ですからあまり根掘り葉掘り尋ねることも出来ません。なので粒理論を教えて貰うために、ミス・タバサがサイトさんに土下座したと言う事実は、わたくしはもちろんアニエスや学院の先生方にも驚きを与えました。
 元々わたくしは、サイトさんがもたらしたニッポンの技術をトリステインで独占するつもりは全くありませんでしたので、ミス・タバサやミス・ツェルプストーがお望みならば喜んでお話しするつもりでした。しかしわたくしの考えを知らなかったとは言え、ミス・タバサが土下座してまで粒理論を知ろうとしたのは、いささかやりすぎではないでしょうか。トリステインの様々な技術を盗むスパイではないかと、アニエスが勘ぐるのも無理は無いでしょう。

 ミス・タバサに関しては、もう一つ疑問があります。使い魔である風竜のことです。
 先日の、ルイズが凄まじい光を放った例の事件のとき、彼女ら4人を救ったのがミス・タバサの使い魔であるシルフィードでした。
 しかし奇妙なのは、光の発生源を調べに行ったマンティコア隊のエベール隊員が、シルフィードの姿を見なかったと報告しているのです。
 さらに奇妙なのは、エベール隊員の報告では、光の発生源らしき場所にいたのは4人ではなく、5人だと言うのです。
 いったいこれはどういうことなのでしょう?
 単にエベール隊員が見間違えただけの話なのでしょうか? しかし4人と5人を見間違えることはあるとしても、幼竜とはいえシルフィードを見落とすなんて考えられません。
 残念ながら、あの場所にいて正気だったのはサイトさんだけですし、そのサイトさんも失明状態だったので、なぜシルフィードが見落とされたのかは原因不明のままです。少なくともサイトさんの報告では、あの場所にシルフィードもいた筈だからです。もちろん人数も4人だったとサイトさんは報告しています。
 アニエスは、実はシルフィードはあの場所にいなかったのではないかと疑っていますが、何の証拠もないので結論は出ないままです。



 さて、午後の授業を終えると放課後なのですが……
 残念ながら、わたくしには事実上、放課後がありません。
 学院にいるとは言え、わたくしはトリステインの王女。それなりに公務と言うものがあるのです。
 もちろん仕事の大部分は王宮の官僚たちによって行われているのですが、決済やら認可やらの書類は大量に回ってくるのです。なのでわたくしの放課後は、ひたすら書類にサインをする時間とも言えます。
 例えば王立養護施設の増員要求。
 戦や病や事件によって親を失った孤児たちを養う施設ですが、このところ国外から不法入国してくる人々が増えており、それらの人々の子供たちがこの施設に流入してきているのです。どうやら親たちはこの施設の存在を知っていて、意図的に子どもたちを捨てているようなのです。
 国境警備を強化してはいるのですが、本物の孤児とそうでない子供たちを区別することなど出来ませんから、結局施設は増強せざるを得ないでしょう。財務局が簡単に首を縦に振るとは思えませんが……
 このように、わたくしの担当はトリステインの福祉関連の仕事です。まだ本格的な政治に関わるには未熟ですので、重要度の低い仕事をしながら帝王学を勉強しているのです。

 重要度の低い仕事といえば、ちょっと変わっているのがモデルの仕事です。
 美術の授業でモデルをすることはありますが、それとは違う、仕事上のモデルです。
 わたくしは年頃の王女であり、幸いにもそれなりに美貌に恵まれていますから、わたくしの肖像画や彫刻は高い値がつくのです。去年行われたオークションでは、ゲルマニアの画商がわたくしの肖像画を1万エキューで落札したそうです。
 高名な画家が描いた作品だったとは言え、さすがにそれは高すぎるとのでは無いでしょうか?
 噂ではそれをアルブレヒト3世が購入し、毎晩それを眺めていると言うのですが……

 ところで、モデルのお仕事と言うと思い出すのが、これまたミス・ツェルプストーです。
 ミス・ツェルプストーは魔法学院に入学されて以来、何度かモデルの仕事をしているのだそうですが、これがまた物凄い評判なのです。去年、ミス・ツェルプストーをモデルに製作された『ケーンの女神像』は、何と1万6千エキューで落札されたのだそうです。
 ただし……
 実はこれ、裸体像なのです。
 ミス・ツェルプストーがお美しいのは分かりますし、これが芸術だと言うことも分かるのですが、いくらなんでも裸体像というのはどうなんでしょう?
 その『ケーンの女神像』のレプリカが、この学院の美術室にあるのですが、同じ女性のわたくしでも恥ずかしくなってしまう程のなまめかしさでした。当の本人であるミス・ツェルプストーはケロリとしたもので、びっくり仰天しているわたくしに、こう言われました。
「あ~ら? アンリエッタ様だったら軽く2万は超えますわよ? 『ラグース女神の像』なんてチャレンジしてみてはどうかしら?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 姫様がそんなはしたない事するわけ無いでしょう!」
「大丈夫よルイズ、あんたがモデルになっても需要はきっとあるから」
 あっけらかんとしたミス・ツェルプストーには参りましたが、堂々と人前に肌を晒せるほどの度胸は見習うべきなのかもしれません。
 ちなみに、このレプリカの脛のところに小さな靴の足跡が付いていて、しかもそれがルイズの靴のサイズと同じのように見えたのは、たぶん気のせいでしょう。
 その像を見た夜、わたくしは自分が全裸でモデルをやっている姿を想像して、その恥ずかしさに耐え切れずベッドの中で転げ回ってしまいました。



 話は戻りまして……
 一通りの仕事を終えると夕食のお時間です。
 夕食は、昼食と同じように多くのお友達とご一緒する事にしています。ただし、こちらは先生方や男子生徒とご一緒することもあります。
 言ってみれば王宮での晩餐会の簡易版でしょうか?
 本格的な晩餐会だと、ホストであるわたくしや母さまはほとんど食事など出来ないのですが、それでは本末転倒ですからね。あくまでも夕食は夕食です。
 とは言え、普段女子生徒に阻まれてなかなかわたくしとお話できない男子生徒たちは、ここぞとばかりにわたくしの気を引こうとします。なのでルイズは、わたくしと同席する男子生徒をかなり慎重に選んでいます。例えばミスタ・グラモンは、必ずモンモランシーの隣に座らされます。
 それは先生方についても同様で、若い独身の男性教諭はわたくしの隣に座ることはできません。
 未だに魔法が成功せず、ゼロだゼロだと馬鹿にされるルイズですが、そのルイズがわたくしに関する様々な権限を握っているので、傍から見ていると実に様々な人間関係が透けて見えるのが面白いです。
 さすがにラ・ヴァリエール家は超一流の家系ですし、ルイズの性格もあんなですから、わたくしとの夕食を優先して貰うためにルイズに袖の下を渡すような男子生徒や先生はいないでしょう。
 ともあれ、わたくしにとってのお食事は、将来のトリステインを担う様々な人々との交流の場となっています。

 そして夕食の後にようやく、わたくしのプライベートな時間がやって来ます。
 読書をしたり、鉢植えの手入れをしたり、昼のうちに届いた手紙を読んだり、お風呂に入ったりと、落ち着いた時間を過ごします。
 この時間だけが、長い一日の中でわたくしが独りぼっちになれる唯一の時間なのです。
 学院での生活は楽しいですが、自由時間に関しては王宮にいた頃と全く変わっていません。なので本格的な息抜きは、やはり虚無の曜日という事になってしまいます。

 手紙の返事は就寝前に書きます。
 特にノルマのようなものを決めている訳ではないのですが、わたくしは1日に1通程度のペースで手紙を書いています。王宮にいた頃はルイズとも頻繁にお手紙のやり取りをしていましたが、今は学院におりますので、母さまや王宮付きのお友達への手紙が多いですね。
 毎日のように手紙を書いていますから、魔法ペンの使い方はかなり上手い方だと思います。さすがにエレオノールさんのように100本もの魔法ペンを操ることは出来ませんが、たぶん5本くらいなら使えるのではないでしょうか。残念ながら別々の内容を同時に書くことは出来ないのですが……
 ともあれ、今日はどなた宛の手紙を書きましょうか?
 カーラさんへの返事は書かなければなりませんが、今すぐという訳ではありませんから、今日は久々にウェールズ様への手紙を書くことにしましょうか?



―― ラ・ロシェール/トリステイン軍国境警備隊 ――

「なんだ、あれは?」
 最初にそれを見つけたのは、哨戒飛行中の風竜隊の1小隊だった。
「7時の方向に未確認の風竜1匹! 距離2千! 低速にて接近中!」
「なんだと?」
 小隊長は振り返るようにして後方を見て、その風竜を確認した。
「野生じゃないな。全騎分散! 警戒体勢!」
「はっ!」
 2騎ずつに分かれて問題の風竜の進路に展開する隊員たち。
 竜は通常、自分の縄張りで暮らしているので、どこかへ向けて一直線に飛ぶと言うことはまず有り得ない。野性の竜ならば、獲物を求めて自分の縄張りを旋回するのが普通であるし、そもそもここは竜の縄張りではない。
 一直線に飛ぶと言うことは、何か特定の目的を持って飛んでいることは自明であり、人間の意志が介在している可能性が高いのだ。
 警備隊が接近すると、問題の風竜の状況が分かってきた。
「妙だな、回避行動をしない。しかしあれはアルビオンの伝令竜だぞ?」
 風竜はアルビオン王家の紋章を付けていた。
 しかし竜の身体は多数の攻撃を受けた跡があり、満身創痍だった。その背中には伝令兵とおぼしき人影が乗っているが、気絶しているのか死んでいるのか、ピクリとも動いていなかった。
 警備隊は問題の風竜を取り囲みつつ、速度と方向を合わせて飛行した。
「こちらトリステイン軍第8国境警備隊第3風竜小隊! 隊長のバルトだ! そちらの所属と名称、ならびに目的を述べられたい!」
 伝令兵らしき人物が返事をしてこないだろうと言うことは分かっているが、一応はマニュアルどおりに対応しなければならない。
 だがここで予定外の事が起きた。いや予想の範囲内ではあったのだが。
 問題の風竜がついに力尽き、落下し始めたのだ。
「いかん! クーロ! デュナン! 奴を救助しろ! 他のものは周囲を警戒!」
「ははっ!」
 落下していくアルビオンの伝令竜を、両脇から2騎がかりで捕まえる小隊の風竜。だが伝令本人はやはり絶命しているようだ。
 小隊長は素早く状況を確認すると、命令を下した。
「この伝令を基地に連れて帰る! ジェルヴェーズ! お前は先に行って状況を伝えておけ!」
「はっ!」
 最近、不穏な動きがあると噂されるアルビオンから、傷だらけの伝令が来た。
 これはただ事ではない。
 小隊長はピクリとも動かない伝令兵を横目に見ながら、いずれ来るかもしれない動乱の時代への不安を感じていた。

―――――
初版:2009/02/25 19:36
改訂:2009/03/29 13:34



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~02 傷心の下僕~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/03/29 13:33
女王陛下の黒き盾
~02 傷心の下僕~


―― 才人 ――

「ミスタ・ヒラガ」
「へっ?!」
 突然廊下で呼び止められて振り返ったらシエスタだった。
「シエスタ? 何だよミスタ・ヒラガって?」
「今日から男子寮に移って頂きますので、私物をまとめて頂けますか?」
「男子寮?」
 なんでまた?
 俺が当惑していると、シエスタは言った。
「まだ学院長からお伺いになっていらっしゃいませんか? ミスタ・ヒラガは貴族になられるんですから、他の男子生徒と同じ男子寮に移っていただくことになりました」
「い、いや、まだ決まったわけじゃないし。それに何で敬語なんだよ?」
 黒髪メイドのシエスタは、俺にとっちゃ同級生みたいなものだ。
 もちろんシエスタ本人は日本人じゃないし、日本のこともこれっぽっちも知らないんだけど、どことなく日本人っぽい顔してるし、同じ平民だし、なんだか親近感が沸くんだよね。
 胸も大きいしな。
 そのシエスタに敬語で話しかけられると物凄く違和感がある。なんつーか、背中に虫唾が走るよ。
 ところがシエスタは真顔で言った。
「貴族になられるんですから。敬語で話すのは当然です」
 おいおいおい。
 いきなり貴族扱い?
 いくら何でも急すぎるだろ?
 つ~か色々あったけど、俺は決して貴族になるとは言ってないわけで。
 と思ったら、シエスタは続けた。
「あんなに大胆にキスしたんですもの。しかも相手はラ・ヴァリエール家のお嬢様ですよ? いまさら隠すことも無いじゃありませんか」
「ぐはっ!」
 はい。
 その通りです。
 いまさら無かったことになんか出来ません。
 もう俺の結婚は決まったも同然でございます。
 つ~か断ったら、あの母ちゃんに八つ裂きにされます(泣)。
「でも良かったです、ミスタ・ヒラガが貴族になられて」
 打ちひしがれた俺に、シエスタはにっこりと微笑んで言った。
「だって、ミスタ・ヒラガはナントカ理論って言う、物凄い大発見をされたじゃありませんか。この学院の先生方があんなに大騒ぎしたのなんて、あたし見たことありません。トリスタニアでも凄い噂になってますし。でもそんな大発見をしたのに、ミスタ・ヒラガに何の勲章も無いなんて……」
 いや、俺としちゃ勲章か何かの無意味な物の方が嬉しかったんだけどね?
 それより金貨の方が良かったかな?
「でも、ラ・ヴァリエール公爵はちゃんとミスタ・ヒラガのことを評価なさっていたんですね。ミスタ・ヒラガを貴族にするために、ご自分の娘をサイトさんに差し出すなんて。あたし、世の中捨てたもんじゃないな、って思いました」
 ああ、それは半分しか合ってないんだよね。
 だって、あの髭オヤジが俺をカトレアさんと結婚させようとしているのは、俺を政治上の駒として使うためだからな。
 それにカトレアさんだって、どこの馬の骨か分からん奴と結婚させられて嬉しい訳が無いだろ? 同じ女のシエスタがそれを羨ましいとか言うかね?
「ですからミスタ・ヒラガはあたしたちの希望なんです。平民でも手柄を立てれば出世できるんだって。がんばれば報われるんだって」
 あ~、ごめんごめん。
 俺、ちっとも頑張ってないから。
 頑張ったのはアンリエッタが襲われた時だけだから。
 しかもあれ、茶番だったし。
「ですから」
 シエスタは再び真顔になって言った。
「ミスタ・ヒラガには、ちゃんとした貴族になっていただきたいんです。アンリエッタ様に仕える、立派な貴族になって頂かなくっちゃいけないんです。こんな風に、あたしなんかとお話してちゃいけないんです」
 そこまで言われちゃあ否定できねえっす!
 つ~か俺、美化されてる?
 偶像化されてる?!
 何か物凄い能力とか必殺技とかを隠し持ってるとか思われてる?!

 結局のところこのハルケギニアでは、貴族と平民の間には物凄く深い溝がある。
 その溝のことを俺は理解しているようでいて、実は全く理解していなかったようだ。一連の事件の結果、俺はその溝を飛び越えちまったのだが、飛び越えてみて初めて、俺はその溝がとんでもなく深いってことに気付かされた。
 シエスタ以外にも似たようなことは沢山あった。
 例えば部屋を移った後、暇になった俺が厨房裏での薪割りでもしようかと思ったら、マルトーさんが飛んできて止めさせられちまった。
「貴族になろうってお方がこんな下賎な事をしてちゃいけませんぜ。そんな事をさせたら俺の首が飛んじまいまさあ」
 ショックだ。
 あのマルトーさんが俺に媚びへつらってるよ。
「それに、俺のことは今後、呼び捨てで呼んでくだせえ」
 大ショックだ。
 今度から貴族用の食事にありつける事になったのは嬉しいが、シエスタを筆頭に、仲良くしていたメイドたちが掌を返したようによそよそしくなっちまったのは物凄く居心地が悪い。今まで「サイト」とか「サイトさん」とか「サイト君」とか呼ばれていたのに、みんな「ミスタ・ヒラガ」になっちまった。
 最低だ。
 JRの駅員だってもっとマシだぞ?
 何でこんな事になっちまったんだろう?



 昼休み。
 貴族用の食事にありつけるようになったとは言っても、アンリエッタと一緒に食事ができる訳じゃない。
 アンリエッタの食事ってのは、この学院にいる貴族の坊っちゃん嬢ちゃんのたちとの付き合いのための重要な時間なんだよね。ここにいる生徒連中にとっては、アンリエッタと食事を出来たかどうで貴族としての格が決まっちまうから、どいつもこいつも必死なのだ。しかもその食事を取り仕切っているのがルイズだってんだから笑っちゃうよな。
「おーい、サイト! こっちこっち!」
 ギーシュが手招きしている。
 今まで給仕としてこの食堂に出入りはしていたものの、いざ自分がここで食事をする立場になってみると、それはそれで勝手が分からないものだ。なので俺は素直にギーシュの横に座った。
「諸君、我らが英雄のご到着だぞ?」
 ギーシュが言う。
 そこにいるのはマリコルヌやらギムリやらアンドレやらの、アンリエッタのクラスメートたちだ。
「いよっ! キス大王!」
「まあ楽にしたまえ。本当に結婚することになれば君の方が格上になるんだ。今は友人として食事を共にしようじゃないか」
 格上ねえ?
 どうもこの貴族間の序列というか、何々家とか何々爵とか言うのは理解できねえ。
 俺がカトレアさんと結婚したって、俺が魔法を使えるようになる訳じゃなし。そこまで神経質に上だ下だって気にする必要なんてあるのか?
「せっかく貴族になれるんだ。思う存分食べたまえ」
 鳥の丸焼きを俺の皿に乗せるギーシュ。
 なんだか慣れ慣れし過ぎやしないか?
 ギムリが言った。
「そう言えばギーシュ、君はサイトと2人で新しい銃を作っていたけれど、あれはもう終わったのかい?」
「もちろんさ。僕の手にかかれば、銃の改良なんて朝飯前さ」
「嘘つけ。一週間もかかったじゃないか」
 得意げに答えるギーシュに突っ込む俺。
 するとギムリは言った。
「ふうん。すると今は何もやってないのかい? それともまた何か始めたのかい?」
「僕も忙しい身だからね。いつまでもサイトに付き合ってばかりもいられないさ」
「正直にネタが無いって言えよ」
 再びギーシュに突っ込む俺。なんだかすっかり漫才コンビと化してるよなあ?
 まあギーシュの言ってる事は半分は当たっている。
 もともと銃の改良は、鉄の錬金ができるようになったギーシュが、その力を見せびらかすために始めたようなものだ。だからあの銃の改良が終われば、もうそれ以上何かをする必要はないわけだ。だからギーシュはもう満足していて、新しい何かを改良する気は全く無いようだ。
 そもそもギーシュが鉄を錬金できるようになったのは、俺が元素記号を教えたからだ。鉄が元素であり、他の物質が結合して出来てるわけじゃないって事を理解したからこそ、鉄を錬金できるようになったわけだ。
 そこのところはギーシュもよく理解しているようで、何かと俺に馴れ馴れしいのはそれが理由だ。
 まあいいか……
 ぶっちゃけ馴れ馴れしいギーシュってのはウザイんだが、俺はギーシュたちと昼飯を食う仲になっている。ギーシュは正真正銘の貴族だから、ギーシュから貴族としてのマナーやら礼儀やらを教わることが出来るし、父親もそれなりにお偉いさんだから、ギーシュと一緒に居ると余計な火の粉が飛んでこないと言う利点もある。
 なにしろ、俺の事を快く思ってない連中は沢山居るからな。
 俺と話もしたことの無い連中、特に上級生なんかは廊下ですれ違うだけでも嫌な感じなんだよね~
 先が思いやられるぜっ!



 カトレアさんにキスしてからと言うもの、ありとあらゆる物が変わっちまった。
 アンリエッタも例外じゃない。
 よそよそしいと言うと語弊があるが、今までは俺とお茶したり、俺が何かやってるのを見に来たり、あれこれ俺の世話を焼いてくれていたのが、綺麗さっぱり無くなっちまった。
 会えば普通に話をしてくれるのだが、まず会うこと自体が少なくなっちまった。まるで避けられているかのようだ。
「ちわっす。アンリエッタは居ますか?」
「何か御用でしょうか?」
 何か困った事があってアンリエッタに相談に行っても、こんな調子でメイドや銃士隊に止められちまう。
「いや、その、自分の部屋にカーテンすら無いんで、家具類の手配を……」
「それでしたら私が承ります。どんな物がご入用ですか?」
 そしてこんな風に、こまごまとした用事はメイドが解決してしまう。
 他にも
「銃の量産の事なんだけど……」
「それだったら私が話を聞こう」
 アニエスに邪魔されたりとか
「錠がメイジ用の魔法錠なんだけど……」
「それでしたら学院長にご相談なさってはいかがでしょうか?」
 ってな具合に、とにかくアンリエッタではない別の誰かに相談するように言われてしまうのだ。
 相談事そのものはそれで解決できるから、問題がないと言われれば確かにその通りなんだが、アンリエッタには会えない。
 空しいぜっ!
 つ~か避けられてる?
 やっぱりあのキスが不味かったのかなあ……
 でも結局、あのキスがあろうと無かろうと、俺はカトレアさんと結婚せざるを得ないわけで。
 あの髭親父、つまりラ・ヴァリエール公爵は、俺がカトレアさんと結婚でもしない限り、身の安全は保障できないと言っていた。そのときは何でそんな事になるのか理解できなかったけれど、学院に帰って来て見ると、何となく意味が分かったような気がする。と言うのも、こうして貴族扱いされてみると、色々と貴族間の軋轢とか派閥とか、力関係のようなものが見えてくるからだ。
 特にルイズを見ていると、それが如実に感じられる。
 アンリエッタの食事の相手の決定権をルイズが握っている点は、ラ・ヴァリエール家の影響力の絶大さを象徴している。特に野郎どもは、事実上の落ちこぼれであるルイズに取り入らないと、アンリエッタとまともに話す事すらままならない。ギーシュがいい例だ。
 そしてこの俺は、この学院の男子の中で一番ルイズに嫌われていると来たもんだ。
 あ~あ。
 ただでさえアンリエッタの使い魔だって理由で嫌われてたのに、ルイズの義兄になっちまうんだからな。そりゃ嫌われるどころの騒ぎじゃないよなあ?
「はあ……………」
 やっぱりカトレアさんとの結婚は、どうにかして中止にすべきなんだろうか?
 結婚したら結婚したで色々と問題がありそうだし、中止にしたら中止にしたで、これまた色々な問題がありそうだ。つ~か命に関わりそうだ。
 あっという間に帰っちゃったからほとんど話も出来なかったけど、カトレアさん本人はこの結婚のことをどう思ってるんだろう?
 だって平民だぜ、俺?
「でもな~~」
 カトレアさん、美人だったなあ……
 アンリエッタも美人だけど、どっちかって言うと可愛いと言う感じ。
 カトレアさんは美人で、ほんわか優しい感じ。お姉ちゃんと言う感じだ。
 それにあの胸!
「最高だぜっ!」
 って、いかんいかん。俺はアンリエッタ一筋だっつ~の!



 貴族扱いされるようになって、もう1つショッキングな出来事があった。
 夕食の後での事だ。
「そういえばサイト、君は貴族用の風呂は初めてだろう?」
「え? ああ、そうだけど」
「じゃあ一緒に来たまえ。色々教えてあげよう」
 という感じで、安易にギーシュと一緒に風呂に入ったのが間違いだった。今まで使ってた五右衛門風呂は水を汲んだり沸かしたりする手間がかかるので、貴族用の風呂なら楽だしなあ、とか考えちまったのがいけなかったのだ。
 俺は忘れていた。奴らはアングロサクソンで、俺はモンゴリアンだって事を!
「……マジか?!」
 でかかった。
 なんつ~か、サラミソーセージ対ボンレスハムって感じ?
 勝負にならないとか言う次元じゃない。大人と子供を比較してるって感じだ。
「どうしたんだね?」
「いや、別に……」
 そこで逃げ出していれば、俺のダメージもライフ半分で済んだかもしれない。
 しかし俺は平静を装って、そのまま風呂場の奥までギーシュに付いて行っちまったんだ。
 だって、ギーシュってのは自他共に認める女たらしだろ? だからギーシュのは特にでかいのかと思っちまったんだよ。
 ところが……
「隣、邪魔するよ?」
「ん? やあギーシュ。あれ、それにサイトじゃないか」
 そこに居たのは、後姿でもすぐに分かる学園一のデブ、マリコルヌだった。
「あっ、ああ……」
 でっ、でけえ!
 つ~か太え! ジャンボフランク?!
 あんなもん突っ込まれたら裂けるぞ、絶対?!
「サイトが風呂が初めてだって言うんでね。案内してあげてるのさ」
「ふうん…………… まあ、ゆっくりして行き給えよ」
 こっ、こいつ! いま見やがったぞ?!
 俺のナニを見やがったぞ?!
「じゃあ僕はもう出るからね。ごゆっくり、お二人さん。あっはっはっはっは!」
 ムカツク!
 やたら上機嫌なマリコルヌが無性に腹立つわぜ!
 畜生、見てやがれ? 日本刀の切れ味ってものを見せてやるからな!
 いつになるか分からねーけどっ!



―― トリスタニア/トリステイン軍指令本部/執務室 ――

「どうやらジェームズ一世殿はのっぴきならない状況にあるようですな。反乱軍がロンディニウムに達するのも時間の問題かも知れませんぞ」
 ド・ポワチエ大将は、向かいに座る老人に言った。
 その老人、マザリーニ枢機卿は言った。
「信じられませぬ。いったいなぜ反乱軍はこれほどまでに急激に勢力を拡大できたのですか? これではまるでジェームズ殿が暴君で、アルビオンの民が圧制から開放されようと、一斉に蜂起しているようではありませぬか」
「分かりません。こちらでもグリフォン隊のワルド子爵を潜入させて調査させたのですが、有力貴族たちが掌を返すように次々と反乱軍に加わっているとしか……」
 大将が答えると、枢機卿は言った。
「それでは到底納得できませぬな。ほんの数ヶ月前まで、アルビオンには反乱の気配すら無かったのですぞ? 多額の金や地位を約束したとしても、これほど多くの貴族が、これほど短期間に寝返えるとは思えませぬ。反乱軍が何か特別な方法を使っているとしか考えられませぬ」
「おっしゃるとおりですが、残念ながら我々の調査ではそのような方法は見つかっておりません。アカデミーは何と言っておりますか?」
 大将が尋ねると、枢機卿はやれやれという感じに首を振りながら答えた。
「あそこは今、例の粒理論にかかりっきりです。俗世の事など知らぬ存ぜぬです」
「まったく! 学者どもはいつもこうだ!」
 ド・ポワチエ大将は苛立たしげに自分の杖を取ると、マザリーニ枢機卿に尋ねた。
「これは少し真剣に検討せねばなりますまい。お時間はいかがですかな?」
「もとよりその予定で参りました」
 その答えを聞くと、大将は杖を振った。
 ガチャリ。
「御用でしょうか?」
 眼鏡の美人秘書が入ってきた。
「食事はここに運ばせてくれ。2人分だ。それから誰もこの部屋には入れないように」
「かしこまりました。先に紅茶をお持ちしましょうか?」
「いや、いい。一本空ける事にする」
 秘書が出て行くと、その後姿を見送っていた枢機卿が尋ねた。
「新しい秘書ですかな?」
「ああ、ワルド子爵の紹介でしてな。美人ですがなかなか有能ですぞ」
「ほう」
 鳥の骨などと揶揄されるマザリーニだが、女性に対する興味が失われたわけではない。美人が気にならないと言えば嘘になる。
 だが枢機卿はすぐに真面目な顔になると、ド・ポワチエ大将に向き直ってから言った。
「では、貴殿はロンディニウムが陥落する可能性はいかほどだとお考えですか?」
 会議は深夜まで続いた。
 危機はゆっくりと、だが確実に近づきつつあった。

―――――
初版:2009/03/04 00:21
初版:2009/03/28 13:32



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~03 マロン誕生~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/03/29 13:28
女王陛下の黒き盾
~03 マロン誕生~


―― ルイズ ――

 春の召還の儀から2ヶ月。
 そしてマロンがわたしの元へ来てから2ヶ月。
 この2ヶ月間ずっと一緒にいたマロン。見た目には何も変化の無いマロンだけれども、わたしには分かる。この大きな卵の中で、マロンの命が息づき始めていると言うことを。殻を破ってハルケギニアの広い世界へと生まれ出てくるまでもう少しだと言うことを。
 いったい何が生まれてくるのだろう?
 そして、どんな姿をしているのだろう?
「元気でちゅかマロンちゃん~~~?」
 このところ、休み時間のたびにマロンの様子を確認するのがわたしの日課だ。
 幸いな事に孵卵器は順調にマロンを暖めている。温度管理の難しい孵卵器だけれども、わたしの調節はどうやら適切だったようだ。マロンはもういつ生まれてもおかしくないところまで育っている。
「早く生まれるんでちゅをマロンちゃん~~~~~ ママは待ってまちゅよ~~~~~」
「……………コホン」
 わたしのすぐ横ではワルド様が、笑いをこらえつつマロンとわたしを見ていた。
 姫様と一緒に学院に来られて以来、ワルド様は頻繁にわたしに会いに来てくださる。わたしとしても、ワルド様とお話しする機会が増えたのは嬉しい。魔法衛士隊の隊長となられたワルド様はとても凛々しくて、家柄が格上の筈のわたしの方がワルド様に憧れてしまうほどだ。
 わざとらしく咳をして笑いを誤魔化すワルド様に、わたしは非難がましく言った。
「ワルド様、ひどいです! 笑わないでくださいませ!」
「いやいや、すまないねルイズ。つい微笑ましくってね」
 わたしがツンッ! とそっぽを向くと、ワルド様は立ち上がった。
「おお怖い怖い。じゃあ僕はそろそろ退散するとしよう」
 エレオノール姉さまの研究室から出て行くワルド様。閉まるドアの隙間からにっこりと微笑んでくる。
 ふーんだ。
 いくらワルド様だって、簡単には許してあげないんだから!

 一人になり、わたしは再びマロンを撫でながら考えた。
 もうすぐ生まれるマロン。
 でもマロンの孵化に関しては、厄介な事が一つある。
 刷り込みと言う現象だ。マロンは生まれて最初に目にする生き物を自分の母親だと認識するだろうと思われるのだ。
 鳥であれ竜であれ蜥蜴であれ、野生の動物は普通、母親が卵を温めるから、孵化して最初に見る生き物を母親だと認識する事は理に適っている。ところがマロンの場合、わたしを母親だと認識して貰わないと、色々と不都合がある。
 わたしの使い魔にすると言う意味では、マロンが誰を母親と思っていようと問題は無い。しかし生まれたばかりのマロンを育てるとなると、やはりわたしが母親である事が望ましい。わたしが母親と主人の両方を兼ねる事が、わたしにとってもマロンにとっても最良である筈だ。
 とすると、わたしはマロンが生まれるまさにその瞬間、孵化の現場に立ち会っていなければならない。もしいなければ、マロンはこの部屋にある何か別のものを母親だと認識してしまうだろう。
 しかしだからと言って、マロンが孵化するまでの間、わたしが四六時中横で待機している訳には行かない。
 マロンが卵から生まれようとして、殻を割り始めてから実際に生まれるまでに、最短で1時間だろうとエレオノール姉さまは判断している。従ってわたしは、少なくとも1時間おきにはマロンの様子を見に来る必要がある。なのでわたしは休み時間のたびに、孵卵器のあるエレオノール姉さまの研究室に来ている。
 問題は夜だ。
 仮に姉さまの研究室に泊まりこむとしても、マロンが生まれる瞬間に寝てたら意味がない。
 なので、姉さまの使い魔であるピーピングトムがマロンの監視をする事になった。蝙蝠であるピーピングトムは夜行性だから、わたし達が眠っている夜の間でも監視が途切れる事が無い。
 ただしピーピングトムがマロンの孵化に気付いても、エレオノール姉さまが寝てたら意味がない。寝起きの悪い姉さまが、ピーピングトムからの呼びかけですぐに起きるとは思えないからだ。
 と言うわけで、ピーピングトムが直接わたしを起こすための仕掛けが用意された。
 天井からぶら下がっている木の輪がそれだ。
 これはサイトが作ったものだ。これにピーピングトムがぶら下がると、女子寮のわたしの部屋でけたたましい音が鳴るようになっている。
 デンキというもので動くこの仕掛けがどうなっているのか、わたしにはサッパリ分からないけれど、ともかくこれのおかげで夜の間、わたしはゆっくりと眠る事ができるようになった。
 サイトの故郷であるニッポンでは、このデンキのお陰で魔法がなくても快適な生活が送れるんだそうだ。その事を知ったミスタ・コルベールは、例によって興奮して研究を始めたらしいけれど、正直言ってわたしにはピンと来なかった。特に『のーとぱそこん』とかいう代物の事はサッパリだった。
 やれやれ。



 昼休みが終わろうとする頃、わたしが教室で午後の授業の支度をしていると、メイドがわたしを呼びに来た。
「失礼いたします。ミス・ヴァリエール」
「ん?」
 既に姫様と並んで椅子に座っていたわたしは、何事かと疑問に思いながらメイドの呼びかけに応じた。
「なに?」
「エレオノール様がお呼びです。男子寮のミスタ・ヒラガの部屋までおいでになるようにと」
「分かったわ」
 わたしが姫様を振り返ると、姫様も不思議そうな顔をしながら言った。
「なんでしょうね?」
「どうせあの平民がまた何かやらかしたに違いありませんわ。まったくもう! 授業始まるって言うのに!」
 わたしがそう言って立ち上がると、姫様も立ち上がった。
「わたくしも参りますわ」
 やれやれ。どうせロクでもない事に違いないけれど、姫様も相変わらずあの馬鹿にご執心だわ。
 わたしたちは2人揃って―――銃士隊員も含めれば3人で―――サイトの部屋へと向かった。

「来たわね? あら、姫様まで」
 待ち受けていたエレオノール姉さまは、わたしに続いて姫様がサイトの部屋に入ってくると、ちょっと驚いたようだった。
 部屋には当然だけど使い魔もいて、姫様の顔を見るなり嬉しそうに声を上げた。
「アンリエッタ!」
「お邪魔してもよろしいですか、サイトさん?」
「もちろんもちろん!」
 クソ平民の分際で姫様に馴れ馴れしいのよ!
 ムカついたけど、ともかく姫様とわたしはその雑然とした部屋に入った。
 男子寮とは言え平民の部屋なので、室内には気品のかけらも無かった。アンリエッタ様が手配した家具類は既にガラクタの山で埋まっている。どれもこれもエレオノール姉さまやミスタ・コルベールとの共同研究のためのものだ。
 こんな物、全部まとめて捨てちゃえばいいのに……と思ったら、ゲス野郎の部屋にはとんでもないものが飾ってあった。
「まあっ、素敵ですわ!」
 感嘆の声を上げる姫様。
 わたしは逆に酷く憤慨した。
「なっ! 何よこれ! 何でちい姉さまの肖像画がこんな所にあるのよっ!」
 それは実家に飾られている筈の、ちい姉さまが二十歳になったとき肖像画だった。ほぼ等身大で、正装をしたちい姉さまが、かつて始祖ブリミルが使い魔に与えたとされる、我がラ・ヴァリエール家の家宝『蒼き月の涙』を付けている。
 そんな大事な絵がなぜこんな所にあるのだろう?
 当然の疑問だと思ったのだろう、わたしの疑問にエレオノール姉さまが答えた。
「カトレアが送って来たのよ」
「ちい姉さまが? なぜ?!」
「そうだったのですか。きっとカトレアさんは、サイトさんのことを気に入られたのですね?」
 わたしの心境とは裏腹に、姫様はあの穀潰しに向かって微笑みながら言った。
「ええ? そうなのかなあ?」
 照れるな! この誘拐犯!
 あんたの笑顔を見ると無性に腹が立つわ!
「わはははは! そうに決まってるだろうが!」
 部屋の壁に立て掛けられている喋る剣が、カタカタと音を立てながら言った。
「わざわざこんな絵を送ってくるって事はだ、あの姉ちゃんは『離れていても自分のことを思っていて欲しい』って思ってるってこった」
「そんな馬鹿な事があるわけ無いでしょう!」
 わたしは思わず怒鳴った。
「ちい姉さまがこの強姦魔のことを好きになる筈がないわ! だって無理やり唇を奪われたのよ?! それもみんなの目の前で!」
 わたしはビシッ! と人差し指を突きつけて言った。
「貴族にあんな恥をかかせておいて、何であんたはのうのうと生きているのよ! 普通なら死刑よ死刑! 火あぶりよ! 貼り付けよ! ギロチンよ!」
「おお怖え怖え」
 魔剣が壁際からカタカタと言う。
 すると姫様が後ろからわたしを抱きすくめるようにして言った。
「まあまあルイズ、あれはわたくしの言い方が悪かったのですから、許してあげてくださいな」
 姫様に弁護され、ちい姉さま泥棒はちょっと安心したような顔をした。
 それが物凄くムカツク!
「それに、サイトさんとカトレアさんのお見合いを決めたのはお父上ではありませんか。お城でも説明していただいたとおり、公爵にはちゃんとしたお考えがあって決められたのですよ?」
 父さまのお考えなんて知るものですか!
 わたしは姫様を振りほどき、姫様に向かって言った。
「何度も申し上げておりますが! いくら使い魔だからと言って、姫様はこの成り上がり者に甘すぎます! そんな事ではいつか、この男にこの国を乗っ取られますよ!」
「おいおいおい」
「もうルイズったら……」
 馬鹿犬は姫様と顔を見合わせてから言った。
「あのなあ? 俺はアンリエッタの使い魔だぞ? その俺がアンリエッタの国を乗っ取ってど~すんだよ?」
「知らないわよ! あんたの事でしょう?! 自分で考えなさいよ!」
 わたしがそう言うと、駄犬は再び姫様と顔を見合わせ、肩をすくめて「やれやれ」とでも言いたげな仕草をした。
 本当にムカつくわ!
 さすがに見かねたのか、エレオノール姉さまが言った。
「さあ姫様、ルイズ、もう授業が始まります。教室にお戻りになりませんと」
「そうですね。そうしましょう」
 姫様は頷くと、ゴキブリ野郎の前へと進み出て、その両手を取って言った。
「サイトさん、カトレアさんとの事で色々と大変だとは思いますが、これからもわたくしの傍にいてくださいね?」
「う、うん。もちろんだよアンリエッタ」
 笑うな!
 照れるな!
 赤くなるな!
「姫様に触るな!」
 わたしは姫様を押しのけるようにして痴漢男の正面に出ると、強烈な一撃を食らわせてやった。

 がすっ!
「ぐはっ!」

 股間を押さえてブッ倒れる豚野郎。
 いい気味だわ!
「あぁっ! サイトさん!」
 姫様が駆け寄る。
「あんたなんかにちい姉さまは渡さない! 姫様も渡さない! 絶対絶対渡さないんだからねっ!」
 わたしはそう言い捨てると、一人さっさと教室へと戻った。



―― アンリエッタ ――

 王女という立場上、わたくしは普通の貴族では受けない教育と言うものを、幾つか受けています。
 その一つが護身術です。
 とは言いましても、女のわたくしが屈強な男に勝つことなど有り得ませんから、わたくしの習った護身術と言うのは相手の隙を突いて逃げ出す事です。これには隙を作り出す事も含まれます。
 そして、隙を作り出す事の一つに、いわゆるその、何と申しますか、ええと……
「だっ、大丈夫ですかサイトさん?!」
 床を転げ回って悶絶するサイトさん。ルイズに急所を蹴られたのですから当然です。
 わたくしは杖を取り出すと、サイトさんに治癒魔法をかけようとして、躊躇しました。
 だって、治療すべき場所と言うのは、サイトさんの……
鎮静(カルメ)
 とりあえず痛みを和らげます。
 すると壁際からデルフリンガーさんが言いました。
「やれやれ、お姫様。あんたも苦労が絶えないねえ?」
 いえ、そんな事は無いのですが。
 ただその、治療すべき場所が場所ですので。
 エレオノールさんもやってきて、サイトさんの顔を覗き込みました。
「悪かったわね、サイト。あれを見ればルイズも少しは気が変わるかと思ったんだけど」
「(ぶんぶん)」
 悶絶しながらもサイトさんは首を振りました。どうやらルイスが納得するとは思っていなかったようです。
 わたくしも続けてフォローします。
「カトレアさんはルイズにとっては一番仲の良いお姉さんですから、きっとサイトさんに奪われてしまうような気持ちになっているに違いありませんわ」
「(こくこく)」
 悶絶しながら頷くサイトさん。ルイズが怒る理由は理解しているようです。
 しかし困りましたわ。
 ルイズとサイトさんが仲良くなってくれないと、サイトさんとカトレアさんの結婚が破談になってしまうかもしれません。
 メイジでないどころか、ハルケギニアの人間ですらないサイトさんにとって、ラ・ヴァリエール家のような強力な後ろ盾があるのと無いのとでは雲泥の違いがあります。わたくしが直接サイトさんの後ろ盾になるのが本来の形なのでしょうけれども、残念ながらわたくしは若輩者。元老院のお年寄りたちに反対されてしまったら、サイトさんを守りきれる自信はありません。ましてや暗殺からサイトさんを守る事など不可能でしょう。
 なぜなら……………
 なぜならわたくしの父、前トリステイン国王も実は、病死ではなかったのかも知れないのですから。



 午後の授業が始まっても、わたくしはサイトさんの部屋にいました。
 サイトさんの治療というのが名目上の理由です。しかし本当の理由は、ちかごろ元気がなさそうだったサイトさんを、さりげなく元気づけるためです。雑然としたサイトさんの部屋ではありますが、一応は応接セットがありますので、その椅子に座っています。と申しますか、家具類は全てわたくしがわたくしが手配したのですから、椅子とテーブルくらいはちゃんとあります。
 ちなみにエレオノールさんは授業があるので既に去られました。教師が授業をサボってはいけませんよね。
「なんだか久しぶりですね、サイトさんとゆっくりお話しするのは」
「あはは、そうだね。ええと、ちょっと待ってね」
 ようやく回復したサイトさんは、わたくしが授業に出ないつもりでいる事を知ると、立ち上がって机へと向かいました。
「紅茶飲むよね?」
「ええ、頂きます」
「おっけー」
 するとサイトさんは、机の上にある奇妙な仕掛けを操作しました。
 ビーーー
 騒々しい音がサイトさんの部屋に鳴り響きます。
 当惑したわたくしが尚も見ていると、サイトさんが仕掛けから手を離しているにもかかわらず、再び音がしました。
 ビーーー
 一体この音は何なのでしょう?
 するとサイトさんはわたくしに向かってこう言いました。
「今、厨房に紅茶を注文するから」
 そして再びその仕掛けを操作します。
 ビー、ビ、ビビー、ビビビービービー(注1)
「?????」
 わたくしはすっかり混乱しました。サイトさんは明らかに何かの目的を持ってその仕掛けを操作しています。おそらくサイトさんの言われるとおり、厨房に紅茶を注文しているのでしょう。しかしわたくしにはその仕掛けが全く理解できません。この机の上の仕掛けと奇妙な音は、一体何なのでしょう?
 ひとしきり操作を済ませると、サイトさんは戻ってきて、わたくしの向かいに座りました。そして照れ気味に笑いながら言いました。
「ははっ、驚いた?」
「はい。いったい今のは何だったのですか?」
 するとサイトさんは嬉しそうに言いました。
「これはね、電気を使って遠くまで文章を伝える仕掛けなのさ」
「えっ? 遠くって、厨房にですか?」
「そうそう」
 それがニッポンでは既に廃れてしまっている、モールス信号という技術だと言うことを、サイトさんは説明してくださいました。
「モールスって人が作ったから、モールス信号って言うんだよ」
 サイトさんが得意げに、出来上がったばかりの暗号表を見せてくださいました。そこには数字10文字とアルファベット26文字に対応した、ドットとハイフンの組み合わせが書かれています。かつてニッポンでも使われていた物を再現したんだそうです。
 もっとも、サイトさん自身もこの難しい暗号を暗記していたわけではないので、これらはミスタ・コルベールと共同で作り上げた、ハルケギニア独自の物なのだそうですが。
「活字の研究で、どの文字がどれくらいの頻度で使われるかは分かってたから、それほど苦労はしなかったんだよ」
 何とこのモールス信号は、使用頻度の高い文字は短く、使用頻度の少ない文字は長い暗号が割り当てられているのだそうです。例えば使用頻度の1番高い「E」の文字にはドットのみを割り当て、2番目に高い「T」にはハイフンのみを割り当ててあります。逆に使用頻度の低い「Q」にはドットとハイフンを組み合わせた、長い暗号が割り当ててられているのです。
 暗号の長さも考慮した、素晴らしい発明です!
「アンリエッタもさ、SとOだけは覚えてよ。簡単だからさ」
「えっ? その2文字だけですか?」
「そうそう。SとOを組み合わせてSOSにすると『助けて!』って意味になるんだ。モールス信号を知らない奴でも、SOSって単語だけは知ってるんだよ」
 こんなに素晴らしい発明が、ニッポンではすでに過去の遺物だと言うのは、なんだか物凄いギャップを感じてしまいます。
「日本じゃもうモールス信号なんて面倒な物は使われてなくて、電気で直接声を送るのが当たり前なんだけど、あいにく俺の知識じゃ作れないんだよ。だからこうやって、ハルケギニア語のモールス信号を作るしかなかった、って訳さ」
「素晴らしいですわサイトさん。これでも暗号として十分ですわ」
 このモールス信号を伝えるデンキというものが何なのか、わたくしには分かりません。しかしこれがあれば、平民であっても遠くの人と瞬時に意思疎通ができることは分かりました。だって、このモールス信号を発明したサイトさんはもちろん、厨房でモールス信号を受け取ったに誰かも、平民に間違いないからです。
 わたくしは興奮して言いました。
「このデンキという仕掛けはどれくらいの距離まで届くのですか? ここからトリスタニアまで届きますか? それとも学院の中でないと届きませんか?」
 わたくしは授業の事などすっかり忘れて、サイトさんの発明に夢中になりました。
 なぜって……
 皆さん、わたくしのあだ名、ご存知でしょう?



―― ルイズ ――

 ビーーーーーーーーーー
 深夜の寝室に響き渡る騒々しい音。
 さっきからそれがわたしの安眠を妨害している。何なのようるさいわね!
 ……と思っていたら、ドアの外までもが騒々しくなった。
「ルイズ! ゼロのルイズ! ちょっと! うるさいわよこんな夜中に!」
 ドンドンドンドン!
 なにやらドアを叩く音までしている。うるさいのはあんたの方でしょう?!
「?!」
 その瞬間、わたしは目を覚ました。そしてようやく、この騒々しい音の原因に思い至った。
「いけない!」
 わたしは慌ててベッドから飛び出ると、エレオノール姉さまの研究室の鍵と毛布を引っ掴み、蹴飛ばすようにしてドアを開け、キュルケを突き飛ばすようにして廊下をダッシュした。
「ちょっと! この音なんとかしなさいよ!」
 透け透けのネグリジェを着た尻軽女が騒いでいるけど無視無視。わたしは一目散にマロンの元へと向かった。

 姉さまの研究室に辿り着き、急いで孵卵器を覗き込むと、既に卵にはかなり大きなヒビが入っていた。でもまだマロンは出てきていない。
 天井を見ると、まだピーピングトムが例の輪っかにぶら下がっている。
「ありがとうトム。もういいわ」
 わたしがそういうと、ピーピングトムはひらりと宙を舞って、いつもの天井の片隅に舞い戻った。
「マロン!」
 マロンは卵の内側から、一生懸命殻を割っている。大きく殻が割れるたびに、割れた隙間からマロンのくちばしが見える。
 カツッ! カツッ! カツッ! バリッ!
 カツッ! カツッ! バリッ!
 次第に割れ目が大きくなり、マロンのくちばしが良く見えるようになる。
 くちばしがあると言うことは、マロンは鳥だったのだろうか。それともグリフォン?
「マロン!」
 わたしが呼びかけると、マロンは一瞬固まった後、可愛らしい声で「ピイッ」と鳴いた。
「わたしの声が分かるのね?! マロン、ほら頑張って!」
 マロンの孵化に際して、姉さまから厳しく言われた事がひとつある。それは、絶対にマロンの誕生を手伝ってはならないという事だ。
 マロンの正体が何であれ、わたしに召喚されなかったならば、厳しい野生の世界で生き残らなければならなかった筈。自力で殻を破って外に出る事は、生き残るための第一歩だ。その最初の一歩すら踏み出せないような生き物は、使い魔としてふさわしくない。
「ほらもう少し! 頑張るのよマロン!」
 カツッ! カツッ! カツッ! カツッ! カツッ! バリッ!
 わたしの声に反応するように、マロンはくちばしで殻を割っていく。その必死な姿に、わたしは思わず見とれた。
「ルイズ! 来てるのか?!」
 戸口からサイトが覗き込んでいた。
「マロンは?!」
「まだ生まれてないわ! もう少し!」
「よし! じゃあ俺はエレオノールさんを起こしてくる!」
 顔を引っ込めるサイト。

 わたしは再びマロンを見つめた。
 カツッ! カツッ! カツッ! バリッ!
 カツッ! カツッ! バリッ!
「そうそう、その調子よ!」
「ピイッ! ピイッ!」
 バリッ!
 頭が出たわ!
 毛で覆われた、メロン大の頭。まだ毛は乾いてなくて、ちょっと毒々しいけれど、間違いなく鳥の頭だ。
 マロンは鳥だったのだ。
「ほら! 頑張ってマロン! 殻から外に出るのよ!」
「ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ!」
 マロンの目がはっきりとわたしを見る。わたしを母親だと認識したに違いない。
 しかし頭は卵から出たものの、体が出てこない。卵の中でもがいているけれど、頑丈な殻はなかなか完全には割れない。
「ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ!」
 元気良く鳴くマロン。わたしはマロンに言った。
「殻を割るのよ! ほら! もっと頑張って!」
 マロンがもがくにつれて、卵がガタガタと揺れる。狭い孵化卵器の中で、右へ左へと転がりそうになる。
「あっ!」
 マロンの右の羽が割れ目から出てきて、マロンはバランスを失った。ごろりと卵ごと転がってしまったのだ。
 でも、そのお陰で殻が大きく割れ、マロンは完全に卵から出る事ができた。
 バリバリッ!
「ピイッ! ピイッ!」
「ほら、マロン。立つのよ!」
 わたしがそういうと、マロンははっきりとわたしを見た。
「ほら立って!」
「ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ!」
 まだ乾いていない身体がすべるのか、マロンはもがくばかりで立てない。しかしわたしは決して手を出さなかった。マロンは自力で立たなければならないのだ。

 何度も何度も転んで、何度も何度ももがいて、ようやくマロンは立った。
 狭い孵卵器のなかで、大きな卵の殻に圧迫されるようにして、ようやく立った。
「良くやったわマロン! おめでとう!」
 わたしは両手を差し伸べると、恐る恐るマロンを抱きかかえた。
「ピイッ! ピイッ! ピイッ!」
 もう毛はほとんど乾きかけている。そのふさふさと柔らかい毛は、よくある鳥の雛そのものだ。
 ただマロンは普通の雛ではない。何の種類かは分からないけれど、その大きさは異常だ。元の卵の時点で既にスイカぐらいの大きさがあったのだから、立ち上がった今では子犬くらいの大きさがあった。
 わたしはマロンを抱きかかえたまま、コントラクト・サーヴァントの呪文を唱えた。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・プラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を(つかさど)るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
 ちゅっ♪
 この瞬間、ハルケギニア史上最強の使い魔が誕生した事を、わたしはまだ知らなかった。



―――――
注1:
 ハルケギニア式モールスを今この場で作者が発明するのはメンドイので、便宜上、地球式のモールスをそのまま使っています。が、物語内ではハルケギニア式ってことにしといてください。
 なお、サイトはモールス信号は暗記していません。念のため。

―――――
初版:2009/03/13 21:28
改訂:2009/03/29 13:28



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~04 闇の中で蠢く影~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/03/29 13:31
女王陛下の黒き盾
~04 闇の中で蠢く影~


―― アニエス ――

 月明かりもほとんど届かない闇の中を進むこと、既に2時間。
 音を立てず、気配を消し、闇に溶け込んで、ただひたすらに目的地を目指す。
 途中2度ほど聞こえた銃声で、既に2人の隊員が失われたことが分かっている。あるいはもっとかもしれないが、この闇の中では確認のしようも無い。目的地に着いたとき、実は私一人だという可能性も無くはない。
 私は茂みの影から前方の小川の様子を伺った。
 明らかに待ち伏せしやすい地形。小川が作り出した小さな谷は、生い茂る木々が視界を遮り、月明かりだけでは敵の発見は不可能だ。しかし同時に、通過に成功すれば大幅な時間短縮となる。なぜならここは目的地の真裏だからだ。当然警戒も厳重な筈で、通常ならば間違いなく迂回だが、時間に余裕の無いこの作戦では突っ切る事も選択肢に入る。
 問題は、突っ切った場合に何人の敵を血祭りに上げられるかだ。
 今回の作戦では、敵が少数である事が最初から判明している。この谷の警戒に割ける人数には限りがある筈だ。無理やりこの谷に突入して相撃ちになった場合、ダメージが大きいのは敵の方だ。半ば囮のような形であえて敵の罠に嵌り、最低でも1人、できれば2~3人の敵を倒す事は、作戦全体からすればプラスとなる筈だ。
「ァォゥ! ァォゥ! ァォゥ!」
 トサカドリの鳴き真似が聞こえて、私は隊員の誰かが私を発見した事を知った。
 振り向きもせずに手招きすると、しばらくしてジャクリーヌが背後に来た。
「どうしたんです?」
 私は前方を顎でしゃくって言った。
「突っ切ろうかと思っているんだが、私1人では良い的になりそうなんでね」
 ジャクリーヌは地面に這いつくばりつつ前に進み出て、谷間の様子を伺うと、同じく這いつばりながら戻ってきて言った。
「狙撃主がいるとしたら3箇所だと思いますが?」
「おそらくな。狙撃できるか?」
「この銃の出番って訳ですね。やりましょう」
 闇の中でジャクリーヌの白い歯が光る。
 ジャクリーヌは隊で1・2位を争う狙撃の名手だ。彼女が持っている最新式の狙撃銃には回転弾倉は無いが、火薬は我々のものと同じヒラガ式無煙火薬だ。ライフリングも施され、従来の狙撃銃の倍の射程と命中精度を誇る。
「よし、5分後に開始だ。くれぐれも見つかるなよ?」
「了解」
 音も無く立ち去るジャクリーヌ。その後姿を見送りもせず、私は再び谷間の様子を伺った。
 さて囮か。
 もちろん私も撃たれるつもりは無い。ジャクリーヌの援護があれば無傷で敵を倒す事も十分に可能だ。
 だが問題は、ここでの待ち伏せに勝利する事ではなく、目的地に辿り着いて作戦を完遂する事だ。そのためには時間は無駄にできない。敵にとっては、ただここで時間を稼ぐだけで勝利となるのだ。
 私は音を立てないように茂みを出ると、生い茂る木々の隙間を縫って、慎重に谷へと侵入した。

 谷のこちら側の、最後の太い木に隠れ、私は慎重に周囲の状況を観察した。
 ここから先は身を隠せる物はほとんど無い。点在する茂みに身を隠す事は可能だが、敵の攻撃に対しては無力だ。私がそこにいると知れてしまったら、敵は迷わず私を蜂の巣にするだろう。
 脳内でシミュレーションを行い、自分の行動ルートを決定する。谷の中央を流れる小さな川は水量も少なく、渡る際の障害とはならない。トラップを仕掛けられている可能性はあるが、川の全域に仕掛ける事は不可能だし、引っかかるかどうかは博打みたいなものだ。罠の設置箇所を推測して掛け率を下げる事も可能な筈だ。
 私はポケットからレモン大の発光弾を取り出した。
 この新開発の発光弾は、ヒラガ式火薬の研究の過程でアカデミーから『偶然』出てきた代物だ。卵の殻のような容器が割れて、中身が空気に触れると爆発的に燃え、凄まじい光を放つ。先月ミス・ヴァリエールが森の中で発した光には及ばないが、一時的な目くらましには最適だ。
 アカデミーにはもっと多くの『偶然』を期待したいものだ。
 そろそろ時間だ。
 私は木陰に隠れたまま慎重に狙いを定めると、振りかぶってそれを思いっきり投げた。と同時に一気に走る!
 着弾まで3、2、1……
 私が両目をつぶり、さらに左腕で両目をかばったのと、凄まじい光が対岸で炸裂したのとはほぼ同時だった。
 その体勢のまま突っ走る!
 事前に記憶した地形と、靴を通して感じられる地面の感触だけが頼りだ。

 バァン!
 ビシッ!

 右30°距離40mより銃撃!
 私は目を開けて向きを変えると、川を渡らずにジグザグに走った。
 今の銃撃でジャクリーヌは敵の位置を掴んだ筈だ。しかし狙撃可能なほど正確な位置を掴んだとも思えない。物陰に身を潜めているに違いない敵を狙撃するには、この月明かりだけでは不足なのだ。
 私に課せられた役目は敵の第2撃を誘い出すこと、敵が複数いるのなら全員の位置をさらけ出させること、そしてそれらの弾丸に当たらない事だ!
 私は川岸にある大きな岩の陰を目指して必死に走った。

 バァン!
 ビシッ!

「うっく!」
 敵の弾丸が私の足元を掠め、一瞬倒れそうになる。
 だが私に当たってはいない。ダメージは無い!

 ターン!

 ジャクリーヌの狙撃と、私が岩陰に転がり込むのとはほぼ同時だった。
 ズザッ! パラパラパラ……
「くっ! はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」
 体勢を立て直し、伏せたまま岩陰から対岸の様子を伺う。
 ジャクリーヌの狙撃は成功したのか?
 相変わらず月明かりだけでは敵の様子は分からない。だがジャクリーヌ本人には分かっている筈だ。
「ァォゥ! ァォゥ!」
 トサカドリの鳴き真似は2度。成功の意味だ。
「はあっ、はあっ、はあっ、よし……」
 夜が明けるまであと3時間。
 それまでに敵本陣に辿り着き、敵を全滅させ、かつ撤退しなければならない。

 バァン!
 ビシッ!

「はうっ!」
 目前で弾丸がはじけ、私は即座に岩陰に戻った。
 危なかった。
 やはり待ち伏せていたのは1人ではなかったのだ。
 さて、どうする?



―― マチルダ ――

「アンロック」
 カチリ
 無事に開いた鍵に、私は笑みを漏らすこと無くドアを開け、部屋に滑り込んだ。
「ディテクト」
 素早く室内をチェックする。
 よしよし、余計な仕掛けも余計な使い魔も無いようだ。
 だが喜んでばかりもいられない。余計な仕掛けは必ずどこかにあるに違いないのだから。そして、その余計な仕掛けのある場所こそ、私が目的とする場所なのだ。
 もしヒラガサイトだったら、今回の獲物をどうやって盗み出すだろう?
 メイジですらないにもかかわらず、魔法学院の宝物庫を開けた男である。今回の獲物も意外な方法で盗み出してしまうかもしれない。
 まあいい。私は私の方法でやるだけだ。
 私は手当たり次第に物色を開始した。

 ……………

 結局その夜もたいした手がかりも得られないまま、私はその部屋を後にした。
 浮気のネタとか横流しのネタとか、そんなものなら造作も無いのだが、トリステイン有数の宝の所在ともなれば、そうそう簡単に手ががりが得られる筈もない。
 まあ予想通りだ。気にしてはいない。
 しかし、そろそろ何かしらの手がかりが欲しいと思うのも人情だ。
 ド・ポワチエ大将の秘書と言う現在の地位では、王宮の更なる深部へと入り込むのは難しいから、これ以上の手がかりが欲しければ新しい地位、例えば『鳥の骨』の秘書にでも就きたいところだ。
 しかし、そうなるとワルド子爵の推薦と言うだけでは後ろ盾が足りない。このままド・ポワチエ大将の秘書を続けていれば、いずれはコネも広がるだろうが、それには何年もかかるだろう。獲物が大きいとは言え、さすがにそこまでは待てないし、下手して魔法学院の誰かと顔を合わせれば変装を見抜かれる可能性もある。
 とすると、手っ取り早く目的のブツに関する情報を得たければ、やはり外部からの揺さぶりが必要だ。
 アルビオンでの騒動が拡大すれば、トリステインの豚どもも慌てふためいて、少しは隙を見せるだろう。そうなればブツの所在も分かるかも知れない。
 だが、アルビオンでの政変が起きると言うことは、私の仕事も急がなければならないと言う意味でもある。最悪の場合、力ずくで奪う必要も出てくるかもしれない。
 だが魔法学院での『破壊の杖』強奪で失敗したとおり、私は泥棒なのであって強盗ではない。できる限り力ずくは避けるべきだ。
 さて困った。
 どうしてくれようか?



―― ラ・ヴァリエール公爵 ――

 マザリーニ枢機卿の反応は予想通り、驚愕どころか世界の終わりを目の当たりにしているかのような、凄まじい驚きっぷりだった。
 だが彼は、この報告書を頭ごなしに否定するような真似はしなかった。この度を越えて几帳面な男は、私が手渡した報告書を最初のページから順番に読み、数字は全て再計算し、不明な部分は理解するまで質問し、異論のある部分は納得するまで議論した。
 そんな調子だから、彼が報告書の最後のページにたどり着いたときは、既に夜もとっぷりと更けていた。
 枢機卿は報告書を最後のページを開いたまま、しばらく微動だにしなかった。
 やがて彼は言った。
「あなたはこれを本気で信じておられるのですな?」
「無論です」
 私は即答した。
 我が愛娘が著した報告書である。親の私が信じなくて、他の誰が信じると言うのだ?
 枢機卿は再び沈黙すると、やがて言った。
「ですが、他の誰も信じますまい」
 確かにその通りだ。
 マリアンヌですら信じはしなかったのだ。強欲な元老院の連中がこれを信じる訳がない。
 私は言った。
「言うまでも無い事ですが、誰しも自分にとって都合の良い事だけを信じたがるものです。それは貴族だろうと平民だろうと同じこと。今の平和な時がいつまでも続くだろうと思ってしまうのも無理はありませぬ」
 無論、そんなことは枢機卿とて理解している。
 私は続けた。
「しかし人の上に立つ者にとっては、それは許されぬこと。未来を予知する事は出来なくても、未来を予見する努力を怠ってはなりませぬ。下々の者が進むべき方向を見定める役目を放棄する事は、人の上に立つ資格を放棄する事に他なりませぬ」
 頷く枢機卿。彼もまた、未来を予見するために弛まぬ努力を続けている人物である。
 私は続けた。
「われわれはトリステインの水先案内人です。常に四方を見渡し、嵐になりそうな雲を発見したら、それを避けるべく船の舵を切らなければなりませぬ。たとえその雲が嵐にならなかったとしても、何もせずに嵐に飲まれるよりはマシです」
 しかし枢機卿は言った。
「ですが公爵殿、今回の雲は嵐と呼ぶにはあまりにも小さすぎるのではありませんか? 確かに、もし本当に嵐になったとしたら、その規模はトリステインはおろかハルケギニアそのものが吹き飛んでしまうほどでしょう。しかし現段階では、そもそも嵐になる可能性そのものが小さいように思えてなりませぬ」
「私には小さいとは思えないのです」
 私は反論した。
「私がサイト・ヒラガを囲った理由はお分かりでしょう? 言うまでも無く、あの男は危険すぎます。しかし最も危険なのはあの男ではなく、あの男の背後にある、あの男の祖国です。私は驚きましたよ、あの男が」―――言葉を探して右手で宙を掴み―――「あれほど健康である事に」
「ふむ」
 枢機卿は報告書の前のほうのページをパラパラとめくって言った。
「何と言いましたかな? 手術? 人間の身体を切り開いて病を治すと言う?」
 私が頷くと、枢機卿は続けた。
「きわめて異端で恐ろしい治療法ですな。そんな事が可能だと信じろと言う方が無理ですぞ」
「しかしサイトの虫垂は確かに無かったのですぞ? 魔法以外の方法で取り去った事だけは間違いないのです」
「……………」
 無言になる枢機卿。
 私は続けた。
「ともかく我々は今、エルフ以上に異質で恐ろしい存在と対峙しているのですぞ。しかもニッポンの国民は軽く1億を超え、その軍事力たるやガリアだろうとゲルマニアだろうと赤子の手をひねるような物です。サイトが作った幼稚な武器ですら、ドットメイジと対等に戦えるのですぞ? これがニッポンの専門家が作った本物の武器だったらどうなっていたか、想像もしたくもありませぬ」
「ですが、彼らがハルケギニアに攻め入る可能性がどれほどあると言うのですか? 彼らは我々の存在すら知らないのですぞ?」
 それだ。
 誰でも、その問題に執着しようとする。
 有能すぎるあまり鳥の骨と揶揄される嫌われ者、マザリーニ枢機卿ですら、最後にはそこにすがり付くのだ。
「彼らが知ろうが知るまいが、どうでも良い事です」
 私は言った。
「どのみち我々は彼らと同じ武器を持つしかない。違いますか?」
 一瞬反論しかけた枢機卿の口が、私の目を見つめたまま閉じた。
 さて。
 この鳥の骨は何と言うだろうか?



