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[7187] のび太 VS ゴルゴ13
Name: かるめん ◆6f070b47 ID:53a6a4cf
Date: 2009/03/14 12:42
砕け散る立体映像のかけらは、太陽の光を浴びて虹色に渦巻く。
肉体を貫く灼熱の痛みを通して、男は自分が撃たれたことを悟った。
傾いていく世界、倒れていく身体、空から降り注ぐ陽光が目を眩ませる。
真っ白に染まっていく脳裏で、思い出の歯車は過去へとさかのぼる。
氷のような眼をした『あの男』と初めて出会い、彼のすべてを変えたあの日へと……。
ああ、そうだ。
あのころ、自分のそばにはいつも、かけがえのない友達がいた。


  のび太 VS ゴルゴ13

    ACT1「装弾」


子守用ネコ型ロボット、ドラえもんには三つ、人に自慢できることがある。
一つ、ドラ焼き大食いコンテストの優勝したこと。
二つ、丸くて、テカテカと光る大きな頭。
三つ、その頭に納まっているピカピカに冴えた電子頭脳。

今、ドラえもんは本を読みながら、その自慢の電子頭脳で正確に時間を計っていた。
あと1分29秒、1分28秒、1分27秒、1分26秒……。
残り時間が30秒を切ったとき、ドラえもんは読んでいた漫画本をたたんだ。
いつも座っている定位置から立ち上がり、1メートルほど横に移動する。
そして、カウントがゼロになったとき、

「ド・ラ・え・も・んっ―――!!!」

だめ少年、野比のび太が顔を涙と鼻水まみれにしながら、部屋の中に飛び込んできた。
子供部屋の扉をくぐるなり、ドラえもんに抱きつこうとする。
しかし、いつも友人がいるべき場所には誰もいなかったので、

「ぶぎゃっ!!」

のび太の腕は空を切り、体は畳に激突、ずりずりと数センチ滑った後に沈黙した。
それを見たドラえもんは、

「お帰りなさい。のび太くん」

一言あいさつをしただけで、何事もなかったかのようにまた本を読み始めた。
倒れていたのび太は跳ね起きるなり、ドラえもんの体にしがみついた。
泣いていた上に畳で擦ったものだから、その顔はもう凄いことになっていた。

「ひ、ひどいじゃないか、ドラえもん! なんでそんなに冷たいのさっ!」
「それは、君がいつもいつも、いっつも! くだらないことで僕を頼ろうとするからじゃないか!」
「僕がまだ何も言っていないのに、何で下らないことだってわかるんだよ」
「わかるとも」

再び本をおいて、立ち上がるドラえもん。
何時にない迫力にたじろいだのび太は、思わずドラえもんをつかんでいた手を離し、後ろに下がった。

「あてて見せようか。君は今日、ジャイアンやしずちゃんと一緒にスネ夫の家に遊びに行った」
「そうだよ……」
「先週、家族でアフリカ旅行に行ったスネ夫は、君たちに自慢するために、旅行の時に撮ったビデオを見せた。そうだね?」
「うん、そうだけど……」
「見栄っ張りのスネ夫のことだから、車でゾウの群れに近づいたり、麻酔で眠らせたライオンを触っているところを見せたんだろ?」
「そう……」
「で、その場面を見たジャイアンが『すげーな、スネ夫』と言ったり、しずちゃんが『スネ夫さんは勇気があるのね』とか言って感心したわけだ」
「そうそう、スネ夫のやつ、自分でライオンを眠らせたわけじゃないのに、すっかりいい気になっちゃって!!」
「……『その内、君たちもアフリカ旅行に連れて行ってやるよ』、と言った。でも、その後こう言ったんだろ。『どうせ、のび太はライオンやカバを見ただけで気絶するから、連れて行ってやらないけどな』って」
「そうだよ! ひどいだろ! いくら僕でもカバを見たぐらいじゃ気絶しないよ!」

ライオンは危ないって自覚しているあたり、自分のことがよく分かっているじゃないか。
心の中でそっと呟きながら、ドラえもんは続けて言った。

「そして、君はスネ夫をギャフンッと言わせるために、僕の道具の力を借りてアフリカへ猛獣狩りに出かけようと思いついたんだろ?」
「そのとおーり! さすがぁ、ドラえもん! 僕の考えていることが全部わかっているじゃないか。じゃ、早速、どこでもドアを貸してよ! アフリカへライオンを打ちに行こう! ライオンを!」

ドラえもんはタライがまるまる入るぐらい大きな口をあけて、ふかぶかとため息をついた。
また、しがみつこうとするのび太を、心を鬼にしてぐいっと押しのける。

「だめだよ」
「えっ、なんで?」
「だめに決まっているじゃないか。あのね、のび太くん。雑草という名前の草がないように、猛獣なんて名前の動物はいないんだよ。どんな動物だって、この地球上でかけがえのない大切な役割を果たしているんだ。それをスネ夫を見返したいというだけの理由で殺すことなんかできないだろ。僕は情けないよ。昔、ぴー助を助けたり、人間の勝手な都合で絶滅した動物たちを孤島へ移住させて、助けたようとした優しい君は一体どこへ行ったんだい!」

ジャブ、ジャブ、ボディブローからの右フック!
鋭い言葉のパンチが次々にのび太の心に突き刺さる。
自分のコンビネーションが的確にダメージを与えたのを見て取ると、ドラえもんはいよいよ必殺のアッパーカットを繰り出した。

「それに想像してごらん。君が得意げに罪のない動物たちをいじめているのをみて、しずちゃんがどう思う? 間違いなく君に失望して、ぜっっったいに結婚しようなんて思わないね!」

クリティカルヒット!
未来の花嫁の名前は、ドラえもんの予想通りのび太の脳を激しく揺さぶり、彼を畳の上に叩き伏せた。
テンカウントを待つまでもなく、ドラえもんはのび太に背を向けるとまた本を手に取った。
これで、この件は片付いたと思っていたのだが、しばらくすると部屋の隅から、ぐずぐずと湿っぽい泣き声が聞こえ始めた。

「ブツブツ……ひどいよ、ドラえもん……ブツブツ……人が珍しくやる気を出しているのに水を差して……ひょっとしたら、将来、働くときにハンティングの経験が役に立つかもしれないじゃないか。それなのに……ブツブツブツブツ」

しずちゃんの名前を出しても収まらないなんて、これはそうとう重症だな……。
読書のふりをして、様子をうかがっていたドラえもんは観念して、本をポケットにしまった。
畳に丸い手をついて、座ったまま、のび太の方へくるりと回転する。

「じゃあ、聞くけどさ。のび太くんは将来、どんな仕事につきたいと思っているんだい?」
「そりゃ、もちろん……正義のガンマン! 二丁拳銃を使って、悪ものをばったばったとやっつけるんだ!!」

世の中には、ガンマンなんて職業はないんだけどね……。
天井のあたりに視線をさまよわせながら、呆れるドラえもん。
しかし、のび太が言っていたのは別に根拠のない絵空事でもなかった。
ドラえもんは詳しく知らないことだが、のび太は西部開拓時代のモルグシティで30人あまりの無法者を一人も殺さずに鎮圧したことがある。
さらに、22世紀の射撃ゲームで前人未到の記録を出すなど、こと射撃に関してのび太という少年は、人類的に稀有な素質の持ち主であることは間違いない。

「まあ、何にしても。君がやる気を出してくれるのは良いことだ。子供のやる気をそぐよりも、生かすように育てるべきだって、さっき読んでいた育児本にも書いてあったし……」
「ああ、やっと力を貸してくれる気になったんだね。もう、いつも気を持たせるんだからぁ。ねえねえ、何を貸してくれる! 教えてよ、ドラえもん!」
「ちょっと、待っててよ、のび太くん」

ドラえもんが、お腹にあるトレードマークとも言うべき四次元ポケットに手を突っ込んだ。
ときにはトラブルを起こすこともあったけど、いつも夢と冒険をもたらしてくれた秘密のポケット。
今度は一体、どんな秘密道具が飛び出すのか。
見守るのび太の心臓はドラムのようになり響き、そのテンポが最高潮に達した時、

『デンジャーシミュレーターとショックガン!!』

ドラえもんがリストバンドのような機械とプラスチックの玩具みたいな銃を取り出した。
横文字は苦手を通り越して、壊滅状態ののび太はしかめっ面でドラえもんが口にした言葉を復唱する。

「でんしゃしゅみれーたーって何さ。アフリカは電車じゃいけないよ」
「電車シュミレーターじゃなくて、デンジャーシミュレーター。これは、宇宙飛行士たちが未知の惑星へ行く前に、訓練をするために作られたものなんだ。彼らはこの機械を使って、その星の環境をあらかじめ経験して、そこで起こる危険(デンジャー)に対応できるようにするんだ。たとえば、危険な宇宙生物なんかをね」
「そ、それって、あの、あの録験機に記録されていた『銀河のはてのなぞの惑星探検記』のようなものなの!」

録験機とは、過去に経験したことを記録し、またそれをほかの人間が再生して体験を味わうことができる秘密道具のこと。
のび太は以前、宇宙怪獣に襲われて全滅した探検隊の記録を見てしまい、そのあまりの強烈な体験に卒倒したことがあった。
今も、録験機の名前を口にしただけで、当時の記憶がよみがえり、のび太は顔を真っ青にしてまた気絶しそうになった。

「アア、部隊ハ全滅。イキノコッタノハ、ヒトリダケ、ヒトリダケ、ヒトリダケ……」
「落ち着いてよ。このデンジャーシミュレーターは、全滅した探検隊の悲劇を繰り返さないために作られたんだ。録験機は昔の経験を再現することしかできなかったたけど、デンジャーシミュレーターで自由に行動を選択することができるんだ。のび太くん、バーチャルリアリティって知っているかい?」

のび太は胸を張って、自信満々に答えた。

「そんなの僕が知っているわけないじゃないか!」
「そんなこったろう、と思ったよ。要するに、ものすごくリアルな立体映像だと思ってくれれば良いよ。立体映像機で映し出せるのは、目で見える映像だけだけど、このデンジャーシミュレーターは音やにおい、触覚まで完璧に再現することができるんだ」
「そ、それじゃ、また録験機みたいに痛かったり、怖い思いをしたりするの?」
「使う者にとって危険な痛みや不快感はカットできるよ。これを使うことで、未来の宇宙飛行士たちは安全かつ安価に異星の環境を体験できるようになったのさ。しかも、このデンジャーシミュレーターには、何百ものの惑星の数え切れない生き物が記録されているんだ。その中には、シーリアのコヒョウやヴァガボンドのヒイログマみたいな、ライオンとは比べ物にならないほどどう猛で危険なやつらもいる」
「すごいじゃないか! じゃあ、さっそくこれでスネ夫たちをギャフンと言わせ、ぎゃふっ!」

いきなりデンジャーシミュレーターに手を伸ばそうとしたのび太の顔を、ドラえもんのぺったりハンドが遮った。
そのまま、ぐいっと押しのけると、怖い顔でのび太を見下ろして言った。

「ちょっと待った。デンジャーシミュレーターは、デリケートな道具だから、おっちょこちょいな君に使わせると、またとんでもないことになるかもしれない。だから、これを貸す前に、まずは僕の説明をしっかり聞いてもらうよ」

大きな頭とおなじ半径129.3センチの腰に手を当てて、道具の説明を始めるドラえもん。
長年の付き合いのおかげで、ドラえもんが説教まじりに道具の説明をするのが好きなことを知っているのび太は、早くもうんざりな顔をした。

「まず、最初に言っておくけど、このデンジャーシミュレーターは、中古品なんだ。本当は、つけている人間以外、疑似体験は見えないようになっているんだけど、この装置は範囲内にいるもの全員をバーチャルリアリティに巻き込んでしまうんだ。だから、使うときは必ず周りに関係のない人がいないことを確認してから、使うように」
「ふーん……」
「それから、痛い思いをしないとはいえ、デンジャーシミュレーターには見たり、聞いたりしただけで使用者の精神に悪い影響を与えるような記録も入っているんだ。とくに、この慰労用ソフトは君みたいな小学生には早すぎるから、僕の方で全部ブロックさせてもらうよ」
「へえ……」
「それから、忘れちゃいけないのが……」

上の空でドラえもんの言葉を聞いてたのび太は、ふとデンジャーシミュレーターが目の前に落ちていることに気づいた。
ちらっと演説をしているドラえもんの方を見る。
ドラえもんは自分の言葉に酔っているのか、のび太と畳の上の秘密道具にまったく意識を向けていない。
そろり、そろりと、のび太は音をたてないように気をつけながら、少しずつデンジャーシミュレーターとショックガンの方へ這い寄った。

「デンジャーシミュレーターには、付属の武器がついているんだけど、それは高くて買えなかった。だから、今回はショックガンを代わりに使うことにした。ショックガンの説明はいらないよね。わかっていると思うけど、ショックガンを人に向けちゃいけないよ。いくら死なないとはいえ、打たれたショックが脳に悪い影響を与えることもあるんだ。これで、説明は終わりだけど、何か分からないことはある、のび太くん?」

ドラえもんが得意満面で説明を終えて、振り返った時、

「……あれ、のび太くん?」

のび太と秘密道具はもはや影も形もなかった。



***


あとがきのやうなもの


てな、わけで……。
ええっと、やっちゃいました。
前々からやりたいと思っていたことを、ついに我慢できずに!!

人生の聖書とも言うべき『ドラえもん』。
一生の教科書である『ゴルゴ13』。
この二つの神作品を使って、二次創作がやりたい!
という欲望はつねにありました。
プロットも書きました。

でもでも、あまりに有名、あまりに多くのファンがいるこの二作品。
一つ間違えようものなら、世界中合計20億人のファンから叩かれることは見えています。

我慢に我慢を重ねました。
でもこの間、「のび太の宇宙開拓史」がリニューアルされると知って、
ついに我慢がきかなくなり、筆(というかパソ)を手に取り、今日ここに至ったというわけです。
かくなるうえは、かならず完結できるように頑張りますので、
どうぞ目くじらをたてずに、見守ってくださるよう、よろしくお願いいたします。

なお、普通にのび太をゴルゴぶつけると、瞬殺されるのは目に見えているので、
今回は、ゴルゴにいろいろとハンデを背負ってもらうことにしました。
ちょっとウルトラCな設定を使うこともありますが、
その点はゴルゴが強すぎるせいだと思って、どうか容赦してください。



[7187] のび太 VS ゴルゴ13 ACT2
Name: かるめん ◆6f070b47 ID:53a6a4cf
Date: 2009/03/14 12:44
日曜日でごった返す繁華街を三人の男たちが、切り裂くように歩いていく。
三人が三人とも、見事な凶相持ちであった。
ケダモノじみた暴力の気配が、強烈な体臭のようにその体から滲みだしている。
血に飢えた狂犬のごとき男たち。
しかし、彼らは同時に野に放たれた猟犬でもあった。

男たちは、今朝からずっと、一人の標的のあとを付け回していた。
しかし、その獲物、第四の男は、彼を尾行している人の形をした犬たちよりも、遥かに複雑な存在だった。
彼の内面を表現するのは至難ゆえ、まずはその外見から語っていこう。

まず、彼は背の高い人間だった。
身長はかるく180センチを超え、完璧に鍛え上げられた肉体は、スーツ越しでもはっきりとその存在を主張している。
黒い髪は短く切りそろえられ、顔立ちは日本人離れして彫りが深い

いったい、どれほどの悲劇を目にし、どれほどの惨劇を乗り越えてきたのか。
男の顔には、ナイフで刻んだような深い皺が走っていた。
そしてその眼、彼はアルプスの頂上で輝く氷のような眼をもっていた。
人を怯えさせるほど冷たい光を放ちながら、不思議と澄み切った眼であった。

この男を言い表すために、動物を使うのは適当ではない。
オオカミでは役不足、獣の王であるトラやライオンさえ男の前で見劣りする。
生物ではなく、命を持たない鉱物こそ、この男の存在を表現するのにもっともふさわしいだろう。
想像を絶する熱と圧力の果てに、有り触れた元素である炭素から生まれた宝石の王者。
ゴルゴ13は、まさに炭の中で光り輝くダイヤモンドのような男であった。



  のび太 VS ゴルゴ13

   ACT2「引き金」


ゴルゴは、とっくの昔に追跡者たちの存在に気づいていた。
ついでに言うのなら、男たちの素性も大体、想像がついている。
ゴルゴ13は最近、この国で依頼を受け、ジャパニーズマフィアの幹部の一人を射殺していた。

仇討ちにやってきた幹部の舎弟たちか、それとも暗殺者の口を塞ぐために贈られた刺客か。
もし、前者ならば、どうやって自分が仇だと知ったのかを問い正さなければならない。
もし、後者ならば、ルールを破った依頼人に制裁を加えなければならない。
いずれにせよ、まずは追跡者たちを捕え、尋問をする必要があった。

ゴルゴは、最新の東京都の地図をまるで写真のように鮮明に記憶している。
目指すは、現在建築中のホテル・ギャラクシーの新築ビル。
そこに、追跡者たちを誘い込み、罠にかけ、彼らに尋問をする場所まで連れて行く。
すでに、ゴルゴの脳裏には、反撃から逃走へとつながる詳細な手順が出来上がっていた。

しかし、このとき、彼はまだ気づいていなかった。
運命が、その手札の中に予測不可能な鬼札(ジョーカー)を仕込んでいることに。



■  ■  ■



ちょうど、その頃……。
ドラえもんから秘密道具を無断で拝借したのび太は、ホテル・ギャラクシーの工事現場までやってきた。

「スネ夫たちをギャフン、と言わせる前にまず、この道具を試しておかないとね。飛び出した宇宙怪獣を見て、気を失ったら、またあいつらに笑われちゃうからな」

予測したとおり、日曜日で現場には人っ子ひとりいない。
興奮に口元がにやけるのを感じながら、のび太は建設中のビルの中にこっそり侵入した。
天井の鉄骨がむき出しのままの通路の中ほどに立ち、リストバンドの形をした機械をズボンのポケットから取り出す。

ドラえもんのところから、持ちだしたときに詳しい説明は聞いていなかったが、のび太は大して気にしていなかった。
秘密道具に関しては、のび太は自分がドラえもんに次ぐ専門家だと自負している。
それに未来の道具は、今の携帯電話と違ってたいてい、のび太のような落ちこぼれでも使いこなせるような親切な設計をしているのだ。

適当に電源と思しき青いボタンを押した。
そのとたん、リストボタンから幾何学模様の立体映像が立ち上がり、若い女性の声が通路に木霊する。

【おはようございます、マスター。ご要望の入力をお願いします】
「うわ、わ、わああ、君だれぇっ!!」

虚空から湧き出した声に、腰を抜かすほど驚くのび太。
若い女性の声は、平然とのび太の質問に答えた。

【私は、デンジャーシミュレーターのサポートAIです。断じて、電車シミュレーターではありませんので、お間違いのないように気を付けてください】
「き、機械のくせに細かいやつだな……」
【機械だから、細かいことにこだわるのです。再びお尋ねしますが、ご要望はなんですか?】
「うん……じゃあ、なんでもいいから猛獣を出してよ」

のび太の適当すぎる要求に、AIは戸惑った声音で、

【なんでもいい、というのは一番対応に困るご要望なのですが。具体的には、どのような生物をご希望なされているのでしょうか?】
「だから、獰猛で怖いやつだったらなんでも良いんだって」
【……それでは、さっきとあまり変わりがありません。そうですね。私の五百万を超える危険生物カタログの中でも、常に上位にくるのが完全生物として名高い『ゼノモーフ』と光化学迷彩を使う未知の異星人、通称『狩猟民族』です】
「へえ、格好良さそうな名前だね。そいつらってどのぐらい危険なの?」
【かの「銀河のはてのなぞの惑星探検記」で有名な、第十三探検隊を全滅させた怪獣XをデンジャークラスのAクラスとして……この二種類はそれよりも二つの上のSSクラス。とくに『狩猟民族』は定期的に、怪獣Xをハンティングしている痕跡が発見されています。鴨撃ちの鴨みたいなものですね】
「あ、あの怪獣をカモみたいに狩っているって言うの!?」

のび太のまぶたの裏に、かつて体験した第十三探検隊の惨劇がよみがえる。
山みたいな巨体、レーザー銃を跳ね返す外皮、頑丈な宇宙服を紙みたいに引き裂いて、隊員を次々に食べた怪獣Xが鴨撃ちの標的と同じだってっ!
『狩猟民族』ってやつらは、一体どれだけ……。

「ぶるるるぅ、冗談じゃない! そいつは怖い、怖すぎるから、パスパス! もう一つの『ゼノモーフ』ってどんな生きものなの?」
【『ゼノモーフ』は、『狩猟民族』とは対照的に知能は低いですが、強靭な肉体と強酸性の体液、比類のない生存本能で有名な生物です。その生態の中でもユニークなのが、別の生物の中に自分の遺伝因子を埋め込んで繁殖するところですね。サンプルに、ノストロ号で記録された画像をお見せいたしましょう】

幾何学模様の立体映像が砕けて虹色の破片に変わる。
渦巻く破片はやがて、空間に30センチ四方のスクリーンを形造った。
スクリーンに映っているのは、宇宙船の中で食事をとっている男女の姿。
突然、その中の一人が苦しみだした。
仲間たちは慌てて抑え込もうとするが、苦しんでいる男はさらに悶え、暴れ続ける。
その胸元で布を引き裂くような音が響き……。

「ひ、ひえええっ!!」

とんでもない光景を見ようとしていることを悟ったのび太が、慌てて目を覆った。
それでも、容赦なく耳に飛び込んでくる、体を内側から食いちぎる音。
生きながら、食い殺される男の断末魔。
そして、聞いたこともないようなおぞましい雄たけび!

