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[713] 狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2008/05/13 22:17







道を間違えて知らない所へ辿り着いた。

怖かった、先に何があるのかが分からなかった。

何もかもが手探りで、足掻いても誰も助けてくれるわけでもなくて、

知らないうちに泣いていた。





狂った歯車の上で





もう慣れた視線、白く、冷たく、決して近寄らせない里人達の視線。

その中を歩く、怖かった。

所々から聞こえてくる呪詛、なんでこんなことになってしまったのかなんて何度も、何度も考えた。

一度も答えなんて出てきやしないし誰も教えてくれない。

この里でのオレの立場なんてそこらでオレへの呪詛を吐いている糞共のペット以下だろう。

気が向いたら殴って蹴って、それでいてなんの罪にも囚われない。

過去に誰か、覚えたくもないから忘れた奴から吐き捨てられた言葉がいい具合に脳に残っている。

四代目、四代目、四代目………

訳が分からない。何故、四代目を英雄視するのかが分からない。

二日前に里人達に袋叩きされて出来た怪我した箇所は訳の分からない力で既に直っている、その筈なのに疼いて止まらない。

四代目というフレーズが脳を過ぎる度に心臓を中心に何かの衝動が走る。

憎悪が止まらない、怒りが止まらない、殺したくて止まらない。

「まだ、だ……欲情してんじゃねぇよ」

熱く発熱する心臓を押さえつけて、視界がチリチリと星が瞬く、酸素が欲しいと肺が躍動する。

オレが殺意を抱くたびにこの心臓は踊り狂う。

まるで自分の波長とオレが一致した事を嬉しがる様に。

里の奴らがよくオレに向かって吐き捨てる言葉をオレ自身が口にした。

「この、クソ狐」

ドクン、と一回の鼓動、奴の嘲笑だと思った。







「今、戻りました」

今日一日くらい夕日を見てから帰ろうと思っていたが久しぶりに先生が帰ってくるということでそれを中止して新しい我が家へと戻った。

夕日はいい、すべてを燃やすようで、それとは別に暖かく包んでくれそうで、そして決して手が届かない。

「早かったね、てっきり今日は夜に来るものだと思っていたよ」

家の中ではめがねを掛けた温厚そうな青年が椅子に座って本を読んでいる。

自分の家に勝手に人が入って寛いでいる、というのに怒りは沸いてこない、というよりも沸くはずもない。

「まるで台風みたいな表現ですね」

そういってナルトは自分用のコーヒーを作りお湯を入れて椅子に座る。

口調と体が合っていなく、椅子が高すぎるため座るのに四苦八苦する。

それを見ていた青年、カブトは小さく笑って

「子供用のテーブル、買ってこようか?」

「結構です」

頑固だなぁ、とおいしそうにコーヒーを飲んだ。





任務中に一人の忍びが死んだ。

その報告に遺族は泣き悲しんだ。

誰のせいだ? と誰かが言った。

事故だったのだろうが、誰かに責任を押し付けるという行為は己の胸に溜めた怒りを解消するためには必要であった。

遺族の者達は考えた。生贄を、己等の怒りをぶつける相手を。同じ隊の忍び、事故の切っ掛けを作った者、他国の忍び………そして見つけた。

反抗してきても皆が己達を正当と扱ってくれる生贄を。どんなにこちらに非があったとしてもあちらが罪を背負うであろう生贄を。

そして生贄への執行はすぐさま行われた。

少年が路地を通ったらすぐに角材で殴った、そして見せてもらった死んだ家族と同じように腹に穴を開け、背中をズタズタにした。

あの子が味わった痛みを味わえ、このくそ狐。そう言って去った。

この里ではこの少年へのそういった干渉は掟によって禁止されている。大通りで堂々としては低確率だとしてもこちらに罪を被せられるかもしれない、そういった危惧から路地という場所を選ばせた。

その家族は知っていた、その少年が何をしたという訳でもなく、ただ一生懸命生きているという事を。

しかし、この里に流れる空気がそうさせた。

日常茶飯事とは言わない、それでも何度も目にした風景、一方的に殴られる少年。そして何も言うことのない大人達。大人の言うことをそのまま覚え、少年に暴行する少年達。

すべての者でないにしても多くのものは少年を恨んでいた。

数年前に起きた九尾の事件、それからすべてが変わっていった。

金の毛を纏った化け物と金の髪を靡かせた英雄、そして同じ日に生まれた金糸の少年。

英雄を連想させる反面、化け物を連想させてしまう少年、悩ませてしまう。

どちらなのだろう、と。

上の者達はなにも言わない、そして少年の頬には狐の髭そっくりな傷が残っている、そして誰かの仮想が里を覆っていった。

噂は創造を誇大化させる、そして誰かが少年に暴行していくうちに考えが固定していく。

そして英雄という選択肢は消えた。

自分の殺意と憎悪に胸を押さえて意思のままに行動してしまうのを抑えている少年、止まらない、そして心の炎は大きくなっていく。

炎はやがて少年の心という小さな容器から溢れ出してしまうだろう。そして全てを燃やし尽くす。

炎は何かを糧にしなくては燃え続ける事は出来ない、木や空気、そして少年の心を燃やして炎は焚き続ける。そして消える、糧を失くして、心を燃やし尽くして。

その炎の熱に苦しむ少年を見ていた青年は面白いものを見たかのように笑いながら、笑い過ぎてずれた眼鏡を直し少年の耳に聞こえる程度にそっと言った。

「いい眼だ。壊れきっている眼をしている」

少年は振り向く、また殴られるのかと思い。

拳は振り下されてこない、疑問に満ちた目で近寄る青年を見やる。

「君は既に壊れている、随分と我慢したんだね」

血が流れている部分に手を添えて治療する。

「あ……」

暖かい、と言いたかった。だが言ったこともなく初めての言葉に言い損ねる。

「君の持った感情に間違いなんてない」

微力ながら溢れている殺気の事を言っているのだろう、しかし少年は心臓を圧迫している黒い衝動なのだと思った。

「己を騙してまで他人が作った道を歩くのかい?」 

何がなんだか分からなかった。

だが言っていることの根元は分かった。

首を横に振る。

それを見て青年は笑った。邪悪な、そして陰湿な笑みだった。それでいて本心から喜んでいた。

「ならば、僕は心から応援しよう、君の外れた道を、君の作った道をね」
そして少年、ナルトの道は決まった。

先には何も無く全てが闇で、その全てを手探りで見つけていく道。












[713] 狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2008/05/13 22:19



風を追いかけた。
走った、どこまでも。
だけど、途中で諦めた。


狂った歯車の上で


新学期が始まった。
去年は大した生徒は見つからなかった。とても、つまらなく、とても居心地の良い一年だった。
日向ネジ、天才と言われて入学してきた生徒と出会った。
世に跋こびる天才というのは、どうして、こうも苛つくのだろうか。
「うずまきナルト、今日こそお前を倒してみせる」
いつもは出ていない体術の授業、そんなものどうでもよかった。ただ、何もせずに、何者にも干渉されずに独りで入れれば良かったのに、感じてしまった。
日向ネジという少年が本当に天才であるという事実を。
「はっ!」
浅い白打、当たらないと思っていたが思っていたよりも深く、速かった。
「ちっ!」
掠った、それだけだったのに血が食堂を逆流するという痛みが走る。
目の前のネジを見た。
オレだけを見ていた。馬鹿正直に、真っ直ぐに、天才という覇気を醸し出しながら。
才能の無いオレが辿り着けた先を悠々と追い越していくだろう、そんな眼をしていた。
「気に入らないんだよ……その眼がな!」
本気を出した。踏み出した足が道場の板張りを踏み砕き、一直線にネジの顔面に拳を叩き込んだ筈だった、鼻の骨くらい簡単に打ち砕く筈だった。
ネジの眼の周りが膨れ上がり、皮一枚で避けられた。
気に食わない、知識だけで知っていた白眼が目の前にあるというのに怒り以外の感情が表れない。
「白眼……開眼してたのか」
その眼で見るな、冷静にこっちを見てんじゃねぇ。
「荒れているな…そして動揺しているようだ」
冷静に見るなって言ってんだろ。
見んじゃねぇよ。
ネジは笑う、誇りを感じるかのように。
ネジは憂う、先を行く者に追いついたと。
そして、ネジは顔が分からなくなるまでオレに殴られ続けた。
それは教師が止めに入るまで、オレは殴り続けた。



雲が流れる、それに意思は無く、ただ流れている。
「最っ低……だな」
屋上で独り、そして一人で寝転がる。
授業はサボる。
カブト先生と出会ってから色々なことを学んだ。
それは人を殺す術と人を生かす術。どちらも結局は人を殺す術だということを学んだ。そしてやり方の違いだけという事も学んだ。
裏と表は結局は同じ意味を表す、それでも客観的に見るとまったく違うという事も学んだ。
あの時、オレはネジを殺すつもりで殴りかかった、なのに避けられた。当たらなかった。
笑いが溢れてくる、才能という枷が足を引っ張る。そしてアイツは才能という風が背中を押してくれる。
正直、羨ましかった。
強ければ、生まれたときから才能に溢れていれば、ただ、ただ受身でいる必要が無かったかもしれなかったのに。


同じクラスの子供達の笑い声が聞こえた、それも嘲笑で。
屋上のフェンスから校庭を覗き込む、皆がマラソンをしていた。そして皆は走り終わった様子で、ただ一人だけ終わっていない様子で皆の笑いの中、必死に走っていた。
彼の名前は知っている、ロック・リー。皆に才能が無いと言われているのを聞いたことがある。
彼の位置と自分を変えて考えてみた。もし、自分があの嘲笑の中で走っていたら、、、、
「途中で諦めて帰る」
不幸な自分を責め続ける、そしていつかは居ないだろう両親を責める。なぜこんな自分を生んだのか、と。
諦めて、諦めて、そして最後に最初に想った事すら忘れてしまうだろう、だって居心地が良いから。
諦めるって事はその時に存在する最高に気持ちのいい選択肢、頑張る必要がないから。強がる必要が無いから。だからオレにはあのリーという奴が眩しかった。
自分にはない《前を見る》という感情を持っていたから。




ある晩、何の報告もなしに先生がオレの家にやってきた。

やけに血なまぐさかったがそれが初めてという訳でも無いから別段混乱はしなかったが、先生の持っているモノに驚いた。

黒点の無い眼球、ネジと同じ瞳だった。

「こんなくだらないことで失くすには勿体無いからね」

いるかい、と先生は缶ジュースでも奢るかのように尋ねてきた。

このオレに。血族という七光りのない役立たずと紙一重にオレなんかに。

藁にも掴む思いで、オレは頷いた。

ネジと同じ瞳、最強の洞察眼である白眼をオレが保有できる、それは悪魔の囁きにも思えた。

オレは無能、どんな方法だろうが役に立てる能力を持たなければ、いつかは捨てられる。

幼いオレでも簡単に分かる未来、そんなものを許容する訳が無い。

震える心に欺いて、オレは最強の眼を手に入れた。







キィ、とドアが開いた。

「なにか、いいことでもあったのかい?」

入ってきて早々にカブト先生はそう言った。

「わかり、ますか?」

今、オレはどんな顔をしているのだろうか。

「家の外からでも分かるくらいに、ね」

そうですか、と言って手足の無い元は人間だった男に視線を戻した。

視えたんだ。どこをどう切れば一番効率がいいか、どこをどう切れば一番痛いのかが。この眼は最高だ。オレの望む結果を導かせてくれる。この眼があれば、オレが最強だ。

「そうだ。今日は君にお客様が来てるんだよ」

カブト先生が言い終わり次第、長髪の薄気味悪い男が入ってきた。

「なんか用でもあるんですか?」

分かる。オレがこの人を拒絶しているということを。この人に関わる事で自分を失くすであろう事を。

自然と目つきが細くなる。睨みつけるように、オレの前から消えてくれと祈るように。

「ふふ、カブトの言ったとおりいい眼をしてるわ」

フッと柔らかく笑みを浮かべる男。

いい眼、その言葉にオレの心は敏感に反応する。

アンタを拒絶している眼をいい眼と訳す男が分からない。

「根元まで腐ってるわね、死んでるわ」

瞬間、目の前の男を殴るためにオレは跳んでいた。眼が教えてくれる、どこを切れば一撃で殺せるかということを、どこへ駆ければ最短で目の前の男の首を掻っ捌けるのかを。

拒絶への拒絶。自分への否定、そして肯定。自覚と共にオレは殺す気で目の前に飛び掛かる、が

「邪魔よ」

チャクラのメスを展開していたオレの右腕を払いのけて蹴り飛ばされた。

穴が開いた、そう思わせるほどに体がぶっ壊された。何時、目の前の男の脚がオレの身体に飛び込んできたのかも分からなかった。

吹き飛ばされて、家具を壊しながら止まり、そして開けられない目越しに男は言った。

「カブト、この子……才能ないわよ」

本当に強くする意味があるの、と男、大蛇丸はカブト先生に問う。

才能、またか。またそれか。なんでそればかりなんだ。ふざけんなよ。

口からは体から搾り出された息しか出てこない、口に出せない分の怒りと憎悪を開きかけた眼でありったけの呪詛を吐く。

「いいんですよ」

カブト先生は自嘲するような笑みでそう言う。初めて見る笑い方だった。

きっとカブト先生も分かっている。オレに才能が無いということを。だが、カブト先生にはそんなもの関係ない。

オレが実験道具以外の何物でもないって事実くらい分かっている。

それでも先生は言ってくれた。

「だけど、僕が見つけたんです。それが化け物でないはずが無い」

その言葉を聴いて、最高の笑みを浮かべてオレは気を失った。







「ナルト君、具合とか悪いんじゃない? 顔色が悪いよ」

ガヤガヤとうるさい教室で、いつもどおりの頭痛に顔色を隠せなかったオレに唯一、その少女は声をかけてきた。

ネジを殴ってから誰もオレに声を掛けなくなった。丁度いい、煩かったから。

そう思っていた矢先にその少女は声を掛けてきた。

顔を見た。名前が出てこない。覚えていなかった。

「…………誰だっけ?」

「忘れないでよ。私はテンテン」

間髪いれずにつっこまれた。そうか、テンテン、ねぇ。

記憶に留めた、オレに声を掛けてきた希有な少女の名前を。

「ごめん、それで?」

なるべく顔を見ずに言う。視線を合わせられない、すぐに逸らしてしまう。

見て見ぬ振りをする糞野郎、と思ってしまう。

「大丈夫? 顔色が悪いよ」

そう言って手鏡をオレの正面に差し出す。そしてそれを覗き込む。

酷かった、死体の色と同じ、白に近い色だった。血色というものがなく、本当に死体のようだった。

「本当だ、こりゃあ酷い」

クク、と笑う。才能が無い、という昨日言われた一言にここまで自分を追い詰めるとは思ってもいなかった。たかが数分の白眼の開放で身体にガタがくるくらいに貧弱だとも思わなかった。

分かっていた事実を、他人から言われるというのはかなりくる。か細いオレの心はガタガタになっている。

「保健室まで一緒に行ってあげようか?」

そう言って次の時間割を思い出す。そして止める、どちらにしても面倒だ。苛立ってきっと訳が分からなくなる。

「いいのかな?」

「大丈夫、先生には私が言っておくから」

そういう問題じゃない、と喉のすぐそこまで出掛かったが言うのは止めた。

こんなオレにそんな親しくしていたらきっと近いうちにとばっちりを食らう。どうでもいいがそれはこの子にとってデメリットだ。

「やっぱり遠慮させて貰う。自分で行くから」

そう言うと力強く腕を引っ張られた。

「気にしなくていいって! きっと保健室に辿り着くまでに倒れちゃうって!」

そう言って男子の視線を浴びながらオレは教室を引っ張られていった。

なんで男子クラスにいるのだろう、とは保健室に辿り着いてから思った。





彼女は授業を受けに辿り着き次第すぐさま教室の方へ戻っていった。

マイペースな人だ、とベッドの上でそう思った。

周りが見えない、自分しか見えないから自分を保っていられる。羨ましいなぁ、とオレは呟く。











[713] 狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2008/05/13 22:19








なんでこうなったのだろう。





狂った歯車の上で





「ねぇ? カブト、あなたA型だったかしら?」

なにを急に、とカブトは一瞬考えた。

「いいえ、AB型ですよ」

場所は音の里の医務室、今では自分の私室となりかけているが一応は公共の場である。

自分の回答と共に訪れる沈黙。

「僕の血液型が一体どうしたんですか?」

それよりもこのメスを磨きたいというのにこの人は。

「あなたがあの九尾の子を拾うなんてねぇ」

大蛇丸様は薄笑いながらそう言う。

「気に入ったんですよ、あの時の眼が、あまりにも腐っていたのでね」

あれはいい眼だった。本当という意味でこの世にもう価値を捨てていた。

心の死んだ人間など、ただ食料を消費するだけのゴミだと常々思っていたがあの眼を見たら考えが変わった。

「眼、ねぇ……それだけ?」

大蛇丸はさも興味がないかのようにカブトに問う。

「僕が気に入ったんですよ?」

珍しいでしょ? とカブトは遠まわしに言う。

「きっと壊れるわよ、その子」

ククク、と含み笑いをする大蛇丸。想像しているのだ。その壊されるだろう九尾の人柱力の未来を。

「あはは、壊れていた物をどうやって更に壊すっていうんですか」

「それもそうねぇ」

カチャカチャ、とメスをケースに入れていく音だけが部屋に鳴り響く、カブトはその無機質な音が好きだった。


「でも、止まりませんよ……面白すぎて」

全てのメスをケースに収め終わり、カブトは立ち上がる。

「どういう意味かしら?」

閉じかけていた大蛇丸の眼が開く。

「大蛇丸様が育てている五人、その五人に分けている時間と手間を僕は全てナルト君に注いでみたい」

「それこそ本当にぶっ壊れるわよ、その子」

ありえない、カブトは本心から思った。

「だから、もう壊れてるんですよ」

そう言ってカブトはスパイとして送り出されている木の葉へと戻ろうと部屋から出る。

月は笑う、まるでこれから起こるであろう事を謳いながら。







「そうだな、お前は銀だな」

何を急に言い出すのだろう、目の前のクマはそう言った。

クマは、まぁニックネームのようなものだろう。それがもっとも形容として合っている。

「前ばっかり見てて横が見えない、そして後ろみているのに見えていない」

パチ、と香車を前進させて目の前のクマは言う。

「んじゃ、アンタは………これだな」

パチ、とオレは歩で角取りを指す。

「歩、か………なんでだ?」

オレは上忍だぞ、こんなにしょっぽいのか? と言っているが聞いてやらん。

「アンタ………不器用なんだよ。前しか進めないんだ。んで、行くとこまで行って回りが見えるようになる、それで取られるって感じかな?」

歩をひっくり返して金にする。

「はは、こんな感じか?」

「あっ!?」

桂馬で簡単にオレの金にしたばかりの歩が取られた。

勝負は終わらない。

「…………まだ終わらないのか?」

下手くそ同士の勝負なんてこんなもんだ、と言ってクマはタバコを吹かした。

なんでこうなったんだ、とナルトは小さくも無く、どちらかと大きいため息を吐いた。





昼に里の子供達に追いかけられて逃げていた。

ただちょっかいを掛けに来ただけだと思うがこちらからしたら迷惑以外になかったので全力で逃げ出した。

子供達も追いかけてきた。まだ忍術もなにも使えなかったから振り切れもせずにただ走った。走り続けた。

子供達がそこらに落ちている木の枝を手に取り走ってきているのが目に入り久しぶりに恐怖感を覚えた。

走って、走って、走り続けた。

里じゃ駄目だ。逃げるという定理から外れている。自分から殴ってくださいと言っているようなものだ。

ドン、と森が抜けたところでナニかにぶつかった。

「なにやってんだ?」

一瞬、本当にクマかと思って叫びそうになった。





「ちょっと一本くれよ」

「一本だぞ」

そう言ってトン、と箱の底を小突いて飛び出したタバコをこちらに差し出すクマ、もといアスマ。

「………止めろよ、まだ子供だぞ」

「同心が増えるって事はいいことだ」

皆は吸おうともしねぇ、とアスマは愚痴る。

そりゃあそうだ。忍びがタバコ吸っても自分の寿命を縮めているだけだ。誰も吸う訳がない。

「いつか、吸わせてもらうよ」

そう言って大事そうに懐にしまう。初めて他人から貰った物だから。

「大人のいつかと子供のいつか、ってのはこうも違うのか、って時々思うんだよ」

アスマが将棋の駒を仕舞いながら言ってくる。

「そうなのか?」

自嘲しているかのように

「ああ、そうだ」

アスマは言う。

「大人ってのは拒否するときにいつか、とかまた、って言っちまうんだ」

そう言って何度も親父から逃げ出してた、とアスマは軽く言う。

「お前はいつか、絶対に吸うだろ?」

自分の懐を指差してアスマは言う。

「うん」

正直に答える。

吸ってみたい、本心からの答えだった。

「やめとけ、不味いから」

「はい?」

なに言ってんだ? 同心がなんたらって言ってただろ。

「ハマると、止まんねぇぞ」

美味いからな、と言って立ち上がる。

「どっちだよ」

オレの問いも「さぁ、仕事だ」という言葉にかき消され、アスマの姿もかき消えた。

なにもすることが無くなったオレは徐に懐から貰ったタバコを取り出して口にくわえた。

火はつけていない、ただ吸ってみただけ。

「ん、甘い……メンソールか」

乾いたフィルター越しに甘い味が口に広がった。

タッ、と縁側から飛び降り、玄関から出て森へ帰ろうとすると嫌でも大きい月が眼に入った。

「やっぱり、綺麗だよなぁ」

月が好きだ。月が唯一居られる空間な夜も好きだ。陽の下は明るすぎて自分を疑ってしまいそうになる。

何度も色々な夜を体験した。月の無い夜、風の無い夜、どちらもある夜、そして

「こういう夜も、いいなぁ」

口には火のついていないタバコを咥え、少し大人になった夜。









[713] 狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2008/05/13 22:21










オレはまだ、必要ですか?







狂った歯車の上で









簡単な作業、腐りやすい部分を取り除き消毒していく。

カチャカチャ、と機械的な音が鳴り響く中、心の奥ではドロドロと黒い何かがあふれ出していた。

あの時、自分に会いに来た大蛇丸が言った「才能がない」という言葉は今も心に深く、痛々しそうに刺さっている。

「先生」

「ん、なんだい?」

「なんでオレを選んだんですか?」

カチャカチャ、と先生は答えずにメスは容器を片付けるだけ。

わからない、薄々感づいてきている。自分に才能が無いという事実を。

「同情………だった、かな?」

片付けている手の作業が止まる。

何かが弾けて、失ったような喪失感。

「同情…だったんだ」

口が別の意思を持ったかのように笑い出す。

人は本当に怖いと本能が察知したら泣くよりも速く笑い出す。忘れたい、その事実を偽りとしようと笑うのかもしれない。

「その次に……なんだったかな」

先生は薄く笑う。

ときどき思う。この人はなにを基準に人を選んでいるのだろう。

この人の感性は少しおかしい。

「面白い……じゃないな、親近感…でもないなぁ」

そしてカブトは急に自分の腕を切った。

そしてその腕を自分の前に差し出す。

治してくれないか、と眼で伝えてくる。

断る理由もない、だから治す。

「やっぱり、君の治療は暖かいね」

「どれも変わらないと思いますよ」

寧ろ、先生の治療の方が手際もよくレベルが違いすぎる。師としては最高なくらいだ。

「君は感情に動いて、それで破滅してたね」

治した腕を見て、そして笑う。

「君の目を見たとき、なんだかね、やっと見つけた、って思えた」

柄にもないね、と言って先生は立ち上がった。

「本当にそうですか」

「そうだよ」

「本当ですか」

「そうだよ」

やっぱり、この人はおかしい。

こんな出来損ないなんか欲しがって、すぐに壊れてしまう玩具なんか欲しがって

「ありがとうございます」

心から、ありがとうございます。

「才能と必要は同意語じゃない、僕は君が欲しかった。それだけだよ」





「カブト、貴方にしては饒舌ねぇ」

「見てたんですか……相変わらず」

大蛇丸は部屋の外の廊下に背を持たせて立っていた。そしてカブトが出て着次第にそう言った。

「相変わらず、なによ?」

「悪趣味って事ですよ」

クク、と大蛇丸はその答えに笑みを浮かべる。

「悪いわね、この性格は変えられないの」

「そうですか、随分と厄介ですね」

クク、とカブトも笑みを浮かべる。

二人は誰もいない廊下を歩き出す。足音はない、ただ布が風を切る音だけだ廊下に流れ出す。

「貴方も随分と口が上手いわね、信じちゃうわよ、あの子。純粋みたいだから」

随分と歩いた頃に大蛇丸はそう言い出した。

「嘘じゃないですよ。本当の事です」

カブトは大蛇丸の言葉に照れたように眼鏡を直す。

渇いていたから、更にひび割ってやろうと思った。
乾いていたから、更に壊してやろうと思った。
化け物、そんなブランドがなんの意味を持っているというんだ。そんなもの、真逆。使えなくなるまで使い続けてやろう。

「僕は、貴方と違って優しいですからね」







「ナルト君、手裏剣の投げ方教えてよ」

なにを言い出すんだ、コイツは。

教室に入り次第、テンテンはナルトにそう切りだした。

「手裏剣はナルト君の方が上手いでしょ?」

ね? と言って手を引っ張るテンテン。そして困るナルト。

「手裏剣術の成績が学年トップくせによく言うよ」

事実、テンテンは手裏剣やクナイなどの成績はトップである。それを知らぬ生徒はまずいない。

それでもテンテンは引き下がらない。

「それは君が授業に出てないからでしょ?」

「いいや、出ていても負けてるね。だから出て行ってよ、ここは男子クラスでしょ?」

周りの男子が不思議そうな眼で二人のやりとりを見ている。何人かが「僕が教えましょうか?」と言ってきているが他の男子に「お前じゃ逆に教えられるぞ」などと言って冷やかす。

ナルトは本当に困った顔をしている。

「そんなの私は気にしてないわよ」

「オレは気にするの」

二人の意見は平行線、ずっと言い合いながら休み時間が終え次の授業が始まりテンテンは帰っていった。

そして次の休み時間にテンテンは男子クラスに来ても、既にナルトはクラスから消えていた。





カン、と乾いた音を立てて手裏剣は的となっていた木の板に深く刺さった。

パチパチ、と拍手をしながら周りの生徒は見ている。

男女合同の手裏剣の授業、その中でもテンテンの腕は抜き出ていた。

ナルトは木の上に寝そべりながら授業を見ていた。

「なんだ、やっぱり上手いじゃん」

ナルトはテンテンの投げる姿勢を見てそうつぶやいた。

心の中にあるのは、喪失感。

自分は必要じゃなかった、と自覚する。

テンテンの手裏剣は止まらない。五回、十回、と続いても決して的を外さずに的確に的を射る。

外れるのに何時間かかるのだろうか、誰もがそう思うくらいにテンテンの手裏剣を投げる姿勢は綺麗だった。

カン、カン、と時計の針のように同じ幅で音がなるのに慣れてきた頃、次の生徒が呼ばれた。

「うずまきナルト、はまたサボりか」

どうでもいい、といった感じに事務作業のように過ぎていく自分の順番。教師もいなくて清々、といった感じだ。

暇だから、まぁいいか。と自分に言い聞かせてナルトは跳んだ。

急に現れたナルトにあからさまに嫌な顔をして教師はナルトに授業用の手裏剣を託す。

暇だったから、そう何度も呟きながらナルトは的の正面に立つ。

生徒全員がナルトを見る。

不良生徒が初めて授業に参加する、それだけでも興味はあるのだか休み時間中に手裏剣の成績トップであるテンテンが教えを請うくらいだからどれほどにまで出来るか、そういった考えも男子生徒は持っていた。

投げ続けていたテンテンも作業を止めてナルトを見ている。

「恥ずかしいな、意外に」

そう言って適当に投げた手裏剣はテンテンとまったく同じ軌道を辿ってカン、と乾いた音を立てて的の木の板に深く刺さる。

後ろから声が上がる。それでもナルトは後ろを振り返らずに投げ続ける。

カン、カン、と二度同時に投げても板の中心に描かれた円に刺さる。

面白くなった、そう言ってナルトは残された四枚の手裏剣を同時に投げる。すべてが別々の軌跡を辿って四つの別々の的の中心に深く刺さった。

シュッ、と短い音に気づいて手を出した。もう一枚の手裏剣だった。向かってきた方向を見るとそこにはテンテンは立っていた。

「もう一回投げてよ!」

そう言うテンテンにこの際だからとちょっとナルトは本気になった。

今までのはテンテンの真似事、綺麗だと思ったテンテンの姿勢を真似ただけ。

見てろよ、と心の中で呟いてナルトは身体の作りからなる理想的な姿勢から腕を振るった。

ヒュッ、と風を切る音を立てて的の中心に既に刺さっていた手裏剣を砕いてその手裏剣は的に刺さった。

誰もが声を出せずに壊れた手裏剣を見る。唖然とする教師の前を通り過ぎてナルトは教室から出て行った。

それを見てテンテンは慌てたようにナルトの後を追っていった。





「やっぱりすごいよ!」

なに言ってんだ、コイツ。

前回と同じようにナルトはダルそうに木の幹に座り込みながら深く息を吐いた。

「手裏剣術の成績が学年トップくせによく言うよ」

なんだよ、あの投げ方。綺麗で上手くって、真似をしたくなった。そうナルトは心の中で自分と、そしてテンテンに罵声を出す。

なんでだろう。彼女を見ていると腹が立つ。

優しくしないで欲しい、欲しくなってきてしまう。

普通に扱わないで欲しい、欲しくなってきてしまう。

「勝負してたら絶対に私負けてるよ」

「いいや、実際に勝負しても負けてるね、だから授業に戻りなよ。まだ終了時間じゃない」

負けてるさ、だってアンタに投げられないよ。優しいから、こんな出来損ないにも。

テンテンはハッと顔を強張らす。自分が授業を抜け出したことにやっと気づいたようだ。

「だから早く帰れって、この優等生」

シッシ、と手を振って犬でも追い返すかのようにするナルト。

「う~、なんか棘のある言い方ね」

そう言って少し嫌そうな顔をするテンテン。

ちょっとやり過ぎたか、とナルトは顔を顰めた。

「ごめん、ちょっと言い過ぎた」

素直に顔を下げる。

「でも、帰ってくれよ。オレの中のアンタはいつも優等生なんだ。だからそれを壊さないでくれ」

オレの日常を壊さないでくれ、そうナルトは願った。

自分が優等生だと言われてテンテンは顔を赤くするが隠すように顔を軽く振った。

「よし、それじゃあ一緒にどっかに行きましょ」

「は?」

三度目のなに言ってんだ、コイツ? という顔をするナルトの手を無理やり引っ張ってテンテンは走り出す。

「一回くらい変わらないわよ!」

そうかなぁ、と思いながらも足はテンテンのペースに合わせてナルトは走っていた。











[713] 狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54
Date: 2008/05/13 22:31










寂しいけど、すぐに慣れるよ。

さよなら。





狂った歯車の上で





愉しかった、それでいて楽しかった。そう言える時間だった。

顔を殴り続けたにしてもネジとの間はそうは変わりもなく、ただ殺伐としていた。

勝負を掛けられたら気を失うまで殴り続けた。

話しかけられたら白眼でも探し出せなくなるまで逃げ続けた。

オレは―――アイツが嫌いだ。

溢れんばかりの才能に生きるに苦のない環境が用意されている。

自分とは表と裏のような生き方、と思っていた。

それでも研究していれば宗家と分家についてくらいは分かってくる。

アノ日向ネジの生き様も知った、そして腹が捩れるまで笑ってやった。

冷静に考えると原因が自分だというのに気づいたが、アイツならオレを殺す権利も無くはないと思えた。

オレはアイツが嫌いだ。だけど、滅茶苦茶に嫌いなわけじゃない。どういう基準なのか自分でもわからないが、まぁどうでもいい。

そしてロック・リー、馬鹿みたいに真っ直ぐで、馬鹿みたいに綺麗だった。

人生を掛けて自分の存在意義を探そうとしていた。オレはもう諦めたっていうのに。すごい、と思った。

はじめて見た時とはもう違う、強い輝きを放って、今のリーは歩いている。

認めてやる、アンタは最高にカッコいい。オレの知りうる中で唯一、本当に唯一自分の道、人の道から外れた人だった。

最後にテンテン。本当によくわかんない奴だった。

試験の前日に一緒に合格しよう、だなんて言ってきやがって、本当に合格しようかと思うくらいに嬉しかった。

唯一、自分と普通に接してくれた生徒だった。本当に、本当に感謝したい。

出来ることなら、自分のしている事に気づいて、止めてくれていたなら、なんて思うくらいに愛しい。

きっと、オレって惚れやすいんだと思う。やさしくされちゃうとすぐに、好きになる。

手を引っ張ってくれたときにはきっと、既に狂い掛けてたかもしれない。

手裏剣の授業の時はもう壊れてた。きっとオレはアンタに壊されてた。

だけど、アンタは皆に対しても同じだった。だからこれはオレの片思い。

アンタが好きだったのはネジだった。だからオレはネジが嫌いだった。オレはきっと嫉妬深い。

でも、今回は捨てさせてもらう。

まだ、大切なものが見つけてないから。

「四代目の、、、、馬鹿野郎ッ!!」

罵声と共に拳が下され、いつもの狂乱が始まった。







「……ハッ……ハッ…」

痛い、とも言えずに地面に恥ずかしくも無く横たわる。

腕が折れてる。直るのに時間がかなり掛かるだろう。直った後も少し歪になるだろうし、いいことなんてありもしない。でも、これで試験なんてサボれる。

糞野郎、糞野郎、糞野郎と何度も言ったが効果はまったくなく逆に相手の怒りを買い何時もよりも長く殴られ続けた。これも仕方ないと思っていても、腹が立つ。

久しぶりにキッツイお仕事をして達成感と不快感が混ぜこぜになった感じ。

血が流れすぎた。視界が霞んでくる。きっと痛みも原因なんだろう。

まだ日が高い、斜陽が顔面に降掛り、眩しくって何も見えない。

だから昼は嫌いなんだ。なんでも眩しく見えて、綺麗に見えて、別の生き物に見えやがる。

なんかフッと思えた。

この眩しい光がオレの知っているナニかに似ているって―――――そう、テンテンの笑顔みたいだ。

綺麗だった。裏の無い、本当に綺麗な笑顔だった。

テンテンはこれで下忍になって、もう会えなくなるかもしれない。オレは下に残ってせっせと自分の為だけに動き続けるんだが、それでも、会いたいと思った。

もう一度、もう一度だけでいいから――――オレの為に笑ってくれ。







「時間かい?」

「はい」

先生が尋ねる。

オレはなるべく軽めの服を着て、春なのに肌寒く、故に上着を羽織って外に出る。

空調の整えていない家から出ると、多少でも暖かさを感じてしまう。最近の夜は今が春なのか怪しいくらいに寒々としている。

「新学期だなんて、やっぱり子供だってわかるねぇ」

「そうですね、ぞろぞろと面倒なことをしてますもんねぇ」

わざわざ子供を新しい学校へ連れて行く保護者達、孤独が原因でもないが、なんだか心が荒む。

「嬉しいんだよ、子供の成長の証だからね」

「そんなもんなんですか?」

そう尋ねると先生は手を顎にやり悩むだけのポーズをとって

「さぁ? どうなんだろ」

予想してた通りそう言った。

「そうですよね、経験も無いのに分かるわけ無いですよね」

深いため息を吐いて外を見る。さくらの花びらが此方まで飛んでくる。綺麗だなぁ、と思った。

「どうだろうね。少しくらいは分かるつもりだよ」

「え、なんて言ったんですか?」

そう言っても先生は言ってくれなかった。

ただ、笑ってオレを見ていた。

その笑みは不快感を感じさせずに、ただ恥ずかしいな、と思えた。





あの夜、気絶していたのに誰かのオレを呼ぶ声で眼を覚めた。

「……て…………きて……」

「ん」

血で固まった瞼を無理やりに開かす。

視界は壁に挟まれており、いつも見ている、見飽きない夜空が少ししか見れなかった。

「起きて! ナルト君!」

ゆさゆさ、と身体を揺さぶり続けているのは、、、テンテンだった。

血の足りない状態で頭を揺らされるというのはあまり気持ち良いものではなかった。

「ちょっと…待って」

そう言って腕に力を入れて立ち上がる。

そしてガクッと倒れこむ。そして身体中に走る激痛。気がつけば叫んでいた。

「痛ッ!!」

折れていたのを忘れていた。曲がってはいけない方向に肘が曲がる。

「大丈夫ッ!?」

それを見て顔を青くするテンテン。少し嬉しかった。自分の為に心配してくれる彼女がいることに。

「………はは、本当にいい笑顔するなぁ、アンタ……いや、本当に」

そういって折れていないほうの腕でテンテンの髪を梳こうとする、でもコイツ、髪を束ねて団子だったから梳けなかった。ちょっと残念。

「なにやってるの! 早く病院に―――」

そう言って身体を持ち上げようとするが、如何せん力が足りなくて持ち上げられない。

「いいよ、どうせいつも通りだから、気にすんなって」

知らなかったのか、意外だな。結構みんな知ってるんだけどな、いや、本当にアンタ意外性No.1だよ。

「誰よ! こんなことしたの!」

うわ、本当に知らないでやんの。流行に遅れてるってやつかな。

「知ってどうするつもりよ?」

ゼェゼェ、と浅く呼吸をしながら楽しそうにテンテンを見る。

なんて言うんだろう。コイツ。

「一発ぶん殴って、それで謝ってからここに連れてきてナルト君に謝らせる」

はは、やっぱりアンタ最高だ。やべぇ、惚れそう、いや、もう惚れてるな。

「淋しがり屋ってのは惚れやすいんだぜ」

「え?」

トン、と首筋を軽く叩く、それで全ては終わる。

倒れてくるテンテンの重さを、布団代わりにして、身体を暖めて、幸せなひと時。

「重ぇ……でも暖けぇ」

少ししか見えなかった夜空が、テンテンの顔で侵食されて、視界が全てテンテンの顔となる。

いいなぁ、こんな天井があったらいつでも幸せな気持ちで寝れるだろうなぁ。

いつでも笑っててほしいなぁ、オレのために。

だから、

「アンタは……優等生のままでいてくれ、オレの為によぉ」

いつでも笑っていてくれ。

全てに平等で、薄っぺらい関係のままでもいい、それでも、笑っていて欲しい。

「はは、最高の夜だよ―――――最高だ」

オレは忘れない、でも忘れてください。

寂しいけど、すぐに慣れるよ。

さよなら。













[713] Re[4]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 05:58




ネコって追いかけようとすると逃げ出すくせに、淋しいときは寄ってくる。

都合がいい生き物だよな。





狂った歯車の上で





「で、なんでそうなったんだ?」



海野イルカは目の前にいるその少年に尋ねた。
その少年は今期にアカデミーに入学してきたいわゆるホープという存在である。黒曜石、悪くて海苔のような黒い髪、若いその顔から滲み出る才能、将来が楽しみといった感じの少年。

この少年の将来が歪むことなく進めば最後のうちはとして輝かしい未来が待っているだろう。

その少年、うちはサスケは勢いよく職員室に入ってくると、担任である海野イルカの机を壊れるくらいに叩いて言った。

「もう一度うずまきナルトと戦わせろ」

いつものクールなサスケではないな、とイルカは目の前の光景を半場無視し保健室の先生から託された胃薬を飲んだ。





入学してすぐからうちはサスケの存在は際立っていた。

忍術の説明をしている傍からすぐさま成功させ、戦術の授業でも唸らせるくらいの考案すら可能だった。

体術も誰一人サスケに触れることも出来ずに勝ち抜き戦では授業の終わりまでサスケは戦い続けた。

――――アノ問題児が気まぐれで授業に参加するまでは。

生徒内で噂があった。

去年、事故から下忍の昇格試験を受けられずにアカデミーを留年したという最強のアカデミー生がいる。という噂。

うちはサスケはそんなものも信じずに戦い続けた。誰も負けない、自分がアカデミーで最強だということを証明させるために。

新学期が始まって数ヶ月が経った、その噂が霞みかけてきた頃、その問題児はふらっと勝ち続けていたうちはサスケの目の前に現れた。

その光景は圧巻、クラスで一番の食いしん坊、秋道チョージに背に乗って現れた。道場に辿りついても起きることは無く寝続けて、そして近くに同じように寝ていた奈良シカマルが起きる際にナルトの肩にぶつかった時にうずまきナルトは眼を覚ました。

「に、逃げ遅れた」

そう言ってナルトは大きなため息を吐き出した。

連日の徹夜という睡魔に負け、移動し始めたクラスの中でも寝続けていたうずまきナルトを秋道チョージは背負って体術の授業が行われている道場まで連れてきたのだ。

ナルトはチョージを恨まなかった。

やさしさからなった事故であるとチョージが美味しそうにお貸しを食べている所を見てそう感じたからだ。

その上

「一個食べる?」

薦めてきた。好感度は大幅に上がった。

試しに貰ったら美味しかった。ナルトのチョージに対する好感度は絶頂を越えた。

そして

「次、うずまきナルト」

やる気のない呼び出しをする教師は何時も通りうずまきナルトはいないだろうと踏んだ上で事務的にその名を呼んだ。

「どうも」

やる気のない返事で道場の中央、うちはサスケの目の前まで歩いてきたうずまきナルトの顔を見たときは心臓が跳ねた。

「―――帰れ」

教師は願う。

最後のうちはであるサスケに敗北など覚えさせたくなかった。最後である理由を知っているからこそ眼の前に立つうずまきナルトとは戦わせたくなかった。

見れば分かる。指名手配犯であるうちはイタチは飛び級、そして最年少記録を多々持っていた。それと同じ事を成しえようとしていると焦った顔をしているうちはサスケとうずまきナルトは戦わせてはならない。

教師がそう強く願っているのに目の前のうちはサスケは絶対の自信を持って告げる。

「かかってこいよ、不良品。矯正してやる」

努力している自分にとってやる気のない目の前の不良は目障りだったのだろう。

いいサンドバックを見つけたとばかりに挑発するうちはサスケ。

「ん~、お願いしようかな~」

薄目でニヤついて返事をするうずまきナルトに教師は頭痛を感じた。

教師は覚えている。

同じように勝ち抜き戦で勝ち続けていた前期の日向ネジがこのうずまきナルトにボコボコにされて病院送りにされたことを。

「うずまき、お前は準備運動もしていないだろう?」

なんとか戦わせない方法を考えてもこれくらいしか考えられなかった教師。

「あれ? これって自主制じゃないんですか? それにもう終わってますよ」

自分の適当さを恨む教師は仕方なく組み手をはじめさせた。







教師の腕が振り降ろされた。始まりの合図、二人は動いた。

サスケがアカデミー生では到底出来ない速さでナルトに接近し実力の差を味あわせようと殴りかかった。

控えで待っている男子達はこれで終わっただろうと次は誰だ、と相談し始め、女子はさすがサスケ君、と黄色い声をあげ始める。

そしてサスケの渾身の拳がナルトの顎を砕かんとする直前、ギリギリのところでナルトに手首を握られとめられた。

「チッ」

なかなかやるな、と逆の腕で殴りかかろうとした直後

ボキッ! と鈍い音を立ててサスケの手首は砕かれた。ナルトの握力によって。

叫び声を上げようとした時、幽鬼の如く伸ばされたナルトの左手に口を塞がれサスケはもがいた。

あの惨劇以来の恐怖に身体が震えた。

戦意が途切れたと教師が認識する直前、ナルトは楽しそうにサスケに声を掛ける。

「はは、同じ優等生でも全然違う」

ギリギリと口を押さえている手に力が入る。

サスケは一瞬、本当に殺されると思った。

「不快だよ」

ズン、と深く身体にめり込むほどにナルトの拳が入り込み、白眼を剥いてサスケは意識を無くした。

女子がなにが起きたかに気づくよりも、男子が戦いの結果を見ようと振り向くよりもナルトは道場から姿を消した。





「ああ、アレか。オレも驚いたよ。お前が保健室に運び込まれるところを見たときは」

そう言って笑うイルカは新学期早々に頭角を現し始めた悪がき四人に胃を痛め、既にうずまきナルトからは去年から悩まされており時折保健室に出向いていたのだがその時に気絶していたうちはサスケを見かけた。

「んなことはどうでもいい。うずまきナルトはどこだ」

体術の教師に話を聞いてサスケが負けて挫折すると思っていたのに逆に火がついたようだと説明された時はイルカは素直に喜んだ。

しかし次の日教室に向かうとナルトの机に落書きや撒きびしなどという嫌がらせがあることにまた頭を痛めた。

男子に聞くと女子が朝早くきて置いていくらしい。それを黙認する男子にも、そして置いていく女子にも頭を痛くするイルカであった。

「ん~、ナルトがどこに行ったか、今までで一番多かったのが屋上だな」

屋上が14回、保健室が7回、自宅へ帰ったのが11回、自宅へ帰ったのは仕方なく諦めていたが屋上に逃げ出すのが一番多かった。

イルカが屋上を言い終わる前にサスケは走っていった。

しょうがない奴だ、と小さくため息を吐くイルカは職員室では名物となっていた。





「君にはうちはサスケにとって超えられない壁でいて欲しいわけだ」

そういい始めたのはいつの頃だっただろうか。急に家に入ってきて、勝手にコーヒーを作り始めて然も自分の家かのようにしながら先生はそう言った。

何様ですか、と言いたくなるが別に不快でもなくどちらかというと寛いでいて欲しいので頷く。

「うちは、というとあの不幸のですか」

「そうなるね」

先生はニコニコとしながら頷く。

うちははエリートを多く輩出していた一族、つまり才能溢れる者が誕生しやすい一族なんだろう。

胸糞悪い。

「嫌な役ですね、それって」

前回は何だかんだといって日向ネジの監視もしていた。途中で放棄させてもらったが。

オレのしたいことはこんな事ではないのに、そう強く思う。

「大丈夫。今回が最後だから」

先生は残りのコーヒーを飲み干してそういった。

一瞬、頭の中がスパークした。チカチカと酸素不足で視界に点滅した何かが飛び回る。

綺麗だな、じゃなくって。

「最後、なんですか」

「実はそうだったりしちゃうんだ」

先生も嬉しそうに言う。スパイ暦何年だんだろう、先生って。かなり前から居たような。

「どちらにしても」

「そう、どちらにしても」

二人とも気の抜けた笑顔になって大きく息を吐き出して

「疲れた」

いい思い出など禄になくバレるバレないという危険な生活をし続けてきた故に大変疲れていた。





「うずまきナルト! もう一度俺と戦え!」

サスケは屋上の扉を開け次第にそう叫んだ。

「………なんで来るんだよ、うぜぇ」

そんなサスケを見て心底ウンザリした様子のナルトは屋上にいた。

才能の無い者から見て才能溢れる者は一緒にいるだけで不快になる、今はサスケよりも強くても任務以外ではむかつくだけで心の健康に悪いとナルトは思っている。
専門外であるがナルトはカブトにカウンセリングを受けていた。ストレスは計り知れない。

それはなぜか、それはうちはサスケはナルト自身よりも、そして才能を認めたネジよりも才能に溢れているからである。

ネジも同じだった。次に戦うときには自分を確実に脅かす。遥かに強くなって自分の前にやってくる。

なんとも言えない恐怖を感じてしまう。そして自己嫌悪、何故自分に才能がないのだろうと自分を呪い、自分をいじめ続ける。

「なんか用かよ、雑魚」

うずまきナルトは認めない。才能のある者などを。そして自分以下の不幸に酔いながら自分を易々と超えていく者を。

ナルトの「雑魚」という言葉にサスケの沸点は簡単に超え、サスケは怒りに狂いナルトへ殴りかかる。

「そうだ」

ナルトの言葉は悲しみを佩びている。

サスケの残り少ない理性はその真意を少し、ほんの少しだけ感じ取る。

一瞬、拳の速度が下がったが既に止まらない。ナルトの頬へと襲い掛かる。

ナルトのつぶやきも止まらない。

「お前は簡単に強くなっていく」

ナルトは顔を下に向け、何かに耐えるようにそう言う。

ナルトにはすぐに分かった。

以前、サスケを皆の前で完膚なきまでに倒したときに比べて強くなっていることを。

パシ、とサスケの拳を手のひらで受け止めて

「俺は、お前が羨ましい」

全力で殴る。自分の力を見せつけたかった。

俺は強い。俺はお前よりも強い、そう伝えたかった。

そのつもりだったのに、ナルトはサスケの頬の手前で拳を止めていた。

自分が情けなく、つまらなく、悲しかった。

自分を呪う。常にしたきた事。

呪って、呪い続けて、そして最後に身を滅ぼす。

分かりきった未来が脳裏に焼きついた。

「ナ、ナル――」 

サスケがナルトの異変に気づき声を掛けようとしたとき

ブン、とナルトが掴んでいたサスケの手を思い切り引っ張り、給水タンクに向かって投げつけた。

「―――ッ!!」

声も出ない、ベコリとタンクをへこませる。

苦しむサスケを見てナルトは、跳んだ。

逃げるように、心臓から這い出てくる獣の殺気に身を任せないように。







鳥の鳴き声、草木の揺れる音、決してヒトの声が入り込まない森の中でナルトは月を見ている。

月は満月を過ぎて日に日に小さくなっていく。

木に登って―何時から木に登れるようになったのだろう、と思い出そうと、しかしその作業をめんどくさくなって止めて月を見入る。

昔からよくあることだった。心臓から憎悪があふれ出して、頭の中が真っ白になりそうになることは。

それが起こるのは決まって気に入らないヒトに対してのみ、それでも今日は違った。

自分を抑制できなくなりそうなまでに狂いそうだった。

アイツがむかつく、ただそれだけだった。

あの時からずっと手が痛む。

サスケの拳を受け止めた拳が痛みを訴える。

「痛ぇ……痛ぇよ」

それ以上に心の痛む夜だった。










[713] Re[5]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 05:59






初めてのおにぎり







狂った歯車の上で







荷物は教室に置いておく、それがうずまきナルトの生活スタイルであった。

四つの授業が終わり、そろそろ飯の時間だと教室に戻ったナルトにとっては腹の立つ出来事が待っていた。

「はは、弁当がねぇ」

置いておいたかばんの中にはある筈であった弁当箱が消えていて、他の教科書はボロボロになっていた。

「教科書はどうでもいい、それよりも弁当は」

ナルトにとっては教科書なんて必要ない。覚えたことには興味がなかった。

特別な身体がないのなら誰にでも勝てる頭脳が必要、それに気づいてからは身体を鍛えるよりも本に勤しんだ。自分の血肉になれる本はすべて読んだ。暗記するまで読み続けた。

医学を専攻としている内に今の己の年では身体を鍛えるのに適していないと分かった故の行動でもあった。

話を弁当に戻す。

今日の弁当はカブトと同じように設えた弁当であり、楽しみに待っていたナルトにとっては許せる行為ではなかった。

隣で駄弁っている男子、名前も覚えていないが関係なしに襟首を掴んで尋問を開始した。

「オレの弁当しらないかな?」

はは、と怒っていないと表現したいのだろうが身体中からあふれ出すチャクラと微小な殺気に男子は「女子だ! そ、それしか知らない!」 と半泣きで答えた。

サスケに勝ってから周りからは怒らせてはならない人物No.1となっているナルト故の反応であった。

「チッ!」

舌打ちを一つしてその男子から手を離して教室からナルトは出ていった。

女のくだらない団結力は舐めたらいけない、そうシカマルに教えられたナルトはそれを信じていた。

「たかが弁当に殺せる訳ないか」

リスクと結果が釣り合っていないと予想し唾を吐き捨てて今日の昼は水道水で我慢だ、とグラウンドまで歩いていった





キィ、とブランコの鎖が軋む音が今のナルトの昼食となる。

別に音で腹を満たすような趣味などナルトにはない、空腹から得られる勘定は皆平等である。

腹が減った、と言いたかったがそんなのも億劫であった。

ちらほらと食事を終えてグラウンドに遊びに出てくる生徒も見えてくる。

本当にここは忍者育成用の施設なのだろうか、とナルトは疑問に思った。

女の子が出てきて真っ直ぐとこちらに向かってくる、ナルトは疑問に思った。

アイツが犯人か、と一瞬でも思ってしまった自分を深く嫌悪することとなる。

目の前までやってきて、少し形が歪ではあるが握り飯を差し出してきた。

「なにこれ」

なんなのかは分かっている、分からないのは理由。

毒? それとも恩でも与えるつもり? 等と一瞬思いもした。

「お、お腹減ってますか?」

おどおど、そんな表現が似合っている少女だった。

りんご病? と聞き出したくなるくらいに顔は真っ赤になっている。

「お腹減ってないように思える?」

腹を押さえながらそう言うナルト。

「思え…ません」

「だろ?」

そう言って差し出したままだった握り飯を手にとってその少女を隣のブランコに座らせようと手を軽く引っ張る。

「一緒に食おうよ、淋しかったんだ」

そんなもの言い訳だった。

もし毒だったら一緒に食って自分は生きて少女は死ぬ、もし死んだら指差して笑ってやろうと思った。

「い、いいんですか?」

悪そうに言う。どちらかと言うと座りたいという気持ちがでかいのだろう。ゆっくりと隣のブランコに進む。

「いいんだって、淋しいって言ったろ」

次は本心だった。

本当の孤独を知っているものから言って群れるのを嫌っている者はただのかっこつけであった。

本当に独りというのは親もいない、友もいない、知っているのは自分一人という者。故にナルトはそういう意味でもうちはサスケを好きになれない。

悲しみに暮れたという事も知っている、だが共感なんて魔法のようなことは出来ない。逆の意味で自分の心理も誰も理解できることは出来ない。

悲しいんだな、くらいは分かろうが心中でどう思っているかなんてわかりっこない。

それがナルトが理解しているサスケの悲しみだった。

布を開く、出てきたのは少女の手作りなのだろう、少し形が歪な握り飯、かわいいな、とナルトは思った。

「おいしそうだ」

そんな言葉が自然に出てきた。

それを聞いて少女は喜びつつ顔を赤くする。それを見てナルトは苦笑する。

苦笑ではなかった、自嘲であった。

こんなにいい子をなぜ疑ったのだろう、そうナルトは思った。

ナルトは臆病者だ。

臆病者は誰かに依存していなくては生きてはいけない。

一度知った喜びは捨てられない。ナルトが初めて知った喜びはやさしくされること。

ナルトは捨てられない。たとえ裏切られても、どこかで期待してしまう。

ナルトは一気に握り飯にかぶりついた。

握り飯はナルトを受け入れた。

「やっぱり、おいしいよ」

眼を覚ますようにすっぱい梅干も、米の湿気でふやけてしまった海苔も、すべてがおいしかった。

味、そんなものは分からない。ナルトが美味しいと知った料理は一楽のらーめんのみだった。今、それに少女の握り飯が加わった。







ほぼ無言のまま遅れた昼食は終わった。

二つの握り飯を半分に分けて食べたわけだから男の子であるナルトは満腹とは言いづらい。

それでも別の何かが満たされていた。

それがなんなのかは本人でも分かっていない。

その疑問をぶつけてみた。

「なんでオレなんかに飯をくれたんだい? もしかして同情?」

それはないな、とおもいつつ声に出して問う。

もし同情だったのなら二度とその少女からの施しは受けないだろう。

「……………」

少女はなにも言わない。顔を赤くしてなにかに耐える様に口を閉じている。

その少女からしたらナルトと一緒にいるだけで気が気でない、よく持ったほうだろう。

そんなことにもナルトは気づけない。それはナルトが自分にとって最悪であるケースを元に行動し思考しているからだ。

ナルトはその少女がナルトに気があるという場合も考えたがすぐに消去し別の案を考えた。

やはり同情なのだ、と。

ナルトは自分の勘違いに軽い絶望を感じ、そして立ち上がった。

ナルトの心にすでにその少女は居ない。

「握り飯ありがとう、本当においしかったよ」

内心、顔も見たくない、そう吐き捨てて出来る限りの笑顔でそう言って教室に戻っていった。

その少女、日向ヒナタは自身に背を向けている少年の目を日向家に伝わる血継限界・白眼で見た。

凍りつく、自分を見ていないナルトの目は異常はほどに冷たかった。











[713] Re[6]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:01






おいしいおにぎり。





狂った歯車の上で





なんでコイツはここにいるんだ?

奈良シカマルが初めて授業を逃げ出して、逃げ込んだ先にナルトがいた時の最初の感想。







シカマルは今となってはサボり魔の一角として数えられているが最初はそこまでサボるような生徒ではなかった。

教師は生徒に飽きらせないというのも仕事の一つである。より楽しく、より高度な授業を必要とされている。

海野イルカ、教師としての楽しさでは恵まれていた。しかし純粋にやさしく、生徒思いの教師だった。

そんな教師がIQ200のシカマルを満足させられる筈もなく、もし出来たとしても皆がシカマルに合わせれるか、否である。たとえ天才と言われているうちはサスケでも不可能である。

そしてシカマルは授業に対して不満、そして飽きを感じるようになった。

それからは授業を抜け出すか抜け出さないかのジレンマ、勝負はすぐについてシカマルは授業の始まる前に教室を抜け出した。

教師に見つからぬように走り、そして屋上に飛びだした。

休み時間中にもっとも寝やすいだろうと計画を立てていた場所を向いたら、そこにはいた。

前回の体術の授業で勝ち越していたうちはサスケをコテンパンに熨したうずまきナルトが気持ちよさそうに寝ていた。

シカマルは躊躇した。

この場から去るか、それとも同じように寝るか。

それすらもすぐに勝負はついた。

シカマルはめんどくさがりだ。

「めんどくせぇ………寝るか」

そう言ってシカマルはナルトの横で浅い、でも心地よい眠りについた。

シカマルは意識の遠のえる直前に疑問を抱いた。

こんなに強い奴がなんで授業をサボるのだろう、と。だが聞き出すのすらシカマルには億劫に感じた。

何故なら、シカマルは面倒なことが嫌いだからである。





カンカン、と半鐘の音でシカマルは目を覚ました。

一授業を潰すつもりが二つもの授業を寝てすごしてしまったことに自分ながら驚いていた。

ボォーっと空を眺めていたらついにナルトも目が覚めた。目を擦りながら上半身を起き上がらせているナルトを見てシカマルは苦笑した。

あんな化け物みたいに強い奴でも寝起きは可愛いもんだ、とシカマルは冷静に考えていた。

1,2時間程度の睡眠では寝起きがダルくなってしまうのも当たり前で、ナルトはシカマル同様にしばらくボォーっと空を見ていた。

シカマルはナルトが空を見始めたので、と自分も空を見てこう思う。空はいい、自由で、縛られないから、と。シカマルはナルトが雲を見てなにも考えているかを自分の持てる知識を総動員させて考える。

楽しかった、とても面白かった。ナルトの言葉を聴くまでは。

「………おいしそう」

半分寝ぼけてナルトはそう言った。

少年の身で連日徹夜ばかりしていて正常に頭が働くはずがない。アカデミーで学ぶことがない故にナルトの勉学の場は自宅と決まっていた。

寝ぼけたナルトの発言にシカマルは笑った。大いに笑った。

ナルトが覚醒してやっとシカマルの存在に気がつくまで、チョージがシカマルを連れ戻そうと屋上にやってくるまでシカマルの笑いは続いた。

「(気でも触れたか?)」

横で見ていたナルトが医者として真剣に心配するほどにシカマルの笑いは止まらなかった。

シカマルの中の、最強で最凶な不良生徒であるうずまきナルトのイメージが建物の取り壊し作業の如く瓦解していったのだ。シカマルのナルトへのイメージは180度移り変わった。

実際にシカマルが笑っていた時間は一分もない、それでも同じ行動をずっとされていると長く感じるもの。チョージに背中を摩ってもらいやっとのことで落ち着いたシカマルは寝る直前に思いついた質問をナルトに問いた。

その質問は既にシカマルにとってめんどくさくないモノで、シカマルのか細い探究心が求める質問へと変貌していた。

「アンタ、あんなに強いのになんで授業に出ねぇんだ?」

シカマルにとっては真剣な質問、名前しか知らない同級生に対してナルトは気だるそうに言った。

そりゃあオレが強いからだ、と。

そんなモンを受けなくてもオレはお前達に負けない。才能を超えてみせる、そうナルトは言いたかった。

どこまでナルトの意思は伝わったのかは本人には分からない、それでもシカマルは納得したようにうなずいた。

シカマルはゆっくりと立ち上がって教室に戻ろうと歩きだす。それに従ってチョージもナルトになにか言いたそうだったが何も言えずに続く。

「だけど、そこはオレの指定位置だからな」

そう言ってシカマルは屋上から出ていった。

ナルトはすぐさまシカマルの言葉を記憶から消去してまた体を横にした。

ナルトにとっては興味のないことであった。

ナルトは力を欲している、故に頭の中に無駄なスペースは作られていない。いらないと思ったモノは片っ端から消えていく。

強くなることに昨日の晩飯のメニューなど必要だろうか?

強くなることに何年も前に大通りで滑って倒れたなんて出来事など必要だろうか?

ナルトは切り捨てる。必要ないものは切り捨てる。

本当は残していたい、でも多くなりすぎた思いではナルトの小さな両手では支えきれない。

後にシカマルは惨劇を目にし生き様を変えるようになる。





日向ヒナタは彼女なりに努力した。

あの時見たうずまきナルトの凍った顔の原因は自分の作った握り飯が気に入らなかったのかもしれないと父親との鍛錬を終えた後に誠意を込めて料理の練習に打ち込んだ。

元より料理は好きだったが熱中するまでは練習しなかったヒナタであるがあの時からヒナタは変わった。

気に入られようと、またおいしいと言われようとヒナタは努力した。

日向ヒナタは努力家だ。

ただ、相手を殺す技術を学ぶことに努力するほどの魅力を感じられないだけの、努力家だ。

母親をも唸らせるほどの出来栄えの握り飯を両手で大切に持ちながらヒナタは学校に向かっていった。



その日、またしてもナルトの弁当箱はカバンの中から消えていた。

いい加減に殺そうかな、と一人心地でいるナルト。

これで三度目となる弁当の喪失、二度目からは取られるまでをずっと覗いていた故に分かった。盗む相手が複数いるということだ。昨日と今日の下手人が違う、きっと女子達は順番を決めて盗んでいるのだろう。

盗んだ後の弁当は中身を捨てられ空箱だけ放課後に返される。ナルトの怒りは最高潮だった。

だが、ナルトは動かない。動いてもいいが痛い目に遭うのは自分だと分かっているからである。もし訴えたとしても教師はどちらの味方をするだろうか、考える必要もなかった。

サスケに狂った変態共、そんなことを考えて今日も昼は水道水で過ごす。

別に嫉妬はしていない、ただその群集の在り方が気に喰わないだけ。それだけでナルトは急に冷めだす。

頭の中で唐突に理解しだす。アレも一つの愛し方なのだろう、と認めてしまっている。

気持ち悪いだけだろう、とナルトは唾を吐き捨ててまた、あのブランコまで歩いていく。

足取りに生気はなく、覇気もない。

ナルトは気分屋で自己中心的で、臆病者だ。自分の気に入らないことは極力関わらないように全力を尽くす。そして自分が到底勝てないだろう相手なんかに喧嘩も売らない。この場合は木の葉の里と言ってもいいだろう。喧嘩を売っても勝てる相手ではない。

その喧嘩に勝てるときまでナルトは泥まみれでもいいとヘラヘラと笑っている。嘲笑しながら、自嘲もしながら待っている。何時になろうとも、何時までも待っている。

ヘラヘラと、そして必要なときは頭を下げることも辞さないナルトの心は削れていく。ニコニコと、そして自分は反抗の意思は無いですよ、と教師や忍びの人達の前では諂えて機を待っている。

ナルトは常々思っている。

――――気が狂いそうだ、と。

「ナ、ナルト君……」

気がつけば目の前に少女が立っていた。

「なんだい?」

ニコニコ、とナルトは顔を作り出す。

後に分かった。目の前の少女の家系はこの里でも最も発言力の強い最古参の旧家であるということが。

―――やはり同情か、と知ったときは雲の上のような場所から哀れな痩せ狐に揚げ物でも放り投げたくらいにしか思わなかった。

「こ、この前は…ご、ごめんね。あまりおいしく出来なくって………」

顔を赤くして、ヒナタは言う。

ヒナタは前に与えた握り飯をナルトが気に入らなかったのだと勘違いしている。

そして今度は気に入られようと努力して、練習して、成果をだしてこの場にやってきている。

彼女にやっと出来た自信。初めて出来た自信。母親にも認められた自分の握り飯に自身を持ってナルトに食べさせたいとこの場にやってきている。

「この前のもおいしかったよ」

ニコニコ、と事情も知らないナルトの心は凍結している。

あの時とは違う。

ナルトも勘違いをしている。あの時、ヒナタが緊張のし過ぎで口が開けなかったのを、ほんの少しでも口を開いて話しかけていたら、こんなことにはならなかった。

ナルトの心になるのは、「如何にして目の前の貴族級少女を目の前から追い出すか」に限られている。

―――いい加減に目障りだ。

上から同情で施しを受ける。そんなもの吐き気がする。

カブトと出会う前に幾度もあった。食料不足、栄養失調、下痢などで死に掛けた。何故、あの時は施しを与えずに今なのだ。

そうナルトは吼える。

心臓の脈動も止まらない。熱く、ドロドロと黒いものが流れ出す。それが心臓に巣くう醜悪な獣の殺気と憎悪であることに数秒たって気づいた。

楽しいのかもしれない。庭の池で飼っている鯉に餌を与えているのと同じ要領なのだろう。

何かと自分に世話を焼いていた三代目火影の庭にも鯉がいたな、そうナルトはぼんやりと思い出していた。

餌を与えられないと生きていけない生存本能の欠けた可哀想な生き物、そうナルトは思っていた。それが自分に回ってくるとは思ってもいなかったナルト。

本当に狂いそうになる。

本当はナルトの勘違い、なぜなら人の気持ちを知る術を知らないから。他人に本当に優しくしてもらったことが普通に育てられた同世代に比べて極端に少なすぎるから。

「…頑張って作ったの」

今度は自信もあった、そして心の中で血反吐がでるまで練習もした。思いのほかスラスラと出てきた自分の言葉にヒナタはホッとした様子で自分の差し出したおにぎりを受け取ってもらえるか見ていた。

じっとおにぎりを見つめるナルト、そして―――払いのけられ、地に落ちていった。

「調子に乗るなよ、いい加減ウンザリしてんだ」

唇だけを歪ませて目の前の少年はそう言った。

その目には素人でも分かるほどの殺気に溢れ―――唐突に目の前から雨が降り出した。

天気予報にも無い、塩の味のする雨だった。







「…頑張って作ったの」

目の前に差し出されたのは以前よりも形の良いおにぎり。海苔は別にされている様で、米は自身には眩しすぎるくらいに真っ白だった。

きっと目の前の少女も綺麗過ぎるくらいに真っ直ぐなのだろう。穢れも知らない、綺麗なところで宝石のように育てられたのかもしれない。もしかすると厳しくされてきたからこんなに素直なのかもしれないが、きっとその生活は潤っているだろう。

―…はは、生きてる場所そのものが……違うのかよ…―

自我を持ったときから泥の中、泥の中から光が溢れる地中を夢見て育ってきた。それなのに目の前の少女、それだけではなく自分以外のほとんどの奴は最初から光の中にいた。その逆で光の無い地中が見れないでいる。

吐き気がする。綺麗な奴らは汚い奴を拒否し受け入れはしない。そいつらの常識がオレを傷つける。深く、痛く、痕が残るほどに。

ああ、だからか。

「調子に乗るなよ、いい加減ウンザリしてんだ」

見下してんじゃねぇ。

そう言ってオレは少女の手を叩いた。そして特に音も立てずに地面に落ちていくおにぎり。

綺麗だったものが汚れる瞬間、ある意味快感で、罪悪感すら感じた。

ああ、駄目だ。自分の感情が抑えられない。

それよりも、何故だろう。

何故、目の前の少女は泣いているのだろう。

分からない。分からない。

ゆっくりと思考し始める。何故、目の前の少女は泣いているのだろうか。

答えは出てこなかった。







シカマルは屋上からその一部始終を見ていた。

勇気あるなぁ、と少女を讃えていたシカマルだが次のナルトの行為に眉を潜めた。

唇からは何も読み取れない。シカマルにそんな才能もない、出来ることは状況分析のみ。

少女が何かを言ったのだろう、もしくはナルトにも何かの事情があってあの行為をしたのかもしれない。

どちらにしてもシカマルには理解が出来ない。しようとも思わない。

何故なら、シカマルはナルト以上に気分屋だからだ。



山中いのは教室の窓からヒナタが不良と名高いうずまきナルトの元へ歩いていくのを見ていた。

隣で座っている桃色の髪の親友、春野サクラは信じられない、と罵っている。気持ちは分かるが嫌悪しすぎのような気がしてならない、といのは不思議にならない。

噂は聞く。それがたとえどんなに悪い噂だろうが、だが在り得ないような誇張した噂まで信じるほどいのは素直でも、馬鹿でもない。

旧家の家系は里の掟である不干渉を未だに守り続けている。それは良くも扱わず、悪くも扱わない。他の家系は相も変わらずに罵り、想像からの出来事をすべてナルトにぶつけた。

旧家と一般家庭ではそういう環境の違いから何かと理解できない点があり旧家の子供達はナルトを悪く扱う者達を上手く理解できない。

いのからしたらナルトは同情に値する人間で、だが周りが嫌っているのに自分だけが言い出せない実は気弱な女の子であった。







目の前の少女は泣いている。泣かせた自分は睨んでいる。

こんな一瞬のことで泣かせるとも思っていなかった。餌を捨てられただけで主は泣くはずがない。

飼おうとしていた生き物が怖かったのかもしれない。つまり自分。

ああ、もう涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだ。

人に泣かれるのが一番困る、すべてが自分のせいになるから。原因をすべて押し付けられるから。

神様は平等にオレを扱わない。何時だって不平等、理不尽だ。

オレは神様を信じない、だって神様だってオレを信じてくれない。

こうなれば後は誰も信じられない、だから自分を信じよう。いつだって、そうだったのだから。

「………おい」

ブランコからは立ち上がらずに声を掛ける。

「うっ……うっ………」

泣きながら、耐えているようで、怯えていた。

「……オレが…悪いのか?」

オレだって分からない。いまさら、なんでこうなったのかさえ分からない。

なんでだろう、目の前のコイツの涙を見ていると、胸が痛む。

初めて感じる、罪悪感。

彼女はコクリとも頷かない、頷けない。だれがどう見ても、まさしく自分から見たとしても悪いのは自分だろう。

ああ、止めてくれ。

それこそ―――気が狂いそうだ。

頼むからさ、

「……泣かないでくれよ」

やっとのことで腰が上がる。いや、本当は足が震えていて立ち上がれなかっただけ。怖かった。





「……泣かないでくれよ」

目の前の少年はそういった。

雨じゃなかった。ただ、私が泣いていただけだ。

良かった、傘を持ってきてなかったから。と私は心の奥で、ぼんやりと思った。

悲しかったわけじゃない、そういえば嘘だった。

頑張って作った。作っている間はずっと目の前のナルト君の喜ぶ顔を想像しながら作っていた。

また、おいしいって言ってくれるかな。どうだろうな、と楽しそうに作っていた。

心の中で授業中も黒板なんか見ずに、ずっと渡す練習をしていた。

本当はわかっていた。自分の気持ちが適わないってことくらい。

何もかも諦めていた。でも、本当は少し期待していた。

偶然を装って交わした「おはよう」、それだけで心が満たされていた。

彼のお弁当が女子に取られて、捨てられているのもこの眼で見ていた。だた、それを利用しただけ。

「本当に…ごめんなさい」

彼を追っていた。父親との訓練を終えた後、体力に余裕のある限りこの眼で彼を追っていた。

殴られるのも見ていた。血を吐くのも見ていた。それが怖くて見ていないふりもしていた。

可哀想、そう自分で口に出していた。

知らないうちに同情していた。哀れだと思っていた。それが自分と近いモノだと喜んでいた。

同じだ。同じなんだと心から嬉しかった。

私は一人じゃ生けていけない、淋しかった。怖かった。明日を覗くのが怖かった。

淋しかった。心から。

そう。淋しかった。

表面上の友達と一緒にいても、いつかは溢れて、流されて、結局は一人に戻ってしまう。

淋しかった、そう小さく、聞き取れないくらいに小さく口に零していた。





淋しかった、確かにそう聞こえた。

ナルトの心の一部が瓦解した。

ナルトは可哀想なヒトには優しい。自分が不幸というカテゴリー内でトップでいなくてはならないから。自分が不幸のどん底だということが揺ぎ無い事実だということを忘れない為に。

自分以上の不幸は認められない。

そういう生き方しか出来ないように出来ている。

「同情で作った飯なんて食えない」

事実を口にする。

これは自分を縛り付ける鎖。今も、これからも不変のままのナルトの生き方。

同情、その言葉にヒナタは反応する。

自覚している。心の底で、やっぱり、と自覚している。

ナルトは考える。

次に作り出す、この子の為の、自分の為の最高の『嘘』を。

泥まみれだった。無理して綺麗に繕うつもりなど在りもしない。

最後の最後まで騙しつくす、それがこの子の為にもなるのかもしれない。

口ずさむ幻想、言葉から作り出す未来。

自分の為、この子の為に

「だから、泣くなよ」

手で涙を拭おうとする。頬に触れたときにビクッ、とヒナタの肩が跳ね上がる、そんなもの無視。

下を向いて、前髪で隠れた顔を見ようと前髪をそっと上げてみせる。

涙でぼろぼろなヒナタの顔、ナルトは出来る限りのやさしい顔を作り、頑張って微笑む。

笑顔でいなくては皆が殴ってくる。笑う練習もした。他人の考えていることをある程度共感できるように観察もし続けた。

笑うことはナルトの武器であり、最強の盾でもあった。

「今度は、一緒に食べよう」

自分のを恵んであげる、そんな考えが一番嫌いなんだ。そう小声で言う。

肩を抱いて、ナルトの演技はまだ続く。

「今度は、二人で笑って食べよう。気を使うこともなく、一緒に食べよう」

それで君が笑ってくれるなら。何度だって付き合おう。

何度だって嘘を吐こう。君が笑ってくれるなら。

「だから、泣かないでくれよ」

何度だって言ってやる。

泣き止むまで言ってやる。

お前が聞き飽きたって言ってやる。

だから、

「笑ってくれよ」

オレの為に。





次の日から、一緒に昼を食べる二人の姿がちらほらと見えるようになった。

あの状況からどうやったらこうなるのかとシカマルは一日中悩むこととなった。













[713] Re[7]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:04






好敵手、ねぇ。

誰もオレの相手にはならないよ。

覆させてもらうよ、才能ってヤツを。





狂った歯車の上で





ヒナタに言われた。

一緒に下忍になろうね、と。

そして今回で計画は決行する。それよりも、オレはヒナタと歩きたかった。






「ナルト、最近なんかあったか?」

担任の海野イルカが胃薬を飲みながらそう尋ねる。

教師として大丈夫なのだろうか疑問に残るが、まぁ海野イルカだから大丈夫だろう。生徒からの信頼は誰よりも厚い人だ。

そんな生徒中から人気のあるイルカを前にナルトは目線も合わせず椅子に座っている。

イルカがナルトを心配している理由は簡単なことであった。

ナルトが授業に出るようになった。ただそれだけであるがイルカにとっては驚愕に値することであった。

前期の時からサボりがちで周りとの壁を作っていたうずまきナルトが普通に授業に出て、そしてテストでも満点を取るような生徒の鏡のような存在となっていた。

イルカ以外の教師の大半はうずまきナルトという存在を疎ましく思っている。九尾の事だけではならず、態度の悪さからもきている。授業にでずにテストだけ出て、それでいて満点取るような輩がよく見られるわけがない。

最初こそ平等に扱っていたとしても次第に壁は溝となり疎遠となっていた。

「いや、別に……」

うずまきナルトは目の前の存在が苦手だった。

ナルトは臆病者で努力家である。

彼はあの日、大蛇丸に無能と言われてから明らかに変わった。

死ぬこと、負けることを極端に避けるようになった。

死んだ瞬間自分の価値が決まる。無能という烙印によって。

負けた瞬間自分の価値が決まる。無能という烙印によって。

彼は強さに固執し続けた。負けないように。認められるように。そして、捨てられないように。

彼は、自宅にある書室での生活が主だった。身体は鍛えようとはしない。医学を学ぶに従って最も効果的な時期を待つことにした。より強くなるために。
彼は自分が強くなる為には知識が必要だということにたどり着く。

知恵は才能、知識は努力で養われている。才の無い者は知恵という応用で上下が決まる世界では生きられない。故に知識でしか道を歩けなかった彼は目の前にある書物はすべて暗記という作業をし続けた。

覚えられなかったら覚えられるまで読み続ける、学び続ける、脳に焼き続けた。彼の生き方とも言える地味で、愚直な方法は彼に最も効果を表した。

小さい頭脳に詰め籠められるだけの知識は詰め込んだ。それでも足りないと彼は焦燥感に追われ孤独と書物に埋もれて生きてきた。

専門外であるが心理学も学べるだけ学んだ。人の気持ちは詳細までは把握なんて出来ない。それでも大まかなことくらいは想像できる。

それ故に理解が出来ない。目の前の存在が。

家族を殺された。きっと恋人も、もしくは好きだった人も殺されただろう。それだけではなく仕事での相棒、親友、心を許した仲間も殺されただろう。

それなのに身心に自分のことを心配してくる目の前の存在が分からない。

「アンタ、オレの事が嫌いじゃないの?」

その言葉は自然に出た。

普段の彼ならばそんなことに体力は使わず自宅での自分への虐めに徹するための睡眠を取る筈である。

「おいおい、教師に向かってアンタなんて言うもんじゃないぞ」

そう言って笑って話しかけてくるイルカを冷やかな眼で見る。否、観察する。

「それじゃあイルカさん……なんでオレのことを恨んでないの? オレ、アンタの大切な人達を殺したんでしょ? それなのにオレを恨まないなんて以外と先生って薄情なんだ」BR>
知識を総動員させて目の前のイルカが最も嫌うであろう言葉を選ぶ。

アンタの大切な人を殺したのはオレじゃあない。だが、この里の奴らはそう認識している。もはや自分の意思では覆すことも不可能。もとい覆すつもりも無い。勝手に勘違いしてやがれ。

「………なんでそんなことを言うんだ?」

イルカは悲しそうに、演技なのかもしれないがそういう感情を表面に出してそう言う。

忍者は感情を表に出さない。そういう訓練は受けているだろう。逆に相手を騙すための訓練は受けている。

信じられない。

「はは、皆が言ってるんだ。なら、そうなんだろ?」

自分からは答えを言わない。

相手が勘違いするのを待つ。なぜなら滑稽だから。真実も知らずに踊っているヤツを見るのが同じように踊っている自分が楽しめる唯一の楽しみだから。

「そう自分を苛めるな。見ているこっちが辛いんだよ」

「それならずっと辛がっとけ。それが嫌なら無視しろよ。ほかの教師みたいによ」

明らかに同情している。目の前の存在は自分を同情している。

同じ孤独だからか? 周りを見てみろ、アンタの周りにはアンタを慕っている奴等がいるだろう。

「そういえば居たな。ミズキって教師がこのアカデミーに」

思い出す。この学校で最も自分に敵意を送っていたヤツを。

「……そうだな。今頃なにをしているんだろうな」

イルカは悲しそうにそう言う。

アンタはすごいよ。アイツがばしばしと送ってた敵意や殺意に気づかずにいるなんて。なんてお人好しなんだ。

「知ってるか? アイツ、オレと眼が合うたびに睨んでたんだぜ。それも殺気を送ってな」

だから殺した。真っ先に殺した。自分にとって害でしかない奴を生かしておく義理もない。

「………そうか」

イルカは急に立ち上がる。

「ナルト、お前は焦りすぎだ。もっと周りを見てみろ。お前の周りにはお前を助けてくれるやつが沢山いるぞ」

そう言って書類を調えて教室から出て行った。

残った俺は一人教室で佇んでいる。

「周り、ねぇ………碌なヤツがいねぇよ」

皆、才能ある奴らばかりだ。







「門を閉めるぞ! お前ら早く家に帰れ!」

用務員なのだろう。顔も知らない中年が叫んでいる。

「……お前ら?」

知らないうちに寝てしまっていたのだろう。窓の外は綺麗な橙色となっている。

自分の隣、すぐ横で見慣れたはずの少女が寝ていた。

初めて見る寝顔に今までとは違う心臓の脈動を感じた。ここまで無防備な状態の人を見たのは初めてだった。

「なんでいるんだ?」

そんなことも考えている暇の無いのか、用務員の中年が怒って何かを喚いている。

仕方なく少女を起こそうとしても一向に起きてはくれない。

「ああ、重い」

そう言って後ろに背負って自分のかばんは口で噛んでもって、彼女を支えている方の手で彼女のかばんを掴んだまま学校を出た。

最初に思ったのが夕日が綺麗だということ。

掴もうとしてもつかめない至高の美麗。誰だってあそこまでは輝けない、夕日が唯一許された最高級の居場所。

ナルトは夕日の明かりに照らされながら自分の頬が赤くなっているのを隠して足を動き出した。







とぼとぼとヒナタを背負って帰路を歩く。

一向に目覚めてくれない彼女から伝わってくる暖かさに心臓の脈動は止まらない。

自分がこの状況に喜んでいると隠せない自分が嫌いになった。

自分に好意を寄せているのはなんとなく分かる。ヒナタは素直だ。純粋過ぎて将来変なヤツになにかされないかナルトは心配するくらいにヒナタは純粋だった。

ナルトは素直にヒナタが綺麗だと思う。

容姿だけではなく心も綺麗だと心の中で分かっている。自分と真逆の位置にいるということも。

「……ん…」

もぞもぞと背中越しでヒナタが起きるのを感じた。

やっと起きたか、という安心感。もう終わりか、という喪失感を同時に感じ一瞬困惑してしまう。

「起きた?」

そんな困惑を捩じれた意思で無理やり叩き伏せて気遣うような声でヒナタに尋ねる。

「ご、ごめんなさい!」

自分がおぶられていると気づき次第にそういってナルトから離れようとするヒナタをナルトは離さなかった。

両手で足を固定させてヒナタを降りさせないようにする。

「もうちょっと、このままでいさせてくれ」

そう言ってまたゆっくりと歩き出す。

とぼとぼと。ゆっくりと足元を踏みしめて、暖かさを逃がさないように。

「……はい」

ヒナタも顔を夕日に負けないくらいに赤くさせて小さく言った。

そんなヒナタをおぶっているナルトにとってはその回答で十分だった。

ゆっくりと。ゆっくりとナルトはヒナタをおぶって歩いた。







眼を開放する。

広がる視界、未だ慣れないこの感覚に四苦八苦しながら目的である人物を見つける。

屋敷の奥では目的である男は食事中であった。

その男は木の葉にとって重要な役を担っていた。

それが音の里にとっては邪魔であった。そいつはオレに対してなんの干渉もしなかった。なんの干渉もだ。

オレが飢えで苦しんでいる時、オレのことなど考えずに真っ白な米を食べていた。

オレが痛みに悶えている時、オレのことなど考えずに布団の中で気持ちよさそうに寝ていた。

神様は世に対して不平等だ。

そんなものに気づいたのは早かった。

「そんなことはどうでもいい」

ナルトは屋敷まで1㎞ほど離れた火影の顔の彫られた崖の上で腰を落とし、左腕を弓を引くように後ろに引き絞る。

その手には一本の千本が握られている。

視界を更に透過させ目的である男のこめかみに向かって今の自分が出来る最高の動きで千本を放った。

それは筋肉にチャクラを浸透させ、神経を弓の弦のように限界まで引き絞って、すべての関節を理想的な動き。

そして流れ落ちる星の如く、屋根や壁など問題なしというばかりに直進して、目的である男のこめかみを貫通した。

男は何時殺されたのかも知らずに死んだ。

急に倒れた男に周りの皆が混乱するなか、ナルトは闇に紛れて逃げた。







「ハァ…ハァ……ハァ…」

ナルトは家に辿りつき次第倒れた。

「またかい?」

椅子に座ってそれを見ていたカブトは既に何度も見たのか落ち着き払っている。

そんなカブトを見上げながら余力を振り絞って余裕の顔を作り

「すぐに……慣れますよ」

ナルトはそう言った。

ナルトの顔の半分、左側は赤く腫れ上がっている。

無理やりに移植させた白眼の左目がナルトの左目の周りの経絡系を無理やりに活性化させたせいだろう。

拒絶反応をやりすごし、痛みに耐えながら生き抜いたナルトの新しい眼はそれでもうずまきナルトという少年にやさしくなかった。

カカシでさえ負担が多いと言う血継限界の移植をカカシとはまったく正反対のナルトがするのには程度が違った。

負担という簡単な言葉では言い表せないほどの痛みと疲労がナルトの中で起こっている。

ナルトは『特別』を欲した。

そして手に入れた。

ヒザシという生贄を使ってナルトは力を手に入れた。

使うたびに洗練されていく視界、使うたびに自分の汚れきった生き様に酔う。

意地を張ってまでも皆に認められようとはしない。勝手に勘違いしておけばいい。自分を作り上げたのは正しく勘違いした奴らなのだから。

「それで、ちゃんと殺せた?」

カブトが心配もせずに言う。

期待に応えようとする道具を見て確信も抱いている。

それに応えようと道具も吼える。

「大丈夫、です」

汚れきっている自分が今更何に躊躇するというのだろう。

時々思う。

自分は何時から感情が乏しくなったのだろう。

それが嫌だという訳ではない。

ただ、何時からだったのかが分からなくなっただけ。

「さすが、僕の助手だ」

きっと先生の笑った顔を見たときなのかもしれない。







「始め!」

その言葉で二人の戦いは始まった。

「今日こそくたばりやがれ、不良品」

言い終わるのと同時にサスケは地を駆けナルトへと接近する。

「てめぇこそくたばれ、雑魚」

今日こそ潰す。そう胸に誓いナルトも飛び出す。

二人の速過ぎる動きにほとんどの生徒が追いていけていない。

「ハァッ!!」

その呼気と共に繰り出されるサスケの拳打。

以前との速さの違いに一瞬眼から離れてしまうナルトはスウェーの動作で上半身を後ろに皮一枚で避ける。

そこから身体を捻るようにサスケの顎下を蹴り飛ばす。

「ちっ」

ナルトはサスケの顎を砕くつもりで蹴りを放っていたのに手応えが無さ過ぎて掠っただけだと瞬時に判断し更に前進する。

床が軋むほどにまで踏み込まれた一歩は恐ろしい程の速さでサスケまでの間合いを脅かす。

サスケも追撃は予想内で準備は出来ていた。

蹴られる直前に背後に飛んでいたので着地と同時にナルトに向かって跳ぶ。

黒い弾丸と金色の弾丸はぶつかり合い、そして止まる。

肘と肘、肩と肩、額と額で競り合って二人は熱戦しているかのように周りは見えた。

フッと二人の均衡は崩れた。ナルトが力を抜き跳び退った。

「て、てめぇ!」

そのナルトを追おうと踏み込んだ時にサスケは見た。

ナルトが何時も以上に眼を細め、何かに集中しているの顔を。

何かが来る、そう思った時には全てが遅かった。

ナルトの身体が霞む程にまで回転し、そこから足が飛んできた。

後ろ回転蹴りだと気付く前にサスケは顔の側頭部を蹴られ壁まで吹き飛んでいた。

リーが好んで使っていた木の葉旋風をナルトは知識としては知っていた。知識は使わなくてはただの情報となる。

教師が試合を終わらせたのは仕方の無いことだった。

あの回し蹴りで試験官を蹴り飛ばして特別試験を合格したリーを見ていたのだから。

それを難なく放ったナルトに教師は驚くが、それ以上に毎回毎回強くなっていくサスケの才能にも驚いていた。

それはナルトにも同じ。ナルトの顔は無表情に近い顔になっていた。

サスケの進化が明らかに見えてきている。

自分との距離を恐ろしい速さで縮めてきているサスケの才能に嫉妬を感じたナルトはこの場で殺しておけばよかったと思った。

いつか、必ずうちはサスケは今よりも遥かに強くなって自分の前に立ち塞がるだろう。

それも絶対的な敵として。それだけは我慢できない。

試合の一部始終を見ていた女子達は一勢にサスケに殺到する。もちろん例外に存在する。

ナルトの悪口が聞こえたりするがナルトは相手するつもりもなく小鳥の囀りを聞いてるように聞き流す。

自分を呪う度に黒い何かが流れ出す心臓を押さえながら外に出ようとするがそれを止める者が現れる。

「あっはっは! ナルトよくやった! 見てて最高だったぜ!」

犬塚キバはそう言ってバンバンと肩を叩いてくる。

ナルトはキバが嫌いになれないでいた。

それは動物に優しい、というのもあるが周りなど気にしないという性格で自分に声をかけてくるキバの性格が気に入っていた。

「お前くらいだよ。あのサスケに勝てるのは」

にぎやかにその他の男子達も笑っている。

「あたりまえだ」

自信を持ってそう言った。

オレは負けない。そう言った。

サスケだけじゃない。誰にも負けやしない。そう心の中で何度も言い続ける。

自分は強い、そう思わなくてはなにしても希望もない。可能性を信じられないヤツはあった筈の可能性を潰してしまう。そんなことにはしたくないとナルトは思った。

『君にはうちはサスケにとって超えられない壁でいて欲しいわけだ』

カブトの言葉が頭の中で響き渡る。

先生が言うから、そう思ってナルトは引き受けたが気分が変わった。

自分は強い。先生の助手が負けはしない。そうナルトは心に誓う。

「おー、今日も勝ったな」

「ん? シカマルか」

急に話し掛けられてナルトは驚きもしたがすぐさま表情を作り変えていつもと同じ顔にする。

シカマルは頭がいい。簡単に感づいてくる。

「今日はサボってないんだな」

「お前と一緒にするなよ」

そう言ってナルトはゆっくりと腰を下ろす。そして体中の酸素をため息と一緒に吐き捨てる。

ナルトがサボらなくなってからシカマルは学校という檻の中の生活が格段につまらなく感じるようになった。元から楽しいとは思っても無かったが更につまらなくなった。

「明日は卒業試験だもんね、サボってられないよ」

そう言うのはチョージ。優しい人だと皆が知っている。それと同じくらいによく食うヤツだというのも知られている。

「そうだな。今度は受からないとな」

ヒナタと約束したからな。そうナルトは心の中でつぶやいた。

これ以上泣かせたりしたら、どうなるんだろう。心が潰れそうだ。

「お前ほどのが前回は受かれなかったのかよ」

しまった、とナルトは心の中で狼狽する。

シカマルは勘が鋭い。

「はは、入院してて試験すら出来なかったよ」

そう言って悔しそうな表情を作る。

ナルトにはもう慣れた作業であった。

「んじゃ、今回は大丈夫だな」

そう言ってシカマルも床に腰を下ろす。

「そうだね。ナルトが落ちるような試験に僕達が受かる訳ないしね」

そういうチョージ。

自分を評価してくれる仲間がいるという事実にナルトの涙腺が緩みそうになるがなんとかそれを抑える。

「あたりまえだ」

ならば、それに自信をもって応えるとしよう。







ついにやってきた卒業試験。

さすがに寝坊も出来ないのでナルトは前日は久しぶりに早い時間から寝ていた。

窓から射しこむ朝日が彼を起こす。

それからはゆったりと時間を使ってだらだらとアカデミーに向かっていった。

身体を酷使し続けて入るが所詮体は子供である。連日徹夜などしたら体も壊しはするし腹を冷やせば下しもする。

下忍になると言われたときカブトはいつも通りどうでもいい、というような感じで頷いていた。

彼からしたらナルトが音の里にとってマイナスになることをしなければどんな行動でも許容する。

ナルトはカブトにとっては道具であり、それはナルトも自覚している事実でもある。抑えれば抵抗するのが人としての性であることもカブトは知っている。故に最低限は自由にさせている。

「まぁ、気張らないで行ってらっしゃい」

挽きたてのコーヒーを喉に通してカブトはそう言う。

「行ってきます」

そう言ってナルトも家から出て行く。最近は眼の下に隈も出来ていたが久しぶりの睡眠でいい顔になっていて少年に戻っていた。

カブトはナルトが才能に悩んでいるというのも知っている。苦しんでいるのも知っている。それを自分が楽しんで見ていることも知っている。

「まぁ、どうせ受かるだろうけど……」

カブトの悩みは止まらない。

スパイとして木の葉に滞在しているのに、それでも助手というモノを作ってからは中々に面白かった。

それでも

「同じ下忍か……やり辛いなぁ」

どうでもいいんだけどね、と唇だけ歪ませて残ったコーヒーを飲み干した。

どういう訳か、カブトはビーカーでコーヒーを飲む。





試験、というにもおこがましいモノはすぐに終わった。

実態を伴わない分身の術が出来たくらいで忍びになれるのだろうかナルトは疑問に思った。

それでも試験に受からない者もいるらしい。

同情する―――同じように才能の無い者に。

「お前なら落ちるわけねぇよな。 今度こそ卒業できてよかったな!」

犬を頭に乗せた少年、キバが背中を軽く叩きながら言った。

キバは"ナルトは頭がいいのになんで前回落ちたんだ?"という疑問もあるにはあるが素直に祝福するいいヤツである。

ナルトにとってキバはうるさいがいいヤツというので認識されている。

「あたりまえだ。それと、ありがとう」

自分を祝福してくれてありがとう、とナルトは言う。自分を憎んでいないヤツは誰でもいいヤツに移ってしまうナルトは自分でも嫌いだった。それでもいいヤツだと思った人には優しくなってしまう。

「まぁ……落ちるとは思ってなかったけどよ」

シカマルがナルトならそれくらい簡単に受かるだろうから心配ないだろうといった思慮を込めてナルトに言う。

「ボクも大丈夫だと思ってたけど心配してたんだよ」

チョージも自分の合格祝いに新しいお菓子の袋を開けながらナルトに言った。

以外にも自分の合格を祝ってくれている人間がいることにナルトは嬉しく思う。

成長の過程で感情が乏しくなることもあったが嬉しいということは敏感であった。心の奥底で望んでいたのかもしれない。

コツ、とナルトの耳に聞こえた。

暗部が見張られている時があった。至る所から殺気や敵意を送られた時もあった。そんな中で生きてきたナルトは感覚神経に常に微弱なチャクラを通して強化している。

「そろそろ戻った方がいい。来たぞ」

「んじゃ、ボチボチ戻るか」

シカマルも怒られるが好きという趣味は持っていない。

シカマルの行動で皆がつられて席に戻っていく。





「席に着け、話を始めるぞー! ってみんな座ってたか。さっきまで声が聞こえてたのに」

不思議に思いながらもイルカは教壇の前に立ちこれからのことを言い始めた。

「それでは今から下忍の班編成を発表する。今から言うメンバーの一部はもう変えられないからな」

静かになったのを見計らってイルカが生徒に向かって言う。

『えーっ!!』

生徒達、主に女子からの不満があがる。

それにイルカは一瞬苦笑いをしてから真剣な顔を作る。

それよりも遠足にでも行くつもりだったのか? とナルトはため息を吐いた。

それで楽しそうに任務に行って死んでこい、というのがナルトの願いでもあったりする。

「だーっ!! うるさい!! 各班の力関係を均等にするのにこっちで決めたんだよ!! 悔やむなら今までの自分の成績態度を恨んでくれ」

不満の声が止まらなくなってきた生徒に怒鳴るイルカ。
「問題が起こらない限り当分このままなんだからな。文句は受け付けないからな」

もう遅い、過去の自分を恨めと言って皆を黙らせる。

「それじゃあ発表するぞ? まずは1班からだ………」

イルカが名前を呼ぶたびに生徒達の顔が変わる。

下忍になるということは社会人になるのと同じ意味である。それなのにその危険性に気付けないでいる同世代の生徒達にナルトは何度目かのため息を吐く。

遂に6班が終わる頃には呼ばれた者同士でくっついていたりして話していたりする。

「続いて7班……うずまきナルト……」

皆が次に呼ばれる者が誰であるか考える。

それはあの不良生徒と同じ班で過ごさなくてはならなくなる被害者、という見方である。ヒナタは自分になれるか期待に溢れた眼でいたりする。

「……うちはサスケ……」

一瞬クラス全体がざわついた。

クラス全員が見た。うずまきナルトとうちはサスケが同じように嫌な顔をしているのを。

続いては女子になるのだがサスケがいるというと話しが違ってくる。

皆が次は自分がいい、という目で口を開きかけたイルカを凝視する。

そんな視線など気にしないかのようにイルカは次の人物を言った。

「……春野サクラ。以上の3名。……次は8班……」

春野サクラ。今、隣に座っている背の高い女子・山中いのに勝ち誇った顔で何か言っているその名が示す通り桜色の髪の少女はは嬉しそうな、サスケ同様に嫌そうな複雑な表情を浮かべている。

カブトの諜報活動を真似て情報を集めていたナルトから言わせると「自分以上の頭脳を持つ少女」くらいであった。

羨ましいとも思うがそこまで執着もしなかった。成長の兆しはなさそうだったから。

サクラの嫌そうな顔を見てナルトはアンタの方が醜悪だ、と思った。

女子の大半以上はナルトのことを嫌っている。

誰だってそうだが好きな人や仲の良い人が嫌いなものは本人も嫌いになっていくものである。

サスケのことが好きな女子はナルトを嫌っていればいつかサスケに声を掛けられるかもしれないと思っている。

馬鹿だなぁ、とナルトは毎回思っている。





―…おかしい、班の組み合わせが偏り過ぎている…―

成績は最後になって授業に出始めたというのもあり態度と教師の贔屓でかなり悪いが一度もトップのサスケに負けてないナルトがうちはサスケと同じ班だというのもおかしいとナルトは考える。
―…10班なんか全員旧家だ。8班も名家が入っている…―

下忍になれるのは九名だけというのは知っている。ならばその他の班は捨てるということなのだろう。そうナルトは結論付けた。

それも知らずに楽しみにしている生徒達を嘲笑する。

イルカは一度呼吸を正し、

「さて、これから担当の上忍の方が呼びにくる。大人しく待ってるように」

そう言って退出した。






時間は有限だ。モノに終わりがあるように、時間にも終わりはある。

「オレ達のこと忘れてんじゃない?」

この教室にいるのは7班のみ、他の班はとっくに担当がきて連れて行った。

ナルトの言葉が無常に響き渡った。

ナルト達以外の班が全て出て行って三人きりになってから30分経ち、扉が開いたとき、本当に三人とも眼を輝かして入ってきた人物を見た。後片付けに来たイルカは本当に驚いたらしい。。
イルカは三人の愚痴を聞きながら軽く掃除して出て行った。
なんともむなしい出来事であろうか。

サクラは何度もサスケに声をかけていたがその挑戦した数と同じ回数撃沈した。

ナルトは最初の10分で眠りについていた。イルカが来たときは飛び起きたがその直後また眠ってしまった。

一時間が経過した。

サスケとサクラからは黒い空気が醸し出されている。ナルトは夢の中で旅行中である。

最後にイルカが出て行ってから2時間経ち、やっと担当上忍が来た。

上忍はまったく空気を読まず

「すまんな、自宅の前が工事中だったんだ」と言った。

「「ふざけんな!!」」

サスケとサクラは前置いて相談していたが如く息を合わせてそう言った。ナルトはまだ夢の中で旅行中である。












[713] Re[8]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:08




オレたちは屋上に連れて行かれ、自己紹介をすることになった。

ここに着くまで、カカシを観察してみたのだが……強い、ということが再確認できた。

ダルそうに歩いているが突然襲われてもすぐに対処して殺すこともできるように歩いている。

心拍、脈は正常に働いている。服越しから見える背筋も無駄な肉も無く忍びとしては最高の肉体である。

何度も噂で聞いた。先生のビンゴブックでも詳細は記憶している。噂違わず凄腕なのであろう。

家に帰って装備を揃えないと勝負にさえならないかも知れない。完全武装だとしても勝てっこない。次元が違う。

「オレは『はたけ カカシ』って名前だ。 好き嫌いをお前らに教える気はない!将来の夢・・・って言われてもなぁ・・・。ま!趣味は色々だ・・・・・・・」

顔色だけでなく心拍音も正常なままそう言った。

やる気が無いようにしか見えない。

「じゃ、次はお前らの番だ。右から順に・・・」

そう言ってオレの方を見てきた。

眼を細めているが何故か目つきは鋭い。何を期待しているのやら。

「オレの名前はうずまき ナルト。好きなものは無い」

忍びが自分の情報を漏らすことなんて絶対にしない。こう思うとカカシの自己紹介は忍びとして正しいよ。

「嫌いなものはあり過ぎて分からない」

数えていくと限が無い。なんか面倒くさい。

それでもちょっと言いたかったことがあったから言ってみる。

「強いて言えば神様かな」

神様は世に対して不平等で理不尽だよな。

オレみたいに化け物を封印されたり白い目で見られている奴がいれば目の前の三人みたいに平穏に暮らしてきた奴も居る。オレみたいに才能が無い奴もいれば天才って呼ばれている目の前の二人みたいのもいる。

なんかオレは神様なんか信じられなくなっちまったよ。きっと神様もオレを信じていないだろうし。

うちはも春野もカカシさえもおかしな目で見てくる。苦悩してない奴らにはわからないだろうよ。

「将来の夢はオレへの侮辱を撤回させたい。オレを無能と言ったヤツに。そして後悔させた上で殺してやる」

才能がない、その言葉に何度も悩まされた。自覚もした。その上で認めさせてやりたい。自分が強いということを。才能が無い奴でも強くはなれるってことを見せつけて殺してやる。

これは不変することはない。絶対だ。もし、もしそれが達成できなかったとしたらそれは自己の死だろう。

周りを見ると春野とうちはが驚きの顔をあげる。カカシも同様に顔を変化させていた。

テメェ等だって何時かは人を殺すんだ。そんで気付くだろうよ。忍びなんてただの暗殺者でしかないってことがよ。

現にカカシの変化だけが違う。春野やうちはのとは違う悲しみが見えてくる。そんな目で見んじゃねぇよ。オレを哀れむな。糞野郎。

「次!!」

次に指名されたのは不幸のうちは、いつもの顔で腕を組んで座っている状態で話した。調子に乗ってんじゃねぇのか?

「俺の名はうちは サスケ。嫌いなものならたくさんある。特にナルト、テメェだ。好きなものは特にない」

オレもテメェが嫌いだよ。良かったな、相思相憎だぜ。

「それから・・・夢なんて言葉で終わらす気はないが、野望はある!」

その瞬間うちはの目つきがより鋭くなる 自分の決意を再認識したかのように口を開いた。

「一族の復興とある男を必ず・・・・・・・・・殺すことだ」

うちはの『殺す』のところで空気に殺気が混じった。

「無理だろうよ。テメェみてぇな世間知らずが殺せるほどテメェの兄貴は弱くねぇぜ」

「なんだと!」

激昂している、というのが一番正しい表現だろう。だがあまりにも小さい殺気が可愛らしい。

「んじゃ、オマエは火影を殺せるか? 地位とか関係なく真剣勝負でよ」

暁ってのは火影クラスの化け物の集団だって先生に聞いた。そんなもんに入っているテメェの兄貴を目の前のチンケな小僧が殺せるとは思えない。

「……訂正しろ」

うちはが殺気を込めてそう言った。その殺気ですら小さすぎる。

「言われたとおりに訂正してやるよ。オマエみてぇに周りが見えてねぇ野郎はその前に他の馬の骨に殺される」

そう言った直後、うちはが殴りかかってきた。

「はいはい、今は自己紹介の時間でしょ? 喧嘩の時間じゃあない」

意図も簡単にうちはの拳はカカシに止められた。違うな、カカシはオレを止めたんだ。カウンターで顔面を殴ろうとしていたオレを。

うちはも全力で殴りかかったのに簡単に止められたことに更に頭にきているようだった。

だから言ったんだ。周りが見えてねぇって。オマエの兄貴以外にもオマエより強い奴はうじゃうじゃいるっていうのにソイツしか頭に入ってなければすぐに足元掬われて殺されちまう。

オレだって今のコイツは簡単に殺せる。だけどコイツは紛れも無い天才だってことを忘れてはならない。何時かは立場が入れ替わる。逆に簡単に殺されるかもしれない。そう思うと腹が立つ。なんでこんな奴に、って。

「よし・・・じゃ、最後の女の子」

カカシが話しを切って春野を指名する。

「私は春野 サクラ。好きなものはぁ………ってゆーかぁ、好きな人は………」

しゃべりながら器用に春野のほうに流し目を送っている。

「えーとぉ……将来の夢も言っちゃおうかなぁ♪」

そう言い、再び春野を見る。

「キャ―――!!」

勝手に叫びながら真っ赤な顔を両手で押さえてしゃがみこんだ。

正直言ってうざい。煩いし気色悪い。目障りだ。

「あ、嫌いなものは、ナルトです」

オレのほうを向いてきっぱりと言った。

「オレ達気が合うよなぁ。オレもテメェが嫌いだよ」

オレの言葉にギャーギャー騒いでいるのが横目に見えた。それすらも煩わしい。なんでこんな奴がオレよりも恵まれてんだろう。本当に苛付いていきた。

もしうちは目的で偲びになるって言うのなら止めておいた方がいい。きっとコイツも殺される。

「よし! 自己紹介はここまでだ!!」

勢いよくカカシは怒鳴る。

今はそれすらも煩い。耳にくる。頭にもくる。頭がパンクしそうにもなる。

「ん! それじゃあ明日から任務をやるからな」

カカシが凄みを入れてそう言った。

「まずはこの四人だけで、ある事をやる」

当たり前だ。任務で他の班から補給が利くことなんてありえない。

それに本当の任務じゃあないだろう。下忍になったとはいえこんな早くから任務があるとは思ってもいない。

「サバイバル演習だ」

一応は任務をやると言っておきながら演習をすると言う担当上忍に、2人は疑問符を浮かべる。

まだ確信がある訳じゃあないが、この任務はカカシの任務なんだという仮定が出来た。

「何で任務で演習やるんですか? 演習ならアカデミーで散々やりました!」

さすがに考えなしにこうも言える春野には呆れがきた。

ついつい口に出てしまうということもあるもんだ。

「馬鹿じゃねぇの?」

オレもこんなことを考え無しにそう言ってしまっていた。きっとムカついているからじゃないかと思う。何かしろ喧嘩を売りたいのかもしれない。

ついつい唇が釣りあがってしまう。きっとオレは笑っているだろう。

それが春野を怒らせてしまうのも仕方ないかもしれない。誰だって馬鹿にされるのはムカつく。

「何よ! うるさいから黙っててくれない?」

つい春野の言葉にまた笑ってしまった。どうしてこうもストレートに本心が言えるのだろう。憧れちまいそうだ。

「分身の術が出来たくらいで商売として成り立っている忍びに成れる訳がないだろ。それだったら貧乏なヤツはみんな忍者になってるだろうさ。なんせ忍者ってのは公務員だろ? 国や里が抱えてんだからな。それになんども演習はしてきました、っていう顔してんじゃねぇよ。アカデミーなんかでやってきたことしか出来ねぇでいると本当に殺されちまうぜ。この里以外の忍びは全員敵なんだからよ。相手は必死さ。殺される前に殺せってな」

そう思うと想像してしまうから面白い。

ついつい自分がまだ子供だって分かっちまう。自分が優位に立っていると顔がにやける。

「なにが言いたいのよ」

そんなオレの笑いにまた腹が立ったのか、春野は機嫌悪そうだった。

だけど、コイツはそんなオレ以上に子供だ。無知は罪、って言葉を作った人間を表彰してぇよ。本当に無知は重罪だ。

「分身の術が出来るからってそれでおしまいな訳ねぇだろう? 蒸散って現象と同じさ。濃度が最も高くなるまで落とさなければ変なもんまで残っちまう」

これで、どうだい? とオレはカカシを見た。きっとオレの今の顔は嫌になるくらいにニヤついているだろう。

カカシは疲れたようにため息を吐いた。

「言い方は乱暴だが…まぁ、正解だ」

ここまで正解じゃなかったら恥ずかしすぎて死んじまうよ。それとこれが間違いじゃなかったら逆に木の葉の忍び製作のカリキュラムに失望だ。

「それに、相手はこのオレだ。だから簡単な試験では終わらんよ」

この里のトップレベルのカカシが相手。下忍を相手にするからといって手加減は無いだろう。油断はあろうともな。

そこを突けばいい。油断したところで攻撃に入ればオレでもなんとかなるかもしれない。

「まっ、楽しみにしてろよ」

カカシのその一言はオレが今考えていることに対する言葉のようにも聞こえた。

本当に今年は面白くなるかもしれない。やりたくも無いけどよ。

「せめて内容だけ教えてください!」

明日の為になるのなら、そういう意味合いだろう。春野も必死だ。そりゃここまできて落とされるかも知れないのだから無理も無い。

「いや……ま! ただな……オレが言ったらお前ら絶対引くから」

ネタバレはいかんよ、と春野の必死な質問にも人を小馬鹿にしたような態度を崩さない。

「卒業生二十七名中、下忍と認められるのはわずか9名残りの18名は再びアカデミーへ戻される。この演習は脱落率66%以上の超難関テストだ!」

スリーマンセルで10班まではいたのに何故卒業生は二十七名しかいないのだろうか。

オレがそんなくだらないことを考えている時にカカシは笑っていた。カカシの視線の先にはカカシが言ったとおりドン引いている二人がいる。

「ハハハ…ほら、引いた。ってナルトは二人とはリアクションが違うぞ。聞いてたか?」

「聞いてたさ」

どうでもよさそうにカカシは質問し、オレもどうでもいい感じに答える。

なんか釈然としないようであるようにカカシが最後に言った。

「じゃ、そういうことで明日は演習場でお前らの合否を判断する。忍び道具一式持って来い。それと朝飯は抜いて来い……お前らじゃあきっと吐くぞ!」

そこだけ真剣に言って三枚のプリントを残して煙と共にカカシは消えていった。

そのプリントを真剣に読んでいる二人を尻目にオレは斜め読みで二人より早く読み上げてから火で燃やした。なぜならその方がカッコいいと思ったからだ。

暗記はこれまでの作業で必須能力であり最も必要な技術であったから既に習得済みであるからこれくらいなら簡単だった。医学とはとにかく奥深い。人間の身体を解明しようとするのだからオレには理解できないがとにかくすごい。

指先から青白い炎が吹き出て真新しい紙を燃やしていく。

「んじゃ、また明日」

返事なんて期待していないからさっさと帰った。









夜が深くなり動物すら動きたくなる時間帯でもオレの家には光が灯っていた。

「はは、ナルト君の担当はカカシさんとは……なんとも面倒な」

カブト先生は診療台を挟んでメスを振るいながらオレに声を掛ける。

「そうですね、動きづらいです」

苦笑いをしながらオレも同じようにメスを振るう。

二人の間には何か叫んでいるように口を動かしている女性が診療台の上で寝ている。両手は縛られ顔は青く、目も血走っている。

「大蛇丸様の話しだと僕と同等らしいけどね、気に入らないけどね」

カカシと一緒にされたことに対して気にいらなそうにカブト先生の表情が歪む。

「大蛇丸も見る目が無い」

オレはそう言った。

先生は、誰よりも強いさ。







その日は寝ずに解剖し続けた。切開するのは一度目と二度目は違い、鮮度も変わってくる。一度空気に触れた血は色彩すら変わる。だから一度切開したら徹夜というのが決まっていた。それに血を見ていると興奮して止めるのが勿体無く感じる。

だから、今日はその興奮が鎮まることは無くメスを肉の塊に刻み続けていた。




カカシが指定した時間と場所に本人は現れずに既に三時間が経過している。

オレ達は時間通り待ち合わせ場所に集まったが本人が遅刻しては演習もできない。

ハルノは怒りを顔にだしてなにやら言っている。

うちはの坊やはいつも通り腕を組んで瞑想しているがこめかみのところに青筋が見え隠れしている。

「や~、諸君。おはよう」
そんな空気の中、カカシは躊躇せずに現れた。

春野はうちはの坊やの前だということを忘れ怒り狂ってカカシになにかを言っていた。

うちはの坊やはそれを止める理由もなくカカシを睨んでいた。

「まぁ、春野は黙れ。これ以上時間を遅らせるなよ」

何故遅れてきたのか、そう問いただそうとしている春野とごまかそうとしているカカシに言った。

何かを言いたそうに睨んでいたがそれすらも無視しカカシを見た。

カカシは丸太の上に時計を置き今回の演習の説明を始める。

「ここに二つの鈴がある。これを俺から昼までに奪い取る事が今回の試験の課題だ」

そう言って二つの鈴をオレ達に見せる。

「もし昼までに俺から鈴を奪えなかった奴は昼飯抜き! あの丸太に縛り付けた上に、目の前で俺が弁当を食うから、そのつもりで」

だから朝早くここを指定して遅れてきたのか、と分かったと同時にオレ以外の二人の腹がSOSの悲鳴を上げた。つまり空腹である。

二人は騙されたことに腹を立てる。オレは飯を食ってきたからどうということも無い。その気になれば満腹感を感じさせるように脳に指令も出せる。

寝不足で埃被っていた思考回路を活性化、そしてこの試験の真意を図る。

―…取れるわけ、ねぇだろ…―

んなもん一瞬で終わった。無理、不可能。下忍が上忍から鈴を取る方法など一つとして在り得なかった。

カカシが実力を下げてまで鬼ごっこ染みたことをする訳がない。

「ちょっとナルト! あんたお腹減ってないの!?」

急に顔を覗かれてオレはぎょっとした。

春野からしたら純粋な好奇心だったのかもしれない。それでも驚かされたことに腹が立つ。

「うるさいな……もし、お前が潜伏中に腹の虫鳴らしてみろよ、すぐさま首を掻っ捌かれるぞ」

春野の眼を正面から見ながらトントン、と軽く首を手刀で叩いて言った。

下忍でそんなことを体験する訳ではない、だがずっと下忍でいるという訳でもない。何時かは殺されるだろう。つうか早く死ね。

「まぁ、鈴は一人一つ取ればいい。二つしかないから、必然的に一人は丸太行きになるという寸法だ。そんでもって、鈴を取れなかった奴は任務失敗という事で失格! つまり、この中で最低でも一人は、卒業した学校にもう一度通ってもらう事になるという訳だ」

この言葉に、緊張が走る。

確実に誰か1人が落ちる試験、もしかしたら自分が落ちるかもしれないという可能性が心の中に残っていたアカデミー卒業という余韻を根こそぎ消し去る。二人の表情が険しくなるのを感じた。

だが、その説明に矛盾があるのも然り。スリーマンセルが鉄則である木の葉でそんな試験など存在しない。

今の説明で大体が解けた。

「どうやら、この試験の内容は全員分かってくれたようだな」

カカシは早く始めたいようだ。

だけど、そうはさせない。

「この試験は純粋に下忍の1人のとしての力を見たいってことか?」

確信は無いが、カカシの身体が一瞬硬直したように見えた。本当に、確信はない。

「……ああ、そうだ」

だが、このはっきりとしない回答で確信が取れた。これは下忍の一人の実力を測る試験じゃあない。

「そうか……始める前に止めてすまないな」

これならば合格なんて簡単だ。忍術すら使う必要も無い。

答えの分かった試験などすでに試験ではない。こんなのもただの会話だ。

「手裏剣でもなんでも使って来い。殺す気でこないと一生取る事はできないからな」

カカシはそう言うが春野からしたら異常な一言であったようだ。オレにはどこにも変なところはなかったのだが。

「使ってもいいって、それじゃあ先生が危ないわよ!」

呆れた。

本当に馬鹿だ。飯事でもやってるつもりか? 本当に殺されるぞ。そう遠くないウチに。

「話しを延ばすなっつってんだろ。下忍が殺せるわけないだろう。下忍が殺せるようなヤツが上忍に成れる訳がねぇんだからよ」

こいつみたいな脳みそだった世の中楽しそうだな。と、オレは本当に思った。

「ああ、そうだな」

カカシからしたら疲れる一方だろう。今、オレは答えを言いまくっているんだから。それに気付かない馬鹿が二人もいて本当に良かったと同情するよ。

「よしっ! じゃ、始めるぞ。よーい―――」
その馬鹿な二人はいきなり始められたカウントダウンに驚きつつ動き出す準備をし始める。

オレも動けるように踵を鳴らす。徹夜明けでいい具合に興奮している。

「―――スタート!!!」

カカシが言った瞬間に全員の姿が消える。

カカシからしたら遅いとしか言えないだろうが追いかけてこないことを確認して一先ず安心する。

「忍たる者―――気配を消し、隠れるべし」

そう呟きカカシは辺りを歩き始めた。
時間が無限という訳ではない。ずっと平地の真ん中にいては下忍である子供達もなかなか攻められないだろうという考えるのが定石だ。

それでも例外は必ずしもいる。

カカシが歩き始めた直後、カカシの足元の地面が膨らみ始め、オレの分身が飛び出した。

「……まぁ、慌てるなよ」

カカシは落ち着きを払ってそう言うと地面から飛び出してきたオレの頭を踏んづけた。

おかしいなぁ。下忍では考えられない作戦だと思っていたのになぁ。

「まぁ、どうでもいいか」

ボン、とオレの体が白煙と共に消え去った。手応えがあった、つまり影分身ということだ。

一際大きい樹の上でその光景を覗いているオレはほくそえんだ。そりゃ下忍が影分身なんて出来るとも(ほとんどこれしかできねぇ)思わないが置き土産まで置いていくとは思っちゃいねぇだろう。

消えた分身体の変わりに一枚の札がひらひらと現れた。

「っな!?」

カカシはそれが起爆札ということにカカシは幾ばくかの時間を必要とした。

時間は無情、起爆札はカカシの足のすぐ下で爆発した。









オレは森の中、特に葉の多い木の枝の上でカカシの様子を見ていた。

急に地面が盛り上がりナルトが出たとき何が起きたかさえ分からなかった。

考えられなかった戦法、行動力。こっそりと隠れている自分と苛烈で誰も考え付かない戦法で討って出たナルトに素直に鳥肌が立った。

しかし、それだけでは終わらない。

踏まれていいザマだと思った瞬間、ナルトの姿が消えて騙されたのが自分だと知った。そして起爆札での攻撃。

完全に自分とは次元の違うところで戦っていると理解した。

昨日の自己紹介の時に俺のことを笑っていたに頭にきたが今のオレの実力だとそれが当たり前なのかもしれないとさえ思えてくる。

負けられない、と一度深呼吸し、自分に冷静になれと言い、手裏剣をなんとか爆発から逃げたカカシに向かって放った。

あの爆発でナルトの分身を踏んだ左足がブーツがボロボロになっていたカカシは急に飛んできた手裏剣を片手で取って見せた。

だがその時の顔に余裕なんて感じられなかった。

「今のカカシに余裕は無いだろう。だが今ので場所がバレたな」

まだ、チャンスはある。







「サスケ君……何処にいるのかな……」

身を低くし、サスケの居場所を探しに森の中を進んでいた。もちろんナルトの戦いやサスケの手裏剣も見ていない。

「まさか、もう先生に……イヤ! サスケ君に限って、そんな事ないわよ! だってサスケ君はアカデミートップなのよ!?」

急に声を上げているサクラに呆れながらも木の上から覗いていたカカシは枝を揺らして音をたてた。

ガサッ

「サスケ君!? いや、もしかして先生!?」

サクラは慌てて身を隠し、茂みの向こうに集中する。そこにはイチャイチャパラダイスを読むカカシの姿がいた。

「危なかったわ……あと少しで声をかけるところだったわ………」

カカシは成績表を見たときに優秀だと思った自分が非常に情けないと思った。人は数字では表せない。なのにその数字を見ただけで人格構成をしていた自分を恥じた。

まだ自分の存在がバレていないことにサクラは安堵したが、ふと背後から声がかけられた。

「サクラ、後ろ」

「え!?」

聞いた瞬間、条件反射でサクラが振り返ると、急にカカシが現れ彼の前に木ノ葉が舞い、その瞬間サクラは目の前がボーっとなったが、急に葉っぱが勢い良く舞い上がった直後、ハッとなり自分の状態を確かめた。

「!! え!? え!? 今の何!? どうなってんの!? 先生はどこ!?」

多少錯乱状態になりながらも周りを見渡したがカカシの姿は見当たらなかった。

「サクラ」

その時、木の陰からサスケの声がしてサクラは振り向く。

「サスケ君!?」

「サ……サク…ラぁ……た、助けて……くれ…ぇ…」

振り向いたサクラの目の前には片腕が既に無く、片足があらぬ方向に曲がっており、体中にクナイや手裏剣が突き刺して血を大量に出しているサスケがいた。

それを見たサクラは目に涙を浮かべて大声で悲鳴を上げた。

「あ、あぎゃああああああああああ!!!!!!!」

サクラが気絶したのをカカシは木の上から確認して呟く。

「………ちょっとばっかしやりすぎたか」







   あ、あぎゃああああああぁぁ………

風に乗ってその声は耳にまで届いた。

「今の声は…サクラか……」

ナルトはあれから姿を見せず、サクラは多分リタイヤであろう、と自然に顔が険しくなる。

「忍戦術の心得その二、幻術。サクラの奴、簡単に引っ掛かっちゃってな。」

「幻術……一種の幻覚催眠法、か。アイツなら引っ掛かるのも無理ねーな」

サクラはアカデミー、そして自分が下忍へとなる未来予想図がその時俺の頭の中にあった。

「俺はここで合格させてもらう」

腰を低くし何時でも走れるように構えを取る。

「そういうのは鈴を取ってから言うんだな。うちはサスケ君」

カカシは背後の木に寄りかかり、書物を読んでいた。そして、静かに目線をサスケと合わす。

俺が先手を仕掛けた。膝を曲げ、腰を低くした体制で手裏剣やクナイを投げる。

「バカ正直に攻撃しても俺には当たらないよ。」

カカシは膝のバネで最小限の左右のステップでクナイと手裏剣を避ける。しかし、避けたと思っていた手裏剣の中には早さが違うのもあり手裏剣と手裏剣同士をぶつかり跳ね返ってカカシを追跡する。

「ほぉ」

自信あった攻撃なのにカカシは余裕そうに防いだ。上に跳び避けるがそれはすでに予測している。

ナルトが言っていた通り、下忍が上忍を殺せるわけが無い。だから殺せないと思って次の手を考えなくてはならない。

「まったく、準備がいいな」

「そうしなきゃ鈴は取れねぇ!」

カカシに向かって跳んだ。カカシに向かって出来る限りの拳と蹴りを叩き込む。有りっ丈の攻撃で隙を作り出す。

俺の蹴りを防いだ腕を軸に半回転、さらに蹴る。

途中フェイントを入れて距離を取り至近距離でクナイを投げる。どうせ当たらないだろう、そう思わなければこっちに隙が出来ちまう。

ナルトの起爆札で少なからず精神力が欠けているカカシには更に驚いてもらわなくては取れる物も取れなくなっちまう。

もう既に習慣になりつつある豪火球の術で一気に攻める。

それを読み取ったカカシは驚愕している。

いい顔だ、と俺が内心笑って一気に術を解放した。

「火遁 豪火球の術!」

「な、何ぃ!?」

口からは凄まじいほどの炎の玉が放たれた。炎の玉は放たれた所を抉り、普通だったらカカシは消し炭になっているであろう。だが、カカシの姿はそこになかった。

「ちっ!(いねぇ! 後ろか!? いや、上か!? クソッ!! 何処行きやがった!?)」
「下だ」

「な!?」

上を見回していたが下から声がして足元を見る。すると地面から手が突き出ていて、自分の足首を掴んでいた。

「土遁 心中斬首――またか!」

俺の足首を握って一気に地面に埋めてしまおうとしていたところにカカシの両手を狙って手裏剣が四枚飛来する。

またナルトの仕業、そう感づいた時に俺はこう言っていた。

「邪魔するんじゃねぇ!」

声を荒立てた俺を冷やかな眼で見ながらカカシの正面にナルトが現れる。

「このままじゃ一生合格出来ねぇぜ。黙って協力しやがれ」

俺のことを一度も見ずにナルトはカカシを見ながらそう言う。

協力、これほどテメェに似合わねぇ言葉はない。寧ろ邪魔だ。

「黙れ、一人で戦えねぇ腰抜け野郎!」

「ほぉ」

感心したかのようなカカシの声なんて聞こうともせずにナルトに罵声を浴びさせて飛び出した。

「ちっ! この馬鹿が!」

ナルトもほぼ同時に飛び出す。

俺は手裏剣を投げる。避けられるのは承知、だから更に走る。

「1対2か…面白くなりそうだ」

そう言ってカカシは余裕で俺の手裏剣を避けて、続いてやってくる俺の攻撃も捌き続ける。

その中をナルトは俺なんかよりもよっぽど速く踏み込みカカシの心臓を狙って爪を立てた一撃を入れる。

それを避けるカカシに一人では作れなかった隙がやっと出来た。

なのに、俺はナルトを攻撃した。

「邪魔だって言ってんだろ!」

軽く、ナルトの頬を掠ってサスケの拳は通過して行った。

兄貴なら一人で出来る事を二人ででしか出来ないという事と助けられたとしか思えないナルトの行動に腹が立った。





俺は自分の攻撃がナルトに効いたということに興奮していた。

一度として当たったことのない自分の攻撃が予想通り掠ってナルトの頬に当たった。

追いつけた、そう思い喜んでいた俺の猛炎は一瞬で鎮火した。

風が吹いた。そう思っていたものが実はナルトの殺気だということに気付いた。

あたりを見れば風はない、なのになにかが自身にひしひしとぶつかってくる。熱くもないのに汗を掻く、そして背筋を走る悪寒。

俺は地雷を踏んでしまった。

「はぁ…」

手で顔を覆いながら空を仰ぐナルト。表情は手が邪魔で見ることはできない。

風だと思っていた殺気が止んだ。

殺される、そう本能的にそう思ったとき、ある意味奇跡が起きた。

「悪ぃ、悪ぃ……つい感情的になっちまった」

ため息と小さな笑くナルトは同じ歳とは思えないほどに疲れ切った声でそういった。

肩が震えていた。膝が笑っていた。どうかしちまったように俺の身体は震えていた。

「なんで合格しようなんて必死になってんだろ、オレ」

また、ため息。なんて冷たい目をしてやがる。まるであの時の、兄貴みたいだ。

「でも、お前も悪いんだぜ。吐き気を我慢してせっかく協力してやったのに……お前がくだらない復讐なんて本当に考えていたからな。お前が本気だったから下忍にさせてやろうと思ってたのになぁ……」

人を見下すような、見通すような、なんでも知っているような目でナルトはまたため息を吐いた。

目の前の存在が本当に同じ世代の子供なのかわからなくなった。明らかに違う存在だと思った。

「天才って呼ばれて将来有望なうちはの坊ちゃんに最後のアドバイスだ。あんま感情的になるなよ。感情なんてもんは余計なものなんだよ」

スッとその言葉が心に入っていくのを感じた。







「受かってるかしらねぇ?」

僕が注いだコーヒーを勝手に飲みながら大蛇丸様はそう尋ねた。

というか、いつから居たんだろう。

「まぁ、落ちないと思いますよ。ボクの助手ですからね」

寧ろ担当となったカカシさんに同情しよう。

「あら、根拠はあるのかしら?」

それ以上に大蛇丸様はナルト君に興味がなかったと思うのだが、まぁ杞憂だろう。この人かなり自分勝手だし。

「彼は才能があるんですがねぇ。サスケ君ほどじゃないですけどね」

サスケという少年は血継限界だ。それも木の葉で最強と謳われた。そしてそれに見合う才能も持っている。

「全てにおいてナルト君の才能はサスケ君の資質を下回るでしょう」

そう言って僕も新たに入れなおしたコーヒーを飲む。うん、おいしい。

「それじゃ、なんで受かると分かってるの?」

別に興味無さそうに言ってくる大蛇丸様。無さそうなんじゃなくて無いんだろうけど。

「まぁ、合格くらいなら出来るんじゃないですかね」

それ以上に彼がサスケ君を殺さないか心配だ。気に入らないものには容赦ないからな。

「出来なきゃ才能云々話にならないものねぇ」

大蛇丸はどうでもいい様と笑っている。まぁ、下忍の試験だしね。

「ですね」

感情の起伏も調整できるようになってきたし。殺すなんてことくらいないと思うんだけどな。

「殺すときは殺しますからねぇ、彼は。」

そうじゃなきゃ拾いもしない。それと恩を売って靡いてくれなきゃ困る。

音の里には僕以外は碌な医者がいない。出来る手術もできない状態だ。

あの子の手術も持ち越している状態だし。早く手術しなきゃあと何年も持たないぞ。

「どの辺まで殺せるかしら?」

「大蛇丸様くらいですね」

事実、大蛇丸様のように悦に浸りながら実験で多くの血継限界持ちの人間を殺す性格すら持ち合わせている。彼も楽しそうに人を殺す。

「本当かしら」

自分の性格に自覚がある分信じられなそうだ。

「殺せるまで殺しますよ」

手段は問わず、死ぬまで殺すんじゃないかな。変に根性があるからな、彼は。

コーヒー、砂糖なんて入れたことも無い。黒くて、底が見えなくて、実はこのコップの長さは底なしなのではないだろうか、と勘違いするほどにまで黒い。

まるで彼の瞳のようだった。

「フリじゃないですからね。感情くらい本当に殺せるように調整しましたよ」

作業、そう言って人を殺している人間は多い。自分は感情が無いから、そういっている人間は多い。

それはおかしい。作業と言っている時点で間違っている。作業とは仕事である。義務感、達成感、そして怠惰感は感じている筈だ。それなら感情はある。殺しても気にしていないだけで感情はちゃんと持っている。

「それじゃあ、貴方はなにを思って人を殺しているのかしら?」

ニヤニヤ、嘲笑とも取れる笑みで大蛇丸様は聞いてきた。なんでだろうか、その笑い方が彼の自虐的な笑みに似ていた。

「楽しい、ですね。どこをどうすれば死ぬのか、そんなことを考えながらやってますけどねぇ」

きっとボクの今の顔は笑顔だろう。

想像しただけで笑ってしまうボクもきっと壊れているのかもしれない。

「なんだ、私と変わらないじゃない」

大蛇丸様はつまんなそうに言う。

「失礼な、知的好奇心と言って欲しいですね」







静かにナルトのため息が続く。

俺は地雷を踏んでしまった。一つの間違いが自分を殺す。

「お前、最初にオレのことを不良って言ったよな?」

気楽に、楽しそうにナルトはしゃべり続ける。本当に楽しそうに。

「…あ、ああ」

嘘は言ってはいけない。ナルトの機嫌を損ねた瞬間首が飛ぶ。そんな気がした。

「確かにオレは不良だよ。優秀でなく、才能も無く、『不良品』だよ」

誰だ。コイツに才能がないだなんていったヤツは。そいつのせいで俺が死にそうになっている。





止まれ、止まれ、止まれって言ってるんだろ。

ドクン、ドクン、ドクン、と心臓が止まらない。黒い何かが流れ出しそうになってくる。黒いナニかはオレを全てをぶっ壊したくする。

全てを壊して、殺したくてウズウズウズウズウズしてやがる。

「お前、最初にオレのことを不良って言ったよな?」

気がついたら、自然とそんなことを言っていた。言うのに抵抗はない。別に言いと思った。

「…あ、ああ」

良かった。アイツも覚えていたみたいだ。何気ない一言でも心を深く抉っていきやがる。あの時の一言は一生忘れはしない。

「確かにオレは不良だよ。優秀でなく、才能も無く、『不良品』だよ」

だから、オレはオレのようなヤツを肯定する。

オレのようになって欲しくない。手を差し伸べて、握り返してやって、包み込んでやる。

そうだった。オレはアイツが自分みたいだと思った。

ただ、オレは拾われただけで、根本はちっとも変わってなかった。

淋しいんだろ? 怖いんだろ? 寒いんだろ、心がさ。痛くって、辛くって、やっぱり淋しかったんだろ?

だから、だからオレは。

お前を一瞬でも信じちまった、結局それは言葉にならなかった。

口に出して、拒絶されるのが怖かった。

でも、結局オレは―――裏切られたんだ。

そう思うと、心臓がトクン、と小さく動いて止まった。

同情されたのかもしれない。







「降参だ。もういいや、こんなもん」

糞野郎と協力してまで欲しくは無い。

それ以上にプライドが許さない。うちはの坊やと協力するということは自分の器を否定していることだと思えてきそうだ。

オレが無能? 才能が無い?

笑って見ておけよ、テメェの首を掻っ切ってやるからよ。

死ぬ間際に後悔させてやる。自分の一言がオレをこうしたんだってことを。

「だから、今は降参だ」

このままじゃ殺してでも取りそうだ。









ナルトが森の方へ消えていった、正直安心した俺がいた。

カカシは気がつけば中央に置いてあった時計が鳴っていることに気付く。

ナルトの言葉に我を忘れてしまっていたようだ。

「サスケ、時間だ」

なんとかそれだけを声に出したカカシ、手を開くと手のひらには汗がびっしりと掻いていた。

「ああ! サスケ君、無事だったの! 良かった!」

そう言って俺に抱きつくサクラ、正直言って邪魔だった。

そんな俺等に目もくれずにやっと戻ってきたナルトはぼぉっと空を見ていた。

燦々と照る太陽、それを忌々しそうにナルトは見ている。

「今日の演習でわかったことだ。おまえら全員アカデミーに帰る必要はないよ」

と、いうことは合格か? それはないな。どう考えても合格される要素なんて今の演習になかった。

「それって合格ってことですか!? 」

少し、煩いと思った。黙っていて欲しい、そう切実に願った。

俺の内心などに気付きもせず、カカシの言葉に真っ先に喰らいついたのがサクラだった。

今回なにも出来てなかったから危機感を感じていたのかもしれない。

「ああ、お前ら全員、忍者をやめろ」

今回は俺とサクラは一瞬目が点になりその言葉に混乱した。ナルトはどうでもいいという感じに唇を歪ませて笑っている。

「ど、どういう事!? 忍者をやめろって……そりゃ鈴は取れなかったけど……」

今だ混乱しているサクラは狼狽気味に聞き返す。

カカシも続ける。

「どいつもこいつも忍者になる資格のねぇガキだって事だよ」

言った瞬間ナルトと俺のことだとすぐに分かった。

急にカカシが俺に接近してきた。どうにか防ごうと手を出したが軽くカカシにあしらわれ、背中に乗られて、手首を捻られ、頭に足を乗っけて押さえつけられた。

手加減はしていない、ブーツ越しから俺の頭が悲鳴を上げているのが分かる。それでも止められない。

「クッ!!」

「だからガキだってんだ」

「サスケ君を踏むなんてダメェ~!」

頭痛とサクラの声が煩わしい。そして今のこの光景が事実なんだと理解してしまう。力の差というのが大きすぎる。届かない。手が掠りもしない。

「お前ら、忍者なめてんのか、あ!? 何の為に班ごとのチームに分けて演習やってると思ってる?」

「え? ど、どういう事?」

どういうことだ!? これは鈴を取るのが試験じゃなかったのかよ。

「つまり……お前らは、この試験の答えをまるで理解していない……」

カカシは言った。お前ら、と。つまり俺とサクラに向かって言った。

「答え?」

「そうだ。この試験の合否を判定する答えだ」

「だから……さっきからソレが聞きたいんです」

馬鹿は嫌いだ、そうナルトはつぶやいたのが聞こえた。なんだってんだ!? ナルトには答えが分かっていたって言うのか。

「馬鹿は何時だって勘違いして自分の答えを疑わない。そして間違えたとしても絶対に取り返しがつくと考えているから馬鹿なんだよ」

見ていて滑稽だ、ナルトは真剣に言った。それを否定できなかった。

ナルトの言い方をカカシは今度は止めようとしなかった。つまり今のナルトの言葉に同意しているということだろう。

「……ナルトは答えを見つけていたぞ」

カカシは本当にどうでもよさそうに言った。

カカシはナルトのことがどうでもいいではない。もう終わったことがどうでも良かったんだ。

「なんでよ! 分かってたんならちゃんと教えなさいよ!」

なんなんだ。答えってのはよ。と自分に問いかけていた自分自身が馬鹿のように思えた。

言ってたじゃねぇかよ。しっかりと聞いていたじゃねぇか。そして聞いた上で拒否したのは俺自身だ。

「『このままじゃ一生合格出来ねぇぜ。黙って協力しやがれ』」

そうナルトに言われたことをそのまま口に出した。

カカシがそれに頷いた。ナルトは嘲笑っていた。

「協力」

カカシがポツリと言った。

大事そうに、過去の思い出を紡ぎだしてそう言った。

カカシの言葉にサクラは目を見開く。

「3人で来れば鈴も取れたかもな」

「って、ちょっと待って……何で鈴2つしか無いのにチームワークなワケぇ!? 3人で必死に鈴取ったとして1人我慢しなきゃならないなんて、チームワークどころか仲間割れよ!」

「仕事で報酬が二人分しか貰えない、なんてことがあったらテメェはいきなり味方を一人切り殺してちゃんと二人に人数を揃えるのか?」

カカシに対するサクラの抗議にナルトが応える。ナルトの言葉は正論過ぎて如何に自分が子供だったのかを自覚させる。

「………コレはワザと仲間割れするよう仕組んだ試験だ」

「「・・・・・」」

聞きたがっていた答えが想像していた答えとかけ離れていたのだろう、サクラに返答は無い。もう既に俺は嫌というほどに理解している。

ナルトが協力を要請してきたことを思い出して、自分が歯がゆくなった。

あの後、ナルトは言った。『吐き気を我慢して』と。つまり嫌でも合格の為ならばしてやる、という意味だったのだろう。

「今、言ったように、このように仕組まれた試験内容の状況下でも尚、自分の利害損得に関係なく、チームワークを優先できる者を選抜するのが目的だった。それなのにお前らと来たら………。サクラ、お前は、何処にいるのかも分からないサスケの事ばかり。サスケ、お前は他人を邪険し個人プレイで突っ走る。確かに忍者にとって卓越した個人技能は必要だ。だがな、任務は班で行う。だから実力云々よりも重要視されるのは《チームワーク》。チームワークを乱す個人プレイは仲間を危機に陥れ、殺す事になる。例えば……」

オレのようにな、とカカシは自嘲してポーチからクナイを取り出してサスケの首に突きつけた。

「サクラ、ナルトを殺せ! さもないとサスケが死ぬぞ」

「え!?」

サクラは一瞬悩んだ。そう、悩んだのだ。ナルトを殺すかどうかを。

「来いよ、昨日の晩御飯は覚えているか? それがお前の最後の食卓だ」

鋭利な刃物を突きつけられた感覚を直接向けられていない俺でさえ感じた。サクラは真正面から受けている分想像出来ない。

きっと、一歩でもナルトの方へ踏み込んだら、そう考えたのだろう。サクラは腰が抜けて震えながら地面に腰をつけていた。

「と、こうなる」

怯えるサクラに対し、カカシはなんとでも無いかのように立ち上がった。

「人質を取られた挙句、無理な2択を迫られ殺される。任務は命懸けのものばかりだ」

カカシは人生の半分以上を任務で過ごしてきた。その長い時の中であったのだろう、実際に人質に取られたことが。

「人質に取られた人間が、本当に、本当に大事な人だったら………オレはそのほかの全てを捨てるけどな」

ナルトは笑いながら言った。

本当にするだろう、俺は本能的に分かった。その本当に大事な人、というカテゴリーに俺が含まれていないことも分かった。殺される側に俺がいるってことも。

「世の中には普通じゃない特殊な一族だっている。そいつらの場合殺されたほうが幸せな苦痛が待っているかも知れない」

と、カカシは俺を横目で見て言った。

顔を青くなっていくのを感じた。サクラは世の中にはそんなのがいるのかくらいにしか思えないだろう。

そう言ってカカシは、弁当の置いてあった石碑に向かって歩く。

「コレを見ろ。コレは全て里で英雄と呼ばれている忍者達だ……」

「英雄、ねぇ…」

けらけらとナルトは真剣に話しているカカシを笑う。

「ただの英雄じゃない。任務中に殉職した英雄達だ……」

サクラと俺の表情が一変する。が、ナルトは変わらない。それどころか面白いモノを見つけたかのように笑ってさえいた。。

「おや、うちはもある…どんな死に方をしたのやら」

一瞬、本当にカカシはナルトに向かって殺気を送った。

ナルトも気付いたのだろう。笑うのを止めて、肩を竦めて後ろに歩いていった。

「これは慰霊碑。この中には俺の親友の名も刻まれている………お前ら、最後にもう一度、チャンスをやる。ただし昼からはもっと過酷な鈴取り合戦だ! 挑戦したい奴だけ弁当を食え。あと、サスケには食べさせるなよ。」

「………何故だ?」

「お前は知識でしか物事を知らないから学ぶべきものが他の子供達よりも多い。だからだ。もし合格できたら意味が分かるよ、お前なら」

そういって俺を宥めて、

「お前達、もし、サスケに食わせたりしたら食わせた奴を、その時点で試験失格とする。此処では俺がルールだ。分かったな。」

と強めに言って消えた。







サクラは言われたように弁当を食べ始める。

一向に食べ始めないナルトを不思議そうに見ている。それでも声を掛けられない、先ほどの眼が忘れられない。

ナルトは目の前の弁当を見て、悩んでいる。

ずっと弁当を見ながら唸っている。なにを唸っているのだろう、そう思って思わず身体が前屈みになるが縄が軋むだけだった。

そしてやっと口を開いた。弁当でも食うのか、と思ったが実は違った。

「春野…これを後ろで縛られてる奴に食わせてやってくれないか?」

サクラは疑うような目でナルトを見ていたが二三事をサクラに言ったらサクラは嬉々とこっちに弁当を持ってやってきた。

「これもチームプレイだって、ナルトが言ってたわ」

そんなことを言ってサクラは俺の縄を切っていく。そんなことでいいのか、と思ってくる。

悔しいがナルトは俺等より周りが見えている。変な意味じゃないがアイツの言ったこと間違いなんてない。

「なんでお前がやらないんだ」

これが俺の疑問だった。分かっているのなら何故自分でやらない。あんなに嫌っていたサクラに頼んだところもおかしい。

「めんどくさい。それに近づきもしたくない」

小さく、これはカカシがどこにいるか分からないから聞かれないようにだと思うがナルトはそういった。

なんだろう。心が淋しい。

「お前らあああああああああああああああ!!!!」

「きゃああああッ!!」

カカシとサクラの声が木霊する。

うるさいと思った。

ナルトにしてしまった行為、それは裏切りなのかもしれない。

俺がナルトだったら嫌いな奴に協力なんかしたか? する訳無いだろう。だけどアイツはした。それはナルトが言っていた通りに吐き気すらしたかもしれない。それなのにオレは裏切った。

「ごーかっく♪」

ナルトにとって下忍になることなんて本当にどうでもいいことなんだ。それなのに俺に弁当を食わせて合格しようとしている。

誰の為? 俺の為に決まってんじゃねぇかよ。

現に、サクラは本当に嬉しそうに合格に対して喜んでいる。だがナルトはどうでもよさそうにポツンとただ立っているだけ。

きっとこれだってただの気まぐれだ。

俺は奴の気まぐれの上でやっと兄貴に近づけただけ。

「お前等が初めてだ。今までの奴らは『素直に俺の言う事をきくだけ』のボンクラどもばかりだったからな。忍者は裏の裏を読むべし……忍者の世界でルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる………けどな! 仲間を大切にしない奴は、それ以上のクズだ」

仲間、ねぇ。

俺とナルトの関係なんて仲間なんて分厚い関係じゃない。本当に他人だ。それも面倒な。

何もしないまま、ただ問題の真意すら解けぬまま裏切っただけだ。

考えるまでも無い。誰がクズなのかがすぐに分かった。

「サスケ、忍者というのはただの戦闘集団という訳じゃない。強さだけを求めていては決して見れないモノもあるんだ」

それも、もう分かった。

「そういうのも勉強なんだ。お前は才能がある。だから周りの奴らはお前に期待して恩を着せようとする。その相手の裏を読み、自分の道を歩んで欲しい。道を失わず、前を向いて歩いていって欲しい。これからゆっくりでもいい。少しずつでいいから歩いていけ。それはきっとお前にとって大切なものになるだろう。」

その可能性すら既に途絶えた。こんな裏切り野郎なんて仲間にしたい奴がいるとは俺でも思えない。

「これにて演習終わり! 全員合格!!

 よぉ~しぃ!! 第7班は明日より任務開始だぁ!!」

完敗だ。

横で笑っているサクラとカカシ、そして嘲笑っているナルトがいた。

俺はアイツの気まぐれで生かされている。









[713] Re[9]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:11






手首を切ったことがある。

でも切ったのは手首のすぐ下だった。

初めて死ぬのが怖いと思った。





狂った歯車の上で





合格おめでとう、と声を掛けられた。

近づいてきている人が誰であるかなんて気付いていた。だから声を掛けられるのを待っていた。

彼女だったら声を掛けられないかもしれないな、なんて思ったりもしたが呼びかけられてホッとしている。

「ヒナタも合格おめでとう」

心から、そう思う。

本当のことをいうとあまり下忍になる気などちっぽけも無かった。それでも合格しようと最後に思ってしまったのにはもちろん理由もあった。

先生が下忍だから、それくらいなもんで迷惑になるかもしれないから遠慮をしていたのだがヒナタの声で少し考えが変わった。

「あ、ありがとう」

でも、ヒナタには下忍になんてなって欲しくなかったと少し思う。

血を流して欲しくない。血を流させて欲しくない。普通の女の子のままでいて欲しい。

下忍、その言葉に疑問を抱いた。

何故抱いたのか、分からない。でも落とし穴を感じた。

分からない、情報に穴がある。

でも、ヒナタの笑顔の前で霧散した。

他愛も無い話し、それでも一言一言が楽しい。

オレの言う話題でヒナタが笑う。

ヒナタの言う話題でオレが笑う。

それだけで話した分だけの時間が過ぎていく。ゆっくりとなだらかと。





ヒナタの顔に一瞬だけ曇りが見えた。

それは当たり前だろう。試験の後なのだから。

「今日はもう帰った方がいい。親父さんも結果が気になっているだろうしね」

そうだ。ヒナタには親がいる。家族がいる。他人がいる。

オレはその真逆。親もいない。家族もいない。他人はいても暖かくも無い。

唯一、先生は喜んでくれるだろう。きっとそうだ。

合格しても当たり前、そうだろうが喜んでくれるだろう。

なのに、ヒナタの顔を見たときに自分は自分の首を絞めたのだと気付いた。

「そうだね…家族で唯一の忍び…だもんね」

唯一、その言葉に何が籠められているのだろう、そんなものすぐに分かった。

ヒナタは自嘲の笑みで、深く、奥の見えない瞳でそういった。

そして、唐突に答えが見えた。

宗家は忍びを取らない。孤立した一族、それが日向家宗家であることに気付いた。

なのに、ヒナタは下忍。

自分の無知さに嫌悪した。

オレの顔を見て気付いたことが分かったヒナタは苦笑いを作る。

「才能がね…妹のハナビのほうがあるんだって。笑っちゃうよね…」

どういう意味なのかが分からない。唐突に話すヒナタ。

妹の方が才能がある。それは―――

「私、捨てられちゃったんだ」

あはは、と乾いた声で笑うヒナタが痛ましかった。

また、才能かよ。

才能なんて関係ないだろ。んなもん、関係ないだろう。

「ふざけるなよ」

んなもんで人の人生を左右させるんじゃねぇ。

「ふざけてないよ、事実だもん」

目の前のヒナタは現実を享受している。

いいのかよ、このままで。

「ふざけろよ…」

もっと、抵抗しろよ。

出来るだろ? 手を上げろよ、足を動かせよ。足掻いてくれよ。

「無理…だよ」

ヒナタは諦めている。抗うことを。

その言葉が心を深く穿いた。





「オレは…才能がないって言われて狂いそうになった。いや、実際に狂ってるかもしれない」

せっかく手に入れた生きる為の席が揺らいだ瞬間だった。

捨てられることは死を意味していた。

「嘘だよね」

ヒナタからしたら負けたことの無い人がそんなことを言うわけがないだろう。

在り得ない、それくらいしか思えないと思う。

「事実、オレには才能が無かった」

サスケやネジを前にするとすぐに分かる。

あいつらは恐ろしい速さでオレを追い詰めてくる。それが怖い。

何度も神を恨んだ。何故、オレには才能がないのか。

答えなんて返ってこなかった。神を信じていないオレを神が信じるわけが無い。

「抗ったさ、何度も、何度でも……それでも分かる。才能のあるヤツとは違うってね」

何時の日か、負けたときにあいつらは何故こんな雑魚に負けていたのだろうと疑問に思うだろうさ。

「同情は止めて、お願いだから」

同情、そうだ。この気持ちは同情だ。

上からじゃない。下からでもない。同じだから、そう想う。

「ああ、同情だよ。オレとお前は同じだ」

「私は違う。ナルト君みたいに強くない」

「そりゃそうさ。ヒナタは抗ってない。自分を馬鹿にしたやつに仕返そうなんて思ってもいないんだからな」

諦めたヤツに、先を探ろうなんて不可能さ。

人は皆、真っ暗で何も見えない所から手探りで先に進むんだ。そして手繰り寄せたモノが結果なんだ。

先が見えているやつなんてお膳立てされた操り人形と同じだ。

「自分を信じられないヤツなんかに先なんてないんだよ」

たとえその先が安っぽいモノでも、きっと手に入れられた時は幸せになれる。自分にとってその結果は最高の結果なんだから。

「無理…だよ。私はそんなに強くない」

泣くなよ。泣いて欲しい為に言ったんじゃないんだから。

頼むから、笑っていてくれよ。

「だから、強くなくていい。笑っていてくれればいい。一緒になる必要なんてないんだから」

だから、オレがヒナタの先を見つけてやる。

オレみたく汚れる必要なんてヒナタにはないんだから。

笑っているだけでいい、それだけでオレは生きていられる。

「だから、オレを信じている自分を信じていてくれよ」

それだけでいい。今は。







「も、もうやめてくれぇ!!ぎゃあっ!!た、頼む!!や、やめてくれ!!」

男は何故こうなったのか疑問に考えながら出せる限りの声を出していた。

答えが出ないのは当たり前。男にとっては当たり前のことをしていただけなのだから。

「今日はなんだが気合が入ってるね、ナルト君」

執刀中のオレを見ながらカブト先生はにやにやと笑いながらそう言った。

事実、いつもとはやる気が違う。殺る気が違うとも言うかもしれない。実際に目の前の男には何度か殴られた。

まるで何も見ていないかのように、それでいて細心の注意を払って刻み続ける。

「いや、気合が入ったんですよ」

仕事が増えちまった。だけどそれも遣り甲斐があるとさえ思えてくる。

「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・もうやめてくれやメでぐれやめてクれヤメてぐれぇッ!!」
既に男の手足は動かない。否、動けないように神経を断ち切っている。

激しく上下する胸を見ながら誰かが助けに来ることを祈って叫び続ける男をカブト先生とオレは嘲笑う。

「はは…もっと泣けよ、人間」

やろうとすればすぐに声を出させないように出来る。しかし、それをしようとしない。泣きたい時に泣けないという事はとても悲しいことだから。

人はとても脆い。脆い故に美しくも思える。だって、そういうのが儚いというのだから。

「気合が入ってるのはいいけどね、そこ間違えてるよ」

そう言ってカブト先生は間違えていると指摘した箇所を指差す。明らかに深く切り刻みすぎて出血が目立つ。

「わざとです」

「嘘でしょ?」

「すいません」

騙し通そうとしてもヒナタのようにはいかない、と毒づきながら切りすぎた箇所を糸で丁寧に縫っていく。

「材料は有限だからね、大切にしてよ」

優しそうにそう言うカブト先生は男にとって唯一の味方のように思えたのだろう。そのままでいたら確実に死んでいたのだから。

だけど、この人こそ悪魔なんじゃないのかな。

「クク、死んだ方が先生の利になるんじゃないんですか?」

死魂の術、カブト先生にとって死体は武器としか写らない。

事実、そのことを指摘されカブト先生は笑っていた。

「そうかもね」

結局は、敵しかいなかった。

男は喉が枯れても、涙が枯れても苦痛から逃れることは出来なかった。









[713] Re[10]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:13






またあの夢を見た。

空が赤い。大地も赤い。まるで荒野のようで地獄のよう。

大切な子供を殺されて、ただ暴れまわっている夢。

豆粒かのように見える人間達。果敢に自分を殺そうと襲い掛かってくる。そんなものも気にせずに、ただ、ただ暴れ続ける。

目の前で空気が爆発する。蛇のような眼をした男。

人間とは思えない力で大木を掴み振るってくる女。

力技で竜巻のようなモノを手に攻撃してくる歌舞伎役者のような男。

そのようなモノにも気にせず尾を振るって火を噴出させて全てを壊していく自分。

暴れていく内に体中に奇妙な印をつけられ、目の前に金糸の青年が現れる。そして歌舞伎役者の男と同じような攻撃をされてしまう。

腸が煮え返る程に腹が立ち、初めて目の前の青年を殺そうと尾を振るうとまるで空気のように霞んで、また別のところから攻撃されてしまう。

そんな夢をまるで自分が襲われているようにまた見てしまった。





狂った歯車の上で





あの金髪の男、脳に焼きついて離れない。

あの瞳、真っ直ぐで疑うことを知らないような青い眼。すぐさま潰したいと思った。

何時からだろう、汚れてしまった自分のようで仕方なかったから。

歌舞伎役者のような男もそうだった。同じ技を使ってオレを殺そうとしてきた。

あの技が脳裏から離れない。

激しく、そして全てを受け付けないようなモノ。

いいなぁ、と思った。





『…きろ……ルト……ナルト………ナルト!!……起きろナルト!!』

任務中であったことを思い出して急に肩に力が入った。そして、任務内容を思い出して肩の力を抜く。

所詮は逃げたネコの確保。

適当にボヤかせばいいだろう。

『悪い…ターゲットは?』

通信機からは三人分のタメ息が聞こえた。

失礼な奴らだ。

ガサ、と草の根を分けてネコを抱えた春野が現れる。

「もう終わったのか」

「アンタは寝てただけでしょ!」

相変わらず小うるさい。耳に響く。

なんでネコの確保が忍者の任務なのだろうかと疑問に思う。これでは金さえ渡せばなんでもしてくれる何でも屋ではないか。

存外にプライドが無いようだ。

「……よし、任務請負所に行くぞみんな!」

カカシがこれ以上痴話喧嘩を大きくさせない為に話しを切り上げて大声でそう言った。

カカシは大人である。その辺がよく分かっているようだ。視野が広い。





木の葉の任務請負所では存外に醜い再会が繰り広げられていた。

「ああ!! 私のかわいいトラちゃん、死ぬほど心配したのよォ!!」

「ギニャー!!」

焼く前のハンバーグのような婦人とまるで地獄を見たようなネコは意思疎通がうまく出来ていないようだった。

かわいそうに、それがこの部屋にいる者全ての想いであった。

「あれじゃ逃げて当然よね……」

春野がそう呟く。

確かに逃げて当たり前だろう。オレでも逃げ出すと思う。

オレは寝ていたがカカシを含め三人は朝っぱらからこのネコを確保する為に森の中を走り続けてきたのだろう。相当嫌そうな顔をしている。

「帰って寝たいな~」

カカシは本当に疲れた顔で呟く。その顔に演技などはまったくなく本心なのだろう。

「そうですね」
「ああ」

春野もうちはも同意している。相当梃子摺ったのだろう。生き残ろうとするモノの根性は存外にしぶとかった様だ。

「気持ちは分かるが…まぁ、とりあえず任務ご苦労じゃった」

大名の夫人の前であるから忍びにしか聞こえない程度で火影も呟く。

猿飛一族であるから猿でも飼っていたのだろう。同じブリーダーでも相違があったようで辟易としている。

アスマは何を飼っているのだろうか気になったのは気まぐれである。

「じゃから今日はゆっくり休んで明日からまた任務に就いてくれ」

カカシは自分の含まれているのだろうと嬉しそうに帰る準備していたがその期待は打ち壊される。

「あ~、カカシは雑務を手伝ってくれ………最近、書類がまた増えてのぉ。夜まで終わらんぞこの量は」

「そろそろ後継者を選んで死んでください………」

カカシは分かっていないようだ。この場で三代目が死んだ場合は最有力候補に己の名が載っていることに。

「ふっ、ワシはまだまだ現役じゃ」

青筋を立てた木の葉一の業師と歴代最強の火影とのやり取りにこの場に相応しくないほどの殺気が飛び交われている。

これならいっそ死んで楽になりたいぐらいだ、とうちはの坊やは後に語る。

オレでさえ冷や汗を掻いている。殺気は浴びせられて生きてきてもここまでの殺気には遭遇したことはなかった。

唯一殺気を感じなかった春野は勘繰るように口を開いた。

一瞬でも羨ましいと思った。

「……明日はどんな任務ですか?」

カカシと火影の雰囲気がやっと霧散し呼吸が楽になった。

春野は未だに殺気を向けられない限り殺気には感づけないようで助かった。

オレもやっとのことで声がでた。

「次も今回みたいなのだったら降りたいね」

やる気が微塵も出て気やしない。あんなの子供のお手伝いじゃないか。

「バカヤロー!! お前らはまだペーペーの新米だろうが!! 誰でも最初は簡単な任務をこなすんだ! 調子に乗ってると本当に死んじまうんだぞ!!」

同じ部屋にいた元担任はやる気のないオレ等に対してブチ切れた。

「ん、そうか」

うるさいから無視をしておく。決めるのはアンタじゃあない。

オレが死ぬわけが無い。何が何でも生き残って証明しなくてはいけないことがある。それまでは金を出されても死ねない。

見向きもしなかったオレにカカシは何か呆れている。カカシだけじゃない。春野もうちはも呆れている。

「まあ、イルカ……こやつ等は他の班よりも確実に任務をこなした数が多い。認めてやるんじゃな、自分の受け持った生徒達を」

ほとんど寝てたりしてやってなかったがな。思いのほか二人が働いてくれた。頭は悪いが行動力はあるようだ。

それを聞いて元担任のイルカは咳払いをして部屋から出て行った。いい気味だ。

「そういえば任務の話じゃったな………老中様の子守りに、隣町までのお使い、芋掘りの手伝いか…」

顔が笑っている。何かあるな。

「まぁ、7班でも出来るCランクの任務が余っているんじゃが………やってみるか?」
春野とうちはは顔を輝かせて火影を見ている。子供を喜ばせていると痛い目に遭うぞ。

オレとしたらあまり部屋を空けたくない。埃が積もるし薬品の匂いが染み込んでしまう。それと実験体が腐る。

「それでどんな任務なんだ?」

調子に乗っているうちは君は火影に対して尊敬の意も表さない。タメ語かよ。世間知らずの糞ガキが。

「……ある人物の護衛じゃよ。そう言っても依頼を頼む班が決まってなかったから依頼人には今は里を見て回ってもらっているんじゃが、どうじゃ、やってくれるか?」
護衛かよ。絶対に日数が空くじゃねぇかよ。ああ、勿体無いな。死体になっちまう。

護衛という言葉にやっと忍びらしいものを得られたのか春野とうちはは眼を輝かしている。子供だな。

「しっかり頼むぞ、畑カカシ上忍」

話しがある、あとでもう一回来てくれ、と読唇術でカカシに言っている。

なんというか丸分かりである。馬鹿にしてね? 確かに下忍しかいないけど。

カカシも丸分かりにため息を吐いて応答までしている。

本当に馬鹿にしているよ。こいつ等。







「それでお話しってなんでしょうか?」

下忍の三人が退室し皆が散り散りになるのを見届けてから迂回し遠回りして火影の間に戻ってきたカカシは嫌な顔をしている。厄介事なのだろうと検討は付いていた。

「うむ。……実は依頼内容に不審な点が数多く見られているんじゃ」

そう言って適当に巻物を取ってカカシに投げて渡す。

それを取りこぼすような事はせずにカカシは受け取り次第に物凄い速さで読み始める。

火影が吐き出した煙草の煙が消える頃には読み終わっていた。

「……確かに怪しいですね。もう情報収集はしているんですか?」

火影はカカシの問いに苦い顔をする。

「特別上忍の者達に向かわせてはいるんじゃが……その依頼人が狙われていると言う組織そのものが掴めないみたいでの、襲ってきたゴロツキやチンピラ共にイビキが尋問したらしいんじゃがだれも依頼人を知らないようでな」

「あ~、あのサディストまでも動いていたのね」

そら厄介事だわ、と毒づいて頭を掻くカカシ。

その時点でカカシのやる気は底をついた。

「使い捨てのごろつきを使っていて、自分達の尻尾は掴ませない、金がかかってる上に厄介ですね。かなりやばい組織なんじゃないんですか?」

一般人の組織など怖くはない。それよりも組織の雇った用心棒が曲者であるとカカシは知っている。

「まだ分かっていないからなんとも言えんが、7班なら大丈夫じゃろう。あのうちはにナルトも付いているんじゃから」

苦笑いをする火影。それを見てカカシも苦笑する。

「全部私に押し付けないでくださいよ」

その結果がこれだ。とカカシは大きなため息を吐いた。







オレ等がもとより決めていた時間通りに火影が待っている部屋に入ると中には酒瓶をもった老人と言うにはまだ早い男性が待っていた。

「なんだぁ? 超ガキばっかじゃねーかよ」

手に持っていた酒瓶に口を持って行き勢い良く飲みはじめた。

マナーってのを知らないようだ。今では客の方も選ばれるってのに。

「……特に、そこの一番ちっこい小僧。お前それ本当に忍者かぁ!? お前ぇ!」

馬鹿は死んでみないと直らない。とは言っても死んだからといって直るという保証もない。

「一度でも忍者になりたいなんて言った事は無いがね」

瞬身で一瞬で目の前の男の前に現れて首元を掴む。何時から飲んだくれているのだろう、目の焦点が合っていない。腐ってやがる。

「ナルト、護衛する相手を殺すなよ」

カカシも一瞬のあり得ない出来事に驚いたが冷静にツッコム。

飲みかけていた酒が掴まれている故に喉を通過せずに口から溢れていく。その酒が手に触れる前にさっと手を引いた。

一瞬で殺されかけたと分かったようでビクつき始める。滑稽で中々いい。

見た感じ貧しそうな服装なのにどこに護衛を任せる金があるのかが疑問に思えた。

「わ、わしは橋作りをやっておる、タズナというもんじゃ。わしが国に帰って橋を完成させるまでの間、どうか護衛をしてもらいたい………頼む……」

脅しすぎたようだ。少し悪い気持ちもする。ほんの少しだけだが。

四人分のため息が聞こえたりしたが気にはしない。







日が傾き始めた頃、オレはヒナタの家に向かっていた。

動機などありはしない。何となくである。出来れば任務の間掃除を頼もうかと思ってさえいる。

断られることなど考えてもいない。断られたら断られたで納得して帰るつもりである。

前は大通りを通るだけで歩けなくなるくらいにまでやられていたのだが最近は里の人自体が少なくなってそんなことも起こっていない。それを探るために暗部も一つの任務にしては大勢が動いているからオレも動きやすくなっている。

程よくしてヒナタの家についた。

知識ではヒナタが良家のお嬢様だということは知っていたが実際に家の大きさを見て眩暈がした。

「でけぇ…」

オレの家の何十倍であろうか。一族の宗家となるとこれくらいが当たり前なのかもしれない。

以前忍び込んだうちは一族の土地の総面積も馬鹿げているかのような大きさであった。

ド迫力に呑まれながらも勇気を出してオレの身長の二倍以上はある門にノックをする。

少しお待ちください、と返事が来てから言われたとおり待った。

自分に変な目で見ない者には敵愾心を抱えないのが礼儀であるとオレは思っている。

一分も経っていない。キィ、と正門の横の出入り口から人の顔がでてきた。

「なんのようだね? ヒナタは今家にいるが……」

宗家の日向ヒアシは丁寧にも自分から客の相手をした。

「あらら、用件も言ってないのに分かっちゃうんですか?」

笑顔を作って警戒されないようにする。相手は喧嘩を売ってはいけないヒトだということくらい分かっている。

白眼からは逃げられないことも分かっている。持っているのだから。

「見ていた。それに君の名も知っている」

「そうですか。なら自己紹介する手間も省けましたね」

はは、と笑っているが内心舌打ちをする。

どこから覗かれていたのかも見当もつかなかったことに怖く思っている。

「そうかね。少し話がしたいんだが時間はあるかい?」

「断る理由もありませんからどうぞ」

そう言って二人は日向の敷地内へと歩いていった。







「話しとはヒナタのことなんだが………」

客間に入り茶を持ってくるように命令し誰もいなくなり次第にそう話しを切り出した。

「まぁ、父親ですしね。娘に変な虫が付くのは気に食わないでしょうね」

適わない相手に態度を変えることに抵抗のなくやんわりとそう言う。

だが、家族というのに理解ができないオレは書物からの知識でしか家族というのを知らない。ヒアシが何が言いたいのかが皆目見当もついていない。

「今日限りヒナタと会わないでもらいたい…」

そう言って頭を下げる日向家当主の行動に表情を変えずに見続ける。

理解の範疇が超えている。知らない問題がテストで出たような気分を味わった。

ヒアシの頭は上がらない。額を畳に押し付けたまま上がろうとしない。

何を言えばいいのかが分からないがやはり書物からの知識でしか回避が出来ない。

「頭を上げてくださいよ。急に頭を下げられてもこちらが困ります」

そう言うとゆっくりと頭が上がっていきやっと同じ視点に戻る。

「君には感謝をしている」

「見当がつきません。僕は何もしてませんよ」

オレは本当に見当が付かないでいる。

自分のした事を1から思い出す。

おにぎりをおいしいと言った事。泣かせてしまった事。説教染みたことを言った事。あとは他愛もない会話程度である。

「本当に分からないんですけど」

オレは頭を掻きながらそう言う。本当にねぇし。傷物にした訳でもねぇし。オレがなにした?