―― アニエス ――

 朝とは言え初夏の強い日差しに、私は両目をしばたたかせて大きく伸びをした。
 やれやれ。
 定期夜間訓練もようやく終わり。熱い風呂とふかふかのベッドが待っている。
「報告します!」
 部下の声に振り返る。
「今回の作戦、所要時間4時間37分。死者9名という結果でした」
「本当に死んだやつは居ないだろうな?」
 わたしが尋ねると、ヴァネッサは笑うことなく答えた。
「おりません。ただし骨折が1名、大きな裂傷が2名です。既に全員、収容済みです」
 私は思わず顔をしかめた。実戦さながらの訓練とは言え、そんな大きな怪我をするべきではない。
「分かった。後で様子を見に行く。報告ご苦労」
「はっ!」
 またミシェルに「たるんでる!」とか言われそうだな。
 私も今回は見事に死んだしな。
「全員集合!」
 私が声を張り上げると、隊員たちは素早く整列した。
「これより学院に帰還する。無事に帰還するまでが作戦であるから、各自気を緩めないように」
「ははっ!」
 この森の中から帰る時に、うっかり足を滑らせて川に転落する奴とかが結構多いのだ。
 だが、新しい銃の威力もあってか、士気は高い。突撃銃という新しい概念を応用した、新たな作戦もいくつか試せたし、狙撃銃の性能も確認できた。
「隊長、その顔なんとかしてください」
「んん?」
「真っ赤で怖いです」
 しまった。
 私は思いっきり額を撃たれたんだった。お陰で赤インクで顔中真っ赤だ。
 私は言った。
「この顔のまま姫殿下の御前に出てみるのも悪くは無いな」
「その前に副隊長に張り倒されますよ?」
「ヴァリエール殿に吹き飛ばされるかも?」
「あはははは」
 笑いあう隊員たち。
 私はふと、西へ目をやった。
 アルビオン。
 あそこは今、どうなっているのだろう?

―――――
初版:2009/03/18 00:09
改訂:2009/03/29 13:31



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~05 誘惑の赤と青~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/04/07 19:22
女王陛下の黒き盾
~05 誘惑の赤と青~


―― ルイズ ――

「きゃ~~~♪ かわいい~~~♪」
 無事に孵化したマロンは、詰め掛けてきた姫様、モンモランシー、キュルケたちの歓喜の声によって迎えられた。
 姫様は当初から孵化に立ち会うつもりだったとの事で、孵化が始まったら起こすようにとメイドたちに命じてあったんだそうだ。迷惑そうな顔の銃士隊員を従えて、姫様はネグリジェのまま駆けつけてきた。その姫様をスケベ平民がちらちら見てるのが物凄く気になる。
 モンモランシーとキュルケはわたしの両隣だから、例の騒音で目が覚めてしまったんだそうだ。後で謝っておく……のは当然としても、キュルケのスケスケの格好はどうにかならないのかしら? エロ平民が鼻血吹いているわ。
 その乳フェチ野郎に起こされたエレオノール姉さまは、孵化したばかりのマロンをあれこれと観察している。
「水鳥ね」
 姉さまはマロンの足の水かきを見て言った。
「明らかに象鳥ではないわ。そもそも羽がかなり発達しているし、間違いなく飛ぶわよマロンは。大きさは推測するしかないけど、ダチョウ以上に大きくなるかもしれないわ」
 マロンの身体は黄色の毛に覆われていて、いかにも雛という感じの姿だ。体長は50サントくらい。足は短くて水かきがあり、走るには適さない。姉さまは羽が発達していると言ったけれども、現状では羽毛も無いので飛ぶには程遠い。一見すると鴨のようだけれども、それにしては大きすぎる。と言うか、雛の段階でこの大きさなのだから、明らかに鴨ではない。メロン大の頭から考えると、ダチョウどころか象鳥くらいの大きさになってもおかしくはない。
 鼻に綿を詰めたサイトは、そんなマロンを見てこう言った。
「これで足が長けりゃチョコボだったんだがなあ……」
 チョコボ?
 聞いた事のない名前ね。ニッポンにいる鳥なのかしら?

 翌朝になると、マロンは学院中の人気者になった。
 何しろ可愛いのだ。
 刷り込みは上手く行ったらしく、ちゃんとわたしを母親だと認識しているようだ。よちよちとわたしの後を追う姿が微笑みを誘う。授業だろうと食事だろうとトイレだろうと、どこへでも絶対に付いて来る。なのでわたしもマロンの速度にあわせてゆっくり歩かなければならない。
「ピイッ ピイッ ピイッ! ピイッ ピイッ!」
 可愛い声を上げながら、よちよちと歩くマロン。
 幸いにして子犬と違って、マロンは好き勝手に走り去ったりはしないので、わたしは首輪のようなものは付けていない。もちろん気付かないうちに立ち止まったり横道に逸れたりはするので、母親よろしくきちんと見守っている必要はあるが。
「マロンちゃんゴハンでちゅよ~~~~~」
 マロンが水鳥だと言うことは、マロンの好む餌からも分かった。魚しか食べないのだ。
 さすがに雛なので魚を丸呑みにはできないのだけれど、白身魚のムニエルとか、ほぐした焼き魚とかを与えると、物凄い勢いで食べる。カルシウムも与えなければならないから、骨ごと団子にして与えたりとか、ほうれん草などの菜っ葉で鉄分を取らせたりとか、色々と栄養にも気を使わなければならない。
「早く大きくなるんでちゅよ~~~~~」
 そうやってわたしがマロンの世話をしていると、姫様もやってきて手伝ってくださる。
「はーいマロンちゃん、取れたてのヤマメですよ~~~」
 小さく切ったヤマメを姫様の手から直接食べるマロン。飲み込む際に上を向いて丸呑みするのも、いかにも水鳥と言う感じだ。
 マロンの食欲は旺盛で、とにかく与えた魚は生だろうと料理だろうと片っ端から食べる。しかし肉は全く食べないし、パンやお菓子には見向きもしない。野菜類は魚の口直しに食べると言う感じだ。
「うふっ♪ なんて可愛いんでしょう?」
「本当ですわ姫様。こんなに可愛い使い魔を授けてくださるなんて、偉大なる始祖ブリミルには感謝の言葉もありません」
 ピイピイと鳴くマロンを眺めていると、思わず顔がほころんでしまう。
 それは姫様や他の女生徒たちも同様で、休み時間になるとみんながマロンを見に来る。餌持参で来る連中も沢山いる。マロンに自分で餌を与えたいらしい。
「かわいい~~~♪」
「きゃっ♪ 私の手から食べましたわ!」
「こんなに可愛いかったら私の使い魔でも良かったのに」
「何よあんた、あんな立派なサーベルタイガー召喚しといて何言ってるの!」
 中には姫様目当てで近づいてきてる連中もいるような気がするけど、まあ大目に見ておこう。マロンのお陰でわたしも上機嫌だし。

 マロンの正体は結局、分からないままだった。
 エレオノール姉さまがアカデミーに問い合わせたのだけれども、まだ結論は出ていない。近いうちに鳥に詳しい研究者に見てもらう事になっているのだけれども、どのみちこんなに大きな水鳥は聞いたことも無いという話なので、マロンの正体が分かる可能性は低いだろう。
 しかし、正体は分からないにしても、一つだけ早めに知りたいことがあった。
 それはクラスメートのミネットのひと言だった。
「ねえルイズ、マロンって雄? 雌?」
 わたしと姫様は思わず顔を見合わせた。
 そういえば鳥の雌雄ってどうやって判別するのかしら?
 早速マロンを連れてエレオノール姉さまのところへ聞きに行ったら、姉さまは三角眼鏡の奥の瞳をぱちくりとさせた挙句、慌てたようにマロンのお尻を覗き込んだ。
「……………」
「……………」
「……………」
 無言の姉さま、姫様、そしてわたし。
 姉さまは元の姿勢に戻ると、にっこりと微笑んで言った。
「ごめんなさいね、私の知識では判断できないわ」
「そ、そうですか」
「残念ですわ」
 わたしは姫様と顔を見合わせて、思わず肩をすくめた。
 どのみち名前はマロンで決定だし、雌雄に関係ない名前だから構わないんだけど、ちょっと釈然としないわね?
「ピイッ ピイッ ピイッ ピイッ!」
 マロンだけは上機嫌だった。



―― 才人 ――

「フフンフ・フンフンフン……♪」
 子供の頃、親父が必ずと言って良いほど歌っていた歌を、こんな異世界の片隅で口ずさんじまうのは何でだろうねえ?
「あらエッサッサ……」
 まあ、ある種の条件反射みたいなモンか? あいにくとここで歌っても、天井も壁も無いから響かないんだけどね。
「フフンフ・フンフンフン……♪」
「何でえその変な歌は? 相棒の故郷の歌か?」
 カタカタと音を立てながらデルフリンガーが尋ねてきた。
 デルフは石壁に立てかけてある。
「ああ。風呂に入るといつも親父が歌ってたんだ」
「へえ? それにしても変な歌だな」
「俺もそう思う」
 まあ元ネタはテレビだから、変な歌なのは仕方ないけどね。逆に親父が風呂の中でマトモな歌を歌っていたら、それはそれで嫌だしな。
 俺はまだ熱い風呂釜に慎重に背中を預け、さっぱり暗くならない空を見上げた。夜の8時だってのに昼間みたいに明るいってど~ゆ~事だよ?! これじゃまるで白夜じゃないか。ハルケギニアの太陽ってのはこういう物なのか? それともトリステインが高緯度地方って事なのか?
「ふ~~~っ、いい湯だぜ……」
「それにしてもよ相棒。なんだってまたこの風呂に入ることにしたんだね? 貴族用の風呂に入れるようになったんじゃないのかね?」
「貴族なんざ糞食らえだぜ」
 あの貴族用の風呂には2度と入りたくないね。
 俺は頭の上からタオルを取り、ごしごしと顔を拭いてから頭の上に戻した。
「ご機嫌ナナメだな相棒。喧嘩でもしたのかね?」
「色々とあったんだよ、色々と」
 喧嘩だったらこんなに落ち込まないっつーの!
「い~い湯だな♪ フフフン♪」
 俺は再び顔の汗を拭くと、歌の続きを歌い始めた。
「い~い湯だな♪ フフフン♪」
「つくづく変な歌だな」
 もう俺に根掘り葉掘り聞くのは諦めたのか、デルフは歌の感想を述べた。
 と思ったら、同じ事を言う奴がいた。
「そうね、変な歌ね~~~」
「わっ?!」
 俺の背後から、赤毛巨乳が覗き込んでいた。
「キュルケ?! な、何だよ? びっくりしたじゃないか?」
 何でまたこんな場所に来やがったんだ? また俺をゲルマニアに勧誘するつもりか?
「ふうん。いいお湯じゃない。ちょっと熱めであたしにぴったり。ねえフレイム?」
「きゅるきゅる」
 湯の中に手を突っ込んで湯加減を見るキュルケ。俺からは見えないがフレイムの声も聞こえる。
 ハルケギニアにはマッチがないので、この風呂を沸かすとき俺は薪への点火をフレイムは頼んでいる。普段暇を持て余しているフレイムは快く引き受けてくれたが、そのおかげでこの風呂の存在をキュルケは知っているわけだ。
「な、何か用か? 用があるんなら風呂から出た後で聞くけど……」
 俺が先手を打って言うと、キュルケは答えた。
「タバサが探してたわよ」
「タバサが?」
「そう」
 ところがキュルケはそれだけで話題を切り上げるつもりはないらしく、片手で湯を掻き回しながら言った。
「それより、聞いたわよ? お風呂でのこと」
「な、何だよ?」
 こいつ、知ってやがるのか?!
 いけねえ! キュルケは男友達が多いから、話が筒抜けなのか?
「男って馬鹿よねえ? そんなことを気にするなんて」
「うるさいな」
 やっぱり知ってやがるのか。
 ちぇっ! 気になるに決まってるだろうが!
「あのマリコルヌまでもが余裕かましちゃってさ。馬鹿みたい」
「うるさいな。お前だって似たようなモンじゃないか」
 ルイズが「無駄にでかい乳」と称するほどの巨乳の持ち主に言われたくはないね。
 するとキュルケはその台詞を予期していたらしく、こう言った。
「おあいにくさま。あたしは美貌と実力の両方を兼ね備えているの。人間、外側だけじゃないもの。そうでしょう?」
 悔しいがキュルケの言う通りだ。大部分の生徒たちがライン以下であるにもかかわらず、キュルケはトライアングルだ。授業態度は真面目とはいえないが、実力はある。
「あたしがタバサを好きなのは、実力があるから。でもルイズには胸もなければ実力もない。そのくせ気位ばかりが高いんだからやってられないわ」
 何でここでルイズが出てくるのかが分からんが、キュルケの言うことには俺も賛成だ。ルイズもせめて性格だけでも優しければ良かったんだがなあ……

 そんな事を考えていたら、キュルケがとんでもない事を言い出した。
「ねえ、あたしも入って良いかしら?」
「はあ?!」
 思わず大声を上げちまったよ!
 この女、やっぱり俺を誘惑するつもりだろ?
「良いわけないだろ! 何考えてんだ!」
「しーっ! 大声出したら誰か来ちゃうでしょう!」
 しかしキュルケは構わずに、さっさとブラウスを脱いでしまった。
 学院一の巨乳がたわわに揺れる。
「ばっ、馬鹿! 入って良いわけないだろ?! 入るなよ!」
「いいからいから、ほら、あたしが慰めてあげるから」
 スカートとパンツも脱いで、すっぽんぽんになるキュルケ。
「要らんわ~~~~~!」
「よいしょ」
 風呂釜の淵をまたぐキュルケ。もう丸見えなんですけどっ!
 俺は慌てて後ろを向いて立ち上がり、風呂から出ようとした。
「俺は出るから! 入りたければ一人で入れよ!」
 と思ったら、フレイムが妨害しやがった。俺が風呂釜の淵を乗り越えようとしたら、火を噴いて進路を妨害したのだ。

 ゴォー!

「あちーっ!」
 ざっぱーん!
 湯の中にひっくり返る俺。慌てて起き上がって水面から顔を出したところで万事窮す。背後からキュルケに抱き付かれてしまった。
「ぷはっ!」
「つっかまーえたっ♪」

「ぐっはーっ!」

 何かやわらかいものが2つ、背中に押し付けられているんですけどっ!
「ああん、ほらあ、照れない照れない」
「馬鹿! 待て! ヤバイって! こんな所をアンリエッタに見つかったら死刑にされるって!」
 キュルケを振り払おうとするが、キュルケは俺の首にがっちり抱きついていて離れない。もうほとんど密着状態だ。
「何よほら、背中からでも分かるでしょ? アンリエッタ様なんかよりずっと大きいんだから」
「でかけりゃ良いって訳じゃないんだよ!」
「そういう割にはカトレアさんの胸には敏感に反応してたわよねえ?」
 確かにあの胸には驚いたけどっ!
「誤解だっ! 俺は胸のサイズで女の子を区別したりはしないっ!」
「あらそう? それにしちゃルイズには無関心よねえ?」
 後ろから俺の耳元で言うキュルケ。
 俺は反論した。
「そりゃ性格が悪いからだろっ?! ルイズみたいにぺったんこでも、性格さえ良ければ全然オッケーだっ!」
「ふうん? タバサも?」
「もちろんだっ!」
 するとキュルケは俺ではない誰かに向かって言った。
「だ、そうよ、タバサ。良かったわね」
「え?」
 うげ!
 いたよタバサが!
 貧乳眼鏡っ子のタバサが、心なしか頬を赤らめつつ、風呂釜の脇に立ってたよ!
「たた、タバサ?!」
 キュルケめ! 「タバサOK」と言わせるために俺を誘導しやがったな?!
「タバサったらねえ、サイトに個人授業をお願いしたいんですって」
「こっ、個人授業?」
 思わずエロい個人授業を想像してしまったが、タバサの頼みはもちろんそんな事ではなかった。
「錬金が、どうしても上手くいかない」
 タバサは真剣な表情で言った。
「あなたの説明してくれた(つぶ)理論のお陰で、ディテクト・マジックでの物質解析は出来そうな気がする。でも錬金は駄目。どうしても上手くできない」
「そそ、そんなこと言われてもな…… ってか離れろよキュルケ!」
「い・や・よ♪ それよりほら、タバサのお願い聞いてあげて」
 俺の背中に押し当てている凶器を、さらに強く押し当てるキュルケ。マジで鼻血吹いて死ぬって!
 と思ったら、もっと危険な奴が現れた。
 バサッ! バサッ! バサバサッ! ズシンッ!
「あーっ! お姉さま、食べるの~?! 食べるの~?!」
 青い鱗の巨体が空から降ってきた。
 シルフィードだ。
「キュルケとサイト、煮て食べるの~?!」
 巨大な口を開けたシルフィードに覗き込まれて、慌てふためく俺とキュルケ。
「うわあ!」
「きゃあ!」
 涎をたらすな~~~!
 歯を剥き出すな~~~!
 舌なめずりするな~~~!
 しかしタバサだけは冷静だった。
「違う」
「あいた!」
 身長よりも長い杖を伸ばして、シルフィードの脳天を小突くタバサ。
「これはお風呂。お鍋じゃない」
「お風呂? わーい! シルフィもお風呂に入るのね~!」
「え?」
 能天気なシルフィードはそういうと、すかさず魔法を唱えて人間の姿になりやがった。先月、ルイズの光事件のときにタバサを救おうとした、あの人間の姿だ。
 そしてそのまま俺の五右衛門風呂にダイブする。
「えいっ!」
「ちょっと待てー!」

 どっぽーん!

「ぶはっ!」
「ひゃあ!」
 ずぶ濡れになる俺とキュルケ。
 もちろんタバサも頭からずぶ濡れだ。眼鏡はずれて落ちかけ、濡れたブラウスを透してピンクのつぼみが2個見える。きっとパンツまでずぶ濡れだろう。
「わーい! 気持ち良いのね~~~!」
「だっ、駄目よシルフィード! ダーリンはあたしの物なんだから!」
「抱きつくな~~~! 暴れるな~~~! お湯をかけるな~~~~~!」
 もう滅茶苦茶だった。
 特にずぶ濡れにされたタバサの怒りっぷりは凄かった。
「(怒)」
 ぺし! ぺし! ぺし! ぺし! ぺし!
「ひゃっ! きゃんっ! いたいっ! お姉さまゴメンなさいなのね!」
 杖でシルフィードの脳天を叩きまくる。
 いつもの無表情な顔に青筋が浮いてるのが猛烈に怖いぜ!
「おうおうおう、眼鏡の嬢ちゃんも意外とやるねえ?」
 傍観者かよ! 溶かすぞこの駄剣めが!
「お前らいい加減にしろ~~~~~!」
 俺の数少ない安息の地を台無しにするな~~~~~!



―― アンリエッタ ――

 放課後の公務を終えると、わたくしはルイズのところへと行きました。
 メイドたちが気をきかせて、ルイズがどこにいるのかチェックしておいてくれたので、わたくしは難なくヴェストリの広場にいるルイズを発見できました。
 見ると、マロンは花壇に突入してあちこち土を掘り返したらしく、頭から尻尾まで泥だらけでした。
「あらあら、泥だらけですね」
「あっ、姫様」
「ピイッ? ピイッ ピイッ ピイッ!」
 マロンはもうわたくしの事を覚えたようです。よたよたと不恰好にわたくしの足元に走り寄って来ました。
「うふっ、本っ当に可愛いですわ」
「ああ、姫様。そんな泥だらけなのに撫でられては……」
 ルイズがあたふたしていますが、わたくしは気にしていません。いいじゃありませんか、マロンが元気な証拠です。
 とはいえ、このままマロンをルイズの部屋に連れ帰ることはできません。なのでルイズは、厨房でお湯をもらってきて、マロンを洗うつもりでいたようです。
「あら、それでしたら……」
 わたくしは広場の反対側の端を指差して言いました。
「サイトさんにお風呂を借りてはどうでしょう?」
「えっ? でも、あの馬鹿平民は今は、貴族用の風呂を使っていると思いますが?」
「いえ、最近またあのゴエモン風呂とか言うニッポン式のお風呂を使っていらっしゃるんですよ?」
 やっぱりサイトさんは、故郷であるニッポンのお風呂の方が落ち着くのでしょうか? 他の男子生徒とひと悶着起こしたと言う話は聞かないので、特に心配はしていなかったのですが。
 ともかく、わたくしたちはヴェストリの広場を横切り、サイトさんのお風呂へと向かいました。
 まさかサイトさんがゲルマニア&ガリア連合軍の侵略を受けているとは露とも知らずに。



「こらーっ! あんたたち、いったい何やってるのよーっ!」
「うわっ?! ルイズ?! あ、アンリエッタ?!」
 わたくしたちがサイトさんのお風呂へと来てみると、何と! サイトさんとミス・ツェルプストー、それに青髪の見知らぬ女性が一緒に入浴しているところに出くわしました。ミス・タバサまでもがずぶ濡れの格好で風呂釜の脇に立っています。
 よく見ると、風呂釜の向こう側にサラマンダーが一匹います。あれは確かミス・ツェルプストーの使い魔さんですね。
「あ、あらアンリエッタ様? それからルイズも?」
 サイトさんに抱きついていたミス・ツェルプストーが慌てて離れます。
 しかしわたくしの方が一瞬早かったのでした。
氷結(フィジェ)
「のわっ!」
「ひゃっ!」
「わわっ! 凍ったのね!」
「?!」
 湯の表面を凍らせて、ミス・タバサを除く皆さんの自由を奪います。表面の数サントだけですから凍えてしまうことはありません。
「あ、アンリエッタ? ひ、ひょっとして、怒ってる?」
 だらだらと冷や汗を流すサイトさん。
 ええ、もちろん怒っていますとも! これがカトレアさんに知れたら大変な事になりますよ?
「あはは、やっば……」
 ミス・ツェルプストーも口元をひくつかせながら動揺しています。
 彼女の身体が美しい事はわたくしも認めますが、それで婚約前の男性を誘惑するのは許されない事ですよね。
「うむむむむ、お姉さま、動けないのね」
 青髪の女性も抜け出そうともがいていますが、魔法を使わない限りは無理でしょう。時間が経って氷が解けるまではこのままです。
 しかしこの女性、ミス・タバサのお知り合いでしょうか? ミス・タバサの事を「お姉さま」と呼んでいらっしゃいます。
 怒髪天を衝くがごとく怒ったルイズが、猛然とミス・ツェルプストーに噛み付きました。
「ツェルプストー! またヴァリエールから男を奪うつもりだったのね?! 今度と言う今度はタダじゃ済まさないわよ!」
 わたくしも負けてはいられません。
 わたくしは大きく深呼吸すると、にっこりと微笑んで言いました。
「皆さん、楽しそうですね?」
 あら? ルイズとマロン、それに銃士隊員も含めた全員が青ざめてしまいました。得意の作り笑いをした筈なのですが、上手く笑えてなかったのでしょうか?
 まあいいでしょう。
 わたくしは続けました。
「ですがサイトさん、カトレアさんとのお見合いが控えていると言うのに他の女性に鼻の下を伸ばすのは、紳士にあるまじき行為ですよ?」
「いやっ! これは! き、キュルケが勝手に乱入してきただけで、お、俺はなんとも思っちゃいないんだ!」
 慌てて弁明するサイトさん。
 ミス・ツェルプストーも言いました。
「ご、誤解ですわアンリエッタ様。あたしはサイトの故郷のお風呂を体験してみようと思っただけで、やましい事しようと思ったわけじゃありませんわ」
「男女が一つのお風呂に入っている時点で、十分やましいと思いますわ」
 わたくしがそう言うと、ミス・ツェルプストーは滝のような冷や汗を流し始めました。そして必死にミス・タバサに助けを求めます。
「ああん! タバサ、助けてぇ!」
 しかしミス・タバサは非情でした。
「自業自得」
 ミス・タバサがなぜずぶ濡れなのかは分かりませんが、おそらくお風呂の中の誰かにお湯を浴びせられたのでしょう。普段無表情な彼女ですが、今日はどうやら怒っているように見えます。
「アンリエッタ王女」
 ミス・タバサは小さな手で青髪の女性の頭をぐりぐりすると、わたくしに言いました。
「お初にお目にかかります。こんな格好でご無礼申し上げますが、これはわたしの妹のイルククゥ。どうぞお見知りおきを」
「えっ? 妹さんですか?」
「妹?! タバサの?! 嘘でしょう?!」
 わたくしもルイズも驚きました。だって、どう見てもイルククゥさんはわたくしよりも年上に見えます。
 しかしミス・タバサは続けました。
「この子はサイトを食べようとした。何なりと罰をお与えください」
 たっ、食べるですって?!
 それってつまり、ええと、口から食べるのではなくて、その……
「えーっ! お姉さま薄情なのね! 助けてなのね!」
 身動きできないイルククゥさんがお風呂の中で暴れます。
 しかし、おそらくミス・タバサにお湯を浴びせたのはイルククゥさんだったのでしょう。それではミス・タバサが怒るのも無理はありませんね。
 では心おきなく罰を与えましょうか。
 わたくしは風呂釜の陰でおろおろしているサラマンダーに言いました。
「あなたは確か、ミス・ツェルプストーの使い魔さんでしたね?」
「きゅるきゅる」
 こわごわ頷くサラマンダー。
 わたくしは杖を構えて言いました。
「では使い魔さん、がんばって皆さんを助けてあげてくださいね?」
「きゅる?」
「わ! ちょ! アンリエッタ?!」
「ああっ、風邪ひいちゃうわ!」
「きゅいきゅい! お姉さま、あの女のひと怖いのね!」
 風呂釜の中の3人が慌てふためきますが、わたくしは構わず杖を振り下ろしました。
氷結(フィジェ)
 かきーん!
「あ、あ、アンリエッタ、ゆるじて……」
「ふ、フレイム?! 早く助けてっ!」
「お、お、お、お姉さま、冷たいのね……」
 うふふふふ。
 サイトさんもミス・ツェルプストーもイルククゥさんも、揃って真っ青な顔をしてガタガタと震えています。
 そんな3人に向かってルイズが言いました。
「いい気味ね。当分そのまま凍ってなさい。ふんっ!」
 マロンは泥だらけのままになってしまいましたが、まあ仕方ないでしょう。厨房でお湯でも借りましょうか。わたくしとルイズは仲良く厨房へと向かいました。
 銃士隊員だけは気の毒そうな顔をしつつ、3人を振り返っていましたが……

 その後3人が風邪で寝込んだことは言うまでもありません。

―――――
初版:2009/03/29 12:13
改訂:2009/04/07 19:22



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~06 ルイズ、デレる~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/04/03 02:39
女王陛下の黒き盾
~06 ルイズ、デレる~


―― 才人 ――

「ほらサイト、スープ、食べさせてあるね?」
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、い、いや、自分で食べられるから」
「駄目よサイト、起きちゃ。9度も熱があるんだから安静にしてないと。ほら、ふ~、ふ~、ふ~」
 マルトーさんが作ってくれた滋養スープをフーフーするルイズ。
「あ、いや、マジに自分で……」
「はい、あ~ん♪」
「あ、あのさルイズ、ゴホッ、ゴホッ」
 ルイズは嬉しそうに微笑みながら、スープの乗ったスプーンを近づけてくる。
「あ~ん♪」
「えっと……………」
 宝物庫騒ぎの後の、嫌々ながら俺に優しくしているルイズじゃない。どうみても心底俺にやさしくしているように見える。
 どうなってんだこりゃ?
「ほら、あ~ん♪」
「あ、あ~ん……」
 ぱくり。
 ごっくん。
「おいしい?」
「う、うん。おいしいよ?」
「えへっ。良かった♪」
 いや、お前が作ったんじゃないし……………とか言っても無駄なんだろうな、きっと。
 つ~かルイズはど~なっちまったんだ?
 デレ期?
 ツン期が終わってデレのみのデレ期になったのか?



―― モンモランシー/前日夜 ――

「……完成だわ」
 小さな香水瓶に入ったそれは無色透明の液体。香料を入れて誤魔化したけど、香りはあまり良くない。紅茶ではなくコーヒーに入れた方がバレにくいだろう。
「でも問題はそんなことじゃなくて、効果の方ね」
 初めて作るご禁制の薬。本当に効能どおりの効果があるのかどうか不安だわ。
 それともう一つ。
 これをキュルケがどう使うかが分からない。サイトへの報酬だと言っていたけれど、サイトに渡したら彼はこれをアンリエッタ様に飲ませかねない。そんなことになったら、わたしだけでなくモンモランシ家そのものが破滅しかねない。
「完成したのは良いけれど、困ったわね?」
 ともあれ、キュルケから材料費を出して貰っている以上、この魔法薬を渡さない訳にはいかない。せいぜいわたしに厄介ごとが振りかからないように念を押すしかない。
 わたしは立ち上がると、2軒隣のキュルケの部屋へと向かった。
 彼女は(サイトもだけど)風邪をひいているから、ついでに風邪薬も持って行ってあげよう。



 翌日、昼休みになるとすぐ、わたしはルイズのところへ行って言った。
「ルイズ、ちょっと顔を貸して頂戴」
「? いいわよ?」
 ルイズの隣で立ち上がりかけていたアンリエッタ様が、何事かという表情でわたしたちを見たけれど、特に止めはしなかった。
「ちょっとルイズをお借りしますね」
「失礼しますわ姫様」
「はい」
 わたしとルイズはアンリエッタ様に会釈すると、廊下へ出た。
「ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ!」
 例によってマロンがルイズの後を付いて来るけれど、わたしは気にしない。
 そのまま男子寮へ向かって歩いていく。
 そんなわたしを警戒したらしいルイズが先に口を開いた。
「何よ改まって?」
 なのでわたしは、単刀直入に言った。
「今朝、アンリエッタ様からサイトの看病を頼まれたわ」
「?! あ、そう」
 ルイズは一瞬、意外そうな顔をしたけれど、こう言った。
「姫様にも困ったものね。あんな平民にいつまでもご執心で」
「そうじゃないでしょ!」
 ルイズの台詞を予期していたわたしは、歩きながらも声を大にして言った。
 偶然通りかかったメイドが、わたしたちに道を譲りつつもビクッと反応している。
「わたしが言いたいのは、アンリエッタ様が何故、じきじきに、サイトの看病を頼むのかってことよ!」
 わたしは「じきじきに」を強調して言った。
「?」
 ルイズが分かっていないので、わたしは続けた。
「熱が高いとは言っても、サイトの病気は単なる風邪なのよ? 放っておいても3日4日で治るわ。わたしが看病する必要なんて全く無いの。メイドが時々様子見に来るだけで十分なの」
 いったん立ち止まってマロンを待つ。その間もわたしは続けた。
「なのに何故アンリエッタ様はわたしに手伝いを頼むの? 義理の妹になる筈のあなたではなく? 本来ならルイズが自発的にサイトを看病するべきじゃないの?」
「わたしがそんな事する訳ないでしょう?!」
「するべきなのよ!」
 わたしがぴしゃりと言うと、ルイズは怒ったらしく眉を吊り上げたけれども、何も言わなかった。
 わたしは続けた。
「あなた、いつまでサイトを受け入れないつもり? いくらサイトを嫌いだとは言っても、あなたも貴族でしょう? 少しは損得勘定を考えて行動しなさいよ。どんなに気に入らなくても、それがトリステインのためになるのなら受け入れなさいよ。ましてやあなたはアンリエッタ様の事実上の側近なのよ? だったらアンリエッタ様のご意思を汲んで行動しなさいよ」
「何よ? わたしにサイトを気に入れとでも言いたいの?」
 不満そうなルイズ。
 トリステイン3大公爵家の娘ともあろう者が、そう簡単に人の言うことを聞く訳がないわよね。
「アンリエッタ様にご迷惑をおかけするなって言ってるのよ!」
「……………」
「……………」
 いけないいけない、わたしもつい声が大きくなってしまったわ。マロンがルイズの後ろに隠れてこわごわわたしたちを見ている。
 そんなマロンを抱えあげて撫ぜてやるルイズ。その優しさのほんの一部でもサイトに向けてあげれば良いのに。
 わたしはルイズと共に再び歩き出しながら続けた。
「いくらサイトがアンリエッタ様の使い魔だからと言っても、アンリエッタ様がじきじきにサイトの様子を見に来る必要なんて無いの。そんなことは下々の者がすればいいのよ。アンリエッタ様の信頼の厚いあなたが、ちょっとサイトの様子を確認して報告しさえすれば、アンリエッタ様はそれで満足するの。そうすれば授業中ぼんやりする事もないし、わたしに看病を頼む必要もないの。分かるでしょう?」
「……………」
 実に不満そうなルイズ。でも反論する気はないようだ。
 わたしはダメ押しに続けた。
「と言うわけで、今日はサイトにお昼を食べさせてあげて頂戴。いいわね?」
「んなっ?!」
 さすがに驚いたようだったけれども、ルイズは反論しなかった。
 ぴくぴくと青筋を立てながらも、決心したようにこう言った。
「……分かったわよ!」
 よしよし、作戦成功だわ。
 わたしたちはそのままサイトの部屋の前まで来た。
「ちょっと待って」
 最後にわたしは言った。
「そんな不満そうな顔じゃ駄目よ。少しは平静を装いなさい」
「う、うるさいわね。そんなの無理よ!」
 そう言うと思った。
 そこでわたしは目的の代物を取り出して言った。
「仕方ないわね。これ、飲みなさい」
「なにこれ?」
「魔法薬よ。気分が落ち着いて頭が冴える効果があるわ」
 するとルイズはじろりとわたしを見て言った。
「あんたがテスト前に使っているって噂の奴? やっぱり本当だったのね」
「いいから飲みなさい」
 わたしが小瓶をルイズに押し付けると、ルイズはしげしげとそれを眺めてから蓋を開け、一気に流し込んだ。
「(ごくり)……苦いわ。それに変な香り。あんた良くこんなもの飲めるわね」
 ルイズが飲んだことを確認すると、わたしは急かすように言った。
「さあ早く! お昼食べ損なっちゃうわ。マロンはわたしが預かっておくから」
「分かったわ。マロン、このお姉ちゃんと一緒にゴハン食べてなさいね? すぐ戻るから」
「ピイッ?」
 ルイズは抱きかかえていたマロンをわたしに渡すと、依然として不満そうな顔をしつつドアをノックし、開けた。
「サイト? 起きてる?」
「んあ?」
 ちょうどその時、メイドがサイト用の食事を運んでくるのが見えた。サイトと仲の良い黒髪のメイドだ。
 ……よし!
 上手く行ったわ。薬の効果が出るまで数分かかるから、タイミング的には大丈夫ね。
 後は効果を確認するだけだわ。
 でも……
 キュルケの甘言に乗せられてしまったけれど、本当にこれでバレたあとに上手く誤魔化せるのかしら? やっぱり不安でならないわ。



―― 才人 ――

 食事が終わっても、まだルイズは変なままだった。
 つ~か、むしろ悪化していた。
 ルイズに食事を食べさせて貰う事で精神的に疲れた俺は、食い終わるなりベッドに倒れ込んでいたのだが、ルイズはこう言ったのだ。
「ね、サイト。お薬飲ませてあげる」
「ゴホッ、ゴホッ……」
 いや、頼むからもう放っておいてくれ。
 だがルイズはさらに、とんでもない事を言った。
「口移しで飲ませてあげるね?」
「なに~っ?!」
 ズキン!
 あだだだだ! 大声を出すと頭痛に響くぜ!
 だが思わず頭だけ起こして見たルイズは何と! 今まさにアンリエッタがくれた風邪薬(液体)をスプーンですくい、それを口に含むところだった。
 そしてそのまま俺に覆いかぶさってくる。
「おわっ?! ち、ちょっと待て!」
「ん~~~~~」
 唇を突き出してくるルイズ。
「待て待て待て! 落ち着けルイズ! ヤバイって! ゴホッ、ゴホッ!」
「ん~~~~~~~~~~!」
 慌ててベッドの中であとづさりするが、しょせんベッドの中では逃げられる範囲も限られている。その上、ルイズはベッドの上に乗っかるようにして俺を追いかけてくる。ベッドから起き上がれない身では抵抗など無意味だった。
「はっ、早まるなルイズ! 幾らなん……………」
「(んっ……………)」
「(ん~~~~~~~~~~ごくり!)」
 父ちゃん、母ちゃん、ハルケギニアっつ~ところの女子(おなご)は恐しいかですだ。おいら2度も無理やり唇を奪われてちまったですだ(泣)。そのうち童貞も奪われちまうかも知れねえっす!
「えへっ♪ キスしちゃった♪」
「ぐっはーっ!」
 可愛らしく頬を染めて照れるなあ~~~~~~~~~~!
 おっ、おっ、おっ、俺はアンリエッタ一筋なんだあ~~~~~~~~~~っ!



―― アンリエッタ ――

「で、こうなってしまったと……………」
 モンモランシーの説明を聞いて、ようやくわたくしは納得しました。
 ルイズとサイトさんには仲良くして欲しいとは思っていましたが、さすがにこれは行き過ぎです。しかもそれが御禁制の魔法薬によるものとなれば見過ごす事はできません。
 わたくしは改めて目の前で繰り広げられている痴態へと目をやりました。
「ほ~らマロンちゃん、パパでちゅよ~~~~~」
「パパあ?!」
「ピイッ?」
 ルイズがマロンにサイトさんを紹介しています。
 サイトさんとマロンは既に知った間柄なのですが、どうやらルイズは改めて紹介しているようです。
 しかもサイトさんをパパ呼ばわりとは、何だか沸々と湧き上がって来るモノがありますね!
 たまらずモンモランシーがルイズを止めに入りました。
「ちょっとルイズ! アンリエッタ様の前よ! 恥ずかしい事は止めなさい!」
「何よモンモランシー、サイトを看病しろって言ったのはあんたじゃない。邪魔しないで」
「ああもう! 何でこんな事になっちゃったのよもう!」
 いえ、間違いなくあなたの仕業ですけど…… もちろん分かってますよね? 幾らルイズとサイトさんとを仲良くさせるためとは言え、惚れ薬を飲ませてしまうなんて。
 わたくしはモンモランシーに尋ねました。
「それで、解除薬は作れますか?」
「はあ、それが、その……」
 ちょっと口ごもってから彼女は答えました。
「作るには『水の精霊の涙』が必要なのですけれど、滅多に手に入らないものですし、先日手に入れたものは惚れ薬を作るときに全部使ってしまいましたので……」
 なるほど、それは確かに貴重な秘薬ですね。しかしどうしてもとなれば、ラグドリアン湖まで行けば入手できない事もありません。
 わたくしは銃士隊員に言いました。
「では次の虚無の曜日、ラグドリアン湖まで参ります。そのように取り計らってください」
「はっ! 御意に」
 さっと敬礼する銃士隊員。
 きっとそれまでにはサイトさんも治っているでしょうから、ルイズ共々連れて行くべきでしょう。このまま学院に残しておいたら大騒ぎになりそうですし。
「んもうサイト、プリン要らないの?」
「俺もう寝るから! 寝て風邪を治すから!」
「そう? ん~、じゃあ添い寝してあげる! マロンも一緒に!」
「ピイッ? ピイッ?」

 ……………何だか居ても立ってもいられない気持ちのなるのは何故なのでしょうか?!

 しかしラグドリアン湖ですか……
 あそこでウェールズ様と出会ってから、もう3年にもなるのですね。懐かしいですわ。
 今頃ウェールズ様は何をしていらっしゃるのでしょうか?
 まだ手紙のお返事は届いていませんし、お元気でいらっしゃると良いのですが。

―――――
初版:2009/04/03 02:39



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~07 元老院紛糾す~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/04/07 19:36
女王陛下の黒き盾
~07 元老院紛糾す~


―― ラ・ヴァリエール公爵 ――

 シュッ!
 ドォン!

 円筒形の筒から発射された巨大な弾丸は、自ら炎を上げながら壁へと突進し、命中と同時に凄まじい爆発を起こした。
 直後、ガラガラと崩れ落ちる壁。
「おおおおお……!」
「なんと……!」
「こ、これは凄まじい!」
 口々に驚嘆の声を上げる元老院のお歴々たち。
 爆煙と土埃がおさまると、再生された新『破壊の杖』の恐ろしい威力が明らかとなった。用意した厚さ20サントのレンガの壁は木っ端微塵に吹き飛び、もはや単なる瓦礫と化していた。
「まさか、これほどの威力があろうとは」
「ワイバーンを一撃で倒したと言うのは本当だったのですな」
「こんなものを本当に平民が作ったと言われるのか?」
 私とグラモン元帥は満足げに頷いた。

 トリスタニア城の中庭に元老院の連中を呼び出し、私とグラモン元帥はサイト・ヒラガによってもたらされた技術を公表する事にした。公表とは言っても無論、一般公開と言う意味ではない。いずれの技術も武器に関するものであるから、他国への流出は論外だ。
 これらは全て、グラモン元帥の息子や配下の軍人たちによって再現されたものだ。そして今実演されたのが、今日の目玉である新『破壊の杖』である。手柄を元帥に譲る形にせざるを得なかったものの、この『破壊の杖』の復元に成功したのは大きな収穫だ。何しろこの威力である。これほど強力な非魔法武器はハルケギニアには存在しない。
 また、グラモン家をこちら側に取り込めた収穫は大い。形の上では引退しているとは言え、何しろ元帥は軍の重鎮である。正式採用するかどうかはともかく、トリステイン軍はニッポンの武器を無視できないだろう。それにラ・ヴァリエール家によるニッポンの技術の独占という批評をかわす効果もある。

 私は一同を見回すと、声を張り上げて言った。
「これほどの威力を目の当たりにしても尚、ニッポンの脅威をお認めにならないのですかな?」
「……………」
 まだ呆然としている老人たち。
 私は続けた。
「オールド・オスマンの遭遇したとされるニッポン人はこれを2丁携帯していたのですぞ? もし仮にニッポンの兵士全員がこの『破壊の杖』を2丁ずつ携帯しているのだとしたら、我々は彼らにどう対処したら良いのです? この威力の前では、城壁はもちろんドラゴンでさえひとたまりもないのですぞ?」
 だが老人たちは口々に反論した。
「だが彼らは所詮、平民に過ぎぬではありませんか。いかに強力な飛び道具を持とうとも、平民がメイジに敵う筈がありませぬ」
「こんな強力な武器を平民が作れると、ヴァリエール殿は本気でお考えなのか?」
「ばかばかしい! こんな物、エルフでもなければ作れる筈がありませぬ!」
 この平和ボケの能無しどもが! 貴様らの事なかれ主義のせいで今、トリステインは没落しようとしてるのだぞ!
 思わず罵倒したくなるのを我慢する。
 すると私の心境を察したのか、グラモン元帥が言った。
「では、試してみましょう」
 元帥が合図すると、グラモン家の下男は今発射したばかりの新『破壊の杖』を置き、2個目を手にした。
「どなたか、この者と対決なさってはいかがですかな? なに、心配は要りません。この者は単なる平民です。過って殺してしまっても責任はわたくしが持ちましょう」
 そう言って元帥は、最後にこう挑発した。
「無論、死ぬのがこの者とは限りませぬが」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
 ふん。無能の上に臆病か。どいつもこいつも本当に役立たずだ。単細胞のド・ポワチエ大将ならば応じるかも知れないと思っていたのだが。
 グラモン元帥は言った。
「どうやら、これの威力は十分納得していただけたようですな」

「ひとつお尋ねしたいのですが……」
 するとロマネコンティ家の若造が珍しく口を開いた。
「ヴァリエール殿はこの『破壊の杖』で何をされるおつもりなのですか?」
 僅か30歳そこそこの若造とは言え、我がヴァリエール家と並ぶトリステイン3大公爵家の一つ、ド・ラ・ロマネコンティ公爵家の当主である。傲慢な先代がさっさと死んで喜んでいたら、息子は贈賄と買収が得意な謀略家だった。これでは、さすがの私も迂闊に手は出せない。
 私は答えた。
「はてさて、そのような質問を受けるとは。いささか失望してしまいますな」
 無論、私は失望などしていない。この若造は「あえて」質問しているのだから。
 だが私は続けた。
「これまでも元老院の場で何度も申し上げてきた通り、このトリステインはハルケギニア4大国家のなかで最も脆弱です。兵力においても経済力においても全て劣っております。折りしもアルビオンでは反乱軍がハヴィランド宮殿に達しようとしている昨今、少しは危機感を持っても良さそうなものなのにも関わらず、皆様の話題と来たら夏を過ごす保養地の事ばかり。万が一ジェームズ1世殿が倒れでもすれば、休暇など吹っ飛んでしまうと言うことを、少しも認識されておられない」
 ロマネコンティ公爵は黙って聞いている。
 私は更に続けた。
「なぜ私とグラモン元帥がこのような新しい武器を開発したのか、説明するまでもありますまい。我々は戦に備えているのですよ。それも、ニッポンという未知なる国家との。無論、アルビオンでの騒乱が最悪の結果となれば、アルビオンとの戦にも備えなければならないのですぞ? 私は危機が迫っていると言うことを、今この場で皆様に理解していただきたいのです」
 しかし、今日の若造は一筋縄では行かなかった。珍しく口数の多いこの男は、こう反論して来た。
「ですがヴァリエール殿、この『破壊の杖』は平民が使う武器ではありませんか? 何故そのような武器を開発されるのか理解に苦しみます。我々メイジは、魔法と言う優位性を持っているからこそ秩序を保てているのではありませんか。その優位性を無にするような武器を、なぜメイジであるヴァリエール殿が開発されるのか、ご説明を願いたい」
 私は心の中でニヤリとした。
 この男もマザリーニ枢機卿や他の連中と全く同じだ。何も分かっていないし、分かろうともしない。
 そして私も、説明してやる義理はない。
 私は答えた。
「なるほど、仰るとおりです。どうせ作るならば、新しい魔道具や、新しい魔法を開発すべきだと言われるのですな?」
 私はちらりとグラモン元帥へと目をやった。元帥もまた真実を知らない。
 私は若造に向き直ると続けた。
「しかしながらロマネコンティ殿、そのような研究機関は既にトリステインに存在しておりますぞ? そのような要求は私にではなく、その機関に対して行うべきだと考えますが?」
「それはアカデミーの事を言っておられるのですかな?」
 横槍を入れたのはリッシュモン高等法院長だった。この強欲な男は私の返事を待たずに続けた。
「あの象牙の塔が俗世に関わる研究などをする訳がありませんぞ」
「仰るとおりです」
 私は頷いて続けた。
「ですが、アカデミーが当てにならないからと言って、私に魔法の研究をせよと要求なさるのはお門違いです。私とグラモン元帥とで成し遂げたこれらの武器は、全てサイト・ヒラガによってもたらされた物なのですから。我々は単に彼の国の技術を真似しているに過ぎないのです。ニッポンは平民の国なのですから、武器もまた魔法を使わない武器なのは当然です。言い換えれば、サイト・ヒラガという僅か17歳の若造が持っている技術ですら、ハルケギニアに脅威をもたらすだけの威力があると言うことです。もしアンリエッタ様に召還されたのが彼ではなく、ニッポンの軍の武器専門家だったとしたら、それこそハルケギニアそのものが転覆してしまっていた事でしょう」
 私が喋りながら、さりげなく話題を変えている事に、この老人たちはもちろん気付いているだろう。
 案の定、ロマネコンティは言った。
「ですが平民に強力な武器を与えるのは危険ではありませんか? アルビオンだけでなく、トリステインでも反乱が起きたらどうするのですか?」
 続いてリッシュモンも言った。
「うむ。それに本当にニッポンの平民がこの『破壊の杖』を作ったのであれば、トリステインの平民たちも同じようにこれを作れるかも知れませぬ。もしそんな事になったら内戦ですぞ? どうやってそれを防ぐのです、公爵?」
「内戦なら大歓迎です」
 私はぴしゃりと言った。
「内戦を起こすような気骨のある者がトリステインにいるのなら願ったり適ったりです。そのような者たちこそ明日のトリステインを任せるにふさわしい。だが残念ながらトリステインにいるのは、下町を牛耳るマフィアか、私服を肥やす悪徳商人か、せいぜいあのフーケのような盗賊程度でしょう。反乱など」―――思わず鼻で笑い―――「夢のまた夢です」
 互いに顔を見合わせる元老院のお歴々たち。
 彼らもまた私服を肥やす豚どもである。
 ロマネコンティは言った。
「ああ、失礼ですがヴァリエール殿、まるで反乱を望んでいるかのような発言はお控えになられた方が良いのではありませんか? ヴァリエール殿とて、平和を望まれていらっしゃるのでしょう?」
「今のトリステインは平和ではありませんぞ!」
 私は思わず声を荒げた。
「決して平和ではない! 怠惰なだけです! 平和なのではなく無気力なだけなのです! ただ単に厄介事から目を背けて、気付かない振りをしているに過ぎないのですぞ!」
 私は西の空を指差して続けた。
「アルビオンをご覧なさい! ほんの数ヶ月前まで平和だったあの国は、いまや内乱に戦々恐々とする修羅場になってしまったのですぞ! にもかかわらず、なぜあなた方は平然としていられるのです? アルビオンと同じ反乱が、このトリステインでも起こらないとなぜ信じていられるのです?!」
 老人たちは気まずそうに顔を見合わせた。
「あなた方も既にお聞き及びでしょう? 彼らの反乱が、未知の虚無魔法によるものだと言う噂を! 始祖ブリミルの降臨以来、6千年の長きに渡って謎のままだった虚無が今、蘇ったのかも知れないのに、なぜ何の調査もされないのか! むしろ私の方があなた方にお尋ねしたい!」
 本当に無能な連中だ。
 この会議中、アルビオンの危機について言及したのはロマネコンティ公爵だけだ。他の連中は喉元に杖を突きつけられるまで、危機が迫っている事を認識しないのだ。
 いや、認識しないのではない。
 認識したくないのだ。
 何もしたくない。無関心なのだ。
 この元老院と自称する老人たちの関心は、ただひたすらに私服を肥やす事。そして惰眠をむさぼる事だけだ。
 こいつらをまとめて排除できるとしたら、どんなに楽だろうか?



―― マチルダ ――

「はあ?! ラグドリアン湖に行くだってえ?」
 ワルド子爵の話を聞いて、私は思わず声を上げた。
「何でまた?」
「間抜けな話さ」
 私が耳元で大声を上げたので、子爵は思わず顔をしかめた。そしてその顔のまま、やれやれと言う感じに説明を始めた。
 その説明によると馬鹿々々しい事に、学院生徒の一人がご禁制の惚れ薬を作り、それをルイズに飲ませちまったんだそうだ。それを解除するためにはラグドリアン湖に棲む『水の精霊の涙』が必要なんだそうだ。
「何だいそりゃ?」
 私は呆れて言った。
「それで、あんたじゃなくて、あの坊やに惚れちまったのかい、あのお嬢様は? そりゃ災難だったねえ?」
「笑い事ではないぞ。早く解除しないと計画が台無しになる」
 子爵は不機嫌そうに言った。
 まあその通りだが、どのみちあの虚無魔法で操るのなら、ルイズが誰に惚れていても関係ないと思うけどねえ?
 私は言った。
「さっさとあの坊やを殺しておけば良かったのに。何をいまさら引き伸ばしてるんだい?」
「それは関係ないだろう? ヒラガがいなければ別の誰かに惚れていただけだ」
 子爵は再び不機嫌そうに答えた。
「それに、奴を殺す事などいつでもできる。ただ、それを計画に上手く利用できるチャンスを伺っていただけだ」
「そうかい。怖気づいたんじゃなくて良かったよ」
 私がそう言うと、子爵はじろりと私を睨んだ。そして寝返りを打って私を下敷きにすると、言った。
「確かにラ・ヴァリエールの力は強大だが、平民ひとり暗殺するくらいどうと言うことはない。他人に罪を擦り付ける方法など幾らでもある」
 そうだろうともさ。
 ま、あの坊やを殺せと言ったのは私じゃないし、私の仕事でもない。殺してしまうには惜しいとは思うが、我々の目的の邪魔になるのなら仕方がない。
 ワルド子爵は言った。
「それより、そっちはどうなんだ? 未だに進展はないと聞いているが?」
「無いね。全く無いよ」
 私は子爵に組み伏せられたまま答えた。どうやら今度は私が不機嫌になる番らしい。
 しかし私は続けた。
「でも、クロムウェル閣下は虚無の噂を流してくれたんだろう? なら、トリスタニア城のボンクラどもにも少しは動きがあるだろうさ」
「だといいが、あの『破壊の杖』は問題だぞ? どうにかできないのか?」
 ヴァリエール公爵とグラモン元帥が『破壊の杖』を復元させたと言う話を、クロムウエルとワルドに伝えたのはこの私だ。ド・ポワチエ大将の秘書をしていた事が幸いした、唯一の例だと言って良い。
 私は反論した。
「私にどうにかできる訳が無いだろう? それこそあんたの分野じゃないか」
「無理だ。魔法衛士隊の隊長なんてものは使い捨ての駒に過ぎん。駒を操る者共に意見などしたところで何の効果も無い」
 ま、そうだろうね。
 それより、第2回戦を始める前に、もうひとつだけ聞いておかなければならない事があった。
「んで、親の仇はいつ取らせてくれるんだい?」
「もう少しだ」
 子爵は私の両足の間に割って入りながら言った。
「ここ数日中にハヴィランド宮殿は陥落するだろう。そうなれば奴らはニューカッスルまで撤退するだろうから、奴らの首を掻き切るのはその後だ」
「直接手を下させろとは言わないけど、現場には居合わせたいからね。閣下にもそう念を押しといておくれよ」
「分かっている」
 たかが盗賊風情にまで成り下がった私が、まさか復讐を遂げられるとはね。
 ジェームズ1世の息の根を止めたら、ティファニアに知らせに行こう。心根の優しいあの子が喜ぶとは思えないが、親の仇の死はあの子にとっても大きな区切りとなるだろう。これであの子が大手を振って生活できるようになるれば良いのだが……
 そして私自身はどうするべきだろうか?
 ワルドと共にレコン・キスタに加担する?
 それとも盗賊家業に戻る?
 あるいは……………
 いや、まだ考えるのは止めておこう。
 まだ復讐は遂げられた訳じゃない。今はそれを完遂する事だけに全力を注ぐとしよう。



―― 才人 ――

 俺と同じくほぼ4日で風邪を治したキュルケは、デレデレ状態のルイズを見るなり抱腹絶倒、笑い死ぬかと思うくらい笑いまくった。
「あっはっはっはっはっは……………」
 立っていられなくなったキュルケは食堂の床の上に座り込み、掌で床を叩いて笑い転げている。もはや呼吸困難寸前で、ワライダケ食ったみたいな笑いっぷりだ。
「ひ~~~苦しい! あっはっはっはっはっは……………」
 いや、まあねえ?
 俺だって当事者じゃなければ笑いたいけどね。
「ほらサイトぉ~~~、あ~~~ん♪」
 そういいながら生ハム差し出してくるルイズ。
 激烈に恥ずかしいんですけど。
「だ、だからさルイズ、自分で食べられるから」
「あ~~~~~ん♪」
 だいたいモンモンの奴、何でルイズなんかに惚れ薬を飲ませやがったんだ? どうせならアンリエッタに飲ませてくれればよかったのに!
 そのアンリエッタはニコニコと微笑んでいる。
「ようやくルイズもサイトさんと仲良くなったのですね。わたくしも嬉しいですわ」
 額に青筋浮かべながら微笑んでるからメッチャ怖え!
 つ~かアンリエッタ、ヤケになってる?
 惚れ薬の事がバレるとモンモンが大変な罰を受けるから、ルイズがこうなった原因は秘密にしてあげる事にしたらしいんだが、でもやっぱり内心は気が気じゃないんだろうな。ルイズが俺にべたべたしている姿を見かけるたびに、青白い嫉妬の炎を上げてるよ。
 俺はアンリエッタとルイズの板ばさみになって胃潰瘍寸前だ。これだったら風邪ひいたままの方が遥かにマシだぜ。
「マロンちゃん? なんだか今日のパパはご機嫌ナナメでちゅね~? どうちたんでちゅかね?」
「ピイッ?」
 お前のせいだよ、お前の!
 つ~かパパ呼ばわりは止めろ!
 周囲の視線が物凄く痛いぜ!
 それからチビチョコボ! 俺の左手を味見するんじゃない! それは皮手袋だ!
「我が愛しのモンモランシー、いったいなぜルイズがこうまで心変わりしたのか、君は理由を知っているかい?」
「しっ、知らないわよ! 知ってるわけ無いでしょう?!」
 少し離れた席ではギーシュとモンモランシーが夫婦漫才を繰り広げている。
 アンリエッタの話では、モンモランシーはギーシュの浮気癖を直すためにこんな薬を作ったらしい。しかしその事には気付かない振りをしてあげて欲しいと言っていたので、俺も黙っている。まあ、普段のギーシュの節操の無さを考えると、無理も無いような気はする。
 ともあれ、朝食を終えたらラグドリアン湖へ向けて出発だ。馬車でえっちらおっちらと、丸一日の長旅になるそうだ。
 と言うことは、このデレデレのルイズとも、あと丸一日は付き合わなきゃならないって事だ。
「はあ……………」
「あれえ? マロンちゃん、今度はパパ、ため息をついてまちゅよ? 本当にどうしちゃったんでちゅかねえ?」
 だからお前のせいだよ、お前の!

―――――
初版:2009/04/07 19:36



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~08 対決! 水の精霊 vs マロン~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/04/14 00:43
女王陛下の黒き盾
~08 対決! 水の精霊 vs マロン~


―― 才人 ――

「ほらほらマロンちゃん、湖が見えて来まちたよ~~~」
 や、やっと着いた……………
 4台の馬車を連ねてえっちらおっちら進むこと10時間、日の長い夏のトリステインだからと言って、ず~~~~~っと馬車に揺られっぱなしってのは辛いぜ。おまけにその間ずっとルイズのデレデレ攻撃に晒されていたので、俺はもう瀕死だった。
 湖畔に到着すると、先頭の馬車に乗っていたアンリエッタが来て言った。
「あらあら、大丈夫ですかサイトさん?」
 大丈夫じゃねえよ。精神的にも肉体的にもボロボロだぜ……………
 しかしアンリエッタとルイズを別の馬車にしたのは正解だった。これで一緒の馬車だったらアンリエッタの嫉妬攻撃を食らって、俺は本当に死んでいたかも知れない。
「いやあ、凄いラブラブっぷりだったね、モンモランシー」
「そ、そうね」
「僕らもあんな風にラブラブに……」
「嫌よ恥ずかしい」
 俺と同じ2台目の馬車に同乗していたギーシュとモンモンが夫婦漫才を繰り広げている。ギーシュを学院に残しておくと浮気するからというモンモンの希望で連れて来たものの、ぶっちゃけウゼエ。
 もしかしたらモンモンは、この小旅行のうちにギーシュに惚れ薬を飲ませちまうつもりなのかも知れないけどな。
 ま、俺の知った事じゃないし。
「へえ~~~? これがラグドリアン湖? 初めて来たけれど素敵なところね?」
 キュルケとタバサはアンリエッタと一緒の馬車だった。俺と一緒の馬車だと笑い死にそうだからという理由で、キュルケはそっちの馬車に乗ったんだよね。
 タバサは今回の事件とは無関係なのだが、ラグドリアン湖の場所がタバサの出身国であるガリアとの国境なので、ついでの様な形でキュルケが連れて来た。何でも実家がこの近くなので、キュルケはルイズが片付いたらそっちへ押しかけるんだとか。無口で人付き合いの無いタバサの実家がどんなところなのか、俺もちょっとばかり興味があるな。
 ちなみに3台目の馬車にはアンリエッタ付きのメイドたち、4台目はアンリエッタの身の回りの品々が詰まっている。もちろん護衛の衛士隊と銃士隊も勢揃いだ。たかが一泊の旅行だってのに大騒ぎだよマッタク。
 更に蛇足になるけれど、今回はアニエスはメイド服じゃない。そもそも馬車ではなく護衛の馬に乗っていた。残念。

「何度来ても綺麗なところでちゅね~~~」
 俺にデレデレではあるものの、それ以外の点ではルイズは正気だ。だから自分がいる場所もきちんと把握しているし、マロンの世話も普通にしている。どうやらルイズは以前ここに来た事があるらしく、マロンにあれやこれやと説明し始めた。
「ほらほらマロンちゃん、あそこに見えるのが今日泊まる御用邸でちゅよ~~~」
 いっぽうタバサもここには詳しいらしく、馬車から降りてくるなり湖を見渡してこう言った。
「湖がおかしい。洪水が起きている」
 それはアンリエッタとモンモンも気付いていたらしい。どうやら2人もここには詳しいようだ。
「おっしゃるとおりですわ、ミス・タバサ。村が水没してしまっていますわ」
「アンリエッタ様、あそこの平民に聞いてみましょう」
 モンモンの提案に従って、アニエスたち銃士隊が農民らしき男を連れてきて話を聞いた。その結果、やはり湖は大幅に増水しているという事が分かった。しかもこれは水の精霊のせいらしい。
「このままではわしらの村は潰れてしまいますだ。お願えします、何とかしてくだせえ」
「分かりました」
 懇願する農民に、アンリエッタは毅然と言った。
「わたくしはこの国の王女。苦しむ皆さんのために微力を尽くしましょう」
「はえ?」
 ぽかんとする農民。するとアニエスが声高らかに宣言した。
「控えよ! このお方こそ偉大なる始祖ブリミルの子孫にしてトリステイン王国が王女、アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下にあらせられる! その者、頭が高い!」
「うっへーっ!」
 慌てて平伏す農民。
 アンリエッタはしゃがんでその農民の手を取ると言った。
「恐れる必要はありませんわ。わたくしたち貴族の生活は、あなたがた平民あってこそ。皆さんの村を守るためならば、わたくしたちも喜んで手をお貸ししましょう」
「ももも勿体無いお言葉……!」
 あ~、こうやって見るとやっぱりアンリエッタは姫様なんだよね~~~~~
 そりゃ国民が困ってるとなれば、ど~にかするのは当然だよなあ?
 でもルイズのことも忘れずに何とかしてくれよな? 頼むから!