『キィシャアアアアア!!』
「やややや、やめて! お願いだから、もうやめてっ!」

のび太が涙交じりの叫び声をあげたとたん、立体映像は砕け散り、幾何学模様に戻った。
地面にひざまずいて、息もできないのび太に、どこか楽しそうなサポートAIの声が聞いた。

【どうでしょう? 完璧なまでに獰猛で危険でしょう? 私なら、『ゼノモーフ』の巣穴の中まで再現できます。巣穴の中には、巨大な『ゼノモーフ・クィーン』もいますよ】
「こんなのだめに決まっているじゃないか! しずちゃんがこいつらを見たら、気絶しちゃうよ!」

と、今にも失神しそうな声でのび太が言った。

「ドラえもんがこの秘密道具の中には、見るだけで危険な記録があるって言っていたけど。本当だったんだな。君の中に、もっと大人しい猛獣はないの?」
【また無茶な要求を……大人しかったら、猛獣って言わないじゃないですか?】

まったく、これだから炭素脳は、非論理的で、理解しがたい。
電子のため息を漏らしながら、サポートAIはとりあえずデータベースの中に納まっている宇宙生物のカタログを片っ端からのび太に見せることにした。
空中に次々と映し出される地球上の生き物とは、似ても似つかない奇怪な生き物たち。
おっかなびっくり、目の前で流れていく映像を眺めていたのび太が、ふいに歓声を上げた。

「待って! さっきのやつをもう一回映して! そいつじゃなくて、もうひとつ前の! あ、これこれ! この黒豹みたいな生きものはなんて言うの?」
【ああ、これはお目が高い。今、お選びになったのは宇宙船「ビーグル号」が発見したクァール猫。またの名をケアルと言いです】
「綺麗な生き物だね。これも危険な宇宙生物なの?」
【肉体の強さでは、怪獣Xに及びませんが、宇宙船も操縦できる知能の高さから、デンジャーランクは、一つ上のSランクに定義されております。改造された個体の中には、犯罪トラブルコンサルタントで働いているものもいますが、野生状態のクァール猫は、文句なしの危険生物です】
「決めた! こいつにしよう! ライオンにちょっと似ているのが気にいった! このクァール猫を出してよ」
【了解しました。どこに出現させましょう】
「そりゃ、いまここで……あ、ちょっと待って」

のび太の頭上で、ろくでもないアイディアを思いついた時に浮かぶ架空の電球がぴかりと光を放った。

「こいつを、この建物のどこか、僕の知らないところに出現させてよ。そっちの方が、ハンティングのスリルを味わえるからね」
【ご要望うけたまわりました。では、シミュレーターON!】

でも、ゼノモーフの幼生を見ただけで気絶しそうになっていた人が、クァール猫の不意打ちを受けても大丈夫なのかな?
幾分かの不安を感じながら、サポートAIはその再現機能を作動させた。



■  ■  ■



無数の鉄骨が縦横無尽に走り、太古の生物の化石にも似た建築現場。
そのいずこかで、黒い雲のようなものが生まれた。
雲はしばらく空中を漂った後、空間の一点を目指して凝縮し始めた。

巨大なネコ科の生物のごとき体を作る。
ビロードのように滑らか黒い毛皮を作る。
肩から吸盤を備えた二本の触手を生え、頭からは耳の代わりとなる巻きひげピンと立つ。
その頭蓋骨の中で、餓えた残酷な知性が芽生えた時、獣は黄金色の瞳を見開き、低く喉を鳴らした。
求めるのは獲物の悲鳴、その体に宿る温かい血、血の中に含まれた新鮮なカリウム!

未来において、宇宙船「ビーグル号」の中に侵入し、二桁の隊員を引き裂いた殺戮者。
『黒の破壊者』の異名をとる魔獣が、今地球の大気の下に解き放たれた!



■  ■  ■



自分が追跡者から獲物になり下がったことにも気づかぬ男たちをひきつれてホテル・ギャラクシーの中に入ったとき、ゴルゴは奇妙な違和感にとらわれた。
意識の中に紛れ込んだ雑音の正体を探るために、人間離れした鋭敏な感覚を総動員する。

なんだ、これは?
獣臭か、トラやライオンに似ているが、どちらでもない。
嗅いだ記憶のない匂いだった。

一瞬、引き返そうかという考えが頭に浮かんだ。
しかし、ゴルゴは思いついてすぐに、そのアイディアを否定した。
獲物たちをまだ十分に引き付けていない。
このまま引き返そうとすれば、不信感を与えて一人ぐらい逃がしてしまうかもしれない。

それよりは、すばやく仕事を済ませてこの場を離れた方が良い。
後ろから付いてくる男たちを脅えさせないように拳銃を胸のホルスターに収めたまま、ゴルゴは早足で歩きだした。
そのスピードに追い付こうと、男たちもペースを上げて、ホテル・ギャラクシーの闇の奥へ入り込んでいった。

古代の賢人の中には、運命を引力に例えたものがいる。
劉備玄徳に対する曹操猛徳のように。
織田信長に対する羽柴秀吉のように。
並はずれた運気を持った者は重力のような力でお互いを引き寄せるという。

その言葉は真実かどうか確認するすべはない。
しかし、今、この薄闇に包まれた建築現場で、賢人の言葉は現実になろうとしていた。

……ぴちゃん。
天井の鉄骨にたまった水滴が落ちる音がする。
のび太は未だに見ぬ猛獣に思いをはせながら、気配を殺して歩く。

……ぴちゃん。
天井の鉄骨にたまった水滴が落ちる音がする。
ゴルゴは後を追いかけてくる相手の速さと距離を確かめながら、奇襲の機会を図る。

さだめの縦糸と横糸に導かれるままに、
一人は獲物を探して通路を曲がり、
一人は獲物を罠にはめるために通路を直進し、

世界を幾度も救った少年(えいゆう)と、
世界を畏怖で震わせてきた男(しにがみ)が、


―――ついに出会った。




[7187] のび太 VS ゴルゴ13 ACT3
Name: かるめん ◆6f070b47 ID:53a6a4cf
Date: 2009/03/26 23:25
曲がり角を曲がったのび太。
通路を直進していたゴルゴ。
15メートルの距離を置いて二人は、初めて対峙した。

最初、何が始まろうとしているのか、のび太はまだ理解していなかった。
目の前にいるゴルゴ13を見ても、顔の怖いおじさん、という程度の認識しかもっていなかった。
差し迫った危険に反応したのは、頭脳ではなく、あまたの危険をくぐり抜けてきた本能の方であった。
ふいに、のび太は、手足の動きが鈍くなっていることに気づいた。
まるで、濃い糖蜜の中を泳いでいるかのように全身に強い抵抗感を感じる。

いや、違う。
これは、自分の動きが遅くなったのではない。
感覚のほうが暴走し、手足の反応を超えるほど研ぎ澄まされているのだ。
窮地の予感が、脳の奥底に封印していた記憶を呼び起こす。
思い出すのも恐ろしいが、かつて一度だけ、これと同じようなことが自分の身に起こったことがある。

(ギラーミン!!!)

一瞬、コーヤコーヤ星で一騎討ちを演じた最強の殺し屋の姿が、男に重なる。
気づけばのび太は目の前の男に向けてショックガンを構えていた。



  のび太 VS ゴルゴ13 

    ACT3「撃鉄」



日ごろ、身を置いている環境の差であろうか。
のび太とは対照的に、ゴルゴは一目見た瞬間に、目前の少年が只者ではない事をみとめた。
常人の目には、ショックガンを構えたのび太の姿は、おもちゃを持った子供にしか見えない。
しかし、ゴルゴは戦場において少年兵は珍しいものではなく、銃を持った子供はときに大人以上に危険な存在であることを知っていた。

そして、今彼の目の前にいるのは、半端な軍事訓練を受けた少年兵以上の存在だった。
暗殺者の目は、のび太の完璧な射撃姿勢を見逃さなかった。
足腰は大樹の幹のごとく大地を踏みしめながらも、上半身と腕は柳の枝よりもしなやかに。
努力だけでは決して手に入れることはできない。
真に才能を持つ者だけに許される、芸術品のような立ち撃ちの姿勢であった。

並みのプロなら、こんな隙のない構えを向けられたとたん、その圧力に耐え切れずに、自分から姿勢を崩して、簡単に打ち倒されていたかもしれない。
だが、ゴルゴほど並みや普通という言葉に縁遠い男はいなかった。
銃をホルスターに収めたまま、未知の武器を突き付けられている。
そんな危機的な状況にもかかわらず、男の目は、絶対零度の冷静さを保ち続けた。

視線を少年の方向に据えながら、ゆっくりと腰を落とす。
左手の指を、軽くスーツの襟を引っかけた。
だらりと下げた右手は指先まで脱力弛緩し、いつでも神速のスピードで動きだせる準備ができている。
居合の達人ですら羨む、見事なゴルゴの抜き打ちの構えであった。

そして、二人の時間が止まった。
15メートル、二人の間に横たわるその距離が問題だった。
射撃の達人が撃ち合うには近すぎる間合い、しかし言葉をかけるには遠すぎる距離。
もし、声を張り上げようと息を吸いこめば、それが致命的な隙につながりかねない。

男から漂う気配に呑まれ、のび太は動けなかった。
少年の出方を探るために、ゴルゴは動かなかった。
確実な勝利につながる糸口を見いだせないまま、時間と緊張感だけがつのっていく。

静かに向かい合う二人の頭上で、表面張力の限界に挑戦するように金属管に浮いた水滴がゆっくりと育っていた。


■  ■  ■


覚醒から約600秒が、経過した。
始めの頃、感じていた戸惑いも消え、クァール猫は、自在に建物の中を駆け巡っていた。
故郷の惑星は、地平線の果てまで広がる不毛の荒野。
このような複雑かつ巨大な構造体は、存在しなかった。
しかし、液体のように柱の間をすり抜け、触手を使って振り子のように鉄骨から鉄骨へ移動していると、自分がここで生まれ育ったような気になってくる。

そして、もうひとつ。
ここには、故郷の星では、めったにお目にかかれなかった素晴らしいものがあった。
それは豊富な喰餌(エサ)、温かなカリウムをたっぷりと詰めたクァール猫の命の元。
激しい渇きと悦びが、同時に体の奥から湧き上がる。

すでに、魔獣の超感覚は、この構造体の中に何匹も獲物がいることを感じ取っている。
しかし、殺戮本能に従って獲物に這い寄る前に、クァール猫は足を止めた。
さっきから、ずっと自分を眺めているやつの気配がする。

前回の狩りの時も、こんな風に監視されていたというおぼろげな記憶がある。
いや、ただ覗き見するだけではない。
こいつは、狩りの邪魔もするのだ。
前回の時も、前々回の時も、その前の時も。
いつも、狩りが興に乗ってきたとたん、あの不可視の観察者の邪魔が入り、クァール猫はあと一歩と言うところで獲物を逃してきた。

だが、今回の狩りの邪魔はさせない。
次の狩りも、その次の次の狩りも。
そのために、気の遠くなるような時をかけて、罠を仕掛け、機会を待ち続けてきたのだ。
コンクリートの床に腹ばいになり、巻きひげ状の耳をぴんと立てる。
かつて、クァール猫を創造した太古の文明は、強靭な肉体以外にも精密なエネルギー操作能力を彼らの種族に授けていた。
その能力を使って、体の一部を電磁波に変えると、魔獣は、怨念を込めてそれを観察者の方へと送り返した。


■  ■  ■


星々のような光が煌めく、電脳空間の中。
宇宙にも似たその世界の中に、絹のような光沢の薄衣を羽織った金髪の少女が浮いている。
『デンジャーシミュレーター』のサポートAIである。
この少女の姿が、彼女本来のアバターなのだが、さきほどは小学生ののび太には刺激が強すぎると判断して幾何学模様の立体映像を使っていたのだ。

今、サポートAIの視線は、電脳空間に浮かぶ巨大なスクリーンに釘付けになっていた。
スクリーンには、彼女の一番新しい主人が、険しい顔つきをした男とにらみ合っている姿が映し出されている。
訓練の途中に武器を持った第三者が、乱入するだけでも十分な異常事態だ。
その侵入者が訓練生と戦闘状態に陥るなど、これはもう前代未聞の大事件であった。
おまけに、この主人は彼女の記録の中でも一、二を争う頼りない人物と来ている。

いそいで外部と連絡を取るために、通信用のタッチパネルを手元に呼び出した。
しかし、手を触れようとしたとたん、白く燐光を放つパネルにひびが入った。
黒い水のようなものが亀裂から染み出し、吸盤を備えた触手となって少女に襲いかかる。

【クラッキング攻撃! 何時の間に、私の中にウィルスが!?】

触手を引きちぎり、ワクチン・プログラムで分解する。
だが、千切っても、千切っても、新しい触手が空間から湧き出し、四方八方から襲いかかってくる。
やがて怒涛のウィルス攻撃に、免疫ソフトが間に合わなくなり、攻性防壁を兼ねた衣装が少しずつ黒い波に浸食され始めた。

【これは、クァール。こんな能力を隠していたなんて、今まで猫をかぶっていたということですか!】

じりじりとクラッキング攻撃に押されながら、サポートAIはスクリーンに向かって叫ぶ。

【マスター、緊急事態です! 私の機能が乗っ取られようとしています! いそいで、リストバンドをはずして、この場から退避してください! ……マスタ?】

突如、スクリーンの上を走る砂嵐。
映っていた少年の姿が消え、嘲笑う黒豹の顔が画面を埋め尽くす。
機械らしからぬ絶望が、サポートAIを襲った。
通信機能と音声機能を完全に制圧された。
もはや、外部と連絡をとる手段が……ないっ!

「マスタッ……逃げて……」

スクリーンが音を立てて、砕け散る。
雪崩打つ銀河の輝きとともに、黒豹の頭部が少女めがけて降下する。
とっさに、身を守るために、手を掲げた小さな体を巨大な顎が一呑みにする。
今や、電脳空間で唯一の存在となった黒い獣は高らかに勝利の雄たけびを上げた。

自由だっ!
もう、誰にも邪魔はさせない!
俺は、自由なんだ!!


■  ■  ■


地面に身を伏せていたクァール猫が、黄金の瞳を見開いた。
黒い体毛が逆立ち、雷光のような凄まじい力が全身から噴き出した。
痛覚のカットをはじめとする、無数のプロテクト。
訓練生を殺傷しないように獣を縛っていた不可視の鎖が、次々に音をたてて弾け飛ぶ。

そして、最後の呪縛が砕け散った瞬間……。
幻覚を現実に変える、『デンジャーシミュレーター』の力が、クァール猫のものとなった!

突然、巨体が跳ね上がり、前足が手近にある鉄骨の一つを一閃。
前足に隠されていた鋭い爪が鋼をバターのごとく抉り取り、深いわだちを残す。
言いようのない歓喜が、クァール猫の身体を貫いた。

ついに、手に入れた!
もはや、この体はこけ脅しの立体映像ではない。
叩き潰し、引き裂き、殺し、啜り、食らうための本物の肉体を手に入れたのだ!!

闇の中を黒い稲妻となって、獣は走る。
目の上のたんこぶだった監視者を片づけた今、彼と餌を遮るものは、もうどこにもいない。

現在、この構造物の中には、五匹の喰餌がいる。
縄張り争いをしているのか、睨み合っている手ごわそうな気配が二つ。
その気配を遠巻きに観察している、雑魚が三匹だ。

あらゆる狩りに通じる定石として、クァール猫はまず、雑魚の方に向かった。
近づくにつれ、餌たちの囀りが聞こえ始めた。

「おい、あいつ、さっきから何をしているんだ?」
「わっからねえ。ここからじゃあ、よく見えねーだよ」
「なあ、あいつは何かに気を取られているみたいだし、俺たちだけで襲ってみないか?」
「馬鹿言え。兄貴から、あの男は普通じゃねえ、ってさんざん言われただろうが。早く携帯で応援を呼べよ」
「へへへ、それもそうだな。今の内にこのビルを包囲して逃げられないようにしてやるぜ」

空気振動を連絡に使っているとは、なんと非効率的な生き物なのだ。
それに、ここまで接近しても、まったく気づく様子がないとは、なんと鈍い奴らなのだ。
こんな下等な連中は、食われて完全生物である自分の一部となった方が、幸せというもの。

音もなく、この雑魚どもを食い殺すのは容易いことであった。
しかし、手を下す寸前、もっと良い考えが魔獣の狡猾な頭脳の中に生まれた。
食われる前に、この前菜どもにはもう少しだけ仕事をしてもらうことにしよう。

肉球で足音を消しながら、そろりそろりと餌どもの背後に近付いていく。
何も知らない奴らの一匹が、外と連絡を取るために携帯式の通信機器を開いた。
その画面から漏れる光の輪の中に、わざと巨大な頭部を突っ込ませた。
闇から明るい場所に入ったせいで、金眼の瞳が針のように細く尖っていくのを感じた。

捕食者の存在に気づいた雑魚たちの顔は見ものだった。
その滑稽な表情に一時、耐えがたい飢えさえも忘れた。
鈍そうな雑魚は、自分が見たものを理解できなかった。
頭の回る雑魚は、自分が見たものを必死に否定しようとした。

餌たちの前で口を大きく開く。
湾刀のような牙の列、ざらざらした大きな舌、その奥に続く赤黒い闇。
貴様たちは、これからこの中に入るのだぞ、と言い聞かせるように見せてやった。

黒い獣は、一言も吠え声を発しなかった。
だが、餌たちは、在りもしない咆哮に打たれたかのように自分から吹っ飛んだ。
手から離れ、床に落ちた通信機器がくるくると遠くへ滑っていく。
恐怖と闇が、視界を黒く塗りつぶす。
そして、クァール猫の思惑通り……

三匹の雑魚たちは一斉に、懐の銃を抜き出した。


■  ■  ■


 ―――負けるもんか。

コーヤコーヤで、殺し屋ギラーミンと戦った前に、口にしたセリフを心の中で繰り返した。
自分が決闘に勝ったときの記憶を、何度も掘り起こす。
目の前に立つ、冷たい男の威圧感にあらがうために。

ゴルゴは、動かない。
その瞳は風のない湖面の如し、決闘を前にした動揺は、微塵も感じられない。
のび太の視界の中で、逞しい体が一回り大きくなったように見えた。

 ―――僕が、負けるもんか!

萎えそうになる勇気を振り絞る。
これまで、くぐり抜けてきた冒険の旅を必死に思い出す。
白亜紀へ行った、覆面の男たちと戦った。
宇宙へ行った、ギラーミンたちと戦った。
魔境へ行った、邪悪な大臣たちと戦った。
海底へ行った、ポセイドンたちと戦った。
魔界へ行った、魔王や悪魔たちと戦った。
宇宙へ行った、ドラコルルたちと……
今まで積み重ねてきた勝利の記憶を燃やして、心の力の糧とする。
まるで、夜の闇に怯える人間のように……。

ゴルゴは、動かない。
その手足は静かな火山の如し、金剛不動の姿勢の中に、途方もない力を感じさせる。
過去の栄光など、この男の前に何の意味もないような気になる。
のび太の視界の中で、ゴルゴの姿がさらに大きく膨らんでいく。

 ―――僕が、こんな奴に負けるもんか!!

ついに思い出の種も尽きた。
ゴルゴは、動かない。
しかし、その影は、すでに山脈のごとき大きさでのび太に圧し掛かっている。
その頂上で、氷のような眼が冴え冴えと冷たい光を放っていた。
巨大な暴風雨を前にした蟻のような気持ちになる。
なけなしのプライドや勇気が、今にも吹き飛ばされそうになる。

 ―――僕は……

勇気と言う圧力を失った一瞬、心に開いた隙間に冷たいものが流れ込んだ。
それは人間にとって最も原始的な感情……恐怖。

怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖いコワイコワイコワイコワイ!!!