結局分からずじまいなもんでお手上げな状態の苦笑いをして尋ねる。困った時は笑えば体外が大丈夫だと本に書いてあったような気がする。

「ヒナタが…修行をするようになったんだ」

それがどうした、とオレは心底思った。むしろ喜べよ。んでオレに礼くらい言えよ。

日向家宗家の長女が修行をしていない訳がない。寧ろそれが当たり前なのではないだろうか。

「それがどうしたら僕への感謝になるんですか?」

『自分を信じられないヤツなんかに先なんてない』と言う前からヒナタが自分を疑っていることに気付いていた。

『自分を馬鹿にしたやつに仕返そうなんて思ってもいない』と言う前からヒナタが自分が諦めていることに気付いていた。

このまま何もせずに生きていたらどうなっているのだろう、そう悩んだら止まることを知らなかった。

オレが思うにヒナタは聡明だ。馬鹿じゃあない。だから宗家の長女としての長所を活かした場合、答えは無数にあったことも分かる。

他族との架け橋。優秀な分家の取り入れ。そんなところだろう。

自分としての個を失ってしまう事も目に見えていた。

だからヒナタは自分の高確率であろう仮想から逃げ出すために強さを望んだのかもしれない。決め付けているわけではないから『かも』なんだが。

「ヒナタがやっと自分から行動をしてくれた。私はそれが心から嬉しい…」

ヒアシは津々にそう言う。

その行動力を取り除いたのは誰であったのかも分かっていない。馬鹿親は馬鹿親でも本当の馬鹿の親だ。

ハナビの才能に気付いた故の過ちなのだろう。

「それで、僕がこれ以上いたらヒナタはまた変わるかもしれない、と?」

これがヒアシにとって最高の状態なのだろう。不変を望んだヒアシの願いであることはオレでも分かった。

誰であって最高の状態を維持したいと思う。それだけは理解できた。

「本当にすまないと思っている。礼は出来るだけする。この通り!!」

再度、ヒアシは頭を下げる。

オレにとっては本当にどうでもいいことである。

もとから自分で決定するつもりなどなかった。この選択で最も意味のある人物に任せるつもりであった。

それは最も残酷で、オレにとっては最も面白い選択であったから。

「んで、どうするよ? ヒナタ」

呼びかけた名前に慄く様に頭を上げて見上げた先には涙目の日向ヒナタが立っていた。

修羅場って一度でもいいから見てみたかったんだよな、と笑っている自分に気付きたくなかった。





「どういうことですか…そんなこと私は一欠片も望んでません」

ヒナタの重い言葉にヒアシは真正面から向かい合える勇気はない。

全ては表に出さずに裏で解決させるつもりであった。そんなヒアシの心がヒナタの言葉に満足いくような答えが出せるはずもない。

「ヒナタ………お前はナルト君と交流を持つまで嫌々修行をしていたじゃないか」

それが今では力を望むように正面からぎらぎらとした眼で立ち向かってくるヒナタにヒアシは感動をしていた。

「そんなの私には関係ないです。父上は何時だってハナビしか……いえ、ハナビの才能しか見ていなかった。私はとうに見限られていたんです」

ハナビでさえ娘とは見ずに才能とでしか見ていない、そうヒナタは言った。

伝統のある一族に才能を蔑ろにしろ、そんなことは不可能であることは誰だって分かっている。それでも譲れないものもある。

「……お前がそう不貞腐れている間に妹との差はどんどん開いていくんだぞ? それにお前には………」

ヒアシが言いそうになったことをヒナタは白眼で読み取る。

読み取らずにしても分かる内容であった。

分家との婚約、ヒナタの予想通りであった筈。関係無いオレでも分かることだ。

なんか聞いちゃいけないことのような気がしないでもない。

正直帰りたい、と思ったがもし帰ったらヒナタにとってよくないであろうと思い残ることにする。

ここで妹とヒナタを戦わせるのも面白い、と思ったが負けた場合は取り返しもつかない故に踏み出せない。

ここで新たに修羅場に加わることとなる者が現れる。

「姉上、私と勝負してください!」

うわ、とオレは目を点にした。

「は、ハナビ……お前…」

納得しないでください、とオレは言いたかったが言える空気ではなかった。

なんか浮気がバレたお父さんみたいな顔だな、と少し思った。
「ハナビ…何の用?」

ヒナタからしたら迷惑以外の何者でもない。勝ち越している相手がわざわざ勝負を挑んでくる。嫌がらせにしか感じない。

「勝負なんて…無意味だよ」

私が負ける、そうヒナタは心から分かっている。

才能、生まれ持った素質が違いすぎる。ハナビは歴代の中でもトップレベルであろう素質を持っている。

「納得がいきません!」

子供だな、と第三者として思った。この場の重大さが分かっていない。

「全てにおいてハナビの方が上…それが事実だよ」

そうだろうか、と思ったがハナビの動きを見たこともないから言えるのかもしれない。少なくとも……今は言うのを止めよう。

話だけを聞いているとオレやヒナタが欲しがっていた才能を、苦痛という文字も知らない、地獄という世界も見たことのない少女は持っているのだろう。

「本気で言っているのですか?」

初めて、ヒナタはハナビからの殺気を感じた。

とても稚拙で、私怨のみで構成されたちっぽけな殺気であったが、ヒナタは心から恐怖する。

「……うん」

姉妹の討論に父親は入り込めないでいる。男はいつだってそうだ、と悲しくも思った。

「姉上がいなくなったら私は独りになるんですよ!? 無責任過ぎです!」

ある意味、最も悩んでいたのはハナビだったのかもしれない。そうヒアシは後悔した。

嫌々でさえ、いつも道場にはハナビだけでなくヒナタもいた。それがいなくなる。ハナビからしたら日常ではなくなってしまう。

日常が無くなると言う事はとても怖いこと。オレにとっては苦痛でしかなかった日常が消えて喜ばしいが他人は違う。

「ヒナタは新しい技を覚えるたびに心が痛む、妹さんは新しい技を覚えるたびに高揚感と満足感を覚える、でしょ? なら、別にいいんじゃん」

率直に思ったことを言った。

「大体、無責任って二人の父親の方が無責任だろ。選択肢無しで修行させてるんだからね。妹さんは嫌じゃ無さそうだけどヒナタにとっては苦痛なんじゃないのかな」

どうでもよくなってきたから開き直って言いたいことを言う。相当混乱しているようだからヒアシも気にしていないようである。

ヒナタは力を欲した。それでも、ここでしか得られないような力ではない。

ヒナタは自分を変えられる力が欲しい。それがここ以外でも得られる。

答えはすぐそこにあった。

「私は…日向の道を歩む資格も決意もありません」

それを持って生まれたのが日向ハナビ、日向ヒナタではなかった。

日向ネジに言わせるとこれも十分に運命なのだろう。悲しい運命ではあるが。というかアイツの運命理論はかなり偏っているような気がする。間違っちゃいないがよ。

「だから、私は自分の道を歩みます」

ヒナタの決意にカブトとの最初の出会いを思い出した。だけど道が綺麗過ぎるよなぁ。

『心から応援しよう、君の外れた道を、君の作った道をね』

自分の生き方を肯定してもらえる。それはなんとも甘美で心地よいのだろうか。麻薬のように心の隅々まで浸透していく。

それは麻薬のように心や身体をボロボロにしていった。だけど止められない。自分の道を応援してくれるということは本当に麻薬みてぇだ。

だけどヒナタにはその麻薬みてぇな何かがねぇ。この家族には応援してくれる者が一人もいねぇんだから。

だが、ヒアシもハナビもヒナタの決意を覆す自信は無かったようだ。ようは逃げだ。

渋々と認めるようなことを言って客間から出て行った。

皆気付いていなかったがヒナタは一度も修行を辞めるとは言っていなかった。それをヒナタが指摘したから急に空気が冷めて話し合いは終わってしまった。

ヒトの話は聞こう、というのを再確認してしまった日であった。







「んじゃ、オレのいない間掃除を頼むわ」

一日中ペースを狂わされていたオレは自分のしゃべり方が元からこうであったか自信が無かった。

話し方は他人のを真似ているだけで実はよく分かっていない。

自分が自分じゃないような気がしてならない一日であった。

「うん。任せておいてね」

ニコ、と笑って答えるヒナタに苦笑する。

なんと答えるべきかが見つからない。そんなオレに出来るのは笑ってその場を凌ぐ事のみであった。

ドロドロと怒りが流れ込んでくる。自分が見つからない自分に怒りを沸く、そんな不思議な感情に困惑する。

「オレが淋しいから影分身でも置いておくから会話しといてくれなぁ」

そういって日向家から去っていった。







風が集う。集いて旋風となる。しかし、嵐となることは無い。

「はは、うまく出来もしねぇ…」

記憶からのお浚い。記憶に正しくあの金髪の青年の業を投影する。しかし、破綻は免れない。

チャクラが風のように紡いで形となり、荒々しく廻りはするがあの究極にまでは達しない。

一目で気に入った。嵐のような荒々しさ、雷雲のように何人たりとも近寄せない激しさ。

全てが自分のように、自分があの全てのように感じた。

あの己の身を削り殺していくあの嵐が。

腕の経絡系は既にボロボロ、塵屑のように千切れかけている。それでも成果は現れない。

旋毛の回転による促進法など知っている。的確で緻密なチャクラコントロールも行使している。

それでも辿り着けない。全ては遠い、ナルトにとって。

千切れかけた経絡系をまた別に治療を施し、五体満足に修復した後に再度嵐を作り上げようと試みる。

それでも辿り着けない。

もし、うずまきナルトという少年に幾ばくかの才能があれば、一ヶ月で習得出来たかもしれない。

もし、うずまきナルトという少年に天才的な才能があれば、見た瞬間に行使可能だったかもしれない。

チャクラの風、生命から捻り取られたモノから作られた風は止まることを已まない。嵐に成る事を夢見て、止まらず廻り続ける。

「才能が…欲しかったなぁ」

天才に囲まれた凡才は己を嫌悪し己を信じず。







[713] Re[11]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:16






他人ってのはどうでもいいから他人って言うんだよ。





狂った歯車の上で





「さて、行くか」

「ナルト……それ俺のセリフだよ」

待ち合わせに遅れといて何を言っているんだ、この駄目上官。

「アンタの考えていることが手に取るように分かるわ」

そう言って頷いてくる春野。春野に同意するうちはと依頼人。

朝っぱらから機嫌が悪い。

遅刻する上官もそうだが、それ以上に春野がうるさい。耳栓が必要になりそうだ。





「ナルト、今日のあんたの服おかしいわよね?」

ああ、またうるさいのが出てきた。さっきからずっとしゃべり続けてるじゃないか。

他の二人も珍しそうに見てやがる。

「別に気にするなよ」

まぁ、先生が持ってきてくれたモンだからな、愛着くらいはあるさ。

白衣ってなんか来ていると高揚感が感じるんだよ、うん。

「まぁ、いいんじゃないか? これだってサバイバル用だし」

そう言ってカカシは自分の服を指差してそう言うがかなりの忍びがそんな服を着ているのを記憶している。

というか、先生も着ているなぁ。今度着てみるか。

「っていうかカカシ先生いっつも同じ服着てるわよね?」

そう言って少しカカシから距離を取ろうとする春野にカカシは苦笑する。

「昔から任務ばっかりだったからな、こういうのばっかだ」

そりゃ五歳で下忍になって次の年には中忍、十三の時には上忍だ。禄に遊んだことも無いだろう。

才能の無い者には分からない世界なんだろうよ。

「おい! 本当にこんな子供達で大丈夫なのか!? さっきから緊張の欠片も見えないぞ!」

うるさいな、コイツも。

そりゃ命狙われてるんだからな、こっちのように気楽には出来ねぇだろうな。本当にどうでもいいんだけどな。

「ハハハ……上忍の私がついてます、そう心配要りませんよ。こいつらもこう見えて忍者ですからそこらのごろつきなんかよりもよっぽど強いですよ」

コロッと負けて見たら面白そうだ。







どれくらい歩いただろうか、突然に春野が依頼人に声を掛けた。

何時だって話の始まりはコイツだな。

「ねえ、タズナさん」

「タズナさんの国って『波の国』でしょ?」

「それがどうした? 嬢ちゃん」

本当にそれがどうした、というのが素直な感想である。

依頼を貰ったときに説明してもらった筈なのだが、忍びとは学者も齧っていなくては向上しない職なのではないのだろうか?

「ねえ、カカシ先生……その国にも忍者っているの?」

カカシは歩きながら春野に答える。

面白い質問だ、とカカシは笑った。

どの国にも忍びがいるとは限らない、それがこの答えである。

「いや、波の国に忍者はいない。が、大抵の他の国には文化や風習こそ違うが隠れ里が存在し忍者がいる。
大陸にある沢山の国々にとって忍の里の存在は国の軍事力に当たる。
つまりそれで隣接する他国との関係を保っているわけだ。
かと言って里は国の支配下にあるもんじゃなくて、あくまで立場は対等だけどな。
それぞれの忍の里の中でも特に、木ノ葉・霧・雲・砂・岩の五ヶ国は国土も大きく力も絶大な為、『忍び五大国』と呼ばれている。それで里の長が『影』の名を語れるのも、この五ヶ国だけでな。
その火影・水影・雷影・風影・土影のいわゆる『五影』は全世界、各国何万の忍者の頂点に君臨する忍者達だ」

音の里は含まれていないか。まぁ、所詮はオカマの里だからな。大したことはないのだろう。先生は除くがな。

「へー火影様ってすごいんだぁ!」

あのヨボヨボなお爺さんがそんなにスゴイのかなぁ……。なんかウソ臭いわね! とサクラは内心思ってんだろうなぁ。オレも昔はそう思ってた。

「……お前ら、今火影様を疑ったろ?」

いや、お前は昨日火影を殺そうとしただろ。

カカシの言うとおり春野、そしてうちはも驚いたように表情を崩す。

「まぁ…安心しとけ。波の国には忍はいない。なにかのトラブルが無いかぎりCランクの任務で忍者対決なんてしやしないよ」

「ホントですか! ああ、よかった」

本当に忍びがこれでいいのか。先が思いやられる。

そして表情を崩す依頼人に興味を覚えた。







水溜りがあった。

きっとこれを考案したヤツは馬鹿だろう。ここ数日は天気は晴天であった筈である。忍びとしてどうだろうと思う。

蟻とか虫に変化しておけば良かったのではなかったのだろうか

それなのにカカシは気づかないフリをして通り過ぎる。

表情の変化がない。はっきりいって本当に気づいていないのかもしれないと疑いを掛けたくなるほどである。

「喰えねぇヤツだ」

「ん? なんか言ったか、ナルト?」

絶対にワザとである。しかもオレが気づいているということも今ので分かったようだ。

その後、数歩歩いたところで固定されていた気配が動き始めた。

この角度ではどこの里かは確認できないが紛れも無い人間が音も無く、スゥーと近づいている。

姿が現れてからは早かった。

二人のうち一人がカカシの反対側に跳び二人の忍びの手の甲に備え付けられていた刃の付いた鎖のような鞭でカカシを捕らえ思いっきり手を引いた。

そんな状態であるのに最後まで笑顔でこっちをずっと見ていた。

子供を舐めているとしか思えない。というかオレを舐めている。

許せんな。

「なに!? ぎゃああああぁぁぁぁ!!」

金属と金属が擦れ合う嫌な音を立ててカカシだった『丸太』はどんどん小さくなっていった。

改めて見ると芸が細かい。皆に幻術をかけて血肉が飛び散るようにしてある。

現にオレもハマっている。かなり悔しい。実力の差を感じてしまう。

「一匹目」

それに喜んでいるこの刺客達にも同情する。同じ下忍であろうか?

最後には首だけがボトッと音を立てて地面に落ちた。

「きゃあああぁぁぁ!!、カカシ先生ぇぇぇぇ!!」

春野の悲鳴を右耳から左耳に素通りさせ最後の最後まで芸の細かいヤツだと思った。







「基本素養がなって無いな…人間の単位は『人』だよ」

目の前の奴らが細切れにしたと思っているカカシを見て嘲笑している最中にオレは言う。

「これから死ぬ貴様らには関係の無いことだ」

そういってカカシの用意した丸太を刻んでいた武器を手に二人は襲い掛かる。

「チッ!!」

舌打ちをして臨戦しようとうちはが構えるがそんなことは関係ない。

人間を匹と数えることは間違えである。単位とはそれに応じた正しい数え方がある。

そういうのを幼い頃にちゃんと学んでこないとこういった場合で恥を掻く。

「二匹目と三匹目だな」

そうおれとうちはを指差して言った言葉に依頼人と春野が悲鳴を上げる。初めから今に至るまで結局邪魔であった春野である。

「…違うな」

だからこういう場合で恥を掻くのだ。

「二人目と一匹目だよ」

化け物は人と数えない。







カカシから見たナルト達の戦いは下忍という枠から既に抜き出ていた。

しかし、チームワークという課題は試験の時よりも更に険悪となっている。

あの時はナルトがチームワークを強調とした戦いを行なっていたが、今回の戦いではそのような要素は既に無く、単独での戦闘となっていた。

「二匹目と三人目だ」

ナルトがそう言ったと同時に姿が掻き消えた。

掻き消えたというのはいい表現ではない。見えてはいるが下忍とは言えない速さだった。

相手の攻撃を避けて指先から伸ばしたチャクラの棒状の形態変化で敵の二人の首を薙いだ。

「(判断及び決断力がずば抜けてるな…)」

最短距離を選んだ後に躊躇することなくナルトは二人を倒した。いや、殺した。

呆気無さ過ぎる。ナルトが通過した後にパタッ、またパタッと倒れていく。

「何が起きたかさえ気付けずに逝ったな」

それにしてもあの歳で形態変化をここまで扱えるナルトは何者だ。

形態変化をマスターするのに早くて一年は掛かる。それをこんな子供が…。

「急に倒れたけどどうなったの!?」」

サクラの声が響き渡る。そろそろ戻ろう。ナルトが一言言うだけで場の状況が急変しかねないからな。

「寝てもらっただけださ」」

永遠にだろ、と俺はナルトの言うことに返事をして皆の前に飛び出した。







「ナルト、サスケ……すぐに助けてやらなくて悪かったな……」

「遅いんだよ。オレが殺らなかったら依頼人殺されてたかも知れねぇぜ」

見ろよ。皆怯えてやがる。子供なんだよ、こいつ等は。

「ナルトがやらなくても俺ならやれたぜ」

うぜぇな、コイツ。

「世間知らずの糞ガキは黙ってろよ…」

「なんだと!」

適当に売った喧嘩に買ってくるって所でガキなんだよ。

春野は何が起きているのかさえ分かっちゃいない。依頼人なんて論外だ。会話にすら理解していない。ここで唯一理解しているのはカカシくらいだろう。

「殺せもしねぇ癖に吼えるんじゃねぇよ。弱く見えるぞ」

「テメェ!」

本当にガキだ。こんな簡単なことで殴りかかってくる。

殺してやろうか。世間を知らない子供に対する小さい授業料だ。危害を加えるなら加えられるという覚悟が必要だってことを教えてやるよ。

「はいはい、喧嘩は止めようか。これじゃ両方とも子供だ」

そう言ってまたカカシが止めに入ってきた。

また、うちはを止めるんじゃなくオレを止めたんだ。見透かしているようなその顔に風穴を開けてやりてぇ。

「もし、さっきの二人がテメェよりも強かったらどうすると思う。テメェにてぇに甘くない忍びってのは殺さなきゃ生きていけねぇんだよ。もしその二人がテメェがうちは一族だって知っていたらどうすると思う。答えは簡単だ。血を採血して解剖して断面図を取ってホルマリン漬けだ」

次第に青くなっていく奴の顔をぶん殴りたくなってくる。

「言われなきゃ分からねぇクソガキは死ねばいいんだよ。胸糞悪ぃ」

無知は重罪だよ。ホントにさ。









「こいつ等は霧の中忍ってとこかな……」

すでに冷たくなってきている死体は久しぶりだった。

自分が殺したのなら不思議ではないがこの二人を殺したのは俺の教え子だ。

九尾の影響が、という訳じゃない。ナルトは素の状態で人を殺せるってことだ。

独学で形態変化を修めたということか、天才ってのはああいうのを言うのか。

俺もそうだった。

「すまん、大人同士で話し合いがある」

ここからは子供には聞かせたくない。特にサクラには将来に影響があるかもしれない。

そして軽くタズナを睨んだ。

「な…何じゃ…!」

動揺を隠すということを知らないのだろう。すぐに表情に出してしまう。

たとえ隠せたとしても俺からしたら赤子の手を捻ることよりも簡単ではあるが。

「こいつらは如何なる犠牲を払っても戦い続ける事で知られている。残忍性も折り紙付きだ」

「あんたそれ知ってて何でガキにやらせた?」

タズナには孫がいるらしい。子供が好きなんだろう。ということは最初にナルトをおちょくったのはスキンシップか。冗談が苦手そうだな。

「私がその気になればこいつらくらい瞬殺できます……が、私には知る必要があったのですよ。この敵のターゲットが誰であるかを」

タズナは唇を噛み締め、今度は表情に出すことを我慢しているようだった。既に酔いも冷め、孫を愛する老人に戻ってしまったタズナには騙しきる余裕も残っていないだろう。

「そんなことに子供を使ったのか、あんた」

狂っている、とタズナは唾を吐き捨てる。

「あいつらなら大丈夫です。貴方以上にあいつらの事を私は知っている。それ以上に必要なのは狙われているのは貴方なのか、それとも我々の内の誰なのかという真実を確かめたい」

タズナはこれ以上講義する必要は無い、と切り捨てる。

一般人が一人、忍びが四人。この中で果たしてどちらが常識なのだろう。それは忍びだ。

感覚が自分とは違うことが分かってもらおう。

それは命の重さが違うというこ。自分と目の前の忍者の考えている命の重さが違う。

「今の忍者達はどう見てもあなたを狙っていた。違いますか? どうやら複雑な事情というものがあるのでしょうが、任務のランクを偽るのはこちらとしても非常に困ります」

分かっているだろうに。たとえ常識に一脱した犯罪があろうとも、それを解決するに値する金を目の前に押し付けなくては動かないのが忍びであるということを。

「……………」

「我々はアナタが忍に狙われてるなんて話は聞いていない。依頼内容はギャングや盗賊など、ただの武装集団からの護衛だったはずです」

冷やかに声に出し続けることに努める。それは簡単に相手を追い詰められるからだ。

やりたくて騙したわけではないだろう。これを決めるためにどれだけの精神と体力、そして仲間たちを磨耗してきたかも俺には理解が出来ない。

漁師が一国の主になれるか? なれる訳も無い。それ以上に一般人として過ごすだけで精一杯である。

大国の、最強と謳われた木の葉の里の、その中でそこそこ給金を貰っている俺には上辺でしか理解の出来ない事情もあった。ありすぎた。

「これだと相手に忍びが出てきた以上これはBランク以上の任務だ。何か訳ありみたいですが依頼で嘘をつかれると困ります」

タズナには気づかなかったが俺は気づいていた。

二人、サクラとサスケが聞き耳を立てて覗いていることに。

「つまり我々の任務外ってことになりますね。」

「そうよ! この任務、まだ私達には早いわ…やめましょ!」

カカシの言葉に嬉々としてサクラは齧りついた。

サクラは初めての戦闘に恐怖を覚え自分には早すぎると思った。そして人の死を見て感じた。

サクラの心にあるのは恐怖でしかない。







「そうよ! この任務、まだ私達には早いわ…やめましょ!」

なんとか説得して持続も可能であった会談であったのに、サクラの言葉で帰還が確定となりそうになる。

タズナは心の底から目の前の少女を憎んだ。

何も知らない糞ガキが、と。心の底から。

目の前の少女の発言一つで多くの人の命が消えそうと成っている。

それを防ぐためにわざわざ他国までやってきたタズナは気が気でいられない。

発狂寸前である。

別に他の班の者達に頼めば良いのかも知れない。それでも絶対的に資金が足りない。

これ以上が橋作りの経費に響く。

最悪、国に戻れたとしても橋を作り終えないかもしれない。

タズナは年を忘れて叫んだ。

「あんた等がこの任務を蹴って、そしてそのうちワシの里で大量に死人が出たとしてもなぁ、あんた等は何とも思わないだろう! 笑っているかもしれない、「ああ、あの詐欺師の里かぁ」ってな、それでもワシ等にはこれしかなかった! 頼む、この通りじゃ!」

大の大人が額を地面に押し付け頭を下げる。

サクラは変なモノを見るような目で見ている。

彼女にはこれ以上この任務を続行する気はこれっぽっちもない。

俺も呆れたような目で見ている。

仕事柄こういった行動を取る者は少なくない。タズナもその内の一人というだけで特別に許す気はない。

サスケだけは続行しようという気はある。それでも自分から言う気も出ない。

自分の立場を知っている故に言わない。

小僧の一言でひっくり返せないことくらいは分かっている。

ナルトは―――







「んじゃ、早く帰ろうぜ」

詐欺師の国? もっとひどいんだぜ。木の葉ってのはよ。

皆が自分は綺麗ですって自己顕示欲に駆られて目一杯頑張ってるんだ。いい迷惑だよ。

カカシもタズナも変な目で見てくる。そんなに変なこと言ったか? 見に覚えなんてねぇなぁ。

あ、そうだ。

「この坊やを連れてけよ。うちの里じゃ皆が天才って言ってるらしいから運がよければ解決するかも知れねぇぜ。俺はそうは思わねぇけどよぉ」

歯を食いしばる音が聞こえる。そうだ、成長したじゃねぇか。我慢も必要なんだよ。これは事実だけどなぁ。

「タズナ、だったかな? 依頼料、一人分なら余裕だろ。この坊やを雇ってくれよ」

コイツはアンタと違って金持ちだけどなぁ。とオレは努めて笑って言った。

だって、その方が面白くなりそうだから。

切り捨てられた人たちがどれだけ無力か知っている。

だけどよ、他力本願はよくねぇよ。強者が弱者を守るなんて誰が言ったんだか、それなら誰だって弱者になるさ。何もしなくても強者が解決してくれるんだからよ。

「任務は……続行だ」

カカシがオレの肩に手を掛けようとするが振り払う。

「は? 本気で言ってんのかよ」」

これは完全に嫌悪を籠めた言葉であった。

16歳で暗部入りしたのだから金に困ることなく常に潤っていただろう。

掃いて捨てるほどに金が余っているだろう。カカシの場合は募金などで里に収めているかもしれない。

そんな奴がこんな任務を認めて続行しようっていうのか。

「上官の命令には絶対だ。それくらいナルトなら分かるだろう」

なんでそんな目をしてオレを見てんだ。

憂いを込めた目でオレを見てんじゃねぇよ。同情なんかしてんじゃねぇよ。オレは全然不幸じゃねぇ。オレは全然おかしくもねぇ。

「先生さんだけじゃなくてみんなも聞いてくれ」

ここぞとばかりにタイミング良くタズナが口を開いた。

まずい、このままじゃみんなが説得されて納得しちまう。

「ワシは今とてつもなくやばい組織に狙われておる。ここで放棄されるとワシは確実に殺されるじゃろう。ランクを詐称したのもやっぱり金が無いからじゃ。波の国は非常に貧しい。大名という肩書きであっても木の葉の一般家庭と変わらんかもしれん。」

「確かに、同情を買うには十分な話だよ」

駄目だ。オレがどんなに言っても誰も耳を傾けようとしない。

このままじゃうちはが行くと言って春野がついて行くという形で無し崩れだ。

どんなに貧しかろうがどんなに悪政を布かれようがオレには関係ない。だから行きたくないんだ。

それなのに、

「なにっ! お前らが気にする事はない! ワシが死んでも10歳になる可愛い孫が一日中泣くだけじゃ! それとワシの娘も木ノ葉の忍者を一生恨んで、寂しく生きて行くだけじゃ! 間違ってもお前達が直接の原因じゃないわい!!」

そんなことを言われたら世間を知らないクソガキ達が感化されちまう。

この爺、同情されるのに対して何も思わないのか。それか、もうプライドなんて持っていられないのか。

春野は世間を全くというほどに知らない。知識はあろう。だが、経験が最悪といってもいいほどに足りていない。

うちはの坊やはうちは一族の遺産で食い扶持には困ることは無かった。むしろ、一生をかけても使い尽くせるかも分からぬほどである。

カカシは波の国の経済状況は知ってはいたが実際に本人から聞かされるとなにも言えない。

カカシはすでに苦笑いである。

その笑顔を見てもう確信した。

「まぁ……仕方ないですね。乗りかかった船ですし、国へ帰る間だけでも護衛を続けましょう。」

春野も諦めていたのか早く納得した。

そのあとタズナから組織と首謀者のことを聞き波の国へと足を進めた。
オレはどうでもよくなった。









[713] Re[12]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:25







貧しい波の国には似合わない大きな船置き場

そこは地元の釣り船の市場というレベルではなく世界レベルの貿易場となっている。

しかし、それは表向きである。

裏では人身売買、麻薬、武器などの密航と密売が跳梁跋扈している。

その中の一番立派で大きな建物の中で汚らしい男の声が響いている。



「失敗しただと!? お前達は腕利きの忍びだと自分で言っておっただろうが!!」



肥えた腹を震わせ目の前で頭を下げている者たちに怒鳴り続けている男こそガトーカンパニーの主、ガトーその人だ。

怒りは静まらず怒鳴り続けていたところ後ろからその肥えきった腹の奥まで響くような声が聞こえた。



「グダグダうるせえな……」



ガトーは自分の後ろに人がいたことに気づかなかったらしく一瞬飛び上がって驚いてしまった。



「次はこの俺が直々に仕掛けてやるよ……」


そういって背中に抱えていたありえないくらいでかい刀を振り回しガトーのふくれきった二重顎に剣先を突きつけ、そして高々く言った。



「霧隠れの鬼人、この桃地 再不斬様がな!!」







狂った歯車の上で






「すごい霧ね、前が見えないわ。」

カカシ達は小船で波の国に向かっていた。

「そろそろ橋が見える……その橋沿いに行くと、波の国がある。」

船頭はタズナの知り合いのようでカカシ達に橋のある方向に指をさして場所を教えてくれた。

「その橋をワシ等が建設しとる……あの橋はワシ等、波の国の希望なんじゃ。」

タズナは悔しそうに海を、そしてその先、大陸のある方を見て言う。

「ガトーにとってこの橋は邪魔なんじゃよ。だからワシ等はこれを絶対に完成させる。」

そういって握りこぶしを作るタズナに、

「タズナ……どうやら此処までは気付かれてないようだが」

船頭がタズナにやや抑えた声で言う。

「念のため街水道を通って迂回する……マングローブのある街水道を隠れながら陸に上がるルートを通るぞ。かなり時間が掛かっちまうが勘弁してくれ。」

「なに、船を出してくれただけで十分じゃよ。本当に。」





ついに上陸するオレら。

「オレはここまでだ。それじゃあな気ィつけろよ。」

「ああ、そっちも気をつけてな。」

タズナの言葉に船頭はエンジンをかけ大急ぎでその場を離れていく。

「よーしィ!ワシを家まで無事送り届けてくれよ」

「はいはい、わかりましたよ。」

カカシ心底嫌そうに言う。

さっきまでは様子見だったけど。次はデカイなぁ。



カサッ、カサッ……。



憂鬱だ。いきなり来るとは思ってもいなかった。だから来たくなかったのに。

そんな気負いのままオレは手首のスナップだけでメスを放る。

最低限の動きではあるが真横でのほほんと霧を見つめている春野の全力投球よりは余裕で速い。

聴覚を底上げして無事メスがなにかの生き物に刺さったのを聴いた。鈍く、ゴムか何かが切れるような音だ。多分、カカシも気づいていない。大技は自信は無いが小技ならば勝てる自信もある。

もちろんそれだけでは一生かかっても勝てっこないがな。

霧は未だ濃い。霧は視界を鈍らせ、音を遮断する。

気を抜いていたら気づいたときには会いたくも無いがあの世にいる父親と対面しそうだ。







「(来たか………この気配は上忍……チャクラの性質から見て、霧隠れのヤツだな。)」

カカシは何かを感じ取ったようだ。顔の筋肉に緊張が走っている。

ブンッ……ブンッ…ブンッ!!

何かが、何かが飛んできているような音が聞こえる。

何が飛んできたにしてもオレにとっていいことは在り得ない。

死にたくないからオレは皆よりも速くしゃがみ込み、その直後にカカシの声が響き渡る。

「全員ふせろ!!」
オレ以外がカカシに従って春野がタズナの頭を手で下げた直後ありえないくらい大きな刀が先ほど立っていた時の首の位置を通過していった。

春野の動きが一瞬でも遅れていたら首が飛んでいただろう。現にぎりぎりで頬の傷で済んだのだって奇跡に近い。

まぁ、本当にどちらでもいい。

血の華が咲くのなら、嫌いではないから見ても良かったかもしれない。

春野は緊張が一気に切れたせいでペタンと腰をつけて座ってしまっている。

「神様ってのは不公平でな、お前みたいのでも生かそうとするらしい」

そう言ってオレは春野の頬、先ほどの攻撃で深く切れてしまった頬を仙人掌で直す。

跡は残さない。形に残るものは良いものとは限らない。そこまでオレも意地が悪いわけではない。

「あ、ありがとう」

春野は意外なものを見たかのような目つきでオレを見る。

いつも気持ちが悪いと思っていた目は、今でも気持ちが悪い。

「お礼は神様に言っときな、そうしたらもう一回奇跡が起こるかもしれないぜ」

そう、奇跡が起こって欲しい。

オレの目の前には口元を布で覆い、上半身裸の大柄な男がいる。

身に纏う隠す気など更々ない殺気、いるだけで空気を変える存在感。

はっきりと言ってやる。

「いい具合に化け物だなぁ、ありゃ…」





「これはこれは。……霧隠れの鬼人、桃地 再不斬君じゃないですか。ビンゴブックで抜け忍になったのは知ってたがこんなところで会うとは思っても見なかったよ。」

思っていた通り、化け物のようだ。

あまり他国については疎いので良く分からないが、アレは強い。

「オレ様も霧隠れの暗部にいた頃、ビンゴ・ブックでお前を見たぜ。写輪眼のカカシさんよ。それにはこうも記されていた…千以上の術をコピーした男…『コピー忍者』のカカシってな。」

それはオレも知っている。

天才にして、血継限界を持つ木の葉一の業師、畑カカシ。

180度オレと真逆の場所に立つ、天才。

何度聴いても吐き気がしてくる。

「邪魔だ、下がってろお前ら。こいつはさっきの奴らとは『ケタ』が違う」

「そんなこと分かってる。分からない奴は才能ないぜ、きっとな」

自分には才能がある。それを誇示するために言った言葉であった。

我ながら最低な抵抗だ。

二人はオレの言葉を聞いて握っていた忍具を仕舞い後ろに下がる。

「なんだ、うちは。お前は戦うつもりだったのか?」

「……………」

オレの軽口に睨み返してくる。

気分がいい。優越感に浸れる。

「写輪眼のカカシ……殺し合いの前に悪いがそのジジイの命を渡してもらおうか。」

「あぁ…だから行きたくなかったのになぁ。運悪かったら死ぬなぁ」

本当に死にそうになったらタズナを置いて逃げてるな。我が身が大事さ。

それにそこまで忠誠心なんて持ち合わせてない。馬鹿正直に生きる必要もない。

ダレだって己の身が一番だ。犠牲になりたいなんてそんな性癖を持った覚えはない。

「こっちも仕事だからそういうわけにも行かないんだよね………」

そういってカカシの手が額当てに掛かる。

やっと見れる。

誰かを犠牲にして得た『最強』の一つを。

「このままじゃあ……ちょいキツイか」

そんな会話の中、うちはの動揺は手に取るように分かった。でもよ、そんなこと言わんでくれよ。生きて帰りたいんだからよ。

大方、うちは一族のみである筈の写輪眼が血族以外に持っていることに対してだろう。

子供ながら、それに見まう情報網しか持っていないようだ。

情報の幅が小さすぎる。忍びは情報社会だ。

生きるためならば、力だけでは足りない。絶対的に足りない。

穴を埋めて、地盤を固め、それでやっと『勝者』となれる。

「え? 写輪眼って何?」

本当にコイツは何をしたくて忍びになったのだろう。

理由がないのなら即刻辞めて欲しい。

何も知らないくせに。

何も分かっていないくせに強者だと勘違いする。

脳が沸騰しそうだ。

「卍の陣だ。…タズナさんを守れ…お前達は戦いに加わるな。…それが此処でのチームワークだ」

「忘れてないか? オレ等のチームワークは遊戯のようなもんだぞ」

カカシは返事をせずに前を向く。

他人を信じる。それを教えたいのだろう。

不可能だ。最低でもメンバーを入れ替えなくては無理である。

「再不斬……まずは俺と戦え」

存在の大きさが爆発的に増える。

火影の間でのやり取りが遊びのような、全身を針で刺され、血が流れ出すかのように汗が溢れてくる。

うちはと春野は完璧には把握していないだろう。カカシの本気を。

「そいつはありがたい、噂に聞く『写輪眼』を早速見れるとは……光栄だね」

そんな殺気の中、風に当たっているかのように再不斬は巨大な刀の切先をカカシに向ける。

先端がぶれることなくカカシを向いている。あんな巨大な獲物を片手で持てるなんて握力までヒトとは違うようだ。

「ねえ、先生!シャリンガン、シャリンガンって…一体何なの?」

今この場で殺したいくらいだ。

静かにさせたい。声帯を掻っ切って、麻酔で動けなくしたい。

「うちは、コイツに説明してやれ。いい加減耳に来る」

うちはも同じだったのだろう。嫌々教えて込んでる。

写輪眼、それは最強の眼の一つ。

それも最も攻撃的で、『幻・体・忍』の術を瞬時に見通し、対策を練られる万能に近い眼だ。

先生が昔、一族を滅ぼされたときにいくつか回収したらしいが既にあのクソ蛇に渡してしまったらしく手に入らなかった。

「さてと…話し合いはこの辺で終わりだ。オレはそこのじじいをさっさと殺んなくちゃならねぇ。」

「それは俺を殺せてから言うんだな再不斬………」

コインの裏表は自分では決められない。

同じように、この二人の戦いもどちらに向くか分からない。

「今から始まるのは殺し合いだ!!」











[713] Re[13]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:29




仲間ってのは利用するためにある。

友達ってのは、なんなんだろう。

そりゃ裏切る為にあるんだぜ。





狂った歯車の上で





対峙していた筈の再不斬は巨大な包丁と共にフッとまるで元からそこにいなかったかのように消えた。

速過ぎて右目じゃ追いつけない。

体格的にスピード型ではない筈だった。

速さだけならなんとかなると思っていた自分が歯がゆい。

カカシは海面を見つめる。

そこに再不斬は立っていた。

「ど、どこ!?」

何時もならば苛つく所だが、こればかりは仕方ない。

人としてありえない速さで動いたのだから。

「あそこだ!!」

うちはもカカシの視線を追ったのか、やっとのことで気づいた。

「水の上!?」

霧隠れの忍び、だからだろうか。異常なまでに水上のチャクラのコントロールが上手い。

ほぼ無意識にやっているのだろう。再不斬にとっては水上も地上も変わらないのかも知れない。

最不斬は右手を胸の前に、左手は空へ届けと上に向かって印を組む。

印の順番からして霧隠れの術なのだろうが、その再不斬の体からは異常なまでのチャクラを感じた。

異常なのはチャクラの全体量なのではなく、一般的に霧隠れの術で消費する量異常にチャクラが籠められている事が異常だった。

ありえない。

普通に籠めるチャクラの量の三倍近くチャクラが籠められている。

「こいつはかなりのチャクラを練り込んでやがる!」

カカシもこの異常さに気づいたようだ。

先ほどよりも集中力が増している。

「忍法……霧隠れの術」

再不斬の忍術が発動して、辺り一面が元から濃かった霧がさらに濃くなった。

目の前に真っ白なノートを衝きつけられたような、本当に真っ白で何も見えなくなる。

ふざけている。

視力を無理やり上げているのに数メートル先すら見えやしない。

「消えた!?」

「チッ!」

「…………」

心のそこからこの二人が邪魔だと思った。

こういった場合は音を立てたほうが真っ先に殺される。

音は敵の位置を明確に知らせる。

「まずはオレを消しに来るだろうが………奴は霧隠れの暗部で『サイレント・キリング』の達人として、知られた男だ。気が付いたらあの世行きだった……なんて事になり兼ねない」

そうだろう。この戦い方に自信のあるのだろう。

「オレも写輪眼を全て上手く使いこなせる理由じゃない……お前達も気を抜くな!」

「どんどん霧が濃くなってきたわ!」

この霧に乗じて殺したくなってきた。その方が生還率が高くなるだろう。

カカシは再不斬の攻撃に対処が出来るのだろう。

しかし、オレ達には不可能であろう。

なのに、何も分からずにしゃべり続けやがるコイツは、本当に邪魔だ。

【…………8ヶ所…………】

一面霧のみの状態で低い、低い声が響く。

「え!?なっ…何なの!?」

【……咽頭……脊柱…肺………肝臓…頸静脈……鎖骨下動脈…腎臓………そして心臓………】

「ひっ!!」

「!!」
全てが全て一撃必殺。つまり急所である。

再不斬のあの巨大な刀ならばどこを斬っても一撃である。

防御は不可能。そう考えるだけで冷や汗が止まらない。

【……さて………どの急所を望む? 俺は優しいからリクエスト通りに殺してやるよ………】

再不斬の低い笑い声が脳まで響くようだった。

それが死をイメージさせる。それも綺麗に、鮮明に鮮烈に。

カカシが印を組んだと同時にあっちからも殺気が飛んでくる。

顔中に流れる冷や汗が苛つかせる。

「(ス…スゲェ、殺気だ!)」

霧でよく見えないがうちはの心拍音で奴の心情が伺える。

そういえば、オレはどうやって奴の居場所がわかったんだ。何時も通りに聴力に力を込めただけ。

そう、心拍音だ。

心臓の音など消せる筈がない。

消せたとき、それは死んだということだ。

「(眼球の動き一つでさえ気取られ殺される。そんな空気だ。………小一時間もこんなところに居たら気がどうにかなっちまう!上忍の殺意…自分の命を握られている感覚…ダメだ…これならいっそ死んで楽になりたいぐらいだ…)」

うちはの鼓動が激しくなる。

慣れてきた。

心臓の音がどういう感じに流れているのかが。







「サスケ」

「っ!!」

うちはの心拍音が最高潮に響き渡る。

もう完璧に心臓の音は把握した。

聴診器無しでは心臓の音など聞き取ることは難しい。

それでも、しなかったら死んでしまう。

そんなのは嫌だ。死にたくない。生きて自由になりたい。

「安心しろ。お前達は死んでもオレが守ってやる」

カカシの音も把握した。

微かに、再不斬の心臓の鼓動を感じる。

とても小さい。捕らえ続けることは不可能に近い。

「オレは仲間を、絶対に殺させやしな~いよ!」

それでも、やり遂げられなくてはオレは上れない。上へ。遥か上に上り詰めたい。

才能? 知らねぇよ。勝手に調子に乗ってろよ。

頑張れば、泥の中で足掻き続ければ、いつか綺麗な空の下に姿を見せられる。

【さぁ……それはどうかな?】

オレは、お前を殺す。





「呆気なかったな」

一瞬で下忍達とタズナとの間に現れる再不斬。

聞きそびれたか!? やはり速すぎる。

全力で体を旋回させメスを投げようとするがそれ以上に早くカカシはオレ等の間に割って入りクナイで再不斬のわき腹にクナイを刺していた。

が、それも無駄。

何故オレが反応できなかったか。

それは音の位置が変わっていなかったから、つまりこれは、

「チッ、水分身の術か!」

カカシが気づくよりも早く、遥かに速くオレはメスを別の場所に立っていた再不斬の心臓を目掛けて放つ。

「先生! 後ろ!」

「遅い!」

お前がな。

巨大な刀を振り落とそうとする再不斬の心臓に見事に深々と刺さるメス。

本人だった筈、なのに水となって姿が消える。

「ありえない!」

あの一瞬で水分身と入れ替わりやがった。

なんつう身体能力を持ってやがる!

「逃がすか!」

さすがにカカシも本体を見つけたのか、目で追いつけない速度で再不斬を追う。

「チッ!」

再不斬の逃げた方向には撒き菱を大量に撒いておいた。

全力での移動は不可能だろう。

これならばカカシでも十分に追い詰めることが出来る。

「動くな…」

予想通りカカシは再不斬の首筋にクナイを押し付け動きを止めるが

「それもフェイクだ!」

「このクソ餓鬼が!」

心臓の音が聞こえない。ならばフェイク。

思ったとおり再不斬の体は水に溶けてなくなる。

カカシは音で把握できない。写輪眼にしてもこの濃い霧の中を高速で移動する再不斬の隙をついた水分身の術を見通すことは難しい。

「何度も邪魔しやがって、ふざけるな!」

知らねぇよ。こっちだって必死なんだ。

なんだ!? 再不斬の心臓の鼓動が、こっちに、標的を変えやがった!

「ふざけやがって!」

脳天から真っ二つにされるような袈裟切りを、受ける筈がねぇだろ!

「お前こそ、ふざけるな!」

右足に全力を込めて踏み込む。

地面に足がめり込む、そして横に全力で跳ぶ。

ゾリッ!!

肩の肉が切り落とされた。痛みで体中の酸素が吐き出される。

それを阻止するために噛み締めて口を閉じる。

酸素不足でチカチカと星が瞬く視界越しに再不斬を睨みつける、するとそこには



「死んでもオレが守ってやる、って言ったのにな……済まなかった、ナルト」



真っ直ぐに腕を伸ばして再不斬の背後に悠然と立っているカカシがいた。

腕には本の少しの放電現象。才能のあるものにしか扱えない性質変化というものだろう。

だが、それは引き締めた弓の弦のようで、絶対的な死を表現する。

「やってみろよ、さぁ!」

ありえない、殺せといっているようなもんだ。

何かがあるのだろうか、とカカシも思ったようだ。

閉じていた写輪眼を、

「速く止めを!」

確かめている時間なんて存在しない。速く止めを刺せばよかったんだ。

カカシが片目を開き、本体かどうかを経絡系を確かめている一瞬、本当に一瞬の動きであった。

スローモーションのように鮮明に写った。

突き出していた右腕を掻い潜り、計算し尽くされたような再不斬の力強い蹴りを。

カカシはもろに吹っ飛んだ。

「(あのカカシ先生が…蹴飛ばされた!?)」

「(体術もハンパじゃねェ…!!)」

二人ともこの光景に声が出ないようだ。

絶望的だ。何度もシミュレートしたが、100回戦って2回しか勝機は見出せなかった。その二つにしても毒殺や傀儡と影分身を駆使した数の勝利だ。確立は低すぎる。

それに、あの再不斬の蹴りもカカシだからいなせた。オレだったら顎の骨が砕けてる。そこの二人だったら死んでるかもしれない。

忍びの岩も砕く蹴りをチャクラのコントロールも禄に出来ない子供が防げる筈がない。

「さて、どうしようかな…」

先に肩の止血でもしておこうかな。







「(…な、何だ? この水…やけに重いぞ…)」

カカシは水中に逃げ込んだらしい。こんな時に失敗するということは相当焦っていたようだ。

水の中はアイツのテリトリー。自分から死にに行くのと同じだ。

「フン…バカが!」

水の中でも響く声で再不斬はカカシに言った。

そして印を組む。

水牢の術、の筈であるのに最初の霧隠れの術と同じように異常なほどにチャクラを籠めている。

「なにをするつもりだ?」

「し、しまった!!」

オレが疑問に思うよりもカカシは早く理解したようだ。

『水遁 水牢の術!』



カカシは水で作られた球状の牢獄に包まれた。

この術は持続する為に発動者の手が水玉に振れていなければならない。

術者がアレほどならばそれがどれほど脱出困難なのか簡単に見当がつく。

きっと中にいる者からは不可能に近い。あるとしたらあのチャクラの篭った水を一瞬にして全て蒸発させる術が必要だろう。

カカシにそれが持っているとは思えない。

それほどの術はAランク以上の術である筈だからそう簡単に覚えることは出来ない。

「クックック………まんまとハマったな。これは脱出不可能のスペシャル牢獄だ…お前に動かれると厄介なんでな…………さてと……カカシ、お前とのケリは後回しだ。…まずは、アイツらを片付けさせて貰うぜ」

そして此方を、違う。オレを見る。

「(自分の失態だ………出し惜しみするんじゃなかった!!)」
ったく、あの時にちゃんと再不斬を殺して欲しかったぜ。なんでオレはこんな目に合わなければならないんだ。

「フフフ………水分身の術!!」

四体の分身体。水分身は元が水であるから肉体と同じように動くことは性質上は不可能。

それでもオレ等にとって十分に脅威だ。

「ククッ…そこの小僧に何度も邪魔されたが……偉そうに額当てまでして忍者気取りか。だがな、本当の『忍者』ってのは幾つのも死線を越えた者の事を言うんだよ。」

「違うな、忍者なんて所詮は消耗品。本当の『忍者』ってのは如何に持ち主を満足させられるかにあるんだよ」

だから、オレは先生を満足させられればそれでいい。

オレを必要としてくれればそれでいい。

不要とされなければそれでいい!

「『忍者』にな、感情なんていらないんだ。お前の道具に感情なんてあってみろ、使い辛いだろ?」

カカシ、そして後ろの二人は変なものを見るような眼でオレを見る。

慣れた眼だった。オレは道具、故に羞恥心も何もない。ただ、先生を満足させるだけ。

「……そんなことはこの状況で生き残ってから言って見せるんだな。」

そろそろ、か。

予想しろ。想像しろ。そして相手を凌駕しろ。

まず、上段蹴り。

「っ!」

掠っただけ、まだ大丈夫だ。

相手の攻撃は速い上に重い。

一撃でもまともに入ったら死んだ両親と面会しちまう。

次、袈裟斬り。

半身になって巨大な包丁が鼻先を過ぎていく。

「ちょこまかと動くんじゃねぇ!」

四体の再不斬が一斉に襲い掛かってくる。

回天で吹き飛ばすのもいい。だが、再不斬の力では吹き飛ばせるか斬られるか五分であるが面白い賭けだ。

それでも、オレは確立の高い方へ逃げる。

腕にチャクラを浸透、強化させ全力で床を殴りつけ、出来た穴に飛び込む。

拳を痛めたようだ。手首の調子も良くない。リーのようにはうまくいかない。それは当たり前。オレにその才能はありはしない。

土を掘り続けて、うちは達と合流する。

穴から這い出るオレに呆れている二人を無視してどうやってカカシを救出するか考える。

「くっ! お前らァ!! タズナさんを連れて速く逃げるんだ!! オレを水牢に閉じ込めている限り、こいつはここから動けない! 水分身も本体から、ある程度離れれば使えない筈だ! とにかく、今は逃げろ!!」

そいつは無理だ。二人なら可能であろうが、オレは逃げられないだろう。

相当怒らせたようだからな。

「ナルト、アンタ無事なの!?」

春野が近寄ってくるが答える必要はない。

この場でうまく立ち回れるのはオレかサスケくらい、か。

「おい、うちは。足止めくらいは出来るか?」

名前を呼ばないからだろうか、機嫌悪そうにオレを睨みつける。

さて、先ほどのオレと再不斬の一方的であった戦闘を見てどう思ったのだろうか。
まぁ、どうでもいいか。

「誰に物言ってやがる、それくらいオレにだって出来る」

「そうか、任せていいんだな?」

サスケの顔が嬉々となる。

何が嬉しいのか分からんが、まぁ大丈夫そうだ。

「ああ、任せろ!」



さて、どうしたものかな。









[713] Re[14]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:32






「んじゃ、しくじるなよ…雑魚」

「ああ、任せろ…クソ野郎」

試験以来、初めてチームワークが成立した瞬間だった。

カカシはそれを嬉しく思い、タズナと春野は頼もしく思う。

事実、今期の下忍の中で最凶と最強が手を組んだ。







狂った歯車の上で







「くっ! お前らァ!! タズナさんを連れて速く逃げるんだ!! オレを水牢に閉じ込めている限り、こいつはここから動けない! 水分身も本体から、ある程度離れれば使えない筈だ! とにかく、今は逃げろ!!」

「カカシがなんて言ってるか分かるか?」

「いや、まったく」

うちはの言葉に春野も頷く。

そりゃあ当たり前だ。カカシは今は水の中だ。それに距離もある。聞こえる方がすごい。

オレは唇から読んでいるが他の二人にはわからなかったようだ。

「オレのことは気にせず頑張れってさ」

「おう!」

写輪眼でオレ達の会話を呼んだのかカカシの顔が青かった。水の中にいるからかもしれない。





オレの真横でうちはの印を組む指が霞んで動く。

やはり、コイツは天才だ。

下忍でこんな術を余裕で扱える者は今まで見たこともない。

この絶体絶命な時でさえ、笑みを浮かべて敵を前に出来るということは、羨ましい。

「火遁・豪炎華の術!」

うちはが高く飛び上がり、威力を調節した火炎玉を三つ吐き出す。

いつものコイツの豪火球の術よりも見劣りする火力程度であるが普通の忍びの豪火球の術と比較すると在り得ないと実感する。

普通の忍びが発動する豪火球の術が三つ分である。反則だ。

はやり、コイツは、嫌いだ。

三つの火球が水分身の再不斬を追い詰める。その内、狙われていなかった一人が特攻をしようとするがオレが攻撃を避けた際にメスで首を掻っ切り元の水に戻す。

水分身は影分身と違い精度が落ちている分のろまだ。なんとか攻撃も加えられる。

「おい! まだか!?」

「黙って前を向いてろ、まだまだ敵はいなくなってない」

再不斬は片手で印を組更に分身を作っていく。

オレは、チャクラのメスで親指を浅く切り、口寄せ用の巻物に印を書き込んでいく。

先ほどの本体との戦闘で自分を出しすぎた。

これ以上は厄介になりそうだからな、これを使わせてもらう。

口寄せ用の巻物を三つ、全てを書き終えタイミングを計る。

更に再不斬が作り上げた三対の分身をうちはが先ほどの術で消し去る。

最初と違い火力が下がっている所からしてチャクラ切れだろう。

「温存しとけ、何のための頭だ」

「うるせぇ! テメェこそ終わったのかよ!」

「まぁ、いいか…」

「?」

もう分身はいない。

敵は一人。

ならば、問題など在りはしない。

「よくやった。上出来だ」

後はオレの仕事だ。

「口寄せの術!」

オレの血に反応して契約したモノが現れようとする。

時間差で現れるように設定してある。そのタイミングに合わせて巻物を三つ、カカシと再不斬の頭上に放る。

ボン! と白煙と共に姿を現したのは二つのアルコールに満たされた樽と手漕ぎボート。

アルコールに満たされた樽と手漕ぎボートは重力に引っ張られ、見事に再不斬とカカシの方へ堕ちていく。

「ふざけるな!」

再不斬の怒号が聞こえたが、まぁ知ったこっちゃ無い。

「おい、うちは。もう一回豪火球の術であの油に引火させろよ」

手漕ぎボートはヒナタと遊ぶためだったんだが、どうも暇が出来なくて結局は使えなかったからな。

落っこちて被害が大きくなるものといったらあの三つしかなかった。

まぁ、手漕ぎボートなんかが頭に当たったらひたすら痛いだろう。

「お、おう」

奴も毒気が抜けたように返事を返して火球を吐き出す。

そして引火。

再不斬が水遁の術で火を消そうとしているが油の火を消す場合は水では逆に範囲は広くなり被害が増える。

油の火を消す場合は砂で押し消すか洗剤をぶちまけるのがいいだろう。

見事に火達磨になった二人を見てオレは笑っているがタズナやうちは達は呆然と見ている。

再不斬が手漕ぎボートは避けたようだがカカシには当たったようだ。

逃げられる状態じゃなかったしな。

「うおぉぉぉおぉ!」

カカシのよく分からない叫び声が聞こえる。

再不斬は地面を転がり火を消そうとしているが衣服に染み込んだ油が取れず今だ火達磨。

二人はほぼ同時に海に飛び込んだ。

再不斬もすぐにカカシから手を離して逃げればよかったのに、と今更ながら思った。







「これで死んでたら嬉しいんだけどな、死ぬわけ無いか」

よくて大火傷だろう。

「ねぇ、あの火の中にカカシ先生がいたわよね?」

「…生きてるだろう」

最後の叫び声、かなり本気っぽかったからな。

「最後に火をつけたのうちはだし、オレは知らねぇ」

「俺のせいじゃねぇだろ!」

「尊い犠牲だよ」

そう話しているうちに水面から白髪頭が浮き上がってきた。

かなりチリチリになっていて見ていて痛々しいが、まぁいいか。

元の髪型がもう少し短かったらパンチパーマになっていたのになぁ。

「パンチパーマがなんだって?」

こんなことに写輪眼使うなよ。

「カカシは再不斬と一緒に海に飛び込んだんだよな? アイツはどうした?」

「海の中で勝てるとも思えなかったからな、海に飛び込み次第波に乗って逃げていた」

だろうな。海の中のアイツは無敵に近いかもしれない。

「どこにいるんだ? このまま出てこないでくれるとありがたいな」

確実に殺されるな、オレ。



「絶対にぶっ殺す!!」



「ナルト、お呼びだぞ」

「おお、パンチパーマだ」

似合ってるなぁ、ありゃあカタギって顔じゃない。

眉剃ってパンチパーマ。本業の奴等だって道を開けるな。

「殺す、殺す、ぶっ殺す!」

容姿はふざけているが今の再不斬だったら1000回戦っても1回も勝てない。

「気持ちは痛いくらいに分かるぞ、再不斬」

アンタもか。

あの時に二人とも殺っとけば良かったかもしれないな。

「が、その前に俺の番だったろ」

カカシは閉じていた左目を、写輪眼を開眼させ再不斬と対峙する。

空気は最初と同じ、むしろ増している。

これで二人の髪型がパーマじゃなければなぁ。

「お前は今から俺に殺される……」

「…フン! ほざいてろ!」

二人はほぼ同時に印を組み始める。

「言っておくが、オレに2度同じ術は通用しない。さて、どうする?」

再不斬はカカシを無視し、手元が残像を残すほどの速さに上げる。

あの印、知ってはいるがオレではうまく発動もしない上級忍術だ。



『丑・申・卯・子・亥・酉・丑…………
『…丑・申・卯・子・亥・酉・丑…………



カカシが一瞬だけ遅れて印を組む。

だが、カカシはその一瞬を凌駕する。

印の速さは忍びの強さだ。印の組み終わる時間がたとえ一瞬の差だろうが決定的な差となる。



……・壬・子・亥・酉!!』
……・壬・子・亥・酉!!』



ほぼ同時、終わりは同じとなる。



『水遁・水龍弾の術!!』



「キャーッ!!」
「クッ!!」
「ヒィィィ!!」



三人の声が聞こえてくるが、気にしない。気に出来ない。

凄すぎる。これが上忍の、化け物同士の闘い!

努力だけでは到達の出来ない、才能の闘い。

あの水遁忍術、オレでは発動するかも怪しいシロモノ。

それを本番で易々と扱う胆力と精神力。

コピーだけじゃない。やはりカカシは凄い。

欲しい、そんな能力が欲しい!



「きゃー!! こっちに来るぅ!!」
「チッ!!」
「ウワァァ!!」



この闘いを見れないなんて、本当に勿体無い、と心から感じた。









ふざけやがって! この猿真似ヤローが!

同じ構え、同じ力、全てが同じ、まるで鏡。

ぶっ殺す!

「な!?」

カカシは俺が止めを刺すために組んでいた印を、まったく同じタイミング、まったく同じスピードで組み始めやがった。

こ、コイツは写輪眼! アイツは完璧に俺の動きを

「読み取ってやがる」

「!!?」

俺が、言ったんじゃないのか?

今のはカカシの声だった。ありえない。

写輪眼ってのは次に言いたい言葉すらも読み取れるのか!?

巴の印が渦巻くアイツの瞳、本当に

「むなくそ悪い目つきしやがって……か?」

心を静めろ、ここで相手の思惑通りに動いたら、、、どうなるんだ?

死んだら、白はどう生きるのだろうか。

アイツは道具だ。次の持ち主を見つけて今以上に活躍するかもしれねぇ。きっとそうだ。

俺が育てた、俺が作り上げた最高傑作。

それを顔も知れねぇ誰かに譲る? ふざけるな。

負けられねぇ。

…所詮は二番煎じ、

「お前は、オレには勝てねぇよ…猿真似野郎!」

「………ブッ殺す!!!」

今出来る最大の術でアイツを殺す!

殺す、殺す、殺す、ブッ殺す!

あの胸糞悪いクソ野郎は………アレ?

アレは……俺?

アイツの背後には俺の姿。

アレは幻術だ! 騙されるな、前を見ろ!

集中だ。ありったけのチャクラをアイツにぶつけるんだ。それでアイツは……ッ!!



「水遁 大瀑布の術!!」

左目の写輪眼の中の巴の印が激しく回転する。気色の悪い、胸糞悪い眼が俺を見続ける。

「な…なにィ!」

高めていた集中力も霧散し、術を放棄してしまう。

そんなことはカカシが俺よりも早く発動させた時点で関係ない。あの術は、先に発動させた者が勝つ、俺の最高の忍術。

それ以上に、俺が追いつけない!? 在り得ない!

カカシのチャクラによって持ち上げられた大量の水の塊が、俺一人を狙うにしては多すぎる量を持って、滝となって襲い掛かる。

その水圧、岩をも砕く。

「グアア…!!」

ブチチッ! と耳障りな音が耳に…否、脳に響き渡る。

音じゃない。激痛が響いたと少し経ってから気づいた。

あの急流に流され、大木に体をもろにぶつかったようだ。そして、カカシの放ったクナイが俺の両腕に深々と刺さっている。

そんなことをする必要もない。既に体はボロボロだ。体中が打身に脱臼だろう。

「何故だ…お前には未来が見えるのか…」

「ああ、お前は今から死ぬ。」

それは在り得ない。

俺には最高の道具がいる。故に俺が死ぬことは在り得ない。

サクッサクッ、と首筋に激痛が走る。

はやり、白は最高だ。











[713] Re[15]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:36




「フフ…本当だ、死んじゃった。」

そう言ってオレ等の目の前に現れた仮面の……多分、男。

腕がやけに細く、声も中性的な感じだと思った。

そして、どこから攻撃をしたのか。どこから攻撃を始めたのかすら分からなかった。

実力は高い。同世代と認めたくないほどに、強い。

再不斬が攻撃を察知できることなく殺した? ふざけるな、どんな反則だ。

「確かに死んでるな。」

クソ、本当に死んでいる。心臓が止まっている。

あの死闘中でさえ感じ取れた力強い鼓動が、止まっている。

「ありがとうございました。ボクはずっと…確実にザブザを殺す機会をうかがっていた者です」

本当に、確実を狙ったような攻撃だった。

どれほどの計画を経てたのだろう。これほどの相手を殺すには緻密な計画が必要だろう。

少なくとも、オレではそうする。

そんな簡単に殺せるような相手じゃない。再不斬は強い。

「確かその面…お前は霧隠れの追い忍だな」

追い忍、それは罪のある忍びを捕獲なり殺害を任される忍び。

いつか、オレも厄介になるかもしれない相手。

こんなのが追いかけてくる。そう考えるだけでも寒気がする。

「流石、良く知っていらっしゃる」

少し、否定して欲しかった自分がいる。

この歳でこれほどの強さを得るということは生半可な才能と修練ではないだろう。

片方が抜けても駄目。これが条件。強くなる為の条件。

「追い忍?」

「そう僕は『抜け忍狩り』を任務とする……霧隠れの追い忍部隊の者です。」

「(背丈や声からして…まだナルト達と大して変わらないってのに…追い忍か………世も末かな………)」

しかし、千本を扱う忍び、これはかなり珍しいな。

そう、先生やオレのような…

「アンタ、医療班出身だろ?」

おや、変なことを言ったかな? 心拍音がズレた。

参ったな、心臓の音を聞くのが癖になっている。あの闘いは今までで一番怖かったな。

「……よく分かりましたね、貴方も?」

「まさか、勉強中の身だよ。アンタ程じゃないね、少なくとも」

千本で息の根を止めるなんて、相当体のことについて詳しくなくては出来っこない。

知識は才能と関係ない。努力の違いだ。そこは認める。この追い忍はオレ以上に勉学を励んだのだろう。

知識と知恵は違う。別物だ。

「それでその追い忍はその人の死体を持ち帰るのが仕事なんですか?」

「その必要はないんじゃないか? 殺したんだから首があれば十分だろ」

だって首がないのに生きていられる訳がない。

「ええ………」

さっきから煩いな、どうも耳に心拍音が響く。

だが、どうもコイツのは違うな。

少し速すぎやしないか?

「これも仕事ですしね………何かと秘密の多い死体なので僕がこの死体を処理しなければなりませんから」

ああ、そうか。

あんだけ強いんだ。普通のヒトとは違う何かがあるのかも知れない。

戦闘中には分からなかったが、もしかしたら霧隠れの里の中の血継限界を持っていたのかもしれない。

鬼人と呼ばれるくらいだ。ヒトとは違うのだろう。

「そうだな。血継限界とかは他国に知られちゃ困るな、一種の国宝だからな」

速かった鼓動が、急激に冷めていく。

少し、寒気がしてきた。

「……あなた方の闘いも、ひとまず此処で終わりでしょう……それじゃ失礼します。」

そう言って再不斬の死体を抱えて消えた。

消える直前に、こっちを見ていた。

能面のような仮面で、不気味であったが。オレを見ていた。

まるで、睨みつけるかのように。

「……やばいな、思った以上にくさいな。アイツ…」

オレのつぶやきは誰にも聞き取られること無く海の向こうに消えていった。

何故なら―――カカシが倒れていた。







倒れたカカシを介抱するサスケ、春野とタズナを横目で見ながらあることに気づいた。

「包丁がなくなっている…」

あの再不斬が扱っていた巨大な包丁がなくなっている。

見る影もない。

あの仮面のヤツが持っていった、それしか考えられない。

武器を持って帰るか?

あれが特殊な武器だったか?

全てが否、つまり…アレは敵だったということ。

再不斬の遺体を持って帰り、武器を拾い帰るまでがアイツの計画だったということか。

「まずいな…再不斬のヤツ、真っ先にオレを殺しに来るだろうな」

あれを凌げるだろうか?

不可能。

再不斬が回復するまでにアイツ以上の実力を得られるだろうか?

更に不可能。

自分が情けない。答えは分かっているのに、それに辿り着くことは出来ていない。プロセスを満足にこなす事も出来ない。

うちはサスケなら、日向ネジならば、あいつ等並の才能があれば……出来るかもしれない。

それどころか、この時点でアレを打破できるほどの実力を持っていたかもしれない。

虫唾が走る。そんなことを一瞬でも考えた自分に嫌悪を感じる。

それでも、理解は出来る。

欲しい、全てを認めさせられる才能が。

「ナルト! そろそろ行くわよ!」

羨ましい、と心から思う。





    □





赤い、血のような海。

原初の色、オレの色。

金じゃない、オレは赤。

眼を瞑れば捌いた女の腹の中、あふれ出す血糊が眼を覆う。

普通の夢を見なくなったのは何時からだろうか、見るのは自分のではない化け物の記憶。

赤い海に囲まれて、朝を待ち受ける。





「再不斬は生きている!!」

今日はカカシの大声で起きた。

機嫌は最悪、起きるのならば慣れた目覚ましかヒナタか先生の声だというオレの日常は破綻しかけている。

寝ないのが常だったが寝られるのなら沢山寝たい。毎日8時間は寝たい。子供だから。

どうやらカカシの言葉に皆は唖然としているようだ。

終わったと思っていた悪夢が、まだ続いていたとは知らなかったらしい。

嬉しそうに、気持ちよさそうに寝てたからな、昨日は。帰り次第に皆寝入ったからな。

「殺した証拠なら首だけ持ち帰れば事足りるが死体を持ち帰った」

「それで何で生きてる事になるんじゃ?」

まぁ一般人に期待できることなんてそうはないだろうからな。

「武器にしても殺すには不具合だった、ってことだろ?」

千本なんて武器で殺すということは相当な知識と修練が必要となってくる。

死に至る箇所、そこを的確に貫く技術。ましてや相手は動く的、生半可な実力じゃなきゃ千本なんか選ばない。

「ああ。追い忍なんてのは別名死体処理班、そこら辺の医者以上の知識を持っている」

つまり、あの仮面は医療班出身、ではなく死体処理班出身というのが妥当か。ニアミスだったな。

「ついでに言うと、再不斬の武器も回収されてたしな。こりゃ確定だよ」

空気が重くなる。

完璧に騙されていた。思った以上に狸のようだ。こちらの予想以上に。

今となってはタズナと同等なほどに命の危険性が高いのはオレだろう。アレだけコケにしたんだ、オレだったら意地でも殺す。

「……考え過ぎじゃないのか? 追い忍は抜け忍を狩るもんじゃろ? それなのに生きていることを前提に考えてたらおちおち眠れもせんじゃろ?」

「だから考え無しは羨ましい。アンタはどちらにしても命を狙われてるの忘れてないか? それでおちおち寝れるのか?」

オレが今まで寝なかったのも里の人間が何してくるか分かったもんじゃない、というのもあった。

気持ちよく寝れもしない。

「……私達は所詮は護衛です。先手を取ると大犯罪者になりますからね、後手に回ったときの準備くらいしかできないんですよ」

そりゃそうだ。こちらからガトーグループを殲滅したらこちらが犯罪者だ。

「後手に回ったときの準備って……何するんですか?……しばらく動けないんじゃ」

割に合わないな、でも面白い。

ばれない程度の力で、どこまで通用するか、楽しみだ。

「お前達に修行を課す!」

「カカシが復活するまで修行だな………おもしろくなってきたじゃねぇか!」

子供だな、純粋で現実をあまり知らないみたいだ。

でも、強くなるってことを純粋に楽しめるうちはがすごい。

おもしろいから強くなれる。底を知らないからどこまでも強くなれるのかもしれない。

ならば、オレは既に道は潰えているのかも知れない。

「面白くなんかないよ…」

そう、面白くない。

「「!?」」

気づけよ、忍びだろうよ、お二人さん。

こんなでも、オレ以上の才能があると思うと、複雑だ。

「おおイナリ。お帰りなさい。」

「ただいま……じいちゃん…」

「イナリよ。この人達がワシを此処まで命を張って送り届けてくれた忍者じゃ。昨日は寝ていたから挨拶してなかったな」

そう言って頭を撫でるタズナ。

身内からしたら可愛いのかもしれないが他人からしたら無礼で可愛くもないな。

「ジイちゃん……こいつら死ぬよ」

「あ……?」

サスケが喰いついた。

空気が変わる。あれだけ修行を楽しみにしていたうちはが、こうも冷たくなるとは予想外だ。

「ガトー達に刃向かって勝てる理由ないんだよ」

春野は嫌な顔を隠そうともしない。カカシは周りの空気を読もうとしている。坊やだからうちはは殺気を隠していない。

タズナたちも困惑している。

「オレ達は刃向かってもいないし刃向かおうともしない。それは任務外だからな。任された覚えもないし、オレ達はただ橋の完成まで護衛するだけ、だよな?」

このガキは勘違いをしている。

「オレ達は何もお前等のためにここまで遠路遥々来たわけじゃない。勝手に腐った目つきして生きてろよ、目障りだ」

先生に会わなかったらこんな眼をしていたんだろうな。

腐りきって、殺したくなるような眼で、周りは何もわかっていない馬鹿だ、と決め付けて自分だけ優越感に浸って過ごしていたのかも知れない。

「何も分かってないくせに……余所者は知らないからそんなことが言えるんだよ!!」

誰だって余所者だ。

余所者以外って何だ? 同一体か? 運命共同体か? 全てが余所者、だから全てを曝け出せない。

だから、一体となれる人を求めているんじゃないか?

「当たり前だろ、寧ろ知ってたら不気味だな。知って欲しいなら言ってみろよ。聞いてやるからよ」

聞いてどうなるって訳じゃないが、ただの嫌がらせだ。

結局、ガキは何も言わずに母親に慰めてもらうこととなる。

サスケは苛立ったままであったが、まぁ知ったこっちゃない。

「人に言うならば、先に刃向かってから言うんだな、お前は刃向かったことがあるようには見えないよ、さっぱりね」

お前は昔のオレだ。







「まずは口布切って………油と焦げで使えないな、もう…」

よくもここまでやれるもんだ。このひとに。

確かに、あの場ではこれほど効果的な攻撃はなかっただろうか道徳的観念というのがないのだろうか。

油を人にかけて火をつけるなんて普通の感性じゃできないな。

「………ゴフッ……ガハッ」

あ、もう息が吹き返した。

さすが再不斬さんだ。人かな?

「なんだぁ もう生き返っちゃったんですか。大丈夫ですか?」

「いつも手荒いな……お前は」

貴方の道具ですから。

貴方のことなら分かっているつもりです。

「………」

無言のまま首に刺さったままの千本を取り去る再不斬さん。

「止めて下さいよ…本当に死んじゃうかもしれないんですよ?」

今ので真正面から向いていたボクの仮面に再不斬さんの血糊がつく。

不快じゃない。心が落ち着く、この人の血の匂いは。

子供の頃から、拾われたときから嗅ぎ続けた匂いに何時までも不快感を持っていられるわけがない。

「僕が助けなかったら再不斬さんは確実に殺されてましたよ」

どれくらい焦ったか分からないだろうな、この人はボクを完璧だと思っているからな。

こんなに出来損ないなのに、そう想ってくれているから。

死なせたくなかった。

「一週間程度は痺れて動けませんよ、でも………再不斬さんならじき動けるようになりますかね」

それまでは落ち着いて過ごせる。

このヒトは想った以上に子供らしいところがあるから。

「まったく、お前は純粋で賢く汚れが無い……そういうところが気に入ってる」

なんでそこでこんな恥ずかしいことを言えるのだろう。

仮面を付けておいて良かった。顔が火照る。

「そうですか…嬉しいです」

父親ってこういうのなのかな、本当の父親はああだったけど、こんな感じなのかな。

「………次、大丈夫ですか?」

次で終わって欲しい。

国を離れて静かに生きたい。このヒトと。

「ああ…次なら……写輪眼を見切れる」

何故だろう、胸騒ぎが止まらない。







「さ! 気持ち入れ替えて修行に専念するぞ!」

カカシは先ほどの空気を変えようと頑張っているのが見て取れる。

機嫌の悪いうちはの坊やをどうにか乗せようと頑張っているようだ。

大人も大変だなぁ。

「………そうだな」

「がんばりましょ!」

春野もうちはとだから喜んでいるようだ。死ぬかもしれないのに気楽な奴等だなぁ。

それと何故だかカカシは先ほどからオレの方も見てくる。

とても小さい動作だから分かり難く最初は分からなかったが今では確信している。

オレが何かしたか?

「(家族に包まれているあそこが辛かったんだろう…………)」

今この場で白眼が使えたらある程度は分かるのにな。







小さいが十分に森と言える場所に辿り着いた。

演習か何かをするのだろうか。

「よし、今から木登りをしよう」

なんだ、木登りか。

他の二人にはちょうどいいのかも知れない。今知っておかなきゃ後々辛いだろう。

大人になってからこんな修行をしていたら事情の知らないヤツ等からは馬鹿にされるだろうから子供のときに覚えておくのがいいだろう。


「「は?」」

「はぁ…」

予想通り二人は大丈夫か? という視線をカカシに送っている。

忍びが常識に囚われたらいけないな。忍びはヒトから一脱した存在なんだから。

「………よし! みんなやってみろ!」

馬鹿にしているうちはと春野を見てニヤつきながらカカシは言う。

そりゃ面白いだろうな。何も知らない子供は純粋に面白いからな。

「こんなの手を使わないで出来るぜ」

そう言ったうちはにオレとカカシは同時に焦る。

あれ、出来たの? という感じに。

そして奴は木の前まで移動し、跳んだ。

空中で見事に一回転し、枝に着地。一般人からしたら脅威の運動力だろう。

「へへ、楽勝だ」

「すごい! さすがサスケ君!」

そう言って春野は手を使って易々と木を上っていく。

大して時間も経たずにサクラも木の枝に腰を下ろして喜んでいる。

カカシは……相変わらずニヤついている。意外と性格が悪いようだ。

「どうしたナルト! まさか上れないのか?」

上からバカがそう叫ぶがどうしようか悩む。

カカシの思惑通りに跳ぶか、それとも歩くか。

まぁ、歩くか。カカシを喜ばしたくないし、アイツ等を調子に乗せたくない。

それにこれくらいなら出来てもそこまで怪しまれないだろう。初歩だろうし。

そう思い木の前まで移動して、チャクラを足に纏わせ

「あら?」

カカシの驚きの声を無視して木の表面を歩く。

「なっ!?」

「うそぉ!」

木の上から喧しい声が上がるがそれも無視。

スタスタと歩く。それでも重力を感じ腹筋に力を籠めなくてはいけないが、それも無視だ。

木に対して垂直に立っていると上半身が地面に向かって重力を感じる。それは当たり前だが疲れるものは疲れる。

筋力トレーニングは身体が出来てからやるのが一番効果的だから今は鍛えるべきではないと先生に言われたのであまり鍛えていないから筋力ではサスケにも劣るだろう。

普段はチャクラを浸透させて強化しているが、それでも今のリーには負けるだろう。

そしてバカ(しばらくはアイツのことをバカと呼ぶ)と春野が座っている枝を通り抜け、一つ高い枝で腰を下ろす。唖然と見ている二人を見て優越感に浸る。

いつ感じても気持ちいいものだ。

「これが忍びの木登りだ。分かったか?」

なんかいいところをカカシに取られたような気がする。

「二人の木登りは一般人としてはすごいがな。泳いでる忍びなんか見たことねぇだろ。もしいたとしてもそいつはバカだ」

これくらいは言いたい。わざわざカッコつけて跳ぶから恥を掻く。世間知らずの坊や。

「そこまで言う必要もないだろう。ただ知らなかっただけなんだから」

「そうだな。大人気なかったな、本当に何も知らなかっただけみたいだ」

下から歯軋りの音が聞こえる。

再不斬と戦ったときから改めて感じていた。

劣等感を。

アイツの放っていた火遁の術。オレなんかが再現できる忍術じゃあなかった。

出来たとしても今では不可能。

ふざけんな。なんで大して努力も、足掻いてもいないヤツがあんなことが簡単に出来て、努力し続けて足掻き続けたオレが出来ないんだろう。

本当に、不公平だよなぁ。







木登り? 馬鹿にしているのかよ。

「こんなの手を使わないで出来るぜ」

足に力を籠めて思い切り跳ぶ。

一番低い枝を通り過ぎて、余裕を見せてもっと高い枝に着地する。

最高の着地だ。身の捻りも完璧、無駄なところなんてなかった筈。

「へへ、楽勝だ」

オレを馬鹿にするな、ナルト!

オレとお前は対等だ!

「すごい! さすがサスケ君!」

サクラのヤツは手を使って登っている。所詮はサクラだ。

オレと同じ高さの枝まで登ってこちらを向いて笑っている。

アイツが俺のことを好きだって事は知っている。そこまで俺は鈍感じゃない。

だが、今はそんなことに時間を使っている暇はない。俺にはそんなモノ、必要ない。

上を目指し、通過し、アイツを殺さなくてはならない。

こんなところで足を止めていたら追いつけやしない!

ナルトはなにやら困った顔をして木を見ている。

もしかしたら登れないのか?

「どうしたナルト! まさか上れないのか?」

これで登れなかったら本当に笑えるぜ。あのナルトがこんなことも出来ねぇなんてな!

俺の言葉に反応してか、ナルトはゆっくりと俺等の木の前まで移動して、木の表面を歩き始めた。

「なっ!?」

「うそぉ!」

ナルトは涼しい顔をして地面を歩くように木の表面をあるいて、俺達を通過して更に上の枝で腰を下ろす。

ナルトは俺達を見て…否、モノを見るかのような眼で見下している。

冷たい青い瞳で見下している。内心で嘲笑っているのが手に取るように分かる。

「これが忍びの木登りだ。分かったか?」

改めてカカシを見ると、ナルトを感心するような眼と、俺達を見て笑っている眼が在った。

しくじった! あのカカシが痛めた体を引き摺ってまで教えることがこんな簡単なことの筈がなかった!

「二人の木登りは一般人としてはすごいがな。泳いでる忍びなんか見たことねぇだろ。もしいたとしてもそいつはバカだ」

無機質だったナルトの表面が、今度こそ嘲笑の笑みへと変わる。

ふざけやがって、ふざけやがって、ふざけやがって!!

噛み締めた口から、血の味を感じた。

カカシとナルトの会話は続く。

「そこまで言う必要もないだろう。ただ知らなかっただけなんだから」

「そうだな。大人気なかったな、本当に何も知らなかっただけみたいだ」

自分がどれだけ小さいかを、呪った。







「へぇ…」

驚きだ。いや、本当に驚きだ。

オレはバカが最初に終わるだろうと思っていたのだが、まさか春野の方がセンスがいい。

このペースだったら明後日には終わっているな、もしくは明日中には終わるだろう。

バカは木に足をくっつけることも出来ないでいるのに、春野は既に足をつけることは出来ている。二歩目くらいで止まってはいるが、これはすごい。

オレはこれが出来るようになるのに使った時間は一週間だった。登るんじゃない、足を木に吸い付けるのに一週間掛かった。

吸いつけられるようになってからは後は持久力とコントロールだけだったが、感覚を覚えるだけで四苦八苦していた。

医者に必要とされるのは技術と集中力。今となってはある程度は自信がついたが、昔は酷すぎた。

よくも先生は根気よく教えてくれたと思う。感謝し尽したい。

『慌てず一挙一足丁寧に』と何度失敗しても失敗した分言ってくれていた。
教えられてもコツを掴むのに、原理を理解するのに何日も過ぎていった。劣等生であることは分かっていた。それでも強くなりたかった。

「畜生ッ! こんなことやってて強くなれるのかよ!」

カカシが貸したクナイを思い切り木に向かって投げるバカをカカシと春野は驚きの眼で見ている。

オレからしたら馬鹿にしか写らない。

確かに、こんなことをするよりも強力な術を覚えた方が戦力的には強くなるだろう。しかし、長期的にみたら覚えていた方がいい。オレには強力な術を覚えるなんて最高の選択肢なんてなかったからな。

基礎しか鍛えることは出来なかった。あんなものオレにとっては幻想でしかない。

「んじゃ今すぐ止めてカカシに忍術でも教えてもらえよ、あのクソガキの言ったとおり死ぬぞ、雑魚」

ああ、そうだ。お前なんか今すぐ死んじまえ。

胡坐を掻いた天才が憎い。

オレが持ってないモノを持っているくせに、いらないならオレにくれよ。

ふざけんなよ。

「木登りはただ木を登るための修行なんかじゃないぞ。まずはスタミナ、そしてコントロールの維持、今のお前に出来るか?」

カカシが言うとおりどれだけ保てるか、それは戦闘中にどれだけ大事かはやって見なくては一生分かりはしないだろう。

オレも昨日、再不斬と数秒だが戦ったときに嫌となるほど知った。

足元が擦れていたらあんな機敏な動きなんか出来ない。一太刀でさえ避けることはできなかった。

だから無意識に出来るまで慣れなきゃいけない。

「もし、お前がチャクラのコントロールを完璧に出来るようになったならば、今以上に体術も忍術も行使できるようになる。基礎を修めないようなヤツに忍術なんて宝の持ち腐れだ」

カカシが冷やかに言う。

基礎は大事だ。基礎は基盤となり上を支える。地盤の緩い建物なんてすぐに倒れるだろう。

オレはそんな難しいことなんた考えずに木登りを覚えたな。

逃げるため、生き延びるために覚えさせられた。

『ナルト君は本当に強い相手には勝てない』

先生はそう言って逃げるための方法を教えてくれた。道具の使い方。うまい隠れ方。気配の消し方などを。

「クソッ!」

バカは走る。幹の表面を破壊しながら走る。そして全然足が木に吸い付かず吹き飛ばされて倒れている。

これじゃあ一週間経っても覚えられないだろう。

アイツはアカデミーで何を習ってきたのだろう。

成績が一番になる方法でも習ってきたのではないだろうか?









森の奥深くにあるボク達の隠れ家に不快な声が響いていた。

「あんたまでやられて帰って来るとは…霧の国の忍者は余程のヘボと見える……だろぉ?」

そういって嘲笑する醜い奴等が三人。空気が汚れるから早く出て行って欲しい。

再不斬さんは仮死状態から復活してそんな時間が経っていないんだ。既に何度か殺そうかと悩んだ。

「部下の尻拭いも出来んで何が鬼人だ……笑わせるな!」

何が海運王ガトーだ。ただの脂ぎった肉団子じゃないか。傍らにいる用心棒のような二人も大したことはない。

三人合わせて二秒で殺せる。

再不斬さんは無言であいつ等の戯言を聞き流す。事前に頼んでおいて良かった。騒がれると身体に障って治療が遅れるかもしれない。

ただ、再不斬さんの無視が気に食わなかったようだ。殺気が溢れた。

「(居合いか?)」

大した訓練も受けていない者の居合いなんてモノに恐怖はない。

落ち着いて切先を止めればいい。再不斬さんの虐待染みた訓練に比べればそよ風のようで心地よい。

「まぁ待て……なぁ…」

ガトーは左右の侍を手で制しベッドで横になっている再不斬さんの口元へ手を伸ば―――

「黙っている事はないだろ…何とか…!!」

させやしない。

「汚い手で再不斬さんに触るな………ッ!」

この場で握り潰してやる。醜いウシガエル。

「ヒィィ!!」

ボクの容姿からは想像できないだろう握力と低い声に腕から伝わってくる激痛に悲鳴を上げる肉団子。

肉団子の悲鳴を合図に2人の用心棒は刀に手を掛け、居合いを放つ。

だが、素直に攻撃を受ける趣味なんて持ち合わせてはいない。

瞬身の術で一瞬で二人の白木造りの刀の柄を握り、奪い取り背後を取る。

(バ…バカな…)

(一瞬で……)

肉団子を含めて三人が化け物を見るような、慣れてしまった眼でボクを見る。

それが更に一層、心を燃やす。

「やめた方がいいよ……僕は怒っているんだ」

更に声を低くする。早く居なくなれ、ボク達の目の前から。

(化け物かよ…)

また、またボクを化け物と見る。空気が凍っていく感じがする。実際に部屋に漂う水分は凍っているのだろう、靄が見え始める。

「次だっ…次……失敗を繰り返せば…此処にお前らの居場所は無いと思え!!」

「次、この隠れ家に一歩でも踏み入れたら、貴方達の命は無いと思ってください…」

最後のが聞こえたのか分からない、居なくなったからそれで十分だった。

「白…余計な事を……」

初めて口を開いた再不斬さんはシーツの下にはクナイが握っていた。

もう少しでもしつこかったらきっと殺していただろう、再不斬さんならきっと殺しているな。短気なヒトだから。

「分かっています……ただ、今ガトーを殺すのは尚早です。此処で騒ぎを起こせば又奴らに追われる事になります」

ボクだって何度か殺そうかと悩みましたけど、我慢しましたよ。

「……………」

「今は我慢です」

納得してくれるかなぁ。頑固だからな。嫌じゃないけど。

「………ああ…そうだな」

そう言って再不斬は再び眠りに付いた。

「おやすみなさい、再不斬さん」

さてと、薬草でも取りに行こう。火傷に効く薬草が切れかけてるんだ。

「意外と短気だな…白は」

なんかそんなのが聞こえた気がするけど、気に食わないから無視することにした。







「ハァァァァ!!」

バカは近所迷惑確実な雄叫びを上げながら木に向かって走り出す。

忍びの耳は自然と良くなる。つまりうるさい訳だが。

「うわぁ!!」

転げ落ちるバカを見て心配そうに駆けつける春野と少し呆れているオレ。

バカが走った跡がよく分かる。幹の表面が砕けている。どれだけのチャクラを籠めればああなるのだろうか。所謂、自然破壊ってことだ。

それとチャクラについてまったく知らなかったと言うバカに殺意を沸く。

まったくも知らないくせに高度な術を扱っていたバカはネジを超えるだろう天才だろう。この怒りをどこへ向ければよいのだろうか。

「進歩ねぇな、諦めれば?」

バカに向かうのだろう。

ここで諦めて大成しないで欲しいという自分に感心する。どこまで汚いのだろうか。どこまで汚くなるのだろうか。

「黙ってろ、クソ野郎…」

「んじゃ、お前はクソ野郎以下だな。呼び方変えてやろうか? 超雑ァ魚」

やらなければ死ぬかもしれないというのに恥ずかしがって春野に聞かない馬鹿は本当に諦めた方がいい。

春野は予想通り三日間で登りきることが出来た。嬉しそうな顔で喜んでいたアイツの顔に苛立ちを覚えた。

「チッ!」

舌打ちをしてまた走りだす。

ムキになっているのか、足に籠めているチャクラの量が半端ない。

バリバリ、と耳障りな音を経ててバカは地べたに落ちる。

ここでコツを教えてやるのなら、それこそ友情というモノなのだろう。

気持ちが悪いからそんなことはしないが、まぁアイツの泣きそうな顔を見ていて快感を覚えてくる。

ヒトの不幸は蜜の味と言うが、本当らしい。癖になりそうだ。





カカシは思った以上に速い復活を見せた。

それはオレが薬を作ってやったというのもあるが、体の基本的な作りが違うようだ。

写輪眼を使いカカシの体中の経絡系が腫れ上がっていた。白眼を植え込んだ時にオレも同じようなことが使う毎に起きていたから持ち合わせはあったのだが、その場で渡すと何故持っていたのかを怪しまれるので1から作り直した。

幸いそれほど難しい調合方法ではないのですぐに作れたのだがオレとは違いカカシは復活に多少遅れていた。

オレは白眼の眼軸を左目に移植した。顔の左半分が使用後に腫れ上がって激痛が走る。暫くは視力も落ちてしまう。だが、カカシの写輪眼はどういう訳か身体中の経絡系が腫れ上がってしまっている。まだ研究中でよく分からないが、まぁそういう能力なのだろう。

顔の半分のオレと身体中のカカシでは治る時間が違ってくるのは仕方ない。

ベッドの上でイチャイチャパラダイスというエロ本を読んでいたカカシに突然声を掛けられた。

「ナルト、ちょっといいか?」

無視することも出来た。回復は快調だが今のカカシならば春野でも逃げ切ることは可能かもしれない。

「なんだ、小便か? 尿瓶なら渡した筈だぞ」

見た感じ使った様子もない。大人の意地というモノだろう。なかなかに固いプライドのようだ。

患者は患者らしくして欲しいものだ。

「いや、違う。再不斬のことだ」

嫌な話だ。思い出したくない話題だ。

それとカカシの髪の毛は少し短くなっている。毛先のカールのみを切ったらしい。大人のプライドとは如何に固いのだろうか。

「あまり楽しくない話題だな。それで?」

カカシはオレの眼を見ている。オレに嘘を見破るためだろう。

そんなミスをする訳もないがな。

「再不斬と一騎打ちした時、短い時間であったが互角に戦ったな?」

ああ、そういうことか。実力を騙しているか、ということだろう。

ならば答えは決まってくる。

「まさか、防戦一方で最後は逃げるだけで精一杯だった筈だ。お前の目は節穴だったのか?」

逃げることに精一杯だったのは事実だが、戦い方を変えればもう少し善戦出来たかもしれない。

あんな化け物と正々堂々と接近戦なんかしていたら限り少ない可能性も潰えてしまう。

「お前は下忍として群を抜いている。アカデミーでの成績では想像も出来ない程にな。前回の試験で合格しなかったらしいが、俺はそれを信じることが出来ない」

カカシは変なところが真面目過ぎる。

そんなことオレから聞かずに考えて見ればすぐに分かるだろうに。

「教師の贔屓で成績はあまり上がりもしなかった。前回の試験は里の奴等にリンチされて入院してた。腕が折れて歩けないくらいの打撲や打ち身だってのに試験が出来る訳ねぇだろ。意外と頭が弱いんだな、アンタ」

そう言って自分の額を突っついて皮肉を言ってすぐに部屋を出た。

気分が悪い。

「教師に媚売れば手に入る成績なんかで勝手に実力を想像すんなよ、胸糞悪い」

そんなもんでヒトの才能、実力を勝手に決め付けていたアンタなんかいらないよ。

先生はそんなものを一度も見ずにオレを見てくれていた。

オレの中に九尾がいるから、だから音の方に呼び込もうとしているのは分かっていた。

利用されているのなんか拾われて、心臓からあふれ出す黒い何かを明確に感じるようになってからすぐに気づいた。

才能がないからといって馬鹿とは言わせやしない。

それでも、ついて行きたかった。

だって、オレを初めて見てくれたのは先生だったから。

オレを唯一拒わなかった、唯一の先生だったから。

理由はそれでいい。それだけでいい。それ以外にいらねぇよ。

だって、初めからそれしか欲しいものは無かったんだから。











[713] Re[16]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:40




「ハァ、ハァハァ、ハァ………」

そこには肩で荒い息をしながら、膝を突いているサスケがいた。

その顔には酷い焦燥感を隠そうとしないかのように現れている。

その横ではサクラは勘が鈍らないように木登りをしている。

サクラが楽々と木を登っているのを見てサスケは更に焦るだろう。しかし、その原因が自分にあるということをサクラは知らないだろう。

追い詰められて限界以上の動きが出来る者と、逆に焦り自分を見失うものが居る。

サスケは明らかに後者だろう。

努力し続けたものは地盤がある故に追い詰められると全てを曝け出し目的以上の結果が出せる。

しかし、見るからにサスケにはそれが無い。

うちはイタチがアカデミーで成績が誰に負けることが無かった、というのに気が行き過ぎてサスケは成績で負けないように成績を取ることに力を入れていたようだ。

故にアカデミーで習ったこと以外では脆く、弱い。

「(さっきからサスケ君の運動量すごいわね。さすがだわ)」

サクラがサスケを見て驚いている。それにサスケは更に追い込まれる。

火影様からの任務で少しの間とはいえ護衛をしていた時期もあったが、その時以上にサスケの今の状態は危ない。

「ハァァァァ!!」

声を荒くしてまた走り出す。木の幹の半分まで辿り着くが、アレはチャクラ云々ではなく勢いのおかげだろう。

チャクラの大きさに木の幹の皮が弾け飛びサスケも一緒に吹き飛ばされる。

「畜生ッ!!」

地面を殴ってサスケは俯く。

さすがにこれは異常だ。サスケに何かあったのか?

「サクラ、サスケに何かあったのか?」

単刀直入だと我ながら思う。

しかし、何かあったとしか思えない。

「サスケ君がナルトに登り方を聞きに行ったらナルトが笑って無視したんですよ! チームワークを一番崩しているのはアイツです!」

そういってナルトに対して嫌悪しか表さないサクラ。

昨日、話して分かったがナルトは皆と壁を作ろうとしている。それにサクラ達が反発して溝が深まっているようだ。

ナルトは強い。下忍の実力とは考えられないほどに修練もしているだろう。

派手さは無いが、純粋に強いというのはああいうのを言うのだろう。修練によって裏づけされたナルトの動き一つ一つで見て分かる。忍びとして完成されているともいえるかも知れない。

波の国に向かう最中に襲われた時も最初から気づいていたし、そして殺す際に無駄な感情は無かった。

特にチャクラのコントロールに関してはオレでも負けるかもしれない。それ程にナルトの動きには長年を費やしたような練が見える。

あの仮面の少年との会話中でも勉強中と言っていたから医療班を目指しているのは分かるが、そこらの医療忍者と比べればチャクラのコントロールだけならば間違いなくナルトの方が安定している。

木登りの際にも一つの揺れも無くチャクラを足に留めていた。

それだけならばいいが、普通木登りの最中は重力の向きが変わる、それは上半身に多大な負荷をかけることになる。というのにナルトは平然と歩いていた。

身体の方もある程度鍛えているのだろう。

本当ならば前期の日向ネジのセルにはナルトが入っている予定だった。そしてその上官が俺の筈だった。

それなのに怪我を理由に試験に出ることも無く、ナルトの変わりにロック・リーが入った。

ナルトは当時からネジに対して嫌悪を隠していなかったらしい。

ネジはナルトを追うかのように異常な速度で実力を高めていった。

今と同じだ。サスケも確実にナルトを意識している。そしてナルトはネジと同じようにサスケに嫌悪を隠そうともしない。

何故だろうか、今のサスケ以上に、ナルトが焦っているように見えるのは。







狂った歯車の上で







「そこの工具はあっちに頼む!!」

「わかりやした!」

働く人々、この光景は好感を持てる。

生きるために精一杯全力を尽くそうとしている人間を見るのは好きだ。

胡坐を掻いて怠けている人間とは比較できないくらいに輝いて見える。

「おい!! 潮風で鉄棒が錆びてんぞ! どうなってんだ!!」

ああ、再不斬の霧隠れの術は海水で作られていたからそりゃあ錆びるだろうな。

「気にする時間は無いわい!! 文句言わずさっさと働かんか!!」

タズナも一生懸命自分の仕事をしている。

あのクソガキにも見せたやりたい。これが刃向かうという行動だってことを。

タズナの話しでは多少は人が減ったようだが波の国の残り火のように順調に橋作りが進んでいく。

国の人々も心強いだろう。こんなカッコいい人達がこの国の為に働いているのだから。

だっていうのに、

「オラオラ!! てめぇらウザってぇんだよ!! どっかに消えやがれ!!」

「そうだそうだ! 目障りなんだよ!!」

なんだこいつ等、空気も読めないのか?

「貴様らやめんかい!!」

タズナも止めに入るが所詮は一般人、用心棒として雇われている二人に勝てるわけも無い。

「邪魔だっつってんだろ!!」

刀の柄頭でタズナの顔面を殴る。それをまともに受けたタズナは痛々しい痕を残す。

「「タズナ!!」」

仲間達がタズナを心配して駆け寄る

「なにもできねぇ蛆虫が集まってんじゃねぇ!!」

もう1人が遂に刀を鞘から抜いて1人に切りかかろうと振りかぶる。

不幸だったのは今日のタズナの護衛役がオレだったこと。

幸運だったのはうちはサスケの修行がちっとも進まなくオレの機嫌が良かったこと。

「それってお前らじゃん」

タズナの脳天に襲い掛かろうとしていた刀の腹の部分を片手で握って止めて、握り砕く。

血が滴るが、それ以上に目の前の糞野郎を見ている方が楽しい。

「ば、化け物!」

殺そうか悩んだが過剰防衛でオレが捕まるかもしれないからな、肋骨を数本追っておくことで妥協しておく事にする。

チャクラの込められていないオレの拳じゃ貫通なんて出来やしないが、折る分にはそれで十分。

「ぎぇっ!」

拳が丸ごと身体にめり込むまで力を籠めて、骨の砕ける感触を感じ手を目の前のゴミから放す。

ゴミは泡を吹いて倒れ付す。いいザマだ。

ゴミのくせに人間に手を出すからいけないんだ。

「ふざけんじゃねぇ!!」

泡吹いて倒れているゴミを笑っていると後ろからもう1人が 最速の突きの構えでつっ込んできた。

最速といっても遅いには変わりない。

「お前がふざけてんだよ」

切先を人差し指と親指で掴み突進を止める。

「ば、化け物!」

先ほどのゴミと同じ事を言っている新しいゴミに呆れてくる。

「ボキャブラリーが貧困だねぇ、会話するのもタイヘンだよ」

首の裏に手刀を入れて昏倒させる。

一方的な結果に周りの職人達が騒ぎ始める。

見せしめに二人を縛って村の中心に置いておくとしよう。

「タズナ、大丈夫……じゃねぇな」

思い切り殴ったらしく流血しているな。大人気ないゴミ共だ。

「イタタタ、年寄りをもっと労わらんかい!」

口では元気そうだが顔からはそんなものを感じさせてはいない。

痛みは全ての感情を奪う。たとえ嬉しいことが合っても痛い傷を負ったら笑顔なんて作れない。

「別料金だからな」

大して取る気は無いが仙人掌で傷を塞ぐ。頭部は浅い傷でも血が流れ出すから知識の無い者からしたら焦る。

「うお! 治ったわい! 助かる!」
「オオォ!! スゲェ!!」

タズナもだが周りの職人達も驚いている。皆のオレに向ける尊敬の眼差しが気持ちいい。

「そんな大したことじゃな………」

「どうしたんじゃ!?」

突然黙ったから皆が騒ぎ出す。そんなことは関係ない。

木の葉の里に残してきた影分身が先生からの伝言を預かって消えたようだ。そしてその間の記憶が今戻ってきた。

『適当にガトーカンパニーを潰しといてもらえないかな? ガトーだけでもいいんだけど、無理ならいいよ?』

『オレ一人ですか? 難しいと思いますよ』

『いや、無理ならいいんだ』

という会話。オレの影分身も粋なことを言ってくれる。

難しいと言ったからには一人で完墜させてみせるのが自分ルール。そこら辺はリーと同じだが、リーと違ってオレは失敗できない。

失態を見せたくない。見せられない。

ならば、全員殺して、見せつけよう。

オレが使えることを。オレが無能じゃないってことを。

先生の道具は有能だってことを。







「くそったれ!」

二日ぶりにバカの進歩を確かめに行くとちょうど奴は木の幹から落ち、八つ当たりで木を蹴っていた。

周りの木の表面は全てボロボロ、よくもここまでやったものだと思う。

もっと早く諦めると思っていたのだが……

「どうしたよ、雑魚……諦めんのか?」

まぁ、諦めてもいいのだが、らしくはないな。

「黙れ、何でも出来る野郎が!」

そう言ってバカは唐突に殴りかかってくる。そりゃバカだもんな。同情できねぇや。

相当焦っていたのだろう。心に余裕は見られず、怒りの形相である。

嫌いじゃない顔だ。今まであった自信が全て粉々にされてしまい、本心を曝け出したようだ。

奴の右の拳を皮一枚で避け、交差する瞬間に足払いをして地面に転ばす。

「ぐっ…」

顔面から地面に着地し、中々起き上がってこない。

よほど悔しいんだろうな、天才って言われてきたのにこんな簡単なことが出来ないなんてな。

オレは無能と呼ばれても何でもやってやる。そして周りにオレを認識させてやる。

姿勢の違いだとは思っているが、ここまでガキだと苛める気も薄れてくる。

「らしくねぇな、天才君がこんなに自暴自棄になるなんてね」

これも狙って言っている。自暴自棄になっているうちはサスケに天才と称するのは苦痛以外にないだろう。

もっと苦しんで壊れてもらえればいいんだが、如何せんオカマがコイツを気に入っているから壊したら先生に迷惑をかけてしまう。

「…………なぁ」

顔を上げずに何やらサスケは尋ねてくる。

嗚咽が聞こえる。

気持ち悪い。なに泣いてやがるんだ、気色悪い。

泣くこと自体が嫌いなんじゃない。コイツが弱みを見せていることが気持ち悪い。

「……なんだよ」

「……アカデミーで言ってたよな、羨ましいって」

ああ、んなことも言ってたなぁ。

コイツ、嫌味なくらいに強くなって嫌がったからな。羨ましかったよ、コイツの才能が。

「それがどうした、嫌味にしか聞こえなかったってか?」

なら、それを聞き返すテメェの方が嫌味だぜ。

だが、この次のコイツの言葉で考えは変わった。





「本当にオレは天才なのか!? 違うって言ってくれよ、こんなことも出来ないで何が天才だ! 止めてくれよ!」





涙は防波堤を決壊し、流れ続けていた。

「何やっても天才の一言で終わる! 誰も俺を見てくれねぇ! 本当の天才の前では俺なんか偽者なのに!」

うちはイタチのことだろう。

オカマに匹敵するほどらしい。そんなたとえ方をされたらコイツに兄貴が困りそうだがそれしか分からん。

それに、まぁ、そんなのと一緒に育ってきたコイツからしたら皆の言う天才という呼称はそこらで売ってる焼き魚よりも陳腐なんだろうよ。

「んじゃ何か? テメェを羨んだオレはゴミ以下か? テメェこそいい加減ふざけるなよ、カスがいい気になるな」

テメェはカスはカスでも天才のカスだ。

オレは本当のカスなんだよ、くそったれ。

天才ってのは完璧だから天才なんじゃ絶対に無い。凡人とは違う、神様から才能を授かった者のことを天才っていうんだ。

コイツは持ってんじゃねぇか、才能を。立派な才能だ。オレのに比べたら立派過ぎて眩しいくらいだ。

「気持ち悪いんだよ、テメェの涙なんかそれこそゴミ以下だ」

気分が悪い、今日殺そう。

見せてやる、これがオレの才能だ。







「あれ、ナルトは?」

カカシはタズナの家で晩飯を食べるときに集まった際に一人足りないことに気づいた。

「知りませーん!」

サクラはどうでもいいと俺の正面に席を取り笑ってくる。

久しぶりに涙を流すと気持ちがいい。何か軽くなった気がしてくる。

随分と焦っていたようだ。今日のあの日まで。

アイツが羨ましいと言ったのにそれを否定してしまった俺、アイツを怒らせるに十分な理由だと後から気づいた。

試験の時も、そして今日の昼もアイツを裏切り過ぎたとさえ思える。

アイツ、ナルトの態度に棘があるのもきっと俺のせいなんだろう。

「寝室の机に紙が置いてあったぞい、ほれ」

そう言って手渡された紙には単純に『修行してくる』と書かれている。

ここに到着した日は例外だがナルトが学校以外で寝ているところは見たことも無い。

アイツはアイツで自分と戦っているのだろう。そうでなければ何時も自分に自信を持って行動できるわけが無い。

言霊、というモノがあるとすれば、アイツほど存在感のあるモノはないだろう。

今日、アイツとやっと話せた自分に誇りを感じたのならば、明日は大丈夫だとしっかりと三人分平らげながらそう感じた。







ナルトが置手紙を置いたのはカカシ達が夕食を食べる約一時間前、ナルトは既に行動に出ていた。



「門番さん、疲れたろ?」

もうずって寝ていていいんだぜ、と気楽に笑い門番として立っていた男は返事も楽に言えずに心臓をナルトに掴まれ引き出される。

手を身体の内部に入れながら仙人掌を施し外傷を消す。

門番は二人いた。もう一人は急に倒れた同僚と生々しすぎる肉の塊、心臓を手に持っているナルトを見て呆然とする。

ナルトはチャクラのメスでもう一人の男の首を最短距離を移動し無駄なく掻っ切る。

カブトの編み出したチャクラのメスは内部のみを切ることも可能であり男の頭と胴体は首の皮のみで繋がっているということになる。

ナルトは手に持っていた心臓を大事そうに何時から取り出したのだろうか、ホルマリンに満たされた瓶に入れてすぐさま巻物に封印する。

誰にも気づかれぬよう二人を穴に埋め、影分身で今殺したばかりの二人と瓜二つの分身を作り居なくなった筈の二人の代わりに立たせる。

長年付き合った仲間からしたらすぐに気づくだろうが、少しでも時間を稼げさえすれば今のナルトにはどうでもよかった。

ナルトは殺す。殺すために作られたカブトの道具だから。

殺しきるまではどこまでも追い詰めるように出来ている。

「さぁ、任務開始だ」

今日の夜は満月だ、と楽しみに思いながらナルトは門を潜っていった。











[713] Re[17]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:44




「これって任務的に言えばランクはどれくらいなんだろう」

目の前の男の頚動脈をチャクラのメスで掻っ切りながら疑問に思った。

チャクラのメスは内部を切りつけるだけの刃だから返り血も浴びる必要もなく心地よく相手を殺せていい武器だ。

範囲が狭いのが偶に傷だが、それを補えないような技術は持っていない。

「にしても長い廊下だな……罠がある訳でも無いし、ただの趣味か」

後ろを向くと用心棒だった者達の死体が結構な数転がっている。

これを持って帰れば先生は喜ぶだろうなぁ。

っと、また部屋だ。これで四回目だ。

今まで三つの部屋を見てきたがどれも用心棒用の宿室だった。

酒とタバコのにおいで充満されていた、少し心地良い大人の部屋という感じだったがそれに混じらせていた毒霧にも気づかずタバコと一緒に吸ってたあいつ等はきっと馬鹿だ。

うちはサスケも今は出来ていないチャクラの吸引で天井を音もなく走っていく。走りながらも注意は払っている。

「ったく、だりぃな…侵入者でもいねぇかなっと」

そう言いながら廊下を歩いている不届き者は無言で背後から心臓をメスで貫き、また走り始める。

殺し損ねたかなんて調べる必要も無い。

絶対の自信があった、筈だったのに、、、

ボンッ! という間抜けな音と共に殺した筈の男は煙となって消えた。

隠れ蓑術、もしくは影分身の術か!?

「――ーほう、なるほど。本当に侵入者がいたとはなぁ」

まいった、と頭を掻きながらオレの目の前に現れる。

抜き足も完璧、何時居なくなったのかさえ分からなかった。

「強いな、こりゃ」

でも殺す。

それがオレの機能だ。

「どうりでどんどん気配が無くなっていく筈だ……殺されていたなんて情けねぇってら…」

オレが子供だからだろうか、相手に緊張した気配は無い。それを上手く活用して一気に首を切り落とせばいい。

「俺が雇われる前に霧隠れの鬼人って奴が雇われていた筈なんだけどなぁ、なんか使えねぇって訳で雇われたわけだが、その人ビンゴブックで見たことがあるような気がするのよ」

普通に載ってるだろう、再不斬なら。

コイツ、額当てからして岩隠れの里か。敵なら笑いながらでも殺せる頭がどこかおかしい奴等だ。

「……………」

「………ん、中々しゃべってはくれないか、まぁ任せた」

男がそう言った瞬間、左右と背後から同じ額当ての忍びが三人、襲い掛かる。

「チッ…」

三人か、予想通りではあった。三人までしか気配が読み取れていなかったから一人くらいは読み取れないほどの相手がいると思ったのだが、この三人は大したことが無いようだ。

それでもピンチには変わりない。

「捕まえたら言ってくれ、拷問はオレの仕事だからな」

三人の攻撃を捌きながらあの男は闇の向こうに消えていった。

「クックック…」

   「ケッケッケ……」

笑い声しか聞こえてこない。苛立ちが募る。

相手の手裏剣がオレの肩を掠る。大したことが無いからといってもオレからしたら十分な強敵だろう。

口寄せ用の巻物は今は使えない。今使ったらオレまで燃えてしまう。

「邪魔だな」

木の葉旋風、見事に相手の腹部に入るかと思ったが、相手の技量も高かった。

寸前、腰を捻りわき腹に掠っただけ、

相手はニヤリと笑みを浮かべて、下半身とお別れを果たした。

「「なっ!?」」

仲間だった一人の上半身がボトリと落ちたのを見て残りの二人は驚きの声を上げる、がどうでもいい。
木の葉烈風、ただの回し蹴りだが鍛え次第では必殺技ともなる蹴り技。

オレはまだ必殺技とまではなってはいないが、当たれば一撃必殺にはなる賭け技の一つだ。

もちろん威力と比例して外したら隙だらけとなり殺されるだろう。

だが、範囲が足の長さだけとは限らない。

「足からメスが出るなんて思ってなかっただろうね」

手のみに作れないという道理は無い。チャクラコントロールを高めれば、多少の無理は出来るようになる。

オレはつま先にメスを作った状態で木の葉烈風を放った。掠ったと同時に相手は腹を切開させられたという訳だ。

手ほど完璧にメスを作り上げられないから内部だけを切るということは無理だが、斬る分には問題は無い。

「仕事が立て込んでるのよね…だから、早く死ねや」

三人でオレ一人と均等を保っていたことを忘れるな、雑魚共。







コン、コン

「もう終わったのか? 随分と遅かったな……」

男はゆっくりと振り向いた。

もう遅い、オレのこの手はお前の心臓を貫く!

ガッ! と男はギリギリ、オレのチャクラのメスが胸に少し刺さったところで手首の所を掴んで止めた。

「…おいおい、冗談はほどほどにしろよ」

まさか、止められるとは思ってもいなかった。

「よく止めたな、てっきりあっさり死んでくれるかと思ったのだが」

冗談ってのはアレか? オレの後ろで胸に穴の開いたテメェの部下か?

楽勝、とは言えなかった。

服で見えないが色々と無茶したせいか見えないところに怪我は負っている。

ギリギリ、と少しずつオレのメスは胸にめり込んでいく。

オレにそんな腕力はない。純粋な腕力などサスケ以下なんだ。かなりしょぼいと分かっている。

この力を支えているのは腕に破裂寸前までにチャクラを溜め込んでいるからだろう。

後数秒で破裂するかもしれない、やばいな。

「チッ! どんな腕力してやがる、このクソガキ!」

やっとのことで手を離してくれた。オレも限界だったので感謝している。

「忍びはアンタで最後か?」

「最後にしたのはお前だろう、ふざけやがって」

ふざけているのはガトーだろう。やりにくくしやがって。

再不斬と仮面の奴だけでも一杯一杯だってのに、こんなのまで雇いやがって。

「悪いが死んでもらうよ、オレに失敗はないからな」

「この、バケモノがッ!」

殺し合いが始まった。





相手はオレのことを馬鹿力だと勘違いしたようで接近戦では戦ってくれない。

そんなことは分かっていた。

上等、相手の戦い方でぶっ殺す。

ヒュッ、とかなりの速度で手裏剣が左右から飛んでくる。

その手裏剣の軌道よりも更に下に身体をねじ込んで黒く塗りつぶした千本を相手に向かって放つ。

相手は既にいなかった、相手はオレの不意打ちの攻撃を止めたくらいだ。純粋な体術ならばオレよりも強いだろう。

ドクン、心臓の音を感じ取りそこに向かい操襲刃の術で無理やり方向を転回させて放つ。

多少は威力は下がるだろうが、刺されば一発だ。一本一本にたっぷりと毒を塗りつけてある。

「こいつ!」

千本に風切り音など無いに等しい、だから察知されることは無いと思っていたのだが、どうやら相手は予想していたよりも勘が鋭いようだ。

天井を走り千本を避け、その勢いを活かして突貫してきた。

何時の間にやら相手の手には黒塗りの刀、毒だろう液体が塗られてある。

考えていることは同じか。

だが、

あっちにはオレの考えは分からんだろうがな。

ブチィ、と白衣の下に着ていたシャツを破り右肩に深々と刺さった毒塗り刀。

痛みを無視して、残った右腕の力でその刀を握り続けていた男の左腕を握り砕く。

「な、なにぃ…!?」

なに、ってこっちの話しだ。

コイツの毒、あまり知らない毒草を使っているから解毒に思った以上時間が掛かりそうだ。

砕かれた左腕を押さえて飛び退ろうとする岩隠れの忍び。追いかけようとするが残った右腕で手裏剣を有りっ丈放ってくる。

なかなか近寄れない、訳が無い。その程度ならば一人でこんなところに来るわけが無い!

「こ、のぉ、バケモノがァ!」

木の葉の体術、影舞葉を見たことが無いようだ。

それと一つ、

「オレは―――」

死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。

コイツはオレというバケモノによって死ぬ。

それが、オレの役目であり、存在だった。

貶されてもいい、卑下されたっていい。結果を求めて何を得たか、そんなのはどうだっていい。

役目を果たせ、自分を誇示せよ、オレは―――

「本当にバケモノかもな」

オレがバケモノだなんて、誰よりもオレが一番知っているよ。

出来損ないの片手分の竜巻、相手の表面を全て抉り、オレの左手は岩隠れの忍びの身体を穿った。









「………くそ!! ふざけやがってあの小僧!!」

何度思い出したって胸糞悪い!

自分が雇われの身だということを知らんようだ。

絶対に後悔させてやる。

「ふふ、ふふふ……その為に忍びを二国から雇ったのだからな…」

岩隠れの忍びと雨隠れの忍びを別々のルートで手に入れた。岩隠れの忍びは前大戦での敗者という烙印を押されているという理由で信用出来なかったから後に雨隠れの忍びを雇っといた。

実力は既に雇っておいた用心棒と戦わせて実証済み、一撃で肉塊に変えやがった。

これならば再不斬とあの小僧をぶち殺せる!

と、意気込んでいたらワシの私室をノックする音が鳴り続いていた。

「誰だ! まだ仕事中だぞ!」

ふざけやがって、給料を減給してやる。

だからプロ意識の欠けるごろつき共は信用出来ん。決められた時間の間、立ち続けることも出来んようだ。

キィィ、入ってきたのは見てすぐに分かる、血で塗れた少年だった。

「お、お前は「喋るな…少しの間、黙ってくれ」

すぐに口を塞がられる。どんな握力をしてやがる。このガキ!

このガキは徐にオレの背広の胸ポケットに入れてあったタバコを引っこ抜き、口で挟む。

「あ、がっ……ッ!」

動けない、喋れない、訳が分からない! どうなってやがる、オレの身体はどうかしちまったのか!?

「動けねぇだろ? そうしたんだからそうして貰わなきゃ割に合わねぇよ…」

元は金髪なんだろう、だが今は赤に彩られている。

この赤は、ワシが雇った忍びの血か!?

「あぁ…頭が痛ぇ……結局、毒も中和出来なかったし…やってらんねぇよ」

でもやらなきゃいけねぇ、と一人で唇を歪ませて笑っているガキを心から怖く感じる。

ワシは死ぬのか? こんなところでこんな訳も分からない小僧に殺されるのか?

「まさか、まだ忍びがいたとは気づけなかったよ…よくもまぁ、やってくれたと思う」

よく見ると小僧のわき腹から血が流れ続けている。そして腕には幾つもの傷がある。

ダラリと垂らしっ放しにしてある腕はボロボロで紫色に変色している。どんなことをしたらこうなるのかも分からない。

そう言って指先に小さな火が灯る。それにタバコを近づけて火をつけた。

子供だってのに本当に美味しそうに吸っている。

「アンタも仕事で何人も殺したろ? オレもそういうことなんだ」

唐突な胸の痛みに、殺されたと分かった。





「痛ぇな…こりゃ」

よくもここまでやってくれた。

久々に白眼を使ったせいか左眼はズキズキズキズキズキズキと何度も殴られたみたいに激痛が走る。

格闘を主とした忍びがいたからか、ガードに使っていた右腕も使い物にならない。内出血やら打撲やらでしばらくは使えないな。

チャクラも空っぽに近い。おかげでわき腹の切り傷も治せない。

勝手に修復してくれてはいるがそれも微弱なものだ。毒の周りも消せやしない。

ああ、タバコが苦い。でも、嫌いじゃない。

ヤニの匂いが心地よい。それが痛みを少し和らげてくれる。

二度三度、本当に気絶しかけた。何人か上忍がいたんじゃないのか? 運良く倒せたというのもある。

気絶しかける度に先生の裏のある笑みが視界に現れる。

裏があるってことが分かりすぎて逆に気絶できやしない。まぁ気にしたこともないが。

「血を流しすぎたか……毒もある程度抜けただろうし、帰るか」

ああ、やっと終われる。







「いやー超楽しいわい。こんなに大勢で食事するのは久しぶりじゃな!」

傷だらけの身体に鞭を打ち、足を引き摺ってタズナの家まで帰るとそこには幸せそうな皆の姿があった。

少し、眩しい。

「おかわり!」

そういって茶碗を差し出すうちはサスケは本当に子供らしい。

うちはの言葉に笑みを浮かべて茶碗を受け取るツナミ。幸せという言葉が似合う空間だ。

「どんどん食え! 男の子は食うのも仕事じゃわい!」

タズナもうちはを見て笑う。春野も笑う、カカシも笑う。

そして思う。

オレがいないほうが皆幸せそうだなぁ、と。

オレの存在が空気を悪くさせてるんだなぁ、と。

「私もいつも1人ですからこんなのも時にはいいですね」

カカシも満更ではないように、笑う。

「サスケ君、食べすぎじゃない?」

春野もまじかでうちはを見て笑う。

それを見てオレも哂う。

馬鹿馬鹿しい、と。こんなのを感慨深く見ている自分を哂う。

糞野郎。

なんでこんなところでこそこそとしてなきゃいけないんだ? オレが何か悪いことでもしたか? そう、オレが中に入ることが悪いことなのかもしれない。

今は、身体と心を癒しておこう。

今後の為、オレの為に。

怒りと憎悪を抱え込み、静かに静かに堕ちていく。





気が付けばあいつ等は夕食を食べ終えていたようだ。

頭がくらくらズキズキする。思った以上に血が足りない。

寝ている間に中のバケモノが傷が塞ぐ程度に治していたようで出血死は免れた。

中々に便利な身体だ。

「かつて、町の英雄と呼ばれた男じゃ…」

タズナの声に現実に戻される。まだ少し寝ぼけているようだ。日ごろ寝不足だからな、思い切り寝たいな。

バタン、と扉が開いて誰かが家から走り去っていった。

まだ眼がよく見えない、出血のせいもあるが左眼は完全に白眼のせいだろう。まるで水の中にいるかのようにぼやけてちょっと先すら見えやしない。

「イナリ! 何処行くの!? イナリ!!」

ツナミの慌てた声が聞こえる。そうか、走り去っていったのはあのクソガキか。

「父さん! イナリの前ではあの人の話はしないでって、いつも…!」

口調を強くし、ツナミはイナリ走っていった方向へ走っていく。あのガキの性格からある程度は予想していたが、これはまた面白そうな問題を抱えていそうだ。

「イナリ君、どうしたって言うの?」

春野が混乱気味にタズナに尋ねる。またコイツが原因か。懲りない奴だな。

優等生と呼ばれてたから調子に乗ってじゃないのか? やっぱり世間知らずだな。

「何か訳あり……ってやつですか」

カカシがタズナを見て言った。

タズナは疲れたように写真を見上げ、静かに話し出した。

「イナリには血の繋がらない父親がいた……とても仲が良く、本当の親子のようじゃった………あの頃のイナリはホントによく笑う子じゃったよ」

ああ、それでもう一つの疑問が解けた。

アイツはオレに似ていると思っていたが、うちはの坊ちゃんにも似ていたんだ。

だけど、どちらも半分ずつ似ていないな。中途半端だな、だからウジウジと絶望してんだ。

うちはもつられて写真に視線を向ける。その視界の片隅に、タズナの身体が震えているのが見えた。

オレは眼がまだ復活していないから見えないが、きっと家族の写真だろう。それも、父親も一緒に居る、家族写真。

「しかしな…イナリは変わってしまった……父親のあの事件以来」

タズナの嗚咽が聞こえる。再不斬が襲い掛かってきたときでさえ驚きつつも泣きはしなかった大人のタズナが泣いている。

泣くのは嫌いじゃない。それでも泣いて欲しくない人が泣くのは嫌いだ。

「この島の人間…ワシも仲間達も……そしてイナリから『勇気』と言う言葉を永遠に奪い取られてしまった。あの日…あの事件をきっかけに」

勇気は奪われるもんじゃない、無くなるものでもない。勇気なんて一種の自己暗示、出来なくなったあのガキの方が弱いんじゃないのだろうか?

「あの事件? イナリ君に一体何があったのです?」

「……まずこの国で英雄と呼ばれた男の事から話すべきじゃろう」

嗚咽が静まっていく、タズナの荒れていた鼓動も安定していく。それほどに重要なことなのだろう。

「3年程前………イナリはその男と出会った」

タズナが言葉を選んでいるかのように沈黙が続く。だが、誰も早く言え、と催促するようなことはしない。

「あの頃のイナリはよく苛めっ子から苛められててな、どんどんエスカレートしていった。実際に見たわけじゃないから詳しくは知らんがなんでもにイナリが大切に飼っていた犬を河に落とされたらしい」

「ひどい…」

お前が言うなよ。それ以上に私刑され続けてきたオレを気付こうともせずにのうのうと優等生として生きてきたんだ。

お前の方がひでぇよ。

「イナリは泳げんかったからのぉ、助けに行かんかったらしい、しかしその苛めていた奴らがイナリを河へ蹴り落としたんじゃよ、そしてその男に助けられた」

そりゃ蹴るだろうよ。大切に、って言葉の意味も知らないんじゃないか? 泳げないからって見捨てるか?

オレだったら、分からない。思っていた以上にオレは臆病者のようだ。実際に自分とあのガキを入れ替えて見ると、判断が難しい。

大切な人を守るために死地に出向くようなものだ。生きて帰れる確立なんて、分からない。

それで行くか? 行かないだろうなぁ。弱いし、オレ。

でも、実際に眼にしたら行くんだろうなぁ。馬鹿だし、オレ。

「その男の名はカイザと言い国外から夢を求めて、この島に来た漁師じゃった。それ以来イナリはカイザに懐くようになった」

泳ぎの練習をするべきだと思うのはオレだけなのだろうか。

同じ失敗をしないように自分を苛め続けてきたオレからしたら、信じられない。

「物心のつかない内に本当の父親を亡くしたせいもあるんじゃろうが………いつも懐いた犬のように付いて回ってじゃれておったわ。それも本当の親子のように……カイザが家族の一員になるのに、そう時間はかからなかった」

オレも、親の顔は知らない。それでも代わりが欲しいとは思ったこともない。

腐ってる、本当に腹が立ってきた。イナリは本当の父親を捨てたのだろう。それよりも自分を助けてくれる便利な男を父親として受け入れた。

その男を父と認めるのはいい。慕うのも別にいい。

だが、死んでしまった本当の父親はどうなる? 別に本当の父親の気持ちなんて分かりもしないが、悔しいんじゃないか?

「昔な嵐で氾濫した川にカイザが自分の腕にロープを引っ掛けて飛び込んで命がけで向こう岸まで泳いで通路を確保したというのがあってな、それ以来、国の人々はカイザを『英雄』と呼び、イナリにとってカイザは胸を張って誇れる父親じゃった………しかし、ガトーがこの国に来て……全てが壊れた」

それこそ無念だろう。ああ、殺したくなってきた。

自分勝手すぎやしないだろうか? 本当の父親とそのカイザという男、どちらが大事? とあのガキに質問したら迷わずカイザを取るだろうな。

胸を張って誇られなかった本当の父親。どれだけ虚しいよ。

オレだって、オレだって、と泣いているだろう。そして息子に誇られたいだろう。

気が付けば、拳に血が溜まっていた。爪を立てすぎて皮膚が切れている。

これ以上の血は勿体無いから、なんてことは考えず、今は思うがままに拳を握り続けた。

「……そして事件が起きた」

「一体…何があったんです…?」

もう、正直どうでもいいや。

どうにでもしてくれって感じだ。考え方や感じ方が違う奴等と一緒にいると狂ってしまいそうだ。

「カイザは皆の前で……ガトーに公開処刑にされたんじゃ!」

ガトーならもう殺しちまったよ、あのクソ豚。まんまるに肥えやがった脂の塊はもう死んで冷たくなってるさ。

春野やうちはの坊ちゃんはそのことに驚きを隠していない。つまり、そういった理不尽なことに驚いていることだ。

あ"ぁ? 公開私刑ならば許せるってのか!?

オレだったらいいって言うのか? いいねぇ、世間を知らない子供達は身近なことには気付けないってんだな。

オレにとっちゃ本当にどうでもいいことだぜ。自分に関係のないことなら関わる必要も無い。勝手に死んでろよ。

「ッ!? ちょっと待ってください!」

カカシがタズナが言おうとしていたところを止める。

おや、殺気が出てたのか。

気にしねぇ、来るなら来てみろよ。今は気分が良いんだ。

「そこにいる奴、出て来い!」

今のカカシが存分に戦えないことくらい分かっている。殺気を送って相手を逃がそうとしていることくらいは簡単に分かっている。

アイツの心臓が伝えてくれる、ビビッているってことを。

オレが今、アイツを殺せる可能性があるってことを。
怪我をする前よりも調子がよく感じる。毒の違和感もなくなった。 罅が入っていた体中の節々、んなもんとっくに治療済み。

まったく、最高のバケモノがオレの中にいるぜ。

だけどなぁ、

「オレの感情を弄るのはいただけねぇなぁ」

心臓を潰すかのように、治ったばかり腕で押さえつける。

心臓とはまた違う鼓動は止まりそうにない。

爆発寸前の風船のようにいつ破裂するか分からないように感じて怖い。それでも押さえつける。

徐々に小さくなってくる鼓動に安心していたら、五枚の手裏剣が飛び込んでくる。

投げた奴は―――うちはと春野。

風を吹かせ、円を描かせ、全てを受け流せる。

オレの作った風の流れが五枚の手裏剣をいなし明後日の方向へ受け流す。

「「なっ!?」」

二人の驚く声が聞こえる。んなもん関係ない。

今ここで、あいつ等を…………殺しはしない。それではバケモノの考えたとおりとなってしまう。

しかたない、そう諦める。仕方ないさ、勝手に勘違いしてんだ。アイツ等は。

「手荒い歓迎だな、そんなにオレを殺したいか?」

風は止む、それと同じようにオレの高揚感を静まっていく。

それと同じようにまた、

怒りと憎悪を抱え込み、静かに静かに堕ちていく。

「な、ナルト!?」

手裏剣を投げた相手がオレだったということに春野は驚きを隠さず馬鹿みたいに声を出すが、うちはサスケとカカシはそこまで甘くない。

さて、どう騙すか……血の匂いは、カカシならばばれているかも知れないが、服は上着だけ着替えておいたからカカシ以外には大丈夫だろう。

「ナルト、今の殺気は?」

いきなりだな…アイツには悪いが、まぁどうでもいいだろう。どちらにしても敵には変わりない。

「あの仮面を被った奴がその窓に引っ付いていたからな、牽制に飛びついたらまさかお前等から攻撃が来るとは思わなんだ」

呆れる仕草とため息を、そして肩を上げてお手上げの仕草を入れる。

どこからが嘘で、どこまでが本当だろうと二人は探ろうとしているが、残念だったな。

最初から、お前等と出会う前から嘘は付き纏っているんだ。分かるわけがないだろう。

「うまくいけば一撃くらいならば浴びせられたかもしれなかったのに、オレが一撃を浴びせられたよ」

そういってまた大きなため息を吐く。

もう心は冷め切っている。私怨と憎悪を切り捨てて、理性を保ってオレは動く。

腰に手を添えるような立ち方をして、呆れている振りをしながらわき腹に開いている切り傷を掌仙術で服の上から癒していく。

そしてふと気付いた。

今日、タズナを癒した以外でこの術で他人を癒したことがないということを。いつも傷ついた自分しか癒したことがないということを。

「ご、ごめん…」

めずらしく春野が素直に謝るのを見て違和感を感じる。

らしくない。いつもならば邪険に払ってにらめつけてくるのに、おかしい。

「サクラはお前に手裏剣を投げたことに謝っているんだ。返事くらいなら言ってもいいと思うぞ」

カカシはそう言って、カカシも同じように少し驚いているようだったが。

まぁ、一般人の考えじゃ普通そうだよな、殺しそうになったんだから。

「気にするな、もうオマエの事は諦めてるからな」

お前なんて薬品以下の価値なんだ。気にするな。気にされてもオレが困る。

うちはも同じようなことを言ってきたから、同じように言い返した。







「気にするな、もうオマエの事は諦めてるからな」

ナルトのサクラへの返事は自嘲を含めた言葉だった。

諦めてる、それは何についてだろう。謝られること? それとも――――。

あの殺気、下忍の演習試験の際にサスケに向けられた殺気とまったく同じだった。

それに、こちらが風下だったから分かる。

ナルトから大量の血の匂いが溢れていた。服格好からは分からなかったが、血の匂いは隠せなかったようだ。よく見ればナルトの手、白衣の袖であまり見れなかったがボロボロだった。

なにをしていたんだ。

オレはナルトが分からない。理解したいのに、解ってあげたいのに、味方になってやりたいのに―――

ナルトはオレが声をかけようとすると察したのか、逃げるように寝室へ向かっていった。





少し開いた扉越しにタズナの話しが聞こえてくる。

タズナの悲しみがひしひしと伝わってくる、がどこか童話のような感覚で聞いていた。

柔らかい布団に包まれて、何時もならば勝ち越している睡魔と闘いながら聞いている。

カイザがガトーの制圧に耐え切れず、武力行使で民衆を率いテロを起こした事を。

そしてそれが失敗し、両腕を切断された状態でイナリの目の前で処刑された事も。

そして最後までイナリの前では笑って死んだことも。

同じ境遇で、同じ力しかもっていなければ、オレも同じように腐っていたかもしれない。自分の無力に嘆き、理不尽な力に恨み、堕ちていたかも知れない。

何時だって、力が上下を生み出す。

それでも弛まず自分を信じ続ければ、覆すことも信じられずに。

イナリ以外にはカイザは最後に気が狂ったとも見れただろう。だって死ぬんだぜ? 信じられねぇよな、笑うんだ。

笑えるか? 本当に最後だってのに、託すんだぜ? 自分の先を、自分が成しえない事をさ。

強いよな、最強だよ。かっこいいよな。

先生が死ぬところなんて想像も出来ないけど、託してくれるのかな、こんなオレに。

きっと笑って呪ってくれるかもしれない。

「それ以来イナリは変わってしまった…そしてツナミも…町民も……」

オレも変わるかな、こんな奴等みたいに。人間らしく

死を悲しんでいられるかな、人間らしく。無理だろうけど。

オレも腐っちまうのかな、こんな奴等みたいに。







未完成の螺旋丸での攻撃の表現につきましては原作でも圧縮しきれていない螺旋丸で木の表面を抉っていたので人だったら余裕で抉れるだろうという私の目測です。






[713] Re[18]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:46






気が付けば既に世界は紅かった。

夕暮れ、夕日が大きいなぁ。と感慨に耽っていると外から騒がしい音が、正確にはバカの声が聞こえた。

怠惰に耽っていれば気分も落ち着いただろう。身体の節々が痛む。急な治療ばかりで禄に動けもしないが、今は痛いのが十分だった。

ゆっくりと、身体を確かめつつ扉を開くと、オレがバカと呼んでいたうちはサスケは木の幹の中部まで登っていた。

「――――は?」

2つのことを耐えた。叫び狂うこと、アイツを殺しに行くことだった。

訳がわからない。あいつに何が起きた? 何故登れる?

殺意を覚えることは耐えれなかった。そして震えていた、己の怒りに対して。殺気を、なんとか表に出すことはなかった。

春野か? それともカカシが教えたのか? 違う、あの二人とは癖の違った、アイツらしい登り方だった。

オレは何か言ってはいけないことを言ってしまったのか? 距離も壁も作っておいた筈だ。拒絶していた筈だ。

奴にとってオレは憎いだけの筈、それはオレにも然り。

奴に何が起きた?

「さすがサスケ君!」

「ん、いい具合だな」

頷き喜ぶ春野とカカシが立っていた。その横には仕事着のタズナもいる。

「よかったのォ…」

全然良くねぇよ。昨日までのサスケと根本的に違うじゃねぇか。

何がうちはを変えた!?

「お、ナルト起きたのか? 見てやれ、サスケはすごい速さで記録が伸びていくぞ」

カカシは笑顔だ。きっとオレも笑顔だ。カカシは笑い、オレは哂う。

「ああ……すごいな」

すごいな、これが―――才能。

昨日までの壊れかけていたうちはサスケの方が好感が持てやがる。なんだ、このいい顔をした、アイツの顔に腹が立つ。

「知ってるか? ガトーが死んだよ。殺されたらしい」

「そうか、良かったな」

んなもんどうでもいい。あの豚なんて、今のうちはサスケの前では川魚以下の存在だ。

「おどろかないんだな…」

「驚いて欲しいか? なんなら驚いてやろうか」

「それじゃリクエストしてみようかな」

「残念だったな、今日は不発だ」

試すんじゃねぇ。気色悪い。

春野は至極喜んでいる。枝に腰を下ろし、うちはサスケが到達するのを待ち続けている。気色悪い。

ああ、自分が誰よりも薄っぺらく感じる。

「落ち着け。何に対して怒っているか分からないが、落ち着けばいい」

カカシは察しているようだ。昨日の殺気も、今の怒気も。

「オレは……無力だな」

何を言っているのだろう。こんなのに、オレを見ようともしないクソ野郎に。

「そうか? 俺には、十分輝いて見えるぞ」

そりゃ磨いたさ。小さくなるまで、磨き続けたさ。所詮は川原に落っこちている石ころなんだよ。削り過ぎて無くなるまで磨き続けるだろうさ。

だけど、さ…

「お前がそれを言うな、エリート」

才能を持って生まれたくせに。

良い血統で生まれたくせに。

天才のくせに。

「エリートなんて…周りが決めたことだ」

「馬鹿にしてる? 『コピー忍者』、『木の葉隠れ一の業師』、『千の忍術をコピーした忍び』……嫌味にしか聞こえねぇなぁ」

フォローになってねぇよ。どれも畏怖を籠められた名前だろ? ふざけるなよ。本当に、ふざけるな。

「努力することも才能だ」

してきたんだろ? とカカシは言う。

努力、リーが零していた。

『幾ら努力してもボクは強くなれないんじゃないか』

オレもそれを感じるときがある。頑張ったさ、限界に挑戦した時もあった。だけど、いつも自爆で終わって痛い目を見てきた。

その度に絶望してきたさ。

いいじゃないか、才能がないんだよ。

努力し続けたって、望めない世界があるだよ。

「努力って簡単な言葉で表すなよ、そんな簡単な言葉の中に何が詰まってるかも分かってねぇ癖に」

ロック・リーの、悲しい呪詛。

立派な忍びになろうと己の身体を苛め抜いて、その才能という壁に幾度も挫けそうになって、それでも立ち止まることなど自分自身に許さなかった男の初めて吐き出した呪詛。

『努力』という簡単な言葉に篭められた思いの全てはオレにだってわからない。

ただそれでも、重みだけは伝わった。

オレだって、とオレも身体を苛め続け突き進んだ。

才能という壁を打っ壊すために、どこまでもどこまでも、何度でも何度でも苛め続けた。

後悔した瞬間に崩壊する自分が分かっていたから後悔しないように苛め続けた。己が劣っていないと、失敗作なんかではないと言わせるために苛め続けた。

何人も殺した。何年も費やした。何度も血を吐いた。

それでも才能のあるものからしたら数日で追い越されるかもしれないんだ、気が気でいられねぇよ。

「俺に言う資格は無いか?」

「ないな」

即答だった。

そして後悔した。

「本当に無いと思っているのか?」

カカシの殺気が溢れ出す。

地雷を踏んだのかも知れない。それも特大のヤツを。

だが、こっちも引くわけにはいかない。

意地だ。辛酸って言葉も知らねぇヤツに、

「思ってるよ」

ふざけるなよ。本当に、ふざけるんじゃねぇよ。

才能を持っていたくせに努力しただって? そりゃ才能がオマエを強くしたんだよ。努力じゃあない。

本当の不幸ってのを知らねぇくせによく言うよ。化け物飼ってから言えって。

孤独の『弧』の字も知らねぇくせによく吼えるなぁ。独りになったことなんてないんだろ? あるわけ無いよなぁ。

「テメェはただ自慢してぇだけなんだよ。僕は一生懸命努力しました、ってよ」

努力なんて言葉は口にしない。成果で教えるんだ。






「ないな」

そんなナルトの声が聞こえた直後に寒気が走った。

それがカカシの殺気だって気づいた時にはナルトは笑っていた。

理解できない。あれだけの殺気の前で笑っていられるなんて、理解できない。

「テメェはただ自慢してぇだけなんだよ。僕は一生懸命努力しました、ってよ」

ナルトの眼には、殺意が燃えている。怒気を燃料に、全てを燃やし尽くすかのように燃えている。

同じ班に成ってからナルトのことで一つ分かったことがある。それはアイツが皆に自分から触れようとしないこと。

ナルトは何時も一人だった。距離を開けていたのはアイツだけじゃない。皆が距離を開けていた。

触れないように、互いに距離を作っていた。

ナルトは強い。それは何故か。隣に立つ者がいないから、だから頼れる者がいないから強くなっちまった。それは孤高のように見えて、本当に孤高だった。

孤高は美徳じゃない。背徳だ。一人しかいないんだ、協力してくれる人もない。それのどこが美徳なのだろう。

俺は独りだと勘違いしていた。飯をくれる人。丁寧に扱ってくれる人。気を使ってくれる人が何時だって傍にいた。

アイツにいただろうか、分からない。

アイツは何時だって独りだった。

「なんだってのよ、ナルトったら! またチームワークを崩して!」

横でサクラの声が聞こえる。

最初の自己紹介のとき、二人してナルトが嫌いだと言った。

改めて気付く。オレはナルトに対して失礼過ぎやしないか?

これで三度、もしかしたらそれ以上に裏切りのようなことをしてきたのかもしれない。

ナルトが分からない。

それは当たり前だ。そんなすばらしい能力なんて持ち合わせてもいない。相手の気持ちが読める能力なんて、オレにはない。

だが、察することくらい出来たんじゃないか? それすらもしようともしなかった。

蔑ろにして、勝手に恨んで、嫌っていた。

そういうのを理不尽というのではないだろうか。それこそガトーと変わらない。

勝手に、勝手に、勝手に、勝手に、、、、

そうか、俺は思っていた以上に自分勝手なんだ。

気付けなかった。自分の正確にさえ、気付くのに十年以上掛かっちまった。

この木登りが終わったら、

「もう一度、話し掛けてもそれはいい」

俺も自分勝手だからな。





うちはサスケの木登りはあっという間に終わっていた。

うまいもんだ。さすが才能のある奴は違うね。あっぱれ天才。ふざけんなよ。

オレも、よくもあんなことを言えたな。

どうもあのカカシの言うことの一つ一つが癇に障る。見透かされているような、腹の奥底が沸々と煮えてきそうだ。

「ナルト、話しがあるんだが」

ああ、本当に腹が立つよ。

あんな綺麗な顔をされると殴るに殴れない。嫌味の無い顔になったもんだ。さすが名家、さすが天才、さすがはうちは。

「ナルト、話しがあるんだが」

「同じことを二度も言うなよ…今は機嫌がいいんだ」

言いたいことを言っちまうとすっきりしちまうのが人間っぽいよなぁ。

なんだがスッキリしちまったよ。なぁ、バケモノ。

ドロドロとしていたモノまで流れちまったようで、今はバケモノは腹の中で寝ちまった。狸寝入り、いや狐寝入りってやつか?

「組み手を頼みたい」

殊勝な心がけで、さすが天才だ。余念がないったらありゃしない。

「なんだ? 木登りが出来たからって変な自信がついたか? 金さえ寄越せば手術してやんぞ」

海馬あたりでもいじれば記憶も綺麗さっぱりだ。赤ん坊に逆戻りできるかもなぁ。

「そういう意味じゃない。俺とお前、どれくらいの差があるか確かめたいんだ」

実力ではオレが勝つだろうが、才能では天と地の差くらいじゃないか?

ああ、爆発しそうだよ。脳みその中からボッカンと盛大にさ。

「調子に乗るなよ、名家の坊ちゃん」

「調子に乗った瞬間、殺すだろ?」

んな分けないだろ。今殺したらオカマが暴走しそうだ。そしたら先生に迷惑が掛かっちまう。

そりゃ避けたい。

「殺すわけ無いだろ? オレ達はチームメイトだ。裏切りもしなければ失望もさせないだろう」

まぁ、嫌味なんだがちゃんと嫌味として受け取ってくれたようだ。

ちょいと自覚は出来ているみたいだ。

うんうん、さすが天才。頭の周りも良好だねぇ。羨ましいよ。

「だから、それについても謝りたいんだ」

顔を赤くするか、初々しいねぇ。

「気色悪ぃんだよ、お前らしくもねぇ。ああ、お前らしくもねぇ!」

ああ、だるい。怠惰だなあ。まだ体中が痛ぇし。腕なんて上がりもしねぇ。

それでも、

「来いよ、ぶっ倒してやる。何度でもなァ!」

片手で十分! 実力の差ってのを教え込んでやる。

オレは今、最高に狂ってる。





気が付けば、オレは地面に倒れ伏せていた。

負けたんじゃない。しっかりとサスケの脳髄にメスを入れて、サスケが昏倒したのを見届けてから倒れた。

バケモノは身体を修復はしてくれるが血は作ってくれないようだ。

情け無い。貧血で倒れるとは。

呼吸が浅いのが分かる。戦っている最中は感覚を閉じていた痛みも戻ってくる。幸い、才能は無くとも馬鹿では無いらしい。脳は明細に思い出し、正しく痛みを教えてくれる。

サスケは強くなっていた。それも三度ほど冷やりとくる場面もあった。

一度目はまぐれだろうと嘲笑し、二度目はまたかと苦笑し、三度目は焦った。

オレは医療班だ。だから体術や忍術に力を入れた覚えはそこまでは無い。が、サスケとはまだまだ差があると信じていた。

体中が怪我だらけでボロボロであろうと余裕で倒せる自信は溢れるほどにあった。

だが、メスを入れて一瞬で昏倒してしまうほどの激痛を直接サスケの脳みそに与えるという行為をしてしまった自分が歯がゆい。

サスケは強くなった。本当に強くなった。

だから追いつかれるだろう自分が可哀想に思えた。

「…………ちくしょう」

今日の天気は雨模様だ。











[713] Re[19]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:50




大切って何だろう。

命よりも大きいのかな、自分よりも大事なのかな。

そうだな、きっとでかいんだろうなぁ。







狂った歯車の上で







斜陽が薄い掛け布となりぬるま湯のような暖かさで身体を包んでくれる。

ああ、そうか。昨日はサスケと組み手をやって………。

思い出すとまた苛付くのかと思ったら自分に嘘をついているかのように気持ちは軽かった。

昨日の昼から今に至るまで寝ていたというのか。そりゃ気持ちよかっただろうなぁ。

ザッ、ザッ………。

そんな時、オレの近くに1人の人間がやって来た。薄い着物を身に纏った美しい女性だった。

歳は若いのだろう。少女というのが正しい。

今まで見てきた中でも一番美しかった。

「こんな所で寝てると風邪ひきますよ」

こんなところで寝ていたら驚くだろうな、と冗談を聞かせるつもりだったのだが、声を聞いた瞬間飛び起きた。

――――仮面の声だ。

「へぇ……仮面を取るとこんなに綺麗なんだな、アンタ」

仮面、という言葉に少女も後ろに跳ぶ。

「貴方ですか……こんなところで寝ていたなんて」

「ここは気持ちが良くってね、随分と久しぶりに安眠できたよ」

悪夢を見ることさえなく、無心に寝れたのなんてどれだけ久しぶりだろう。

少女の手篭を見るとそこには薬草―――火傷に効くだろう摺れば粘質な液体のでる薬草がたんまりと摘まれてある。

「はは、再不斬の火傷は今だ癒えないってことかな?」

「いえ、これは予備です。もう十分治ってます」

なんだよ。つまんねぇなぁ。

「髪の毛は治んねぇだろうな、ありゃ」

はは、アレは傑作だった。

あれはその道を極めたって感じでかっこよかったぜ。

「あれはあれで可愛いのでいいんじゃないですか?」

「あんた頭大丈夫か?」

「記憶力には聊か自信があります」

だろうな、頭もよくなきゃ強くもなれない。文武両道こそが力となるもんだ。

だが気になることがある。

ガトーがいるから隠れ蓑に出来たっていうのに、何故まだここにいる?

「ガトーは死んだぜ? ここにまだいる必要も無いだろ?」

「知ってますよ」

ボクが殺したかった、などと顔に似合わないことを事も無しにいいやがった。

サスケの殺すとコイツの殺すは根本的な違いを感じる。

コイツの殺すってのはオレの殺すってのと同じのようだ。

「アンタを今ここで殺しちまったら再不斬は怒り狂うだろうなぁ」

こんなに有能なヤツを失って後悔しないやつなんていないだろう。

オカマだって泣き叫ぶかもしれない。

「まさか、道具を失ったら次のを手に入れるだけですからね」

「へぇ…アンタが道具、かぁ」

そりゃすごい。

こんなにそっくりなヤツは初めてだ。

「いいぜ、名前を聞いてやるよ。お前の名は?」

「白」

綺麗な名前だと、素直に賞賛しよう。

そして白と対称な紅い華を君へ。







普通の人間では出来ないような動きも軟の改造を施せば出来るようになる。

そして弓の如く捻り限界まで引いた手首から普通の人間では目視できない程度の速度でメスを飛ばす。

「随分と乱暴な人だ」

それをしっかりと目前で握り締め止めた白は笑みを浮かべずに睨みつけてくる。

やばいな、そそるよ。

心を消して、この一時の夢幻、オレは機械となろう。

後ろに三歩。

カカカッ! と、千本が見えなくなるまで地面に刺さっていく。

おいおい、この威力だったら人間くらい簡単に貫通するぜ。

左右に振って、如々に前へ詰める。

白の腕が霞むごとに左右に振ったオレの身体を掠っていく。

いいぞ、リズムに乗れている。

筋肉は音楽だ。小気味良く、音楽を奏でる。動物の鳴き声も、風の悲鳴も聞こえはしない。

今は、前を見て進め。

「どうした、こんなもんか?」

千本を投げるという動作の合間を縫って前へ詰める。白の綺麗な顔が視界中に広がる。

「くっ!」

「遅いッ!」

木の葉旋風の逆風、リーとは真逆の攻め方。下から蹴り崩し、上段蹴りで叩き潰す。

筈だったが下段蹴りは難なく避けられ締めの上段蹴りは額に掠るのみだった。

掠ったのは脚じゃない。チャクラのメスの方が掠った。思っていた以上に体術もレベルが高い。

下から攻めたのは単に蹴り易いから、それさえ避けられたら上に逃げればいいだけなのだが、こうも簡単にやられると自信を無くしてしまう。

「まさか脚から刃が出るとは……驚きました」

「奥の手まで避けられたオレはもっと驚いている」

まずいな。こいつ、忍術タイプなのに。体術も中々にやる。

そう思っていたら、空気が冷え始めているのに気付いた。

「こ…れは?」

秘術・千殺氷翔

気付いたら白の姿は消え、目の前に氷の針が殺到していた。

「なっ!?」

素材は水だ。分かっているのだが、目の前で木を貫通しているのを見て受け止めようなんて思う筈も無い。

鉄なんかよりも抵抗が極端に少ない。手で受け止めたとしても擦り抜けてしまうだろう。

「接近戦では勝てそうに無さそうなのでボクの戦い方に戻させてもらいます」

後ろで聞こえたと振り向けば、真横から千本が飛来する。

それをワザと受け止める。

「ククク、受け止めてみればどこから狙ってきたがすぐに分かる、ぜッ!!」

刺さる直前に経絡線からチャクラを噴出させて肉体には触れさせていない。抵抗は無いだろうが重みの違いか、水の千本は軽い。チャクラに押されて服に刺さって止まった。服の感触から方向を見出して、足の裏に溜めたチャクラを爆発させて一気にその方向へ跳ぶ。

「くたばれッ!」

爆発寸前の水風船の如く、チャクラを限界まで詰め込んだ拳で砕いたのは白ではなく、分厚い氷の鏡だった。

バリーンッ! と耳障りな音を立てて氷の塊は砕けていく。

この時期に、

「……氷?」

液体窒素で水でも凍らせた? んな面倒なことをする筈もない。

気が付けば、冷気を漂わせているのは氷の周りだけじゃなく、オレらの周りのみだ。

つまり、これは

「…血継限界」

「………知っていたのですか」

神経質過ぎるまでに高めた耳が白の居場所をつきとめる。

そこには、氷の鏡の中で音も無く立っている白の姿だった。





勝てるか、と聞かれたら勝つと豪語するだろう。だが、現実には厳しすぎる。

もし、相手が血継限界を完璧に扱うことができるとなら、勝てないだろう。

血継限界は才能だ。一族からの後押し、オレにはないまた別の力だ。

「さて、どういくかね」

左腕はまだ禄に扱えない。脚も引きつっている。さぁ、解決策を持っている人がいたら教えて欲しいもんだ。

ヒュッ、と風を切る音を耳にした瞬間、地に伏せるまでに身体を沈ませた。

さきほど立っていたオレの心臓、肝臓、関節の節々があった箇所を無数の千本が通過していった。

「すごい身体能力です」

「……どうも」

知らないうちにオレは氷の鏡に包囲されていた。枚数は5枚。すでに鏡の中には五人の少女の姿ある。

「苦しまないようにしますから」

「いらねぇよ、んな優しさなんて」

まるで雨が横方向に、オレにだけ降っているのかと錯覚してしまうほどの千本が飛来する。

さて、公開オペの開始だ。



風、そんな生易しい風なんていらない。竜巻だ。それを作って見せよう。

柔拳法奥義 八卦掌回天ッ!

今のオレは、竜巻だ。

雨の中、傘越しで雨を感じているようだった。

ボツボツボツ、と千本の衝撃を感じる。それでも、オレには届かない。

視界が抽象化する。そして、推進力を無くし、眼を開いたときには雨は止んでいた。

「雨は止んだのかい?」

オレが弾き飛ばした千本が幾本か氷の鏡に刺さっている。それでアイツがどれだけの強さで千本を投げたのかが分かる。

身に受けた瞬間に蜂の巣よりもひどい穴だらけになるだろう。

「貴方の目的はなんです。再不斬さんを狙っているのですか?」

やっとオレを敵として認めたようだ。

嬉しいと心から思う。こんな才能のある、それも強い道具がこんな不良品の道具を対等として見てくれたということに心が歓喜する。

ああ、何故だろう。

綺麗な顔じゃないか。凛々しく、儚い矛盾が一層に美化してやがる。

そうだ。欲しい。オレは目の前の少女が欲しい。

「オレはお前が欲しい」

何故だろう。心から嫌悪している顔をされた。







「オレはお前が欲しい」

またですか……これで13人目だ。買出しに出る度に言われる。だから今回は人の目に触れないところに隠れ家を建てたというのに。

ボクは男だっていうのに、なんで分からないんだ。

もしかして目の前の少年はボクが男だと分かっていて言っているのかも知れない。

あれほどの強さだ。洞察力も生半可なものじゃない筈。

ボクを女として欲しているのなら最低だが、ボクを男と理解して欲しているのなら最悪だ。

気持ち悪い。その一言に限る。

「貴方は…とても醜悪だ」

そんな言葉がすんなりと出てしまった。







「貴方は…とても醜悪だ」

言われても大してショックは無かった。

確かに、血継限界を持つものを拉致して解剖するのがオレの目的だが、今回は違うのだが。

目の前の少女は自分の顔を鏡で見たことがないのか? 鏡の中にいるくせに。

まるで童話だ。それだけに綺麗に見える。

汚れ一つ無い綺麗な真っ白な織物のようだ。

汚れきったオレにはない。本当に綺麗なんだ。アンタは。

恋愛とかじゃない。憧れに近い、そんな感じだと思う。自信はないが、きっとそうだ。

だから、

「それでも、オレは白が欲しい」

「ボクの名前を呼ばないでくださいッ!!」

何故理解してくれないんだ。

また、豪雨の如く千本が降掛ってきた。







「それでも、オレは白が欲しい」

鳥肌が立つ。吐き気も催す。

ああ、貴方はこれまでで一番気持ち悪い。

死んでしまえばいいのにッ!!

そして、

「ボクの名前を呼ばないでくださいッ!!」

それを呼んでいいのは再不斬さんだけだッ!!

死んでしまえばいいのにッ!!







旋廻、風を作って、これを結界と呼ぼう。

攻撃を防ぐためのモノを結界と呼ぶのならば、これは十分に結界だ。

オレの周りで吹き荒れる風で白の千本が一瞬止まり、方向が乱れる。

一瞬あればいい。その一瞬で全ての準備が終わる。

この針の豪雨を吹き飛ばす為の準備が。

「これが、オレの回天だ……ネジッ!」

オレが作った周りの風を巻き込んで、逆回転、風の流れの逆方向に、回天で全てを巻き込み吹き飛ばす。

氷の鏡も、その周りで生い茂る木々諸共全て吹き飛ばす。

それくらいじゃなければ白の全力の千本は防げない。

今のオレの最大級の攻撃力を持った攻撃だ。

螺旋丸の副産物、圧縮しきれないのならば、それを拡大してオレを中心に竜巻を作った。

圧縮することに螺旋丸の意味があるのならば、拡大することにこの結界の意味がある。

何も抉れない。なにも穿てない。だが、少し遅らせ、少し捻じ曲げることが出来る。

オレにはそっちのほうが良かった。

「……いなくなっちまったなぁ」

氷の冷気と木の木っ端、砂煙が晴れた頃には白の姿は無かった。







「おう今帰ったか! …何じゃお前、超ドロドロのバテバテじゃな」

帰ってきたら既に夕食の準備は終えていて皆は卓についていた。

サスケもアレだけ痛い目に遭わせて置いたというのに元気そうな顔をしてやがる。

さすがは天才様だ。何から何までオレと違ってやがる。

「随分と遅かったな、修行か?」

カカシが確かめるかのような目で見てくるが、生憎今のオレは気分がいい。

「ああ。明日が楽しみなくらいだ」

再不斬は既に戦闘可能なくらいに復活しているだろう。つまり、明日あたりにもう一度現れる。

白と共に。

「随分と嬉しそうだな」

皆が目を丸くしている。なんだ? オレが笑顔になるのはおかしいか?

「フ~…ワシも同じくらいに嬉しいわい! 何せもう少しで橋も完成じゃからな」

「ナルト君達も父さんも余り無茶しないでね」

サスケも春野も木の葉では体験できなかっただろう充実感を感じているようだ。

確かに、本当にこの任務は濃厚だった。色々なこともあった。

今はそれが気分が良い。

「何でそんなになるまで必死に頑張るんだよ!! 修行なんかしたってガトーの手下には敵いっこないんだよ!!」

「ガトーが死んだって知ってる?」

オレが殺したんだ。絶対に死んでる。メスで心臓を真っ二つにしといたんだから。

それで生きていたのならばそいつはバケモンだわ。

「ガトーの手下って強いんだろ!? きっと復讐しにくるに決まってる!」

「はは、あの再不斬がんな殊勝な心構えしているわけないだろ。当事者じゃないんだから黙って目の前から消えとけって」

髪の毛の恨みかカカシとの決着くらいだろう。きっとそうだ。

こいつは自分にできないようなことをしているオレ等がうざったいのだろう。

気持ちは分かるが、同意は出来ないなぁ。

こういうのは潰れてくれたほうが更生するよりも何倍も面白い。

「自分じゃ何も出来ないくせにオレ等に八つ当たりか? お前はいつも弱ぇなぁ。いつも父親にピーピー泣いて助けてもらってたんだろ? でもそれはもういないんだ。だからいつもお前は『負け犬』なんだ。勝とうとも思っていない奴がどう足掻こうが勝つ意思の無い足掻きなんて時間の無駄で、本当に意味無いよなぁ」

ああ、なんてかわいそう。と最後に最高の笑みで言ってやった。

食欲も失せた。

今日はもう寝よう。ここでは寝首を掻かれることもない。だから気持ちよく寝られるだろう。

だから、今日は白のために早く寝てしまおう。







味気ない、無言の夕食を終え、夕涼みをしていたらイナリ君がわざわざ家の外で座り込んでいた。

ナルトの言葉で心身ともにボロボロなのだろう。

ナルトはどうもイナリ君のことを嫌っているようにしか見えない。ただ怒っただけではあそこまで的確に心を壊すようなことは言えない。

多分、ナルトはイナリ君のことを過去の自分として見ているのだろう。

イナリ君に対しての物言いは今のイナリ君のあり方に対しての嫌悪のみだった。随分と遠まわしな激励のようにも聞こえる。

『勝とうとも思っていない奴がどう足掻こうが勝つ意思の無い足掻きなんて時間の無駄』

随分と不器用だなぁ、と苦笑してしまう。

早く駆け上がって来い、という意味としても取れる言葉でもあった。

「ちょっと…良いかな?」

イナリ君はこちらを一瞥してまた同じ方向、空を見上げる。きっと天国のお父さんを見ているのだろう。

父が死んだとき、俺をよくやっていた。同じように、父親を探そうと上を見ていた。

「ま! ナルトの奴も悪気があって言ったんじゃないんだ…アイツは不器用だからなァ」

あの言葉の真意を取れたのは俺だけだろう。どうもナルトは俺に対しても嫌悪を吐き出している。

だが、その分ナルトの本音を聞いてきたのは俺が一番だろう。

イナリ君からしたらナルトは嫌悪の対象でしかないだろう。

自分の心の中身を指摘されるということは物凄く腹が立つ。だが、それは自分の間違いに気付いていない証拠でもある。

「お父さんの話はタズナさんから聞いたよ…ナルトの奴も君と同じで子供の頃から父親がいない……というより、両親を知らないんだ…ホント言うと君よりツラい過去を持っている」

九尾、それは最悪のブランド名だ。

それがナルトの人生を大きく狂わせてしまったのだろう。

「え?」

まさか近い境遇の人間だったとは気付かなかっただろう。生まれも場所も違う。だが、苦しいという感情に違いは無い。

「けどな…アイツは一度だって挫けもしなかった。そして強くなろうと独りで戦い続けてきたんだ」

そう、本当に独りだったのだろう。

自分以外は敵、そんな環境で生きてきたのならば…違うな。

生きてこなければ『皆に慕われていたくせに』なんて口が裂けても言えない。

強くなった。本当にナルトは強く育った。誰も必要としないくらいに。

良い言葉で孤高という言葉があるが所詮は孤独だ。

心は荒み、脆くなってしまう。

あぁ、先生。俺は何から何まで駄目みたいです。戻ってきて、零から教えを請いたい。

皆の前で先生の部下であり、生徒であると自慢が出来るように………

こんな自分でも出来るようなことは少しはあるのだろう。一瞬前は既に過去なんだ。もう戻りはしない。やるべきことに悔いなく終わらせることが今の最善だ。

「ナルトは止まらなかった。いや、止まれなかったんだ。弱いままだと生きていけない環境だったからね。だから、進もうとしない君が気に食わなかったんだと思う。進もうともしていない君が進もうとしているナルトを否定したからね」

今は理解できなくても、大人になったときに解ることもある。

だが、その時に後悔するのがほとんどだ。

だからイナリ君にはそんな目にあって欲しくないからここは強く言わせて貰う。

「君は一歩だって進んでいない。お父さんが死ぬ前から、君は一歩だって進んでいないんだ」

後は君の問題だ。







ナルトは……まだ寝ているようだ。

うまく誤魔化していたがアイツは昨日一度も左腕を動かしていなかった。怪我でもしていたのだろう。それも重症な。

ナルトは強い、それでも強い中に弱いモノも埋もれて隠れている。

サクラもサスケも強くなった。ここはナルトにこの家を守らせるという意味で寝かせておこう。

別に起こして更に嫌われるのが嫌なわけではない。

「じゃ! ナルトをよろしくお願いします」

「ハイ、行ってらっしゃい!」

さぁ、大人の意地を見せなくちゃな!





俺達がタズナさんの仕事場に付いたときには既に濃厚な血の匂いが充満していた。

「どうした! 一体何があったんじゃ!」

タズナさんが傷だらけの仲間も元へ行って肩を抱き問うが

「ば……化け物…」

予想していた通りの言葉で返ってきた。

周りは血だらけだ。なのに誰一人死んでいない。認めたくは無いが、さすがは再不斬というところだ。





「キャ―――ッ!!」

などという耳障りな悲鳴で目が覚めた。

外を見る。燦々と太陽が煌いている時点でオレが寝坊したということは分かった。

「母ちゃん!」

クソガキの泣き声染みた声も耳に入る。

「あぁ…最悪だ」

気分は最高に最悪だ。やばいね、殺したくなってくるくらいにやばいわ。

「ガトーが死んでよぉ、オレ達の仕事が無くなっちまってなぁ、気が立ってんだよ!!」

「悪いがストレス解消に付き合ってくれや!」

ああ、そういえばあの時にあの二人の姿が無かったなぁ。非番だったのか、まぁなんとも幸運だよ。

「出てきちゃダメ! 早く逃げなさい!」

「随分といい女が母ちゃんだな、坊主」

「どうするよ、ゾウリ」

下品な笑い声がここまで聞こえてくる。

呆れすぎて逆に笑えねぇよ。

少しの殺気が漏れた。どうやらあの二人はクソガキを殺すのだろう。

まぁ、本当にどうでもいいんだが。

「待ちなさい! …その子に手を出したら…舌を噛み切って死にます…」

いいよなぁ、こんな親がいるってのはそれだけで天国だ。

たとえ、周りが地獄だろうとも、一緒に居てくれる人が居てくれたらきっとそこは地獄じゃないんだ。我慢できる、その人と共にその地獄と思っていた壁を乗り越えて楽園へと辿り着けるんだ。

そうじゃなきゃやってられないよなぁ、きっとそうだ。

どうやら二人は猥談をしているようで二人の会話以外はなにも聞こえてこない。

クソガキはなにやってくも諦める馬鹿だってことらしい。

まぁ、もとから期待なんてしてなかったからどっちだってかまいやしない。

オレは自分に正直に生きていくと決めているから今更変えることなんて誰にだって出来やしない。

そう、誰にだって止めさせない。

「そこのお二人さん、ガキの前でくだらねぇ会話してんじゃねぇよ。衛生的にも教育上に良くないだろ、ただでさえ救いねぇんだからよぉ」

「て、てめぇは!」

「タズナの野郎と一緒にいた…」

へぇ、覚えていたんだ。

「オレの顔を覚えられる程度には知能があったんだな、見直したよ」

そういって盛大に拍手をしてやる。

嫌味じゃない。本当に驚いてやってるんだ。感謝してもらいたい。

「ふ、ふざけるんじゃねぇ!」

「ふざけてねぇし。オレは何時だって真剣だ」

「殺す!」

片方が刀を振りかざして突貫してくるが、自分が蟻んこ以下だってことを知らないらしい。

「はは、やっぱり馬鹿だ」

こういう馬鹿は本当に面白い。何度見ても面白いから好きだ。

「ぶっ殺す!」

ボキャブラリーが貧困なんだよ。学校行ってたか? 

お前は本当に馬鹿だ。

昨日とは正反対。寝坊した自分に本当に苛立っているオレに刀を向けたんだからな。

傀儡用のチャクラの糸で二人を雁字搦めにする。強度はそこまで高くないから忍び相手には動きを遅らせる程度だが、こいつ等程度にはそれすら不可能だな。

「ど、どうなってやがる!?」

「か、身体がッ!」

うん。本当に知能が足りていない。猿だな、これじゃあ。いや、猿でも頭を使うぜ。

「無知ってのはその時点で大罪なんだよ。人は道を見つける為に一生懸命悩むもんだ。それなのにその選択肢に気付かず、大切なもんを失っちまう。馬鹿だった自分を恨んで逝っとけ」

二人の間を通り抜けながら呼吸管をぶった切る。これで静かに窒息死ってやつだ。

何かを喚こうとしているが声が出てくれない。そりゃ呼吸できないんだから空気も吐き出せないだろう。

次第に動かなくなって最後は小さく痙攣して二人の生は止まった。少しはストレスが解消された。

「な、ナルト君……?」

目の前で人が死んで放心状態のツナミさんがオレの名前を呼んだ。まぁ訳が分からなかっただろから混乱しているのだろう。

「眠ってもらっただけだよ」

永遠にだけどさ。

オレは自分に正直に生きているよ。







[713] Re[20]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:53








目の前には自然現象とはいい難き霧が、そして隠そうともしていない殺気が猛々しく感じられる。

やっぱり生きて嫌がったな。そして死んでいたことすら隠そうともしない。

「来るぞ!! みんな気を引き締めろ!」

横目で見るとサスケは既にクナイを片手に、サクラはタズナを庇う位置に立っていた。

ああ、こいつら成長しやがって。

「ね!カカシ先生…これって…これってアイツの『霧隠れの術』よね!」

サクラは恐怖を一生懸命隠そうと唇を噛み締めて、サスケの身体は少し震えていた。

《待たせたな…カカシ》

霧の中から聞きたくも無かった声が嫌でも耳に入ってくる。

「待ってないから今すぐ帰れ」

《つれねぇな……それで相変わらずそんなガキを連れて…また震えているじゃないか…かわいそうに…》

ああ、確かに震えているさ。だがな、それはサスケの眼を見てから言うんだな。

一度確かめたときから分かっていた。今のサスケに恐怖なんてありゃしないのさ。

オマエの水分身なんて今のサスケには関係ありゃしない!

「武者震いだよ!!」

「やれ、サスケとサクラ」

サスケが小さく頷き駆け出す中、「え、私も!?」 なんて声なんか聞こえなかった。全然聞こえなかった。

ああ、聞こえなかった。







速い、迅い!

あの時とは違う!

今のオレは、やれる!

キュッ、と足の裏に吸盤があるようだ。イメージした通りに身体が動いてくれる。

水分身の再不斬の刀が振り落とされる。

そんなもん、ナルトの拳に比べたら遅すぎる!

巨大包丁の腹を肩で押し、隙が出来次第にクナイで再不斬の首を掻っ切る。

「随分と遅くなったな?」

今のオレの方が速いぜ!

「ええ、よく見えるわ」

気が付くと既にサクラは二人の水分身を倒していた。

正直な話、チャクラを使った体技ではオレはサクラに勝てる自信は無い。負けるつもりも無いが。

この任務で一番成長したのはきっとサクラだろう。

ナルトの上限が分からないからそう思っているだけで、もしかしたらアイツが一番強くなったのかもしれない。

大して時間も経たない内に十人の水分身を倒していた。

「ホ~、水分身を見切ったか…あのガキ共かなり成長したな…」

素直に感想を告げる再不斬 カカシも俺等がここまで接近戦で好戦をするとは思ってもいなかったようだ。

前はただ震えているだけのガキだったが、今は対等だ。

「ライバル出現ってとこだな…白」

知らない名前だった。

再不斬の声の方向を見ると、霧でよく見えないが物陰が二人分。片方は筋肉質で大柄な、再不斬。

もう一人は、あきらかにこっちに視線を送っていなかった。





二人の歩を進める音、それと共に物陰からうっすらと姿が現していき、

「あ!!」

俺も驚いた。本当に再不斬の味方だったとは。

「あのお面ちゃん…どう見たって再不残の仲間でしょ!…一緒に並んじゃって……」

ああ、ナルトの言っていた通りのようだ。

最悪、あの仮面野郎は俺らがやらなきゃいけねぇようだな。

「どの面下げて堂々と出て来ちゃってんのよ…アイツ!」

サクラは中指を立ててなにやら喚いているが、はじめて見たな、こんなサクラは。

に、してもだ。目の前に居る俺らを見ようともしないアイツは正直言って腹が立つ。

相手にされないほど苛付く事は無い。自分の価値を低く見られている感じがする。

あの時のように。うちはイタチに、ナルトに失望された時のように。

「アイツは俺がやる…下手な芝居しやがって…俺はああいうスカしたガキが一番嫌いだ」

周りを見てなかった、昔の自分を見ているようで、胸糞悪い。

ああ、本当に苛立ってくる。自分の成長を信じられねぇ俺を見ているようだ。

「おい、白…あのガキがオマエの相手をしてくれるようだぞ」

再不斬は苦笑、嘲笑を混じらせて白と呼ばれた仮面野郎に声をかける。

それでも仮面野郎はこっちに興味を無さそうにする。

「大した方達ですね。幾ら水分身がオリジナルの10分の1程度の力しかないにしても…あそこまでやるとは」

今の言葉を聞いて唖然とする。依然より遥かに強くなったと思っていたのに、本物の再不斬は今のオレの十倍強いということだ。

今の十倍修行すれば追いつけるなんてもんじゃない。ヒトには限界というのがある。それを含めても十倍ってことは、バケモノだ。

「だが先手は打った……全力でいって来い!」

『はい』

はい、という簡単な二文字に籠められた意思の重さが違うのか、仮面の言葉には強さがあった。







速い、純粋に速い。

俺が一週間、死に物狂いで習得したチャクラコントールを無意識に行なっているのか、気が付けば仮面はオレの目の前に間合いを詰めていた。

「くっ!」

いつの間にか仮面の右手には三本の千本、オレは無手。

運良く仮面の千本を握った腕の手首を掴み均衡状態に持ち込めたが、運が良かったとしか言えねぇ。

「捕まっちゃいましたね」

そう言って仮面は空いていた左手で殴りかかってくる。

この状態だ。余裕で防げる。

そう思っていたのに、

「なんだとッ!?」

全力で身体を捻らせ後ろに跳ぶ。

ヒュッ、と風を切る音と共に俺の頬が浅く切れる。

目の前の仮面の両手には、千本が握られていた。

「オマエ、殴りかかってきたときは持ってなかったよな」

「さて、どうでしたかね。忘れちゃいました」

不適な笑い声、本当に理解できないマジックでも見ているような気分だ。

確かに、殴りかかってきたときまで千本を握っていなかったのに、どういう仕組みだ。

「ふざけやがって、見破ってやるよ」

「できるでしょうか」

仮面の両手が霞む、下忍では到底無理な速度で千本が飛来するが、ナルトの手裏剣術の方が速い。

それでも速いことには変わりは無い。

身体を捻らせ、千本が俺を過ぎ去り次第脚の裏にチャクラを込めて地面を蹴った。

霧が視界を邪魔をするが、接近戦になっちまえば変わりしない!

