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[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母(DQ5 女主人公再構成 完結済 補遺追加)
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2011/11/22 22:21
 大海原を滑るように一隻の船が行く。波は穏やかで船の揺れもよほど弱い者でなければ、酔いを催すほどのものではない。むしろ眠りを誘うほどだろう。
 その事を物語るように、船室では客の一人が穏やかな眠りの中にあった。しかし、船が大きく回頭し、船体が傾いたのを感じたのか、その客は目を覚ました。
「む、起きたのか? リュカ」
 船室にはもう一人客がいた。軽装の鎧を身にまとった、屈強な男だ。特に防具も無く剥き出しの腕は、しかし防具など必要ないとさえ思わせるほどに鍛え上げられた筋肉に覆われ、無数に走る傷跡が彼の潜り抜けてきた歴戦の跡を物語っている。
 姿こそ粗野だが、その風貌には気品と風雅さえ感じられる、見る者全てにこれは只者ではない、と思わせる男……彼の名はパパスと言う。
 一方、パパスに名を呼ばれたリュカと言う客の方は、まだ幼い子供であった。それもそのはず。リュカは今年で六歳になる、パパスの子供である。黒い髪と瞳はパパスとの血縁を窺わせたが、それ以外はあまり似たところの無い親子ではあった。しかし、二人はもう数年の間旅を共にし、心の底からの情愛で繋がっていた。
「おはようございます、父様」
 リュカはまだ眠そうな表情をしてはいたものの、丁寧に挨拶をした。
「ああ、おはよう。そろそろビスタの港に船が着く頃だろう……ん? どうした?」
 リュカが何か言いたそうな表情をしているのに気づき、パパスは尋ねた。
「妙な夢を見ました……どこかのお城の中で、父様が生まれてきた子供にリュカと言う名前をつけていました」
「なに?」
 パパスは一瞬真剣な表情になったが、すぐに破顔してリュカの肩を軽く叩いた。
「そうか。夢の内容をはっきり覚えている者は、高い魔力の持ち主と言う。お前は将来良い魔法使いになるかも知れぬな」
 褒められたリュカはにっこり笑った。
「ありがとうございます、父様。でも、父様のような強い剣士にも憧れます」
 パパスは頷いた。
「お前がそうなりたいなら、いつでも稽古をつけてやろう。それより、そろそろ港も近いようだ。世話になった船の人たちに挨拶をしてきなさい」
「はい、父様」
 リュカは頷くと、船室を出て行った。パパスは再び真剣な表情になり、日記をつけていた帳面を閉じた。
「あれほどはっきりとした夢を……それも生まれた時の光景を覚えているとはな。リュカはマーサに似ていると思っていたが、これも血か」
 パパスは一人ごち、遠い目をした。

 その頃、リュカは船長に挨拶をし、そろそろビスタ港であると教えられていた。ビスタ港はラインハット王国の南西地方にある小さな港で、リュカの家があるサンタローズの村の最寄港である。本来は定期船が通るような港ではないが、今回は特別に寄航してくれることになっていた。
「私はパパスさんの古い知り合いでね。パパスさんにはいろいろ世話になった。このくらいはお安い御用だ……リュカと言ったね。君もお父さんからいろんな事を学んで、立派な大人になるのだよ」
「はい、船長さん」
 リュカは頷き、船長の邪魔をしないように操船台から降りた。すると、台所の方に別の船員を見つけた。その船員にも挨拶しようと近寄ったリュカだが、その船員は背を向けていたにもかかわらず、リュカの接近に気づいていたらしい。いきなり振り返ると、大声で叫んだ。
「がおーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「きゃっ!?」
 その咆哮に驚き、尻餅をつくリュカ。その姿を見て、船員はしてやったり、と言う風に笑った。
「わはははは、こんな事で驚いては強い大人にはなれないぞ、坊主……」
 その笑いが急速にしぼんだのは、尻餅をついたリュカの姿を見て、ある事に気づいたからだった。転んだ表紙にリュカの服の裾がめくれ、そこには……と言った所で、リュカがさっと服の裾を押さえ、真っ赤に上気した涙目の表情で船員を見上げた。
「み……見ましたか?」
「へ? い、いや……その……す、済まん。見るつもりは無かったんだ。と言うか知らなかった。本当にすまない……まさか……」
 そこへ、船の司厨長がやってきた。先程の咆哮を聞きつけてやってきたのだろう。そして、どうやら状況を悟ったらしく、非難の目を船員に向ける。
「まーたお前は子供を驚かせて。悪い癖だぞ。リュカちゃんは……」
 司厨長はリュカを支えて起こしてやりながら言った。
「女の子なんだからな」
 その時、見張り台からの声が台所まで聞こえてきた。
「港だ! ビスタ港が見えるぞー!!」

 これは……数奇な宿命と血脈に導かれた、一人の少女の物語。

 ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~


-あとがき-
 はじめまして。航海長と申します。こちらへの投稿は初めてです。

 と、言う事で女の子版主人公によるドラクエ5再構成です。某所で見た女主人公のイラストがあまりにも可愛かったので、発作的に書きました。反省はしているが後悔はしていない。
 なお、話が進むにつれて若干原作とキャラの設定が違う面が出てきますが、あらかじめご了承ください。






[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第一話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/09 22:18
 船員たちと別れを惜しみつつビスタ港で下船した父娘は、サンタローズへ向かう草原の道を北へ歩いていた。何やら娘の様子が暗い事に気づいたパパスは、どうしたのだろうと案じ、娘に問いかけた。
「リュカ、何かあったのか?」
「え?」
 リュカは顔を上げた。
「さっきから何やら暗い表情で考え込んでいるようだが……久しぶりにサンタローズに帰るのが嬉しくないのか?」
「あ、いいえ……そんな事はないです」
 リュカは父の懸念を否定した。
「では、どうしたのだ?」
 重ねての問いかけに、リュカは思い切って尋ねた。
「あの……父様、わたしは女の子に見えませんか?」

ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第一話 帰郷


「え?」
 娘の思わぬ質問に、きょとんとするパパス。そこでリュカは船員の一人が自分が男の子だと思っていた事を話した。
「う、うーむ……それは格好のせいだと思うが」
 パパスは言った。旅の間、パパスはリュカに男物の服を着せ、髪の毛はターバンの中に隠して、短い髪のように見せていた。別にパパスに倒錯した趣味があるわけではなく、ただ単に旅の利便性を考えての事である。そうでなくともかわいらしい子供、特に女の子を狙う不届きな人攫いがいるという噂は良く聞く。用心に越した事はない。
「そうでしょうか……女の子らしい格好をしたら、ちゃんと女の子に見えますか?」
 まだ疑っているらしいリュカに、パパスは頷く。
「もちろん。リュカはかわいい女の子だとも。そうだな。今度はしばらくサンタローズに落ち着くつもりだから、お前にもかわいい服を買ってやろう」
「ありがとうございます、父様」
 リュカはようやく笑顔になった。パパスは安心しつつ、リュカもそろそろ女の子らしい感性に目覚めてくる年頃か、と感慨深いものがあった。
「あ、父様。村が見えます。あれがサンタローズですね?」
 そんな事を考えていると、リュカがパパスの手を引いて前方を指差した。
「ああ。懐かしいな」
 パパスは目を細めた。素朴で穏やかな土地柄と、気の置けない付き合いが出来る村人たち。サンタローズは今では第二の故郷とも言うべき土地だった。

「お帰りなさいませ! 旦那様、お嬢様! このサンチョ、お二人のお帰りを一日千秋の思いでお待ちしておりました!」
 歓迎する村人に揉まれつつ帰宅した父娘を出迎えたのは、父の従者で留守番役でもあるサンチョだった。小太りの愛嬌ある外見の男で、見た目はパパスと幾つも違わないように見えるが、実はこれでまだ二十代だったりする。
 一見鈍重そうな外見だが、なかなか武芸に長けており、槍術や斧を得意とする他、簡単な魔法も使うことが出来る。また、細かな気遣いも利き、料理をはじめとして家事全般を得意とする。旅立つ前はリュカの子守をしてくれてもいた。リュカにとっては年の離れた兄……ちょっと無理があるかもしれないが……と言うべき人物である。
「うむ、留守番ご苦労だった」
「ただいま、サンチョさん」
 父娘はそれぞれにサンチョに帰還の挨拶をする。
「なんの。このサンチョ、旦那様とお嬢様のためなら、苦労などとは思いませぬ。お二人に会えないことは辛いですが」
「ハハハハハ、まぁ、しばらくはこの村に腰を落ち着けるつもりだ。よろしく頼むぞ」
「はい」
 そうやって、二人が会話を始めたとき、階段の上から足音が聞こえた。リュカとパパスが見上げると、金髪を二本のみつあみにくくった、活発そうな印象の少女が立っていた。リュカよりはいくらか年上だろうか。彼女は笑顔で挨拶をした。
「お久しぶりです、パパスおじさん」
「え? 君は誰かな?」
 村人にこんな少女はいなかったはずだ、と訝るパパスに、少女の背後から現れた女性が答えた。
「あたしの娘だよ、パパス」
 女性を見たパパスは笑顔を浮かべた。
「おお、ディーナさん! ダンカンのおかみさんか! 久しぶりだな!! するとこの娘はビアンカか」
「はい、パパスおじさん」
 少女――ビアンカはにっこり笑い、ついで視線をリュカに向けた。
「リュカ、あたしのこと覚えてる? と言っても無理かな……前に会ったのはリュカが四歳の時だし」
 リュカは首を横に振った。
「ううん……なんとなく覚えてるよ、ビアンカお姉さん」
 はっきりと覚えてはいないのだが、確かに太陽の様に明るい少女と遊んだ記憶が、朧げながらあった。そう答えると、ビアンカの笑顔がますます明るいものとなった。
「本当に? 嬉しい! ねぇ、また遊ぼうよ。アリーナ姫ごっこでもする? もちろんあたしがアリーナ姫で、リュカは……クリフトかな?」
「あ、アリーナ姫ごっこ?」
 リュカが戸惑うと、ディーナが済まなそうな表情で言った。
「ああ、ごめんねリュカちゃん。この娘ったら最近天空の勇者の話を見て、すっかりはまっちゃってねぇ」

 天空の勇者伝説――この世界では、比較的ポピュラーなおとぎ話の一つである。五百年ほど前、ある魔族の王が世界を征服するという野望に取り付かれ、人間を滅ぼそうとした事があったという。
 それを食い止めたのが、天空人の血を引く勇者とその仲間……導かれし者たち。様々な理由で旅立った彼らは、数奇な運命の元に出会い、魔王とその配下の魔物たちとの壮絶な戦いを繰り広げた末、魔王を討ち取って世界に平和をもたらした、と言うのである。
 しかし、勇者は魔王を倒した後に姿を消し、その行方は知れなかったと言う。一説では天空界に帰ったとも、別の世界へ旅立ったとも言われる。
 ビアンカが名を出したアリーナ姫は、導かれし者たちの一人。サントハイムと言う国の王女だったが、武道を志し、エンドールと言う国の武術大会に出場して優勝。その名を天下に轟かせた。それほどの豪の者でありながら、その容姿はたおやかにして可憐。美神と武神の加護を共に授かったと言われる美しい少女だったと言う。
 時が流れ、今はサントハイムもエンドールも滅びて別の国に取って代わられたが、猛き美姫アリーナは多くの少女たちの憧れる存在だった。
 クリフト……大神官クリフトも導かれし者の一人で、サントハイムの神官だった。アリーナ姫への忠誠と思慕、神への信仰との間で苦しみつつ、その宿命を全うしたと伝えられる。サントハイムが滅亡した事で記録が失われ、二人の恋がどのような結末を迎えたのかについては知られていない。

「ほう、天空の勇者伝説か……ビアンカがアリーナ姫で、リュカがクリフトなら、私はブライかな? サンチョはトルネコで良いと思うが」
「旦那様、それはあんまりです」
 パパスの言葉にサンチョがしかめ面をし、ビアンカは笑い転げた。
「パパスおじさんは戦士ライアン様だと思いますよ。サンチョさんはその通りですね」

 ブライ、トルネコ、ライアンも導かれし者たちである。ブライはクリフトと共にアリーナに仕えた大魔法使いで、トルネコは大商人。勇者一行のムードメーカー兼コミックリリーフの役割が定着している。ライアンはバトランドと言う国の戦士で、その剣腕天下に並びなし、と称された達人だった。
 この他に爆炎の踊り娘マーニャ、運命を見通す者ミネアの二人……彼女らは姉妹だった……が勇者と並んで戦った導かれし七人であるが、いずれも勇者同様その後の人生は判然としていない。彼らの末裔と名乗る王族や名家、生誕の地や終焉の地を名乗る場所は数十では利かないが、どれも怪しいものである。そのため、この伝説自体が今では実在かどうかも怪しい、とされている。
 
 もっとも、そんな夢のない話は子供には関係がない。結局アリーナ姫ごっこにつき合わされ、偉そうに胸を張るビアンカと、その前に控えるリュカの様子を苦笑と共に見やりながら、パパスはディーナに尋ねた。
「ところで、今日はどうしてサンタローズに? ダンカンは元気かね?」
「それが、亭主が病気で倒れちまってねぇ。この村に薬を貰いに来たのは良いけど、今度は薬師の親方が洞窟から帰ってこなくて」
 ディーナは答えた。彼女は夫のダンカンと隣町のアルカパで宿屋を営んでいる。それなりに繁盛しているだけに忙しく、ダンカンは過労もあって倒れてしまったらしい。
「ふむ……それは心配だ。親方はいつ洞窟に入った?」
 表情を改めるパパスに、ディーナは二日前だ、と答えた。
「わかった。私が行って様子を見てこよう。何かあったのかもしれん」
 そう言って一度外した剣を背負いなおすパパスに、ディーナが慌てたように言う。
「わ、悪いよパパス。あんた旅から帰ってきたばかりだろう?」
「やせても枯れてもこのパパス、旅の疲れ程度たいした事はない。村の洞窟を探ってくるくらいは造作も無いよ……と言う事で、ちょっと行って来るぞサンチョ。夕飯までには帰る」
「承知しました、旦那様」
 サンチョが丁重に頭を下げ、パパスは家の外に出るとビアンカに振り回されているリュカに声をかけた。
「リュカ、父さんは洞窟に行くが、ついてくるか?」
「どうしたんですか? 父様」
 駆け寄ってきた娘に、パパスは事情を話し、修行がてら付いて来るかと尋ねた。リュカが頷いたのは言うまでもない。しかし。
「そういう事なら、私も行っていいですか? パパスおじさん」
 ビアンカまでが同行を申し出たのは意外だった。
「ビアンカが? それは危ないから駄目だ」
 当然のことながら、パパスはビアンカの頼みを一蹴した。しかし。
「えー、でもリュカちゃんは連れて行くじゃないですか! 私だって、武術の練習もしてるし、弱いモンスターくらい、こう、えい、やあっ! とやっつけられます!」
 アリーナに憧れるだけあって、ビアンカは武術が好きらしい。掛け声と共に突きや蹴りを放つ様は、八歳の少女にしては様になっている。しかし、パパスは認めない。
「リュカは私と旅をする以上、ある程度強くなってもらわねばならん。ビアンカはそうではないだろう。大人しくお母さんと待っていなさい」
 それでもビアンカは引かない。結局、ディーナを呼んでビアンカを押さえてもらっている間に、父娘は洞窟に入った。
(続く)


-あとがき-
 第一話です。本格的な冒険の始まりです。
 一番の変更点はビアンカの設定。この話ではIVのアリーナみたいな武闘家タイプのキャラとなっています。
 というのも、初めてVのキャラ絵を見たときに、絶対ビアンカは武闘家だと思ってたんですよね……同志はいませんか?
 いませんかそうですか。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第二話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/10 21:03
 サンタローズの洞窟はモンスターも出るが、スライムなどの弱いものばかりで、脅威になるほどの強いモンスターはいない。だから洞窟も恐れる対象ではなく、貯蔵庫などとして活用されていた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第二話 サンタローズの洞窟


「父様、こんなところに薬草があるんですか?」
 父の後をランタンを持って歩きながら、リュカは言う。冬暖かく、夏は涼しい洞窟は、川が流れ出るが故の湿気さえなければ、かなり快適な空間だ。実際酒の貯蔵庫などとしては活用されている。
「薬草と言うか、きのこの類のようだが。ともかく、それがあればビアンカの父の病を治せるそうだ。最下層の方に生えているそうだが……」
 話しつつ、パパスは油断無くあたりに気を配り、立ちはだかる魔物がいれば、抜く手も見せずに次々に斬り倒していく。リュカはひのきの棒でパパスが討ちもらした相手を殴るだけなので、それほどの苦戦はしていない。彼女も父と共に数年間旅をしていたので、スライム程度なら十分あしらえる程度の腕はあるのだ。
 はっきり言ってしまえば、今のリュカのほうが二歳年上でも実戦経験はないビアンカよりは強いだろう。
 ともかく、父娘は順調に洞窟の奥へ進んで行き、そろそろ件のキノコが生えると言う区域に近づいてきた。ちょっとした広間のようになった場所で、岩が転がっている。まだ父娘がサンタローズに来る以前、大きな落盤があったとかでしばらく立ち入り禁止になっていた。
「父様、立て札があります」
 リュカが指差す先には、確かに立て札があり、その向こうは黒い闇に包まれていた。床が抜け落ちて下層に落下した跡のようだ。
「ふむ……リュカ、読めるか?」
 パパスはリュカに立て札の文面を見せた。彼女は最近読み書きを習い始めたばかりで、まだ難しい言葉は知らない。しかし、この時はあまり問題なく読む事ができた。
「えっと……あしもとにちゅうい……?」
「うむ、良く読めたな」
 パパスは笑顔でリュカの頭を撫でた。照れたように赤くなるリュカだったが、急にその表情が真剣なものになった。
「……!」
「リュカ? どうしたんだ?」
 娘の様子が変わった事に、パパスも真剣な表情になる。リュカはすぐには答えず、しばらく辺りを見回していたが、すっと床の抜けた方を指差して言った。
「父様、誰かの声が聞こえます」
「声だと?」
 パパスは目を閉じ、耳に神経を集中する。そして聞いた。誰かの弱々しい声を。
「……すけ……たす……助けて……くれ……」
 パパスは目を開いた。穴に近寄り、大声で叫ぶ。
「誰かいるのか!? 助けに来たぞ!!」
 声が反響して洞窟内をこだまし、それが消えた頃に、今度ははっきりと声が聞こえた。
「ここだ……頼む、助けてくれ……」
 パパスは頷くと、近くの岩にロープを結びつけ、床の穴に垂らした。
「リュカ、見張りを頼む」
「はい、父様」
 娘の返事に送られ、パパスは手馴れた様子でロープを降りていった。そして、十分後。ロープが揺れ、パパスが背中に誰かを背負った状態でロープを登ってきた。
「リュカ、荷物の中から薬草を出しておいてくれ。あと、お前のひのきの棒を貸してくれ」
「わかりました、父様」
 リュカは穴の淵にランタンを置き、荷物の中から薬草と包帯を取り出した。その間に、パパスはロープを登りきっていた。背中に担いだ男を降ろし、娘が差し出した薬草と包帯、ひのきの棒を受け取る。
「親方、今手当てをする。痛むがこらえろよ」
「うう……済まんな、パパス殿」
 男は行方不明の薬師の親方だった。キノコを探しに来て、足を滑らせて転落し、足の骨を折って動けなくなっていたという。パパスはひのきの棒を添え木にして親方の足を手早く治療した。
「これでよし。二ヶ月もすれば骨もくっつくだろう。それにしても、災難だったな親方」
「ああ。慣れた場所だと思って油断したよ。俺もトシだな……それにしても、パパス殿が帰ってきてたとは。おかげで助かったよ」
 親方は頷き、そこでリュカが差し出した水筒を受け取った。
「お、済まんな……リュカちゃんか。大きくなったなぁ」
 親方は水を飲みながら、開いた方の手でリュカの頭を撫でる。見た目は無骨だが、薬師をしているだけに気は優しく、子供好きな男だった。
「くすぐったいです、親方さん」
 リュカは照れ笑いを浮かべたが、そこで親方が真面目な顔になった。
「そうだ、娘で思い出したが……ダンカンのかみさんが娘連れで来てたろう? 会ったか?」
「ああ。それでお前さんを探しに来たんだが……キノコは手に入ったのか?」
 パパスの問いに親方は頷いた。
「いや、今年は妙に寒いせいか不作でな。見つけた事は見つけたんだが、狭い隙間の中で俺には取れなかったんで、別の場所を探してる間に落っこちちまった」
 そこまで言って、親方はいい事を思いついた、と言うようにリュカを見た。
「そうだ、俺は無理でもリュカちゃんならその隙間に入れるかもしれん。手伝ってくれないか?」
「え、わたしがですか? わたしで良ければお手伝いしますけど……」
 リュカは戸惑いつつも、親方の指図に従って、岩の亀裂の間に入っていった。決して大柄とは言えず身体も細いリュカでもところどころつっかえる程の狭い隙間で、親方が入れなかったのも無理は無い。
 それでも、なんとか目的のキノコを取って来て親方に渡すと、彼は大きく頷いた。
「よし、これだ! これで薬が作れる。パパス殿、済まんが村まで頼む」
「わかった」
 パパスは親方を背中に担ぐと、リュカがランタンを持つのを待って歩き始めた。が、そこへ数匹のスライムが姿を現す。パパスは親方を担いでおり、リュカは素手。親方は焦ったように言った。
「パパス殿、どうするんだ!?」
 パパスは冷静に答える。
「まぁ落ち着け、親方。リュカ」
「はい、父様……バギ!」
 リュカは父に促され、スライムたちに手を向けて鋭く呪文を唱えた。放たれた真空の刃がスライムたちに襲い掛かり、一瞬で蹴散らすのを見て、親方は目を丸くした。
「なんとまぁ……リュカちゃん、その歳でそんな呪文が使えるのかい」
 照れるリュカを見て、パパスが目を細めながら言った。
「私も驚いたんだがね。これも血筋かな」
「あー、はいはい」
 パパスの言葉を親馬鹿の自慢と取った親方が、茶化すように言う。ともかく、三人は無事にサンタローズ村への帰還を果たした。
(続く)


-あとがき-
 女の子主人公ですが、原作の男主人公と較べると攻撃力とHPが低く、その代わり魔法が得意という設定です。
 男主人公はVIで言うとパラディンですが、女主人公は賢者寄りの僧侶と言う感じですかね。




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第三話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/16 21:59
 家に帰った親方は早速薬作りに取り掛かり、明日にはできると言う事で、ディーナとビアンカを安堵させた。そして翌日。
「パパス、本当にありがとう。あんたが親方を助けてくれなかったら、あたしたちはここで足止めを食らったままだったよ」
 出来上がった薬の包みを抱えて礼を言うディーナに、パパスはいやいや、と手を振った。
「ダンカンには昔世話になったからな。この位はお安い御用だよ……そうだ。女の二人旅は危ない。アルカパまで送っていこう」
 パパスはそう言うと、部屋の壁にかけてあった剣を手に取った。
「え? そこまでしてもらっちゃ悪いよ」
 ディーナは言った。ここサンタローズからアルカパまでは、峠を越えて半日ほどの距離があり、道も整備されていてさほど危険と言うわけではない。しかし。
「良いじゃないか。久しぶりにダンカンの顔も見たいしな。リュカ、お前も来るか?」
 横でビアンカと別れを惜しんでいたリュカに、パパスは声をかけた。
「――」
 リュカが口を開きかけたところへ、押しかぶせるようにビアンカが口を挟んできた。
「それが良いわよ! リュカも良いよね? もっと一緒に遊びたいし」
 一人っ子のビアンカにとって、リュカは妹のようなものだ。お姉さんぶる良い機会でもあり、ビアンカはもっとリュカと一緒にいたかった。リュカとしても異存は無い。
「はい、ビアンカお姉さん。父様、わたしも一緒に行きます」
 娘が頷くのを見て、パパスはサンチョに声をかけた。
「……と言うことだ。明日には帰ってくるが、留守を頼む」
「承知しました。行ってらっしゃいませ、旦那様、お嬢様。ディーナ様とビアンカ様もお元気で」
 サンチョは丁重に頭を下げ、四人を送り出した。そのまま村の入り口まで来たとき、パパスはおお、そうだ、と言いながら道具袋から何かを取り出し、リュカに差し出した。
「これは……ブーメランですか?」
 娘の言葉にパパスは頷いた。
「うむ。お前のひのきの棒は、親方の添え木にしてしまったからな。代わりにそれをお前にやろう」
「……はい! ありがとうございます、父様!」
 リュカはぱっと明るい笑顔を浮かべた。今日の彼女は昨日まではターバンの中に入れていた髪の毛を、全部外に出している。背中の半分ほどの長さがある艶やかな黒髪はビアンカが羨ましがるほどで、この姿ではもうリュカは男の子には見えない。
 笑顔で歩くリュカは、すれ違う旅人が思わず振り向くほどの美しい少女だった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第三話 レヌールの古城



 途中何度か魔物の群れに遭遇したが、パパスとリュカがあっさりと撃退し、四人は夕方にはアルカパの町にたどり着いていた。練習した武術の腕を披露し損ねたビアンカは、ちょっと不機嫌だったが。
 それはともかく、アルカパは数十年前まではレヌールという小さな国の一部だった町で、レヌール城とラインハットを結ぶ街道の中間地点として栄えた。しかし、レヌール王国は後継者が無く断絶し、今はラインハットに併合されている。城は放棄され、今は訪れるものも無い廃墟と化したが、アルカパ自体は旧レヌールの中心地として、今もそれなりに賑やかな町だ。
 そのアルカパにあるだけあって、ダンカンの宿……つまりビアンカの家は、なかなかに豪華な宿だった。昔は王族も泊まるほどの格式があったというから当然ではある。
「おお、パパス! パパスじゃないか! 帰っていたのか?」
 ダンカンは訪れた旧友の顔を見るや、病気を忘れたように起き上がろうとした。
「ダンカン、久しぶりだ。そう無理をするな。寝たままでいいぞ」
 パパスはダンカンの肩を押さえて、ベッドに寝かせた。
「済まんな。どうだ、旅のほうは。また話を聞かせてくれよ」
「うむ」
 男同士の会話が始まる。それを見たビアンカはリュカに声をかけた。
「大人同士の話は退屈よね。遊びに行きましょ、リュカ」
「はい、ビアンカお姉さん」
 リュカは頷き、宿の外に出る。しばらく店に並んでいるものを見たり、花畑を見たりして遊んでいるうちに、リュカはあるものに気がついた。
「ビアンカお姉さん、あれ……何をしてるんでしょう?」
「なに?」
 リュカが指差した方向をビアンカが見ると、町の外れにある池、その小島の上で、数人の子供たちが何かをしていた。何かを取り囲んで、囃し立てながら小突き回している。
「何だこいつ、変な猫ー」
「ほらほら、ニャーって鳴いてみろよ」
 子供たちは何か小さな生き物を苛めているようだった。次の瞬間、ビアンカが飛び出して行った。
「こらー! あんたたち何してるのよ!」
「げっ、宿屋のビアンカ!」
 子供たちが驚いて後ずさる。そこへ、出遅れたリュカもやってきて、子供たちが抱えている生き物を見た。
「……猫……じゃないよね、どう見ても」
 赤いたてがみに長い牙。黄色い毛皮には黒いCの字のような模様が点在している。こんな猫がいるわけが無い……が、リュカにも猫でない事がわかっただけで、その生き物が何なのかまではわからなかった。しかし、小突き回されてぐったりしている猫? の様子はいかにも哀れで、リュカは涙を浮かべて言った。
「こんな可愛い子をいじめるなんて、ひどいです……」
「そうよ。放してあげなさい。かわいそうでしょう?」
 リュカは悲しげに、ビアンカは責めるように。タイプは違えども、飛び切りの美少女二人の非難の視線に、いじめっ子の少年たちは少なからず動揺した。特にリュカの涙は効果抜群だった。
 いじめっ子たちは顔を見合わせ、ひそひそと相談を始めた。せっかく捕まえてきた動物をただでやるのは惜しいが、ここで断ったら後が怖そうだ。特にビアンカの怒りが。そこで彼らは言った。
「でも、ただじゃあげられないな」
「そうだ、レヌール城のお化けを退治してきたら、こいつをやるよ!」
 いじめっ子たちの言葉に、今度はリュカとビアンカが顔を見合わせた。
「レヌール城のお化け?」
 首を傾げるリュカに、ビアンカが事情を説明した。
「昔のお城に、お化けが出るって言う噂があるの。誰もいないはずのお城なのに、明かりがついてたり笑い声が聞こえてきたりするんだって」
 そう言ってから、ビアンカはいじめっ子たちを見た。
「よし、じゃあそのお化け退治、確かに引き受けたわ。その代わり、必ずその子は放してあげなさいよ?」
「ちょっと、ビアンカお姉さん……」
 安請け合いするビアンカにリュカがツッコミを入れようとしたが、その前にいじめっ子たちが頷いていた。
「よーし。じゃあ、約束だ」
 そう言うと、いじめっ子たちは猫? を抱いたまま去って行った。リュカが咎めるようにビアンカを見ると、彼女はやる気満々だった。
「よーし、腕が鳴るわねー。日頃の稽古の成果を見せてあげる」
 その目には炎が見えるような気がして、リュカは諦めた。これは止められない。となると……
「仕方ないですね。わたしも手伝います、ビアンカお姉さん」
「本当に? リュカが一緒なら怖いものなしね!」
 ビアンカは笑った。確かにホイミやバギなどの魔法も使えるリュカなら、ビアンカよりも強いくらいだろう。
「じゃあ、今夜お父さんたちが寝静まった頃迎えに行くわ。今日は早く寝て夜に備えるわよ」
「はい」
 二人の少女はお小遣いを出し合って薬草やその他の道具を買い込み、宿に帰っていった。

 そして、数時間後……リュカとビアンカは親たちが寝静まるのを見計らい、こっそりと街を抜け出した。川に沿って北へ向かう事しばし。暗闇の中、二人はレヌール城の前にたどり着いた。
「ここがレヌール城……」
「流石に不気味な雰囲気ね」
 リュカとビアンカは建物を見上げてひそひそと話し合っていた。特に明かりや人の声は聞こえないが、町を抜け出して進んでくるうちに空が暗くなり、時々稲光が光る。その光によって浮かび上がったレヌール城は、まさに廃墟だった。
「……」
 強気のビアンカもさすがに雰囲気に飲まれたようだったが、すぐに気を取り直した。
「ま、いつまでも見てても仕方ないわ。とにかく前進あるのみよ! 行きましょ、リュカ」
「はい、ビアンカお姉さん」
 リュカもいつでも使えるようにブーメランを取り出し、右手に構えてビアンカに続く。とりあえず玄関の扉に手をかけてみたが、どうやら鍵がかかっているらしく、扉はびくともしなかった。
「ここからは入れないか……」
 思案するビアンカ。その裾をリュカは引っ張った。
「ビアンカお姉さん、あそこから上に上がれませんか?」
 リュカが指差したのは、城の右手の壁に取り付けられた梯子だった。非常口か何かなのかもしれない。その先はベランダに繋がり、そこから階段を上っていけば塔の入り口から中に入れそうだった。
「……行けそうね。あそこから入りましょう」
 二人は玄関を離れ、梯子を登り始めた。幸い鉄製の梯子はまだまだ頑丈で、壊れる気配は無い。時々瞬く稲光に照らされながら、二人は梯子を登り終えた。次に塔に続く階段を登り始める。リュカは何か出ないか、とやや緊張の面持ちで上っていく。いくらかなりとも冒険慣れしている自分が、しっかりビアンカを守らなければ。
 すると、突然ビアンカが言った。
「リュカって、かわいいパンツはいてるのね」
「!」
 リュカはとっさにお尻を押さえた。さっきの梯子も彼女が先頭で登っていったので、思い切り服の中が見えていたらしい。
「……み、見ました?」
 見られた事がはっきりしているのに、そんな事を聞くのもなんだが、顔を真っ赤にしてお尻を押さえているリュカの姿は、ビアンカにはストライクだったようだ。
「あーもう、リュカってばかわいいわね~。本当にリュカが妹だったら良いのに」
 そう言うと、ビアンカはリュカを抱きしめた。
「きゃっ……ビアンカお姉さん、こんな時にふざけちゃ駄目です!」
 何しろ階段の途中だ。落ちたらと思うと気が気ではない。すると、ビアンカは言った。
「ちょっとは落ち着いた? リュカ」
「……!」
 リュカははっとした。さっきまでの緊張が、少し薄れていた。
「大丈夫。お化けなんて、大した事ないよ。簡単にやっつけられるわ」
「……はい」
 リュカは頷いた。そして、階段を登りきったところで、別の階段が下に続いている事に気がついた。塔の入り口は開いているが、どっちに進むべきか?
「ビアンカお姉さん、どっちへ……」
 進みますか? と聞こうとしたその時。
 リュカの視界は暗闇に覆われた。
(続く)


-あとがき-
 ビアンカとの最初の冒険です。
 子供だと、なかなか主人公の女の子っぽさが出せませんね……




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第四話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/16 21:59
「……カ……リュ……リュカ! リュカ!!」
 自分を呼ぶ声に、リュカは意識を取り戻した。が、状況をすぐには把握できない。
(あれ……わたし、どうしてたんだっけ……そうだ。ビアンカお姉さんとお化け退治に……)
 リュカは慌てて起きようとして、天井に頭をぶつけた。ごちん、と言う凄い音がして、目の前に火花が散った。
「~~~~~~!!」
 声にならない声と共に、リュカは頭を押さえた。しかし、その音がどうやらビアンカにも聞こえたらしい。タタタ、と言う足音がして、ビアンカが駆け寄ってきた。
「リュカ!? この中ね。今開けるわ!!」
 ぎい、という音がして、リュカの頭のすぐ上にあった天井が取り払われる。いや、天井ではなく、蓋だった。リュカは棺桶に入れられていたのだった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第四話 死せる王の願い


「リュカ、大丈夫!?」
 ビアンカが棺桶の中を覗き込んできた。
「ビアンカお姉さん……うん、大丈夫。今出ますね」
 リュカはゆっくり身体を持ち上げ、棺桶の外に出た。何時の間にか雷雲が切れ、月明かりが降り注いでいて、周囲の状況が良く見渡せた。そこはどうやらさっきの塔から降りる別階段の下のようだった。背後を振り返ると、二つの墓石が並んで立っていた。そこに書かれているのは……
「りゅかのはか……と、びあんかのはか……?」
 リュカが読むと、ビアンカは顔を真っ赤にして怒り出した。
「何よそれ! 酷いいたずら!!」
 リュカは同意した。良く見ると、ちゃんと本来刻まれている墓碑銘があり、その上から黒いインクで二人の名前が書いてあったのだ。
「うん、そうだね。これ、落書きです。本当は……エリック王の墓と、ソフィア王妃の墓?」
 リュカが本来の墓の主の名を読み上げた瞬間。
(さよう、勇敢な少女たちよ)
(どうか、私達の眠りを取り戻して……)
 二人の頭の中に、直接声が響き渡った。
「誰!?」
「どこにいるの!?」
 慌てて臨戦態勢を取るリュカとビアンカ。すると、墓の上にすっと人影が現れた。長身の気品ありげな男性と、美しい女性の姿をしている。人影は口を開いた。
(良く来た。私はこの城の最後の王、エリックだ)
(私は王妃のソフィアです。怖がらないでください。私たちはあなたたちに危害を加えるつもりはありません)
 優しい声で言うエリックとソフィア。表情にも敵意は無い。リュカとビアンカは構えを解いた。
「はじめまして、王様、王妃様。わたしはリュカと言います。こっちはビアンカお姉さん。わたしたちはこの城にお化け退治に来たのですが……」
「二人は……お化けではないですよね?」
 リュカの挨拶にビアンカが言葉を続けると、エリックとソフィアの霊は頷いた。
(無論。私たちは静かに眠っていたいだけなのだ……しかし、あの魔物たちが来てから、ゆっくりと眠る事すらできない)
(彼らは毎日大騒ぎをして、最後まで私たちに付いて来てくれた召使いや兵士たちの霊も、彼らに酷い目に合わされています。どうか、彼らを助けてあげてください)
 リュカとビアンカは顔を見合わせ、頷き合うとエリックとソフィアの方を向いた。
「わかりました、王様、王妃様。そのお化け、私たちが退治して見せます!」
 ビアンカは力強くそう宣言した。
「がんばります」
 リュカが相槌を打つようにいうと、エリックは笑顔で頷いた。
(ありがとう、勇敢な子供たち。これを持って行きなさい)
 そう言うと同時に、エリックの墓の前に、何か光る球体が浮かび上がった。金色に輝く美しい宝珠だった。
(それは昔この城に天から落ちてきたものだ。強い聖なる力を秘めているから、きっと魔物を追い払う役に立ってくれるだろう)
 リュカは宝珠を手に取った。暖かい光が一際強くなり、圧力すら伴って彼女の髪の毛やマントを揺らした。
「わぁ……きれい」
 ビアンカがうっとりとした表情で言い、エリックに礼を言った。
「ありがとうございます、王様。とても助かります」
 城内は真っ暗で、ランタンでも遠くまで見通せそうも無いほどだったが、この宝珠があれば昼間のように明るいだろう。もうお化けも怖くない。
(礼を言うのはこちらだ。頼むぞ、二人とも)
「はい、王様」
 リュカは頭を下げ、右手にブーメラン、左手に宝珠を持って塔を登って行った。ビアンカも後に続く。その様子を見ながら、ソフィアは言った。
(あの宝珠があんなに輝くなんて……)
(あの少女は、何か特別な運命を持っているのかもしれないな)
 エリックは妻の言葉に頷いた。

 宝珠の光の効果は絶大だった。案の定城の中は魔物の巣になっていたが、どれも光を見て怯んでいるうちに、簡単に倒す事ができた。今も土偶戦士がリュカのブーメランに足を割られ、ビアンカの蹴りで胴体を砕かれて倒れたところである。
「ふう……今のはちょっと強かったね」
「結構硬かったし」
 リュカとビアンカは物言わぬ土器の欠片になった敵を見下ろしながら、汗を拭った。
「さて……いよいよ近そうね?」
「うん。何かうるさい話し声がする」
 二人は廊下の端を見た。そこからは微かに明かりが漏れ、なにやら調子はずれな曲に合わせてざわざわと言う声が聞こえる。二人は油断無く進み、ドアをそっと開けた。
 そこはかつて舞踏会などに使われたホールらしい。そこで、さっきのエリックとソフィアのような半透明の人影たちが、ゴーストに引きずりまわされ、苦悶の表情を浮かべていた。
「ほら、お前たち、もっと踊れ!」
「何だその顔は。もっと楽しそうにしろ!」
 嬉しそうに城の人々の霊をいじめるゴーストに、ビアンカが怒りの声を上げた。
「あんたたち! その人たちを放しなさい!」
「なに? 何だお前たちは」
 エリックの物だったであろう玉座に座っていた、ローブを着た魔術師のような魔物が立ち上がる。
「あんたたちを退治しに来たのよ。大人しくやられちゃいなさい!」
 ビアンカが答えると、ゴーストたちは嘲笑を響かせた。
「生意気なガキだ。しかし、良く見ればなかなか可愛い女の子じゃないか。よし、お前たち! 舞踏会は終わりだ! ディナーにするぞ!!」
 ボスに煽られ、ゴーストたちが二人に殺到してくる。しかし。
「リュカ、オーブを!」
「はい、ビアンカお姉さん!」
 リュカはビアンカの合図で宝珠を取り出し、強く念じた。次の瞬間、金色の光がゴーストたちに襲い掛かった。
「うわあ、何だこれは! 熱い、熱い!!」
「き、消えちまう……消えちまう! 親分、助け……」
 さっきまでの勢いはどこへやら、ゴーストたちが一瞬にして光の中に溶けて行く。残ったのはボスだけだったが、そいつも光の影響とは無縁ではいられなかった。
「ぐわぁ……そ、それはゴールドオーブ……! まさかこんな城にそれがあったとは!! くそ、それを早くしまえ!!」
 苦しみつつも命令する親分ゴーストだったが、もちろんリュカとビアンカはそんな命令を聞いたりはしなかった。
「よーし、リュカ! やっつけるわよ!」
「はいっ!」
 親分ゴースト目掛けて突進するビアンカ。その後方から、リュカはブーメランを渾身の力を込めて投げつける。それは緩やかな曲線を描き、見事親分ゴーストの顔面をヒットした。
「うげえ!」
 ダメージを受けて苦しむ親分ゴーストに、追い討ちをかけるようにビアンカが飛び蹴りを放ち、壁まで吹き飛ばした。
「ビアンカお姉さん、凄い!」
 リュカの賞賛にビアンカは照れる。
「なんか身体が軽い……きっとそのオーブのおかげね」
 しかし、親分はまだ参ってはいなかった。身を起こすと、腕をクロスして空中に紋様を描き、気合を放つ。
「調子に乗るな、ガキども! ギラ!!」
 親分ゴーストの手の先から炎が迸り、ビアンカとリュカを巻き込んだ。
「きゃあっ!」
「あっつーい!」
 少女たちが悲鳴を上げる。普通の村人程度なら一発で即死するか瀕死になるか、という呪文だったが、しかし親分の魔力はオーブの光で弱体化しており、子供と言えどそれなりに鍛えている少女たち相手には、そこまでの絶大な効果は無かった。
「もう、髪の毛が焦げちゃったじゃない! 許せないわ!」
 ビアンカは目を吊り上げると、一気に親分の懐に飛び込み、左右の連打を浴びせる。
「ぐふっ! げはっ!?」
 激痛にのた打ち回る親分。本来は子供にやられるような弱さではないはずだが、オーブの光で弱体化した今の彼には、ビアンカの攻撃と言えど十分致命的な威力だった。そして。
「リュカ、とどめ!」
「はい、ビアンカお姉さん! ……バギ!」
 ビアンカが合図とともに飛びのくと、すかさずリュカはバギを放った。真空の渦が親分のローブを引き裂き、中身を巻き上げて壁に叩きつける。
「ぐはぁ! ち、畜生……こんな……子供に……げ……さまぁ!」
 親分は絶鳴を上げて消滅し、後にはボロボロのローブだけが残った。
「はぁ、はぁ……や、やった!」
「勝ったね、ビアンカお姉さん!」
 少女たちは手を取り合って喜んだ。すると、そこへエリックとソフィアの霊が現れ、同時にゴーストたちに弄ばれていた兵士や召使いの霊が、左右にさっと整列して礼を取った。
(良くやってくれた、リュカにビアンカ。これで我々も静かに眠れる)
(何と礼を言っていいか……本当にありがとう、小さな勇者様たち)
 王と王妃の言葉が終わると、家来たちの霊が拍手をした。リュカとビアンカは照れつつも、その賞賛を受けた。
「では王様、これはお返しします」
 リュカはゴールドオーブをエリックに差し出した。しかし、エリックは首を横に振った。
(それはそなたが持っていなさい、リュカ。どうやらそれはお前が持っているべき運命の品のようだ)
「え? でも……」
 リュカは戸惑ったが、エリックが褒美であるから持って行くように、と言うと、頭を下げてオーブを抱いた。
「わかりました、王様。いただいていきます」
 すると、今度はソフィアが両手を挙げて、何かを手の中に出現させる。赤い金属で出来た、小手のようなものだ。
(ビアンカ、あなたにはこれをあげましょう。私の遠い祖先が使っていた炎の爪と言う武器です。あなたならいずれこれを使いこなせるようになるでしょう)
 ソフィアがそう言うと、ビアンカの手の中に炎の爪が瞬間移動した。まだ彼女の手には大きすぎるようだが、持っているだけでも、昔から自分の持ち物だったように馴染む感覚をビアンカは感じていた。
「これは……凄く綺麗……ありがとうございます、王妃様!」
 ビアンカが言うと、エリックとソフィアは顔を見合わせ、頷いた。
(さあ、そろそろ夜が明ける。私たちは死者らしく眠りに就かねばならない。もう行きなさい、リュカ、ビアンカ)
(あなたたちに神のご加護がありますように……さようなら、勇敢な子供たち)
 すっと二人の姿が薄れ、消えていく。家来たちの霊も同様に消えて行き、大広間には二人だけが残った。
「……さようなら、王様、王妃様」
 リュカは呟くように言い、ビアンカを見た。
「それじゃあ、帰ろう! ビアンカお姉さん」
「ええ、あの猫ちゃんを迎えに行かないとね」
 二人は手を繋いで帰り道を歩き始めた。


-あとがき-
今回のミソは、ビアンカの代わりにお墓に押し込められるリュカ。
このお話の世界では、リュカの半分以上はヒロインで出来ています。




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第五話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/13 22:04
「と言う事で、猫ちゃんは渡してもらうわよ。良いわね?」
 ビアンカの言葉に、いじめっ子たちは頷いて猫? を差し出した。
「ああ、約束だからな。それにしてもさすがビアンカだなぁ。本当にお化けを退治してくるなんて」
「よし、今日からお前はあいつらのもんだぞ」
 猫? を地面に下ろし、いじめっ子たちは家の方へ去っていった。
「さて……これで今日からあなたは自由の身よ。お母さんのところへ帰りなさい」
 リュカはしゃがんで猫? の頭を撫でた。すると、猫? はゴロゴロと喉を鳴らし、うっとりした表情でリュカの手に身を委ねた。
「あら? ずいぶんリュカになついてるのね」
 ビアンカはその様子を見て笑うと、自分でも撫でてみた。しかし、リュカほど気持ちよさそうにはしない。もう一度リュカが撫でると、またうっとりした様子になる。
「むう」
 扱いの差に不満げな表情を浮かべるビアンカ。その間に、猫? はリュカの周りをぐるぐると回りながら、しきりに尻尾を振ったり甘えたりしている。
「どうやら、この子はリュカをお母さんだと思っているようね」
「え? わたしがお母さん?」
 六歳にしてお母さん、と言われたリュカはちょっと戸惑い気味な表情だったが、猫? が離れそうにない事を悟ると、笑顔で猫? を抱き上げた。
「うーん……わかった。お父さんに聞いてみないとわからないけど、わたしがあなたのお母さんになってあげる」
 その言葉に、猫? は満足そうな表情をして、にゃあ、と鳴いた。
「そうすると、名前付けなきゃいけないわね。そうね……ゲレゲレっているのはどう?」
 ビアンカが提案すると、猫? はフーッ! とたてがみを逆立てて怒った。
「嫌がってるよ、ビアンカお姉さん……わたしもその名前はどうかと思うの」
 リュカにも駄目出しされ、ビアンカはむう、と眉をしかめた。
「じゃあ……プックル、っていうのは? 肉球がぷくぷくしてそうだし」
 リュカは猫? の前足を見た。確かに小さいけどぷくぷくした肉球がある。
「うーん、わたしはそれが可愛くていいと思うなぁ。どう?」
 リュカが聞くと、猫? は満足そうににゃあ、と鳴いた。
「うん、今日からあなたの名前はプックルよ」
 そう言ってプックルをモフモフするリュカ。プックルは幸せそうにまたにゃあ、と鳴いた。
 そこへ、パパスとダンカン、ディーナ夫妻がやってきた。
「リュカ、お化けを退治し、レヌール王の霊を助けたそうだな。良くやった」
 そう言って、パパスはリュカの頭を撫でた。えへへ、と幸せそうな笑顔になるリュカ。しかし。
「だが、お前はまだ六歳の子供だ。もう二度とそんな無茶をしてはいかんぞ」
 父親の強い語調に、リュカは今度はしゅんとなって項垂れた。
「ごめんなさい、父様……」
 娘がちゃんと反省している事を感じたのだろう。パパスはまた笑顔に戻った。
「なに、お前がそうやって素直に反省しているのなら、もう良い。良い事をしたのは間違いないのだからな」
 そう言うと、パパスは横で似たようなお説教をビアンカにしていたダンカンとディーナに向き直った。
「それでは、私はサンタローズに帰る事にしよう。世話になったな」
 ダンカンとディーナは笑顔で首を横に振った。
「なあに、世話になったのはこっちさ。また遊びに来てくれよな!」
「気をつけてね、パパス、リュカちゃん」
「はい、おじさん、おばさん」
 リュカは頭を下げ、丁寧にお辞儀をして、歩き始めたパパスの後を追おうとした。すると。
「待って、リュカ」
 ビアンカがリュカの手を握って止めた。
「どうしたの、ビアンカお姉さん」
 振り向いたリュカの前で、ビアンカはお下げの一本をくくっていたリボンを解き、リュカに差し出した。
「これ、あげる。今日の思い出に」
「……うん、ありがとう! ビアンカお姉さんだと思って大事にするね!」
 リュカは笑顔でリボンを受け取った。髪の毛の端をリボンで結び、歩く時にばらけないようにする。
「うん、似合ってるよ、リュカ」
 ビアンカは女の子らしさが増したリュカを眩しそうに見たが、別れの寂しさにすぐ顔を曇らせた。
「じゃあね……リュカ」
「はい。ビアンカお姉さんも……お元気で」
 やはり涙を浮かべるリュカ。年下の子を泣かせてはいけないと、ビアンカは明るい表情を作って言った。
「リュカ、いつかまた、一緒に冒険しようね!」
「……うん、約束!」
 そう、これが永遠の別れではない。そう気づいたリュカは笑顔を取り戻して、ビアンカと指切りをし、お互いに再会を誓った。こうして二人の少女は最初の冒険を終えた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第五話 出会いと別れの辻


 二ヶ月が過ぎ、暦の上ではそろそろ春も終わりだというのに、サンタローズの村の周りでは連日雪が降り、寒い日々が続いていた。
「うーっ、ぶるぶる……今年はどうも変だな。ちっとも暖かくならない」
 村の若者が広場で焚き火を囲んで話していた。
「ああ、たまらんな……変といえば、妙にいたずらが多い、って話聞いたか?」
「うん、聞いた事あるよ。シモン爺さんの昼飯が何時の間にか食べられてたとか」
「そりゃ爺さんが自分で食ったの忘れてるだけじゃないのか」
「でも、爺さんは歳の割にはしっかりしててボケてないぜ」
「爺さんの飯の話だけじゃない。薬師の親方の家でも、何時の間にか大事なものが棚の外に出てたとか……」
 いろいろと話を続ける若者たち。いい歳して昼間から働かないのか? と言いたい光景だが、こう寒いと種蒔きさえ出来ず畑仕事にならないので、どうしようもないのだ。そのうち、話題はある人物のことに変わって行った。
「そういえば、最近よそから来た人がいるだろ?」
「ああ、あの旅人さんな」
「気になるよな」
 若者たちは顔を見合わせ、にやりと笑った。
「「「すっげぇ美人だし」」」
 綺麗に声が揃う。
「いやぁ、シスターも美人だと思ってたけど、あの人は桁が違うよ」
「神秘的な美人だよな。何か憂いのある表情もたまらない」
「まだ若いのに大人っぽい感じもするし」
 謎の旅人の女性に関して盛り上がった後、若者たちはある一点において、世の中に絶望するしかない事実を思い出し、溜息をつくのだった。
「「「でも、人妻なんだよな……」」」
 彼女の薬指に指輪がはまっているのを、全員が目撃していた。さすがに「だがそれがいい」と言うほど、彼らは非常識ではなかった。
 そこへ、ここ二ヶ月ほどで彼らも見慣れた小さな人影が、軽快な足音を響かせて走ってきた。リュカだった。後ろには彼女にしか懐かない小さな獣……プックルの姿もある。ちゃんと世話を見る事、という条件でパパスにプックルを飼う事を許してもらったリュカは、村人皆が微笑ましく思うほど熱心にプックルの面倒を見ていた。
「リュカちゃん、お出かけかい?」
 若者の一人の声に、リュカは足を止めてぺこりとお辞儀をする。
「はい、父様のお使いで、お酒を買いに行きます」
「そっか。リュカちゃんは偉いなぁ」
 若者が褒めると、リュカはそんな事ないです、と照れて俯いた。その姿がますます可愛らしいと思わせる事は気づいていない。
「ところで、今日は可愛い服装だね?」
「はい、父様に買っていただきました」
 リュカはその場でくるっとターンしてみせる。今日の彼女の装備は、新品の皮のドレス。旅をする女性用の服で、皮鎧の一種とはいえおしゃれなデザインをしている。
 先日まで着ていた旅人の服は、流石に少し古びてきたし、リュカの成長に合わせてキツくなってきたので、パパスは何時かの約束を守って、娘の為に新品を買ったのだった。
「そうか、気をつけてな」
「はいっ!」
 元気良く挨拶を返し、再び走っていくリュカ。リボンでくくられた黒髪が左右にぴょこぴょこと揺れるのが愛らしい。その後姿を見ながら、声をかけた若者は言った。
「リュカちゃん、可愛いよな。きっとものすごい美人になるぜ」
「ああ、間違いない」
 全員が同意し、そのうちの一人がふと気づいたように言った。
「あの旅人さん、ちょっとリュカちゃんに似てないか?」
 その言葉に、仲間の一人が首を横に振った。
「そうか? なんとなく似てるかもしれないけど……でも」
 その青年は似ていない、と言う根拠を述べた。
「リュカちゃんは……あんなに悲しそうな雰囲気はしてないだろ」

 酒場のドアを開けて、リュカは中に入った。
「すいません、マスターさん。父様のお使いで来たのですが……あれ?」
 リュカは何時もなら、この時間はカウンターでグラスを磨いているはずのマスターの姿が見えない事に気づき、辺りを見回した。そして。
「え……?」
 テーブルの上に、見慣れない少女が座っているのを見て、リュカは絶句した。その行儀の悪さに対してではなく、彼女の姿が少し透けて見えるからである。
(幽霊……?)
 二ヶ月前、ビアンカとの冒険で行ったレヌール城で見た幽霊たちが、そんな外見をしていた事を思い出し、リュカは相手の正体についてそう思った。その時、向こうもリュカの事に気づいたらしい。
「……もしかして、あなたは私の事が見えているの?」
 リュカは頷いた。
「はい。あの……もしかして、あなたは幽霊さんですか?」
 その質問に、少女は笑って首を横に振った。
「違うわよ。でも、幽霊のようなものを見ても驚かないあたり、結構心が強いようね……」
 そこで少女は一度辺りを見回し、リュカに向き直った。
「ここは人目があるから、別の場所で話をしましょう。この村には地下室のある家があったわね。そこで詳しい話をするから、後で来て」
「え……」
 リュカが止める間もなく、少女はそう言うと酒場を出て行った。入れ替わるように、二階からマスターが降りてくる。
「やれやれ、誰だ、二階にグラスセットを全部持っていったのは……おや、リュカちゃん。おつかいかな?」
 マスターが階段の途中でリュカに気づいて言った。
「あっ、はい……」
 リュカが頷くと、マスターは棚にグラスセットを戻し、代わりに紙で包まれた酒瓶を二本取り出してきた。
「はい、注文のグランバニアの地酒だよ。お父さんによろしくね」
「はい、ありがとうございます」
 預かってきた代金をマスターに渡し、リュカは家に戻ろうと道を急いだ。すると、家の前に見知らぬ女性が立っているのが見えた。
 
「……?」
 リュカは首を傾げた。知らない人のはずなのに、なぜか妙に懐かしいような、心騒ぐものを感じる相手だった。女性は懐かしさと悲しさが入り混じったような、物寂しげな様子でリュカの家を見ていたが、どうやらリュカに気づいたらしく、振り向いて声をかけてきた。
「こんにちわ」
「は、はい。こんにちわ……」
 リュカは挨拶を返した。女性の声は優しく、心が安らぐ響きを持っていた。すると、その声を聞いて、それまでちょっと警戒していた様子のプックルが大人しくなり、女性が差し伸べた手を舐め始めた。
「ふふ……可愛いわね……あら、くすぐったいわよ」
 女性はそう言いながら、空いた手でプックルの頭を撫でる。プックルは安心しきった様子で地面にゴロンと転がり、女性の手にじゃれ付いていた。
「プックルがわたしとビアンカお姉さん以外の人に懐くなんて……」
 リュカは驚いた。プックルは噛み付いたり吠え掛かったりはしないが、パパスやサンチョといった一緒に暮らしている相手でさえ、完全には懐いていない。初対面でプックルが懐いた大人は初めてだ。
(この人は一体……?)
 不思議そうにリュカが女性を見ると、女性もリュカのほうを見て、リュカの腰につけている道具袋を指差した。
「あら、何か綺麗な宝石が入っているわね」
「え?」
 リュカは道具袋を見た。口の縛り紐が僅かに緩んで、中に入れてあったゴールドオーブの光が漏れている。
「とても不思議な光ね。わたしにもちょっと見せてもらえるかしら?」
 リュカは一瞬迷った。このオーブはビアンカとの冒険の思い出の品で、大事な宝物だ。見知らぬ人に渡したくは無い。しかし。
「大丈夫。盗んだりなんかしないわ。わたしを信用して」
 その声を聞いて、リュカは頷くとゴールドオーブを取り出した。女性の声は優しく、聞いていて安心できたし、プックルが懐くくらいだから、悪い人ではないに違いない。女性はありがとう、と言ってゴールドオーブを受け取り、軽く手の中で回してみたり、日の光にかざしてみたりしてから、リュカのほうに差し出してきた。
「ありがとう。本当に綺麗な宝石ね」
 そう言う女性の目に涙が滲んでいるのを見て、リュカは言った。
「お姉さん、泣いているの……?」
「え? ううん。大丈夫。ちょっとお日様の光が眩しかっただけ」
 女性はそう言うと、プックルを抱き起こし、リュカの頭を撫でた。
「さようなら、小さなリュカ。何があっても……どんな辛い事があっても、決してくじけては駄目よ。そして、お父さんとお友達を大事にしてね」
「え? お姉さん、どうしてわたしの名前……?」
 リュカは聞こうとしたが、瞬きする間に女性の姿は目の前から消え去っていた。まるで、最初からそこにいなかったように。ただ、オーブに僅かに残った、女性の手の温もりだけが、彼女の名残をそこに留めていた。
(つづく)


-あとがき-
 DQ5を象徴するイベントの一つ、幼年期サイドの話です。
 ベラは最後まで男にするか悩んだキャラですが、とりあえずそのまま。初志貫徹でリュカだけ女の子で行きます。




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第六話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/14 20:30
 一瞬の白昼夢にも似た体験の後、リュカはサンチョにお酒を預けようと家に入った。すると、彼も台所で探し物をしていた。
「あれ……まな板が無いな。どこへ行ったんだ……おや、お嬢様」
「ただいま、サンチョさん。おつかいのお酒、買って来ました」
 リュカがサンチョに酒瓶を見せると、サンチョは嬉しそうな表情になった。
「おお、ありがとうございます。お嬢様」
 リュカはグランバニアと言うのがどこか知らないのだが、このお酒を見ると、父親もサンチョも、懐かしそうな表情になる。二人にとっては思い出深い場所なのだろう。 
 すると、その声を聞きつけたのか、階上からパパスが降りてきた。
「おお、帰ってきたか、リュカ。ご苦労だった」
 パパスはリュカの頭を撫で、お駄賃のゴールドをリュカの手に握らせた。
「今日は、父さんは上で調べ物をしている。リュカも洞窟に入るとか、危ない真似をしては駄目だぞ」
「はい、父様」
 リュカの返事を聞き、パパスは満足そうに二階に上がっていく。ここ二ヶ月ほど、パパスは家で調べ物をしたり、洞窟の中に小舟で入って行ったりと言うことを繰り返している。リュカは一度剣術の稽古をつけて欲しいと思っていたが、なかなか暇が無かった。
「お、あったあった。何でまな板が戸棚の中にあるんだ?」
 サンチョが再び家事に戻るのを見て、リュカはそっと地下室に降りて行った。はたして、さっきの少女は樽に腰掛けた姿勢で待っていた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第六話 妖精の国へ


「あ、来てくれたのね。ありがとう」
 少女は樽から降りてぺこりと頭を下げた。
「私はエルフのベラ。あなたは?」
「リュカです。エルフ……?」
 リュカはベラと名乗った少女を見た。年の頃は自分よりやや上で、ビアンカと同じくらいか、もう少し上かもしれない。木の葉のような緑色の髪の毛や、先のとがった耳は、確かに人間とは違う特徴ではある。
「ええ。妖精の世界から来たのよ」
 ベラは頷くと、リュカの手を握った。
「実は、私たちの世界が大変なの。このままでは、あなたたち人間の世界にも大きな災いが来るわ……それで、人間の世界に助けを求めてきたのだけど、人間には私の姿が見えないらしくて、気づいてもらおうといろいろイタズラもしたんだけど、どうしても気づいてもらえなくて……そんな時に、あなたが現れたわけ」
「は、はい」
 早口で話すベラに、リュカはちょっと押されぎみだ。
「ともかく、一度ポワン様に会ってくれる? お願い、リュカ」
「え? そ、それは……えっ?」
 お願いと言いつつ、ベラは何やら呪文のようなものを唱えた。その瞬間、二人と一匹は眩しい光に包まれ、リュカは意識が遠くなるのを感じたのだった。

「……リュカ、リュカ!」
 ベラの声でリュカは意識を取り戻した。
「ベラ……さん? え? ここはどこ?」
 リュカは目をあけて驚いた。さっきまで家の地下室にいたはずなのに、何時の間にか外に出ていたのだ。
 いや、ただ外に出ていたのではない。そこは見知らぬ土地だった。深い森に囲まれた池、その中央の小島の上にベラとリュカ、プックルは立っていた。
「……さ、寒い!」
 思わず身体が震える。見れば地面には厚く雪が積もり、池の氷は分厚く凍り付いていて、上が歩けそうなくらいだ。
「ここは、私たちが住む妖精の村。あれがポワン様のお屋敷よ」
 ベラが指差す方向には、巨大な木が立っていた。ただの木でない事は、窓があったり根っこが綺麗な階段状になっている事でわかる。確かに大きな家に見えなくも無い。
「ともかく、一度ポワン様に会って、話を聞いて」
「あ、あの、ベラさん。そもそもポワン様って誰……きゃっ!」
 かなり強引にベラに引っ張られ、リュカは凍った池を渡ってポワンの屋敷に連れ込まれた。階段を何度か登ってたどり着いた先は、木の中とは思えないほど明るく、暖かな大広間だった。
「ポワン様、お言い付け通り、人間の戦士を探してまいりました」
「まぁ、とてもかわいらしい戦士様ね」
 鈴を転がすような声がした。リュカはその声の主を見て、声を失った。
 それは、ベラと同じエルフ族のようだが、もっと大人のエルフで、しかも美しい女性だった。さっき家の前で会った女性も美しかったが、このエルフは水準自体が違っていた。彼女自身が光り輝いているのかと錯覚するほどだ。その美しいエルフは穏やかな笑顔を浮かべて、リュカに話しかけてきた。
「はじめまして、リュカ。私はエルフの女王で、ポワンと申します。どうやら、ベラに強引に連れてこられたようでごめんなさい。そう言う所を直すようにと、いつも言ってあるのですが」
「あの、ポワン様……それはその」
 ダメ出しをされて言い訳しようとするベラを片手を上げて制するポワン。
「言い訳は後で聞きます。ともかく、私はあなたにお願いがあって、こうして来ていただきました。私たちの話を聞いていただけますか?」
「あ、はい……」
 リュカは頷いた。どうやら、ポワンはちゃんと事情を話してくれそうだ。
「妖精は、世界に季節をもたらす役目を持っています。私たちエルフは春の担い手。ですが、この世界に春をもたらすために必要な神器、春風のフルートを奪われてしまったのです」
「春風のフルート?」
 聞き返したリュカにポワンは頷いた。
「ええ。はるか昔、私たちが神様から授かった大事なフルートです。おそらく、雪の女王の仕業でしょう」
「雪の女王?」
 また聞き返すリュカ。ポワンは丁寧に説明を続ける。
「雪の女王は冬を司る妖精で、本来はこの季節に私たちに季節を引き継ぐはずなのですが、普段から季節は冬だけでいい、全て凍った世界こそ美しい、と言うようなお方でした。それで、私たちの宝を盗んで、この世界を全て冬にしようとしているのでしょう」
「それは、迷惑なお話ですね」
 リュカは言った。春が来ないために、サンタローズでは寒いだけでなく、農作業が出来ずに困っている。このままでは今年は大凶作だ、と嘆く村人がパパスのところに相談しに来たのを見てもいた。
「ですが、私たちエルフには戦う力はありません。身を守るのが精一杯。雪の女王からフルートを取り返す事ができないのです。それで、人間の戦士を探すために、そのベラを遣わせたというわけです。リュカ、どうか私たちのお願いを聞いていただけますか? 雪の女王からフルートを取り返して欲しいのです」
 リュカはちょっと考えたが、サンタローズの村人たちの事を考えると、自分でできる事なら手伝ってあげたい。リュカは頷いた。
「はい、ポワン様。わたしで良ければ」
 その答えに、ポワンは明るい笑顔になった。
「そうですか、やってくれますか! ありがとう、リュカ。心から感謝します」
 ポワンはそう言うと玉座から立ち上がり、傍に控えていたエルフに手を差し伸べた。そのエルフはポワンに長い棒のようなものを差し出した。
「これはこの村の鍛冶屋が作った、鉄の杖です。あなたのブーメランでは、この先戦いが少し厳しいでしょう。これをお持ちなさい」
 ポワンはリュカに鉄の杖を差し出した。
「はい、ありがとうございます! ポワン様」
 リュカは鉄の杖を受け取った。ずっしりした質感は、これまでとは違う本格的な武器と感じられる。試しに構えてみると、重過ぎず軽過ぎず、手に馴染む。
 その主の凛々しい姿に、プックルがにゃあ、と褒め称えるように声を上げた。それを見て、あるエルフが強張った声を上げた。
「そ、それは地獄の殺し屋、キラーパンサー!?」
「なに、あの忌むべき魔獣の!?」
 ざわり、と動揺が場に広がり、敵意と隔意の混じった視線がリュカの連れに注がれた。リュカは思わずプックルを庇ってその視線に立ちはだかった。
「プックルは悪い子じゃありません! わたしに懐いているし、言う事もちゃんと聞きます!」
 それを聞いて、ポワンは頷いた。
「わかっています。そのキラーパンサーの子に、邪悪さは感じられません」
 ポワンはしゃがみこみ、プックルの頭を撫でた。一瞬警戒したプックルだが、ポワンの隔意のない気持ちを感じ取ったのか、ごろごろと喉を鳴らして、その愛撫を受け入れた。
「良い子ですね。ご褒美にこれをあげましょう」
 ポワンは首飾りを外し、プックルの首にかけた。
「これはエルフのお守り。きっとあなたを守ってくれる事でしょう」
 ポワンの言葉に、プックルが頭を垂れて礼を言うような姿勢を見せた。それを見て、エルフたちはまだ顔を見合わせてはいたものの、どうやらプックルが危険な存在ではない、と言う事を信じたようだった。
「さて……ベラ、あなたもリュカに同行し、この妖精界を案内してあげなさい」
「はい、ポワン様!」
 ポワンはお辞儀をして、リュカによろしくね、と笑いかけた。
「お願いします、ベラさん」
 リュカはベラに微笑み返して握手をし、さっそく雪の女王の居城に向けて出発した。


-あとがき-
 
 武器が鉄の杖に代わりました。でも、原作で鉄の杖を使った人ってあまりいないような気がします。
 少なくとも私はブーメラン→チェーンクロスにダイレクト移行でしたね。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第七話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/16 23:37
 雪の女王の居城は、妖精の村からそれほど遠くない土地にあった。と言うより、この妖精界自体がそれほど広いわけではない。レヌール地方よりやや広いくらいだろうか?
 ともあれ順調に目指す場所に辿り着いたリュカたちだったが、そこで足が止まった。雪の女王の居城の入り口は、巨大な扉で固く閉ざされていたのだ。
「よいしょ……ダメですね。びくともしません」
「ここを突破しないと、中に入れないのに……」
 リュカとベラは顔を見合わせた。ただでさえ非力なエルフのベラと、同年代の子供よりは強いとは言え、やはり女の子のリュカではこの扉を力任せに開ける、と言うわけには行かない。パパスを連れて来ても難しいだろう。
「うーん……何か違う方法を考えるしかないわね」
 そう言うベラに対し、リュカは扉の一点を指差した。
「ここに合う鍵があれば、中に入れますよね?」
 ベラは頷いた。
「確かに。でも、鍵がないと……しょうがない。村の鍛冶屋に合鍵が作れないか聞いてみましょう」
「わかりました。一度村に戻りましょう」
 リュカたちは仕方なく引き返した。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第七話 雪の女王


 しかし、村の鍛冶屋は言下に合鍵作りは無理と言い切った。
「合鍵? 元の鍵か、錠前そのものが無いと作れないよ」
「そうですか……」
 リュカがうなだれると、鍛冶屋はいや待てよ、と手を打った。
「先代の鍛冶屋なら、できるかもしれん。あの人は盗賊の鍵開けの技法を作って、女王様に追放刑を食らったからな……」
「あ、なるほど。ガイルさんがいましたね」
 納得するベラにリュカは尋ねた。
「ガイルさん、って?」
「あ、ごめんね。ガイルさんは前に村の鍛冶屋をしていたドワーフで、簡単な鍵なら何でも開けられる錠前破りの技術を作った人なの。本人は別にそれを悪用する気はなかったんだけど、ポワン様のお母様……つまり、前の女王様はとても厳しいお方で、ガイルさんを追放してしまったのよ」
 なるほど、と頷くリュカ。しかし。
「でもなぁ、ガイルさんは追放を恨みに思っているかもしれんぞ。教えを乞いに行ってうんというかどうか……」
 鍛冶屋が水を差すような事を言う。
「でも、一応話を聞きに行ってみましょう。その人はどこに住んでいるんですか?」
 リュカの質問に、鍛冶屋はガイルの住む洞窟への道を教えてくれた。一行は再び雪の積もる外の世界に踏み出していった。

 目指す洞窟はすぐに見つかった。中には魔物が生息していたが、鉄の杖とプックルの爪、ベラのギラの呪文で軽くなぎ倒して先へ進むと、いかにも人の住んでいそうな部屋に作り直された場所があった。
「すみません、ガイルさん、ドワーフのガイルさんはおられますか?」
 ベラが呼びかけると、部屋の中から声がした。
「客人とは珍しい。どうぞお入りなさい」
 どうやら、友好的な雰囲気である。リュカとベラは笑顔を浮かべると、招きに応じて中に入った。
「おや、これは珍しい。人間のお客さんとはのう。狭苦しいところじゃが寛いでくだされ」
 ドワーフのガイルはリュカを見て人好きのする笑顔を浮かべた。ドワーフと言うと頑固一徹職人魂、という印象を受けるが、少なくともガイルはあまり頑固そうには見えない。
「して、何用かな?」
 用向きを聞いてきたガイルに、リュカとベラは事情を説明した。最初はふんふん、と聞いていたガイルの表情が、次第に険しくなってきた。
「と言う事で、盗賊の技法を教えていただけませんか?」
 言うリュカに、ガイルは突然頭を下げた。
「済まぬ。どうやら、わしの不始末でとんだ迷惑をかけたようじゃ」
「え? それは一体?」
 いきなり謝罪されて戸惑うベラに、ガイルは事情を話し始めた。
「実は、ワシにはザイルと言う孫がおるのじゃが……ある日こやつが訪ねてきて、技法を教えてくれと言うてきての。何の気なしに教えたんじゃが、となるとあやつ以外にフルートを盗める者はおらん」
「えっ?」
 まだ良く事情を飲み込めない二人に、ガイルは言った。
「恥ずかしい話じゃが、自分の技術がどんな危険なものか、考えもせずに作ってしまったワシは馬鹿者じゃ。先代の女王様がお怒りになった理由も良くわかる。しかし、ワシは一時期先代様を逆恨みしておってのう……ザイルの奴に、その頃の気持ちを話してしまった事がある。おそらく、ザイルが勘違いして仕返しの為にフルートを盗んだんじゃろ。もちろん、雪の女王に煽られた面もあるんじゃろうが」
「なるほど、そういう事でしたか」
 ベラが納得すると、ガイルは話を続けた。
「仮に先代様に恨みがあっても、ポワン様にまでそれを引き継ぐなど愚かな事。もうワシは誰も恨んではおらん……仕方が無い」
 ガイルは立ち上がると、壁に立てかけてあった斧と盾を取り上げた。
「孫の不始末はワシの不始末。かくなるうえは、ワシもそなたらに同行しよう。雪の女王の居城の扉は、ワシがしっかり開けてやるわい」
「ありがとうございます、ガイルさん」
 リュカが笑顔で礼を言うと、ガイルは礼には及ばんよ、と言いながら武装を整えた。
「では参ろうかの」
 しっかり戦士らしい姿になったガイルを仲間に加え、一行は雪の女王の城に引き返した。玄関に辿り着くと、ガイルは錠前をコンコンと叩き、針金を差し込んで手応えを確かめ始めた。
「ふん、これなら簡単じゃな。ここをこう、と」
 ガイルが指を動かすと、数秒で鍵は外れた。その鮮やかな手つきに感心するリュカとベラ。
「凄い!」
「お見事なものですね」
 少女二人の賛辞にも、ガイルは首を横に振った。
「そうでもない。こんな人生裏街道を行く者の手業なんぞ、覚えておっても冷たい目で見られるだけじゃ。だからワシはお前たちには教えたくなかったのじゃよ」
 ガイルはそう言って斧を抱えなおし、扉を開けた。中はツルツルに凍っていて歩きにくそうだったが、ガイルは問答無用で床を斧で砕いた。
「ふんっ! よし、この上を歩いてきなさい」
「はい、ガイルさん」
 ガイルが床を砕き、ザラザラになって歩きやすくなった上を進み、一行は城の奥へ進んでいった。もちろん魔物は出てきたが、ガイルが片っ端から斧で真っ二つにしてしまう。その戦士としての実力は、パパス並みかもしれない。
「凄い……ガイルさんが来てくれてよかった」
 リュカが感心し、ベラが同意したところで、一行は三階に上った。そして、彼と出会った。
「なんだ、お前たちは……って、ガイルじいちゃん!?」
 声を上ずらせるのは、件の問題児ザイルだった。思わぬ祖父の登場に腰が引けている。ガイルは目を吊り上げると、孫に歩み寄って鉄拳制裁を食らわした。
「この馬鹿孫がぁ!」
「ぶへっ!?」
 カエルが潰れるような声を上げて倒れるザイル。
「ワシはポワン様を恨んだりはしとらん! それを勘違いして、こんな迷惑をかけおって……」
 くどくどと説教を始めるガイル。しかし。
「ガイルさん……ザイル君聞いてませんよ」
 リュカは言った。ザイルは白目をむいていて、明らかに気絶していた。
「む、なんじゃこの程度で……根性も身体も鍛え直しじゃな」
 ガイルは不満そうに口を閉じた。
「ま、まぁ、ともかく……どうやら後ろの宝箱がフルートの入ったものかしら? 調べてみましょう」
 そう言ってベラが進み出たその時だった。
「ふふふ、フルートを盗んできただけで、その子は用済みです。後は私が相手をしてあげましょう」
「はっ!?」
 怪しげな声が聞こえ、リュカは慌ててその声の主の方を見た。そこには、何時の間にか美しい、しかし青白い肌で健康そうには見えない女性が立っていた。
「あなたが雪の女王?」
 リュカの質問に、女性は凄惨な笑みで答えた。
「いかにも。この世で最も美しいのは雪と氷。それによって白く彩られた世界……邪魔をするなら、お前たちから氷の中に閉じ込めてあげましょう……ヒャダルコ!」
 雪の女王はいきなり強力な氷の呪文を放ってきた。刃のように鋭い氷を含んだ突風が吹きつけてくる。
「何の! これしき!!」
 ガイルはリュカとベラを守るように立ちはだかり、一身に氷の呪文を受け止めた。
「が、ガイルさん!」
 全身に氷の刃が突き刺さり、流れ出る血すら凍りついた壮絶なガイルの有様に、思わず悲鳴を上げるリュカ。
「ワシのことは心配するな、お嬢ちゃん! それよりあやつを倒すんじゃ!」
 そんな状況でも、ガイルは大声で怒鳴るように言う。リュカ、ベラ、プックルは顔を見合わせて頷くと、一斉に雪の女王に飛び掛った。
「ギラ!」
 ベラの差し出した手のひらから、帯状の炎が吹きだして雪の女王を襲う。
「くっ!」
 流石に熱には弱いらしく、短く苦痛の声を上げる女王。そこへ左右からリュカとプックルが襲い掛かった。
「やあっ!」
 リュカの鉄の杖が女王の身体を覆う氷のドレスを砕き、プックルが爪で亀裂を作った。
「小癪な!」
 女王はもはや美しい女性の姿をしておらず、顔を醜悪に歪めると、手から氷の爪を作り出して二人と一匹に切りかかった。
「くっ……ホイミ!」
「ホイミっ!」
 ベラが自分の傷を、リュカがプックルの傷を癒し、戦いを続行するが、なかなか決定打を得られない。均衡を打ち破ったのはガイルの一撃だった。
「ぬおおぉぉぉっっ!」
 凍っていたガイルが無理やり身体を動かし、斧を投げつける。それは狙い過たず女王を直撃し、氷のドレスを大きく砕いた。
「ぐうわっ!」
 女王が苦悶する。
「ベラさん、タイミングを合わせてギラの呪文を!」
「わかったわ、リュカ!」
 チャンスと見たリュカは呪文を唱え、ベラと同時に女王に向けて放った。
「バギ!」「ギラ!」
 真空の刃を含む小さな竜巻はギラの炎を巻き込み、一気に女王の身体を飲み込んだ。砕けたドレスの隙間からも炎が吹き込み、女王は断末魔の叫びをあげた。
「な、なんだこれは……熱い! 私の体が……溶け……ぎゃあああああ!」
 その悲鳴を最後に、女王の身体は炎の中に消え、後には湯気を立てる水溜りだけが残ったが、それもたちまち凍結して、女王の姿は影も残らなかった。
(つづく)

-あとがき-
 ザイル祖父のガイル参戦と言う展開にしてみました。女の子二人+プックルではどう見ても非力ですし。
 甘やかされているように見えるリュカですが、良いんです。可愛いは正義です。





[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第八話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/16 22:09
「か、勝ったわ……」
「勝ちましたね……」
 二人の少女は精根尽き果てたようにその場にしゃがみこんだ。流石に冬の妖精の王だけあって、強い相手だった。ガイルがいなかったら押し負けていたかもしれない。
「そ、そうだ! ガイルさん!」
 リュカは飛び上がり、斧を投げた反動でひっくり返っているガイルに駆け寄ると、ホイミを何回か唱えた。
「く……済まんな、リュカ殿」
「いえ、おかげで本当に助かりました、ガイルさん」
 そこへ、ベラが桜色のシルクの長い包みを持って駆け寄ってきた。
「リュカ、春風のフルートがありました! これで世界に春を呼べます!」
「良かったです、ベラさん」
 リュカは微笑んでベラと握手をした。すると、今度はザイルが意識を取り戻した。
「うう……いてぇ。一体何があったんだ?」
 戸惑うザイルに、ガイルが言った。
「この方たちに礼を言うんじゃ、ザイル。雪の女王に騙されていたお前を助けてくれたんだからの」
 ガイルはザイルに事情を説明した。誤解が解けたザイルは低姿勢で謝った。
「そうか……迷惑かけてごめんよ。俺がした事で、人間界にまで迷惑をかけてたんだな」
「ううん。わかってくれれば良いですよ」
 リュカは気にしないで、とザイルの肩を叩いた。
「では、ワシらはいったん家に帰る。いずれ折を見て謝罪に参るとポワン様にはお伝えして欲しい」
「わかりました。そのように」
 ガイルはベラに挨拶し、ザイルを連れて先に帰っていった。
「では、帰りましょう。リュカ。あなたも家に帰さないと」
「はい、ベラさん。おいで、プックル」
 疲れた様子のプックルを抱いて、リュカはベラと一緒に妖精の村に戻った。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第八話 春の夜の夢 


「これはまさしく春風のフルート! リュカ、本当に良くやってくれました。何とお礼を言っていいか……」
 村に帰り、フルートをポワンに渡すと、ポワンは涙を流さんばかりに喜んだ。他のエルフたちも、今はリュカを尊敬の眼差しで見つめている。
「いえ、春が来ないと、村の皆も世界中の人も困ってしまいますから。それに、頑張ったのはガイルさんも同じです」
 リュカは謙遜でなく本気で言った。
「そうですね。ガイルは先代の追放令を解き、いつでも村に来てもらえるようにしましょう。ベラ、後で使者として行ってもらえますか?」
「はい、ポワン様」
 ベラは頷いた。
「さて……さっそく春を呼ぶ事にしましょう」
 ポワンはフルートを口に当て、そっと息を吹き込んだ。軽やかで柔らかな音色があたりに広がる。音を聞いただけで、身体が暖かくなるようだとリュカが思った時、世界は劇的にその姿を変えた。
 雪がたちまち溶け、池の氷も消えて、魚やカエルが泳ぎ始める。地面は芽吹いた草で覆われ、森の木々も一斉に花を開かせた。躍動する春の色が一気に白い冬の世界を塗り替えていく。
「きれい……」
 リュカは思わずうっとりした声を上げた。曲を吹き終えたポワンは、フルートをしまって立ち上がると、リュカに小さな植木鉢を差し出した。
「リュカ、お礼にこの木を授けましょう」
「ポワン様、これは?」
 リュカは植木鉢を受け取って尋ねた。見ると桜の苗木のようだが……
「これは妖精界の桜の苗です。もし何時か、あなたが困った事があって私達妖精の力を借りたくなったら、この木のところへおいでなさい。きっと妖精界に導いてくれるでしょう」
 リュカは頷いた。
「はい、ポワン様。この木、きっと大事にします」
「では、リュカ……名残は惜しいですが、そろそろお別れの時間です。ですが、私達はいつでもあなたを見守っていますよ」
「さよなら、リュカ。私、いつまでもあなたを忘れない」
 ポワンとベラの別れの言葉に、リュカは涙を拭って答えた。短い間だったが、冒険を共にした仲間との別れは辛いものだ。
「うん……わたしも忘れない。ベラさん。ポワン様。お元気で……!」
 この世界へ来た時のように、リュカの視界を白い光が包み込み……そして消えた。

「お嬢様、お嬢様。もう日も高いですよ。起きてください」
 サンチョに身体をゆすぶられ、リュカは目を覚ました。
「あれ……サンチョさん?」
「お目覚めですか、お嬢様」
「うん……」
 リュカは目をこすった。今のは夢……?
「とても気持ちのいい朝ですよ。夜が明けたら急に春が来たようで、ほら見てください」
「え?」
 リュカはサンチョが指差した窓の外を見た。昨日までとは違う、暖かく柔らかな日差し。緑に芽吹いた木の梢には小鳥が歌い、花には蝶がとまっている。そして、農作業を始めた村人たちの笑いさざめく声。
「さ、朝ごはんにしましょう。お嬢様……ところで、これはどうしたんですか?」
 サンチョの言葉にリュカは窓の方から振り返り、そして満面の笑顔を浮かべた。
(夢じゃなかったんだ!)
 そこにあったのは、テーブルの上に載った桜の苗木と、鈍く輝く鉄の杖。そして、まだベッドの上で寝ているプックルの首にかかったエルフのお守り。リュカは不思議そうな表情をしているサンチョに言った。
「友達に貰ったの!」

 春の訪れから数日が過ぎ、リュカは家の裏で苗木に水をやっていた。
「早く大きくならないかな……」
 もちろん、そんな急に大木になるわけは無いのだが、桜は苗木ながらも小さな花をつけていた。それが今は違う世界にいる友達の事を思い出させる。
 如雨露が空になったところで、リュカは家の中に戻ろうとして、見知らぬ人物が中から出てくるのに気がついた。紋章を刺繍したマントを着た、兵士らしい男性である。彼は見送りに出てきたサンチョに一礼した。
「では、パパス殿によしなに願います」
「承知しました」
 そのやり取りと共に男性は去っていった。リュカはサンチョに尋ねた。
「サンチョさん、今の人は?」
「あ、お嬢様……今の方は東のラインハット城の王様からの御使者です。旦那様にお手紙を、と」
「父様に?」
 リュカが聞き返した時、背後から声がした。
「ん? 私がどうかしたのか?」
 振り向くと、洞窟から帰ってきたパパスが立っていた。
「おかえりなさい、父様」
「旦那様、お帰りなさいませ。実は……」
 サンチョは事情を説明し、使者から預かった手紙をパパスに渡した。
「ラインハット王が? ふむ……こんなところで見るのもなんだ。中に入ろう」
 パパスに促され、一同は家の中に入った。食堂のテーブルにつき、パパスは封蝋を剥がして手紙を読み始めた。
「……旦那様、王様は何と?」
 パパスが読み終えるところを見計らってサンチョが尋ねた。
「ふむ、王は第一王子ヘンリー様の教育係として、私を招聘したいと仰せだ」
 パパスの言葉に、サンチョが眉をしかめた。
「教育係? ラインハット王も異な事をなさる。旦那様は……」
「おっと、そこまでだサンチョ。今の私はパパスと言う一介の戦士に過ぎんのだからな」
 サンチョの言葉を途中で封じ、パパスは言った。
「ラインハット王とは知らない仲でもない。わざわざ私を指名してきたのだ、よほどの事情であろう……とりあえず、会って話をしてみようと思う」
 サンチョはあまり賛成できない様子だったが、結局は頷いた。
「わかりました。旦那様がそう仰るなら。ですが、ラインハットの情勢は今かなりキナ臭いとの噂。どうかお気をつけて」
「うむ、わかっておる。まぁ、それほど長くはかかるまい」
 パパスは頷き、リュカのほうを向いた。
「と言う事で、明日にでもラインハットに向かうと思う。リュカ、お前も来なさい。ラインハットのヘンリー王子はお前と同じ年頃だそうだ。遊び相手になってやって欲しい」
 リュカは頷いた。
「はい、父様」
 
 その夜、父娘は一緒のベッドで眠った。普段はパパスが遅くまで調べ物をしていたりして、あまり一緒に寝る事はなくなっていたので、一緒に寝るのは随分と久しぶりの事だった。
「父様はやっぱり暖かいですね」
 リュカは父親の暖かさが好きだった。旅の間はいつも親子で一つのベッドを使っていたものである。最近はプックルが一緒に寝てくれるから寂しい事はなかったが、やはり父と一緒と言うのは安心できる。
「そうか……そういえば、最近はお前と一緒に寝る事はなかったな」
 パパスはそう言いながら娘の髪を撫でる。
「リュカ、この仕事が終わったら、父さんは一度故郷に帰ろうと思う。今まで旅から旅に連れ回し、この村に戻ってからもあまり遊んでやれなくて、寂しい思いをさせたからな。これからはずっと一緒だ……リュカ?」
 娘からの返事が無いので、パパスはリュカの顔を見た。その両目は閉じられ、安らかな寝息が漏れていた。
「くぅ……すぅ……」
 パパスは微笑み、両腕の中の小さな、そして大事な宝物を抱いて目を閉じた。娘の安らかな眠りを守るために。

――そして、それが二人が共に過ごした、最後の夜になったのである。


-あとがき-
 妖精の国編、完結です。いよいよ幸せだった幼年期の終わりが近づいてきました。
 




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第九話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/17 21:10
 ラインハット王国は北の大陸のほぼ全域を統治する、世界有数の大国である。かつてこの大陸にはラインハットとレヌールの他、エンドール、ボンモール、ブランカといった国々があったが、戦や王統の断絶によって消えて行き、ラインハットのみが残ったのである。
 その大国の王都にふさわしく、ラインハットの城下町は賑わいを見せていた。異国からの新奇な品々を売る屋台に、鋼鉄の剣などの他では見られない本格的な武器を売る店などが立ち並び、大勢の人でごった返している。
「ふむ、流石ラインハットだ。賑やかなものよ。リュカ、父さんの手を離すなよ」
「はい、父様」
 リュカはパパスとしっかり右手を繋ぎ、左手にはプックルを抱いて、人ごみの中を歩いていた。王城前広場をようやく抜けて跳ね橋を渡り、城門前に来ると、二人の門番が槍を交差させて誰何してきた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第九話 黄昏の王城


「待て。我が城に何用か?」
 パパスは手紙を示して名乗った。
「私はサンタローズのパパス。国王陛下のお召しによりまかり越した。開門を願いたい」
「はっ、これは失礼しました。陛下がお待ちです」
 兵士は槍柵を解き、城内に呼ばわった。
「開門! 開門! サンタローズのパパス殿がお見えになりました!」
 ギィ、と音を立てて城門が開き、初老の男性が姿を現した。
「あなたがパパス殿ですね。私は大臣のロペスと申します。陛下がお待ちかねです。さぁ、どうぞこちらへ……そのお子様は?」
 ロペスがリュカに目を留めて尋ねた。
「私の娘で、リュカと申します。リュカ、ご挨拶なさい」
 リュカはプックルを地面に下ろし、スカートの裾をつまんでお辞儀をした。
「リュカと申します、閣下。どうかよろしくお願いします」
 その挨拶に、ロペス大臣は目を細めた。
「まだ幼いのに、なんと礼儀正しいお子さんじゃ。パパス殿、良いお子をお持ちですな」
「恐縮です。それよりも陛下に」
 パパスの言葉に、おおそうでした、とロペスは手を打ち、中に父娘を案内した。三階まで登ったところで、ロペスは大声で呼ばわった。
「パパス殿がおいでになりました!」
「うむ、案内ご苦労、ロペス。お主は下がってよいぞ」
 玉座に座った王が返事をする。エドワード三世王。大国ラインハットを治める二十代目の国王である。明るく公平な性格で、国民に名君と慕われる人物だった。先代の王の時代、レヌール併合で一時的に国力が疲弊した際に、それを立て直した手腕でも知られていた。
「はっ」
 ロペスは一礼して下がっていく。パパスは堂々と絨毯を踏みしめて進み、ひざを突いて王族への礼を取った。
「サンタローズのパパス、お召しにより参上いたしました」
「大儀である、パパス殿。この度は招聘に応じていただき、まことに感謝しておる」
 王は恰幅のいい人物で、パパスにもそんなに偉ぶった姿勢を示さない、度量のある人物のようだった。
「ところで、そちらの少女はパパス殿の縁者かな?」
 王もリュカには興味を持ったらしい。パパスは頷いた。
「娘のリュカです。不束者ではございますが、殿下の遊び相手に良いかと思い、伴って参りました。リュカ、挨拶なさい」
「はい、父様。陛下、リュカと申します。お目にかかれて光栄です」
 王はやはり目を細め、リュカを褒めた。
「うむ、なんとも利発そうな娘じゃ。それに礼儀正しい。ヘンリーの相手には申し分ないのう」
「光栄です。さて、リュカ……父さんは陛下とお話がある。しばらく城の中を見せてもらいなさい」
「はい、父様」
 リュカが立ち上がると、王は衛兵に命じてリュカに金のバッジのようなものを渡してきた。
「リュカよ、城の中を見るときは、見張りがいればそれを示すが良い。通行章の代わりじゃ」
「ありがとうございます、陛下」
 リュカは礼を言って退出した。人払いがされると、パパスはすっと立ち上がり、余所行きの仮面を外して、朗らかな声で話しかけた。
「エドワード、久しぶりだ」
「うむ、このように呼びつけて済まない。本来なら私から出向かねばならぬのだが」
 二人はまるで旧知の友のように親しい口調で話し始めた。
「なに、お前は王。私は今は一介の戦士パパスに過ぎん。立場が違うのだから仕方がないさ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
 エドワードはパパスの言葉に笑い、そして真面目な顔になった。
「パパス、私はおそらく、もうそう長くは無い」
「……何を言うんだ、エドワード。そんな弱気で……」
 パパスの言葉に、エドワードは苦笑で答えた。
「下手な慰めはいらんよ。手紙が来た時から悟ってはいたんだろう? そうでなければお前を呼びはしない」
 そこでゴホゴホ、と咳き込んだ後、エドワードはパパスに頭を下げた。
「済まぬ、パパス。どうかヘンリーを守ってやって欲しい。私はヘンリーを次の王に指名するつもりだが、王妃はうんとは言うまい。実の母が無いヘンリーは、政治的に弱い立場だ。おぬしの後ろ盾があれば……」
 パパスは瞑目し、尋ねた。
「私がヘンリー殿下を後見することで、逆に文句を言う者も多かろうと思うが?」
「それでもだ……それに、私はヘンリーを甘やかしてしまった。今のあやつには厳しい父親が必要なのだ。頼む。友として最後の願いだ」
「……わかった。言うとおりにしよう」
 パパスは頷いた。化粧で隠してはいるが、病魔に冒され気弱になっている友人を袖にする事は、パパスには出来なかった。
「ありがとう、パパス……」
「なに、構わぬよ。では、一度ヘンリー殿下の顔を見ておくとしよう」
 パパスは踵を返し、階段の方へ歩いていった。

 その頃、リュカは廊下を歩いていた。この廊下自体、サンタローズの村の端から端までと同じくらいの長さがありそうなのだが、こんな大きな建物がこの世にあったのか、と感心するやらあきれるやら。
「凄いお城……レヌール城の何倍くらいあるかな」
 そう一人ごちた時、廊下の向こうから何やら行列が進んでくるのが見えた。十数人の侍女や衛兵に囲まれて、美しいものの化粧の濃い女性と、気弱そうな少年が歩いてくる。少年の方は、リュカよりやや年下だろうか。それを見てリュカは廊下の端に寄った。貴人の列に対して無礼な事があってはいけない、と礼儀作法はパパスから教えられている。
 すると、向こうでもリュカの姿は目に留めていたらしい。女性が煙管を上げて合図をすると、列はリュカの目の前で止まった。
「そなた、見かけぬ顔じゃな。何者じゃ?」
 リュカは丁寧に一礼した。
「リュカと申します、貴きお方」
 その挨拶に、女性は満足感を得たようだった。
「そうかそうか、まだ小さいのに良くしつけが出来た子じゃ。気に入ったぞよ。このデールの傍に仕える気はないかえ?」
 デール、と言う名前にリュカは思い当たるものがあった。確か、この城の第二王子様の名前だったはず。
「ありがとうございます。ですが、父様に聞いてみないと、そうできるかどうかはわかりません」
 リュカとしては丁寧に言ったつもりだったが、今度は女性の機嫌を損ねたようだった。
「娘や、このデールは次にこの国の王になるべき子ぞよ。ヘンリーなどよりよほど王にふさわしい。今のうちにデールに近づいておくのが、良い考えと言うもの。覚えておくことです」
 言いたい事を言うと、女性は合図をして行列は行進を再開した。リュカは首を傾げた。良くわからないが、あの女性はちょっと変なところがある。
 そこへ、今度は召使いらしい青年が近づいてきた。彼はしゃがみこむと、リュカの頭を撫でた。
「災難だったな、小さなレディ。今のは王妃のマリエル様と第二王子のデール殿下だ」
 そう言うと、青年は小声で言った。
「デール殿下はいい子なんだが、マリエル王妃様はキツイお方だ。昔は優しいお方だったんだがなぁ……ヘンリー殿下のことも可愛がっていたのに、デール殿下がお生まれになると、人が変わったように……あまり逆らわない方が良いぞ」
「はい、ありがとうございます」
 リュカは礼を言った。幼いながらも、どうもこの城の雰囲気はちょっとおかしいと思ったが、あの王妃様が理由なんだと感じる。
 リュカは知らない事だが、ヘンリーとデールは異母兄弟である。王はヘンリーの母である先妻をなくした後、傾いていた国の財政を立て直すため、富豪の娘と再婚した。それが今のマリエル王妃で、デールは現王妃と国王の子である。
 莫大な持参金で国の財政は立て直り、国力も上がったが、マリエルは自分の子であるデールを王位につけようと画策しており、悪い事に母親がなくひねくれて育ったヘンリーは、大人しく利発なデールと比べて、国王の資質を疑問視されていた。
 お家騒動勃発前夜。それが、パパスとリュカが訪れた大国ラインハットの内情だったのだ。

 そこまで難しい事情をリュカが悟るのはもちろん無理だったが、人に聞いて回るうちに、腕白でひねくれ者のヘンリー、大人しくて良い子のデール、と言う二人の王子の違いが明らかになってきた。とにかく皆が口をそろえて「大人しい」と言うデールに対し、ヘンリーの噂は酷いものだった。
 曰く、背中にカエルを入れられた。曰く、スープに泥を投げ込まれた……そうやってイタズラの被害に遭わされた人たちは、口を揃えて嘆息した。
「あれで王様が務まるのかねぇ?」
 父の仕事次第ではヘンリー王子の遊び相手になるかもしれないリュカとしては、気が気ではない。思えば彼女の友達と言えば、ビアンカやベラといった同年代(ベラはわからないが)の少女ばかりで、男の子と遊んだ事はないのだ。
 ただ、安心できる証言もあった。例えば侍女頭の話である。
「ヘンリー様は、本当はお優しい方なんだよ。私の娘が熱を出したときに、城を抜け出して泥まみれになって薬草を取ってきてくれた事もあったし……幼い頃に母上様を亡くされて、今の王妃様がデール様ばかり可愛がるから、拗ねてしまったんだろうけど……」
(そうか、ヘンリー王子様も母様がいないんだ)
 リュカもまた、物心ついたときには母親がすでにいなかった。パパスやサンチョは母親がどんな人だったか、何も語ってはくれないけど、きっと死んだのだろうと思っている。
 だから、同じように母を失っているヘンリーの気持ちが、自分にはわかるかもしれない、と思った。侍女頭に礼を言い、ついでにヘンリーの部屋の場所を聞き出してそちらへ向かうと、廊下にパパスが立っているのが見えた。ヘンリーの部屋の直前である。
「父様、こんなところでどうしたんですか?」
 リュカが近寄って行って聞くと、パパスは頭を掻いた。
「おお、リュカか。どうも父さんはヘンリー王子に嫌われてしまったらしい。部屋から出て行けと言われてしまってな……リュカ、お前なら子供同士話が通じるかもしれない。ちょっと話してみてもらえるか?」
 リュカは頷いた。
「わかりました、父様。ちょっと待っていてください」
 リュカはパパスをそこにおいて、ヘンリーの部屋に入った。正面に椅子に座ってこちらに背を向けている、緑色の髪の毛をした少年の姿が見える。リュカが歩いていくと、ヘンリーも彼女の存在に気付いたらしく、こっちに振り返った。
「何だ、お前は?」
 王族とも思えない、乱暴な口の聞き方だったが、リュカはまず自分から礼を示した。
「リュカと申します、ヘンリー殿下。殿下の遊び相手として、お城に呼ばれて参りました」
 ヘンリーは怪訝な表情をし、続いてけんもほろろに断った。
「遊び相手だと? オレはそんな話は聞いていないぞ。そんな奴は要らん。帰れ帰れ」
 しかし、リュカも引かない。
「わたしは、殿下と遊びたいですよ?」
 そう言ってニッコリ笑って見せる。すると、ヘンリーは妙な事を言い出した。
「オレと遊んで欲しいか? じゃあ、オレの子分になるなら遊んでやるよ」
「こ、子分?」
 リュカは思わぬ単語に目を白黒させた。
「ああ。向こうの部屋に子分の証がある。それを持ってきたら、お前を子分にしてやるよ」
 子分と言うことは対等の友人ではないわけで、年齢の割には人が出来ていて温厚なリュカと言えども、面白い提案とはいえない。正直に言えば不快だ。しかし……
(ヘンリー様は、本当はお優しい方なんだよ)
 ヘンリーを心から心配していた侍女頭の言葉が頭を過ぎる。そうだ。一人ぼっちのこの子は、ちょっと素直じゃないだけなんだ、と思う。自分が助けになってあげられるならそうしたい。
「わかりました、殿下。少々お待ちください」
 リュカは頷くと、隣の部屋に入った。さほど大きくもない部屋の真ん中に、宝箱がぽつんと一つ置いてある。他には何もない。おそらくこの中に「子分の証」とやらが入っているのだろう、とリュカは宝箱を開けた。
(続く)