一端、心の中に侵入した恐怖は、たちまちの内に水みたいに踝を洗い、腰にまとわりつく。
そこへ、さらにたたみ掛けるように残酷な現実がのし掛かってきた。
のび太は、この勝負が自分にとって不味い方向に傾いていることに気づいた。
さっきから、ずっと銃を構えている右腕に微かなしびれが生じたのだ。

子供でも扱える軽い未来の銃を使ってきたのび太は、片手で銃を撃つことに慣れてきた。
片手撃ちの不利をものともせず、たいていの敵は、一瞬で仕留めることができた。

だからこそ、今のように長い時間、銃を構える必要はなかった。
一度、意識した痺れはあっという間に肩まで広がり、すぐに無視のできないものになった。
トレーニングをしていない非力な子供の腕は、何分間も射撃姿勢を維持するようにできていない。

あと30秒も経てば手が痙攣をはじめ、構えを保つことができなくなる。
いや、すでに引き金を引くのにコンマ1秒か2秒の遅れが出ているはずだ。
それは、実戦において容易に生死を分ける時間の差であった。

将棋で言えば、すでに王手の一歩手前。
引き金に指をかけることすらなく、ただ抜き打ちの体制を堅持するだけで、ゴルゴはのび太を敗北の崖っぷちまで追い込んだ。
なまじ、際立った射撃の才であるため、のび太にはそのことがよくわかった。

怯えていたが、震えている暇はなかった。
汗が目の中に入ったが、拭っている余裕はなかった。
息苦しかったが、口をあけて空気を吸うことができない。
もし、口を開けたら、そこから恐怖がさらに体の奥へはいっていくような気がした。
悲鳴を上げられない代わりに、のび太は必死に頭の中で親しい者たちに助けを求めた。

(パパ! ママ! ジャイアン! スネ夫! しずちゃん! ドラえもん……たすけて、ドラえもん!! 誰か助けてよ!!!)

だが、浮き彫りになったのは、誰も助けに来ないという現実。
目の前には、敵しかいないという圧倒的な孤立感。

このまま、対峙があと10秒も続けば、のび太は自分から膝を屈していたかもしれない。
一発の銃弾も放たぬ内に、二人の勝負はゴルゴの勝利に終わっていたかもしれない。

しかし、のび太の心が完全に恐怖の黒い潮に呑みこまれようとした瞬間、


 ―――戦いの開始を告げる銃声が立て続けに鳴り響いた。


頭上の水道管にぶら下がっていた水の玉が、銃声の振動で落下する。
二人の目には、落ちていく水滴がスローモーションのように映っていた。
極限まで蓄えられた緊張感は、破裂した瞬間に、意識と感覚を果てしなく加速させていく。

凍っていた時が、ゆっくりと流れだした。
刻まれた闘争の記憶に従って、肉体が反射的に動き出す。
手に銃を取るは二人、最後に残る勝者は一人。


銃声と硝煙が支配する、『銃撃の刹那(バレットタイム)』が始まった!!



***


あとがきのやうなもの


ついに、魔獣はくびきから解き放たれた!
だが、のび太もゴルゴもそのことは知らず、お互いに銃口を向ける。
二人の勝負のゆくえはどうなるのか?
漁夫の利を狙う、クァール猫はいつ動き出すのか?


やあ、みなさま、誠京麻雀って好きですか?(謎)
この言葉の意味が解らなかったあなた。
あなたは善良な一般人です。きっと平和な一生を送るでしょう。
この言葉の意味がわかった、ってか一般常識だろ、というあなた。
あなたはもうかなり手遅れです。このふざけた世界、と書いて地獄へようこそ!

EX=GENEを先に、更新するつもりでしたが、
のび太VSゴルゴの方が、筆が進んで、何時の間にこっちを先に更新することになりました。
人生って何が起きるか、わかりませんね。
とまれ、次の更新は土曜日か日曜日になる予定です。

なお、これはチラシの裏的設定ですが、
『デンジャーシミュレーター』を開発したのは、
ヤマタノオロチで有名なモンスターボールやパラレル西遊記のヒーローマシーンと同じ会社です(w)
(だから、道具の名前が英語だった)

では、みなさま、また!



[7187] のび太 VS ゴルゴ13 ACT4
Name: かるめん ◆6f070b47 ID:53a6a4cf
Date: 2009/03/26 23:28
のび太の悪い予感は、的中した。

少年と男、二人の天才の射撃能力はほぼ互角。
抜き打ちでは、毎日トレーニングを欠かさないゴルゴの方がやや有利かもしれない。
だが、のび太がさきに銃を抜き、照準を終えている段階では、意味のないことだった。
出会ったその瞬間、勝利の女神はまだ、のび太にほほ笑んでいたのだ。

しかし、少年には、武器を持っていない人間を打つことへの躊躇いがあった。
百戦錬磨の経験から、それを読み取ったゴルゴは、隙を見せず相手を威嚇。
撃つに撃てぬのび太が、同じ体勢をとり続けることを強要した。
長い間、銃を構え続けたのび太の腕に疲労は蓄積され、筋肉は固くこわばる。

硬直した腕が、引き金を引く程度の自由を取り戻すのに必要だった時間、たったの0.2秒。
その隙とすら言えぬ、一瞬の間に―――

―――ゴルゴの腕が0.17秒の速さで銃のグリップに伸びた。


  のび太 VS ゴルゴ13 

    ACT4「雷管」


ゴルゴの指が力強く、愛銃S&W38口径リボルバーをつかむ。
しかし、この距離で普通に打っても、お互いの攻撃が同時に命中するだけだ。
プロの暗殺者の辞書に相打ちという言葉は存在せず、死は常に敗北でしかない。

右手で銃のグリップを握りながら、ゴルゴは左半身を大きく後ろへ退く。
体全体で銃を引き抜くと同時に、敵の射線から一瞬で姿を消した。
ゴルゴが使ったのは、古武道で言うところの奥儀『無拍子』。
一切の予備動作と淀みを伴わない動作は、常人の目には瞬間移動したようにしか見えない。

ゴルゴを語る時、多くの者は、成功率99.27%の射撃能力に目を向けがちだ。
しかし、絶対絶命の窮地を前にした時、もっとも頼りになるのは銃の攻撃力ではない。
プロの傭兵にも、オリンピックの金メダリストにも、遺伝子改良で生まれた超人兵士にすら致命傷を許さぬ、成功率100%の超回避能力こそゴルゴの切り札なのだ!

だが今、ゴルゴは完璧にかわし切ったはずの銃口が、自分の行く手に再び現れるのを見た。
体を思いっきり下に向けて傾け、倒れかかったと思った瞬間、思いっきり大地を蹴った。
跳躍しながら、全身の筋肉を使って、空中で身をよじり、右方向へ回転する。
超人的な体力、体操選手を超えた技、それに重力の加速まで加えた回避技術の極致。
ゴルゴと同格と言われた傭兵スパルタカスや工作員「AX-3」ですら、この技の前に一発の命中弾を放つこともできなかった。

そして、のび太はゴルゴの過去のライバルたちを、一瞬で抜き去った。
ショックガンの銃口が、磁力を備えたようにゴルゴの方へと吸い寄せられてゆく。
先ほどまで硬直していた筋肉からは、想像もできぬ速さ。
プロの常識からかけ離れたむちゃくちゃな動きだった。
のび太は、回避や防御をかなぐり捨てて、ただひたすら標的に照準を合わせようとしていた。
少年の目を覗きこんだ瞬間、ゴルゴは戦慄が背を貫くのを感じた。


 ―――まさか、この子供は……



■   ■   ■



ゴルゴと対峙していた時、のび太の精神は度重なるストレスで、すでに限界に達していた。
そして、ゴルゴの手が銃のグリップを握ると同時に、のび太の精神は遂に限界を超えた。
少年の脳の中で、何かが音を立てて、弾け飛び、
その瞬間―――


 ―――のび太は、眠った。


野比のび太は、0.92秒で眠りにつく特技がある。
これは、のび太の両親や友人ならば、誰でも知っていることだ。
しかし、その能力が持つ本当の意味を、理解している者は誰もいなかった。

人間が一つの作業に使える脳の容量は、30%が限界だと言われている。
残り70%の潜在能力に至る道は、脳内に満ちる膨大な雑音に塞がれている。
十全な脳力を得るためには、超人的な精神力で煩悩雑念を圧殺するしかなく、そのためには、命をかけた荒行が不可欠だとされてきた。

しかし、ここに一千万、あるいは一億人に一人の例外が存在する。
のび太は、自分の意思で、自由に睡眠をコントロールすることができる。
それはつまり、不要な脳の機能をシャットダウンし、余った容量を自在に使いこなせるということ。

有史以来、武術や禅の究極の目標の一つと言われてきた概念、『無念無想』。
数え切れない聖職者や武芸者たちが求めてきたその境地に、のび太は持って生まれた才能だけで到達していた。

かつて、ギラーミンと戦った時、少年は一度だけ0.92秒の壁を超えたことがある。
そして今、ギラーミン以上の大敵を目に前にして、のび太は再び、自分が作った記録を破ろうとしていた。

集中の妨げになる痛覚を眠らせる。
死にたくないという恐怖を眠らせる。
生き残りたいという執着を眠らせる。
喜怒哀楽、すべての感情を無に還して、愛する人々の顔も意識の底へ沈め、
息をするよりも、心臓を脈打つよりも、生存することよりも、ただただ銃を構え、照準を絞り、引き金を引いて、射撃を命中させるための部品と化す!



■   ■   ■



のび太の目を見た瞬間、ゴルゴの理性と本能、経験の三つが同じ結論を出した。


 ―――この射撃は、絶対に避けられない!


今の少年は人間というよりも、銃を撃つための精密機械に近い存在。
たとえ、脳幹を瞬時に撃ち抜いたとしても、脊髄反射で命中弾を放ってくる。

繰り返し言おう。
プロの暗殺者の辞書に相打ちという言葉は存在せず、死は常に敗北でしかない。
頭を撃ち抜いても、相手の狙撃が防げないとわかると、ゴルゴはすぐさま標的を変えた。

スローモーションのように引き伸ばされた時間の中、右手の銃口が角度を変えていく。
そして、鏡で映したように、のび太の銃もまた同じ標的を選んでいた。

ゴルゴは、少年の射撃を妨げるために右手を狙った。
のび太は、相手を殺さないために最初から男の右手を狙っていた。
ゴルゴが引き金を引き、百分の一秒ほど遅れてのび太も引き金を引く。

同じ標的を狙い、同じ射線で、ほぼ同タイミングに放たれた矢たち。
その勝負の趨勢を決したのは、技量ではなく、二人が持っていた武器であった。

ゴルゴの武器、S&W38口径リボルバー、弾丸の速度、秒速291m。
のび太の武器、ショックガン、そのショックパルスの速度……秒速299,792,458m。
ゴルゴの弾が銃口から飛び出した瞬間、約103万倍の速度で飛来した光線が38ACP弾を直撃!

砕け散った鉛玉の半分は、のび太の服と皮膚の一部を引き裂いて鉄骨の間の闇に消えた。
一方、ショックガンの光線はやや威力を減退させながらも直進。


ゴルゴ13の姿がショックガンの青い光に包みこまれた!!



***


あとがきのやうなもの


というわけで、第一回から言っていた『ウルトラC設定』。
悲しみを知る漢(のび太)の無想てん……。
じゃなかった、『無念無想』。

要するにギラーミンとの一騎討ちで気絶したこと、
モルグシティで無意識の内に、ならず者たちを打ち倒したこと、
それにのび太の特技、高速昼寝をこじつけた超設定です。

気に入らない方もいると思いますが、
小学生が世界的な暗殺者と互角に戦うためには、
このぐらいの強引な設定が必要だったと思って勘弁してください。

ところで、今回は、のび太の能力に説得力を持たせるために説明的表現を多用しました。
それが、読者の皆さまにとって読みづらくなかったか、心配でたまりません。
もしよかったら、今回の文章が読みづらくなかったどうか、皆様のご感想を教えてください。
どうぞ、よろしくお願いいたします。



[7187] のび太 VS ゴルゴ13 ACT5
Name: かるめん ◆6f070b47 ID:53a6a4cf
Date: 2009/03/26 23:24

(月刊GunSmith 誌20XX年4号より抜粋)
 
『GunSmith誌記者』
みなさま、今日は。私は現在、銃メーカー「サンダース&マクドナルド社(以下S&M社と記載)」の新製品の取材に来ております。
かの高名な護り屋ピースメーカーを特別顧問に迎えて、開発されたという今回の新製品。
「ショックガン」と名前はシンプルながらも、その性能は実にエキサイティング的なものでした。
カラーページで、すでに御覧になったと思いますが、最新のボディーアーマーに身を固めた元海兵隊の私がショックガンの一撃でいとも簡単に気を失いました。
ここで、S&M社のモーリス開発部長に、ショックガンの長所について簡潔に説明していただきましょう。
 
『モーリス開発部長』
ショックガンの威力については、記者さんが今、ご自分の体験を交えて語ってくれたので、私はそれ以外の長所を三つにまとめてお話しましょう。
一つめは命中性、ショックガンは従来の銃器と違って光線を発射します。光は鉛玉のように放物線を描いて落下することはなく、直進します。
もちろん、撃ったときの反動で手がぶれることもありません。
二つめは軽さ、ショックガンは強化プラスチックの部品を数多く使い、重量は従来の拳銃の半分以下。
女子供でも簡単扱うことができて、長時間射撃姿勢をとっても腕が疲れることがありません。
三つめは装弾数、ショックガンは弾倉の代わりに充電式のエネルギーカートリッジを使っております。
射撃回数は拳銃の比ではなく、電気のあるところならどこでも充電をすることができます。
 
『GunSmith誌記者』
聞けば聞くほど、革命的な性能ですね。
唯一の欠点は、人を殺せないことぐらいでしょうか?
 
『モーリス開発部長』
リミッターを外せば、殺傷力の問題も解決しますが……。
ピースメーカーも、私たちも人を殺さないことが、短所だとは思いません。
テロリストたちが、女性や子供を構成員として、利用することはよく知られています。
彼女らに対して銃を向けることの心理的な抵抗が、より大きな悲劇が起こすことは珍しくありません。
標的を傷つけないショックガンは、優しい兵士たちから引き金を引く躊躇を取り去るでしょう。
それにストッピングパワーに限って言えば、ショックガンは従来の銃器に劣るどころか、大きく凌いでいますよ。
近年、人工義肢や遺伝治療の発達による犯罪の凶悪化が社会問題になっております。
しかし、ショックガンは標的の神経をかき乱し、体格に関係なく無力化します。
野獣並みの生命力を誇る獣化兵や建築用の重サイボーグといえども、この銃の前には沈黙あるのみ!
もちろん、貴方が体験したとおり……

生身の人間がいくら体を鍛えたところで、ショックガンの一撃に耐えきれるものではありません。
 
 
 
  のび太 VS ゴルゴ13
 
    ACT5「銃口」
 
 
 
ショックガンの青い光が指先に触れた瞬間、衝撃が猛毒のようにゴルゴの全身を駆け巡った。
肉体は硬直、神経は迷走、精神は真っ暗な闇へと転がり落ちていく。
しかし、弾丸にぶつかって光線の威力が半減していたことが、ゴルゴに瞬き三回ほどものを考える時間を与えた。
 
一人の女の顔が、光の速さで脳裏をよぎる。
その名は、エフゲーニャ・アンドレーエヴァ、通称アンナ。
まだ世界が冷たい戦争をしていた時代、KGBのエスパー研究所に所属していた超能力工作員。
彼女の能力に対抗するために身につけた技から、ゴルゴはこの窮地を脱するアイディアを得た。
 
あたかも激流にもまれる一枚の木の葉のごとく。
ゴルゴは目をつむり、押し寄せる青い怒涛に身を任せる。
心はヨガの達人のみが達しうる精神の秘境に滑り落ち、身体は重力に引かれるまま、床へと沈んでいった。
 
落ちる。ゴルゴの体が落ちていく。
倒れる。ゴルゴの体が倒れていく。
あと数ミリで地面に口づけしそうになったところで、二人の戦いが始まった時に天井からこぼれおちた水滴が床で弾けた。
 
 ……ぴちゃん。
 
突然、ゴルゴが目を見開いた!
テレパスで殺気を察知し、狙撃を妨害する超能力者に対して、ゴルゴが取った対策は、ヨガの瞑想で意識を消し去り、後催眠で瞬時に肉体を活性化させて放つ刹那の一撃!
彼の体に起きているのは、まさに当時の再現。
今、眠れる神経に覚醒の稲妻が吹き荒れる!
 
指は動くか?
指が動いた!
腕は動くか?
腕が動いた!
体は動くか?
体も動いた!
 
ショックガンを開発した技術者たちですら、想像もできなかっただろう。
あたかも誤作動を起こした電脳を再起動させるように、ゴルゴは肉体では抵抗のできないショックガンの効果を精神の力でねじ伏せたのだ!
 
目の前に迫る床を掌で叩き、その反動で体を横へ転がせる。
急速に回転する視界の中で、こちらに背を向けている敵の姿が見えた。
間違いようもない絶好のチャンス!
 
しかし、その勝機をつかみ取ろうとする腕はあまりに重く、鈍い。
ショックガンの力は、まだ鉛のようにゴルゴの手足にまとわりついていた。
それなのに、残された時間はあまりに少ない。
のび太は、すでにゆっくりと振り向き始めていた。
ゴルゴは、まだ霞む視界で狙いを定め、言うことをきかない指で引金を引き……
 
再び、赤いマズルファイアと青いショックパルスが闇を切り裂く。
銃声は長々と尾を引いて、建物の影に逃げ去り、あとには押し殺したような静寂だけが残った。
そして、薄暗い通路の中にただ一人立っていたのは―――
 

 
 ―――野比のび太!
 

 
しかし、少年の細い体はゆっくりと傾き、地に倒れた。
遅れて、銃弾によって弾き飛ばされたショックガンが、乾いた音を立てて床の上に落ちる。
陰々と反響する音を聞きながら、今度こそ、真の勝者が―――
 

 
 ―――ゴルゴ13が立ち上がった!
 

 
床から起き上がるなり、ゴルゴは疲れた体に鞭打って、敗者の方へ駆け寄った。
ショックガンを靴の底で踏みしめ、リボルバーの銃口を倒れた少年の頭に押しつける。
のび太は、鼻先まで迫った生命の危機に対してなんのリアクションも返さなかった。
コーヤコーヤの決闘の時より深く無の境地に潜った反動で、少年の精神は底知れない潜在意識の海に沈んだまま、まだ浮上できずにいた。
 
目の前の強敵が完全に無力化したことを確信すると、ゴルゴはようやく最初に銃声が響いてきた方向に視線を向けた。
そこには、今回の戦いで彼の勝利をになった一因が転がっていた。
 
(……俺を守った? いや、こいつらの殺気に反応しただけか……)
 
そろって間抜けな顔を晒していたのは、ゴルゴを追いかけてきたやくざ者たちだった。
全員、銃を手に握りながら、交通事故にあったヒキガエルみたいな恰好で気絶していた。
『無念無想』によって精密機械となったのび太は、男たちが銃を手に通路の中に躍り込んだ瞬間、引き金にかけた指を1ミリ動かす余裕も与えずに彼らを打ち倒した。
しかし、そのせいで殺気を消していたゴルゴの反撃に気づくのが、一瞬遅れてしまったのだ。
 
生来の能力によって睡眠を操ったのび太、工夫と修行によって睡眠と覚醒の両方を支配したゴルゴ。
今回の勝敗を分けたのは、決して運ばかりではない。
生まれてから培ってきた二人のすべてが、今日の勝者と敗者を定めることになったのだ。
 
一人一人、ゴルゴは慎重に倒れた男たちの様子を伺う。
こいつらは、自分に不意打ちをかけようとしていたのか?
ならば何故、弾の当たらないところで銃を発砲したのか?
三人の顔に刻まれた身の毛もよだつような恐怖の意味は?
 
疑問はたくさんあったが、人目に付かないところまで運んで尋問している余裕はなかった。
ゴルゴは、倒れている男たちに銃口を向けると、一発目で一人を、二発目でもう一人を、三発目で全員の命をコンクリートの上にぶちまけた。
 
迅速に用を済ませると、足を上げ、おもちゃのような奇妙な武器を手に取った。
こちらは始末した男たちとは、また別の意味でミステリアスな存在だった。
古典的な和弓から最新の失明用レーザーガンまで、ゴルゴはあらゆる飛び道具を分解し、組み立てた経験がある。
その彼でさえ、目の前にある銃のようなものを見たことはなかった。
 
着弾の時にできた亀裂から中身を覗く。
どうやら実弾ではなく、一種の光線を打ち出す道具らしいことがわかった。
銃把にメーカー名と思しきものが刻印されていた。
『ザンダーズ&マクドナルド・PMスペシャル』、聞いたこともない名前だ。
メーカー名の下には、製造年月日を表すロットナンバーがあったが……
 
(……これは、いったい何の冗談だ?)
 