「再不斬さんは言った。『先手は打った』と」

それがどうした、と言いたかった。なのに目の前の現象を見たら、口を開く前に身体が横に跳んでいた。

仮面の振り上げた手に、霧が収束し細長い千本となった。

そして仮面はオレに振るう。

所詮は水だ。そう思っていたのに、避け切れなかった千本が俺の服を、腕を掠めて霧の向こうまで飛んでいった。

「…アリかよ」

反則じゃねぇか。こんな霧だらけの場所で、こんな術を使う奴に武器の消費なんてある訳が無い。

海を枯らすまで投げ続けてくるぞ。

「さぁ、どんどん行きますよ」

次は沢山だ、という仮面の言葉と同時に針の雨が降ってきた。







「ほう…あの攻撃を捌くか」

再不斬は千本の雨を避け続けるサスケを見て驚いてる。

俺も驚いた。依然のサスケでは無理だと思っていたのに、中々驚かせてくれる。

しかし、長続きはしないだろう。白と呼ばれた彼はすでに投げるという行為をやめている。

勝手に霧が収束し千本となってサスケに襲い掛かっている。

本当に雨だ。雨といっても変わりない攻撃だ。

長続きはしなそうだ。

ナルトが来てくれるのを待つしか無さそうだ。

「サクラ! タズナさんを囲んでオレから離れるな…アイツはサスケに任せる!」

それまでこっちも勝負を終わらせなければいけないな。安心してサスケが戦えない。

「はい!」

いい返事だ。

さぁ、大人の意地を見せてやる。







段々と分かってきた。

こいつのねらい目は人体の急所のみだ。

それが分かれば攻撃の手段も出来てくる。

身体を左右上下に振って、少しずつ前に進んでいけばいい。

「どうした、当たらねぇ…ッぜ!」

仮面が千本を作るほんの一瞬でよかった。一発殴れればそれで十分だった。

「あの人と同じ避け方……気分が悪くなる」

あの人? 誰のことを言っているんだ。

そして、そいつも俺と同じことをしたというのか。

俺の渾身の一撃も仮面は余裕を持って避けた。危なげもなく、分かりきったことだというようにすいっと後ろに下がるだけ。

「君を殺したくない……いえ、殺す必要が無いので引き下がって貰えないでしょうか?」

「寝言は寝て言え」

ふざけるな。俺はそこまで相手にされていないのか!

ふざけるな。

「そうですか、でも貴方じゃ僕には勝てない、貴方の攻撃は決して僕に届かない…それに僕は既に2つの先手を打っている」

「2つの先手?」

キチガイに刃物、これほどの相手に先手を取られているっていうのがどれほど怖いか。

ああ、間違いない。かなりやばい。

「一つ目はこの周辺を覆っている霧…そして二つ目はそれを使っての忍術。君に退路は存在しない」

霧が仮面の周りに集まり、形作っていく。この辺一体の霧を全て集めて何をするつもりだ。

「(な…何だ…これは…冷気…?)」

さっきまで湿って生暖かかったのに、どんどん寒くなって

「さぁ、終局です。秘術 魔鏡氷晶」

俺の周りを氷の鏡が囲っていた。







「何だこの術は!?」

俺が見たことが無い術なんて、一体あっちで何が起きてるんだ!?

俺がサスケの元へ走りだそうとすると最初からいたかのように再不斬が目の前に立ってやがる。

「お前の相手は…オレだろ? あの術が出た以上…アイツはもうダメだ」

再不斬の妙な自信、俺の知らない忍術。

簡単で、気付きにくいパズルが一致した。

「まさか、あの少年があんな術を体得していようとはな……」

血継限界、まさか再不斬の部下にこれほどの者いたとは、完全にやられた。

「あんな術…?」
サクラに一通り説明したが完全に理解できたとは考えにくい。

血継限界はそれほどに複雑で、血の巡りが生んだ呪いのような力だ。

そしてあの少年の能力は氷、こんな水だらけの場所でそれは最強ともなりえる能力だ。

「悪いが…一瞬で終わらせてもらうぞ」
時間はあまり無い。

「クク…写輪眼…芸の無ェ奴だ」

頼む、ナルト。早く来てくれ。







血が騒ぐ、既に闘いは始まっていた。

カカシと再不斬、うちはサスケと白が戦っている。

白の奴、うちはなんかに血継限界を使ってやがる。あの天才野郎、かなり強くなってやがったからなぁ。

うちはの奴、死んでくれねぇかな。

「燃え尽きろォ!」

火遁、豪火球の術。うちはは火に愛されている。相性が本当に良いのだ。

だから、オレでは真似できないほどのでかさの炎の塊が白の氷を侵食していくが、それ以上に白の氷の凍結速度の方が圧倒的に速い。

当たり前だが火は水に弱い。こんなに氷を作る要素に囲まれた場所で白のそれよりも速く溶かすことは難しい。

「がぁ!!」

たとえうちはの攻撃が凄いとしても、所詮それは一辺倒。白の攻撃は360度からの波状攻撃。

あれを捌ききるのは下忍では不可能だ。

なのに、うちはは諦めない。少しずつ氷の鏡の場所、攻撃の微かな癖を把握して攻撃を受ける回数を減らしていく。

これが成長していくということ。

これが天才だという云われ。

ああ、うざい。死ねばいいのに、なんでアイツはオレの前で輝いているんだ。

ああ、本当に死ねばいいのに。

《今のは36本、次はもっと増やしますよ》

既にうちはの身体はズタズタだ。激痛で視界が白いだろうに。身体に刺さりっぱなしの千本が鬱陶しいだろうに。

うちはの眼は死んでいない。

片方の腕は針だらけ印すら組めないだろう。早く医者に見せなければ神経に後遺症を残すかもしれない。

それもいいかも知れない。だが、白の攻撃が甘いから大丈夫だろう。

まだ一箇所も急所に当たっていない。

医学に詳しくないうちはには全てが急所狙いの恐ろしい攻撃にしか思えないだろうが、オレから言わせたら甘すぎる。

《次は48本です》

うちはは既に意識してチャクラのコントロールをしていないのだろう。

針が出来次第、うちはは横に跳んだ。さっきまで突っ立ていたところを針の塊が通過していく。それを狙って時間差で次の波が襲い掛かる。

それをバックステップと地面に倒れるかのようなしゃがみ込みで避ける。

本当に死に体の動きなのか、信じられない。

どこにそんな力が残っているんだ。

《次は…沢山です》

飛来する千本の数なんて数えることすら億劫、うちはの退路を塞ぐかのように千本が殺到し……なのに、なんで諦めないんだ!

うちはは顔を守るように両手で十字に組み、一番層の薄い箇所を的確に、死ぬかもしれないってのに冷静に、そして果敢に針の塊に飛び込んだ。

「馬鹿だろ…おい」

本当に馬鹿だ。どんな脳みそを持ってやがる。

生きてたら一回覗かせて欲しい。

地面を貫く耳障りな音と共に、しっかりと肉を断つ音も聞こえた。

なのに、うちはは生きていた。

両手で守っていた首より上以外は針で貫かれ、それでも立っていた。

もちろん、両腕も針だらけ。

なんて強いんだよ。なんでこんなにすごいんだよ。

なんであんなに生きた眼をしてんだよ。

白もうちはの生還に恐怖したのか、また千本を放つ。

これで死ぬ。挽肉になって肉屋に運ばれてタズナん家の伴食のハンバーグになれば良かったのに。

それなのに、

「ナルトが羨んだんだ。それが嘘な訳が無い」

自信を持って言ってんじゃねぇ。







狂った歯車の上で







ああ、これで終わりか。

白い、視界の全てが針針針針針針針針針針。

短かった。醜く生にしがみ付けと言われしがみ付いてきたつもりだったのに、何故だろう。どこで間違えたんだ。

イタチを殺していない。まだ殺して無いんだ。

ナルトに認められて無いんだ。まだ認めてもらっていないんだ。

「死にたくねぇ!」

ああ、そうだ。

俺は死にたくなんてない!

「そうだな、誰も死にたくねぇよなぁ」

風が吹き荒れる。

その中心には、俺を羨ましいと言ってくれた、

「ナルト!」

「騒ぐな、耳が痛い」

吹き荒れる風が更に強く、服がバサバサとはためく。

何故だろう、こんなちっぽけな風じゃ仮面の攻撃が防げるなんて思えもしないのに、出来るとしか思えない。

迫り来る針の雪崩にナルトはどうするつもりなのだろうか。俺には理解出来ないようなことをやって見せるとしか思えない。

ナルトの顔には一筋の汗、それだけで悟った。

ナルトにはこの攻撃の対処方など持ち合わせていない、それなのに俺の為に飛び込んできたということを。

そのことを考えたと同時に足が動いていた。もう限界だと思っていたのに。

そのことに感謝しながら、俺はナルトを――――突き飛ばした。





オレはどうにかしちまったのだろうか。きっとそうだろう。

何時ものオレならば、こんなことなんかしない。うちはの為に敵の前に飛び込むなんて愚行を。

聞いちまったから、アイツの二度目の本音を。

『死にたくねぇ!』

理由なんてきっと単純なんだ。複雑な理由なんて後から嘘になっちまう。

本当に単純、単純だから今も、これからも変わることなくやってける。

迫ってくる千本の雪崩、回天なんてしたら真横で突っ立っているうちはまで吹き飛ばしちまう。

しかもそれが止めになるかも知れない。

しかし、それしか手段が残っちゃいない。

せめてもの抵抗に旋風を吹かせているが、大して効果は無いだろう。ほんの少し方向が変わるだけで、ほんの少し生きる時間が増えるだけで大した意味も無い。

ああ、本当に使えねぇなぁ。なんでこうなっちまったんだ。

先生に怒られるかもしれない。捨てられるかもしれない。

ああ、憤怒と憎悪が静かに静かに落ちていく。心臓の奥の黒くドロドロとした物が脳を染めていく。

青いチャクラで作られていた旋風が浸食され紅く変色していく。回転数は上がり、チャクラの密度も上がる。

ああ、うざい。目の前の、オレを殺そうと飛んでくるモノがうざい。

ガンガン、と誰かが頭をノックしている。痛ぇよ。痛ぇんだよ。止めてくれ。

千本がオレの結界に触れた。オレの世界に入り込もうと強引に入ってくる。

それを認識したと同時に――――オレはうちはに突き飛ばされた。







突き飛ばされ、地面に頭を強打してから現実に気付いた。

針がオレの目の前を通過していく。オレを突き飛ばしたうちはを射殺そうと。

旋風の中のうちはは安心したような顔でオレを見ていた。

その笑みは嘲笑でも自嘲でもなく、真に安堵の笑みだった。

針の雨が通過した。そこには身体中が針だらけのうちはが立っていた。

意識はあるのか、確かめる必要もなかった。

うちははただ立っているだけ。それなのに、何故か尊く感じた。

「馬鹿じゃねぇの?」

弱っちいくせにかっこつけやがって。何様のつもりだよ。

そんなうちはをオレは蹴っ飛ばして氷の鏡の外に追い出す。

邪魔だからなぁ、弱い奴がいていい世界じゃあないんだよ。

「助けてもらっておいていう言葉じゃないですよ」

「なぁに…オレ一人でも簡単に防げたさ」

オレ一人だったなら、という条件付だがね。

うちはが邪魔したんだ。きっとそうだ。そうに決まっている。決まっているんだ。

何時だって、アイツが邪魔だった。

アイツの前じゃオレが霞んで見えやがる。

弱っちいくせに。低脳のくせに。なにも知らないくせにだぜ?

何度も殺そうかと思った。

今だってそうだ。今日中に治療しなかったら死ぬだろう。

「オマエ…本当に優しいよなぁ」

これだけぶっ刺しといて致命傷にはならないなないなんてどんな技量だよ。最後のはオレの旋風でほとんど逸らしたみたいだけど、その前からぶっ刺してたんだよな。

ああ、なんでオレの周りは皆才能に溢れてんだ? 嫌がらせ? そうに決まっている。

天才、天才、天才、異能、異能、、、そこに埋もれる無能。

埋もれて埋もれて埋もれて埋もれて、そして誰にも姿を現さずに磨耗して塵となって忘れ去られる。

所詮は使えない道具って訳だよ。そうなんだよ。そうに決まってたんだ。

だから淋しいから才能っていう道具が近くにいて欲しかったんだ。

もう一度言う。

「白…オマエが欲しい」

恋愛なんてモンじゃねぇ。物欲からの一言だった。

だが、またしても返事は千本だった。







「オマエ…本当に優しいよなぁ」

何を言い出すのかと思えば仲間を傷つけた罵倒でもなかった。

目の前に、視界にいれることすら嫌だった。それなのに今の彼は本当に淋しげで、再不斬さんと出会う前の僕とそっくりで、なにか近いものを感じた。

彼も道具だ。僕も道具。本当に近かったのかもしれない。

だけど、

「白…オマエが欲しい」

その一言の前で霞んでしまった。

極上に醜悪だ。





僕が放った三本の千本、それを一瞥しただけで彼を息巻く風が逸らしてしまう。

紅い風が僕の攻撃をそらし続ける。

最初は三本、次は十八本、そして今は一人当たり十本で六枚の鏡から放っているというのに服は掠っても身体に届きはしない。

昨日までは蒼かった風が今は紅い。力強さも桁が違う。

「なぜ届かない」

「遠いんだよ、オレとオマエの距離が」

彼が動いた。地面が踏み切りと同時に砕ける。どれだけの力を籠めているんだ。

鏡の中を高速で移動する。ここの中ならば僕は彼よりも速い。

彼の身体全体を捻って繰り出された拳は僕の鏡を砕こうとするが、それ自体が失策だ。

バキッ、と何かが砕ける音がする。鏡が砕ける音じゃあない。

「随分と…硬いな」

「昨日は水場のない森の中でしたからね、この鏡を砕けるとは思わないほうがいい」

この場で僕が作った氷は鉄以上だ。

再不斬さんは言った。『先手は打った』と。

「これで終わりです」

この辺一体の霧を全て千本に変えて、速く終わらせてしまおう。

この胸騒ぎが止まることを祈って。

「いいや、まだ終わらせないさ」

紅い旋風の回転速度が上がる。

来る。あの森で僕の攻撃を防ぎきったあの高速回転が。

僕の最高の攻撃と彼の最高の防御、どっちが勝つか。

彼から吹き荒れるチャクラすら紅かった。それが妙に似合っていて、それが妙に似合っていなかった。

彼の身体が回転したと分かった瞬間、全ての音が消えた。







何かを貫く音と何かを抉るような音、そして空気を揺るがす衝撃を感じた。

「俺はアイツがガキの頃から、徹底的に戦闘術を叩き込んできた…アイツは信じがたい苦境の中においても、常に成果を上げてきた」

オレには無い何かを持っていた。俺は惹かれたのかもしれない。アイツの眼を見たときに、一番最初に。

「心もなく命という概念すら捨てた、忍と言う名の戦闘機械だ…その上、奴の術は俺すら凌ぐ。『血継限界』と言うなの恐るべき機能」

白の出会いを思い出す。そして粗野に扱っていた筈なのに金魚のフンみてぇにちょろちょろとついて来ていたこと思い出す。それを邪険に払いながら居心地が悪くなかったのも覚えている。

「俺は高度な道具を獲得したわけだ。お前の連れてる廃品とは違ってな!!」

アイツは優秀さ。既に俺以上に強い。オマエの連れているどんな道具よりも優秀だ。

「他人の自慢話ほど退屈なモノはないな…そろそろ行かせてもらおう!」

己の部下が道具扱いされたというのに否定しないところがカカシの本性を垣間見させる。

「まぁ待て…話ついでにお前の台詞を借りて、もう一つ自慢話をしてやろう…お前は確かこう言ったな」

なんの話だ? って顔してんじゃねえよ。

「クク…オレはその台詞をサルマネしたくてウズウズしてたんだぜ」

まだわからねぇのか。思った以上に頭が悪いようだ。戦うこと意外知らねぇんじゃねぇか?

「『言っておくが』『オレに2度同じ術は通用しない』…だったか」

「!」

遅ぇ。遅ぇよ。

「俺は既にお前の…その眼の下らないシステムを全て見切ってんだよ」

霧に囲まれたこの地形は本当に居心地がいい。

まるで俺の為に霧が充満しているようだ。

「この前の闘い…俺はただ馬鹿みたいにお前にやられてたワケじゃない。傍らに潜む白に、その戦いの一部始終を観察させていたワケだ。白は頭もよく切れる。大抵の技なら一度見れば、その分析力によって対抗策を練り上げてしまう」

分かるだろう? 白の優秀さが。アイツはどの道具よりも優秀だってことがよ。

「忍法 霧隠れの術」

辺りに漂う霧が真っさらな画用紙のように真っ白に、俺はカカシの首を取りに地を蹴った。







五分か。痛み分けだな。

僕が放った千本はほとんど跳ね返させられ自身に襲い掛かってきた。どの鏡に逃避しようにも千本は全ての鏡に跳ね返っていた。

顔面を両手で守る体勢を取り防御に移る。

四肢に走る激痛に耐え、両目を開くとそこにはいなし切れなかった千本を受けた彼が立っていた。

彼が纏う白衣は既に布切れ、浅い傷で所々が赤い染みで汚れている。

痛いだろうに彼は両手をポケットに入れて何かを弄っている。そして取り出したのは赤色の長方形型の箱。

煙草だと気付くのに三秒。呆れるのに一秒。

何がしたいのだろうか。

彼のチャクラは最初出会った時の澄んだ青色に戻っている。荒々しかったあのチャクラの風も今では気持ちの良いそよ風のようだった。

彼の指先には小さな火が灯っている。そこに煙草の先端を近寄せて火をつける。

本当ならば霧だらけの場所で煙草が吸えるわけが無いのだが生憎、彼とのぶつかり合いで僕たちの周辺の霧は全て吹き飛んでいた。

「絶対防御なんてあるわけ無いのにな、なんだかそう思っていたよ」

彼がポツリとつぶやく。

それをしっかりと耳に入れる。が、答えるつもりは無い。

今は霧がまた僕たちを覆うのを待って黙っているのが最善だ。水気の無いところでは大した力も発揮できない。
 
彼の吐く煙がやけに白く見える。それだけが印章的だった。

ダン、と何か思いモノを置く音が聞こえその方向を向くと彼が大きな酒樽を置いてあるところだった。

いつの間に取り出したのかは分からなかったがそんなものでこの場をどうひっくり返すつもりだろう。

酒樽をみている彼の顔には抑揚は見えず無表情に見えた。

そしてツンとした香り、酒樽の中に満たされていた液体がアルコールだったということに気付く。

消毒用? そんな訳が無い。彼ほどの医療忍者ならばそんなことをする必要もない筈だし量も異常だ。

「一瞬だけど、熱いぜ」

そういって高速で印を組んでいく。

「何をするつもりですか」

応戦しようと六枚の鏡の中を駆け巡り狙いを定めさせぬよう走るが、意味が無いことに長い時間を使ってしまった。

見覚えのある印だった。

だって、再不斬さんがもっとも得意とする忍術なんだから。

「霧隠れの…術」

酒樽に満たされた。それも純度が物凄いのだろうそれが気化していく。

酒樽の近くには既に彼はいなかった。気化していくアルコールに気を取られていた一瞬で彼の姿を見失ってしまっていたようだ。

何時の間に!?

「ああ、本当に一瞬だ」

声は上から聞こえた。そして細長い棒状の、煙草が落ちてくる。

「しまっ――――」

遅かった。

気化したアルコールは煙草の火に引火し、全てが燃えた。







「絶対防御なんてあるわけ無いのにな、なんだかそう思っていたよ」

中のバケモノがオレを勝手に弄繰り回したお陰でオレを取り巻く風が変わった。

蒼かったチャクラの流れが紅く変色、侵食していった。

バケモノがオレに力を与えやがった。

いい具合だった。最高に気分も良くて、全てをぶち壊したくなるくらいにハイになっていた。

これならば、これならばどんな攻撃だった吹き飛ばせる、そう思っていたのだが。如何せん、現実はかなり厳しいようだ。

バケモノの力に翻弄されていたらしい。

脇腹に刺さった千本の痛みがその情け無い勘違いを修復してくれる。

クールになれよ、オレはただの無能だ。無能は考えなきゃ何も出来やしないんだ。

なぜ考えるか。

人は生き残るために少ない知恵と知識を行使して考え悩む。

人間が生きる為には考えるという行為が必要不可欠だ。考えるという行為を拒絶した瞬間、それは死んだという。

そんなことを愚かにもしようとするのは自分を信じられない自殺願望者かある筈もない、いたとしても使えもしねぇ神様ってのに心酔する宗教信者くらいだろう。

少なくともオレは自殺願望者でも宗教信者でもない。

アスマから貰ってから癖になりつつある煙草に火をつけて大きく吸った。

肺に浸透していくニコチンが気持ちいい。この国に来てから一度も吸っていなかったから正直限界だった。

脳が縮こまっていく、血管が窄まる感覚が心地よい。

「(身体の状態はどうだ)」

全快の七割くらい、と肉体は本当に素直だ。白を相手にするのには正直心もとない。

小道具を使わせてもらおう。足りないモノは道具で補う。卑下することも無い。それがオレの当たり前なんだからな。

肺に入っていた煙を吐き出して、その直後に口寄せでアルコールに満たされた酒樽を取り出す。

純度は高い。工業用で市販されているモノよりも高いかもしれない。眼に入っちまったら間違いなく失明するだろう。

その上混ぜてはいけないような危険な薬品も入れられるだけいれてある。発火性の高い薬品が混ざり合ったヤツだ。火力は指折りもんだが炎を維持できる時間は物凄く短い。

だから、

「一瞬だけど、熱いぜ」

「何をするつもりですか」

言うつもりはねぇなぁ。

休憩しているつもりでまた霧を集めている白にはこっちからも秘密ってヤツだ。

もうバケモノのチャクラは使えねぇ。暴走してしまいそうになるあの感覚はもう懲り懲りだ。

暴走しちまえば白なんて楽に倒せる。否、殺せるだろう。

だが、オレが無能でないことを認めさせる為に自殺紛いなことをし続けたのに、そんなことで無駄にしてたまるか。

オレはオレだ。クソッタレ。

「霧隠れの…術」

アルコールと混ぜた薬品の匂いが更に強烈になる。この霧が眼に入れば白眼諸共サヨナラだ。

んなことをさせない為に全力で上へ跳んだ。

花火ってのはなんで綺麗なんだろう。祭りがある度に人知れず、森の中で里の様子を見ていた思った。

一瞬だからだ。一瞬だからこそ価値があり、美しいんだ。

「ああ、本当に一瞬だ」

綺麗に咲いてくれ。







強烈な烈風と共に再不斬の霧が吹き飛んだ。

「あっちで何が起きているっていうんだ!」

さっきも空気が震えるほどの衝撃、そして今度は火柱か。

訳が分からん。既に理解の範疇を超えている。

「ちっ」

霧が消えたことによって再不斬の姿は丸見えだった。だが、それをそのままにしていたら再不斬などにここまで本気は出しはしない。

再不斬はすぐさま霧隠れの術で濃い霧を作り出す。

再不斬は既にそこにはいないだろう。

一体何処へ、、、

コトッ、という音が耳に入った。

「!!?」

そこか!

「―――チッ!」

「お前は写輪眼を過大評価し過ぎた」

振り向いた方向にはちっぽけな石っころと再不斬の蹴りが待っていた。

感覚が過剰に鋭くなりすぎている。一々反応していたら身がもたない。

「その洞察眼、それにお前の勘が必要以上に働きすぎて敏感になり過ぎている」

背後からの的確な説明ありがとう。

「だが…次…お前がオレを見た時、それは全ての終わりだ」

こいつ、眼を閉じてやがる。何も読めやしない。

あの白という少年の助言なのだろう。確かに、よく観察してやがる。

「ククク…お前は事象の全てを見通しているかの様にほざいていたが……結果、その先読みは外れている。カカシ、お前には俺の心も未来も見えてはいない。写輪眼とは…つまり、そう思わせる為の透遁法」

ガイがいつもオレの眼を見ずに戦っているから己の弱点も分かっている。

確かに、写輪眼は視覚から直接に脳へ暗示を与える瞳術。眼を閉じられたらどう暗示を掛けろっていうんだ。

「……突き詰めて言ってしまえば、洞察眼と催眠眼の両方を持ち合わせた瞳術」

「……………」

「その2つの能力を使い、姿写しの法から心写しの法、そして術写しの法へと透遁し…自分にはあたかも未来が見えているかのように振舞う。まずはその洞察眼でオレの動きを即座に真似て同様を誘い、オレの心の揺らぎを確信したお前は、更にオレになりきる事で心の声を決め付ける」

「それは体験談か?」

駄目か、相手にされてもいない。

「心の中を的中され焦ったオレの動揺がピークに達した時を見計らい、お前は巧妙なワナを仕掛ける。催眠眼で幻術を使い、オレに印の結びを先出しさせて…後はそれを真似するだけ…だったら話は簡単だ」

「――――ッ!?」

真横から包丁が―――!!

まず過ぎる! 視界に入ってからじゃなきゃ対処出来ない!!

「まず、この濃霧で姿を消しお前の洞察眼を封じ…」

「くっ!」

次は―――真後ろ!

「…オレ自らも眼を閉じ、接近戦に置ける催眠眼の可能性を封じる」

何故、俺だけが再不斬を察知出来ない!?

「オマエだって見えていない筈だろ」

「…忘れたのか」

明らかな落胆の声。

再不斬の鬼人以外の忌み名、確か―――

「「サイレント・キリング」」

俺と再不斬は同時にその忌み名を口に出した。

「そうだ。オレは音だけでターゲットを掴む天才だってことだ」

おいおい、それは音忍の闘い方じゃないの。どこまでも規格外だ。

これ程の悪条件下、前線に復帰した見たいだ。

まいったな。最近じゃ緩い任務ばかりで―――久々にぞくぞくとしてきた。

忘れるな、アイツはターゲットを殺すためならば如何な手段でも手を染める霧隠れの忍び。

この場合、最も有効な手段とは―――

「サクラッ!!」

人質だ。あの二人を人質にされたらオレが動けない。

これは殲滅戦じゃあない。気を抜きすぎた。

既に再不斬はサクラ達の背後に現していた。

「避けろ!!!!」

再不斬は背負っている首切り包丁に手を掛けると思い切り振りかぶっていた。

「タズナさん!」

サクラは瞬時にタズナさんを思いっきり突き飛ばし自身も俺の声のした方向に飛び込んできた。

真っ二つになっていただろうサクラの代わりにサクラの忍具が詰められていたポーツが真っ二つとなっていた。

「だ、大丈夫か嬢ちゃん!?」

「だ、大丈夫みたい…です」

心の底から怖かったのだろう。瞼には涙が滲んでいるサクラがやけに印章的だった。

そして俺はサクラの頭に手を乗せる。

「よくやったぞ。サクラは十分に一人前な忍びだよ」

ああ、本当によくやってくれた。

こんな小さな女の子が根性を出したんだ。

俺が頑張らんでどうするのよ。

「チッ……小娘にまで避けられるとは俺も鈍ったか………ヤキが回ったもんだな」

「そうだな、サクラの実力も把握出来ないんだ。そうとうヤキが回っている」

アイツには分かっちゃいない。

サクラの本当の実力も。

サスケの本当の実力も。

ナルトがどれだけ強いのかは俺にだって分からない。それでもアイツは強い。

そして、再不斬は一番分かっちゃいないのは俺の本当の実力だ。

「ほざくなよ、ものまね野郎」

「ほざくな、さるまね野郎」







全てが焼けた地面に降り立ったと同時だった。

着地地点砕け、空いた穴から氷柱が現れオレはまた空を舞った。

「なっ!?」

今ので焼き尽くしてなかったっていうのか!?

全部燃やした筈だぞ。焼け残っていたのか。

「確かに、一瞬でしたね…その一瞬で身体を凍らすのは躊躇しましたよ」

身体そのモノを凍らせていたのか、こいつもうちはと同じようなこと考えやがって。

身体の自由が利かない状態まま落下していくとそこには墓場の墓石のように氷の柱が伸びてくる。

「橋が崩れちまうよ」

いくらなんでもやり過ぎだ。コイツ、霧からじゃなく海から直接氷を作ってやがる。

さっきの炎で完璧にこの辺の霧が無くなっちまったからな、もう白に霧から千本を作るなんて大道芸は出来ない。だからってこんなことするか。

「君のせいで仮面が焼けた」

なにを言ってやがる。それくらい

「君のせいで服が燃えた」

なにを

「君のせいで再不斬さんの道具が不良品になった!」

氷が膨張し、至る所に木の枝のように針が出来ていく。

暴走してんじゃねぇ。

オレだって暴走してぇんだよ。

「ここで負けたらオレだって不良品なんだよ!」

もう二度とあのカマ野郎に無能だなんて言わせねぇ! 言わせてやらねぇ!

「先生の道具はなぁ、一度だって失敗は許されねぇんだよ!」

畜生、身体が動かねぇ。

だけど、それもなんか悔しい。





『カブト、この子……才能ないわよ』

オレの妄執の始まりとなった一言だった。

その一言から才能という言葉に翻弄されていたのだろう。

『ナルトが風の性質とはな…こりゃ驚いた』

アスマが驚いたのはこの時が初めてだったかもしれない。いつも飄々としていてうまく掴めないヤツだったから。

そして、オレに唯一の才能と道を教えてくれたオトコだ。

こいつからは色々学んだ。タバコや在り方を。

『センスがないとダメだぜ。お前、大丈夫なのか?』

何気ないシカマルの一言がオレの心を抉った。

影分身を用いた修行法をしたとしても簡単にはいかなかった。

シカマルはオレの目の前で簡単に陰の性質変化をこなしていた。それが更にオレの心を抉った。

「知ってるか? 人間の身体ってのは堅いんだ」

切りにくくて、骨ですぐに引っかかる。

「…………」

白は分かるよな、なんたって死体処理班だからな。分かるよな。

「鉄でもいけない、すぐに刃が毀れちまう」

メスなんか問題外。刃の長さが短すぎて時間が掛かる上に手元が狂う。

「一気に切れて、刃こぼれが起こらない獲物が欲しかったんだ」

先生みたいに死体を扱う趣味なんて持ち合わせていない。だから使えない部分は腐る前に切り捨てていた。

それでも道具はただじゃあない。出費が嵩む。チャクラのメス、オレの解剖刀じゃ骨を絶つには威力が足りなかった。

あれは内臓や筋肉を切るためのモノだ。

「欲しかったのは解剖刀じゃあない。解体刀だったんだよ」

身体をバラして刻み込むための刀が欲しかったんだ。そうだったんだ。

だからこれが―――オレの活かすことの出来ない唯一の殺し技。

「肉を切るんじゃない、骨を断つんだ」

オマエの氷は、背骨みたいに頑丈そうだ。断たせてもらう。

公開オペの開始だ。







熱が傷に染みて驚いて眼が冷めた。そして体中の激痛に脳の奥まで一気に覚醒して眼に入ったのは巨大な炎の柱だった。

「…ナ…ルト……か」

アイツならこれくらいの芸当は簡単なのかもしれない。

俺にはアイツに不可能なことなんて想像も出来ない。たとえ頭と体が二つに分かれたとしても殺し続けそうだ。

それくらいに俺からは強く見える。

それでも、アイツでも苦戦するようなヤツが俺に倒せるわけがないってことくらいは今になってようやく分かった。

俺は今、氷の鏡の外。ナルトが助けてくれたのだろう。

意外だった。アイツなら俺を見殺しにして相手を殺すだろうと思っていたのに、意外だった。

巨大な炎の柱が消え、氷も大半が溶けていた。霧も吹き飛び仮面のヤツも千本を作れない状態になった。

やはり、ナルトはすごいと思う。

ここまでの戦い方は考えもつかなかった。

そしてほとんど溶けた氷の中から仮面の野郎が這い出てくる。

氷からはみ出た所は黒く焦げて煙を上げている。それでもヤツは健全そうだった。

バケモノ、その言葉が脳裏にストンと落ちていった。

仮面も焦げてしまいヤツはその焼け焦げた仮面を大事そうに懐に入れて、、、、

俺はヤツが女だったということに気付いた。

こんなに綺麗な顔をしたやつは初めてだ。そして、こんなに美しい歳も近い女に俺が負けたんだという事実に脳を揺さぶられる。

カカシは同世代でも自分以上に強いヤツは多くいる、と言っていたがそんなやつが目の前にいやがった。

そんなヤツにナルトは一人で戦おうとしている。

なにも出来ない自分に久しぶりに絶望した。

「なっ!?」

地面に降り立とうとしていたナルトの足元から氷柱が突き刺そうと飛び出す。

橋を壊しやがった。アイツはタズナが丹精込めて作ろうとしていた橋を壊しやがった。

そして、氷柱に叩き上げられたナルトは再度空に舞う。

「確かに、一瞬でしたね…その一瞬で身体を凍らすのは躊躇しましたよ」

あの炎に包まれながら自身を凍らせていたというヤツの言葉に震えがくる。

次元が違う。その一言だった。

ナルト、どんなところで戦ってやがるんだ。

「橋が崩れちまうよ」

俺だったら一発で気を失うだろう氷柱の攻撃を喰らいながらナルトの声はどうでも良さ気だった。それどころか呆れているようにも聞こえる。

氷柱が橋を貫く一瞬で反応して衝撃を和らげた!? どんな反射神経をしてんだアイツ。

こんなヤツと実力を試したいが為に勝負を挑んだ自分が嫌になってくる。

「君のせいで仮面が焼けた」

女は機械のように感情を込めずにそう言った。

この仕草を知っている。

「君のせいで服が燃えた」

ナルトと一緒だ。

アイツが、ナルトが狂ったように怒り狂う前兆とまったく、同じなんだ。

「君のせいで再不斬さんの道具が不良品になった!」

一度静まり返った殺気がさっき以上に爆発して橋を揺らす。否、揺らしているのは更に数本の氷柱が端を貫きナルトを襲っているからだ。ナルトは空中でなんとか体制を整えてまた落ちてくる。それを狙う気だ。

あのままじゃ串刺しになっちまう! 

「先生の道具はなぁ、一度だって失敗は許されねぇんだよ!」

ナルトも同じように激昂して女と同じくらいの殺気を放ちながら叫んだ。

それでもナルトを砕こうと突き進んでいく氷の杭は止まりそうにない。

「ナ…ルト…ッ! 逃げろッ!」

ナルトは俺の声が聞こえたのか聞こえていないのか、笑っていた。

「知ってるか? 人間の身体ってのは堅いんだ」

ナルトの奇妙な質問。あの女は死体処理班にいたとカカシは言っていたから知っているのだろうが、俺は知らない。

沢山の死体を見た、それも同じ一族の、同胞達のを。それでも堅さなんて確かめもしなかったから分からない。

「鉄でもいけない、すぐに刃が毀れちまう」

ナルトの独白は続く。

続きを言いたそうでうずうずしているのが声で分かる。

あれは新しいおもちゃを友達に見せびらかしたい子供が出す声だ。

「一気に切れて、刃こぼれが起こらない獲物が欲しかったんだ」

ああ、ナルトは楽しそうにそう言った。

風がナルトに集まっていくのを傷で敏感すぎる肌で感じながら俺は夜に月を見るかのように自然に見ていた。

「欲しかったのは解剖刀じゃあない。解体刀だったんだよ」

ナルトの指先に急に現れたメス状の刃に風が集まって、存在が変わった。

「肉を切るんじゃない、骨を断つんだ」

ナルトにとって氷の杭なんてただの患者でしかないということが分かった。

氷の杭ごとナルトは橋を切り裂いた。









「くっ…!」

「カカシ先生!!」

「ガードに入るのが遅れたなァ…カカシ!」

一回だけだと腹を括りやがって、テメェの読みの裏を狙うのが攻略法だって事を忘れて嫌がるのかよ。

ジジイをもう一度狙ったらカカシが身を挺して庇いやがった。それがカカシの甘さだ。

「せ、先生さん!?」

ああ、もうカカシはお仕舞いだ。ここで、この場でオレに殺される。

「ガキ共を助けたいと言う一心が、お前の頭に血を昇らせ…重い枷になっている事に気付かないとはな」

もう一度殺気を送る。

「く、来るな!!」

「!!」

極度に敏感になっているカカシはすぐに反応してしまう。

つまらんな。

「大層な眼を持っててもよ、雑念があったらオレの動きを読めないぜ」

カカシの額には汗が玉を作り、焦りが生じているのが手に取るように分かる。傷も致命傷に近い。

どうせガキ共のことを考えているのだろう。オレにだって一体何が起きているのか分からねぇ。

ここでもう一度カカシの心を揺さぶってやる。そして最初の闘いでオレが味わった困惑を体験してもらおう。

「心配しなくても、ガキどもは白がそろそろ殺してる」

そしてこの言葉が自分の為に言っていることも分かっている。

さっきから分かる、自分の作った霧が驚くほどの速さで消えていくのが。白の氷になっているんじゃない、かき消されているんだ。

「最もお前もすぐ奴らと同じ場所に送ってやる…せいぜいあの世で、己の力の足りなさを泣きながら詫びるんだな!」

アイツはどんな逆境でも覆してきた。常にオレの予想を超えてきた。だから今回もきっと覆してしまうだろう。

「サスケ君は、あんな奴に簡単にやられてりしないわ!! ナルトだってアンタが思ってるより、ずっと凄いんだから!!」

どうやらこの小娘はカカシと違って気丈なようだ。いい覇気を出している。

そしてこの小娘の言葉でカカシの顔色も変わる。いいタイミングで空気を変えやがる。本人は自覚していないだろうが、いい仕事だ。

「俺はアイツらの強さを信じてる…サスケは木ノ葉の最も優秀な一族の正統血統!!」

信じずにオロオロしていたのはどこのどいつだか…、オレもそう変わり無いがな。

「奴の名はうちはサスケ。あのうちは一族の血継限界をその血に宿す…天才忍者さ!!」

そんな大層な天才様でもこの条件での白の前では凡人と変わりない。何も知らないヤツは幸せなもんだ。

「そうよ! サスケ君はアンタ達なんかに負けないわ!もちろんナルトだってね!」

「実際に白の実力も知らねぇ癖にグダグダ言ってんじゃねぇ」

そうだ。何も知らねぇくせに勝手に結果を出してんじゃねぇ。何も分かっちゃいねぇくせに。

「如何に、あのガキどもが強かろうが白の秘術を破った者はいない。過去一人としてな」

この状況でのあの戦法は今まで誰にも負けたことは無い。そう確信し、オレは印を組んで気配と音を消すと、また霧の中へと溶ける。

「また消えた!!」

「サクラ此処を動くな!!」

どこにいるかも何をしようとしているのかも音を通して全てが分かる。

それでいてオレからは一切音を出さない。オレの常套手段だ。

「オレもカタをつけよう」

水は衝撃をよく伝えてくれる。音とはつまり衝撃だ。この霧の中でオレの声が響き渡る。そしてカカシはオレの位置を知る術は無い。

これで最後だ、と刀を投擲しようとした時、同じように霧の中でカカシの声が響いた。

「聞いてるか再不斬…お前はこの俺が写輪眼だけで、この世界を生きてきたと思うか…」

「ああ、思うな」

今のオマエの姿が物語っている。目の使えない闘いでは何も出来ないさるまね野郎だとな。

「俺も元暗部にいた一人だ。オレが昔、どんな忍だったか……次はコピーじゃない、俺自身の術を披露してやる」

カカシは切られた服に手を入れ中から巻物を取り出した。 巻物の金具を解こうとした瞬間、耳障りな音と微かな振動が響いた。

堅いモノを切る音と共に強い風が吹いてきた。

白なのか、白がやったのか。

帰ったらお灸を据えてやる。それとまた調整をしてやるか。

そう思っているとカカシは急いで、ではなく焦って手に持っていた巻物を広げ、胸に出来た傷口に指を突っ込み血を拭う。

口寄せか、所詮はモノに頼ることしかテメェには出来ねぇんだよ。

「聞こえるか、再不斬。お互い多忙の身だ。お前の流儀には反するだろーが、楽しむのはやめにして…」

巻物を閉じると、その巻物を指で挟みながらカカシは印を組む。

「次で白黒つけるってのはどうだ!」

ヤツの顔が焦りでピークを迎えたようだ。忍びたる者、顔に出しちゃいけねぇな。

「フン…俺も早く終わらせたかったところだ」

だが、それはオレも同じみてぇだ。

さっさとぶっ殺してガキ共とジジイも皆殺しにしてここを離れてぇ。

残された力を振り絞り印を組んでいくカカシ。そして、巻物ごと地面に両手を叩き付けた。

これは典型的な口寄せの術。こんなのがあいつ自身の術だとはな、オレも舐められたもんだ。

「忍法 口寄せ! 土遁 追牙の術!!」

「何をやっても意味ねーぜ。お前にはオレの気配は全く掴めていない、だがオレはお前の事は手に取るように分かる。カカシ、お前は完璧にオレの術中にはま……なんだと!?」

地面の割れ目から犬が姿を現し、オレに噛み付いてやがる!

しかも一匹だけじゃねぇ、まだ溢れてやがる!

「目でも耳でもダメなら…鼻で追うまでのこと」

カカシがオレの方へ向かってくる。

「ぐっ…ッ!」

ダメだ、解けねぇ! なんて顎の力してやがる!

「霧の中で眼なんか瞑っているからそうなる…これは追尾専用の口寄せだ。俺がお前の攻撃をわざわざ大量に血を流して止めたのも、この為だ。お前の武器にはオレの血の臭いがべったりとついている。そいつらはオレの可愛い忍犬達でね」

ふざけんじゃねぇ! なんで解けねぇんだ!

「お前は俺を斬りすぎたんだ。かなり死に掛けたぞ」

優越感に浸ってんじゃねぇ、ぶち殺してやる!

畜生、解きやがれ!

「オレの未来が死だと…お前のハッタリはもういい」

ハッタリなんかじゃねぇ、オレがテメェを殺すんだ!

「この状況でお前はどうする事も出来ないよ………お前の死は確実だ」

殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺すッ!!

「お前の野望は大きすぎた。霧の国を抜け抜け忍となったお前の名は、すぐに木ノ葉にも伝えられたよ。水影暗殺…そしてクーデターに失敗したお前は数人の部下と共に野へ下った、と」

テメェがオレを語るな! オマエになにが分かるってんだ!

「報復の為に資金作り、そして追い忍の追討から逃れる為…そんな所だろう。ガトーのような害虫にお前が与したのは………」

ほら、分かってねぇじゃねぇか! 全然分かっちゃいねぇ!

一欠けらも理解してねぇくせに代弁してやってる顔なんかしてんじゃねぇ!

「お前は危険過ぎる……お前が殺そうとしているタズナさんは、この国の勇気だ。タズナさんの架ける橋はこの国の希望だ。お前の野望は多くの人を犠牲にする。そういうのは…忍のやる事じゃあないんだよ」

「そんなこと知るか! 俺は理想の為に闘って来た、そしてそれはこれからも変わらん!!」

ああ、そんなこと死ってたまるか!

何故他人の為に生きなければいけない。それならば、なんの為にオレが生まれてきたんだ。

もし、他人の為だったならば、そんなくだらない理由でオレを、オレみてぇなヤツを作るんじゃねぇ。

自分のしたいことを捻じ伏せてまで他人を思うなんかできるはずがない。 お前にはそれができるのか!? ああ!?

カカシは丑・卯・申と印を組んでいく。淡々と機械的に、感情を表しもせずに。

「諦めろ…お前の未来は死だ」

カカシは右手にチャクラを収束させる、それは次第に大きくなり一種の放電現象のようだった。

「忍法 雷切り!」

カカシの腕がオレの心臓を抉ろうとした瞬間 「再不斬さん!」 髪の長い少年が再不斬の目の前に現れた。

ズボ、と肉を穿つ音と共にカカシの困惑した声が耳に入った。

「な、ナルト…」

白の黒髪の端に血に塗れた金色の髪が見えたところでオレは白を抱いて全力で跳んだ。









[713] Re[21]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:2b381d3d
Date: 2007/07/22 06:57




ああ、果てしなく気が狂いそうだ。







狂った歯車の上で









形態変化、そんな知らない単語をチャクラのメスを覚えようとしていた時期のオレにカブト先生はそう言っていた。

チャクラのメスは形態変化の延長線らしい。形のみではなく中身だけを切るという技は簡単な技術ではない、ということを教えられた。

そんな難しい技術を教えようとしてくれている先生にオレは少なからず感謝をした。

オカマに無能を言われ、教えられても中々上達せずに困らせていることを自覚していたオレはこれだけは絶対に習得すると胸に誓った。

幾日も死体をきり続けた。皮膚を切らないように、腕のメカニズムを頭に叩き込んで何度も何度も何度も繰り返した。

そして繰り返した数と同じ回数失敗していた。メスの形を作り上げるだけで一ヶ月も費やしたオレがそう簡単に習得できると思っていなかった。

それでも、先生に失望されないために、オレの存在理由を絶やさないために刻み続けた。

『君にはまだ早いよ』

そう言われ目の前で自分の腕の神経だけを切ってやった。

これだけじゃダメだ。筋肉も刻んでやろうと腕を振り翳した時、先生に腕を掴まれ止められた。

『驚いた。こんなに早く出来るようになるとは思わなかった』

大して驚いたような顔をしていなかったが、その言葉を聴けただけで感涙しそうになった。

それでも泣く事はせずに当たり前だという顔を作り、オレは自分のポジションを保ち続けてきた。

性質変化という知らない単語をカブト先生はオレになにやら特別らしい紙を握らせながらそう言った。

気分は実験動物だった。失敗は出来ないと全力でチャクラを込めたオレはガキだったのだろう。

クソが付くくらいの負けず嫌い。そんなオレを褒め称えたいくらいだ。負けず嫌いだったからこそ今のオレがあるのだから。

チャクラを込めて、手を開くと真っ二つに切れた紙が緊張と恐怖に掻いた汗で皺くちゃになっていた。

火の国の者では極めて珍しい、とカブト先生は笑って言っていた。実験は成功したのだとその笑みをみて確信した。

これ以上先生に迷惑は掛けられないとオレは性質変化についてはアスマに聞く事にした。先生の時間はオレのものじゃあない。勝手に使っては罰が当たる。

『ナルトが風の性質とはな…こりゃ驚いた』

アスマに性質変化について何も知らない少年を装ってあの紙に目の前でチャクラを込めてやった。今度は緊張もせずに気楽にやると紙の端っこに切れこみが出来る程度だったことに驚いた。

もっと気を抜いていたら切れ込みも出来ていなかったかもしれない。

それでも、アスマを驚かせてやれただけで良かった。こいつはいつも飄々としていて空気が掴めない。そして、いつもなんでも知っているようにモノを言う。

『センスがないとダメだぜ。お前、大丈夫なのか?』

すぐ横で詰め将棋をしていたシカマルがこっちを向かずに将棋の参考書を読みながら言ってきた。

アスマのチャクラ刀を借りて自信を持ってチャクラを込めてもふにゃふにゃで大根さえ切れなそうでいた。

まだいい。まだ始めたばかりだ。これからだ。そう自分に言い聞かせていたらシカマルがダルそうに近寄ってもう片方のアスマのチャクラ刀を借りてチャクラを込めた。

『ふう…こんなもんか』

見事な黒色の刃が形成されていた。

初めてなのか、と問い尋ねてもシカマルは初めてだと平然と言った。

その言葉にオレは戦慄を、アスマは驚いた顔をして驚いた。

アスマのチャクラ刀の素材は特別で持ち主のチャクラを吸引して変換し、そして刃を作るらしい。

つまり、媒介という役割を果たしている。果たしているのにオレは出来損ないでシカマルのはすぐにでも本番で使える程の刃を作っていやがった。

視界が真っ白になって、真っ黒になって色素を無くしてゆっくりと戻っていった。

いつもの頭痛を感じ頭を抑えようとするが、それを無理矢理止めてポケットに突っ込む。

帰る、と言って後ろを向いて帰った。

二人が急に帰ろうとするオレに声を掛けるが振り返られなかった。

悔し涙を見せることが出来なかった。

数日してからアスマから本人とまったく同じチャクラ刀を渡された。分かっているくせに、違うって分かっているくせに誕生日プレゼントだ、とそう言った。

本当に分からないヤツだと思った。







「最後に言いたいことは無いか」

オレの解体刀の剣先が今、白の喉笛に浅く触れている。

影分身を用いた修行をしたとしても二年、形態変化と性質変化の修行は合わせて四年以上の時間を注ぎ込んだ集大成が今オレの腕の中にある。

医療のためじゃあない。初めて人を殺す為、バラすために作り上げた解体刀だ。これがオレの奥の手、アスマの技である飛燕だ。ただ、少々大きさや範囲がアスマのとは釣り合っちゃいない。

「………ッ!」

白は何も答えやしない。最後の攻撃でチャクラなんてからっぽだろう。その攻撃のおかげでこっちもかなりの痛手を負った。感覚神経を最初から閉じているから痛みなんてちっとも感じやしないがかなりやばいだろう。

「あっちもそろそろ終わりみてぇだなぁ、おい」

戦いの音が途絶えた。そのかわりにチッチッチッ、という発電音に近い音が微かに聞こえてくる。あれは雷切りだろう。一度先生の情報で聞いた事がある。オレの解体刀よりも高度な術だ。

それを出させた再不斬、元よりオレが適うわけがない、か。

「いいのかよ、このままじゃ見殺しだぞ。てめぇのご主人様が死んじまうぞ」

「いいわけあるかッ! ふざけるな!」

手に汗を感じる。死んでいった殺気がまた膨らみ始めた。

今、アイツの頭の中はグチャグチャだろう。何もかもが終わっちまう、それと同じような心境の筈だ。

オレも同じだから分かる。上も下も無い、同じだから同情できる。オレと白は同じなんだ。

「再不斬を生かしたいか?」

もし、先生が……という仮想からそんな言葉が自然に出てきた。

もし白の立場にいたら、そんなことを考えると発狂しそうだ。

「………できるのですか?」

「オレは今……オレが白の立場にいたら、という仮想を思い浮かべた」

「……………」

なんという言葉を選ぶか、なんて考える必要は無い。

思った言葉をそのまま、なんの加工もせずに伝えればいいんだ。

「狂いそうだよ」

狂いそうなんだよ。心が腐って、崩れ落ちそうなんだ。何かが、ぶっ壊れそうなんだよ。

白の眼は狂った人間のように血走っていた。オレも、そうなるんだろう。

嫌なんだよ。一人でも、いちゃあ困るんだよ。

一番不幸なのはオレで、一番狂っているのもオレじゃなきゃいけないんだ。

オレは今、狂っている。

今だけじゃない。ずっと、ずっとずっと狂っていた。

怒りに取り付かれて狂っていた。

嫉妬に心を縛られて狂っている。

だから、だろうな。こう思っちまった。

「…少し、疲れた」

少しでもいい。狂うことを休みたい。

何にも囚われずに軽くなりたい。何にも縛られずに歩きたい。何にも寄せられずに許したい。

本心の片隅で少しだけ主張していたモノが零れた。

「早く行けよ…死ぬぜ?」

白は初めて、オレの眼を正面からちゃんと見て走っていった。

その速さは今までの比ではなく火事場の馬鹿力なんだろう、と面白くなり笑った。

大きなため息と共に、フッと思った。

白はこのままでは死んじまう。

いいのか? んな訳ねぇだろう。

気が付けば脚は動いていて、それも今までの比ではなく火事場の馬鹿力ってやつで、オレも焦っていたってやつだ。

理由に複雑なもん必要ない。殺したくないから、生きていて欲しいから生かす。

いいんじゃねぇの? こんなもんでさぁ。

目の前で白が再不斬の前に立ち、全てを悟った顔でカカシの雷切りを待ち受ける。

「どうせ最後なら、」

盛大に驚かせてやればいい。

そんな思惑通りカカシの雷切りはオレの右肺と肩甲骨を貫いて、ちょっとだけ白の服を焦がした。

「な、ナルト…」

自分に質問をする。後悔しているか、と。

んな訳ねぇだろ、とオレは笑う。







感謝するんだな。ワシを小僧に封印した四代目火影とやらを。

何度も聞いたような気がする。

何時だってオレにそう言っている。

血反吐を吐いたって、骨を折られたっていつもそう言っている。

何時だってオレを見て、哂って、見下して、見守っているクソ狐。

何度もオレを呼ぶ声が聞こえる。

今は眠い。頼むから寝かせてくれ。

何度も左右に体が揺れてオレの眠気を妨げようとする。

揺らすなよ。頼むから寝かせてくれよ。

久しぶりに、いい気分なんだから。







記憶は走馬灯のように奔る。

あたかそれは、壊れたビデオテープのようで、止まることは無い。

瞬間を、またその瞬間を途切れ途切れに映し出して、また途切れ途切れに消えていく。

一つ一つのアイツの動作に嫉妬を感じる。

何故、俺じゃないのか。

何故、俺には仮面を被るのか。

俺の前では一度だって構えすら取ったことも無いアイツはあの仮面野郎には本気すら出した。

俺の前では一度だって笑いもしないアイツは仮面野郎には始終仮面を取って笑っていた。

『最後に言いたいことは無いか』

殺す気も無いくせに決まり文句のようにいうナルト。

『狂いそうだよ』

あんなに優しい眼をしたナルトは見たことがなかった。

あんな眼をするのか、と驚きさえした。

敵を勝手に逃がして、勝手に庇って気絶する。

今まで見てきたナルトからでは想像も出来ない。なんでナルトは仲間の筈の俺等には素を見せてくれないんだ。

タズナの家に戻ると互いに憎しみあって殺しあったのだろう、見知らぬ二人の死体と気を失っているイナリとツナミ。

間違いなく下手人はナルトだ。

ここはナルトに任せてあった筈だ。それに、こんな殺し方をするのはナルトしかいない。きっと、面白そうに死ぬ最期を見届けたのだろう。

サクラはその死体を見て吐いた。カカシはナルトを背負いながら呆然としている。タズナは、二人が無事か確かめるために駆け寄っていた。

部屋中に血の匂いがへばり付くかのように残っている。

『俺はナルトに相手にすらされていない』

その現実が目に取るように分かった。今回の任務ではっきりと。

「カカシ、俺はナルトに相手にされていないのか」

最後の確認にカカシに問う。

カカシの言葉なんかに影響される筈は無いが、それでも聞きたかった。

「俺も…ナルトが何を考えているかが分からない」

カカシも苦しんでいる。

ナルト、オマエは何を見ているんだ。

俺の目には何も映りはしない。何も教えてくれないんだ。

何が最強の魔眼だ。

俺は後何回この目でオマエは見ればいいんだ。













[713] Re[22]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 14:38




久しぶりの胸糞悪い木の葉の里と目の前にいる、

「おかえりなさい」

笑顔のヒナタだった。

家に帰り次第に家の中にはヒナタがいて、無性に抱きつきたくなったオレがいた。

「ただいま」

ヒナタから太陽に匂いがして、ちゃんとヒナタの匂いもした。

甘く、眠たくなるような、どんな麻薬よりも芳しい最上級の癒し。

ああ、オレは帰ってきたんだなぁ、とどれだけ時間が経とうともヒナタの髪に顔を埋もらせながら深く息を吐いた。

「ただいま」

「おかえりなさい」

背中越しに感じるヒナタの手はとても小さく、とても暖かかった。







狂った歯車の上で







気が付けば日にちは変わっていて、同じベッドにヒナタがいて、目の前に先生がいて、場の状況が読め始めたオレがいた。

「……おはようございます」

頭を下げるときは斜め45度、本に書いてあった通りにした筈なのに相手からの返事はなかった。

「まぁ、いいんだけどね」

「何がかな?」

いや、忘れてください。







先生は任務から帰ってきたオレを見に来ただけだったらしくそそくさと帰っていった。

まぁ、女の子と同じベッドにいる弟子が目の前に居たならばしゃあねぇさ。しゃあねぇのさ。

「ド畜生…」

「どうしたの!?」

コーヒーを入れてくれていたヒナタが驚きの顔を上げる。

「何でもない」

何でもないんだよ。ああ、本当に何でもないんだって。

それよりも、

「何でヒナタはオレの家で寝てたんだ」

「寝るところがベッドしかなかったからだよ」

誰が寝場所のことを聞いたんだよ。このスポンジ頭が。

「家に帰んなくてもよかったのか」

「掃除中は何度か泊まってたし大丈夫じゃないかな」

泊まってたのかよ。こんなぼろ屋にヒナタが泊まってのかよ。

「本しかなかっただろ」

この家には本しか置いていない。

アカデミーから帰ってきたらここで次の登校時間まで寝ずにここで本を読んでいた。

無知は罪、馬鹿なヤツに力なんて宿りやしない。それを信じて知識を貪り続けてきたオレの幼少期。

おかげで筋肉なんて少しもありゃしない。

まったくを持って不便だ。

「難しい本ばかりで驚いちゃった」とヒナタは笑って言うが一体どこまで理解したのやら。

一応一通り読みはしたが未だ理解していない部分も多々ある。

ヒナタは急に顔を上げてこう言った。

「お父さんがナルト君を呼んでいたよ。疲れが取れ次第に来て欲しいって」

「面倒だなぁ」

ああ、本当に面倒だ。

あの才能主義の糞野郎のところにいくのは非常に面倒だ。

正直行きたくないが、

「まぁ、行ってみるか」

「うん」

ヒナタの笑顔が見れるなら行ってもいいか。

今日も空は青いなぁ。







オレは道場でヒナタと対峙している。訳がわからねぇ。

当主様の話ではヒナタと一度手合わせして欲しいという用件だった。

「始めッ!」

そして糞当主様の掛け声で試合は始まった。

こうまでハナビやヒアシの前で手の内を見せるということはしたくない。

手合わせを頼むと言われた瞬間帰ろうと思ったのだがヒナタの前で逃げるなんて選択肢は見つからなかった。

「何時でもいいぞ、強くなるために修行したんだろ」

ポケットに手を突っ込んだままでいるとヒアシから物凄い視線で見られたが知ったこっちゃない。

言っちゃ悪いがヒナタ程度にやられはしない。

百回戦っても百回勝つ自信がある。

ヒナタはオレの態度に嫌な顔一つせずに構えている。あんなに毛嫌いしていたヒナタ流の構えで。

ああ、早く帰って一人になりたい。

「はっ!」

「―――ッ!?」

間合いの外にいた筈のヒナタが目の前に、

そうじゃない、今は回避を――――ッ!!

ヒナタの柔拳が急いで後ろに跳び退ろうとしていたオレの脇腹に、、、、微かに入った。

急な転回に手加減が出来ずに壁に背がつくまで跳んだオレは胃液が逆流する感覚を覚えた。久しく味わっていなかった、あの酸味のある味が。

吐いて楽になりたかったが、

「……………随分と変わったな。いや、変えられたのか?」

嘔吐を我慢し、激痛を回線毎断ってオレはそう言った。

結論、ヒナタは強い。強くなった。

才能が無いだなんて三流映画のような陳腐な嘘っぱち。

そしてヒアシが急に手合わせを頼んできたのかがよく分かった。

ヒナタが強くなった、それを見せつけたかったんだ。

蓋を閉じていたヒナタが開いたらそこには天才がいたんだということが修行中にヒアシには分かったんだ。

オレが柔拳を受けて表面に出していないのをヒアシは眼を見開いて困惑した顔で見ている。

そうか、ヒアシは一度味わったのか。ヒナタの柔拳を。

ふざけやがって、糞野郎が。

「強くなったヒナタには……二割くらい本気を出してやるよ」

ほざけ、と確かに聞いたぞ糞当主。

ヒナタは顔を嬉しそうに弾ませている。

ヒナタには分かるのだろうか、オレが本気を出していないって事が本能的に。

ふざけやがった結末だなぁ、おい。苛立ちを通り越して呆れてくる。

天才に囲まれた不良品が、狂わないとでも思っているのか。

思っているんだろうなぁ。

「行くよ!」

ヒナタが跳躍する。

0.2秒後には右手、

「ハァッ!」

その直後に回転を殺さずにチャクラの篭った左後ろ蹴り、

「――ッ!」

眼を開いて見るまでも無い。

その直後、間合いを取り直して白打を三度、

「――――ッ!」

四度だった。ヒナタの実力を修正を施し、次は体当たり後肘鉄から右ひざ蹴り、

呼吸と心拍音、筋肉の軋み具合から距離を割り当てて、逸らす。

「どうして!?」

「…どうしてかな」

答えなんて簡単すぎるよ。型にハマるからだ。

柔拳対策などネジと対峙した時から既に二年、とっくに完結している。

同じ流派、そしてネジ以下のヒナタがオレに勝つ? 不可能なんだよ。

それ以前に、ネジと比べることが間違えている。

アイツは強かった。オレを越そうと立ち上がり続けた。覇気も視線の強さもオレを脅かすほどに。

「ネジに比べるにも及ばないよ、ヒナタの柔拳なんてな」

ネジはオレのライバルだ。

アイツの憎悪は心地よい。







「強くなったヒナタには……二割くらい本気を出してやるよ」

ほざけ、そう私は無意識的に口にしていた。

ヒナタが自分から修行を始めてからそう時間は経っていない、それでも大きく変わった。

本当に、強くなった。

ハナビを超えて、当主候補として大きく育った。

だから故に今期最強と言われた彼に手合わせを頼んだのだが、ふざけた態度でこんな者にヒナタが惚れこんでいるというのが信じられん。

このままいけば、ヒナタは日向家宗家当主として見事に開花するだろう。

分家であるネジを超える天才、私はそう思っている。

「行くよ!」

ヒナタは勢い良く飛び出した。私が教えたチャクラのコントロールも完璧に近い。

霞んだかのように柔拳を繰り出したのにも関わらず、彼は明らかにヒナタが手を振るう前に回避運動に動いていた。

白眼で見たから分かる。

彼は眼を瞑りながら天才であるヒナタと戦っている。否、戦ってすらいない。

「ハァッ!」

ヒナタの蹴りを伏せるかのような体勢で避ける。なんという体のバランス、すぐさま立ち上がりヒナタの柔拳を左右に体を振って避け続ける。

「どうして!?」

それは私のセリフでもあった。

ヒナタは始終白眼を開眼している、故に分かるのだ。眼を瞑りながら避け続けている彼の異常性が。

本当に二割なのだという事実が脳裏に移る。

ハナビも唖然としている。

ヒナタはハナビとは真剣に戦わない。故にハナビはヒナタの本気を見たことが無いのだ。

そしていい機会だとこの場にいさせたが、こんな試合を予想できただろうか。

「ネジに比べるにも及ばないよ、ヒナタの柔拳なんてな」

そして彼は唇を歪めながらそう言った。

まるで自分を否定されたかのような言葉だった。

「柔拳とはチャクラを籠めた拳で相手の内臓を破壊する防御不可能の体術、白眼を使わないという条件下であるのならばオレにだって猿真似くらいは簡単に出来る」

「あっ」

ヒナタの声は私の声だった。

ヒナタの白打を同じ動き、同じチャクラの量の手の平で受け止められた。

「後は如何に相手の内臓にこのチャクラを叩きつけるかということ、こればかりは白眼を使わなければならない」

彼はヒナタから間合い取りまた両手をポケットに入れた。

それに激昂しなかったのは私が納得してしまったからだろう。

彼は正しく実力の二割でしか戦っていなかったということを。

「だが、オレは違うぞ。オレは人間の臓器を熟知している。どんな体型でもどこに何の内蔵があるかも分かる程にな、だからオレは柔拳を扱おうとすれば可能だ。だがオレはそんなことはしない。分かるか? オレは二割で戦うって言ったんだ。こんな体術が二割に入るとでも思っているのならばこんな体術止めちまえ」

それは柔拳を認めているのだろう。

彼は強い。既に下忍の枠から超えている。

これが今期の最強のルーキー。

正確には多少難癖があるが、いいじゃないか。

ヒナタがほれ込んでいるんだ。白眼を持っているヒナタがほれ込んでいるんだ、それが間違いである筈が無い。

面白いぞ、これ程に面白いのは久しぶりだ。

笑う私が珍しいのか、ハナビは不思議そうな顔で私を見ていた。

「前回の任務で心地よい殺し合いがあったから疼いてんだ、これ以上はヒナタでも危ないぞ」

そう言ってうずまきナルトは出ていった。







『だからオレは柔拳を扱おうとすれば可能だ』

そんな訳が無い。いつかは出来るようになるだろう。それでも今のオレには不可能だ。

たとえ体の構造を把握していたとしても出来るものと出来ないものがある。

どうやったら腕を叩いただけで心臓を破壊できるというんだ。道端で二人が肩をぶつけ、そしてそれに乗じて心臓をぶっ壊せるか? 出来る筈が無い。

柔拳に近い真似事ならば分からないが、長い時を研究に費やし、自ら体験しなくては本家の柔拳など出来やしない。

「前回の任務で心地よい殺し合いがあったから疼いてんだ、これ以上はヒナタでも危ないぞ」

これ以上はいけない。

オレは間違いなくヒナタを傷つけることになるだろう。

同じ道具であった白、そして仮面を外した道具同士の殺し合いは確かに心地よかった。

忘れたくても忘れられない。

互いに全てを出し合って、出し尽くした殺し合いはこれ以上の無い極上の快感だった。

だから、それを忘れないために今は眠りたい。

最後に見たヒナタの顔が悲しそうだったのは、自分に嘘をついて納得させた。

「おい、ナルト」

ああ、なんでこんな時に、

「うちはの坊ちゃん…か」

うぜぇなぁ。

「俺の名前はうちはサスケだ」

「なんでオレがオマエの名前をちゃんと言わなきゃいけねぇんだよ、かったりぃなぁ」

今は早く帰って寝たいんだよ。

早く、早く、早く帰ってヒナタの顔を忘れたい。あの悲しそうな顔を忘れたいんだよ。

「俺とナルトは対等だろ!」

「いい脳外科を教えてやるよ、そこでちょいと手術してもらってこいよ」

もちろんカブト先生の病院なんだが、本当にいい病院だよ。

あれだな、白と戦って死に掛けたから傷の熱が頭にいっちまったんだろう。軽い脳炎と見たな。

「ふざけるな、俺は一度だって違うと思ったことは無い」

額を指差してうちはの坊やは何か言っている。狂言の一種だろう。

可哀想に、才能はあったのによぉ。

「オマエこそ勘違いするなよ。オレは一度だって一緒だと思ったことは無い」

うちはの返事は拳だった。そしてそれに対するオレの返事は蹴りだった。

見事に鳩尾に入ってもがいている。腕と脚ではリーチが開き過ぎている、届く筈が無い。

苦しそうだなぁ。いい気味だ。

うちはがこんなもんなら中忍試験で注意して措かなければならないのはネジとリーくらいか。まぁ、ヒナタは別の意味で注意しておこう。怪我されたら嫌だしな。

「さて、帰「ッまだだッ!」

何時の間に復活したのやら、写輪眼を舐めていたようだ。オレの蹴りは一瞬ハズされていたみたいだ。

ズドンッ! とオレの写輪眼でも予測不可能だろう死角からの膝蹴りが殴りかかってきていたうちはの丹田に突き刺さり一瞬浮き上がる。

「オマエ、本当にうぜぇなぁッ!」

両手を組んで、チャクラを籠めずに腕力だけで全力で後頭部を殴る。

「ぎゃっ」

奇妙な声を上げてうちはの体がくの字に曲がって嘔吐しながら泡を吹いている。脳震盪だろう。

「お前みたいのに対等に見られるのは迷惑なんだよ、クソガキ!」

オマエが上でオレが下。オレは一度だって対等に思えたことが無い。







任務明けで体中が穴だらけだが一人生活ってのは不便だ。こんな傷でも飯の準備は疎かに出来ない。

メモを片手に歩いているとダラリと肩を垂らしているナルトが歩いていた。

「おい、ナルト」

「うちはの坊ちゃん…か」

何時もコイツはオレの名前を呼ばない。

カチンと来るときもある。

「俺の名前はうちはサスケだ」

頭はいい筈だ。俺がコイツ以上にアカデミーのテストで取ったことはない。お互いに満点だからな。

ようやく振り向いたナルトの眼は何時も以上に冷たかった。

「なんでオレがオマエの名前をちゃんと言わなきゃいけねぇんだよ、かったりぃなぁ」

まるで俺のことを見ていないかのような、いや実際に見ていないのだろう。顔はこっちを向いているが視線が合っていない。

いつもだ。何時もナルトは俺を見ていない。

イタチには確かに劣るだろう。確かに劣化品なのかも知れない、それでも天才と言われた、ナルト自身が羨ましいと言った俺を蔑ろにするのは我慢ならなかった。

「俺とナルトは対等だろ!」

同期の下忍、同じ班、仲間なんだろ、俺達は!

俺達は対等だ!

「いい脳外科を教えてやるよ、そこでちょいと手術してもらってこいよ」

ゲラゲラと耳障りな笑い声でナルトはコメカミ、つまり脳と現しているのだろう箇所を指で突っつきながらそう言った。

目の前が真っ白になる。視界がクリアになり、何をすればいいのか、具体的な段取りが高速となって脳へ集まっていく。

「ふざけるな、俺は一度だって違うと思ったことは無い」

この額当ては同じ木の葉の忍びの証なんじゃないのか! 俺達は同じスリーマンセル、仲間だろうが!

「オマエこそ勘違いするなよ。オレは一度だって一緒だと思ったことは無い」

ふざけるな! という言葉を言おうとするよりも拳が出ていた。

オレの拳がナルトに届くよりも、ナルトの稲妻のような蹴りが俺の鳩尾に入―――らせてたまるかッ!

思いっきり頭を後ろに振って身体をぶらせてナルトの蹴りを胸で受け止める形で後ろに吹き飛ぶ。

穴だらけの身体が傷口を開いたようだ。服の裏が湿っぽい、血だ。

このままでは危ないだろう。自分の身体だから分かる、まだ血が足りない。

だが、ナルトをこのままでいいのか?

俺を見下した状態で、本当にいいのか?

「ッまだだッ!」

まだだ! まだ終わらせられない。俺がこのままじゃ俺じゃなくなる。

まだ終われな―――

ズドンッ!
―――オエェッ!

ナ、ルトの膝が何時の、間にか、腹に、

「オマエ、本当にうぜぇなぁッ!」

何も分からない、ただ頭に何かが、

「ぎゃっ」

ぐるん、と身体が勝手に回って、地面に叩きつけられて、なにもかもが分からないくなった。

「お前みたいのに対等に見られるのは迷惑なんだよ、クソガキ!」

もう俺にはナルトが何と言っていたのかも分からなかった。











みっしりと葉の生い茂った梢が、オレ達の頭上をドームのように覆っている。

太陽の光は、分厚い葉群に遮られてほとんどが差し込んでこない。

森の中はまるで海の底のような青みを佩びた薄闇と静寂に包まれている。

「まったく、どこにいったのかしらねぇ」

オレの背後から不愉快な声が聞こえてきた。オレ以外が聞いたらきっと可愛らしい声なのだろうが、オレには小煩くにしか感じやしない。

オレは無視と決め付けて耳に集中して歩き続ける。

「ちょっと! なに無視してんのよッ!」

「喋らずに探せよ、二人しかいねぇんだぞ」

あのうちはのクソガキはどういう訳か入院中だし、いつも役に立たねぇ。

「なんでサスケ君、今日はお休みなのよ!」

「知るかボケ」

「ボケってどういう意味よ、ナルトのくせに!」

なんで春野と一緒に任務しなくてはいけないんだ。

どれもこれも全てうちはが悪い!





「えっ、任務は中止じゃないんですか!?」

今日はうちはが来ていないというのに任務を行なうといったカカシを疑うかのように春野はカカシを問い詰める。

カカシは自分も困惑しているとアピールしているかのように眉を潜め、

「依頼人の方から強いプッシュがあってな、断りきれなかったんだよ」

報酬は多めに出してくれるみたいだしさ、とカカシは苦笑する。

断りきれなかったというのは本音だろう。

「他の班に変われなかったのか」

「どれも埋まっていてな、もう少ししたらでっかいイベントもあるし皆は点数稼ぎさ」

春野は訳がわからない顔しているが、要するに中忍試験に向けての任務数を稼いでいて今は空いてなかった、と。

「オレ等は急いでいなさそうだが、いいのか? まだ規定の回数を越していないぞ」

カカシは一瞬ギョッとしたが、すぐに隠した。

微かな筋肉が動いただけだったからオレも本当に動いたのか分からないが、まぁどっちだとしても変わらんな。

「情報が早いな…まぁ、今回ので丁度規定の数値を超えるからいいんじゃないか」

「さては元から断る気はなかったんじゃないか」

「さて、どうでしょう」

ドロンと煙と一緒にカカシは消えてしまった。

そこに二枚の紙が置いてあった。内容は今回の任務について、アイツはさぼるつもりか。





と、いうことが今朝にあったのだが、如何せん既に夕刻になっているのにも関わらず未だに見つかりもしない。

ターゲットはペットの犬。散歩中に逃げたらしいのだが、ふざけたことに臭いを追っていっても途中で途切れてしまった。

依頼人は木の葉の大名の一人で一つの大きな山を持っていた。そしてその山の散歩中に犬と逸れてしまい未だに帰ってこないから依頼をした、ということなのだが。

たった二人で山の中を散開して犬一匹を見つけられると思っているのかねぇ。

「山狩りしねぇ?」

「はぁ!?」

火ィつけてよ、追い込むんだよ。犬は臭いに敏感だからすぐに上に目指して逃げるだろうし、焼け死ぬ前に拾えば良いんじゃないか、かなりいいだろう。

「おい、火の準備を「見つけたわッ!」

なんだって? 今から面白いことが起きると思っていたのに。

「チッ、走るぞ!」

「わかってるわよ!」

地面を走るよりも木の上を伝っていった方が速い、春野のチャクラの扱いは頗る上手い、オレよりも早く犬の真上まで辿り着き、

「捕まえ――――キャアァァアッ!」

飛び込んだ春野は身体毎地面に填まり、犬を掴みながら落っこちた。

落とし穴か、先に行かせておいて良かった。

「助けてナルト!」

助けるかよ、と思っていたのだが何かといわれるのがめんどくさい。

「まぁ、これは貸しだからな」

忘れるなよ、と瞬身の術で春野の目の前に移動して穴から外へと放り投げる。

「な、ナルト!?」

なんだ? オレがオマエを助けるのが意外かよ、つまんねぇ。

なんにしても、

ズズズズズズズッ! といくらチャクラを籠めようが湿った土じゃくっついてもすぐに剥がれて中々止まってくれない。

犬探しにをするのにクナイは危ない、と依頼人に言われてなんにも持ってきてねぇし。

それが狙いだったの? って感じだ。

やけに押しが強かったのもそれか。

ああ、次ぎ会ったら実験材料行きだな。しかもオカマのな。







「やったか?」
「ああ、三人とも落ちたのを確認した」
「ふふ、そうか」







「ああ、家に帰って眠りたい」

変な笑い声も聞こえてきたよ。

ヒュ――――、とヒモ無しバンジージャンプも心地よい。BR>












[713] Re[23]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 14:40






「おー、よく落ちるなぁ」

よくもここまで掘ったもんだ。忍術じゃなきゃ無理だろうなぁ。

忍者絡みかぁ、めんどくさいことだ。

たっぷりと十秒は落ち続けている。光は既に途絶えて暗闇の中だ。

「――クッ!?」

バキィッ! と突然の着地に左足首が折れた。

「相変わらず貧弱な身体だな…ッ!」

リーのように鍛えてみようかと本気で悩みそうになってくる。

成長しきっていない身体で無理矢理筋肉を作ったとしても効率が悪い。今は我慢だと考えていたがさすがにこれでは弱すぎると思えてきた。

応急処置を施して先ほど山に火をつけようとしていた道具を口寄せから呼び出して松明に火を灯す。

穴の奥底はかなり雑で掘った後はそのままのようだ。

「造形美にかけるな………ん?」

パラパラと何かが髪の上に何かが落ちてきた。

「かなり急いでいるな、心に余裕の無い奴等だ」

臭いものには蓋をしろ、ってことだろう。もう少ししたら土砂崩れがくるなぁ。

なんでオレばっかこんな目に遭うんだろうか、まぁどうでもいいだけどな。

「ん、横穴を発見だぁ」

死体見たさに出口作ってんじゃねぇっつうの。三流のすることだ。

そそくさと横穴に入り込んで土砂崩れが終わるのを待つ。

ドドドドド、と呆れるくらいに土砂が落ち続けるのを見届けて横穴がどこまで続くのか探検にいった。







狂った歯車の上で







松明の火が消えてどれくらいの時間が経っただろうか、未だに暗闇は続いている。

穴の深さはかなりのもので、きっとどこかの山の麓に抜け穴があるのだろう。

微かに流れてくる風を頼りに前へ歩き続ける。

「はは、真っ暗だ」

まるで地獄みてぇだよ。ああ、本当に地獄みたいだ。

なんども壁に身体をぶつけて服は泥だらけ、折れた足のおかげで歩きづらい。

「ああ、クソ…見つけたら地獄を見せてやる」

風が通るといっても湿気で蒸し暑く、そして折れた足のお陰で汗が止まらない。

ジメジメジメジメジメジメ、ここ以上の地獄をお頭の悪い馬鹿野郎共に見せて悔い改めさせて、殺してやる。

傷くらいなら化け物が勝手に修復してくれるのに、骨折は時間が掛かりやがる。

この穴を掘った奴等の体中の骨を折ってやらなきゃ気がすまない。

こんなボロボロなオレをオカマが見たらこういうだろう。

『無能だからよ』

いや、見たとしても無視されるかもしれない。

それくらいに見苦しい醜態だ。今のオレは。

なんで春野なんて助けたんだろうか、気まぐれには変わりないが今回ばかりは後悔だ。

「――――――――――――――――」

この世に幸福を求めるな、死ぬまで苦痛を耐え凌いで、開放されてやっと幸福になれるくらいがちょうどいい。

ネジがよくほざいていた運命ってのは終わったあとから見た結果でしかない。白眼でも未来は分からない。

冷静に、冷たく、信じられるのは己のみ。怒りと憎悪は静かに堕ちていけ。

一度つけた仮面は取ることなく、うずまきナルトは所詮うずまきナルトでしかないのだから。

オレは道化なんだから、

「――――――――ダメだ」

顔が、哂っちまう。







「こっちです」

依頼人を俺と同僚で挟む陣形で俺達が長い時間をかけて掘り続けた横穴を進んでいく。

念を入れすぎたのだろう、思ったよりも深い。

「まだなのか」

依頼人の疲れを感じさせるため息が聞こえるが、所詮は隠れ蓑に必要なだけで従っていた大名だ。これが終わったら縁も切る。

「相手は化け物ですしね、念を入れたんですよ」

そう、アイツは化け物なんだ。

九尾を身体に封印された、化け物なんだ。

同期の仲間は今一緒にいる奴以外皆九尾に殺された。

親家族も殺されて、俺達は途方に暮れていた。それでも殺意が風化することはなく生き続けてくれた。

化け物、うずまきナルトが人に危害を加えたところは見たことが無い、自分でも分かっている。彼が無害だってことが。

それでも、この殺意は止まらなかった。

一度は納得して木の葉の忍びとして里の為に生きようとしたが、行き先を無くした殺意は消えるどころか大きくなって夢に現れてきた。

下半身が吹き飛ばされた同じ班の仲間、九尾の炎で炭化した担当上忍。踏み潰された家族に身体がバラバラになった見知らぬ人々。

うずまきナルトの金色の髪の毛が九尾の毛色に移る頃にはいつかは殺すことを思い馳せる様になっていた。

任務で殺した少年の顔がうずまきナルトの顔とダブった時には、止まれなくなっていた。

せめて苦しませずに殺そうと腕を磨いて自信がついた今だからこそやるのだろう。 

「まだなのか」

うるさいな、こっちは楽しいだけで少年を殺そうとしている訳じゃないんだ。

土砂で死んでくれたのならば自分の腕を汚さずに、もし作っておいた横穴に逃げ込んでいてくれたのなら罪を背負って生きていくために自身の腕で殺そうとしている。

オレは快楽殺人趣味ではない。けじめをつけようと殺すのだ。

こっちの勝手な考えで彼には悪いが、理屈じゃあない。理屈じゃあ収まりきれないんだ。

「もうすぐですよ」

「オマエの命ももうすぐだけどな」

「ッ!?」

声のした方向は、在り得ない、オレの真後ろ!?

そこにはうずまきナルトに首を掴まれたオレの仲間がいた。

そして、仲間の肩から先には腕がついていなかった。

「血管を避けて声帯だけ切ってやったのに暴れやがって、邪魔だから切っちまったじゃねえか」

改めて思う。在り得ない、松明の光で視界はある程度見えたというのに、俺に気付かせずに背後に回って一番後ろの奴を襲うなんて。

「痛いだろ、オレも痛いんだよ。糞野郎」

空いていたもう片方の腕で両手が失われて防御出来ない肋骨を殴る、ボキッ、と鈍い音が洞穴の中で響いた。

「ひぃっ!」

依頼人が俺の背後に回るが、守れる自信が見当たりもしない。

俺の手には汗が溜まり、恐怖から身体が震えてくる。

うずまきナルトは道徳的なことを言っているが俺からはまったくそのように聞こえもしてこない。

ただの暴力、ただの仕返しにしか見えない。

「決めてたんだよね、オマエ等見つけたら身体中の骨を折ってぶっ殺すってなぁ!」

首を握り潰した。あの細い子供の腕で。

こんなことをされて生還できる程の実力は俺の仲間にはない、また仲間が死んだという事実がゆっくりと理解した。

「化け物がッ!」

こんなところで死んでたまるか! 気が付けばクナイを持って走っていた。

「オマエよりも先にこっちを殺す」

振り翳した俺の腕を軽く触れてうずまきナルトは依頼人の方へ歩みを進める。

軽く触れられただけなのに俺の手首から先がまったく動かなくなっていた。

「なんでこんな」

ことになるんだ。何度も観察してきたのに、下忍の筈なのに、なんで届かない。

「自分からはあまり干渉しないけどよぉ、やられたらやり返すことにしてんだ」

彼が依頼人の腕を握り潰す、骨が砕ける音と挽肉を潰したような音が聞こえた。

「ぎゃぁぁあぁぁッ!」

潰された腕を見て叫ぶ狂う依頼人、戦いとは程遠い立場にいた者からしたら体験したことの無い痛みだろう。

「か、金ならいくらでもだ、出すッ!」

ここで気を失ったら最後というのを理解しているのだろう。物凄い執念だ。

「幾らくらいまで出せるのかな?」

うずまきナルトは笑みを浮かべる。もう分かりきっていたことだ。

「十万…いや、百万で!!」

「安いんだな、オマエの命ってのは」

うずまきナルトは金で意思を枉げる筈がないってことは。

「死ねよ、糞野郎」

彼の眼が燃えるかのように獰猛な獣の瞳へと変わって彼の腕は依頼人の心臓を、身体そのものを貫いた。

依頼人の腕から生えたかのようにうずまきナルトの腕は見える、それだけで気を失いそうになる。

「あーあ、服が汚れちまったよ」

彼が手首を押さえて蹲っている俺に近寄ってくる。

俺等が、この里が作ってしまったんだ。

この狂った木の葉の里が作ってしまったんだ。

「オマエは全部の骨をちゃんと折ってやるからな」

九尾より質の悪い化け物を。









「もう夜か」

甚振るのに時間をかけ過ぎたな、悪い癖だ。

治す気なんてありゃしないけどな。

服が血まみれだ、新調しなきゃいけないだろうな。金も無いって言うのに、やってらんねぇなぁ。

ああ、煙草がうめぇ。

「んでもってやってらんねぇよ」

先生の課題も残ってるし、でもやる気も起きてこねぇし。

あいつも最後に謝りやがって、

「後味が悪すぎるんだよ」

大人が子供相手に謝るんじゃねぇよ。

大人ってのは子供にとって絶対なんだ。自分は後悔なんてしてねぇ、って見せつけるのが仕事なんだよ。

それが出来ねぇっていうのならそれを見ている子供は何に自信を持てっていうんだ。

「ああ、後味が悪ぃ」





「ナルト!」

里まで歩いている途中で春野の声が聞こえた。

「ん、オマエの方は無事だったのか」

「ナルトこそ大丈夫だったの!?」

焦って走って来といて勝手に喜んでやがる。見ていて面白い。

「まぁ、こんなもんだ」

折れた足を見せて春野の顔を見ると、泣いていた。

「心配したんだから!」

「おいおい、勝手に心配しといてなんでオレが怒られなければいけねぇんだ」

オレはなにも怒らせるようなことはしてねぇぞ。

むしろ感謝の言葉が欲しいくらいだ。

「ふざけんじゃないわよ! どれだけ心配したと思ってんの!?」

ふざけてねぇし。オレは常に真剣だ、と思う。

でも、こいつのここまで真剣な顔は初めてだな。

「もしかして心配してたのかよ、らしくねぇなぁ」

なぁ、そう思うだろ。カカシ。

気配隠すならもっとうまく隠しなよ。今のオレは敏感だからすぐに分かるぜ。

「アンタねぇ、そんなこと当たり前でしょ!? なに考えてるのよ!」

そうか、春野がカカシに知らせたのか。んで知らせに行って帰ってきたら穴が塞がってりゃビビるわな。

「テメェ、最初に言ったこと忘れてんのか?」

「え?」

はぁ、何も分かってねぇって顔しやがって。だから馬鹿は嫌いなんだ。

「私が嫌いなのはナルトです、って言ってたなそういえば、オレもオマエが嫌いなんだがね」

自分を嫌っている奴をどうしたら好きになれるっていうんだ。見てみてぇよ、そんな馬鹿を。

「ち、ちょっとそんなの昔のことじゃない!」

「知るかよ、オレとオマエがいつ以心伝心したんだよ。気色悪い」

「……………」

「オレはてっきり死んでくれて喜んでるかと思ってたぜ。ようやくテメェの大好きなサスケ君を一人占めできるって訳だからな」

そんなに殺気を出すなよ、身体が反応するだろう。

今は本当に気分がいいんだ。ここでコイツをぶっ壊してもいいかと思えるくらいに。

「わ、私…はそんなんじゃ……な…い」

「知るかよ、テメェのことなんて研究材料にもなりゃしねぇ」

オマエよりもゴキブリのしぶとさを調べた方がよっぽど研究になる。

「そのご自慢のお頭で考えて見ろよ、オレがどうやったらテメェのことを考え直すようなことがあったかをよ」

ありゃしねぇがな、と言ってオレはまた歩き出す。

オレでもわかんねぇよ。テメェのことなんか。

「ナルト」

やっと出てきたか。

「カカシ」

遅すぎるんじゃねぇか? だからテメェは何時も後悔する。

「春野がどれだけナルトのことを心配していたかぐらいお前なら分かるだろ」

「分かったらこんなことするか?」

「分かっていたからしたんだろう」

「だったらどうするんだよ。勝手に心配して勝手に嫌いじゃなくなって、オレはどうすればいいんだ」

テメェ等はいつも勝手に勘違いして勝手に間違いを犯す。しかもそれを間違いだと気付きもせずに正当化する。

視野が狭いくせに何でも知っているかのように言ってくる。

だから、だからテメェはうざいんだ。

「ナルトなら分かっただろう。その眼で見れば」

「……………何時から分かった?」

こいつ、写輪眼でオレのチャクラの廻りが普通と違うことに気付いている。

そしてオレの左眼が白眼だってことも。

「その眼ならば相手の心くらいならば簡単に分かった筈だ」

「人の心ってのは読むもんじゃない。理解するもんだ」

人の心ってのは文字や絵では表せないんだ。もっとドロドロとしたものが、本人にしか分からないんだ。

それでも自分で自分の本音を知るにも時間が掛かる。

簡単じゃないだよ。

「理解できるかよ。オレのことを嫌いじゃないだ? オレに認めてもらいたいだ?」

「……………」

馬鹿みてぇだろ? オレを理解しようともしねぇくせに勝手に押し付けんじゃねぇよ。

「理解できねぇよ」

オレはもっと矮小で小汚ぇんだ。

何がしたいかも分からない。出会ったときから迷ったままなんだからよ。

先生。











[713] Re[24]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 14:42






腹を開いていた男を消毒漬けにして縫合を施しながら先生は言った。

「また中忍試験の季節になったね」

消毒液の片付けをしながらオレは言った。

「また忙しくなりそうですね」

既に廃人染みている男の頭をメスで切り開きながら先生はこう言う。

「今回は今までで一番忙しくなりそうだよ」

先生の仕事を知っているからオレはこうとしか言えなかった。

「そうですね」







狂った歯車の上で







「中忍試験って難しいんですかねぇ」

「ははは、僕は中忍試験の超ベテランだよ」

スパイってハードなんですねぇ、と言ってもそうだよ、としか返ってこない。相当ハードなんだろう。

下忍や中忍の情報なんて必要なんですか、と言っても才能のある者と顔のいい者を見定めるため、と返ってきた。

密かにではないが改めてオカマを殺そうと思った。

「音の里だけで木の葉を落とせると思えないんですがね」

計画を聞いたときから考えていたことだった。なまじこの里の出身だから分かるのだがこの里の忍びは他の里の忍び寄りも遥かに優秀だ。

名家や歴史ある旧家が多くある木の葉は新しく出来たばかりの音の里などに落とされるほど柔じゃない。

「木の葉が邪魔だと思っている里は沢山あるんだよ」

「他の里の協力でも得られるんですか?」

オカマの里だぞ。出会ったその場で切り捨てたい衝動に陥られるだろうに。

「大丈夫。顔と性格を変えて商談するらしい。それに僕も同行するしね」

「なら大丈夫ですね」

先生がいれば交渉も円滑だろう。まして気色悪くとも伝説の三忍の一人なのだから交渉くらいなら簡単だろう。つうかオカマだってことで伝説になったじゃねぇか?

オカマ忍者大蛇丸、一度眼にしたら忘れられなそうだな。オエッ……。

「中忍試験に音の忍びは出ないんですかねぇ。出てくれたら結構楽になるんですがね」

使える忍びが始終会場にいたら襲撃の際にもすぐに行動できて楽だろう。

先生が他の里の忍びを信用するわけが無い。というかオレすら信用されてなさそうだからな。

考えてたら落ち込んできたよ。

「結構火の国に怪しまれてるからね、許可が下りるか分からないんだよ」

そういって頭蓋骨を磨いている先生は楽しそうだった。何に使うの?

「ナルト君は出るのかい?」

「出れたら出たいんですが、結構バレちゃってるんで危ないですねぇ」

計画に支障は出させないんで大丈夫です。と釘を打っておく。

「まだまだだね」

「先生とは年季が違いますしね、それに写輪眼っていうイレギュラーですからね」

結構身体は弄くっているからバレないと思っていたんだけどなぁ、こりゃネジにもバレそうだ。

そん時はそん時だけどな。

「写輪眼も幾つか残っているけど、いるかい?」

「それってうちはの悲劇の時に取ってきたんですか?」

「勿体無かったからね」

そんなもんか。

「いいですよ、両目とも変えちゃったら目を開いているだけでバテて動けなくなりそうですしね」

それにヒナタと一緒ってだけで十分だ。ネジとも対等だし、結構気に入っている。

「そういえば音の里に水隠れの忍びが二人入ったんだよ」

なんだか嫌な予感がするよ。

「まさか七本刀の一人が加わってくれるとは思ってなかったよ」

「ぶはっ!」

ゲホッ! ゲホッ! 飲んでいたコーヒーが器官に入った!

どこも受け入れてくれなかったからって音の里かよ。再不斬の場合はかなりの優遇されただろうな。化け物みてぇだったし。

「もう一人の子も大蛇丸様はいたく気に入られてね、たいした条件も無かったらしいよ」

あのオカマが白を気に入る?

在り得ないな。

「白って女ですよ」

何時からオカマは両刀使いになったんだ?

「最初は大蛇丸様も気に入ってなかったんだけどね、男だって分かってから絶賛だよ」

「男!? 白が!?」

「おや、気付けなかったのかい?」

始終カカシやうちはが居たから白眼は使わなかったが、あれが本当に男?

春野とかよりも綺麗だったぞ。

「オレもオカマの仲間入りか…」

もう二度と欲しいなんて口にしません。断じてしません。

これから少しでも怪しいと思ったら白眼を使うことを胸に誓った。

「木の葉崩しの際に駆けつけてくれるかもしれないな、大蛇丸様のことだし使えるものは使うからね」

よし、次あった時は謝っておこう。

土下座で許してくれるかな。無理そうだ。アイツ、メチャクチャにキレてたし。

醜悪ってオレが女だと勘違いしたから言ったのかもしれない。

醜悪、あの時のオレにぴったりだ。情け無い。

「白の奴、オカマに対してなにかしませんでした?」

オレの時は殺されかけたけど。

「急に血継限界を発動させて殺しあったらしいけど勝負が決まらなかったらしい」

白、前よりも強くなってないか?

それともそんなに拒絶反応でも起きたのだろうか。

「それで七本刀の再不斬とその彼が風影の暗殺をしてくれてね、風影に成りすました大蛇丸様が中忍試験に来るらしいんだ」

「それじゃあ砂隠れの忍びが協力してくれるってことですか」

「そうなるね」

再不斬の水遁と白の氷遁が組み合わさったら凶悪だな。風影も可哀想に。

「そろそろ着く頃だよ。顔くらい見てきたら?」

「先生の認識カードを見たほうが勉強になると思うんですが」

「まったくをもってその通り」

そりゃ自分の長年の結果だ。褒められると嬉しくなるだろう。先生も珍しく笑っている。

この後、意外にうちはの評価が高いことに後悔することとなる。









「今度の中忍試験…5年ぶりにルーキーが出て来るらしいわよ…」

片手にクナイを持って目標に向かって投げながら少女は言った。

カン! とクナイは目標の板の真ん中に刺さる。

「その内の3人は、あの『カカシ』の部隊らしいですよ……」

おかっぱの少年が木の幹相手に組み手をしながら瞑想中の少年に話す。

「その三人の中に《ナルト》はいるのか?」

少年は純白の瞳を開いておかっぱに聞き返す。

おかっぱはただ頷くだけだった。相手が何を望んでいるのかを知っているから。相手がどれだけ苦しんだのかを知っているから。

「やるべき事は決まった」

少年は立ち上がり目を閉じまた開く。

その少年の目の周りに血管が浮かび上がる。

「あのナルトは俺が倒す」

昨年度、一度としてナルトに勝てなかった№1ルーキー『日向 ネジ』

それなのに事故で一緒に下忍に上がれず負けていた自分だけが下忍になってしまって好敵手を失っていた。

体術、忍具、幻術に忍術、そして座学までもナルトに負けてた。

己が唯一認めた好敵手は原因の知らぬ事故によって試験日を病院で過ごしたのだ。

アカデミー時代の組み手以来一度も手を合わせていない、故に今度の中忍試験が楽しみであった。

テンテン、そしてリーもネジがこんなに嬉しそうな理由を知っているから深くは詮索しない。皆が同じ気持ちであるから。それくらいにナルトは前期のアカデミーでは記憶に残っている。

一年遅らせて得た力を今度の中忍試験で発揮させようと三人は黙々と自己を高めていく。









7班の俺等はカカシとの待ち合わせした所に集まっていた。

そして集まってから1時間が過ぎた。

まぁ何時も通りだと自分を納得させるのにも慣れ始めた頃だった。

そして約束の時間から2時間経って遂にカカシは姿を現した。

「やあ!お早う諸君!!」

その晴れやかな笑顔に目掛けて手裏剣を投げる。

「何故に!?」

驚愕の表情のカカシ。

「自分の胸に聞け、きっと沢山出てくる……」

「それは次回に置いといて、いきなりだがお前達を中忍選抜試験に推薦しちゃったから」

「え?」

「なに!?」


サクラと俺の驚きの声が上がる。ナルトはどうでも良さそうにしているが、やはり何を考えているのかが分からない。

「本当にいきなりね」

「ここまで適当だったなんてな」

まぁ、願ってもないことだ。あの隈野郎は俺がぶっ潰す。

「ハイ、志願書」

カカシの手には、おみくじと間違えてしまいそうな『中』と書かれた分かりやすい紙が3枚あった。

「本当の事言っちゃうと推薦じゃないんだ。受験するかしないかを決めるのは、お前達の自由だよ。この中忍試験はお前らの人生の一つの分岐点だ。自信のある奴だけ行ってこい。応援してるからな」

カカシは受付方法を教えてから俺等の頭を順番に少し荒く撫でた。避けようとしたが動きを読まれて避けられなかった。ナルトは避けていたが。

「これどうすんのよ、みんなどうすんの?」

サクラは中忍試験に対してやる気があるようだ。まぁ、波の国以上の出来事などそうは無いだろうからあれはいい気付けだった。

「俺は出る。ここで足踏みしててもなんの進歩もしねぇ、それに………俺らがビビル必要もないだろこんなモンに」

こんなところで立ち止まっていたら追いつけるものも追いつけなくなっちまう。

「ナルトはどうすんだよ」

オマエが出なければ俺が出る意味もほとんど無くなっちまう。

「ん、どうでもいいな」

ナルトからしたらつまらないのかも知れない。アイツは何時も上ばかり見てやがる。足元も見てなきゃ足元を掬われるってことを教えてやる。

「私はどれだけやれるか試してみたい」

最近、サクラはナルトの機嫌を気にしているような気がする。どうのこうの考えたって意味が無いってことは最近分かった。

「今の俺がどれだけ独りで強がっていた昔と差が出来たか試したい」

今の俺は違う。俺はナルトと対等に立つために自分を試したい。









「遅いわよ」

「テメェはカカシかよ」

「うるせぇな、まだ三十秒前だろ」

テメェ等が早すぎんだよ。年寄りかよ。

「さぁ行くわよ」

「随分と張り切ってんなぁ」

この前のいざこざから春野が少し変わった。刺々しくも無く柔らかくなった気がする。

ぶっ壊れると思ってたんだけどなぁ、意外に強いってことが分かった。

鼻息を荒くして歩いていく春野の後ろを歩いていったら声が聞こえた。

「ふ~ん、そんなんで中忍試験を受けようっての? 止めた方が良いんじゃない…ボクたち?」

201というプレートの前には二人の男、幻術にでも騙されているのだろうか。ここは301じゃねぇし。

その前には尻餅を突いている少年が一人。

濃い眉毛に緑のタイツ、木の葉の額当てを帯にしている。こんな変態みたいな服装を好んでいるのは二人しか知らない。そしてこれはその弟子に当たる、

「リー……」

「知り合いなの?」

春野の質問に質素に答える。言い出したらきりが無い。

「去年のな…」

そして今中忍試験で最も注意しなければならない男の一人だ。

尻餅をついている床が軋んでいる。丈夫な筈の忍者育成のアカデミーの廊下のだぞ。また重りを増やしやがったのか。

「ケツの青いガキなんだからよォ…ズズッ」

「そうそう…」

どっちがケツの青いガキだか…。

「お願いですから…そこを通して下さい」

チャイナ服に頭を団子の様に結っている少女がリーの前に出てきた。

そいつの声にオレは身体が一瞬震えた。

二人はニヤリと笑い少女に向かって拳を出す。

下忍には到底避けることなんて不可能な速さだ。立派な凶器だ。

そんなもんを、テンテンに向けやがった。

「殺すぞ、おい」

テンテンの面前で手首を掴んで止める。相手が振りほどこうとするが無理矢理に止める。

「クッ!」

「聞いてんのか、糞野郎」

骨が折れたって構わない程度に力を籠める。相手の顔に苦痛が見え始めた頃に離してやった。

本当に久しぶりだ。去年のオレと関わった奴等、その中でも特別だった二人。

「久しぶりだな、テンテンにリー」

頬の筋肉に力が入る。これが自然の笑みだってことに気付くのは少ししてからだった。

「ナルト君、久しぶりね」

また笑ってくれるのかな、今でも時々そう思ってしまう。

「そうですね、下忍になってからあまり会ってなかったですからね」

オレは何度もお前の修行は見ていたがな。

「ナルトの同期の春野サクラです」

そう言って春野が話しに割り込んできた。久々で少し楽しかったのだが。

「元同期のロック・リーです。去年まで一緒にアカデミーにいました」

「そういえばアンタって試験落ちたのよね、今まで忘れてたわ」

出来れば受かりたかったよ。こいつ等は面白かったからな。

「オレ達を無視するなんて随分と生意気だな」

調子に乗ってるのはどっちだ。試験前に軽い運動がてらに殺してやろうか。

「中忍試験は難関なんだぜ? かく言う俺達も、3期連続で合格を逃してる…」

「はは、アンタ等が雑魚過ぎるからだよ」

「テメェ!」

来いよ、ぶっ殺してやる。

中々に速い、それでもそれ以上に速く動いた者がいた。

二人の蹴りの軌道を読みきって蹴りと蹴りの合間に身体を滑り込ませて動きを止める、そんな芸当が出来るとしたら一人しかいない。

「喧嘩を売る場合はよく相手を選んだほうがいいですよ」

殺されてましたよ、とリーは息を吐きながらそう言った。

「止めなくても良かったぞ」

「ナルト君は昔から喧嘩っ早過ぎますよ」

さすが、元同期なだけある。よく見ているよ。

「おい!リー、約束が違うじゃないか…下手に注目されて警戒されたくないと言ったのは、お前だぞ」

今日は懐かしい奴等のオンパレードだ。いきなりコイツとも会うとは思ってなかった。

急に人垣を乗り越えて長髪の肌の白い少年、日向ネジがこっちに向かってくる。

「すいません。つい…」

すでにリーの声などネジには聞こえても無いだろう。

周りに多くの人間がいるのにネジの心臓の音だけが力強く聞こえてくる。

「久しぶりだな、ネジ」

「ああ、ナルト」

本当に久しぶりだ。初めて出会った天才、それが日向ネジだった。それだけに印章も強かった。

その時だろう。ネジと衝突し始めたのは。

こいつはオレと同じくらいにぶっ壊れている。こいつの覇気は心地よい。

「そういえば、なんで私達まだ二階にいるのかしら?」

「気付いてたのかよ、ってサクラなら当たり前か」

取り残されていた二人が幻術に気付いて階段に進もうとするがリー止めに入った。

「眼つきの悪い君!ちょっと待ってくれ!」

噴出しそうになった。間違っていないだけあってリーは素直にうちはをそう呼んだ。

「何だ? それともう一回目つきが悪いと口にしたら潰すぞ」

無理だって。お前なんかじゃリーとさえ対等でない。

お前の写輪眼は飾りか? カカシのでさえオレの偽装を簡単に見破ったぞ。

「今、ここで―ボクと勝負しませんか?」

話し聞けよ、とうちはがぼやいているが誰も聞きもしない。

リーの目は本気であって多分真面目なのだろう。というかリーは冗談を言えるほど軽い性格じゃないな。

「今ここで勝負だと?」

「ハイ」

そう言ってリーはサスケの目の前に現れる。

その動き一つ一つに無駄が無く洗練されている。オレでも真似は出来ない。長年の修行の賜物だろう。

歩法一つである程度の実力は測れるものだが、リーの実力はオレにだって測れない。

「ボクの名はロック・リー……人に名を尋ねる時は自分から名乗るもんでしたよね」

リーの動きにうちはも段々と分かってきただろう。自分の実力が釣り合って無いってことが。

「うちはサスケ君」

「知ってるなら聞くなよ」

節くれだらけの手を何十にも包帯で巻かれた手でうちはを指差す。

「君と闘いたい!」

リーは左手を胸の前に立て右腕は後ろに回している。それがリーの構えだということは容易に察せられた。

「あの天才忍者と謳われた一族の末裔に…ボクの技が何処まで通用するのか試したい」

なに言ってんだ。十分に通用するぞ。

「『うちは』か、気に食わないな…俺の名はサスケだ」

『うちは』はファミリーネームだと言いたいのだろうか。んな訳ねぇか。

才能の上で胡坐を掻いている奴は何時までたっても雑魚だってことがリーと闘うことによって気付くだろう。

「うちはの力を見てみるか? 後悔するなよ」

うちはの力、そりゃ才能の後押しって言うんじゃねぇのかなぁ。

オマエなんてうちはで生まれたからそんなことが言えるんだろうよ。もし、一般家庭で生まれてみやがれ。オマエなんて落ちこぼれ以外の何者でも無いんじゃねぇかな。

「是非!」

二人はある程度の距離を開けて対峙している。忍術に秀でているうちはには有利で接近戦に秀でているリーには不利な状態だ。

『ついてる。NO.1ルーキーと早速手合わせ出来るなんてな』とリーは考えているのだろう。

随分と楽しそうな顔をしている。自信を手に入れたリーは強いぞ。







うちはが手裏剣をリーに向かって投げる。

戦いの合図もしていないのに。

「不意打ちだろ」

皆二人の戦いに集中してオレのつぶやきすら耳に入らねぇし。

飛んできた手裏剣をリーは影舞葉で影を見通し避ける。

接近戦のスペシャリストのリーは接近戦につなげる為の技術も磨き続けたのだろう。

ありゃ身体が覚えているって動きだ。

うちはの驚いている顔が目に見えた。自分の手裏剣術に自信でもあったのだろうがリーと同じ班には本当のスペシャリストがいる。

それに比べたら児戯に等しい。

リーはその走ったスピードを殺さずに生かしたまま本家本元の『木ノ葉旋風』に繋いだ。

「木ノ葉旋風!!」

わざわざ技名を叫んだリーは痛烈な後ろ回し蹴りは分かっていたとしても避けることは今のうちはでは難しい。

「クッ!」

うちはの脚にチャクラが集まり摩擦を最高度にして後ろに跳んだ。

ある程度使えるようになっただけじゃダメだ。チャクラコントロールは奥が深い。

極めれば必殺にさえなる。今のうちはのは身体が覚えちゃいない。

ほら、

「ハッ!」

追いつかれる。

鍛え上げた脚力でリーはうちはの速度を簡単に追い抜き肉薄し再度蹴りを入れる。

「―――ッ!」

今度は軽くだが入った。

写輪眼でも発動させたのだろう。さっきよりも動きが格段に良くなっている。

写輪眼は透視眼ではないからリーの重りには気付けないだろうがその分さらにリーの実力に気付くだろう。

今のリーはうつむいて正面からサスケと対して立っている。

リーは知っているようだ。写輪眼使いとの戦い方を。

リーの担当上忍はアレだから何度もカカシと戦っているところを見たのだろう。

所詮、写輪眼とは洞察力を底上げする能力と強力な瞳術を持った目でしかないということだ。

洞察力は白眼にも辿り着けない。極めた写輪眼使いは脅威だが今のうちはでは脅威にも値しない。

そこからは一方的な戦いだった。

動きを読み取るにしてもうちはの足しか見ていないリーの動きも読み取れず後手に回るばかり。

後手に回ったとしてもリーの攻撃を凌げる技を持っていないうちはではどうにもできない。

止めを刺しにいったリーの蹴りを避けようと後ろに跳んだ時点で勝負は決まっていた。

避けられない蹴りに対して最も威力の高い外側へ逃げるなんて経験不足でしかない。

オレだったらもっとも筋肉が付き難い太もものほうへ、つまり前に逃げる。

蹴りの最中で隙のあるところをチャクラのメスで内側から壊す、それしかない。

だがそれには相手の拳を覚悟でいく勇気がいる。それを実行に移すには経験豊富という条件がいるのだがオレなら出来るという自信がある。

才能という穴を埋めようとし続けたオレなら出来るという自信がある。

壁まで吹き飛ばされたうちはが困惑の表情を上げる。

「ど…どういう事だ!?」

「ねぇ! ナルト! どういう事なの!? 何でサスケの写輪眼が通用しないのよ!?」

写輪眼を発動させた時は勝利を確信して笑っていた春野が泣きそうな顔をして問い詰めてきた。

別に写輪眼が最強だって訳じゃねぇのに。カカシだって再不斬と戦って死に掛けたのを見てなかったのだろうか。つうかあの時に風遁かなんか使って霧を吹き飛ばしとけば良かったんじゃねぇか? まぁ過ぎたことだしいいんだけどさ。

再不斬の場合は霧を使って完全にカカシの写輪眼を封じていたしな。リーの場合は目に移る心理を読み取られるのを封じたということだろう。

たったそれだけで負けるうちはが弱いってことだけだ。

「うちはが弱いだけだろ」

「なんでナルトは何時もそうなのよ!」

知らねぇよ。何でだろうな。

オレも知りてぇよ。



「写輪眼は印を結び、チャクラを練ると言う法則性が必要な忍術や幻術は見破って、確実に対処できる。言ってみれば君の写輪眼とボクの印を必要としない体術は最悪の相性なんですよ」

だからその分白眼との相性も最悪だ。どんなに身体を鍛えようが動作の一つ一つを見抜かれて心理すら見抜かれる。

勝つには目で追えても身体が反応できない程の速さが必要だった。

「知ってますか? 強い奴には天才型と努力型がいます……君の写輪眼がうちはの血を引く天才型なら…ボクはただ、ひたすら体術だけを極めた努力型です」

呼吸を正したリーがうちはと――――オレを見ながらそう言った。

やはり、リーは強い。

自分の才能を受け入れながらもここまで強くなれるリーにオレは心から尊敬する。

「サスケ君、君は何をしても、どんな危険でも強くなるためにやろうと思った事ないんじゃないですか?」

真っ直ぐな眼でリーはうちはを見ながらそう言った。

それを聞いて心がすっとした。

「僕はですね、天才型でありながら努力を惜しまなかった人を二人も知っている。その内の一人がナルト君です」

スッと指をオレの方に向けてリーははっきりとした声でそういった。

「オレは……天才なんかじゃないよ」

正直嬉しかった。リーがオレをそう思ってくれていたということがなにより嬉しかった。

オレが才能を持っているとオレに向けて真摯に言ってくれたことが本当に嬉しかった。

天才達に囲まれてきたから分かる。

オレに才能なんてないんだということが。

「ナルト君は十分に天才ですよ」

違う、そう叫びたかった。

肯定したかった。自分に才能があると叫びたかった。何度も何度も叫びたかった。

「ナルト君は努力の天才なんですよ」

心の中でしがみついていた何かが落ちたように感じた。

今、リーは何て言った?

「ナルト君の眼は自信溢れていて、そして挫けや挫折を知っている目です。そして経ち続けているナルト君は常に自分と戦っている」

ほら、それこそまさに努力の天才じゃないですか、とリーは笑っていった。

オマエこそ、同じような目をしてるじゃねぇか。

「といってもガイ先生が言っていたことをそのまま言っただけなんですけどね」

「あいつか…」

あの熱血馬鹿がそう言ったのか。



「あいつ、す「まったく! 青春してるなー! お前らーっ!!」



すげぇな、と言いたかったのにこんなところで出てくるか!?

急に出てきては物凄い速さでリーに抱きついた。

「お前って奴ァ…お前って奴ァ…」

「せ、先生…先生! 僕は、僕は…」

空気読めよ。お前ら。

「もういいリ―! 何も言うな!!」

「先生!!」

室内だからだろうか、暑苦しい。

本当に室温が2、3度上がったんじゃねぇか?

「互いに認め合い、心を通じ合う……それこそ青春だ!!」

「はい!」

なんだろう。酷くオレは疲れている。なんでだろう。

「久しぶりだね、ナルト君!」

なんでだろう。この人は何故いつも語尾が強いんだ?

「いや、何時も元気だな」

「それこそ青春だろ?」

どうやったらキラーンと歯が光るんだ? これも忍術なのか?

オレの後ろで春野のヒィィィ! という悲鳴が聞こえる。ああ、オレも怖ぇよ。

「……それより、カカシ先生は元気かい? 君達!」

オレ等三人を見渡しながらガイはそう言った。否、叫んだ。

「うちの先生って結構有名なんですか?」

再不斬の話しを聞いてなかったのかよ。世界中の忍びのビンゴブックに載ってたって言ってたじゃん。

上忍って時点でそれなりに里内では認識が高いんだよ。

「知ってるも何もうちの里のみならず他国でも名は知れ渡っているほどの天才忍者だからなアイツは」

遅刻癖やら官能小説ファンということで有名ではなかったのでホッとした春野。

オレ達が下忍になるまでは暗部で稼ぎ頭だったからかなり有名だろう。

「それにな…クク…」

ガイは顎を擦って含み笑いをする。いつものアレだろう。

「なんだ?」

やっと立ち上がってきたうちはが聞き返す。

ここで興味を見せるから調子になるっつうのに。

「人は僕らの事を『永遠のライバル』と呼ぶよ…」

言わねぇよ。人はテメェ等のことを金魚と金魚のフンって言ってるんだよ。

その瞬間ガイはフッと姿を消す。

オレじゃ追いきれないことを知っているから無駄な努力はせずに来るだろう背後に顔を向ける。

そこには予想通り既にガイがいた。

相変わらずバケモノみてぇな身体能力だ。解剖してみてぇよ。いや、本当に。

「「え!?」」

ガイが消えたことにうちはと春野が驚きの顔をあげる。なんかもうどうでもいい。

「50勝49敗…カカシより強いよ、オレは…」

ガイはウインクしながら、歯を光らせて自慢げに微笑んできた。

その言葉に二人は言葉を失くす。オレも最初はそうだったけどさ、戦っているところをみたら、

「じゃんけんは全敗じゃねぇか」

「カカシの写輪眼は厄介だな!」

というか気合込めすぎてグーばっかなお前が馬鹿だ。





ああだこうだと話しているうちに申し込みの時間が迫ってきたオレ達は話を切り上げた。

「今回はリーが迷惑を掛けたが、俺の顔に免じて許してくれ…」

「あ、いや…いい体験だった」

ガイの素直な礼にうちはも許した。

うちはにもいい体験だっただろう。胡坐を掻いた天才が愚かだってことが。

名刀を錆付かせるようなものだってことだ。

「リーも君達も、そろそろ教室に行った方がいいな」

そう言って会場に進もうとしているオレ等にリーが近寄ってきた。

「ナルト君にサスケ君、次は試験で会いましょう!」

そう言ってリーは握手のつもりだろうか、手を差し出す。

うちはが少し戸惑っていたがオレは迷わず手を握る。

リーの手は大きく堅かった。

「ああ」

オレを天才と言ってくれたリーは真っ直ぐにオレの眼を見てくれていた。

だからオレも正面から眼を合わせてリーの顔を見て最上級の笑顔を作ってやった。







「お願いですから…そこを通して下さい」

と女の声が聞こえたときからナルトの奴がそわそわし始めた。

いけ好かねぇ先輩下忍の奴等の一人がその女に手を出したときにナルトの異変が発覚した。

何時ものナルトならば傍観して笑っているだろう。なのにナルトはその攻撃を止めて殺す、と言った。

オレが下忍試験でナルトを起こらせたときと同じ顔をしてナルトは怒っていた。

ナルトにとってその女は特別なのだろう。

オレやサクラと違って。

オレ等がその女の立場だったらきっとナルトは守らず笑っている。

テンテン、とナルトが初めて女を名前で呼んだ。サクラには春野といつも言っているのに。

そして最初尻餅をついていた男にもナルトは異常に友好的だった。

いつものナルトならば見知らぬ、それも弱い奴には無視しかしないのに。

それが胸の奥でもやもやと苛立ちを感じる。

分かっていた。無視できないということも分かっていた。

ナルトがその二人に対して対等に接しているくことを。

なんでそいつ等だけなんだ。何故、オレとは対等に接しないんだ。オレが弱いからか、ならお前が対等に接しているその男の方が弱い筈だ。

目の前にいる先輩下忍なんかに尻餅をついていたんだ。オレなら軽く避けられる。

だというのにその先輩下忍がナルトの発言に激怒して攻撃したとき、

『ああ、こいつ等死んだな』

そう思っていたのにあの尻餅をついていた男がオレの眼にも止まらない速さで攻撃を防いだ。

それもオレが出来ないような高度な体術で。

殺されてましたよ、とリーとナルトに呼ばれた男は言った。

またも名前。俺でもうちはと呼ばれているのに。

そしてリーはナルトがそいつ等を殺すつもりだったのを理解していた。

そして次に現れた長髪の男にはナルトから声を掛けた。

「久しぶりだな、ネジ」

なんでだよ。

なんでナルトはこいつ等の前だけあんなに嬉しそうなんだよ。

俺とサクラにはあんなに嫌悪を隠そうともしていないってのに。なんで違うんだ。

「そういえば、なんで私達まだ二階にいるのかしら?」

サクラが唐突にそう言った。

そうだ。俺等はこんなくだらない幻術には引っかからない。そこの二人と違ってな。

だというのにナルトはサクラのことを無視し俺等の知らない三人と話しを続けている。

遣る瀬無い気持ちで階段を二人で上がろうとしていたらナルトと話し込んでいたリーに呼び止められた。

しかも人に対して失礼な呼び方で。

殴ってやろうかと思ったが丁度いい、試合を申し込まれた。

「あの天才忍者と謳われた一族の末裔に…ボクの技が何処まで通用するのか試したい」

そうだ。オレはナルトに羨ましがられた才能を持っているんだ。

自信を持っていい。俺は目の前の男よりも強い、と。

「『うちは』か、気に食わないな…俺の名はサスケだ」
それでもオレはナルトにサスケと呼ばれたい。オレはナルトと対等でいたい。

それなのにナルトはくだらなそうに俺のことを見ている。

見てやがれ、オレは強い。

そして始まった試合で俺は相手に一度でも攻撃を浴びせることも出来ずに敗退した。

自信を持って投げた手裏剣をすり抜けるかのように避けていくリーに何も出来ずに蹴りを喰らった。

ナルトを見ると俺を見ずに常にリーを見ていた。

写輪眼を発動させて本気で行ってもナルトは俺を見ることはなくリーを見続けた。

確かに、リーの格闘は熟練の陰りも見えた。隙も無い。強いのだろう。

それでも写輪眼ならば、と思っていたのにリーは顔を俯かせた時から何も読めなくなり最初以上に情けない戦いになってしまった。

「ど…どういう事だ!?」

何も読み取れずただ攻撃を受けることしか出来ないのか!?

「ねぇ! ナルト! どういう事なの!? 何でサスケの写輪眼が通用しないのよ!?」

サクラが俺の本音の代弁をしてくれた。

ナルトは唇だけを歪ませた。その時、既に分かっていた。

ナルトが何を言うかを。

「うちはが弱いだけだろ」

名前すら呼んでもらえなかった。

なんでうちはなんだ。俺の名前はサスケだ。そう呼んでくれよ!

「サスケ君、君は何をしても、どんな危険でも強くなるためにやろうと思った事ないんじゃないですか?」
それを聞いてずっと溜まっていたもやもやとしていたモノが消えた。

そして俺を殴ってずれた包帯のスキマから縫った痕ばかりのリーの拳が見えた。

そして俺がよく見ていたナルトはいつも血だらけだった。そして苦痛を隠そうとしていて常に強かった。

なにが俺に足りないのかが分かった気がした。

アカデミーでも俺は良い成績を取ることだけを考えて課題を満たしたら満足感を感じていた。それだけだった。

だから俺はリーの上忍にこういった。

『いい体験だった』と。

頑張っているつもりだったんだ。今までの俺は。チャクラコントロールを覚えただけで満足していた俺はリーの動きを見て自分がどれだけ自惚れていたかを知った。

努力、当たり前だと思っていた二文字が俺には軽かった。本当は何よりも重いはずなのに。

『僕はですね、天才型でありながら努力を惜しまなかった人を二人も知っている。その内の一人がナルト君です』

リーは俺の知らないナルトを知って理解していたからナルトはリー達に対して対等に扱っていたんだ。

そしてナルトが否定していた自分の才能をリーは自信をもって肯定した。

思っていても口に出せなかった俺はそれを惨めに思いながら見ていた。

ナルトが嬉しいのを必死に隠そうと辛そうだったのを見ていたのに。

ナルトはずっと肯定してもらいたかったんだ。自分には無い才能を。

俺はいつも自分のことばかりでそんなことも気にしていられなかったのにリーは違った。

だからこそなんだろう。今の自分の位置は。

最後にリーは試験で会おう、と言って握手をしようとしてきた。

負けたというのもあったがナルトが心を開いているという嫉妬心から俺はすぐには手を出せなかったのにナルトは迷わず握手をした。

ここまで違うのか、と俺は惨めに思った。

俺とサクラに向けていた嘲笑の笑みではなくナルトがリーに向ける笑顔は心から嬉しそうで、それを見て俺は悔しかった。

「うちはじゃなくサスケを見てくれよ」

俺がやっと零せた言葉もナルトの耳には届かず、ナルトは一人で会場まで歩いていった。







「どうだった?」

そう言ったのはやっとナルト達が会場へ向かっていたのを見届けていた最初の先輩下忍だった。

「どうもこうもねぇ…」

そういって腕は見せるとそこは不自然な曲がり方をした腕があった。

「アイツ、本当に折りがやがった」

一次試験に紛れるために下忍に変化の術を施した中忍が下忍に腕を折られた、という事実にもう片割れの一人が眉を顰める。

「わざと…じゃないよな」

確認の為だったがもう一人が痛みを隠して苦笑する。

「本気だった。それでも振り解けなかった」

全力で振り解こうとしたがどうやったらあの細い腕でこのようなことが出来る、と面白い物を見るかのように会場向かうナルトを見る。

「お前が女に手を出したからこうなったんだろ」

呆れたように言っているがその顔は少し緊張している。

ナルトの存在を知らない木の葉の忍者はいない。最強のアカデミー生、そして九尾の化身。

それでも二人はナルトが九尾に属する忍術を扱わずに才能が無くとも鍛え上げられた体術でナルトが戦っているのを知っている。

少なくとも二人はナルトを九尾としてナルトは見ていない。

「そんなことはどうでもいい」

今回はいつも以上に楽しめそうだ、そう言って二人も会場へ向かった。











[713] Re[25]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 14:43








いつも悩んでいた.


ウジウジウジウジと。


多くのことを何も知ろうともしなかった俺に教えてくれた恩を返そうと、そして堂々と貴方に礼を言えるようにと。


だけど勇気が持てなかった。


拒絶されたらどうしよう、なんて大人らしくもない。


今度こそあいつの目の前で気落ちすることなく笑ってやりたいです。


俺にそんな資格があると思いますか?




先生。







狂った歯車の上で








  
「…そうか…みんな来たか…」

会場にやって来たら扉の前にカカシが立っていた。

先に行ったリー達からしたら邪魔だったろうに。

「中忍試験…これで正式に申し込みできるな…」

「どういうことだカカシ?」

みんなで来なかった申し込みが出来なかった、とカカシは言ったようなものだ。それに対しての質問だったのだろう。

「実の所、この試験は初めから3人1組でしか受験できない事になってる」

「え? でも先生、受験するかしないかはお前達の自由だ…って」

カカシからの試験の一つだったのだろう。

自分の部下の中に一人でも怖気づいた奴がいるかいないかの選別、それを確かめたかったのではなかろうか。

「…俺達に嘘ついたのか?」

「試したの間違いじゃないか?」

これは騙すというよりも試されたというのが正しいのだろう。

オレの回答にカカシは笑みを浮かべた。

「その通りだ。もし、その事を言ったなら無理にでも抜けた奴を誘うだろう」

「それはいい迷惑だな。死ぬかもしれない試験に無理矢理つれていかれるなんてな」

そうだな、とカカシは頷く。

「まぁ、そうなることは無いだろうと思ってたから深く考えてなかったけどな」

本当にそうなのだろうか。オレはそう思いカカシの目を見るが曇りは一切無い。

こいつ、本気で言ってやがる。

白眼を持っている怪しいオレを、なんども反発していたオレを信じてたっていうのかよ。

オレが驚いている間にカカシがオレ達三人の肩に手を回し自分に寄らせる。

何も考えていなかったから抵抗も出来なかった。

「お前らは今まで俺が受け持った班の中で一番の自慢だ。自信をもって突っ走れ!」

カカシの激励に、2人の表情に笑みが浮かぶ。

オレ等を励ましている間、カカシはずっと笑っていた。ただ笑っていた。

信じているのだろう、この二人を。いや、オレを含めて三人か。

何度も反発した。コイツはなんでも知っているかのようにオレに言ってくる。それが嫌いだった。

見透かされている、そんな感じがしていたが違った。

知ろうとして、気を利かせようとしていたからだろう。オレ等のことを知ろうとして知った上で行動していたから見透かされている感がしていたんだ。

全てはオレの勝手な勘違いだったんだ。

勝手に苛ついて勝手に嫌ってたんだ。

だから今度もオレは何の抵抗も無く言えた。

「ありがとう」

本当にありがとう。そして本当にごめんなさい。

今まで疑っていてごめんなさい。

っておい。三人とも変な目で見てんじゃねぇよ!

いいじゃねぇかよ。嬉しいんだ。リーにオレを肯定してもらって、カカシがオレのことを信じていてくれて、オレは幸運だ。

こんなに素直に自分が幸運なんだと思えた日はないかもしれない、それでも嬉しい。

「さっさと行くぞ!」

この思いを風化させないように。









「……人おおすぎよ」

「どこから湧いて出たんだ」

ゴキブリみてぇだな、その表現。

唖然としている春野にウンザリとしているうちはにめずらしく同意する。

「サスケ君、おっそ~い!」

多くの人の話し声でうるさい部屋でも耳障りな甲高い声が聞こえた。

いきなりサスケに1人の少女が飛びついてきた。よくみればいのだった。

ある意味度胸があるな、こんな空間で素を出せることに。

「私ったら久々にサスケ君に会えると思ってぇ~、ワクワクして待ってたんだから~」

そういってうちはの腕に手を通す。手際の良さはすばらしいの一言だ。練習でもしたのだろうか。可哀想な子に思えてきた。

「あ~ら、サクラじゃな~い。相変わらずのデコり具合ね、つまりブサイクねぇ」

「顔の形なんて簡単に変わらんさ」

「ナルトまで何言ってんのよ!」

「なんなら整形してやろうか?」

「無理よ、おでこの形は遺伝なんだから」

「今の整形外科の技術は馬鹿にするなよ」

「サクラ、頼んでみたら?」

「しゃーんなろー!!」

訳が分からん。







「何だよ、こんな面倒臭ェ試験…お前らも受けんのかよ」

「お前が受けることにオレが驚きだ」

「いのを止められなかったんだよ」

いのが騒いだせいで今期の下忍がどんどんやってきた。そうとう目立っていたようだ。

シカマルとチョージは他の里の忍びと違い覇気をまったく感じさせない。

チョージは分からないがシカマルは本当にやる気がないようだ。

やるようになったら一筋縄ではいけないからな、こいつも天才だ。

一度も将棋で勝ったことも無い。参考書にも載ってないような手を打ってくる。というかオレもアスマも弱すぎる気がする。ちなみにオレはアスマと今月は四勝三敗、つまり五分五分だ。

「ひゃほ~みーっけ!」

「お前はいつも騒がしいな」

「褒めんじゃねぇよ!」

「褒めてねぇよ」

いい意味で賑やか、悪い意味でうるさいのがキバだろう。こいつの犬のせいで毎日血の臭いを消さなきゃならねぇから面倒なんだよな。

しかも犬と会話が出来る時点で野生児だ。

「こんにちは」

「………」

「これはこれは、皆さんお揃いでェ!」

十班も八班も参加していたのか、今期の下忍の全員じゃねぇか。



担当上忍の奴等も思い切った行動をするもんだな。

「何だ…お前らもかよ、ったくめんどくせぇ」

「く~成る程ね~今年の新人下忍9名、全員受験って理由か!」

キバの一言で周りからの視線が強くなる。

そりゃ開催している里だからといってこれは嘗めすぎだろう。死人が出る試験なんだから。

どうも前に試合をしてからヒナタとの間に距離を感じるな。

これはいかん、いかんな。なんか釈然としないぞ。

「元気だったかヒナタ」

「う、うん」

なんか避けられている気がする。オレが悪いんだけどな、でもあの時疲れてたからしかたねぇな。

今度から気をつけよ。

「この前はごめんな、疲れてたんだ」

「大丈夫なの?」

「もう大丈夫だからな、この前は本当にごめん」

悪いのはオレなんだからこれくらい謝るのは筋ってもんだ。

やばい、なんか本当に恋人やってるみたいだ。赤面しそう。

「気にしないで、私も疲れてるのに気が回らなくてごめんね」

やべぇよ。なんか顔が赤くなってるのが分かる。

やっぱ可愛いなぁ。

「こんなところで口説いてんじゃねぇよ」

「どこをどう見たら口説いてんだよ」

「最初から最後までだボケ!」

キバのくせに生意気なんだよ。デメェはメス犬にでも口説いとけ、犬と会話できんだろ。

ヒナタまで顔を赤くしてんじゃねぇか、可愛いからいいけどよ。





「おい、君達! もう少し静かにした方が良いな…」

先生の声が聞こえた。

先生の声ならば人の群れの中でも聞き取る自信がある。

「君達が、忍者アカデミー出たてホヤホヤの新人9名だろ? 可愛い顔してキャッキャッと騒いで…全く……此処は遠足じゃないんだよ?」

「誰よ~アンタ? エラそーに!」

「お前の方がエラそうだぞ」

シカマルの言葉に賛同だ。

「僕はカブト…」

先生は上の名前だけを名乗り、オレ達の後ろを指差した。

「それより、辺りを見てみな」

「辺り?」

先生にそう言われて、いの達はソォ~と辺りを見回す。今まで気付かなかったのか、こいつらの視線を。忍者失格だろ。

色々な額当ての下忍がこっちを睨んでいた。

「うへぇ…」

それを見てシカマルがさらにやる気を無くしたのが分かる。

「試験前でみんなピリピリしてる…どつかれる前に君達に注意しとこうと思ってね」

如何にも気の短そうな奴らに睨まれ、春野が息を飲んだのが分かる。

先輩を装って近づく、先生はそうやって今まで情報を得てきたのだろう。無駄の無い会話術だ。

自然すぎてオレがもしこいつ等と同じ立場なら一緒に騙されていたかもしれない。

「ま! 仕方ないか…右も左も分からない新人さん達だしな、昔の自分を思い出すよ」

「カブトさん……でしたっけ?」

「そうだよ」

「じゃあ…貴方は2回目なんですか?」

春野が恐る恐るという感じに先生に質問した。

回数を知っているオレだったら質問できねぇな。聞いちゃ悪いし。

「……いや…7回目、この試験は年に2回しか行われないから…もう4年目だ」

やっぱすげぇな。それでいてバレることがないなんてオレじゃ真似出来ねぇ。

「へーじゃあ、この試験に付いて色々知ってんだ…!?」

「まぁね」

そう言って先生は忍具ポーチを探る。

こんなところで出すのか!? 

「それじゃあ可愛い後輩達に、ちょっとだけ情報を上げようかな」

思っていた通り先生は認識札を出した。あれは先生が昔からスパイとして活動しながら得てきた情報の塊の筈だ。

「この認識札でね…」

「認識札?」

見た事も聞いた事もない忍具に春野達は首を傾げた。そりゃ当たり前だ。あれは先生のオリジナルの忍具なんだから。

「簡単に言えば、情報をチャクラで記号化して焼き付けてある札の事だ」

そう言って先生は認識札の束を床に置く。

「この試験用に情報収集を4年も掛けてやった…札は全部で200枚近くある…」

本当はもう一桁違う。先生程の実力者が四年でたったの200枚なわけがない。

「見た目は真っ白だけどね…この札の情報を開くには」

皆が固唾呑んでカードを見る。

この札は特定のチャクラを込めなければ発動はしない。先生とオカマ、そしてオレのだ。

オレなんかがいいのだろうかと思ったが嬉しかったからその時は疑問に思わなかった。

「僕のチャクラを使わないと、見る事が出来ないようになってる…例えば、こんなのがある」

認識札にチャクラを籠め終えると同時に軽い爆発音と共に白煙が巻き上がった。

その認識札には、各国の地図とそこに存在する隠れ里の位置、そして今年の中忍選抜試験を受験した各里の受験者数とその合計が表示されている。

「うおぉ! 凄え見やすい立体図だぜ! コレ何の情報?」

「それは今回の中忍試験の総受験者数と総参加国…そして、それぞれの隠れ里の受験者数を個別に表示したモノさ」

「そのカードに個人情報が詳しく入ってる奴…あるのか?」

「フフ…気になる奴でもいるのかな?」

先生の問いに答えないうちは、本当に失礼だ。あとで痛い目に合わせてやる。

「…勿論、今回の受験者の情報は完璧とまでは行かないが、焼き付けて保存している…君達のも含めてね。その気になる奴の君の知っている情報を何でも言ってみな…検索してあげよう」

「………砂隠れの我愛羅…見つかるか?」

誰だ、そいつは。オマエの数少ないお友達かなんかだろう。

「何だ、名前まで分かってるのか…それなら速い」

床に置いた認識札の束を片手で持ち、先生はすばやく1枚の認識札を抜いた。

そして先ほどの工程を施して軽い爆発音を鳴らした。

「見せてくれ」

見せてくださいと言え、と口に出しそうになったのを無理矢理止める。

こんなところでバレたら面倒になる。

先生は認識札を皆に見えるように表を向ける。

「砂瀑の我愛羅…任務経験Cランク―8回、Bランク―1回。凄いな、下忍でBランクか……きっと最後まで残ってくるね。しかし、他国の忍で新人だから、これ以上詳しい情報はないが……ただ任務は全て無傷で帰って来たそうだ」

木の葉の忍びの水準は高い。それでも新人の下忍でBランクを無傷で帰ってくれるわけが無い。

皆がその我愛羅という者の情報を見て驚いている中、先生が初めて視線をオレに向けてきた。

『人柱力』そう微かに口を動かしていた。

人柱力、オレと同じバケモノということになる。それで納得出来るかもしれないが中にバケモノを飼っていようが本人に影響はそれ程大きいわけでは無い筈。

つまりソイツはオレとは違い、封印という形で体に封じているわけじゃない。そうオレは考える。

「お詫びにみんなのカードを見せてあげるよ。それで自分の欠点に気付いてくれたら後半木の葉は有利になるかも知れないからね」

先生はそういって一枚ずつルーキーの下忍に配っていく。無論オレにもだ。

ある程度は下がっているだろうが所詮は先生の評価だ。低いことには変わりない。

皆が自分と他人の札をこっそりと見合っている。中には落ち込んでいる奴や喜んでいる奴がいる。

ちなみにヒナタの札はオレが作った。

先生の札のヒナタの実力はオレがヒナタと戦う前のだったためにかなり低かったからだ。

だからヒナタのは相当高いだろう。本人も驚いている。

うちはがオレの札を横目で何度も見ようとしていた。

「見たきゃ見ろよ、バレバレだ」

オレはまだ見ていないが低いだろうと思う。オレの無能さなんてオレに修行を付き合ってくれた先生が一番知っているからな。

うちはがオレの札を見てこういった。

「嫌味かよ」

「は?」

うちはが持っていたオレの札を引っ手繰って見ると依然見たうちはのデータよりもかなり高いデータが書かれていた。

この札をどうするのかと前に聞いたところオカマに渡すらしい。

もしオカマがオレのデータを見たら『無駄な努力』と笑うかもしれないがもうそんなことはどうでもいい。

リーが言ってくれた。こんなオレを『努力の天才』だと。

それ依然にリーが証明してくれていた。

努力で才能を埋めることが出来るってことを。

だからもうこれ以上括る必要は無い。

憑かれていた何かが取れた気がする。とても気分がいい。

そう、良かったのに、なんで。

「うえぇっ!」

先生が倒れてんだよ。

「なーんだ…大した事ないんだァ、4年も受験してるベテランの癖に…」

先生の目の前には♪と刻まれてた額当てをつけた三人組みがたってニヤニヤと笑っていた。

「アンタの札に書いときな…音隠れ3名、中忍確実ってな」

何かが燃えた。

体の中心で何かが燃えた。

熱い、何かが吹き荒れる。

「違うな」

「あ?」

音の忍びの三人がオレの方を向く。

三人、たったの三人だ。

今のオレなら三秒で殺せる。

「オマエ等は墓場行きが確実って言ってんだよ!」

一秒、オレがチャクラのメスを生成する時間。

二秒、オレの手の平が糞野郎の胸に触れ心臓を突き破る時間。

死ぬ、死ぬ、死ぬ。テメェはオレに殺されろ。





「すまない、こいつらのが馬鹿なことをした」

額当てには♪の印、こいつも音の忍びか。

それ以上にオレの腕を掴んで殺そうとしていた奴の体から離すその動きが尋常に無く速かった。

「じ、次郎坊さん!?」

殺そうとしていた三人の音忍等が驚いたような声をあげている。

こいつ、強い。オレが掴まれた腕を振り解こうとしているのにぴくりとも動きやしない。

「音の忍びを代表して謝罪しよう」

そう言って軽く頭を下げた。チョージのような体型をしているのにほとんどが筋肉だ。

謝っている最中でも隙なんて見当たらない。

何者だ、コイツ。

「勝手に動くんじゃねぇよ、デブ」

「そうぜよ」

目の赤い女に腕が六本の男。見るからに普通じゃない。

「すまん、見ていられなくてな。音の里の忍びがゴミ屑みたいに殺されるのがな」

オレ等まで雑魚に思われる、そう言って次郎坊と呼ばれた男は赤い目の女と腕が六本の男と一緒に人の群れの中に消えていった。

「おい、ナルト…」

「あ? なんだよ」

話しかけんじゃねぇ、気が触れそうだ。

奴が握っていたところが赤く腫れている。なんて馬鹿力だ。

「面白くもねぇ中忍試験だがやりてぇことが出来た」

「は?」

アイツをぶっ殺す。







「んでどうだったんだよ、カブト先生の助手ってのは」

珍しく多由也の方から話しかけてきた。

「呪印を使わなければバッサリとやられるかもな」

カブト先生の助手なだけある。チャクラのメスの生成から殺しに至るまでの過程に隙が無い。しかも動きも速い、ドスの野郎を助けられたのは運が良かったからだ。

一瞬でも遅れていたらあのメスで殺されていたろう。

振り解こうとしている腕もどうやったらあんな細い腕であそこまで強くできるんだ。ついつい本気で握ってしまった。

「そりゃお前だからだろ、デブ」

これは筋肉なのになぁ。











[713] Re[26]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 14:46




「静かにしやがれ! どぐされヤローどもが!!」

予定の時間より少し早く大柄の男は教室に入ってきた。

その男の背後にいる複数の人影には、統一された服装をしており、額には木ノ葉の印が刻まれた額当てをしていた。数十人同じ服装をしている中で、1人だけ黒い装束をコートのように羽織っているのが先ほど急いで入ってきた男である。

額当てを、頭部全体を覆い隠すように被り、顔には無数の切り傷があった。

「待たせたな…『中忍選抜第一の試験』…試験官の森乃イビキだ」

イビキの鋭い眼光を受けて多数の下忍達の背筋が震えた。

イビキが黒い手袋を装着したの指を音隠れ3人衆に突き付けた。

「音隠れのお前ら! 試験前に好き勝手やってんじゃねーぞ、コラ! イキナリ失格にされてーのか?」

「……すみません…すぐに戻ります」

次郎坊と呼ばれた奴が現れたせいなのかオレに殺されかけたからなのだろうかずいぶんと素直に引き下がっていった。

「フン…素直で結構、だが言っておく。試験官の許可なく、対戦や争いはありえない。また、許可が出たとしても相手を死に至らしめるような行為は許されん」

イビキの鋭かった眼が更に鋭くなり室内にいる全員に忠告する。

「俺様に逆らうようなブタ共は即失格だ…分かったな」

そんな図太い声が響いている中先生が近寄ってきた。

「大丈夫ですか」

「彼らは音の四人衆と呼ばれている、まさか中忍試験に出てくるとは思わなかったよ」

そういって先生はすぐに席に戻っていった。

間違ってもすぐに引き下がっていった奴等ではなくオレの腕を掴んだ奴だろう。

間違いなく今試験では上位に入っているだろう。

その前に試験に乗じて先生に手を出した奴を殺したい。先ずそれが第一だ。

「大丈夫? ナルト君…」

ヒナタが心配そうに、本当に心配しているのだろう。顔色があまりよくない。

「大丈夫だって、気にするなよ」

「怖い顔しているよ…」

そう言われて顔の筋肉が強張っているのに気付いた。

それを緩めてヒナタに見せる。

「これでいいかな」

「いつもはもっと力を抜いてるよ」

「じゃあこれで」

「もっともっと」

「これならどうだ」

「もう少し」

「それなら「さっさと席に座りやがれ! 失格にされてぇのか!」

知らないうちにオレとヒナタ以外は席に座っていた。

なんか恥ずかしい。

なんだか殺気立ってたのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。

「うん、いつも通りの顔になったね」

知らないうちに強張っていた筋肉に力が入っていなかった。自然と顔が笑みになっていて目の前に笑顔のヒナタが立っていた。

「んじゃ、席に座ろうか」

「うん」

と席に座る。となりはヒナタだった。

なんだろう。最近はヒナタに主導権を握られているような気がする。

それもそれで気持ちいいから納得している自分がいる。

そうか、オレはヒナタに惚れているんだ。

それに気付いた中忍試験一次試験。







狂った歯車の上で







カリ、カッ、カリッ、という紙の上で鉛筆が走る音で室内は支配されていた。
森乃イビキの出した班単位の持ち点減点方式の試験、最初こそ皆は動揺していたが始まると監視が始まり目立つことが出来なくなり悩む者、解く者、覗く者の三点に分かれていた。

覗く者のリスクといえば一回バレる毎に自点が二点ずつ失っていき一人五回見つかったら失格となる。

内容は下忍に出来るような問題ではない、故にイビキが最初に言った『無様なカンニング』をせずに『立派な忍らしい』行為、つまり誰にもばれる事のない情報収集術を使わなければいけないのだが、

「こんな問題、二年前に全部暗記してる」

だてに知識は詰め込んでいない。

公式の構成は理解していないが完成された形、答えまでの導き方は覚えている。

迷うことなく答えに辿り着ける。

脳という本棚から問題に適した本を選び取って答えを解いていった。

始まってから迷うことなく全問の答えが埋まった。

間違いも存在していない。模範解答だと自負している。

ヒナタもオレのを移し終わっただろう。白眼の発動が終わっている。

なんだろう、ヒナタの傍にいると眠くなってくる。

その眠気に逆らうことなくオレは意識を手放した。







どれくらい寝たのだろうか、唐突な空気を切る音と共にオレは目が覚めた。

すぐに目を覚醒させて飛んでくるクナイを見ると標的はオレではないようだ。

オレの真横を過ぎ去って後ろの席に突き刺さる。

「うわあ!!」

情けねぇ声だなぁ。カンニングしてビビってるからだろう。

イビキが言っていたことをちゃんと理解していれば良かったものを。

「な…何の真似ですか!!」

「5回ミスった…てめーは失格だ…」

審査官の1人が失格を告げる。

クナイを投げたのはコイツだろう。まったくいい腕をしている。ビビって神経を敏感にしている奴にそれでも気付かせないように投げるなんて簡単にはこうもうまくいかない。

「コイツの連れ2人共、この教室から出てけ…今すぐだ」

「アンタらホントにちゃんと、この人数を……」

失格にされたからって逆切れか、本当に情けないな。

ここで失格にしてもらっておいた方がいいんじゃないか? 次は死ぬぞ。

審査官は瞬身の術で抗議しようとしていた男の前に現れ、

「がっあ!!」

「良いかい…私達は中忍の中でも、この試験の為に選ばれ編成されたエリートなのだよ」

首根っこを掴んで教室の壁にたたき付けた。

見せしめだろう。情けないカンニングをしている奴等に対しての。

「君の瞬き一つ見落としはしないんだよ…言って見れば、この強さが証拠だよ」

随分と暴力的な証拠だなぁ。間違っちゃいないだろうけど。

ヒナタが驚いてるだろ。





残り時間と何組かがいなくなった受験者たちの様子を見ながらイビキは笑みを浮かべた。

「そろそろか」

「よし! これから10問目を出題する……」

そこでトイレにでも行っていたのだろう。一人の受験者が戻ってきた。

「『お人形遊び』が無駄にならずに済んだなァ…? まあいい、座れ…」

その言葉にビクついているところを見ると図星なのだろう。忍びなら表面上に感情を表さなければいいのに。何のための化粧だってんだ。「……と、その前に一つ…最終問題に付いてのちょっとしたルールの追加をさせて貰う」

五割近い受験者がざわついた。

特殊な能力や筆記テストが苦手な者にはこれ以上のルールの追加は厳しいのだろう。

「では、説明しよう…これは絶望的なルールだ」

イビキの顔から笑いを隠せないかのように自然と笑みが出てくる。

正直言って気色悪い。顔の傷が見事に合っていて相乗効果を表している。

絶望ときたか。失点した数と同数の指を切り落とすっていうのら確かに絶望だけどな。

全問が間違いの奴はこれからは指無しだ。忍びとしても人としても生きていくうえで絶望だろう。

「まず…お前らには、この第10問目の試験を…受けるか受けないかのどちらかを選んで貰う!!」

またざわついた。

「え…選ぶって! もし10問目の問題を受けなかったらどうなるの!?」

砂隠れの忍びがイビキに質問した。

砂隠れからしたらこんなところで失格になったら木の葉落としに参加できずに契約不履行で相当な痛手を負うと分かっているから焦るだろう。

「【受けない】を選べば、その時点で…その者も持ち点は0となる…つまり失格! 勿論、同班の2名も道連れ失格だ」

「ど…どういう事だ!?」

「そんなの受けるを選ぶに決まってるじゃない!!」

受験生達が春野の言葉に一斉に同意の声を上げる。

イビキが何を狙っているのかがいまいち分からない。

ただ、この試験が単純でくだらない試験ではないということくらいは分かる。

「…そして…もう一つのルール」

固唾を呑んで皆がイビキが次に言う新ルールを待つ。

「受けるを選び…正解できなかった場合―――その者については今後、永久に中忍試験の受験資格を剥奪する!!」

受験生達は一斉に目を見開いた。

「そんな馬鹿なルールがあるか!!」

この声はキバだろう。

キバの家庭はそれなりに有名だ。だから一生下忍なんてことになったら大変なことが起きるだろう。

それ以上にキバはこんな理不尽なルールに怒っているのだろう。

「現に此処には、中忍試験を何度か受験している奴だっている筈だ!!」

確かに、先生を除いてもかなりの数の人数がそうなんだろう。何百人の受験に木の葉でさえルーキーはたったの九人、それを参加国で合わせてたとしても百には満たないだろう。つまり半分以上は経験者の確率が高い。

「ククッ…運が悪いんだよ…お前らは。今年はオレがルールだ…その代わり、引き返す道も与えてるじゃねーか…」

「え?」

「自信のない奴は大人しく受けないを選んで…来年も再来年も受験したら良い」

イビキの言う通り受験者達には退路が受け渡されている。だからこそ受験生達に葛藤が生まれる。

だんだんと掴めてきた。この試験の真意が。

「では、始めよう…この第10問目…受けない者は手を挙げろ!番号確認後、此処から出て貰う…」

試験で今までで一番空気が重くなった瞬間だった。







「オ…オレはっ…やめる! 受けないッ!! す…すまない…源内! イナホ!!」

この重苦しい空間で手を上げたそいつは賞賛、すごいと思った。

空気に呑まれてこのまま試験を続行して永久に下忍というよりも仲間をとった、というべきなのだろう。

そいつに比べてやっと手を上げる奴がいたと次々と手を上げていく奴等にはあきれてくる。

最初に手を上げた奴の手を見た仲間はそいつを攻めることはないだろう。そいつの手は血が滲むまで拳を握り締めていた痕があったのだから。

「50番、失格…130番!111番!道連れ失格…」

イビキの声が教室に響き渡る。

「お…オレもだッ!!」

「わ…私も…」

「す…すまない、みんな!」

「オレもやめる!」

「わ…わたしも…」

最初に手をあげた奴と違ってなんて軽い手なんだろう、と思えてくる。

最初の手は重く感じた。すぐに重さに負けて落ちてしまいそうになるのに上げようと震えた手で上げていた。それに比べ今手を上げている者達からは気迫があまり感じてこられない、恥ずかしい、そんな感情しか伝わってこない。

横を見るとヒナタが震えていた。

そしてその小さな手も震えている。

あの糞当主の自信ありげな発言といいおそらく当主の座は妹のハナビからヒナタに移ったのだろう。

そしてこの試験で落ちて永遠に下忍のままだというのが糞当主に知れたらヒナタからしたらどれほどに怖いだろうか。

もうこの問題の真意は八割方理解した。それだからこのままヒナタが手をあげることはオレからしたらデメリットでしかない。

そして試験の始まる前にオレを落ち着かせてくれたように、オレに出来ることがある。

ヒナタの震える手を握った。握っているオレの手の中でも震えはしばらく止まらなかった。それでも止まらせる。

止まらせてみせようじゃないか。ヒナタが出来たんだ。オレに出来る筈が無い。

「大丈夫だ」

不安なんてない。絶対の自信をもってそう言う。

「ナルト君…」

「大丈夫だ」

オレがいるから大丈夫だ。

陳腐すぎて馬鹿馬鹿しいがそれ以外に言葉がない。

こんな試験なんか終わらせてやるから。大丈夫だ。

「質問いいか?」

「なんだ、早く言え…」

ギロッと他の受験者にもプレッシャーを感じさせる目つきで睨んでくる。

だけどオレにはまだ足りない。

「オマエ、本当に他国の忍びの永久に下忍にさせることが出来るのか?」

ルールの説明の時点でおかしかった。

「どういう意味だ」

「オマエ、極端すぎるんだよ」

頭を使おうともしない下忍には通用するかもしれないがオレには説得力が無さ過ぎる。

「たとえ開催国の試験官だろうが本当に永久に中忍試験の受験資格を剥奪してみろ。国同士の問題でオマエなんかすぐに打ち首だ」

出来る筈が無い。もしその説明をしていたのがこの里の火影だったとしたら説得力があってオレでも信じたかもしれないがオマエ程度じゃ不可能だ。

「オマエが相当なマゾヒストならその顔の傷からも納得できるけどな」

オレがいい終わり席に着くと他の受験者の笑い声が少しだが聞こえてくる。

オレ以外にこの試験の意味を理解していた奴がいたようだ。

里の英雄でもない、火影でもない、重役でもないような男にそんなことができる筈がないんだ。

笑っていた受験者の声も止まりまた教室が静まる。

そしてまた笑い声が聞こえた。

しかも笑っていたのはイビキ本人だった。

愉快そうに腹を捩って笑っている。気が付けば教室を囲むように並んでいた審査官達も笑っている。

もしかして間違えてた? もしそうだったら死にたい。

笑いが止まったイビキがまだ笑っている審査官を手で制して再び静寂が訪れた。

「失礼…たしかにそうだ」

よかった。間違えていなかったようだ。

これで間違いだったらヒナタの前に立っていられねぇ。すぐにでも首を切りてぇ。

「たしかに俺一人ではそんなことは出来ない…まったくをもって馬鹿げているな…では最後に……此処に残った全員に『第一の試験』の合格を申し渡す!!」

イビキの顔は試験中とはまったくの違うスッきりとした顔だった。

そしてイビキの言葉についていけていない受験生達は息を合わせたようにイビキに問い詰めた。

「ちょっと、どういう事ですか!? イキナリ合格なんて! 10問目の問題は!?」

その中でも最も困惑していた春野が声を荒立てた。

「そんなものは初めからないよ…強いて言えば『さっきの2択』が10問目だな」

「ちょっと…!じゃあ、今までの前9問は何だったんだ…!?まるで無駄じゃない!」

10問目の新ルールの時に質問した砂隠れの忍びが再度声を荒立てる。

まぁ、こんな結末なら確かに無駄だな。

「…無駄じゃないぞ…9問目までの問題はもう既に、その目的を遂げていたんだからな」

「は?」

これはほとんどの受験者が声を合わせた。

「君達個人の情報収集能力を試すと言う目的をな!」

ダメじゃん。オレ、収集してねぇし。

試験になってないだろ。

「まず…このテストのポイントは、最初のルールで提示した『常に3人1組で合否を判定する』と言うシステムにある」

イビキは今回の第一試験の真意を説明し始めた。説明が長くなりそうでとてもつまらない。

気が付けばまだヒナタの手を握っていた。

離すつもりはないけどな。

「それによって君らに『仲間の足を引っ張ってしまう』と言う、想像を絶するプレッシャーを与えた理由だ…」

「確かにすごいプレッシャーだったな」

「うん」

なんかヒナタは緊張が抜けたのだろう。呆けている。

ヒナタの場合家問題もあったから他の受験者よりもプレッシャーを感じていただろう。

まぁ、よく頑張ったと思う。

「しかし…このテスト問題は君達下忍レベルで解けるモノじゃない…当然そうなって来るとだな。会場の殆どの者はこう結論したと思う…点を取る為には『カンニングしかない』と。つまり、この試験はカンニングを前提としていた!」

確かにこんな問題教科書に載っていない。相当の勉強好きで勉強本を読み漁っていなければ分かる筈が無い。

春野くらいなら解けたかもしれない。アイツ、勉強の虫だし。

頭がいいくらいはオレも認めている。

「その為『カンニングの獲物』として、全ての回答を知る中忍を2名ほど…予めお前らの中に潜り込ませておいた」

百人以上いる教室でたったの二人か、少なすぎるんじゃないだろうか。

ちゃんとした回答が回ってくるのに時間が掛かりすぎるだろ。

「『ソイツ』を探し当てるのには苦労したよ…」

「ああ…まったくなァ」

つまりこいつらは馬鹿だってことだ。カンニングをしなければ解けなかったということだからな。

自分が馬鹿だということを曝け出しているようなもんだ。まぁ、そこら辺のヤツ等じゃあ解けるような問題じゃなかったのは認めるがね。

オレがそう周りを見渡している間に空気が軽くなっていくのを感じた。

というか受験者の皆が自分中心に考えて仲間のことなど気にしないような奴だったらどうしたのだろう。皆が合格しそうだが。

「しかしだ…ただ愚かなカンニングをした者は…当然、失格だ…」

頭部全体を覆っていた額当てを外すイビキ。

その下からは醜い多くの傷痕が姿を現した。

ほとんどが拷問の一種だろう、事故等ではここまでいかないような傷だらけだった。

「何故なら…情報とは、その時々において命よりも思い価値を発し、任務や戦場では常に命懸けで奪い合われるモノだからだ…」

火傷、抉られたのだろうネジ穴、切開されたのだろう切り傷、どれほどの拷問を受けたのかすら分からない程の数だった。

普通ならば相手に捕まった時点で人生が止められる、つまり殺されるのが当たり前だがイビキという男は全て生還してきたのだろう。

どれほどの精神力をもっていれば発狂せずにあの夥しい拷問を耐えられるのだろうか、オレが殺してきた里の奴等じゃすぐに狂っちまう。

どうりであの精神を削ぎ取られるような試験を考えられる筈だ。実体験を試験に見立てただけなのだから。

「敵や第3者に気付かれてしまって得た情報は『既に正しい情報とは限らない』のだ…。これだけは覚えておいて欲しい! 誤った情報を握らされる事は仲間や里に…壊滅的打撃を与える!!」

オレはイビキのいったそれも実体験だと考える。

敵というのがイビキなのだろう。相手にとってもっとも困る情報をわざと流し混乱させ、その混乱に乗じて逃げていたのだろう。

火事場の馬鹿力というのがあるが恐れ入るよ。

「その意味で我々は、君らに…カンニングと言う情報収集を余儀なくさせ、それが明らかに劣っていた者を選別した…と言う理由だ」

「でも…何か最後の問題だけは納得行かないんだけど…」

またもや砂の忍び、他国の試験なのだから相違点はあるであろうが無理矢理納得するのも必要だと思うのだが。

「この10問目こそが、この第一の試験の本題だったんだよ」

「……いったい、どういう事ですか?」

「説明しよう…10問目は、受けるか受けないかの選択…言うまでもなく、苦痛を強いられる2択だ。受けるを選び、問題を答えられなかった者は『永遠に受験資格を奪われる』…実に不誠実極まりない問題だ…それにバレタしな」

確かに極端過ぎた、とイビキは笑った。

次は更に難しい問題を考えてくるかもしれない。次の受験者には同情するよ。

しかし、こんな笑いをするのかと皆が目を疑う。ヒナタでさえも驚いている。それほど試験中とは別人ぶりを発揮していていい笑顔で笑っている。

皆の困惑した顔をみてまだ納得していないと解釈したイビキはまた口を開いた。


「じゃあ…こんな2択はどうかな…君達が仮に中忍になったとしよう。任務内容は秘密文書の奪取…敵方の忍者の人数・能力・その他、軍備の有無一切不明。更には敵の張り巡らした罠と言う名の落とし穴が有るかもしれない…さあ、受けるか? 受けないか?」
これは、カカシの親父の事件だ。

オレの聞いた話によると途中で逃げたらしい。

「答えはノーだ!どんな危険な賭けであっても、降りる事のできない任務もある。ここ一番で仲間に勇気を示し、突破していく能力。これが中忍と言う部隊長に求められる資質だ!」
だが、オレならば受け取らない。

オレにそんな器があるとは思えないが、もしその立場になったとしたらオレは受け取らない。

仲間の命だぞ。そんな大事なものをたかが里の為や立場、それに名誉の為に捨てられるのか? もし出来るという奴がいたらそいつは糞野郎だ。国を守るということは国にいる全ての人を守るということだろうが顔も知らない奴の為に大切な奴を犠牲にする、馬鹿馬鹿しい。天秤に架ける必要すらない。

それは人の命ってのを軽んじて扱っているのだろう。

だけどさ、戻ってこないんだぞ、もう二度と触れられないんだぞ。もう二度と名前を呼んでもらえないんだぞ。

たとえカカシの親父と同じように仲間からも中傷されたとしても後悔なんかしない。たとえ嫌われようが憎まれようが生きていて欲しい奴はいる。

オレははたけサクモを英雄だと思っている。オレにバケモノを封印して勝手に逝った四代目よりも、オレに対してなにもしなかった伝説の三忍なんかよりも。

「いざと言う時、自らの運命を賭せない者、『来年があるさ』と不確定な未来と引き換えに心を揺るがせ…そんな密度の薄い決意しか持たない愚図に…中忍になる資格などないとオレは考える!!」

悪いのか? 不確定な未来と引き換えに心を揺るがせたら悪いのか。

誰だってわが身が可愛いさ。でもさ、自分以上に大切な奴を守ろうとしてそれに藁をも掴む思いをしたらいけないのか。

確かに、そんな脆い考えを持った奴を多くの仕事を抱え持つ中忍に任せてしまったら里に少なからず被害を受けるかもしれない。

それでも、自分の意思を捻じ曲げてまで中忍になりたいなんて誰も思わないさ。仲間よりも国が大事だ? ふざけんな。

国の為にオレを捨てるような奴よりも国よりも何よりも、オレを大事だと言ってくれるような人をオレは守りたい。

「受けるを選んだ君達は、難解な『第10問』の正解者だと言っていい! これから出会うであろう困難にも立ち向かって行けるだろう…。入口は突破した…『中忍選抜第一の試験』は終了だ…君達の健闘を祈る!」

自分の難問を無事突破した受験生全員に激励を掛けるイビキ。凍結していた空気が一気融解し受験生達からは笑みと喜びが流れ出した。

ヒナタの顔も明るい笑顔に戻っている。

そんなヒナタを見て思った。

オレがヒナタを守れたらそれがどんなに嬉しいのだろう、と。









気配を感じたのは相手が窓のすぐ近くに移動してからだった。

こんな近くに来られるまで察知できなかった自分に嫌悪しそうなったがそう思うよりも相手は行動に移した。

クナイが窓ガラスを貫き、天井に刺さると真っ黒い布が広がり、長方形になった。

突然の出来事で、受験生達の合格の余韻は吹き飛び驚愕の表情を浮かべる。ネジの驚いている顔を見た瞬間噴出しそうになった。

そして黒い布の中に包まれていた人物が姿を現した。

それを見ていたイビキはげんなりしている。他の審査官は忍びらしからぬ派手な登場に唖然としている。

「アンタ達、喜んでる場合じゃないわよ!!」

布から出てきた女性がそう叫んだ。本当に忍びらしくなかった。別にかっこいいという意味ではない。

よく見ると後ろの黒い布には『第2試験官 みたらしアンコ見参!!』と刺繍が施されていた。

馬鹿なんじゃないのかと疑った。

疑う心配もいらなかった。

「私は第2試験官! みたらしアンコ! 次行くわよ、次ィ!!」

場の雰囲気を読めないのか沈黙が支配するこの空間(301教室内)で大声を出して叫んでいる。

「ついてらっしゃい!!」

本当に馬鹿のようだ。

「空気を読め…」

腕を振って残された下忍を催促しようとするアンコにそう言ったイビキに同意だ。こいつ、どっか変だ。

アンコはイビキに言われ教室を見渡し、そして顔を少し赤く染める。

一応、恥じるという感情を持っているようだ。

オカマの部下になった奴は皆どこかがおかしい。先生はいい意味でおかしいのだがこいつは悪い意味でおかしい。

「81人!? イビキ! アンタ、27ームも残したの!?」

そんなに多いのだろうか、多くの国から参加者が集まったのだからこれくらいが当たり前だと思っていたオレは間違えていたようだ。

「今回の第一の試験…甘かったのね!」

確かに甘いところもあったがいい試験だったと思うのだが、如何せん普通の人間にとっては難しいだけで頭のおかしいアンコには甘いらしい。

難しかった、と受験者のほとんどがそう思っているに違いないだろう。

問一から問九までは下忍では到底解けるものじゃない。そして百人以上いる教室に正しい解答を知って紛れ込んでいる中忍は二人しか居ない。

「今回は…優秀そうなのが多くてな…」

27組も残したイビキは自分の決めた合格者達を自信を持って答えた声でそう言った。それを聞いた受験者は顔を緩ませる。

「フン!まあ、いいわ…次の第2の試験で半分以下にしてやるわよ!!」

うざいな、瞬間そう思ってしまった。

遊ぶなよ、死ぬかもしれない試験なんだぞ。

なんなら試験に紛れて殺してやろうか、そうとさえ思った。

「ああ~ゾクゾクするわ! 詳しい説明は場所を移してやるからついてらっしゃい!!」

オレもゾクゾクしてきたよ。







アンコに連れられて、受験生達は不気味な場所へと辿り着いた。

そこは高い樹木が生い茂り、森の奥が真っ暗で何も見えない。一般のものには危険すぎるのか回りには身の丈の高い柵によって囲われている。

そして立ち入り禁止区域と書かれた注意書きがあり、幾重もの鍵で固定されていてた。

「…あれ? 前はあそこ開いてたわよね?」

「開いていたなぁ、そういえば」

オレが穴に落っこちた時のことだろう。あれは暗部達の仕業であるとオレは知っている。

「お待たせしました!! 此処が『第2の試験』会場、第44演習場…別名『死の森』よ!!」

アンコはこれから起こるであろう事が楽しくてたまらないようでハイテンションである。受験生達はこの森の圧倒的な存在感を目の当たりにし、呆気に取られている。

「…やっぱり薄気味悪い所ね」

春野はなんとなく口に出していた。

オレもなんとなく同意する。何故か最近は春野がいい奴に思えてきた。オレも末期だろうか。

「フフ…此処が死の森と呼ばれる所以、すぐに実感する事になるわ」

なんでこの里の森の名前はこんなのばかりなのだろう、と春野はオレ達に言ってきたが決めた奴にネーミングセンスがないのだろう、としか言えない。

「まぁ、たいしたことねぇだろうよ」

前に入ったときに生えていた毒草の種類は暗記したしその為の解毒剤も口寄せの巻物の中に大量に入れてある。

森のせいで死ぬことは無いだろう。

「へぇ、随分と余裕綽々ね、アンタ」

オレが言ったことを聞いていたのか、アンコはニコリと微笑んだ。

微笑みながら袖からクナイを取り出し、オレに向かって投げた。

ほぼそれと同時に風を旋廻させていなして明後日の方向へ飛ばせる。

「アンタみたいのが試験官だとこうもなるさ」

言い終わった瞬間に誰かがオレの風の結界にぶつかったのを感じた。結界といっても守るものではなくて察知するのが主な役割のオレの風の結界は手裏剣だとか小物以外は簡単に貫けてしまう。

そしてオレの背後に回ったアンコは一瞬で握っていたクナイをオレの首につきつける。

「アンタみたいな子が真っ先に死ぬのよねェ…フフフ…私の好きな赤い血…ぶちまい………てぇ?」

たった今好きだと公言した血を出そうと浅くオレを切ろうとしていたのだろう。

風の中を突き抜ける瞬間に目を閉じたのを視た、その瞬間にオレが影分身と入れ替わったことも思わずに。

「相手が下忍だろうが舐めるなよ」

逆にアンコの後ろから現れたオレを皆が驚いた目で見ている。アンコはそれを横目で睨みつける。

多分、これでアンコは試験中なんかしろでオレに接近してくるだろう。そん時に痛い目に合わせてやれる。

ただのところは馬鹿にされたのがむかついただけなのだが、舐められっぱなしは性に合わない。

癖になりつつある笑みを浮かべてオレはもとの位置に戻って行った。







「どうやら、今回は血の気の多い奴が集まったみたいね…フフ…楽しみだわ…」

ナルトがしたことに腹を立てるかと思っていたが逆にアンコはいい笑顔になっていた。舐めていたことに対して冷静になったようだ。

自分が一番血の気が多いことに気付いていないアンコは楽しそうに呟いた。

「それじゃ、第2の試験を始める前に…アンタらにコレを配っておくね!」

大きい胸で窮屈な懐に手を入れ、取り出したのは紙の束。それには同意書と書かれている。

それを見て首を傾ける受験生達。

「同意書よ…これにサインしてもらうわ……。こっから先は死人も出るから、それに付いて同意を取っとかないとね!」

と実にも恐ろしい事を笑ってアンコは述べた。

「取ってもらわないと私の責任になっちゃうからさ~」

アハハーと笑いながら同意書を配っていく。

全ての下忍が《死んだらあの女、絶対に指差して笑うだろうなぁ……》とリアルに想像してしまった。俺もそう思ってしまった。

意地でも死ねないと手に持った同意書に力強くサインしていく

「ん~……じゃ! 第2の試験の説明を始めるわ…早い話、此処では―極限のサバイバルに挑んで貰うわ」

「(サバイバルかよ…またクソめんどくせー試験だな)」

すぐ横に立っていたシカマルはだらだらと未だ惜しむかのようにサインを書いていた。

俺は黙って同意書に名前を書く。うちはサスケ、と。

「まず、この演習場の地形から順に追って説明するわ」

アンコの説明が終わり最後にアドバイスである『死ぬな』を胸に刻んで何でもありの『巻物争奪戦』が始まった。

門を潜るときにずっと視線を感じていた草隠れの忍びを見た。

その直後、見なければ良かったと思った。

そのギラギラと舐める様な視線で俺を見続けていた。





「ここからは殺しても良いみたいから、ぶっちゃけ楽だよな」

門を潜ってすぐさまナルトは笑顔を浮かべながらそう言った。

獰猛な獣を想像させるような顔だった。きっと本当にそう思っているのだろう。波の国の一件の最初に霧隠れの忍びを殺したときも確かこんな感じだったはず。

「……ナルト」

サクラがナルトの言葉に眉を寄せる。

最近サクラがナルトに対して気楽に接しているような気がする。なにかあったのだろうか。

「ん?」

ナルトは笑みを浮かべたのまま振り向く。これもおかしいと思った。ナルトならばサクラに対して俺と一緒とまではいかないが誰が見てもつめたいと分かるくらいに接していた筈なのに。

「それって医者志望してる人のセリフじゃないわよ」

サクラも依然はナルトに対してそんなことは言わなかったはずだ。むしろ自分からナルトに話し掛けなかった。

「医者と人殺しなんて一緒みたいなもんなんだよ」

ナルトもサクラに対して笑みを浮かべるようなことはしなかった筈。

一体俺がいけなかった任務の日になにがあったんだ。

「へぇ、そうなんだ」

「オマエ、疑わないのかよ。メチャクチャおかしいだろ、オレが言った事」

「ナルトが言うんだから大体があってるのよ、おかしいくらいにね」

サクラはタメ息を吐きながら言った。

ナルトすら困惑している。

「おい、お前等なんかあったのか?」

俺は我慢出来ずにそう言った。何故か俺だけ取り残されている気がしたからだ。
「本当のこと言われて泣かされちゃった」

サクラが顔を赤くしてそう言った。

「あの時言えなかったけど、本当にごめん」

サクラが突然ナルトに頭を下げた。試験中にこんなことをしている時間は無い、というのに俺は止められなかった。

止められる顔をサクラはしていなかった。そしてナルトも気付いている。サクラが本当に悩んでいたことを。

「……そうか」

ナルトは小さな声でそう言った。思わず俺はサクラに対して笑った。そしてサクラも笑い返してくれた。

サクラが何故突然ナルトに対しての接し方を変えたのか、それが分かって俺は気を楽にしていた。

「……狩るか」

恥ずかしそうに顔をこっちに向けていなかったナルトがまた獣のように変わったのが見なくても分かった。

空気が変わった。それに反応して俺も戦闘用に切り替える。そして視線を感じた。ナルトは最初から感じていたようだ。

いつものナルトならばサクラとの会話を切り上げて一人で駆ると思うがサクラを優先させた。

ナルトは変わった。ならば俺も変わらなくてはならない。

「ナルト……仕掛けるか?」

俺がナルトに敵に察せられない程度の声で話しかけるが応答はない。

俺はまだ敵の居場所を掴めていないがナルトは掴んでいるに違いない。

小さいが密度の濃い殺気を漂わせている。獲物に飛び掛る前の猫のように静かに自分を律している。

ナルトの殺気が大きくなった。そして「自分でやる」と言って白衣のポケットに手を突っ込んで駆った。

一瞬見えたナルトの目は門を潜る際にみた草隠れの忍びとも勝るとも劣らないギラギラとした瞳だった。

サクラがナルトの突然の行動に困惑しているが俺は違った。

写輪眼を開眼させてナルトの動きを追い続ける。ナルトは相手の死角へ高速移動をし続ける。

「速過ぎる…ッ!」

森の枝を伝い糸を縫うかのように所々へすぐに居場所を切り替えている。相手は最初はナルトを追っていただろうがもう見失ったに違いない。俺にだって眼がついていくのが限界なのだから。

ナルトが行動に移った。森で隠れて見えていないのにナルトの大きすぎる殺気が居場所を教えてくれる。そして一瞬更に大きさが跳ね上がった。

ボンッ、と風船が割れるような音が三つ、相手が死んだというのが嫌でも分かる肉の弾ける音だった。

爆発のそれは見えない。つまり忍術かなにかで殺したのだろう。

「馬鹿だよな、最後の言葉がアンラッキーだぜ?」

そう言って白衣に血の斑点をつけたナルトが笑いながら帰ってきた。

手には巻物、ナルトは三人とも殺したのだろう。爆発音が三つ、最後の一人以外はいつ殺されたのかも分からなかったに違いない。

「同じ巻物だったんだが、燃やすか?」

「いや、いざとという時の為に残しておこう。そんなもんが来るとは思わないけどな」

ナルトが持っていたのは俺が今手に持っている天の書と同じもの。

「そんなもん来るわけねぇだろ。ビビってんのかよ」

何故サクラとは普通に接せられるようになっているのに俺にはこうなんだ。

「もしヒナタ達が天の書を求めていたらどうする」

「残しておくか」

いい傾向なんだろうけど、納得できない。

ナルトは俺に対して冷たい。そしてそれに正直に言うと辛いと思っている自分をやっと見つけられた。









サクラが合言葉を提案した。

驚いたことにナルトまでも認めた。

間違えて殺してしまわないために、と言っていた。それで納得してしまった俺はどうなのだろうかと思う。

「巻物を埋めよう」

そうナルトが言い出し腕一本丸ごと入るような穴をすぐに作り出して先ほどナルトが取ってきた巻物をその穴に入れた。

「もし戦って負けて巻物は奪われても逃げれた時の保険だ」

そう言ってナルトは穴を埋めていた。

そんなことがあるのだろうか。確かにカブトがやられナルトが相手を殺そうとしたときにナルトを止めた奴の動きは下忍の動きではなかった。

それでもナルトならば大丈夫だと思えてくる。ナルトならば不可能すら可能に変えてしまいそうだ。

合言葉も決め片方の巻物も隠し終わりしばらく歩いていた時、

ボンッ、と大きな爆発を感じた。

「よっしゃ!」

ナルトが珍しくガッツポーズを取って喜んでいる。

「おい、アレって…」」

「どっかのオカマがオレ等の巻物を取ろうとしたんだろ、起爆札の塊だとも気付かずにな」

やはりあの時に巻物を生めたのは嘘っぱちだったのか。らしくないと思った。

敵を騙すにはまず味方から、ってやつか。

「アンタね! 本当に私達がバラバラになって巻物を取りに言った場合はどうするのよ、私は本当に巻物があると思ってたのよ!」

そういえばそうだな。負けて逃げられたとしてもナルトの起爆札でジ・エンドだ。

「相変わらず馬鹿だな、負けたイコール死なんだよ。この試験は」

やっとナルトらしくなってきたと俺は知らない内に楽しくなっていた。

これだ。ナルトはこれじゃなければいけない。

そう思っていたのに、

「あら、よく分かってるじゃない」

長髪でナルト以上に陰湿な眼をした男に刀で腹を刺されていた。







「ナルトッ!!」

分からない。何時ナルトが刺されたのかも、何時からそこに居たのかも。

景色と一体化して見えていたのに気付けなかった。

「て、テメェ…ッ!」

俺に対して言ってるわけでもないのに俺等まで心から凍りつくような、それでいて全てを燃やし尽くすかのようなぎらついた眼でその男を睨みつける。

「よくもやってくれたわねぇ」

そのまま男はナルトに突き刺していた刀を真横に薙いだ。

体の半分が切られた。水道のように血が噴出す。

「…ぐっ、おッ!」

ナルトは痛みに耐えるかのように奥歯を噛み締めて絶ち続ける。どれほどの精神力がそこまでさせるんだ。

ショック死もありえる。それ程の傷を負いながら睨み続けるナルトからは最初に三人を殺したときの殺気とは比べ物にならないほどの禍々しい殺気を弾き出す。

「アンタなんかに使う時間なんてないのよ」

そういって無造作に、動きそのものが自然すぎて反応が出来ない動きでナルトを蹴った。

血を撒き散らしながらナルトはサッカーボールのように飛んで大木に激突した。

声も上げられずに白目を剥いている。

「テメェ!」

俺がクナイを持ち飛び掛ろうとした瞬間、あの目で睨まれた。

ナルトにも感じた、あの獰猛な爬虫類のような瞳に見られたら猛々しかった俺の心が凍りついた。

「フフ…ウフフ…」

男は第二試験の始まる前にアンコに見せた長い舌で地の書を巻き付き、口の中に押し込んだ。

俺は知っている。この男の目を知っている。

知らないわけが無い。あんなに見られていたのだから。あのギラギラした嫌悪すら感じる瞳に。

「テメェ…草隠れの忍びだな」

「あら、気付いていたのね。姿が違うってのにね」

当たり前だ。あの目を忘れろと言われても忘れられない。

薄気味悪い、気持ち悪い、そんなのが合わさって何十倍にも膨らませたような目だ。

「私のは地の書よ…準備は整ってるわ…始めようじゃない…巻物の奪い合いを――――命懸けでね」

目が離せなかったあの目がさらに細く、それでいてあの嫌悪が更に何十倍にもなって俺の脳へ写ってきた。

切り刻まれ、手足をもがれ、クナイが額に突き刺さる死のイメージと共に。

何か、熱い何かがこみ上がってきて、

「ぶっ…うおえっ!!」

胃の中にあった全てを吐いた。

ただの殺気、その筈なのに脳が全ての機能を拒絶してしまう。

俺なのに俺じゃないような。

気がついたらサクラは腰が抜けており地面にペタリと腰をつけていた。

サクラも見たのか、あの光景を。

あの再不斬以上の殺気、あれはまだ死にたいと思える猶予があったがこれにはそのようなものは存在せず死に逝くことが自然とさえ思えた。

「(な…何者だ…コイツ…!!)」

カカシとも違う。再不斬とも違う。別次元の強さだ。

あのナルトが反応すらできなかった? 再不斬の攻撃も白の雨のような攻撃すら避けられたアイツが?