-あとがき-
 婿候補筆頭? ヘンリー君登場の巻です。今はまだ原作準拠で嫌な子ですが……
 おかげでリュカの良い子っぷりが引き立ちますね。




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第十話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/18 21:52
「……あれ?」
 リュカは首を傾げた。宝箱の中は空だった。念のため蓋や底を調べてみるが、隠された仕掛けなどはない。
「殿下、何も……あれ?」
 ヘンリーの部屋に戻ったリュカは、彼の姿がない事に気がついた。入り口のドアを開けると、そこにはパパスがいた。
「父様、殿下が来ませんでしたか?」
「おお、リュカ。殿下? こっちには来なかったぞ」
 リュカの質問にパパスはそう答えた。
「あれ? おかしいです……殿下が部屋にいなくなっちゃって」
「なに?」
 パパスは険しい顔になり、部屋に入ろうとした。その途端。
「こら、パパス! お前は部屋に入るなと言ったはずだぞ!」
 ヘンリーの叱責の声が飛んできた。リュカが振り向くと、そこには何時の間にかヘンリーがいた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第十話 攫われた王子


「これは失礼、殿下……リュカ、夢でも見たのか? ちゃんと殿下はいるではないか」
「あれっ?」
 リュカはヘンリーの様子を見た。ニヤニヤと笑っているところを見ると、どこかに隠れて様子を見ていたのかもしれない。しかし、部屋の中に隠れられそうな場所はない。
「あの、殿下……」
 リュカがまた近づくと、ヘンリーは聞いてきた。
「どうだ? 子分の証は見つかったか?」
 リュカは首を横に振った。
「向こうの部屋には何もありませんでしたよ」
「何もない? 何も見つけられなかったって事は、お前は子分の資格無しって事だ。さ、早く帰れよ」
 ヘンリーはそう言うと再びリュカに背を向けた。リュカは悲しくなった。なぜ、この王子はこんな意地悪を言うのだろう。本当は寂しいはずなのに。
「殿下、わたしは子分にはなれませんけど、お友達なら……」
 リュカがそう言った途端、ヘンリーは激昂した。
「友達? 友達だって!? そんな奴は要らないんだよ! 早く帰れよ!! でないと、こうだ!!」
 叫ぶや否や、ヘンリーの手が翻り、続いてリュカのスカートがふわりと翻った。
(え?)
 リュカは一瞬何をされたのかわからなかったが、ヘンリーの馬鹿にしたような声に、今のが何だったのか悟った。
「け、ガキくせえパンツ。お子様には用はないんだよ」
 悪ガキの大技、スカートめくりだった。
 もしこれがビアンカだったら、ヘンリーに正拳突きか爆裂拳でも食らわしかねなかったし、ベラだったらギラの一発もお見舞いしたかもしれないが、リュカはどっちでもなかった。スカートをめくられたと気付いた瞬間、彼女の視界はぶわっとぼやけた。
「う……」
 涙をぼろぼろとこぼしつつ、リュカは床にぺたんと座り込んだ。顔を手で覆い、そのまま泣き出してしまう。
「ひっく……ふえぇぇぇぇん」
 さて、慌てたのはヘンリーである。スカートめくりなど城の侍女たちにはしょっちゅうやっていることなのだが、基本的に彼女たちは大人であり、しかも仕えるべき王族であるヘンリーにいたずらをされても、子供のすることだからと流してしまう。だから、ヘンリーはスカートめくりなど大した悪事ではない、と思っていた。
 だから、リュカのように同年代の、それも君臣の関係がない相手にそういうイタズラをした時の反応がわからなかったのである。床に座り込んで泣きじゃくるリュカの姿に、ヘンリーはすっかりパニックを起こしてしまっていた。
「ば、バカ、泣くなよ!」
 そう言っても、リュカは泣き止まない。流石に悪ガキとはいえ、ヘンリーも王族の一員。一応女性は大事にすべし、という騎士道精神は教えられている。ヘンリーは考え込んだ末、リュカの肩を掴んだ。
「あー、もうオレが悪かったよ! いい物を見せてやるから、泣き止めよ!」
「ぐすっ……いいもの?」
 まだ涙を流しつつも反応するリュカ。ヘンリーは立ち上がると、さっきまで座っていた椅子を横にずらした。次の瞬間。
「わ……」
 リュカは驚いた。それまで床としか見えなかったところが沈み込み、下に下りる階段になったのだ。
「凄い仕掛けだろ? これはオレしか知らない秘密の出口なんだ。こいつをお前に教えてやるよ。だから、泣き止めよ?」
 そう言うと、ヘンリーは階段を下りていく。リュカは慌ててヘンリーの後を追いかけた。下につくと、待っていたヘンリーは今度は壁にかかった燭台を倒す。すると、階段はゆっくりと引き上げられていき、そこに何か仕掛けがあるとは思えない天井に戻った。
「……さっきは、これで下に降りていたんですね?」
「そういうこった」
 ヘンリーは頷いた。
「さ、泣き止んだな。ほら、これで顔を拭けよ」
 そう言いながら、ヘンリーは首に巻いていたスカーフをリュカに手渡してくる。リュカはそれを受け取り、ヘンリーを見てくすっと笑った。
「な、何だよ。さっきまで泣いてたくせに」
 なぜかたじろぐヘンリーに、リュカは笑顔で答えた。
「ヘンリー殿下って、実は優しい方だって聞きましたけど……本当なんですね」
「ば、バカ言え」
 リュカの言葉に、ヘンリーはそっぽを向いた。
「ともかく戻るぞ。いいか、ここの事はオレとお前だけの秘密だからな?」
「はい、殿下」
 リュカが答えたときだった。突然、燭台の横のドアが開いた。そこからどやどやと屈強そうな、そして柄の悪そうな男たちがなだれ込んできた。
「ヘンリー王子だな?」
 先頭の首領らしき男が言った。
「な、何だお前たちは!?」
 叫ぶヘンリーに、男はニヤリと笑った。
「俺様は大盗賊カンダタ……まぁ、それはどうでもいい。悪いが一緒に来てもらうぜ?」
 そう言うと、男はヘンリーの腹に固めた拳を叩き込んだ。
「うぐっ……かはっ!」
 ヘンリーの目から光が失われる。気絶したヘンリーをカンダタが抱えあげるのを見て、呆然と事の成り行きを見ていたリュカは我に返った。
「ヘンリー殿下!」
 飛び掛るリュカ。カンダタは開いているほうの腕を横に振るった。
「邪魔だ!」
 リュカは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。全身に激しい痛みが走り、息が詰まった。止まったはずの涙が溢れ、視界がぼやける。
「う……」
 それでもリュカはよろよろとではあったが立ち上がり、ドアの向こうを見た。城のお堀をボートが進んでいくのが見えた。どうやら、それで逃げているらしい。
「父様に……知らせなきゃ」
 リュカはふらつく足取りで城の中に戻ると、燭台を引いて隠し階段を出した。二階に上り、入り口のドアを開けた。
「おお、リュカ……リュカ? どうした!?」
 ドアを開けて父の顔を見た瞬間、倒れこむリュカ。娘が傷ついている事を知り、パパスはリュカを抱き起こすと、慌ててホイミをかけた。全身の痛みが引き、リュカは目を開いた。
「父様……父様! 大変なの! 殿下が……ヘンリー王子様が人攫いに……!!」
「な、何だと!?」
 パパスは驚きに目を見開いた。リュカを抱いたまま、パパスは部屋の中に飛び込んだ。階段を降り、ドアを開けて堀を見る。向こう岸にボートが着いているのを見て、パパスは言った。
「逃げたのはあっちの方向か……くそ、何と言う事だ」
「父様、ごめんなさい」
 何時になく険しい父の表情に、リュカはヘンリーを守れなかった事を詫びた。パパスは首を横に振る。
「よい。王子を守るのはこの父の仕事。それを全うできなかったのは父の責任だ。ともかく、後を追うぞ。一刻も早く王子を奪還せねばならん」
 パパスはこの事件を隠密裏に解決しなければならない、と悟っていた。この一件の黒幕は、間違いなくマリエル王妃だろう。その王妃はすでに城の中にかなり広範な派閥を築いている。
 もし、パパスがエドワードに事の次第を報告すればどうなるか。おそらく救助隊が結成されるだろうが、黒幕のマリエルは間違いなくヘンリーを連れて行った先を知っている。即座に手の者を救助隊に加えて出発させ、ヘンリーを暗殺するか、別の場所に移してしまうだろう。そうなればもはや打つ手はない。
 迅速に下手人の後を追い、ヘンリーを救出する。うまくすれば、証人を捕らえてマリエルの陰謀も明かせるかもしれない。パパスはリュカをしっかり抱きかかえ、足元で見上げていたプックルも片腕に抱えた。
「リュカ、プックル、しっかり掴まっているのだぞ」
 言うなり、パパスはいったんバックステップし、そして駆け出した。
「ぬおおおぉぉぉっっ!」
「と、父様!?」
 リュカが叫び、プックルがフギャー、と悲鳴のような鳴き声をあげる中、パパスは跳んだ。幅の広い堀。どう見ても向こう岸には届かない……と思ったのだが、パパスは堀の中ほどにあった木の杭に着地し、さらにもう一度ハイジャンプする。そして、犯人たちのボートに降り立つと、衝撃で沈み込んだボートが再び浮き上がる反動を利用して垂直に飛び、堀の石垣を蹴って対岸に降り立った。
「よし、リュカ、プックル、降りてくれ」
 パパスは抱えていた娘と飼い猫? を地面に降ろし、しゃがみこんで周囲の様子を探った。そして、僅かな草の乱れを察知して、それが続いている方向を探る。
「よし……こっちか! 付いて来い、リュカ!」
「ま、待ってください、父様!」
 父のスーパージャンプによるショックも覚めやらぬまま、リュカはパパスを追って走り出す。プックルも後に続く。父娘と一匹は人攫いを追い、深い森へ、そしてその向こうに続く山地へと分け入って行った。
(続く)


-あとがき-

ヘンリー君が確実にあちこちを敵に回したような気が(爆)。
次回、いよいよ幼年期最終章に突入です。
 



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第十一話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/26 21:53
 人攫いを追っていたパパスとリュカ、プックルだったが、日が落ちてきて辺りが暗くなると、流石のパパスも敵の足跡を追うのが難しくなってきた。
「むぅ……まずいな。夜になると追跡が難しくなる」
 いったん立ち止まって考え込むパパス。ふと、リュカはあることを思い出して、しまいこんでいたスカーフを荷物袋から取り出した。ヘンリーが涙を拭けよ、と渡してきたあのスカーフである。リュカはしゃがみこむと、プックルの鼻先にスカーフを近づけた。
「プックル、これで匂いを追いかけられない?」
「おいおい、犬じゃないんだぞ?」
 パパスは言ったが、プックルは鼻をくんくんとうごめかせると、今度は地面を嗅ぎまわった。そして、ある方向に指差すようにして前足を向け、にゃあ、と鳴いた。
「あっちだって言ってます。父様」
「わ、わかるのか?」
 プックルの嗅覚と、娘との意思疎通。両方にかけたパパスの疑問に、リュカは微笑んで答えた。
「きっと大丈夫です! この子、とても賢いから」
 そうだ、信じろよ、と言わんばかりにプックルが再びにゃあ、と鳴く。パパスは頷いた。
「わかった。信じよう。プックル、案内を頼むぞ?」
 プックルはにゃあ、とまた一声鳴くと、地面に鼻をこすりつけながら歩き始めた。リュカ、パパスの順でその後を追い、月が天頂に近づく頃、それは現れた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第十一話 遺跡に潜む者


「ここは……北の古代遺跡か」
 谷間に広がる複雑な構造の廃墟を見て、パパスは言った。
「どういう所なんですか? 父様」
 問う娘に、パパスは背中の剣を抜きながら答えた。
「その昔、この地方にあったガーデンブルグと言う国に縁の遺跡だと言うが……もうとっくに調べつくされて、普段は人の寄らない場所だ。曲者が根城にするにはもってこいだな」
 剣に一振り素振りをくれて、パパスは言った。
「ここから先は何が起きるかわからん。父の背中を離れるなよ?」
「はい、父様」
 リュカは鉄の杖を構え、パパスに続いて歩き始めた。道は空中回廊のような構造で、一段低い街路らしき道や建物を跨いでいる。少し歩いたところで、パパスは指を唇に当て、静かに、の合図をする。リュカは頷き、そっと父に追いついた。
「やはり、何かあるようだな……」
 パパスはそっと回廊の手すりの隙間から下を見た。リュカも見てみると、広場のようになった場所で、正面の壁にある大きな扉の前に、数人の見張りがいるのが見えた。手に剣や槍を持ち、辺りを見回している。
「ここから降りるにはちと高いな。仕方がない。道を探そう。リュカ、来なさい」
 パパスは飛び降りて下に行くのを諦め、回廊をさらに先へ進んだ。その足が再び止まったのは、回廊の突き当たりだった。そこは建物の屋上に直接通じているらしく、階段で建物の中に降りていける。一方別の階段が屋内を経由せずに下に降りていた。
 問題は、建物の中から明かりと、なにやら人の話し声と酒と料理の匂いが漏れてきている事だった。どうやら、犯人の一味は一部がここにいるらしい。
「……さて……よし、話を聞くか。リュカ、ここで待っていなさい。誰か来たら知らせるように」
「はい、父様」
 リュカは頷いた。プックルも首を縦に振る。これからパパスが中で何をするのか、リュカにもわかっていた。パパスはそれを娘に見せたくないのだろう。
 剣を構えたパパスが階段に近づき、軽く息を吸うと一気に飛び込む。次の瞬間、中で大騒ぎが起きた。
「な、なんだてめぇは!? ぎゃああああ!!」
「野郎! なっ……ぐえええ!!」
 剣と剣がぶつかり合う響きと、何とも言えない断末魔の叫び声が聞こえ、リュカは恐ろしさに身震いした。その騒ぎは数十秒で収まったが、今度は拳が肉を打つガッ、と言う音が何度か聞こえ、その度に悲鳴と哀れっぽい声が聞こえたが、それもやがて収まった。
「……」
 そして、パパスが階段を登ってやってきた。月明かりに照らされたその姿に、リュカは息を呑む。パパスの全身は血で汚れていた。
「父様、お怪我を……?」
 震える声の娘の問いかけに、パパスは首を横に振り、取り出した手ぬぐいで身体を拭いた。
「返り血だ。大事無い。それより、やはり王子はここに捕らわれているようだ。先へ進もう」
 リュカが頷くのを見ながら、パパスは軽い自己嫌悪に捕らわれる。娘を怖がらせてしまった、と。だが、ヘンリーを売り飛ばした金でどう豪遊するか、という人攫いたちの会話を聞いたその瞬間、パパスが六年前のあの日から胸の奥に滾らせていた怒りに火がついてしまった。この世の誰よりも大事な人を守る事ができなかった、あの日からの……
「……未熟だな」
「え? 父様、何か言いましたか?」
 思わず出た独り言に、反応した娘が見上げてくる。パパスは安心させようと笑顔を見せた。
「いや、何でもない。先を急ごう」

 幸い、道は複雑に折れ曲がってはいるものの、分岐はあまりなく、父娘は迷うことなく例の広場に続く最後の道に辿り着いた。そして。
「……なに? あれは魔物ではないか」
 パパスは見張りの姿を見て、眉をひそめた。遠目には人と見えていたが、近づいてみると相手は彷徨う鎧とオークの組み合わせだった。どちらも、このラインハット地方には生息していないはずの、強力な魔物である。
 もっとも、パパスの敵ではない。剣を構えると、娘に指示を伝えた。
「リュカ、父さんから少し離れていなさい。あの程度の魔物は父さんには怖い相手ではないが、お前には手強い。後ろからホイミでも飛ばして援護してくれ」
「わかりました、父様」
 リュカが頷くのを確認し、パパスはダッシュした。遅れてリュカとプックルも続き、広場に足を踏み入れたときには、既にパパスと魔物たちは戦いを始めていた……そして、すぐ終わった。リュカが支援する必要もない圧勝だった。隼斬りを食らったオークは胸元をVの字に切り裂かれて倒れ、彷徨う鎧は既にパーツのレベルでバラバラにされていた。
「よし、先へ進もう」
 息一つ乱していない父の流石の強さに改めて感心しつつ、リュカは後に続く。パパスは扉をこじ開け、その奥へと踏み込んでいた。
「ここは明るいな……む、牢屋か? いや、城か何かの基部か……」
 パパスが言うように、その地下空間は燭台に火が灯され、明るくなっていた。床には水が流れ、水没していない部分も苔やカビで覆われている。あまり長居したくはない環境だ。
「ヘンリー王子はこの奥のようだな……行こう、リュカ。滑りやすいから気をつけろよ」
 パパスはリュカを気遣い、ゆっくりとした歩みで奥へ進んでいく。リュカはそろそろと乾いた部分を選んで歩いていたが、すぐにそんな場所はなくなった。踏みしめるたびに床の苔がぐじゅ、という音を立てるのが気持ち悪い。
 やがて床は水没している部分の方が多くなり、とうとう本格的な川になってきた。
「むぅ……歩いて進むのは無理なようだな」
 パパスは次の一歩で水深が自分の膝丈になる、と言うところで足を止めた。川の水は冷たく、泳いで行くと凍えてしまうだろう。振り向くと、リュカは既にスカートを膝上ギリギリまでたくし上げ、頭にプックルを乗せていた。
「リュカ、少し引き返そう。ここから先は進めそうもない」
 パパスが言うと、リュカは右横を指差した。
「父様、あれは使えないでしょうか?」
「ん? ボートか……?」
 リュカが指差す方向には、川に突き出した石の桟橋のような構造物があり、ボートが繋いであった。壁に沿って進めばそこまで行けそうだ。
(なるほど、この奥が目的地だな)
 パパスは直感した。ボートが遺跡の備品であるはずがない。ここの構造を知る者が持ち込んだのだろう。それは人攫いたちに違いない。
「リュカ、しっかり掴まっていろよ」
 パパスはリュカを抱き上げ、肩車をした。この体勢で敵に襲われたらかなり困るが、幸い敵の気配は今のところない。
「父様、重くないですか?」
「ん? そんな事はないぞ」
 気遣う娘にそう答え、パパスはジャブジャブと川の流れをかき分けて、石の桟橋に娘を降ろした。自分は直接ボートに乗り込む。
「よし、オールはあるな……リュカ、父さんはボートを漕ぐから、もし何か敵が出てきたら、代わりに戦ってくれ。できるか?」
「はいっ、父様!」
「よし、良い返事だ」
 責任重大な役目を任され、少し気合の入った返事をする娘を頼もしげに、愛しげに見ながら、パパスはオールを手に取ると、ボートを上流目掛けて漕ぎ始めた。

 しばらくは何事も起きなかったが、数分ほど川上に向かった時、キィキィと言う独特の鳴き声が聞こえてきた。
「ドラキーか! リュカ!」
「はいっ! バギ!」
 天井から襲ってくる蝙蝠の群れに向かい、リュカが真空の刃を連発する。悲鳴を上げたドラキーがボトボトと川面に落下する。その屍を掻き分ける様に、水面から腐った死体と骸骨兵たちがぬっと浮上してきた。
「父様!」
 リュカはそれにもバギを撃ち込んだが、一発では倒れてくれない。行く手を遮る壁のように布陣する生ける死者たちに、パパスはオールを振るって殴りつけた。
「どぉりゃあ!」
 骸骨兵が頭を砕かれ、腐った死体が胴を薙ぎ払われて沈んでいく。パパスの膂力をもってすれば、オールも十分な打撃力を持つ武器となる。娘の力では倒せぬ敵を、パパスは力任せに粉砕して突破した。
「父様、ごめんなさい」
 力不足を嘆く娘に、パパスは微笑みかけた。
「なんの、お前の呪文で連中が弱っていなければ、そう簡単には突破できなかっただろう。良くやっているよ、リュカ」
 頭を撫でる事はできないが、それでも父の曇りない愛情は娘に伝わったらしい。リュカは笑顔で答え、再び見張りに戻った。
 さらに数分、上流へ進んだところで、リュカが前方を指差した。
「父様、あれを」
 パパスは娘の指差す方向を見た。さっきの桟橋のような構造物と同じものがある、ボートを繋ぐロープの存在から見て、ここが目的地のようだ。パパスはボートをそちらに寄せ、リュカに指示した。
「リュカ、そのロープを拾ってくれ」
「はい、父様」
 リュカは返事したが、桟橋が高いのでなかなか手が届かない。すると、プックルが桟橋に飛び上がり、ロープをくわえて戻ってきた。
「プックル、えらいよ」
 リュカはプックルの頭を撫で、彼はにゃあ、と満足げに鳴く。頭の良い子だ、とプックルに感心しつつ、パパスはボートを繋ぎ終えた。
「さて……行こうか」
 父娘はボートを降り、桟橋から続く通路に足を踏み入れた。幸いここは乾いている。しばらく歩くと、プックルが鼻をひくつかせ、にゃあ、と鳴いた。
「……ヘンリー殿下!」
 次にパパスが気付いた。通路の突き当たり、檻で閉ざされた空間の中に、こっちに背を向けて横たわる姿があった。パパスは檻に駆け寄ると、全力で体当たりを食らわせた。数度の体当たりで扉はひしゃげ、留め具が外れて倒れこむ。パパスは中に入ると、ヘンリーを抱き起こした。


-あとがき-

パパス、人攫いに容赦無用の巻。
マーサを守れなかった事って、きっとトラウマですよね。




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第十二話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/27 23:51
「ヘンリー殿下、ヘンリー殿下! お気を確かに」
 揺すぶるパパスに、ヘンリーは目を開けて答えた。
「うるさいな、聞こえてるよ……何だよ、こんな所まで助けに来たのか?」
 呆れた様な声。ヘンリーは投げやりな態度で言葉を続ける。
「良いんだよ。オレなんかいらない子なんだ。みんなそう言ってる。王位はデールが継げば良い」
 次の瞬間、パパスはぴしゃり、とヘンリーの頬を平手で打った。思わずリュカは息を呑んだ。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第十二話 永訣の刻


「な、殴ったな!? 親父にも殴られた事がないのに!!」
 打たれた頬を押さえ、涙目で叫ぶヘンリーに、パパスは静かな、しかし力の篭った口調で答えた。
「さよう。父上エドワード陛下の代わりに打ちました。殿下、殿下は父上の気持ちをお考えになった事がないのですか? 陛下は貴方を王位にと望んでおられるのですよ」
 ヘンリーは目を見開いた。
「嘘だろう。親父がそんな事を言うなんて……」
 パパスは首を横に振った。
「真です。陛下は忙しさにかまけて、殿下と十分な時間を作れなかった事を悔いておいでです。まずはお帰りになり、父上と話されよ」
 ヘンリーはしばらく黙っていた。いろいろと考える事があるらしい。リュカは侍女頭をはじめとする、ラインハットの家臣たちの話を思い出しながら言った。 
「殿下、皆さんも殿下の事を慕っています。イタズラ好きで困るけど、本当は優しい殿下のことを」
 ヘンリーはなおも数分考えていたが、やがて首を縦に振った。
「……わかった。城に帰って、父上と話してみよう」
 口調が改まったものになっていた。どうやらこの王子の内心に、好ましい変化があったらしい、とパパスは思った。
「ならば急ぎましょう。追っ手が来ないうちに」
 パパスが言った時だった。
 
「ほっほっほっ、逃げられると思っているのですか?」
「何奴!?」
 パパスは剣を抜き、声の方向を見た。
「い、何時の間に?」
 リュカは驚いた。背後の通路に、巨大な鎌を持ち、神官のような服装をした奇怪な人物が立っていたのだ。フードから覗く顔は男とも女ともつかない、中性的な美貌。しかし、薄い紫色の肌、赤い目、エルフのように、しかしより長く鋭くとがった耳が、その美貌を損なう邪悪な気配を発していた。
「貴様、魔族か……魔族が何故ラインハットの王位継承に介入する?」
 パパスが剣を正眼に構え、リュカとヘンリーを庇う様に立った。
「それは、これから死んでいく貴方の知る必要のない事。ジャミ、ゴンズ!」
 魔族が叫ぶと、その左右に奇怪な影が二つ出現する。馬頭の魔族と、巨大な剣を構えた鬼面の魔族。
「我が名はジャミ」
 馬頭の魔族が名乗った。
「我はゴンズ」
 鬼面の魔族が名乗った。
「主の命により」「貴様の命を頂戴する」
 言うや否や、ジャミとゴンズはパパスに襲い掛かった。リュカには見切れないほどの速さで、ゴンズの剛剣がパパスに迫る。しかし。
「その程度か!」
 パパスはゴンズの剣を跳ね上げ、散った火花にゴンズの驚愕した顔が照らし出されている間に、返す剣でその胴体を薙ぎ払った。散った血しぶきがジャミに降りかかり、その目を潰す。
「!?」
 視界を失い、一瞬動きを止めたジャミ。その隙を逃さず、パパスの剣がジャミの胴体を存分に刺し貫いて心臓を砕いた。馬頭の口から黒い血を吐きちらし、ジャミの巨体が床に沈む。その上から、胴体を半ば両断されたゴンズの身体が崩れ落ち、二体の魔族は屍と化した。
「ほほう、その二人を容易く討つとは……あなた、只者ではありませんね? では、このゲマがお相手して差し上げましょう」
「!?」
 パパスは顔を上げた。ゲマと名乗った魔族の声が、さっきまでいた位置とは違う方向から聞こえてきたのだ。そう、背後から。パパスは振り返り、息を呑んだ。
「と、父様……」
 何時の間にか、背後に回りこんだゲマはリュカを抱きかかえ、その喉に持っていた鎌の刃をあてていた。黒く禍々しい、見るからに邪悪な魔力を秘めた刃が……
「さぁ、かかってきなさい。ですが、貴方の娘の魂は、永遠に地獄を彷徨う事でしょう」
 嘲笑するゲマに、パパスは唇を噛み破らんばかりに歯軋りをした。
「ひ、卑劣な……!」
「ほっほっほ、最高の褒め言葉ですよ、それは」
 高笑いするゲマ。その時、意外な人物が動いた。
「この野郎! リュカを離せ!」
 ヘンリーだった。護身用の短剣を抜き、ゲマに飛び掛る。ついでプックルもまた。だが。
「邪魔です」
 ゲマは一撃でヘンリーとプックルを弾き飛ばした。右の壁に叩きつけられたヘンリーがずるずると崩れ落ち、左の床に落ちたプックルがピクリと痙攣して動かなくなる。
「ヘンリー王子! プックル!」
 パパスは助けたいと思ったが、動けばリュカの命がない。どうしようもない窮状に追い込まれたパパスに、ゲマが腕を伸ばす。その指先に、赤い輝きが燈る。
「良いものですね、子を思う親の苦しみ、怒り……親に助けを求める子の嘆き、悲しみ……どれも至上の美味ですよ。さぁ、もっと苦しみなさい。その苦悶に沈む魂の最後の輝きこそが、我らの力をより高めるのです。メラミ!」
 ゲマが呪文を放った瞬間、パパスの腕が地獄の業火に包まれた。
「うぐわぁーっっ!?」
 パパスの逞しい右腕が燃え上がり、その手から剣が転げ落ちる。
「父様! 父様ぁ!!」
 泣き叫ぶリュカの前で、ゲマは哄笑しながらメラミを放ち続ける。パパスの左腕が、右足が、左足が、胴が、次々に炎に包まれていく。
「ほっほっほ、そろそろとどめを刺してあげましょう」
 ゲマの指がパパスの顔に狙いを定めた。その時、パパスの苦悶に歪んだ顔が、急に穏やかなものになる。その変化に、一瞬ゲマは呪文を放つ事を忘れた。その隙に、パパスは言った。
「リュカ、良く聞きなさい。お前の母さんは、実は生きている」
「え?」
 リュカは思いがけないパパスの言葉に、思わず顔を上げた。
「どうか、生きて、生き抜いて……私の代わりに母さんを探し出してくれ。この父の遺言だ」
 想像を絶する苦痛の果てに、それを超越した境地に、パパスは達していた。ああ、自分はもう死ぬ。それは避けられない……だが……これから凄まじい辛苦に晒されるであろう娘には伝えられる。
 生き抜くためにすがる希望を。明日に向かって進み続けるための目標を。それは、いっそ死んでしまったほうが楽かもしれない、という道を歩むであろうリュカにとっては、逆に酷い贈り物かもしれないが……
「くっ、そろそろ黙りなさい! メラゾーマ!!」
 気圧された事に怒り、ゲマが最後の呪文を放つ。次の瞬間、パパスはその全身を炎に包まれていた。それが消え去った時、そこにはパパスの姿はなく、ただ床が黒く焼け焦げていただけだった。
「と……う……さま……?」
 リュカはその光景を呆然と見ていた。さっきまで生きていて、魔物を簡単に倒すほど強かった父が、もうこの世にいない。その現実を信じられない。
「やだ……父様……いやぁ! 父様ぁぁぁ!! と……う……さま……」
 リュカは叫び、気を失った。まだ六歳の幼い少女にとって、目の前の惨劇は精神の限界を遥かに超える打撃だった。
「ほっほっほ、安心なさい。あなたの娘はわが教団の奴隷として、幸せに暮らす事でしょう……さて」
 ゲマは腕を伸ばし、ジャミとゴンズの屍に光を放った。
「ザオリク」
 呪文が完成すると、二体の魔族の破壊された肉体が、急速に回復していく。貫かれた心臓が鼓動を再開し、引き裂かれた胴体が再び一つになって、二体はこの世に蘇った。
「ゲマ様……申し訳ございません。失態でした」
「お見苦しい所をお見せし、また復活までさせていただいた事、まことに申し訳ございませぬ」
 頭を垂れ、許しを請うジャミとゴンズに、ゲマは寛容なところを見せて笑った。
「良いでしょう。あの男、人間としては頂点を極める強さでした。お前たちが遅れを取ったのも無理はありません」
 しかし、ゲマの笑顔もそこまでだった。
「お前たちにはより強い肉体を持って復活してもらいました。ですが、次はありませんよ?」
「「はは」」
 二体はさらに頭を垂れ、己の主に対する絶対の忠誠を誓った。
「では、帰るとしましょう……ジャミ、その王子を連れてきなさい」
「御意」
 ジャミが気絶しているヘンリーを抱えあげた。ゴンズは床に落ちていた自分の剣を拾い上げ、ふと倒れているプックルに目を留めた。
「ゲマ様、このキラーパンサーの子はいかがしましょうか?」
 ゲマは一瞬プックルに目をやったが、すぐに目を背けた。
「放っておきなさい。野に帰れば、いずれその魔性を取り戻すでしょう」
 魔族と違い、キラーパンサーなどはどれだけ恐れられているとしても、所詮は野獣。ゲマにとって利用価値のある生き物ではない。
「では行きましょうか……おや?」
 ゲマは空間転移の呪文を唱えようとして、リュカの腰に下げられた道具袋から漏れる光に目を留めた。取り出してみると、それは金色に輝く不思議なオーブ。
「……これは……妖精の力を感じますね。もしやゴールドオーブ……? いや、そこまでたいした宝物ではないようですが、いずれにせよ我らには不快な代物。こうしておきましょうか。
 ゲマが力を込めてオーブを握り、何か呪文を唱えると、それは黒く濁り、やがてひびが入って砕け散った。
「これでよいでしょう。では、帰りますよ。お前たち」
「「ははっ!」」
 三体の魔族を黒い空間の歪みが包み込み、一瞬で消え去った。
 
 それからしばらくして、倒れていたプックルの身体がもぞもぞと動き、彼は起き上がった。周囲を見回し、大好きな人たちがいない事に気がつく。周囲を探し回り、匂いをかぎ、どれだけ探しただろう。プックルは、主人と主人が慕っていた大きな男が、もうここにはいないと悟った。にゃあ、と悲しげな声で鳴き、プックルはその場に残っていた、主人たちの気配が残る唯一の品を口でくわえ、引きずるようにしてその場を去っていった。
(幼年期編・完 青年期編に続く)


-あとがき-

 悲劇の日……わかっていても書くのが重いものです。
 パパスの死に様は原作とちょっと変わりました。一代の英傑の死に「ぬわーっ!」は無いと思うのですよ。




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第十三話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/28 21:57
 山奥の遺跡で、誰にも知られぬ悲劇があったあの夜から、長い年月が経とうとしていた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第十三話 隷従の日々



 重い木材を命じられた位置まで運び終え、少女は痺れた手に息を吹きかけてさすった。酷使と栄養不足でカサカサになった肌からは、垢がボロボロと落ちて雲海を渡る風に吹き飛ばされていく。その風になびく髪も、ここ数年ほとんど洗った事もなく艶を失っていた。
 埃と垢にまみれ、ガリガリに痩せこけた少女は、まだ十六歳にも関わらず、まるで老婆のように見える。かつて彼女が誰もが振り向くほど美しい少女だった事を信じる者は、ほとんどいないだろう。
 あの悲劇の夜から十年……奴隷の身となったリュカの、それが現状であった。
「おい、お前! 何をサボっている! 鞭で打たれたいか!!」
 手をこするリュカを見咎め、監督役が鞭を振るう。それはリュカの足元を掠めるように叩き、衝撃で飛んだ小石が彼女の身体に小さな傷を作った。その痛みをこらえ、リュカは頭を下げた。
「すみません。すぐに仕事に戻ります」
 木材の山を離れ、柱の傍を通った時、からかう様な、それでいて親しみのこもった声がリュカに飛んできた。
「よぉ、リュカ。また監督に目を付けられたのか? あいつ、相変わらず変態だな。怪我はないか?」
「ヘンリー」
 リュカは微笑んだ。そこにいたのは、紛れもなくあのヘンリー王子だった。
 甘やかされて育ち、わがまま放題だったヘンリーは、誰もが一年もたないだろうと思った過酷な奴隷の日々を二年、三年と乗り越えて行き、今では同じような年代の者が多い奴隷たちの中で、兄貴分的な位置を確保するにまで至っていた。
「……大丈夫。大した傷じゃないわ」
 リュカが言うと、ヘンリーは頷いた。
「ああ、でも、後で軽く手当てはしておけよ」
 優しいヘンリーの言葉にリュカは頷く。彼女もまた、一年ともたずに死んでしまうだろう、と思われた奴隷の日々を、こうして十年も乗り越えてきた。それを支えてきたのは、ヘンリーだった。十年と言う年月を過ごすうちに、二人は生まれや立場を越え、無二の友人としてお互いに認め合い、助け合う仲になっていた。
「とはいえ、あれからもう十年か……長かったな。お前の親父さんには、本当に申し訳なかったと思っているよ」
「ヘンリー、貴方まだ……」
 リュカの言葉をヘンリーは遮って言う。
「お前は親父さんの遺言を信じて、母親を探しに行くんだろう? オレがいつかそうさせてやるよ」
 ヘンリーは言った。自分のわがままで親友の父親を、偉大な戦士だった男を死なせてしまった事の自責の念は、常にヘンリーを戒め、自分の道を見出させてきた。
 リュカを……か弱い彼女を守り、いつかここから脱出して、彼女を自分の人生に帰してやりたい。それが、死んで行ったパパスへの誓いであり、リュカへの贖罪だ。そのために、ヘンリーは部署の違う所で働く奴隷たちの間にも情報網を築き、この地から抜け出す方法を模索し続けている。五年をかけても、未だ回答に辿り着かぬ問いではあったが。
「さて、あまり話していると、またムチでどやされるな。さぁ、仕事だ、仕事」
 ヘンリーはそう言うと、壁を積み上げている現場に戻っていく。この建設現場の地下にある石切場から切り出されてきた石は、綺麗に磨かれてまるで鏡のようだ。この建物が竣工したときには、どれほど美しい姿を見せるのだろうか。魔窟なのに。邪悪の根城だと言うのに。
(ヘンリーはああ言うけど……もう十年。なんて長い十年……! わたしは何時までこの地獄に耐えられるの? 父様の仇とわかっていても、この美しさに縋ってしまう時が来るかもしれない……)
 リュカは壁から目を離し、空を見上げた。その足元を再び風が吹きぬけ、広大な雲海を渡って過ぎ去っていく。
 ここはセントベレス……天界に最も近い所とも、また魔の山とも言われる。まるで塔のような垂直の断崖絶壁が雲をも貫く、世界の最高峰。
 今その頂は、光の教団を称する者たちの住まう伏魔殿であった。

 光の教団、と言う集団が何時ごろから現れたのか、正確なところは知られていない。この世界には幾つかの国があるが、特に統制の弱い都市国家の連合体である西の大陸では、かなりの規模の信徒を確保するに至っている。
 何時かこの世界を滅ぼさんとする魔王が復活する。その災いを逃れられるのは、光の教団の信徒のみ。信徒だけが天界にある楽園へ導かれ、そこで永遠の生を謳歌できる。
 他愛もない、良くありがちな終末思想を有する教団ではある。しかし、次第に増えていく魔物たちの害や怪異を前に、不安に駆られた人々は、そのありがちな教えに惹かれていった。

 リュカたち奴隷が建造に携わっているこの建物は、教団の大神殿であり、教えの言うところの「天界」なのだそうである。獄卒や監視役たちは鞭や刃で奴隷たちを脅しつけ、時には痛めつけながらも、飴を振舞う事を忘れはしなかった。
「いいか、ここが完成すれば、お前たちも自由の身だ。天界を築いた功績で、信徒として楽園に迎え入れようと教祖様は仰っている。その時の為に今は働け!」
 普通に考えれば、どこが飴なのかわからないが、絶望の日々の中、僅かな希望にさえも縋りたい奴隷たちにとって、それは確かに飴だった。
 もっとも、投げられた飴を拾わない者たちも中にはいる。
「だから、お前たちは甘いんだよ! そんなモン嘘に決まってる……!」
「だけど、監督たちは……」
 新入りの、まだ「イキの良い」奴隷と、もう何年かをここで過ごし、すっかり心の折れてしまった奴隷たちの、夜毎繰り広げられる言い争い。もっとも、殴り合いだの取っ組み合いだのに発展する事はない。そんな事をするには、彼らは昼間の仕事で疲れ切っていた。
(そろそろかな)
 リュカが思った時、この奴隷部屋の主、とも言うべき老人がむくっと身体を起こし、言い争う奴隷たちに向かって言った。
「お主ら、毎晩毎晩いい加減にせい。結論の出ない事を話してる暇があったら、さっさと身体を休めんか」
 その言葉に、すっと言い争いが止み、奴隷たちは三々五々寝る準備を始める。それを見て、リュカは老人に言った。
「おじいさん、ご苦労様」
 目を閉じていた老人はそっと目を開け、ふんと鼻息を漏らした。
「そう言うなら、リュカちゃんが止めればよかろう……どの道ワシはこの歳じゃ。ここの完成まで生きておれそうもないからのう。自由の身も何も、関係ない話じゃて。ここに落とされた悔しさも、もうこのおいぼれを長く生かして置いちゃくれまい」
 老人は、かつて光の教団の一般信徒だった。ほんの些細な不始末だけで、彼は信徒の地位を剥奪され、奴隷に身を落としていた。
「リュカちゃんは……お父上をここの者に殺されたのじゃろう? その悔しさを忘れぬ事じゃ。それがある限り、リュカちゃんは生きていく事ができるじゃろうて」
 そう言うと、老人は目を閉じ、息を二回する間に静かな眠りに落ちる。ヘンリーも騒ぎが収まったと見て、さ、寝るか、と言うと襤褸切れのような毛布をかぶって横になった。リュカもその横で身体を横たえる。子供の頃はヘンリーと一枚の毛布を分け合っていた事もあるが、何時の間にか別々の寝床に眠るようになっていた。もちろん、その意味を解さないほどリュカは子供ではないが、時としてそれを寂しく思うこともある。
 なお、奴隷部屋は男女同居ではあるが、そこで恋愛感情が起きたり、その帰結としての行為が行われるような事は、ほとんどなかった。衣も食も不足し、生きる事で精一杯の奴隷たちに、他人を思いやる気持ちが芽生えるような余裕は、ほとんどない。リュカとヘンリーは貴重な例外なのだ。
 また、かつてある女奴隷が子を身ごもった事もある……が、その結果は悲劇だった。身重になり働けなくなった彼女を、獄卒は容赦なく殺した。父親は名乗り出なかった。累を及ぼされる事を恐れて。
 人として普遍的な、そして何よりも尊い感情を持つことすら許されない。ここは地獄だった。

 そんな事を思いながら、リュカは老人の言葉を思い出す。父親が殺された悔しさが、彼女の生きる力になるだろう、と言う言葉を。だが、父の最期の光景を思い出すたびにリュカの胸を締め付けるのは、怒りより悔しさより、何よりも悲しみだった。
(悲しみでは……人は生きていけない)
 リュカは思う。怒りや悔しさも、何か違うかもしれない。人が生きていくには、もっと違う動機が必要に思える。だが、リュカはその答えを未だ見出せずにいる。
 自分の生きる道は何なのか。そんな事を思いつつ、リュカは何時になく寝付かれぬ夜を過ごした。

 翌日、リュカとヘンリーのいる部屋の奴隷たちは、普段の地上の作業から、地下の石切場の作業に回された。
「石材が足りないのだ! お前たち、どんどん石を運び出せ! サボる奴は容赦なく鞭打ちだからな!!」
 サディスティックに叫ぶ獄卒の横で、監督役がリュカにマホトラをかける。奴隷たちはもちろん武器など持たないが、たまに魔法を使える者が混じっており、かれらは朝一番にマホトラをかけられ、魔力を根こそぎ奪われていた。もちろん、逃げたり攻撃したり出来ないように、である。
 魔力とともに精神力まで奪われるような脱力感を覚えながら、リュカは地下への長い石段を降りていった。石切場の作業は嫌いだ。暗く、松明の煙と石の粉塵が混じった石切場の空気は、吸うたびに体力が削られそうなほど、澱んでいて汚れていて、気分が悪くなる。作業も危険でキツい。一番多くの奴隷が死んでいる場所で、一角には落盤で一気に数十人が死んだところが、木材の切れ端を組み合わせただけの粗末な十字架を立てた、おざなりな墓として残されている。
 奴隷たちは切り出された石を黙々と運ぶ。石切場の隅には運ばれた石を地上に上げるベルトコンベアがあり、屈強な男たちが掛け声を交えてローラーを回し続けていた。そこまで十数キロもある石を担いで何往復もするのだ。男でも辛い作業は、前の晩なかなか眠れず、寝不足気味のリュカには厳し過ぎた。
「リュカ、顔色が悪いぞ? 大丈夫か?」
 すれ違うヘンリーが声をかけてきた。
「ヘンリー……ん、大丈夫」
 リュカは笑顔を作って見せたが、足元はふらついていた。どのみち、休める事などないのだ。
 しかし、時間が経つにつれ、彼女の身体は限界を迎えつつあった。視界がぼやけ、身体が左右によろけて、支える事ができない。出来るだけ軽い石を選んだのだが、それさえ持つことが辛い。やがて、地面の小石に躓いたリュカは、こらえきれずに石を離して倒れてしまった。
「あうっ」
 受身も取れず地面に倒れ、荒い息をつくリュカ。その時だった。
「女、貴様!!」
 怒りの声が頭上から降ってきた。目を開けると、顔を真っ赤にした監督官が鞭を片手に彼女を見下ろしていた。
「貴様、俺の足に石をぶつけるとは、ふてえ女だ! その根性を叩きなおしてやる!!」
 見れば、転がった石がかすったのか、監督官の靴に灰色の擦り跡ができていた。怪我ですらない。だが、男は容赦なく、リュカの背中に鞭を叩き付けた。
「あうっ!!」
 リュカは激痛に身をよじらせた。襤褸切れ同然の服はショックで大きく裂け、剥き出しになった背中に痛々しいみみず腫れが見る見る走った。
「ああ……す、すみません……ごめんなさい……」
 涙をこらえて言うリュカだったが、その様子は監督官の嗜虐心を煽り立てる役にしか立たなかった。
「何だ、その口の利き方は? 貴様、奴隷としての立場がわかっていないようだな。いい機会だから、その身にお前が奴隷だって事を、たっぷりと教え込んでやる!」
「ひぎぃっ……!!」
 何度も鞭が叩きつけられ、その度にリュカの服と肌は裂けて、辺りに彼女の血が飛び散った。そんな無残な光景を、奴隷たちは無感動な表情で見ている。こんな事は、もう何度も繰り返されてきた事だ。あの娘には可哀想だが、どうすることも出来ない。そんな諦めが彼らを支配している。
 ただ一人の青年を除いては。
「リュカ……リュカっ!! ちくしょう、もう我慢の限界だぜ!!」
 ヘンリーだった。手近にあったスコップを取り上げ、振り下ろして足枷の鉄球を繋ぐ鎖に叩きつける。十年間、奴隷として過酷な労働を続けるうちに培われた腕力が、親友をいたぶる卑劣な監督官に対する怒りが、鎖の強度を上回った。鎖が弾けるように断ち切られ、ヘンリーは咆哮とともに地を蹴った。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉっっ!!」

(ごめんなさい、父様、わたしは、もう……)
 半ば消えかけた意識の中で、リュカはまぶたの裏に浮かぶ父に詫びていた。もう、耐えられない。こんな地獄のような生活を続けて行けるほど、わたしは強くない。
 だが、その時リュカは自分を打ち据える鞭の乱打が止んだ事に気がついた。代わりに、自分を守る強い意志を感じる。彼女は目を開け、そして呟くように言った。
「と……う……さま……?」
 リュカを守るように立つ、力強い影。それが一瞬父に見えたが、すぐにヘンリーと気付く。その手に握られたスコップは、監督官の肩を叩き割り、胸にまで食い込んでいた。
「あ……が……?」
 致命傷を負わされた監督官は、絶対強者のはずの自分が何故こんな目に合わされるのか、信じられない、と言うように身を震わせ、どうと倒れた。
「き、貴様!? そんな事をしてどうなるかわかっているのか!?」
 ヘンリーの暴挙に、獄卒や他の監督官が武器を手に駆けつけてくる。ヘンリーはスコップを構え、啖呵を切った。
「やかましいや、この外道どもが! リュカを傷つける奴らはこのオレが許さねぇ!!」
 ヘンリーはスコップをバトルアックスのように振るい、獄卒を殴り倒し、監督官を薙ぎ倒す。リュカは驚いた。ヘンリーがこんなに強かったなんて知らなかった。
 リュカの知らないヘンリーは、三~四人の敵を相手に大立ち回りをしていたが、さすがに息が上がってきた。もともと腕力はあっても、持久力は乏しいのだ。だんだん動きが鈍くなってきたヘンリーの背後から、獄卒が槍を繰り出そうとする。それを見た瞬間、リュカの身体に力が蘇った。咄嗟に身を起こし、手に当たったものを拾い上げる。
「危ない、ヘンリー!!」
 叫びながら、リュカはそれを……ヘンリーの足枷の鉄球を投げつけた。長年彼を縛めてきたそれは、最後の最後にヘンリーを守った。ぐしゃり、と嫌な音がして、獄卒の兜がへこみ、大量の血しぶきが噴き出すと、そいつは朽木のように倒れ伏した。それを見て、リュカはヘンリーを守れたと言う安堵と共に、再び意識を失い、そこに倒れた。
「リュカっ!」
「き、貴様ら……」
 ヘンリーがリュカに駆け寄り、別の獄卒が唸った時、石切場に複数の足音が響き渡った。視線がそっちに集まる。入り口の階段を降りてきたのは、教団に仕える兵士たちだった。

「石切場で騒ぎがあったと聞いてきたが、何が起きた?」
 兵士たちの隊長らしき男が、進み出て獄卒に尋ねた。
「は、はっ……その男が突然歯向かって参りまして」
 獄卒は低姿勢で言う。兵士、それも隊長となれば、獄卒よりは遥かに身分は上だ。
「ふむ……その娘は?」
 ヘンリーと、傷まみれ血まみれで気を失っているリュカに目をやって兵士が聞く。
「は、その娘も反抗的でしたので、ダガンが懲罰を加えていたところで……」
 ヘンリーに倒された男の名を獄卒が挙げる。
「そうか……この一件は我らが預かる。おい、その娘を手当てしてやれ」
「はっ」
 兵士の一人がリュカに近付こうとする。が、ヘンリーが再びスコップを持って立ち上がった。
「寄るな! こいつには指一本……がっ!?」
 ヘンリーは最後まで言い終えることなく崩れ落ちた。隊長が槍の石突を目にも留まらぬ早業で、ヘンリーの鳩尾に突き込んだのである。
「手当てが済んだら、その奴隷も娘も、牢に入れておけ。処分は追って下す」
 隊長が言うと、もう一人の兵士が気絶したヘンリーを担ぎ、もう一人はリュカを抱き上げて、階段を登っていく。
「あの、隊長殿……」
 獄卒が低姿勢を保ったまま声をかけると、隊長は溜息をついて言った。
「奴隷に監督官が殺されたとなると、簡単にはこの事件は片付くまい。お前たちにも監督不行き届きで罰があることを覚悟しておくのだな」
 獄卒はその一言に震え上がったが、隊長はもうそいつには興味をなくしたように、部下を追って階段を登って行った。
(続く)


-あとがき-

青年期編、開幕です。リュカの薄幸のヒロインスキル(★8)炸裂。
ついでに作者のドSスキルも全開……「リュカに何をする! この外道!」という抗議は承りますが、投石・呪詛等は
      ハ,,ハ
     ( ゚ω゚ ) お断りします。
    /    \
  ((⊂  )   ノ\つ))
     (_⌒ヽ
      ヽ ヘ }
  ε≡Ξ ノノ `J



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第十四話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/29 17:34
 その夜、ヘンリーは未だ意識を取り戻さず気を失ったままのリュカと共に、牢の中にいた。背中一面に鞭の傷があるため、うつ伏せに寝かされているリュカの身体は、薬が塗られ包帯が巻かれて、丁寧な手当てがしてある。しかし、過労で回復力の衰えたリュカには、それでもまだ不十分らしい。そっと触ってみると全身が熱を持っているようだ。
「ちっ……バカな事をしちまったぜ」
 ヘンリーは吐き捨てるように言って、背中を牢の壁に預けた。
(ついカッとなっちまった。あのクソ野郎をブッ殺したのは爽快だったが、これで脱走は難しくなったな)
 自重すべきだった、とヘンリーは後悔する。いつか脱走の手立てを見つけるまでは、何があっても隠忍自重。今日もリュカがいたぶられているのを、黙って見過ごすべきだったのだ。殺されるわけではないのだから。
「へ……それが出来るほどお利口さんなら、オレはこんなところにいやしねぇか」
 ひとりごち、ヘンリーはリュカを見つめる。
「オレは死刑になるかもしれんが、なんとかしてリュカは助けてやらないとな……」
 そう言った時、牢の入り口から声が聞こえた。
「それは無理だ。お前もその娘も死刑と決まったからな」


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第十四話 脱出


「なっ……てめぇ、あの兵士か!」
 ヘンリーはそっちを見て怒鳴った。確かに、そこにいたのは昼間の兵士たちの隊長だった。彼はふっと笑うと、ヘンリーに話しかけた。
「なかなか元気そうだ。昼間は強く一発入れすぎたと思ったんだが」
「教団の犬の攻撃で参るヘンリー様じゃねぇ。それより、リュカが死刑ってどう言う事だ!?」
 怒鳴るヘンリーに、兵士は苦笑で答えた。
「その娘が鉄球を投げつけた獄卒だが、助からなかった」
「そいつぁこの十年で一番良い知らせだ」
 ヘンリーは言うと、兵士から顔を背けた。
「話は終わってないが」
「うるせぇな。教団の犬に話す事は何もねぇ」
 兵士の言葉にそっけなく答えるヘンリー。すると、兵士は思わぬ事を言った。
「お前、ここから逃げたくはないか?」
「なに?」
 ヘンリーは再び兵士の方を向いたが、すぐにまた顔を背けた。
「そりゃあ……逃げたいさ。こんな所。兵士サマにはここは楽園かもしれないが、オレ達には地獄だ」
「なら、私に付いて来い」
 兵士が言うと共に、ガチャリと音がして、牢の扉が開いた。兵士の手には牢の合鍵。
「え?」
 戸惑うヘンリーに、兵士は急かすように言葉を続けた。
「逃げたいんだろう? その娘を連れて付いて来い。大丈夫だ。処刑場に直行とか、そういう事は絶対にない。私を信じろ」
 ヘンリーは一瞬迷ったが、すぐに決断した。これ以上現状が悪くなる事はない。リュカを抱き上げて背負いあげた。
「ん……つっ……!」
 それで痛みが走ったのか、リュカが意識を取り戻した。
「悪いリュカ。痛むか?」
 ヘンリーが声をかけると、リュカはまだ意識が完全には戻っていないのか、ぼうっとした声で言った。
「ん……ちょっと……ヘンリー、どうしたの?」
「ああ、ちょっと移動中だ。しっかり掴まってろよ」
「うん……」
 リュカが腕に力を込め、身体をヘンリーに押し付けた。
(リュカ……こんなに軽かったか? それに……いやいや、今はそんな事を考えてる場合じゃない)
 背中に何か柔らかい感触が二つ当たる。それに対する感想を打ち消し、ヘンリーは兵士の背中を追った。気を紛らわせるために、兵士に話しかける。
「なぁ兵士サマよ」
 兵士は振り向かずに答えた。
「私はヨシュアだ。そう呼んでくれて良い」
「じゃあヨシュアさんよ、何で俺たちを逃がそうとする?」
 ヘンリーが問うと、ヨシュアは苦いものが混じる口調で答えた。
「私なりに……この教団の現状に疑問を隠しきれなくなってな……私には妹がいた。マリアと言う名でな。その娘と同じくらいの年頃だった」
「……いた? だった?」
 過去形で語られる事にヘンリーが疑問を抱くと、ヨシュアは事情を話し始めた。
「死んだ。死刑にされたんだ。教祖のお気に入りの壷を割った、と言う、ただそれだけの事でな……魔炎で焼き尽くされて骨も残らなかった。あんなに可愛い子だったのに……あんなに優しかったのに。あんなに教団の教えに忠実だったのに……!!」
 ヨシュアの肩が激情と慟哭で震えた。
「……私は、妹が理不尽に殺されたと言うのに、その決定に逆らえなかった……我が身大事さでな。情けない兄だ」
「そうか……悪い事を聞いたか?」
 ヘンリーは言った。教団の手先になっている男。許し難い敵だが、彼と妹を襲った理不尽な悲劇には同情できた。
「いや、済まない……愚痴になってしまったな」
 ヨシュアは首を振って気にするな、と言うと、言葉を続けた。
「だが、お前たちは違った。絶対に逆らえない相手に立ち向かう勇気があった。我が身可愛さしか考えられない奴隷たちの中で、お前たちだけが違った。そんなお前たちを見殺しにする事はできない……そう思ってな」
「そうか? 無謀なだけかもしれんぜ」
 ヘンリーはそう言ったが……半ば本音だったが、ヨシュアは首を横に振った。
「無謀でも良いさ……おっと、ここだ」
 ヨシュアは右手の扉を開けた。さらさらという水の流れる音が聞こえる。明かりをつけると、小さなプールのような水面が見え、その横に大きな木の樽が積み上げてあった。
「ここは?」
 ヘンリーが聞くと、ヨシュアは手近な樽に取り付き、押し始めた。
「ここは死んだ奴隷を捨てるための水路さ。海に通じている。ちょっと手伝ってくれ」
「ああ。リュカ、ちょっと待ってろよ」
 ヘンリーはリュカを床に降ろし、ヨシュアを手伝って樽を押し始めた。
「ヨシュアさんよ、これで海に出ろってか?」
 ヘンリーの問いにヨシュアは首を縦に振る。
「ああ。海流に乗れば、数日で北の大陸の海岸に近付くはずだ。そこの袋に一週間分の食料と水、それに薬……あと、当座の資金として三千ゴールドほど入れてある。使ってくれ」
 手際の良さに、ヘンリーは首を傾げた。
「ずいぶん準備がいいんだな……ひょっとして、誰か他の人を逃がしたかったんじゃないのか? あんた」
 ヨシュアは手を止めた。
「……ああ。本当は、マリアを逃がすために用意したんだ。あの子は優しかったから、地下で奴隷たちが働かされている事に、胸を痛めていた……だが、そんな事を言えば、あの子は背教者として粛清される。その前に……」
 ヘンリーは答えず、樽を押し始めた。水路に樽を転がすスロープの上に来たところで、樽を横倒しにして蓋を開ける。
「さ、入ってくれ。上には娘は怪我が元で死に、お前は後追い自殺したと、そう報告しておく」
 ヨシュアは袋を放り込んで言った。ヘンリーは頭を下げた。
「何から何まで済まないな。何も礼ができないが」
「礼なら、この教団の実情を世間に広めてくれ。そして、ここを潰してくれれば、私はそれで満足だ」
 そういうヨシュアに、話を聞いていたリュカが頭を下げた。
「本当にありがとうございます、ヨシュアさん。怪我の手当ても……」
 ヨシュアは微笑んだ。
「構わないさ。マリアの分まで幸せになって欲しい。さ、早く」
 リュカはヘンリーの助けを得て立ち上がりながら、ヨシュアに言った。
「あのっ……ヨシュアさんも……一緒に行きませんか?」
 ヘンリーも頷く。
「そうだぜ。一緒に来いよ」
 しかし、ヨシュアは首を横に振った。
「それは無理だ。この水路は誰かがスイッチを押さないと海に繋がらないんでね……それに、教団の片棒を担いだ私だ。今更逃げ出せんさ。ここで、何とか奴隷たちを守れないかやってみるよ」
 言うヨシュアの顔には、決意した人間特有の晴れやかさがあった。その顔を見ては、もうリュカにもヘンリーにも、何も言えなかった。
「……そうか。達者でな」
「どうか、お元気で……!」
 それだけを言うと、二人は樽の中に入り、ヨシュアは蓋を閉め、水路に転がし入れた。樽がゆったりと水路の先に流れていく。ヨシュアは部屋を出ると、そこにあったスイッチに手をかけた。
「神よ……ここにはいない正しき神よ。もはや貴方に祈る資格は私にはないかもしれない。それでも、どうかあの二人に加護を……!」
 ヨシュアは祈りを込めてスイッチを押した。途端に、部屋の向こうで激しい水流の発生する音が響き渡った。
 悲劇の日から十年。天界に最も近い地獄から、リュカとヘンリーの新たなる旅が始まろうとしていた。


-あとがき-
 あれ? ヘンリーが激しく主人公っぽい……まぁ、リュカはヒロインなのでいいんですが。
 あと、前回でリュカがマリアの代わりに鞭打ちにされてましたが、マリアはどうなったのかと言うと、死んでました。全国のマリアファンの皆さん、ごめんなさい。
 ヘンリーを巡ってリュカとマリアで三角関係とかもちょっと考えましたが……



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第十五話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/30 21:59
 半ば覚醒した意識の中で、リュカは自分を包む空気への違和感を覚える。彼女が十年間を過ごしてきた世界の空気は、汗と土埃、部屋の片隅に置かれた便器代わりの壷、怪我をしても満足に治療などしてもらえない者たちの血と膿、と言った臭いが入り混じった、耐え難い悪臭が漂っていた。
 しかし、今彼女は花の香りを嗅ぎ取っていた。もう何年も嗅いだ事のない、心安らぐ香り。嗅覚だけではない。聴覚は潮騒を感じている。繰り返し打ち寄せる波。子供の頃に船の上から心躍らせて見た、海の雄大なリズム。あの頃は幸せだった。旅から旅への暮らしの中で、それでも傍らには――


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第十五話 海辺の修道院


「……父様」
 自分の発した言葉で、完全にリュカは目を覚ました。目を開けると、ぼんやりと人の顔が視界に映った。
「気がついたようですね」
 優しい、暖かみのある声が聞こえた。視界がはっきりしてくるにつれて、その人がナンベールを被った、シスターだと気がつく。年の頃は三十代くらいだろうか? やや陰のある、しかし美しい女性だった。
「ここ……は?」
 リュカの質問に、シスターは優しい微笑を浮かべて答える。
「ここはオラクルベリーの南にある、海辺の修道院。安心なさい。お連れの方もこちらにおられます」
「お連れ……ヘンリーの事? ヘンリーは無事なんですか?」
 リュカの記憶がはっきりしてきた。そう、そうだ。兵士ヨシュアの手引きで、二人はセントベレスの大神殿から脱出した。乗り込んだ樽が激流に揉まれる間、リュカは再び傷の痛みで意識が朦朧となって……それからの事は、断片的にしか覚えていない。
 何時の間にか、樽の中が静かになっていた事。ヘンリーがリュカを守るように抱きしめてくれていた事。ワインか何か、甘い飲み物を口にした事……そんな記憶が途切れ途切れに浮かんでくる。
「ええ、ヘンリー様はもうお元気ですよ。ですが、あなたは衰弱が激しく傷も深かったので、ここに辿り着いてからも三日も眠ったままでした。ですが、もう心配なさそうですね」
 シスターは微笑み、ベッドの横にある窓を開ける。潮騒の音がはっきりとすると共に、潮の香りを含む爽やかな風が部屋を吹きぬけた。十年間、リュカの身体を覆っていた澱みを吹き飛ばすかのように。
 助かった、と確信すると同時に、リュカの目からは涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。

 シスターが出て行ってからしばらくして、リュカの意識が戻った事を知らされたのであろうヘンリーがやってきた。
「リュカ! やっとお目覚めか。このまま目を覚まさないんじゃないかって、心配したぜ」
 白い清潔な服に着替えたヘンリーは、満面の笑顔でリュカの頭を撫でる。
「うん、心配かけてごめんね。もう大丈夫」
 微笑むリュカの顔を見下ろせる位置に、ヘンリーは椅子を置いて腰掛けると、ポケットからナイフとリンゴを取り出し、なかなか器用な手つきで剥きはじめた。四つに割って綺麗に皮を剥き、一つをリュカに差し出す。
「ほら、見舞い代わりだ」
「ありがとう、ヘンリー」
 リュカはリンゴを受け取り、一口かじった。しゃくり、という歯応えと共に、甘酸っぱい味が口の中一杯に広がる。そういえばリンゴってこういう味だったんだっけ、とリュカは思い出した。奴隷たちに出される食事と言えば、雑穀と野菜の切れ端、訳のわからない肉が乱暴に煮込まれたシチューばかりで、果物など一度も口にした事がなかった。
「おいしい……」
 しみじみと言うリュカに、ヘンリーがやはりしみじみと答える。
「ああ、自由の味ってやつだな」
 二人は一個のリンゴを半分に分け合って食べ、どちらからともなく窓の外の海を見る。が、さすがにセントベレスの山影は見えなかった。
 その時、扉をコンコンコン、とノックする音が聞こえた。リュカは扉の方を向き、どうぞ、と声をかける。入ってきたのはさっきのシスターと、それよりずっと年配の、穏やかな笑顔を浮かべた初老のシスターだった。
「院長様」
 ヘンリーが姿勢を正した。院長と呼ばれたシスターはヘンリーに会釈すると、リュカのほうを向いた。
「リュカさん、でしたね。私はこの修道院の院長で、シスター・アガサと申します。本当に目が覚めたようで安心しました」
 リュカも頭を下げた。
「院長様、ありがとうございます。こんなに安らかに眠ったのは十年ぶりです」
 院長は微笑んだ。
「私ももう四十年近くこの修道院にいますが、生きている方を助けたのは初めてです。これも神がお二人を助け給うたからでしょう」
 ここ、海辺の修道院……正確には「オラクルベリーの使徒と遭難者の修道院」は、二百年近い歴史を持つ古い修道院である。目の前に広がる海の沖合いは、海流の関係で様々なものが世界中から流れてくる。例えば南の島から来たのであろう椰子の実などだ。
 だが、その中には嵐や魔物に襲われ、難破した船の乗組員たちの亡骸もある。修道院は彼らを弔うために作られ、いつしか遭難者たちの墓が丘を埋め尽くすほどに長い時を刻んできた。
 リュカとヘンリーがこの地に流れ着いたのは、偶然ではなく必然だったのだ。ヨシュアの計画は、必ずしも非現実的なものではなかったのである。
「ここは本当の海ではなく、現実と言う名の荒海に進路を見失った遭難者たちも訪れる場所……聞けば、この世の地獄のようなところから逃げ出してきたそうですね。身も心も癒えるまで、ここで休んでいきなさい。何かあれば、このシスター・マリアをお呼びなさい」
 シスター・アガサはそう言って横のリュカが目覚めたときにいたシスターを紹介した。
「マリアさん……というのですか?」
「はい。なんでも聞いてくださいね、リュカさん、ヘンリーさん」
 シスター・マリアは頷いた。マリアを失ったヨシュアの手引きで自由を手にした二人が、マリアと言う女性に助けられる……不思議な巡り会わせだとリュカは思った。一方、ヘンリーはどこか複雑な表情でシスター・マリアを見ていた。
「それでは、私はこれで。リュカさんはまだ本調子ではないはず。まだゆっくりお休みなさい」
 シスター・アガサはそう言うと部屋を出て行った。シスター・マリアも会釈して続き、部屋は再びリュカとヘンリーの二人だけになる。
「ここにいる間は、この部屋を自由に使って良いってさ。まぁ、お前の怪我もまだ完全に治ってないし、しばらくはここで厄介になろう」
 ヘンリーの言葉にリュカは頷いた。

 二人が修道院での生活を始めてから、一ヶ月ほどが経っていた。
 リュカは目を覚ましてから三日ほどで歩けるようになり、自分自身やシスター・アガサのホイミによって背中の鞭の跡もほとんどわからないくらいに完治した。食事も一週間ほどはスープやシチューと言った流動食と果物くらいだったが、それ以降は普通の食事を摂れるようになった。
 そうなると、未だ十六歳と成長期の只中にあるリュカとヘンリーの回復と成長は目覚しく、二人は十年ぶりに十分な栄養を得て、まるで若木が水を吸うようにそれを吸収した。
 特に、ガリガリに痩せていたリュカは、肉が付いて思春期の少女らしい丸みを帯びた体付きになり、肌も髪も艶を取り戻していた。漂着した時の半死人のようだった彼女を見つけた、テレズという賄いの女性は、リュカを見て感心したように言う。
「まぁ、リュカちゃん綺麗になったわねぇ……若い頃のあたしみたいだよ」
 本当かよ、と余計なことを言ったヘンリーが、テレズに投げつけられたテーブルナイフやフォークの雨から逃げ惑うのを見ながら、リュカは笑った。
「あはは……ありがとうございます。それでおばさま、何かお手伝いできる事はありませんか?」
 リュカの言葉に、テレズは考え込む。
「手伝える事? そりゃまぁ、無い事も無いけど……あんたはお客さんで、手伝ってもらうのは悪いよ」
 リュカは首を横に振った。
「いえ、お手伝いさせてください。院長様にはお許しを戴いてきました。十年も働き詰めで暮らしてきたので、何もする事がないと落ち着かないんですよ」
 実際、ヘンリーは漂着の数日後から畑仕事や果樹園の手入れなどを手伝い、貴重な男手として活躍していた。この修道院は男子禁制と言うわけではないのだが、現在はシスターがアガサとマリアの二人で、後は見習いシスターが七人ほど。他にはここで花嫁修業をしていると言う少女たちに、テレズなど日々の雑用をしている女性たちが全部で十人ほどと、ほぼ女所帯だ。男性はヘンリー以外には雑用係の女性の夫と言う庭師の老人がいるだけである。
 全員が毎日何かの仕事を持って働いているだけに、リュカとしても無駄に暖衣飽食しているのは気が引けた。そこで、シスター・アガサに頼んで仕事を手伝う許可を貰ってきたのである。
「そうかい。あんたも不憫だねぇ……あたしゃ亭主が乱暴者で、耐えかねて出てきたけど、あんたに比べりゃずっとマシだよ……そうさね。じゃあ、芋の皮剥きでもしてもらおうかね。フローラ、リュカにやり方を教えておやり」
「はい、テレズさん」
 振り向いたのは、花嫁修業中と言う少女の一人で、フローラと言うリュカと同年代か、やや年下に見える少女だった。
「それじゃリュカさん、必要な道具とお芋はそこにありますから、私がやっているようにやってみてください」
 フローラは新参のリュカにも丁寧に話す。美しい上に故郷に帰れば大変な富豪の生まれと言う事で、リュカとは育ちに天地の違いがあるフローラだが、誰に対しても礼儀正しく、自分の育ちを鼻にかける、と言うことが無い。よく出来た少女だった。
「あつっ!」
「まぁ、大変!」
 フローラに教わりつつも、まだまだ慣れないリュカは指を切ってしまう。すると、フローラは慌ててその手を取って、呪文をかけた。
「ベホイミ」
 たちまち傷がふさがる。
「あ、ありがとう、フローラさん……凄いですね。そんな高度な回復魔法が使えるなんて」
 リュカはまだホイミどまりである。フローラは謙遜するように首を横に振った。
「いえ、何故かホイミを飛ばしてベホイミを覚えてしまいまして……院長様にも不思議がられました」
「……それは確かに不思議ですね」
 リュカは笑顔で答え、それをきっかけに二人の少女は急速に友情を深めていく事になる。

 一方、ヘンリーは庭師の仕事を手伝っていた。
「へぇ、じいさんカジノなんか行くんだ?」
 ヘンリーに言われた庭師の老人はハサミをもつ手を止めて頷いた。
「おお。まぁ、そんなに賃金を貰ってるわけではないから、ごくたまにじゃがな。それにしても、五年前までのオラクルベリーを知っている身には、まるで違う町のようじゃよ」
「そんなに栄えてるのか? オラクルベリーって」
 ヘンリーは聞いた。彼の知る十年前のオラクルベリー島は、王国の辺境地域でしかなく、ひなびた漁村が幾つかあるだけの田舎だった。それも知識として知っているだけで、行った事はない。
「そうじゃな。五年前に本土との間に橋がかかってのう。それから一気に人が流れ込んできたんじゃ。とはいえ、喜ばしい事ではないがの。皆ラインハットの横暴から逃げ出してきたようなものじゃし」
(ラインハットか)
 その名前を聞くたびに、ヘンリーの胸に悔恨が過ぎる。彼が失踪してからほどなくして、跡継ぎを失ったエドワード王は失意のうちに病没したと言う。
(結局、オレは父上と話す機会を失った……今にして思えば、オレは父上に叱って欲しかったんだろうな)
 他愛ないイタズラを繰り返したのも、拗ねた態度で周囲の人間を困らせたのも。だが、その機会は永遠に失われた。それも悔いの元だが、ヘンリーの後悔はそれだけではなかった。
「今のラインハットは酷いもんじゃ……王のデール様は完全に飾り物で、大后のマリエル様の言いなりよ。マリエル様は重税をかけ、兵を集めて、どこかの国を侵略するつもりらしい……あんなに賑やかだった城下の市も、今は閑散としとるよ」
「そうか」
 自分が王だったら、マリエルの横暴を防いで国をまともな方向に導いていけただろうか? とヘンリーは自問し、詮無い問いだと自嘲する。あれからすぐ父王が死んだのだとすれば、六歳の子供に過ぎない自分に何が出来ただろう。
「その分、オラクルベリーは栄えとるがな。お前さんも機会があったら一度行ってみるんじゃな」
「ああ、そうするよ。爺さん」
 庭師の言葉に頷くヘンリー。だが、その日聞いた話は、パパスへの誓いと共に、彼に今後どうすべきかを考えさせていく事になる。
(続く)


-あとがき-

 脱出した二人は無事に修道院に到着しました。
 ゲームでは早いと目覚めたその日に出て行く上に、ルーラを覚えた後は無料宿屋扱いしかされない修道院ですが、今回はゆっくりしていってね! と言うことで。
 主人公たちにはもっと思い出深い場所だと思うんですけどねぇ……




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第十六話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/03/31 22:10
 それからさらに二週間ほどが経った。その日は賄いの仕事も無く、リュカはヘンリーと共に修道院の裏手の丘にある墓地の掃除をしていた。修道院の建立以来、二百年にわたって海に飲み込まれた人々を葬ってきた墓地。しかし、日当たりの良い丘の斜面に立ち並ぶ墓標の群れには、無念を飲んで死んでいった人々の墓とは思えない明るさがあった。
「なんかこうさ、石切場の墓と比べると、ぜんぜん暗い気がしないよなぁ。ここ」
 箒を片手にヘンリーが言う。遠い沖合いに、白い帆を揚げた船が滑るように南へ向かうのが見えた。ここに眠る人々の魂は、沖合いの船に乗り、故郷へと帰ったのだろうか。
「わたし、小さい頃に船に乗った事があるけど、船乗りの人たちって明るくて豪快で、湿っぽさが無いの。きっと、この人たちも明るい方が好きなんだと思うよ」
 ヘンリーの集めたゴミを、リュカが屈んだ姿勢で塵取りにまとめていく。だから、彼女は気付いたのかもしれない。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第十六話 休息の終わり


「……きー」
「え?」
 リュカは小さな、弱々しい鳴き声に気付き、手を止めた。正面の墓標の陰に、青い塊がぷるぷると揺れている。
「ぴきー……」
 それは再び鳴き声をあげた。脅えているように。本当はこの場を逃げ出したいのかもしれないが、どうやら弱っていて動けないようだ。
「お? スライムじゃないか……リュカ、どいてろ」
 素手のリュカを守るように、箒を武器のように構えたヘンリーが立つ。そんなものでも、振り下ろせば弱ったそのスライムは一発で死ぬだろう。しかし。
「待って、ヘンリー。その子……弱ってるみたい。きっと他の魔物に襲われたのね」
 リュカはヘンリーの服の裾を引っ張って、彼の動きを止めた。
「その子って……まぁ確かにまだ子供みたいだが」
 ヘンリーは言った。大人なら片腕で抱えるほどの大きさになるスライムだが、今墓標の陰に隠れているスライムは、せいぜい手のひらサイズだった。このくらいの大きさのスライムの幼体は、他の魔物だけでなく犬や猫、カラスなどにも捕食される事がある。
「きっと、群れとはぐれたのね。おいで。大丈夫。いじめたりしないから」
「お、おい。リュカ……」
 呆れるヘンリーを前に、リュカは子スライムを手招きした。最初は脅えていた子スライムも、リュカの優しい声が演技ではなく本気だと感じたのか、そっとにじり寄ってくる。もう少しで手が届くくらいの距離になったところで、リュカは呪文を唱えた。
「ホイミ」
 手のひらからこぼれる光が子スライムを包み、傷を癒していく。完治した子スライムは、自分を苦しめる痛みが消えた事に気づき、嬉しそうに跳ね回った。
「ぴきー! ぴきー!!」
「ふふっ……可愛い子ね」
 リュカは微笑む。その優しい笑顔に、ヘンリーはしょうがないな、と溜息を漏らしつつも視線は釘付けだった。
(リュカ……こんなに可愛かったっけ?)
 年頃の少女らしい健康さを取り戻したリュカの美貌は、やはり年頃の少年であるヘンリーには眩しく映った。十年も一緒に過ごしてきたのに、その十年でさえ見つけられなかった、新しいリュカを見つけた思いだった。
 ヘンリーが見守る中、子スライムと遊んでいたリュカだったが、日が西に傾き始めた頃、立ち上がって子スライムに別れを告げた。
「じゃあね。群れのところにお帰り。ヘンリー、そろそろ戻ろう?」
「お、おう」
 ずっとリュカを見つめていたヘンリーは、慌てたように首を縦に振った。箒を肩に担ぎ、丘を降りる道のほうへ向かう。リュカも続こうとして、子スライムが付いてくる事に気付いた。
「あら、あなた……」
「ぴきー……」
 振り向くリュカを見上げ、子スライムは悲しそうに鳴く。ぼくも連れて行って、と主張しているようだ。
 リュカは子スライムをたしなめ、歩き出すが、すぐに子スライムが後を追ってくる。先行していたヘンリーが彼女の遅れに気付いて戻ってきた。
「リュカ、何してんだ?」
「あ、ヘンリー……この子が離れてくれなくて」
 困った表情で言うリュカ。ヘンリーは子スライムを見て、むぅと唸ってから言った。
「どうもお前に懐いてしまってるみたいだな……連れて行くしかないんじゃないか?」
 スライムは見かけによらず知能が高く、成体の中には簡単な人語なら喋れるほどの成長を見せるものもいる。変種のホイミスライムなどのように、呪文を操る種類さえいるほどだ。スライムが恩を知っていても変ではない。
「わたしはいいけど……院長様が何と言うか」
 人畜無害の子スライムとはいえ、魔物は魔物である。聖なる修行の場に連れ込んでいいものか、リュカは判断に困っていた。
「ま、とりあえず話してみろよ。院長様は意外と堅くない人だから、OKかもしれんぞ」
「うん……そうだね。おいで」
 リュカが手招きすると、子スライムはその手に飛び乗った。見かけに反してほのかに暖かい子スライムの体温に、リュカは愛しさを感じる。
「なんとか、あなたがここにいれるようにしてあげる。ね、スラリン」
「スラリン?」
 何だそりゃ、と言うヘンリーに、リュカは笑顔で答えた。
「この子の名前よ。気に入った? スラリン」
 スラリンと名づけられた子スライムはぴきー、と歓迎するように鳴き声を上げ、リュカの手の上でぴょんぴょんと跳ねた。
「……いやまぁ、気に入ってるなら良いんだが」
 ヘンリーはそのネーミングセンスはどうよ、とぶつくさ言っていたが、シスター・アガサが快くスラリンを受け入れたため、結局その名前が定着する事になったのだった。

 それからまた少し日は流れ、リュカたちが漂着してから三ヶ月ほどが経った。
 もうリュカもヘンリーもすっかり健康な身体を取り戻しており、ヘンリーなど成長期も重なって、リュカより頭一つくらい背が高くなっていた。リュカは背こそそれほど伸びていないが、輝くような美貌と、瑞々しくふくよかな肢体には、もう奴隷だった頃のみすぼらしい姿を思わせる陰はどこにもない。
 それだけに、二人はそろそろ旅立つべき時ではないだろうか、と考え始めていた。休養は十分取れたと思う。しかし……この三ヶ月は、あまりにも平穏で、そして暖かい人との交流に満ちていた。居心地の良さに、ついつい二人は出発への決意に踏み切れずにいた。
 そんなある日の事、リュカとヘンリーは今日は何をするか、と言う事を話しながら、礼拝堂へ向かっていた。リュカの肩にはスラリンの姿もある。
 拾った頃は手のひらサイズだったスラリンだが、今は一回り近く大きくなっており、身体を弾ませての体当たりは、ちょっとした木くらいなら揺るがすほどの威力になっている。相変わらずぴきー、としか言えないが、どうやらリュカの言葉を理解するくらいには頭がいいらしく、良く彼女に懐いていた。
 彼? が魔物であることを心配したリュカだが、もともとスライムは一番身近な魔物だ。ぬいぐるみにされるくらい親しまれていると言う側面もあり、修道院の女性たちはスラリンを可愛がってくれた。
(そういえば、プックルはどうしただろう)
 スラリンを連れているせいか、リュカは最近良くかつての友達の事を思い出していた。遺跡の奥で離れ離れになって以来、もう十年。生きていればさぞかし立派な成獣になっているだろうが……
 そんな事を考えながら礼拝堂に入ると、シスター・アガサは一人の老人と話をしていた。ここへの参拝者では珍しく男性である。老人は跪き、祈りを捧げる姿勢で告解をしていた。
「神よ、私は罪深い人間です。多くの魔物たちを鞭で脅し、無理やり闘技場に追いたて、殺し合いを強いている。どうかこの罪びとにお許しを」
 白いローブを着たその老人は、肩と声を震わせ、自分の罪を告白していた。その肩にシスター・アガサは手を置き、静かに告げた。
「顔をお上げなさい。神は全てをご覧になり、全てを存じておいでです。魔物にさえも許しを請う貴方の真情は、きっと神に伝わっているでしょう」
 そう言って、シスター・アガサは老人の右肩、頭のてっぺん、左肩と手を滑らせるように動かす。罪の穢れを払う儀式だった。それが終わり、老人が立ち上がってシスター・アガサに礼を言ったとき、シスター・アガサのほうでも二人に気付いたようだった。
「リュカ、ヘンリー、何か用ですか?」
「あ、はい。今日の奉仕活動ですけど……」
 シスター・アガサの問いにリュカが答えようとした時、告解をしていた老人が振り返った。そして、リュカの顔をみるや、目を大きく見開いた。
「!?」
 その顔が驚愕に変わり、老人はリュカに駆け寄ると、いきなりその肩を掴んだ。
「きゃっ!?」
「おい、ジジィ!?」
 リュカの悲鳴とヘンリーの怒鳴り声も聞こえないように、老人はリュカの目を見つめ、呟くように言った。
「間違いない、聖母眼じゃ……」
「え?」
 老人の言葉の意味がわからずきょとんとするリュカに、老人は手を離して一礼した。
「失礼した。ワシはオラクルベリーのカジノで闘技場を仕切っているザナックと申す。まぁ、世間ではモンスター爺さん、と言う方が通りが良いがの」
「闘技場?」
 カジノの事など全く知らないリュカにヘンリーが教えた。
「モンスター同士を戦わせて、その勝敗に金を賭けるギャンブルだよ……で、そのモンスター爺さんが何の用だ?」
 言葉の後半で、ヘンリーはザナックに厳しい表情を向けつつ、リュカとの間に割って入った。
「ワシは世間では魔物使いと言われておる……まぁ、間違いではない。しかし、ワシがしているのは、鞭で魔物たちを引っぱたき、逆らえば餌を抜いて、無理やり言う事を聞かせるようにしただけの、紛い物の芸じゃよ……真の魔物使いは、自由にモンスターたちと意思を通わせ、邪悪な者の波動から彼らを解放し、人と魔物の仲立ちをする存在なのじゃ」
「はあ……」
 ザナックの言葉の意味が良くわからない様子のリュカ。代わってヘンリーが先を促す。
「で?」
「ワシはかつて真の魔物使いを見た事がある。人も魔物も隔てなく、聖母のごとき愛情で導き、従える力の持ち主を。娘さん、あんたの目はその真の魔物使いにそっくり……いや、そのものなのじゃよ」
「え……わたしが……ですか?」
 自分で自分を指差すリュカに、ザナックは頷いた。
「そうじゃ。真の魔物使いに導かれる魔物たちは自分たちもまた神に作られた、神の子供であるという意識に目覚め、本来なら越える事のできぬ種の限界を超え、人と同じように成長できるようになるのじゃよ。娘さん、その肩のスライムは娘さんの育てている子じゃろう?」
「はい、そうですが」
 リュカは手を伸ばし、スラリンを撫でた。
「その子はもはや普通のスライムよりも強くなっておる。それこそ娘さん、あんたが真の魔物使いである証拠なのじゃよ」
「え……スラリンが?」
 リュカは戸惑う事ばかりだった。確かに、スラリンはまだ子供なのに、親スライム並みの力を持っているし、頭も良いが……
「そうじゃ。だが、あんたはまだその力の使い方に目覚めておらんようじゃな。どうかな。ワシのところで修行してみるつもりはないか? あんたなら、簡単な修行で素質を開花させる事もできようぞ」
 ザナックの言葉は真剣だった。その言葉に嘘はないと思える。しかし、リュカは本当に自分の中にそんな素質が眠っているのだろうか、と考えざるを得なかった。何しろ途方もない話だ。
「……少し、考えさせてください」
 リュカはそう答えるのが精一杯だった。しかし、ザナックは特に失望した様子も見せず、うんと頷いた。
「そうじゃな。あんたの人生に関わる事じゃ。じゃが、考えが纏まったらいつでも来なさい。オラクルベリーでモンスター爺さんの事と聞けば、すぐにわかるはずじゃ」
 ザナックはそう言うと、やり取りを見守っていたシスター・アガサに一礼し、去っていった。ヘンリーは真剣な表情で考え込んでいるリュカに言った。
「うさんくさい爺さんだったな……顔は真剣だったが。院長様。あの爺さんの言う事は本当なんでしょうかね?」
 急に話を振られたシスター・アガサだったが、迷いなく頷いた。
「ええ。魔物使いでカジノの住人と言う事で、街では変人扱いされて敬遠されている方ですが、心根は善良で敬虔なお方です。本当のことを言っておいでだと思いますよ」
 それを聞いて、リュカの心の中に、一つの考えが芽生えた。
 ザナックの所に行くと言う事は、この修道院を出ること。オラクルベリーまでは半日ほどの道のりだが、それでも新しい旅路の第一歩には違いない。
 時が来たのだ。暖かい寝床を捨て、父の遺言を果たすべき時が。母を捜す旅に起つ時が。スラリン、そしてザナックとの出会いは、リュカにとって間違いなく宿命なのだと。
「……決心は付いたようですね」
 リュカの内心の変化、それが顔に現れたのを見て取り、シスター・アガサは微笑んだ。
「はい、院長様」
 清々しい笑顔を見せるリュカに、シスター・アガサは言った。
「リュカ、あなたは今自分の道を見つける、と言う大人としての第一歩を踏み出したのです。その道にはきっと辛い事もあり、悲しい事もあるでしょう。ですが、いつも神はあなたの傍にいて、見守ってくれています。それを忘れないように」
「はい!」
 答えるリュカの肩を、ヘンリーが叩いた。
「リュカ、その旅にオレも付き合うよ」
 例え何があっても、オレがお前を守る。そう言外に決意を秘めて。
「ヘンリー……うん。ありがとう。頼りにしてるよ?」
「ああ、任せとけ!」
 二人は手を握り合い、シスター・アガサは旅立つ若者たちに幸あれ、と胸の中で神に祈りを捧げた。そして言った。
「二人とも、今日は旅の支度を整え、明日旅立ちなさい。そして、別れを告げたい人がいたら、ちゃんと会っておくのですよ」  
「「はいっ!」」
 リュカとヘンリーは力強く返事をした。
(続く)


-あとがき-

 仲間モンスター第一号はスラリンでした。
 モンスター爺さんとの出会いをきっかけに、いよいよリュカの新たな旅が始まります。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第十七話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/01 23:41
 礼拝堂の中に、厳粛な空気が漂う。シスター・アガサが旅立つ者への祝福の言葉をかけ、リュカとヘンリーの身体に聖水とワインを混ぜた「命の水」を振りかける。それが終わると、シスター・マリアが弾くオルガンの音に合わせ、修道院の住人たちが賛美歌を歌った。旅立つ人々を讃える歌を。

夢を抱き 勇みて進まん 大地踏みしめて 
ああ 希望にあふれて 我らは進まん

恐れはあらじ 勇みて進まん 招きに答えて

我らの旅路 神は祝い給う 励まし与えて
手を携えて 互いに進まん 旅路の終わりまで


 曲が終わり、シスター・アガサは最後の言葉をかけた。
「さぁ、旅立ちの時です。決して正しき道を踏み外さず、光の下を歩いていってください。あなた方の旅路に、神と聖霊のご加護がありますように」
「本当にありがとうございました、シスター・アガサ。わたしはこの三ヶ月をきっと忘れません……!」
 リュカは頭を下げた。記憶にはそういう人がいたかわからないが、シスター・アガサはリュカにとって祖母のような人物だった。短い間だったが、愛に飢えていたリュカに惜しみなく愛情を注ぎ、再び立ち上がる力をくれた人だった。
「私もですよ、リュカ。例え旅立っても、私はいつでもあなたたちが帰ってきても良いように、ここの扉を開けておきます」
 シスター・アガサはそう言って笑顔でリュカを抱擁した。その横で、シスター・マリアがヘンリーと別れの挨拶を交わしていた。
「行ってしまわれるのですね」
「……ええ」
 ヘンリーは珍しく歯切れの悪い返事をした。その様子に気付いた様子もなく、シスター・マリアは笑顔で言う。
「私には何も出来ませんが、こうして毎日あなた方の旅の無事を祈りましょう。どうかお気をつけて」
「……ありがとう」
 ヘンリーは帽子のつばを下げて礼を言った。それは、庭師の老人がプレゼントしてくれたものだった。
「ほう、似合っとるな。男前が上がったぞ」
「ああ、爺さん。ありがとう」
 ヘンリーは庭師に肩を叩かれ、今度は機嫌よく頷いた。
「短い間だったが、孫が出来たような気分じゃった。もしここに戻ってくる気があるなら、わしの跡を継がんか? なかなか筋が良かったでな」
「考えておくよ」
 ヘンリーと庭師が別れを惜しんでいる間、リュカはテレズとフローラに別れの挨拶をしていた。
「おばさま、ありがとうございました。フローラもお元気で。可愛い花嫁さんになってね?」
 テレズは涙をハンカチで拭いながら答えた。
「ああ、でも何時でも帰っておいで。ご飯用意して待っているからね」
 フローラも涙こそ見せなかったが、寂しそうな表情で頷いた。
「リュカさんもお気をつけて。見つかると良いですね、お母様」
「うん……それじゃあ、別れが辛くなるから、もう行きます。ヘンリー」
「ああ、行くか」
 リュカの声に応じてヘンリーが手を上げる。そのまま扉を開け、二人は一同の見送る中、オラクルベリーへ続く道に旅の第一歩を記した。数歩進んでは振り返り、また数歩進んでは手を振り……遅々とした進みではあったが、それが長い長い旅の始まりだった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第十七話 新たなる旅立ち


 オラクルベリーはラインハット王国が治める北の大陸の南、ビスタ港のある半島の対岸に見える大きな島である。その中心地で島と同名の街オラクルベリーは別名を「眠らない街」とも「夢見る都」とも言われる新興の大都市だった。
「うはぁ……すげえ街だな。ラインハットの城下町より広いんじゃないか?」
 街の入り口に立ってヘンリーが呆れたように言う。一応はラインハットの領内とはいえ、王城から遠く厳しい統制も届かないため、西の大陸にある都市連合の商人たちは投資先をラインハットからここに変更している。近年圧政が続くラインハットの中でも例外的に、そして急速に栄えている街だ。
「ちょっと人いきれでクラクラしそう……」
 リュカも頷く。彼女が肩から提げているバッグの中で、スラリンがぴきー、と主に同意するように鳴いた。本当は自分で歩かせたい所だが、念のため人目につかないようバッグに隠れてもらったのである。しかし、それで正解だろう。子スライムなどすぐに迷子になり、永遠に見つからないと思わせる人ごみである。
「さて、いつまでもおのぼりさんしてる訳にはいかないな。リュカ、モンスター爺さんの所に行くんだろう?」
「うん、そうだったね……ちょっとその辺で聞いてみようか」
 リュカはせかせかと歩く街の人のリズムに頑張って合わせながら、モンスター爺さんことザナックについて聞いてみる事にした。まずはその辺の若い男性に聞いてみる。すると、すぐに返事が返ってきた。
「ああ、モン爺か……知ってるけど、君が行くのか?」
「はい。それが何か?」
 頷くリュカを見る青年の目に、怪しげな光が浮かぶ。
「ふーん……もったいないな。君みたいな若くて可愛い娘さんが、あんな怪しい爺さんのところに行くなんて。それより、俺と付き合わないか?」
 青年はそう言いつつ、リュカの肩を抱き寄せようと手を伸ば……そうとしたが、いきなり横から延びてきた手に手首を掴み取られる。
「おっと、オレの連れに勝手なことをしないでもらえるかい? 兄さん」
「何だお前……」
 男の声が尻すぼみになったのは、自分より頭半分は高いヘンリーに気圧されたからだった。
「まぁ、気にせずモンスター爺さんの居場所を教えてくれよ。知ってるんだろ?」
 ヘンリーは愛想笑いをしつつ、しかし目は全く笑わせずに男の手首を掴む手に力を軽く込めた。男の顔が引きつる。
「わ、わかった! 教えるから手を離してくれ!」
「ああ、悪いな」
 ヘンリーが手を離すと、男は半分涙目で道を説明した。
「この通りをまっすぐ行って、二本目の通りを左に行き、倉庫街にでたら、塀で囲ってある地下の入り口を探せ! そこがモン爺の家だ!!」
 それだけ言うと、男は飛ぶように走って行った。
「簡単にわかってよかったね」
「ああ、そうだな」
 無邪気に笑うリュカを見ながら、ヘンリーはやっぱりこいつ、オレが付いてないと不安だな……と言う思いを新たにしていた。

 男の言うとおり、倉庫街の一角、塀に囲まれた空き地の一角に、地下への入り口があった。階段ではなくスロープ状になっており、その気になれば馬車でも入れられそうな幅と高さがある。
「ここでいいのか?」
 とても家には見えない外見に、ヘンリーが首を傾げる。しかし、リュカは疑わなかった。
「うん……間違いないよ。ちょっと耳を澄ませてみて」
「ん?」
 リュカに言われて、ヘンリーは耳に手を当てて意識を集中させる。すると、地下から聞いた事のない妙な音が響いていることに気付く。さらに意識を集中させると、それは複数の魔物の鳴き声が重なって聞こえるのだと言う事がわかる。確かに、ここは魔物の棲み家のようだ。
「なんか嫌な感じだな……まぁ、降りてみるか」
「うん」
 リュカとヘンリーは足を滑らせないようにスロープを降りて行った。すると、通路の奥から一人の女性が歩いてきた。リュカよりやや年上と思われる美女で、何故かバニーガールの姿をしている。
「こんにちわ、お二人様。魔物使いザナックの家にようこそ」
 美女は気さくに挨拶をしてきた。
「あ、はい……こんにちわ。あなたは?」
 リュカが聞くと、美女は胸を張った。露出度の高い衣装でそれをすると、かなり男性には効果絶大だろう。実際ヘンリーは赤い顔をして視線をあさっての方向に向けていた。
「良くぞ聞いてくれました。私はザナックの助手で、イナッツと言います。あなたたちはリュカとヘンリーですよね? ザナックから話は聞いています。こちらへどうぞ」
 リュカとヘンリーは頷き、イナッツについて歩き始めた。途中にはいくつもの罠や落とし扉が仕掛けてあり、剣呑な雰囲気を漂わせている。
「もし捕まえてある魔物が逃げ出しても、ここで食い止めるようになっているんですよ。中にはブラックドラゴンとかアンクルホーンとか、一匹逃げ出しただけで、この街を壊滅させかねないのもいますし」
 イナッツは平気な顔で恐ろしい事を言う。リュカはとんでもない所にきてしまった、と思った。本当に、自分に魔物たちを御する力があるのだろうか?
 悩みつつも通路の先まで来ると、大きなシャッターが下りていた。その片隅に人間用の非常口があり、イナッツはそこを開けて中に声をかけた。
「ザナック様、リュカさんがいらっしゃいましたよ」
「おお、そうか! 早速入ってもらえ」
 ザナックの返事が聞こえ、イナッツはどうぞ、とリュカたちに非常口に入るよう促した。言われたとおりそこを潜ると、ザナックが満面の笑みを浮かべて待っていた。
「おお、良く来たな、リュカ。まぁ、そこに座りなさい」
 ザナックが指すソファにリュカとヘンリーは座り、向かいにザナックが座る。イナッツがお茶を出した所で、ザナックは本題を切り出した。
「して、ワシの元で修行をしてみる気にはなったかな?」
 リュカは頷いた。
「はい。本当にそんな力があるのなら、旅の助けにはなると思いますし……でも、修行ってどれくらいかかるんですか?」
 もし何十年も、とかだとかなり困る。というか修行をするという選択肢を取り消す。すると、ザナックの答えは意外なものだった。
「まぁ、半日もかからんと思うぞ」
「おいおい、爺さん。そんな簡単に魔物使いってなれるモンなのか?」
 もともと怪しい爺さんだと思っているヘンリーが、容赦ない感想を言う。いくらなんでも半日はないだろうと。しかし、ザナックは自信満々だった。
「真の魔物使いは技術ではない。生まれ付いての素質と能力じゃよ。リュカは類まれな素質の持ち主。ならばその程度で済むだろうさ」
 ザナックはそう答えて茶を飲み干した。カップを置いて立ち上がる。
「さてと……疑問がなければ、早速始めるが?」
「は、はい。お願いします」
 リュカは自分も慌てて茶を飲み、立ち上がった。
「では、奥の部屋に来なさい。そこで修行をしよう……ヘンリーはその間に武器でも買いに行くといいじゃろう。この街の品揃えはなかなかじゃぞ」
 ヘンリーは胡散臭そうにザナックを見た。
「オレが見てちゃダメなのか?」
「うむ。この修行は、高度な集中力を必要とする。余人を交えて行うのは失敗の元じゃ」
 ザナックは厳かな口調で答えたが、ヘンリーはさらに疑問を重ねた。
「修行とか言ってリュカにセクハラしたりしないだろうな?」
「するかバカモン! さっさと行かんかいっ!!」
 ザナックは顔を真っ赤にして怒った。ヘンリーはおお怖い怖い、とおどけたように言うと、リュカの頭をぽんぽんと叩いた。
「じゃ、ちょっと買出しに行って来るが……ジジィにやらしー真似されそうになったら、バギの一発もお見舞いしとけ」
「あはは……行ってらっしゃい、ヘンリー」
 イナッツに送られてヘンリーが出て行く。リュカはザナックに連れられ、奥の部屋に移動した。入り口のほかに鉄格子で別の部屋と仕切られている部分があるほかは、ほとんど何もない部屋だった。
(続く)


-あとがき-
 モンスター爺さんとのイベント、かなり脚色してみます。
 いや、いきなり愛とか言われても困るじゃないですか。
 ちなみに、賛美歌は実在の賛美歌第二編164番 「勝利をのぞみて」の替え歌です。歌詞はヤバイと言われますが、賛美歌はOKですよね? たぶん……





[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第十八話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/02 21:58
「おじいさん、ここでどんな修行を?」
 リュカが聞くと、ザナックは指をちっちっち、と振った。
「おじいさんではない。修行の間はお師匠様と呼べ」
「は、はい、お師匠様」
 リュカが言い直すと、ザナックは満足げにうむと頷き、着ていたローブの下から何かを取り出した。
「さて、修行に当たって授けるものがある。これをお前さんの武器として使ってもらおう」
 リュカはそれを受け取った。細い鎖の先に分銅を付けた、金属製の鞭……チェーンクロスだった。
「……鞭ですか」
 三ヶ月前、監督官に散々に鞭でなぶられ、瀕死の重傷を負ったリュカとしては、鞭にはあまり良い感情がない。しかし。
「まぁ、刃物の付いてない、相手に致命傷を与えにくい武器なら何でもいいんじゃが、あいにくここにはそれしか無くての。使いにくかったり、気に入らなかったりしたら、別の武器にすると良いじゃろう」
 そう言うと、ザナックはリュカがチェーンクロスを持つのを待って、口笛を吹いた。すると、鉄格子の向こうに何かが現れた。
「ブラウニーじゃ。お前さんにはこいつと戦ってもらおう」