この場で手に負えない謎は、脇に置いて、ゴルゴは視線を床に倒れている少年に向ける。
寝顔だけを見れば、のび太は歳相応の痩せた子供にしか見えなかった。
その細い首などは、二本の指もあれば簡単にへし折れそうに思えた。
しかし、ゴルゴはこの少年が、自分をあと一歩と言うところまで追い詰めたことを忘れてはいなかった。
 
まさに、恐るべき才能であった。
この若さにして、少年の射撃技術は、すでに神域に達している。
これほど銃を巧みに扱う者は、ゴルゴを入れても、全世界に五人もいるかどうか……。
 
今日、ゴルゴが勝ったのは生きてきた時間とくぐり抜けてきた修羅場の差があったおかげ。
だが、もしこの勝負が20年後に起きたとしたら、結果はどうなっていただろうか?
年月は若者を成長させるが、老いたものの背中に重荷となってのしかかる。
 
今、足元で寝息を立てている少年は、決して見た目通りの小さな子供ではない。
それは、いつ爆発するか分からないのに、時と共に破壊力を増していく時限爆弾。
臆病ものを自認するプロならば、必ずこの場で摘んでおかねばならぬ禍の芽であった。
 
にもかかわらず、ゴルゴはやくざ者たちと同じようにのび太を始末することを躊躇していた。
かつて、ゴルゴをもっともよく知るある男が、彼の人間像について聞かれた時、こう答えたことがある。
 
「彼が仕事をして、つまり人を殺して、パッと振り返って歩こうとした時に、足元に蟻が一匹いたとする、彼は殺さんように、慌てて跨ぐかもしれない。
 なぜかというと、彼にとって殺人は目的を持ってやっていることなわけで、もう一方の蟻を殺すことに関しては目的がないわけです」
 
ゴルゴ13は決して、世間で思われているような冷酷無情なだけの殺人鬼ではない。
むしろ、蟻一匹の命を奪うことにも、目的や理由を求めずにはいられない男なのだ。
無意識の底までしみ込んだその信念が、今少年の頭を撃つ抜くことを阻んでいた。
 
少年が偶然、この場に居合わせた無関係な第三者であることは、もう間違いない。
この場所を選んだのはゴルゴだから、待ち伏せのはずはない。
やくざ者たちと無関係であることは、少年が自分で証明したばかりだ。
 
もし、殺人の現場を目撃されたのなら、何が何でも始末しなければならないところであった。
だが、運よく少年は気絶していたので何も見ていない。
こんこんと眠り続けるのび太は、少なくとも今はゴルゴにとってまったく無害な存在だった。
はたして将来の脅威などというあやふやなもののために、この子供の命を奪っていいものか。
 
未来の危機を取るか。
現在の信念を取るか。
二つの選択肢の間で揺れるゴルゴの思案は、長続きしなかった。
 
ぴちゃり、と湿った音がした。
ぴちゃり、ぴちゃり、と動物が水を飲むような音がした。
 
振り返ったゴルゴが、かすかに顔をしかめた。
ネコ科の猛獣に似た巨大な獣が、床にたまった男たちの血を桃色の舌で舐めとっていた。
細く尖った金色の瞳がじっと、ゴルゴと少年の方を見据えている。
 
これで、わかった。
ホテルの中に入った時に感じた獣臭の正体も、男たちの顔に刻まれた恐怖の意味も。
あの時、響いた銃声は、この獣に向けられたものに違いない。

残る問題は、こいつが何者かということだ。
獣の外見は、大きな黒豹にそっくりだった。
ただし、体格は豹というよりも虎に近く、尾を入れた体長は3m、体重は300kgを下るまい。
頭と肩には地球上のどんな動物にも見られない巻き毛のような器官と長い触手がついていた。
 
そして、その行動だが、これは肉食獣としてみるなら不合理極まりないものだった。
獣が新鮮な肉を好む捕食者なら、わざわざ音を立てて、不意打ちの機会を台無しにする理由がない。
もし、腐肉食型の動物なら、男たちの亡骸を人気のない場所まで運んだ後で、ゆっくり味わえばよかったはずだ。

結論、こいつには人の心理を推し量る知性があり、獲物に恐怖を与えて喜ぶサディスティックな性質を持っている。
 
ゴルゴの推測を証明するかのように、獣は顔をあげ、ゆっくりと距離を詰めてゆく。
嗤いを含んだ金色の目を細めながら、語りかけるように喉を鳴らす。
猿よ。小さな猿よ。
その疲れ切った体で何をするつもりだ?
 
ゴルゴは倒れた少年から離れ、よろけながら近くにある壁に体重を預ける。
顔には隠しきれぬ消耗、額にはびっしり浮いた脂汗、肩は呼吸をするたびに大きく上下していた。
 
獣は舌で口を舐め、喉を鳴らす。
猿よ。小さな猿よ。
お前のちんけな武器には、あと何発弾が残っている?
 
持っていたショックガンを床に落とし、開いた左手で、右手の銃身を支える。
S&W38口径リボルバーの装弾数は六発。
のび太とのクィックドロウ勝負で二発の弾を使った。
男たちを始末をするためにさらに三発撃った。
今、ゴルゴの銃に残っている弾の数は……
 
獣の力強い四肢が大地を蹴る。
焦らすような足取りは、抑えきれぬ早足に変わり、ついに飢えを隠そうとしない疾走に加速する。
 
黒い破壊者が、牙をむく。
最強の暗殺者が、銃を構える。
鉄骨とコンクリートの建築物の中で、獣の咆哮と銃声が同時に轟いた!


あとがきのやうなもの



まずは、皆さまごめんなさい(土下座)
作者の怠慢により、いつも土日に二話更新していたのを、今回は一話しか更新できませんでした。

それから、SFファンじゃない人には、クァール猫のことをあまり知らない方もいると思うので、今回はクァール猫の簡単な設定を載せておきます。

【クァール猫(あるいは単にクァール、またはケアル)】

惑星クァール(仮名)に生息する巨大な黒豹のような生き物。
性格は残忍、知能は狡猾、でもちょっとぬけているので凡ミスを連発したりする。
いろんな意味でねこねこした宇宙ナマモノである。
その能力は、まさに超生物と呼ぶのに、ふさわしいもので……

酸素はいりません。塩素も要りません。ぶっちゃけ、真空でもおっけーです。
エネルギーを吸収する力場を張れます。力場で吸収した力をビームで撃ち返せます。
電子ビームで機械を遠隔操作できます。いろんな道具を組み立てられます。
始めてみた異星人(地球人)の宇宙船の運転、余裕っす!
寿命がありません。むっちゃ頑丈です。人間をミンチにできるぐらい力も強いです。
殺したければ、原子破壊銃か宇宙船の主砲をもって来い!!

なに、このエイリアンとプレデターを足して、二で割らないクリーチャー……。
まあ、この超生物相手に、銃弾一発で立ち向かわせないと危機感が出せないゴルゴもいいかげん化け物ですけどね(w)





[7187] のび太 VS ゴルゴ13 ACT6
Name: かるめん ◆6f070b47 ID:53a6a4cf
Date: 2009/03/30 01:22
瞼を開けた時、少年が最初に目にしたものは鉄骨が絡み合った見慣れない天井。
そして、

「のび太くん、気がついたのかい!」

見慣れた大きくて、青くて、丸い頭だった。
ぼろぼろと涙をこぼす友人の顔を見るうちに、ぼやけた思考が徐々に焦点を結び始める。
そういえば、さっきまでたいへんなことが起きていたような気が……。
次の瞬間、建築中のホテルに入ってから起きた出来事が、特急列車のように脳裏を駆け抜けた。
突然、蘇った恐ろしい記憶に、体が電気を流されたみたいに跳ね起きる!

「う、うわあ、ドラえもん、どうしてここに! あ、あの男の人はどこへ行ったの!?」

のび太の顔を覗き込んでいたドラえもんは、頭をぶつけられそうになって、慌てて後に下がった。
少年が混乱している以外、特に異常がないことがわかると、安堵の代わりに怒りが頭をもたげてきた。

「そりゃ、こっちのセリフだよ、のび太くん! また説明の途中で道具を持ちだして! やっとの思いで見つけたと思ったら、血まみれで倒れているんだもん! びっくりして心臓が止まるかと思ったよ。教えてよ。ここでいったい何があったのさ?」

ドラえもんの言葉にのび太は、顔をしかめて唇をかんだ。
もともと少年は、人に説明をするのが得意な方ではない。
その上に、このホテルの中で起きたことは複雑すぎてどこから話せばいいのか見当もつかなかった。

とりあえず、掌で自分の身体を触って、調べてみた。
信じられないことに、目立つような傷はほとんどなかった。
さらに信じられないことに、自分はまだ死んでいないようであった。

肩と手の傷が治りかけている理由は、ドラえもんの脇に置いてある『お医者さんカバン』を見た時にわかった。
しかし、あのギラーミンみたいな目をした男、あいつは自分に銃を向けた相手を見逃すようなタイプには見えなかったのに、何故……。

『ここで何が起きたのかは、私がご説明いたします』

不意に澄んだ声が、ドラえもんとのび太の間にわだかまっていた沈黙に割り込んできた。
驚いた二人が声がした方向、のび太の手首の方に目を向けると、

「き、君は、サポートAIなの?」
『はい、余力がないため、不本意ですが、こちらのアバターでお話をさせていただきます』

リストバンド型の道具の上に浮かんだ、少女の立体画像がぺこりとのび太に頭を下げた。



  のび太 VS ゴルゴ13 

    ACT6「着弾」


「サポートAI、君がついていながら、どうしてのび太くんに怪我をさせたんだ! なんで僕に連絡をしてくれなかったのさ!」

顔を真っ赤にして激こうするドラえもんに、サポートAIは申し訳なさそうに顔を伏せた。

『申し訳ありません。訓練生に負傷をさせたのは、私の責任です。でも、私はあなたへの連絡を怠っていたわけではありません。こちらが送った通信はすべて妨害されたのです』
「通信の妨害? そんなバカな。この時代に僕たちの通信をジャミングできるような装置なんかないはずだぞ」
『外部からジャミングを受けたわけではありません。連絡を妨害したのは……私がシミュレーションのために再生したクァール猫なのです』
「クァール猫って、僕が狩りの獲物に選んだあの黒豹みたいな生きもののこと?」

黙って、ドラえもんとサポートAIのやり取りを聞いていたのび太が、横から声を上げた。
ドラえもんは困惑した顔で何度かパチパチ瞬きした後に、

「シミュレーション用のデータが君の邪魔をしたというのかい。そんな話、聞いたこともないぞ……」
『クァール猫は、ただのデータ以上の存在でした。もともと生身でもネットにダイブインする力を持っていたあの獣は、データー化されると同時に一種の電子生命体になっていたようです。詳しい経緯は、現在分析中ですが……クァール猫はまず、再生されるたびに、私の中にウィルスを流し込み、惑星の地軸の傾きや大気密度のような重要度の低いデーターの中に自分の記憶領域を作ると同時に情報ネットを形成していたようです。それから、そのネットを使って集めた情報をもとに、ワクチンウィルスを無効化する攻撃用のワームウィルスを作成。今回の再生をきっかけに、冬眠させていたワームを一斉に活性化して私の機能を奪い取り、基底現実に自分をダウンロードさせたのです」

のび太はサポートAIが口にする専門用語を一つとして理解できなかったが、ドラえもんは彼女の話を聞くうちにもとから青かった顔色がますます青ざめていった。

「あ、あの『黒い破壊者』が、今野放しの状態で実体化してる、というのかい! それって最大級のサイバーハザードじゃないか!!」

歯の根も合わぬほどぶるぶると震え始める。
今にも建物の影から黒い魔獣が飛び出すのではないかと周囲に視線をさまよわせる。
ポケットの中に手を突っ込み、慌てて武器を取り出そうとするが……。
例によって例の如く、出てくるのはラーメンのドンブリ、空っぽの缶詰、穴のあいた長くつなど、役に立たない代物ばかり。
電子頭脳がショートしそうな焦りに、ドラえもんが泣きそうな声で叫んだ。

「ヤマタノオロチや牛魔王の時とまったく同じじゃないか! これだから、モンスターボールやヒーローマシーンを開発した会社の製品は信用ができないんだ!」
『クレームは、製品(プログラム)じゃなくて開発者(プログラマー)にどうぞ。後、その会社の製品を三回も、しかも中古品で買ったのはご自分だってこともお忘れずに。……ところで、クァール猫の襲撃に備える必要なら、もうありませんよ』

ネズミに遭遇したようなドラえもんの有様に、慌ててどこかに落としたショックガンを探していたのび太が手を止めた。

「え、それってどういうことなの?」
「順を追って説明いたしましょう。クァール猫が私の機能を奪って実体化したころ、マスターは銃を所持した不審者に遭遇しました。硬直状態で睨み合っていたお二人を見つけたクァール猫は、漁夫の利を狙って、貴方がたを戦わせようとしました。そして狙い通り、打ち合いでマスターが気絶し、不審者がショックガンでひどいダメージを負った後に、クァール猫は姿を現したのですが……」



■   ■   ■



―――劫、と音を立てて風が鳴いた。

鋭い爪で床をえぐりながら、黒い四肢が大地を蹴る。
右から左へと跳び、左からまた右に、と見せかけて爪でブレーキをかけた後に天井へと跳びあがる。
黒いシルエットが残像を残しながら、縦横無尽に通路を駆け回る様は、さながら古の忍者が分身の術を使っているかのようだ。

獅子は一匹のウサギを狩るのにも全力を惜しまないという。
しかし、クァールが凄まじい機動力で距離を詰めているのは、むしろその逆。
弱り切っている獲物に、実力差を見せつけ、その絶望を煽ろうとする嗜虐性によるものであった。

だが、ゴルゴは魔獣の凄まじい身体能力を目にしても、少しも表情を変えない。
疲労感に歯を食いしばりながらも、指は跳ねまわるクァールにぴたりと照準を定めていた。

クァールが不愉快そうに鼻面にしわを寄せた。
なぜ、こいつは俺を恐れない。
なぜ、こいつは泣き叫ばない。
なぜ、こいつは他の三人みたいに体中の穴から体液を垂れ流しながら、無様に這いまわらないのだ!

特に気にくわないのが、男の目つきであった。
あの目、鋼のように堅く、冷たく眼差しは何か切り札を隠し持ったものか、恐れを知らない愚者だけが持ち得るものだ。

クァール猫が苦手とするものは、自分のエネルギー干渉能力が通用しない原子破壊銃。
そして、敏感な感覚器官を麻痺させ、『電波酔い』を起こす大量の電磁波だ。
そのどちらも、あの男は備えているようには見えないが、ここは念のために……。

普通の動物で言えば、耳がある所に生えた巻き毛状の器官から青い火花が飛ぶ。
クァール猫を取り巻く空気の分子が振動し、目に見えぬ力場が黒い巨体を取り囲んだ。
エネルギー干渉能力によって生み出されたこの防御障壁は、ほぼあらゆる攻撃を無効化する。
突き破るためには最低でも原子破壊銃か、宇宙船の主砲並みのエネルギーが必要。
無論、鉛の塊を火薬で飛ばすような原始的な武器などは物数にも入らない。

男がついに手に持った小さな武器の引き金を引いた。
クァール猫は、これから襲ってくるであろう一撃に対して身構えた。
しかし、何も起こらなかった。
拳銃の撃鉄が雷管を叩いても、爆音が轟くことはなく、銃口が火を噴くこともなかった。
ただ金属と金属がぶつかり合う音がむなしく通路の中にこだました。

突然、爆笑したいような衝動が腹の奥から込み上げてきた。
そして、黒い魔獣は腹の中にたまった感情を咆哮として吐き出した。
自分の武器の弾も数えられないか、この猿は!!
こんな奴を警戒して力場まで使った自分が、可笑しくて腹ただしかった。

もう、これでわかった。
こいつは怖がることもできない、ただの馬鹿だ!
愚か者から恐怖を得ることはできないが、代わりに温かな血潮とカリウムで埋め合わせをしてもらおう。

気がつけば、獲物はもう目の前、後ちょっとで爪と牙が届く距離にいる。
これ以上近づけば、力場がこの貧弱な生き物を弾き飛ばしてしまうだろう。
獲物を存分に引き裂くために、クァール猫は周りに張り巡らした防御壁を解除し―――


ズキュウ――――ンッ!!!


次の瞬間、轟音とともに右の視界がいきなり消滅した。



■   ■   ■



ゴルゴ13は、今までクァール猫のような生き物を見たことはなかった。
もちろん、この黒豹のような生き物にバリアーを張る能力があることも知らなかった。
だから、ゴルゴはクァール猫の目を、その瞳の中に浮かぶ見慣れた知性の光を読み取ろうとした。

死を覚悟した生きものは、その目に何とも言えぬ色合いを帯びるという。
黒い獣の目にはそのような色合いは毛ほども浮かんでいなかった。
金色の瞳の中にあったのは、絶対的な優位に立つ者だけが持ち得る驕りと侮蔑だけ。
そして、肌に伝わるかすか空気の振動から、ゴルゴは異変を察知した。
何か目に見えない壁のようなものが、自分と獣を隔てている!

しかし、どんなに頑丈な防壁を張り巡らせようが、獣の目的が自分の血肉である限り、食らいつくその瞬間は必ず壁を解除するはずだ。
怖いのは人間を遥かに超えた野獣の反射神経と機動力、たった一発しかない弾を当たる寸前に避けられては何にもならない。
この二つを封じるために、ゴルゴは一つ罠を仕掛けることした。

両手で銃を構えるふりをして、回転弾倉を一発だけ指で巻き戻した。
案の定、拳銃の弾が切れたと思いこんだ獣は、警戒心を失ってまっすぐこちらに突っ込んできた。
そして、肌を震わせるあの奇妙な波動が消えた瞬間、ゴルゴは見事に敵の右目を撃ち抜いたのだ!

銃弾が意識を断ち切った後も、クァール猫の体は慣性の法則に従って空中を突き進んだ。
重力の力を借りてしゃがみこみ、時速60キロで飛んでくる黒い巨体から辛うじて身をかわした。
剛腕が頭をかすめ、髪が千切られ、皮膚が引き裂かれて、血を渋く。

ゴルゴとすれ違ったクァール猫の体は、着地もできずに床に激突した。
ぶつかった反動で宙に浮き上がり、コンクリートの欠片をまき散らしながら、転がっていく。
ようやく回転が止まった時には、地面には長さ6メートルに達する血と破壊の痕跡が残されていた。

背後で起こっている破壊の音を聞きながら、ゴルゴは床に膝をついた。
酷使し続けた全身の細胞が、速やかな休息を要求している。
だが、本能よりも深く染みついたプロの常識は、敵の死を確認せずに休むことを許さなかった。
振り返って、獣の死体を視界におさめようとしたその時、


がりっと、爪がコンクリートを噛む悪夢のような音が響いた。


目と鼻の先で、死んだはずのクァール猫が緩慢に起き上がろうとしていた。
右目のあったところにぼっかりと開いた穴から、血まみれの脳がぼとぼと零れおちている。
ゴルゴにとって誤算だったのは、完全生物であるクァール猫の頑健さであった。
リボルバーの弾は魔獣の瞳を撃ち抜いたが、一撃で命を奪うほどの深処にまでは到達できなかった。
そして、クァール猫の常軌を逸した執念と生命力は、脳の半分を失っても、死を寄せつけなかった。

ぴくりとも動かぬ下半身を、前足と両肩に生えた触手で強引に前へ引きずっていく。
たった一つだけ残った金色の瞳から、吐き気を催すほどの強烈な怨念が噴き出していた。
もはや、血肉など一欠けらも要らぬ!
すべてに代えても、お前を地獄へ連れて行く!

普通の人間なら恐怖で発狂しそうな光景を前に、ゴルゴは冷静に拳銃の弾込めを始めた。
だが、リボルバーの装弾はオートマチックの銃に比べてかなり面倒くさい。
新しい弾を入れるためには、左側面についているラッチを操作して、回転弾倉のロックを解除しなければならない。
その後、銃を上に向けて回転弾倉から使用済みの空薬きょうを振り落とし、新しい弾丸を弾倉の中に詰めなおす。
シリンダーをもう一度、もとの位置に戻してようやくリボルバーの弾込めは完了する。

六発の弾丸を一度に装填できる「スピードローダー」を使っても、かなり時間のかかるこの作業をゴルゴは一瞬でこなした。
だが、予備弾の装填が終わった瞬間、クァール猫の触手がリボルバーの銃身に巻き付いた。

間一髪、手を離す!
ゴルゴの指が離れた直後に、リボルバーが獣の触手の中で永遠に使えない鉄クズと化した。
利き手を守ることが出来たが、手に持っていたたった一つの武器を失ってしまった。

バネのように力を溜めたクァール猫が、無手となったゴルゴに躍りかかる。
後ろに退けば触手に巻きつかれる。
左右に逃げれば前足の爪に切り裂かれる。
上に跳べば、鋭い歯が並んだ大顎が待ち構えていた。

八つの方向の内、七つまでふさがれたゴルゴは、最後の逃げ道を目指して、体を前へ投げ出した。
床の上を前転しながら、触手も、爪も届かない唯一の場所、クァール猫の懐の中に飛び込んだ。
そこへ押しつぶそうとするかのように、黒い巨体が圧し掛かってくる。

左腕の肘を獣ののど元におしつけ、背中と腰と足の力で300キロの重量を支える。
空いた手には、ゴルゴの右手には―――


―――転がっている時に拾ったのび太のショックガンが握られていた!!


クァール猫の弱点は、感覚器官を狂わせる大量の電磁波であった。
ドラえもんは、ショックガンに人を殺す力はないが、頭にだけは当ててはいけないと言っていた。
そして、今ゴルゴは右手に握りしめたショックガンをクァール猫の空っぽの眼窩に突き刺し、銃口を直接脳に押しつけて、大出力の電磁波であるショックパルスを―――撃った! 撃った! 撃った!

