のび太の悪い予感は、的中した。
少年と男、二人の天才の射撃能力はほぼ互角。
抜き打ちでは、毎日トレーニングを欠かさないゴルゴの方がやや有利かもしれない。
だが、のび太がさきに銃を抜き、照準を終えている段階では、意味のないことだった。
出会ったその瞬間、勝利の女神はまだ、のび太にほほ笑んでいたのだ。
しかし、少年には、武器を持っていない人間を打つことへの躊躇いがあった。
百戦錬磨の経験から、それを読み取ったゴルゴは、隙を見せず相手を威嚇。
撃つに撃てぬのび太が、同じ体勢をとり続けることを強要した。
長い間、銃を構え続けたのび太の腕に疲労は蓄積され、筋肉は固くこわばる。
硬直した腕が、引き金を引く程度の自由を取り戻すのに必要だった時間、たったの0.2秒。
その隙とすら言えぬ、一瞬の間に―――
―――ゴルゴの腕が0.17秒の速さで銃のグリップに伸びた。
のび太 VS ゴルゴ13
ACT4「雷管」
ゴルゴの指が力強く、愛銃S&W38口径リボルバーをつかむ。
しかし、この距離で普通に打っても、お互いの攻撃が同時に命中するだけだ。
プロの暗殺者の辞書に相打ちという言葉は存在せず、死は常に敗北でしかない。
右手で銃のグリップを握りながら、ゴルゴは左半身を大きく後ろへ退く。
体全体で銃を引き抜くと同時に、敵の射線から一瞬で姿を消した。
ゴルゴが使ったのは、古武道で言うところの奥儀『無拍子』。
一切の予備動作と淀みを伴わない動作は、常人の目には瞬間移動したようにしか見えない。
ゴルゴを語る時、多くの者は、成功率99.27%の射撃能力に目を向けがちだ。
しかし、絶対絶命の窮地を前にした時、もっとも頼りになるのは銃の攻撃力ではない。
プロの傭兵にも、オリンピックの金メダリストにも、遺伝子改良で生まれた超人兵士にすら致命傷を許さぬ、成功率100%の超回避能力こそゴルゴの切り札なのだ!
だが今、ゴルゴは完璧にかわし切ったはずの銃口が、自分の行く手に再び現れるのを見た。
体を思いっきり下に向けて傾け、倒れかかったと思った瞬間、思いっきり大地を蹴った。
跳躍しながら、全身の筋肉を使って、空中で身をよじり、右方向へ回転する。
超人的な体力、体操選手を超えた技、それに重力の加速まで加えた回避技術の極致。
ゴルゴと同格と言われた傭兵スパルタカスや工作員「AX-3」ですら、この技の前に一発の命中弾を放つこともできなかった。
そして、のび太はゴルゴの過去のライバルたちを、一瞬で抜き去った。
ショックガンの銃口が、磁力を備えたようにゴルゴの方へと吸い寄せられてゆく。
先ほどまで硬直していた筋肉からは、想像もできぬ速さ。
プロの常識からかけ離れたむちゃくちゃな動きだった。
のび太は、回避や防御をかなぐり捨てて、ただひたすら標的に照準を合わせようとしていた。
少年の目を覗きこんだ瞬間、ゴルゴは戦慄が背を貫くのを感じた。
―――まさか、この子供は……
■ ■ ■
ゴルゴと対峙していた時、のび太の精神は度重なるストレスで、すでに限界に達していた。
そして、ゴルゴの手が銃のグリップを握ると同時に、のび太の精神は遂に限界を超えた。
少年の脳の中で、何かが音を立てて、弾け飛び、
その瞬間―――
―――のび太は、眠った。
野比のび太は、0.92秒で眠りにつく特技がある。
これは、のび太の両親や友人ならば、誰でも知っていることだ。
しかし、その能力が持つ本当の意味を、理解している者は誰もいなかった。
人間が一つの作業に使える脳の容量は、30%が限界だと言われている。
残り70%の潜在能力に至る道は、脳内に満ちる膨大な雑音に塞がれている。