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第十八話 開眼


「え?」
 リュカは鉄格子の向こうの魔物、ブラウニーを見た。妖精の一種で小人族の仲間であるブラウニーは、見かけによらぬ腕力の持ち主だ。木槌や石斧などを武器として使い、一般人なら一発で瀕死にいたるほどの打撃を振るう。もちろん、リュカほどの実力ならそう怖い相手ではないが……
「ただし、攻撃呪文を使うのは禁止じゃ。そのチェーンクロスのみで、相手の邪気を討つのじゃ」
「邪気?」
 聞き返すリュカに、ザナックは頷く。
「そうじゃ。お主の目は聖母の目。心を凝らして見れば、相手の邪気が見えるはず。魔物の肉体ではなく、邪なる心のみを打つ。そうすれば、魔物はおぬしに従うであろう。まずはこのブラウニーを従わせてみよ」
 そう言うと、ザナックは壁のボタンを押した。鉄格子が開き、ブラウニーが木槌を構えてリュカに近寄ってきた。
「こ、心を凝らして見れば……って!?」
 リュカはブラウニーの攻撃を間一髪かわした。それでも一生懸命相手をじっと見るが、邪気らしきものは何も見えない。リュカが何も攻撃してこないと見て、ブラウニーが木槌を振り回して迫って来た。
「何をしておるんじゃ。ただ見るだけなら誰にでもできる。相手の気持ちを見るのだ!」
「そんな事言われても……!」
 リュカは木槌を振り回すブラウニーに追いかけられ、逃げ惑うばかりだ。ザナックは溜息をついた。
「こればかりは、口で教えきれることではないからのぅ……仕方が無い」
 ザナックは持っていた樫の杖を放り投げた。それは回転しながら飛び、リュカの足を絡め取った。
「きゃあっ!?」
 リュカが転んだのを見て、ブラウニーが木槌を振り上げてジャンプする。振り向いたリュカの頭を砕こうと言う勢いで。
「もうダメ……!?」
 やられる、と思った瞬間、リュカの視界に映る光景がスローモーションになった。
「……!?」
 リュカは目を見張った。ブラウニーがゆっくりと宙を飛んでくる。その姿に重なるように、黒い炎のようなものが見える。ゆらゆらと蠢くそれは、時として何かの顔のような形を取り、リュカを殺気に満ちた目で睨んでいるかのようだった。
(あれが……邪気!?)
 リュカは確信した。ふわふわもこもこの身体を持ち、愛らしい姿のブラウニーを狂わせ、人を襲う魔物にしているのは、そいつなのだと。
「やあっ!」
 リュカは上半身を起こしながら捻り、右手に握ったままのチェーンクロスを、思い切り振りぬいた。気合のこもった分銅が邪気の真ん中を薙ぎ払い、それはリュカにしか聞こえない断末魔を挙げて消え去った。同時に視界が元に戻り、ブラウニーも弾き飛ばされ、床をぽんぽんと跳ねるようにして壁際まで転がっていく。
「……やった……の?」
 見つめるリュカの前で、しばらくじっとしていたブラウニーはむくっと起き上がると、木槌を背中に背負った。てくてくと愛らしい足取りでリュカの傍まで来ると、黒目がちな瞳をリュカにむけ、じっと見つめてくる。何も語りはしないが、それは「仲間にしてください」と言っている様に見えた。
「よ、よろしくね?」
 リュカが手を差し伸べてみると、ブラウニーは握手を求めるように、木槌を振り回している事が信じられないような、小さな手でリュカの手を握り、ぺこりと頭を下げた。
「……お見事!」
 その時、ザナックが叫んだ。リュカの傍にしゃがみこみ、その手を取って押し戴くようにして、頭を垂れた。
「あ、あの、お師匠様?」
 ザナックの行動に戸惑うリュカに、ザナックは首を横に振った。
「やはり、そなたは真の魔物使いであった……もはやワシの教えることは何もない。そなたは自分の力に目覚めたのだ」
 言うザナックの目から、涙が溢れる。
「そなたなら、いずれ人と魔物が分け隔てなく暮らせる世の中を作れるであろう。もし、多くの魔物たちが仲間となり、連れて歩き切れなくなった時は、ワシの所へ来い。ワシがその魔物たちの面倒を見よう」
 真情のこもったザナックの言葉に、リュカは彼の手を握り返して頷いた。
「お師匠様……ありがとうございます」
 その時だった。
「おーい、装備買って帰ったぞ。まだ修行中か?」
 ヘンリーが帰ってきて、修行の部屋の戸をあけた。そして絶句。
「……なっ!?」
 ヘンリーのいる角度から見ると、床に倒れたリュカに、ザナックがのしかかっているように見えたのだ。彼は買ってきたばかりの鋼鉄の剣をすらりと抜いた。
「やっぱりセクハラじゃねぇかこのクソジジィ! 斬る!!」
「どわあっ!? ご、誤解じゃ!!」
「ちょっと、やめてヘンリー!!」
 騒ぎは、頭に血が上ったヘンリーが、リュカのチェーンクロスで足を絡め取られ、転んで頭を打つまで続いた。

「あー、そのなんだ。済まなかったな、爺さん」
 頭にたんこぶを作ったヘンリーが、素直じゃない態度ながらも謝罪する。
「ま、大事にならんかったからよしとしよう」
 ザナックは言った。目の前にいるリュカとヘンリーの二人は、買ってきた装備を整えて、何時でも旅立てるだけの準備が出来ていた。
 リュカはザナックに貰ったチェーンクロスに、絹のローブを羽織っている。ヘンリーは鋼鉄の剣と鉄の鎧。どこにでもいそうな冒険者の姿だ。
 その左右にはスラリンと、ブラウンと名付けられたさっきのブラウニーが控えている。二匹ともザナックに餞別を貰っており、スラリンはスライムの服に石の牙、ブラウンは大木槌と鎖かたびらを装備している。
「で、お主ら、とりあえずどこを目指すんじゃ?」
 問いかけるザナックに、リュカが答えた。
「北の、サンタローズとアルパカに行くつもりです。サンタローズはわたしの故郷ですし、アルパカには知り合いの家族がいるので、まずは無事を伝えようかと」
「そうか……では、こっちに付いてきなさい」
 ザナックはリュカの答えを聞いて立ち上がった。
「ん? なんだい爺さん」
 ヘンリーが聞くが、ザナックはまぁ待て、と言いながら部屋の端に行き、リュカたちが入ってきたのと別のドアを開けて、二人を手招きした。リュカとヘンリーは入ってみて、そこにあったものに驚いた。
「これは……」
「馬車? なんて立派な……」
 そこにあったのは、がっしりとした台車に幌をかぶせた、一台の馬車だった。その横でこれまた立派な体格の白馬がゆっくりと干草を食んでいる。
「ワシが魔物集めに使っていた馬車じゃ。今は使っておらぬゆえ、お前たちにこれをやろう」
 ザナックの言葉に、ヘンリーが驚いた。
「お、おい……どう見ても一万ゴールドはするぞ、この馬と馬車なら。それをくれるって言うのか?」
「うむ、魔物を連れての旅じゃ。もはや邪気を失ったとはいえ、普通の人間には悪い魔物との区別は付かぬからな、これに乗せて旅をすると良いじゃろう」
 リュカは首を横に振った。
「そんな……貰えませんよ。お師匠様。どうして、そんなにわたしたちに良くしてくれるんですか?」
 リュカに特別な力があり、それをザナックが重要視しているのだとしても、武器や馬車を見返りなしにくれるというのは、あまりにも申し訳ない。だから辞退しようとしたリュカだったが、ザナックは頑なだった。
「ワシがやりたいからやるんじゃ。良いから持って行け」
 かなりな時間、リュカとザナックは貰わない、やる、の押し問答をした挙句、結局リュカが根負けしたように言った。
「わかりました……でも、馬車はお借りするだけです。いずれお返しします」
「なんでもええぞ、持って行ってくれるならな」
 それまでの押し問答で、ちょっと険悪な雰囲気になっていた二人だったが、ふっとリュカが笑顔を見せた。思わずその笑顔に釘付けにされたザナックに、リュカは言った。
「……ありがとうございました、お師匠様!」
「うむ……達者でな」
 ザナックは答えた。それ以上、会話はなかった。リュカとヘンリーがスラリンとブラウンを乗せた馬車を引いて通路を去っていき、そのガタコトという車輪の音が聞こえなくなると、ザナックは戸棚から何かを取り出した。
「……一族の面汚しになったワシも、これで少しは償えたじゃろうか?」
 複雑な文様を織り込んだ、故郷の民俗衣装。彼がこの服を捨て、外の世界へ飛び出してから、どれだけの月日が流れただろう。
 ザナックの故郷は、魔物使いの能力を密かに伝える一族の聖地だった。そこでゴーレムなどの強大な魔物を手足のように従える長老を見て、自分もそうなりたいと憧れた。
 だが……ザナックには僅かな素質しかなかった。長老のようにはどうしてもなれず、己の力不足を認めることも出来ず、ただ焦りが空回りする中、何時しかザナックは友としたかったはずの魔物たちを憎み、容赦なく打ち据え、叩き伏せ、無理やり言う事を聞かせる、紛い物の魔物使いに成り果てていた。
 人生の終わりが近づいた今、ようやくザナックは己の罪に向き合えるようになった。そして、いかなる天の配剤か、真の魔物使いの素質を秘めた少女を、この手で導くことが出来た。
「そう悪くはない人生じゃったな。あとは、あの娘の行く先を、この目で見届けるとしよう」
 ザナックはそう呟き、服を戸棚にしまいこんで、鍵をかけた。振り向いたとき、既に彼は街の変人・モンスター爺さんに戻っていた。
(続く)


-あとがき-
 モンスター爺さんの過去に関する妄想。爺さんが憧れた長老は、たぶんマーサの祖母とか母親の代でしょう。
 それと仲間モンスター二匹目はブラウニーです。特技が無いので使いにくいとか言われがちなブラウニーですが、私は可愛いので好きです。ブラウンも多分最後までくっついてくるはず。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第十九話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/03 21:49
「あ、ああ……」
 リュカは震える声と共に膝を付いた。
「ど、どうして……?」
 何かに取り付かれたように言う彼女の周囲に広がるのは、一面の瓦礫の山と、林立する無数の墓標。
「どうして……?」
 嫁とのトボけた掛け合いで村人を苦笑させていたシモン爺さんの家も。
「どうして……?」
 ベラと出会った、この規模の村にしては立派だった酒場兼宿屋も。
「どうして……!?」
 村のシンボルだった、尖塔のついた教会も。
「どうして!?」
 そして、父と共に暮らした懐かしい家も。全てが破壊され、焼き尽くされていた。
「どうしてええぇぇぇっっ!?」
 かつてサンタローズと呼ばれた、滅びた村の中心で、リュカは悲痛な慟哭をあげ続けていた。
 

ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第十九話 消えた故郷


 モンスター爺さんことザナック老人から魔物使いの秘儀と馬車を受け継ぎ、オラクルベリーを出たリュカとヘンリーは、街道を北に向かった。道は大陸との間の橋を渡ったところで、ラインハット本領へ続く川の関所に向かって東に折れ、その先は谷間を通ってサンタローズへ向かう。十年前、リュカがパパスと共にビスタ港から歩いた道だった。
「お前のそれだけど、毎回成功するってわけでもないんだな」
 ヘンリーが言うのは、リュカの魔物使いの秘儀……邪気の討ち払いである。
「ううん。邪気自体は払ってるんだけど、どの魔物も人間になつく、って言うわけじゃないみたい」
 リュカは言った。精神を集中し、魔物が纏っている邪気を見る事は出来るようになったし、それを払うのももう問題ないが、そうやって邪気を無くした魔物の大半は、もう襲っては来ないものの、その場でどこかに去ってしまう。結局、まだ仲間になっているのはスラリンとブラウンの二匹だけである。
「そうか。でも、便利な力だよな。あの二匹もがんばってくれてるし」
 ヘンリーが言うと、馬車の中にいたブラウンが照れたように手を振った。リュカにはとても持てないような大木槌をぶん回すとは思えない可愛い仕草で、思わず和む二人だった。
 しかし、和んだ空気はそう長くは続かなかった。
「おかしいな……そろそろサンタローズが見えてきてもいい頃なのに」
 それから一時間ほど進んだ所で、リュカは首を傾げた。サンタローズのシンボルと言えば、宿屋と教会。どちらもサンタローズ自体が小高い丘の上にあることもあって、かなり遠くから見える建物である。十年前はもっと早い時点でその二つが見えていた。
「お前の故郷だっけ。綺麗な村なんだってな?」
 ヘンリーの問いに、リュカは笑顔で頷く。
「うん。それに、村の人たちはみんな優しくて、いい人ばかりで……みんな元気かな」
 リュカはそう言いながら、ある人のことを考えていた。十年前、長旅に出ていたリュカとパパスを待っていてくれたあの人を。サンチョの事を。
 サンチョの事だから、きっとずっと待っていたに違いない。会ったら謝らなきゃいけない。心配かけてごめんなさい、と。そして、辛い事を伝えなくてはならないだろう。
 パパスがもう、この世にはいないと言う事を。
 父の死を考えると、今もリュカの胸は締め付けられるように痛くなる。村の人たちも悲しむだろう。みんな、パパスの事をあれだけ慕ってくれていたのだから……
「ん、あれか? サンタローズの村って……でも、なんだか様子がおかしいぞ」
 追憶に沈むリュカを、ヘンリーの声が現実に引き上げた。リュカはようやく見えてきた村の様子を見て、言葉を失った。もはや、そこは村ではなかった。
 墓地だった。
 
「リュカ……」
 突っ伏して泣きじゃくる彼女を前に、ヘンリーはどう声をかけていいのかわからなかった。
(くそ、情けねぇ。泣いている女の子一人慰められないなんて)
 男としては忸怩たる思いではあったが、家族を失い、故郷もまた失った悲しみなど、どんな言葉をかけてやれば癒せるのだろう。そもそも、そんな深い傷が癒える事などあるのだろうか?
「リュカ、とにかく一度……」
 ここを離れよう、と言おうとした時、背後に気配を感じてヘンリーは振り向いた。
「……リュカ? まさか……リュカなの? パパスさんの娘の」
 その気配の主は、ヘンリーを見てはいなかった。泣いているリュカに視線を向けている。その声を聞いて、リュカは顔を上げた。
「……シスター・レナ?」
 リュカの問いかけに、その人物……サンタローズ教会のシスター・レナは目を見開き、大粒の涙をこぼしながら、リュカに駆け寄った。
「ああ……やっぱり! 生きていたのね、リュカ。良かった。本当に良かった……!」
「シスターも……無事だったんですね……良かった……!」
 リュカとシスター・レナは抱き合い、お互いの無事を喜び合った。その様子を見ていたヘンリーは、二人が落ち着いた所を見計らって、声をかけた。
「済まないが、シスター。事情を聞かせてもらえないか?」
「……あなたは?」
 見知らぬ人を警戒するシスター・レナに、リュカが説明する。
「この人はヘンリー。わたしをずっと助けてくれていた人なの」
「まぁ……ヘンリー……さん?」
 ヘンリーは帽子を取ってお辞儀をした。
「ええ……どうぞよろしく」
 シスター・レナは自分も挨拶しながらも、何か引っかかるのか、首を捻っていた。
「ヘンリー……どこかで聞いた名前ね」

 リュカとヘンリーが案内されたのは教会だった。尖塔は倒れ、半分方崩れ去って、外見的には廃墟と化してはいたが、屋根を葺きなおし、生き残った村人たちが共同で生活する場となっていた。
「皆さん、大変です! リュカが、リュカが帰ってきましたよ!!」
 教会に入るなり、大声で叫ぶシスター・レナ。神の僕にしては慎みが足りないが、彼女は十年前もパパスとリュカが帰ってきたときに「パパスさんが帰ってきた! わーい!」と叫んで、村人たちを苦笑させた事がある。もともとそういう性格なので、堅苦しい僧侶よりも親しみやすい人と皆には思われていた。
 ともあれ、シスター・レナの大声に、教会の中にいた住人たちが三々五々出てくる。その人数は二十人ほどだろうか。かつては三百人以上の村人がいたと言うのに、今はこれがサンタローズの住人の全てだった。
「リュカ……? パパスさんとこのリュカちゃんか?」
「ああ、確かにリュカちゃんの面影がある。本当にリュカちゃんか!」
「リュカちゃん、生きていたのか……! 皆心配したぞ」
 リュカに十年前のあの小さな少女の姿を確かに見て取り、住民たちがざわめく。多くは老人で、この村を捨てられなかった人々だった。彼らはリュカを取り囲み、しきりに懐かしがる。涙を流す人もいた。リュカも思わずもらい泣きして、心配かけてすみません、と言う。その光景を、ヘンリーは少し離れた所から見ていた。
「とりあえず、積もる話は後にして、歓迎の準備をしましょう」
 シスター・レナの言葉に一同は頷き、十年ぶりに帰ってきたリュカを歓迎するためのささやかな宴が開かれる事になった。

 その夜、もとは礼拝堂だった部分を改装した集会所に、村人全員とリュカ、ヘンリーが集まっていた。まずはシスター・レナが口火を切る。
「リュカ、十年間どうしていたの? パパスさんは……?」
 それを受けて、リュカはこの十年間を回想しながら、事情を話し始めた。ラインハット王にパパスが呼び出された事。ヘンリー王子のお守を命じられた事。そのヘンリーが誘拐され、助けに行った事。しかし、行った先の遺跡で魔族に襲われ、パパスが死んだ事。そこまで行くと、村人たちの間に粛然とした空気が流れた。
「あのパパスさんが……」
「地獄の帝王でもやっつけてしまいそうなくらい、強かったのにのう……」
 そう言いながら、村人たちは心から慕っていた英傑の死を惜しみ、涙した。シスター・レナも憧れの人の死を知り、大粒の涙をボロボロとこぼしていた。
「わたしが……あの時人質になんてならなければ」
 リュカも俯き、床に涙をこぼしていた。それを聞いて、シスター・レナは涙を拭ってリュカの肩を抱いた。
「自分を責めてはダメよ、リュカ。どうしようもなかったのよ。パパスさんもあなたを恨んだり怒ったりはしていないわ」
 そう言ってシスター・レナはリュカを慰めながら、辛いだろうけど、先をと促した。リュカも涙を拭き、話を続ける。光の教団の奴隷にされていた事を話すと、村人たちの間から怒りの声が湧き起こった。
「光の教団じゃと? 最近ラインハットの国教になったあれか!!」
「胡散臭い連中だと思っていたが、やはりな!!」
 ラインハットと聞いて、人の輪から外れた所にいたヘンリーはぴくっと眉を動かしたが、それに気付いた人間はいなかった。
「国教、って?」
 リュカが意味がわからず聞くと、シスター・レナも怒りを隠せない表情で言った。
「国の認めた宗教と言うことよ。この村はもう滅びたと思われているから、光の教団は来なかったけど、アルパカではラインハット城から派遣されてきた、光の教団の司祭が街の人たちに改宗をせまっているみたい」
 シスター・レナの言葉に続けて、村人たちは怒りの言葉を口々に言う。
「まったく、あんな大后の薦める宗教だから碌なモンじゃないと思っていたが、やっぱりそうだったな」
「リュカちゃんを攫ったような邪悪な連中が光の教団とは笑わせるわ」
 収まらぬ怒りの声を断ち切ったのは、それまで黙って話を聞いていたヘンリーだった。
「今までの話を聞くに、この村を襲って滅茶苦茶にしたのは、ラインハットの兵だな。違うか?」
 老人の一人が頷き、大声で叫んだ。
「そうじゃ! あいつら、パパス殿を謀反人と言いおった」
 
 それは、パパスがリュカを連れてラインハットに向かってから、一週間後の事だった。突然五百人近いラインハットの兵士がサンタローズに押し寄せ、その隊長は王国の公文書を示して叫んだ。
「上意である。第一王子ヘンリー殿下を不埒にもかどわかした謀反人、パパスの行方を捜しておる。王の命により、この村を捜索する! もしパパスを匿っているのなら、早々に申し出よ。さもなくば一村全て叛徒と見做し、討伐する!!」
 一方的かつ高圧的な隊長の言葉に、教会の神父が進み出て言った。
「お待ちください。何かの間違いです。パパス殿が謀反など……」
 次の瞬間、神父は隊長が突き出した槍に貫かれ、物言わぬ屍に成り果てた。隊長は手を振り回し、兵に合図した。
「パパスを擁護したという事は、この村は叛徒の巣だ! 焼き払い、皆殺しにせよ!!」
 あまりの事に唖然としていた村人は、襲い掛かった兵士たちによって次々に殺された。兵士たちは最初から村を滅ぼすために来ていたのだ、と悟るのにそう時間はかからなかった。村人たちは必死に逃げたが、多くが逃げ切れず、殺されていった。
 兵士たちはさらに火をつけた松明を片端から建物に投げ込み、焼き討ちした。井戸には毒が投げ込まれ、畑には塩が撒かれた。
 シスター・レナは怒りと悲しみに震える声で、当時の様子を回想した。村人たちも思い出したのか、おうおうと泣く声が聞こえた。
「あの……サンチョさんは? サンチョさんはどうなったんですか?」
 リュカは聞いた。まさか、もう……?
「サンチョさんは……ただ一人で、村を襲ってきた兵士と戦ってくださいました。私達が逃げ延びる事ができたのは、サンチョさんのおかげです」
 シスター・レナは答えた。
「私や助かった人の多くは、サンチョさんが戦っている間に洞窟の奥へ逃げ込んだ人たちです。流石にそこまでは兵士も追ってきませんでした……三日間、洞窟の奥に隠れ通して……出てきた私たちが見たのは、跡形もなく破壊され尽くした村でした。三日前まで、一緒に暮らしていた人たちがみんな屍になっていて……ただ、サンチョさんの死体はありませんでした。きっと、生きていると信じています」
 シスター・レナの言葉に、リュカはそうですね、と頷いた。サンチョはパパスも認める実力者だったのだ。きっと、生き延びて父様とわたしを探しに行ったに違いない、と思う。
 シスター・レナは話を続けた。それから生き残った人々は、死者を埋葬し、比較的破壊の少なかった教会周辺を整備し、なんとか塩を洗い流していくらか畑を蘇らせた。それでも実りは不満足なもので、飢えは恒常的なものだった。
 そこまで話した所で、シスター・レナはヘンリーに向かって言った。
「私からも、あなたに聞きたい事があります。あなたはヘンリーさんと仰いましたね。ラインハットの第一王子、ヘンリー殿下。そうではありませんか?」
(続く)


-あとがき-
 青年期編で最初にサンタローズに戻ってきた時って、凄いショックでしたよね?
 その感じが少しでも出てれば幸いです。




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第二十話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/04 21:08
「私からも、あなたに聞きたい事があります。あなたはヘンリーさんと仰いましたね。ラインハットの第一王子、ヘンリー殿下。そうではありませんか?」
 シスター・レナの言葉に場がざわめいた。が、ヘンリーは動ずる事無く頷いた。
「その通りだ、シスター。オレがラインハットの第一王子、ヘンリーだ」
 それを聞いた村人の間から、殺意と怒りの声が湧き起こった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第二十話 騎士の誓い


「お前が! お前のせいでワシらの村が、家族が!!」
「パパスさんが死んだのもお前のせいじゃないか! どの面下げて来た!!」
「死ね! 死んで詫びろ! でなければ殺してやる!!」
 殺気立つ村人の前に、慌ててリュカが立ちはだかった。
「待って、みんな! わたしの話を聞いて!!」
 リュカがヘンリーを庇うのを見て、村人たちは戸惑いの表情を見せた。
「な、なんでリュカちゃんがそいつを庇うんじゃ?」
 リュカは答えた。
「ヘンリーも……ヘンリーも被害者なの。わたしと一緒に教団の奴隷にされて……もしヘンリーがいなかったら、わたし、きっと十年間も耐えられなかった。きっと死んでた……ヘンリーがいたから、わたしは生き延びてこられたの」
「……それはオレも同じだよ、リュカ。お前がいたから、オレは生きてこられたんだ」
 そう言うと、ヘンリーはリュカを脇によけて、村人たちと向かい合った。そして、厳かな声で言った。
「とは言え、オレにはラインハット王族の一人として、今のこの国の酷い現状を招いた責任がある。サンタローズの村人の皆さん……誠に済まなかった。例えあなた達がオレを復讐の刃にかけたとしても、オレは文句は言わない」
 そして、深々と頭を下げた。村人たちは仰天した。王族が、こんなに率直に頭を下げてくるとは思わなかったのだ。
「ただ、オレの命を、もう少しオレに預けてもらえないだろうか。責任を果たすために、時間が欲しい」
 村人の前で、ヘンリーは今度は頭を上げて、堂々と態度で言った。普段は陽気で明るくて、悪く言えば軽薄とさえいえる人物だと思っていたヘンリーが、王者の風格さえ漂う立ち居振る舞いを見せた事に、リュカは驚いた。
(十年間、悲しんでばかりだったわたしは、成長していなかった……その間に、ヘンリーのほうがずっと大人になってたんだ)
 ヘンリーを眩しそうに見えるリュカ。一方、村人を代表してシスター・レナが尋ねた。
「責任……? 何をするつもりなのですか?」
 その問いに、ヘンリーはすぐには答えず、剣を抜くと、それを顔の前で垂直に立てた。

「我、ラインハット第一王子ハインリッヒ・フォン・ラインハットは、騎士としてサンタローズの民に……全てのラインハットの民に誓約する。王国を蝕む奸物を打ち倒し、人々が安心して暮らせる国を取り戻すと」

 剣をさらに高く天に掲げ、そして斜めに振り下ろす。

「天よ、神よ、照覧あれ。我が誓いはここにあり」

 それは、古来より騎士が立てる誓いの言葉だった。ただ、普通は忠誠を誓う相手は王である。それを、ヘンリーは国民であると言い換えたのだ。
 一瞬の沈黙があり、シスター・レナが口を開いた。
「騎士ヘンリー、神はあなたの誓約を確かにお聞きになりました。あなたの剣に常に神のご加護がありますように」
 それを聞いて、リュカは笑顔を見せた。
「シスター・レナ!」
「わかりましたよ、リュカ。あなたが認める人ですもの。ヘンリー殿下、今も個人的にはあなたを……ラインハットの国をお恨みします。ですが、今は忘れましょう。あなたの誓いを見届けるまで。皆さんも……構いませんよね?」
 シスター・レナの言葉に、村人たちは顔を見合わせ、頷いた。
「リュカちゃんとシスターが言うなら……」
 と言う声が聞こえ、長老格の老人が一歩進み出た。
「殿下、どうかお願いします。ワシらが安心して暮らせる世の中を……どうか」
 ヘンリーは頷いた。
「ああ、必ずやって見せる」
 力強く頷くヘンリーに、リュカが言った。
「ヘンリー、わたしにも手伝わせて」
「え?」
 戸惑うヘンリーに、リュカは言葉を続ける。
「ヘンリーは、わたしの母様探しを手伝ってくれるんでしょう? だから、わたしも手伝いたいの。ヘンリーの戦いを。母様探しはその後で良い」
 ヘンリーは笑顔を見せた。
「……ありがとう、リュカ。お前が手伝ってくれるなら千人、いや、一万人の味方を得た思いだよ」
 二人は固く握手を交わした。そこへ、シスター・レナが声をかけてきた。
「それで、これからどうするの?」
 その質問にリュカは答えた。
「ヘンリーと一緒にラインハットには行くと思うけど、その前にアルパカに足を伸ばしてみようと思います。ビアンカお姉さんにも無事を伝えたいですし」
 それを聞いて、シスター・レナは顔を曇らせた。
「そう、やっぱり……あなたとビアンカちゃんは仲が良かったものね。でも……」
「何か……ビアンカお姉さんにあったんですか?」
 不吉な予感を覚えて聞いたリュカに、シスター・レナは首を縦に振った。
「やっぱりあれ以来お父様のダンカンさんの病状が思わしくなくて、七年ほど前にお母様の実家があるという西の大陸の方に引っ越して行かれたのよ。病気に良く効く温泉があるとかで」
「そう……なんですか……それで、西の大陸のどこに?」
 リュカは表情を沈ませつつ聞いたが、シスター・レナはその質問には首を横に振った。
「さぁ、そこまでは……」
 無言で落ち込むリュカの肩を、ヘンリーが慰めるように叩いた。
「大丈夫だよ、リュカ。西の大陸ならそう遠くはない。きっとまた会えるさ、そのビアンカって人にも」
「うん……そうだね。ヘンリーの事が済んだら、行ってみよう。西の大陸へ」
 リュカは頷いた。そこへ、別の村人が何かの包みを持ってリュカの方に寄って来た。洞窟から流れ出す川のボート小屋の管理をしていた老人だった。
「リュカちゃん、あんたに渡すものがあるんじゃ」
「え? なんでしょうか?」
 聞き返すリュカに、老人は長い包みと黄色く変色した封筒を手渡した。
「ワシらが洞窟の奥に逃げ込んだ時に、偶然パパスさんの秘密の部屋を見つけたんじゃ」
「父様の秘密の部屋?」
 そんなものがあったんですか、と問い返すリュカに、老人は頷いた。
「リュカちゃんが帰ってきてからしばらくの間、パパスさんがボートで洞窟の奥に入って行ってた頃があるじゃろう? それはそこにあった品でのう。ワシが持ち出して預かっていたんじゃ」
 リュカは封筒を裏返してみた。封蝋が解かれていないそれには、「愛しいわが子リュカへ」とパパスの字で書いてあった。
「リュカちゃんあての手紙じゃ。思えば、パパスさんはその頃何かを予感しておったのかもしれんのう」
 リュカは封蝋を剥がし、手紙を取り出した。

「愛しいわが子リュカへ

 この手紙を読んでいるということは、おそらく私はもうお前の傍にはいないのだろう。
 もう知っているかもしれないが、お前の母であり、我が妻であるマーサは生きている。私たち親子の旅は、マーサを救い出すための旅だったのだ。
 マーサは古き神秘の力を受け継ぐ血族の一人であり、その力は魔界にも通じるものだった。それに目をつけた何者かにより、マーサは連れ去られたのだ。それが何者か、私はまだ確証を掴んではいない。だが、おそらくという見当は付いている。それは、魔族の王とでも言うべき存在であろう。
 リュカよ、天空の血を引く勇者を探すのだ。
 かつて、魔界に赴き魔王を倒した天空の勇者の血筋を引く者以外に、再び魔界へ赴きマーサをさらった邪悪を倒せる者はいない。
 私は天空の勇者の子孫と、勇者が身に付けていた天空の装備を探して世界中を旅し、ようやく天空の剣だけは見つけることが出来た。しかし、未だ他の防具は見つからぬ。
 リュカよ、天空の勇者と残る防具を探し出し、お前の母マーサを救い出すのだ。
 どうか、頼んだぞ

 誰よりもお前を愛する、父より」


 手紙を読み終えたリュカは涙をこぼし、手紙を抱きしめた。
「父様……!」
 言葉でしか聞くことが出来なかった、父パパスの遺志を、この手紙は伝えていた。母と自分に対する愛情が手紙から伝わってくるような気がした。
 しばらく手紙を抱いて父の思いを感じ取り、リュカは再びそれを丁寧にたたんで、封筒に入れてバッグにしまいこんだ。そして、もう一つの長い包みを手に取る。手紙の内容からして、これは……と思いながら、リュカは上等の絹布で出来た包みを解いていった。そして。
「これが、天空の剣……!」
 包みを解いた後に現れたそれを見て、リュカは圧倒されたように言い、村人たちもどよめいた。
 それは、柄と鍔の部分をドラゴンの意匠で統一し、刀身自体も先端部が翼を広げた竜のような形をした、一振りの美しい剣だった。竜の鱗のような、緑がかった銀色の刀身には曇りも傷もなく、周囲の光景を鏡のように写し出している。
 それは邪悪に対する勇者の静かな怒りを表すかのように、冷たい冴え冴えとした光であり、一振りするだけであらゆる邪悪な魔力を霧散させそうな力強さに満ちていた。リュカは柄を握り、もっと良く全体を見ようと思った。
「……あれ?」
 しかし、柄を握った途端、剣はまるで空間それ自体に固定されているかのように、ピクリとも動かなかった。どれほど力を入れても動かない。
「どうした?」
 ヘンリーが様子がおかしい事に気づいて尋ねてきたので、リュカは剣から手を離した。すると、剣は普通に動かせるようになった。どうも、刀身などを持っている状態では、普通に動くようだ。
「選ばれた勇者でなければ持てない、と言うのは本当みたい。ヘンリー、やってみて」
「ああ」
 ヘンリーはリュカから剣を受け取り、柄を持って構えようとしたが……
「うお、なんだこれ。重くてうごかねぇ」
 呪われた武器のように、天空の剣は重くて動かず、装備すら出来ない。ヘンリーはリュカに剣を返した。
「なるほど……確かに本物みたいだな。驚いた。ただのおとぎ話だと思っていたのにな……。ともかく、これは持って行くことにしよう。勇者の子孫らしき人を見つけたら、これを装備してもらって、出来たら勇者だ」
「そうね」
 リュカは天空の剣に綺麗に絹布を巻きなおし、道具袋にしまいこんだ。例え装備できなくても、これは大事な父の形見。肌身離さず持っておこうと心に誓った。
「それじゃあ、もう二人とも今日はお休みなさい。また旅にでるのでしょう?」
 シスター・レナの言葉にリュカとヘンリーは頷いた。そう、パパスの遺言を果たす旅はともかくとして、明日からはヘンリーのラインハット奪還のための旅が始まる。少しでも休んで鋭気を養わなければ。
 故郷での一夜が更けていこうとしていた。
(つづく)


-あとがき-
 リュカはレベルが上がった! リュカのヒロイン度が+1された!
 ヘンリーはレベルが上がった! ヘンリーの主人公度が+1された!
 
 と言う与太はさておき……二度目の洞窟探検とかはオミットしました。描写がめんどいので。
 ヘンリーの本名は捏造です。本当はどういうフルネームか知りません。
 次回からラインハット奪還編です。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第二十一話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/05 17:21
 翌朝、目覚めた二人はシスター・レナに呼ばれ、教会の外に出た。
「何があるんですか? シスター・レナ」
 まだ眠い目をこするリュカに、シスター・レナが案内して行ったのは、かつてのリュカの家、その裏手だった。
「見て、リュカ」
「……あ!」
 リュカはそこにあったもの……桜の若木を見て、十年前の妖精界での記憶を思い出した。あの日、ポワンに貰った桜の苗木は、リュカが不在の十年の間に、リュカの背よりも高く成長し、青々とした葉を茂らせていた。
「あなたの桜は、どういうわけか塩や毒がまかれたこの土地でも成長し続けて……村の人たちは、みんなこの木を“リュカの木”と呼ぶようになったの。リュカの木が育つたびに、みんなどれだけ励まされてきたか」
 シスター・レナは目を細めて、リュカとリュカの木を交互に見た。
「例えどんな遠くに旅に出ても、決して忘れないでね、リュカ。ここはあなたの故郷。この木があなたとサンタローズのみんなの絆。もし旅に挫けそうになったら、この木の事を思い出してね」
「……はい!」
 リュカは目に涙をにじませ、それでも力強く返事した。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第二十一話 病める都

 
 シスター・レナをはじめとするサンタローズの村人たちとリュカの木に見送られ、リュカとヘンリーは旅立った。これからどんな風に国を元に戻すための戦いを始めるか、と言う計画を練るためにも、一度ラインハットの本領の様子を見ていこう、と言う話になったのである。
「でも、様子を見るのはいいけど、どういうところを見ていくの?」
 具体案を聞くリュカに、ヘンリーは答えた。
「うん……できたらデールの様子がわかれば良いと思うんだが」
 ヘンリーの異母弟、デールはまだ十四歳だが、ヘンリーの失踪と父王の死によって王位を継いでいる。しかし、実権は母であるマリエル大后に完全に掌握されており、デールはほとんどお飾り同然の存在らしい。
「それに、大后の事でもちょっと気になる事があるんでね。そこを調べるのが目的だな」
 そう、と頷くリュカ。ただ「気になる事」の詳細までは、ヘンリーは教えてくれなかった。
 そんな会話をしているうちに、川の関所が見えてくる。ラインハット本領と旧レヌール地方を隔てる大河、その川底を掘りぬいて作られたトンネルで、かつてリュカもパパスに連れられて通った場所である。レヌール側には特に人はおらず、普通に中に入った二人だったが、本領側の地上部分に出た途端に、兵士が行く手を塞いだ。
「何者だ? 通行手形が無ければここを通すわけには行かんぞ」
 もちろん、通行手形など二人は持っていない。どうするの? とリュカがヘンリーに目で合図すると、ヘンリーは自信満々の足取りで一歩前に進み出た。
「俺たちの通行手形は、これだ!」
 いきなりヘンリーは兵士を殴りつけた。
「き、貴様、何をする!?」
 頬を押さえながらも槍を向けようとする兵士に、ヘンリーはニヤニヤと笑いながら言った。
「よぉ、久しぶりだな、トム。カエル嫌いのお前が兵士とは驚きだ。それとも、もう平気になったのか?」
「な、なに?」
 トムと呼ばれた兵士は目を白黒させた。
「何故、私の名前を……それに私がカエル嫌いだと何故知っているんだ?」
 槍を向ける手を止めて聞くトムに、ヘンリーは言葉を続けた。
「背中にカエルを入れた時が、一番傑作だったな。あの時お前は泣き出した上にちび……」
「わーっ! わーっ!!」
 トムは大声を上げ、ヘンリーの言葉を遮った。そして。
「その話を知っている人は……それにそのお顔立ち。まさか……まさか……ヘンリー殿下ですか!? まさか生きておられたとは……」
 ヘンリーは頷いた。
「ばぁか、気付くのが遅いんだよ。そう、そのヘンリー様だよ。生憎、この通り足は二本とも付いてらぁな」
 パンパンと自分の脚を叩いてみせるヘンリーに、トムは涙を浮かべて言った。
「なんともまぁ……お懐かしゅうございます、殿下。あの頃は泣かされてばかりでしたが、思えばあの頃のわが国には笑いが絶えませんでした。しかし今は……」
「おっと、そこまでだ、トム」
 ヘンリーは人差し指でトムの口を塞いだ。
「兵士のお前が国の批判をしては、いろいろとまずい事もあるだろう。聞かなかったことにしておくぞ。それより、通してもらえるな?」
「はっ! 喜んで!!」
 トムは最敬礼をしながら道を開けた。
「よし、じゃあ行こうか、リュカ」
「うん」
 トムに見送られ、リュカとヘンリーは関所を通過する事ができた。城へ向かう馬車を見ながら、トムは涙を手で拭い、一人ごちた。
「この国はもう終わりだと思っていた……まだ希望はあったんだなぁ」

 十年ぶりに街を訪れたリュカは、その変わり様に驚きを隠せなかった。
「これが、あの賑やかだったラインハット……?」
 出店や屋台が埋め尽くしていた広場は、今はひっそりとしており、行きかう人々も一様に押し黙り、目を伏せている。建物の壁には無数のチラシが貼られていたが、どれも同じような事が書いてあった。

“ラインハット、万歳! 全ては王国のために”
“兵士募集中 生涯忠誠、命かけて国に尽くせ”

 等々、国への忠誠を強調するそれらのチラシが貼られた壁の下で、みすぼらしい服装をした六歳くらいの少女と、弟らしい幼児が、縁の欠けた皿を置いて座っている。物乞いだ。だが、誰もその皿に金を投げ入れようとはしない。
「……よせ。あの子達だけじゃない。この広場だけで、どれほどああいう人たちがいるか……」
 思わず財布にのびたリュカの手を押さえ、ヘンリーが憤懣やるかたない、と言う口調で言った。
「親父はこの国から貧しい者をなくしたい、と言うのが口癖だったんだ……くそっ」
 ヘンリーの激しい怒りに、リュカが言葉を失ったその時、突然ラッパの音が響き渡った。その途端、慌てて物乞いたちが路地裏に逃げるように走りこんでいく。それと入れ替わるように、住民たちが建物の中から出てきて、道の両側に人垣を作り始めた。その間に開けられた道を、ラッパとラインハットの国旗を持った兵士たちが行進してくる。
「讃えよ! マリエル大后陛下のお通りである!!」
 兵士たちが叫ぶと、住民たちは口々に「ラインハット、万歳! 大后陛下、万歳! 全ては王国の為に!」と連呼し始めた。数分待って、兵士たちに守られて、四頭立ての華麗な馬車がしずしずと進んできた。
「大后……!」
 やはり路地裏に潜み、様子を見ていたヘンリーが言った。馬車の窓から、胸を張り誇らしげな表情で民を睥睨しているマリエル大后の姿が見えた。誰がこの国の主なのか、一目でわかる光景だった。
 馬車が通り過ぎても、しばらくは万歳の連呼が続いていた。まだ馬車の護衛兵の列が続いていたのだ。それが通り過ぎるまで、万歳を止めるのは許されないらしい、とリュカが思ったとき、それを裏付けるように騒動が起きた。
「おい、貴様! 陛下に対する忠誠が足りないようだな。貴様のような奴は、我が栄光あるラインハットの民に相応しくない!!」
 兵士たちが数人がかりで、人垣の中から一人の男性を引きずり出した。彼の万歳の仕方に因縁をつけているようだ。
「ひいっ! お、お許しください!!」
 蒼白な顔で男性が懇願するが、兵士たちは許さず、その場で男性をリンチにかけはじめた。殴り倒し、倒れた所で足蹴にして転がす。周囲の人々は助けることもせず、必死になって万歳を叫び続ける。自分に累が及んではたまらない、と言うように。
 凄惨な暴力はしばらく続いたが、男性が動かなくなると、それで気が済んだのか飽きたのか、兵士たちは唾を吐きかけて男性から離れ、他の人々を威圧するように見渡した。
「お前たちも、こいつみたいになりたくなかったら、国への忠誠を心から誓う事だ! いいな!!」
 そうして兵士たちは去っていき、人々はようやく万歳から解放され、人々は疲れきった表情で家に帰り始めた。その中で、倒れている男性に一人の女性が縋りつき、泣き叫び始めた。
「あんた! あんたー!! 酷いよ、どうしてこんな事に!! お願いだから目を開けておくれよぉ……!!」
 リュカとヘンリーは目配せすると、潜んでいた路地裏から飛び出た。兵士たちがいないことを確認し、男性と女性に駆け寄る。
「おかみさん、ちょっと失礼」
 ヘンリーがそう言って女性をどかし、抗議の声より早く男性の首筋に手を当てる。
「大丈夫。まだ生きてる。リュカ!」
「うん、おじさん、しっかり……ベホイミ!」
 リュカは男性の身体に手をかざし、最近覚えたばかりのベホイミを唱えた。強い癒しの光が男性の身体を包み、傷を癒していく。
「う、うう……お、俺は……」
 そのベホイミで、男性は意識を回復したらしい。女性が目に涙を浮かべ、男性にしがみつく。
「ああ、あんた……良かった!」
 女性は感激の涙を流していたが、しばらくしてリュカとヘンリーの方を振り返った。
「ありがとうございます、旅のお方。何も礼はできないけど、せめてうちの宿に一晩泊まって行ってくれませんか? もちろんお代は戴きませんから」
「いえ、当然の事をしたまでですから」
 リュカは手を振った。
「ところで、何で俺たちが旅人だと?」
 ヘンリーの質問に、女性――宿屋のおかみは溜息をついた。
「当然の事を……この街の人たちは忘れちまったからですよ」

 結局、リュカとヘンリーは助けた主人とおかみの熱心な勧めで、二人の経営する宿に泊まる事になった。
「酷い事になってるね……この国」
 リュカの言葉に、ヘンリーはああ、と頷き、質問を返してきた。
「リュカ、昼間の大后の行列なんだが……大后を見て、おかしいと思ったことは無いか?」
「え?」
 リュカは首を傾げた。
「さぁ……わたしはあまりあの人に詳しいわけではないし。何かあったの?」
 ヘンリーは首を縦に振った。
「ああ……あの大后、全く歳を取っていなかった。十年前のままだ」
「えっ?」
 リュカは昼間見た大后の顔を思い返してみる。確かに、不自然に若いような気もするが……
「それだけじゃない。誰かに似てないか?」
 リュカは再度大后の顔を思い返し、確かにどこかで見たような顔だと気がついた。誰だっけ、と考え込み……ふっとリュカはそれが誰だったかわかった。
「まさか……シスター・マリア?」
「そう、それだ」
 ヘンリーは頷いた。
「修道院にいる時、どうしてもシスター・マリアの顔を見て、妙な感じが取れなかったんだ。今になってみればわかる。もしマリエル大后が普通に十年間歳を取っていたら、シスター・マリアの顔になるはずだ」
「……どういうこと?」
 リュカの言葉に、ヘンリーはわからん、と首を横に振った。
「だが、なんとなく予想は付く。酷い予想だが……あの大后は偽者かも知れない」
「偽者?」
 リュカは驚いた。突飛な発想に思えたのだ。しかし。
「そう考えると辻褄が合うんだ。あの人も、昔から悪い人だったわけじゃない。デールがまだ生まれる前は、オレにとっても優しい義母だったんだ。デールが生まれてしばらくしてから、あの人はだんだん変わって行った。もちろん、わが子可愛さで変わったのかもしれないが……」
 ヘンリーは黙り、窓の外に見える王城を眺めた。
「……何とか、あの中に入れないかね」
 その時、リュカはある事を思い出して、ポンと手を打った。
「兵士に志願したらどうかな?」
「なに?」
 ヘンリーはリュカの方に向き直った。
「街にチラシがいっぱい貼ってあったでしょ? 兵士募集中っていうの。あれに申し込んでみたら?」
「……なるほど。それはいい手かもしれないな」
 ヘンリーは頷いた。
「しかし、リュカはどうするんだ? あまりお前兵士向きには見えんぞ」
 ヘンリーだけなら兵士でも通じるが、リュカはどう見ても荒事向きには見えない。
「うーん……まぁ、お城に仕えるのは兵士だけじゃないから、何とかなると思うよ」
 リュカは微笑んだ。
(続く)


-あとがき-
 ラインハット編スタート。ヘンリー主役祭りはもうちょっと続きます。
 リュカがどうやって城に入るかはお楽しみに。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第二十二話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/06 21:43
 数日後、リュカとヘンリーは首尾良く城に潜り込む事に成功し、それぞれ情報収集をしていた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第二十二話 兄と弟


「例の隠し階段なんだが、どうやら誰にも知られていないらしい。普通に二階へ行こうとしても、オレみたいな下っ端は通してもらえないんだが、あそこから二階に上がれば、警戒をかいくぐってデールに会いに行けそうだな。そっちは?」
 兵士の姿で言うヘンリー。二人は夜の間に中庭の片隅で情報交換をするのが日課になっていた。
「うん……やっぱり、この城の中にはかなり魔物が入り込んでるみたい。それも怪しまれないような姿に化けてね。傭兵の半分は魔物だし、あの番犬なんてドラゴンキッズよ」
 中庭をうろついている犬を見て、リュカが言う。
「お、おい……大丈夫かよ?」
 たじろぐヘンリーに、リュカは笑顔で答えた。
「大丈夫。あの子は邪気払いで仲間になってくれたわ。コドラン、おいで!」
 リュカが声をかけると、犬はハッハッと息を吐きながら駆け寄ってきたが、途中でふわっと浮き上がり、空中で金色の鱗を持つチビ竜に変身した。リュカが広げた手の中に収まり、犬のようにクンクンと鼻を鳴らし、尻尾を振って甘えてくる。
「ね?」
「……流石。恐れ入ったよ」
 ヘンリーは感心し、ふと気付いたように言った。
「でも、武器が無いのにどうやって邪気払いをしたんだ?」
 すると、リュカは履いているスカートを叩いた。すると、シャラシャラと音がする。
「中にチェーンクロスを仕込んであるのよ。長いスカートは動きにくいかな、と思ったけど、これはこれで便利ね」
 そうか、とヘンリーは感心した。
「しかしまぁ、本当にやってみれば何とかなるもんだな……採用されるとは思わなかったぜ。自分の家に使用人として入り込むのも変な気持ちだが」
 ヘンリーは数日前のことを思い出した。彼は兵士の試験を軽くパスして採用されていた。これでも教団に拉致されるまでは、正式に剣術を習っていた身である。だいぶ鈍ってはいたが、腕力だけの他の候補者と比べて抜きんでいたのは確かだった。
「リュカも良く採用されたよな」
 ヘンリーが言うと、リュカはそうだよねぇ、と頷いた。
「まぁ、他の人たちは、魔物に化けている人用に変な料理を作らされたり、運ばされるのが嫌になったみたいだけど」
 そう言うリュカは城の侍女として採用されていたのだった。黒いシックなワンピースと純白のエプロンの組み合わせと言う……いわゆるオーソドックスなメイドスタイルは、清楚なリュカの美貌に実に良く似合っていた。兵士として採用された翌日、メイド服姿で現れたリュカを見た瞬間、ヘンリーは槍を取り落としそうになったくらいである。
「あー、カエルとかヘビとかが食材だったりするのか? やっぱ」
「うん、後ネズミとかコウモリもかな」
 ヘンリーの言葉にリュカは応じ、二人そろって溜息をつく。
「普通に食えるじゃん、と思う自分が悲しいね、オレは」
「同感……」
 二人とも奴隷生活の間、足りない栄養をなんとか補おうと、ネズミやらヘビやらを捕まえて食べた経験があった。
「ま、ともかく城の様子はだいぶわかった。魔物だらけだとすると、むしろ昼にデールの所に行く方が簡単そうだな。明日の昼、やってみるか」
「うん、わかった」
 二人は情報交換を終え、それぞれに与えられた宿舎に戻った。

 そして翌日の昼、昼食を終えてリュカの仕事が一段落した所を見計らって、台所にヘンリーがやってきた。
「リュカ、いけるか?」
「ええ。次のお掃除はもうちょっと後だから。それまでに終わらせれば」
 リュカの返事にヘンリーは苦笑する。
「デールの話を聞いたら、もう次の仕事なんてする必要は無いさ。よし、行こう」
 二人は台所を抜け、奥の倉庫を抜けて、城壁直下の回廊に入り込んだ。正面には裏口の扉がある。十年前、ヘンリーが攫われた忌まわしい思い出のある場所だ。
「ここから始まったんだよな……」
 ヘンリーはそう言うと、壁の燭台を倒した。長らく使われていなかったせいか、記憶にあるよりややぎこちない動きで隠し階段が降りてくる。二人は顔を見合わせ、頷くと階段を登った。
「懐かしいな。オレの部屋だ……あの頃と変わっていない」
 ヘンリーは辺りを見回した。どうやら失踪後に新たにこの部屋を使う人間はいなかったらしい。
「っと、懐かしがってばかりはいられないな。行こう、リュカ」
「うん」
 二人は階段を隠すと部屋を出て、回廊を三階への階段に向けて歩いて行った。遠くに一階から登ってくる相手を警戒している兵士がいたが、ヘンリーはそれにあっかんべーをする。リュカは思わず笑いそうになったが、それをこらえて三階への階段を登った。
「ん? なんじゃ、お前たちは」
 玉座の間に入ると、玉座に座るデールの前に立っていた、大臣らしい人物が声をかけてきた。十年前のロペスではない。ヘンリーの方を向くと、彼は小声で言った。
「十年前に、マリエルがどこからか連れてきたデズモンって男だ」
 リュカは大臣の方を改めて向いた。意識を集中させると、明らかに人間ではない邪気を感じる。魔物だ。それもかなり強い。リュカはヘンリーにだけ見えるように、指を一本立てて合図した。あれは魔物、と。
 ヘンリーは頷き、一歩前へ進み出た。
「申し上げます。陛下に直接言上の儀、これあり」
 デズモンは眉をつり上げた。
「なんじゃと? 陛下への言上はわしが取り次ぐ事になっている。無礼は許さんぞ」
 すると、ヘンリーは頭を下げ、しかしにやりと笑った。
「しかし、親分は子分の言う事に従うものなれば、直言の栄誉を賜りたく」
「は? なんじゃと?」
 訳のわからない事を言うヘンリーに目を白黒させるデズモンだったが、それまで無気力な様子だったデールは、はっとしたように身を起こし、ヘンリーの顔を見た。そして。
「直言差し許す。デズモン、しばし下がっておれ」
「はっ? しかし……」
 デールが見せた自分の意思に、デズモンは不満そうな声を上げたが、重ねて退出を命じられると、渋々退出して行った。それを確認し、デールは立ち上がるとヘンリーのところに歩いてきた。
「兄上……兄上ですね? 生きておられたのですね……!」
 涙を溢れさせるデールの頭を撫で、ヘンリーは答えた。
「ああ。随分長い間、留守にして済まなかったな」
 その声は優しく、確かにこの兄弟は母は違えども仲は良かったのだな、と納得させた。
「しかし、何があったのですか? この十年間、一体何を……」
 問いかけるデールに、ヘンリーは首を横に振った。
「今は時間が無い。その話は後でしてやる。それより、お前に聞きたい事があるんだが、いいか?」
「はい、何なりと」
 頷くデールに、ヘンリーは単刀直入に聞いた。
「お前の母親……大后は偽者かもしれん。心当たりは無いか?」
「え? 兄上、一体何を……?」
 デールは首を傾げた。
「どんな事でもいい。母親に不審感を抱いた事はないか?」
 ヘンリーは重ねて言った。デールはしばらく考え込み、そう言えば、と前置きして話し始めた。
「母上は、以前は僕には優しかったのに、最近は僕を疎んじてすらおられるようです。何でも大臣のデズモンと決めてしまい、私のところには顔も見せません。権力を握って人が変わるとは良く聞きますが、母上はあまりに変わりすぎです」
 そうか、とヘンリーは頷き、この二つ年下の異母弟が、思いがけずしっかりした物の見方をしている事に満足した。甘やかされて育ったわけではないらしい。
「なるほど、良くわかった。オレの方でも大后が偽者じゃないかと言う予感はあったんだが、お前まで薄々とではあっても思っていたとなると、この仮説に確信が持てるな」
 ヘンリーの言葉に、リュカが首をひねる。
「問題は、どうやって相手が魔物か、正体を暴く事ね……わたしだったら人間と魔物の区別は付くけど、相手が正体を明かしてくれないことには」
「そうだよなぁ」
 考え込むリュカとヘンリーに、デールが助け舟を出した。
「あの、僕に心当たりありますよ、そういう魔力を持った品……ラーの鏡と言うのをご存知ですか?」
「ラーの鏡? あのカジノで景品になってる綺麗な鏡か?」
 デールの言葉に、ヘンリーがボケた答えをする。デールは苦笑した。
「あれはレプリカですよ。本物は、真実の姿を映し出し、邪悪な変身魔術も解除できるという至宝。それがどうやらオラクルベリーの南の島にある、神の塔と呼ばれる塔に保管してあるそうなのです」
「なんだって?」
 ヘンリーが驚いた表情を見せた。
「そんなものがあるなら、大后の正体を暴くにはピッタリだ。でも、お前なんでそんな事知ってるんだ?」
 デールは苦い笑みを浮かべた。
「飾り物の王など暇なだけですからね。書庫の本を片端から読み漁っていたんです。その中に、ラーの鏡に関する伝承を記した本がありました。何代か前の王の日記です」
 そう言うと、デールはガウンのポケットから鍵を取り出した。
「その日記の中にもありますが、この城の地下には、塔の近くへ出る旅の扉があります。この鍵で、書庫と旅の扉を封印してある部屋へ入れるはずです。持って行ってください、兄上」
 ヘンリーはデールから鍵を受け取った。しげしげと眺め、溜息をつく。
「思い出したよ。子供の頃、どうしても入れない区画があったのを。今になってそこへ入るとはな」
 ヘンリーは鍵をポケットに仕舞い、デールに手を差し出した。
「それじゃ行ってくるよ、デール。城の事は頼んだ」
「承知しました、兄上!」
 デールは気迫のこもった声で返事をする。少年が王へと成長した、第一歩だった。
「よし、行くぞリュカ。鏡を手に入れて大后の正体を暴いてやる」
「うん!」
 リュカも頷き、二人は走り出した。また隠し階段から一階まで降り、地下室に入ると、書庫から古びた日記を持ち出し、旅の扉の部屋を開けた。
「これが旅の扉……」
 初めて見るそれに、リュカは感嘆の声を漏らす。一見渦巻く水面にも見える虹色の光が、井戸のような縦穴に満たされているのだ。
「えーと……本当に飛び込んでも大丈夫なんだよね?」
 ちょっと腰の引けたリュカに、ヘンリーは言った。
「行くしかないだろ。1、2、3で飛び込むからな。いくぞ。1、2、3!」
「え? きゃーっ!?」
 ヘンリーに手を引かれ、旅の扉に飛び込むリュカ。全身が光になったような感覚とともに、二人は遠く離れた南の島へと転送されていった。
(続く)


-あとがき-
 と言うことで、メイドリュカ祭り開始です。安直ですみません。でも王道は大事ですよね!
 この話のどこが王道だと言うツッコミは受け付けます。





[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第二十三話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/07 21:53
 一瞬にも永遠にも感じられる時を経て、全身を覆う異様な感覚が抜けた時、リュカは閉じていた目を開いた。
「ここは……」
 横ではヘンリーも目を覚ましていた。
「どうだ? 上手く行ったのか?」
 その言葉に、リュカは前方を指差した。
「上手く行ったみたい。ほら、あれ」
 リュカが指す先に、青灰色の石造りの塔が聳えているのが見えた。ヘンリーは持ち出してきた古い王の日記を開いた。
「この城の旅の扉より、南の地におもむく。南の地には、古き塔あり。真実の姿をうつしだす鏡がまつられていると聞く。しかし塔の扉は、我には開かれず。そのカギは修道僧が持てり。か……ビンゴのようだな」


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第二十三話 祈り続ける人


 南の地へ来た二人だったが、すぐには塔に向かわず、一度引き返した。日記の記述を見るに、塔の鍵は修道士が持っている。そして修道院と言えば、この辺りでは海辺の修道院のことで間違いないはずだ。
「結局、すぐに戻ってくる事になったね」
 リュカが言った。あれだけ盛大な見送りを受けて旅立ってから、まだ一週間ほどしか経っていない。
「まぁな。でも、一時的な話さ。すぐに引き返すつもりだからな」
 ヘンリーが言う。日が暮れる頃、二人は橋を渡ってオラクルベリー島に渡った。海に沈む夕日に照らされ、修道院と墓地の丘が真っ赤に染まっているのが見えてくると、二人は一瞬懐かしさに足を止め、そして再び歩き始めた。修道院の門までくると、賄いのテレズが花畑に水をやっているのが見えた。
「テレズおばさま!」
 リュカが呼びかけると、二人に気付いたテレズは目を見張り、まぁまぁ、と言いながら歩み寄ってきた。
「どうしたんだい、二人とも。就職でもしたのかい?」
 そういえば、とリュカとヘンリーは思った。二人ともまだメイドと兵士の格好である。
「これにはちょっと事情がありまして……それより、院長様はいらっしゃいますか?」
 リュカが聞くと、テレズはもちろん、と頷いた。
「あんたたちが出て行ってから、毎日院長様は二人の無事を祈ってらしたよ。会っておやり。きっと喜ぶよ」
「ええ」
 二人は頷いて修道院に足を踏み入れた。礼拝堂に入ると、シスター・アガサが聖母子像に祈りを捧げているのが見える。それが終わるのを見計らって、リュカは声をかけた。
「院長様」
 振り向いたシスター・アガサはテレズ同様驚きに目を見開き、そして笑顔を浮かべて聖壇から降りてきた。
「どうしたのですか? 二人とも……旅を諦めてしまったわけではないのでしょう?」
 やはり、格好が気になるらしい。
「これには事情がありまして。それより院長、ちょっとお聞きしたい事があります。シスター・マリアの事なのですが」
 ヘンリーが言うと、シスター・アガサは首を傾げた。
「シスター・マリアのことを? 直接本人に聞くのではダメなのですか?」
 不思議そうなシスター・アガサに、ヘンリーは核心を突く質問をした。
「シスター・マリアはここ十年以内……少なくとも八年前にはここにいた。違いますか?」
 シスター・アガサは頷いた。
「ええ、確かにシスター・マリアは九年前にこの修道院に入りました。でも、何故そんな事がわかるのですか?」
 未だ質問の意味がわからず、きょとんとしているシスター・アガサに、ヘンリーは頭を下げた。
「他人の事を根掘り葉掘り聞くのは、神の教えには反しているかもしれませんが、多くの人々の命と暮らしがかかっています。どうか、その辺を詳しく聞かせてください」
 シスター・アガサはしばらく考え、頷いた。
「いいでしょう。あなた達が意味もなくそんな質問をしてくるとは思えませんし。そうですね、あれは九年前のことでした。彼女がここに担ぎこまれてきたのは」
 シスター・マリアは背中をバッサリと斬られた状態で川を漂っていた所を、漁に出たオラクルベリーの漁民に拾われたのだと言う。まだ息があった事から、彼女はこの修道院に運び込まれ、シスター・アガサによって回復魔法をかけられた。
 魔法は間に合い、シスター・マリアは一命を取り留めたが、何故自分がそんな状態で川を漂っていたのか、そもそも自分は何処の何者なのか、という記憶を全て失っていた。
「マリアと言う名前も、本人が自分の名前を“マリ”としか覚えていなかったからです。私は身と心が癒えるまで彼女をここに置いてやり、その後ご家族や家を探すつもりでしたが……本人はそれらを何も覚えていませんでした。ただ、自分がとても罪深い事をした、と言う漠然とした記憶があるとかで、毎日神に祈りを捧げていました」
 そこで、シスター・アガサはマリアにシスターになる事を薦めた。神に仕え、より強く神のご加護を受け取る事で、失われている記憶が取り戻せるかもしれない、と考えての事である。
「シスター・マリアの信仰は、とても真面目で敬虔なものでした。どんな罪を犯したのか、それすら記憶にないと言うのに、毎日のように懺悔をし、誰ともわからない相手に詫び続け、その人への加護を願い続けていました。傍から見ていて、痛々しいほどでしたよ」
 リュカとヘンリーは、そのシスター・アガサの回想を黙って聞いていた。もし、シスター・マリアが本物のマリエル大后なら、自分たちを不幸のどん底に叩き落した張本人として、憎んでも良いはずだ。しかし、こんな話を聞いた後では……
「ですが、未だにシスター・マリアの過去の記憶は戻りません。ひょっとしたら、それこそ記憶を失わせた事自体が、神の思し召しなのかもしれない。私はそうとさえ思っています」
 シスター・アガサはそこまで語り終えた所で、リュカとヘンリーの顔を真剣な表情で見つめた。
「どうやら、あなた達はシスター・マリアの過去に関わる、何らかの情報を持ってきたのでしょうね。違いますか?」
 そう問いかけてくるシスター・アガサに、ヘンリーは頷いた。
「ご賢察です。確かに情報は持っています。それと今の話を照らし合わせ、おそらくはシスター・マリアがオレの知っている人物だろうと言う確信も持ちました」
 ヘンリーは言った。
「ですがまぁ、それは本題ではありません。シスター・マリアがオレの知っている人物だとしたら、その名を騙り、多くの人々を苦しめている邪悪の正体を暴き、倒さねばなりません。そのために必要なものが、南の島にある塔に隠されています」
 シスター・アガサは頷いた。
「ラーの鏡の事ですね?」
「はい。どうか、塔の鍵を我々にお貸しください」
 シスター・アガサは頷くと、少し待っていなさい、と言って席を立った。リュカはヘンリーを見て言った。
「ヘンリー、やっぱり……シスター・マリアって」
「ああ。間違いなく……」
 その時、件の人の声がした。
「私が、どうかしましたか?」
 ひゃ、とリュカは変な声を漏らし、ヘンリーは慌てて振り向いた。
「し、シスター・マリア……」
 そう、そこに立っていたのはシスター・マリアだった。続いてシスター・アガサが戻ってきて、ヘンリーに言った。
「鍵はお貸ししましょう。ヘンリーさん。このシスター・マリアを連れて行ってください」
「え?」
 意味のわからない事を言い出すシスター・アガサに、ヘンリーは戸惑った声を上げる。それを後目に、シスター・アガサはシスター・マリアに尋ねた。
「南の塔の伝承は、教えた事がありますね?」
「あ、はい。神の力で封じられた塔の扉は、神に仕える清らかな乙女の祈りでしか開かない……でしたね」
 シスター・マリアは答え、まさかと言う表情になった。
「院長様、まさか私に、その扉を開け、と?」
 シスター・アガサは頷いた。
「ええ。リュカとヘンリーが塔の中に入らなければ、旅の目的を達成できないと……そこで、あなたにお願いしたいのです」
「そ、そんな……無理です!」
 シスター・マリアは首を横に振った。
「私のような罪深い女が、清らかな乙女などと……そのような者が祈りを捧げては、神もお怒りになるでしょう。私以外の誰かをお遣わしください」
 しかし、そのシスター・マリアの訴えを、シスター・アガサは退けた。
「この九年間、あなたがどんなに神に真剣に向かい合い、己の罪に立ち向かってきたか、私は良く知っています。清らかな乙女とは、ただ純潔であればいい、と言うようなものではなく、真摯な魂の持ち主を示している、と私は思っています。ですから……あなたが適任なのですよ、シスター・マリア。どうか、二人の旅を手伝ってあげてください。それに……」
「それに?」
 聞き返すシスター・マリアに、シスター・アガサは答えた。
「この旅は、きっとあなたにとっても大事な事だと思います」
 シスター・マリアは目を閉じ、しばらく考え込んでいたが、決心が決まったのか、リュカとヘンリーのほうに振り向いた。
「わかりました。私でよければ……足手纏いにはならないようにしますので」
 リュカとヘンリーは頷いた。
「お願いしますね、シスター・マリア」
「よろしく頼む」
 話がまとまった所で、シスター・アガサが言った。
「今日はもう遅いですから、明日の朝出発なさい。きっとテレズが何時もより気合を入れて料理を用意しているでしょうから」

 その夜、リュカはフローラと一緒の部屋で寝る事になったが、そこでフローラから意外な話を聞かされた。
「え、フローラ、家に帰るの?」
 フローラは頷いた。
「ええ……私もまだ勉強半ばだとは思うんですが、ラインハットの情勢が良くなくて、戦争になるかもしれないから、今のうちに帰ってくるように、ってお父様が……」
「そっか……」
 リュカはフローラの事をうらやましいと思った。彼女には帰る家も、迎えてくれる父も、両方あるのだ。すると、その気持ちを悟ったのか、フローラは自分の口を手で押さえた。
「ごめんなさい、リュカ……私、無神経でした」
 リュカに親も故郷もない事は、フローラも知っている。しかし、リュカは笑って手を振った。
「良いよ、フローラ。それより、フローラのお父さんと故郷の話、聞かせてくれないかな」
「良いですよ。私の家はサラボナと言う街にあって……」
 フローラも明るい表情を取り戻し、話を続ける。次第に夜は更けていき、リュカとフローラはある約束を交わした。
「じゃあ、リュカの幼馴染みのビアンカさんが、やっぱり西の大陸にいらっしゃるんですか?」
「うん。もし会ったら、わたしは無事で元気だよって、教えてくれる?」
 リュカはビアンカとの再会の可能性を、フローラに託したのだった。
「わかりました。その代わり、もしサラボナに来る機会があったら、私の家を訪ねて来てくださいね。リュカの旅の話、ぜひ聞きたいです」
 そんなお願いをするフローラに、リュカは快諾し、互いに再会を約束しあった。
(続く)


-あとがき-
 引き続き、メイドリュカ祭り開催中。
 次回はみんな大好きあの人(?)登場の巻です。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第二十四話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/08 21:31
 翌朝、シスター・アガサ、テレズ、フローラに見送られ、リュカとヘンリーにシスター・マリアを含めた三人は、南の島に向けて出発した。
「元々、ラーの鏡は神様が持っていた秘宝だそうです」
 道々、シスター・マリアは修道院に伝わる伝承を語った。
「かつて、魔王が世界を支配せんとした時、勇者たちは何度魔王に戦いを挑んでも、あやかしの術のために魔王を倒すことが出来なかったとか。そこで、勇者たちはラーの鏡を手に入れ、あやかしの術を破り魔王を打ち倒したと伝えられています」
「それって、天空の勇者ですか?」
 リュカが勇者と言う言葉に反応して尋ねた。しかし、シスター・マリアは首を横に振った。
「いいえ。天空の勇者と導かれし者たちの伝説よりも、さらにずっと古い時代の話だと聞いています」
「そうですか……」
 リュカは残念に思った。いくらかなりと天空の勇者に関わり合いそうな情報が欲しかったのだが。
 そんな会話も、南の島に渡り、塔が見えてきた頃には止まっていた。特にシスター・マリアは傍から見てもガチガチなのがわかるほど緊張している。
(まぁ……無理も無いか)
 リュカは思ったが、彼女にはどうしてやる事もできない。そのまま歩き続け、旅の扉がある祠を過ぎて、いよいよ塔まであと少し、と言う所まで来た時、それは現れた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第二十四話 聖地の守護者


 突然、道の脇の茂みがガサガサと音を立てた。ヘンリーが咄嗟に剣を抜き、シスター・マリアを庇うように前に出る。リュカもまとめて持っていたチェーンクロスをじゃらりと地面に垂らし、戦闘準備をしたところで、茂みを割って一騎のスライムナイトが出てきた。
 スライムナイトはブラウニーと同じような小人型の妖精で、普通のスライムより二回り以上大きく緑色をしている、騎乗用に品種改良されたスライムを放牧して暮らす種族だ。身体は小さいが俊敏で剣術に優れ、魔法もかなり使いこなせるという手強い連中である。そのスライムナイトは剣を抜き、ビシッと擬音がしそうなキビキビした動作で剣を抜いて、三人に突きつけた。
「我が名はピエール。これより先は神の聖地なれば、通る事罷りならぬ。引き返すが良い」
 驚いた事に、ピエールと名乗ったスライムナイトはそう堂々と渋い声で宣言した。リュカはピエールからはほとんど邪気が伝わってこない事に気づいて驚いた。そんな魔物が普通にいるものなのか……
 とは言え、ここで引き返す事はできない。ヘンリーは剣を構えてピエールに突きつけた。
「引き返せという頼みは聞けない。お前を倒してでも押し通る」
 ほう、とピエールは頭全体を覆う兜の下で溜息にも似た感嘆の声を漏らした。
「ならばそれがしのする事は一つ、お主らを討つ!」
 ピエールは脚を微妙に動かし、乗騎のスライムに合図を送る。それに応じ、スライムは予想外の速度で跳ねた。
「くっ!」
 ヘンリーはその一撃を捌き、逆に斬りかかるが、ピエールは巧みにスライムをバックステップさせて、その一撃に空を切らせた。
「やるな!」
「お主こそ!」
 ヘンリーとピエールはお互いの技量を讃えつつ、再び向かい合うと、剣を交えた。ヘンリーのほうがリーチとパワーで勝っているが、剣の技量の方はピエールが上らしい。ヘンリーの方が押され気味だった。
「埒が明かないか……リュカ!」
 十数合斬りあった所で、ヘンリーは合図しつつ、後ろに飛びのいてピエールとの間合いを開けた。同時にリュカが手を天に掲げる。
「わかってる! バギっ!!」
 真空の刃を含む竜巻がピエールに迫る。が、ピエールも歴戦の強者であり、慌てることなく対処した。
「イオ!」
 爆発呪文を唱え、爆風でバギをかき消した。激しい土煙が上がり、しばし辺りの視界を覆い隠す。
「なんだと!?」
 バギを食らったピエールに止めを刺す、と言う作戦を崩され、土煙で目潰しを食らったヘンリーの胴に、激しい衝撃が走った。ピエールの一撃を食らったのだ。もんどりうって転がったヘンリーの喉元に、ピエールが剣を突きつける。
「終わりだな」
「くっ!」
 冷たい声で最期を告げるピエールに歯噛みしたヘンリーだったが、次の瞬間、ピエールは盾で防護の姿勢をとった。が、驚いた事にピエールは防御の姿勢ごと吹き飛ばされた。リュカの振るったチェーンクロスが、彼女の細腕からは信じられないほどの威力を持ってピエールを襲ったのである。会心の一撃だった。
「ヘンリー! 大丈夫!?」
 叫ぶリュカの表情は、泣きそうながらも絶対にヘンリーを守る、と言う意思に溢れていた。
「ああ、済まない! 大丈夫だ!!」
 起き上がったヘンリーだったが、その時にはピエールも起き上がっていた。自分にホイミをかけてダメージを相殺したらしい。
「ち、しぶといな……」
 舌打ちしたヘンリーだったが、次の瞬間、ピエールが飛ばしたホイミが、彼の傷を癒していた。
「なに? どういうつもりだ、お前」
 意外な展開に戸惑うヘンリーに、ピエールは腰に剣を収めて答えた。
「仲間の為にそれほどまでに必死になれる者は、悪人ではあるまい。それがしの負けだ」
 そして、ピエールはさらに意外な行動に出た。リュカの前に跪き、騎士としての礼を取ったのである。
「それがしの一族は、この聖地の番人をして幾百年。もし、聖地の宝を手にする資格のある者が現れたら、その方に剣を捧げようと思っておりました。リュカ様と仰いましたな。どうか、それがしを臣下の端くれにでもお加えくだされ」
「ええっ!?」
 リュカは驚いた。しかし、ピエールは真剣な様子である。考えた末に、リュカは答えた。
「わたしはそんな偉い身分じゃないから、臣下とかはいらないわ」
「なんですと!?」
 断られるとは思っていなかったのか、驚愕の叫びを発するピエール。しかし、リュカの言葉には続きがあった。
「だから、友達とか仲間なら……いいよ」
 それを聞いて、ピエールは一瞬固まり、それからがばと地に伏した。
「何ともったいないお言葉……! このピエール、リュカ様に永遠の忠誠を誓いまする」
 それを聞いて、ヘンリーは呆れたように言った。
「根本的にリュカの言葉の意味が判ってないようだが……」
 すると、ピエールは怒りの気配を発しながら剣を抜いた。
「何だと? 貴様こそ軟弱者の分際で、リュカ様を呼び捨てにするとは何たる無礼。手討ちにしてくれる」
「なにぃ? もう一度やるかこの野郎」
 睨みあうヘンリーとピエール。そこへ、リュカが割って入った。
「二人とも、ケンカしちゃダメ!」
 リュカの叱責に、思わず直立不動のヘンリーとピエール。
「あ、ああ」
「申し訳ございませぬ」
 そこで、リュカは微笑んだ。
「じゃあ、仲直りの握手ね?」
「「え」」
 ヘンリーとピエールの戸惑いの声がユニゾンした。かなり不本意ではある……が、リュカには逆らえない。渋々二人は握手した。その様子を見ていたシスター・マリアが微笑みながら言った。
「リュカさんは凄い人ですね。人にも魔物にも平等に接する事ができるなんて……あなたのような方を、聖母のような、と言うのかもしれません。私も……あの子を……」
「え?」
 シスター・マリアの言葉に、リュカとヘンリーが反応する。一瞬、シスター・マリアの記憶が蘇ったかに見えたのだ。しかし。
「……う」
 シスター・マリアは言葉を続ける事ができず、頭を押さえ、苦痛の表情を見せた。よろける所を、ヘンリーが支える。
「大丈夫か? シスター・マリア」
「……ええ、大丈夫です。ちょっと頭が痛くなっただけで……」
 口では大丈夫と言うものの、まだ少し顔が青い。リュカとヘンリーは、自分たちも戦いの疲れがあることだし、と少し休憩する事にした。そこらの岩に腰掛け、テレズが持たせてくれた弁当を食べながら、塔を見上げる。上部は二つの塔に分かれ、最上階同士を結ぶ橋がかかっているように見える、複雑な構造の建物だ。
「言い伝えでは、中には神への信仰を試されるような試練が幾つか用意されているそうですな」
 ピエールが言った。
「その第一歩が、入り口の扉って事か」
 ヘンリーが言う。すると、シスター・マリアが顔を上げて言った。
「そうですね……必ず、必ず皆さんの為に入り口を開いて見せます。それが、私の贖罪なのですから」
 リュカとヘンリーは顔を見合わせる。シスター・マリアの罪とは何なのだろう。もし彼女がマリエルなら、やはりヘンリーを攫わせた事の罪なのだろうか?

 わからぬまま、ピエールを加えて四人となった一行は、塔の前まで歩いてきた。遠目にはわからなかったが、確かにこの塔、神の至宝を収めるのに相応しい外見ではあった。青灰色の岩で出来た壁面は繊細な彫刻で彩られ、塔自体が一つの芸術品と言えた。
「こりゃ見事なもんだな……」
 ヘンリーが思わず呆けたような口調で言う。しばらく塔に見とれていた一行だったが、すぐに目的を思い出した。何時までも見物しているわけには行かない。
「でも……扉はどこ?」
 リュカは言った。そう、ぐるっと周りを一周してみても、扉らしきものがどこにも見当たらないのである。
「さすがは神様が試練のために作った塔だ。一筋縄じゃいかないってことか」
 感心したような、呆れたような口調で言うヘンリー。その時、シスター・マリアが進み出た。
「……本当に、私の祈りは神に通じるのでしょうか」
 シスター・マリアはそう言ったが、覚悟を決めたようにその場に跪き、両手を合わせた。リュカとヘンリー、ピエールは少し離れてその様子を見守った。
(神よ……私は許しを求めてあなたに祈ってきました。ですが、今は違う事を祈りましょう。自分の道を行く二人の若者のために、どうか道をお示しください)
 シスター・マリアがそう念じた時だった。
「……!」
 全員が息を呑んだ。シスター・マリアが祈る正面の壁が光を放ち、それが消えた後に、重厚な黒檀の扉が出現したのである。
「扉が……出た」
 ヘンリーがポツリと言い、シスター・マリアは目を開いて、そこに映った光景に、思わず涙を流していた。
「神よ……感謝いたします」
 その横にリュカは立った。ひょっとしたら、シスター・マリアは憎むべき相手なのかもしれない。でも、今は彼女の思いが神に通じたことを、共に喜びたい気分だった。
「良かったですね、シスター・マリア」
 声をかけられたシスター・マリアは、まだ涙の浮かんだ目で、それでも笑顔を見せて、はいと答えた。
「よし、行くか……」
 武器を構え直し、ヘンリーが先頭を切る。一行は出現した扉を開け、塔の中に踏み込んでいった。


-あとがき-
 頼りになる男、ピエールさん登場の巻。メイドリュカ祭りは依然継続中です。
 今回のリュカは久しぶりに主人公っぽかったかも。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第二十五話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/09 21:58
 シスター・マリアの祈りによって出現した扉を潜り、一行は塔の中に入った。まずいきなり目に付いたのは、広大な美しい中庭だった。中央に噴水があり、その周りを花畑が取り囲んでおり、日の光が燦々と射し込んで、噴水の水しぶきを煌かせていた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第二十五話 真実の鏡


「中は吹き抜けだったのか……しかし見事なもんだな」
 ヘンリーが言う。どうやら、塔の大まかな構造は、小さな塔を四つ、正方形になるように並べ、外壁を兼ねた回廊で繋いだようになっているらしい。中庭側の壁にも、彫刻や壁画が無数に飾られており、天空の剣を構えた少年と、彼に従う仲間たちが、見るからに醜悪な怪物と戦っているモチーフのものが多い。どうやら、天空の勇者と導かれし者たちの事績を描いた年代記のようだ。
 リュカたちは中庭に入り、年代記を見て行った。次第に視線が上を向き、頭上には外からも見えた、最上階の橋が頭上を渡っているのが見えた。しかし……
「あの橋、途切れてるよね……?」
 リュカが言った。橋は中央付近で、そこだけ切り落としたように綺麗に途切れていた。

 年代記には文字による情報はなく、天空の装備がどんな形状をしているのかがわかっただけだった。リュカたちは中庭を離れ、塔を登って行った。驚いた事に神の至宝にまつわる神聖な建物であるにもかかわらず、中には数多くの魔物が生息しており、リュカたちはかなりの頻度で戦闘を強いられた。
 もっとも、全てが無駄な戦いだったわけではない。リュカに邪気を払われたホイミスライムが一匹、仲間に加わったのである。
「よし、じゃあ今日からあなたの名前はホイミンよ。よろしくね、ホイミン」
 ホイミンと名付けられたホイミスライムは、嬉しそうにふよふよ漂いながら触手を振り回して踊る。それを見ながら、ヘンリーは額に手を当てた。
「リュカは、力は凄いけどネーミングセンスはアレだよな……」
 もし、彼女に将来子供が出来たら、男の子ならムスコス、女の子ならムスメスとか名付けかねないとヘンリーは心配した。名前はちゃんとオレが考えてやらねばなるまい。
(……ん? オレがリュカの子供に名前をつけるのか? ちょっと待てオレ。何を考えている)
 首を振って、頭に浮かんだとんでもない考えを振り払うヘンリー。それをピエールが不審そうな目で見ていた。
 ともかく、回復魔法に長けたホイミンの加入もあって、リュカたちは特に大きな傷を残す事もなく、塔の中を進んでいった。幾つか宝箱を見つけたりもしたが、本命の探し物が見つからない事に、次第に焦りの色が濃くなり始める。
 本命――ラーの鏡ではない。ラーの鏡が納められている区画は見当がつくが、そこへの道……例の途切れた橋をどうにかする仕掛けが、どうしても見つからないのだ。どこかにスイッチがあって、それを操作することで橋を開通させると踏んでいたのだが……
「どうしても見つからないか……どうやってここを通るのかな?」
 リュカは途切れた橋の上で考え込んでいた。その時、ホイミンがふわふわと漂ってきて、ボクをボクを、と言いたげに自分を指差した。触手で指差しと言う表現は、正しいのかどうか不明だが。
「そっか、ホイミンは飛べるんだったね。ちょっと待ってて」
 リュカは荷物の中からロープを取り出し、ホイミンにその端を渡した。
「それじゃあ、お願い、ホイミン」
 ホイミンは頷いて、橋の途切れた部分にふわふわと飛んでいく。が、真ん中部分に差し掛かった瞬間。
「!?」
 バチッという音が響き渡り、ホイミンは空中で見えない壁に激突したように動きを止めると、気を失ったのか下に落ちていった。
「ホイミンーっ!?」
 慌ててロープを手繰り寄せるリュカ。幸いホイミンは生きていて、まだロープを握っていたので助かったが、身体のあちこちが電撃を受けたように黒く焦げていた。
「どうやら、バリアーか何かがあるらしいな」
 リュカがホイミンにホイミをかけている間に、ヘンリーは腕組みをして考え込んだ。橋の仕掛けが見つからないだけでなく、バリアまであるとなると、鏡を納めた区画は難攻不落だ。どうすべきか、と思った時、動いた人物がいた。
 シスター・マリアだった。彼女は橋の途切れた部分ギリギリまで歩いていく。リュカとヘンリーは慌てて後を追った。
「シスター・マリア、一体何を?」
 リュカに聞かれ、シスター・マリアは振り向いた。
「この塔に関する伝承の中に、こういう言葉がありました。目に見えなくとも、尊いものがある。形がなくとも、素晴らしい物がある。決して目に見えるものだけが真実ではないと」
 その言葉を聞いて、ヘンリーは背筋が寒くなった。
「まさか、シスター・マリア?」
 シスター・マリアは視線を橋の途切れた部分に戻した。
「この橋こそ、見えないものを尊いとした神の試練なのでしょう。それならば、きっと信じるものには道が開かれるはずです」
 そう言って、シスター・マリアは躊躇うことなく、足を一歩前に踏み出した。
「!」
 ヘンリーは息を呑み、リュカは思わず目を手で覆った。そして、次の瞬間、目を疑った。
 何もないはずの虚空に踏み出したシスター・マリアの足が、しっかり床を踏みしめている。何時の間にか、橋は繋がっていた。
 一体どんな仕組みなのか……幻覚の類なのかもしれないが……リュカもヘンリーもそうは思わなかった。確かにこの塔には神の大いなる御業があるのだと、そう信じるしかない光景だった。
「神よ、罪深き私を受け入れていただき、感謝いたします」
 シスター・マリアは立ち止まって祈りを捧げると、先に進んでいく。リュカとヘンリーも後を追い、橋の向こうにある区画に入った。
「あれが……」
「ラーの鏡……」
 リュカとヘンリーはその部屋の中の聖壇に安置されたものを見て、思わず声を漏らしていた。その鏡は見事なまでの美しさを持っていた。その名を冠する太陽神ラーを象徴する、太陽の光のような放射状の模様が周囲の縁取り部分に刻まれ、中心部は一点の曇りも歪みもない、完璧な平面を構成している。カジノのレプリカなどとはまるで次元の違う存在だった。
 リュカとヘンリー、シスター・マリアは聖壇に近寄り、恐る恐る、といった感じで鏡を見た。一瞬、鏡の表面に自分たちの姿が映ったと思った瞬間、鏡の表面から眩しい光が放たれた。
「えっ!?」
「なんだ!?」
「きゃあっ!?」
 光の中に、三人の悲鳴がかき消されていった。

 嫁ぐ時、最初に感じたのは不安だった。王が求めているのは、私自身ではなく、私が結婚に当たって持たされる持参金。ただそれだけではないのかと。もちろん、大国ラインハットの王室と私の家が婚姻で結びつく事は、私の両親にとっても商売をするうえで大きなメリットがある、と言うことは理解していたし、大貴族や大商人の娘には、恋愛結婚などまずする自由はないのだと、理性ではわかっていた。
 しかし、私の心配は結果から言えば杞憂だった。ラインハット王、エドワード陛下は、本当に心優しい方で、不安に震える私を優しく包み込んでくれた。この時、私は愛を……恋を通り越して愛を、陛下に抱いた。
 陛下が先のお后様との間にもうけられたヘンリー殿下も、とてもかわいらしく明るい子だった。二人のお陰で、私は王室に嫁ぐ事への不安を乗り越えられたと思う。
 幸せな日々の中、私は陛下との間に子を授かった。その子はデールと名付けられた。二番目の王子だが、私はヘンリーを次の王に、と言う陛下のお気持ちを察していたし、それを妨げるつもりなどなかった。デールがヘンリーを良く補佐し、兄弟二人で国を栄えさせて行ってくれれば良いと。
 陛下もデールの将来について考えてくださっていたようで、ある日こんな事を言われた。
「いずれデールが成人した暁には、デールをレヌール大公として封じ、この国の西半分を与えようと思う。レヌール城は歴史ある美しい城だそうだ。今は誰もいないが、修理してかつての美しさを取り戻せば、デールに相応しいよき居城となろう」
 私は嬉しかった。陛下がデールの事をしっかり考えてくださっていると。
 だが、私はその夜から不思議な悪夢にうなされるようになった。
 成人したデールが大勢の家来を連れ、レヌールに入城する。しかし、そこは廃墟のままで、驚いたデールを、突然家来たちが襲い、殺してしまう……いや、それは家来に化けた魔物たちなのだ。
 私は悲鳴を上げて飛び起き、傍で幼いデールが眠っているのを確認して、安堵の息をつくとともに、恐怖で震えた。あまりにも恐ろしい夢……それが一回だけなら、気のせいと笑い飛ばせたかもしれない。しかし、悪夢は毎夜のように続いた。
 
 ただの夢、ただの夢だと自分に言い聞かせても、毎晩繰り返され、細部まで鮮明になっていく悪夢は、次第に私の心を狂わせて行った。毎朝、自分の傍にデールがいる事を確認し、何時も傍にデールを置かなければ安心できなくなって行った。一人放り出されたヘンリーがどう思っているか、などとは考えもしなかった。
 それどころか、私の保護を失い、孤立し、イタズラで自分や陛下の気を引こうとするヘンリーを、私は愚かな子供であり、デールに及ばない器なのだと決め付けるようになってさえいた。
 そして、その頃から、夢の内容は少しずつ変化していった。大筋では変わらない。デールがレヌールへ赴き、殺される。デールを殺すのは最初の頃は魔物だったが、この頃になると、デールを殺すのは人間だった。ヘンリーであったり、陛下であったり、ロペス大臣であったり、パパスと言う見知らぬ剣士だったりした。
 それでもまだ、私は陛下への愛を失ったわけではなく、夢と現実の区別もまだ付いていた。そこで、悪夢の内容を相談するために、ある高名な夢占い師と言う触れ込みの男を呼び寄せた。それが、デズモンとの出会いだった。
 デズモンは夢の内容を聞き、それは夢魔の仕業だろうと言って、何やら虹色に輝く薬を手渡してきた。
「これは秘宝、夢見のしずく。これさえ飲めば、悪夢をもたらす夢魔はたちどころに退散しましょう」
 私はそれを飲み……驚いた事に、その夜は夢を見なかったのだ! 私はデズモンを賞賛し、望みの褒美を取らせようと言った。それを聞いて、デズモンは王室付きの占い師の地位を求めた。
 私はそれを快諾し、陛下にデズモンの登用をお願いした。最初渋った陛下も、私の繰り返しの嘆願に折れ、デズモンを宮廷占い師に任命した。
 その直後から、私は再び悪夢に悩まされ始めた。デズモンに相談すると、彼は夢見のしずくをまた与えてくれた。効用はあらたかで、私はまた悪夢から解放され……代わりに違う夢を見始めた。
 それは、デールが皇帝になっている夢。ラインハットの王ではなく、世界の全てを支配する皇帝に。だが、薬の効果が切れると、再びデールが殺される悪夢が私を待っていた。
 私はもはや、デズモンのくれる薬なしには……悪夢からの解放と、皇帝の夢の魅力無しには、一時も暮らせなくなっていた。夢と現実の境が曖昧になっていた。もはやヘンリーを含め、夢の中でデールを殺す者全てが私の敵だった。夢に出てこない者しか信用できなくなっていた。
 だから、ある日……デズモンが言った言葉に、私は迷わず頷いていた。ヘンリーを追放し、デールを立太子するという恐るべき策謀に……なぜ、占い師のデズモンがそんな事を言い出したのか、考えもせずに。

 ヘンリーが拉致され、失踪したと聞いた時、私の心には安堵しかなかった。これでもう、デールは殺される事はないのだと思った。だが……私の悪夢の中で、デールを殺していたのはヘンリーだけではなかった。大臣ロペスに、兵士長、パパス。それに……それに……
「迷う事はありませんよ、マリエル王妃」
 私を呼び出して、デズモンは言った。
「あなたの大事なデールを害そうとする者たちは、みんな殺せばいいのです。一言言えば良いのですよ。あれを殺せ、と。そのための準備は既に整っています」
 ああ、その通り。その通りです。でも……ああ、なんて恐ろしい……!」
 それだけは言えなかった。その人だけは。
 陛下を殺せとは、それだけは言えなかった。
 逡巡する私を見ながら、デズモンはちっと舌打ちした。
「そろそろ潮時か」
「……デズモン?」
 私は顔を上げた。そこにいたデズモンは……
 見たこともないような、邪悪な笑顔を浮かべていた。私は思わず悲鳴を上げ、後ずさりした。
「お前を傀儡とし、この国を支配するつもりだったが……思いもかけず苦労させてくれた。もはや夢見のしずくも残り少ない。言うとおりに踊らぬ人形など、パペットマンにも劣る」
「で、デズモン……お前は……お前は! お前が、私を!!」
 私は悟った。私に悪夢を見せていたのは……
「そうだ、オレがお前に夢を見せていたのだ。今頃気付いたか」
 デズモンは嘲笑し、腰の剣を抜いた。銀色に光る死の刃。私は踵を返し、部屋から脱出しようとして……それよりも早く、デズモンの剣が私の背中を断ち割った。
「が……」
 自分の身体から噴き出した血だまりに沈んだ私を、デズモンは冷たく見下ろしていた。そして指を鳴らすと、魔物が二匹。彼の横に現れた。
「お前はこの死体を始末して来い。お前は、こいつの身代わりになれ」
 醜悪な魔物が、呪文を唱えて私の姿に変わる。そして、もう一匹は私の身体を掴み上げ、窓から夜空に飛び出した。草原を、森を、一飛びに越えていき……魔物は私を川の中に放り込んだ。

 気がつくと、鏡の発する光は消えていた。
「今のは……いったい?」
 白昼夢のような体験に、リュカは呆然と呟いた。その時、シスター・マリアが立ち上がった。
「これは……確かに真実を見せる神器なのですね。私の真実をも映し出してくれました」
 彼女は涙を流しながら振り向いた。
「じゃあ、やっぱりあんたは……」
 ヘンリーが搾り出すような声で言うと、シスター・マリアは頷いた。
「ええ。全てを思い出しました。私はシスター・マリアではありません。魔族に操られ、大罪を犯した愚かな女、マリエルです」
 そう言うと、シスター・マリア……いや、マリエルは鏡を抱いてその場に膝を突いた。
「ヘンリー、それにパパスの娘リュカ……本当に、本当にごめんなさい……! 私は、私は罪も無いあなたたちから大事な人を奪い、十年もの間塗炭の苦しみを味あわせてしまった……!!」
 号泣するマリエルの目から、涙がボロボロとこぼれてラーの鏡に滴り落ちる。リュカとヘンリーはじっとその姿を見ていた。
(続く)


-あとがき-
 大后の扱いって原作で納得行かないことの一つだったりします。あの人は徹底的に悪役にするか、反省するのでも物凄く苦しみ抜くか、どっちかのほうが良いなぁと。
 今回は後者なわけですが、ちょっと反応が怖い……




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第二十六話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/10 20:57
 記憶を取り戻し、自分の罪に震えるマリエル。その姿をしばし見ていたリュカは、優しい声で言った。
「……立ってください、マリエルさん」
「え?」
 まだ涙を流しつつも、マリエルは顔を上げた。
「わたしたちも苦しみましたが、あなたも負けないくらい苦しみました。だから……それでおあいこです」
 リュカは微笑んで手を差し出した。続いてヘンリーも手を差し伸べる。
「ああ。あんたも……被害者みたいなもんじゃないか。憎むべきは魔族。とりわけデズモンの野郎だ」
 マリエルは首を横に振った。
「例え操られていたと言っても、やはり私の心に隙があって、あなたを除きたいと……そう思っていたからなのですよ? 私を……私を殺して罰を与えようとは思わないのですか?」
 マリエルはそう言った。死をもって贖罪したい。そう願うように。しかし、ヘンリーは剣に手をかけようともせず、こう答えた。
「オレに……二度も母親を失えと言うのですか、義母上」
 それを聞いて、マリエルははっとしたような顔になり、そして再びボロボロと涙を流し始めた。
「さぁ、行きましょう。その鏡で奸物どもの正体を暴き、国を元に戻すために」
 再度、ヘンリーは手を差し伸べる。リュカもまた。
「デール殿下も、本当のお母様のお帰りをお待ちですよ」
 マリエルは頷き、二人の手を取って立ち上がった。 
 

ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第二十六話 ラインハットの解放


 三人が塔を出て、旅の扉の祠まで来た時、思いもかけない人物がそこに立っているのに、ヘンリーが気がついた。川の関所にいた、ヘンリーの幼馴染みの兵士、トムだった。
「ヘンリー殿下! お待ちしておりました!!」
「あれ? トム、トムじゃないか。お前、関所の番じゃなかったのか?」
 声をかけたヘンリーは、トムの顔に浮かぶ切迫した気配を感じ、声を潜めた。
「オレたちがここにいるのを知っているのは、デールだけだ……あいつに何かあったのか?」
 トムは頷いた。
「はい。デール陛下は逮捕され、死刑を宣告されました」
 その言葉を聞いて、顔を蒼白にしたマリエルがふらふらと倒れこみそうになり、慌ててリュカとピエールが身体を支えた。一方ヘンリーはなんだと、と叫び、トムの肩を掴んだ。
「どう言う事だ、トム! 何があった!?」
「お、落ち着いてください、殿下」
 がっくんがっくんと身体を揺さぶられ、トムが目を回しそうになる。どうにかヘンリーに手を離してもらい、トムは説明を続けた。
「要するに、大后とデズモン大臣が組んでクーデターを起こしたんです。元々、大后・大臣系の派閥が圧倒的に多数派ですから、クーデターを鎮圧する事もできず……私は王よりここにヘンリー殿下がいると聞かされ、この事を伝えるように、と」
「そうか……しくじった。奴ら、オレ達とデールの話を聞いてやがったな」
 ヘンリーはぎりっと唇を噛んだ。そして。
「トム、今の大后は偽者だ。大臣のデズモンともども、魔物が人に化けて城に入り込んでいるんだ」
「なんと……!?」
 トムは驚愕の表情を見せたが、嘘だとは言わなかった。やはり長くラインハットに仕えているだけに、二人がどこか異様だと気付いてはいたのだろう。そこでヘンリーはニヤリと笑って見せた。
「安心しろ。奴らの化けの皮をひっぺがす手段はあるんだ。急ぎ城へ戻ろう」
「承知しました!」
 トムも頷く。ヘンリーの言う事ならと、万全の信頼を置いているのだろう。
「よし、リュカ、行こう。トムは義母上を修道院まで送って行ってくれ」
「義母上……まさか、このシスターが本物の大后さま……!?」
 驚くトムに、マリエルが頭を下げた。
「よろしくお願いします、トム殿……どうかお気遣い無く。今の私はただのマリエルです」
「い、いえ、こちらこそ!」
 硬くなっているトムを苦笑で見ながら、リュカはピエールとホイミンに言った。
「これから決戦よ。よろしくお願いね、ピエール、ホイミン」
「は、お任せください」
 ピエールが力強く胸をたたき、ホイミンも触手をくるくると回して了解のサインをする。そして一行が旅の扉に入る前、マリエルがヘンリーを呼び止めた。
「ちょっと待ってください、ヘンリー。これを受け取ってくれますか?」
 そう言うと、マリエルは首から提げていたペンダントを外し、ヘンリーに手渡した。
「義母上、これは?」
 ヘンリーは受け取ったペンダントを顔の前にかざして見た。青い宝石のようなものが嵌まっている。
「それは、命の石と言う不思議な宝玉の欠片です。嫁ぐ私に両親が送ってくれたものですが、九年前、デズモンに斬られた時、その石が砕け散って身代わりになってくれたお陰で、致命傷にならず助かったのです。私にはもう何も出来ませんが、せめてお守り代わりと思ってそれを……」
 マリエルの説明に、ヘンリーはもう一度ペンダントを見た後、それを首にかけた。
「心づくしをありがとうございます、義母上」
 ヘンリーは頭を下げ、再び顔を上げたときには、死地に赴く戦士の厳しい表情になっていた。