「姫殿下、日が沈む前に済ませてしまいませんと」
 ワルド子爵はルイズが俺にデレデレなのが気に入らないらしい。
 子爵に促され、アンリエッタとモンモンはさっそく水の精霊を呼び出す準備を始めた。
 モンモンの使い魔であるカエルのロビンに、2人は一滴ずつ自分の血を付けた。そしてロビンが湖に飛び込んで精霊のところまで行き、この2人が呼んでいると言うことを伝えるんだそうだ。
「マロンちゃんおいでいで。パパとお城作りましょうね~~~」
 いっぽうルイズはと言うと、俺を連れて波打ち際まで行き、マロンと一緒に遊んでいる。まったく能天気だなオイ。つき合わされる俺の身にもなれよな。マロンを遊ばせるだけなら俺は必要ねえだろ? つ~か俺と一緒に砂の城を作るって、どこの小学生だよ?!
 背後から睨んでいるワルドが凄く気になるぜ!
「ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ!」
 チビチョコボは湖が気に入ったらしく、よたよたと波打ち際を歩き回っている。湖だけに波はほとんど無いが、それでも多少はあるわけで、波が来るたびに慌てて陸へ逃げようとするのが笑いを誘う。
 とは言え、さすがは水鳥。マロンはすぐに湖に慣れ、よたよたと浅い水辺に入っていくようになった。波が来て水かさが増すと、一時的に水に浮くのだが、それも全く怖がっていない。ちょっと練習しさえすれば、すぐに泳げそうな感じだ。
「来たわ!」
 モンモンの声に顔を上げると、ちょうどロビンが戻ってきたところだった。湖を見ると驚いた事に、すぐ近くの水面が盛り上がり、そのまま高さ3~4メートルの人間の姿になった。全裸のモンモランシーの姿だ。
 意外とでかいじゃん。着痩せするタイプ?
 と言うのは置いておいて、モンモンは水の精霊との対話を始めた。
「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、旧き盟約の一員の家系よ」
 うへえ?
 モンモンの名前もルイズに負けず劣らず物凄いんだな。
 しかし水の精霊って初めて見たけど、何なのこれ? アメーバ? それとも水そのもの? あるいはあの水は単なる見せ掛けで、本体は水に棲む何かの生き物だったりして?
 俺がしげしげと精霊を眺めているうちに、モンモンは精霊との交渉を開始した。
 ところがモンモンが精霊の一部を分けて欲しいと言うと、精霊はそれを断った。
「断る。単なる者よ」
 後で説明して貰ったんだが、ルイズを治すのに必要な『水の精霊の涙』ってのは、実は精霊そのもののことなんだそうだ。要するに水の精霊は魔力を帯びた水なので、幾らでも分離できるし集合もできるんだそうだ。
 しかし分けてもらえないとなると困ったことになる。ルイズを戻せないからだ。
 アンリエッタは前に進み出ると言った。
「わたくしはアンリエッタ・ド・トリステイン。同じく水の使い手であり、旧き盟約の一員の家系でもあります」
 すると水の精霊はその姿をアンリエッタの全裸に変えた。
 うひょ~~~~~!
 あの膨らみ!
 あのくびれ!
 タマランぜこりゃ!
 サイズだけならキュルケの勝ちだが、バランスって意味じゃアンリエッタの方が遥かに上だね!
 アンリエッタは続けた。
「水の精霊よ、どうやらあなたはお怒りのご様子。一体何があったのです? あなたが湖の水を溢れさせたお陰で、多くの人々が生活に困っています。どうか怒りを静め、湖を元に戻してください。そしてモンモランシーの願いも聞き入れて頂きたいのです」
「単なる者よ、我は理解している。お前たちは我とは異なり、個は個であり、全ではない。ゆえに我が守りし秘宝を盗んだ者がお前たちではない事を、我は理解している」
「盗んだ? 今、盗んだと言われましたか?」
 モンモランシーはアンリエッタと顔を見合わせた。
 盗んだって、一体何を?
 つ~か水の精霊が一体何を持っていたんだ? 金の斧とか???
 精霊は続けた。
「しかし単なる者よ、我が守りし秘宝を盗んだ者がお前たちの同胞である事には変わりは無い。我はお前たちを信用できぬ」
 おいおいおい。これは困った事になったぞ。
 誰が何を盗んだのかは知らないが、それが原因で俺たちの言うことを聞いてくれなくなっちまったようだ。水の精霊からすれば人間なんてのはどれも同じようにしか見えないのかもしれないが、だからと言って俺たちまで盗人扱いされては困る。
 アンリエッタとモンモンもそう思ったらしく、困ったような表情で顔を見合わせている。
 ところが問題はそれだけではなかった。俺たちが目を離した隙に、新たな事件が持ち上がっていたのである。

 ……………あれ?
 あそこにいるのってマロンだよな?
 いつの間に泳いで行ったのか、水の精霊の足元にマロンがいる。
「ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ!」
 マロンはぎこちなく泳ぎながら、精霊の周りをぐるぐると回っている。何でまたそんな所に居やがるんだこのチビチョコボは?! ルイズは何やってたんだ?
 疑問に思ってルイズを見たら、ルイズはマロンを連れ戻そうとして湖に入り込んでいた。
「マロンちゃん! 駄目でちゅよ! それは水の精霊でちゅよ! おいたしたら駄目でちゅよ!」
 マロンを追いかけて、膝ぐらいの深さまで湖に入っているルイズ。
 更にその後をワルドが追いかけ、ルイズは後ろから抱えられるよにしてワルドに引き止められていた。
「駄目だルイズ、精霊に触れたら死んでしまうぞ!」
「止めないでワルド様! このままではマロンがマロンがマロンが!」
 おいおいおい、アンリエッタが交渉してる最中だってのに、一体何をやってるんだよ!
 しかも水の精霊は怒ってるってのに!!
「水の精霊よ、お待ちください」
 ルイズとワルドの喧騒を無視してアンリエッタが言った。
「わたくしはこの国の王女です。人間の世界ではそれなりに影響力を持っています。あなたの秘宝を盗んだ者が誰かは存じませんが、わたくしならばその者を探し出すことが出来ます。また、あなたの大切な秘宝そのものもわたくしが責任を持って取り返してご覧に入れます。ですから機嫌を直していただけませんか?」
 ところが水の精霊の足元では、更なる問題が発生していた。
 ちょっと目を放した隙に、マロンが水の精霊にくちばしを突っ込んでいたのだ!
「マロンちゃん?!」
 ルイズが思わず声を上げる。
 その大声に、さすがのアンリエッタもマロンを無視できなくなったらしい。モンモンと2人して小声でひそひそ言い始めた。
「大変ですわ! マロンが水の精霊を怒らせてしまったら、交渉どころではなくなってしまいますわ!」
「ああもうルイズは一体何をやっていたのよ?! ただでさえ水の精霊がご機嫌斜めだって言うのに!」
 しかしマロンは全く気にする様子もなく、水の精霊にくちばしを突っ込んだままだ。
 とは言え、ワルドは水の精霊に触れたら死ぬと言っていたが、特にマロンに変化は無い。
 ……ってか、飲んでるんじゃないか?
 この距離では詳細は分からんが、くちばしを突っ込んでいるマロンの姿は、まるで水を飲んでいるかのように見える。
 ……精霊って、美味いのか?!
「マロンちゃん! 戻って来なさい!」
「ピイッ?」
 ルイズに呼ばれて、ようやくマロンこっちを見た。
「ゲップ!」
 おいおいおい、やっぱり飲んでるだろ絶対?!

 ところが肝心の水の精霊は、マロンに飲まれたことを全く気にしていないどころか、むしろ機嫌が直ったかのようにこう言った。
「いいだろう。我はお前たちを信じよう」
 それを聞き、思わず嬉しそうに顔を見合わせるアンリエッタとモンモン。ぶっちゃけ俺もほっとした。
 しかし精霊は次に妙な事を言った。
「その鳥がお前たちと共にあるのならば、我もお前たちを信じよう」
「鳥とは? マロンの事をおっしゃっているのでしょうか?」
 戸惑ったアンリエッタが尋ねると、水の精霊は答えた。
「そうだ。お前たちが鳥と呼ぶその単なる者は、我と(いにしえ)の契約を交わした一族だ。我は自らの一部をその鳥と同化させ、ここではない場所に移動する事ができる。その代償として、その鳥は我と同じ力を使う事ができる」
 マジか?!
 マロンは水の精霊と同じ力を持っているのか?
 つ~か今、マロンは水の精霊を飲んで、その力を取り込んだって事なのか?
 水の精霊は更に言った。
「お前たちは我の一部を欲すると言った。だが我の一部は既にその鳥と同化している。我の力が必要ならば、その鳥の助けを借りるが良い」
「わっ、分かりました。ありがとうございます、水の精霊よ」
「ありがとうございます!」
 深々と頭を下げるアンリエッタとモンモン。
 うおお?!
 何だかよく分からんけど、マロンが単なるチビチョコボじゃなくなっちまったなあ? 今度からマロン様って呼ばなきゃいけないかもしれないぞ?
 アンリエッタは言った。
「では水の精霊よ、わたくしもあなたの願いを適えなくてはなりません。あなたの大切な秘宝と、それを盗んだ者のことを詳しく教えていただけますか?」
「我が守りし秘宝の名は『アンドバリ』の指輪。我が共に、時を過ごした指輪」
「聞いたことがありますわ」
 モンモンが言った。
「水系統の伝説のマジックアイテム。たしか、偽りの生命を死者に与えるという……」
「まあ! 物騒なアイテムですこと!」
 顔をしかめて嫌悪の表情をするアンリエッタ。
 しかしすぐに平静を装うと、精霊に尋ねた。
「それで、その『アンドバリ』の指輪を盗んだ者たちは、どのような姿形をしていましたか? 名前は分かりますでしょうか?」
「確か個体の一人が、こう呼ばれていた。『クロムウェル』と」
 その途端、それまでず~~~っと無言だった衛士隊隊長と銃士隊隊長が一斉に反応した。
「クロムウェル?」
 アンリエッタも聞き覚えがあるのか、首を傾げてアニエスを振り向いた。
「聞いたような名前ですね。どなたでしたっけ?」
 アンリエッタが尋ねると、隊長は素早く跪いて答えた。
「はっ。アルビオンの反乱を扇動している首謀者の名前がクロムウェルと言うのです。フルネームはオリヴァー・クロムウェル。偶然かも知れませんので迂闊な判断はできませんが……」
 ワルドを見ると、子爵も湖の中でルイズを抱えたまま厳しい顔をしている。その表情からすると、ただ事ではないようだ。
 しかしアルビオン?
 俺も聞き覚えがあるな。何だっけ?
 ああそうだ、アルビオンってのはアンリエッタの彼氏が王子様やってる国の名前じゃなかったっけ?
 おいおいおい、それって大問題だぞ?
 俺がアンリエッタを見ると案の定、彼女も不安げな顔をしていた。
 しかし彼女は毅然とした表情で水の精霊に向き直ると、こう言った。
「分かりました。『アンドバリ』の指輪はわたくしが責任を持って取り返しますのでご安心ください。ですから申し訳ありませんが水の精霊よ、湖の増水を元に戻していただけませんか?」
「分かった。その鳥がお前たちと共にある限り、我はお前たちを信じよう」



―― アンリエッタ ――

 ルイズが無事元に戻り、サイトさんとひと悶着ありましたが、わたくしはそれどころではありませんでした。もしアルビオンでの反乱に『アンドバリ』の指輪が関わっているのならば、反乱が容易に鎮圧されるとは思えないからです。ウェールズ様の身にももしもの事があるかも知れません。
 わたくしは以前ワルド子爵から提出された反乱軍に関する資料を、きちんと読んでいなかった事を後悔しました。
「それってヤバイんじゃないのか?」
 ルイズに散々な目に遭わされたサイトさんですが、その後アニエスからアルビオンの状況について説明を受けたらしく、痣だらけの姿のままわたくしの所へ来ると、真剣な表情で言いました。
「どう考えても変だろ? そのレコン・キスタってのが『アンドバリ』の指輪を使ってるって考えた方が自然じゃないか。そんなに物凄い勢いで勢力を増してるんならさ」
「確証も無いのに断定するのは禁物だ。それにアルビオンとて反乱の火種が全く無かった訳ではないだろう。不平不満を言う者はどこにでもいるものだ」
 アニエスの反論に、わたくしはモード大公の事件を思い出しました。確かにあれは忌まわしい事件でしたが、今の反乱とは関係ない筈です。
 それにサイトさんの言う通り、今回の反乱には奇妙な点が沢山あるのです。
 反乱と言うのは元来、不平不満の温床があって初めて成功するものです。貴族による反乱であろうと、平民による反乱であろうと、多くの人々による後ろ盾がなければ容易に鎮圧されてしまうのです。
 しかしアルビオンにおけるジェームズ一世殿の治世は概ね上手く行っていた筈であり、国中に不平不満が充満してたわけではありません。確かにアニエスの言う通り、不平不満を言う者はいたかもしれませんが、あくまでも少数であり、反乱に発展するとは全く思えなかったのです。
 サイトさんは言いました。
「とにかく指輪の事はアルビオンの王子様に伝えた方が良いんじゃないか? 万が一本当だったらヤバイだろう? 間違いなら間違いで構わないし」
「そうですね」
 わたくしは頷きました。
「学院に戻ったらウェールズ様に手紙を出す事にします。いえ、大丈夫ですよ。ロンディニウムは大きな都市です。そう簡単に反乱軍の手には落ちませんよ」
「なら良いけど」
 サイトさんは不安そうでしたが、わたくしは自分を勇気付ける意味も兼ねて言いました。
 そうです。
 ウェールズ様もジェームズ一世殿も有能な方です。反乱軍がロンディニウムに迫って来るとなれば、全軍を挙げて阻止する事でしょう。たとえクロムウェルが『アンドバリ』の指輪を持っていたとしても、そう簡単にハヴィランド宮殿を明け渡すような事にはならないでしょう。
 ……ああ、でも!
 この不安な気持ちはどうすれば収まるのでしょうか?

―――――
初版:2009/04/14 00:43



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~09 ロンデニウム陥落~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/04/26 22:01
女王陛下の黒き盾
~09 ロンデニウム陥落~


―― 才人 ――

「むふ♪ むふふふふふふ……………」
「相棒、気持ち悪いぜ」
 っと、いかんいかん。思わず笑っちまったけど、俺がここにいる事がバレたら結構ヤバイ。誰にも見つからないように慎重に行動せねば。
 俺は周囲をきょろきょろと見回すと、そそくさと壁際を移動した。無論、音を立てないように忍び足でだ。
 時は真夜中。
 場所はラグドリアン湖に建つトリステイン王家の別荘。
 その庭をこそこそと移動する俺。
 夜空には月が2個。そして雲が少々。
 多少は雲に隠れているとは言え、月明かりは十分に明るいから足元も周囲も見やすいけど、逆に言えば俺の姿も見つかりやすいわけだ。慎重の上にも慎重を期さねば。
 それにしても、この変な月にもだいぶ慣れたよなあ?
「隠れろ相棒! 見回りだ!」
「っ!」
 デルフが小さく叫び、俺は即座にその場に伏せた。
 カツ、カツ、カツ、カツ……
 曲がり角の向こう側から接近してくる足音がする。銃士隊の誰かに違いない。
「……………」
 カツ、カツ、カツ、カツ……
 俺は単純に植木の陰に伏せているだけなので、ちょっと覗き込まれれば一発で見つかってしまうのだが、そいつは俺を発見することなく通り過ぎて行った。
 やれやれ。
 銃士隊の連中は平民だから、隠れている誰かを発見するような使い魔を使役できないし、魔力の必要なマジックアイテムも使えない。アンリエッタを守るとは言っても、連中はしょせん二次的な防衛部隊なのであって、本当の意味でアンリエッタを警護しているのは魔法衛士隊なのだ。
 しかし年頃の女の子であるアンリエッタを屈強な男共が直接警護するなんて有り得ないからな。ワルドたち魔法衛士隊は別荘の外壁で警備に当たっている。要するに奴らは外部からの侵入者を警戒しているのであって、俺のように最初から敷地内にいる男は対象外なのである。
 と言うわけで、俺はアンリエッタの寝室を目指しているのだっ!
「もういいぞ。くれぐれも音を立てるなよ」
 へいへい。わかってるって。
 それにしてもデルフリンガーの目って本当にどういう仕掛けなんだろうな? 壁の向こう側までは分からないものの、曲がり角の死角はある程度見えているらしいからな。お陰で重宝してるけど、実は光じゃなくて音で見ているのかも知れないな。
 俺は慎重に移動を開始した。

 数分後、俺はアンリエッタの部屋の真下に辿り着いた。
 アンリエッタがいるのはこの別荘の最上級のスイートルームだ。俺なんか入る事はもちろんチラ見すら出来やしない。廊下を通りかかっただけで銃士隊に追い払われちまう。
 とは言え、寝室である以上は静かにする必要があるわけで、銃士隊の連中もこの真ん前だけは歩き回らない。見張りも少し離れた位置から監視しているだけだ。
 なので、もう少し雲が月を遮りさえすれば、誰でも部屋に侵入できるわけである。
 無論、窓の鍵を開けられれば、の話だが。
「むふふ♪」
 俺は下から窓を見上げて、思わず笑みを漏らした。
 この別荘を管理している連中も貴族だから(もちろんメイドもいるけど)、この窓にも魔法によるロックがかかっているだけで、魔法以外の解錠方法への防御は弱いに決まっている。この俺様の手にかかれば簡単に開くだろう。
 いや、開けて見せる!
 そして愛しのアンリエッタにルパンダイブだぜっ!
「なあ相棒、本当にやるのかね?」
 黙れボロ剣!
 男には、やらねばならぬ時があるのだ!
 俺は雲が濃くなって来た頃合いを見計らうと、鞘ごとデルフリンガーを地面に突き立てた。
 ガスッ!
「まったく。俺様は伝説の魔剣だぜ? その俺様を脚立代わりに使うなんて……」
 ブツブツ言うデルフを無視して、俺は壁とデルフとに足をかけ、器用に壁をよじ登った。
「よっと!」
 よしよし、何とか窓に手が届きそうだ。
 俺は慎重に周囲を見回して安全を確認すると、鍵を探るべく窓を見上げた。

「……………ん?」

 白かった。
 何が起きたのか分からないが、とにかく白かった。
 白いデルタゾーンだった。
 ぱふっ!
 その白が俺の顔面を直撃すると同時に、若い女のソプラノが小さく響いた。
「えっ?!」
(おわっ?!)
 その直後、その女の体重が一気に俺の顔と両肩にのしかかり、俺は声すら出せず、そのまま仰け反るようにして地面に落下した。もちろん「白」も一緒にだ。
「えっ?! えっ?!」
(うおお?! 落ちる?!)

 どげし!

「ひゃっ?!」
 アンリエッタ…… 意外と重かった…… んだ…………… な……………(ガクリ)



 ……
 ………
 …………
 ん?
 目が覚めたら自分がどこに居るのか分からなかった。どうやらアンリエッタの部屋の真下ではなく、どこかの草むらのようだ。
 空は曇りで月明かりはほとんど無い。あたりは闇に近く、松明やロウソクなどの明かりも全く無かった。
「おう相棒、ようやくお目覚めか?」
「うへえ?!」
 首から上だけ起こして周囲を見回すと、ようやく自分の居場所が分かった。湖だ。湖の脇の茂みの中だ。
 いつの間にか俺はラグドリアン湖の湖畔に運ばれていたのだ。アンリエッタが運んだのだろうか?
「デルフ、アンリエッタは?」
 俺が尋ねると、すぐそばの木に立て掛けられているデルフはなぜか言葉を濁した。
「ああ、あの姫様はだな、そのうち戻ってくるだろうよ」
「戻ってくる?」
 俺は上半身を起こし、きょろきょろとアンリエッタの姿を探した。
 しかし愛しのお姫様の姿は影も形も無い。
「それより身体は大丈夫かね? 結構いい音がしたんだが」
 そうだった。
 俺がアンリエッタの部屋の窓を開けようとした時、まさにぴったりのタイミングでアンリエッタが窓から飛び降りてきたのだ。おそらくアンリエッタも月が陰るタイミングを見計らっていたに違いない。
 飛び降りたとは言ってもフライかレビテーションを使っていたらしく、俺はアンリエッタの下敷きになったものの、特に怪我は無い。
 やれやれ。
 さすがの俺も、アンリエッタのスカートの中に顔ごと突っ込むとは思わなかったぜ。
 それにしても、あの感触!
 アンリエッタの魅惑のデルタゾーン!
 モンモンの絶対領域やキュルケの谷間も魅力的だったけど、やっぱりアンリエッタは次元が違うね! 何しろ顔面で直接感触を味わっちゃったしな!
「うへ、うへへ、うへへへへ……………」
「あ~、相棒。何を思い出してるんだか想像付くけどよ、気持ち悪いぜその顔」
 っと、いかんかいかん。
 俺は慌てて涎を拭くと、立ち上がってデルフを背負った。
 いったいアンリエッタはなぜ部屋を抜け出したりしたんだろう? そして、いったいどこへ行ったんだ???
「待て待て待て相棒、どこへ行こうって言うんだよ? あのお姫様はここに居ろって言ってたぜ?」
「え? なんで?」
「何でって、そりゃあ、その、なんだ……」
 なぜかデルフが反対したけれど、俺はアンリエッタを探しに湖に出た。
 だって、俺がアンリエッタの部屋へ侵入しようとしたのは、愛しのアンリエッタに愛の告白をする為なんだからな! 計画が狂ったからと言って、ここで諦めてたまるかよ!
「俺は忠告したからな。どうなっても知らねえぞ」
 デルフは意味深な台詞を言うけれど、理由を説明してくれないのなら従う気は無いね。
 俺はきょろきょろとアンリエッタを探しながら、湖畔の砂地へと出た。

「ううむ…… アンリエッタはどこだ?」
 湖畔に出たのは良いけれど、こう暗くっちゃ人探しなんて出来る訳が無い。こうなると雲が出てるのが恨めしくなってくるな。
 月を見上げると、雲はゆっくりとだが流れていて、少し経てばまた月明かりが出て来そうな感じだ。
 ここは慌てず、少し様子を見るか?
 俺は振り返って別荘を眺めた。
 別荘それ自体は湖畔脇の小高い場所にあり、ここからの距離は200~300メートルってところか? 衛士隊の連中も湖畔までは警備していない。
 アンリエッタはあそこの自分の部屋を抜け出して、俺と遭遇してそのまま俺をここまで運んできた。
 わざわざ湖畔まで来たってことは、やっぱり湖を見たかったんだよなあ?
 ってことは、この近くにいると思うんだが……?

 ぱしゃっ……

 ん? 水の音だ。
 魚か?
 闇の中、目を凝らして水面を見ると、何かが水面を泳いでいる。アンリエッタか?!
 と思ったら、不意に水面が盛り上がった。

 ザバッ!

 まさか水の精霊?!
 その水面は立ち上がって等身大の女の姿になると「ふう」と大きくため息をついた。
 水の精霊じゃない! アンリエッタだ! 本物のアンリエッタが全裸で浅瀬に立っている!
 これは夢か?!
 幻か?!
 俺は思わず息を呑んでその姿に見とれた。
 曇っているためか、アンリエッタは明らかに俺には気付いていない。すっぽんぽんのまま手串で髪から水気を切っている。やや仰け反り気味の姿勢が、普段は服に隠されている胸の膨らみを強調していて、俺は生唾ゴックン鼻血ブー状態だ!
 そして細くくびれた腰!
 小ぶりなヒップ!
 更に生足!
 この世界に召喚された時、アンリエッタは俺を連れて城の中を走り回ると言う、ちょっとした騒ぎを起こした。だからドレスに隠されたアンリエッタの足が意外と速いってことを俺は知っている。きっと小股の切れ上がった美人モデルのような足をしてるに違いないと思っていたんだが、実際その通りだったようだ。
 曇り空とは言え月明かりの下で、普段はドレスに隠されているアンリエッタの秘密の部分が丸見えになっている。
 昼間、水の精霊が見せた偽者のアンリエッタではなく、正真正銘の本物のアンリエッタがすぐそこに!
 惜しいぜ!
 これで雲が出てなければもっと良く見えるのに!
「?!」
 あ……
 アンリエッタがこっちを見た。

「きゃ~~~~~!」

 悲鳴と共にその場にうずくまるアンリエッタ。
「ごっ! ごめんっ!」
 俺はダッシュで逃げ出した。
「サイトさんのエッチ~! 馬鹿あ~! 死んじゃえ~~~!」
 背後からアンリエッタが叫んでいる。
 うへっ!
 まさかルイズばりの暴言を吐かれるとは思わなかったぜ。
「あ~あ、だから忠告したってのに」
 うるさいわ!
 男たる者、惚れた女の裸を覗き見るのは当然だっ!
 それこそ男の本能!
 いつか必ずアンリエッタの柔肌に俺の手垢を付けてやるぜ!
 キスマークも付けてやるぜ!
 (ピー)も(ピー)して(ピー)(ピー)(ピー)してやるぜ!

 アンリエッタ最高っ!



―― ウェールズ/ロンデニウム/ハヴィランド宮殿 ――

 私が父上のもとへと駆けつけた時、父上は玉座に座ったまま頭を抱え、自分の膝に突っ伏すように丸くなっていた。
 周囲には執事もおらず一人きり。私の足音にも無反応のままだ。
「父上! 何が起きたのです?」
 私が声をかけるとようやく父上は上体を起こし、焦点の定まらない目で私を見ると言った。
「ウェールズよ…… 聞いておるか? エドワードが裏切りおった」
「何ですって?! ヨーク公が?!」
 その知らせには私も絶句せざるを得なかった。
 ヨーク公爵は我が王家の直系。アルビオン公爵家の中でも最も近親の家系だ。そのヨーク公が父上を、いやアルビオンを裏切る事など有り得ない!
 父上は言った。
「わしはもう何を信じたらよいのか分からぬ。エドワードは…… エドワードだけは裏切らないと信じておったのに……………」
「お気を確かに。ヨーク公が裏切ったからと言って、他の者までもが裏切るとは限りませぬ」
 だが父上は弱々しく首を振って言った。
「いいや我が息子よ。もはや誰も信用できぬ。誰がいつ裏切るかも分からぬ。(ちん)だけではない、臣下の者たちも疑心暗鬼に駆られておる。こうなっては最早、朕は王としての体面を保つ事などできぬ」
 私は玉座に走り寄り、父上の老いた手を取って言った。
「何を言われるのです父上! ヨーク公は何者かに操られているに違いありません。父上もお聞き及びでしょう? 奴らが虚無を使っているという噂を」
「それが真実だったとしても今さら手遅れじゃ。エドワードが裏切ったからには、このロンデニウムの西半分はもはやレコン・キスタの手に落ちたも同然なのじゃぞ? 奴らがこの宮殿になだれ込んで来るのも時間の問題じゃ。今さら全軍を挙げて奴らを打ち倒せと命じたところで泥沼化は避けられぬ」
 確かに父上のおっしゃる通りだ。
 これまでレコン・キスタは幾多の貴族たちを取り込んで兵力を増やしてきた。そしてヨーク公爵を取り込んだことで、ついにその兵力は我々と互角になってしまった。むしろ疑心暗鬼に駆られて戦意の落ちた我々の方が不利かも知れない。
 しかし私は言った。
「ですが父上、正義は我々の側にあるはずです。正当なアルビオン王家は我々なのですから。我々が王家である限り、奴らは反逆者なのであり、反逆者は討伐されなければなりません」
「その通り! その通りじゃ、我が息子よ!」
 父上は必死に私の手を握り返してきた。
「じゃが何故皆は朕を裏切る? 朕は本当に王だったのか? 実は朕は単なる飾りで、本物の王は別にいたのではないのか?」
 父上の悲痛な声に、私は何も言う事ができなかった。
 冷静に考えれば、レコン・キスタが何らかの方法で裏切りを起こさせていることは確実だ。ヨーク公爵も自ら進んで裏切った訳ではない筈だ。
 しかし、こうも裏切りが連続して続くと、冷静に考える事などできなくなってくる。父上だけでなく、この私ですらも、実は砂上の楼閣に胡坐をかいていたのではないかと不安になってくる。その不安こそがレコン・キスタの狙いだと理性では分かっていても、感情はどうしても揺れ動いてしまうのだ。
 せめて奴らが虚無を使っていると言う決定的な証拠でもあれば……!
「申し上げます!」
 不意に老執事が入ってきて、うやうやしく頭を垂れつつも、こちらの許可を待たずに言った。
「エディンバラ公爵殿が反旗を翻されました」
「なっ?!」
「なんだと?!」
 あまりの驚きに立ち上がった父上は、心理的ショックと肉体的ショックをダブルパンチを受けて痙攣を起こしてしまった。
「お……………」
 胸をおさえ、口から泡を吹いて倒れる父上。
「ちっ、父上!」
 その父上を私は慌てて抱きとめた。
「水のメイジ! 水のメイジを早く!」
「ははっ!」
 私が叫ぶと、老執事は慌てて走り去った。その声が次第に遠ざかりつつ、廊下から響いてくる。
「誰か! 誰かおらぬか!」
 だが私は父上に回復魔法をかけつつも、別のことを考えていた。
 もはや我々はロンデニウムを維持できない。
 撤退するとなればニューカッスルしか選択肢は無いだろう。
 だが、たとえレコン・キスタの策略であるにせよ、諸侯が次々と裏切っている現状で、いったい何人の臣下が我が父に従ってくれるだろうか?

―――――
初版:2009/04/16 22:03



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~10 王女様と湖畔でデート?~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/05/19 22:39
女王陛下の黒き盾
~10 王女様と湖畔でデート?~


―― 才人 ――

 とりあえず俺は、さっき目を覚ました場所辺りまで戻ってきた。
「はあ、はあ、はあ、いや~良いもん見たなあ~~~~~」
「な~に言ってんだよ相棒、後で怒られても俺は知らねえぞ?」
 デルフが言うのももっともだ。
 何しろアンリエッタの全裸をまじまじと見ちまったからな。早めに謝っておいた方が良さそうだ。
 俺は湖の方を振り返った。
 湖は相変わらず静かに波打っていて、アンリエッタも水から出た(であろう)今となっては、薄曇りの月明かりが反射しているだけだ。海とは違って波はほんの少しだけだから、わずかにチャプチャプと言う音が……
 あれ?
 急に波音がしなくなったぞ? いや波音が消えたと言うより、あらゆる音が消滅したという感じだ。
 まるで突然難聴になったような……
 と思う間もなく、俺は唐突に宙に浮かび上がってしまった。
(お? お? おおっ?!)
 ジタバタと暴れる俺。しかしどうする事もできない。しかも自分の口から出た筈の叫び声が、自分の耳に聞こえない。
(おわっ! 落ちる! じゃなくて飛んでる?!)
 俺はそのままぐいぐいと湖の方へと引き戻された。俺の意思とは無関係に、俺の身体は空中に浮かんだまま波打ち際を飛んでいく。
 それがアンリエッタのフライとサイレントだと言うことに気づいたのは、俺がアンリエッタの目の前まで連れ戻されてからだった。
(あ、アンリエッタ?)
 既に服を着たアンリエッタが杖を構えている。服とは言っても普段着ているドレスではなく、ネグリジェみたいな緩い服なんだが。
 そのアンリエッタが杖をひょいと動かすと、俺は浮き上がった時と同様に、唐突に砂浜に落下した。
「おわっ!」
 どすっ!
「あいた!」
 思いっきり尻餅をつく俺。同時に声も出せるようになったようだ。
 俺は自分の尻をさすりつつ、アンリエッタを見上げた。アンリエッタは無言のまま仁王立ちのような感じで立っている。
「あ、アンリエッタ?」
「(つ~ん)」
 あ、あれ? 無言のままそっぽを向かれちゃったよ。
 俺は慌てて言った。
「あ、あのですね、アンリエッタ様、怒っていらっしゃいます?」
「(つ~ん)」
 あれれ? 今度は反対側を向いちゃったよ。身体は俺のほうを向いたまま、首だけがそっぽを向いている。
 これはヤバイ。
 俺は慌てて砂の上に正座すると、顔面ごと砂に突っ込むようにして思いっきり土下座した。
「もっ、申し訳ありませんでしたあ~っ!」
 怒ってるよ。
 めっちゃ怒っているよアンリエッタ!
 しかしアンリエッタはこう言った。
「別に、怒ってなんかいませんから」
 いやいやいや、思いっきり怒ってるだろ?! これ以上無いくらい怒ってるだろ?!
 アンリエッタは続けて否定した。
「わたくしの裸を見らたからと言っても、別に減るものではありませんし、気にしてません。サイトさんが居るってことは分かっておりましたし。ついつい浮かれて、いつまでも泳いでいたわたくしが悪いのです」
 口ではそう言ってるけどアンリエッタ、内容と口調が正反対だよ。言葉の端々に怒気が篭っているんだよね!
 俺が土下座したままでいると、アンリエッタは更にこう言った。
「それに、わたくしも以前、サイトさんの裸を目撃してしまいましたし。これでおあいこです」
 あ~~~~~
 そんな事もあったねえ?
 なんだかずいぶん昔の事のような気がするぜ。あの時はち○ち○見られた上に、水洗トイレみたいに流されちまったんだよなあ……
「ふう……………」
 俺が土下座したままでいると、アンリエッタはなぜか溜息をつき、それから言った。
「サイトさん。もしよろしければ、少し歩きませんか?」



 はてさて、どうしたものか?
「……………」
 アンリエッタは無言のまま湖畔を歩いている。
「……………」
 俺も無言のまま後ろに続いている。
 薄曇りの月明かりに照らされたアンリエッタの後姿だけでは、アンリエッタが怒っているのかどうかは分からない。さっきアンリエッタは怒っていないと言っていたが、それは明らかに嘘だし、歩こうと言い出した意図も分からない。アンリエッタの性格から言って、いきなりここでブチ切れるなんてことは無いだろうが、無言のままでは気まずい事この上ない。これだったらルイズ並に暴言を並べ立てられた方がマシだ。
 アンリエッタの暴言……
 ありえねえ!
 自分で想像して自分で却下だよ。
「ふう……………」
 そんなことを考えながら歩いていたら、再びアンリエッタは溜息をつき、それから口を開いた。
「やっぱり男の人って、女性の裸を見たがるものなんですか?」
 え?
 何を言い出したかと思ったらソレっすか?!
 そんなことを聞かれてもねえ?
 そりゃもちろん見たいぞ? うん。特にアンリエッタの裸は。
 でも正直に答えちゃって良いのか?!
「ウェールズ様もそうでした」
 俺が返答に困っていると、アンリエッタは勝手に自己完結したらしく、俺を振り返りもせずに続けた。
「ちょうどさっきのサイトさんと同じように、わたくしの裸を覗き見ていたんですよ?」
 ほほう。やるな、ウェールズ。
 どんな奴かは全く知らないが(いや、王子だって事は聞いてるが)、行動パターンは俺と同じなのかも知れない。なんだか親近感が沸いて来たぞ?
「でも、ウェールズ様はサイトさんみたいに逃げ出したりはしませんでしたけれど」
 あっそ。悪かったねそりゃ。
 つ~かウェールズはアンリエッタの裸をガン見したままだったってのか?
 何だかムカついて来たぞ?
 するとアンリエッタはくるりと俺を振り返って、悪戯っぽく笑って言った。
「それに、ウェールズ様はわたくしの事を水の精霊のように美しいって言ってくださったんですよ?」
「いや、俺だってそう思ったし。つ~か水の精霊よりアンリエッタの方が何倍も綺麗だし!」
 俺は思わず言った。
 くそう!
 王子だか何だか知らないが、そんな奴に負けてなるものか! 俺はアンリエッタの使い魔だぞ? 死ぬまで解けない絆で結ばれてるんだぞ? 王子だからって調子に乗るなよウェールズ!
 ところがアンリエッタは疑り深げに目を細めると、こう言った。
「でも、サイトさんはミス・ツェルプストーのような胸の大きな女性が好きなんですよね? この間も一緒にお風呂に入っていらっしゃいましたし」
「ちっ、違うって! あれはキュルケが勝手に入ってきたんだって!」
 俺は慌てて言った。
 あの誤解は既に解けたと思っていたのに、アンリエッタはまだ納得していなかったようだ。
 俺は必死に続けた。
「俺はアンリエッタ一筋だって! アンリエッタこそ絶世の美女! アンリエッタ最高! アイ・ラブ・アンリエッタ!」
「本当ですか? それってルーンのせいなのではありませんか?」
 相変わらず悪戯っぽく笑ったまま、疑りの眼差しを向けてくるアンリエッタ。
 ひょっとして、わざとやってるのか?
 俺は必死に否定した。
「ルーンなんか関係ないって! 俺がアンリエッタに惚れてるのは俺の意思! 俺の本能だって!」
「わたくしの裸を覗き見たのも本能なんですね?」
「ぐはっ!」
 ぜってーわざとだよ。
 本来のアンリエッタはこんなに性格悪くないし!
 俺を陥れようなんてしないし!
 いったいどうしたらアンリエッタの機嫌を直せるんだ?



 しかしアンリエッタは本当に、もう怒ってはいなかったようだ。ただちょっと俺をからかって見たかっただけらしい。
「ふう……………」
 アンリエッタは俺をそれ以上追及することはせず、またしても溜息をつくと、湖へと向き直った。
 僅かな風がアンリエッタの髪を揺らしている。
 そしてしばらくそのまま突っ立っていたが、やがてこう言った。
「ちょっと……座りませんか?」
 そしてアンリエッタはそのままゆっくりと砂浜へと腰を下ろした。
「あ、ああ……」
 俺もアンリエッタの隣に腰を降ろした。邪魔なデルフは鞘に収めたまま砂に突き立てた。
「……………」
「……………」
 しばらく無言が続いた。
 しかし俺は内心気が気ではなかった。
 だって、最愛のアンリエッタがちょっと手を伸ばせば届く距離にいるんだぜ? それも普段のようなドレスではなく、寝巻き用の無防備なネグリジェ姿で!
 風になびく髪から、僅かながら香水の香りも漂って来るし。
 男なら誰だって抱きしめたくなるだろ?
 ぶっちゃけ押し倒したくなるだろ?

 つ~かマジ押し倒したい!

「あれからもう3年も経ってしまいました」
 っと、いかんいかん。
 幾らなんでも本当に押し倒したら犯罪だよ。
 俺はアンリエッタに気付かれないように咳払いすると、彼女の言った言葉の意味を考えた。
 ええと、あれから、ってのはウェールズに裸を見られてからって意味だな?
 我が愛しの王女様は、湖を見つめたまま独り言のように言った。
「いったい、いつになったらウェールズ様と再会できるのでしょう?」
「ん? 会いに行っちゃいけないのか?」
 意外に思った俺は尋ねた。
「会いたければ会いに行けばいいだろう? ってか、3年も会ってないってのがビックリなんだけど」
 アンリエッタがウェールズと深い中になるのは俺の本意ではないが、だからと言って2人の仲を妨害するつもりも無い。アンリエッタが俺のことを好きになって欲しいとは思うが、姑息な手段でアンリエッタとウェールズの仲を引き裂くのは男として最低だろう。
 だからアンリエッタがウェールズに会いたいと思っているのなら、それを妨害する気はさらさら無い。もちろん俺も一緒に行くけどな。
 しかしアンリエッタはちらりと俺を見ると、小さく笑って言った。
「うふふふふ、サイトさんは自由で羨ましいですわ。わたくしも何度そう思った事か……」
 ううむ。
 よく分からんが、王女と言う立場上、おいそれとは会いに行けないのか?
 アンリエッタは続けた。
「これまで何度かお会いする機会があるにはあったのです。ですがその度に、何かしらお会いできない理由が出来てしまうのです。お母様が病気になったり、どこかで事件が起きたりとか。その度にわたくしのアルビオン行きは延期されてしまうのです」
 ふうん。
 ま、それは俺にとっちゃラッキーとしか言いようが無いけどなあ?
 つ~か誰かの策略のような気がしなくも無いけどね?
 と思ったら、アンリエッタ自身もそう思っていたようだ。
「きっと、わたくしとウェールズ様との仲を引き裂こうとする誰かの仕業に違いありませんわ。この前もアルビオンでの舞踏会に出席する筈だったのですが、ゲルマニアとの同盟交渉の方が重要だからと言って、マザリーニ枢機卿に無理やりゲルマニアに連れて行かれてしまったのです」
「マザリーニって鳥の骨?」
「そうですわ」
 ああ、あれね。
 俺がアンリエッタに召喚された時に、教会の中にいたジジイがマザリーニだ。鳥の骨ってあだ名に相応しい痩せたジジイだったな。
「まったく! せっかくのウェールズ様からのお誘いだったのに! あの時ほど枢機卿をスープのダシにしてしまおうと思った事はありませんでしたわ!」
 鶏がらスープっすか?
 アンリエッタはマザリーニ枢機卿に妨害された怒りを思い出したらしく、鳥の骨への不満をぶちまけ始めた。
「いつかウェールズ様と一緒に踊れると思ったからこそダンスの練習にも勤しんだのですよ? アルブレヒト三世みたいな品のない人に見せるためではありませんわ!」
 へいへい。
 もちろん俺と一緒に踊るためでもないし、俺に見せるためでもない訳ね。
「それなのに枢機卿ったら、口を開けばゲルマニアとの同盟の事ばかり。あの人の頭の中には強い国に媚びへつらう事しか無いのですわ!」
 そりゃ好きでも何でもない中年オヤジの所に嫁入りなんて冗談じゃないよなあ?
 でもよ、俺としちゃアンリエッタが誰と結婚しても結果は同じなんだけどね? 俺以外なら誰でもね?
「元老院の皆さんも、わたくしの事をただの小娘としか思っていませんし! わたくしなど早くどこかへ嫁がせて、ヴァリエール公爵か誰かを王座に据えたいと思っているに違いありませんわ!」
「え? 何それ?」
 アンリエッタの愚痴を黙って聞いていた俺だが、あの公爵が国王になると聞いて驚いた。だってあのオッサン、王家じゃなくて公爵家だぜ?
 するとアンリエッタは言った。
「あら、ご存じないんですね? わたくしの母とヴァリエール公爵は従兄妹同士なのです。つまりわたくしから見れば公爵は大叔父という事になります。公爵よりも王家に近い血縁の方は他にいらっしゃいませんから、わたくしが結婚して子供が生まれるまでは、王位継承順位はヴァリエール公爵が第2位、続いてエレオノールさん、カトレアさん、ルイズの順なのです」
「うへえ? そうだったんだ……………」
 あのオッサンが国王?
 俺は思わず玉座に座るヴァリエール公爵の姿を想像した。
 ……何だかアンリエッタより似合ってないか?
 と思ったら、アンリエッタが再び疑り深げな目をして俺を覗き込んだ。
「サイトさん? 今、何か失礼な事を考えていませんでしたか?」
「いっ、いやっ! そんな事は無いって!」
 鋭すぎるぜアンリエッタ!
 しかしアンリエッタは湖へと向き直ると、再び愚痴り始めた。
「ともかくマザリーニ枢機卿だけでなく、わたくしがゲルマニアに嫁いだ方がトリステインのためになると考える人は多いのです。特にヴァリエール公爵に近い人々は尚更です」
「でもよ、公爵本人はそんな事は全然言ってないんじゃないか?」
 あのオッサン、自分でお立ち台の上に立つよりは、影から操るタイプだぜ?
 俺が反論するとアンリエッタは言った。
「ええ。でも公爵は自分の王位継承順位を理解していらっしゃいますからね。下手にわたくしを嫁がせようと公言したりしたら、公爵に敵対的な人々が猛然と反対なさるでしょうから、表面的には公爵は何もおっしゃらないのです」
 こっ、怖え!
 トリステインの王宮の裏側のどろどろした物を見たような心境だぜ!
「ふう……………」
 アンリエッタは何度目になるか分からない溜息をついてから言った。
「今は学院におりますから多少は自由な時間がありますけれども、これが王宮だったらとてもとても。幾らルイズのためとは言え、わたくし自身がラグドリアン湖に来るなんて芸当は不可能だったでしょう」
「なるほどねえ……」
 ま、日本の天皇陛下も似たような感じなんだろうな。俺たちパンピーがそれを知ることは無いだろうけどさ。
 しかし俺は言った。
「でもよ、アルビオンってどれくらい遠いのか知らないけどさ、学院にいる今ならこっそり抜け出して会いに行っちまう事もできるんじゃないか?」
「そんなに簡単には行きませんよ」
 アンリエッタはやんわりと否定した。
「ここラグドリアン湖はガリアとの国境にあるとは言え、一応は国内ですからワルド子爵たちも反対はしませんでした。ですが元老院に無断で外国に行くのは無理だと思いますわ。特にアニエスが絶対に反対するでしょう。危険ですし、下手をすると外交問題になりかねませんし。ましてやアルビオンは浮遊大陸ですから、おいそれとは行けないのです」
「え? は? 浮遊大陸?」
 聞きなれない言葉に俺が聞き返すと、アンリエッタは頷いて答えた。
「ええ。アルビオンはあの」―――西の空を指差し―――「空の彼方に浮かんでいるのです」
「浮かんでるって?! え? 城が?」
「大陸が、です」
「マジか?!」
 いやはや参ったね。
 月が2つあるってのにも参ったけど、大陸が浮かんでるって何だよそれ?
 ニュートンはどうした? 万有……だったっけ? 引力の法則はどうなってるんだよ?
 アンリエッタは続けた。
「ほらサイトさん、月を見てください。もうすぐ二つの月が重なりそうでしょう? 『スヴェル』の月夜ですわ。アルビオンは二つの月が重なる『スヴェル』の月夜にトリステインに最も接近するのです」
「ほお?」
 ただ単に浮かんでるだけじゃなくて、あっちこっちに移動までしやがるのか、この大陸は。ムー大陸もびっくりだぜ?
「はあ……………」
 アンリエッタはまたしても溜息をつくと言った。
「今ここでグリフォンに乗って、ラ・ロシェールまで行ってアルビオンへ……」
 そうつぶやくアンリエッタの横顔は、夢見る少女と言うよりは、哀愁に暮れる未亡人と言った風情だった。
「そんな事が本当に出来たら、どんなに幸せだったでしょうか?」
 いや、出来るだろ?
 ……とは言わなかった。
 言ったら、アンリエッタは本当に実行しちまいそうだったし。アルビオンまで行っちまったら、アンリエッタは間違いなくウェールズとラブラブだろう? さすがにそれは我慢できねえよ。
 俺の心の中のチキンな部分が、おれ自身へのトドメを刺すのをためらったんだよね。

 だが自分でも意外だったが、結局俺はアンリエッタをアルビオンへ行かせる事になる。

―――――
初版:2009/05/10 10:06
改訂:2009/05/19 22:41



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~11 ド・ラ・ロマネコンティ公爵~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/06/26 01:14
女王陛下の黒き盾
~11 ド・ラ・ロマネコンティ公爵~


―― マザリーニ枢機卿/トリスタニア城/マザリーニ枢機卿の執務室 ――

 ド・ラ・ロマネコンティ家と言えばトリステイン3大公爵家のひとつであり、ヴァリエール家と並んでトリステインで最も影響力の大きな貴族でもある。
 ロマネコンティという名が示すとおり、先祖はかつてのロマリア国王、始祖ブリミルの弟子であるフォルサテにまで遡る。すなわちロマネコンティ家は、トリステイン王家とロマリア王家の両方の血を受け継いでいるのである。そのため代々ロマネコンティ家の人々は気位いが非常に高く、他のトリステイン公爵家とは折り合いが悪い。特にヴァリエール家とは犬猿の仲だ。
 もっとも、当代のロマネコンティ公爵は僅か30歳そこそこの若さであり、元老院の中でも若造扱いされている点は否めない。先代が傍若無人だっただけに尚更だ。
 とはいえ、若いだけに公爵の容姿は悪くない。すらりとした長身にロマリアの血を示す銀髪が特徴的であり、あちこちのパーティでの様子を見ていても女性には人気のようだ。マリアンヌ太后やアンリエッタ姫殿下とも親しく、妻のロザリー殿は気が気ではないだろう。それがロマネコンティ家と言う家柄によるものなのか、それとも公爵本人の実力(容姿も含めた)によるものなのかは定かではない。
 ただ、私から見たロマネコンティ公爵の弱点は、その若さを武器にしていない、あるいは出来ない点だろう。
 若さゆえの過ち、という言葉が示すとおり、若い者は無茶をする傾向があり、時に大きな過ちをしでかす。しかし逆に若さゆえに、それらの過ちを許されるという特権も併せ持つ。つまり若い者には何度もチャンスを与えられるのだ。
 しかし若くして公爵となった現在のロマネコンティ公爵は、過ちを犯すことを許されなかった。
 先代が亡くなるや否や、ヴァリエール家との激しい政治的せめぎ合いに晒された彼は、常に成功し続ける事を求められた。失敗は即、政治的没落を意味していた。なので彼は、買収や篭絡と言った汚い手を使わざるを得なかった。彼の周辺で不審な死を遂げた貴族は何人もいるし、彼がマフィアやら傭兵やらと言った貴族崩れの連中と通じている事を示す証拠も沢山ある。それらの証拠をかき集めれば彼を追い詰めることも不可能ではないだろうが、追い詰める側もそれ相応の覚悟が必要になるだろうから、私もヴァリエール公爵もそこまでは手を出していない。
 ともかく彼はそんなやり方で、従来からロマネコンティ家に近かった貴族たちはもちろん、一歩距離を置いていた者たち、あるいは二つの公爵家の間で漁夫の利を得ていた者たちまでもを取り込んでしまった。この若き公爵は、トリステインの裏社会を牛耳る存在にまで成長してしまったのである。
 皮肉な事に、政敵であるヴァリエール公爵がロマネコンティ公爵を育てたのだ。

 さて、私がこんな回想に耽ったのは、珍しくそのロマネコンティ公爵が面会を求めて来たからである。
 それも、内密に。
 はてさて、いったい何の話なのだろうと疑問の思いながら待ち構えていたら、内容は案の定、ヴァリエール公爵の事だった。
 通り一遍の挨拶が済んでソファに腰掛けると、私がグラスにワインを注ぐのを待ちきれないように彼は言った。
「ヴァリエール殿も枢機卿にならば、何か重要な話を打ち明けられているのではないかと思いましてね」
 なるほど、さすがのロマネコンティ公爵も、ヴァリエール公爵の最近の行動には手を焼いているわけだ。
 彼は続けた。
「あの腰の重いヴァリエール殿が戦争などと言い出すとは、ただ事ではありません。しかもグラモン元帥と組んであんな奇妙な兵器まで作り出すとは。いったい彼はどうしてしまったのです? まるで何かに取り憑かれてしまったようではありませんか」
「その表現は当たらずとも遠からずだと私も思いますぞ?」
 ワイングラスを彼に差し出しつつ、私は答えた。
「貴殿もご存知の通り、原因はあのサイト・ヒラガでしょうな。(つぶ)理論の事はお聞き及びでしょう? あの平民は始祖ブリミルに匹敵する衝撃を、トリステインはもちろんハルケギニア全土に与えたのですからな。ヴァリエール殿とてその影響を受けない訳には行かないでしょう」
「粒理論のついては認めざるを得ませんが、しかしサイト・ヒラガ本人は平民なのですぞ? 強力な力を有する平民がどれほど危険なものか、枢機卿もご存知でしょう?」
 確かにその通りだ。私は公爵の言葉に頷いた。
 巷では『イーヴァルディの勇者』などと言う低俗な読み物が人気だが、貴族に対抗しうる平民と言うのは大衆の人気を得やすい物なのだ。サイト・ヒラガが本物の『イーヴァルディの勇者』になる危険性は無視できない。
 私はグラスを掲げ、こう言った。
「偉大なる始祖、ブリミルに」
「親愛なるヴァリエール公爵に」
 皮肉たっぷりの乾杯の台詞とともにワインをひと口飲むと、すぐにロマネコンティ公爵は続けた。
「コホン。にもかかわらず、ヴァリエール殿はあの平民に肩入れしておられる。それどころか娘まで差し出されている。これはもう正気の沙汰とは思えません」
「まあお待ちあれ」
 私はグラスを置きつつ、公爵を諭すように言った。
「確かにヴァリエール殿は愛娘のカトレア殿をあの平民に差し出そうとされていますが、これはちょっとした罠ですぞ? 貴殿もご存知の通り、カトレア殿は病弱の身。サイト・ヒラガと結婚しても子は作れませぬ。その上カトレア殿はラ・フォンティーヌ家として分家しておりますから、仮に養子を取ったとしても影響力は微々たる物です。むしろあれは何か問題が起きたときに、いつでもサイト・ヒラガを切り捨てられるようにという、ヴァリエール殿の方策でしょう」
「言い換えればヴァリエール殿はサイト・ヒラガから搾り取れるだけ搾り取って、残ったカスをラ・フォンティーヌ家ごとゴミ溜めに捨てるという意味ではありませんか。見え透いた手です」
 はてさて。
 表面上は清廉潔白を演じているロマネコンティ殿にしては珍しく口汚い台詞である。どうやら彼は何かを掴んでいるのかも知れない。
 私は言った。
「それはその通りでしょうな。実際あの『破壊の杖』の威力は凄すぎますからな。以前からトリステインの弱体化を嘆いていたヴァリエール殿ならば飛びつくのも当然でしょう」
「当然と言われましたか……」
 ロマネコンティ公爵はソファの背もたれにどっぷりと寄りかかると、こう言った。
「私には作為的に思えるのですが」
「ほほう。お聞かせ願えますかな?」
 私が促すと、彼はワインを一気に煽り、それから言った。
「ここ数ヶ月の一連の事件があまりにも都合良過ぎるのですよ。まず第1に、アンリエッタ様が平民を使い魔にする。第2に、その使い魔が『破壊の杖』を使いこなす。第3に、使い魔が『粒理論』を解明する。第4に、一連の武器が強化される。破壊の杖すらも復元される。そして第5に……」
 ここで彼は私がワインを注ぎ終わるのを待ち、それを再び手に取って眺めながら続けた。
「遥か西方のアルビオンでは反乱が起きる」
「……………」
 私が無言のまま待っていると、彼は視線を私に戻してから続けた。
「これらの事件は、個別に起きたと考えるには無理があります。むしろ何者かによって意図的に起こされたと考えた方が自然かと」
「それは考えすぎと言うものですぞ? そもそも事の発端であるアンリエッタ様の召喚の儀には私も同席しておりましたからな。あれは間違いなく始祖ブリミルのお導きでした」
 私が反論すると、公爵は疑いの念をあらわにした。
「まずそれが信じられません。そもそも人間を使い魔にするとは。偉大なる始祖がそんな過ちを犯す筈がありません」
「過ちとは。これまた大それたご意見ですな」
 しかしロマネコンティ公爵は真剣な表情で言った。
「これが過ちでなくて何だと言われるのです? しかもサイト・ヒラガは異世界の人間だとか。もはやこれは夢物語としか思えません。確かにあの男のいでたちは異質ではありますが、このトリステインにも黒髪の者はおりますし、奇妙な格好や風習を持つ異民族とていない訳ではありません。わざわざ異世界なんて話を持ち出さなくとも、どこぞの国から流れてきた異民族だと名乗るだけで十分なのです。むしろ異世界人の方が胡散臭い」
「しかしサイト・ヒラガの母国であるニッポンがハルケギニアにあるのなら、我々もその存在に気づいている筈です。仮にそれがロバ・アル・カリイエにあるのだとしても、粒理論すら解明している国ならば、かなり発達した文明を持っているに違いありません。そのような強力な国が本当にあるのならば、何らかの情報が我々の所にも流れてくるのではありませんか?」
「問題はそこです」
 公爵は言った。
「ニッポンが本当にあるのならば隠す事は不可能です。人の口に戸は立てられませんからね。しかしそのような情報が無いからと言って、ニッポンが異世界にあると言うのも無茶過ぎます。幾らなんでもご都合主義が過ぎる。ですから私は、ニッポンなどと言う国は無いと考えているのです」
「これはこれは…………… 今日の貴殿には驚かされっぱなしですな」
 さて困った。
 ロマネコンティ公爵がこうも早い段階からカードを切ってくるとは思わなかった。どうやら彼はよほど重要な何かを手に入れたに違いない。
 彼は私からいったい何を引き出すつもりなのだろう?



―― マリアンヌ太后/トリスタニア城/マリアンヌ太后の寝室 ――

 娘がいない生活と言うのは、案外今までと変わらないものですね。
 ある意味これは、アンリエッタとわたくしの関係が、実は意外と希薄なものだったと言うことを表しているのかも知れません。王家と言う立場上、何かと制約の多い日々を送っているわたくし達なので、なるべくスキンシップを保つようにしていたつもりだったのですが、やはり不十分だったのでしょうか。
 もちろん娘の事は心配ではあります。でも、むしろトリステイン魔法学院にいる方が娘にとっては安全―――身体的な意味だけでなく、精神的な意味でも―――の筈ですから、実際のところわたくしは全く心配しておりません。
 と言うよりもむしろ、娘が向こうでのびのびと生活しているという報告を聞くと、意図通りとは言え羨ましくなってしまいます。娘も、やはり同じくらいの年齢の子供たちと一緒にいるのは楽しいのでしょうね。なんだかわたくしまで少女に戻って、学院へ編入したくなってしまいます。
 しかし、平和な日々と言うのは長続きしなかったのでした。

 ロンデニウム陥落の知らせは深夜、わたくしたちがすっかり寝入っている所に届けられました。
 遠いアルビオンから到着した知らせに王宮内は大騒ぎとなり、わたくしもあまりの驚きに慌てふためきました。
「枢機卿! 枢機卿をここへ! それからアンリエッタは? アンリエッタは無事なのですか?」
 学院にいれば安全と分かっている筈なのに、何か起こると途端に不安になってしまうのは、やはり親馬鹿の成せる業でしょうね。
 わたくしはローブを羽織るのも忘れ、一目散に円卓の間へと急ぎました。わたくしのローブを持ったメイドが後を追いかけてきます。無論、銃士隊員もです。
「陛下!」
 デムリ財務卿が向こうから走って来ます。
 わたくしは小走りのまま立ち止まりもせずに問いかけました。
「財務卿! いったいどうなっているのです? ジェームズ殿はご無事なのですか?」
「い、いえ、私も知らせを受けたばかりで、詳しい事は何も……」
 わたくしが立ち止まらないので、財務卿は折り返すようにわたくしを追いかけながら答えました。
 財務卿は続けました。
「ヨーク公爵とエディンバラ公爵が寝返ったと言う情報もあります」
「なんですって?! まさか、そんなこと有り得ません!」
 わたくしは驚いて財務卿を振り返りましたが、足は止めません。なので財務卿も小走りでわたくしを追いかけながら続けました。
「陛下、これは本当にあの虚無が蘇ったのかも知れませぬぞ。何者かが未知の魔法でヨーク公たちを操り、離反させているに違いありませぬ」
「……………!」
 わたくしは突然立ち止まりました。
 財務卿も慌てて立ち止まり、メイドがようやくわたくしに追いついてローブをわたくしの肩にかけました。
 しかしわたくしは考えていたのです。

 虚無!

 本当にアルビオンに虚無が蘇ったのならば、これはハルケギニアの一大事です。
 虚無に対抗できるのは虚無だけ。いかなる四系統魔法も虚無には太刀打ちできません。たとえ虚無でないにしても、アルビオンで何か恐ろしい事が起きているのは間違いありません。
 わたくしは唐突に向きを変えると、急いで宝物庫へと向かいました。
「へ、陛下! どちらへ?!」
「皆を集めておいてください!」
 財務卿が驚いて後ろから声をかけてきましたが、わたくしはそう言って先を急ぎました。
 虚無であるにせよ無いにせよ、レコン・キスタがアルビオンを乗っ取ってしまったら、非力な我がトリステインでは対抗できません。もしレコン・キスタがその矛先を我々に向けたら成す術が無いのです。
 しかし!
 わたくしはひとつの可能性に思い至りました。
 虚無に対抗できるのは虚無だけ。しかしトリステインに虚無を使える者はおりません。
 ですが虚無にまつわる秘法ならあるのです。
 わたくしは宝物庫へと辿り着くと、すぐさまその扉を開け、中に入りました。そしてその中の、最も厳重に封印された書棚を開け、中から一冊の古い書物を取り出しました。
 そうです。
 始祖の祈祷書です。
 これこそが本物だとされる白紙の古代書。ありとあらゆる手段で分析したにもかかわらず、誰一人として読むことの適わなかった聖なる書。
 ですが、もし、これを読める可能性のある者がトリステインにいるとするならば、それは……………!