引き金を引くたびに、青い閃光がクァール猫の目と口の中から飛び出した。
凄まじい咆哮が鼓膜を破らんばかりに轟き、生臭い緑の涎が顔に降りかかる。
やみくもに振り回される触手は触れるものすべてを破壊し、気絶しているのび太を掠って、その顔の隣りにある床を粉々に打ち砕いた。

永遠のように長い一瞬が過ぎた後、暴れまわっていた触手がついに力を失い、咆哮は途絶えた。
慎重に銃を引き抜いて、後ろに下がると、クァール猫の巨体が音を立てて、地に沈んだ。



■   ■   ■



サポートAIの報告が終わった後も、ドラえもんはしばらく言葉を忘れたように沈黙していた。
もともとでかい口が、驚きの余り、人が通れそうなほど大きく開かれていた。

「そんな、バカな。あの『黒い破壊者』を、ジャンボガンや熱線銃で武装した特殊部隊だって殺せるかどうかわからない相手を……火薬式の銃とショックガンで倒しただって!」
『機械の私が、このような表現を使うのは不適切かもしれませんが、あれはまさに悪夢のような光景でした。しかし、あの男がクァール猫を倒してくれたおかげで、私は奪われていた機能を取り戻すことができました。
 目を覚ました私は、不審者から訓練生を守るために、気絶したマスターの上に周りの風景そっくりに加工した立体映像をかぶせたのです』
「それじゃあ、君が僕を守ってくれたの?」

感謝の言葉を述べようとしたのび太を、立体映像の少女は複雑な表情で制した。

『そうであったら、よかったのですが……残念ながら、事実は少し違います。マスターが消えたことに気づいた後、あの男は貴方がいた場所にショックガンを撃ち込みました。もし、立っていたら、ちょうど足か腰がある位置です。私はとっさに光線が何も無い場所を通り過ぎたように立体映像を作ったのですが、ショックガンの射線が立体映像の磁場に当たって僅かに横にずれてしまいました』

少女の手が部屋の一角を指差した。
視線を向けると、確かにショックガンが命中した時にできる黒く焼け焦げた跡があった。

『……たった5ミリ程度の違いですが、男はそれだけで立体映像の存在に気づいたようでした。人間が肝を冷やすという感覚を、あの時初めて味わいましたよ。しかし、あの不審者は何故か、その後何もせずに、この場から立ち去りました。マスターがいたと分かっていたはずなのに……逃走の時間を惜しんだのか、それとも体力の消耗を警戒したのか。本当に、貴方たち炭素脳の考えることは不可解イイイイイィィイイイイイ』

突然、少女の映像が縦や横に歪み始めた。
砂嵐のようなノイズが、耳障りな音を立てて空中を飛び交う。
ドラえもんとのび太は慌てたが、どこから手を施していいのか分からない。
斜め45度の角度で叩くか、と腕を振り上げたその瞬間、少女の画像が復帰した。

「ど、どうした、サポートAI! 大丈夫なの!」
『……失礼、あの黒ネコもどきが、残したバグのせいで画像と音声が乱れました。現在、容量の大半を傾けて、復旧に努めているのですが、まだ何時バックアップデータからクァール猫が復活するか、気の抜けない状態です。申し訳ありませんが、本格的なウィルス除去作業のため、冬眠状態に入ることを許可していただけませんか?』
「うん、わかった。未来デパートとメーカーには、僕のほうから連絡を入れておくから、ゆっくり休んでよ」
『クァール猫のデータをダウンロードした機種が、同じようなトラブルを起こす可能性がありますので、早急にお願いします。それから、マスター……』
「え、何?」

急に話の矛先を向けられたのび太が、戸惑ったような声を上げた。
サポートAIのアバターは一度頷き、真摯な表情で少年の顔を見上げて言った。

『のび太さん、あなたはもしかしたら、私の最後のマスターになるかもしれない人です。だから、よく聞いてください。あなたは私が思っていたよりも、はるかに強い人でした。が、不注意な態度が目立ちます。才能だけでは、立ち向かえないものがこの世の中にはいっぱいあります。もっと、身の周りにある危険に気を配ってください』
「それは今日、いやというほど思い知ったよ」

大人しくうなだれるのび太に、初めて浮かべる笑顔を向けて、

『それでは……これで今回のシミュレーションを終了いたします』

少女の幻影は跡形もなく姿を消した。
のび太は、サポートAIがいた空間をしばらく見つめた後に静かな声で、「ありがとう」と礼を言った。
顔をあげて、ドラえもんの方を見た。
青いネコ型は驚いたような顔で一歩後ろに退いた。

「ドラえもん、あの人たちはどこにいるの?」
「な、何のことを言っているのかな? 僕わからないよ」
「いいんだよ。知らないふりをしなくても。ギラーミンの時と違って、今度は何が起こったのか、僕全部覚えているから」

ドラえもんは、立ち上がろうとするのび太をなんとか押しとどめようとした。
だが、いつもは簡単に押し返せたはずの小さな体を何故か止めることはできなかった。
嫌な予感に胸を震わせながら、どうすることもできずにのび太の後を追いかけた。
自分の目の前をゆく背中が、ついさっき子供部屋から飛び出して行った少年のものとは思えない。
この短い時間の間に、のび太の中で何かが劇的に変わってしまったようであった。

のび太が探していたものは、あっさりと見つかった。
ドラえもんは、少年の目に触れないようにそれらを片づけたが、濃厚な血の匂いまで手をつけている余裕はなかった。
ゴルゴを追いかけてきた三人の男たちが、渇いた血だまりの中から、無念そうな顔でのび太たちを見上げていた。
のび太は、男たちの断末魔の表情を目に焼き付けた後、歯と歯の間から絞り出すようにつぶやいた。

「僕がこの人たちを撃ったんだ」
「え、それってどういうこと?」
「この人たちが銃を持ってやってきたから、体が勝手に動いた。それから、たぶん……あの男の人がこの人たちを撃ち殺したんだと思う」
「あ、あのさ。のび太くん。さっきから君やサポートAI言っている、あの男の人って誰なの?」

長い間、のび太はドラえもんの質問に答えなかった。
代わりに一滴のしずくが少年のほほを流れ、靴の上にしたたり落ちた。

「ガンマンだよ。二丁拳銃で悪者や怪獣をなぎ倒していた。ずっと、僕が、なりたかった……」

一滴、また一滴、しずくは連なり、やがては顔の上に涙の河を形つくる。
ドラえもんは、声も出せずに、ただのび太の泣くのを見ていた。
ドラえもんにとって、のび太の泣き顔は見慣れたもののはずだった。
だが、今まで一度も少年がこんな表情で泣くのを目にした覚えはなかった。

「く、くやしいよ。すごく、くやしいんだ。おかしいよね。今まで、今まで、テストで零点を取ったり、競走でビリになったり、ジャイアンやスネ夫にいじめられたり、くやしいことは一杯あったはずなのに、こんなにくやしかったことは……」

涙と鼻水を垂れ流し、顔をくしゃくしゃにし、時に大声をあげて……。
のび太という少年はいつも、自分の全身全霊をぶつけるように泣いていた。
しかし、今のび太の顔にはどんな表情も浮かんではいなかった。
仮面のような無表情の上を、機械的なリズムで涙が流れ落ちていく。

ドラえもんは、人がどんな時にこんな顔をするのか知っていった。
真の絶望と悲しみを知った時、人は声をあげて泣くことすら許されないのだ。

自分の手から放ったものが決して的を外さないと分かった時……
その想いは、静かに少年の心の中で芽生えた。
けん銃王コンテストで優勝した時に、その想いは日の光の下で大きく葉を広げた。
一つ冒険を乗り越えるために、一つ戦いを勝ち進むたびに……
何時しか想いは枝と根を張り巡らし、大樹のごとく少年の心を支える支柱となっていた。

一度、拳銃を手にすれば、誰にも負けないという自信。
大人になった時に、この力を使って人々を守るヒーローになりたいという願い。
それは、全てにおいて人並み以下だった落ちこぼれが手に入れた唯一つの誇りだった。
それは、少年がいつも憧れをもって見上げ続けた切なく、美しい夢だった。

そして、今日のび太は自分の理想を体現したような男に出会った。
強く、格好良く、完璧な銃の使い手、ゴルゴ13。
しかし、少年の英雄は、姿を現すと同時にのび太の誇りと夢を無残に踏み砕いた。

今や、のび太にもわかっていた。
銃が結局、引金を引くたびに悲劇を生みだす人殺しの道具にすぎないことを。
少年の夢の行きつく先は、血ぬられた修羅の道行であった。

自分の存在意義を揺るがすような相手に出会った時、人が取れる手段は二つしかない。
築き上げてきたすべてを投げ捨てて地平線の果てまで逃げるか、或いは……

「くやしいよ、ドラえもん! こんなにくやしい思いをしたことは、なかった。だから、僕は……人を守る人間になる! あの人が人殺しならば、僕はあの人が殺した分だけ命を助ける。僕は―――」

空を見上げ、獣のように吠える。
夢を破られた苦しみ、誇りを奪われた痛み、なおもくすぶり続ける憧れ、今まで蓄えた感情を瞼に焼き付いている『あの男』の背中めがけて吐き出した。

―――僕は、人を殺さないガンマンになるんだ!!!

それはなんと現実味のない夢なのだろうか。
かなう望みはほとんど少なく、かなえたとしても報われる可能性は皆無に近い。
だが、ドラえもんは少年の言葉を否定したり、揶揄したりはしなかった。

長く、長い時を二人は一緒に過ごしてきた。
ドラえもんはのび太が、大人ですら音を上げるような苦難を幾度も乗り越えてきたのを見てきた。
大がつくほどの冒険を通して、のび太の中にどれほど大きな可能性が眠っているのかを知っていた。
そして、今少年の決意の固さを目にした後、

(のび太くん……どうやら、今度こそお別れの時がきたみたいだね)

ドラえもんはのび太の幼年期と自分の役目の終りが近づいたことを悟った。





***


あとがきのやうなもの

長い!
いやあ、今回は本当に長かったですね。
いつもは土日で二章を仕上げていたのですが、今回は一章しか仕上げることができませんでした。
決して、作者がさぼっていたわけではないので、悪しからず!

てなわけで……。
いよいよのび太の少年期も終わり、次回はのび太の成年期のお話が始まりました。
舞台はいっきに飛んで25年後、35歳になったのび太と??歳になったゴルゴ13が戦います。
ようやく、冒頭のあのシーンに話がつながるわけです。
のび太の息子のノビスケもちょっとだけでてきます。

ただ、心配のは成長したのび太はほとんど私のオリキャラだってことですね。
一応、映画の「ドラミちゃん、ミニドラSOS」に出てくる大人のび太がモデルなのですが、
……近所のレンタル屋さんにDVDがないことが発覚!
おかげで、ほとんど想像で書いてます。
私ののび太に違和感を覚える方もいるかもしれませんが、どうかその点はご容赦を!




[7187] のび太 VS ゴルゴ13 ACT7
Name: かるめん ◆6f070b47 ID:53a6a4cf
Date: 2009/04/06 01:48
その夜、モルグシティは薄い膜のような静寂に覆われていた。
酒場から喧騒は絶え、通りに人影はなく、馬用の水飲みは底まで乾ききっている。
埃の浮いた家々の窓は暗く沈黙し、街を照らすのは澄んだ光を投げかけている天の星々だけだった。

月光の下に浮かぶ建物の影の中から、恐る恐る顔を突き出している男がいた。
男の目は赤く充血し、あごに浮いた無精ひげと、削げた頬が消耗した顔を際立たせている。
ほんの数時間前に、群狼のような無法者どもを引き連れて、この街に押し入った時の威厳はもう欠片も残っていない。

今、男は狼どもの頭ではなく、逃げ回る一匹の怯えた兎でしかなかった。
三十人以上いた男の群れは、たった一人のハンターによって、すで全滅していた。
これだけでも受け入れがたいと言うのに、その狩人はまだ一人も男の仲間を殺していない。
敵は邪悪なピューマが小動物をいたぶるように、俺たちをなぶっている!
その認識が、男の心臓を恐怖と屈辱で絞り上げる。

これ以上、静寂の中で待ち続けることにはもう耐えられなかった。
男は最後の勇気を振り絞って、月明かりに照らされた通りの中に飛び出した。
男の右手は拳銃を握りしめ、左手は身なりの良い服を着た少女、逃走の途中で見つけた市長の娘の手が握られていた。

「出てきやがれ、くそったれ! 早く出てこねえと、このあまっ子の頭をぶち抜くぜ!」

怯えの混じった恫喝の声が、夜の大気に木霊する。
その声に応えるように、高い口笛の音がさびれた保安官事務所の影から飛び出した。
夜の闇を切り取ったように黒いカウボーイブーツが埃っぽい通りを踏みしめる。

ついに姿を現した狩人は、意外に若かった。
長い黒髪に縁取られた剽悍な顔の中で、黒豹のような瞳がじっと男を見据えている。
男は緊張にのどをごくりと鳴らし、人質の体に回された腕に力を込める。

「て、てめえは一体、何物なんだ」
「俺か? 俺はノーバディ・ノーウェアさ。ただのノーバディと呼んでくれてもいいぜ」
「誰でもない、どこにもいない(ノーバディ・ノーウェア)だと。ふざけた野郎だ。良いか。このあまっ子にまだ息をさせたかったら、その銃を捨てな! それから馬を持ってこい。俺はこのくそったれな街から出るんだ!」

口から唾をとばしながら、男はより強く人質に銃口を押しつける。
しかし、若い狩人は恐れる様子もなく、口元に呆れたような笑いを浮かべて首を横に振った。

「で、お別れのあいさつの代わりに、俺たち二人の頭を撃つんだろ? よしなよ、旦那(アミーゴ)。生まれたての子牛だって、そんな手には引っ掛からない。それより、俺と賭けをしないか?」
「賭けだとっ!?」
「そうさ。今から四つ数えた後に、このコインを放り投げる。表が出たら、あんたの汚い手を、裏が出たら、その不細工な足を撃ち抜く、ていうのはどうだい?」

狩人の言葉は、男の頭にめまいを呼び起こした。
さすがに、すんなりと街から出してもらえるとは思っていなかったが、ここまで取りつく島もないとは想像もしなかった。
焦る男をあざ笑うように、狩人はぴかぴかのコインを見せつけながら、カウントを始める。

「いくぜ。一つ!」

顔中を汗まみれにしながら、男は歯を食いしばる。
事ここにいたっては、もはや選択肢は一つしか残されていない。

「二ぁつ!」

人質を楯にして、狩人が銃を抜く前に撃ち殺す!
男は、あの少年が闇できた稲妻のように、影から影へと駆け抜け、仲間たちを打ち倒すのを見てきた。
しかし、今少年の銃は腰のホルスターにおさまり、利き手はコインを掲げている。

「三ぃつ!」

くそ、やってやる、やってやるとも、俺だって岩狼のロッキーと言われた男だ、三十人のアウトローたちを手足みたいに使っていたんだ、こっちを舐めているあの餓鬼の目と目の間に新しいケツの穴をこさえて……

男の意識が余さず、目の前にいる狩人の方に向いたその時だった。
乾ききった馬用の水桶の中から、カウボーイの出で立ちをした少女がいきなり起き上がった。
手に持ったパチンコで男の顔を正確に狙い撃った。

顔に激痛が走り、思わず銃を持った右手で顔を庇ってしまった。
人質の頭から銃口がそれた瞬間、狩人の手がコインから離れて腰の愛銃、コルトSAAへと向かう。
銃声が家の窓を震わせ、そのコンマ一秒後に男の叫び声と鳴き声が上がった。

混乱と痛みで頭を半ば真っ白に染められながら、男は地面の上をのたうち回る。
なぜだ! なぜなのだ!
銃声は一発しか聞こえなかったのに、なぜ俺の手と足が両方撃ち抜かれているのだ!
みじめな男の姿を若干憐みのこもった眼差しで見ながら、狩人が言った。

「すまんね。旦那(アミーゴ)。つい、両方撃っちまったよ。でも、まあ、このコインじゃ表裏も関係ないから、悪く思わないでくれ」

手に持ったコインを倒れている男の上に投げかける。
その硬貨の中央は、銃声が一発に聞こえるほどの神速で放たれた二発の弾丸によって綺麗に撃ち抜かれていた。


 ****


東の空から赤い夜明けの光が忍び寄る。
モルグシティの存続をかけた長い夜は、ようやく終わりを迎えようとしていた。
報酬の金を受け取り、旅の荷物を馬に乗せている少年に、市長の娘が語りかける。

「どうしても行ってしまうの、ノーバディ。お父さまは貴方を普通の二倍の報酬で保安官として雇う、と言っていたわ。もし、貴方が望んでいるなら、将来の市長だって……」
「そいつは破格の申し出だな、レディ。しかし……」

ちらりと隣の相棒の方に視線を向けた。
男装の少女、ドラーニャはすでに出発の準備を終えて、あさっての方を見ている。
よく見ると、朝日に赤く染まったその頬が拗ねたように膨らんでいるのがわかった。
ノーバディは口の端を微かに歪めると、

「俺も、相棒も根っからの風来坊なんだ。風が吹いたら、どこかへ行きたくなるような奴に市長はおろか、保安官だって勤まらんさ」
「なら、せめてこれからどこへ行くのか。それだけでも教えてください!」
「悪いが、レディ。そいつこそ、誰にもわかりゃしない(ノーバディ・ノウズ)、って奴だぜ」

流れるような動作で、少年は馬上の人となった。
飼い主の服と同じように真っ黒な馬の腹に拍車をかけて走り出す。
追いつ追われつ、競い合うように二つの騎影は、白み始めた朝日の彼方へと姿を消した。

どこからともなく聞こえ始める口笛とギターの音色。
二人を見送る少女の背中にかぶさるようにスタッフロールが流れ始めた。


THE END


(―――1980年、ジョナサン・ムーン監督『モルグシティの決闘』のラストシーンより)



さて、今回ピックアップする人物は、三十人の無法者を一人も殺さずに倒したことで有名な『モルグシティの英雄』です。
今でこそ、知らぬ者はいない『モルグシティのガンマン』ですが、一昔前までは西部開拓時代のマニアが最強の銃使いを語る時だけ名の上がるマイナーな人物にすぎませんでした。
この実名も分からぬ人物を一躍全米のヒーローに押し上げたのが、80年代にサラ・コネリーが書いたベストセラー『無名英雄伝』とそれを原作にした映画『モルグシティの決闘』です。

『無名英雄伝』の中でサラ・コネリーは、『モルグシティの英雄』をインディアンと白人の混血児とし、母を捨てた父を恥じて名前を捨て、ノーバディ・ノーウェアと名乗っていると設定しました。
現在この設定は、ノーバディの相棒、男装の美少女、ドラーニャ・ドラニコワと一緒に、あたかも史実のように受け取られています。
しかし、当時の資料には彼のガンマンが「一人も殺さずに三十人を倒したこと」、「白人離れした容貌の持ち主で、ノーで始まる発音しづらい名前をしていたこと」、「ドラで始まるこれまた発音の難しい女の相棒がいたこと」しか書かれておりません。
(資料の中には、ガンマンの年齢が十歳前後だったとするものもあり、これはモルグシティの三十人捕縛の信憑性に疑問を挟む研究者の論拠にもなっています)

サラ女史のベストセラー以来、この謎に包まれた英雄の存在は作家たちの創造性をいたく刺激し、ここに「ノーマン」、「ノードン」、「ノービス」と作品によって名前も性格も変わる異例のキャラクターが誕生しました。
この状態はしばらくの間続きましたが、1990年代にモルグシティが観光客誘致のために、無名の英雄の銅像を建てようとした時に大きな問題の種になりました。
銅像の上に刻む名前をめぐって、街の住人が『ノーバディ派』、『ノーマン派』、『ノービス派』など別れて論争をはじめたのです。
言葉による争いは、血の気の多い西部の男たちの拳を使った喧嘩に発展し、最後には怪我人が出るほどの騒ぎになりました。

事態を重く見た市長は、住民たちを教会に集め、老神父の見守る前でこの論争にケリをつけさせました。
一晩かけた話し合いに末に、モルグシティの住民は彼らの街の英雄にまったく新しい名前を付けることでついに合意に達しました。
その名前こそ、ガンマンの愛銃にして、西部開拓時代を代表する名銃コルトSAAの異名―――


―――『平和をもたらすもの(ピースメーカー)』だったのです。


(―――ジョン・レイン『知られざる伝説のガンマンたちの真実』民明書房より)




  のび太 VS ゴルゴ13 

    ACT7「銃痕」




立体映像を映すホロスクリーンの看板にまたノイズが走った。
スクリーンに見入っていた要人警護官のサイトーは思わず、ちっと舌を鳴らした。
今日一日、微妙な気分だと言うのに、お気に入りの映画のラストシーンぐらい最後まで見せてくれてもいいじゃないか、そう思ってため息をついた。

ちらっと万能車両(MUV)のフロントガラスから視線をはずして横を見た。
ノイズで消えしまった英雄と違って、サイトーを不機嫌にしている原因は、今も変わらず助手席に腰をおろしていた。
サイトーの隣りに座っているその人物は、若くして伝説の領域に上り詰めたヒーロー、のはずだった。