 ラインハット城門前の広場では、兵士たちに強制的に集められた人々が、不安そうな表情でたたずんでいた。と言うのも、広場には断頭台が据えられ、哀れな犠牲者の血を吸うのを待ち構えていたのである。
 一体、どれだけの人が殺されるのか? この先もこんな地獄のような日々は続くのか? 暗い表情の人々であったが、囚人が引っ立てられてくると、彼らは驚愕の表情を見せた。それは現在の王、デールだったからである。
 デールは上半身を縛り上げられ、兵士たちに小突かれながら歩いていた。彼らの表情に、王に対する敬意などこれっぽっちも無い。
(ボクはこの程度の存在か……兄上くらい行動力があれば、運命は変わったのかもしれないな)
 飾り物の地位を嘆きはしても、覆そうとしなかった。自業自得だとデールは自嘲した。
 デールが断頭台の下に引き据えられた所で、大后とデズモンが演台の上に登り、デズモンが巻物を広げた。
「聞け、皆の者! ここにいるデールは王でありながら、このラインハット王国を光の神の名の下、世界を支配する偉大なる帝国にせんとの志を理解せず、あまつさえ叛逆者と手を結んだ! 王でありながら売国の徒に成り果てたのだ!! その罪万死に値する! よって、死罪に……」
 デズモンがデールの罪状を読み上げ、判決を伝えようとしたその瞬間だった。
「異議あり!!」
 デズモンの声を越える、しかし凛とした声が広場に響き渡った。
「な、何奴?」
 驚くデズモンの前で、人垣を掻き分けて兵士とメイド、それにスライムナイトとホイミスライムと言う異様な集団が現れる。
「何じゃこいつらは! 衛兵、取り押さえよ! いや、斬り捨てい!!」
 大后が叫び、衛兵がわらわらと現れる。その時、兵士は兜を脱ぎ捨てた。その下から、デールそっくりの草色の髪を持つ青年の顔が現れる。
「控えよ、者ども! 我こそは先王エドワードが一子、ラインハット王国王太子、ヘンリーである!!」
 ヘンリーは威厳を込めた声で宣言し、思わず衛兵たちが動きを止めた。国民たちが大きくどよめく。
「ヘンリー? 行方不明になったあの、第一王子の?」
 そんな声が聞こえる中、ヘンリーはデズモンを指差した。
「そこのデズモンの奸計により、私は城より拉致され、奴隷として辛酸の限りを舐める日々を送ってきた。しかし、ラインハットよ、私は帰ってきた! デズモンと大后の正体を暴き、この国に正しき政をもたらすために! リュカ!」
 リュカはヘンリーの言葉に頷き、袋からラーの鏡を取り出すと、頭上に掲げた。
「太陽神ラーの名の下に、まやかしよ、退け!!」
 リュカが掲げた鏡に太陽の光が反射し、デズモンと大后を照らし出した。次の瞬間。
「ぐわあっ!? こ、これは……我が魔力が!」
 デズモンが悲鳴を上げ、その姿が見る見る変わっていく。人間から、豚面の魔族の姿へ。大后もまたモシャスを解除され、ただのエンプーサに戻った。
 そればかりか、衛兵のかなりの数が魔物に変わる。たちまち辺りは大騒ぎになった。
「おのれ、ラーの鏡だと! 貴様、十年をかけたこの国の乗っ取りを良くも……!!」
 唸り声を上げるデズモンに、ヘンリーは抜刀しつつ彼らしく啖呵を切った。
「やかましいや外道! 十年前の借りと、大事な家族を傷つけてくれたお返しは、てめぇの命で払ってもらうぜ!!」
 叫ぶなりデズモン目掛けて突進するヘンリー。リュカは頷き、仲間たちに声をかけた。
「スラリン、ブラウン! デール陛下を守って! ピエールとホイミンは魔物の兵士をやっつけて!!」
 身体の小ささを生かし、人ごみを抜けてきたスラリンとブラウンが、デールを襲おうとした骸骨兵を蹴散らす。ピエールは「承知!」と叫び、やはり魔物の群れに吶喊する。その頭上を守りながら、仲間にホイミを飛ばすホイミン。そこへ、助けられたデールが号令を発した。
「何をしている、ラインハットの兵士たちよ! 今こそ戦うときぞ!!」
 その叫びを聞いて、我に返った兵士たちが、周囲の魔物に斬りかかり、あるいは逃げ惑う人々の避難を誘導し始めた。そして、リュカはヘンリーを支援する位置に付けて、戦いを見守る。
 ヘンリーはデズモンと互角以上に戦っており、その切っ先はデズモンの身体にいくつもの傷をつけていた。
「ぐぬ、おのれ若造!」
「大した事ねぇなオッサン、ピエールの剣の方が鋭かったぞ!」
 焦るデズモンに、ヘンリーがからかう様に言いながら剣を繰り出した。それを何とか回避し、デズモンは距離を取って手を天に差し上げた。
「調子に乗るなよ小僧! 黒焦げにしてくれる!!」
 デズモンの手に炎の玉が出現する。おそらくメラミだろう。すると、ヘンリーは偽大后だったエンプーサを捕まえ、思い切り投げつけた。
「な、何だと!? ぐわあっ!!」
 火の玉にエンプーサが飛び込み、デズモンの手の中でメラミが暴発した。火達磨になったそれ目掛けて、リュカが必殺の呪文を放つ。
「バギマっ!!」
 バギよりもはるかに巨大な真空の刃を含む竜巻がデズモンを直撃した。風と吹き出した血で炎が掻き消されるが、同時にデズモンの五体も跡形なく粉砕され、荒れ狂う風の中に飛び散った。断末魔の悲鳴さえ残さぬ最期だった。
 ヘンリーは振り返り、リュカとハイタッチを交わした。
「……やったね、ヘンリー」
「ああ、でも、これで終わりじゃないからな」
 そう言葉を交わすと、ヘンリーは演台に登った。周囲では魔物兵たちが既にラインハットの正規兵と、リュカの仲間たちによって制圧され、全滅していた。兵と民の視線を集めつつ、ヘンリーは剣を天に掲げて宣言した。
「たったいま、ラインハットは正しき道に立ち返った!」
 わあっ、という歓声が街を揺るがした。
(続く)


-あとがき-
 ラインハット編、終了……いや、もうちょっと続きますが。メイドリュカ祭りとヘンリー主人公祭りは終わります(笑)。
 デズモンは原作では普通の人でしたが、名前と言い設定と言い、どう見ても悪役だろ常考、なキャラだったので悪役にしました(酷)。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第二十七話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/11 22:42
 大后と大臣が共に魔物と入れ替わり、国を乗っ取ろうとしていた……と言う事実はラインハットの国中に広がり、二人の悪政によって苦しめられていた人々は大いに喜んだ。二人によって牢に放り込まれたり、強制労働に従事させられていた人々も、全て釈放され、死んでしまっていた場合は名誉回復と家族への補償が行われた。
 もちろん、ヘンリー王子誘拐の実行犯とされ、第一級の謀反人とされていたサンタローズの戦士パパスも、その対象だった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第二十七話 ラインハット騒乱始末記


「そう……天国のパパスさんも、喜んでいらっしゃるでしょうね」
 サンタローズを訪れたリュカから、ヘンリーとの冒険の顛末を聞かされたシスター・レナはそう言って目尻を拭った。パパスに恋慕にも似た感情を寄せていた彼女にとって、極悪人扱いされていたパパスの名誉が回復されたのは、ここ数年で一番の良い知らせだった。
「いえ、父様のことですから、きっとまだまだだ、って言うと思いますよ」
 リュカはそう言って微笑み、真剣な表情に戻って続けた。
「確かに、父様を陥れた人たちは成敗しましたけど、父様を殺したあのゲマと言う魔族は、まだ何処にいるのかもわかりません……それに、光の教団。あれを放置してはおけません」
「そうね」
 シスター・レナは頷いた。
「今度の事で、光の教団の布教役はどこかに逃げたみたいだけど……今度は何を企むかわからないものね」
「ええ。まだ奴隷として酷使されている人たちも多いでしょうし……」
 あの苦しい日々を思い出したのか、暗い表情になるリュカ。シスター・レナは立ち上がると、そっとリュカを抱きしめた。
「シスター?」
 戸惑うリュカに、シスター・レナは優しく諭すように言った。
「あなたが使命感を持っている事はわかるわ。でも、そうやって何もかも抱え込もうとしてはダメよ。あなたには、その重みを分けて背負ってくれる、多くの仲間がいるのだから」
「……はい」
 リュカはヘンリーやスラリン、ブラウン、コドラン、ピエール、ホイミンの顔を順番に思い出していく。かけがえのない、大事な仲間たち。でも……

 その頃、ラインハット上では「まだまだ」と言っている人物がもう一人いた。
「王位を継ぐ気はない? 何故ですか、兄上」
 デールはヘンリーの言葉に戸惑った声をあげていた。兄が帰還した以上、自分は王位を返上し、兄にそれを返すのが筋だと思ったのに、ヘンリーは拒否したのである。
「よしてくれ。オレは王なんてガラじゃないよ。王は今までどおりお前で良いさ。まぁ、オレを王にと思っていた父上には悪いが」
 ヘンリーが言うと、デールは頭を振った。
「ガラじゃないのはボクも同じです。結局、ボクは偽大后とデズモン大臣の暴走を止められなかった。そんなボクに、王の資格はありません」
 だから、あの陰謀を暴き、偽大后とデズモンを討ち取ったヘンリーこそ、王に相応しいのだ、と力説するデール。一通り意見を聞いたうえで、ヘンリーは答えた。
「そりゃ仕方ないだろ。話して説得できる相手じゃないし、武力で討つしかないだろ、アレは……でも、これからは再建の時代だ。その時代に相応しいのはお前の方だよ、デール」
 言って、ヘンリーは一冊のノートを取り出した。それを見て、デールが表情を変える。
「それは、ボクの……」
「ああ、悪いけど書庫の中を歩き回っている最中に見つけて、読ませてもらった」
 ヘンリーは頷いた。そのノートには、現在の政治を憂い、今どんな政策が必要か、何処を改革すればいいか、というデールなりの思案がびっしりと書き連ねてあった。
「良いんじゃないか、これを実行すれば。幸い、国民は悪かったのはお前じゃなくて、偽大后とデズモンの野郎だって知ってる。お前が王を続けても、誰も文句は言わんさ」
 デールは助けを求めるように視線を動かした。その先にはマリエルがいた。本物の母が生きていた事を知ったデールが、修道院に早馬を飛ばして呼び寄せたのである。
「……私は何も言いませんよ、デール」
 マリエルは穏やかな微笑を浮かべて言った。
「私はもう大后ではなく、海辺の修道院のシスター・マリエル……今後は己の分を守り、亡き先王陛下のご冥福と、あなたたち兄弟の幸せを祈って生きていきます」
 孤立無援になったデールは、溜息をついて言った。
「……わかりました。王位を継いでくれとは申しません。ですが、せめて国に残ってボクを助けてはくれませんか?」
 ヘンリーはそれにも首を横に振った。
「悪いが、それもできない」
 デールも、このヘンリーの全拒否には流石に声を荒げた。
「何故ですか! この国は、兄上を必要としているんですよ!! それなのに、見捨てて行かれるのですか!?」
 ヘンリーは苦笑いを浮かべた。
「見捨てるわけじゃないが、国より大事な物があるんでな」
 デールはその答えを聞いて、思い当たる事があった。
「……あの女性ですか? 確か、リュカさん……」
 デールが聞くと、ヘンリーは頷いた。
「ああ。あいつの親父さんは、オレのせいで死んだようなもんだからな……だから、オレはその親父さんに誓った。一生かけて、あいつを守り抜くって。まだまだ、先は長いさ」
 デールは溜息をつき、ソファに身を沈めた。
「ずるいですよ、兄上……死者との誓いを破れなどと、言える筈がないでしょう」
 ヘンリーは笑って立ち上がった。
「ま、わがままな兄貴を持った不運だ。諦めてくれよ」
「仕方がないですね。子分は親分の言う事を聞くものですから」
 デールも立ち上がり、兄弟は固く握手を交わした。その様子を、マリエルは優しい微笑と共に見ていた。

 翌朝、サンタローズで一泊して帰ってきたリュカは、馬車を預けてあった宿屋に向かった。馬車に近づくと、留守番を頼んでいたピエールが出迎えた。
「リュカ様、お帰りですか」
「うん、ピエール……そろそろ、出発しようか」
 リュカは言いながら、城に目を向けた。ようやく家族と再会できたヘンリー。ひょっとしたら、次の王様になったり、大臣か宰相として王様の弟を助けるのかもしれない。いずれにせよ、もうヘンリーには旅をする目的はないはずだ。
 本当は、一言挨拶をして立ち去るべきなのかもしれないが、今ヘンリーに会って、別れを告げたら、きっと泣き出してしまいそうな気がする。だから、黙って……
「勝手に行こうとするなんて、水臭いじゃないか?」
 その声に、リュカは驚いて振り向いた。そこにはしっかり旅支度を整えたヘンリーが立っていた。
「へ、ヘンリー……その格好は?」
 問うリュカに、ヘンリーはつかつかと歩み寄ってくると、彼女の頭をポンポンと叩いた。
「ばぁか。お前みたいなやつ、放っておけるわけないだろう? オレも一緒に行くよ」
 リュカはしばらく呆然としていたが、ヘンリーの言葉の意味を理解すると、涙が溢れてきた。
「……ありがとう、ヘンリー」
「なに、良いって事よ。お前はオレの子分だからな。親分としては見捨てるわけにはいかんさ」
 涙声のリュカの頭を撫でながら、ヘンリーは相変わらず泣き虫だな、と微笑ましく思っていた。しかし。
「ヘンリー、貴様! リュカ様を泣かせたな!! 許せん、決闘だ!!」
 ピエールは叫ぶや否や、ヘンリーの顔面に何かを投げつけた。小ぶりだが、硬く頑丈なそれ……鉄の鎧の小手部分が直撃し、ヘンリーはのけぞった。
「ごわっ!? ピエールてめぇ、投げるなら手袋だろ!! 小手は反則だろうが小手は!!」
 真っ赤になった鼻を手で押さえながら怒鳴るヘンリー。ピエールは嘲笑するように、剥き出しになった手をヘンリーに向け、人差し指をくいくいっと曲げ伸ばしする。
「貴様ごときに礼を尽くす必要はない。悔しければかかって来い」
「言いやがったなこの野郎、泣かす!」
 ヘンリーはピエールに飛び掛り、乱闘が始まった。
「あー、もう二人ともいい加減にしなさーい!!」
 リュカの叫び声。最終的に二人の乱闘は、リュカの命令で割って入ったブラウンの大木槌一発ずつでKOされるまで続く事になる。

 そして今、一行は西の大陸へ向かう船の上にいた。
「流石に、こうでかい船だと揺れも少ないな。あの樽は酷いモンだったが……」
 遠ざかる北の大陸を見ながら、ヘンリーが言った。
「今考えると、良く生きて辿り着けたと思うよね」
 リュカが見つめる先には、海辺の修道院が霞んで見えていた。今日もシスター・アガサは祈りを捧げ、テレズはみんなのおっかさんとして働いているのだろう。フローラはもう故郷に帰っただろうか?
「ああ……ところで、西の大陸に着いたら、何処へ向かうんだ?」
 ヘンリーの質問にリュカは答えた。
「うん、船の着く場所はポートセルミって言う港町なんだけど、そこから西へ進んで、サラボナって言う街を目指すつもり。そこがフローラの故郷なんだって」
 西の大陸にはいくつかの都市国家があり、特にポートセルミ、ルラフェン、サラボナが大きな街として知られている。
「ああ、修道院にいた娘か。確かリュカと仲が良かったよな……わざわざその娘を訪ねるためだけに行くわけじゃないんだろう?」
 ヘンリーは言った。もちろん、フローラに会うのもリュカの目的ではある。しかし、もっと大きな目標が彼女にはあった。
「うん。フローラに聞いたんだけど、彼女の家の家宝が、天空の盾らしいの」
「なんだって?」
 ヘンリーは驚いた。求めている天空の装備の一つが、まさかそんな所にあるとは……
「フローラの家は、導かれし者たちの一人、大商人トルネコの子孫らしいの。トルネコが勇者から天空の盾を預けられて、それ以来ずっと家宝として大事にしてきたんだって」
「へぇ……」
 リュカの説明に感心するヘンリー。世に数多ある勇者と仲間たちの伝承だが、家宝の存在からすると、相当信憑性の高い部類ではありそうだ。
「確かに一度立ち寄る価値はあるが、家宝ともなるとおいそれとは売ってはくれんだろうな」
「そうね……今、わたし達の手持ちのお金は五千ゴールドくらいだし。何かお金の稼げる仕事があればいいんだけど」
 旅を続けるにも元手は必要だ。五千ゴールドと言うとかなりの大金だが、二ヶ月も宿屋に泊まれば無くなってしまう程度の額とも言える。いずれにせよ、冒険者らしい仕事を引き受けてお金を稼ぐ必要はあるのだった。
「ま、ポートセルミは港町で景気は良いそうだ。そこで少し稼いでいく事にしよう」
「そうだね」
 そんな会話の最中に、北の大陸はもう見えなくなっていた。見渡しても三百六十度全てが海と空……リュカはともかく、ヘンリーや仲間たちにとっては初めての経験だった。最初ははしゃいでいたのだが……

 三日後、船はポートセルミに入港した。桟橋一個のビスタと異なり、石積みの本格的な防波堤と複数の桟橋を備える、大きな港町である。防波堤の上には灯台も設置され、港内には十数隻の船が憩っていた。
「大きな港町ね。って、ヘンリー、大丈夫?」
 リュカは横でまだ蒼い顔をしているヘンリーに尋ねた。陸が見えなくなり、本格的に外海に出た途端、船酔いが襲い掛かってきたのである。二日目など、ほとんど何も胃に入らない状態だった。
「ああ……陸が見えてきたからだいぶ平気だ……早く上陸したいな」
 同感、と言いたげなのはブラウン。もともと大地と関係の深い妖精だけに、海の上では全くダメな状態だった。浮いていられるホイミンとコドランは全く平気。スラリンとピエールも全く平気だった。
「ふ……未熟者め。それでリュカ様を守ろうとは片腹痛し」
 言いたい放題のピエールだが、今の所ヘンリーは反撃反論する元気はないらしく、言いっ放しにさせていた。船を降りたら泣かすとは誓っていたが。
 しかし、まずは揺れない地面の上で腹ごしらえ、と酒場を訪れた一行は、そこで事件に巻き込まれたのだった。
(続く)

-あとがき-
 ヘンリーはリュカと旅立つ道を選びます。彼にとっては、国を元に戻そうと言うよりリュカと一緒にいて守る、という誓いのほうが古くて強いので。
 それにしてもピエールが動かしやすいです。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第二十八話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/12 18:24
 大きな街だけあって、ポートセルミの酒場は宿屋と劇場を併設した、かなり大きなものだった。さっそく空いているテーブルを確保して、ウェイトレスを呼び止めようとすると、少し離れた席で騒ぎが起きた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第二十八話 辺境の村からの依頼人


「だから、俺たちがその頼みを聞いてやろうって言ってるのに、何が不満なんだ? おとっつあんよ」
「いらねぇだ! どうもあんたらは信用ならねぇ!」
 何やら兵士くずれらしい連中と、農夫らしき中年男性が言い争いをしている。男性のほうは腕にしっかりと皮袋を抱いていて、何か大事なものを持っているらしい。
「何してるのかな?」
 リュカがそっちを見て言うと、ヘンリーが首を傾げた。
「あいつら、どこかで見たような……」
 ヘンリーの視線は兵士崩れのほうに向いていた。その間にも言い争いはエスカレートして、だんだん不穏な雰囲気になっていく。
「強情なおとっつあんだな! さっさとその金を寄越せってんだよ!」
「そしたら俺たちが魔物を退治してやるからよ」
 どうやら、連中の狙いは農夫の持っている皮袋の中のお金のようだ。かなりずっしりした感じで、相当な額がありそうだ。
「嫌だ! これは村のみんなが村のために少しずつ出したもんだ!」
 農夫は必死に抵抗しているが、相手は五人。どう考えても無事ではすまないだろう。その時、ヘンリーがポンと手を打った。
「思い出した。あいつら、ラインハットで大臣と偽大后が雇っていた自称傭兵だ。ずいぶんと柄の悪い連中だったが……クビんなったあとここに流れてきてたのか」
 さらに、リュカも気づいた。
「ヘンリー、あの人たちたぶん人間じゃない。魔物だよ」
 兵士崩れの身体に、濃い邪気がまとわり付いている。ヘンリーはやれやれ、と立ち上がった。
「あんなゴロツキでも、元うちの兵士だ。不始末の尻拭いはオレがやらねばなるまいよ」
「おじさんがやられるのを、見て見ぬ振りもできないしね。ピエール、ブラウン、お願い」
 リュカは仲間に声をかけた。比較的人型に近いこの二匹は、街中で行動する時には良く連れている。ピエールは剣を抜いて一振りした。
「むろん、大勢で一人を脅すような騎士道精神に欠ける輩は、それがしが成敗しましょうぞ」
 ブラウンも無言で大木槌を握り締める。用意ができた所でヘンリーが割り込んだ。
「はいはい、そこまでだ、アンタ等」
 兵士崩れの視線が一斉にヘンリーを向く。
「何だてめぇは。俺たちとやろうってのか?」
 ヘンリーはその言葉に、やれやれと肩をすくめて見せる。
「やだねぇ、芸の無い脅し文句は。おっと、オレの挑発も芸が無いかな」
 あからさまな嘲笑に、兵士崩れたちの顔が真っ赤になった。同時に顔が狼のように変形する。
「山賊ウルフ……このあたりに多い野蛮な獣人ですな。力だけはありますが、それがしの敵ではありません」
 ピエールが相手の正体を看破して見せた。が、その言葉にいきり立った山賊ウルフたちのリーダーは、剣を抜いてリュカたちに襲い掛かった。
「この小生意気なクソガキどもめ! その鼻っ柱を叩き折ってやる!!」
 が、そう言った直後、無言でブラウンが振るった大木槌がそいつの顔面を直撃。リーダーは鼻血で宙に弧を描きつつ、酒場の外に飛んでいった。
「お、おかしら!?」
 動揺する残り四匹に対し、まずピエールが首筋を剣の腹の部分で殴り飛ばし、やはり酒場の外に放り出した。続いてヘンリーがボディブローで相手の身体をくの字に折り、顔面にパンチ一発で吹っ飛ばす。リュカはチェーンクロスで四匹目の足をからめとり、床に引きずり倒した。そいつが鎖を解こうともがいていると、突然五匹目が手にしていた杖で、そいつの腹を一突きして、悶絶させた。
「何してんだ、お前? そいつ仲間だろう?」
 ヘンリーが非難するように言うと、そいつは被っていたフードを払った。そこから現れたのは、山賊ウルフではなく、骸骨の上に皮を貼ったような、痩せこけた老人の顔だった。その耳が鋭く尖っている。
「あなたは……魔族?」
 リュカが聞くと、その老人は頷いた。
「いかにも、ワシは魔族じゃ。しかし、誤解せんで欲しいな、お嬢さん。ワシらのように人間の世界に帰化している魔族は、人間を隣人とは思っていても敵とは思っておらん」
 それを聞いて、ヘンリーが不愉快そうに言った。
「なら、なんで魔物の、それも悪党の仲間なんてしてるんだ?」
 魔族は愉快そうに笑った。
「そういうが若いの、人間にも隣人同士争う連中はおるし、悪党もおるじゃろうが。違うかね?」
 む、とヘンリーが言葉に詰まった。
「ほほう、無理やり言い返してこない辺り、見所はありそうじゃのう……まぁ、それはいいとして、ワシはこやつらに魔法使いとして雇われていたが、あまりにこやつらの志が低いので、そろそろ縁を切りたいと思っておったところじゃ。お主らと揉め事になったのは、ちょうどいい頃合じゃったよ」
 そう言う魔族の老人は、確かに魔導師のローブに魔封じの杖、といういでたちで、円熟した魔法使いらしい風格を漂わせていた。彼はリュカとヘンリーを交互に見て、ふむ、と声を漏らすと、予想外の発言をした。
「見たところ、そちらのお嬢さんはかなりの大望を抱いているようじゃのう……どうじゃ、ワシを仲間にしてみんか? こう見えてもギラ系とヒャド系、二つの呪文を扱う事には長けておるぞ。決して損はさせぬ」
「ええっ!?」
「おい爺さん、勝手な事言うなよ」
 リュカは驚き、ヘンリーはツッコミを入れたが、老人は動じなかった。
「まぁ、仲間にするしないは自由じゃ。だが、ワシの方がお嬢さんを気に入ったのでな、できればはいと言って欲しいのう」
 リュカはちょっとだけ考え込んだが、すぐに首を縦に振った。
「では、お願いします。お爺さん」
 ほ、と老人が歓迎の笑みを浮かべるが、ヘンリーはリュカに抗議するように言った。
「おいおい、大丈夫かよリュカ?」
 リュカは笑顔で頷いた。
「うん。お爺さん、悪い人じゃなさそうだし……それに、今仲間にギラやヒャドの使える人はいないもの。凄く助かると思うよ」
 確かに、リュカはバギ系、ヘンリーはメラ系とイオ系は使えるものの、ギラもヒャドも使えない。他の仲間ではピエールがイオを使えるが、あとは攻撃呪文自体使えなかったりする。
「ち、しょうがねぇなぁ……おい爺さん、リュカの言う事だから従うが、ちゃんと仕事しろよ? でないと速攻で追い出すぜ」
 ヘンリーの諦めたような言葉に、老人は笑顔で頷いた。
「なに、失望はさせんよ。ワシの名はマーリン。リュカ殿といったかな、お嬢さん。よろしく頼む」
「ええ。よろしくね」
 マーリンが杖を掲げて挨拶し、リュカが応じる。その時、叩きのめされた山賊ウルフたちがよろよろと起き上がった。
「じ、ジジイ……何勝手な事してんだ、テメェ」
 鼻血を流しながらも言うリーダーに、マーリンが飄々と言う。
「ワシが仕えるに足る器量を見せなんだお主に、何も言われる筋合いは無いぞ。文句があるなら承るが、今のお前さんたちなら、ベギラマかヒャダルコ一発であの世行きになりそうじゃが、試してみるかね?」
 ぐ、と山賊ウルフのリーダーは唸り、子分たちを連れて逃げ出した。
「ちくしょう、覚えてろよ!」
 と捨て台詞を残すのは忘れなかったが。
「やれやれ、逃げるときまで小者だな」
 ヘンリーが苦笑した時、さっきまで絡まれていた農夫が近寄ってきた。
「いんやー、驚いたな。あんたらめちゃくちゃ強いでねぇか。しかも、魔物まで言う事を聞かせるとは、たいしたもんだ」
「……ワシは魔物ではないんじゃが」
 マーリンが小声で言ったが、農夫は気にしなかった。
「うん、あんたらなら信用できそうだな。どうかオラの話を聞いてくんろ」
 農夫が頭を下げてくるのを見て、リュカとヘンリーは顔を見合わせた。
「……とりあえず、わたしたちこれからご飯にしますから、良かったらご一緒にどうぞ。その時にお話を聞きますから」
 リュカが答えると、農夫は大喜びで顔を上げた。
「おお、そうだか!? いんやー、ありがてぇだ」
 話を聞くというのを、どうも既に依頼を引き受ける、と言う方向に受け取っているようで、どうも断りづらいなぁ、とリュカは思った、

 ともあれ、元のテーブルに移動してそれぞれ料理を注文した所で、農夫は話を切り出した。
「オラはカボチ村のペッカと言うモンだ。実は、最近村の畑を化けもんが荒らすようになって、困っているだ。それで、皆で金を出し合って、強い人に化けもん退治をお願いしようと言う事になっただ」
 ペッカは一息にそこまで言った。
「カボチ村?」
 当然、西の大陸に来るのが初めてなヘンリーは首を捻った。
「確か、この街の南の方じゃなかったかな……? わたしも十年前の話だから、良く覚えてないんだけど」
 リュカが言う。彼女は十年前、パパスとの旅でポートセルミに立ち寄った事があり、ごく限られた範囲ではあるが、この辺の地理についても知識があった。
「おおー、良く知っとるだな、娘さん。そのカボチ村だ。ともかく、そう言う事情でこの街まで来た訳だ……どうか、引き受けてもらえんだか? このままじゃ、オラたちはみんな飢え死にするしかねぇだ……」
 思ったより深刻な状況のようだ。リュカはヘンリーに言った。
「わたしとしては、助けてあげたいんだけど……どうかな?」
 ヘンリーは指を立てて左右に振りつつ答えた。
「気持ちはわかるが、とりあえずこういう時は報酬を聞くのがセオリーだぜ。なぁ、ペッカさん、報酬はいくらなんだ?」
 相手の強さにもよるが、まぁ千ゴールドも貰えれば上等かな、と思っていたヘンリーだったが、次の答えに彼はぶっ飛んだ。
「三千ゴールドだ」
「さんっ……!?」
 舌を噛みそうになるヘンリー。そりゃ悪党に目をつけられるはずだ。が、何とか平静を取り戻して答えた。
「まぁ……それなら文句は無いな」
 リュカは笑顔で頷いた。
「いいのね? それじゃあ、ペッカさん、そのご依頼、お受けします」
 ペッカは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「おお、引き受けてくださるだか!? ほんにありがてぇ!!」
 何度も頭を下げるペッカに、リュカは照れくさそうに笑いながら答えた。
「いえいえ……それより、今日はもう夜になりますから、明日の朝に出発しましょう。いいですか?」
 ペッカは頷いた。
「ああ、それでかまわねぇだ。よろしく頼んます」
 その様子を見て、ピエールは感銘を受けたように言った。
「うむ、流石はリュカ様。庶人のぶしつけな願いにも、笑顔で答えられるとは……」
 一方、ヘンリーはマーリンが難しい顔をしているのに気がついた。
「どうしたんだ? 爺さん」
「ん? ああ、ワシは昔カボチ村に行ったことがあってな」
 マーリンが顔を上げて答える。
「そうなのか? なんか嫌な事でもあったのか?」
 ヘンリーはさらに質問を投げた。明らかにマーリンが嫌そうな表情をしていたからだ。
「うむ……正直、あまり愉快な所ではなかったな。リュカ殿が行くと決めたからにはワシも行くが、最悪大ゲンカになる事は覚悟しておいた方が良いぞ」
「おいおい、マジかよ?」
 ヘンリーはマーリンに「愉快ではなかった」理由を聞こうとしたが、思い出すのも嫌なのか、マーリンはそれ以上何も言おうとはしなかった。
 翌日、一行はカボチ村に向けて出発したが、マーリンの顔は晴れないままだった。
(続く)


-あとがき-
 魔法使いのマーリン登場。敵の時はヒャドを使うのに、味方になると使わないのは納得行かないので、この世界のマーリンはヒャド系も使えます。
 そのため、ネーレウスの出番はありません(爆)。
 次回からカボチ村のエピソードです。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第二十九話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/13 22:52
 ポートセルミから南へ半日。一行はカボチ村への道を進んでいた。
 最初、馬車の中にスライムやドラゴンキッズがいるのを見て肝を潰したペッカだったが、それが全部リュカの言う事を聞く仲間だと知ると、魔物への恐怖よりも好奇心が勝ったらしい。
「ひえー、大したもんだなや、お嬢ちゃん。あんたは魔物使いってやつだか?」
 リュカが答えるより早く、ヘンリーは言った。
「ああ、リュカはオラクルベリーのカジノの魔物使いから、直接魔物使いの方法を教わって、天才少女と言われたんだ」
「へぇ、オラ初めて見ただ」
 ペッカの遠慮ない視線に顔を赤らめつつ、リュカはヘンリーに言った。
「ヘンリー……あんな言われ方すると恥ずかしいよ」
「別に恥ずかしい事はないだろ。実際魔物使いなんて凄い才能だろう」
 ヘンリーは事も無げに答え、ピエールとマーリンがうんうん、と頷いた。 
 そんな会話をしながら森の中の道を抜けると、そこには「鄙びた」と言う表現が相応しい光景が広がっていた。小さな池を中心に、数十軒の木造の家屋や家畜小屋が立ち並び、野菜畑や麦畑が作られている。リュカは思わず立ち止まっていた。
「……どうした? リュカ」
 ヘンリーが振り返って聞いてきた。
「うん……ちょっとサンタローズを思い出しちゃって」
 リュカは答えた。建物は石造りが多かったが、サンタローズにもこんな平和でのどかな時代は確かにあったのだ。デールが村の再建に力を貸してくれる事になっていたが、またあんな時代が戻ってくるだろうか?
「どんな魔物かわからないけど、確実に退治しなきゃね」
「ああ、そうだな」
 決意を新たに、リュカたちは村の門を潜った。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第二十九話 カボチ村の怪物


「まずは村長の家さ案内するだ。詳しい事は村長に聞いてくんろ」
 ペッカに案内されて、リュカとヘンリーは村の中の道を歩いていた。仲間たちは場所ごと村の入り口に待機してもらっている。
 歩いていて、ヘンリーは微妙に居心地の悪さを感じた。村人の中に、あからさまな警戒の目で彼とリュカを見ている者達が、何人かいたのだ。どうも完全に歓迎されてはいないらしい。
(マーリンの爺さんが言ってたのはこれか?)
 ヘンリーが思った時、ペッカが立ち止まった。別の農夫が行く手を遮っていたのだ。
「ペッカ、本当に他所者を連れてきただか」
 その農夫は敵愾心むき出しの口調で言った。言葉はペッカに向けているが、顔はリュカとヘンリーを交互に睨みつけている。
「カモン、お前まだ反対だって言ってるだか」
 呆れたようにペッカが言う。カモンと呼ばれた相手の農夫は吐き捨てるように答えた。
「当たり前でねぇか。この村の事を他所者に頼むなんて、礼金だけふんだくられて逃げられるのがオチでねぇか。お前も村長もヤキが回ったとしか思えねぇ。おまけに、何だその、連れてきた奴は。若造に娘っ子でねぇか。そんな奴らに化けもん退治なんかできるわけねぇべ」
「カモン!」
 ペッカは怒声をあげたが、カモンはふんと鼻を鳴らすと、あぜ道を歩いて立ち去っていった。ペッカは振り向くと頭を下げてきた。
「すまねぇな。あいつ、自分たちで化けもんを退治すべきだと言い張っててな。悪い奴ではねぇんだが、どうも頑固でいけねぇ」
「い、いえいえ! 気にしてませんから!」
 リュカが手を振った。ヘンリーはリュカを見てこのお人よしめ、と思ったものの、とりあえずは何も言わなかった。
 気を取り直したペッカに案内され、二人は村長の家に着いた。村長は初老の人のよさそうな男性で、リュカとヘンリーが挨拶すると相好を綻ばせた。
「あんたたちが化けもん退治を引き受けてくだすったお人か。まことにすまんこってすだ」
 そう言いながら頭を下げてくる。そこでヘンリーが聞いた。
「さっそくだけど、その化けもんってのはどんな奴なんだ?」
「おお、そうだったべな。何しろ夜しか来ねぇんで、はっきり姿を見た者はおらんのですが、トラのような、オオカミのような、おっとろしい姿形をしてるのは間違いねぇだ」
 はっきり姿を見た人がいないのに、トラかオオカミみたいな化け物だと何故わかるんだろう? とリュカもヘンリーも思ったが、口には出さなかった。
「そいつがどこをねぐらにしてるかはわかんねぇだども、西のほうから来るのは間違いねぇ。頼む、あやつば退治してけれ」
 ヘンリーは少し考え込み、村長に言った。
「わかった。じゃあ、どこか寝る場所に案内してくれ」
 村長ははぁ? と言う表情になった。
「……なんでだ? 退治しに行くんでねぇのか?」
 不審そうに聞いてくる村長に、ヘンリーは計画を話した。
「闇雲に西のほうに行っても、そう簡単には相手は見つからんだろ……それより、夜この村に来た所で迎え撃つ方が確実だ。だから、夜までちょっと仮眠させてもらう」
 そこでリュカが提案した。
「それなら、落とし穴でも掘ったらどうかな? 上手く落とせれば簡単に捕まえられると思うけど」
「グッドアイデアだ。村長さん、まだ荒らされてない畑に落とし穴を作れないか?」
 リュカの提案にヘンリーが乗ると、村長も明るい表情になった。
「なるほど。そったら事は考えた事もなかったが、上手く行けば面白れぇだな。やってみっか」
 そこで、村長は村人を集めて、落とし穴作りを手伝ってくれるよう持ちかけたのだが、大反対したのはあのカモンだった。
「落とし穴作り? バカ言うでねぇ。そんな子供だましで化けもんが捕まるなら苦労はしねぇ」
 問答無用の拒否に、さすがにリュカもカチンと来た。
「やりもしないうちからダメと決め付ける事はないじゃないですか」
 リュカが言うと、カモンは鼻で笑った。
「ああ? おめぇみてぇな娘っ子に何がわかる。何もんかしらねぇが、いい年こいた娘っ子が嫁もいかねぇでフラフラ旅をしてるなんぞ碌なモンじゃねぇ。とっとと家に帰れ」
 あまりの暴言にリュカは呆然とした。いくら相手が自分の事情を知らないとは言え、家族も家もない彼女には残酷な言葉だった。
「……帰れる場所があるなら……わたしだってそうしたいです……」
 リュカは小声で言うと、目に滲んできた涙を拭った。その肩をヘンリーが慰めるように抱く。これには流石にカモンに非難の視線が集中した。
「な、なんだ。泣けば良いってモンでねぇべ。これだから娘っ子は。ともかくオラはそんなことは手伝わねぇ。おめぇらで勝手にやれ」
 そう言うと、カモンはどこかに行ってしまった。村長はリュカに頭を下げた。
「済まんな、娘さん。あいつ昔ポートセルミの商人に騙されたことがあってな。それ以来他所もんが大嫌いになってしまったんだ。わしの顔に免じて許してけれ」
 リュカは涙を拭いて答えた。
「いえ……良いんです。それより、手伝ってくれる方はいませんか?」
 美少女のお願いに、主に独身の若者数人が名乗りを上げた。が、カモンはあれで結構な実力者であるらしく、それ以外に手伝ってくれる人はいなかった。カモンの事がなくても、元々排他的な村なのだ。
「これじゃあ落とし穴を一個掘るのが精一杯だな。そこにヤマを張って待ち構えるか……」
 ヘンリーはそう言って、村人と共に落とし穴掘りをした。そこで活躍したのがブラウンで、最初は魔物が手伝いに来たと驚いた村人も、ブラウンが二人分以上に仕事をするのを見て、目を丸くした。
「これは驚いたなや。あんなちっこい身体で、何であんな力さ出るんだ?」
「それより、魔物使いってのは凄いんだなや。あんな魔物を使うなんてたいしたもんだ」
 ヘンリーも、元奴隷だけあって力仕事では負けていない。彼が大きな石を軽々と運ぶのを見て、農家のおばさんが感心したように言った。
「あんた、若くて育ちもよさそうなのに、大したもんだなや。ヤクザもんみたいな仕事してないで、百姓になったほうが向いてるんでねぇか?」
「ははは、ありがとよ、おばちゃん。まぁそのうちにな」
 ヘンリーはリュカを守って旅をするつもりだが、無事にリュカが母親を見つけることが出来た後は、どうするのかは決めていない。既にラインハットの王子と言う身分は捨てたつもりだし、こういう田舎でのんびり暮らすのも悪くはないかもしれない、とちょっと思った。だが、本当は……
(ま、先の話だよな……)
 ヘンリーはその先の言葉を飲み込んだ。今はそれを考えても仕方がない。
 ともかく、大きな獣でも落ちるくらいの大きさと深さの落とし穴を掘り終えると、化け物がやってくる真夜中まで、リュカとヘンリーは仮眠をして待つ事にした。

 そして、深夜……リュカとヘンリーはペッカに起こされて、例の畑が見える小屋の影で様子を見ていた。村人たちは鎌や鍬を武器代わりに用意し、中にはちょっとした狩に使うショートボウを用意した気の利く人もいた。
「さて、来るかねぇ、化け物」
 まだ眠そうに目を擦りながら言うヘンリー。
「来てくれると良いんだけどね……」
 リュカが応じる。彼女は相手が来ても逃げたときに備え、村の西口近くに馬車を置いて、仲間たちに退路を封じる役目を任せていた。ピエールやスラリンは張り切っていたが、さてどうなるか。
「……ん?」
 しばらく会話が途切れ、月が少し西に傾いた頃、畑の一角で何かが動いた。
「……ヘンリー」
「……ん、来たか?」
 大神殿の地下の奴隷部屋で、蝋燭や松明を頼りに暮らしていた二人は、かなり夜目が利く。月明かりだけを頼りに、その何者かを視認していた。
 それは四足で歩く大きな生き物で、確かにトラやオオカミを思わせるシルエットを持っている。暗くて身体の細部まではわからないが、どうやら件の化け物で間違いないようだ。そいつは忍び足で畑ににじりよっていく。
(しめた、落とし穴のある畑だ)
 ヘンリーはほくそ笑んだ。穴は大人の背丈の倍近い深さがある。落ちたらそう簡単には抜け出せないはずだ。そう考えている間に、化け物は落とし穴の上に踏み込んだ。
「よし……何ぃ!?」
 一瞬身体を沈みこませた化け物だったが、そいつは驚いた事にまだ硬い地面の上にあった後ろ足だけで跳んだ。それまで影にあって見えなかった身体が、跳躍の頂点で月光を浴びて全身の細部が見える。黄色い毛皮に黒い斑点、赤いたてがみ。
「キラーパンサーだと!? ヤバイ、皆手を出すな! 素人の手に負える相手じゃない!!」
 ヘンリーは怒鳴った。相手が落ちたと思って、早まって飛び出した村人たちが、ヘンリーの声に立ち止まる。その前にキラーパンサーは空中でしなやかに身を躍らせ、着地した。
「ひいっ!?」
 まともにキラーパンサーに睨まれ、村人たちは息を呑み、緊張の糸が切れた。恐怖が逆に「やらなければやられる」と言う攻撃的な防衛本能に転化され、彼らは手にした獲物を振り上げた。
「ちくしょう、化けもんが何だ! ぶっ殺してやるだ!!」
 駆け出した村人たちに、リュカとヘンリーが慌てて飛び出したその時、キラーパンサーは凄まじい雄叫びを放った。
「ー―――――――――――――――――!!」
「!?」
 物理的な衝撃さえ伴っているのではないか、と思わせるそれをまともに食らって、村人たちが硬直する。ヘンリーもそうだった。脂汗が流れ、心臓がキュッと縮むような悪寒が胸から全身に走り、身体を動かす事ができない。
(や、やられる!?)
 今の自分たちは、かかしも同然だ。簡単にキラーパンサーは自分たちを爪と牙で引き裂くだろう。ヘンリーがそう思った時、飛び出した影が二つあった。
 リュカと、協力しないと言っていたはずのカモンだった。カモンは手に草刈り用の大鎌を持ち、キラーパンサーに切りかかろうとしていた。
「くたばれ、化け物!」
 一方、リュカはカモンを止めようとしているのか、しきりに「あぶない! ダメです!」と叫んでいたが、カモンは無視して大鎌を振り下ろした。しかし。
「ぎゃあっ!?」
 カモンが後ろにもんどりうって倒れた。キラーパンサーが前足の一撃で鎌を叩き折り、その勢いでカモンをも吹き飛ばしたのである。しかし、折れた鎌はキラーパンサーの肩に浅く傷を作っていた。ヤバイ、とヘンリーは思った。手負いの獣ほど凶暴なものはない。
 ところが、キラーパンサーはそれ以上誰も攻撃しようとせず、もと来た方向に走り去った。意表を突かれたのか、退路を閉じるはずのピエールたちの展開が間に合わず、キラーパンサーは夜の闇の中に消えていった。
(続く)


-あとがき-
 田舎モノっぽい会話は難しいです……何処訛りなんだ。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第三十話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/14 21:09
 キラーパンサーの姿が闇に溶けていく。
「カモンさん、大丈夫ですか!?」
 その間に、リュカが倒れたカモンにホイミを唱えていた。幸いカモンは爪の一撃は受けていなかったようだが、意識は失っていた。
「無茶するオッサンだな……リュカは怪我はないか?」
 雄叫びの影響による硬直が解けたヘンリーが近寄って声をかけると、リュカは頷いた。
「わたしは大丈夫。それよりもヘンリー、あの子を追いかけよう!」
 あの子、と言うのがキラーパンサーの事を指しているのにヘンリーが気付くまで、少し時間があった。
「……あの子ってお前……そんな可愛いモンじゃないだろ、あれは」
 何しろ、地獄の殺し屋などとも言われる猛獣である。しかし、リュカは首を横に振った。
「そうだけど……でも、あの子はひょっとしたらわたしの知ってる子かもしれないの」
「え?」
 ヘンリーは思わぬ言葉にきょとんとした。が、すぐに思い当たった事があった。十年前、リュカが城につれてきたあの猫……
「まさか、あの時のあいつか?」
 ヘンリーの言葉に、リュカは頷いた。
「うん……プックル。今の子の首に、何か銀色に光るものがかかってた。あれ、あの子のお守りかもしれない」
 プックルは妖精界でポワンからエルフのお守りを貰っていた。ヘンリーはそこまでは覚えていなかったが、ここはリュカの言う事を信じることにした。幸い、さっきのキラーパンサーは肩に手傷を負って血が出ており、その跡を追う事ができる。
「村長! 俺たちは奴を追いかける!」
「わ、わかっただ!」
 ヘンリーが叫び、村長が答えると、二人は馬車の方へ走った。
「みんな、行くよ!」
「承知!」
 リュカの言葉に、マーリンが御者となって馬車を走らせる。点々と地面に続く黒い血の跡を追いかけて、一行は西へ走った。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第三十話 親友との再会


 一時間ほど進んだ所で、血の跡は山腹の洞窟に続いていた。どうやらここがキラーパンサーのねぐららしい。入り口は十分馬車が入れる大きさで、中も平坦そうなので、リュカはランタンに火をつけ、馬車の屋根に吊るした。
「じゃあ行こう、みんな」
 リュカは言った。洞窟は緩やかに下りながら奥へ続いている。血の跡も、まだ残っていた。
「しかしリュカ、本当にその……プックルだと思うか?」
 ヘンリーが言うと、リュカは頷いた。
「うん……きっと。だって、地獄の殺し屋なのに、人も襲わず、家畜も襲わず、野菜だけを狙うなんて……普通じゃないでしょ? どうやってあの子がここまで来たかわからないけど、そんなキラーパンサーはきっとプックルだけだと思うから」
「まぁ、そうかもなぁ」
 ヘンリーは頷いた。あのキラーパンサーは襲い掛かってきたカモンだけには反撃したが、それでも殺したりはしなかったのだ。
 やがて、血の跡がかすれて消えてきた。そろそろ止血が進んでいるのだろう。これ以上消えるともう追いかけられないな、と思った時、それはいた。
「……」
 うずくまり、自分の肩についた傷を舐めているキラーパンサー。首には確かに銀色の護符がついている。リュカは皆を制して一歩前に進み出た。
「みんな……ここはわたし一人に任せて。絶対あの子はプックルよ。だから……」
 リュカの言葉にヘンリーは頷いた。
「わかってる。行って来い」
 リュカはチェーンクロスも足元に置き、素手でキラーパンサーに向かって行った。そいつは顔を持ち上げ、じっとリュカの方を見た。
「……プックル」
 リュカはじっとキラーパンサーの目を見つめ、名前を呼んだ。
「プックルでしょう? 覚えていない? わたしよ。リュカよ」
 呼びかけながら、リュカは一歩、また一歩と近づいていく。キラーパンサーは上体を持ち上げ、いつでもリュカに飛びかかれる姿勢をとる。その場に緊張が走った。しかし、リュカは足を止めない。
「ねぇ、プックル。一緒に妖精の世界に行った事を覚えてる? ベラと一緒に冒険をした事や、雪の女王と戦った事を。その後ラインハットにも行ったよね」
 近づきながら、リュカの目から涙が溢れる。
「本当に、大きくなって……良かった。あなたが生きていて。ごめんね。十年もほったらかしで。父様に、責任持ってあなたの世話をするようにって、そう言われたのに」
 とうとう、リュカの身体はキラーパンサーの前足の一撃が届く距離まで近づいた。そこで、リュカは最期の一歩を踏み出した。
「プックル……プックル!」
 そのまま、リュカはキラーパンサーの顔に抱きついた。彼女の上半身を一噛みで食いちぎれそうな、そんな猛獣の顔に躊躇いなく抱きついたのである。そのまま彼女はキラーパンサーの毛皮に顔をうずめ、「プックル」と名前を繰り返した。キラーパンサーはそんな彼女を攻撃しようとはせず、ふんふんと鼻をうごめかせ、匂いをかいだ。そして、まるで子猫のような声でにゃあ、と鳴いた。
「プックル……プックル! わたしがわかるのね!?」
 リュカが言うと、プックルは首を縦に振り、リュカの頬を伝う涙を拭うように、舌の先でぺろりと舐めた。
「きゃっ、くすぐったいよ、プックル」
 リュカが泣き笑いの表情で言うと、プックルは甘えるように転がり、お腹を彼女に見せた。本当に猫が甘える時のポーズのようで、巨体だというのに妙に愛嬌があった。リュカはそのお腹の上に身を預け、柔らかい毛並みにほほを擦り付けた。
「ふふっ……プックルの毛皮をモフモフするのも十年ぶりだね。プックル……会いたかった。ずっと会いたかったよ」
 プックルは自分も、と言うようににゃあにゃあと鳴く。その光景を見て、ようやくヘンリーは身体の力を抜いて、プックルに近寄った。
「よお、戦友……元気で何よりだ」
 かつて、リュカを守ろうと一緒にゲマに飛び掛った事を思い出し、ヘンリーはプックルの事をそう呼んだ。プックルも彼のことを覚えていたらしく、尻尾を振ってうなずくと、リュカを投げ出さないようにそっと立ち上がった。くるっと向きを変え、振り向いてにゃあ、と鳴く。
「ついてこい、だって……」
 リュカが通訳? し、一行は洞窟の奥に進んだ。と言っても、数十メートルのことだったが……そこの棚のようになった岩場の上に安置されているものを見て、リュカは目を丸くした。
「これは……父様の剣!」
 優美なカーブを描く刃を持つ、見覚えのある剣が、そこにおいてあった。
「プックル、あなたが持っていてくれたのね。ありがとう……」
 リュカはプックルの首を抱きしめた。ヘンリーは岩棚に近寄り、その剣を見た。自分が甘えていたことを諭し、ヘンリーに男とは何か、人間どう生きるべきか、と示してくれた英傑……ヘンリーが人生を賭けて越えたいと願う漢の残した剣……しかし、それは……
「ボロボロになってしまっているな……」
 ヘンリーは剣をそっと拾い上げた。十年間手入れする者もなく、鞘に保護されてもいなかったパパスの剣は、刃があちこち欠け、全体に錆が浮いて、もはや使い物になるとは思えない状態だった。
 だが、ヘンリーは気にしなかった。馬車にとって返し、荷物の中から布を取り出して、丁寧に刀身をくるむと、リュカに差し出した。
「ほら、持っておけよ」
「うん、ありがとう……ヘンリー」
 リュカは剣を受け取り、それを抱きしめた。剣自体がパパスその人であるかのように」
「父様……父様……!」 
 十年の時を越えて、未だ癒される事のない悲しみに、リュカは慟哭した。プックルも悲しげににゃあ、と鳴き、ヘンリーは鼻をすすりながらあさっての方向を見た。彼らにとって、あの悲劇の日は決して色褪せない思い出だった。
 だが、剣を見ると、リュカの脳裏に父が語りかけてくるような気がした。
(リュカよ……愛しい娘よ。何時までも私のために泣くのではない。前に進め。私を乗り越えて未来へ進むのだ、リュカよ……)
 リュカは涙を拭き、立ち上がって頷いた。
「はい、父様……わたしは負けません。きっと父様の遺志を継ぎます」
 そう言って、リュカは振り向いた。
「さあ、帰りましょう。村の人に、もう化け物はいないと……そう教えてやらなきゃ」
「ああ、そうだな」
 ヘンリーは頷き、馬の手綱を取った。プックルを加え、一行は洞窟の外に出る。その時、ちょうどこれから帰る東の方向から、朝日がのぼってくるのが見えた。

「いんやー、本当にありがとうございましただ。お陰でもう何の心配も無く、野良仕事に精が出せるだよ」
 村長が言った。あれからリュカたちは村へ戻り、件の魔物を改心させたと伝えた。
「ほらプックル。村の皆さんにごめんなさいしなさい」
 流石にリュカも甘やかさず、プックルにカボチ村の人々に謝るよう言った。プックルが項垂れた様子で頭を下げると、村人がどよめいた。
「さすが魔物使いじゃ。凄いもんだべな」
「あげな娘っ子で頼りになるんか心配だったけんど、なんとも驚いた事だなや」
 リュカが魔物使いだと知っている村人たちは、恐ろしげなキラーパンサーがリュカに完璧に従っているのを見て、結構失礼な表現を交えつつも感心していた。鼻高々なのはペッカである。
「どうじゃ、オラの眼力もたいしたもんだべ?」
 逆に恐縮したのはカモンである。
「あー……その、悪かっただな。他所モンにもええ奴はおるもんだな」
 もともとリュカもそんな事を恨むつもりはない。
「いえ、気にしなくて良いですよ」
 そう答えて微笑んでみせる。そこへ村長が進み出て、ずっしりとしたお金入りの皮袋を渡してきた。
「ほれ、約束の3000ゴールドだ。ありがとうございましただ」
「はい、確かに受け取りました」
 リュカが皮袋を受け取り、ヘンリーがそれを確認して言った。
「よし……じゃあ、そろそろ行くか、リュカ」
「そうだね。それじゃ村長さん、ペッカさん。お元気で」
 リュカの挨拶に、村人たちが「元気でな!」と口々に叫ぶ。その声に送られて、一行はカボチ村を後にした。御者席にヘンリーとリュカは並んで腰掛け、森の中の道を進んでいく。
「最初はどうなる事かと思ったけど、いい人たちでよかったね」
 リュカの言葉に、ヘンリーは苦笑した。
「まぁ、打ち解ければの話だよな。それまでが大変だぜ……何度かキレるかと思った」
 実際、カモンがリュカに暴言を吐いたときは、ブン殴ってやろうかと思ったものである。先にリュカが泣いてしまったので逆に冷静になれたが。
「ダメだよー、そんな事しちゃ。でも、本当親しくなると田舎の人は付き合いが濃いよね。サンタローズでもそうだったけど、うちの息子の嫁に、とかオラの嫁さ着てけろ、とか四人くらいに言われたし」
「な、なにぃ!?」
 ヘンリーは驚いて御者席から落ちそうになった。
「よ、嫁だと?」
「うん。もちろん断ったけど」
 リュカの言葉に、ヘンリーはほっと息をついた。
「ああ、そ、そうだよな……侮れないな田舎」
 まったく、リュカを嫁に、などと良く平然と言えるもんだ。オレだって言えないのに、とヘンリーは考えて、ふと気づいた。
(ん……リュカを嫁に、と言いたいのかオレ? いやいやいや、落ち着けオレ)
 隣で百面相するヘンリーに不思議そうな視線を向けるリュカ。そんな青春を乗せて、馬車はポートセルミへ向かっていった。


-あとがき-
 あと腐れなくカボチ村を出る事に成功。プックルも仲間に戻りました。
 リュカが無意識にフラグを用意しまくっているのはたぶん仕様です。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第三十一話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/15 22:49
 ポートセルミで一泊し、リュカたちは本来の目的地であるサラボナへ向けて出発した。森と山地に挟まれた平原の中の道を進んでいくと、木々の向こうに何やら白い煙が湧き上がっているのが見えた。
「なんだろ。火事?」
 リュカが言うと、隣で手綱を握っていたヘンリーが首を横に振った。
「いや、そんな感じじゃないな……白一色の煙だし。でも、焚き火にしちゃ煙の量が多いなぁ」
 その時、煙が湧いている方向から風が吹いてきた。その途端に、何か不思議な芳香と言うか、刺激が鼻の奥に感じられた。
「わ、何これ?」
 戸惑うリュカ。その時、荷台からマーリンが出てきた。
「ほう、これは魔力の抽出実験をしているようじゃな」
「なんだい、そりゃ?」
 聞き慣れない言葉に疑問を発したヘンリーに、マーリンは生徒を前にした教師のような態度で語り始めた。
「文字通り、魔力を持った鉱物や植物を特殊な薬品で煮込んで、魔力の塊を取り出す実験じゃよ。例えば、爆弾岩の欠片からはイオ系の魔力が抽出できるとかじゃな。魔法薬を作ったり、新しい魔法を生み出したりするには、必須の実験じゃ」
 そう言って、マーリンは煙の立ち昇る方向を見た。
「あれは、ルラフェンの街の方向じゃな。なにやら面白いことをしているようじゃのう」
 魔法使いらしく、マーリンは実験の内容に興味津々のようだ。リュカはヘンリーのほうを見た。
「ちょっと寄って行ってみようか? もうすぐ日も暮れるし」
「うーん……まぁいいか。オレも興味が無いわけじゃない」
 ヘンリーは頷いた。あまり使わないが、彼もいくらかの魔法は使えるし、子供の頃は小難しい政治や普通の勉強は投げても、剣術や魔法の訓練には熱心だった。ヘンリーは手綱を引き、馬車をルラフェンへの街道に乗り入れていった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第三十一話 ルラフェンの錬金術師


 西の大陸の三大都市のひとつ、ルラフェンは丘陵地帯を切り開いて作った街である。魔物や敵の襲撃に備え、丘を切り崩して分厚く頑丈な土塁を築き、あるいは斜面を切り立った崖のように作り変え、巨大な城塞のようになった街だ。
 昔、魔物の大群に襲撃されてもビクともしなかったと言うが、なるほど、確かにここを攻めるのは大変だろうなぁ、とリュカは迷子になりながら思っていた。
 何しろ、丘を階段状に切り崩して街区を作っているので、地形がやたら複雑なのである。件の煙を吐いている家はすぐ近くに見えているのだが、そこへ通じる道がどうしても見当たらない。住民に聞いてみても、ここに住み慣れている人特有の説明なので、さっぱりイメージが湧かなかった。
「ああ、あの家かい? あそこなら、三段丘の二段目へ行って、そこの大通りを左に行った所で……」
 といった具合である。そもそも三段丘がわからない。うろうろしている間に戦士らしき人に会ったので、道を聞いてみたら、「私が知りたい……」と泣きそうな顔で言われた。
 残念ながら、リュカにもその戦士の行きたい所がわからなかったので、別れてそれなりに大きな通りまで戻ってきたのだが、さてどっちへ行ったものか……
「ん? リュカ、これ行き先じゃないか?」
 ヘンリーに呼ばれ、リュカは彼が見ている張り紙の所に駆け寄って行った。それにはなかなかの達筆で、こう書いてあった。
「魔法研究の助手募集。希望者はこの角を北へ ベネット」
 確かにそれらしい。しかし、問題がある。件の煙を吐く家はここから南にあるのだ。
「どうしようか? ヘンリー」
「……まぁ、信じて北に行ってみようか」
 リュカとヘンリー、それにマーリンと言う三人組は、張り紙を信じて北へ向かった。道は市街地の中を複雑に曲がりくねって伸び、突き当たりは階段だった。それを下っていくと、今度は丘の中腹を突っ切る緩やかな下り坂。その突き当たりに、丘を貫いているらしいトンネルの入り口があった。
「えーと、これ今どっちに向かってる?」
 何度も曲がって、すっかり方向感覚が混乱したリュカが言った。彼女は決して方向音痴ではないのだが、限度と言うものがある。
「太陽があの位置じゃから、南には向かっとるな」
 マーリンが天を見上げながら答えた。
「よし、じゃここを抜けていこう。これで何も無かったらキレるぜ、オレ……」
 ヘンリーもうんざりした様子で言い、三人はトンネルに入った。数分でそれを抜けると、いきなり目の前に煙を吐く家があった。
「うわ、ビンゴだったよ」
 リュカが驚いた。まだ続きがあると思っていたので、嬉しい誤算だ。
「しかし、何と言うかこのムズムズする感じは嫌だなぁ」
 ヘンリーは鼻を擦った。周囲は煙の刺激臭で満ちている。ここに来るまでに会った町の人が、揃って文句を言っていたが、良くわかる状況だ。
「ま、入ってみようぞ……ごめん、ベネット殿はご在宅かな」
 マーリンがうずうずした様子で扉をノックした……が、返事が無い。
「誰も出てこないね」
 一分ほど待ってリュカが言った。
「そのベネットって人、窒息して中でただの屍になってるんじゃないのか?」
 ヘンリーはまぜっかえすように答え、マーリンはもう一度ノックした。やはり返事が無い。
「……」
 まさか本当に死んでるのでは? と不安になった三人は、顔を見合わせ、意を決して扉を開けることにした。
「ベネットさんとやら、入るぜ?」
 念のため声をかけると、ヘンリーは扉を開いた。途端に、濃密な白い煙が扉の隙間から吹き出してきた。
「~~~~!?」
「○△□×!?」
「#$%&!?」
 その煙の刺激に、三人は身体を折って咳き込んだ。そこへ怒鳴り声が飛んできた。
「こりゃ! 扉を開けるでない! この実験は光が禁物なんじゃ!!」
 そう言って出て来たのは、ローブを着込んだ魔法使い風の老人だった。涙目になりつつリュカが顔を上げると、老人はさらに言葉を続けた。
「なんじゃお主ら。見かけん顔じゃが、お主らも煙いとか臭いとか文句を付けに来たのか?」
 リュカは首を横に振った。
「いえ……魔法の実験……けほっ、と言う事で、ちょっと、けほっ、見せてもらおうかとけほっ」
 咳交じりのわかりにくい答えだったが、老人はほほう、とリュカたちを見た。
「見学希望か。それは感心な心がけじゃ。まぁ、入りなさい」
 老人に促され、三人は家の中に入った。幸い白煙は全て外に出て薄れたらしく、呼吸や会話に支障はなさそうだ。部屋の中には正体不明の石や生物の身体の一部らしきものを漬け込んだビンなどが並べられた棚があり、中央には薄い白煙を立ち上らせる大きな壷があった。
「さて、自己紹介をしておこう。ワシは錬金術師のベネット。失われた古代の魔法を復活させる研究をしておる」
「ほう、古代の魔法とな」
 マーリンが興味津々、と言った表情で身を乗り出した。
「うむ。今は……あ」
 ベネットは何かに気付いたように、中央の壷に駆け寄ると脚立を登って、中身を覗き込んだ。
「……やはり、光が当たった事でダメになってしもうたか」
 さっきヘンリーがドアを開けたことで、実験が失敗してしまったらしい。リュカは謝った。
「ごめんなさい、ベネットさん」
「ん? あー……まぁええわい。またやり直せばいいんじゃ」
 怒るかと思いきや、ベネットは笑顔を浮かべて手を振った。その傍にマーリンが近づいて尋ねた。
「で、一体今回は何の実験だったのですかな?」
「うむ、実は今研究しているのはルーラの呪文なのじゃ」
 ベネットの答えに、マーリンは顔を輝かせた。
「ルーラじゃと! それは実に興味深い。ワシも若い頃は夢中になって研究したモンじゃ」
「おう、やっぱりな! ワシも昔からの研究テーマで、一度失敗して断念していたのを、再開したんじゃ」
 どうやらこの二人、ウマが合うらしい。専門用語でいろいろと話し始めたので、たまらずヘンリーが割り込んだ。
「なぁ、ルーラってどういう魔法だ?」
 割り込まれた二人だが、どっちも語るのは好きな性格だ。ベネットがまず話し始めた。
「リレミトと同じ、瞬間移動魔法の一つじゃよ。ただ、この魔法は術者が行った事がある全ての場所に、念じるだけで移動できると言う違いがある」
 続いてマーリン。
「しかし、三百年ほど前に失伝……つまり、使える人間がいなくなって、途絶えた魔法になってしまったんじゃ。理由は良くわかっておらんが」
「へぇ、確かに使えたら便利そうな魔法ですね……それを復活させたいんですね?」
 リュカの言葉に、ベネットは頷いた。
「うむ。今も魔物の中にはルーラが使える者がいる。例えばキメラじゃな。キメラの翼を使うと、直前に立ち寄った街に戻れるのは知っているじゃろう?」
 リュカは頷いた。
「その魔力を抽出できれば、ルーラの源になるかもしれんと思って、キメラの翼から魔力を取ったんじゃが……どうも上手くいかん」
 その言葉にマーリンが応じた。
「うむ。そこまではワシも考え付いたな。しかし、出来た結晶を使っても、キメラの翼と同じ効果しかなく、思った場所へ移動できんかった。何かが足りないのは確かだったんじゃが」
 ベネットが続ける。
「そうじゃ。記憶のイメージを上手く魔力と結び付けて、移動先を指定する機能が働かないんじゃな。だが、ワシは突破口らしいものを見つけた」
「なんと!?」
 マーリンが驚く。ベネットは棚から一冊の書籍を取り出し、机の上に広げた。全員がそこに集まる。
「ワシは何故ルーラが失伝したのか、という謎を解けば、逆にルーラを使う条件を見出せるのかもしれんと思った。それで歴史を調べた結果、失伝の直接の理由はわからないままだったが、同じ時期にある事件が起きていた事を突き止めたのじゃ」
 ベネットはそう言いながら、本の中のある項目を指差した。
「魔法ハーブの大量絶滅?」
 ヘンリーが項目名を読み上げた。
「うむ。この時代、魔法的な効果を持つハーブが枯れる悪質な病気が流行ってな。万病に効く薬草のパデキアなどが絶滅してしまった。その中に、ルラムーン草と言うハーブもあって、ワシはこのルラムーン草がルーラに関係するハーブだと踏んでおる」
「なるほど、ルラムーン草か……それは思いつかんかった」
 マーリンが感心したように言った。
「そのルラムーン草って、どんなものなんですか?」
 リュカが質問した。
「食べたり、茶にして飲むと記憶力が良くなる、と言う効力のある魔法のハーブじゃ。夜になると光を放つので、金持ちの家では灯り代わりに使われた事もあるそうな」
 マーリンが答えた。その後を引きとってベネットが続ける。
「夜中に光るというのは、昼間浴びた光を夜に放出していた、と言う事らしい。目でものを見るとは、その物に反射した光を見るということじゃから、ルラムーン草には、目のように光を感じて、周囲の光景を記憶する能力があった、と解釈できる。ルラムーン草の魔力を抽出できれば、効果的に記憶と結びつける事ができる、はずじゃ」
 理屈は良くわからないが、ともかくルラムーン草がルーラの呪文を復活させる鍵だと言うのは、リュカにもわかった。しかし……
「でも、そのルラムーン草って、絶滅して今はない……んですよね?」
 既にこの世にない草が鍵とわかっても、どうしようもないのではないだろうか。しかしベネットは首を横に振って、今度は別のものを棚から取り出した。丸めて筒状にした羊皮紙で、それを広げるとヘンリーが驚いた。
「これは……世界地図じゃないか!」
「いかにも。珍しいじゃろ?」
 ベネットは自慢げに言う。国や地方レベルで作られた地図はそれなりに見かけるが、世界地図はそうそうあるものではない。その地図の一点を示してベネットは続けた。
「ここがこの街、ルラフェンじゃ。ここから西に行ったところに、グレートフォール山と言う大きな滝の流れる山がある。その山頂はルラムーン草の群生地として有名な土地なんじゃが、ほとんど人の足が入っていない。ここなら、ルラムーン草が残っておるかもしれんのじゃ」
 確かに、他所と隔離されたような場所なら、病気が伝播せずルラムーン草が残っている可能性は高いだろう。
「見たところ、お前さんたちは旅人のようじゃな。どうじゃろう。ルラムーン草をここから探してきてくれんじゃろうか。やってくれたら、ルーラの呪文を教える他に、この世界地図を報酬として進呈してもいいぞ」
 うーん、とヘンリーは唸った。金銭的報酬はない仕事だが、条件的には悪くない。ルーラが使えれば何かあった時にラインハットやサンタローズに戻りやすいし、世界地図があれば、今後の旅が楽になる。それに、これだけの大きさの世界地図なら、売れば五千ゴールドにはなるから、困った時に売って路銀の足しに出来るだろう。
「リュカ、オレは引き受けても良いと思うが、どうだ?」
「うん、わたしも良いと思う。やってみようか」
 ヘンリーの提案にリュカが頷くと、ベネットは飛び上がって喜んだ。
「引き受けてくれるか! ありがたい。とりあえず、その地図は貸しておくから使ってくれ。ワシはルーラ作りの準備を進めておくでな」
 そう言うと、バタバタと二階に上がって行く。ヘンリーは苦笑した。
「そんな事言って、地図だけ持ち逃げされたらどうする気なんだか……ま、そんな事はしないが。とりあえず、今日は休んで明日の朝出発しよう」
「そうだね」
「異存なし」
 ヘンリーの提案に賛成するリュカとマーリン。しかし、三人はそれから宿屋を探して、夜まで街の中で迷う羽目になったのだった。
(続く)


-あとがき-
 マーリンがイキイキしてます。今後もウンチク(独自設定)を語る役として頑張ってくれることでしょう。
 原作ではルラムーン草はグレートフォール山(滝の洞窟がある山)ではなくその先にありますが、個人的に好きな地形なのでそこにあることにしました。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第三十二話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/16 21:04
 翌日、何とか見つけて泊まる事のできた宿から、一行は西に向けて出発した。
「それでヘンリー、目的の山まではどれくらいかかりそう?」
 今日はリュカが御者を務め、ヘンリーは横で地図片手にナビゲートをしている。
「三日……ってとこかな。あの山がそれっぽいが」
 ヘンリーは前方を指差した。遠くに南北に走る山並みが霞んで見え、南の端の山には霧がかかっている。
「グレートフォールってのは滝の名前でもあって、えらく高い滝なので、水が地面に落ちる前に飛び散って霧になってしまうんだそうだ。あの山がそうなんだろう」
「へぇ……ちょっとその滝も見てみたいね」
 リュカはのんきな感想を言ったが、それも三日後には吹き飛ぶ羽目になる。なぜなら……


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第三十二話 地上の星空


「こ、これ全部が一つの山?」
 目的地のグレートフォール山の麓で、一行は呆然と山を見上げていた。山脈だと思っていた山並みは、実は一続きの巨大な山だったのである。その山腹はセントベレスのような切り立った崖で、山頂部は広い高原になっているらしい。いわゆるテーブルマウンテンと呼ばれる形式の山だった。
「こんなの、どうやって登るの?」
 リュカの言葉に、ヘンリーは首を捻った。
「う、うーん……まぁ、登った記録があるからには、道はあるんだろうけど……今でも使えるのかね」
 下手すると崖を必死に登る羽目になるかもしれない。とりあえず、行ける所まで行く事に決め、リュカたちはグレートフォール山に取り付いた。
 山登りはまさに苦難の連続だった。崖に道が付いている事は付いていたのだが、あちこち崩れて道が消えていたり、落石が襲ってきたりで、生きた心地がしない。しかも、馬車は途中で置いて行く他なくなった。道の幅が人一人分程度まで狭まってきたのだ。
「ここから先は、馬車を降りて歩いていくしかないね……とりあえず、誰か馬車に残って番をしてくれる?」
 リュカが言うと、マーリンが手を上げた。
「済まんが、ここからは年寄りの足にはちとキツイわい。残らせてもらうよ」
 次にピエールが手を挙げた。
「では、それがしも。魔法使いのマーリン殿一人では心もとないゆえ」
「え? ピエールは出来れば着いてきて欲しかったのに」
 リュカが言った。戦闘も回復もどちらも可能なピエールは、なかなか街に帰れない長期戦には欠かせないメンバーなのだが……
「え? い、いや、しかし。それにはホイミンもおりますし」
 ピエールが珍しくリュカの頼みを拒否する。その身体がなぜか小刻みに震えているのを見て、ヘンリーはピンと来た。
「さてはお前、高所恐怖症だろ」
 言った瞬間、ピエールは目に見えて動揺した。
「な、なななな、何を!? それがしが高い所が怖いなど……! 下を見下ろして目が回ったり、足がすくんだり、冷や汗が出たり、そんな事は断じてない! あるはずがない!!」
 見るからに高所恐怖症だった。仕方なくリュカが助け舟を出す。
「うーん、それじゃあ、ピエールもお留守番よろしくね。ホイミン、コドラン、お願い」
 リュカは空を飛べる仲間を選んで連れて行くことにした。しばらく道を進んだ所で、ヘンリーは耐え切れなくなったようにくっくっと笑った。
「あの野郎、思わぬ弱点があったもんだ。しばらくこのネタでからかってやろう」
「もう、ヘンリーってば……良くないよ? そういうの」
 呆れたように言うリュカに、ヘンリーは言い返した。
「良いんだよ。アイツ、オレが船酔いする事は散々バカにしてくれたからな。これでおあいこさ」
「はぁ」
 リュカは溜息をつくと、山道を登っていく。ヘンリーもそうだが、セントベレス山頂から下界を見おろしていた二人は、高所恐怖症とは無縁である。崖に刻まれた道を登り、日が暮れたらキャンプを張り、時々襲ってくる魔物を撃退し……と言う事を続ける事三日。ルラフェンから出発して一週間後、ようやくリュカたちは山頂に辿り着いた。
「……すごい。山の頂上じゃないみたい」
 リュカは思わず溜息をついた。そこは広大な草原で、中央に大きな湖さえある。そこから川が流れ出していたが、おそらくそれがグレートフォールの滝に続いているのだろう。湖の対岸には森もあり、さながら神が人の手の届かぬ所に創った庭園と言う趣だった。
「見事なもんだ……天界とか楽園ってのはこういうところだよな。光の教団の連中が作らせているような紛い物じゃない」
 ヘンリーもしばらくその光景を眺めていた。
「……っと、あまり感心してばかりもいられないな。ルラムーン草を探さないと……お?」
 歩き出すヘンリーの服の裾を、リュカが引っ張って止めた。
「ん? どうしたんだ? リュカ」
 ヘンリーが振り返ると、リュカは湖の方を指差した。
「ルラムーン草は夜になると光るんでしょう? だったら、夜のほうが探しやすいよ。それまでちょっと一休みしようよ。せっかく来たんだし」
「……それもそうか」
 ヘンリーは頷いたのだが、数分後、彼はそれに頷いた事を後悔する。

 湖のほとりで、ヘンリーは岩に背を預けて湖の反対方向を向き、帽子を顔に載せていた。視界を塞いで雑念を払おうと言う意図だったが、逆に水音がいろいろ想像させる。そう、彼の背後、湖の所ではリュカが水浴びをしている。一週間、お風呂にも入れなかったリュカは、ここで身体を洗って行くと宣言したのだった。
 パシャ、パシャ、と言う水音が聞こえる度に、ヘンリーは思わずその光景を想像してしまっていた。一糸まとわぬ姿の美少女が、手の届く所に……
(いかんいかん。落ち着けオレ。リュカはそう言う風に見る対象じゃないだろ……守るべき相手だろ)
 ヘンリーはそう自分に言い聞かせる……が、落ち着かないのは彼も年頃の少年である証拠だろう。何しろリュカは奴隷の身から自由になった後は、どんどん綺麗になる一方だ。こんな事がなくても、意識してしまうのは日常茶飯事だ。
(まったく……リュカの奴、恥ずかしくないのか? それとも、それだけオレを信頼してくれてるって事か? 絶対に覗いたりしないと)
 ヘンリーは思う。すくなくとも、恥ずかしくないとか、ヘンリーを男として意識してないとか、そう言う事はないはずだ。リュカにも少女らしい羞恥心があるのは、初めての出会いの時にスカートめくりをして泣かせた事で証明されている。
(……そう言えば、今リュカってどんな下着を着けて……って、ダメだダメだオレ!! 考えるんじゃない!!)
 悶々とするヘンリーの脳裏に、何か話しかけてくる声があった。自分の声で。
(良いじゃないか。覗いてしまえよ)
 それは悪魔の姿をしたヘンリーだった。
(何を言ってるんだ、お前は。騎士としてそんな事が許されるか)
 天使の姿をしたヘンリーがそれに反論するために出現し、古典的な脳内善と悪の最終戦争が始まる。
(甘いな。油断している方が悪い)
(そこにつけこむなど男として言語道断!)
(今更いい子ぶるなよ。気になってるんだろ? 服の上からでも胸が大きいのがわかるなーとか)
(だから、そう言う事を言うな! リュカは守るべき相手だぞ! 傷つける事なんか許されるか!)
(そうやって、一生見守るだけとか言うつもりか?)
(当たり前だ)
(お前、それプロポーズじゃねーか)
「何い!?」
 自分の中の悪魔の声にヘンリーが驚いて声を上げた時だった。
「どうしたの? 大声出して」
 リュカの声に、ヘンリーは心臓が止まりそうになった。恐る恐るふり向くと、とっくに水浴びを終えたのか、服をしっかり着込んでいる彼女の姿がそこにあった。
「い、いや……なんでもない」
 ドッと疲れたヘンリーだった。

 ヘンリーの精神的疲労はともかくとして、一行は湖のほとりにキャンプを張り、夜が来るのを待った。山の上の日暮れは早く、山稜の向こうに日が沈んでいくと、まだ地上は夕焼けに照らされているのに、山頂は暗闇に覆われ始めた。
「さて、そろそろ探しに行くか……ん?」
 ヘンリーがそう言ってテントを出たところで、急に立ち止まった。
「どうしたの? ヘンリー……って、うわぁ……」
 リュカも続いて外に出て、その光景に息を呑んだ。
 広大な草原が夜の闇に包まれるにつれて、そのあちらこちらに光が灯っていく。光の数は急速に増え、やがて天の星空を写し取ったように、草原の全てが無数の光に彩られた。
「あれが全部ルラムーン草……?」
「そう、みたいだな……驚いたな」
 ルラムーン草は記憶を持つ、と言うベネットの説が納得できた。この広大な台地の上で、ルラムーン草は何百年、何千年と星空を見続け、その様を地上に写し取ってきたのだろう。リュカとヘンリーは自分たちがまるで星空の中に浮いているような感覚に浸りながら、その光景を見続けていた。

 出発から二週間、リュカたちはルラフェンの街に戻ってきた。ベネットはルラムーン草を見て狂喜乱舞した。
「これこそ、まさにルラムーン草! 良くやってくれた。さっそく実験に取り掛かろう!」
 リュカとヘンリー、マーリンが見守る中、ベネットは炉に火を入れた。大きな壷の中で、キメラの翼や帰巣本能のある生き物の一部が煮込まれ、白い煙が立ち上る。溶液の色が変わってきたところで、ベネットはルラムーン草を手に取った。
「今じゃ。このタイミングで……」
 ベネットがルラムーン草を壷の中に放り込んだ途端、反応が激しくなり始めた。ぶくぶくと泡が湧き立ち、煙の色も白から青へ、青から赤へ、赤から緑へ、とめまぐるしく変わっていく。
「おいおい、大丈夫なのか!? 爆発とかしないだろうな!?」
 ヘンリーが言った瞬間、ベネットが答えるよりも前に、壷が凄まじい閃光を放った。
「きゃあっ!」
「うおっ!?」
「眩しっ!!」
 悲鳴が上がり、視界を塗りつぶす光の中、リュカは気を失った。

 最初に意識を取り戻したのは、リュカだった。
「う……」
 頭を振りながら身を起こすと、周囲に他の三人が倒れているのが見えた。とりあえず、手近にいたベネットを起こそうとして立ち上がると、何かが床に落ちた。
「……これは?」
 それは中に淡い光を宿した、透明な多面体の結晶だった。その落ちた音か、リュカの起きた気配に反応してか、ヘンリーたちも起きてくる。
「いつつ……どうなったんじゃ?」
 腰をさするベネットに、リュカは結晶を見せた。
「ベネットさん、こんなものがあったんですが、これは?」
「……おお、これは魔力の結晶じゃ! どうやら何かの魔法にはなったようじゃな。娘さん、試してみてくれんか?」
 ベネットは結晶を見て喜色を浮かべたが、リュカは戸惑った。
「わたしが……ですか? ベネットさんが試すのでは?」
 そう聞くと、ベネットは恥ずかしげに頭を掻いた。
「うむ、そうなんじゃが……良く考えたら、ワシはこの街から出た事がないのでな。ルーラを使っても意味がなかったわい」
 思わずコケそうになるリュカとヘンリー。
「ま、まぁ、そう言うことでしたら……」
 リュカは気を取り直し、手のひらの上に結晶を置いて、意識を集中させた。彼女の魔力と結晶が同調し、そこに秘められた力がリュカの脳裏に流れ込んでくる。そして、彼女はその呪文の名を知った。
「……ルーラ!」
 次の瞬間、リュカたちの姿は虹色の閃光と共にその場から掻き消えていた。
(続く)


-あとがき-
天然無防備お色気万歳(殴)。
それはさておき、次回から二つのリング編。いよいよリュカたちにも人生最大の選択が迫ります。




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第三十三話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/17 23:51
 目を開けると、そこは見慣れた風景だった。
「ここは……サンタローズ?」
 リュカは言った。彼女は村を見通せる道の上に立っていた。ここまで来た時、サンタローズに帰って来たと実感できる場所。ルーラを唱える時、咄嗟に思いついた場所だった。
「成功のようだな。しかし驚いたな。これがルーラか……」
 ヘンリーが声をかけてきた。サンタローズとルラフェンは、普通に移動すれば徒歩+船で一週間近くかかる行程なのだ。それをまさに一瞬。
 リュカはその言葉には答えず、サンタローズの村を見ていた。破壊され、焼け爛れた廃墟と化していたはずの村は、今急速に復興が進んでいるらしい。おそらくデールが派遣したのであろう兵士たちが、切り出した木材や石材を運び、家を再建している。かと思えば、川からくみ上げた水で地面に撒かれた塩や毒を洗い流す作業も進められていた。
「……寄って行くか?」
 ヘンリーの問いに、リュカは首を横に振って答えた。
「今行くと、邪魔になっちゃいそう。それに……もう何時でも来れるしね」
「そうだな」
 ヘンリーは頷いた。リュカは再びルーラを唱え、ルラフェンに戻っていった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第三十三話 サラボナ婿取り狂想曲


 また新しい呪文を研究すると上機嫌なベネットに別れを告げ、リュカたちは再びサラボナへ向けて出発した。街道はルラフェンから南に折れ、カボチ村の西を通って延びている。
「西の大陸はさらに南北に分けられるんだが、サラボナって言う街は南の方の中心地なんだな。オラクルベリーにも負けない大きな街だって話だが」
 相変わらずナビゲートをしているヘンリーが言う。
「そこがフローラの故郷なんだよね……天空の盾、何とか譲ってもらえるかな?」
 これまでに稼いだお金は一万ゴールドほど。どう考えても足りないような気がする。
「ダメならダメで手を考えるさ……お、あれが噂の宿屋か」
 ヘンリーが指差す方向に、大きな宿屋があった。街道はこの先で峻険な山脈を巨大なトンネルで越えていくのだが、その前に一休みと言う事で建てられた宿である。旅人の大半がここで一泊し、その間に情報交換などをしていくため、何時しか「噂の宿屋」と呼ばれるようになった。宿とは言っても、教会もあれば大きな酒場も併設され、行商人から買い物も出来る。ほとんど村に近い機能を持つ建物だった。
「俺たちも一泊していくか」
 ヘンリーの言葉に頷くリュカ。手綱を引いて、馬車を宿の横の車庫に入れると、何時ものように仲間たちに声をかけた。基本的に、マーリン以外の魔物の仲間は馬車で寝泊りしている。
「それじゃあ、みんな、留守番よろしくね?」
 中からスラリンのピキーという鳴き声や、プックルのにゃあ、という鳴き声が聞こえてくる。それを代表してピエールが言った。
「お任せを。どうかごゆっくり」
 ピエールは何時も鎧を着込んでいて、そのまま寝ている。身体が痛くならないのかとリュカは聞いてみたことがあるが、その答えはピエールらしいものだった。
「騎士たるもの、常在戦場の心構えでおりますれば……ヘンリーとは違うのですよ、ヘンリーとは」
 ピエールはヘンリーとなぜか反りが合わないのだが、この時もピエールはヘンリーを引き合いに出した。
「うるせぇよ、高所恐怖症騎士」
「黙れ、軟弱者」
 二人の間に火花が散る。プックルがこの二人は飽きないのか、と言いたげな呆れた表情でにゃあ、と鳴く中、リュカは何時ものように仲裁に入ったのだった。
(なんで二人は仲が悪いのかなぁ……)
 そんな事を思い出しながら、リュカは宿屋に入った。ひとまず部屋を取り、酒場に入った。そろそろ日も暮れてきているので、少し早いが夕食にしようと思ったのだが……
「うわ……混んでるなぁ」
 ポートセルミの酒場に負けない広さのそこは、百人近い旅人たちで埋まっていた。ウェイトレスがリュカたちに気付き、ごった返す中を慣れた足取りで駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませ。相席になりますが、よろしいですか?」
「ああ、かまわない」
 ヘンリーが答え、リュカたちはなんとか空いていたスペースに案内された。適当に料理を注文した所で、相席の旅の商人らしい男性が声をかけてきた。
「あんたたちはどっちへ行くんだい?」
「サラボナですよ。お友達が住んでいるので、会いに行く所です」
 リュカが答えると、商人はそうかい、俺はサラボナから来たんだよ、と前置きして話を始めた。
「今サラボナは大騒ぎでねぇ。街一番の商人、ルドマンさんが娘の婿取りをすると宣言してね。噂を聞きつけて、今はあちこちから娘さんを嫁にと望む男どもが押しかけているんだよ」
 それを聞いて、ヘンリーがリュカに尋ねた。
「なぁリュカ、その娘さんって、フローラさんの事じゃないのか?」
 リュカが頷くと、商人は驚きの表情を見せた。
「なんだい、あんたたち娘さんの友達か何かなのか? 確かにフローラって名前だよ、ルドマンさんの娘さんは」
 そう言ってから、商人はわははと笑った。
「いやぁ、てっきりそっちの兄ちゃんは求婚者組かと思ってたけど、こんな綺麗なお嬢さんと一緒なら、違うわな」
「「え」」
 ヘンリーは絶句し、リュカの顔は赤くなった。それを見て商人はますます笑い、マーリンは「青春じゃのー……」などとのんきに言いながら茶をすすった。
「で、その娘さんの結婚相手を決めるそうじゃが……話を聞くに、普通の選考ではなさそうじゃな」
 まだ赤くなったまま黙っている若者二人に代わり、マーリンが話を続けた。
「ああ。なんでも、とんでもなく厳しい冒険なり試練なりを潜らないと、認めてもらえんそうだよ。それを勝ち抜いた者……つまり婿に、全財産と家宝を引き継ぐ権利を授与する、とあっては当然のような気もするがね」
 商人の発した家宝、と言う言葉に、フリーズしていたリュカとヘンリーが反応した。
「家宝って……」
「天空の盾か?」
 聞く若者二人に、商人は頷いた。
「ああ、そんな名前だったな……お前さんたち詳しいなぁ」
 商人が感心するが、二人はもう彼の話を聞いていなかった。
「フローラと結婚する人が、家宝を受け継ぐ……?」
 リュカが言うと、ヘンリーは参ったな、と頭を掻いた。
「そんな試練の賞品になってるとなると、そう簡単には譲っちゃ貰えんだろうなぁ……どうしたもんか」
 いろいろ考えては見たものの、結局現地に行って直接話を聞いてみないことには、どうにもならないだろうと言う事になり、その日は翌日早くから出て、急いでサラボナに向かう事で意見が一致した。
 が、その夜、リュカとヘンリーはなかなか寝付かれなかった。食事時に商人に言われた言葉が引っかかっていたのである。
 リュカはその言葉を思い返して、顔を赤くしていた。
(男の人に綺麗だなんて言われたの初めてだな……ヘンリーもそう思ってくれているのかな?)
 そんな事を考え、それ自体にさらに顔を赤くする。
(って、どうしてそこでヘンリーの事を思い浮かべるの!?)
 一方、ヘンリーも考え込んでいた。
(綺麗なお嬢さんと一緒、か……求婚者に見られなかった、って事は……そのなんだ、やはりオレとリュカはそう見えるって事か……?)
 若者たちの悩みは続く。翌朝、マーリンは二人の目が赤い事に気付くと、特に理由を聞くこともなく、ただ「青春じゃのー……」と呟いただけであった。

 寝不足二人を抱えながらではあったが、馬車は順調に山脈を貫く大トンネルを抜け、サラボナ地方へ入った。ちなみに、このトンネルはフローラやその父ルドマンの祖先であり、導かれし者である大商人トルネコの掘ったものだと言い伝えられている。トルネコと言う人は穴掘りが好きだったようで、ラインハットの川の関所も、元はトルネコがエンドールとブランカの二つの国を結ぶために掘らせたトンネルだと言い伝えられている。何処まで本当かはわからないのだが。
 話は逸れたが、トンネルを抜けて平地への坂を下っていくと、前方に大きな街が見えてきた。なぜか横に塔が立っているのが特徴だ。
「あれがサラボナ……あの塔はなにかな?」
 リュカは首を捻った。神の塔もそうだったが、基本的に塔というのは古代遺跡である事が多く、中は魔物の巣窟である。そんな物騒なものの近くに町ができることは、普通はない。
「遺跡っぽくはないな……灯台かもしれん」
 ヘンリーが答える。サラボナも交易で栄えている商人の町なので、可能性はある。だが、近づいていくとその塔は見張り台というか、小規模な砦のようなものであるらしかった。街に隣接する施設としては、やはり不適当な気がする。
 しかし、それよりも気になったのは、すれ違う人の中にやたらと怪我人が混じっていた事だった。その全員が男である。
「ねぇヘンリー、今すれ違った人たちって……」
 リュカが聞くと、ヘンリーも同じ事を考えていたようだった。
「ああ。例の試練かもしれないな……どんな危ない事をさせてるんだ、フローラの親父さんは」
 ルドマンの家は商家だそうだが、そこまで次期当主に冒険者的な能力を求めるものなのだろうか? 冒険者としても超一流だったトルネコを祖先とする家なりの気概なのかもしれないが……疑問を抱きつつ、馬車はサラボナの街中に入った。
「すごく綺麗な町ね」
 リュカは感心する。白い石壁と赤い屋根を貴重とする町並みは、確かにオラクルベリーに匹敵する規模を持っていた。しかし、オラクルベリーが新興の街ゆえの活力……ある種の猥雑ささえも持った街なのに比べ、サラボナの街並みには気品さえ感じられる。
「まったくだな。とりあえず、宿に馬車を預けて、フローラの家を……」
 ヘンリーがそこまで言ったとき、突然馬車の前に何かが飛び出してきた。
「危ない!」
 リュカが咄嗟に手綱を引き、馬車を急停車させる。ショックで丸っこい身体のスラリンとブラウンが荷台から転げ落ち、目を回して倒れた。ヘンリーも落ちそうになったが、何とかこらえると、地面に降りた。
「おい、危ないだろう、お前」
 ヘンリーは飛び出してきた相手に声をかけた。白い毛並みの中型犬だった。首輪が付いていて、毛並みも綺麗にブラッシングされているあたり、どこかの飼い犬だろう。その犬は撥ねられそうになった事に興奮しているのか、歯をむき出してヘンリーに吠え掛かった。
「もう、ダメだよ、ヘンリー。動物には優しくしないと」
 リュカが御者席から降りてきて、犬に声をかけた。
「ほら、大丈夫よ。何処も怪我はない?」
 リュカに声をかけられると、犬は急に大人しくなり、尻尾を振りながらリュカに頭を撫でられるままになっていた。ヘンリーは苦笑するしかなかった。
「流石はリュカと言うべきか……ほんと、なんにでも懐かれる人徳はすごいよ」
「お前とは大違いだな」
 余計な事を、スラリンとブラウンの治療をしていたピエールが言った。ヘンリーがコイツいっぺんぶっ殺したろか、と思った時だった。
「リュカ! リュカでしょう!?」
 ヘンリーにも聞き覚えのある声が聞こえた。
「フローラ!」
 今度はリュカが嬉しそうな声で言う。ヘンリーはそっちをふり向いた。思った通り、そこには手を握り合って再会を喜んでいるリュカとフローラの姿があった。
「うちのリリアンが飛び出してごめんなさい。でも、それがリュカたちなんて、凄い偶然ですね」
 フローラが言うと、リュカに撫でられていた犬が、フローラの方に寄って行って、尻尾を振り出した。
「あ、この子、フローラの飼い犬なんだ?」
 リュカが言うと、フローラはちょっと恥ずかしげな表情になった。
「ええ……なかなか言う事を聞いてくれない子で。でも、本当にリュカがこの街に来てくれるなんて、凄く嬉しいです……うちにも来てくれますよね?」
 フローラの言葉にリュカは頷いた。
「うん。いろいろと聞きたい事もあるし……そういえば、なんか大変な事になってるみたいね」
 すると、フローラの顔は曇った。
「ええ……私は皆さんにそんな危険な事はして欲しくないんですけど、お父様はこれが家のしきたりだからって無理やり……私は自分で結婚したい人を決めたいのに」
 どうやら、試練で婿を選ぶと言う事に関しては、フローラは不本意であるらしい。そんな事をリュカとヘンリーが感じていると、後ろの方から怒鳴り声が聞こえた。ふり向くと、別の馬車だ。道を塞ぐなと言っている。
「こんな所で立ち話もなんだな。場所を変えよう」
 ヘンリーが言うと、フローラは頷いた。
「では、私の家にしましょう。とっておきのお茶をお出ししますね」
 こうして、リュカとヘンリーはルドマン邸の客人になったのである。
(続く)


-あとがき-
 中盤のハイライト、リング探し編の開幕です。
 とりあえず、ちょっとだけリュカも恋を意識するようになったかも?