―― マザリーニ枢機卿/トリスタニア城/マザリーニ枢機卿の執務室 ――

 ロマネコンティ公爵の狙いが私自身であると言うことに気づくまでには時間がかかった。てっきり私と何らかの取引をしたいだけだと思っていたからだ。
 まさかこの私を真綿で包んで絞め殺そうとしているとは思わなかった。
「なるほど、貴殿はこう言われるのですな?」
 いささか分が悪いことを承知しつつも私は言った。
「サイト・ヒラガは私が仕組んだ偽者だと。元老院を乗っ取るために、私とヴァリエール公爵とが手を組んで仕掛けた嘘っぱちだと。姫殿下は使い魔の召喚は行っておらず、サイト・ヒラガを召喚したフリをしているだけだと。太后陛下もヴァリエール公爵に言いくるめられて協力しているのだと」
「そう考えると辻褄が合うと申し上げているのです」
 ちっ! この若造が!
 王家のプライベートなイベントである召喚の儀に出席を許されたのは、当人であるアンリエッタ姫殿下、母親であるマリアンヌ太后、私、護衛隊長であるアニエス、そして儀式を取り仕切るグランディエ神父だけだ。だからロマネコンティ公爵はもちろん、他の貴族も召喚の儀を見ておらず、召喚された使い魔が本物かどうかなど分かる筈がない。そもそも偽者の使い魔を召喚するなどと言う事態を想定していないのだから当然だ。
 だがロマネコンティ公爵の解釈を一笑に付すことはできなかった。
 何しろ公爵には協力者が多い。それが進んで協力しているのか、嫌々協力しているのかはともかく、それらの人々が一斉に私の弾劾を始めたら、ロマリア出身の私を政治的に抹殺する事など造作も無いだろう。
 困った事に、サイト・ヒラガが偽者だとする公爵の説には、それなりの説得力がある。そもそも人間が使い魔になったと言う事実そのものが胡散臭いからだ。そのためサイト・ヒラガの存在を認めたくない貴族たちが、こぞって公爵の説に賛成する可能性が高い。もちろんヴァリエール家に敵対的な人々も賛成に回るだろう。
 これは厄介な事になりそうだ。
 私は苦し紛れに言った。
「ではグランディエ神父はどうなのです? 始祖ブリミルを崇拝して止まない彼が、召喚の儀を嘘で冒涜する事など有り得ないと思いますぞ?」
「神父ひとりをだます事くらい造作も無いでしょう。何しろ教会の中は暗いですからな。おそらく魔法を使う必要すら無いでしょう。どこの奇術師に尋ねても『造作も無い』という答えが返ってくるではありませんか?」
 私は無駄と知りつつ言った。
「ルーンはどうなのです? サイト・ヒラガのルーンは神父の見ている前で刻まれたのですぞ?」
「あらかじめ刺青のルーンを彫っておき、それを肌色の絵の具で隠しておく、というのはいかがです?」
 ここへ来てようやく、公爵は満足げな笑みを浮かべた。どうやら私を追い込んだと思っているらしい。
 甘いぞ、若造。
 この私の20年に渡る政治生活の中で、この程度の窮地など何度もあったのだ。抜け出す手段など幾らでもある。
 と言うよりも、わざわざ手を下すまでも無い。
「なるほど、面白いご意見ですな」
 私はそう言うと、まっすぐに公爵を見返した。こんな物は正面突破で十分だ。
「ですが、これが姫殿下のお耳に入ったらただ事では済みませんぞ?」
「ほう。姫殿下がショックを受けられるとでも?」
「烈火のごとくお怒りになられるだろうと申し上げているのです」
 私の返事に公爵は僅かに躊躇した。
 すかさず私は続けた。
「貴殿のご意見は、読み物としては大変面白いですな。召喚の儀に参加されていないお歴々にとっては、ちょっとした推理ネタとして大いに受けるでしょう。しかし当の本人にとってはこれほどの侮辱は無い」
「……………」
 無言の公爵。
 公爵にとって、姫殿下は言わば私の傀儡であり、公爵が姫殿下を操るためには私を蹴落とすことが絶対だ。当然、ヴァリエール公爵たち反ロマネコンティ派も退ける必要があるが、私さえ抹殺すれば立場は対等となる筈で、あとは力技でどうにでもなる。
 だが、そうは問屋が卸さない。いや、卸させない。
「貴殿にとって残念なのは……」
 私は言った。
「サイト・ヒラガは本当に姫殿下の使い魔だという事です。しかも姫殿下はあの男を最初から気に入っておられた。粒理論を解明した今となっては、姫殿下はあの男を決して手放しますまい。もはやサイト・ヒラガが使い魔かどうかなどどうでも良いのですよ。いかに貴殿があの男を偽者だと騒ぎ立てようとも無駄でしょう。むしろ結果として貴殿が姫殿下の信用を失うだけの事ですぞ? 貴殿とて自分の使い魔を侮辱されたらタダでは済ませますまい」
 しかし公爵は反論した。
「姫殿下にとってはそうかも知れませんが、我々にとっては違います。あの男が姫殿下の使い魔だと言う証拠くらいは見せて頂かねば納得できません」
「納得する必要などありませぬ」
 私はぴしゃりと言った。
「姫殿下があの男を使い魔にしたと仰せになる。我々はそれに従う。それ以上でもそれ以下でもありませぬ」
 そう。証拠など必要ないのだ。
 なぜなら、王は絶対だからだ。
 現状ではアンリエッタ姫殿下は国王ではない。しかし亡き先代の忘れ形見であり、ゲルマニアへの嫁入りの件はあるものの、次期国王に最も近い存在である事は間違いない。その姫殿下がサイト・ヒラガを使い魔だと宣言すれば、それですべては決定なのである。
 それが絶対君主制と言うものだ。
 今現在のアンリエッタ姫殿下を否定する事は、すなわち姫殿下が国王に即位するのを否定することに等しい。本来であれば反逆にも匹敵する重罪なのである。
 次に口を開いたロマネコンティ公爵の言葉には怒気がこもっていた。
「では、枢機卿はあくまでも否定されるのですな? ご自分が策を弄し、どこの馬の骨とも分からない平民を使い魔に仕立て上げた事を」
「策を弄しているのは公爵、あなたの方ですぞ?」
 やれやれ。
 公爵に諦める気は無いようだ。
 どうやら今日ばかりは『若さゆえの過ち』を実践するつもりらしい。

 だが公爵のその目論見は実現せずに終わった。ロンデニウム陥落の知らせが届いたからだ。
「太后陛下が皆を集めるようにとの仰せです」
 秘書のその知らせで、ロマネコンティ公爵との秘密会議は終わりとなった。
 最後に私は言った。
「今夜はお話できて楽しかったですぞ、公爵。またこのような機会を設けようではありませんか」
「身に余るお言葉。こんな若輩者の戯言をお聞きいただき光栄でした、枢機卿」
 公爵は明らかに憤慨していたが、それでも表面上は最後まで紳士を保っていた。彼はワイングラスを空にすると、すらりと立ち上がり、あくまでも礼儀正しく立ち去って行った。
 しかし―――
 おそらく私の名は公爵のブラックリストの筆頭、もしくはヴァリエール公爵に注いで2番目にリストアップされた事だろう。今度から公爵主催の晩餐会に出席するときは、毒を盛られないように気をつけねばなるまい。
 いつか彼が、サイト・ヒラガがなぜアンリエッタ姫殿下の使い魔に選ばれたのか、その理由に気付いてくれれば良いのだが。



―― マリアンヌ太后/トリスタニア城/円卓の間 ――

 わたくしが円卓の間に到着すると、既にそこには諸侯が勢揃いしていました。マザリーニ枢機卿やド・ポワチエ大将など、いずれもトリステインの政治を取り仕切る、重要な職務を担う貴族たちです。
 ああ失礼、元老院ではありません。なのでヴァリエール公爵やロマネコンティ公爵など、直接行政に携わらない人々はいません。
 集まった彼らは既にアルビオンの緊急事態についての報告を聞いており、それぞれが様々な意見を交わしている最中でした。
「マリアンヌ太后陛下、アンリエッタ王女殿下のおなーりー!」
 一斉に起立してわたくしを出迎えるお歴々たち。
 わたくしは席に着くと、一同を見回してから言いました。
「此度のアルビオンの件、尋常ならざる不可思議な策略によるものと考えますが、これについて何か情報を入手した者はおりますか?」
「残念ながら、虚無ではないかという出所不明の噂があるのみで、詳細は依然として不明のままです」
 答えたのはグラモン元帥でした。
 元帥の年齢を考えると、こんな真夜中に召集されるのは辛い事でしょう。にもかかわらず元帥の口調は毅然としたものでした。もしかしたら元帥は既に臨戦態勢にあるのかもしれません。
 わたくしは頷いて言いました。
「では、根拠は薄弱ではありますが、アルビオンの混乱の原因が虚無であると言う前提で話を進めます」
 そして手にしていた始祖の祈祷書を、円卓の中央へと押し出しました。
「へ、陛下! これは……!」
「何と! これは始祖の祈祷書ではありませぬか!」
「始祖の祈祷書ですと?!」
 驚きの声を上げるお歴々たち。
 わたくしは言いました。
「ロンデニウムが陥落した今、わたくしたちはアルビオンがレコン・キスタの手に落ちた場合の政策を決定しなければなりません。しかしながら我がトリステインは弱小国。事実上、和平を結ぶ以外に道はありません。もしレコン・キスタが我々をも寝返らせてしまう予定であるのなら、我々には何の対抗策も無いのです」
 一同を見回すと、彼らはわたくしの言わんとすることを理解しているようでした。
 わたくしは続けました。
「しかしながら、トリステインには始祖の祈祷書があります。これの解読に成功しさえすれば、我々にもレコン・キスタに対抗しうる力が備わると考えます」
「お待ちください陛下!」
 そう言ったのはリッシュモン高等法院長でした。
「この6千年間、始祖の祈祷書の解読は誰一人として成功しなかったと聞き及んでおります。今さらどうやってこれを解読しようとおっしゃるのですか?」
 予期していた質問です。わたくしは頷いて答えました。
「疑問はごもっともです。ですが、これまで多くの者がこの祈祷書の解読にチャレンジしてきましたが、実は彼らには共通する特徴があったのです」
「特徴とおっしゃいますと?」
 そう尋ねたのはマザリーニ枢機卿でした。ですが枢機卿はわたくしの言いたいことを既に予測していたに違いありません。
 ともかく、わたくしは答えました。
「全員、貴族だったのです」
「ばっ! 馬鹿な!」
「陛下はこの偉大なる始祖の祈祷書を、平民にゆだねると仰せなのですか?!」
「正気の沙汰とは思えませぬ!」
 一斉に紛糾するお歴々たち。
 ですが、わたくしは声を張り上げて言いました。
「アルビオンが危機的状況にあると言うのに、まだ目を覚まさないのですか!」
 わたくしは真正面にいたデムリ財務卿を指差して続けました。
「あなた方はヴァリエール公爵の警告を聞いていた筈です! アルビオンの異変に備えるべきだと! にもかかわらず、あなた方は何を準備されたのですか?! 邪悪なレコン・キスタの連中がアルビオンを掌握し、次の矛先をこのトリステインに向けたら、わたくしたちはどうやって対抗すればよいのですか?! わたくしたちは奴らに勝てるのですか?!」
 蒼くなって冷や汗を流す財務卿と、気まずそうに顔を見合わせるお歴々たち。
 そうです。
 誰一人として何の対抗策も準備していないのです。
 我がトリステインの戦力は、ただでさえアルビオンには及びません。もしレコン・キスタが虚無を操るのなら、その戦力差は歴然としているでしょう。
 わたくしは枢機卿に命じました。
「マザリーニ枢機卿」
「ははっ」
「直ちにアンリエッタを呼び戻しなさい。もちろんあの少年も一緒に」
「御意に」
 あの少年が本当に始祖の祈祷書を解読できるかどうかは分かりません。
 ですが残念な事に、わたくしたちは彼に賭けるしか無いのです。
 もし本当に、始祖ブリミルが我が娘に相応しい者を使い魔に選んだのなら、あの少年はこの状況を打開してくれる筈です。
 いえ、それは少し違いますね。
 あの少年はアンリエッタだけは救うでしょう。
 わたくしや、他の貴族たちや、トリステインは……………
 どうなのでしょう?
 偉大なる始祖から見て、6千年後のわたくしたちは、救うに値する存在なのでしょうか?

―――――
初版:2009/05/19 22:59
改1:2009/06/10 18:28
改2:2009/06/26 01:14



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~12 貫け愛を! 己が信念を!~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/06/10 18:42
女王陛下の黒き盾
~12 貫け愛を! 己が信念を!~


―― アンリエッタ ――

 その知らせは夜明け前に届けられました。
 しつこく揺り起こすメイドに目を覚ましたわたくしは、寝不足で朦朧としながら王宮からの命令書を受け取りましたが、その内容を読むなり眠気は吹き飛んでしまいました。
「何ですって?! ロンデニウムが陥落?!」
 まさかこんなに早くウェールズ様の身に危険が及ぶなんて!
 わたくしが顔を上げると、ミシェル―――当直の銃士隊員が彼女だったのです―――は重々しく頷いて言いました。
「今、皆様を起こしております。姫殿下もお召し替えを」
 彼女がそう言う間に、壁龕(ニッチ)から他のメイドたちもぞろぞろと現れて、わたくしの身だしなみを整えてゆきます。
 優秀な銃士隊員であるミシェルの事です。この命令書を読むまでも無く、緊急事態だと言うことを察しているのでしょう。既に館のあちこちから、慌ただしく動き回るメイドや銃士隊や衛士隊の気配が伝わってきます。
 わたくしは命令書の続きを読みました。
「ジェームズ様はニューカッスルへ撤退の予想…… えっ? サイトさんを連れて王宮へ戻れですって?」
 再び顔を上げてミシェルを見ると、それは彼女にも予想外だったらしく、短く否定しました。
「何も聞いておりません」
 どう言う事でしょう?
 わたくしが王宮に戻れば、自動的にサイトさんも王宮に戻ります。わざわざ念を押すまでも無い事です。
 それとも母さまは、わたくしがサイトさんを学院に帰すとお考えなのでしょうか?
 ……ああ、そうかも知れませんね。
 元々わたくしが学院に行く事になったのは、サイトさんを学院に隔離するためだったのですから。
 しかし母さまはサイトさんに何の用があるのでしょうか? まさかサイトさんとレコン・キスタとの間に何か関係があるとでも思っているのでしょうか? それとも、何か新しい武器でも……?

 わたくしと同様に叩き起こされた皆さんたちは、ロンデニウム陥落の知らせを聞いて驚き、わたくしを気遣ってくださいました。
「姫さま!」
 真っ先に駆けつけて来たのはルイズでした。ルイズはネグリジェのまま駆けつけて来て、わたくしの手を握って励ましてくれました。
「姫さま、お気を確かに! ウェールズ様もきっとご無事ですわ!」
 わたくしよりもルイズの方が動転しているような気もしますが、ともかく彼女は続けました。
「今すぐ援軍を送れば、ウェールズ様を脱出させる事もきっと出来ますわ」
「そうですね。そうだと良いのですが……」
 もはやレコン・キスタ、つまりクロムウェルがアンドバリの指輪を持っていることは確実でしょう。
 そもそもアルビオンにはハルケギニア最強と噂される竜騎士団がいます。その竜騎士団をものともせず、あっさりとロンデニウムを陥落させたレコン・キスタにとって、我がトリステインの非力な戦力など蚊の刺した程でしかない筈です。援軍を送ったとしても、ウェールズ様やジェームズ様が危険な状態であることに変わりは無いでしょう。脱出は容易ではない筈です。
 それに、アンドバリの指輪の事を知ったら、母さまは援軍を送るでしょうか? 元老院の皆様はウェールズ様を助けてくださるでしょうか?

 ばたばたばた……

「アンリエッタ!」
「こっ、こらヒラガ待て! ここは男子禁制だ!」
 廊下からサイトさんの大声と、慌てて引き止める銃士隊員の声が聞こえてきました。
 そうです。
 こんな所に座ってぼんやりしている場合ではありません。何が待ち受けているのかはともかく、早急に王宮へ戻らなければ。
 わたくしはルイズに手を握られたまま立ち上がり―――そこで気付きました。
「ルイズ、あなた着替えないと」
「あっ!」
 やっぱりルイズの方が動転していますね。
 でも、わたくしも決して冷静ではありませんでした。だって……ルイズに握られていたわたくしの手は、じっとりと汗で濡れていたからです。



 食堂での早すぎる朝食は、重苦しい雰囲気に包まれていました。
 ルイズとサイトさん、モンモランシー、ミスタ・グラモン、そしてミス・ツェルプストーとミス・タバサ。みんなテーブルに座り、黙々と朝食を食べています。
 ちらちらとわたくしの顔色を伺う様子から、みんなわたくしを励まそうとしてくださっている事が分かります。しかし何を言ったら良いのか困っているらしく、あのミスタ・グラモンですら口を開こうとしません。
 それはわたくしも同様で、黙々と食べてはいるものの、急ごしらえの朝食の味を感じる余裕はありませんでした。おそらく普段の朝食に比べれば、格段にランクの落ちた味に違いないのですが。
「報告いたします」
 足音高くグリフォン隊の隊長がやってきて、一部の隙もなく跪くと、アルビオンの現状を報告してくださいました。
「ジェームズ1世殿、無事ニューカッスルへ脱出された模様。おそらくウェールズ殿もご無事かと」
「分かりました。ありがとう子爵」
「はっ!」
 退出する隊長。その視線が一瞬ルイズを捉え、ルイズもまた子爵へ小さく頷きました。どうやらウェールズ様の様子を知らせて欲しいと、ルイズが子爵に依頼したようですね。
 ルイズはわたくしに向き直ると言いました。
「ご安心ください姫さま、ニューカッスルは篭城には最適な場所ですわ。幾らレコン・キスタの外道どもがアンドバリの指輪を持っているとしても、そう簡単には落ちないでしょう」
「詳しいんだねルイズ?」
 ミスタ・グラモンが驚いたように口を挟むと、ルイズはちらりと彼を振り返って言いました。
「以前、姉さまたちとアルビオンを旅行した事があるのよ」
 その話はわたくしも聞かせて貰った事があります。女ばかりの珍道中だったとか。
 ルイズは再びわたくしに向き直ると続けました。
「早急に援軍を送れば、何とか間に合うと思いますわ」
 ルイズが援軍と言うのはこれで2度目です。
 しかし本当に援軍を送って大丈夫なのでしょうか? 送った援軍までもがアンドバリの指輪の餌食になりはしないのでしょうか?
 何よりも、わたくしたちにレコン・キスタと戦争をする勇気があるのでしょうか?

「戦争かぁ……」
 もぐもぐとパンを咀嚼しつつ、サイトさんがぼやきました。
 すかさずミスタ・グラモンがツッコミを入れます。
「怖気づいたのかい、サイト?」
「まあな。怖くないと言えば嘘になるよなあ?」
 正直に答えるサイトさん。
 サイトさんの国であるニッポンではもう50年以上も戦争が無いのだそうですから、怖気づくのも無理はないかもしれませんね。ましてやサイトさんは平民ですし。
 ……あっ、いけませんいけません。ニッポンにはメイジが居ないのですから平民同士が戦争をするのでした。サイトさんが平民だと言う理由だけで彼を臆病者扱いするのは良くない事でしたね。
 しかしサイトさんはパンを飲み込むと、わたくしに向き直ってこう言いました。
「でもさ、思うんだけど、わざわざ王宮に戻るってのは時間の無駄じゃないか? 今すぐニューカッスル、だっけ? に行った方が良いと思うんだけど」
「はあ? あんた何言ってるの? 姫さまを危険な目に遭わせるって言うの?」
 ルイズが反論すると、サイトさんは続けました。
「いや、時間が無いって言ってるんだって。だってロンデニウムもあっという間に占領されちまっただろう? ルイズは大丈夫だって言ってるけど、本当にニューカッスルなら援軍が着くまで持ちこたえられるのか? アンドバリの指輪を使われても?」
「それは……」
 ルイズはちらりとわたくしを見てから言いました。
「でも今のわたし達にはどうしようもないじゃない。相手は間違いなく大軍なのよ? もうアルビオン全軍がレコン・キスタに操られているかも知れないのよ? そんな所に姫さまを連れて行くなんて正気の沙汰じゃないわ」
「だから何でアンリエッタが行くんだよ?」―――サイトさんは顔をしかめて食堂の入り口を指差し―――「グリフォン隊で十分だろ? 王子様と王様を逃がすだけなんだからさ?」
 するとモンモランシーとミスタ・グラモンが口を挟みました。
「待ってサイト、事はそんなに単純じゃないわ」
「その通りだよサイト。君は貴族と言うものを理解できていないようだが、王と言うものも全く理解できていないようだね」
「何だよ?」
 サイトさんが振り返ると、モンモランシーが説明しました。
「これは単純に誰かを逃がすとか連れて来るとか言う問題じゃないのよ? 国王を逃がすと言うのはアルビオンそのものを逃がすという意味なのよ? クロムウェルがアルビオンの征服を企んでいるのなら、彼は必ずジェームズ様を追ってトリステインに攻め込んでくるわ」
 それを聞きながらサイトさんは、ソーセージにフォークを突き刺し、苛立たしげにそれを食いちぎりました。
 そんなサイトさんの様子を無視して、ミスタ・グラモンも続けます。
「国とは王、王とは国。両者は一体なのだよ。ジェームズ1世殿がトリステインに逃げて、命だけは助かったとしても、アルビオンそのものがレコン・キスタに占領されてしまっては意味がないのだよ。国の無い王なんて、羽を抜かれた鳥より惨めなものさ」
「じゃあどうするって言うんだよ?」
 サイトさんはソーセージの残りを頬張ったまま喋りました。
「まさか見殺しにするってのか? アンリエッタが」―――そこでサイトさんはわたくしを振り返り、一瞬躊躇してからモンモランシーへと向き直って―――「好きなウェールズ王子様ってのを?」
「そうは言ってないけど……」
「僕らとて助けに行きたいのは山々さ。でもこんなに早く追い詰められてしまったのでは、トリステインの側の準備が間に合わないよ」
 するとサイトさんはフォークをミスタ・グラモンに向けながら声を張り上げました。
「だからグリフォン隊だけこっそり送れば良いって言ってるんじゃないか!」
「サイト!」
 たまらずミシェルが止めに入りました。
「人に刃物を向けるな。それにグリフォン隊の任務はアンリエッタ姫殿下の護衛だ。国王陛下の命令がない限り、姫殿下のそばを離れる事は有り得ん」
「でもよ~~~」
 みなさんに否定され、サイトさんは不満げにわたくしの顔色を伺いました。
 もういいでしょう。サイトさんの気持ちはわたくしに十分伝わっています。これ以上の議論はすべきではないでしょう。
 わたくしは言いました。
「サイトさん、ウェールズ様への心遣い、嬉しく思いますわ。でも、もしウェールズ様を助けようとしてトリステインとレコン・キスタとの戦争になってしまったら、それこそ何千もの民の血が流れるのですよ? わたくしはそのような事は望みません。ウェールズ様もそうまでして救われたいとはお考えにならないでしょう。万が一の事があれば、きっとウェールズ様は立派にアルビオン王家としての誇りを守り通してくださいますわ」
 それが何を意味するのか、サイトさんは理解してくださったようです。
 なおも不満げにしつつも、サイトさんは言いました。
「いいのか、それで? アンリエッタは?」
「……………」
 わたくしが答えないので、サイトさんは再び言いました。
「本当にいいのかよ、それで?」
「良くはありません」
 わたくしは正直に答えました。
「ですが、ウェールズ様の血と、トリステインの民の血を天秤にかけることは出来ません」
 わたくしは真っ直ぐにサイトさんの目を見て続けました。
「わたくしはトリステインの王女です。トリステインの民を守る義務があります。トリステインのためならば、わたくしはウェールズ様の……」
 一瞬、わたくしは躊躇しました。
 自分でその言葉を言うためには、自分では気付かないほどの勇気が必要だったからです。
 しかしわたくしは続けました。
「……死も、受け入れなくてはならないのです」

 ぞくり!

 全身の毛が逆立つような嫌悪感がわたくしの身体を突き抜けました。
 心臓の鼓動がびっくりするくらい早くなり、だらだらと冷や汗が流れ落ちます。
 そしてわたくしは悟りました。
 ウェールズ様の死。
 わたくしがそれを受け入れることなど、絶対に有り得ないと言うことを。



―― マチルダ ――

「くっくっくっくっく! あっはっはっはっは!」
 猛スピードで馬を走らせながら、私は笑い出さずにはいられなかった。
 ちらりと振り返っても、追っ手はまだ来ない。全てが信じられないほど上手く行っている。
 だが既に王宮では大騒ぎになっている筈だ。捜索の風竜が私を発見するのも時間の問題だろう。幾らトリステインの貴族どもがボンクラとは言え、さすがに『始祖の祈祷書』が盗まれたとなれば、それこそ血眼になって探すに違いないからだ。
 虚無の噂を流せばボンクラどもも動揺して、何某かの尻尾を出すだろうとは思っていたのだが、まさか目的のブツそのものを宝物庫から出してくれるとは思わなかった。間抜けな奴らだ!
 そうなってしまえば後は簡単。奴らの目を盗んで『始祖の祈祷書』を偽物とすり替えるだけだ。中身が白紙だということは最初から分かっていたので、偽者を作る事も造作も無かった。
 ここまで上手くいくと、罠なんじゃないかと勘ぐりたくなるね!
 だが何度振り返っても、追っ手の姿は見当たらない。全てが上手く行っているように見える。
 私は猛然と手綱をさばきながら、再び大声を上げずにはいられなかった。
「トリステインのボンクラどもめ、思い知るがいい! これでアルビオンはハルケギニアから消え去るのさ! あっはっはっはっは!」
 私は懐に隠した包みの感触を確認しつつ、馬の尻に鞭を当て続けた。

 予定していた場所に辿り着くなり、馬は力尽きて倒れてしまった。
 まあいい。すべては予定通りだ。
 私はその場所、薄汚い掘っ立て小屋のドアをノックして言った。
「ランドマン! 私だ!」
 ドアはすぐに開き、私は素早く中に入った。
 その小屋に隠れていたのは「翌日(ランドマン)」という通り名で呼ばれる、卑屈そうな薄笑いを浮かべた小男だった。
「へっへっへ、待ちくたびれましたぜ姉御。もう俺っちのことなんか忘れちまったのかと思いましたぜ」
「お前の言い値で予約金を積んだんだ。居なかったらブッ殺すところさ。それより準備は出来てるんだろうね?」
「もちろんでさ」
 バサッ!
 小男が傍らのゴザを引っぺがすと、そこには一人の女が寝そべっていた。均整の取れた身体、少しきつめの目、碧の髪。この私そっくりだ。
「ふん。なかなかの出来栄えだね」
 私がそう言うと、ランドマンは卑屈そうな笑みを浮かべて言った。
「いやいや、夜のお相手も出来ないようじゃ出来損ないですぜ。へっへっへっへっへ」
 ゲスが!
 私がそのガーゴイルにマントを投げつけると、ガーゴイルは起き上がってそれを身に付けた。その様子は確かに私にそっくりだ。私を追いかけてくるボンクラどもも、実際にコイツを捕まえてみるまでは偽者だと気付かないだろう。
「馬はあるんだろうね?」
「ぬかりありませんぜ」
 私たち、ガーゴイルを含めた3人は小屋の裏側へ回ると、そこには一匹の馬がいた。毛並みの良い、速そうな馬だ。ランドマンに命じられて馬に跨ると、ガーゴイルはそのまま一気に走り去った。
 これで囮の出来上がりって訳だ。
 ヒュッ!
 ランドマンが口笛を吹くと、すぐさま一匹の風竜が小屋の前へと舞い降りてきた。ランドマンの使い魔だ。
「さあお乗りくだせえ。明日の今頃にはニューカッスルで、ジェームズの生首とご対面できますぜ。へぇっへぇっへぇっ!」
 翌日という名の男、ランドマン。
 彼の手にかかれば、どんな荷物でも翌日には目的地に届く。
 そう。
 禁輸品だろうと、密入国者であろうと、虚無の秘宝であろうとだ。
 私は思わず口の端を歪めて笑みを浮かべた。
 これでようやく復讐を遂げられる!
 私の父、そしてティファニアの両親の仇を討てるのだ! こんなに嬉しい事はない!
「さようならトリステイン。こんな絶好の機会を与えてくれたお前たちボンクラの事を、私は一生忘れないだろうね」
 闇にまぎれて飛び立つ風竜の背中から、私はトリスタニアの方角へ向かって投げキッスを送った。



―― アンリエッタ ――

 バンッ!
「駄目だ! そんなのは俺が認めない!」

 テーブルを両手で叩き付け、サイトさんは立ち上がりました。
「死を受け入れなきゃならないだって? そんなこと思ってないくせに、何いい子ちゃんぶってるんだよアンリエッタ! ああっ?!」
 久々に聞くサイトさんの口汚い言葉使いに、わたくしたちは呆気に取られました。
 サイトさんはわたくしを真っ直ぐに睨みつけて続けました。
「ウェールズのことを好きだ好きだと良いながら3年も会ってねえし! 馬鹿じゃねえのかよ?! 何が王女の義務だ! そんなだから鳥の骨の操り人形とか言われちまうんだよ!」
「サイト!」
 たまらずにルイズが立ち上がりました。
「姫さまを侮辱する事はわたしが許さないわ! 取り消しなさい!」
「そうだよサイト、今のは幾らなんでも言い過ぎだ」
 ミスタ・グラモンも咎めます。
 しかしサイトさんは全く聞く耳を持ちませんでした。
「いいや言ってやる! アンリエッタは人形だ! 人間の形をしたガーゴイルだ! マザリーニの魔法で動いている操り人形だ! ウェールズを助ける気が無いんなら、さっさとゲルマニアにでも嫁に行っちまえ!」
 わたくしに向かってこれほどの暴言を吐いた人はサイトさんが初めてです。さすがのわたくしも思わず全身が熱くなるのを感じます。
 しかしルイズにとってはそれ以上だったのでしょう。
「このクソ平民!」
 瞬時に杖を構えるルイズ。

 ゴオッ!

 しかし先に発動したのは、ミス・ツェルプストーの炎でした。
 灼熱の炎がテーブルの中央で炸裂し、そこに吊るされていたシャンデリアのロウソクが瞬時に溶け落ちます。
「うひゃっ! 何するのよツェルプストー!」
 叫ぶルイズ。ミシェルたち銃士隊も即座に銃を構えます。
 しかしミス・ツェルプストー悠然と椅子に座ったまま、杖の先に照明用の小さな炎を灯し、落ち着いた様子で言いました。
「ご無礼をお許しくださいアンリエッタ様。しかし……」
 彼女がサイトさんへと視線を移すと、わたくしたち全員もサイトさんを見ました。
 サイトさんは立ったまま憮然と構えています。
 ミス・ツェルプストーは言いました。
「……あたしもサイトに賛成ですわ」
「?!」
 賛成とは?
 彼女が言った意味が分からず、戸惑うわたくし達。
 しかし彼女は再びわたくしへと視線を戻すと、こう言いました。
「トリステインの民を守りたいのなら、今すぐうちの皇帝閣下とご結婚なさいませ。成り上がり者と呼ばれておりますが、それだけにアンリエッタ様のような高貴な御方を大切にすることは間違いありませんわ。結婚さえしてしまえば後はアンリエッタ様次第。上手く手玉に取れば、トリステインに幾らでも援軍を差し向けましてよ?」
 さすがはミス・ツェルプストー、考え方が全く違います。もし彼女がわたくしの立場だったなら、迷うことなく縁談に応じるのでしょうね。
 ですが、すかさずルイズが反論しました。
「駄目よ! ゲルマニアだけは絶対に駄目! 何よ、アルブレヒト3世は姫さまの由緒正しい血筋が欲しいだけじゃない。姫さま本人なんて別に好きでも何でもないんだわ。どうせ血統さえ良ければ馬とでも結婚するに違いないわ!」
 サイトさんに続くルイズの暴言に、わたくしは再び絶句しました。幾らミス・ツェルプストーを毛嫌いしているとは言え、他国の皇帝を馬呼ばわりとは。これが知れたらただでは済みませんよ?
 しかしミス・ツェルプストーは眉ひとつ動かさず、綺麗さっぱりルイズを無視すると、再びわたくしに向かって言いました。
「失礼ながらアンリエッタ様、選択肢は2つしかありませんわ。ひとつは民のために生贄となる道。もうひとつは御自分の愛を貫く道。どちらを選んでも、後悔の念に苛まれる事は確実ですわ」
 王宮に戻ればゲルマニアに嫁ぐ事になる。そうミス・ツェルプストーは言っているのです。
 そして彼女は続けました。
「ならば女として、愚かな愛を貫くべきではなくて?」
 愚かな愛……
 何と美しい言葉なのでしょう!
 わたくしはギュッと胸の辺りが締め付けられるのを感じました。
 愛に溺れ、愛のために全てを投げ捨て、愛する人の元へと駆けつける。まるで小説のようではありませんか!

 ところが、次に発言したのは意外な人物でした。
 ミス・タバサです。
「アンリエッタ王女、質問させて頂いても宜しいでしょうか?」
「タバサ?」
 ミス・ツェルプストーが不思議そうな顔をしながら彼女を見ました。他の人たちも一斉にミス・タバサに注目しています。
「はい? どうぞ?」
 わたくしが応じると、背の低いミス・タバサは椅子からするりと立ち上がり、真っ直ぐにわたくしを見ながら言いました。
「もしウェールズ皇太子が、アルビオン軍を率いてトリステインに攻め込んできたら、あなたはご自分の杖で皇太子を倒せますか?」
「なっ?!」
「何を言っているのタバサ?!」
 絶句するわたくしと、問い直すルイズ。他の皆さんもびっくり仰天しています。
「!!」
 しかしモンモランシーだけはミス・タバサの質問の意図に気付いたらしく、驚いたように両目を見開き、両手で口元を隠しました。
 ミス・タバサは続けました。
「アンドバリの指輪は死者を操るマジックアイテム。ならば皇太子を一旦殺して、レコン・キスタの手先として再生させる事が出来るはず。もしわたしがクロムウェルの立場なら……」
 そこまでの台詞でようやく、わたくしにも彼女の言いたい事が理解できました。

「まさか!」

 わたくしは思わず叫びました。
「まさかそんな恐ろしい事を!」
「わたしなら、やる」
 ミス・タバサは短くそう言うと、わたくしたち全員を見回し、それから続けました。
「アンリエッタ王女、あなたには2つの選択肢があります。ひとつは愛を求める道。もうひとつは愛を終わらせる道。どちらを選んでも命がけの道です」

 ぞくり!

 全身の毛が逆立つような嫌悪感が、再びわたくしの身体を突き抜けました。
 心臓が口から飛び出しそうなほど鼓動し、冷や汗が流れ、手足が小刻みに震えます。
 しかし、わたくしには分かっていました。ミス・タバサの言う通りだと言うことが。
 生きているにせよ死んでいるにせよ、ウェールズ様がレコン・キスタ側に寝返ってしまったら、わたくしには成す術がありません。わたくしが直接手を下すか否かに関わらず、わたくしにウェールズ様を討つことなど出来る筈が無いのです。
「姫さま……………」
 ルイズが来て、わたくしの両手を取りました。
 その手はとても暖かく感じられ、わたくしは自分の手が驚くほど冷えている事に気づきました。きっと顔面も蒼白だったに違いありません。
「アンリエッタ」
 サイトさんも来ました。
 わたくしがサイトさんを見上げると、サイトさんは真剣な顔でわたくしのすぐ横まで来て、一瞬ルイズと視線を交わしました。
 そしてサイトさんの両手がわたくしの頭の上に伸び……
「えっ?」
 わたくしのティアラを取ってしまいました。
「サイトさん?」
 にやり。
 サイトさんがひねくれた笑いを浮かべます。そして再びルイズと視線を交わし……
 驚いた事にルイズまでもがひねくれた笑いを浮かべているではありませんか。2人がこんなにも以心伝心するなんて!

 バキッ!

「あっ!」
 やおらサイトさんは、わたくしのそのティアラをへし折ってしまいました。
「こんなものをしてるから悪いんじゃないのか?」
 そう言ってその残骸を無造作に投げ捨てます。
「これでアンリエッタはもう王女じゃない。ただの女の子のアンリエッタだ。これで心おきなく」―――全然無関係な方角を指差し―――サイトさんは西を指差したつもりなのでしょうが―――「アルビオンに行けるんだぜ?」
 格好悪いですサイトさん。
 肝心なところで物凄く間が抜けています。
「コホン」
 ルイズもそう思ったのでしょう。彼女は西を顎でしゃくってこう言いました。
「西はこっち」
「う、うるさいな」
 改めて西を指差すサイトさん。最初からそうしていれば格好良かったのですが。
 ルイズはわたくしに向き直ると、わたくしの手を握ったまま言いました。
「姫さま。愚かな女と言われようとも、トリステインを戦争に巻き込んだと後ろ指差されようとも、愛を貫くための愚かさならば民は理解してくれますわ。いいえ、むしろ一途な愛を貫いてこそ民衆も付いて来るものですわ」
「ルイズ……」
 わたくしが躊躇していると、ルイズは頷いて続けました。
「姫さまは操り人形なんかではありません。人形ではないからこそ過ちも犯すのです。ウェールズ様を逃がした事で、トリステインに攻め込む口実をレコン・キスタに与えたとしても、何もせずにゲルマニアに嫁いでしまうよりは遥かにマシですわ」
 わたくしは立ち上がり、ルイズと抱き合いました。
「ありがとうルイズ」
「いいえ、当然のことをしたまでですわ」
 そしてわたくしは次に、サイトさんの両手を取りました。
「ありがとうサイトさん。わたくしは……」
「……………」
 サイトさんはじっとわたくしを見つめています。
 わたくしの使い魔であり、わたくしの事を誰よりも慕ってくださっている筈のサイトさんが、ウェールズ様を助けるべくわたくしを説得したのです。
 わたくしは言いました。
「わたくしは勇気が無かったのです」
 するとサイトさんはニヤリとひねくれた笑いを浮かべて言いました。
「俺もさ」
 嘘っぱちです。サイトさんほど勇気のある平民は見た事がありません。
 あのチクトンネ街でのカリーヌ夫人との戦いで、信じられないほどの勇気を見せてくださったサイトさんです。きっと今回も、驚くような勇気を見せてくださるに違いありません。
 ああ、でも……
 本当にこれで良かったのでしょうか?
 これからどれほど多くの血が流れる事になるのでしょうか?
 そしてわたくしは……
 ああ…… ウェールズ様をお助けする事が出来るのでしょうか?!



(次回、アルビオンまでの道程は省略します)
―――――
初版:2009/06/10 17:42



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~13 白の国の王子様~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/07/10 19:13
女王陛下の黒き盾
~13 白の国の王子様~


―― アンリエッタ ――

 当然のことですが、アニエスはわたくしのアルビオン行きに大反対しました。
「姫殿下! どうかお考え直しください! この手勢で敵の真っ只中へ飛び込むのは無謀すぎます! 結果は火を見るより明らかです!」
 ところがワルド子爵が賛成派に回ったので、反対派は事実上アニエス一人だけでした。
「いや、むしろ人数を絞って隠密行動に徹すれば不可能ではないだろう。どのみちごく限られた人数しか脱出させられないからな。最初から少数精鋭で行けば敵の裏をかくことも出来る筈だ」
 ワルド子爵の意見に呆気に取られたアニエスは、必死の反論を試みました。
「しっ、しかし姫殿下が直々にアルビオンに行く必要はありません! ヴァリエール殿でもグラモン殿でも、誰か他の方が勅使として行けば良いのではありませんか?!」
「危険と分かっている場所にわたくしの大切なお友達を放り出せと言うのですか?」
 わたくしがぴしゃりと言うと、彼女は怒りで真っ赤になりながら反論しました。
「危険と分かっている場所に自ら行かれるのは無謀を通り越して愚か者です!」
 シュヴァリエとはいえ平民である彼女にとって、わたくしに対する暴言は即座の死を同義です。しかしアニエスにしてみれば、ここは命に代えてでもわたくしを引き止める覚悟だったのでしょう。
 わたくしは言いました。
「アニエス。これがわたくしの我侭だと言うことは承知しているつもりです。ですがわたくしは決めたのです」―――ちらりとルイズを振り返ると、彼女は力強く頷いてくれました―――「例え愚かな女と罵られようとも、ウェールズ様への思いを貫こうと」
 護衛隊長に過ぎない彼女には本来、わたくしの行動を決定する権利どころか、意見を述べる権利すらありません。わたくしが行くと決めたら彼女は従う。それ以上でもそれ以下でもないのです。
 彼女は無念そうに言いました。
「では、覚悟は出来ておいでですね。この中の誰一人として、生きて戻れる保障がない事を」
「大丈夫よ」
 答えたのはルイズでした。
「この中の誰一人として、姫様より長生きする者は居ないわ」
 サイトさんもモンモランシーも、ミスタ・グラモンも頷きました。ミスタ・グラモンの頷きだけは微妙に遅れましたが。



 ……という経緯だったのですが、結局モンモランシーとミスタ・グラモンはアルビオンに行くことはできませんでした。
 いえ、彼女たちに問題があったわけではありません。ワルド子爵が人数を出来る限り絞るべきだと判断したため、彼女たちには辞退して貰ったのです。
「力及ばず残念ですわアンリエッタ様」
 モンモランシーは口惜しそうに言いましたが、ミスタ・グラモンがほっとしたような表情をしていたのには気づかないふりをしておくべきでしょう。
 ミス・ツェルプストーとミス・タバサもメンバーには含まれません。外国人なのですから当然です。わたくしにアルビオン行きを決心させた事もあり、ミス・ツェルプストーは協力を申し出てくださいましたが、わたくしは辞退しました。炎のトライアングルである彼女は貴重な戦力ではありますが、やはり外国人を巻き込むべきではないと判断したからです。
「ウェールズ様を見つけたら、真っ先に駆け寄って抱き付きなさいな」
 彼女はわたくしにウインクしながら言いました。
「好きな女に抱きつかれて冷静でいられる男はおりませんわよ」
 もし彼女がヴィンドボナの玉座に座ったら、ゲルマニアは一枚岩の強力な国に変身するかもしれませんね。
 ともあれ最終的に、アルビオン隠密隊は総勢13名に決まりました。
 わたくし、ルイズ、サイトさん、ワルド子爵および魔法衛士隊4名、アニエスおよび銃士隊4名です。ただしラ・ロシェールまでグリフォンに乗って行くので、その騎手として数名の衛士隊員が同行します。
「あぁっ、姫殿下! このギーシュ・ド・グラモン、姫殿下のご無事を心より願っております!」
 ミスタ・グラモンの大仰な台詞を背中に受けつつ、わたくしたちは出発しました。
 待っていてくださいウェールズ様!
 今、アンリエッタが参ります!



―― タバサ ――

 アンリエッタ様の出立を見送って部屋に戻ると、そこには先客がいた。
 油断していたつもりはないのだが、わたしはその先客に気付くのに一瞬遅れた。
「!」
 とっさにサイドステップしつつ振り返り、杖を突き付ける。
 だが先客は瞬き一つせずに、悠々とわたしを見ていた。
「まだ何か用?」
 わたしが尋ねると、先客は口の端を上向きにひん曲げ、不気味な笑いを浮かべた。
 彼女は言った。
「ヴァリエールの小娘と一緒に『水のルビー』を寄越せとは言ったけど、まさか御姫様ごととはね。面倒なことしてくれたわね」
「別に命令には反していない。おまえは『水のルビー』をアンリエッタ様の指から引き抜けとは言わなかった」
「ふん! あの箱入り娘から指輪を奪う仕事はこっちの役目って訳かい?」
 黒ずくめの女は鼻を鳴らして言った。
 わたしが無言でいると、女はさらに続けた。
「それからあの鳥。何なんだいあれは?」
「知らない。ルイズが召喚した」
 女はちょっと考え込むと、やがて言った。
「まあいい。だがお前の役目はここまでさ。お前は学院に戻りな」
「どうするつもり?」
 わたしが尋ねると、女はするりとサイドステップして壁龕(ニッチ)に隠れた。
「手駒はお前だけではないって事さ」
 気配が消える。転移魔法を使ったのか、それとも虫か鼠に化けたのか、とにかく女はどこかへ消え去った。
 コンコン。
 ガチャ。
「タバサ?」
 部屋の扉からキュルケが顔を出したのは、その直後のことだった。
 彼女は巨大な乳房を揺らせながら部屋に入って来た。
「あら、ひとり? 声がしてたみたいだったんだけど」
「ゴキブリ」
 わたしがそう答えると、キュルケはさっと気色ばんで杖を構えた。
「どこ?! どこなのっ?!」
「もう逃げた」
 あの黒い害虫を見つけると彼女は容赦なく灼熱の炎を見舞う。ゴキブリは退治されるけど、一緒に絨毯やら家具やらも燃えてしまうのには困ったものだ。
 キュルケは杖をしまうと言った。
「ところで、どうしてアンリエッタ様にアルビオン行きを勧めたの? なんだか、らしくないと思ったんだけど?」
 さすがに彼女は鋭い。
 あの女の命令の事は喋れないが、わたしはそれに抵触しない範囲で正直に答えた。
「そうかもしれない。でも、そうするべきだ思ったから」
 それを聞いたキュルケは一瞬きょとんとした。
「ふうん?」
 彼女は腕組みをしつつ、わたしを値踏みするように見る。そして何かを納得したように言った。
「まさかと思うけど…… いいえ、そんな事は無いわよね。よっぽどの男でないと、タバサが認めるわけ無いものね」
「?」
 キュルケは時々意味不明なことを言う。しかもその意味を尋ねても、決して教えてくれないのだ。
 話題を変えるかのように、彼女は窓の外へと視線を移して言った。
「あたしも行きたかったな、アルビオン……………」
「……………」
 わたしは答えなかった。そもそもわたしはアルビオンへ行くつもりだったのだろうか?
 アンリエッタ様が懸念した通り、わたしやキュルケがアルビオンに同行してしまったら、それこそ3国によるアルビオンへの内政干渉になってしまう。特にわたしの正体はアンリエッタ様と同レベルの、王家の血を引く娘なのだから。
 キュルケと並んで窓の外を見る。朝日にきらめくラグドリアン湖は美しく、アルビオンの騒乱など嘘のようだ。
 はたして、アンリエッタ様は無事にウェールズ王子を救出できるだろうか?
 自らの手で自らの未来を切り開くべきだ。そう思ったからこそわたしはアンリエッタ様にアルビオン行きを勧めた。
 しかし―――
 わたしは本当にアンリエッタ様が命を賭けるべきだと思ったのだろうか?



―― 才人 ――

 アルビオンってのは本当に空に浮かんでいた。
「たーっ! マジかよ?! マジに浮いてるよ!」
 俺は船の甲板からその様子を見て呆気に取られた。
 初めて見るアルビオン大陸は、周囲をぐるりと断崖絶壁で取り囲まれた、青空の真ん中に浮かぶ巨大な島だった。大きさはよくわからないが、トリステインと同じくらいの大きさだというから、本当に国が1個丸ごと浮いてるわけだ。
 驚いたね!
 船が空を飛ぶ時点でファンタジーな世界だなあとは思っていたが(いや、それを言ったら魔法が存在する時点で十分にファンタジーだけど)、さすがに大陸が空に浮かんでるってのは非常識すぎる。ハルケギニアの物理法則ってのは一体どうなっているんだろう?
「どうですサイトさん? 美しい国でしょう?」
 アンリエッタは嬉しそうにそう言った。
 しかし彼女の笑顔にはどこか影があるのを俺は見逃さなかった。当然だけどな。
 あのアルビオンにはアンリエッタの憧れの王子様がいて、今にも首を掻き切られそうになっている。俺たちはその真っ只中に飛び込み、王子様を連れてトンズラするわけだ。
「アン、サイト、危険だ。中に入っていろ」
 この旅の間のアニエスの神経質さと言ったらウンザリする程だ。
 アンリエッタに銃士隊の装備を着せたところまでは理解できるのだが、結局は特別扱いのままだ。アンリエッタを偽の傭兵に仕立てたいのなら、他の部下と同じようにぞんざいに扱うべきなのだが。せっかく呼び捨てで呼んでいるのに、これじゃ変装だってことがバレバレじゃないか。
「ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ!」
「マロンちゃん駄目でちゅよ! 外へ出たら風で飛ばされちゃいまちゅよ!」
 船室にはルイズとマロンがいて、ぶっちゃけウザいんだよね。だから気分転換を兼ねて甲板をうろついてたんだが仕方がない、俺とアンリエッタはそろって船室に戻った。

 俺たちの作戦ってのはこうだ。
 レコン・キスタによるアルビオンの内乱のため、アルビオンの国境警備隊は事実上機能しなくなっている。そのためトリステインとアルビオンを結ぶ交易ルートには空賊がわんさか出没するようになってしまった。
 トリステイン側の警備は強化されているので、トリステイン国境までなら何とかなるのだが、そこから先は事実上の無法地帯だ。なので交易船はどれも高い金を払って傭兵を雇い、自分の身と荷物を守っている。俺たちはそういう傭兵に成りすましてアルビオンに潜入しようって訳だ。
 実際のところ魔法衛士隊も銃士隊もトリステイン屈指の最強部隊なわけで、傭兵の振りするのは造作もない。俺も一応は銃を扱えるし、アンリエッタもド素人とは言え水のトライアングルなので、救護班の名目で傭兵の仲間入りをしたって訳だ。
 問題はアルビオンに着いてからだ。
 船が着くのはスカボローとか言う場所で、ニューカッスルまでは馬で一日かかるんだとか。包囲されているはずのニューカッスルまでどうやって馬で突破するのか分からないが、ワルドにはなにやら策があるらしい。聞いてもアルビオンの状況次第だと言って教えてくれなかったけどな。

 途中、マジに空賊に襲われた。横っ腹に大砲をずらりと並べた船が、俺たちの乗る貨物船を襲ってきたのだ。
 傭兵としての契約もあるけど、アンリエッタを守らなければならない衛士隊や銃士隊は本気で空賊と戦った。ワルドやアニエスの本気ってのを見るのは初めてだったけど、味方であるはずの俺ですら小便チビリたくなるほどの凄まじさだった。ワルドは風魔法で空賊の船員や船体を切り刻み、アニエスは風の吹きまくる船の上にもかかわらず、正確な狙撃で敵兵を撃ちまくった。ルイズに至っては得意の爆発魔法で敵船に穴を開けまくり、しまいにゃ例の凄まじい光で敵に目眩まし攻撃を仕掛け、その隙に俺たちは逃げだすことができた。
 ちなみに俺はデルフリンガーで敵の魔法を吸収する防御係を担当した。
 アンリエッタは当然不参加。「わたくしだって濁流魔法で敵を混乱させる事くらい出来ます!」と不貞腐れていたが、この戦いで俺たちの船にも穴があいたし、死者こそ出なかったものの怪我人はぞろぞろ出たわけで、万が一ということもあるからアンリエッタの参加は無理だよな、やっぱ。

 さて。
 空賊を振り切った俺たちは無事にスカボローに到着し、一泊することになった。
 ワルド子爵はその夜の間にレジスタンス、つまり反レコン・キスタ派の連中とのコンタクトに成功した。レコン・キスタを快く思わない連中ってのは、貴族か平民かにかかわらず大勢いるようだ。つまりクロムウェルが本当にアンドバリの指輪を使っているかどうかはともかく、奴の支配下にある連中ってのはアルビオンの上流貴族のごく一部だけの話であって、大部分の貴族や平民たちには無関係なのだ。だから突然現れてアルビオンをひっくり返したレコン・キスタを信じてる奴ってのは少ないらしい。レコン・キスタ派に属してはいても、上からの命令で嫌々属しているだけの連中も多いらしい。
 そんな訳で、俺たちはそのレジスタンスの案内でニューカッスルを包囲するレコン・キスタ軍の隙間をかいくぐり、無事にニューカッスル城へ侵入することに成功した。途中、川に潜ったり泥にまみれたり色々したけれど、アンリエッタは文句ひとつ言わなかった。ウェールズに会えるという思いが彼女を強くしたのかもしれない。
 もちろん俺たちはワルドのことも、レジスタンスたちの事も全く疑っていなかった。



―― アンリエッタ ――

 スカボローからニューカッスルまでの道のりは辛く厳しいものでした。
 夜明け前、わたくしたちはレジスタンスが用意した風竜に乗り、敵の包囲網の裏まで進みました。そこから先は徒歩で森の中を進みます。レジスタンスの道案内があるとは言え、レコン・キスタに発見されれば戦闘は免れません。なのでわたくしはもちろん、衛士隊も銃士隊も緊張でピリピリしながら進みました。
 わたくしは川で溺れそうになり(水のメイジが川で溺れるなんて笑い物もいいところです)、ぬかるみに嵌って頭から泥だらけになり、斜面を滑り落ちてサイトさんを押し潰し、石につまづいてルイズを押し倒しました。
 足手まといでしかないわたくしでしたが、ルイズもサイトさんも他のみんなも文句ひとつ言いませんでした。わたくしが来るべきではないと言っていたアニエスも、わたくしに帰れとは言いませんでした。
 サイトさんは常にわたくしの真後ろを歩き、わたくしが転びそうになるたびに支えてくださいました。しかしさすがのサイトさんも、あの長いデルフリンガーさんと銃とを背負っての行軍には難儀しているようでした。
 ルイズはと言うと、不思議なことにわたくしよりも体力があるようでした。頭の上に―――びっくりしましたが本当です―――マロンを乗せた彼女は常にわたくしの前を歩き、急斜面ではわたくしの手を引き、岩場ではわたくしが足跡を辿れるように気を使ってくれました。幼いころはわたくしのほうが走るのも泳ぐのも上手かった筈なのに、いつの間に逆転されてしまったのでしょう? 王宮での生温い生活がわたくしを堕落させたのでしょうか?
 マロンはと言うと、ルイズの頭を巣だと思っているのか、きょろきょろと周囲を眺めながらも静かにしています。どうやらルイズの頭の上は居心地がよいらしく、バランスを崩して落ちることもありません。傍から見ていると滑稽ですが、マロンを単独で歩かせるのは状況的に難しいですし、背中には食糧その他の装備がありますから背負うのも無理です。頭の上はある意味理想的な定位置なのです。
 ともあれ、わたくしたちは森の中をへとへとになりながら進みました。
 途中何度も挫折しそうになりましたが、わたくしたちがニューカッスルへ辿り着かない限りウェールズ様の命はありません。わたくしは歯を食いしばり、必死に歩き続けました。
 そして日が暮れて星が瞬き始めたころになって、ようやくわたくしたちはニューカッスル城に到着したのでした。



「これがニューカッスル城か。やれやれだぜ全く……」
 さすがに疲れたのか、サイトさんは周囲を眺めてながらぼやきました。
 レジスタンスたちのおかげで無事に城内に入れたとは言え、わたくしたちは武装解除を余儀なくされました。それはそうですよね。ジェームズ様たちにしてみれば、わたくしたちを暗殺者と疑うのは当然のことです。
 わたくしたちはアルビオン兵たちに取り囲まれ、誰か身分を証明しくれる人の到着を待ちました。
「アンリエッタ?! 本当にアンリエッタなのか?!」
「ウェールズ様!」
 わたくしは心臓が高鳴るのを感じました。
 そうです、ウェールズ様が来てくださったのです! わたくしが来たことを聞いたウェールズ様は、半信半疑の様子で駆けつけてくださったのです!
 3年前、ラグドリアン湖のほとりで出会った時よりも少しだけ大人びたウェールズ様は、より一層凛々しくなられて、王の風格すら漂わせる程になっていました。
 しかしわたくしを見たウェールズ様は、わたくしが3年前の小娘だと確信は出来ない様子でした。それもそうですよね、わたくしは銃士隊の鎧を身につけ、頭のてっぺんから爪先まで泥だらけだったのですから。
「これでお分かり頂ける筈です」
 わたくしは『水のルビー』を指から引き抜き、わたくしたちを取り囲んでいるアルビオン兵に渡しました。
 兵士から『水のルビー』を渡されたウェールズ様は、それを御自分の『風のルビー』に近づけました。すると2つの宝石は共鳴しあい、虹色に輝きました。
「本物だ」
 ウェールズ様はわたくしを見ました。
「一体何を考えているんだアンリエッタ! 君がこんな所へ来るなんて正気の沙汰じゃない!」
「それはあんまりですわウェールズ様!」
 反論したのはルイズでした。ルイズもマロンも長い一日の行軍ですっかり泥だらけです。
「アンリエッタ様はウェールズ様の御身を案じて、必死の思いでここまで来られたのです。それを正気の沙汰ではないとは……」
「ルイズ」
 わたくしが咎めると、ルイズは不満顔でわたくしを振り返りました。
「しかし姫様!」
「良いのです。ウェールズ様の言う通りなのですから」
 しかしルイズに言われたからではないと思いますが、ウェールズ様は落ち着きを取り戻すと、わたくしに近づいてきて言われました。
「よく来てくれたアンリエッタ。綺麗になったね」
「いやですわウェールズ様。わたくし泥だらけですのに」
「泥だらけなのにこれほど美しいのだから、身だしなみを整えたらさぞかし綺麗だろうね」
 そしてウェールズ様はわたくしに手を差し出してくださいました。
 わたくしは一瞬躊躇しました。だって、わたくしの手も泥だらけなのですから。しかしルイズが後ろからわたくしを軽く押し、わたくしは決心してウェールズ様に手を差し出しました。
「まずは身体を清めるといい。それから宴の準備をさせよう」
 ウェールズ様の手がわたくし手を取ります。
 夢ではありません。本物のウェールズ様の手です。大きくて温かい、わたくしを包み込むような手です。その手がわたくしの薬指に『水のルビー』を嵌めてくださいいます。
「君の美しさに似合うドレスが残っていれば良いのだけれど」
「ウェールズ様もご無事で……」
 不意に涙がこみ上げてきました。
 喉がしゃくりあげ、声が声になりません。
「ヒック…………… なっ……何よりヒック…………… 何よりですわ……」
 堰を切ったように流れ出したわたくしの感情は、津波のようにわたくしの両目から溢れだしました。
 わたくしはウェールズ様に縋り付くようにして抱き付き、人目もはばからず大声で泣きました。
「ウェールズ様…………… ウェールズ様……………」
 ウェールズ様は自分が泥だらけになるのも構わず、わたくしをそっと抱き締めてくださいました。

―――――
初版:2009/06/26 01:15
改訂:2009/07/10 19:13



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~14 王子様の真実~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/07/20 21:35
女王陛下の黒き盾
~14 王子様の真実~


―― 才人 ――

 あ~~~~~。
 そ~ですか、あれがウェールズ王子様ですか。
 ふ~~~ん。
 ほぉ~~~。
 そりゃあまあ、さすがに王子様だけあって、俺よりちょっとだけイケメンかもしれね~けど?
 でも俺だってそれなりの格好をすれば意外とイケメンになるんだぜ?
 おうよ!
 アンリエッタが選んでくれたタキシードさえあれば、俺だってあんなイケメン野郎に遅れは取らないぜ~~~!
 何しろアンリエッタの見立てだからなっ!

 ……空しい。

 ウェールズに抱きつくアンリエッタを見て、何だか一気に疲れたよ、俺は。
 ウェールズもアンリエッタを抱き寄せてるし。3年も会いに来なかったくせに恋人気取りかよ?!
 つ~か、そもそも何でアンリエッタがわざわざこんな所まで来なきゃいけないんだよ?! お前がさっさと逃げ出していればアンリエッタが危険な目に遭う必要は無かったんじゃね~か! おかげで俺もアンリエッタも泥だらけだし! 俺が何度アンリエッタの柔らかい尻の下敷きになったと思ってるんだ!
 だいたい銃とデルフだけならともかく、水や食料も背負うと軽く10kg超えるんだぞ! それで丸一日森の中を歩き回り、さらに四苦八苦するアンリエッタを助け続けたんだぞ?!
 偉いだろ俺?
 感謝されて当然だろ俺?!
 アンリエッタに抱きつかれるべき男はお前じゃなくて俺だっつ~の!
 ふざけんな!

 ……………やっぱり空しいぜ。

 憧れの王子様との再会を果たしたアンリエッタは、ドレスに着替えるために風呂へ行くことになった。ルイズも一緒だ。
 アンリエッタ付きのメイドたちはラグドリアン湖に置いて来ちまったから、代わりにアルビオン王家付きのメイドたちが呼ばれ、アンリエッタの世話をすることになった。
 すぐ会えるってのに、なかなか離れようとしないアンリエッタとウェールズ。
 本当に恋人気取りだぜ!
 ムカつく!
 ウェールズがアンリエッタにキスするんじゃないかって、俺は気が気じゃ無かったよ!
 ちなみにウェールズは俺たちには目もくれなかった。しょせん俺たちは護衛に過ぎないって事らしい。結局、残った俺たちはアルビオン兵の案内で洗い場というか洗濯場というか、とにかく「水だけは出る」と言った感じの場所に案内された。
「ご不便をおかけして申し訳ございません。何しろ我々も命からがら脱出して来たものでして、トリステインからのお客様をお迎えできるような状態ではないのです」
「事情は承知しております。我々は客として来たのではなく兵士として来たのです。水さえいただければ十分です」
 ワルドはそう言うと、さっさと装備を脱ぎ捨てて水浴びを始めた。他の衛士隊員も同様だ。
 男の尻なんて見ても嬉しく無え……と思っていたら、アニエスやミシェルなどの銃士隊員までもが平然と裸になって水浴びを始めやがった。
「マジか?!」
 普段は装備に隠れてサイズさえ不明なアニエスの胸が実は結構なお手前だった事とか、筋肉女だと思ってたミシェルが意外とナイスバディな事とか、何もかもが丸見えだよ丸見え。
 しかも泥だらけの装備の洗濯まで始めてるし。靴まで洗ってるよ!
「何をしているサイト、お前もさっさと身体を洗え。まさかその格好で晩餐会の警護をするつもりじゃないだろうな?」
「う、ういっす」
 出席じゃなくて警護ってところがミソだな。
 とは言え、俺も洗い場の隅っこでコソコソと身体と服を洗った。水の冷たさが頭を冷やすのに丁度良かったぜ。
 あと股間もな。



 ところが水浴びを終えると意外な人物が待ち構えていた。ウェールズだ。どうやらアンリエッタの居ない場所で俺たちと話をしたかったらしい。
 ちなみに俺たちの服は衛士隊の連中が熱風魔法で乾かしてくれた。どうやら毎度のことらしく、ワルドも含めた風使いたちはそれが当然かのように、俺や銃士隊員たちの装備も乾かしてくれた。意外と親切なんだなコイツら。
 ともあれウェールズは言った。
「隊長は誰だね?」
「ははっ! トリステイン魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵にございます」
 毅然と進み出て跪くワルド。
 ワルドに釣られるようにして衛士隊員も銃士隊員も一斉に跪き、俺もあわてて跪いた。
 ウェールズは尋ねる前からワルドが隊長だと分かっていたらしく、奴が進み出る前から子爵を見ていた。そして子爵が名乗り出ると頷き、困ったように眉間に皺を寄せて言った。
「アンリエッタを連れて来てしまうとは、困ったことをしてくれたな子爵。これではレコン・キスタどもは次にトリステインを狙う事になるぞ。しかも折角のアルブレヒト3世殿のラブコールも撤回されてしまうだろう。非力なトリステイン軍単独で、一体君はどうやってアンリエッタを守るつもりなのだ?」
 何だよ?
 アンリエッタに直接文句を言えないから俺たちに文句を言うってのか? そいつはとんだトバッチリだぜ?
 しかしワルドは跪いたまま答えた。
「失礼ながら申し上げます。我が主、アンリエッタ姫殿下はウェールズ殿下のアルビオン脱出を望んでおられます。殿下を説得し共に脱出するため、姫殿下は危険を顧みず、御自らアルビオンへ参られたのです」
 しかし当然だがウェールズは認めなかった。
「子爵。君も男なら、僕が脱出する筈がないことくらい最初から理解しているのだろう? アンリエッタがどれほど望もうとも僕は脱出することは出来ない。むしろアンリエッタが来た今だからこそ、僕は彼女の盾となってここに踏みとどまらなければならない」
 あ~あ~あ~あ~、勇ましいことで。
 その武勇は末代まで語られるだろう、ってか?
 アンリエッタも涙を流して喜ぶだろうよ!
「しかしながら殿下、クロムウェルはいずれにせよトリステインへ侵攻するだろうと我々は判断しております。されば殿下にはいったんお引きいただき、トリステインにて態勢を立て直した後、我々と共にレコン・キスタへ反撃されることをご提案申しあげます」
 だがウェールズは即座に否定した。
「却下する。クロムウェルに対抗できる強力な手段が無い以上、共同戦線は無意味だ。それとも子爵、君はレコン・キスタに対抗できる新魔法でも編み出したのか?」
「残念ながらございません。しかしながら殿下、我々はクロムウェルが用いている術を探り当てたと確信しております」
「ほう? 申してみたまえ」
 しかしワルドは拒否した。
「失礼ながら殿下、それにつきましてはアンリエッタ姫殿下に直接お伺い頂きますようお願い申し上げます」
 まあな。
 アンドバリの指輪のことを探り当てたのはアンリエッタとモンモンだからな。ワルドやアニエスはアンリエッタから話を聞いただけし、ここでワルドが偉そうに説明するのは不適当って事なんだろう。
「……いいだろう」
 ウェールズは肯定したが、すぐにこう言った。
「だが晩餐の後、アンリエッタには直ちにここを脱出して貰う。これは我が父、ジェームズ1世の命令と考えたまえ。必要なものがあればエリオットに用意させよう」
「ははっ! 殿下のお心遣い感謝いたします」
 えっ? 終わり?
 まさかこれで終わり?
「君らは我らが王国が迎える最後の客だ。晩餐には是非とも出席して欲しい」
「ははっ! 我々一同謹んで、アルビオンの勇敢なる誇りを見届けたいと存じます」
 うわ。本当に終わりだよ。
 いいのかよこれで?
 これじゃアンリエッタが来た意味がまるっきり無いじゃないか!
 脱出させるって言ったって、アンリエッタが素直に応じる訳ないぞ?
 つ~かコイツ、本当にアンリエッタのことが好きなのか?
 アンリエッタに会えて嬉しくないのか?