今ままで、耳にした噂が正しいのならば……。
その男は小学生を卒業する前にすでに暗殺者の頂点、かの『G』と互角に渡り合ったことがあるという。
そして、中学校を卒業した後、一人でアメリカに赴き、千倍もの競争率を勝ち抜いて、ボディガード界の最高峰であった『イージスの楯』こと楯雁人の弟子となった。
二十歳で『イージスの楯』の元を独立した後の活躍は、護衛官を目指す若者なら知らない者はいない。

人工知能の権威だったテンマ博士、再生医療の天才であるウェスト医師、アフリカの聖女と呼ばれたシスターテレスなどなど。
彼が守り通した人物は、誰でも聞いたことのある有名人だけでも両手両足に歯の数を足してもたりず、名のない人々に至っては、もはや数え切れない。
かつて『G』は、一発の弾丸によって幾度も歴史の潮流を変えたという。
それと同じように彼は、一つの命を守るごとに歴史に影響を与え続けてきたと言ってもいいだろう。

しかも、彼が守ってきたのはクライアントの命ばかりではない。
護り屋の師である楯雁人と同じように、彼もまたクライアントを狙って襲い掛かる襲撃者たちを一人も殺さずに捕え続けたのだ。
ショックガンが発明されるまで、人を殺すための武器を使って、誰も殺さないという奇跡を繰り返してきた男は、何時しか有名なモルグシティの英雄と同じ二つ名で呼ばれるようになった。

すなわち、『ピースメーカー』と―――。

そんな雲上人が、助手を募集している。
それも地球連邦議会で演説中の日本国総理の護衛という考えられる限り最高の花舞台で。
『ピースメーカー』に憧れてSPの職についたサイト―は、一も二もなくこのチャンスに飛びついた。
そして、厳しい試験をパスして、念願の席に腰を下した、はずなのだが……。

「いいか。今日という今日は帰るのが遅れたら、承知しねえからな!」
「ああ、わかってるよ、ノビスケ。僕がしずかとの結婚記念日を無断ですっぽかすわけがないだろ?」
「そんなこと言って……俺の誕生日にどうどうと午前様しやがったのはどこのどいつだ?」
「はぁい、それはこの僕でーす」
「胸を張って言うんじゃねえバカ! はたくぞ、こらぁ!」

さっきから、ペーパーコンピューター(紙並みの厚さまで軽量化されたPC。折りたたんで携帯できる)で通信している中年男と長年憧れてきた英雄のイメージが、どうしても重ならない。
小学生ぐらいの男の子にぺこぺこ頭を下げている姿を見ていると、思わずしっかりしろ、とどなりつけたくなってくる。

「いや、叩かれるのはしょうがないとしてさ。せめてグローブはめて殴ってくれないかな? 最近、成長したせいか、お前のパンチが結構痛いんだよ」
「いやだね! タケシおじさん直伝の愛の拳は手加減なしだぜ!」
「とほほほ……あ、そうだ。ノビスケ、ちょっと頼みごとがあるんだけど」
「言ってみろよ」
「しずかに愛しているって伝えてくれないかな?(きら☆)」
「てめえで直接言え、馬鹿オヤジ!!」

叩きつけるようにインターネット電話を断ち切る音が響いて、少年の顔がディスプレーから消えた。
少年と話していた男は軽く肩をすくめて、申し訳なさそうにこっちの方を見た。
再生医療や人工義眼が発達した現代では無用の長物となり果てたはずの黒縁の眼鏡をぶら下げたその顔は、どう見ても一世代前のうだつの上がらないサラリーマンだ。

「いやあ、情けないところを見せちゃったね」
「はあ……」
「反抗期に入ったせいか、息子が最近、生意気なことばかり言うようになっちゃってさ。でも、あの子も昔はそりゃ可愛かったんだよ」
「はぁ……」
「ほら、見てこの動画。まだ、二歳になったばかりのノビスケだ。小さな拳で僕の足をぽかぽか殴っているのがまた可愛くて可愛くて……」
「…………」

あんた、そんな頃から息子に殴られてきたのか!
なんだか、話を聞けば聞くほど不安になってくる。
ひょっとしたら、自分は英雄の影武者の相手をしているんじゃないだろうか?
ついに我慢できなくなったサイーは、『ピースメーカー』の話に割り込んだ。

「あ、あのすみません、『ピースメーカー』?」
「あ、それって僕のこと?」

俺の隣に座っているのは、あんただけだよ!
運転をかなぐり捨てて、突っ込みを入れたくなる衝動をなんとか押し殺した。
そんなサイトーの気持ちも知らずに、助手席の男は締まりのない顔でへらへら笑う。

「ははは、ごめんごめん。もともと自分でつけた名前じゃないせいか、今だにその大げさなニックネームで呼ばれるのは慣れなくてねえ」
「『ピースメーカー』、実は俺、貴方に憧れて、ボディガード業界に入ったんですよ」
「あ、そいつは光栄だけど、やめた方がいいな」
「え、どうしてですか?」
「ノビスケには内緒だけど、僕は子供のころ、テストじゃたいてい零点を取って、マラソンじゃ必ずビリになってた。要するに落ちこぼれで、とても他の人に憧れてもらうような奴じゃなかったんだ」

さあ、衝撃の事実が明らかになったぞ。
でも、目の前にいる男の顔を見ていると、ちっとも衝撃的に思えないのは何故なんだろな。
だんだん皮肉な気持ちになってくるのを感じながら、サイトーはずっと気になっていたことを聞いた。

「謙遜しないでください。貴方は子供のころ、あの『G』と一回引き分けたんでしょ?」
「あ、それただのデマだよ」
「デマなんですか!!」

さすがにこれは予想外だった!
憧れてきた根拠がいきなり否定された!!
おかげで、MUVの思考制御をおもいっきりミスってしまった。
もし、MUVに搭載されている電子頭脳がとっさ進路を補正しなければ、軽い事故ぐらい起こしていたかもしれない。

「そう。雁人さんは人のプライバシーを漏らすような人じゃないから、アナちゃんかちひろ先輩から広まったんだと思うけど、君の聞いた噂はでたらめだよ。確かに僕は子供のころ、一度だけ『G』に遭遇したことがある。ただし、互角に渡り合ったというのは嘘。実際は武器でも、位置取りでも僕が圧倒的に有利だったのに、ほぼ一方的に負けたんだ」
「で、でも、よくあの『G』に遭遇して生き延びましたね」
「僕を倒した後で、ものすごい敵が彼の前に現れてね。気絶している子供にかまっているどころじゃなくなったんだよ。僕と『G』をライバルみたいに考えている人がいるけど、多分彼は25年前にあった子供のことなんか忘れてるんじゃないかな?」
「はあ、そうだったんすか……」

胸の中に残っていた最後の期待を溜息といっしょに吐き出した。
結局、現実なんてこんなものなのかもしれない。
きっと今まで聞いた『ピースメーカー』の伝説の大半も、人の口から口に伝わるうちに大げさに脚色されたデマだったのだろう。
『ピースメーカー』と総理は幼馴染であったというし、今回の護衛の仕事も、実力を見込まれたというよりも、コネで選ばれたのかも。
すっかり気落ちしたサイトーの肩を、彼の英雄だった(過去形)男がぽんぽんと叩いた。

「あ、サイトーくん。次はこっちへ行ってくれないかな?」
「これって、ストリップ劇場に見えるんですが……」
「うん、ストリップ劇場だね。悪いけど、なるべく裏道を通って、行ってくれないかな? ほら、さっきの電話でもわかるとおり、僕も一応妻も子供もいる身だからさ」
「ストリップを見に行ったことがわかると、奥さんに殺されるんですか?」
「いや、もっと悪い。口をきいてくれなくなるんだよ」

少しでも会話を明るくしようとジョークを言ったら、真顔でみっともない答えを返されてしまった。
もはや諦めの境地に達したサイトーはそれ以降、一切口をきかずに車の運転に集中した。
しかし、とうのストリップ劇場に到着した後、『ピースメーカー』は何故か一歩も車の外に出なかった。
劇場の看板に映っている女の子のおっぱいを小一時間眺めた後、次の目的地を指定した。

言われるままに走り続けて辿り着いたのは、建築途中の超有名テーマパーク、ニューネズミランド。
ニューネズミランドの建築現場をぐるぐると回りながら、『ピースメーカー』は始めて都会にきたお上りさんみたいにあっちこっちに視線を巡らせる。
この人、総理大臣の護衛はただの口実で、単に観光をしに来ただけじゃないのだろうか?
ますます無駄な時間を過ごしている気分になって、サイトーは今頃同僚の護衛官たちが充実した時間を過ごしている総理大臣の演説場の方向を羨ましそうに眺める。
しかし、ここまで遠くに来てしまうと、総理が演説を行う大都市はもう地平線の彼方だ。
目を眇めても、視界に入るのは恐竜の骨格みたいな建築中のアトラクションばかり。

その時、ふと既視感(デジャヴュ)が頭をよぎった。
ニューネズミランドの建築スケジュールを知らせる立体映像の看板にノイズが走った。
確か、ここに来るまで何度か同じ光景を見たことがあるような……。

「……気づいたようだね」

静かだが、よく通る声が耳に飛び込んだ。
振り返ると、ペーパーコンピューターを広げた『ピースメーカー』がこっちの方を見ていた。
息子と話していた時とは、別人のような鋭いまなざしに心臓が思いっきり飛び跳ねるのを感じた。

「気づいたって、ノイズのことですか」
「そう、僕たちが今まで寄った場所の看板に、皆似たようなノイズがあったよね?」
「そうですけど、別にホロスクリーンのノイズなんて珍しいものじゃないでしょ」
「でも、ピカピカの新品のスクリーンにノイズが走るのはちょっと珍しいんじゃないかな? 僕が調べた限りじゃ、ノイズのあった立体映写機は全部ここ一週間のうちに交換したものばかりだよ」
「それは……」

舌が口の中に張り付いて、言葉が喉の奥で詰まった。
突然、人が変わったような『ピースメーカー』の振る舞いに戸惑いが隠すのがやっとで、どうやって返事をしていいものか分からない。

「これは僕も含めて、ショックガンの開発に携わったほんの数人しか知らないことだけど……ショックガンの光線は立体映像を作る時の磁場で曲がる事があるんだ。看板に使うぐらいの出力があれば、鏡みたいに射線を反射させることもできる。ところで、僕のバイザーにはあらゆる電磁波を感知する機能がついている。それで集めたデータをこのシミュレーターに入れてみると……」

眼鏡型のバイザーのフレームに手をかけ、細い糸のようなケーブルを引きだし、膝の上のPCにつなげる。
ペーパーコンピューターのディスプレーの上に都市の立体地図が浮かび上がる。
ところどころに点在する光の点は今まで、ノイズが確認された地点だろうか。
その点と点をつなぐように赤い線が走る。
ビリヤードの弾みたいに線は、点の間を跳ね返りながら、少しずつ前に進み、最後に辿り着いたのは……。

「総理の演説台じゃないですか!」
「どんぴしゃりって奴だね。僕の悪い予感が当たったようだ」
「で、でも、ショックガンじゃ人は殺せないんじゃ!!」
「出力の低いハンドガンタイプのやつはね。だが、狙撃用のライフル型のショックガンは、リミッターさえ外せば標的の動きだけじゃなくて、呼吸や心臓、脳波まで止めることができる。証拠も残さずに、自然死に見せかけて暗殺をするのに絶好の武器なのさ」

一瞬、頭が真っ白になった。
それから、怒涛のように『ピースメーカー』が口にしたことの重大さが脳の中に雪崩れ込んだ。
総理大臣の護衛のために費やされた何日もの準備、何時間もの会議。
護衛官たちは莫大な労力を費やして狙撃地点を測り、それを一つ一つ潰してきた。

しかし、『ピースメーカー』の言ったことが正しいのなら、それらがすべて無駄だったことになる。
いや、それだけじゃない!
ここまで自在に射線を捻じ曲げ、地平線の彼方にいる相手まで狙い撃てるのなら、スナイパーの概念そのものがひっくり返りかねない。

今、自分は間違いなく歴史の転換点にいる。
ほんの些細なミスが、これからの世界の命運を変えてしまうかもしれない。
その認識に、心臓は口から飛び出しそうになり、胃袋は鉛よりも重く深く沈む。
プレッシャーに耐えきれなくなったサイトーは、思わず重圧の原因そのものを否定しようとした。

「ふ、不可能だ! ほんの1秒足らずの時間で点滅するノイズに合わせて、光線をビリヤードみたいに反射させて、おまけに遠くにいる相手を狙撃するなんて。そんなことできっこない!」
「不可能ってほどじゃないさ。げんに君の目の前にできる奴が一人いる。ってことは、どこかほかのところもう一人いると考えた方がいい。実を言うと、僕はその誰かさんに心当たりがあるんだよね……」
「そ、その人ってもしかして―――」

その後は、恐ろしくてとても口にできなかった。
いきなり、『ピースメーカー』の目つきが変わった。
ただでさえ鋭く尖っていた視線が、獲物を狙う鷹のような剣呑な光を帯びる。
視線をフロントガラスに据えたまま、サイトーの肩に指を食いこませた。

「急いで、この車を建物の陰に隠して。スピードを落とすんじゃない! なるべく自然な動きで角を曲がるんだ!」
「な、なんですか! まさか、彼を見つけたんですか?」
「違う―――」

『ピースメーカー』が深刻な顔で首を横に振る。



「―――彼が僕たちを見つけたんだ!」



その言葉を理解する暇こそあらば、MUVのすべての窓がショックパルスの青い光に包まれた!
まず車体の外に備え付けられた各種センサーが一斉に破壊された。
続いて通信機器が沈黙し、運転席にあった各種メーターが狂ったように意味のないデータを吐き出す。
運転を補助するためにあった電子頭脳も電波の断末魔をあげて、ただの鉄の箱になり果てる。

完全にコントロールを失った万能車両が、暴走を始めた。
回る、視界も、車体も、何かもが。
周りの風景が解けるように輪郭を失い、コンクリートの灰色が急接近する。
だが、車と操縦用のケーブルでつながっていたサイトーは、流れ込む激痛に絶叫するのが精一杯。
とてもじゃないが、車体のコントロールを取り戻している余裕などなかった。

その時、力強い腕が後頭部から生えたケーブルを引き抜いた。
途切れなく流れ込んでいた衝撃の津波がやっと途切れた。
純白に染まっていく視界の中で、サイトーは自分の体を押し抜け、手動運転用のレバーとハンドルに飛びつく『ピースメーカー』の姿を見た。



***



あとがきのやうなもの

キエタ♪
キエタ♪
書イテイタ原稿ガ綺麗ニキエタ♪

……失礼。
コツコツ執筆をつづけていたEX=GENEの原稿を信じられないようなミスで消してしまい、ちょっと呆然としております。
ううう、話したいことがいっぱいあったはずなのに、ショックのせいで全部忘れちゃったよ!
というわけで今回は余計なことは言わずに、『ピースメーカー』になったのび太のお師匠さんである護り屋『イージスの楯』についてちょっと説明しておきます。

・名前
『イージスの楯』楯雁人

・原作
七月鏡一原作、藤原芳秀作画。『闇のイージス』

・設定
闇の世界に生きるフリーランスの最強ボディガード。
銃や刃物を使わずに、右手の義手だけでテロリストや暗殺者と渡り合う無茶な人。
どのぐらい無茶かと言うとこの人、義手で超音速のマシンガンの弾丸を弾いたりします。
殺気が見えるという設定はあるけど、どうみても完全に人間を超えた身体能力の持ち主。
義手さえ付けていれば、範馬勇次郎とも殴りあえるんじゃないんだろうか、この人。
回を重ねるごとに敵もますますエスカレートし、しまいにはロボット兵士やプレデター(宇宙人じゃなくて無人偵察機の方)とも闘っていました。
言ってみればボディガード版ゴルゴ、もしくはブラックジャック。
作中では、のび太はこの人の弟子となる事で、突出した才能を悪用されることを防ぎ、闇の世界で生き抜く知恵を手に入れました。
ちなみに、無事弟子入りするまでに間に、他の候補生と一緒に波乱万丈の冒険を経験することになるのですが、それはまた別の物語(プロット)です(w)
(作者の時間と体力的に書く予定のないお話です)



[7187] のび太 VS ゴルゴ13 ACT8
Name: かるめん ◆6f070b47 ID:53a6a4cf
Date: 2009/04/14 00:27
二度目の震災から不死鳥のごとく復活を果たした現代の魔都、ニュートーキョー。
300メートル級の高層建築物の中で、ひときわ人目を引く豪奢な巨楼ホテルギャラクシー。
江戸時代から続く老舗高級旅館の一階層は、今日たった一人の男のためにまるごと貸し切られていた。

下界の喧騒を光ごと締め出した薄暗い部屋の中で、男は疲れた体を柔らかな革製のソファーに沈めた。
何度も推敲を繰り返した演説の原稿用紙には目もくれずに、ディスプレーの画像に見入る。
『パーソン・オブ・ザイヤー』として、タイムズの表紙を飾った端正な横顔をホロスクリーンの映像が極色彩に染め上げた。

男が見ていたのは、デジタル保存されたアルバム。
生まれおちてから35年の間、渡り歩いてきた彼の人生の記録であった。
男の指が黒檀の机の表面に触れるたびに、センサーが肌の下の電気信号を読み取る。
懐かしい記憶が、走馬燈のような画像の連なりとなって、目の前を駆け抜けていく。

17年前、飛び級でマサチューセッツ工科大学を首席卒業。まだ18歳だった。
16年前、優秀な成績で第一期火星コロニーの研究者に選ばれる。疑うこと知らぬその笑顔。
14年前、火星コロニー最悪の気密事故、『レッドスター事件』ただ一人の生存者となる。

過去をさかのぼる指が止まった。
救出された青年の顔にもはや無邪気な表情はない。
画面の中から、死人のように無表情な眼差しが現在の彼を見つめていた。
舌で口の中を舐め、想起で乾いた粘膜にうるおいを与える。
再び、映像と記憶が動き出した。

12年前、リハビリの途中で、ロックフォード財閥当主の一人娘、アナと出会う。
10年前、アナ・ロックフォードと結婚、二人の結婚式で合衆国の大統領と握手した。
8年前、財閥のブレーンとなる。歴史の裏で世を動かしてきた巨人の仲間入りを成し遂げる。
5年前、30歳で祖国日本に帰国、衆議院選に出馬。圧倒的な支持率で当選を果たした。
2年前、新世紀最大の奇跡と呼ばれる政界の大変動、史上初30代の総理が誕生。
1年前、13年来の悲願だった地球連邦議会の発足が決まった。

記録は現在にいたってついに途絶え、思い出は一巡して、少年時代に戻る。
画面から政財界の綺羅星のごとき面々が姿を消し、代わりに無邪気な子供たちの顔が並ぶ。
ようやく男の口元に微笑みが浮かび始めたその時、軽快な機械音が物思いを妨げた。

『失礼いたします、総理。ご友人がたのチェックが終了いたしました』
「ご苦労。すぐに彼らをこの部屋にお通ししなさい」

一瞬かいま見えた素顔は、また政治家の仮面の下に消えた。
疲労の色を隠し切ったシャープな動作で、男が立ち上った。

「やあ、剛田社長、骨川CEO。よく来てくれたね」

世界で最もセクシーな政治家。
ロックフォード財閥の影の当主。
そして、『魔王(シャイタン)』―――
彼を愛する者、憎む者から、いくつもの名で呼ばれるその男。
内閣総理大臣、出来杉英才は懐かしい顔ぶれににっこりと笑いかけた。



  のび太 VS ゴルゴ13 

    ACT8「排莢」



流体金属の扉が退くと同時に、体型も服装も対照的な二人の男が室内に入ってきた。
先頭を行くのは、逞しい体を黒い和服に包んだ巨漢、剛田タケシ。
農業自由化の波に乗って、高品質の農産物を提供するベンチャー企業、剛田商事を起業。
日本の食物自給率を80%まで引き上げた立役者として、知らぬ者はいない名物社長である。

その剛田タケシの影から、彼よりも二回り小柄な人物が姿を現した。
高級スーツを着込み、流行の最先端をゆく奇抜なヘアスタイルをした男の名は骨川スネ夫。
第二次関東大震災で倒産の辛酸を舐めながら、東京とともに復活を成し遂げた苦労人。
早い段階から、テンマ博士の人工知能や機械義肢に投資し、今や世界に冠たる骨川グループの長として剛田タケシとは別の意味で有名なカリスマ経営者だ。

二人は半ば駆け足で、事務机の前に立つ出来杉総理のもとに歩み寄った。
タケシが身を乗り出すように、熱心な口調で話し始める。

「大変なことになったぞ、総理。スネ夫の部下がとんでもねえ情報を拾ってきたぜ」
「出来杉総理、どうか落ち着いて聞いていただきたい。さきほど、コード『G』が貴方の御命を狙っているという情報を手に入りました。CIAとMI6からヘッドハンティングしたスタッフの検討によれば、この情報の信憑性は約88%。至急、今日のスケジュールの練り直しを進言いたします」

コード『G』、かつて政財界のドンたちがその名を耳にするたびに何度顔を青ざめたことか。
彼らにとって、それは核兵器と同格の切り札にして、核兵器以上の災厄であった。

「なるほど、私の調査室はまたしても、君のリサーチ会社に後れを取ったわけだ。これは、骨川CEOの言うとおり、一度調査室のメンバーの見直しをする必要がありそうだね。しかし、スケジュールの変更を聞き入れるわけにはいかない。演説は予定通り、本日午後16時きっかり行うこととする」