「くっ!」

クナイで右足を刺す。痛みが俺に冷静さをくれる。

流れ出る俺の血が俺を冷静にしてくれる。

サクラも同じように眼を閉じながら腕を抓っている。俺もそっちにしとけば良かったかもしれない。

足が痛い。

「サクラ、すまなかった。俺だけ気が動転してた」

「仕方ないわよ…」

二人とも分かっている。こんな相手に勝てるわけが無いということも。

ナルトは………あんなに血を流した奴が生きて帰ってきたところを見たことがない。

やばい、やばい、やばい、と俺の脳がそう告げる。

もう大丈夫だ、と俺はあの男をもう一度みる。

見なければ良かったと思った。

にやにやとあの眼でこちらを見続けていた。

「サクラ………逃げるぞ」

ええ、とサクラの声を聞き次第俺は走った。

「鬼ごっこね……懐かしいわ」

あの男のこの言葉を聴きたくなかったからだ。







「ハァ…ハァ…ハァハァ…撒けたか?」

大丈夫、って言って欲しかった。

サクラの俯いたままの顔がそれを拒否した。

サクラは頭がいい。俺なんかと比べ物にならないくらいに。

だから分かるのだろう。俺以上にアイツがどんなバケモノなのかが。

「撒けてないわねぇ……案外足遅いのねぇ」

もう来たのか!? 違う、既に先回りされていた。

「お前達は一瞬たりとも気を抜いちゃダメでしょ……獲物は常に気を張って逃げ惑うモノよ……捕食者の前ではね」

またあの眼だ。

舐めるかのような視線、そしてぎらついた瞳。

既に中身がないのにまた吐き気が催すあの感じ。

「フフ……サスケ君、うまく足掻いてみせてね」

うまく足掻け、か。

「サスケ君…」

サクラが俺を見ている。心配しているのだろう。こんな俺なんかに。

こんな俺なんかに。

「天の書だ……」

そう言って俺は天の書を片手にあの男に見せる。

「コレはアンタにやる。だから此処は見逃してくれ」

「サスケ君!?」

黙っていてくれ、せっかく出来た仲間を、俺は…

「アンタは強い……今の俺達じゃ勝てる見込みなんてありもしない」

「フフ……獲物が捕食者に期待できるのは、他のエサで自分自身を見逃して貰う事……センスが良いわね」

さらにぎらつかせる瞳。

なにかを感じさせる、あの眼は。

何かがある。

それでも、

「サクラ、すま……」

オマエを助けたいんだ。

そう言いたかったのに、パンッ! と頬が弾ける衝撃のせいでなにも言えなかった。

「アンタ、本当にサスケ君? どっちにしたってサスケ君な訳がないわ。サスケ君はアンタみたいに弱くない」

サクラはあの男の殺気で膝を震わせながらそう言った。俺の正面に立ちながら。

なんでだよ。せっかく、オマエだけでも助けようとしてるってのに、

「私が知っているサスケ君は一人だけ…サスケ君は何時だって一番強いのよ」

なんでこんなことを言うんだよ。

「だから…戻ってよ。早く、お願い」

なんで、

「……ああ、そうだな」

死ぬかもしれないってのになんで俺はまた立ち上がるんだ。

そりゃ、

「俺は勝つ」

サクラを守るためだ。

今は、それでいい。







「面白いわね、貴方も…そこの小娘も」

不思議だ。

何にも感じやしねぇ。

「いくぞ」

あの嫌悪すら感じねぇ!

サクラから受け取った手裏剣の枚数18枚、十分だ。

「いい眼ね」

今の俺は最強だ。

足元にチャクラを溜め一気に解き放ちその勢いを使って大型の手裏剣を投げる。

不思議と軽く感じる。初めて持ったときは重くて上手く投げられなかった。俺は強くなっていると嫌でも分かってくる。

「結構……速いわね」

そんな声、今は気にもならない。

男は今までに無い速さで飛んでくる大型の手裏剣を難なく避ける。

だが、それもこの眼で既に予測している。

「!!?」

周りは木々で生い茂っている。死角からのサクラの手裏剣に男がサクラが参戦すると思っていなかったに違いなく驚きつつ顔を逸らし皮一枚で手裏剣を避ける。

「こ、これは」

こんな暗い森でも光は多少存在する。その光の反射によって男はやっとあの大型手裏剣のすぐ後に俺が投げたクナイに糸がついていたことに気付くが、全てが遅い。

クナイが男の後ろへ飛んで行き、それを俺とサクラの後ろにある木を支点として繋がれた大型の手裏剣が、男の元へと再び襲い掛かった。

昔、兄貴がその修行をしていたのが自然と脳裏に移った。

「(これは……写輪眼操風車 三ノ太刀!!)」

そして惨劇の後、うちはの財産が俺のもとへ転がってきてから知った。この技の名を。

写輪眼操風車 三ノ太刀、確かに俺はアンタよりも弱い。それでもそれに慢心した瞬間から勝負は決まっていた。

慢心は油断につながり、結果として負けと成り下がる。

「やったぁ!! さすがサスケ君!!」

俺が予測したとおりに大型の手裏剣があの男の腹に深々と刺さっている。それを見て喜ぶサクラも分かる。

なのに、

なんで、

血が出ない?

悲鳴が上がらない?

それは相手が生きているから。

ならば、

「息の根を止めればいい」

少なくともナルトだったらそうする。







イタチ以上の才能をみれた。

それだけで十分の収穫、無駄な抵抗をされないようにやられて隙を見せた瞬間呪印を植え込もうと思っていた。

私好みの色に染めるために。

「(私の逃げ道を完璧に読んで…そこに見えない三手目を打つとはね…)フフ…残念だっ「これで終われる」

油断していなかった!?

そしてあの眼、私を殺そうとしている眼。

ゾクゾクとする。イタチと重なる、あの天才の眼。

なんという印の速さ、そして下忍にしてこの術を扱うという技量。

「燃えろ、火遁 龍火の術」

写輪眼操風車 三ノ太刀で繋げられた紐を通してサスケ君の炎が私からでも速く思える速さで飛び込んでくる。

普通では方向性の無い炎でも導けるモノがあるのならこれほどの速さでも霞み消えることない。

そして私はサスケ君の炎に包まれた。







これで終われる、そう思い俺は初めて人を殺したと思っていた。

後悔は無い。サクラを守れたのだから。きっと後悔なんかしていない。

振り返ってサクラと一緒にすぐにナルトの元へ向かおうしたが、サクラを顔を見た瞬間に全てを悟った。

サクラの顔から未だに恐怖が拭い去られていない。

つまり、

「さすがね、その歳でここまで写輪眼を使いこなせるとはね……流石、うちはの名を継ぐ男だわ」

体中から煙が立っている。それなのに経ち続けるあの男が人間には思えなかった。

「やっぱり私は…君が欲しい」

あの眼が俺を舐めるかのようにぎらつく。

やはり、俺にはムリだったのだろうか。

「色々と君の力が見れて楽しかったわ……それに…アナタも中々面白かったわ」

恐ろしい速さであの男からチャクラの糸が這い出てサクラに巻きついていく。

「えっ、なんなの!?」

サクラには見えないだろうが写輪眼だから見える。

サクラだけじゃない。俺の足にも同じようにチャクラの糸が巻き付いてくる。

「く、くそッ!」

取れない、こんなに細い糸なのに!

なんで切れないんだ!

「すぐさま事態を的確に確認する……やっぱり『兄弟』だわね…あのイタチ以上の能力を秘めた目をしてるわ」

何故兄貴のことを知っている。

兄貴と会ったことがあるのか、この男は。

「…お前は一体何者だ!!」

兄貴を知っているのか、今どこでなにをしているのかも。

「改めて自己紹介するわ。私の名は大蛇丸……もし君が私に再び出会いたいと思うなら…この試験を死にもの狂いで駆け上がっておいで…」

一瞬、まさに目にも止まらぬ速さで大蛇丸と名乗った男は間合いを詰め俺の懐から巻物を奪い去った。

「あ!! 巻物が!!」

一瞬、なにが起きたのかも分からなかった。サクラが言ってくれなければ理解すら出来なかったかもしれない。

この男、巻物を燃やしやがった。

「私の配下である音の忍び達を破ってね…」

そう言って大蛇丸の首が伸び、俺の首筋へ近寄って牙を剥く。

「サスケ君は必ず私を求める…力を求めてね」

大蛇丸の吐息が首に感じた。

何が起こる、そんなことを考えるよりも恐怖で俺の心がぶっ壊れていた。

兄貴に言われた。醜く生き延びろ、と。

逃げて、逃げて生にしがみ付け、と。

「ウオォオォォォッ!」

全力でチャクラの紐を引きちぎってやる。筋肉が悲鳴を上げるが知ったこっちゃない。しがみ付いてやる。醜くとも生にしがみ付いてやる。

たったそれだけを理由に腕と足に力を込める。

体中に巻きついた糸を2、3本が切れた。

もっとだ。もっと力を、もう少しなんだ。もってくれ、俺の体。

「可愛い抵抗だわ」

大蛇丸の声がすぐ耳元で聞こえ、それでも俺は力を込め続けた。

そして聞こえた。しっかりとこの耳で。

「お前を、殺す」

不可能を可能にするアイツの声が。















[713] Re[27]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 14:47








小僧、相変わらず弱いな


これ程の傷を修復するのに私がどれほどのチャクラを使うか考えたことがあるか


小僧、お前は弱い。誰よりも


だが、お前は誰よりもいいチャクラを持っている。


誰よりも禍々しい


この私よりも







狂った歯車の上で







ブォン! と何かが振り落とされる音と共に何かが切れる音が聞こえた。

気がつけば俺を縛っていたチャクラの糸は消えていて、足元には大蛇丸の首が落ちていた。

「オマエを、殺す」

ナルト、なのか?

噴出すチャクラは綺麗な蒼、なのに大蛇丸が発していたチャクラよりも更に重い。

「出て来いよ、殺してやる」

見ればナルトの傷が塞がっている。衣類には血が染み込んでいるが血は止まっていた。

ナルトが手に持っているのは刃のついたアイアンナックル、しかし周りがぶれて見える。波の国であの仮面の氷を斬ったアレだと気付くのに時間が掛かった。

サクラも動けるようになったのかすぐに俺のそばに近寄ってきた。

「ナルト! 無事だったのね!」

「………」

ナルトは答えない。きっと聞こえていないのだろう。

集中しているのは大蛇丸のみ。しかし、首を切られて生きているのだろうか。

「よくも…やってくれたわね」

そう思っていた矢先、大蛇丸が先の無い首から這い出てきた。

サクラが悲鳴を上げる。もはやアイツは人間じゃないのかもしれない。

「よく生きてたわね、死んだと思ってたのに」

俺もそれには疑問があった。

ショック死でも納得がいくほどにナルトは斬られ、そしてその上に人間を吹き飛ばすほどの蹴りを喰らっていた。

生きていられる筈が無い。

少なくとも俺だったら即死だ。

「俺は先生の助手だ。くないや刀、のこぎりさえあれば腹を切開し、草の蔓や服の糸でも、髪の毛さえあれば縫合する」

先生、というのが誰なのか分からない。

しかし一つ分かった。ナルトは自分で自分を手術した。

そんなことが可能なのか、ナルトが生きていること自体が証拠なのだろう。

もうこれは人間同士の戦いじゃない。次元が違いすぎる。

「貴方を殺してサスケ君を貰うことにするわ」

「出来ないよ。オマエには、無理だ」

ナルトの顔から、感情が消えた。

その冷たい目は、大蛇丸の恐ろしさを知っているのに、ナルトが負けることが想像できないほどの冷たさだった。

ナルトの空気が一変したことを脳が悟り、全身が総毛立つ。

触れてはいけないスイッチに触ってしまったような恐ろしさを感じた。

俺の時とはまた違う。あんなもん今のとは比べもになりもしない。

「オマエの羽は、もう一枚も残ってはいない。全てむしり取られる、このオレに」

ナルトが消えた。

写輪眼でも追いつけない。いつ動いたのかも見えやしなかった。

ドンッ、と何かが吹き飛ばされる音が聞こえた。

音の先には大蛇丸が驚愕の表情を上げて大木にたたき付けられているところだった。

一瞬、ナルトが大蛇丸の前で姿を現しあの風の集まったナニかを振り翳した。

「なにを…ッ!」

大蛇丸は一瞬で体勢を戻し体を捻りそのナニかが通り過ぎた紙一重のところにいた。

一番上が見えない程に高い木が耳障りな音を経てて真っ二つに裂けた。それを呆然と見ていた大蛇丸の顎にナルトの膝が入る。

「―――ッ!?」

声も出せない。夢でも見ているかのように人間が跳ねる。

何度も何度も跳ねる、大蛇丸がまるでボールのようにナルトの蹴りが吸い込まれていくかのように入っていく。

ナルトの肘鉄が大蛇丸の上腕の骨を折るところが見えた。

ナルトの全てを吹っ切り返すかのようなアッパーが大蛇丸の鳩尾に入る。

最後にナルトの全身を捻った状態からの踵落としが決まり大蛇丸が流星の如く地面に激突した。

二十秒も経っていない。

地面が捲りあがりクレーターのようになっている中心に血まみれの大蛇丸がいた。

その前にナルトが降り立つ。

最後の一撃を与えようと腕を上げた瞬間、ナルトの腕が破裂した。

腕だけじゃない。身体中の節々から血が噴出す。

「……まだ、届かないか」

そう言ってナルトは倒れた。

俺とサクラは呆然と見ていることしか出来なかった。







オレの腕が壊れた。腕だけではなく体中が壊れ始めた。

それはすでに覚悟していたこと。だから時間までにコイツを殺せればと思っていたのに、

「……まだ、届かないか」

オレは結局変わることなく無能のままだった。



何時だったか、どうすれば強くなれるかを真剣に悩んだ時期が合った。

リーのように筋肉を付ける。体を鍛える。

確かにそれは必要だ。それがなくては速く動くことも一撃で相手を倒せる腕力もつかない。

しかしそれが正解なのか? まだ遥かに小さかったオレでも間違いだと分かった。

人間は筋力の一割も使っていない。ならば筋力を100まで鍛えたとしても10も使えないということだ。

ならば、脳の抑制と取り外し、限界を超えさえすれば簡単に強くなれる。

たとえ筋力が30だとしても三割の筋力が使えるようになるのならば筋力が100の奴とも互角以上に戦える。

その理論に達したその時から先生との修行以外ではそれのみに費やしてきた。

抑制を外す、それを八門遁甲の陣と呼ぶ。

頭を掻っ捌き脳を毎日観察した。毎日、毎日脳を見続けた。薬を使ってどんな反応をするか、どこまでが限界なのかを観察し続けた。

実際に全てをバラバラにして体内門の実物を見たときもあった。

自分の限界に何度も挑戦し失敗しつづけていた。

そしてガイという上忍と出会った。自由自在に体内門を扱える忍び、最高の実験材料だった。

ガイは馬鹿だからカカシとの戦いに簡単に体内門を開いていた。何度も白眼で観察して自分で同じようにチャクラを通し実験を繰り返した。

そして得た八門遁甲はオレの奥の手となり大蛇丸を倒す為だけにあった、筈だった。

傷門まで開いた。リーならば耐えられるだろうが鍛えていないオレでは一分とて持ちはしない。

時間との勝負、オレは負けた。

もって20秒、短すぎる。

「いい様ね」

大蛇丸がオレの前で立っている。

もうオレの体は動かない。

自分が無能でないかを証明する為に全てを架けたのに負けてしまった。このまま殺されてもいいとオレは諦めている。

「アンタ見たいな才能の無い物には似合う死に方をしてあげる」

視界に大蛇丸の姿は見えないが声だけで分かる。

本当に楽しそうに笑っているんだろう。このオレを殺したくてうずうずしてるんだろう。本当にオレを殺したいのだろう。

首筋を噛まれた感触を感じた。

「…呪……印?」

何かが血管を通して流れてくる。異物を察知し抗体が排除しようとするが忽ち壊されていくのが死に掛けのオレにさえ分かる。

「生き残れる確立は十に一つ。それは才能に左右される…アンタに生き残れる筈が無いでしょうがね」

はははははははは、と高笑いが耳に木霊する。

才能に左右される、それならばオレならば生き残れる。

そう確信できる。

なぜなら、オレは努力の天才だ。

あのロック・リーに肯定されたんだ。嘘な筈が無い。

「ああぁぁぁぁああぁッ!!」

全力で血管の中を這い回る何かを殺そうと力を込める。

オレならば出来る筈だ。それを信じて叫び続ける。

体の内側から作り変えられていく感覚、全てを壊して再構成していくオレの体。

吐き気や今までに無い頭痛、体中の痙攣に感覚がなくなっていく喪失感。

絶え間なく襲いくる激痛、指先から崩れ落ちていく感覚。

「アンタが生き残れる筈が無いでしょ、無能なんだから」

今まで頑張っていたのが馬鹿馬鹿しくなるような一言だった。

心のどこかで分かっていた。自分に自己の破壊を止められる術がないことを。

だけど頑張っているふりをしていたならば何かが起こるかもしれない、そう思っていた自分の心に気付いていた。

「…ァ……アゥ…」

初めて、悔しくて泣いた。

こんなもんだったのか、リーが認めたオレは。

こんなもんだったのか、先生が認めた助手は。

そう、オレに対して呪詛を吐きながらオレは意識を手放した。

自分であった最後を手放した。







「やっぱりね、体内門を開けたとしてもこんなもんなのかしら」

圧倒的な戦闘力を見せ付けられたときは一瞬でさえ恐怖を感じた。

特に殺すためだけに特化されたかのような性質変化と形状変化の暴風の塊には。

それでも一瞬の為だけに得られた力で私に勝とうなどと未熟の極まり。

ああは言っていたが少しくらいは期待していた。

呪印を受けながらも生還し私の前で立ち上がるのを。

しかし、所詮はムリなものだった。彼には天から授かった物が小さすぎたのかもしれない。

ああにまで不幸の具現といってもいい彼に才能を持っていないとは同情に値する。

私はそのことを忘れようとサスケ君の下へ向かおうとしていた時、風が吹いた。

風じゃない、質量を伴ったチャクラの塊だ。

「オマエはこの男の身体に傷をつけたな」

ゆらりと立ち上がる彼の眼を見て私は久しく感じていなかった恐怖を感じた。

逆らってはいけない。逆らうという意思自体が無駄だということを教えられた十年前のあのバケモノが脳裏に横切った。

そう、私を睨みつける彼の眼は今まで診たことが無いほどの金色、爬虫類のような細長い瞳孔が走っていた。

「貴方は…」

私は膝が笑いそうになるのを厳しく鍛え上げた精神力で律しなんとか持ちこたえてそう口に出せた。

「これ程の傷を修復するのに私がどれほどのチャクラを使うか考えたことがあるか、ないだろうな」

そう言いながら吹き荒れていたチャクラが彼の身体に吸い込まれるかのように収束していく。

なんということだろう。抗体に細胞を殺され血色を失い紫色していた彼の体が元通りの肌色に戻っていった。

「もう二度とこんなことをするな。私は小僧以外にオマエも気に入っているのだからな」

彼が癖になりつつあった唇だけを歪ませる自嘲に近い笑みを彼、九尾がする。

彼がしても大して気にもしないほどであったのに今の九尾がすると肌がざわめく。

「ど、どういうことかしら…私を気に入る? 貴方の宿主を殺そうとしたのよ」

震える声でやっとのこと言葉に出来た。彼の今の眼は殺気などというモノではない。彼そのものが死の象徴のようだ。

「何を言っている。気に入るに決まっているだろう」

初めて愉快そうに笑った。お前は馬鹿か、とでもいうかのような笑いに不思議と怒りは来なかった。

意味が分からない、そう言う前に彼が再度口を開いた。

それは思いもよらない一言、そして私にとって衝撃的な一言でもあった。

「オマエが小僧のチャクラをここまで歪ませたのだぞ、それを喜ばずにいられるか」

ククク、と喉の奥からの笑い声。

無能、それが私が彼に言い続けた一言。

彼はそれに焦りを感じ自分を呪いながら私すら呪っていたに違いない。

「小僧のチャクラは私にとって心地よい」

本当に嬉しそうに笑う。それが自嘲や嘲笑の笑みにしか見えなかったのは私だけなのかもしれない。

籠の中に飼われ、雄大な大地の感触を忘れてしまった、無気力であった狐が再び世に現れたことに哂っているかのような。

「そして小僧に巣食うこの破壊衝動の塊はさらに小僧を歪ませ禍々しくするだろう」

両手を振り翳して腹の底から笑い出した。九尾にとって彼が壊れていくのは本望なのかもしれない。

確かに、彼は壊れている。本性は確かに禍々しい。私を殺すためだけに全てを架けてきたくらいに壊れている。

その捻じ曲がった信念を九尾は気に入ったのかもしれない。

「私は憎しみを抱えている小僧を気に入っている。なぜなら私も同じように憎んでいるからな」

突然彼の眼の金色の瞳孔が更に細くなる。一瞬で過労死してしまいそうになる疲れがドッと押し寄せてくる。この威圧感、長く感じていたくない。今すぐに逃げろと本当が吼える。

今すぐ消えてくれ、心からそう願った。

「さて、中身も全て修復し終えたようだ。私はまた眠りにつくとしよう」

九尾の濃厚であった気配、そしてチャクラが徐々に薄れていく。

願いが届いた、そう私は歓喜した。

すぐにでもこの場を離れてしまいたい。すぐにでも全てを忘れてしまいたい。

このままでは私の願いが叶わなくなってしまう。私は死ぬわけにはいかない。私は生き続けなければならないのだから。

「今後、二度とこの身体に傷をつけようと思わないことだ。オマエに次はないからな」

また、唇だけを歪ませて私に皮肉な笑みを浮かべて彼は倒れた。

もう九尾の気配は感じない。それでも九尾が私に残した恐怖は健在だった。

隆起する心臓、彼は見事に生還した。九尾というイレギュラーがあったにしても九尾に気に入れられ生き延びた。

運も実力のうち、運なんて存在せずにすべては必然なのだと自分に言い聞かせてきた私はこれも必然なのだと考える。

つまり、彼は実力で生き延びた。

このままサスケ君に呪印を植え込むのが正しかったのだろうが、私はすぐにでもこの場から離れたいという一心で全力で後ろに跳んだ。

この恐怖を忘れない。忘れられない。

そしてそれを糧に私は生き延びてやる。











[713] Re[28]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 14:48






木ノ葉隠れの里の郊外



「…1…2…3…仏が3つか…ひでーなこりゃ」



中忍試験中は事務が増えることがあり郊外の見回りを木ノ葉警務部隊がしていた。



そして三体の死体、それも普段死体を見慣れている筈の忍びから見てもおかしい死に方のようだ。



「…これって何かの忍術だよな…」



「素人のできる業じゃないっしょ………」



軽いノリであるが、口調と顔は素直だったようだ。少し顔色が悪くなっている。



「こんなの発見しなきゃ良かったかもな………ったくイキナリ問題発生かよ……やってらんねぇな…」



足で軽く仏を小突く、その死体は殺気も感じずに一瞬で苦痛を感じる暇もなく殺されたのだろう。



額宛には草隠れの印が施されている。



「これって………」



「ああ……オイ! 早く第2試験官のアンコさんに知らせろ!」



「ハイ!」



首より下には傷はなく、顔の表面から血が吹き出ていた死体が異常に不気味に感じた。







「……団子にはやっぱ…お汁粉よね…さーて…これ食べたらぼちぼち私も突破者を塔で待つとするか…」



茶屋の赤い座席で美味しそうにお汁粉を吟味している。皿の上にはすでに三桁近くある竹串が遠めでも目に付く。



やっとのことで食べ終えダルそうに席を立とうとしたときにアンコの目の前に黒い影が降り立った。



「大変です、アンコ様!!」



「…何よ、急に……」



厄介ごとの予感に不機嫌な表情を丸出しにしているアンコ



「死体です! 他国の忍びが三体も……」



「死体……!?」



自分の思っていたことを斜め上を通る出来事に聞き返してしまうアンコ。



「しかも妙なんです!兎に角早く来てください!!」



アンコは一瞬押し黙って考える。

普通の死体なら忍びががこんなに騒ぎ立てる筈がない。見慣れているはずであるし余程の事などであろう。



眼を鋭く細め、案内して、と言って姿を消した。







狂った歯車の上で









「持ち物や身分証からして……中忍選抜試験に登録されていた草隠れの忍なんですが…」



「見ての通り……顔がないんです…」



本当に気味悪そうに言っている。実際に顔色が良くない。



話を聞いている間の顔色も悪くなっているのが分かる。



「まるで…溶かされたようにのっぺらぼうで…」



「(間違いない…この術はアイツの…アイツが…何でこの試験に…)」



私は既に犯人の目星は付いていた。何故なら犯人は己の上司だった男なのだから。



「この草3人の証明写真を見せて!! 今すぐ!!」



「あ! ハイ!」



男が三枚の写真を渡そうとしたら無理矢理アンコに取られた。



(コイツの…顔を奪ったのか…じゃあ、あの時はもう既に…)



二枚目の写真を見て確信に至った。



あの目的を見つめたときのギラギラとした人間からかけ離れた眼、あんなの生涯で一度しかみたことがない。



「えらい事になったわ!アナタ達はこの事をすぐ火影様に連絡!!」



男も長年忍びで飯を食ってきた訳でありこの死に方が普通でないのには気付いていてすぐさま命令に反応し姿を消した。



「死の森へ暗部の出動要請を2部隊以下取り付けて!私はたった今からコイツらを追い掛けるわ!!」



言い終わると同時に瞬身で森へと姿を消した。







(もう夕刻だわ!!)



その言葉通り、森の元から少ししかなかった光がすでにほとんで無くなっていた。



(早く見つけないと…!!完全な暗闇になれば、こっちがますます不利になる…!!)



足にチャクラを込め、更にもっと力強く地を蹴った。



(間違いない…あれは『消写顔の術』…しかし、一体今頃…何故アイツが…目的は何…!?)



消写顔の術とは相手の顔に手を当てて、そのまま顔を奪い取る術。そのため寸分の狂いもなく変相できるスパイ活動に使える術。



そんな趣味の悪い術を使うものはかなり限られるのである。そしてあの大蛇丸には御誂え向きな術であった筈。



(まあ…いいわ。この里に来たのなら今日、此処でケジメをつける!)



(アナタはもう…『ビンゴ・ブック』レベルSの超危険人物…此処で私が仕止めなきゃ…例えそれが叶わなくとも…)



走る場所を地から枝に変え速度を上げて走る、足が悲鳴を上げているがそんなことを考えている暇は無い。



(…兎に角、暗部が来るまで―足止めだけでもしておく…それがアナタから全てを教わった…アナタの部下だった…)



一種の決意、それを言うために足を止め呼吸を正し



「私の役目よね…大蛇丸」



「無理よ…」



後ろから声が聞こえた。



バッと振り返りにらめつける



大木の幹に同化している大蛇丸がいた。



だが、過去の別れの際に見たあの溢れんばかりの自信は抜け落ちたように覇気が無い。



(…それでもきっと私じゃ敵わない…だけど暗部が来るまで時間稼ぎくらいは!!)



手に持っている飛び道具を一斉に投げ自身もそれを追い肉薄する。



これは相手がどんなに避けようともすぐに追跡し二撃で仕留められる戦法である。



(どう避ける!?)



大蛇丸は木の幹から這い出て木の枝を蛇のように潜り抜け自慢の舌で足を絡み取り体勢を崩そうとする。



下から蛇のように這い回ってきた大蛇丸に生理的に嫌悪感を感じ思い切りクナイを大蛇丸に投げる。



クナイが大蛇丸が深く刺さると同時に大蛇丸の身体が爆発し辺りに煙が噴出する。



「クッ!?」



足元から大蛇丸の気配が消え次第後ろに大きく飛ぶ。



煙の中、枝から飛び降りようとする影を見つけて、



(逃さない…)



『忍法 潜影蛇手』



私は本人に伝授された術で大蛇丸を殺そうと決意し、袖から無数の蛇を出し続ける。



蛇にがんじがらめにされた大蛇丸を力任せに引っ張り己の間合いに引き込み寄って来る大蛇丸にカウンターで蹴りを入れ、蛇の中から片手を引っ張り出し



自分の手の平と大蛇丸の手の平を重ね合わせ木に添え、その上からいっきにクナイを刺した。



傷口から手に走る激痛をこの世の最後の苦痛だと楽しみ、



「大蛇丸……アンタの左手、借りるわよ」


自分の手と大蛇丸の手で印を組む。きっと私は笑っていられる。



「(その印は……腹を括ったのね…)」



「そう……あなたも私も此処で死ぬのよ」



何故なら、生涯で最も尊敬していた師と死ねるのだから。



「忍法 双蛇相殺の「フフ……自殺でもするつもり?」ッ!?」



一緒に心中しようとした相手の声が背後から聞こえ彼女は振り返った。



そこには別の木の枝に腰掛けた大蛇丸は嘲笑の笑みをしていた。過去に最も見てきた笑い、それがさらに私の心を過去に向かわせる。



「影分身よ」



大蛇丸が言うと、今まで戦っていた大蛇丸が白煙と共に消えた。



「そんな!? ならどうして攻撃で消えないの!?」



大蛇丸はフフンと笑い、



「ヒミツよ」



この人は何時だって秘密主義で自分のこともなにも話してくれなかった。それは今でも変わっていないのかと少しだけ嬉しくなっていたことを自分に嘘を吐く。



「仮にもアナタは、里の特別上忍なんだからね……私の教えた禁術ばかり使っちゃ駄目だろ」



そう言いながら大蛇丸は片方の手で印を組みはじめた。



すると私の既に封印されていた呪印に激痛が走り、とうとう膝が地についた。



「ぐっ…い、今更…何しに来た…!!」



「久しぶりの再開だと言うのに…えらく冷たいのね……アンコ」



やっと嘲笑とは違う自身に溢れていたあの頃と変わりないある意味夢を追い続けていた笑みが出てきた。



ただし私には理解ができないであろう夢であるが私が追いかけていた大蛇丸の夢なのだからとにかく大きいことしか分からない。



「ま、まさか…火影様を暗殺でもしに来たっての?」



ありえないわね、と分かっているが一応聞いておいた。これでそうだと応えたら随分と小さくなったと笑ってやろう。



「いえ…猿飛先生には関係ない話よ……でも欲しいものがあるからねぇ……」



「ぐっ…うっ…!!」



首筋から甘美な衝動が走り抜ける。それに従ったらもう自分の意思では歩けないことを知っているから歯を食いしばって耐える。



「さっきもそれと同じ呪印を耐えた子がいたのよ……殺そうと思っていたのにね」


天の呪印を……?。



「死ぬわよ、天の呪印を受けて生き残れる確立なんて他の呪印とは格が違うわ…」



「なに? 自分が生き残れたからって意地悪言ってるの? でも生きてるわよ、その子」



「あまり嬉しそうじゃないわね…私の時とは違うじゃない」



私の時は歓喜の笑みを上げていたじゃない。それなのに今のアンタは大して嬉しそうにも無い。それ以上にこの話しになってから私と戦っている時の覇気がまったく見られない。



「その子が私の手札だったのならもう少し喜んだかもね…」



まったく話しの内容が見えてこない。その呪印を手に入れたって子は他の木の葉を狙う者の手札だってこと? それならば敵は二人ってこと!



嘲笑を浮かべている大蛇丸を睨み付ける。もっと力があれば、そう願い得た力も使うことは出来ない。それは目の前の男のしたことを肯定することとなる。



「1つ言い忘れてたわ…くれぐれも、この試験…中断させないでね…」



然も楽しそうに笑う大蛇丸。きっとどうなるかを想像しているのだろう。



いつだってそうだ。彼は自分だけで考え行動する。



いつだってそうだ。



「…自分勝手過ぎなのよ、あんた」



私の声が聞こえたか聞こえなかったかも分からない。



だって、彼はいつもどおり自分勝手に消えていた。







狂った歯車の上で







大きな木の根元にあるスキマ…そこに私達は休んでいた。

「ナルトはどうだ?」

この重苦しい沈黙を止めてくれたのはサスケ君だった。

正直ありがたい。このままではいつか心が潰れてしまいそうだから。

サスケ君に言われ渡しは横たわるナルトの額に自身の額を重ねた。

「だんだん呼吸は整ってきたけど…でも、まだ凄い熱があるわ」

確かに眼にしていた。圧倒していたナルトの身体が次々と壊れていく様を。私とサスケ君は最初から最後までしっかりと眼にしていた。

しかしあの大蛇丸と名乗った男が急に消えるまでの会話をしている最中にナルトの怪我は完全に治ってしまっていた。

傷跡すら残さず完璧に。

「私達…生きてるのよね」

変わりにナルトが苦しんでいる。

大蛇丸に噛まれた首筋だけは奇妙な模様が残っていた。そこだけは直っておらず、それがナルトを苦しませている原因だと私達は思っている。

「ああ、俺達は生きてる」

サスケ君の顔色はナルト程では無いが重苦しい。

あの時ナルトが駆けつけてくれなければサスケ君が今のナルトと同じ立場にいたことを理解しているからだろう。

そして苦しませてしまったナルトに対してサスケ君は責任を感じている。

空が白んできた。そろそろ二日目が始まる。

重苦しい空間にいるだけで何も出来なかった自分に腹が立ってくる。

サスケ君は私が願ったとおりに戦ってくれた。そしてナルトは私達の為であるか分からないが死力を尽くして今は苦しんでいる。

私は何かしただろうか、暗号を作ろうとしただけじゃないか。知識だけが取り柄だというのに学力ではナルトに負け越しているだろう。教師が何度も私が一番だと言ってくれた。だけど知らなかったわけじゃない。ナルトも同等に全てのテストで満点を得ていたということを。

一次試験では私は自力で回答を出していた。しかし、それが何だっていうのだろう。写輪眼を持っているサスケ君にはあの程度の情報収集能力は持っている。ナルトに至ってはサスケ君に劣らないまでの情報収集能力を持っていたって不思議ではない。それにナルトでは簡単にあの程度の問題だったら解ける。

私は役立たず、本当に役立たず。

私はこの班に必要ないのかもしれない。かも、じゃない。本当に必要ない。いてもいなくても変わらないのだから。

「私って…なんでここにいるのかな」

ポツリと口に出してしまった。

正直に言う。慰めて欲しかった。お前は必要だよ、と言って欲しかった。

そう、私は本当に卑怯者だ。

「……サクラ」

ほら、サスケ君も答えるのに困ってるじゃない。

すぐにいつもどおりに笑わなきゃ、笑わなきゃいけないのに、なんで、笑えないのかな。

なんで必要ないときは笑えるのに、今は笑えないのかな。

「もしオマエの代わりに他の奴が七班にいたとしてもな」

サスケ君はやっぱりいのの方がいいのかな。強いし綺麗だし、何時でも輝いているからかな。

やっぱり私なんか……。

「あの時、俺はあそこまで戦えていなかったかもしれない。お前があの時、俺に言ってくれたから俺は戦えたんだ。負けると分かっていても、守るために戦えたんだ」

そう言って私の肩に何かが乗った。重いなぁ、と閉じかけていた目を開くとまっくろな髪の毛、サスケ君が私に寄りかかっている。

いつもだったら大きな声を上げて喜んでいるのに、今回は少し違う。

真っ白、心が真っ白になっている。

なにがなんだか分からない。なんでこうなったのかも分からない。

「サクラ…俺はな、お前がーーーー」

私にも分かった。隠す気の無い敵意を。

「なんでこんな時に来るのよ!! しゃーんなろー!!」

あ、サスケ君が笑ってる。







「なんだ、自分から出てきたよ」

「ククッ、諦めが早いんじゃないのかな?」

穴から出たら一次試験の前にカブトに攻撃を喰らわせたあの音の忍び達が耳障りな笑い声を立ててこちらに向かってきていた。

「あれ、サスケ君が起きてるよ」

「俺が起きてたらどうするってんだ」

大蛇丸との戦いから体を休めるのに十分な時間を取った。これなら申し分なく戦える。

だが、相手の攻撃は未知数だ。ベテランであるカブトが一撃でやられたのだから舐めてかかってはいけない。

「どうもしねぇよ! どうせ俺達に殺されるのは変わらねぇんだからよ!」

そう言って髪の毛を立てている方の男が右手を突き出してきた。写輪眼が奴の身体の中のチャクラの流れを読み取る。

「右手の穴にチャクラが集中していく!?」

何かが来る、そう感じた瞬間突風を何十倍にしたかのような風が俺目掛けて吹かれる。

範囲が広すぎる。後ろに跳んで衝撃を減らす。

風は止まない。それは俺を大木に激突させるまで止まらなかった。

「うぐっ!」

風、ナルトと同じ。それもナルトよりも攻撃的で範囲が広い。

「サスケ君!」

サクラの声が聞こえる。

「来るな! 一緒にいても巻き添えを喰らうだけだ!」

「おやおや、うちはのエリートも大したことが無いようですね」

顔を包帯で隠している方の男がまたも耳障りな声を出す。

さすがに頭にくる。俺が大人しい奴だとでも思っているのか。

風が止み次第俺は狙い撃ちされぬよう左右に撹乱さえながら先ほど攻撃をしてきた方の男に接近する。

「くそっ! 当たらねぇ!」

一瞬だ。一瞬さえあれば俺の間合いだ。攻撃の際に溜めが必要であるこいつはすでに俺の攻撃を止める術は持ち得ない。

「お返しだ、オラァ!」

リーが俺に繰り出してきた右の回し蹴り、木の葉烈風とリーは叫んでいた攻撃を写輪眼で真似て奴の鳩尾に打ち込もうとする。

「あまり世話を焼かすなよ、ザク」

あと拳一つ分という距離で包帯の男に俺の脚を掴まれた。

振り払おうとしたが次の瞬間俺の右足が弾けた。

「なっ!?」

血と肉が飛び散るのを写輪眼がしっかりと脳裏に焼きつかせる。

「いやぁぁ!!」

サクラの叫び声、そして血が噴出す嫌な音。なにがなんだか分からなくなった。

「天才天才って呼ばれてるけど努力しない天才なんて凡人以下なんだよ…もっと努力しなよ」

そういって包帯の男が俺の首を掴もうと手を伸ばしてくる。

拙い、足の痛みで反応が一瞬遅れた。あの攻撃を喉に喰らったら危ない。

全力で後ろに跳ぼうとするがそれでも包帯の男のほうが速い。

奴の手が俺の喉に触れようとした瞬間、声が聞こえた。

「それは努力した者がいうセリフですよ」

声が俺の耳に届くよりも速く、その声の持ち主が俺の目の前に現れ包帯の男の胴体を蹴り上げた。

この威力、重さを知っている。なぜなら俺自身が体験しているからだ。

そう、この蹴りの持ち主は、

「誰だ、テメェ!」

一人しか知らない。

「木ノ葉の美しき碧い野獣……ロック・リーだ!」

接近戦では最強の下忍だ。







すぐに足の状態を調べる。

良かった。包帯と表面の皮膚が切れただけだ。まだ、大丈夫な筈だ。

「サスケ君は後ろにいて下さい。ここは僕が抑えます」

「だが、大丈夫なのか?」

体術では危険だ。接近戦では相手の威力は計り知れない。

少し触れた瞬間俺の足と同じようになってしまうかも知れない。

それなら二人で一気に倒した方が、

「きっと…生半可な体術じゃあカウンターを喰らうのが目に見えてますね」

リーの表情は固い。

「なら、俺もーーーーッ!」

一緒に、と言いたかったのに振り向いたリーの顔を見た瞬間言葉をなくした。

「生半可ならね、残念ですが僕の体術は生半可じゃないですよ」

最高の笑顔で親指を立てながら前を向く。

その背中は心配無用といっている。そうでしか在り得ない強さを感じさせている。

「それと、後ろで横になっているのはナルト君ですか?」

リーの声は固い。

「ああ、そうだ」

俺はなんて言えばいいのだろうか分からなかった。だから正直に言った。

リーならば寝首を掻く様な事はしないだろうという確信があったからだ。リー以外の者だったのならば言わなかっただろう。

「なら、早く終わらせましょう!」

弾丸の如くリーは駆け出した。一直線に駆けて行く。

「仕方ないなァ…ザク、サスケ君は君にあげるよ…」

包帯の男は懐から巻物をザクに手渡し駆けてくるリーの方を向く。

だが、既に遅い。

そこは既に、

「木の葉ァ烈風ッ!!」

リーの間合いだ。

「ーーーッ!?」

身体に穴が開くような感覚、それをまさに体験しているだろう。リーの蹴りは早さを伴いながらも見た目から想像も出来ない重さがとんでもない破壊力を生み出す。

まさに一撃必殺、それがリーの攻撃である。

その筈なのに、リーの顔色がおかしい。

「危なかったね…一瞬速く自分に超音波を当てて芯をずらしてなかったら一撃だったよ」

大木へ一直線にぶつかるほどの威力だってのに手前で包帯の男は着地した。それでもかなりのダメージを受けているようだが、本来の威力に比べたら比べ物にならないほどに下がっている。

自分に攻撃をして一瞬、芯をずらした。自分の攻撃の威力を知っているのによくやる。

「手を貸すぜ、ドス」

「頼むよ、僕一人じゃ手を焼きそうだしね」

相手は二人、そしてそれをリーたった一人で立ち向かおうとしている。俺がリーと一緒に戦えたなら、そう思うと自分に怒りが湧いてくる。

リーの顔色が変わった。

あれはなにかを覚悟した時の顔だ。大きいのがくると本能的に分かった。

「フン…」

ドスは鼻で笑うとリーに突っ込んで行った。

もう余裕なんて無い筈だ。あれほどの蹴りを身に受けたのだから、もう二度と自分に超音波の攻撃は御免だろう。

一瞬、リーの顔が険しくなる。

そして人差し指と中指を立て、リーは体勢を低くする。その次の瞬間、リーの姿は掻き消える。

「俺の目でも追えないなんて…」

あれは大蛇丸にナルトが向かっていった時と同じだ。幻術や忍術の類じゃない。純粋に速すぎる。

俺はこんな化け物達を相手に対等を張ろうとしていたのか。

そのリーの凄まじい速度にドスは一瞬で相手を見失い踏みとどまり、驚愕する。奴がリーを探しているその時、下からの鋭い衝撃が襲ってきた。

もう分かっている。俺の眼でさえ追えないリーの動きを探ろうとする奴が愚かなのだと言う事を。

あの時に探ろうとするのではなく少しでも逃げるために動き回るべきだったんだ。

死角から顎下を蹴り上げられ、ドスは上空に吹っ飛ばされている。そしてリーは追撃を加えるために溜めて一気に跳びあがる。

まるで弾丸、リーの蹴りは吸い込まれるかのようにドスの脇腹に叩き込まれる。そして鈍い破砕音が響いた。

「まだまだ!」

どんな動きをしたらあんな場所から現れられるのか、ドスの背後に現れたリーは包帯をドスの体に巻きつける。

これでは相手は超音波攻撃も防がれ受身も防御も出来ない。

「あれじゃ受身もとれねェ!! ヤ、ヤバイ!!」

それを見てザクは焦り、即座に印を結ぶ。

なにをしたって無駄だというのに、何故いまさら、

「喰らえ……!!」

リーはドスを背後から掴み身体を捻り空中で急激な回転をつける。そしてそのまま恐ろしい速度で落下していく。

「これが、表蓮華だ!!」

速度は遅くなるどころか更に加速して二人して地面に突撃する。そしてぶつかる直前でリーはドスから手を離し脱出する。

ドスは身体の半分以上を地面に減り込まされている。普通ならば頭蓋骨陥没だ。生きてはいない。

しかし、あれほどの一撃であったのに地面とぶつかる際の衝撃の音が静か過ぎる。

リーもそれに気付いているようだ。

そして、ザクが何かしろの術を施したというのに何の現象も起こっていない。目で見えない忍術なのか、分からない。

そして沈黙が破られる。

「フ~、恐ろしい技ですね…」

突然、ドスが埋もれていた箇所が弾け跳んだ。そしてその穴にはドスの右腕があるのみ。

そう、あれは超音波で周りの地面と吹き飛ばしたということ。

「やれやれ…どうにか間に合ったぜ…」

ザクは地面に両手を突きつけた体勢のままため息を吐いていた。

「バ…バカな!」

どういうことだ。

リーすら困惑を隠せないでいる。俺ですら理解が出来ない。如何にしてドスが生き残れたのか、それはザクにあるとしか思えない。

「ザクが土を『スポンジ』にしておいてくれたっていうのに、これだけ効くなんて……」

肋骨の幾つか折れてるよ、そういってドスがニヤリと唇を歪ませた。

「久しぶりに頭にきたよ…」

そしてあれだけのダメージを食らっているというのにどういう構造をしているのか、恐ろしいほどの速さでリーに肉薄する。

リーはあれほどの大技を繰り出した後ですぐに身体が動いてくれていないようで反応が一瞬遅れた。

それでも関係ないかのようにドスは右腕を左へ薙ぎった。リーへは届いていない。

それだというのにカブトの時と同じようにリーが耳を押さえて苦しみだす。

「確かに、君の動きは高速だ。今までに見たことの無い程にね…だけど僕は音速だ」

次元が違うんだよ、そう言って視界が定まっていないリーの胃の真上に手の平で殴りつけた。

リーの苦しみ方が変わった。

仰け反り痙攣を繰り返す。

そして、

「おえぇッ!!」

胃の中の全てを吐き出す。その中には血らしいものも含まれている。

「体術しか芸のないお前が俺等に勝てるわけねぇだろ!」

そういうザクにリーは、そうナルトのあのギラついた瞳のような眼でにらめつける。

あれは駄目だ。あの眼は簡単に人を殺す。

そんなことも知らずにザクとドスはリーに何やら術のことを暴露している。そしてその有効性を説き体術しかしていないリーを貶している。

リーは眼をギラつかせながら唇を歪ませる。

回りから見ればリーが圧倒的に負けている。それでも分かる。こいつ等は殺される。リーに圧倒的な差をつけられて絶望に溺れながら殺される。

「キャ……!!」

突然のサクラの悲鳴、そこにはもう一人の音のくのいちに髪を切られているサクラがいた。

落ちゆく髪を見つめ泣きそうになるサクラを見て俺も何かが弾けた。

もう、どうでもいい。

こいつら、ぶっ殺す。

体中の血が沸騰しそうな感じが心地よい。大蛇丸の時以上に弾ける衝動、初めて人を殺したいと思えた。

リーと同じだ。

俺も臨界点を超えた。

ナルトがしていたように、俺の右手に全てのチャクラを込める、弾ける想像を膨らませて実際に弾けさせろ。

大きく、そして壮大に壮絶に猛々しく弾けて飛ばせ。

波の国で霧の中で聞こえたカカシの一撃、頭の中で確かなイメージが生まれる。

チッ、チッ、チッ…暖かいなにかが右手に絡み付いていく、もう十分だ。こいつを殺すのには。
俺が駆け出そうとした瞬間、別のものが目の前に現れた。







「やめなさい!!」

いつもはうざったかったいのが俺の前に立ち塞がっていた。

いつもとは違う。覇気が強く、そして凛々しくもあった。

「シカマル!」

「へいへい…」

姿は無いが返事は返ってきた。そして現したのは姿ではなく影、それはサクラの髪を切った音の忍びの壁に喰らいつき止まった。

「な、どうなってーーッ!?」

ガサッ、とシカマルが茂みから姿を現した。それと同時に音の忍びは数歩勝手に歩き出す。

「これでいいのか?」

「上出来よ!」

いのの返事に苦笑するシカマル、満更でもなさそうだ。

「いくぞ、チョウジ」

「任されたよ」

ポテトチップスの袋を片手にチョウジは答えた。それに対して気を悪くした様子は見られないシカマルは突然あの影の術を解く。

その直後、あのくのいちにチョウジが当身を繰り出す。

チョウジの体重からの当身ではあのくのいちとは比率が違いすぎる。もの凄い勢いで吹き飛んでいく。

数メートル吹っ飛んで起き上がってこないのを見届けて二人は笑みを浮かべる。

「まぁ…」

「上出来だね」

「ナイスよ二人とも!」

いのは何もしていないのに何故か統制のとれたスリーマンセル、第十班のメンバーが俺の前に現れた。







「なんでお前等…」

これは俺達の問題だ。しかもこの試験でこの状態は決してこいつ等にはいいことではない。

それなのに何故、

「仲間を見捨てるような奴はそれこそ仲間じゃないよ」

「だな」

チョウジとシカマルは自信を持ってそう答えた。

もし、同じ状態で俺がシカマル達の立場ならば少なくとも見捨てているかもしれない。

いや、かもじゃない。絶対に見捨てていた。

二人はキッとドスとザクの方を向く。

それと同じくしていのがサクラの隣にいた。

そして抱きしめ何かを言っている。慰めている、そう分かった。何故なら見る見るうちにサクラの絶望の顔が少しずつ穏やかになっていったからだ。

「後は私達に任せて」

そう言っていのはシカマルとチョウジの間にやってきて俺に一言言った。

「少し待っててね。今すぐ抱きしめたいんだけど野暮用が出来ちゃった」

今の俺には最高の眩しすぎる笑顔だった。何時もの媚を売るような笑顔じゃなく、自然でとても引き寄せられるいの。

こんな顔も出来るのか、そう思っているうちに右手の放電は収まっていた。

チャクラもスッカラカン。時間切れ、既に俺はただの役立たずであった。





「フン……また変なのが出てきたな」

ドスが木の葉の忍びがまた現れ不快そうな声をあげる。ザクも同じようだ。苛立ちを隠していない。

同じ班のくのいちを数秒で使い物にされなくされればそうなるだろう。

「いの…」

サクラが心配そうにいのを見る。

地面に散っている桃色の髪の毛が目の前に展開されている。それを見るたびに幾度も怒りに震えてくる。それと同時に自分は役立たずだという事実に自己嫌悪に陥る。

「なに、サクラ? 今忙しいのよ」

言葉の割りに嫌そうな顔じゃない。それを見てサクラはホッとしてこう言った。

「頑張って」

「もちろんよ!」

小さな声だがいのにはしっかりと聞こえていた。

いのの返事もサクラに聞こえサクラは安心した顔をする。そんなサクラの隣まで足を引き摺って俺はゆっくりと歩く。

「サクラ…大丈夫か?」

大丈夫なわけが無い。俺は馬鹿だ。

だが、サクラは、

「もちろんよ! それに試験が終わったら切ろうとしてたからちょうど良かったわ」

影の無い笑顔で答えてくれた。

俺はやっぱり馬鹿だ。

サクラは実は強いってことを忘れていたのだから。





「またウヨウヨと……木の葉の小虫が迷い込んで来ましたね」

シカマルとチョウジはそんなドスの言葉を無視する。

「後ろで倒れてるの、ナルトだよね」

「ああ、どういうことになってるかさっぱり分かんねぇ」

俺とサクラよりも後ろにある洞穴にはナルトが寝ている。それのことを言っているのだろう。

二人とも俺よりはナルトと交流があった筈だ。心配しているのだろう。

チョウジが言った。仲間を見捨てる奴こそ仲間じゃない、と。ならばあいつ等が危なくなったとき俺は迷わず戦う。

「時間が無い、一気にいくぞ」

「分かった」

チョウジが印を組み始める。

速い、体型からは想像できないくらいにスムーズに印が組まれていく。そして組み終わり、

「いくよ、倍化の術!!」

チョウジの体が何倍にも膨れ上がった。

「木ノ葉流体術、肉弾戦車!!」

急激な勢いで回転し始めドスとザクの方へ転がり始めた。

「なんだ、このヘンテコな術は……ただデブが転がってるだけじゃねーか!」

確かにふざけている。それでも威力は考える必要も無い。俺でも再現出来ないほどの威力はあるだろう。

そのチョウジを吹き飛ばそうとザクが両手を突き出した。

「吹き飛べ、斬空波!!」

強大な空気の奔流がチョウジを襲うが回転し続けているチョウジはそれを受け流し、あるいは正面から弾き飛ばし無効化する。

そのまま直進するチョウジから避けるためにザクは横へ跳んで避けるが一人残り続ける者がいた。

「こ、こんな時に何をやってる…ドス!!」

ドスは一人残っていた。何か作戦があるのだろうか、身動き一つ取りもしない。

「避けないなんてどうかしてるぜ」

一人笑う者がいた。

シカマルだ。そしてシカマルの影から一本の線が走っている。そしてその先には、

「なに!? 影が…!!」

そうか、作戦があったからじゃない。身動き一つ取らなかったわけでもない。動けなかったのだ。シカマルのあの術によって。

「世話が焼けるぜ!」

またしてもザクが地面をスポンジ化する。

しかし、リーの蹴りや大技を喰らっているドスがその上スポンジの上だからといって無事に済むと思っているのだろうか。

ザクは忘れているようだ。

「ぐああ!!」

あばら骨が数本折れているんだぞ。意識を保っていただけでも凄いというのにあんな重いものにスポンジの上からでも踏まれたら致命傷だ。

ドスを轢いてからどうやれば出来るのか理解できないが方向転換してザクの方向へ転がっていくチョウジ。

「そんな正直に当たると思うなよ!」

ザクも弱くない。寧ろ強い方に入るかもしれない。

シカマルの影に注意を払いつつチョウジの肉弾戦車を避け続ける。

このままでは二人がチャクラを切らせたとき、あいつ等の負けが決まってしまう。

数分、ザクは見事と言ってもいいくらいに二人の攻撃を避け続けた。

そしてぴったりとシカマルの影が伸びなくなりシカマルは息を切らしている。

このままではチョウジのチャクラも切らしてしまう。その前にどうにかしなくては、そう思っている時それは起こった。

ザクの動きが止まった。そして止まったまま経ち続けている。

どういうつもりだ。何か攻撃の溜めの策でもあるのか、そう思いあぐねていた時、

「な、なに!?」

突然ザクが驚愕の声を上げた。

訳が分からない。何がしたいのかも何もかも。自分で止まってたんだろ、そう言いたかった。

ザクが驚いている間に既にチョウジはザクの目の前にいた。

これでは避けられない。そして土をスポンジにしている暇もない。

「ぐおおおあああ!!!!」

派手に吹き飛ばされた。速度を弱らせぬまま大木にザクが叩きつけられる。

首をだらりとして起き上がってこないザクを見てシカマルは言った。

「突然目の前にチョウジのこれがあったら誰だって一瞬は動きが止まるよな…って聞いてねぇか」

「なによ、勝手にかっこつけちゃって! 最後のは私のおかげなんだからね!」

わぁってるよ、とシカマルは後ろに派手に倒れた。チャクラを使い切って体力もからっぽなのだろう。

「もうちょっと心転身の術を速く掛けられたら僕もあんなに緊張せずに済んだんだけどね」

そう言って食べかけだったポテトチップスを摘まみ口へ運ぶチョウジ。

「うっさいわね、相手が男だとなんかイマイチうまく噛みあわないのよ!」

つまり、最後の時いのはザクの精神を奪っていて、そしてチョウジが轢く前に術を解いたという訳か。

そして時間が掛かる故にシカマルはその術のカモフラージュとしてチャクラが切れるまであの術で翻弄させていた、ということか。

そしてもしシカマルの術で捕まえられてもそれでチョウジが、シカマルが駄目でもいのの術で確実に。つまり二段構えの作戦であったという訳だ。

「すげぇな…」

「うん…」

俺達はあんなにうまくはいかない。事前に打ち合わせをしていた様子は無い。あそこまで以心伝心出来ているチームは他に無いだろう。



いつの間にか立ち上がって帰ろうとしていたリーを俺達は呼び止めた。

「今回のことは本当にありがとうございました。リーさん」

サクラが本当に申し訳ない、と頭を下げる。それに俺も頭を下げる。

リーがいの達が俺達のもとへやって来てくれるまで戦ってくれていなければ俺達は確実に死んでいた。

「いいえ、僕はあまり助けになれませんでした」

そう言って恥ずかしそうに顔を赤くする。

本当にそう思っているのだろう。ここまでまっすぐな奴は見たことが無い。

「お礼を言うのであればあの人達だと思いますよ」

既にまた巻物を探しに言ったシカマル、チョウジといののことを言ってリーは森の奥へ向かおうとしていた時、風が吹いた。

「テメェ等、ふざけやがって!!」

意識があるとは思っていなかったザクが放った斬空波はリーに直撃しリーが吹き飛んだ。

完全な不意打ち、リーは反応も出来ずに吹き飛び大木に叩きつけられ昏倒する。

「ああ、まったくだ。本当にふざけてますね…」

聞きたくもなかった声と共に派手に地面が吹き飛んだ。

あれは、超音波。ドスの攻撃だ。

そして土の中からゆっくりとドスが這い出てくる。

「キンも何時までも寝てんじゃねぇ!」

そう言ってキンと呼ばれた少女の頭をザクが蹴り上げる。そして少ししてキンが眼を覚ました。

やばい、もうシカマル達もいない。そして頼みのリーはザクの不意打ちで意識が無い。

俺とサクラでは三人そろっている音の忍びに抵抗する術を持っていない。俺達はチャクラすらもう残っていないのだから。

「さて、どう殺してあげましょうか…」

ドスの手の周辺がぶれて見れる。遠くからも空気が震えて見えるというのはどれほどの振動なのだろうか、想像するだけで怖くなってくる。

「フン…気に入らないな。田舎者の音忍風情が、そんな二線級を相手に優越感を浸るとはな…」

そんな声が森の中で響き渡った。

その声が聞こえた方向を向く、そこにはリーと一緒にいたあの男がいた。

「(あれは…たしかネジ)」

ナルトが自分から声をかけていた。それがひどく印章的だった。

ネジの横にはナルトがヒナタ以外に名前で呼ぶ女、確かテンテンといったか。

「ワラワラとゴキブリみたいに出て来やがって……」
そう言って不機嫌さを更に増すザク。

しかしネジはそんなザクのことなど見ようともしていなかった。

「ヘマしたな」

そういい捨てるネジ。だが心配している様子もある。

そうでなければリーのことなで最初から目にしていないだろう。

「そこに倒れているオカッパ君はオレ達のチームなんだが……」

そしてネジは眼を閉じた。何かに耐えるように。

ナルトも同じ仕草をする。

そう、それは……。

「好き勝手やってくれたな貴様等!!」

暴走しそうになるのを防ぐためだ。

ネジは本当に怒っている。それはリーを心配しているからこその行動なのだろう。

そして新たに開かれた瞳は全てを見透かしているかのような瞳だった。

音の忍びを見ているはずなのに俺まで見られているかのように感じる。そう、心臓を鷲掴みされているみたいな圧迫感。

「フフ…気に入らないのなら…格好つけてないで、此処に降りて来たらいいじゃないか」

疲れが限界を超えているからだろうか、ドスは感じていないようだ。この圧迫感を。

「言われなくても降りて行くさ…二度と木の葉の門を潜れなくしてやる」

そう言って飛び降りようとしている時、ずっと待っていた声が小さく呟かれた。





「止めとけ、ネジ」





いつからそこにいたのか、俺とサクラの背後にナルトが立っていた。

しかし、振り向けない。ネジのような視線の問題じゃない。

ナルトの存在だけで心臓を鷲掴まれている、そう感じた。

サクラも同じだ。両手で身体を抱きしめて震えている。

「ナルト…起きたのか」

ネジはこの感じになんの抵抗も無くナルトに話し掛ける。

何故そんなことが出来るんだ、そう尋ねたかったが口が開かなかった。

「今しがたな…とても気分がいいんだ」

ナルトの一言一句でこの辺り一帯の音が一瞬にして消えたかのような静寂が訪れる。動物達が一斉に逃げ出すのが分かる。

肌を突き刺す感覚、喉がカラカラに渇く。ガクガクと膝は振るえ、背中に嫌な汗が絶え間なく流れている。

意を決して後ろを向いた。

そして言葉を失くした。

何故なら、ナルトの体中に禍々しい刻印が染み渡っていたのだから。

俺が後ろを向いたからか、サクラも同じようにナルトの方を向き言葉を失くす。

「サクラ…サスケ…誰だ、お前達をそんなにした奴は…」

多分、初めて名前で呼ばれた。

だが、そのことに喜ぶ前に恐怖が俺の心に満ちていた。大蛇丸との戦いの時、そして俺とサクラで音の忍び三人と対峙した時よりも、怖い。

「ふふ…私よ」

馬鹿だ。あいつ等は本当に馬鹿だ。

疲れだかなんだかでこの恐怖がわかんないんだ。それともこの殺気…違う、殺意の塊がでか過ぎて気付けないのか!?

「そうか…ありがとう」

ナルトの姿が一瞬ブレた。

そしてまた目の前に現れた時にはナルトの左手にはキンの頭が握られていた。

「探すのが面倒だったんだよ」

キンの頭を確認してから慌てて後ろを見た。そこにはまだナルトが握っているキンの頭に気付いていないドスとザク、そして首より上の無いキンの身体があった。

「きゃああぁあッ!」

サクラの悲鳴が上がった。

それと共にネジのため息も聞こえた。

馬鹿な奴らだ、と。

グシャッ、とナルトがキンだった頭を握り潰してやっとドスもザクもキンが殺されたことに気付いた。

「リーもいるじゃないか……んで、誰がやったんだ」

手についた血糊を白衣で拭い取りながらナルトがそう言った。

声が微かに震えている。サクラの髪の毛のことよりもナルトは頭にきている。

ドス達は何時キンがやられたのかで答えられないでいる。

それにナルトが吼えた。

「誰がやったんだって聞いてるんだ!!」

森が震えた。ナルトから際限なく噴出すチャクラに樹が揺れる。たったそれだけで森自体を揺らすナルトが信じられない。

「う、うるせぇ! 斬空極波!!」

今までの奴の攻撃がそよ風にしか思えないほどの風の奔流、しかし今のナルトに届くとは思えない。

「よせ、ザク!! 分からないのか!?」

やっと気付いたドスは必死にザクを止めようとするがもう遅かった。

奴は他の二人よりも冷静だったのだろう。故に気付いてしまった。ナルトから吹き荒れるチャクラの奔流を。

「きゃっ!」

後ろからテンテンの声が聞こえた。

それはザクの攻撃に驚いたのではない。

テンテンが驚いたのは、俺等毎包み込んだナルトの風の結界にだ。

俺達とテンテン、ネジとでは距離があった筈、しかしそれを埋めてしまうほどの巨大さが今のナルトの風の結界にはあった。

それは波の国でナルトが扱っていた赤い風の旋廻よりも禍々しく強大だった。

恐ろしい範囲、それなのにザクの斬空極波を完全に防ぎきった。こちらにはまったくの影響すら感じさせない。感じるのは吐き気すら感じるナルトの黒いチャクラの風の結界。

そしてザクの術が終わったあと、まるで風船が割れるかのように渦巻いていた黒い風は周りへ溶け込んでいった。

「お前か…」

ナルトの否定を許さない声がザクへ向かった。

それだけでザクは尻餅をついた。腰が抜けたようだ。

何時から持っていたのだろう、ナルトの手にはあのアイアンナックル。

そのアイアンナックルからは黒い刃が長々しく伸びている。そこにあるだけで全てを飲み込んでしまいそうな黒い刃、見ているだけで胃液が込みあがってくる。

「ち、ちがっ…俺じゃ……ッ!!」

首が千切れそうに必死に首を振っているザク、俺にはこの先が見えていた。

おそらくネジにも見えているだろう。

ナルトがあの唇だけを歪ませた笑みを浮かべているのだから。

「いいから死ねよ」

殺すことには変わりない。

腕がぶれると同時にザクの首が刎ね飛んだ。そしてナルトの腕がまたぶれる。しかし、今度のは少し長かった。それでも見極めることは出来なかった。

なんの音も無く、空中をさ迷っていたザクの頭が粉々に、ミンチになってドスの目の前に落ちた。

ククク、とナルトが笑っている。

どこか無邪気で楽しそうだ。だがそれをとめることは出来ない。止めようとした瞬間自分の首が飛ぶかも知れない。

「ん…」

ナルトの視線が俺のもとへ向く。

俺がなにかしたのか、頼むから何もしないでくれと俺は心の中で願った。

「その足…どうした?」

「え、ああ…」

あ、足を怪我していたのを忘れていた。ナルトのことで頭の中が一杯一杯だったからな。

「ひっ!」

ドスの短い悲鳴が聞こえた。

俺の返答一つでアイツの寿命が決まるということらしい。

確かに、俺はアイツを殺そうと思った。しかし、いいのか。これで。

俺はもうこれ以上ナルトに俺の目の前で人を殺して欲しくない。

だから、

「これは……」

「あいつか」

俺が言い終わる前にナルトがドスを見た。

ドスも腰が抜けて逃げ出せないでいる。このままでは死んでしまう。

俺は殺されることを覚悟にナルトを止めようと腕を掴もうとしたが、既にナルトはドスの目の前に立っていた。

「オマエには…」

ナルトの手がドスの額へ伸びていく。

ドスの表情は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。アイツは敵にしてはいけない奴を敵にしてしまった。

これで終わった、俺はそう思った。

「これで十分だ」

ぴこん、と額に軽くデコピン一つしただけだった。

そりゃねぇよ。おい。

「ほ、本当で……」

ドスが確認をしようとしていた時、

「んな訳ねぇだろ、くそったれ」

口に手を突っ込み舌を引き千切った。

「ーーーーッ!!」

ドスは急な激痛に、痛いなんてもんじゃない、あれでは何があったかも分からずに脳が悲鳴を上げてるのだろう。

「テメェもサクラやリーにも手ぇ出したんだろ、あぁ?」

今度は両目を抉られた。

身体を痙攣させて悶えているドス、そんな時に意外な奴の声がナルトへ向けられた。

「遊ぶのはもうその辺にしておけ、ナルト」

ネジだった。

ネジだけだ。この異常な状態のナルトに恐怖を抱いていないのは。

「あぁ? 邪魔すんのかよ、ネジ」

殺されてぇのか、そうナルトの眼がそう言っている。

「そりゃ邪魔するさ…そんなことよりもリーの治療を頼みたいんだからな」

そう言ってネジはもう喋らなかった。

ナルトも納得したように頷いた。

ドスは痛みに堪えながらもネジにありがたいと思ったのだろう。

最後の一言さえなければ。

「すぐに終わらせろよ…本当はオレがやりたいんだ」

忘れていた。ネジのあの時の怒りはナルトの怒りとまったく同じだった。それが可哀想だからと言って、もう十分だからといって気持ちが変わる筈が無い。

本当ならばネジもザクもキンもその手で殺したかったのだろう。

そうだな、とナルトは言って虫でも潰すかのようにドスの心臓を踏む潰した。

あまりにも呆気ない、ドスの最期だった。







「サポート頼むぞ」

ナルトはそれだけを言ってポーチの中からメスや俺には名前も分からないような器具を出した。

「かなり酷いぞ…出来るのか?」

ネジの額には汗が見え隠れしている。リーの状態を考えると相当酷いのだろう。

写輪眼では見えないところも白眼ならば見ることが出来る。

ネジの真剣な問にナルトは簡単に答えた。

「オレに出来ないと思うのか」

それで十分だった。ネジもそれに苦笑し、すぐに真剣な表情に戻っていた。

服を切って胸を曝け出す。そこは紫に変色している。

「胃が少し傷ついてるな…それと超音波を受けすぎたか、一時的に難聴気味になってるかも知れない」

ここまでは分かるがそれからは俺には理解出来ないような用語が出てきて話についていけなくなる。

ナルトが口寄せで薬液に漬けられた胃を取り出したところで我慢できずに俺はその場を離れた。





何時間たったのだろう、本当は一時間位なのかも知れないが俺にはそう感じた。

穴倉から出てきたナルトとリーを背負ってきたネジを見てホッとした。

何時の間にかナルトのあの禍々しい刻印は消えていた。

ナルトは深く深呼吸をして、ぶっ倒れた。

「ナルト自身が限界を超えていた。休ませてやれ」

倒れたナルトを地面に叩きつけられる前にテンテンが支える。

「ナルト君も仲間を傷つけられて怒ってたのよね」

そう言ってナルトを抱きしめながらテンテンはそう言った。

耳を疑った。ナルトが? そんなこと在り得ない。

「ネジっていったか?」

「なんだ。すぐにここを離れたいんだが」

ネジの眼は冷たい。今まで見た中でもナルトとそっくりな眼をしている。

何かを切り離したような、淋しい眼だ。

「なにも感じなかったのかよ、あのナルトに」

これだけは聞きたかった。それは悔しいからかもしれない。あんなナルトにただ一人だけ普通に接していたネジが羨ましかったのかもしれない。

この問にもネジはくだらなそうに答えた。

「俺にはいつもあんな感じだった。懐かしいくらいだ」

そう言って初めて笑った。それも嘲笑っているように。

「お前たちは知らないみたいだから言っておく。随分とナルトは丸くなったな、弱くなったんじゃないかと心配してたくらいだ」

それはどういう意味だ、そう問い詰めたい衝動を感じたが事実なのだろう。

ナルトと同期だったテンテンとネジはあの時のナルトにあまり驚きを示さなかった。あれが本当のナルトの姿なのかもしれない。

「最期のは寧ろ安心した。あれが本当のナルトなんだからな。勘違いしているのはお前等だ」

どっちが本当のナルトなのかが分からない。あんな快楽殺人を平気でするのがナルトなのか、それとも距離を取って本当に危ないときは何かと理由を言いながらも助けてくれていたナルトなのか。

テンテンは最後にナルトに何かを呟いてネジについて消えてしまった。

俺は首から上が綺麗に無くなっているザクの懐を探り巻物を手に入れる。

地の書、俺達が探していた巻物だった。

それをサクラに見せて二人してそこで気を失った。

俺もサクラも疲れすぎた。すぐ真横で聞こえるナルトの静かな寝息を聴きながら俺達も意識にさよならを告げた。







黒い波に飲まれながらオレは流れている。

抗うことは難しく、流れることは簡単だった。そして抗うことは痛く厳しく、流れることは楽で快感だった。

一度流れてしまったら、もう二度と抗うことが面倒になってくる。

そしてその快感に浸っている最中にあの時最も聞きたかった声が聞こえた。

「今になって分かったこともあるの、もう少し頼ってもいいと思うよ」

何が分かったのだろう。声と名前は出てくるが生憎腐ってるオレの頭じゃ顔までは思い浮かんでこない。

接点がなかったわけじゃない。興味がなかったわけでもない。ただ、一度出会ったからなのかも知れない。

あの夜に、あの時に、あの場所で君と。

術が解けてしまうほど未熟だったオレに感謝しながら今一度思った。

もう少しだけ抗ってみよう。

もう少しだけ、あとちょっとだけ。

抗うことを決め、一度眼を閉じ自分に嘘を吐いていないかを確かめる。そしてそんな必要が無いと分かって眼を開けた。

眼を開けるとそこは真っ黒なカーテンと金色に煌いている月が一つ、まるで化け物の目のようだった。そんな不気味さを吹き飛ばすような白く儚い月光がこんな泥まみれなオレに降り注いでいた。

たった一つだけのオレの為の照明、それだけで何もかもが明るく見えた。何もかもが美しい光景のようで、やっぱり何もかもが美しかった。















死の森の中で一本だけ揺れている木が一つあった。

そこの根元で会話は続く。

「も、もう止せってヒナタ!」

ズゥン、ズゥン、とあんなに細い腕からどうすればこんな太い木が揺れるのだろうか、俺は思った。

「抱き合ってた…抱き合ってた……抱き合ってた…………」

それだけをブツブツとヒナタは言い続けて手を振るう、って怖すぎる。始終顔が俯いていて顔色が見えないところが更に怖さを引き立てている。

さっきこれの途中で襲ってきた雨隠れの忍びは人質にしようとでも思ったのだろう。ヒナタの方へ向かっていった。

俺は同情したね、今のヒナタはやば過ぎる。

相手が攻撃を加えようとした瞬間に柔拳を喰らって悶絶してた。

「あと20分は続くな…」

シノまでもあまり近づこうともしないなんて……。

結局ヒナタの奇行は木が折られるまで続いた。









[713] Re[29]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 14:50








「ひゃ、ひゃほあぁ!! さ、サバイバルはやっぱ俺達の独壇場だぜ!! な、なぁ、二人とも!!」

笑顔のヒナタが怖すぎる!!

あの後残った二人が一斉にヒナタの方へ向かっていきやがった。

あの大量の千本を使ってた奴、かなり強かったのになぁ。ヒナタの奴全部避けてビンタ一発(確か柔拳だったっけかな)で死に掛けてやがった。

「うるさいです…」の一言で終わらせやがったし、この世で一番怖いモノを見た気がしたよ。

赤丸まで怯えてやがる。あれはやばいってさっきからうるさい。

「ま、まさかヒナタが倒した奴が目的の巻物を持ってやがったとはな! お、俺達運がいいのかも知れねぇぜぇ!!」

無理矢理テンションを上げてねぇと本当に運がいいと思えてこねぇ……。

なんだろう、遣る瀬無いぜ。

「お前は調子に乗りすぎる…それは危険だ。敵に遭遇しないよう注意を払う…これが安全だ。…どんな小さな虫でも、いつも外敵から身を守る為…」

「うるせぇ! テメェに俺の気持ちが分かるか!」

雨でも降ってるのかな、きっとそうに違いねぇ。







狂った歯車の上で







目を覚ましたとき、目の前にいたのはカブト先生だった。

何故に起きたときに必ず現れる? 狙っているのか? もしそうだったら最悪だ。

「生きてたんだね」

「死んでると思ってたでしょ」

「それもありとは思っていたよ」

「どっちが良かったですか」

「どっちにも使い道があるからね」

「んじゃ、もし死んだら有効に使ってくださいよ。そうじゃなければ死んでも死にきれねぇ」

「任されたよ。死ぬときは気持ちよく死になさい」

「ういッス」

起きてすぐにしてはかなりハードな会話だなぁ、と脳が覚醒していないオレでも分かった。

所詮はモルモットみたいな存在なわけだし一度死んだつもりで生きているが面と向かってそう言われると考え直そうと思えてくる。

死んでも死なねぇぞ、って。

訳わかんねぇし。笑いが出てくるのに笑えねぇ。なんだろう、矛盾。

「それで、大蛇丸様はどうだった」

いきなりそれを聞くか、聞かれたくなかったのになぁ。

「無理ッスよ。なんで死なねぇのか不思議ですね。最初から最後まで殺す気だったのに」

最初ってのは起爆札(大蛇丸用に改良されている)のことで最後ってのは八門遁甲のことだ。案外蛇用の毒団子でも食わせたらコロッと死ぬかも知れないなぁ。

一応爆薬にも毒を入れて爆風と一緒に毒殺しようと思ってたのに、ゴキブリみてぇにピンピンしてた。後姿は本当にゴキブリそっくりだ。

「それにしてもなんでここが?」

「あっちにコレが落ちてたよ」

そう言って指差した方向は最初に刀で腹を切られた所だ。んで渡されたのがタバコ。蹴られて木にぶつかったときにポケットから零れ落ちてたみたいだ。起きた後も気が立ってたから気付けなかったみたいだ。

「ありがとうございます」

これがねぇと落ち着けねぇ。ちょっとしたことで苛付いてしまう。

これは心の清涼剤ってか。

「それにしても体内門を開くとはね、何時か教えようと思ってたのに」

「聞いて無いですよ。そんな重要なこと」

んじゃあの熱血バカについて回ったあの長い時間は一体なんだったんだ。

意味無いじゃん。ちくしょう。

「どれくらいまで身体が持つか実験したくってね」

結局は実験か。まぁその実験の度に強くなれるからいいんだけどね。諦めてるんだけど。

麻酔で眠らされている間に関節が自由自在に曲げられるようになっていたときは絶叫しそうになったし。

というか白眼も先生の思いつきだし。カカシの影響らしいが。

「期待されるほど開けないですよ。本当は生門が限界なんですけどあの時メチャクチャ興奮してたんで傷門まで開けたんですけど二十秒くらいが限界でしたよ」

ひ弱の中のひ弱ってのはオレの為に在るのかもしれないと思えるほどの貧弱さだ。うちはでももう少し持つだろう。

「改善の余地はまだあるよ。これが終わったらまた実験だ」

医学に100%は無いというがカブト先生はそれを認めていないのかもしれない。死んだとしても死体を弄くってから生き帰しそうな感じだ。

そのおかげでオレはまた強くなれる。

オレはカブト先生に利用されている。そしてオレはカブト先生を利用している。

こんなもんでもいいと思えてくるオレは確実に狂ってる。







「気絶していた私達を見つけてくれて、その上見張っていてくれありがとうございます!」

なんて設定でオレ達は改めて先生と挨拶する破目になった。

「いやぁ、可愛い後輩を守れて僕も嬉しいよ」

なんてさわやか過ぎる笑顔でそう言える先生が怖いわ。

「俺の怪我まで、すまん」

うちはまで礼を言っているあたり呆然とする。

スパイ暦が長いといってもここまで速く溶け込めるとは思っていなかったがすごいとしか言えない。

先生って二重人格だからな。キレると誰よりも怖いな。その笑顔が一瞬で冷たくなる。温度差が激しすぎてついていけない時もある。

「君達もすでに巻物はそろっているんだろう。僕達の班も同じだから一緒に目的の塔まで行った方が安全だ。お互いに奪い合う必要が無いんだからね」

「え、カブトさんのお仲間の人たちはどうしたんですか?」

春野がそう先生に尋ねた。オレも気になっていてお前等が起きる前に聞いていたんだけどな。

「みんな僕がここに残るって言ったら怒って先に行っちゃったよ」

そういって恥ずかしそうな表情を作って頭を掻く先生。

実は本当だったりするから驚きだ。

同じようにスパイとして任務にあたっていた二人は先生のことを気に入っていないみたいでなにかとすぐに突っかかる。バカだね、身の程ってのを知らないんだ。オレだったらそんな無謀なことできねぇよ。

「そうなんですか…なんか悪いですね」

「気にしなくていいよ。こうやって一緒に合格が出来るならば二人も納得すると思うんだ」

うわぁ、心にも無いようなことを迫真の演技で言える人だなぁ。本性しってなきゃマジ騙されている。

オレも勉強しておこう。何時か役に立つかもしれない。







俺達は黙々と塔へ向かっている。

しかし、湿気で葉が腐っていて歩き難い。二人ともザクザクと足音を立てて歩いているが先生は普通に街中を歩いているような足音を立てて歩いている。

チャクラのコントロールが完璧なんだろう。オレも同じようにしようとしているのだがうまくいかない。足音が立たなかったり二人のように無様に足音を大きく鳴らしたり、歩いているだけで疲れてきた。

そして数十分あるいているとやっと塔に辿り着いた。

「何だ、お前達か……遅いぞ、カブト」

黒装束と木の葉の額当てをした二人が立っていてオレ等を見つけ次第にそう言った。

何様だ、と言いたい衝動が走ったが口が開く前に先生が前に出て行った。

「待たせたな…スマン」

この二人には大して罪悪感を感じさせないような感じに先生はそう言う。

こんな挌下にそこまで演技をする必要はないと思っているのだろう。同意する。

「で、でも! カブトさんのお陰で何とか無事にここまで来れました…ありがとうございます!」

春野と一緒にうちはまで頭を下げている。

飼い慣らされた犬のようだ。あんな短時間でこうなるとは驚きだ。

「いや、僕は何もしていないよ。ここまで来れたのは君達の力のおかげさ!」

後ろの二人とは明らかに違う態度に面白くなるがここで笑ったら試験後の実験で痛い目に遭いそうだ。

後ろの二人から舌打ちが聞こえたりする始末、相当嫌われてるんだろうな。

「僕らはこっちの扉から行くから……じゃあ、お互い頑張ろう!」

そう言って手を振りながら離れていく先生。

ここまで完璧な演技をされて誰が音の里のスパイだと分かるだろう。年季が違うよなぁ。

そしてオレ等は中に入り口寄せによって現れたイルカに合格を認められた。





「収穫は…?」

ヨロイ達はこの人の存在に気付かずに先に行ってしまったようだ。

だから使い捨てにされるというのに。

とはいっても僕でも予め教えてられなかったら気付けなかったかもしれない。完全に空気と化すほどの隠行術か、捕らえるには心拍音しか無いわけだが、それすらも聞き分けにくい。「ええ…予想以上ですよ。第2の試験での3人の情報を書き直す破目になりましたがね。コレ、要るでしょ」

彼には言ってなかったが本当のことを言うと呪印が発動した時からずっと観察していた訳だが、思った以上の素材になりそうだ。

「で…どうだったの?」

僕が渡した三枚の認識札を受け取って大蛇丸様は聞き返してくる。

分かっているくせに。

「フフ…身を以って体験なされた貴方が一番分かっているでしょ」

随分と痛い目にあっていたようだ。彼の戦闘力は低くたとえて中忍程だろう。高くても特上よりも数段低い程度。

それでも体内門を開かれたら実力は跳ね上がる。

上忍の中でも上位に食い込めるくらいには成れるだろう。今の彼ならば。そして僕の実験材料ならば。

「…口惜しいわね。あんなに化けるとは想像してなかったわ」

「正直僕もですよ」

適当に扱って人柱力の研究でもしようと思っていたのだが使えるようになった。

教えるだけ教えといてそのままにしてあるのに自分で物にしている辺りが手が掛からなくていい。

僕には出来すぎた素材だと最近になって思いだした。

「うちはの末裔は…どうかしら?」

「貴方自身も分かっているでしょ。ナルト君が理想していた壁をこなしてくれましたが裏目に出ましたね」

超えられない壁を演じてもらっていたのだが、それ悪いが結果となってしまった。

そしてサスケ君に呪印は植え込めず彼が手にしてしまった。

正直面白い。壊れずにどこまでやっていけるかが楽しかったのだが正直呪印は諦めていた。

欲しい要素だったのだが大蛇丸様が彼を気に入ってなかったから無理だと思っていたのだが、これからが楽しみだ。

「口惜しいって言ったでしょ……正直欲しいわ」

「器にですか」

「駒によ…」

「賭けは僕の勝ちですね」

「どういう意味かしら…?」

おや、どうやら忘れているようだ。

術にしか興味が無いからそれ以外が覚えられないんだ。といっても僕も同じようなものだ。

しかたない、忘れてしまったのならしょうがない。

「大蛇丸様が四人に分ける力と時間を僕は彼にだけ費やすって奴ですよ」

「そんなの…忘れてたわ」

ここで怒ったら僕の首が飛ぶんだろうな。怖い怖い。

「それは兎も角、音の四人衆まで参加するなんて知りませんでしたよ」

「一緒に潜伏していた方が有利でしょ…」

それはそうなのだが…。

「何故四人衆の中で最強の左近が参加していないのですか」

何故あの3人にしたのか、それが僕の疑問だった。木の葉崩しで必要なのは確実性を伴った計画だ。

ならば左近を咥えていないということには納得できない。

「左近を入れたらスリーマンセルじゃないでしょ」

左近が可哀想に思えてきた。
















[713] Re[30]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 14:52






「まずは『第2の試験』通過おめでとう!!」

試験に乗じて殺そうと思っていたが無理だった。

それはともかくオレ以外(どういう訳か疲れが残っていないんだ)の参加者のほとんどは疲れを見せている。相当精神力を使ったのだろう。体力だけでは忍びとして生きてはいけない、それが今回のテーマなのかもしれない。

二人例外がいたか。ネジと瓢箪を背負っている目つきの悪い小僧だ。

あれがうちがは言っていた砂隠れの我愛羅か。下忍にしてBランクを無傷で帰ってきたという破格の下忍というのは。

それともう一組例外がいた。

音の四人衆、この試験の記録を大幅に更新したという。やはり気を抜けられない相手のようだ。

それにあのオカマの部下だ。全員が呪印を持っていたとしても不思議ではない。もしかしたら先生も持っているかもしれないな、まぁ在り得ないがな。

「それでは、これから火影様より第三の試験の説明がある…各自、心して聞くように!! では、火影様お願いします!!」

そう言ってアンコは素直に引き下がった。その代わりに火影が現れた。

オレを無理矢理にアカデミーに入れた奴だ。

学費が払えないという理由で断ったのに出世払いでいいとほざきやがった。

かっこつけたつもりなのだろう。いい迷惑だ。明日の食事も満足ではなかったあの頃からしたら数年分の学費など悪夢以外にない。

救ってやったつもりだろうが相手の気持ちも理解せずに行なう善意など悪意とそう変わりない。典型がコイツだ。

大したことはしていないのに救った気だけしやがって胸糞悪い。木の葉崩しで自分のしていたことが否定されることはオレからの授業料だ。

目の前で言ってやる。出世払いでいいぜ、と。







狂った歯車の上で







「『同盟国同士の友好』『忍のレベルを高め合う』その本当の意味を履き違えて貰っては困る! この試験は言わば同盟国間の戦争の縮図なのだ」

朗々とした声で本当に老人なのか疑うかのような声が広場に響き渡る。

「歴史を紐解けば今の同盟国とは即ち…かつて勢力を競い合い争い続けた隣国同士。その国々が互いに無駄な戦力の消費を避ける為に選んだ戦いの場。それが、この中忍選抜試験のそもそもの始まりじゃ…」

別の言い方をするのならば育成ゲームという奴か。んでプレイヤーが里のお偉いさんって訳ね。

死ねとこの場で言いたくなった。

「ちょっと待ってください! そんな戦争で戦力の消費を抑える為だけに沢山の参加者が死にました。それは同盟国内では同意のことなんですか!?」

春野がそう言った。

国が勝手に下忍達に戦ってもらうか、って感じに決められた試験で殺されかけたんだからそりゃあ頭にくるだろう。

「…確かにこの試験は同盟国の同意の上で行われている、身の危険が怖いのなら参加しないというのも道の一つじゃろう、しかしこの試験は国の威信を背負った各国の忍が国の繁栄も考えて闘う場でもある!」

下忍を使わなきゃ繁栄出来ねぇなら止めちまえよ。

んじゃテメェ等はS級の犯罪者共に紛れて戦えるのかよ。戦えるわけねぇだろ、んな理不尽なもんによ。国の威信の為に生まれてきた訳ねぇだろ。テメェ等の利益の為だけに勝手にんな偉そうな言葉使ってんじゃねぇ。

「この『第3の試験』には我ら忍に仕事を依頼すべき諸国の大名や著名な人物が招待客として大勢招かれる。そして何より各国の隠れ里を持つ大名や忍頭が、お前達の戦いを見る事になる。国力の差が歴然となれば『強国』には仕事の依頼が殺到する。『弱小国』と見なされればその逆に依頼は減少する、そして『参加すらしない国』は忘れ去られ依頼すらなくなるかも知れん」

人間ってのは偉くなっちまうと変わるというがそういうもののようだ。国の利益とは自分の利益のようなもんなんだろ、火影様?

「そして、それと同時に隣接各国に対し『我が里はこれだけの戦力を育て有している』と言う脅威。つまり、外交的…政治的圧力を掛けることもできる」

オレのキャラクターは強いぞ、と他のプレイヤーに自慢できる、の間違いじゃないか? 自分が戦えよ。火影ってのは一番強いんだろうが。

「んなことの為に死んでいった人たちに言い訳みてぇなのは準備してんか、おい」

火影の周りにいた上忍達から物凄い視線が寄せられるが知ったこっちゃない。周りの参加者からも異質な視線が向けられる。

忘れてねぇか? テメェ等と同郷のヤツ等もこんな糞みてぇな試験のせいで死んでるんだぞ。腹立たねぇのかよ、腰抜け共。

「国の力は里の力…里の力は忍の力。そして忍の本当の力とは命を懸けた戦いの中でしか生まれてこぬ!!
この試験は自国の忍と言う『力』を見てもらう場で有り…見せ付ける場である。
本当に命懸けで戦う試験だからこそ意味があり、だからこそ先人達も『目指すだけの価値がある夢』として中忍試験を戦ってきた」

火影が自信を持って言ったその言葉を何人真剣に聞いていたのだろうか。

オレから言えることは一つだけだ。

「あんた等が考えている人の命ってのは随分と安いんだな」

もしテメェの身内が試験中に遊び半分で殺されてみな、同じことが言えるか?

体中に落書きだらけで遊んだとしか思えないような死体を目の前に同じことが言えるか? オレだったなら発狂するね。まぁ身内以前に家族なんていないけどさ。

何人かの殺気を感じる。

自分の尊敬する火影様を侮辱した九尾の餓鬼なんか殺してもいいとでも思っているのだろうか。思ってるんだろうなぁ。馬鹿しかいないみたいだしよ。つうかそれが命を軽視してるっていうんじゃないか? なぁ、お前等。

「だから意味を履き違えては困る。命を削り戦う事で力のバランスを保ってきた慣習。これはただのテストではない。これは『己の夢』と『里の威信』を賭けた…命懸けの戦いなのじゃ」

本当に困ってるように火影はそう付け足した。

「んじゃそれでいいよ。この試験が終わったら百姓にでもなるからさ。勝手に命懸けで戦ってくれって感じだ」

美味しい大根を作りたいな。人参もいいな。収穫できたらカレーを作ろう。

皆の唖然とした顔がいい。馬鹿みたいだ。って本当に馬鹿なのもいるか。

「何だって良い…それよりも早く、その試験って奴を始めろ」

「そうだな。早く終わらせて土地を耕さなきゃいけねぇんだからな」

といっても試験が終わったらこの辺一帯は荒野だろうな。

音の里は田の国にあるというしそこで畑を作ろう。美味しい野菜を作って同じ境遇の子供等に配りたい。

なに混乱してますって顔してんだ。テメェが勝手にアカデミーに入れたから今ここにいるだけで本当ならこんなところで手裏剣投げたり分身したりしてねぇんだよ。

何もしらねぇ癖に理解してますって顔すんじゃねぇ。

本当にいい迷惑だ。

「…ではこれより、第三試験の説明をしたい所なのじゃが…」

現実から逃げるかのように火影は後ろに下がっていった。残った上忍や中忍以上の忍び達の嫌悪の視線だけが残る。

慣れた眼だった。

「…恐れながら火影様…ここからは審判を仰せつかった、この…月光ハヤテから」

そして逃げた火影の代わりに痩身の忍びが前に出てきた。

大丈夫なのか? 死相がありありと出ている。

「皆さん、初めまして…ハヤテです。えー皆さんには第三の試験前にやって貰いたい事があるんですね…ゴホッ、ゴホッ!」

なにか喉に詰まっているような咳が止まらない。腫瘍とかだったら洒落にならない。

「えーそれは本選の出場を賭けた第三の試験予選です…」

予選……? どういう意味だ。

「予選って…どういう事だ!! 今残ってる受験生で次の試験をやらないのか!?」

そうだ。何故この人数にまで減らしておいて更に予選などをしなくてはならないんだ。

「えー今回は…第1・第2の試験が甘かったせいか…少々残り過ぎてしまいましてね…中忍試験規定に乗っ取り予選を行い…第三の試験進出者を減らす必要があるのです」

甘くねぇし。第1の試験は甘かったかもしれない、それでも50人近くの参加者が死んだ第2の試験が甘かったというのか。

テメェも参加してみろよ。真っ先に殺してやるよ。そんな気持ちがオレの中で芽吹く。

「先程の火影様のお話しにもあったように第三の試験には沢山のゲストがいらっしゃいますから…だらだらとした試合はできず、時間も限られて来るんですね…えーという理由で…体調の優れない方…これまでの説明で辞めたくなった方、今すぐ申し出て下さい。これからすぐ予選が始まりますので…」

なにがゲストだ。ふざけてんのか、こいつら。

金儲けの為の見世物なのかよ。この試験ってのは。こういうのをゲームって言わないでどうするんだ。つまり、アレか? この見世物ってのは国にとっては有効的な金儲けシステムって奴で毎回それの開催権を取り合ってるってことか。

なにが戦争の縮図だ。ただの金儲けじゃねぇか。

「あの…僕は辞めときます」

多くの人々が困惑の声をあげている中、まっすぐに手を上げて辞退を宣言した人間が一人いた。

カブト先生だった。

「え…と…木ノ葉の薬師カブト君ですね…では下がっていいですよ。他に辞退者はいませんか? あ…言い忘れてましたが、これからは個人戦ですからね…自分自身の判断で挙手して下さい」

「おい、アンタ…どういうつもりだ」

世話になったうちはが先生の辞退に対して止めに入ろうとする。そりゃここに来た者は中忍を目指すべく辛い修行をしてきた者たちで辞退などという選択はする筈も無い。故に第一の試験を通過してきたのだから。

それに対して先生はこう答える。

「実は…第一の試験前に音の奴らとの騒動の時から左の耳が全く聞こえないんだ…その上、命懸けって言われちゃ…僕にはもう…これ以上命は張れない」

直訳して『第二の試験が終わった時点で僕の役目も終わってね…その上、予選だなんて…僕にはこれ以上続ける意味が無い』あたりだろう。

これを更に訳すとめんどくさいってあたりだろう。オレだってそうだ。

辞めようかなぁ。

オレが手を上げようとした時、

「僕はここまでだが……君達なら大丈夫だって信じてるよ。頑張ってくれ」

んなことを言われた。

オレも辞めるって事がバレていたようだ。

先生もこれ以上は我慢の限界なのだろう。これ以上やったら徐々に冷酷さが出てきそうだ。我慢強い人だけどキレると誰よりも怖いからなぁ。

先生の場合、怪我のせいじゃなくて性格上の辞退だね。

既に出口へ向かっていて顔が見えないが開放感からか、空気が冷たくなるような気配が漂っている。仕事中の顔に戻ってるな、あれは。

オレよりも質が悪いぞ、先生は。オレ以上に殺す方法を知ってるし、手段も選ばないからな。

「えーでは…辞退者はもういませんね…ゴホッ!」

ハヤテが辞退者がカブト以外に現れない為に切り上げようとするが、

「ナルト、お前も棄権した方がいい。痛むんだろ……まだ」

確かに痛みが走る感覚がどんどん速くなってくる、それでもその痛みがオレに冷静さを与えてくれているのも事実である。我慢している分いつも以上に苛ついていたりするが、それもたまにはいい。

痛覚をカットしているのにそれを無視して脳に叩き込まれてくる痛みがオレが生きているんだと教えてくれる。

「ふざけるなよ、お前みたいに弱くねぇんだよ」

これくらい乗り越えないのならあの時生き延びた意味が無い。それ以上にネジと対等でありたいのなら弱みなど見せられない。

そしてリーの前でも見せられるわけが無い。

それだけじゃない、ヒナタもいるんだ。かっこつけてぇじゃねぇか。自分は弱くないって思わせてぇんだよ。

オレはオレの為だけに苦しみたい。







「呪印か……大蛇丸の奴め、うちはサスケに呪印を与えてないようじゃのぉ………」

皆が恐れていた事態からは免れたということか、良かった。

「その代わりナルトに与えたようじゃ…」

それは俺が恐れていたことだった。ナルトは脆い。そして異様に才能に執着していた。それを漬け込まれたのか、なんで俺は大事なところで役に立たないんだ。

「カカシ、担当上忍からしたらどうするべきかのぉ……」

一人唸っているところで火影様が俺に質問してきた。

答えなんて決まっている。違うな、決められている。

「なにもできませんよ…もし、しようとしてもナルトだったら拒否しますね」

「ふむ、大蛇丸の事も気に掛かる…ナルトはこのままやらせ様子を見て行く…良いな? ただし…呪印が開き、力が少しでも暴走したら止めに入れ、それはカカシ、お前の仕事じゃ」

やはり何も分かっていない、この人は。

あのナルトを止められるのか、未知数な上に呪印。かなり骨が折れそうだ。そして呪印は憎悪を糧に増徴していくという。ならばナルトの呪印は最高の素材を手に入れたも同然なのではなかろうか。

それ以上に、ナルトが大蛇丸の呪印などに暴走するなど想像出来ない。

俺は分かっている。アイツは誰よりも強い。







「えーでは、これより予選を始めますね…これからの予選は1対1の個人戦…つまり実戦形式の対戦とさせて頂きます。ちょうど20名となったので合計、10回戦行い…え―その勝者が『第3の試験』に進出できますね…」

手持ちの本を見ながら読んでいくハヤテ。

「ルールは一切なしです。どちらかが死ぬか倒れるか…或いは負けを認めるまで戦って貰います。えー死にたくなければすぐに負けを認めて下さいね。ただし、勝負がハッキリとついたと私が判断した場合…無闇に死体を増やしたくないので止めに入ったりなんかします…」

俺が上忍になったときに比べると随分と変わった気がする。昔の方が殺伐としていて本当に試験らしかったのだが。

この長ったらしい説明を聞いているナルトは見た分かる通り機嫌が悪そうだ。アイツが嫌いそうな仕組みだからな。

それにしても呪印を与えられたというのに多少の苛付きだけで抑えられているのは恐ろしい精神力だ。

「そしてこれから、君達の命運を握るのは……」

そしてハヤトが指を指したのは電光掲示板だ。

早くナルトが選ばれれば楽になるというのに、こればかりは文句言えない。

「これですね…えーこの電光掲示板に…1回戦ごとに対戦者の名前を2名ずつ表示します。では早速ですが第1回戦の2名を発表しますね………出ましたね」

『ウチハ・サスケ』VS『アカドウ・ヨロイ』
早くもサスケか、この試験中にどれだけ成長したか楽しみだ。

アイツの才能は俺を超えているかもしれない、それだけに楽しみだ。それと同じようにナルトも……。

何故こうなってしまったのだろう。

「では、掲示板に示された2名前へ…第1回戦対戦者―うちはサスケ、赤胴ヨロイの両名に決定…依存ありませんね」

二人とも小さく頷き中央へ歩いていく。

「えーでは…これから第1回戦を開始しますね。対戦者2名を除く皆さん方は上の方へ移動して下さい」

俺はナルトの元へと駆けた。

一瞬で目の前に現れたというのにいつもどおり驚きもしない冷めた眼、それが一層ナルトに才を感じさせる。

「お前まで止めに来たのか…」

大きなため息を吐くナルト。

まで? 俺以外に止めようとした奴がいるのか。サクラかサスケだろう。

「なんだ、止めて欲しいのか?」

「いい質問だな、おい」

ナルトが唇だけ歪める。呪印が痛むだろうに、どうして自然体でいられるのだろうか。

アンコ特別上忍は痛みに堪えずに悶えるというのに、下忍であるナルトは耐えている。なにがナルトを強くさせたのか、きっと本人以外分からないのだろう。

この眼でも分からない。最近はこの眼があまり役に立たないと思えてきたところだ。

「暴走しなきゃいいよ。頑張れ」

「それでいいのかよカカシ上忍。火影に言われてんじゃねぇのか?」

よく観察しているなぁ。白眼を使っているわけでも無いのに、いい洞察力だ。

「言われているのは暴走したら止めろってだけ」

「随分といい性格になったな、おい」

やっぱりそう思うか。

「肩肘張るのを止めたんだ、随分と長い間張ってて疲れてね」

先ず肩がこりやすい。あと心労か。

適当が一番。寝坊が二番、イチャイチャパラダイスが三番ってところだな。

「それのせいかな…いい顔になってるぞ」

「顔がいいのは生まれつきだ」

失敬な奴だ。昔から美形の顔だと自負している。

「やっぱりお前は馬鹿だな」

ナルトがやっと普通に笑う。子供らしくない笑い方だが、それでも似合っているんじゃないかと思う。

「馬鹿にはそれくらいがちょうどいいんじゃないか」

やっとナルトが見えたような気がする。

「はは、そうかもな」

ああ、そうだな。

ナルトもそれくらいがちょうどいいんじゃないか、そう言いたかったのだがすでにナルトは上に移動していた。







赤銅ヨロイとサスケが中央で対峙している。

ヨロイと違いサスケには疲れが色濃く見えているが、まぁ大丈夫だろ。

アイツはやる時はやる奴だ。そして負けるところなんて想像できないな。

「ナルト、サスケは勝てそうか?」

多分この里で一番サスケのことを知っているのはナルトだろう。なんだかんだ言ってもこの二人が一番付き合いが長い。そしていがみ合っていた時間も長い。

サスケを知るには長いといってもいいくらいに二人はぶつかりあっていたのだからな。

「あの程度の相手に負けるなら波の国でくたばってるな」

「そうだな」

ちゃんと分かっているじゃないか。

ナルトだってサスケを認めている。だからぶつかっていたんだと思う。

ほとんどの参加者がサスケの戦いに注目している。ある程度の情報は掴んでこの試験に挑戦してきた者もいるだろう。

サスケが今期の№1ルーキーでありあのうちはの末裔だということを。

そして今期のルーキーは嫌でも気になっている筈だ。

サクラは心配そうにサスケを見ている。

「大丈夫、サスケはあの程度には負けないよ」

「はい!」

随分と時間が掛かったがやっと俺が求めていたチームが出来そうだ。







「それでは…始めて下さい!」

その言葉で予選は始まった。

合図とほぼ同時にヨロイが印を組む。そして両手がチャクラで淡く光りだす。

あれは何度かみたことがある。

チャクラを吸収する術の一種だろう。接近戦では少しきついかも知れない。

あれを極めれば放たれた忍術でさえ打ち消してくる。とても珍しい能力だ。

それを相手にどう動くか、驚かせてくれよサスケ。

「ふっ!」

手裏剣か。確かにチャクラを込めていない攻撃ならばチャクラ吸引だろうが問題ないだろうが、火力が足りないな。

「うぉぉぉおぉッ!」

ヨロイが着込んでいる鎧にはあの程度の手裏剣では内まで届かない。それが分かっているヨロイは剥き出しになっている顔のみを守ってサスケへ突撃してくる。

「燃えろ、豪火球の術ッ!」

随分と印を組むのが速くなった。顔を隠しているヨロイからは印を組む動作すら見分けられなかっただろう。

火の玉とヨロイがぶつかり弾ける。

サスケはこれで勝利を確信しているようだ。こんなあっさりと終わるはずが無いのにも関わらずに。

「あの程度の忍術で負ける程度の守備力ならば特攻をかけるとは思えないのにな」

ナルトの言うとおりだ。

「なっ!?」

未だ燃え盛る炎の中から無傷のヨロイが飛び出てきた。

油断していたサスケはヨロイの突き出した腕を避けようとするが皮一枚で触れてしまった。

驚愕の表情のサスケ、おそらく今の一瞬だけである程度の虚脱感を感じたのだろう。

「あれくらいの炎など俺には効かんぞ!」

そう言って腕を突き出し続けるヨロイを避け続けるサスケ。

「どうした! 掛かって来ないのか!」

それでもサスケは静かに避け続ける。

サクラがそれを心配そうに見つめる。他の参加者も同じようにサスケを見つめる。

心配と失望、どうかしたのかという気持ちとこの程度かという気持ちが交差する。

ナルトはどちら側でもなさそうに戦いを見続けている。

何かがあるのだろうと俺も考えている。あのプライドの高いサスケが罵られようが静かに戦っているのだ。取っておきがあるのかも知れない。

そしてさらに数十秒、この一方的な戦いが続いていたその時、やっとサスケが口を開いた。

「とっておきを見せてやるよ」

そして聞き慣れた音、まるでそれは千の鳥たちが飛び立つ音のような、

「まさか千鳥か!?」

何時知ったんだ!? 誰かに教えられた、違うな。もしや独学なのか。

サスケが避け続け沈黙を守っていた理由、それはチャクラを集中していたから。

あんなに動き回りながら集中するのは経験の浅い下忍であるサスケにはあまりにも難しすぎる。

それをあまりある才能で経験不足を補ったというのか。

腕に絡みつくように放電するチャクラ、あれはまさしく俺の千鳥だ。

「今頃何を出しても遅い!」

そう言って淡く光の灯った手を突き出すヨロイ、お前に言いたいよ。そのセリフを。

そして同時に突き出された腕がぶつかり、サスケの腕がヨロイの腕を吹き飛ばした。

ヨロイ程度の吸引速度で千鳥のチャクラを吸い取れる筈が無いんだ。最初から決まっていた結果だ。

サクラはサスケの勝利に喜んでいる。他の参加者も最後のサスケの技に戸惑いを隠せていない。俺の唯一のオリジナルである技だ。たとえ今のサスケが出したのはどれだけ稚拙だろうが下忍からしたら必殺になりえるだろう。

しかし、一人だけ他の皆とは違う反応をしている者がいた。

「ナルト…」

ナルトだけ止まったようにサスケを見ている。

それは驚くだろう。サスケの成長速度は異常だ。一人で性質変化をやり遂げ、それも物凄い短期間でだ。

形状変化の方は出来ていないみたいでさっきの千鳥も大きさが小さすぎる。手の表面だけが放電したようなもんだが、それでも異常な速度で成長している。

俺はサスケの成長に喜んでいるせいで気付けなかった。

ナルトの表情が焦りで埋め尽くされていく様を。





疲れて帰ってきたサスケを俺達は快く迎えた。

「見てたぞ、すごいじゃないかサスケ!」

「……別に」

サスケは照れ隠しなのか顔をそらしてそういう。可愛いやっちゃな、と思った。

「さすがサスケ君ね、かっこよかったわ!」

サクラがそういうと更に顔を赤くさせる。

初々しくていいじゃないか、こういうのも。サスケもサクラもお似合いだし、こんな空気も久しく吸っていなかったな。

そう思ってマスク越しだが久しぶりに大きく空気を吸った。

レモンのにおいだとか酸っぱい匂いじゃなく苦い芳香が俺の鼻に吸い込まれていった。

「ん、ナルトは未成年でしょ」

ナルトがタバコを吸っているのは初めて見た。子供らしくないな、似合っているが似合っていない。

そう言うと勝手に試験会場から出て行った。

まぁ、なにかと謎があるといえばきりがないが、アイツがそんなに悪い子じゃないってのは分かっているから大丈夫だろう。

ナルトは誰よりも強い子だ。







「畜生ッ!」

オレが殴りつけてた鉄製の壁が陥没する。手から鉄臭い血がだらだらと流れて気持ち悪い。

オレが一年近く費やして身につけた性質変化をアイツは三日…いや、ただ考えただけで出来ただと? どれだけオレは惨めなんだ。

リーが言っていた努力がこうだってレベルじゃない。アイツは神様から全てを貰って生まれてきたとしか思えない。オレには何もくれなかったのに。

オレの一年をアイツは一瞬で踏み越えていく。許せる筈が無い、心が止せと告げ続けるが止められない。

オレの憎悪は静かに静かに噴出していくのを。堕ちて行ったのが徐々に戻ってくる。この十年以上溜めてきたナニかが一気に噴出してくる。

「随分と頭にきているみたいねぇ…」

気が付けば目の前には大蛇丸が居て、体中が呪印に蝕まれていた。

「ああ…今なら神様だって殺せそうだよ」

体中の血という血が沸騰しそうに熱い。肉という肉が焼け焦げそうに燃えている。

「なぁ…うちはだったら呪印を与えられても生きていたと思うか?」

結局はアイツの才能が羨ましいだけなんだ。なんでオレじゃない。なんでアイツだけに全てを託した。

オレは止まっているのにアイツは進んでいる。誰よりも前に進みたいと願っているのがオレなのに、なんでアイツがオレよりも進んでいるんだ、おい。

「ふふ…さっきのサスケ君を見て嫉妬してるの?」

「質問しているのはオレだ!」

胸糞悪い。

オレはこのままでいいのか。このまま止まったままでいいのか。それだけが心の奥で連呼し続ける。

「さっきのを見て確信したわ…サスケ君だったら自力で生き延びる……貴方と違ってねぇ」

「そうか…」

アイツなら生き延びられるだろう。余りある才能で全てを凌駕しうれる。

オレとは段違いだ。二段も三段も違うところでアイツは君臨している。

なんでアイツなんだ。なんでオレじゃない。

こんなに苦しんでいるのに、なんでアイツなんだ。あんなにものほほんと幸せに暮らしていたアイツがオレの上を往く。

「腹が立つでしょ…」

「……………」

「あんなに頑張っていた君がなにもしてないサスケ君に追い抜かれて悔しいんでしょ……?」

うるさい、そう言って切りつけようとした。

しかし、風の刃があと少しで喉笛を突き破るというところで止まってしまう。

大蛇丸の眼がそれを止めてしまう。あのギラギラとした目がオレの全てを凍りつかせる。

「オレは……どうすりゃいいんだ」

もう方法が無いんだ。これ以上アイツ等と一緒にいてもオレには何にも強くなれる術が無い。むしろアイツだけが強くなってしまう。

そして追い抜かれ成長が止まらないアイツは止まってしまっているオレを見て皮肉気に見下すだろう。もしくは同情されるか、あの眼で。

「白眼を取り込んだ…身体も改造した……誰よりも知識を脳にぶち込んだ……それで終わりなのか、オレは?」

もう道が途切れちまったんだんだよ。

暗闇の中で手探りで進んでいた道が、途切れちまった。







「白眼を取り込んだ…身体も改造した……誰よりも知識を脳にぶち込んだ……それで終わりなのか、オレは?」

そんなことまでしていたのか、興味本位で揺さぶろうとしていたのに私が驚かされてしまった。

カブトは彼にそれほど熱心に術を教えていなかったというのに彼はそれを身に付けていったという。それはほど独学。

それは恐ろしい才能、その才能の持ち主が今は絶望という暗闇でもがいている。

これはいい。サスケ君を力に執着させようとしていたのに逆に嫉妬の炎で焼かれてしまっている。

つまり、こちら側に引き寄せられる。カブトの部下では得られなかった戦力を引き寄せられる。

「まだ…よ。貴方にはまだ道は続いているわ」

下手なことを言ったらそれでお仕舞いだ。この子はもう成長しなくなり潰れてしまう。その上一生カブトの実験材料のまま終わってしまう。

「自分に絶望していたらそれだけで道は見えなくなってしまうわ……そんな君を助けられるのは私だけよ」

自分で言っていて笑ってしまう。

少し手を貸すだけでこの子はどんどん強くなってしまうだろう。それをこの子は私のおかげだと勘違いする。それを利用すればいい。

使えるものは使わなければならない。それを捨てるのは馬鹿がすることだ。だろう、カブト。

カブトだって実験の繰り返し、それだけで彼は強くなっていく。凡人では発狂するようなことでも彼は軽く乗り越えていく。

それを才能といわずになんという。それこそ才能だ。それを搾り取ってやる。

九尾だって言っていた。この子は更に歪む、それを私がしてやろうって言ってるのよ。

「強くしてあげる…誰よりも強く、誰にも侵されない、誰すらも揺さぶれない強さを君にあげる」

黒く、歪んだ、醜い化け物を作ってあげる。

私の手で、人の手で九尾以上の化け物を作ってあげる。

「出来るのか、お前に…」

微かな光が彼の眼に灯った。

なんという光だろう。力強く儚い矛盾を内包した色を極めづらい淡い光。

「出来ないと思うのか」

逆に私が取り込まれそうになるほどの危ない光、それを私色に染めてやる。

私は大蛇丸、誰にも屈しない。







大蛇丸がオレの目の前から去って何十分立ったのだろうか、足元には踏み消されたタバコが何本も並んでいる。

タバコの消費が最初に比べると随分と多くなってきた。そろそろばら買いからカートンに変えようかと思っている時思わぬ訪問者に言葉をなくした。

「いなくなっちゃったから探したよ」

「そうか…」

随分と長い間名前を呼んでいなかった気がする。

忘れちゃいけないのになぁ、馬鹿だなやっぱりオレは。

「もう半分くらい終わっちゃったよ」

そんなにオレはタバコ吸ってたのか、というか進行が思ったよりも早いな。

「随分と進行が早いな、何かあったのか」

「キバ君が棄権しちゃったからね…」

あのキバが? それはありえないだろ。アイツが棄権するってことはどれ程の相手なんだ。

「相手は誰だ」

「ガアラって書いてあった…」

あの目つきの悪い奴か。強いといってもキバならばそれを糧にやる気が増すタイプの筈だ。それが棄権するなんて、

「第二試験で見たの……簡単に人を殺してるところを」

それで、か。

キバは自分ひとりなら果敢に勝負に出ただろうが、アイツには赤丸がいる。その為か。

オレは震えているヒナタをやさしく抱いた。

ただ抱きしめた方がいいと思ったから身体が動いていた。

「こんなに気持ちよかったんだね…羨ましいな」

誰が?

というか脇腹を抓られているオレはどんな反応をすればいいの?

「ちょ…痛いって」

「我慢しなさい」

命令形? 怒ってるの? なににだよ。オレなにもしてないって。

そんなのが暫らく続いてやっと解放された。きっと痣になってるな、痛かった。

「試験中になにやってたの?」

解放され次第にそういわれた。眼が笑っていない。

しかも白眼を発動している。嘘つけない。

「なにもしてないって」

「ふぅん…」

ふぅん、って何を疑ってるのお嬢さん。

「テンテンって人を抱きしめてたよ」

ああ、そんなことを言うの!?

不可抗力だって、オレは気絶してたんだよ。これって嫉妬? 嬉しくないな。

「あの時オレは気絶してたんだって!」

「へぇ…」

へぇ、じゃないって。絶対にそれは誤解だ。

オレは無実だ! 冤罪だよ、これは立派な。

「じゃあ、もう一度抱きしめて…」

そんなことを頼まれた。

うおぉぉぉぉ、と脳の中のナニかが叫んだ気がする。頭の中が爆発寸前だ。このまま爆発しちまえばいいのに。

そしてオレの脳は爆発を阻止することが出来なかった。

今、ヒナタはオレの腕の中にいる。

我慢しないでよかった。

服越しでヒナタの暖かさを味わっている時、聞きたくなかった声が聞こえた。

それは邪魔をする者の声。

「ヒナター、ヒナタの試合よ!」

いのだった。このお邪魔虫さんめ。オレの邪魔しやがって、あとでアイツのポーチの絆創膏に唐辛子を塗ってやる。

なんかシカマルが泣き叫ぶところが想像できた。オレは謝らんぞ。

「ごめんね、私行くね」

そう言って走っていくヒナタをオレは手をふって見送った。あの空間にいると気分が悪くなっちまう。

もう一度タバコを吸おうとポケットに手を突っ込んでいると聞こえた。

「見守ってくれないんだ…」

慌ててヒナタが向かっていった方を見ると、閉まりかけの扉がポツンと残されていた。





一本だけ時間を掛けて吸ってオレは試験会場に向かった。

何故タバコを吸っていたかというと、顔がまだ赤かったからだ。

んなこと誰にも知られたくない。ヒナタにも。

扉を開けると、そこはどよめきしかなかった。

「私はずっと変わりたかった!」

ヒナタの声が会場中に響いた。

その顔はさっきまでのとは違う必死さだけが出ている。

相手は……日向ネジ!

ネジとヒナタが戦っている? 偶然にしては出来すぎてないか。誰かが面白半分でぶつけたのなら、ぶっ殺してやる!

戦わせてはいけないんだ。この二人だけは。

それは、オレはどっちを応援すればいい。

オレが対等でありたいと願っていたネジか、オレが守っていたいと願ったヒナタか。

「遅すぎるぜ…ナルト」

後ろから名を呼ばれ反射的に振り返ってしまった。

そこにはボロボロの状態のシカマルがいた。

「負けたのか、お前まで」

ありえない。シカマルが負ける? 信じられなかった。シカマルの一言を聞くまでは。

「音の奴等は下忍って実力じゃねぇ……オレでも底が見えてこねぇ」

シカマルは音の四人衆の一人と戦っていたのか。よくそれで無事に帰ってきたと思う。

面白半分で殺されなかっただけシカマルの実力が分かる。

「シノも音の一人に負けた…同じ虫使いでシノがだぜ? ありえねぇよ」

あの底が見えないシノが負けた。まったく、どんな中忍試験だ、おい。

「アイツ等笑っていやがった……次は負けねぇ」

そう言ってシカマルはそれっきり黙ってしまった。

音の奴等は馬鹿ばかりだ。あのシカマルを本気にさせやがった。そして木の葉を馬鹿にした。

それがどれだけのことかをまったく分かっちゃいない。

オレがそういきり立っている時、またヒナタの声が会場に響いた。

「私は変わる! 私が思い描いてきた私に!!」

ヒナタが動いた。それは今までとは違う力強い踏み込み、オレとの試合とは格段に違って見えるヒナタ。

今日のこの時の為にアレからどれだけの修行をしてきたのかが想像出来ないほどの変わりよう、ヒナタは強くなった。

それでもネジには届かない。

「ヒナタ様、貴方は水面に移った月を見ているだけだ」

ヒナタの猛攻を紙一重で避けながらネジは余裕を持って言う。

どれだけ強くなった? あれがネジの実力なのか。あれほど強くなったヒナタでも足元に至っていない。

「『落ちこぼれ』は所詮『落ちこぼれ』なんですよ」

力が入りすぎて前のめりになったヒナタにネジの稲妻のような手刀が入った。

それだけでヒナタは血を吐いて苦しんでいる。それでも心は折れず立ち続ける。

それを見ているネジは氷のように冷たい。まるで物を見ているかのように冷たい。まるで氷だ。

「まだ続けますか、ヒナタ様」

「ナルト君が言いました…私がどれだけ頑張ろうが貴方には届かないと」

あの時オレが言ったことだ。そんなことを気にしていたのか。ヒナタは。

止めてくれ、もう戦わないでくれ。オレは猛烈に後悔した。ヒナタに出会ったことも、ヒナタを知ったことも。

止めてくれ。もう、止めてくれ。

「それが私を変えた! もう、弱かった私は要らない、私は強くなりたかった!」

ヒナタの目の中で燃え尽きそうだった炎がまた灯った。それは今までのどれよりも美しく激しく猛々しく。

ネジも分かっているだろう。今のヒナタは前とは違うということが。

「ナルト君の中には何時だってネジ兄さんがいた……そこは私が場所です!」







「ほらナルト! アンタも何かいいなさいよ! ヒナタがあんなに頑張ってるのよ!」

そう言ってサクラがオレの背中を力強くたたいた。

サクラの手から何かが伝わったかのように熱い何かが込みあがってくる。

なにを悩んでいたんだ。オレは。

やっぱりオレは馬鹿だ。

カカシ、お前に言ったよな。

「ヒナタ!! 負けんじゃねぇぞ!!」

馬鹿にはこれくらいがちょうどいい。







ヒナタが笑った。それで十分だ。

あとは笑って見ていよう。ヒナタが帰ってくるまでを。







バンッ! とチャクラが破裂しあう。弾けぶつかり合う。

ヒナタとネジの優雅で美しい舞が目の前で繰り広げられている。柔拳使い同士の戦いとはここまで美しいのかと彷彿させる。

同量のチャクラがぶつかって弾ける。それの連続。チャクラがぶつかる度に会場の空気が震える。

いったい一手一手にどれほどのチャクラを込めているんだ。多分一撃一撃が必殺だ。ガードなしで受けた瞬間に内臓が死ぬ。

その舞の早さも徐々に上がっていく。限界というのを知らないのか、それは下忍同士の戦いを超えても止まらない。

何人の受験者が今の二人の攻防を目で追えているのだろうか、おそらくそう多くいない。

先端にチャクラを込めた渾身の蹴りでも上半身は柔拳で守られていて隙は無い、そしてそれを避ける方にも同じこと。

槍のような突きを腕を肩のバネで逸らして更に接近してカウンターを入れる。身体が触れてしまいそうな近距離だというのに動きが止まることはない。

柔拳使いにとっては身体の全てが武器となる。究極の体術とは柔拳なのだと改めて教えられる。

そしてそれの使い手同士の戦いとは即ち最高の戦いへと昇華する。

弾けるチャクラで視界がチカチカとしてくる。

オレは見誤っていた。ヒナタは一体どれくらい強い? どれくらいにまで強くなった? 分からない。

「今ヒナタがどうやって攻撃したか分かったか?」

うちはに訪ねた。

「フェイントが三回、そして蹴りを二発だな。柔拳は三発ともネジに止められた」

「蹴りも全部フェイントだ雑魚。最後の柔拳も最初の二発がフェイント」

写輪眼を使っているうちはでもフェイントに見えないヒナタの猛攻、そしてそれを確実に防いでいるネジ。

刹那の間での攻防をしている二人が下忍というのだろうか。試験官や上で見ている上忍達も下忍の戦いだというのに真剣に見ているじゃないか。

この二人のうち一人を落として他の馬の骨を中忍にしようとでも思っているのか。

高速の戦いが続いている。これだけの戦いで未だにペースが上がり続けている。

ヒナタがネジの蹴りを寸前で跳んで避けた。ネジの蹴りが身体の寸前を通り過ぎ次第に懐に飛び込み心臓に向かって左腕を突き出した瞬間、ネジの体中からチャクラが迸りネジの体が高速回転した。

あれをオレは知っている。

「分家のネジが何故回天を知っている?」

双子の兄が宗家の当主であったヒザシだから知っていた回天を何故ネジが知っていて体得している。

ヒアシの身代わりに殺される前に伝授されていたのか、在り得ないな。

ならば独学か、それこそ在り得ない。

木の葉で何代も掛けて培われてきた宗家の奥義を独学でたった一代で作り上げるなんて天才だろうが不可能だ。

並じゃないのか、ネジの才能は。

「見事です…俺にこれを使わせるなんて以前の貴方なら在り得ないことでした」

吹き飛ばされて何が起きたかも分かっていないヒナタはやっと止まった高速の攻防に疲れをありありと見せている。それなのに関わらずネジに疲れは見えていない。

あの攻防で疲れを見せていないネジに気付いた誰もが驚きの表情をあげる。

オレだってそうだ。アレだけのペースで戦っておきながらスタミナが尽きていないなんてどうかしている。

「ガハッ!!」

壁に叩き付けられていたヒナタが突然吐血した。

互角じゃなかったのか!? あれだけの速度で戦いながらネジはヒナタに攻撃をしていたというのか。

吐血しているヒナタをネジは大したことの無いように見る。

「殺すつもりで攻撃していたというのにほとんどが防がれてしまった」

殺すつもりだったというのか、アイツは。

「もういい! ヒナタ、十分にお前は戦った!」

もう戦わないでくれ、ヒナタぁ。

もう沢山だよ、お前が痛い目にあうのは。もう御免だ。

「まだ私は……負けてない!」

ああ、負けてないさ。だけど勝てないんだよ。

オレがネジをここまで強くしちまったんだ。

「夢は醒める為にあるんですよ」

あの構えは八卦六十四掌、ヒナタを殺す気か。

「私は負けない!」

だけど殺させないよ。

それと、ヒナタは負けてなんかないさ。





「何をしている、ナルト」

「馬ァ鹿…見てわかんねぇのか」

守ってんだよ、ヒナタをよ。

今のネジの八卦六十四掌で作っていた影分身も全て消され残った半分以上の攻撃を全て受けてしまった。

さすがに痛すぎる、だが後悔なんてしていない。

突然入れ替わったおかげか、点穴だけは守れたが内臓はボロボロだ。込みあがってくる吐き気を我慢する。ここで吐いちまったらヒナタの顔中がオレのゲロになっちまう。

そりゃねぇだろうと思っちまってつい笑っちまった。

「なにがおかしい」

ネジは明らかに苛立っている。

あたりまえか、オレのせいだ。

「何でもねぇよ、少しくらい手加減しろよ。ヒナタが死んじまったらテメェを殺すぜ」

腕を切って足を折って内臓を全て引き摺り落として代わりに爆薬を腹に突っ込んでぶっ殺してやる。

「ナルト…君?」

何が起きたかも分かっていないヒナタがオレを呼ぶ。

ちっちぇえ身体でよくネジを戦えたもんだ。あのネジと戦えただけで表彰もんだ。

ヒナタの小さな頭を撫でる。

「まぁ…ごめんな、試合止めちまったよ」

なんて言えばいいのかわかんねぇ。

やっぱりオレって馬鹿だ。

いつもヒナタを泣かせちまう。

「ヒナタ選手は反則により負けでいいですね?」

「オレも失格でいいぜ」

ヒナタを負けさせといてオレが残るってのはおかしいんじゃないか。どこまでも一緒にいてやりてぇのよ。

「ナルト選手の失格は無理ですね」

「あっそ」

無理ならいいよ。代わりにネジをやっつけてしまおう。

うん、それがいい。ヒナタにオレが強いってことを教えてあげよう。

誰よりも強いってことをだ。

「ネジ、本戦で血祭りに上げてやるよ」

本当に血祭りにしてやる。

オレはヒナタを背負って医務室へ向かった。







「誰だ、木の葉の忍びは雑魚ばかりだっていったカスは」

あのカブトの助手がヒナタという選手を庇ったのを見て多由也が苛立ちながらそう言った。

「多由也が言ったんじゃないか」

「うるせぇクソデブ! くせぇんだよ!」

もう慣れたさ。

「隠しキャラ並に強いぜよ」

楽しそうに鬼童丸が言っている。

鬼童丸も多由也も最後にいつカブト先生の助手が庇いに入ったが見えなかったから苛付いてるのだろう。

確かに、恐ろしい速さだった。一次試験の時の動きも速かったが今のは今までで一番速かった。

呪印を発動させずにあそこまで動けるのなら発動させたらどうなるか、それを多由也は想像したのだろう。

同世代であそこまで圧倒的に差を感じさせたのは君麻呂だけだっただが、だからこそ多由也はキレているんだろう。

木の葉といえば鬼童丸がシノという奴と戦う前に言っていたな、

「同じ属性を感じる」と。

属性ってなんだ?











[713] Re[31]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 14:54






自分の怪我などよりも二人の戦いの方が脳裏に焼きついている。

消えたかのように見える程のスピードの二人の攻防、舞のような回避に続くカウンター。

明らかに下忍という枠から外れたレベルの戦いだった。

上忍でさえ予想の出来ない部分もあっただろう。何故なら上忍が知っているのは落ちこぼれた宗家の長女というヒナタでしかないのだから。

「随分と強くなったなぁ…ヒナタ」

「がんばったもん…」

医務室のベッドの上のヒナタがさっきまであんな激しい戦いをしていたとは誰も思わないだろう。

「ご褒美に試験が終わったらヒナタの願い事を一つ叶えてやるよ…」

今だけは夢を見させてやりたい。

「本当…に?」

「ああ、約束だ」

その頃にはオレなんかいないのだから。







狂った歯車の上で







いのとサクラは引き分けで終わったらしい。

試合後に度々結果を教えに来てくれるキバは元気だった。おそらくそう見せているのだろう。棄権敗退などをした自分が嫌で嫌で仕方ないのかもしれない。

ヒナタが寝てしまってからは自分の身体を治す作業しかやる事がなくなってしまい時間が余ってしまった。

変な修行をし続けてきたせいか、もしくは先生がちょくちょくオレの身体を弄っているせいか治療は思った以上に速く終わってしまった。医務室の外でタバコを吸っているとまたキバがやってきた。

しかしオレから少し距離を保ったまま止まってしまった。

「ん、どうかしたのか」

「タバコを消してくれよ、赤丸がその匂いが嫌いなんだ」

そうか、と返事を返してまだ半分まで残っていたタバコを踏み消す。それでも匂いがまだ残っているからオレがキバのほうへ近づく。

「んで、どうかしたのか」

キバの顔色はあまり良くない。

つまり、

「また木の葉の誰かが負けたのか」

「ああ、チョウジがやられたよ……音の奴に」

残った音の忍びといえば第一試験でオレの腕を止めた奴か。

恐ろしい力の持ち主だったからチョウジの力技だけでは勝つのは難しいか。

「今戦っているのも木の葉の奴で……テンテンだったか」

テンテン、か。彼女なら大丈夫だろう。彼女の飛び道具を潜り抜けて攻撃が出来る奴なんかそうはいないだろう。

ならもう少しここにいれそうだ、と思っていたらキバが深刻な顔をしてこういった。

「だけどそいつもやばそうだ……砂隠れも半端じゃない」

その言葉と共に駆け出した。

砂隠れは木の葉崩しの協力相手じゃないか。ならば普通の下忍なんて連れてくる筈が無い。

オレは急いで再び会場の扉を開いた。





「テンテンの飛ぶ道具を全て防いだだと…」

会場には夥しい数の武器が転がっている、しかし相手であるテマリの周りは掃除でもしたかのように綺麗なままである。

「つまらないな……ホントに……」

そういっているテマリが持っている巨大な扇の上にはテンテンがぶら下がっている。

リーやネジまでも驚いている。テンテンが口寄せで取り出せる武器の量を知っているのだろう、それを全て防がれたのなら驚くのが当たり前だ。

「第9回戦―――勝者、テマリ!!」

その審判の言葉にテマリは口元を歪ませて笑った。

「やばいッ!」

想像していた通り、テマリは扇に乗せていたテンテンを床に散らばる武器の上に放り投げた。

追いつけない、そう諦めかけたときオレよりも速く動いていた人がいた。

「リー!」

テンテンの体が刃物だらけの地面に叩き付けられそうになるところをリーが寸前で受け止めた。

「ナイスキャッチ」

挑発的な笑みを浮かべるテマリにオレは呪印から伝わってくる怒りに身を任せた。

「それが最後の言葉でいいんだな?」

相手からは見えないだろうがしっかりとオレの風の刃がテマリの首筋に定まっている。少しでも動かしたら切れそうな近さで。

「お前がな…」

テマリがそう笑った瞬間、背後から砂の波がオレに覆い被さろうと襲ってくる。

それでも遅すぎて欠伸が出る。

一気に風を旋廻させて砂を吹き飛ばす。

「オレがなんだって? おい」

呪印がオレに力をくれる。身を任せるだけでこれだけの力をくれる。

オレの背後からかなりの殺気を込めて睨みつけてくる我愛羅に嘲笑してオレは呪印を元に戻して風の刃も旋廻も消す。

万歳の状態で、

「暴走なんてしねぇよ、カス共」

馬鹿みたいで面白い。今にも飛び掛ろうとしていた上忍達が殺気を込めてオレを睨んでくる。

その中でカカシだけがいなかったのをみて満足だ。

「さっさといなくなれよ、邪魔だからよ」

「……ちっ」

テマリは舌打ちをして目の前から消えた。別に今殺さなくても木の葉崩しの後で情報処理の為に殺すんだから今出なくてもいい。

後でオレが直々に殺しにいくさ。

テマリが消えたというのに一人だけ消えていなかった者がいた。

「なんか用かい?」

後ろを振り返ると我愛羅がいた。

「俺と戦え…」

どうやら頭が少し弱いようだ。可哀想に。

先天的なものだったら治せないな、本当に可哀想だ。

「頭は大丈夫か?」

「うるさい…さっきは戦えなかったんだ」

会話も出来ないなんて、基本教養すら学んでこなかったのか。

本当に哀れに見えてきた。

「さっさと消えろよ、人柱力。化け物に影響されやがって……弱いな、人間」

今さっきわかった。こいつは人柱力だ。背負っている瓢箪からオレの腹の中のと同じようなチャクラを感じる。比べるほどに無いほどの弱さだが。

「我愛羅…今は下がるんだ」

アイツ等の担当上忍がやってきて我愛羅を連れて行かせようとするが「血を見せろ」等と頭のおかしいことを言って無理矢理上に連れて行かれた。

最後まで可哀想な奴だ。

頭の中の螺旋でも一個取れてるんじゃないか。どちらにしても見ていて哀れに思えてくる。

「それよりもナルト! アンタが最後なのよ、木の葉の意地見せなさい!」

上からサクラの声が聞こえてくる。サクラだけじゃない、シカマルやシノまでが立ち上がってきている。

『ウズマキナルト VS ロック・リー』

電光掲示板にはそう書かれていた。やっぱりどっかの馬鹿野郎が操作してんじゃねぇかと思えてくるくらいの組み合わせだ。

「リー、胸を張って行ってこい!」

「はいガイ先生!!」

上で二人は抱きしめあっていた。室温が三度ほど上昇したように感じる。

他の受験者も変な物を見ているかのような目で見ている。オレもそうかもしれない。

青春を味わい終わったリーが会場の中央にやってくる。

「お待たせしましたナルト君!」

そう言って頭を下げるリーに悪いことなんていえる訳が無い。あっちには悪意なんて在りもしないんだから。

「いいよ…諦めてるから」

「は?」

分かってない顔で困惑の表情のリーにオレまでつられそうになる。嫌味が通じないとは。





「それでは、第9回戦…始めて下さい」

審判の声が上がった。ここからは思考を切り替えなければならない。

殺すつもりでいかなければオレが殺される。

「リーとはずっと闘いと思っていた」

これは本心だ。オレを肯定してくれたリー。本当にすまないと思っているがオレは音へ行くだろう。

それでもリーには感謝している。

リーがオレを肯定してくれなければオレは快楽の赴くままに呪印に踊らされていたかもしれない。

「僕も…そう思っていましたよ」

リーが構える。そこに隙はなく、油断も存在しない。一朝一夕で身に付けられる構えじゃない。

そこからは厳しかっただろう修行の陰が見え隠れする。

オレも構える。それはネジ対策に考えた体術接近戦用の構え。常に線でいられるように半身の状態から何時でも攻撃に移れるようにした構え。

重りは取らないようだ。

ならば取らせて見せよう。

「いくぞ」

「はい」

長い間思い描いていた戦いがついに始まった。





右利きの相手には左利きの構えを取れば死角が埋まる、それを生かしつつオレは左足の裏に溜めていたチャクラで地面を弾いてその勢いのままリーへ向かっていった。

チャクラコントロールの性質を活かした歩法、込められたチャクラは大きければ大きいほど強く激しく弾き飛ばす。

初歩から最高速でリーへ向かう。大きく走ったり細かく走ることで間合いを撹乱しつつ足首狙いの底の低い蹴りを繰り出す。

それを軽いジャンプで避けたリーに蹴りの体重移動を止めることなく左足の上昇蹴りをいれる。しかしそれはリーのガードで防がれる。

しかし少し跳んだリーとは距離が開くが今度はリーからの攻めに変わる。

先を読め、感じろ、リーの目を見れば分かってくる。

残り三歩、上段蹴り。

「はッ!!」

風圧だけで冷や汗が出てくる。あの重りを入れた足で蹴られれば顔が拉げる。

呼吸を正すまもなく正拳突きが右肩と丹田。

「せいッ!!」

正しく稲妻のようなリーの拳が奔る。

それを肩の先で逸らし丹田への拳は身を捻りいなす。

「クッ…ッ!」

いなしただけでズシリと思う感触が腹に走る。リーの攻撃は避けなければならない。いなすだけでは駄目だ。

膝の裏を砕こうとするローキックに対してその膝に手を置きそれを支点に縦への浴びせ踵落とし。

それを腕でガードされる。腕に仕込まれた重りのお陰でダメージはあまり無いと見た。

手裏剣を四枚投げる。テンテンのフォームから投げ出された手裏剣は想像した通りにリーへ向かっていく。

しかし影舞葉で紙一重の感覚で避け続けられる。もとより手裏剣に期待などしていない。期待していたのは、

「はッ!!」

無理な状態から繰り出される攻撃からの一瞬の隙だ。

「舐めるなッ!」

クロスカウンター気味に身体を一回転しそうになるまで捻られたオレの蹴りがリーの顔面に決まる。

本来ならば吹き飛んだのだろうが重りのせいで倒れるまでが限界だった。重すぎて吹き飛びもしない。

「オレを舐めてるのか? 重りくらい取れ、馬鹿にしているとしか思えない」

そんなに重い重りをつけている状態戦っているオレはなんだってんだ。舐められているとしか思えない。

オレは全力のリーと戦いたい。それだけなんだ。







ナルトがテンテンという子を守りに行ったときは驚いたが性質変化を自由自在に駆使しているところにも驚いた。

そして呪印を見事なまでにコントロールしている。危なっかしくて見ていてハラハラしたが大したことにならずに良かった。

ナルトが砂隠れの我愛羅の攻撃を形状変化の応用で防いだところにも人柱力なんている古臭い言葉を知っていたことにも驚かされた。

ナルトは知っているのだろう、自分が同じ人柱力だということを。

全てを受け入れているからナルトは強くなったのだろう。そうでなければああはなりはしない。

だからこそナルトにとって努力という言葉は特別な意味を成しているのだろう。

そして今ナルトはガイの部下であるリーと戦っている。

ヒナタとネジの時の美しい舞のような戦いと引けを取らない程のレベルの高さだ。

あの二人と同等の接近戦の戦い、あの二人とは違う直線的な攻防は見ているものを興奮させる。

「はッ!!」

全てを断ち割るかのような上段蹴りを紙一重で面前で避ける度胸は賞賛に当たった。

「せいッ!!」

迷いのないリーの正拳突きを同じく迷いなく更に一歩攻め込んで距離を離そうとしないナルトの行動は一見無謀に見えるがそれ以上に勇敢さを露にしている。

どんな体勢からでも最高速度で攻撃の出来るリーの中段蹴りを防ぐのに相手の膝に手を載せそれを軸に回転蹴りを叩き込んだナルトの柔軟性のなる体技もすばらしいの一言だ。

ヒナタとネジの戦いほど派手さは無いが技術面で言えばその戦いを遥かに超えたレベルの高い試合だ。

「どうだ、サスケ。これがナルトの戦いだ」

サスケは目を閉じることを忘れているかのように試合に見入っている。

「ああ、すげぇ…今の俺じゃ最初の上段蹴りで終わっている」

サクラも同じように見入っている。その二人だけじゃない、その他の多くの受験生も見入っているほどだ。

体術を専攻している者もいるだろう。忍術や幻術を専攻している者もいるだろう。だが、この戦いは誰もを魅了させるほどの戦いだ。

技量でリーの高速の攻撃を避け続けるナルトと一体どれだけの修行をすればあんな体勢であそこまで力強い踏み込みや攻撃が出来るのか分からない程のリー。

これが予選だなんて勿体無さ過ぎる。公の場で見せたならばすぐに二人を褒め称えるだろう。たとえ九尾だと恐れられているナルトでも。

これが九尾の影響だなんて誰も思わない。全ては厳しい修練に裏づけされた体技が成せる舞なのだから。

「ナルトが勝負に出るぞ」

目つきが変わった。なにかを仕掛ける。

「カカシ、ナルトが手裏剣を使うところ見たことがあるか?」

サスケが困惑の眼差しで試合を見ながらそう言った。

「いや、無いな」

ナルトの手裏剣術は既に完成しているように見えた。投げた後に行動に移る際のあの顔は思っていた通りにいくと分かっている証拠、ナルトが手裏剣を使わなかったのは使えなかったからではなかったということだ。

「綺麗な姿勢だな、まるで教科書だよ」

テンテンという選手が前の試合で戦っていたがあの子も上手かった。完成された手裏剣術とはあの子のことを言うのかと思えるほどに上手だった。結果試合には負けたがアレは相性によるものだろう。

しかし、今のナルトの手裏剣術はあの子とどこか似ている。いや、むしろトレースを掛けたように同じように見える。

綺麗過ぎる、子供が覚えるのにしては稚拙さが見当たらない。何代もの歴史が積み重ねた技巧を子供が扱っているような感じだ。

ナルトの投げた手裏剣が微妙な回転によって曲がり全てがリー目掛けて殺到するがリーもそういう相手用の防御方法がある。

ガイの部下が影舞葉を使えない筈が無い。

リーは落ちていく木の葉のように身体を揺らせするりするいと手裏剣を避けていき間合いにナルトが入り次第渾身の右拳を突き出した。

無理な体勢だったとしてもリーの技量ならば隙は見当たらなかった筈、それなのに、

「舐めるなッ!」

身体を捻り避けつつ捻られた身体を解放しその反動から渾身の蹴りをリー君の顔に叩きつけた。

吹き飛んだだろう、そう思っていたのだがリー君は踏ん張ったかのように倒れただけだった。それに疑問を抱いたがそれはナルトが解決してくれた。

「オレを舐めてるのか? 重りくらい取れ、馬鹿にしているとしか思えない」

そうか、リーは重りをつけてナルトと戦っていたということ。

それであの戦いをしていたリー君がどれ程の修行をしていたのか更に分からなくなる。

あの熱血馬鹿のガイのことだ。かなりのスパルタだったのだろう。タイヤ付きロープを身体に巻いてランニングとか懸垂何百回とか。

ええい、考えるだけで暑苦しい。

「リー!! 外せ!!」

会場中にあの馬鹿の声が響き渡った。ただでさえ響きやすい会場だというのに無駄にでかい。

「で、でもガイ先生! それは、大切な人を『複数名』守る場合じゃなければダメだって…!!」

んな決まりまで作っていたのか、アイツ。

「ナルト君に胸を張りたいんだろう? ならば全力でぶつかってあげろ!! それこそ青春ッ!!」

ワッハッハと大口でガイは笑いながらガイのお馴染みのポーズを取る。

俺には良く分からないがリーには尊い人なのだろう。アレでも。

常に外したいと思っていたのだろう、脛当てから暑苦しく『根性』と書かれた何十枚もの鉄板が繋がった重りを外すリーは嬉しそうだ。その重りの真意を知っているのはガイとリーのみである。

俺にも一体どれほどの重さがあるのか見当もつかない。

重りを外しているリーを見ているナルトは楽しそうな顔をして笑っている。

もしかしたら知っていたのかもしれない。リーが重りをつけていることを。だから嬉しいのだろう。彼が本気になって向かってくるのが。

「よーしィ!! これで、もっと楽に動けるぞー!!」

リーの物言いに周りの者は少し呆れる。重りを外しただけでどうなるんだ、と。

リーは立ち上がると、手に持った重りを下に落とした。

落ちていったリーの重りは固い造りの筈の床をぶち抜いていった。

落ちた重りは破砕音をたて、試合会場に大穴を穿った。たかが重り、そう思っていたらあんなに重かった、という嘘みたいな状況に、誰もが唖然といていた。

「馬鹿だろ、アイツ!!」

「やり過ぎでしょ…ガイ」

サスケがなにやら叫んでいる。そりゃそうだ。あんなのをつけたままの状態で一度負けているのだから。

それにしてもこりゃスパルタ過ぎないか? なぁ、ガイ。

ガイは笑みを浮かべつつリーを見ている。アイツはリーを部下にしてから少し変わったと思う。

昔はあそこまでスパルタじゃなかったのに。

そうこう皆が騒いでいる時、サスケがナルトを指差してこう言った。

「お、おい…ナルトのチャクラを見てみろ」

そう言われナルトの方を見ると写輪眼越しに恐ろしいモノを見た。

心臓付近から噴出すチャクラが体中に浸透していく様を、それはまるで水を取り込むスポンジのように。

ナルトはチャクラを身体に浸透させて強化している様は恐ろしかった。

あれこそ下忍の成せる技じゃない。医療を特化し身体のつくりを熟知しなければあそこまで全体にチャクラは行き届かない。

まさに今のナルトの身体は充実しきっている。

あれほどの見事なチャクラでの身体の強化は綱手様以来かもしれない。あの人は別格であるがあの人以外にあそこまで使いこなせる人は見たことが無い。





ナルトがチャクラを流し終えた時またガイの声が会場中に響き渡った。

「行けー! リー!!」

「オッス!!」

するとリーが消えた。

本当に消えたかのように見えた。急な出来事であったために見失ったがそれでも下忍程度の速さならば見失う筈が無い。

つまり、リー君の速度は既に下忍から掛け離れている。

「お、おい! ナルトまでいねぇぞ!」

キバの言葉を聞いて皆が消えたリーからナルトへ目がいったがキバの言うとおり既にそこにはいなかった。

風を切る音だけが聞こえる。

二人が動いているんだと分かっているが一度見失ったら中々見つかるような速度じゃない。

「どこにいるんだよ!」

サスケがそう叫んだ時、会場中で爆発音のような音が聞こえた。

バンッ! という人間同士がぶつかるには在り得ない大きさのぶつかり合う音、二人がぶつかった音だ。

それから至る所でその音が響き続けた。

微かに見えた。メスを片手に肉食の獣のような顔つきで飛び交うナルトと同じように獰猛な笑みを浮かべて空気を切り裂くような蹴りを繰り出すリーが。

「見つけたぞ」

「なんだと!? 今どこにいる!」

サスケはまだ見つけていないようだ。きっとこの戦いを見ていられるのは写輪眼を持っている俺とサスケか白眼を持っているネジ、そしてこの肉体を授けたガイくらいなものだろう。そして大体の上忍が見ているはずだ。下忍には視覚にさえ捕らえさせない速さで戦っている二人を。

ドォンッ! と今までに無いほどの大きな音を立てて二人が姿を現した。

それは互いに反対の壁にぶつかり減り込んでいるというところだった。壁は粉々に砕けている。皆がやっと見つけた二人に戦慄を覚える。

あんなのと戦うのか、その辺りだろう。

ガラッ、と二人は身体に乗っかっている瓦礫を払いのけ地面に降り立った瞬間姿を消した。

初速が速すぎる、それが二人の速さの本当の理由だったのだ。最初から最高速で走れる二人だから一瞬で姿を消したかのような動きが取れる。

リーは鍛え上げられた肉体が成せる技でナルトは自身の極めたチャクラコントロールの応用が成した技だ。

二人とも一度たりとも忍術を使っていないがそこら辺の中忍よりも強いぞ、これは。

そして、また二人が動いた先で二人はさっきよりも力強く、猛々しくぶつかりあった。

リーは地面を叩き割る程の踏み込みと同時に特殊な瞳で無い限り誰一人眼に移させないような右脚の一蹴を放っていた。ナルトはそれを左腕で受け止めるつつ握り締めていたメスをリーの右肩に突き刺した。

再び互いの攻撃で吹き飛ばされた二人の状態は酷い状態であった。

ナルトが高速移動するリーを的確にメスで切り刻んでいったのだろう。リーの体中には浅い傷が沢山あり緑色をしていたスーツも今ではところどころが赤くなっている。

そしてナルトが最後にメスを刺した肩はもうこの試合では使い物にならないだろう。見事に関節と関節の間に刺さっている。白眼無しで如何にすればあの攻防の中で針の穴を通すかのような攻撃が出来るんだ。

そしてナルトもリーの攻撃を完全に避け切れていなかったようだ。所々に痣や赤く腫れた部分がある。リーやガイが好んでいる体術はネジやヒナタの柔拳とは間逆の体術だ。内部よりも外部、内臓よりも骨を砕くかのような直線的な体術。

そしてリーがナルトと同様に蹴りをいれた左腕は紫に腫れ上がっている。良ければ内出血、悪かったら骨が折れているかもしれない。

上から見ていた受験者が歓声のような声をあげる。

「すげぇ! さすがナルトだ!」

「ホントよ! 気張っていけナルト!」

といった今期のルーキー達の声が目立つが中には変なのがあったりした。

「お互いにAGIが特出しているぜよ…その分STRが不足していると見た!」

「うるせぇよクソゲス野郎!」

「多由也…女の子がそんな汚い言葉を使うな」

「うるせぇクソデブ!」

歓声の中でデブと呼ばれた少年の『もう慣れたさ』という言葉が哀愁を感じさせた。

というかなんなんだアイツ等。







重いな……。

疲れたからだが血の染みた白衣を重く感じさせる。

しかし、脱ぎ捨てる訳にはいかない。これが初めて先生がオレにくれたモノだがら。

それだけはしたくない。

体中に出来ている打撲、リーの拳はまるでバットで殴られているような衝撃だった。

重すぎる。こんなの何発も喰らっていられない。

一気に畳み掛けなければならない!





「なんで二人とも体術しか使ってないの!?」

それに気付いたサクラがオレに、そしていつの間にか近くにいたガイに尋ねた。

「ナルトの場合は使いたくても使えないのかもしれない」

「えっ?」

「相手がリー君だ。印を組んでいる時間も余裕もありはしない。お互いに接近戦が得意みたいだからな」

アレだけの速さの中でリーの動きを把握しつつ印を組むなど相当の集中力や経験がなければ出来る筈が無い。俺の見た感じだとナルトにはそんな経験は無いはずだ。

「リーは忍術を使わないんじゃない」

そして俺の説明を聞いていたガイはやっと口を開いた。

「使えないんだ」

それはどれほど忍びとして生きる者にとって辛い事実だろうか。

だが、ガイはそれ程苦痛に感じないような自信のあるしっかりとした口調で話し続けた。

「リーには殆ど『忍術・幻術』の技術がない」

「そ、それならどうやってここまでやってきたっていうの!?」

もし忍術も幻術も使えないなんて言われたらどう思う。それは絶望だけだ。

サクラは一瞬でもリーではなく自分だったらということを想像してしまったのだろう。

サスケも同じみたいだ。顔色が悪い。

「だからこそ、リーはここまで強くなれたんだ」

それに自信を持ってどこが悪い、とガイは揺るぎ無い自信と共にそう言った。





体が重く感じる。

ネジ対策にスピードだけを鍛えてきたっていうのにナルト君はそれと同等の速さを持っていた。

「(やっぱり…強い!)」

舐めていたわけではない。それでも重りも見破られ全力を出しても勝ち越せたわけではない。この速さは才能云々ではないことをガイ先生が言っていた。

努力し続けた者だけが手に入れられる、そう言っていた。

今のナルト君を見てみろ。僕に全力で来いと言って本気で戦ってくれている。

ぶつかり合う度に感じた気迫、それこそ才能だけじゃ説明できない。

今、僕は憧れていたナルト君と対等に戦っている。

その充実感をガイ先生に伝えたい。







風を旋廻させろ、全てを巻き上げろ、オレの周りで吹き荒れろ。

強化にしか使っていなかった分、まだ余力のあるチャクラで風の結界を作り出す。

範囲を設定する。それくらいならば形態変化を学んだオレにならば簡単の筈。

範囲は、会場の全てだ!

吹き荒れる風に受験者達のどよめきを感じる。その中で不敵に笑っているオレと一直線にオレを見てくるリーがいた。

「対等でいたかった…お前とな」

だがそれは叶えられた。

「僕もですよ」

だから後は全力を掛けるだけだ。

出し惜しみはしない。リーと対等であるための力だったら全てを出し尽くそう。

体中からチャクラのメスが飛び出す。今のオレは全てが刃、触れるものは掻っ切る。

「ありがとう」

その一言でオレはリーに特攻した。

白眼は使わない、あれは『オレ』の力じゃない。オレはオレの力でリーと戦いたい。そして凌駕してみせる。

そしてリーの体の中で起きたチャクラの動きも。

「これはーーー八門遁甲!?」

まさかリーも出来たのか!?













[713] Re[32]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 14:56








オレがリーを初めて見た時はまだリーの第一印象は『おちこぼれ』だった。

噂に違わず本当に落ちこぼれだった、術を使えない、ならば今期オレが担当する班に入れるわけが無い、そう思っていた。

しかしリーは特別試験を通して合格をしてきた。それは生半可な努力では出来ないと知っている分驚きは大きかった。

プライベートなどには干渉する趣味など無いが覗いて見るとリーの生活は自分への虐めとも言えるほどの修行であった。

限界という言葉を知らないかのように体力が無くなろうとも縄跳びや腕立てなどをする姿は尊くも思えた。

何回跳ぶのであろう、そう思いながら既に千を超える回数リーが縄跳びを跳んでいる事に気付く。千百回を越えた辺りで躓いた。無意識のうちに走り寄りそうになったのを堪える。

『う……く…うう……』

聞こえてしまった。リーの嗚咽を、それからは足を止める作業が億劫に感じいつの間にか姿を現していた。

『リーよ……もう休憩か?』

リーは泣いていた。目標に辿り着けなかったから悔しいのだろう。そう、オレは感じた。

『…何の用ですか…ガイ先生…この前の任務での失態なら、もう詫びた筈です!』

服の埃を払い次に決めていた丸太蹴りを実行する。しかし先ほどの覇気をまったく感じられない。

見ていて痛ましくなってくる、まるで昔の自分を見ているようで。

『確かにお前はネジとは違う…忍術や幻術の天才でもなければ体術の天才でもない……』

ビクンッ、とリーの肩が一瞬震えた。蹴りの芯がどんどん下降していく。そしてついに止まった。

『……だがな、凡人が天才に勝てないという道理はどこにもない。確かに生半可な努力では達成できないだろう…』

なんて自分勝手な話だろう、自分のことでないから理想論を語れるのかも知れない。もしかしたらリーには本当に才能は無く商才があるかもしれないというのに。

オレは最後の言葉を紡ぐ。それは言ってはいけない言葉、それは同情と取られるかも知れない、そう分かっていながらも言わなくてはいけないと思うから言うのだ。
 
『…けどな、リー。お前もネジを越える力を……その可能性を秘めている天才なんだぞ…』

リーの揺れていた腕が止まった。

『気休めなら……気休めならやめてください!』

自分が天才? なにを言っているんだ、散々アカデミーでも裏では教師が辞めさせようとしていたことを知っている。そんな自分が天才? なら同じ天才であるネジにも勝てる見込みが無いのに。この人は冗談でいっているのか? そう伝えてくるリーの瞳が痛々しい。

『気休めでも何でもないぞ……何故ならお前は………努力の天才だ』

だから言ってはいけなかった。それでも止まれない。オレは最後の言葉をリーに伝えた。

その瞬間だった。

少しずつ熱くなっていたリーがピタリと動きを止めた。

《努力》それは今までずっと信じてきた自分の心の支え。

丸太を握っている腕が震えてくる。

『…果たして…それは本当でしょうか?』

リーがやっとの事で口に出せたのは自分を否定する言葉だった。

最初の自己紹介の時から弱音を一度も吐かなかったリーがこんなにも追い込まれている事に気付いていたがどうすることも出来なかった自分が恨めしい。

『…僕は…そう信じてやってきました…ネジより、2倍も3倍も修行すれば…きっと強くなれる。そう信じてやってきました。だけど、本当の天才には敵わないんじゃないかって…最近思い始めました』

リーの腕の震えが止まらない、気が付けば手の皮が切れて血が流れていた。知らない内に手に力が入っていたようだ。

《たとえ忍術や幻術が使えなくても……立派な忍者になれる事を証明したいです! それが僕の全てです!》

辛いだろう、自分の全てと宣言した事が達成できないかも知れないなんて、どれほど怖いだろう。

ネジと闘うたびにそう思わされるのだろう、それがどれだけ惨めで辛いのかカカシと最初闘った時に痛いほど味わった。そして乗り越えた。

『努力が本当に報われるモノなのか…それが知りたくてネジに挑戦してもずっと同じ…まるで歯が立たないんです……! 任務の時も、未だに足が震えるんです!』

リーの涙腺は決壊し涙が止まらない、丸太に支えてもらわなければ地面に伏せることになるだろう。

『幾ら努力しても僕は強くなれないんじゃないかって……怖くて怖くて堪らないんです!! 僕は……どうしたら……』

ああ、コイツは昔のオレだ。自分に自信を持てなくなっているあの頃のオレだ。

強くなったじゃないか、アカデミーで馬鹿にされていたあの頃と比べられないほどに強くなったじゃないか! 何故自分の成長に気付けない? オレには分かる、お前が強くなっていっていることが! 

『自分を信じない奴なんかに、努力する価値はない!!』

自分の力を信じられないような奴に力など必要ではない、過ぎた玩具になるのがオチだ。

お前にはお前のすべき事を完遂して欲しい。立派な忍者になって欲しい!

リーの目が見開いた。



『お前は俺に良く似てる…昔は、この俺も五指に入るほどの落ちこぼれだったが、今じゃ、天才エリート、カカシとの勝負でも勝ち越している程だ』

最初はボロボロで今さっきのリーと同じような状態であったことはいい思い出なのかもしれない。

リーにはわかる、落ちこぼれだった者が天才に勝つという事の意味を。それはリーの可能性を示しているということ。

『《たとえ忍術や幻術が使えなくても立派な忍者になれる事を証明したい》ってな……それがお前の忍道だろ? 良い目標じゃないか……誰よりも頑張る価値のある良い目標だよ』

オレも心が洗われる様だった。心の周りにこびれついた汚いものが剥がれていくのを感じた。ずっと心に溜め込んでいたものが涙となって目から流れ出る。

『だから、お前も自分の道を信じて突っ走ればいい! 俺が“笑って見てられる”ぐらいの強い男になれ!! 良いな、リー!』

リーはもう大丈夫だ。こいつは強くなる、誰よりも。

『オッス!!』

リーは最高の笑顔で答えてくれた。









狂った歯車の上で









「今が自分の道を信じて突っ走る時! そうですよねガイ先生!」

体が充実しきっている。

今やっと分かった。

本当の僕がここにいる意味が。

ナルト君は本当に強い、それこそが僕の目標であった!

それを超える、そしてこんな僕でも立派な忍びになれることを夢見てきた。

それだけじゃなかった。

僕の夢は何時だってガイ先生の隣にある!

「自分を信じない奴なんかに、努力する価値はない!!」

それを夢だと信じられない僕に努力する価値はありはしないんだ。

上で観戦しているガイ先生を見る。

先生は笑っていてくれた。

先生が笑って見てくれてる、それだけで僕はもっと強く蘇る事が出来る……! 更に強く、もっと強く! 誰よりも強く!

「今こそ、自分の忍道を貫き守り通す時なんだ!!」

笑ってみていてください、ガイ先生。





「ガイ! あれは」

「ああ、お前の想像通りだ」

「…ガイ…お前!」

お前、あの子にこんな術まで教えていたのか!

今もリーのチャクラが跳ね上がっていく。それは人間というカテゴリーを越えそうになるまで。

「じゃあ…下忍のあの子が…八門遁甲の体内門を…」

「そうだ…開ける」

顔色一つ変えずにそう言ったガイを衝動的に胸倉を掴んでしまう。

「ガイ、門を開けばどうなるか分かっている筈だ!」

お前には担当としての責任を知らないのか。

この術を一度発動させただけで未来を摘む可能性も高い。

「……あの子には、その才能があったんだ」

久しぶりに頭に来た。

殴りかかりそうになったがアスマや紅が止めに入ってくる。

「才能があったからって限度を知れ! 裏蓮華だけは教えてはいけない術だろう!」

「止めろカカシ!」

アスマが手を離さない。

力を抜くとアスマも手を離してくれたが納得はしていない。

「あの子がお前にとって何なのかまで詮索するつもりはないし、私情を挟むなとは言わないが…限度ってモンがある……見損なったぞ、ガイ!」

オレは踏んではいけない地雷を踏んでしまった。

ガイから普段からは感じさせない空気が流れ出した。

「お前が……あの子の何を知っている…最初から何でも出来たお前があの子の何を知っているんだ!」

今度はガイがオレの胸倉を掴んできた。

鍛え方が違う。振り解こうにも相手の力の方が圧倒的に強い。

「《たとえ忍術や幻術が使えなくても立派な忍者になれる事を証明したい》、これが誰の言葉だか知っているのか? これがどれほど大事な言葉なのか分かっているのか?」

もう誰もガイを責める者はいなかった。

誰も責められる筈が無い。こんなに痛々しいガイをオレは今までで見たことが無い。

「あの子には死んでも証明し、守りたい『大切なモノ』がある…だから、オレは…それを守れる男にしてやりたかった…それがあの時からのオレの『すべき事』となった」

ガイは握っていた袖を離して再びリーの戦いを見始める。

「…ガイ…今、あの子は八門遁甲の幾つまでの門を開けられる」

袖を直してオレも再び試合に戻る。

「五門だ」

ガイからはそんな簡潔な返事が返ってきた。

その数字に背筋が冷たくなるような感じがした。

「努力でどうこうなるものじゃないぞ……あの子、やはり天才か」

忍術も幻術も使えなかった落ちこぼれが天才と呼ばれる、それはどれだけ滑稽なことだろう。

しかし、ガイは自信をもってこう答えた。

「ああ、リーは天才だよ」

そしてガイは笑った。







「おい、五門ってどういうことだ。八門遁甲ってことは八門まであるんだろ? 全部開けるとどうなんだよ」

断片的な会話ばかりでまったく話についていけていないシカマルがガイに問う。

「チャクラの流れる経絡系上には頭部から順に身体の各部には
 開門・休門・生門・傷門・杜門・景門・驚門・死門と呼ばれるチャクラ穴の密集した八つの場所がある…
 これを八門と言うんだ。この八門は身体の流れるチャクラの量に常に制限を設けている、体を壊さないようにね。
 さっきリーが出した蓮華はその制限の枠を無理矢理チャクラで外し、本来の数十倍の力を引き出す事を極意とする。つまりチャクラのリミッター外しだ。
 それがたとえ…力と引き換えに術者の身体が崩壊しようともね。因みに表蓮華は一の門・開門を開けるだけだ。
 それだけで体中がボロボロだ」

ガイの説明は己もそれを使ったことがあるだけ精密な説明となっている。

「ちょっと待てよ、人間が日頃使っている筋肉は一割未満だ。それを何倍にも底上げすると肉離れじゃ済まねぇぞ」

「そうだ…この技は、例えるなら硝子の剣だ。切れ味は絶大だが長くは保たない。八門全てを開いた状態を八門遁甲の陣と言われ……少しの間、火影すら上回る力を手にする代わり…その者は必ず……死ぬ」

ガイの鎮痛な表情に誰も口を出すものはいなかった。

「じ、じゃあナルトはなんで同じことやってんだよ!」

「は?」







リーは体内門を開くとは思っていなかった。違うな、思いたくなかった。

リーほどの実力者が体内門を開く、それはどれだけの恐怖となるか。

もともと格上の相手と互角異常に戦う為に覚えた体内門、それなのにリーがそれを使うということは差が開かないということ。

たとえ30を100に底上げをしたとしても相手が100を300にも400にも上げてきたら勝ち越すことなど不可能だ。

それでも、勝たなければならない。

先生の助手に不可能なことなど無いのだ。あってはならないことだ。その為に苦行を甘んじて受けてきたんじゃないのか?