「待った! ちょっと待ってくださもがっ?!」

 俺は思わず立ち上がって言った。が、その途端にアニエスたち銃士隊員に引きずり倒されてしまった。
「ごっ、ご無礼をお許しください皇太子殿下。この者はロバ・アル・カリイエより参った未開人ゆえ、貴族に対する礼儀作法を知らぬのです」
 俺の髪の毛を掴んだまま、慌てた様子で取り繕うアニエス。
 何だよ?! 平民には発言権なんて無いってのか?! それに未開人ゆ~な! これでも文明人だぞ俺は!
 ところはウェールズは気にしていないようだった。王子様は俺に関心を持ったらしく、言った。
「構わない。貴族であれ平民であれ、僕と話ができる客人は君らが最後だ。喜んで意見を聞こうじゃないか」
 ウェールズがアニエスに向かって顎をしゃくると、アニエスは俺の耳元で「無礼は許さんぞ」と言ってから俺を開放した。
 お~痛え。
 アニエスはともかく、ミシェルの奴は思いっきり俺の腕をキメやがった。肩が外れるかと思ったぜ。
 俺は解放されると、再び跪いた。さすがに立ち上がるのは不味いだろうと反省したからだ。
「名乗りたまえ、黒髪の少年」
 ウェールズが言ったので、俺は言った。
「アンリエッタ姫の使い魔、サイト・ヒラガ」
 本当ならカトレアさんと婚約予定だとか、エレオノールさんの助手だとかっていう肩書があるんだけど、そんなのは省略しても構わないよな? どっちみちウェールズが知ってる訳ないし。
 と思ったら、この王子様は俺のことをアンリエッタから聞かされていたらしい。
「そうか。君がサイト・ヒラガか」
「え?」
「アンリエッタが平民を召喚したと聞いたときは冗談かと思ったのだが、やはり本当だったのだな? では粒理論を解明したのも君だな?」
 うへっ?!
 アンリエッタの奴、どうやら手紙に俺のことをあれこれ書いたんだな? まさかウェールズが粒理論のことまで知っているとは思わなかったぜ。
 俺は言った。
「は、はい。そうです」
「会えて嬉しいよサイト・ヒラガ。アンリエッタの使い魔としての生活はどうだい?」
 おいおいおい。世間話かよ? そんなこと話してる場合じゃね~だろ?!
 俺はウェールズの質問を無視すると、言った。
「ウェールズ王子、俺からもお願いします。アンリエッタと一緒に脱出してください」
「何故だね?」
 やはりその話か、と思っただろうとは思うが、ウェールズは先を促した。
 なので俺は続けた。
「アンリエッタを守るっていう王子の決心は俺にも分かります。けどあのお姫様はもうここにいるんですよ? アンリエッタがトリステインにいる時なら王子がここでレコン・キスタと戦うのも分かりますけど、アンリエッタが来ちまった以上は手遅れじゃないですか? こうなったら王子も一緒に脱出した方が、アンリエッタを守るって意味でも、その後のレコン・キスタとの戦争って意味でも有利っていうか、アンリエッタのためになるんじゃないですか?」
「ふむ。それで?」
 俺はさらに続けた。
「スカボローからここまで、アンリエッタは必死に地面を這いずって森の中を進んで来たんですよ? 靴ずれは出来るし、虫には刺されるし、かぶれるし…… なのにアンリエッタは弱音ひとつ吐かなかったんです! 王子だって見たでしょう、あのお姫様の泥だらけの姿を? なのにすぐ帰れって、そりゃあんまりじゃないですか! こっちだって危険を承知でここまで来たんですよ? 帰れと言われて素直に帰る訳無いじゃないですか!」
「続けたまえ」
 ウェールズに促され、俺はだんだん頭に血が昇ってきた。
「必死の思いで王子に会いに来たのに、何でアンリエッタの思いに応えてあげないんですか! 何で一緒に戦うって言ってくれないんですか?! ここに残って死んだらアンリエッタが悲しむだけじゃない、犬死なんですよ?!」
 すっかり頭に血が上った俺は、とうとう言うべきでないことまで言ってしまった。
「だいたい何で王子はアンリエッタに会いに来てくれなかったんですか! 3年も会ってないなんて変ですよ! 王子は本当にアンリエッタのことを好きなんですか?!」
 そこまで言ったところで俺は我に返った。
 感情的になり過ぎた。いくら王子が話を聞くと言ったとはいえ、怒らせちまったら意味がない。

 ところがウェールズは怒ってはいなかった。
 と言うよりもむしろ、気落ちしているように見えた。
「君は正直な男だな。だが正直すぎる。始祖ブリミルは本当に、アンリエッタに相応しい使い魔を選ばれたのだろうか?」
 まるで独り言のように呟くと、ウェールズは改めて俺に言った。
「サイト・ヒラガ。僕はアンリエッタが好きだよ。平民である君にはそうは見えないかもしれないが、他の誰よりもアンリエッタのことが好きだ。もし僕が王子でなく、彼女も王女でなかったならば、僕は迷わず彼女のもとへ駆けつけただろう」
 そうかい。
 じゃあ何で王子と王女は結婚できないんだ?
 ウェールズは続けた。
「王族の結婚がどういうものなのか、君に理解してもらえるとは思えない。だがこれだけは分かってくれたまえ。僕にもアンリエッタにも、好きな相手と結婚する自由は生まれた時から無かったって事を」
 それが王子と王女の運命だって言いたいのか?
 ちょっと言い訳臭くないか?
 ウェールズはさらに続けた。
「君は知らないだろうが、この3年間、僕はアンリエッタを呼び寄せるために色々な策を弄してきたのだよ。そうさ。あの成り金のアルブレヒト3世にアンリエッタを取られまいと、色々な活動をしてきたのだ。僕とアンリエッタが結婚して、アルビオンとトリステインの同盟を強化することが両国のためになると、父や家臣たちやトリステインの貴族たちに、僕はずっと働き掛けてきたのだよ。君らと一緒に来たルイズ嬢の父上、ヴァリエール公爵もその一人だ。だが……」
 そこでウェールズは溜息をついて言った。
「君も知っているだろう? 僕の父とアンリエッタの父上は兄弟だ。僕とアンリエッタが結婚しなくても、既にアルビオンとトリステインは十分に強い血縁関係にあるのだよ。だから僕とアンリエッタが結婚する必要性は、政治的には全く無いのだ」
「……………」
 俺は絶句した。ようやく理解できたからだ。
 平民であれば、あるいは下級貴族であれば、従兄妹同士の結婚には何の問題もなかっただろう。しかし有力貴族、ましてや王家ともなれば、それは許可されないのだ。なぜなら政治的に無意味だからだ。逆の言い方をすれば、王家や有力貴族の結婚は全てが政略結婚なのだ。恋愛結婚が無いとは言えないが、それは政治的に意味がある場合にのみ許されるのだ!
 アンリエッタとウェールズの結婚は、生まれた時から有り得なかったんだ! アンリエッタは好きになってはいけない相手を好きになっちまったんだ!
 不幸すぎる……
 ウェールズは続けた。
「だが、それでもこの反乱さえなければ、まだ望みはあったのだよ。僕が開催した舞踏会にアンリエッタを呼び寄せることが出来た筈なのだ。しかし結果は見ての通りさ」
 そういえばアルビオンでの舞踏会に行くはずだったのに、マザリーニに反対されて行けなかったって、アンリエッタが文句言ってたな。それがこれか?!
 なるほどね。アンリエッタがいくら望んでも、鳥の骨が彼女のアルビオン行きを許す訳がない訳だ!
 ウェールズは再び溜息をついてから言った。
「それからサイト・ヒラガ。君は気づいていないだろうが、君が僕に脱出を勧めた理由と、ワルド子爵が勧めた理由は違うのだよ」
 ん?
 どういう意味だ?
 と思ったら、ワルドが慌てたように口を挟んだ。
「でっ、殿下、そんな事はありませぬ!」
「構わぬ。君の責任ではない」
 どういう意味だ?
 俺は思わずアニエスを振り返ったが、銃士隊隊長は厳しい顔つきのままウェールズを見上げていて、俺に目もくれなかった。
 頭上にクエスチョンマークを浮かべたままウェールズに向き直ると、王子は続けた。
「つまりトリステインを影から仕切っているあの鳥の骨は、一筋縄で行くような人物では無いってことさ。彼は僕が脱出してきたら、さっさと僕を捕まえて、翌日にはレコン・キスタに売り飛ばしてしまうだろう」

「えーっ!」

 さすがに驚いたよ!
 だって、そんなことをアンリエッタが許す筈がないじゃないか!
 だがウェールズは続けた。
「なにしろレコン・キスタにとって、僕の首は最高の献上品だからな。政治なんてそんな物なのだよ、サイト。君もアンリエッタの側近ならば、その程度の汚さは持ち合わせなければ駄目だ。でなければトリステインなどと言う弱小国はあっという間に侵略されてしまうぞ?」
「……………」
 もう俺は何も言えなかった。
 状況はアンリエッタのことが好きだとか、このままでは犬死だとか、そんな次元は遥かに超えていた。
 ウェールズにはここで死ぬ以外の選択肢が無いって事が、ようやく俺にも理解できた。八方塞がりだ。四面楚歌だ。ウェールズの味方はこのハルケギニアには存在しないんだ!
「分かったかね、サイト・ヒラガ?」
 ウェールズは最後にもう一度命令を繰り返して、その場を締めくくった。
「では改めて命ずる。晩餐の後、諸君はアンリエッタを連れてアルビオンを脱出せよ。必要ならばアンリエッタに催眠魔法を使用せよ。装備で必要なものはエリオットに言いつけよ。以上だ」
「ははっ!」
 ワルドたち衛士隊、そしてアニエスたち銃士隊は一斉に頭を下げた。
 そして俺も、無念さに唇を噛み締めながら頭を下げるしかなかった。



―― マザリーニ枢機卿/トリスタニア城/謁見の間 ――

 私は自分の迂闊さを呪った。
 まさかアンリエッタ姫殿下が単独でアルビオンへ向かってしまうとは夢にも思わなかったからだ。
「おおおおお! アンリエッタ! 何て愚かな事を!」
 王妃の座に腰かけていたマリアンヌ太后は、その知らせに思わず立ち上がり、呻くような叫び声をあげた。
 その知らせを届けた4人―――グラモン家のドラ息子とモンモランシ家の御令嬢、そしてガリアとゲルマニアからの留学生2人―――は最初から青ざめた顔をしていたが、太后の逆鱗に触れたことでますます真っ青になった。
 私は4人に向かって言った。
「何故止めなかったのだ? アルビオンは戦場なのだぞ? 無事に帰ってこれる保障などどこにも無いではないか!」
「もっ、申し訳ありません!」
 女は強い。特に愛に狂った女は。
 答えたのはモンモランシ家の御令嬢の方だった。
「ですがアンリエッタ様は自ら行動される方をお選びになられたのです。このトリスタニアでアルビオンの行く末を見守るよりも、自らの手でウェールズ殿下をお救いすることを決心されたのです」
「何が決心だ、この愚か者め!」
 叱りつけたのは、珍しく怒り狂っているデムリ財務卿だった。この温厚な人物が怒っているところなど、滅多に見れるものではない。
「姫殿下が御自ら命をかける事などあってはならない! 命をかけるべきなのはお前たち臣下の者たちだ! なのになぜお前たちはノコノコとトリスタニアに戻ってきたのだ?!」
 やれやれ、困ったことになった。
 真っ赤になった財務卿の顔を眺めつつ、私は考えた。
 もはや我々はレコン・キスタとの戦争に備えざるを得ない。姫殿下が無事か否かにかかわらず、奴らは我々に牙をむけるだろう。
 また我々の側も、姫殿下の行動に触発され、反レコン・キスタの機運が一気に盛り上がるに違いない。特に熱しやすく冷めやすい下級貴族たちは、これこそ名を上げる機会だとばかりに血気逸るだろう。レコン・キスタがトリステインに攻め込まなくても、こちらから手を出してしまう可能性すらある。
「これは……わたくしに対する始祖ブリミルの罰なのですね」
 文字通り右往左往していたマリアンヌ太后は、やがて王妃の座にどっかりと座り込んで呟いた。
「あの少年ならば事態を打開しくれると、根も葉もない可能性に賭けざるを得なかったわたくしが愚かだったのです。アンリエッタのように、わたくしに自ら動く勇気があれば、このような事態にはならなかったのかもしれません」
「とんでもありません陛下、陛下は精一杯努めておいででした」
 元の温厚な人柄を取り戻した財務卿がなだめる。
 だが太后の自嘲にも一理はあった。
 どこの馬の骨とも分からない平民に期待せざるを得ないほど我々は非力だ。ましてやゲルマニアとの同盟が絶望的となった現在、あのアルビオンと同様、トリステインは滅亡の瀬戸際にある。
 我々にはレコン・キスタに対抗できる力など無い。
 ならば、むしろ我々はレコン・キスタの配下になるべきかもしれない。偉大なる始祖の血を絶やすくらいなら、王ではなくなっても生き残ることを優先すべきかもしれない。
 私は太后に申し上げた。
「陛下、とにかく今はアンリエッタ姫殿下のお命が一番です。直ちにラ・ロシェールの警備隊を強化しましょう。そして一刻も早く全軍を召集し、レコン・キスタとの戦に備えるのです」
 だが私の本心は違った。
 私はアンリエッタ姫殿下がレコン・キスタに捕えられ、人質となることを期待していたのだ。

―――――
初版:2009/07/10 19:07
改訂:2009/07/20 21:35



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~15 ジェームズ1世陛下の選択~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/07/28 22:29
女王陛下の黒き盾
~15 ジェームズ1世陛下の選択~


―― ルイズ ――

 マロンも綺麗にしなければならないから、という口実で、わたしは姫様と一緒のお風呂には入らなかった。
 いくらアルビオン王家付きのメイドたちが面倒を見てくれるとはいえ、本来ならば最も信頼の厚いわたしが姫様のお傍を離れるべきではない。でもわたしには早急にやらなければならない事があり、しかもそれはアンリエッタ様とウェールズ様には内密に進めなければならないのだ。少なくとも今は。
 なのでわたしは姫様と別れ、ウェールズ様の執事であるエリオット伯爵を探した。
 見つけた伯爵は早足で廊下を歩いている最中だったが、幸いにもウェールズ様は居なかったので、わたしは追いかけるようにして彼に話しかけた。
「エリオット伯爵、お急ぎのところ申し訳ありません。ちょっとお力添えを頂けないでしょうか?」
「ヴァリエール殿? 湯殿へ行かれたと思っておりましたが、何か不足がございましたかな?」
 互いの紹介は既に済んでいる。老執事は足を止め、マロンを抱えた泥だらけのわたしに親切に対応してくださった。
「はい。実はアンリエッタ姫殿下のお召物のことで御相談に上がりました」
 こう言えば、老執事に何か他の用事があったとしても、おそらくこちらが優先されるだろう。
 しかし彼は本当に何か別の用事があるらしく、わたしとの会話を手短に済ませたいようだった。
「それでしたらメイド長のリンダがお力になれると思います。何しろ私も男ですので、女性のお召物の事はとんと理解が及びませぬゆえ」
「申し訳ありませんが伯爵、それでは不足なのです。実は……」
 そこでわたしは説明した。
 彼の本来の用事が何であるかは、この際関係ない。わたしは姫様のために為すべきことを為しているのであり、そのためにはこの老執事の協力が必要なのだ。

 エリオット伯爵はわたしの話を遮ることなく聞いてくださったが、さすがにわたしの要求には驚いたようだった。
「本気ですかヴァリエール殿? これはただ事では済みませんぞ? それこそ政治問題になりかねませぬ」
「いまさら手遅れですわ。姫殿下がここにいる時点で十分に政治問題なのですから」
 わたしは構わずに押し切った。
「伯爵。我が姫、アンリエッタ姫殿下が危険を冒してまでニューカッスルへ来た、その覚悟をお察しください。姫殿下にとってウェールズ殿下はかけがえのない男性なのです。そしてウェールズ殿下にとっても、アンリエッタ姫殿下はかけがえのない女性ですわ。そうですよね伯爵?」
「おっしゃる通りです。ですがこれは私の独断では決めかねる事です。ウェールズ殿下本人にも内密にとなりますと、陛下の御判断を仰がねばなりません」
 もとより覚悟の上だわ。
 わたしは言った。
「では、わたくしからジェームズ1世陛下に直接お願い申し上げたいと存じます。エリオット伯爵、厚かましいお願いとは存じますが、このわたくしを陛下にお取り次ぎ頂けないでしょうか?」
「……かしこまりました」
 老執事は少し迷ったようだったが、それでも頷いた。
「ではヴァリエール殿、まずはお身体をお清めになり、お召物をお取り換えください。その間に私が陛下の御都合を伺って参りましょう」
「このような無理をお聞き頂きありがとうございます。ヴァリエール家の娘として厚く御礼申し上げますわ」
 とりあえずは良し。
 姫様が反対する筈はないから、あとはウェールズ様本人ね。ジェームズ様がウェールズ様を説得してくだされば良いけれど……
 それともウェールズ様よりも先に、姫様にはジェームズ様への御挨拶に伺って頂こうかしら?
 そうね、それがいいわ。何しろドレスをお借りするわけだし、それが筋よね。老齢のジェームズ様だって姫様の姿を見ればイチコロよきっと! そうなればわたしが頼むまでもなく、ジェームズ様がウェールズ様を説得してくださるに違いないわ。
 それから……
「ピイッ?」
「はいはい忘れてまちぇんよ? マロンちゃんにも美味しいお魚を用意してもらいまちゅからね?」
 わたしは改めて風呂場へと急ぎながら、頭の中の行動予定表をチェックした。とにかく今は姫様よりも早く着替え、陛下に謁見しなければ。それから……
 ああそうだ、あの馬鹿平民。
 アイツをどうにかしなくっちゃだわ。



「……………これを?!」
「はい。ジェームズ1世陛下より直々にお借りして参りました。姫様ならば間違いなくお似合いですわ」
 陛下に直談判して用意したドレスを見て、姫様は言葉を失った。もちろん感激してだ。
 そう。それは純白の……

 ウエディングドレスよ♪

 これが他の様々な貴重品と共にニューカッスルへ運び出されていたのは不幸中の幸いだったわ。ロンディニウム陥落時の状況次第ではハヴィランド宮殿に置き去りにされている可能性も高かったのだ。おそらく側近の誰か運び出すように命じたのだろう。
 これをお貸し頂くように陛下を説得するのは大変だったけれど、アンリエッタ様がニューカッスルへ来たという事実そのものが雄弁に物を言い、どうにか陛下を説得することができた。
「こらこらマロンちゃん、それは食べ物ではありまちぇんよ」
 マロンがドレスの裾を咥えているのを見て、わたしは慌ててマロンを抱き上げ、用意して貰った籠の中に放り込んだ。
「ピイッ! ピイッ! ピイッ! ピイッ!」
 不満そうなマロン。すっかり空腹で苛立っているようだ。しかし今は我慢して貰うしかない。
 姫様はまだ呆然とドレスを見つめたまま言った。
「これを本当にわたくしに?」
「姫様にこそ相応しいと判断いたしました。これをお召になれば、ウェールズ様もイチコロ間違いなしですわ」
 さすがに白いドレスが他に無かった、などと言う言い訳をするつもりはない。常識的に言ってもウエディングドレスは特別な物だし、ましてやこれは故アルビオン女王が御婚礼の際にお召になったもの。姫様にとってもウェールズ様にとっても特別なものだ。
 わたしは続けた。
「ジェームズ陛下がこのウエディングドレスの着用をお認めになられたと言うことは、陛下が姫様本人をお認めになられたと言うことでもあります。陛下の御期待に添うという意味でも、姫様には是非ともこれをお召し頂きたいのです」
「ルイズ、ありがとう」
 姫様はくるりとわたしに向き直り、下着姿のままわたしを抱きしめた。わたしには無い2つの柔らかいふくらみが、布一枚を通して感じられる。
「この恩は一生忘れないわ」
 いいえ、まだです。
 わたしは姫様に抱きしめられながら思った。
 まだ仕事は完了していない。むしろこれからが勝負だわ。



「はあ?! 結婚式い?!」
 やはりと言うか、予想通りと言うか、馬鹿平民は素っ頓狂な叫び声を上げた。
「そうよ。姫様とウェールズ様の。まさか反対はしないわよね?」
 わたしの声が聞こえているだろうとは思うけれど、サイトはあんぐりと口を開けたまま呆然としていた。ま、当然だろうけど。
 一方、アニエスは反論してきた。
「本気なのですかヴァリエール殿? これは…… 色々と問題が起きるのではありませんか?」
「知ったこっちゃないわ」
 わたしは一蹴した。
「わたしは姫様の望みを実現しようとしているだけよ。ウェールズ様は一刻も早く姫様を脱出させようとしているらしいけど、はるばるアルビオンまで来たんですもの、姫様にタダで帰って頂く訳には行かないわ」
「しかしこれはゲルマニアからのお誘いを完全に否定することになります」
 分かってないわね、アニエス。
 わたしは言った。
「前にも言ったでしょ? あの成金が欲しいのは姫様本人じゃなくて始祖ブリミルの血を引くと言う姫様の家系なのよ? だったら姫様が生娘だろうと未亡人だろうと違いは無いわ。いい? とにかく時間がないの、つべこべ言わないで頂戴。あんたたちは女なんだから協力して貰うわよ?」
「かっ、かしこまりました」
 困ったようにしつつも従うアニエス。他の銃士隊員も戸惑っているようだったが、一応はわたしに頭を下げた。
 いっぽうワルド様は肯定的だった。
「いい考えだねルイズ。今生の別れとしては、これ以上無いくらいだよ」
 さすがはワルド様、と言いたいところだけど「今生の別れ」ってのは戴けないわね。
 わたしは言った。
「ワルド様、本当にウェールズ様に脱出して頂くことは出来ないのですか?」
「残念だがルイズ、それは無理だよ。皇太子殿下の決心は固いからね。彼はアンリエッタ様をお守りする意味でも、ここに残って死ぬつもりさ」
 その考えには賛成できない。わたしには男の身勝手にしか思えない。けれど、わたしが説得してもウェールズ様が首を縦に振るとも思えない。
 やはりここは姫様に賭けるしかない。姫様のウエディングドレス姿を見れば、ウェールズ様も心変わりするかもしれない。
 わたしは頭を切り替えると、ワルド様に言った。
「ではワルド様、後ほどわたしと一緒に打ち合わせの会議に出席して頂けますか? 警備の必要は無いとは思いますが、前もって教会を御覧になりたいだろうと思いますので」
「その通りだね。是非そうして貰いたい」
 次に、わたしは再びアニエスに言った。
「それから、あんたたち銃士隊には頼みたい事があるの。ちょっと来て頂戴」
「ははっ!」
 そして最後にわたしはサイトに言った。
「サイト!」
「んあ?」
 呆けていたサイトが慌てた様子でわたしを見た。
「姫様の大事な結婚式なのよ? あんた、分かってるんでしょうね?」
「分かってるって、何が?」
 やっぱり駄目だわコイツ。
 わたしは腰に両手をあてて言った。きっと眉間にも縦皺が寄っていたことだろう。
「まさかと思うけど、あんた結婚式を台無しにしようなんて思ってないわよね?」
「い、いやあ、思ってない思ってない!」
 ぶんぶんと首を振る平民。どうやら本当にそんな事は考えていなかったようだ。
 わたしはマロンの入った籠をサイトに押しつけて言った。
「あんたの仕事は無いわ。でもあんたは姫様の使い魔だから、特別に教会には入れてあげる。だからそれまで、わたしの大切なマロンちゃんの面倒を見ていて頂戴」
「何だよ。俺だって警備くらい出来るぞ?」
 反論するサイトに、わたしはぴしゃりと言った。
「武器を持ったド素人は素手のプロフェッショナルより危険なのよ。常識でしょう? 間違ってアルビオンの警備兵撃っちゃったらどうするのよ? あんたは邪魔にならないように隅っこでじっとしてれば良いの! マロンちゃん用の魚は頼んであるから、その辺のメイドを捕まえて貰って来て頂戴」
「へいへい……」
 完全に不貞腐れるサイト。姫様への未練もたっぷり残っているだろうけど、のんびり説得する暇は無いわ。
 本当はあんたには重要な仕事があるんだけど、あんたがそれを事前に知ることは無いし、その最中も、終わった後も知ることは無い。それこそ死ぬまで知ることは無いのよ。
 ま、あんたが姫様の役に立つ事なんて、その程度しか無いわよね。
 とにかく今は急がなければ!



―― アンリエッタ ――

 長い裾をメイドたちに持ち上げられながら、わたくしはジェームズ1世陛下のお部屋へと向かいました。
 玉座とは名ばかりの、普通の椅子に腰かけておられた陛下は、わたくしが姿を現すと執事に助けられながら立ち上がり、わたくしを出迎えてくださいました。
「おおおおおおおおお! これはアンリエッタ殿! お美しゅうなられたな!」
「お久しぶりですジェームズ1世陛下。お元気そうでなによりですわ」
 王が目下の者を立ち上がって出迎える。これは―――
 わたくしは母さまから教え込まれた礼儀作法に従い、陛下に向かって手を差し出しました。
 陛下はその手を取り、目を細めながらキスをしてくださいました。
 陛下のわたくしに対する態度は、レディに対する礼節の見本のようです。だって、本来ならばわたくしが陛下にキスをすべきなのですから。
「ついこの間まで赤子だったのに、これほどのレディになられるとは。いやはや、時の経つのは早いものじゃな」
「きっとこのドレスのおかげですわ。大切なこのウエディングドレスをお貸し頂けるなんて光栄です、陛下」
 キスを終えた陛下はわたくしから少し離れ、ゆっくりとわたくしの全身を見まわしました。
「よくお似合いじゃ。これならエリザベスもそなたを認めるに違いない。それどころか嫉妬するかも知れぬぞ?」
「とんでもございませんわ陛下。わたくしなど、ほんの小娘に過ぎませんわ」
 エリザベス様とは、このドレスの所有者である故アルビオン女王、つまりジェームズ1世陛下の奥様です。
 わたくしは陛下に申しました。
「どうぞおかけください陛下。こんな若輩者に気を使って頂く必要はございませんわ」
「いやいや、申し訳ない。そなたのウエディングドレス姿を見たら若い頃を思い出してしまいましてな」―――陛下は執事に支えられながら椅子にお戻りになり―――「母上はお元気かな? 相変わらず庭の手入れに勤しんでおられるのじゃろう?」
「ええ、仰せの通りです。近頃は薔薇に熱中しておりますわ」
 わたくしの背後にも椅子が用意され、わたくしはそれに腰掛けました。
 やれやれ、見事な仕立てではありますが、やはりウエディングドレスは色々な意味で重々しいものですね。わたくしは陛下に気付かれないように、ほっと溜息をつきました。

 しばらく陛下との雑談を楽しんでいると、やがてウェールズ様がいらっしゃいました。
「父上、お呼びですか?」
 わたくしが泥だらけにしてしまった軍服をお着換えになられたウェールズ様は、わたくしに気付くなり驚いたように立ち止まりました。
「?! アンリエッタ?!」
「遅いぞ息子よ。レディを待たせて何をしておったのじゃ?」
 陛下がウェールズ様をたしなめます。
 しかしウェールズ様は明らかに動揺していました。だって、わたくしがこのドレスを着ている意味は明白なのですから。ウェールズ様も当然その理由には気付かれた筈です。
 わたくしの心臓はびっくりするほど高鳴り、まるで口から飛び出さんばかりの勢いです。
 しかし気を取り直したウェールズ様はドレスのことには触れられませんでした。彼は近寄って来ると、わたくしにこうお尋ねになりました。
「アンリエッタ。さっき君の部下から、君が何か重要な情報を持って来たと聞いたよ。本当なのかい?」
「は、はいウェールズ様。不確かな情報ではありますが、クロムウェルがこうも容易に勢力を拡大させた要因を突き止めたと考えております」
 陛下の御前ですからね。わたくしの言葉づかいも自然と堅苦しくなってしまします。
 わたくしは必死に心臓を落ち着かせながら答えました。
「これは驚いた。姫はあの外道共が使う悪魔の所業を暴いたと仰るのか?」
 驚かれる陛下。
 陛下がメイドたちに向かって片手を上げ、くるりと合図を送ると、わたくしの面倒を見てくれていたメイドたちがすごすごと下がります。彼女たちが下がってしまうとわたくしは事実上身動きできなくなってしまうのですが、この場合は仕方ありませんね。
 わたくしはラグドリアン湖で得た『アンドバリの指輪』についての情報を、陛下とウェールズ様にご報告申し上げました。

「ううむ……『アンドバリの指輪』か。まさか実在しておったとはの……」
 わたくしの報告をお聞きになったジェームズ1世陛下は、そう呟いて考え込んでしまわれました。
 一方のウェールズ様も眉間に皺を寄せ、綺麗に髭の剃られた顎を撫でながらわたくしに質問されました。
「すると、ヨーク公も他の者も、今現在レコン・キスタ側に付いている連中は皆、既に殺されてしまっていると言うんだね?」
「はい。この指輪は死者を操るためのもの。ですからクロムウェルが直接命令を下している方々は、生きていては不都合の筈です」
 するとウェールズ様は天井を仰いで言われました。
「何かの洗脳魔法であれば、まだ望みはあったのだが……」
 それはつまり普通の洗脳ならば、その洗脳を解除できさえすれば、元家臣の皆さまも再びジェームズ様の元へとお戻りになられただろうに、という意味ですね?
 ですが残念ながら、もし本当にクロムウェルが『アンドバリの指輪』を使っているのならば、指輪の効果が切れれば死体が残るのみです。ジェームズ様の家臣だった皆様が正気に戻られることは絶対に無いのです。

「良くぞ知らせてくださった」
 陛下はそう仰ると、再び立ち上がりました。今度は執事とウェールズ様が、両脇から陛下を支えます。
 わたくしもウエディングドレスのまま立ち上がり、陛下のお言葉を待ちました。
「アンリエッタ姫。そなたが危険を冒してまでこの情報を伝えてくださったことに感謝しますぞ」
「もったいないお言葉ですわ、陛下。わたくしは親戚として、同じ始祖ブリミルの血を引く王家の一員として、当然のことをしたまでです」
 もちろん、それだけが目的ではないのですが。
 すると陛下は、まるでわたくしの心を見透かしたかのように、こう仰いました。
「姫よ。(ちん)はアルビオンの王として、そなたの功績に報いねばならぬ。じゃが残念ながら、このニューカッスルには姫に相応しい褒美の品がない。されば」―――自分を支えているウェールズ様を指差し―――「この朕の最も大切な宝を差し上げたいと思う」
「父上?!」
「陛下?!」
 ウェールズ様とわたくしは同時に声を上げました。おそらく2人とも同じ気持ちだったのでしょう。
 驚いたというわけではありません。何しろ既にわたくしはウエディングドレスを着ているのですから。しかしわたくしやウェールズ様よりも先に、陛下の側から仰られるとは思いもしませんでした。
 陛下はウェールズ様に仰いました。
「息子よ。お前は朕に成り替わり、この国を良く治めてくれた。むしろ朕よりも上手く取り仕切っていた程じゃ。おかげで朕は、いつでも王の座をお前に譲れると考えていたのじゃが……」
 ジェームズ様はちらりとわたくしに向かって頷いてから続けました。
「じゃが朕には一つだけ心残りがあった。お前の跡継ぎのことじゃ」
 今度はウェールズ様がちらりとわたくしを振り返り、わたくしは立ったまま真っ赤になって俯きました。
 陛下が続けます。
「かねてより、お前はこちらにおられるトリステイン王国が王女、アンリエッタ姫との婚姻を望んでおったな」
 それを聞いて、わたくしは思わず顔を上げました。だって、そんなことは初耳だったからです。
 あのラグドリアン湖での出会いから3年、何度もウェールズ様との文通を重ねてきましたが、ウェールズ様からの手紙には具体的なお話は何もありませんでした。にもかかわらず、陛下はウェールズ様がわたくしとの結婚を望んでいらっしゃると仰いました。本当なのでしょうか?
 そんなわたくしに向かってジェームズ様は微笑むと、再びウェールズ様に向かって仰せになりました。
「その望みを許可しよう。息子よ、お前は今宵、アンリエッタ姫と夫婦(めおと)となり、婿としてトリステイン王国へ脱出するのじゃ」
「父上! 本気なのですか?!」
 しかしウェールズ様は言われました。
「アルビオン王国は今、レコン・キスタの反乱に遭い、混迷を極めております。僕は王家の責務として、最後まであの外道共と戦う所存でおりました。その僕に諸侯たちを置き去りにして逃げろと言われるのですか?!」
 ウェールズ様はわたくしを振り返り、何事かを迷ってから再び陛下に向き直りました。
「父上、アンリエッタ姫との結婚をお許し頂いたことには感謝しております。しかしながら現在、我がアルビオンは瀕死の状態です。ただ単にトリステインに脱出するだけでもトリステインにとっては重大な問題となるでしょう。ましてや僕とアンリエッタ姫が結婚したとあっては、ガリアやゲルマニアがどう反応するか分かったものではありません。アンリエッタ姫に迷惑をかけるだけの結婚など、僕の自尊心が許しません」

「レディひとり幸せにできずに、何が自尊心か!」

 すると陛下が一喝されました。老齢とは思えない厳しい声です。
「良いか息子よ! お前はこれまで政治家として、この国を上手く取り仕切ってきた。政治家としての才能は朕よりも遥かに優れておる。じゃが息子よ、勘違いするでない。それは優れた王であることを意味する訳ではないのじゃ!」
 老練な王であるジェームズ1世陛下のお言葉は、ウェールズ様だけでなく、わたくしにとっても重みのある物です。
「王とは政治家ではない。王とは王なのじゃ。政治家は、王の命を受けて国を取り仕切る存在に過ぎぬ。優秀な政治家とは、王に仕える存在であればよい。王そのものは政治家である必要はないのじゃ」
 陛下は続けられました。
「良いか息子よ。王とは象徴なのじゃ。王とは存在なのであり、民の憧れの対象であり、アルビオンの隅々までもを照らし出す光でもあるのじゃ。そしてその象徴たる王は、美しい(きさき)(めと)らねばならぬ。国中の男たちが憧れ、国中の女たちが嫉妬するような、美しい妃をな。朕の言っていることが分かるな?」
「ははっ!」
 国中の男性が憧れ、国中の女性が嫉妬するような、美しい妃。
 はたして、わたくしはそのようなお妃様に成れるのでしょうか?
 しかしウェールズ様は納得しませんでした。
「しかしながら父上、僕がアンリエッタ姫と結婚し、あまつさえトリステインに逃げ込んでしまえば、クロムウェルは間違いなくトリステインを次の標的にするでしょう。そうなればトリステインもまた裏切りの巣窟と化すかもしれません」
「じゃが息子よ。お前も姫の報告を聞いたであろう? クロムウェルが『アンドバリの指輪』を使っているのならば、我らは死ぬことすら許されぬ。お前のような優秀なメイジであれば尚更じゃ。これでは脱出する以外に選択肢はあるまい?」
 その通りです。
 そもそもわたくしがアルビオンへ来る気になったのは、ウェールズ様がレコン・キスタの手先になってしまう事を恐れたからなのですから。
「お前がすべきことは、早急に『アンドバリの指輪』への対抗策を講じる事じゃ。トリステインのアカデミーの協力があれば、きっと方法が見つかるに違いない。さもなくば、我らは死体すら残らぬような惨たらしい死に方をする他は無い。状況が変わったのじゃ、息子よ」
 陛下がそう続けると、ウェールズ様は観念したようでした。
「……分かりました」
 ウェールズ様はそう言うと、わたくしに向き直り、わたくしに手を差し伸べてくださいました。
「済まなかったアンリエッタ。こんな形でしか君と一緒になれない不甲斐ない僕を許して欲しい」
「ウェールズ様!」
 わたくしはウェールズ様に抱きつきました。
「ああウェールズ様! わたくし、何度この日を夢見たことでしょう?!」
「僕もだよアンリエッタ。本来ならば僕が君を迎えに行くべきだったのに」
「いいえウェールズ様! 一緒にいられるだけでわたくしは幸せです!」
 ウェールズ様がかがみ込むようにして接近し、わたくしは目を瞑りました。
「(んっ)」
「(ちゅっ♪)」
 レコン・キスタに包囲されているとか、アルビオンが滅亡寸前だとか、そんな事はどうでも良いのです。
 わたくしにとってはウェールズ様が、ウェールズ様だけが全てなのですから。



―― ラ・ヴァリエール公爵/ヴァリエール領/ヴァリエール公爵の執務室 ――

「旦那様! 大変です旦那様!」
 ばたばたと足音を響かせて飛び込んできたのは老執事だった。
 私は計算中だった税金の計算書から顔を上げ、言った。
「何だジェローム、騒々しい」
「大変です! 王宮より出頭命令です!」
「命令だと?!」
 由緒正しいトリステインの公爵家たるラ・ヴァリエールに命令だと?! いったい何事だ?!
 驚く私に老執事が続けた。
「使者によりますと、アンリエッタ様とルイズお嬢様がアルビオンに向かわれたとのことです!」
「なっ?!」
 さすがの私も呆然とせざるを得なかった。
 アルビオン?!
 混乱著しいアルビオンに、姫殿下とルイズが?!
 私は思わず立ち上がって声を荒げた。
「どう言うことだジェローム! 一体何が起きたと言うのだ?! レコン・キスタが姫殿下をさらったのか?!」
「そっ、それが、姫殿下は自らアルビオンに向かわれたのです!」
「何だと?! そんな馬鹿な?!」
 誰かの策略か? 姫殿下の独断なのか? ルイズはお傍にいながら何をしていたのだ?!
 すると老執事は一通の手紙を差し出した。
「こっ、これが、お嬢様より旦那様に宛てた手紙にございます。使者が持って参りました」
「む?」
 その手紙の封はいったん開けられた形跡があり、しかも王宮秘書官による検閲印が押されていた。なるほど、これは容易ならぬ事態だ。
 私は急いでその封を切り、食い入るようにして内容を読んだ。
「何だと? アンドバリの指輪?」
 そこにはクロムウェルが『アンドバリの指輪』を使用している可能性が記されていた。しかもそれが本当なら、クロムウェルはウェールズ殿下を殺して操り、トリステインに攻め込むだろうとも記されていた。そして姫殿下とルイズはそれを阻止すべく、アルビオンに向かうと記されていた。
「馬鹿なことを! 姫殿下とルイズだけで何ができると言うのだ!」
 私は思わず手紙を握りしめて言った。わなわなと腕が打ち震える。ルイズが使者としてアルビオンに行ったのならまだしも、姫殿下まで御一緒とは! これは由々しき事態だ!
「ジェローム!」
「ははっ!」
「全軍を召集せよ。直ちにだ! カリーヌも呼び戻せ! (わし)はトリスタニアへ行かねばならぬ!」
「直ちに!」
 我が妻は今、カトレアの屋敷へ出かけている。呼び戻せばカトレアにも心配をかけてしまう事になるが、この際仕方があるまい。
 私は椅子にどっかりと腰を下ろすと、現状を正確に理解すべく、改めてルイズの手紙を読み始めた。
 拙い! 拙い! 拙い!
 これは非常に拙い!
 最悪の場合―――
 そう。最悪の場合、我がヴァリエール家は潰えるかもしれぬ。
 そして、それはトリステインも同様だった!

―――――
初版:2009/07/20 21:53
改訂:2009/07/28 22:29



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~16 秘密のお勉強~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/08/05 18:46
女王陛下の黒き盾
~16 秘密のお勉強~


―― 才人 ――

 厨房の片隅で銃士隊の2人(ミシェルとヴァネッサ)、そしてチビチョコボと一緒に飯を食っていたら、ルイズがやって来た。
「あらあらマロンちゃん、すっかりおねむでちゅね~?」
 満腹したらしく眠そうなマロン。その様子を見てたら俺も眠くなってきたけどな。
 と思ったら、ルイズが意外な事を言いやがった。
「良い知らせよ。ウェールズ殿下が姫様と一緒に脱出なさる事になったわ」

「なに~っ?!」

 俺は思わず声を上げたよ。だって、さっきウェールズ本人が言ってたんだぜ、ここで死ぬって! 何だよこの 180° ひっくり返った展開は?!
 ルイズはマロンを撫ぜながら言った。
「ジェームズ様だって本心では、大切な息子をみすみす無駄死にさせたくないに決まってるでしょう? だからアンリエッタ様との結婚がウェールズ様を脱出させる口実になるのなら、陛下は簡単に話に乗って来るのよ。サイト、あんたも姫様にお仕えしているのだから、この程度の知恵は巡らせなさいよね」
 うわあ……
 ついさっき同じようなことを言われたばかりだぜ。
 ルイズって意外と悪知恵が働くんだな。見直したよ俺は。
 ともあれ、さっきから飯と一緒に安酒を食らっていた俺は、とうとうアンリエッタが人妻になっちまう事を実感して、思わずヤケ酒に走ったのであった。
「まあ飲みなよ。こう言う時は飲むに限るわよ」
 何だか知らんがヴァネッサが酒を注いでくる。おかげで俺はすっかり酔っぱらっちまったよ。
「入場の護衛は衛士隊が担当する事になったから。あんたたちは先に教会の中に居て頂戴」
「かしこまりました」
 ルイズとミシェルが何やら話しをしている。どうやら結婚式の段取りらしい。
 ムカツク!
 おまけに眠いし。やっぱり疲れてたのかなあ?
 アンリエッタに会いたいぜ……
「ちきしょ~! 何が王子様だ!」
 はあ……
 結婚かあ…… 親戚の姉ちゃんが結婚した時を思い出すなあ…… ウエディングドレス着て……
 アンリエッタもウエディングドレス着るのかな……………
 ん~~~~~
 あれ? 何こっち盗み見ながらニヤついてんだよ貧乳ピンク?!
 いやコイツの事なんてどうでもいいや。それよりアンリエッタだよアンリエッタ。
「アンリエッタに相応しいのは俺なんだ…… 俺なんだ…………… 俺…………………………」
 はあ……………
 眠い…………………………



―― ルイズ ――

 姫様とウェールズ殿下の結婚式を実現するため、わたしは目まぐるしく動き回った。
 ジェームズ1世陛下に謁見してウエディングドレスをお貸し頂いたのを皮切りに、結婚式の打ち合わせのためにエリオット伯爵はもちろん、残りわずかとなったアルビオンの公爵や有力貴族たち、聖職者たち、軍人たち、役人たち、料理人たち、メイドたち等々、様々な人たちと話し合わなければならなかった。何しろウェールズ殿下がトリステインへ脱出される事になったので、ただでさえ慌ただしかった結婚式の段取りが滅茶苦茶になってしまったのだ。
「ヴァリエール殿の策略が功を奏しましたな」
 偶然廊下で一緒になったエリオット伯爵は、わたしと並んで早足で歩きながら言った。
「特にあのウエディングドレスの効果は抜群でした。きっと我が王は、亡き王妃様の面影をアンリエッタ様に見出したに違いありませぬ。私としましても、由緒正しいアルビオンの血が絶えずに済むのは嬉しい限りです。いやはや、ヴァリエール殿が敵でなくて幸いでした」
「こちらこそ伯爵のご協力に感謝致しますわ」
 しかし喜ぶべきことばかりでもなかった。
 ウェールズ殿下は脱出されるとは言え、陛下を筆頭とするほとんどのアルビオン貴族は脱出しない。エリオット伯爵も同様だ。そもそも脱出それ自体が困難なのだし、脱出に使える船にも限りがあるのだから当然だ。結局、脱出するのは女子供だけなのである。そしてその脱出はレコン・キスタによる包囲網が完成する前に実行しなければならない。時間がないのだ。
 とは言え、脱出組と居残り組が別れを惜しむ時間は必要だった。
 特にウェールズ様は急遽脱出される事になったため、準備が大変だった。一緒に脱出させる私物や公的書類、財宝などはもちろん、国の運営にかかわる様々な権限、権利、任務、業務などの委譲が必要だった。もちろん人間的なお別れの時間も必要で、貴族たちはこぞってウェールズ様へ最期のご挨拶に伺う始末。ただでさえ慌ただしいニューカッスル城内はてんてこ舞いだった。



「ヴァリエール殿、本当にやるのですか? ウェールズ殿下が脱出される事になった今となっては、急ぐ必要はなくなったと思うのですが?」
「それはそうだけど、もう準備はできてるのよ? だったら予定通りやりましょう。いつかは誰かがやらなきゃいけないんだし、どうせ姫様も手持無沙汰な訳だし。それに姫様が緊張してるとしたら気を紛らわせる事にもなるわ」
「はあ……」
 気乗りしなさそうなアニエスを従えて姫様の部屋へと向かっていると、ワルド様に呼び止められた。
「ルイズ!」
「ワルド様?」
 どうにも間が悪い。急いで姫様をお連れしなければならないのに。わたしはアニエスに先に行けと合図して、立ち止まった。
 ワルド様は急ぎ足で近づいて来ると言った。
「ルイズ、ちょっと提案があるんだが……」
「何でしょう?」
 手短に済ませてくれると良いのだけれど。
「今日は、その、姫殿下がご結婚なさるという、記念すべき日になった」
 なぜか照れ気味のワルド様。
 いったいどうしたんだろう? 警備の話かと思ったけれど、どうも様子が違うようだ。
 するとワルド様はわたしが予想だにしない事を言った。
「コホン。そこでルイズ、僕らも姫殿下に続いて結婚式を挙げないか?」
「はい?!」
 思わず変な声を上げてしまった。
 だってそうでしょう? 姫様の結婚式のことで奔走している真っ最中なのに、わたしとワルド様の結婚だなんて。話が意外過ぎて理解不能だわ。
「姫殿下とウェールズ殿下が結婚してしまえば、トリステインとレコン・キスタとの戦争が起きることは確実だよ。そうなれば僕は先陣を切って戦うつもりさ。だからルイズ、君と一緒にいられる時間はあまり無いかもしれないんだ」
「はあ」
 相槌を打ちつつも、ぱちくりと瞬きをするわたし。脳が状況を判断出来てないわ。
 ワルド様は続けた。
「トリステインに戻ってしまえば君は学院に戻ることになる。僕は王宮だ。だからルイズ、戦争前に君と結婚式を挙げられる機会は今しかないんだよ!」
「あの、ワルド様?」
 わたしは思わず言った。
「申し訳ありません、姫様をお待たせしておりますので、その話は後ほど改めてお伺いできますか?」
 って言うか、この忙しい時に唐突過ぎるでしょう? いくら許嫁とは言え、父さまや母さまとも何の話もしてないし。今この場で結婚式を挙げなきゃいけないほど切羽詰まって無いわ。
 わたしは一礼すると、さっさとアニエスの後を追った。



 5分後。
 わたしは姫様と共に、銃士隊員たちに宛がわれた臨時の休憩室にやって来た。ウエディングドレス姿の姫様は、例によってメイドたちに裾を持って貰っている。
 この場所はニューカッスル城内でも平民用の区画なので、そもそも姫様には似つかわしくない場所だし、用件をわたしが説明していない事もあり、姫様は当惑されているようだ。
 部屋のドアの真ん前に来ると、姫様は尋ねられた。
「あの、ルイズ? いったい何を……?」
 アニエスが開けようとしているドアを見て、さすがの姫様も不安を感じたのだろう。
 しかしアルビオンのメイドたちがいる場で説明するのも気が引ける。何しろ彼女たちはウェールズ様直属なのだから。だからわたしは言った。
「ウェールズ様との結婚生活に欠かせない事です。ともかく中にお入りください。これは女だけの秘密ですので」
「それは……良いけれど……」
 アニエスがドアを開け、わたしたちは中に入った。雑然とした部屋の中に銃士隊の装備がそこかしこに置かれていて、姫様のような高貴なお方が来るべき場所でないことは明らかだ。
 ふと見ると、壁際に置かれた籠の中ではマロンが熟睡していた。ごめんねマロンちゃん。目を覚ましたら構ってあげるからね?
 しかし姫様はマロンには目もくれなかった。
 姫様の目を引いたのは、部屋の中央を不自然に仕切っている大きな衝立だった。衝立は入口に正対するように置かれていて、その向こう側は全く見えない。
 わたしはメイドたちに言った。
「もういいわ、下がって頂戴。またあとでお願いするから」
「はい。失礼いたします」
 すごすごと下がるメイドたち。
 ドアが閉められると、わたしは衝立の向こう側に向かって言った。
「ミシェル、準備はいい?」
「どうぞ」
 その答えを聞いて、わたしは姫様に言った。
「姫様、これからこの衝立をどけますが、何を見ても大声を上げないでください。よろしいですか?」
「分かりました」
 ぱちくりと瞬きして当惑している姫さま。もしかしたら衝立の向こうに、何かの秘宝とか、誰かの像とかが置かれていると思っているのかもしれない。
 わたしは再び衝立に言った。
「いいわミシェル。見せて頂戴」
 ゴトッ!
 衝立を取り除く銃士隊員たち。すると向こう側が見えた。
「サイトさん?」
 姫様が呟く。
 そう。そこには粗末なベッドがあり、あの馬鹿平民が寝ていた。手はず通りだわ。
 サイトはぐうぐうと熟睡している。眠りのポーションは無事に効いているようだ。
「?」
 姫様が当惑を深めたように頭上に巨大なクエスチョンマークを浮かべ、わたしを振り返った。それもそのはず、サイトの身体にはシーツがかけられているのだが、そのシーツ越しのサイトの様子が普通ではないからだ。
 わたしは姫様に向き直ると、するりと跪いて言った。
「姫様。ただ今より、姫様がウェールズ殿下と結婚された後に行われる事になる、ある儀式についてご説明申し上げます」
「儀式、ですか?」
 首をかしげる姫様。明らかに理解しておられない。そうね、当然よね。だからこそわたしがこの場を用意したのだから。
 これを姫様にご説明できる人間は、ハルケギニア広しと言えど、マリアンヌ様を除けばわたししかいない。
「はい」
 わたしは続けた。
「その重要な儀式は、初夜と呼ばれています」



―― ラ・ヴァリエール公爵/ヴァリエール領/竜専用係留棚 ――

 やはりというか予想通りと言うか、カリーヌは私のトリスタニア行きに反対した。
「いくら何でも危険すぎます。行くのなら、せめて人目に付かない方法で行ってくださいませ」
「時間が肝要なのだ、我が妻よ。無事にトリスタニアに着いたとしても、我がヴァリエールに楯突く連中に元老院を牛耳られてしまっては意味がない。今はリスクを承知で、一刻も早く元老院に辿り着く必要があるのだ」
 ルイズが姫殿下をそそのかしてアルビオンに連れ去った、などと言いがかりを付けられてはたまらない。あのロマネコンティの若造がそのような戯言で元老院を引っ掻き回す事は確実だから、こちらとしては一刻も早く元老院に着き、あらかじめ根回しをしておく必要がある。
 すると今度はカトレアが意外な事を言い出した。
「父さま! わたしもご一緒させてください!」
「カトレア?」
「何を言い出すのですカトレア?!」
 驚く私と妻。
 愛娘は言った。
「どのみち反逆罪となれば、どこにいても結果に大差はありませんわ。でしたら、せめて情報の一番早いところに居たいのです」
 なるほど。我が娘は状況を正しく把握しているわけだ。
 つまり反逆罪となれば良くて幽閉、悪ければ一族郎党皆殺しである。そうなる可能性が否定できない以上、彼女はルイズの状況を一番早く入手できる場所に居たいと言っているのだ。何故なら全ての情報は王宮を経由するから、例え囚われの身であっても王宮に居れば、ここに居るよりは情報は入手しやすいのである。
 私は言った。
「自暴自棄になってはならぬ。今はまだ妹を信じるのだ。お前はここでルイズが帰るべき場所を守るのだ。良いな?」
「はい父さま」
 納得できない様子だったが、それでも娘は頷いた。
「では参る」
 素早く巨竜に跨り、手綱を持つ。
「ぐるる」
 オーディンはその巨大な羽を広げると、高さ 30 メイルの係留棚のてっぺんから、その 20 メイルにも及ぶ巨体を宙に踊らせた。そして激しく羽ばたきつつ、ぐいぐいと上昇していく。
 私はその背中に乗ったまま、我が使い魔に言った。
「良いかオーディン。くれぐれもこちらから手を出してはならぬ。出来る限り逃げ、一刻も早くトリスタニアに辿り着くのだ」
「ぐるるる」
 激しく羽ばたきながら、巨竜は首をわずかにこちらに向け、横目で私を見た。どうやら不満なようだ。
 私はにやりと笑って言った。
「無論、真正面を塞ごうとする奴がいたら、容赦なく叩き落として構わん」
「ふんっ」
 鼻息を鳴らして正面に向き直るオーディン。高度 500 メイルを超えて尚ぐいぐいと上昇を続ける。
 周囲を見舞わずと、護衛の竜たちも同じように上昇している。しかし竜騎士たちの顔つきは厳しく、これが我が公爵家にとっての一大事だということを理解していることが窺える。
 これは賭けだ。
 ルイズの手紙によれば、アンリエッタ姫殿下たちは彼女らなりの意思によってアルビオンに向かった事になっている。ならば我々のすべきことは、姫殿下がご無事に戻られるように手を尽くすだけだ。どうせ元老院で喧々諤々の議論になるに違いない責任の擦り合いは、実は何の価値もないのである。
 そう。
 私がトリスタニアに向かう事自体が囮なのだ。
 事態を解決するのはこの私ではなく―――――



―― アンリエッタ ――

 宛がわれた部屋に戻ったわたくしは、まだ動揺したままでした。
 だってそうでしょう?
 以前から、俗世の諸事には疎いと自覚してはおりましたが、まさか結婚にこんな重大な意味があった事すら知らなかったなんて、初心(うぶ)にも程があるではありませんか。
 しかもそれが、あの、お、お、おち、おちん……………

「きゃー!」

 わたくしは思わず両手で顔を覆い、椅子にうずくまりました。
 いえ、わたくしも存じてはおりましたよ? その、それ……が男性にとって大事なものだと言う事は。でもそれが、まさか、女性の、女性の、えっと……………
「姫殿下?」
 アニエスの声がして、わたくしは跳ね起きました。
「刺激が強すぎましたか? ご気分が優れないのではありませんか?」
「いえ、大丈夫です」
 わたくしは慌てて平静を装いました。
 しかしアニエスは納得しませんでした。
「何か気分を落ち着かせる薬でも貰って参りましょうか?」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
 わたくしは水のメイジです。必要ならば自分で薬を調合できます。
 アニエスは納得していない様子でしたが、それ以上わたくしを詮索しませんでした。
「では、しばらくお休みください。間もなく式が始まるとのことです」
 いけません、いけません。さきほどのお勉強のせいで気が動転してしまいましたが、これからいよいよウェールズ様との結婚式です。ただでさえ慌ただしい式になってしまいましたから、粗相のないように気を付けなければ。
「ルイズは?」
「先に教会へ参られました」
「そう……」
 するとアニエスは言いました。
「我々もそろそろ教会に参ります。後はワルド殿に引き継ぎますので。段取りはご説明申し上げた通りで変更はありません」
「分かりました」
 ぞろぞろと部屋を出ていく銃士隊員たち。入れ替わりに魔法衛士隊の皆さんが入って来ました。彼らはわたくしをウェールズ様の元へ導く役目なのですから、正装でこそないものの身綺麗にされています。既に入場の準備は万端と言う感じです。
 ワルド子爵はわたくしの前に跪くと言いました。
「姫殿下、このたびのご成婚、魔法衛士隊を代表しまして、心よりお喜び申し上げます」
「ありがとう子爵」
 すると彼はこう言いました。
「ところで姫殿下、例のレジスタンスの者たちが、姫殿下へのご挨拶をしたいと申しております。いかがいたしましょう?」
 あら。
 そう言えばすっかり忘れていました。スカボローからニューカッスルまで来られたのは、現地の反レコン・キスタ派の皆様のおかげなのでした。本来ならばわたくしの側からお礼を申し上げるべきだったのに失念してしまうとは。何と失礼なことでしょう。
 わたくしは慌てて言いました。
「わたくしからも礼を申しますわ。すぐにお通ししなさい」
「ははっ」
 立ち上がった子爵が合図をすると、衛士隊員がドアを開け、そのレジスタンス数名を部屋に入れました。彼らは貧相な身なりで、農民のように頬かむりをし、見るからに平民だったのですが、わたくしは名前すら聞いていませんでした。
 おどおどと近づいて来るレジスタンスたち。
 わたくしは椅子に座ったまま待ちました。立ち上がらなかったのは、立ち上がってしまうと彼らを威圧してしまうような気がしたからです。
 レジスタンスの真ん中の一人が進み出て、わたくしの前に跪いて言いました。
「アンリエッタ姫殿下にはご機嫌麗しく……」
 見かけによらす、しっかりとした声ですね。わたくしがお会いした事のある平民は、緊張のあまり声すら出せない人が多いのですが、この方は貴族の前に出る事に慣れていらっしゃるようです。
 わたくしは尋ねました。
「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「クロムウェルと申します」
「クロムウェ……」
 聞き覚えのある名前にハッとした時には既に手遅れでした。
 やおら立ち上がった男の指輪が怪しく光り輝き、わたくしは硬直したように身動きが出来なくなってしまったのです!

―――――
初版:2009/07/28 22:45
改訂:2009/08/05 18:46



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~17 アンドバリの指輪~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/08/07 01:02
女王陛下の黒き盾
~17 アンドバリの指輪~


―― アンリエッタ ――

 クロムウェルと名乗った男が立ち上がると同時に、男の指に嵌められた指輪が怪しく光り輝き、わたくしは硬直したように身動きが出来なくなってしまいました。
 まさか?!
 まさか罠に嵌められたのですか?!
 動揺するわたくしに、男は余裕しゃくしゃくの様子で話しかけて来ました。
「トリステインに咲く一輪の白百合とは、まさにぴったりの言葉だなアンリエッタ姫。君が生かしておく事を勧めた理由もよく分かるぞ、子爵」
「ははっ。差し出がましい提案をお聞き入れいただき恐れ入ります」
 子爵?!
 わたくしは動かない視界のなかでワルド子爵に注目しました。あの魔法衛士隊の隊長たる子爵が、なぜこんな事を?!
 そしてこの男、クロムウェルと名乗ったこの男は、本当にあのクロムウェルなのでしょうか?!
 その疑問に答えるかのように、男は自己紹介をしました。
「ご挨拶が遅れたな、姫。余が『レコン・キスタ』総司令官を務めさせていただいておる、オリヴァー・クロムウェルだ。今はこんな姿だが、これでも立派な司教なのだよ」
 司教?
 司教がなぜ反乱を?! レコン・キスタとはいったい何者なのです?!
 しかし男は続けました。
「もっとも、それもあと僅かの事に過ぎぬ。我らが哀れなあの王家を滅ぼした暁には、余は皇帝と名乗る事になろう。始祖ブリミルに仕える聖職者でありながら皇帝とは、異端と後ろ指さされても致し方ないかも知れぬが、聖地奪還のためには権威と皆からの信用が必要なのでね」
 王家を滅ぼすですって?!
 皇帝ですって?!
 聖地奪還ですって?!
 わたくしは動かない身体で激しく身震いしました。
 では、本当にこの男がこの反乱を起こした張本人なのですね! 多くの貴族たちを殺し、裏切らせ、あるいは寝返らせた、薄汚いドブネズミなのですね!
「ふふふ、無駄だぞ、姫。この指輪の輝きのある限り、そなたは身動き一つ出来ぬ。出来る事と言えば、せいぜい涙を流すことくらいだ。このアンドバリの指輪を見抜いた事には敬服するが、しょせん対抗策など無いのだ。無意味な行動だったな」
 男の言う通り、わたくしの両目には悔し涙が溜まっていました。
 何と言うことでしょう!
 アンドバリの指輪について警告するためにアルビオンまで来たというのに、わたくしがその指輪に操られてしまうなんて! 油断していたでは済まされない、致命的なミスです。いったいなぜこんな事になってしまったのでしょう?!
 男はずい! と近づいて来ると言いました。
「ご安心なさるが良い。仮にも余は司教。美しい女性を無下に殺すつもりは無い。ましてや姫は由緒正しきトリステイン王家の血筋、殺すにはあまりにも惜しい。その代わり……」
 男の顔が間近に迫り、わたくしは思わず目を瞑りました。顔はおろか眼すら逸らせないわたくしにとって、目を瞑る事が出来たのはせめてもの救いでした。そうでなければわたくしは、男の醜悪な顔を見続けなければならなかったでしょう。
 ところが男の次の台詞に、わたくしは思わず目を見開きました。
「子爵、ナイフを」
「ははっ! これに!」
 ワルド子爵が跪いて、うやうやしい態度で男にナイフを鞘ごと差し出します。
 その様子にわたくしは恐怖を感じました。男がナイフでわたくしを傷つけるのかもしれないという恐怖ももちろんですが、ワルド子爵が完全にこの男の側にいるという事に恐怖を感じたのです。我がトリステインの誇る魔法衛士隊の隊長ともあろう人物が、なぜこのような裏切り者に仕えているのでしょうか?
 そんなわたくしの胸中など気にも留めずに、男はナイフを見せびらかせました。
「その代わり、姫には一仕事していただこう」
 わたくしの顔の正面でナイフを引きぬく男。切れ味のよさそうな刀身があらわになります。刃渡り十数サントの短剣ではありますが、わたくしの喉を切り裂くには十分です。
 しかし男はナイフを元通り鞘に納めると、それをわたくしのウエディングドレスの帯に差し込みました。
「失礼」
 それで礼儀正しいつもりなのでしょうか? 男は2、3度ドレスの帯を調節すると、満足したようにわたくしから離れました。
 男が離れると、その指輪が依然として光り輝いている事が見て取れます。
 男はくるりとワルド子爵に向き直ると言いました。
「さて急がねばな。花婿殿もお待ちかねだろう」
「ははっ。では早速」
 既に下がっていた子爵が部下に合図すると、部下の一人が部屋から出て行き、アルビオンのメイドたちを連れて戻ってきました。わたくしは一瞬彼女たちに期待をしましたが、メイドたちはわたくしが硬直している事に気付きもせず、わたくしのドレスの裾を持ちました。彼女たちはほんの数時間前にわたくしと出会ったばかりですから、わたくしの異変に気付くのは無理な話だったのかも知れません。
 ああ!
 わたくしはこの男に操られたままウェールズ様との結婚式に臨むのでしょうか? という事は、男がわたくしに持たせたナイフの意味は明白ではありませんか!
 わたくしが?!
 わたくしがウェールズ様を殺す?!
 わたくしが最愛の思い人を殺すと言うのですか?!
「さあ姫、お急ぎください」
 男が言うと同時に、わたくしの身体は勝手に歩き始めました。あの指輪の光のせいに違いありません。
 いったいどうしたら良いのでしょう?!
 誰に助けを求めれば良いのでしょうか?!
 銃士隊?
 アニエスたち銃士隊は教会の中で警備している筈です。普段からわたくしのそばに居る彼女たちなら、わたくしの異変に気付いてくれるかもしれません。
 それともルイズ?
 親友であるルイズなら、わたくしの異変に気付いてくれるに違いありません。そうです、ルイズならきっと!
 ああ、でも!
 でももし間に合わなかったら?!
 ルイズが気づいても、その前にわたくしがウェールズ様を刺し殺してしまったら?!
 いけません! もっと早く、確実に誰かにウェールズ様の危機を伝えなくては!
 でも!
 身動き一つ出来ないわたくしが、いったいどうしたら危機を伝えられるというのでしょう?!
 ああ! 偉大なる始祖ブリミルよ、お助けください!



―― 才人 ――

「起きろ!」

 ばしゃっ!
「ぶはっ?!」

 思いっきり水をぶっかけられて、俺は思わず飛び起きた。見るとミシェルが水桶を持って立っている。
「ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ! 何すんだよ!」
「いつまでも寝ているお前が悪い。さっさと服を着ろ。結婚式が始まってしまうぞ?」
「え?」
 ここどこ?!
 つ~か、何で俺、裸なんだ?!
 するとミシェルは桶を部屋の隅に放り投げ、ドア口へ向かって歩き出しながら言った。
「私はもう行くからな。さっさと来いよ?」
「わ! ちょ! 待てよ!」
 慌ててベッドから飛び降りてパンツを履く。何がどうなってるのか分からない。さっきまで俺は厨房にいた筈なんだが?
 俺はデルフリンガーに向かって言った。
「おいデルフ、ここどこだ? 何で俺はこんなところに居るんだ?」
「あ~、相棒。知らねえ方がいいよ」
 カタカタと音を立てながら答える魔剣。
「何だよ? もったいぶるなよ?」
「ちょっと酒飲んで寝てただけさ。気にするこたぁねぇよ」
 何やらはぐらかすデルフリンガー。この魔剣はいつもこんな調子だよなあ?
 俺はデルフリンガーを問い詰めようとして、魔剣の柄に手を伸ばした。

 すかっ!