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第三十四話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/18 17:19
 フローラの家でもあるルドマン邸は、町の外れにある大きな屋敷だった。中に通され、フローラの部屋でメイドが淹れてくれた香り高いお茶を楽しみながら、三人の会話が始まった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第三十四話 死の火山へ


「リュカと別れてからニヶ月くらいのはずですけど、なんだかとても久しぶりに感じますね」
 フローラの言葉にリュカは頷いた。
「そうね。修道院で三ヶ月間、一緒に暮らしていたんだもの。別れてからの方が短いのに、だからこそ久しぶりって感じるのかな?」
 そんな世間話をまじえて、近況を語り合う。ラインハットの政変に関してはフローラも父ルドマンから聞かされてはいたらしいが、そこでリュカたちが果たした役割を聞くと目を丸くした。
「まぁ……そんな事が。大変な事に関わったんですね」
 他にも、プックルとの再会の事を聞けば涙ぐみ、ルラムーン草が作り上げた地上の星空の話には目を輝かせ、とフローラはリュカの話に聞き入る。なかなか聞き上手な子だな、とヘンリーは感心した。
 そして、いよいよ話はこの街に来た事情にかかり始めた。
「以前お話した、家宝の盾ですね……私も帰ってきてからお父様に確認したのですが、間違いなく天空の盾と言うものだそうです」
 フローラの祖先であるトルネコは、元々は武器商人であったため、世界一の武器商の証として、天空の装備を手に入れることを望んで旅に出たのだと言う。天空の勇者と出会った事で、トルネコは天空の装備を目にし、鑑定するという栄誉を得たが、さすがにそれを商品として扱う事は躊躇われた。
 しかし、天空の勇者は魔王を倒した後、仲間との別れに際し、友情の証として天空の装備を分け与えたのだと言う。トルネコが分け与えられたのは天空の盾だった。残る剣、鎧、兜もそれぞれ別の仲間の手に渡ったが、現在まで確実に伝承されているのは、この盾のみだと言う話である。
「それで、リュカはお父様のご遺言で、天空の装備を探しているんでしたね」
 フローラの言葉に、リュカは頷いた。
「うん……だから、何とか譲ってもらうか、お金で買い取るかしようと思ってはいるんだけど」
 すると、フローラは意外な事を言い出した。
「実は……その事で、私からリュカにお願いがあるのです」
「え? わたしに?」
 戸惑うリュカに、フローラは頭を下げた。
「はい。私の幼馴染みの、アンディを助けて欲しいのです」
「……ひょっとしてアレか。そのアンディって人も、試練に参加してるのか?」
 ピンと来たヘンリーが言うと、フローラは目を伏せてはい、と頷いた。
「お父様には、修道院での花嫁修業後に正式にお許しを戴くつもりでしたが、私はアンディと将来を誓い合っているのです」
「ええっ!?」
 リュカもヘンリーもその発言には驚いた。
「い、今はその事をお父さんには?」
 リュカが聞くと、フローラは首を横に振った。
「お父様は、この家の跡取りは試練で決める、の一点張りで、とても言い出せる雰囲気では……それで、アンディは自力で試練を乗り切ると言って、参加者に加わったのです」
 なるほど、とヘンリーは頷いて、質問を一つ投げた。
「事情は理解したが、試練を他人が助ける事は、不正にはならないのか?」
「それは良くわからないのですが、話を聞く限りでは、参加者の方が仲間を募る事は多いみたいです。アンディは一人らしいですけど」
 まぁ、ルドマンの家に婿入りしようと言うくらいだから、財産目当ての山師もいれば、もっと商売を大きくしたい商人もいるだろう。街道で見かけた脱落者組らしき怪我人たちも、年齢も仕事もバラバラに見えた。
 しかし、そういう財産目当ての人と結婚して、フローラが幸せになるとは思えない。互いに愛し合っているアンディと結婚したほうが、彼女にとっても良い事だろう。リュカはヘンリーに言った。
「ヘンリー、わたしはフローラを……アンディさんを助けてあげたいけど……どうかな?」
「ああ、オレもそう思う」
 ヘンリーも同意したので、リュカはフローラに言った。
「わたしたちにできる事なら、どんな手助けでもするよ、フローラ」
 フローラの顔がパッと明るくなり、うれし涙を浮かべた。
「ありがとう、リュカ……感謝します」
「いいよ、そんなに堅苦しくしなくて。友達でしょう?」
 笑顔でフローラに言うリュカ。そこで、ヘンリーが聞いた。
「そういえば、試練の内容を聞いていなかったが……どんなのなんだ?」
「そう言えばそうでしたね。実は……」
 フローラの説明を聞き、リュカとヘンリーはまだ見ぬルドマンに対し、「まさに外道」と言う感想を抱くほかなかった。

 馬車がサラボナからさらに南へ下っていくと、前方に煙を噴き上げる山が見えた。山腹を赤い溶岩が流れ下っていき、時々山頂から花火のような赤い光がパパッと輝く。美しい光景ではあるが、それら一つ一つがイオナズンやベギラゴン、メラゾーマと言った最上級の攻撃魔法を凌駕する破壊力を秘めたものだと考えると、見とれているわけにもいかない。まして、あの下に突っ込むとなれば。
「あれが死の火山か……」
 ヘンリーが緊張の面持ちで言う。ルドマンが求婚者たちに課した第一の試練。それは、この山のどこかに眠ると言う秘宝「炎のリング」を持ち帰る事だった。
「アンディさん、無事だと良いけど」
 リュカも緊張している。何しろ、聞いた事情が壮絶すぎた。
 数百人規模で集まった求婚者たちだったが、ルドマンの出した条件を聞いた瞬間、いきなりその数は半減した。さらに山を見ただけでまた人数は半減し、残る半分も勇を奮って山に突撃したが、たちまち溶岩の熱気に倒れる者、火山弾の直撃を受けて重傷を負った者、火山に生息する魔物に襲われた者が続出し、現在は三十人程度が挑戦を続行中らしい。アンディはまだリタイアしていないので、実はかなり出来る人のようだ。
「あまり山に近づくと、馬車が危ないな……少数精鋭で行こう。まず爺さんは外せないな」
 ヘンリーが言うと、荷台からマーリンが顔を出した。
「あまり山登りは好きじゃないんじゃが……まぁ、仕方あるまいな」
 火山の魔物は熱や炎に強い分、氷の魔法には弱い。マーリンのヒャド系魔法は必須だろう。
「よろしくね、マーリン。あとは……」
「ここはそれがしの出番ですな!」
 リュカの言葉を遮って出てきたのはピエールだった。確かにスライムナイトは意外と熱に強いし、ここは回復魔法の出番も多いだろうことを考えると、うってつけの人選ではある。
「じゃあ、ピエールもよろしく。ヘンリーと喧嘩しちゃダメよ?」
「それはあやつ次第ですが、努力はしましょう」
 ピエールはしれっと答え、ヘンリーに渋い顔をさせたが、ともかくこのメンバーで火山登りと決まった。
「プックル、お留守番お願いね」
 リュカが言うと、プックルは任せとけ、と言う感じで頷き、馬車の荷台から降りると傍に座った。新参ではあるが、リュカとの付き合いは長いプックルは、強さもあって荷台の面子からは一目置かれている。
 プックルの頭を一撫でし、リュカたちは火山へ向けて出発した。進んでいくと、流れ出した溶岩の終端が折り重なった険しい台地があり、そこを越えると、もはや人間の住む世界とは明らかに違っていた。
 草木一本無い溶岩台地のあちこちに、赤やオレンジ色の溶岩の川が縦横に流れ、いたるところからやや黄色がかった白い噴煙があがっている。強烈な硫黄臭と熱気が押し寄せ、咳き込みそうになったリュカはターバンの一部を顔に巻いてマスク代わりにした。
「これは凄いね……」
「ああ、こりゃ長居できんぞ」
 ヘンリーもスカーフをマスク代わりにして顔を覆う。見た目は怪しいが、そんな事は言ってられない。ともかく歩けそうな場所を選んで進んでいく……と、前方の白煙の中から、よろよろと進み出てくる人影があった。
「だ、誰か……」
 弱々しい声。見れば、身体のあちこちが焦げて、かなり手酷い火傷を負っている冒険者らしき男性だった。リュカたちは慌てて彼の所へ駆け寄った。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!!」
 リュカがベホイミをかけ、ヘンリーは荷物の中から水を取り出して、火傷の癒えた所を冷やしてやると、男の意識がしっかりしてきた。
「うう……助かった……いや、それどころじゃない。この先で、かなりの魔物が現れて、キャンプが襲われたんだ……頼む、助けてくれ……!」
 リュカは煙の向こうを見た。微かに光が瞬くのが見える。誰かが呪文を使っているのだ。
「よし、あんたはここで待ってろ。みんな、行くぜ!」
「おうよ」
「貴様が命令するな!」
 ヘンリーの号令に、マーリンは普通に、ピエールは嫌々ながらも応じ、煙を突っ切って突進する。すると、溶岩の川に囲まれた高台の上で、十数人の冒険者たちが、炎の戦士やキメラなどの魔物と戦っていた。冒険者の方が強い事は強いのだが、魔物の方が圧倒的に数は上で、冒険者側はじわじわと押されていた。
「バギマ!」
「ヒャダルコ!」
 その魔物の群れを、リュカとマーリンの呪文が薙ぎ払った。烈風と共に飛来するショートソードか大型ナイフ並みの大きさを持つ氷の刃が炎の戦士を貫き、キメラを引き裂く。残りが動揺した所で、ヘンリーとピエールが斬り込んだ。
「みんな、助けに来たぞ! 押し返せ!!」
 ヘンリーの叫びに、劣勢で疲労困憊していた冒険者たちの目に光が戻った。
「こんな所で死ねるか! やってやる!!」
「ちくしょうめ、俺は生きて帰るんだ!!」
 彼らも剣や槍を振り回して魔物たちに斬り込み、劣勢を悟った魔物たちは溶岩に飛び込んだり、あるいは空を飛んで逃げていく。程なくして魔物たちは一掃された。
「はぁ……はぁ……くそぅ、もうやってられるか! いくら財産と美人の嫁さんが貰えると言っても、命あっての物種だぜ!」
「やっぱり、地道に生きていくのがベストだよな……」
 ボロボロになった彼らは、リュカたちに礼を言うと、ぞろぞろと下山していった。残ったのはたった一人。一応剣を持ってはいるが線の細い青年で、ここで生き残っているのが不思議なほどだ。
「あんたは帰らないのかい?」
 剣を納めながら言うヘンリーに、青年は答えた。
「もちろんです。絶対に……目的を果たすまで帰るものか。生きて炎のリングを掴んで……フローラと添い遂げるんだ」
 青年の言葉を聞いて、リュカが気付いた。
「あなたがアンディさん?」
「確かに僕はアンディですが……何故それを? あなた達は一体?」
 不審そうな表情を見せるアンディに、リュカは答えた。
「わたしはリュカ。こっちはヘンリー。フローラとは修道院にいた時の友達です。実は……」
 リュカはアンディに事情を説明し始めた。
(続く)

-あとがき-
 と言うことで、リュカたちはアンディの助っ人と言うことで、ヘンリーが婿候補に名乗りを上げたり、リュカが百合る覚悟でとか言う展開はありません。
 ルドマンルート? あるあ……ねーよ(笑)



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第三十五話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/19 22:05
「そうですか、フローラがそんな事を……」
 リュカの説明を聞き終わって、アンディは喜びの表情を浮かべた。こうして見ると、なかなかの美青年ではある。街中を歩けば、女性の十人に八人くらいはふり向く容姿だろう。
「まぁ、あんたがフローラと結婚できるように、オレ達は助力する。代わりに天空の盾を貰う。そういう契約になるが……異存はないか?」
 ヘンリーが聞くと、アンディは頷いた。
「構いません。僕が欲しいのはフローラだけです。彼女と結ばれるなら、財産も家宝も要りません」
 きっぱりとした返事に、この人は本当にフローラが好きなんだなぁ、と思ったリュカは、ちょっとフローラの事が羨ましいと思った。彼女も年頃の少女であり、恋に恋する年代である。自分もこんな情熱的な恋をする事があるのだろうか……と思うと、良くわからないのだが。
「では、頑張って試練を突破しましょうね」
 リュカが話をまとめ、アンディを加えた五人が、炎のリングを手にすべく死の火山に挑戦することとなった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第三十五話 灼熱の死闘


 キャンプがあった高台を越え、さらに先へ進むと、熱気と硫黄の臭いがますますきつくなって来た。出現する魔物は軽くあしらえる程度だが、金属鎧を着ているヘンリーはオーブンの中にいるようなもので、汗だくになっていた。
「たまらんな、この熱さは……リュカ、だいじょ……」
 ふり向いて、ヘンリーは絶句した。
「ん……あっつーい……」
 軽装のリュカも汗びっしょりになっており、服が肌に張り付いて、透けて見えていた。白い布地なのでなおさらである。細い身体の割りに豊かな胸もくっきりと浮き出ていて……
「ん? どうしたの、ヘンリー」
 ヘンリーがポカーンと言う表情になっているのを見て、リュカは不思議そうな表情になった。
(ど、どう答えたらいい? 何でもないと答えたら、リュカはあの格好のままか!? かと言って服が透けてるなんて指摘したら……)
 困り切ったヘンリーだったが、殿を歩いていたマーリンが荷物からタオルを取り出し、リュカの首にかけた。
「リュカ殿、これで汗を拭きなされ」
「あ、ありがとう。マーリン」
 タオルのお陰で、だいぶ透けている部分が隠れた。マーリンは殿に戻ることなく、その場で杖を構えた。
「そろそろ、ワシも攻撃呪文だけではない、と言う事を見せて進ぜよう……トラマナ!」
 マーリンが気合を入れて呪文を唱えると、彼の身体を中心に、淡く輝く光の繭のようなものが一行を包み込んだ。その途端に周囲から伝わる熱気が消え、硫黄の臭いが遮断される。周囲の危険から身を守るバリアを展開する呪文だった。
「これで、だいぶ過ごしやすくなったかの」
 笑顔で言うマーリンに、ヘンリーはツッコミを入れた。
「こんな良い呪文があるなら、早く使ってくれよ」
「先は長いからのう。節約したかったんじゃ」
 マーリンはそう答え、そっとヘンリーに耳打ちした。
「それに、リュカ殿をあの格好のままにはしておけんじゃろ」
「……まぁな」
 ヘンリーは頷き、前を向こうとして、ある事に気づいた。
「……って、気付いてたのか? じいさん」
「お主の反応を見たからじゃがな」
 ヘンリーは何も言い返せず、照れ隠しのように前を向いた。
「よ、よーし……とりあえず前進だ!」
 すると、ピエールが近寄ってきて、ぼそっと言った。
「……この変態め」
 こっちにはヘンリーも言い返した。
「そう言うお前はどうなんだ。そう言うからには気付いてたんだろうな?」
「……さ、行こうか」
 ピエールは話をそらした。
 男の悲しい性であった。

 進むにつれて道は険しくなり、とうとう溶岩流に左右を挟まれた、狭い通路のようになってきた。トラマナがなければとても通れそうな場所ではない。流れる溶岩は目に痛いほどの赤い輝きを放っており、落ちたらどうなるのか、などと言うことは考えたくもなかった。
「道、本当にこれで良いのか?」
 ヘンリーの質問にアンディは頷いた。
「山頂まではこれで行けると、他の人たちが確認してます」
 古い文献によると、山頂付近にはかつて山の神を祀る神殿があったとかで、もし炎のリングがあるとすれば、そこが最有力候補だろうと、アンディは説明した。
「その人たちは? 神殿まで行けなかったんですか?」
 リュカの言葉に、アンディは暗い表情になった。
「三日前、全員脱落しました。ここの近くまでは来たけど、全員大火傷で……」
「無理もないですな。マーリン殿の魔法がなければ、我らも同じ目に遭っているでしょう」
 ピエールが言う。この状態でも鎧を脱がないピエールだが、外見上特に熱さを気にしている風には見えない。しかし、乗騎のスライムは汗だくだ。その汗が地面にも滴っているが、トラマナの効果範囲から出た途端、瞬時に蒸発して跡も残っていない。
「急いだ方が良いな。爺さん、呪文の効果時間は?」
 ヘンリーはその光景を見てぞっとしながら聞いた。マーリンは魔族のためなのか、この状況でも涼しい顔だが、そうじゃな、と考え込む。
「ま、すぐに切れるわけではないが、そろそろこの中も砂漠並みの暑さにはなろう。急いで用を済ますべきじゃな」
 その言葉に、一行は足を速めて山頂へと進んで行った。しかし。
「……ん?」
 最初にその兆候に気付いたのはリュカだった。足元が微妙に振動しているような気がした。いや、気のせいではない。間違いなく揺れ始めている。リュカは警告の言葉を発した。
「みんな、気をつけて! 何か来る!!」
「なに? うおっ!?」
 ヘンリーが応じた瞬間、激しい揺れが始まった。溶岩に落ちないよう、通路の上で膝をつくようにして踏ん張る一行の頭上で、ドガン、と言う凄まじい大音響が轟いた。
「噴火だ!!」
 アンディが叫んだ。二百メートルほど上の火口、そこから巨大な噴水のような形の、しかし灼熱の溶岩の柱が天を衝くように噴き上げた。その光に照らされ、今まで何もないと思っていた岩陰に、神殿の姿が浮かび上がった。
「あんな所に……うわっ!?」
「きゃあっ!!」
 それに気づいたヘンリーだが、襲ってきた爆風に、リュカの身体を抱えて飛ばされないようにするのが精一杯だ。アンディとピエールも何とか持ちこたえ、マーリンはピエールに掴まっていた。
 爆発音は三度続き、その度に地震と爆風で一行を激しく揺さぶった。
 三度目の噴火を最期に地面の揺れは収まったが、今度は不気味な風切り音があたりに響き始める。頭上を見上げると、灼熱の溶岩の飛沫が空中で固まり、赤く輝く火山弾となって降り注いできた。
「あれはトラマナでは防げん! 逃げるんじゃ!!」
 マーリンが言ったが、狭い通路の上だ。何処にも逃げ場はない。ヘンリーは立ち上がると、ピエールに向けて叫んだ。
「ピエール、イオだ! 爆発であれを吹き飛ばすぞ!!」
「貴様の指図は……と言っている場合ではないな。やむをえんか!」
 ピエールは頷き、二人の魔法剣士は頭上に手を掲げて呪文を唱えた。
「イオ!」
「イオッ!!」
 空中で激しい爆発が起こり、その爆風が傘となって、火山弾を逸らしていく。だが、それを二~三度繰り返した時、それまでとは比べ物にならない、馬車ほどもあろうかと言う大きさの火山弾が降って来るのが見えた。
「あんなモン防げるか! ちくしょう、逃げろ!!」
 慌てて後退する一行の前方、そして左右の溶岩の上に、まるでリュカたちを包囲するようにその火山弾は降り注いだ。通路がまた激しく揺れ、溶岩の飛沫が噴き上げる。だが、それを最期に噴火は収まったようだった。
「ふぅ……冷や汗モンだぜ……」
「こんなに暑いのにね」
 リュカとヘンリーはそんな事を言い、苦笑した。危険が去ったと思っての余裕だ。しかし。
「まだじゃ! 終わっとらんぞ!!」
 マーリンがそう叫ぶと、通路の上に落ちた火山弾にヒャダルコを放った。それとほぼ同時に、火山弾がまるでそれ自体が噴火したかのような、燃え盛る火炎を噴き出す。氷と炎が激突して水蒸気爆発を起こし、真っ白な煙が辺りを覆い隠した。
 それが晴れると、三つの巨大火山弾は人の肩から上のみを象ったような魔物の姿に変形していた。火口のような口から、威厳ある声が放たれる。
「我らは炎の聖域を守護する者。聖域を侵す者よ、疾く立ち去るが良い」
 その姿を見て、ピエールが叫んだ。
「話には聞いたことがある……火炎の守護者、溶岩魔神!!」
 同じ聖域を守護する一族の出として、ピエールは彼らの正体を知っていた。同時に、それがどれだけ手強い相手かも。
「おのおの方、油断めさるな。恐るべき相手ですぞ!」
 ピエールは注意を喚起した。全員が武器を構え、あるいは呪文のために意識を集中させる。侵入者たちに退く気がない事を見て取って、溶岩魔神たちは一斉に燃え盛る火炎を吐き出した。
「フバーハっ!」
 間一髪、ヘンリーが防御呪文を展開させた。炎を遮断する事はできないが、威力がだいぶ低減される。下手したら全員が一瞬で黒焦げになりかねないところだが、回復呪文で十分治癒できるレベルの火傷で済んだ。
「これは長期戦になるとキツイのう……よし、ワシが一発大技を決めるゆえ、相手が弱ったら、一匹ずつ集中攻撃をかけるのじゃ」
 マーリンがそう言って呪文を唱えだした。ヒャダルコより詠唱時間が長い。そればかりか、唱えているだけで周囲の気温が下がるほどだ。これを危険と見たか、溶岩魔神たちがマーリンに攻撃を集中しようとする。しかし。
「させるか!」
「やらせません!」
「なんのっ!」
 ヘンリー、ピエール、アンディがそれぞれ一体ずつの溶岩魔神を引き受けて足止めを図る。が、それも命がけの行為だった。剣が相手の身体に食い込むと、そこから鮮血のように溶岩の飛沫が噴き出し、ヘンリーたちの身体を焼くのである。
「ホイミ……ううん、ベホイミっ!」
 リュカは回復呪文を連発し、三人を支援した。しかし、腕っ節が一番なさそうなアンディがついに突破を許してしまう。それだけで彼の胴体くらいありそうな豪腕が、アンディの身体を横殴りに吹き飛ばした。
「うわあっ!?」
 飛ばされたアンディが、溶岩流に落ちそうになる。
「あぶない、アンディさん!!」
 リュカが咄嗟にチェーンクロスを振るった。その先端がアンディの手首に巻き付き、辛うじて落下を阻止する……が、リュカの腕力では軽量とは言え、男の体重を支えるので精一杯で、引き上げる所まで行かない。
「くっ……アンディさん、しっかり!」
「す、すいません、リュカさん! 今上がります!!」
 アンディは必死に通路の側壁を登ろうとするが、汗で手が滑ってなかなか登れない。その間に、溶岩魔神がマーリンに襲い掛かる。
「……惜しかったのう。ヒャダインっ!!」
 しかし、僅かにマーリンの呪文が早かった。両手から雪崩のような純白の凍気が噴き出し、溶岩魔神の身体に炸裂する。赤熱するその身体が一瞬で冷えて黒く固まったかと思うと、全身にひびが入り、砕け散った。急激な低温化で身体が脆くなったのだ。
「ヘンリー殿、ピエール殿、伏せなされいっ!」
 マーリンは叫びつつ、ヒャダインの凍気を前方を薙ぎ払うように振るった。慌ててよけたヘンリーとピエールの頭上を掠めるようにして、凍気が溶岩魔神に命中する。そいつらは砕ける所まではいかなかったが、やはり赤熱を失い、一気に動きを鈍らせた。
「よし、もうこっちのモンだぜっ!!」
 立ち上がったヘンリーが溶岩魔神の眉間に剣を食い込ませた。そのまま強引にねじりこむように剣を突き刺していく。そこから全身にひびが広がり、溶岩魔神はガラガラと崩れ落ちた。
 一方、ピエールも溶岩魔神の身体に剣を叩き込み、気合を入れて叫んだ。
「イオラ!」
 剣の切っ先から爆発エネルギーが迸り、魔神の身体を中から吹き飛ばした。爆風で魔神の残骸は通路上から一掃され、跡形もなく溶岩の中に叩き込まれた。破片はゆっくりと溶け、溶岩の中で見分けがつかなくなっていった。
(続く)


-あとがき-
 原作では死の火山のボスは溶岩原人ですが、ボス分が不足しているので、3の熔岩魔神を出してみました。
 それにしても久しぶりに戦闘シーンをちゃんと描いた気が。これドラクエの小説なのに……



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第三十六話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/20 21:30
「はぁ……はぁ……す、すいません、皆さん。足を引っ張ってしまって」
 リュカの手を借りてようやく通路に這い上がってきたアンディが、荒い息をつきながら頭を下げた。
「いや、気にするなよ。あんな化け物と渡り合ったんだ。それより、皆無事か?」
 ヘンリーが言うと、マーリンがその場に座り込んだ。
「身体はなんともないが、魔力はもう空っぽじゃ。すまんが後は頼むぞ」
「わたしも……」
 回復呪文を連発し、アンディを引き上げたリュカも、今にも倒れそうなくらい疲労困憊していた。もちろん、ヘンリー、ピエール、アンディも傷と火傷でいっぱいだ。
「ま、死人が出なくてよかった。他の魔物が出る前に、聖域とやらに急ごう」
 ヘンリーは言うと立ち上がった。全員がよろよろと、と言う足取りではあったが、火口の神殿を目指して歩き始める。幸い、もう魔物は出なかった。この火山で最強の守護者を倒した相手に敵うはずもないと思ったのだろうか。花崗岩を積んだ壮麗な神殿に辿り着くと、すぐそこで溶岩が渦巻き荒れ狂っているとは信じられないほどの静寂が、辺りを包んでいた。そればかりか、熱気もほとんど感じられない。
「どうやら、一種の結界がこの神殿を覆っているようじゃな」
 マーリンは興味深そうに言った。
「暑くないなら何でも大歓迎だ。まぁ、中に入ろうぜ」
 ヘンリーが促し、一行は中に入った。入り口から奥の祭壇まで、溶岩流を模した模様の赤い絨毯が続くだけの、シンプルな内装である。
「あれが……そうか?」
 アンディは祭壇に歩み寄っていく。リュカたちも後に続くと、祭壇の上に小さな宝箱が置いてあるのが見え、それは一行が近づくと自然に開いた。
「あ……」
 思わず声が漏れる。そこにあったのは、燃えるような赤いルビーをはめこんだ、金の指輪だった。炎の模様を象った精緻な彫刻と装飾が施され、美術品としても第一級の価値があるだろう。そして、その指輪と他の指輪を隔するのは、ルビーの中の揺らめく赤い炎のような光だった。
「これだ。間違いない」
 アンディは慎重に指輪を宝箱ごと持ち上げ、再度蓋を閉じてバッグにしまいこんだ。リュカとヘンリーは拍手した。
「おめでとう。まずは第一関門突破ですね」
 リュカが言うと、アンディは頭を下げた。
「いえ。これも皆さんのお陰です。あなた方がいなかったら、僕は今頃溶岩の中で溶けていたでしょう……」
 さっきの戦いを思い起こしてゾッとするアンディ。一人で溶岩魔神に勝てたとはとても思えない。
「ひとまず、サラボナに戻りましょう。次の試練のためにも一休みしておかないと」
 アンディはそう言ってキメラの翼を取り出すと、天に投げ上げた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第三十六話 山奥の村での再会


 アンディがルドマンに炎のリングを手に入れたことを報告しに行っている間に、リュカとヘンリーはフローラと会っていた。
「そうでしたか……ありがとうございます、リュカ、ヘンリーさん。アンディを守ってくれて……」
 喜びながらも、フローラの表情は決して明るくはない。何しろ、数百人はいた求婚者たちが死の火山だけでアンディを残して壊滅した事は、シャレでは済まされない。死者こそ出なかったようだが、ほとんど奇跡だろう。
「どうか、次の試練でもアンディをよろしくお願いします」
 フローラのお願いにリュカは頷き、質問した。
「それは良いけど、次はどんな試練なの?」
「まぁ、なんとなく想像がつくけど」
 ヘンリーが言う。その予想を裏付けるようにフローラは言った。
「次は、水のリング……炎のリングと対になる秘宝を探す事です。実は、その事でリュカにお話があるんです」
「え、わたしに?」
 自分と水のリング、何の関係があるのかわからず戸惑うリュカ。
「はい。お父様の話によると、水のリングはこの街の北、グレートフォール山のあたりにあると見ているそうなのですが……そこに行くための水門を管理している村は、温泉が有名なのだそうです」
 リュカは以前フローラに頼んだ事を思い出した。ビアンカにもし会うことがあったら、話を伝えて欲しい、という頼みをした事を。フローラはそれが出来なかった代わりに、ビアンカに繋がる有力情報を調べていてくれたのだ。
「フローラ……ありがとう。そこにビアンカがいるかどうかはわからないけど、行ってみる」
 リュカはフローラの手を握った。

 三日ほど宿に滞在し、疲れと傷を癒したリュカたちは、まず買い物を済ませてからアンディと合流した。天空の盾を買うために貯めていたお金だが、アンディが試練を達成すれば無料になるのだからと、新しい武器や防具を買い込んだのである。ヘンリーは破邪の剣を買い、リュカはみかわしの服を買った。仲間たちもそれぞれ何かしら武器を新調している。
 船着場に着くと、もうそこではアンディが待っていた。挨拶もそこそこに、彼は今後の予定を話し始める。
「もうフローラに聞いたかもしれませんが、次の目標は炎のリングと対になる、水のリングと言う秘宝です。その在り処の最有力候補が、グレートフォール山の周辺とルドマンさんは言っていました。そこで、あの船で現地に向かいます」
 アンディが指差したのは、ヨットほどの小ぶりな帆船だった。内海や河川などの内陸水系の移動に良く使われるタイプの船である。
「げ、船か……」
 渋い顔をするヘンリーに、アンディは笑いながら言った。
「航行するのは川か湖ですから、そんなには揺れないはずですよ」
「……ま、仕方ないか」
 ヘンリーは覚悟して船上の人となった。船自体はルドマンの持ち物で、船長もルドマン家に雇われた人物だったが、なかなか気さくで話しやすい人だった。水門の村について詳しいかとリュカが聞くと、船長はもちろん、と頷いた。
「あそこの温泉は最高だからね。良く行くよ。それに、飾り物も良い腕の職人がいて、なかなか良い値段になるんだ」
 なんでも、フローラの結婚式に使うウェディングドレスやヴェールも、その村の職人に発注してあって、ドレスは既に納品済みらしい。
「へぇ……お金持ちの旦那さんが納得する品なのか。そりゃ大したもんだな」
 横で話を聞いていたヘンリーが感心すると、船長は何かを思い出したように言った。
「大したもんだといえば、あの村の女の子は強い! 魔物がうろついている森や山の中でも、平気で歩き回っているんだ。信じられないだろ?」
 一度など、船長が魔物に襲われた時に、助けてくれた少女がいたと言う。その話を聞いて、リュカは聞いた。
「その女の子ですけど……金髪でおさげ髪じゃありませんでしたか? 名前はビアンカ」
 船長は首を捻った。
「金髪でおさげ髪なのはその通りだな。名前までは聞かなかったよ……知り合いかね?」
「はい。ひょっとしたら……いえ、間違いなく」
 リュカは頷いた。特徴はビアンカに一致する。彼女があれからどのくらい成長したのかわからないが、武術を続けていたのなら、魔物を一蹴するくらいの強さはあるだろうと思う。
「そうか。まぁ、船でも村の最寄の港までは半日以上かかる。ゆっくり待っていなさい」
「はい」
 船長の言葉に、リュカは素直に頷いた。しかし、ビアンカに再会できるかもと考えると、落ち着かない気分でいっぱいだった。

 サラボナから北に向かう事半日。幸い風も波も穏やかで、ヘンリーも酔うことなく船旅を楽しんでいた。
「水門が見えるぞー!」
 帆柱の上の見張りが叫ぶ。船室にいたリュカたちも甲板に上がってくると、海峡を塞ぐように大きな水門が聳え立っていた。
「あの水門は、北の内海との間に起きる強い潮流を遮るものなんだ。あれがあるお陰で、この辺りは海が穏やかなんだよ」
 船長が解説し、水門に隣接する小さな港に船を近づけていく。やがて船は桟橋に横付けし、渡し板が降ろされた。
「我々はこの港で待機しているよ」
 と言う船長に見送られ、一行は港を後にした。目指す山奥の村はこの北東にある。山奥といっても、周囲の山はさほど高いものではなく、道も馬車が通れるほどには広い。病に効く温泉を目当てに結構人が来るという話だったが、確かにそうらしい。港を出て半日はかかるかと思っていた旅は、二時間ほどで終わりを告げた。
「どうやらあれらしいな」
 最後の峠を越えた所で、ヘンリーが前方を指差した。僅かに坂を下った先、森の向こうに、あちこちから白い湯気が噴き出している村があった。温泉宿らしい大きな建物が幾つか見える。馬車は坂を下り、村の中に入っていった。
「死の火山ほどじゃないけど、ここもなかなか臭いますね」
 アンディが鼻をひくつかせる。村の中の川は温泉が流れ込むのか、川底や河原は白から黄色の湯の花で覆われ、硫黄の臭いが漂う。鼻の敏感なプックルにとってはキツイ臭いなのか、しきりに鼻を擦ってはにゃあにゃあと不満そうな声を上げていた。
「ごめんね、プックル。ちょっとだけ我慢して」
 リュカが謝ると、プックルは鳴くのは我慢するようになったが、やっぱり鼻を擦って、たまにくしゃみをしていた。
「さてと、まずは村長に挨拶しないとな……ちょっとすいません、そこの人……」
 ヘンリーが道端にいた村人に声をかけようとしたが、リュカはそれを制止した。
「ちょっと待って、ヘンリー。お墓参り中みたいだよ」
 確かに、そこは小さな墓地になっていて、ヘンリーが声をかけた人物は墓石の前に跪いて祈りを捧げていた。邪魔するのは悪い。
 ところが、その村人を良く見た途端に、ヘンリーを注意したはずのリュカが、馬車からいきなり飛び降りると、その人のほうへ走り始めた。彼女だけではない。プックルも馬車から跳び降りる。
「あ、おい!? リュカ、プックル!?」
 ヘンリーが叫ぶ。その声に気付いたように、墓参りをしていた人物が振り返った。金髪で、長い髪を一本のおさげにくくった、美しい女性。リュカは彼女の直前で立ち止まった。
「……リュカ?」
 女性が言った。リュカは頷くと、女性の名を呼んだ。
「ビアンカお姉さん……」
 その呼び声に、女性は目を丸くした。その視線が、リュカの髪をくくるピンク色のリボンに吸い寄せられる。十年間、どんなに苦しい時も、辛い時も、決してほどけることなく、リュカの頭にあり続けたリボン。十年前、最初の冒険を終えた時、二人で二本を分け合った思い出の品。
「リュカ……本当にリュカなのね!?」
「ビアンカお姉さん! 会いたかった……!!」
 リュカはビアンカの胸に飛び込むように抱きついた。ビアンカはリュカを抱きとめ、勢いでくるくると回る。
「ああ、リュカ……リュカ……! あなたとパパスおじさまが行方不明になったと聞いて、どんなに心配したか……!! でも良かった、あなたが生きていてくれて……おじさまは?」
 パパスの消息を聞かれた途端に、リュカの顔が曇った。それを見て、ビアンカも何が起きたのか悟ったのだろう。
「……そう」
 暗い表情になるビアンカ。そこへ、プックルがぬっと顔を突き出した。元気出せ、と言うようににゃあ、と鳴く……が、しかし。
「きゃっ! りゅ、リュカ!? コレはなんなの!?」
 コレ呼ばわりされたプックルが目に見えて萎れた。リュカは苦笑しながらその頭を撫でた。
「覚えてないの? この子がプックルだよ」
「……えええ!?」
 ビアンカはリュカとの再会よりも驚いた声を上げた。が、よくよく見れば確かにあの時の「猫ちゃん」の面影がある。
「お、大きくなったわね……」
 恐る恐るビアンカが頭を撫でると、プックルは満足げに鳴いて、ごろんとお腹を見せるように転がった。その仕草に、ようやくビアンカの顔に笑いが戻った。
「ねぇリュカ、今日は泊まって言ってくれるでしょう? あれから十年、積もる話もあるだろうし」
 無理やり、明るさを保った声で言う。リュカは頷いた。
「うん、もちろん。いいよね、ヘンリー、アンディさん」
 リュカが振り返って言うと、ヘンリーもアンディも頷いたが、ビアンカの目が急に細くなった。
「リュカ?」
「ん?」
 ビアンカが急にがしっと肩を掴んできたので、リュカは驚いてビアンカの顔を見た。
「なんで男の人を二人も連れているの? まさかふしだらな事を……」
「な、何ふしだらな事って!? し、してないよそんな事!!」
 ビアンカのとんでもない追及に慌てまくるリュカ。その様子を見て、男二人は思わず顔を見合わせ、苦笑いをするのだった。
 たぶん次は自分たちが追及されるだろう、と言う怖い予測と共に。
(続く)

-あとがき-
 無事炎のリングゲット。そしてビアンカとの再会です。
 次回はビアンカさん無双のお話。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第三十七話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/23 23:45
 ビアンカに連れられてリュカたちが向かったのは、村の奥にある小さな家だった。
「ここが今住んでいる家よ。さ、入って」
 ビアンカが手招きする。家の看板には「源泉管理小屋」と書かれていた。アルカパと同じく宿屋でもしているのかと思ったが、今は宿屋の仕事はしていないらしい。
「お邪魔します」
 リュカは挨拶して中に入った。すると、奥から「お客さんかい?」と言う声が聞こえ、ダンカンが出てきた。記憶の中のダンカンと比べると、若干老けてやつれたように見えるが、リュカにとっては見間違いようがなかった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第三十七話 ビアンカとの一夜


「お久しぶりです、ダンカンおじさま」
「え? 誰だい、君は」
 きょとんとするダンカンに、ビアンカが言った。
「リュカよ、お父さん。サンタローズのリュカが訪ねて来てくれたのよ」
 それを聞いて、ダンカンの目が丸くなった。
「リュカちゃん? パパスのところのリュカちゃんか! うはぁ……こんなに大きく、綺麗になって……見違えたよ」
 ダンカンは信じられない、と言うように瞬きを繰り返したが、気を取り直して一行を奥の部屋に誘った。全員が席に着き、ビアンカがお茶を用意した所で、ダンカンが話を切り出す。
「しかし、本当に久しぶりだ。リュカちゃんとパパスが行方不明になったとか、ラインハットの王子を誘拐してお尋ね者になったとか、いろいろ酷い噂を聞かされたが、私は君たちが生きていると信じていたよ……パパスはどうしている?」
 リュカは首を横に振った。
「父様は……もう」
 それを聞いて、ダンカンの顔が曇り、そして悲しげな溜息をついた。
「そうか……あのパパスがなぁ……うちのかみさんも、何年か前に流行り病であっさり逝ってしまってね。病気がちな私が生き残って、殺しても死にそうになかった二人が先に逝ってしまうとは、世の中はわからないものだ」
 その言葉で、リュカはビアンカが参っていた墓に眠っていたのが誰かを知った。あの豪快な肝っ玉母さん、と言う感じの人だったディーナが死んでしまったのか、と思うと悲しい気持ちになる。母親を知らないリュカにとって、ディーナはシスター・アガサをはじめとする海辺の修道院の女たちと共に、母性を感じさせてくれる人だった。
「で、リュカちゃんはこの十年、どうしていたんだ?」
 ダンカンの質問に、リュカはこれまでの事を語り始めた。

 ラインハットの悲劇。
 父の死。
 奴隷にされ、送った地獄の日々と脱出。
 そして、ようやく父の遺志を継いで旅を始めたこと――

「そう……リュカ、大変だったのね」
 ビアンカが少し涙ぐんで言った。しかし、そこで彼女は男性陣二人を見た。
「で、あなた達はリュカとはどういう関係なの?」
 まずヘンリーが手を挙げた。
「オレはヘンリー。旅の戦士……ってとこだな。リュカとはラインハットで知り合って、それ以来相棒として旅をしている」
 次にアンディが手を挙げる。
「僕はサラボナのアンディと言います。リュカさんとヘンリーさんには、僕の目的の為にご助力を受けている所です」
 ビアンカは腕組みをして少し考え込み、まずアンディを見た。
「ちょっと、事情を説明してもらえる?」
 アンディは頷き、この旅の目的について話し始めた。フローラと結婚するための試練の事、結婚した暁には、天空の盾をリュカたちに譲る約束である事。今は水のリングを探している事……
「なるほど、良くわかったわ。あなたは問題なさそうね」
 ビアンカは納得し、ヘンリーの顔を見た。
「それで、あなたはどうしてリュカと旅をしているのかしら? ラインハットのヘンリー殿下」
 リュカがビクッと反応し、言い当てられた当のヘンリーは苦笑しつつ頭を掻いた。
「やはりお見通しか」
「田舎だからとバカにしたものではないわ。温泉客のお陰で、この村は噂には不自由してないの。ラインハットの政変や、帰ってきた王子様の話もね」
 ビアンカは鋭い視線でヘンリーを見る。その表情に、リュカはビアンカもサンタローズの村人同様、ラインハットと言う国やヘンリーを恨んでいるのだと思った。
「あの、ビアンカお姉さん……」
 リュカはヘンリーを弁護しようと声を上げかけた。しかし。
「リュカはちょっと黙っていて。私はヘンリー殿下に聞いているの」
 ビアンカにピシャリと言われ、発言を封じられてしまう。リュカが口ごもった所で、ヘンリーは言った。
「まず、殿下ってのはやめてくれ。オレはもう王族の身分は捨てた。ただのヘンリーでいい」
「いいでしょう。で、ヘンリーさん? 答えはどうなのかしら?」
 ビアンカはあっさり応じ、ヘンリーは答えを続ける。
「オレには、リュカとリュカの親父さんの不幸に対して責任がある。リュカは気にするなと言ってくれるが、それに甘えるわけにもいかんだろ」
 リュカがまた何か言おうとするが、ビアンカはそれを制して、また質問した。
「それは本心?」
 ヘンリーがムッとしたような顔つきになる。
「オレが、リュカを助けたいという気持ちを偽っているとでも?」
 ビアンカは首を横に振った。
「それは疑ってないわ」
「え?」
 思わぬ答えに、ヘンリーが妙な顔つきになるが、ビアンカはそれ以上ヘンリーに何も聞こうとしなかった。代わりにリュカの方を向く。
「リュカ、あの約束、まだ覚えてる?」
「あの約束?」
 リュカは一瞬考え込み、そう言えばと思い出した。かつてプックルを助けるために二人で冒険し、別れ際に交わした、あの約束。
「また一緒に冒険しようって……」
「そうそう」
 ビアンカはリュカの言葉に頷いた。
「私も水のリング探しを手伝ってあげる。あの時の約束通り、また一緒に冒険しよう?」
「えっ!? でも……」
 リュカは嬉しいながらも、心配な事が一つあった。しかし、その心配の元――ダンカンが笑顔で言った。
「私の事は心配ないよ。最近は随分身体の調子も良いからね。ビアンカ、リュカちゃんに迷惑をかけちゃいかんぞ」
「わかってるわよ。と言う事で……よろしくね、リュカ」
「え? う、うん……ありがとう、ビアンカお姉さん……」
 リュカは言いながら涙をこぼし始めた。あれからもう十年以上……こうしてビアンカと再会できただけでも幸運だと思うのに、また一緒に旅が出来るなんて、信じられなかった。
「ちょ、ちょっと……リュカ、どうして泣くの?」
 驚くビアンカに、リュカは涙を流しつつ、それでも笑顔で答えた。
「嬉しいから……だよ、ビアンカお姉さん」
 そんなリュカを、ビアンカは黙ってぎゅっと抱きしめた。

 ひとしきり泣いて……顔が涙でくしゃくしゃになったリュカは、村の共同浴場に来ていた。
(恥ずかしい所を見せちゃったな……)
 お湯の中でリュカは顔を赤らめた。ビアンカはすっかり大人になって、綺麗なお姉さんになっていて……凄く成長しているのに、自分は何時までも泣き虫の子供のままだと思う。
「もっと、大人になって、強くならなきゃ」
 リュカがそう決意を口にした時だった。
「あら、リュカはもう結構大人だと思うわよ?」
 いきなり背後でビアンカの声がした。
「きゃっ!? び、ビアンカお姉さん……? おどかさないでください」
 驚きで心臓をドキドキさせながらふり向いたリュカだったが、ふり向いた先でもっとドキドキするような光景を目にした。ビアンカは一糸まとわぬ裸になっていたのだ。この年頃にしては比較的豊かなリュカのそれを上回る、完成された大人の女性の肢体は、同性のリュカから見ても眩しかった。
「な、何で裸なんですか、ビアンカお姉さん!」
「あら、お風呂に入るときは裸になるものでしょ?」
 ビアンカはそう言って、かけ湯をするとリュカの横に滑り込むようにして、お風呂に入ってきた。
「んー、気持ち良いわねー」
 そう良いながら、ビアンカはリュカを抱き寄せた。
「って、何で抱き寄せるんですか!?」
 リュカの驚いた声に、ビアンカはニヤリと笑う。
「ん? いや、お姉ちゃんとして、リュカの成長具合を確かめようと思って」
 答えながら、ビアンカの手がわきわきと怪しい動きを見せる。
「やあっ!? 何処触ってるんですか!?」
「あら、意外と大きいのね」
 
 壁一枚隔てた隣では、ヘンリーとアンディが風呂につかっていた。
「……お二人とも、凄い苦労をされてきたんですね」
 リュカ、そしてヘンリーの壮絶な過去は、アンディにとっては余りにも衝撃的な出来事だった。
「まぁな」
 ヘンリーは頷いた。
「だから、オレはあいつを守りたい。守らなきゃいけないんだ」
 アンディは決意に固められたヘンリーの表情を見て、思わず気付いた事を口に出しかけた。
「ヘンリーさん、あなたは……」
「さーて、そろそろ出るか」
 アンディの言葉を掻き消すように、ヘンリーは大声で言うと、ばしゃばしゃと湯を蹴散らすように湯船を出ようとして……立ち止まった。
「……ヘンリーさん?」
 その妙な動きに首を傾げるアンディに、ヘンリーは答えた。
「いや、今出るとちょっといろいろマズイかと思って……やっぱ先に出ててくれ」
 彼の身体は、腰の所まで湯に浸かった状態だった。アンディは答えた。
「いえ、僕も……」
 アンディは肩まで浸かっているが、そこから動こうとしない。固まった男二人の頭上を、隣の女湯から聞こえてくる、ビアンカがリュカにじゃれ付く声が流れていく。
「あっ……やだ、ビアンカお姉さん……そんなに手を動かしちゃ……!!」
「いいじゃない。それにしても、リュカは本当に肌が白くてすべすべねー。若いって羨ましい」
 いろんな意味で、聞いてはいけない会話のような気がした。
 男は悲しい生き物である。
(続く)

-あとがき-
 本当はシリアスな場面のはずなんですが、ビアンカさんが自重しません。どうしたらいいでしょう……
 



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第三十八話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/24 21:44
 翌日、一行はビアンカを通じて水門の通行許可を取り、その北の広い内海に出た。ほぼ対岸に、白い煙のような滝の水飛沫に包まれたグレートフォール山が見える。
「オレ達は一度あの山に登った事があるが、特にこの前の神殿みたいな建物は見かけなかったぜ。ルドマンさんは本当にあれが怪しいと睨んでるのか?」
 ヘンリーの言葉に、アンディはグレートフォール山から目を離さないまま答えた。
「ええ。伝承によると、水のリングは“水の力に囲まれた場所”にあるそうです。あの山は内海の傍にあって、山頂に湖があり、そこから滝が流れ出している……間違いなく“水の力に囲まれた場所”です。きっと、何かがあるはず」
 それを聞いて、リュカはマーリンに尋ねた。
「どうかな、マーリン。何か聞いたことはある?」
「伝承自体は、ワシも聞いたことがあるな……言われて見れば確かに、グレートフォール山は水の聖地と呼ぶに相応しい、南の死の火山と対になる存在と見えるな」
 なるほど、とリュカは思う。サラボナを中間点とすると、二つの山はほぼ同じ距離にあり、性質は水と炎で正反対。まるで神様が意図してこの二つの山を配置したようにさえ思えた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第三十八話 滝の奥で


 納得した一行を乗せ、一日で内海を横断した船はグレートフォール山への川、その河口付近に停泊した。小さな船といえど、川を遡るにはいささか大きすぎる。
「まぁ、ここに留まる理由はそれだけじゃない。あの滝の水飛沫の下は、まるで嵐のような危険地帯なんだ。ボートは使えない。川沿いに歩いて近づくしかないぞ」
 船長がそう解説する。川を見るとかなりの急流で、その流れの速さに負けない強風が川に沿って吹き付けてくる。膨大な量の滝の水が、落ちていく最中に巻き込んだ空気の流れが、この風を作っているのだ。リュカたちは船員が嵐の中で甲板作業をするのに使う、オイルスキン(油で煮込んだ革)製のレインコートを借りて、川に沿って上流へ向かう事にした。
 数時間進むと、滝まではまだ大分あるにもかかわらず、風に乗って水飛沫が豪雨のように叩きつけてくるようになった。視界もほとんど白一色で、ほとんど前が見えない。横の川は轟々と音を立てて流れ、波と泡で真っ白だ。
「みんな、離れたらダメだよ!」
「おう、オレはここにいるぞ!」
「僕も大丈夫。傍にいます!!」
「私もまだ大丈夫よ!!」
 リュカたちは声を掛け合って、お互いの居場所を確認しながら先に進んだ。風と飛沫はますます強烈になり、まるで激流の中を歩いているようだ。息も苦しくて、地上にいるのに溺れそうだ。
 そんな悪戦苦闘をどれだけ続けただろうか。突然、風と水飛沫が止んだ。リュカはほとんど閉じていた目を開いて辺りを見回す。そこは、三方をドーム状になった岸壁に囲まれた、巨大な空間だった。おそらくレヌール城くらいならすっぽり入る大きさだろう。
 残る一方を、落下するグレートフォールの水飛沫が覆っている。ここは長年の水飛沫の浸食で削られて出来た、グレートフォール山の垂崖の巨大な凹みだった。
「や、やっと滝を抜けた……」
 リュカが言うと、ビアンカが溜息をついた。流石のオイルスキンも水飛沫が激しすぎて、途中からは防水の用をなさなくなっていた。全身ずぶぬれである。
「うう……もうびしょ濡れよ。寒いわ……」
 日の光が水飛沫でほとんど遮られるせいか、その空間は外と比べてかなり気温が低く、吐く息も白かった。また、今もしのつく雨程度には水が降って来るので、長い事ここにいたら凍えてしまうだろう。
「どこか、雨宿り……って言って良いのかわからんが……できる場所を探そう。火を起こさないと全員凍死だぜ」
 ヘンリーが言い、馬車の中にいた仲間たちも加え、ドーム内の探索が始まった。

 三十分ほどした時、岩を叩くカンカンと言う音がドーム内に響き渡った。全員の視線が集中したその先で、ブラウンが大金槌で大きな岩を叩いていた。
「ブラウン、何か見つけたの? ……これは?」
 傍に寄ったリュカは、滝からの気流とは違う空気の流れを感じ取った。岩の周りをよく見ると、岩壁との間に隙間があり、大きな空洞に繋がっているようだ。
「こいつは当たりか? よし、岩をどかそう!」
 ヘンリーがそう言って岩に取り付く。アンディ、ブラウン、ピエール、プックルも手伝って、岩を押していくと、それはバランスを崩して、ゴロゴロと川のほうへ落ちて行った。その跡に馬車も入れそうな巨大な洞窟が姿を現した。
「空気の流れがあるって事は、どこかには通じているよな。入ってみよう」
 ランタンを灯し、一行は洞窟の中に入って行った。中もかなりの湿気があるが、とりあえず壁や床が湿るほどではない。少し奥に進んで、やや広い空間に出たところで、リュカが馬車を止めさせた。
「ここで少し休んでいこうよ」
 全員まだずぶ濡れだし、馬車の中にまで水が吹き込んで、かなりの荷物が濡れてしまっている。
「そうだな……火を起こして服や荷物を乾かそう」
 ヘンリーは馬車から薪を取り出したが、それもかなり湿ってしまっていた。
「お? これじゃ火がつかないな……」
 ずっしり重い湿った薪を降ろしてヘンリーが困った口調で言うと、ビアンカがニッコリ笑いながら出てきた。
「それじゃ、それは私に任せてもらえるかしら?」
「え? あんたが?」
 ヘンリーは疑問形で言いつつも、お手並み拝見とばかりに場所を譲る。そこで、ビアンカは手にしていた包みを解いた。中から現れたのは、リュカにも見覚えのある品だった。
「あ、ビアンカお姉さん、それって……」
「そ、あの時のあれよ。炎の爪」
 かつてレヌール城のお化け退治をした際に、亡霊の王妃からビアンカにご褒美として与えられた、あの武器だった。ビアンカはそれを腕に填め、二、三度素振りをすると、気合を込めて正拳突きを放った。
「はあっ!」
 その気合が炎の爪からまさに炎となって迸り、薪を直撃した。湿気っていたはずの薪が、まるで枯れ枝のように燃え上がる。
「うお? すげえな……メラミ並みの熱量じゃないか」
 ヘンリーが感心した。彼もメラ系魔法は操るが、まだメラミは使えない。
「ほほう、炎の爪か。導かれし者のアリーナ姫も使っていたと言う武器じゃな」
「えっ、そうなの?」
 ビアンカは憧れのアリーナ姫の武器を持っていると言う事に、踊りだしそうなほどに嬉しそうな表情をした。もっとも、炎の爪は後世になって量産品が作られるようになったので、これがアリーナ姫の炎の爪かどうかはわからないのだが……マーリンはそんな事を言って乙女の夢を壊したりはしなかった。
 ともあれ、焚き火は用意できたので、一行はこの広場で一休みしていく事になった。ただし、ビアンカがロープを張ってそこにシーツや毛布をかけて、男女の境界線を作っている。
「ここから先は男子禁制。覗いたらぶっ飛ばすわよ?」
「覗かん、覗かん」
 ビアンカとヘンリーのそんなやり取りがあり、男女に分かれて焚き火に当たる。冷え切った身体に、ようやく温かみが戻ってくる感じだ。
「はい、リュカ。お茶よ」
「ありがとう、ビアンカお姉さん」
 リュカはビアンカの差し出したカップを受け取り、冷ましながら飲んだ。奴隷だった頃は熱々のお茶を飲む、などと言う贅沢は出来なかったため、リュカは猫舌である。
「ふぅ……」
 お茶を半分ほど飲んでリュカが一息つくと、何やら仕切りの毛布の方を見ていたビアンカは、リュカに視線を戻した。
「どうやら、覗いてはいないみたいね」
 男性陣の気配を探っていたらしい。リュカは苦笑した。
「ヘンリーはそんな人じゃないよ、ビアンカお姉さん」
 その答えに、ビアンカの方こそ苦笑する。
(ヘンリーさんだけ……ね。聞くまでもないかしら?)
 そう思いつつ、ビアンカは聞いた。
「ヘンリーさんの事を、どう思ってる?」
「え?」
 唐突な質問に、リュカは一瞬混乱したが……すぐに普段思っている通りに答えた。
「大事な……とても大事な人。この世で一番信頼してる」
 この十年間、何時も傍にヘンリーがいた。嬉しい事も、悲しい事も、辛い事も、みんな二人で分け合って生きてきた。かけがえのない友達。一番の親友。
「ビアンカお姉さんは……ヘンリーを許せない……の?」
 リュカはその懸念を口にした。サンタローズの人々のように、パパスとリュカを陥れたラインハットを、ひいてはヘンリーを許せないと思っているのなら……
「そう言うことじゃないわよ」
 ビアンカは首を横に振った。
「ずっと一緒に生きてきて、これからも一緒に生きていく人の事を、本当はどう思っているのか……ちゃんと考えた方がいいわよ?」
「え……?」
 リュカはビアンカを見たが、彼女は「ちょっと寝るね」と言うと、無事だった毛布に包まって横になってしまった。
(わたしが、ヘンリーの事を本当はどう思っているか?)
 
 ビアンカの言葉の意味が良くわからないまま、結局リュカたちはその広場で一晩を過ごし、十分荷物や服を乾かした所で、洞窟の奥に進んだ。しかし。
「うう……またびしょびしょになっちゃった」
 リュカが何度目かの水脈を越えた所で言う。そう、滝の奥の“水の力に囲まれた”洞窟だけあって、いたるところに地下水脈があり、そこを泳いで渡ったり、頭上から滝のように水が落ちてくる所を潜ってすすまなければならなかったりで、結局は全員濡れ鼠になるしかなかったのだ。
「……まぁ、溶岩よりはマシと思うしかないな」
 ヘンリーもちょっとうんざりした表情である。しかし、厄介なのは水ばかりではなかった。棲息している魔物の強さと言い、洞窟の構造の複雑さと言い、死の火山よりも格段に上で、一行はかなりの苦戦を強いられた。そうした中で、ビアンカは炎の爪の威力もあっただろうが、驚異的な強さを見せ付けた。
 火に弱い水棲の魔物に対し、火球をぶつけて丸焦げにし、蹴りとパンチを組み合わせたコンボで撃沈していく。顔を舐めようと伸ばしてきたベロゴンの舌を掴み、ジャイアントスイングで壁に叩き付けたのを見た時には、ヘンリーとアンディは顔を見合わせて呆れるしかなかった。
「すげぇな、あの人……」
「さすがリュカさんの幼馴染みですね」
 一方収穫もあった。途中で襲撃してきた魔物の中で、踊る宝石を仲間にする事が出来たのである。リュカのモーニングスターをまともに食らった相手が、起き上がったと思ったらリュカの回りを踊るように回り始めたのを見て、ビアンカが目を丸くする。
「これがリュカの不思議な力……? すごいのね」
「神秘的なものですねぇ……」
 アンディも感心する。しかし、リュカが踊る宝石を抱き上げて命名すると、二人はヘンリーも交えて顔を見合わせた。
「それじゃあ、今日からあなたの名前はジュエルよ。よろしくね」
 嬉しいのか、長い舌をくるくる回して喜ぶジュエル。それを見ながら、ヘンリーは言った。
「あのネーミングセンスが、人間のオレたちにはな……魔物たちは嬉しいみたいなんだが」
「リュカの子供はちょっと心配よね……父親になる人が、ちゃんとした名前を付けてあげないと」
 ビアンカが横目でヘンリーを見る。
「な、なんだよ?」
 ビアンカの視線に、ヘンリーはちょっとたじろいだ様子を見せ、ビアンカはくすくすと笑った。
「何でもないわよ。先に行きましょうか」
 ビアンカはそう答えたが、アンディが辺りを見回して言った。
「で、どちらに行きましょうか?」
 いま戦っていたその場所は、数本の通路が集まる大きなホールのようなところで、全体を足が浸るくらいの水が満たしている。通路も川になっていて、ある通路は流入口、別の通路は流出口になっていた。数えてみると、入ってきたものも含めて通路の数は七本。どれが正解かはわからない。
「一本一本当たるしかないか……」
 ヘンリーがうんざりした口調で言った時、リュカが言った。
「あの、みんな。この子が道を知ってるって」
「え?」
 三人の視線が、リュカが抱き上げている踊る宝石のジュエルに注がれる。そいつは元々笑顔のような表情を、さらににやーっとさせて見せた。
(……大丈夫なのか?)
 リュカ以外の全員の内心が、見事にシンクロした。

 結局、ジュエルの言う事は正しかった。複雑な通路を抜けて、地下深くへひたすら降りていった先には、広大な地底湖があった。ランタンの弱い光では、底も向こう岸も見えないほどだ。
 その湖の、リュカたちがいる岸辺から少し沖合いに、東屋のようなものが建っている小島があり、岸から飛び石伝いに行ける様になっていた。リュカ、ヘンリー、ビアンカ、アンディは馬車を岸辺に残し、その島へ渡った。東屋に入ると、淡い蒼い光がその中心に灯っていた。
「これが……」
「間違いなく……」
「水のリング……」
「とても綺麗ね……」
 全員がほうっという溜息と共に、光源となっている指輪を見た。炎のリングとは対照的に、流水を象った意匠の銀の台座に、揺らめく水中のような光を宿したサファイアが填め込まれている。アンディはそっと歩み寄り、リングを取り上げた。
「これで、二つのリングが両方揃ったな」
「おめでとう、アンディさん。これでフローラと結婚できますね」
 リュカとヘンリーが祝福し、ビアンカが拍手をする。すると、アンディは真剣な表情で振り返り、リュカの所に歩み寄ってくると、そっとリュカの手を握った。
「え? アンディさん?」
 彼の行動に戸惑うリュカに、アンディは思いも寄らない事を言い出した。
「この試練の旅の間に思うようになったのですが……リュカさん、あなたは美しく、優しく、そして強い、すばらしい女性だ。ひょっとしたら、これこそが運命なのかもしれない」
 そう言って、アンディは水のリングをリュカに差し出した。
「どうか、僕と結婚してください」
 リュカがその言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。そして。
「えええぇぇぇぇぇ!?」
 地底湖の水面に細波を立てるほどの驚きの叫びが、地底にこだました。
(続く)


-あとがき-
 本編ではわからないと言っていますが、ビアンカの炎の爪はアリーナの使っていたものです。特殊効果がメラミなので(Vの量産品はギラ)。ついでに言うと多分VIのムドー城で拾うものでもありますね。
 さて、ヘンリーにとっては「自重していたら先に告白されたでござる、の巻」なわけですが、リュカを巡る恋の行方は次回をお楽しみに。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第三十九話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/25 21:04
 地底湖の空間に反響していたリュカの叫び声がようやく消えた頃、彼女は次の言葉を搾り出した。
「アンディさん、冗談でしょう?」
 あれほど真剣にフローラを愛していた彼が、いきなり変節するなんてあり得ない。そう信じてリュカは聞いたのだが、アンディは首を横に振った。
「僕は本気ですよ、リュカさん。冗談でこんな事は言えない」
「ふ、フローラさんはどうするんですか……あなたを信じて、あなたと結ばれたくて、それでわたしたちにあなたを助けてくれと、あの娘は言ったんですよ……? そのフローラを……将来を誓い合った相手を捨てるんですか?」
 リュカが翻意して欲しい、気の迷いだったと言って欲しいと願いながら言うと、アンディは一瞬考え込む表情になり、そしていかにも良い事を思いついた、と言うような明るい表情で言った。
「ああ、それならフローラはヘンリーさんと結婚すれば良いんですよ。ヘンリーさんならフローラに……」
 その言葉を断ち切るように、ヘンリーの怒号が沸いた。
「てっめえ! ふざけるんじゃねぇぞ!!」
 次の瞬間、ヘンリーの鉄拳がアンディの頬桁を殴り飛ばしていた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第三十九話 告白


 もんどりうって床に倒れたアンディに、ヘンリーは怒りの言葉を投げつける。
「この野郎……見損なったぞ! そんな軽い奴だとは思わなかった! てめぇみたいなチャラい野郎に……リュカを渡せるわけねぇだろう!!」
 すると、倒れていたアンディがむくっと起き上がった。殴られた頬をさすり、苦笑を浮かべる。
「いたた……スカラを事前に掛けていなかったら、奥歯を何本か折られるところでしたよ」
 妙な事を言うと、アンディは真面目な表情になって続けた。
「僕も、ヘンリーさんにフローラを渡すつもりなんてありませんよ」
「……なに?」
 アンディの言葉の意味が理解できず、戸惑った声を上げるヘンリーに、アンディは言った。
「今のが、ヘンリーさんの本心なんでしょう? リュカさんは渡さないと……つまりリュカさんは自分のものだと」
「……なあっ!?」
 アンディの言葉に、ヘンリーは真っ赤になった。
「……お前、まさか……オレにこれを言わせるために……」
 ヘンリーが言うと、アンディは笑顔で頷いた。
「ええ。まぁ、横で見てればわかりますよ。ヘンリーさんがリュカさんのことを愛しているだろうと言う事は。そうですよね、ビアンカさん」
「はぇ……っ!?」
 アンディの言葉に、ビアンカは笑顔で頷き、リュカは妙な声を出し、ヘンリーは怒りを上乗せしてさらに赤くなった。
「こ、この野郎! そう言うことは他人が言うもんじゃないだろう!?」
「おっと、殴るのは勘弁してくださいよ。スカラかかってても痛いんですから」
 アンディは手を挙げてヘンリーを宥めた。
「そうですよね。自分で言うものですよ。だから、今言えば良いんじゃないですか?」
 ヘンリーはあまりの事にピシャリと自分の額を叩き、天を仰いだ。その姿勢で固まる事しばし。ヘンリーは天を仰ぐのをやめて、リュカのほうを向いた。
「……そうだ。オレは……リュカの事が好きだ」
 ヘンリーは言い切った。
「十年間、ずっとお前の事を見ていた。だが……オレにはお前を好きになる資格なんか無いと、そう思っていた。オレのせいで、お前は父親を失ったんだから……だから、お前を好きだという想いを、ずっと我慢していたんだ」
 ヘンリーの言葉は続く。
「だけど、このお人よしたちのせいで、我慢が利かなくなっちまった。だから言うよ、リュカ。オレはお前を愛している。この世の誰よりも。もし、お前がオレを許してくれなくても……それでも」
 告白が終わり、静寂がその場を覆った。ビアンカとアンディが見守る中、リュカはそっとヘンリーに近づき……
 その頬を打った。
「!?」
 三人が驚き、ヘンリーは(やっぱダメだったかな……)と思った時、リュカは彼の胸に頭を預けるようにして抱きつくと、詰るように言った。
「ヘンリーのバカ……ずっと……十年間ずっと……言ってるじゃない。あなたを恨んだりなんてしてないって」
 リュカの目から涙が溢れた。
「それどころか、感謝してるのに……わたしがここまで来られたのは、ヘンリーのお陰なのに……そんな卑下するような事をどうして言うの? もっと……もっと堂々と、あなたらしく言ってよ。わたしの事が好きだって」
 リュカはさっきまで、ビアンカに昨日言われた事が理解できなかった。ヘンリーに対する本当の気持ちって、一体なんだろうと。
 ヘンリーは何時もわたしの傍にいてくれて、わたしを守ってくれて、家を飛び出てまでわたしに着いてきてくれて……どうして、そこまでしてくれるんだろう? と思っていた。その事にお礼を言っても、気にするなの一点張り。
 そんな彼の事を思うと、胸が苦しくなった。けっして長い人生を送っているわけではないけど、その半分以上を共に暮らした、かけがえのない大事な人なのはわかっている。でも、その感情を何て表現して良いのか、わからなかった。
 でも今はわかる。ヘンリーが教えてくれた。そう、わたしは――わたしも――
「あなたの事が好き。ヘンリー……愛してる」
 リュカは言った。
「だから……わたしの事で我慢なんてしないで」
「……リュカ!」
 ヘンリーは腕の中のリュカを……世界中の誰よりも大事な女性を抱きしめた。
「……おめでとう」
 静寂を破ったのはビアンカだった。
「大事な妹みたいなリュカが好きになったのが、どんな男か知りたかったけど……予想以上にいい男だったわよ、ヘンリーさん。リュカの事をこれからも守ってあげてね」
「ああ……言われるまでもないさ」
 頷くヘンリーに、今度はアンディが手を差し出してきた。
「お節介でしたかね?」
 ヘンリーは苦笑しつつ、アンディの手を握った。
「ああ、とんだお節介野郎さ、あんたは。でも、ありがとう」
 二人は固い握手を交わした。
「けど、何であんな小芝居を打ってまで、オレに殴られてまで、こんな事をしたんだ?」
 ヘンリーが疑問を言うと、アンディはふっと笑った。
「お礼ですよ。天空の盾を謝礼に、と言うことでしたけど、僕にとってはそんな盾より、フローラの方が遥かに大事だ。その大事な人との結婚を助けてくれる人たちに、盾一つじゃ等価交換とは言えません。だから、こんな事をさせてもらいました」
 そう答えると、アンディは手を離した。ヘンリーは自分の手を開いた。そこに載っていたのは……今手に入れたばかりの、水のリング。
「それは僕からお二人の愛への贈り物です。炎のリングも、ルドマンさんから返してもらったら、差し上げます」
 リュカが慌てたように言った。
「で、でも……これは試練のために必要なんじゃ?」
「そうだぜ。これは受け取れねぇよ」
 ヘンリーも言うが、アンディは首を横に振ると、バッグから小箱を取り出した。それを開けると、それなりに高価そうな指輪が二つあった。
「これは、僕が働いて貯めたお金で買った結婚指輪です。試練の内容に関係なく、僕はこれをフローラに送って、結婚を申し込むつもりでした」
 蓋を閉じて、アンディは続けた。
「それに、二つのリングは、僕だけでは手に入れられなかったでしょうが、あなたたちなら手に入れられたでしょう。だから、これはお二人が持っているべきです。これで結婚式を挙げてください」
 ヘンリーはアンディと水のリングを交互に見て、そして頷いた。
「わかった……ありがたく戴いておくよ。さすが未来の大商家の旦那だ。太っ腹だな」
「本当に……ありがとうございます、アンディさん」
 ヘンリーとリュカがお礼を言うと、アンディは苦笑した。
「今の僕には、それくらいしかルドマンさんを真似られませんからね。さぁ、帰りましょうか」
 頷いて、リュカはリレミトの呪文を唱えた。

 数多くの挑戦者が尽く脱落していく中、アンディが炎と水の二つのリングを手に入れて戻った、と言う話は、たちまちサラボナの街の噂になった。さっそくルドマンは結婚式の準備をはじめ、街きっての大立者の娘のものとあって、街全体が祭りのように浮き立つほどの大騒ぎとなった。
 そして三日後。サラボナの大聖堂で、アンディとフローラの結婚式は華々しく執り行われた。リュカとヘンリー、ビアンカも新郎新婦の友人として参列した。
 最上質の絹布で出来た純白のウェディングドレスとヴェールを纏ったフローラは、まるで天女のように美しく、白いタキシードを着たアンディもそれにつりあう凛々しい装いで、さすがはルドマン家と街の人々を驚嘆させる。
 司祭の結婚を寿ぐ祈り。祝福の賛美歌。指輪の交換に続いて誓いのキスがあった時は、リュカは顔を赤らめ、ヘンリーは口笛を吹いて祝った。全ての儀式が終了し、退場する新郎新婦に、街の人々や友人たちの祝いの声がかけられた。リュカも、目の前をフローラが通り過ぎる時に、声をかけた。
「おめでとう、フローラ。とても綺麗よ! アンディさんとお幸せにね!!」
 その声が聞こえたのか、フローラは微笑むと、手をさっと挙げて何かを投じた。それがぽすっと軽い音を立て、リュカの手に収まる。
「え?」
 腕の中に突然出現したそれ――花束を見て、リュカが戸惑うと、ビアンカが言った。
「あら、良かったわね、リュカ。花嫁さんのブーケを渡された人は、次に結婚できるって言う言い伝えがあるのよ」
「えっ……」
 リュカは思わず顔を赤らめ、ヘンリーと顔を見合わせてしまった。それを見て、周囲の人々と新郎新婦が一緒になって祝福の言葉をかける。
「リュカも、幸せな結婚をしてくださいね!」
「お、次はあんたたちの番かい? 羨ましいねこのこの!」
 その言葉の波の中で、リュカは真っ赤になって照れ、ヘンリーは照れくさそうに、それでも幸せな笑顔を浮かべ、リュカの肩を抱き寄せた。

 結婚式に沸いた数日間が過ぎ、フローラとアンディは水のリング探しに使った例のクルーザーで船出して行った。これから一ヶ月ほど新婚旅行として各地の街や名所旧跡を見て回るらしい。
 リュカとヘンリーはアンディから約束どおり、天空の盾と水と炎のリングを受け取っていた。これで天空の装備の半分は手に入った事になる。
「行っちゃったね」
 水平線の向こうに遠ざかるクルーザーを見送って、リュカが言う。
「ああ……さて、リュカ」
「ん?」
 ヘンリーに名を呼ばれ、振り向いたリュカが、ヘンリーと目が合った途端に赤くなる。ヘンリーは溜息をついた。
「お前、オレと顔を合わせる度に、そうなるつもりなのか?」
「そ、そんな事はないけど……でも」
 もじもじとした態度で言うリュカ。それを見て、ヘンリーはがばっと彼女を抱きしめた。
「あー、もう本当に可愛いなお前は!」
「きゃっ!?」
 小さく悲鳴を上げたリュカだったが、愛する人の温もりに包まれている、と言う実感に目を閉じる。その時だった。
「はいはい、そこまで。みんな見てるわよ」
 ビアンカがパンパンと手を叩き、リュカとヘンリーを二人だけの世界から引き戻した。
「「あ」」
 リュカはまた真っ赤になってヘンリーから離れ、ヘンリーはコホンと咳払いをして誤魔化した。
「リュカのお姉さんとしては、早くくっついて私を安心させて欲しいんだけど」
 ビアンカが言うと、ヘンリーは頭を掻きながら答えた。
「いやまぁ、それはもう……な」
「うん……」
 リュカがまた照れる。ビアンカは目を丸くした。
「何時の間に?」
「正式に申し込んだのは、結婚式の日だよ」
 ヘンリーが答える。ビアンカは苦笑して言った。
「なら、ついでに一緒に式を挙げちゃえば良かったのに」
 それにはリュカが答えた。
「それも考えたんだけど、わたし達が結婚するとしたら、やっぱりあそこだと思うから」
「え?」
 事情のわからないビアンカのために、リュカは呪文を唱えた。
「ルーラ!」
(続く)


-あとがき-
 と言うことで、ヘンリールート確定でした。と言うか、最初からヘンリールートしか考えていなかったんですが。主人公とヘンリーが異性の場合、奴隷時代の十年と言う深い絆があるせいで、引き剥がすのが大変です。
 次回はリュカとヘンリーの結婚式です。




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第四十話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/26 17:19
「まぁ、それではここで結婚式を?」
「はい、よろしいでしょうか?」
 許可を願うリュカとヘンリーに、シスター・アガサは笑顔で頷いた。
「もちろんですとも。あなたたちの門出を二度も祝う事ができるなんて、こんなに嬉しい事はありませんよ」
 そう、リュカたちが結婚式を挙げる教会として選んだのは、海辺の修道院だった。地獄から人の生きる世界に帰ってきた二人が最初に辿り着き、新しい旅のスタートを切った場所。人生の節目を迎えるのに、ここ以上に適した場所は他に考えられなかった。
「ありがとうございます、院長様」
 リュカが頭を下げると、シスター・アガサは笑顔のままながら、浮かんだ涙をハンカチで拭った。
「私は一生を神に捧げてきましたから、子供はいません……ですが、子供が結婚するときの母親の気持ちと言うのは、きっと今感じているような嬉しさなのでしょうね」
 そう言うと、シスター・アガサはテレズとシスター・マリエルを呼び、結婚式の準備を始めるように言った。
「そうかい、あんたたちとうとう結婚するのかい。何時かはそうなると思ってはいたけどねぇ」
 予想していたと言いつつ、嬉しそうなテレズ。シスター・マリエルはもっと嬉しそうだった。
「おめでとう、ヘンリー。リュカさん、どうかヘンリーをよろしくお願いしますね」
 シスター・マリエルの祝福の言葉をリュカは喜んだ。
「わたしにそう言ったの、シスター・マリエルが初めてですよ。みんなヘンリーにわたしをよろしく、って言うんですから」
 一同は思わず爆笑した。
「ともかく……それでは、ウェディングドレスを作らないといけませんね。サイズを測るから、こちらへどうぞ」
 シスター・マリエルがリュカを促して立ち上がり、ビアンカも「あ、手伝います」と言って続く。テレズも含めて四人が出て行くと、ヘンリーはシスター・アガサに何通かの封筒を渡した。
「招待状は、これで全てですか?」
「はい、お願いします」
 シスター・アガサの確認に頷くヘンリー。こうして、二人の結婚式の準備が始まった。
 

ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第四十話 そして二人は結ばれて


 そして、十日後……二人の結婚式の日がやってきた。参列者は修道院の全員に、天涯孤独の身の花嫁の親族代わりとして、ビアンカ、ダンカンの父娘とサンタローズの村人たち。
 他には、オラクルベリーのザナック老人。友人として、新婚旅行の予定を変更して駆けつけたフローラとアンディ。ラインハットからはデール王もお忍びで参列した。カボチ村のペッカ、ルラフェンのベネット老人も来ている。
 フローラとアンディに比べるとささやかだが、流浪の旅人の結婚式としては多い参列者数で、新郎新婦がどれだけ多くの人々に好かれているか、と言う事を良く示す光景だった。
 
 修道院の廊下で、落ち着きなくヘンリーは待っていた。リュカが準備のために控え室に入ってから、もうかなり経つ……ヘンリーの主観では。
「落ち着いてください、兄上」
「僕のときも、フローラを待つのが長く感じたものですけどね」
 デールとアンディが苦笑気味にヘンリーを宥める。ちなみに、王位継承権を返上はしたものの、ヘンリーはラインハットの騎士としての地位は残しているので、今日の彼は礼装用の略式の鎧とレイピア、羽付き帽子と言う騎士としての正装を身につけていた。
 それからしばらくして、いよいよヘンリーが待ちきれなくなった時、ガチャリと控え室のドアが開いた。誰よりも早くそっちを見たヘンリーは、そこにいたのがビアンカなのを見て、溜息をついた。
「なぁに? その露骨なガッカリ感は」
「ガッカリしてるんだよ!」
 ヘンリーがビアンカの呆れ声に言い返すと、今度はフローラとシスター・マリエルが出てきた。
「お待たせしました。準備できましたよ」
 フローラが言って、そっと脇に身を寄せる。そこに現れたリュカを見て、男性陣は思わず見とれてしまった。
 フローラの豪華なそれと値段では比較にならないが、修道院の女性たちが一針一針、心を込めて縫い上げた純白のウェディングドレスとヴェールは、リュカの黒髪と好対照で、彼女の清楚な美貌をこの上なく引き立てていた。何時もと違って、淡くではあるが化粧をしているのも、リュカの美しさを強調している。
「……えっと……変じゃない……かな?」
 ヘンリーが何も言わないので、不安になったリュカが聞いた。我に返ったヘンリーは慌てて否定した。
「とんでもない! その……綺麗だよ、リュカ」
 リュカはほっとした様に笑顔を見せ、ヘンリーの腕に自分のそれを絡めた。
「ありがとう、ヘンリー……それじゃ、行きましょう」
「ああ」
 ヘンリーはリュカをエスコートし、礼拝堂にゆっくり向かって行った。

 シスター・マリエルが弾くオルガンの荘厳な音色に迎えられ、リュカとヘンリーが礼拝堂に入ってくると、参列者は思わず感嘆の溜息を漏らした。白百合の花を思わせる美しい花嫁と、騎士らしく凛々しい花婿。この上なく見事な二人の取り合わせは、一幅の絵のように全てが決まっていた。二人が聖壇を登り、シスター・アガサの前で立ち止まると、シスター・アガサは厳かに言った。
「これより、ヘンリーとリュカの結婚式を執り行います。まず、幸せな結婚を築くために、一言お話いたします」
 リュカとヘンリーは頭を垂れ、真剣な面持ちでその声に耳を傾けた。
「人生を海とするならば、人は皆、その海を行く船に例えられましょう。そこには凪もあれば、逆風もあり、逆潮もあり、岩礁もあります。どんな船も、そうした障害とは無縁ではいられません」
 厳しい口調でシスター・アガサは言い、一転して優しい声で続ける。
「ですが、船の上に愛があれば、それは順風となり、満潮となって、船にそうした障害を乗り越えさせるでしょう。今二人は互いに人生と言う海を越えて行く伴侶として、互いを選びました。数多の異性の中から、たった一人の相手を。その想いを決して忘れず、常に船を愛で満たし、どのような荒波にも進路を見失うことなく、お互いを信じる事。私からは以上です」
 説教を終えると同時に、シスター・マリエルがオルガンを弾きはじめる。参列者は全員起立し、結婚を寿ぐ賛美歌を歌った。

 歌い終えた所で、侍祭の役を申し出たシスター・レナが炎のリングと水のリングを捧げ持ち、聖壇の上に置いた。シスター・アガサは頷いて、儀式を続けた。
「では、誓いの儀式を行います」
 シスター・アガサはまずヘンリーを向いた。
「汝ヘンリー、汝はリュカを妻とし、病める時も、健やかなる時も、貧しき時も、富める時も、この者を愛し、敬い、助け合い、慈しみあい、生ある限り真心を持って尽くす事を誓いますか?」
「誓います」
 ヘンリーは答えた。シスター・アガサはリュカのほうを向いた。
「汝リュカ、汝はヘンリーを夫とし、病める時も、健やかなる時も、貧しき時も、富める時も、この者を愛し、敬い、助け合い、慈しみあい、生ある限り真心を持って尽くす事を誓いますか?」
「はい、誓います」
 リュカも答えた。シスター・アガサはリングを納めた小箱を手に取った。
「指輪の交換を行います」
 ヘンリーは水のリングを手に取り、リュカの左手を取ると、薬指にそれを填めた。リュカも炎のリングを取り、ヘンリーの左手を持って、薬指に填める。それを確認して、シスター・アガサは一番緊張する事を言った。
「では、誓いの証として口づけを」
 ヘンリーは頷くと、リュカの顔を覆っているヴェールの裾をつまみ、そっと持ち上げた。リュカは軽く身を屈め、ヘンリーの動きを助ける。ヴェールを払い、ヘンリーはリュカの肩をそっと持って、じっと彼女の顔を見た。二人の視線が絡み合い、ここに至るまでの十年間の思い出が、鮮やかに脳裏を過ぎった。

 最悪な出会いを果たした子供時代。あの時、二人がこうなると誰が予想しただろうか。
 奴隷に落ちた後も、リュカは優しさと清楚さを、ヘンリーは勇気と前向きな意思を忘れる事も無くす事もなく、互いを助け合い、一緒に生きてきた。
 脱出後の穏やかな日々。再び旅立ち、ラインハットの暗雲を払いのけ、二度目の旅立ちを、共に歩んでいこうと再度決意した。
 そして……リングを求める試練の中で、愛を貫こうとするフローラとアンディの姿に、リュカもヘンリーも、自分たちのあるべき姿を見つけた。
 そして今、二人は結ばれる。これからも、ずっと、二人で一緒に支えあい、まだ終わりの見えない旅を完遂する。その誓いを込めて……二人の唇がそっと重なった。
「たった今、二人の結婚は神によって認められました」
 シスター・アガサはそう言って、二人の手を重ね合わせて宣言した。わあっと拍手と歓声が沸き、二人の頭上から紙吹雪が降り注ぐ。
「兄上、リュカさん、おめでとう!」
「ヘンリー、リュカちゃんを泣かせるなよ!」
「リュカ、とても綺麗よ!」
 そんな祝福の声が聞こえるかと思えば、サンタローズの老人が回りもはばからず号泣し、それをシスター・レナが慰めていたりする。そして、複雑な思いを沈黙で表す者もいた。
「……ん? なんですか、ブラウン殿」
 ピエールだった。礼拝堂の片隅で腕組みをして式を見守っていた彼の肩を、ブラウンが叩いた。
「景気の悪い顔だ、ですか? ふっ……そうかもしれませんな。わかってはいた事ですが……所詮それがしは人間ではありませぬ。それでも……スラリンやプックルのように、素直にこれを喜ぶ事は……」
 自重するように言うヘンリーの前に、ブラウンがカップに入った何かを差し出した。その匂いを嗅いで、ピエールは言った。
「酒……ですか?」
 ブラウンは頷き、自分のカップも出す。その目はピエールに「飲めよ……」と語っているように見えた。
「……ありがとうございます、ブラウン殿……それがしの気持ちをわかってくださるのは、貴殿だけです」
 ピエールはそう言って、ブラウンと乾杯すると、ぐっと酒を飲み干した。

 それがきっかけ……と言うわけでもないのだろうが、海が見える外側の庭園に宴会場が設えられて、披露宴が始まった。テレズたちが作った、素朴ながら心尽くしの料理と、修道院の果樹園で取れた葡萄から作ったワインなどが振舞われ、参列者たちは心からリュカとヘンリーの結婚を祝った。
 深夜になって、力尽きたり酔い潰れたりした参加者も出る中、ヘンリーはリュカを抱いて控え室に戻ってきた。二人とも酒はさほど強くなく、特にリュカはワイン一杯で顔を赤く染めていた。
「やれやれ……みんな主役なんかもうどうでもいいらしいな」
 ヘンリーは宴会場から聞こえてくるざわめきに苦笑する。ドアを閉め、リュカをベッドに横たえた。
「リュカ、大丈夫か? 暑くないか? 水とかいるか?」
 ほろ酔い気味の花嫁にヘンリーが聞くと、リュカは半身を起こし、首を横に振って、口を開いた。
「あのね、ヘンリー」
「ん?」
 ヘンリーが返事をすると、リュカは言葉を続けた。
「父様が死んだ時、わたしは、もう自分には幸せってないんだと思ってた」
「リュカ……」
 ヘンリーはリュカの眼を見る。しかし、今は彼女を底なしの淵に追い込むような、悲しみの色は見られなかった。
「でも……今はとても幸せ。ありがとう、ヘンリー……愛してる」
「……ああ、オレもだ……!」
 ヘンリーはリュカの身体を抱きしめ……そして……
(続く)


-あとがき-
 二人の結婚式は海辺の修道院ですると言う展開にしました。最初からこの予定だったので、書けてちょっとホッとしてます。
 ちなみに、次回との間にXXXな展開がもちろん入っていますが、それは各自脳内補完でお願いします。
 なお、この回の隠れMVPは何気に渋すぎるブラウン。しゃべらない彼ですが、仲間内では兄貴分ぽいイメージです。





[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第四十一話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/27 21:45
 窓から射し込む光が顔に当たり、その刺激でリュカは目を覚ました。
「ん……」
 一瞬、自分が何処にいるのかわからなかったが、すぐに海辺の修道院の宿坊、その一室だと思い出す。身体を起こして、自分が一糸纏わぬ姿である事と、隣に同じような姿のヘンリーが寝ている事に気づいた。
「あ……」
 昨夜の事を思い出し、リュカは顔を赤らめた。
「そっか……結婚したんだ……わたし」
 口に出して確認すると、未だに信じられないような気持ちがする。その時、ヘンリーももぞもぞと身体を動かし、目を覚ました。
「ふあ……あ……? お?」
 傍にリュカがいるのに気付いたか、ヘンリーは一瞬驚いたような顔をした。リュカはヘンリーも自分と同じで、まだ結婚した事に慣れてないんだな、と思って、ちょっと嬉しくなった。大好きな人と同じ気分になれる、というのは気分が良い。
「おはよう、あ・な・た」
「お? おお、おはよう、リュカ」
 リュカがイタズラ心を起こして朝の挨拶をすると、ヘンリーは顔を赤らめた。そして。
「今までどおり、ヘンリーと呼んでくれよ。なんと言うか照れくさい」
「うん、わかった」
 リュカは頷いて、ヘンリーに軽く触れるだけのキスをした。
「……これくらいは良いよね?」
「あ、ああ」
 ヘンリーは頭を掻いた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第四十一話 今一度の旅立ち


 軽く水浴びをして気持ちを切り替え、着替えて食堂に降りて来ると、参列者の大半がまだそこにいて、朝食を摂っていた。昨夜遅くまで飲みすぎて、二日酔いにかかっている者も多いようだが。
「むぅ……飲み過ぎた」
「奇遇じゃな。ワシもじゃよ」
 ピエールとマーリンがくらくらする頭を抱えて、二人で唸っている。滅多にお目にかかれない光景だけに、思わず立ち止まってその様子を観察していると、テレズがやってきた。
「やぁ、おはようあんたたち」
「おはようございます、おばさま」
 リュカが挨拶を返すと、テレズは満面の笑顔を見せたままイオナズンを唱えた。
「で、どうだった? ヘンリーは優しくしてくれたかい?」
 ブフォッ、とヘンリーが噴き出す。リュカはその様子に気付くことなく、ごく気負わずに答えた。
「え? ヘンリーは何時も優しいですよ?」
 ただ単にわかっていなかっただけだった。咳き込んだヘンリーが復活して止めるより早く、テレズはビッグバンを放った。
「違うよ、昨夜の事だよ」
 良く見ると、周囲の人間が全員聞き耳を立てている。が、リュカはその様子に気付けなかった。流石の彼女も、今度はテレズの言わんとすることが何なのか理解していており、そしてそれによって激しく動揺したリュカはマダンテを唱えた。
「え……その……は、激しかった?」
 その瞬間、食堂は爆笑の渦に巻き込まれ、新婚二人だけが取り残された。
「何で疑問形なんだよ! おばさんも皆の前で聞くことじゃねぇだろ!!」
 ヘンリーが激しくツッコミを入れるが、テレズは動じなかった。
「まぁ良いじゃないの。新婚さんはそうやっていじられる宿命よ。ま、座って待ってなさい。今朝ごはん持ってくるから」
 そう言って、笑いながら台所に戻っていく。リュカとヘンリーが空いている席を探すと、真ん中の方で手招きをするフローラとアンディが見えた。彼らの横の席が空いている。リュカとヘンリーがその席に座ると、アンディが言った。
「おはよう、二人とも。まぁ、僕らもアレはやられましたからねぇ」
 初夜の感想を聞くのは、新婚をからかう絶好のネタと言う事なのだろう。
「……そうかい」
 ヘンリーは朝から疲れた表情で言った。
「まぁ、耳寄りな話を持って来たから、元気を出してくださいよ」
「耳寄りな話?」
 顔を上げたヘンリーに、アンディは聞いた。
「テルパドールと言う国はご存知ですよね?」
「ああ、南の砂漠の大陸の国だな」
 ヘンリーが頷くと、フローラが言った。
「実は、今回修道院に来る前に、新婚旅行でテルパドールに立ち寄って来たのですが……そこの王家が、天空の兜を所有しているんです」
「ええっ!?」
 リュカが驚いて身を乗り出した。
「マジか?」
 ヘンリーも驚きを隠せない表情だ。
「ええ。僕らも行くまでは全く知らなかったんですが、女王陛下に謁見した時に、急に陛下に天空の兜を見せられたんですよ。運命を感じるとかで……まぁ、装備は出来なかったんですが」
「……そういえば、あそこの王家は、代々不思議な力を受け継いでいるとか聞いた事があるな」
 ヘンリーは納得し、アンディと握手した。
「ありがとう、アンディ。お陰で次の目的地が決まったよ」
「どういたしまして」
 そうやって、次の旅の目標が決まった時だった。
「リュカ、その旅なら私も付き合うわよ」
 そう言ってビアンカがやって来た。ヘンリーがまた噴く。
「えっ!? そ、それは嬉しいけど……大丈夫なの? ビアンカお姉さん」
 リュカは戸惑いながら聞いた。ダンカンを一人村に置いたまま旅に出て大丈夫なのか、と思ったのだ。
「お父さんからはもちろん許可は貰ってるわ。最近は父さんの病気も随分よくなって、ほとんど完治してるし……それに、私にも旅をする理由があるのよ」
「理由?」
 リュカが聞くと、ビアンカは力強く宣言した。
「婿探しよ!」
「…………え?」
 その場にいた、ビアンカ以外の全員が間抜けな声を上げた。そこへダンカンがやって来た。
「私ももう良い年齢だし、ビアンカにも良い相手を見つけて、幸せになって欲しいんだけど、山奥の村では、ビアンカを任せられる相手がいなくてねぇ……連れて行ってやってくれないかな」
「わたしは良いですよ。ビアンカお姉さんと冒険が続けられるのは嬉しいです」
 リュカが何のためらいも鳴く言ったので、ヘンリーは目の前が真っ赤になるような衝撃を受けた。
「マジかよ……せっかくの新婚生活なのに、姑付きなんて最悪だ」
 次の瞬間、食堂の全員が、昨日の主役の一人が窓を突き破って外に飛んでいくのを目撃した。慌ててリュカがその後を追いかけて出て行く。ふとアンディは気になった事を尋ねた。
「……あの、ビアンカさんはどういう男性がお好みなんですか?」
 ビアンカは胸を張って答えた。
「そうね。私よりも強い人、かしら」
(それはまた無茶条件だ!)
 その場にいた全員の心が一致した瞬間だった。

 それからニヵ月後。リュカたちはテルパドール城を目指して、砂漠を歩いていた。
 自前の船があれば、ビスタ港から一ヶ月ほどの航海で辿り着ける距離なのだが、そんな贅沢なものはリュカたちにはない。いったんポートセルミに行き、そこでテルパドール行きの船を待っていたのだが、砂だらけで特産物と言えば「砂の薔薇」と呼ばれる宝石くらいしかないテルパドールへの船は少なく、三週間以上船待ちを続ける羽目になったのである。
「あっつーい……」
 リュカが誰に聞かせるでもなく言った。死の火山の溶岩流の暑さも凄かったが、ここの砂漠もまた格別の暑さだ。容赦なく降り注ぐ日光に見渡す限りの砂漠全てが熱せられ、空気が揺らめくほどに暑い。
「前の鉄の鎧だと死んでるな、オレ……」
 ヘンリーも息をついている。軽装で防御力の高いシルバーメイルに装備を交換したのが幸運だった。
「ほら、そんな事言わないの」
 一方でビアンカは元気だ。仲間たちも大半がへたる砂漠の熱気をものともしていない。
「ピエール君なんかあの全身鎧姿で平気なんだから」
 ビアンカが指差す前方に、ピエールが黙々と進んでいる姿が見える。死の火山でも熱に耐えて戦い続けたその耐熱性は伊達ではない……と思ったのだが、砂の上に出ていた露岩に乗騎のスライムがつまずいた表紙に、コテン、と言う感じで砂の上に転げ落ちた。そのままピクリとも動かない。
「うわっ、ヤバイ! 熱中症になってる!!」
「水! 誰か水持ってきて!!」

 そんな大騒ぎを演じつつ、リュカたちが砂漠を踏破してテルパドールに辿り着いたのは、三日後の事だった。それまで通過してきた街はオアシスに面していたが、この城にはオアシスらしきものは見当たらない。
「それにしても、綺麗なお城ね」
 リュカは感心した。テルパドール城は城と言うより宮殿と言うのが相応しい、華麗な外観の建物だった。
「攻められたら弱そう……いや、この砂漠自体が防壁なのか」
 ヘンリーはそう分析する。こんな砂漠では、人間の軍隊だけでなく、魔族や魔物も弱るだろう。
「ともかく、入って女王様にお会いしてみましょ。でも、いきなり会う事ができるのかしら?」
 ビアンカが言うと、ヘンリーはバッグから一通の封筒を取り出した。
「大丈夫だ。弟に頼んで、女王陛下への親書を一通認めて貰った」
 アンディから話を聞いた後、ヘンリーはすぐにデールを捕まえて、この親書を用意させたのである。これさえあれば、国の使者として堂々と謁見できる。
「手際良いわねぇ」
 ビアンカが感心する中、ヘンリーは使者の名乗りを上げ、一行は無事城に入る事に成功したのである。
「女王陛下は地下の庭園におられます。こちらへどうぞ」
 案内の兵士に連れられ、リュカたちは城の地下に降りていく。地下に庭園? と訝しく思った一行だったが、地下四階のそこに着いてみて、なるほどと理解した。そこはまさに庭園だった。
 レミーラの魔法を仕込んだ無数の照明が、日光同様の明るい光を投げかける中、地下水脈を引き込んだ川が流れ、木々や芝生を潤している。花畑も作られ、蝶が花から花へと舞い踊っていた。感心した様子のリュカたちに、案内役の兵士は誇らしげな表情で言った。
「地下にこのような場所がある事に驚かれたでしょう? これも我らが女王陛下のお力の賜物なのですよ」
「ふむ……いや、確かに大したものだ」
 ヘンリーが言った時、奥の東屋から、数名の侍女らしき女性たちを引き連れた、美しい女性が歩いてくるのが見えた。周囲の兵士たちが跪くのを見て、リュカたちも跪き、彼女が来るのを待った。彼女は一行の前で足を止めると、思わぬ事を言った。
「わたくしはこの国の女王、アイシス。貴方達をお待ちしていました」
「え?」
 一行は顔を上げた。アイシスは微笑を浮かべながら、一人一人確認するように名を呼んだ。
「リュカに、ヘンリー。それにビアンカ。違いますか?」
「い、いえ! その通りです。でも、何故?」
 名前を知っているのか、と言う問いに、アイシスは答えた。
「わたくしたちテルパドールの王族は、代々予言の力を持っています。あなた方が天空の兜を求めて来る事はわかっていました」
 そう言って、アイシスは一行を手招きして歩き出した。顔を見合わせ、リュカたちは後に続く。地下から出ると、城の二階を取り巻く回廊を抜け、左手の四角錐形の建物へと一行を誘いながら、アイシスは話した。
「わたくしたちテルパドールの民は、導かれし者たちが二人、“流浪の双華”の末裔なのですよ」
 流浪の双華……爆炎の踊り娘マーニャ、運命を知る者ミネアの姉妹の事である。トルネコが天空の盾を勇者に預けられたように、姉妹は天空の兜を預けられた。
 魔王を倒した旅の後、姉妹は流浪の生活に終わりを告げ、当時住む人のなかったこの砂漠のオアシスに居を構えた。水脈を占いで探し当てる事の出来たミネアと、太陽のようなカリスマで人々を導くマーニャ。この二人を慕って集まった人々により、この地にテルパドールと言う国が興されてから、もう数百年になる。
「祖先ミネアは、いつか再び邪悪な者たちがこの世を脅かす、と言う予言を得ていました。それゆえ、この天空の兜も、ごく限られた人々にしかその存在を知らせていなかったのですよ」
 四角錐の神殿の奥に安置されたそれを見て、リュカは胸の高鳴りを感じた。剣と盾同様、天空の兜は竜の意匠を施した、銀と緑の二色の金属で作られ、蒼い宝玉が填められている。兜と言うより、冠やサークレットに近いデザインだった。
「拝見してもよろしいですか?」
 リュカの質問に、アイシスはもちろん、と頷いた。台座に安置された天空の兜を、リュカはそっと持ち上げた。一瞬軽い力で動かせそうだったのに、すぐに兜はずっしりした重さとなって、持つのも精一杯になる。それでも。
「動いた……!?」
 アイシスは驚いていた。さらにヘンリーも兜を持ってみる……やはり途轍もない重さに感じられはしたが、持ち上げられないほどではなかった。
「驚きました。持ち上げる事さえ、普通の人には出来ないものですが……とはいえ、お二人とも勇者と言うわけではないのですね」
 そのアイシスの言葉を聞いて、ビアンカが持ち上げる事に挑戦してみる……がしかし。
「お、重たい……? と言うより、ビクともしない……!」
 ビアンカは全く兜を持ち上げる事ができなかった。それを見届け、アイシスは一行を地下庭園の東屋に誘った。侍女たちに冷たい水を運ばせ、アイシスは話し始めた。
「リュカとヘンリーは、おそらく天空の勇者と関わる強い運命をお持ちなのでしょう。過去にも、そう言う方は一人いましたが……パパスと言う方です」
 それを聞いて、リュカの顔に驚きが走った。
「父様が……ここに……!?」
 今度はアイシスが驚く番だった。
「父様……? リュカ、貴女はパパス王の娘なのですか!?」
「え? パパス……王?」
 父の名に思いもよらない肩書きが付いたことで、リュカは驚くよりも戸惑った。
「ええ……わたくしの知るパパスと言う方は、ここから東にある国、グランバニアの王……デュムパポス三世陛下です」
 アイシスは頷き、じっとリュカの顔を見た。
「今から、もう十五年ほど前になるでしょうか……パパス王は攫われた王妃を自ら探す旅の途中、ここに立ち寄り、天空の兜を見ていかれたのです。その時のパパス王は、サンチョと言う従者の方をお連れになり、まだ一歳になるかならないかの赤子を抱いておられました」
 アイシスはもう一度リュカの顔を良く見て、溜息を漏らした。
「……よくよく見れば、貴女にはあの時の赤子の面影がありますね」
 リュカは衝撃的な事実に声も出なかった。サンチョもいたとすれば、その王は間違いなく……
「父様が……王様……」
「そして、リュカはお姫様、と言う事になるのか?」
「びっくりだわ……」
 リュカ、ヘンリー、ビアンカはそれぞれに呟くように言った。驚愕が強すぎて、感情がマヒしてしまったようだった。
(続く)


-あとがき-
 リュカ、自分のルーツを知るの巻。なお、後に生まれる子供たちができたのはこの話の時間内です(殴)。
 そして、相変わらず自重しないビアンカ。この世界では彼女の祖先はアリーナなのかもしれません。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第四十二話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/28 21:59
 出生の秘密を聞き、沈黙に沈むリュカ。
「それで……パパス王はどうされたのですか?」
 アイシスが気がかりな表情で言う。リュカは目を伏せ、事実を告げた。
「父様は、十年前……いえ、そろそろ十一年前になりますが、魔族との戦いで……」
「……そうでしたか」
 アイシスはそっと黙祷を捧げた。
「あれほどのお方が……あの方がここへ来られた時、わたくしは今の貴女ほどの歳でしたが、抑え切れないほどのときめきを覚えたものです」
 アイシスはそう言って目を閉じた。在りし日のパパスに想いを馳せているのかもしれない。しばらくそのままでいたアイシスは、目を開くとリュカに言った。
「リュカ姫……そう呼ばせていただきますが、一度グランバニアにお帰りなさい。パパス王が貴女に伝え切れなかった多くの事が、そこにはあるはずです。パパス王とその過去を知る多くの方と話すことで、貴女の母親や、天空の勇者に関する旅の目的に近づくでしょう」
「グランバニア……はい」
 リュカは頷いた。そう言えば、パパスとサンチョはグランバニアの酒を愛していた。生まれ故郷の味だとすれば納得が行く。
「決まりだな。次の目的地は」
「行こう、リュカ。あなたの本当の故郷へ」
 ヘンリーとビアンカの言葉に、リュカは黙って頷いた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第四十二話 山道を行く


 アイシスが用意してくれた船を借り、リュカたちは再び海路を取って東へ向かった。波を越える事一月。やがて、前方に壮大な規模の山並みが見えてきた。
「あれがグランバニア山脈だ。グランバニアに行くにはあの山を越えねばならんが……一番楽なチゾット越えの道でさえ、雲を突くような高さを越えて行かねばならん」
 船長はそう言って、リュカに双眼鏡を貸してくれた。それを使って一番高い稜線を辿っていくと、微かに町らしきものが見える。船長が言う峠と同じ名のチゾットの街だ。すぐ後ろの山頂は雲に隠れていて、おそらくセントベレスの半分よりも高いくらいの高度はあるだろう。
「凄い所に街がありますな……あそこまで登っていくのですか」
「それだけじゃなく、降りていかないといけないわよ」
 ピエールとビアンカが交互に双眼鏡を覗きながら口々に言った。
「グランバニアの山は世界の屋根……あまりに険しく、人の足も入らぬ山も多いため、今も神仙や妖異の類が多く住むと言われておるの」
 マーリンが久々に薀蓄を披露しはじめた。
「古くは、旅人に一夜の宿を提供し、その実泊めた旅人を餌食にする人食いの妖婆や、道に迷った旅人にいくつかの質問をし、心清い者は助けてやるが、邪悪な者は谷底へ落としてしまう神の伝説が残っておる……まぁ、そう心配そうな顔をするでない。今のは伝説じゃし、道も整備されて迷う事はないという話じゃ」
 披露するのは良いが、余計な事まで話してしまうマーリンに、まだ子供のスラリンやコドランは露骨に怖そうな表情をしている。
「老師……少しは場を読んで気遣うべきかと」
 ピエールが呆れたように言うと、マーリンは済まぬ、と言って頭を下げた。
「まぁ、そう言う伝説が残るくらい、きつい山道と言うことじゃよ。登る前に休憩は十分取っておいたほうが無難じゃろうて」
 マーリンが言って、地図の一点を指差す。そこには「ネッドの宿屋」の注意書きがあった。サラボナの噂の宿屋同様、山越えする旅人のためのベースキャンプ的宿場である。
「女王陛下からは、その宿まで送るよう言われている。もう少しの辛抱だよ」
 船長が見る先には、船酔いで死んでいるヘンリーとブラウンの姿があった。

 ネッドの宿屋で二泊して疲れを取り、一行はいよいよチゾットへの山道に足を踏み入れた。流石に一番楽な道、と言うだけあって道幅は広く、傾斜も緩やかで、しっかり石畳で舗装してもあるのだが……
「……後何回折り返すんだよ?」
 ヘンリーがうんざりした口調で言う。道は山腹を切り裂くように登っては百八十度近く折り返し、また登っていく……という九十九折り構造で、ここから見えるだけでも二十回以上折り返している。なまじ上まで見えるだけに、見るだけで疲労感が増す。
 折り返し点の間はだいたい二十~三十分かかるので、見える範囲だけでも半日はかかる計算だ。確かにうんざりする。
「文句を言う男は女の子に嫌われるわよ? ね、リュカ」
 ビアンカがからかうように言う。
「うるさい人だな。オレはリュカにさえ嫌われなきゃそれでいいよ。なぁリュカ」
 板ばさみになったリュカは「あはは……」と笑うしかなかった。ヘンリーとビアンカの関係は、ピエールとのそれとはまた違う意味で、何時も緊張している。
 そんな会話をしながら、ひたすら登り続ける事半日。朝早くネッドの宿を出たにもかかわらず、陽は既にだいぶ傾き、夕方の気配が忍び寄ってきた。今日のうちにはとてもチゾットには辿り着けそうもない。
「今夜は道端で野宿かな……? そう言うのも久しぶりだね」
 リュカが言うと、荷台でスラリンとプックルが嬉しそうな鳴き声をあげた。この二匹、まだリュカに甘えたいところがあるのだが、最近はヘンリーがリュカを独占しているので、野宿でもないと大好きな主人と一緒に寝る機会がないのだ。
「まぁ仕方ないか。ん?」
 ヘンリーも一瞬野宿の覚悟を固めたが、道端の看板に気付いて、馬車を止めた。
「なになに? ミッド山荘、これよりすぐ。宿泊できます。二食付き……あら、宿屋があるのね」
 ビアンカがそれを読み上げた。途端に、スラリンとプックルは萎んだ。
「あ、あはは……ま、また今度ね? スラリン、プックル」
 リュカがフォローするが、二匹は冴えない顔のままだった。そして、確かにすぐにミッド山荘なる宿屋は見つかったが……
「……すごい事をするな」
 ヘンリーが外観を見て言った。山小屋を想像していたのだが、それは山腹に開いた大きな洞窟だった。ただ、入り口を板で覆い、ドアと窓がつけてある。ドアの上には「ミッド山荘」となかなかの達筆で看板が掛けてあった。
「どうする? 泊まる?」
 ビアンカもこの外観には心配そうな表情だ。すると、突然ドアが開いた。
「!?」
 驚いてドアに注目する一行の前で、中から出てきたのは、背の曲がった白髪の老婆だった。
「おや、お客さんかい……? うちはこんな見た目でも快適安眠だよ。イッヒッヒッヒ……」
 とてつもなく怪しい言動だった。
(古くは、旅人に一夜の宿を提供し、その実泊めた旅人を餌食にする人食いの妖婆や……)
 ヘンリーとビアンカはマーリンの薀蓄を思い出し、荷台に乗っている彼のほうを見た。マーリンはいやいや、あれは伝説だし、と言うように顔を背ける。するとその時。
「じゃあ、今晩一晩、お世話になります」
 リュカが言った。驚いてヘンリーとビアンカはリュカを見た。
「おい、良いのか……?」
 確認するヘンリーに、リュカは頷いた。
「うん。お婆さんからは邪気は感じられないわ」
 あ、とヘンリーは声を上げる。そう言えば、自分の妻はそう言う特技があったのだった……
「リュカが言うなら安心だな。じゃ、泊まるか」
 ヘンリーは言った。ビアンカもリュカの言う事なら信用する。こうして、一行はミッド山荘に泊まることにした。洞窟を改装した宿屋だが、以外に中は乾いていて清潔で、快適な環境である。
(これなら良く眠れそうだ)
 そう思ったヘンリーだが、その夜の事だった。

(……ん?)
 ヘンリーはふと目が覚めた。洞窟の中なので外が見えるわけではないが、感覚的にはまだ真夜中のようである。
(……珍しいな。夜中に目が覚めるなんて……ん?)
 ヘンリーはそこまで考えて、自分の身体の異変に気がついた。力を入れても、身動きが取れないのだ。
(な、何だこれは? マヒした時みたいだ……!)
 そう考えた時、何やら怪しげな音が廊下のほうから聞こえてくるのに、ヘンリーは気付いた。
 しゃこっ……しゃこっ……
 しゃこっ……しゃこっ……
 刃物を研ぐ音のようだった。何故真夜中の宿屋で、そんな音が聞こえるのか。そんな疑問を感じるより早く、あの老婆の声が聞こえてきた。
「……獲物は三匹……とくにメス二匹の方は、どっちも脂が乗って旨そうじゃ……イッヒッヒッヒ……」
 ヘンリーは驚きのあまりアゴが外れそうになった。やはり、ここは人食いの妖婆の棲家なのか。いや、そんな落ち着いている場合ではない。このままでは皆食われる!!
 しかし、身体が動かない!
(た、助けてくれ!! 今時こんな死に方ありか!? いーやーだー……)
 ヘンリーの意識はだんだん薄れていった。