死神の代名詞とも言うべき名前を聞いても、若き宰相は少し顔色を変えなかった。
落ち着き払った顔には、達観したような笑みすら浮かんでいた。
予想を超えた回答に、百戦錬磨の経営者であるスネ夫すら言葉を失った。

「スネ夫の言うことを聞いていなかったのか、総理! 凄腕の殺し屋があんたの命を狙っているんだよ! なのに、スケジュールを変えないってのはどういうわけだ!」

絶句したスネ夫の代わりに、タケシが顔を真っ赤にして総理に詰め寄った。
中学時代から空手で鍛えた拳を叩きつけられた机が鈍い抗議の悲鳴を上げた。
出来杉総理は、少し困ったような顔でタケシが殴りつけたところを見た後、

「剛田社長、君が私のことを心配してくれるのは嬉しい。しかし、私は一国の首相として1億人を超える国民の生活を守り、地球連邦会議の責任者として60億の地球の住民と相対しなければならない男だ。もし、私が凄腕とはいえ、たった1人の人間に怖気ついたことがわかったら、今まで私に従ってきた人々はどう思うだろうか? それに、今朝も3ダース近い数の脅迫状が届いているんだ。命を脅かされるたびに、いちいちスケジュールを変えていては、政治家としての私は死んだも同然だ」

理路整然とした総理の返答に、今度はタケシが言葉を失う番だった。
その時、気を取り直したスネ夫が、タケシの巨体を押しのけるように前に出た。

「お言葉ですが、総理。貴方は『G』のことを良くご存じないようだ。最盛期より仕事の数は半分に減ったという調査報告があるものの、あの男の成功率は依然として99%台をキープしております。この数字は決して、侮っていい数ではありません!」
「骨川CEO、君は私がロックフォード財閥の人間だということを忘れているようだな。ゴルゴ13の噂なら、もう妻の実家から耳にタコができるほど聞かされているよ」

ロックフォード財閥は、20世紀において世界最大規模を誇った経済団体であった。
だが、資本による世界制覇を目前にして、ロックフォードは大きな挫折を味わった。
三代目当主だったデビット、実質的な四代目当主であったローランスが、立て続けにゴルゴの銃弾に倒れたのだ。
さらに財閥の頭脳であったグレジンジャーが怪死、心労で一族の大長老マックロイまでもが息を引き取った。

その間に、財閥の影で喘いでいたロスチャイルド家や華僑たちが一斉に息を吹き返した。
大黒柱を失ったロックフォードは、彼らによってその財産を次々に蚕食されていった。
続く半世紀はロックフォード財閥にとって、まさに屈辱と凋落の時代であった。
世界の資本の七割を手にしていたという資産は、坂道を転がり落ちるように減少を続けた。
極東の国から、一人の若き天才を影の当主として招き入れるまでは……。
今、ようやく立ち直り始めたとはいえ、出来杉の義理の祖父であるデビット・ジュニアをはじめ、一族の苦難を記憶している老人たちにとってゴルゴの名は最大の禁忌あり、不吉の象徴でもあった。

「もし、貴方がのび太の腕を当てにしているのなら、それは大きな間違いですよ。おそらく総理も耳にしている、子供ののび太がゴルゴと互角に戦ったという噂は……」
「ただのデマなんだろ? ボディガードとクライアントとして、私たちは結構、長い付き合いなんだ。最初に、彼に身辺警護を依頼した時に言われたよ。『出来杉、僕は大抵の者から君を守ることができる。しかし、あの男、ゴルゴ13が来たときは、覚悟を決めてほしい』とね」
「そこまで分かっていながら、何故……」
「理由はさっき剛田社長に言ったとおりだ。それに日本の内閣も、地球連邦議会も私一人で動いているわけじゃない。たとえ、私がデビット・ロックフォードと同じようにゴルゴの凶弾に倒れたとしても、流されたその血が同志たちの結束をさらに固いものにかえるだろう」

それは違う、とスネ夫は思った。
生まれたばかりの地球連邦議会を成り立たせているのは、出来杉英才というカリスマと彼の背景であるロックフォード財閥の莫大な力だ。
今、出来杉が亡くなれば、ロックフォード家は政治から手を引き、中心人物を失った地球連邦議会は再び烏合の衆と化すだろう。
やっと国境や宗教の壁を乗り越え、真の意味での地球共同体が出来上がろうとしている時に、こんな躓きは決して許されない。

一体、どうすれば総理の考えを改めることができるのか。
二人の男が苦悩に歯をかみしめたその時だった。
出来杉総理が突然、政治家の仮面を外し、まるで子供のように無邪気な笑顔を二人に向けた。

「こんなことを言うと、怒られるかもしれないが、実を言うと私は今、初めて遠足に出かける子供のように胸を高鳴らせているのだよ」

困惑に首を傾げる二人の幼馴染の肩に手を乗せる。
まるで秘密を打ち明ける子供のように声を潜めて話し始めた。

「子供の頃のことを覚えているかい? 君たちはドラえもんと一緒に、夏休みが来るたびに冒険の旅に出かけていただろ。実を言うと、私がずっと君たちが妬ましくてたまらなかったんだ。そのくせ、君たちの冒険の自慢話を聞くたびに、僕はあんな危ないことをするほど軽率じゃないと自分に言い聞かせていた。まるで、イソップ童話に出てくる酸っぱい葡萄とキツネみたいにね」

突然の打ち明け話にどう返答をしてよいものか分からずに顔を見合わせるタケシとスネ夫。
出来杉は二人の顔を交互に見た後に、

「結局、私には失敗をする勇気がなかったんだ。でも、年を取って……だんだん私にもわかってきた。人には時に負けると分かっていながら、やらなくちゃいけない時があるんだ。ちょうど、今のようにね。ドラえもんとしずちゃんがいないのは、残念だけど、今ここにはあの頃の冒険者のメンバーがそろっている。二人とも、私に力を貸してほしい。あの頃、君たちが子供の身で大きな危険を乗り越えたように、私にもこの危地を受け入れ、乗り越えていく力を与えてくれないか」

出来杉の言葉が脳裏にしみわたっていくに従って、タケシの目に涙が浮かび始めた。
出来杉が差し出された手を、痛いほど強く握り返した。

「そ、総理、俺はあんたを勘違いしていた。てっきり、偉くなって人が変わったとばかり」
「総理なんて他人行儀な呼び名は勘弁してくれ。また、昔のように出来杉と呼んでてくれないか」

子供時代の友情を温め合う二人の感激に水を差すように、咳払いの声が響き渡った。

「申し訳ありませんが、総理。今のは、とても一国の首相とは思えないお言葉ですな。貴方もいい年をした大人でしょう。友情ごっこも結構ですが、希望的な観測と感傷だけでは、どうにもならないことがあることぐらいよくご存じでしょう」
「す、スネ夫、てめえ、命をかけた俺たちの冒険を、友情を否定すんのかよ!」

掴みかかろうとするタケシの手をスネ夫が紙一重の差で何とか回避した。
なおも詰め寄ろうとする巨漢を出来杉が肩を掴んで押しとどめた。

「待ちなさい、タケシくん。骨川CEOには何かお考えがあるようだ」
「総理の仰るとおり。私が言っているのは、勇ましい言葉には常にその言葉に釣り合う力が必要だということだ。こんなこともあろうかと、骨川グループの系列の警備会社から、精鋭部隊を50人連れてきました。ぜひ、総理のSPに加えてください。
それから、『負けるのが分かっていながら』なんて気の弱いことを言わないでください。僕たちは、どんな冒険に参加した時もあきらめずに粘り、最後まで戦い、必ず勝ってきた。だから、僕たちの冒険に参加をするのなら、貴方にも必ず生きて帰ってきてもらいますよ。そうだろ、ジャイアン?」

にやっと笑って、気障なウィンクを送る。
年齢を重ねた古キツネの顔の下から、ちょっと気取った少年の顔が覗く。
怒りに赤く染まったジャイアンの目がまた涙に潤み始めた。

「スネ夫、心の友よ……」

25年間の時間を取り戻すように、かつて子供だった男たちは堅く堅く握手を交わす。
だが、顔で笑い合いながらも、スネ夫は心の中にわだかまる黒い不安を振りきれずにいた。
彼が総理の護衛のために連れてきたのは、米軍海兵隊やSAS出身のツワモノばかり。
しかし、精鋭部隊如きで止められるぐらいなら、ゴルゴ13は伝説になっていない。
あの悪魔に対抗できるのは、同じように人でありながら、人間以上の力を手に入れた者しかいない。

(頼むぞ、のび太。本当に、頼りになるのはお前一人だけだからな)

今はどこにいるのか。
行方もわからない友人に向かって、祈るように語りかけた。



■   ■   ■



目覚めて体を起こそうとした途端、頭から尾てい骨まで凄まじい痛みが駆け抜けた。
体中が溶けた鉛を詰め込まれたように重く、鈍く、そして痛い。
カラカラに乾いた口の中を舐めてみると、味わったことのないようないやな味がした。

ぼやけた視覚から伝わる情報から、辛うじてアトラクション施設の隙間にできた狭い空間の中にいることがわかった。
右に首を回すと、すりがねに掛けられた大根のように万能車両が半ばコンクリートの壁に埋まっているのが見えた。

「やあ、気がついたようだね。無理をしない方がいいよ。間接的にとはいえ、君はショックガンの攻撃を受けたんだ。後半日は動けないよ」

左側から投げかけられた柔らかな言葉。
聞き覚えてのある声を耳にした時、今までの記憶が芋づる式に蘇った。
自分の名前は、サイトー。
職業は総理大臣の身辺護衛官で、護り屋『ピースメーカー』の助手として一緒に街を巡り、そして……
突然、記憶と一緒に覚醒した強烈な後悔の念に、体が指先まで真っ赤に染まった。

「君には、悪いことをしちゃったな。あんな風に反射鏡のあるところを一つ一つ巡っていたら、そりゃ『こっちは貴方の仕掛けに気づいたので、撃ってください』、と言っているようなもんだよね。君の車も壁にぶつけて、壊しちゃったし、まいったな。僕の報酬で修理できるかな……」
「ちが……う……『ピースメーカー』。あの時、俺が……貴方の言うとおり……裏道を使っていれば、こんなことには」

『ピースメーカー』に裏道をつかってストリップ劇場に行くように言われた時。
意地悪な気分になったサイトーは、こちらの方が近い、と言ってわざと表街道を使って目的地に向かった。
今にして思えば、あれは狙撃を警戒していた『ピースメーカー』の思惑を無駄にするものでしかなかった。

反射狙撃を見破った時、自分達は確かにゴルゴに対して有利に立っていた。
しかし、一人の馬鹿のせいで、この優位があっさり逆転した。
おまけに、当の本人は現在、地面に寝転がっているだけでまったく役に立たないと来る。

「は、やく……総理に、連絡を……あの反射狙撃は、知らないと……ふ、せげない」
「僕も同じことを考えたけど、残念ながら最初の狙撃でこっちの通信機器は全滅。君が寝ている間に調べたけど、この工事現場にある緊急電話は全部破壊されていたよ。携帯電話が普及しすぎるのも困ったものだよね。総理の演説は後10分で始まるのに、この近くで15分以内にたどり着ける民家も、電話ボックスもないんだもん。でも、まあ……こっちなら5分で準備が終わる」

『ピースメーカー』の最後の言葉で、目を覆っていた最後の霧が晴れた。
その時、視界に入った光景に、サイトーは思わず全身の痛みも忘れて声を上げた。

「な、何をしているんです、か!」
「言っただろ? 反射狙撃ができるのは、ゴルゴ一人じゃないんだ。今から、10分後に彼はホロスクリーンを反射鏡に、演説台に立つ総理を狙い撃つ。その前に僕が反射鏡を利用して、彼より早くショックガンを撃ちこめば暗殺を阻止することができる」

愛用のショックガンに狙撃用に改造しながら、『ピースメーカー』は気軽に答えた。
馬鹿か素人ならその自信に満ちた表情で誤魔化せたかもしれない。
だが、サイトーは馬鹿かもしれないが、素人ではなかった。
さんざん練習を繰り返したはずの敵を相手に、ぶっつけ本番で反射狙撃を挑む。
それは、蟻地獄の中で、蟻が巣の主をねじ伏せようとするのと同じぐらい無謀なことではないか?

「危険すぎ、ます。反射鏡になる、看板を破壊した方が安全です」
「そうしたいのは山々だけど、僕の手持ちの武器であの頑丈な看板を壊せるものがない。あの看板は鉄骨で補強してあるんだ。ショックガンじゃ何時までかかるか、分からないよ」
「工事現場にある大型の強化外骨格を使えば……」
「ここ最近強化外骨格を使った犯罪が多発しているせいか、ここの現場の外骨格は全部、指紋認証式になっていたよ。システムをクラッキングして動かす方法はあるけど、道具は全部さっきの狙撃で逝かれちゃってね」
「くっ……!」
「それに強化外骨格があったとしても、あの看板を壊せたかどうか怪しいと思うよ。ちらっと見かけたんだが、看板の根元にあった不自然な黒い箱。あれは多分、戦車に使われている自動レーザー迎撃装置『Trophy system』だ」

完璧すぎるゴルゴの備えが、サイトーの口から言葉を奪い取った。
水も漏らさぬ構えとは、まさにこのことである。
『Trophy system』は一定以上の速度で接近するものをレーザーで自動的に破壊する装置だ。
例え、超音速のミサイルといえども、今あの看板を破壊することはできない。
『Trophy system』を突破できるのは、同じ光線を放つショックガンしかない。
それでも、あきらめきれずに、サイトーは再び『ピースメーカー』に問いかけた。

「具体的な勝算は、おあり、なのですか?」
「うーん……普通に打ち合うだけなら、五割ってところかな? 今回は僕が彼のテリトリーに足を踏み入れないといけないから、半分の二割五分。あ、でも、これは25年前のゴルゴのデータだから、実際はもっと低いかもね」

それはつまり、7割か8割以上の確率で負けるということだ。
だが、『ピースメーカー』の顔には、死地に赴く男の恐れや緊張感はない。
まるで、息子の運動会に参加する父親のような気軽さで戦いに、或いは死に向かう準備を整えている。

やはり、自分があこがれ、仰ぎつづけた人は本物の英雄だった。
しかし、いやだからこそ、彼をここで失うわけにはいかない。
もし、一日の内に出来杉総理と『ピースメーカー』が同時に失われたら、人類の被る損失は計り知れない。
護衛官として恥ずべき行為と知りつつも、サイトーは『ピースメーカー』のコートの裾をつかんで彼を引きとめようとした。

「や、やめて、ください。ここで、出ていけば、犬死にです。貴方を失わけには……」
「驚いたな。間接的にショックパルスを浴びたとはいえ、ショックガンに撃たれてここまで動ける人間を見るのは久しぶりだ」

服をつかまれた『ピースメーカー』は気を悪くした様子もなく、いたずら好きな子供を見るような優しい眼でサイトーを見降ろした。
長距離狙撃のロングレンズバレルを取り出し、かちゃかちゃと銃に取りつけていく。

「君は優しい人なんだね、サイトーくん。首相の演説までまだ時間があるから、少しだけ話をしていこうか。僕が子供時代、ひどい落ちこぼれだったことは覚えている? その頃、近所にはいじめっ子がいた。そいつは体が大きくて、皆にジャイアンと呼ばれていた。悪い奴だったよ。いちゃもんをつけては僕たちを殴って、漫画やおもちゃを勝手に持っていった。『お前らのものは俺のもの、俺のものは俺のもの』とか言いながらね。そいつの歌がまた酷くてさ」

いじめっ子の話をしているはずなのに……。
『ピースメーカー』の顔には不思議と怒りや無念さはなかった。
ようやく完成した狙撃ライフル型のショックガンを膝の上に乗せてまた話し始める。

「でも、ある時……僕たちは一人の友達を故郷に送り届けるために、長い旅に出たんだ。旅の途中で、僕は一度だけジャイアンの命を助けたことがあった。その後で、僕たちは酷い選択をすることになった。友達を見捨てるか、アジア大陸と同じぐらいの距離を歩くかを選ばなくちゃいけなかった。僕は歩きたかったけど、皆疲れ切っていた。その時、いじめっ子だったジャイアンが言ったのさ。『こいつは俺の命を助けてくれた。だから、俺はこいつと一緒に歩く』とね。あの言葉にはどれだけ勇気づけられたことか……」

『ピースメーカー』が狙撃用ライフルの方を向いていた顔を上げる。
彼の視線を追おうとして、サイトーは彼が総理の演説台の方を見ていることに気がついた。

「今、あそこに僕の助けを求めている友だちがいる。25年前に、僕が願っていたように、一緒に歩いてほしいと願っている仲間がいる。勝てるかどうかは問題じゃない……僕は行かなくちゃいけないんだ」

コートを掴んでいた指から力が抜けていくのがわかった。
言葉や理性を超えた感覚で、サイトーは理解した。
『ピースメーカー』を止めることはできない、誰にも、たぶん彼自身にさえも。
なぜなら、ここで何もせずに留まり続けることは護り屋としての彼が死ぬことを意味するからだ。

最後にサイトーは少年時代から、渇望し続けた英雄の顔を瞼に焼き付けようとした。
しかし、突然雲間から差し込んだ一筋の陽光が『ピースメーカー』の姿を包み込み、彼の姿は淡い光の中に溶かしこんだ。
畏怖の念に打たれながら、乾いた喉の奥から、なんとか別れの言葉を絞り出した。

「もうお邪魔、しません。どうか、どうかご武運を……」
「心配しなくても、大丈夫だよ。僕には25年間、ずっと護ってくれたお守りがあるんだ」

右手でライフルを掴み、空いた左手で腰のあたりをぽんぽんと叩く。
静かに立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
日の光が作るトンネルの中を通り、今決戦の地へと。


***


あとがきのやうなもの


さあ、この作品も残すところ、あと二話か、三話になりました。
(エピローグに一話使うか、二話使うか。まだ迷っているんです)
ACT9で二人の戦いに幕が下り、ACT10でいろいろな謎に決着がつく予定です。
大人になったジャイアンたちの設定を並べようかとも思いましたが、
とある理由により、それは最終回に譲ることにしました。

では、みなさま、来週またお会いいたしましょう!