「……ん?」
 ところが俺の手は空を切り、デルフリンガーを掴みそこなった。なぜか距離感が変だ。つ~か左目が変だ。
「まだ酔ってるのか相棒?」
「そうなのかなあ? 何だか目がおかしいみたいなんだ」
 ごしごしと左目をこする。
 どうも焦点が合っていない。と言うより、何だか別の景色が見えているような気がする。
「何だこれ? どうなってんだ?」
 右目をつぶって初めて、左目に何が見えているのかが分かった。城の中の廊下だ。俺の左目に、廊下を歩くワルドの背中が見えている。しかもその視界はワルドに続くようにして進んでいく。
 それがアンリエッタの視界だと言う事に気付いたのはデルフリンガーのお陰だった。
「相棒、それはあのお姫様の視界じゃないのか?」
「アンリエッタの? 何で?」
「だってよ相棒、ルーンが光ってるぜ?」
「え? あ、本当だ」
 まだ皮手袋をしていなかったのは幸いだった。俺の左手の甲にあるルーンが、何やら光り輝いている。
 いったい何が起きてるんだろう、と思っていたら、デルフリンガーが続けた。
「主人が危機に陥ると、使い魔にはそれが分かるもんなのさ。相棒、あのお姫様は今、危機的状況にあるのかも知れないぜ?」
「危機い?!」
 危機って何だよ危機って?!
 俺は慌てて残りの服を着ると、デルフリンガーと銃を掴んで部屋を飛び出した。



 左目が見えないのならまだしも、別の景色が、しかも移動中の景色が見えてるってのは不便なものだ。俺は何度もコケそうになりながら教会を目指した。
 幸いなことに、俺はアンリエッタが教会の手前にいるうちに追いつく事が出来た。アンリエッタはワルドたち魔法衛士隊に取り囲まれるようにしてしずしずと歩いている。ちなみに銃士隊じゃなくて衛士隊がアンリエッタの警護をしている理由は、銃士隊が平民だから、というお決まりの理由だ。
 で、その銃士隊はすでに教会の中で警備している手筈になっている。先に出たミシェルも教会の戸口にいて、既に警備体制に就いている。遅れているのは俺だけだ。
 教会そのものも既に結婚式の準備万端と言う感じで、周囲には教会には入れなかった下級貴族や平民たちがぞろぞろと詰めかけていた。みんなアンリエッタのウエディングドレス姿に見とれているようだ。
「アンリエッタ!」
 ところが俺がアンリエッタに追いつくと、彼女の後ろを警備していた魔法衛士隊の2人が通せんぼしやがった。
「何だ平民。今頃何しに来た?!」
「アンリエッタ様の邪魔をするんじゃない!」
 2人の背後ではアンリエッタが歩み去っていく。だが後ろから見た感じでは危機的状況と言った雰囲気は無い。普通に歩いているだけのように見える。いや、多少はぎくしゃくしているか?
 俺はアンリエッタの背中に向かって叫んだ。
「アンリエッタ!」
 するとアンリエッタは急にスピードを落としたかと思うと、嫌々といった感じで立ち止まった。まるで歩き続けたいのに足が動かないと言った感じだ。
「アンリエッタ?」
「あ、おい!」
 衛士隊の2人がアンリエッタに気を取られた隙に、俺はそいつらを押しのけてアンリエッタに駆け寄った。2人のうちの片方が俺の襟首を掴んだが、銃を振り回して振り払った。
 ところが俺がアンリエッタの正面に回りこむなり、ワルドを含む残りの衛士隊員3人に取り押さえられてしまった。
「無礼だぞ平民!」
「邪魔だ!」
「貴様! 姫殿下の結婚式を妨害するつもりか?!」
 だが俺は野郎共のことは無視していた。俺はアンリエッタだけを注視していたんだ。
「アンリエッタ!」
「……………」
 無言のアンリエッタ。身動き一つしない。
 しかし俺の左目には衛士隊員に捕まっている俺の姿が見えている。デルフリンガーの言う通りアンリエッタが危機的状況にあるのだとしたら、それは今も続いている筈だ。
 俺は素早く周囲を見回した。
 教会前の広場には多くの人間が集まっているが、もちろん杖を構えている人間はいなかったし、銃も弓も剣もなかった。ぶっちゃけ平和そのものにしか見えない。魔法衛士隊に取り囲まれたアンリエッタに危機が及んでいるとは到底思えなかった。にもかかわらずアンリエッタは危機を感じている。俺の左目に俺の姿が見えているのがその証拠だ。
 俺は言った。
「どうしたんだアンリエッタ! 何が起きたんだ?!」
「……………」
 無言のアンリエッタ。相変わらず身動き一つしない。強いて言えば涙を流している程度だ。アンリエッタが瞬きするたびに、大粒の涙が頬を伝って流れていく。
「いい加減にしろ! 姫殿下の使い魔だからと言って、邪魔立てすることは許されん!」
 ワルドが俺の耳元で怒鳴り―――俺の首にチョーク決めてるのがワルドなのだ―――やおら俺の後頭部を殴り付けた。

 がすっ!

 目から火花が出るとはこのことだ。俺は横の石畳へと投げ出され、もんどり打って倒れた。
「ぐはっ!」
 だが俺の左目には相変わらずアンリエッタの視界が見えている。やっぱりアンリエッタは危機を感じているのだ。
「さあ姫殿下、お急ぎください」
 ワルドの声がして、左目の視界が再び動き出す。
 危機を感じてはいても、アンリエッタ自身は何もできないらしい。
 だが、なぜアンリエッタは何もできないんだ? 危険を感じているのなら、こっそり俺に耳打ちするとか、顎でしゃくるとか、ウインクするとか、何かしら合図をしてくれても良さそうじゃないか?

 ごすっ!
「げぼっ!」

 アンリエッタの後ろにいる衛士隊のクソ野郎の片割れが、通りすがりに俺の腹に爪先をめり込ませやがった!
 凄まじい痛みに悶絶する俺。
 糞が!
 後でブッ殺す!
 だが俺の脳は冷静だった。なぜならアンリエッタが助けを求めているという事がはっきりと確信できたからだ。
 アンリエッタが助けを求める理由は分からない。
 どんな危機が迫っているのかもわからない。
 しかしアンリエッタは明確に、俺に助けを求めていた。
 声も出さないし、身動きもしないし、俺の事を見もしなかったが、俺にだけわかる方法で俺に助けを求めていたんだ! そう、アンリエッタは間違いなく危機的状況にあったんだ!
 なぜなら―――
 アンリエッタの瞬きは規則的だったからだ!



―― カリーヌ ――

『嵐と共に現れる。
 空を覆い尽くし、地を引き裂く。
 天空の(いかずち)ヴァリエール。
 残るは草木も生えぬ荒野のみ』

 出撃準備中の我が隊を眺めつつ、わたくしは夫であるレオンと出会う事になった、とある事件を思い出していた。
 中流貴族の生意気な小娘に過ぎなかった当時のわたくしにとって、ラ・ヴァリエール家は憧れの対象であり、忌々しい目の上のタンコブであり、決して逆らってはならない恐ろしい存在でもあった。しかしそれは両親から言い聞かされていた話に過ぎない事も事実だった。わたくし自身はラ・ヴァリエール家の人に会った事は無かったし、ラ・ヴァリエール家に関係する人々にも会った事は無かった。完全に雲の上の存在だったのである。
 しかし、わたくしがラ・ヴァリエール家の事を気にしていたのには理由があった。『天空の雷』と呼ばれ、内外から恐れられているラ・ヴァリエールの風竜隊が、常に優秀な風の使い手を募集していたからだ。
 それは風の使い手であるわたくしにとって、実力さえ磨けばラ・ヴァリエール家に仕える事が出来るという意味だった。そして運が良ければ、凛々しいと噂されるレオン様にお目通りが適うかもしれない。そしてさらに運が良ければ―――
 当時の(今もだが)トリステイン王家に王子がいない以上、年頃の少女たちの憧れの対象が、有名貴族の御子息に向いてしまうのは当然の事だろう。わたくしもそんな少女の一人に過ぎなかった。
 しかし奇しくも、わたくしは幼くしてレオン様にお目にかかる事になったのである。

 それは東方から流れ込んできた異民族による事件だった。
 トリステインの東方にある小さな村、ビッキベルンに流れ込んだ異民族が、王家の別荘であるヘット・ロー宮殿を占拠し、あろうことか新国家の建国を宣言してしまったのだ。
 もちろんトリステイン側が黙っている筈もなく、すぐに討伐部隊が差し向けられた。
 ところが異民族たちはゲリラ戦に長けており、こちらが攻撃を仕掛けると素早く宮殿から逃げ出して周辺の森に身を隠し、攻撃がやむと宮殿に戻って来て再び占拠するという状態が繰り返される事態となった。宮殿がトリステイン側にとって大切なものであるということを、異民族たちは承知していたのである。
 最後には国王の堪忍袋が切れて、宮殿もろとも異民族を一掃する決定が下された訳なのだが、その時の討伐を一任されたのがラ・ヴァリエール家だったのだ。

 当時まだ16歳だったレオン様は、既にハルケギニア最大級の竜(つまりオーディン)を召喚されており、若くして異民族討伐に参加されていた。しかし竜は立派でもレオン様ご本人は未熟者。ハルケギニア最強の制圧部隊とされる『天空の雷』の中で、レオン様は単なる伝令係に過ぎなかった。
 しかしそれが、わたくしとの出会いを生んだのである。
「お初にお目にかかります、デジレ伯爵。わたくしはラ・ヴァリエール家が長男、レオンにございます。以後お見知りおきを」
 父の前に跪くレオン様。あの強大な力を持つ公爵家の御子息が、わたくしの父の前に跪いているという事実に、まだ少女だったわたくしは激しく動揺した。
 レオン様がデジレ家を訪れたのは、戦のための食糧の調達のためだった。彼は風竜隊のために羊を提供してほしいと依頼しに来たのである。
 もちろん父がレオン様の要請を断る筈は無かった。何しろ相手は次期公爵なのだ。媚を売る機会を逃すのは愚か以外の何物でもない。しかも父は、その若き次期公爵に自分の娘を売り込む事も忘れなかった。
「カリーヌ、おいでなさい」
 わたくしが壁龕(ニッチ)から覗き見ているという事を父が気づいていたのにも驚いたが、出て来いと言われた事はそれ以上に驚きだった。
 生来、負けん気の強かったわたくしは堂々とレオン様の前に出て行ったが、その時の様子を我が夫は今でもからかうのである。
『右手と右足、左手と左足を同時に出すレディを見たのは、あの時が初めてだ』
 余計なお世話である。
 ともあれ、わたくしが出て行って父の横に並ぶと、父は言った。
「娘のカリーヌです。レオン殿とは3歳違いになりますな。以後お見知りおきを」
「こちらこそお目にかかれて光栄です、カリーヌ殿」
 緊張したまま見つめあうレオン様とわたくし。まさかわたくしがレオン様を見下ろすなどと言う事が起こるとは夢にも思っていなかった。父の横に居ながらわたくしは身動き一つできず、レオン様に返事を返すことも出来なかった。
 ところが、事態はそれどころでは済まなかった。何と、レオン様はこう言われたのだ。
「お手をお許し頂けますか、カリーヌ殿?」
 まだ13歳の小娘とは言え、わたくしとて礼儀作法ぐらいはしつけられている。しかし知識と実践とは掛け離れた物だ。
 わたくしは手を差し出したものの、身体はすくんだままで一歩も動けなかった。なのでレオン様は一旦立ち上がり、わたくしの正面まで来てから改めて跪いたのである。

 ……チュッ!

 生まれて初めての手の甲へのキス。それも憧れの公爵家の御子息のキスとなれば、これ以上の喜びは無い。
 しかしわたくしは完全に舞い上がってしまい、訳も分からずその場から逃走してしまった。
 ……後で酷く怒られたが。
 それが後に夫となる男性との最初の出会いだったのである。

 しかし良い事ばかりではなかった。父が風竜隊のために、領地内の羊をごっそり差し出してしまったからだ。
 長期的に見れば、ラ・ヴァリエール家との繋がりが出来た事は父にとってプラスだっただろう。しかし短期的には、農民たちから食いぶちを奪ってしまったために色々と困ったことになった。農民たちに新しい羊を手配するだけでなく、羊がいない間の代替収入源のために奔走する羽目になった。おかげで我が家は資金不足に陥り、わたくしはトリステイン魔法学院には入学できず、二流学院で我慢するしか無くなってしまったのである。
 もっとも、仮にトリステイン魔法学院に入学出来ていたとしても、年齢差の関係でレオン様は卒業された後だっただろうが。

 ともあれ、こうして異民族たちは討伐された。
 わたくしは討伐の現場を見たわけではなく、噂に聞いただけだが、風竜隊による上空からの爆撃攻撃はさながら地獄絵図だったという。異民族たちは風竜を所有していなかったため、その戦いは一方的な虐殺となり、制空権を押さえられた異民族たちはヘット・ロー宮殿に立て篭もって最期の抵抗を続けた。しかしそれもサラマンダー隊の火炎攻撃で潰える事となったのである。
 爆撃による轟音は周囲数リーグに渡って鳴り響き、赤々と夜空を焦がした宮殿の炎は遥か10リーグ先からでも見えたと言う。
 炎に包まれた宮殿は焼け落ち、貴重な絵画や調度品も燃え尽きてしまったが、どのみち大部分は異民族によって破壊されてしまっていたから、結果に大差はなかったそうだ。しかし美しかった宮殿の再建のためにラ・ヴァリエール家が負担した費用は莫大なものだったと言う。

「報告します!」
 部下の呼びかけに、わたくしは現実に引き戻された。
「やはりお嬢様は姫殿下の御供として、ラ・ロシェールよりアルビオンに向かわれた可能性が高いとのことです。大剣を背負った黒髪の平民が一緒だったそうなので、ほぼ間違いないかと思われます」
「分かったわ。ありがとう」
 やれやれ。娘にも困ったものだ。
 ワルド子爵が姫殿下のアルビオン行きを許したのには驚いたが、グリフォン隊の隊長にまで上り詰めた彼の事だ、勝算は十分にあるのだろう。アニエスたち銃士隊が所持しているのはサイトの開発した例の最新式の銃だし、レコン・キスタが攻め込んできても容易には落ちない筈だ。
 最も危険なのはニューカッスルを脱出してからトリステイン国境に辿り着くまでの間だろう。
 わたくしは改めて出撃準備中の我が隊を眺めた。
 対地上戦ではハルケギニア最強の『天空の雷』だが、空中戦では速度、攻撃力共にアルビオン竜騎士団に遠く及ばない。アルビオンは浮遊大陸であり、侵入者は必ず空から来るため、彼らは制空能力に非常に重きを置いているのである。
 この劣勢をいかにして挽回し、姫殿下を救出するか。それがトリステインの将来を、ひいてはハルケギニアの将来を決定する事になるだろう。

―――――
初版:2009/08/05 18:49
改訂:2009/08/07 01:03



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~18 復讐するは我が杖なり~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/08/28 00:00
女王陛下の黒き盾
~18 復讐するは我が杖なり~


―― マチルダ/少し前 ――

 ルイズを口説こうとしたワルド子爵が見事に振られるのを見て、私は失笑を禁じ得なかった。
 だってそうだろう? 場末の酒場で行きずりの女を口説くのと、恐れ多き公爵家の御令嬢に結婚を申し込むのとでは次元が違いすぎる。自分以外の誰かを愛した事のない男に、あの高飛車なヴァリエールの小娘を口説ける筈など無いのだ。ましてやルイズの頭はアンリエッタの事で一杯となれば、いくら許嫁でも無理だろう。まともな答えが返ってくる訳がない。
 憮然とした表情で戻ってきた子爵に、私は思わず言った。
「笑わせて貰ったよ。あんたももう少し人生経験の積んだ方が良いね」
 ワルド子爵はじろりと私を睨みつけたが、何も言わずに去って行った。
 まあいい。
 あの小娘をどうにかするのは私の仕事ではない。既に私は重要な任務を完了しているのだし、次の仕事もそれほど難しくは無い。正体がバレない限りどうという事は無い。
 本音を言うと、むしろ敢えて正体をばらしたい所ではあるが。
「どうかしたのかね、ミス・サウスゴータ?」
 後ろからクロムウェル閣下が声をかけてきた。クロムウェルは相変わらず貧相な農民の格好をしている。
 元から気品に欠けるこの男が農民の格好をすると、実にみすぼらしい事この上ない。そんな男を「閣下」と呼ぶには抵抗があるが、それを言ったら私のシスター姿だって失笑もいいところだろう。似合わない事この上ない。
「何でもありませんわ、閣下」
 私は答えてから話題を変えた。
「ところで閣下、本当にアンリエッタを生かしたまま操る事がお出来になるのですか?」
 アンリエッタを生かしておくように提案したのはワルド子爵だ。
 クロムウェルは当初、アンリエッタを生かしておくつもりは全くなかった。一度死体にした方が操り易いからだ。生かしたまま操ろうとすればアンリエッタも抵抗するし、当然だがクロムウェルが寝ている間は操る事ができない。つまり毎晩拘束する必要があるのだ。
 だがクロムウェルが皇帝となった暁には後継者のことも考えなければならない。この男の趣味がアンリエッタのような天然かどうかはともかく、あの女の地位は新アルビオン皇帝の結婚相手として最適だ。そしてもちろん、死体からは子供は生まれないのである。
 ま、クロムウェルが操った状態で襲いかかるにせよ、ベッドに縛り付けて襲いかかるにせよ、強姦には違いないが。
 クロムウェルは答えた。
「不安かね、ミス? だが心配は無用だ。我が愛しの姫は見事に恋人の命を奪うだろうよ」
 アンリエッタにウェールズを殺させる。
 何と醜悪な趣味だろうか?
 ましてやトリステインがアルビオンを裏切ったとなれば、ガリアやゲルマニアはトリステインへの援軍を見合わせ、トリステインは孤立するだろう。こんな悪魔のような策略を思いつくとは、この男は本当に司祭だったのだろうか?
 いや違うか。
 この男は既に司祭ではない。こんな悪魔のような策略を思いつく男は既に皇帝であるに違いない。
「ところで、ミス」
 クロムウェルは言った。
「くれぐれもジェームズの首を切り落とすような真似はしないでくれたまえよ? さすがの余の『虚無』も万能では無いのだからな」
「承知しておりますわ、閣下」
 私の次の仕事は、あの憎きジェームズ1世を殺すことだ。
 ただし条件がある。それはジェームズから『始祖のオルゴール』と呼ばれる秘宝のありかを聞き出すことだ。
 もちろんジェームズが生きている間に『始祖のオルゴール』のありかを吐けば問題は無いのだが、どうせ吐く訳は無いから、さっさと殺して吐かせることにした訳だ。その代償として、クロムウェルの『虚無』で再生可能な形で殺す必要があるのだが。
 私はクロムウェルに向かって深々と頭を下げると、こう言った。
「憎きジェームズ1世を殺す役をお命じくださり、このマチルダ・オブ・サウスゴータ、心より感謝申し上げます」
「なに、ほんの心遣いだ。貴重な物を手に入れてくれた礼だよ」
 そう言ってクロムウェルは懐に手を当てた。
 そこには私がトリスタニアから奪ってきた『始祖の祈祷書』が収まっている。どうやらこの男は始祖の秘宝を片っ端から集めるつもりらしい。
「では行くとしようか」
「はい」
 クロムウェルと共に教会へと向かう。私はシスター姿、クロムウェルは農民姿で教会にもぐりこみ、ジェームズを殺すのだ。
 私は歩きながら、思わず歯をむき出してオーク鬼のように笑った。ようやく復讐を遂げられる喜びに全身が打ち震え、髪が逆立つのが分かった。
 ジェームズ!
 お前は死ぬのだ! この私の手に掛ってな!



―― アンリエッタ ――

 サイトさんが来てくださいました!
 教会に着く寸前、サイトさんが助けに来てくださいました!
「アンリエッタ!」
「何だ平民。今頃何しに来た?!」
「アンリエッタ様の邪魔をするんじゃない!」
 わたくしの背後で、裏切り者となった魔法衛士隊と揉めるサイトさん。しかしサイトさん以外の声が聞こえないところを見ると、助けに来てくださったのはサイトさんだけ、しかもそのサイトさんも状況を完全に理解している訳では無いようです。
 このまま歩いて行ってはいけません! 何とかしてサイトさんに危機を伝えなくては!
 わたくしは全力を振り絞って『アンドバリの指輪』に抵抗しました。
「アンリエッタ?」
「あ、おい!」
 どうにか立ち止まったわたくし。そのわたくしの正面にサイトさんが回りこみました。
 そのサイトさんをワルド子爵たち裏切り者が3人がかりで拘束します。
「無礼だぞ平民!」
「邪魔だ!」
「貴様! 姫殿下の結婚式を妨害するつもりか?!」
 わたくしは必死でした。
 せっかくサイトさんが来てくださったのに、わたくしは立ち止まるのがやっと。声すら出せないのでは何も伝える事ができません。わたくしは必死にサイトさんに助けを求める方法を考えました。
 サイトさんは衛士隊員にもみくちゃにされながらもわたくしを見つめています。わたくしに何かの異変を感じながらも、それが危険なものだとは分かっていないようです。
「どうしたんだアンリエッタ! 何が起きたんだ?!」
 その時です。
 わたくしは無意識に瞬きをし、涙が頬を伝いました。それで思い出したのです!
 そうです!
 瞬きだけでも意思を伝える方法があるではありませんか! しかもしれはサイトさんがわたくしに教えてくれた方法です! 学院の男子寮で、自慢げに説明をするサイトさんの姿が脳裏に蘇りました!
 わたくしは即座に瞬きをしました。

 S…… O…… S……

 がすっ!
「ぐはっ!」
 ああっ!
 ワルド子爵がサイトさんを殴り付け、サイトさんは後頭部を抱え込むようにして倒れてしまいました! これではサイトさんにSOSを伝える事ができません!
「さあ姫殿下、お急ぎください」
 必死の抵抗もむなしく、歩き出すわたくし。
 起きてくださいサイトさん!
 わたくしを見て!
 わたくしの瞬きに気付いてください!
 ごすっ!
「げぼっ!」
 わたくしの後ろでサイトさんの呻き声がします。裏切り者がサイトさんを蹴飛ばしたようです。
 しかしわたくしはサイトさんに駆け寄る事はもちろん、立ち止まることすらできませんでした。必死になってアンドバリの指輪に抵抗しているにもかかわらず、わたくしの足は勝手に教会へと進んでゆくのです!
 サイトさん!
 サイトさん助けて!
 わたくしを止めて!



「アンリエッタ姫万歳!」
「おめでとうございます、姫!」
「姫殿下、ようこそアルビオンへ!」
 わたくしの願いもむなしく、わたくしの身体は教会へと辿り着いてしまいました。周囲にいる下級貴族や平民たちが祝福してくれていますが、もちろん彼らはわたくしがクロムウェルに操られているなどとは夢にも思っていません。
 教会の戸口にはミシェルが待機していますが、彼女もわたくしの瞬きに気付いてくれません。それはそうですよね、あの暗号はわたくしとサイトさんの間だけの物なのですから。
 ああ!
 サイトさんの発明が素晴らしいものだと、もっと早く気づいていれば! そうすれば銃士隊にもSOSを伝えておいたのに!
 いまさら瞬きを繰り返しても、ミシェルには何も伝わりません。

 ギギギギギギギギ……

 鈍い音を立てて教会の扉が開け放たれます。
 暗い教会の中は良く見えませんが、この奥にウェールズ様がいらっしゃる筈です。
 ああ! わたくしはどうしたら良いのでしょう?!
 このままウェールズ様の元へ辿り着いてしまったら、わたくしは隠し持たされた短剣でウェールズ様を刺し殺す事になるのです!
 せっかくのSOSもサイトさんに伝わったのかどうか分かりませんし、例え伝わっていたとしてもサイトさん一人ではどうしようもありません。ミシェルも気付いてくれませんし、アニエスや他の銃士隊員は教会の中にいるらしく、姿が見えません。もちろんルイズも教会の中の筈ですから、もしわたくしの異変に気付いたとしても、ウェールズ様をお助けすることが出来るかどうかは分かりません。
 せめて!
 せめて誰か一人だけでも、わたくしのそばにいてくれたら!
 しかし今、わたくしのそばにいるのは、裏切り者のワルド子爵と魔法衛士隊の4人。そして名も知らぬアルビオンのメイドたちです。
 焦るわたくしの心境とは裏腹に、わたくしの身体はしずしずと教会の中へと歩き続け、そして背後では教会の扉が閉じられてしまいました。

 ギギギギギギギギ……

 サイトさんはどうなったのでしょう?
 振り返る事の出来ないわたくしには確認のしようもありません。
 目が慣れ、薄暗い教会の様子が見えるようになってきます。
 レッドカーペットの向こう、礼拝堂の正面にウェールズ様の姿が見えてきました。
 ああウェールズ様!
 何度も夢に見、何度も夜空に祈ったウェールズ様との結婚式で、ウェールズ様をわたくしが殺すなんて! こんな残酷な事があるでしょうか?

 案内役として、わたくしの正面を進んでいくワルド子爵。その後ろをしずしずと進むわたくし。
 暗い礼拝堂内に並んだ座席には、数少なくなったアルビオンの上級貴族たちが勢ぞろいしていて、わたくしの姿をうっとりと眺めています。
 それはルイズも同様で、彼女は礼拝堂の最前列にいて、何の疑問も感じていない様子でわたくしを待ち構えていました。
 遠いです!
 遠すぎます!
 ルイズは純粋にわたくしの結婚を祝うつもりで、ごく普通に礼拝堂の最前列に並んでいるのです。わたくしがクロムウェルに操られているとは想像もしていないでしょう。
 サイトさんも銃士隊も当てにできない今、唯一の希望はルイズしかいません。しかし最前列にいるのでは、仮にルイズがわたくしの異変に気付いたとしても、わたくしがウェールズ様を殺害するのを止められるかどうかは分かりません。あるいはルイズが気づくのは、わたくしがウェールズ様の胸にナイフを突き刺した後になってしまうかもしれないのです!
 そして、わたくしの視界の正面にはウェールズ様が待っていらっしゃいます。
 ウェールズ様もまた、わたくしが操られているなどとは夢にも思っていらっしゃらないでしょう。
 ああ! どうしたら良いのでしょう?!
 わたくしはこのままウェールズ様を殺してしまうのでしょうか?!
 誰か!
 誰か止めてください!
 誰かわたくしを止めてください!



 バァン!

 不意に銃声が響き、わたくしは驚きました。
 しかし銃声はさらに5回連続して響き渡ったのです!

 バァン! バァン! バァン! バァン! バァン!

 こっ、これは?
 まさかサイトさん?!
 そう思った直後、わたくしの後方で教会のドアが蹴破られ、わたくしのよく知る声が響き渡ったのでした。

「その結婚、ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 サイトさんです!
 またしてもサイトさんが助けに来てくださいました! サイトさんはわたくしを救出するために、この結婚式そのものをぶち壊しにするつもりに違いありません!
「敵襲?!」
「何者だ?!」
「誰だあの平民は?!」
 教会の中のアルビオンの貴族たちは一斉にサイトさんを振り返りました。中には杖を構える人もいます。
 わたくしの正面にいたワルド子爵も振り返り、憎々しげな形相でサイトさんを睨みつけました。
「馬鹿が! あくまでも邪魔する気か!」
 そして子爵は裏切り者の魔法衛士隊員たちにサイトさんを連れ出すように命じました。
「叩き出せ!」
 しかもそれだけではありませんでした。子爵は隊員の一人に小声でこう命じたのです。
「殺せ!」
「ははっ!」
 一斉にサイトさんへと襲い掛かる裏切り者たち。
 ですが、これはわたくしにとっては好都合です。魔法衛士隊がいなくなれば、誰かがわたくしに話しかけてくれるかもしれません。そうすればわたくしの異変に気付いてくれるかもしれないのです!
 わたくしは必死の思いでアンドバリの指輪に対抗し、なんとか立ち止まることに成功しました。
 わたくしが立ち止まった事に気付くと、ワルド子爵は顔を引きつらせ、魔法衛士隊に向かって怒鳴りました。
「さっさと放り出さんか!」
 しかし簡単に放り出されるサイトさんではありません。

「アンリエッタは渡さねえぞウェールズ!」

「黙れ平民!」
「貴様ごときが乱入とは片腹痛いわ!」
 わたくしから見えない位置で、魔法衛士隊の4人との大騒動を繰り広げているサイトさん。大声で喚き散らしながらデルフリンガーさんを振り回しているようです。
 しかしわたくしは心配していませんでした。
 あの烈風カリンと死闘を演じた事のあるサイトさんです。いくら魔法衛士隊と言えども、サイトさんがデルフリンガーさんを持っている限り、魔法で倒す事は出来ない筈です。銃も持っているのであれば、接近して剣でサイトさんを倒す事も容易ではありません。ましてや結婚式と言う格式高いこの場で、あからさまにサイトさんを殺すことなど出来ない筈です。せいぜい教会の外に放り出すくらいが関の山でしょう。
 実際、魔法衛士隊は暴れるサイトさんに手を焼いているらしく、騒ぎは大きくなるばかりです。それに釣られるようにして、教会内のアルビオン貴族たちも騒ぎ始めました。
「御前であるぞ! 控えよ!」
「誰がこんな者の侵入を許したのだ?!」
「不届き千万な!」
 立ち止まったわたくしの元へアニエスも駆けつけて来ました。状況を把握していない彼女は、サイトさんが暴れている理由を知りたいらしく、わたくしに尋ねました。
「姫殿下! どうなっているのですか?!」
 これはチャンスです!
 わたくしは必死に瞬きをしました。
 SOSの暗号もモールス信号も、わたくしとサイトさんの間だけの秘密です。ですから瞬きをしても意味がアニエスに伝わるわけではありません。
 しかし優秀な警備兵である彼女ならば、わたくしの様子が普通でない事には気付く筈です。わたくしが何も喋らないだけでも何かの異常が伝わるでしょう。そうなればアニエスは即座に何らかの手を打ってくれるに違いありません。

「アンリエッタが欲しけりゃ俺と決闘しろ!」

 まだ騒いでいるサイトさん。
 早く!
 早く気付くのですアニエス!
 わたくしがアンドバリの指輪に操られているという事に、早く気付いてください!



 しかし、わたくしの願いもむなしく、状況は最悪の事態へと突入してしまいました。
 ついにウェールズ様ご本人が、この騒動を収拾すべく、レッドカーペットの上をこちらへと進み出て来てしまったのです!

「静まれ! 静まれ!」

 声を張り上げながら歩いて来るウェールズ様。
 いけません!
 わたくしに近づいてはいけませんウェールズ様!
 わたくしは!
 わたくしはウェールズ様を殺すよう操られているのです!
 しかしウェールズ様は無造作に歩いて来ると、わたくしのすぐ前にいるワルド子爵に命じました。
「攻撃を止めたまえ子爵」
「しかし殿下、あの平民は危険です」
 苦虫を噛み潰したような表情になるワルド子爵。サイトさんはわたくしの異変に気付いているのですから、ウェールズ様がサイトさんと話をしては不都合な筈です。
 しかしウェールズ様は言われました。
「構わぬ。彼の言い分を聞こうではないか」
 ウェールズ様はサイトさんの正体を知っています。ですからサイトさんが無意味に暴れたりしない事を理解している筈です。
 ですが、それが災いしてか、ウェールズ様の様子には警戒しているところが全くありません。それどころかウェールズ様は、わたくしに向かってにっこりと微笑むと、わたくしへと歩み寄るではありませんか!
「ははっ!」
 一礼してわたくしの後ろへと小走りでさるワルド子爵。その視線が一瞬わたくしを捉え、わたくしは自由にならない身体で身震いしました。
 ああ! 何と言うことでしょう!
 これでウェールズ様とわたくしとの間には、何の障害も無くなってしまいました!
 この重いウエディングドレスを着ているにも関わらず、わたくしが僅かにダッシュするだけでウェールズ様の懐に飛び込めます!
 もはやクロムウェルはいつでも、わたくしの身体を操ってウェールズ様を殺すことができるのです!
 いけませんウェールズ様!

 ついにその瞬間は訪れてしまいました。

 最期の瞬間、不意にウェールズ様は立ち止まると、ご自分の足元を覗き込みました。わたくしの事が視線の端にでも入っていれば避けられた違いないのに、なぜかウェールズ様はご自分の足元を見ていたのです!
 と同時にわたくしの右手は腰へと移動し、ウエディングドレスの帯からナイフを引き抜きます。わたくしの意思とは無関係に、素早く動くわたくしの右腕。必死に抵抗しているにもかかわらず、全くわたくしの自由にはなりません!
「?! 姫殿下?!」
 アニエスが異常に気付いた時には手遅れでした。
 わたくしの身体はウェールズ様の懐へと飛び込み、その逞しい胸へとナイフを突き立てたのです!

 ガッ!
 ウェールズ様っ!!!



―― マチルダ ――

 あれが我が仇か!
 教会に姿を現したジェームズをみて、私は全身の毛が逆立つような気分になった。私がこの極悪非道な殺人鬼の顔を最後に見たのは父が追放される前、つまり10年以上前だ。
 実の弟であるモード大公を処刑し、その妻も殺してティファニアを天涯孤独にさせ、そのティファニアを匿った我が父をも追放したこの男。この10年間にかなり老け込んではいるが、その狂気に満ちた眼光は衰えていない。むしろ外見が老けた分だけ、眼力が強まったようにすら思える。
 私はこの10年間、この男の死だけを願って生きてきたが、今ではこの男が生きていた事に感謝している。

 なぜなら、この手で直接殺す事が出来るからだ!

 ジェームズは教会の最前列で、結婚式が始まるのを待っている。
 王と言えども教会の中では単なる親族の一人に過ぎない。しかも新郎の父親となれば、座る場所は最初から決まっている。あらかじめ教会に忍び込み、椅子に小細工を施しておく事など造作もない。あとはその仕掛けを発動させるだけだ!

 だがヒラガが教会に飛び込んで来たお陰で、デリケートな暗殺計画は危うく台無しになるところだった。
「その結婚、ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 しぶとい男だ。
 ワルド子爵がヒラガの暗殺を後回しにしていたおかげで面倒なことになってしまった。まあ私もヒラガを殺すことに前向きではなかったから同罪ではあるのだが、ヒラガのおかげでアンリエッタが『アンドバリの指輪』に激しく抵抗するので、計画は危うく頓挫するところだった。
「くそ、またあの平民か!」
 アンリエッタが立ち止まったのを見て、クロムウェルは苛立たしげに悪態をついた。私の後ろに隠れるようにしてアンリエッタを操っていたこの男は、私の背中を押し気味にしながらこう言った。
「ミス・サウスゴータ、すまんがアンリエッタにもっと近づかなければならん。奴が来るとアンリエッタの抵抗が強まるのだ」
「危険ですわ閣下。いくら暗いとは言え、これ以上前に出たら丸見えです」
 私はシスター姿だからまだ良いが、クロムウェルは農民姿の上にフードをかぶっただけなのだ。誰かに見つかれば叩き出されることは間違いない。ましてや正体がバレれば即座に殺されるだろう。
 だがそこで幸運が訪れた。ウェールズが自らアンリエッタへと歩み寄ったのだ。
 アンリエッタのすぐ前まで来たウェールズは何やらワルド子爵に命令している。さらに子爵がアンリエッタの背後へと移動し、ウェールズとアンリエッタとの間には何の障害も無くなった。
 それを見たクロムウェルは小声で叫んだ。
「チャンスだ! ミス、アースハンドを頼む!」
「アースハンド!」
 素早く魔法を唱え、ウェールズの足を止める。直後、ウェールズの懐へと飛び込むアンリエッタ。
 ナイスタイミングだ!
 それと同時に私は、ジェームズ1世の椅子に隠した仕掛けを発動させた。
「せめて息子と一緒に死ねる事を幸運と思うがいい! 断罪の刀(ユヌ・ラーム・ドゥ・ル・コンダネ)!」

「ぐはっ!」

 その瞬間、ジェームズは自分の胸から飛び出した刃を呆然と眺め、呆気ないくらい簡単に絶命した。
 やった!
 父さま! マチルダはついに父さまの恨みを晴らしました!


―――――
初版:2009/08/28 00:00



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~19 血染めのウエディングドレス~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/10/04 13:54
今回は一部に残虐な表現があります。ご注意ください。
―――――


女王陛下の黒き盾
~19 血染めのウエディングドレス~


―― カリーヌ ――

 ニューカッスルまで約15リーグの海上、高度4000メイルの雲の中。
 我が『天空の雷』の一団は大量の風石を消費しつつ、依然としてじっと隠れたままだった。
 当初から懸念していた通り、同乗させた平民たちの一部には早くも高度病の症状が出ており、戦闘開始が遅れれば使い物にならなくなる事は確実だった。特別に選抜された彼らは若くて士気も高いが、その全員が空を飛んだ事もなかったのだし、訓練もまだ途中だったのだから無理もない。水のメイジに高度病の予防は命じたものの、状況は芳しくないようだ。
 空母トネール(注:雷鳴の意)の艦橋から、船体前部にある飛行甲板の様子を眺めつつ、私は愛する娘の事を考えていた。
 昔から我儘な末娘ではあったが、ことアンリエッタ様に関する限りは信頼のおける子である。いくら子供とは言え、アルビオンに乗りこむことの危険性は認識している筈だ。にもかかわらず今回の騒ぎを起こしたと言う事は、娘もそろそろ私の掌から飛び立とうとしていると言うことか。
「報告します! ニューカッスル城内にて銃声多数! 詳細不明!」
「ジェロームめ、しくじったな?」
 部下の報告に、私はいらいらと呟いた。
 我がヴァリエール家の筆頭執事であるジェロームは、トリステインはもちろん、ハルケギニアのあらゆる裏事情に精通している優秀な男だ。その執事が自らアルビオンに赴き、あらゆるコネを総動員して隠密裏にアンリエッタ様とルイズを救出する手はずだったのだが、どうやら失敗したようだ。
 私はくるりと踵を返し、伝令係に命じた。
「総員戦闘態勢! 全風竜隊発進せよ!」
「はっ!」
 続いて私は艦長に命じた。
「両舷半速! 雲を出てニューカッスルへ向かえ! 高度は現状を維持!」
「ははっ!」
 我が『天空の雷』が最強の爆撃部隊として恐れられる理由の一つは、ハルケギニア上のどこへでも出撃可能である点だ。ゲルマニアだろうとアルビオンだろうとどこへでもだ。それを実現しているのがこのトネールを筆頭とする3隻の空母である。風竜たちはこの空母を拠点に波状攻撃を仕掛ける事ができるため、地上にいる敵にとっては絶え間ない爆撃が永遠に続くように思え、『天空の雷』が全力を出し切るまでもなく降伏してしまうのである。
 だが今回は違う。
 今回の敵はハルケギニア最強の空軍との呼び声高いアルビオン竜騎士団なのだ。
 『天空の雷』は爆撃部隊なのであり、対空戦闘では著しく弱い。そもそも風竜なのだから対空火力が皆無なのである。アルビオン竜騎士団でなくても、そこらの火竜の1小隊が攻撃してくるだけで容易に堕ちるのだ。従って本来ならば他のトリステイン貴族の持つ火竜隊による護衛が必須なのである。
 しかし今回、我々は単独で、あのアルビオン竜騎士団と対決するのだ。
 飛行甲板から次々と飛び立っていく風竜たち。飛び立つと一旦下降するが、速度が乗るとすぐに上昇に転じ、3隻の空母よりも高い位置で編隊を組み始める。1小隊7騎、7小隊計49騎の大型風竜たちが、我が『天空の雷』の正体だ。
「偵察隊より報告! 10時の方向より敵大部隊接近! 総数100騎以上! 距離1万1千! 高度5500!」
 た、高い!
 何と言う高さで奴らは飛んでいるのだ?! そんなに高度を上げても、奴らは高度病にならないと言うのか?!
「カーニングスビー(注:敵基地のこと)のお出ましですな」
 強敵の出現だと言うのに艦長は嬉しそうだ。もちろん敵を見くびっているのではない。この男は敵が強力であれば強力であるほど嬉しいのだ。
 無論、私も戦わずして逃げ出すような憶病者ではない。私は即座に命じた。
「両舷全速、急速上昇! 進路このまま!」
「了解。風石全力、迎角20、舵中央。各小隊発艦急がせろ!」
 操舵手がバラストを調節すると、全長120メイルの船はぐらりと傾きを変え、船首を上に向けて上昇を始めた。そのままぐいぐいと加速していく。僚艦も同じように加速中だ。

「私も出る」
 艦長にそう告げ、足早に飛行甲板へ向かう。私の風竜であるエーグルは待ちかねたように待機していた。
「ぐるるるるるるる……」
「待たせたな。そう急かすな」
 エーグルは私の使い魔ではない。私以外の誰かの使い魔でもない。エーグルは正真正銘の自由な竜だが、同時に我がヴァリエール家の所有する竜でもある。
 この体長18メイルの大型風竜は千年以上も昔、ヴァリエール家の先祖が使い魔にした風竜が産んだ卵から生まれた。つまり卵の時から我がヴァリエール家に仕えている偉大な風竜なのである。そのため、誰の使い魔でもないにもかかわらず『天空の雷』に所属しているのだ。
 そのエーグルの背中によじ登り、ハーネスを装着する。
 すると私の後ろに平民が一人乗り込み、私と同じようにハーネスを固定した。彼の名はトマ。つい数週間前まで山で狼を撃っていたクロスボウ使いである。
「準備は良いか?」
「ははっ! 準備完了!」
 この数週間の訓練で、トマの口調もすっかり軍隊調になった。
 彼ら平民たちは今回の作戦のために特別に選抜された男たちだ。彼らの働き次第で、今後の『天空の雷』の命運が決まると言っても過言ではない。
 私は言った。
「よし! カリーヌ、トマ、エーグル、出る!」
「ぐるる……」
 一気に飛び立つエーグル。いったん下降して速度を上げ、上昇気流を捉えてすぐに上昇していく。背後の空母トネールがみるみる小さくなっていく。そしてエーグルはひらりと旋回し、自分の小隊に合流してV字型の7騎編隊を形作った。もちろんエーグルが先頭だ。
 周囲を見渡せば、他の小隊も既にV字編隊を組み終えている。7つのV字が天空を舞う。
「待ちくたびれましたぞ隊長。コイツなんかほれ、この通り」
「グオォォォォォォォン!」
 すぐ後ろの部下とその使い魔が血気逸(けっきはや)っている。他の連中も似たり寄ったりで、どいつもこいつも相当(たか)ぶっているようだ。
 私は杖を掲げると怒鳴った。
「ようしお前たち! 遅れた詫びに先陣の栄誉をくれてやろう! ヴァン・ジュスト!」
 魔法で追い風を吹かせ、他の小隊を一気に追い越して『天空の雷』の先頭に出る。そんな荒業にも、小隊の6騎はV字編隊を全く崩さなかった。
 私は背中のトマを振り返った。
「大丈夫か?」
 するとこの平民は引きつったような笑いを浮かべてこう言った。
「お任せくだせえ! ハルケギニア最強は、今日からこのトマ様でさあ!」
 やれやれ。興奮しすぎて頭の血管が2~3本切れたか?
 訓練半ばでの出撃を余儀なくされたトマたち銃撃隊。彼らはようやく銃に慣れたばかりで、実戦はもちろん初めてだし、そもそも竜に乗ったこともない。
 だが苦労してかき集めた彼らは、いずれも猟師や自警団や傭兵と言った、何某かの形で戦うことを生業としている者たちだ。中にはチクトンネ街から引き抜いてきた職業不詳の者もいるが、少なくとも怖気づいて逃げ出す奴はいない筈だ。
 私は言った。
「いい度胸だ! 片っ端から撃ちまくれ! ただし味方を撃ってくれるなよ?」
「イエス、サー!」
 緊張しながらも了解するトマ。高度病の症状が無いのがせめてもの幸いか?
 敵は高度5500。こちらがいくら上昇してもそこまでは昇れない。何度も言うが『天空の雷』は爆撃部隊なのであり、あくまでも地上の敵が対象なのだ。上から急襲されれば間違いなく一方的に殲滅(せんめつ)させられるだろう。
 だが今回、我が『天空の雷』には平民たちで構成された銃撃隊が乗り込んでいる。49騎の竜に49丁の銃。つまり銃による迎撃が可能なのだ。
 この銃はサイト・ヒラガが銃士隊用に作った突撃銃をベースに、対空戦闘用に威力と射程を強化したものだ。回転弾倉があるにもかかわらず、狙撃銃並みに長い銃身を持つ。言わば連射可能な狙撃銃なのである。
 従来であれば竜を操る騎手たちは3つの仕事、つまり騎手、防御、攻撃を同時にこなさなければならなかった。特に防御と攻撃はどちらも魔法を使うため、防御中は攻撃できないし、攻撃中は防御できないと言う重大な問題があった。ましてや魔法に集中し過ぎると竜の制御が疎かとなり、動きが単調になって格好の的になりがちだった。
 しかし今回は攻撃を銃撃隊に任せ、騎手は竜の制御と防御に集中することが出来るのだ。竜をうまく操れば敵の攻撃を避けられる確率もあがるし、避けられない攻撃のみを魔法で防ぐのならば魔力の消耗も抑えられる筈だ。

 既に上空に敵編隊が迫っている。空中戦ならハルケギニア最強のアルビオン竜騎士団。彼らは我々『天空の雷』を良い鴨だと思っている事だろう。
「ぐるる!」
 エーグルが低く唸った。見ると、敵の一部が編隊を離れて攻撃態勢に入っている。
 いや、敵全体が攻撃態勢に入ったのだ。小隊ごとに編隊から分離し、身を翻すようにして急降下してくる。
 私は再び杖を掲げると、振り返って怒鳴った。
「対空防御用意! 銃撃隊構え! 予定通り敵攻撃を受けてから反撃せよ!」
「はっ!」
 急降下して来る敵の火竜たち。すれ違いざまに攻撃してくるつもりのようだ。そのうちの1騎がエーグルに迫る!
 私の背後でトマが銃を構えている。緊張の一瞬だ!

 ゴオッ!

 目前に迫った敵の火竜たちが一斉にブレスを吐く。と同時に我々も一斉に防御魔法を唱えた。
「エア・ハンマー!」

 バシッ!

 私のエア・ハンマーに遮られ、空中で四散するブレス。部下たちもそれぞれ同様に防御を行っている。
 だがさらに接近した敵火竜は、飛び散る火の粉で姿が見えなくなった瞬間、新たなブレスを吐いて来た。

 ゴオッ!

 近い!
 だが私も百戦錬磨の戦士である。もちろんその程度は予想済みだ。
「エア・カーテン!」

 バシッ!

 再び四散する敵のブレス。再び敵の姿が見えなくなる!
 その直後、トマの銃が火を噴いた。

 バァン! ……バァン! ……バァン!

 遅い!
 サイトに比べて遥かに遅い! 訓練の時はもう少し素早かったのに!
 ブレスの火の粉が消えると、一匹の敵火竜が我々の目と鼻の先を掠めるようにして降下離脱して行くのが見えた。
「畜生! 掠りもしねえ!」
 私の背後で悔しがるトマ。連射が遅くても狙いが良ければ当たる筈なのだが、竜に乗った経験すらないトマには、敵の竜がどのような軌道を描くかなど想像もできない。敵の姿が見えている状態ですら容易には当たらないだろう。ましてや敵攻撃をかいくぐっての反撃となれば当たる訳がない。
 しかし、それでも当てて貰わねば先へ進めない。せっかくの連射式の銃なのだから、せめてもう少し素早く連射できればマグレ当たりの可能性も増えるのだが。結局のところトマはクロスボウ使いであり、一撃必殺が身上なのだ。敵に集中すれば集中するほど連射できなくなるのかもしれない。
 私は言った。
「敵の翼を良く見ろ! 翼の動きで相手の動きを読め!」
「イエス、サー!」
 私はV字編隊の左右を振り返り、小隊の他の面々の状態を確かめた。
 すると5騎はきちんと隊列を保っていたが、ブラントームが騎乗する1騎が編隊から外れ、50メイルも下を飛んでいた。どうやら敵の攻撃を防ぎ切れなかったらしい。姿勢は立て直したらしく我々と同じ方向へ向かって飛んではいるが、多少のダメージは受けたようだ。
「ブラントーム! 無事か?!」
「ちょっと掠めただけです! やれます!」
 私が怒鳴ると、下から大声で怒鳴り返すブラントーム。だが彼は戦えるとしても、彼とペアを組んでいる銃撃隊員が怖気づいてしまっているようだ。
「無理をするな! 危なくなったら構わず離脱しろ!」
「イエス、サー!」
 『天空の雷』全体を見回すと、他の小隊たちも次々と敵の攻撃を受けている。一部には防御に失敗した者もいるようだが、全体としては防御に成功しており、まだ撃墜された者はいない。やはり騎手が防御に専念できる利点は大きいようだ。
 とは言え、こちらからの攻撃に効果が無ければジリ貧なのも事実。トマたち銃撃隊がどこまで通用するかが今回の作戦の成否を決めるだろう。
「第2陣、来ます!」
 上空からは新たな敵編隊が降下して来ている。何しろ敵は我々の倍以上いるのだ。奴らが我々に休む間を与える筈がない。
「編隊を維持! 進路そのまま!」
 エーグルにニューカッスル方向を命じて編隊飛行を続ける。早くもアルビオンの陸地は目前に迫り、ここから先は敵の攻撃も激しくなるだろう。
 果たして、我々のこの新戦法はどこまで通用するだろうか?



―― ルイズ ――

 ギギギギギギギギ……

「トリステイン王国が王女、アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下のおな~~~り~~~!」
 教会の扉が開かれるのと同時に呼び出しの声が響き、ワルド様たち魔法衛士隊に守られた姫様が教会の中へとご入場されて来た。
 レッドカーペットの上を静かに歩む姫様は、わたしがジェームズ1世陛下からお借りしたウエディングドレスに身を包んでいる。姫様用に仕立てられたドレスでは無いのでところどころ寸法が合っていない―――特に胸のあたりが窮屈そうなのが凄く羨ましい―――けれども姫様には良くお似合いだった。
 アルビオンの皆様も姫様のお姿に魅了されたらしく、ひそひそと称賛の声を上げた。
「これはお美しい……」
「本当ですわ。マリアンヌ様の若い頃にそっくり。月日の経つのは早いですわ」
「全くだな。わしなどは姫殿下に初めてお目に掛った3年前から、将来お美しくなられると確信しておったぞ?」
「3年前? ああ、陛下のお伴としてラグドリアン湖に行かれたのでしたな?」
 そう。
 その3年前のラグドリアン湖で、姫様とウェールズ様は出会い、恋に落ちた。
 そして今、このアルビオンの危機のさなかに2人は結婚式を挙げる。レコン・キスタに包囲されようとしている中でわざわざ結婚式を挙げるのは、ジェームズ様を筆頭とした居残り組、つまりこの城から脱出せず、全滅覚悟でレコン・キスタと杖を交える者たちへの、せめてもの哀悼のためだ。

 ギギギギギギギギ……

 扉が閉まり、暗さに目が慣れると、姫様の姿が良く見えるようになった。
 緊張のためか、姫様の歩き方は少々ぎこちない。あるいはウエディングドレスが少々重いのかもしれない。アルビオン王家付きのメイドたちに裾を持たせているけれども、姫様の上半身はまるで硬直したかのように微動だにせず、ドレスに隠れた足のみで歩いていた。
 ちらりと新郎を振り返ると、レッドカーペットの中央に立ったウェールズ様も、じっと姫様を見つめていた。まるで姫様以外は何も視界に入っていないかのようだ。
 ちらりとレッドカーペットを挟んで向かい側を見ると、最前列に座っていらっしゃるジェームズ様もまた、ご老体にもかかわらずぐるりと真後ろを振り返り、姫様をご覧になっていた。なにしろ姫様のお召になっているウエディングドレスは、故アルビオン女王であるエリザベス様が陛下との御成婚の際にお召になったもの。陛下にとってはとても思い入れのあるドレスなのだ。もしかしたら陛下は姫様のお姿をエリザベス様と重ね合わせているのかもしれない。
 なのに、この格式高い結婚式を妨害しようとするふとどき者がいた。
 サイトだ。

 バァン! バァン! バァン! バァン! バァン! バァン!

 突然の銃声が馬鹿平民のものだと言う事に、わたしは即座に気付いた。
「あんの馬鹿! 何やってんのよ?!」
 わたしが小声で罵り、教会の入り口を振り返ったのと、その入り口のドアが蹴破られるのとは同時だった。
「その結婚、ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 こっ、この馬鹿犬!
 わたしは思わず杖を構えかけ、ハッとなって押しとどめた。
 今は姫様の大事な結婚式。わたしは事実上のトリステイン側代表として、この格式高い席に臨んでいるのだから、はしたない真似はできない。たとえ馬鹿平民に対する管理責任がわたしにあるとしても、今この場で魔法で吹き飛ばすなど論外だ。
「叩き出せ!」
 ワルド様が魔法衛士隊の隊員たちに命じているのが聞こえる。
 そうだ。サイトを放り出す役目はワルド様に任せ、わたしは結婚式に集中しなければ。
「アンリエッタは渡さねえぞウェールズ!」
 魔法衛士隊を相手に暴れるエロ平民。姫様の使い魔でありながら、姫様の結婚式を台無しにしようとするとは、何という不忠だろうか?
 思わず周囲を見回すと、ウェールズ様と目が合った。
『やれやれ、困ったものだ』
 とでも言いたげな表情で苦笑するウェールズ様。激怒しても良さそうな状況なのに、動じている素振りすらないのは王家の貫録と言ったところかしら?
 対するエロ犬は粗野どころか狂気と紙一重だった。
「アンリエッタが欲しけりゃ俺と決闘しろ!」
 この身の程知らず!
 思わず立ち上がりかけるわたし。
 しかしウェールズ様の方が先だった。

「静まれ! 静まれ!」

 声を張り上げながら姫様の方へと進み出るウェールズ様。新郎本人が騒動の収拾に乗り出さざるを得ないなんて最悪だわ。あの野良平民は火炙りね!
 そう。
 わたしは全く気付いていなかったのだ。
 レコン・キスタの魔の手がすぐそばまで迫っていた事に。
 いいえ違うわ。
 わたしたちが最初から、レコン・キスタの手のひらの上で踊らされていたことに、わたしも姫様も、もちろん野良犬も全く気付いていなかった。
 まさか姫様がアンドバリの指輪に操られていたなんて!

 ガッ!

 その瞬間、わたしは姫様がウェールズ様に抱き付いたのだとばかり思っていた。
 だって姫様がウェールズ様を刺し殺すなんて有り得ない事だったし、角度の関係で、わたしからは殿下の背中しか見えなかったからだ。ウェールズ様の懐に飛び込んだ姫様が、愛する殿下の胸に短剣を突き立てていたなんて、全く想像していなかった。
 だからわたしが最初に異常に気付いたのは、ウェールズ様では無くジェームズ様の方だった。

「ぐはっ!」
「きゃああああああああああーーーっ!」

 突然ジェームズ様が血を吐き、胸から血まみれの剣を突き出させた。
 それと同時に誰かの絶叫が教会内にこだまする。それが自分の声だと言うことに、わたしは気付かなかった。
 どさりと正面から倒れ伏すジェームズ様。その背中には禍々しい傷が口を開けていて、どくどくと血が噴き出している。流れ出す血が見る見るうちにレッドカーペットに広がっていき、ジェームズ様の身体の下に血の池を作っていく。
 見ると、ジェームズ様が座っていた椅子の背もたれから血まみれの剣が生えていた。誰かが椅子に細工していたんだわ!
「陛下!」
「おおっ?! 陛下?!」
 側近たちが慌てふためいてジェームズ様に駆け寄った。しかしジェームズ様が即死だと言う事は火を見るよりも明らかだ。
「曲者だ! 曲者が紛れ込んでいるぞ!」
「レコン・キスタか?!」
 一斉に立ち上がり、騒然となるアルビオンの人々。
 わたしは呆然と立ち尽くすばかりだった。まさにこの瞬間、姫様がウェールズ様の胸に短剣を突き刺しているなんて知らなかったのだ。わたしは目の前のジェームズ様の惨たらしい姿に頭の中が真っ白になってしまい、姫様のことですら頭から飛んでしまっていた。
 だからわたしは、アルビオン貴族の一人がわたしに杖を向けたにもかかわらず、たた呆然としていた。
「ヴァリエール殿! 貴殿の差し金か?!」
 えっ?! わたし?!
 この人は確かステュアート卿とか言う名前だったはず。いったいなぜわたしに杖を向けているのかしら?
「脅しではないぞ! ファイアーボール!」
 わたしに向かって魔法を唱えるステュアート卿。まるでわたしを殺そうとしているみたいだ。
「?!」
 杖を振り下ろすステュアート卿。
 けれどわたしは死ななかった。ステュアート卿がが振り下ろす直前、彼の首が宙を舞ったからだ。

 しゅぱっ!
 ゴンッ! ごろごろごろ…… ドサッ!

 生首がレッドカーペットの上を転がり、首を失った死体が噴水のように血が噴きながら倒れ伏す。
 何が起きているのかわからない。自分が殺されかけたことも、危ういタイミングで助かったことも分からない。

「ルイズ!」

 不意に背後からワルド様の声がして、いきなり後ろから腕を掴まれた。
「隠れろルイズ、危険だ!」
「ワルド様?」
 なぜワルド様がここに? ワルド様はサイトを追い出しに行った筈なのに……
 わたしはワルド様が分身魔法を使っている事にすら気付かなかった。それよりも、わたしは姫様の事を思い出した。
「はっ?! 姫様は?!」
「ルイズ!」
 わたしがワルド様の手を振り払おうとすると、ワルド様は逆にがっちりとわたくしを捕まえました。
「離してくださいワルド様! 姫様が……!」
「駄目だルイズ! もう手遅れだ!」



―― アンリエッタ ――

「ウェールズ様っ!」

 その逞しい胸へと短剣を突き立てた直後、わたくしは思わず叫びました。
 すぐに短剣から手を離しましたが、もちろん手遅れです。短剣はウェールズ様の胸に深々と突き刺さっています。
 わたくしはアンドバリの指輪の呪縛から解放されたことにも気付かず、大声で叫びました。
「ウェールズ様しっかりっ!」
「ぐっ! アンリエッタ!」
 しかしウェールズ様は苦痛に顔を歪め、恨めしげに胸の短剣を見ました。そしてその柄を掴み、引き抜こうとします。
「いけません! 血が吹き出ます!」
 わたくしが慌てて押しとどめると、ウェールズ様は苦しげにわたくしを見て言いました。
「そうか…… 君はアンドバリの指輪に……」
「申し訳ありませんウェールズ様! わたくしは……! わたくしは……!」
 謝罪しようとして言葉に詰まるわたくし。油断してクロムウェルに操られていたなんて、どう謝罪したら良いのでしょう?
 ウェールズ様の傷口からはだらだらと血が流れ出し、どこか深いところまで傷が達していることが分かります。
 止血しなくては!
 ぐらりと傾くウェールズ様。
「ああっ!」
 わたくしは慌ててその身体を支えようとしましたが、女のわたくしにウェールズ様の体重を支える事など無理でした。
 どさり!
 ウェールズ様の下敷きになるようにしてレッドカーペットの上に倒れ伏すわたくし。ウェールズ様の血でウエディングドレスが真っ赤に染まります。
「殿下!」
「ウェールズ殿っ!」
 結婚式に列席している貴族たちが慌てて駆けつけます。もちろん彼らはわたくしがウェールズ様に襲い掛かる様子を目撃していましたから、わたくしがウェールズ様を裏切ったと思い込んでいました。
「謀ったなトリステイン!」
 左右から腕を掴まれ、レッドカーペットの上を引きずるようにしてウェールズ様から引き離されるわたくし。さらに何人かがわたくしに杖を向けます。
 いっぽう、水のメイジらしき人たちは急いで回復魔法を唱えました。
高速回復(ゲリール・ヴィート)!」
 レッドカーペットの上に横たわったまま苦しそうにしているウェールズ様。わたくしも治療に協力しなければ!
「ウェールズ様っ!」
 ところがアルビオン貴族たちはわたくしが起き上がることを許しませんでした。わたくしは両脇から腕を抱えられ、レッドカーペットの上に張り付けにされています。
 わたくしに杖を向けているアルビオン貴族の一人、カスルリー子爵が言いました。
「動くな! 動けば殺す!」
 わたくしがウェールズ様を殺そうとしたと思っているのですから当然です。
「お待ちください!」
 すかさずアニエスがわたくしと彼の間に割って入りました。
「これは何かの間違いです! 姫殿下がウェールズ殿を傷つける筈がありません!」
「黙れ! エア・ハンマー!」
 カスルリー子爵はいきなり魔法を唱え、彼女を弾き飛ばしました。
「うわっ!」
 レッドカーペットに叩き付けられる彼女。悶絶していますが起き上がれません。
「アニエス!」
 しかしわたくしには彼女を心配している余裕はありませんでした。
 わたくし自身が殺されるかもしれないという不安もありますが、何よりウェールズ様の容体が心配だったのです。
 わたくしは必死に言いました。
「待ってください子爵! わたくしは操られていたのです! レコン・キスタが―――」
 しかしわたくしの言葉は子爵の耳には届きませんでした。
 いえ、わたくしの言葉だけでなく、いかなる言葉も彼の耳には届かなくなってしまったのです。

「ぐあっ!」

 突然カスルリー子爵の胸に氷の矢が突き刺さり、彼は呻き声を挙げて倒れました。
 こっ、これは?!
 ウィンディ・アイシクル?!
 他のアルビオン貴族たちも次々に攻撃を受け、倒されていきます。
「うわっ!」
「ぎゃあっ!」
 わたくしを押さえつけている貴族たちも攻撃を食らって転倒し、自由になったわたくしは急いで振り返しました。
 するとそこには次々と攻撃魔法を放つワルド子爵がいました。
「エア・ニードル!」
「お止めなさいワルド子爵! 攻撃を止めるのです!」
 すかさず攻撃中止を命じるわたくし。
 しかし子爵はわたくしの命令に全く聞く耳を持ちませんでした。彼も他の魔法衛士隊員たちもまるで何かに取り憑かれたかのように、結婚式に列席している貴族たちを虐殺していきます。もはや彼らはレコン・キスタと言うより、殺人鬼と呼ぶべきかもしれません。
 アルビオン貴族たちも必死に反撃を試みていますが、いかんせん相手は我がトリステインが誇る魔法衛士隊。多勢に無勢の筈なのに、形勢はワルド子爵たちが圧倒しています。
「くっ、このまま終わって成るものか!」
 わたくしを押さえこんでいた貴族の一人、エクセター侯爵が起き上がり、老齢とは思えない素早さで再びわたくしを捕まえました。
「こっ、侯爵! 何を?!」
「おのれトリステイン! 小娘と思って油断したわい!」
 彼はそう言うとわたくしを引き起こし、ワルド子爵に向かって立たせました。そして彼はわたくしを盾にしてわたくしの首にレイピアを突き付け、ワルド子爵に向かって怒鳴りました。
「攻撃を止めろ! さもなくばこの小娘の命は無いものと思え!」
 いけません!
 ワルド子爵は既にトリステイン貴族ではないのです! 彼らがわたくしの命を尊重する筈がありません!
 侯爵の声にわたくしを振り返るワルド子爵。
 その顔に凶悪な笑みが浮かびます。
 わたくしは思わず叫びました。
「いけませんエクセター侯爵! わたくしを人質にしても―――」
「ウィンディ・アイシクル!」
 わたくしが言い終わる前に、子爵は新たな魔法を唱えました。
 そして何本もの氷の矢が、凄まじい速度でわたくしたちに襲い掛かったのです!