十全な脳力を得るためには、超人的な精神力で煩悩雑念を圧殺するしかなく、そのためには、命をかけた荒行が不可欠だとされてきた。
しかし、ここに一千万、あるいは一億人に一人の例外が存在する。
のび太は、自分の意思で、自由に睡眠をコントロールすることができる。
それはつまり、不要な脳の機能をシャットダウンし、余った容量を自在に使いこなせるということ。
有史以来、武術や禅の究極の目標の一つと言われてきた概念、『無念無想』。
数え切れない聖職者や武芸者たちが求めてきたその境地に、のび太は持って生まれた才能だけで到達していた。
かつて、ギラーミンと戦った時、少年は一度だけ0.92秒の壁を超えたことがある。
そして今、ギラーミン以上の大敵を目に前にして、のび太は再び、自分が作った記録を破ろうとしていた。
集中の妨げになる痛覚を眠らせる。
死にたくないという恐怖を眠らせる。
生き残りたいという執着を眠らせる。
喜怒哀楽、すべての感情を無に還して、愛する人々の顔も意識の底へ沈め、
息をするよりも、心臓を脈打つよりも、生存することよりも、ただただ銃を構え、照準を絞り、引き金を引いて、射撃を命中させるための部品と化す!
■ ■ ■
のび太の目を見た瞬間、ゴルゴの理性と本能、経験の三つが同じ結論を出した。
―――この射撃は、絶対に避けられない!
今の少年は人間というよりも、銃を撃つための精密機械に近い存在。
たとえ、脳幹を瞬時に撃ち抜いたとしても、脊髄反射で命中弾を放ってくる。
繰り返し言おう。
プロの暗殺者の辞書に相打ちという言葉は存在せず、死は常に敗北でしかない。
頭を撃ち抜いても、相手の狙撃が防げないとわかると、ゴルゴはすぐさま標的を変えた。
スローモーションのように引き伸ばされた時間の中、右手の銃口が角度を変えていく。
そして、鏡で映したように、のび太の銃もまた同じ標的を選んでいた。
ゴルゴは、少年の射撃を妨げるために右手を狙った。
のび太は、相手を殺さないために最初から男の右手を狙っていた。
ゴルゴが引き金を引き、百分の一秒ほど遅れてのび太も引き金を引く。
同じ標的を狙い、同じ射線で、ほぼ同タイミングに放たれた矢たち。
その勝負の趨勢を決したのは、技量ではなく、二人が持っていた武器であった。
ゴルゴの武器、S&W38口径リボルバー、弾丸の速度、秒速291m。
のび太の武器、ショックガン、そのショックパルスの速度……秒速299,792,458m。
ゴルゴの弾が銃口から飛び出した瞬間、約103万倍の速度で飛来した光線が38ACP弾を直撃!
砕け散った鉛玉の半分は、のび太の服と皮膚の一部を引き裂いて鉄骨の間の闇に消えた。
一方、ショックガンの光線はやや威力を減退させながらも直進。
ゴルゴ13の姿がショックガンの青い光に包みこまれた!!
***
あとがきのやうなもの
というわけで、第一回から言っていた『ウルトラC設定』。
悲しみを知る漢(のび太)の無想てん……。
じゃなかった、『無念無想』。
要するにギラーミンとの一騎討ちで気絶したこと、
モルグシティで無意識の内に、ならず者たちを打ち倒したこと、
それにのび太の特技、高速昼寝をこじつけた超設定です。
気に入らない方もいると思いますが、
小学生が世界的な暗殺者と互角に戦うためには、
このぐらいの強引な設定が必要だったと思って勘弁してください。
ところで、今回は、のび太の能力に説得力を持たせるために説明的表現を多用しました。
それが、読者の皆さまにとって読みづらくなかったか、心配でたまりません。
もしよかったら、今回の文章が読みづらくなかったどうか、皆様のご感想を教えてください。
どうぞ、よろしくお願いいたします。