オレに後悔という概念は存在しちゃならない。

「後悔すべく生き方に、存在する意味なんか無い!!」

脳の抑制を外せ、血を沸かせろ。肉を紡ぎ合わせろ。

どうせこの体に未練などない。どうせなら盛大にぶっ壊して後から取り替えればいいだけだ。

リーの背後がチャクラによって陽炎のようにぼやけている。

先生、見ることは出来ないと思いますが、オレは最強です。誰にも負けない、誰にもこの命、貴方以外に譲るわけにはいけないんです。

「オレは先生の助手だッ! どんな相手にだって負けられねぇ!!」

第四、傷門…開ッ!!

チャクラの噴出によって髪が逆立つ。尋常でない量の血が体中を躍動する。身体中の血管が破れていくのを感じながら腕に力を込めた。


この腕はオレのじゃない。先生の道具だ。それに敗退など存在しない。

リーも同じように傷門を開いたようだ。そしてやってくる。人間なんてちっぽけな殻から抜け出した化け物がオレに向かってやってくる。

「うおおおおっ!!」

「ハァァアァッ!!」

誰も近寄らせないチャクラの奔流、知覚出来ぬほどの速度、カウンターを合わせる事の出来ぬ攻撃。全てが必殺の領域である。

一手一手が一秒にも満たない刹那の世界でオレ等は殺しあう。

オレは、脳神経が灼きつくかと思うほどの速度でリーへ向かって飛び込んでいった。







ナルトまで体内門を開いていた。そして今までに見たことが無い表情で第三の門まで開いて見せた。

「…どういうことだ、カカシ」

ガイの表情は凍り付いていた。

「…分からないんだ。ナルトは心を開いてくれない」

そうだ。俺に心を開いて見せたことは無い。

何にしても俺には興味が無いようにしていた。写輪眼は俺に何も教えてくれない。

「オレは先生の助手だッ! どんな相手にだって負けられねぇ!!」

そしてナルトは更に門を開いた。

今までも底が見えなかった。そして今でも見せてはくれない。

先生という人物は俺ではない。アイツは一度だって俺に対してそう呼んだことは無かった。

呼んで欲しかった。かつて俺が四代目に対して言っていたように。

俺よりもはやくナルトを理解し救った人がいるということか。そうとしか思えない。

そして、ナルトは地面を穿ちながら地を駆けた。

「うおおおおっ!!」

「ハァァアァッ!!」

二人の膨大に膨れ上がったチャクラが弾け合いぶつかり合い会場を揺らし続ける。

辛いだろう、呪印を制御しながら戦うということはこれ以上に無いほどに苦痛だろう。それなのにナルトは辛いという表情を一つも作らずに戦い続ける。

写輪眼でも微かにしか写りもしない速さで二人は戦っている。





初速は圧倒的にナルトが速い。それはあの鬼才が生んだとしか思えないチャクラを使った歩法が全てを凌駕するからだ。

しかし、持久力及び二足目からの速さではリーが勝っている。それは弛まぬ努力が成しえた強力な脚力がりーを支えているからだ。

お互いの間合いに入った。そして空気ごと貫くかのようなリーの掌低がナルトの面前へ突き出される。掌低なのは強度の問題なのだろう。あのスピードから拳を突き出して相手の体に当たったとしても相手と同時に自身の骨が砕けてしまう。

それはナルトは、

「両目を閉じている!?」

ナルトは両目を閉じた状態で皮一枚で首を逸らして避けた。

どうやったらそんな芸当が出来るというんだ。見えているのか? 目を閉じているというのに。

避けた体制のままナルトの腕が蛇のようにリーの腕に絡みつく。

これも一体どうやったら出来るのかもわからない。第3予選のツルギミスミという選手と同じ技ではないか。

あれは修行をすれば得られる技ではない。ナルトは俺と出会うまではどんな生き方をしていたんだ。

ナルトが絡み付けた腕でリーの腕を折ろうとする。そしてリーが阻止しようと剃刀のような鋭利な蹴りをナルトに放つがナルトは巻かれていた腕の慣性に身を任せ体を反転させリーを逆に蹴り上げた。

「――――うおおおおッ!!」

ナルトが一気に空中まで吹き飛んだリーを追いかけるかのように跳びあがった。そして一気に飛び越し天井に両足で着地し会場に向けて、リーの死角である真上から雷のように落下していった。

「ッ!?」

リーはナルトから発する膨大なチャクラから居場所を察知次第に腕に巻かれていた包帯でナルトを拘束する。ナルトも空中で身動きが取れない状態であったからリーが自在に扱う布に絡め取られた。

「俺に布など意味が無い」

一瞬ナルトの唇が歪む、淡い光の線がナルトの体中を駆け巡り、包帯が細切れになって地に落ちた。

写輪眼でしっかりと見ていた。メス状のチャクラの塊がナルトの体中をあの一瞬で駆け巡っていたのを。

ナルトは失速するどころか加速してリーの後頭部に流星のような蹴りを叩き出した。

一直線に地面に叩きつけられたリーは倒れ付したのだろう。あまりの威力で砂煙が立ちリーの状態がうまく見えない。動体視力をそこまで鍛えていない下忍達ではいきなり大きな音と共に砂煙が立ったようにしか見えないだろう。上忍でもやっと眼で終えるような攻防だった。写輪眼を持っている俺だからブレもせずに見通せたというだけだ。

そして、ナルトが着地する直前、さらにリーのチャクラが跳ね上がった。

「第5、杜門…開ッ!!」

立ち込めていた砂煙がリーのチャクラで全て吹き飛んだ。

そして流れるような仕草でリーは跳んだ。ナルトが着地をする筈だった地点へと。

「なッ!?」

今まで以上の速さで繰り出された『拳』、玉砕覚悟での掌低ではない拳がナルトの後頭部へ突き刺さろうとした時、またナルトの身体が曲がってはいけない方向へ曲がった。

そして上段蹴りからの正拳突きを眼を瞑りながら避け続ける。

ありえない光景だった。が、すぐに決着はついた。

「木ノ葉ァ烈風ッ!」

「ッ!?」

ギロチンのような回し蹴りを地面に這い蹲るかのように上体を低くさせて避けた後に、

「木ノ葉ァ大旋風ッ!!」

「ーーーーくッ!?」

上体を低くしていたナルトへ回転を殺さずに放たれた下段蹴り、そして跳んだ避けたナルトへ上段蹴りと踵落しが見事に決まった。

上段蹴りを防ぐ際に防御に用いた左腕は完全に折れていた。そして最後に決まった踵落しはなんとか首を回転させて逸らそうとしていたナルトのコメカミに綺麗に入った。

壁まで一直線に吹き飛ばされたナルトを見届けたリーは安心した顔で見届けた。





「勝ったぞ、リーが勝ったんだ!」

ガイがリーの勝利に心から喜んでいた。

俺やサクラ、サスケは心からは喜べなかった。

俺等は想像できなかった。あのナルトが負けるという事実を。確かに、ナルトは俺が想像していたよりも遥かに強かった。下手な中忍よりもよっぽど強い。

それだけにショックが強い。

サクラとサスケは俺以上にショックを受けているだろう。アイツ等は俺以上にナルトを絶対視していたと思う。誰にも負ける筈が無い。そう思っていたに違いない。

確かに、リーの実力は素晴らしいの一言だった。

仕方がなかった、あれだけの天才が相手だったのだからあのナルトでも、仕方ない。と無理矢理納得させて審判のリーへの祝福を聞こうとしていた時に聞いてしまった。

「ナルトが立ち上がったぞ!」そんな声を聞いてしまった。

それこそ在り得ない、分かっている。

あの蹴りを後頭部に受けてしまったのならば中身はグチャグチャになっている。良くても気絶して何日、何ヶ月か眼を覚まさない筈だ。

しかし、本当にナルトは立っていた。













[713] Re[33]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 14:58








「オレは最強なんだ」

んな訳ねぇだろう。

当たり前だ。お前は最も弱い、雑魚なんだから。

弱い、弱すぎる。だからオレは………。







狂った歯車の上で







「貴方たち…あの子に勝てる?」

目の前にはちょうど勝負が決まった瞬間だった。リーという少年が体内門をまさか五門まで開けて彼を倒した。

確かに想像外であった。体内門を独学で四門まで開けた上に体を改造漬けにした彼がまさか予選で負けるとは。

残念だ。甚振り甲斐があると思っていたのに。とんだ見当違いだった。

「厳しいぜよ…あれはやりこみゲームの主力キャラの領域だ」

「そうね…」

この子、ゲーム禁止にしようかしら。ゲームを攻略するたびに新技を身に付けていたから見ないフリをしてきたけど最近は我慢の限界がきたみたい。

「呪印を自力で抑制しつつあそこまで戦えるのは君麻呂くらいなものです」

次郎坊だけはまともに試合を見ていたようだ。四人衆の中で最も戦闘力が低いが一番まともかもしれない。

しかし、四人衆と彼でここまで差が開くとは思っていなかったわ。

呪印を使わなきゃ均衡も出来ないようでは厳しすぎる。

「お前らだけだろ、カス。ウチの音色だったらアイツにも十分に通用する」

それも怪しい。カブトなら真っ先に体の構造を教えて操作方法も教えているだろう。ならば痛覚や聴覚も簡単に操作できる。つまり五感に頼った戦い方をしていては勝てる要素は少ない。

「やっぱり召還ぜよ」

なぜそこで口寄せと言えないのだろうか。頭が痛くなってきた。

「無理よ、出した瞬間にいい的ね…」

鬼童丸の意見を否定して直ぐに、会場は再び震えた。

私は聞こえた、「ナルトが立ち上がったぞ!」という言葉を。







「まだ続けられますか…?」

審判の言葉に何の反応を見せない彼はどこか覇気がなかった。

戦いが始まる前に感じた猛々しい覇気が綺麗に無くなってしまったかのように感じる。

どこか空虚という感じでいる筈なのにいないように感じる。

リーも体中に激痛が走っているだろうになんとか構えを取る。この試合だけはしっかり終わらせたいのだろう。

彼、ナルトは構えを何一つ取らずにポツンと立っているだけ。気配は無いに等しいほど薄い。

最後のリーの蹴りが脳髄まで響いてなんかしろの障害を与えたのならば分かる、しかし脳髄を傷つけられた場合は真っ先に狂う。

理性は無く本能のままに狂い叫び暴れる筈だ。しかし、ナルトにはそれが見えない。

ただ、ブツブツと呟きながらリーの正面に立っている。

「では、続けてください…」

審判がそう言ってまたあの乱闘を想像したのだろう、すぐに離れていった。

リーも彼もすでに体力は残されていない、体内門を開いて余力を残すということは不可能なのだから。

それでもリーの気力は衰えることは無くギラギラとしていた。

「いきますよ!」

リーが地を駆ける、それは体内門を開けていたときとは明らかに遅く見えるが速いことには変わりない。

彼が気を失ったと見て体内門を閉じたということもあり余力はまだあったのかもしれない。

「木ノ葉烈風ッ!」

止めの一撃、皆がそう思っただろう。彼、ナルトに今までの覇気は無く立っているだけがやっとのように見えたのだから。

私はそれが逆に恐ろしく感じた。

希薄過ぎるのだ。彼の気配が。

空気を断ち、彼の体を切断するかの勢いで放たれたリーの蹴りが彼の体に接触すると思われた瞬間、彼は消えた。

身体中の関節を逆に折り曲げるという人間が出来る避け方ではない方法で。

「なッ!?」

受験者の皆も驚いた。あまりにも想像できない、体の動きに。

そして体中を折り曲げ、まるで箱のように折りたたまれていた彼の体が一気に弾けた。

開放された筋肉の縮尺の力で彼はリーの胸に飛び込んだ。

肩による当身、次郎坊の独特な格闘術である突肩の形に近い当身でリーを吹き飛ばした。

そしてそれを肉薄するそれも在り得ない追い方、倒れ付すかのように体を地面と平行にし膝上げのみで前へ進んでいた。

それは足を前に振るという余分な動きを取り除いた、最も有効的な走り方だった。

「うあぁッ!!」

気配が限りなく無いに等しいほど希薄、見えないほうがリーにとってはありがたいだろうにそれでも見えている状態である彼が恐ろしい速さで肉薄してくるのだ。リーにはこれ以上にない恐怖が襲ったのだろう。声を荒立て蹴りや拳を振り出す。

自分に近づけさせない為に必死になって手足を振り続ける、それなのに彼は一度だってその鞭のように方向性のない攻撃を誤ることなく避け続ける、それは当たっている筈なのにすり抜けて行く幽霊のように。

そして彼はすぅ、と手足の隙間を通り抜けてリーの背後に移動した。彼からは見えなかっただろう、あれほど手足を振り続けている状態で見えるほどゆっくりではない速さだったのだから。

彼はまだぶつぶつ呟いている。逆にそれが恐ろしい。すぐ近くで呟かれているリーからしたら堪ったもんじゃないわね。

彼の両足がロープのようにリーの背後から腰に巻きつく、まるで蛇のように。

右腕を一振り、そして槍のようにまっすぐに伸びる。あれは身体操作の一つだろう、筋肉と骨の結合だけでどれだけの強度まで至れるか分からないが今のリーにはよく切れる刀とそう変わらない筈。

本来ならばチャクラで強化するのだと思うが如何せん、チャクラが切れていてそれができない。

しかし今の彼には関係などないかのようにその槍の右腕を突き出した。

「ぎゃがぁあぁッ!」

リーの叫びが会場中に響いた。

一瞬体を捻ったのだろう、彼の右腕はリーの右肩を貫いていた。ちょうど柔らかい関節と関節の間を針で縫うかのように彼の右腕はリーの肩に入り込んで突き抜けている。

もうこれでリーの右は死んだ、そう思った直後、

「ギャ…………あぁあッ!!」」

彼は今度は逆の左腕を貫いた。淡々と事務作業でもこなしているかのように腕を引き抜く。血塗れの右腕が一瞬悪魔の手のように思わせる。

リーの悲鳴は止まらない。これは拷問の領域だ。

ロープのように巻きついていた足もリーが倒れようとした瞬間に解かれていた。着地した彼はまだぶつぶつ呟いている。

「…もっと……強く…」と。

五門を開いていたリーの蹴りのお陰で蓋が閉まりかけていた記憶がぶり返ったのだろう。あの最も力を欲していたあの時まで。一種の混乱だろう。

そして形態変化や性質変化などを知る前の、最も人体の構造に対して貪欲だったあの頃に。

だから今の彼は性質変化などを知らない、知る必要がなかったからだ。きっとこれがカブトが長年作ってきた道具の真の姿なのかもしれない。

人間の体を全て把握し理解し己の肉体だけで相手を殺せる最高の操り人形。

持ちうるのは内側から破壊できる医術と獣の如く神経が研ぎ澄まされた神経強化、それだけで十分に相手を死を与えられる。

教える気がなかったのに彼は性質変化などを知ってしまい数年の時間がそっちへ移ってしまったのが残念だ。それを知ることなくその数年を殺す技能だけに費やしていればどれだけの化け物になれただろう。

「…最強…はオレだ」

ずっとそういう言葉を呟いていたのだろう。それだけでこの試験までどんな生活をしていたのかが分かってしまう。改造と研究のみの生活が。

勝利を手にしたかのように掲げられた右腕に残った全てのチャクラが集まりだす。そして自然と右回転しだし、そして乱回転し始める。

「あれは…」

螺旋丸、何故あれを知っているのか。九尾の記憶を垣間見たのだろうか、そうだったのならアレも夢見たのだろう。アレが本当の彼の力の象徴なのかもしれない。いや、そうなのだろう。

彼が好んで使うあの竜巻のような風の回転、あれは螺旋丸の範囲を広めただけのモノだ。

見たところ彼は最後の圧縮だけは成し遂げていないようだ。物凄い速度で回転してはいるが一向に自来也のような回転には至れない。

どうやら彼は勘違いしているようだ。死の森で倒れていた彼をみたところ、彼の旋毛は左回りだった筈。そして今の彼のチャクラの回転は右回転だ。

それを正せばすぐに使えるようになる。そしてあの風の結界という奴も更に強くなるだろう。

「ちっ…」

うまく圧縮できないのに舌打ちをして彼はそのまま腕を突き出した。

あの回転量だけで簡単に樹や地面が抉れるのだから螺旋丸を考案した四代目はやはり天才だ。

そしてリーをミンチにしようと迫り来る彼の右腕を防ぐべく一人の男が前に現れた。

「つまんないわ…」

久しぶりに大量の血が見れると思ったのに。







オレは何をしていたんだ? 気が付けば右腕には痺れるほどの痛みが走っていて、蹴ったのだろう張本人であるガイが目の前に立っている。

そしてその後ろには両肩に穴が開いたリーが倒れ付している。リーの体の周りには肩から流れていったのだろう夥しい量の血が流れている。

酷く頭が痛い。中身がぐちゃぐちゃだ。

オレは頭を抑えようとして利き腕の方でこめかみを押さえたとき違和感を感じた。ねちゃ、と感じの悪い肌触り、そして何かの液体が髪の毛を伝って染み渡っていく感じ。

そしてオレが良く知っている香りが酷く鼻につく。

「なんで…」

オレの右腕が血みどろなんだよ。オレの血じゃない。これは、

「……リー」

リーの血だ。

本当に、オレは何をしてたんだ。

最後にリーに蹴られてからの記憶が無い。気を失っていたのなら何故オレは今立っていて腕が血塗れなんだ。

「…う…ぁ……」

リーが小さく、それでも呼吸を繰り返し何かをしようとしている。

皆の視線がリーに集中し、そして、

「…ぁぁぁあぁああぁッ!!」

もう禄に動かない筈の両手で叫びながら立ち上がった。

そして一歩、足を踏み出して構える。

癖になっているのだろう、あの右手の甲を相手に見せる独特な構えを取ろうとしている。しかし、腕は上がってくれない。

それでも、あのギラギラと前を見続けてきたあの眼は燃え続いている。少なくとも、燃え尽きてなんかいない!

腰が抜けそうになる、それだけではなく既に両足は震えている。

涙腺が枯れていなかったら、オレは泣いていただろう。

リーが更に一歩歩みを進める。そしてオレは逃げ腰になって後ろに下がる。

相手になれるか、殺される。

体内門を開いた副作用で体中の筋肉に亀裂が走っている、それがオレを逃げさせてくれない。もし、走れる力が残っているのなら背中を見せてでも逃げていた。

殺されるわけにはいかない、オレを殺していいのは先生だけなんだから。

唐突にそんなフレーズが脳へ語りかける。まるで呪いのように何度でも。

急に込みあがってきた殺意、そしてオレを殺そうとするリーに対して怒りが沸いてきた。これはオレのじゃない、分かっていてもこの奔流に抵抗できる心の余裕など既にはなかった。

首筋から甘美な痺れが体中に走っていく。呪印、そして衝動に突き動かされ目の前に立つリーを睨んだとき、分かってしまった。

すでにリーに意識は無く、執念だけで立ち上がったのだということを。

「りー…」

ガイが涙する。オレも、泣きたかった。だけど泣けなかった。

いつ千切れるか分からない両腕で立ち上がった、それこそリーの想いの強さなんだと何も考えずに戦っていたオレには眩しかった。

醜悪だ。これで分かった。

オレがリーと対等で在りたいなどということ事態が可笑しな夢だったんだ。愉快で出来たらいいな、それくらいの夢だったんだ。

「リー……よくやった! 誰よりも、オレよりも立派だったぞ!」

そういってガイは抱きしめた。



オレには? そんな人がいやしない。



先生、オレって独りだったんですか?



体中に感じる酷い痛みすらも、オレの疑問ですらも、初めて感じたこの疼きすらも静かに静かに堕ちていく。









[713] Re[34]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 14:59






最初から何も無かったんだ。

だから、嘘は静かに静かに堕ちていった。









狂った歯車の上で









眼を瞑っていてもあのリーのギラついた瞳が脳裏から離れない。

逃げ出しても視界に入ってくるリーの瞳、眩しく力強く煌いている。

そしてその光がオレを燃やし尽くそうとした時に、

「眩しい…なぁ」

白い壁に囲まれた部屋に閉じ込められたオレは煌く太陽の斜陽に照らされていた。





風が鳴いている、それは弱いオレを責めているように聞こえるオレは末期なのかもしれない。

気持ちが悪くなるくらいに白だけの部屋で数十分、何の変化もなくだらだらと時間が過ぎていく。

タバコが欲しい、唐突にそう思った。

しかし手元に見つからない、そういえば着ている服も患者用に用意されている慣用服だった。

今改めてオレが入院していたのに気付いた。それでまわりが白いというのにも道理がつく。

体に尋ねる。動けるか、と。

返事はーーー二割程まで。

上等だ。ここまで便利な体は見たことが無い。

珍しく化け物に礼を言ってオレは四階のーオレの病室ー窓に足をかけて大きく跳んだ。

責め続ける風の洗礼は思っていた以上に気持ちが良かった。







「銘柄、変えたのかい?」

タバコ屋のおっさんに「気分転換だよ」といってそそくさとそこから離れる。

そしてドロン、変化の術を解いた。

オレとアスマのタバコは同じだと思っていたのにいつの間にかアスマのほうが変えていたようだ。自然に買えると思っていただけに少し焦った。

しかし、そんなことを考えさせてもらえないほどに体がニコチンを欲している。

こう、怠惰で頭の奥がもやもやとしてくる。

「末期…かな」

タバコがないと落ち着いて空すら見えなくなってきたようだ。

1カートン買っていたので周りのビニールを解き箱を開ける、その作業だけで苛ついてきそうだ。

そして十箱入っているうちの二箱だけ取り出して後は病院でかっぱらって来た布袋につっこむ。

一箱目のアルミ紙の前の部分を引きちぎって準備が終わった。新品独特の強い煙草の葉の芳香がいい匂いに感じるようになってはやば過ぎる。最高にいい香りだ。

皺一つついていない純白の一本を口に咥えて指先に火を灯しいつもよりも少し強めに吸った。

「あぁ……うめぇ」

いい味じゃない、それでも美味しく思えてくる。五臓六腑にニコチンが染み渡って溜まっていた苛つきが溶けていく。

空気に紛れてオレが吐いたばかりの紫煙が溶けていく、そうオレのように。

やっと落ち着けた。そして今まで以上に冷静になれる。

そう煙だ。オレはこの煙草の煙と同じように周りの空気、つまり天才達に掻き消されてしまうのだろう。

何が最強だ。最弱の間違いじゃないのか。きっとそうに決まっている。一文字間違えてんだよ、馬ァ鹿。

何がリーと対等だよ。何が自分の道を手探りで、だよ。

ただ道を見つけても進むことなく怖がっていて進んでいるつもりでいただけじゃねぇか。オレは頑張っています、そう言っていただけじゃねぇか。

おかしいな、オレ、どこで道間違えたんだろう。

なんでまだこの里に残ってんだ、いる意味も無いのに。本当に道を見つけていたというのならすぐに里を出ている筈じゃねぇのか。

いや、本当にオレは何一つ前に進んでいねぇな。

そして周りのヤツ等に追い抜かれて忘れ去られてしまうのだろう。この煙のように。

居場所っていうのは与えられるものではなく自らつかみ取るものだ。だが、オレにそんな大そうなモノはない。この煙のように。

ふわりふわりと周りに漂って皆に害を与えるだけなのかもしれない。この煙のように。

オレとリーが対等? そう考えていたオレが馬鹿だったんだよ。

やっと目が覚めた。

オレみたいに汚れてる雑魚があんなにも力強く輝いているリーと比べるって時点で間違いだったんだ。

オレは溝鼠、溝鼠は光に当たることなく汚らしい場所でうじうじとしていれば良かったんだ。

ああ、やっと分かった。

オレはこの里に必要とされていない。

「何時から太陽が好きになったんだろう」

昔は一人で月を見ているのが好きだったのによぉ。







「ナルト!」

気が付けば目の前にうちはが立っていた。しかも息を切らしている。

走ってきたのだろう、それなのに気付けなかった。

「もう退院したのか」

「なんだ? して欲しくなかったみてぇないい方だな、おい」

顔を見たらすぐに分かる。

心配していた顔だ。それなのにオレはなんでこんなことを言ってしまうのだろうか。

「そんな訳無いだろう、心配してたんだ」

「そうかよ」

こんなにもストレートに言われると悪い気がしてこない。そういえば病室に花があったような気がする。サクラかコイツかもしれない。

「ありがとよ」

オレがそういったら面食らったような顔をしてうちはが驚いた。

なんだ? オレが礼をいうのが珍しいってのかよ。

「ナルトはこんなところで何やってたんだ。服装だって入院していた時のままじゃねぇかよ」

「見てわかんねぇのか」

フィルター近くまで灰になってしまった煙草を片手に笑ってみせる。

足元を見ればかなりの数の煙草が踏み消されている。ポケットに入っている煙草の箱は二箱目になっている。ずっと吸い続けていたようだ。

「止めとけよ、体力が落ちるぞ」

「そんときゃ百姓にでもなるさ」

それもいいと本当に思っている。こんな何でも屋みてぇな仕事なんか止めて汗を流したい。自分の為に。

「お前こそなにやってんだ」

「カカシと修行だ」

そういえばまだ中忍試験中だったな。すっかり忘れていた。

「そう言えば本戦は何時なんだ」

「一ヵ月後らしい。それまで準備しとけってよ」

だからカカシと修行してたのか、その割に疲れているように見えない。

「修行してたんじゃねぇのかよ。それなのになんでこんなところにいるんだ」

「最初の演習の時と同じように吐くぞと言われて朝早く言ってもいつもの遅刻しやがった」

ついさっき現れて昼飯食って来いと言われた、とうちはが眉を顰めながらそう言った。

「馬鹿じゃねぇの?」

「気合が入ってたんだよ、俺だけな」

「空回りじゃん」

「うるせぇ」

うちはが怒っている仕草をする。

それが無償に面白かった。なんでだろう、どうでも良くなってきた。

どうでも良くなってきて、なんでオレはあんなに刺々しかったのかも分からなくなって、こう言ってしまった。

「昼飯食いに行くんだろ、さっさと行くぞ」

「は?」

やっぱりおかしいのかな、こんなオレは。

だから最後に言ってやった。

「あと一服してからな」

苦笑するうちはが自然に頷いた。







歩き煙草、それは周りを歩いている人々にとってもっとも嫌われる行為である。

「まだ吸うのかよ」

「久しぶりなんだよ」

試験中は吸う機会がまったく無くて辛かったという記憶がある。

こうやって所構わずに吸えるというのは幸せに近い感覚を味わえる。

灰を捨てるのにも気にせず捨てられる。そして適当にポイッと捨てられる。そして歩みを進めれば皆がオレのことを忘れてくれる。

「どこに向かってんだ?」

「ラーメン屋」

「うまいのか?」

「最高だ」

この里で唯一公平に飯をくれるところなんだからな。





「とんこつラーメン」

小気味の良い返事と共にテウチの渋い笑顔が暖簾越しで見え隠れする。

「俺はしょうゆラーメン」

うちはの注文にも同じ笑顔で返事をする。これがいい。客に対して平等な扱いをしてくれるここだけがおちつて食事が出来る。

「ここのはうまいぞ」

「ほんとか」

「まず毒が入っていない!」

これが一番だな。

「入っている店なんかあるわけ無いだろう!」

いいツッコミが入ってくる。

チッチッチ、と指を振りながら舌を鳴らす。

「実は大通りに二店ほどあるんだな、これが」

オレにだけだと思うけどな。まぁ、今じゃ普通に食べられるんだけどよ。味は普通だね、金払って食うほどじゃあない。

「まじか」

「まじだ」

水はセルフサービス、人気があって忙しいからな、水を配るのもめんどくさいだろう。

オレが自分の分の水を取ってきて席に座る。

「俺のは?」

「んなもん自分で取ってこい」

舌打ちをしてうちはが席を立った。

「ハイよ、とんこつラーメン一丁」

うちはが帰ってくる前にテウチがラーメンを目の前に置いた。それに小さく頭を下げて割り箸を割る。

うまく綺麗に割れた。今日はきっと運がいいのかもしれない。

「勝手に食い始めるなよ」

「知らないね。ああ、知らないね」

テメェの為に一秒たりとも麺を伸ばす訳にはいかないのさ。

「しょうゆラーメン一丁」

そういって今度はうちはの目の前にラーメンが置かれた。

この辺じゃいい魚を取ることは難しい。火の国と呼ばれるくらいだ。海が遠い。

だがここは波の国から取り寄せるそうだ。橋造りのタズナとは関係ないが感慨深いものがある。

「うめぇな」

「だろ?」

しゃべらずに食えよ。行儀がなってねぇな。

それから黙々と麺を啜る音だけが響いていた。

美味しいとんこつラーメンとは最後まで汁を飲むことが出来ない、それは出汁のカスまで汁に入っているから底に溜まってしまうのだ。

それでも限界までスープを飲んで小さくごちそうさまと言って丼を返した。

目の前では既に食べ終わっていたうちはがオレのことを見ていた。相当腹が減っていたのだろう。先に食い始めたオレよりも速く食べ終わるとは相当の早さだ。ちゃんと味わったのかすら分からん。

「なんだ、メンマでも顔にくっついてのか?」

それはないな、とんこつラーメンってのはスープがギトついているから最後に口の周りを拭くのは当たり前だから拭いたときに感触で分かる筈だ。

「なんか、今日は気分がいいんだな」

突然そう言われた。

そういえば、なんだろう。気分がいい。

吹っ切れたのか開き直ったのか、どちらだろう。

「長い夢から醒めたからな、気分がいいのかもしれねぇ」

リーと対等でありたいという何年にも上る夢は今朝醒めた。長い眠りから醒めたように清清しい。

「ずっと寝てたからな、そりゃ気分がいいだろうな」

そりゃ入院していたことを言っているのだろう。

「否定はしないさ」

確かにずっと寝ていたようなもんだしな、これ以上嘘を吐いても変わることねぇし。

「否定は……しないさ」

長い夢だったんだよ、本当に長い夢だった。









今日のナルトはなんだか優しいと思った。

いつもなら無視されるようなことでもちゃんと返事をしてくれた。

煙草を止めろ、と言っても否定こそするが無視はしない。

なにかあったのかも知れない。偽者かもしれないと思ったが所々でナルトらしい仕草もあった。

唇だけ歪ませる笑い方、まるで嘲笑しているかのような笑い方だったが今日のは少し違った。まるで対象が自分に移ったかのように思える。

そして飯まで誘われた。

驚いてしまって怒らせてしまったが煙草を一服したいという言葉に苦笑してしまった。

これが本当のナルトなのだろうか。

予選の時のナルトとは全然違いすぎる。リーとナルトの戦いは下忍同士の戦いではなかった。

空気を震わせて血が舞いとび闘気と闘気のぶつかり合いだった。そしてリーが勝ったと思ってしまった直後に復活し人間とは思えないような戦い方をして一方的にリーを相手に勝ってしまった。

あの時のナルトはリーだけにではなく他の受験者にも恐怖を与えただろう。あれが人の動きなのか、そう思わせ感じさせられた。

誰よりも速く地面を駆けていたナルトの姿は死神のようにリーへ恐怖と敗退を受け渡した。

そんなナルトが飯の後に「一服していいか?」と尋ねてきた。

どっちが本当のナルトなのだろう。答えが見つからない。

どういう訳だか知らないが俺がナルトの分まで勘定を払って店を出ようとした時、聞いたことが無い声で尋ねられた。

「小僧がうちはサスケかのぉ?」

反射的にそうだと言ってしまった。

敵意はない、それでも酷い圧迫感を感じてしまう。本能は伝えてくれる。こいつには手を出すな、と。

「んであっちがうずまきナルト、か」

そう呟いて白髪の中年がナルトへ向いて、姿を消した。

それに気が付きナルトの方を向けば、ナルトまで姿を消していた。

「……なんか用か?」

さっきまでナルトが立っていた場所からかなり遠い場所でナルトの、いつものナルトの声が聞こえた。

殺気立ったような機嫌が悪いような、そんな声だった。

「ちょいと手合わせを願おうと思ってのぉ…」

まったくの自然体の白髪の中年に隙が見当たらない。一体何者だ!?

「死んでもしらねぇぞ」

「締め切り前でまだ死ぬわけにはいかん」

訳の分からない回答で二人の突然の戦いが始まった。

俺はどうすりゃいいんだよ。







度々金と白が交錯する。

ナルトに予選の時のすばやさはない。怪我はまだ治っていないに違いない。なのに何故病院を抜け出してきたんだ。

白髪の中年は一度だってナルトに手を出そうともしない。それで手合わせを頼む意味が分からない。

ナルトの周りから風が吸い寄せられ小さい竜巻に変わった。

それを見て白髪の中年の顔色が少しだけ変わった。

「いい風だのぉ」

「黙れ!」

踏み込むたびに地面が割れる、それほどの反発力をうまく利用してナルトの速さが加速していく。

最初こそ俺と同等の速さだったのに今では追いつけないくらいになっている。

戦いは一方的だったが拮抗していた。

攻撃を仕掛けるのは常にナルトであり、白髪の中年は防戦のみで決して攻撃には移らなかった。

ナルトの風の結界は防御としては低いが察知能力に長けているのが分かった。何故ならばナルトは結界の中にあるモノに対して見ることなく判断しているようにしか思えてこないからだ。

この能力でリーの高速の攻撃を対処していたんだろう。あの時はこの風の範囲が会場全てになっていたと思う。

まるで心眼だ。見る必要もない。感じればいいのだから。

ナルトの右の手刀を上体のみを動かしてかわす白髪の中年。それは歳を取ることを忘れてしまった若者のように速い動作、ナルトは勢いを殺すことなく左拳を突き出すが白髪の中年は軽く地を蹴ってその射程から逃れる。

ナルトの苛立ちが手に取るように分かる。いくら手を出したとしても全て避けられそれだけで治りきっていない自分の体を恨んでいるんだ。

体が異常に重く感じて頭の中で思い浮かべていた動作よりも遥かに遅い動きしかできないもどかしさ。

それ以上にあの白髪の中年の正体が気になる。今のナルトは全快ではない。それでも一般人が相手になるとは思えない。

一体ナルトは誰と戦っているんだ。





まるで逃げ回るゴキブリ退治でもしている気分だ。

最初こそ煮えたぎっていた気分も今では鎮火している。

相手にやる気が無いのは分かっている。手合わせを頼んどいて一度だって手を出してこないのが証拠だ。

アイアンナックルが今手元にあるのなら真っ二つに切り裂いてやれるのに、それがもどかしい。

そして今の状態ももどかしい。速く動けない、あの周りの風景を抽象的にしてしまうほどの速さが出てくれない。

踏み込みが何時もよりも浅く、そして頼りなさ過ぎて後一歩が踏み出せない。

もう帰ろうかとしていた時にちょうど白髪の、たしか自来也といったか。一度カブト先生の認識札で見たことがある。カブト先生でも実力が測れない程の実力者。木の葉では伝説の三忍と呼ばれている。オカマの同僚だった筈。きっとコイツも気色悪い趣味を持っているのだろう。

その自来也が拍手をして改めて正面からオレを見てきた。

「下忍でこれだけ動けるとは大したもんだ…性格に多少難癖があるようだがなのぉ」

「あ? まだ喧嘩売ってんのか」

「なら買うか?」

「金を貰ってでも買わん」

めんどくさい。勝てない戦いはしない。それはオレが弱いからだ。

自来也、伝説の三忍にして大蛇丸の同僚、如何にして勝てというんだ。在り得ないな、不可能だ。

才も練も違いすぎる、やってられっか。

夢だったんだよ、こんな次元の違う奴等といつまでも遊んでいられっかよ。次第に出来た実力の差が広がりふくらみいつかは大きな崖になっていく、目に見えた未来だ。

ネジがよく言っていた。これが運命だったんだ。

もう見えちまったんだよ。

「手合わせに来たんじゃねぇのかよ、一度も責めなかったくせに何が目的だ」

それが分からない。ただたんに馬鹿にしに来ただけか、そうかもしれない。

そう言えば予選が終わったら先生の実験がある筈だった。すっかり忘れていた。

「自己紹介が遅れたのォ…ワシの名はガマ仙人、カカシの奴に言われてお前を鍛える為に来た」

「無駄だ、帰れよ」

「すごい自信だのォ」

そういってにこやかに笑う自来也。まさか、その逆さ。

これ以上成長する筈のないオレをどう強くする。オレが聞きたいさ。

「もうオレは止まってんだ、それよりも未来のある天才でも修行してやれよ。ゴミのように沢山いるぜ、この里にはよ」

シカマルもヒナタも、ネジにリー、そしてうちはも天才だ。

選り取り見取りじゃねぇか。わざわざゴミ屑なんかを鍛え上げようとするなよ。

「それでもカカシが頼んだのは小僧、お前だけだ。それを全うする義務がワシにはある…」

自来也が哀れそうに見てくる。白眼だから分かるんじゃない。そう見られ続けてきたから分かる。

「頼んでねぇよ」

「こっちは頼まれててのォ…」

オレが無視に決め込んでいた時、

「ナルト、行けよ」

うちはが真剣な眼差しでそう言った。

「お前には関係ないだろ、引っ込んでろよ」

うちはの眼は衰えない。

そう、あのリーの目の様に真っ直ぐにオレを見続ける。

「もう、二度と口にするんじゃねぇよ。お前が止まっているなんて俺は思っていない」

「それはお前がオレの事を理解して無いからだ」

「違うな」

何が違うっていうんだ。

才能溢れるお前になにが分かるっていうんだ。オレと違って恵まれているお前がオレの何が分かるっていうんだ。

「俺の才能が羨ましい、確かそう言ったよな」

「……ああ」

確かにそうさ。お前くらいの才能さえあれば俺だって、『ずっと夢が見えたかもしれない』。

だけど醒めちまった夢はもう二度と見ることは出来ない。

夢っているのはそんなもんだ。

「俺だって、ナルトの才能が羨ましかった」

うちは、サスケがそういった。

リーがオレの才能を認めてくれた時と違い何も感じない。

もう夢は終わった。全てが分かった。オレは神に愛されていない、それがこの結果なんだと。

「馬鹿にしてんのか?」

いっそその方がありがたい。もう二度とあんな悪夢は見たくない。

「写輪眼は全てを見通すと言われている…」

「んじゃ分かっただろう。オレが羨むに値しないって事実がよ。それとも本当に馬鹿にしてんのか?」

いい加減話し止めろよ。

爆発しそうだ。

「そんな凄い眼でもよ……見えないんだよ。まだお前が、全然…」

悔しそうに、本当に悔しそうに拳を握り締めるサスケ。

コイツは野望ってのを果たさなければならない程に強さが必要なんだということを今更思い出した。

それなのにコイツの考えでは同世代に物凄い強い奴がいる。そして何時までたっても追いつきもしない、そう思っているのだろう。

本当ならこいつに呪印がいって、そして強さに執着して音の里に向かう。そんな計画だったのに随分と狂ったもんだ。

この世は歯車のように回り続け、そしてオレ等が立っている歯車は狂っている。全てが狂っちまったんだ。

狂った歯車の上で俺らは踊り狂っているんだ。

「だから、もう二度と止まったなんて口にするんじゃねぇ!!」

サスケの声が耳に入っていく。

「俺のことを天才だって言うんだろ!」

それは自然に心へ吸い込まれていくかのように、

「ならばお前だって天才だ。俺達は対等なんだよ!」

それは曇っていた雨雲が裂けていき、輝かしい光が差し込むかのような綺麗な言葉。

「俺は一度だってナルトと対等じゃないだなんて思ってことはねぇ!」

オレは溝鼠、そして汚い溝から差し込んだ光に心を洗われた。





なんでだろう。あんなに天気が良かったのに、雨が降ってきた。

止まりそうに無い雨は降り続ける。何年も見ていなかった雨だ。

もう枯れてたと思ってたのになぁ、おかしいなぁ。

「雨…やまねぇなぁ」

空っぽになっていた器に涙が溜まっていく。そう、心が満たされていくかのように。

それでもまたすぐに涸れるに違いない。そうだ、そうに決まっている。

「そうだのぉ…しばらく振り続けるかも知れんなぁ」

まだいたのか、ずっと見ていたのか。

「一晩待ってくれよ、それならば準備が出来る……」

心の準備が出来そうなんだ……。

中の化け物が暴れそうなのを止められそうなんだ、だから、待ってくれよ。

「裏の山で待ってるからのぉ…」

そう言って自来也は消える、そして残るのはオレとサスケだけ。

ポツンと立っていたサスケに言う。

「ありがとうな、サスケ」

やっと仮面を捨てられたよ。

サスケはそれに苦笑するだけだった。





いまはそれでいい。











「ワシを見つけ出すというのが最初の修行だと思っとったんだが…」

限界まで風の結界を拡大させて人の形をした風の遮断物を目星に探し二人目にしてやっと見つかった。

「来てやったんだ。そんなこと言うなよ」

体は八割修復している。体内門は開けないが全快に近い状態だ。

カブト先生には事情を説明して許してもらった。そしてカブト先生からは任務を一つ貰ってきた。

それは自来也の情報を少しでも集めてくること。

上等じゃねぇか。全力を出し切って自来也の情報を集めだしてやる。

「まぁ、そうだな。ここじゃ上手く動けんから場所を移すぞ」

そう言って駆け出した自来也は速い、それでもついて行けないほどじゃあない。

「もっと速く動いても良いんだぜ」

オレの軽口に笑みを浮かべた自来也、その直後ーーー消えた。

遥か先に白く長い髪が見えた。

速すぎる、下忍相手に使う速さじゃねぇぞ。

「ちっ!」

足にチャクラを注ぎ込んで強化、足裏のチャクラを爆発させて加速、この二つの動作を組み合わせても少しずつでしか差は広がろうとしない。

もっと速く走る方法を知っているんじゃないのか、オレは。

もっと昔、チャクラのコントロールなんて知らなかった頃に使っていた走り方があるんじゃなかったか。

唐突にそう思った。

筋肉の伸縮を最大限に使い理想的な体の使い方を学んだんじゃなかったのか、オレは。

思い出す、それは無駄の無い動き、使い方。

変な技術なんか必要なかったあの頃を思い出す。

枝の上から走る場を地上へ移す。

足を動かす回数を枝の上よりも更に増やす。体を傾けろ、それは地面に摩れるほどにまで。

膝の上下運動だけで体を走らせよう、それだけで前に進むのだから。

軟の改造は本来何の為の技術だ、それは如何な上体でも絶対的な平衡感覚を得る為だ。

故にオレは地面と摩れるほどに体を倒した上体でも、走れる。

そうだ。そうだ。そうだ。

オレは忘れていたんだ。体術だけでも全てを凌駕出来るということを。

そしてそれをリーが証明してくれたことすらも。





枝の上を伝っていた時よりも大きく自来也との差を縮めていった。その走法に今度は新しく学んだチャクラコントロールを組み合わせた。

膝の上下運動に使うのは裏腿と袋脛、そこにチャクラを集中的にチャクラを込める。

それだけで更に差は縮まった。

地面と平行に走る場合行使するのはつま先のみ、ならば一々足の裏全てにチャクラを込める必要も無い。つま先のみにチャクラを集中させて弾けさせる。

更に自来也との差は縮まりもう目の前になった。

「まさか、もう追いついてくるとはのォ…調子に乗ったと反省しようと思っていたんだが」

顔が地面を向いているから真上から自来也の声が聞こえる。

この状態で走る場合は前が見えない、周りが見えない。それだけにオレは幸運だ。

風の結界もある。そして白眼もある。普通の人だったら重大な問題でもオレにとっては関係が無いのだから。

「反省する必要なんかないぜ、これくらいが丁度いい」

果たしてオレ達は修行の為の目的地へ向かっているのだろうか、この速度でこんなに長い時間を走っていたら山を一周しちまう。

「ナルト、面白い走り方じゃが……ちと前が見難いんじゃないかのォ」

「今日は風が強いだろ?」

風の遮断物が目の前に何があるかを教えてくれる。

白眼を使わなくても敵のいない場所ではそれだけで十分だ。

「昨日のアレか…」

アレというのが風の結界なのだろう。結界というのもおこがましい防御力だが元からそんなもん期待してねぇ。

ちょいと手裏剣が逸れるだけで十分なんだからな。後は接近してくる相手を察知できればいい。

「螺旋丸の応用のようじゃが……よく考え付いたのォ」

螺旋丸が出来なかったからこっちにしか選べなかったというのが正しい。

まぁ、とっくに諦めたけどね。

「螺旋丸っていうのは、これか?」

そう言って未完成の螺旋丸を作る。あと一工程で完成するというのにうまく圧縮できない。

チャクラコントロールならば極めたといってもいい。しかし意識しすぎると回転が弱まってしまい、それでいて威力を最大限にするとコントロールが出来ない。つまり全力でやれば圧縮が出来ないということだ。

「ふむ…まだ圧縮しきれてないようだな」

「もう諦めたさ」

そう言って溜息を吐いたところで自来也は動きを止めた。

「…ここか」

「元から目的地なんてなかったんだがな」

なら走らせるなよ。走り方を変えてなかったら迷子だぞ、オレが。

「んで、なんの修行をすんだよ」

サスケの言葉で少しだけ、本当に少しだけやる気が出てきた。

真っ黒に染まったオレという幻想に少しでも綺麗な白を入れてみたくなった、木の葉の里にいるその日まで。

木の葉のうずまきナルトがほんの一人でもいい、綺麗に見て欲しかった。

その為にオレはここにいるのかもしれない。

「鬼ごっこなんかどうだ?」

「は?」

ふざけてんのか、と思ったがそうでもなさそうだ。

追いかけるのは伝説の三忍の一人なんだから追いつくのは難しいだろう。

白眼と結界を全力で使えば何とかなる、という問題ではないかもしれない。

「鬼はワシ、逃げるのがナルトだ」

「は?」

オレの予想とはまったく逆の組み合わせで死の鬼ごっこが始まった。







ボン、とオレが身を隠していた木が破裂した。

如何な術をしたのかすら分からなかった。

無数の手裏剣が跳んでくる。しかし何時もの通りに動けない。それは、地面が沼と化しているから。

「この化け物!」

どんなチャクラをしてやがる、地面の一体を浅い沼にしやがった。そのおかげで力強く踏み込めない。

水上歩行の行は体得している。それは水の上を歩ける、走れる等といったことが出来るようになるだけ。チャクラのおかげで体を浮かせているだけなのだ。故に思い切り踏み込んだら音を立てて足が沈む。音が立ってはいけないのだ。自来也の忍術のいい餌食だ。

「化け物か、そりゃそうだ。ワシは鬼じゃからのォ」

どこからかそんな声が聞こえる。

白眼を使うと後ろ23メートルの木の上にいた。そして既に忍術を放つモーションに取り掛かっている。

速すぎる、これが伝説の三忍なのか。





鬼ごっこが始まる前に言われた。

『昨日の手合わせの時に一撃も届かなかった』や『少し自分に自信があり過ぎる』だのと。

後者は関係ねぇじゃねぇか。

これは鬼ごっこ。子供がやる鬼ごっこじゃない。鬼を退治する鬼ごっこらしい。

つまり一撃を与えればいいのだと自来也はそう言ったが与えられる隙も余裕もあったもんじゃねぇ。

周りは気だらけ、遮断物が多すぎて結界がうまく活用できていない。

ならば、全てを吹き飛ばせばいい。

風がオレの周りに収束してくる、そして最も密度が高くなった瞬間、全てを吹き飛ばせ。

「回天ッ!」

間欠泉の如く吹き荒れたチャクラを体で捻って形と動きを作る、そしてオレの周り一帯が吹き飛んだ。

そして体の回転が終わったと同時に頭部に重い一撃が入った。

結界が無くなったから急接近してくる自来也に気が付かなかった。

そしてオレは生暖かい泥沼に倒れた。





「今のは日向家宗家の奥義の筈だが…これはこれで面白いかも知れんのぉ」

面白半分でかなりの速度で走っていても追いついてきた脚力、中忍でさえ予測できないだろう攻撃を三時間凌いだ精神力と技術力。

自分が止まったなんて思っていたくせにとんだ裏技すら持っている。

「初日でここまでいくとなるとあと三日したら化けるかもしれんぞ、カカシ」

本気で気配を隠して殺気すら放っていなかった攻撃にすら反応するナルトは間違いなく下忍の領域を超えている。

九尾に翻弄されている訳でもなく芯のある意思で鍛えてきた力もある。

大蛇丸が呪印を与えた意味も分かってきた。

ナルトだけは大蛇丸に渡してはならん。

ナルトは化ける、それも伝説の三忍と呼ばれたワシを超えるほどの忍びに。

「今はまだワシの方が強いがのォ…」

すぐに超えられそうだ。







目が覚めた。空は黒く、一つの真珠。月は何時だって輝いている。それ以外に存在意義がなく焦っているかのように。

服は泥で不快だったから近くにあった川原で洗った。

水浴びの後の煙草はまた一段と美味しく感じる。冷え切った体に熱い何かが浸透していく。

肺は満たされ五臓六腑は溶けていく。

そこら中に回天で吹き飛んできた大木が倒れている。少し悪い気がしたがまぁ、どうでもいい。

そういえば中忍試験の相手を聞くのを忘れていた。それもまぁ、どうでもいい。

できればネジがいい。容赦なく倒せる気がする。それも難しいかもしれない。アイツは天才なんだから一ヶ月もあればどんなにも強くなれる。

リーの怪我は大丈夫なのだろうか、体内門、そしてオレが与えた深い傷はどうなっているのだろうか。

それはすごく気になった。

何事もなければ良いのだが。

オレはそう願ってまた深い眠りに入った。





また地獄の鬼ごっこが始まって数秒で大きな破砕音が森中に張り響いた。

といってもオレの攻撃の音なんだが。

「その歳で形態変化を体得しておるとはのォ」

そういってオレの風の刃から紙一重で避け続ける自来也。その動きは白眼で見ていても捉えることは難しかった。

スローモーションのように写る世界、それでも自来也だけは通常の人間のように動き回る。

片手に握ったアイアンナックルを媒体に形態変化と性質変化を施し風の刃となる。

アスマ曰く、それを飛燕と呼ぶらしい。

強化を施したオレの肩力と腕力、そして改造を施した筋肉によってそれは恐ろしい速さを持って自来也へと刃が向かっていくが自来也は紙一重で避けている。

腕を一振りする毎に大量の木々が薙ぎ倒されていくのが圧巻だった。なんの抵抗も無く刃は大木を通り抜けていく。本当に斬れたのかと疑問に思った直後に音を立てて倒れていくのは快感だった。

そして自来也が大きく跳んだ直後に飛燕を扱っている方と逆の腕の手首を千切れるまで捻る。軟の改造が施されたオレだから出来る芸当だ。

そして捻れていた手首が元に戻そうとする力を利用した千本の投擲術、捻花。

高速の回転は安定性と貫通力をあげてくれる。

それは敵を貫通し血の花を咲かしてくれる故にオレが懐けたオリジナルの技だ。

そして捩花は自来也を貫こうとするが自来也はそれを指と指の間で止めてしまう。

それも想定内、捻花の回転は指の力だけでは止まることは無い。

「いい技だ」

止めることを止め首を逸らした後に指を離し千本は空の彼方へと飛んでいく。

「はっ、言ってろ!」

そしてオレはまた自来也を狙って腕を振るう。

鬼ごっこと呼ばれたこの修行、それは絶対的に上の相手に如何にして勝つかというオレの精神力と戦闘力をあげる修行と見た。

ならば、オレは責めることのみ考えればいい。

もとより防御用の術など覚えたことも無い。

「お前が諦めた術の完成形を見せてやろう」

そう言って自来也が掲げた右腕に九尾の夢でみた強烈なチャクラの回転が始まっていく。

あれを防ぐ手段が見つからない。

そして一つ思った。

あの形態変化だけを極めた術とオレの飛燕、どちらが上なのかを確かめたい。

全てのチャクラをアイアンナックルに込める、そして無色だった風の刃がチャクラの比率によって蒼く染まっていく。

それは質量が無かった前の状態に比べ遥かに存在感を感じさせる。

チャクラが物質化するなどありえないが、今の飛燕は確かに物となって存在しているように思えた。

「耐えて見せろ」

「テメェこそな!」

自来也の螺旋丸とオレの飛燕がぶつかった。

全てを切り裂く風の刃と全てを抉っていく暴風の塊、周りの空気を巻き込んでぶつかり合った。







ナルトはワシの螺旋丸を直撃して吹っ飛んでいったが、まさかあそこまで螺旋丸を削っていくとは思わんかった。

「確かに、一撃は一撃だのォ…」

確かにナルトの攻撃はワシに届いた。あの形質変化と性質変化で作られた刀がワシの螺旋丸を削って、それでもワシの手に届いた

ワシの手から止まりそうに無いくらいに血が流れとる。

つうか痛い。

帰ろっかな…。原稿の続きもあるし……。









準備期間、五日目。



「この二日間で一つ分かったことがある」

螺旋丸で抉れた傷痕の治療の後すぐに倒れるかのように眠りにつき起きたときには自来也はそこにいた。

というか昨日のうちに捕まえておいた川魚を勝手に焼いて食べてやがる。

後で請求してやる。

「なんだよ、やっぱり才能が無いってか」

そうだったらいいな、すぐに帰って先生の実験に付き合いたい。

「ナルト、お前には決め手が無い」

自来也はそうきっぱり言った。

「あるじゃねぇかよ、コレが」

そう言って飛燕を出す。刃渡りは込めるチャクラの量によって変幻自在、切れ味にしたらピカイチだ。

それが決め手ではない筈が無い。

「んなもんよく切れる刀を持っているのと変わらん」

「伸びるぞ、あと見え難いんだぞ」

そういって伸ばしたりして自来也に見えるが鼻で笑われた。

「んなもん格上に効かないもんだ、このワシのようにな!」

そう言って大笑いをしているおっさんの右腕には包帯が巻かれている。

効いてるじゃん。

「その包帯ってなんだよ。見たところ切り傷のようだが」

巻き方や痛みに対する仕草で大体の内容は分かるのだが、何故に隠そうとする。

そんなに嫌なのか? オレに傷をつけられたのが。

「それでお前に口寄せの術を伝授しようと思う」

「無視すんなや」

「そう、たとえ一人では無理な戦いでも契約を済ませておいた生き物を好きなタイミングで呼び出せる。これこそ決め手といってもいい」

「勝手に納得してんじゃねぇよ。歳なのか? オレの言葉が聞き取れないくらいに年老いているのか?」

「まずワシが手本を見せるからのォ…よく見とけよ」

そう言って勝手に印を組み始める。

本当に難聴なんじゃねぇのか、おい。

手術してやろうか、そう口に出そうと思ったとき自来也の忍術が完成した。

「忍法、口寄せの術ッ!!」

地面に力強く両手を押し当てると白煙が立ち込めた。

正直煙い。なんで毎回こんな煙が立つんだよ。

その白煙の中には脂の乗った、ではなく巨大で美味しそう、でもなくとにかく大きい蛙が現れた。

見た目的には食用だ。確かに飢え死にしそうな時は口寄せが役に立つかもしれない。

たとえば樹海で遭難したときこっそり契約していた農家の牛を口寄せすれば食い繋げそうだ。

確かに便利かもしれない。

「結構面白いな」

「そうだろ、お前もこれに名前を書いて契約を済ませろ」

そういって背負っていた巻物を開くと多くの蛙の名前が書かれた欄がある。

適当に名前を書いて終わらせる。

まぁ、もとから口寄せなんて興味は無いんだから。

それはオレが目指しているのが先生だからだ。

先生が口寄せを使ったところを見たことが無い。それは契約をしていないからだろう。もし、していたとしても使う必要が無いほどに強いのだろう。

どうせ使うなら道具がいい。体を鍛えるよりも武器を揃えることで強くなることも可能だ。

ならば大量の武器を口寄せする方がオレらしいと思う。







準備期間七日目。

口寄せの契約を済ませてから既に二日経ったのだが、未だに口寄せの術で何一つ出てきやしない。

どうも腹の中の化け物が拒絶しているようだ。

チャクラの供給すらストップしている。相当この状況を気に入らないようだ。

そういえば九尾が暴れていた頃に自来也の螺旋丸を喰らって痛かった覚えがあるな、だから嫌いなのか。

オレは口寄せの術を習得することは既に諦めている。もとから興味ないし。

別に覚えなくてもいいか、という感じだ。

それにしても何の実りもない日々だ。

唐突に苛ついてきた。

やばいな、ニコチンが切れてる。

「気合が足りとらんのぉ…」

「飽きたからな、そんなもんだろう」

ああ、煙草が美味い。止められんねぇよ、まったく。

「普段とは違ったチャクラを感じたことは無いか?」

九尾のことだろう。きっとオレがまだ気付いていないとでも思っているのだろう。

ちょいと驚かせてやれ。

「これか?」

呪印を発動させる。意味の無い破壊衝動が膨らむのが分かる、それでも今は余裕がある分制御が簡単だ。

力を込めなければいい。何も感じずにシカマルのようにぼーっとしていれば何も感じない。

「コントロール出来るのか」

「すぐに順応したさ。この感覚は前から知ってたからな」

憎む、という感情はオレがこの里で暮らす上でいくらでも感じることが出来る。

それなのに何年もこの里に残っていたのは夢を見ていたからだろう。

中忍試験が終わり次第に出て行くさ。塵には蓋がお似合いなんだよ。

「お前が言いたいのは九尾のチャクラだろ?」

「知ってたのか。なら話しは早い」

「でも無駄だよ、九尾はこの修行に協力してくれない」

自分以外の生き物と干渉しようとしないのかも知れない。もしくは気に食わないかだろう。

コイツもオレもいい位に狂っている。いい具合にだ。

「んなもん根性でどうにかしろ」

そんなことを言ってきた。

馬鹿じゃねぇのか? と真剣に思ったが相手も真剣のようだった。

世の中には多くの教科書がある。教科書とは要は自分が正しいと思っていることのことだ。

つまりコイツの教科書には全てが根性で達成されると書かれているのだろう。

「出来るわけねぇだろ。んなこと出来たら今頃オレがこの里を堕としてるぜ」

音の里が出る幕もねぇんだよ。九尾の力を自由自在に扱えるんだったらすぐにでも使ってるさ。

「そんときゃワシがお前を殺すから安心して九尾のチャクラを使っていいぞ」

駄目だ。

相手に殺すだなんて言われたら、やっぱり血が騒ぐ。

「誰を殺す、だ。もう一回言って見ろ」

「ワシがお前を、だ」

ドクン、

お前がオレを? お前が先生の助手を殺す? 冗談言うんじゃねぇよ。

先生の助手に敗走は一度としてありえない。故に負けは存在しない。

「望み通り出してやるよ、化け物の力を舐めんじゃねぇ!」

ドクン、ドクン、

黒いナニかが流れ出してきた。珍しく中の化け物が気分がいい。

そりゃそうだろう。目の前の自来也はテメェに喧嘩売ってきた奴の一人なんだからな。

修行なんて終わりだ。

んなもんやっても意味がねぇ。オレはあの時から一歩だって進んじゃいねぇんだからな。







早朝にカカシに尋ねた。(もちろん寝ていたが)

一番ナルトを怒らせる言葉を。何故なら九尾のチャクラとは怒りや憎悪に反応すると聞く。ならばそれを使わせるには怒らせるしか方法がないからだ。

そして教えられた(それを言ったのはサスケという小僧だったような気がする)言葉を口にした。

『殺す』と。

そうしたら予想通りに九尾のチャクラがナルトの体中に放たれた。

「――――うおおおお!!」

本人のチャクラ、そして九尾。おまけに呪印まで暴走して本当に化け物と化したナルトがワシに向かってあのチャクラ刀を振り回している。

下忍で医療班希望というのは知っていたがここまで完璧な身体強化、および身体活性化などここ最近では見たことが無い。あるのは綱手くらいなもんだ。

今のナルトは上忍レベルだ。

たかが12の小僧だと甘く見た直後に切り殺されるやも知れん。

ヒュンッ、とまたあの回転の掛かった千本が飛んでくる。あれは止める術を持たない。薄い鉄板ですら楽に貫くやも知れない。

この里は化け物を作ってしまった。それは数年もしない内に九尾すら超える程の化け物を。





風を切る音が聞こえた。

それが単純な蹴りによる風圧で生じたものだと理解したときにはワシはそれを避けていた。

「(速い、それに重いぞこの蹴りは)」

地面を蹴り、少し身体を移動させたところで漠然とそんなことを考えた。先ほどまでワシが立っていた場所のすぐ後ろに生えていた大木がナルトの蹴りでまるで斧で切られたように切られ倒れていった。

速さだけではこんなことにはならない、それに蹴りのモーションに移ったとき一瞬チャクラの変動を感じた。

なんかしろのタネがあるのかもしれない。

一瞬ナルトの動きが止まった。その直後にまた消えた。

タイミングをズラしたのだろう。接近戦ではいい戦法だ。

よく考えられている。それだけに疑問も生じる。たかが下忍がこれだけの動きが出来る筈が無い。

「うおおおああぁぁぁぁぁ!!」

横一文字の横薙ぎ、風に質量なんてある筈が無い。故に速さを決めるのは術者の腕力となるのだが今のナルトの場合ワシでも危うい程の速さだ。

一瞬ナルトの腕が奇妙な曲がり方をする。それは鞭のように撓り反動で筋肉だけでは不可能な速度を作り出す。

「うおッ!」

今のナルトの飛燕は赤黒く変色している。それが九尾のチャクラと呪印の効力のお陰なのだろう。攻撃範囲が馬鹿のように広い。

後ろに下がるだけでは避け切れない。ワシが上に飛んだ時、ナルトはすでに跳んでいた。

ナルトのギロチンのような絶対的な攻撃がワシの首を刎ねようとするがそこに来ることはすでに分かっていた。

捻じ込むかのように首を前屈みにしそれを避ける。

着地した時にはまたナルトの姿が見えなくなっていた。

即座に倒れるかのように体を地面に伏せるかのように倒す。ナルトの飛燕が今さっきまで立っていた腰辺りを通り過ぎていく。

確かに、今のナルトの身体能力は油断してはいけない程だ。そして同じように今の飛燕ならばワシの全力の螺旋丸でもどうなるか分からない。最悪、腕が無くなるやも知れん。

振り向いたときにはすでにナルトの姿は無く気配の隠し方も完璧だった。

それでも分かる。次にどこを攻撃してくるのかが。

チャクラを込めた右腕で顔の側面を守る。次の瞬間、右腕に鈍器で殴られたような衝撃が走った。

「(キレる前だったならば今のでお仕舞いだったかもしれないのォ…)」

視界の片隅には舌打ちをするナルトの顔が見える。

キレる前のナルトなら変幻自在に攻撃のコースを変えて確実に一撃を与えてきた。それは賞賛に値する集中力と洞察力、そしてどんな相手でも一撃で息の根を与えられる手段を持っているからだ。
今のナルトの動きはひどく機械的でそれこそ無駄が無い動きだ。だからこそ動きが読みやすい。

「(的確過ぎる程に相手の死角、それも最短のルートで攻撃しかしてこない今ならば読むことも簡単だ)」

ナルトが印を組み始めた。

丑申卯子亥酉丑午酉子寅戌寅巳丑未、、、、

あれは水遁忍術の中では上忍級の忍術じゃねぇか。あれを出されたらやばいっつうの。

しかし、あれを完成するにはまだ時間が掛かる。今から全力で前へ詰めればギリギリでワシの方が速い。

本気で踏み込んで一気にナルトの方へ跳んだ。その直後、後悔することとなる。

ナルトは組んでいた忍術を即座に中断すると、右腕を一振り、そして軽く捻り槍のような形態となる。その爪先には赤く集約したチャクラが血が滴るかのように貯まっている。

「なっ!?」

長い忍術はフェイク、ワシが完成までに止められると知っていてその上でワシが止めに入ることすら予測しての罠だったとは。

張り裂けそうにまでチャクラを込められたナルトの腕、もはや槍と言ってもいい右腕が放たれた。

直後、右肩に焼けたかのような痛みが走る。

一瞬、ニヤリと笑みを浮かべるナルトの顔が映った。

「ふざけるな、小僧!」

その顔面目掛けてワシの渾身の拳が決まったのも同時だった。





数秒経っても起き上がってこないことから気を失っていることが分かり口に溜まった血を吐き出す。

「なぁにが止まってるだ…十分強いじゃねぇの」

かなり最後は危なかった。

あのにやけている顔のすぐ真横に右腕と同じ状態の左腕まであった。一瞬でも遅かったらもう左肩が殺されていた。

もし、最初から怒りに振り回されずに九尾のチャクラを自由自在に扱え、その上で呪印まで使われていたら殺されていた。

「こいつは大蛇丸以上に危険物だのォ……なぁ、四代目」

ワシはそう呟いて病院に直行した。

ナルトのお陰で穴の開いた肩を見て危ないと悟ったからだ。

ワシは昨日までは森であった後ろを一度振り返り里へ向けて跳んだ。







最近は気絶することばかりだ、そう思い目を開けた。

周りは切り倒された樹木で囲まれている。そして口の中が痛い。そこら中が切れている。

相当本気で殴ったのかもしれない。咄嗟に口の中まで強化していなかったら歯が全て折れていた。

「畜生ッ!!」

思い切り拳を地面に叩きつける。地面は割れた、それでも自来也の顔が割れるわけじゃあない。

それが無償に苛立たせる。

「畜生ッ!! 畜生ッ!! 畜生ッ!!!」

完全に負けた。

先生の助手が、完全に負けちまった。

拳を握っていた手の皮膚が切れる、血が流れる。色は赤、やっぱりオレは人間なんだ。

不完全の人間なんだ、やっぱりオレは。

体内門を開いていたお陰で力も入らない、呪印の開放のおかげでチャクラも空っぽ。

なんて無力なんだ。オレは。

今の状態ならそこら辺に徘徊する動物にすら食い殺されるだろう。

なんて無力、なんて未熟、なんて弱すぎるんだよ。

生きてきた十年以上が意味が無かったみたいじゃないか、こんなくだらない負けばかりの生き方なんて、本当に意味が無いじゃないか。

「なんて無力なんだ…力が欲しい。絶対に負けない力が欲しい!」

一度だって敗走は無く、一度だって勝利も無い。

逃げることを拒み、負け続けてきた。一度でもいい、オレに勝利を。





最後に、笑い狂う狐の化け物の笑みを見た。







準備期間八日目。

チャクラはある程度回復した、それでも体中の節々がまだ逝かれている。

筋肉もまだ脆い。全力で動き出した瞬間に崩壊しそうだ。

「はっ、笑いにでも来たのかよ」

目の前には自来也が立っていた。その表情に感情が無い。まるで無理矢理隠しているかのように。

「無様だのォ…似合っているぞ」

「オレもそう思ってたところさ」

自来也の右肩には包帯が巻かれているだけであった。オレが遭わせた怪我が一晩で治る筈が無い。一応は殺すつもりだったんだからな。

死ねばよかったのに。そうすればオレも負けなくて済んだ。そして音の里に貢献できたというのに。

「今更殺しに来たのかよ、無駄だから帰れよ」

「ワシにはそこら辺の犬でも殺せそうに思えるのだがのォ…」

さっきオレが思っていたことを言いやがった。

九尾はずっと笑っている。何が面白いんだというんだ。

何かを狙っているようにそっと物陰で身を潜めている。何を狙っているのかはオレにでさえ分からない。きっと誰にも分からないだろう。

「死なないさ、オレはあのひと以外にこの命を受け渡そうとしない」

化け物の力など必要ない。オレはオレの力で解決してやる。たとえそれがどれだけ醜かろうが汚らしいだろうが、それでも生きてやる。

オレが自来也にそう言うと自来也は目も止まらぬほどの速さでオレの目の前に立ちオレのこめかみを蹴った。

それだけで脳の働きが止まるほどの激痛が走りオレは意識を無くした。

最後に、

「試してみるか」

そんな言葉を聞いた。

試す必要も無いさ、こんな塵屑のような命、あの時から誰のものか決まってたんだからな。







「目を覚ませ、ナルト…」

首が絞まるような感覚と自来也の感情を殺した声に目が覚めた。

オレの首には自来也の首、そして妙な浮遊感。足元を見るとそこは崖、オレは自来也が力を抜いた直後崖へ一直線に落ちる状態となっていた。

殺される、一瞬でそう悟らせてしまう自来也の目は恐ろしかった。

何がしたい、オレを殺したいのか。しかしどれだけ凝視しても感情が死んでしまったかのような自来也の顔からは何も読み取れなかった。

「…ぐ、なにが…したいんだ」

喉を絞められていて喋るのが窮屈に感じる。それでも目の前に転がっている死に比べれば我慢して喋れた。

「お前の為になる教えを一つ教えを説いてやろうかのォ…」

やっと表情が出来た、そう思ったが自来也の顔に浮かぶ表情の名前が分からなかった。

知っているような気がして知らないような気もする。

分からないんじゃなくて知らないのかもしれないし本当に分からないのかもしれない。

どちらにしても一つ分かる。オレが最も嫌いな感情を点した表情ということだ。

しかし、ここで暴れた直後奴は手を離すだろう。

オレに話を聞かせるためだけにここまでやったと言うのならばそれこそ殺してやる。

自来也はオレの目をまっすぐに見ながら話し始めた。

自来也は何時だってまっすぐに人の目を見てくる。それが逆らう気力を削がすのかもしれない。オレは知らない内に聴く体制になっていた。

「怒りで周りが見えなくなった奴は確かに脅威と成りうる…しかし、それは冷静な者からしたらただの獣にしか見えない」

まるでオレのことを言っているようだ。

何が言いたい、そう言いたかったがオレには発言権が渡されていない。もしそれが欲しいのならば命だ代金となるだろう。

「しかし、冷静な者に対して本当の脅威とは怒りをコントロールされることだ。怒りをコントロールした者はなんの副作用を必要とせずに全力が出せる。これ以上に脅威のものなんてありゃせん」

「なにが…言いたい」

分かっていた。すべてオレのことだ。

オレの首を掴んでいる自来也の腕に力が入る。やはり口を挟むべきではなかった。

「賢いお前ならば分かっているだろう。お前の全力とは代償として理性を売っているようなもんだ。そりゃ団子一本に札束を渡して釣りを受け取らないのと同じくらいに馬鹿なんだよ」

んな馬鹿な話があるか。

あれ程の強力な力を無償で手に入れられる筈がない。そりゃ才能のある奴のセリフだ。凡人には悪魔に魂を売らなくては強くなりはしない。

お前は腹に化け物を飼わされたことがないから言えるんだ。

あれ程の甘美な誘惑に惑わされたことが無いから、そんなことが言えるんだ。



腹の底で化け物の笑いがさらに大きくなったような気がする。

それは馬鹿な生徒が難しい回答を解いて笑いながら褒める教師のような楽しそうな笑い。



「九尾に惑わされるな、お前自身が強くないとそれは難しい…しかしナルトにはそれが出来る強さがある。自分の意思で九尾を従わせろ。お前が宿主なんだ。自分の意志で生き延びて見せろ!」

急に腕の力が抜ける。そして感じる浮遊感。

ああ、死んだ。

そう確信したと同時に行なったことがあった。

有りっ丈の呪詛を込めた瞳で最後の最後まで自来也を見つめ続ける。

地獄で待っていろ、テメェだけはオレが殺す。そう念じて睨んだ。







周りは不自然に横に伸びた鍾乳石、それに手を伸ばそうとするが雨露や湿気のお陰でうまくつかめない。

「ッ痛!!」

掴み損ねたおかげで三枚の爪が剥げた。

指に力が入らない。怒りで発動した呪印のせいでチャクラが不安定になる。何時もならば安定しているのに怒り狂っているオレの脳がそれを許さない。

それでも不安定ながらも足にチャクラを溜めて壁に足をつける。

バンッ、という破裂音と共に壁が弾けた。破片が足に刺さり砂飛礫が目に入った。

そして連なっている鍾乳石に足を持っていかれた。筋肉が裂け骨が砕ける。

「最悪だッ!!」

なんでこんな目に合わなければいけないんだ!

一度でも味わって見ろ! 九尾の誘惑を! 化け物の甘美な流れを!

なんでオレだけがこんな目に合うんだ!

「畜生ッ! 畜生ッ!! 畜生ッ!!!」

下から吹き上がる風で体が反転、目が潰れているオレには今はどちらを向いているかすら判断がつかない。

こんな狭いところで風なんか作れない、それをつくるチャクラすら残っちゃいない。

着地が出来ない。両足が折れてでも着地を心がけても今はどっちが上で下かすら分からない。

ガンッ! と長く横に伸びた鍾乳石が脇腹にぶつかる。

それに吐き気がした。そして口の中で鉄の味が広がる。

頭が白くなっていく。

何時だってこうだ。誰もオレを理解しようとしない。だからオレも理解しようとしない。しかし、誰もがオレを責めオレを苛める。

なんでいつもオレなんだ。

好きでこうなったわけじゃないって言うのに、なんでオレなんだ。

化け物じゃない。言われたとおり化け物になってやろうとしていても、オレは人間なんだぞ。

オレだって弱っちい人間なんだぞ。

転んだら怪我もする。殴られたら痛いって思う。悪口言われたら心が傷つく。

こんなオレのどこが化け物なんだ。オレだって人間だ。

オレだって皆と同じ人間なんだ。

なのに、



「…………ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

化け物にしたいのか。オレを、こんな歪で壊れた化け物に。

心が静まらない。壊れたいと願う。

視界が歪む、こんな世界なんかぶっ壊してやりたいと。

今、やっと分かった。

この里だけじゃない。世界がオレを拒絶しているんだ。

「は、ははっ……ははは……………殺す……殺す…アイツ等…絶対に殺す!!」

ならば拒絶してやる。オレが世界を、テメェ等を。

ならば拒絶してやる。オレが世界を、何かも。







腹の底で化け物の笑いが最高潮となる。それは脳を超えてオレの口から這い出てくる。

それは馬鹿な生徒が難しいテストで満点を取って笑いながら生徒の答案に花丸を書く教師のような楽しそうな笑い。





最初から何も無かったんだ。

だから、嘘は静かに静かに堕ちていった。











「サスケ、もうそろそろ休憩しろ。もうとっくに限界を超えている」

目の前で息を荒くしているサスケは膝を付き手も付いている。それは見てすぐに限界だと悟らせるには十分すぎる程に。

それなのに、

「もっとだ! ナルトが待っているんだ、こんなオレを…ナルトが進んでいるのに俺が止まってなんていられるかッ!」

その両目に宿す巴の紋はこれまでに無いほどに燃えていた。



俺、畑カカシは目の前のうちはサスケが目の前で成長する様を見てこれまでにない喜びに浸りながらたとえ伝説の三忍だろうが師匠の師匠だろうがナルトを他人に任せたことに後悔していた。















[713] Re[35]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 15:03




誰もオレを理解しようとしない。

だからオレも誰も理解しない。







狂った歯車の上で







里の一角にある古城跡。今ではこの隠れ里の観光スポットとなっている、と言われているらしい。言ったことも無いからそんなこと分からないのが笑える。

その鯱の上で砂隠れの我愛羅と呼ばれている少年は佇んでいた。上には綺麗な月が彼を照らしている。

月に照らされながら荒野を生きる子犬のように見えなくも無い。

その子犬と同様に彼も孤独なんだろうがね。まぁ、絵にはなっていると思う。

子犬は淋しくなると一人でも鳴いてしまう。誰かに気付いて欲しいと願って。

それと同じように彼も鳴く。だけど子犬とは一緒に出来ないなぁ、子犬の手とは全然似ていない大きな腕を振るって鳴いている。

残ったのは大きな傷跡が残った屋根だけだった。

子犬に戻った少年は淋しそうに月を見上げている。



「…やっぱり凄いですね、尾獣を宿らせただけはありますよ」

夜は寝れないらしい。寝不足、不健康、不衛生。それらは自然と病となってしまう。それをナルコレプシーと呼ばれる。ようは居眠り病だ。

それはとても抗い難く抗うという行為は苦しく辛い。

甘美な睡眠欲に負けてしまえば数秒で眠りにつける。しかし彼の場合は睡眠欲ではなく破壊衝動といったモノなのだろう。

「そのわりには大して驚いていないな…下調べをしていても現物を見ると皆は顔色を変えるというのにな」

僕のぼやきに返事をしてくれる人が横にいた。

交渉中だったのを忘れていた。

どうでもいいことにはどうも横道に逸れたくなってしまう癖があるようだ。注意しなくてはいけないな。

「…慣れってやつですかね。実際、私の助手にいますから」

僕のぼやきに返事をしてくれた、砂隠れの下忍達の担当上忍であるバキに僕もただ返事を返す。

まぁ、彼の方が研究する価値がありそうだ。最近のナルト君は少し腑抜けているからな、同じ世代の子供立ちと触れ合いすぎたかもしれない。

僕の実験もすっぽかす位だからね。

砂隠れの人たちにはちょうど良く身代わりになってもらわなければならない。だからこっちが頭を下げてまで協力を得る必要がある。

その後に情報処理の一環で口封じをする予定になっているはずだから今だけは頭を低くして交渉に徹しなくてはならない。

「大蛇丸様の介入で木ノ葉がどの程度動いて来るのか確かめたかったんでね…でも大したことはしていなくて助かった」

なるべく砂隠れには協力しやすい精神状況を造ってあげなければならない。連帯責任を持たせる為に音の忍びはどんな手でも打つ。

「アンタらがしくじるようならすぐに手を引く…元々、音の方から持ち掛けて来た計画だ」

砂隠れの忍びの環境を考えればこの里は極楽のようなものだ。チャンスがあれば喉から手が出てしまうほどに欲しいだろう。

「分かってますよ」

今、左後ろの柱の後ろに木の葉の忍びが隠れている。

バキでさえ気付けない気配遮断でも今の僕には筒抜けだ。心拍音が上がっているよ。怖いんだろうねぇ。

此処で僕と砂忍の上忍のバキが密会している事が木ノ葉に気付かれたら木ノ葉を崩す計画は水の泡になってしまうことも分かっている。そして条約違反で砂隠れの里は火の国に処断されてしまうかもしれない。

それはそれで音の里には有効だ。元から音の里は気付かれてもいいようにしてある。今ここで気付かれてはいけないのは砂隠れのアンタだけなんだよ。

「これが、此方側の決行計画書です…それと、そろそろ彼らにもこの計画を伝えて置いて下さい」

大丈夫。何時も通りの笑顔の筈、だ。

何食わぬ顔でこの巻物を渡してバキが受け取った直後に砂隠れは条約違反国となる。

「ああ」

受け取った。

隠れている木の葉の忍びの動悸が激しくなる。おいおい、ちゃんと逃げ去ってくれよ?

「では、僕はこれで……」

大蛇丸様に報告しに行こうと足に力を入れた瞬間、



カタッ……。



おいおい、頼むから忍びならば動揺くらい簡単に抑えてくれよ。

「……後片付けは私がしておきます…どの程度の奴が動き回ってるのかしっかりと確かめておきますから」

きっと雑魚だけどね。

「イヤ…私がやろう」

首を取りに行こうとしていた僕を止めたのはバキだった。

その顔には獰猛な笑みが浮かんでいる。

バレたら砂隠れにとっては大打撃、確実に殺さなければならないから必死なのだろう。

「砂としても《同志》の為に一肌脱ぐくらいはせんとな。それに……ネズミはたった一匹。軽いもんだ」

そういって柱に歩みを進めようとした時、



「き、君は……ギャッ!!」

柱の後ろで困惑の混じった声と同じ声質の悲鳴が上がった。

あれ、気付けなかったけど誰かいたのかな。

「彼はアンタの部下じゃないのか」

そういって柱の近くまで様子を見に行っていたバキが戻って来次第にそう言った。

そこには木の葉の忍び、ハヤトの返り血を浴びたナルト君が立っていた。

ハヤトの血だけじゃない。かなり前の血なのだろう。ぬれている血と固まってしまった血が彼の金髪に付着している。

そして彼の右腕にはハヤトの頭がしっかりと握られている。

首の切れ口はとても綺麗で教えてあったとおりだったのが教師冥利に尽きる。

「教えたとおりに出来たみたいだね」

気配の隠し方もチャクラ解剖刀も完璧だ。最初にちょっと見せてあげただけなのに後は自力で覚えていくから楽だった気がする。

特に気配の隠し方は上忍相手にも気づかれ難いかもしれない。体の機能を半分以上停止させているから死体のように気配が無いからね。僕だって気付けなかった。

「先生の教えのお陰ですよ」

そう言って空いている左腕を上げようとしたのだろう。しかし上がろうとはしてくれない。

「折れてるね。結構酷いみたいだ」

足も折れている。そして肋骨も数本か。なんだ、体中ボロボロじゃないか。

「もう先生以外にいないんスよ」

そう言って唇だけで哂って彼は倒れた。

限界だったようだ。あの気配の隠し方は体の半分を機能停止していたんだじゃなくしてしまっていたのか。

あればっかりは見せただけじゃ分かる筈無いから仕方ない。

「私は一足先に消えさせてもらう」

そう言ってバキが背を向けてあの我愛羅の方角を向いた。

「もういいのか?」

行ってしまっても構わないのだが一応聞いておいた。

交渉とはとても相手に尽くさなくてはならないのだ。

「お前の部下をちゃんと見てやれ」

そういってバキは消えた。

僕はバキに聞きたいことがあった。

「骨折をどうやって治すんだ」

こればかりは自然治癒に頼らなくてはならない。僕が知りたいよ。骨折をすぐに治す方法を。

直接骨に仙人掌をやり続けたら治るかもしれないな、まだやったことないし。

僕は助手を背負ってとりあえず家に向かって跳んだ。







本当に最近はよく気絶するなぁ、と自分の家の天井を見ながらそう思った。

谷から落ちて死に体のまま木の葉の里に向かったら城の上に先生がいるのを見つけて治療してもらいにいけば誰かが聞き耳を立てていて適当に殺ってたらとうに限界を超えていた。

崖から落ちたときは死ぬかと思った。実際に一度死んだのかもしれない。それでも生きていた。

目が覚めたとき脳裏に響いた化け物の言葉がまだ頭の片隅に残っている。

『憎しみが足りない』

その一言がオレを生かしたのかもしれない。

意地でも生きてやる。死んでたまるか、と最低限の応急処置をして里へ向かったんだ。

血で固まったままの髪の毛をぼりぼりと掻いていて体が固まった。

なんで腕が動いてんだ? 完全に折れたはずなのに。

「先生がやったのか……」

そう確信して深い溜息を吐いた時、

「ふふ、これからはプロフェッサーと呼んでくれないかな…」

メガネをキラーンと光らせながら先生はオレの寝室に入ってきた。

どうやってるんだ? 忍術なのか。

「すげぇッス!」

「まぁね…」

「感激です! 折れた骨を一日で治すなんて新技術です!」

「もって言ってくれ…」

あれこれ一時間褒め続けた。

やっぱり先生は先生なのだ。





「んでどうやったんですか。骨折なんて自然治癒でしか治らないですよ。別に針金を入れた感じもしないですし無理矢理補強した感じもしない」

腕を振ったり叩いたりして確かめる。

完璧に治っている。

他の人の骨を入れ替えたわけでも無さそうだ。完璧にオレの骨だ。

「切開して骨に直接仙人掌をし続けたら治ったよ。単純なんだね、骨って」

「まじッスか」

「おおマジさ」

やっぱすげぇよ。この人。オレだからんな無茶なことしたんだろうなぁ、所詮実験材料さ。

普通の人じゃ怖くて出来ねぇよ。雑菌入ったらそれで一ヶ月不意に消えるし。

この人のオレに対するモノ扱いに慣れたと思えてきて嬉しい半分呆れてくる。ここまで容赦ない人は見たことねぇ。

「やっぱすごいな、先生って」

最初からこの人についていけば良かったんだと後悔した。

シンプルこそが最良なんだ。この人はオレを強くしてくれる。それは先生の欲求、そしてオレの願いが一致したからこそ。

オレは強くなる。この人についていけば強くなれる。





オレにこの里など必要ないんだ。









夕日が落ちるのと同じようにサスケの体もやっと落ちてくれた。

「一体サスケになにがあったんだ?」

気合がね、この修行を初めて少ししてから違いすぎる。

サスケが変わった次の日当たりに自来也様がナルトの怒り方を尋ねに(気持ちよく寝てたのに水を掛けられた)来たがそれにはサスケが自信を持って答えていた。

一ヶ月の半分近くを身体活性化に費やそうと思っていたのに悉く裏切られる羽目になった。

異常すぎるサスケの成長速度に驚きを隠せない。

これはイタチの影を追っていただけの時とはまったく違う。これこそリーが感じていた別の追いつきたいという欲求なのだろう。

憎しみだけじゃない。サスケに対等であろうとする気持ちが向上心を刺激したのかもしれない。

いい傾向だ。闇ばかりではなく光すら見えているのだ。この歳で、たかが10を超えたばかりの少年が。

その経験が才能を活性化させ開花させる。

写輪眼を使いこなしチャクラで肉体を活性化させる。その二工程は子供がする修行なんてもんじゃない。それを苦もなく完遂させたサスケの才能は本物だ。

ナルトとサスケ、どちらも闇に見えるが実は対照的な存在。

時代は変わっている、俺等みたいな中年じゃなく若い波が世界を一掃していく時代が近づいてきている。

俺がそうサスケを見ながら思い深けていたとき、自来也様が現れた。

そして一言、

「ナルトが消えた」

そういった。

「な、なんと言ったんですか?」

聞き間違いかもしれない。俺も老いたな、本当にすぐに入れ替わってしまうかもしれない。

「ナルトが消えたといった」

「なにやってたんですか!」

「九尾のチャクラを覚えさせる為に谷から落とした。もしや、と思っていたが何も起こらずに下を見に行っても血の跡しか残っとらんかった…」

そう言ってすまなそうに自来也様、これは無責任すぎる。

貴方が言ったんだぞ、

「貴方が『修行をつけてみたい』って言ったんですよ! そんな賭け事のようなことをするのなら最初から譲りはしなかった! 本当は私が修行をつけてやりたかった……」

たかが会って数日でナルトのことが分かる筈が無いんだ。

俺でさえ分かっていないというのに。

リーと戦っているときから不安定であったのくらい俺にでさえ分かった筈なのに。

「ワシは自分の力で九尾に勝って欲しかっただけ…」

「それが無責任なんですよ…貴方でさえ勝てない九尾をナルトに任せた。ナルトはまだ十分に子供だ。それがたとえ強くても、呪印を操れたとしても、子供だ」

九尾は尾獣の中でも最強、それをたかが齢十二の子供に任せるか? それこそふざけている。

どんな誘惑をされるか分からない、なにが起こるかさえわからないと言うのに。

「貴方はしてはいけないことをしてしまったんだ」

大量の爆薬に火をつけてしまった。

今まで積み重ねてきて溜まりに溜まった憎悪という火薬に火をつけてしまった。

呪印を受け入れて生きていられるというだけで十分に脅威、それは生き残るという執念の結晶。

「分かっておる。最後にワシを見ていたナルトの眼は忘れられそうにない」

そりゃそうだ。あのナルトが殺されそうになっているのに殺そうとした人間を呪わない筈が無い。

ナルトは縛られている、それは異常なまでの強さに対しての欲望に。

雁字搦めでそれは相手が成長していたら自分が止まっているかのように思えてしまうほどに敏感な。

自来也様が右肩に巻いている包帯、それはナルトがやったのだろうか。

伝説の三忍に怪我を負わせるほどの力を持ち合わせていたのか。

「この怪我はナルトにやられた」

俺の視線で感づいたのだろう。自来也様が肩を擦ってそう答えた。

「重症のように見えますが…」

どうみても重症だ。この場に現れてから自来也様は右腕を指一本すら動かしていない。

動かしていないのではなく動かせないのかもしれない。

冷や汗が流れる。ナルトはどれだけ強いんだ。もしかすると俺ではすでに止められないのか。

「九尾の力に体内門、そして呪印を使ってきやがった……本気でワシを殺しに来とったぞ」

頭痛がする。

なんだその禁忌のオンパレードは。

体内門だけでさえナルトは驚異的に強くなれるというのに、それに九尾の力に呪印だと? それこそ脅威だ。

「二度、三度殺されそうになった…この里はとんでもない化け物を作っちまったようじゃのォ…」

たかが齢十二の子供がだぞ。まだ五年、十年ある。その時にはどれほどにまで強くなっているんだ。

初めてだ。ここまでに想像不可能な才能の持ち主は。

天才じゃない。これでは鬼才だ。

「もし暴走してしまったのなら……責任はワシが取る」

自来也様が厳しい面立ちでそう言った。

俺は一瞬なにがなんだか分からなくなった。

「なんと、言ったんですか」

責任を取る、ということはどういう意味だ。

暴走を止める、そんなことじゃあない。

それは、

「ナルトはワシがの殺す。一人でも多く殺めてしまう前に、ナルトに未来を託した四代目の為にのォ」

どっちを守る?

あんな方法でしか里を守ることが出来ずに未来を捨ててしまった師匠の為か。

理不尽な運命に未来を狂わされ何も悪く無いというのに殺されてしまうかもしれないナルトか。

俺はどちらを選べばいいんだ?

頭が白くなる。そして視界も白くなり黒くなり、元に戻ったときには自来也様の姿はなかった。

俺は悔しい。

今より力があれば、全てを止められていたかもしれない。全てが狂ってしまう前に。

皆狂っていってしまう。













[713] Re[36]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 15:05






試験会場の目の前にある物見席には既に三代目火影が席に座っていた。



そこから見える景色は人の海と言ってもいいほどの観客である。



「特に今年は人が多いのぉ…日向にうちは、それに旧家がおるからのぉ…」



にこやかに下を見下ろしていると後ろから数人この物見席にきた。



「…ぬ、風影殿良くぞいらっしゃった」



二人の護衛と共に五影の一柱である砂隠れの里を治めている風影が姿を現す。



「今年は一段と人が多いようで、随分と賑やかですね」



口元は布で見えないが目は友好的に笑みである。



「道中お疲れじゃろう」



「いえ、今回はこちらで良かった。今の火影様には、少し辛い道程でしょう。早く『五代目』をお決めになった方が良いのでは?」



忍びの本分は騙し合う事。大蛇丸はナルトが称すオカマ口調をカブトの協力を得てなんとか克服し会話を繋げる。練習中に何度も舌を切らせてくださいと頼まれたりする。



「ハッハッハ、そう年寄り扱いせんでくれ、今はまだ現役でのぉ、すぐにボロが出そうじゃわい」



そう軽快に笑って火影は観客達へ開幕の挨拶をするために立ち上がった。







狂った歯車の上で







「本戦で出場する事になっているうちはサスケ及びうずまきナルトの二名がまだ到着していないようです」

その言葉に三代目火影が顔を歪ます。

きっと彼は最後までカブトの実験に付き合っているのだろう。

話では自来也と修行をしていたと聞いていたけど殺されかけて帰ってきたらしい。

それが一層彼に闇を作った。もう彼はこの里に未練はない。

久しぶりの木の葉に帰ってきて面白いことの連続、思わず笑みが出てしまう。

しかしここでしっかり隠しておかなければバレてしまう。

「忍びが規律を破るということは多少でも良くないことじゃな」

規律だなんて破る為にあるんじゃないのかしら。

守っているだけじゃ馬鹿馬鹿しく思えてくるけど一応頷いておこう。

「そうですね、これ以上待たせると観客の皆さんが気を悪くするでしょう」

すでに観客達は興奮で薬をキメたような状態になっている。ここでこれ以上延長したらどうなるかしら。

「仕方ない、初戦のネジ対ナルトの試合を三分間だけ待ってやってくれ、三分を過ぎたらネジの不戦勝じゃ」

そう三代目がゲンマに伝えて私達は改めて観客を上から見下ろした。





「初戦は日向ネジの対戦相手であるうずまきナルトがまだ来ていないため三分間の猶予を置きます、三分間を過ぎると日向ネジの不戦勝となります」

ゲンマの声が観客や受験者に伝えられた。

受験者からは安心と動揺が波のように広がっていくのが分かる。

それは当たり前だろう。これは下忍だけの為の中忍試験、それに明らかに下忍という小さい枠からはみ出ている彼が出場されたら勝てるわけが無い。

音の四人衆ですら厳しいかもしれない。呪印を使わなければ対等に戦えすらしないかも知れない。しかし、それでは意味が無い。彼にだって呪印があるのだから。

いい線まで戦えそうなのは鬼童丸くらいね。音は通用しないから多由也じゃ無理だし。接近戦しか能のない次郎坊なんかその接近戦で負けている。

左近と右近なら鬼童丸と同じくらいできるかもしれない。それでもあの二人は暗殺用に鍛えたからその暗殺にしたって彼に負けている。

やっぱり君麻呂しかいない。

どうにかならないかしらねぇ。

そう悩んでいると気が付けば会場が少し荒れていた。

未だ来ないナルト君に対して野次を飛ばす観客が少なからずいる。相当嫌われているわね、まぁそれが今ではありがたいんだけど。

それを聞いて眉を顰めている三代目、自分の政策に失敗していると信じきれていない可哀想な人。

家族でも喧嘩をすれば殺しもする。皆が心優しいと思っているからそうなるのね。私も気をつけなきゃ。

未だに野次を飛ばし続けている観客に注意したくてしょうがない。彼なら貴方達の後ろで哂って立っていますよ、と。







「ゴホッ…ゴホゴホッ!!」

横に座っていたヒナタが突然咳を起こした。

「おい! ヒナタ、血が出てんじゃねーかよ!」

ヒナタは突然行方を暗ませたナルトを白眼で探し続けてまだ完璧に回復していねぇっていうのに無理し続けた。

あの馬鹿野郎、どこにいやがるんだ。

俺が医者がいないか探そうとした時、すでにナルトが目の前に立っていた。

「大丈夫か、ヒナタ?」

優しそうな顔でヒナタの腹部に手を添える。その手が淡い光で光っている。

きっと医療忍術なんだろう。青かったヒナタの顔色が戻っていく。

「う、うん…大丈夫だよ」

やっと見つかったナルトにヒナタは嬉しそうに、そして不思議そうに見ている。

何故消えたのか、それを尋ねたいのだろうが聞ける空気じゃない。そう聞かせない顔をしている。

だから俺が尋ねた。

なんで怪我をしていたヒナタをほったらかしにしていやがったんだ、と。

「ナルト、テメェ今までどこにいやがった! ヒナタがどれだけ心配していたか分かっているのか!」

怒気を込めていった筈なのに、ナルトの顔には何の変化も見えなかった。

全てを見透かしたような目でナルトはこう言った。

「オレだって狂っちまいたい位に苛付いてんだ。ヒナタがオレの為に戦ったんだぞ。それに対してオレは絶対に負けられねぇんだよ」

いつものナルトの筈なのに、いつもは覇気がなく苛立ちが目立っているのに、今目の前に立っているナルトは別人に思えた。

覇気とも殺気とも言えない気配が発されて何時も以上に危ないように見える。

本人が言ったように狂いそうなのかもしれない。

周りがなんといっているのかが分からない。きっとナルトに対して野次を飛ばしているのだろう。

良かったな、テメェ等。ナルトの怒りの対象がネジじゃなかったらもう二度と飯が食えなくなっているぜ。

「ヒナタ、遅れた礼はいつかするよ」

そう言ってナルトが消えた。本当に消えたように見える。

その直後に観客の声が会場中に響き渡る。後ろを向けばナルトが会場の中央に立っていた。

あの一瞬であそこまで移動するなんて、本当に戦わなくて良かった。予選で当たっていたら自分の弱さに絶望していたかもしれない。

「ヒナタ、賭けしねぇか?」

「えっ?」

分かる。自分が笑っていることが。

「ナルトが勝つに俺の小遣い全部だ」

アイツが負けるはずが無い。

今のナルトはどんな相手にだって負けない。

ヒナタは笑っていた。何が可笑しいっていうんだ、そう思っていたら。

「それじゃあ賭けが成立しないよ。ナルト君に私の貯金全部賭けるね」

「んじゃお互いに外れたらみんなでその金を使って盛大な打ち上げしようぜ」

「お店、予約する?」

「いらねぇな」

「うん」

今まで賭け事で勝った試しはねぇが今回は勝てそうだ。







「時間は大丈夫か?」

宗家の娘を治療し終わってやってきた彼は大して興味無さそうにゲンマに尋ねた。

戦えるのが当たり前だと思っているのだろう。のんきなものだ。

「…ギリギリだ」

きっと時間は過ぎている。それでもそれを言わせないような空気を彼は放っている。

「そうか…急いできた甲斐があったよ」

馬鹿にしたような笑みを浮かべて彼はそういう。

時間がギリギリまでカブトのところに居たくせによくいう。

これまでの大体の彼の行動で分かったことは木の葉の里の者に対して敬意というモノを一つとして見せていないところだろう。彼はきっとこの里を出て音の里へやってくる。

それを想像すると笑みが浮かぶ。マスクのおかげで悟られずに済んでいるがもし無かったら即座に怪しまれたかもしれないわね。

彼がこっちを見た。

私が風影としてこの場にいることを知っているのだろう。カブトが教えたのかも知れない。

「第一回戦、日向ネジVSうずまきナルト…始めッ!!」

ゲンマの腕が振り下ろされるのを観客含め受験者の全員が見つめていた。





「この時を長い間待っていた…」

ネジが構えを取ってそう静かにいった。それには子供が出せるとは思えない貫禄さえ感じる。

彼が苛めるだけ苛めて捨てたように目の前を去ったのを言っているのかもしれない。

「オレも待っていたさ…だけど直前で理由が変わった」

彼の眼の色が変わる。

今まで静かだった彼の眼が確実に変わった。それは憎しみすら込められた色に。

「テメェはヒナタを傷つけた。オレは絶対にお前を許せそうにねぇ」

彼が構えを取る。左足を後ろにずらした半身の構え。

それがどういう意味を成すのかは戦えば分かるかもしれない。

「腑抜けたお前が真剣になるようにした甲斐があったな…」

予選でのセリフや攻撃の一つ一つが彼に対しての挑発だった、と解釈してもいいわね。

よく考えてる。だけど、怒らせた彼のことも考えたほうが良かったんじゃないかしら。

「んな理由でヒナタに傷つけてんじゃねぇよ」

彼の中のチャクラが動き出した。

予選の時とは違いすぎる速さで体に浸透していく。

ネジも白眼を発動させて彼の内部のチャクラの動きに気付いただろう。

そして彼、ナルトが動いた。

観客から見れば不思議にしか思えないだろう。突然ネジの真横に彼が現れたのだから。

そして一般人の目からしたら彼の腕が見えない。首を折り曲げるつもりで彼は拳を振るっている。

「ッ!?」

ネジは急いで首を折り曲げる。そして折り曲げた方向にはすでに彼の膝蹴りが待ち受けている。

派手に鼻血を撒き散らしてネジが吹き飛んだ。

それがさらに動揺を呼ぶ。

日向家関係の者からしたら信じられないこと。何故なら白眼を持っているものが相手の攻撃に反応出来ないわけが無いのだから。

写輪眼よりも洞察力を。そしてその洞察力は接近戦で本領を発揮する。それなのに一方的に攻撃を受けた日向の歴史の中でも天才と呼ばれても遜色のない程の才あるネジが同じ下忍にだ。

私の見立てだと彼の体のキレが良すぎる。カブト、彼の体を相当弄ったようね。

軟の改造で関節という役割を省いている。あれでは体全体が関節じゃないの。

簡単に言えば股関節と膝の中間にも彼には関節があるのと同じ。

「おいおい、これで終わりかよ。拍子抜けも大概にしろよ」

本当に拍子抜け、という顔をして彼はおどける。

その態度が観客に怒りを覚えさせる。それも彼にはどうでもいいこと。彼にはこの里の人間など雑草くらいにしか思えてないはず。

まさか最後の調整を自来也がしてくれるとは思っていなかった。

「ナルト君、でしたかな。中々すごい体術を使いますね。これも木の葉の体術の一つですかな」

猿飛先生にも見えただろう。彼のしたことが。

非人道的な改造を施さない限り出来る筈が無いのだからこの人にとっても理解があるはずだ。私が編み出した方法なのだから。

「分かりかねます…一体どうやって…いや、誰がこんなことを」

あらら、もしかしたらカブト殺されちゃうかもね。相当怒らせちゃったみたいよ。

何故かカブトの笑う顔が思い浮かぶ。あの子楽しんでるわね、今もどこかで見ているかもしれない。

そしてどこか重なって見えてしまう彼の嘲笑、変なところまでカブトに似てしまっている。所詮は似たもの師弟ね。悪趣味だわ。

だけどそこは嫌いじゃない。私も悪趣味だから。

「こんなところで…終われる筈が無い!」

そういって立ち上がったネジ、気迫はすごい。それでもまだ彼には届かない。

「くく、上等だ。そうじゃなきゃつまんねぇって」

彼は哂う。自分を含めてネジを。それはこの里にい続けてしまった彼の後悔の結果なのだと思う。

なんで残っていたのだろう。本当にこの里が嫌なのなら去ればいいのに。ヘタレなのね、小心者なのよ。

ネジが彼に向かって駆ける。それは速い。速いけど予選の時に見せたリーの速さには到底追いつけていない。

それに向かって彼が拳を振るい続ける。当たるとは思っていないカウンター、何故ならネジはリーが持っていない白眼を持っている。リーが何故アウトボクサーのようにヒットアンドウェイで戦っていたのかは避けられない相手のカウンターを恐れてだろう。リー自身の速度は長所にして短所となりうる。あの速さでカウンターを受けたら一溜まりもない。だけどネジにはそれを回避できる術がある。

そしてネジのカウンターが彼の右肺に叩き込められた。

しかし彼はそれに対してのカウンターでネジを蹴り飛ばす。

跳ね上がったネジに対して更に下段上昇蹴りで蹴り飛ばす。空中で大勢の取れていないネジに対して更に腰を砕くかのような中段蹴りがネジの腰に入って壁まで叩きつける。

もう一方的だ。見ていてレベルの違いが分かりすぎる。

傷一つない彼とすでに立ち上がれ無さそうに壁に寄りかかるネジ、それは当たり前ね。

「ネジ、お前がここまで柔拳を極めるとは思わなかった。普通肘や脇腹、まして腰で柔拳までしてくるとはな」

手だけじゃない。ということかしら。それだとしたら凄いわね。頭突きでも柔拳が出来るってこと。

それならば彼が蹴るたびに柔拳をしていたってことかしらね。対策を持っていない者だったらゾッとするな。

「なら、何故…」

効いていない、そう言いたかったのだろう。

普通の人間ならば内臓なんて鍛えられるもんじゃない。普通ならね。だけど彼はカブトの実験道具兼助手よ。

「五臓六腑全てを鍛えてあるオレにはちょいと足りねぇな。オレは年単位でお前の対策を練ってたんだ。コレくらい出来なかったのなら対等張れねぇよ」

当たり前ね。ネジが彼を見ていたのと同じように彼もネジを見ていた。お互いに策を練っていたけど彼の策のほうが優れていた。

どんなことをしてでも柔拳を当てようと考えたネジの攻撃は賞賛にあたる。肘でも臍でも鼻でさえ柔拳が放てるというのなら相手が攻撃をした時にカウンターでどこからでさえ柔拳を与えられる。

それはどんな相手にでさえ脅威だ。それでも彼には柔拳が効かない。普通では鍛えていないところを鍛えているから。

打つ手がないというのにネジは負けぬ様に全身に力を込めて立ち上がる。腰に力が入っていない。最後の彼の蹴りが効いているようね。

「ならば…俺はこれからこれでいく」

そう言ってリーのように右手を持ち上げる。実力者達のどよめきが走る。

まぁ、下忍のくせにこんな技術まで持ってたら驚くわね。

ネジの右手に弾けんばかりのチャクラが収束していく。それはカカシの雷切りのように視覚で見えるくらいに。あのネジという少年、異常なポテンシャルの持ち主ね。

それを見て彼は口を歪ませる。目算でもすぐに分かる。

あれ程にまで込められたチャクラを防げるほどに内臓は鍛えられていないということが。

その上ネジ本人のチャクラが跳ね上がった。あの上がり方、予選で二度も見たから忘れようにも無い。

「お前も…かよ」

彼が呆れ気味に口ずさむ。そりゃそうよ。禁術使いばっかと戦ってんだからいい加減疲れるわね。

「ガイ班の三人は一度は修行している。安心しろ、俺はリーのように化け物じゃあない」

「ちっ!」

ネジの姿が消えて彼の真横に姿を現す。

中々に速い。リー程ではないにしろかなり鍛えてるようね。体捌きも彼に引けを取らないほどに洗練されている。白眼は動きながら自分の体をチェックできるからそれで微調整をしていたのね。

面白くなりそうだわ。

彼が肉体活性化を施して全力を出したとしてもネジが体内門のたったの一門を開けただけで凌駕されるなんて遣る瀬無いわね。





迸るチャクラと風を切り裂くネジの柔拳、それは大いに彼を苦しめている。

どうせカブトに体内門を開くななどと言われたのだろう。それのおかげで今彼は肉体活性化と軟の改造のみで戦っている。

いつもは戦いの場でも冷たい表情の彼が必死な表情でネジの攻撃を避け続けている。

禁術ばかりに頼っているからね。それをカブトは言いたかったのかもしれない。

「ふざけるな! 本気を出せ!」

ネジは激昂する。

それは彼が体内門を開こうともしないから。予選でのリーとの戦いに比べたら今の戦いは低すぎる。

それに対してネジは頭にきているのだろう。

それでも彼は静かに避け続ける。

ネジの猛攻は続く。それは観客の目を引き美しい舞を見せるかのように。

右、左、上、下、どんな状態でも絶妙なバランスを取って最高の攻撃を繰り出すネジの実力は高い。

その上体内門の第一門を開けている。下忍から見れば速すぎる動きといってもいいかもしれない。

それなのに彼には一手として触れることが出来ない。

「何故攻撃をしてこない!」

更にネジは叫ぶ。しかし返事は返ってこない。

次第に不自然に思えてくるこの攻防。誰かこの二人の動きに気付いた者はいないだろうか。

もし気付いた者がいたとしたらまっさきに驚くだろう。

ふふ、本当に面白いことをしてくれる。あの子は。

タン、タン、タタン、タン、という地面を叩くようなリズムが小さくなっている。それは規則正しく鳴り続け誰かが気づいた時にやっと本人も気付けた。

ネジが腕を振るう。そして振るう動作に入るのと同時に彼も避ける動作に入る。

在り得ない光景だ。まるで鏡。二人が同じタイミングで動いている。

「チッ…!」

ネジが腕を振るう動作を急に止めた。それは彼にとっては完全なイレギュラー。だから彼はとめる事が出来ずに避けてしまった。来ることのない攻撃を。

「あら…バレてたか」

彼は笑う。とても楽しそうに。

気が付けば、今日は風が止まない。会場の中を風が駆け巡っている。

あのリズムを刻む音、それは彼の足踏み。そしてそれは、

「お前の鼓動は力強くて常に正常だな」

ネジの心拍音。

ああ、そうか。彼は体内門を使う必要すらなかったのか。







いい鼓動だ。

聞き逃すことの無い力強い心拍音。そして常に冷静でいられるネジの精神力。

お前は本当に強くなった。そしてそれが仇となる。

「本当はよ…お前のその右腕のチャクラの柔拳を喰らってもビクともしないんだぜ」

唐突にそう言った。

きっとオレは許せていないんだと思う。

そりゃそうだ。許してしまっているオレがもし心のどこかにいるんだとしたらオレが殺してやる。

「なんだと…」

ネジはキレてんだろうなぁ。

そりゃ頭にくるし苛尽くしムカつくよなぁ。お前がオレを倒し為に注ぎ込んできたんだからよぉ。

「試して見るか? 一発殴ってみろよ」

そういってオレの左頬をネジに向ける。

アイツはプライドが高い。そしてそのプライドに釣り合うほどの才能もある。そしてその才能を錆付かせない程の努力を惜しまなかった。

認めてやるよ。お前は強い。

「できねぇのかよ。腰抜け野郎」

オレは中指を立ててネジにそう言い捨てた。

「ふざけるなよ!!」

そういって走りこんでくるネジは最高にかっこよかった。

力強い踏み込み。そして軋む筋肉。全身から発せられる覇気。全てがオレを凌駕し飲み込んでいく。

ネジの右腕がオレの左頬に触れるその直前に、

「んなわけねぇだろ。馬ァ鹿」

上半身を有りっ丈捻じ込んで避け、その筋肉の軋みの開放の力を利用したオレの渾身の裏拳がネジの左眼に直撃した。

「ギャアアァアアッ!!」

「チッ…潰し損ねたか」

手には堅い骨の感触が残っている。

アイツ、最後の最後までオレを疑っていやがった。相当オレを信じられねぇみてぇだ。

それと、ネジの身体能力と白眼の力を侮っていたみてぇだ。

当たる直前に首を捻って避けようとするのがしっかりと視界に入っていた。

「まぁ…しばらく使いもんにならねぇだろうよ」

殴った手には破れて漏れた眼房水が付着していた。

ネジは左眼を両手で押さえながら後ろに跳んだ。分かっている。そんなくだらない行動くらい。

倒れるように体を地面と平行になるまで倒し、一気に駆ける。

今のオレの足には関節が六つにも八つにもなれる。それは鞭のようにしなやかに、そして恐ろしい力の伝導率を生み出す。

それがカブト先生の実験の成果。今のオレは普通じゃない。

ネジが着地するであろう場所を予測し感知し先回りをする。そしてネジが着地する直前で足払いを放った。

「ッ!!?」

訳が分からないだろう? 半分以上信じて殴りにかかってカウンターで片目を潰されて恐怖で逃げたっていうのにまた訳が分からないことが起きてんだからよ。

オレだって怖いさ。だけど今は楽しい。

この状況、この光景、この高揚感がオレを楽しく感じさせてくれる。

「オレを本気にさせたいだ?」

腹這いの状態で横たわったネジが攻撃されるだろうと背中に意識が向かうのが手に取るように分かる。

それはまるで小動物が己を守ろうとするかのように、うざい。

「オレが一体何時テメェを相手に手を抜いたことがあるってんだ」

全力の蹴りがネジの手前に地面に突き刺さった。そして振りぬく。

「ギャァアァア!?」

会場の土台は堅い。それは試合用に踏み固められた試験会場の地面が砂になることなく形を保ったままネジの腹の真下で隆起する。岩の塊やその破片が一斉にネジに刺さる。

ネジの叫び声が会場中に響く。それがまるでオレを讃えているかのように聞こえてきた。

もう一度言おう。

「オレが何時お前に対して手を抜いたことがある?」

オレは何時だってお前に対してだけは全力を出していた筈だろう? 自分が強くなったって錯覚してっからんなことが言えんだよ。

お前だけは、とオレは常に思ってきた。

才能のある奴だけには負けたくなかった。先生がオレを見なくなってしまうんじゃないかと怖くなって必死にオレが一番強いと見せたかったからだ。

リーにも。サスケにも。そしてお前だけにはオレは本気だったんだ。

「オレを本気にさせたかったってほざいてたよな…」

必死になって抑えていた黒い感情が噴出す。

それは首筋から甘美な力を源泉のように流しだす。

「オレはな。お前等だけには何時だって全力を出してたんだ。対等でありたい、そう夢に描いていた時もあった」

そう夢が醒めたら現実をみなきゃならねぇ。

夢は甘く気持ちがいい。

現実は苦くとても不公平で痛々しい。

「だけどなぁ…」

やっぱり、オレは許せそうにない。

もし許してしまったオレが別の世界にいるとしてもどんな手でも使ってそいつの目の前に現れて五臓六腑引き千切ってやんなきゃ気が収まらねぇ。

そうだ。オレは、

「大そうな眼を持っておきながらオレのことを理解しようともせずに、んなくだらねぇことでヒナタを傷つけてんじゃねぇよ!」

ヒナタに依存している。

いる時はどうでもいいって思えてくるのに離れていたら心に隙間を感じる。

それが生み出す苛立ちを煙草でどんなに覆い隠そうとしても埋まりきれねぇ。さっき久しぶりにヒナタに会ってやっと分かった。

やっと、やっと二人目なんだ。オレを必要としてくれている人をやっと見つけられたんだ。

先生には感謝している。それはどんなに恩返しをしたとしても返しきれねぇくらいに感謝している。それでも先生が必要としているのは人柱力としてのオレなんだ。

だけどヒナタは違う。オレだけを必要としてくれていた。それがどんだけオレには分不相応であるか分かっているだけに嬉しかった。

ああ、オレはヒナタがいなければ潰れてしまう。そう分かっちまった。



狐が哂う。

殺せ、そう言い続ける。

大切な者を傷付けた奴に容赦などするな、と鳴き続ける。



そうだな、とオレは化け狐にそう言った。





ポケットからアイアンナックルと取り出す。

もう無意識になってしまった形状変化、それは三つのチャクラを吸い上げて初めて理性を保ちながら刃を生成した。

オレのチャクラと呪印のチャクラ、そして化け狐のチャクラが合わさって黒く変色した飛燕。

二枚の薄い線が磨り合わさるようなイメージ、そして更に細い線が出来上がる。

「もういいだろ? 死んどけよ」

この試験ってのは殺してもいいゲームみてぇなもんなんだからよ。どうせ恨むなら自分と主催者の火影を恨めや。

これで終わる。この里に対しての未練が全て終わる。そう安堵を吐きながらオレは腕を振り落とした。

その筈なのだが腕が重い。

いや、腕だけじゃない。体中が重く身動き一つ出来ない。

あと数センチだというのに腕が動いてくれない。

「止めとけよ、ナルト」

聞き慣れた声が聞こえた。

「お前か…シカマル」

よく見れば、オレの影にシカマルの影が入り込んでいる。影真似の術か。

解けるか? そう自分に尋ねた。

しかし帰ってきたのは化け物の答えだった。

それを聞き入れ頷くとプツン、とシカマルの影が千切れた。やっぱなんつう化け物だ。出来ねぇことがねぇんじゃねぇか? おい。

「ッ!? ……お前、自分の影を見たか?」

一瞬驚きこそしたシカマルが慎重にオレにそう言ってくる。

なんだっていうんだ。ただの化け物影じゃねぇかよ。別段驚きもしねぇよ。

そう。照りつける陽が作り出すオレの陰は次第に化け物そっくりになっていた。そして今では化け物の影そのものになっている。なにかの前兆かと思えば変わりも無い。

まぁ、もうどうでもいい。勝手にしてくれと化け物に言ったら嘲笑しか返ってこなかった。

「こいつはオレだ」

九尾は哂う。あんだ? そんなに可笑しいってか。

いい加減哂うの止めろよ。耳鳴りがしてくるじゃねぇか。ああ、そうだよ。もう少しボリュームを下げてくれれば何もいわねぇよ。

「ああ、つまんねぇ」

興が冷めちまったじゃねぇかよ。どうしてくれんだ、シカマル。それと飛び掛ろうとしている暗部諸君。シカマルは兎も角オレに飛び掛ろうとしているテメェ等には手加減できねぇぜ。嫌いだからな。

ネジは放心状態のようだ。

だが、オレはもうネジなんてどうでもいい。

どうでもよくなっちまったよ。まるで空気だ。目の前を通っていっても別段どうでもいい、そんな感じだ。

それと同じようにこの試験もどうでもよくなってきた。

「ん…」

誰かに覗かれているような感じ。ああ、こんどはアイツか。

爪を尖らせて腹に差し込む。焼けるような痛みが走る。それでも余裕を見せてこう言った。

「どうだ…乗り移って見ろよ。発狂するぜ、お前みたいな甘ちゃんが入れるとは思えんがね」

山中イノの転心の術は厄介だ。それでも先に相手が入り込められない状態にしておけばそれだけで十分。アイツはそんな状態のオレに入り込めるほど強くない。

観客共が騒ぎ出す。あんだ? 殺し合いを見に来といて血を見たくねぇのか。

ふざけんなよ。こっちが遊びでやってるわけねぇだろう。

この最終試験に辿り着くまでに何人死んだ? そして殺してきて罪を背負ってる奴もいる中で有意義に観戦してぇってか? 舐めんじゃねぇぞ。

「審判、もう止めにしね? 殺しそうだよ。コイツ」

ウズウズして止まりそうになんねぇ。周りがうぜぇ。世界がオレを拒絶している。ああ、オレはなんでこんなに長い間もこんな綺麗なところにいたんだ。本当は汚らしい筈なのにほとんどの人間が綺麗に見繕って自分は正常です、と主張しあう馬鹿馬鹿しいここになんで十年以上もいたんだ。無駄だよ。無駄な十年をありがとう。気付かせてくれた。オレがこの里の不適合者だってことをさ。

「勝者、うずまきナルトッ!!」

歓声が上がらない中忍試験なんて史上初なんじゃね?

まぁ期待なんかしてねぇけどさ。



すぐに終わらせて荷造りしようかな。なぁ、化け物。



ガオーじゃねぇよ。狐らしくコンって鳴けよ。











[713] Re[37]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 15:07






何することなく砂隠れの忍びの二人が棄権する。

もちろん何することなく勝利を得たのは音隠れの二人。

ああ、もうすぐ楽しいパーティーだ。







狂った歯車の上で







苦々しい煙草の味は時に甘く心を満たしてくれる。

苦くて美味しくない筈なのに心地良く感じさせてくれる。

空腹は最高の調味料とはよく言うが煙草に関しては苛立ちが最高の調味料。

この苛立ちも煙と一緒に消えて行ってしまえばいいのになぁ。

だからガオーじゃねぇっつってんだろ。コン、って鳴けよ。

人が一服してる時に騒ぐんじゃねぇよ。もう五本目だと? うるせぇな。吸ってる時は何時だって一本目みてぇに美味ぇんだよ。

「あぁ…やめらんねぇ」

やっぱ屋外での煙草が美味いな。室内だと煙草臭い空気で吸うことになるから咽ちまう。見た目だけなら木の葉も綺麗なんだからいいつまみにもなるさ。

そう恍惚とニコチンに酔っていた時に思いもよらない人物がオレの背後に近づいていた。

「……リーか」

「流石ですね…気付かれるとは思っていませんでしたよ」

オレが穴を開けてしまった方の腕には三角巾で支えられ体内門の副作用でボロがきていた足には松葉杖が掛けられていた。

なんでお前がここにいる? 恨みを晴らしたいのか。

「見てましたよ。ネジとの戦い」

リーの顔はまだ笑顔。それでも分かってしまう。彼の鼓動は以前のように力強く無い。

「ひでぇ試合だったろ? オレも哂っちまうよ」

自分をよ。

なんだありゃ。ひでぇって一言で済まされねぇだろ。

完璧な裏切りじゃねぇか。ネジに対してもリーに対してもヒナタに対しても…そしてオレにも。

「夢…あんだろ? リーにもさ」

「当たり前です」

そりゃそうだ。そうじゃなきゃあそこまで強くなれねぇ。

「オレにもあったんだぜ。こんなオレにもだぞ? そりゃすんげぇ奇跡なんだよ」

「分かりますよ。でもそんなこと奇跡でもなんでもないです。それが当たり前だ」

「最後まで聞けよ」

オレは止めた。これ以上リーの声は聞きたくない。

試合に勝ったのはオレだ。それでも心は完膚なきまでにオレがズタズタにやられた。

「十年以上前に九尾っていう化け物がこの里で暴れた。理由は知らんさ。だけど確実に九尾側にも理由が合ったんじゃねぇって思えてくるわけよ。だって化け物って言われてる訳だから寿命はオレ等とは違って沢山あんだろ。なのに静かに生きていたのに突然大暴れしてんだぜ? 蚤が痒くって暴れだすネコとは違うんだぞ。絶対に理由くらいあるさ。それでも馬鹿な人間達はそれを封印したのよ。臭いものには蓋をしろってね」

当時、もしオレがその時にいるんだとしたらもちろん封印に賛成だ。オレが知らない誰かの赤ん坊に封印しているさ。九尾の事情? 知らねぇよ、テメェの理由だけで殺されっかってんだ。

オレは自分勝手だ。だからオレは自分の勝手で生きてやる。その代わりテメェも自分の勝手で生きてんだろ。それがオレの道だ。

「んで九尾は封印されたんだよ。このオレにな」

「……ッ!」

いい表情だね。きっと疑わずに生きてきたんだろうね。この里は綺麗で素晴らしい! って思ってきたんだろ。

オレは違うね。この里は見苦しく綺麗に見繕ってます! って思ってるよ。

家の壁の塗装工事と同じなんだよ。汚くなっちまったからまた綺麗な色で塗りなおす。終わったらすぐに前の色なんか忘れちまって今の色に恍惚と見惚れる。

「んでそれからが最低だった。事情を隠していた筈なのに知らんうちに外に流れて、また知らんうちに今度はオレが九尾の生まれ変わりとか言われるしだいでよ。そのオレの立場に最初は怒り狂ってた。誰もオレを見てくれない。誰もオレを認めてくれない」

これは懺悔じゃねぇ。

ただの愚痴だ。許しなんて欲しかねぇ。

ただの八つ当たりだ。返事や同情なんて求めてねぇ。

君の空、塞いだ僕を責めないでくれよ。君が何を思うともオレは何時だって夢を見ていたかっただけなんだから。

「だけどこんなオレにも転機はあったのよ。ある人がオレが必要だっていってくれるんだぜ? こんな奇跡凄いだろ」

ハハハ、とオレは両手を挙げてリーの前ではしゃいで見せた。

まるでサーカスのステージの中央でおどけて見せるピエロの気分。

先生はスパイ、そしてオレはピエロ。全然似てねぇじゃん。

それがいいな。オレが先生みてぇに成れる訳が無いだろう? それも夢だったってことさ。

ああ、夢だったんだよ。何もかも。だけどこの夢は覚めても心のステージの中央で依然と、観客がいなくなってもポツンと立ち止まっている。

先生のようになりたい。そうさ。これがオレの夢だったのかもよ。

「んでオレはさ、そのオレに手を差し伸べてくれた人になりたかったんだ。だけどその人がメチャクチャ遠い人で未だに近づけたかすらわからねぇ。だけどそれがいいんだ。遠いから更に憧れるんだ。お前だってそうだろ、リー?」

ガイってすげぇよ。自来也が言っても信じられなかった根性とか努力とかさ、ガイが言ったなら信じちまうぜ。

最高に熱い男だよな。かっこいいよ。

「はい。ガイ先生は僕の憧れです」

「オレもよ。先生はオレの憧れなんだよ」

星だ。月だ。太陽だ。

手を伸ばしても届かない。辿り着きたい。そう願ったとしても辿り着けやしない最高の人だ。

「その人に追いつきたいって思い始めてからこの里のことなんて興味が薄れていくんだよ。勝手に勘違いしているのをなんで直そうとしなきゃいけねぇんだ、ってな。勝手に勘違いしとけって感じよ。確かに、頑張って頑張って火影になれば変られるかもしれない。頑張って頑張って自分を主張して皆の考えを変えていけるかもしれない。だけどな、勘違いを正しただけで幸せってのが手に入るのか? その考え自体がおかしいんだよ。ただ単に別の場所に移動するだけでこの問題が解決するんだぜ。その新しい場所ではみんな狂った勘違いなんかしてないんだ。この里で何年、または何十年掛けて勘違いを正すのがたった二日か三日歩いて別の里に移動するだけで解決するんだ。それでこの里の人間は化け物だと勝手に勘違いして見ているオレがいなくなって喜び安堵し平穏が手に入る。お互いに解決さ」

ああ、言っていて自分が馬鹿みてぇだ。

完璧な方法じゃねぇかよ。なんで分かんなかったんだろうか。小難しい論法ばっか暗記したり理解していたのにこんなくだらねぇ方程式に気付かねぇなんてオレってやっぱり馬鹿野郎だ。

「それは…逃げですよ」

リーが静かにそう言った。

拳が怒りに震えている。

滑稽だ。

「違うね。それはオレの勝ちだ」

オレの答えがまったく理解してねぇようだ。

体を鍛えることばかりで勉強してねぇんだな。まぁ、そこがリーらしくてオレは好きだがね。

「これが逃げだって言うんならよ。んじゃ、どうすりゃ勝つっていうんだよ。教えてくれよ。誰もオレに教えてくれねぇんだ。この眼も化け物もオレには教えてくれない。分かるんだろ? リー」

白眼なんて殺すのに有意な情報をくれるだけ。

九尾なんてオレを怒りの的にしただけ。

なぁんにもオレには教えてくれない。教えてくれたのは人の殺し方だけ。

まぁ、嫌いじゃないからいいんだけどさ。

「諦めなければいいんです! 目の前の高い壁を乗り越えて皆にナルト君のいい所を見せられれば皆分かってくれる筈!」

リーの答えには今度はオレが呆然となる。

「なに? リー、お前は知らなかったのか?」

「え?」

はぁ…何にも分かっちゃいねぇなぁ。

だぁれもオレの事を理解してねぇってことね。

なんでこんなところに長く居ちゃったんだろうか。俺ってば本当に馬鹿のようだ。

「オレは悪人だぞ。自分の為なら躊躇い無く人を殺せる。否、殺してきたよ」

見ただろう? 死の森で六人殺した。その内の三人が殺されたのをさ。

「そんなわけはーーー」

「あるんだよ。いい加減前を見ろよ。前を見ずに自分を騙してるのはテメェだ。リー」

オレは罪人なんかじゃあない。オレがしてきたことをオレ自身が罪だと認めるまではな。

「目の前から消えろ。もういらねぇよ、オマエなんか」

これでなにもかもなくなった。

いや、あったって勘違いしていたんだな。オレにんなもんある訳ねぇか。

ねぇ、先生。

だろ? 化け物。



ゴン!!、じゃねぇよ。コンだっつってんだろ。

だけど近くなってきたな。お前ももうちょい頑張れや。オレも頑張るからよ。







「ナルト! サスケがまだ来てねぇんだよ。だから先にナルトが出るかも知れねぇぞ」

またキバがオレに連絡をしにきた。

なんかこの中忍試験からパシリになってないか?

「んだよ。観客のご機嫌取りの為にサスケには特別って訳か」

腐ってんなぁ。どいつもこいつも。

「いいよ。オレも出ねぇ」

「ナルト! 訳分かんねぇぞ! お前どうしちまったんだ!?」

キバが困っています、と主張している表情のままそう喚く。

「キバだって可笑しいと思わねぇのかよ。あんなに死んじまった試験の最後が観客を呼んでの金寄せだぞ。もしお前が試験中に殺されちまっても上の奴らからしたらどうでもいい事で済まされて観客呼んで金儲けされるんだ」

「それは…」

「お前もサインしただろ。死んでも構わないって同意書によ。それ程に覚悟していた試験の最後がこれだぜ? やってらんねぇよ」

なにが戦争の縮図だ。ただ単なる見世物じゃねぇか。

ふざけんじゃねぇよ。

「だけどよぉ…ヒナタが待ってんだぞ」

「なにチンタラしてんだ。さっさと行くぞ」

やっぱりオレって馬鹿だ。

好きな女の子の前じゃかっこつけてぇじゃん。

「ナルト…お前、馬鹿だろ」

「やっぱそう思う?」

「すんげぇ」

「オレもすんげぇ思ってる」

最後くらいまでは真っ白いオレをヒナタに見せたいなぁ。

真っ黒になっちまった皆の心の中にヒナタだけでも白く見ていて欲しいなぁ。



なぁ、化け物。

だからゴン!! じゃねぇっつってんだろ。

無理だって? んなも努力と根性でなんとかして見せろよ。オレも頑張るからよ。











[713] Re[38]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 15:10






「アンタ私達の代表のひとりなのよ! 正々堂々と戦いなさいよ!」

いきなり現れたサクラがハリセンを振り翳す。

見切れない!!

「…訳ねぇよなぁ」

スイ、と避けてオレの後ろにいたキバの脳天に激突する。

「いてっ!?」

「邪魔しないでよ!」

「俺のせいかよ!」

「ナルトのせいにして怒られるの私なのよ!」

「お前が怒られろよ!」

「もう懲り懲りよ!」

「んなアホな…」

「アホはアンタよ」

いや、お前ら二人ともアホだよ。







狂った歯車の上で







「オレ、戦うぜ」

「いきなり何言ってのよ」

「止めるな、サクラ」

「頭大丈夫?」

「ちょっとヤバイかも……」

脂酔いして頭の中がヒッパラリーだ。

まっすぐに歩けねぇ。吸いすぎたかもしれない。

「冷たい水をくれ……」

オレがんなもんねぇだろ、と分かっていても何となくいった要求に答える者がいた。

「ハイ…これでいいですか?」

「ああ、冷たい…ありがーーーブハッ!!?」

「冷てぇッ!!?」

オレが吐き出した冷たい水が前に座っていたキバに全て降りかかった。すまねぇ。

それよりもオレの無理な要求を答えた人物に驚いた。

髪型が変られている。長かった髪はバレッタで上げられいる。んなオシャレなんかする奴じゃなかったのに。

「マジで…?」

「ハイ。マジですよ」

服まで女性用の着物だし。

何があったんだ!? オカマか。オカマに毒されたのか。

「殺す! あのオカマを殺す!」

どこにいる!?

まさか風影などに扮しているんじゃねぇだろうな。

「ただの変装ですよ。あの人に染められたわけじゃありません」

オレが白眼で風影を睨みつけようかとした時に目の前の人物、白がそれを止めた。

よく見れば苦笑している細い男が白の後ろに立っている。

見たこと無い男だが白が隣を許している人物などこの世に一人しかいない。

「随分と驚くことをするじゃねぇか。パンチパーマ」

ああ、言わなきゃ良かった。

なんか前合ったときとはレベルの違う殺気が送られてきた。アンタ元から強かったのにまた強くなってどうすんのよ。再不斬。

「アンタ、ヒナタ以外の女の子にも手を出してたの!?」

「うるさい、黙れ」

再不斬がオレにだけ殺気を送っていたから気付いていないのだろう。サクラがこんな時に困ることを言ってきた。

それのおかげで更に空気が重くなる。オレだけが。サクラは後ろでしょげている。いい気味だ。

「なんでアンタ等がここに来てんだよ」

「今日のお祭りのお手伝いをしてくれって頼まれましてね」

「出店でも出してるんですか?」

「サクラ、うるさい」

お前に発言権はねぇっつうの。キバに八つ当たりでもしてろ、ってもうしてるし。すまねぇ、キバ。

キバの助けを求める声が聞こえなかったり聞こえたりする。最後には周りの観客に怒られて消えていった。なんて哀れな奴だろう。

「へぇ…んでいつ出張るんだよ」

なんとか余裕を作って白を見る。

やべぇ、惚れそう。でも男なんだよなぁ。

「何時も変わらず通り汚らわしい目ですね。気色悪くって貴方らしいですよ」

うわ、意外と腹黒いな。つうか止めてよ。顔と言動が合って無いよ。

「顔に出てる?」

「アンタ顔に出やすいのねぇ…意外だったわ」

「だからうっさい。視界からいなくなれ」

私だって会話に入りたいのに!! と叫びながらキバを蹴っている。すまねぇ、キバ。

「僕達が出るのはあの人が暴走した頃です。そうですよね?」

白が会場の中央で経ち続けている我愛羅を指差した後にとびっきりの笑顔で後ろで黙っていた再不斬に尋ねる。

なんだろう。この温度差は。

あれか? 女だって勘違いして変なこと言いまくってたからか? 仕方ないじゃん。可愛いんだから。

「そ、そうだな」

アンタも舌噛むなよ。しかも顔が赤くなってるし。アンタ等、音の里に行ってからなにしてたんだ? いちゃついてたとか言ったら幻滅だぞ。

しかも周りの観客も白の笑顔を見て赤らむなよ。男だぞ。男。

オレも引っかかったから強く言えねぇけどさ。

「お前、男ならそんな女みたいな仕草するなよ」

オレは努めて小声で白にそう言った。

「ふふふ、実はですね…」

なんだろう。この悪寒は。

聞きたくないなぁ。

「前の任務で潜伏していた里であった第十四回岩隠れミス・コンテストで見事に優勝してきましたよ」

はぁ、聞きたくなかったなぁ。

「投票式で二位とはかなりの差を作ってダントツトップです!」

「もちろん俺は白に投票した」

聞きたかねぇよ。つうか再不斬、アンタ白が男だって知ってんじゃねぇかよ。

「再不斬さんの一票は他の百票よりも嬉しいです」

そんなにオーディエンスがいたのかよ。その里、腐ってねぇか?

でも一つ分かった。

音の里でまともなのは先生くらいだってことがな。あと、音の里に亡命した奴はかならず変態になるってことがな!

オレはならんぞ。こいつらみたいな変態などに。

「じゃあナルト君、僕達もう少しこの辺を回ってますね~」

そう言って白は再不斬の手を取ってオレ等から離れていった。

なんかどんどん大蛇丸化してねぇか? 嫌だぞ。オレは。

「可愛い娘だったなぁ、ナルト。今度紹介してくれよ」

「キバ、お前って奴ぁ……」

お前、このままじゃ不幸になっちまうぞ。





白が去って一段落、オレが観客席についた時には隣で座っていた。微笑む天使が。

「今の人綺麗だったね。今度紹介してよ、ナルト君」

「ひ、ヒナタ…いつの間に!?」

「でしょ? すっごい綺麗だったわよね」

「邪魔だっつってんだろ。ここから消えればいいのに」

泣きながら鳴きながらキバの顔面を殴りつけるサクラが視界に入った。最高だよ、キバ。

「それで誰なのかな。あの綺麗な人。私よりも仲良さそうに話してたよね」

「そうかぁ? お前とナルトの方が仲良さそうな気がするけどよ」

「お願い、黙ってて」

キバのナイスなフォローがヒナタには通用しなかった。しかも邪魔みたいに言われてキバは本当に落ち込んでいる。

本当に最高だよ。お前って。

「それで誰なの?」

ヒナタの微笑みは止まらない。

怖いよぉ。

ここは動揺を悟らせずにいこう。

「ただの知り合いだ」

「その割にはにやけてたわよね」

「うっさい。死ねばいいのに」

キバに締め技をキメてるサクラが視界に入った。ついでにキバが白目を向いている。ついに白眼を極めたか、キバ。さすがだぜ。

「それって本当?」

サクラの言っていたことを間に受けたヒナタが俯いた表情でそう言った。

「ああ! まどろっこしい!!」

周りが変なことばっか言うからこうなるんだ。

オレが言いたいことが言えねぇじゃねぇか。

「おい、お前等ちゃんと聞けよ。白はオレとまったく関係ねぇ! オレが好きなのはヒ「おい! サスケが来たぞ!!」 ふざけんじゃねぇ!!」

こんな時に来るんじゃねぇよ!









今回はナルトのいい思い出作りです。

この話は後に使う予定です。多分二部あたりだろうと思います。







[713] Re[39]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 15:12






「いや~遅れて済みません。ちょっと道が工事中でしてね、避けてきたら遅れまして……」



幼少の頃より天才と謳われ部下を持つまではこの里の稼ぎ頭として君臨していた者が言うのだから普通の慣性を持った者ならばそれで納得する筈だった。



「……観戦で人が沢山来ますから二日前には事前工事を全て終わらせてますよ」


片手に官能小説さえ持っていなければの話である。それと顔に反省という文字が存在していなかった。



ゲンマは笑う。偉くなっても変わらない、というその性格だけを。人格自体は破綻してしまっていると分かっているからその性格だけを。



何がカカシをここまでしたのだろう、と何度も思ったが答えが出るわけも無く必要でもなかった。



「ま、何だ…かんなり遅刻して登場しちゃったけど…サスケの奴って失格になっちゃった?」



「…大丈夫ですよ。失格にはなっちゃいません…うちはサスケの試合は後回しにされました」



ただでさえ前回の時の歓声を一つでさえまだ聞いていないというのにここでうちはサスケを失格にしてしまったら観客は帰ってしまう。



火影が言っていた戦争の縮図、もしそれが正しいというのなら今の状態をどう解釈する。



木の葉の忍びは残り既に二人しかいない。それ以外は全てが他の里出身の忍びばかり。



もしこれが戦争と言いたいのであれば木の葉は立派に敗退している。



「アハハハ…そりゃ良かった、なぁ?」



「ああ、これで失格だったら殺してるところだった……」



目の前には今大会の一番の目玉であるサスケが立っている。この一ヶ月で何が変わったか分からなかったがその疑問はすぐに解決することとなった。



「…………マジ?」



「マジだ」



一瞬、サスケの右手がバチッ、と放電する。



「(これが下忍かよ…)」



明らかに声質変化を習得していると言っているようなものだった。



たかが下忍が高等技術を一ヶ月で学べるものか、既に体得しているゲンマだから分かる。それは不可能だということを。



「こりゃ相当楽しめそうですね」



「分かる?」



遅れた分稼がせてもらいますよ、ゲンマはそういって口に咥えられた楊枝の表面を舌で舐める。湿っていなかった。緊張で口の中がカラカラだ。



この大会はおかしすぎる。毎度見てきた子供の遊戯のようなモノと呼べるものは一つとしてない。



この大会はおかしすぎる。毎度見てきた子供の殺気など存在せずあるのは本当に死と隣りあわせで手に入れてきた本物ばかり。



「試験官、もう既に死んだ奴は出たのか?」



ゲンマが始めようと心を入れ替えてすぐにサスケが尋ねた。



その顔は本当に不思議そうだった。



「んや、まだだ」



ゲンマは努めてそう言った。



その死人が出るのを止めたのが自分自身だということが分かっている。



あの時にすぐにうずまきナルトの名を上げていなければ確実にネジは殺されていた。試合前の目とは違いナルトは興味無さそうにネジを見ていた。あれは既に里を去ったゲンマの元上司の目と同じ、まったく同じ目だった。



この里は人を狂わす。



ある人間は暑苦しい激眉となり、ある人間は官能小説の虜となり、ある人間は官能小説の作家となり、ある人間はオカマとなり、ある人間は悪魔となった。




「さっさと始めるぞ」



ゲンマは自分はそうならんぞ、そう心に決意して木の葉全盛期の最後の中忍試験を始めた。







狂った歯車の上で







ある時、自来也は火影にこう零した。



「ワシは皆にワシ等三人が戦争で知った痛みやそれを乗り越えての平和を伝えたかった」



自来也はそう言う。なにを今更、と火影はキセルを咥える。



「直接皆にそれを伝える。しかし、それは何時か彎曲するか忘れ去られるだけ。それを理解した時には大蛇丸は里を去っておった」



自来也は常に大蛇丸を意識していた。しかし大蛇丸は才ある者を愛し自来也にはその才がなかった。しかし自来也が開花した時には大蛇丸には自来也に対して関心を完全に途絶えていた。



「本、そうだ。本ならば忘れ去られずに間違いも読むごとに解消されていく筈だ。そう思いワシはその本に全てを書き綴った」



それこそが自来也の作家人生の第一歩だった。ただでさえ勉学を好きとしていなかった自来也が初めて自ら筆を取った時だった。



「すまぬが…ワシはその本を読んだことがないぞ」



教授とまで謳われた四代目火影、根っからの読書好きである故に大概の本には興味はある。しかし自来也が著者である書物はイチャイチャ・パラダイスしか読んだことが無い。もちろん火影はその本を絶賛した。



「重版すらされなかった…そして残った原稿にワシの飲んでいた酒が零れて滲んで読めんようになっちまった……」



自来也はこの世の終わりのような顔をしてそう言った。



火影は一つ疑問を持った。



自来也と言えば知らないものがいないくらいに今となっては有名である。それなのに売れなかったというのはおかしい。



もしや別の里で販売していたとか、そう火影が尋ねようとした時自来也は小さい声で震えるように言った。



「ペンネームのせいでゴーストライターと間違えられてたなんて……本人なのに…」



火影は今先ほど自来也にサインを描いてもらった自身のイチャパラを見た。



本人の名義で本名が書かれていた。



「自暴自棄で書いたイチャパラは売れたのに…」



もう自分の名誉などいらぬ、どうせワシが書いた本など誰も買わぬ。そう自分を乏して自来也の名義で販売されたイチャパラは独身男性に多いの支持を得た。



火影は思う。



この里は人を狂わす、と。







そんなくだらない事を思い出し現実に戻る。

くだらない想像は現実にうずまきナルトは狂っていた。

火影が思ったとおり、里が彼を狂わせた。

天才と呼ばれたネジを倒し、その上殺そうとまでした。何が彼をそうさせたのか理解できなかった。

自分が思う里とは美しく皆が家族と認識し協力し合っていた筈。だが里が協力し合っていたのは彼を苦しめることだけ。

謎は解けることは無い。解けることが無い故にそれは謎と呼ばれる。

その謎は解けることは無い。

それはこの試験の最後、火影が火影として死ぬ時まで。







「大変長らくお待たせしました。第一回戦四戦目、我愛羅VSサスケ…始めッ!!」



ゲンマの手が振り下ろされ、試合が開始すると同時に我愛羅のヒョウタンから砂が飛び出し、サスケは砂からバックステップで離れるのではなく更に前進した。



自分ならばどうするか。サスケの試合を観客席に座りながらそう思った。



しかし、それを考える前に解決しなくてはならないことがあった。



「ヒナタ…本当にお前だけなんだ」



「それであの人も落としたんだね…」



天才は凡人を理解できないか…。



素晴らしい発想力だ。どうやったらそこへ辿り着くのかが分からない。



「オレはヒナタ以外に愛してないさ」



「それであの人も落としただね…」



何故だろう。何人かはサスケ達の激しい戦いよりもオレ等の静かな戦いを観戦しているようにしか思えない。



オッズで言えばどっちが高いのだろう。ヒナタが1,2倍でオレが大穴じゃないかな。



勝てそうに無いわ。



「どうすればオレの話を信じてくれる?」



「好きって言って…」



「好きだよ」



「嘘だよ」



「なんでそう思う?」



「軽いんだもん。感情が篭ってないよ…」



「仕方ないじゃないか」



「どうして?」



なんでだろうな。



オレにもわかんねぇよ。



「初めてだからじゃないかな?」



「なにが?」



ヒナタ。お前は何も分かっちゃいないよ。



オレにだってよく分かんないんだから。



「人を好きになること、かな」



だからオレは本当にヒナタのことが好きなのか分かんなくなっちまった。



これが本当に好きという感情なのかどうかが分からない。



「ヒナタはどうなんだよ」



「え?」



呆けるヒナタは今のオレには滑稽だった。



「オレのことが好きなのか? だったらどうして好きなんだ?」



なんか冷めた。



今日にはこの里がなくなり同じ空間にはいられないというのにオレは何をやっているんだろう。



オレは馬鹿だから他人のことなんて分からない。自分のことだって分からないって言うのに他人のことが分かる筈が無い。



知らない人、つまり他人だ。



オレ以外の人物は全員他人だということだ。



それで好きな他人か嫌いな他人かが分かれていっていくだけのこと。



「私は…同じだったからかな」



同じ、それはどういう意味だろう。



意味をちゃんと分かっているのだろうか。



「誰にも認められなくって辛かった。きっと私だけ、って一人で自分の不幸に酔っていたんだと思う」



「それで?」



「そんな時にナルト君を見つけたの。この人なら、そう思って話し掛けて…」



「アカデミーで握り飯を持ってきたときか?」



「う、うん」



ヒナタは勝手に美しい思い出に浸っている。



ああ、やっぱりそうだったのか。



あの時感じたアレは、やっぱりアレだったのか。



そもそも何故オレがオマエに構わなければならないんだ。



オレが人を好きになるなんて許されるわけ無いだろう。ああ、オレが馬鹿だからこんな間違いに気付かなかったんだ。



「オマエ…リーとそっくりなんだよなぁ」



オレがオマエと同じ? 笑わせるなよ。でも本当は笑わない。



どこからどこまでがオマエと、名のある一族の宗家の天才であるオマエと一緒だ?



慈愛に溢れている。戦いを望まない。皆に愛されているオマエとオレが一緒だっていうのか?



目の前には理解していないという顔のヒナタがいる。なんでオレが彼女の隣に座っているんだ。



皆、勘違い捨てやがる。皆が思い違いをしてやがる。



オレは言った。勝手に勘違いしてやがれ、と。



だけどこれだけは勘違いして欲しくない。



「オレとオマエは違う」



「違わないよ」



「いや、違う」



「どうして?」



ヒナタの顔から冗談が消えた。彼女も感じ取ったのかもしれない。この空気を。



オレが真剣に言っているということを。



だからオレも真剣に言おう。



「オレは百凡の中に埋もれる凡人だ。だけどヒナタは違うだろう。オマエは名家の宗家で才能ある天才だ」



「そんなの関係ない。全然関係ないよ」



は? なに言ってんだ。 ちやほやされ過ぎて世間知らずだったのか?



だけどヒナタは悲しみを帯びた眼で真摯に言った。



「ナルト君も…孤独だったよね」



それが全てをぶっ壊した。



「私も孤独だった。必要ないと目で言われ続けた。なんでハナビが長女じゃなかったんだろうって考え続けた。誰も私を見ない。誰も私を知ろうともしない。誰も私を感じようともしなかった」



ああ、やっぱりオレはヒナタが好きだったんだ。



彼女だけが共感できていたんだ。



だけど、



「今のヒナタがオレと一緒だなんて思わない」



今のヒナタは強くなった。輝きを手に入れた。



逆にオレは随分と弱くなった。ヒナタの輝きが眩しすぎる。



何時からだろう。淋しく光を放つ月よりも燦々と輝きを発する太陽のほうが好きになったのは。輝きが欲しいと思えるようになったのは何時ごろからだろう。似合う筈も無いのに、分不相応だってことくらい簡単に理解出来るって言うのに。



歓声が沸きだった。そして静かに幻想的な羽根が舞い落ちてきた。



それと同時にオレの熱を冷やす雪が出現し氷魂が会場中に落下していく。



「…サスケの時もそうだ。なんでこう悪いタイミングで始まるんだろうな。オレ達は縁が無いって事かなぁ」



逃げ惑う観客達の中、オレとヒナタだけが止まっている。そこだけ時間が進むことを忘れてしまっているようだ。



「ヒナタ…」



ヒナタはオレの答えを待っている。



頑張って待っている。この周りの空気を無視することに神経を回している。



そこまでして聞きたいのかよ。オレは流して欲しいんだけどなぁ。



言うよ。聞き逃すなよ。もう一度言うなんて今のオレには出来ないよ。



悲しすぎてさ。



「今のヒナタがヒナタを幸せにしてくれるよ」



ヒナタの驚愕の顔。そしてオレの腹を突き破る化け物の爪。そして腹を食い破って姿を現す血に塗れた久しく見ていない化け物。



『この身に染みた憎悪を返そう。ワシの憎悪と共になァ!!』



化け物の咆哮と共に観客の悲鳴を感じた。



馬鹿な奴らだ。人間が作り上げた封印でこんな化け物を留めておける訳ねぇだろう。



オレの血が流れていく。目が薄らう。駄目だ。アイツ、オレの全部持って行きやがった。



内臓も全てグチャグチャだ。散々恩を売ってやったっていうのに最後はこれかよ。



オレは最後に化け物に向かって小さく言った。届いくか分からない。それでも言った。



「…あんま、殺しすぎるなよ」



コン、と化け物の鳴き音が里中に鳴り響いた。



「…遅ぇん…だ…よ」



やっと鳴けたじゃねぇか。オマエは頑張ってたんだな。だけどオレはここでリタイヤだわ。



ごめんな。











[713] Re[40]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 15:14






砂の化け物が会場の中央で砂塵を吹き荒らす。



炎の化け物が里全土を嘗め尽くすように焼き焦がしていく。



砂は叫ぶ。快楽の為に殺すと。



炎は鳴く。この身の憎悪の為に殺すと。



化け物は多く共通点を持っていた。



そしてそれを伝える為に殺しながら伝えていった。



勝手に勘違いしているお前等が悪い、と。







狂った歯車の上で







本当に最近はよく気を失う。



今度は目が覚め次第に凍り付いていた筋肉が砕ける感じがした。



「まだ動くんじゃないよ。ずっと寝てたんだからね」



やけに高圧的だな。



オレの第一人称を最悪だという評価を貰った女は大股でオレが寝ていた筈の病室に入ってきた。遠慮という言葉を知らないらしい。



「どれくらい寝てたんだ?」



やけに今回は長く感じた。



それに、何故だろう体が重い。今まではこんなことがなかったというのに。



「腹にいた九尾に感謝するんだね。本当なら何時死んでもおかしくなかったのを三ヶ月も生かしてたんだからね」



腹にいた? 何故過去のようにそう言うんだ。



そして直後に感じた。今まで腹を圧迫していたあの強力な存在がないということを。



「おい、化け物はどこいっちまったんだ。まさか別の赤ん坊に封印し直したとか言うんじゃねぇだろうな」



「それこそまさかだ。消えたよ。あの中忍試験で突然姿を現して里の奴らを殺すだけ殺しといて消えちまったよ」



最後に見えたのはオレの腹を突き破って姿を現した化け物。そしてちゃんとコン、と鳴いていた。



空虚を感じる。あれ程忌々しいと思っていたのに。なんでだろう。淋しいよ。



なんでかなぁ。いるといないってこんなに違うもんなのかよ。



帰ってこいよ。今すぐ帰ってきてオレの腹の中で鳴き声の練習をしろよ。あんなのまだ狐の鳴き声じゃねぇんだよ。もっと可愛く鳴けよ。ただでさえオマエはでかいんだぞ。全然合ってねぇよ、その姿を鳴き声がマッチしてねぇよ。



淋しいよぉ。



やっぱり、オレとヒナタは一緒じゃなかった。



オレは孤独じゃなかった。何時だってアイツがいた。他の誰よりも近くにオレと一緒にいた。



なんで気が付かなかったんだよ。アイツだってオレと一緒にいたじゃねぇか。



でも、



「…良かった」



ポツリ、と口に出た。それしか出なかった。



「なんだって?」



目の前で腕を組んでいる女が怒りを含めてそう言った。



オレもオマエに言いてぇよ。なんでそこで疑問に思う。



良かったじゃねぇかよ。散々苦しんで、それでも最後には一番したかったことをして死ねたんだからそりゃ良かった以外にねぇんだよ。



だって、



「アイツ、本当に一人だったんだぜ? オレがアイツを知ろうとしなかったから、アイツはオレの中でいつも一人だったんだ。 アイツを恨んだ里の奴等の八つ当たりが全てオレに向かっているのにアイツの怒りも小さな八つ当たりもアイツ等には届かねぇんだ」



テメェ等には理解できねぇだろうよ。殴られても殴り返せないもどかしさ。侮辱されても拭い去ることが出来ない怒り。



いつもオレみてぇな雑魚の中で居座ることしか出来ない。なんでも殺したいと叫んでいたんだろう。



殺したい。それでも出来ない。その上殺したい相手はアイツに言うだけ文句や侮辱を言い続ける。



想像してみろ。怒りで頭が割り裂けそうだ。殺したくて、殺したたくて。



窓から外を覗く。あたりは三ヶ月も時間が経っているのに未だ丸焦げだ。それがアイツの怒りの大きさだ。



どれ程に快感だっただろう。恨み憎んだ奴等を殺していった感触、殺したくて堪らなかった奴等を生きながらに焼き殺していった開放感は。



だから、思うんだ。



「本当に良かった」



オレと一緒にいてくれたアイツへ送る最後の言葉。



本当にありがとう。









女がする質問を全て無視して窓の外に広がる死んでしまった里を見ていると女は舌打ちをして病室から出て行った。



「もう二度と来んじゃねぇ」



もう二度とオレの前に姿を現すなよ。目が穢れる。



再び室内に静寂が訪れた。



落ち着いて自己の整理をしていると色々と疑問が出てきた。



何故、オレは未だにこの里にいるんだ。



あの会場で致死量の血を流して病院に運ばれたから、というのが妥当なのかもしれない。そして戦争が終わって音は去った。先生と共に。



これでやっと本当に独りになったってことだろう。もう少ししたらあっちから接触があるかもしれない。それまではのんびり生きよう。



少し疲れた。



もう一つ、音の里は勝ったのかどうか。



負ける筈がねぇか。オレの化け物が暴れたんだ。負ける要素なんて万に一つ無い。それにオカマもいた。言いたくないがアイツは強いよ。なにかに執着した奴はどんな奴よりも強くなれる。たとえそれに対して才能が無かったとしても強くなれる。それにアイツも天才だ。次元が違う。



ああ、オレって本当に弱いなぁ。



挫けそうだ。でも挫けられない。



ここで挫けちまったらアイツに申し訳ねぇよ。あんなに我慢して怒りに耐えていたアイツに。あんなに遠かった鳴き声が出来るようになったアイツに。



リタイヤから敗戦復帰だな。



強くなろう。誰よりも、アイツよりも強くなろう。



死んで地獄でまた会って笑われないようにしよう。対等としてまた出会いたい。



会って言ってやる。オレは強くなったぞ、って。



また一人になっちまったアイツと一緒に孤独を埋めてやろう。オレ達はピースだったんだ。片方が抜けちまったピースはくっつける為にあり続けなきゃならねぇ。



でか過ぎるアイツのピースとかち合うにはオレも大きくならなきゃならねぇ。アイツみてぇなでっけぇピースにならなきゃならねぇ。



アイツの為に大きくなろう。アイツだけの為に大きくなろう。



肉体の改造だけでやっていたオレの貧弱な腕を見る。



あまりにも貧弱だった。目を背けたくなった。だけど出来なかった。



「修行…し直そう」



今度はアイツの為に。



大切なヤツの為なら、頑張れる気がしてくる。目的があると、やめられなくなる。



昔聞いたな。



大切なモンは二本の腕で守り通さなきゃならねぇ、だったかな。違うな、多分。



でも、十分じゃねぇか? この二本で守り通してやろうじゃねぇか。アイツがいたっていう事実だけでもよ。



オレは一人なんじゃねぇ。



「オレは一人なんかじゃねぇ」



心で一回。口に出して一回。



二回誓う。



答えなんて四方に広がっている。その無限に近い答えの中から一つを選ばなきゃいけねぇ時はからなずやってくる。



今がその時なんだ。



何時までも道を進まずに愚図愚図していたオレがやっと選べた。



強くなる。オレは強く生きる。誰よりも、アイツと対等であるために。







           □





「お前はまだ病み上がりなんだよ。そんなに無理したら今直るもんも直らなくなる」



「やっぱり…アンタうるさいよ」



まだ、100回も出来て無いんだ。邪魔すんじゃねぇよ。



「ほら…もう腕が引きつってる。限界なんだよ」



腕立てを始めた。理由は簡単だった。貧弱で細かったオレの腕を見ていたら無性に腕立てがしたくなった。



「限界なんて決めてねぇよ」



「自滅するよ」



「一度もうしてるからもう十分だ」



「そうかい」



顎を床に引っ付けて勢いをつけて体全体をこの両腕で持ち上げる。これで87回。まだ遠い。



「……………」



女、さっき綱手を教えられた。綱手は黙ってオレを見続ける。



監視かなんかだろう。九尾がいなくなっても元人柱力には変わりない。そう簡単に目を離せる存在じゃあない。



それにしてもこの女、簡単にオレの体の状態に気付いてくる。そこまで腕が引きつっているようには見せないようにしているのだが。よく目に入る。



「お前の体…」



「貧弱だろう? 自分でも嫌になるくらいに弱っちいよ」



まだ、届かない。オレはまだ小っぽけな人間の小僧だ。



小さすぎる。才能の世界ではすぐに埋もれてしまうほどに。もうアイツがいないんだ。誰もオレの体を守ってくれない。なら自分自身で守り通さなければいけないっていうのにこの弱さは絶望すら感じる。



「誰が改造したんだ?」



スイッチが変わった。



最先端の距離を想定し駆ける。右手にはチャクラのメス、狙うは綱手の首の頚動脈。



掻っ切るつもりで腕を振るった。



「それで、誰なんだい。お前の体を弄った野郎は」



「ッ!?」



綱手の姿が一瞬掻き消えてオレの右手首を握り締めていた。



「(速すぎる!?)



ギリギリ、と手首が悲鳴を上げる。あと数秒すれば砕けてしまう。



「言えるか…ッ!?」



簡単に手首を折られた。



なんだよ、コイツ。カカシなんかよりももっと強いじゃねぇか。



「テメェ…何者だ」



手首の痛みを感覚神経をカットして無視する。次第に腕の感覚が薄らいでいき痛みもなくなる。それでも汗は止まらない。



「そんなことも知らないのかい。火影様だよ、私は」



大胆不敵、それが似合っている。自信を持って綱手は答えた。



笑っちまう。三代目は死んだのか。大蛇丸が殺したのかそれとも九尾が暴れてショック死か。



「大蛇丸にでも殺されちまったのかよ。笑えるぜ」



綱手の腕に力が増した。関係ない。今は腕に感覚が通っていないから痛みも感じない。



綱手も理解したのか。手を離してオレを睨みつける。



「ナルト…お前は音の里とグルなのかい」



相当頭に来ているようだ。



きっと言葉一つ間違えれば殺されるだろう。そんなもん今は困る。せっかくやる気がなくなったというのにまたリタイヤは望んじゃいない。



「誰が好き好んであんなオカマについていくと思ってんだ。オレはそんな趣味なんかねぇぜ」



オカマじゃない。先生についていってんだ。本当の事は言ってねぇが嘘は言ってねぇ。



「そうかい」



こいつも馬鹿みてぇだ。簡単に信じてくれる。



「だけどね…」



いや、違う。こいつの顔からは未だに怒りは退いていない。



「木の葉の里に少しでも被害を出すって言うんならすぐさま私がアンタをぶっ殺してやるよ」



冷や汗が滝のように流れるのが背中越しに感じた。



コイツ、本気で言ってやがる。



だから感じた。



「そうかい。分かったから黙っとけよ」



逆に滑稽だ。









結局腕立ては150回も出来なかった。



「弱すぎだろう。泣けてくるぜぇ」



両腕が痙攣している。本当に情けねぇ腕だなぁ、おい。



ムカついて壁を殴りつける。砕けもしない。オレの腕力なんて本当にこんなもんだったんだと再確認した。



本当にオレは弱い。だけどそれに落胆していたら次がなくなる。



もとから次がない崖っぷちのオレがここから這い上がるってことはどれだけ難しいのだろう。



所詮、オレは九尾がいたから強かっただけなんじゃねぇのかとさえ思えてくる。



今は一人、本当に一人っきりなんだ。



はは、本当にやべぇよ。なにがやべぇのかも分かんねぇ。だからやべぇ。



心が凍る。今のオレの立場を明確に教えてくる。



今のオレに本当に必要なものが何なのかを。



力が欲しい。どんなことをしてでも力が欲しい。



腕を一振りすれば数人の命が紙の様に千切れていくくらいの力が。虫の様に殺しても仕方ないと思えるくらいの力が。欲しい。



今になって心から後悔する。



今頃化け物に成りたがっているオレはどうしようもない馬鹿野郎だ。アイツがいた頃は限りなくそれに近い存在だったのに。それさえなければただの小僧。

「駄目だな」



同じ話題を何度も繰り返している。ようは勿体無かったと思っているだけだ。



変わらなきゃいけないんだ。この腐った考えを捨てて新しくしなきゃいけないだ。



さぁ、また筋トレだ。







           □









「ナルト~起きてる?」



無視しよう。一々答えていたら疲れ果ててしまう。



「ナルト~寝てるの?」



なんでこんな朝っぱらから来てんだよ。さっさとサスケの後ろでも追いかけてやがれ。



「サクラ、ナルトはまだ怪我が治っていないから昼にまた来よう」



お前まで来てんのかよ。



なんだ? テメェ等暇なのか。こんなに被害受けてんのになにもやることがないのかよ。



「そうだね、サスケ君」



やっと帰ってくれそうだ。



昨日の筋トレで体中が悲鳴を上げていて起き上がるだけでも億劫だ。だから帰ってくれ。



「せっかく持ってきたのになぁ…」



うっすらと目を開けてサスケを見るとそこには白い袋に包まれたものがある。菓子ならいらんぞ。花もいらん。



まして盆栽とかだったからぶん殴ってやる。



「欲しいだろうと思ったのに…タバコ」



ガーン、と頭に衝撃が走った。



「ちょっと待った!」



「さて、帰るとするか」



「そうね…身体に悪いもの持って来ちゃったのよね、私達」



「待てって言ってんだろう。テメェ等難聴かなんかもってんのか」



二人は笑っていた。



最初から起きているのに気付いていたのか。胸糞悪い。



「さっさと寄越せよ。頭がパンクしそうだ」



「一日三本くらいに抑えなさいよ」



「無理だね」



「なんでよ!」



「この里にいる限り無理じゃねぇかな」



疲れるんだよな。この里。



胸糞悪いことばっかだし。いるだけで苛々してくる。



ああ、早く音の里に移りてぇ。



「身体はもう大丈夫なのか?」



サスケがそういってタバコを寄越しながら聞いてきた。なんだろう、心配していますって顔がムカつく。



「止めろよ。テメェには心配だけはされたくねぇ」



「なに言ってんのよ! せっかく心配してもらってるのよ」



「だからそれがうぜぇんだよ」



下に見られている感じがする。今のサスケには依然よりも余裕を感じさえする。



それがオレを圧迫し続ける。オレが寝ていた三ヶ月、サスケならどれくらい強くなれるだろう。



オレがわざわざムカつかせるように言っているのにサスケは怒ることなく笑っている。



それが更に苛立たせる。



「笑ってんじゃねぇよ。胸糞悪ぃんだよ、今のテメェは」



「サスケ君に何言ってんのよ!」



サクラもうぜぇ。



何もかもがうぜぇ。



取り残されていくオレがちっぽけに思えてくる。



どれくらいに取り残されたか、それを知るのは辛い。知ったときもう立ち直れそうにないかもしれない。



何なんだよ。コイツの余裕は。見下してんじゃねぇだろうな。



やべぇ、キレそうだ。



「サクラ…ナルトはまだ病み上がりなんだ。そんなに突っ掛かるなよ」



サスケの一言でついに頭にきた。



今のは完全に見下してやがった。



「ふざけるなよ! なに調子乗ってんだ糞野郎ッ!」



全力で腕を横に振った。窓が割れる音が病室に鳴り響いた。



「俺が調子に乗ってるだと?」



サスケもオレの正面に立ち静かにそう言う。小さな怒りだなぁ、おい。



小さすぎてテメェも小さく見えんぜ。



「オレを下に見るんじゃねぇ、雑魚」



「ナルト…お前こそ調子に乗るなよ」



誰が調子に乗ってるかって? テメェだよ。テメェ以外に誰がいるってんだ。



弱っちい癖にオレと対等に話してんじゃねぇよ。糞野郎。



「テメェだよ…テメェが調子に乗ってるって言ってんだ!! 対等だと勝手に思い上がってんじゃねぇ!!」



瞬間、頬に重い衝撃を受けて壁に叩きつけられた。



何が起きたかも分からなかった。想像もしていなかった。こんな糞野郎に殴られるなんて、思っていなかった。何時も通り黙って下がると思っていたのに。



頬を押さえて顔を上げる。そこには心底頭にきているのが見て分かるサスケが立っていた。



サスケが口を開く。いつもならば大体が想像出来るのに、殴られたショックで何も分からなかった。



「テメェ、どれだけ心配させたか分からねぇくせに生意気言ってるのはお前だろッ!!」



サスケが外に響くくらいに叫んだ。



サクラは黙ってサスケが言うことを聞いている。



オレはなにも分からなかった。誰も心配しているなんて思ってさえいなかった。むしろ喜んでいるんじゃないかと思っていたくらいだ。



サスケは止まらない。叫び続ける。



「死にそうになって戻ってみればナルトは血塗れで意識も戻らなかった。どれだけヒナタが心配したか、どれだけ俺やサクラが心配したかも分かってねぇのかよ!」



「今頃になって心配してんじゃねぇよ! 赤の他人がオレを心配する!? 今更遅ぇんだよ! オレが死にかけてんのを喜んで哂っていた方が理解できんだよーーーッ!?」



また殴られた。壁に叩きつけられて頭を強打する。裂けたかも知れない。気持ち悪い感触が背中に感じた。



「俺とナルトが他人だっていうのかよ…俺達はチームじゃねぇのか」



襟首を掴んだサスケはそのまま殺しそうな眼でそう訴える。



「知らねぇなぁ…好きでなった覚えなんて一つもないね。寧ろ…何度もテメェ等を殺そうかと思っ…ッ!?」」



更に四発、また殴られた。



口の中は血塗れだ。胸糞悪い鉄の味が広がっていく。



顔中が晴れ上がって視界が悪い。それでも、端っこでサクラが泣いているのが見えた。



なんだよ…オレが悪いみてぇじゃねぇかよ。



「はっ…オレを治療したのも余計な世話なんだよ。二度とテメェの腐った面なんて見たかなかった、ぜッ!」



殴り返す。鳩尾にオレの左拳が吸い込まれるように入った。



「おえ"ぇッ!!」


効くだろう? ただの真似事だが柔拳だ。胃くらいはぶっ壊れて欲しいぜ。



「六発だったなぁ…調子に乗って殴ってんじゃねぇ!」



悶えているサスケの顎を砕く為にチャクラで底上げした右拳を叩きつける。



声すら上がらない。天井近くまでサスケの身体が浮いた。



感触からして顎は砕いた。変わりにオレの拳も砕けた。



「ち、脆すぎんだ、よッ!」



もう意識がなくなっているサスケの顔面に左の掬い上げる様な低掌が入る。歯が数本折れた感触、そして頭部だけ跳ね上がり身体が回転してオレの右の肘鉄に入り込んでいく。



サスケの身体の勢いにあわせるようにオレの右の肘鉄が上手い具合にキマった。



理想通りの攻撃だった。サスケの身体の遠心力、そして衝突に掛かる反発の力が最高潮になっていた。



反発の際に互いに同じ程度の力の場合互いに同じ力が跳ね返されて互いに吹き飛ぶが、片方が柔らかい場合は吹き飛ばずにぶっ壊す。



サスケの身体の中身はもうぶっ壊れている。



壁まで吹き飛んでぐったりと首を折っているサスケに向かって全力で叫ぶ。



「ああ? これで終わりかよ。雑魚はどうなろうともなぁ、雑魚なんだよッ!!」



「ナルト! もう止めてッ!!」



サクラが後ろから抑えにくる。んなもん無視だ。テメェは何時だってうざかった。本当にうざったかった。



「本当に殺してやるよッ!!」



「止めてぇぇッ!!」



サクラが抑えていようが無かろうがテメェが弱いことが悪いんだよ!



オレの最後の拳がサスケの小さい頭を砕く瞬間、誰かがオレの手首を掴んで止めた。



「おや、確かに折っといたはずなのにねぇ」



何でも無さそうに綱手はオレの手首を眼前に持っていき、砕いた。



「ーーーーッ!!?」



痛みで声が上がらない。いきなり折られるとは思っていなかった。



せっかく直したのに、今度は完全に粉々にしやがった。



「どうみたってアンタが悪いね」



そういって綱手の手刀がオレの後頭部を叩いた。オレは吹き飛び壁を突き破って下に落ちた。



四階だったのを記憶していた。それ以前に痛みで既に意識なんてとっくに手放していた。







サクラは泣いていた。



今にも気を失いそうになりながら俺は五代目火影に治療を施してもらっている。



俺も、泣きそうだった。



ナルトは、本当に俺を殺そうとしていた。



あの眼、殺したいと黒く燃えていたナルトの眼は生涯忘れそうにもない。心から、俺を殺したくて堪らない眼だった。



「こりゃ酷い…一体なにがあったんだい」



綱手が険しそうな顔をしてそう呟いた。



指先も動きそうにない。後一歩で、最後のナルトの拳が決まっていれば俺は確実に殺されていた。



くそっ、何の為に修行したのか分からなくなってきた。近づいてねぇ、一歩も近づけてねぇよ。手も足も出なかった。そして俺は殺されそうになった。



ああ、せっかくのタバコがグシャグシャだ。



喜ぶと思ったのになぁ。ずっと考えてたのに、今日の為に。



ずっと練習したのになぁ。ナルトの前でも緊張しないように。



サクラの泣き声がこの部屋に木霊する。



気が付けば、俺も泣いていた。



やべぇ、挫けそうだ。



ちくしょう……ちくしょうッ!











