ネコって追いかけようとすると逃げ出すくせに、淋しいときは寄ってくる。
都合がいい生き物だよな。
狂った歯車の上で
「で、なんでそうなったんだ?」
海野イルカは目の前にいるその少年に尋ねた。
その少年は今期にアカデミーに入学してきたいわゆるホープという存在である。黒曜石、悪くて海苔のような黒い髪、若いその顔から滲み出る才能、将来が楽しみといった感じの少年。
この少年の将来が歪むことなく進めば最後のうちはとして輝かしい未来が待っているだろう。
その少年、うちはサスケは勢いよく職員室に入ってくると、担任である海野イルカの机を壊れるくらいに叩いて言った。
「もう一度うずまきナルトと戦わせろ」
いつものクールなサスケではないな、とイルカは目の前の光景を半場無視し保健室の先生から託された胃薬を飲んだ。
入学してすぐからうちはサスケの存在は際立っていた。
忍術の説明をしている傍からすぐさま成功させ、戦術の授業でも唸らせるくらいの考案すら可能だった。
体術も誰一人サスケに触れることも出来ずに勝ち抜き戦では授業の終わりまでサスケは戦い続けた。
――――アノ問題児が気まぐれで授業に参加するまでは。
生徒内で噂があった。
去年、事故から下忍の昇格試験を受けられずにアカデミーを留年したという最強のアカデミー生がいる。という噂。
うちはサスケはそんなものも信じずに戦い続けた。誰も負けない、自分がアカデミーで最強だということを証明させるために。
新学期が始まって数ヶ月が経った、その噂が霞みかけてきた頃、その問題児はふらっと勝ち続けていたうちはサスケの目の前に現れた。
その光景は圧巻、クラスで一番の食いしん坊、秋道チョージに背に乗って現れた。道場に辿りついても起きることは無く寝続けて、そして近くに同じように寝ていた奈良シカマルが起きる際にナルトの肩にぶつかった時にうずまきナルトは眼を覚ました。
「に、逃げ遅れた」
そう言ってナルトは大きなため息を吐き出した。
連日の徹夜という睡魔に負け、移動し始めたクラスの中でも寝続けていたうずまきナルトを秋道チョージは背負って体術の授業が行われている道場まで連れてきたのだ。
ナルトはチョージを恨まなかった。
やさしさからなった事故であるとチョージが美味しそうにお貸しを食べている所を見てそう感じたからだ。
その上
「一個食べる?」
薦めてきた。好感度は大幅に上がった。
試しに貰ったら美味しかった。ナルトのチョージに対する好感度は絶頂を越えた。
そして
「次、うずまきナルト」
やる気のない呼び出しをする教師は何時も通りうずまきナルトはいないだろうと踏んだ上で事務的にその名を呼んだ。
「どうも」
やる気のない返事で道場の中央、うちはサスケの目の前まで歩いてきたうずまきナルトの顔を見たときは心臓が跳ねた。
「―――帰れ」
教師は願う。
最後のうちはであるサスケに敗北など覚えさせたくなかった。最後である理由を知っているからこそ眼の前に立つうずまきナルトとは戦わせたくなかった。
見れば分かる。指名手配犯であるうちはイタチは飛び級、そして最年少記録を多々持っていた。それと同じ事を成しえようとしていると焦った顔をしているうちはサスケとうずまきナルトは戦わせてはならない。
教師がそう強く願っているのに目の前のうちはサスケは絶対の自信を持って告げる。
「かかってこいよ、不良品。矯正してやる」
努力している自分にとってやる気のない目の前の不良は目障りだったのだろう。
いいサンドバックを見つけたとばかりに挑発するうちはサスケ。
「ん~、お願いしようかな~」
薄目でニヤついて返事をするうずまきナルトに教師は頭痛を感じた。
教師は覚えている。