 ゴトリ、という音でヘンリーは目を覚ました。
(あれ? オレはどうなったんだ……? まだ生きているのか?)
 昨夜の怪異を思い出し、ヘンリーは身体に力を入れた。よし、手も足も動く……と確認した所で、彼はリュカとビアンカの姿がベッドの上に無い事に気付いた。
「おや、目が覚めたかい?」
 唐突に老婆の声がした。ヘンリーはそっちを見た。部屋の入り口にあの老婆が立っていて、周りを怪しげなオーラが取り巻いている。
「うわああぁぁぁぁぁっ!?」
 ヘンリーは絶叫した。すると。
「きゃっ!? ど、どうしたの!?」
「な、なに!?」
 リュカとビアンカの声が横から聞こえてきた。
「え?」
 ヘンリーがそっちを見ると、リュカとビアンカはテーブルについて、朝食を食べようとしていた。
「ヘンリー、どうしたの? なかなか起きないから、疲れてるのかと思って、無理に起こさなかったんだけど……夢見でも悪かったの?」
 リュカが気遣わしげな表情で聞いてきた。
「え? 夢? そ、そうか……夢か……」
 ヘンリーは言った。そこへ、老婆がオーラ……と見えた湯気の立つ皿を差し出してきた。
「なんだかわからないけど、これをお食べ。うちの名物、ヤマバトのシチューだよ。昨夜はオス一匹、メス二匹も罠にかかっていてねぇ……大漁じゃったよ、イッヒッヒッヒ」
「ヤマバトかよ! ンな怪しい笑い声だから、すっかり勘違いしたじゃねぇか! つか、鳥は一匹二匹じゃなくて、一羽二羽と数えるモンだろう! 常識的に考えて!!」
 ヘンリーが全力でツッコミを入れると、老婆は首を傾げた。
「そうじゃったかねぇ……男が細かい事をお言いでないよ。それと、あたしのこの笑い声はクセなんじゃ。気にしないでおくれ。イッヒッヒッヒ」
 そう言うと、老婆は部屋を出て行った。ヘンリーはどっと疲れた表情で、熱々のシチューを見下ろした。

 悔しい事に、シチューは極上の味だった。精神的疲労はともかく、肉体的にはすっかり回復した所で出立の準備をしていると、また老婆が部屋にやって来た。手に長い包みを持っている。
「ん? お婆ちゃん、どうしました?」
 リュカが言うと、老婆はリュカに包みを差し出してきた。
「この宿に泊まったお客さんへのサービスじゃ。お客さんの剣を研いでおいてやったぞい。イッヒッヒッヒ」
「え?」
 リュカは受け取った包みを解いた。中から出てきたのは……
「えっ……父様の剣?」
 リュカは目を丸くする。そう、それはパパスの剣だった。しかも、無くなった筈の鞘まで新しく設えてある。リュカは鞘から剣を抜いた。
「うそ……!」
「マジかよ……」
 リュカとヘンリーは目を疑った。錆と刃こぼれでもはや使い物にならないだろう、と思っていた剣は、見事なまでの輝きを取り戻していた。ほとんど新品同然と言っても良い。刀身は鏡のようで、リュカたちの顔をくっきりと映し出していた。
「信じられない……ありがとうございます! お婆ちゃん!!」
 リュカはテーブルに剣を置き、老婆に抱き着くようにして礼を言った。
「気に入ってくれたならええんじゃ」
 老婆がそう返す中、ヘンリーはパパスの剣を取り上げていた。鞘から抜き、二、三度素振りをくれてみる。
「……なぁ、リュカ」
「ん?」
 ヘンリーの呼びかけに、リュカは振り向いた。
「この剣……オレに使わせてくれないか?」
 ヘンリーは言った。パパスは彼の永遠の目標。いつか越えるべき、偉大な人物だ。その剣を使いこなすことが出来れば、一歩パパスに近づけるような気がする。
「……うん、良いよ。ヘンリーが使ってくれるなら、きっと父様も喜んでくれると思う」
 リュカは笑顔で頷いた。ヘンリーはありがとう、と言うと剣を天を指すようにまっすぐ立てた。
(パパスさん……見ていてください。オレはリュカの笑顔を必ず守って見せます)
 その誓いに応えるように、刀身が輝いた。ヘンリーは剣を鞘に収め、ベルトを通して背中に背負った。その姿は、リュカの目に今まで以上に凛々しく眩しく映った。
(ヘンリー……まるで父様みたい)
 夫と父、二人の最愛の人を二重写しに見ながら、リュカはそっと涙を拭っていた。
(続く)


―あとがき―

 パパスの剣、復活です。原作では鋼鉄の剣にちょっと勝つくらいの性能でしたが、この作品ではリュカのドラゴンの杖と並ぶ、夫用の最強武器になります。
 そうすると、アンディルートだとアンディがこれを使うのかー……あんまり似合わないなぁ(ぇ



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第四十三話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/02 11:07
 山荘を朝早くに起ったリュカたちは、九十九折りの山道をそれからさらに登り、峠道の難所に差し掛かっていた。チゾットの街に続く、山中の大トンネルである。このトンネルより上の斜面は道を作ることすら許さない断崖絶壁になっていた。
 従って、トンネルと言っても中は急傾斜と急カーブの連続する構造となっており、時々地中を抜けたと思ったら、目も眩むような谷を吊橋で越えていたりする。絶景には違いないが、一刻も早く抜け出したいポイントではあった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第四十三話 祝福の日


 しかし、トンネルに入った直後から、一行はいきなり戦闘に巻き込まれた。いかづちの杖を掲げる死者の王、デッドエンペラーとその近衛兵である死霊兵の群れが待ち構えていたのだ。
「なんで、こんな街道の通路にこういう魔物が出て来るんだよ!?」
 悪態をつくヘンリーに、マーリンが魔封じの杖を構えつつ答えた。
「これから行くチゾットは、かつてこの山脈に覇を誇った山岳民族の街でしてな。その王族の墓が山中のところどころにあり、そこからこうして亡者の群れが彷徨い出ることがあるそうなのですよ」
 解説しつつ、死霊兵の群れにベギラマを放つ。追い討ちをかけるように、コドランが火炎の息で薙ぎ払い、包囲網の一角を火の海に沈めた。
「よーし……」
 死霊兵たちが燃える炎を見ながら、リュカはとどめのバギマを撃とうとしたが、突然気分が悪くなった。
(!?)
 吐き気がおこし、めまいがする。急に動きを鈍らせ、膝を地面に突いたリュカを攻撃しようと、デッドエンペラーがいかづちの杖を振り上げた。
「させるかよ!」
 間一髪、ヘンリーがパパスの剣を振るってデッドエンペラーの首を刎ね飛ばした。それでも、さすがアンデッドだけに首がなくなっても杖を振り回そうとするそいつに、ビアンカの炎の爪がとどめを刺す。気がつくと、周囲の敵は全滅していた。
「どうした、リュカ? 大丈夫か?」
 剣を鞘に納めながら、ヘンリーが駆け寄ってくる。ビアンカとマーリン、プックルもまだ蹲ったままのリュカの傍に近づいてきた。
「うん……ちょっと気分が悪くなっただけ。今は大丈夫」
 リュカの返事を聞いて、大丈夫そうに思った者は一人もいなかった。明らかに顔色が悪く、息も荒い。
「高山病……かもしれませんな」
 マーリンの言葉に、ビアンカが首を傾げる。
「高山病?」
「さよう。高い山の上というのは、地上より空気が薄いのですよ。それで、体調が崩れるのです」
 それを聞いて、ヘンリーが首を捻った。
「セントベレスでは何とも無かったけどな……まぁ、そう言うことなら少し休んでくれ、リュカ」
「うん、ごめんね」
 リュカはビアンカとプックルに助けられ、馬車に乗り込んだ。御者台に乗ったヘンリーとビアンカが後ろを見ると、プックルに添い寝されたリュカは、落ち着いた様子で眠っている。
「大丈夫そう……か?」
 まだ少し不安そうな表情で言うヘンリー。一方、ビアンカは何かが引っかかるような気がしていた。リュカの症状に、見覚えがあるような気がしたのである。
(なんだっけ……思い出せない)
 もやもやしたものを抱えつつ、馬車はゆっくりとトンネルを抜けていく。標高も次第に上がり、気温が下がって、吐く息が白くなってきた。何本目かの吊橋を越えて外に出た時、御者台の二人はそこに見えた光景に息を呑んだ。
 向かいの山は巨大な氷河に覆われ、白銀の輝きを見せている。こちらの道も雪が積もって、白く輝いていた。右を見れば、昨日から登ってきた山道が遥か眼下に見え、まさに絶景ポイントだった。
「ん? どうしたの?」
 気がついたリュカが起きてきて、やはり絶景を見て目を丸くした。
「わぁ……凄いね。この高さをずっと登ってきたんだ」
 言うリュカに、ヘンリーが尋ねた。
「気分はもう良いのか? 寝てて良いんだぜ」
 夫の気遣いに、リュカは笑顔で答える。
「うん、大丈夫。寝てたらだいぶ良くなったよ」
 血の気が引いていた頬にも、だいぶ赤みがさしている。大丈夫そうか、とヘンリーは判断した。どうせ今日はこの街で一泊するのだ。明日になれば、もっと良くなっているだろう。
「よし、じゃあ宿を取るか。きっと眺めが楽しめるぞ」
 ヘンリーは明るい声で言ったが、異変はその宿でまさに起きた。

 それは、夕食時だった。それまで普通に料理を食べていたリュカが、突然顔を蒼くし、口元を手で覆った。
「う……!?」
「ど、どうした? リュカ!」
 ヘンリーに答える余裕も無いように、立ち上がったリュカは食堂の外に飛び出していくと、こらえきれなくなったのか、その場で吐いた。それを見て、後を追ってきたヘンリーとビアンカは顔色を変えた。
「リュカっ!?」
「この子をベッドに……急いで!」
 宿の人間も出てきて、その場は騒然となった。リュカは部屋に運ばれ、ベッドに寝かされたが、まだ蒼い顔で、息も早くかなり具合が悪そうだった。しばらくして、宿の主人が呼んだ教会の司祭が部屋に入ってきた。食中毒かもしれない、と思った主人がキアリーを掛けようと呼んだのだが、司祭は首を横に振った。
「中毒の症状では無いですね。とりあえず、安静にして一晩休ませるように……と思いますが」
 司祭が言う。中毒でないのは幸いだったが、病名がわからないと安心できない。
「くそ、何だってんだ……!」
 妻の容態に苛立つヘンリー。その時、ビアンカはこの状況を説明するある可能性を思い出した。そう、村でも貴重な若い女手として、何度か立ち会った……ビアンカはリュカのベッド際に座ると、静かな声で尋ねた。
「リュカ、ちょっと良いかしら?」
「……なに?」
 目を開けて聞き返してくるリュカに、ビアンカは核心に触れる質問をした。
「リュカ、最近アレはちゃんと来ている?」
「……アレ?」
 代名詞の指す物がわからずキョトンとするリュカに、ビアンカは言った。
「月に一度の……女の子の日よ」
 今度は流石に意味がわかった。リュカは赤くなり、すこしおろおろした表情で答えた。
「そういえば……二ヶ月くらい来てない……」
 そう、とビアンカは頷き、男連中の方に振り向いて言った。
「病気じゃないわ。おめでたよ」
「え?」
 意味のわからないヘンリーに対し、司祭がおお、と明るい表情になった。
「そう言う事でしたか。神も喜び給うでしょう」
 そこで、ようやくヘンリーも事情を理解した。
「つ、つまり……リュカとオレの子供が?」
「そうなるわね」
 ビアンカが頷き、ベッド脇を譲った。入れ替わったヘンリーはリュカの手を握り、感無量と言った感じで言った。
「リュカ……ありがとう」
「ヘンリー?」
 いきなり礼を言われて戸惑うリュカに、ヘンリーは言葉を続ける。
「なんて言って良いか良くわからないけど、凄く嬉しいよ、オレ」
 リュカも微笑んだ。
「うん……こっちこそありがとう、ヘンリー。今わたし、凄く幸せ」
 そう言って、リュカは自分のお腹を撫でる。まだはっきりとはわからないが、そこに自分とヘンリーの血を受け継ぐ子供がいるのだと思うと、無限の愛しさが湧いてくるのを感じた。
「男の子かな? 女の子かな? ヘンリーはどっちが良い?」
 リュカに聞かれ、ヘンリーは即答した。
「どっちでも良いさ。元気な子なら。名前、考えておかないとな」
 すると、リュカが手を挙げた。
「わたし、実は考えてみたんだけど」
「……言ってみろ」
 ヘンリーがちょっと不安ながらも聞いてみると、リュカは答えた。
「えっと、男だったらトンヌ「却下」」
 ヘンリーが押しかぶせるように言うと、リュカはえー、と口を尖らせた。
「名前はオレが考えるよ。何時も仲間の名前はお前が考えているからな。こっちはオレに任せろ」
 ぶー、とリュカは拗ねて見せたが、本気ではなかったようで、ヘンリーの肩に顔を寄せた。
「うん……任せる。かっこよくて可愛い名前を考えてね」
「ああ」
 その会話の間、ビアンカは二人の世界から外れていた。
(良いわねー……私も早く結婚したい)
 妹分であるリュカがヘンリーにだけ見せる幸せそうな笑顔を見ると、ビアンカはそんな事ばかり考えてしまうのだった。ともあれ、彼女は手をパンパンと叩き、二人の注意をひきつけた。
「そうと決まれば、急いでグランバニアに降りたほうが良いようね」
 リュカとヘンリーはビアンカを見た。
「グランバニアまで、山道を降りて三日だそうよ。この街はマーリンの話では空気も薄いし、寒そうだから、身重なリュカにはよくないわ。急いで山を降りて、グランバニアへ行った方が良いと思うわ」
「そうだな」
 ヘンリーは頷いた。
「大きな街らしいし、環境はそっちの方が良いだろう。リュカは万が一を考えて、戦いには参加せず、馬車で待機……と言うことで良いよな?」
「うん。わかった」
 リュカは素直に頷いた。つわりも始まった今、無理をしてお腹の子に何かあってはいけない。
 リュカはもう一度自分のお腹を撫で、そっと子供に心の中で語りかけた。
(あなたは男の子? 女の子? どちらでもわたしは構わない。元気に生まれてきてね。お母さんも頑張るから)
 そのリュカの顔は、もう少女ではなく母親の顔だった。
(続く)


-あとがき-
 ビアンカが付き添っているので、チゾットで妊娠が発覚です。ところで、原作でチゾットのシーンでピンと来た人は、どれくらいいたのでしょうか?
 私はわかりませんでした(笑)。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第四十四話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/04/30 21:36
 念のため三日ほどチゾットで休養し、リュカたちはグランバニアに向けて出発した。グランバニア側の下山口に渡るには、谷にかかる長大な橋を渡らなければならないのだが、その途中、雲が切れて下界が顔を覗かせた。広大な森の中に、灰色のシルエットが見える。
「あれがグランバニア城ね」
 ビアンカが言う。この高さから見える辺り、相当巨大な城なのだろう。
「話によると、城下町を城の中にすっぽり取り込んだ形式らしい。建物だけなら、うちの十倍以上あるな」
 ヘンリーも王子時代に学んだ知識を思い出して言った。それを教えてくれたのは、今は亡き父王、エドワードだった。
(父上はその城を作った人間は大した男だ、と言っていたが……パパスさんの事かも知れないな)
 懐かしい記憶を辿りながら、ヘンリーは思う。今になって考えると、おそらく父とパパスは知り合い……いや、友人同士だったのだろう。何しろ国王同士だ。
 そのパパスを……頼れる友人で、かつグランバニアの王でもある人物をヘンリーの教育係に付けてくれたのは、エドワードにとって、ヘンリーに対して父として出来る最高の贈り物だった事だろう。今更ながらに、ヘンリーは父の愛情の深さを思い知った。
(それなのに、オレは国よりリュカを取った……親不孝者だな。でも、許してくれますよね、父上?)
 ヘンリーは父親の霊に心の中で詫びた。

 一方、荷台のリュカもグランバニア城の遠景を見ながら、父の面影を追っていた。
(あれが……父様の故郷。わたしの生まれた所……)
 いまいちピンとこない気がする。リュカにとって、故郷とはサンタローズの事だった。
 だが、街を城の中に入れて、一体化して守る、と言う考え方は、常に弱者の目線に立ち、それを守ろうとした父の姿勢に通じる所があると思う。そう思って見ると、グランバニア城にも親しみが持てる様な気がする。だが、父の事を思うのは、今もリュカにとって辛く悲しい事だった。
(父様……わたしは父様の故郷に帰ろうとしています。わたしはその人たちに、父様の死を伝えなければならないのでしょうか……?)
 故郷に近づくにつれ、リュカの気持ちは少し重くなっていくのだった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第四十四話 故郷への帰還、そして再会


 グランバニアへの道は、チゾットへ登ってくる山道を遥かに超える険しさだった。こちらでは山の斜面はほとんど垂直の断崖で、ところどころの岩だなを結ぶように、トンネルと切通しを組み合わせた複雑な道が、崖に付けられている。
 出現する魔物も格段に強力になっていて、メッサーラやミニデーモンと言った生粋の悪魔族や、獣人の中でも強者で知られるオークキングがいた。希少なモンスターであるはぐれメタルも一度見かけたが、途方もない速さで逃げ出してしまい、観察の機会は一瞬しか得られなかった。
「……今の子達、全部仲間になりそうなんだけどなぁ」
 はぐれメタルが逃げた後、リュカがそんな事を言い出したので、ヘンリーとビアンカは「マジで?」と声を揃えて言ってしまった。はぐれメタルとオークキングはわからないでもないが、悪魔族でもOKと言うのは、にわかには信じがたい。
「うん、悪魔は堕落した天使だって聞いたことがあるし……邪気さえ消えれば大丈夫なんじゃないかな?」
 リュカは言う。そんなものかねぇ、と思いつつ、ヘンリーは答えた。
「そのうち、仲間になるか試してみるか?」
「そのうちにね」
 リュカは頷いた。そうやって垂直の崖を下る事一日。こっちの斜面にも、ミッド山荘のような簡易宿泊所があった。そこの主人はなかなか気さくな人物で、一行の目的地がグランバニアと聞くと、いろいろな事を話してくれた。
「グランバニアに行くのかい。あそこの先代の王様は立派な人でねぇ、こうして旅人のために宿泊所を設けたのも、あの人のアイデアなんだよ。名前? パパス王と言う方だよ」
 そうやって主人はパパス王の事を褒めちぎった。試しにリュカがパパスの容貌を話してみると、主人はそうそう、と頷いた。
「確かにそんな感じのお方だったよ。お嬢さんはパパス王を見た事があるのかい?」
「ええ、まあ……」
 リュカが頷くと、主人は悲しそうな顔になった。
「そうか。お嬢さんみたいな若い人でも知っているほど凄い人だったのに、十年前に行方不明になって、今も見つかってないと言うのが残念でねぇ……その事をサンチョさんから聞かされた時は、自分の家族の事のように悲しかったよ」
 サンチョと言う名前を聞いて、リュカは驚いたが、同時に嬉しくなった。やはりサンチョは生きていたのだ!
 今もグランバニアに住んでいるとしたら、真っ先にサンチョの家を訪れなければなるまい。彼女の記憶にない過去を知っているのは、今となってはサンチョだけだ。

 翌日、宿の主人から道を聞いて順調に山道を下った一行は、森を抜けてグランバニア城に入った。山の上からでも大きく見えた城だが、入ってみるとその規模は圧巻と言うべきだった。
「これが本当に城の中?」
 ビアンカが思わず言う。幅広い大通りに沿って、無数の店が立ち並んでおり、多くの人が行きかう様は、普通の街と全く変わらない。ただ、上を見上げれば石の天井が見えるところは、確かに屋内だ。
「想像以上の規模だ。これは難攻不落だろうな」
 ヘンリーが言うと、近くにいた町人が上機嫌そうに声をかけてきた。
「凄いだろう? これはこの国の人間なら、皆自慢に思っている施設なんだ。先代のパパス王が作られたんだよ」
 それを聞いて、リュカが質問した。
「その、パパス王の従者をしていた、サンチョさんの家を探しているのですが……ご存知ありませんか?」
 町人は首を横に振った。
「いや、俺は知らないな……教会のシスターなら、サンチョさんに詳しいと思うが」
 リュカは礼を言って、教会に向かった。しかし、シスターは留守で、代わりに司祭がサンチョの家を教えてくれた。
「サンチョ殿なら、城内には住んでおらぬよ。城外の裏手に一軒家を構えて、そこにお住まいだ。城の中の方が便利だし、二階以上にも住める御身分なのに、敢えて外に家を建てる辺り、自分に厳しいお方だよ」
 司祭は言う。この街部分は一階と二階の一部だけで、基本的に残りは全て城の施設である。その城部分に住むことを許されるのは、王族や高位の貴族、それに騎士たちなどで、平民は住む事ができない。
 サンチョは男爵で近衛兵団長すら務めた事もあるほどの人物なのだが、仕えていた主……つまりパパスを守り損なった事を恥じ、今は城に住んでいないらしい。
「そうでしたか……ありがとうございます」
 リュカが礼を言うと、司祭はいえいえ、と応じつつも首を捻った。
「ところで、どこかでお会いした事がありませんでしたかな、お嬢さん。何か懐かしい気がするのですが……」
 一歩間違うとナンパにも聞こえる事を言う司祭だったが、リュカは気にせず否定した。
「いえ……気のせいだと思いますよ。わたしがこのお城に来るのは、たぶん十五~六年ぶりですから」
「そうですか」
 司祭はなおも首を捻っていたが、その間にリュカたちは教会を立ち去っていた。いったん城門を出て、城と城壁の間の通路を抜けていくと、前方からシスターが一人歩いてくるのが見えた。
「こんにちわ。すみません、サンチョさんの家はこの先ですか?」
 シスターは立ち止まり、頷いた。
「ええ、そうですが……あなたたちは?」
 それにはビアンカが答えた。
「昔、サンチョさんにお世話になったので、そのお礼を言いに参りました」
 まぁ、それはそれは、とシスターは目を細め、リュカたちに頼み事をしてきた。
「お知り合いであれば、あなた方からも言ってもらえませんか? 思い詰めると身体に毒だと……」
「わかった、言っておくよ」
 ヘンリーが答え、シスターは頭を下げて去って行った。
「サンチョさん……大丈夫かな」
 リュカは心配になった。どうも、今のサンチョはあまり幸せな生活をしているとは言い難い境遇のようだ。無理もないとは思うが……
「とにかく会ってみましょ。話を聞かないと始まらないわ」
 ビアンカに促され、一行は再び通路を歩き出す。十分ほどで通路を抜けると、そこは城の裏庭になっていた。見回すと、奥まった木々の陰に、それらしい建物が見えた。いかにもみすぼらしい外見の小屋で、吹けば飛びそうに見える。あの陽気なサンチョのイメージには、あまりにそぐわない建物だった。
「……」
 リュカとビアンカは思わず顔を見合わせたが、ともかくその建物に近づくと、扉をノックした。
「……開いていますよ」
 中から声が聞こえた。リュカは記憶にあるサンチョの声と、今の声を比べて、違いがあるか考えてみる……が、良くわからなかった。似てはいると思うが。ともかく、開いているとは言われたのだから、入ってみることにした。
「お邪魔します」
 リュカはそう断って、扉を開けた。狭い小屋だけに、すぐ住人の姿が見えた。リュカたちに背を向け、椅子に身体を預けている一人の男性。リラックスしていると言うよりは、投げやりの態度に見えた。彼は椅子を回して振り返った。
「シスターかね? さっきも来たばかりなのに、今度は何の用で……」
 そこまで言って、彼は来訪者がシスターではない事に気付き、首を傾げた。
「どなたかな?」
 そう言われたリュカとビアンカも、「どなた?」と首を傾げていた。彼女たちの知っているサンチョは恰幅の良い……言い換えればかなり太っている体型で、いつも優しそうな笑顔を浮かべた、柔和な顔つきの人物だった。
 しかし、目の前の男性は、痩せて……引き締まったというのではなく、病気でやつれたような体型をしており、目には悲しみと憤りの入り混じったような光が湛えられていた。まるで別人のようで、とてもサンチョとは信じられない。
 しかし、リュカは思い切って聞いてみた。
「サンチョ……さん?」
「いかにも……私がサンチョですが」
 男性は頷いた。
「こんな……世捨て人のような私に、貴女方のような若い女性が何の御用ですかな……?」
 自分を蔑むようなサンチョの言葉に、ああ、やっぱりサンチョさんなんだ、とリュカは思った。彼の言葉からは、大事なものを失い、それを埋め合わせることの出来ない人間の悲哀と悲憤がにじみ出ていた。
 それは、かつての自分や、シスター・マリエルにも当てはまる境遇だった。そんな悲しい境遇に、サンチョを沈めたままではいけない。リュカは言った。
「サンチョさん……わたしです。パパスの娘のリュカです。覚えがありませんか……?」
 数秒間、その言葉をかけられたサンチョの様子に変化はなかった。だが、言葉がその全身に染みとおったその瞬間、彼は大きく目を見開き、頭のてっぺんから足の先まで、何度もリュカを見回した。
「お……おお……」
 サンチョの目から負の感情が拭い去られ、懐かしさと歓喜の色が取って代わる。まるで呪いが解けたように、サンチョの纏う悲しみのオーラが消えて行き、感極まった声がその口から迸り出た。
「お嬢様……リュカお嬢様なのですね……! 生きて、生きておられたのですね!! このサンチョ、何度お嬢様との再会を夢に描いた事か……!!」
 サンチョの目からまるで滝のように涙が溢れ、リュカもまた涙を流しながら、サンチョに抱きついた。
「サンチョさん……ごめんなさい……長い間心配かけて、本当にごめんなさい……!!」
「なにを仰います。私の方こそ、旦那様とお嬢様の大事に傍にいられず……まことに申し訳ありませぬ」
 サンチョも娘を抱くように、リュカをそっと抱擁した。その再会に貰い泣きしていたビアンカもまた、懐かしい人物に声をかけた。
「サンチョさん、私の事は覚えてますか? アルカパのビアンカです」
 それを聞いて、サンチョはもちろんです、と頷いた。
「懐かしゅうございますな、ビアンカちゃんも……いやいや、そんなに美しく成長された女性を、ちゃん付けで呼ぶのは無礼ですな。ビアンカさん……本当に懐かしい」
 サンチョは涙を拭った。
「今日はまるで夢のような日です。リュカお嬢様とビアンカさんがこんなに美しく成長されて、再会できるとは……」
 そう言いながらも、サンチョの目はこの場にいない、そしていて欲しいもう一人の人物を探していた。リュカはそれを見て取り、いよいよ話さなければならない時が来たと悟った。
「積もる話はこれからとして……サンチョさんに紹介したい人がいるの。ヘンリー」
 リュカの言葉に、サンチョは入り口の方を見た。入ってきた見知らぬ青年に首を傾げる。
「あなたは?」
 サンチョに問われ、ヘンリーは帽子を取って一礼した。
「オレはラインハットのヘンリー。訳あって、リュカと一緒に旅をしている……実は」
「その……わたしの旦那様なの。わたしたち、結婚してるの」
 ヘンリーとリュカの言葉に、サンチョは目が飛び出るほど驚いた。
「な、なんですと!?」
 わなわな、と言う感じで震えるサンチョの様子に、これは説明が大変そうだなぁ、とリュカとヘンリーは同時に思ったのだった。
(続く)


-あとがき-
 サンチョを痩せさせてかっこよくしてみるテスト。イメージが湧かない人は「Drスランプ」のシリアスモード千兵衛博士を連想していただければ。
 この説明でわかる人いるのかな……アニメリメイクもあったから知っている人は多いと思いたい。
「骨格レベルで別人じゃねぇか!」と言うツッコミは受け付けます。
 次回はリュカのフルネーム公表です。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第四十五話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/02 10:55
 サンチョが用意したテーブルに、リュカ、ヘンリー、ビアンカがつき、サンチョが「粗茶ですが……」と言いながら出してきた茶が置かれた。サンチョもまた椅子に座ると、気持ちを落ち着けるように茶を一気に飲み干し、ほう……と溜息をついた。
「さて……話を聞く前にはっきりさせておきたいのですが、ヘンリー殿はラインハットのハインリッヒ王子……なのですよね? 違いますか?」


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第四十五話 自省と許し


「違わない。その通りだ、サンチョ卿」
 ヘンリーは頷き、その上で続けた。
「もう多くの人に責められている事だし、オレもそれから逃れる気はないが……パパス殿とリュカの不幸、サンタローズの惨劇について、確かにオレとオレの国の責任は重大だ。誠に……申し訳なかった」
 そう言って、ヘンリーは頭を下げた。サンチョは内心抑え難い激情を抱えてはいるようだったが、努めてそれを抑えて答えた。
「ラインハットの国で起きた事については、私も聞いております。大后と大臣に化けた魔物が、長年国を牛耳っていたと……」
「ああ。だが、それで責任を魔物と背後にいる光の教団に転嫁しても始まるまい。奴らに付け込む隙を見せたわが国にも責任がある事だ」
 再び済まなかった、と頭を下げるヘンリー。サンチョはしばらく考え込み、一つ質問した。
「ヘンリー殿下の謝罪は、ラインハットの公式見解であると……そう看做してよろしいのですか?」
 ヘンリーはそれにも頷いた。
「ああ。今の王はオレではなく、弟のデールだが……オレと違うことは言うまい。パパス殿がここグランバニアの王であられたことは、一ヶ月ほど前にテルパドール女王アイシス陛下より伺って始めて知った事ゆえ、今まで公式の謝罪がないことについては、深くお詫びする。デールにも公式に謝罪のための使節を派遣するよう、要請しておく」
 そのヘンリーの言葉に続いて、リュカがサンチョに尋ねた。
「あの……サンチョさん。父様が王様だと言うのは……本当の事なの?」
 あくまでもサンチョの口から決定的事実を確認したい。そう思うリュカに、サンチョは答えた。
「はい。旦那様はグランバニア国王、デュムパポス・エル・ケル・グランバニア陛下にあらせられます。そして……お嬢様、いえ、姫様はグランバニア第一王女、リュクレツィア・メル・ケル・グランバニア殿下にあらせられます」
「リュクレツィア……それが、わたしの本当の名前」
 リュカはその名前を何度も胸の中で反芻した。母マーサが付けてくれた、父パパスが祝福してくれた名前。そう思うと、胸の中にほのかな暖かさが宿るような気がした。
「そうなんだ……リュカって本当にお姫様だったのね。これまでみたいに気軽にリュカなんて呼んじゃダメね」
 ビアンカが言う。リュカは慌てて首を横に振った。
「そんな事ないです。ビアンカお姉さんは、わたしにとってはやっぱりビアンカお姉さんで……身分なんて関係なく、大事な人だと思ってます。だから……これまで通りリュカって呼んでください」
 それを聞いて、ビアンカは安心したように微笑んだ。
「ありがとう。リュカならきっとそう言ってくれるって信じてたわ」
 そのやりとりを聞いてから、サンチョは言った。
「ヘンリー殿下のお立場と見解については理解しました。私の個人的な見解は、今は置いておきましょう……では、話していただけますか、姫様。この十年の事を」
 サンチョの目には、主君の身に起きた不幸を受け止める覚悟が宿っていた。リュカも頷き、口を開いた。
「そう……あれは――」

 全てを語り終える頃には、陽は西に沈み、夜の帳が辺りを覆い尽くそうとしていた。
「そう……でしたか。苦労なさったんですね、姫様」
 サンチョは目を真っ赤にしていた。パパスの死を知らされた時、彼はおうおうと声を上げて号泣し、しばし話が中断するほどだった。リュカの傍らにパパスがいないのを見た時に、ある程度覚悟はできていたのだろうが、やはりこらえ切れなかったようだ。
 リュカもパパスの事を話す時は、号泣まではいかなかったが、目からボロボロと涙をこぼし、しばしば話に詰まった。ビアンカも涙ぐみ、パパスの死を悼んだ。
 大神殿脱出後、リュカがヘンリーと常に行動を共にし、その間に愛を育んで行った事については、サンチョは特に感情を激する事もなく、静かに聴いていた。そして、ようやく話が終わった今、サンチョはヘンリーの方を向くと、深々と頭を下げた。
「ヘンリー殿下、感謝いたします。この十年間、良くぞ姫様を護っていただきました。このサンチョ、心よりお礼申し上げます」
 いきなりの謝礼に、ヘンリーのほうが戸惑った。
「いや……オレの立場として、リュカを守るのは当然の義務だし……オレとしては、リュカと結婚した事について、うちの娘はやらん的な怒りの言葉を覚悟していたんだが」
 その言葉にはサンチョのほうが苦笑した。
「そんな事は言えませんよ……貴方の事を話す姫様の幸せそうな顔を見ては、何の文句も言えません。姫様……おめでとうございます。良き殿方を迎えられましたな」
 言葉の後半はリュカに向けられたものだった。リュカは涙を拭いて笑顔を見せた。
「ありがとう、サンチョ」
 しかし、その時にはサンチョは難しい顔になっていた。
「そうなると……姫様のお帰りを、国王陛下はじめ、国の重鎮たちに知らせねばならぬのですが……多くの者はラインハットへの恨みを抱いています。明日が勝負になるでしょうな」
 リュカは頷いた。
「……全てを素直に話せば、きっと皆さんわかってくださると思います。ところで、今の王様はどなたが?」
「パパス陛下の弟君、オディロニウス様……オジロン様が王位を継いでおられます。大変心優しいお方で、この方をお味方につけるのが一番でしょう」
 リュカの質問にサンチョは答えた。ただ、リュカには言わない事だが、オジロンは優しい性格の半面、優柔不断な面と気の弱さもある。
(姫様のためにも、ヘンリー殿下を責めようと言う言葉には、全力で対抗せねば)
 サンチョはそう覚悟を決めていた。

 その夜、リュカたちは宿に泊まり、翌朝サンチョと再び合流した。王に謁見するとあって、サンチョも久々に近衛兵団の正装に身を包んではいたが……
「サンチョさん、その格好は……?」
 リュカは思わずそう聞いていた。サンチョの正装は全くサイズが合っておらず、ぶかぶかになっていた。
「いや……ははは……自覚はなかったのですが、私も随分やつれていたものですね。これが終わったら、服を仕立て直しますよ。それにしても、姫様はお綺麗です」
「ありがとう、サンチョさん」
 リュカは礼を言った。この日の彼女は、新品の銀の髪飾りと光のドレスを身に付け、略式ながら王女らしい装いをしていた。ヘンリーは結婚式でも身に付けた、ラインハット騎士団の正装。昨日の旅人が、一体何処のお貴族様になったのかと、宿の主人もビックリである。
「では、参りましょうか」
 サンチョの言葉にリュカは頷いた。
「うん……じゃなくて、ええ、と答えるべきなのかな……?」
「無理に堅苦しくする事はないさ。オレも地で行く」
 アドバイスをするのはヘンリーである。
「そう。これは戦だ。オレとリュカの仲を認めさせるための」
 ヘンリーは特に気負った様子もなく、しかし物騒な事を言う。だが、彼は恐らく自分たちを歓迎しない勢力がいるだろうと当たりをつけていた。他国の王族である自分はもちろん、現王に取って代われる王位継承権を持つリュカを目障りに思う人間は、絶対にいる。
 自らもお家騒動の焦点になった事があるヘンリーならではの、冷徹な見通しだった。
「それじゃあ、行ってきます。ビアンカお姉さん」
「うん、頑張ってね」
 留守番のビアンカがリュカを笑顔で見送る。彼女も付いていきたいのだが、さすがにリュカと関係が深いとは言え、平民の彼女がおいそれと城に入ることはできなかった。
 サンチョを先頭に、三人は町の正門近くにある城への入り口に向かった。門番がサンチョを認めて声をかけてくる。
「おや、サンチョ卿……こんな朝早くから登城ですか?」
 サンチョは頷いた。
「国王陛下に火急の報告があって罷り越した。通してもらうぞ」
「はっ!」
 兵士が敬礼して道を開ける。サンチョに続いてリュカたちも階段を登り、城の奥へと進んでいく。いったん屋上を取り巻く回廊に出て、城の最奥に進んだ所が、王がいる謁見の間だった。割と早い時間に来たため、今日はまだ謁見を希望する者は来ていないようだ。サンチョが用件を告げると、謁見の間の衛兵は大声で呼ばわりながら扉を開いた。
「サンチョ卿他ニ名、ご入室!」
 その声に送られて謁見の間へ歩を進めると、玉座に確かに温厚そうな男性が座っていた。現在のグランバニア国王、オジロンその人である。黒い髪と目には、パパスやリュカとの血の繋がりを窺わせる所があるが、パパスのような圧倒的な存在感はオジロンにはなかった。
 だが、リュカは初めて会うこの叔父に親しみを抱いた。その優しげな目は、会う人に心の安らぎを抱かせるものがある。視線だけでなく、放たれた声も、穏やかなものだった。
「おはよう、サンチョ。今日はこのような朝早くからどうしたのだ?」
 普通は謁見をしに来た側が先に挨拶をするものだが、オジロンはあまり礼節にうるさいタイプではないらしい。サンチョは跪き、作法通りに挨拶を述べた。
「陛下、本日も気分麗しゅうございます。本日は、火急の用があり、こうして参った次第。行方不明の先王陛下に関してのことでございます」
 オジロンは玉座から身を乗り出した。
「なに、兄上の……その、連れの者たちが何か知らせを持ってきてくれたかな?」
 サンチョは頷くと、リュカの横に控えた。
「はい。先王陛下が一子、リュクレツィア王女殿下がお帰りになったのでございます」
 その瞬間、謁見の間が大きくざわめいた。オジロンがそれを制し、静かにさせる。
「控えよ、者ども……真にリュクレツィアか? 良く顔を見せてくれ」
 オジロンが玉座を据えた壇上から降り、リュカに近づいてくる。リュカはスカートをつまんで挨拶した。
「お久しゅうございます、叔父上。デュムパポスが娘、リュクレツィアです……」
 その時、声を発するものがいた。
「お待ちください。貴女が本当に王女殿下と言う証明はございますのか」
 文官の列で一番玉座に近い位置に立つ人物……宰相だった。サンチョが怒気を孕んだ目で宰相を睨み、声を荒げた。
「無礼でありましょう、閣下」
 魔物もたじろぎそうな声音だったが、流石に宰相ともなると、その程度では動じない。
「無礼は承知の上。しかし、王族を騙る不届き者の存在など、珍しくもない事……それゆえ、証を立ててもらわねば信じることは出来ぬ」
 その時、オジロンが言った。
「控えよ、宰相。兄上の第一の忠臣だったサンチョが、王女を見誤ることなどあるわけがなかろう。それに……リュクレツィアは行方不明の義姉上に良く似ておられる。真実この少女はリュクレツィアであろうよ」
「は……」
 宰相が一礼し、列に戻る。オジロンはリュカの肩に手を置き、優しい口調で言った。
「そなたが兄上に連れられて城を出た時は、まだほんの赤子だったが……美しく成長したな。良く帰ってきてくれた、リュクレツィア」
「ありがとうございます、叔父上。わたしの事はどうかリュカとお呼び下さい」
「うむ」
 オジロンは頷くと、周囲の家臣たちを見回した。
「本日の謁見は中止する。リュカと話がしたい」
「ははっ」
 家臣たちが頭を垂れた。
「では、場所を移そう。どうか聞かせてくれ。これまでの事を」
(続く)


-あとがき-
 と言うことで、リュカの本名は「リュクレツィア」でした。歴史上の人物では、中世イタリアの英雄の一人、チェーザレ・ボルジアの妹リュクレツィア(ルクレツィア)がいます。絶世の美女として有名です。
 サンチョはとりあえずヘンリーを許すことに。本心はどうあれ、リュカの幸せを優先する人だろうと思うので。ちょっと甘めの判定ですがご勘弁の程を。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第四十六話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/02 11:00
 場所を城の大会議室に移し、リュカの話が始まった。居並ぶ文武百官たちは、リュカの年齢にしては余りにも波乱万丈の体験に、声もでない様子だった。それでもパパスの死には泣き声がもれ、ヘンリーとの結婚には場がどよめいた。
「そうか……やはり兄上は……」
 オジロンは沈痛な表情で偉大な兄の死を受け止めていた。そして、おもむろに話を切り出した。
「私は兄が帰るまでの代行として、王位を継いだ。言わば繋ぎの役目だ。兄は帰らなかったが、その子であるリュカが戻った以上、リュカに王位を返したいと思う」


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第四十六話 王家の試練


 場に沈黙が落ち、一瞬置いて騒然となった。
「お待ちください、陛下!」
「唐突に何を言われるのですか!」
「お考え直しください!」
 考え直して欲しいのは、リュカも同じだった。彼女にはパパスの遺言を守って、母と天空の勇者を探す使命がある。それを投げ出してしまうわけには行かない。そう言おうとした時、さっきに宰相が手を上げた。
「陛下、お言葉ではございますが、我がグランバニア国の王室典範においては、女子の王位継承は認められておりません。従いまして、リュクレツィア姫様に王位を受け継がせる事は出来ませぬ」
「なに、まことか?」
 オジロンはそう言うと王宮秘書官を呼んで、典範を確認させた。すると、確かに継承者を男子に限る、とある。
「むぅ……女子しかいなかった場合はどうして来たのだ?」
 オジロンが言うと、宰相はそうですな、と前置きして答えた。
「その場合は、王の兄弟、そうでなければ王家と血縁関係のある貴族の男子。それもなければ、どこか名門から男子を王女の婿として迎え、その方に王位を継いで戴くことになりますな。まぁ、最後の例は今の所歴史上ありませんが」
「そうすると、当てはまる人物は……」
 オジロンの視線が、ヘンリーに当たった。
「……オレですか?」
 ヘンリーが言うと、一瞬場の雰囲気が険悪になった。その空気を読めなかったのか、読む気がなかったのか、宰相が言った。
「ヘンリー殿下は我がグランバニアにも劣らぬ名門、ラインハット王家の一員。資格は十分ですな」
 すると、騎士団長が立ち上がった。
「宰相殿、私は反対だ。先王陛下の死にラインハットが関わっていることは事実。いくら黒幕が魔族でも、そのラインハットの王族を継承者とは承諾しかねる」
 その主張に、私も、拙者も、と言う声が相次ぐ。そこでヘンリーは言った。
「オレも、この国の王位を継ぐつもりはありませんよ。ところで宰相殿」
「何か?」
 ヘンリーに呼ばれた宰相が顔を上げた。そこでヘンリーは尋ねた。
「オレとリュカの子が男の子だった場合、継承権はどうなる?」
 一瞬宰相は沈黙し、それから答えた。
「……その場合、当然そのお子が継承権第一位になるかと存じます」
「なら決まりだろ。今のままオジロン陛下に王を続けていただき、オレとリュカの間に男子が生まれたら、その子を将来王とすれば良い」
 そこでリュカも言った。
「わたしは、父様の遺言を果たし、天空の勇者と母様を探し出す、と言う目的を持って旅を続けてきました。その目的は、まだ果たされていません。できれば、このまま旅を続けたく思います」
 さらに、サンチョが懇願した。
「オジロン様、どうかお二人の言葉をお聞き届けください。確かに王位を譲るのが筋ではありましょうが、亡きパパス様の無念に報いねばなりませぬ」
 その言葉に、オジロンは参った、と言う表情になった。
「ううむ……王を辞める良い機会だと思ったのだがな……」
 元々私は王になど向いていないのだ、と愚痴るように言うオジロン。そんな事はないのになぁ、と思うリュカ。それはともかくとして、ヘンリーが提案した、生まれてきた男の子を次の王にする、と言う案については、特に反対も代案もないようだった。何と言っても、二人はまだ十七歳と十六歳。今後何人でも子供は生まれるだろうし、女の子ばかりでも、自家の男子を送り込んで、城内を自分たち主導で固められると、貴族たちは踏んだのだ。
「では、私が引き続き王位を勤めさせていただく」
 オジロンがそう言って会議を締めくくろうとしたとき、宰相が再び口を開いた。
「お待ちください。ヘンリー殿下にはもう一つ用件があります」
「え?」
 立ち上がりかけていたヘンリーが動きを止めると、宰相はさっき秘書官が持ってきた典範を開き、ある部分を指で示して言った。
「ヘンリー殿下がグランバニア王家の一員に加わるに辺り、王家の証を得る試練を受ける必要があります」
「なに?」
 オジロンは自分の前の典範を開きながら言った。
「あれは、王家の男子が成人の儀式として行なうものだろう? 外部から迎える方にも必要なものなのか?」
 宰相は頷いた。
「もちろんです。グランバニア王家に加わるからには、例外はありません」
 王家の成人の儀式……十六歳を過ぎると、グランバニア王家の男子は城の東にある試練の洞窟に赴き、そこで王家の一員たる証を持ち帰ることで、初めて成人であり、王位継承権を持つことが認められる。それが長年グランバニア王家に伝わるしきたりであり――
「ヘンリー殿下がこれを成し遂げられない限り、王族として認められず、リュクレツィア姫様とのお子にも、王位継承権は認められません。従って、試練を受けていただきます」
 それを聞いて、ヘンリーは頭を掻いた。
「それはまた面倒な事を」
 ラインハット王家には、そう言うしきたりはない。とはいえ、郷に入れば郷に従えである。これがリュカと自分の仲をこの国に認めさせるための、最後の通過儀礼なのだろうと、ヘンリーは覚悟を決めた。
「良いさ。受けようじゃないか、その試練」
 軽い調子で言うヘンリーの手を、横にいたリュカが握った。
「ヘンリー……」
 心配そうな目で見るリュカに、ヘンリーは微笑んで見せた。
「大丈夫だよ。リング探しに比べりゃあ、こんなのはなんて事はないさ。軽くクリアしてみせる」
「いや、ヘンリー殿……侮るべきではありませんぞ?」
 自分でもその儀式をクリアした経験から、オジロンが注意を促す。彼はヘンリーに好意的だった。自分を常に律し、高みを目指して歩む姿は、亡き兄を髣髴とさせる。もちろんまだ未熟ではあるが、この青年はグランバニアに良き変化をもたらす存在になる、とオジロンは感じていたのだった。
「ありがとうございます、陛下。もちろん油断する気はありません」
 ヘンリーは言って、すっと立ち上がった。
「明日にでも、その試練をお受けしましょう」
 それを聞いて、宰相の目元が僅かにぴくぴくと動いた事に、その場の誰もが気付かなかった。

 試練の洞窟は城から僅かに半日ほど離れた場所だった。
「あれがそうかい?」
 問うヘンリーに、案内の兵士が緊張した面持ちで答える。
「は、はい。私はこれ以上あそこに近寄れませんので、これで引き上げさせていただきますが……」
 そう言いながら、兵士はヘンリーとその周りの集団を見る。着いて来ているのはピエールにマーリン、ブラウン、コドラン、ジュエルと言う戦力。魔物を引き連れたヘンリーに兵士の注ぐ視線は、恐れに満ちていた。
(オレになついているわけじゃないんだがな、こいつらは)
 ヘンリーは苦笑する。魔物の手先になっていた国、ラインハットの出身と言う事で、どうも城内では仲間の魔物たちを統率しているのは、リュカではなくヘンリーと言う事になっているらしい。実際には、この面子はリュカのお願いに応じて着いて来てくれたのだった。
 リュカ本人は身重の身体と言うこともあり、ビアンカを世話係代わりにして城で待っている。プックルとスラリンはリュカから離れようとせず、ホイミンはリュカの体調を考え、医者代わりに残してきた。
「じゃあ、行って来るよ。城に戻ったら、リュカにすぐ帰ると言っておいてくれ」
 ヘンリーはそう言うと、返事も聞かずに洞窟の入り口へ向かう。そこへピエールが話しかけてきた。
「お前に手を貸すのは不本意だが、これもリュカ様とお子様のためだ。仕方がないな」
 ヘンリーは笑った。
「いやいや、素直に当てにさせてもらうぜ?」
 こんな所で喧嘩をしている余裕はない。ヘンリーは他の仲間たちにも声をかけた。
「皆も頼むよ」
 それぞれ、鳴いたり武器を振り回したりして応える仲間たち。ジュエルだけは、何を考えているのやら、良くわからない所があるが……バギクロスなどの強力な魔法を使うのは心強いが、雑魚にもそれを連発してあっさり戦力外になったりするのが困り者だ。
「まぁ、ワシは万が一に備えて、呪文を温存しておくとしよう……幸いこれもあるしな」
 マーリンは何時もの愛用の魔封じの杖ではなく、チゾットの手前でデッドエンペラーから奪ったいかづちの杖を持ってきていた。他の仲間たちも、それぞれ武装を新調している。
「よし、行くか!」
 ヘンリーは洞窟の中に踏み込んだ……そして立ち止まった。半円形のエントランスには、四つのドアが付けられている。
「……どれが正解だ?」
 ヘンリーは一番手近なドアを開けてみた。
 すぐ向こうが壁になっていた。
「なんだこりゃ?」
 ヘンリーは呆れつつ、別のドアを開けてみる。今度は通路があり、すぐ先で九十度右に曲がっていた。試しにそこを行って見ると、すぐにまた九十度右に曲がり……ドアがある。嫌な予感がしつつ開けてみると、そこはエントランスだった。出てきたのは、さっき入ったドアの二つ隣である。
「じゃあ、これが正解か」
 ヘンリーはまだ開けていない、残り一つのドアを開けてみた。
 すぐ向こうが壁になっていた。
「おい、どれもハズレじゃないか!?」
 唸るヘンリーの肩を、マーリンが叩いた。
「落ち着け、ヘンリー殿。これはどうやら魔法的な仕掛けのようじゃ。おそらく、正しい手順でドアを開けないと、正解の通路に繋がらぬのじゃろう」
 そう言うと、マーリンは目を閉じて意識を集中した。
「……どうやら、この洞窟全域が、魔法的な仕掛けの塊のようじゃな……こういう時でなければ、ベネット殿でも呼んで、一緒に研究するんじゃが」
 マーリンの言葉に、ヘンリーはうんざりした表情になった。
「マジかい……その方面は苦手だぜ、オレ」
 だが、マーリンが胸を叩いて見せた。
「案じなさるな。この手の事は、ワシが専門家と言う自負もある。正解を必ず導いて見せようぞ」
 さらにブラウンが新品のバトルアックスを振るってみせる。いざとなったら全部ぶち壊してでも進もう、と言う覚悟が、そのつぶらな目に宿っていた。
「おう……頼りにしてるよ、皆」
 ヘンリーは頷き、その間にマーリンはじっと四つのドアを見ていた。
「ふむ……おそらく、まずはこれじゃな」
 マーリンがノブを回す。王家の試練は始まったばかりだった。
(続く)

-あとがき-
 リュカが女王になるのか、ヘンリーが王になるのか、と疑問の方も多かったと思いますが、正解は「どっちもならない」でした。
 まぁ、王様になっちゃったら普通は旅を続けられませんからね。





[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第四十七話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/03 21:06
 マーリンが何度かドアを開け閉めしていると、それまで何度開けても向こう側がすぐ壁だったはずのドアが、通路に繋がっていた。
「……不思議なもんだなぁ」
 ヘンリーが言うと、マーリンはいやいや、と首を横に振った。
「リレミトの応用で、ドアを開ける際に別の場所に通じるような、魔法的な門を作っているのじゃよ。旅の扉も同じような仕組みじゃな」
「ああ、なるほど。あれか」
 ヘンリーはラインハット城から神の塔へ向かった時の事を思い出した。
「で、これが正解の道なのですか? 老師」
 ピエールの言葉に、マーリンは頷く。
「おそらくな。先に進めばわかるじゃろう」
「よし、じゃあ行くか」
 ヘンリーは先頭切って通路を進み始めた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第四十七話 仇敵との再会


 マーリンが予測した通り、試練の洞窟は魔法的なトラップが山と仕掛けられたとんでもない場所だった。
 通路の先にあった階段を降り、その階を捜索してみたが、他の階への通路が見当たらない。下に降りる階段はあったのだが、降りた先は何も無い小部屋だった。
「さっきのドアみたいに、どこかに隠し通路があるんだろうな」
 ヘンリーはそう言って、何か手がかりが無いか、全員に探してみるよう言った。壁やら床やらを探し回る事一時間。各員がフロアのあちこちに散って仕掛けを探している最中に、突然地響きと共に階全体が振動し始めた。
「うわ、なんだ? 地震か!?」
 ヘンリーがそう言って伏せようとした直後、怒涛のような水の流れる音が響き渡り始めた。そっちを見ると、通路に水煙が吹き込んで来ている。ジュエルが捜索していた通路のほうだった。
「ジュエル!?」
 ヘンリーやピエールがそっちに駆けつけると、通路はまるで川のようになっていた。それも激流だ。飛び込んだら、まず一発で溺れる事請け合いである。
「なんてことだ……ジュエル」
 ピエールが嘆く。アホの子ではあったが、同じ仲間として戦ってきた仲間だ。その命が激流に消えたとあって、平静ではいられない。
「こんな危険な罠があったとは……」
 ヘンリーは背筋に寒気が走るのを感じた。そこにジュエルを一匹放り出して行った事に、やりきれない無念さを感じる。
「済まない……ジュエル……」
 そうやって、全員が粛然とした気持ちで激流を見つめていると、背後で気配がした。宝石を袋に入れて揺するような、ジャラジャラと言う音。
「え?」
 振り向くと、そこには激流に流されたはずのジュエルがいた。全身ずぶ濡れではあるが、あのアホみたいな笑顔でヘンリーたちを見ている。
「じ、ジュエル! 無事だったのか!?」
 ピエールが駆け寄ると、ジュエルは踊るように舌をくるくると振り回した。これが彼(?)の意思表示方法なのである。
「……なに? 面白かった、もう一度やりたい?」
 そこで再度流れの方を振り返ると、既に水はほとんど流れておらず、そして底が見えるようになって気付いたのだが、水深はせいぜい30センチあるかないか。底がツルツルの石畳なので、たぶんウォータースライダーのように楽しめるはずである。その気になれば。
「アホかお前は! 心配させおって……」
 ジュエルをポカリと殴るピエール。だが、その声は安堵に満ちていた。その時、マーリンが言った。
「この水、何処から来たんでしょうかな? 案外水の流れてくる方に通路があるのでは」
 ヘンリーは手を打った。
「なるほどな。水が出たときに流されないようにしていれば、そこから先に進めるかもしれない。やってみるか」
 一行が奥に進むと、突き当たりに近づいた所で、ジュエルが飛び出した。ぴょんぴょんと飛び跳ねて行き、壁に付いているスイッチを舌で押そうとする。
「ラリホーマ」
 すかさずマーリンの魔法が飛び、ジュエルを眠らせた。ここで押されては困るのである。
「スイッチの場所はわかった。よし、ロープを張るぞ」
 ヘンリーは壁に楔を打ち込み、ロープを張って足場を作った。流されないようにこれに掴まるのだ。眠っているジュエルはブラウンが抱え、全員がロープに掴まったところで、ヘンリーはスイッチを押した。
 途端に壁が上にせり上がり、そこから水が溢れ出してきた。思ったより勢いが強く、滑って転びそうになったりもしたが、なんとか全員流されるのを免れた。そして上がっていった壁の向こうを見ると、確かに通路がある。
「よし、今のうちだ!」
 ヘンリーが指示し、全員が壁の向こうに駆け込んだ。その背後で壁が降りて行き、床に水がたまり始めたが、一行はその前に奥の通路に進んで行った。

 その後も、幾つかの仕掛けに遭遇したが、その度に知恵を絞って仕掛けを解除し、ヘンリーたちはかなり広い部屋に到達した。そこは中央部で底知れない深さの谷によって部屋が両断されており、谷に沿って無数の柱が立てられている。ヘンリーたちがいるのとは反対側の方に、宝箱が置いてあるのが見える。あれが王家の証とやらの入った宝箱なのだろうか?
(……そう言えば、オレもそんな事をしてたな)
 ヘンリーは子供時代を思い出した。リュカやデールに「子分の証」が入っていると言って空の宝箱を開けさせ、その間に隠し階段で下の階に隠れる……今思うと、子供ながらアホである。
(まさかあれも空箱だったりしてな……)
 グランバニアがそんな稚気溢れるイタズラを仕掛けるような国ではないと思うが、ヘンリーは一瞬そんな事を考えた。気を取り直し、間の谷を見る。
「一見何の変哲もないが……実は飛び越えられないと見た」
 ヘンリーはそう言うと、石を拾って投げた。簡単に向こう岸に届かせられるはずの距離だが、石は谷の真ん中に近づくにつれて速度が落ち、しまいには空中で静止したかと思うと、谷底に吸い込まれていった。
「真ん中で空間が歪んでおりますな。飛んでいったら、何十里と進んでも向こうに着かない、と言う憂き目に会うところじゃった」
 マーリンが分析する。
「メンドくせーもん作りやがる。リュカはあんなに素直なのに、これを作ったリュカのご先祖様とやらはヒネタ連中だぜ」
 ヘンリーはそう言うと、辺りを見回した。
「たぶん、また仕掛けがあるはずだ。今度は全員で纏まって探すぞ」
「了解」
 マーリンが答え、ぞろぞろと部屋の中を歩き回る。すると、一本の柱に大きな亀裂が入っているものがあることにヘンリーは気付いた。
「この柱だけ壊れてるな」
 ヘンリーが言うと、マーリンは近寄って柱の表面を見つめ、コンコンと杖でたたいてみた。
「この柱だけ、材質が違うようじゃ。おそらくは……」
 マーリンはそう言いながら亀裂に手を突っ込んで、奥を探った。カチリ、と言う音がして、部屋の中央部の床板がせり上がってくる。
「お、あれか?」
 ヘンリーたちはそのせり上がってきた部分に駆け寄った。表面にボタンが付いており、それを押すと、今度は谷底から橋がせり上がってきた。
「……回りくどい仕掛けだなぁ」
 ヘンリーは半ば呆れつつ、その橋を渡った。空間のゆがみも解除されたらしく、普通に向こう岸に辿り着く。その中央部の台座に近づき、ヘンリーは宝箱を開けた。
 中身は空っぽだった。
「……おい」
 ヘンリーは唸った。本当に中身がないとは思わなかった。
「うーむ、これはアレか……? 本当にここまで来ることが出来たら合格だ、とかそう言う類の」
 ピエールも思いもよらない状況に首を捻る。あるいはこれも別の仕掛けのスイッチで、もっと奥があるとか? そう考えたとき、ブラウンがヘンリーの服の裾を引っ張った。
「ん、どうした?」
 問いかけるヘンリーに、ブラウンは地面の一部を指差す。そこには靴跡があったが……
「……靴跡だと?」
 ヘンリーは眉をひそめる。この中で靴を履いているのは、彼以外ではピエールとマーリンだ。しかし、この靴跡はかなり大きいもので、二人の足跡でないことは間違いない。もちろん自分でもない。
「誰かが、先にここに入ってきた? そして王家の証を盗んで行った……そう言うことか?」
 独り言のように言ったとき、それに答える様に誰かの声が聞こえた。
「その通りだ」
 全員が弾かれたようにその声がした方を振り向くと、今渡ってきた橋の向こうで、斧を担いだ屈強な大男と、その配下らしい十数人の男たちが、弓を構えてヘンリーたちを狙っていた。
「……お前は……」
 ヘンリーは大男をじっと見た。どこかで見覚えがあるような気がする。すると、大男は自ら名乗りを上げた。
「俺は大盗賊カンダタ。だが、今日の仕事は殺しよ。あんたを消してくれと言う奴がいてなぁ」
「カンダタ……だと?」
 その瞬間、ヘンリーの記憶が蘇った。あの忌まわしい事件の日、彼をさらって古代遺跡まで連れて行ったのが、目の前の大男だった事が。
「そうか……まさかこんな所で会おうとはな」
 ヘンリーは呟くように言うと、カンダタを睨んだ。
「カンダタよ、十年前……いや、もう十一年前になるのか。お前がラインハットでした仕事を覚えているか?」
 ヘンリーが言うと、カンダタは「はぁ?」とバカにしたような声を上げた。
「何言ってんだ? そんな昔の事なんか知るかよ。何しろこの俺はあまりに悪事を重ねすぎて、細かいことなんぞ一々覚えてられねぇんでなぁ」
「そうかい」
 ヘンリーはパパスの剣を背中から抜いた。
「なら、お前の身体に十年前の恨みを刻み込んでやるよ! ジュエル、遊んでやれ!!」
 ヘンリーが言うや、殴られたり眠らされたりで欲求不満を持っているらしいジュエルが、いきなりバギクロスを唱えた。地下にあるまじき暴風と共に真空の刃がカンダタ一味を襲った。
「ぐわぁ!」
「げえっ!?」
 真空の刃を含む小さな竜巻が、カンダタを巻き込み、手下を次々に引き裂き、一陣の血風として吹き飛ばす。流石にカンダタはそれでも応えなかったし、なんとか真空の刃から逃れた手下もいたが、それらにはマーリンとコドラン、ピエールによる攻撃が待っていた。
「唸れ、いかづちの杖よ!」
 マーリンが杖を振りかざすと、そこからミニサイズの稲妻が次々に打ち出され、カンダタ一味を撃ちぬく。そこへコドランが激しい炎を吐きつけた。とどめとばかりに、ピエールがイオラを放って一味を爆砕する。一瞬にして、一味は首領のカンダタを除いて、ほぼ全滅していた。生き残った手下たちも、バトルアックスを振り回すブラウンに片っ端から薙ぎ倒されている。
「やっ……野郎!」
 大防御で攻撃を凌ぎきったカンダタだったが、その時にはヘンリーが全力で間を詰めてきていた。
「くたばりやがれ、悪党!」
 振り下ろされるパパスの剣の銀の煌きが、カンダタの目を撃った。
(続く)


-あとがき-
 第二次ヘンリー主人公祭り絶賛開催中。リュカが身重なので仕方ないのですが。
 今回のテーマは「逝け、カンダタ! 忌まわしき記憶と共に!」な感じです。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第四十八話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/04 02:09
 リュカは城の一室でそわそわと夫の帰りを待っていた。
「大丈夫よ。アレでヘンリー君はなかなか強いし、一杯強い仲間もいるんだし」
 ビアンカが言う。もちろん、リュカもヘンリーの強さは承知しているが、十年以上もずっと一緒にいた人が、今すぐ傍にいない、と言うのはリュカを落ち着かない気分にさせるのだった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第四十八話 新たなる故郷


「うん……わかってる。でも、大丈夫かな……まだ帰ってこないかな?」
 地平線に近づく太陽を見ながら、リュカは言った。こんなやり取りが、もう半日以上続いていた。待ちきれなくなって、リュカが腰を浮かそうとしたとき、ノックの音が聞こえた。
「ど、どうぞ」
 椅子に身体を戻してリュカが言うと、サンチョが入ってきた。
「姫様、ヘンリー殿が戻られました」
 それを聞いて、リュカは一度は腰を降ろした椅子から立ち上がった。
「本当に? みんな大丈夫なの!?」
 そう聞くと、サンチョの背後からヘンリーが姿を現した。
「落ち着けよ、リュカ。バッチリ済ましてきたぜ」
 そう言って笑顔を浮かべるヘンリーだったが、鎧に血を拭き取ったような曇りがあるのに気付き、リュカは尋ねた。
「戦いに……なったの? 試練の洞窟には魔物はいないって聞いたけど」
「ん? ああ、魔物はいなかったさ。魔物はな」
 ヘンリーはそう答えながら、武装を解いた。すると、サンチョが言った。
「ヘンリー殿は悪辣な事で有名な盗賊と洞窟で出会って、それを成敗なさったそうですよ。もう十年以上世界を荒らしまわった大悪党でしたが、最期は意外とあっけないものですなぁ」
「まぁ、悪党にはいずれ報いがあるって事さ」
 ヘンリーはリュカにウィンクしながら言った。カンダタの首は、彼から奪い返した王家の証と共に、既にオジロンに渡してある。リュカとヘンリーとは因縁のあるこの盗賊の首は街道際に晒されて、ここグランバニアで仕事をしようとする悪人に対して、一殺百警の効果を発揮することだろう。
 だが、そんな醜いものをリュカに見せる気は、ヘンリーにはさらさら無かった。
「そうなんだ。怪我は無かった?」
 なおも心配するリュカの身体を、ヘンリーは優しく抱きしめた。
「あ……」
 ちょっと照れるリュカに、ヘンリーは答えた。
「問題ないよ。そう心配するなよ。お腹の子に悪いだろ?」
「……うん」
 愛する人の体温を感じ、リュカは目を閉じてその幸せを再度実感する。そこへ、今度はオジロンがやって来た。
「……おや、お邪魔だったかな」
 抱き合う二人を見てオジロンがそう言うと、リュカとヘンリーは慌てて離れた。
「今更離れても、遅いですよ。姫様、ヘンリー殿」
 サンチョがからかうように言うと、ビアンカも冷やかしに加わった。
「ま、私とサンチョさんは身内みたいに思ってくれてる証拠なんだろうけど、ラブラブするなら人目につかないところでやるべきだと思うなぁ」
 二人の攻撃に、リュカとヘンリーは真っ赤になる。
「し、失礼しました」
「そ、それで何の御用でしょうか? 叔父様」
 気を取り直して二人が口々に言うと、オジロンは頷いた。
「うむ。ヘンリー殿も無事試練を済ませたことであるし、宰相ももう文句は無いだろう?」
「これは心外な。私はあくまでも法を守るべきと申し上げたまでですぞ」
 オジロンが向いた方から宰相も姿を見せる。彼は怜悧さを強調する眼鏡の弦をそっと持ち上げながら言葉を続けた。
「ともあれ、試練を果たされた事、めでたく存じます」
「ああ、ありがとう」
 ヘンリーは笑顔で答えつつも、目は笑っていなかった。
(あんたを消してくれと言う奴がいてなぁ)
 カンダタの言葉を思い出す。一番怪しいのは、間違いなくこの男だろう。
(オジロン殿を差し置いて、この男が国政を仕切っているそうだからな……)
 仮にリュカとの子が男の子だった場合、その子が王となれば、現王のオジロンか、父であるヘンリーが宰相の座に付くことになる。つまり、現宰相はその地位を追われる。地位に未練の無いオジロンと違い、宰相は今の地位に就くまでに、相当悪辣な事もしてきたともっぱらの評判だった。つまり……この男にはヘンリーを消す動機がある。
(コイツには油断が出来ない)
 そう思うヘンリーの内心を知ってか知らずか、宰相は淡々と言葉を続けた。
「ヘンリー……いえ、ハインリッヒ殿は今後王族に準ずる地位として、大公爵の位を名乗っていただくことになります。また、近日中に、国民に対して、リュクレツィア王女殿下のご帰還と、その夫であらせられるハインリッヒ大公閣下の御披露目式を行うことになりますので、そのつもりでよろしくお願いします」
「と言うことだ。それともう一つ……リュカよ、お前が帰ったことを知らせることは、同時に兄上の死を知らせることでもある」
 あ、とリュカが声を漏らした。その表情が悲しみに彩られる。
「兄上の死を公表し……国葬を持って送る事になるだろう。リュカ、喪主を頼みたい。お前には辛い役目であろうが、引き受けてもらえまいか?」
 リュカはしばし目を伏せ、顔を上げた。
「お引き受けします。思えば、あれからもう十年になります。父様をちゃんと見送る事も、娘である私の務めでしょう」
「……そうか。ありがとう」
 オジロンがそう言って用事を締めくくった。リュカとヘンリーは揃って頭を下げ、退出していく二人を見送った。ヘンリーはスカーフをリュカに差し出した。
「……涙を拭けよ、リュカ」
「うん……ありがとう」
 リュカは目尻を拭った。だが、未だに父の死と言うトラウマは、彼女の中に拭いがたく存在している。
(……無理も無い。オレとて忘れられないのだから)
 ヘンリーは痛ましいと思いながら、リュカの肩を抱いた。その時、リュカがくすっと笑いながら言った。
「そういえば……ヘンリーのスカーフで涙を拭くのって、これで二度目ね」
「ん? ああ、そう言えばそうかもな」
 ヘンリーは一度目の事を思い出した。まだ幼かった頃、リュカのスカートをめくって泣かせてしまった、酷い出会いの記憶。だが、父の死を思い出した直後にそんな事も思い出して笑えるくらい、リュカの心の傷は少しずつ癒えているのかもしれない。
 この笑顔を守り続けよう、とヘンリーが決意を新たにした時、ビアンカが聞いてきた。
「へぇ、そんな事があったの? 一度目はどんなシチュエーション?」
 その質問に、ヘンリーは硬直した。
「い、いや……大した事じゃないんだ、うん」
 スカートめくりなどと言ったら、たぶん鉄拳制裁程度では済まされないだろう。リュカの笑顔を守るため、つまり自分の身の安全も守るため、ヘンリーはこの件を誤魔化すことに決めた。
 後にリュカがビアンカにバラし、ヘンリーはビアンカと、ついでにサンチョとの「稽古」に一日中付き合わされ、死ぬほど酷い目に遭う事になるのだが、それはまた別の話である。

 ともあれ、それから十日が過ぎ、国民に重大発表が行われる、とのお触れが回った。街の広場には演台が設えられて、その周囲に群衆が集まる。
 何があるのか、と不安と期待を半ばにする国民たちの前に、オジロンが現れた。
「親愛なるグランバニアの国民諸君……今日は二つの知らせがある。一つは大変に残念な知らせだ。攫われた王妃マーサ様を探して旅に出られていた先王デュムパポス陛下は、旅先で不幸に遭い、崩御された」
 群集がどよめき、嘆きの声が満ちる。しかし、十数年も帰ってこない先王に、うすうす覚悟している国民も多かったのだろう。それほど取り乱す者はいなかった。
「ありがとう、諸君……それほどに先王を……我が兄を案じ、その死を悲しんでくれるのは、余としても感謝の念に絶えない」
 オジロンはそう言って、涙を拭う間言葉を切った。
「しかし、先王はわが国の未来に大いなる遺産を残して下された。先王が一子、リュクレツィア王女が先日無事にわが国に帰還したのだ。しかも、夫となる人物を連れて。王女とその配偶者であるハインリッヒ大公を紹介しよう」
 おお、と国民がどよめく中、演台にリュカとヘンリーは登った。リュカはまだ目立たないものの、確実に大きくなりつつあるお腹を、ゆったりとした気品のあるドレスで隠し、ヘンリーは新調したグランバニア調の礼服に身を包んでいる。しっとりとしたリュカの美貌と凛々しいヘンリーの姿に、ますます国民がどよめく。
「な、なんだかちょっと恥ずかしいね?」
 顔を赤らめるリュカに、ヘンリーも頷く。
「うーん、オレもあまり国民の前には出なかったからな……」
 と言いつつ、意外とこの状況を楽しんでいるようにも見える。オジロンは一歩下がり、二人を前面に押し出した。
「ハインリッヒ大公は外国の出ではあるが、高貴な血筋を引く人物であり、また武勇に優れた騎士でもある。既に知る者も多いと思うが、先日、二十年以上も世界を又にかけて悪行を重ねた大盗賊カンダタを討ち取ったのは、ハインリッヒ大公の武勲である」
 おおおおお、と国民の歓声が湧き上がった。
「美しき王女と道に優れたる偉丈夫、この若き夫婦を盛り立て、わがグランバニアを大いに発展させていく事が、今は亡き先王に報いる道である! グランバニア、万歳!」
「グランバニア、万歳!」
「リュクレツィア王女殿下、万歳! ハインリッヒ大公閣下、万歳!」
 繰り返される万歳の波に、リュカとヘンリーは圧倒される。ラインハットでマリエル大后を讃える万歳の声を聞いたことはあるが、あの無理やり言わされていた万歳と比べ、今日の万歳は何倍も大きく胸に響いた。本心がこもった叫びは、こんなにも強いものかと思う。
「あのさ、リュカ」
 歓呼の声に手を振って応えながら、ヘンリーはリュカに呼びかけた。
「なに?」
 同じく手を振りながらリュカが答えると、ヘンリーは決意を込めた表情で言った。
「オレは生まれはラインハットだけど、今はこの国を祖国だと思うよ」
「……うん」
 リュカは頷いた。彼女も、今まではサンタローズだけが自分の故郷だと思っていたし、グランバニアに来てもそれは変わらなかったが、今はこの国も同じく自分の帰る場所だと思うようになっていた。
「オレはこの国を守るよ。それが、お前と生まれてくる子を守ることにも、パパスさんとの誓いを守ることにも繋がるはずだ……オレはそう思う」
 リュカは黙ってヘンリーの腕を取り、自分のそれと絡めた。仲睦まじい二人の様子に、国民たちが一斉に歓呼の声を上げる。
 後に来る動乱の時代の直前、リュカにとっても、グランバニアと言う国にとっても、嵐の前の静けさのような、半年の穏やかな日々の始まりだった。


-あとがき-
 作中には明言してませんが、この後パパスの国葬もしています。喪服姿のリュカと言うのも、一部の方には需要があるかも(をい)。
 次回はいよいよ子供たちが生まれます。どんな名前かお楽しみにー。




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第四十九話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/05 20:48
 グランバニアの四季は美しい。リュカたちがこの国へ帰ってきた時、城の四方を取り巻く深い森は、夏の終わりを迎えて最も緑の濃い季節だった。
 秋になり、木々は紅葉し、赤や黄色に色づいた葉が目を楽しませた。冬が来て、葉が落ちて寒々しかった枝も、代わりに雪と言う衣を得て、たまに日が差せば虹色の輝きを放つ。
 そうして季節がめぐるごとに、リュカの中に息づく新たな生命は成長し、ヘンリー、ビアンカ、サンチョ、そして多くの仲間たちにとって、それを見守る事が何よりの楽しみとなった。
 そして、今また季節はめぐり……春、多くの生命が新たな誕生の賛歌を歌う季節。
 リュカはとうとう産気づいた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第四十九話 聖双生児の生誕


 王族の私室がある最上階の直下、玉座の間で、ヘンリーは黙ってうろうろうろうろと辺りを歩き回っていた。お産の邪魔になるから、と追い出されたのである。
(リュカ……大丈夫か? 痛くないか? 苦しくないか?)
 ヘンリーの頭の中はそれで一杯だ。産気づいたリュカは全身汗びっしょりで、真っ青な顔で陣痛に耐えながら、それでもヘンリーに
「わたし……頑張って元気な赤ちゃんを産むね……」
 と約束した。ヘンリーは差し出された手を握り、しかし上手く言葉が出ず、黙ってリュカの決意に頷いて見せることしか出来なかった。
(頑張れ、とか何とか言うべきだったんだろうかなぁ……)
 なおもうろうろうろうろと歩き回るヘンリー。普段この部屋の警備をしている兵士が苦笑して、慰めるように言った。
「こういう時は、男は何も出来ないものですよ。待ちましょう、大公閣下」
 が、ヘンリーはそれも耳に入っていないらしい。
「ヘンリー殿、少しは落ち着かれよ」
 その様子を見て、オジロンが笑う。
「まぁ、私もドリスが生まれたときは似たような感じだったし、兄上もリュカが生まれた時にはもっと酷かったが」
 その言葉に、ヘンリーは足を止め顔を上げる。ちなみにドリスはオジロンの娘で、リュカの従妹にあたる。
「パパス殿が?」
 うむ、とオジロンは頷いた。
「何と言うか、生きた心地がしない、と言う感じであったな。あの兄上にこんな面があったのか、と思ったものだよ」
「そうですなぁ。ヘンリー殿を見ていると、姫様が生まれたときの事を思い出しますよ」
 サンチョも同意する。
「そうですか……」
 ヘンリーはこの世で最も尊敬する人物であるパパスが、同じ立場でやはり自分と同じような行動を取っていたと聞いて、ホッとしたような気もしたし、まだ自分はパパスを越えられないな、と苦笑しもした。だが、お陰で幾分落ち着いたような気がする。
「ところで、子供の名前は決めたのですか?」
 やはり待っていたサンチョの質問に、ヘンリーはええ、と答えた。
「いろいろ考えたんだが、男だったら……」
 そこまで言った時、上の階から出産の手伝いをしていたビアンカが駆け下りてきた。
「ヘンリー君、サンチョさん、オジロン様! 生まれました! 生まれましたよ!」
 最後の五段くらいを華麗にジャンプして降り、ビアンカは言った。
「しかも二人! 男の子と女の子の双子!!」
「双子だって!? マジかよ!!」
 驚くヘンリーに、ビアンカはうんと頷いて、肩を叩いた。
「おめでとう、お父さん。リュカは本当に頑張ったわよ。さ、早く行って顔を見てあげなさい」
「お、おう!」
 ヘンリーは転びそうな勢いで階段を登っていく。サンチョはオジロンのほうを見た。
「王子様と姫様、同時に誕生とはなんともめでたい! これでこの国の次代も安心ですな!!」
「うむ……早く顔を見たいところだが、今はそっとしておこう」
 オジロンは満面の笑みを浮かべて頷いた。

 部屋に入ると、産婆や手伝いの侍女といった女性陣に囲まれて、ベッドにリュカが横になっていた。その脇に、上等の絹布で出来た産着に包まれた二つの小さな生命。ヘンリーが傍によると、リュカは目を開けた。
「ヘンリー……わたし、頑張ったよ。よくやったって褒めてくれる?」
「ああ、もちろんだ。良くやったな、リュカ」
 ヘンリーは身を屈め、まだ汗の浮いたリュカの額にキスをした。そして、生まれたばかりの子供を見る。緑色の、まだ産毛のような髪の毛をした子供たち。
「王子様の方は、ヘンリー様にそっくりですね。姫様の方は、やはりリュクレツィア様に良く似ておいでで……きっと、将来は立派な王様と美しい姫様に成長されるでしょう」
 侍女頭が嬉し涙を浮かべた表情で言う。
「ああ……ありがとう」
 ヘンリーはまず男の子の方を抱き上げた。父親とわかるのか、彼はヘンリーの腕の中できゃっきゃと笑った。思わず頬ずりしたいくらいに愛しさがこみ上げてくる。次に、女の子の方を抱き上げた。それまで閉じていた目が開き、リュカ譲りらしい黒い不思議な光を湛えた瞳がヘンリーを見上げる。
「それで、名前はどうするの? ヘンリー。考えておいてくれたんでしょ?」
 リュカが聞いてきた。ヘンリーは頷くと、女の子をそっとベッドに戻し、ポケットから紙片を取り出した。
「ああ、決めておいた。見てくれ」
 紙片を開き、リュカに見せる。そこに書かれていた名前は……
「男の子だったら……ユーリル」
 リュカが言う。
「そして、女の子だったらシンシア。どうだ?」
 ヘンリーが言うと、リュカは笑顔で頷いた。
「とても素敵な名前。ユーリルと……シンシア。この二人が成長して大人になる頃には、世界も平和になって、四人で穏やかに暮らして行けたらいいね」
 その言葉に、ヘンリーは笑顔で答えた。
「ああ、そうなるとも。そうして見せるさ。オレたちの手で。違うか?」
「ふふっ……そうだったね」
 リュカはヘンリーの気合の入った言葉に笑顔で答えた。
「でも、どうしてこの名前にしたの?」
 リュカが聞くと、ヘンリーはそれはな、と答えを言った。
「オレの……ラインハット王家の遠い祖先の名前らしいんだ。どういう人たちだったのかはわからないけど、なんだか凄く気にかかる名前でな。子供が出来たらこの名前にしようと決めていたのさ」
「ふぅん……そうだね。なんとなくわかる。ちょっと神秘的な響きだもの」
 リュカは微笑んだ。

 リュクレツィア王女が次代の王となる男子と、姫君を同時に産んだ、そして母子共に健康だという報せは瞬く間に国中に広がり、城下はお祭り騒ぎになった。三日目からは、重臣たちや大貴族も祝賀のために部屋に駆けつけてきた。
 もちろん、その中には宰相もいた。
「おめでとうございます、殿下、閣下。臣下として喜びに堪えません」
 祝いとして持参した品を侍女頭に渡し、宰相は完璧な姿勢で礼を取った。
「ありがとう、宰相さん」
 リュカは素直に礼を言う。ヘンリーも鷹揚に頷いて見せた。
「多忙な中、祝賀に来てもらって感謝するよ」
「さよう、全く持って多忙です」
 宰相はにこりともせず答えた。
「一ヵ月後には、ユーリル殿下とシンシア殿下の御披露目式を行わねばなりません。準備も出費も大変なものです。ですが、国を挙げての祝事。全力を持って手配させていただきます」
 オジロンが苦笑する。
「宰相、お前は固すぎる。少しは力を抜け。それではユーリルもシンシアも怯えてしまうぞ」
 オジロンはユーリルとシンシアを孫のように思っており、執務が終わるとほとんどリュカ・ヘンリー夫婦の部屋に入り浸り、ユーリルとシンシアをあやしていた。たった三日目にして、サンチョとビアンカから「陛下、いい加減家族水入らずの時間を過ごさせてあげてください」と怒られる始末だ。
「いえ、こういう時こそ、真剣に仕事に打ち込まねば……と思っております。ではこれにて」
 宰相はそう言うと身を翻して去っていった。ちなみに、彼が持ってきた祝いの品は、空色とピンクの小さな子供用の靴下で、春が来たとは言えまだ夜は冷え込む事の多いこの季節、なかなかに気の利いたチョイスではあった。
「意外な気配りをする奴だ……」
 ヘンリーは首を傾げつつ、それでも宰相に気を許すつもりはなかった。

 そして、御披露目式当日。八ヶ月前、リュカとヘンリーの御披露目式も行われたあの広場で、再びグランバニア国民は熱気に包まれた。
「国民諸君! 今日はユーリル王子とシンシア姫の二人を我が王家に迎え入れることが出来た、誠にめでたい日である! 故に、今日は王家の酒蔵を全て解放し、無礼講とする! 我々は喜びを共にし、共に二人の成長を祈ろうではないか!!」
 ノリノリでオジロンが無礼講宣言をすると、わあっと国民の大歓声が城を揺るがすほどに響き渡り、たちまちいたるところで大宴会が始まった。とりわけ、ユーリルを抱いたリュカと、シンシアを抱いたヘンリーの元には、無礼講宣言もあって国民が殺到する。
「おお、何と言うお可愛らしい姫様……それに利発そうな王子様じゃ。わが国も安泰じゃのう」
 感涙に咽ぶ老婆がいる。
「リュクレツィア姫様、これは子供の成長を祈るお守りです。お納めください」
 素朴な木彫りのお守りを献上してくるシスターがいる。
「おお、素晴らしい王子様に姫様! ですがうちの子も負けてはおりませんぞ。ほらこんなに……」
 酔って親バカ対決を挑んでくるあらくれがいる。
「ボクは大人になったら兵士になって、王子様と姫様をお守りします!」
 将来の夢を語る少年もいた。リュカとヘンリーはそれらに応え、酒を飲む暇もない。それでも二人は笑顔で国民の声に応えていたのだが、まだ本調子ではないリュカは少し疲れていた。
「リュカ、ちょっと顔色が悪いぞ」
 少し人波が途切れた所で、ヘンリーは妻を気遣った。
「そう……? ちょっと疲れちゃったかも」
 頷くリュカの顔色は、少し青い。ヘンリーはビアンカを呼び止めた。
「ビアンカ、リュカを寝室に連れて行ってくれ。あと、シンシアも頼む」
 ユーリルとシンシアも、疲れたのか眠ってしまっていた。二人ともあまり泣いたりしなくて、新米親としては手のかからない所が助かる。
「了解。リュカ、行きましょう」
「ん……」
 リュカはビアンカに付き添われて去っていく。この分だと、旅を再開出来るまでにはかなり時間がかかりそうだ。
(少なくとも、子供達が物心つくまでは無理だろうな……まぁ、今はルーラもあるし、何かあればすぐ帰って来られるだろうけど)
 そんな事を思っていると、既にかなり出来上がっているオジロンに捕まってしまった。
「どうしたヘンリー殿、酒が進んでいないようだな! まずは一献……」
「いや、ははは……ありがとうございます」
 ヘンリーは杯を受けたものの、ほとんど飲んだ事がないので、自分がどれだけ酒が飲めるのかわからなかった。まぁいいや、と思って口をつけてすぐに……
 視界が暗転した。
(続く)


-あとがき-
 と言うことで、子供の名前は男の子がユーリル、女の子がシンシアでした。知ってる方は知ってると思いますが、IVの公式小説における勇者の名前です。シンシアは言わずもがな。
 まぁ、ここまで来るとわかると思いますが、勇者の直系の子孫はヘンリーの方です。どういう設定でそうなったかは数回後をお楽しみに。
 次回から青年期前半のクライマックス、デモンズタワー編です。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第五十話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/06 18:46
 気がつくと、あたりが真っ暗だった。
「ん……?」
 ヘンリーは頭を振って起き上がった。
「……っつ……飲み過ぎたか?」
 そう言って辺りを見回すと、次第に暗闇に目が慣れてきて、あたりの様子がわかってきた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第五十話 悲劇の再来


「なんだこりゃ」
 ヘンリーは首を傾げた。すぐ傍に、オジロンが倒れていて大いびきをかいている。その向こうに、サンチョや見知った顔の重臣たち。ベンチにもたれるようにして寝ているのは、ドリスのようだ。
 そればかりでなく、町中の人間が倒れていて、ぐうぐうといびきをかいている者も多い。これは変だとヘンリーは直感した。いくら無礼講のめでたいの、と言っても、全員が酔い潰れるまで騒いでいたとは思えない。酒や料理も、全く片付けられることなく放置されているのだ。
(まさか……眠り薬か)
 ヘンリーは思った。もし酒や料理に一服盛られていたとすれば、この状況も説明がつく。それに、自分はワインをグラスでちょっと飲んだだけで、それだけで夜まで倒れるほど酒に弱いとは思えない。
「……まずい! リュカ……!!」
 ヘンリーは最愛の人に危機が及ぶ可能性に気付き、まだふらつく足で走り始めた。この状況を作り出した者が何を狙っているのか、まではわからないが、現在この城で陰謀があるとすれば、自分やリュカ、二人の子供を排除するのが目的だろう。それが一番可能性が高い。
(くそ、抜かった……!)
 幸せに慣れて、注意を忘れた。悔やんでも悔やみきれない。だが、まだ間に合うはず。間に合うと思いたい……!
 しかし、王家の専用区画まで戻ってきたとき、ヘンリーは血の匂いに気がついた。それもかなり濃厚な……
「リュカあーっ!! ユーリルーっ!! シンシアーっ!!」
 ヘンリーは愛する家族の名を叫びながら、部屋に飛び込んだ。そこでみたのは……床に広がる大量の血の海と、その中に倒れている人影。そして、壁にもたれるようにして倒れているもう一人。
「りゅ……いや、宰相!?」
 一瞬最悪の状況を想像したヘンリーだったが、血の海に沈んでいるのは宰相だった。その手には刃こぼれした剣が握られ、激しい戦いを演じた事を物語っている。壁にもたれているのはビアンカだった。
「……その声は……大公閣下……か」
 その時、宰相が微かに身じろぎした。
「生きているのか!? 宰相、何があった! リュカたちは何処だ!?」
 ヘンリーが宰相を抱き起こすと、宰相は途切れ途切れの声で答えた。
「閣下……面目ない……リュクレツィア殿下を……魔族に……まさか、この城に奴らと……内通……ぐふっ!」
 血を吐く宰相。全身傷だらけで、内臓にまで届く傷をおっているらしい。どう見ても致命傷だった。
「おい、大丈夫か!? 無理をするな! 今ホイミの使える者を……」
 そう言うヘンリーの手を握り、宰相は首を振った。震える手で懐から数枚の紙片を取り出す。
「構いませぬ……私はもはや助かりますまい。それよりこれを……この城の反逆者たちのリスト……できれば、証拠を掴んで逮捕を……ですが、もはやその暇も……」
 そこまで言うと、宰相の目から光が失われ、手がだらりと垂れた。ヘンリーは瞑目し、しばし宰相の冥福を祈った。何が起きたかはわからないが、彼がリュカたちを守るために奮戦したのは確かなようだった。
「は、そうだ……ビアンカ!」
 ヘンリーは宰相を床に横たえると、壁にもたれているビアンカのところへ駆け寄った。
「息はある……脈も無事……気絶しているだけか。ビアンカ、しっかりしてくれ!」
 ヘンリーがビアンカの肩を掴んで揺すぶると、ビアンカは微かに身動きした。
「う……く……」
「気がついたか? オレがわかるか?」
 ヘンリーが言うと、ビアンカは目を開き……立ち上がろうとして、わき腹を押さえてうずくまった。相当なダメージを受けたようだ。
「無理するな。何が起きたか教えてくれ。リュカはどうした? 子供たちは?」
 重ねてヘンリーが聞くと、ビアンカはベッドの方を指差した。
「ユーリルとシンシアは無事よ……邪気を感じたリュカが、咄嗟にあの子達をベッドの下に……」
 ヘンリーはベッドの下を見た。確かに、ベッドの下に産着にくるまれた二人の姿が見える。
「そうか。リュカは……? 何が起きたんだ」
 半分安心しつつもヘンリーが言うと、ビアンカはようやく身を起こした。
「魔族が……襲ってきたのよ。馬面の……ものすごく強い奴だった。私と、途中から宰相が助太刀してくれて戦ったんだけど、ぜんぜん歯が立たなくて……」
「馬面の魔族? まさか、ジャミとか言う奴か?」
 ヘンリーは言って、いやまさか、と思い直す。ジャミは十一年前、パパスが倒したはずだ。しかし。
「ジャミ……! リュカもそう言ってた! あいつ、リュカを攫って……!!」
「なん……だと……?」
 ヘンリーは呆然と呟いた。攫われた? リュカが?
 しかし、その茫然自失も一瞬だった。代わって心の中を満たすのは、鋼鉄をも溶かしそうな、灼熱の憤怒と、リュカを助けなければ、という氷のように冷徹に目的を見据える使命感。ぶつかり合い水蒸気爆発のように迸りそうな怒気と殺気を抑えつつ、ヘンリーは立ち上がった。
「ビアンカ、今助けを呼んでくる。少し待っていてくれ」
 今目的もわからず猪突しても、何も得られないとヘンリーは悟っていた。やるべきは、リュカを攫ったジャミが何処へ行ったのか、それを手引きした愚か者はこの城の誰なのか、それを突き止め、そして……
「助ける。リュカを助ける。邪魔をするような……誰であろうと叩き潰し、塵の山にしてやる」
 ヘンリーはギリリと歯を噛み締めた。

 グランバニア城は数刻の後、驚天動地の騒ぎの中に叩き込まれた。兵士たちが探索のため、国中に散っていくのを見送りつつ、重臣および諸侯による会議が開かれた。
「……なんと言う事だ。これでは十七年前の……」
 真っ青な顔で言うオジロン。彼の脳裏にはマーサが攫われた時の忌まわしい記憶が過ぎっていた。
 一方、ヘンリーは宰相の託したリストと、宰相の部屋から発見された日記を読んで、溜息をついていた。
(オレはあんたを随分誤解していたようだ……済まんな)
 心の中でそう謝る。宰相は反逆者では無かった。人は良いが生臭さの無いオジロンを私心無く助けてくれていたのが、宰相だったのだ。彼はこの国の王位を狙う反逆者たちを炙り出すべく独自に内偵を進め、決定的な証拠は無いものの、数人の貴族……何代か前に分かれた、王家でも傍流の血を引く連中が密かに外部と接触し、国を乗っ取る陰謀を進めていることまで調べ上げていたのである。
 宴の酒や料理の一部から眠り薬が検出され、現在誰がそれを入れたのか、反逆者及びその近くにいる人間を中心に捜査中である。それを担当していたサンチョが戻ってきた。
「どうだった、サンチョ殿?」
 ヘンリーが聞くと、サンチョは会議卓の上に何かを置いた。
「……靴か? 妙な形だが」
 オジロンが言うと、サンチョは頷いた。
「最有力の容疑者であるトーエン伯爵を調べた所、これが発見されました。空飛ぶ靴と言い、履くと特定の場所へ連れて行ってくれる……まぁ、無限に使えるキメラの翼のようなものだとお考えください。これを使って、ある場所で陰謀に協力する外部勢力と接触していた事を、伯爵は自白しました。配下の者に一服盛らせるよう指示したことも」
 オジロンは彼にしては珍しく、怒気を含んだ口調で叫んだ。
「おのれ、けしからぬ奴輩めらが! サンチョ、さらに厳しく詮議せよ。手段は選ばぬ。何をしてでも吐かせるのだ」
「御意」
 サンチョは頷いた。一見冷静に見えるが、顔が真っ赤になっているところを見ると、激怒しているのは間違いない。彼が用事に戻る前に、ヘンリーは言った。
「サンチョ卿、その靴借りてもいいか?」
 その言葉に、サンチョとオジロンはぎょっとしたような目でヘンリーを見た。静かな言葉の中に、凄まじいまでの怒気と殺気を感じ取ったのだ。
「……反対しないでくださいよ。リュカはオレの手で助ける。その靴でいける場所に、リュカは捕らわれているはずだ……」
「その通りですな」
 突然入ってきたのはマーリンだった。一瞬重臣たちが目をむくが、この老魔法使いが魔族ではあっても邪悪ではなく、リュカやヘンリーの信頼も篤い事を彼らも知っていた。
「何か掴んでるのか、爺さん?」
 ヘンリーの質問に、マーリンは答えた。
「デモンズタワー。かつて魔王と呼ばれ、天空の勇者に倒されたデスピサロが作らせた、魔神像形の移動要塞……神が住まう天空の城を撃ち落すため、この地に進軍した後、塔として作り変えられたと聞き及ぶ。中に恐るべき必殺の罠を無数に仕込んだ、殺戮の大要塞じゃ」
 魔族の拠点にはうってつけじゃな、とマーリンは続けて、ヘンリーの眼を見た。
「おそらく、ただの誘拐ではない。お前さんをもおびき出して殺そうと言う、魔族の罠であろうよ。それでも行かれるのだろう?」
「無論だ」
 ヘンリーは頷いた。
「ま、待て。そのような危険な場所に……」
 オジロンが止めようとしたが、ヘンリーはキッと睨みつけ、オジロンの動きを止めた。
「邪魔はしないでくださいよ、陛下……今のオレは気が立っています」
「……自分の迂闊さも、腹が立っている部分じゃないのか?」
 今度は入り口に立っていたピエールが言う。ヘンリーは凄みのある笑みを浮かべた。
「まぁな。お前もそうじゃないのか?」
 ピエールは頷いた。
「ああ。この一大事に、リュカ様の傍にいなかったとは……このピエール、一生の不覚。むろん、人々が魔物を恐れるが故に、城の中では姿を見せられなかったと言う部分はあるが、もう遠慮はせぬ。リュカ様のためなら、それがしは何処にでも赴く」
 その言葉に応えるように、ぞろぞろと仲間たちが姿を現した。スラリン、ブラウン、ホイミン、コドラン、プックル、ジュエル……言葉は話せなくとも、想いは同じ。
 リュカを助け出す。
 ヘンリーは頷くと、サンチョのほうを向いた。
「サンチョ卿、ビアンカの回復が終わったら、一緒にユーリルとシンシアを守っていてくれ」
「……かしこまった」
 サンチョは頷いた。本当は自分も付いて行きたいが、長年戦いから離れていた今の自分では、リュカ救出に貢献できるほどの戦いは出来そうもない。
「よし、魔族の拠点に殴り込みだ。行くぞ、みんな!」
「承った!」
「承知!」
 ピエールとマーリンが頷き、他の仲間たちも一斉に吼え、あるいは仕草によって応える。その真摯な様子に、重臣たちも目から鱗が落ちる思いだった。
 パパスの剣を背負い、ヘンリーが大会議室を出て行く。仲間たちがその後に続く。
 デモンズタワーの激戦が始まろうとしていた。
(続く)


-あとがき-
 宰相良い人説を唱えた方、正解です。イメージ的には石田三成みたいな感じですか。
 デモンズタワーの来歴は創作ですが、何であんな危ない建物を領内に放置しておくのか、非常に謎ですね……




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第五十一話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/07 21:00
 空飛ぶ靴を履いたヘンリーたちが降り立ったのは、グランバニア城の北にある大きな湖の西岸にある、小さな修道院の傍だった。念のためそこで城に使いを出してくれるよう頼み、ヘンリーは北へ向かう。ほどなくして、山中の盆地に周囲の山をも圧倒するような、巨大な塔が見えてきた。
 塔は八角形のブロックを積み上げたような複雑な構造で、途中から二つに別れ、最上階付近で再び合流するような形式をしている。巨人がその豪腕を振り上げ、天に杯を掲げているような、そんな形の塔だった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第五十一話 魔の住まう塔


「これがデモンズタワーか」
 感情の失せた声で言うヘンリーに、マーリンが頷く。
「さよう……どうやら、塔の周りにリレミトを封じる結界が張ってあるようですな。入ったら抜けられませんぞ」
 その言葉に、ヘンリーは無言で剣を抜いた。
「最初から、リュカを助けるまで帰るつもりはない。好都合さ……嫌なら帰ってもいいぜ、じいさん?」
 マーリンはふっと鼻で笑った。
「ご冗談を」
「その通り。我々には先に進む以外に道はない」
 ピエールが言う。ヘンリーが絡まなければ冷静な彼も、今日は押さえていなければ猪突猛進しそうな勢いだ。
「――――」
 プックルが唸り声を上げる。見た目によらず「にゃあ」と言う可愛い鳴き声を普段使っているプックルだが、殺気を抑え切れない今の彼は、彼の種族が得ている異名「地獄の殺し屋」そのものだ。
 もちろん、他の仲間たちも皆やる気……いや「殺る気」というべきか……に満ちている。一行は上空を暗雲が覆い、稲光が閃く中を、デモンズタワーに向けて歩みを再開した。