[713] Re[41]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆1b2f5d2f
Date: 2007/07/23 15:21








絶対の風。それは全てを拒む黒い風。



これは本当に風なのか? 唐突にそう思った。



ゴクリ、と唾を飲んだ。分かっていた。故に前の任務で習得したナルトとは間逆の青い暴風の塊を右手に、そして仲間を守る為に得た稲妻の奔流を左手に現象させる。



それだけでは足りない。違う、満たしてみせる。温存していたチャクラを全て二つに注ぐ。



両手のチャクラの塊だけでは絶対的に足りない。目の前の風を見ているとそう思えてくる。



いけない、そう思い、弱気になっていた心に渇を入れる。絶対に負けられない、と。



「いい加減…目障りになってきた」



ナルトの眼には俺ど写っていない。今までと同じように無機質な目が俺を見つめる。



その瞳は少しも揺らぐことはない。目の前に立っている最大の障害さえも塵と同じく見ていない。



目の前で立っているナルトを見て体中から汗が噴出しているのを感じた。震えそうになる身体に叱咤し気丈にナルトを見続ける。



止めたい。アイツは今、迷っているだけ。そう念じて震えを止める。



「お前は暗闇の中を迷っているだけだ」



今まで培ってきた全てを開放する。



右手の暴風の塊は更に回転を増し全てを抉る。



左手の稲妻の奔流は更に放電を繰り返し全てを焼き焦がす。



「迷っていただけに中々の答えを見つけ出したと思うぜ」



そう言ってナルトはチャクラを拡大した。そのチャクラの奔流に呼応するかのように風が旋廻し二人ごと呑み込みナルトを中心に舞った。



初めて見たナルトの本気。凄まじいの一言。



それでも止まれない。



今更見放せるなんて出来ないほどに追いかけすぎた。



そして見ないふりをするにも理解しすぎた。



幾重にも風が羽衣のようにナルトを包み込む。ナルト本人が豪風であるかのように存在さえしている。



一枚一枚が簡単に手が届くとは思えないことくらい見て分かった。一体どれくらいのチャクラを込めればこんなことが出来るのだろうか。



それでも届いてみせる。気付かせてやる。お前が一人じゃないって事を。



「俺をあんま見くびるなよ」



目の前の恐怖に俺は笑っていた。怖いからじゃない。やっと辿り着いたと思えたから。



「残念だが、見くびったことなんてないさ」



ナルトはいつも通り唇を歪ませて哂った。



「そうかよ」



構えを取ってナルトを睨みつける。



嬉しいが、今は気を許した瞬間に殺される。今回は歯止めが利きそうに無い。



ナルトは俺が構えたを見てからまた哂った。


そして一度目を閉じて、今度は睨んだ。氷で出来ているかのような冷たい眼。



殺したいと呪祖を吐き続ける憎悪で燃えた眼だった。



始まりなんて決まっていない。



互いが同時に踏み込んだ。



躊躇いの無い二人の一撃が交わった。



それが俺とナルトの二度目の殺し合いだった。











「チームメイトとの別れの挨拶はいいのですか」



中忍試験では見なかった男がオレの目の前に現れた。



「必要だと思っているのか? もしそうだとしたらオマエ相当の馬鹿だろ」



違いない、と奴は笑った。



「それで…オマエと後ろで隠れている三人の名前を教えてくれないか」



後ろの三人分の気配が乱れた。バレないとでも思っていたのだろう。生憎今は最高に気分がいい。



目の前の男が突如頭を下げた。



「遅れました。音の四人衆…西門の左近」



「同じく、東門の鬼童丸」



「同じく、南門の次郎坊」



「同じく、北門の多由也」



周りから中忍試験で見かけた三人が現れる。



中々に面白い趣向だ。愈々、オレも人を止めるか。



「大蛇丸に何か言われてきたか?」



大蛇丸のことだ。何かしろ伝達がある筈だ。



左近が静かに一歩近寄ってきた。



「頭をナルト様に、と」



「んなもんいらねぇよ」



「は?」



左近だけじゃなく他の三人も馬鹿みてぇな顔になってやがる。



やっぱり馬鹿なんじゃねぇか。基本教養すら学んでいるか不安だ。



「話したこともねぇ奴が勝手に頭になって気分がいい訳ねぇだろ。なんだ? それでもいいってのかよ」



オレは当たり前なことをいった筈なのだが四人とも理解できていないようだ。



「タメ口使えよ。今は最高にいい気分なんだ」



その直後、森の中で五人分の笑い声が響いた。



ああ、なんて最高の気分なんだろう。



「ここからが始まりだ」



あばよ、木の葉。









狂った歯車の上で







最後のぶつかり合い。オレの飛燕とサスケの螺旋丸と千鳥。



勝敗を決めたのは一つに全てを注いだオレだった。



オレの飛燕がサスケの攻撃を全て打ち消してサスケを斬った。



殺そうと思ったが、サスケにはオレと違って死んだら悲しむ奴等が沢山いる。



その思った瞬間浅く斬りつけただけで終わってしまったが、サスケの顔を見れば追撃は必要なかった。



死んだ眼をしていたサスケをどうやって殺せっていうんだ。



アイツだけだったんだ。どんなに距離を取ろうと罵詈雑言を吐いても追いかけてくれたのは、アイツだけだったんだ。



最初はオレみてぇに腐ってたお前が輝き始めた。それにオレも憧れた。



だから、分かった。



「今のサスケがサスケを幸せにしてくれるさ」



だから、もう二度とオレの目の前に立つんじゃねぇ。



オレは膝を屈して呆然としているサスケを残してその場から去った。



ああ、今日は月が見えねぇなぁ。







気が付けば目の前には門があって、気が付けばすぐ横のベンチにはヒナタが座っていた。



「ナルト君…」



なにも語らない。なにも感じさせない。なにもいらない。



今、ここで少しでも未練は無くしたくない。その為に引き離した筈なのに、それなのに後悔なんて作りたくない。



「怖かった…そうやって拒絶されるのが怖くって目が覚めてから会いにいけなかった…」



いつまでも怯えていろ。そう思った。



怯えて、恐怖して、頼むから傷一つ付かずに無事でいて欲しい。



手で顔を覆い空を仰ぐ、顔を覆った手の指の間から軽く覗き込む、ヒナタは笑っていた。



見なければ良かった。



綺麗過ぎて、忘れそうに無かった。きっとここに残らなければ後悔してしまう。それくらいに綺麗だった。



いつからだろう。



サスケやヒナタを太陽と連想してしまうようになったのは。



暗いどん底よりも、燦々とした斜陽のしたのようがきっと綺麗だな、だけど太陽の下は苦手だ。自分を否定されている感じがする。



「―――寒いだろ」



やっと口に出せた言葉がそれだった。



我ながらロマンチックじゃあない。もとよりそんなもん柄じゃあないな。



オレが一番大切にしていた白衣。先生がオレに唯一くれた大切なもの。それをヒナタに着させる。ちょっとサイズが合わないけど、ちゃんと伝えられたと思う。オレが居たという事実を。



もう十分だろう?



行かせてくれよ。気が狂いそうなんだ。



頼むからさ。



泣かないでくれよ。



もう分かったからさ。



オレは最低なんだよな。



そう言いたいんだろう?



頼むから責めないでくれよ。



「私が駄目だったからだよね…」



「やっぱりヒナタは馬鹿だなぁ」



「じゃあ…馬鹿だから?」



「自分のせいにしているからじゃないかなぁ」



全部オレが悪いっていうのにさ。なんで自分のせいにしてんのかなぁ。



だから、馬鹿なんだよ。



最初からオレが皆を騙していたのに。オレが全部悪いのに。なんで皆自分のせいにしてんだよ。



「私が…私が、独りになっても…いいの?」



やっぱり分かってない。



「ヒナタは独りじゃないさ。皆がいるだろう? こんなオレと違ってさ」



オレは独りだから里を出れるんだ。後悔なんて一つもないからこうやって非情になれるんだ。



「違う…よ……全然…違う」



ヒナタは泣いている。



へへ、本当に最低になっちまった。



女の子を泣かすなんて、最低野郎だよ。



「違わないよ」



だけどな。全てを原因はオレなんだと思う。



「今のヒナタがヒナタを幸せにしてくれるよ」



だからオレなんて邪魔なんだよ。



静かに傷つかないように気絶させる。そしてベンチに横にさせて空をみた。



雲ばっかで最悪の月夜は今までに無いくらいに綺麗だった。



「そんなのでいいの? ナルト…」



なんでだろう。最後だからかな、テメェも同じくらいに綺麗だな。



「サクラ…こんな時間にどうした。風引くぞ」



もう、俺がいないんだから心配になるじゃねぇかよ。だから



「この道を通ると里の外に行っちゃうわよ」



「早く帰れよ」



最後になって三人に会えて、嬉しかったよ。もしかしたら意外と俺も不幸じゃなかったように思えた。



だから一度本心を伝えたサクラだけには言いたかった。



「今まで…ありがとうな。結構楽しかったぜ」



その言葉に怒りを感じたのだろう。サクラの平手がオレの頬へ向かってくる。



ここで叩かれてやったらアイツは嬉しいんだろうがそんなことはさせない。



その説得を無視出来る自信が少し無かった。



オレはサクラの平手を片手で受け止めた。



「どうして! どうして何も言ってくれないの…」



雲に覆われていた空に光が裂いて入ってきた。月の光に照らされたサクラの両頬には涙でぬれていた。



見惚れていたオレの沈黙をサクラは勘違いして無視されているのと思ったのだろう。



更に涙が零れていた。



「…いつも私達には黙って…何一つ話してくれないのね…」



そういえな、そうだったなぁ。



だけどさ、



「サクラ達だけじゃねぇよ。いつも黙って誤魔化していた、ヒナタにもな…」



ベンチで静かに眠るヒナタに目を向けてそういった。



「信じられなかったんだよ。だから言えなかった。だから騙し続けてきたんだ。汚れたオレを見せないようにな…」



「ナルトは汚れてなんかいないわ!」



「それすらも信じられないんだよ。昔っから猜疑心で一杯だった」



「なんで分かってくれないのよ! 何時だって私達はナルトと一緒だった…その時も私達を信じられなかったの?」



「何度も殺したいと思った。何度も早くこの里から抜け出したい、そう思ってた」



あの時の高揚感を思い出そうと記憶を思い出す。



おかしいな、今はそう思えてこない。



やばいな、こりゃ末期だぜ。



「オレはサクラやサスケのようになれないんだよ。この里にいる間はな」



「それって孤独よ…」



「それもこの里にいるからだ。この里がオレを壊していくんだ」



また、サクラの涙が零れだす。



ヒナタだけじゃなくサクラまで泣かせるなんて本当に最低野郎だ。



それが自分だってことも分かっているだけに心が冷め切っていく。



「私はナルトが嫌いだって言ったわ」



「よく覚えてるよ」



「それは何もナルトのことを知らなかったから…今は好きよ。ナルトがいなきゃ辛いくらいに、好きよ」



「…………」



それも知っていた。



白眼がそう伝えてくれていた。それすらも信じられなかった。



バグッたのかと思っていたが間違いじゃなかったようだ。



本当に頼りになる眼だな。



でも、今はいらねぇよ。



「オレはオマエのことなんて好きじゃねぇよ。オレは誰も好きじゃないんだよ」



「きっとナルトも皆が好きになる! 私だけじゃない、ヒナタだってサスケ君だって皆ナルトが好きなのよ! なんで分かってくれないのよ!」



「知らねぇよ」



足を進める。まるで逃げるように。



これは勝ちだ。オレが勝つんだ。そう言い聞かせてオレは逃げる。



理論武装したってオレの心は最弱だから弱すぎた。



すぐに薄利していって裸になっちまう。



「逃げないでよ! 戦って…私達が知ってるナルトはこんなに弱くなかったッ!」



オレは瞬身の術でサクラの背後に回りこむ。



大して速く動いているわけでもないのに今のサクラでは目がついていけていない。



だからそれに便乗して濡れかけていた瞼を袖で拭った。



「弱かったんだよ…でもな、ありがとう」



臭い物には蓋をしなければならない。そうしなければ皆が不快になっちまう。



小さくさよならを言ってサクラを寝かせた。



もう、思い当たることはない。



本当にこれが最後だ。



ばいばい、木の葉。





感想掲示板で感想が掛けません。この場で礼を言わせてもらいます。ご拝読ありがとうございます。これからもよろしくおねがいします。







[713] Re[42]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:7866f4d4
Date: 2007/08/03 21:10






「ファ~~……」



朝は朝でだるい。昼は昼でだるい。夜は夜でだるい。



つうかいつもだるい。



「お前も早く食べなさい! 今日からお父さんも任務なんだから!」



「ハイハイ…」



「ハイは一回!!」



いつもうるさいなぁ。朝からガミガミ言わないでくれよ。ただでさえ無気力だっつうの。



ピンポーン、と忍びの家には似つかわしい音がなり母ちゃんは玄関の方へ出て行った。



嵐が去った、本当にそう思えた。



「なぁ…親父」



「なんだ、息子」



質問している俺のことなんか見ようともせずに朝食を食べることに集中している親父はいつも通りの親父だった。



「どうしてあんなキツい母ちゃんと結婚したんだ?」



我ながら馬鹿な質問だと思う。惚れたから、これ以外にないのに。



「…そだな…あんな母ちゃんでも優しく笑う時がある」



やっぱり俺の顔を見ようともしない。



だがさっきと違って顔色が明るい。照れているのかもしれない。



「それでかな…」



だるいなぁ。朝っぱらからこんな惚気た親父を見るのが。質問したのは俺なんだけどよ。



だから最後に言っておいた。



「俺は見たことねぇ」







狂った歯車の上で







五代目火影さまの命によって俺は今火影の間にいる。



正直言ってめんどくさい。



めんどくさい。めんどくさ過ぎる。



「昨夜遅くにうずまきナルトが里を抜けた」



「はい?」



寝ぼけてんのかな。すごく嫌な言葉を聞いた気がする。



「うずまきナルトが里を抜けた。ほど間違いなく音の里に向かっている」



「抜けた!? どうして……!?」



今度はしっかりと聞いていた。



それだけにショックだった。



「あの大蛇丸に誘われちゃってるからだよ!」



五代目火影様の語気が更に強くなった。



こりゃ冗談じゃねぇ。マジだ。



「それじゃさっさと連れ戻しにいかなきゃいけねぇッスか!」



「ああ、そうだ」



何故、俺が呼び出されているのだろう。



嫌な予感が止まらない。俺の紫色の脳細胞が騒ぎ始めた。



「早く中忍以上の人たち集めて行ってもらいましょうよ!」



「それは出来ない」



うわっ、本当に予感が当たっちまった。



これって危険な任務じゃねぇのかよ。



「木の葉の現状を知っているだろう? お前ほどの奴なら分からない筈が無い」



お前ほど? どういうこっちゃ。



「誰かが俺のこと推薦でもしたんですか?」



「知らん。そんなもん任務の後にアスマにでも聞け!」



アイツ、影で縛って髭を剃ってやる。



「大丈夫だ。この任務は迷子の少年を連れ戻しに行くってことにしてやるから」



迷子の少年ってのは言いえて妙だが、納得がいかない。



「三十分時間をやる。お前が優秀だと思う下忍を集めるだけ集めて里を出ろ!」



確かに、里を抜け出そうとしたのは下忍だから同じ下忍でも十分に言い訳は通用する。



だけどよぉ、俺が納得いかないってのはなぁ。



「なんでナルトがこの里を出たんですか。それを言ってもらえない限り情報が足りてないという理由で辞退させてもらいますよ」



あのナルトが音の里に亡命するだなんてありえるわけが無い。



成長に躓いた? そんな訳あるか。アイツは誰よりも強い。



里が嫌になった? そんな訳あるか。そんなもん跳ね飛ばせるくらいにアイツは強い。



「私だって分からないんだよ! その為にとっ捕まえて聞いてやるんだ! 私のなにが悪かったのか、この里のなにが嫌だったのかをね!」



五代目火影様の困惑と悲痛を込めた顔をみて納得できていないのは皆同じだってことが分かった。



普通ではしてはいけないことをしようとしているんだ。



なら俺も気持ちを入れ替えなくてはならない。



俺とナルトはなんだ? 決まってんじゃねぇかよ。悩む必要なかったんだ。



「仲間を裏切る奴は仲間じゃない。俺とナルトはダチだ。だから出来る限りさせてもらいますよ」



どこぞの馬の骨にこの任務は譲れねぇ。







「ナルトが里を抜けた」



五代目火影様が言っていた事をそのままに口にする。



俺の目の前にいるのはうちはサスケ、きっとナルトがいなければダントツで今期の№1ルーキーになっていた筈だ。



何故俺がサスケにこのことを言うのか、それは五代目の推薦があったからだ。



ナルトが意識を失っている時五代目を連れて帰ってきた下忍二人の内の一人、その旅の最中に五代目を納得させるほどのことをしたのだろう。



そうじゃなきゃ火影から推薦なんてあるわけが無い。



そういう訳で馬鹿みたいにでかいサスケの家に来たのだがどういう訳かサスケの顔色は芳しくなかった。



いや、寧ろ死んでるな。



「ナルトを連れ帰る為に一緒に来てくれ」



「無理だ」



サスケの顔に感情なんて高等なものはなかった。



本当に死んでやがる。



「なんでだよ」



「止めたさ。昨日の夜にな」



「なんだと!?」



そう言うわけか、サスケは昨日の夜に一度ナルトと接触している。そして止められなかった。



簡潔すぎる仮定だが間違っちゃいないだろう。



「アイツに…触れることも出来なかった」



「それで諦めるのか」



「ナルトが望んだことだ」



「だから何もしねぇのかよ」



「何も出来なかったんだよ」



「そうかよ」



もうこんな奴と話している時間も残っちゃいない。



他にも話をつけなくちゃいけねぇ奴等だっている。



「こっちもいらねぇよ。お前みたいに死んでる奴なんか」



仲間を裏切る奴こそ仲間じゃねぇ。



もう、お前と俺はダチでもねぇ。







「…………ふぁ~…」



否定の言葉もない。



それで十分だった。



「それじゃ、頼んだぜチョウジ。すぐに支度して十分後には正門で待っててくれ」



説明できることは全てした。死ぬかもしれない程に危険な任務であることも。



五代目はそこまで危険とは言っていなかったが考えれば誰だって分かること。なら皆に言っておいた方がいい。



これ以上サスケみてぇな奴を引き入れたくは無い。



「わかったよ」



チョウジは笑って答えた。それは任務を軽く見ている訳じゃない。そんなことも分からない付き合いじゃない。



やっぱりチョウジは最高のパートナーだ。







「ワンワン!」



赤丸の鳴き声が聞こえた。



振り向くとそこにはキバとシノが立っていた。



二人に事情を説明すると二人とも恐れた感じ一つせずに答えた。



「やっぱ早起きは三文の得だな」



そういうキバに不安を覚えた。なんせコイツは中忍試験の三次予選で棄権した奴だ。また危険を目の前に逃亡されたら成功するものも失敗しちまう。



だからこう言った。



「死ぬかもしれないんだぞ」



努めて声を低くした筈だった。



それなのにキバは笑った。チョウジの笑みと同じ、覚悟を決めた笑顔だった。



「あの時はただ悔しかった。あれをまた味わうくらいなら死ねるぜ、ダチの為ならよ!」



シノはキバの言葉に小さく頷いた。



それでも少し不安があった、それでもそろそろ最初に決めておいた十分に達しそうだった。



もういかなきゃならない。そう思い皆を正門へ連れて行こうとしたとき声がした。



「まだ、募集中ですか!?」



ロック・リーだった。



「ああ、延長しようと思ってたところだ」



正直心強い。中忍試験の時のリーを思い出す。



下忍とは言いがたい実力を持ったリーを歓迎しない訳にはいかない。それにリーの場合は俺達以上にナルトを止めたいだろうから。



「正門に行こう、そこでチョウジが待ってる」



皆の顔を見渡して正門へ向かおうとした時にまたリーが口を開いた。



「ネジも待っている筈ですよ」



もう驚かねぇよ。



ネジなら最初から分かっていたかもしれない。白眼を持っているんだ。いつだってこの里の情報くらい分かっちまう。



そして強い。誰よりも才能を持っている。



それに見合う努力もしてきた。



そして誰よりもナルトのことを考えている。



「最高の小隊じゃねぇか」



下忍だけの小隊って舐めてると痛い目に合うぜ。







今いる六人が最高の六人だ。



俺は皆の顔を見直して言った。



「タイムリミットだ」



皆が深く頷いた。



皆分かっている。これが本当は下忍の任務じゃないということを。



「一応、俺が小隊長だ。俺を無視して勝手な行動してっと任務失敗だけじゃない。全員が死ぬぜ」



舐められたらお仕舞いだ。だから語調を強くして言った。



「へっ、お前よりも頭の回る奴なんて他にいねぇから心配いらねぇよ!」



キバがしっかりとそう言って皆も頷いた。



やっぱり、この小隊は最高だ。



「フォーメーションは一列縦隊で行く。戦闘先導はキバ、お前なら誰よりも他の森よりも癖の強い火の国の森でスピードを落とさずに進める」



力強くキバは頷いた。



「キバの後ろは俺だ。キバの察知した異変を最も速く気付けるからな。それを後ろのメンバーにハンドシグナルで伝える」



そこで一息つく。ここから問題だ。



三番目をチョウジかリーにつけたい。



俺がハンドシグナルで伝えてすぐに決定打を打てる奴が最も重要なところだ。



力のチョウジか、速さのリーか。



一秒、出来る限り脳を総動員させて考えた。



この任務の目的はなんだ? これは敵を倒すことじゃない。



だから俺は言った。



「三番目はリーだ。敵を見つけ俺の影縫いで動きを止める。その後に誰よりも速くナルトを連れて行ける強さを持っているのはリーだけだ」



これは敵を倒すことが目的じゃない。ナルトを連れ戻すことが目的だ。



だから俺はリーを推した。これが間違いじゃないと自信はあった。



「はい!」



いい返事だ。俺の指示を認めてくれているんだと思っちまう。



それはまだ早い。認めてもらうのはナルトを連れ戻すのに成功して全てが終わった時だ。



次に俺はチョウジを見た。チョウジの顔は出番はまだか、とでも言うかのように真剣だった。



「次に、チョウジだ。もし、リーがナルトを連れ出すのに失敗した場合敵の反撃を止める役になってもらう。チョウジにスピードは無い。それでもこの中で最も打撃力がある。だが、一撃で足止めが出来なかった場合は全力で逃げろ。それを残りの五人で全力でサポートする。忘れるなよ、敵陣に突撃するチョウジがもっとも危険なんだ」



信頼しているお前にしか頼めねぇんだ。



伝わったか分からねぇが精一杯目で伝える。



「そしてそのサポートをしてもらうには確実性と広範囲に攻撃の出来るシノしかいない。タイミングを外さないでくれ、逃げに回った時の頼み綱はシノに掛かっている」



舞台は森、ならばシノの虫を使った攻撃はどんな攻撃よりも脅威になる筈、だからサポート役に徹してもらいたかった。



シノは馬鹿じゃない。それに弱くも無い。自分の役割を理解してくれるだろう。



アクションが小さすぎて本当に頷いたか分からなかったが不満そうに見えなかった。



そして最後にネジ、疑う必要が無かった。



その目はギラついていて誰よりも自信に溢れていた。



「最後尾はネジだ。この役は最も難しい、それでもネジの実力に白眼が加われば絶対に出来る筈だ。この役はアンタにしか頼めねぇ」



一応は年上だ。それに実力も桁違い。



それでも今は俺が小隊長だ。



ネジは小さく頷いた。





個性の塊みてぇな集団だが長所が重なることなく見事に短所をカバーしている。



これで失敗したのならそれは俺の責任だ。最高の小隊を扱っているのに成功を得られないのは俺の指示が悪いってことだ。



最後に覚悟を決める為に言うべきことを皆に、



「ナルトは俺にとっては深くも浅くも無い付き合いだった。アイツが本心でこの里を抜けたのならどうでもいいと考えている」



きっと本心だろう。アイツはそんなに弱くない。だから大蛇丸なんかの誘いに乗るような玉じゃねぇ。



だけど、だけどもし、



「もし、ナルトが騙されたりしているのなら、全力で止めてやりたい」



いつも焦っているように見えていた。気のせいだと思っていた。いや、思いたかった。



いっちゃ悪いがこの里には才能の高い奴が多い。多すぎるくらいだ。



それに対して焦燥感を感じているのなら言ってやりたかった。



みんなお前に追いつきたいと思っているんだ、と。



「信じられるから仲間なんだ。俺はアイツを信じている。それで十分だろ?」



皆知ってんだろ? ナルトは誰にも負けやしないってことくらい。



「おうよ!」



「……ああ」



「うん」



「はい!」



「そうだな」



皆信じてるんだぜ。だからお前も俺らのこと少しくらい信じてくれもいいんだぜ。



士気は高まった。リミットをオーバーするくらいに高まっている。



「さぁ、外で待ってる迷子でも捜しにいこうか!」



俺らが走り出そうとした時、忘れかけていた声が聞こえた。



「待って!」



後ろを振り向くとそこにはヒナタ、一人だった。



「私も連れて行ってください!」



「五代目火影から事情は聞いている。悪いが任務には……」



一緒にいけない、そう言うはずだった。



それよりも早く否定の言葉を言った奴が一人いた。



「帰ってください。ヒナタ様」



「ネジ……」



ネジが俺等を手で制す。譲れない、そう目で訴えていた。



「私も一緒に行きます!」



「聞こえなかったのですか?」



「私は何も出来なかった…」



「ええ、ヒナタ様が弱いからです」



ネジが力を込めてそう言った。その時のヒナタの怒りの顔を忘れることが出来ない。



その後の動きは本当に一瞬だった。



流れるようなチャクラの動き、それに身を任せているかのような一体感。一体どれくらいの修行をすればここまでのチャクラのコントロールが出来るようになるのだろう。



中忍試験の時とは段違いの速さで踏み込んだヒナタ、俺では見るだけで精一杯で避けることなく終わっていただろう。



しかし、ネジは動くことが出来た。それもヒナタ以上の速さで。



「死ぬかもしれない任務に貴方を連れて行くことは出来ません。もうこれ以上分家としての勤めを放棄出来ない」



最初から居たかのような自然体でネジは高速移動していたヒナタの背後に立っていた。



ヒナタも反応が出来ていない。それを俺が感知できるわけが無い。



ヒナタだけじゃない。ネジも格段に強くなってやがる。



「それでも私はーーーー」



「これ以上私に父上を裏切らせたいのかッ!」



ネジの平手がヒナタの頬に入った。



パン! と乾いた音が回りに浸透していった。



ヒナタは何をされたのかも分かっていない。俺らだってネジがしたことを理解することに少し時間が掛かった。



分家が宗家に危害を加えた。それがどれ程に重大なことか俺らには分からない。



もしヒナタが宗家という権限を使うのならばネジは為す術もなく殺されるだろう。



今の行為がただの怒りから来ているのならば仕方ない、皆そう思った。



それでもネジの顔を見たら忘れてしまった。



「ケガじゃ済まないんですよ…死んでしまったらもう…帰ってこないんですよ」



ヒナタを叩いた手が震えていた。



皆、ネジは宗家のヒナタを恨んでいたと思っていたが違っていた。



ネジは何も出来なかった自分を恨み嫌っていたんだ。だからナルトと対等でいようとしていた。なんでも一人で出来たナルトを。



あの中忍試験の時もきっと本当に殺そうと思えば殺せた筈なのにヒナタは死ぬことはなかった。



口ではどんなことでも言える。それはナルトを怒らせるためだけだったんだ。ネジは頭がいい。なにを口にすればナルトが最も頭にくるかも分かっていた筈だ。



ネジはヒナタを憎んでいない。寧ろ、心配している。



「ヒナタ様にその顔は似合いません。私がナルトをつれて帰ってくるまでに元に戻しておいてください」



ネジから見ても今のヒナタの顔は悲痛に苛まれているのだろう。



ネジが慣れない笑みを作ってこっちに歩いてきた。



「アンタ…かっこいいな」



「忘れられないだけさ」



なにを忘れられないんだ? そう思ったがもうネジは正門の外へ踏み出していた。



「さぁ、あのバカを連れ戻すぞ」



かっこいいけどさ、俺が隊長なんだけどよぉ。















[713] Re[43]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:7866f4d4
Date: 2007/08/03 21:17








「……面倒だな」



森林の中を進むうちに動物ではない気配を感じた。



風が教えてくれる。この身のこなしは木の葉の忍びだと。



「チィ…厄介なことになったな…」



左近も気付いたようだ。気配の感知に関してはそこまでヘボじゃないってことだ。



「一人…いや、二人だな…」



多油也が構える。俺等に迫ってくる速さから言えば特上より上だろう。



このメンバーならば負けることは無いが少し痛手を喰らうかもしれない。木の葉の忍びは舐めてはいけない。



「来るぞ!」



鬼童丸の言葉に皆が散開した。



「チッ!」



左近の舌打ち、左近が逃げ込んだ先には木の葉の忍びが回りこんでいた。



速すぎる。こりゃやばいかも知れない。



スイッチを入れなきゃ自分の血を見ることになるな。



「お前らは大蛇丸の…」



知らない奴だ。だが、油断は出来ないね。こりゃ手強そうな顔してるわ。



気迫が違うね。なに本気になってんだか。



「方向からしてどうやら木ノ葉の里からの帰り道ってことか…」



もう一人は見覚えがあった。確か、ゲンマって名前だったか。中忍試験の審判をしていたな。



まぁ、興味なんてこれっぽっちも無いんだかね。



「何故…ナルトがそこにいる」



なんでオレに話を振ってくるんだよ。メンドクサイなぁ。



「お前らは先に音の里へ向かってくれ」



手の動きだけでそう音の四人衆に伝える。



正直、足止めようの術なんて覚えていない。



「大丈夫なのか?」



「倒す必要はないんだ……すぐに終わらせるさ」



そう、このゲームの目的は音の里への到達。別に逃げてもいいんだよ。



「分かったらさっさと行け!」



オレは次郎坊達へそう言って走っていく四人衆を見届けて、改めて追いかけてきたゲンマ達を見やる。



なるほどね…平静のつもりらしいけど随分と疲れているじゃないか。チャクラもそんなに残っちゃいない。



「こんなもんでオレを捕まえに来るなんてやっぱり木ノ葉は馬鹿だな…」



「質問に答えろ…何故、ナルトがここにいる」



今のゲンマは冗談を言っていられる余裕を持ち合わせては居ないようだ。こりゃ任務明けだな。今の木ノ葉は壊滅状態だからな、長期任務にでも駆りだされてたんだろ。



少しでもオレが勝てる要因を作らなければ疲れていたとしても特上に勝てる確立は少々低いな。



今は笑おう。



「さぁ? 迷子かもしれねぇよ」



「ふざけるな!」



「肩肘張ってても疲れるんだよね」



お手上げのポーズでため息を吐く。



いいねぇ…そのキレてるアンタの顔、ぶっ壊してぇよ。



気付いてる? 今日は風が強い気がしないかな? おかしいよな、俺の周りだけ風が強いなんてさ。



疲れてんだよ。だからさっさと里に帰って寝た方がいいぜ。



「もういい、詳しいことは里で聞くことにする」



ゲンマが構えを取る。



もう遅ぇよ。この、



「馬鹿がッ!」



新しい回天を受けてからゆっくり話でもしようや。







狂った歯車の上で







「日向の奥義に…性質変化を…ッ!?」



なんかしゃべってたゲンマの鳩尾に蹴りを加える。



「チャクラを垂れ流しにするのなんて勿体無いだろ」



威力は周りが教えてくれる。辺り一面の木が薙ぎ倒されている。



木を打ち折れる風が人間に当たったりしたら体中の骨がバラバラだ。



現に、



「ガハッ!」



腹を踏んでも堅い感触なんてありゃしない。肋骨もかなり逝ってるようだ。



「万全だったならば逆だっただろうねぇ…まぁ、どうでもいいんだけどね」



さぁ、速く追いかけようかな。







「ナルトと別の二人の臭いがぶつかってた…どういうことだ?」



それはナルト一人ということ、手引きしている奴はいないってことか。



いや、それは安直過ぎる。考えの根本が間違いだ。ナルト一人で十分で手引きしている奴は戦っていなかったとしたら…困るな、相手は万全だ。



「キバ…その別の二人ってのは木ノ葉の里の奴等か?」



「ああ!」



「そうか…このままナルトを追うぞ!」



やばいな。ナルトと戦っていた別の二人は木の葉の中忍以上だろう。ナルトは疲弊してくれたか? 多分そんなことないだろう。



そこらへんの中忍なんかよりもナルトの方が強い。



それならば少しでも時間を与えずに第二波を与えた方がいい。それも迅速に慎重に的確に。



「この先からはトラップがある可能性が高い! 戦闘の後で神経が高ぶっているに違いないからな!」



頼りにしてるぜ、みんな。



「オイ! ここから先は敵の臭いだらけだ!」



「みんな止まれ!」



俺じゃ分からないがキバなら臭うのだろう。どんだけの嗅覚だっつうの。



辺りを観察していると巧妙に隠された起爆札を見つけた。



「上を良く見てみろ」



「起爆札が五箇所…この陣形は結界方陣だ」



さすがネジだ。知識もある。



「結界方陣?」



チョウジはちょいと駄目のようだ。まぁ、得意不得意って奴だな。



「結界方陣ってのはトラップの一種だ。この陣形で囲った範囲に足を踏み入れたら発動する時間差の罠だ。たしか高等忍術だったと思う」



回り道しかない、か。



くそ、思った通りにはいかせてくれないか。







「早かったな」



二人の木の葉の忍びとぶつかった場所からそんなに離れていないところで四人衆と合流した。



最初に声を掛けてきたのは多油也だった。



大蛇丸の部下に女がいるということに疑問が無いわけでもないがそこらへんは無視しよう。もしかして男かもしれないから。白みたいに殺されかけたくない。



「ここに来るまでに出来るだけ紙を張ってきた。実力のある奴だったら結界方陣と誤解するようにな」



馬鹿だったらそのまま直進してくるだろう。だがそんなもの脅威にすらなりえない。今は極力強い奴と出会いたくは無い。だから実力者のみ気付けるような場所にフェイクの起爆札を張ってきた。ただの紙だが見た目だけなら本物とそう変わり無い。



「ちょうどいい。なら今やっちまうか」



「ん?」



左近が突如そう言い出した。



何がいいたいのか分からない。他の三人も頷いていやがるしオレだけ除け者かよ。



「内緒ってのは無しにしてくれよ。意外と傷つくんだぜ」



どうでもいいから別に構わないのだが知っておいてマイナスはないだろう。



好奇心もあったのかもしれない。あれだ、好奇心はネコを殺すって奴だったんだよ。



「実は大蛇丸様から仰せつかった大切な事が一つあります…」



「だから内緒は無しだって…」



「アナタに一度、死んでもらいます」



スイッチが入った。



関節の逆式、反動を使わずに間合いを詰めて左近の首に掌を添えた。その気になれば一瞬で首の中身を切断できる。



「テメェが死ね」



「意外に人の話を聞かないんですね…」



そう言う左近とオレを止めようとする他の三人。



あら、なんかすんげぇ間違いをしたみたい。話に続きがあるなら全部言ってくれよ、誤解しちまったじゃねぇか。



だが、ここで謝っちまうと立場がねぇな。どうしよう。



「ったく…死ぬかと思った」



そう言って首をコキコキならす左近。ほんとにすまねぇ。



「いや、あれだ…あぁ…すまねぇ」



やっぱり素直に頭を下げることにする。これから仲良くやってかなきゃいけねぇんだからな。



「調子に乗ってんじゃねぇよ、チビ」



いや、確かに身長低いけどさ。そりゃなくね?



オレが悪いってのは分かってっけどさ、ちょっと心に響くなぁ。慎重が伸びねぇんだよ。試したけどさ。やっぱタバコかな。







嫌味と愚痴を織り交ぜた何故オレが死ななければならないのかという説明は本当に長く感じた。



いや、オレが悪いんだけどね。



早とちりって怖いね、まぁどうでもいいんだけどさ。



今、オレの手の上には正露丸のような黒い錠剤が一つ乗っかっている。



これが醒心丸、呪印の効果を増大させるというものらしい。



もしそれが本当ならばオレはさらに強くなることも可能だろう。それは嬉しいのだが、



「しっかり頼むぜ」



確実な死を仮死状態に和らげるというのは超高等な忍術なのだろう。それを同世代の奴等に出来るかが心配だった。



「本来、俺達四人瞬は大蛇丸様の護衛として存在しているエリートぜよ。だから防壁の忍術や封印術に長けている」



まだ四人の実力をすべて見たわけじゃない。それでも只者ではないと分かっているから信じた。



というより信じるということをしなければならないと思った。



音の里は木の葉の里とは違う。



だからこれからはこの四人はオレの仲間になるんだ。仲間ってのは信じらなきゃならねぇ。信頼の無い奴なんて他人なんだから。



それに、オレはまだどうあっても死ぬわけにはいかない。ここで強くならなければこれからどんな場面があるかもわからないんだ。



可能性があるのならばやらなければチャンスを潰す。無理だと分かっているのにすることは無謀だ。だが可能性があるのにしないのは馬鹿だ。



だから最後にこう言った。



「信じていいんだな?」



「次に目を覚ましたら俺達は仲間だ」



恥ずかしい心を隠さずに頷いて飲み込んだ醒心丸はすぐに身体を蝕んで行きオレは意識を手放した。









展開が少し早いな…後で修正するかもしれません。






[713] Re[44]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:7866f4d4
Date: 2007/08/03 21:23






気が付くと回りは真っ暗だった。



まるで砂の中にいるようだ。体中が重くて動かない。



だから、少しだけその重みに身を委ねてみた。



少しだけ、安らげた。







狂った歯車の上で







気配に気付いた左近が起爆札付きのクナイを林に向けて放った。



激しい爆発音と共に数人の人影が左近や次郎坊達の前に吹き飛んできた。



シカマルとネジだった。



その顔には焦りが大いに感じさせられた。



「何だァ…戯れに藪をつついてみたら蛇どころか虫二匹かよ」



多油也のその言葉通り、今の二人にはそれが最も的確な表現であった。木の葉の下忍で編成された小隊で最強はネジ、そのネジと同等の実力者が四人。戦力差は火を見るより明らかだった。



もちろん、ただで負ける木の葉ではない。元より勝利条件は敵の殲滅ではない。



「ちょい待ち! 待った!!」



シカマルが焦ったように見せ掛け一歩踏み出そうとしていた次郎坊に止めに入る。



シカマルは演技する。次の一手の為に。



「オレ達は戦いに来たんじゃない! ただ、交渉しに来ただけ……」



「…フン。だったらこりゃ何ぜよ!」



シカマルが次の一手への時間稼ぎを気づいたのかは分からないがそれを途中で止めて鬼童丸が両腕を振るう。



鬼童丸の振るう両腕の先には細いワイヤーが括りつけられていた。



辺りは鬼童丸が張った罠で死角など見当たらない。防御の術に長けた鬼童丸に死角などそれこそ存在しない。



そしてその鬼童丸のワイヤー先には、



「チッ!」



キバとシノとチョウジにリーがいた。しかし、チョウジは腕に締まったワイヤーに痛そうな表情を浮かべている。



最初に飛び込んできたキバの不敵な笑みに左近達は不振な表情を浮かべるが答えが出るよりも幾ばくか早くキバは行動に出た。



キバの右腕には煙玉が握られていた。市販よりも少し大きめの特注物だ。



キバは当然のようにそれを投げた。



この場で有効な術、シノの虫を使った術とシカマルの影真似の術、そして白眼を使った天穴の攻撃だろう。



数年も木の葉に潜伏していたカブトの情報でそうくるだろうと皆が知っていたが埃被っていた知識を引き出すよりも速く一人の男は動いていた。



「……何だ? 体が……」



シカマルが考えた計画に本人が失敗する訳にはいかない。そして今日のシカマルに弱音を吐く余裕など無かった。



「ここまでうまくいくとは思っていなかったぜ…ありがとよ」



シノとネジが構える。シカマルが動きを止めた後に完全に再起不能にする計画は今のところ順調過ぎた。





大丈夫だ、その時シカマルは確信した。



影真似の術に抗える者などそれこそ天と地ほどの差を持つ者だけ、それをシカマルは知っている。中忍試験の際にナルトに強制的に解除されたこと以外今までに一度とさえ抗えた者などいなかった。



影を捕まれたらもう二度と自分の意思で動く事は出来ない。自由がなくなる、翼を失った鳥はもう二度と空へ羽ばたけない。



シカマルがネジに柔拳で攻撃してもらうよう命令しようとしたときシカマルが確信していた勝利が瓦解した。



「まいったな…こんなに早く右近の出番が来るとはな…」



喋る事までは出来る、そう分かっていたシカマルは信じられない物を見た。



突如三枚の手裏剣がシカマル目掛けて飛来してくる。シカマルの影真似の術の効果を知っているだけに他のメンバーも反応出来なかった。



「チッ……ッ! 何でだよッ!」



二枚までは避けられた。それでも最後の一枚がシカマルの肩に刺さった瞬間、影真似の術が解けてしまった。



「無駄な抵抗ごくろうさま」



次郎坊が素早く印を結ぶ。自ら防御のスペシャリストと言うに相応しい手際の良さと印を組む早さだった。



そしてシカマル達が慌てている内に大地が割れ新たに円形に作りかえられていく。



「うわっ!!」



十人もの人数を囲ってしまう土の牢屋は瞬く間にシカマル達を閉じ込めた。



中から騒ぎ声が聞こえる。それを聞いて左近達は馬鹿にした笑みを浮かべてこう言った。



「チャッチャと行くぞ…」



鬼童丸がナルトを入れた棺桶を背負って歩き出したが次郎坊だけは残っていた。



「悪いな…少し腹が減ったから食わせてもらうぞ」



意地の悪い笑みを浮かべながらそう言った次郎坊に多油也が苛立った声をあげた。



「間食ばっかしてっから太るんだよ、デブ!」



「チャクラを食っても太るのか?」



「知るか、デブ」



「帰ったらカブト先生に聞くことにする」



そう言ってまた土のドームへ視線を戻した次郎坊に皆が呆れて音の里の方向へ向かっていった。







「せいッ!」



リーの正拳で壁に大穴が開くがすぐに回復していく。その様子にシカマル達は顔色を悪くしていく。



「どうやらただの土の壁じゃないらしい……」



ネジの常に冷静の声にも多少焦りが含まれていた。



すでに感じているだろう。この虚脱感を、チャクラを吸い上げられていく喪失感を。



「マズイぞ…チャクラがどんどん吸い取られている」



白眼を発動させたネジはそのチャクラの流れを見つけた。しかし、それを防ぐ術は無かった。



「中忍試験じゃ見せなかった手だ…こいつらあん時、手ェ抜いていやがったなッ!」



キバの叫びは厭に響いた。そしてそれを次郎坊も聞いていた。



「貴様らなんぞに本気になる必要がどこにある。下らん奴が揃うと更に下らなくなるな」



次郎坊の嘲笑、木の葉の忍び全てを侮辱する言葉だった。



「お前らの誰が隊長だか知らないがな、どうせ役立たずだろ?」



「テメェ! 言わせておけば調子に乗ってんじゃーーーーッ!?」



キバの叫びは途中で止まってしまった。



それは突然の揺れのせいで、



それは突然の殺気のせいで、



それは突然の友の怒りのせいだった。



目を配ればそこにチョウジがいた。壁に拳を突き出した状態の、チョウジがいた。その壁はリーの正拳よりも粉々に砕かれていた。



「皆が僕の事をどう思っているかは知らない」



チョウジの喋るごとに体中に充満していたチャクラが右腕に収束していく。



「少なくとも、僕は自分が我慢強いと思っていた」



まるで螺旋丸のように、だが回転することなく何重にもなる様にチョウジの右腕を覆っていく。



のけ者にされてもいつかは仲間に入れてくれる、そうチョウジは信じていた。



我慢はいつもしてきた。我慢は慣れている。そう思っていたチョウジは今、簡単に死んだ。



魂を燃やす、そう表現していいほどにチョウジは大量のチャクラを右腕に集中させている。



何かとシカマルは自分を守っていた。幼かったチョウジはそう解釈した。こんな自分といるよりも皆で忍者ごっこをしている方が何倍も楽しいだろう、そう幼かったチョウジは常に考えていた。



同情されている、そうとも考えたチョウジは守られる存在から守れる存在に強く憧れた。



対等に、そう願い皆の見ていないところで強くなろうとしたチョウジはサスケと似ていた。だが、サスケのように名に奢ることなく静か過ぎていた故に誰も気づくことは無かった。



皆がチョウジを認識し認めるようになって対等に扱われるようになってからチョウジの中身は徐々に丸くなっていたが、それは簡単に壊れた。



次郎坊の言葉によって。



「僕の仲間は誰一人も下らなくないッ!」



自分の知っているチョウジの動きじゃない、皆はそう思った。



そう思ってしまうくらいにチョウジが豪快に振るった拳は最も硬い壁を突き抜けてそのまま次郎坊すら吹っ飛ばした。



「ぐおッ!!」



次郎坊の苦悶の声、そして瓦解する次郎坊の土遁結界。



十数メートル吹き飛ばされた次郎坊とそうさせたチョウジを見て呆けるネジ達は恐る恐る外に出た。



「皆、先にナルトを追いかけてて」



少し痩せたチョウジがそういった。誰にも非を唱えさせない重さがあった。



「大丈夫なのか?」



「そっちこそ大丈夫なの?」



ネジの心配すらも逆に問うチョウジ。いつもと違いすぎるチョウジに皆が困惑する。



「どういう意味だ?」



「いつまでも下に見るなよ」



そう言ってチョウジは兵糧丸が入れられた袋をシカマルに放り次郎坊の方へ走り出した。



起き上がろうとしていた次郎坊の顎に痛烈な膝蹴りが入りまた次郎坊は空を舞った。



「僕の仲間には下らない奴なんて一人もいない。そう思っているのは僕だけじゃないよね?」



チョウジが頼ってくれと言ったのに最初に気づいたのはシカマルだった。シカマルはそれと同時に気づいた。今まで頼っていたと思っていたのはただ単に仲良しごっこだったということを。本当に真剣な場でチョウジに頼ったことが一度も無いということも。



「絶対に追いついて来いよ…俺達は待ってねぇからな!」



待つことすら今では使えない。チョウジなら追いつける。自分の力だけで追いつける。シカマルはそう刻んだ。





「チョウジ一人で大丈夫なのか?」



誰かがそう言った。この時、既にシカマルにとって隊長という肩書きは関係なかった。



隊長として部下を見るのではなく友として横から見ていた。



「俺には信じられない仲間なんて一人もいねぇぜ」



笑おう、そしてアイツが戻ってくるのを待っていよう。それがシカマルの友としての全てだった。



「同感だ」



そう言ったのはネジだった。



小さなため息、ネジが今まで感じてきた物の全てがそれで流されていった。



「まったく…後輩に色々と学ばせて貰うとは思っていなかったよ」



彼を追うだけで周りが見えていなかった時期を振り返るネジに待っていたのは久しく感じていなかった温もりだった。



「アンタは頑張り過ぎなんだよ、少しくらい甘えることも覚えな」



ニヤリと笑うシカマルにネジは苦笑した。



「だとよ、リー」



「らしくないと言ったらそうですけど…偶にはいいですね」



リーも満更ではない表情だった。中忍試験の前でも後でもネジの中身を占めていたのはナルトという壁だった。蔑ろにされていたのは同じ班の二人、それが漸く溶けて混ざった。



班とは器、ネジやリー達はその中にいた料理の材料。



一緒にいるだけで混ざり誰をも魅了するような料理になれなかった。やっと混ざり合った。そう時間は経たないだろう、最高の一品(班)になるのに。



「速さはあっちがナルトを連れて行っている分こっちのが速い! 追いつけるぞ!」







「お前…中忍試験では手を抜いていたのか!」



起き上がってきた、確か次郎坊と呼ばれていた男が立ち上がり次第そう言った。



手を抜いていた? そんな訳が無いじゃないか。あの時は全力を出した。



痛いことは嫌いだからね。



「シカマルが負けちゃったからね、あれ以上勝ってても意味が無かったんだ」



結局はこれだ。



僕一人でやっていける自信なんてなかった。いつだって助けてくれる人が必要だった。



自分は弱いです、そう思わせていたんだから。



「ふざけるな! 勝って笑っていた俺を心では笑っていたのか!」



「まさか、チョウジは弱いんだ。常に皆よりも弱くないと駄目なんだ」



ただのチョウジは弱いんだ。誰かに守ってもらわなければならない位に弱いんだよ。



だけど秋道チョウジは違うよ。皆と対等でなきゃいけないんだ。強い、そして仲間を重んじる皆と一緒じゃなきゃいけないんだ。



「だけどお前はシカマルを侮辱したね?」



「それがどうした?」



随分と余裕だ。これは何かあるんだろう。



だけど大丈夫。秋道チョウジは強い。皆と対等じゃなきゃいけないんだ。あの天才であるシカマルや誰よりも努力したリーや同じく天才であるネジとも、そしてナルトとも。

何かをされる前に倒せばいい。大丈夫、秋道チョウジならやれるよ。



「それがどうしたと言っているんだ!」



ああ、無視してたみたいだ。



せっかくカッコつけたんだ。最後までカッコよく行こう。



「喋るな、デブ」



シカマルを侮辱した罪は今の僕には許せそうに無い。















[713] Re[45]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:7866f4d4
Date: 2007/08/03 21:33




「チィ…あいつらもう追いついてきやがった」



左近は舌打ちを一つする。



「だから痩せろってあれほど言ってたんだ、あの糞デブッ!」



多油也は唾を吐き捨てて、だが走る速度は下がることは無かった。



その後は黙って走っていたが次々と切れていく糸が気になり始めた鬼童丸がナルトを入れた棺桶を多油也に放って動きを止めた。



「おい、どういうつもりだ」



棺桶を受け取った多油也の言葉を鬼童丸は鼻で笑った。



「このメンバーで足止めが出来るのは俺しかしない、なら答えはそこにあるぜよ」



あたり一面に糸を巻きつけその先に起爆札をつけていく鬼童丸を見て瞬時に頷いた多油也。



「頼んだぞ」



「らしくないぜよ、多油也」



微かに見えた多油也の陰りのある表情に鬼童丸はおどけて見せた。



らしくない、それは鬼童丸の本心だった。いつものように罵倒してくれよ、死ぬみたいじゃないか。鬼童丸は心の中でその余韻を楽しむ。



これはゲームだ。だが、死んだらリセットもテンポラリーセーブもない。この世で一番スリルのあるゲームを堪能出来る、鬼童丸はとっくに狂っていた。



「絶対に戻って来いよ、糞野朗!」



「主人公はヒロインの下へ帰ってくるのが仕事ぜよ」



「…………誰がヒロインだよ」



「そりゃ無いぜよ」







狂った歯車の上で







自分の業に美学を感じる奴は勘違い野朗だ。



それを美術、芸術などといっている奴は本来の意味を履き違えてる。



この世はゲームだ。そして自分はその中に一人のキャラクターでしかない。生まれたときから持たされた役を堪能し全うするのが人生。



なんてつまらないのだろうか、それでも楽しみようは沢山ある。



好きになればいい。自分の与えられた役を、その全てを愛せばいい。



特殊な一族に生まれた。いいじゃないか、そこらへんの村人として生まれるよりは。



その一族が一人の独裁者によって研究材料となり自分一人がその独裁者の部下となった。いいじゃないか、そこでは正義なんて物を振りかざす必要も無く淡々と自分を表せる。



そして道具として生かされ数多な任務を与えられ同じ境遇の仲間と一緒にこなして行く。いいじゃないか、それは一人ではないのだから。



プレイヤーの名は鬼童丸、人生を舐めて生きているただの敵キャラだ。



「一人で残るとはいい度胸だ」



確か日向ネジといったか、その男は挑発的にそう言った。



「度胸は生きる上で必要だ。それも自分のステータスぜよ」



こうして五人の敵を前でビビるような柔な修行はしていない。常に大蛇丸にそう調整されてきた。



魔王然り王でも頂点にいるよりもその下で動いている者の方が俺は好きだ。



大蛇丸にしても上で全てを動かすよりも下で悪を演じたい。



「お前らは先に行け、俺は目の前の奴を足止めする」



「俺も…戦おう」



そう言ったのは中忍試験で同じ虫を使っていたシノだった。忘れるはずが無い、とても印象的な戦いだった。



互いに全力を出さずに虫のみで戦うなど戦うと表現できない。ただの小手調べで勝負がついてしまった。



「任せたぞ!」



そう言ってシカマルが俺の横を走っていった。こいつも印象が残っている。多油也を相手にしていた奴だ。どんな幻を見たのか知らないが恥ずかしげなく叫んでいたからつい笑ってしまった。



他の二人も走っていった。



いい気なもんぜよ。思ったとおりに事が進むことがこれほどにまで面白いとは。



「いいのか? 足止めなのだろ、お前は」



「足止めの役はとっくに出来てるぜよ」



ほら。



ボン! とバン! の中間のような爆発音が森の中で響き渡る。



それも連発で。仕掛けておいた罠が作動した合図だ。



「昔からこういうのは得意ぜよ…少しでも触れるとこの辺一体が吹き飛ぶ」



「貴様!」



悪役は常にカッコいい。何故なら正義なんて幻想に踊られること無く自分を出していられるから。



本心、そして意地を通していられるから。



「俺のお姫様に手出しはさせないぜよ」



別に多油也が好きだとかじゃなく多油也しかいないからな、女は。



世界ってのは自分を中心に回っている。それは世界ってのは自分が認識している視界でしかないからだ。



その世界では俺が主人公、負けることも引くことも誰にだってさせやしない。



さぁ、今回はいつも以上に強い自分を作り出そうじゃないか。









「後…僕はどれ程生きられるのでしょうか」



カブトの診察室で死掛けの声が室内に浸透していく。



声質は哀、真意は絶望。君麻呂は事実死の一歩手前にいた。



「……………」



カブトはそれに答えない。いつからだろうか、カブトが禄に治療もせずに異常が無いか診察するだけになったのは。



それによって君麻呂はより大きい失意を感じるようになった。明確に自分の寿命を考えるようになった。



答えはすぐに出ていた。



「大蛇丸様の器として生きた僕は終わるんですね」



君麻呂には絶対の自信があった。確信していた、日増しに続く激痛とその発作との間が短くなっていくのを。



「………………」



更にカブトは沈黙を続けた。



カブトの表情に曇りはない。



寧ろ、カブトは嗤っていた。



その息遣い、空気の揺れ、そして自分とカブトの温度差を感じた君麻呂は静かに目を瞑った。



「大蛇丸様はもう永遠を求めて仰らない…僕はもう必要ないんですね」



その、大蛇丸に関しての言葉に初めてカブトは反応した。



「さぁ…ねぇ」



カブトの言葉を吟味する時間など君麻呂にとって存在しなかった。



「なら…何故笑っているのですか」



「……………」



君麻呂のそれすらカブトは答えない。



「音の四人衆を使って人を呼んでいるようですね…もう器は必要ないというのに」



君麻呂の初めての皮肉、それすらもカブトは無視する。



「貴方は…ッ!」



君麻呂が状態を上げてカブトを見たとき固まってしまった。カブトの声色とは違う固い表情に。



「うるさいよ…」



「…………」



今度は君麻呂がだんまりとなる。今喋れば強制的に黙らされてしまうのをカブトの顔を見て理解した。



「君は体力を整えていてくれればいいんだ…次の手術の為にね」



そう言うカブトの眼は実験材料を手に入れたときと同じように張り詰めていた。カブトは実験材料を無碍に扱わない。それは材料の一つ一つに特徴があり全てを知りたいからだ。



「この時の為に仕込んでおいた道具が来るよ」



カブトは小さく唇を歪ませた。



「僕も少し出掛けてくるよ」



笑顔だが顔は笑っていない。念のために用意していた影分身が伝えてくれた。



今からやってくるこの時の為に仕込んでおいた道具がやってくるのを阻止しようとしている者がやって来ていると伝えたからだ。



「分不相応なんだよ」



君麻呂は恐れ戦いた。何故自分を差し置いてカブトを自分の片腕として扱っているかを理解したからだった。






今どれくらいの時間が経った? 一時間のようにも一日のようにも感じる。



1対2というのがどれほどに辛いのかを実感できた。それだけでも今日のこのゲームは遣り甲斐がある。



「難易度の高いゲーム、ぜよッ!」



ネジの回天が終わると同時に蜘蛛粘金で作った刃を投げる。決まると思っていない。何故ならシノがいる。



「俺を…忘れるな」



ネジが仲間に頼るなんて想像も出来ない。少なくとも中忍試験の際では皆と距離を取っていた。カブト先生の情報でもそうだった。



何かあったのかもしれない。友情イベントってところだろう。



正義の味方には付き物ぜよ。



ああいう傷の舐め合いは。



大量の蜘蛛を口寄せしてシノの虫を封じる。いつもは召喚といっているがそれはそっちの方がゲームっぽいからだ。



こっちはすでに状態2、それでもあっちと互角の戦いを強いられている。



気に食わないが所詮は敵役、正義の味方に勝てるはずが無い。



「蜘蛛戦弓・凄裂」



俺の最大の攻撃力と命中率を誇る攻撃も大量の虫と白眼の前ではニュータイプが精神コマンドで集中を使うようなものだ。



掠りこそするが当たりはしない。



だが、そんな単調な攻撃を俺がする筈が無い。



「吹っ飛べッ!」



時限式の起爆札を有りっ丈貼っといた蜘蛛戦弓・凄裂は爆弾と変わりない。高い貫通力と命中率を持ち合わせた最強の爆弾だ。



「ぐ、うぉッ!」



回天だけじゃ防げないぜよ。大蛇丸特性の起爆札だからな、凶悪だ。



しかもそれだけじゃない。蜘蛛粘金は俺のチャクラが尽きるまで無くなる事は無い。そう、連射も可能だ。



「そらそらそらッ!!」



俺は常に後衛だ。前に出て勝てるはずが無い。その才が無いのだから。出来ることは遠くまで見ることと強い武器を作ること。ならば後衛としては俺が最強であるに違いない。



今もこうして遠くから場所を移動して蜘蛛戦弓・凄裂で遠距離攻撃をしている。



シノの虫は俺の蜘蛛で防いでいるから遠くまでは察知出来ない。ネジの白眼も俺の攻撃に集中する為に一定の距離から視野を広げられない。



ターン制限がない戦いではいくらでも無傷で勝つ方法はある。ゲームであることは現実にだって存在する。ならゲームで学んだことも現実では有効だ。



決して低くない身体能力と広範囲に広げられた虫、シノは決して弱くない。



忍術を使う必要の無いほどに鍛え上げられた体術とどこまでも見ることが出来る白眼、ネジは決して弱くない。



ただ、土俵が違うだけだ。



俺は敵、正々堂々と戦うわけが無いぜよ。裏からこっそりと卑怯に戦う。虫によって広範囲に広げられた間合いよりも遠くから、白眼とまではいかなくとも遠くまで見渡せる第三の眼で、そしてある程度鍛えてある四肢をフルスロットルで使い、最後に誰にも負けやしない武器で敵を倒す。



寄壊蟲のメスにも注意を払った。近づいてきた寄壊蟲のメスを蜘蛛粘金で作ったクナイで殺してすぐにその場から離れた。



カブト先生の情報で油女一族の戦闘方法は知っていたからこうするのは当然だ。シミュレーションゲームをやっているとどうしても完璧にクリアしたくなってくる癖でミス一つでも許せなくなった。



もう、かなり時間は防いだだろう。あっちも次の攻撃に備えて待ち構えている。



このステージは特殊だ。勝利条件は敵の殲滅じゃない。仲間を逃がすこと。



ならばもうこのステージは完了だ。



俺は逃げさせてもらうぜよ。



















[713] Re[46]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:7866f4d4
Date: 2007/08/03 23:07










「なんで子供達にそんな危険な任務を任せたんですか!」



長期任務から戻ってきたばかりのカカシは下忍が受け持ったという任務を直後火影にそう言った。



誰だって知っている。下忍が他国の忍びとは戦える任務を請け負うことが出来ないということを。そして相手は音の忍びであるということが今のカカシを困惑させる。



「一応、砂隠れの里からの応援も呼んである」



綱手の声に抑揚はなかった。相手は音の里、何が起こるかも分からないのだから。



それはカカシも分かっていた。分かりすぎていた。だからこそ声を荒げた。



「納得できません!」



納得、その言葉を吟味するように綱手は呻くように声を紡いだ。それは自覚している、そう伝えるように。



「誰だって納得できないさ…私だって、カカシだって…あの子達だってね」



ナルトが里を抜けた。その事実がカカシを打ちのめす。



ナルトが敵に回って今の下忍であるシカマル達が無事に帰ってこれるなんて考えられない。ナルトが昔の好で手加減してくれるだろうか、そんな筈がない。殺すときは容赦するまえに、躊躇する事無く殺すだろう。そうカカシは考えた。



考えたまでは良かった。だが、一度でも想像してしまったら身体は止まっていてくれなかった。



「ああ、納得なんて出来るか!」



カカシが火影の間から飛び出していくのを五代目火影は静かに見ていた。



なぜなら、



「私も…納得は出来ないからね」



誰も納得などした覚えなんてない。








狂った歯車の上で







黒い闇が晴れていく。



重かった枷が解き放たれた。重かった手足が羽のように広がっていく感覚、これがオレの新しい四肢となる。そう思った。



狭い世界から抜け出そう。そう本能が吼えた。鳴いた。叫んだ。



見え隠れする世界に手を伸ばし、堅い木の感触を堪能し、オレは世界を視た。



古かった身体から抜け出し成虫になる蝶の、そんな綺麗なもんじゃない、と笑ってしまった。まるで蛾のような気分だ。



それで力強く羽を羽ばたかせて空を駆ける。



「お目覚めは…」



左近は後ろにいた。そんなことにも気が付かないほどにオレは感動していた。



「お前達も感じたんだろ? この……」



「素晴らしさ、ですね」



「ああ」



体中が張り裂けそうなほどに力が湧き出てくる充足感、まるで薬でもキメちまったようだ。



「言っただろ。俺等は封印術のエリートだってな!」



鬼童丸がそう言った。なんか傷だらけ(後に逃げてきたことを知った多油也にボコボコにされたことを知る)だった。



どうやら意識が無くなってから少し時間が経っていたようだ。



「おい、そろそろ行くぞ! カス共ッ!」



「女の子がそんな汚い言葉使わない方が…」



「うっせぇ! チビが生意気なんだよ!」



タバコ、かなぁ。遺伝子のせいじゃねぇ、よな。そう思っとかないと期待が持てない。



つうか口悪すぎだろう。



そう思っていると次郎坊がオレの肩に手を載せてきた。つうかこいつもボロボロだし。



分かってるぜ、お前の気持ち、みたいな顔をされた。よく見渡すと他の二人も同じような顔をしている。



「お前等…」



辛かったんだなぁ。







「それで、こいつぁどう意味だろう。誰か説明してくれねぇか?」



目の前にはキバ、シカマル、チョウジ、シノ、リー、ネジが突っ立ってる。



どいつもこいつも殺気立ってうざってぇ。どうにかならないかな?



「てめぇが起きようとしている最中にちょうど来たんだよ。というかてめぇのせいだ、チビ」



あ、チビは固定なわけね。



「そういえばなんで鬼童丸と次郎坊は傷だらけなんだ?」



鬼童丸が半泣きで多油也を非難しているが、理由を聞いて呆れてきた。



次郎坊に至っては聞いてて痛かった。



ボコボコに殴られて死に掛けていたらしいが体の肉のお陰でなんとか生き延びれたらしい。それでオレ達が通るルートが分かっていたから近道をして追いついたようだ。



「これも日頃作っておいた筋肉のおかげだ」



「嘘吐くんじゃねぇ! そりゃどうみてもただの脂肪だ、糞デブ!」



お前等の会話も聞いてて痛いよ。



そしてオレは皆との会話を切り上げてシカマル達へ視線を戻した。



「んで、どういうつもりでここまで来たんだ?」



「ナルトを連れ戻す為に決まってんだろ!」



「お前には聞いてねぇよ、キバ」



うるせぇ奴だ。昔からそうだ。自分がムードメーカーだって勘違いしてんじゃねぇか? ただうるせぇだけなんだよ。



「ナルトを、連れ戻しに来た」



シカマルはかみ締めるようにそういう。白眼から伝わってくるよ、お前の苦悩や悩みやら辛さがよ。どれ一つも共感は出来ないけどな。



「オレが大蛇丸に勧誘されて里を抜けたとか思ってんだろ? 確かにそうだけどよ、この状況はオレがカブト先生に拾われたときから書き終えていた未来予想図だ」



最初から決まっていた未来を正しく伝っているだけなんだよ。誰のせいじゃねぇ、こりゃオレの意思だ。



「一つ聞いていいか、ナルト」



一歩踏み出してシカマルがそう言った。



「ん? なんでも聞いていいぜ」



聞くだけだがよ。



「ここにいるのは自分の、ナルトの意思なのか?」



「そうだ」



即答で答えた。



「今度はオレが一つ聞いていいか?」



「なんだ?」



これが一番聞きたかったんだ。



なんでアイツがいないんだ? アイツなら一番来そうだったのによ。



「なんでサスケがいないんだ?」



なんか足りないんだよ。アイツがいなきゃこう、満足感? それとも優越感か? それが足りないんだよな。



アイツの壁でありたかった。アイツの目標でいたかった。アイツに渇望してもらいたかった。



だからオレはあんなうずまきナルトを演じていた。



馬鹿にして、虚仮にして、アイツが保っていた才能という優越感をぶち壊しにしてやった。



なんでだろう、それが一番楽しかったんだよな。



「サスケは使えなかった。死んでたよ、こっ酷く叱られたガキみたいにな…」



「ああ、そうなの?」



なんだ、つまんねぇ。テメェ等だけか、本当にくだらねぇ奴等ばっか寄越してきたもんだ。こっちもいい迷惑だ。



もうここにいても意味が無いな。帰るか、音の里に。まだ一度も言ったことが無い音の里だけど、帰るってのがいい響きだった。



「ん、じゃあな」



後ろの四人へ振り返ろうとしたときにまだ誰かが吠えていた。



「ヒナタはどうするんだ!」



今度はキバか。うるせぇな、騒ぐなよ。



こんなところでヒナタの名前を言われるなんて思ってなかったけどよ、残念だったな。ヒナタの名前を使えばどうにかなるとでも思っていたのだろうよ。馬鹿な野朗だ。



もうヒナタのことなんて名前しか覚えてない。全部、オレが忍術で消しちまったよ。覚えてるとあの苛立ちが何度も来るからな、邪魔だったんだよ。音の里の生活でさ。



「もう、どうでもいいね」



直後、キバとリーとネジが飛び込んできた。



キバの拳を左手で、リーの蹴りを反対側の足で、ネジの柔拳を右手で同じように柔拳で防ぐ。



「クク…なんだよ、ちゃんと答えてやったじゃねぇか」



なぁ? オレはちゃんと答えてるんだぜ。駄々こねてるのはどっちだ? てめぇ等だろうがよ。



「ヒナタは泣いてた。お前を連れ戻したいって、泣いてたんだよ!!」



キバが面前でそう叫ぶ。



やめろよ、唾が飛んでくるじゃねぇか。気持ち悪いな。



しかも暑苦しくってムカつくんだよ。



「だから? それがどうかしたよ」



ネジの柔拳のチャクラの量が爆発的に増える。怒りのせいだろうか、こいつもヒナタのことで怒るんだな。馬鹿みてぇ。



リーの蹴りの強さも同じくらいに強くなる。素直なのは好感を持てるけどよ、ここまでくるとうざってぇ。



それにしてもこの三人、といっても一人は雑魚だが、リーとネジを相手に余裕を持てる今の自分が好きになってきそうだ。



呪印、大いに結構。それがオレを更に強くしてくれるのなら、それが才能という足枷から解き放ってくれるのならオレは幾らでも受け入れてやる。



「なんだ? ヒナタが泣いたからっててめぇ等感化されてここまで来たってのかよ、馬鹿じゃねぇの?」



オレが幾ら泣き叫ぼうが誰も手を差し伸べてくれなかったのにさ、これって不公平だよな。



「てめぇ、ナルト! それ以上言ったらーーーッ!?」



「なんだってんだ、あぁ!?」



キバの腕を圧し折る。紙でも折るみたいに簡単に折れやがる。この体、最高だぜ。



「キバッ!?」



シカマルもよ、もう少し頭いいと思ってたのとんだ勘違いだ。



キバが倒れて空いた左手でリーの顔面をぶん殴る。



「ぶ、うぉッ!?」



数メートル吹っ飛んで体痙攣させて鼻が折れて泡吹いてやがる。はは、これがあのリーか。



オレはどうやら強くなりすぎたみたいだ。



もちろん殴る際に体の強化もしたさ、間接の回転も、筋肉の捻りもいれて完璧に全力で殴ったさ。でもよ、以前はそうじゃなきゃ通じなかったんだよ。それが今じゃどうした。通じる以前に一撃でノックアウトだ。



「呆気無さ過ぎだと思わねぇか…なぁ、ネジ」



そう言ってネジを見る。



へぇ、お前ってこんな顔にもなれたのか。



ネジは薄い笑みを浮かべていた。



「お前は今、暗闇の中にいる」



「素敵な詩だね」



全然意味が分かんねぇよ。



オレの右上昇蹴りがネジの脇下に入った。肩が砕ける感触とネジの苦痛の声だけが耳に聞こえた。



オレが望んでいた強さはこうも簡単に手に入ってしまった。



それがやけに寂しく思えた。





「これからどうするんだ? こいつ等を里へ連れて行ったほうがいいと思うぜ」



腕を押さえてるキバ、完璧に気を失ってしまったリーとネジを指差してオレはシカマルに言った。



この小隊のリーダーはネジかシカマルだろう。ネジが使えなくなった今、リーダーはどちらにしてもシカマルの筈。



「里を抜けたのは自分の意思だって言ったよな?」



「ああ」



「何でだ? ナルトにとってあの里はそこまで嫌な里だったのか?」



やっぱり、シカマルが頭いいと思っていたのはオレの勘違いのようだ。



生まれてずっといたあの里がいい里に思えているようだ。



だが、ここであいつの考えを治してやろうなんて思わない。



勝手に勘違いしとけってやつだ。



「大嫌いさ」



「ヒナタはどうするんだ」



またかよ。引っ張ってくるな、いい加減苛立ってきた。



「もう興味ない。どうでもいいってやつだ」



言葉通り記憶に無いしな。全部消しちまったからこう引っ張られてもこっちが混乱しちまうよ。ただ残っているのは消した理由くらいだ。



「そうか」



「そうだ」



早く目の前から消えてくれよ。殺したくなっちゃうじゃないか。



ただでさえ享受したばっかりの呪印のおかげでウズウズしてるっていうのに長話させんじゃねぇよ。



風が吹く。それにはまだ凍てつく何かが込められて体から熱を奪っていく。それを嘲笑うように木々が枝や葉を鳴らしている。



そう感じている間もシカマルは必死に思考を巡らしているのだろう。



きっとどうでもいいことを、ね。



シノとチョウジとシカマルだけで今のオレ等を相手にすることなんて出来る筈が無い。無理さ、お前等三人でもリー一人分なんだからな。



「帰るぞ」



シカマルの苦渋に満ちた声が森に木霊した。



チョウジとシノがそれに静かに頷いてキバとネジとリーを背負う。



「俺等はもしナルトが本心で里を抜けたとしたら何もしないって決めてたんだ」



「言い訳だよな、それって」



「分かってる」



なんでそんな悲しそうな顔をしているのだろう。オレ達はそこまで深い仲じゃなかっただろうに。



また勘違いか。きっとそうなのだろう。俺が考えているよりも皆は俺と仲良くしているように勘違いしている。



立場の違いってやつだ。立場が違うと自然と思考も違ってくる。オレは奴等に嫉妬していた。だが奴等はオレを追いかけようとしていた。全然違うじゃないか。



お互いに勘違いしていたんだよな。お互いに馬鹿なんだよ。



「次…」



シカマルがそうポツリと言った。



そういや見たこと無かった。シカマルが殺気立ってオレを見ている顔なんて。



「次に会ったときはお前を殺すぜ」



寂しくは無かった。これで最低限の関係が繋げられるなら、



「それもいいね」



オレもお前を殺すよ。







「貴様! どういうつもりだ!」



確かテマリだったかな、あんまり覚えてないから自信はないけど。



「そっちこそどういうつもりかな? あれは音と砂の共犯だった筈だけど」



「風影様をこっそり暗殺しといて何をいうじゃん!」



んであっちの歌舞伎役者みたいな化粧をしているのがカンクロウだったか。気色悪い顔をしているな、と僕はそう思った。



「風影を殺したのは君達が了承してからだよ、確か君達の上司のバキだったっけかな」



強面で頑固そうだったな。元気でしているかな、デスクワーク。あの後だしね、かなり仕事が回ってきただろうね。というか打ち首じゃないのかな、あの人だし、最初に木の葉崩しに乗っかってきたのは。



「くっ…ぐぁ!」



「我愛羅ッ! 大丈夫か!?」



ああ、彼と同じ化け物か。おっと、もう彼は化け物じゃなくなったんだったか。いい研究材料だったのにな。



それと彼には少し眠ってもらうよう脳神経を緩ませてもらった。寝ると尾獣が出てくるらしいしね、眠ってもらえれば任務は完了だ。



まだ中忍の枠を出ていないといっても上忍に近い二人と中堅程の実力を持った人柱力を相手にこの余裕を持っている僕。結構強いのかもしれないな。



「君達はまだ殺さないよ」



「どういうつもりだ!」



そう叫ぶなよ、五月蝿いじゃないか。



「もう少し熟してから摘むつもりだからね、彼等が」



砂崩しは絶対に実行されるだろう。全てを音に罪を着せて悠々と過ごしている砂に腹が立たないほど大蛇丸様は聖人君子じゃない。元から聖人なんてものよりも悪人だしね。



あの人は人の幸せを奪う方がきっと好きなんだ。



それでも気紛れで人を幸せにしてしまうときもある。他人から見るとそれは幸せじゃなくとも本人からしたらこれ以上に無い幸せだ。



他人の幸せなんて誰も理解出来ない。



「もう十分に足止めが出来ただろうから僕は帰るよ。その化け物君は休ませたほうがいいよ、簡単に暴走しそうだからね」



彼と違って精神が弱すぎるみたいだからね。そこだけの違いだよ。彼と君の差ってのは。



ああ、疲れた。



道中で次郎坊が死に掛けてたから治療したりして思わぬ浪費もしたから早く帰って一休みしたいね。



僕は元からデスクワーク派なんだ。下らない事に使う体力なんてこれっぽっちも持ち合わせては無い。



王様は一人で十分、それをどれ程の高みまでデコレート出来るかが僕の楽しみさ。







ずっと気になっていた三人組と一人がこの森から消えた。風が教えていてくれたが、所詮は場所と人数だけ。白眼を使ってもいいがめんどくさくて使わなかった。



シカマル達が去るのと同じくらいだったから増援だと思ったのだが違うのかな。まぁ、どうでもいいか。俺等には相手にすらならないだろう。



だけどさ、それとはまた別に二人組みだこっちに来てんだよ。それも物凄い速さで。



あと数分もせずにここに辿り着くだろう。誰だ? こんな速さでやって来るのは。上忍か? いや、それは無いはずだ。今は里の復旧のために任務に全力を費やしている。



「木ノ葉もしつこいぜよ」



鬼童丸には分かったのだろう。そういやこいつ森中にワイヤー仕掛けてるって言ってたな。それでか。



「またかよ、いい加減諦めりゃいいのによ」



左近も苛立っているね。つうかこいつも短気だよ。怒らせないようにしておこう。



「つうか誰だよ、見えんだろ? チビ」



「チビって言わないでくれたら見てやるよ」



「んじゃ見なくていい」



「お願い見させてください」



後輩虐めだよな。これって。そこまで言いたいのか、チビ。チビチビチビ、聞いてて身長が本当に気になってきたよ。音の里に着いたら測ろうかな。



渋々白眼を開眼する。見えたのはサクラを背負ったサスケだった。



シカマルから聞いた話と違って目が輝いているんだけどね。



さて、どうしたんだろ、オレ。なんか嬉しい。









[713] Re[47]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:967ae51a
Date: 2007/08/03 23:22









「なんで…サスケ君がここにいるの?」



サクラは重く、悲しい声でその言葉を紡ぐ。それが深く、そして痛々しくサスケの心を抉る。



サスケは耐えた。



「俺の…意志だ」



本性を曝け出さぬよう努めて耐えた。



逆に今度はその態度がサクラの心を深く、そして痛々しく抉った。



照り付ける太陽、それとは無縁の空気が二人を繋ぐ。風は無い。機能までは止まること無かった風も彼が去ると同時に消えてしまった。あの殺気だった風すらも。



「嘘…でしょ? そう…言ってよ」



もう涙は出てこない。もう流せる水分など血しか残っていない。もしそれが出せるというのなら二人とも、もう流していた。



二人とも目が充血している。何時間泣いていたのかも覚えていない。涙は止めたのではなく止まってしまったのだから。心の中では未だ泣いている。



女々しい、大いに女々しいと訴える。それでも心の中で涙が止まることは無い。



どれだけ苦しんだ。その理解者はもうそこにはいない。いるのは境遇者。理解は出来ない同郷の者達。



「何時も…誰かに睨まれているような気がしてた」



それは彼が監視の為に渦巻かせていた風、私怨のみ込められた怨風。



「……………」



サクラは答えない。否定しない。なぜなら彼女もそれを感じていたのだから。



「急にそれが無くなっちまってさ…落ち着くどころか嫌な予感しか感じられなかった」



普通ならば安心するだろう。誰からの視線が消えたのだから。だが、サスケは気付いていた。あの糸が引くような粘執な視線を、あの怒気を孕ませた視線が誰のものかを。



「不安でさ…外に出たんだよ。そしたらナルトに会った」



これは誰にも言っていなかったこと。言ってはいけないこと。誰も止めようとしなかったからナルトは出て行ったと思っている者は考えようも出来ないこと。なぜなら既に止めようとしていた者がいたのだから。



「ッ!?」



サクラは自分以外に、ヒナタと己以外にあの夜に出会った者がいるなんて思いもしなかった。



そしてこの里で唯一ナルトを止められると思っていたサスケがここに残って彼が里を去ったという事実を冷静に理解した。



「届かなかった…俺の手は全然アイツに届かなかった」



右腕、それを左手で握り締めてサスケはそう零した。力を込めすぎて白くなった腕は震えていた。



彼に折られ、自身の兄弟にも砕かれ、何度も挫折し立ち上がってきたサスケの腕は悲しいほどに覇気が込められていなかった。



「俺が今ここにいられるのはアイツの、ナルトの気まぐれなんだよ」



ナルトのことをよく知っているだけに確信はあった。気分一つで生かすか殺すかを自由に決めていた彼がサスケを生かした事自体が気まぐれ以外に他に無いことに。



「それで…いいの?」



サクラはもう心に余裕なんて無かった。ある筈が無い。彼がこの里を嫌っていた理由の一欠けらは自分自身にもあるのだと思っているから。



「じゃあ…なんでサクラは残ったんだ?」



サスケにも心に余裕なんて残ってなかった。ある筈もない。幾度も殺されかけ、最後には生かされてここにいるのだから。心が発狂してしまう。



「そんな…資格なんて……ないわ」



「俺も…さ」



「「結局は逃げたんだから」」



分かっていた。二人とも痛いほどに理解してそして己を許せていなかった。



解っていた。二人とも限界まで我慢し続けてきて結局、我慢なんて続かなかったのだから。



そして二人が今理解したこと、それは、


「慣れない事なんてするもんじゃない、な」



「うん、うん!」



初めて笑った。昨日から醒める事の無い悪夢がようやく醒めたから。目覚ましの切っ掛けなんてちっぽけな物だった。



理解者がいた。謎を解くための、仲間がいた。



一人じゃ解けない問題も、二人いれば解けるもの。彼が置いていった問題も二人の前では少し難しいだけの問題だった。



「笑おうよ」



「ああ」



資格なんて自力で手に入れる物だ。そして、二人は手に入れた。もう乗り越えられなかった壁は乗り越えた。



怖かった悪夢が晴れた時、答えは四方へ広がっていた。







狂った歯車の上で







「シカマルの話と随分と話が違うじゃねぇか」



ああ、確かに話が違う。なんだ? 今のこいつの力強さは。



何かが漲ってる。そう、一番最初にアカデミーで痛めつけた時みたいな…そう、なんか自信が漲ってんだ。



あれから一欠けらすら見ることの無かった自信に溢れたサスケの顔。



あの後に何が起きた? さっぱり分からねぇ。



「どんな話を聞いたか知らないが、興味ない」



「あっそ」



こっちもそれほど興味ねぇや。今のサスケの方が面白い。叩き潰すのが。



やっぱりうちはサスケはこうじゃなきゃいけねぇ。潰し甲斐があるってもんだ。



「お前もオレを連れ戻しに来たってクチか?」



「そう、思うか?」



んな訳ねぇだろ。



「違うね」



「決着を付けに来たんだ」



だろう、な。



なんとなくそう感じてた。お前の眼を見たときから。



決算、ってのが正しいんだろうな。最後の最後、それが今って訳か。



「何のだよ。昨日、ちゃんと終わらせたじゃねぇか」



腹切られて半泣きのお前の顔、笑えたぜ。



だからシカマルの頼みを断ったんだろ? な?



「ナルトは…そう思ってるのか?」



「あ?」



今、何て言った? おい、何哀れんだ眼でこっち見てんだよ、糞野朗。



エリートの坊ちゃんが調子に乗ってんじゃねぇ、カス。



「ナルトは…あんなのが決着だと思っているかって俺は言ってんだよ!」



「ああ、悪いか!? あれが決着だったんだよ、オレとお前のなッ!」



叫んだ。



なんでか知らないけど、なんとなく分かってた。



オレ、本当は逃げてたんだ。リーに言った逃げるが勝ちとか関係なくて、背中を見せてたんだ。



だけど、もう遅い。



「小せぇな」



サスケがそう呟いた。



ネジがオレに最後に言ったように、哀れ、そんな感じに。



「今、なんつった?」



「小せぇんだよ、お前の生き方そのものが」



なんか冷めた。



オレはいつから大そうな生き方を選んだんだ? 一度たりとも選んじゃいねぇ。



「悪いのか? 小さく生きててよ」



生きていられるってのが当たり前になってるお前には分かんねぇだろうな。エリートだし。



「俺等が知っているナルトはそんな生き方をしちゃいなかった」



「どこのナルトだよ、オレは知らねぇなぁ」



どこの世界のナルトだよ。お前等が知っているのは違うナルトなんじゃねぇか? オレは一度だってお前等にそう見せたことねぇよ。



いつだってちっぽけで汚く生きてたよ。それのどこが大そうなんだよ。



今度は逆だ。オレはお前等が哀れに見えるぜ。



真実を知らずに勝手に勘違いしてやがる可哀相な奴等だ。はは、本当に可哀相だね。



ギリッ、と歯軋りが聞こえた。



はは、馬鹿みたいだ。見ていて滑稽だよ、ホントに。



「んじゃ、サクラを証拠人にして決着でもつけてみる?」



あまりにも可哀相過ぎて哀れだよ。お前がな。



「おい、左近達も証拠人になってくれよ」



そう言って後ろでニヤついていた四人に話を振る。そこから乗り気な声が聞こえてくる。



それを聞きながらオレはやっと居場所みたいなもんを感じられる。気楽なんだよ、こいつ等と一緒だと。



肩肘張る必要も無くってよ、素でいられるからさ。疲れなくて済む。



「んで、決着ってのはどうする? エリートさんよ」



こう馬鹿にしているとすればするだけサスケが小さく見えてオレが大きく見えてきやがる。それがオレに安心と快感を与えてくれる。



「後悔するなよ」



はっ、エリートがよく吠えるじゃねぇか。



「そりゃオレの台詞だ、坊や」



心地よい殺気だった。それに身を任せて時には全てをぶっ壊したいと思った。



オレは今まで逃げていたって言ったな? だけどそれも今回で本当に終わらせてもらうよ。



逃げるんじゃない。進むんだ。



この両手で這ってでもな、オレは進むんだよ。醜くくて見苦しいだろうけどよ。それしかねぇんだよ。



進むんだ。



ずっと止まっていたことに理由があった。



憧れちまった。化け物に。圧倒的な力に。オレの唯一一緒にいてくれたアイツに。



目を閉じた。鳴けよ、そう願った。アイツの鳴き声はもう聞こえなかった。後ろを振り返けば、アイツに笑われるような気がした。振り向けばアイツに笑ってもらえる。だから、振り向かなかった。進まなければならなかった。猛々しく、腕を振るっていた、人を殺していた、敗退など考えもせずに、ただ本能に任せて狂っていたアイツは最高にかっこよかった。



目を閉じた先に何がある? 幸福か? 安穏か?



真っ暗な先があるだけだった。迷わずに歩き出した。走り出した。不安な心を偽った。逃げ出したいと、元に戻りたいと頭を垂れていた本心を殺した。心の箍は失せなかった。心を押しつぶす枷は外れなかった。



―――オレは、何だ?



オレは化け物だ。



閉じた口の変わりに喉を掻っ捌いて叫びたかった。勝手に勘違いして今のオレを否定しようとしている大勢の同郷の奴等に。



だからか、ああ、それは本当に、



「ああ、そりゃオレの台詞だ、坊や」



ああ、ただじゃ終わらせない。アイツの手足を切り落としてでも、心臓を踏み躙ろうとも、オレは音の里へ行ってやる。



思い出す、まだオレに中にいた頃のアイツを。



お前は頑張ったよな…一度リタイヤしちまったけど、もう一回オレも頑張っていいかな?



頼むから鳴いてくれよ、オレの為にさ。







ナルトは一瞬泣きそうな顔をした直後に飢えた獣のような顔つきになって地を駆けた。



「左近…ナルトの動き見えたか?」



次郎坊からの質問に簡潔に答える。



「見えねぇ」



見えたのは最初だけ、足の裏に溜めてあったチャクラを性質変化で風に変えてその勢いで走ったくらいだ。まるでジェット機みたいだ。



中忍試験の際でも異常な速さで動いていたが今も同じくらいに速い。体内門を開けてねぇってのにやってらんねぇよ。



うちはサスケが殴られるたびにいい音が奏でられていく。拳の芯がしっかりと決まって心地よい打撃音だ。



速さと力強さだけなら君麻呂を上回ってるぜ。呪印を使っていねぇってのにこの強さは次元が違った。俺達四人で木ノ葉の上忍二人が限界なのを一人で出来そうな勢いだ。



ナルトが拳を振るう度に空気が揺れる。ナルトの拳がうちはサスケにヒットする度に聞いたことが無いほどの綺麗なリズム隊が構成されていく。



いい音楽だ。次郎坊の腕力だけの拳じゃ絶対に奏でられない音だ。



だが、徐々にそのリズム隊の切れが悪くなってくる。あれがカブト先生の情報に書いてあった写輪眼って奴か。まさかこんなに速い動きを見れるようになるなんて思ってもいなかった。これじゃ俺等のどの攻撃も当たりやしねぇじゃねぇか。



「うぜぇんだよ、テメェのそのスカしたその眼がよ!!」



やっと動きを止めたナルトは片手にアイアンナックルを持っていた。そして睨まれているうちはサスケの両腕は腫れ上がって見るも無残だった。



「あの攻撃を両手でガードしてたっていうのかよ」



多油也の驚きも理解できる。ありえねぇ反応能力だ。



「チッ!」



ナルトは舌打ちをしてアイアンナックルを一振りした。



それだけで大地が裂けた。知らない内にアイアンナックルから青い刀身が具現していた。



生意気にいい武器を持ってやがる。しかもほぼ無意識にあんな高度な性質変化と形状変化を行使してやがる。



確か飛燕といったか、その技でどんないい音奏でるかが楽しみだ。



うちはサスケも変化があった。痛そうに腫れ上がった右腕にチャクラが集まり回転しだす。それは瞬く間に小さな暴風となっていた。他国では有名な技だ。確か螺旋丸といったか。



あれはどう見ても超高等忍術だ。中忍試験の時とまったく別人みてぇに強いじゃねぇか。



そしてナルトとうちはサスケの右腕が交差する。



ナルトはうちはサスケの右腕毎切り落とすつもりで振るっていたが、うちはサスケは違った。



ナルトがぶれない様正中線をなぞる様に腕を振るった筈なのに、急にブレた。うちはサスケの手を見る。血が舞っていた。深い裂傷を確認したがうちはサスケの顔は笑っていた。まるで秘密にしていた策が成功したように。



そしてナルトの腕はうちはサスケのすぐ横を通過して幾本の木を切り倒していた。それだけでも物凄い切れ味だというのが分かる。



だが、それいじょうにうちはサスケはナルトの飛燕を逸らすためだけに螺旋丸を使って右腕を捨てやがった。



「て、テメェッ!」



「その飛燕に勝てる術はない。だが、それ以外には勝てるッ!」



バチ、バチチッ!! と一瞬でうちはサスケの持て余していた左手が放電し始めた。



性質変化を完了させるのが速すぎる。なんつう速度で千鳥を完成させやがるんだ。



うちはサスケの千鳥に気づいたナルトは急いで周りに旋風を作り出す。まるで台風だ。それがナルトと重なるくらいの狭さで物凄い回転をし出す。性質上の決まりで雷より風の方が強い筈、ナルトの性質は風か。



強すぎた旋風はナルトの肌を切り裂いていく、そしてうちはサスケの千鳥を完全に相殺した。だが、



「まだ終わらねぇッ!」



ズブ、とうちはサスケの突きがナルトの身体に刺さったのが見えた。雷は相殺した、それでもあのロック・リーやナルト並に鍛え上げたうちはサスケの突きを受け止められるほどにナルトの体は鍛えられていなかったようだ。



「くそったれッ!!」



ナルトは自身の腹に突き刺さったうちはサスケの腕を左腕で殴って体から離した。その際に嫌な音が聞こえた。折れたかは分からないがかなり危ないだろう。その状態でナルトが痛烈な蹴りをうちはサスケに見舞った。



その反動でナルトの傷口から血が吹き出す。



吹き飛んだのを見届けてもう一度だけ、ナルトが飛燕を構える。



手ごたえはあっただろう。遠くから見ている俺でさえそう感じた。無理矢理な体勢であったがそれでも十分な威力だった。



ナルトの呼吸音だけが聞こえる。そして俺の呼吸音も、どうやら俺はこの戦いに飲み込まれていたようだ。



それくらいにこの戦い…いや、この演奏は素晴らしかった。









届いた。やっと届いたんだ。



俺はナルトに突き出した左手を見つめた。ナルトの血で汚れているはずなのにそれは誇らしげに力強かった。



俺は近づいていたんだ。高すぎて見えていなかったナルトを、今は間近でみている。



感想は簡潔だ。



やはり、強い。集中が少しでも途切れれば一瞬であの世行きだ。あの飛燕はもう止められないな。所詮は一度きりの対処法だ。



それにあの時に切られた右手はもう使うことは出来ない。感覚がなくなってる。



これでお仕舞い? んな訳ねぇよ。やっと追いつけたんだ。右手なんかを庇って終わらせたくねぇ。



俺とナルトは対等だ。そうじゃないだなんて一度でも思ったことはない。



ナルトが手を怪我したくらいで勝負から逃げるか? 想像も出来ねぇよ。



これで終わらせる。ナルトをふん縛ってサクラとヒナタの前に見せてやる。そして今度こそちゃんと第七班で任務を達成してやる。



それが今の、俺の目的だ。










血を修復するにも内臓もやられているから外だけ修復しても内出血で逝っちまう。



痛覚を閉じて呼吸が治まるのを待った。痛みが引いていくのを感じて視界が明瞭になっていく。



あの蹴りで終わるような奴じゃない。そうだったならば波の国でもう死んでいる。



奴は、どこだ。吹っ飛んだ先を確かめずに傷を確認しちまったのが仇になった。



クソッ、やっぱりオレはまだ駄目だ。こんなところでチンタラしていたらいつまでたっても音の里へなんか辿り着けやしない。



オレは早くこのくだらねぇ決着とやらを終わらす為に旋風を最大限に展開させて人影を追った。



仲間である左近達四人と十メートル近く東方で隠れているサスケと更に数十メートル先にサクラを見つけた。人影だけでは確認が出来ないから白眼も使った。



サクラは問題じゃない。だが、なんだ…あのサスケの顔は。



殺されかけているってのに、なんであんな笑顔なんだ。



わからねぇ、わかりたくもねぇ。



秘策でも、いや、アイツはそんなに策を練るような奴ではなかったと思う。ならば最後に今までのことを思い出して幸せに浸っている、それも在り得ない。



まぁ、どうでもいいか。



次で殺すことになる。



「おい、気付いてんだろ」



驚いた。サスケの方から現れるとは思ってもいなかった。



草むらから現れたサスケの表情は最初と同じようにギラついた目で正面からオレを見てくる。少し、眩しかった。



「……ああ」



言葉が生まれない。何を言っても無駄だとしか思えない。それくらいに今のサスケはすごい。



なにが凄いって、そりゃ在り方だ。



何を言っても無駄。何をしても無駄。全てがアイツの前では無駄なんじゃねぇかと思えてくるほどに思えてくる。



飲み込まれるな、そう思っても、もう遅い。



とっくに飲み込まれちまった。



「これが最後だ。もうチャクラもそんなに残ってない、それに右手の感覚も残っていない」



「だったら…」



逃げちまえよ。そう言うつもりだったのに、サスケが構えだしたらそんなこと言えなかった。



オレも理解した。ああ、これが本当に最後なんだ、と。



やっぱりだ。オレは何だかんだいってオレはサスケと戦うのが嫌いじゃなかったと思う。面白かった。



自分がどれだけ強いか、それだけを見せたかったのが最初、徐々に近づいてくるに連れてこのスリルを楽しんでいた。



絶対に勝つ、負けるはずがない。そう願掛けして戦い勝って、オレは快感に酔っていた。



それを楽しいといわずになんと言う。これが楽しいということだったんだ。





「ああ、いいぜ」





殺してやる。最後の勝負もオレの勝ちで嘆いて死んでくれや。



「俺とお前は対等だ、か…」



オレはサスケがよく言っていたことを口に出していた。何度も言われた。そして何度も否定した。



才能が違う。環境も違う。考え方も違う。全てが違ったというのにアイツは同じだと言った。



嫌味だと思っていた。いや、思っている。なんでこうもオレに付き纏いたがるかな。すんげぇ、迷惑だ。



だけど、つまらなくは無かった。



「サスケ…お前は強いよ」



「知ってる」



否定くらいしろよ。ったく、面白みもねぇなぁ。



だが、強いってのは本当だ。確かに、強いよ。



だけどよ、



「オレはもっと…強い!」



試してなかったなぁ、呪印の第二形態。



体中の皮膚が引っくり返るように、いや、別の何かに覆われるような感覚。それは呪印に飲み込まれていくような虚脱感。



虚脱しているというのに、身体の内側から無意味な破壊衝動が突き抜けていく。まるで、無理矢理アドレナリンを作り出しているような、無理矢理に脳内麻薬を分泌しているような暴走感。



「ああ…それも知ってる!」



サスケが構えた。左手には千鳥、血を垂れ流している右手には螺旋丸。昨日の戦いとはまったく違うものがあった。



白眼が伝えていた恐怖や戦闘への拒否を今のサスケからは伝わってこない。それが更に千鳥と螺旋丸を凶悪にしてしまっている。今まで踏み出せなかった一歩をこいつは今踏み出したんだ。



だけど、こりゃ、いい。呪印のおかげで今のサスケでさえ怖くねぇ!



右手に持ったアイアンナックルに有りっ丈のチャクラを突っ込んだ。



アイアンナックルの先端が付圧に逆らえなく欠けていく。んなもん関係ねぇ。



もっと強く! もっと鋭利に! もっと、もっと、もっと最強に!



アイアンナックルの許容量を超えたのか、更にひび割れていくアイアンナックルを握り締めて飛燕を振り出した。そこから現れた刀身は今まで以上に黒く、堅く、強かった。



試し切りに大木を切る。今まで感じていた多少の抵抗、それすらも感じさせない鋭利さは最高、格別。



目の前のサスケは左右の手を交差して構えた。互いに近づいていく螺旋丸と千鳥が共鳴しているのか、螺旋丸の色が徐々に雷を伴った金色に光り輝いていく。



完全に一つになった千鳥と螺旋丸が光ならばオレの飛燕は闇だった。



最後までムカつく野郎だ。オレと対極の色ばかりじゃなくオレが欲しがっていて結局覚えられなかった忍術の遥か上の術まで覚えやがった。



だから有りっ丈の声で叫んだ。



「さっさと死ねッ!!」



「まだ、死ねねぇんだよッ!!」



そして、色と音が無くなった。
















[713] Re[48]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:967ae51a
Date: 2007/08/03 23:55








止めたかった。



ナルトとサスケ君の殺し合いを止めたかった。



だけど、止められなかった。



あんなに自信に溢れたサスケ君を見たのは初めてだったから。いつも何かに焦っている様で、直視出来なかった。だけど、今は違った。



正面から自分を見つめて前に進もうとするサスケ君を止められなかった自分はきっと憧れていたのかな。



頭がいいだけで何も出来なかった。勉強さえすれば大丈夫、そう思っても自分に自信を持てなかった私は同じように自信を失っているサスケ君に共感してた。



だからかな、止められなかった。羨ましかった、なんであんなに自信を持てるのかな、って。



そう、羨ましい。嫌になるくらいにかっこよかった。



これが私の理想だった。自信を持ちたかった。だから止めなかった。



私もあんなになれるかな、私もあんな感じに輝けるかな。



ナルトだってそう。いつも自信に溢れてた。だけどいつも私達に壁を作って本心を見せてくれない。



そうだっていうのに後ろの四人に素を出してる。



それに腹が立った。



なんであんな顔で笑えるのよ。



私達には笑いかけてくれたことも無いのに、あんなに楽しそうに話しかけられたことも無いのに。



初めて見たな、ナルトがあんな風に笑うの。



私達にもあんな感じに笑いかけてほしかった。だって、あんなに綺麗なんだもの。



きっと辛かったんだ。あの里が、私達と一緒にいることが。



ナルトの動きがまったく読み取れない。速すぎて、目が追いつかない。



こんなに強かったんだ。私達を騙してたんだ。



きっと不器用なのよ。それも重症に。



お互いに、ね。



私達、不器用過ぎたね。ちゃんと話し合えば良かったのかもしれない。ちゃんと泣き合えば良かったのかもしれないね。



今まで気づけなくって、ごめんね。



遅すぎたんだよね、私ってばやっぱり馬鹿だよ。



泣けるよ…ほら、見てよ。



私、泣けてるよ。ナルトの為に、ナルトの為だけに。







狂った歯車の上で







オレの飛燕が六としよう。



サスケの螺旋丸と千鳥がそれぞれ二と三の中間くらいなんだよ。



負けるはず無かったんだけどなぁ、とオレは一人心地に思った。普通にあの光くらい消してサスケを殺せると思ってたんだけどよ、どこで間違えちまったんだ? 思い当たりもしねぇ。



確かに、あの瞬間オレの飛燕とサスケの新術がぶつかった。拮抗さえしていたと思う。



回転し続ける螺旋丸にオレはまた飛燕がブレて逸らされる事を避けてアイアンナックルを両手に持ち替えていた。片手からだけではなく両手からチャクラを送られるようになって確かに飛燕は更に力強くなった。そして、オレは負けた。



アイアンナックルがオレの注いだチャクラに耐え切れなく粉々に砕け散った。慢心が負けに繋がったって言うのなら納得いくんだけどさ、



「いい加減死ねよ」



オレは呆然と立ち尽くすサスケにそう言った。ちっ、あっちはチャクラ切れで頭も禄に動いてねぇんだろうな。立ったまま気絶するなんてリーを思い出すぜ。



最後の最後までオレの前にしゃしゃり出てきて何度も邪魔をする奴だった。



こんな奴に初めて負けたってだけでも苛立ってくるってのにオレも気絶寸前だ。視界がチカチカして脳に酸素が行き渡っちゃいねぇ。



今すぐ音の里へ向かって先生の顔を見たかったが。



その前にやる事が沢山あるんだよ。一つ、それは目の前で立っているサスケをどうにかすること。それは今した。余力を全て使って蹴った。



悲鳴も上がらなかったところから見てやはりすでに気絶しかけてたんだと思う。脆弱だねぇ、もっと強くなれよ。



それともう二つ、オレの右手をどうにか修復したいということ。



サスケの最後の忍術を諸に受け止めちまった。雷で焼かれたと思ったら螺旋丸でほぼ同時に吹っ飛ばされた。



肘から先は何も無い。傷口も炭化しちまって血も流れていない。出血死を免れただけいいのだが、気に喰わない。



まぁ、サスケも同じような状態だからいいんだけどさ。あいつ、諸にオレの飛燕を受けてたからすぐに治療しなきゃ死んじまうな。



「終わったか?」



「おうよ」



やってきた次郎坊達に先っぽが無くなっちまった右手を見せて笑ってやった。



普通ならば痛みのショックで気絶くらいしてるんだろうけど予め痛覚を麻痺させておいたから何も感じない。



不思議な気分だ。とてもね。



「大丈夫なのか?」



次郎坊が何気なく行った。木の葉の奴等だと心配していることを主張する為に喚くだけでうるさいく頭に来ていたが次郎坊程度の言い方が好ましかった。おめぇいい奴だな。



「大丈夫じゃねぇ? 先生に見せりゃどうにかなるだろ」



そういって何もない右腕をプラプラと振る。なんか先っぽから紫色になってきてるのは血が溜まってきてるからだろう。逆流されちゃ困るから急いで血管の上からクナイでさせて血を流させた。



「ば、ばか野郎! 血が飛んできたじゃねぇか!」



「血なんかビクつくなよ」



「この服、卸したてなんだよ!」



「マジかよ、すまん」



左近、おめぇそれでも男かよ。つうかこんな重要な任務で着て来るなよ。なんだ? 見せびらかしたかっただけか?



まぁ、それもどうでもいいか。今は血を流しすぎて死なねぇように増血丸を鱈腹飲んでさっさと音の里へ向かおう。



「これで終わりなんだ」



これで全部終わった。



横目でサクラがサスケの方へ走っているのが見えた。だが、もうオレには関係無い。



もう全部過去の話だ。



もうオレには関係なんて持ち合わせていない。



だから見なかったことにしよう。まるで鳥が空を飛んでいるのを見ているように、すぐに忘れられるのだから。



「終わりじゃないぜよ」



鬼童丸はそう言った。



だからオレはこう言い返した。



「まだやれっていうのか」



そうしたら今度は皆がこう言った。



「終わりじゃない、始まりだ」



オレはその時笑ったんだと思う。



「ああ、始まりだ」



世界は眩しい。その眩しさに目を瞑っていたら欲しかったものさえ見失ってしまう。



世界は美しい。その美しさに目を囚われていたら本当に大事なものにさえ目が向かえなくなる。



これで本当に最後だ。



さよなら、木ノ葉。



















ナルトはサクラの気持ちなんて全然気づいてませんね。サクラファンの人、本当にすいません。



感想ですね。やっと書けます。要領オーバーみたいで一気に感想掲示板だと書けないんでこっちに書きます。



和圧さん



感想ありがとうございます。滅茶苦茶嬉しいですよ。

なんか嬉しくて何を書けばよいのやら分かりません!

次回もよろしくお願いします!



ポン太さん



感想ありがとうございます。 以前から読んでいて下さっていたとの事で、感動です。だから書くのを止められません。

期待に添えようと頑張っているのですが既に日本語から約二年間離れているんで少々自信がありません。間違ったところがありましたら教えてくださると嬉しいです。



水面桂さん



お久しぶりです! 忘れるはずが無いじゃないですか! 忘れられませんよ!

ああ、何を書けばよいのか本当に分かりませんよ。頑張ります、とだけは今言える事実です。

楽しみに待っていただければ嬉しいです。



まきさん



感想ありがとうございます!

前回はあんまり苦悩してないなぁ、と思っていたので今回は苦悩させてます。

それが伝わって良かったです。

次回も楽しみに待っていてくだされば幸せです。



ジョロニモさん



はじめまして、灰ネコです。

読んでいただいて嬉しいです。SSを書き始めて一年半、SSを読み始めてもう三年半くらい経つんでしょうかね。いつ頃か覚えてませんがなんだか重いやつを書きたいと思って狂車を書き始めました。気に入ってくだされば嬉しいです。



遠野河童さん



感想ありがとうございます。

きっと原作でもナルトとサスケが入れ替わったらただじゃ済まないでしょうね。作者さんの考えも予想付きませんしね。私は私なりに世界を作っていくつもりです。楽しみに待ってくだされば幸せです。



にゃらさん



感想ありがとうございます。

私も境界崩しを読み始めた時はそんな感じでしたw

長編って難しいですよね、ちゃんと分かりやすくかかなきゃ矛盾も出てきますし訳が分からなくなりますしね。でも何時間も読んで下さってありがとうございます。次回も待っていてください。



おみくじさん



恥ずかしいですね、なんかそこまで言ってもらえると。

超嬉しいです。なんか書きたくなってくるんですよね。嬉しい感想が書かれていると。俄然燃えてきますよ!

第二部のは6話くらいもう書いちゃっているんですけど盛り上がるところまで書き終えたら投稿するつもりです。

それまで待ってくださいね。



深緑さん



感想ありがとうございます。一部のヒナタはボロボロですけど二部に引っ張ってくる予定です。それを楽しみに待ってくだされば嬉しいです。

私も読者時代は徹夜で読んだりしてましたよ。面白いですね、寝る時もなんか興奮して眠れないんですよね。私もそんな作品を目指していますので応援してくだされば嬉しいです。



おるぴあさん



感想ありがとうございます。あるぴあさんもSS書いているんですか~今度教えてくれませんか? ジャンルがなんなのか分かりませんが知っているのだったら読んでみてたいです。

あとしっかり終わっているように感じてくださったのなら嬉しいです。私からしたらグダグダで微調整をし続けていましたから嬉しいです。



咲さん

感想ありがとうございます。咲さんはサスケが嫌いなんですか…私としたらサスケよりもナルトが苦手でしたね。なんかいい子過ぎて見ていて辛かったな。

私はチョウジやシカマルが好きでしたよ。でも全体的に一部の時のほうが好きです。台詞回しがかっこよかったですからね。結局は白と再不斬が好きです。カッコいいですよね、不器用な人って。

次回も待っていてくださったら嬉しいです。



そろもんさん



感想ありがとうございます。

第二部の方が難しいですけど波に乗ったら楽しいですね。自分で考えられるんで原作を無視しない程度にすれば書きやすいです。一番難しいのがカリン(漢字が分からなくてすいません)ですね。サスケとなんだか関係がありそうなんでナルトが音にきたら絶対になんか変化ありますからね。もしかしたら存在しないかもしれないですから書くか書かないか悩んでいます。原作が進んでくれれば嬉しいですね。最近はぐだぐだです。
次回も待っていてくださったら嬉しいです。









[713] Re:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:967ae51a
Date: 2007/08/08 01:04








   狂った歯車の上で











「お早う御座います、水影様」




そう言って微笑んだのは、淡い色彩の着物を着た黒髪の美女とも言え美少女とも言えるような女だった。




「ああ…変わりはないな、海」




水影と呼ばれた男は壮年で仕事の関係上か白髪が見え隠れしている。




水影は少し顔を赤くして起き上がる。




水影が海と呼んだ女性は最近側近に加わったばかりの女であるが、先達の者以上によく働く事を買われ水影に気に入られていた。




海は頷き水影が寝起きに喉が乾いてるだろうと粗茶を出す。




「すまんな」




「そんな…私の事は気にしないでください」




海は、少女特有の曇りの無い可愛らしく笑った。本当に可愛らしかった。まるでまだ先の春、花がほころぶかのように可憐であった。




肩までで揃えた薄茶色の髪は誰もが触ってみたいと思うほどに綺麗。そして肌は白く、それが、身にまとった淡い色彩の着物に合わさって儚くとも見える。




海は水影が粗茶を飲み終えるまで黙って、呼吸音すら隠し通そうとしている。そしてそれを水影が笑う。




事実上、二人は国内では有名である。




「昨夜も夜遅くまで書類整備をしていたらしいな…本来はお前の仕事ではないのに」




無表情な顔で、違う、無表情の顔を作って水影が言う。しかしその声には心配という感情が含まれていた。




「大丈夫です! 水影様は水影様のお仕事を全うしてください! 今はとても大事な時なんですから…」




海は頬を桜色に染めてそう言った。




「そうか…そうだな。今が一番だという事を忘れていた」




今が一番、それは弱体化した木の葉を叩く、もしくは勢力を伸ばしてきている音の里を脅威になる前に潰す計画であった。




準備は着々と進みあとは時間の問題となった今、水影は新しく入った側近の海に恋をした。




簡単に恋に落ちてしまった。




そして誰もがそれはしょうがない、と思ってしまうほどに海は綺麗で愛嬌もありよく働いた。



誰もそれを妬むものも居なかった。それほどまでに海という存在は周りに認められていた



「今日も頑張るとするか」




水影はこの二人の関係と地位的問題に満足していた。




自分自身は水影という頂点、そして海はその専用側近。誰も邪魔する事はない、そしてさせない。




自分が惚れているということは分かっていた。分かっているからこそ海が必要となっている。




もし、この計画が成功したら婚約と頼もうと決めている。だから失敗できない。




「海、もっと近くに来い」




失敗できない、だから失敗できぬように自分に味を教えよう。




「はい?」




海は首を傾けて聞き返し言われた通りに近寄っていく。




荒々しく海を自身に寄せ付ける。小さい悲鳴が聞こえたが気にすることはなかった。




そして水影は海の唇に自身の口を当てて舌を入れた。




海が苦しそうにしているのに水影は快感を得てさらに舌を奥に突き出す。




水影の舌が海の歯茎を蹂躙し開きかけた門の向こうへ舌を伸ばす。




そして終わりがやってきた。




ポンッ!




水影の頭が風船のように一瞬膨らみ破裂した。




脳漿が飛び散って周りを赤い芸術的な世界にしていく。




頭の無い水影の体はしばらく死後の痙攣でビクッビクッと跳ねてから徐々に弱くなって最期に動かなくなった。




海は飛び散った脳漿や濃い血を自身に大量に受け、その匂いに呆けていた。




数秒後、ふらふらと海は立ち上がってもう動かない水影の前に立ち




思いっきり踏みつけた。




「畜っ生! オエェェ!!」




ボンッと白煙が立ち土色になってしまった髪を掻き毟りながら少年は出てきた。




ぺッと唾を吐き出して少年、うずまきナルトは水影の死体を持ち上げて水影の私室から消えた。







音の里にてうずまきナルトは大蛇丸を追いかけている。



「待て! 待ちやがれぇ!」



「鬼さん此方、手の鳴るほうへ~」



大蛇丸はそういいながら影分身で全員手を鳴らしているからタチが悪い。



どれもが均等にチャクラを配られていて完璧すぎていてナルトには判断が不可能、ナルトは激怒する。



「逃げるな! あんなのテメェがやりやがれ、お前向きの仕事だろうが!」



音の里を攻撃しようとする水影を暗殺するというのがナルトの任務だった。



普通に忍び込んで暗殺する、それだけならば無音暗殺の達人の再不斬でも可能だった。五影に選ばれるだけの実力はあった。一度忍び込んで見てナルトは失敗し逃げ帰ってきての上であの作戦を考え実行した。



故に時間を掛けて完全に隙が見えた時に殺ろうとしていたら熱い接吻を受けた。



恋愛関係になる、そこまでは覚悟していたが唇までは覚悟していなかった。



ナルトの完璧な変化と演技故の事故だろう。 



「新しい道を開くには辛い事だってあるわぁ…」



「しみじみ言うんじゃねぇ!!」



ついに大蛇丸に追いつきローリングソバットを叩き込んだらボンッと白煙が立った。



「ガサツねぇ…本当にうまく騙せてたのかしら? もしかして水影もそういうのが……」



「うるせぇ!!」



そしてまた追いかけっこが始まった。



カブトは二人を無視してナルトが持って帰ってきた水影の死体を弄っていた。



夕日が暮れた頃にはナルトに踏まれながら恍惚な表情をしている大蛇丸がいた。



カブトは黙々と死体を弄っている。



偶然入ってきた妹が必死になって大蛇丸を追いかけているナルトを見て驚いているのが印象的だった。







[713] Re[2]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:523f27dc
Date: 2007/08/08 01:10






誰も寂しくならないように君は人に喜びを教えたんだろ



だから君を失った俺はもう喜びという感情を持てないかもしれない



誰も寒がらないように君は人に暖かさを教えたんだろ



だから君を失った俺はもう暖かいと心から思えなくなったのかも知れない



ありふれた幸せで良かった



何も知らない俺に君のその手で握り返して欲しかった



悲しい愛を教えてくれた。心が痛んだ



自信はなくたって良かった。たとえ震えていても君のその手で握っていてくれていれば



君のその目で片時も逸らさずに俺を見ていて欲しかった



そう願っていた自分を夢で改めて知った







狂った歯車の上で







解かっていたがここまで自身が女々しいと知りついつい笑ってしまう。



額に脂汗を浮かばせてタバコを咥えてボシュッとライターで火をつけてゆっくりと肺に浸透させていく。



音の里に住み変ってから更に頻繁にタバコを吸うようになった。あの肺をキリキリと締め付ける感覚が自分を痛めつけているように感じ止められなくなった。



音に来てからはしばらく止めていたのだが吸い始めたのはなんとなくである。



吸い方はアスマを見て覚えたが味わい方は独学、呼吸と同じように口内の煙を酸素と同じように肺にいれてゆっくりと吐き出す。紫煙が漂うのが松明越しで見えた。奇妙な形に漂う煙が幻想的な空間を作りだしている。吐き気がした。



フィルター近くまで火が来た頃になってやっと自室のドアのすぐ近くに小さな少女が寒そうに互いに身を寄せながら寝ているのに気付く。



やれやれ、とタバコを灰皿に押し付け火を消して煙を手で払ってから立ち上がる。



よくあることであった。週に二度三度ほどのペースで少女はこの部屋に忍び込んで一夜を過ごす。



最初は驚きもしたが最近は風邪を引かないのかと心配している。それほどまでにこの少女はまだ幼い。



立ち上がってからベッドの真横のラックに置いてあったメガネを掛けて少女に近寄るように歩いていく。



メガネには度が入っていない。先生がメガネを掛けている。ただそれだけで身に着けただけで他意はない。



少女は空調の悪い音の里の地下の寒気に肩を震わせて眠りについていた。



「これでは風邪引くな…」



ついつい苦笑しながら少女を抱え込んでベットに運んでシーツを掛ける。



震えていた肩は次第に無くなりその代わり気持ちよさそうな寝息だけとなる。



オレの寝ていたベッドで寝ている少女はやっと得られた温もりに気持ちよさそうに寝ている。



肌の色は摘んだばかりの真綿のように白い。



髪は綺麗な黒で統一されている。



彼女の小さな顔は、その真っ黒な髪で肌を更に白く見させる。



髪は切る事を知らないのか伸びるだけ伸びて今では腰に近いところまで伸びていた。今度切ってやろうかと考えているところだ。



酷く恐ろしげに少女の髪を指で梳く。綺麗な髪だ。抵抗無く指は梳いていく。
 


少女が起きているのならば平静を装っているが寝ている時だけ弱い部分を出しても文句は誰も言わないだろう。



先ほどまで外気にさらされた素足と素手が白かったが今は結構も戻り綺麗な色になっている。



適当に椅子に腰を下ろして一息ついて瞼を下ろした。



瞼の裏で現れるのはどういう訳かヒナタだった。記憶なんて残っちゃいない。それでもフラッと現れては消えていく。そこまで重要な記憶だったのだろうか、もう一度ヒナタについての記憶を消した方がいいだろう。



やっと手に入れた家族を手放さないために、アカリを大切にしてやれるように。







オレがアカリを見つけたのは偶然に近い必然なのかもしれない。そう言ってしまうとカッコつけているが。というよりも大蛇丸のせいとしか言えない。



先生に音の里を案内して貰っている最中に自然と眼に止まった。



アカデミーとほぼ同じような施設の庭でポツン、と一人だけ浮いていた。



周りに子供達が遊んでいるのにその少女だけがポツン、とオレの眼に入った。



施設の子はみな孤児らしく戦後大蛇丸が拾ってきたらしい。施設に居る者は不要なモノ。



不要というのは大蛇丸の実験に対しての不要である。身体の中身をバラシテ薬漬けにして大蛇丸のコレクションになることに選ばれなかった者達は最低限の戦力として忍びとして育てられる。



音の里は出来て間もなく食料や流通などに力を入れるよりは戦力への強化を考えている者が多く、それに反対するものも少ない事からそのままである。



木の葉と違い闘う理由を持っている少年等はその年にしては動きそのものが洗練されていて無駄が少なかった。親がいない、生きる気力もなかった。そして生きるという事を知った子供はその生きるという願いだけが行動理念へと刷りかえられて忍びに成る事に対してなんの疑問も持たない。



或いは既に幻術やクスリなどでなにかを刷り込ませているのかも知れない。



そんな集団の中でやはり一人だけポツン、と少女は突っ立ったままだった。



「あの子は…」



オレが聞くと先生は普通に、本当に普通に答える。



「あの子は失敗作だよ」



「失敗作?」



「ああ、失敗作だよ」BR>


どうも先生と大蛇丸は自分の意志に相応わない物には興味が無さ過ぎる帰来があるね。まぁ、二人とも研究者肌なんだからしゃあないけどさ。



「一時期、僕と大蛇丸様で遺伝子配合について実験したんだ」



二人の共同作業、なんか嫌な響きだな。



「木の葉の上忍で一人いましたね」



名前までは知らないがそんな話を昔先生に聞いたことがあるような気がする。



「成功例がいたからね、もう一度って訳さ」



「誰の遺伝子を使ったんです?」



木の葉に残ってしまったってのは確か初代だったね。あれくらいに古い遺伝子が成功したんだからもう一度やりたくなるわな。



「四代目火影」



「え?」



一瞬、先生の言っている意味が分からなかった。



「正確に言うと四代目火影と大蛇丸様が飼っている色々な血継限界の遺伝子を多くの胎児に、ね」



「優性遺伝子ばっかじゃないですか」



それ以上に胎児にまでなった状態の人間に別の遺伝子を取り込ませるなんてほとんど不可能に近いんじゃないか。身体を作っていくことだけでも限界だっていうのに取り込めるわけが無い。



「もし、成功していたなら最高の遺伝子なんだけどね…よく見てくれ、あの子の髪の色は黒だ」



「……そうですね」



もし、本当に成功して身体を構成している遺伝子のほとんどが優性遺伝子ならばあの子の髪の毛は四代目火影と同じ金色でなくてはならない。



それに、身体の線が細すぎる。骨格も戦闘に長けた血継限界の遺伝子を継いでいるのならおかしいほどに小さい。



「だから、失敗作なんですね」



「唯一生き残ったのにね、とても残念だ」



だが、全てが劣勢という訳ではないんだろう。もし、全てが劣勢遺伝子というのならすべてに色素なんてありゃしないんだから。



「ああ、あの子…君の遺伝子も入れちゃってるから妹…いや、娘みたいなものだよ」



ドッカーンッ!! と頭の中で花火が炸裂したような衝撃が走った。



「なに勝手なことしてるんですか!」



「君は僕の実験材料、好きにしても文句はないだろう?」



それを言うか…本当にオレを道具扱いしてんなぁ。別に道具扱いされても文句は無いが勝手にそんなもん作んないでくれよ。



「それは言い訳で、ただ人柱力の遺伝子ってのを試したかっただけなんだけどね」



「それ、滅茶苦茶な本音ですよね」



「大義名分さえあれば何でも許されるものだよ」



大義じゃねぇっつうの。



「嫌なら別に忘れてもいいんだよ」



本当に先生は嫌味無しに言ってくるな。きっと嫌味に聞こえないようにしているだけなんだろうけどよ。



でも、オレって家族持ったことねぇんだよな。



――――家族、という響きに少し惹かれたというのも事実だ。



オレがこうして呆けている間もあの子はただ突っ立っている。



誰も声を掛けやしない。失敗作だって知っているからだろう。そりゃ、そうだろ。失敗作なんかに声を掛けるはずが無い。



一人ってさ、結構淋しいんだよな。それに気付くまではなんともないんだけどよ、気付いちまったらもう一人なんていたくないんだ。



必要とされて作られたんだよな、それを分かっているんだろうな。だけどさ、必要じゃないってかなり辛いよなぁ。



きっとそれをオレも知っている。だって、すっげぇ怖かった。先生に必要とされなくなることがさ、この世の終わりみてぇに思えてさ…毎日が怖かった。



「先生…あの子をここに呼んでくれませんか?」



「なんだい? 可哀想に思えてきたのかな」



初めて、オレは先生の言葉を無視した。



分かっているくせに、やっぱり先生は意地が悪い。



「相当きてるね……そこの君ッ!」



先生は近くを走っていた少年を捕まえてなにか言っている。多分その少年に頼むのだろう。



その少年がどういう呼び方をしたか知らないが、声を掛けられた時あの、ポツンと立ち尽くしていた少女は喜んだ顔をして反応していた。



「喜ぶなよ…声を掛けられるなんて当たり前なことだろ…」



なんで声を掛けられただけであんなに嬉しそうな顔してんだよ。本当に誰も声を掛けてなかったのかよ、ふざけんなよ。



「先生…オレはその遺伝子配合の実験で失敗してまったく使えない実験体ですよね?」



本当にオレの脳は頼りになる。これほどにまで今までに書物を読んでいて良かったと思ったことは無かった。



「…なんだって?」



「だから…オレは今まで音の里の雑務でも何でもしていてやっと帰ってきた実験の失敗作ですよね」



人間ってのは同じだと思った相手に安息を感じるもんなんだ。アイツはそうだったように、ってアイツって誰だ? くそッ、訳わからねぇ。



「ああ、そういうことか」



「先生が何を思っているか分かりません。失敗作ですから」



「はは、よく言うよ」



「言いますよ…嘘でも何でもね」



オレもなんか足りねぇんだ。心がよ、ぽっかり空いちまって足りねぇんだよ。



だからかな、妙に親近感を感じちまうんだよ。ああ、本当にオレは失敗作なのかも知れねぇ。自分の気持ちが分からねぇ。



その少女はオレのところへ…いや、先生の所へ走ってきた。



自分のことを失敗作だっていって興味も持ち合わせちゃいない先生の所へ身体を弾ませて走っている。なんで嬉しそうなんだよ。だからさ。



「はぁ…はぁ……なんでしょうか」



こんなに短い距離しか走っていないってのに息が荒い。皆が失敗作というのにも理解は出来るがさ、オレはそう思えねぇのよ。



頑張ってんじゃねぇか。一生懸命にさ、頑張ってんじゃねぇか。なんでそれを誰も見てくれねぇんだよ。



期待に応えようってさ頑張ってるのが見えねぇのかよ。オレは見たぞ。ちゃんと見たぞ。オレは見てたぞ。



「彼はね、君と同じ実験で君よりも先に成功したんだけど大蛇丸様の命で外へ任務で向かってたんだ」



「そうなんですか!?」



すんげぇ驚いてる。少し悪いことをした気がしてきた。



間近で見てみたら本当に小さかった。腕も細い。血の臭いもしてこない。本当に全てから隔離されていたんだと分かっちまう。



「彼はね、君と同じように与えられた遺伝子の兆候が殆ど現れなくってね。スパイ活動にも限界が来たから音の里の周辺で農家のフリをしてもらう為に帰ってきてもらったんだ」



農家ってのはオレが音の里に来る際に言っておいたことだ。畑を持ちたいと言っておいたから別におかしいことではない。



スパイってのも子供のうちなら怪しまれないってのを言っているのだろう。成長期に入って子供という武器を使えなくなって来たからと解釈してもいいだろう。



「私よりも…先に?」



「ああ、言ってみれば君のお兄さんだ」



恥ずかしいな。ちょっとだけさ。



「わ、私は…そんな」



分かるよ。信じられないんだ。自分がさ。こんな自分にそんなの、ってさ。



こんな自分に、こんな私に、こんなオレに、って思っちゃうよな。



だから頷けない。オレもそうだった。素直に頷けたことなんてほとんどなかった。



だから自分からは何も出来ないんだ。だから拒絶されるのが怖くって、それに雁字搦めで何も出来ないんだ。



それをオレは知っている。だから、今度はオレから必要としてあげなきゃいけないんだと思う。



だから言った。



「オレが…」



初めて口を開いたオレに少女も先生も目を向ける。



ああ、滅茶苦茶緊張してるよ。オレは先生みたいに優秀じゃねぇんだから簡単に言えねぇんだよ。



でも、もう止められねぇ。もう知っちまった。



「お前の兄ちゃんだよ」



両手で抱きしめる。小さい、折れそうだ。




「く、苦しい……」



その声で両手を解こうとするがオレの両手は少女の手で止められていた。



「でも…暖かい」



オレもだよ。すごく、暖かい。







目の前で寝ているアカリを見て頬を緩める。



「家族っていいなぁ」



暖かくって、柔らかくって、気持ちよくて、どんな薬よりも心を冒していく。















「勝手なことをしてるじゃないか」

「いえいえ…すいません」

「あんな失敗作なんかよりもっといい物があったんじゃないの?」

「まさか…あれがベストですよ」

「どうしてそう言えるのかしら」

「最近、彼は少し壊れ気味だったのでちょうどいい部品だと思いましてね」

「失敗作同士で傷の舐め合いって訳かしら?」

「それが必要だったんですよ」

「彼がこの里の為に死んでくれるのならどうでもいいのよ…そんなこと」

「その為の足枷ですよ」

「貴方…随分と荒い使い方ね…彼、壊れちゃうわよ」

「もっと壊れた方がいいんですよ」

「もう十分じゃない?」

「まさか、まだまだこれからですよ」















[713] Re[3]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:523f27dc
Date: 2007/08/08 01:16




「まさか…僕がお前に助けられるとはな…」



そう言ったのは君麻呂だった。



「アンタがコロッと逝っちまうと後味が悪いんだよ」



そう言い返したのは右近だった。



それをカブトと白、そしてナルトは無視して休息に入る。



「でもまさか…右近が君麻呂の体内に入って腫瘍を全て殺せるなんて誰も思ってませんでしたよ」



ナルトはそう言った。本当に意外なことだった。



不可能と思われていた治療も人体を熟知した専門家が三人、そして体内から相手の細胞レベルで殺せる特殊体質が一人いれば不可能も可能と変わった。



「身体中の臓器を移植したからね…安全を期しても三人以上は必要だったんだ」



培養液に入れられた君麻呂の腫瘍を手に持ってカブトはそう言う。それでも五分だった。



血族を全て失った君麻呂の身体に他の一族の臓器を移植する。血継限界である君麻呂にとってそれは自殺。



それを自殺から治療に変えさせたのは、



「いきなり仮死状態にしてくれだなんていわれて驚きましたよ」



白だった。この三人の中で一応皆は君麻呂を仮死状態に出来るが千本を用いた最小限の殺傷での仮死状態に持ち込めたのは白のみだった。



「生きているから拒絶反応する、なら最初から死んでいれば生きるための力を消費することなく手術も可能だ」



生きている状態での手術は多大なエネルギーを消費する。それは生きる為に使うのだからそれは大きいだろうが死んでいればそのエネルギーを拒絶反応を防ぐ為に使える。



「つうか、運ですよね」



「運だね」



「ラッキーです」



三人はいがみ合っている君麻呂と右近を無視して手術室から出て行った。



三人とも開放感に溢れた表情だった。







狂った歯車の上で







「さぁ、家を建てるぜ!」



オレの掛け声と共に真っ先に多油也の声が上がった。



もしかしてこれって好感触!?



「ダルい…帰る」



多油也…そりゃねぇよ。



「そりゃねぇだろ! オレだけで作れって言うのかよ!」



「作れ」



淋しいぜ、これって流行のツンデレってヤツか? ウケねぇよ。



見渡す限り荒野、ここに家と畑を作れなんて言ったオカマに殺意が湧いてくる。



地面を叩いてみる。ボサボサした感触、誰にも踏まれずに何年も放置したとしか思えない感触。



「男達を見てみろ! あんなに頑張っているじゃないか!」



そう言って…否、叫んで次郎坊達を指差す。



「ウォォォオォッ!」と叫んで土遁の術で地面を作り変えて固めていく次郎坊。



「中々の出来ぜよ…いい仕事してますね」と蜘蛛粘金で柱や壁を作っていく鬼童丸。



「兄貴も手伝いやがれ!」「テメェ、兄に逆らうのか!?」敷地図通りに鬼童丸の作った柱を建てながら兄弟喧嘩勃発な左近右近。



ああ、オレも入りたかねぇや。



「ウチにアレの中で働けっていうのか、チビ」



「応援でいいと思うなぁ」



つうか鬼童丸の体液で出来た家か…アカリには言えねぇなぁ。







「完成!」



おお、速ぇなぁ。いい仕事してるぜ。



結局、オレなんもしてねぇよ。いいのかな、楽できて良かったんだけどよ。



「ついでに畑も耕しといた。といっても忍術でだがな」



次郎坊、テメェってヤツは本当にいいヤツだな。



「俺の蜘蛛粘金はチャクラを通さない上に鉄よりも丈夫だ。台風が来ても問題無いぜよ」



おお、そりゃすげぇぜ。



「畑仕事で人手が足りねぇ時は兄貴を使っていいぜ、何もしてなかったからよ」



「テメェ、兄を売りやがったな!」



マジかよ。助かるぜ。



「…………なんだよ」



おっと、ついつい多油也もなんかあるのかと思って見てたようだ。



何もねぇのかよ、冷てぇヤツだなぁ。



「取り壊しの時は存分に取り壊してやるから安心しとけ」



「永住予定なんですが…」



「知るか、チビ」



本当にこれってツンデレ!? ツンツンじゃん。



「なんだそのイヤそうな顔は、あぁ? テメェが来てくれっつったからウチが親切に来てやったのに不服だっていうのか!?」



「どこがイヤそうな顔だよ。オレは超嬉しいんだぜ」



「嘘吐くんじゃねぇ!」



「すいません、嘘です」



木ノ葉じゃ考えられねぇなぁ。つうかマジ怖い。



「お前らは大丈夫なのかよ。どうみてもオレしか怒鳴られてないんだけどよ」



さすがに怖くなって他のメンバーにもオレは声を掛けた。



しかし、帰ってきたのは嘲笑だった。



「はっ、自分だけだと思ってるのかよ」



嘲笑じゃなくて自嘲だった。



「手が多いからって何度も多油也の仕事をやらされたぜよ」



鬼童丸もなんか目が潤んでる。



「俺はまともに会話が成立しないな」



大丈夫か、と声を掛けたら「慣れたさ」と帰ってきた。



もう涙を我慢できなかった。



「なに男同士で肩叩き合ってんだ、キモいんだよ」



原因はお前だよ、そう言いたかったが皆に止められた。



口答えしても勝てない、そう皆の目が伝えてくる。



男ってこういう生き物なんだなぁ、世界共通で良かった。



そんな気分な一時。







皆が帰っていくのを見送って家に帰り次第口寄せの術で畳を口寄せした。



無臭だった部屋に心地よい青草の香りが広がる。この畳はどういう訳かオカマが用意していてくれた。



なんか意外だったが結局理由は在った訳で辛い任務が半年後に用意されている訳だった。



辛い任務というのは内容まで教えてもらっていない。ただ辛い任務とオカマは言っていた。



あのオカマが言うんだからそうとう辛いんだろうよ。



嫌だな、逃げたいね。



まぁ、頑張らなきゃいけないんだよ。



特に、オレはね。ほら、帰ってきた。オレの家族が。



「ただいま!」



こんな幸福を貰っちまったんだからその分は報いなきゃならねぇよな。



「おかえり。新しい家の感想はどうだ?」



この家だけ…違うな。アカリの前ではオレは一生笑っていよう。



「大きいね、何かいけないことしたんじゃないの?」



家具はまだない。



それでも家具よりも暖かい物がこの家にはある。



「結構いけないことしたぞ」



「へぇ…どんなことしたの?」



今、アカリが帰ってきただけでこの家は暖かくなったよ。心が溶けていく。



「お金掛かってないんだ。それにオレは何もしてなかった」



「うわッ…大丈夫なの?」



辛い任務ってのを貰ったけどよ。関係ねぇよ。



オレは絶対に帰ってくる。この家に帰ってくるからさ、



「大丈夫だよ」



大丈夫だよ。何の問題もねぇ。



オレは化け物だぜ。あいつみてぇになってやるよ。



気付いちまえばオレは一人じゃなかった。それをお前にも教えてやるよ。あいつには教えられなかった。気付けなかったからな。



でも、お前には教えてやるよ。



一人じゃない暖かさってのを。焚火とかよりも内側から暖めていくあの温もりを。



「今日からここがオレ達の居場所だ」



「うん!」



オレは幸せだ。



もう、誰にもこれを壊させない。



もう、誰にもこれを侵させない。



これはオレ達の物だ。



「オレはお前の兄ちゃんだよ…」



アカリの小さな頭を撫でる。忘れないように、オレの幸せが伝わるように。



「分かってるよ…」



離れようとするアカリが悲しいが恥ずかしいだけだと分かった時はまた嬉しかった。



欠けてるピースは繋がらなきゃ一つになれない。



オレ等は欠けてた出来そこないだけど、今やっと一人前の物になれたのかもしれない。



最初からいなかったからこそ分かる。



家族ってのは麻薬だ。



依存させてしまうくらいに強い力がある。



耽溺させてしまうくらいに心地よい。



もし失ったらまたあの温もりを欲したいと思えてくる。



オレはもう既にキマってるのかもしれない。



それも、いいじゃないか。



腐って、壊れてもいいからこの心地よい空気を吸い続けていたい。



「兄さんってずっと別のところにいたんだよね?」



ああ、そんな設定だったか。



「そうだよ」



「淋しかった?」



「そうだよ」



「今の方が…いい?」



「そうだよ」



次第に笑顔になっていくアカリを見ていてオレも笑顔になっていた。



幸せってのはこうなんだろうな、って一人になるたびに自分にとっての幸せを想像してきた。



こんなに暖かいとは思ってなかった。



これが、オレの幸せだ。



「ずっと…こんな風になりたかったんだと思う」



「そうなの?」



ああ、そうだよ。



綺麗に想像も出来なかった自分の幸せも今しっかりとした形で理解した。



もう忘れねぇよ。忘れられねぇよ。



「一人じゃさ…淋しくないと思ってても結局は淋しいんだよなぁ」



強がっててもさ、気付かなくてもさ、結局心は探してんだよな。



探しても探しても見つからないと泣くんだよ。



どこにいるの、ってさ。それでも見つからないと次は忘れちまうんだ。そして別の幸せを探しちまう。



妥協して妥協して小さい幸せを見つけちまうんだ。



オレは妥協しなかった。だから見つかったんだと思う。思わせてくれよ、と心がそう願う。



「もう…一人に戻りたくねぇよ」



そう言ってまたアカリの頭を撫でた。



恥ずかしくない。本心を出して恥ずかしいと思うようなヤツの本心こそ恥ずかしいんだ。



全部出しといて後悔するようなヤツこそ本当は全部出していない。



「意外と…兄さんて弱いんだね」



そう肩越しにアカリの声が聞こえた。



オレは答えた。嘘偽りない答えを。



「そうだよ」



どう受け止められるか怖かった。それでも後悔はない。



自分を偽ったままこの幸せの中でぬるま湯に包まれて生きるってことはアカリに対して失礼だった。そうオレが決めていた。



嘘ってのは自分に吐く為ものさ。弱い箇所を埋めるためだけに使うと思う。



「私も弱いから少し分かるよ」



「そうか…」



改めて家の中を見ると、さっきよりも、一人でいたときよりも広く感じた。



オレ達はこんなにも小さいのかと思い知らされる。



だけど…これから大きくなればいい。



「よし! 少し早いけど晩御飯作るか!」



「いいけど…材料とかあるの?」



忘れてた…。



初っ端からぐだぐだだ。



それも半人前の証だな。



「ちょっと待ってろ、すぐに狩ってくる!」



そう言ってオレは走り出していた。



森に入り次第契約しておいた木の葉の鶏やを口寄せしたり他の農家まで走って頼み込んで野菜を提供してもらったりして帰ってきたときはアカリは半分寝ていた。



少し寒いだろうと炉に火をくべたりしている間に鍋が煮え滾っていた等と四苦八苦したり、最高の一日だった。











[713] Re[4]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:523f27dc
Date: 2007/08/08 01:21






この里に来てから、アカリに出会ってからすでに半年近く経った。



オレの前には構えを取っているアカリがいる。



なんでも明日は体術の実技があるらしく協力して欲しいと言われたので頼まれた。



アカデミー生であるアカリが強いわけが無いのだが、設定上オレも弱くなくてはいけないわけでこれは大変だ。



どうして筋肉が出来るか、というとそれは筋肉になっていない箇所に負荷が掛かり、それに対応しようとする適応能力がその負荷に耐えられるよう改造していくらしい。



ならばその負荷を増やせばいい。。



「死ね! この野郎ッ!」



ゲシゲシとオレを足蹴にするアカリ、それ以上に口が悪すぎる。



あれ? 第一印象って違ったような?



「オラオラオラ、くたばれ!」



急に重くなった(少しやり過ぎた)身体に対応できずに脳天への肘鉄をいれられよろめいた(マジで痛い)オレに奇襲技、カンガルーキックが顎に入り倒される。その間でもアカリに隙など無かった。カンガルーキックの勢いのままオレの目の前まで走りこんで喉元にギロチンドロップが入る。流れるかのような連続技を殺人技へと昇華させる。



あれ? 身体が弱いって聞いたんだけど?



なんでだろう。呼吸し辛い、いつからオレはカニになったんだ? 口から泡が……。



「おい、変態」



「誰が変態だ、コラ」



「この部屋に私達以外に誰が居る?」



オレのは無視かよ。



大蛇丸やカブト先生が覗いていそうだけど残念な事に気配が感じられない。



「……………」



ああ、自然と目線がアカリから逸れていく。



「目を逸らすな、自覚してんの?」



「兄ちゃんは悲しいよ……」



涙腺を緩ませて本当に涙を流す。これが効いたのは最初の三回くらいだったと思う。



まったく効果はなくアカリはオレの涙を無視して話を続ける。



「蹴られて喜んでる人って変態じゃないの?」



いや、睨まないでよ。



「……………普通じゃないかな?」



可愛いんだから仕方ないじゃん。



初めての家族だし、人間の家族だし。なんか嬉しくなってきちゃって……、なんてアカリにはいえない。



寂しかったんだね、と同情されそうだから。



アカリははぁ、と深いタメ息を吐いた。



「私を見るくらいなら早く団子作ってよ。今晩はお月見でしょ?」



「もう出来上がってるぞ」



張り切って朝から頑張ってたからね。



「もっと作って」



笑顔でそう言った。確かにそう言った。



「任されよう!」



さぁ、いい笑顔を見れたからもう少し作るか。妹の為に沢山。



節せと団子を作っているオレを見ながらアカリは



「満月って綺麗だよね、今日は満月なんでしょ?」



弾んだ声でそう言うアカリに「楽しみにしてろよ」と言って団子を作っていった。



家族ってサイコー、な感じ。







「もっと砂糖入れてよ」



アカリがヒョイと一つ団子を掴み口に入れる。それを黙認した甘いオレ。



「これくらいが丁度いいんだって、後でアンコ入りも作るからな」



やった、と小さくガッツポーズを取るアカリ。やべぇ、本当に作らなきゃならなくなった。



「兄さん、って呼んでくれたら作ってやる」



家族としてどうかと思うぞ、変態って。



「お願い、兄さん」



上目遣いは反則です。



「任せとけ!」



どんどん馬鹿になっていってるのを感じつつ小豆を沸騰した鍋に入れてオレは小豆を煮続けた。



面白そうに笑っているアカリの笑顔は不思議と後悔を感じさせずにオレを馬鹿にさせていく。



家族ってサイコー、な感じ。







「彼、家族に飢えてたのねぇ…」



ナルト達が和気藹々と団子を作っている部屋の天井裏には大蛇丸とカブトが笑いを押し殺して佇んでいた。



「そうみたいですね」



ナルトの足をゲシゲシと蹴っているアカリを見てカブトは笑みを浮かべる。



「あれも元気になったみたいですしね…」



幾つもの細胞が殺し合って消滅した結果生き残った訳であるが身体は壊れていた。そしてクスリの効かないアカリの精神ではあの空間は毒以外になかった。



病は気から、精神を病んでいたアカリと同じように精神が病んでいたナルトは惹かれ合った。



「本当ね」



大蛇丸はどういう訳か三代目火影が使っていたように水晶を使って彼らを見ている。。



「…………………」



傍から見ていたカブトは大蛇丸を物語に出てきそうな老けた魔女のようだと言いたかったが声が出なかった。



「今が壊れたらどうなるかしらね…」



大蛇丸は顎に手をやり真剣そうに悩んでいる。それをカブトは横目で見てタメ息を吐く。



「事故じゃなきゃ駄目ですよ。そうじゃないと殺されますよ」



大蛇丸がとことんアカリに対して無視しているのに対してナルトがキレて殺し合いが起きたのはかなり前だがその殺し合いのせいで音の里がかなり壊れてしまった。殺したなどと知れたらどうなるかも分からない。



その殺し合いの際にナルトは右腕を切り落とされて右太腿を十八針縫い、大蛇丸は体中に切り傷と数箇所の骨折を負った。本当に殺そうとしてくるとは思っていなかった大蛇丸は久しぶりに全力でナルトを殺そうとした。だが体内門を開け呪印の第二形態にまで入ったナルトは手強かった。



「彼の身体の中にまだ九尾の残滓が沢山残ってるわ」



そんなことを言い出す大蛇丸にカブトも顔色を変える。



「よく生きてましたね」



「四代目が使った封印術……確かそれには九尾のチャクラを彼に還元する陣も組み込まれてたわね」



木の葉で暴れていた九尾はもうチャクラが残っていない滓のような状態だった。そうでなくては数時間暴れただけで死にはしない。



「暁には九尾が死んだという情報が伝わってると思うから今が好機ね」



カブトはそれを見て大きくタメ息を吐いた。



「強行になるか凶行か、ですね」



カブトは静かに嗤った。







コン、と鳥が窓を叩いた。召集の合図だ。オレは反応しないことに努めて団子を作ることにした。



「ん?」



アカリがナルトを見る。



「この際、よもぎも入れるか?」



自然に会話を繋ぎ笑顔を作る。



「いいの?」



「よし、近くの森まで行ってくるから小豆をよく煮といてくれよ、砂糖はアカリに任せるからな」



「任せといて!」



そう言って量も測らずに砂糖を入れてるアカリを見届けてナルトは部屋から出た。



「急いで帰らなきゃな」



あの小豆を食べてぇ、と笑みを浮かべて速度を上げて走る。



もうあの時から半年か、とオレは走りながら思った。



わざわざ最高級の畳を送っておいてその代わりに与えられた辛い任務というが今なのだろう。この半年は一度も任務が無かったから久しぶりだ。ずっと畑仕事と家事しかしていなかった。修行も混ぜてだが。



明日は満月、アカリと一緒に月を見よう、そう思っていただけに残念だが忘れていたオレも悪いな。それにこの任務があったおかげで他の余計な任務も入らず穏やかな日々が過ごせた。



月見団子の約束をした時はめんどくさい、と言いながらも顔を赤くさせてアカリは喜んでくれた。



それが見れないのが残念だが、それは今度も出来る。否、絶対にいつかやる。



オレはそう魂に刻んで音の里まで久しぶりに全力で走った。





大蛇丸を含む男七人と女一人は音の里の奥の蛇が祭られているホール状の空間で対立していた。



対立ではない。カブトと大蛇丸が立っている前で六人は大蛇丸が口を開くのを待っていた。



「はっ、本当にうざいのよねぇ…何でも私の里のせいにしてほのぼの生活してる砂がね」



木ノ葉崩しは砂と音の了解の下で行なわれた。しかし木ノ葉が音を憎む力が大きすぎた。



砂が言ったことを全て鵜呑みしてしまった。そして軽い罰で砂を許した。もう今では砂の里は前とほとんど変わりない。



「つまり今度の貴方達の任務、今度は砂崩しよ」



大蛇丸は振り返りながらそう言った。絶対に潰す、そう眼が語っている。



その眼に君麻呂とカブトを除いた全ての者が怯んでしまう。



「いいね、それ」



その時、ナルトもホールの端に立っていた。



「遅いわよ」



「迷路のように作ったアンタが悪い」



「白眼を使えばいいじゃないか」



「ずっと使ってなかったからな…忘れてたね」



ナルトは両手をひらひらと振ってそう言う。完全ないい訳だ。



それは皆が理解していた。



「あの不良品が真面目に風影になろうとしてるらしい」



「あの不良品って…ああ、あの…」



大蛇丸の言葉を聞いて中忍試験の際に参加した全ての者がすぐに分かったがナルトだけは忘れていた。



それを無理矢理思い出して顔色を変え始めた。



「真面目って…どんな具合よ」



「チープな話よ。認められたいですって、馬鹿みたい」



ナルトは本当に腹の底から笑いそうになりそれを堪えた。堪えている顔が怒っている顔に見えたのは両方の意味が正しいから。



自分がやらなかったことを成功させようとしている我愛羅を心から哂い、心から嫉妬している。



「本当に、馬鹿みたいだ」



「…………」



「不可能だからな」



「あら、そうかしら」



ナルトの断言した言葉に真っ向から鼻で笑う大蛇丸。ナルトから殺気が迸った。



「どういう意味だ」



「少しずつ、変わってきている。あの不良品を中心に」



それは大蛇丸にも不愉快だった。大蛇丸はもう止まってしまった。故に進もうとしている者が腹立たしい。



あの世には何も無かった。解き明かすべき物など存在しなかった。死者の口からそう出たのだからその時点で大蛇丸がしたかったこと、知りたかったこと、守りたかったものは終わった。



「…いいぜ、砂崩しだ」



ナルトは大蛇丸から放たれる自分以外への殺気に怯えた。



いつも遊びで放たれる殺気とは違う、怒りや嫌悪から来る殺気はナルトが知るどの殺気よりも濃く嫌だった。



「二日で潰して来なさい」



その言葉でカブトと大蛇丸を除いた全ての人影は消えていった。まるで最初から居なかったかのように。









「ただいま…っと」



帰ってきてすぐに包丁が飛んできた。



投げたのは……アカリか。



「取っちゃうんだ、簡単そうに」



ああ、いつもならワザと受けてるんだけどな。この包丁はおもちゃだった。刃なんてついてねぇ。



今は、無理だ。



「顔…」



「ん?」



オレの顔を指差すアカリ。



この時はまだ、アカリが何を言いたいのかに気付けなかった。



「怖いよ…」



ああ、ちょっと緊張してた。



一つの里をたった六人で落とすということに、なにが辛い任務だとオレは怒っている。



ただじゃ帰れないだろう。これはS級の任務だ。いや、たったの六人の子供だからそれ以上だと考えた方がいい。



帰る途中で怒りが冷め恐怖へと変わってきた。



この生活が終わるかもしれない、そう思っちまった。



腕が震えた。止める気なんてなかった。それが自然なんだと、それが当たり前なんだと気付いたからだ。



オレは決めたんだ。



この子の前だけでは笑っていようと。



木ノ葉にいた時にそうしていたように最高の笑顔を作った。



しかし、アカリは最高の笑顔を作ってくれなかった。寧ろ、嫌な顔をしていた。



「私に…その顔を見せるの?」



「笑っている…筈なんだけどな」



頬が釣っている。それは笑っているとき特有の圧迫感をちゃんと感じている。



今は誰が見ても、笑顔の筈だった。



「顔はね、笑ってるよ……でもね」



そう言って急に後ろを向いてしまう。



少し淋しくなった。急に壁が出来たみたいだった。



「心がね…笑ってないんだよ」



全てが壊れた。



作っていた笑顔どころじゃない。体中に罅割れが生じてばらばらになっていくような落下していく浮遊感を感じた。



「ああ…そうだった」



ああ、本当にそう。オレは馬鹿だ。



こんなことも、



「………忘れちまってるなんてよ」



オレがアカリの前で笑顔を一度でも作ったか? 教えられたじゃねぇか。笑顔は作るもんじゃない。



それは、作られるものだ。



その時の感情、風景によって、意図して作るもんじゃない。



オレがアカリの前でいつだって見せていたのは作ったヤツじゃない。アカリが作らせたんだ。



仲間を信じない奴こそ仲間じゃねぇ、か。シカマルがよく言っていたな。



同じだ。家族を信じない奴こそ家族じゃねぇ。



そう思うと自然に頬が釣りあがっていく。



この感覚だ。忘れちゃいけねぇ、もうこれ以上は。



「いつまでそっぽ向いてる気だよ」



オレは意図もせずにそう言った。自分でも驚くほどに口調が柔らかかった。



「もういいの? そっち、向いても…」



お前もよ、信じてみろよ。家族をさ、ってもオレしかいねぇがよ。



「オレが、」



もう、心配いらないよ。



もう、大丈夫だからよ。



「あっ……」



そっと頭を撫でた。



身体が弱いって聞いてたけどよ、本当に小せぇな。



だから、オレが守ってやるよ。



「お前の兄ちゃんだ…」



オレがお前の兄ちゃんだよ。









「一日だ」



そう言ったオレの頭上では人を馬鹿にしたような陽気さで晴れ渡っていた。



砂漠から吹く熱い乾燥した風がオレ等の首筋をなぶっていく。



「本気か?」



「熱で頭がやられちまったか、チビ」



君麻呂はしっかりと聞き返してくる。木ノ葉崩しの際にはカブト先生の病室で寝ていただけで終わってしまったから今日だけは覇気が違って見えた。



手術が成功し拒絶反応の兆候が見えずに過ぎ去ってから君麻呂の修行を何度か見たことがあるがコイツがいるのなら砂の手助けなど必要なかっただろう。



多油也は完全に馬鹿にしている。



もう諦めている。



「約束したんだ。今日中にアイツ等皆殺しだ」



昨日、一緒に団子を食べながら約束したんだ。残った団子は明日、つまり今日の夜に一緒に食べよう、と。



それを聞いた左近が呆れた顔でこう言った。



「馬鹿兄だな…俺の兄貴もそうだがよ…こりゃただの馬鹿な兄だぜ」



おいおい、いきなり兄弟喧嘩すんなよ。



「簡単そうにいうぜよ」



「出来ると思っているのか?」



鬼童丸と次郎坊もそう聞き返してくる。



なに疑ってやがる。昨日こそ、このメンバーでは不安だったがもう大丈夫だ。



このメンバーは最高だ。負ける筈がねぇ。



「出来るさ、砂崩し。やってやるんだよ、大蛇丸が言っていた二日を簡単に塗り替えようぜ」



オレは死にたくない。



殺して殺して、生きて生きてやる。















[713] Re[5]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:523f27dc
Date: 2007/08/08 01:26








「そこに入れ!」



ナルトは砂隠れの牢屋に入れられた。



顔を変えたとはいえ不審人物に思われるようにしていたのだから当たり前だ。



砂崩しを行なうというのに今は牢屋の中、それでもナルトは笑っていた。



右手に指一つに対として填められている五つの指輪が鈍く光った。



どれほどの時間がかかったのだろうか、ナルトは自分の脈を測り続け正確な時間を知っていた。



そして小さく唇を歪ませ笑った。




その直後、砂の里で大爆発が突如起こった。



一つではない。幾つもの大爆発と呼べるものが合間なく起こった。



「さぁ、公開オペの始まりだ」







狂った歯車の上で







口寄せで呼び寄せた扇と刀、そして白衣を身に纏ってオレは前を見据えた。



初めの一歩と同時に抜刀し牢屋を断った。



切れ味はそこまで良くない、だが中々に、いい強度だ。



鬼童丸は言っていたワイヤーよりも堅い。それは鉄以上だということを指し示す。その時から思っていたのが武器だ。



変な技術はいらない。オレにとってはマイナスだった。



それに鬼童丸は言っていた。蜘蛛粘金はチャクラを通さない、と。



つまり電気やチャクラの塊を無視して相手を切りつけられるということ。



これは完全にサスケの千鳥を殺せる、そう考え鬼童丸に頼んで作ってもらったのがこの刀だ。



惚れ惚れとその刀を鞘に仕舞い今度は扇を手に取った。



アスマがくれたアイアンナックルと同じ材質の金属で作った扇だ。



これならば、更に回天を昇華できる。



旋風を発動させ一気に回天を放った。そしてそれと同時にチャクラを込めた扇を振るい一気にチャクラを風に変えた。



音が消失した。景色が変わった。全てが吹き飛ばされていく。



上であった爆発、あの木の葉の忍び達に放った鬼童丸の遠距離の攻撃だ。



それと同じくらいの大爆発がこの地下で起きた。



所詮は砂、踏まれて無くなれ。







「ーーーッ!?」



足の裏のチャクラも風に変換させて最大速度で砂の隠れ里を走りながら見かける忍び全てを斬って行く。



狙うのは首、上忍以外の忍びがほとんど知覚する前にオレに首を切り落とされていく。



もう20人は切った。さすがに本拠地だけあって人数が多い。それでも刀に罅一つ入らずにオレに答えてくれる。



切り殺していった20人の忍びのうち何人かは子供だった。それでもいつかは音の里を恨むだろう。



そう思うと後悔一つせずに切れた。いつかこいつ等がアカリに危険を及ぼすかもしれない、そう思うと寧ろ切ることに喜びを感じた。



ドンッ! と近くでまた鬼童丸の起爆札付きの攻撃が炸裂した。



相変わらず物凄い威力だ。



壁一つ先では次郎坊の岩石投げが見えた。家一つ分の岩を忍術で作り上げそれを投げている。あいつにしか出来ない攻撃だ。



逆の方向では骨で出来た竹薮が出現していた。そしてその骨の先には何十人という忍びが一気に突き刺され息絶えていた。地下からの奇襲にして一撃必殺である君麻呂の攻撃は味方でもあるオレですら恐怖を覚えてくる。



君麻呂は大蛇丸の僕だ。大蛇丸側にさえいれば戦うことも無いだろう。故に安心してオレは更に切って行った。



左近達は暗殺が主本だから上層部を殺しに言っているだろう。多油也の術は味方にも被害が蒙るから住民相手にしてもらっている。



最後まで文句を言っていたがお前にしか出来ない、と言ったら素直に了承してくれた。



町のほうから悲鳴が相次いで聞こえてくる。どんな幻術を掛けているのかを想像するだけで恐ろしい。



「いたぞッ! 一斉に放て!」



背後から中隊が一斉に手裏剣やクナイを放ってくる。中には忍術を放とうと印を組んでる奴等までいた。



普通ならば危機だろう。前までのオレならば為す術もなく逃げていただろう。



だがな、その為に道具を揃えてきたんだよ。



オレは刀を鞘に仕舞い扇を出して全力で扇いだ。



範囲は広く、出力は手裏剣を跳ね返せる程度、それで十分だった。



風に変換されたチャクラが敵の一斉放火を全て跳ね返しす。返ってきた手裏剣やクナイにアイツ等が一瞬動揺した。



一瞬で、十分だ。



ブースターのように足の裏から風が吹き出しその一瞬で遥か後ろにいた奴等の間合いを殺した。



「馬鹿がッ!」



右手に填めた五つの指輪にチャクラを込めた。そして現れた五本の飛燕で十数人いた砂の中隊を一撃で斬殺する。



扇とは違う。高純度で作られたこの指輪はどれだけチャクラを込めても壊れやしない。だからオレも全力でチャクラを注げる。一瞬だけの具現に抑えて襲ってくる小隊や中隊を更に更に殺していく。



もっと、もっと来いよ!



オレは叫んだ。早く掛かって来いよ、その方が早く終わらせられる。



中忍試験で見かけた女がいた。気が付けば女を殺しにオレは走っていた。



「ちぃ!」



舌打ちをしてオレよりも巨大な扇を煽った。



大量の風、そしてその中でも剃刀のようにぎらつくカマイタチ。



それに対して怖くはなかった。



もうこれは中忍試験とは違う。オレは白眼を開眼させて風の軌道を読み取りもう扇を振るえない距離にまで入り込んでいた。



「テマリッ!」



肉体操作とチャクラ活性化で作り上げた右腕という槍で柔らかそうだった脇腹を薙ごうとしていたのだが横から傀儡が飛び出してきた。



その傀儡から飛び出した、毒を塗られた刃がオレの肩に刺さった。



きっと目の前のテマリと呼ばれた女を助けるための牽制用だったのだろう。



だが、オレは刃に刺されながら右腕だった槍で女の顔面を貫いた。頭蓋骨の堅い感触と脳漿の温かい感覚を味わう前に傀儡を操っていた男を殺しに走った。



「てめぇ、よくもテマリを!」



顔に自来也のような化粧を施した男を刀で横薙ぎに断とうとしていたのだがその直前に一つの傀儡が邪魔に入った。



ガン、と堅い感触。だが、この刀の方が数倍堅い。



本当に真っ二つ、綺麗に邪魔に入った傀儡は再起不能になった。



「か、烏が! それにこれはどういうつもりじゃん!?」



これ? これと言うと聞こえてくる断末魔の叫びか? それとも目の前で頭のないテマリと呼ばれていた女か?



でもよ、



「これは戦争なんだよ!」



真横一文字、腰溜めから一気に伸びるように全関節を使った居合いを男に向けて放つ。



「くっ、口寄せ! 黒蟻、山椒魚ッ!」



さすがに傀儡師、指の動きだけでは誰よりも早い。



オレが男の間合いを詰めるよりも先に傀儡を呼び出しやがった。そしてオレの剣先は二つの傀儡の表面を削って通過していった。



「やりずらいな…逃げるか」



男に背を見せてそう言うと男はオレの視界の影で安堵の息を吐いていた。



オレの白眼を騙し通せる訳がねぇ、テメェの寿命はテメェが決めた。



「んな訳ねぇだろッ!」



背を向けた状態からの居合い。身体を捻る遠心力を使い先ほどの真横一文字の居合いよりも速度が上がっている。



だが、相手も甘くない。



「アンタが甘い奴だなんて思う訳ないじゃん!」



山椒魚と呼ばれていた傀儡を盾に飛び出してきた黒蟻が大量の暗器を放って襲い掛かってくる。



「どんなに鈍い奴でもそろそろ毒が回ってくるじゃん…大人しくーーー」



確かに、あの毒なら今頃倒れているだろうよ。



だがよ、伊達に大蛇丸はここの風影になってなかった。毒の調合表くらい持って帰ってきているんだ。



最初から毒なんて効いていねぇよ!



「黙って死んでやがれッ!!」



右手に集めたチャクラを螺旋状に回転させる。前までのオレならば圧縮しきれずに目の前の傀儡に囚われ殺されていただろう。



んなもん、回転を逆にするだけで解決した。それだけだった。



それだけに完成された螺旋丸はサスケ以上に力強くオレを更に昇華させた。



生半可な斬撃では傀儡は繋げられてしまうが、削り壊された物を直すことは不可能だよな?



「くたばれッ!」



黒蟻ごと傀儡を使っていた男を螺旋丸で粉砕した。たかが丈夫な木程度で守れると思ってんじゃねぇよ!



声すら出さずに腹に穴をあけられショック死した男を見直すことなくオレは仙人掌で傷口を塞いだ。



毒は効いていないがそこに弱みを見入られる事は避けたかった。



この二人は上忍に近い実力を感じた。



テマリと呼ばれていた女は遠距離で戦えば化けただろう。傀儡の男もテマリと呼ばれていた女が目の前で殺されて平静じゃなかったのだろう。もう少し平静ならば好戦くらいできたと思う。







《貴方は音の五人衆で一番弱い》



それを聞いた時は狂いそうになった。俺が一番弱い? そんなことがあり得ない。



《だけどね、戦い方次第では最強になれるのよ》



そうだった。俺は音の里に寄与されてから何を学んできたんだ?



そりゃーーー暗殺だ。



今、目の前で厄介な傀儡の術を使ってた婆が倒れた。



ありゃ上忍とか関係ないくらいに強かったからな、俺一人じゃ殺せねぇわ。



だから兄貴を使ったんだが思った以上に上手くいった。最初に隙を突いて婆の夫(みたいに見えた爺)に右近を寄生させる。指先でも触れられればそこから右近は性病のように(なんかやだな)移っていく。



俺が逃げてから婆が爺に絶対に触れるだろう。心配だろうしな。だが、もうその時点で爺は右近に殺されてる。細胞単位から殺せる右近なら簡単だしな。



そして爺に触れた婆にも右近は入り込んでいく。もうこれでお仕舞いだ。



「もう終わったか? 兄貴」



倒れて動かなくなった二人が次第に壊れて…うわぁ、ひでぇ殺し方するぜ。細胞を殺しすぎて形が崩れてらぁ。



「俺にばっか仕事させてんじゃねぇぞ」



婆から出て来次第にそう言う兄貴に俺は肩を竦めて叫んだ。



「馬鹿野朗! 右近も見ただろ、あの傀儡の数! ありえねぇって! 俺、死にそうだったんだぞ!!」



「左近が弱いからだろ」



「そりゃねぇぜ」



肩を竦めて苦笑する。終わりがよければ全てよしって奴だ。生きてりゃいいんだよ。



「仕事終了の狼煙でも上げとけよ」



「それくらい右近でも出来るだろ」



「面倒なんだよ」



チィ…俺も面倒だってんだ。俺等は兄弟なんだからよ、嫌いなもんはお互いに嫌いなんだよ。





俺が殴りつければ人は粘土のように形を崩して死んでいく。



俺こと次郎坊は岩を殴るのも飽きて皆が殺し損ねた残り物を殺している最中だ。



今、目の前で逃げていた中忍であろう奴を殴って殺した。



こういう時に本当に思うんだ。腕力だけは鍛えておいて良かったって。



全力で殴っていたら多油也からのストレスが解消されていくのが分かるんだよ。



「これは脂肪じゃないッ!」



状態2のまま全力で四人一気に両腕で殴りつける。面白いように吹き飛んだり穴が開いたりして死んでいく。



「これは筋肉なんだよッ!」



そう言いながら俺は突っ走る。



こんなことをしてなきゃストレスで過労死してしまう。



ある程度ストレス発散したから君麻呂の方へ向かおう。



今日の晩御飯な何にしようかな。












住民側から叫び声が聞こえなくなってきた。多油也の忍術の有効範囲の広さは脅威だ。こんな短時間で終わらせるとは。



多油也が木ノ葉崩しの際の大蛇丸の守りに徹せず責めに回っていたらほとんどの住民が死んでいただろう。敵味方問わずにだが。



砂の隠れ里の中心にある搭から紫色の煙が上がった。



あれは左近達の狼煙だ。暗殺完了の合図。



さすが大蛇丸に暗殺用として鍛えられた左近だからあそこまで静かに殺れるのだろう。それ以外だったらそうとう派手になっちまうぜ。



最初にオレが入ってきた南門の方では巨大な蜘蛛が見て取れた。鬼童丸も殲滅に参加し始めたか。起爆札が尽きたか、飽きたかだろう。



鬼童丸の強さならば大丈夫だ。次郎坊も君麻呂と合流している筈だ。



あとオレは、



「ッ!?」



考えあぐねていたオレに突然影が襲い掛かってきた。



それを紙一重で避けた。が、オレを追って方向転換してきた影に扇を振るって吹き飛ばす。



「ちっ! 誰だ!」



突然の奇襲、それだけじゃない。



今ので飛び散った小さい粒はーーーー砂だ。



滓かに見覚えがあった。



そしてこいつが、今回のオレの目的。殺すべき相手。



「貴様か…ッ! カンクロウにテマリを殺したのは」



我愛羅、オレと同じだった人柱力の壊れた不良品。



オレは少し呆けてしまっていた。



「随分と…感情が出来てきたじゃねぇか」



中忍試験の時は会話すら成り立たなかった。そして自分自身の感情に振り回され総合失調症のような情緒不安が見え隠れしていたのに、今はどうしてか人らしくなってやがる。



「貴様が里を…皆を…殺した」



そう言って呟く我愛羅に同調して大量の砂が巻き上がっていく。



なんという成長だろう。ここまでされてあの馬鹿のように認めてもらおうとしていた対象が殺されたというのに暴走しないというのは驚くべき精神力だろう。



「ああ、そうだ。オレが皆殺してやった。爽快だったよ」



あのプリンのように切れていく人の首。気が付いた時は既に胴体と離れていて驚いた顔をして死んでいく馬鹿野郎共。



オレは心から楽しげに言ってやった。



「ああ、こんな快感しらなかったよ」



我愛羅のこめかみから血が、それと同時に大量の砂が足元からオレを囲んでいく。



離れようとしても離れない。解こうとしても解けない。



あっという間にオレは砂に覆われ塞がれてしまう。



砂漠送葬、という悲しみを帯びた呟きと共に信じられない圧力を感じた。



死んだ奴はもう帰ってこない。それは自然が作った絶対のルールだ。



もう二度と別れたくない、そう思うのならしなくてはならないことがある。



それは、絶対に死なないことだ。



「勝手に終わらせるんじゃねぇよ……ッ!!」



骨が軋んでいく。それを無視して生やした羽で全ての羽を吹き飛ばした。



快感とも呼べる奔流が身体を満たしていく。圧倒的な暴力が身体の中で育っていく。脳内麻薬やアドレナリンが吹き出してくる。



目の前の我愛羅は強い。そこら辺の上忍なんかよりも段違いに強い。



分かるぜ、皆の評価を変えたいんだろ? そいつは無理だ。



確かに、テメェは強ぇよ。



だけどよ、



「オレはお前よりもずっと強い」



お前の絶望しきったその両目を絶対に潰す。

















[713] Re[6]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆157ebbfc
Date: 2007/11/12 04:26






我愛羅の中で幾度も中忍試験の時のサスケが再生されていた。



何度痛めつけても負けない。



腕を折った。他の幾つもの骨も折った。



それでも血反吐を吐かせながら立ち上がって千鳥を放ってくるサスケに我愛羅は初めて他人というものに興味を持った。



あの日から、他人とは壁を作り続けていた我愛羅の分厚い壁をサスケが壊した瞬間だった。



「何故…立ち上がれる」



左足の骨が折れていた。木に手を添えて立ち上がるサスケの眼は死んでいなかった。寧ろ、最初よりも力強く輝いていた。



「誓ったんだ…ッ!」



サスケは有らん限りに叫んだ。



それでも小さかった。もう、それがサスケの限界だった。それでも我愛羅の耳に届いた。



「何を」



「認めさせてやる、俺はそう誓った」



「誰に」



「俺を認めないあいつにだッ!」



片足のみで高く飛び上がった時のサスケの表情は猛獣の如く気が立っていた。



荒々しく、そして何よりも恐怖を与える表情でサスケは最後の千鳥を放った。



我愛羅はそれを、サスケの顔を見続け、そしてサスケの答えを頭の中で何度も言い返していた。



そしてそこから記憶がない。



我愛羅は今でもサスケが答えた言葉を頭の中で言い返している。



我愛羅にとってあの言葉は我愛羅に対しての答えだった。



「俺に…出来ると思うか?」



我愛羅は後ろに立つ二人、テマリとカンクロウに声を掛けた。



我愛羅は変わった。心の奥底で封殺していた『認められたい』という願いがサスケとの出会いで再び姿を現した。



我愛羅が自分から話しかけてくるということにテマリとカンクロウは困惑の表情をしていたが答える時にはすでに困惑は解けていた。



「ああ、当たり前だ」



テマリが力強くそう言った。



「我愛羅は俺等の弟だ。やれば何でも出来るじゃん」



カンクロウは更に力強く答えた。



家族、それは麻薬のようだと我愛羅はそう思った。今までどんなに得ようとしても手に入らなかった温もりがこんな簡単に手に入る。



それは暖かく、気持ちよく、依存させるには十分な響きだった。



そして我愛羅は砂の隠れ里で生きることを決意した。







狂った歯車の上で







呪印第二形態の状態で扇を振るった。



範囲を最小にまで圧縮された風の奔流は大砲の如く我愛羅を目掛けて進んでいった。



バン、と砂が飛び散る破裂音が鳴っただけだった。



普通の状態でさえ人ならば穴が開くというのに何という防御力だろう。まるで君麻呂並だ。



いや、君麻呂と違って攻撃手段が豊富すぎる。砂が一定の形でいる筈がない。範囲が違いすぎる分君麻呂よりも質が悪い。



我愛羅を直接狙うことは不可能だ。



あの砂はただの砂と見ないほうがいい。あれは鉄壁だ。自由自在に動く、鉄壁だ。自由自在なだけに隙などない。接近すれば死角からの攻撃にも気を配らなければならない。



だが、無策で来た訳ではない。何も考えずに来たのであれば一日で殲滅するなどと言わない。



それが成功するかどうか分からないだけ。ただ、やるしかなかった。



オレよりも化け物に近い化け物が攻撃を開始した。



余計なことを考えずに頭の中を真っ白にし殺すことだけを考えた。



旋風を展開させ白眼も開眼させた。この状態で死角を狙われることは先ずない。何故なら今のオレにも死角など存在しないのだから。



オレは我愛羅の攻撃に迎撃する。



前進をもって、可能性を紡ぐ為に突撃する。そもそもオレに特殊な能力なんてありゃしない。属性も風の一辺倒、不良品であるのだからオレに出来ることなど小さきことだけだ。



「チィ…厄介な能力だ」



走ろうと思ってもいつもの様な速さが出ない。それはオレ等が立っている場所が先ほどまではしっかりとした大地だったのに今ではただの砂に変わっているからだ。



まさか、こんな短い時間でこの辺一帯を砂丘にしちまうとは思っていなかった。これでは足の裏のチャクラを風にしても前に出ない。不発のままだ。



その上刀はこの場では使えない。雷や炎といった抵抗の無い物なら有効だが砂といった物には在っても邪魔なだけだ。



相性が悪すぎる。



それでも、前へ。とことん突っ走ってやる。



右後ろから砂の奔流が飛んでくる。それをギリギリまで待って悟らせずに身体を倒して避ける。



この一撃で終わることがないということくらい分かっている。左右上下縦横無尽に砂の魔手が放たれてくる。



捕まれたら危ない、そう本能は伝えてくる。逃げろ、そうとも伝えてくる。



相変わらず臆病なオレに懐かしさを覚えた。



オレが大嫌いな自分を垣間見たお陰で更に笑いが出てくる。こんなところで自分を偽れなくてどうする、そう哂った。



オレが笑ったことに反応して我愛羅の攻撃が激しくなる。



それすらも紙一重で避け続ける。首を傾げて一撃、肩の関節を外してへこませて二撃、身体の中心線を縫うような同時三撃四撃五撃を身を翻して避ける。そこを狙うかのような新たな攻撃にも逆に構えて膝に力を込めて大きく上に跳んだ。



頭上は絶対の死角だなんていった奴は誰だ。隙なんて見当たりもしない。まるで鞭のように砂が飛び囲っている。そこを狙うか? 狙うんだよ。



一本切ったくらいじゃ意味が無い。ならどうする? 五本くらい一気に切ってやればいい。



右手にチャクラを注ぐ、そして出来上がった五本の飛燕を力いっぱい振るう。



はは、まるで紙でも切ってるみたいだ。抵抗なんて感じやしねぇ。



息の根を止めるその時まで切り刻まなくてはならない。そうでなくてはいつ殺されるか分かったものじゃない。元からある戦力は、文字通り天と地ほどに離れている。ただでさえ敵地で戦っているんだ。その隙間を埋めるには限界なんて定義を決めないことだ。


五本の飛燕の一本一本に最大までチャクラを注ぐ。純度の高い指輪だけある。燃費が前よりも格段に良過ぎる。



「チィ…ッ!?」



「かっこつけて不幸ぶってんじゃねぇ、カスがッ!!」



殆どの砂の奔流を切り落とし丸裸になった我愛羅目掛けて獣のように開いていた手を手刀の構えにした。五本だった飛燕が一本の最強の矛に変わる。



分散していたチャクラが一つに収束し更に黒色へと変貌していく。



「散れ」



身体全体を使ってその一本を我愛羅の脳天に振るった。







「貴様等、どういうつもりでこの里を責めた!」



君麻呂を前にそう叫んだのはバキ。木ノ葉で言えばカカシのような存在である。



故に我愛羅の抑えとして任を受け持っていたがこの騒ぎで飛び出していった我愛羅を追いかける際に異様な竹林を見つけた。



そう、骨で出来た竹林を。



「くだらない」



君麻呂はそう言い両肘から骨を掴み取りバキ目掛けて駆けた。



速い、誰でもそう思うほどに君麻呂は速かった。



復帰の後に誰よりも身体を苛めていたのが君麻呂だった。音の里にとって特別だった木ノ葉崩しに参加する以前の問題で死に掛けていた自分が不甲斐なかった。だからこそこの砂崩しで全てを出し尽くそうとしている。



「舐めるなッ!」



バキが腕を振るう毎にカマイタチが生み出される。それは同郷のテマリ以上に幅が広く鋭利だった。



しかし、君麻呂は避けずに突き進んだ。



「なっ!?」



カマイタチが君麻呂に当たるたびに血が飛び散るが、所詮は骨の外側が切られただけで、所詮はそれだけだった。



「貴様の敗因を教えてやろう」



どれだけカマイタチを作ろうとも意味が無い。喉でさえも骨が覆っているのだから。



君麻呂が腕を振るった。そしてバキの首が飛ぶ。



「僕を子供だと侮った事だ」



胴体と切り離された頭を裏拳で粉々にして君麻呂はそう言った。



今の君麻呂に他の考えなどない。今は誰よりも多く敵を摘むことだった。



君麻呂が怠惰そうに見かけた方向には大きな殺意がぶつかり合っていた。その方向ではナルトと我愛羅が殺しあっている。



「次は…あっちか」



そう言った瞬間、君麻呂は瞬身の術で姿を消した。



「君麻呂は…どこだ?」



そのすぐ後に次郎坊が駆けつけたことは誰も知らない。というよりも遅すぎる。







「守鶴の盾をここまで切られたのは…初めてだ」



我愛羅の余裕ぶった声がオレを苛立たせる。



オレの五本分の飛燕がその砂鶴の盾の半分近くで止められていた。オレの最大の切れ味を持った攻撃だというのに、腹立たしい。



砂鶴の盾が突き刺さったままのオレの飛燕を侵食していく様は異様で気持ち悪かった。嫌だ、そう本能が言っていた。



すぐにチャクラをカットして距離を取る。見れば見るほどに異様だ。つうか狸? 趣味が悪いぜ。



「随分と…硬ぇな」



白眼であの盾を視た。砂だけじゃない。ほとんどが何かしろの鉱石で構成されている。それをあの瓢箪からの出てくる特別な砂で圧縮したのか。



「地下数千メートルから摘出した鉱石で作られてある。最近出来た術だが他の術よりも群を抜いて硬いぞ」



我愛羅はその盾を具現したまま他の砂を使ってくる。目の前に砂の波が押し寄せてくる。



くだらない術だ。あの盾以外の術はあまりにもお粗末。



扇で風を飛ばして波に円形の穴をあけそこから抜け出す。



今、我愛羅の眉が引くついた。あんな術に大層自信を持っていたのだろう。ある程度力のある者からしたら大した術じゃない。



あの砂鶴の盾は本当に厄介だ。



だが、策が無いわけじゃない。ただ、使いたくなかっただけだ。



「うちはサスケとは…違うんだな…」



突然、我愛羅がそう言い出した。



「当たり前だ。オレはアイツよりも」



「弱いな」



は?