同じように勝ち抜き戦で勝ち続けていた前期の日向ネジがこのうずまきナルトにボコボコにされて病院送りにされたことを。
「うずまき、お前は準備運動もしていないだろう?」
なんとか戦わせない方法を考えてもこれくらいしか考えられなかった教師。
「あれ? これって自主制じゃないんですか? それにもう終わってますよ」
自分の適当さを恨む教師は仕方なく組み手をはじめさせた。
教師の腕が振り降ろされた。始まりの合図、二人は動いた。
サスケがアカデミー生では到底出来ない速さでナルトに接近し実力の差を味あわせようと殴りかかった。
控えで待っている男子達はこれで終わっただろうと次は誰だ、と相談し始め、女子はさすがサスケ君、と黄色い声をあげ始める。
そしてサスケの渾身の拳がナルトの顎を砕かんとする直前、ギリギリのところでナルトに手首を握られとめられた。
「チッ」
なかなかやるな、と逆の腕で殴りかかろうとした直後
ボキッ! と鈍い音を立ててサスケの手首は砕かれた。ナルトの握力によって。
叫び声を上げようとした時、幽鬼の如く伸ばされたナルトの左手に口を塞がれサスケはもがいた。
あの惨劇以来の恐怖に身体が震えた。
戦意が途切れたと教師が認識する直前、ナルトは楽しそうにサスケに声を掛ける。
「はは、同じ優等生でも全然違う」
ギリギリと口を押さえている手に力が入る。
サスケは一瞬、本当に殺されると思った。
「不快だよ」
ズン、と深く身体にめり込むほどにナルトの拳が入り込み、白眼を剥いてサスケは意識を無くした。
女子がなにが起きたかに気づくよりも、男子が戦いの結果を見ようと振り向くよりもナルトは道場から姿を消した。
「ああ、アレか。オレも驚いたよ。お前が保健室に運び込まれるところを見たときは」
そう言って笑うイルカは新学期早々に頭角を現し始めた悪がき四人に胃を痛め、既にうずまきナルトからは去年から悩まされており時折保健室に出向いていたのだがその時に気絶していたうちはサスケを見かけた。
「んなことはどうでもいい。うずまきナルトはどこだ」
体術の教師に話を聞いてサスケが負けて挫折すると思っていたのに逆に火がついたようだと説明された時はイルカは素直に喜んだ。
しかし次の日教室に向かうとナルトの机に落書きや撒きびしなどという嫌がらせがあることにまた頭を痛めた。
男子に聞くと女子が朝早くきて置いていくらしい。それを黙認する男子にも、そして置いていく女子にも頭を痛くするイルカであった。
「ん~、ナルトがどこに行ったか、今までで一番多かったのが屋上だな」
屋上が14回、保健室が7回、自宅へ帰ったのが11回、自宅へ帰ったのは仕方なく諦めていたが屋上に逃げ出すのが一番多かった。
イルカが屋上を言い終わる前にサスケは走っていった。
しょうがない奴だ、と小さくため息を吐くイルカは職員室では名物となっていた。
「君にはうちはサスケにとって超えられない壁でいて欲しいわけだ」
そういい始めたのはいつの頃だっただろうか。急に家に入ってきて、勝手にコーヒーを作り始めて然も自分の家かのようにしながら先生はそう言った。
何様ですか、と言いたくなるが別に不快でもなくどちらかというと寛いでいて欲しいので頷く。
「うちは、というとあの不幸のですか」
「そうなるね」
先生はニコニコとしながら頷く。
うちははエリートを多く輩出していた一族、つまり才能溢れる者が誕生しやすい一族なんだろう。
胸糞悪い。
「嫌な役ですね、それって」
前回は何だかんだといって日向ネジの監視もしていた。途中で放棄させてもらったが。
オレのしたいことはこんな事ではないのに、そう強く思う。
「大丈夫。今回が最後だから」
先生は残りのコーヒーを飲み干してそういった。