―――――
初版:2009/09/20 20:04
改1:2009/09/21 01:33
改2:2009/10/04 13:54



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~20 炸裂! 新兵器!~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/10/04 14:15
今回も一部に残虐な表現があります。ご注意ください。
―――――


女王陛下の黒き盾
~20 炸裂! 新兵器!~


―― 才人 ――

 アンリエッタが助けを求めている!
 俺は教会前の広場で悶絶しながら考えた。魔法衛士隊のクソ野郎が俺の腹に猛烈な蹴りをくれたため、俺はついさっき食ったばかりの晩飯を吐きそうになりながら転げ回った。
「何だよあの平民は? ざあねえな」
「どこから紛れ込んだんだ? さっさとつまみ出せ!」
「いっそ空へ放り出せ!」
 アンリエッタのウエディングドレス姿を見に来た野次馬たちが俺を罵っている。奴らはアンリエッタが危機的状況にあるなんて夢にも思ってない。ムカつくぜ!
 だが俺は悶絶しながらも脳味噌をフル回転させていた。
 なぜアンリエッタがSOSを伝えてきたのか、その理由は分からない。実は誰かの茶番―――以前ルイズママが俺の腹に穴をあけた時のように――かもしれないと言う安易な考えが頭をよぎったが、俺はすぐにそれを投げ捨てた。だってここは平和で快適なトリステインでは無く、レコン・キスタに包囲されて絶体絶命のニューカッスルだ。茶番なんて余裕はこれっぽっちも無い筈だ。
 とすると、アンリエッタは本当に危機的状況にあるに違いない。
 問題は誰がアンリエッタを危機に陥れているのかと言うことだが、それは考えるまでも無かった。なぜならアルビオンでアンリエッタに危機を及ぼす存在と言ったらレコン・キスタに決まってるからだ。
 しかし敵の正体がわかったところで、状況が改善する訳ではもちろん無い。むしろアンリエッタが一切喋らず、瞬きと言う不完全な方法で俺にSOSを伝えてきたと言うことは、既に危機的な状況にあることを意味している。おそらくレコン・キスタはすぐ近くにいてアンリエッタを監視しているに違いない。
「おい、大丈夫か?」
 転げまわる俺を上から覗き込みながらミシェルが言った。
「まったく、馬鹿だろお前? アンリエッタ様を遮るなんて」
 馬鹿じゃねえ!
 俺はミシェルの腕を捕まえると引き寄せ、ミシェルに支えながら立ち上がろうとしている振りをしながら、素早く小声で言った。
「ミシェル! お前、アンリエッタの目を見たか?!」
「何のことだ?」
「アンリエッタが瞬きで暗号送ってたのに気づいたか、って聞いてるんだよ!」
 ぽかんとするミシェル。彼女はモールス信号を知らないんだから当然だろう。俺も無駄だと分かっているからモールス信号と言う名前すら出さなかった。
「暗号だと?」
 聞き返してくるミシェル。俺の切羽詰まった様子は伝わっているらしく、一応は小声だ。しかし今この場でモールス信号を説明している時間は無い。アンリエッタは危機的状況にあるのだから。
 俺はデルフリンガーを杖代わりにして、ミシェルに引っ張り上げられるようにして立ち上がった。
 教会を振り返ると、巨大な木製の扉は既に閉じられ、アンリエッタの姿は影も形もなかった。
 やばい! 急がなければ!
「アンリエッタ!」
 俺はミシェルを突き飛ばすと、扉に向かって素早く銃を構えた。
「あっ、おい!」
 突き飛ばされて後づさりしたミシェルが慌てて俺を止めようとするが手遅れだ。俺は扉の蝶番を狙ってバージョン6の引き金を連続して引いた。

 バァン! バァン! バァン! バァン! バァン! バァン!

 マグナムには及ばないものの、ハルケギニアの銃より遥かに威力の高いバージョン6だ。全弾ブチ込めば木製の扉なんぞは簡単に破壊できる。蝶番はあっさりと壊れ、扉はがっくりと傾いて半開きになった。
 クイックローダーで弾を補充しつつダッシュ。扉に向かって猛烈な飛び蹴りを見舞う。

 バキッ!

 吹き飛ぶ扉。
 俺は転がるようにして教会の中に飛び込み、大声で怒鳴った。

「その結婚、ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 教会の暗がりの中、レッドカーペットの中央を進んでいくアンリエッタの背中が見える。
 だがアンリエッタは振り返らない。
 代わりにアンリエッタの背後を守っている魔法衛士隊の2人が振り返り、俺に向かってレイピア状の杖を構えた。片方は俺に蹴りをくれたクソ野郎だ。
「しつこいぞ!」
「懲りない奴だ! このくたばりぞこないが!」
 教会内のアルビオン貴族たちも一斉に振り返り、俺の登場に驚いていた。中には杖を構える奴もいる。
「敵襲?!」
「何者だ?!」
「誰だあの平民は?!」
 しかし俺は魔法衛士隊もアルビオン貴族たちも気にしていなかった。誰であろうと魔法で攻撃してくる限り、デルフリンガーで防御できるからだ。
 俺は再び怒鳴った。

「アンリエッタは渡さねえぞウェールズ!」

「黙れ平民!」
「貴様ごときが乱入とは片腹痛いわ!」
 苛立っている魔法衛士隊員たち。アンリエッタの前にいた2人も応援に駆け付け、ワルド以外の4人がかりで俺を包囲しようとしている。アンリエッタの晴れ舞台を妨害されて、相当頭に来ているようだ。奴らもミシェル同様、アンリエッタのSOSに気付いていないのだから当然だろう。
 どうする?
 アンリエッタの瞬きのことを説明すれば納得してくれるだろうか?
 だがレコン・キスタに悟られないように説明する方法が無い。こっそりワルドに耳打ち出来れば良いのだが、肝心のワルド本人はアンリエッタの前にいる。これでは説明のしようがない。ましてや魔法衛士隊員たちは俺のことをゴミとしか思っていないから、俺の説明に耳を貸す筈もない。
 俺はデルフリンガーを構えつつ、バージョン6の銃口を魔法衛士隊員たちに向け、連中を威嚇しつつ怒鳴った。

「アンリエッタが欲しけりゃ俺と決闘しろ!」

 アンリエッタに横恋慕している間抜けを演じる俺。
 とにかく今はこの結婚式を引っ掻き回すしかない。
 アンリエッタがSOSを送って来た理由はレコン・キスタに違いないが、具体的な事が何もわからないから、何からアンリエッタを守れば良いのかもわからない。誰がレコン・キスタなのかもわからない。あるいはレコン・キスタ本体はここに居なくて、列席しているアルビオン貴族の誰かがレコン・キスタに操られているのかもしれない。もしかしたらウェールズ本人が操られているのかもしれない。
 しかしレコン・キスタがこの結婚式を利用してアンリエッタやウェールズや国王を暗殺しようとしているのなら、どうにかしてその計画を台無しにするしかない。結婚式をめちゃくちゃにして、奴らのタイミングを外すしかない。混乱を引き起こして奴らを迷わせれば、アンリエッタを助け出す隙が出来るかもしれない。
 俺とアンリエッタが敵の存在に気づいていると言う事を、レコン・キスタの連中が確信していない今がチャンスだ。

 だが、そんな俺の計画を妨害しようとする奴がいた。
 ミシェルだ。
「いい加減にしろサイト! 何のつもりだ?!」
「うわっ?」
 いきなりミシェルが俺を後ろから羽交い絞めにしやがった。さすがは女ランボーだけのことはある。物凄い力だ。しかも軽鎧の胸当てのお陰で、意外と巨乳だったバストの感触も痛いだけだし!
 俺は慌てて小声で言った。
「離せ! アンリエッタが危ないって言ってるだろうが!」
「馬鹿野郎、お前の方がよっぽど危ないだろう?!」
 小声で返すミシェル。
 この分からず屋!
 だが、次のミシェルの言葉に、俺は納得せざるを得なかった。
「『通し』だったら我々にもある! 姫殿下は何の指示もされなかったのだぞ?!」
 『通し』って何だ? 麻雀マンガとかで時々あるサインのことか?
 うげ!
 何で銃士隊も非常時用の暗号を用意しとかないんだろう、って思ってたけど、実はあったのか?!
 なのにミシェルには何も知らせずに、俺にだけSOSを伝えたのか? あのSOSは気のせいなんかじゃないし、そもそも俺の左目にアンリエッタの視界が見えてること自体が危機のを証明しているんだから間違いない。
 とすると……
 銃士隊に何も知らせず、俺にだけSOSを送って来たって事は……
 まさか銃士隊の中に裏切り者がいるのか?!
 ひょっとして、このミシェルが裏切り者ってことも有り得るのか?!
 アニエスたち銃士隊は全員が教会の中にいる。もし誰かがアンリエッタを裏切っているのなら、この暗い教会の中なら狙撃するチャンスはいくらでもある。
 どうする、俺?!

「静まれ! 静まれ!」

 そうこうしているうちに、ウェールズが事態の収拾に乗り出した。レッドカーペットの上をアンリエッタの方へと歩いて来る。
 俺はその姿を、右目に見える自分の視界と、左目に見えるアンリエッタの視界の両方で見ていた。
 アンリエッタの視界の中のワルドがウェールズと何なら揉めた挙句、アンリエッタの脇を通って視界から消える。その代わり右目にワルドの姿が見えた。奴はアンリエッタの後ろ側へと来て、俺を取り囲むようにしている魔法衛士隊員たちに何やら指示を与えている。

 と、突然左目のアンリエッタの視界が強烈に鮮明になった。
「なんだ?!」
 驚いて思わず目を瞑るが、右目の視界が無くなったことで、逆に左目の視界が明瞭になった。アンリエッタの視界が網膜に突き刺さるように強烈に見える。そしてその視界の中ではウェールズが接近して来ている。
 まさかと思うが、アンリエッタはウェールズに危険を感じているのか?!
 ウェールズが裏切り者なのか?!
 ヤバイ!
「離せコラ! 離せ!」
 俺はミシェルの羽交い絞めから逃れようと猛烈な勢いで暴れた。ミシェルを背負うようにしてブンブンと振り回すと、大柄なミシェルは上から俺を押し潰すようにして抵抗した。
「暴れるな! くそっ、ひ弱そうな癖に何て力だ!」
 アンリエッタの危機だぞ! 当然だろうが!
 だが次の瞬間、俺は左目の視界にとんでもない物を見た。
 短剣だ。
 アンリエッタが短剣を構えている! だがウェールズはその短剣に気付いていない!
「アンリエッタ?!」
 アンリエッタの視界は網膜どころか脳までもを突き抜けるほどの強烈さで俺の左目に映る。
 そしてその視界は飛び込むようにしてウェールズへと突進し、構えた短剣をウェールズの胸へと突き立てたのだった。



 アンリエッタがウェールズを殺した?!
 そんな馬鹿な!
 アンリエッタがそんな事をする筈がない。本当にウェールズが裏切り者だったとしても、それでもウェールズを殺すことはアンリエッタには出来ない。アンリエッタのウェールズに対する思いはそれほどまでに強い。思いが強いからこそ危険を冒してまでアルビオンまで来たのだ。危険を冒してまでアルビオンまで来たのだから、最後の最後でウェールズを殺なんて事は絶対に無い。

「ウェールズ様っ!」

 アンリエッタの叫び声が教会内に響く。それは間違いなく悲痛な叫びだった。アンリエッタ自身がウェールズを刺し殺そうとしたとは全く思えない。まるで短剣を持っていたのがアンリエッタでは無い別人だったかのような―――
「姫殿下?!」
 アンリエッタの叫び声にはっとなるミシェル。俺を羽交い絞めにしている力が思わず緩む。
 しめた!
 俺はミシェルを振り払うと、俺を取り囲んでいる魔法衛士隊に向かってデルフリンガーを振り回した。もちろん峯側でだ。
「アンリエッタ! くそっ、どけよ!」
 ところが奴らはとんでもない行動に出た。
 魔法衛士隊員たちは道をあけるどころか、互いに示し合わせたかのようにレイピア状の杖を構え、俺やアルビオン貴族たちに向かって攻撃を始めやがったのだ。
「ファイアーボール!」
「エア・カッター!」
「いでよ狂戦士(バーサーカー)!」
氷の矢(ユヌ・フレーシュ・ドゥ・ル・グラース)!」
 4人の魔法衛士隊員の突然の無差別攻撃に、俺もアルビオン貴族たちも全く対応できなかった。

 ゴオッ!

「あちーっ!」
 いきなりファイアーボールを食らう俺。かろうじてデルフリンガーで防いだが、距離が近すぎたため、かなりの火の粉を食らった。
 俺の真後ろにいたミシェルもとばっちりを食い、魔法衛士隊に向かって叫んだ。
「うわっ! 何をするんです?!」
 何をするもへったくれも無いもんだ。
 奴らは裏切ったんだ!
 奴らがレコン・キスタだったんだ!
 俺はミシェルに怒鳴った。
「援護しろ!」
 そしてデルフリンガーとバージョン6の両方を構えると、バージョン6を乱射しながら突進した。

「どけクソ野郎!」
 バァン! バァン! バァン! バァン! バァン! バァン!

 俺の突撃に、即座に防御態勢を取る魔法衛士隊員たち。さすがにトリステイン最強の連中だけあって、奴らは俺の突進に全く動じていない。魔法で壁を作ったり、教会の椅子の陰に隠れたりして防御している。せめて1人ぐらいには命中してほしかったが、とてもじゃないが期待できそうにない。
 だが俺の目的は奴らを倒すことではなく、アンリエッタを助け出すことだ。だから俺は一気に魔法衛士隊を突破すると、そのままアンリエッタめがけてレッドカーペットの上を突き進んだ。
「アンリエッタ!」
 俺の右目にワルドの背中が見える!
 そのワルドの向こうに棒立ちしているアンリエッタが見える。
 だが俺の左目のアンリエッタの視界には何故か、アンリエッタに向かってレイピア状の杖を構えるワルドが映っていた!
 何で?!
 何でワルドがアンリエッタを殺そうとしているんだ?!

「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 避けろ!
 避けるんだアンリエッタ!
「ウィンディ・アイシクル!」
 間に合わない!
 ワルドのレイピアから無数の氷の矢が放たれ、アンリエッタめがけて飛んでいく。

「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 ぎりぎりで間に合わなかった俺は、ワルドの背中に向かって思いっきりデルフリンガーを突き出した。



―― アンリエッタ ――

 ワルド子爵がウィンディ・アイシクルを唱えた瞬間、わたくしは思わず目を瞑りました。
 我がトリステインが誇る魔法衛士隊の隊長が唱える攻撃魔法です。わたくしの身体など簡単に引き裂かれてしまうでしょう。
「姫殿下っ!」
 ですが次の瞬間、誰かがわたくしの正面に割り込んできて、わたくしの代わりにウィンディ・アイシクルを受けたのです!
「ぐはっ!」
「アニエス?!」
 そうです。アニエスです!
 カスルリー子爵に打ち倒されたアニエスが起き上がり、わたくしを守ってくれたのです!
 直後、サイトさんが後ろからワルド子爵に斬りかかりました。

「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 ザシャァァァァァァァァァァッ!

 デルフリンガーさんがワルド子爵の胸から飛び出した瞬間、子爵の姿は掻き消すように消え去りました。
 まさか偏在(ユビキタス)?!
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 わたくしを捕まえていたエクセター侯爵が逃げ出しました。おそらくわたくしを人質にしても無駄だと分かったのでしょう。
 自由になったわたくしは、倒れてきたアニエスの背中を支えました。
「アニエス! しっかり!」
 ですがアニエスは重傷でした。わたくしの支えにもかかわらず、がっくりと腰を落とし、レッドカーペットの上に倒れ込みます。その胸と腹には何本もの氷の矢が突き刺さっています。
 わたくしは急いで回復魔法をかけました。
高速回復(ゲリール・ヴィート)!」
 重傷ではありますが、幸いなことに軽鎧のお陰で急所は無事でした。出血が激しいですが、適切な処置をすれば助かる筈です。
 はっ?!
 ウェールズ様は?!
 後ろを振り返ると、ウェールズ様はまだレッドカーペットの上に倒れたままでした。何人ものアルビオン貴族がウェールズ様を取り捲き、回復魔法をかけると同時にレコン・キスタから守っています。
 ウェールズ様……
 わたくしがクロムウェルに操られてさえいなければ、こんな事にはならなかったのに!
 後悔しても既に手遅れですが、わたくしは後悔せずにはいられませんでした。
「アンリエッタ!」
「姫殿下!」
 サイトさんとミシェルが来ました。
「大丈夫かアンリエッタ?」
 ワルド子爵の偏在を倒したサイトさんは、わたくしが無事なことを知って安心したようでした。アニエスを挟んでわたくしの正面に跪き、銃に弾丸を装填しています。
 ミシェルは重傷を負ったアニエスに気付くと驚いて息を飲んでいましたが、即座に防御態勢を取ってサイトさんの背後を守り、教会の出入り口付近めがけて銃を撃っています。彼女も百戦錬磨の戦士ですから、隊長が倒れても自分の職務を忘れはしないのです。
 サイトさんが尋ねました。
「ルイズは?」
「?!」
 わたくしはハッとなりました。ルイズのことをすっかり忘れていたのです!
 慌てて教会の最前列を振り返りましたが、そこにルイズの姿はありませんでした。代わりにそこにはワルド子爵と、血飛沫を噴き出しながら倒れるエクセター侯爵の姿がありました。子爵の本体に違いありません。
 ルイズは?!
 まさか、ルイズもワルド子爵に殺されてしまったのでしょうか?
 真っ青になったわたくしに、さらなる追い打ちが掛けられました。
 裏切り者たちがわたくしたちを包囲したのです。



 教会のレッドカーペットの中央付近に固まっているわたくしたちを、ワルド子爵たち魔法衛士隊が取り囲みました。
「チェックメイトだ」
 ワルド子爵が言います。彼は油断なくレイピアを構え、教会の奥側、倒れているウェールズ様の向こう側にいます。
 反対側、教会の出入り口側には魔法衛士隊員の4人が待ち構えていて、わたくしたちを絶対に逃がさない構えです。アルビオン貴族たちを虐殺し、サイトさんまでもを殺そうとした彼らは、全員が無傷のようです。さすがは魔法衛士隊と言いたいところですが、敵に回すとこれほど厄介な存在はいません。
 ですが、アルビオン貴族たちが一方的に虐殺されたのには、もう一つ理由があったのです。
 それは裏切り者たちの用意周到さをまざまざと印象付けるものでした。
「こんなに分身してやがったのか……」
 そう呟いたのはサイトさんでした。
 そうです。サイトさんが言っているのはワルド子爵のことです。さきほどサイトさんが倒した偏在の他に2人、正面の1人を合わせると計3人のワルド子爵が教会の中にはいたのです。
 2人の偏在は、死体で埋め尽くされた教会の椅子の向こう側、教会の左右の壁際に1人ずついて、油断なくわたくしたちを監視しています。この教会の中の人々は事実上、ワルド子爵に包囲されていたのです。これでは一方的に虐殺されるのも無理はありません。おそらくルイズも、アニエスとミシェル以外の銃士隊もワルド子爵に殺されてしまったに違いありません。
 教会正面にいる、本体らしきワルド子爵は続けました。
「降伏しろ。そうすればアンリエッタ、お前の命だけは助けてやる」
「お断りします!」
 わたくしは即座に答えました。
 さきほどわたくし目がけてウィンディ・アイシクルを放ったばかりではありませんか。信用など出来ません。
 ましてやウェールズ様やアニエスやサイトさんたちを裏切ることなど絶対に有り得ません。
 わたくしはアニエスの治療を続けながら言いました。
「ワルド子爵、なぜ裏切ったのです?! 我がトリステインが誇る魔法衛士隊の隊長ともあろう者が、なぜレコン・キスタなどと言う不届き者に加担しているのです?!」
「己が胸に手を当てて考えてみるがいい」
 子爵は言い返しました。
「花ばかり愛でる女王。世間話にしか興味のない王女。媚び(へつら)うしか能のない宰相。口先ばかりの元老院。女遊びばかりの元帥。それら全てだ!」
 わたくしが世間話にしか興味のない王女?!
 子爵の言葉に思わず身体が熱くなるのが感じられます。わたくしは自分のことを一人前とは思っておりませんが、それでも酷い言われようです。母さまだって庭園にばかりいる訳ではありません。
 子爵は続けました。
「我々レコン・キスタはハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟だ。我々に国境はない。トリステインなどと言う小さな枠には捉われないのだ」
「裏切り者が何偉ぶってんだ! ルイズはどうした?! 許嫁のくせにルイズも殺したのか?!」
 そう言ったのはサイトさんでした。
 サイトさんは倒れたアニエスを挟んで、わたくしと向かい合って跪いています。跪いたままワルド子爵を睨みつけているのです。
 ところが実はサイトさんは、ワルド子爵に見えないようにしながらアニエスの装備から銃弾やら果実大の物体やらを取り出しているのです。アニエスもサイトさんが何をしているのか分かっているらしく、苦悶の表情を浮かべながらも自ら装備をサイトさんに手渡しています。さらにそれらの装備を、サイトさんが後ろ手にミシェルに渡しています。ミシェルは教会の出入り口の側を向いたまま、それを受け取っています。
 サイトさんは何かをするつもりなのです。
 いったい何をするつもりなのでしょう?
 そうとは知らないワルド子爵は勝ち誇った様子で答えました。
「馬鹿を言え。俺がルイズを殺す訳がないだろう? ヒラガ、貴様は彼女の能力に気付いているんじゃないのか?」
「?!」
 ぎょっとしたように驚くサイトさん。わたくしも驚きました。何故ならルイズの光の錬金は、サイトさんの持つニッポンの知識を持ってしても理解不能だと聞かされていたからです。
 子爵は続けました。
「俺は最初からルイズの力の価値に気付いていた。彼女がまだ幼い少女の時からな。俺は彼女が目覚める機会を10年も待っていたのだ。俺がレコン・キスタに参加したのも、彼女を目覚めさせたいと思ったからだ」
 幼いころから魔法が不得意だったルイズです。魔法がうまくいかず、人知れず涙にくれている時もありました。わたくしもワルド子爵もそのことを良く知っています。
「レコン・キスタこそルイズの目覚めに相応しい場所だ。ゼロだゼロだと彼女をバカにしていた者共には死を持って償ってもらう事になるだろう。その様子をお前たちに見せてやれないのは残念だが、アンリエッタ、お前にだけは見せてやる。ルイズの真の力を見届けさせてやる。だから降伏しろ!」
「お断りします!」
 わたくしは再び即答しました。
「ルイズは裏切りません! ルイズがわたくしを、トリステインを裏切ることなど有り得ません! 彼女がわたくしたちに杖を向けようなどと考える筈がありません!」
 ルイズは絶対に信用できます!
 なぜならルイズはわたくしの親友なのです!
 何があっても彼女はわたくしのために、トリステインのために尽くしてくれるのです!
 ですがワルド子爵は冷たく言い放ちました。
「俺は『彼女が考える』とは言ってない」
「?!」
 戸惑うわたくし。
 ですが不気味な笑いを浮かべるワルド子爵を見て、わたくしは気づきました。
「まさか! アンドバリの指輪を使うのですね?!」
 あの指輪で操られてしまえば、ルイズの意思など関係ありません。あの指輪でルイズの本当の力を引き出されてしまったら……
 ワルド子爵が改めてレイピアを構えました。
「これが最後だ。アンリエッタ、今すぐ杖を捨ててこちらへ来い。そうすれば貴様の命だけは―――」

 カッ!

「?!」
 唐突にわたくしは視力を失いました。
 いえ、わたくしだけでなく、ワルド子爵も他の魔法衛士隊員たちもアルビオンの人々も、全員が視力を失ったのです。子爵が喋っている真っ最中、突然凄まじい光がに教会の中に充満したのです!
 と同時にわたくしは誰かに引き倒され、誰かに上から覆い被さられてしまいました。それがアニエスだと言う事に、わたくしは即座に気付きました。

 ドォン!
 バァン! バァン! バァン!
 ドォン! ドォン!

 何も見えない教会の中に、物凄い爆発音と銃声が響き渡ります。
 同時に幾つもの悲鳴や呻き声も響き渡りました。

「ぐわっ!」
「ぎゃあ!」
 バァン! バァン! バァン! バァン! バァン! バァン!
「おのれ平民ふ……」
 ドォン!
「ぐおっ!」

 戦闘はものの数秒で決着しました。
 光が薄れ、教会の中は再び薄暗い状態に戻り、代わりに硝煙の強い匂いが立ち込めて来ました。
「ぐおおおお! おのれ平民どもが平民どもが平民どもが平民どもが……」
 バァン!
「げふっ!」

 ……………
 静寂。
 たった今起きたばかりの戦闘が嘘のような静寂。そして闇。
 わたくしはアニエスの下敷きになったまま呆然としていました。
 いったい何が起きたのでしょう?
 何発のも銃声が響き渡ったのは、サイトさんとミシェルに違いありません。しかし爆発音は何だったのでしょう? 誰かが外から大砲を打ち込んだのでしょうか? ですが教会の建物はびくともしていません。
 あの爆発音はワルド子爵や魔法衛士隊がいる位置から響いてきていました。と言う事は……
「アンリエッタ!」
 サイトさんが駆け寄って来て、上からわたくしを覗き込みました。
「大丈夫かアンリエッタ?!」
 わたくしは大丈夫です。それより……
 はっ?!
 それよりウェールズ様は?!
「ウェールズ様っ!」
 わたくしはアニエスを押し退けると、慌ててウェールズ様の元へと向かいました。


―――――
初版:2009/10/04 14:15



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~21 ルイズ覚醒す!~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/11/05 21:48
女王陛下の黒き盾
~21 ルイズ覚醒す!~


―― マチルダ ――

 ジェームズが死んだ。
 私が殺した。
 そう、この私が殺したんだ。

「ぐはっ!」

 無様な呻き声を上げて絶命するジェームズ。
 それと同時にあの生意気な小娘、ヴァリエールが悲鳴を上げた。

「きゃああああああああああーーーっ!」

 アルビオンのボンクラどもも慌てふためいている。
「陛下!」
「おおっ?! 陛下?!」
 だが私は柱の陰から、血の池に倒れ伏したジェームズの骸を眺めていた。
 この10年間、ある時はドブネズミのように這いずり回り、ある時は身体を売り、ある時は人も殺した。この憎き男を殺し、亡き父の仇を討つことだけを願って、必死に生き続けてきた。まさかそれが本当に叶うとは思っても見なかった。こんな機会を与えてくれたクロムウェルには感謝せずにはいられない。
 当然の報いだ!
 ざまあみろ!
 だが、いつまでも感慨に耽っている時間は無かった。
 私の背後に隠れたクロムウェルが、こう言ったのだ。
「見事だ、ミス・サウスゴータ。ではさっさと退散しようではないか」
「えっ? はっ、はい」
 私が慌てて振り返ると、彼は続けた。
「トリステイン軍が国境を越えたようなのだ。戻って指揮を取らねばならん。ここはワルド子爵に任せるとしよう」
 壁際にいるワルド子爵の分身を見ると、彼は魔法で銃士隊員―――確かヴァネッサと言ったと思うが―――の首を撥ねているところだった。
「エア・カッター」
「ぎゃっ!」
 絶命する銃士隊員。
「うわっ!」
「ぎゃあっ!」
 教会内のあちこちからも悲鳴が聞こえてくる。虐殺が始まったようだ。子爵の分身はアルビオンのボンクラども目がけて次々に魔法を唱えている。
 だが事前の予定通りとはいえ、一方的な虐殺は見ていて気持ちの良いものではない。うかうかしていると私たちまで虐殺されてしまいそうだ。
 私は柱の陰に隠れつつクロムウェルに尋ねた。
「アンリエッタはどうするのです?」
「別にどうもせぬ。生きているにせよ死んでしまうにせよ、使えるならば使うだけだ」
 これはまたドライだこと。
 どうやらあの小娘はクロムウェルの趣味ではないらしい。
 クロムウェルは背を丸めてコソコソとワルド子爵の分身の背後に回ると、こう言った。
「ああ、ワルド君、すまんが愛しのルイズ嬢を連れて来てくれたまえ。余は全軍を突入させる事にする」
「ははっ! お任せください!」
 魔法を連発しつつも頷くワルド子爵。
「錬金!」
 私は魔法を唱え、教会の壁に小さな穴をあけた。
「お急ぎください閣下」
「うむ」
 こうして私とクロムウェルは、惨劇の舞台となった教会を後にした。



 ニューカッスル城の上階にある、ジェームズが謁見の間として使っていた部屋。
 私とクロムウェルはその部屋を作戦指令室代わりに使っていた。ただし指令室とは言っても、誰も入ってこないし誰も出ていかないのだが。
「これで余がこの玉座に座っても文句を言う者はいなくなった」
 玉座代わりの粗末な椅子にどっかりと腰を下ろしたクロムウェルは、無事にジェームズとウェールズを始末できたことに満足したのか、珍しく表情を緩めていた。
 彼が座っているその椅子は、ジェームズが玉座代わりに使っていた椅子である。そこに座るということは、クロムウェルがこのアルビオンの支配者になったと言う意味でもある。ジェームズもウェールズも死んだとなれば、彼が皇帝を名乗るのは当然だろう。
 私は言った。
「閣下、宜しければ閣下に相応しい玉座を錬金いたしましょうか?」
「ふむ。素敵な提案だがミス、この場合はジェームズの座を奪い取ったと言う事を臣下に示すことが重要なのでね。早々にハヴィランドに凱旋して本物の玉座に座るべきだろうな」
 そして彼は自分の指に嵌っている指輪を悠々と眺めた。
 その指輪は青く光り輝き、彼が手下の死体たちを遠隔操作していることを示している。
 そう。
 原理はよくわからないのだが、アンリエッタを操るためには近くに寄る必要があったにもかかわらず、死体を操る場合はかなり離れていても操作できるようなのだ。
 既にニューカッスルのあちこちから、突入して来たレコン・キスタ軍が戦闘を繰り広げている音が響いてきている。と同時に火系統の魔法によるものと思われる焦げ臭い匂いや、ゴーレムによるものと思われる振動も伝わってきている。
 クロムウェルは言った。
「ふふふ…… 指揮系統も何もあったものではない。奴らはもはや烏合の衆に過ぎぬ。1時間もあればカタはつくであろう」
 教会に集まっていた上級貴族が残らず虐殺されたとなれば、残っているのは下級貴族と平民だけだ。おそらくライン以下ばかりだろう。もはや降伏は時間の問題だ。



 ……と思っていたのだけれど。
 我々は明らかにサイトを見くびっていた。いや正確に言うならば、サイトの祖国であるニッポンの技術を見くびっていた。まさか偏在(ユビキタス)を使うスクウェア・メイジを倒すとは!
 いったい連中は何をしたんだろう?
 どんな武器を使ったのだろう?
 それを報告したのは倒された本人であるワルド子爵だった。気絶させたルイズをレビテーションで浮かせて玉座の間まで来た彼は、ルイズを床に放り出すと、即座にクロムウェルの前に跪いた。
「閣下!」
 彼は怒りで身体を震わせながら報告した。
「報告いたします! 我が分身と魔法衛士隊員は、教会内におけるサイト・ヒラガおよび銃士隊の反撃により全滅。ウェールズおよびアンリエッタは教会を脱出したものと思われます!」
「なんと、これは驚いた。まさか君が失敗するとは」
 さすがのクロムウェルも驚いたようだ。
 そして私はと言うと、思わず噴き出してしまった。
「ぷっ、くっくっくっくっく……………」
 だってそうだろう?
 あの小僧はまたしてもやってのけたのだ。平民でありながらスクウェアを殺すなんて、メイジ殺しの称号を与えるべきだろう? 敵ながら、こんなに痛快な事はない。
「やるじゃないかあの小僧。私が味方だったらキスしてやりたいくらいだね」
 だがもちろんワルド子爵は笑わなかった。彼はギロリと私を睨むと、再びクロムウェルに向き直って言った。
「閣下、今一度私にウェールズ抹殺をお命じください。あのアンリエッタの忌々しい使い魔ともども、今度こそ抹殺してご覧にいれます」
 ま、彼が怒り狂うのも無理は無いけどね。
 何しろ彼が生き残ったのは、ルイズをここに連れて来たのが彼の本体だったからだ。もし彼が偏在にルイズを任せていたら今頃は死んでいただろう。
 つまり今ワルド子爵が生きているのは運が良かったからであって、実力ではない。その事実が彼を酷く苛立たせていた。
 だが、クロムウェルは別のことを言った。
「ではジェームズの死体がどうなったかは分からないのだな?」
「ははっ! 申し訳ございません」
 『始祖のオルゴール』を探し出すためにはジェームズの口を割らせる事が必要だ。ジェームズの死体がクロムウェルの『虚無』でも操れないほどに損傷してしまうと、『始祖のオルゴール』の場所を聞き出すことが出来ない。
 クロムウェルは私を振り返って言った。
「ウェールズが生きているのなら、奴から聞き出すしかないな。ミス―――」
「はい」
 私が素早く跪くと、彼は続けた。
「ウェールズを連れて来てくれたまえ。生死は問わぬが、喋れる状態でな」
「かしこまりました」
 面倒なことになった。今度は私があの坊やと対決するのか。
 だがジェームズに続いてウェールズもこの手で殺すことが出来るのだ。考えようによっては悪い仕事ではない。
「ワルド君。君にはルイズ嬢を説得して貰わねばならん。悔しいかもしれないが、ここはミス・ロングビルに任せてくれたまえ」
「ははっ!」
 悔しげなワルドの表情を横目に見ながら、私は退出した。
 まずは……
 そう、まずはジェームズの死体を確認しなければ。



―― ルイズ ――

「う…………… ん……………」
 気がつくと、わたしは見知らぬ部屋の床に横たわっていた。
「はっ?!」
 見知らぬ部屋じゃない。ここはジェームズ様がお使いになっていた部屋だ。
 びっくりして部屋の中を見回すと、ワルド様がいた。
「ワルド様!」
 直後、わたしは後頭部に鈍い痛みを感じて顔をしかめた。
 そうだ、わたしは教会で誰かに殴られて気を失ったんだった。わたしの真後ろにいたのはワルド様だったから、わたしを殴ったのはワルド様に違いない。
 でもなぜ?
「気がついたのかいルイズ?」
 わたしの声に気付いて、わたしを引き起こしてくださるワルド様。
「ここはどこです? 結婚式はどうなったのです? 姫様はご無事なのですか?」
 わたしはジェームズ様が暗殺されたことを思い出して言った。
「ジェームズ様を殺した者は捕まったのですか?」
「残念だがルイズ、犯人は捕まっていない。それどころか姫殿下がレコン・キスタに捕えられてしまった」
 ワルド様は落ち着いた様子で答えた。
 姫様が捕らえられたにもかかわらず、ワルド様が異常なほど落ち着いていると言う事実に、わたしは気付かなかった。
「何ですって?!」
 わたしが思わず声を上げると、ワルド様は続けた。
「奴らはアンドバリの指輪を使ったのだよ。姫殿下はレコン・キスタの操り人形になってしまった。さすがの私もあれでは手も足も出せん。ルイズ、君を連れて脱出するだけで精一杯だったんだよ」
「そんな! いったい銃士隊は何をしていたのです?! あの馬鹿平民は?! 早く姫様をお助けしなければ!」
 焦るわたしにワルド様は頷いた。
「そうだ。そこでルイズ、君の力が必要なんだ」
「はい! もちろんです!」
 わたしは即答したものの、ふと疑問に思った。
 わたしの力とは何のことを言っているのだろう? ヴァリエール家の政治的な力のことだろうか? それとも光魔法のこと?
 するとワルド様は、後ろに立っている男から一冊の古い本を受け取って、わたしに差し出した。
「ルイズ、これを読んでくれ。君なら読めるはずだ」
「えっ? これは……何ですか?」
 戸惑うわたし。この緊急事態にワルド様は何を言い出したのだろう?
 それに、この本を持っていた男。
 誰だっけ?
 確かレジスタンスの……
 ああ、そうそう。
 スカボローからニューカッスルへ侵入するときに、道案内をしてくれたレジスタンスの一人だ。
 名前は確か……………
 名前は何だったっけ?
 ところがワルド様の説明に、わたしの戸惑いは吹き飛んでしまった。
「これは『始祖の祈祷書』だよ」
「ええっ?! 『始祖の祈祷書』ですって?! そんな貴重な古文書がなぜここに?!」
 って言うか、トリステインの秘宝とも言える『始祖の祈祷書』を一介のレジスタンスが持っているってどういう事?!
 ところがわたしがその古文書を開くと、さらに驚くべきことが起きた。
 『始祖の祈祷書』が光り出したのだ!
「こっ、これはいったい?!」
 呆然とするわたし。
 ところが今度はワルド様が興奮し始めた。
「やはり俺の睨んだ通りだ! ルイズ、君は選ばれし者なんだよ!」
「選ばれし者?」
「さあルイズ、読むんだ! この本には何と書いてある? どんな魔法が書かれているんだい?!」
 ワルド様に促され、わたしは『始祖の祈祷書』の内容を声に出して読み始めた。
 読み始めつつもわたしは疑問に思わざるを得なかった。こんな貴重な本の内容を、ワルド様ならともかく、一介のレジスタンスごときに聞かれて良いものだろうか?
 それに、この古文書が姫様の救出に役立つのだろうか?
 ともかく、わたしは読んだ。
「これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱うものは心せよ」
 思わず顔を上げてワルド様を見る。
「虚無ですって?!」
 するとワルド様は大きく頷いて言った。
「そうだルイズ。虚無だ。君は虚無の使い手なんだよ!」
「虚無?! わたしが虚無?!」
「さあ早く! もっと読むんだルイズ!」
 再び促され、わたしは朗読を再開した。
「志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ……」
 わたしは戦慄を覚えた。
 聖地!
 神聖にして不可侵なる場所、聖地!
 その聖地の奪還をこれほどまでに明確に訴えているなんて! この『始祖の祈祷書』とはいったい何なのだろう?
「『虚無』は強力なり。また、その詠唱は永きにわたり……」
 読み進めていくにつれて、わたしはこの『始祖の祈祷書』が『虚無』魔法の手引書である事に気がついた。
 なるほど、ワルド様はわたしが『虚無』の使い手だと考え、その力を姫様救出に使おうとしているんだわ。
 ならば真剣に読まなければ。
「時として『虚無』はその強力により命を削る……」
 朗読を続けるわたし。
 それを聞いているワルド様。
 そしてついに、わたしは恐ろしい呪文に行き当たった。
 それこそが、ワルド様が存在を信じ、心から欲していた『力』の魔法だった。
「以下に、我が扱いし『虚無』の呪文《じゅもん》を記す。初歩の初歩の初歩。『爆発(エクスプロージョン)』……」



―― カリーヌ ――

 苦戦は予想していたが、我が『天空の雷』は予想以上に苦戦していた。
「第3小隊に敵攻撃集中! 被害甚大! ベルティエ、ジョアンヴィル、戦線離脱!」
「第7小隊ミッテラン! 銃の故障により後退します!」
「2時の方向に敵3小隊攻撃位置! 訂正―――攻撃来ます!」
 次々と報告する部下たち。
 わたしはエーグルの背から矢継ぎ早に指令を出した。
「第3小隊は第5小隊に合流し左翼を固めよ! 第7小隊現状維持、何とか耐えろ! 第2、第4小隊、右翼の攻撃を迎え撃て!」

 バァン! ……バァン!
 バァン! バァン! バァン! バァン! バァン! バァン!

 急降下して来た敵に対して第2小隊と第4小隊が必死の反撃を試みている。
 しかし、さすがはアルビオン竜騎士団。ハルケギニア最強の空軍という評判は伊達では無かった。奴らは我々の銃撃を軽々とかわし、ほとんど損傷を受けていない。我々『天空の雷』が既に8騎の竜を失っているのに対し、我々が撃墜した敵は僅か1騎。戦果で言えば圧倒的に我々の負けだ。
「第2小隊グレイ戦闘不能! 戦線離脱!」
 これで9騎目だ。
 ニューカスル上空まであと2リーグというところまで来て、我々は既に残り40騎。しかも魔力、銃弾ともに消耗が激しい。対する敵はほとんど無傷と来ている。
 理由は分かっている。
 いや、最初から分かってはいたのだ。
 我々の銃は、まだ本格的な空中戦を行うには未熟過ぎたのだ。
 サイトの作ったアサルトライフル、通称バージョン6は、地上でゲリラ戦を行うには良く出来ている。軽くて扱いやすく、強力で、狙いも付けやすい。だがそれが威力を発揮するのは、あくまでも地上戦での話だ。
 空中戦ではまず、射程が全く違う。
 遮蔽物の無い空中では、魔法にせよ銃にせよ、少しでも遠くから先に命中させたものが勝つ。射程が極めて重要なのである。
 しかし我々の使っている銃は、バージョン6よりは射程が長いものの、それでも不十分だった。何より、空中で激しく旋回する敵に当てる事がほとんど出来ない。トマのような熟練した猟師であっても滅多に当たらないのだ。
 トマたち銃撃隊の練度の低さもあるが、銃身が長くなったことによる銃そのものの扱いにくさも原因の一つだろう。
 次に威力。
 サイトの作ったアサルトライフルは元々対人戦闘を前提に作られている。トライアングルにせよスクウェアにせよ、相手はあくまでも人間なのである。なので銃弾の威力も人間を倒せる程度しかない。
 だが、今我々が相手にしているのは竜だ。竜は分厚い鱗の皮膚を持ち、普通の弾丸では歯が立たない。命中したところで致命傷とならないのだ。運よく騎手に当たれば倒せるだろうが、熟練メイジの魔法でもそんな事は不可能に近い。
 竜専用の銃弾を用意できない、トリステインの銃製造技術の低さが悔やまれる。サイトの持つ、ニッポン製リボルバーの巨大な弾丸なら効果があっただろうに!
 結局、我々の銃はアルビオン竜騎士団に対して軽傷を負わせるのみで、実質的に無力だった。
 もう少しマシだと予想していたのだが、とんだ見込み違いだ!
 甘すぎた!
「正面より敵2小隊! まずい! 挟撃されますっ!」
「右急旋回! 対空防御用意! 銃撃隊は左の敵のみに攻撃集中!」
 敵の火竜隊が2つ、我が小隊へ向かって降下して来た。
 急いで回避命令を出す。

 ゴオッ!

 10を超えるブレスが一気に我々に襲い掛かって来た。
「エア・カーテン!」
「ウオーターシールド!」
 一斉に魔法を唱えて防御。
 と同時に銃撃隊の銃が火を噴いた。

 バァン! バァン! バァン! バァン! バァン! バァン!

「墜ちろクソったれが!」
 一気に全弾を撃ち尽くすトマ。口汚く罵っているが、敵火竜は墜ちない。1~2発は当たっている筈なのに、竜の鱗に阻まれて致命傷とならないのだ。
「駄目だ! 効果ありませんっ!」
「分かっている!」
 諦めムードのトマ。
 だがここで諦めてしまったら、姫殿下はもちろんルイズも救う事は出来ない。
 何とか敵攻撃を掻い潜り、ニューカッスルに突入するしかない。
「残弾数は?」
 私が尋ねると、トマは答えた。
「あと4つです!」
 クイックローダー4個。つまり24発。
 あと4回敵攻撃を受けたら弾丸が尽きてしまう。
 もはやここまでか。
 魔法による防御だけでは敵攻撃を防ぎ切れない以上、僅か24発のでニューカッスル突入は危険すぎる。
 だが―――

「隊長! ニューカッスルです! 3時の方向にニューカッスルを視認! 距離2リーグ! 戦闘中の模様!」
 遅かったか!
 夜明けを待って突入かと思っていたのだが、どうやらレコン・キスタは予定を繰り上げたようだ。
 姫殿下はご無事なのか?!
 ルイズは?!
 もはや一刻の猶予もない。
 私は素早く命じた。
「第1、第3小隊爆撃態勢! 目標、ニューカッスル東側城壁前敵陣地! 第7小隊、援護しろ!」
 私はエーグルの胸に取り付けられた爆撃弾の安全装置を解除した。これで信管が作動状態となり、地上に激突させれば爆発するようになる。
「トマ! 上方警戒!」
「了解! クリア!」
 敵の攻撃が途切れた!
 今がチャンスだ!
 私は杖を振って攻撃を指示した。
「攻撃開始!」

「グオォォォォォォォン!」

 エーグルが吠える。
 この巨竜にも分かっているのだ。ようやく出番だと言う事が。
 4000メイルの高度から、3000メイルの高度にあるアルビオンの大地へと一気に降下していく『天空の雷』。追いかけてくるアルビオン竜騎士団が猛攻を仕掛けて来るだろうが、魔法と銃の両方で防御すれば何とか間に合う筈だ。
 我々大型風竜と敵火竜の速度はほぼ同じ。先に突っ込めば追いつくことはできない!
 私は後ろを振り返った。
 我が第1小隊の面々は隊形を維持したまま急降下している。
 後方に敵はいない。

 ……………?

 なぜ敵がいない?!
 私は慌てて四方八方を見回した。
 敵がいない! 上にも下にもいない!
 アルビオン竜騎士団は我々よりも遥か上空に留まったままだ。我々の爆撃を止めようとはしていない。まるで高みの見物を気取っているかのようだ。
 私は正面に迫るニューカッスルを見た。
 漆黒の闇の中に浮かび上がるニューカッスルは、レコン・キスタの攻撃により一部が燃え上がり、あちこちで炸裂する火系統の魔法によって良く見える状態にある。
 しかしその明りの中に、私は不気味な物を感じ取った。
 なぜそんな感じがしたのかは分からない。
 何か前兆があったわけでもない。
 ただ感じたのだ、これが罠だと言う事を!
「攻撃中止! 全小隊散開! 敵攻撃に備えよ!」
 司令官は勇猛であると同時に臆病でなければならない―――レオンの言葉である。私は今この瞬間、鶏のように臆病者となった。
「ぐるる!」
 即座に急旋回するエーグル。
 そして私はエーグルの背中から、ニューカッスルの上階に謎の光が輝き始めるのを見た。
 あれは?!
「緊急回避!」
 私が叫ぶのと、その光が太陽さながらの眩しさにまで光量を増すのとはほとんど同時だった。

「フギャーーー!」

 エーグルが恐怖の雄叫びを上る。
 と同時に私は感じ取った。
 何か恐ろしいモノが来る!

 カッ!
 どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!

 百万の太陽に匹敵する凄まじい光!
 と同時に我々は凄まじい爆風を受け、空中に居ながらにして激しく吹き飛ばされた。全身を衝撃波が叩きつけ、骨が軋み、筋が引き裂かれる。肺が押し潰されて呼吸が出来ない!
「ぐはっ!」
 自分の身体がエーグルの背中から引き千切られる感覚。
 トマの身体が私の背中に激突し、そのまま空中へと消えて行った。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「トマっ!」
 彼の叫び声を最後に、私は意識を失った。


―――――
初版:2009/10/20 19:38
改訂: 2009/11/05 21:48



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~22 対決! 土くれ vs 下僕~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:05abdc8c
Date: 2009/11/27 20:20
女王陛下の黒き盾
~22 対決! 土くれ vs 下僕~


―― 才人 ――

「ウェールズ様っ!」
 アンリエッタがウェールズに駆け寄る。
 その姿を見て、俺はほんの少しだけ心が痛んだ。
 ほんの少しだからな?
 ……………
 ともかく、アンリエッタは他のアルビオン貴族たちに割り込むようにしてウェールズの治療に協力した。ウェールズに傷を負わせたのはアンリエッタ本人なんだから当たり前だろう。
 ウェールズはレッドカーペットの上に横たわったままではあるものの、どうやら喋れる状態らしく、駆けつけて来たアンリエッタに気づくとこう言った。
「アンリエッタ?! 正気に戻ったのかい?」
「ああウェールズ様! わたくしがウェールズ様に傷を負わせてしまうなんて! なんと申し開きをすれば良いのでしょう?!」
「気にする必要はないよアンリエッタ。君は操られていただけじゃないか」
 はいはい、王子様は優しいね。
 でもアンリエッタは納得しなかった。
「せっかくアンドバリの指輪の事をお伝えしに来たというのに、そのわたくしが操られてしまったのでは本末転倒ですわ。トリステイン王家末代までの恥ですわ!」
「そんなことは無いよアンリエッタ。せっかくの君の情報に対処できなかった僕こそ責められるべきだ」
 あ~もう一生やってろよ!
 こっちは忙しいんだよ! これからどうするべきか考えてるんだよ!
 ……と騒いでいても仕方が無いので、ここで現在の状況をまとめてみよう。

  1.魔法衛士隊は一掃したが、ワルドの死体は無かった。逃げたのか最初からいなかったのかはともかく、生きていると思われる。
  2.アンリエッタはクロムウェルに操られてウェールズを刺した。しかし現在は正常に戻っている。
  3.クロムウェルはアンリエッタの近くに居たと思われるが、ワルドと同様に脱出した思われる。
  4.ウェールズの傷は案外深く、絶対安静が必要な状態。戦闘は不可能。
  5.アニエスの傷も同様。とりあえず止血は完了したが、戦闘は不可能。
  6.俺とミシェルは無傷。戦闘は可能。
  7.残りの銃士隊員3人は死亡。墓すら作ってあげられないが、装備は回収させてもらった。南無阿弥陀仏。
  8.ジェームズ1世陛下は死亡。誰が椅子に細工をしたのかは不明。土系統のメイジか?
  9.アルビオン貴族のうちで生きていたのは、ウェールズの治療をしていた3人と、教会の椅子に隠れて虐殺を免れた2人。戦闘は可能だが実力は……?
 10.ルイズは不明。死体も無いので生きていると思われる。クロムウェルに連れ去られたか?

 ワルドを含む魔法衛士隊がアンリエッタを裏切ったのには驚いたが、ルイズは裏切ってないと言うのが俺とアンリエッタの見解だ。
「ルイズは絶対に信用できます! 彼女はわたくしの親友なのです!」
 とはアンリエッタの弁である。
 まあ、この2人が親友である点は差し引いたとしても、ルイズは思った事を素直に実行する分かりやすい性格の女だ。アンリエッタが間違っていると思えばずげずけと進言する。だから陰でこっそりとアンリエッタを裏切るような真似はしない筈なのだ。たとえアンリエッタと袂を分かつような事態になったとしても、彼女は堂々とアンリエッタに別れを告げてから立ち去るだろう。ある意味、男らしい側面を持つ女とも言える。
 だからルイズがいないのは連れ去られたとしか思えない。
 いったいなぜ?

 だが今は脱出が先だ。
 朝日と共に突入して来ると思われたレコン・キスタが、日が暮れて夜空になったばかりにもかかわらず、総攻撃を開始したからだ。下級貴族たちが慌てて反撃しているが、指揮官である上級貴族たちが皆殺しになったため、まともな戦闘など出来ない。この教会に敵がなだれ込んでくるのも時間の問題だ。
 ちなみに肝心の脱出用の船はもはや役に立たなかった。あれはあくまでも敵の包囲が完成する前の脱出方法なのであって、攻撃が始まってしまった今となっては、あんな物はアルビオン竜騎士団の格好の的だろう。
「アンリエッタ、君だけでも脱出するんだ。僕はもう足手まといにしかならない」
「いいえウェールズ様。ウェールズ様を傷つけたのはこのわたくしなのですよ? わたくしが責任を持ってウェールズ様を脱出させてご覧に入れますわ!」
 まだ夫婦漫才を続けている2人。いい加減にして欲しいぜ。
 レコン・キスタの戦闘が開始された以上、状況は最悪なわけで。さっさと決心して欲しいんだけどね!
 空を飛んで脱出できないとなれば、水に潜るか地の底に隠れるか、あるいは堂々と地上を逃げるしかないわけだが、どれも不可能なのは分かりきっている。レコン・キスタによる包囲が完成してしまった以上、脱出経路なんてものは無いのだ。
 ミシェルと一緒にアニエスの傍に陣取りながら、俺は途方に暮れていた。
「八方塞がりだなあ……」
 思わずぼやく俺。
 だがレッドカーペットに横たわったままのアニエスは、そんな俺を咎めた。
「いかなる状況でも姫殿下をお守りするのが我らの役目だ。忘れるな、サイト」
 へいへい。あんた忠誠心高すぎだよ。
 つ~か死ぬ気満々なのが見え見え。いいのかよ、それで?
 だが実際のところ、脱出できる可能性なんて微塵も無いわけで。かと言って降伏しても、単にクロムウェルの操り人形になるだけなので論外。となれば自決も考えざるを得ないかもしれない。
 ……………
 つ~かアニエスには何か考えがあるんじゃないのか?
 俺は彼女の横にしゃがみこんで言った。
「なあアニエス、何か案は無いのか? アンリエッタ1人だけでも脱出させるような?」
「ふっ……」
 何やら引きつった笑いを浮かべるアニエス。やっぱりあるのか?!
 彼女言った。
「引いて駄目なら……」
「ん?」
 何を言い出したんだ?
「……………」
 無言のアニエス。じっと俺を見ている。どうやら俺を試しているらしい。
 俺はぱちくりと瞬きをした挙句、答えた。
「……押してみな?」
 それを聞いたアニエスの笑みがますます引きつる。どうやら正解だったらしい。
 ……なるほど。
 それは確かに死ぬ気でないと実行できないよなあ?
「隊長? どういう意味です?」
 ミシェルはまだ生き残る気でいるようだった。

 いっぽうウェールズは死ぬ気満々だった。
「お願いだアンリエッタ、君1人だけなら脱出できる可能性が少しはある。僕のために命を粗末にしないでくれ」
「いいえウェールズ様、それだけはお譲りできません。脱出方法がご心配なら大丈夫、わたくしの優秀な使い魔が必ず良い案を編み出しますわ」
 おいおい。
 いきなり矛先を俺に向けるなよアンリエッタ?!
 俺がびっくりしてアンリエッタを見ると、アンリエッタは「信じてますよサイトさん」と言わんばかりに俺を見つめながら言った。
「お願いですサイトさん、わたくしたちが、いいえわたくしたち全員が脱出できる方法を考え出して頂けませんか?」
 そんな目で見つめないでくれ。
 俺は魔法使いじゃないし、超能力者でもないんだからな!
 ちらりとウェールズを見ると、王子様は俺の心中を察しているらしく、アンリエッタに気づかれない程度に僅かに首を振った。まるで「大変だねサイト君」とでも言いたげな様子だ。
 ……………
 何だかムカツクよなあ?
 俺はぼりぼりと後頭部を掻いた。いつもの俺の癖なのだが、不思議とそうやって頭を掻くと考えがまとまるんだよね。
 しかし選択肢は無い。
 アニエスの案以外には。
 レッドカーペットの上のアニエスを見ると、彼女は僅かに頷いた。
 覚悟を決めるしかないか……………
 無念だ!

 俺は大きく息を吸い込むと、言った。
「アンリエッタだけなら脱出できる可能性はある」
「わたくしだけですか? それでは駄目ですサイトさん。わたくしたち全員でなくては」
 当然のように却下するアンリエッタ。
 しかし俺はウェールズを見つめながら言った。
「お聞きになりますか、ウェールズ王子?」
 俺の話を聞けばウェールズは間違いなく乗るだろう。しかしアンリエッタは絶対に反対する。だから俺は、先にウェールズの同意が欲しかったのだ。
 案の定、ウェールズは頷いた。
「聞こう」
「ウェールズ様! わたくしは逃げません! みんな一緒でなければ絶対に!」
 反論するアンリエッタ。
 でも俺は言った。アンリエッタに死んで欲しくなかったからだ。
 ごめん、アンリエッタ。
「ご存知の通り、敵の大将であるクロムウェルは今ここにいて、アンドバリの指輪を使ってレコン・キスタの連中を操っています」
「……………」
 無言の一同。アンリエッタも仕方なく聞いている。
 俺は続けた。
「でも戦闘はまだ始まったばかりで、味方はほとんどいない筈です。せいぜいワルドと偽レジスタンスの数人だけでしょう」
「おい待て! お前はまさか?!」
 思わず声を上げるミシェル。ようやく今になってアニエスの謎掛けの意味が分かったらしい。
 俺はニヤリと笑った。たぶんアニエスみたいに引きつった笑いになっているだろう。
「そう。このまま脱出できないのならいっそ、全員でクロムウェルをブチ殺しに行こうじゃありませんか、王子?」
「駄目! 駄目ですサイトさん! そんな作戦は許可できません! そんなの玉砕も同然ではありませんか!」
 烈火のごとく怒るアンリエッタ。当然と言えば当然だが、よほど俺の意見が気に入らなかったらしい。水のメイジなのに烈火のごとくとは、これ如何に?
 だが、ウェールズはもちろん大賛成だった。
「見事だ、ヒラガ君」
 ウェールズはそう言うと、ゆっくりと身を起こした。
「ウェールズ様! いけませんっ!」
 アンリエッタが止めに入るが、構わずに立ち上がるウェールズ。アルビオン貴族たちに支えられて立ち上がったその姿は、まるで老齢のジェームズ1世のようだった。
 彼は苦しそうにしながらも毅然と言った。
「クロムウェルは我が父や、我が同胞たちを殺した憎むべき存在だ。その奴を殺す事が出来るのなら、僕は刺し違えてでも奴を殺してみせる!」
「いいえ、いけませんウェールズ様! そもそも、そのお体では無理です! 無駄死にも同然です!」
 必死に反対するアンリエッタ。
 だが彼女がウェールズを説得する時間は無かった。
 レコン・キスタに先手を取られたからだ。



 ズズズズズ……
 ズドドドド……!

 唐突に揺れ始める教会の建物。天井や壁からぼろぼろとレンガが落下し始め、壁が波打つように揺れ動いている。
「うわ地震か?!」
「崩れるぞ! 逃げろ!」
「ウェールズ様っ!」
「アンリエッタ!」
 俺たちは慌てて教会の外へと避難した。
 俺はアンリエッタを庇い、ウェールズはアルビオン貴族たちに担がれ、アニエスはミシェルに引きずられるようにして逃げた。
 背後で崩れて瓦礫と化す教会。
 ……と思ったら、教会は崩れなかった。崩れたと思ったのは左側の壁だけで、しかもそれは崩れずに立っていた。

 ただし人間の形で立っていたのだ!

「しぶとく生き残ったようね、坊や」
 高さ30メートルはあろうかと言う巨大な人形(ひとがた)の肩の上から、女の声が話しかけてきた。夜空で誰だかわからないが、聞いたことのある声だ。
「誰だ?!」
 俺が怒鳴ると、女は言った。
「あら忘れちゃったの? 学院では色々と世話してあげたじゃない?」
「ミス・ロングビル?! じゃなくて土くれのフーケ?!」
 夜空にシルエットとなる碧の長い髪。高慢そうな切れ長の目。あのフーケが教会の壁でゴーレムを作りやがった!
 女盗賊は言った。
「アンリエッタ姫もお久しぶり。でも積もる話を交わすような間柄じゃなかったわね。さっさと死んでもらうわよ!」
 のっそりと動き出す巨大ゴーレム。何でフーケがレコン・キスタに加担しているのか分からんが、俺たちを殺すは気満々だ!
 見ると巨大ゴーレムの片手にはジェームズ1世の亡き骸が握られていた。フーケの奴はとうとう死体泥棒にまで手を染めたらしい。
「おのれ賊め! 我が父を返せ!」
 ウェールズがアルビオン貴族たちに抱えられたまま言うと、フーケはこう言い返した。
「心配しなくてもすぐに会わせてあげるわ。ただし死体としてね!」
 ずしん、ずしん、と音を立てて迫って来る巨大ゴーレム。
 すかさずアルビオン貴族たちが攻撃を開始した。
「陛下を取り返せ!」
「エア・カッター!」
「ウィンディ・アイシクル!」
 幾つもの魔法がゴーレムに襲い掛かる。
 だが生き残った5人のアルビオン貴族のうち、3人は水系統のメイジだ。あの巨大なゴーレムに攻撃を仕掛けてもほとんど効かなかった。
「ファイアーボール!」
 残る2人もラインかドットらしく、必死にファイアーボールなどを投げつけているが、フーケは気にも留めていなかった。
「姫殿下! お下がりください!」
 アニエスを抱えたままのミシェルが言う。
 しかしアンリエッタは従わなかった。
激流(アン・トラン)!」
 アンリエッタの杖の先から大量の水が噴き出して、ゴーレムを押し流そうとする。しかし巨大なレンガ製ゴーレムはその程度ではびくともしなかった。
「あっはっはっはっは、無駄よ! 土は大地! 大地は全ての源! 風も水も火も、大地を破壊することなど出来はしないわ!」

 どこーん!

 ゴーレムが教会に向かって巨大な腕を振り回すと、教会の屋根やら壁やらが破壊され、破片が俺たちに向かって飛び散ってきた。
「おわっ! 危ねえっ!」
 魔法を吸収できるデルフリンガーでも、飛んでくるレンガは吸収できない。
 と思ったら、アンリエッタは自分で防御魔法を唱えて俺たちごと自分を守った。
水の壁(アン・ミュール・デ・ル・オー)!」
 情けねえ!
 守るべき対象に守られるとは!
 一方、ゴーレムへの攻撃が無意味だと考えたアルビオンのメイジたちは、フーケ本人めがけて直接攻撃を仕掛けた。
「ウィンディ・アイシクル!」
「エア・ブーメラン!」
 しかしフーケも慣れたもので、あっさりゴーレムの陰に隠れてしまった。流石に希代の盗賊だけあって踏んだ場数は並大抵ではないらしく、5人のメイジと対戦しているにもかかわらず、囲まれたり挟み撃ちになったりはしなかった。
「くそっ! フライ!」
 業を煮やしたアルビオン貴族の1人がふわりと飛び上がり、崩れかけた教会の屋上へと移動した。どうやら上からフーケを狙うらしい。
 だがフーケはその更に上を行っていた。
「アース・ハンド!」
 フーケが魔法を唱えるなり、件のアルビオン貴族は教会の上で身動きが取れなくなった。俺の位置からでは遠くて見えないが、何かに足を絡め取られているようだ。
「危ないっ!」
 誰かが叫んだ次の瞬間、ゴーレムが教会に猛烈なパンチを見舞い、教会の屋根はガラガラと崩れ落ちた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 どさり!

 身動きできなくなっていた彼は逃げることが出来ず、そのまま落下して絶命した。
「おのれ! 盗賊風情がアルビオンに楯突くなど笑止! 成敗してくれる!」
 怒りが頂点に達したのか、残った4人のアルビオン貴族たちが猛烈な攻撃を仕掛ける。だがエア・カッターやウィンディ・アイシクルで傷を付けても、ゴーレムはすぐに再生してしまって無意味だった。
 フーケは上機嫌に言った。
「あっはっはっは! 蚊が刺したほどにも感じないわね! それっ!」
 そしてゴーレムに教会の瓦礫をごっそり拾わせると、その大量のレンガをアルビオン貴族たち目掛けて投げつけさせた。
「うわわっ!」
 慌てて逃げ出すアルビオン貴族たち。
 だが1人の貴族は勇敢にも、その場に留まったまま防御魔法を唱えた。
水の壁(アン・ミュール・デ・ル・オー)!」
 大量の水が彼の前にそびえ立ち、レンガ弾を受け止める。なるほど、水系統の防御能力は伊達じゃない。
 と思った次の瞬間、ゴーレムが壁を塊ごと投げつけてきた。
「いかん! 逃げろスペンサー!」
「ぐわっ!」
 ウェールズが叫んだが既に遅し。彼の防御魔法は壁の運動エネルギーに耐え切れず、ぐしゃりと音を立てて彼はスプラッタと化した。

 畜生! 駄目だ! フーケは戦い方を心得ている!
 人数だけはこちらが上だが、水系統ばかりの上に、ウェールズが指揮できない状態では戦闘にならない! かろうじて火系統の魔法が使えるアルビオン貴族が一人いるが、さっきからファイアーボールしか投げてないところを見ると、おそらくドットなのだろう。あの巨大なゴーレム相手にはほとんど効果が無い!
 もっと強力な爆発でゴーレムを破壊しなければ駄目だ!
「くそっ!」
 俺は自分の手榴弾を見た。
 この手榴弾は現代地球の手榴弾を真似たものだが、ギーシュと一緒に作った銃と同じく、あくまでも対人兵器なのだ。敵の襲撃からアンリエッタを守るために、敵を足止めする程度の威力しかない。直撃させれば相手は死ぬが、ほんの十メートル離れれば即死はしないし、岩や壁に対してはほとんど無力だ。
 だが!
 俺は振り返ると、真後ろにいるアンリエッタに言った。
「アンリエッタ! 奴に水をぶっ掛けてくれ! 大量に!」
「はっ、はいサイトさん!」
 更に俺は、アニエスを抱えたまま防御体制を取っているミシェルに言った。
「ミシェル、協力してくれ! 俺と2人で囮になって時間を稼ぐんだ!」
「どうするんだ? 我々の武器では通用しないぞ?」
「させるのさ!」
 俺はアンリエッタとミシェルに作戦を伝えた。
 簡単な作戦のなのでアンリエッタもすぐに賛成した。ミシェルからアニエスを受け取り、杖を構える。
「サイトさん、ご無事で!」
「任せろ! 行くぞミシェル!」
 攻撃開始だ!
「フーケ! 今度は俺がデートしてやるぜ!」
 俺はゴーレムに向かってそう叫ぶと、ミシェルと2人がかりで挟み撃ちするように、左右から銃を撃ちまくった。
 もちろんフーケは俺たちの銃など全く恐れていなかった。
「ようやくお出ましね坊や。アンリエッタのオムツは取り替え終わったのかしら?」
 そう言いながら俺に向かってゴーレムの手を伸ばしてくる。
 俺は素早くその手を回避しながら言い返した。
「アンリエッタのパンツなら、志願してでも洗いたいぜ!」
 思わず下品な台詞を口走る俺。なにしろ実物をこの顔で受け止めたことがあるんだからな!
 だが、こんな巨大ゴーレム相手に素面じゃやってられない。俺は無理矢理にテンションを上げて走り回りつつ銃をブッ放した。
「うりゃ!」

 バァン!