訳が分からない。



なんでオレがあんな野郎よりも弱いんだ。



「うちはサスケが言っていた。アイツに認めさせてやる、とな」



アイツってのはオレだろうな。



そうだろうよ。オレはアイツを見ていなかったんだからな。それはオレが相手にする価値が無かったというだけ。



「少なくとも…アイツというのは貴様ではないな」



その言葉に、脳が沸騰した。



「うちはサスケは俺に生きる道を見つけさせてくれた。そうだからこそ俺は今生きている」



「ふざけるなよ」



オレは小さく、だが最大限の殺気を込めて言ってやった。



こいつ、オレをサスケ以下だと言っている。それを許せるか? 許せるはずが無い。



「教えてやろうか」



「何を」



テメェのそのスカした目が気に食わねぇ。



その両目をぶち抜いてでも…いや、ぶっ殺す!



術が無いわけじゃない。だが、まだ完成してねぇだけ。



それでも予想してやるよ。



だから、教えてやるよ。



「オレの刻み方をな」



お前は腕をぶった切って圧し折られて俺に殺される。











思い出せ、俺が音の里で如何な生き方をしてきたか。



家族が出来た。仲間が出来た。俺にとって、大蛇丸が与えた偽物の幸せを享受した。何も無かった俺に偽物で幸せをくれた。



そこで生きる事は確かに、楽しかった。



俺は新たな術を欲して大蛇丸に頼んだ。



生半可な術じゃ駄目だ。お前の兄ちゃんは最強なんだ、そんなくだらない考えだった。くだらなくない、今となっては。



大蛇丸は薄い笑みを浮かべてこう言った。



《螺旋丸と性質変化だけでこれを割りなさい》



ゴムボールでさえ繊細にして豪快な矛盾に近いファンクションが必要だというのに大蛇丸が渡してきたのは子供が遊びで使う野球ボールだった。



無理だろ、とも言わずにそれを握り締めて螺旋丸を作ってやってきたが成功したことなんて一度も無い。



指輪のおかげで性質変化の燃費も効率も格段に良くなっているというのにいつまで経っても上手くいかない。



変換に使う時間は一瞬。その一瞬の内に螺旋丸を作りそれを全て性質変化をしなければならない。



何よりも速さとチャクラコントロールを必要とする作業だった。



だが、それが必要なくらいに目の前の盾は硬い。



兵糧丸を取り出して飲み込む。呪印だけで溢れていたアドレナリンが更に間欠泉の如く噴出す。



じりじりと背筋に熱を感じてくる。



最高に面白い状況だ。



目の前で里を変えようと切磋琢磨している将来性のある少年を今から殺そうというんだ。



正義だなんてただ思いだけで迷惑なもんを掲げた心算なんて一切ねぇ。



ああ、初めっから俺は悪なのさ。



「大変だな、スタート地点が皆よりも後ろの奴ってな」



さぁ、死に晒せ。







度重なる肉体改造、そして筋肉への負荷で作ってきた肉体がここまでのオレを作ってきた。



血を流して身体を何度も壊してきたこの身体をオレは何よりも信頼している。



「はっ!」



風が俺を信頼してくれる。何故なら、俺も風を信頼しているから。



踏み込みと同時に足の裏から変換された俺の風が俺を押してくれる。うん、最高の速さだ。



それだけで足元に大穴が開き、オレは白眼を使わなければ視界すら感じない速さで我愛羅に肉薄する。



「 」



呼気と同時に全関節を使い軟の改造で捻りを加えた木ノ葉烈風、それは意図も簡単にオレを捕縛しようとしていた砂の触手を斬り飛ばす。



そして勢いを削ぐことも出来ずに敗退する我愛羅を風が教えてくれる。



ひゅう、ひゅう…風は常にオレの傍にいてくれた。そしてオレを守っていてくれた。何よりも頼りにするのは白眼じゃなく、この体でもなく、この風だけなんだ。



反転する体に流れを委ね、腕を大きく振るう。二倍近く伸びた腕に捻りを加えて指の間に挟んでいた千本を我愛羅に放る。



「守鶴の盾ッ!」



我愛羅の叫び声、それを無視して俺の捻花は守鶴の盾を貫通して我愛羅に辿りつく前に力尽きて落ちてしまう。



貫通した、その事実にオレは愉悦を、我愛羅は恐怖を感じる。



とまらない、とまれない。捻花の反動で更に半回転、風と神経が同化したかのように今のオレは全てを知っていた。



半回転からの下段横蹴り、チャクラのメスを出しながら振り切ったオレの蹴りは砂の壁なぞ無視して我愛羅の頬に掠る。



「サスケは強かったか!? オレなんかよりも強かったか!!?」



両膀を閉じた状態で白眼以上の世界がオレの脳内に展開し続ける。旋風の中で交わる物質の一つ一つの詳細が瞬発で閃き続ける。



それは歪む我愛羅の顔色も、遠くで戦っている仲間の表情、動き、全てが一瞬にして把握できる。



サスケは火に愛されている、才に恵まれている。そう僻んでいたオレが情けなくて嗤ってしまう。



『オレは風に愛されていたのに、こんなにも愛されているのに!』



仕組みを理解したとしても大蛇丸ですら不可能なんだ。今のオレの感覚、変換式、状況察知能力すらもが。



「…掴んだ」



空中へ逃げ込んだオレを囲むように砂の魔手が包囲する。



逃げ道など皆無、捕まって殺されるだけだ。



ヒュッ、と風が鳴く。



理解する。風がオレを助けてくれている。そしてオレがそれに応えられるのだということが。





ドンッ、と何かを踏みつける感覚と同時に視界が空を仰いだ。



オレが空気を踏み、更に上へ跳んだ。



見下ろせば、オレを追いかけてくる砂の本流。



「はっ、足りねぇよッ!」



一瞬にして具現する飛燕、黒く濁った刃は…それでも力強くオレの望んだ力でいてくれた。



全てが切れるような気がした。それを否定することなく全力で腕を振るった。







濛々と溢れる砂煙、何も視界に映らない。



『蹴散らせ』



そう念じて風を紡ぐ。呪印を解いた状態で紡がれた風は蒼く、どこまでも澄んでいた。



紡がれた蒼い風に数秒で掻き消された砂煙の中に我愛羅はいた。



片腕を切り落とされた状態で。



「避け損なったか」



「…ッ…!」



直傍に落ちていた我愛羅の右腕を踏み潰す。念入りに、肉を磨り潰して二度と治療できないように。



我愛羅の前には五等分に切り崩された守鶴の盾が未だ残っていた。



何の抵抗すら感じなかったが、所詮は不完全の忍術だ。完全だったのなら完璧には斬れなかったのだろうが、そりゃ手前の責任だ。



「弱いな、化け物」



オレがそう言って見下ろすと痛みと恐怖に表情を変えていく我愛羅。実に面白い。



「お前がしようとしていたことは実に立派だよ。最高にかっこいい事だよ。だけどな、遣る事には何事もそれに見合う実力ってのが必要なんだよ。今のお前にそんなもんありゃしねぇ…分かんだろ、お前は弱いんだよ。雑魚の癖に調子こいてんじゃねぇよ」



思ってくれた担当上忍いた。傍にいてくれた家族がいた。



守ってくれた尾獣もいた。



いいね、そんな生き方。羨ましいよ。



だけどな、なんでこいつは常に不幸面してんだよ。



それがオレを常に苛立たせるんだ。なんでこんなに恵まれてるお前が誰よりも俺は不幸だ、って自己主張してんだ、おい。



身の程を知らねぇんだよ。どれだけマシな環境で生きてるのかも理解してねぇ。



「ああ、うぜぇ。すんげぇうざってぇんだよ。どうしようもなく目障りだったんだ、お前がさ」



なんでこいつが嫌いなのかが分かってきた。



俺がやっと掴めた幸せをこいつは最初から持っていたくせにそれに気付こうともせずに誰よりも不幸を気取っていたのがムカつくんだ。



怒りのボルテージと共に右腕にチャクラが集まっていく。



絡みつくように、俺の心のように不安定に滅茶苦茶になって廻っていく。先ほどまでの黒い風じゃない。蒼く澄んだ風が俺の為だけに集まっていく。



汚れが詰まっていた水道管に大量の水が流れ込んで汚れを吹っ飛ばしていくみたいに腕の経絡系を通して掌に注がれていくようだ。最高に速く、最悪すら吹っ飛ばせそうだ。



以前の俺ならば圧縮し切れなかった量のチャクラが俺の掌に小さくなって具現している。風を切らずに飲み込み続けるそれは未知数だった。



風の塊に見惚れていた俺に大量の砂が飛び込んでくる。避けられない、三百六十度の砂の波だった。



「……お前はいつだって油断している」



そうニヤリと唇を歪めて嘲笑している我愛羅を見た。残っている腕を空へ伸ばし、何かを掴む様に握り締めた。



「…違うな」



決して強くない風、それでも砂の隙間を射抜くように吹き荒れてただの砂へと変えていく。



そして一気に爆発して全てを吹き飛ばした。



吹き飛ばしたのは砂だけじゃない。油断を突いたと勘違いして自信を取り戻した我愛羅の薄っぺらな自信を再びぶっ飛ばした。



「今まで余裕ってのが無かったお前には何を言っても分からんだろうな」



俺も無かったけどね。まぁ、今は分かるさ。崖っぷちに立ち止まり続けてりゃ余裕も出来てくる。後どれくらい体を傾けたら落っこちるのか、後どれくらい力を抜いたら落っこちるのか。今では俺は崖っぷちの目の前さ。だけど零したら最後ってのを知っている。



崖っぷちのまん前で、不安定を平常に、その上で俺は留まり続けてる。



崖の下から吹いてくるのさ。ヒュウヒュウ、って風が教えてくれる。自分の居場所を、自分の歪みを、それらを含めて俺なんだと。



「油断はお前だよ。常に崖っぷち、それが化け物の立ち位置だというのに安心して皆に迎合したお前が油断そのものさ」



空気を鳴かしてチャクラは一瞬で命を宿した風に成った。



そうさ。油断しちゃいけねぇ。こんなにも鋭利で、その上膨大なチャクラを変換させて失敗したら五体満足じゃいられないんだ。油断した直後に飲み込まれ噛み砕かれる。



我愛羅が何かを叫んで盾を作った。守鶴の盾、不完全の上で更に不完全だ。



薄っぺらいねぇ。努力した分だけ報われる、なんて思っちゃいけないよ。努力していない奴だって報われるんだ。矛盾なのさ、努力なんて言葉はね。



「あれ? お前、忘れてんじゃね? 化け物はどんなに頑張っても報われない生き物だって事をさ」



お前自体が薄っぺらいんだよ。



猛り狂った烈風は小さな世界を殺した。









舞い上がった砂が雨の様に降り注いでいく。我愛羅へと向かって。それを見ながら俺は苦笑する。最後の最後で上手く行かなかった自分に対しての苦笑い。ちょいと予想が付かなかった。



「ごめんよ、出力が半端じゃなくって間違えたわ」



うまく振り抜けられなかった。狙いは外れて我愛羅の腰から下を殺いだだけだった。



守鶴の盾を巻き込んで我愛羅の腰から下を削っていた。失敗だ。本当ならば全てを削り殺ぐ筈だったのだが。貧弱な俺の腕が俺のオリジナルの術に耐えられなかっただけ。



サスケを殺す為だけに作った、誰にも俺の幻想を壊させない為に作った忍術・空消。



殺すんじゃない、消す。塵も残さない、敵と認めた奴を削り潰して殺す。修復不可能なくらいまでに殺す。修復できない故にこれが本当の殺すだ。



回転が速すぎて静止しているように見えていた螺旋丸に性質変化、そして形状変化を施す。暴走しそうになるのを範囲を抑えながら圧縮し続ける。ただのチャクラの回転だけだった螺旋丸が本物の風の塊に変わる。



初めてやった時は圧縮しきれずにオレの右腕を飲み込んだ。そして流れ出す血を吸ってその血の色に染まっていくのを前に感動した。それは紅く、力強かった。それは最高の殺し技だった。



完成系は紅くなく蒼かった。それでも最強だった。



螺旋丸の削るというファンクションを更に強くしただけの忍術だが、どんな物でも削る事ができるのならそれこそ最強なのだ。



落ちてきた大量の砂に埋もれた我愛羅の倒れていた場所へ目をやるとそこには赤い染みが目に付く。腰から下が削り落とされたんだ、出血死は免れないだろうね。



術の発端はサスケだが、途中で如何にして君麻呂の骨の鎧を壊すかにコンセプトが変わっていたからな、あいつの骨は簡単には破れねぇ。君麻呂の骨ならともかく、我愛羅の―牛乳すら飲んでなさそうな奴の骨ならば完璧に消えてるだろうさ。



「じゃあなぁ、化け物」



さて、次は何処へ向かおうかな。多由也んとこは援護行くと俺が幻術で発狂しちまうだろうしな。次郎坊のところはミスマッチ過ぎて効率が悪い。左近は…ああ、もう狼煙が立ってらぁ。終わっちまったようだ。大丈夫かね、あそこにゃ火影級のがいるって先生が言っていたんだけどね。まぁ、終わっちまったもんは気にしねえ。



君麻呂んとこは…心配するだけ無駄だろう。敵と一緒に殺されるかも知れねぇし、助けるだけ無駄だな。鬼童丸なんて一体多数の方が効率がいいしな。



俺ってば役立たずだわ。



適当に生き残りでも潰すかな。







ズボッ、という音がした。



それは俺の腹から。下を見ると光沢のある刃が俺の腹から生えている。痛みで一気に脳へ負荷が掛かる。ブラックアウトしそうになるのを奥歯を噛み締めて堪えた。



「……なんだよ、生きてたのか」



刺さった刃が邪魔で振り向けられない。風を使うにも激痛で集中できない。白眼を開眼させて後ろを覗き込むと砂塗れで血塗れの状態で片手を使って上体を上げた状態の我愛羅が嗤っていた。



ぐちゅ、と聞きなれた生肉の音と共に刃が体から抜ける。同時に力も抜けて膝を着く。急に気が抜けて瞼が重く感じる。



「言った筈だ…お前は油断のし過ぎだとッ!」



狂ったように叫んだ我愛羅を見て俺はチカチカしてきた目を一端瞑ってなんとかまた開ける。



「…そうかい」



膝に力を込めて立ち上がろうとするが気が付けば砂が俺の両足に絡み付いて雁字搦めだ。



指先にチャクラを込めるが、もう駄目だ。あの鋭利な刃物のイメージが保てていない。なんて貧弱な、なんて下らない。



「殺された皆の為に死ね」



地中深くから採取された宝石の刃が俺へと殺到する。



しまったなぁ、こんな時でもアカリの顔が脳裏に焼き付いてやがる。死にきれねぇ。だけど力も入らねぇ。



ああ、終わったんだな―――俺は嗤った。







―――1つ訂正しておこう。君が今殺そうとしている妹キチガイよりも…僕の方が貴様の同胞を殺してるよ。



パァンッ! と風船が割れるように我愛羅の頭が破裂した。



既に目の前にまでやって来ていた宝石の刃は我愛羅のチャクラによる圧縮が鳴くなりきらきら光る砂に戻って崩れ去った。



全てが幻のように一連の出来事が過ぎていった。



我愛羅の頭があった場所には白と赤の混ざった錐、とても鋭利な錐があった。頭くらいならば簡単に弾けそうな、錐。



「なんて失礼な奴だ。こんな妹狂いなんかよりも僕の方が―――」



君麻呂は完全に死んだ我愛羅を見下ろしてブツブツ何か言っている。なんか怖いわ。というか俺に対して失礼過ぎる。



唾も吐いてやがる。相当頭にきてんな。何故だ。



「大蛇丸様を煩わせた君は僕が殺そうと思っていたのに……何故あんなシスコンに殺されかけているんだ。どうせなら彼を殺してでも僕の前に表れて欲しかったッ!」



おいおい、矛先が俺に向かってんぞ。



というか俺のこと罵倒しすぎじゃね? 



「この妹好きが何故この任務に参加して―――



ちょ……。



「何が家族だ。尺度を見間違えている変態の方が―――



おい……。



―――死ねばいいのに」



ゴミを見ているかのような視線を受けながら俺は出血のし過ぎで気を失った。













修正しやした。今はなんか外伝っぽいのを書いてます。別のスレッドに投稿するか悩んでます。

空消は原作に出てきた螺旋丸×2みたいなのに毛が生えた程度です。分かりやすく言えばでっけぇ螺旋丸です。
最近はニコ動にハマってます。『~~~歌ってみました』ってのが面白いですね。私も久しぶりに歌いたいのにこっちのカラオケがしょぼ過ぎる。インディーズなんて一曲もないしジャンヌダルクとかは月光花しかない。アニソンなんて旧石器時代のしかないんですね。旧石器の方が好きな曲は多いんですがメジャーな歌しか置いてない……。切ねぇ……。国外在住の方々はいますか? そっちはどうですか?














[713] Re[7]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:523f27dc
Date: 2007/08/08 01:34








オレは気配を殺してこう言った。今頃左近は目的地である森に潜伏しているだろう。



「目標との距離は?」



今回のこの行動のリーダーであるオレが通信機に向かって話していた。相手はもちろん左近だ。



【20メートル前後って所だ】



【分かった。その距離感を保ったまま同行を監視しておいてくれ】



【質問がある】



【なんだ?】



【なんでこんなことをしてるんだ?】



【愚問だな】



ああ、本当に愚問だ。聞く必要も無いだろうに。何を馬鹿げているんだ。



【アカリの初任務を見守らないでどうする】



【死ね】



先週アカデミーを卒業して今日が初任務。確か昨日楽しそうに草刈といっていたような気がする。



音の里も金が無いのだ。木ノ葉を攻撃して以来どういうわけか仕事が激減してこんなくだらない任務も請け負うことになった。



まぁ、こういった平和な任務が続いてくれればアカリにも危険は及ぼさなくて安心できていいのだがな。



オレは笑顔で頑張れと昨日言ったがやっぱり心配なんだよ。



【おいおい、いきなり何言ってんだよ】



【今からそっちにいって殺してやる】



【お前には重要な任務があるだろう】



暗殺が得意な左近はそれだけに気配を隠すのが上手い。だからこの任務では左近が必要なのだ。



【なんで俺がこんなことをしなきゃいけねぇんだよ!】



【おいおい、声を荒げるなよ。バレるじゃないか】



考えてみてくれ。お前以外暇な奴がいなかったんだよ。



【鬼童丸はゲームで廃人化してたし次郎坊と多油也は一緒にダイエットがなんだってどっか行ってたじゃねぇか。左近しかいなかったんだよ】



【君麻呂はどうした。アイツがいるじゃねぇか】



ああ、君麻呂ね。



もちろん頼んださ。真っ先にね。



でもね、



【大蛇丸を見ているのに一生懸命で頼んで即座に殺されかけたよ】



【…………だから俺のところに来た時、松葉杖を持ってたのか】



【おう】



体中ボロボロだ。あの時の君麻呂の目はマジだったね。九尾がいなくなって回復が遅くなっちまったから治らねぇし困っちまった。



【だからオレはこの場から動くことが出来ない。お前だけが頼みなんだ】



オレが必死にそう言うと左近の気性が納まっていくのを感じた。



そして取りとめも無い会話とアカリの自慢を言っていると暫くしてまた左近から質問が来た。



【そういえば今ナルトはどこにいるんだ?】



【寝室で横になってるよ】



【やっぱ殺す!】



動けねぇって言ったじゃん。







狂った歯車の上で







「もう木ノ葉はナルトと干渉することを禁ずる」



その言葉を聞いたとき何かの間違いだと思った。







ナルトと最後の決着といって我侭同然で戦った。そしていつも通り負けた。



きっと俺は死に掛けていたんだと思う。



気が付けばあの日から三日過ぎていて他の病室から隔離されている部屋に寝ていた。誰かが来た痕跡もないところからして面会謝絶だったようだ。



俺が起きたと病院側が知ってから驚くように知り合いが見舞いに来てくれた。



だが、誰しも笑顔を振りまいてはくれなかった。



俺自身も笑ってはいなかったと思う。



俺とサクラよりも先にナルトを連れ戻しに行ったやつらが来た時はさすがに気丈に震えなかった。



シカマルが言った。泣きそうなのを堪えていたのが写輪眼を使わなくても分かった。



「わりぃ…俺も…無理だったわ」



短い会話だったが、こんなにも重い会話は初めてだった。



「それもいいね、ってさ…次会ったら殺すって言ったのによ…あいつ笑ってたよ」



アイツらしいな…。



不器用すぎるってのにも罪ってもんだよ。まったく。



「俺達はこんなもんだったのか? こんなにも薄っぺらかったのかよ」



キバはもう以前のように明るくなかった。折られた腕を痛そうに擦っていた。



その横には顔中に包帯を巻いたリーもいる。シカマルの横には松葉杖を片手にネジもいた。



チョウジが少し痩せていたのが不思議だった。シノはコートを着ていて怪我をしているのかさ分からなかったが。



まぁ、なんだ。みんなこっ酷くやられたもんだ。



一番酷くやられたのが俺なんだけどな。



「例えば、カカシが自来也のサイン会に目の色変えて向かっているんだよ」



おいおい、変な目で見ないでくれよ。



「それを行かせまいとアスマや紅が邪魔をするんだ。だがカカシを止められる奴は一人もいなくて結局カカシは自来也のサイン会場まで辿り着く」



「何が言いたいんだ」



ネジも分かってないようだ。もしかしてこりゃ第七班だけにしか分からないのかもしれない。あと自来也の仕事を知っている奴だけとか。



俺しかいねぇじゃん。こりゃ失敗だったな。



「はっはっは、まったく…その通りだよ」



なんつうタイミングの良さだよ。ちょうどカカシが病室に入ってきた。



「まったく…いい例えもあったもんだ」



アスマも一緒にいやがった。その後ろには紅もいる。こいつらタイミング合わせてたんじゃねぇのか?



「不器用なんですよ…ナルトも、私達も」



サクラが少し寂しそうにそういった。



「まったくだ。アイツの本心はいつも捻じ曲がってこっちに伝わってくるんだ」



俺とサクラがそう言って笑っていると少しずつ笑いが増えてくる。



まったく、なんでこうも不器用な奴ばっか集まったんだろうな? なぁ、ナルト。







そして俺が退院して数ヶ月が経った。



怪我をした奴はリハビリをするのに時間を費やした。俺は重症で退院するだけでかなり時間を喰ったが今では普通に軽い任務をこなしている。



里の復旧も火急になってきた。最初に上忍や中忍が任務に身を費やしていたおかげで思った以上に復旧は進んでいる。



俺やサクラも復旧の手伝いをしながらもナルト捜索の準備を進めていた。



こうなったら何度でも食い下がってやる、という気持ちだった。



しかし、皆が火影の間に呼び出されて最初に聞いた声が、「もう木ノ葉はナルトと干渉することを禁ずる」だった。



それはあの時から半年近く過ぎた頃だった。



「そりゃどういう訳だ、綱手」



今日は自来也もこの場にいた。



下忍では一生感じられないほどの緊迫感がこの部屋に広がっていく。



「うずまきナルトに割く人員はこの里にいないのさ」



「意味が分かりません!」



綱手の言葉に即座にそう言ったのはヒナタだった。そりゃそうだ。この中で一番ナルトのことを気にしているのはヒナタなのだから。



「馬鹿な小娘にも分かるように説明してあげるよ。里を抜けた一人の小僧と傷ついた里の復旧、どっちが大事だい? 里の復旧には里に暮らしている者全てが当てはまる。それでも里を捨ててうずまきナルトを追いかけろって言うのか?」



馬鹿は俺達だったのかもしれない。



今の木ノ葉は以前のように火の国最強じゃあない。むしろ弱い部類に入っている。それなのに余計な人員を一人の抜け忍に割ける筈が無い。



「それでも、納得できません」



それでもヒナタは納得できていないようだった。ヒナタだけじゃないな、俺もだ。自分に嘘は吐けねぇよ。



綱手はそれを無視する。ただ、その苛立った顔は消えることはなさそうだ。



「ワシは一人でもナルトを連れ戻しに行かせてもらう」



「アンタはとっくにこの里を抜けてるからね、一人で勝手にしな。元からアンタは里の人員に含まれてない」



綱手の言葉は予想以上に冷たかった。



きっと自来也はその言葉に少なくとも頭にきたのだろう。



「火影になるとこうも変わるか…お前らしくないのォ」



自来也はそう言った。



皮肉と嫌味だった。綱手を木ノ葉の火影にさせるよう何度か綱手の素を見てきた俺だから分かったのかも知れない。



それは地雷だ。



「それは猿飛先生への侮辱と取るよ」



俺は今すぐこの空間から逃げ出したかったよ。



殺し合いが始まりそうだったしな。



「どういう意味だ」



自来也も自分が地雷を踏んだってことに気づいているだろうが互いに引けないんだろうな。つまらない大人の意地だ。



「お前は火影を辞退したから分からないだろうけどね…三代目火影も人柱力よりも里を選んだんだよ」



人柱力ってのは意味が分からなかったが自来也には分かったのだろう。顔色が物凄い速さで変わっていく。



「あの爺は馬鹿じゃなかった。少なくとも私やお前みたいな馬鹿よりも賢かったよ。どれくらい悩んだか知らないが今の私なら少しくらい分かるよ…一人のガキよりも里全体を選んだんだ。私はこれを英断だと思ってる」



「もういい、もう分かった」



「いいや、まだアンタは分かっちゃいないね。アンタはいつだって自分勝手で物事を軽視していた」



確かに、中忍試験中に自来也がナルトにしたことをカカシから聞いたが物事を軽視し過ぎだ。努力や根性で解決できることじゃない。



あの時のカカシは本気で頭にきていたみたいだったからな。



「私の爺さんや二代目が作り上げたこの里を三代目火影は戦乱の中でも最強の里とした。そして九尾の件でも四代目は里の為に命を絶った。それをたかが一人のガキの為にほったらかしていい訳がないだろう!」



これがあの酔っ払いなのだろうか、と俺は思ったよ。初めて会ったときはなんでこんな奴を、と思ったが今思えば綱手以外にいないよな。里を愛しているのは。



「それにうずまきナルトはもう人柱力じゃない。ただのガキなんだよ」



だからその人柱力というのが何なのかが分からない。人柱というのだからなにかの生贄か何かかもしれないがもう違うらしいので少し安心した。



「木ノ葉の里にいる者全てが家族…今綱手が言ったことそのものが三代目への侮辱だ」



自来也がそう言ったのにも綱手は何の表情も変えなかった。



それだけじゃない。信じられないことを言い出した。



「先週、砂隠れの里が滅ぼされたよ」



「な!?」



自来也だけじゃない。この場に集まっている全ての下忍が驚いていた。



砂隠れの里には我愛羅がいた筈だ。あんな化け物みたいに強い奴がいる里が簡単に潰されるのか?



「ほとんど皆殺しだったらしい。たまたま近くを通った中忍が一人生存者を見つけたがすぐに息を引き取ったよ」



「誰がそんなことを…」



「分かってんだろ?」



自来也の問いにも綱手は簡単そうに言う。



俺も薄々感づいていた。こんなことをするのはあそこしかない。



「音の里だよ」



「大蛇丸か」



そうだろうな。大蛇丸なら、



「違うよ。ナルトだ」



「そんな訳があるか!」



俺はそう叫んでいた。



そうだ、そんな筈が無い。きっと何かの間違いだ。



「最後の生存者が言ってたよ。やったのは六人の子供だったってね…骨を使う少年と金髪の少年に次々と殺されていったらしい」



「風影が不在とはいえたかが六人の子供に砂隠れの里がやられるとは…」



もう誰もナルトを擁護する者なんていなかった。ヒナタは顔を青くさせている。他の奴等も何を考えているのか分からないが眉間に皺が寄ってる。



俺とサクラはというと顔色変えずに立っているだけだ。



最初こそ否定したがナルトの行動を思い出す毎に納得してしまう。ナルトは自分の為なら何でもする奴だったしな。最近になってナルトの自宅から大量の死体が出てきた話題になっていたし。しかも木ノ葉で行方不明になっていた人達だったりしたから驚いたものだ。



里の奴等は時間があればナルトの悪い事を言い続けていたし、少しナルトがこの里を抜けた理由も分かった気がした。ナルトの悪い事を言い出したのは今に始まったことじゃなかった気がする。かなり前から、確かアカデミーの時から聞いていた。



そりゃああなるだろう、と最近サクラと話していた。サクラの親もナルトのことを良く思っていなかったようで俺よりもサクラの方が先にそのことには納得していた。



里の奴等はナルトがいなくなってから言いたい放題だ。綱手はそれに対しても最近機嫌が良くなかったしな。そういうことが嫌いなのだろう。裏でなにかしているのが。



「しかし、忘れたとは言わせんぞ。大蛇丸は体を入れ替えて生き延びる術を持っている。ナルトが急激に強くなったのもそれの為なんじゃないかのォ」



皆が自来也の言葉に反応する中で俺はこう思った。



ナルトは元から滅茶苦茶強かったし最後に戦った時は写輪眼ですら見切れないほどの速さは持っていた。



大蛇丸がナルトに何かを施したとかは無いだろう。



施す必要すらないんだから。



「大蛇丸を監視するのがお前の役目だろう。ナルトのことは暗部にどうにかしてもらうつもりだ」



それを聞いてホッとした顔になるキバ達、暗部に頼むって時点でどこかおかしいだろ。暗部が抜け忍にすることは、俺も言いたくは無いが絶対にいいことじゃない。



ヒナタすら暗部がどうにかすると思っているようだ。



白眼で綱手の目を見てみれば気が気じゃなくなるぜ。綱手は何かを隠してるよ。写輪眼じゃそこまでしか分からないが白眼なら大まかなことが分かるんじゃないか?



「さぁ、お前等はさっさと任務に向かいな! 明日からは以上に働いてもらうよ!」



そう言われ出て行く皆を身ながら俺はサクラの元へ向かう。



「どう思う?」



サクラも同じようなことを考えていたのだろう。



答えはすぐに返ってきた。



「ナルトったらすごいことをしたわね」



きっと、ナルトのことを分かっているのはヒナタではなく俺でもなくサクラだろう。誰よりもナルトの本音をぶつけられたサクラだから今も笑ってそう答えられるんだと思う。



「まったくだ。そのおかげで俺等がアイツを追えなくなっちまったよ」



肩を竦めて俺は苦笑する。追いつける気なんて元からなかった。きっとアイツは簡単に俺等から逃げ切ってしまう。



「時間はあるしね、ゆっくりとっ捕まえましょ」



「そうだな」



俺等にも心の整理をする時間が必要だった。これは俺とサクラが考えて決めた結論。



きっとすぐに会っても何を言えばいいのか分からなくなっちまう。だから心の整理が必要なんだ。











「今日の任務はどうだった?」



「変質者がいたよ」



「どんな奴だった? 兄ちゃんが殺してやるよ」



「兄さんと同じくらいの年で頭の後ろにもう一つ頭があった」



「………………」



「目つきが悪くって口紅塗ってたのかな? 紫色してたよ」



「………………」



「私達を見ながら声を荒げていた」



「………………」



「どうしたの!? 固まってるよ!」



「いや、うん…許してやろうよ。きっとアカリのファンなんだよ」















[713] Re[8]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:523f27dc
Date: 2007/08/08 01:42






「つまんないよ」



そう呟いた。何をしていても何も感じない。楽しいって何だったっけ? 覚えてないよ。思い出せないよ。



目の前で父上が血を吹いて倒れている。誰がやったんだっけ? 私だったかもしれない。



口の中に鉄の味が広がっていく。



私も父上の柔拳を受けて、それを無視して手を出したんだ。



父上は本気だったのかな、わかんないや。



ハナビは相手にならないし、父上もこんなだし。



日向家の宗家も当主も今の私からしたらちっぽけでつまらないよ。









「でね、サスケ君がーーー」



日常は平和です。



相手が笑っていればこっちも笑う。それだけで日常が保てます。



サクラちゃんは楽しそうにサスケ君のことを話してる。



最近些細なことで口喧嘩をしたらしい。



「いいね」



「え?」



「ううん…何でもないよ。それでーーー」



いいね、口喧嘩できる相手がいるって。そう言いたかったんだよ。



全然、手遅れじゃないよ。平和な日常で小さな、修復できる程度の喧嘩が出来て好きな男の子の距離を認識して、その距離を楽しめるのも男女の楽しみだよ。



……私なんか。……いないんだよ?



全然、手遅れだよ。



何処に行ってしまったのかも分かってるのにそこまで行けない。



いつ帰ってくるかも分からないのにこっちから行くことも出来ない。



それに比べたらサクラちゃんとサスケ君の関係がどれくらい恵まれてるか。



照れ隠ししながら笑って頑張ってみる、って小さく意気込んでるサクラちゃんに………なんだろう、ちょっと苛ってきちゃった。



駄目だって分かってるのに、止められないよ。



サクラちゃんが、サスケ君が、他に誰だって楽しく、そして自由に過ごしていても誰も咎めない。



私は宗家、私は次期当主、私は……一人なんだよ。



でも、私は羨ましいなんて思わない。それが唯一の救いだと思う。



妬んでもいない。彼が、奪われた訳でもないし。



私が妬んだとして、他の人が同じように私を妬んだんじゃ終われない。止まれないよ。



もう、あの時から一年経っちゃったんだよ。



もう、皆の頭の中は、サクラちゃんやサスケ君を含めた皆の中には今がいっぱいで、そこにはナルト君なんて残ってないんだよね。



ナルト君はもう過去になっちゃった。



今の皆にとって今がある。だから、いない。ナルト君が帰ってくる、帰ってこないは明日晴れないかな、みたいだよね。どうでもいいんだよね。



私は? きっと同じなのかもしれない。



いろんな事が、いろんな物が…木の葉みたいにはらはらと落ちてきて、地面を覆ってしまったように、……私が本当に想っていたものが…うもれて見えなくなってしまってた。



新しい生活とか、新しい友人とか、他の新しい、新しい、新しい何かに大切な古い物が埋まっていた。



久しぶりに掘り返してもね、見つからないの。



ナルト君の顔が。



どんな風に笑ってたのかな、どんな風に怒ってたのかな、どんな風に、どんな風に、



「ちょっと! ヒナタ、涙が…」



頑張って笑ってたんだけど、ちょっと失敗。



「ゴミが入っちゃったみたい。ちょっと水場まで行ってくる、ね」



忘れてなかったよ。



私、忘れてなかったよ。



まだ、覚えてた。まだ覚えてたんだよ。最後に笑ってくれたよね…まだ、覚えてた。



私は今のままじゃいられないんだよ。



もう少し、過去に縋らせて。



ナルト君。







狂った歯車の上で







「てめぇ、今アカリを色目で見てたな!」



「見てませんよ! 本当です、見てませんよ!」



和歌いろは、オレはアカリの担当上忍であるこいつの襟首を両手で掴んで全力でガンつけている。



なんかアカリのことをじっと見ていたからもしやと思って全力で事情聴取中だ。



アカリは可愛いからな、犯罪に走っちまうのも理解出来るぜ。



「テメェは今から折檻だァ…今朝の朝食は何食った? それがテメェの最後のーーーひぎゃッ!?」



後ろからガツンと激痛が走ってなんか意識が薄らいでいく。



最後に聞いたのは、



「すいません! 兄さんは少し頭がーーー」



そりゃねぇよ。







「気が付きましたか?」



目の前に天使がいました。女神でもいいかな、とオレは思った。



「白か…ここは?」



なんで白衣着てんの? とは敢えて聞かない。もうこいつのそういうところには諦めがついた。



「アカデミーの保健室ですよ」



「ふ~ん」



どうりでベッドが少し小さいわけか。



「君にちょうどいいベッドが沢山あって良かったですね」



「おい」



「そろそろ授業が終わって再不斬さんが来ますのでここを離れますね」



「無視かよ」



「知ってましたか? 再不斬さん、ここで臨時教師してるんですよ」



完璧に無視されてるよ。つうか再不斬の名前が出た時の表情が明らかにオレの時とは違うんだけど。



「僕も再不斬さんの教え子になりたかったなぁ」



完璧に別の世界に旅立ってますよ。オレの存在を無かったことにしてるし。どこで間違えたのかな? ここに逃げ込んだことだろうけどさ。



キーンコーンカーンコーン、となんか平和ボケした鐘の音が鳴る。ああ、そういえば再不斬が来るって言ってたな。



わいわい子供達の声が聞こえてくる。平和だなぁ、と思っているとなんか声質の違う声が聞こえた。



なんか、こう「再不斬先輩」って。



気のせいかと思って白を見ると、



笑顔の状態で固まっていた。



こめかみが引くついてどんどん笑顔が壊れていく。



保健室の前を歩いていたアカデミー生徒がこう叫んでいたのも聞き逃さなかった。



「白先生が暴走するぞ! 皆逃げろー!!」



え?



「あの糞虫が…僕のいない間に再不斬さんに近づいて……」



なんか白がぶつぶつ呟いてる。



気のせいかな、窓ガラス全部が白くぼやけてるし。室温もかなり下がってるんだけど。



「お、おい? 白さん?」



「いい度胸です、水月ッ! 今日こそ氷付けにしてやります!」



目にも止まらない速さで保健室から出て行く白を見つめオレは手元にあった毛布で身を包んだ。



外から「また君か! いい加減邪魔するな!」 とか「邪魔しているのはどっちですか! 今日は再不斬さんと買い物に行く予定なんです!」なんて聞こえてくる。



窓越しで高度な水遁忍術や血継限界の氷遁忍術がぶつかり合っている。



「貴方達ねぇ…なんど施設を壊すなって言ったら分かるのよ!」



今度は大蛇丸が来たりしてるし。しかも眉間に皺が寄ってる。滅茶苦茶怒ってるようにしか見えない。



しかし、白と水月と呼ばれてた男との戦いが止まることはない。つうか完全に無視してる。



大蛇丸の眉間の皺が更に増えてるし。あ、白髪見つけた。結構大変そうだよ。



大蛇丸が高速で印を組んでいる。つうか指の動きが見えないんだけど。速すぎだし。



突如大蛇丸の前に初代と書かれた棺桶が現れて中から土色の肌をした男が現れる。白眼で見ても生きているようには見えない。それでどうするつもりだろう。



「穢土転生か……禁術でワシ等を呼んだのは、お前か……大した奴よ」



あれって禁術なのかよ! んなもんいきなり使ってんじゃねぇよ。



「あの子達をどうにかして欲しいのよ」



「いつの世も戦いか……」



いや、そうだけどさ。絶対に間違ってるって。



オレがそう思っている間に大蛇丸が札を付けたクナイをその男に差し込む。そうすると土色だった肌が人間の色になっていく。そしてまだ人間らしさがあった瞳が機械のように無感情になった。



「はぁ…貴方達のせいで貴重の実験材料が一人減ってしまったわ。一日後悔してなさい」



そういうと大蛇丸の前に立っていた男が印を組み始めた。こいつも恐ろしく速い。それに見たこと無い印の並びだ。



何が起きるんだ、とオレが思っている最中、それが起こった。



白と水月が立っている地面の真下から巨大な木が生えてきて二人を拘束した。



木遁忍術!? そんなの使える人間がいたのか!?



「大蛇丸さん! 僕が悪いんじゃないんです! こいつが、こいつが!」



「君はいつだって僕のせいにするね! いつも攻撃を仕掛けてくるのは君じゃないか!」



樹木に拘束されながら二人はなんか言っているが大蛇丸はそれを無視してアカデミーを去っていく。



なんか哀愁が漂っているように感じた。



今度酒でも奢ってやろうかな。











[713] Re[9]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:523f27dc
Date: 2007/08/08 01:46






「兄さん兄さん! 外、外がッ!」



朝早く、アカリに起こされながら見た外の風景は確かに、確かにすごかった。



オレも見たこと無かったよ。



凍った滝と雄大な大木が生えていた。







狂った歯車の上で







「んで? 二尾を殺しに行って帰りにまた喧嘩したのか」



「そうなのよ…もう十四人よ! 十四人も貴重な実験材料が……」



この前考えていた通り酒を持って大蛇丸の元へ向かったらこうなった。



「大変なんだな…里の長ってのも」



「あの再不斬がどうしてもっていうから渋々水月を開放してあげたっていうのになんなのよ、この有様は!」



そう言って買ってきたジャックが大蛇丸に一気飲みされていく。高かったんだけどな、ジャック。



「時々水月くらいなら殺しても、って思っちゃうのよ」



なんか死んだ目でそう言う大蛇丸が怖かった。つうか引くし。



「使える戦闘員は残しといた方がいいぜ。今回だって二尾を殺しに行く時も使えたんだろ?」



火遁を使う二尾に再不斬と白と水月って虐めみたいなメンバーだな、おい。可哀相過ぎるぜ。



「今頃音の五人衆が三尾の方も狩っていることよ」



えげつねぇな、おい。



「あの子達はおとなしくていいのよ。君麻呂なんて最高よね」



よね、じゃねぇよ。共感を期待してんじゃねぇっつうの。



「あげないわよ」



「いらねぇよ!」



あらそう、と言ってブルーラベルをストレートで飲んでいく。高かったんだけどな、ブルーラベル。



「後カブトも今頃四尾を狩り終えてる頃ね」



カブト先生もか。そういえば昨日から姿が見えないしな。



「大丈夫なのか? 先生一人で、人柱力ってのは厄介な術も持っているだろ」



俺が言うのもなんだけど人柱力は侮らない方がいいと思うんだけどさ。



「心配いらないわ。初代火影と二代目、三代目と四代目の傀儡も連れて行ってるから出会って即座に殺せるわ」



虐めって言わないか? それって。



「随分と豪勢な死体達だな」



「奮発したわ。カブトに死なれると後々大変なのよ」



そう言ってグビっとオレが買ってきた千夜一酔を飲み干す。高かったんだけどな、千夜一酔。



大蛇丸はそのまま酔い潰れて寝てしまった。



こいつの首を持って他国に持っていったらどれくらい賞金もらえんだろう、とか思っちゃいないが。



持ってきた酒を全部飲みやがって。どれくらいしたかも考えずにガンガン飲んでたな。いい気なもんだ。



オレはアルコール臭漂うこの部屋から逃げるように外に出て行った。



つうかオレは一滴も飲んでねぇ。







「話は終わりました? ナルト君」



外を歩いていて少ししたらそこに白がいた。



どうもこの里に来てから女物の着物を着ているようで目のやり場に困る。



「ん、まぁ…終わったよ」



「良かった! それじゃちょっと僕に付き合ってください」



珍しいこともあるもんだ、とオレは思った。



白が再不斬じゃなくオレに頼みごとを持ってくるなんて。



「どうしたんだ? 珍しいじゃねぇか」



「来週、再不斬さんの誕生日らしいんです」



「ああ、プレゼントかなんかか?」



「そうです! 君らしくなく冴えてるじゃないですか!」



あれ? オレなんか白を怒らせたか? つうか白の中のオレってお頭の弱い可哀相な奴になってないか?



「……んで、どんな物をプレゼントするんだ?」



再不斬が欲しがるものってなんだ? 新しいマスクか? それとも眉を剃るための剃刀か?



「刀です」



おお、なんか忍者っぽくていいじゃねぇか。



「どんな刀にするんだ? 鬼童丸に頼めば結構いいやつも作ってくれるぜ」



オレの刀も鬼童丸が作ったやつだしな。一年近く使い込んでるが一度も刃こぼれしたことがねぇ。



「実はもう決めてるんです」



そういって嬉しそうに体を揺らしている。今、白が着てるのって振袖だよな? 最近は白が男だったのを無意識的に否定し始めてきて最初から女だったように思えてくるんだよ。



病気かな?



「決めてるならなんでオレに頼るんだよ」



「ちょっと手強そうなんで…」



「?」



ちょ、なんか意味が分からないんだけど。



「やっと目撃情報が手に入ったんですよ」



「え、何の?」



「明日の明朝、門で待ってますよ」



そう言っていつも通りオレを無視して白は走って去っていった。



なんだろう、すんごく嫌な予感がしてくるんだけど。







「明日ちょっと白と出掛けてくるから」



オレは夕飯を食べながら向かい側で食べているアカリにそう言った。



「それってデート?」



「ないって、そんなこと」



咽かけて口を押さえながらそう言った。ここで噴出したら口に入れてた米が全て正面に座っているアカリに向かっていっちまう。



アカリも分かりきっていたような顔で笑っている。



「だよね、白さん再不斬先生が好きなんだもんね」



再不斬先生、か。なんか一瞬イメージしたけどヤクザにしかならなかったぞ。



まぁ、それは置いといて、



「なんでも来週に再不斬の誕生日があるらしいんだよ」



「あ、プレゼントか」



「そうそう」



そういえばアカリの誕生日って何時だ? カブト先生辺りなら知ってそうだから今度こっそり聞いておこう。



「それで手伝って欲しいって言われてさ、だから明日は白についていくんだ」



「ふ~ん」



なんか大して興味なさそうに味噌汁を啜っているアカリ。もうちょっと興味もって欲しかったな。



「そういえば兄さん」



「ん?」



「なんで再不斬さんや白さんのこと呼び捨てなの? そんなに仲良かったっけ?」



殺し合ったからだよ、とは言えねぇよなぁ。



なんて答えようかな。



「ちょっと昔密航している時に同じ船底で二人と会ったんだ」



なんかかなりリアリティがあるな、この設定。



「密航!?」



「そうそう。波の国から火の国までの貨物船でね。あの頃はいろいろな里に潜伏してたからなぁ」



オレはそういって遠くを見るような目で天井を見上げる。



完璧だ。完璧すぎるぞ。



「どの辺から嘘なの?」



「最初から」



そう言って二人とも食後のお茶を啜る。



ああ、美味しい。



「もうちょっと嘘を勉強した方がいいよ」



「どの辺が怪しかった?」



「完璧すぎるんだよ。感情込め過ぎ」



あらら、そうだったのね。こりゃ想像もつかなかったよ。



「食器はオレが洗うから先に風呂に入ってきなさい」



「ラジャー!」



そう言って走っていくアカリを見ながらオレは思うんだよ。



家族っていいなぁ、ってさ。







「白が探してる刀って名前とかあるのか?」



明朝の門にはちゃんと白がいた。格好も初めて会った時と同じ白い簡潔な着物と追い忍の仮面。久しぶりすぎて現実に戻された。



「ありますよ」



木の上をかなりの速さで走りながら白はそう言った。



「なんだ、なら楽そうだな。んで、その名前は?」



名前があるなら結構いい刀なんだろうな。白が意気込むのも分かるぜ。



「鮫肌っていうらしいんです」



「へぇ…」



オレはこの時まだ良く分かってなかったんだと思う。



自分がどれだけ馬鹿なのかよ。







「さぁ、その刀を再不斬さんの為にこちらに渡して貰います!」



「何故私の鮫肌を再不斬の坊やに……」



「…ナルト君?」



「………………」



「その刀は再不斬さんに一番相応しいんです!」



「現実をお教えしてあげましょう…」



「九尾を失った君を殺す必要は無いが…」



「………………」



「いきますよ…」



「小娘が…干柿鬼鮫を舐めるな…ッ!」



「ここで殺しておくか…」



「………………」



オレ、何一つ喋ってないのになんで話が進んでいるんだろう。

















[713] Re[10]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:523f27dc
Date: 2007/08/08 01:52








里の空気が重々しい。



そりゃ里人の半分以上が殺されたら暗くなるさ。暗くならない奴がいたらそいつは余所者だ。



だけど、違う。



本心は違うんだと思う。



今まであった拠り所がなくなったからだ。



今まであった怒りの矛先を失ったからだ。



ナルト、それがその拠り所であり怒りの矛先であった。



里に具現した九尾が叫んだ。吼えていた。怒っていた。



今まで殺したくて殺したくて狂いそうだった。そして関係の無いナルトが辛い目にあっていた、と。



関係無い。勘違い。それを教えながら里人を殺していった。



嫌でも理解させれられただろう。恐怖がそれをさせたんだから。



「馬鹿だよな、ホント」



駄目だな。感情移入しそうだ。関係無い里の奴等まで嫌いになりそうだ。



今はそんなことをしている必要は無い。



今は自分を許すことのほうが大事だ。



そんなことをしなければ俺もそう長いこともなく狂いそうだ。



川の流れを見続ける。



止まる筈がないのに止まれと命令している俺がいる。



羨ましいと思う。何もしていないのに止まることをせずに前に進んでいる。目的地があるからだ。



今の俺の目的地ってなんだろう。



兄貴を殺す? 今じゃない。



一族の復興? そんなこと遥か先だ。



自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。



昨日のサクラの涙を見て分からなかったのか? なにが湧き上がってきただろ? 違うか? 違わないよな。



違わない筈が無い。もう決まってたんだ。



俺が立ち上がろうとした時、しっかりと聞こえた。





「悩んでいる時はいつだってそこに居たな…」



体中の身の毛が逆立った。



一瞬、本当に心臓が止まったとさえ思った。脳がぶっ壊れちまったんじゃないかってくらいに綺麗に働かなかった。



「………久し振りだな、サスケ」



何時だってそうだ。なんでアンタは、兄貴はそう冷静でいられるんだ。



俺は今にも全ての血が沸騰してしまいそうだってのに、



「うちは…イタチッ!」



なんでそんな冷たい目で俺を見るんだ。



「おやおや、今日は珍しい日ですね。二度も他の写輪眼が見れるとは、イタチさん。随分と貴方にソックリですねぇ」



知らない内に目が開いていた。随分と、キテいるな。冷静でいられるのも奇跡だ。ナルトのことがなければ逆上して突っ走っていた。



「………俺の弟だ」



まだ、俺を弟として見ていてくれている。



同じように、俺もまだアンタを兄貴として見ている。



忘れられない。忘れることなんて出来ない。忘れることなんて誰にもさせやしない。



「うちは一族は皆殺しにされたと聞きましたが? 貴方によって……」



さっきから五月蝿い。



なんだ、兄貴の横に立つ男は。生意気だ。何様だ。



「俺以外皆殺された。父さんも…母さんも」



それだけじゃない。本当に殺されたんだ。冷たくなっていった同胞達を全て見た。だから、分かる。皆、死んでいた。



それを、思い出すと、狂い始めてくる。



頭の中で正常に回っていた歯車が、一つずつ、狂ってくる。



狂う合図はいつだって変わらない。



あの言葉が歯車を狂わせていく。



『愚かなる弟よ……この俺を殺したくば恨め! 憎め! そして醜く生き延びるが良い……逃げて、逃げて……生にしがみ付くが良い』



壊れた映写機が動き始めた。やはり、止まれることなんてなかった。



「兄貴の……兄貴の言った通り、兄貴を憎み、恨み、呪った。そして……兄貴を殺す為だけに………生きてきたッ!!」



ハート、それは何を指すのだろう。心臓か? それとも心か? 両方だ。



今はどっちも焦げ付きながら燃えている。



燃えた炎を雷に、それを俺のこの右腕に。



皮膚が弾ける。そして俺の想像した心臓のように放電する。



「千鳥……?」



千鳥は三発が限界。それをちまちまと予備玉なんて考えられていられない。



この一発が俺の三発分だ。



「うああああああッ!!!」



俺は今、狂っていた。



今だけじゃない。ずっと、ずっとずっと狂っていた。



妄執に取り付かれて狂っていた。



憎悪に踊らされて狂っていた。



だから、だろうな。こう思っちまった。



「…少し、疲れた」



少しでもいい。狂うことを休みたい。



何にも囚われずに軽くなりたい。何にも縛られずに歩きたい。何にも寄せられずに許したい。



だから、本心の片隅で少しだけ主張していたモノが零れちまった。



途中で失速した俺の拳は意図も簡単に兄貴に止められた。



兄貴の手は少し冷たかったけど、同じように少し暖かかった。



「何故…止めた」



兄貴の声が久しぶりに近くで聞けた。



少し、くすぐったかった。懐かしすぎて何年も会ってなかったって思い出した。



過去へ誘われる。それでも今はここが大事だった。



「一番じゃ、無いからだ」



「……………」



兄貴の腕に力が入る。骨が軋み始めた。



兄貴の性格じゃあ本当に折るな。呆気なく折るんだろうよ。



だけど、もう怖くない。



「生きていたさ。兄貴の言った通り、兄貴を憎み、恨み、呪った。そして兄貴を殺す為だけに…」



骨が壊れてきた。もう少しで砕ける。



痛いか? んな訳ねぇだろ。サクラの泣き顔と今のナルトを見ているほうが何十倍も痛ぇよ。



「今もそれは、変わらない。だけどもっと大事なことが出来ちまったんだ」



骨が砕けた。



痛みで卒倒しそうになる。叫びそうになる。泣きそうになる。



だけど、それらすら今の思いに比べれば順位なんて低すぎる。



「理解出来んな」



ああ、そうだろうよ。



兄貴はもう捨てちまったんだもんな。俺も一度は捨てちまった。



だけど、もう一回作り直せた。



それは、



「絆だ」



「……下らない」



もう兄貴には無いのか。



一欠けらも残っちゃいねぇのか。



もう、『あの』時に綺麗に置き忘れたみてぇだな。



俺は拾い直したけどな。最初は気付けなかった落し物、それでもこの里でまた拾えた。



この里だから拾えたんだ。この里だからもう一回作り直せたんだ。



折れていない方の手で折られた腕を握っている兄貴の腕を握る。



今度は冷たく感じた。



どうだ。感じるだろ。俺の腕は熱いだろ。燃えてんだよ。心からよ。



だから伝えてやる。その熱が兄貴に通じるように、俺が拾い上げた全てを教えてやるよ。



「いいか…一回しか言わねぇ。だから、しっかりと……聞いとけ」



今までに無いくらいに俺は燃えている。体中が焼け死にそうだ。



だけど、今はそれくらいが丁度いい火加減だぜ。



「…それはな、俺の大切な………仲間なんだよッ!!!」



俺の左腕が兄貴の腕を握り潰した。



骨なんて鍛えることは出来ない。俺みたいに毎日牛乳飲みやがれってんだ。



「チッ……」



腕を振り払われた。



その力で少し吹き飛ばされた。振り払われる際に兄貴の蹴りが鳩尾に入ったことは忘れることが出来なそうだ。



相変わらず容赦ねぇ。



「やはり…イタチさんの血分けた弟ですね」



腕をダラリと垂らしている兄貴に片割れの一人がそう言った。



「そう言うな…」



相変わらずな無表情。他人にはそう見えるかもしれないが、俺には困っているように見えた。兄貴は表情が作り難かったからな。



俺が折れていない左手で立ち上がろうとした時、突然巨大な影が兄貴達を包んだ。



次第に影は大きくなっていく。そしていつか聞いた声が聞こえた。



「よく吼えたな、小僧ッ!」



兄貴達が立っていた場所に巨大な蛙が鎮座していた。上から落ちてきたのだろう。そしてその上には伝説の三忍、自来也が立っていた。



「クク……伝説の三忍と謳い称される自来也様ですからね、準備を怠っている私達には少し厳しいですね……」



いつ避けたのかすら分からなかった。傷一つ付かずに兄貴達は蛙から十数メートル離れた所からそう言った。



「弱い者苛めなんてするたぁ……暁も小さくなったもんだ」



暁? なんだそれは。



三人は俺をそのままに睨み合いが続く。明らかに兄貴達は緊張している。



兄貴が緊張するほどに自来也という男は強いのか。



我ながら馬鹿だと思った。



兄貴が躊躇する程の男に対して、



「邪魔すんじゃねぇよ」



と、こうも言ってしまうのだから。



「小僧が粋がるな。こいつ等は子供が相手できるほど可愛くない」



「他人の兄弟喧嘩を邪魔してんじゃねぇよ」



ああ、折られた腕が痛ぇ。蹴られた腹が死に程痛ぇ。普通の兄弟だったらここまでしないんだろうけどな。



さすがに意識が遠くなってくるわ。



それにしてもせっかくの援軍に対して野次を飛ばす俺に兄貴達は逃げることを忘れている。



だから、今が最後のチャンスだった。



「俺が、兄貴を守るよ」



今言わなきゃきっと後悔する。今言わなければ一生言えないだろう。俺は忘れちゃいねぇよ。しっかりと覚えている。脳味噌に叩き込んでるんだ。忘れられっこねぇ。



「気が狂ったか…」



そう言う兄貴に出来る限り笑ってやった。気付くの遅ぇよ。俺はあの時から狂っているよ。兄貴の為にさ。



だけど、今は他の奴等の為にも狂っているだけ。



「兄貴を殺そうとする奴等を俺がみんな殺してやる」



「………今、お前になど興味はない」



失望した。そう兄貴が目で伝えてくる。



今の俺に興味が無いんだろ? ならいつか俺にしか興味が向かなくしてやるよ。



俺が兄貴の敵を殺してやる。俺が兄貴を守ってやる。それの為にどこまでも強くなってやる。



だって、



「兄貴を殺していいのは俺だけだ」



俺が絶対にテメェを殺してやるよ。



これはナルトが知らない少し昔のお話し。それだけだ。







狂った歯車の上で







「いい天気だね」



気が付けばすぐ後ろにヒナタがいた。



「あ、ああ。そうだな」



気配が読めなかった。いつからいたのかも分からない。



つい頷いてしまったが、どう見ても今日の天気はよくない。きっと午後には雨が降るだろう。雨雲が近くまでやってきているのが見えてさえいるのに。



これがいい天気だっていうのか? 今の俺にはヒナタの中が読めない。



少し、怖かった。



「こんな朝から修行してるんだ…」



そう、俺は修行中だった。



この前の綱手から召集の後から自来也は姿を消していた。きっと大蛇丸の動向を探っているのだろう。



カカシが任務の無い時は一緒に修行をするということでそれ以外は自己鍛錬が主だった。



ナルトに追いつきたい。そして横に並びたい。それが今の目的だ。



「そうだな…まだ追いつけそうにないけどな」



あいつの背中はまだ遠い。もう少し、もう少しだと思っていても実際には程遠かった。



手が届く、そう思ってもそれは幻想。実際のあいつの背中は大きく遠かった。



「すごいんだね…」



ヒナタは顔を俯かせてそう言う。



声の質からしてまったくそう思っていないのが分かった。



俺はなんて答えればいいんだ? 皮肉かもしれない。嫌味かもしれない。何度もナルトに言われ続けてた俺はあいつに何も答えられなかった。それが事実だから、それが本当だったから。



だけど俺はヒナタになんて答えればいい? きっと俺は答えらない。



「どうだろうな…俺には分からないよ」



なんでだろう。



今のヒナタは、怖い。



説明できるもんじゃないが、何か得体の知れない物を抱え込んでいるような気がする。



場所は木ノ葉の裏山、中忍試験中にカカシと修行していた場所だが、ヒナタといるとここは本当にその場所なのだろうかと思えてくる。



ひどく殺風景で、ひどく冷たい場所に感じた。



「そんなことないよ。きっとそれはすごいことだよ」



ヒナタが開花した花のような笑顔でそう言ったが、俺は背筋が凍っていくのを感じた。



「お、おい…ヒナーーー」



俺は止めるべきだったんだ。



すぐにでも、ヒナタとの会話を打ち切るべきだった。



そうじゃなきゃ、こんなにも悲しいことを聞かずに済んだ。



「もう手遅れなのにね…」



やっと思い出せた。



今のヒナタが浮かべている笑みが。



あれは、ナルトの笑い方だ。



違うな、ナルトに似せてるんだ。あいつみたいに露骨な笑い方じゃないが、きっと思っていることは一緒だ。



嘲り、哀れみ、怒り、殺意、憎しみ。そんな、同世代の奴がとうてい込められないような感情が込められた笑いだった。



「それは…どういう意味だ」



喉がカラカラだ。背中にはじっとりと汗が滲んでくる。



手遅れ、それがどういう意味なのかは分かっていた。だけど、納得できるはずが無い。



「組み手しよ?」



ヒナタの笑みは止まったままだ。まるで最初からそんな笑い方しか出来なかったように。



「組み、手?」



「うん」



意味が分からなかった。だけど、断れなかった。



きっとここで断っていれば、ヒナタが壊れそうだったから。



大量の感情を抱えたまま、どこかへ落ちていきそうだったから。



「……分かった」



「良かった!」



ヒナタは年相応の女の子のように喜んでいる。思っていることは年不相応だってのに。



可哀相だと思った。本当なら笑って好きな奴と一緒に話したり笑い合ったりしているってのに、可哀相だと思った。



「ただし、一つだけ条件がある」



「なに?」



動きを止めて俺を見てくれた。



少し、嬉しかった。



「組み手でもさ、俺が勝ったらヒナタが担ぎ込んでる全部を…教えてくれないか?」



塞ぎ込んでるとさ、辛いんだよ。



一人だけでいるとさ、心が痛むんだよ。



一人で大丈夫だと思ってもさ、やっぱり心が泣いてるんだよ。



俺がそうだった。



きっと俺も辛かったと思う。



きっと俺も寂しかったと思う。



だからさ、少しくらい分けてくれよ。



「負けること無いと思うけど、いいよ」



「そうか…」



それじゃ、ちょっと負けられねぇな。



一応、人生の先輩ってことで後輩に教授してやるよ。



「それじゃ、始めようか」



「……そうだね」



暗い目だな。昔は綺麗だったのにさ。ナルトが好きになったのも分かるくらいにさ、綺麗だったんだよ。ヒナタの目はさ。



それを取り戻せるというのなら、現実を忘れて否定して、この時間を取り零さないようにしよう。







確か、綱手を連れ戻しにヒナタと俺で自来也について行った時、ヒナタはずっと俺とは別の修行をしてたな。



《柔拳は既に完成された術だけにこれ以上変な術を覚えてもマイナスとなる可能性さえありえる》



自来也が確かそんなことをいっていた気がする。



ヒナタはどんな修行をしてたんだっけかな。



ああ、確かーーー滝登りだった。



滝を上らせるなんて馬鹿げた修行だと思ってたけどよ、今になって思うよ。



ヒナタにあれほど効果のある修行は無かったってな。



「どうしたの? 少しくらい攻撃してきてよ」



そう言って接近してくるヒナタの動きは中忍…いや、それ以上だった。



上半身と下半身が別の意思を持っているかのように理想的な動きで俺の間合いを侵していく。



体の動きにチャクラが追いつかないなんてそんなこともなく、脳が指令を出しているのとほぼ同時にチャクラが動いている。



こんなにも動きが変わるとは思っていなかった。



「サスケ君が攻撃しないなら…私からいくよ」



声は静かだっていうのに、ヒナタの攻撃は苛烈だった。



サァッ、と風が流れるような音がした。そう思いたくなるようなヒナタの左手。



微かに見えた軌跡を頼りに全力で身を捻り回避する。



そのヒナタの左手は俺の背後に生えていた木を抉っていった。



「はっ、どんな鍛え方をしてんだ」



「それほどでもないよ」



嫌になるくらいに涼しい声音、それとは段違いに激しい攻撃に俺は冷や汗を感じつつ体を動かし続ける。



もし、俺が体を止めたのなら、それはヒナタの攻撃を受けてしまった時だろう。



真横に降られた右手を半回転し受け流して下方へ落とした。



半回転の反動で空いていた左手を突き出す。



攻撃の後で隙があった筈のヒナタの肩に俺の左拳が食い込んだ瞬間、ヒナタは触れるか触れないかの距離に移動していた。



当たっている筈なのに、芯に響かない。



完全に体に触れているのに、ヒナタに届かない俺の拳。



「くっ………!」



当たっている筈だ。そう信じ拳を振り続ける。俺の拳が何度もヒナタの体に当たっている筈なのに、芯に響く感触は一つも無い。



「写輪眼じゃ…こんなこと出来ないもんね」



一瞬で俺の隙をついてヒナタが唇と唇が触れてしまうような距離まで肉薄してそう言った。



「どういう……」



最後まで言えなかった。



怖かった。ヒナタの目が。



ヒナタの白眼に全てを見透かされているような気がしてならなかった。



「それが何だってんだ!」



これ以上ヒナタが見たくなくて我武者羅に腕を振るった。全てがヒナタに届いているってのに、感触が一つもなく、まるで空気を殴っているようだった。



「見えるよ。サスケ君がどうしたいのか。どこを狙っているのか。どうしたらそれを当たらずに済むかもね」



そう言いながらヒナタは微かに体を揺らすだけで俺の拳を避けていく。



見えている筈だ。俺にも写輪眼という特殊な目があるんだから。



俺の写輪眼が写してくれた。



俺が拳を振ると同時にヒナタが体を揺らして、俺の拳がヒナタに触れた瞬間に最低限の力で無力化していく様が。



「白眼ってすごいよね…こんなことも出来る。それにね…あの時も白眼で見てたんだよ」



「言うなッ!」



寅の印を組んで、ヒナタが言ってしまう前に俺は豪火球の術をヒナタに放った。



それすらも、ヒナタの白眼の前では意味が無かった。



俺の豪火球の術が抉った地面の少し離れた場所に音も無く、静かに着地して。また音も無く、嫌にゆっくりと感じるくらいに降り立って、そして笑った。



見開いたヒナタの両目は、何も映してなく、何処を見ているのか、或いは全てを見えているかのように静かに俺を見ていた。



「ネジ兄さんに言われて里で待ちながらずっと見てたんだよ。ネジ兄さんがナルト君にやられる所も、キバ君が腕を折られるところも、ナルト君が…私のことを…ッ……どうで…も…良いって言ったこともね…ッ!」



ヒナタは泣いていた。



静かに、涙を拭くことも無く、泣いていた。



さっきまで大きく、怖いとさえ思えていたヒナタは、やっぱり女の子だった。



「サスケ君にも譲れない物があるんだよね? 私にも、私にだってあるんだよ?」



なんだよ、早く言ってくれよ。



俺まで、悲し過ぎるんだよ。



あの時、自分に力が無いって、本当に分かっちまったんだから。



それがいやでも戻ってきちまって、駄目になっちまうよ。



「なんで駄目なの? なんで…私じゃ駄目だったの?」



ナルト、今頃お前は何してんだよ。



お前をこんなに想ってる奴がいるんだぞ。なんでいなくなっちまったんだよ。



「分からないよ…私が何をしたかったのかも…私が何を思ってたのかも…なんで一人なのかも」



お願いだよ、ナルト。



お願いだからこれ以上ヒナタを傷つけないでくれよ。



壊れちまう、ヒナタ一人じゃ背負えないくらいにお前はヒナタに託しすぎたんだよ。一人じゃ抱えきれないんだよ、二人分の思い出なんて。



「ヒナタ…」



「私ね…頑張ったんだよ? 一生懸命、なにがいけなかったのか考えてね、一生懸命頑張ったんだよ」



頑張ったよ…お前、本当に頑張ったよ。



だけどな、一人で頑張ってもさ、辛いんだよな。相手の気持ちが分からないとさ、何をすればいいのかも分からないよな。



怖いよな? 不安だよな? 一人じゃさ、すごく寂しいもんな?



「もう…分かんないよ。どうすればいいの? どうすればナルト君はもう一度、この手を握ってくれるの?」



ヒナタはもう駄目だった。



よく一年以上も保ったよ。そんなに重い思い出をさ、二人分の思い出を支えていられたよ。



だけどな、知ってたかナルト?



ヒナタは女の子なんだよ。お前がどう思ってたか知らないけどな、ヒナタだって弱いんだよ。一人じゃ、我慢なんて出来ないんだよ。



「俺はさ、ヒナタみたいに頑張ってもないよ」



俺は、ヒナタみたいになれない。



ヒナタみたいにさ、心が潰れるまで好きな人を想えられないよ。



「俺はさ、ヒナタみたいに強くもなかったよ」



俺は、ヒナタみたいに強くいられない。



ヒナタみたいにさ、一人ぼっちで好きな人のことを悩めないよ。



すごいよ。



ヒナタはさ、どれだけ辛くってもあいつの事を想っていられたんだよな?



どんなに潰れそうでも、どんなに辛い時でも、どれだけ時間や思い出が散り積もってもあいつの事を想っていられたんだよな?



ならさ、



「少しくらい我侭になってもいいと思うよ」



「え?」



その時のヒナタは酷く小さくて、酷く幼く思えた。



ヒナタはおとなしいから自分がしたいことをあまりしたことなかったんだろうな。



いつだって他人を優先して静かに笑ってたよな。



そんなに頑張ったんならさ、次は自分のしたいことをしても誰も文句言わないよ。



「ヒナタは頑張ったんだからさ、十分に頑張ったんだからさ…今度はヒナタが本当にしたいことをしてみようよ」



それがたとえ人として間違っていたとしても、みんなはヒナタがどれだけ考えて悩んだかも分かってるんだよ。



どれくらい悩んだか、どれくらい苦しんだか、どれくらい我慢していたかもみんな分かってくれるよ。



「…本…当?」



「そうに決まってる」



「嘘…じゃないよね?」



「もし、ヒナタを咎める奴がいるのなら、俺がそいつを許さない」



ああ、許さないよ。そいつには分からないんだ。一人の辛さも、一人じゃ抱えきれない想いの重さも。



「宗家なんだよ?」



「それがどうした」



「次期当主なんだよ?」



「当主になれるのならそれこそしたいことをすればいいじゃないか」



誰も咎められない、それこそ本当のお前の居場所だよ。



いつだって誰でも自分を一番にしなきゃいけないんだ。他人の為に自分を犠牲にすることは確かにすごいよ。だけどな、一番大事なときくらい自分の為に、他人を無視してでもしなきゃ絶対に後悔するんだ。



「後悔するんじゃ、どれだけ頑張っても意味なんてないよな」



どんな事にさえ選択肢は存在するんだ。正解なんて何処にもない。だけどそこには後悔って間違いは絶対にあるんだよ。その選択肢を選ばないように俺達は必死になって正解を探しちまう。



きっとそれは間違ってない。最後まで必死になって後悔したくないように自分の為だけに答えを選ぶことに間違いなんて絶対にないんだよ。



「いいのかな、私が好きなことしても」



ヒナタの曇っていた目が、涙と一緒に流れていったのかな。今はすごく綺麗だ。



泣けないってのは辛いもんな。泣けない奴だっている、どうしたって答えが見つからない奴だっている。でも、結局最後には自分で立ち上がらないといけないんだ。



必死になって答え探しても、泥だらけで這い蹲りながら答えを探しても、誰も笑わねぇよ。



「俺は笑わない」



それがたとえちっぽけでつまらない物だとしても本人にとっては最良で最高なんだ。



それはヒナタにとってきっと世界で一番綺麗なんだよ。



俺や他人じゃ絶対に得られない答えさ。



「続き…」



「え?」



今度は俺が驚く番だった。



立ち上がったヒナタはとても綺麗でかっこよかった。



最初みたいに作り物の笑顔じゃなくって、誰もが見たかった、ヒナタの、ヒナタにしか出来ない笑顔だった。



「組み手の続きしよ?」



声音も違った。



柔らかくって、その中に凛としたした芯が篭っていた。



「あ、ああ」



俺はヒナタの変わりように呆然と答える。



うまく答えられない。それくらいに今のヒナタは綺麗だった。見惚れてたのかもしれない。



あの悩んでいた時のヒナタとも違う。



その前の気弱だった時のヒナタとも違う。



初めて見るヒナタだった。



「重り外してよ」



「え、ああ?」



やばいな、構えたヒナタがあまりに極まってて言葉が出ない。



俺はヒナタに言われたとおりに慌てて両手首と両足首につけていた重りを外した。



宙に浮いているような感覚が更に俺を混乱させたがなんとか深呼吸をしてヒナタに言った。



「…よく分かったな」



「白眼を甘く見ないほうが良いよ」



微動だにせずに静かにそう言ったヒナタの周りだけ時が止まっているように見えた。



音も立てずに、それでいて誰も近づけさせない雰囲気を持っているヒナタを見て内心舌打ちをする。



「(重りを外しても勝てる気がしてこねぇ…)」



先ほどのヒナタなど霞んで消えてしまうくらいの存在感が今のヒナタにはあった。



最後にナルトと殺し合ってから久しく感じてないくらいに緊張している自分に笑ってしまう。



平和が心地よかった。だけど、きっと俺はその中でも同じくらいの実力を持った強い奴を求めていたのかもしれない。



ゾクゾクしてきやがる。



「全力で攻撃してね…もしかしたら死んじゃうよ?」



これまた、更にゾクゾク感じさせることを言ってくれるヒナタに俺もこう言っていた。



「いいね、それ」







「火遁、鳳仙火の術ッ!」



ヒナタの下段回し蹴りを空に逃げ込んで地面にいるヒナタ目掛けて鳳仙火の術を放つ。



通常よりも多くチャクラを込めたそれは視界を完全に隠す程にまで展開していく。



それに紛れるように飛ぶ際に掴んでいた数個の石をヒナタに向かって投げる。



白眼を持っているヒナタにこれが通用するとは思えない。



ならば、俺は更に寅の印を組み、



「火遁、豪炎華ッ!」



昔の俺の全力の豪火球が三つ俺の口から吐き出されヒナタに向かって飛んでいく。



正直、これですら今のヒナタには通用するとは思えない。



嫌な予感は絶えなかった。



「まだまだだよ!」



炎の波の下からヒナタの声が聞こえた。



避けてない!? 何をするつもりだ。



ヒュッ、と風を切る音が聞こえた。



チャクラが込められ青く発光するヒナタの足が炎の波に生え、それが細く美しい弧を描いた刹那、暴威を振るっていた炎の波が霧散した。



「マジかよ…」



そんなただ蹴るってだけの力ずくで無理矢理な方法で防ぐか? ありえねぇよ。



炎の残滓に体を燃やしながらヒナタが灼熱だった空間を突き抜けた。


  
体全体を捻るように足を振り上げて、溜めて、そして放った一撃を空中で避けられない俺は両腕を交差させてなんとか受け止めた。



「……ッ!!」



ご丁寧に柔拳同様チャクラがかなり込められたその足と同等のチャクラを両腕に込めた。



だが、空中でじゃその攻撃に耐えられなかった俺は簡単に吹っ飛ばされる。



地面に叩きつけられた俺の方が早く体制を整えられたがその時には既にヒナタは俺の方へ向かって走っていた。



攻撃、着地、そして移動までの流れが以上に速い。滝を走っていたヒナタはさすがにやる。



「やられっぱなしでいられっかよ!」



俺の手刀を白眼の動体視力と最低限の動きだけでいなしていくヒナタ。接近戦で初めて手に入れた攻め手を活かす為に勢いを殺さずに見様見真似の木ノ葉烈風を放つがヒナタは軽く地面を蹴ってまたしてもギリギリのところで風のように避けてしまう。



ここまではヒナタが間合いから離れていくまでのフェイク、本当の狙いは。



「死ぬなよ、ヒナタッ!」



バチッ! という放電が一瞬で右腕に纏わり俺はその右腕を避けたばかりで隙があったヒナタに突き出した。



雷は誘導体、たとえ紙一重で避けたとしても雷はヒナタを追って電撃を与えるだろう。



「私を甘く見ないでね」



右腕を突き出した時にはもうそれは既に遅かった。ヒナタの顔には薄い笑みが浮かんでいた。



チッ、読まれてた! だからヒナタは避けるのにも最低限の力しか込めずに体制を整えていたのか。



俺の千鳥がヒナタの体に触れるよりも、先にヒナタの体からチャクラが噴出すのが速かった。



伸びていった雷をチャクラが押しのけ、それと同時にヒナタは膝を折りながら上体を急回転させた。



「なっ!?」



驚くのもしょうがない。ヒナタの体から間欠泉の如く噴出したチャクラが千鳥を弾いただけでは収まらず俺の体までふっ飛ばしやがった。



そのまま大木に叩きつけられ背中に激痛が走った。



中忍試験中にリーとナルトの動きをコピーした俺がヒナタの動きにうまく対応できない? ヒナタがそれ以上に動きが速いわけじゃない。



ヒナタは戦うのが上手いんだ。



白眼の使い方を熟知している。写輪眼以上に洞察力が長けた白眼は俺のどんな動きでさえ察知し今考えられる最高の手段をヒナタに教えている。



それを後押しするくらいに滝を登って培ったチャクラコントロールとスタミナがヒナタを更に強くしている。



もとより忍術を使う必要の無いヒナタは写輪眼の天敵だ。こっちがどれだけ先を読んだとしてもあっちは更に先が読めている。



俺がどんなに忍術を使ったとしても今のヒナタならさっきの火遁と同じように強引な方法でも突破してくる決断力を持っている。



今のヒナタは誰よりも短い時間で誰よりも優れた決断が出来る。



困ったな、打つ手がない。



無いわけじゃないが、使いたくない。



「もう降参?」



ったく、答えを知っているくせによく言うぜ。



「まさか、勝つ為の方法を考えてただけだよ」



打つ手はある。あるけど使いたくない。



でも使わなければ負けてしまう。負けたくないから使うしかないんだけどな。



しゃあねぇ、コピるか。



「いくよ!」



躊躇することなく飛び込んでくるヒナタの動きをただコピーする為だけに集中する。



右手の手刀。



そこから勢いを殺さずに左膝蹴り。



動きを止めて相手のタイミングをずらしてから左手の突き。



丁寧に、そして迅速にコピーしていく。そこからヒナタがどうしたいか、何を狙っているかを着実に読み取っていく。



動きは俺の方が速い。それでも常に主導権はヒナタにあった。



それは先を読むことだけに気を取られていた俺の心をヒナタが白眼で読み取っていたから。



だから俺もヒナタの心を、何をしたいかを読み取って少しずつ攻撃を加えていく。



「ッ!?」



ヒナタも気づいたようだ。



俺がヒナタの行動を読み取っていることを。そしてその上で先を読んでいることも。



着実にヒナタの心に焦りが溜まっていく。



それと平行に俺の攻撃もヒナタに当たっていく。いなされずにちゃんとヒナタの体に触れている。



それと同時にヒナタの攻撃も俺に掠ってきた。



俺と違ってヒナタの攻撃は柔拳だ。ただ掠っているだけっていうのに脳みそがグルングルンと回っているような浮遊感を感じている。そして徐々に積もりつつある内側からの痛みが俺の動きを妨げる。。



こりゃ早く終わらせねぇとこっちがさっきに参っちまう。



「どうしたよ、俺の攻撃が当たるようになってきたじゃねぇか!」



俺が虚勢を張って大声でヒナタを揺さぶる。



「サスケ君こそ、よくまだ立っていられるね!」



虚勢も意味がなかった様だ。ちゃんと読まれている。立っているのもちょっと辛いってことが。



だが、ヒナタはまだ理解していない。この状態でおかしい事が起きているって事を。



それに気づいた時はヒナタが攻撃を止める時だ。







「あ…れ?」



そう言ってヒナタの動きが止まった。



ちなみに俺はちょうどぶっ倒れていた。頭の中がメリーゴーランドだ。



「どう…して、体が…」



ヒナタも俺と同じように倒れていくのを俺は横目で確認して大きく深呼吸した。



賭けだったよ。こうなるギリギリまで失敗したかと思ってたがちゃんと成功していたようだ。



「動かないだろ?」



そう言う俺にヒナタが小さく頷く。もう喋ることも出来ないか、顎にも一発入ったからな。痺れて喋れねぇだろう。



「おかしいと思わないか?」



ヒナタは何も分かっていないような顔で頭を左右に振る。きっと分からないということだろう。



「ヒナタの柔拳で倒れかけてた俺の攻撃がなんでヒナタに当たるんだ? 動きが鈍くなってるのに、狙いが上手く定まってもないのに」



吹いている風が心地よかった。やっと終わったんだと思いながら俺は動けないヒナタの為に説明していく。



「千鳥を形状変化で体全体から放ってたんだよ。だから俺の攻撃がヒナタの体に触れるごとに少しずつヒナタの体は痺れていったんだ。試作中で出力に問題があって少しずつしか電気が出ないから逆に気づかなかったんだろうけどな」



こんなんじゃ本番で使えないんだけどな、と俺は心の中で呟いた。



螺旋丸や千鳥にしても威力が強力すぎてヒナタに使えなかったし。一度使っちまったが冷静になって考えたら青ざめたよ。



「ああ…マジ疲れた」



誰にでもなく呟いた俺の言葉に返す奴がいた。



「お疲れ様、サスケ君」



サクラか。



「いつからいたんだ?」



「サスケ君が修行を始める少し前から」



なんか俺の予想を斜め上をいく答えが返ってきた。



「速すぎだろ」



いくらなんでも速すぎだろ。つか、気が付かなかった。なんだかんだ言ってもサクラも強くなったよ。時々気配が読めん。



「一緒に朝食食べようと思ってお弁当持ってきてたんだけどね、食べられる状況じゃなかったわ」



そういって笑っているサクラが少し羨ましい。



俺は自分で笑えないから俺の代わりに笑ってくれる人が羨ましいよ。



「まだ弁当は残ってるか?」



サクラは予想を裏切らずに中々料理が上手いからちょくちょく飯を作ってもらっていたんだ。今は腹へって気持ち悪い。朝からヒナタと組み手を始めてもう昼だぜ? 腹減ったよ。



「あはは…全部食べちゃった」



そういって空っぽの弁当箱を見せるサクラはやっぱり俺が羨ましがるくらいに楽しそうに笑っていた。



なんだろう、ナルトが里を出て行って以来サクラがやけに落ち着いたと思う。子供っぽくないっていうかなんというか。



食欲は変わらないようだが、そういえば最初の演習の時も俺が食うなといわれている時もサクラは一人で食ってたな。



「しゃあねぇ…ヒナタを起こして楽一にでも行くか!」



そう言って一気に立ち上がる。



うお、まだ立ち眩みがしやがる。体の中もぐちゃぐちゃだし、あんま食べれないかもしれない。



「ヒナタもよくやるわよね」



サクラがいつの間にか気を失っていたヒナタを背負って俺の横に立っていた。



「まったくだ」



ああ、曇りだった空がいつの間にか晴れてるじゃないか。



「これもナルトの伝染病かしらね」



「ん?」



サクラが歩を進める。俺は置いていかれまいとサクラについていくのに精一杯で質問にうまく答えらなかった。



「不器用なのよ、二人とも」



ああ、



「まったくだ」



この空の下で今頃お前は何やってんだよ。帰ってこないならこっちから行くから一発殴らせろ。







四本のクナイが飛んでくる。



大した動作もしていないってのになんだこの反則的な速さは。



しかもほぼ同時に炎の塊が飛んでくる。印を組む速さも反則だ。



今、俺は目を瞑った状態でうちはイタチと戦っているところだ。戦っているというよりは逃げているような状態なんだけどな。



写輪眼を見ないために眼を瞑って旋風のみで相手を見定めて戦っているのだが思った以上に戦い辛い。



激しい動きをすると視線を下に向けていてもイタチの写輪眼が視界に入ってしまうかもしれないので目を瞑っているのだがイタチの動きが速すぎる。



正直、印を組む速さなら大蛇丸よりも速い。体術も大蛇丸以上だろう。幸いなのはイタチが使ってくる忍術が大蛇丸に比べて凶悪じゃないってことだけだ。強い術には変わりないがそれも印を組む速さで凶悪になっていやがる。



飛んでくるクナイと火遁忍術を扇で作った風で吹き飛ばして距離を稼ぐ。俺がどんなに速く腕を振ろうがイタチが持つ写輪眼の前じゃ簡単に見極められてしまうから接近戦じゃ一生勝てない。



「君は…随分と強くなった」



そんな軽口を言いながら瞬身の術で一気に俺が稼いでいた距離を食いつぶしてイタチが接近してくる。



どんな脚力をしてやがる! 本当に人間か!?



「今ここで殺すつもりは無かったんだが…」



そう言っているイタチの右腕にはクナイが、



「言ってる事とやってる事が滅茶苦茶なんだよ!」



指輪にチャクラを注いでほぼ一瞬で作り上げた五本の飛燕で切りかかる。



「オレなんかに構ってねぇでサスケでも追いかけてろ!」



見事としか言えない反応速度でほとんど不可視の五本の飛燕を全て避けきったイタチに刀を投げる。



「……サスケを知っているのか。いや、同じ木ノ葉だからな…知っていて当然か」



なんかぶつぶつ言いながら意図も簡単に至近距離からオレが投げた刀を掴んで止めやがった。



相手にされてないんじゃないかと思ってきたよ。



あれだよな、相手にされてないと苛立ってきてさ、苛立ってくると、



「殺したくなってくるんだよ!」



呪印を発動させて一気に大きくなったチャクラを扇に込めて空気の塊をイタチに向かって放つ。



その直後にオレの真下に向かって扇を振るって足の裏だけでは作り出せない加速力で一気に間合いを詰める。



「返しておこう」



そう言ってオレがさっき投げた刀をイタチが投げてくる。



「どうも…こりゃおつりだよ」



飛んできた刀をそのまま鞘に差し込むように受け止め全チャクラを左腕に収束させる。



「…螺旋丸?」



そうか、イタチは螺旋眼を知っているのか。



「残念だったね、これは螺旋丸じゃないよ」



これは螺旋丸よりもちょっとだけ、凶暴なだけさ。



空消の不完全版なんだけどな。



「あの世でサスケに謝っとけよ!」



そう言ってオレはイタチ目掛けて左腕を突き出した。







腕が削られない程度に集めたチャクラを一気に風に変換させた不完全版の空消はイタチの肩を削っただけだった。



「チィ…いいもん貰っちまった」



イタチのカウンターである体内門を開いたリー並の蹴りが膨張した空消で出来た死角からオレの肋骨を数本砕いた。



「まさか…今の術が囮だとは考えていなかったよ、ナルト君」



蹴られた反動で近くにあった森にまで吹き飛ばされたから今何処にイタチがいるのかが分からないがそんな声が聞こえた。



空消を放つために余分なチャクラを全部カットしていたから旋風を張ってなかったのが失敗した。もう近くにはいないだろう。



「へっ…余裕ぶっこいていやがるからだ、ボケ」



かなり溜まっていた緊張が解け半ば腰が抜けた状態で後ろにあった木に寄りかかる。



イタチが言っていた囮ってのはオレも空消で出来た死角から刀でイタチの腹を切り払ったことだ。



お互いに空消で出来た死角から攻撃したのはいいがお互いに行動不能になるとは思ってなかった。もちろんイタチが最初から本気でオレを殺しに来ていたらんなもん空消を出す前に殺されてるね。



ありゃ別格だ。



サスケ並みの才能の持ち主かそれより少し下で努力したって感じだな。



次元の違う奴等とは戦いたかねぇや。



「時間稼ぎご苦労様でした」



「ん……白か?」



「はい」



気を抜きすぎて白が接近しているのにも気が付かなかったな。



元から白は気配を隠すのが上手いから確立は五分なんだけどさ。



「オレがあんな目にあったんだ。ちゃんと刀は取れたんだろうな?」



オレがそう言って振り返った。



絶句って言葉はこんな時の為にあるんだろう、と思った。



「もちろんです! 再不斬さんの誕生日プレゼントにこれ以上の刀はありませんからね!」



血塗れの白がそう言って氷付けの岩をそのまま削って作ったような刀をオレに見せてきた。



こんなゴツイ刀よりも、血塗れの白よりも、オレは白の後ろに展開する風景に呆気になっていた。



最初は無かった湖があったり、その湖の少し奥は白銀世界が広がっていた。



山も岩も湖も全てが凍りついて白銀に煌いている。そこから冷たい風がオレ等に向かって吹き付けてくる。



「何驚いているんです? 血ですか? これは返り血ですよ。安心してください。僕には怪我一つありませんから!」



手に入れたかった物が手に入ってはしゃいでいる白が何か言っているがオレは何もいえなかった。



「僕の攻撃は水が必要ですからね、どうしようかと思ってたんですよ。だけど相手が水遁しか使ってこなかったおかげで無駄なチャクラを使わずに済みました」



なんか白銀世界の奥の方に何十本もの氷の錐に刺されている人影が見えるんだけど。



「寒いんですか? 震えてますよ」



怖いんだよ! お前が!



「ん…ああ、ちょっと寒い、かも」



ああ、見なきゃ良かった! 怖すぎる!!



「あの人が悪いんですよ…あの人が再不斬さんを侮辱したもので……つい我慢出来ませんでした。殺るつもりは無かったのに」



薄い笑みを浮かべている白が怖すぎる。



水と氷って相性が最悪じゃねぇか。しかも白の武器って相手の水遁忍術から作ってるし。相手が可哀相だよ。



「さぁ、早く帰りましょう? この刀をラッピングしなきゃいけませんしね」



「さ、さすがに氷付けのまま渡せないしな」



「水月もこれ以上のプレゼントは見つからないでしょうからね…楽しみですよ」



きっと白は水月が悔しがるところを想像しているのだろう。どう見ても悪女の笑みにしか見えないところが痛い。



綺麗な顔だけに一層痛く見える。



「さぁ、早く帰ろうぜ。これ以上ここにいたら凍えちまう(早くこの場から離れたいんだよ)」



「そうですね、ただでさえ小さいナルト君が寒さで縮んでしまったら君の妹に会う顔がありません」



「ねぇ、ちょっと言いすぎじゃない?」



「早く再不斬さんの顔が見たいですしね、行きましょう!」



そう言って来たときと同じスピードで走っていく白。



あのぉ、オレ肋骨折られて速く走れないんですけど。



ねぇ、もうちょっとスピード下げて!



置いて行くなって、おい止まれって!



おーい!

















[713] Re[11]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:523f27dc
Date: 2007/08/08 01:57






「ランクBの任務を頼みたいんだけど」



「来週からまた農業の講義にいかなきゃいけないんで無理だ」



初心者のオレに色々な方法を教えてくれる優しい農家の人々を無碍にすることは出来ない。



ここに来てからもう一年経つというのに中々上達しないオレを見捨てずに熱心に教えてくれるあのありがたみは言葉じゃ表現できないんだよ。



「依頼は良家のお嬢さんの護衛よ」



「興味ないなぁ」



「かなり美人らしいわ」



「どうでもいいよ」



言っとくがオレは顔とかじゃ女は選ばないよ。そりゃ絶対って事は無いだろうけどね、最低限の顔は必要さ。



だけど最後にはやっぱり心なんだよ。



だからオレはそんな知らない女に靡かない。



「休暇あげるわよ」



そういや最近はアカリと外に遊びに行ってないなぁ。



「それも長期よ」



キャンプ行きたいなぁ。温泉でもいいんだけどなぁ。



「でも自費だろ?」



「依頼料と別にもちろん出すわ」



なんか気前良いな。顔だけでも気持ち悪いってのになんだこの太っ腹さは。



「なんか良い事でもあったか?」



そうなんだよ、この大蛇丸の部屋に入ってからずっと気になってたんだよ。ずっと似合わない笑顔でいるし机の上に使用済みのクラッカーがいくつもあったり。



なんか祝い事でもあったのかな?



「尾獣も五匹殺せたし暁のメンバーも二人倒せて気分最高よ」



なんだ、こいつ人の死を喜んでたのか。最悪だな。



「鬼鮫は白くんが倒してくれたしデイダラは五人衆が倒してくれたわ」



パンッ! と大蛇丸は新たにクラッカーを鳴らして一人悦に浸っている。



誰かー! 変質者兼危険人物がいますよー!



「サソリからは逃げ帰ってきたけど、十分な収穫よねぇ」



そういや次郎坊は入院してたな、確か毒を食らってしにかけたらしいが、オレはてっきり拾い食いでもしたんだと想ってたよ。



徐に大蛇丸は机の棚から札束を取り出してオレにそれを渡した。



あん? 小遣いかなんかか?



「クラッカーが切れたわ…買ってきてくれない?」



「行かねぇよ」



こいつ酔ってんじゃねぇか? この前オレが持ってきた時よりも酒の空き瓶が増えてんぞ。



「そういや、そのデイダラってのはどうやって倒したんだ? 五人衆つっても上忍くらいの強さは君麻呂くらいだろ」



うん、君麻呂は強いよ。大蛇丸の愚痴を言う毎に殺そうとしやがって、その度に二人とも入院だからな。



いつか痛い目にあわせてやる。



「ああ、デイダラね、あの子は……」



大蛇丸が何かを思い出すように顎に手をやって悩んでいる。アルコールでとろけた脳みそで思い出せるとは思わないけどさ。



「確か…君麻呂の早蕨の舞で空に逃げたデイダラを次郎坊が岩を投げて追い遣って鬼童丸の起爆札を大量に貼った弓で狙い打って誘爆だったかしら?」



相変わらずえげつねぇな。



鬼童丸の弓って命中率100%とか言ってなかったか? そりゃ虐めって言うんだよ。



白にしても五人衆にしても相性が良かったんだろうけど、ほとんど虐殺だよなぁ。



君麻呂からしたら喜んでやりそうだし。大蛇丸が喜ぶことならなんでもさ。



ああ、怖い怖い。



「それで、引き受けてくれるの?」



ああ、忘れてたよ。すっきりと。



「まぁね」



キャンプにしようかな、温泉にしようかな。



まだどっちも行ったことないから帰ったらアカリに相談しよう。







狂った歯車の上で







昨日までは幸せだった。



たとえそれが与えられた仮初の幸せであろうとも、今日からのことを思うだけでそれは本当に幸せだったと思う。



見ただけで上質だと分かる壁と障子、そして障子から差し込む月の儚げな光。



昨日までの安くって薄汚い部屋と明らかに違う部屋の作りに未だ慣れはしない。確かに、今の部屋の方が綺麗で清潔だけど、きっと前の方が良かったって私は思う。



広すぎる部屋の中央に敷かれた真っ白な敷布団を恐る恐る触ってみた。



ずきん、と右手が痛んだ。



昨日、大勢の男の人たちに掴まれた時に捻ったことを思い出した。



知らずに涙が出てきて勝手に自問自答してしまう。なんでこうなったんだろう、なんでここにいるんだろう、って。



「……結局答えなんて出ないのにね」



私がお金持ちの人に見初められた。皆そう口を揃えてそう言う。



本当にそうなのだろうか、私には自分に対してそんなに自信がない。



世の中にはもっと綺麗な人が沢山いるのに、なんで私なんだろう。もう少し見る目が合ってもいいじゃないかな、って思う。



「お食事の時間です」



急な男の人の声に私は体を震わせた。



もしかしたら私を買った人じゃないかって思った。そう、この屋敷のお金持ちの人は私を見初めたんじゃなくって買ったの。私はちゃんと見ていた。私を養ってくれていたお母さんの兄さんがお金を数えているところを。



あんな大金は生まれて一度も見たことが無かった。きっと売られたんだ、って理解した。



だけどこの男の人の声を聞いて少し安心した。



何の感情も篭ってなかった。事務的な声で、まっすぐに私に声を掛けてきた。



「どうぞ…入ってきてください」



私がそう言うと障子が音も無く開いて私と同い年か、もしくは一つ下くらいの男の子が入ってきた。



綺麗な髪、思わず見入ってしまう。金色で、まるで月みたいな冷たさを持ってるけど、それでもやっぱり綺麗だと思う。



「お食事はここでよろしいでしょうか?」



そう言って男の子は食事が載せられた膳を私の前に音を立てないように置いて尋ねてきた。



本当に感情が篭ってない声だった。



「すいません…貴方の名前を教えてもらえませんか?」



前、私がいた村では友達は一人もいなかった。同世代の子供がいなかった、というのもあったけど、それ以上に皆が私を見る目が怖かった。



何もしてないのに、私は何もしてないよ、そう言っても変わることは一度もなかった。



きっと諦めてたんだと思う。あの村では友達なんて作れない、って。



だからかな、村の外で始めて会ったこの男の子の名前が知りたくなった。



友達になれるかな、なんてちっぽけな望みを持って。



「君麻呂…皆は私のことを君麻呂と呼びます」



君麻呂、君麻呂、君麻呂…よし、覚えた。



「それじゃ…次から名前で呼んでも…いい?」



いきなり図々しかったかも知れない。これで嫌われなきゃいいけど…。



「私はただの使用人です。お嬢様のお好きなようにお呼びください」



また、感情が篭ってない声。



少し、寂しいな。お友達ってこういうのなのかな? 私、持ったこと無いから分からないよ。



「それじゃ…これから宜しくお願いしますね、君麻呂さん」



一応、私はこの屋敷の中では偉い方になる、と思う。違うかもしれないけど、やっぱり分からないよ。



でも頭は下げた。礼儀は忘れちゃ駄目だって死んだお母さんが言ってた。



「……………」



君麻呂さんは私が頭を下げているのに気が付いていないのか立ち上がって部屋を出て行った。



少し寂しかったけど、同じくらい少しだけ嬉しい。



君麻呂さんは一度も私を怖い目で見てなかった。まだきっとチャンスはある。絶対に友達になってやる。



「明日の為にご飯食べて早く寝よう!」



ご飯は少し冷めてたけど、いつもより美味しく感じた。







「…ちょっと眩しい」



目が覚めたとき、太陽は既に真上に来ていた。



朝食を食べ忘れてしまったことを悔やんでいる私はやっぱり貧乏人だ。お金持ちのところに嫁いだとしても一日二日で変われるもんじゃないと理解した。



夜中うるさくて全然眠れなかったよ。夜中に騒ぐんじゃない、とつくづく思った。



そのおかげで朝食は食べれなかったし、お腹は減っちゃったし。いいことなんてないよ。



「お腹が減っているのでしたら握り飯ならありますよ」



「へっ?」



ぐぅぐぅ鳴ってるのが聴こえちゃったのかな? そうだったら死ぬほど恥ずかしいよ。



それに、声を掛けてくれたのが君麻呂さんだったか尚更だ。



「いいんですか?」



ここで否定しない私の食い意地に殺意を芽生えた。悪いところばっかり見せてどうするのよ、私。



「賄いですから、それに食欲が無いんです」



気が付いたんだけど今日の君麻呂さんは機嫌が良いみたい。なにかいいことあったのかな?



「ありがとうございます!」



ああ、美味しい。食用は最高の調味料って誰が言ったんだろう。座布団でも何でもあげたくなっちゃうよ。



それにしても昨日の騒ぎは何だったんだろ? お腹が減ってるのもそのせいだし君麻呂さんに恥ずかしいところを見られたのもそのせいだよ。



いつか成敗してやる。



最後の一口を飲み込んで君麻呂さんが淹れてくれたお茶を飲んで一息入れて私は君麻呂さんに尋ねた。やっぱり友達になるには会話って必要だと思うよね。



「それにしても昨日はうるさかったですね、君麻呂さんはゆっくり寝れましたか?」



私は全然眠れませんでしたよ。憎い、憎いぞ!



「昨日は賊に入られまして、そのせいだと思います」



「へぇ…結局どうなったんですか?」



「夜中だったのでよく分からないのですが…可哀相でしたよ」



そう言ってまた君麻呂さんが少し笑っている。なんでだろう、賊に入られたのなら良い事なんてある筈が無いのに。



それに可哀相って、どういう意味だろう。



「可哀相ってどういう意味ですか?」



いやぁ、我ながらストレートな質問だと思う。



学校とか行かせて貰ってなかったから勉強はもちろん全然出来ないけどこれは無いんじゃないか、ってくらいにストレートだ。



「可哀相は可哀相ですよ」



意味が分からない。そりゃ可哀相は可哀相だけど、それって答えなのかな?



私よりも君麻呂さんの方が頭がよさそうだから私じゃ分からないようなことなのかもしれない。



「すいません、仕事に戻らせてもらいます」



君麻呂さんが頭を下げてそう言うと置いてあった箒を手にとって門の方へ歩いていった。



「お仕事頑張ってくださいねー!」



私がそう言うと君麻呂さんはもう一度こちらをみて頭を下げた。



それが少し寂しかった。他人行儀のようで、私が夢見ていた友達というのと掛け離れた関係なんだと理解させてしまう。



だけど、今日の君麻呂さんはやっぱり機嫌が良いんだ。



だって、最後に私に声を掛けてくれた。



「今日は風が強いので体にはお気をつけください」



君麻呂さんが私に気を使ってくれたことにやっぱりこういう関係じゃない、という残念な気持ちと声を掛けてくれた、という嬉しい気持ちが交差した。



もう少し、もう少し話せたらきっと私達は友達になれる。そう思うと少しこの屋敷での生活もいいと思えてきた。







「君麻呂さんなんでこの仕事をしているんですか?」



夜になって君麻呂さんが食事を持ってきてくれた。今日、君麻呂さんと別れてから思いついたことを聞いてみた。



「お金が必要だからです」



君麻呂さんはそう簡潔に答えた。



君麻呂さんは私と同じくらいの年なのにこうやって仕事をしている。何かの事情があるのかも知れない。



「聞かない方が良かったですか?」



聞いちゃいけない事情があるかもしれない。私だって何故この屋敷に嫁いだのかを聞かれたら嫌だもん。同じかもしれない。働かなければらない事情があるかもしれないのに。



「いえ、そういうことは無いです」



そういえば君麻呂さんはいつも夜になると月を見ている。昨日だって私が食事をしている間はずっと月を見ていた。



なにか感慨深い物があるのかもしれない。



「ただ、私には妹がいまして」



「妹さんがいるんですか、やっぱり同じ金色の髪の毛なんですか?」



「黒ですよ。目の色も黒くって私とは似てません」



そう言った君麻呂さんの目はとても優しげだった。君麻呂さんは妹のことを大事にしているんだというのがひしひしと伝わってくる。



私と話しているよりも君麻呂さんは妹の話をしている時が一番安らぐということを知ってすこし悔しかった。



「大事にしているんですね、妹さんのこと」



何気ない一言だった。ただ、君麻呂さんから伝わってきて私が感じたことをそのまま口にしただけだ。



それだけなのに、君麻呂さんは優しい目で笑ってくれた。



「ええ、私の命よりも大事です」



ああ、本当にそうなんだろうな、って分かってしまうくらいに今の君麻呂さんは嬉しそうだった。



やっぱり悔しい。今の君麻呂さんは私を見ていてくれていない。妹のことを想って、妹のことだけを見ている。ここにいなくても、きっと頭の中で思い描いてる。



だから少し意地悪を言ってみた。



「君麻呂さんが金色の髪の毛なのに妹さんは黒色だなんて少し変ですね」



それに君麻呂さんの目は綺麗な青で透き通っているようだった。それなのに妹の目は黒いらしい。全然似てないよ。



「そうですね、私は嫌いなんですよ…この髪も、この目も」



「え?」



どうして? そんなに綺麗なのに、なんで…。



「出来ることなら…妹と同じ黒い髪と目で生まれてきたかった」



そう言って自分の髪を撫でている君麻呂さんからはそれが嘘じゃないって空気を感じた。



「なんで違うんだろう。どこか一緒だったら、せめてどこか一緒の場所さえあれば、といつも思ってます」



いいな、君麻呂さんにこんなに想われてるなんて、ちょっと嫉妬しちゃう。



私にはこんなに想ってくれるお兄さんもいないし、想っていてくれたお母さんももういない。一人ってどんなに無理していてもやっぱり寂しいなぁ。



「ちょっと…羨ましいです」



そう零していた。伝わって欲しい、私がどう想っているかを、私が君麻呂さんを求めていることを。



だけど、世の中は一番伝わって欲しいことがうまく伝わらないように出来ているってことが分かった。



「まさか、妹はこんな私に迷惑してますよ」



違うよ。きっと照れてるんだよ。



こんなに想われてるのって、そういないと思うな。



同じくらいの年なのに私と違ってしっかりしてる君麻呂さん。私と違っていろいろなことを考えて家族の為に働いている君麻呂さん。



なんでこんなに遠いんだろ。



なんでこんな出会い方しか出来ないんだろ。



君麻呂さんは私のことをお嬢様って呼ぶ。どんなに私が君麻呂さんって努めて親しく呼んだとしても。



それが義務だから? それが仕事だから?



二人の時だけでいいから名前で呼んでよ。



呼び捨てでいいから、サユリって呼んで。



いつまでたっても会いに来なくて、顔すらも知らない未来の夫なんていらないから。



私は君麻呂さんが欲しいよ。

















[713] Re[12]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:523f27dc
Date: 2007/08/08 02:04






「最近とある大名が血継限界を取り入れた」



「んで、オレになにさせようってんだ。まさか、本当にただの護衛じゃないだろうな」



大蛇丸はオレの言葉に薄い笑みを浮かべる。



依頼はその大名が妻として取り入れた女の護衛。依頼人はその大名らしい。



あの大蛇丸が血継限界を目の前にただそのままなわけが無い。なんらかのアクションをいれる筈だ。



「貴方の目からしてその血継限界の能力が優れていたら事故を装ってつれて帰ってきなさい」



その女を除いた全員を殺せって事か。



相変わらず悪趣味な奴だ。



「もし俺の目からしてその能力が優れてなかったらどうすんだ」



何もせずに依頼料だけを貰って帰って来いってか? なんかつまんねぇな。



「どちらにしても事故は起きるわ」



「あん?」



「能力が大したことなければその事故で一緒に死んでしまうのよ」



「ああ…そういうことね」



前言撤回。面白そうな任務をオレに寄越してきやがった。



最近、血を見てなかったからな。溜まってんだよ、ストレスが。



「依頼料はどうするんだ?」



依頼人が死んじまったら貰えるものも貰えない。



だけど大蛇丸は素敵なアイデアをオレに授けくれた。



「賊に入られたんだ。お金なんてみんな持ってかれるわよ」



「別にオレじゃなくてもいいんじゃないか? 君麻呂でも十分だろ」



そう言って大蛇丸の背後に立っている君麻呂を顎で示す。



「戯言だな」



「あ?」



「僕は大蛇丸様を見ているのに精一杯だ」



「え、ああ…そう」



オレが他の里の住民だったら絶対に音の里に依頼しないね。



つうか依頼人を殺そうとしている奴が里の長って時点でお仕舞いだろこの里。これを他国に言いふらせば仕事なくなるだろうな。これって機密なんじゃねぇ?



「期間は一週間、それまでに見定めて実行に移りなさい」



パンッ! とクラッカーを鳴らしながら大蛇丸はそう言う。なんかいい加減うざったくなってきたな。



つうか人の目の前でクラッカー鳴らしてんじゃねぇ、耳が痛いっつうの。



「その大名はあまり人に好かれてなく週何回か賊が入るらしいわ。いい暇つぶしだろう?」



真新しいクラッカーの袋を破ろうとしている大蛇丸に君麻呂が骨で出来たナイフを渡している。



なんだろう、オレはなんでこんな奴のために働いてんだ? 嫌になってきたよ。



「んじゃ、行ってくるからよ。オレの留守中にアカリになんかあったらテメェ等を殺すからな」



オレがいなきゃ無防備なんだ。だから誰かが守ってくれなきゃ困る。



「分かったわ。あと、任務の帰りについでにクラッカーを買ってきてくれると嬉しいんだけど」



「君麻呂にでも頼んどけ、馬鹿野朗」



ああ、早く終わらせて旅行に行こう。







狂った歯車の上で







「それでねーーー」



今日も君麻呂さんとお喋りをしている私はやっと楽しいって感情を覚えた。



一人で遊んでいる時に感じてた楽しいってのは偽者で、君麻呂さんとお喋りをしている時に感じるこの嬉しいって感情が楽しいんだってことを。



「君麻呂さんはここに来るまで何をしてたんですか?」



最近私が夢中になっているのは君麻呂さんのことを知ること。



それと同じくらいに私のことを教えること。



もっと知りたい。もっと知って欲しい。



君麻呂さんはどう思ってるのかな?



「私は百姓でしてお嬢様に楽しんでもらうことはあまり分からないんですよ」



そう言って君麻呂さんは苦笑しながら答える。



そうか、君麻呂さんは農家の人なんだ。



「そんなことないですよ。私は君麻呂さんと話せてすごく楽しいです!」



私と近い年でここまで話した人は君麻呂さんが初めて。みんな冷たい目で私を見てた。理由は分からない、でも拒絶されているのには気付いていた。



だから私はこんなに長く話すのをしたことがない。



「本当に、嬉しいんです」



「……………」



困っちゃうよね、目の前で泣かれると。



でもね、本当に嬉しいんだよ? こういう風に取りとめもなく会話が出来るってのが、友達なんだよね?



「本当に、嬉しいんですよ」



「……………」



君麻呂さんが話すの止めちゃった。



どうしよう、嫌いになっちゃったかも知れない。



そう思っていると、やっと君麻呂さんが口を開いてくれた。



それは、今まで以上に柔らかくって、初めて私に向けられた感情の篭った声だった。



「少し…分かりますよ」



そう言う君麻呂さんの私に向けられた目は声音以上に柔らかくってすこしくすぐったかった。



「私もあの人に拾われる前まで一人でこんなに話したことは無かったですからね」



私だけじゃなかった。



少し、心が救われたような気がした。



「あの人に拾われて色々な事を教えられて本当に心から救われました」



私もね、今救われたよ。君麻呂さんに、心から救われてるんだよ。



「誰も私を見てくれなかった。その中であの人だけが、私を見つけてくれた」



心が吸い寄せられる。



君麻呂さんの一言一言に心が共感して納得して理解していく。



私もね、この広い屋敷の中で君麻呂さんだけが見つけてくれた。



「それで気付くんですよ。どんなに気丈に振舞おうとも、結局は一人というのは寂しいんだと」



「尊敬しているんですね、その人を」



今の君麻呂さんは妹の事を話しているときと一緒だよ。



その人に思いを馳せてる。



どれだけ、本当にその人を想っているかが分かっちゃう。



「そうですね、妹と同じくらいに大切な人です」



だろうな。顔に書いてある。



「忘れられないんですよ。馬鹿な私がどれだけ覚えが悪くとも捨てずに最後まで待っていてくれたのを」



今日の君麻呂さんは饒舌だ。



今まで抑えていたのを止めたみたいによく私と喋っていてくれる。



「捨てられるのが怖かった。そう思うだけで必死になれた。それがやけに鮮明に残っています」



私もね、怖いんだよ。



君麻呂さんが私から離れていくのが、もう顔が見れなくなるのが怖いんだよ。



月が綺麗だ。



月は誰よりも強いと私は思う。



暗闇の中でもただ一人だけ、一人だけなのに力強く光っていられる。



私もいつか輝けるかな、お月様みたいに輝けるかな。



「ねぇ…君麻呂さん」



「はい?」



私達って、友達だよね?







結局君麻呂さんは困った表情で答えてくれなかった。



「私はただの使用人ですから」



そういって言葉を濁すだけ。



少し、寂しい。



少し、悲しかった。



そう言って部屋から出て行った君麻呂を今日は視線で追うことなく眠りにつく。



なにも考えたくなかった。夢の中で静かに自分を慰めたかった。



やっぱり、一人だったんだ、って泣きそうな私がいるのが分かる。



誰か一人でもそばにいてくれたら救われるんだろうな… 。



でも、無理矢理に君麻呂さんをここにいさせたのなら、きっと君麻呂さんは怒る。私を嫌いになっちゃう。



君麻呂さんは誰よりも妹と一緒にいたい。それをさせなくするときっと傷つく。



自分が傷つくのなら、平気だね。



仕方ない、それで我慢できちゃうんだよ。



誰かを傷つけると、悲しいね。



私のせいだって、我慢が出来ない。







「どうしたんだろ、今日は静かだよ」



私が来てからはうるさくなかった日はなかったと思う。



静かに部屋から出て行って屋敷を探検してみた。



部屋から出るな、とは言われてはなかったけど出ようとするといつも君麻呂さんが来ていけない状態が続いていたから。



今日は静かだし大丈夫だよね? 私はそう自分に言い聞かせて部屋から出て行った。







胃の中の全てを吐き出した。



吐き出しても止まらないこの悪夢。



嗅覚を無視して肌から浸透していく血の匂い。



肩から先に足があって、腰からしたに手がある変死体。



皮膚から全てをひっくり返されて死んでいる人。



体が半分以上溶けてしまっている人だった物。



屋敷の奥で地獄が私を待っていた。



君麻呂さんの死体。



それが私の目の前に鎮座している。



今まで見てきたいろいろな人たちのなかで一番それがひどかった。



顔は分からないくらいに切り刻まれてお腹の中身がすべて撒き散らかされている。



それなのに君麻呂さんって分かったのはきっと髪の毛が血に塗られていても金色が残っていたからだと思う。



胃の中はもう空っぽ。それでも胃液だけを吐き出して私は泣いていた。



涙がかれても泣いている。心が泣いている。



もう入らない。何もかもいらない。



そう思ったら体が弾けた。







「ったく、今度は忍びを雇いやがって…面倒だな」



そう言いながら襲い掛かってくる草隠れの忍びの首を飛燕で切り落とす。夜だから風なんて見ることも出来ずに思ったよりも簡単に倒せた。



そうとうオレの雇い主は嫌われていると見るね。他の大名が忍びを雇ってまで殺しに来るなんて。



汚いことにまで手を出してたみたいだからな、嫌われるのもしゃあねぇ。



オレが気づいたときには数人の忍びがこの屋敷に入り込んでほとんどの奴等が殺されていやがった。金目に糸目もつけずに上忍を雇ったんだろう。バレたら失脚だからな、金で解決してくれりゃいくらでも払うか。



しかし、もう雇い主も殺されてるだろうな。もとから殺す気だったから別に気にしないが。



好き勝手に注文ばっかしてた奴はオレが殺したかったのに。



あのお嬢さんも気の毒にな。血継限界を持っているか知らねぇが覚醒せずにつれて来られて訳も分からねぇみたいだったし。



ちょうどタイミングよく事件も起こった事だし殺っとくか。気が乗らねぇけどさ。





金切り声が聞こえた。



「ちっ…まだ生きてたのか」



忍び込んだ忍びに殺されてたら良かったんだが、オレが殺さなきゃいけなくなっちまったじゃねぇか。



女と子供は殺したくないんだけどな。それも両方とも備え付けてるあのお嬢さんはあんま殺したくない。



そう思っていたら思い掛けないほどの力強いチャクラを感じた。



敵か? そうオレは思い白眼を開眼させる。



そこに映ったのは巨大な炎の竜巻だった。それが周りを燃やして吹き飛ばしている。



視界の端に残り一人になった草隠れの上忍が燃やされて死んでいる。



際限なく肥大していく炎の竜巻を見てオレは思ったね。



あのお嬢さんは覚醒したんだと。白眼で炎の竜巻の中を見るとオレがこの時の為に作っておいた偽者の死体を抱え込んで泣いている。



「まったく、困ったお嬢様だな」



属性は風と火ってとこだな。風のおかげで火力が上がっていて普通の忍びじゃあんな曲芸染みた忍術できないわな。



このままじゃこの屋敷は全壊しちまう。その前に金だけは拾わなくちゃいけないと思いオレは金庫へ向かって走っていた。







影分身に盗んだ金を安全なところへ持って行かせてオレは改めてお嬢さんの方向へかけていった。



何故オレがあの女のことをお嬢さんと呼ぶのか、そりゃ名前なんて知らないからだ。



依頼人は教えてくれなかったしあの女はオレに聞くだけで自分の名前を教えなかったからな。ついつい君麻呂の名前を使ったのもなんだが相手も失礼だよな。



そんなことを思っているうちにもう炎の前に辿り着いた。迫力あるな、こりゃ。



最初の時の二倍近く大きくなってるのに竜巻の回転も炎の激しさも変わっちゃいない。むしろ強くなってやがる。



とは言ってもコントロールも出来ていないし暴走ってのが正しい表現だ。ここに来る際に考えていた基準を上回った評価は得られないね。



さて、どうしようかね。











[713] Re[13]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:523f27dc
Date: 2007/08/08 02:09






「あら…一人で帰ってきたの」



部屋に入り次第に大蛇丸はそう言った。



想像していたのと逆だったのだろう。



「大蛇丸の言われた通りにしたつもりだぜ」



「私はてっきり連れて来ると思ってたんだけど」



「オレの目からして連れてくる必要は無かったんだよ」



あの時を思い出して、なんか腹の奥にムカついていく何かを感じた。



「オレのいない間アカリは大丈夫だったか?」



一応、聞いておいた。きっとオレが自分を安心させるために言ったんだと思う。



「多由也に預けてあるわ」



ちょっと安心できなかったわ。



「大丈夫なのかよ」



「多由也も一応は女の子だから大丈夫でしょ」



一応、ってつけるのか。



「知ってる? 意外とあの子にも女の子らしいところがあるのよ」



「マジかよ」



知らなかった。女の中の男だと思ってたからな、つうか五人衆の男全員が知らない事実だろうな。



「一週間って言っておいたのに随分と帰るのに時間がかかったじゃないか」



さっきの話を切って大蛇丸がそう言った。嘘はつけられない、そんな空気を醸していた。



「気分が悪くってな…他にも狩ってた」



草隠れの忍びを雇ってた大名を探し出すのには少し時間がかかった。思いの外に慌てたからな、あの時は。腹だ立ってそのままじゃ済ませそうに無かった。



二人の大名の家から取ってきた金を大蛇丸の目の前に差し出す。



「後味が悪い仕事ばかりさせるなよ」



殺気を込めて大蛇丸を睨みつける。



「それを完遂させる貴方も十分怖いわね」



大蛇丸にそうまで言われるようになるとは、中々出来るもんじゃない。



だが、なりたいなんて思いたくもねぇ。



今回の任務で思ったこと、そりゃ、



「割に合わない仕事だよ」







狂った歯車の上で







呪印を第一状態まで開放する。程よいイカレ具合になった脳には目の前の炎の竜巻は小さすぎた。



ベルトに携えていた刀の柄に手を掛ける。



蜘蛛粘金はチャクラを通さない。ならば、逆にチャクラはこの刀を通れない。



「暑いだろ? 風穴開けてやるよ」



腕を大きく上げて、唐竹に振るった。



チャクラに対して絶縁体であるこの刀に切られた炎の竜巻は縦一文字に大きく裂けた。竜巻ってのは常に動いているからオレが通った直後に穴は塞がってしまった。



「君…麻呂さん?」



その中にお嬢様はいた。





「残念だけど、オレの本当の名前はうずまきナルトだよ」



君麻呂ってのはオレの仲間の名前だ。



思ったとおりお嬢様は訳が分からない顔をしている。そのまま抱きしめているオレの身代わりにしといた里の青年が滑稽だった。



「君…麻呂さんなんだよ、ね?」



馬鹿みたいに聞き返してくるお嬢様に思わず苦笑してしまう。あまり深入りしないようにそっけなく扱っていたが思った以上に重症のようだ。



オレがお前のことなんて関係ないってことが分かんねぇのかよ。



「そりゃ偽名だ。オレの仲間の名前だよ、お嬢様」



なんかお嬢様ってのにハマってきたな、オレも音の里の奴等の仲間入りかもしれない。



「あぁ、寝起きだから綺麗だった髪がぐしゃぐしゃだよ」



起きてすぐにこっちに来たんだろう。単衣のままで来てやがるよ、この炎の塊を出すまで寒かったろうに。



そう思って後ろを向いてみる。回り続ける炎の壁がオレ等を囲って謡ってやがる。



いいね、ちょうどいい熱さだ。



「君麻呂さん…」



「ん?」



俯いたままの彼女がオレの偽名を呼んだ。つい答えてしまったのは四日間とはいえ使用人として接してきた習慣だ。癖になっちまった。



「私を…騙してたの?」



「そうだよ」



こういう時は変な嘘は言わない。余計な後腐りを残すといい気分で仕事が終われない。



「オレはね、人を殺すのが仕事なんだ。今日はまだ侵入者しかやってないけどね」



「可哀相なことって…そのことだったんだ」



「賢い子は好きだよ」



オレが気持ちよく寝てるってのに騒ぎを立ててた奴等は全部殺してきた。アカリが傍にいないってだけで眠れねぇっつうのに騒いでんじゃねぇってんだ。



しかも連日でやってきやがって、初日こそ眠らせただけだと次から殺してたね。殺して埋めて岩を置いてきた。



もう涙は流れていない、きっと枯れ果てたんだろう。可哀相なお嬢様だ。



「顔上げなよ、それともう泣かないでくれ」



オレがそう言って彼女の手を取って立ち上がらせる。その際にズルッと抱きかかえていた死体が床に落ちた。



「あっ…」



その死体に視線が向いていたのを顎をつまんでこっちに向かせる。



驚く彼女の顔は年相応の幼さを持っていた。アカリよりも二つ三つ年上だったと思う。



悲しそうな目でオレを見ていたね。



一人だったんだろ? ずっと孤独で、泣いていたんだよな?



分かるよ、彼女の目を見ていたら、自然と伝わってくるよ。



「頼むからさ、もう泣かないでくれよ」



そういって頭を撫でる。不安だったのだろう、震えていた体が手に伝わってくる。



彼女の頭はやっぱり小さくて女の子なんだなと思う。



腰まで伸びた黒髪は綺麗で誰にも汚すことができない美しさを持っている。崩れていた髪を手で櫛のように梳いて元の綺麗な状態に戻す。



「ほら、元通りだ」



いい石鹸を使っているのかな、彼女の髪からはいい匂いを感じる。石鹸も持って帰ろうかな? あ、もう燃えちまったか。残念だ。安い石鹸しか変えない兄ちゃんを許してくれ。



オレがあれこれ考えながら髪を摩っていると彼女はくすぐったそうに体を揺らした。



服越しに彼女の心臓の鼓動を感じる。そして同じように体温も伝わってくる。炎の中なのに別のぬくもりを感じた。



「もう大丈夫かな?」


 
そう聞きながら彼女の顔を覗き込む。



「君麻呂さん……」



さっきと違って体の震えも止まっていた。顔にも少し笑みが浮かんでいる。というか偽名って言ったのにな、そっちも癖になっちゃったかな。



「ん、大丈夫だね」



そう言ってまた頭を撫でる。小さい子にはこれが一番安心出来るって音の里に来てからそう学んだ。



だから言っておこう。





「泣き止んでくれて良かったよ。泣いている女の子を殺して喜ぶ趣味は無いからね」





「え?」



なにを驚いてんだ?



最初に言ったじゃん。



人を殺すのが仕事だって。



「後味が悪いんだよ。泣いてる女の子を殺すのがさ」



感情ってのは必要ないんだよ、人を殺す時は。あったらそれが枷になって腕が鈍るし後になって後悔するかもしれない。



震えだそうとしている彼女を軽く抱きしめる。



結局は殺しちゃうけどさ、嫌いじゃなかったよ。むしろ好きかな? でもね、アカリと出会ってから本当の恋愛感情なんて良く分からなくなっちまった。



惚れ込んでるんだよ、あいつにさ。他の奴なんか関係ないくらいにオレは惚れ狂ってるんだよ。



ぽっかり空いてた穴を埋めてくれたあいつがさ、今のオレの一番大事なんだよ。



ああ、よく分かんないわ。今の感情も、それがちょうどいいんだけどね。



「お嬢様、もう終わりですけど…最後に何かお願い事はありますか?」」



使用人の時の話し方で彼女にそう言った。これが一番安心出来るんじゃないかな? この話し方で話していた時が一番楽しそうだったしな。



彼女が顔を上げた時は、もうすでに炎の竜巻が建物の半分以上を飲み込んでいた。



「君麻呂さんが…欲しいよ」



小さな声だったが、ちゃんと聞こえていた。



悩む必要も無い。オレは答える。



「ちょっと、無理かな?」



オレの全てはアカリの物だ。あいつが望むなら心臓だって喜んで差し出すよ。あいつのおかげでオレはあのまま生きていられるから。止まれずに、壊れずに進んでいられるから。



「オレはね、もうすでに他人の物なんだ」



「そう…じゃあ」



本当は泣いているんだろうな、だけどもう残ってなくって泣くに泣けないから笑っている彼女がよく分からなかった。



よく分からない。オレが彼女をどう思っているのか、どう感じているのかが。



「本当のお友達が欲しい」



泣き腫らした目で、それでも今までで一番綺麗な笑顔でそう言った彼女をオレは抱きしめてた。



小さい、本当に小さかったんだな。



でも、それすらも許されていないんだよ。オレには、逆らえないんだ。逆らったら、今のオレが壊されちまう。



従っているから存在していられるオレの平和を守らなきゃいけないんだ。それの為に、自分に嘘はつけない。



「分かったよ」



オレは腕は振るった。







「おかえりなさい」



家に戻ると笑顔のアカリが待っていた。



大蛇丸が知らせを送ったんだろう。



「ただいま」



今は、アカリの笑顔を見ているだけで心が救われる。



この家で済むようになって帰りを待ってくれる人が出来た。それは奇跡のように嬉しく思う。



「一週間で帰ってくるって聞いてたのに…心配したんだよ」



そう言って服の裾を引っ張ってくるアカリの手は彼女よりも小さかった。



心配させ過ぎたのかな、家族失格だな。



「ごめん…」



つい腕を握ってしまう。どっちが年下かも分からない。



でも、アカリの手を握っていると不安が去っていく。暖かくて、冷めていたオレを解かしてくれる。



「なにか、あったの?」



顔を覗き込んできたアカリの顔を見たとき、頬に感じる冷たい感触に気づいた。



覗き込んできたアカリの顔があの少女の顔と被った瞬間、耐えられなかった。



オレが壊れた。

















[713] Re[14]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:523f27dc
Date: 2007/08/09 02:11






ヒナタとサクラは一緒に修行の旅とやらに行ってしまった。



最初は色々な滝を巡るつもりらしい。



それを聞いて最初は呆れていたがそれでヒナタが強くなったのも事実でその強さのおかげである程度の自由が手に入ったのも事実だ。



ヒナタの親父が旅の許可を許した時は俺も驚いたがヒナタの親父が後に漏らした言葉にはオレも納得した。



子の成長に祝福出来ない親はいない、という言葉に両親が既に他界している俺には少し羨ましかった。



初めて「さすがは俺の息子だ」と言ってくれたあの時もこう思ってくれていたのかな、そう過去に縋りそうになるくらいに。



二人が里を出て行くのを俺とカカシで見届けた。



「サスケも立ち止まっていられないな…」



きっと巣立っていく子供のように思っているのだろう。俺等に言わせりゃカカシは親みたいなもんになっちまった。



親父のことは忘れない。それでもカカシも俺の父親だ。きっと、そう思っていてもいいと思う。



「立ち止まっていられなかったよ…あの時からな」



子供のままじゃいられないんだよ。自分勝手にいられることに少し疲れた。



あんな俺を見ているのに疲れちまった。



どれだけ自分の視野が狭かったのか。



どれだけ自分が小さかったのかを知ったあの時からもう立ち止まっちゃいけない。



「そうだな…サスケは止まっちゃいないよ」



自分一人じゃきっと気づかなかっただろう。あの時までは自分は進んでいない、止まったままだと思っていた。



それでも自分を評価してくれる人がいるってのは本当に恵まれている。



「礼は言わないぜ」



あいつに認められた時に、礼を言わせて貰うよ。







狂った歯車の上で







「悪いけど…あんたには罪悪感を感じないよ」



目の前の男が何かを言っている。その何かは耳を素通りして右から左に流れていった。



なんの感情も湧き出さない。純粋とは無縁の人間を殺すことに罪悪感なんて抱くはずも無い。



血の匂いは嗅ぎたくなかった。だから男の心臓の上に手のひらを伏せてチャクラのメスで心臓を切り刻んだ。



泡を吹いて動かなくなった男を見届けて立ち上がる。



夕日は綺麗だ。消えてなくなるその時まで煌きを失うまいと力強く燃えている。まるで彼女の炎のように。







「ちょっと疲れてるわね」



任務が終わり報告のためだけに大蛇丸の前に訪れたオレに奴はそう言う。



「気楽だよ…今までの仕事比べたらな」



「どんな気分なのかしらね」



「罪も無い奴等を殺すよりも殺人鬼を殺してた方が気が滅入らずに済むんだよ」



それを聞いて大蛇丸は何かを思い出したかのように笑みを浮かべる。別に思い出されても知ったことじゃなかった。



「今回は全員殺せたようね」



全員、それがオレの心に更に付加を掛ける。



「子供は殺さないなんてちゃちな心がけ、捨てろよ」



女のような喋り方をするこいつは時々それを忘れるように素に戻る時がある。それは決まってオレの中身を激しく揺さぶる。



「任務に支障は無い筈だ。それ程殺したきゃ別の奴を送れよ」



初めて大蛇丸に対しての抵抗だった。土地を与えられ、アカリへの実験も止めてもらいやっと手に入れた平穏を壊さないためにオレは素直過ぎた。



せめてもの抵抗だった。この状態で一度でも任務に失敗したら、きっと今の平穏は壊れてしまう。



失敗できなかった。その心の枷がオレを更に強くしてくれた。



血を吐いた。胃の中の全てを吐き捨てた。それでも彼女を思い出すと強くなれた。あの時、ちゃんと連れて行っていればこんなことにはならなかったかも知れない。



自分を律する。オレには到底無理なことだった。どんなに忘れたいと願っても忘れるなと説き伏せるオレがどこかにいる。



「子供は成長とともに体だけでなく憎悪も成長させる。それは身体的な成長とは桁外れな速さ、そんなことも知らないのか」



「憎んでくれよ。復讐ってのはな、怒りが風化したら正常にいられないんだよ」



何のために生きてきた?



何のために強くなった?



何のため、何のため、何のため…。



それが分からなくなるほど怖いものはないよ。だから、忘れないためにオレを憎め。



「いつか殺されるわよ」



「いいね、それ」



頼むから解き放ってくれよ。少し、疲れた。







「ただいま」



「荷物整理はどうだったの?」



「あのカマ…そうとう溜めてやがった」



「大変だったね」



畑仕事なんか続けられないくらいにオレは弱かった。こんなのことより、もっと人を助けたかったのかもしれない。



殺すのは悪人だけ。そういう類の奴等を殺すときだけオレはこの世に貢献しているんだと思えた。



大した偽善者だと、この人殺し。自分が悪人のくせに何言ってやがる。免罪符が欲しかった。それだけだ。



カブト先生に頼み込んで音の里のお抱えの医者になった。



白がいるのに、先生がいるのにオレは優先的に患者を貰っていた。



確かに、たいした免罪符だよ。



ありがとう、それを聞きたいだけでオレはこんなにも仕事をしている。



「夕飯作っといたよ」



オレを唯一救ってくれる神様だった。



あの時トチ狂ったように謝罪をしていたオレの手を握り続けてくれた。その温もりにも気づかなかったくらいにオレは馬鹿だった。



「ありがとう」



ありがとう、本当に、ありがとう。







「中途半端に、あの子に思い入れをしない方がいい。君はそんなに強くない」



来いと呼ばれそこに向かうと、君麻呂が唐突にそう言った。



「どう意味だ、君麻呂」



意味が分からない。思い入れるな? 遅いんだよ。



君麻呂はオレに答えることは無かった。ただ、同情染みた顔でこう言うだけだった。



「家族ごっこ―――そんなにも楽しいのか?」



家族ごっこ―――その言葉に血が沸騰する。殴りそうになるのを拳を作るだけで抑える。



「君麻呂…次、その言葉を口に出してみろ。ぶっ殺すぞッ!!」



「何をするのにも理由が必要だというのは、辛いものだな」



熱くなった血はまだ冷めることはない。それの中を嘗める様に循環を繰り返す。



君麻呂は表情を変えずに空に輝く月を眺めた。



オレもつられて見てしまう。今日の月は少し欠けていた。それでもなお、オレ等を照らすには十分な光で讃えてくれている。



「もう見ることは出来ないと思っていたよ」



「…………」



オレは何も答えない。今の君麻呂に掛けられる言葉なんて持っていなかった。



どんな言葉でも今の君麻呂には同情になってしまう。オレには君麻呂があの時どう思っていたのかを知らない。どう苦しんでいたのかも、どう悲しんでいたのかも知らない。



上でもなく、下でもない。横にいる者だけが同情という慰めの言葉を掛けられるんだとオレは考えている。



オレは君麻呂にそんなことを言える立場じゃない。



「こうしてまた月を見ていられるのも、こうしてまた大蛇丸様の下でいられるのも、君のおかげだ」



いつも高圧的に話していた君麻呂が初めてオレに柔らかい声音でそう言った。



先ほどまで熱くなっていた血が収まっていく。夜の風が吹くたびに、次第に冷静になっていくオレを感じた。



「君には分からないだろう? こんな奇跡を。こんなにも素晴らしい、生きるという実感を」



君麻呂の質問。オレに答える術はなかった。答えなんて始めから存在しないのだから。



その答えは君麻呂にしか存在しない。君麻呂しか持っていない、唯一の答えだから。



「僕にも君が得た奇跡は理解できない」



それも、オレしか持っていない唯一の答えだ。



誰にだって分かるはずのない世界に一つだけの、オレだけの奇跡。



「君は…皆が思っているように頭が悪いな」



「は?」



今まで作っていた思い雰囲気を全てぶち壊す一言を君麻呂が口ずさむ。



それに笑っているのだ。あの君麻呂が、大蛇丸にしか見せていなかった笑みをオレに向けている。



「僕が本当に大切な…大蛇丸様の為だけに生きているのに君は何故そう、僕のように生きないんだ?」



あ……。



そういえば、なんでだ?



「僕は言ったはずだよ。『家族ごっこ』とね」



その言葉に反応することなく、オレは君麻呂の言葉を耳にしていた。



否定することが出来ない。何故? それはオレが間違っていたから。君麻呂が言っていることが事実だということにも分かっているから。



「もう、君達は『家族』なのだろう? ならば、何故いつも中途半端なんだ」



オレは、いつだって何かとアカリを比較していた。



アカリが一番だって分かっているのに、安心するために他の何かと比較していた。もう分かっているのに、これ以上に無いってことを知っているのに。



「時には、馬鹿が眩しく感じるよ」



君麻呂が自嘲めいた響きの音を奏でる。



「自分にとって何が一番大切なのかも気付かずに、それでも必死になって何かをしている。滑稽と思ってしまえばそれでお仕舞いだが、僕はそう思わない」



「…そうだな」



滑稽、そう一笑に伏せてくれなかった君麻呂が遠く感じる。



偉そうに、そう思っていたオレが小さかった。



「気付いてしまった君はもうその馬鹿には戻れない」



月は光っている。どんなに暗い夜だろうとも、存在を明かそうと必死になってオレ等を照らし続けている。



私もいつか輝けるかな、お月様のように、輝けるかな。そう、彼女の目が照らしていた。



輝いてた、あの子は最後まで輝いてた。君はあの月になれたんだよ。オレ等を…そう、照らしてくれるあのお月様になれた。



儚げな光でオレを照らしていてくれた。



もう、あの頃に戻れない、か。



気にすることはない。



「戻らないよ」



オレも、ちょっとだけ疲れた。



「そうか…」



後悔、不幸、そんな自分を助ける言葉に疲れちまった。



「皆は必死なんだよ。追い掛けているものを、それを自分にとって一番大切にしようと」



あの子も、必死だった。必死に、なってたよなぁ。



それに気付いてたのに、オレは何をしたんだ?



「馬鹿は風邪を引かないというが、それは気付いていないからなんだよ。自分が風邪を引いているということにさえ」



それが、どうした。



オレは、その馬鹿なんだぞ? 風邪とか、そんなこと関係ないくらいに馬鹿なんだよ。



「僕は馬鹿が嫌いだ。馬鹿は風邪だけじゃない、自分が泣きたいということ事にも気付こうとしない。自分が後悔していることにさえ、その本質にも気付けやしないからな」



言葉が胸に刺さって、息が喉で詰まった。



溢れそうになる自分に対しての怒りを押さえつけて、今は泣いた。



気付けてよかった、と。



ずっと、忘れずにいてよかった、と。



心の底から思えた。誰よりも、オレを望んでいてくれた人がいてくれた。そのことを忘れずに背負ってきて本当に良かった。



この場に跪いて、額を地面にこすりつけて泣きながら謝って、心からこう言いたかった。



…友達になろう…



遅いかもしれない。もう過ぎ去ってしまったことを、こうも苦しんだとしてもそれはもう遅いかもしれない。



遅すぎたから、諦めるのか?



諦めてしまっていいのか? やっと、分かったのに。



自分が何をして、どう感じ、どう思っていたのかに気付いたというのに。



「後悔は誰でも出来る。だが、乗り越えられる者は数少ない」



自分の嗚咽の端っこで、小さく君麻呂の声が聞こえた。



それはオレに向けられたものじゃない。オレは乗り越えられてない。未だ、後悔と共に落ちている。



オレは、まだ後悔と共に静かに静かに落ちている。



「誰かに頼るな。誰も君を救えないよ。君が誰も救えないのと同じようにね」



オレは誰かに頼ってた。



オレが解き放てるというのなら、殺されてもいいとさえ思っている。



誰かオレを殺してくれ。疲れた。もう歩けない。オレはそう思ってた。



「言ったはずだ。君は弱い、誰よりも弱い。頼ってばかりだからな、弱いのは当たり前だ」



あれがきっかけだったのかもしれない。自分に愛想を尽かして知らない他人に罰されようと思い始めたは、あの瞬間だったのかもしれない。



腕を振るったあの瞬間、彼女の涙だと思っていたあの水はどこから流れてた? どこから、誰が、泣いてたんだ?



―――オレだ。



「あ、ああああああああああああッ!」



頭を抱えた。これ以上は考えてはいけないと、意識の底から叫んでくる。



「自分を偽るような弱者が、調子に乗るなよ」



これでいいんだ。

これでいいんだ。

これでいいんだ。

これでいいんだ。

これでいいんだ。

これでいいんだ。



そう思うなら、



――――なんでオレは泣いてるんだ?



「やっぱり、君は馬鹿だ」



君麻呂は、それだけを言って背を向けた。一歩、その一歩が信じられないくらいに遠い。オレから遠ざかるその距離が、何か決定的に取り戻せない隔たりのように感じられる。



「最近落ち込んでいるようだからどうにかしてくれ、そんなことをわざわざ僕に言いに来たんだぞ。君の妹は」



「……え」



「兄さんが何かを引きずってる、そう言ってこんな僕に頼ってきたんだ」



その言葉を脳は理解しようとしなかった。どうしても動かなかった。



その言葉はどうしようもないくらいに重すぎた。



その言葉はどうしようもないくらいに罪深かった。



その言葉は、どうしようもないくらいに、本当に、どうすればいいのか、何も思えない、笑っちまう、壊れちまう、狂っちまう、ああ、本当に、愛しすぎた。



「いいじゃないか、君は想われているんだ。それだけの為に何もかも忘れるには、十分だろ?」



君麻呂のその言葉も、今のオレには重すぎた。



「ああ…ッ…ああッ!」



必死になって頭を上下に振るう。



頭の中がぐちゃぐちゃになっても良かった。



今は、それだけの価値があるんだと信じた。







「どこ行ってたの」



家に帰ったら既に寝ていた筈のアカリが玄関で一人で立っていた。



その両目は赤く充血していた。



「その…散歩だよ」



また、嘘を吐いてしまう。少しずつ、少しずつオレは嘘を積み重ねていく。



それが耐えられなくて、もう耐えられなくて、潰れてしまいそうだ。



「こんな時間に? もう夜中なんだよ? 危ないんだよ? いつも兄さんがそう言ってたよね? なんで、なんでなの?」



アカリは泣きそうになって沢山の質問をしてくる。



オレも泣きそうだよ。泣きたいんだよ。だけどさ、泣けないんだよ。アカリの前だけでは、って何度も思ったよ。だけど、やっぱりオレは弱いのかな。



強くなったって、勘違いしてたのかな?



もう大丈夫って、勘違いしてたのかな?



もう歩けないよ。一人じゃ怖くって、止まっちそうだよ。



「心配してたんだよ? 本当に、何かあったらどうしようって、不安になって、でも待ってたんだよ?」



そういって飛びついてくるアカリを、違う。またオレは誰かに頼ってた。アカリに頼ってた。



自分じゃ何もできないって、誰かに先に何かをしてもらえないと何もできないんだって。



アカリがこっちに来てくれるまで、オレはずっと動けなかった。



「アカリ…ちょっと待って、オレから行かせてくれ」



声ででアカリを制す。



良かった、止まってくれた。



「アカリ…本当にごめんな」



一歩、それは本当に重かった。



「心配させちゃって…兄さん失格だよな?」



二歩、がくがく、見っともないくらいに足が震える。



「だけどな、だけどな…」



三歩、見ていて情けなくなるくらいに…いや、本当に情けなかった。



こんなにも短い距離を歩くだけにどれだけの日数を費やしたのだろう。それだけの為にオレはどれだけアカリを蔑ろにしていたのだろう。



こんなにも小さい、こんなにも幼い家族を一人ぼっちにさせていたのだろう。



あんなにも広い家の中で待たせていたのだろう。



帰ってくるのに時間がかかった。その間、どれだけ心配させたのかは分からない。意外と短かったのかもしれない。意外と長かったのかもしれない。



それでもオレはアカリを悲しませてた。



自分がどれだけアカリを欲してたのか、どれだけ望んでいたのかも分からずにオレは一人で迷子だった。



迷子はさ、ちゃんと家に帰らなきゃいけないんだよな? 帰ってもいいんだよな?



神様、もしそこにいるなら頷いてくれよ。散々オレに不公平ばかりしてきたよな? ならさ、一度だけでもいいからさ、オレにも幸せをください。



「誰よりも、ずっと、アカリのことが好きだよ」



知ってたか?



オレはね、もう狂ってるんだよ。



狂って、止まれないくらいにアカリが好きなんだよ。



「それだけじゃ…ちょっと許せそうにないよぉ」



オレの肩に頭を置いたままそう言うアカリはその綺麗な顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして台無しにしていた。



「ごめんな…」



長く、綺麗な髪の毛を指で丁寧に梳いていく。それは彼女を思い出させるが、今はアカリだけに集中した。



アカリだけを見て、アカリだけを想いたかった。



「もっと…もっと抱きしめてよ。少し、寒い…」



返事をする前に力を込める。やっぱり同じ年頃の女の子よりも小さいと思う。実験、その言葉が頭から離れられない。



もっと、また聞こえた。



髪に埋もれながら、力を込めた。俺もちょっと隠したかった。こんな顔を妹に見せたくなかった。



今だけ、こう言える確信があった。



心から…違うな、俺自身がこう思った。



「俺は本当に幸せ者だ」



きっとこの五大国で一番の幸せ者。



どんなものよりも、命を掛けるのに相応しいことを知った。それは俺が今まで探していた行き方その物。人は間違っていると言うかも知れない。他人の為に自分を蔑ろにすることを。



それでも俺に後悔なんてありはしないんだ。



「……違う、よ」



泣いて嗚咽と共に吐き出したアカリの声は俺を否定していた。



何が違う? 分からなかった。



「私だよ…きっと、私が一番幸せなの」



いいや、俺達が一番幸せなんだよ…。
















[713] Re[15]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:1b58cbb3
Date: 2007/08/20 23:49








霧雨が降り茂るそんな朝、布団の中でうずくまる俺たちはきっと幸せだった。



もうあの時の再現を夢という形で見ることもなくなり俺は久しぶりに長い眠りにつけた。



「兄さんがお医者さんを始めてくれたおかげでね、色々な人がお友達になってくれたんだよ」



確かに、下忍の治療は精力的にしていた。



それは、彼女に一番近い年齢が下忍だったから。そして、ありがとう、と言われるたびに自分を慰めていた。



さぁさぁ、と降り続ける霧雨のオーケストラに俺は酔っていく。



「暖かいなぁ…」



そう言ってアカリを抱き寄せる。



「二人で寝てたら、やっぱり暖かいんだよ」



そう言うアカリの頭を撫でる。寝癖でくしゃくしゃだった髪の毛が更にくしゃくしゃになる。



「…違うよ」



心がさ、暖かいんだよ。



今日は最高の二度寝日和だ。







狂った歯車の上で





書類上のみで上忍に昇格した俺はきっと何も感じられなかっただろう。



火影の間で綱手にそう報告された時、その場にいた全ての上忍や中忍から祝福を受けた。



もちろん、カカシもその場にいた。



「俺は中忍にさえなっていないんだぞ」



そうだ。俺は昨日まで下忍だった筈だ。中忍試験の仕組みはスリーマンセルであり今は人数が足りていない第七班は受験すら出来ない。



班員の補給という案も確かにあった。確か、上の奴等がそうほざいていたな。



だが、俺とサクラで抗議をしたら思っていた以上にカカシは素直にそれに従った。



形式上は補給をしなければならない。内心ではそう思っていられるほど軽薄な俺等じゃない。



残りの一席は既に、あいつの物だ。



あいつ以上に相応しい者がいなければ、あいつ以上に俺等が必要としている者もいない。



この四人が集められた時点で、この第七班に空席などありえない。



だから補給を断ってまで俺とサクラは下忍だ。



誇りを持っている。あいつを含めた第七班である、その下忍であるということに。



そう。だから俺は下忍である。



なのに何故俺は上忍にならなくてはならない?



そんなもん、欲しい奴はいくらでもいるじゃねぇか。と、いっても同期の奴等にそこまで執着しているような奴は一人もいないんだがな。



「上忍になる為の承認は別に試験は必要ないんだよ。それに見合う実力と里を任せられる信頼感、それさえあるのなら誰にだってくれてもいい資格なのさ」



そういって綱手は気楽そうに笑う。



たとえ強くても裏切る気満々のような奴にはあげられない、ということか。



兄貴はどうやって上忍になったんだ? あの目はさすがに信頼できないだろ。弟の俺が言うのもなんだけどよ。ありゃ、簡単に人を殺す眼だぞ。実際にそうだったし。



「なんでだ? って顔してるね」



綱手は俺の顔を覗き込むように見て笑み浮かべながらそう言った。周りの奴等も少し笑っている。



何でだ、ってのは兄貴に対してなんだが……。



「カカシの推薦だよ」



いや、知ってるから。



推薦状を書ける人物なんてカカシ以外にいる筈がない。担当上忍にして俺の師匠のような奴だからな。



「俺はずっと下忍でいいんだが…」



俺がそう言うと綱手はバン! と机を叩いてこう言いやがった。



「金が足りないんだよ。働いてもらわなきゃ困るねぇ」



「結局は金かよ。どこまでも腐ってやがる」



「その金は私のためじゃないよ。里の為だ」



「嘘つくんじゃねぇ! 絶対に賭博行く気だろッ!」



「行けたら行ってるよ、とっくにね!」



なんか綱手の後ろに立っている護衛の奴等がため息を吐いている。



なんか泣けた。



なんで強い奴等はほとんどまともじゃないんだ。常識から逸脱した強さを持っている奴は性格も常識から逸脱するのか? 



「無駄口叩かずに仕事しな、仕事!」



そう言って机から身を乗り出した綱手に対して周りの忍び達は生暖かい視線を俺に寄越してくる。



同情、という言葉が身に染みるぜ。



「今日の任務は牧場の牛の乳搾りだぞ」



以前は頻繁に骨を折られていたので最近は牛乳は欠かせない。きっと俺の血糊の半分は牛乳だ。



最近では一日に水より牛乳を飲んでいるかもしれない。絞りたてはきっと美味しい。



「んなもんキャンセルだ。他の奴等に回せ!」



俺が牛乳を飲めない。許せるか? 許せねぇよ。



「そんなことを認めるか。乳牛達が俺を待っているんだぜ」



「お前のことを待っていてくれているのは抜け忍の方々だ」



「俺は平穏に乳搾りをしていたんだよ」



握力つくんだぞ。つうかなんだよ、その危険に満ち溢れた仕事は。昨日までDランクやCランクばっかだったのに急に上がりすぎだろ。



それに急に綱手は真剣な顔になって俺に問う。



「本当に牛の乳なんだろうね?」



「本当にクソだな」



いきなりそんなことを言ってきた綱手にそう言って俺は頭を掻き毟る。



牛以外に出来るわけがねぇだろ。俺と自来也を一緒にすんじゃねぇ!!



「いや、最近サスケとサクラの仲が良いから…」



「とことんクソだな」



腐ってんじゃねぇ? ああ、そういえば綱手ももう齢五十の婆さんか。



見てくれだけじゃないってのはこの為にあるんだな。



「綱手様…サスケとサクラはまだ子供です」



カカシが一歩前に踏み出してそう間に入ってきた。その時のカカシの目は綱手とは違い、まぁ、なんか父親のような目だった。



そんなカカシはニコッと笑って、こう言った。



「それが出来るほどサクラにはまだ胸はありません」



「死ね」



「そういえばサクラはそんなに胸が大きくなかったねぇ」



「テメェ等揃って死んでくれ」



最近はいい奴に思っていたのに、内心ではそんなことを思っていたのか。



なんか裏切られた気分だ。



ナルトとは違った意味で裏切られたよ。大人って汚れてる。



「そんなに乳搾りをしたいのか、サスケ?」



カカシまでそう聞いてくる。



初めて里を抜けたいと思った。







大蛇丸に任務があると言われ俺は赴いた。



任務を断るために。



「すまねぇけど明日はアカデミーの診察があるから無理だ」



今朝、アカリに言われてから俄然やる気が出てきた。医者として皆の健康を測れるということに誇りさえ感じた。



「そう…」



大蛇丸は深いため息を吐いて髪をかき上げる。



その動作が少し気持ち悪かった。何処から見てもオカマの仕草だからだ。



君麻呂にしても白や水月も、なんでオカマに入りかけてる奴が多いんだ? この里は。



先生は違うと信じているが里の長がこれじゃなんか自信が持てないぜ。



しかし、大蛇丸のその仕草に安心を持てた。



これで明日は安心してアカデミーに行ける。そう思っていたのに大蛇丸はニコッと笑って、



「そんなに子供達を診察したいのね」



ん? なんかニュアンスが違うような…。



「それ程にまでちっちゃな子供達の胸に聴診器で触れてみたいのね」



「お、おい…」



そしてタイミングを図ったかのように横で立っていた君麻呂が口を開く。



「幼女趣味か…気色悪い趣味を持っているな」



何故そんな汚物を見るかのような目で俺を見る?



つうかそんな趣味はねぇ!



「分かったわ…ちっちゃな子供達を弄る為に任務が出来ないと多由也達に言って代わってもらうわ」



何故に多由也!?



「勝手に話を進めてんじゃねぇ!」



「君麻呂…多由也達にそう伝えてきてくれない?」



そう言った大蛇丸に頭を深く下げた君麻呂はやはり、汚物を見るかのような視線で微かに俺を見ていた。



「失望した…君の妹にも注意しておこう」



「とことんクソだな、テメェ等」



「君に言われたくない…気色悪いんだよ、君は」



もはや視線すら送っていなかった。



大蛇丸も目線を合わせない。



何故にオカマにさえこう扱われなきゃいけないんだ? オカマにそんな権利がある筈ねぇだろ。



「分かったからちょっと待て」



もうこの際どうでも良くなってくる。どうでもいい、それが俺の行動理念なのかもしれない。



「何を待てというんだ?」



ドアノブに手を掛けて君麻呂は今度は背を向けた状態でそう言った。



背中からは著しく嫌悪感が伝わってくる。



俺はそれを無視して、



「白に代替わりしてもらうから行くよ。行けばいいんだろ!?」



ドアを半分まで開いて一歩踏み出そうとしていた君麻呂に半ば叫ぶような形でそう言う。



なんでこうなんだ? なんでいつもこうなんだ?