一瞬、頭の中がスパークした。チカチカと酸素不足で視界に点滅した何かが飛び回る。
綺麗だな、じゃなくって。
「最後、なんですか」
「実はそうだったりしちゃうんだ」
先生も嬉しそうに言う。スパイ暦何年だんだろう、先生って。かなり前から居たような。
「どちらにしても」
「そう、どちらにしても」
二人とも気の抜けた笑顔になって大きく息を吐き出して
「疲れた」
いい思い出など禄になくバレるバレないという危険な生活をし続けてきた故に大変疲れていた。
「うずまきナルト! もう一度俺と戦え!」
サスケは屋上の扉を開け次第にそう叫んだ。
「………なんで来るんだよ、うぜぇ」
そんなサスケを見て心底ウンザリした様子のナルトは屋上にいた。
才能の無い者から見て才能溢れる者は一緒にいるだけで不快になる、今はサスケよりも強くても任務以外ではむかつくだけで心の健康に悪いとナルトは思っている。
専門外であるがナルトはカブトにカウンセリングを受けていた。ストレスは計り知れない。
それはなぜか、それはうちはサスケはナルト自身よりも、そして才能を認めたネジよりも才能に溢れているからである。
ネジも同じだった。次に戦うときには自分を確実に脅かす。遥かに強くなって自分の前にやってくる。
なんとも言えない恐怖を感じてしまう。そして自己嫌悪、何故自分に才能がないのだろうと自分を呪い、自分をいじめ続ける。
「なんか用かよ、雑魚」
うずまきナルトは認めない。才能のある者などを。そして自分以下の不幸に酔いながら自分を易々と超えていく者を。
ナルトの「雑魚」という言葉にサスケの沸点は簡単に超え、サスケは怒りに狂いナルトへ殴りかかる。
「そうだ」
ナルトの言葉は悲しみを佩びている。
サスケの残り少ない理性はその真意を少し、ほんの少しだけ感じ取る。
一瞬、拳の速度が下がったが既に止まらない。ナルトの頬へと襲い掛かる。
ナルトのつぶやきも止まらない。
「お前は簡単に強くなっていく」
ナルトは顔を下に向け、何かに耐えるようにそう言う。
ナルトにはすぐに分かった。
以前、サスケを皆の前で完膚なきまでに倒したときに比べて強くなっていることを。
パシ、とサスケの拳を手のひらで受け止めて
「俺は、お前が羨ましい」
全力で殴る。自分の力を見せつけたかった。
俺は強い。俺はお前よりも強い、そう伝えたかった。
そのつもりだったのに、ナルトはサスケの頬の手前で拳を止めていた。
自分が情けなく、つまらなく、悲しかった。
自分を呪う。常にしたきた事。
呪って、呪い続けて、そして最後に身を滅ぼす。
分かりきった未来が脳裏に焼きついた。
「ナ、ナル――」
サスケがナルトの異変に気づき声を掛けようとしたとき
ブン、とナルトが掴んでいたサスケの手を思い切り引っ張り、給水タンクに向かって投げつけた。
「―――ッ!!」
声も出ない、ベコリとタンクをへこませる。
苦しむサスケを見てナルトは、跳んだ。
逃げるように、心臓から這い出てくる獣の殺気に身を任せないように。
鳥の鳴き声、草木の揺れる音、決してヒトの声が入り込まない森の中でナルトは月を見ている。
月は満月を過ぎて日に日に小さくなっていく。
木に登って―何時から木に登れるようになったのだろう、と思い出そうと、しかしその作業をめんどくさくなって止めて月を見入る。
昔からよくあることだった。心臓から憎悪があふれ出して、頭の中が真っ白になりそうになることは。
それが起こるのは決まって気に入らないヒトに対してのみ、それでも今日は違った。
自分を抑制できなくなりそうなまでに狂いそうだった。
アイツがむかつく、ただそれだけだった。
あの時からずっと手が痛む。
サスケの拳を受け止めた拳が痛みを訴える。
「痛ぇ……痛ぇよ」
それ以上に心の痛む夜だった。