[7187] のび太 VS ゴルゴ13 ACT9
Name: かるめん ◆6f070b47 ID:53a6a4cf
Date: 2009/04/24 01:18
「無理だ! 無理だ! 無茶苦茶だ! そんなの絶対にできっこない!」

獣の雄たけびのようなドラ声に工房の壁が震え、作業台の上の金属粉が宙に舞う。
デイブ・ジュニアこと、D・Jは名匠デイブに才能を見出され、彼の後継者となった。
養父の死とともに、彼の工房と技術を引き付き、今では古典的な火薬式ライフル以外にもレーザーガンやハンドミサイルのような最新の兵器の改造も手掛けている。
北米随一のガンスミスとして、彼の名声は世界に鳴り響いていた。

だが、現実のD・Jは名匠のイメージとはかけ離れたゴリラのような大男であった。
身長210cm、体重120kgの巨体が恐ろしげな工具を振り回すさまは、どう見ても血に飢えたバイキングにしか見えない。
裏社会の常連客たちも、D・Jが一度機嫌を損ねて暴れ出せば、尻に帆をかけて彼の工房から退散するしかない。
だが、今日D・Jいつもの3割増しで荒れ狂っていると言うに、彼が追い出そうとしている男はその場から一歩も動く様子を見せなかった。
男は今では希少品となったトルコ製の葉巻に火をつけ、香り高い煙と一緒に言葉を吐き出した。

「お前の養父デイブは俺のどんな依頼にも完璧に応えた。そして、デイブはお前を後継者に選んだ」
「オヤジはもうろくしてたのさ。あんたに言われるままに無茶を重ねて、過労死しちまった! だが、俺は親父とは違う。 ノーと言える男なんだ! 良いか。ご自慢の耳も最近遠くなったみたいだから、もう一度言うがね。あんたの依頼は無茶苦茶だ! ショックガンはS&Mの虎の子で、ブラックボックスの塊だ。俺もハンドガンタイプのものしかお目にかかったことはない。それを狙撃用のライフルに改造した上で、出力を五倍に上げろだ? あんたが言っているのは、リンゴを見たこともない男にリンゴの木を書けと……」
「心配は無用だ。リンゴの実ならここにある」

様々な形の改造銃が並び、ガンオイルで汚れた作業台の上に革製の高級カバンを乗せた。
カバンに施された指紋や暗号など数種類の鍵を解除し、蓋を開けて中身を外気に晒す。
まるで宝石のようにベルベッドに乗せられた『それ』を目にした途端、D・Jは蛇髪の魔女ゴルゴンに魅入られた犠牲者のように凍りついた。

「な、なんだ、これは……」
「見ての通り、ハンドガンタイプのショックガンだ」
「それはわかる。わかるが、これはあまりにも……」
「気になるのなら、直に触ってみると良い」

音を立てて息と唾をのみ込み、カバンの中におさめられたショックガンを手に取った。
剛毛の生えた太い指が、その外見からは想像もつかない繊細さで銃の表面を撫でまわす。

「……小さい。小さすぎる。それになんて軽いんだ。まるで羽毛を持っているみてえだ。最新型のショックガンだってデザードイーグルぐらいの大きさがあるのに、こいつはまるでデリンジャーだ。それにこの亀裂から覗く部品の精密さと言ったら!」

もっと良く中身を覗こうと顔を近づけた時であった。
強化樹脂でできた銃身の一部が削り取られていることに気づいて、D・Jはうめき声をあげた。

「製造会社とロットが削られている! 誰なんだ、この芸術品を作ったやつは。そいつは最低でも俺たちの技術の百年先を行っている。こんな芸当ができるのは、遠い星からやってきたエイリアンか」
「或いは、遠い未来からやってきた時間旅行者か……どちらにしても、それは俺にとってもう意味のないものだ。もし、今回の依頼を引き受けるなら、その銃も報酬に付け加えよう」
「く、くれるのか! こいつがどれほどの値打ちものか分からないあんたじゃないだろ。そんなことしたら、今度のクライアントがどれほどの金持ちか知らないが、仕事は確実に赤字……いや、あんたは金のために仕事をする男じゃなかったな」
「そう言うことだ。断るなら、早くしてくれ。急いで、次のガンスミスを探す必要がある」

D・Jの髭面が怒りと屈辱で真っ赤に染まった。
男の依頼は不条理なものだということは分かっていた。
しかし、同時にその無茶な依頼をこなせる人間は自分以外いないという自負もあった。
そして、今彼の手中にある信じがたいオーバーテクノロジーの固まり。
これを手放せと言うのは、銃職人にとって片腕を切り落とせと言っているようなものだ。
もう一度手に持ったショックガンをじっくり眺めた。
再び顔をあげた時、D・Jの目には職人と芸術家だけが持つ狂気じみた熱が宿っていた。

「たしか、三日で仕上げろと言ったな。やってみようじゃねえか」



  のび太 VS ゴルゴ13 

    ACT9「硝煙」



出木杉総理が演説に立つまであと五分と少し。
五分後にホロスクリーンにノイズが走った時が、勝負の分かれ目となるだろう。

デイブ・ジュニアが不眠不休で仕上げた銃を持ちながら、ゴルゴはじっと機会を待つ。
D・Jはたった三日で、ゴルゴの無茶な要求をすべて満たしてくれた。
とはいえ、彼が夜を徹してつくった逸品にも欠点がないわけではなかった。
もともと構造の良くわからないショックガンを無理に改造したせいで、ゴルゴが手に持っている銃はライフルと言うよりもロケット砲と言っていいサイズまで巨大化した。

もはや、人間の腕力で振り回せる武器ではないが、ゴルゴは他の装備でこの疵を補った。
ハガクレコーポの最新作、強化装甲服『零(サイファー)』。
ほとんど一枚の布と同じ厚さの素材の中に仕込まれたカーボンナノファイバーの人造筋肉は、装着者の筋力を最大で3倍まで増幅してくれる。
一着でベンツのSクラスが三台買えるというこの高価なスーツを着込むことで、ゴルゴは巨大なショックガンを普通のライフルと同じように扱うことを可能にした。

しかし、強化服が補ってくれるのは腕力だけだ。
スナイパーにとって最も重要な反射速度や精密さの衰えまではサポートしてくれない。
ゴルゴの体は何年も前に最盛期を通り越し、遠い昔に下り坂に差し掛かっていた。
今まさに肉体的に絶頂期にあるピースメーカーと真っ向から戦えるコンディションではないことは、彼自身が一番良く分かっている。
だが、時間はただでゴルゴの身体をすり減らしてきたわけではない。
彼の肉体から奪い去った以上の報酬、すなわち経験と老獪さをゴルゴに支払っていた。

立体映像の看板の周りに仕掛けられた四つのカメラ。
そこから送られてくる画像を見ながら、男は考えた。
はたして、ピースメーカーは気づいているだろうか。
立体映像の反射鏡を発見したことから、この建築中のテーマパークにやってくるまで。
すべてがゴルゴの用意した計画通りに動いていることに。

その若者の名声がゴルゴの耳に届いたのは20年も前のことだった。
曰く、不沈艦イージスの弟子。
曰く、不殺伝説を受け継ぐもの。
曰く、不敗で最強のボディガード。
伝え聞く数え切れない噂、そんなものはゴルゴにとって、ただの言葉でしかなかった。
実際に、その若者と相対することになるまでは。

過去にゴルゴ13の標的とピースメーカーの依頼人が重なったことが一度だけあった。
始めて、その青年を障害として捉えた時の違和感をゴルゴはしっかり覚えている。
暗殺とは、実行する前の準備と手回しがすべてと言っても良い仕事だ。
なのにこちらが打つ手、打つ手、ことごとく先手を取られる。
まるで心を読まれているみたいに、付け入る隙が全く見当たらなかった。

かつてゴルゴ自身がもっとも自分を知っていると認めた男、猟官バニングス。
彼ですら、ここまでゴルゴの行動を読み取ることができたかどうか。
幸い、依頼の期限に余裕があったので、その時ゴルゴは標的とピースメーカーの契約が切れるのを待ってから仕事を果たした。
プロにとって危険に動じない根性は重要だが、余計なリスクを犯さない賢明さはそれ以上に大事だ。

しかし、二週間前に舞い込んだ依頼は、『演説台に立つ日本国総理大臣を一言も許さずに撃ち殺せ』というものだった。
時間的な余裕は皆無、総理を護衛するピースメーカーとの激突はもはや不可避であった。
狙撃を成功させるためには、ピースメーカーを倒してから、総理を撃つしかない。
そのことがわかった時、ゴルゴの中で取るべき手段は定まっていた。

最初に相対することになった時、ゴルゴはすでにピースメーカーの背景を調べていた。
その結果、彼が何者なのか漠然と悟った。
自分たちが始めて戦うわけじゃないこともわかっていた。

建築中のホテルで少年を見逃した時から25年。
それから、ゴルゴは無為に時間を重ねてきたわけではない。
いつか自分の体が衰えても、五分以上の条件で戦えるような策を練り続けてきたのだ。

総理狙撃の下準備として、反射鏡代わりのホロスクリーンを街中に仕掛けた。
それから人を雇って、襲撃を匂わす脅迫状を総理官邸に大量に送り付けた。
ボディガードの中で、ピースメーカーだけがゴルゴの意図に気づいた。
が、少ない証拠では確信までには至らず、襲撃で手いっぱいの仲間たちを持ち場から外すこともできない。
止むを得ず彼は、たった一人の助手を連れて、反射狙撃の可能性を探りに出かけ……

そして、今ピースメーカーはゴルゴが用意した死のアトラクションの真ん中にいる。

演説開始まで残り5秒を切った。
最初の狙撃で、ピースメーカーから逃げるための脚と助けを呼ぶための声を奪った。
しかし、あの獣の鋭い目と牙は、おそらく健在だ。
先手を取ることには成功したが、この程度の優位など一瞬の油断で簡単に逆転する。
これから先の戦いは、0.1秒の集中力を競う勝負となるだろう。

全身を緊張させ、また脱力させる。
胸一杯に酸素を吸い込んで、代わりに余計な熱や力み、感情を体の外に追い出した。
決定的なその時に備え、ゴルゴはゆるゆると影を呼吸しながら、自分を闇に溶かしていく。

 
 
 ■   ■   ■
 
 
 
出木杉総理が演説に立つまであと五分と少し。
五分後にホロスクリーンにノイズの走る一瞬が、勝負の時だ。

アトラクション施設の影に身を顰めながら、のび太は手鏡で外の様子を窺った。
最新のアイテムに比べて、この手の小道具は使いづらいが、電子機器が使用できない環境では大いに役に立つ。
とくに敵の狙撃で、視界を確保するための浮遊カメラが全滅した今、その有難さが骨身に染みる。

立体映像の看板の周りには小型カメラが四つ、お互いの死角を補うように仕掛けてあった。
あのカメラを通して、ゴルゴは遠方から自分たちを覗き見ているのだろうか?
のび太は、カメラの向こうで自分の様子を探っているゴルゴの姿を想像しようとした。

この四半世紀、彼の後を追いかけ、残った微かな情報を舐めるように一つ一つ集めてきた。
今では生きている人間の中で、自分ほど彼詳しい者はいないと断言する自信がある。
それでも、年老いたゴルゴの顔を思い描こうとしても何故か上手くいかなかった。

目を閉じれば、瞼の裏に浮かぶのは、常に自分の前に立ちふさがった若々しい彼の姿であった。
はたして、ゴルゴは自分のように、大昔に打ち負かした一人の少年のことをまだ覚えているのだろうか?

ホロスクリーンにノイズが走るまで残り三分。
はっきりと見えない敵の姿を一先ず、意識の端に追いやり、のび太はいつも颯爽としていた友の姿を思い出そうとした。

「出木杉、君が政治家になってから、僕たちずいぶんと無理を重ねてきたよな。でも、僕はもうお前を守ってやれないかもしれない……だから、これからはもっと身の周りの安全に気を配るんだぞ」

話したいことはまだあったが、残された時間は少ない。
のび太は地平線から目を逸らし、右手に視線を向けた。
鍛えに鍛えた結果、子供の時より倍近く太くなった手首に金属製のリストバンドが巻きついていた。

クァール猫のウィルスに侵されたコアチップの洗浄に出かける前に、サポートAIは抜け殻となった自分の体を思い出の品としてのび太に与えた。
心臓部を失った『デンジャーシミュレーター』は、もはやオーバーテクノロジーの産物ではなくなったが、それでも普通よりも高性能な立体映像機として役に立った。

リストバンドのタッチパネルを操作し、中に記録されている画像を呼び出す。
最初に虚空に浮かびあがったのは、結婚して以来別居している年老いた両親。
今まで生きてきた六十年以上の年月は、二人の顔に無数の痕跡(しわ)を刻みこんでいた。
のび助の頭はすっかり薄くなり、玉子の髪もすっかり白くなってしまった。
しかし、二人は子供の頃と少しも変わらない慈しみに満ちた目でのび太を見上げている。

「お父さん、お母さん……今までずっと黙っていたけど、僕は危険な仕事していたんだ。だまして、ごめんね。でも、本当のことを知ってもどうか僕を恨まないでほしい。僕は貴方たちに誇りに思ってもらえるような息子になりたくって、この道を選んだのだから」

父と母の映像は解けるように消え去り、代わりに現れたのは極端に体型の違う二人の男。
何度も背中と命を預け合い、今では友人以上の存在となった幼馴染たちであった。

「ジャイアン、いつもノビスケとしずかの面倒を見てくれてありがとう。君は何時でも最高に頼りになるガキ大将だったよ。スネ夫、いつも僕の仕事を助けてくれてありがとう。子供の頃の君は世界で一番、いやみなやつだったけど、大人になった君は世界で一番、格好いい男だったよ」

心の中に別れの余韻を残し、蜃気楼のように消えていく友の姿。
二人と入れ替わるように、のび太が最も愛する者たちの姿が映し出される。
彼女たちのために、たくさんの、たくさんの言葉を用意していた。
だが、いざこうして向かい合ってみると、のび太はあれ程考え抜いたはずのセリフが一つして口から出てこないことに気づいた。

「ノビスケ、しずか……何度もこんな場面を想像していたはずなのに。この期に及んでも、僕は君たちにどうやって言葉をかければいいのか分からない。ただこれだけは、わかってくれ。君たちにとって僕は良い夫や父親じゃなかったかもしれない。でも、僕にとって君たちは何時でも、最高の家族だったよ」

心臓を刃物で抉られるような痛みに耐えながら、愛する妻と子の映像を消した。
ついに、リストバンドの中に記録されている画像もこれで最後だ。
『彼』の姿を呼び起こすのは、ノビスケやしずかに別れを告げるのと同じくらい辛かった。
浮かび上がる立体映像は、この時代で『彼』の実在を証明する最後の資料だ。
他の記録は歴史に影響を与える恐れがあるとして、すべて焼き尽くされてしまった。

自分をネコ型と言い張る耳のない青いロボットと眼鏡をかけた小さなやせっぽちの少年。
二人は海へ行き、山へ行き、空を飛び、宇宙を旅し、冒険に出かけた。
二人は共に笑い、泣き、喧嘩をしては、何度も仲直りをした。
二人は、友達だった。
辛い時も、楽しい時も、悲しい時も、嬉しい時も、一緒にいた時も、別れた後も。
ずっとずっと友達だった……。

「ドラえもん……久しぶりだね。覚えているかい? 未来に帰る前に、君は自分の力で、僕を変えられなかったと嘆いていたね。でも、あれは間違いだよ。君と一緒にでかけた冒険が、今まで僕を生かしてくれたんだ。君が教えてくれた優しさが、僕にこの道を歩き続ける力を与えてくれたんだ。25年前、僕は彼(ゴルゴ)を止められなかった。今日も一人だけじゃ、彼を止められないかもしれない。だから、一緒に行こう。今度は、二人で彼を止めに行くんだ」

そして、また何度も『彼』に向かって言ったあの言葉を口にする。
今度はすがるためではなく、新しい力を得るために。


「たすけて、ドラえもん」


演説開始まで残り1秒、時は来た。
瞼を閉じて、脳の奥にまどろむヒュプノスの力を呼び起こす。
昔と違い、のび太は正確に自分の能力を把握し、完璧に操れるようになっていった。
脳の潜在能力を使った後に、気絶するという弱点もほぼ克服している。

ただ銃を構え、狙い、命中させる一つの部品となるために。
集中の妨げになる痛覚を眠らせた。
死にたくないという恐怖を眠らせた。
生き残りたいという執着を眠らせた。
喜怒哀楽、すべての感情を無に還し……。
最後に愛する人たちの面影を見た後、それも無意識の闇の中にしまい込んだ。

ホロスクリーンに反射狙撃用のノイズが走る一秒前。
のび太は狙撃用のショックガンを構えて、今まで隠れていた物陰から飛び出した。
眠れる脳の潜在能力を開放し、封印されていた肉体のリミッターをすべて解除する。
未来も身体も顧みずに、疾走するその姿は人と言うよりも、すでに一発の弾丸。

ホロスクリーンの周りに配置されていた四つのカメラが一斉に火花を吹いて沈黙した。
カメラの向こうでは、一瞬ですべての視界が消失してしまったように見えたことだろう。
一つの標的を狙って撃つまでのタイムラグ、わずか0.03秒。
全盛期のゴルゴをも超えたスピードで、のび太は看板に向かってショックガンを構え―――


次の瞬間、予想もしなかった方向、真横から飛んできた青い光がのび太の右腕を直撃した。 


 
 
 ■   ■   ■
 
 
 
出された全ての問題に正解した故に、ピースメーカーは敗北した。
ゴルゴ13は反射狙撃で総理を狙い撃とうとしている。それは、正しい。
テーマパークにあった看板こそ、すべての反射鏡の要である。それは、正しい。
ゴルゴの狙撃を阻むためには、彼よりも早く射撃を当てるしかない。これも、正しい。
だが、一つだけピースメーカーが間違っていたことがある。

銃の射線を自在に変えられることだけが、反射狙撃の長所ではない。
真に恐ろしいのは、スナイパーにとって、命と同じぐらい大切な間合い、距離感覚を奪うこと
のび太が予想していたように、ゴルゴ13は、はるかな遠方に身を潜めていたのではなく……


最初からテーマパークの中にいたのだ!


カメラを仕掛けているから、ゴルゴが身近にいるはずはないという推測。
加齢で衰えた肉体で、自分に中、近距離戦を挑むはずがないという憶測。
二つの心理的な死角に隠れて、ゴルゴは敵が最も無防備になる一瞬を狙い撃った。
この場合、ピースメーカーがどれほど速く動こうと関係はない。
むしろ、ホロスクリーンのノイズに完璧に同調すればするほど、カウンタースナイプが容易になる。

青い焼き串のような光線の直撃を受けて、ピースメーカーがアトラクション施設の壁に叩きつけられる。
通常の五倍のパワーのショックパルスを浴びれば、生身の人間は痛みを感じる暇もなく即死する。
戦国時代の長槍のようなライフルを、遠心力とスーツのパワーを生かして約90度回転させる。
計算していたとおりのタイミングで、銃口の先に光線を捻じ曲げるためのノイズが現れた。
あとはこの引金に軽く触れるだけで、地平線の彼方にいる出木杉総理の心臓が停止する。
準備に二週間かかった大仕事の仕上げをしようとした、その時

―――ゾクッ!!

氷の刃を背筋につきたてられたような戦慄に襲われた。
首をわずかに曲げて、自分が撃ち倒した男を見た時、ゴルゴは信じがたい光景を目にした。

 

 ■   ■   ■
 
 
 
右手の皮膚は炭化し、筋肉は焼き切れて、下の骨まで黒こげになっていた。
砕け散った金属の破片は、服とその下にある肉体をズタズタに切り裂いた。
ショックパルスの反射光を浴びた左目の視力はもう完全に失われている。

しかし、のび太はまだ立っていた。
しかし、のび太はまだ動いていた。
右半身を灼熱のやすりで擦られたような姿になりながら、まだ倒れていなかった。

物陰から飛び出す一瞬前、のび太は『シミュレーター』の設定をいじっていた。
ちょうど、四つのカメラを壊して、ホロスクリーンを狙い撃つ瞬間に立体映像を立ち上げるように。
自分が撃たれた時に備えて、電磁波のバリアーを張っておいたのだ。

光線に耐え切れずに『シミュレーター』は爆発し、余波を浴びたのび太の体は満身創痍となった。
しかし、ショックガンの真の脅威。
サイボーグや遺伝子改造人間を一撃で沈黙させるストッピングパワーはすべて防ぐことができた。

限りなく引き伸ばされた時間の中で、砕かれた金属の破片と立体映像の断片が光り輝く雪のように傷ついた男の身体に降り注ぐ。
父母への深い敬意、朋友との命をかけた絆、家族に対する限りない愛情。
忘れることのできない思いで、捨てることができなかった執着。

ゴルゴ13が強さのために削ぎ落としたすべてが、のび太の命を守ったのだ。
のび太の『左腕』が、自分の筋肉や血管を引きちぎるほどの速さで閃く!
それは、一人の少年のたわいない夢から始まった……。

『じゃあ、聞くけどさ。のび太くんは将来、どんな仕事につきたいと思っているんだい?』
『そりゃ、もちろん……正義のガンマン! 二丁拳銃を使って、悪ものをばったばったとやっつけるんだ!!』

二丁拳銃、一発の銃弾に命をかけるプロなら、笑って見向きもしないその技術を極限まで鍛えぬいた。
すべては、将来あの『男』と再戦した時に、一つでも多くの切り札をのこすため。
そして、今少年の想いは現実となる!

のび太の指が、左の腰のホルスターに納まっていた銃把を掴んだ。
その武器こそは、振り返ったゴルゴ13がわが目を疑った原因だった。

S&W38口径リボルバー。
あのホテルの戦いで、クァール猫に破壊されたゴルゴの愛銃をのび太は回収していた。
タイム風呂敷で直した後、自分のお守り(サブウェポン)として持ち歩いた。
長い戦いの歴史で傷つき、見る影もなく改造された往年の名銃。
そのシリンダーの中には、ショックパルスと同じ効果を持つショック弾が計六発。
主人の号令を待つ忠実な猟犬のように、解放の時をいまやおそしと待ち続けている。

奇しくも、この時、二人の立場は位置と武器を入れ替えた過去の決闘の再現。
物干し竿のようなショックガンを振り回して、背後の敵に向き直ろうとするゴルゴ。
小さなリボルバーを神速のスピードで引き抜き、照準を定めたのび太。
25年間離れていた二人の男を、六発の銃声が繋いだ。



砕け散る立体映像のかけらは、太陽の光を浴びて虹色に渦巻く。
眠りの神の加護が遠ざかるに従って、ゆっくりと痛みが戻ってきた。
肉体を貫く灼熱を通して、男は自分が撃たれたことを悟った。
手に残る重い感触を通して、誰かを撃ったことを思い出した。

傾いていく世界。
倒れていく身体。
空から降り注ぐ陽光が目を眩ませる。
遥かな高みで、飛び続ける一羽の鳥を見た。
白い翼の音を聞きながら、

思い出は、過去へとさかのぼる……。



***


あとがきのやうなもの


終わりました。
正確的には、エピローグがまだ残っていますが、ゴルゴとのび太の戦いはここで幕を閉じました。
自分の中で書きたかったすべてのものを吐き出したかと言えば、ちょっと疑問は残りますが、とりあえず今の自分の力で表現できるものはすべて書いたと……思います。
後は、読者のみなさんに、私の作品が受け入れてもらえるかどうか、どきどきしながら、待つのみです(・ω・)

追伸;
ごめんなさい。
作者がいきなり海外(ていうか香港)に出かけることになったため、
今までどおりの一週間に一度の更新を維持することが難しくなりました。
次回の投稿は、日曜日の夜にできないかもしれません。
でも、なるべく早く更新するように努力しますので、
どうかどうか、ご容赦よろしくお願いします(平伏)



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