 塔に突入するや出迎えたのは、アームライオンの群れだった。四本の腕と牙、それに激しい炎まで吐いてくる強敵だったが、それを蹴散らして進んでいく。しかし。
「くそっ、倒しても倒してもキリがない!」
 剣を振るいながら、ピエールが苛立ったように言う。通路を埋め尽くすように襲ってくるその数は、部屋の中に待機できる数を明らかに超えているようだ。
「やれやれ、仕方ないのう……大技一発で決める! 皆、前を空けい!」
 マーリンはそう言うと両手を組んで意識を集中させはじめた。その手に集中する魔力の強大さに、全員がこれはヤバイと直感し、慌てて前を空ける。途端に殺到するアームライオンたち。しかし。
「ベギラゴン!!」
 一瞬早く、マーリンの手から炎と言うより熱線に近い灼熱の光が噴き伸びた。先頭のアームライオンは抵抗すら出来ず、一瞬で炭化し砕け散る。その破片が熱線の圧力に押し流され、散弾のように飛び散りながら、後続のアームライオンたちをも粉砕した。
 熱線が収まって見ると、そこにはあの大群は影も形もなく、黒く焦げて燻る壁と床だけがあった。
「相変わらず凄ぇ魔法を使うな、爺さん……」
 ヘンリーが半ば呆れ、半ば畏敬の篭った視線でマーリンを見た。
「ちいとばかし疲れるがの。それより、この奥を見てみようぞ。あとからあとから増援が押し寄せる所を見ると、この奥の部屋に何かあるのじゃろう」
 頷いて歩を進めるヘンリー。着いた先は八角形の小部屋で、アームライオンが三匹もいれば一杯になるような部屋だが……
 すると、スラリンがぴきー、と鳴いた。スラリンの足元(?)に、星のような模様を描いたパネルがはめ込まれていた。
「……魔力を感じる。おそらく、旅の扉のような瞬間移動用の魔法陣じゃな。階段の代わりにこれがあるのかも知れぬ」
 マーリンが解説する。おそらくアームライオンはこれを使って別の部屋から続々と入ってきたのだろう。しかし。
「だが、さっきのワシの魔法で壊れたようじゃな。これはもう使えんよ」
 スラリンが乗っているのに何も反応が無く、アームライオンたちが出てこないのがその証拠である。
「まぁ、ここから進んでも、たぶんさっきのアームライオンたちのど真ん中だろ……これは罠だと思う。別の道を探そう」
 ヘンリーは踵を返し、通路を逆方向に進んでいく。そっちにあった部屋には何も罠らしきものは無く、例の魔法陣パネルがあった。
「それがしが先に行って安全を確認します」
 ピエールがそう言って、答えも聞かずに魔法陣に飛び込んだ。すると、淡い光を残して彼の姿が宙に溶ける様に消えた。
「あ、待てよ……ち、無茶しやがる」
 ヘンリーは毒づくような、心配するような、どちらとも付かない声で言った。とりあえず、そこでピエールの帰りを待つ。その足をブラウンがぽんぽんと叩いた。
「ん……心配するな? って言うのか?」
 ヘンリーが言うと、ブラウンはこくこくと首を縦に振る。ヘンリーにはリュカのように魔物と意思を通わせる力は無いが、ブラウンは付き合いが長いだけに、なんとなく言いたい事が伝わる気がした。
「まぁ、心配ではあるんだが、これでもあいつの事を信頼してないわけじゃないんだ。強いし、責任感もあるしな。本人には絶対言ってやらないが」
 ヘンリーがそう答えると、ブラウンはうんうん、と言うように頷き、マーリンは苦笑を漏らしていた。
「素直じゃないのう」
「ん? 何か言ったか?」
 いや何でも、とマーリンが答えた時、再びパネルの上に淡い光が灯って、ピエールの形をとった。
「お、どうだった?」
 ヘンリーが聞くと、ピエールは自分の盾を見せた。何かが擦って削り取ったような跡がある。
「かなり危険な罠がある。気を付けた方が良い。だが、上に行く階段はあるようだ」
「罠?」
 どんなのだ、と聞くヘンリーにピエールは答えた。
「床に仕掛けがあって、踏むと槍が突き出してくる。一歩間違えたら串刺し間違い無しだ」
 それはえげつないな、と答えたヘンリーだったが、その程度は序の口だと言う事を、そのさらに上の階で知らされることになる。

 三階部分は落とし穴だらけのフロアで、落ちたら即座に仕掛け床に引っかかって串刺しになる、という趣向の部屋だった。安全に進める床の要所要所に強力な魔物が陣取り、ヘンリーたちを突き落とそうと攻撃を仕掛けてくる。結局、フロア中の全ての魔物を倒す羽目になり、四階への階段に辿り着いたときは、全員が疲労困憊して声も出ない有様だった。

「先が思いやられる……」
 階段に腰掛けて休みながら、ヘンリーは言う。外から数えた感触では、この塔は八~十階建てくらいのようだ。しかし、一階一階が広いため、今までで一番辛いダンジョンだと思わせる。
「しかし、この先はもっと危険かもしれないな」
 ピエールが言うので、ヘンリーは顔を上げた。
「何か、思い当たるのか?」
 ピエールは頷いて、プックルを指差した。
「プックルが妙に鼻をひくひくさせている……何か匂うものがあるらしい」
 プックルは舌を出してハッハッと荒い息をついているが、時々顔を上げ、鼻を動かしては、それを前足で拭く様にしている。何か匂いが気になるのか……ヘンリーは自分も嗅覚に意識を集中させてみた。
「……なんだろう? 妙な匂いがするな」
 しばらく考えてみて、油の匂いと気がつく。それも食用ではなく、鎧の継ぎ目などに付けて動きをよくする、潤滑油のような匂いだ。
「嫌な予感がするな」
 油が塗られた、ツルツル滑る床に火攻め。どっちにしろ、これまで以上に危険な罠が待ち構えている事は間違いないだろう。気を引き締め、休憩を取り終わった一行は、上の階に登ってみた。すぐ横にもう一つ登り階段があり、正面にはかなり広い通路が見えるのだが……その通路の両脇に、ドラゴンの頭を象った巨大な像が、いくつも並べられていた。
「どっちへ行く?」
 ピエールの言葉に、ヘンリーは上へ登る事を選択した。ドラゴン像のほうはどう見ても罠なので、まずは上の方を見ようと思ったのだ。こういう時のパターンとしては、上は行き止まりでも宝箱が置いてある可能性が高い……たまに人食い箱やミミックが出てきて大惨事になる事もあるが。
 しかし、登った部屋にあったのは、宝箱ではなく、何故か数多くの岩だった。ちょうど人が隠れられる程度の大きさがある。
「うーむ、見るからに嫌な予感がする」
 ヘンリーは言った。爆弾岩の群れではないのか、これは。そうマーリンに相談すると、マーリンが何かを答えるより早く、ブラウンがくいくいっとヘンリーの服の裾を引っ張った。
「ん? なんだ? 自分に任せろ?」
 ヘンリーが聞くと、ブラウンは頷いて、大金槌を手に階段から飛び出した。そして、岩を片っ端からホームランしはじめた。吹っ飛ばされた岩が、床にどんどん転がり落ちていく。そして、いきなり階下から大爆発の轟音が聞こえてきた。
「うわ、なんだ!?」
 ヘンリーは階段を降りて、その答えを見た。ブラウンが落とした岩が、天井の穴から落ちてくる。それがドラゴン像の前まで転がっていくと、ぎろりとした目と口が覗く。爆弾岩だ。
 が、それが何かリアクションを起こす前に、ドラゴン像の口から灼熱の炎が吐き出された。赤熱した爆弾岩がメガンテを唱え、ドラゴン像もろともそいつは木っ端微塵に大爆発を起こした。
「なるほど、岩を利用して、あのドラゴン像の火炎を防げばいいのか……あ、また一個爆発した」
 しかし、爆弾岩をメガンテに追い込むにはかなりのダメージを与えなければならないはずで、ブラウンの一発と床に落ちたときのダメージを差し引いても、あのドラゴン像の炎は凄まじい威力があるのは間違いない。何の対策もなしに進んだら、焼死体の山と回復魔法の尽きたズタボロの集団が残るだけだろう。ヘンリーはブラウンを連れてきた幸運に感謝した。
 その後、落とした岩を利用してドラゴン像を無力化する作業に入ったのだが、当然それを阻止しようとする魔物の集団が大挙して押し寄せ、激しい戦闘が展開された。ホークマンやドラゴンマッドといった魔物たちが、ヘンリーたちを数の暴力で押し潰そうと迫ってくる。
 それに対し、ヘンリーたちは敵をドラゴン像の射線に追い込む戦法を途中でマーリンが思いつき、次々と敵を炎の餌食にした。
「爆弾岩が火を吐かれておったから、敵味方を識別する事はできんと踏んだんじゃが……ビンゴだったわい」
 計画通り、とニヤリ笑いをするマーリン。彼の智謀もあって、難関のドラゴン像乱立地帯も、どうやら突破に成功した。
 
 次の難関は、塔の中腹に存在した。
「くっ……何と言う……この塔を作った者は、よほどの極悪人に相違ない……っ!!」
 そう言って通路を睨むピエールに、ヘンリーは言った。
「いいから渡れ」
 二つに分かれた塔を結ぶ空中回廊。恐ろしい事に手すりが無い。高所恐怖症のピエールにとって、これほどの難関はそうそう存在するものではなかった。

 二箇所あった空中回廊をどうにか通過して東側の塔に戻った時、そこには倒れている人影があった。一瞬リュカかと思って駆け寄りかけたヘンリーだったが、それは見知らぬ男だった。槍で一突きにされて、物言わぬ屍に成り果てている。
「どうしたんだ、この人は……ん?」
 ヘンリーは男の懐から何か書状のようなものが出ていることに気付き、それを取り上げた。そして、内通者のトーエン伯爵のサインを見つけた。
「さては、こいつ使者か……」
 書状自体はほとんどが血染めになっていて読めなかったが、大体内容の想像はつく。捜査の手が及びそうになったので助けてくれ、と言うような内容であろう。ヘンリーは書状を投げ捨て、黙って階段を登り始めた。仲間たちも特にその男を葬ってやろうとはしない。
 階段を登った先は、屋上だった。三つの八角型を繋げた様な形の広いそこに待っていたのは、槍を抱えた豚面の獣人……オークと、ヘビの胴にハゲタカの頭と翼を持つ奇怪な生き物、キメラ。どちらもこの辺りには住んでいない、大して強くもない魔物のはずだが……
「気をつけろ。こやつらは……強い」
 ピエールが緊張の面持ちで言う。彼だけではなく、他の仲間たちも、ヘンリーも、それぞれ油断無く武器を構えていた。相手の強さを感じ取ったのだ。そして、それに応えるように二匹は名乗りを上げた。
「俺の名はオークス」
 オークが名乗った。
「我が名はメッキー」
 キメラが名乗った。
「お前たちに恨みはないが……」
「ここから先に進ませるわけには行かない」
(続く)


-あとがき-
 オークス&メッキー登場。原作ではオークLv20とキメーラLv35というワケのわからない中ボスでしたが、せっかく同種族なので二匹に出てもらいました。
 なお、今回はマーリン老師とブラウン無双です。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第五十二話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/08 20:50
 オークス、メッキーと名乗った二匹は戦いの構えを取る。その構えにも隙が無い。特にオークスが持っているのは、逸品として知られる雷神の槍だ。
「お前たち……ただの魔物じゃないな。戦う理由を持っている目だ」


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第五十二話 死闘


 ヘンリーが言うと、二匹は恥じるように一瞬目を伏せた。
「……そうだ。大事な者を守るために、我らは戦わねばならん。容赦はせんぞ」
 オークスが言うなり雷神の槍を振りかざす。そこから凄まじい雷光が迸り、ヘンリーたちを打ち据えた。続いてメッキーが凍てつく吹雪を口から吐き出す。
 しかし、ホイミンがすかさずベホマラーを唱えてダメージを回復し、ヘンリーはフバーハをかけて防備体制を整えた。さらにマーリンがルカナンを、ジュエルがスクルトを唱える。
「ぐっ!」
 ルカナンを受けたオークスが脱力感に思わず声を漏らした所で、ピエールとブラウンがそれぞれの得物を振りかざして襲い掛かった。メッキーに対してはコドランとプックルが戦いを挑む。コドランの牙の一撃を高度を取る事で回避したメッキーだが、プックルの跳躍はそれをも上回った。
「!!」
 空中でメッキーとプックルが交錯し、血が飛び散る。翼の付け根に大きな傷を負ったメッキーの眼下で、オークスの腹と首筋にピエールたちの攻撃がまともに命中していた。どちらも大打撃だが、しかし。
「ベホマラー!」
 メッキーもまた全体回復呪文を唱え、オークスと共に傷を癒した。両陣営は再び距離を取って向かい合った。
「やるな、貴様ら!」
「そっちこそ」
 オークスとヘンリーは互いを賞賛し、再び両陣営は激突した。オークスもメッキーも強かった。特に、オークスの槍捌きはヘンリー、ピエール、ブラウンの三人による猛攻を凌ぎ、しばしば痛烈な一撃を入れてくる。メッキーは空中戦を演じながらもベホマラーによる援護や凍てつく吹雪による攻撃を加えてきた。
 しかし、最終的には数と援護呪文の差が物を言った。オークスとメッキーは全身に刃を受けて、折り重なるようにして屋上に倒れ伏した。
「……悪く思うなよ。俺にも、俺たちにも守るべきものがある」
 ヘンリーが言うと、虫の息ながらもオークスは答えた。
「無論……だが、次のお前たちの相手は……」
「騎士道精神の通じる相手ではない……気をつけろ……」
 メッキーが言って、意識を失う。オークスも白目をむいていた。ヘンリーは一瞬二匹に目をやり、黙って剣を鞘に戻した。
「とどめを刺さないのか?」
 ピエールの質問に、ヘンリーは首を横に振った。
「こいつらは悪い魔物ではないんだろう。ほうっておこう」
 さすがに回復するのはお人よしに過ぎるが、たぶんリュカなら助けるだろうな、とヘンリーは思ったのだ。回復呪文を使い、体制を整えると、屋上にあったもう一つの下り階段をヘンリーたちは降りて行った。

 そこは、城の謁見の間のような構造の広大な部屋だった。床には血のような赤い絨毯がしかれ、一段高い台座に据えられた玉座……人骨で出来た悪趣味なそれに、巨大な馬面の魔族――ジャミが腰掛けている。その背後の十字架に……
「リュカ!」
 ヘンリーは叫んだ。その声に、白いドレス姿のままのリュカが目を開き、愛する人の姿を捉えた。
「ヘンリー!」
 リュカも叫び……そして続けた。
「来ちゃダメ! 罠よ!!」
 しかし、次の瞬間リュカの周りに青白い球体のようなものが出現し、声が聞こえなくなった。ヘンリーは怒鳴った。
「てめぇの仕業か! リュカに何をした、ジャミ!!」
 ジャミは馬面を歪ませて笑うと、玉座から立ち上がった。
「結界を張っただけだ。人間の、それもメスの声は俺にはうるさ過ぎる」
 そう言うと、ジャミは台座を降り、ゆっくりとヘンリーたちに向かって歩いてきた。
「まさか、あの時のガキが王子様とお姫様とはね。しかも、十年も奴隷になっていたのに、不屈の精神で逃げ延びて、ここまでやって来た……大したもんだ。だが、お前は愚かな選択をしたな」
 ジャミの言葉に、ヘンリーはなに? と問い返す。
「それは、俺たち魔族の邪魔をしてくれた事よ。逃げたなら逃げただけで、どこかでひっそりと暮らしていれば、世界の終わりまでは幸せに暮らせただろう。だが、お前たちはラインハットを解放し、光の教団は邪悪だと触れて回った。グランバニアの傀儡化も妨害してくれた。その罪、万死に値する。二人仲良くあの世に行くがいい……無論、背後の裏切り者どももだ」
 そのジャミの答えに、ヘンリーは鼻で笑う事で返事をした。
「は、何だそんな事か……」
 その言葉に、今度はジャミが何? と聞き返す番だった。
「言っとくが、最初に喧嘩を売ってきたのはお前らだろう、馬面野郎。オレとリュカを攫い、オレたちの国を侵略し、今もまたオレの大事な人を奪おうとした。万死に値するのはお前だ、ジャミ! 今度こそあの世に送ってやるよ!!」
 ヘンリーはそう宣言すると剣を抜いた。仲間たちも一斉に武器を、呪文を用意する。
「ベギラゴン!」
 まずはマーリンの必殺の呪文がジャミに炸裂した。続いて、ジュエルのバギクロス、コドランの激しい炎が続けざまに襲い掛かり、ジャミを爆煙で包み込む。それが晴れないうちに、ヘンリー、ピエール、ブラウン、プックル、スラリンがそれぞれの武器で襲い掛かった。パパスの剣、破邪の剣、大金槌、鉄の爪、鋼の牙がジャミの全身を捉える。だが。
(なんだ、今の感触は!?)
 ヘンリーは唸った。確かに剣はジャミを捕らえたはずなのに、切り裂く感触が無い。岩や鉄の塊を切りつけたような衝撃が、微かに手を痺れさせた。そして、晴れ行く爆煙の向こうから現れたのは……
 全く無傷のジャミ。
「ば、馬鹿な!?」
「今のが効かなかったじゃと!?」
 ピエールとマーリンがそれぞれ驚愕の叫びを上げた。ジャミは高らかに嘲笑する。
「ハハハハハ! 貴様らの攻撃など通じるものか! 次はこちらから行くぞ。バギクロス!」
 嘲笑と共に放たれた真空の大渦巻きがヘンリーたちを襲う。吹き飛ばされたスラリンが壁に叩きつけられて動かなくなり、ジュエルが切り裂かれた袋から中身を撒き散らして転がる。他の者達も大きなダメージを受けていた。
 ホイミンがそれを見てベホマラーを使おうとするが、その発動より早く放たれたジャミのメラミが、ホイミンに直撃し、火達磨になって地面に落ちる。ブラウンがずた袋を叩きつけて火を消すが、ホイミンはピクリとも動かない。
「スラリン! ジュエル! ホイミン! ちくしょう、攻撃だ!!」
 ヘンリーがピエールと共に再び切りかかるが、マーリンのバイキルトによる強化を受けているにもかかわらず、剣は全て弾かれてしまう。良く見ると、ジャミの身体を淡い赤い光が覆っているのが見えた。
「無駄だ無駄だ。貴様らにこのバリアーは破れん! 大人しく死ね!!」
 バリアーによって防御を一切考えなくてもいいジャミは、そう言いながら硬い蹄でヘンリーとピエールを殴り倒し、蹴り飛ばす。コドランの激しい炎を無視し、その小さな身体を踏み躙る。プックルが凍てつく吹雪をまともにくらい、雪像のような姿に成り果てる。仲間たちは次々に倒れていった。

「みんな……もう、もうやめて! やめてぇーっ!!」
 結界の中でリュカは叫んでいた。彼女の声が外に届かないように、外の音も彼女には届かない。無音の世界の中で、彼女はかつてパパスがゲマに嬲り殺しにされた忌まわしい記憶を再生させられるように、ジャミに愛する夫が、大好きな仲間たちが蹂躙される様を見せ付けられていた。
「逃げて……! お願いだから……もう逃げて。わたしの事はどうなっても良いから……!!」
 今も蹄を腹にぶち込まれ、血を吐いて吹き飛ばされるヘンリーの姿を見ながら、リュカは叫ぶ。だが、ヘンリーは剣を杖に立ち上がり、ジャミに挑みかかっていく。そして、また吹き飛ばされる。壁際まで転がりながら、それでも起き上がって、ヘンリーはリュカの方を見る。その口が動くのに、リュカは気付いた。
「オレは……負けない? お前を連れて帰る……?」
 リュカは、声は聞こえないが、その口の動きをそう読み取った。その言葉を断ち切るように、ヘンリーにジャミが突進する。その一撃を、ブラウンが小さな身体で受け止める。こらえきれず吹き飛ぶブラウン。一瞬できたジャミの隙に、マーリンがマヒャドを叩き込む。それも通じない。反撃に放たれたメラミによって燃え上がるマーリン。
 その間に、何とか剣を構えなおしたヘンリーが突っ込む。その口の動きを、リュカは読み取った。
「オレは帰る。あの子達のところへ……」
 リュカは想いを馳せた。あの子達。自分の腹を痛め、この世に産み落とした、ヘンリーとの愛の証。
「ユーリル……シンシア……」
 リュカは子供たちの名を呼んだ。
 そうだ、何故忘れていたのだろう。わたしには、あの子たちがいる。みんなで……皆で帰る。あの子達の元へ……!
 リュカは手を組み、心を集中させた。今の私にはこれしか出来ない。
「……立ち上がって。邪悪な心に負けないで。光の道を歩むあなたたちには……限界を超えた力が宿るのだから……!!」
 かつてザナック老人に教わった事を思い出し、リュカは祈る。自分の中の力を信じて。真の魔物使いとしての力が、皆を助ける事を信じて。
「お願い……!!」

 剣を振りかざして突進しながら、ヘンリーは思う。この一撃も、無駄かもしれない。ジャミには通じないかもしれない。
 だが、それがどうした? とヘンリーは己の中の弱さに言い放つ。無駄ならどうするんだ。諦めるのか?
 冗談じゃない。オレは諦めない。この一撃が無駄なら、次の一撃で。それもダメなら、そのまた次の一撃で。
 だから、無駄などと考えるな。弱気になるな。それこそ無駄。雑念を振り払い、全てをこの一刀に込めて振り抜け!!
 
 リュカとヘンリーが諦めを投げ捨てて、ただ一つの事を考えたその時。
 ヘンリーの一撃は、ジャミのバリアを切り裂き、その身体に会心の一撃を刻み込んでいた。
(続く)


-あとがき-
 今回は全編戦闘シーンと言う珍しい回です。普段はあまり戦闘シーンは書いてないのですが。
 次回、いよいよ青年期前半最終回です。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第五十三話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/09 21:20
「ぐわあーっっ!?」
 ジャミはバリアごと切り裂かれたのみならず、吹き飛ばされ、壁に亀裂が入るほどの勢いで叩きつけられていた。巨大な口から黒い鮮血を吐き出し、のた打ち回る。
「がっ……ば、馬鹿な……俺のバリアをも切り裂くなんて……まさか、今の一撃は……」
 必殺の打撃を放ったとは言え、累積したダメージと疲労に追撃が叶わず、床に膝をつき肩で息をするヘンリーに、ジャミは憎しみの篭った視線を向けた。
「勇者の剣技ギガスラッシュ……!! まさか貴様、天空の勇者の子孫か……!!」
 なに、とヘンリーは顔を上げた。
「オレが……勇者の子孫……?」
 まだ立ち上がれないヘンリーに、ようやく立ち直ったジャミが、よろりとした足取りながらも近づく。
「ギガスラッシュが使える以上、間違いない……だが、その血は完全なものではないようだな……技の負担に身体が耐えかねて動けまい」
 確かに、ヘンリーは異常に重苦しい疲労を感じていた。腕は全ての筋が切れたような激痛が走り、全身の筋肉に力が入らない。気力も失われたようだった。
「勇者の血筋とあれば、ますます生かしてはおけん……死ぬが良い……!!」
 ジャミは腕を振り上げた。バリアを切り裂いて深手を負わせたとは言え、致命傷には至らなかったらしい。その豪腕には、今のヘンリーならば容易く殺せる力が残っているだろう。
(くそ、ここまでなのか……? いや、諦めるな、オレ!!)
 ヘンリーが絶望の中、それでも闘志を燃やしたとき。
 それを祝福するように、ジャミの腕を一閃の雷鳴が直撃した。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第五十三話 悲劇の結末


「ぐばあっ!?」
 青白く光る雷光に全身を絡め取られ、悶絶するジャミ。そして、力を呼び起こす言葉がその場に響き渡った。
「ベホマラー!」
 淡く青白く輝く光がヘンリーを、仲間たちを覆い、その傷を癒した。ヘンリーは振り向き、そこに予想通りの姿を見出す。
「オークス、メッキー! お前たち……!」
 先ほど、屋上で死力を尽くして渡り合った二匹が、そこにいた。
「ぐぐ……貴様ら、裏切ったか……!?」
 稲妻のダメージに膝を落としつつ罵りの声を上げるジャミに、オークスは冷たい視線を投げかけた。
「裏切る……? 馬鹿め。このオークス、貴様ら魔族に忠誠を誓った覚えなど無い!」
 続いてメッキーも言う。
「そこの娘が、我らに再び立ち上がる力をくれた……その娘があのお方の縁者であると知っておれば、そもそもお前たち穢らわしい魔族どもに手を貸したりなどするか」
 そう言うと、二匹は頭を垂れ、リュカに礼を尽くした。
「我らはエルヘブンのマーサ様に恩を受けし者。貴女はマーサ様の縁者でありましょう。その貴女様に、我らの忠義を捧げまする……!」
「えっ……母様に?」
 リュカはそう言って、会話が互いに聞こえている事を知る。何時の間にか、リュカの周りの結界は消えていた。ジャミの力が相当弱っている証拠だろう。それを見て取ったヘンリーは言った。
「事情は良くわからんが、助かった! みんな、総攻撃だっ!」
 メッキーのベホマラーで立ち上がった仲間たちが、頷くや一斉に地を蹴った。オークスも槍を構え、メッキーは翼を羽ばたかせ突進する。ベホマラーを使ったとは言え、ジャミがバギクロスか凍える吹雪の一発でも使えば、全員が即死する程度に弱っていた。
 だが、バリアの解けたジャミに一撃を加える力は十分残っていた。先頭切って飛び掛ったプックルが、ジャミの首筋にブロンズナイフよりも長い牙を突きたて、太い血管をごっそり切り裂く。
 ピエールの剣がヘンリーの付けた傷をさらに大きく抉り取り、スラリンの鋼の牙が胸に突き刺さる。ブラウンが横殴りに振るった大金槌が、大木のような二本の足を骨ぐるみ打ち砕く。
 それでも呪文を唱えようとするジャミに、マーリンが魔封じの杖を振りかざし、その魔力の発動を食い止めた。空しく開かれた口にコドランが炎を注ぎ込み、内臓まで焼き焦がす。そうして脆くなった内臓が、ジュエルの渾身の体当たりによって砕けた。
 さらにホイミンの投げた刃のブーメランが腕を大きく切り裂き、メッキーの凍える吹雪が、傷口から血管内部の血をも凍らせ、ジャミの身体を白く装飾していく。
「これで、とどめだ!」
 そして、ヘンリーの剣とオークスの槍がまともにジャミの胴を貫き、壁に身体を縫いつけた。その目から光が失われ、ジャミはがくりと頭を倒して息絶えた。
「か、勝った……」
 ヘンリーは膝を突き、荒い息を吐く。とんでもない強敵だった。こんなのをたった一人で二匹も倒していたパパスの圧倒的な強さを想い、苦笑する。
「オレも、まだまだパパスさんには及ばないな」
 そう言って立ち上がると、ヘンリーはナイフを抜いて、リュカが縛り付けられている十字架に駆け寄った。
「リュカ……無事か?」
 ヘンリーがまず足を固定している枷を外しにかかると、リュカは微笑んだ。
「大丈夫……みんなのボロボロさに比べれば」
 苦笑が湧く。確かに、今の仲間たちは新しく加わったオークスとメッキーを含め、全員が今にも倒れそうなくらい傷つき、疲労している。
「はは……でも、勝ったぞ、リュカ。パパスさんの仇を……少し討ったんだ」
「うん……」
 ヘンリーはリュカの枷を外して行き、自由になった彼女をぎゅっと抱きしめた。
「……済まなかったな、リュカ。怖い目に遭わせて。オレの油断だった……んっ!?」
 リュカはそう言って謝るヘンリーの唇を、自分のそれで塞いだ。数秒間そのままでいて、唇を離す。
「もう……ヘンリーは謝らなくて良い事まで謝るのね。そんなの、気にしてないよ。助けに来てくれたし、わたしはあの子達を守れたし」
 妻の時々見せる大胆な行動に赤面しつつも、ヘンリーは言った。
「ああ……ユーリルもシンシアも無事だ。良くやったな、リュカ」
 褒めると共に、褒美として彼女を抱く腕に、もう少し力を込める。若干複雑な表情のピエール以外は、それをほのぼのと見ていた。やがて、頃合を見て、オークスが言った。
「リュカ様……と仰いましたな。俺の名はオークス。こっちは相棒のメッキー」
「我々は、かつてマーサ様に魔道より救っていただきました。貴女は母様と言われましたが、マーサ様の娘様なのですか?」
 自己紹介に続き、メッキーが質問する。リュカはええ、と頷いた。
「そうです。わたしはマーサの娘リュカ。助けてくれて本当にありがとう」
 そう言って、ニッコリ笑う。眩しいものを見たように、オークスとメッキーは頭を下げた。
「まぁ、詳しい事は帰ってから聞こう。こんな所は、早く出るに限るぜ」
 ヘンリーがそう言い、一行が頷いた時だった。

「そうは……させるか……」
「!?」
 地獄の底から響く怨嗟の声のような、不気味な声に一行はそちらを見た。死んだはずのジャミが目を開き、焼けた喉をひゅうひゅうと鳴らしながら言葉を紡いでいた。
「俺は……負けた……だが、貴様らも道連れだ……永遠に動けぬ石の身となって……この世の終わりを見るがいい……!!」
 次の瞬間、ジャミの身体は石灰色一色に染まったかと思うと、濃密なガスとなって、突風のようにリュカとヘンリーに吹き付けた。
「なっ!?」
 驚愕するヘンリー。だが、横にいたリュカの絶叫に、さらに驚愕する事になる。
「ああああああ!!」
 リュカは全身を無数の針で刺し貫かれるような激痛に絶叫した。見ると、ガスが当たったところから身体が灰色に染まり、身動きが取れなくなっていく。身体が石になっていく。石化が進行していく部分に激痛と冷たい感覚が同時に走り、意識が遠のく。
「へ、ヘンリー……ユーリル、シンシア……!!」
 家族の名を呼び、流れ落ちる涙さえも石となり、リュカは悲嘆の表情を浮かべた美しい石像と化して、その場に硬直した。
 見ると、ヘンリーもやはり足元から石化が始まっていた。だが、その進行速度はリュカよりは遥かに遅い。
「くっ、リュカ……リュカっ!!」
 床に張り付いたようになった足を、無理矢理動かしてヘンリーは妻の元へ進む。彼は胸元に暖かみを感じ、一瞬そっちを見る。かつて、マリエルから貰った命の石の欠片。それが懸命に瞬き、ヘンリーを襲う石化の呪いに抵抗しているのだ。
「リュカ様! ヘンリー!!」
 ピエールが救いに飛び込もうとして、乗騎のスライムが突然悲鳴を上げ、主の意思に反して飛びのく。その緑色のぷにぷにした身体の一部が、硬質な石に変化していた。ヘンリーは怒鳴った。
「お前たち、逃げろ! このガスは強力な呪いそのものだ! オレはもう少し保つから、何とかリュカを運び出す! 急げ!!」
 リレミトさえ使えれば即座に脱出できるが、今も結界は健在だ。ヘンリーに言われてもどうしていいかわからない仲間たちの元にも、ガスが迫る。スラリンの着ているスライムの服、その裾にガスが触れ、布が石に変わる。それを見てマーリンが叫んだ。
「逃げるぞ、お前たち! この状況を知らせ、助けを呼ぶんじゃ! 今のワシらにはどうしようもない!!」
 それを聞いて、ピエールが振り向く。
「老師! あなたと言う人は!!」
 怒りの声。尊敬すべき人々を見捨てて逃げるのか、という声無き非難に、しかしマーリンはその痩せた老躯のどこにそんな気迫が眠っているのか、というような怒声を放った。
「ならば、一緒に石になるか! そんな事をしてなんになる!! お前の忠義は、その程度のものか!!!」
 ぐ、とピエールは詰まった。わかっているのだ、彼にも、ここで一緒に石になってしまっては、どうにもならないと言う事は。ピエールは一瞬だけだまり、ヘンリーのほうを向いた。
「必ず……リュカ様を連れて帰れよ。でなければ許さんからな!!」
 そう言うと、ピエールはなおもとどまろうとするスラリンとプックルの身体を掴み、無理矢理引きずるように階段を駆け上がっていく。その間にも、ヘンリーはじわじわと石化する身体を無理矢理に動かし、リュカの元へ近づいていく。一歩、また一歩……
 だが、後数歩と言うところで、ついに限界が来た。命の石のペンダントが砕け散り、破片すら残さず消滅する。同時に、石化が一気に進行し始めた。
「ぐわあっ! ちくしょう、こんな所で……!!」
 身体が石になっていく激痛の中、ヘンリーは最後に動かせる右手を、リュカに伸ばした。
「せめて、お前だけでも子供たちの所へ……!」
 軽く指がリュカに触れる。その指も既に石だ。残された最期の意志力で、ヘンリーは叫んだ。
「バシルーラ!」
 石像と化したリュカが、虹色の光の中に消える。それを見届け、ヘンリーは満足げな笑みを浮かべたまま、物言わぬ石像と化した。

 その頃、グランバニア城ではデモンズタワーに攻め込む部隊の編成が終わり、出陣に向けて忙しく人々が走り回る中、リュカたちの部屋で、サンチョとビアンカが子供たちを抱いていた。
「姫様とヘンリー殿は無事だろうか……」
 ユーリルを抱いて心配そうに言うサンチョに、シンシアを抱いたビアンカが、自分も打ち消しきれない不安を抱えつつ、励ますように言う。
「サンチョさん、大丈夫よ。きっとリュカは大丈夫。私達が……誰よりも私達が、あの子達の強さを知ってるもの。きっと帰ってくる」
「そう、ですな……!」
 サンチョがそう言って無理にでも笑顔を浮かべたとき、突然それまで眠っていたユーリルとシンシアが、火がついたように泣き出した。
「ユーリル、シンシア!?」
 驚くビアンカ。一方、サンチョも何かに心臓を掴まれた様な不安感を覚え、泣きじゃくるユーリルを抱く腕に力を込めた。
(まさか、姫様の、ヘンリー殿の身に何か?)
 そう思った瞬間、突然部屋の中に虹色の光が出現した。
「!?」
 驚く二人の前で、虹色の光は人影を残して消滅する。また魔族の襲撃か、と警戒した二人は、そこに現れたものをみて、余りのことに放心状態となった。
「リュ……カ……? そんな! リュカ、リュカぁっ!! いやああぁぁぁぁ!!」
「何と言うことだ……姫様……! 私は……また大事な方を守れなかったのか!!」
 子供たちの泣き声、ビアンカの嘆き、サンチョの憤り。その声を聞きながら、石像と化したリュカは何も言う事はなく、その場に立ち尽くしていた。
(続く)


-あとがき-
 青年期前半、これにて終わりです。リュカは石化はしましたが、子供たちの元へ帰りました。これで、残された人たちの間にも明確な目標が出来るはず。
 次回より、青年期後編です。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第五十四話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/10 21:02
 それから、また幾つかの季節が巡った。闇の気配は日々濃くなり、それまで大した魔物が出現しなかった地域にも、凶悪な魔物が出現するようになり、旅人は隊列を組んで、護衛も雇って道を行かねばならなくなったが、それでも犠牲者は後を絶たず、小さな村など全員が犠牲になって滅びる、と言った事件も多発していた。
 そうした暗い日々の中、珍しく良く晴れた春の日の事。グランバニアの城門を、四人の旅人が潜った。そろそろ中年の坂を登りはじめてはいるが、精悍な逞しい男性と、三つ編みを垂らす美しい女性。そして、残る二人は子供だった。緑色の髪を持つ、男の子と女の子。その面差しにはどこか似通った部分があり、兄妹である事を示していた。その手には見るからに強大な魔力を秘めた逸品と思われる杖や剣が握られ、その子供たちが只者ではないことを物語っている。
 彼らに気付いた市民たちが道を開け、頭を下げて迎える中、堂々と進んだ四人は、城区画の最上階、かつて若い夫婦が蜜月の日々を過ごした部屋に入る。その窓際に置かれているのは……悲嘆の表情を浮かべた女性の石像。
 呪いによって石化し、時の流れに取り残されたリュカだった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第五十四話 八年目の覚醒


「お母様……ようやく、ようやくお話が出来ますね」
 女の子が涙を浮かべて言った。
「さぁ、小姫様、その杖をリュカ様に」
 男性に促され、女の子は手にしていた杖をリュカに向けると、まるで歌うような節をつけた、独特の言語で何かを唱えた。その呪文に応じ、杖の先端に取り付けられた宝玉が、淡い光を放ち始める。光は次第に強くなり、石像のリュカの身体を包み込んだ。
 その瞬間、奇跡とも思える事が起こった。硬い灰色の石と化していたリュカの身体が、柔らかみと色を取り戻していったのだ。杖の放つ光が消え、さっきまで石だった涙がぽたりと床に垂れた時、リュカは時間の流れに戻ってきた。
「え……?」
 リュカの主観的に、さっきまでいたデモンズタワーの中ではなく、見慣れた自分の部屋に突然戻ってきた事に、リュカは戸惑い、目をしばたたかせる。
「ここ……は?」
 彼女は辺りを見回し、現状を確認する間もなく、突然足元で声が湧いた。
「お母さん!」
「お母様!!」
 声と共に、二つの影がリュカの胸に飛び込んでくる。
「きゃっ……?」
 驚きつつも、その影を受け止めるリュカ。自分の身体に顔をこすりつけ、甘えてくる二人の子供。その緑色の髪をはじめとして、リュカにはその子達の容貌に、正体を悟った。
「ユーリル? シンシア?」
 それでもまだ疑いが拭いきれず、試しに名前を呼んでみると、二人の子供はぱあっと顔を輝かせ、よりいっそう強く、甘えるように顔をこすり付けてきた。
「お母さん、ボクがわかるんだね!」
「良かった、お母様……!」
 リュカは二人の頭を撫でた。
「もちろん……子供たちの顔を忘れたりはしないわ。大きくなったのね、ユーリル、シンシア」
 そう言うと、感極まったのか、ユーリルとシンシアは大声で泣き始める。慰めるようにリュカが二人の頭を撫で、背中をさすってやると、ユーリルとシンシアの連れが声をかけてきた。
「お久しゅうございます、姫様……」
「でも、リュカには一瞬の出来事だったのよね」
 リュカは頷いて、笑顔を見せた。
「サンチョ、それにビアンカお姉さん……今は……あれから何年がたったの?」
 そう尋ねる。リュカにとっては一瞬前の出来事だが、子供たちが大きくなっているからには、自分が石化している間に、かなりの年月が経っているのだろう。見れば、二人もまた変わっている。サンチョは渋みと貫禄を増し、ビアンカは一層完成された、大人の女性としての魅力を備えた美女へと成熟を遂げていた。
「八年よ」
 ビアンカが答えた。
「八年……すると、ユーリルとシンシアは八歳なのね」
「はい。お二人とも、大変健やかに、強く賢く成長されました」
 サンチョが答えた。リュカは彼の姿を見て微笑む。
「まだ、前みたいに太らないのね。サンチョさん」
 サンチョは苦笑した。
「私がまた太る日が来るとすれば、姫様が王妃様を探し出し、家族全員がお揃いになった……」
 その笑顔が途中で凍り、言葉が続かなくなる。リュカはその態度の変化から、恐れていた事が現実になったと知った。
「……ヘンリーは……」
 リュカが名を呼ぶと、ビアンカは首を横に振った。
「わからないの。ヘンリー君がリュカをここに飛ばしたらしいのはわかってるんだけど、あれからデモンズタワーには入れなくなってしまって」
 あの日以来、デモンズタワーはジャミが変化した呪いの石化ガスが滞留し、近づく事さえ危険極まりない魔境と化した。一般に、呪いとは代償が大きいほど強力なものになる。ジャミほどの魔族が、己の死と引き換えに放った呪いともなれば、よほど高位の聖職者を多数集めて挑まない限り、簡単に解呪できないだろう。デモンズタワーは、もう生きた人間が入れる場所ではなくなったのだ。
「じゃあ、ヘンリーはずっとあそこに?」
 リュカは何もかもが石化し、動くものの無くなった塔の中、立ち尽くすヘンリーの像を想像して、胸が詰まるような気分になった。しかし、それをサンチョが否定した。
「いえ……最近仲間になった中に、ゴーレムと言う石の魔物がおりまして。これは呪いの影響を受けぬので、行って見てもらいましたが、ヘンリー殿はおりませんでした」
「そう……え?」
 リュカは顔を伏せかけて、サンチョの言葉に聞き逃せない部分がある事に気付き、顔を上げた。
「ゴーレムを仲間にした? わたし以外に魔物使いがいるの?」
 すると、シンシアが顔を上げた。
「私が仲間にしたのよ! お母様!!」
「えっ、シンシアが?」
 リュカが聞き返すと、シンシアは満面の笑顔で頷いた。
「うん! ひいおばあちゃんにやり方を教えてもらったの!!」
 どういう意味か聞こうとして、今度はユーリルが自分をアピールしようと声を上げた。
「ボクはね、天空の剣と盾が装備できたんだよ! お母さん!!」
 その言葉に、リュカは一瞬意味が理解できずきょとんとしたが、すぐにえええ!? と声を上げた。天空の剣が持てるという事は、つまりユーリルは天空の勇者と言う事に……?
「ちょっと待って。落ち着いて、最初から話を聞かせてもらえる?」
 リュカは情報を整理するため、順番に話を聞く事にした。

 デモンズタワーの事件以後、グランバニアは国を挙げて、リュカの石化を解く方法を探して、世界中に探検隊を送った。その間、ユーリルとシンシアはサンチョとビアンカが親代わりになって養育し、やがて二人がとてつもなく高い武術や魔法の素質を持っている事がわかってきた。
 そして、デモンズタワーの事件から六年目。ここから北の大陸に向かった探検隊が、無人地帯だと思っていた地域で、知られていなかった街を発見する。その街の名が……
「エルヘブン? それが母様の故郷なの?」
 リュカの言葉に、何度かエルヘブンへの使者に立ったサンチョが頷いた。
「パパス様は若い頃、やはり偶然辿り着いたその土地で、マーサ様に出会われ、お互いに好意を抱かれるようになったとか。パパス様は街の長老の制止する言葉を振り切って、マーサ様と駆け落ち同然に街を出られたそうです」
「あの父様が……」
 リュカは今まで知らなかった、父パパスの情熱的な一面を知って、少し複雑な思いだった。もちろん、父に幻滅したわけではない。むしろ逆だ。余計親しみが湧いたような気がする。
「それで、その長老と言うのが、母様の母様。つまり、わたしのお祖母様で……」
「ひいおばあちゃん。グランマーズさま」
 シンシアが答えた。シンシアとユーリルは昨年にエルヘブンに赴いた。曾孫の顔を見たい、と言うグランマーズ長老の求めに従ってだった。そこで、シンシアはグランマーズに魔物使いの素質を見出され、魔法と合わせて修行を行い、かなりの実力を身に付け……そして、リュカを元に戻すための道具を授かった。
「このストロスの杖は、ひいおばあちゃんに借りたの。お母様とお父様を助けたら、お返しするって約束で」
 シンシアが持つその杖は、エルヘブンに伝わる秘宝の一つで、生命エネルギーを活性化させ、呪いやマヒを打ち破る聖なる力が込められているが、力量の低い者には使いこなせない神器だと言う事である。
「そうだったんだ……それで、ユーリルはどうして天空の剣や盾を装備できるってわかったの?」
 リュカが聞くと、それに苦笑で答えたのはビアンカだった。
「二年位前かな。ユーリルが天空の剣をおもちゃ代わりにして遊んでた時は、心臓が止まるほど驚いたわよ」
 もちろん、ユーリルは天空の剣とは知らなかった。両親の残したものを見ているうちに、綺麗な剣と盾を見つけたので、なんとなく持ってみただけである。それがまるで自分のために誂えたようにピッタリだったので、嬉しくなっておとぎ話に出てくる勇者のように、えいやあと振り回して遊んでいる所を、ビアンカに見つかったのだ。
「あの時は、ビアンカママにゲンコツを四発も貰っちゃったよ」
 ユーリルが今思い出しても痛い、と言うように肩をすくめて見せ、リュカは苦笑すると共に、サンチョとビアンカに頭を下げていた。
「ありがとう、サンチョさん、ビアンカお姉さん。この子達を立派に育ててくれて……」
 ビアンカとサンチョはとんでもない、と首を横に振った。
「姫様とヘンリー殿、お二人のお子様は私にとっても子供のようなものです。苦になどなりませんよ」
「私も、ちょっとお母さん気分の予行演習になって良かったわよ。ね、サンチョさん」
 サンチョに続けてビアンカが言うと、サンチョは赤面した。それを見て、リュカはまさか? と思いつつ聞いた。
「あの、ビアンカお姉さんとサンチョさんって……」
 そこまで言った時点で、サンチョはますます赤くなり、ビアンカは舌をペロッと出した。
「あ、気付かれちゃった? まぁ、まだ婚約なんだけどね」
 この八年間、一緒にユーリルとシンシアを育て、時には探検隊に参加して、肩を並べて戦っているうちに、二人はお互いへの尊敬と愛情を育んできたのだと言う。続けてサンチョが言う。
「しかし何と言うかお恥ずかしい。二十も年下の娘さんを奥さんに貰う事になるとは……」
 その言葉に、ビアンカが労わるように答えた。
「そんな事ないわ。サンチョさんは誠実だし、優しいし、それに何と言っても私が十分認める強い戦士ですもの。何も恥じる事なんてないわよ」
 堂々としたビアンカに対し、サンチョの恥ずかしがり方は初々しいくらいで、リュカは笑顔で二人を祝福した。
「おめでとう、二人とも。わたしにとっては、お姉さんとお兄さんみたいな人だから、二人が結婚するのは凄く嬉しいわ」
 すると、ビアンカが言った。
「いや、まだ婚約よ。少なくとも、ヘンリー君を見つけて、リュカと一緒に暮らせるようになるまでは、結婚しないつもり。私はいいけど、サンチョさんが気にするし」
「まぁ、主を差し置いて、さっさと幸せになるなど不忠ですから」
 サンチョが答える。リュカは気にしないのに、と思ったが、そう言ってもサンチョは言葉を翻す事はないだろう。
「うん、わかった。二人の幸せな結婚のためにも、ヘンリーを、お父さんを助け出さなきゃね」
 リュカは言った。ヘンリーが何処に行ったかはわからないが、ジャミの呪いが充満する中から、ヘンリーを持ち出すことが出来そうな相手は、リュカは一人しか知らなかった。
(ゲマ……わたしたちの前に何時までも立ちはだかるのね。でも、決して負けない!)
 拳を固め、リュカは八年ぶりの冒険の旅に出る事を決意していた。
(続く)


-あとがき-
 リュカ復活の話。ジージョの家の話をばっさりカットしたのは、原作と違いが出せないので面白くない、と言う理由もあります。
 気づかれた方もいるようですが、ビアンカとサンチョをカップリングしました。何話か前から二人を一緒に行動させるシーンを大目に入れたのは伏線です。あと、ビアンカが母親代わりになると言うのもありました。
 次回から旅を再開します。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第五十五話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/11 20:14
 リュカが石から元に戻った、と言う報せは国中に広がり、久々の親子の対面を思って涙した国民も多かったが、同時に彼らは悟っていた。まだ見つからない夫を探して、再びリュカが旅に赴くであろう、と。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第五十五話 新たなる旅立ち、前夜


 オジロンもその一人だった。
「やはり、旅立ってしまうのか?」
 そう問いかけるオジロンは、八年の間に威厳を増したようにリュカには思えた。宰相の死や、親族の裏切りが応えたのかもしれない。
「はい、叔父様。ご心配をおかけして申し訳ありませんが……」
 リュカが言うと、オジロンはよいよい、と手を挙げて謝罪は無用である事を伝えた。
「家族が揃う事、それに勝る幸せは無い。ヘンリー殿を探したいと言うリュカの思いはもっともであろう。よろしい。旅立ちの許可を与えよう……だが、気をつけて行くのだぞ」
 もう、家族を失うのはこりごりだからな、と付け加えるオジロン。リュカは頭を下げ、はいと言った。
「そういえば、お前の師匠と言う人がこの国に引っ越してきてな。今はお前の仲間たちと共に、サンチョの家だったところに住んでいる。会いに行ってやれ」
「お師匠様が?」
 リュカの師匠と言えば、オラクルベリーのザナック老人だろう。リュカはオジロンに挨拶をすると、城の裏手に急いだ。すると、かつてボロ家のサンチョ邸があった場所に、大きな出城と言っても良い規模の建物が新設されていた。
「……これがお師匠様の……?」
 リュカは半信半疑ながらドアをノックすると、中からイナッツが出てきた。相変わらずバニー姿で、あまり歳を取ったようにも見えない。初めて会ってから十年近く経つはずなのだが……
「リュカさん! 石化が解けたというのは本当だったのね」
 笑顔でリュカの帰還を喜ぶイナッツに、リュカも笑顔で聞く。
「お久しぶりです、イナッツさん。お師匠様は?」
「もちろん、無駄に元気ですよ。中へどうぞ」
 イナッツに案内されて奥へ進むと、ザナックはマーリンとモンスターチェスで対戦中だった。
「ほれ、これでスライムナイトをここに置いてチェックメイト」
「ぐわー! 魔物使いのワシがこのゲームで五連敗じゃと!? も、もう一回勝負じゃ!!」
 どうやらマーリンが戦績で圧倒しているらしい。イナッツは苦笑しつつ声をかけた。
「お師匠様、見苦しいですよ。それよりリュカさんがいらしてますよ」
 その声に、老人二人は相好を崩して立ち上がった。
「おお、リュカ殿! 久しぶりじゃ! もう身体の方は良いのか?」
 マーリンの言葉に、リュカは笑顔で頷く。
「ええ。マーリンさんも元気そうで」
 その挨拶の間に、声を聞きつけたのか、ぞろぞろと仲間たちが奥から出てきた。甘えん坊のスラリンとプックルが真っ先に寄って来て、リュカに甘える。その頭を撫でてやっていると、懐かしい顔ぶれも健在だった。ブラウン、ピエール、ホイミン、ジュエル、それにデモンズタワーのオークスとメッキー。喋れる三匹……ピエール、オークス、メッキーはそれぞれ跪いたり頭を下げたりして、主の帰還を祝った。
「無事のご帰還、お待ちしておりました。何時でもお下知を」
 と騎士らしくピエール。
「我ら一同、貴女様のために働く準備は出来ております」
「マーサ様とヘンリー殿救出のため、全力を尽くしましょうぞ」
 オークスとメッキーのコンビも言う。頼もしい仲間たちにリュカがこれからもよろしくね、と答えると、ザナック老人が言った。
「久しいな。こやつらのために、建物を増設して待っておったぞ」
 リュカも頭を下げた。
「お久しぶりです、お師匠様。でも、何故この国へ?」
 問われてザナックは答えた。
「このご時勢じゃからな。日々魔物が凶悪になり、もはやワシの力では御する事もできんし、そもそもカジノで遊ぼうと言う余裕のある者も少なくなった。オラクルベリーのカジノも、もはや開店休業よ。そこで、ワシはお前さんの手助けをしようと思って、ここまで来たんじゃ」
 師匠の温かい言葉に、リュカは感動した。
「ありがとうございます、お師匠様……」
「なに、構わぬよ。それより、新顔に挨拶してやれ。お前の娘が仲間にした者たちが多いが、手練れ揃いじゃぞ」 
 ザナックが指した方向にいたのは、リュカの知らない仲間たちだった。石の巨人は、ヘンリーを探してくれたゴーレムだろう。ゴレムスと言う名前らしい。さらに、三匹の悪魔がそれぞれ前に進み出て自己紹介した。
「マスターの母上様ですね。私はメッサーラのサーラ。何なりとお申し付けください」
 山羊頭の悪魔がそう言う。続いて、フォークを持った小悪魔が言った。
「ボクはミニデーモンのミニモン! よろしくね、母上様」
 そして、一同の中で特に雄大な体格を持つ、下半身が山羊の悪魔が堂々と言った。
「我はアンクルホーンのアンクル。御母堂、何時でもワシを呼んでくだされい!」
 ミニモンは愛嬌があるが、サーラとアンクル、ゴレムスはいずれ劣らぬ強者のようだ。こんな魔物たちを仲間にしたシンシアの才能には驚かされる。
 そして、リュカの知らない魔物はもう一匹。金色の、馬より二周りは大きなドラゴンがいた。神々しいほどの外見で、いかにも強そうだ。
「このドラゴンは?」
 リュカが聞くと、ドラゴンが威厳ある外見に似合わぬ、子供っぽい口調で言った。
「そりゃないぜ、ご主人様。おいらだよ、コドランだよ」
「……ええっ!?」
 リュカは驚きのあまり硬直した。
「……酷いなぁ。おいらだって成長するんだぜ? まぁ、まだ大人には程遠いけどさ」
 コドランが傷ついたように言ったので、リュカは慌てて首を横に振った。
「あ、そうじゃないの。コドラン、喋れたんだなあって思って」
「そっちかよ! まだ赤ん坊みたいなモンだったんだ。喋れる訳ないだろ……まぁいいや。今のおいらはグレイトドラゴン……なりかけだけどね。名前もシーザーって変えたんで、よろしくな!」
 コドラン改めシーザーがそう言って、器用にサムズアップぽい事をしてみせる。しかし、仲間たちには不評だった。
「シーザーか……何時聞いても思うが、似合わんなぁ」
「まだコドランでいいんじゃないか?」
「ぴきー」
「お前ら灼熱の炎吐くぞ」
「まだ吐けないくせに」
 悪態をついたりしてはいるが、本気ではなくじゃれあいのようだ。リュカは微笑ましげに見ていたが、ふと気になって仲間たちの数を数えてみる。スラリン、ブラウン、ピエール、ホイミン、マーリン、プックル、ジュエル、オークス、メッキー、サーラ、ミニモン、アンクル、ゴレムス、シーザー。十四匹。これでは馬車に載せ切れない。ただでさえ、ゴレムス、アンクル、シーザーなど馬車本体より大きいのだ。
 誰を連れて行ったものか、と悩むリュカに、マーリンが言った。
「リュカ殿、今誰を連れて行くかお悩み中かな」
「え? そうだけど……良くわかったね」
 リュカが頷くと、マーリンはフフフ、と怪しい笑みを浮かべた。
「そんな事もあろうかと、ワシとルラフェンのベネット殿で協力し合い、馬車を改造したのじゃ! 見てくだされ」
 そう言って、マーリンはリュカを馬車の所へ連れて行った。すると、八年前は一頭立てだった馬車は、二匹の馬で引っ張る二頭立てに変わっていた。荷台もかなり大型化している。
「すごい、大きくなってる……けど、これでも皆は連れて行けないよね?」
 リュカが言うと、マーリンはチッチッと指を振った。
「外見だけではこの凄さはわかりませんぞ。中を見てくだされ」
 促され、リュカは馬車の荷台に上がってみて、思わずポカーンとなった。荷台の中央に旅の扉がついていたのだ。
「これぞ、ワシとベネット殿の苦心の作! 旅の扉つき馬車じゃ。この城と繋がっておるゆえ、我らはもちろん、人間の仲間も待機している中から呼び出せますぞ。いかがですかな」
 リュカはマーリンの方を振り向いて、感に堪えない、と言う表情で言った。
「凄すぎて言葉が出ないよ……マーリンさんとベネットさんは天才ね」
 いやいや、とマーリンは首を横に振った。
「他にも、デモンズタワーの火を吐くドラゴン像を据えつけて、幌をミスリルで作り直し、無敵の移動要塞馬車にする案もあったんじゃが……資金が尽きてしもうた」
「いや、それは自重しようよ」

 その日は結局子供たちや親族、仲間たちとの再会で終わり、リュカはその晩、二人の子供たちと同じベッドで眠った。二人とも八歳の割にはしっかりした子供だったが、やはり母親に甘える時は歳相応で、リュカの腕や身体にしっかり抱きついて離れなかった。
「お母さん……」
「お母様……」
 寝言でも自分を呼ぶ子供たちの頭を、リュカは撫でる。
(ユーリル、シンシア。ごめんね、寂しい思いをさせて。でも、明日からはずっと一緒。わたしは二人を絶対に離さない)
 それにしても、探し求めても手がかり一つ得られなかった天空の勇者が、まさか我が子だとは思わなかった。ジャミが言うには、ヘンリーは天空の勇者の子孫らしいが……
(一度、ラインハットに話を聞きに行く方がいいかも。でも、その前にエルヘブンね)
 リュカは明日からの旅で、何処に行くかを考えつつ、目を閉じた。

 翌日、リュカがユーリルとシンシアを連れて城門に出てくると、既に馬車が引き出され、サンチョとビアンカが待っていた。
「遅いわよ、リュカ」
 冗談交じりの笑顔で言うビアンカに、リュカは笑顔で答えた。
「ごめんね、ビアンカお姉さん。この子達と一緒だと寝心地が良くて」
 子供は体温が高いので、ベッドの中は温かくて気持ちが良かったのだ。すると、ユーリルとシンシアも言った。
「お母さんと一緒に寝たの初めてだったけど、すごくよく眠れたよ!」
「私も、安心して眠れました」
 ビアンカはそっかー、と頷いた。
「私も早く子供欲しいな」
 ビアンカの言葉にちょっと赤くなるサンチョ。リュカがそれを見て笑っていると、オジロンがやってきた。
(続く)


-あとがき-
 旅再開に届かなかった……次回こそはです。
 新しい仲間は悪魔三人衆のサーラ、ミニモン、アンクル。アンクルは武将っぽいキャラになってますね。
 あと、コドラン→シーザーは小説版で印象に残ってた設定なので流用しました。非常に納得行く成長ぶりだと思います。




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第五十六話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/21 21:03
「お、間に合ったか。もう出たのではと焦ったぞ」
 ホッとしたように言うオジロン。
「叔父様、おはようございます。お見送りに来てくださって、ありがとうございます」
 リュカが頭を下げると、オジロンは笑った。
「うむ。まぁ、そう堅くなるな……それより、わしからの餞別を受け取ってもらえんか?」
「餞別?」
 リュカが聞き返すと、オジロンの横に控えていた兵士が、抱えていた宝箱を開いた。中に入っていたのは、金糸で絢爛たる装飾が施された、それでいて悪趣味ではない真紅のマントだった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第五十六話 母の故郷と血脈の秘密


「これは……」
 サンチョが感嘆の溜息をつく。見事な出来栄えのマントはさぞかし由来のあるものと見受けられた。
「探検隊がアルカパの北、封印の洞窟と呼ばれる地から持ち帰った品でな、王者のマントと言うそうだ。おそらくヘンリー殿ならばこれを着こなせよう」
 リュカは頷いて、宝箱を受け取った。
「ありがとうございます、叔父様。必ずヘンリーに渡します」
 うむ、とオジロンは頷き、その宝箱を持っていた兵士を紹介した。
「この者はピピンと言い、そのマントを持ち帰った探検隊の一員だった。まだ若いが、なかなかの腕前があり、近衛兵団に取り立てたばかりだ。軍の代表として連れて行ってやれ」
 その言葉を受けてピピンが進み出た。
「ピピンと申します、殿下。念願叶い、兵士になる事が出来ました。まだ未熟者ではありますが、精一杯努めさせていただきます」
 その、まだ少年といっても良い顔に、リュカは見覚えがあった。
「そういえば、あなたはこの子達の御披露目式の時に、兵士になってこの子達を守りたい、と言ってくれた子ね?」
 それを聞いて、ピピンは満面の笑顔を浮かべた。
「はい! 覚えていただいたとは、このピピン、何よりも光栄です!」
 リュカにとっては数日前の出来事だが、ピピンにとっては八年越しの夢だったのだろう。その誠実そうな顔立ちに、リュカは安心して子供たちの守りを任せられる青年だと感じた。
「よろしくね、ピピン」
「はっ!」
 敬礼するピピン。これで、人間の仲間は五人。魔物たちを含めると、総勢二十名の大パーティーだ。父と、あるいはヘンリーと二人で旅をしていた頃を思うと、自分の周りも随分賑やかになったと、リュカは感慨深いものがあった。
「それでは参りましょうか、姫様。まずはどちらへ?」
 サンチョの出立を促す声に、リュカは答えた。
「エルヘブンへ。母様の故郷を見たいし、それにお祖母様にはぜひお目にかかって、お話を聞かないと」
 ビアンカが頷いた。
「そう言うと思ってたわ。シンシア、お願い」
「え?」
 リュカは何故シンシアに? と娘の顔を見た。すると、シンシアは手を合わせて軽く精神統一し、呪文を唱えた。
「ルーラ!」
 次の瞬間、虹色の輝きと共に、一行はその場から掻き消えていた。残されたオジロンは苦笑する。
「やれやれ、せわしない事だ。まぁ、兄上と違って、何時でも帰ってきてくれるのが良い事だな」

 一瞬のうちに景色は一変し、リュカはグランバニアからエルヘブンへ移動していた。彼女は驚いて娘の顔を見た。
「シンシア、ルーラが使えたの!?」
「はい、メッキーさんが使っているのを、見よう見まねで覚えました」
 シンシアは何でも無い事のように答えたが、リュカにとっては驚きである。
「はぁ……わたしも父様からは魔法の才能を褒められたけど、シンシアのほうが上かもしれないわ」
 えへへ、とシンシアははにかんだ。実際、彼女はメラ、ギラ、イオの各系統の魔法を中心に、補助魔法まで含めた広い範囲の魔法を多数習得しており、グランバニアではその早熟の天才振りが話題になっていたりする。
 さて、エルヘブンは、いろいろな国や街を旅してきたリュカの目から見ても、奇妙な街だった。平野の真ん中に忽然と出現した、巨大な台形の山。その斜面に沿って家が立ち並び、階段が巡らされている。
「不思議な街ね……ん?」
 全景を見回していて、リュカは気付いた。山と思っていたが、良く見るとそれは山ではなく、巨大な木の切り株なのだ。
「まさか、これは世界樹!?」
 叫ぶリュカに答える声があった。
「その通りです」
 リュカははっとなってその声の方向を見た。街の入り口に、ヘンリーとはまた違う木の葉のような濃い緑色の髪をした老女が立っていた。リュカは直感的に、その人が誰なのかを知った。
「あなたが……私のお祖母様?」
 その問いかけに、老女は首を縦に振った。
「その通りです、マーサの娘リュクレツィアよ……私はグランマーズ。あなたの祖母です」
 グランマーズは名乗ると、静かに歩いてきて、リュカを抱擁した。
「一目でわかりましたよ。その目といい顔立ちと言い、マーサに瓜二つですもの。エルヘブンへお帰りなさい、私の孫リュカ」
 その暖かい言葉と抱擁に、リュカは初めて来た町とは思えない安らぎを感じた。

 世界中の切り株の頂上に、長老の館でもある「祈りの塔」があった。そこの客間に案内され、お茶が出たところでグランマーズが言った。
「かつて、私たちエルヘブンの民は世界樹を守る、と言う使命を偉大なる神マスタードラゴンより与えられたエルフでした」
 世界樹……その名の通り世界を支える一本の巨大な樹である。膨大な生命力を持つその木の葉は、どんな深い傷をも癒す霊力を持ち、千年に一度咲く花に至っては、死人すら蘇らせたと言われている。
 そして、エルフは植物と関係の深い妖精であり、人間とはもちろん魔物とも会話が出来る能力を持っていた。エルフたちは世界中の傍に村をつくり、世界樹の世話をして暮らしてきた。
「それで、わたしは妖精が見えたんですね……」
 リュカは幼い頃の冒険を思い出した。リュカにもエルフの血が流れているのなら、ベラの姿が見えたのも納得である。グランマーズは頷いて話を続けた。
「ですが……闇の力が強まり、天空のお城は消え果て、世界樹も弱って、ついには枯れて倒れてしまいました……街の北にある湖を見ましたか? あれが世界樹が倒れた時に、大地に開けた大穴の跡です」
 それだけではなく、世界樹が倒れた衝撃は大地を割り、大陸の形を変えて、世界はかつて天空の勇者が旅をした頃とは似ても似つかぬ姿に変貌を遂げた。
「世界樹を守れなかった私たちは、その天罰が下ったのか、次第に力を弱めていきました。どんな魔物とも話が出来たエルフの力は弱くなり、最後に残った強い力の持ち主が、あなたの母であり、私の娘でもあるマーサなのです」
 グランマーズ自身、長老とは言えその力はリュカと大して変わらず、他の住民たちともなれば、エルフだった事すらわからぬほど人間に近づいてしまっている。しかし、マーサの力は桁違いだった。先祖がえりをしたとしか思えないほどの霊力を持ち、魔王級の実力を持つ魔物たちすら従えたと言う。
「母様は、それほどまでに……」
 リュカが言うと、グランマーズは寂しそうな目をした。
「あの子は、私たちエルヘブンの民の希望でした……ですが、その事があの子にとっては重荷だったのかもしれませんね。パパス殿がマーサを連れて出奔した時はパパス殿を恨み、マーサに怒りましたが、今となっては後悔ばかりが残ります」
 グランマーズはそう言うと、そっと涙を拭き、そして決然たる表情を取り戻した。
「リュカ、あなたが今後旅を続けるなら、天空界を蘇らせる必要があるでしょう。かつて天にあり、世界の全てを見守っていた天空城の失墜……それが、今世界を襲う様々な災いの元凶の一つ。天空界が復活すれば、私達も魔族の侵攻に立ち向かう事ができるでしょう」
 そう言うと、グランマーズは手をパンパンと叩いた。それを聞きつけて、隣の部屋から従者が出てくる。その腕には、大きな筒状の包みが抱えられていた。リュカは尋ねた。
「お祖母様、それは?」 
「これは、エルヘブンの至宝の一つ、魔法の絨毯です」
 グランマーズは答えた。
「天空の勇者よりも古き時代、偉大な魔法都市カルベローナで作られた、空を飛ぶ不思議な絨毯。これがあれば、今まで船では行けなかった土地にも行く事ができるでしょう」
 それを聞いて、サンチョが手を打った。
「そういえば、セントベレスがある中央大陸は、岩礁や荒波のために探検隊を送る事ができませんでした。それがあれば……」
 グランマーズは頷いた。
「中央大陸はもっとも天界と魔界に近い地と言われた場所。かつて天空に届いたと言う巨塔や、天空とも繋がりのあった街ゴットサイドの遺跡などが眠っています。そこに行けば、何らかの手がかりが得られるかもしれませんね」
 リュカははい、と頷いた。これで当面の目的地は決まった。中央大陸の探索である。
「その前に、ラインハットとテルパドールに回らないと……」
 ヘンリーの血の秘密や、テルパドールの天空の兜は、今後の冒険と戦いに必須のものとなるだろう。リュカはグランマーズに礼を言い、ルーラでラインハットへ飛んだ。

 十年振りに会うラインハット王デールは、かつて気弱な少年だった事が嘘だったかのように、威厳ある青年王に成長を遂げていた。
(デール陛下、貫禄が出たなぁ……)
 思わず感心するリュカ。何しろ、今のデールは二十四歳の堂々たる青年で、八年間石化していたリュカは、二児の母とは言え、肉体的にはまだ十八歳の少女のまま。デールの方が大人びて見えるのも無理はない。
 久々に訪れたリュカと久闊を叙した後、デールは切り出した。
「兄上の事は、お国の使者より聞いております。そこで、私も国の歴史について調べさせました」
 デールはそう言うと、学者に命じて書庫から一冊の本を持ってこさせた。
「これは、我が王家の祖先について記した秘本です。この内容は絶対の秘密ですが、リュカさんであれば話は別。お見せしましょう。ただし、口外は決してなさらないでください」
 リュカは頷いた。
「もちろん、誰にも話しません。明かしてくださった事を感謝します」
 そう答え、リュカは秘本を開き、読み進めるうちに、その意外な内容に驚きを隠せなかった。

 かつて、ラインハットはブランカと言う別の国だった。そのブランカの王城から北の山奥、誰も訪れる事がないはずの土地に、天空の勇者の隠れ里があったという。
 その里の存在を察知した魔王デスピサロは、自ら一軍を率いて里を攻め滅ぼした。しかし、勇者は難を逃れて旅立ち、やがて導かれし者たちを集め、魔王デスピサロを討ち果たした。
 戦いの後、勇者は滅ぼされた里に帰り、そこを幼馴染みの女性と共に復興させた。そして、誰も知られぬその地で、密かに勇者の血が受け継がれて行った。
 それから百年後、ブランカが魔族の残党によって攻められた時、勇者の子孫が義勇軍を率いてブランカに加勢し、それを撃退した。当時のブランカ王は勇者の子孫を褒め称え、ラインハットの名を与え、貴族に序した。貴族となった勇者の一族はブランカでも有数の名門となり、王家と通婚を重ね、やがて王家が弱体化し断絶すると、国を継承しラインハット王国を築いた。しかし、代々の王は勇者の血を狙ってくる者たちから身を守るため、王家が勇者の子孫である事を秘密とした――

「こんな歴史があったのですか……」
 そこまで読んだところで顔を上げ、リュカが言うと、デールは本を引き取ってページを閉じた。
「本来は、代々の王に口伝で継承されてきた秘密だそうです。私や兄上の時は、父上が病に倒れ、この秘密を口伝する暇がありませんでした。ですから、兄上はこの事を知らなかったのでしょう」
「そう言うことですか……すると、デール陛下も勇者の血を?」
 デールは頷いた。
「ええ。ただ、私は母が外国の生まれですが、兄上の生母は王家の傍流に当たる貴族の出で、兄上の方が勇者の血が濃いのです。私は凡人ですが、兄上があれだけ強いのも、そのせいかもしれませんね」
 そう答えた後、デールは思いがけない事を言った。
「そういえば、何代か前に、ラインハットの姫がグランバニアの王子に嫁いだ、と言う事があったそうです。ですから、リュカさんも僅かではありますが、天空の勇者の血を受け継いでいることになります。ユーリル君が本当に勇者の力に覚醒しているとすれば……天空の血の濃さと、リュカさんのエルヘブンの血が持つ不思議な力の相乗効果によるものかもしれませんね」
 リュカは、話が難しくて飽きてしまったのか、途中から寝てしまった我が子たちを見た。その表情に宿る、子供たちへの慈愛に満ちた表情に、デールは思った。
(勇者の母たる人。宿命を背負った人……宿命の聖母と言うべきか)
 後にこの時代を語る時、勇者の母リュクレツィア・メル・ケル・グランバニアに冠して呼ばれる称号……「宿命の聖母」が生まれた瞬間だった。
(続く)

-あとがき-
 エルヘブンの設定はPS版寄りオリジナル。IVの世界樹とエルヘブンが両方盆地の中にあることから思いつきました。
 ヘンリー=勇者の子孫と言う設定は、以前も書いたようにどっちも緑髪な事からの連想です。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第五十七話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/13 20:35
 ラインハットで一泊したリュカたちは、今度はテルパドールへ飛んだ。オジロンに親書を書いてもらい、また以前来た時とは違って、リュカ自身グランバニア王女の身分証明を持っての訪問で、問題なくアイシス女王との謁見は認められた。
 そのアイシスは、以前にも謁見した地下庭園でリュカたちを待っていたが、ユーリルを見るなり顔色を変えた。
「その子は……!? すみませんが、謁見は後です。急いで天空の兜の元へ!!」
 アイシスに連れられ、再びリュカはあの四角錐の建物……天空の兜を納めた場所へやってきた。以前と変わらず、天空の兜は台座の上で鮮やかな輝きを放っていた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第五十七話 謎の大陸へ


「リュカ姫、その子はあなたのお子さんなのですか?」
 そこで、ようやく落ち着いたのか、アイシスはリュカに声をかけてきた。
「はい、ユーリルと言います。こちらは妹のシンシア。二人とも、女王陛下にご挨拶なさい」
 リュカが言うと、まずシンシアがスカートの裾をつまんで、優雅に一礼した。
「シンシアです、女王陛下。お会いできて光栄です」
 一方、ユーリルは元気一杯フランクに挨拶した。
「こんにちわ、ボクはユーリルです!」
 それを聞いて、シンシアが溜息をつく。
「お兄様、もう少しお行儀良くしないと……」
 リュカも同感だった。ユーリルはサンチョとビアンカが鍛えただけあって、武術の方は相当な腕だし、魔法もかなり使いこなせるのだが、礼儀はちゃんと身に着いていないようだ。もっとも、アイシスもそんな事を気にするほど、器の狭い人ではなかった。
「ユーリル、元気のいい子ですね。では、あの兜をかぶってみてください」
「これ?」
 ユーリルは天空の兜に駆け寄ると、軽々と持ち上げて頭に載せた。
「うーん、ちょっと大きいや」
 彼がそういった途端、不思議な事が起きた。天空の兜はすっと小さくなり、ユーリルにピッタリのサイズになったのだ。
「やはり……とうとう現れたのですね。天空の勇者が……」
 アイシスは感に堪えない、と言う口調で言った。

 場所を地下庭園に移し、リュカは自分たちに流れる天空の血について、アイシスに事情を話した。デールからは他言無用と言われてはいたが、アイシスなら絶対に信用が置ける。
「そう言う事でしたか。九年前、あなた達が来た時に何かを感じたのは、あなた達が天空の血を引き、勇者の両親となる、という運命があったからだったのですね」
 アイシスは頷いた。それに、その当時既にリュカはユーリルとシンシアを身篭っていたから、なおさら反応が強かったのだろう。彼女は言葉を続けた。
「間違いなく、ユーリルは天空の勇者、その再来でしょう。我が王家にも、天空の勇者の名前はユーリルであったと、そう伝わっていますし」
「え、そうなんですか?」
 リュカは驚いた。確か、ヘンリーはユーリルもシンシアもラインハット王家の遠い祖先だと言っていた。
「シンシアは、ユーリルの幼馴染みにしてその妻となった女性の名前です。私の祖先……マーニャとミネアの二人はそう書き残していました」
 アイシスはそう保証した。
「そうですか……ヘンリーは知っていたのかな」
 デールの言う事が正しければ、仮にヘンリーがユーリルとシンシアの名を知っていたとしても、勇者とその妻の名であるとは知らなかったのかもしれない。いずれにせよ、ヘンリーはなんとも相応しい名前を二人の子供につけたのだ。
「ボクは勇者様と同じ名前なのかー」
 ユーリルは素直に目を輝かせていたが、シンシアはちょっと複雑そうだった。
「お兄様の奥様の名前……」
 嫌ではないのだろうが、素直に喜んで良いかどうかわからないのだろう。リュカはシンシアの頭を撫でた。
「素敵な名前よ、シンシア。自信を持って大丈夫」
 リュカがそう言うと、ようやくシンシアは笑顔を見せた。
「はい、お母様」
 その様子を見ていたアイシスは微笑み、リュカに言った。
「ともかく、天空の兜はユーリルに……本来の所有者にお返ししましょう。我が国も、光の教団に対しては、今後厳しく対処するようにします」
「よろしくお願いします、女王陛下」
 リュカとアイシスは堅く握手を交わした。
 
 会談が終わり、リュカたちは城の外に出た。待っていたビアンカとサンチョが、ユーリルの頭に嵌まっている天空の兜を見て、顔を輝かせる。
「これが天空の兜ですか……まるで王子様のために誂えられたようだ」 
 サンチョは感動の色を隠せない表情だ。これで鎧以外の天空の装備はそろった事になる。
「すごくよく似合ってるわよ、ユーリル」
 ビアンカが言うと、ユーリルは二パッと笑って見せた。
「ありがと、ビアンカママ」
 そこで、さて、と前置きしてサンチョが話題を切り替えた。
「次はどちらへ参りますか? 姫様」
 もちろん、リュカには腹案があった。馬車の脇に控えているゴレムスに声をかける。
「ゴレムス、魔法の絨毯を用意して」
 こくん、と頷いて、ゴレムスは馬車の中に丸めて入れてあった魔法の絨毯を取り出した。馬車とその随員が一度に乗っても大丈夫、と言う巨大な絨毯も、ゴレムスにかかれば簡単に広げられる。
「ここは中央大陸に近いわ。探しに行ってみましょう、天空世界への手がかりを」
「承知しました」
 サンチョは頷き、馬車の手綱を引いて絨毯に乗り込んだ。続いてリュカたちも絨毯の上に乗ると、リュカはグランマーズから聞いた絨毯を飛ばすための呪文を唱えた。
 すると、絨毯は上に何も乗っていないかのような、ふわりとした動きで宙に浮き上がった。
「うわっ、本当に浮いてるよ、お母さん!」
「これは不思議な!」
 ユーリルとサンチョが騒ぐ。絨毯は建物の二階ほどの高さまでで浮上を止めた。これ以上は高く浮かないらしい。しかし、砂丘や海を越えるには十分だ。
「それじゃあ、中央大陸まで飛ぶわ。だれか地図を出して、現在地をお願い」
 リュカが言うと、早速ピエールが地図を出して馬車の中から出てきた。
「現在地がここですから……北東やや東よりに進んでください」
「ん、わかった」
 リュカは頭の中で絨毯で行きたい方向を念じた。すすと、絨毯はそろそろとスピードを上げ、やがて馬車が全力疾走したときに数倍する速度で飛び始めた。
「わ……結構速い!」
 リュカは思いがけない速さにびっくりした。いろいろな乗り物に乗ったことがある彼女も、この速度は未体験。横を砂丘の端やところどころにある要塞のような大岩がかすめて行くと、かなり怖いものがある。
 一方、子供たちははしゃいでいた。
「すごーい! はやいー!」
「楽しいー!!」
 無邪気に絨毯の先頭で叫ぶユーリルとシンシアを見ていると、そう言うところは歳相応に子供だな、とリュカは思った。
 一時間ほどで絨毯はテルパドールの砂漠を越え、海に出た。進路を北に変えて、波の上を滑るようにして飛ぶ事数時間。前方に陸地の影が見えた。
「あれが中央大陸……」
 リュカは息を呑んだ。世界中の大陸からほぼ等距離にあり、地図上でも真ん中に描かれる事からそう呼ばれるこの大陸は、しかし人跡未踏の秘境としても知られている。かつては小さな島で、天空の勇者と導かれし者たちが、気球によって冒険の終盤に訪れた。天空への塔と、地底奥深くの魔界に通じる大迷宮。二つの異界への通路があり、彼らの旅路の中でも、とりわけ苦しい戦いが行われた場所のひとつである。
 世界樹の倒壊後、地殻変動によって島はセントベレス山が聳え立つ大陸と化したが、依然として危険な魔境である事に変わりは無い。わかっているのは大陸の輪郭程度で、海岸線をどこまで行っても岩礁や切り立った断崖が上陸を阻むため、足を踏み入れた者はほとんどいないのだ。
 接近してみると、今も海岸線はちょっとした城の城壁ほどもある断崖になっていて、絨毯では乗り越えられない高さのため、リュカは海岸線に沿って絨毯を飛ばした。やがて日が傾く頃、次第に断崖は低くなり始め、とうとう絨毯でも越えられそうな高さになったが、海岸線のすぐ傍まで森が迫っているため、リュカは内陸へ行けそうなところを探して、なおも絨毯を海岸線に沿って飛ばした。
 そして、ほぼ日が沈んだ時、とうとう森が切れ、砂浜に沿って広い平地が現れた。沖合いに岩礁が無ければ、街を作っても発展させられそうな土地だった。
「今日はいったんここで降りて、キャンプをしよう」
 リュカはそう言って、絨毯を静かに砂浜に着地させた。流石に夜間の飛行は危険だし、長時間風に当たり続けて疲れていた。
「では、私たちはテントの用意をします」
 サンチョとピピンが砂浜に手際よくキャンプの用意を整え、ビアンカが火を起こして夕食の準備に取り掛かる。その間に仲間たちは四方に散り、魔物の襲撃を警戒した。プックルをはじめ、彼らの五感は夜の闇の中でもそれほど妨げられない。
 パンとあぶった干し肉だけと言う簡素な食事を済ませると、リュカは子供たちを寝かしつけ、自分は仲間たちと一緒に交代で仮眠をとった。並みの野生生物はともかく、魔物は別に火など恐れないため、警戒は必要なのだ。
 夜の闇の中、潮騒に混じって遠くでギャアギャアと言う獣の鳴き声が聞こえ、リュカと一緒に番をしているピピンは、その度にすばやくそちらに槍を向け、警戒の姿勢をとった。一見緊張しているようにも見えるが、意外とその顔は落ち着いている。仕えるべき王家の人々と一緒と言う事で、気合が入っているのだろう。
「ピピン、ちょっと警戒しすぎじゃないかな?」
 もっと楽にしていいよ、と言うリュカに、ピピンは恥ずかしげに頭をかいた。
「いや、申し訳ありません。こっちにすぐ襲い掛かってくる、と言うものでもないんでしょうが、近衛兵としては、やはり殿下の前ではだらけた姿は見せられません」
 リュカはその生真面目さに苦笑した。
「わたしはそんなにうるさく言うつもりは無いから、大丈夫。見張りと言っても多少は力を抜いてないと、疲れちゃうよ?」
 重ねて楽にするように言うと、ピピンはではお言葉に甘えて、と槍を立てて楽な姿勢をとった。
「それでも、我ら近衛兵としては、先代のパパス王様や姫様が、サンチョ殿だけを連れて旅に出た事に、忸怩たる思いがある事は、どうかお知りください。我々は王族の方々を守るのがその役目。どうか、もっと我らをお頼りください」
 リュカはピピンの真剣な口調に頷いた。今回も、自分たちが石になっている間、グランバニアの人々は協力して世界中を探索し、エルヘブンや王者のマントなどを持ち帰ったのだ。リュカたちだけでは、それらが簡単に見つけられたかどうかは怪しい。それでも……
「でも、皆を危険に晒して、何のお返しも出来ないのは……ちょっと辛いかな」
 リュカが言うと、ピピンは怒ったような口調になった。
「何を仰いますか。我らグランバニアの民にとっては、姫様の旅を助ける事は、大いなる名誉ですよ。多少の危険など気にもしません。それに、姫様の旅が無事成った暁には、世界の平和が保たれるのです。これほどのお返しはありません」
 その言葉に、リュカは胸を突かれた。身分を隠して育ったことで、庶民的な感覚が強く、自分が王族であると言う自覚の不足しているリュカにとって、王族のする事に庶民は期待しているのだ、と言う指摘は新鮮なものだった。自分のする事が、ピピンをはじめとする人々の幸せに通じると、そう自信があるのなら、助力を請う事を恥じる事などないのだ。
「……ごめんね、ピピン。わたしはまだちょっと自覚が足りないみたい。これからも傍で助けてね?」
 リュカの言葉に、ピピンは真っ赤になった。
「いえ! こちらこそ臣下の分際で出過ぎた事を申しました。申し訳ありません!」
 謝らなくて良いのに、と宥めるリュカ。こうして、夜は更けていった。
(続く)


-あとがき-
 ピピンのキャラ掘り下げの巻。会話システムの付いたリメイク版では割とお気楽なキャラみたいですが、SFC時代からのイメージでは真面目なお兄さんです。
 



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第五十八話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/14 21:08
 翌朝、リュカが仮眠を取っていると、飛び込んできたビアンカの声に目が覚めた。
「リュカ! 起きて! 大変よ!!」
「ん……? どうしたんですか、ビアンカお姉さん」
 リュカが目を擦りながら起こすと、とにかく見て、とビアンカに強引にテントの外に連れ出された。
「ほら、あれ!」
 ビアンカが指差す方向を見ると、キャンプしていた草原を囲む森の向こうに、巨大な建物の先端部分が見えていた。神殿を積み重ねたようなそれは……


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第五十八話 天空の塔での出会い


「天空の塔!」
 リュカは叫んだ。昨日はもう真っ暗だったので、塔があることに気がつかなかったのだ。
「ええ、間違いないわ。急いで行ってみましょう」
 ビアンカの言葉に従い、一行はすぐにキャンプを片付け、森の奥、塔のあるほうへ向けて出発した。昼前には塔の傍に近づいたのだが、しかし……
「……これは酷い。もうただの廃墟ですな」
 サンチョが言う。かつて山よりも高く、雲の上にまで伸びていたという天空の塔だが、今はデモンズタワーと比較してもさほど高いとはいえない。何が起きたのかは不明だが、途中で折れてしまったらしく、その残骸が塔を中心に四方に飛び散っていた。入り口の階段はまだ何とか残っているが、何時崩れるかわからないほど朽ちてしまっている。
「それでも行くしかないわ。ちょっと怖いけど」
 リュカは言った。幸い、塔の中に邪気は感じられない。こんな何時崩れるかわからない塔をねぐらにするような魔物はいないのだろう。万が一に備え、リュカ以外では二人の子供に、身の軽いビアンカと、空を飛べるメッキーとホイミンと言うパーティ構成で突入隊を組み、そろそろと階段を登り始めた。
 崩壊しているとは言え、残っている部分だけでも、天空の塔は「荘厳」と言うに相応しい建物だった。三本の巨大な柱を正三角形に立て、それを台座として無数の神殿を積み重ねたような外見を持っている。かつて勇者が登った頃は、どれほどの威容だったのだろうか。
 しかし、中は見る影も無く荒れ果てていた。柱が折れ、天井が抜けていたりする。床のくぼみには吹き込んだ雨水が溜まり、澱んだ緑色になっていた。魔物はいないが、水溜りから湧いた虫や住み着いたヤモリらしき影が壁を伝っていくのが見えたりする。
「酷いわねぇ……掃除したくなっちゃうわ」
 ビアンカが言うと、シンシアがユーリルをつついた。
「お兄様も、少しは部屋を掃除しないと、こうなりますよ?」
「いくらなんでも、ここまで酷くはないよ!?」
 ユーリルが言い返す。そんな会話をしつつ、一行は塔を登っていった。予想通り魔物の襲撃は無く、落ちた階段や天井に行く手を阻まれつつも、なんとか上へ進む事ができた。
 登り始めて半日、そろそろ日暮れが近づく頃、一行は現在行ける最高点らしい部分に到達した。ここで塔が折れたらしく、それ自体一つの塔に近い太さを持つ三本の主柱がことごとく折れ、無残な断面を晒している。部屋の天井も崩落に巻き込まれ、空が見渡せた。ここ中央大陸ではセントベレスにぶつかる風のために、ほぼ一年中曇り空が続き、ほとんど青空が見渡せない。この日も、空は一面の雲で覆われていた。
「何も手がかりは無し、か……」
 ビアンカが少しガッカリした口調で言う。
「この近くに、かつて勇者が訪れたゴットサイドの街も、遺跡になって眠っていると聞きます。そっちをあたってみては?」
 メッキーが言った。もっとも、この噂を確かめた人はいない。伝説にそう言う街が出てくるから、今は遺跡になっているのではないか、と思われているだけだ。
 しかし、その時だった。
「お母さん、こっちに人が!」
 ユーリルの声が聞こえた。リュカたちは顔を見合わせ、急いでその方向へ走った。ユーリルとシンシアが手招きする場所に着くと、柱にもたれるように、男とも女とも着かない中性的な美貌を持つ人物が立っていた。
「像……ではないようね」
 その人物は目を閉じ、身動き一つしない。しかし、リュカが触れた瞬間、その人物の体が淡い光に包まれた。
「!?」
 驚いて飛び退る一行。ビアンカとメッキーは戦う姿勢を見せる。しかし、その光は数秒で消え、その人物は目を開けた。
「むぅ……とうとう同胞が来たか……?」
 声からするに、男性らしい。彼は辺りを見回し、リュカたちに気付いた。
「……そなたたちは? 私が目覚めたと言う事は、どうやらそなたたちも天空人の血筋を引いているようだが……どう見ても地上人だな」
 そこで、リュカは挨拶をした。
「わたしはリュカと言います。僅かではありますが、天空人の血を引いています。こちらはわたしの子供と仲間たち」
「これは申し遅れた。私はユージス。天空人だ……」
 ユージスと名乗った天空人は、リュカたちを一人一人確認して、ユーリルに目を留めた瞬間、驚きに目を見開いた。
「この子は……天空の装備を身に着けているということは、まさか天空の勇者!?」

 一行は塔の上でこの日の夜を迎えた。辺りの瓦礫から燃える物を集めて火を焚き、それを囲んで話が始まった。
「なるほど。勇者の血筋は健在であったか……これで少しは希望が持てるというものだ」
 ユージスはリュカの家族たちの存在を喜んだ。そして、リュカたちもユージスに尋ねたいことがあった。
「ユージスさん、この塔は何故崩れてしまったのですか? エルヘブンでは天空の城が落ちたと言う話も聞きましたが」
 そうリュカに問われ、ユージスは昔の事を語り始めた。
「あれは、三百年ほど昔の出来事だ。当時、魔族が一時的に勢力を盛り返し、我々天空界に戦いを挑んできた事があったのだ……」
 天空の勇者に魔王デスピサロと地獄の帝王エスタークと言う巨頭たちを討たれ、魔族の勢力は大きく減退した。しかし、新たな魔王が現れ、まずは邪魔な天空界を攻め滅ぼそうとした。
「仮に、魔族が人間界と戦うのであれば、新たな勇者がその時現れただろう。だが、魔王は人間界には目もくれず、天空界を滅ぼす事に専念したのだ」
 ユージスは言った。天空界の助力さえなければ、人間界など何時でも滅ぼせる。魔王はそう割り切って、天空界へ攻撃を加えてきた。デスピサロの遺産であった魔神像をデモンズタワーに作り変え、天空城に激しい砲撃を浴びせてきたのである。
「我々天空人は、肉体的にはさほど強くは無い。魔族の攻撃で多くの犠牲者を出し、ついにマスタードラゴン様ご自身が、魔王と自ら戦うと決断し、出陣された。私も、その時選ばれて共に出陣した一人だった」
 マスタードラゴンと魔王は激しい戦いを演じ、その凄まじい戦いは天地を裂き、大地の形を変えるほどだったという。
「勝ったのはマスタードラゴン様であった。魔王は地獄に封じ込められたが……天空城もデモンズタワーの攻撃に耐え切れず、天より落ちて湖に沈んでしまったのだ……」
 ユージスは無念極まりない、と言う口調で言った。
「以来、マスタードラゴン様と生き残った我々天空人は、天空の城を蘇らせる方法を探して、世界に散った。何かあった場合、この塔に集合すると言う約束で。私はどうしても方法を見つけられず、仲間と合流しようと、ここで五十年ほど、時を止めて眠っていたのだ」
 ユージスの事情に、リュカたちは溜息をつく。
「そんな戦いがあったなんて……マーリンさんから、少し事情は聞いていましたが」
 リュカが言うと、ユージスは感慨深そうに言った。
「そうだろうな。エルヘブンの民以外で、この戦いを知っている者は、人間にはほとんどいないだろう」
 ユージスはそう言うと、リュカの顔を見た。
「湖の傍で、落ちた天空の城に何とか辿り着こうと、地面を掘り返していた仲間がいた。もしかしたら、今もまだいるかもしれない。私をそこに連れて行ってくれないか?」
「それは構いませんが……ここは良いんですか?」
 また仲間が来るかもしれない、という質問に、ユージスは首を横に振った。
「長い間待っていても、誰も来なかったのだ。私以外はまだ諦めていないのだろう……だから、私ももう一度やってみたいんだ」
 リュカは頷いた。
「わかりました。よろしくお願いしますね、ユージスさん」
「ああ、こちらこそよろしく」
 ユージスは頭を下げた。

 こうして、彼を仲間に加えたリュカたちは翌日塔を降り、いったんグランバニアへ戻った後、魔法の絨毯でエルヘブンの南を目指した。未だ灰色のガスに覆われた、不気味なデモンズタワーの横を通り過ぎる時、リュカの胸は僅かに痛んだ。今彼がそこにいない事を知ってはいても、やはり謝罪の言葉が胸を過ぎった。
(ヘンリー……ごめんね。きっと、助けに行くから。だから、待っていて……)
 デモンズタワーはあっという間に視界の外に去っていったが、リュカはじっとその方向を見つめ続けていた。
 しかし、海を渡り、天空城が沈んでいる湖に近づく頃には、リュカはもう前だけを見つめていた。やがて、中心部に向けて半島の突き出した、大きな湖が見えてきた。
 この湖は特に名前はついていないが、近くに街はなく、澄んだ水を満々と湛えた美しい湖だった。岸辺にたって見おろすと、確かに深い水底に、建物のような直線的な影が揺らめくのが見えた。
「……おお……懐かしい」
 ユージスには見えているらしく、揺らめく影を見て涙を流している。そこへビアンカが尋ねた。
「それで、仲間は何処に?」
 相手が天空人でも、敬語付きなどで喋らない所が、ビアンカらしいところである。ユージスは涙を拭いた。
「失礼、少し感極まって……仲間がいるはずなのはこっちだ」
 ユージスに案内されて、一行は湖畔を歩く。行き着いた先は半島部の先端だった。少し広くなっていて、元々は島だったのが、砂州で湖岸と繋がったような感じの地形だった。中心部にごつごつした岩山があるだけで、地下への入り口らしきものは見当たらない。
「ユージスさん、ここで良いんですか?」
 リュカが聞くと、ユージスは頷いて、ゆったりした上衣の中から一本の杖を取り出した。赤黒い岩を削りだしたような外見で、天空人が持つにはややゴツイ作りである。
「魔物が進入してこないように、普段は閉じてあったはずだ。少し揺れるので気をつけてくれ」
 そう言うと、ユージスは杖を振りかぶった。
「大地の精よ、わが呼びかけに応えたまえ。大地の血脈の力もて、道を切り開かん!」
 ユージスがそう呪文を唱えると同時に、大地が僅かに揺れ始めた。その揺れ方は、リュカやマーリンには身に覚えのあるものだった。
「こ、この揺れ方は……」
「まさか噴火!?」
 二人が言うと同時に、小さな丘程度の岩山が、いきなり爆発した。噴煙があがり、飛び散った岩と火山灰がざあっと音を立てて湖面を叩く。一瞬大惨事を覚悟したリュカたちだったが、意外にもそれだけでまた何事もなく、辺りは静まり返った。
「心配ない。これはマグマの杖。一時的に周囲の大地の精霊力を操る杖だ。見たまえ」
 ユージスが杖を仕舞って指差す方向には、さっきまでの岩山がざっくりと裂け、その奥に通じる巨大な洞窟が広がっていた。
「なるほど……でもびっくりするじゃないですか。次は、もっと早く教えてください」
 リュカが言うと、ユージスは頭を掻いた。
「申し訳ない。ともかく、これで奥へ進めるはずだ。行こう」
 その言葉に応え、リュカたちは洞窟の奥へと踏み込んで行った。


-あとがき-
 天空の城が落ちた理由について、思い切り捏造しました。
 いや、だって原作のは情けなさ過ぎるじゃないですか……マスタードラゴンが人間になって遊んでいる間に、修理し忘れてた床からゴールドオーブが落っこちたとか。
 いくらなんでもあれは無いですよ……



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第五十九話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/15 20:39
 洞窟に全員が入ったところで、ユージスはマグマの杖をまた使い、洞窟の入り口を閉鎖した。その間にリュカたちはランタンやたいまつを準備し、辺りを照らし出す。すると、そこには鈍く光る鉄のレールが走っていた。
「お母さん、これ何だろう?」
 ユーリルが好奇心を剥き出しにして聞くが、その時リュカは忌まわしい思い出を呼び起こされていた。そう、リュカはこれと同じものを、奴隷だった頃に見た事があったのだ。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第五十九話 謎の男プサン


「これは、トロッコと言うものだ」
 押し黙るリュカの代わりに答えたのは、ユージスだった。
「このレールの上に台車を走らせて、掘った土や石を外に運び出すのだ。さっき、湖の端から入り口まで渡ってきたが、あの砂州はこれで運んだ土砂で出来たんだろうな」
「???」
 ユーリルは良くわからない、と言う表情だったが、シンシアは理解したらしい。
「素晴らしい仕掛けですね。台車はどうやって走っているのですか? 魔法?」
「動力は魔法を使うな。しかし、このトロッコは随分長く使われていないようだ。仲間は、もう掘るのをやめてしまったのだろうか……?」
 ユージスが答える。そう言えば、トロッコのレールはところどころ錆が浮いていて、少しみすぼらしい。しかし、子供たちには興味を引くものだったようで、まだユージスに質問を浴びせていた。
 一方、ビアンカやサンチョは、リュカの沈黙の意味に気付いたらしい。
「リュカ……大丈夫?」
「姫様、どうかしたのですか?」
 リュカは首を振った。
「ううん。大丈夫……ただ、ちょっと昔を思い出しただけ」
 奴隷時代、トロッコは大神殿の建設にも活用されていた。地下深くから切り出した石や土砂を運び出していたのだ。安全など全く考えていない乗り物だったから、奴隷がたまに撥ね飛ばされて死んだり、重傷を負ったりすることもあったから、轟音を上げて走り回るトロッコは、多くの奴隷たちにとって恐怖の対象だった。
 そう言う記憶を、細かく説明したわけではない。しかし、ビアンカもサンチョも、リュカがこれを何処で見たのか、なんとなく悟りはしたようだった。
「……大丈夫よ、リュカ。このトロッコは悪いものではないわ」
 ビアンカはリュカを背後から抱きしめ、優しく諭すように言う。リュカは目を閉じ、ビアンカの言葉と体温を感じ取る事で、落ち着きを取り戻した。
「うん、大丈夫……もう大丈夫よ、ビアンカお姉さん」
 リュカは目を開き、ユージスと共に先に進んでいった子供たちを追って歩き始めた。それを見て、ビアンカとサンチョは顔を見合わせて笑った。
「ありがとう、ビアンカさん。姫様の不安を取ってくださって」
 サンチョが言うと、ビアンカはいいのよ、と手を振って答えた。
「例え先に結婚してて、子供が出来てても、リュカは私の妹ですもの。姉として妹を助けるのは当然よ」
 そう言ってから、ビアンカは溜息をついた。
「それにしても、リュカはやっぱりまだ若いわねー。肌もすべすべで、身体も張りがあるし。あの娘が石になっている間の八年間で、私の方だけ年取っちゃったからなぁ……」
 やはりビアンカも女性で、若さは気になるようだ。八年前、彼女とリュカの年齢差は二歳だったが、今は実質十歳。差が付いてしまった事に対する焦りはある。しかし、サンチョは言った。
「私は気にしませんがねぇ。若さだけが女性の価値じゃありませんよ。ビアンカさんにはビアンカさんの素晴らしさがあるし、私はそこが好きなんですから」
 婚約者の言葉に、ビアンカは笑顔で頷いた。
「ありがとう、サンチョさん。あなたのそう言う優しさが好きよ」
 仲間たちの手前、それ以上の行為……キス等はしなかったが、この二人はこの二人で、間違いなく愛を深めあっていた。それを見て、オークスが相棒のメッキーに言う。
「人間とはいいものだな。マーサ様は、我々も人間になれると言っていたが……リュカ様がマーサ様を助け出す事ができたら、我々も人間を目指そうか」
「そうだな、魔物の私たちにも、夢を見る権利はあるさ。マーサ様とリュカ様は、その希望を我らに与えてくださる存在だ。守らねばな」
 二人の会話に、仲間たちが大きく頷く。人々の愛情は、彼らに間違いなくよい影響を与えていた。
 