「とりゃ!」

 バァン!

 だが予想通りゴーレムはびくともしない。そもそもバージョン6は宝物庫にあったリボルバーより威力が低いし、そのリボルバーですら壁の表面に穴を開ける程度だから、ゴーレムに効かないことなど分かりきっている。
 もちろんフーケもそれは熟知している。ミス・ロングビルに化けていた時、彼女は魔法学院での銃対決を見ていたからだ。
 彼女はゴーレムの肩の上から言った。
「あっはっはっはっは! 無理よ! 童貞坊やの豆鉄砲じゃ私を満足させられないわ! 私の相手をしたきゃ例の大砲を持って来なさいな!」
 ちっ!
 確かにあのロケットランチャーがあればこんなゴーレムなんか一撃なんだが! 生憎とあれはギーシュには作れなかったんだよ!
 俺は言い返した。
「不感症のお前にはコイツでも贅沢すぎるくらいだ! こんな木偶の坊が手下じゃ無理もないがな!」

 バァン! バァン!

 水浸しになりながら走り回る俺とミシェル。
 アルビオン貴族たちも放水に協力し始めたので、辺りはほとんど池状態になり始めた。おかげで走るのが辛くなってきたが、それでも俺たちは走り回り、かつ銃を撃ち続けた。
「ほはほら! いつまで逃げ回ってても助けは来ないわよ!」
 次第に苛ついて来るフーケ。
 ゴーレムはすっかりずぶ濡れとなり、レンガにも水が染み込みかかっている。フーケ自身もかなり濡れている。
 そろそろ頃合いだ!
 タイミング合わせてくれよアンリエッタ?!
 俺は教会の瓦礫の水没してない部分めがけて走りながら、クイックローダーで銃に弾丸を装填し、さらに照明弾を取り出した。そして掛け声と共にその照明弾をゴーレムに投げつけた。
「これでも食らいやがれ!」
 そして素早く両目を塞ぐ。

 カッ!

「うっ?!」
 突然の閃光に身動きの取れなくなるフーケ。
 だが俺たちの作戦は、その一瞬だけを目的としている訳ではなかった。照明弾は単なるきっかけに過ぎない。
 だから閃光が収まったとき、フーケは自分の状態に気づいて驚いた。
「?! しまった!」
 フーケのゴーレムかカチンカチンに凍り付いていた。アンリエッタと残りの水系統メイジ2人で唱えた氷結魔法が、巨大ゴーレムを凍りつかせたのである。ゴーレムに握られたジェームズ1世の死体も凍り付いている。
 もちろんゴーレムの上に乗っていたフーケも凍り付いていた。アンリエッタたちの放水を甘く見て、濡れるのを気にしなかった結果だ!
 俺は素早く教会の瓦礫の上から飛び降りると、凍りついた水の上をゴーレムに向かって走った。氷の表面は瞬間的な凍結のためにざらざらしており、走るのに支障は無い。

 バァン! バァン! バァン! バァン! バァン! バァン!

 走りながらゴーレムの足に向かって撃つ!
 幾ら凍りついているとは言え、やはりバージョン6ではゴーレムは破壊できない。しかし6発を一箇所に集中させれば、ある程度深い穴を開ける事ができる!
 6発全部撃ち尽くした俺は、ざくざくと足音を立てながらゴーレムに走り寄ると、その穴に手榴弾を突っ込んだ。
「よしっ!」
 素早くゴーレムから離れる俺。
 と、上からフーケがファイアーボールを投げつけて来た。どうやら彼女は火系統の魔法も得意らしい。既に自分自身だけは氷結魔法から逃れたようだ。
「やってくれたわねクソガキ! でもこの程度で勝ったとは言わせないわよ!」
 甘いぞフーケ!

 どか~ん!

「ひゃっ?!」
 手榴弾の爆発に驚くフーケ。
 ざまあみろ! ロケットランチャー以外にも爆弾はあるんだぜ!
「あっ! あっ! あっ! あーーーーーっ!」
 足から崩れていくフーケの巨大ゴーレム。ぐらりと傾いて倒れ始めた。
「ちくしょーーーーー!」

 ずど~ん!

 フーケの叫び声と共にゴーレムは倒れ伏した。
 凄まじい地響きを上げて瓦礫と化すゴーレム。レンガと土と氷が砕けて飛び散る。
 勝った!
 俺たちの勝ちだ!


―――――
初版:2009/11/05 22:08
改訂: 2009/11/27 20:20



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~23 対決! アンリエッタ vs ルイズ~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:533801c7
Date: 2009/12/12 19:45
女王陛下の黒き盾
~23 対決! アンリエッタ vs ルイズ~


―― アンリエッタ/ニューカッスル城/教会前 ――

 やりました! サイトさんがフーケを倒しました!
 これぞ平民の底力です!
 我が銃士隊が誇る秘密兵器です!
 他国には真似できないトリステインの秘技です!
「杖を捨てろ! さもなくば射殺する!」
 地べたに放り出されて転がったフーケに、ミシェルが素早く駆け寄って銃を突き付けると、フーケは悔しげに杖を投げ捨てました。
「くっ!」
 カラン!
 サイトさんもすかさずフーケに駆け寄り、銃を突き付けます。
「へっへっへっへ、今度は俺の勝ちだな、フーケ。平民だからって甘く見た罰だぜ」
「ちっ!」
 地べたに胡坐をかいて座り込むフーケ。もはや観念したようです。
 その様子を見て、わたくしはアニエスを抱えながらサイトさんの傍へと向かいました。もちろんフーケに近づき過ぎはしません。
「見事でしたサイトさん! さすがです! 素晴らしい作戦でした!」
 わたくしがそう言うと、サイトさんはこちらを振り返らずに答えました。
「へへっ、サンキュー、アンリエッタ。アンリエッタのタイミングも完璧だったぜ?」
 油断なくフーケを監視したままのサイトさんですが、横顔が笑顔になっているのが分かります。
 ウェールズ様やアルビオン貴族の方々も近寄って来て、口々にサイトさんの活躍を称えました。
「見事な戦いだった、サイト君」
「平民にあのような爆発が起こせるとは驚きですな」
「いやはや、トリステインの銃士隊にこれほどの力があるとは。御見それしましたアンリエッタ殿」
 ウェールズ様がサイトさんを認めてくださったので、わたくしも鼻高々です。なにしろサイトさんはわたくしの使い魔なのですから。

 さて。
 フーケに勝利したのは良かったのですが、彼女の処遇をどうするかが問題となりました。
 わたくしたちに攻撃を仕掛けてきたことももちろん罪ですが、ジェームズ1世陛下を殺害したのも彼女だったからです。
「土くれのフーケ、我が父を亡き者にしたのは君だな?」
「ふん! それがどうしたって言うのさ?」
 ウェールズ様が杖を突き付けて尋ねると、フーケは挑発するかのように答えました。
「あんたたちが我が父にした仕打ちに比べれば、単に殺されるだけの死なんて生易しいものだわ。むしろ感謝してほしいわね」
 まるでジェームズ様を殺すことが当然であるかのような口ぶりです。
 これにはアルビオンの方々が激昂するのも無理はありません。
「何だと貴様!」
 ロビンソン子爵が彼女の髪を掴んで引き起こし、首にご杖を押し当てます。
「盗賊風情が王殺しとは不届き千万! 今すぐその首を()ねてくれる!」
「ぐうっ!」
 呻くフーケ。
 わたくしは思わず声を上げました。
「いけませんロビンソン子爵! 早まった行動はお止めください!」
 格下とは言え他国の、それも年上の貴族に苦言を呈するのは好ましくないのですが。
 すかさずサイトさんも言いました。
「ちょっと! 乱暴は止めてくださいよ! フーケはもう抵抗できないんですよ?」
「ちっ!」
 手を離すロビンソン子爵。フーケは再び胡坐をかいて座り込みます。苛ついたように髪を整えるところを見ると、盗賊とは言え女性らしさを忘れてる訳ではないようです。
 ロビンソン子爵はウェールズ様に向き直って言いました。
「殿下、王殺しに対する罰は一族郎党皆殺しが常。盗賊ごときに躊躇いは不要です。今すぐ天罰を下すべきです」
「ああ。分かっているよフレデリック」
 頷くウェールズ様。
 わたくしは何も言いませんでした。だって、殺されたのはウェール様の父上ですし、王殺しに対する罰が皆殺しなのも常識だからです。
 しかしサイトさんは違いました。
「ちょっ?!」
 サイトさんはちらりとわたくしを見てからウェールズ様に言いました。
「待ってください! 今はクロムウェルを殺すことが先でしょう? こんな奴に構ってないで、さっさと先へ急ぐべきです!」
「甘いぞ平民!」
 反論したのは、やはりロビンソン子爵でした。
「こ奴がジェームズ殿を殺害した犯人である以上、死罪以外にはありえぬ。そもそもこ奴はレコン・キスタの一員なのだぞ? たとえこの者を牢屋に押し込めたところで、誰かがその牢を開けるかも知れぬではないか」
 しかしサイトさんは引き下がりませんでした。
「フーケを人質にすればルイズと交換できるかもしれないじゃないですか。あるいは交渉してる隙にクロムウェルを殺すとか?」
「あはははははは」
 笑ったのはフーケでした。
「私を人質にするって? 純情すぎるわ坊や。クロムウェルはエルフ相手に聖戦を吹っ掛けようって輩なのよ? 私ごときのために人質交渉なんてしやしないわ」
「何ですって? クロムウェルの目的は聖地奪還なのですか?!」
 わたくしは驚いて声を上げました。ウェールズ様や他のみんなも驚いています。
 ただひとり驚いていないのはサイトさんでした。
「ん? なに? エルフ? 聖地?」
 きょろきょろとわたくしたちを見回すサイトさん。ですが今は説明している場合ではありません。
「最後に一つだけ聞こう」
 ウェールズ様は再びフーケに杖を突き付けると、彼女に尋ねました。
「君がそれほどまでに我が父を恨む理由は何だい? そもそも君の名は?」
「…………………………」
 無言のフーケ。
 積年の恨みを吐露する最後の機会だと言うのに、何故か彼女は固く口を閉ざしています。
「貴様の墓標に刻む名は何かと尋ねているのだ!」
 モーリス男爵が大声で怒鳴り、ロビンソン子爵も再びフーケの髪を掴んで引っ張ります。
「何を黙っている?! さっさと答えんか! それとも助けが来るとでも思っているのか?!」
「くっ!」
 しかし彼女は答えようとしません。頑なに返事を拒んでいるように見えます。
「ちょっと止めてくださいよ! ただの虐めじゃないですか!」
 再びサイトさんが咎めますが、アルビオン貴族のお二人も強引なら、フーケも強情です。
 その様子を見て、わたくしは気づきました。
「土くれのフーケ! あなたは何かを守っているのですのですね?!」
「?!」
 驚いたようにわたくしを見るフーケとウェールズ様、そしてアルビオンの方々。サイトさんと銃士隊の2人だけはフーケを監視したままですが、少なくともサイトさんは驚いたような顔をしています。
 わたくしは続けました。
「あなたは何かを恐れていますわ。でもそれはご自分の死ではなく、何か別のもののように感じられます。いったいあなたは……」

「うるさい!」

 フーケが怒鳴りました。
 どうやら図星だったようです。彼女の顔は怒りのために朱に染まり、表情は憎しみのために歪んでいます。
「ジェームズ1世は我が父の仇だ! 私は10年以上もの間、奴を殺すためだけに生きてきた! その願いが叶ったからには思い残すことなどない! さあ殺せ!」
 やはりそうなのです。フーケには何か秘密があるのです。彼女にとって、その秘密は命よりも大切な物に違いありません。彼女は今、仇討ちのためだけに生きてきたと言いましたが、それは嘘なのです。
 そんな彼女を見て、サイトさんが首をかしげました。
「恨みって何だ? 10年前ってどんな事件があったんだ?」
「10年前……?」
 ちょっと待ってください。10年前というと…… 10年前のアルビオン……………
 考え込むわたくし。
 しかしアルビオンの方々なら覚えているのでは……………?

 と思った瞬間でした。
 視界の端にまばゆい輝きが現れ、わたくしは何事かと思ってその光の方向を見てしまいました。
 その光はニューカッスル城の上階のテラスから発せられていて、しかも急速に輝きを増していきます。あたかも、それはルイズの光の錬金のような―――
「アンリエッタっ!」
 次の瞬間、サイトさんが飛びつくようにしてわたくしを押し倒し、わたくしは血だらけのウエディングドレスのまま地べたに倒れ伏しました。
「姫殿下っ!」
 アニエスも同じようにわたくしに覆い被さります。
 ですが奇妙なことに、その謎の光は炸裂しませんでした。地べたに倒れ伏したまま見ていると、その光は唐突に夜空に向かって飛び去ってしまったのです。
 あたかも、それはファイアーボールのようでした。
 ルイズが光魔法を、どこか遠くに向かって投げつけたような―――
 と思った直後、それは炸裂しました。
 幾千、幾万の太陽に匹敵する凄まじい光が夜空を覆い尽くし、わたくしたちは真夏の炎天下よりも強烈な光に晒されたのです!
 こっ、これは?!
 これはルイズの光魔法ではありません!
 これは爆発です! それも想像を絶するほど強烈な!
「いかん! 伏せろ!」
 ウェールズ様の叫び声が聞こえた直後、耳をつんざくような爆音と暴風がわたくしたちを襲い、わたくしは地べたに寝転がったままにもかかわらず、まるで地面に叩きつけらるような衝撃を受けたのです。



―― ルイズ/ニューカッスル城/上階の一室にあるテラス ――

 詠唱を続けている間の高揚感は、わたしが未だかつて経験したことの無いものだった。
「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ……」
 体の中で何かが生まれ、行き先を求めてそれが回転していく感じ。それはまるで、体の中に波が生まれ、さらに大きくうねっていくような……
 生まれてこのかた一度も魔法を成功させた事のないわたしにとって、自分の体の中に魔法が形作られていくという感覚は初めてだった。
「オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド……」
 わたしはニューカッスル城のバルコニーで、水のルビーを指に嵌め、『始祖の祈祷書』に浮かび上がった呪文を詠唱していた。虚無の詠唱は長く、わたしは自分の体の中に未知の力が生まれ、さらに大きく満ちていく様子をずっと感じ続けていた。
「ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル……」
 呪文が完結する頃には、わたしの中の未知の力は凄まじい奔流となって全身を駆け巡っていた。その力が出口を求めてわたしの右腕を突き動かそうとする。
「あそこだよルイズ。あの方向、2リーグの距離に敵がいる」
 わたしはワルド様の指し示す通りに、その力をアルビオンの夜空に向かって解き放った。
「エクスプロージョン!」
 いつもの爆発とは違う。
 サイトにそそのかされて引き起こした、あの光の爆発とも違う。
 わたしが放った伝説の虚無魔法は、吸い込まれるように夜空へと飛んで行き、そして炸裂した。

カッ!

 太陽が降って来たのかと思うほどの凄まじい光。
 ニューカッスルの夜空に充満したその光に、わたしは思わず顔をそむけて片腕で両目をかばった。
「おおっ?!」
 ワルド様が驚く声が聞こえる。
 『始祖の祈祷書』をわたしに見せたワルド様ですら、その魔法がどれほどの威力かは知らなかったのだろう。彼は慌ててわたしの両肩を掴むと、急いで私をバルコニーから引っ込め、ワルド様自身も一緒に柱の陰へと隠れた。

ドォッ!

 爆風と言うにはあまりにも激し過ぎる衝撃。
 炎のスクウェアが使う壊滅の劫火(ル・アンサンディー・デザストル)ですら子供の火遊びに見えるほどの威力。
 爆風は閑散とした部屋の中を駆け巡り、壁に掛った絵画を落下させ、花瓶を薙ぎ倒し、椅子をひっくり返した。
 柱の陰に隠れているにもかかわらず、わたしは爆風で吹き飛ばされそうになった。もしワルド様がしっかりと抱きしめてくださらなかったら、わたしは部屋の反対側の壁に激突していただろう。
 見ると、あのレジスタンスの男もわたしたちと同じように柱の陰に隠れている。その表情は歓喜に溢れていて、まるで魔法を成功させたのがわたしではなく、この男であるかのようだ。

 ぱちぱちぱちぱち……………
「素晴らしい!」
 太陽を凌駕するほどの強烈な光が消え、爆風が過ぎ去るなり、レジスタンスの男は言った。
「これぞ余が求めた世界を変える力。偉大なる始祖が世に与えたもうた力だ。ワルド子爵、ヴァリエール嬢、良くやってくれた」
 いったい何を言い出したのかしら?
 平民のくせにこの尊大な態度は何? まるで自分が目上の人間のような喋り方じゃないの?
 自分で引き起こした爆発にもかかわらず、わたしは呆然としていた。生まれて初めて成功した魔法が、スクウェアを軽く凌駕する強烈な魔法だったなんて信じられない。本当にこれは『虚無』なのかもしれない。
 それにもう一つ。
 いったいわたしは何を攻撃したのだろう? あの夜空の彼方には誰がいたのだろう?
 ところがそんなわたしを放置して、ワルド様がレジスタンスの前に跪いてしまった。
「ははっ。これも閣下の先見の明があってこそ。ルイズが虚無の使い手だと見抜いた閣下の眼力には感服いたします」
「わっ、ワルド様?!」
 驚くわたし。
 ワルド様は子爵なのよ? トリステインが誇る魔法衛士隊の隊長なのよ? そのワルド様が跪くなんて、この男はいったい何者なの?!
 すると男はわたしの疑問に答えるように、こう言った。
「驚くのも無理はないヴァリエール嬢。余は『レコン・キスタ』総司令官を務めさせていただいておる、オリヴァー・クロムウェルだ」
「レコン・キスタ?!」
 ハッとしたわたしが男に杖を向けようとすると、ワルド様が素早く立ちあがってわたしから杖を奪ってしまった。
「ルイズ、いけないな。ハルケギニアの王となられるお方に向かって杖を向けるなんて」
「ワルド様?! 何を言っているのですか?! この男はレコン・キスタなのですよ?! クロムウエルなのですよ?!」
 杖を返して貰おうとして手を伸ばしたけれど、ワルド様はひょいと避けると、わたしが左手に抱えている『始祖の祈祷書』を指して言った。
「ルイズ、目を覚ませ。始祖ブリミルの言葉を思い出すんだ。その祈祷書には『聖地』を取り戻せと書いてあっただろう? クロムウェル閣下はまさに『聖地』奪還を目標としておられるのだよ? ルイズ、君も選ばれし者である以上、我らレコン・キスタの一員となって『聖地』を取り戻すべきだ」
「ワルド様?! どうしてしまったのです?!」
 レコン・キスタの首領に跪いたあげく、わたしにレコン・キスタに参加しろですって?!
 さっきの魔法といい、ワルド様の行動といい、もう訳が分からない!
 わたしは涙声になって叫んだ。
「この男はアルビオンを転覆させようとしている、あのクロムウェルなのですよ? ウェールズ様やジェームズ様を亡き者にしようとしている不届き者なのですよ? そんな男の肩を持つなんて、気でも違ってしまったのですか?! 『アンドバリ』の指輪で操られてしまったのですか?!」
「いやいや、ワルド子爵は操られてなどおらぬよ」
 答えたのはクロムウェルだった。
「彼は自分の意思でレコン・キスタに参加している、我が忠実なる部下の一人だ。もし『アンドバリ』の指輪で操られているのだとしたら……」
 不意にクロムウェルは右手を突き出した。軽く握られた右手の拳には指輪が嵌っている。
「?!」
 と思った途端、指輪が青白く輝き、わたしは身動きが出来なくなった。
「こんな風になるのだよ、ヴァリエール嬢」
 しまった! 『アンドバリ』の指輪だわ!
 『アンドバリ』の指輪の危険を知らせに来たわたしが、よりにもよって『アンドバリ』の指輪に操られてしまうなんて!
 わたしは必死に抵抗しようとしたけれど、身体はピクリとも動かなかった。
 目をつぶっても無駄だった。一度この光に操られてしまったら、光が見えているかどうかは関係ないらしい。
「閣下?」
 突然硬直したわたしに戸惑ったのか、ワルド様がクロムウェルに問いかけた。
 それに対するクロムウェルの答えはこうだった。
「ゆっくり説得している時間は無くなったのだ、子爵。ウェールズたちがすぐそこまで来ておる」
 ウェールズ様が?!
 ご無事だったのですね?!
 ではアンリエッタ様は? アンリエッタ様はご無事なの?!
「何と?! マチルダが失敗したのですか?」
 驚くワルド様にクロムウェルは続けた。
「なかなか侮れぬ連中のようだな。子爵、君が負けたのも無理なかったのかもしれぬ」
 負けた?! ワルド様が?!
 いったいいつ戦ったのかしら? わたしが気絶している間?
 きっとウェールズ様と風の使い手どうしの凄まじい戦いをしたに違いないわ。
 あれこれ想像をめぐらすわたしを放置して、ワルド様は再びクロムウェルの前に跪いて言った。
「とんでもございません。先程の敗北はヒラガの持つ飛び道具に翻弄された事が原因。我が慢心が招いた失敗にございます。今いちど私に機会をお与えくだされば、必ずや皆殺しにしてご覧にいれます」
 何ですって?! あの馬鹿平民がワルド様に勝った?!
 いったい何をやらかしたのかしら? きっと何か姑息な手を使ったに違いないわ!
 でもあのエロ犬が勝利したと言う事は、アンリエッタ様もきっと無事ね?
 わたしを硬直させたまま、クロムウェルはワルド様に向かって頷いた。
「うむ。だがその前に、ちょっとした余興を行いたいのだが?」
「なんなりと」
 ああ!
 ワルド様がクロムウェルに跪くなんて! しかもクロムウェルの命令を二つ返事で受け入れるなんて! いったいどうしてこんな事になってしまったのかしら?!
 正面を見つめたまま動かないわたしの視界の中で、この醜悪な男、クロムウェルは言った。
「ヴァリエール嬢に杖を返したまえ」
「ははっ!」
 ワルド様が立ち上がり、わたしに向き直って杖を差し出す。
 するとわたしの右手は勝手に動き、差し出された杖を受け取った。
「では行こう、ヴァリエール嬢?」
 勝手に歩き出すわたしと、続くクロムウェル。
 抵抗は無意味だった。
 立ち止まろうと必死に力を込めようとしても、わたしの足は勝手に動いていく。杖を握った右手も『始祖の祈祷書』を握った左手も、全くわたしの言う事を聞かなかった。
「閣下、何をされるおつもりなのですか?」
 クロムウェルの背後に続くワルド様が尋ねると、この貧相な男はこう答えた。
「なに、出来れば彼らを平和裏に説得したいと思ったのだよ。彼らも『虚無』の力の前ならば余に跪くかもしれぬ」
 何ですって?!
 まさかさっきのエクスプロージョンをウェールズ様に向かって放てと言うの?!
 な、なんて恐ろしい事を考えるのかしらこの男は?!
「それは良いお考えです、閣下。奴らの絶望に歪む顔が目に浮かぶようです」
 ああっ、ワルド様!
 お願い、正気に戻って!
 いつもの優しいワルド様に戻ってください!



―― アンリエッタ/ニューカッスル城/教会前 ――

 結局フーケには逃げられてしまいましたが、そのことを気にする者は誰もいませんでした。
 みんな今起きたばかりの凄まじい爆発のことで頭がいっぱいだったからです。
「ルイズだ!」
 わたくしに覆い被さった状態から起き上がり、サイトさんが声を上げました。
「あの馬鹿野郎、とうとうやりやがった!」
 肌の黄色いサイトさんが顔面蒼白になって驚いています。きっとわたくしもサイトさん以上に真っ青になっていることでしょう。
 ウェールズ様をはじめとするアルビオンの方々も、よろよろと立ちあがりながら慌てふためきました。
「エルフだ! エルフに違いない! あんな爆発魔法を人間が使える筈がない!」
 そう言ったのはロビンソン子爵でした。アルビオンの方々はルイズの光魔法を見たことが無いのですから勘違いしているのでしょう。
「エルフだと?! 馬鹿な! いくらクロムウェルでもエルフと通じる訳がない!」
「クロムウェルは聖地奪還を目論んでいるのだぞ? そんな男がどうやったらエルフと内通できると言うのだ?!」
 口論となるアルビオンの皆様。
 ですがわたくしには分かっていました。あれはルイズに違いありません。ワルド子爵が言っていたルイズの力とは、この凄まじい魔法のことだったのです!
 わたくしは立ち上がると、議論しているウェールズ様に言いました。
「いいえウェールズ様、あれはルイズですわ! ルイズの光の錬金に違いありません!」
「待ってくれアンリエッタ、ラ・ヴァリエール嬢はあんなに強力な魔法の使い手だったのかい? あんな力があるのなら、彼女はたった一人でハルケギニアを征服できてしまうぞ?」
 当惑するウェールズ様ですが、わたくしは構わずに急かしました。
「説明している時間はありません。あの力がレコン・キスタの手に落ちてしまったら手遅れですわ。急ぎませんと!」
 ウェールズ様は一瞬戸惑ったようでしたが、頷いてこう言いました。
「わかったアンリエッタ。君を信じよう」
 ウェールズ様は矢継ぎ早に命令を下しました。
「予定通りクロムウェル抹殺作戦を決行する。レコン・キスタ本体が突入してくる前にカタを付けねばならないから、急がねばならない。おそらくクロムウェルは先程のラ・ヴァリエール嬢の魔法が発せられた部屋にいると思われる。よって我々は二手に分かれ、西と東から城に侵入しつつクロムウェルを探し……」
 ウェールズ様は親指で自分の首を真横に斬る仕草をして続けました。
「……確実に殺す。いま一度繰り返す、第1目標はあくまでもクロムウェルの抹殺とする。ラ・ヴァリエール嬢の救出は第2目標とする」
 ウェールズ様はそう言うと、わたくしをまっすぐに見て言いました。
「すまない、アンリエッタ。我々の戦力では彼女を救出する余裕は無いんだ」
 ああ……ルイズ!
 ですがあの魔法を見てしまったら止むを得ないのかもしれません。ウェールズ様の言う通り、あの魔法があれば誰であれ、ハルケギニアを征服できてしまいます。それに、あの力がレコン・キスタの手に落ちてしまうくらいなら、ルイズ自身も死んだ方がマシだと考えるに違いありません。
 じわりと涙が浮かぶのを隠しつつ、わたくしは頷きました。
「……………」
 頷き返すウェールズ様。
「君、名は?」
 ウェールズ様がミシェルに尋ねると、彼女は素早く跪いて答えました。
「トリステイン王室直属銃士隊副隊長、ミシェルにございます」
「よし、ミシェル。君とモーリス男爵は西階段から侵入してくれ。我々は東階段からあの部屋を目指し、先にクロムウェルと対峙する。君らは奴の背後を狙え」
「はっ!」
「かしこまりました」
 ミシェルとモーリス男爵が頷き、わたくしたちは作戦を開始しました。モーリス男爵は火系統のメイジのようですから、攻撃には向いている筈です。
 ああルイズ!
 お願い! 無事でいて!



 サイトさんを先頭に立て、わたくしたちは慎重に城内を進みました。
 サイトさんはデルフリンガーさんとバージョン6を持ち、誰かが襲い掛かってくれば即座にデルフリンガーさんで防御して、銃で反撃する態勢です。
 その後ろにわたくしとウェールズ様が続きます。ウェールズ様の傷は深く、本来ならば絶対安静が必要なのですが、クロムウェルを討たない限りアルビオンに平和は訪れないのですから止むを得ません。わたくしはウェールズ様の左腕を肩に担ぎ、ウェールズ様を抱えるようにして必死に歩いています。
 そんなわたくしたちの両脇を、残ったアルビオン貴族のお二人が固めます。ロビンソン子爵もヘイヴン侯爵も水系統のメイジです。
 しんがりはアニエスです。彼女も絶対安静が必要な状況なのですが、彼女は頑としてしんがりを譲りませんでした。壁を頼りによろよろと歩くことしか出来ない彼女には戦闘など不可能なのですが、非戦闘員扱いされるくらいなら自害すると言うので、わたくしは彼女の参加を許可せざるを得ませんでした。
 どのみちレコン・キスタの誰かが彼女を発見し、『アンドバリ』の指輪で操ってしまう危険性を考えれば、彼女も一緒に行動させざるを得ないのですが。
 ともかく、わたくしたちはこの6名と、別働隊の2名でクロムウェルを討ち、ルイズを取り返さなければならないのです。

 しかし、そんなわたくしたちの兵力を見透かしたように、クロムウェルは最悪の手を打ってきました。
「良くぞ無事だったな、ウェールズ皇太子。そしてアンリエッタ王女」
 わたくしたちが大階段へと辿り着くと、不意に頭上から男の声が響いてきました。
 ところが階段のどこを見回しても男の姿はありません。その代わり、ピンクのブロンドの小柄な女性が、階段の最上段に姿を現しました。
「ルイズ!」
 そうです。ルイズです。
 クロムウェルは大階段の最上段にルイズを立たせ、しかも魔法を唱えさせていたのです!
 危険です!
 ルイズはもはやアンドバリの指輪に操られてしまっているに違いありません! クロムウェルは先程のあの魔法でわたくしたちを亡き者にするつもりなのです!
「出て来るがいいクロムウェル! アルビオンが欲しければ正々堂々、僕と決闘したまえ!」
 ウェールズ様が怒鳴りますが、クロムウェルはどこかに隠れたまま出て来ません。声だけが広間に響くのみです。
「何を勘違いしているのだね? 余はアルビオンを欲してなどおらぬ。余が欲しいのは聖地だ。聖地の奪還だ。アルビオンなどと言うちっぽけな国など、余の通過点に過ぎぬ」
 するとサイトさんが怒鳴りました。
「何が聖地だ馬鹿野郎! 姿を見せろ! ルイズを返せ!」
 ですがクロムウェルはもちろん誘いには乗りませんでした。
「ふっ。返して欲しくば実力で奪い返すが良かろう。もっとも、ヴァリエール嬢本人を相手に戦えるのかどうか、甚だ疑問ではあるがね」
「ルイズ!」
 わたくしは再び叫びました。
「ルイズ、しっかりするのです! クロムウェルの邪念に負けてはなりません! 指輪の魔力に対抗するのです!」
 ですが、ルイズはピクリとも動きませんでした。
 ここからではルイズの表情は良く見えませんが、ルイズは必死に『アンドバリ』の指輪に抵抗している筈です。わたくしは指輪の力に負けてウェールズ様を刺してしまいましたが、もしルイズも同じように負けてしまったら、ここにいる全員は死体すら残らないでしょう。ルイズには何としても指輪に打ち勝ってもらわなければ。
 わたくしは続けました。
「歯を食いしばるのです、ルイズ! たとえ『アンドバリ』の指輪であろうと、あなたは負けるような人ではありません。指輪の魔力に感情をぶつけなさい! 怒りでクロムウェルの邪念に対抗するのです!」
 ルイズは意思の強い頑固な性格の持ち主です。弱腰なわたくしよりと違い、指輪に打ち勝つことが出来るかもしれません。
 サイトさんはじりじりと階段を前進しつつ、ルイズに向かって怒鳴りました。
「どうしたルイズ! いつもの威勢の良さはどこへ行った?! 偉大なるトリステインの公爵家ってのはその程度か?!」
 上手いですサイトさん! そうやってルイズの感情を(たかぶ)らせるのです! 感情は魔力の源ですから、怒りで指輪に打ち勝てるかもしれません!
 そんなわたくしたちを無視して、クロムウェルは隠れたまま、とんでもない事を言い出しました。
「無駄だ無駄だ、ヴァリエール嬢は完全に我が支配下にある。逆らったところで死あるのみだ。ウェールズ皇太子、きみも無意味な抵抗は止めて余にひれ伏すがよい」
(たわ)けたなことを!」
 ウェールズ様は怒鳴り返しました。
「聖地奪還などと言う戯言をほざくお前に誰が従うのだ?! 『アンドバリ』の指輪が無ければお前などただの木偶の坊に過ぎない! お前こそ単なる司教に戻るがいい、クロムウェル!」
 その調子ですウェールズ様。そうやって時間を引き延ばせば、別働隊の2人が背後からクロムウェルを打ち取ってくれるに違いありません。

 ところが、そうは問屋が卸さなかったのでした。
「これを見ても強がりを言えるかな?」
 不意に新しい声が大階段に響き渡りました。聞き覚えのある声です。
 と同時に、ルイズの横に新たな人物が姿を現しました。
「ワルド?!」
 サイトさんが叫びます。
 ウェールズ様とわたくしも思わず声を上げました。
「モーリス!」
「ミシェル!」
 そう、ワルド子爵です。ワルド子爵が、別働隊だった筈のモーリス男爵とミシェルとレビテーションで浮かせて現れたのです! しかも2人は切り刻まれたように血だらけでした。
 何と言う事でしょう! 別働隊の2人はワルド子爵に発見され、ボロ雑巾のようにずたずたにされてしまったのです!
 作戦は失敗です!
「返すぞ」
 ワルド子爵はそう言うと無造作に、まだ息のある2人のレビテーションを解除しました。
「ぐはっ!」
「うわっ!」
 ガンッ!
 ドスン!
 ごろごろごろごろごろ!
 大階段を転がり落ちて来る2人。赤い絵の具をまき散らしたように、血が大理石に飛び散ります。
「危ない!」
 思わず2人を見てしまうわたくし。
 その一瞬の隙を、ワルド子爵は見逃さなかったのでした。


―――――
初版:2009/11/27 20:46
改訂:2009/12/12 19:45



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~24 アンリエッタ死す!~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:533801c7
Date: 2009/12/13 01:00
今回は一部に残虐な表現があります。ご注意ください。
―――――


女王陛下の黒き盾
~24 アンリエッタ死す!~


―― ルイズ/ニューカッスル城内/大階段上側 ――

 どうしてこんな事になってしまったのだろう?
 ラグドリアン湖で水の精霊が『アンドバリ』の指輪のことを話した時、モンモランシーはそれを『死者に偽りの生命を与える』指輪だと言ったわ。
 けれども実際は違っていた。確かに『アンドバリ』の指輪は死者を操ることが出来るけれども、それだけでは無かったのだ。『アンドバリ』の指輪は死者だけでなく、生きている者も操ることが出来たのだ。
 もっと早くそのことを知っていれば!
 でももう後悔しても遅すぎる。
 わたしは階段の上から姫様を見下ろしつつ、エクスプロージョンの魔法を詠唱するしかなかった。
「ルイズ、しっかりするのです! クロムウェルの邪念に負けてはなりません! 指輪の魔力に対抗するのです!」
 姫様が下から叫んでいるのが見える。
 このままでは姫様をわたしが殺してしまうわ! エクスプロージョンのあの爆発を食らって生きていられる人間などいる筈がない! 何とかして詠唱を止めなければ!
「どうしたルイズ! いつもの威勢の良さはどこへ行った?! 偉大なるトリステインの公爵家ってのはその程度か?!」
 馬鹿平民が階段の途中から怒鳴っている。
 うるさいわね!
 あんたに言われるまでもなく必死に抵抗してるわよ!
 けれどもわたしには何も出来なかった。杖を構え、魔法を唱えさせられているわたしは、口を閉じる事も、杖を下ろすことも出来なかった。ましてや後ろを向いて、クロムウェルに向けてエクスプロージョンを放つ事など全く不可能だった。
 これではまるで、わたしが姫様を裏切ったみたいじゃないの!

「これを見ても強がりを言えるかな?」
 そんな台詞と共に本物の裏切り者が現れた。ワルド様は血だらけの人間2人をレビテーションで浮かせている。
 ワルド様! なぜ姫様を裏切ったのですか?!
 目の前で見ているのに信じられない。だってワルド様はトリステインの誇る魔法衛士隊の隊長なのよ?
 魔法衛士隊というのは熱狂的なトリステイン信者しか入れない筈なのに! エキューで買収されてしまうような忠誠心の薄い者は、入隊試験すら受けられない筈なのに! どう考えても裏切るなんて有り得ない! 買収することだって出来る筈がない! 何か魔法薬を飲まされて洗脳されたとしか思えないわ!
「返すぞ」
 そう言って無造作に、2人のレビテーションを解除するワルド子爵。
 何が間違ってしまったのだろう?
 どうしてこんな事になってしまったのだろう?
 いったい何がワルド様を変えてしまったのだろう?
 なぜわたしは姫様に向かって杖を構えているのだろう?
 偉大なる始祖ブリミルは、こんな危険な魔法をなぜわたしにお与えになったのだろう―――?



―― アンリエッタ/ニューカッスル城内/大階段前 ――

 階段の上から、わたくしたちに向けて杖を構え、左手に怪しげな本を持ち、朗々と魔法を詠唱するルイズ。
 その横に現れたワルド子爵。彼の登場はわたくしたちの戦意を完全に打ち砕くものでした。
「これを見ても強がりを言えるかな?」
 別働隊だったモーリス男爵とミシェルを、レビテーションで浮かせているワルド子爵。『アンドバリ』の指輪に操られたルイズだけでも絶望的な状況だったのに、クロムウェルの姿すら見えないうちに別働隊が失敗したのです。ルイズが敵側にいる以上、たとえ玉砕覚悟で戦いを挑んでも、わたくしたちが勝てる見込みは全くありません。
 もはやわたくしたちにクロムウェルを倒す事は不可能なのでしょうか?
「返すぞ」
 そんなわたくしたちに追い打ちをかけるように、ワルド子爵はまだ息のある2人を階段へと放り出したのです!
「ぐはっ!」
「うわっ!」
 ガンッ!
 ドスン!
 ごろごろごろごろごろ!
「危ない!」
 思わず転がり落ちる2人を見てしまうわたくしたち。
 そうです。
 わたくしたちは余りにも戦闘に不慣れででした。この状況でワルド子爵から目を離したのは致命的なミスだったのです。サイトさんですら思わず2人を見てしまったのです!
 ワルド子爵から目を離さなかったのは、瀕死の重傷を負っているアニエスだけでした。
「サイトっ!」
 彼女の叫び声に我に返った時には既に、ワルド子爵は猛然とサイトさんに襲い掛かっていました。なんと彼は魔法を使わず、階段の最上段からサイトさんめがけてジャンプしたのです!
「?!」
 慌てて銃を構えるサイトさん。
 しかしその銃が弾丸を発射することはありませんでした。サイトさんが引き金を引く瞬間、ワルド子爵が銃口へ向けて魔法を放ったのです!
「エア・ハンマー」

 ボゥンッ!

「うわっ?!」
 爆発する銃。ワルド子爵のエア・ハンマーが、サイトさんが発射しようとした弾丸に命中し、銃身の中で爆発したのです!
 衝撃で階段から落ちかけるサイトさん。
 同時に上からワルド子爵のレイピアが振り下ろされます!
「サイトさんっ!」
 わたくしは思わず叫びました。

 ヒュン!

 ですが不幸中の幸いでした。サイトさんがよろけたことで子爵の狙いが外れ、彼のレイピアは空を切り裂いただけでした。
 しかし次の瞬間、サイトさんの真ん前に着地したワルド子爵は、サイトさんを思いっきり蹴り飛ばしたのです!
 ガンッ!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 ごろごろごろごろごろ!
 階段を転がり落ちて来るサイトさん。
「危ないっ!」
 わたくしは咄嗟にレビテーションをかけ、サイトさん、ミシェル、そしてモーリス男爵の転落を食い止めます。
 と同時にウェールズ様も我に返り、ワルド子爵めがけて攻撃を始めました。
「くそっ、裏切り者め! ウィンディ・アイシクル!」
 ロビンソン子爵とヘイヴン侯爵も続きます。
「ウオーター・ハンマー!」
氷の矢(ユヌ・フレーシュ・ドゥ・ラ・グラース)!」
 ところが3人の一斉攻撃であるにもかかわらず、ワルド子爵は悠然と階段の真ん中に突っ立ったままでした。攻撃魔法を避けようとしません!
 まさか偏在?!
 さきほどサイトさんに偏在を打ち破られたにもかかわらず、ワルド子爵にはまだ偏在を使えるほどの魔力が残っていたのでしょうか?
 いいえ。
 ワルド子爵は避ける必要など無かったのです。
 なぜならウェールズ様たち3人の攻撃魔法は、ワルド子爵に命中する直前、子爵の手に握られた剣に吸収されてしまったのです!
「逃げろお姫さん! もうお前らに勝ち目は無い!」
 その長剣が、カタカタと音を立てながら喋ります。

 ええっ?!
 あれはまさかデルフリンガーさん?!

 驚いてサイトさんへと視線を移すわたくし。ですが、デルフリンガーさんを握っていた筈のサイトさんの左手が、どこにあるのかが分かりません。
 わたくしから見えない側にある?
 それともサイトさんの下敷きになっている?
 違いました。サイトさんの左手は、デルフリンガーさんと一緒にワルド子爵が持っていたのです!
「ふん。これも返すぞ」
 無造作に何かを投げて寄越すワルド子爵。
 それがサイトさんの左腕だと言う事に気付いたのは、それが大理石の床に落ち、わたくしの足元にまで転がって来てからでした。
「?!」
 サイトさんの服の青い袖。
 その袖から覗いている肌色の手。
 反対側から漏れ出している血。
 わたくしは恐怖に駆られました。
 さっき子爵のレイピアが空を切ったように見えたのは間違いだったのです! ワルド子爵はデルフリンガーさんを奪い取るために、サイトさんの左腕を切り落としたのです!
「サイトさん! サイトさんしっかり!」
 我を失ってサイトさんに駆け寄ろうとするわたくしを、ウェールズ様が必死に引っ張ります。
「駄目だアンリエッタ! 殺されるぞ!」
「ああっ、サイトさん! 目を開けてサイトさん!」
「ぐうぅぅぅぅぅ……」
 階段の途中で逆さまになったまま呻いているサイトさん。白い大理石の階段に血が流れ出しているのが見えます。腕を切り落とされたのなら、早く止血しないと出血多量で死んでしまいます!
 ですがもはや、わたくしたちにはサイトさんを助けるどころか、自分たちの命を守る力すら無かったのでした。
 ワルド子爵もそのことを十分に承知しており、デルフリンガーさんと自分のレイピアを構えた彼は、まず最初にアニエスに攻撃を仕掛けたのです。
「エア・ハンマー!」
「うあっ!」
 あっさりと打ち倒されるアニエス。
 しんがりを務めている彼女は重傷で、子爵に銃を向けるだけで精一杯でしたが、それでも今のワルド子爵にとってアニエスの銃は最大の脅威でした。ですから子爵は情け容赦もなく、彼女を真っ先に狙ったのです。
「くっ! 怯むな! ライトニング・クラウド!」
「アイス・ハンマー!」
「アイス・ストーム!」
 次々と攻撃を仕掛けるウェールズ様たち。ですが全てデルフリンガーさんに吸収されてしまい、ワルド子爵には全く届きません。
「無駄だ王子さん! 頼むから相棒を連れて逃げてくれ!」
 ワルド子爵の手に堕ちても、まだサイトさんのことを相棒と呼ぶデルフリンガーさん。
 ああ!
 なんという事でしょう!
 サイトさんを最強の平民たらしめていたデルフリンガーさんが奪われてしまうなんて!
 魔法を吸収できる剣!
 敵の手に渡るとこれほど厄介な武器が他にあるでしょうか?!



 ルイズの魔法に狙われ、別働隊が失敗し、サイトさんとアニエスも打ち倒され、魔法も封じられたわたくしたち。
 もはや勝利の可能性は微塵もありません。
 クロムウェルも勝利を確信したのか、ようやく姿を現しました。
「よくやった、ワルド子爵」
 『聖地』奪還という禁忌(きんき)を実行しようとする狂気の男。
 水の精霊から『アンドバリ』の指輪を奪い取り、有力貴族たちを操ってアルビオンを混乱に陥れた忌まわしい男。
 土くれのフーケに命じてジェームズ1世陛下の命を奪った憎むべき男。
 そのクロムウェルがルイズの隣に現れたのです!
「先程の答えを聞こうか、ウェールズ皇太子?」
 悠然と構えているクロムウェル。既に勝負は決したと言わんばかりです。
 ですが、戦闘が中断した今ならサイトさんの治療ができます!
 わたくしは夢中でウェールズ様を振り払うと、階段を駆け上ってサイトさんの元へと駆けつけました。そして治癒魔法をかけると同時に、エリザベス様の貴重なウエディングドレスを切り裂き、包帯を錬金してサイトさんの左腕を縛ります。
「うう…… に、逃げろアンリエッタ……………」
 苦しげに呻くサイトさん。ですが意識ははっきりとしていますし、出血量も致命的ではありません。感染症に注意しさえすれば命に別状は無いでしょう。
 銃の暴発に巻き込まれた右手も、皮手袋のお陰でかろうじて無事です。わたくしはずたずたになった皮手袋を脱がせ、右腕にも治癒魔法をかけました。
 ただ残念ながら左腕は……

 一方クロムウェルはまだ喋っていました。
「この期に及んでまだ余を倒せるつもりでいるのかね? 状況は絶望的だぞ、皇太子? 素直に敗北を認め、余の(しもべ)となるが良い。さすればアルビオンはお前に与えてやろう」
「何を言っても無駄だぞ、クロムウェル! 『聖地』奪還などと言う愚行を掲げるお前に従う者など居はしない! お前こそ自分が狂人だと自覚するがいい!」
 激しく言い返すウェールズ様。クロムウェルに従う気など全くありません。
 しかしクロムウェルも引き下がりませんでした。
「何を言う。『聖地』奪還は偉大なる始祖ブリミルが我らに命じられた悲願なのだぞ? その始祖の血を引く君こそ率先して『聖地』奪還に取り組むべきではないのかね?」
「ぼくは偉大なる始祖の子孫であると同時に、アルビオン王国の民の命を預かる王家でもある。たとえ始祖の命令であっても、民をないがしろにする『聖地』奪還など言語道断だ。民の信頼なくしては王家も国も成り立ちはしない!」
 どうやら議論は平行線のようです。
 クロムウェルは業を煮やしたのか、矛先をわたくしに変えました。
「アンリエッタ姫、貴女(あなた)からもウェールズ皇太子を説得して頂けないかな? このままでは全員皆殺しにするしかないのでね」
「お断りします!」
 わたくしは即座に答えました。
 そうです。『聖地』奪還と聞かされて従う者など居ません。それは地獄よりも恐ろしい泥沼の戦いを意味するからです。
「エルフと戦っても、得られるのは苦しみと憎しみだけだと言う事は、あなたとてご存じのはず。たとえルイズの魔法があったところで、ルイズ一人でエルフに対抗する事など出来る筈がありません! クロムウェル大司教、あなたは実現不可能な夢を追っているのですよ!」
 わたくしはちらりとルイズを見てから続けました。
「ルイズとて、民を苦しめるために利用されるくらいなら、自ら命を絶つに違いありませんわ!」
「ほう。命を絶つとな?」
 クロムウェルは自分の隣に立っているルイズを眺めてから答えました。
「だが無駄だ、アンリエッタ姫。余にはこの通り『アンドバリ』の指輪がある。お前たちが生きていようが死んでいようが、余のために働いてもらう事には変わりはない」
 そうでした!
 『アンドバリ』の指輪がある限り、わたくしたちには死すら許されません!
 ああルイズ! いったいどうしたらこの窮地から抜け出せるのでしょう?!



 階段の上と下で睨み合うわたくしたち。
 ですが、わたくしたちにできる事は単に睨み合うだけです。この状況を打開する策は何も無いのです。
 ワルド子爵はそう思ったらしく、わたくしたちを監視したまま、会話の途切れたわたくしたちに口を挟みました。
「失礼ながら閣下、これ以上の議論は時間の無駄かと」
「ううむ。無駄な流血は余の望むところでは無かったのだが、止むを得まい」
 クロムウェルのその言葉に、一斉に緊張するわたくしたち。
 ああウェールズ様!
 わたくしたちは何もできず、このまま殺されてしまうしかないのでしょうか?
 わたくしは階段の最上段に向かって必死に叫びました。
「ルイズ! お願いルイズ! わたくしたちを助けて! あなたの魔法をクロムウェルにぶつけて!」
 魔法の正体が何であれ、あの威力です。クロムウェルに向けて撃てば絶対に倒せる筈です。
 ああ!
 アンドバリの指輪さえ封じれば、この状況を打開できると言うのに! わたくしたちには何の策も無いのです!
 そんなわたくしを嘲笑うかのようにクロムウェルが言いました。
「無駄だ、アンリエッタ姫。貴女(あなた)はこの指輪の力を体験しているのだから、良く分かっているのではないかね? 『アンドバリ』の指輪に対抗できる人間など存在しないのだよ」
 いいえ!
 ルイズならきっと邪悪な魔法に打ち勝ってくれます!
 わたくしは再び叫びました。
「ルイズお願い! あなただけが頼りなの!」
 しかしわたくしの願いは届きませんでした。
 下から見上げるルイズの姿は、クロムウェルの隣で杖を構え、身動き一つせずに魔法を唱え続けていました。
 そしてそれが、わたくしが最期の見たルイズの姿だったのです。

 後で分かったことですが、実はワルド子爵にはほとんど魔力は残っていなかったのだそうです。ですからデルフリンガーさんさえ奪われなければ、まだわたくしたちには勝ち目があったのです。
 逆に言えば、だからこそワルド子爵は真っ先にサイトさんを狙ったのでしょう。アニエスが事実上、戦力にならない以上、サイトさんさえ倒せば銃による攻撃はありません。サイトさんを倒してデルフリンガーさんを手に入れることは、ワルド子爵にとっては一石二鳥だったのです。
「ではワルド子爵、後は任せる」
「ははっ!」
 クロムウェルが階段の奥へと姿を消し、大階段にはルイズとワルド子爵だけが残されました。
 一斉に杖を構えるわたくしたち。
 ゆっくりとわたくしたちを見下ろすワルド子爵。
 そして戦いは音も無く始まりました。
「!!」
 なめらかに両膝を曲げ、フライを唱えたかのような跳躍をするワルド子爵。ですが彼は魔法を全く使わず、自分の肉体だけでわたくしたち目掛けて襲いかかって来たのです!
「ウィンディ・アイシクル!」
「ウィンド・ブレイク!」
 すかさず攻撃魔法を唱えるウェールズ様とロビンソン子爵。ですがそれらは全てデルフリンガーさんに吸収されてしまいます。
「駄目だ! お前ら、逃げろ!」
 デルフリンガーさんの声がわたくしの頭上を飛び越えて落下していきます。
水の壁(アン・ミュール・デ・ル・オー)!」
 ヘイヴン侯爵が防御魔法を唱えましたが、デルフリンガーさんの前ではまったく無意味でした。彼は水の壁もろとも、脳天から真っ二つに切り裂かれてしまったのです!

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 ザシャァァァァァァァァァァッ!

 あの錆びの浮いたデルフリンガーさんで人間を真っ二つにするなんて! なんて残酷なのでしょう!
「おのれ! エア・カッター!」
 すかさずロビンソン子爵が攻撃を仕掛けますが、やはりそれもデルフリンガーさんに吸収されてしまいます。
「フッ」
 ワルド子爵の顔に一瞬、残虐そうな笑みが浮かんだのを、わたくしは見逃しませんでした。
「ウェールズ様っ!」
 思わず叫ぶわたくし。
 まるで時間の進みが遅くなったかのように、わたくしの両目にはワルド子爵の一挙手一投足がはっきりと見えました。
 ワルド子爵が猛然とロビンソン子爵に襲い掛かり―――
 デルフリンガーさんでバッサリと斬り殺し―――
「エア・カッター!」
 ウェールズ様が魔法を唱え―――
 くるりと身を翻してワルド子爵が避け―――
 そして振り返りざまにウェールズ様の心臓に―――
 デルフリンガーさんを突き立てたのです!

 ガッ!
「ウェールズ様あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ウェールズ様の身体が、ゆっくりと傾き始め……
 どさり。
 倒れました。

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 わたくしは走りました。
 我を忘れて走りました。
 それが死への直行便である事すら忘れ、重傷を負った使い魔のことも忘れ、ただただ愛する人の元へと駆けつけようとしました。
 そしてそれが、わたくしの最期でした。
「アンリエッタっ!」
 サイトさんがわたくしを呼び止めようとしましたが、わたくしには聞こえませんでした。
氷の矢(ユヌ・フレーシュ・ドゥ・ラ・グラース)

 ガスッ!

 わたくしは自分の心臓が、ワルド子爵の魔法に貫かれたことにすら気付きませんでした。
 ただわたくしは、ウェールズ様の元へ駆けつけようとして走り続け……

「アンリエッタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 どさり!
 絶命したのです。


―――――
初版:2009/12/12 19:59
改訂:2009/12/13 01:00



[6883] 女王陛下の黒き盾 ~25 エピローグ~
Name: コルベール予備軍◆21000d19 ID:533801c7
Date: 2009/12/13 01:16
女王陛下の黒き盾
~25 エピローグ~


―― ??? ――

 ぱたぱたと子供の足音がしたかと思うと、いきなりドアが開き、ジャックが走り込んで来ました。
「大変だよ大変だよ!」
「あらジャック、どうしたの?」
 また誰かが来たのでしょうか?
 若干警戒しつつ尋ねると、ジャックは街道の方を指差しつつ、ぶんぶんと腕を振り回して言いました。
「パレードだよっ! すっごいパレードが通ってるよっ!」
「パレード?」
 先勝パレードかしら?
 ここ最近、この国では内乱が起きていて、貴族の皆さんは大騒ぎだと聞いていたのですが。姉さんも手紙で、村から出ないようにと念を押していましたし、トゥイードルも普段以上に警戒心を高めている様子だったのです。
 そんな状況が続いた後でパレードと言う事は、内乱が収まったと言う事かも知れません。
 ところがジャックは違う事を言いました。
「うんっ! 王子様が何とかって国のお姫様と結婚式するんだって!」
「結婚式?」
 この国で王子様と言えば、もちろんウェールズ・テューダー様の事です。そのウェールズ様がご結婚なさるのでしょうか?
 内乱のドタバタが収まってもいないのに結婚式?
 相手がどこかの国のお姫様だと言う事は、政略結婚で内乱を収束させたと言う事でしょうか?
「凄いわねジャック、教えてくれてありがとう」
「うんっ!」
 ぱたぱたと走り去るジャック。
 と思ったら、再びジャックは戻って来て言いました。
「ダムとディーも来てるよっ!」
「あらあら」
 再び走り去るジャック。子供だけに慌ただしいわね。

 言われて気づいたのですが、家の外から子供たちの歓声が聞こえて来ています。どうやら子供たちがトゥイードルと遊んでいるようです。
 ダムとディーは子供たちの人気者ですからね。
 わたしは棚から乾燥させた鳥の骨を取り出すと、適当に2本選んで外に出ました。
 見ると案の定、子供たちがトゥイードルを乗り物代わりにして遊んでいます。体高1メイル半もあるトゥイードルは、背中や首に子供たちを乗せてゆっくりと歩いています。ただしその歩みは酔っ払いのようにふらふらとしていて、よろけそうになるたびに背中の子供たちが歓声を上げます。
「きゃははははは!」
「よっぱらい!」
 もちろんトゥイードルはわざとそんな歩き方をしているのです。
「ダム。ディー。久しぶりね、姉さんは元気?」
 わたしが近付くと、2匹はそろって返事をしました。
「アウッ!」
「ワオゥン!」
 わたしが鳥の骨を差し出すと、ダムとディーはバリバリと音を立ててそれを噛み砕き、ごっくんと飲み込みました。2匹とも警戒している様子がありません。どうやら予想通り、内乱は収まったようです。
「ね~ね~ディー、続きして~~~」
 ディーの首に跨っているエマが、両足をバタバタさせながらねだります。
 わたしは両腕を伸ばし、ダムとディーの喉元を掻いてやりながら言いました。
「いつもありがとう、ダム、ディー。お昼には鳥をあげるわね」
「アオッ!」
「クゥ~ン」
 ぺろぺろと両側からわたしの顔をなめ回すダムとディー。
 2匹は軽く身震いすると、2匹合わせて4本しかない足で、再びよろよろと家の周囲を闊歩し始めました。
「きゃー!」
「おちるー!」
 子供たちは大歓声です。
 その様子を見て、わたしは思わず独り言を言いました。
「良かったわ、平和になって」
 実はそれが波乱の幕開けだということは、その時のわたしは知る由も無かったのです。


―――――
初版:2009/12/13 01:16





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 はい。

 どうにか無事に完結にこぎつけました。
 第2部だけで10カ月、第1部と合わせると1年半にも及ぶ長きに渡ってお付き合いいただき、ありがとうございます。
 途中アンチ疑惑などもありましたが、最後まで読んで頂けたなら、そんな次元ではないことをご理解いただける……と思うのですが。
 もちろんタイトルに「女王陛下」とある通り、この物語のヒロインはアンリエッタです。彼女が今後どうなるかは、エピローグをご覧になった方なら容易に想像がつくのでしょう。
 ではここでネタバレも含め、皆様がおそらく疑問に思っているだろう質問にお答えしたいと思います。

① なぜアンリエッタをヒロインに選んだのですか?
 消去法で選びました。もちろん作者はアン様好きなので、アン様ヒロインの素養はあったわけですが。
 ルイズヒロインにしなかったのは、原作設定のままで非ガンダールブ化したかったからです。従って誰がヒロインになるにせよ、ルイズだけは無しでした。
 以前の感想返しにも書きましたが、実は最初はタバサSSを書こうと計画していました。しかし計画当時、原作ではタバサの素生などがほとんど明かされておらず、しかもガリアの内情も全く不明でした。なので原作設定を重視する作者としては書きようが無かったのです。
 次に検討したのはキュルケです。しかし彼女がヒロインになると18禁展開を避けて通ることができません。なのでこれも断念しました。
 モンモンだとギーシュとの三角関係が主軸になってしまいますし、エレオノールやカトレアも学院生ではないのでオリジナル展開にせざるを得ません。
 と言う訳で結局、アン様をヒロインにして、強制的に学院に来させる事にしたわけです。幸いアン様は最高権力者なので、サイトの現代日本的な知識を活用しやすいと言う利点がありますし、そのうち死んじまう恋人もいるので非常に都合が良かったのです。

② なぜサイトが主人公なのですか?
 その質問に意味があるのでしょうか?
 サイト以外の誰かを主人公にする気は全くありませんでしたし、今でもありません。

③ サイトのルーンは何だったのですか?
 アン様が死んでルーンも消えますから、今更ど~でも良いじゃないですか(苦笑)。
 ですが消えた今となっても、ルーンの正体は最高機密です。もしこのSSが原作に匹敵するエンドを迎える事があるのなら、その時には明かされる事になるでしょう。

④ なぜサイトをガンダールヴにしなかったのですか?
 それが作者が本作を書こうと思ったきっかけだからです。ゼロ魔の原作にあるチート要素を出来るだけ取り除く、それが本作の意図です。

⑤ サイトは現代知識チートでしょう?
 大きな間違いです。本作のサイトは現代高校生の持つ知識しか使っていません。しかも使っている知識の大部分は小学生レベルです。
 頂いた感想の中には、本作のサイトをチート呼ばわりしていた人もいましたが、残念ながら本作中の現代知識は大学受験よりも遥かに手前の物ばかりです。日常生活の中で使うとは言いませんが、モールス信号を除けば知ってて当然の物ばかりです。

⑥ サイトは俺TUEEEEEでしょう?
 え~と申し訳ありません。どこをどう間違ったらそう読めるのでしょうか?

⑦ なぜアン様を殺したのですか?
 物語上、必要だったからです。
 ネタバレするならば、死ぬのはサイトでもアンリエッタでも構わなかったのです。が、今後の展開から必然的にアン様が死ぬことになりました。

⑧ ヒロイン殺すってどんな駄作だよ?!
 単に主人公を最悪の状態に追いつめただけです。
 本作のような原作追従系のSSの場合、容易に展開を予想することが出来ます。それはそれで構わないのですが、やはり何の違いも無いのでは読者も退屈してしまうでしょう。なので多かれ少なかれ原作と違う展開を入れざるを得ない訳です。
 本作の場合、原作から予想しうる、史上最悪の展開を用意した、と言う事です。

⑨ つ~かアン様殺してんじゃね~よボケェ!
 ふざけんな? 最低? 怒った?
 それならば大成功!

⑩ で、アン様は生き返るんでしょ?
 推して知るべし。

⑪ まさかここからルイズヒロインになるんじゃないだろうな?
 あ~、それも面白いかも、とは思ったんですけどね。そうはなりません。

⑫ 本作はアンチルイズでしょう?
 違います。が、アンチルイズに見えるのなら、作者的には成功です。

⑬ アンチルイズじゃないのなら、何でルイズに親殺しさせてんだよ!
 単に史上最悪の敵を用意しただけです。原作から予想しうる最強の敵、それがルイズです。
 ワルドごとき小物など、本作で活躍させる気は有りません。真の敵は超絶チートであるルイズです。

⑭ もちろんルイズはアン様に殺されるんだよね?
 だからアンチルイズじゃねえと言ってるだろうが!

⑮ 結局マロンの正体は何?
 そもそも作者がなぜマロンという名前を採用したのか気付けば、アンチルイズだなどと言う疑いは持たない筈だったんですけどね。
 もちろん正体は最高機密です。が、ヒントは出していきますので、予想はつくと思います。
 誰かの感想で、アンリエッタとルイズの使い魔が入れ替わったのではないか、というご意見があったのですが、実はその通りです。マロンは本来、アンリエッタの使い魔になるべき存在です。

⑯ どうせマロンがアン様を生き返らすんだろ?
 ハズレ。

⑰ 馬鹿野郎! さっさとちい姉さま出せ!
 第3部ではかなり活躍いてもらう予定です。が、カトレアの病気の正体がわからないので、使い辛いんですよ。

⑱ 今からタバサヒロインで書き直せ!
 無理。

⑲ いや、真のヒロインはティファニアに違いない!
 あの乳揉みてえ~!

⑳ 使い魔じゃ無くなったサイトがKAKUMEIすんだろ?
 そう言う話を期待されるのでしたら、他作者様の作品をお読みください。アルカディア内だけでも色々な作品がありますので。


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