何でこの里にはまともな奴が少ないんだ? 指で数えられる程度じゃねぇかよ。中枢が腐ってるから回りに広がっているんじゃねぇか。



「そこまで言うならしょうがないわね…」



死ね、俺は心の中で大蛇丸に対してそう呟く。



「素直じゃないな」



いつか殺す、俺は心の中で君麻呂に向かって誓った。







「依頼というのは最近、抜け忍が不審な動きをしているのでそれを探ることなんだ」



綱手はそう言う。



抜け忍の仕事は追い忍、つまり暗部がするものだと思っていたが俺の想像以上にこの里の経営は厳しいらしい。



ここ最近暗部の姿を見たことがない。仕事のむしのようだ。



「依頼人は隣の国の領主でね…どういう訳か任務は二人で行って欲しいらしい」



隠密、ということか。



しかし、綱手の顔色からして他にも理由がありそうだ。



「サクラが修行に出ていてちょうど二人しかいない第七班が、ってことか」



「そうだ」



サクラは今も強くなっているだろう。



あいつも、どれくらい強くなっているのかが予想付かない。



通り越しているか、それとも更に差が開いているかもしれない。



抜け忍、というとある程度実力はあるということだ。それは里から抜けられる程度の実力を持ち合わせているということだからな。



最悪、あの再不斬並に強い奴がいるかもしれない。



あんなのが大量にいても困るがな。



「言い忘れていたが、これはAランクの任務だ」



言い忘れるなよ。



「倒すということが任務じゃない。動向を探るというが任務なのを忘れるな」



「俺もまだ死にたくないからな」



死ねないよ。



やらなきゃいけないことは月の数よりも二つ多い。



「私からも任務を受け渡す」



「ん?」



振り返ろうとしている時に後ろから綱手の声が聞こえた。



さっきまでのふざけた感じはしなかった。



「生きて帰ってくることだ」



「御意に」



その言葉にトクン、と心臓が震える。



ちょいっと、やる気が出てきた。







「依頼というのは最近、抜け忍が不審な動きをしているのでそれを探ることよ」



そう大蛇丸は言った。



探るだけ? それに俺は疑問を抱いた。



大蛇丸も俺の疑問に気付いたようだ。



「表向き、みたいのようね」



「ああ、そうなのね」



自慢じゃないが俺が今まで請け負ってきたのはほとんどがSランクだ。



といっても6回くらいしかしたことないが。音の五人衆とは違って俺にあまり任務は回ってこない。それは俺が拒否しているのがそうだが、実際にはあいつらの修行を兼ねてい

るのだろう。あいつ等は自分から修行なんてもんに手を出さないからな。例外は君麻呂くらいなもんだ。



次郎坊はダイエットという形で修行になっているし鬼童丸もなんかゲームをするごとに戦略が広まって(なんかムカつく)るが、左近にしても多由也にしても実際に人を殺さ

ないと修行の成果が試せないからな。



何かと効率が良くないみたいだ。



「カブトに頼んで依頼人に探りを入れたのよ」



いきなりクライアントを疑うこの里は変です。



なんで経営が出来るんだろう。



「そうしたらあの依頼人、他の多くの里にも依頼を頼んでたわ」



「どういう意味だ?」



「馬鹿ね、体は小さいのにどうして脳に栄養が不足しているのかしら」



ああ、殺してぇ。



「依頼人は抜け忍の集団に恐れを感じているのよ。だから多数の里に依頼を頼んで潰し合いを狙っている、そんなところね」



「ああ、だから二人って条件なのか」



そう。どういうわけかこの任務は二人だけということだった。



最初は隠密に対処したいからだと思っていたが実際には違うようだ。他にも依頼を出さなければならないから二人までしか依頼が出来なかったのか。



意外にしょぼいな。



「そこまで安っぽくないわよ、この任務」



何故に俺の心を読める? 白眼を持っているとかないよな。確か一つ余っていた気がするが。



「成功報酬ね。動向を探れたら最初に約束していた報酬を、もし壊滅することが出来たらその三倍よ」



だから潰し合い、か。金欲しさにだいたいの奴等は壊滅を狙う。そして邪魔者は除去する。つまり証拠を隠すってことか。



「おもしろいね、それ」



よく考えてるよ。もし全ての里が失敗してもきっと抜け忍の奴等は痛手を食らう。それにはまた別の忍びをもっと安く雇って壊滅に及ぼす。



「私からしたら面白くないわ」



「甘く見られてる、ってところかな」



「私の里をねぇ…」



ああ、やっぱ俺の勘違いだわ。



依頼人は馬鹿だ。



大蛇丸だけは怒らせちゃいけないよ。



もとから道徳観念なんて持ち合わせていない、染まりきった犯罪者なんだから。



「他の里の戦力も削って抜け忍も皆殺しよ」



好きだな、皆殺し。



「他の里の奴等と抜け忍を殺ればいいんだな」



それだったら君麻呂とだったら楽勝だ。本当なら再不斬と白の方が相性がいいんだが。生憎あいつ等は旅行中だ。



「違うわ」



「ん?」



「依頼人諸共、皆殺しよ」



「悪人だねぇ、やっぱり」



「今頃気付いたのかしら?」



「まさか、一目会った時からだよ」



「そうね」



「嫌いじゃないけどな」



これくらいの自己中は逆に気分がいい。もちろん、長い物に巻かれている身だから言える言葉だけどな。



「最後には他の里の忍びの犯行にして帰ってきなさい」



悪人じゃないな。



こりゃ、外道だよ。









久々の返事です。



やっと少し時間が空いたので書くことが出来ます。



マサトメさん

返事が遅れてすいませんでした。何度も体調を崩して厳しかったです。今はタイよりも日本の方が暑いんですよね。大丈夫でしょうか? なんでも新記録を叩き出したみたいですね。四十度なんて地方の方に行かなきゃ体験できないですよ。二部はこんな感じにまったり進んでます。批判でもいいので書き込んで下さったら嬉しいです。



レコンさん

感想板の方にも書きましたがうしおととらはまだ読んでません。こっちの本屋にも売っていないので日本に帰った時に一気に読みます。少年漫画というのは意識していませんでしたが気に入っていただけたなら嬉しいです。タイに来てから読んだ少年漫画はハンターハンターかナルトくらいでそこまで思っていただけて嬉しいです。



深緑さん

感想板の方にも返事を書きましたが、やっぱりアスマはいいですね。原作の涙シーンの生贄にされてしまいましたがこっちではする気は毛頭無いです。ちなみにこっちのナルトの新技ですが原作よりも威力は低いですよ。影分身のドーピングもしていないし体内門を使わなきゃいけないって書いときましたからそうなりますね。気になるところがありましたらどんどん言ってください。善処します。



冥さん

冥さんの感想を読んですぐにお酒のシーンを書きましたが全然失敗に終わりましたOTL

多由也の件は今少しずつ直しています。全部探し終えたら編集します。絶対です。話は変わりますが2chのアンチナルトのスレを読んでいると本当に鬱になりますね。言葉が汚すぎる…。



ジェロニモさん

すいません。無理そうです。独自展開、こりゃちょいと難しいですね。オリジナルを書いている作者さん達を尊敬します。去年オリジナルを書こうとして失敗したのを思い出しました。今のところ、あと三話分くらいのネタしか残ってません。勢いだけじゃ無理のようです。ネタがあったら下さると嬉しいです。



水面桂さん

そうですね。前回のナルヒナはちょいと行き過ぎてました。今回は歳相応にしたつもりでしたがイマイチな出来です。前回の狂車の投稿していなかった続きだとかなりイメージを壊して面白く書いていたのを思い出していつかこっちで使う予定です。ちなみにあっちの大蛇丸は完璧にバカです。



ポン太さん

やっぱり何年も飛ばすというのはドラゴンボールにだけ許された裏技ですね。ナルトはせっかく伏線がたくさんあったのにそれで全部壊してしました。ドラゴンボールは悟空以外は大した成長をしていなかったからかっこいいのにナルトの場合は三年も里を離れる必要の無い程度の実力しか手に入っていませんでしたよ。前回の大蛇丸が良かったとのことですが、私からしたら全然大蛇丸っぽくなかったですね。まったく別人でしたしいい人過ぎて今は好きじゃないです。大蛇丸自体は好きなんでもっと使いたいんですけどうまく活用できません。外伝みたいな形でいじりたいです。



ハシャさん

そうですね。サスケは音の里に行く前にどっちを選ぶか悩んだ、みたいなことを言っていたので木ノ葉に残っていたら結構誠実な子になっていたと思います。サスケの場合は自来也について行く必要も無いですしね。むしろ自来也はあまり好きじゃないです。好きでしたが二部の方でどうでもよくなりました。中忍試験の崖に落とす修行法なんてナルトが都合よく九尾を使えなかったら死んでますしね。チャクラが残っていたら影分身をマットの変わりにして生き延びれましたけど。日数については同感です。もう更新されないと思っていた作品が更新されるとすごく嬉しいし面白く感じます。個人的には魔道学院物語がまた更新されるのを祈ってます。おもしろいですよ、読んだことが無いのならお勧めです。



闇狐さん

相性についてはハンターハンターのキルアとビスケのあの講座を手本にしてます。相性もそうですけどテンションや地形によってどんなに強い相手でも勝てる可能性が生まれるというのは納得できます。まぁ、あのメンバーじゃどんなに絶好調でもサソリさんには勝てませんね。逃げてきたと書きましたけどさすがにそこまで上手く行きません。十年近く前から暁にいた大蛇丸は暁の目的を知っている、という設定なんで尾獣狩りは嫌がらせのようなものです。こっちの大蛇丸は積極的な悪人です。



和圧さん

香燐をどうしたらいいのか分かりません! 絶対にサスケとなんかの関係がありそうですしね。黒髪とか、なんかサスケの遺伝子とか使って生まれたなんてこともありそうですしね。ヤマトみたいな形で。だって香燐がいた場所は実験所だったし、それが明らかになるまで香燐は登場しません。あと五話くらい投稿したらサイを登場させる予定です。あくまで予定なんで気分でもっと遅くなるかもしれません。ネタはあと三話分しかないんでネタを下さると嬉しいです。



あるぴあさん

闇狐さんへの返事にも書きましたが人柱力狩りも尾獣狩りも暁に対する嫌がらせです。原作だと部下が少ないのでやってないという私の勝手な設定でこっちでは十分にいるので狩らせてます。暁の中でも飛段やあのゾンビははっきりいって嫌いなのでちゃんと細かく書いて消す予定です。テマリに関しては申し訳ないです(苦 私も好きなんです。暴露しますけどあの砂崩しの二話は二つあわせて書くのに30分使ってません。急に閃いて今までに無いくらいに勢いで書き上げました。お酒の勢いかもしれません。(苦

本当にすいません。



アインツさん

Radwimps、結構いいですよね。六月の頭に日本に帰った時にカラオケでふたりごとを歌いましたよ。~聞こえないから「ただいま」って歌えませんね。ありゃ無理だと思います。自分で後から読んでみたんですけどふたりごとよりもトレモロの方が似ていましたね。意識していないんですけどね、なんでだろう。



ウォッカさん

久しぶりに前の感想板のような感想を貰って嬉しくなりました。

短い文でもいいんですよ。読んでくれた、っていうものが形になって見ることが出来るならそれで書く方は十分なんですよね。私だけなのかもしれないけど。

時間があるときでもいいです。GJだけでいいです。ウォッカさんの感想、すごく嬉しかったです。





私からしたら感想数なんてあまり気にしないんですけどね。メインの提示版でも話になってましたけど赤耳さんの言葉に惹かれますね。

乙の一言でもいいんですよ。読んでくれれば次を書く気力にもなれるし。たとえ作者に才能があって根気もある、そして皆が読んでいても誰も感想を書かなければ根気なんてすぐに腐っちゃいますよ。この形式になって明らかに投稿数が減ってるのも現実だと思う。ナルト板ももう少し活気があったと思う。

この形式のせいだけじゃないですけどね。リアルの方で忙しいのかもしれないし。

over and overも読みたいし木の葉と砂も読みたいです。未乃の長編も読みたいですね。読んでない人も読んでくださいよ。面白いですから。











[713] Re[16]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:c561477c
Date: 2007/09/30 23:05








「現地の視察なんて大事な仕事貰っちゃったね」



「まぁね、そのせいで診察が出来なくなったのが残念だ」



まぁ、いつものように仕事を誤魔化す。罪悪感が積もっていくのを感じる。



帰ったらいっぱい遊ぼう。



「お土産、期待してるんだぞ」



「気をつけてね、兄さん」



なんかアカリと会話をしている時だけ今は春だっけ? と錯覚してしまう。



なんかのほほんと俺が求めていた平穏がすぐそこにあるんだなぁ、と実感する。



いいね、最高だよ。



やばいね、なんかもう全部放棄して逃げたくなっちまうわな。



うん。あれだね、



「家族ってサイコー、って感じだな?」



「うん?」



もう麻薬よりも頭がアカリでボロボロだ。穴だらけで、それをアカリが埋めていく。







狂った歯車の上で







細かい霧雨が髪を濡らしていく。



額にぴったりと張り付いた髪がうざったく手でかき上げるようにして走り続ける。



「そろそろ…雨隠れの里だな」



俺が呟きを無視するかのように君麻呂は走り続ける。



これでもかなり速く走っている筈なのに君麻呂は平然とついていっている。



他の四人であれば離れていく一方である筈なのだが、中々に速い。



咥えていたタバコの火が消えていくのを目の前で見届け吐いた息の強さで吐き捨てる。濡れたタバコははっきり言って不味い。それに臭い。苛立つような感覚を感じる。



空を見た。まるで鼠色。目をつむった。開けた。



雨隠れの里、暁が数人滞在していると大蛇丸は言っていた。



内戦は収まることを知らずに激化するだけ。そして真っ二つ。馬鹿みたいだ。



依頼人はその片方の幹部のようだ。恥を晒す覚悟で外から戦力を取り寄せて相手側を疲弊させるつもりのようだ。



まったく、めんどうな仕事だ。



暁は音の里が尾獣を狩っていることに気付いていない。それが幸運だった。だが、暁の一人を音が殺したことには気付いている。それは幸運とは程遠い。



故に中途半端な奴等は使えなかったのだろう。



音の里で先生を除いて音に尽くそうとしている者の中では俺と君麻呂が上位だろう。逃げられる確立も、仕留められる確立も。



暁は大蛇丸以上の奴等の溜り場と聞いたときは恐ろしく感じたものだ。



「飽きないな…雨とはこんなにも冷たい物だったんだな」



「そうか?」



「比較的に音の里は暖かいからな」



田んぼばっかだもんな。常に春と夏の中間みたいな状態だ。もちろん冬も存在するがそれは他の季節とは違って短い。



「この依頼は正当な依頼ではないな」



「ん…俺もそう思う」



「他に多くの里にも依頼と頼んでいるところからして相当焦っていたのだろう」



「火の国の隣に存在しているからな」



「木ノ葉が弱体化したのをつけ込みたいのだろう」



「チャンスだからな」



「風の国も関係があるさ」



木ノ葉は弱体化、砂隠れは消滅。



常に苦しめられていた二つの強大が無くなった。それは、



「またとない…チャンスだな」



「それは二つの勢力にしてもそうだ」



「依頼人が属していない片方はそれに素早く対応して抜け忍を集めた、ってところでいいのかな」



「出し抜かれたんだろう…馬鹿馬鹿しい」



君麻呂はそう言ってまた空を掲げる。



一度は死に扮した。何を思ったのだろうか。今の異常な落ち着きはきっとその時の諦めから来ているのだと思う。



笑えない。死ぬと思っていたのに生き残ってしまったということが。生きているということに笑みが浮かばなくなったこと、笑えない。



「……そうじゃない」



「…ッ!」



顔が赤くなるのを感じる。



顔に出ていたようだ。少し感傷に浸っていた自分に嫌悪を感じる。



確かに、俺は一度死に掛けた。腹の中身がほとんど死んで、半ば奇跡のおかげで生き残った。寝ている間にあいつは死んでしまったが。



だからといって君麻呂に同情できる権利があると言うわけではない。



同じケースではないから。俺は納得の上で死に掛けた。あいつ等を殺せ、そう念じてあいつは俺から出て行って、そして死んだ。俺も死に掛けた。



しかし、君麻呂は納得なんてしていなかった。



「君はよく顔に出るな…カブト先生に直してもらうことを勧めるよ」



「うるせぇ」



なんだかんだでやっぱ君麻呂の方が上だと思う。



殺し合いでは勝てる自信はなっても人としては負けてるよ。



「見えたぞ」



「ああ…見えた」



嫌な感じはしなかった。



俺等をどうにかできる奴なんて、いやしないのだから。











髪を切るのが面倒で、それをたった今後悔した。



霧雨で濡れた髪が束になって目に触れるのがうざったい。



額当てを少しあげてそれを補いカカシの後を追った。



全速力で走っているのに追いつけるのがやっとである。なんだかんだいってもやはりカカシは俺よりも強い。



天才、そう言われていたらしい。俺から見ても他の上忍とは違う空気を発する時がある。それを通わせる時は大概戦場であるがそれに変わりない。



カカシが修行をしているところなんて見たことがない。本当にしていないのかもしれないし本当はしているのかもしれない。



それとは別にこの二年近い年月は俺に修行を施してくれていた。その間にカカシが修行をしていたようには見えなかった。



もしカカシがリーやガイのように周りを気にしないくらいに修行に励んでいたらどうなっていたのだろうか。



「サクラがいないとやっぱり寂しいもんだな」



カカシの隣についてそう言う。



実際に、少しは寂しい。あいつがいなくなった時もそうだったが、やはりいつも一緒だった者がいないということは寂しい。



「ん、そう思えるようになっただけで十分な成長だよ」



「十分、ってのは言い過ぎだ」



現に俺は納得のいく強さを手に入れたとは言いがたい。あいつを、ナルトを追いかけていた時の方が必死になっていたようにすら感じる。



それが焦りだというのも分かっている。



それでも急激に成長が遅くなったと思った。



成長を確かめさせてくれるあいつがいなくなったからだ。



「精神的な部分ではあの時とは段違いに強くなった。それは俺が保障する」



「精神面だけ保障されても自信は持てないぞ」



「なぁに…あと一年も修行を続けていれば俺くらいは簡単に超えてるよ」



「信じられねぇ」



「言われて信じるような奴は、それこそ思い上がっているだけさ」



確かに、信じてたら怠けてしまいそうだ。



それならば最初から否定して駆け上っている方が強くなれるような気がする。



「綱手はよくカカシのことを天才って呼んでよな」



天才、それは差別のように感じる。



天才だから、それだけで済まされているような気がしてならない。なんか、大事なもんをポロっと落っことしちまいそうだ。



「嫌味にしか聞こえないな。綱手様にそう言われるのは」



そう言って苦笑いをするカカシを見て俺は納得できないものを感じた。



嫌味なものか。十分にカカシは天才だ。



ただ、カカシには焦りというのが無いんじゃないか? 追いかけるものが無くなったとしか思えないくらいに常にカカシには覇気を感じない。



「自覚も無いのかよ」



「自覚した時点でその才能は錆付くんだ」



声のトーン、お前は知らないだろうが俺は知っている、そう伝わってきたが頭にはこなかった。



「自分は出来る。自分なら大丈夫。そう思っている奴は後から痛いしっぺ返しが来る」



「違う。誰だって何かを無くす。無くすと思っていなかったからこそそう思うだけだ」



「半分は正解だ。ただ、自分は出来ると思っている奴が大切なものを無くした場合、それは本人の過失のせいなんだ」



頭を左右に振った。カカシは自分を責め過ぎだ。なんでも自分のせいにしやがる。きっと内心ではナルトが音の里へ向かったのも自分が原因だと思ってやがるに違いない。



「それも半分しか正解じゃない。自分がそう思っている以上に現実は甘くない。自分以外にも原因はかならず存在する」



ナルトが去ったのは誰のせいだ? たった一人の人間が理由な筈がない。複数の、幾つもの原因が絡み合って起きたことだ。



戦争だって、喧嘩だって、なんだって一人だけが原因な筈がない。



「そう責めないでくれ。焦っていると自分が悪いって思うもんだ」



本当に自分を責めるのが好きだな、大人ってのは。



こいつこそ、もう少し我侭になった方がいいと思う。



「今は焦っているように見えないじゃないか。今くらい、少しくらい自分のしたいようにしてみろよ」



「諦めたのさ、死んだ人は追いかければ追いかけるほどに遠く感じた。それなのにほどほどに止められなかったから痛い目に会ったんだなぁ」



似ていた。――流れる血が逆流しそうだった。だが、奥歯をかみ締めて努めて小さく声を掛ける。



「疲れたわけじゃないのなら、もう一度くらい皆は許すさ」



「皆が許しても、俺が許せそうにない」



その言葉に諦めそうになった。一番責任感が無いと思っていたカカシこそが、一番責任を感じていたということに今頃気付いた。



俺はやはり、大馬鹿だ。



















[713] Re[17]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:647a1441
Date: 2007/09/30 23:15






「誰か見ているな…」



「よく分からないが…やばそうな視線だよ」



「君でもよく分からないとなると…確かに危険だな」



入国審査を終え中に入り次第に俺らに監視がついた。



それは先生に教えられた情報通りだった。



しかし、それ以外にか細く、集中しなければ気付けないくらいの視線が感じる。



「こりゃ…監視とは違うな」



「だろうな」



君麻呂も気付いている。



変な感情が篭っていない視線でありがたい反面、あまりに不気味すぎる。家畜の豚が品定めをされている気分だ。



「君麻呂の言っていた通り、ちょいっと面白くなりそうだな」



「はぁ…。だと、いいがな」



依頼人に手配してもらった仮宿で外の景色を見やる。



随分とパイプの多い作りだな。ほとんど屋根から流れる雨を通すパイプなんだろうが。なんだか見ていて不気味だ。



「んで、分かったか?」



「ナルトでさえ見えないものを僕が見えると思っているのか?」



「白眼を使うのもいいけどな、消費が激しいんだよ」



「それなら元の目に戻せばいいじゃないか。残してあるんだろ?」



「せっかく安定しかけてきたのに戻せるかよ」



「それなら言い訳などせずに視てみろ」



「へぇいへぇい」



君麻呂の言葉に適当に相槌を打って左目に掛けてあった枷を取り除いた。



開眼した状態だった白眼を移植したから常に開眼状態のこの左目は俺にとっては毒以外の何物でもなかった。



力を抜くと勝手に開眼してしまう。そして動けなくなるまで左目は俺の体力とチャクラを貪る。



それを止めるために、俺は先生に左目の視覚神経を特別に弄ってもらった。



そして開いた白眼は360度とまではいかないが人の限界を超えた視野と視力を俺に与えてくれる。



チャクラが色別に判断され、視界が数キロ先まで伸びていくこの感覚は快感だった。



視界は360度ではない。だから体を少しずつずらしながら探索を繰り返す。



大蛇丸の情報ではこの里の中でも上位の高さを持った建物が暁の本拠地らしい。さすが、元暁のメンバーなだけある。その情報も確かなようだ。



「……いたぞ」



黒い外套に紅い雲の絵柄、大蛇丸に現物を見せてもらったから確信を持てた。



あいつ等が暁だ。



「どうだ」



「一人…いや、二人がこっちを見てるよ」



実際には三人。その奥にもう一人が立っていた。



見ているだけで吐き気がしてくる。そう、気持ち悪かった。生理的に受け付けない空気を纏っている。



その一人だけじゃない。こっちを見ている男と女。どちらも、手強い。



「こりゃ無理だな」



「そこまで強いのか?」



俺が無理だといったことに君麻呂は珍しく感情を見せた。



自分の実力くらい分かっている。最初よりも強くなったということも知っている。それに自惚れる事も過信することもしない。自分を保っているという自信もある。



そうだから分かる。あの三人は今の俺から二段も三段も先のところにいる。



「実際には三人だ。三人とも…大蛇丸と同等以上だと思うよ」



大蛇丸自身の実力は確かに、強い。



だが時間さえあれば大蛇丸は歴代の火影四人を同時に使役することが出来る。それははっきりいって反則だ。きっと人間というカテゴリーの中でも大蛇丸が最強なんだ。



それに、普段大蛇丸と接しているから分かる。



勝つことは出来ないだろうが逃げることは可能だろう。



「仕方ないな…それなら持久戦で」



「異議なーし」







狂った歯車絵の上で







「誰か見てるな…」



「よく分かったな…気付いたことを覚らせるなよ」



「分かってる…」



入国審査を終え中に入り次第に俺等に監視がついた。



入国の際に監視がつくと説明は受けていたが、それとは別の視線が俺等を見ていることはどういうことだ。



この、気持ち悪い感覚は何だ。品定めされている気分だ。



「これはやり手だよ…俺ですら微かにしか感じない」



「カカシですらそうなのか」



「だから褒めたんだ。よく気付いたな」



俺の頭を撫でようとしてくるカカシの手を払って空を見上げた。



この降り止まない雨は、存在そのものが不気味だ。



灰色の雨雲。そしてこの全域を覆う霧雨。そしてこの視線。



すべてが俺等を察知し見透かされている気分だ。



「胸糞悪い」



俺は謗らずにそうはき捨てていた。



「行くぞ…この雨は少しおかしい」



「カカシもそう思うか…」



写輪眼を持っている俺らだから分かる。



何故、雨にチャクラが浸透している?



微かにだが込められたチャクラからは大蛇丸と同じ空気を感じさせる。それはつまり、危険だということだ。



「この里にとって木の葉はどんなに協力体制でも敵だってことか」



「ん、そういうことだね。いやぁ、頼もしい限りだ」



「そんなことを言っていられるうちは安心だな」



「サスケ…」



カカシがふざけた態度を直して改めてそう言う。



なんだろう、俺はカカシを見た。



「頼もしい、ってのは嘘じゃないぞ」



「はっ、それはこっちのセリフだ」



雨の中にいるからよく分からないが、きっと今の俺の顔は赤くなっている。



「俺だって頼ってるんだぜ? カカシ上忍」



「任せなさい、サスケ上忍」



俺たちは強い。







「あんた、見ない顔ね」



情報収集の為に変化の術を使ってこの里の住人に聞きまわっているのだがほとんどの住人が異変には気付いているようだった。



「そうですね、仕事でこの里に滞在させてもらっているんですよ」



十分後には顔を忘れてしまう。それくらいに平凡な人の顔には自信があった。



変なしこりは残したくなかった。それに誰にでも心を開いてしまうような平凡な顔つきが必要だった。



「最近は他国の人がよくこの里に滞在しててなんだか気味が悪いのよ」



俺が最初に目をつけた中年の女は不満げに俺を見てそう言う。



愚痴を溢した時点で多少は心を開いている。変化の成果は上々のようだ。



「そうみたいですね。私はこの里で振り続けている雨について調べに来たのですが、それとはあまり関係なさそうな人たちも多くいるようで…少し怖いですね」



嘘をつくのに罪悪感を感じなくなったのはいつからだろう。



それが仕事だと割り切ってしまえば簡単だった。



関係の無い人だから無関係に扱える。きっとそうなのだろう。



騙す対象が知り合いだったら、きっと心が痛む。



「気をつけてくださいね? しばらくこの里に居させてもらう身なので心配なんですよ」



そう笑顔で答える。



実際にはどうでもよかった。



たとえこの女が目の前で殺されたとして、俺はきっと逆上することは無い。



無関係だからこそ、どうでもいいのだ。



その代わり、もし俺と関係のある人が傷つかれたら俺は黙っていられるほど大人じゃない。



「あっ」



俺が作った笑顔で礼を言って去ろうとした時に女は声を掛けてきた。



世間話など聞きたくないんだが、そう思っていたが実際に違った。



きっと俺は運がいいのだ。



「あの人が先月からこの里にいる人なんですよ」



そう言って女が指を指した方向に一人の男がいた。



一瞬で写輪眼を開眼させ男のチャクラの質と総量を量り、また一瞬で閉じる。見るだけなら気にしないだろうが、生憎俺の写輪眼はちょいと有名であるからバレるわけにはいかない。



「ありがとうございます。あの人、ちょっと怖そうなので近づかないようにしますね」



そんな筈がない。



やっと見つけた獲物なのだ。



隙が現れ次第に千鳥で殺す。



「そうした方がいい。気をつけるんだよ」



「はい」



もう女の声は聞いていなかった。



適当に頭を下げて適当に返事をして俺はその男の方へ歩いていった。







チャクラは俺の方が多い。



しかし、体格には差が開きすぎているな。いい筋肉だ。筋肉は大き過ぎずに細すぎない。そして、バネがある。



里を抜けてこの里に買われるほどの腕前だ。上忍以上は予測しておこう。



勝てるか? 殺すんだよ。



「すいません。ちょっと道を尋ねたいのですが…」



少し怯えている様に俺はそう尋ねる。



俺は敵じゃない。ただの道に迷った惰弱な住民だ。そう言い聞かせて



「………どこへ行きたいんだ?」



服装は地味な里人といったところか。しかし、体から滲み出る空気は隠せていないようだ。



根っからの修行好きなのだろう。近づけば近づくほどに洗練された身の動きが分かる。それがたとえ些細な動きだとしても違うものは全然違う。



「私が厄介になっている宿なのですが…この里には宿が一つしかないのに迷ってしまいました」



愛想笑いで本当に困っているということを表現する。



「仕方ないな…この里は複雑な作りをしている。見たところこの里には来たばかりなのだろ?」



少し警戒されているか。



そりゃ仕方ないな。何年もここに住んでいる者が道に迷うわけが無い。つまり、俺はこの男からしたら来たばかりの一人の男なのだろう。



それにこの時期にこの里へやって来るのは抜け忍か、その抜け忍の担当の追い忍。そしてそれとは別に抜け忍を狩るべく雇われた俺等くらいだろう。



「ええ、波の国から来たのですが…ここの雨についての調査ですよ」



すぐさま嘘をつく。



脳内ではその言葉から枝分かれの用に次の嘘が生まれていく。



「波の国から来たのに潮に匂いがしないですよね? 私は波の国でも室内専門でして…この里に来るだけで足が棒ですよ」



「……それは大変だったな」



意外とこの男はいい奴なのかもしれない。



強い奴というと弱い奴には差別的な思想を持っていることが多いのだが、どうもこの男は弱いと演技している俺に気を使ってくれる。



背後から見るだけでは隙だらけ。だが、何故か当たらない気がしてならない。



そして、突然すぎる悲鳴がこの里の中で木霊した。



それと同時に目の前でずっと歩いていた男は走り出す。



「道案内出来なくてすまない。だが、お前が言っていた宿はこのまままっすぐ歩けば辿り着く」



「ありがとうございます!」



律儀な奴だったな…。







宿に戻りカカシに報告する。



「抜け忍と思われる者と接触をした」



簡潔に、そして分かりやすい答えだった。



「強そうだった。きっと俺よりも二段くらい吹っ飛ばして強いぜ」



自分を偽るな――――俺の理だった。



自分を偽って相手との差をどれだけ縮め様ともぶつかっちまったら結果は簡単に見出せる。



それ以上に――――情けなさ過ぎる。自分はまだ弱いのだ。それを何故認めない? 認めるから進めるのだと誰かが教えてくれたような気がした。誰だったかは覚えていないが。



「今日、騒ぎがあったのに気付いたか?」



「ああ」



そのせいであの抜け忍を始末できなかった。



いい奴だったからな、ちょっと嬉しかったが。しかし、私情を任務に混ぜ込むつもりは毛頭無いぜ。



「俺が追っていた抜け忍が殺されたよ」



「なっ!?」



純粋な驚きだった。



俺が見たところ、あの男はそう簡単に殺されるような強さじゃなかった。里を抜けて無事でいられるほどの実力を持っていたように見えたし、つまりそれと同等の奴が殺されたということに俺は疑いを感じた。



「俺等以外にもこの任務を受け持っている奴等がいるのか?」



そして簡単にこんな仮定すら作った俺は恐ろしいくらいに冷静だった。



「綱手様には黙っていろと言われていたがね」



「ったく、あのババア…」



どれだけ過保護なんだ? 問い詰めたら俺のことがなんたらと言ってくるのが簡単に想像できる。



「これはサスケの初任務を心配して――」



「そんなことくらい分かっている。続きを言え」



「嫌なくらい成長しやがって」



悪かったな…。



カカシは呆れた顔つきからまた一度真剣な面立ちになった。



「実際には二人だ」



「どういうことだ?」



「実際には二人の抜け忍が殺されたんだよ。今日だけでな」



「……………」



よほど急いでいるのか。それとも俺が感じたあの強さなど物にも感じないほどに強い奴がこの任務を受け持ったのか…。



どちらにしても安心出来るものではない。



仲間とはいえ相手は他国で敵なのだ。漁夫の利を狙う者もいればただ純粋に敵を葬ろうとする者もきっといる。



「抜け忍だけじゃなかったりするんだ。これが」



「それは…」



よく分からなかった。



この里の住民も殺された、という事か?



「俺達と同じ任務を受け持ったと思われる他国の忍びが大勢…人数で言えば八人殺されている…それも今日のうちにだぞ? 狂っているよ」



カカシの話を聞きながら、俺はずっと冷静だった。



抜け忍を殺したものがそれの犯人であれば、その犯人は今日中に合計10人殺したことになる。それも誰にも気付かせることなく。あのカカシにすらだぞ。



俺がさっき例えた―――ただ純粋に敵を葬ろうとする者なのだろうか。



きっとそうだろう。



こういった団体任務でもっとも安心できないのが漁夫の利だ。相手は抜け忍、それと戦ってもし怪我を負った状態で他の忍び達に襲われてしまっては太刀打ちできない。



ならばどうする?



簡単だ。先に漁夫の利を狙う奴等を狙えばよいのだ。敵を狙うと横から襲いかかれる。それは敵を倒すと利益を得られるから。しかし、味方を狙えば利益が無い。そして他の仲間にも利益はない。だから漁夫の利は成立しない。



「ちょっと待て、カカシが追っていた抜け忍も殺されたんだろ。死因は何だったんだ」



街中で派手な忍術が出来る筈がない。それならば接近して殺さなければならない。



俺も同じ事で悩んでいた。だから接近し、暗殺技である千鳥で殺そうとしたんじゃないか。



そう悩んでいた俺はカカシに一言に呆気に取られることになる。



「見えなかった」



「……………」



「一瞬、風を切る音が聞こえた。それだけだったんだ。その直後、俺が追っていた奴は倒れてたよ。即死だった」



「カカシの目の前でそんな事が起きたのか?」



「ちなみに写輪眼は怠っていなかった」



はぁ…。



タメ息しか出ないぜ。



「何か、細いもので頭を貫通されてたよ。地面にはそれと同じ大きさの穴があってな、三十メートル近く穴を掘ったのに凶器は出てこなかった」



「忍術なのか」



「その途中で岩盤があってな、クナイで穴を空けるのも一苦労なのに貫通してあったよ。それで探すのを止めてきた」



だからか。カカシの服にはまだ泥がついているのも。



「もう一人の抜け忍もそうなのか?」



「いや…」



他にどんな殺し方があるってんだ。



分けが分からない。理解の範疇を超えている。



「全員、斬殺だった」



「……………」



「挽き肉のようになっていたり、手足が無くなって達磨のようなのもあった」



「…………は?」



挽き肉? 挽き肉ってあれだよな、ハンバーグに使う。あの細かく切り刻まれた、あの肉だよな。



「こんなの、暗部の時ですら拝められなかった。正直、少し混乱している」



「……………だから、どうしたんだ?」



頭を抱えているカカシの襟を掴んでそう叫んだ。



確かに、理解の範疇を超えた殺し方だ。まるで楽しんでいるかのような、きっと下手人は快楽殺人者だ。



だけどな、俺は初めて見たあんなに混乱したカカシに対して頭にきているんだよ。



「10人を殺した奴等の狙いは俺等も含まれているだろう」



「それは分かった」



「きっと、俺達よりもそいつ等の方が速く、安全に任務を全うする」



「それが気に食わないんだよ、カカシ上忍」



残念だ。



本当に残念だ。



確かに、この任務は俺等が命を賭して完遂すべき任務ではない。



他の奴等に任せておけば、本当にそれだけでいいんだ。それで任務は終わる。無事に帰れる。



だけどなぁ?



俺が今、一番苛立っているのはなぁ?



「テメェ…ここでもう一度、自分を小さく見てみろ! もう二度と俺の目の前に立たせねぇぞ!」



テメェは簡単に諦めてたんだな?



そして自分を責めて壊れていくんだよな?



「俺が頼りにしていたカカシ上忍はこんなにも小さかったのか!?」」



ナルトが抜けたことにも自分を責めていたな?



まるで自分のせいでこうなったかのように。



そりゃ間違いなんだよ。でっけぇ間違いだ。てんで話にもならないぜ。



「こんなにもちっぽけな奴が第七班を仕切っていたと思うと吐き気がしてくるんだよ」



俺等は同じ里で、同じ時間に、同じ空の下で集まった。



それを誇りに、そして自慢していた自分はこんなにもくだらなかったのか。



「否定は出来ない」



ク……ッ!



もう駄目だ。



こんな奴、もういらない。



「俺は…サスケが思っている通り屑だ」



ほぉら。



また、自分を罵って酔っている。



見ているだけで、視界に入るだけで吐き気が催す。



しかし、否定しなくてはならない事があった。



「屑じゃあない」



きっと俺は今、ひどい顔だ。



脳内が拡大されている様に、手を伸ばしてもつかめないあの感覚を感じる。それは、空虚だ。



「サスケ…?」



カカシの声が聞こえた。



しかし、脳内に留まる事はない。右から左に流れていく。



そして言う。



「お前は…小さいな」



器が、足りないんだよ。



その溢れる知才を量るには、お前程度の人格では足り無すぎる。



兄貴の言葉が残滓となって俺に囁き続ける。



器、大きい器、すばらしい器。



俺は、どうだろうか。



はは……。



きっと、そうは変わらないんだろうな。



教えてくれよ、兄貴。



俺は、どうしたらいいんだ?











[713] Re[18]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:647a1441
Date: 2007/09/30 23:33
















殺すのが残念だ。



本当に残念だよ。



あんた、強いんだろ?



それに抜け忍なんだろ?



なら俺に背を見せちゃ駄目じゃないか。



家族を知っちゃったからさ…もう、それ以外どうでも良くなってきやがった…。







狂った歯車の上で





部屋に戻ってきた君麻呂の表情にはいつも通り感情の類は感じられなかった。



情報収集から帰ってきたのだろう。無表情とはいえ疲れを感じさせているのは気のせいではない。



こいつ、情報収集の時の愛想笑いがうまく出来ないからな。そうとう苛立っているんじゃないか?



「通り魔が出たらしいな」



怒気を放ちながらの君麻呂の第一声だった。



クク、そりゃ怖いな。



「ご愁傷様、ってやつかい?」



俺は口だけ必死に動かして笑ってやった。



正直、もうどうでもいい。



「確かに…ただ身内に狂った変態に殺されたのであれば同情を隠せないな」



「チッ…分かってんなら遠まわしに言ってんじゃねぇよ」



「自覚してそれか。本当に救い難いな」



「うるせぇ…」



「持久戦に賛成したんじゃないか」



「苛立ってくるんだよ…ずっと顔が見れないんだ、と思えば思うほどにな」



きっと今の俺の顔はひどい。苦虫を噛んだような、眉間に皺が寄っているのを感じる。



「もはや中毒者だな」



「酔ってるよ…醒められないくらいにな」



「酔っている上に煙草も吸うのか…もう手遅れだな」



「アカリの前じゃ吸わないことにしてんだよ」



「彼女は煙草の匂いが嫌いなのか」



「違うけどよぉ…女の子は煙草の匂いが嫌いって聞いたから」



「情けないな」



「必死なんだよ」



「尚更、情けない」



ん、言い返せないな…。



というか、君麻呂が放ってる怒りが逆らっちゃいけないって空気に変えちまってるし…どうしたもんかねぇ。



大蛇丸の写真でも一枚あげりゃ気を直すんだけど…悪いがそんなもん持ち歩く趣味もない。



もっているだけで呪われそうだし。お守りになる効力は望めないぜ。







風呂に入って食事が終わった。



気が付けば君麻呂の機嫌も幾許か良くなっている。確か、俺が白眼で観察している間ずっと持参していた大蛇丸の写真を眺めていたな…傍から見てキモくって声を掛けられなかったな。



「いやぁ…君麻呂が機嫌を直してくれて良かったよ」



「帰ったら大蛇丸様に感謝しておけ」



「今日、ちょっとだけそう思ったわ」



そう言って、俺もアカリの写真を鞄から取り出して眺める。いやぁ、止められないってよ。本当に俺の遺伝子を使ってるのかよ、とつっこみたくなるくらいに可愛いぜ。



同じように君麻呂も大蛇丸の写真を眺めている。おいおい、誰が見たってそりゃ妖怪写真だぜ。蛇男って言えばみんな納得しちまうよ、うん。



俺等って傍から見て気持ち悪いんだろうなぁ…だけど、今なら君麻呂の気持ちも分かるような気がするぜ。会えないって意識しちまうと寂しいもんなぁ、写真くらいで顔を明確に思い浮かべられるなら安いよ。











気が付けば、たっぷり40分時間が過ぎていた。



その間、俺と君麻呂は一言も喋ることなく写真を見続けていたことになる。



テーブルを見ると散らかしたままだった食事の残りや皿が綺麗になっていた。



あれ? 



もしかして気付けなかった?



「駄目じゃん、俺達」



そう俺はこぼした。



横からドン、という畳を殴る音が聞こえた。



そこには畳に拳を打ち付けて肩を震わせている君麻呂が、



「…不覚」



やっぱり馬鹿だった。





「よし、忘れよう」



俺は空気を変えるために、それと自分自身を擁護するためにそう言った。



「何の話だ」



こいつ…もう忘れてやがる。



「いや、なんでもない…」



「そうか。おかしな奴だな」



何時だってわが身が一番大事さ。里のイメージなんかよりも他人が抱く自分に対してのイメージを守ることに必死なのさ。



「それじゃ、明日のことについて話そうぜ」



「そうだな、明日は僕も出よう」



「可哀相に…」



「誰に対しての言葉だ」



抜け忍の皆様だよ。



君麻呂って、誰よりも容赦ないじゃん。楽しもうって思わずに殺れる時に躊躇なく殺っちゃうんだよ。



ああ、怖い怖い。



「……ん? とりあえず、明日から徹底的に排除していくからな」



俺が考えていることに気付いていないのか、まるで決意表明の如く君麻呂はそう言った。



相手への同情は隠せないが、俺も同意だった。



早く家に帰りたい。



「明日中に終わらせるつもりで行こうぜ」



「あたりまえだ。こんな任務にこれ以上時間を使うことなど出来るか」



おいおい、持久戦って言い出したのお前じゃん。



でもまぁ、そうすれば写真じゃなく本物のアカリに早く合えるから俺は力強く頷いた。










情報が必要だ、俺は宿にカカシを置いて一人で町に出向いた。



正直、顔が合わせ難かった。素直に言うとそれが本当の理由だ。だから俺は逃げたのだ。



「すいません―――」



今は情報を集めるだけに集中しよう。







情報を掴んだ。それを教えてくれた里人に頭を下げて俺は走った。



諦めない、俺はカカシの様にはなりたくない。そう心に念じて足を動かす。



しかし、その途中でありえない人影を見つけた。



あいつ以外に見た事が無い金色の頭髪。

あいつ以外に見た事が無い青色の瞳。



「ナルト!?」



驚きのまま比較的大きい声で呼んでしまった。



しまった、そう思ったが幸いナルトは俺には気付いていなかった。



どうする? ナルトを追うか、抜け忍を追うか。



「決まっているだろう」



ナルトだ。























[713] Re[19]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:647a1441
Date: 2007/09/30 23:49












麻薬のように俺の中に居座ってしまった妹の存在はまるで神だった。



中忍試験でガイがリーを褒め称えていた。それを潰れかけた両目で夢のように見ていた。



俺にはない、それを実感する。



家族と呼べるものが、なにも無い。



分からないんだ。この感情が、悲しい、とも呼べない。寂しい、とも言い切れない。



苦しい、あの時は一人でも大丈夫だったのに、と思っていてもそんな時など俺には無かった。



初めから痩せ我慢、自分を偽って誤魔化して見繕ってきた。



そうじゃねぇとよぉ、心が折れちまうんだ。



家に帰っても誰もいない。



怪我をしても一人で治さなくてはならない。



温もりが無い。凍えて死にそうだ。





おかえり、兄さん―――きっと本当の家族ってものを知ったんだよ。



陳腐だけどさ、ボキャブラリーが貧困のように思えるけどさ、暖かいんだよ。ここがさ。



俺の人生にも、一度くらい幸せな時があってもいいだろう?



きっとね、今が俺の幸せな時なんだよ。



自信を持って言ってやる。皆に教えてやりたいよ、家族を持つ俺の幸せを。



たとえ汚れきった俺でも、自分なりの幸せを手に入れられる。信じられなかった陳腐な言葉を親身に体感した。



強くなりたい、早く大人になりたい。そう今よりもガキの頃、真剣にそう想ってたのを覚えてる。



理解しているつもりだったんだよ。信じていたんだよ。



大人になれば強くなれるってさ。



だけど、俺は何も分かっちゃいなかったんだ。現実は理想の真逆を映しているってことさえも。



知識を詰め込むごとに悲しくなっていた。周りが見えていった。そして分かった。



俺という自分がこの現実の中でどれ程ちっぽけな存在なのかということを。



自分を偽った。強がり続けた。泣きたい事ばかりだったんだからよぉ。そんなことも知らなかった。



俺は誰だ?



俺はうずまきナルト。世界で一番情けない、腐った男だ。



俺は自分だけで精一杯だ。それは分かってる。



生きることも……。



守ることも……。



自分を第一にしなきゃ生き残れないくらいの糞野朗だ。



もう、俺には自分しか残っちゃいないんだよ。



そんな俺が家族を持つ? ずっと考えていたんだ。



うまくいかないことには意味が無いのだろうか?



一流以外に、三流の俺に意味なんてあるのか、ってさ。消えていってしまうものに意味があるのか、ってね。



前までの俺なら理解に苦しんだろうさ。頭が良いふりをしていた俺だったら、迷わずに言ってたね。



そんなもの、ある筈がない。



今は分かるよ。意味はある。自分を補完してくれる何かがある。



気付かなきゃよかったかもしれないね。こんな感情。



きっと早死にするぜ。



見っとも無く、早々と死んじまうぞ。



…………んなことくらい分かっちゃいるんだよ。



もう、どうしようもないくらいに好きなのさ。感情なんて関係ない。手遅れなくらいに俺は惚れ込んじまってんだよ。



馬鹿ってのはなりたくてなるんじゃない。気づいた時には既に馬鹿なんだよ。



あいつの幸せを祈っている俺は、きっと自分すらも蔑ろに出来る手遅れな腐れ馬鹿だ。



あ~、やばいやばい。アカリのことばっか考えてっと顔がにやけてきやがる。



周りの奴等も俺のことをじろじろと……うざってぇなぁ。



「おい小僧、先ほどからずっとこちらを追ってきているが何が用か」



「あ?」



急に視界に影が出来て、その先を見上げると三人の、ぶっちゃけ言うと俺が追っていた三人の抜け忍が立っていた。



最初は一人だったのに知らん内に三人になってるし…めんどくさいなぁ。



「答えろ。何故、我等を追い回して―――



野太い声を遮断して懐からアカリの写真を一枚取り出す。



左近に隠し撮りさせた写真の一つだが、やっぱり最高だ。焦りや葛藤すら溶かしてくれるね。むしろモチベーションがあがってきやがる。



死ねないよなぁ、まだまだこれからもっと見続けてやる、って気になってきやがる。



もう俺は手遅れな中毒者さ。



「急にニヤニヤしやがって…病院ならばあっちだぞ」



そう言って一人の男がこの里にある唯一の病院がある方向を指差す。



ん~、残念だね。これは不治なんだわ。



それに、



「充電完了」



写真が折れてしまわないように慎重に懐に戻して俺はそう言った。



「何の充電だ」



「公開オペの準備はOK?」



執刀医は俺だけ(後で君麻呂も参加するかもしれない)



患者はあんた等さ。ちなみに重症手遅れ時間切れ。さっさと死んでくれ。







狂った歯車の上で







約二年ぶりに見たナルトは変わっていた。



一瞬偽者なのではないだろうか、人間違いなのではないか、と自分に勘ぐりをいれてしまった程だ。



最初こそ無表情に抜け忍と思われる人物を追っていたが突然笑みを浮かべ始めた。



それからはころころと表情が変わって笑い声さえ上げる始末。



何が起きたって言うんだ、木ノ葉から出て行ってからの二年間で。



俺、うちはサスケはナルトに気付かれないよう気配を隠して追っていた。





絶対に気付かれてるな、ナルト。



ナルトの前を歩いている抜け忍の態度が少し変わった。写輪眼が無ければ気付かないほどに少しだけ。



それにナルトは気付いていない。むしろさっきよりも顔が朗らかになっていやがる。なんか幸せそうな表情だ。大丈夫かな?



ナルトが追っていた抜け忍が急に方向を変えて路地の方へ向かいだした。



仲間と合流するつもりかもしれない。



「不味いな…」



相手が一人ならばどうにかなるかも知れないというギリギリなレベルだってのにそれが複数ならば俺に相手が出来る筈がない。



抜け忍、それは里を抜けることが出来てその上追い忍すら捕まえられない実力を持っている忍びのことを言う。そんなのを俺一人が相手にすることさえ難しい。



大丈夫なのか? このままじゃ……。



ああ、二人と合流して三人の状態になったあいつ等は振り向いてナルトに声を掛けている。



あいつ等はナルトを疑っている。同じように、俺もナルトを疑っていた。



今日は既に四人、最近この里に住み始めた男。言うまでもない、抜け忍の四人が殺されている。ナルトが姿を現した場所とはとは真反対だが怪しむだろう。



同僚が二日で六人も殺されている。そして自分等を追ってきている見知らぬ人間。これで怪しまない方がおかしい。



俺もナルトを見るまで誰が犯人なのか分からずに恐怖していた。しかし、この里にナルトがいるというのならナルト以外に犯人が想像出来ない。



俺の中での最強は大蛇丸でも五代目火影でもカカシでもない。俺にとっての最強とは兄貴とナルトだ。



絶対の強さというのを教えてくれたあの二人こそ俺にとっての最強なんだ。







「充電完了」







唐突にナルトの明るい声が路地裏で木霊した。



そしていつの間にか手にあった写真を懐に仕舞い込む。その表情は何かに満ち足りていた。



さっきまでは不自然な笑い方だったのが今では綺麗過ぎるくらい、まるで全てを知ったかのように。



「何の充電だ」



「公開オペの準備はOK?」



あまりにも短過ぎる会話、それは戦いを示すものに違いなかった。



何故ならば、さっきまでは塵にも無かったなかったナルトの殺気が溢れ出した。まるで布に血が滲んでいくかのように殺気が空気に浸透していく。



ダンッ! と地面を蹴る音と友に三人の抜け忍の姿が消える。



路地裏では三人いるメリットがないと察したのだろう。三人対一人という絶対的な優位性を活用できない相手と見たのだろう。



懸命な判断だ。ナルトはそんなことでは戸惑いさえしない。



「鬼ごっこか…いいね、面白くなりそうだ!」



ナルトもその言葉を残して消えた。



「速すぎだろ、おいッ!」



さっきの三人の動きは写輪眼で見切れたのに、ナルトの動きは速すぎて微かにしか見えなかった。あいつ、前よりもずっと、もっと速くなってやがる。



本当ならば恐ろしく感じる筈なのに、何故か嬉しかった。







路地裏を抜けた。



そこは人通りの活発な表と違って人の姿がまったく無いほどに廃れていた。



そして誰もいない空間に四人の人影が見える。俺は走った。



ある程度距離が詰まったと覚り建物の天辺に上った。気付かれないためと殺し合いの全貌を探るためだ。



「おじさん達、随分と足が遅いなぁ。本当に追い忍から逃げ切れたのかい」



ナルトの挑発、そんなものに乗るほど相手は弱くは無かった。



「小僧が速すぎるんだ」



俺が道を尋ねた男だった。そして良い奴だった。少なくとも俺は今でもそう思う。



「そりゃどうも。これ一本に絞っちまったからなぁ、それでも駄目ならやってられねぇよ」



「決断が早過ぎるな…それに適格だ。もう少し子供らしくしておけ」



「大人になりたかったのさ。でも、大人ってのは大変だな。何をするにも理由が必要になって泣きそうだよ」



「理由を背負った上での覚悟って奴だ。背負えん奴は体がどれだけ大きくなっても子供だ」



「ああ、耳が痛いね」



「それでも置き捨ててないのなら、小僧と呼ぶのは失礼だな」



それは認めたということなのだろうか。子供ではなく、大人としてナルトを見ているのか。



「小僧のままでいいぜ。自分でも自信がないんだ。これでいいのか、ってさ」



「時間が経てばいつかは固くなる。最初から強い奴なんていないのと一緒だ。覚えておけ」



「助かるね、ウチの里には碌な大人ってのがいないもんでいい見本がないのさ」



ナルトの苦笑。俺等にしていた嘲笑じゃあない。



そんなにも音の里はお前にとっていいところなのか? 俺等から離れていくほどの価値があったというのか?



あったのだろう。ナルトの自然な表情がそれを物語っている。



悲しくなった。自分で納得していたつもりだったのに、何故本人の顔をみて再確認するだけでここまで辛くなれるのだろう。



俺等には、一度だってそんな風に接してくれなかったのにな。なんでだろうな。ちょっと苦しい。



「無駄話は止めようや、俺は早く家に帰りてぇんだ」



ナルトが構える。それに合わせて三人とも独特な構えを取る。



ナルトは腰に携えた刀の柄に右手を軽く乗せて踵で地面を叩く。



トントントン、四つ目はならなかった。何かの破砕音が鳴り響き、ナルトの姿が掻き消えた。







「おいおい、今の速さであっさりと死なないでくれよ」



見失ったナルトの声は対峙していた三人の中から聞こえた。



「お…ッ…がぁ…ッ!!」



ナルトが突き出した刀に喉笛を一突きされた男の最後の言葉は小さな叫びだった。



ナルトが姿を消すまで立っていた場所には大きな足跡が残っていた。コンクリートの地面を砕かれている。たかが踏み込みでここまでするだろうか。



「幻術しか取り得が無い奴だ」



ナルトに殴りかかったもう一人の忍びがそういい捨てる。仲間という認識は無いようだ。



ちなみに思うが、その幻術しか取り得がないと言われた奴はガイよりも筋肉があるように見える。あれで幻術タイプか、あのレベルになればそれでも足りないのかもしれない。



「俺とは逆だな。印を組むよりも殴る方が好きだぜ!」



そう言ってナルトが刀とは逆の腕でカウンターを放つ。



それを紙一重で避けた抜け忍は面白いくらいに笑ってナルトの顔面を殴りつける。



「はは、俺と同じじゃねぇか!」



つまり、体術馬鹿ということだ。



それを指し示すかのようにナルトのカウンターを避けてからの動きは素晴らしかった。今の俺では到底再現など不可能なくらいに滑らかで体が覚えたという動きだ。



壁に叩きつけられたナルトは口から血を吐き捨てて、あの笑みを浮かべた。



何度も見てきた、唇を歪ませて相手を嘲笑した。



「はっ、一緒にしてんじゃねぇよ、カス」



はは、やっとナルトらしくなってきやがった。



二年ぶりのナルトの嘲笑、それがやけに懐かしく、とても遠く感じた。





















本当に忙しいです。最近は平均睡眠時間が三時間くらいになってきた。

タイのコーヒーと煙草がとても美味しいです。















[713] Re[20]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:647a1441
Date: 2007/09/30 23:54








落ち着け。



俺ならばこいつ等を殺せる。



命を賭さずとも、だ。



この程度の奴等に命を掛けてたら一生を賭けてあいつを護れやしない。





殴られて一度頭に行った血が元のペースに戻るのを待ち落ち着いて相手を確かめる。



二人の男。



その内に一人、俺を殴りやがった男だ。



随分と若く見える。そして筋骨隆々とまではいかないが十分に鍛えられた筋肉、先ほど味わったがこいつの体術はかなりすごい。



はっ、まるでリーと戦っているみたいだ。



目の前の男の目を見ても何も読み取れねぇ。直感と体で覚えた動きで戦っていやがる。



やりずれぇとしか言えないな。



もう一人の男は、なんか中途半端だ。



忍術も使いそうだ。幻術も使いそうだ。体術も使いそうだ。



そんな感じ。顔は少し疲れているような、そんな感じ。



格闘バカとは違って静かなチャクラを感じるが、それが脅威になることは無いだろう。本当に普通、普通過ぎる。







まぁ、ぶっちゃけて一番厄介になるのは――――サスケだ。



右後ろの建物の天辺で隠れているつもりなのだろう。木ノ葉には白眼があるということを知らないのだろうか?



教えたことは無いがさすがに気付くと思ったのだが、予想以上にうちはの末裔さんはバカのようだ。



笑えねぇよ。どっちにしても見られていることに代わりは無い。写輪眼でコピーさせられないようにしなくちゃいけねぇ分、めんどくせぇ。



それと、この雨も厄介だな。



これはサスケ以上の監視だ。俺の風と同じ性質を持っているのだろう。そして、ここまで広範囲に広げられる時点で実力は大体分かった。



勝てないわな、普通に考えて。



その上、ありゃなんだ?



紙吹雪のような物がちらほら視界に入っているのだが……これも監視と見ていいのだろう。



普通じゃ絶対にありえない物だらけだ。この里は。



暁の奴等なんだろうが、何故か戦う気だけはしてこない。寧ろ、逃げなくてはいけないよう感じてきさえする。



まぁ、どうせ先生の実験の後遺症か苦手意識が出来ちまったくらいだろう。



今はそう関係ない。無視だ。





一番の問題はやっぱり監視だ。



手の内は見せられない。



「ああ、やっぱりやりずれぇ」



君麻呂、まだかなぁ。







狂った歯車の上で







「ああ、やっぱりやりずれぇ」



そう言ったナルトの表情は本当に憂鬱そうだった。



きっと何かの演技だろう。



俺が知っているナルトならばどんな状況でさえも可能にする。どんな逆境だろうと相手を殺しつくす。砂隠れの里がいい例だ。きっとあれの主犯の少年とはナルトに違いない。



「おいおい、啖呵切っといて逃げるなんてねぇだろうな」



ナルトを殴った男がそう言うとナルト表情を変えずに、



「もし良ければ」



そう言った。



きっと演技だ。



あの表情の裏側にはきっと肉食獣のような表情が隠されているに違いない。



「ふざけんじゃねぇ! お前等だろ、俺等の仲間を殺して回ってるのは!」



「ちげぇよ。そりゃ人違いだ」



ナルトは真顔でそう答えた。



俺も疑っていたのに、相手も同じようだ。驚愕の表情を浮かべている。



絶句、その例えが似合っていた。



「いきなり喧嘩売られたからさっきの奴は殺したが、他の人は絶対に俺じゃない。誓ってもいい」



ナルトは本当にすまなそうにそう言う。



確かに、さっきの状況はやらなければやられる、というやつだった。きっと何を言っても戦闘にはなっていただろう。



今もそうなのだが、これはタイミングが良すぎた。



相手が質問してきたのだ。ナルト本人から始まっていない分、相手はナルトの話を聞こうとしていた。



もう一人の男も言葉を無くしたような状態だ。これは戦闘が収まるかもしれない。



そう俺が思ったとき、



「信じてくれたら手術してやるよ。あまりにも重症のようだからな」



んなわけねぇだろ、そう言ってナルトは口に溜まった血を吐き出した。



またも驚かされた。もう俺等はなんの反応もできなかった。



それでもナルトの口は止まらない。



「昨日の二人は俺が殺したよ。本当に抜け忍なのかと疑うくらいに弱かったからあんた等の顔を見るまで信じられなかったんだよ」



刀を一振りし肩に乗せながらナルトはニヤリ、と唇を歪ませる。



ああ、あれだ。



ナルトは変わっていない。むしろ強くなってると思う。



ナルトが相手との実力差に気づけない筈がない。分かっている筈だ。この二人の実力を。



それでその態度、これで分かった。



俺とナルトとの差はまだ縮まってさえおらず、更に広がってしまった。



二人とも細かく肩が震えている。本当に頭にきているのは体中から溢れるチャクラでなんとなく分かる。



あれじゃあ、駄目だ。



ナルトには私情を捨てて挑まなければすぐに勝負は決まってしまう。



「ぶっ殺すッ!!」



ああ、もう駄目だな。



その時俺は写輪眼を使うことなく結論が視えた。







ゴロン、そんな擬音が似合う。



俺はそう思った。



ナルトと残りの二人がぶつかる、そう確信した直後にそんな音がした。



「「なッ!?」」

「……へぇ」



ナルトと二人の感想は逆だった。それはあたりまえだ。



音の発生した場所には四人分の頭が転がっていたのだから。



顔見知りなのだろう、だから声を上げて驚いたに違いない。



「だ、誰だ! こんなことをしやがったのは!? お前の仲間か!?」



錯乱気味の男はナルトにそう叫んだ。よっぽど驚いているのだろう、きっと里の中心まで聞こえる声量だった。



今日は既に四人の遺体が見つかっている。そして更に四人? 誰だ、そんなことが出来るのは。ナルトはずっとここにいた。



遠くからではよく分からないが遺体は死んでからまだ数分も経っていないと見える。ならば絶対にナルトじゃあない。



ますます混乱してきた。



男は更にナルトに叫びに近い声で問い質すがナルトは苦笑いをするだけ。何がなんだかわからない。



しかし、ナルトの代わりに答えを言う者が現れた。



「僕がこんな……変態の仲間だと思われるのは気持ちが悪いな」



そう言って建物の隅から現れたのは基本的に白色を基調とした服にまっすぐな黒髪が目立つ少年だった。



年は俺と同じくらい。しかし、壁を…とてつもなく大きな壁を感じた。



「俺よりも変態なお前に否定されるとは思ってもいなかったよ」



「黙れ幼女趣味」



「失せやがれホモ野朗」



どっちも最低だ。



「…お前等が俺の仲間を殺したのか」



ずっと黙っていた男、道を教えてくれた男がそう言った。



「その額当てから見て、音の里だろ」



ナルトは額当てを使っていない。後から現れた少年を見てそう察したのだろう。



「そうだよ。俺とこいつは音の里から来た」



「任務は貴様等を殺すことだ」



ナルトと少年はそう普通に答えた。何故、こうも平然としていられるのだろう。



カカシが昔言っていたな。同世代でもカカシよりも強い奴は多くいるんだと。



まさか、こうも実力差があるとは思っていなかった。



正直、俺が今までしてきたことが全て無駄だったかのように感じさえする。



「何故だ。俺たちはお前達にとって無関係の筈だ。任務とはいえ、どうしてこうまで出来るんだ」



子供が抜け忍の始末をするなんて、と思っているのかもしれない。



自覚しているのだろう。自分等はそこらの忍びに比べたら断然強いということを。それなのに臆することなく、それも無関係だというのに。



しかし、ナルトは言った。



愉快そうに笑いながら。



「無関係だから、だろ。どうでもいいんだよ、あんた等の命なんてさ」



「そうだな。貴様等の命など何処でも売っている団子以下にしか感じないな」



「お、珍しく意見が合ったな」



「僕達だけじゃない。きっと殆どの忍びがそう思っている」



「だろうね」



ナルトは笑顔で、その隣の少年は薄い笑みを浮かべてそう言い放った。



その言葉にもう一人の男がぶち切れた。



「ぶっ殺してやる! 絶対に生かしておけねぇ!!」



そう叫んでまたしてもナルトに殴りかかった。



四人も殺してきたもう一人の少年には危機感を感じたのであろう。そして一度ぶつかりあって殴るのに成功したナルトならば、とでも思ったのだろう。



こいつは脳みそまで筋肉のようだ。



「そっちは任せるぜ」



「ああ。すぐに終わらせる」



この二人には微塵も不安を感じさせない。



視線だけを交わして二人は互いの相手に向かって駆けていった。







「死ねッ!」



その一言と同時に拳が空気を穿つ。



「ボキャブラリーが俺よりも貧困だな、おい」



それを紙一重で避けるナルト。そして攻撃直後の隙を突こうと拳を握るが相手は既に次の攻撃の準備が終わっていた。



轟ッ! まさにその表現が正しかった。



大気を捻じ曲げるような蹴りがナルトの頭があった場所を通過していく。



ナルトは何度も隙を突こうとするがナルトが避けた直後に相手は既に準備が終わっている状態である。



さすがにやるよ。体術で普通の忍びを圧倒している。筋力は化け物のような特別なものは感じない。速さも神掛かったようなものでもない。一級品ではあるが超一級品ではない。



うまいんだ。とても、体のことを知っている。



どう動かせばいいのか、どうすれば如何に早く次の動作に入れるかを知っている。そんな動きを感じる。



技術が突飛して上手い。美しいとすら思える。



弾丸のような拳に剃刀のような蹴りが流れるように放たれている。それは一種の舞のように、既に準備されていたかのように迷うことなく。



今考えられる最高の手段を誰よりも速く行っているからこそ出来る芸当だ。それを人を殺せるまでに昇華させた奴の鍛錬と才能は感嘆だった。



「チッ!?」



それなのに奴は焦っている。



俺も困惑を隠せないでいる。



男の技量はずば抜けて高い。それは本当に、すごい。十分に鍛え上げられた筋力、そして切れのある動き。誰にも負けない判断力と度胸が男の体術を完成させている。



それなのに一度だって掠りもしない。ナルトには一度だって触れてさえいない。



「何でだ、って顔してるな」



そう言ってナルトは正面から襲い掛かってくる拳を易々と避けて後ろに跳び退った。



地面を擦りやっと動きが止まったナルトは息を切らしていない。その反対に男は少し息が荒くなっている。



「何故だ。何故俺の攻撃が当たらない」



相当自分の体術に自信があったのだろう。いや、自信を持っていい。あれはそれに値する程だった。



だが、ナルトには触れることすら出来なかった。



「確かに、あんたの体術はすごいよ。何がすごいって、そりゃ度胸もある。俺が言うのもなんだが、才能もある。そしてそれを支える鍛錬すら感じさせた」



そこまで言ってナルトは一息吐いた。



「だが、絶対的に足りない物があるんだよ」



「俺に…足りない?」



本当に困惑しているのが分かる。どう見たってかなりの年下のナルトが全てを知っているかのようにそう言うのだ。



「あいつ、君麻呂って言うんだけどさ。俺はあいつに助けてもらってばかりなんだよ」



そう言って少し離れたところにいる君麻呂と呼ばれた少年に視線を送る。男もつられて見てしまう。



俺も、そうだった。



ナルトがそこまで言う奴の実力が知りたかった。ナルトを助けることが出来るほどの実力、それを確かめたかった。



「誰にだって人を殺す時には感情は隠せない。後悔、憤怒、哀愁、そして愉悦。誰だって隠したふりをして何かしろを感じている。俺だってそうだ。隠そうとしてもそうしている自分に気付いちまう」



ナルトの言葉は何の抵抗もなく俺の中へ吸い込まれるかのように入っていく。男も同じように反応なく、小さく頷いた。



それはナルトの言葉に重さがあったからだ。まるで、自分のことのように話す。



俺は、駄目だ。後悔が、殺す奴の家族や仲間のことを考えると殺せなくなってしまう。だから、きっとずっと下忍のままでいたかったのかもしれない。



誰も傷つけることの無い下忍という立場を利用していたんだ。



自分はナルトを待つ、だなんてかっこつけて、結局は誰も傷つけたくないなんて女々しい良い訳だった。



「俺なんかよ、殺した女のことを忘れられずに死にたがってたよ。誰か俺を殺してくれ、そう思って人の恨みを買おうと躍起になってた」



雨のせいで分からないが、ナルトは泣いていたのかもしれない。



くそ、俺も今は泣いているかもしれない。



情けなさ過ぎて、自分が嫌いになり過ぎて、ちっぽけ過ぎる自分が…。



ナルトは絞るように声を出し続けた。それは全てを振り切ったように軽い声だった。



「だけど、君麻呂は違ったんだよ」



そう言われつい君麻呂と呼ばれた少年を見た。



君麻呂と戦っている、俺と最初に出会った男は一言で言えば器用だった。



全てが一流、でも全てが超一流ではなかった。



極める一歩直前で止めたかのような実力だ。



それで分かるのは奴の強さは過去に戦った再不斬並の実力だということだ。



判断力もある。全体的にバランス良く鍛えられている。安定した高い実力だ。ただ、ナルトと対峙している男と違うのは何一つも突飛した特徴がないくらいだ。



だからだろう。こう思ってしまったのかもしれない。



「どいつもこいつも子供らしくないな」



君麻呂と戦っている男はそう言った。



「大人というのは年が決めることではない」



「はっ、そりゃ確かだ」



君麻呂も体術タイプだ。



とても速く、それでいてバネをよく使った柔らかい動きをしている。男がクナイで応戦するがそれを腕でそのままガードをしているところからして服の下に防具でも隠しているのだろう。



とてもゆったりとした服の下には他にも何かがありそうだ。



「何故、お前達はここまで危険な任務を意図も簡単に実行できる」



君麻呂の蹴りが男の腹に入り少し飛ばされた。そして蹴られた箇所を押さえながら男はそう言った。



「怖くないのか!?」



君麻呂は無表情のままだった。しかし、少し笑った。年相応に。



「大蛇丸様の役に立てるなら、何でもやりたい」



その言葉にナルトの目が少し細くなった。



「その大蛇丸に良い噂は聞いたことが無い…利用されているだけだぞ」



男は搾り出すようにそう言う。



俺だって、何度もそう言いたかった。お前は利用されているだけだ。だから帰ってきてくれ、そうナルトに言いたい。



しかし、事実というのはここまで酷いものだとは思ってもいなかった。



「利用…いいじゃないか。してくれよ、それだけのことはしてくれた。ならば返さなければならない。何だってしてやるよ。本当に、それだけの事はしてくれたんだ」



ナルトがそう言ったんだ。理解するのに少し時間が掛かった。



「人に安定さなんて必要ない。不安定だから惹かれるんだ。大蛇丸様ほど引かれた人など、今までに会ったことがない」



「全ての辛い事や苦しい事、悲しい事を拒絶する必要が無いって教えられたのさ。間接的にだがな」



「噂など、所詮は客観的に見た感想だ。それは本人にとって空気よりも価値がない」



「束縛があるから、また立ち上がれる。悲しいと思えるから、喜びを実感できる。辛い現実があるから、夢が見れるんじゃないか?」



「それを与えてくれたのが大蛇丸様だ」



「ぬるま湯はつかっているのは気持ちいい。それが冷めたらきっと後悔するだろう。だけど忘れられないんだよ、そのぬるま湯ってのがどれだけ気持ちいいのかさ」



「冷ましてくれないよ。だからこそ、それが束縛に値する」



「ああ、そうだな」







短い会話だった。



それでも俺の人生を振り返ってもこれほど重い物は感じなかった。ナルトと君麻呂の全てを語っているような、そんな感じ。なんだろう、この嫌な感じは。



「君麻呂だけは本当に人を殺す時に他の感情が無い。必要ないからな、君麻呂にはさ」



そうナルトが言った直後のそれが現実になった。



「あいつが言っていただろう? 無関係とは本当に、どうでもいいことだ」



右手を掲げた。そこに風が集まる。辺りに降り続ける雨を吹き飛ばして尚風は集まり続ける。



写輪眼で覗くとそこにはかなりのチャクラが一本の棒のように収束されている。もうすでに性質変化すら終えている。速い、俺の千鳥と同じ速さだ。



形状変化もすぐに終わった。最初こそただの棒だったのが先端が針の如く鋭利に変わって一本の槍になった。



「はは、俺の人生は良いことが一度だって無かったぜ」



君麻呂のこの技の前でもう分かっているのだ。これで終わりということを。



「それは自分で決めることだ。良かったと思えなかった弱い貴様がその人生で唯一の悪いことだ」



更に風の槍は細くなる。風が空気を軋ませて鳴いている。歪ませて切り刻んで鳴いている。



「いい言葉だな」



それが最後の言葉だった。もしかしたら続きが合ったのかもしれない。しかし、もう言えない。



君麻呂がいつ放ったのかも分からないくらいに速く、男の頭部が吹き飛んだ。







「おいおい、あっちは終わっちまったぜ」



「……………」



「なに黙ってんだよ。安心して良いぜ、あいつはこっちには来ねぇよ」



「……チッ!」



こんな年下に見透かされている。そう奴の目が物語っている。



相変わらず素晴らしい体術だが一度もナルトに触れることはない。



どんなにスタートが速くてもナルトはすぐに追いついて避けることが出来る。俺ならばたとえ写輪眼を使ったとしてもすぐに終わるだろう攻撃をナルトは意図も簡単そうに避け続ける。



奴の瞳にも既に諦めの色さえ写っている。



「なんか飽きるんだよ。あんたみたいに何がしたいのかも分からずに努力した奴とじゃれるのがさ」



そう言ってナルトは消えた。そう見えるくらいに速かった。



そして男の背後に現れる。



もう、なんか次元が違いすぎる。



自分でも分からないくらいに、離れている。



コピー出来る速さじゃない。



圧倒的に惨めだった。



「分からないだろ。どうして俺が強くなりたいのなんかさ」



また消えて男の正面に現れる。



写輪眼を発動させているのに写してくれない。夢を見ているようだった。



「教えてくれよ。正直、強くなれば何かしたいことが出来ると思ってたが何も無かった。だから俺は里を抜けた」



「そうか。目的が無くても強くなれるんだな。良かったな、あんたは神様ってのに好かれてんだよ」



壊れた映画を見ているようだ。会話は正常なのに映像が途切れているようにナルトが消えては現れて何かを言っている。





「大切でさ、守りたい女の子がいるんだよ」





誰だよ。その女の子がヒナタじゃなかったのかよ。





「どんなに力があっても、どんなに技術があってもよ。間に合わなかったら助けられないって分かった」





ヒナタは苦しんでたんだぞ。泣いてたんだぞ。助けるために強くなったんだろ? なんで助けなかった?





「どうすれば、どうすれば、どうすれば……こればっかり考えてたんだ」





その間、ヒナタはずっと苦しんでたんだ。





「誰よりも速くその女の子を助けたい。誰よりもその女の子の許へ向かいたい。それだけを考えてると不意に分かったんだ」





正直、我慢の限界だった。





「ちょっと見てろよ。逃げてても良いぜ。すぐに殺してやるから」





ナルトがまた消えた。そんなことはどうでもいい。俺は生来から我慢強くない。もう無理だったんだ。だから叫ぼうとした時、





「あんまり殺気立てるなよ。せっかく見逃してたのによぉ」





目の前にナルトがいた。





「………ここは八階建てだぞ」





「足には自信があるんだ。聞いてただろ」





「…ああ、他にも色々と聞かせてもらった」





「よく聞こえてたな…いや、写輪眼で読んだのか」





全部気付かれている。さすがに、やる。





「ナルト…守りたい奴がいるって言ってたな」





「ああ」





「ヒナタか」





「誰だ、そりゃ」





「ッ!」





殴りつける。しかし、簡単に受け止められる。





「子供のままだな、うちはの坊ちゃんは」





「皆、お前を待ってい―――」





視界が一瞬歪んだ。殴られたということに気付く。





しかし、軽い。軽すぎた。これくらい、今の俺ならば何度だって我慢できる。





「皆、お前を―――」





「うざいよ」





今度は視界が大幅にスライドした。色彩が歪んで気が付けば俺は建物から落っこちていた。





ナルトの右足の配置がさっきと少し違う事に気付けなければ蹴られたなんて思いもしなかった。それくらいに速すぎて視界に影が見えたと思ったらもう吹っ飛ばされていた。頭が割れたかのように痛い。





このまま気を失いたかったが、このままでは死ぬ。唇を噛み切って血の味で冷静に戻り体制を整えてなんとか着地する。





「――――――ぐ、ぇ」





着地して数秒後、急に胃の中が逆流した。





膝が震えて肺が脈動するように、本当に気持ちが悪い。





視界も歪んで抽象的。滲んだ絵の具の中にいるように、すべてが緩やかにさえ見える。





これは――――柔拳。





はは、久しぶりすぎて忘れてた。病院でもやられてたな。





きっと、視界は最後の蹴りだな。あれは強烈だった。





「うわ、まだ立ってるよ」





俺の背後にナルトがいる。





もう苦笑いしか出来ない。こりゃ、追いつけやしないぞ。俺だって上忍だっていうのにたった二回の攻撃で倒れかけている。





「…悪いか、よ」





喉が震えてうまく声が出ない。本格的にやばい。





次で死ぬかもしれない。





いくらか修羅場を潜って来たが、俺は自分の勘が鋭いということを知っている。だから分かる。





次で終わりだということが。





その、前に――――





「ヒナタが泣いてたんだぞ!! ナルトがいなくなって、お前がいないことを悲しんでくれてたんだ!!」





伝えなければ、





「弱いんだね、そのヒナタって子は」





だけど届かなかった。





ナルトの右足にチャクラが収束していく。それは原色の青のように濃く力強かった。





それは一瞬で風と変わった。辺りの雨や水溜りを一気に吹き飛ばす。俺は飛ばされないよう余力を使ってなんとか踏みとどまる。





「自分だけで精一杯、他人を幸せに出来ない俺は未熟者だ」





違う、人は自分だけしか幸せに出来ない。





声に出してそう叫びたかったがそれよりも速くナルトが動いた。





微かに見えた蹴りの軌跡、それに合わせる様に両腕を交差させて、ナルトの蹴りを受け止めた。





両腕が軋むのを最初から諦めていたかのように砕けていく。そして蹴りが終わる同時に体中が何かに押し潰された。









「あれ、生かしといた奴は?」



後ろで死に掛けているサスケを無視して振り返るとさっきまで這い蹲ってた男がいなくなっていた。



逃げたのかな。まぁ、どうでもいいんだけどさ。



「殺したよ。逃げようとしてたからな」



「可哀相だろ」



「任務だ」



白眼で遠くを見渡すと一人の男が倒れていた。胸にぽっかりと穴が開いていると処を見ると即死だな。



悪魔だな、こいつは。



「うちはサスケの方にはそういう感情がないのか?」



君麻呂は気を失っているサスケを見てそう言う。



形状変化と性質変化で風の塊を作って蹴りと一緒に風圧というのを作ってみたのだが、どうも威力が高すぎたようだ。



ありゃ骨中バキバキだな。生きてるのが不思議だよ。



「死ななきゃいいんじゃないか」



「そういう問題か」



「これは任務外だよ。殺せとは言われてない」



生きてりゃ面白いことになるだろうさ。



「それにしてもどうにかならないのか、この雨は」



「監視、だろ」



「殺し難いとしか言えないな」



「そうだな、俺はお前と違っていつも術に頼ってるから大変だったぜ」



「僕のは血継限界だからな。この任務では使ってないよ」



「即席で作った術も成功だったしな」



「それはお互い様だ」



そう言ってお互いに深いため息を吐く。



今回は疲れた。ターゲットが多かったこともあるがそれ以上に監視が多すぎた。



暁の奴等に、サスケに………そしてカカシもいやがる。



「おい、カカシ。いつまで見てるつもりだ?」



サスケが隠れていた建物の更に奥にある建物、そこにカカシがいた。



「ナルト、いつから気付いてた?」



瞬身の術でサスケの傍らに現れるカカシは真剣みを帯びている。



はっきり言ってさっきまで遊び半分で戦ってた抜け忍なんかと比べ物にならない空気がある。



こりゃ、少しやばいかも知れない。



「白眼を使った時に丸見えだったよ。逆に言えば白眼を使わなければずっと気付けなかった」



それは君麻呂が逃げようとしていた奴を殺したのを確認する時まで気付けなかったということだ。正直焦った。



「ん、忘れてたな。ナルトが白眼を持っていることを」



カカシはそう言って左目の布を取り外す。そこにはサスケ以上に存在感のある写輪眼がある。



どいつもこいつも写輪眼や血継限界、そして才能溢れる者達でいっぱいだ。



胸糞悪い。打っ壊してぇ。



なんで世間ってのはこういう不平等なんだろうね。怒りも過ぎりゃあ冷めてくるってもんだ。



「なんでサスケと一緒に行動してなかったんだよ。それが気になってたんだ」



この里の監視をし始めてすぐに分かったよ。あんた等二人がこの里にいることくらいな。



だからずっと一緒に行動しているんだと思ってたんだが。だからこそあんた等は殺さずにいたのに。だからあんた等の前に現れることなく全てを終わらせようとしてたのにさ。全部意味がないじゃないか。



「やる気がないと言われることには慣れたけど、ちっぽけだと言われたのは初めてだったよ」



右手で顔を抑えて空を仰ぐ仕草が、まるで泣いているのを雨で誤魔化そうとしているように見えた。



もちろん、サスケとカカシの会話も覗いていた。



どういった経緯でそうなったのかは分からない。何しろ途中までしか見ていなかったからだ。



だから二人が別行動を取っているのが不思議だった。何しろサスケは戦おうとしているのだ。実力差が分からないでもないのに。そしてそのサスケを止めるストッパー役のカカシもいない。



そのカカシは濡れた髪を書き上げて、



「俺は言ってやりたいよ。こんな人生死んだも同然だってね」



やばい、な。



こりゃ来るぜ、捨て身で、殺して死ぬつもりで。



正直、カカシに勝てる自信は半々だ。俺はまだカカシ級の奴と殺しあったことがない。大蛇丸は抜きにしてもだ。イタチなんて逃げるのがやっとだった。



真剣な場で殺しあうのでこれが一番強い相手だということを嫌でも知らされる。



「こんな俺でも、ちっぽけでもプライドはある。それを支えさせてくれ」



その為に俺に死ねとでもいうのだろうか。



同じことだ。俺だって支えたい物はある。それがたとえ矮小で崩れかかっていたとしても。



決まっている。



「どいつもこいつも勝手に勘違いしてやがれ!」



あんた、最高にかっこいいよ。



皆が勘違いしているだけだ。









[713] Re[21]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:647a1441
Date: 2007/10/01 00:10








「……俺って結構強いかも」



すっかり暗くなった霧隠れの里の端っこで俺はそう呟いた。



聞こえるのは霧雨が地面に叩き付けれている音と、



「その様で何を言い出すかと思えば」



呆れ返っている君麻呂の声だけだった。



ザーザー、雨は止まらない。左腕から流れる血が雨と混ざって鮮やかな緋色を作り出していく。



左腕が死んでいる。



防御の術なんて覚えていなかったから唯一の盾として使っていたのが仇となった。



写輪眼は最も親しい者を殺そうとした時に更に進化すると言うが、まさかこんな時になるとは思ってなかった。



悪い気がしない。



更に強くなったカカシと、痛み分けだったのだから。



「もしかして、俺って天才かもな」



ほとんど冗談だった。



こんな間抜けな状態で笑っていられる俺が天才である筈がないのに。



まったく笑ってしまう。



君麻呂は呆れている表情を変えることはなかった。



そして、また呆れているという声で続けてくれた。



「ナルトは昔から天才だ」







狂った歯車の上で







知らない天井だ、と言いたかったが見慣れた病室だった。



俺は生きている。それだけを確認してまた目を閉じた。







再び眼を開くとそこには綱手がいた。



何のようだ、そう口に出そうとしたが顔中に巻かれた包帯で思ったとおりに喋れない。はっきり言って息苦しい。



どうにかして欲しかった。



それを申請しようとしたとき綱手の口が開いた。



分かっていた。今の綱手は機嫌が悪いということくらい。



「ナルトと戦ったらしいじゃないか」



今の俺はふごふごとしか言えない。否、口を動かせない。



「いつもの通りボロ負けだったようだね。今回は今までで一番の重症だよ。体中の骨が逝かれてる。全治五ヶ月でも短いくらいだ」



ここまでやられると本当は死んでいて実はうちはサスケとは他人なのではないかと錯覚に陥ってしまうな。



いや、確かに今回は今までで一番酷い目にあったと思う。



俺と綱手のため息は病室内で静かに重なった。







「俺は…どうやって帰ってきたんだ?」



口の包帯を取ってもらい俺は一番聞きたかった事を綱手にたずねる。



ナルトとその仲間が目の前にいるというのに俺を始末しなかった事が気になる。そして、如何にして木ノ葉まで帰ってこれたのかも、だ。



少なくとも動ける状態じゃなかった。死んでも不思議じゃない状態だった筈だ。



「後でカカシに礼を言っておきな」



綱手は静かにそう言った。



カカシ、か。あれほど罵倒を浴びさせたってのになぁ、やっぱり俺はガキだな。



カカシの言うとおりだったのによ。勝てるはずが無かったのに一人で突っ走っちまった。そんでまた死に掛けた。



「カカシは…どこだ」



謝りたかった。心のそこから、俺はカカシに謝りたかったんだ。



兄貴は言っていた。自分の器を試したい、と。



俺は自分の器ってのが分かったよ。



なんて、なんて、なんて――――ちっぽけなんだ。



さすが俺の息子だ…………懐かしい言葉だ。それがやけに眩しく見えてくる。



誰一人、俺の器に気付けやしなかった。気付いていたのは兄貴くらいか。なんたって兄貴は天才だもんな。こんな愚弟のことなんてお見通しだよ。



きっと期待なんて一欠けらもしてないんだろうな。



くだらな過ぎて、生かしておいたのだろう。今なら分かる。ナルトもそうなのかも知れない。いや、絶対にそうだな。



だから、そんな俺でも救ってくれたカカシに礼を言いたかったんだ。



しかし、綱手は渋っているようにこう言った。



「カカシはね……ずっと意識が戻らないんだよ」



頭の中で何かが砕けるような音がした。



「サスケがカカシと別行動を取って死に掛けた後にね、カカシは一人でナルトと殺し合ったのさ」



鳥が外で羽ばたく音さえも聞こえてしまうほどの静寂は初めてだった。



綱手の呼吸音も、俺の心音も、何もかもが聞こえてしまうほどに何かが壊れた。



「な…んで、だよ」



なんでカカシとナルトが殺し合わなければならないんだ。カカシはもう任務を降りると言ってた筈じゃなかったのか。



「だからガキは嫌いなんだよ。子供は何時だって公平だと勘違いしてる。全てが自分と対等じゃないと納得できないんだろ」



文句は言えなかった。



それに言える余裕もある筈が無い。実際に俺はカカシと対等になれた、そう思っていた。



カカシだけじゃない。ナルトともだ。ずっと対等でいようと思った。二年前のあの時から追いかけているつもりで何故か余裕があった。それはきっと俺の中で対等なんだと勝

手に勘違いしていただけに過ぎない。



「確かに、忍びの世界には子供や大人なんて存在しない。それでもこの世界で対等だと主張するなら、仕事も責任も対等に背負うんだよ。仕事を全うして責任を果たして結果

を出して、初めて対等だって主張できるんだ。なぁ、サスケ?」



「…ぐッ!?」



急に胸倉を掴まれる。



呼吸がうまく出来ない。視界に光点が幾つも見え隠れして目が痛い。何故こうまでされるのかが分からなかった。



それなのに、俺は綱手の目線から逃げる事は出来なかった。



「なぁ、サスケ…お前は何時からカカシと対等になれたんだ?」



「あ」



「数日前までたかが下忍だったサスケ、同じほどの年で上忍になって幾つもの戦場を駆けていたカカシは対等なのか?」



崩れていく。今までの俺の全てを俺が否定し始めている。



「仲間と共に里で暮らしている写輪眼の真の継承者、仲間の全てを殺されて…死んでしまった仲間の写輪眼を片目に抱え続けているカカシは対等なのか?」



「…あ……ぁ…」



もう、俺の中には何も残っていなかった。



全部壊れた。



防波堤の無い俺の瞳からは何かが零れていた。







綱手は泣いているサスケを一人置いて病室から出て行く。その表情は不気味なほどに無表情だった。



カチャッ、と軽い音を立ててドアが閉まるのを確かめて綱手は深い溜息を吐く。



「いや~本当にすいませんね。綱手様」



そう言って軽く頭を下げたのは意識がない筈のカカシだった。



「もう歩けるのかい」



「ナルトに見逃してもらったようなものですから」



そう言っているカカシの体には幾重にも包帯が巻かれている。



当たり前だ。カカシの体には幾つもの風穴が開いていたのだから。



「あの状態で木ノ葉に戻ってこれるのはお前くらいだよ」



綱手は呆れたような表情でまたため息。



「三度くらい死に掛けましたからね」



腹を摩りながらカカシは朗らかに言い切った。医者である綱手からすればそれは十分なほどに重症だった。



「でも綱手様、嘘はいけませんよ」



「嘘なもんか。実際にお前は意識不明だったんだからな」



「起きたのはついさっきなんですけどね」



「十分だ。生きて帰ってきて私は嬉しいよ」



綱手は本心からそう言った。カカシも分かっている。木ノ葉にたどり着いたときに最初に見たのは半狂乱に陥っていた綱手なのだから。



カカシは苦笑して再度、頭を下げた。







頭を上げたカカシは何かを覚悟した目で綱手を一度見た後、後ろを向いて歩き出した。



「そっちは部屋と逆方向だろ」



綱手は苦笑してそう言う。怪我のせいで調子が悪いのだろう、その程度の考えだった。



「ん、こっちですよ」



カカシは振り向こうとはせずに体を引きずるように足を進めていく。



「………どういうつもりだ」



綱手の眉間に皺が寄る。カカシが何を考えているのかが微かに分かった。



「どういうつもり、と言われましても」



苦笑する事しかできない様子のカカシはそれでも足を止めない。



「お前の体はサスケ以上に重症なんだぞ!」



いい加減苛立ってきた綱手は少しずつ進んでいくカカシの腕を掴もうとする。



しかし、それを止める一人の人物に気付けなかった。



「…ガイ」



カカシでさえ驚いている。綱手はそれ以上に驚いていた。何故ならガイは班員と共に長期の任務の筈であるのに。



「カカシが帰ってきたと聞いて死ぬ気で終わらせてきました」



歯を輝かせてガイは綱手にそう言うが綱手はガイに掴まれた腕で振り払おうと力を込める。



「驚いたぞ。カカシが倒れたと聞いて少し暴れ過ぎたくらいだ」



にこやかに笑顔を作っているガイの右腕は先ほどまでの倍は膨れ上がっている。体内門が開きかけている。そうでなくては綱手の怪力は止められない。



「ちょっと任務でね、俺も少し暴れ過ぎた」



カカシはガイがしようとしていることを理解してまた足を進める。



そんな二人を目の前に綱手は平常ではいられない。医者であるから分かるのだ。カカシがしようとしていることは今の体では無理だという事が。



「どういうつもりだ! 分かっているのか!? カカシは本来まだ意識がなくても不思議じゃないんだぞ!」



腕に更に力を込めガイを振り払う。ガイは綱手の怪力に押し退けられ壁に激突する。



しかし、ガイは更に吠える。



「綱手様はカカシのことをまったく理解していない」



静かであるが綱手の怒りを買うのには十分だった。



「カカシはやる気が無い様に見えて、誰よりも負けず嫌いなんですよ」



ガイが勝った次の戦いではカカシは更に強くなってガイを返り討ちにしてきた。そんなことを思い浮かべながらガイは言う。



「馬鹿なんですよ。私達は、誰よりもね」



カカシにはガイが眩しく見えた。綱手は理解できない。



見た目や性格はまったく違うのにこの二人は嘗ての仲間と重なって見えたのだから。



「……カカシは、分かっているのか。その体の状態を」



綱手はもう諦めていた。この問いの答えなど数十年前から知っている。この二人はあの二人と本当に似ているのだから。



カカシは苦笑いをしているような声で本心をぶつける。



「現状維持なんて、本当に糞だってことくらい誰にだって分かるんですよ」



ナルトと戦っている間だけで写輪眼に体力を奪われた。雷切りも刀で切り払われた。ナルトの速さに翻弄され続けて無力さを思い知った。



「現状維持に意味なんか無いんですよ。人は上がるか下がるかの二つしかない。俺は……下がるわけにはいかない!」



ナルトを止められなかった。自分で全てを終わらそうとした。そして全て失敗だった。完璧な、敗北だった。



思い出すだけでカカシは自分を殺したくなってくる。仲間を守る事を教えてくれた仲間を犠牲にして手に入れた力は自分が守りたかった物を何一つ守れなかった。



「このまま黙って何もせずにいて強くなれるのならその通りにします。しかし、そんなことはある筈が無い」



「だからってその体は無理できないんだぞ!」



それはカカシも理解している。自分の体だ。一歩ごとに悲鳴を上げているその体のことは誰よりも理解していた。



しかし、カカシは笑みを浮かべる。



それは綱手に対する物ではなく、ガイに対する笑みだった。



「自分を信じない奴なんかに努力する価値はない、か。良い言葉だよ、ガイ」



自分の班とはまったくの逆だ。カカシはそう思う。何故こうなってしまったのだろう、そう改めて考えようとして止める。



これは俺のせいだ、とカカシは結論付けた。



独善、そんなことは知っている。それがどうした。自分が悪いと思って何が悪い? カカシは常にそう考えている。



「俺は誰よりも自分を許せそうに無いんですよ。俺はなんて無駄な時間を過ごしてきたんだ、ってね」



思い浮かべたのは二つ。血を浴びながら駆け抜けた戦場と惰眠を貪って修行を疎かにしていた現在。



ぬるま湯に浸かって冷え切るまで気付けなかった自分に激しい苛立ちを感じていた。



ガイが班の担当になっても修行を続けていた事に呆れを感じていたがそれはまったく違っていた。ガイこそが唯一の正解だったということにカカシは気付いた。



「サスケにちっぽけと言われた。そんな人生は死んだも同然だと俺は言った。ナルトは俺の事をかっこいい、そう言ってくれた。もう何がなんだか分からないんですよ」



あんた、最高にかっこいいよ――――ナルトの目は最後までそう語っていてくれた。



それに気付いた直後、体は思ったとおりに動かなくなって殺されかけた。



ナルトは砂隠れの里を壊滅させた。数え切れない程の人を殺した。



それがどうした。ナルトだって自分の里のためにしただけじゃないか。俺とどこが違うというんだ。木ノ葉の為に何百、何千の人々を殺し続けてきた俺とどこが違うというん

だ。



あの時、あの時だけはカカシとナルトは対等だった。同じ頂上で殺し合っていた。



「世の中、納得のいかないことが沢山ある。何故こうなる、どうして、どうして…そればかり」



流れるままに忍びになり上忍になり暗部として生きて担当となって今に至って後悔をし続けている。



答えくらい選ばせてくれよ。俺の最高の答えを、くれよ。



カカシは止っていた時間を動かす。



「最後くらい…納得したいんですよ」



そうだ。納得の出来る答えなんて今までに在りはしなかった。だから、最後くらいは納得させてくれ。カカシの願い、それだけだった。









「行かせても良かったんですか?」



病院を出て行ったカカシを見送ってガイは横で同じようにカカシを見ていた綱手にたずねた。



綱手はまたため息を吐く。これほど簡単な答えなんてありはしない。



「止めようとしたってお前が止めただろ」



「さぁて、どうでしょうかね」



ガイはそう言って瞬身の術で姿を消した。それはカカシのように飄々としていた。



「男ってのみんな馬鹿ばっかだねぇ」



綱手はそう言って振り返って自室に戻ろうとするがその前にはサスケがいた。



カカシと同じようにまだ歩ける状態じゃないのにサスケは身体を引きずってここまで歩いてきた。



それが完治までの時間を延ばしているということに気付いていないのに綱手はまたため息。



本当に男は馬鹿ばっかだ、綱手の顔に笑みが浮かぶ。



「一ヶ月で俺を治せ」



カカシとの会話が聞こえていたのかもしれない。もしかしたら違うのかもしれない。そんなことは綱手にはどうでもいいことだった。



どんな事を言っても話は聞いてもらえない、それは分かった。



「死んだほうがマシなくらいにキツイよ」



「綱手は黙って俺を治せばいい」



未来が見えた。サスケの瞳にはそこまで遠くない先に面白い事が起こりそうな未来が綱手には見えた。



綱手は生来からギャンブラーだ。勝つ事が楽しみじゃない。その場では経歴など関係なく対等だから好きなのだ。



負ける賭けには慣れている、それが綱手だった。



「治療費は高いよ」



「払ってみせるさ」



「そうかい」



「勿論、後払いだからな」



「身体で払いな」



後に木ノ葉に新たな英雄が誕生した。



その英雄は絶滅したと言われたうちは一族の名を世界中に知らしめる事となる。













ここで一年飛ばして原作と同じ里抜けから三年後、という感じです。

あと二話くらい付け足してからそれを始めようと思います。かりんとじゅうごをどうしようかと考えてます。どうしよっかな~



最近はスイス製のアメにはまってます。美味しいですよ~













[713] Re[22]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:647a1441
Date: 2007/10/31 12:51








この二年間、とても長く感じた。



そうヒナタは感じた。



サクラと共に修行の旅に出た。出だしは快調であったがヒザシが渡してくれた資金は半年で底を尽きた。ヒザシは二年間も旅に出るとは思っていなかったという。



最初こそ宿に泊まりながらだったが一年を過ぎてからは住み込みで働きながらの修行だったが思いのほか良い出会いもあった。



気が付けば遠いところまで来たものだ、そう思ってしまうほどに二人は火の国から離れていた。



目の前には音の里、ここ最近他の里との交流が増え地下から地上に場所を移した。気が付けば、無意識的にそこを目指していた。二人で相談したわけでもなく、本当に無意識だった。



あの時から二年、気持ちが変わるのには長過ぎた。



二年あれば明瞭に顔が思い出せなくなる。



二年あれば仕草や口調が曖昧にだってなる。



それでも、心の奥底で根付いた核は変わらない。



「着いちゃったね」



サクラは音の里の北門を見上げてそう呟いた。



「……うん」



ヒナタは白眼を使わない。あの時のナルトの言った言葉を濫読繰り返す。何も思い浮かべない。浮かべられなくなるくらいにヒナタにとって二年間とは長かった。



サクラは迷っているヒナタにため息を吐く。



二年間、何度も見てきた表情。体を動かしていると忘れられる、そうヒナタがいっていたのをサクラは思い出した。



逆に体を動かしていないと常にナルトの事を考えているのだと最近になって気付いた。



「これ以上木ノ葉からは離れていられないのよ?」



修行のためだからといって二年間も里にいないというのは本来あってはならないこと。それくらいサクラには分かっていた。それでも止められなかったのは心の底では音の里に向かいたかったからだ。



確かめたい。一度でいい、会って確かめたかった。



きっと拒絶されるだろう。サクラには分かっていた。



何故なら、ヒナタと同じくらいにナルトの事を考えていて、あの時ヒナタよりも近いところにいたのだから。







狂った歯車の上で







目が覚めたらいつもの通りアカデミーの保健室だった。



自分の背丈にちょうどいいベッドをぶっ壊したくなる。



なんで俺はこんなところにいるのだろう、そう悩んだがすぐに答えは出た。



いつもの通りアカリの上忍に喧嘩売っていたらいつもの通りアカリにぶん殴られて気を失ったんだ。今日は鉄バッドだったな、前回は木製だったの。



「やっと目が覚めましたか」



白の声が聞こえる。



嫌味を言われる前にさっさと出たかった。



「このベッドは俺には少し小さいんでね」



「少し、ですか」



「うっせぇ」



何だかんだ言って白にも感謝している。毛布を掛けてくれているし枕の上には氷嚢が敷かれてあった。少し気持ち良い。



「ありがとな」



「いい加減に妹から離れたらどうですか」



「そりゃ無理だ」



即答だった。



「まぁ、いいんですけどね。僕も人のことは言えません」



だろうね。



「だけど忠告は出来ます」



「あん?」



先輩様からのありがたいアドバイスかなんかか? そりゃありがてぇ。



「どんなことが起きても妹を理由にするな。それはアカリちゃんに対する侮辱です」



分かってるよ、そう言えなかった。



つまらない意地だけでは生きていけなかったから無理矢理作った礎に頼りすぎていたのか。



随分と駄目な兄貴だなぁ、おい。



「ありがとよ」



「気にしないでください。勝手な老婆心です」



「はっ、白はまだまだ綺麗だよ」



綺麗すぎて時々眩しいんだ。裏付けの無い二人が眩しくって見ていて辛いんだよ。



俺は部屋から出た。気分は最悪だった。







人はいつか誰かを殺す。誰を殺すかを知らないだけで、ただ訪れた時にそれを知る。



他人なのかも知れない。自分自身なのかもしれない。それすらも気づいた時には殺してる。



俺は自分だった。自分を下げたんだ。自分自身の価値を他人から下げて勝手に怒り狂ってた。そして自分を最上の不幸として取り扱った。



それを理由に色々殺した。



人だったり誇りだったり尊厳だったり、色々だ。



何度も見続けた。何度も殺してきた。泣いている人の前で何が何だかもう分からなくなってきた。



本当の俺を知らない奴らは俺を綺麗に見ようとする。俺が作ってきた最低な不幸野朗を真っ向から否定してくる。



分かっているのかな、俺は人殺しなんだよ。最低な奴なんだよ。即日死刑にされたって別にかまわないくらいに酷い奴なんだよ。



流れていった俺の血や他人の血が皮膚を焼き、俺の骨を砕き、俺の血の中に溶けていく。もう俺は俺だけの物じゃない。



左腕を見てみる。これは誰の腕だ? なんども付け替えられて誰の腕なのかも分からない。左目も俺の目じゃない。流れる血も殆ど入れ替えちまった。他人の血が順応してすでに変革して最初とは随分と変わっただろう。



音の里に住み着いて二年半、逃げ出してからの年月。ここは天国と地獄の紙一重。一歩踏み出して気が付けば地獄の時があれば天国の時もある。



昔が懐かしい。何だかんだ言って住み心地は悪くなかった。ただごねていただけだ。勝手に勘違いしろ、そりゃ俺のセリフだ。



もう、俺を赦してくれよ……つまらない逃げ口だ。叶う事なんて無いくらいに俺の罪は静かに静かに落ちて逝った。



あいつはもう俺に鳴いてくれない。誰も手を引いてくれない。



なのに、あの心臓の鼓動だけが俺の耳朶に染み付いて離れない。







肺がんになるぞ、次郎坊がそう言った。聞きなれた言葉だった。もう脳が拒絶しているワードの一つだ。



忍びの定理について忘れかけてもう何年も経つが俺は変わらずに人を殺し続けている。これが本当に忍びの役目なのだろうか、という疑問は絶えない。



田の国、そう云われるだけのことはある。辺りは田んぼと川ばかりだ。



煙草の残滓を取り消してくれるだけの効果はあるようだ。川を見ていると吐き気がしてくる。清涼で止まる事の無い川は嫌な奴らを思い出させてくれる。



そんな日々を過ごすだけで胸糞悪いのに不思議と心はスッとする。



「煙草は体に良くない」



随分と痩せた次郎坊が俺にそう言う。多由也とダイエットをしていたと聞いたが痩せたのではなくて随分と筋肉がついたようだ。殴られたら一発KOも笑えないな。



「ダイエットとやらは成功したみたいだな」



「俺は、な」



ああ、多由也は失敗だったようだ。そういえば次郎坊の体中に蹴られた痕があるような無いような。



「多由也はあれくらいがいいんだよ」



「俺もそう言った。そうしたらこれだ」



そう言って傷跡を見せてくる次郎坊の背中には更に踏まれたり蹴られたりの痕が多く残ってる。その途中で筋肉を見せてくるのは自己顕示欲が強すぎると思うが。忍びは隠す者だろうに。



俺は呆れつつ六本目の煙草に火をつける。そろそろ喉の奥が気持ち悪くなってきたがそれも味なんだと吸うのを止めない。



天を仰ぐと煙は風に消されていく。いつかは俺は煙のようだと思ったがそれも随分と格好いい表現だと呆れた。昔の俺は随分とガキだった様だ。



きっと今も変わらない。



「前の任務は君麻呂と一緒だったんだろ」



否定する事も無い。それに悪い事ばかりでもなかった。随分と懐かしい面々が見れて少し嬉しかった。



「ああ」



「随分と差が開いて皆焦ってるよ。鬼童丸以外だけどな」



ああ、鬼童丸か。あいつは最近新しいゲームを始めたらしい。昼間から変な奇声が聞こえたりして治療中に失敗しそうになる。



「グラフィックじゃねぇ! シナリオが大事ぜよ!!」



訳が分からん。部屋を覗いたら変なコードが散乱していたり随分と歩きづらかった。



それにしても皆は何に焦っているのかよく分からんな。俺の方が焦ってるというのに。



「俺が分からんよ。なんで皆焦ってんだよ」



次郎坊の顔色は困惑の色だ。それを無視して煙で輪を作ろうとしたが失敗した。あれってどうやるんだ?



「この前みんなで手合わせしただろ。惨敗だったって左近が言ってた」



あの時は次郎坊だけダイエットを続けてその他のメンバーで手合わせをしたんだったか。



「土俵が違うんだよ。俺とみんなは違う。左近と俺も違う。多由也だって君麻呂だって全員土俵が違うんだ」



俺と君麻呂は似ているタイプだろうが、少し違う。俺は左近のような暗殺は出来ない。多由也のようなあそこまでの広範囲の幻術なんて次元が違う。次郎坊の腕力だってもう諦めた。



ほら、俺には出来ない事ばかりだ。



大蛇丸が集めた同世代の奴らには特出した才能がある。俺は自分が限界を決め付けた自分の特技があるだけ。それだけ、それがとても重く付きまとう。



数年して戦ったらどうなるかな、なんの変化の無い俺と成長して輝いた皆はどうなるかな。



四方に広がる清涼なる川、俺には溝川がお似合いだよ。



一呼吸置いた。



「忘れるなよ。俺がここに来たのはもう道が無いからだ」



久しぶりだ。俺の視線に殺気を乗せるのは。



「勘違いだろ。足掻き続けてるナルトが言う言葉じゃない」



次郎坊は呆れるだけ。俺も呆れた。こんな簡単に返答を受けるとは思ってもいなかった。



「まいったな、完敗だわ」



肩を竦めて空を仰ぐ。空は笑っていた。俺も笑っちまう。随分と弱くなっちまった、ってさ。



「ぶち切れたナルトの殺気はこんなもんじゃないからな」



笑うしか出来ねぇって。







「ナルト!」



サクラ、のような声が聞こえた。まぁ、どうでもいい。



無視する事にする。



「そろそろ昼だろ。なんか食うか」



「俺は遠慮させてもらう」



「次郎坊らしくないな」



「リバウンドは本当に怖いから」



「あ、そうだな」



前以上に太られたらこっちも困る。背中を任せられない。



「ナルトッ!!」



いい加減に苛立ってくる。昔からうるさかったよなぁ、お前。



「大蛇丸もいい加減だな。開放的にするのはいいがここまで開放的なのは頂けんよ」



「そう言うな。君麻呂にまたボコボコにされるぞ」



「うっせぇ。今のところ五分だ。さっさと行けよ」



「そっちで片付けろよ」



そう言って背を向けて歩き始めた次郎坊は少しかっこよかった。



「今度奢るよ」



「食い物以外なら喜んで奢らせてもらう」



「そりゃ残念だ」



「言ってろ」



そう言って瞬身の術で姿を消す。



あぁ、すんげぇ空気が悪い。



「久しぶりだな、サクラ」



俺の名前を読んでいたサクラには返事をする。隣で縮こまってる奴はどうでもいい。記憶なんてとっくに捨てた。もう戻ってこれるような状態じゃない。時間が経ちすぎた。



「ちょっと、ヒナタに言う事はないの!?」



うるさいね。



「ねぇよ。だからさっさと帰ってくれ」



なんか見ていると痛いんだよ。



「君麻呂達に見つからなくって良かったなぁ、おい。見つかってたら実験材料だ」



これは、脅しだ。早く帰ってくれ、そう願った。



頭が痛い。押し込めてた記憶が疼いてる。絶対に思い出す事は無いだろうが、なんだこの疼き。



「ヒナタはね、ナルトに会うためにここまで来たのよ!」



「知らねぇよ。勝手に来て何を言い出す」



「ナルトォッ!!」



サクラは俺を殴りに掛かる。



随分と速くなった。中忍の上くらいか、いい踏み込みだ。



体の動かし方を知ってるな。かなり強くなった。俺の知っているサクラとは随分と離れてしまったようだ。



それでも遅い。遅すぎる。



軽く、それでも特殊眼の無いサクラには目が追いつかないくらいの速さで避ける。



「言ったよな。今のサクラのままでいてくれってさ」



姿を見失って動きの止まったサクラの背後に回ってそう言う。



「私は私よ。変わってない」



んじゃ随分と俺は変わっちまったなぁ。もう思い出せねぇよ。くだらな過ぎて思い出そうとも思えないけどね。



少し、疲れた。







「俺はね、音の里の忍びだ。木の葉の忍びは嫌いでね、殺したいくらいなんだよ」



なんと言おうか。悩んでいたらそう言っていた。呼吸を音が静かに脳に伝わってくる。息が切れかけている。下を向いた。惨めな俺の両足が少し震えていた。


やばいな、少し参っている。



「…ナルト君」



二度と会おうとは思わなかった。記憶の欠如、俺は何をしていたのかが分からない。目の前のヒナタは俺にとってなんだったんだろうか、それだけが気になってくる。



音の里での支障を防ぐために記憶を殺した。その傷跡が疼いて止らない。



忘れていた波長、その声は俺にとっては重かった。



落ち着け、落ち着け。悟られない様に歯を食いしばった。きつく、強く、血が出るまで。血の味は俺に冷静を与えてくれる。覚ましてくれる。全てを――憤りすら。



アカリには見せない、作った顔で精一杯に顔を上げた。



「ヒナタ、だったかな」



顔すら思い出せない。声すらも、仕草すらも覚えてない。



怖いね、それらは未知になってしまった。



日差しとともに小さな影が交差する。地面ばかりを見つめてばかりなのは昔から変わらない、そう感じた。記憶はないのにな。



ヒナタの顔を見ようと徐々に視界を上へ上へと広げていく途中で、ついつい苦笑してしまう。理由が分からない、きっと昔の俺はこうしていたからだ。



「……変わってないね」



嫌味じゃない。ヒナタの目が語っている。記憶の通りであった喜び。



「どうだろうね。そこらへんはよく分からないな」



変わってないよ。俺が俺である事は。あいつが笑っていた俺、アカリの兄になった俺、変わっちゃいけないものばかりだ。



「久しぶり、でいいのか」



「うん」



ヒナタは目を細めるように笑う。なんだろう、何も感じない。頭痛は治まらないのに衝動的な物は感じやしない。こう言ったシチュエーションだと前の記憶が疼くってのが定番だってのに以前の俺は相当この娘の思い出を消したかったのだろう。



「そんなに変わってないか、俺は」



以前の俺と違うわないのか。それは本当なのか。俺は興味本位で零した。



「変わってないよ」



噛み締めるようにそう口にするヒナタの表情は痛々しい。感情を読み取るのに白眼なんて使う必要ない。使わなければならないような経験不足な俺でもない。



二年振りの出会いにしては妬けに感情的だなぁ、と一人心地する。



俺も二年前を振り返ってみる。



あそこにはサスケがいた。シカマルがいた。チョウジがいた。リーがいて、ネジもいて、テンテンがいた。シノやキバもいたな。もちろんサクラとヒナタも、だ。木ノ葉には少し長く居過ぎた。その記憶は美しくさえ思えてくる。



笑い合っていた。殴り合っていた。そして結局あいまいなままぬるま湯に浸かっていた。



だからこそ、笑えてきてしまう。



あんな綺麗なところに俺がいたことが、滑稽。場違い、ってのがこれほど似合う人間もそうはいないだろう。大蛇丸がキャバレーにいるようなもんだ。あっちゃいけないことだね。



「俺はね、木ノ葉にいちゃいけなかったんだよ」



そうだ。そう答える自分がいる。



「俺はただの人殺し。ヒナタ達は立派な忍びだ」



忍びの定理、何度も考えたが結局一つの答えしか出てこない。



「里の為、国の為、そして人々の為に任務をしたことなんて一回もない。どこかで打算して結局は自分の為なんだよ。里の皆を家族だなんて一回も考えた事がない。吐き気がするよ。正直、あの糞爺は死んでくれてホッとしている」



忍びの定理、それは国の為、里の為に命を掛けて任務を全うする奴等のことだ。



それならば、俺なんかただの人殺しだ。



自分の為にしか人を殺せない。アカリの為だっていつもの通り自分を正当化して勝手に勘違いしているただのガキだ。



一人で安穏を噛み締めたかった俺をアカデミーなんて世間を知らない糞ガキ共の巣窟に放り込んで自分は良い事をしたとほくそ笑んでいたあの火影を心底ぶっ殺したかったんだ。あの時ほど人の気持ちが分からない人間を不良品だと罵った事はなかった。



俺に死んで欲しい奴等のために命を賭して任務をする必要はあったのか。そんなことはある筈がない。死んで欲しいくらいなんだ。出て行くのが普通じゃないのかよ。それで出て行ったらしつこく戻ってこいだ? 死ね。



ああ、俺は心底この世にうんざりしてる。



神様は世に対して不平等だ。親はこの誕生を望むがその子が自分の誕生を切と望むとは限らない。



こんな醜く美しい世界を見るくらいなら誕生なんてしたくなかった。そう、したくなかった。



今は感謝しているところも少しはある。仲間をくれた。家族をくれた。生きているという実感をくれた。



だが、それは木の葉で手に入れたものじゃない。木の葉からは失望と絶望しかもらえなかった。それならば俺はそこに居続ける必要なんてなかった。



だけどお前等は違ったよな。



「なぁ、ヒナタ」



俺はきっと笑顔だ。これほど滑稽な事はない。どうやらこいつ等には俺にこびり付いた汚れが見えないようだ。何度も重ねてきた罪というのを感じない。



こいつ等の中では俺は真っ白な存在なんだろう。木の葉で少しは真っ白なところを残したいなんて思っていたが無駄な行為だったようだ。こいつ等は俺の想像を超えるほどの馬鹿だ。



ヒナタは俺の呼びかけに期待の色を添えている。馬鹿だねぇ。いや、本当にさ。白眼なんて大層な目を持っているのに一番最初に気付かなきゃいけないことに気付けやしない。



「帰れ」



その一言で時が止まるように動きが一切止まった。



ヒナタは俺の言葉を噛み締めるように吟味しこう言った。



「嫌」



カブト先生の話では気弱だった筈。何がこの娘を強くしたのだろう。俺かもしれない…いや、それは自惚れだ。



「調子に乗るなよ」



押し切る。



「調子に乗っちゃいけないかな」



知らない。記憶にない、なんて次元じゃない。きっと記憶を持っていたとしても今のヒナタは知らない。



「調子に乗らなきゃ誰だってここまで来ないよ」



押し切れない。完璧に俺は飲まれてる。数回しか言葉を発していない目の前の女に俺は飲まれてる。



今の感情はなんだ。楽しいのか、悲しいのか。愉悦、きっと楽しんでいる。



面白いね、これはこれで楽しみがある。



「前の俺のことは知らないが今の俺ははっきり言ってお前が嫌いだよ」



「そうだよね。私も私が嫌いなの」



「だろうね。かなり自己中心的だよ」



「ナルト君には負けるよ」



「あんまり褒めるなよ。ただ追い返すつもりだったのによ」



「やっぱり変わってないね」



「ありがとう」



「二人とも不器用すぎよ」



サクラの言葉が合図だった。









ヒナタが俺の背後に現れた。



現れると同時に次の動作が終えている。風が教えてくれているから白眼を使う必要なく俺はしゃがみこみヒナタの蹴りを避ける。



脚が通過した後に風を切る音が聞こえる。



「なんつー蹴りだよ」



感嘆を通り越して呆れてくる。無駄な動作は普通の目では分からないほどに洗練されていて美しくすら感じる。



蹴りまでも柔拳になっているから掠っただけで悶絶だろう。体術だけなら上忍級だ。嘗めていた訳ではないが改めてヒナタの実力を体感する。



「風を使うんだね」



ヒナタの肘鉄、払い、蹴りの連携を同じ程度のチャクラを込めた左腕で受け止めながら俺は答える。



「ナルト君がいた頃はいつも風が吹いてた。それもナルト君だったんだ」



「へぇ、気付いてたんだ」



「うん」



そこそこの速さで動いている筈なのだがヒナタはしっかりとした踏み込みで追尾してくる。白眼で俺の動きを視てかなり修行したのだろう、良い足運びだ。



「サスケなんかよりもよっぽど強いぜ」



「サスケ君に会ったんだ」



「この前の任務で重なってね」



「今頃は病院?」



「はっ、よく分かってるね。死んでるかもしれないけどよ」



ヒナタの拳がぶれて見えた。紙一重で後ろに跳ぼうとしたが空気が揺れた。俺は空気を踏んで更に後ろに跳ぶ。



俺の風の結界に穴が開いたのを確認した。拳から掛け離れた場所まで穴が開いている。



「柔拳の遠当てなんて知らねぇぞ」



ヒナタは俺の速さについていけなかったのか一呼吸後に此方を向いた。その目は驚きの表情で占められている。



「おいおい、さっきまでのが全速力だなんて思わないでくれよ。結構高く評価してるんだぜ、ヒナタ」



写輪眼すら追いつけない速さを手に入れるだけに二年は必要だった。違うな、誰の目にも映らなくなるのに二年も使った。



リーが何年も体術に使ったのと同じだ。俺は速さを欲した。それだけだ。



例えよく切れる刀を持っていたとしても振るう速さが並ならば意味がない。



例えよく切れる刀を持っていたとしても何処を切ればいいのかが分からなければ意味がない。



例えよく切れる刀を持っていたとしても先に斬り付けなければ意味がない。



妥協なんて出来る筈がない。アカリの兄貴が誰よりも強いんだって証明したかった。これが強くなろうと思った本当の理由だ。



「正直俺をあんまり困らせないでくれ。女子供は傷つけたくないんだ」



写輪眼も白眼も所有者の実力に伴って成長していく。写輪眼のみが最強なのではない。所有者と共に強くなければ宝の持ち腐れだ。



今のヒナタでは感知できない速さで背後に回り込んで脳髄から意識を落とさせる。



「ヒナタッ!」



サクラの叫び声、うざい。倒れ伏すヒナタ、うざったい。



なんでだろうかな。気分がとても悪い。間違った事をしたんじゃないかと心に呵責を感じる。



「もう一度俺の目の前に現れたら次こそ殺す」



駄目だ。俺が崩れそうだ。







「う~家に帰っても誰もいないし」



「ごめんよぉ」



そう言って頭を下げる。なんでだろう、まるで道化だ。



家に帰るとアカリがいて、そして俺は笑う。ホッとしてしまう。ここが自分の居場所なんだと言い聞かせてしまう。する必要も無い筈なのに言い聞かせてしまう。



自己嫌悪、堪らない。全てが夢のように思えてしまう。目が覚めるとそこは未だ木ノ葉でこれは俺の願望なんじゃないかと思えてしまうくらいに俺は幸せだ。



「兄さん…顔色が悪いよ。大丈夫?」



顔を覗き込んでくるアカリの頭を俺は優しく撫でて、



「あぁ、大丈夫だよ」



全てが狂ってやがる。



もう、止らない。止れない。











簡単なあとがき

私の体調が文に表れているのがよく分かる。ナルトの実力は速さしか成長してません。腕力は中忍試験の時よりも落ちてますね。後、ヒナタファンの人はすいませんでした。説明臭い文章だったので書き直す確立はかなり高いです。寝不足と集中力不足が重なるとこうなることが多いようです。






[713] Re[23]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:157ebbfc
Date: 2007/10/31 13:26








普通の人の半分も生きられない世界を生きて、苦しみなさい、か。



なかなか良い、地獄だね。



こんな幸せな苦しめ方があるなんてさ。



自嘲しながら思考という名の渦に身を任せていると不意に景色が変わった。



目を開くとそこには最愛の人。



とんでもなく馬鹿で、



とんでもなく素敵で、



とんでもなく大好きで、



「兄さん、良い朝だよ」



この人と一緒に生きたい。







狂った歯車の上で







重く圧し掛かってくる殺意に身を任せる事ができずに俺は静かに目を瞑る。



そうしている俺の目の前で大蛇丸とどっかの里のお偉いさん方が罵り合っている。



「音の里風情が調子に乗るな」内容はそれに限る。



どうやら俺の知らないところでも大蛇丸の暗躍はあったらしく散りも積もって爆発したらしい。



前の任務でも俺と君麻呂で関係ない他の里の奴等を殺しまくったけどね。



「騙される方が悪い。勿論、殺される方もねぇ」



笑みを浮かべてそう言った大蛇丸の言葉は正しく真理だった。ちなみに今は変装している。一応は内緒なのだ。音の里長が大蛇丸であるということは。



「音の…その言葉、取り返しがつかぬぞ」



この集まりの中で最も老けているように見える男は殺気を込めてそう大蛇丸に言う。



ダサいね、さっそく良いように扱われているじゃないか。忍びの仕事は騙す事よ。



「別に、困る事でもないわ。あんた達程度じゃあねぇ」



大蛇丸が抱えている思惑、戦争による里の強化。



今ここには音を含めて四つの里の長達が集まっている。それを相手にここまで啖呵を切るなんて頭がおかしいとしか思えない。



「私の部下を舐めない事ね。痛い目じゃすまないわよ」



大蛇丸のその言葉に体の心が疼く。それは熱く刺々しく。



いいね、そういう言い方。こっちまでやる気になってくるじゃないか。



自分で言うのは変かもしれないが俺は既に音の一員だ。嫌だけどよ、俺もこいつの部下なんだ。



認められる事を拒める筈がない。



大蛇丸の後ろに座っているのは俺と君麻呂、君麻呂は大蛇丸の言葉に薄い笑みを浮かんでいる。



これからのことを想像しているのだろう。この戦闘狂は。



「次回会える日を待ち望んでいます」



そう言って立ち上がって今日の話し合いの為に設けられた部屋から出て行くのを俺等は黙ってついて行く。



背後から向けられる殺気は快感だった。







「なかなかに饒舌じゃねぇか」



「ふん・・・連中、目を丸くしてたわ」



「戦争、ってのは分かった。だけどよ、どうすりゃ俺等の勝利になるんだ。どうせあいつ等はどっかで隠れてるぜ」



「敵を殲滅すれば何も出来ないわ」



「簡単に言ってくれるね」



「まさか、出来ないの?



「ふざけんなよ。出来るに決まってんだろ」



大蛇丸は俺の言葉に満足そうにする。



「先週からカブトと左近を敵の里に放ってるわ。内側から勝手に死滅する」



最近見当たらないと思っていたら……手の速いこった。



「私の里の連中は他の塵共に負けるような柔じゃない。私の半分も生きてない子供が心配する必要がないくらいにね」



「それを聞いて安心したぜ」



「問題は……住民よ。邪魔だからさっさと消えて欲しいけど、それは難しい。できるだけ迅速に終わらせたいわ」



「無茶言うなよ、相手は三つの里だぜ。一日二日で終わる程の相手じゃあない」



「何のために実験材料を開放したのよ。記憶の改竄までして使わないのなら死ぬまで実験よ」



「この外道が」



「今更よ」



俺達は嗤った。



全ての感情が消えたような気になった。俺は目をつむった。開けた。



見える世界は美しく、未来があった。



周りの強国との脅威から去られ、平和に過ごす俺とアカリの未来が。



ヒナタに会った時から落ち着かない日が続いて、自問自答の日々が続いて、やっと結果が出せた。



自分と関係のない豚共を殺すだけで築ける幸せならば、俺は喜んでこの両手を血で染めよう。



ママゴトの時間は終わりだ。









何人殺しただろう。もうよく分からない。



カカシがどれくらい罪の無い人々を殺したか分からない。きっと俺よりも多いだろう。



あの時は時代が悪かった。戦争は悪夢に表れる程に跳梁跋扈していた。



誰もが俺を認める。



誰もが「良くやった」と褒めちぎる。



それでも足りない。差は歴然だった。未だ、俺はカカシと同じ場所に立てていない。



「もうAランクの任務は無いよ」



目の前で綱手はそう言う。



写輪眼、それが俺に真実を伝えてくれる。



「Sランクでいい」



「死にたいのかい」



ああ、それでもいいか。



「俺では不満か」



「そういう意味じゃない」



意味が分からない。あの時言ったじゃないか。いつカカシと同じ立場になったんだ、と。



俺はまだなれてない。ならば、今のままでは足り無すぎる。



「変わったね」



「変わらなければ進めない。それに気付いただけだ」



「あの頃は輝いてたよ」



「分かったんだよ」



世界ってのがどれくらい醜いってのが。



初めて人を殺した時、相手は抜け忍だった。汚らしい顔で俺が千鳥で心臓を貫いた。



悪い奴だから仕方ない、そう思う事で罪悪感は無かった。



違ったんだ。気が付けば殺す事ばかり考えていて罪悪感が無い事に罪悪感を感じるようになっていた。



殺す事でしかカカシに並ぶ方法が無い、そう考えるようになった。敵を殺す事、これがもっとも記録という形で残りやすい功績。



いつからだろう。皆といる時よりも一人でいる時の方が落ち着けるようになったのは。



いつからだろう。太陽が好きだったのに今では一人で月を見るようになったのは。



近々、戦争が起こるらしい。



音の里を中心にその周りが、だ。きっと音の里が生き残るだろう。



その時ナルトは更に人を殺す。ナルトのことだから自分の為に、ただそれだけの為に人を殺す。



強い奴だ。自分の為だけに両手を汚すなんて、今になって分かった。



自分勝手な奴だと内心罵っていたさ。これは本心だ。だけどよ、世界を知った上で自分勝手に振舞える奴がどれだけいるというんだ。



それに気付けなかった俺はちっぽけだのさ。



「引き受けさせろよ、その任務」



綱手は深いため息を吐く。



すまない、としか言えない。きっと俺がしていることは単なる自虐行為でしかないのだろう。



だからといって止めるわけにはいかない。俺がここで止めるという事は俺が追いかけている奴等に対する侮辱だ。



否定したくない。自分の為に他人の全てを終わらせるという業を。



「死ぬな」



綱手の言葉が重く圧し掛かってくる。



死ぬな、か。もうどうでもいいことだ。生きるも死ぬも少し視過ぎた。どこに境界線があるのかも分からなくなっちまった。



「相手は」



「13人」



「十分だ」



死んでから生まれ変わっても意味なんてない。



生きている間に生まれ変わらなければ、その生に意味は無い。













三年後なんですけどね。原作の始まりの前に音が動きます。

原作の方だと長門君は禁術を作りたがってますがこっちだと既に破綻してますね。三年後のサスケはドライです。









[713] Re[24]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:157ebbfc
Date: 2007/10/31 13:33








私の人生にも、一度くらい幸せな時があってもいいんじゃないかな、って思った。



人間ってのは意外と丈夫でね、独りでも生きていけるように作られてるんだよ。



だけど楽しくない。



だけど嬉しくない。



だけど苦しくない。



そして辛くもない。



『楽しい』の逆は『つまらない』じゃないんだよ。苦しいんだよ。



優しい嘘は暖かいね、それが心を本当の意味で救ってくれる。



「兄さんってすごいんだよ。喧嘩した後でも笑って頭を撫でてくれるの」



この人が兄さんでよかった。







狂った歯車の上で







兄さんが外から帰ってくると、開かれた扉の隙間から季節特有の乾燥した空気が入り込んできた。



火鉢のお陰で溜まっていた一酸化炭素が外の空気に流されるのが心地よかった。



バチッ、と火鉢の中で何かの破裂音が聞こえた。



兄さんは中々部屋の中に入ってこない。



最近重く感じ始めた体をなんとか動かして視線を玄関の方へ向ける。気だるさが増したがこの際どうでもいいと思った。



「兄さん…どうしたの? 寒いから早く――」



入ってきて、そう言いたかった。なのに言えなかった。



いつもの兄さんはそこにはいなかった。



玄関の前に立っていたのは素顔を晒した道化師だった。



兄さんからの圧力を感じる。知ってはいたけどこんなにも存在感があるなんて思わなかった。ずっと気にしていなかったからこの感覚を体が忘れていた。



「ただいま」



それでも愛情の篭った眼差しは私の元へ向けられていた。



裏も表も結局は兄さんなんだと少し呆れてしまう。



私もそれに応えてあげなくちゃいけないじゃないの。



「おかえり、兄さん」



私は兄さんの妹なんだから。







私が作っておいた晩御飯を二人で向き合いながら食す。



この家に来て最初の頃は兄さんが作っていたがすぐに私の方が上手くなって担当を変えたのを思い出して少し笑ってしまった。



「良いことでもあったのかい?」



なんでこうも違うのだろう、と私は思う。



他人に対しては厳しく公平な人なのに私の時だけ異常に優しい。一時期は荒れていたけど少ししたら元に戻った。



兄さんの友達は苦笑いするだけで何も教えてくれなかった。これって不公平。



「兄さん、また任務なんでしょ?」



会話が止るのが怖かった。だからといって話す種があるわけでもない。だから本題に乗った。



私がそう言うと兄さんは表情を変える事なく返事をした。



「よく分かったね。君麻呂から聞いたのかい?」



きっと私には分からないところで反応したのだろう。最初の頃はなんとか気付けたのに、今では差が開いてしまった。



一時期、兄さんは荒れていた。どうしたのだろうと心配して君麻呂さんにお願いした。そして兄さんは元に戻った。いつもの優しい兄さんに戻った。



戻った筈なのに、更に遠く感じ始めた。



「おかしいよね、私達の任務は全て無くなったのにね。兄さんには任務があるなんて、なんか…変だよ」



私は今意地悪している、それも兄さんに対して、最低だよ。



「木ノ葉の里が弱体化したことで全ての里の勢力図が変わったんだよ。天辺が欠けちゃったんだ。それで他の里はその天辺になりたくて大変なんだ」



木ノ葉の隠れ里、兄さんがいた里の名前だ。



正直、無くなってよかった。そのお陰で今があるのだと思うと罪悪感以上に幸福を味わえる。嫌な性格だ。それ以上に気に入っている。



「……気をつけてね」



やっと掴めた幸せ、それを踏み躙られるのなら正気で居られない。



「絶対に帰ってきてね!」



兄さんの胸に飛び込む。まだ私は子供だ。だから大丈夫、これが当たり前なんだ。家族なら心配するのに理由なんていらない。



兄さんの手の平の感触を頭に感じた。この人はいつだって私の頭を撫でる。そう、いつだって、だ。慣れちゃったよ…もう、こしてもらわなきゃ落ち着けない。



「まだ兄さんが必要なんだよ…だから、絶対に帰ってきてね」



兄さんも気付いてる。私が兄さんの仕事の本質を見抜いていることを。



そんなことなんてどうでもいい。知られないよりも言わなきゃいけないことをちゃんと伝える事の方が大事。



「良い子にして待ってろよ。終わったら旅行に行こう。海にしようか、山にしようか。それは帰った後に決めような」



兄さんが兄さんで良かった。胸にしがみついて泣けるだけ泣いてみせる。地獄から救ってくれたのはこの人だけだった。私にとって兄さんが全てなんだ。道具として見ずに一人の家族として私を見てくれる。



私を認めてくれたのは兄さんが初めてだった。ずっと失敗作として呼ばれ蔑ろに扱われていた私を初めて抱きしめてくれた。初めて私の為に泣いてくれた。初めて、初めて、初めて、私にどれだけのことをしてくれたのだろう。きっと分からない。私が知らないところでも想ってくれる人なんだ。兄さんは。



「うんッ…うんッ!」



生まれて良かった、そう思えるようにしてくれたもそういえば兄さんだった。



兄さんの腕が私を包んでくれた時、私は神に感謝した。







眼が覚めたら兄さんの温もりだけが残っていた。



兄さんは一足早く会議に出掛けたのだろう。昨日、寝る直前にそう言っていた。もう隠す必要はないって分かっちゃったんだ。



もう少し嘘を吐いていてくれた方が嬉しかったけど、こうなるとこれも中々にいい。



嘘の上で成り立った家族になんてなりたくない。今ではそう想う。昔はその逆だったのにな、どうしちゃったんだろう。



居間へ向かうとまだ湯気が立っている朝食が置かれてあった。いつもは私が作っているのに最初に戻った気分になる。



それは懐かしい気持ちと悲しい気持ちが混ざっちゃって、よく分からない。



でも、嫌じゃない。悲しい、そう思えているのは生きている証なんだって教えてくれた。



人形みたいに無感情に生きることは悪い事じゃあない、そう思ってた自分を殴りたくなってきた。



待っているだけの私が愛おしい。待っている事ができるようになったんだ。それは誰かが私のところに戻ってきてくれるっていう『確信』だよね。



「う~ん、兄さんの味噌汁は久しぶりだよ」



カーテンの隙間から漏れた光が私の髪に降りかかる。



朝の光と同じ色をした髪は微かに揺れる。



目の前に道化がいたら反応が逆だね。私が道化を驚かせてみせる。















5kbギリギリだった。

活躍を見せる→敵を圧倒してみせる→そして死亡。自来也がこうならないことを祈ります。









[713] Re[25]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:157ebbfc
Date: 2007/10/31 13:38






二日なんて物は思っていたよりも長く感じた。



予想ではもっと遽しくなると思っていたのだがどうも世界は悉く俺の事が嫌いのようだ。



所謂、日常というものは存外にしぶとい。



皆は噛み締めているのだ。この日常という極楽を。皆がこの里に来るまでどんな生き方をしていたのかは知らない。知る必要も無ければ知る術もない。



それでも分かる。



音の里は俺等の平穏だ。静かで、とても居心地がいい。



これを守るためならば、そう思えてしまう俺はきっととうの昔に洗脳されているのだろう。



空を仰ぐと白い雲、透明な風、それに揺られる新穂。



それらは全て大蛇丸が作り上げた仮初の幸せの一つだ。



不思議じゃないか?



幸せなんて一つも得られなかった俺に仮初でも幸せの一端を与えてるんだぜ。



涙が出てくる。



大蛇丸はそれだけじゃなく、他にも大切なものを俺等にくれやがった。







大切なもんを守るために戦わせてくれる機会を作ってくれた。









狂った歯車の上で









他に選択肢なんて上等なもんはなかった。そして、その他に成すべき事など存在すらしやしなかった。



守るだけ、と俺は何度も頭の中で繰り返す。それはまるで自分の中の恐怖を打ち倒す為と言うばかりの行動で不意に苦笑してしまう。



会議なんて上等なもんは無かった。ただ、帰って来い。そして打ち上げはいつにするか、などと話し合うだけ。


笑っちまうよ。みんな強いぜ、俺なんかよりもずっとな。



叫ぶだけ叫んで思いの丈を伝えて俺は大蛇丸の部屋から出て行った。もうやることなんてありゃしない。言うだけ言ったんだ。後は結果を残す事だけに集中しなくちゃいけねぇ。



俺は既に静まった家に帰った。日付は既に変わっていた。



夜はコーヒーのように奥が見えない深い黒で、少しだけ怖かった。



答えを見つけられない思考が渦巻いていた。原因は分かっている。



原因は分かっていた。その原因のお嬢様は明かりも燈さずに暗闇の中で息づいていた。



「まだ起きてたんだね」



「……少し、眠れないの」



「僕も、だよ」



アカリは気付いているんだろうな。早くて明日にはこの音の里は戦争に巻き込まれる、ということに。



そして俺がその戦争に関わるってことも。



俺は指先に小さな火を燈しては明かりに火をつけた。煙草を吸うために覚えた術だったのだと今更思い出した。



「火遁…使えたんだね」



アカリの少し驚いた声が寝室に小さく浸透する。



腕を組んだ。意外そうにするアカリの表情に疑問は絶えない。アカリでも出来る初歩の忍術の筈だ。アカリと同じクローンだという設定の俺が出来ても不思議じゃない筈なのにこのアカリの驚きに腑に落ちない。



まるで俺が本当に忍術を使わないことを知っているようだ。俺は印を組む時間があるのなら改造した体で先に相手の首を掻っ切る方だ。



速さは単体で何よりも力を生み確実性を増やす。その結論に辿りつくのに時間は無かった。故に俺は四つか、五つくらいしか忍術は使わない。



まぁ、いいか。



んなこたぁどうでもいい。



そんな疑問を抱えられるような容量なんて残っちゃいないんだ。今だけで一杯で溢れちまいそうだ。



「今度、教えてやろうか?」



「いいよ、私も出来るもん」



呆れるように首を横に振って指先に火を燈してみせるアカリを見て俺は自分が思っている以上にアカリは大人なんだと思った。



アカリは苦笑するように続けて言う。



「それに、私は兄さんみたいに煙草は吸わないもんね」



ドキリ、とした。



消臭はしっかりしていた筈なんだけどね、俺の妹様はご存知のようだ。



「はは、確かに…そりゃそうだ」



笑うしかねぇわ。



「買い置きするのはいいけどさ、ちゃんと隠そうよ。引き出しに入れておくなんて忍びのすることじゃないと思う」



くすくす、とアカリは笑いながらそう言う。



俺もくすくす、と笑い返す。



「禁煙しようと思ってたから丁度いいね」



「え~、結構好きなんだけどな…煙草を吸ってる兄さん」



「そうかい? それならもう少し吸ってみようかな」



「冗談だよ?」



「こっちも冗談だよ」



暖かい夜だった。







きっと他の里だと戦争の前夜は殺伐として息苦しいんだろうな、唐突にそう思った。



俺の横にはアカリがいて、雲に隠れていた月明かりが天窓から溢れんばかりに俺達を照らしてくれる。



暖かく、柔らかい光が俺等を包み込んでくれる。



一人で月を見ることが好きだった。次は太陽を見ることが好きにだった。



今は違う。



『二人』で月を見ることが好きになった。



「戦争、なんでしょ?」



アカリは俺の腕を引っ張りながらそう尋ねる。まるで小動物だ。昔は潰してしまいそうで怖くて触りたくなかったんだよな、と笑えてくる。



「ふざけないで、よ」



「ふざけてないって」そういって俺は笑う。アカリに対してと、俺等を照らしてくれる月に向かって。



アカリは機嫌を直すのに数秒しか使わなかった。賢い妹だ。頭の回転が違うんだなぁ、と思う。



「相手はどれくらいなの?」



やっぱり気付かれてる。俺が戦争に行く事を。



もう嘘を吐く必要が無いんだぁ、と俺は重くなってきた枷が外れた気がした。



「相手は三つの里だしね。総勢力でも千人はいかないよ」



忍びというのは以外に少ないのだ。忍びになれる人数など里の半分もいればその国は強国になれる。その半分の中で戦争に出られるほどに完成された忍びなんてさらにその半分ほどだろう。



大体は不良品のまま戦争に駆り出されるんだろうけどね。なんか笑っちまう。



音の里の八割が忍びだってのに喧嘩売って来た奴等が滑稽に思える。



「ふ~ん」



敵の人数を知ってアカリの反応なんてこんなもんだった。



もう少し心配してくれてもいいんじゃねぇか? などと思っていたがそりゃただの俺の勘違いなんだと気付かされてしまう。



「馬鹿だよね、音の里に喧嘩を売るなんてさ。命は有限ってことを知らないのかな?」



最後の言葉に特別な重みを感じた。



アカリは俺の手を握り締めて少しだけ震えた。



どういう意図なのかにも気付けなかった俺はただ寒かったのだろうと思ってアカリの腕を握り返すだけだった。



「きっと、知らないんだよ。捨ててもいい命は確かに幾らでも存在すると思う。それと同じようになくしちゃいけない命も沢山あるんだよ」



正義の味方が聞いたらきっと拒絶するだろうね。だけど、これが俺が見つけた唯一の真理なんだ。



地球の裏側にいる名前の知らない奴等よりも目の前にいる家族や仲間、そして恩人の方が何億倍も大切なんだよ。



欲張っちゃいけねぇ。人には分相応不相応ってのがある。最初から決められてるんだよ、どれだけの人を守れるのかも、殺せるのかもね。



幸せに出来るかも、ね。



人は自分しか幸せに出来ない。そりゃ自分の失敗の為の免罪符さ。頑張ろうとも思ってない中途半端な奴の言い訳さ。



手助けくらいできるさ。協力だってできるさ。相手の幸せを蹴落とす事ができるのなら、相手の幸せを作っちまうこともできるんじゃねぇか?



きっと、全てが正常に動いていたら。



この呪印はサスケの物で、俺の立場にサスケがいて、俺がサスケの立場にいて、仲間がいることに満足してそれでお仕舞いさ。



それ以上なんて想像もできないね。哀れだよ、そんなナルトは。



もしかしたら大蛇丸がサスケの体に乗り移って、サスケがこの世から消えるかもしれない。そしたらその世界のナルトは素晴らしい忍術を作って過去へ向かうかもしれない。



もしかしたら、の話だけどな。



吐き気がしてくる。不幸を気取っていたら何でも許されるのかね。



先生に手を差し伸べてもらえなかったらと思うと寒気がしてくる。どうせ木ノ葉じゃ俺は騙された頭の可哀相な奴として見られているんだろう。



あぁ、あんまり変わらないか。



「どうしたの、兄さん?」



ククッ、どうやら顔に出して笑っていたみたいだ。



「いいや、ただ面白いことを思い浮かべてたら思ってたよりも面白かったんだ」



どんな話だよ。自分で言っていて笑えてしまう。



「どんなことなの?」



アカリは興味津々のようだ。つまらなかったらどうしようかと本気で悩んでしまった俺はきっと既に中毒者。



「男の子が最後まで考えて取った選択を周りの人は笑うんだよ。なんて頭が悪いんだろう、ってね。男の子は憤慨するんだけどある時に気付くんだ。どっちでもいいか、ってね」



殴られたら殴り返したいさ。蹴られたら蹴り返したいんだよ。それが正常なんだ。



だったら何が悪いってんだ。



「それって――」



きっと逃げだって言うんだろう。俺から見てもそれは逃げだ。昔はそれを勝ちだと言い張っていたな、あの時はリーの前だったから強情だった。リーを追いかけてたんだもんな。それを諦めて直だったから、心が追いつけなかった。



焦っていたんだと思う。余裕なんてとっくに潰されてた。ギリギリの中で虚勢を張ってたんだな。



俺はアカリの言葉を待つ。そして否定されることを待ち望んでいた。



思い違いは唯一つ、俺は勝手にアカリの答えを決め付けていた事だった。



「それって……少しだけ厳しくって、寂しくって…きっと悩んだんだよね」



アカリは振り返って俺を見る。



まだその手は俺の手を握り締めていた。



「不器用で…だけどちょっとだけ優しくて、そんな人なんじゃないかな」



俺を見てそう言ったアカリは確信犯だ。こっちの顔が赤くなっちまうよ。



月は俺等を笑っているのだろうか、それとも祝福しているのだろうか。もう、そんなもんどうでも良かった。



この手で繋がっている絆なんて陳腐なもんを守れるならさ、信じられなかったもんまで信じられそうだ。



「そう…だったんじゃ、ないかなぁ」



もう覚えていない。いや、鮮明に覚えている。鮮明すぎて忘れるには少し骨がいりそうだ。だけど、もう要らない。行動なんてどうでもいい。その時、どう感じたか、どう苦しんだか、どう切り捨てたか。俺にはその想いの方が結果なんかよりも何千倍も大事なんだ。



肯定してもらいたいなんて思っちゃいない。否定してもらいたいとも思っちゃいない。ただ、否定も賛成もせずに俺が居た事やした事に気付いて欲しかったんだ。



俺はちゃんと考えたんだよ。ちゃんと悩んだんだよ。そして、ちゃんと選んだんだよ。それを見て欲しかったんだ。



あーだこーだなんて賛否なんて欲しくない。認識して欲しかった。そして少しでもいい。俺が、本当に頑張ってたんだってね…分かって欲しかった。



アカリはただ俺を見つめるだけだった。



俺の選択肢は君なんだ。俺に悔いなんて必要ない。どれだけ悩んで、どんな結果になったとしても、俺はきっと受け入れる。非難はするさ。愚痴も言うよ。だけど、やり戻したいなんて絶対に想わない。



俺はもう受け入れているんだ。あの時の俺を。



「もう…許してあげよう?」



理論武装で全力で自分を擁護して何が悪い。自分が一番大切さ。だけどね、時には一番の自分よりも他に救いたい人もいるってことに気がついたんだ。



「悲しいよな…悩んだ末に決めたってのにさ、あっさり否定されたら……それはその男の子本人への否定なんだよな」



「うん…だから、許してあげて」



受け入れたって許せないことは沢山ある。納得ができないんだ。これは仕方なかった、だけど他に方法があったんだじゃないのか? そうやっていつも疑心暗鬼。



いい加減に疲れた。



「そう…だよな。きっと、その男の子は頑張ったんだよな? 他の奴等なんて関係ない、自分の為に選べたんだよな?」



救ってくれよ、アカリ。



「大丈夫…私が保証する!」



アカリの眼は力強くって、それなのに濡れていた。



アカリはくしゃって顔を崩して泣いて笑って俺に言うんだ。



「兄さんは、幸せなんでしょ?」



ああ、そうだな。



俺はとっくに救ってもらってるんだったよな。



そうならば、俺はきっと、



「俺がお前の兄ちゃんだ」



アカリが俺の幸せだ。





















どんどん本編から離れていく事に危機感を感じながら書いてます。

というか木ノ葉崩しを結構して悪名が知れ渡った筈なのに三年間ほとんど大きい戦が書かれていない原作に不思議です。サスケの登場シーンに沢山の人が倒れてましたけどあれがそうなのだろうか? たった一人の小僧に倒されてちゃいけないのでは? 呪印も使ってないし。 サスケってそんなに強かったっけかなぁ? 









[713] Re[26]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:75107307
Date: 2008/06/01 23:08












世界が変わった。



氷だけの世界は敵には厳し過ぎた。



無限に表れる氷針は敵を次々と刺し殺していく。



敵は近寄る事も出来ず、火遁の術で応戦しようにも此方の水遁忍術の使い手のほうが数倍上手だった。



鬼童丸が作り上げた鉄の柱を抱えて特攻した次郎坊は全身が血塗れになろうとも動きを止めることなく殺し続けた。



多由也の狂気の旋律は正しく敵を発狂させ味方の精神を雄雄しくしていく。



中でも鬼童丸の攻撃は鮮烈で過激だった。着弾と共に爆発する遠距離からの攻撃は誰も防ぐ術も無くただ殺されていった。



大蛇丸と君麻呂は最前線で最も敵を殺した。相手の攻撃を避けるよりも先に殺し続けて気が付けば敵はもういなかった。



洗脳された実験体達は捨て駒も同然で特攻を繰り返し一つの里を滅ぼす。



俺は久しぶりの全速力で駆け巡り右手に生えた五本の飛燕で切り刻み続けた。防具なんて意味が無い。その為の速さと切れ味なのだから。



回天で敵を吹き飛ばし、そして更に前進。気が付けば敵の中枢で俺は相手の返り血で血塗れになりながら更に敵を殺していた。



敵には同年齢ほどの子供も沢山いた。それと同じ数だけ俺は殺した。



もう何も感じない。虚無のまま悲鳴を聞き流し、腕を振るって、



大切なものを守った。







狂った歯車の上で







「先の見えた戦いほど意味の無いものはないわね」



大蛇丸の動きは更に速くなる。優雅な動きなど既に無く、それは殺す為だけに積み重ねられた動きだ。

殺伐として機械的な、とても殺風景な動きだった。

左手に握られた草薙で相手の首を突き刺して右手での片手印で忍術に繋げる。

風遁・大突破の術で前面に広がる敵の群れを纏めて吹き飛ばす。チャクラによって大蛇丸の吐息が増幅され風圧を強くする。

「大蛇丸様、ご無事ですか」

敵が散り散りになった直後に現れた君麻呂は、出掛ける前と何ら変わりがなかった。

「余裕よ。彼は今どこにいるのかしら?」

一段と気合が入っていたのが印象に残っている。生きて帰ってくる、そう叫んでいたのを思い出した大蛇丸は君麻呂に尋ねる。

よく殺し合いなどといって殴り合っているが、ただじゃれているだけにしか考えていない大蛇丸は二人はライバルなんだと思った。

九尾が何かしろの手助けをしなくとも無事に生還できたのではないだろうか、と最近になって思い始めた。

あれはただ大蛇丸に対してうずまきナルトの可能性を固定させるための演技だったのかもしれない。

「一人で敵の本部まで行ってしまいました。追いかけましょうか」

「その必要は無いわ」

君麻呂の表情に一遍の心配も無いのが証拠だった。自分の答えをよく分かっている、そう大蛇丸は嗤った。

「あと何人くらい殺せばいいのかしらね」

そう言いながらチャクラで作ったカマイタチで敵の六人を纏めて切り刻んだ大蛇丸は、実際に楽しんでいた。

木ノ葉からの出身なだけによく分かる。相手の里の質の悪さが。大した強さじゃない。まるで塵だ。

「一人当たり百人」

「とっくにノルマは達成してるわ」

相手の刀を無視するように砕いて草薙の剣は相手の頭蓋を斬り潰した。

何事にも余興は必要だ、大蛇丸は笑みを浮かべて最大級のチャクラを込めて印を組む。

こんな時でしか満足な食事が出来ないと愚痴っていた奴を思い出す。思わず顔が引きつって笑い出す。

「食事の時間よ」

巨大な白煙から表れたのは山ほどの巨大な体をした王蛇が現れる。

【食後に呼び出すんじゃねぇッ!!】

怒り狂ったマンダをそこで放置して大蛇丸と君麻呂は逃げ出した。

攻撃の準備をしていた鬼童丸は暴れだす蛇から逃げている大蛇丸を見つけて飲みかけだったお茶を噴出した。







別に飛燕が刀の形態でなくてはならないという決まりは無い。全てはイメージだ。

相手を殺せるなら、どんな武器でも使って見せてやる。

一瞬で槍の形態になった飛燕を前方へ向けて放つ。

指揮官と読み取った男の心臓付近に拳大の穴が開いたのを見届けて五本の飛燕を合わせ十数メートルまで伸ばして回天を放つ。

仲間が切り刻まれて吹き飛んでいくのに敵の戦意は衰えるばかりだった。

「い、命だけはッ!!」

そう泣き叫んだ少年がいた。可哀相な奴だ。戦力にならないってことは上官が分かっていたのに駆り出されたのか。

だけどよ、戦争を甘く見てんじゃねぇよ。死ぬんだぜ? もう終わっちまうんだ。在ったかも知れない幸福と、在ったかも知れない絶望、どっちも味わうことなく消えちまう。何も無いよりは在った方が絶対にいいんだよ。

奥歯を噛み締める。

バチッ、と右手から空気が爆ぜる音がした。

千鳥の要領で風を纏わせた拳は筋肉の抵抗も感じさせぬまま心臓を貫いた。

無駄なチャクラを使わない。あとは肉弾戦だけで突っ込んだ。

血の匂いに酔っていた。戦争の意味すら知らない子供を相手にしたとしてもただ「殺しやすい敵」でしかない。

「音の忍びを甞めるなよッ!」

気が付けば夜なのに、視界から深紅の色は消えはしなかった。







時間は夜になった頃だろう。

返り血で重くなった上着を抱えて音の里へ戻った頃には皆が既に揃っていた。

「遅すぎよ」

大蛇丸の一言、

「その分は働いた。許せよ」

濃厚すぎる血の匂いが頭を蕩かす。妙に体が軽く感じる。視界が明瞭となって筋肉が反り上がる。

そして足が震えている。

「怪我人は無いわね。上出来よ」

そう言って大蛇丸は見渡す。

再不斬、水月、白。この三人は音の里の最後の砦であり最強の盾だ。氷の鏡の中の白は誰よりも速い。それこそ大蛇丸と同等かそれ以上にだ。再不斬と水月が作った音の里を囲むような湖の上で白に勝てる奴なんていやしない。この三人がベストで最強だ。

だからこそ攻めに徹せられた音の五人衆を防ぐ事なんて到底無理だ。

多由也の幻術を防ごうとする者は鬼童丸の狙撃で簡単に終わっちまう。君麻呂の骨もすごいが俺には鬼童丸の蜘蛛粘金の方が恐ろしい。鉄よりも固くチャクラを通さないのであればそれこそ忍びに対する絶対にさえなる。それを持った次郎坊が相手の忍術に屈する筈がない。

次郎坊も血塗れだが俺の方がもっと血に塗れてる。別に自慢しているつもりはないが自然と分かってしまう。

今日は人の死を見過ぎた。生と死の境界線があやふやになってくる。どこから死なのか、どこまでが生なのか。首が離れていれば死、肌がまだ黄色ければ生。もうどうでもよくなってくる。

「帰還しました」

唐突に扉が開いてカブト先生と左近達が入ってきた。

随分と高揚している様だ。近づく実力者に気付けないなんて、戦場ならば即座に死だ。

「それで、首尾は?」

にこりと笑った大蛇丸。きっと失敗だったのならその場で首を切り落とすだろう。そんな気がした。

まさか、先生にそんなことがあるはずが無いのだが。

「分かりきった事を聞かないでくださいよ」

メガネを整えてそう言うカブト先生はかなり酔っている。血の匂いにだが。

「探すのにかなり時間が経っちまった」

左近のその言葉、

「十分よ。いい働きだわ」

大蛇丸がそう締める。かなり上機嫌だ。

彼は俺を含めた全員を見渡して、一息ついてこう言った。

「次の戦争はもっと厳しいわよ」







時刻は深夜、俺たちは二回目の戦争へ出向いた。

チャクラは…戦うのに支障は無いだろう。

言われるまで気がつけられなかった相手は、まぁ…なんつうか、暁だった。

仲間を殺されて目的としている尾獣を殺されていたらそりゃ復讐に来るもんだ、なんて気楽なノリで言っていた再不斬を殴りたくなった。

鬼鮫、デイダラの二人を殺しただけで残りの全員が来るかもしれない、そう言っていた大蛇丸の表情は久しぶりに嫌な笑みを浮かべていた。

死ぬ、それを知っている笑いだった。

心の中で分かっていた。大蛇丸は死にたいと云う願望を抱えている。

やる事がなくなったのならいなくてもいいんじゃないか? そう思ったのだろう。

もう大蛇丸に現世にいる意味は無い。

ならば、思ったとおりにさせてやるのが心意気だ。

「殺られる前に殺しなさい。もし、もっと、もっともっと生きたいならね」

そう言っていた大蛇丸の言葉が酷く俺の中に浸透していく。

上等、暁にはさすがに苛付いていたところだ。強いからって調子に乗ってんじゃねぇ。

「帰ったら、アカリと旅行に行くんだ」

「それ、死亡フラグよ」

「うっせぇ、気合いれてんだよ」

「同じようなセリフをゲームで見たことあるぜよ」

「…そいつ、どうだった?」

「主人公よりもカッコ良かったぜよ」

「過去形だよな」

「過去形よね」

さて、帰ったらどこ行こうかな。













[713] Re[27]:狂った歯車の上で
Name: 灰ネコ◆4eccae54 ID:75107307
Date: 2008/06/01 23:09














目の前には随分と小さくなった人間だったモノが転がっている。

辺りはそいつの相棒が無闇に火遁を乱発したせいで炎に囲まれている。

また、飛燕でこいつを小さく切り崩す。

「おいおい、さすがにそろそろ…死ぬだろ?」

呆れを通り越して、苦笑してしまう。

首を切り落としても、胴体を切り離しても生きてやがったんだよ、コイツ。

心臓を踏み潰しても五月蝿く喚いてやがった。言う事一つ一つ癪に障る。耳障り、声帯だけを切り分けてみた。

思ったとおり静かになった。それでも口は何かを騒いでいる。

ひゅうひゅう、と口から空気が流れるだけになってとってもエコロジー。意味不明。

「殺られる前に殺しなさい。もし、もっと、もっともっと生きたいならね」

そう、大蛇丸が言っていた。

だから様子見なんてする筈も無く最初から全速力で駆けた。そうしたら相手は何の反応もせずにまた喚くだけ。

実力はカカシと同等だと思う。しかし、決定的なモノが足りていない。

それは、俺の姿を追うことの出来る眼が無い。それを考慮すればカカシの方が何百倍も殺り辛い。

いや、カカシの方が実際に強かった。
「悪いね、予想以上に雑魚だよ。アンタ」

俺の右腕の中で弾けたそいつ――飛段の頭。

「相性が悪すぎたな…俺じゃなくてアンタがさ」





狂った歯車の上で





「オレの相手はガキ共か、舐められたものだな」

角都の言葉が生い茂る森の中に木霊する。

それを掻き消すように無邪気な笑い声が響き渡った。

「おいおい、ナルトのヤローが一人で暁の一人を相手にしてるってのによォ…大蛇丸様はオレ等のことをどう思ってるんだ、オイ?」



「知るかよ、クソ。どうせウチ等のこと大して成長してないって思ってるんだろう」

「女の子がそんな事を言っちゃいけない」

「うっせぇ、元デブ」

「ふふん」

「笑うな、キモいんだよッ!!」

「そりゃ僻みぜよ、多由也」

「データ消されてぇのか、ゲスチン野朗」

「全部マスタードラゴンになったからいいぜよ」

そう笑って答えた鬼童丸は直後に、一匹だけブラックドラゴンのままだった、という呟きを聞いて綺麗な笑みを浮かべる多由也に恐怖する。それを見てまた笑い出す左近と次郎坊。はっきり言って角都は我慢の限界だった。

たとえ暁の決定だからといって何故自分がこんな馬鹿げている子供達を相手に戦わなければならないのか。飛段が追いかけていった金髪の少年の方が数段まともだった。

角都は左近達に聞こえる程の大きさの舌打ちをした。

「さっさと殺すか」

体中の黒い何かが蠢き出す。それこそが角都の最大の防御であり攻撃でもある。

それでも、音の忍びの前では汚い音は響かない。

「今から死ぬ奴がピーコラ言ってんじゃねーぞ、と。かかって来いよ、潰してやっからよッ!」

突然角都の体にある縫い口から飛び出した一本の触手を左近が放ったクナイが激突した。

これから一方的な殺し合いが始まる。




角都の真横に突如姿を現した次郎坊が体全体を捻る様にして拳を放つ。普通の人間ならば穴が開く。

しかし、角都をたった片手でそれを受け止める。

「硬化したオレの腕は鉄と同等だ」

攻撃後の隙を狙うかのように大量の黒い波が次郎坊を襲う。

チッ、と舌打ちを一つし現れたときと同じように地面を砕く音と共に次郎坊の姿が消える。全力で地面を叩きつけるだけの歩方だが次郎坊の筋力だけに信じられない馬力を誇る。

黒い何かを使い出した角都の全長は最初に比べ四倍にまで膨らんでいた。

次郎坊が手馴れた動きで印を組み、土遁結界・土牢堂無を発動させるがそれすらも黒い触手は侵食し尽くす。

「こりゃとんだ隠しボス並だ」

鬼童丸の苦笑と共に大波と言えるほどの、人を喰う習性のある蜘蛛の大群が押し寄せていく。木ノ葉の上忍であろうともこれに飲まれたら数秒で骨だけになる。

「中々良い口寄せを持っているな」

虫に飲まれているというのに冷静な声が蜘蛛の群れの中から聞こえた。

効いていない? そんな筈が無い。鬼童丸はそう確信する。何故なら最初の四倍近く膨れていた全長が半分近くまでに戻っている。上手く子蜘蛛は相手のチャクラを食っているようだ。
「召喚と言って欲しいぜよ」

子蜘蛛を介して吸収されてくる角都のチャクラを感じ少し安堵の表情を浮かべた。

しかし、それは間違いだった。

「オレのチャクラを食い尽くすには小物過ぎるがな」

そして爆発。吹き飛ばされていく蜘蛛を眼にして鬼童丸の表情が完全に固まった。

完全に蜘蛛を取り除いた角都の周りにはただでさえ長身である角都よりも大柄の黒い何かが立っていた。顔の場所には独特な仮面。

体全身が心臓であるかのように時折波立っている。生理的に拒絶してしまう容姿。

「今の口寄せは他の奴等には厄介だ。皆よりも先に死んでもらう」

角都がそう宣言して直後に二対の黒い仮面が動いた。それらは同じように口を開き、そして放った。

巨大な電気の奔流と全てを吹き飛ばす風の怨流を。それらは会い合さり更に極悪な忍術へと昇華する。

「しまっ――

それは鬼童丸が立っていた周辺の全てを巻き込んだ。電気が全てを焼き焦がし、そして風が軒並み吹き飛ばす。

視界が晴れた時、そこには何も残っていなかった。

あるのは、黒く焦げた臭いのする平野だけだ。

「鬼童丸ッ!?」

塵も残さずに消えてしまった鬼童丸を呼ぶ声が森であった空間に響き渡った。

返事は無かった。

変わりに答えを返す者が一人だけいた。

それは角都、

「寂しいだろう。今から同じところへ逝かせてやろう」

まったく同じ攻撃が、まったく同じタイミングで放たれた。

それは幻術のみで攻撃の手段が無かった多由也へ向けられた。多由也にそれを避ける術は無い。何故なら、多由也は木ノ葉のロック・リーと同じように全てを秘伝され受け継がれられた幻術のみに特化した存在だから。

避けられない、ならばどうする?

風と雷の奔流は避ける事の無かった多由也へと吸い込まれるように向かっていった。左近も次郎坊も見ているだけだった。突然の相手の変化、そして極悪なまでの攻撃に意識がついていけてない。

そして、光が弾けた。

雷光が周りを燃やす。風がそれを囃し立てて炎の嵐を吹き荒らす。

それを絶景、そう評しても誰もが納得するだろう。

しかし、その中でどんな騒音の中でも響き渡る音があった。

「音の四人衆を舐めんなよ、カス野朗」

響き渡ったのは多由也の力強い活声、そしてその前には多由也を守るように仁王立ちした三対の鬼。

全て飲み込んだ。森をじゃない。角都の攻撃を、だ。

避けられないならば自分が出来る最強の盾で防ぎ切るまで。

多由也の親指は血に濡れていた。咄嗟過ぎて力を込めすぎた。しかし、血が染み込んだ多由也の指は今まで以上に切れのある動きで三対の鬼を使役する。

「ならば四つ纏めて喰らわせてやろうッ!!」

四つの仮面が角都本人に寄生するかのように寄り集まった。異常なまでにチャクラが収束していくのが分かる。

三対の鬼が四対の仮面の攻撃を防ぐ事が出来るか? 

「やってやろうじゃないかッ!」

多由也の指の動きのギアが一段と二段を無視して一気に最速へと上り詰める。どんなに修練を積もうが今の多由也の演奏に勝る曲はない、そう次郎坊は思った。

今の多由也の曲の構想は神掛かっている。幻術は発動していない、それなのに幻想的な展開をし続けている。

そして遂に角都の最高の術が完成する。

地水火風の超高等忍術が全て合わさり予想が出来ないほどの相乗効果を表す。視界が真っ白に染まっていく。世界が侵食されているかのような光景に吠える人物は一人しかいなかった。

「多由也が言った筈だぜ。音の『四人』衆を舐めんじゃねぇッ!」

駆け出していた三対の鬼の前に突如表れそう叫んだ左近。両腕を交差させ同時に犬歯で親指を噛み千切る。そして流れ出す血が理想道理に自動で文字を紡ぎだす。


絶対の盾を口寄せする為に。



左近の絶対防御・二重羅生門が角都の最高の攻撃を相殺する。
全ては相殺できなかったが大半を削り取られた攻撃を多由也の三対の鬼が一瞬で喰らった。


「この術が破れる筈が」

角都は四対の仮面を使った忍術を防がれるのを見たことがない。絶対の自信を込めた一撃だった。

実際に多由也も左近もあの忍術以上の存在を知らない。四つの属性を組み合わせた攻撃など実際には不可能、どの属性にしても超高等忍術の融合。まさしく最高の忍術。

角都は知らない。多由也が使役する三対の鬼の本当の恐ろしさを。

たとえ土遁で全身を鉄へと変えたとしてもそれを無視して生態エネルギーを貪る。

「邪魔を、するなッ!」

角都は他者の心臓を自分のモノにする事が出来る。異常なまでのチャクラは今までに集めた五つの心臓から成るモノ。その五つ分のチャクラすら貪り尽くそうとする三対の鬼から逃げる為に地面へ向けて角都は風遁・圧害を地面へ向けて放った。

地面を大きく抉り空中へ逃げ出した角都を多由也は追わない。追えないのではない。追わない。

多由也には追う必要がない。



「四人衆を敵に回した時点でお前の死は決まっ…違うな、それは音を相手にした時からだな」



角都が逃げた方向の着地地点には次郎坊が待ち迎えている。
「言った筈だ! オレの体は鉄以上だとなッ!」

残されたチャクラで印を組み、角都の全身が鉛色に変色する。鋼鉄並みの強度を誇る角都は自分の体に絶対の自信を持っていた。

今日という日までは。

そんなこと知るかよ、そう囁いて次郎坊は体全体を捻る様にして右腕を掲げた。

「俺は分からんな、紙と鉄の違いが」

鉄って硬かったっけ? と多由也に尋ねながら、次郎坊の右腕が倍近く膨れ上がる。そして拳に全てのチャクラが収束していく。既に呪印第二形態の次郎坊のチャクラは禍々しい程に黒く、

「ま、待て――ッ!!」

属性などを無視して鋼鉄の体を心臓と共に貫き砕いた。





まるで、彗星のように地面を削り飛ばしながら角都は動きを止めた。

ずどん、と天地が逆転したかのような衝撃が当たりに響き渡る。角都が引き摺られた跡には深紅の血のラインが引かれていた。

多由也は動かなくなった角都を見届け唾を吐き捨てて笛を腰巻に納めた。左近もそれに続くように多由也の傍へ向かう。

次郎坊は殴った場所で腰を下ろして角都を見下ろしている。既に呪印は解いてある。

自分の役目は終わった。そう三人は確信し安堵の表情となる。

周りは角都の術によって業火が蔓延している。直に全焼してしまうほどの火力だ。灰色に滲んだ空が痛々しい。風は温風で彼らの仲間が作り出すものとはまた違う趣を示している。

次郎坊も一息つき待ち続けていた左近達の方へ向かっていく。そして拳をぶつけ合い、終わったのだと再確認した。




「一度に二つの心臓を壊されるとは思わなかったぞッ!!」




残りは三つ、幸い上質の心臓が目の前に同じ数だけある。

それらの心臓は残されたチャクラを全て使ってでも手に入れる価値がある、そう角都は考え完全に隙を表すまで死んだように見せていた。

そして待ち望んでいた隙が出来た!

全てのチャクラを注いででも、

「殺してやる! 殺してやるぞッ!!」

背水の陣、その言葉を体言するかのようにその時の角都の動きは左近達の完全な隙を突いていた。

だが、心臓のことを考えるだけで一番忘れてはいけない事を忘れている。

何故、左近達は自分が奇襲を成功させ絶体絶命の状況だというのに表情を一つとして変えていないのだろうか。この状況を理解していない? そんな筈がない。ならば、何故?

そして、彼らは立ち上がる度に何と言っていた?

『音の四人衆を舐めんなよ、カス野朗』

『多由也が言った筈だぜ。音の『四人』衆を舐めんじゃねぇッ!』

『四人衆を敵に回した時点でお前の死は決まっている』

角都の腕に、更に力が込められる。

これを失敗すれば、間違いなく自分は長くない内に死ぬだろう。角都は興奮している心の片隅でそう思った。

左近達の言葉を思い出した時には全てが遅過ぎた。死の宣告は静かに紡がれた。

それでも角都の全身に殺気が篭った。狙いを定めた。そして定められた。多由也は声を出さずに嗤った。唇を歪める様に、馬鹿を見るような目で。



だから――――――――――――




「しつこいラスボスは人気が無いのがよく分かったぜよ」


――――――――――――四人衆を舐めるなよ。

凄裂が突進していた角都の脳髄を射抜いた。







人間は心臓が無事であろうとも核とも言える脳を破壊されて生きていられるだろうか? それも修復できないように斬るのではなくて捻り穿った状態で。

角都の敗因は二つ、

一つ目は四人衆を甘く見たこと。
二つ目は鬼童丸に向けてチャクラで作った雷を放ったこと。

蜘蛛粘金はチャクラを絶対に通さない。そして鉄よりも固く、軽い。

「遅ぇんだよ、ゲス」

「すまん。ソフトを隠してたぜよ」

何よりも、意味もなく生き続ける者が楽しもうと生きている者に勝てる筈がない。











あいつ等の戦いは白眼で見てたが(心配なんてしてないぜ)結論を言おう。

「ありゃ集団リンチだな」

「何言ってるのよこんな時に」

「いや、だってよぉ」

俺らも集団リンチじゃねぇか、そう言おうとしたが目の前に毒の霧が発生するのが分かり風を作って吹き飛ばす。

「立場が逆なんだけどな…」

「ぶつくさ言わずに目の前の人形を壊しなさい」

「君麻呂と違って俺はこういうのは苦手なんだよ」

横目で黒い人形を骨で串刺しにしている君麻呂を見る。無表情ではあるが多少焦りを感じているようだ。

仕方ない。これは戦争だ。三対百一の、だ。

「仕方ない…久しぶりに本気で行くわよ」

大蛇丸にも感じたのだろう。君麻呂も危ない状況であるという事が。そして俺は初めて見ることとなる。

人間でありながら化け物と遜色の無い人間の戦いを。





「黒い傀儡は全て敵、のようですね」

先生は皹の入ったメガネを外し地面に向かって手を離す。愛着など無いかのように踏み潰す。

「私を誰だと思っての発言かしら?」

油を注いだ刃物のようにギラついた眼は人間の眼じゃない。あれは獣の眼でもない。

あれは化け物の眼だ。

「さて、誰でしたっけ?」

先生は兵糧丸を片手に掴めるだけ掴み取り口に含む。丸薬を噛み砕く音が嫌が負うにも聞こえた。あんな量を吸収したら脳の血管がぶち切れてしまう。

思った通り、程なくして先生のこめかみから血が舞った。

先生は頭に上った血が抜けて丁度いい、と言いながらスペアのメガネを取り出した。

「全力でサポートしなさい。じゃなきゃ、一緒に殺すわよ?」

「怖い怖い…でも、それも良さそうだ」

君麻呂は黙ってそれに着いて行く。

その様は右大臣と左大臣ようで、死ねと言われれば喜んで死ぬと体言していた。

「さぁて、殺してあげるわ」

口内から振り抜かれた激昂の刃。刃毀れの無い、まるで誰かの生き方のように鋭く、真っ直ぐだった。





それを受け止めた傀儡を容易く貫通しその背後に浮いていた他の傀儡ごと貫き続ける。

大蛇丸の首が際限無く伸び相手の胴体を噛み千切り内部から拡大した風が再生不可能にまで吹き飛ばした。

いつ印を組んだのかが分からなかった。

大蛇丸の首のみならず腕まで伸び始めた。それは傀儡の首を掴み、そのまま握り砕く。

「ッ!?」

その直後、握りつぶされた傀儡は物凄い勢いで燃えた。もう片方の腕から大量の蛇が口寄せさせられている。

口寄せの印を組んだのも、火遁の印を組んだのも気付けなかった。それに、左右の腕は別々の動きをしているというのに忍術が発動している。

在り得ない。いや、大蛇丸そのものが在り得ないと言うのだろう。

伸びていった左右の腕が印を同時に、それも別の印を組んでいるのだから。発動もしている、その上一つ一つが馬鹿でかいチャクラが込められているから威力はそこらへんの上忍とは比較にならない。

マジで化け物染みてやがる。

それでもサソリが操る傀儡も黙っちゃいない。あの膨大な数の傀儡を操るなんて人間に可能なのか? いや、不可能だ。

「どっちも化け物だ」

ドンッ! と地面が揺れる音がした。

それは三対の傀儡が自分の体が砕けるほどの勢いで大蛇丸を吹き飛ばした。それは穴が開くほどの勢いで大蛇丸が無事であるかも定かではない。

それでも、君麻呂も先生もその穴へ殺到していく傀儡を潰し続けている。助けようなんて、不安なんて感情なんてありもしない。

脳の血管が切れかけている程に今の先生は先を読み続けて行動している。一手二手のレベルじゃない。数十手まで先読みをしている。そしてその結果に辿り着く為に腕を振るい続けている。

いや、先なんて読む必要も無い。

大蛇丸は死なない。絶対に、あいつが死ぬ筈がない。

君麻呂もそうだ。体中から骨が突き出ている状態で体を動かし続けている。体の中でどれだけの骨が削りあって負担になっているか想像もできない。

俺も存分に戦えたら、そう思えてしまう。

無理なんだ。こんなに統制の取れた大軍と戦う事は俺にとって自殺行為に変わらない。

前に戦った大軍は大軍でも統制なんかありもしなかった。

「助けてくれ」「命だけは」「こっちに来るな」そんなことを言っている奴等なんて、壁にもならない。

そんなことを今目の前にいる傀儡達は叫んでいるか? 傀儡だからこそ人間が越えられない理性の境地がある。操っているのはたった一人の人間なのだから。

術者の精神が乱れなければこの軍団は永久的に計画的に動き続けるだろう。

もし、術者が青二才ならば簡単に動揺を与える事が出来る。しかし、目の前の――それも大蛇丸のパートナーだった化け物がちょっとしたくらいで慄くのだろうか?

在りえないな。

それでも、とさっき特攻した。

そうしたら三体の傀儡が捨て身で俺の腕を掴んで離さず後ろから刺された。

切り傷は修復できるが毒は同じようにはいかない。カブト先生がサソリの部下を、大蛇丸がパートナーをしていなければ資料も何も無かっただろう。

勘違いしていた。自分は戦う才能があると思い上がっていた。ただ、自分よりも雑魚だけを殺してきただけなのに。

忘れていた。俺が誰よりも無能で半人前だということを。

いつからだろうか。自分に自信を持ってしまい慢心に心を揺れ始めたのは。

サスケだ。

木ノ葉の森のあの時の、あの場所での、あの殺し合いから、俺は腑抜けちまったんだ。

目まぐるしく黒と白が交差する視界。そして毒で朦朧とする意識の中でアイツの鳴き声が聞こえた。

嘲笑うような、見下すような、そして失望したような声。それが脳内に延々と鳴り続ける。

頭が割れそうだ。もう止めてくれ、そう願うとその鳴き声は止んだ。

訪れたのは安心感でも開放感でもない。不安と孤独だ。

目の前で戦っている三人は限りなく繋がりがある。それに比べると俺との繋がりなんて紙ッ切れと同じような物だ。俺だけが持つ関わりはアイツとの繋がりなのに、それを拒否したから鳴き止んだ。

もう一度、あと一度でもいい。鳴いてくれ、俺のためだけに鳴いてくれ。

願った。許される間、俺は願い続けた。

だけど、すぐに気付く。あれは今まで俺に一度だって祝福してくれなかった神様が許した事なんだと。

そうああ、相変わらず俺は馬鹿だ。そう嗤ってしまう。殺したい、そう思えてきやがる。

それは勝手に俺が作った妄想なんだ、分かっている。だけど、信じたいのさ。願いが現実に変わることを。

実はアイツはまだ俺の中にいて、こっそりと嘲笑っているんじゃないか? 

頼むよ、そうなってくれよ。

本当に神様は人に対して理不尽で不公平だ。

俺が神様を信じてないという理由だけで俺を嫌っている。だから俺も嫌うんだ。死ねよ、神様。

俺のために何もしてくれないような奴に俺は存在価値を見出せない。

だからこそ思う。

アイツや目の前で無様に倒れているこいつには存在価値がある。

良い奴だよ。自分は外道だの悪人だの言っているくせにやってることは俺にとって良いことばっかだ。

あんた、最高に不器用だよ。

俺よりも不器用な奴は初めてだ。

だからさ、

「我慢するのは止めにしよう」

解毒は終わった。

さぁ、殺し合いの続きを一緒に楽しもう。








大蛇丸が地面に叩きつけられ直にカブトと君麻呂は応戦に入った。

どれ程の強さで叩きつければこれだけの深さの穴が出来るのだろうか、そう君麻呂は思った。

普通の人間ならば内臓諸共粉々だ。だが、君麻呂の主君は普通じゃない。

骨を自由に増殖できる自分よりももっと化け物だ。

「私を舐めるなァ!!」

穴から飛び出したのは見間違える筈がない、大きな白蛇だった。

体中に同じような白蛇がとぐろを巻き守るように本体を覆っている。輝かしいほどに白い蛇の持つ眼はギラついて野生その物の欲望を宿らせている。

「それがお前の本当の姿か」

サソリは静かにそう言う。

初めて見た元パートナーの真の姿は傀儡と化した自分以上に化け物だった。

静かに結論付ける。

アレは危険だ、と。

残っている四十余りの傀儡を一気に大蛇丸へ向かわせる。

「私は大蛇丸…死ぬ事は許されないッ!!」

全身から膨大な数の白蛇が飛び出す。印を組むことなく口寄せをし続けている大蛇丸は正に化け物であった。

数百、それを楽に越える数の大量の白蛇は金属諸共に傀儡達を喰い尽くす。それはチャクラの盾であったり刃であっても例外ではない。全てを喰らう、たとえそれが神に許された者でも躊躇無く食い尽くす。

自然現象に人が立ち向かえる筈が無い、そう思わせるほどに白蛇の大軍は波だった。津波に近い蛇の大群をたかが数十という数の傀儡が防げる筈が無い。

圧倒的な勢いで食い尽くしてそのままサソリへと迫っていく。

そして、

「結局、俺の方が化け物だったな…」

その津波と同等の大きさの鉄槌に踏み潰された。

そこには三代目風影の傀儡を身に纏ったサソリが立っていた。







私の体は歪んだ望みの為に投与された薬物に犯されていた。

それは次第に強い拒絶反応へと変わり風前の灯に近い状態へと変わった。

こんな時に、と自分に呆れる。初めて、こんなにも狂いそうになる程に自分自身を激怒する。

自分に対して、何故この道を選んだのか。もっと確実で自分に合った道があったのではないだろうか? そう自問自答してある事に気付く。

自来也達と里に残る道が視界の端に移った。

自来也のすることに苦笑しつつ、里を発展させようとする自分が容易に想像できた。

その大蛇丸は己の環境に満足しているように思えた。

それを想像した上で、答えは決まっていた。





この道を選んだ事に後悔は無かった。





夢を見れた。そして、予想以上に面白い事に出会えた。

目的の為だけに精進した。そしてそんなに歪み汚れた自分をライバルと認めてくれた男に出会えた。最後まで自分の事を思っていてくれた師にも出会えた。

そして自分について来てくれた頼もしい部下に出会えた。自分のこの歪んだ思いを素直に賞賛し心から仕えてくれたカブトに出会えた。



ああ、いいじゃないか。



こんなにも認めてくれた人がいた。それだけが心を潤してくれる。



歪んで腐りきっていても、あながち、間違っちゃいなかった。



死の向こうは何も在りはしなかった。なら、自分に出来ることは待つ事だけ。



それが出来ないだけが後悔かもしれない。



思い出したのは師の言葉。



もし、生まれ変わった父と母は私を見てくれただろうか。そうだったら、失望しているかもしれない。



それでもいいかな、と思う。認識してもらうと、してもらえないのでは…あまりに悲しさが違いすぎる。



見てくれたら、それでいい。



だから、ここで自分が死んだとしても、また、あの二人の子として生まれたい。







呼吸の音が大きすぎる。

心臓が爆発しているように、聞こえてきた。

重くなってきた感覚に身を委ねようと、した。

邪魔をしないでよ、と心の中で愚痴を言って、消え去りそうな意識の状態でしかと耳にした。

「我慢するのは止めにしよう」

体を守っていた白蛇は殆ど殺されてしまった。そして本人の体には前任者からの拒絶反応が蝕んでいる。

まさしく、死に掛けだった。

殆どの傀儡を破壊され最後の切り札として三代目砂影の傀儡を身に纏っているサソリは気付かなかった。

いつの間にナルトが死に掛けている大蛇丸の真横まで移動したのか。自分の毒には自信がある。だからこそ未だに動けるナルトに不安を感じた。

大蛇丸は反応できない。聞こえていても返答するだけの力すら残っていない。

ナルトはそれを無視して続ける。

「俺にとっての最強はアイツとお前なんだ。簡単に死ぬんじゃねぇよ」

それを聞いて大蛇丸はナルトを喰らった。







「うっわぁ…きったねぇところだな。大蛇丸らしくって何も言えねぇよ」

「うっさいわねぇ…仕方ないじゃない」

「しかも薬中で前の奴に拒絶されて死に掛けてやがるし」

「お黙り!」

「…真に受けてんじゃねぇっつうの」

ナルトは声を上げて笑った。心から面白そうに。

ここでは白眼を使う必要はない。だって、そんなことする必要がないくらい、直接、大蛇丸の心情が視えてくる。

まさか、「生まれ変わった両親に会いたい」という理由だけでここまで世界を引っ掻き回したと思うと尚更だ。

「俺を喰らえばもっと強くなれるんだろ?」

ナルトには聞かされていた。何故、カブトが大蛇丸に心の底から従っているか。

親という存在を知らないカブトには眩しかった。

世界を狂わせても親という存在を大切にしたい大蛇丸の存在が。

白蛇は幸運と再生の象徴、ならば大蛇丸の真の姿こそ幸運と再生だった。

失ったモノを満たし、不幸しか学ばなかった人にささやかな幸運を与える存在になっていた。

「さっさと寄越しなさい。カブト達が心配だわ」

「助けてくれよ、先生はオレにとっても大事な人なんだ」

大蛇丸は過去の全てを捨て去ってナルトを喰らった。













とりあえず、ここまで。原作で暁の人の倒し方が見つかり次第に書きます。






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