 洞窟の奥に進むと、最初は一本道だったのが、次第に分岐が増えてきた。別にここは鉱山ではないが、やはり堅い掘りにくい地盤よりも、柔らかい所を選んで掘り進んだ結果、そうなったらしい。それにしても、一体どれだけの人数で掘ったのか、と思わせる大洞窟である。その事をリュカがユージスに聞いてみると、彼は顎に手を当てた。
「そうだな……ここを掘ると言ったのは一人だけだよ。だが、彼はゴーレムやストーンマンと言った、擬似魔法生命を作って手伝わせていたんじゃないかな。そう、あんな感じで」
「え?」
 ユージスが指差した方向に、ストーンマンが十数体、座り込むような形で置いてあった。ゴーレムと同種の魔法生命体だが、より固い石で作ってあり、力も強い。そして、リュカたちが近づいてきたのに気付いたのか、それらは目を光らせてゆっくりと立ち上がり始めた。
「う、動いた!」
 ピピンが言うと、それに反応したか、ストーンマンの大群はリュカたちのほうに向かってきた。
「あの、ユージスさん、あれ、襲ってくるって事は無いですよね?」
 サンチョがユージスに聞くと、ユージスは首を縦に振った。
「そりゃもちろん……作ったのは私の同族だからな」
 人間に危害を加えるような作りになっているはずがない、とユージスは太鼓判を押そうとしたのだが。
「危ない!」
 ストーンマンが一瞬前までユージスがいたところに、腕を振り下ろしていた。ズシン、と言う轟音が洞窟を揺るがす。もしリュカが服の裾を持って引っ張らなかったら、ユージスはストーンマンの豪腕で殴られ、潰れたトマトのようになっていただろう。
「な、どうなってるんだ!?」
 驚くユージスにシンシアが言った。
「このストーンマン、放って置かれてる間に邪気に取り憑かれてます!」
 それを裏付けるように、ストーンマンの目はゴレムスの青い、優しささえ感じさせる目とは異なり、爛々と真っ赤に輝き、破壊本能を暴走させている事がわかった。咄嗟に動いたのはサンチョとピピンである。
「せいや!」
「はあっ!」
 二人の槍が、先頭のストーンマンに直撃する。しかし。
「か、堅い!」
「くっ、手が痺れて……!」
 慌てて退く二人。並みの魔物なら今の一撃で急所を貫かれていただろうが、ストーンマンの堅い石の身体には通用しなかった。ならばとシンシアとピエールが魔法を叩き込む。
「イオラ!」
「イオラっ!」
 ストーンマンの群れが爆炎に包み込まれたが、彼らは軽く身体を揺るがせただけで、気にした様子も無く迫ってくる。これはまずいとリュカは判断した。
「みんな、逃げよう!」
 一体や二体なら余裕で倒せるだろうが、十数体と言うのは相手が悪すぎる。リュカたちは回れ右して逃げ出したが、ストーンマンも鈍重な外見によらず、ドシドシと音を立てて追ってきた。
 追いかけっこを演じる事しばし。ふと、サンチョは前方に数両編成のトロッコが止まっているのに気がついた。都合の良いことに、一台は板台車で馬車も載せられそうだ。彼は叫んだ。
「皆さん、あれに乗って逃げましょう!」
 そして、自ら先頭車両に飛び乗り、ユージスを引っ張り挙げた。それを見て、ビアンカが続き、ユーリルとシンシアも飛び乗った。
「お母さん、早く!」
「う、うん」
 少し躊躇いがあったが、リュカは子供たちと同じトロッコに乗り込んだ。ピピンが先導して馬車を板台車に載せ、すばやく車止めをかます。その間、ブラウン、ピエールとオークスが殿に立って、ストーンマンの進撃を食い止めた。
「OKだ! 早く乗って!!」
 ピピンの作業終了の合図を受けて、ピエールが牽制のイオラをストーンマンの群れに撃ち込むと、三匹は急いでトロッコに乗り込んだ。その間にユージスがサンチョに操作方法を教えていた。
「そのレバーを押し込め!」
「こうですな!?」
 サンチョが先頭車両についていたレバーを進行方向に倒すと、トロッコはがくん、と言う振動と共に動き出した。最初は生まれたてのスライム並みに遅かったが、一度スピードが乗り始めると、たちまち馬よりも速くなり、ストーンマンの群れを大きく引き離した。
「ほほう! これはなかなか楽しいですな!!」
 操縦を担当するサンチョはノリノリでレバーを引いたり押したりしているが、馬車が落ちないようにしているピピンはかなり青ざめた顔をしていた。リュカはと言うと、スピード自体は魔法の絨毯よりも遅い程度だと感覚的にはわかったものの、周りが洞窟なせいで、体感スピードはかなり上であり、怖く感じられた。子供たちをぎゅっと抱きしめ、カーブで投げ出されないように身体に力を入れる。
 しかし、母の心子知らずで、子供たちは大喜びだった。
「すごーい!」
「はやーい!」
 歓声と共に、トロッコは洞窟の奥へ奥へと進んでいく。そのうち、広い空間が出現した。掘ったものではなく、自然の空洞にぶつかった後らしい。あちこちに試行錯誤した後の坑道があり、それらをレールが繋いでいる。真ん中には、今リュカたちが来たものを含め、全てのレールに通じる環状線があり……
 その上を、一台のトロッコが高速で周回していた。
「!!」
 全員が硬直する。サンチョは慌ててブレーキをかけ、車輪とレールの間に火花が散った。急速に速度が衰えていくが……間に合わずに、リュカたちのトロッコは周回中のそれと正面衝突した。
「あーれーっ!!」
 そんな間抜けな声と共に、リュカたちの頭上をトロッコが吹っ飛んでいく。リュカたちのトロッコの方が重かったので、相手のトロッコだけが吹き飛ばされたようだが……どうやら誰かが乗っていたらしい。
「た、大変!」
 ようやく止まったトロッコから、リュカは慌てて飛び降りると、吹き飛んだトロッコに駆け寄った。そばに中年の男性が目を回しながら倒れている。幸い、大怪我はないようだが、念のためリュカは回復呪文を使った。
「ベホマ!」
 眩しいほどの回復の光が相手を包み込み、男性は目を開いた。
「う、うーむ……はっ、こ、ここは!?」
 キョロキョロと辺りを見回す様は、悪人には見えない。邪気も感じられない。どうやら普通の人のようなので、リュカは笑顔で声をかけた。
「あなたはトロッコでぐるぐると一箇所を回ってたみたいですよ。そこにわたしたちのトロッコがぶつかってしまったみたいで……ごめんなさい」
 そう言う頃には、停車したトロッコから、皆が飛び降りて回りに集まっていた。男性は頭を掻きながら立ち上がった。
「そう言う事でしたか。いやいや、礼を言わせてもらいますよ。ポイントを切り替えていなかったもので、トロッコから降りられず二十年ほど、あそこを回っていたものですから」
 一瞬、場に沈黙が落ちた。何か聞き捨てならない言葉を聞いたような気がする。二十年……? その訝しげな雰囲気をものともせず、男性は自己紹介した。
「おっと、申し遅れました。私は天空人のプサンと申します。この洞窟を通れば天空城に行ける、との事でここまで来たのですが……あなた方は?」
「わたしはリュカ。こちらはわたしの子供と仲間たちです」
 リュカは自己紹介を返しつつ、プサンを見た。明らかに一般人とは違う雰囲気のユージスと異なり、プサンはどう見ても地上人のようだ。格好もカジノのディーラーのような服装で、威厳も何もない。そのリュカの内心を代弁するように、ユージスが進み出た。
「何者だ? お主は。天空人にプサンなどと言う名前の者はいなかったぞ」
 すると、プサンはおお、と懐かしそうな声を上げた。
「ユージス、ユージスじゃありませんか。マグマ使いの。いやぁ懐かしい」
 ユージスが酢を飲んだような表情になった。知らない相手が自分を知っている事にショックを受けたらしい。
「……な、何者だ、お主」
「だから、天空人のプサンですよ。まぁ、そのうち思い出します」
 プサンはそう言うと、ズボンの埃を払った。
「ユージスがいるとなると、あなた方も天空城へ行くようですね……どうやら、宿命の子もいるようだ」
 プサンは柔和な目でユーリルを見つめた。一見してユーリルが勇者だと見抜く辺り、やはり只者ではないらしい。疑わしい面がないではないが、リュカはプサンと同行することにした。
「ええ。プサンさんも一緒に行きますか?」
「構いませんか? いやぁ、助かります」
 プサンがわっはっは、と気楽そうに笑う。リュカは仲間たちを見た。
「いいよね? プサンさんは悪い人じゃなさそうだし」
「構いませんよ」
「ボクはいいと思うよ」
「私もお母様に賛成です」
「いいんじゃない?」
「殿下のご判断に従います」
 サンチョ、ユーリル、シンシア、ビアンカ、ピピンは文句無く賛同した。この五人はリュカの人を見る目に絶対の信頼を置いている。
「ワシは構わんぞ」
「リュカ様の御心どおりに」
「俺は異存ない」
「私も」
 喋れる仲間のマーリン、ピエール、オークス、メッキーにも文句は無かった。ちなみにシーザーは城で待機中である。問題はユージスだった。彼だけはプサンを胡散臭げな目で見ていたが、最終的には頷いた。
「まぁ、良かろう……しかし、怪しげな真似はするなよ?」
 ユージスが釘を刺すと、プサンはもちろんですとも、と鷹揚に笑った。
(続く)


-あとがき-
 プサン登場。まぁ、今となってはみんなこの人の正体を知ってるわけですが……
 怪しいですよね、ほんと。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第六十話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/16 00:25
「では、参りましょう……よっと」
 プサンはレールの切り替えポイントの一つに歩み寄ると、それをガチャリと切り替えた。
「ここを切り替え忘れたばかりに、二十年間回り通しだったんですよねぇ……はっはっは。ですが、これで先へ進めるはずです」
 それを聞いてリュカは尋ねた。
「プサンさんは、どれが正解のルートかご存知なんですか?」
「ええ。天空城の独特の雰囲気が伝わってきますからね。あの横穴が正解のルートです」
 プサンは頷いて、一つの横穴を指差す。切り替えたポイントからのレールはそこに通じていた。
「そうですか……じゃあ、みんなトロッコに乗って」
 リュカがそう促し、全員がトロッコに乗り込もうとした時だった。
 突然、ゴゴゴゴゴゴゴ、と言う地鳴りがして、リュカたちが来た穴からストーンマンの群れが現れた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第六十話 湖底の天空城


「うわっ、追ってきた!」
「しつこい人たちですね」
 ユーリルとシンシアが言う。しかし、次の瞬間天真爛漫な子供たち二人でさえ、顔を青ざめさせる光景が目に入った。ストーンマンの手に爆弾岩が握られている。足元にも爆弾岩がゴロゴロと転がっていた。ストーンマンはゆっくりと投擲の姿勢をとった。
「な、なんで爆弾岩があんなに!?」
 蒼白になるビアンカに、プサンがのんびりと言った。
「発破代わりじゃないですかねぇ」
「のんきに言ってる場合じゃないですよ! サンチョ、急いで!」
「は、はいーっ!!」
 サンチョが急いでトロッコを発車させる。同時にストーンマンが爆弾岩を投げ始めた。動き出したばかりのトロッコの直後に落ちた爆弾岩が大爆発を起こし、レールを吹き飛ばす。間一髪だ。しかし、後から後から爆弾岩は飛んでくる。爆発が噴き上げる土砂と岩の欠片を浴びながら、トロッコは走った。しかし、スピードが乗る前に頭上を飛び越えた爆弾岩が前方で大爆発した。トロッコの路盤がすり鉢状に抉られ、レールがまくれ上がる。
「うわあ! ブレーキが間に合わない!!」
「きゃーっ!!」
 一行の悲鳴を乗せて、トロッコが宙を舞う……が、どんな奇跡が起きたのか、トロッコはそのまま前方のまだ無事なレールの上に着地。数回バウンドしたものの、脱線する事も無く走り続けた。
「う、うそ……!」
 あまりの事に、ビアンカが飛び越えたばかりの爆心地を振り返る。しかし。
「あれ、これ別のレール?」
 リュカが言った。そう、トロッコは隣のレールに飛び移っていたのである。正解のルートではなく、その隣のルートへ。その横穴の入り口には立て札があり、こう書いてあった。
「危険。立ち入り禁止」
 リュカは叫んだ。
「サンチョさん、ブレーキブレーキーっ!!」
「りょ、了解!」
 サンチョはそう言ってレバーを引き……次の瞬間、それはバキンと音を立てて折れた。さっきの衝突や大ジャンプで、レバーが損傷していたらしい。
「ぬわーっ!?」
 目の玉が飛び出るほど驚くサンチョ。一方、他の仲間たちもパニック状態だ。
「サンチョ殿ーっ!?」
「何だこの展開はー!!」
「やり直しを要求するっ!!」
 仲間たちが真っ青な顔で叫ぶ中、今度はもっと青ざめる事が起きた。馬車の幌を貫いて、爆弾岩が直接落ちてきたのだ。
「どわああああ!!」
「ぎゃーっ! もうダメだー!!」
「ぴきー!!」
 たちまち阿鼻叫喚の巷と化す馬車内。リュカは咄嗟にエルヘブンで買ってきたばかりの鋼の鞭を手にした。
「お願い、爆発しないで……!!」
 そう祈りつつ、リュカは鋼の鞭を振り抜く。先端の分銅が今にもメガンテを唱えようとしていた爆弾岩の纏った邪気を砕き散らし、爆弾岩はごろりと転がって意識を失ったようだった。
「やったね、お母さん!」
「流石はお母様!」
 ユーリルとシンシアが、緊張のあまりズルズルと座り込むリュカに抱きつく。その間に、トップスピードに乗ったトロッコは横穴に入った。その直後、横穴の周りで何度か爆発が起こり天井が崩落を始めた。そう、まるでトロッコの後を追うように。
「ちょっ……」
「ど、どこまでピンチが続くのー!?」
 絶句するビアンカと、思わず叫ぶリュカ。後ろからは落盤。前は行き先不明。そして乗っているのは制御不能と化したトロッコ。まさに絶体絶命のピンチである。
「こうなったら、運を天に任せるしかないですね」
 この状況で、慌てず騒がすのんきに言うプサン。大物なのか、状況がわかってないのか、いずれにせよその態度は皆をますますヒートアップさせた。
「そんな事言ってる場合か……っ!?」
 しかし、ピエールが怒鳴ろうとして舌を噛んだので、誰も何も言えなかった。その間にも暴走するトロッコはますます速度を増し、揺れも激しくなって、誰も立つ事も喋る事もできない。たいまつやランタンの火も風圧で消えてしまったので、辺りは真っ暗で、トロッコが登っているのか、下っているのか、それとも落ちているのか、誰にもわからなくなってきた。
 一体どれだけ走ったのか、誰にもわからなかったが、ふと気付くと、周囲が明るくなってきていた。
(……この光は?)
 リュカは身を起こし、光が射し込んでいるらしい前方を見たが、そこに見えたのは……
「……水!?」
 少し先で線路が切れ、その先に大きな水溜りがあって、そこから光が洞内に射し込んでいたのだ。警告の声を発する暇も無く、次の瞬間、激しい衝撃と共にトロッコは水中に突っ込んでいた。リュカの意識はそこで途絶えた。

 頬に当たる水の感触で、リュカは目を覚ました。
「う……ここは……」
 上半身を起こし、ぶるぶると頭を振って、意識をはっきりさせようとする。目を開けると、青い、淡い光が頭上から降り注いでいた。見上げると、半球状の水のドームのようなものが、リュカが今いる場所を覆っていた。はるか頭上に水面があり、そこから日の光が射し込んでいる。そして、二本の大きな塔を持つ城。
「天空の……お城……?」
 リュカはそこまで言って、自分が何故ここに来たのかを思い出した。辺りを見回すと、階段の下で馬車が横倒しになっていて、その横で馬が困ったような表情で立っていた。どうやら怪我は無いらしい。
 その回りに、仲間たちが意識を失った状態で転がっていて、リュカの回りには人間の仲間たちが、まだ意識を失った状態で倒れていた。リュカはユーリルとシンシアから起こしにかかった。
 数分後、全員が目を覚ましたところで、リュカはユージスに尋ねた。
「ユージスさん、ここが天空城なんですか?」
 リュカの質問に、ユージスは喜びの涙を流しつつ頷いた。
「ああ、間違いない……! まさか無事に到着できるとは」
 しかし、その喜びの表情もすぐに曇る。デモンズタワーの砲撃と、その後の墜落によって、城はあちこちが破損していた。壁には大きな穴があき、塔も上の方がごっそりと崩れている。床は分厚い苔で覆われ、ここに落ちてからの長い年月を感じさせた。天空の塔と比較しても、この城の荒れ方は遜色が無かった。
「これは酷いな……ともかく、残った者たちがどうなったか、確かめなくては」
 ユージスが言った時、階段の上のほうから声がした。
「いえいえ、その必要はありませんよ」
 全員が見上げると、そこにいたのはプサンだった。いち早く意識を取り戻したのか、それとも意識を保ったままこの城に辿り着いたのか……どっちかはわからないが、先に城内を見て回っていたらしい。
「この城の天空人たちは、皆時を止めて眠っていました。城を再び蘇らせる事ができれば、彼らも目を覚ますでしょう。あの洞窟を掘っていたユースフも、玉座の間で眠っていましたよ」
 それを聞いて、ユージスはますます不審そうな表情になった。
「ユースフの事も知っているのか……? わからん。あの男は一体なんだ」
 その声が聞こえたのか聞こえてないのか、プサンは気にした様子も無く手招きをした。
「それより、城が墜落した理由がわかりました。皆さん、こちらへ来てください」
 それを聞いて、一行はプサンの後に続いて城の中へ入っていった。正面の扉を入って玉座の間に向かい、そこから階段を降りて行くと、二つの台座が据えられた部屋に到着した。向かって右の台座には、銀色の輝きを放つ宝珠が据えられていた。しかし、部屋の左側は大穴が開き、むちゃくちゃに壊れていて、台座自体半壊して傾いていた。
「ここは、天空の城の動力源とも言うべき、二つの宝珠の安置室です。どうやら、かつての魔族との戦いでこの部屋も被弾し、金の宝珠……ゴールドオーブのほうが地上に落下してしまったようですね。それで、城が支えきれなくなり墜落したのでしょう」
 それを聞いて、リュカとビアンカはあっと声を上げ、お互いの顔を見た。ゴールドオーブと言えば、まさか……
「ん? 何かご存知なのですか?」
 顔を上げるプサンに、リュカとビアンカは幼い時のレヌール城での冒険の事を話した。すると、プサンは興奮した表情で叫んだ。
「それは紛れも無くゴールドオーブです! それで、今オーブは何処に?」
 リュカは首を横に振った。
「わからないんです。わたしはそれから少し後、魔族に捕まって奴隷にされていたのですが、その時の持ち物はそれっきり……」
 その答えに、プサンの表情は曇った。
「ふむ……とりあえず、オーブの気を追跡してみましょう。まだ魔族が持っているなら、取り返す方法もあるかもしれません」
 そう言って、プサンは目を閉じ、意識を集中させた。しかし、しばらくしてその表情に初めて憤怒の色が浮かんだ。
「何と言う事を! 魔族め、オーブを壊しおったか!!」
 その怒声は部屋の空気をびりびりと震わせ、プックルの雄叫びの様にその場の者達を竦ませた……が、すぐにプサンは我に返った。
「はっ? こ、これは失礼。つい興奮してしまいました」
 プサンは場を和ませようと愛想笑いを浮かべたが、すぐに難しい表情に戻った。
「困った事に、リュカさん、あなたを捕らえた魔族は、オーブを破壊してしまっていました。これでは、この城を復活させる事はできません」
「ゲマが……? そうですか」
 リュカも眉をひそめる。恐らくヘンリーを連れ去った相手でもあるだろうゲマ。つくづく憎い相手だ。すると、ユージスが口を開いた。
「しかし、あれは妖精族の作ったもの。再び妖精族に頼めば、同じものが出来るのではないか?」
 プサンは頷いた。
「私も同じ事を考えていました。そこでリュカさん」
「あ、はい。なんですか?」
 プサンの呼びかけに顔を上げたリュカに、プサンは聞いてきた。
「あなたは、子供の頃に妖精界へ行ったそうですね。あなた自身も、祖先を辿れば妖精のようですが……もう一度、妖精界へ行く事はできませんか? 妖精の女王に事情を話し、新しいゴールドオーブを手に入れてきて欲しいのです」
「もう一度、ですか」
 リュカは考え込んだ。もう、妖精の世界へ行ったのは十八年も前の事だ。それに、妖精界へはベラに連れて行ってもらったのだし、自分では行き方がわからない……
「あ」
 そこまで思い出したところで、リュカは気がついた。ひょっとしたら、再び妖精界へ行く手段があるかもしれないことに。
「……出来るかもしれません。わかりました。やってみます」
 リュカの答えに、プサンは喜色を浮かべた。
「おお、やってくれますか! では、私はそれまでここで台座の修復をしていましょう。ユージス、手伝ってくれますね?」
「ん? う、うむ……と言うことで、私もここに残る。よろしく頼んだぞ」
 話を振られたユージスは頷いた。リュカは首を縦に振ると、手がかりのある場所にを思い浮かべ、ルーラの呪文を唱えた。
(続く)


-あとがき-
 今回はジェットコースターの如くピンチの連発。本当はこのダンジョンにはストーンマンも爆弾岩も出てこないんですが、演出という事で見逃してください。
 次回は過去へ行く話の始まりです。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第六十一話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/17 15:56
 リュカがルーラで向かった先は、懐かしいサンタローズの村だった。最後に訪れてから、もう九年。村の復興はかなり進んでいて、多くの建物が建て直されていた。
 しかし、まだ村人たちがそれほど戻ってきているわけではないらしい。行きかう人の多くは、建設に従事する職人たちや兵士で、リュカの見知った顔はいなかった。シスター・レナをはじめとする知り合いには後で挨拶をしようと思いながら、リュカはかつての自宅の裏に回った。
 そこには、九年前よりもさらに立派に成長し、堂々たる成木となって青葉を茂らせるリュカの木……妖精界の桜があった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第六十一話 再び妖精界へ


「お母様、この木は……」
 シンシアが何かを感じ取ったのだろう。そう問いかけてくるのにリュカは無言で頷き、幹に手を当てて、別れの際にポワンが言った事を思い出した。

「これは妖精界の桜の苗です。もし何時か、あなたが困った事があって私達妖精の力を借りたくなったら、この木のところへおいでなさい。きっと妖精界に導いてくれるでしょう」


 今がその時だろう。リュカは念じた。
(ポワン様、ベラ……もし、わたしの声が聞こえているのなら、答えてください……!)
 その時、桜の幹から暖かな波動がリュカの手に伝わったように感じた。そして、彼女の脳裏に声が響いた。
(リュカ、リュカなのですね?)
(ポワン様!)
 懐かしい、忘れ得ぬ声にリュカは心の中で返事をした。
(まぁ、やっぱり……懐かしいですね、リュカ。あなたがこうして話しかけてきたと言う事は、何か事情があるのですね?)
(はい、ポワン様。実は……)
 リュカが話そうとすると、ポワンにやんわりと止められた。
(まぁ、立ち話もなんです。久しぶりにおいでなさい、私達の国へ。妖精界へ!)
 次の瞬間、リュカの木が光り輝き、一行の視界を奪った。眩い光の中、リュカは何か柔らかい壁を突き抜けたような感じを覚え……気がつくと、そこは懐かしい風景だった。
 蓮の葉が浮かぶ澄んだ池の小島。向こうには、巨大な木をくりぬいて作ったような、ポワンの宮殿。そして、懐かしい顔がリュカたちを出迎えてくれた。
「リュカ!」
「ベラ! お久しぶり!!」
 ポワンの宮殿へ続く飛び石のところで、リュカは久しぶりにもう一人の親友と再会した。
「大人になっても、一目でリュカだってわかったわ。本当に懐かしいわね……この子たちがリュカの子供?」
 ベラが視線を向けた先には、ユーリルとシンシアの姿があった。
「ええ。ユーリル、シンシア、ご挨拶なさい」
 リュカが言うと、例によってユーリルは元気良く、シンシアは礼儀正しく挨拶する。ベラは微笑んでいい子ね、と言うと二人の頭を撫でた。
「私はベラ。昔、あなたたちのお母さんと一緒に冒険をしたのよ。よろしくね」
 そこへ、プックルがやってきて、ベラの前に座り込んだ。ベラはそれが誰かすぐに気付いたらしく、頭を撫で、喉をくすぐった。
「お久しぶり、プックル。あなたが一番変わったかしら。でも、相変わらず良い子ね」
 にゃあ、とプックルは鳴く。とは言え、彼ももう十八歳。キラーパンサーとしては青年を通り越してそろそろ大人であり、もう「良い子」とは呼ばれたくない年頃のようで、ちょっと不満そうな鳴き声だった。
「あっと、あまり懐かしがってばかりもいられないわね。ポワン様のところに行きましょう」
 ベラは用事を思い出し、一行を宮殿に誘った。そこでは、ポワンが玉座から立ってリュカを出迎えてくれた。
「いらっしゃい、リュカ。本当にお久しぶりね」
 ポワンはそう言ってリュカを抱擁した。
「はい、ポワン様もお元気そうで何よりです」
 リュカは笑顔を浮かべたが、ポワンはその笑顔の中の僅かな陰りを見逃さなかった。
「少し、悲しい目をするようになりましたね、リュカ」
「……そうですね」
 リュカは認めた。かつてポワンに出会った頃、まだ幼かったリュカは、悲しみや寂しさとは無縁だった。父やサンチョ、プックルが傍にいたし、サンタローズの村人は皆が家族のようなものだった。
 今は父を含め、多くの人が鬼籍に入り、その寂しさを埋めてくれていたヘンリーもまた、傍にいない。
「私があなたの力になる事で、少しでも補いになればいいのですが……今日はどのような用事で来たのですか?」
 ポワンの問いに、リュカは回想を振り払い、ゴールドオーブに関わる事情を話した。しかし、ポワンは困った表情になった。
「ゴールドオーブですか……確かに、あれは私の先代の妖精の女王が作ったものです。ですが、今は同じものを作る事はできません」
「何故ですか?」
 リュカが聞くと、ポワンは懐から何かを取り出した。それは、ゴールドオーブにそっくりな……しかし、やや光の弱い別のオーブだった。
「ゴールドオーブを作るには、ラーミア、またはレティスなどと呼ばれる、世界を飛び越える神鳥の羽根が必要なのです。ですが、今この世界にラーミアはいません。できるのは、この程度のフェイクです」
 リュカは肩を落とした。
「では、もう打つ手は無いのでしょうか?」
 すると、ポワンはリュカにフェイクのオーブを渡し、着いてくるように言った。リュカがそれに従って宮殿の奥へ行くと、そこは幾つもの絵を展示している、画廊のような部屋だった。
 その中に、リュカの目を引く一枚の絵があった。それは、幼い頃の自分とプックルを描いたもので、背景はサンタローズの村。ラインハット兵に攻撃されて滅びる前の、懐かしい村の風景だった。
「ポワン様、ここは?」
 リュカが聞くと、ポワンはリュカの絵の前に立った。
「ここにある絵は、皆妖精界に関わりの深い人を、記念して描かせた絵なのです。ただの絵ではなく、描かれた人の心を映し出した絵です」
 そう言われて、リュカは自分の絵を見る。幼い自分が、絵の中で屈託無く笑っている。自分にもこういう時代があったのだと言う事が信じられないくらい、絵の中のリュカには何の翳りも見られなかった。
「これ、お母さんの子供の頃なの……? 可愛いね」
「私はお母様似だと言われますが、こうして見ると、髪の長さと色くらいしか差がありませんね」
 ユーリルとシンシアが絵を見て感想を言った。サンチョとビアンカは何も言わない。おそらく、大人の二人は、今のリュカと絵の中のリュカの違いに気付いて、何も言えないのだろう。
 そうやって絵を見ているリュカに、ポワンは言った。
「リュカ……この絵はあなたの心、あなたの記憶そのものなのです。だから、あなたが望むなら……この絵は、あなたをここに描かれた時間と場所に連れて行ってくれるでしょう」
「……えっ?」
 リュカはポワンを見た。彼女の言った事を、頭の中で消化する。それは、つまり……
「そう、過去に行く事ができれば……本物のゴールドオーブと、そのフェイクのオーブを交換できれば、今の時代にゴールドオーブを蘇らせる事が出来ます」
 ポワンが言った。過去に行く事ができる。それならば、もしかして……
「お待ちください。と言うことは、パパス様にこれから起きる事を警告し、死の運命から逃れさせる事ができるのではありませんか?」
 リュカが言う前に、サンチョが身を乗り出すようにしてポワンに聞いた。そう、リュカも同じ事を考えていた。しかし、ポワンは悲しげに目を伏せ、首を横に振った。
「そう言うのではないかと思っていました。ですが、そのような事はしてはいけませんし、おそらくできないでしょう」
「何故ですか!?」
 サンチョが怒ったように言う。だが、リュカにはポワンの言おうとしている事が理解できた。それだけに悲しかった。そう、自分は父を救う事は決して出来ない。全ては、もう起きてしまった事なのだから。
「ダメよ、サンチョさん。ポワン様の言うとおりだわ」
 リュカの言葉に、サンチョは目をむいた。
「何故ですか、姫様! パパス様を、お父上を助けたいと思わないのですか!?」
 リュカは涙の滲んだ目で答えた。
「思う。心の底から思うわ。でも、きっと出来ない……父様は、他人の言葉で決心を揺るがすような事は無い人だったから」
 サンチョは言葉に詰まった。リュカの言うとおりだと彼は知っていた。それに、とリュカは言葉を続ける。
「父様を止めるという事は、父様にあって、これから起きる事を伝えると言う事。でも、わたしには出来ない……! 父様に、生きている父様にあったら、きっとわたしは自分を見失っちゃう……心が壊れてしまう……悲しくて、懐かしくて、嬉しくて、寂しくて……耐える自信が無いの……!!」
 リュカはぶるぶると身体を震わせ、その場にくずおれた。
「お母さん!」
「お母様!」
「リュカっ!!」
 ユーリル、シンシア、ビアンカが膝を突いたリュカを抱きしめるように駆け寄る。その光景を呆然と見ていたサンチョに、ポワンが言った。
「ゴールドオーブは、この絵の未来において、なんら歴史に役目を残すことなく消えて行きました。ですから、オーブの運命を変えることは出来ます。ですが……パパス様の運命を変えることは、この時代に繋がる全ての運命を変えることなのです」
 もしパパスがラインハットへ行かなければ、パパスは今も生きていたかもしれない。しかし、その代償としてヘンリーは死に、ラインハットは邪悪の傀儡とされる運命から逃れることなく、世界を滅亡に追いやるきっかけとなったかもしれない。
 では、もしパパスがラインハットから生きて帰れば? リュカもヘンリーも奴隷ではなかったとしたら?
 その場合、おそらくリュカとヘンリーは結ばれなかった。それはつまり……ユーリルもシンシアも、この世には生まれないと言う事。この世を救える宿命の勇者は生まれず、世界はいずれ滅亡の淵に……
 押し黙ったサンチョを他所に、リュカは思い浮かべるだけで心が壊れてしまいそうな、父との再会の可能性を封じ、立ち上がった。涙を拭いてポワンの方を向く。
「申し訳ありませんでした、ポワン様……それで、わたしはこの絵にどうすれば良いのでしょうか?」
「あ、そうでしたね……絵の前に立ち、心を開くのです」
 ポワンの言葉に頷き、リュカは絵と向かい合った。絵の中の、屈託無く笑う自分と目を合わせる。
(小さなリュカ……昔のわたし。どうか、わたしを導いて)
 そう念じた時、リュカは意識が眩しい光に包まれるのを感じていた。そして、彼女の姿は唐突に見ている人々の前から消え去った。
「お母さん!」
「お母様!?」
 狼狽する二人の子供を、屈み込んだビアンカが優しく抱きしめた。
「大丈夫よ……リュカはちょっとの間、旅立っただけ。すぐ帰ってくるわ」
 その時、それまで呆然としていたようだったサンチョが、ポワンに頭を下げた。
「申し訳ありませんでした、ポワン様。見苦しい所をお見せしまして」
 謝るサンチョに、ポワンは首を横に振って、謝罪は無用と言ったが、サンチョの言葉はまだ続いていた。
「そう……ですね。運命は変えられない。私は、その事を知っているはずでした」
 サンチョは絵に目をやった。
「なぜなら……訪ねて来られなかったのですから、姫様は」
 場に沈黙が落ちた。
(続く)


-あとがき-
 過去へ行ける絵の話は、妖精の城ではなくポワンの館にあると言うように変えました。あれは原作でも不可解な設定の一つだと思います。リュカとのつながりで言えば、ベラとポワンが一番深い訳ですから。
 次回は過去の自分に出会う話です。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第六十二話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/18 20:47
 肌を刺すような冷たい風に、リュカは意識を取り戻した。目を開ければ、そこにあるのは懐かしい、あまりにも懐かしい記憶の中の風景。
 一度滅びる前のサンタローズだった。立派だった宿屋。それほど肥えてはいないが、丹精こめて手入れされた畑。洞窟から流れ出す清流……全てが輝いているように、リュカには見えた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第六十二話 過去との再会


「ああ……」
 リュカは涙が溢れそうになったが、それをぐっとこらえて、家への道を歩き出した。途中、すれ違う男性たちがリュカに視線を止めるが、それを気にすることなく彼女は歩いた。そのうちに、次第に記憶が蘇ってきた。
 そう……今はベラがいたずらをして、何とか村人たちの気を引こうとしている時期。盗まれた春風のフルートを取り返すため、自分の姿が見える相手を探して奮闘している頃だ。軽く視線を左右に動かすと、農作業をしている村人のお弁当を盗み食いしているベラの姿が見えた。
 思わず苦笑がもれそうになったが、気付かれては困るので、リュカは見えないふりをして、武器屋に続く通りの橋を渡った。すぐそこに、家があった。現代では未だ建て直されていない、リュカとパパスとサンチョの家。
 グランバニアの壮大な城に比べると、何とささやかな家なのだろうと思う。何故、パパスはこの家を探索の拠点に選び、グランバニアではなくサンタローズに住もうと思ったのだろう。
(父様は、王様という地位より、母様とわたし、それにサンチョさん……四人で慎ましく暮らしていく事を、お望みだったのかもしれない)
 リュカはそう思った。誰もが羨む王族と言う地位も、実際に背負ってみれば重荷以外の何者でもない、と感じる事はしばしばあった。だから、パパスはマーサを助け出す事ができても、グランバニアへは帰らず、この村で暮らそうと考えていたのかもしれない。地位よりも、家族との暖かみに満ちた生活を求めていたのかもしれない。
 その考えを、今確かめようと思えば実行できるのだが、リュカはただ家を見つめたまま、動こうとはしなかった。遠い昔に永訣し、もう二度と会うことの叶わぬ父。それでも、何度再会したいと思った事だろう。その機会が、今目の前にある。生きている父が、手の届く所にいる。
 だが、出来ない。また父に会いたいと、そう求めてはいけない。それは……どんなに辛くとも、この時代から二十年近くを生きたリュカの現実、その全てを否定する行為だから。現実から逃げれば、リュカはもう二度と立ち上がる事も、旅を続ける事もできないだろう。
 だから、リュカはただ待った。記憶の中にある出会いを思い返して。そして、その時は来た。
 道の向こうから、グランバニアの地酒を詰めたビンを持った、小さな自分がやってくる。その傍につき従う小さなプックル。まだこれから訪れる過酷な運命を知らなかった頃の、無垢な自分。
 その小さなリュカが立ち止まり、首を傾げる。自分に気付いたのだろう。リュカは溢れそうな涙をこらえ、笑顔を作ると、過去の自分に声をかけた。
「こんにちわ」
「は、はい。こんにちわ……」
 小さなリュカが挨拶を返してくる。そう言えば、この時の自分は、目の前の女性が一体誰かわからず、困惑していたのだった。だが、その警戒を解いてくれたのは……
 小さなプックルが警戒を解き、リュカの足元にやってくる。彼女は屈みこみ、手を差し伸べた。プックルはふんふんと匂いを嗅ぎ、安心したようにリュカの手を舐めてくる。
「ふふ……可愛いわね……あら、くすぐったいわよ」
 リュカは小さなプックルの頭を撫でた。ゴロンと転がり、その手にじゃれ付くプックルを見て、小さなリュカが驚いている。
「プックルがわたしとビアンカお姉さん以外の人に懐くなんて……」
 そう言えば、この頃はまだ、プックルはリュカ以外の大人たちには、余り慣れていなかった。不思議そうに、小さなリュカがリュカの顔を見てくる。その腰に付けられた道具袋から、金色の光が一瞬漏れた。リュカはそれを指差して言った。
「あら、何か綺麗な宝石が入っているわね」
「え?」
 小さなリュカが道具袋を確認するのを見て、リュカは言葉を続けた。
「とても不思議な光ね。わたしにもちょっと見せてもらえるかしら?」
 困った表情を浮かべる小さなリュカ。そう、大事な思い出の品を、見知らぬ人に見せて大丈夫なのか、と思った記憶が蘇る。だから、その次に何を言えばいいのかもリュカは思い出していた。
「大丈夫。盗んだりなんかしないわ。わたしを信用して」
 ユーリルやシンシアを寝かせつける時を思い出し、リュカは優しい声で過去の自分に言った。ようやく、安心した表情を浮かべた小さなリュカが、ゴールドオーブを差し出してくる。リュカはそれを受け取ると、軽く手の中で回してみたり、日の光にかざしてみたりした。その動きを目で追っていた小さなリュカが、太陽の眩しさに一瞬目をそらす。その瞬間、リュカはゴールドオーブをフェイクのオーブとすりかえていた。
「ありがとう。本当に綺麗な宝石ね」
 リュカはそう言って、小さなリュカにフェイクのオーブを差し出した。それを受け取る子供の自分は、まるで疑う事を知らない無邪気な様子で、とうとうリュカはこらえきれず涙を目に溢れさせていた。
 ごめんなさい、昔のわたし。わたしは、これからあなたを……そして、大好きな父様を襲う過酷な運命を知っているのに、それを教える事ができない。
 許して、小さなリュカ。何も出来ないわたしを……どうか許して……!
「お姉さん、泣いているの……?」
 小さなリュカが、心配そうな表情で聞いてくる。リュカは笑顔を浮かべ、首を横に振った。
「え? ううん。大丈夫。ちょっとお日様の光が眩しかっただけ」
 そう答え、リュカはプックルを抱き起こし、小さなリュカの頭を撫でた。そして言う。過去の自分に、ただ一つできる事。それは……
「さようなら、小さなリュカ。何があっても……どんな辛い事があっても、決してくじけては駄目よ。そして、お父さんとお友達を大事にしてね」
 過去の自分への励ましの言葉。それを言い終えると同時に、リュカは目を閉じ、心の中で自分に言い聞かせるように繰り返した。
(さようなら、父様。わたしは……帰ります。そして歩いていきます。明日へ。未来へ。だから、見守っていてください)
「え? お姉さん、どうしてわたしの名前……?」
 そんな自分の声が聞こえたような気がしたが、その時リュカの意識は再び白い光の中に沈んでいた。

 目を開くと、最初に飛び込んできたのは、自分を見上げるユーリルとシンシアの二人だった。
「ただいま、ユーリル。シンシア」
 リュカが言うと、二人は母の胸に飛び込んできた。
「お母さん!」
「お母様!!」
 よほど母のことを心配していたのだろう。リュカは二人を抱きしめ、その重みを、温もりを感じる。そう。この子達こそ、わたしの現実。決して失いたくない。失わせない。
「リュカ……泣きたいなら、胸くらい貸すわよ?」
 ビアンカが言う。リュカは微笑んで、首を横に振った。
「大丈夫。それに、ビアンカお姉さんの胸に抱きついたりしたら、劣等感でそれこそ泣きたくなるかも」
「お、言うようになったわね」
 ビアンカはくすりと笑い、リュカの頭をくしゃくしゃと撫でた。そして、サンチョが言った。
「姫様……先ほどは申し訳ありませんでした。姫様が、パパス様の事を考えていないわけが無いのに」
 リュカは首を横に振った。
「謝らないで。サンチョさんは、誰よりも父様の事を思っていたんですもの……きっと、父様も喜んでいますよ」
 そうですよね? とリュカは天を見上げる。もしわたしが堪えきれずに過去の父様と会っていたら……きっと、父様はわたしの事を叱り、諭すだろう。お前の人生から逃げてはいけないと。
「それで、ゴールドオーブは手に入ったのですか?」
 見守っていたポワンが聞いてきた。リュカは頷いて、懐からオーブを取り出し、ポワンに渡した。フェイクとは段違いの強い光に、ポワンの顔に笑顔が浮かんだ。
「これこそ間違いなくゴールドオーブ……なんと言う眩しい光。リュカ、よくやり遂げましたね。過去と向き合うのは、とても辛かったでしょうに……」
「いいえ、ポワン様。わたしは大丈夫です。ほんの短い間ですが、懐かしい人たちと懐かしい景色に出会えました。お礼を申し上げます」
 リュカはそう言って頭を下げた。
「そうですか……ありがとう、リュカ。あなたの優しさに、私はいつも救われます」
 ポワンはそう言って、ゴールドオーブをリュカに返した。
「では……名残惜しいですが、これで失礼します。このオーブを待っている人がいますから」
 リュカがオーブを仕舞いこんで言うと、ポワンは笑顔で頷いた。
「そうですね。ですが、妖精界はいつでもあなたとあなたの家族のために門を開いて待っています。またおいでなさいね」
「はい!」
 リュカはポワンの言葉に笑顔で返事をした。

 使命を済ませたリュカたちは、ベラの先導で宮殿を出た。また蓮の葉を渡り、池の中央の浮島へ戻る。すると、そこには二人の人物がリュカたちを待っていた。
「久しぶりじゃのう」
「……ガイルさん!」
 手を挙げて挨拶をしてきた一人に、リュカは笑顔を浮かべた。かつて雪の女王と戦ったドワーフのガイルだった。リュカは皆にガイルを紹介し、挨拶が交わされる。それが済むとガイルは言った。
「おかげで追放も解けてな、今はこの村でのんびりと暮らしておるよ。お前さんは、なにやら大変な旅をしているようじゃのう」
「はい……ですが、みんなのお陰で何とか頑張っています」
 リュカが答えると、ガイルは横に立っていたもう一人……まだ青年のドワーフの背を叩いた。
「そんなお前さんに、ワシも協力したくてな……じゃが、ワシはもうこの歳で、昔のように斧は振るえん。そこで、こいつを……ザイルを連れて行ってやってくれ」
 青年のドワーフ……かつてのフルート泥棒のザイルは、すっかり逞しくなった腕を挙げて、リュカに挨拶した。
「久しぶりだな。俺の事は、あまりおぼえていないと思うが……」
 リュカは首を横に振った。
「そんな事ないよ。それより、連れて行ってくれって……?」
「ああ。あれから心を入れ替えて、爺ちゃんや今の鍛冶屋の親方の下で、みっちり武器作りを修行したんだ。今、人間界は大変なんだろう? 戦うみんなのために強い武器や防具を作り出して、旅の助けになりたいんだ」
 そう言うと、ザイルは背中に背負っていた一振りの剣を取り出し、リュカに差し出した。剣に詳しくないリュカにも、それがたいそうな業物である事は理解できた。刃を見ていると、吸い込まれそうな錯覚すら覚える。
「これは……?」
 リュカが聞くと、ザイルは笑顔で答えた。
「俺が鍛えた、奇跡の剣さ。もし連れて行ってくれなくても、それは持って行って欲しい」
 すると、サンチョがリュカに言った。
「姫様、これは素晴らしい剣です。パパス様の剣にも負けない業物ですよ。ぜひ来ていただきましょう」
 リュカは笑顔で剣をサンチョに渡し、ザイルに手を差し出した。
「最初から、来てもらうつもりよ。よろしくね、ザイル」
「ああ、任せとけ!!」
 ザイルは力強くリュカと握手した。
(続く)

-あとがき-
 DQ5の二次創作では過去のエピソードではパパスと会うのが基本なんでしょうが、敢えて「会わない」を選んでみました。実際運命を変える可能性が無いのに会うのは辛すぎると思うのですよ。
 あと、ザイルは仲間ではなく鍛冶屋として参加。小さなメダルとメダル王のエピソードを入れてないので、その代わりに色々作ってもらいます。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第六十三話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/19 21:26
 ゴールドオーブを持ち帰ったリュカを、プサンは笑顔で迎えた。
「おお、これはまさしくゴールドオーブ! 良くやってくれました、リュカ。さっそく城の浮上準備に取り掛かりましょう……と言っても、これを台座に置くだけなんですけどね」
 そう言うプサンは、ユージスと共に破壊された台座の修理を終えていた。その上にゴールドオーブを安置すると、シルバーオーブと共鳴したのか、二つのオーブは強い輝きを放ち始めた。
「これで大丈夫なんですか?」
 リュカがプサンに聞くと、彼は頷き、目を閉じて何やら呪文を唱え始めた。何語かわからない、不思議な呪文だ。
「古代語……いや、龍神語?」
 マーリンが首を捻る。彼も知らない言語のようだ。やがて、プサンは呪文を唱え終わった。
「さぁ、蘇れ! 天空の城よ!!」
 最後に彼がそう叫ぶと、城が鳴動を始めた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第六十三話 天空界復活


 しばらく城は小さな地震が起こり続けているかのように震えていたが、やがてその振動が止んだかと思うと、リュカたちは少し身体が重くなったような感覚がした。
「どうやら、浮上を開始したようです。上に上がってみましょう」
 プサンの言葉に従い、一行は玉座の間に上ってみた。すると、窓の外に驚くべき光景が見えた。
 巨大な城が、少しずつ陽光射し込む水面に向けて浮き上がっているのだ。やがて塔の部分が水面を割り、窓の外を滝のように水が流れていく。それが修まると、既に城は完全に空中にあり、加速度をつけて天空へ向かっていた。湖が、山が、どんどん小さくなっていく。
「す、凄い!」
「こんな高い所から、地上を見下ろした人は、今の世界にはほとんどいないでしょうなぁ」
 ビアンカとサンチョが感心する中、やがて城の浮上速度はゆっくりになっていき、完全に静止した。周囲の一番高い山の、だいたい二倍くらいの高さの所を浮遊している。
「ふむ……もっと高く上がれるはずですが、城のあちこちが損傷している今は仕方がありませんね」
 プサンは言うと、リュカに頭を下げた。
「ありがとう、リュカ。おかげでこうして天空城は復活できました。残念な事に、セントベレスよりはまだ低いですが……」
 リュカはその言葉に、思わずセントベレスの方角を見ていた。流石にこの高さまで来ると視界が広がり、水平線の向こうに微かに中央大陸の東岸、そして巨大な塔のようなセントベレスの影が見えた。
「セントベレスに乗り込むには、もう一押し必要ですね……リュカ、もう一つお願いを聞いてもらえますか?」
「あっ……はい、なんですか?」
 セントベレスに気を取られていたリュカは、驚いて振り向いた。
「これから、私はこの城をボブルの塔と呼ばれる場所に向かわせます。そこにドラゴンオーブと言う秘宝がありますので、それを取ってきて欲しいのです」
 プサンが依頼内容を話すと、ユージスが驚いた表情でプサンを見た。
「ボブルの塔やドラゴンオーブを知っているのか!? お前は……いや、あなたは……」
 そのユージスの言葉に、プサンは笑顔で答えた。
「たぶん、あなたの思っている通りだと思いますよ、ユージス」
 すると、ユージスはいきなり畏まった表情になり、プサンに頭を下げた。
「そうですか……重ね重ねのご無礼、どうかご容赦を」
「おっと、その先は言わなくて結構。私は気にしていませんからね」
 プサンはユージスの言葉を打ち切らせ、リュカに向き直った。
「で、どうでしょう? お願いできますか?」
 リュカはその問いに頷いた。
「ええ、こうなったら、とことんお付き合いしましょう」
「感謝します……ところで、あなたは新顔ですね?」
 プサンが目をやったのはザイルだった。
「ああ、ドワーフの鍛冶屋ザイルだ。こいつらに武器や防具を作ってやろうと思って付いて来たのさ」
 ザイルが答えると、プサンはそれは心強い、と笑顔を浮かべた。
「ドワーフの鍛冶屋は、神にも迫る第一級の腕の持ち主ですからね。ザイル君といいましたね。この城の右奥に、鍛冶場があります。ミスリルやブルーメタル、アダマンタイトと言った希少な材料もありますので、鍛冶場共々好きに使って構いませんよ」
「マジか!? そりゃ腕が鳴るぜ!!」
 ザイルはプサンの言葉に小躍りし、さっそく道具を抱えて鍛冶場の方へ走っていった。
「さて、ボブルの塔に向かいますか」
 プサンは再び目を閉じて何かを念じた。天空城の回りに雲が発生し、城はその雲に乗るようにしてゆっくり進み始めた。

 船では数ヶ月の距離を、天空城はわずか三日ほどで飛び越え、テルパドールの西にある小さな大陸の上空に差し掛かっていた。不自然なほど海岸線を切り立った山に囲まれ、上陸不能のその土地に、巨大な塔が立っている。先端を水平に切り欠いた円錐形をしており、外周部の壁を螺旋を描くようにして階段が巡っている。
「あれがボブルの塔ですか?」
 リュカの質問にプサンは頷いた。
「ええ。地上の扉は閉じていますが、屋上から入れるはずです。これをお持ちなさい」
 そう言ってプサンが渡してきたのは、フック付きのロープだった。取り付け具があれば、これを垂らして壁を垂直に降りる事もできるだろう。
「わかりました。では、適当な所に城を降ろしていただけますか?」
 リュカがロープを受け取って答えると、プサンは城を降下させ始めた。数分で降下を終えた天空城は、塔から少し離れた小さな砂漠にふわりと着地する。
「これでよし。では、頼みましたよ、リュカ」
 プサンの言葉にリュカが何かを答えようとした時、ユージスが泡を食った様子で玉座の間に飛び込んできた。
「大変です! 魔物をまじえた大軍が、この城に向かっています!!」
 その言葉に、リュカたちは驚いてその方向を見た。すると、何処に隠れていたのか、槍を持った兵隊や竜戦士、ソルジャーブル等の魔物たちが、剣を振りかざして城に向かってくるのが見えた。彼らが掲げる旗印は……
「光の教団!」
 リュカが叫んだ。プサンは玉座の間にとって返し、城を浮上させようとする。しかし……
「浮上機能が働かない!? くっ、罠に嵌まってしまったようですね!」
 トロッコでも慌てなかったプサンが、珍しく焦慮に駆られた口調で言った。結界か何かで城の機能を押さえ込まれてしまったのだ。
「光の教団め、この城が蘇ったと知って、先手を打ってきたか……仕方がありません。迎え撃ちましょう。守っている間にリュカ、あなたは塔に向かってください」
 プサンの続けての言葉に、リュカは疑問を呈した。
「みんなで城を守ったほうがいいのでは?」
 敵は大軍だが、こちらの仲間たちも一騎当千、万夫不当の強者ばかり。全員を集めれば、城を守りきる事はできそうだが……
「いいえ。敵の狙いはこの城を陥とす事もでしょうが、ドラゴンオーブも狙いのはず。あれを奪われたら万事窮すです。最悪城が陥ちても、ドラゴンオーブがあれば逆転は可能です」
 プサンはそう言い切った。リュカは頷くと、仲間たちの顔を見回した。
「じゃあ、塔には最低限の人数で行きましょう。わたしとユーリル、シンシアの他には……ビアンカお姉さん、サンチョさんとプックル、お願い」
「わかった!」
「はい、お母様!」
 ユーリルとシンシアが元気良く返事をし、プックルは普段のにゃあ、ではなく喉をグルルルル、と唸らせて返事をする。ビアンカとサンチョも頷いた。
「お姉さんに任せなさい!」
「承知しました。ピピン、ピエール殿と防戦の指揮を取れ」
「はっ!」
 ピピンが敬礼した。すると、馬車の中から声がした。
「ここはおいらの出番だな!」
「ご母堂、我らにも任せられい!」
 シーザーとアンクル、続いてミニモンとサーラが出てきた。吐息の攻撃と攻撃呪文の達人。いずれも城の守りを頑強に固めるにはうってつけの強者たちだ。
「シンシア様はご存知ですが、我らの力、まだご母堂様には見せておりませんでした。一つ、我ら悪魔三人衆の実力、とくとご覧下され! 参るぞ、ミニモン、サーラ!」
「了解!」
「承知!」
 アンクルたちは翼をはためかせて天空城の正門前に降り立つと、豪快な雄叫びにも似た口上を述べた。
「我が名はアンクル! グランバニアの聖母子を主と仰ぐ魔将なり! 雑魚どもよ、この城を攻めると言うなら、我らが魔力を馳走しようぞ、遠慮なく味わうが良い!!」
 次の瞬間、アンクルがベギラゴン、ミニモンがイオナズン、サーラがメラゾーマを放った。地獄の業火が先頭切って進んできた一個大隊ほどのランスアーミーを一撃で爆砕した。
「へっへ、おいらも負けちゃいられないぜ! 覚えたての必殺技をくらいなよ!」
 その背後に立ったシーザーが、冷たく輝く吐息を吐き出す。ソルジャーブルとケンタラウスの混成部隊が真っ向から酷烈な極寒の吐息を浴び、一瞬で白い氷像の群れと化した。
 それだけの被害を受けても、光の教団の大軍は怯むことなく迫ってくる。その前にザイル作の奇跡の剣を受け取ったピエールとピピンが、白兵戦専門のブラウン、ゴレムスを引き連れて立ちはだかる。
「ふ……今日の我が剣は飢えているぞ。命が惜しく無い者からかかってくるが良い!」
 ピエールはそう言うと、かかってきた竜戦士の首を一撃で刎ねる。ピピンは教科書どおりの槍捌きでゾンビナイトたちを数合と交える事を許さず突き倒し、ブラウンが、やはりザイルに作ってもらった魔神の金槌を振り回して、片っ端から相手をホームラン。ゴレムスは素手だが、剛力に任せて手足を振り回すだけでたちまち屍の山を築いた。
 別の門では、オークスとメッキーが互いに背中を預け、息の合った戦いぶりを見せる。マーリンとジュエルがそれぞれ得手の攻撃呪文を連打し、教団の魔物たちを次々に葬り去る。スラリンは伝令となって走り回り、ホイミンはベホマズンを連発して、味方の消耗を抑えていく。
 そして、特筆すべきは、たった一匹で数百の兵を足止めする、脅威の強者だった。彼が微動だにせず、ただ一睨みするだけで、多くの敵が手出しすら出来ず息を呑む。
 その名はロッキー。トロッコ洞窟で馬車に飛び込んできた爆弾岩だった。

 戦闘開始前に城を抜け出したリュカたちは、相手の監視の目をすり抜ける事に成功し、ボブルの塔に辿り着いていた。振り向くと、城の周囲は雲霞の如き大軍に包囲され、そのところどころで爆発や火柱が立ち上り、あるいは吹雪が起きているかと思えば、何かが飛び散るのが見えた。
「姫様、心配めさるな。残った者たちは必ず城を守り抜きますよ」
 サンチョの言葉に、リュカは頷いた。
「そうね。みんなを信じなきゃ……わたしたちも行こう!」
 おう、と返事をして、一行はまず螺旋階段を駆け上がった。屋上に着くと、そこにはかなり大きな開口部があり、どうやら一階からずっと吹き抜けになっているらしい。中を覗き込むと、巨大な石像らしきものが見えた。
「あれは……ドラゴンの像?」
 リュカが言うと、ビアンカが身を乗り出して、炎の爪から火の玉を発射した。その光が下に落ちて像を照らし出す。確かに巨大なドラゴンだった。
「凄いわねぇ。あんなのどうやってこの塔に入れたのかしら?」
 のんきな事を言うビアンカに、シンシアが苦笑気味にツッコミを入れる。
「あの像を作ってから、塔を建てたんだと思いますよ、ビアンカ様」
「あ、そうか」
 笑い声が起きる。そこでビアンカは言った。
「さて、軽く緊張もほぐれた所で行きますか」
 それを聞いて、リュカはビアンカらしい気遣いだと懐かしい気持ちになった。子供の頃、一緒にレヌール城を探検した時、やっぱり冗談で場を和ませるのがビアンカの役目だった。そこでリュカは言った。
「サンチョさん、殿お願いします。プックルはロープが掴めないので、先に降ろしますね」
 プックルが情けなさそうににゃあ、と鳴く。とりあえず、彼の身体にロープを結び、フックを屋上の床に打ち込んだ金具に引っ掛けて、慎重に降ろしていく。
 プックルが床に着いた所で、まずリュカ、次にシンシアが下に降り、プックルのロープを解いてやる。それが済むと、ビアンカが降り始めた。そこでリュカはビアンカが降りてくるのをじっと見た。彼女が下に降りてきたところで、リュカは耳打ちするように聞いた。
「……黒?」
 ビアンカはばっと自分のスカートを押さえ……もう手遅れなのだが……リュカを睨んだ。
「子供の頃の仕返しを今するなんて、性格悪いわよ、リュカ」
「そう言うつもりでもなかったんだけど……そんな下着、何処で見つけたの?」
 ビアンカの咎める声にリュカが答えると、ビアンカはまだサンチョとユーリルが降りてきていない事を確認して、そっと耳打ちした。
「お城の階段の下の倉庫よ。まだあったから、ヘンリー君が帰ってきたら使ってみたら?」
 リュカは顔を赤くして、それでも頷いた。
「うん……考えておく」
(続く)


-あとがき-
 リュカさん一行無双。特にロッキー(爆)。
 あと、アンクルはなんか妙に書きやすいキャラです。新顔なのに……
 次回は父の仇との最終決戦です。




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第六十四話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/20 21:15
 そうやってロープによる垂直降下を何度か繰り返し、リュカたちは例のドラゴン像、その頭の部分に降り立った。まるで生きているような見事な像だが、少し気になる部分がある。目の部分が空洞になっているのだ。何かがそこに填まっていたかのような感じで、もしそうだとしたら、手のひらに乗るくらいの大きさの球体だろう。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第六十四話 宿敵との決着


「ん? ここ、少し傷が入ってるわね……ナイフか何かで抉ったみたい」
 ビアンカがその事に気づく。
「ドラゴン像で、宝玉が入っていたようなくぼみ……まさか、ドラゴンオーブ?」
 リュカはその事を心配した。光の教団が待ち伏せをしていた以上、この塔にも既に教団の手の者が入り込んでいるはずで、もしかしたら、とっくにオーブを奪取して逃げた後かもしれない。しかし、ビアンカは首を横に振った。
「目の部分なんだから、一対で目の形の何かが入ってたんじゃないかしら? まだ塔の中を全部見たわけでもないし、もう少し先に行って見ましょう」
 リュカは頷いて、像の角にロープを引っ掛けた。そして一階に辿り着いた時、上からは見えなかったところに人が倒れている事に気付いた。リュカは急いでそこに駆け寄った。
「もしもし! 大丈夫ですか!?」
 リュカは倒れていた人を抱き起こした。それは神官らしい中年の男性で、腹部を剣で貫かれて、おびただしい血を流していた。もう助かりそうも無い。
「う……ま、魔族が乱入してきて……竜の目を……ぐふっ!」
 そこまで言って、男性は大量の血を吐くと、がっくりと首を落し事切れた。駆け寄ってきた仲間たちが、男性の姿を見て黙祷を捧げる。その時だった。
「ほっほっほ、思ったより来るのが早かったですねぇ」
 嘲笑するような声が聞こえた。リュカにとって、それは決して忘れられない声だった。リュカは神官の手を組み、目を閉じてやると、怒りに燃えた光を孕んだ視線で、声の主を睨みつけた。
「どれほど罪無き人を傷つければ気が済むの、ゲマ……!」
 声の主……ゲマは十九年前と変わらない、男とも女ともつかない怪しげな美貌を邪悪な笑みに歪め、リュカを見つめていた。隣にはゴンズも立っている。
「ゲマ……では、こやつがパパス様の……!」
「おじいちゃんの仇……!」
 サンチョとユーリルがそれぞれ武器を手にする。プックルは普段は優しげな瞳に凍るような殺気をたたえ、何時でも飛びかかれる姿勢になる。そんな殺気を柳に風と受け流し、ゲマは笑った。
「リュカ、でしたね。まさかあなたと、一緒に逃げた彼が天空の勇者の親となり、私たちの最大の最大の脅威になろうとは……知っていれば、あの時殺しておくべきでしたね」
 リュカはそんな挑発めいた言葉には答えず、静かに言葉をつむいだ。
「一つだけ聞いて良いかしら? ヘンリーを連れ去ったのは……ゲマ、あなたなの?」
 ゲマは首を横に振った。
「私ではありませんよ。同僚です。良い趣味とは思えませんねぇ」
 リュカは頷いた。
「そう……なら、もうあなたには聞く事は何も無いわ。あなたを倒し、父様の仇を討たせてもらいます……!」
 そう言って、鋼の鞭を構えるリュカ。ゲマはニヤリと笑い、手に死神の鎌を具現化させる。
「あなたも、あなたの父親、パパスのように私の手で灰にして差し上げましょう。美しいでしょうね。あなたの命が燃え尽きる炎は……!」
 きっとリュカの目が釣りあがった。
「父様の名前を、お前が口にするな!」
 普段の彼女からは考えられない、荒々しい口調で叫ぶと、リュカは鋼の鞭を振るった。まともに当たれば鉄の鎧すら砕く一撃は、しかし空振りに終わる。すばやく回避したゲマは、嘲笑うように空中に幾つもの火球を生み出す。
「その程度の攻撃! 私に通じると思ったか!!」
 そう叫ぶや、ゲマがメラミを連発してくる。その前に立ちはだかったのはユーリルだった。
「マホステ!」
 ユーリルが呪文を唱えると、湧き上がった紫色の霧が、人間を簡単に灰にするほどの威力を持つ火球を消し去った。
「!」
 ゲマが驚いた表情になる。一方、リュカを襲おうと突進したゴンズは、立ちはだかったビアンカに止められていた。振り下ろした剛剣を、ビアンカが炎の爪で受け止めたのを見て、ゴンズが驚きの表情を浮かべる。
「ほほう、やるな、女……!」
 ビアンカがふっと笑ってみせる。
「あの娘の仇討ちは邪魔させない。踊ってもらうわよ、魔族さん」
 そう言うと同時に、ビアンカは鋭い回し蹴りをゴンズの胴体に撃ち込んだ。それだけでは回転は止まらず、さらに一回転して左のバックハンド・ブロウを顎へ、さらに回転してローリング・ソバットをこめかみに、と三連撃を加える。手ごたえありの三発だったが、ゴンズは首をコキン、と鳴らしてニヤリと笑った。
「効かんな!」
 ビアンカも、想定済みと言うように笑ってみせる。
「その程度で倒れるとは思ってないわ。お楽しみはこれからよ」
 すると、バトルアックスを構えたサンチョがすっと横に立った。
「そのお楽しみ、混ぜてもらいましょうか」
 ビアンカは不思議そうに言った。
「サンチョさん、向こうのゲマだっけ? と戦わないの?」
 最愛の主を討った憎き相手。サンチョが戦いたくないわけが無い。しかし、サンチョは静かに言った。
「私の未来は、貴女と共にあります。ビアンカさん」
 そして、にやりと笑う。
「それに、惚れた女性にかっこつけて見せる機会なんて、そうそうないですからね。お付き合いさせてくださいよ」
 ビアンカは言葉を発さず、笑顔で答えると、ゴンズに飛び掛った。サンチョも遅れて続く。二人の戦いはこれからが本番だった。

 一方、ゲマはリュカ、ユーリル、シンシア、プックルの猛攻を余裕たっぷりで凌いでいた。
 ユーリルの剣技は子供離れした、既に達人の域に限りなく近づいたレベルにある。シンシアの魔法も同じ。この二人が組んで戦えば、恐らく今のリュカよりも確実に強い。
 プックルも普通のキラーパンサーとは数段隔絶した実力の持ち主であり、並みの人間には目で捉えることすらできないであろう、高速のステップとフットワークで獲物に襲い掛かる。だが。
 ゲマには通じない。ただでさえ肉体的に人間を超える魔族の中でも、ゲマは指折りの実力者なのだ。将来はともかく、今のユーリル、シンシアの攻撃は届かない。リュカは魔法使いとしては卓越しているが、戦士としてはさほどではない。まだシンシアの方が望みがありそうだ。
 ゲマは魔法攻撃こそユーリルのマホステで無力化されていたが、鎌による攻撃も十分強烈だった。既にユーリルとリュカは致命的でこそ無いが、ある程度ダメージを受けている。このまま攻撃を受け続けたら、まず間違いなく死人が出るだろう。
 そう分析していたのは、プックルだった。もちろん、彼はだいぶ頭がいいとは言え、獣であり論理的に分析をしていたわけではない。野生の勘で、このまま戦っていたのでは勝てないと判断したのだ。
 だからこそ……この攻撃が奇襲となる。プックルはそう考えていた。なぜなら、そんな芸当が出来るキラーパンサーは、この世に自分しかおらず……ゲマも、こんな攻撃を食らうとは想像していないだろう。
 プックルはタイミングを見計らい、あえてリュカ、ユーリル、シンシアの攻撃を妨害するような動きでゲマに襲い掛かった。
「プックル!?」
 彼の動きに、リュカが抗議するような声を上げる。ゲマはにまりと唇をつり上げた。
「愚かな獣。お前一匹で、私に勝てるとでも思ったのですか?」
 ああ、思っているさ。
 プックルはその意思を込めて一声吼えると、全身の力を解放した。その瞬間、プックルの赤いたてがみが一斉に逆立ち、空気に焦げ臭い匂いが混じった。
「こ、これは!?」
 プックルの喉を掻き切ろうと鎌を振り上げたゲマが、異変に気付き声を上げる。その時、プックルは吼えた。かつて、目の前で主の父を殺し、主に一生癒えない心の傷を刻み込んだ、不届きな魔族……ゲマに向かい、ただ一つの意識をぶつけた。
 くたばれ――!
 その意識は稲妻と化し、プックルの全身から雷光が放たれた。青白い光がゲマの鎌を直撃し、凄まじい衝撃がゲマの全身を貫いた。
「くうあああぁぁぁぁぁっっ!?」
 さしものゲマも、光と同じ速さの電光を回避する事は出来なかった。全身からぶすぶすと黒い煙を上げ、それまでの神速の回避を失ったゲマに、ユーリルとシンシアが左右から襲い掛かった。
「たあっ!」
「やあっ!」
 ユーリルの天空の剣、シンシアの妖精の剣が続けざまにゲマの身体を貫く。子供たちも直後のゲマの反撃で吹っ飛ばされたが、弱っているゲマの攻撃は、子供たちにかすり傷程度のダメージしか与えられなかった。
「く、お、おのれ、おのれええぇぇぇぇっ!! お前たち、よくも私を、こんな目に!!」
 身体に刺さったままの天空の剣と妖精の剣のもたらす激痛に、それでもゲマが耐えてリュカに向き直るが、リュカはその時、プックルの頭を撫でていた。
「ありがとう、プックル。あなたのおかげで、父様の仇を討てるわ」
 気にするな、と言うようにプックルがにゃあ、と鳴く。彼にとっても、ゲマは主を十年も酷い目に合わせた許すべからざる仇敵なのだ。
 プックルに感謝したリュカは、すっと両手をかかげ、それをクロスさせる。既に次の攻撃の体制を整えていたのだ。彼女は静かな口調でゲマに言った。
「とうとう、父様の仇が討てる……それをどんなに夢に見た事か。でも、いざそれが実現するとなると、さほど嬉しくもないわ」
 リュカの手に、強力な風の魔力が集中する。それをよろよろとしているゲマにぴったり狙いをつけ、リュカは言葉を続けた。
「きっと、あなたを倒す程度の事は、もう大きな目標ではないから」
 ゲマが目をむいた。
「私を……その程度だと言うのか!?」
 リュカは頷いた。
「ヘンリーを、母様を助ける事。光の教団を倒す事。あなたはその通過点でしかない。だから……消えなさい、ゲマ!」
 リュカは魔力を解き放った。
「グランドクロス!」
 聖なる紋章、十字の形をした巨大な真空の刃が飛び、回避する力をもはや持たないゲマに襲い掛かった。
「馬鹿な! この私が……ぐわああぁぁぁぁ!!」
 聖なる十字に切り裂かれたゲマは壁に叩きつけられ、まるで磔にされるように壁に縫い付けられた。その身体が灰となって崩壊して行く。にもかかわらず、ゲマは笑った。
「ふ、ふふふふ……」
 リュカは崩れていくゲマを見て尋ねた。
「何がおかしいの?」
「褒めているのですよ……私を倒したあなたたちを。ですが、そう。あなたの言うとおり、私に勝った事は『その程度』の事に過ぎません」
 ゲマはニヤリと笑った。
「今勝ったとて……我らが王、ミルドラース様が目覚めれば、全ては泡沫と消えるのです……一足先に、地獄であなたたちが落ちてくるのを待っていますよ! ほーっほっほっほっ……」
 そう言い残して、ゲマの身体は完全に崩壊した。からん、と音がして、床に何かが転がる。目のような模様が入った、不思議な宝玉が二つ。
「これが、竜の目?」
 リュカがそれを拾い上げて振り返ると、ビアンカ、サンチョとゴンズの戦いにも決着がついていた。ビアンカがゴンズの心臓を炎の爪で貫き、サンチョの振り下ろしたバトルアックスが、ゴンズの身体を唐竹割りに叩き割って葬り去っていた。
「そっちも終わったようね」
「姫様、お見事でした。パパス様もあの世で喜んでおいででしょう」
 ビアンカとサンチョの言葉に、リュカは頷いた。
「うん……父様、見ていましたか?」
 リュカは言葉の後半で天を見上げた。パパスの死に関わった魔族たちは、全員討ち滅ぼした。仇を討った。だが、さっき自分に言い聞かせたように、この程度の事で喜んでばかりはいられない。
「さっきの竜の像に登ってみましょう。きっと、これで道は開けるはず」
 リュカは竜の目を握り締めた。


-あとがき-
 ゲマとゴンズを倒しました。今回のMVPはプックルです。今まであまり見せ場を作ってやれなかったので……
 あとはサンチョ。こんなのサンチョじゃない! と言うツッコミは受け付けません。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第六十五話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/21 20:58
 微妙な形の差異で左右を見分け、巨竜の像に目をはめ込んでいく。左右両方を収めると、その目がきらりと輝き、光線が迸った。
「きゃっ!?」
 リュカは身を捻って光線をかわした。その光線が巨竜像の向かい側の壁にあたると、その壁がまるで幻だったように消滅し、奥へ続く入り口が現れる。同時に光線も止まった。
「どうなってるんだろう……壁の向こうは外のはずなのに」
 シンシアが不思議そうに首を捻る。
「わからないけど、ともかく行ってみましょう」
 リュカはそう言って、ロープの端を手に持った。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第六十五話 神なる竜


 竜の目から発射された光線によって開けられた入り口の奥には、塔自体よりも広い空間が広がっていた。魔法的に作られた空間なのだろう。壁などもいまいち距離感がつかめない。十メートル先にも見えるし、百キロ向こうにも見える。
 だが、壁の事を気にする必要は無かった。部屋の恐らく中央部に大きな台座があり、そこには右手に杖、左手にオーブを持った女性の石像が置いてあった。
「あれがドラゴンオーブかな? プサンさんの言っていた」
「状況的に間違いないでしょうねぇ」
 リュカの言葉にビアンカは答え、石像の傍に歩いていく。全員が後に続き、石造を囲むようにして立った。正面に立ったリュカは、石造を見て首を傾げた。
「……わたし?」
 石像の女性は、どことなくリュカに似ていた。そして気がついたのだが、石像が持っている杖と、着ている服は像の一部ではなく、本物の杖と服だった。どちらもドラゴンの姿を象ったもので、さしずめ「ドラゴンの杖」「ドラゴンローブ」と言うべき装備だろう。
 ともかく、まずはドラゴンオーブを手に入れるのが先決と、リュカはオーブに手を伸ばし、取り上げようと触れた。その瞬間だった。
「竜の使命を受けし者よ……」
 石像が喋った。驚いて手を引っ込めるリュカ。石像はかまわず言葉を続けた。
「竜の使命を受けし者よ、汝に神竜の力を託す。宝珠を竜の化身に返すべし。竜の力宿りし武具をまとい、神竜に与えられし使命を果たすべし」
 石像はそう言うと、まるで煙が薄れるように消え、そして残された装備は一瞬輝きを放った。
「!?」
 眩しさに目が眩み、全員が目をつぶる。しかし、その眩しさの影響が消えた時、最初にそれに気付いたのはユーリルだった。
「お母さん、その格好!」
「えっ!?」
 リュカは自分の姿を見て、そして驚いた。先ほどまで石像が装備していたはずのドラゴンの杖とドラゴンローブを、何時の間にか自分が身に着けていたのである。オーブも左手にあった。
「先ほどの石像のようですな……神々しいですぞ、姫様」
 サンチョも眩しいものを見るような目で、リュカの姿を見つめる。
「さっきの石像は、竜の使命が……とか言ってましたね。お母様が神に選ばれて、使命を負う人になったと言うことでしょうか」
 シンシアが分析する。我が子ながら、時々凄い事を言うなぁ、とリュカは思った。
「良くはわからないけど……ともかく、急いで天空城にもどりましょう。みんなも心配だわ」
 リュカは言った。そう、数千数万の敵に包囲されたままの天空城がどうなったのか気になる。リュカたちはオーブが安置されていた部屋を出た。すると、入り口はすっと消え去って、再び元の壁に戻った。もう入る事はできないらしい。そんな事には構わず、リュカたちは外に出て、天空の城を見て驚いた。

 そこには、無事に屹立している天空城の姿があり、周りを囲んでいた魔物や教団兵の大軍は、何処にも姿が見えなかった。一応警戒しつつ正門に行くと、そこを守っていたアンクルが出迎えてくれた。
「ご母堂、お帰りなされませ! ご安堵ください。仲間たちは皆無事ですぞ!」
 見ると、疲れた様子ながら、サーラやミニモンも無事だし、アンクルの大声を聞きつけてか、ピピンやピエール、オークス、メッキー、それにスラリンたちも出てきた。
「みんな、大丈夫そうね! 敵はどうしたの?」
 リュカが声をかけると、ピエールが一礼して報告した。
「城への突入を許さず、片端から撃退してやりましたとも。まぁ、途中で……一刻ほど前ですかな、その辺りで勝ち目が無いと悟ったのか、逃げていきましたが……」
 一刻前と言うと、リュカたちがゲマを倒した頃だ。ボスを失って、教団の軍は戦意を喪失し逃走したのだろう。それにしても、その間圧倒的な大軍を全て押し返したとは……
「お疲れさま、みんな。本当に良く頑張ったわね」
 リュカは心からの敬意と感謝を込めて、仲間たちを労った。
 そこへ、城の扉が開いて、プサンとユージスが出てきた。
「みなさん、良く城を守り抜いてくれました。感謝します……そして、リュカはドラゴンオーブを手に入れてきてくれたようですね?」
「あ、はい。ここに」
 リュカは左手に持っていたドラゴンオーブを掲げて見せた。
「これで間違いないんですよね?」
 プサンはええ、と頷いてリュカの手からドラゴンオーブを受け取った。そして、辺りを見回した。
「皆さん、ちょっと下がっていてもらえますか? 危ないですから」
「え?」
 リュカは戸惑いつつも、皆を下がらせた。プサンの飄々とした顔に、本気の色を見て取ったのだ。
「ありがとうございます……では参りますよ。ふんっ……おお、力が漲って来る……!!」
 プサンがオーブを両手に持って目を閉じると、オーブはまるで心臓が脈打つように光を明滅させ始め、プサンの身体もそれに同調するように光り始めた。
「こ、これは!?」
 誰かが上げる戸惑いの声。プサンとオーブの放つ光はますます強くなり、その光の中で、プサンの身体が見る見る変わって行く。身体が巨大化し、金と真珠を混ぜたような色の鱗がその身体を覆い始める。背中からは翼が現れ、頭から角が生え、その姿は見る間に神々しいとしか表現しようの無い、美しい巨竜へと変貌を遂げた。
「やはり、あなたはマスタードラゴン様……!」
 ユージスが感極まった声を上げる。
「マスタードラゴン? あの竜の神様の?」
 リュカが言うと、プサン……マスタードラゴンは重々しく頷いた。
「その通りだ、宿命の聖母リュクレツィア、そしてその一族の者たちよ。私はこの世の全てを見守る者、マスタードラゴン。ユージスよ、長年苦労をかけたな」
「い、いいえ! ありがたきお言葉にございます!」
 ユージスは平伏し、リュカたちも自然と威厳に押され、マスタードラゴンの前に跪いていた。
「よいよい、そう硬くならずとも良い。ともあれ、こうして私が真の姿を取り戻したからには、もはや魔族の好きにはさせまいぞ」
 そう言って笑うマスタードラゴンに、リュカは尋ねた。
「でも、何故人の姿を?」
 その問いに、マスタードラゴンは懐かしげな目を遠くの空に向けた。
「うむ……魔族との戦いで、この城が水底に沈んだ事は聞いていよう? 私は城を復活させるべく人の世界に交わったが、そのために竜の力をあのボブルの塔に封じ込めて行ったのだ。力がありすぎては、人間の世界には溶け込めぬからな」
 そうしてゴールドオーブを捜し歩く事幾年月。一度は減退させた魔族の勢力が再び盛り返してきた事を悟ったマスタードラゴンは、近いうちに天空の勇者が再来する事をも予感し、一時城に帰る事にしたのだという。
「平和なうちは良かったが、力を封じ込めたこの身体では、戦う事もできず、魔物たちを倒して旅を続けるのにも限界があったからな。問題は、天空人の多くが眠ったままだったという事だが……私が目覚めた以上、皆起きてこよう」
 マスタードラゴンがそう言った途端に、辺りでざわざわと声が聞こえ始めた。さっきまで時を止めて眠っていた天空人たちが、一斉に目覚めたらしい。やがて、城内から続々と天空人たちが出て来はじめた。
「おお、天空の城が……再び天に昇っている!」
「ああ、あれはマスタードラゴン様! お帰りになったのですね!!」
 そう言いながら、天空人たちはマスタードラゴンを囲むように平伏する。マスタードラゴンは満足げに頷くと、言葉を発した。
「皆の者、長年待たせて済まなかったな。こうして天空の城が復活したのも、ここにいる新たなる天空の勇者ユーリル、そしてその母親リュカたちの功績である。我らは彼らの恩に報い、再び世界を脅かそうとしている魔族たちを討たねばならぬ」
 はは、と天空人たちが畏まった。マスタードラゴンは一人の天空人に命じ、何かを持ってこさせると、リュカに渡してきた。小さな鈴が三つついた、楽器のようなものだった。
「マスタードラゴン様、これは?」
 リュカが聞くと、マスタードラゴンは答えた。
「それは天空のベル。それを振れば、どのような遠くにいても、私の耳に届く。その時は必ずや私が自らそなたの元に参じ、この翼を貸そう……つまり、私を乗り物として使役する許可を、そなたに与えようと言うことだ」
 リュカは驚いた。まさか、神であるマスタードラゴンが、自分たちの乗り物代わりになってくれるとは……だが、確かにマスタードラゴンなら、今は行く事ができないセントベレスの大神殿にも行く事ができるだろう。
「光栄です、マスタードラゴン様。その時が来たら、ご助力をお願いいたします」
 リュカが頭を下げると、マスタードラゴンは豪快に笑った。
「わっはっは、気にする事はないぞ、リュカよ。私はそなたの事が気に入ったのだ。そなたらを乗せるくらいは何とも無いぞ」
 リュカは再度頭を下げ、そしてセントベレスの山を見た。雲を貫く頂上に、今も多くの人が捕らわれ、そして助けを求めている。おそらく、石像にされたヘンリーも……
「さっそく行くか?」
 翼を広げかけたマスタードラゴンに、リュカは首を横に振った。
「いいえ。その前に一度グランバニアに戻り、準備を整えてきます。大神殿に乗り込めば、これまで以上の厳しい戦いとなるのは確実ですから」
 マスタードラゴンは頷いた。
「うむ。それが良かろう」
 するとその時、何か騒動が起きるのが、城の下のほうで聞こえた。
「ん? 何事だ?」
 マスタードラゴンが言うと、天空人数人が様子を見に行きます、と答えて下に降りて行き、数分後、ぐるぐる巻きにされた人物を引っ立てて現れた。
「マスタードラゴン様、賊が侵入していました! 鍛冶場の貴重な素材を勝手に使って、何かをしていたようです!」
 天空人に縛られたその人物……ザイルは怒鳴った。
「馬鹿野郎! 人の仕事の邪魔するな!! おい、プサンのオッサンも何か言ってくれよ……あれ? プサンは何処だ?」
「とぼけるな! この城にプサンなどと言う奴はおらんわ!」
 その光景を見て、マスタードラゴンは頭をかいた。
「……説明するのを忘れていたな」
 それを聞いて、リュカたちはずっこけそうになった。そういえばトロッコでぐるぐる回っていたし、意外とこの竜神様はドジな所があるのかもしれない。
 結局、ザイルは解放されたが、その前の数日間での彼の仕事は見事なもので、神秘の鎧やミラーシールドと言った強力な防具を作り上げていた。それらを含め、一度持ち物を整理するためにも、リュカたちはグランバニアに戻る事に決めた。

 ところが、グランバニアに戻ったリュカたちを出迎えたオジロンは、何か深刻そうな表情だった。
「おお、戻ったか、リュカ」
「はい、叔父様。顔色が良くありませんが、どうかしたのですか?」
 リュカが聞くと、オジロンは手紙を取り出した。
「西の大陸で変事が起きたのだ。巨大な魔物が出現し、町や村を襲いながら、サラボナへ向けて進軍しているらしい。これはさっきサラボナから届いたばかりの急報だ」
 リュカもさっと顔色を変えた。
「まさか、魔族たちが言う魔王が……?」
 オジロンは首を横に振った。
「わからぬ。とりあえず、今急いで兵を集めている所だが、リュカよ、お前たちは先にサラボナへ向かってもらえまいか? 確か友人がいただろう?」
 リュカは頷いた。
「はい。急いでまいります」
「済まぬ。疲れているだろうから、無理はするなよ」
 リュカは頷いて、皆を呼び集めた。
「……と言う事で、今から急いでサラボナに行きます。まだ余力があります、と言う人は手を挙げて?」
 リュカが言うと、真っ先に手を挙げたのはアンクルだった。
「先ほどの雑魚どもでは、いささか暴れ足りないと思っておりました! ワシは同行いたしましょう!」
 悪魔としても割と年配らしいと言うアンクルだが、実に意気軒昂である。リュカは苦笑してアンクルの同行を認めた。他に手を挙げたのはブラウンとメッキー、人間ではビアンカだった。
「私はホイミンのお陰で、あまり回復魔法を使わずに済みました。参りましょう」
 メッキーが言う。ビアンカはブラウンと共に体力をアピールした。
「私もこの子も、体力には自信ありよ。付き合うわ」
 ブラウンがうんうんと頷く。リュカたちは他の仲間たちを見て、声をかけた。
「じゃあ、このメンバーで先に行きます。みんなは回復次第追ってきて」
「了解」
 ピエールが代表して頷く。リュカは再びルーラを唱えた。
(続く)

-あとがき-
 マスタードラゴン復活、で大神殿に乗り込む前に、回収し忘れたイベントをやりましょう、と言うことで次回はブオーン戦です。
 



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第六十六話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/23 16:48
 サラボナに着いてみると、街は騒然とした雰囲気に包まれ、人々が持てるだけの荷物を持って街道を避難していた。リュカたちは急いでルドマン邸に向かい、来意を告げるとすぐに中へ通された。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第六十六話 伝説の魔物


「リュカさん! 来てくれたんですか!」
 中では結婚式以来十年ぶりに会うアンディが、久々に武装に身を固めた姿で待っていた。隣にはフローラも控えている。
「リュカ、あなたが行方不明になったと聞いて随分心配したけど……無事だったのね」
 フローラも細腕にモーニングスターなどを持って、戦いの装いをしていた。リュカはそれぞれ二人と抱擁しあった。
「うん、お陰様で無事よ。ヘンリーはまだ行方不明だけど……状況は?」
 リュカが聞くと、アンディはサラボナ周辺の地図を取り出した。
「ビアンカさんの故郷の山奥の村は無事ですが、この×印がつけてある町や村は、ブオーンに襲われて壊滅状態です」
「ブオーン? それがその魔物の名前なの?」
 リュカが聞くと、アンディが答えるより速く、アンクルが驚きの声を上げていた。
「ブオーン? あのブオーンか! 人間に封じ込められてもう百年以上経つはずだが」
 リュカはアンクルに説明を求めた。
「知っているの? アンクル」
「は。我ら悪魔族の中でも、強者として知られた奴です。頭は悪いですが、力だけなら魔王並みでしょう。百五十年ほど前、人間の計略に引っかかって、封印されたと聞いておりますが」
 すると、アンディが後を続けた。
「その、ブオーンを封じ込めた人間が、ルドマンさんの祖先に当たるルドルフ、と言う人物なんですよ」
 言い伝えによると、ルドルフは暴れるブオーンを退治するため、トルネコが行商に使ったと言う先祖伝来の鉄の金庫にお札を貼り、罠を仕掛けた。それは、なぞなぞを出して、答えられなかった相手をお札を貼った容器に封じ込める、という強力な魔法を使ったもので、ルドルフは見事それを使って、ブオーンの捕獲に成功したのだ。
「ただ、お札の効力が百五十年しか効かない、という欠点があったそうで……それをルドマンさんがたまたま読んだ先祖の日記で知った時には、もうブオーンは暴れだした後でした」
 責任を感じたルドマンは、今被害を受けた町や村の救援のために出かけているが、ブオーンのほうはそれを知ってか知らずか、サラボナ目掛けて進撃中と言うことだそうである。
「とりあえず、リュカさんが来てくれれば百人力です。今は街の人々の避難を進めさせていますが、戦いになったら力を貸してください」
「うん、わかった。確か、隣の見張りの塔があったわよね? そこで待機してるわ」
 リュカは頷き、アンディと握手を交わした。その後、彼は再び避難指揮のために出て行く。てきぱきと使用人や部下に指示を出すさまは、大商家の若旦那の域を超えた堂々たる大物ぶりである。
「アンディさん、立派になったね」
 リュカがフローラに言うと、フローラはちょっと膨れた顔をした。
「まぁ、リュカったら……アンディは何時でも頼りがいのある殿方ですよ?」
「そう言う意味で言ったんじゃないんだけど」
 リュカは頭を掻いた。その時だった。
「魔物だー! 山のようにでかい奴だ!! こっちへ来るぞ!!」
 見張り台の兵士からと思しき大声が聞こえ、騒がしかった街がさらに騒然となる。
「もう来たの!? じゃあ、フローラ、わたしたちはそのブオーンと言う魔物をなんとか足止めするわ。アンディさんによろしくね!」
「はい、気をつけて、リュカ!」
 その声に送られて、リュカはルドマン邸を飛び出す。すると、街を囲む塀の向こうに、牛のような巨大な顔が見えた。思わず唖然とするリュカ。山のように、と言うのは大げさでも、間違いなく三~四階建ての建物くらいの身長があるだろう。
「間違いない、ブオーンだ。くくく、腕が鳴るわい」
 その状況でも、アンクルはにやりと笑って見せるが、顔に冷や汗が浮いている所を見ると、味方を鼓舞するための強がりが半分だろう。それでも強がれるだけの精神力を持つ彼の存在はありがたい。
「驚いたわねぇ……切った突いたでどうにかできる相手なのかしら」
 ビアンカが呆れたように言う。剣や槍でなくても、イオナズンやメラゾーマを撃ち込んだ所で、あの巨体に何処まで通用するのか。リュカのグランドクロスですら、あの怪物にはそよ風のようなものかもしれない。
 すると、メッキーが言った。
「巨人を倒すには、頭を潰すのが一番でしょう。塔に行きましょう。高さだけでも同じにして、奴の頭を徹底的に叩けば、勝機が見えるかもしれません」
 数多くの魔法を使いこなし、知恵にも優れたメッキーの助言は、この際一番ありがたいものだったかもしれない。
「メッキーの言う通りね。戦う前から飲まれてたんじゃ……光の教団や魔王となんて戦えないわ」
 リュカは勇気を取り戻す。それに、このドラゴンの杖があれば……かなり良い勝負が出来るかもしれない。仲間たちがおうと返事をし、リュカたちは塔に駆け上った。そこでは見張りの兵士たちが、一生懸命矢をブオーンに射掛けていたが……
「相手が大きいからって焦っちゃダメよ! ぜんぜん届いてないわ!!」
 ビアンカが注意する。相手があまりにも巨大なので、すぐ近くに見えているが、まだ矢が届くような距離ではないのだ。ビアンカは相手をひきつけるため、炎の爪に気合を込めた。
「はあっ!」
 爪から放たれた火球が、矢よりも速く飛んでブオーンの頭部を直撃する。すると、それまで街を踏み潰そうと進んでいたそいつは、初めて見張りの塔の敵に気付いたらしく、方向を変えて向かってきた。
「よし、今だ、皆の者、矢を射かけい!」
 アンクルが号令すると、一部の兵士が矢を放ち始めた。しかし、恐怖が勝ったのか、一人が矢を捨てて逃げ出した。
「うわぁ! あんなのに勝てるか!!」
 すると、恐怖が伝染したのか、兵士たちが一斉に逃げ始める。アンクルは激怒した。
「こら! 貴様らそれでも戦人か!! 恥を知れ恥を!!」
 それをメッキーが宥めた。
「無理もありませんよ、アンクル殿。私だって逃げたいですからね」
「むぅ」
 不満げなアンクル。その横で、着々と仕事をしていたのはブラウンである。据え置き型の巨大な弩……バリスタを台座から外し、巨大なボウガンのように構えると、投槍ほどもある矢を発射。それは狙いを過たず、ブオーンの頭に突き刺さった。
「すごい、ブラウン!」
 リュカは、自分では両手でも持てないようなビッグボウガンを軽々と扱って見せたブラウンの腕力を大いに褒めた。ブラウンはウィンクで答えると、黙々と次の矢を装填し始める。
「よおし、わしも負けてはおれんぞ。くらえい!」
 アンクルは得意のベギラゴンをブオーンの頭を狙って叩き込む。続けざまに頭に打撃を受けたブオーンは遠目にも怒り狂っているらしく、雄叫びを上げて突進してきた。塔に体当たりする気らしい。もしあの巨体が直撃したら、この塔はひとたまりも無いだろう。
「リュカ、まずいわよ! 何とか足を止めないと!」
 叫ぶビアンカに、リュカはうなずいてドラゴンの杖を構えた。
「その力を示せ、竜の杖よ! 焼き尽くせ!!」
 リュカが叫ぶと、杖のドラゴンの口がくわっと開き、そこから灼熱の炎が噴出した。鉄も溶けそうな超高熱の炎の濁流が、真正面からブオーンの顔面を包み込む。
「――――――――!!」
 ブオーンが絶叫する。流石の怪物も、この攻撃は堪えたようだった。炎から逃げ出そうと向きを変えるが、リュカはそれを許さず杖をブオーンにピッタリと向け続ける。顔が炎に覆われて呼吸が出来ないためか、次第にブオーンの動きが鈍ってきた。
「凄い、リュカ! その調子よ!!」
 ビアンカが応援する。確かに、そのまま後数分炎を噴射できれば、ブオーンを窒息死に追い込めたかもしれなかった。しかし。
「う……チャージしてあった魔力が……」
 リュカは限界を悟った。ドラゴンの杖の輝きが次第に失せ、炎の激流が細くなっていき、ついには消えた。ブオーンの生命力が炎の威力を、杖の魔力を上回ったのだ。焼け焦げた頭部を振り、目を開けたブオーンは息を吸い込むと、再び塔に突進してきた。
「ご母堂、さっきの炎は使えぬのですか!?」
 叫ぶアンクルに、リュカは首を横に振った。
「もう少し待たないとダメ! 何とか別の方法で……」
 それに応え、ビアンカが火球を、ブラウンが矢を放ち、ブオーンにダメージを与えるが、ドラゴンの杖の火炎には及ばない。アンクルがベギラゴンをもう一度撃つより速く、ブオーンは見張りの塔に匹敵するその巨体を叩きつけてきた。
「きゃあっ!」
「ぬおう!」
 塔が激震し、何かが壊れる音があちこちから響いてくる。屋上も傾き、塔のどこか重要な構造物が致命的な損傷を受けた事が、リュカたちにもわかった。傾きが次第に大きくなり、塔が一気に崩れ始める。
「きゃあああぁぁぁ!!」
 リュカは身体が宙に投げ出されるのを感じた。横をビアンカも落ちていく。まさかこんな所で……と無念の思いがこみ上げてきた時、瓦礫を撥ね飛ばすようにして、アンクルの巨体が現れた。
「ご母堂、ビアンカ殿、しっかり掴まりなされい!!」
 アンクルはその豪腕で必死にリュカとビアンカを抱え、崩れ落ちる塔から飛びだしたが、すぐに着地を余儀なくされた。無数の岩に乱打された彼の身体は、酷く傷ついていた。
「ありがとう、アンクル……! 今回復するね!!」
 手を伸ばそうとするリュカに、アンクルは首を横に振った。
「ワシの事は構わんでください。それより奴を……!」
 アンクルが指差す方向では、目障りな塔を始末したブオーンが、サラボナの街を蹂躙しようとしていた。メッキーにぶら下がったブラウンが、空中から矢を射掛けているが、阻止に至らない。
「ごめん……後で回復に来るから!」
 そう言って、リュカはビアンカと共にブオーンを追いかけようとした。が、その時。
「――――――――!!」
 ブオーンが突然動きを止め、苦痛の叫びを上げた。リュカは見た。ブオーンの目に刺さっている、金色の光り輝く……
「雷神の槍!? と言うことは……」
 リュカはサラボナの街に目をやった。そこに立っていたのは、もちろんオークスだった。さらには……
「みんな!」
 ビアンカが喜声を上げる。回復を終えて飛んできたユーリルとシンシア。そしてプックル以下の仲間たち。ユーリルは天空の剣を抜くと、それを高く天に掲げて呪文を唱えた。
「ラーイデイーン!!」
 次の瞬間、天空から一条の雷光が下り、ブオーンの目に突き刺さった雷神の槍を直撃した。勇者の秘呪文、ライデイン。その威力に活性化された雷神の槍も稲妻を放ち、ブオーンの体内に灼熱の高圧電流を容赦なく叩き込んだ。
 よろめくブオーン。さらに、シンシアが手を高く掲げ、彼女自身の身体より大きな火球を作り出した。
「メラゾーマー!!」
 飛んだ火球がやはりブオーンの顔に炸裂し、頭部を轟々と燃え上がらせる。よろめいたブオーンが、サラボナの街から追い立てられるように離れた。その足取りはふらつき、かなり弱っている。今こそとどめを刺す好機。リュカは両手に真空の魔力を集中させ、必殺の一撃を放った。
「グランドクロス!」
 交差する真空の刃が、見えない大剣のように巨大な魔物の首を撥ね飛ばした。流石の怪物も、もはや生きていられる道理は無く、大地震のような地響きを立てて、地面に倒れ伏した。その直前、切り落とされた首から、何か煌くものが放物線を描いて放り出されるのを、リュカは見た。
「やった!」
「勝ったわ!!」
 喜ぶ仲間たちの前で、リュカはその放り出された何かに歩み寄った。それは、マスタードラゴンの鱗の色に似た、黄金と真珠を混ぜ合わせたような輝きを放つ、一枚の盾。天空の盾に勝るとも劣らない力を秘めているであろう逸品だった。
「あの魔物、こんなものを飲み込んでいたの……?」
 リュカはそう呟きながらも、盾の輝きから目を離せなかった。
(続く)

-あとがき-
 ブオーンのエピソードを入れてみました。相変わらずルドマンは出ません(笑)。
 ブオーンが何を吐き出したかは、次回をお楽しみに。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第六十七話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/23 18:21
 ブオーンを倒したリュカたちを、アンディとフローラは笑顔で出迎えた。
「やはり、リュカさんは凄いですね。あんな怪物を倒してしまうとは……ともあれ、避難が無駄になってよかったですよ」
 アンディが言う。サラボナの街は見張りの塔こそ破壊されたものの、街本体は被害を免れたからだ。今は近くの山や森に避難していた市民たちが、続々と帰宅している最中である。
「そうですね。本当に、リュカとユーリル君やシンシアちゃんなら、この世界を救えるんじゃないかと信じられますよ」
 フローラも言う。
「そうですか? ありがとうございます」
「わー、照れちゃうなー」
 シンシアは慎ましく、ユーリルは能天気にフローラの褒め言葉を受け取った。そんな子供たちの頭を撫でながら、リュカはブオーンの体内から出てきた盾を見せた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第六十七話 敵地へ


「こんなのが出てきたんですけど……何か知りませんか?」
 アンディは盾を受け取り、しばらく考え込んでいたが、ルドマンの書斎に行って何か本を取ってきた。
「これは、ブオーンを封じ込めたルドルフと言う人の日記ですが、どうやらルドルフはブオーンをおびき寄せる囮に、その盾を使ったようですね」
 魔族にとって、こうした強い魔力を持った武具が人間の手に渡ることは、邪魔以外の何者でもない。だから、ブオーンはこの盾におびき寄せられたのだろう。本当は破壊したかったが、それが出来ず飲み込む事で人間の手に渡らないようにしたのかもしれない。
「名前は光の盾、とあります。異世界の勇者が使った盾とも、真の王者が使う盾とも言われているとか……ヘンリーさんなら使えるかもしれません。持って行って下さい」
 アンディの言葉に、リュカは頭を下げた。
「ありがとう、アンディさん。あなたに盾を貰うのは二回目ですね」
 一回目はもちろん天空の盾の事である。
「なに、僕が盾を持っていても、宝の持ち腐れですよ。使える人が使った方が世のため人のためです」
 アンディはそう言って微笑んだ。

 ブオーンを倒したリュカたちはグランバニアへ戻り、数日間ゆっくりと休養を取り、さらに武器や防具を調えた。天空城からは時々ザイルがやってきて、出来上がったばかりの武具を置いていった。ゾンビキラーにドラゴンキラー、悪魔の爪といった強力な武器や、魔法の鎧、炎の鎧といった防具類。どれも甲乙付けがたい性能を持った品物ばかりである。
 それらを仲間たちに分配し、十分に準備を調えたと確信した所で、リュカは仲間たちを城の裏庭に集めた。
「これから、光の教団の本拠地……大神殿に乗り込もうと思います」
 仲間たちを前に、リュカは緊張した口調で言った。
「ゲマの言う事を信じるなら……ヘンリーは大神殿に運ばれているはずなの。でも、わたしがあそこに行きたいのは、それだけじゃないの」
 リュカは言葉を続ける。
「わたしは、あの大神殿で十年を過ごしました。たくさんの人が理不尽に奴隷にされて……つまらない理由で言いがかりをつけられて殺されたり、酷い目に合わされたり……わたしも一度、ひどく鞭で打たれて、もうダメだって思った事があるの」
 仲間たちはじっとリュカの言葉を聞いていた。
「そんな時、二人の人が助けてくれました。一人はみんなも知ってるヘンリー。わたしの一番好きな人。もう一人は、ヨシュアさん。この人は教団の兵士だったけど、教団のやり方に疑問を持って、わたしたちが逃げ出す手伝いをしてくれたの。今も、ヨシュアさんはたぶん教団にいると思う。中から教団を変えて行きたいって、そう言っていたから」
 リュカはヨシュアの言葉と顔を思い浮かべた。鞭でできた傷の痛みで朦朧とする意識の中ではあったが、決意を秘めた横顔だけは、今も印象に残っていた。
「ううん……二人だけじゃない。他にもわたしを助けてくれた人はいっぱいいた。文字とか、いろんな勉強を教えてくれた人。子供のわたしたちをかばって、たくさん仕事を引き受けてくれた大人の人……わたしは、その人たちに恩返しできてない。逃げる事ができて、あそこの実情を知っている数少ない一人として、わたしはその人たちを助けたい。だから……」
 リュカは頭を下げた。
「みんな、協力してください」
 真っ先に反応したのはピエールだった。
「お任せください、リュカ様。このピエール、剣にかけてリュカ様の願いに応えます」
 続けてユーリルとシンシア。
「行こう、お母さん! お父さんを助けるんだ!」
「お父様だけでなく、多くの人たちを助けるために」
 続けて、サンチョとビアンカ。
「姫様、姫様が来いと言うなら、例え地獄の底までもこのサンチョ、お供仕ります」
「私の可愛い妹分を可愛がってくれたお礼、しなければ気がすまないわよ」
 マーリンとシーザーが言う。
「それほどの敵地、ワシの魔法抜きではどうにもならんだろうて」
「おいらの吐息で、みんなまとめて相手してやるよ!」
 オークス・メッキーコンビも闘志を漲らせた。
「マーサ様救出の第一歩として、この槍に物を言わせましょうぞ」
「援護なら任せてもらいますよ」
 悪魔三人衆もやる気満々だった。
「このアンクル、シンシア様とご母堂様に勝利を捧げましょう!」
「サーラめにお任せくださいませ」
「ボクの魔法でみーんなやっつけてやるよ!」
 ちょっと出遅れたが、ピピンとプックルも力強く応えた。プックルは猛々しく吼え、ピピンは新品の吹雪の剣をすらりと抜いて騎士の誓いを立てた。
「邪悪の巣窟、この剣にかけても一掃して見せます」
 喋れないブラウン、スラリン、ホイミン、ジュエル、ロッキー、ゴレムスもそれぞれの仕草で戦い抜く事を誓った。リュカは一人一人の目を見てお礼を言った。
「ありがとう、みんな……それじゃ、行きましょう!」
 リュカは天空のベルを鳴らした。待つ事数分で、空の向こうに羽ばたく影が見えたかと思うと、凄まじい速度でグランバニア上空を飛び越え、数度旋回してスピードを殺すと、裏庭に降りてきた。
「呼んだか、リュカよ。乗り込む覚悟は決まったようだな」
 マスタードラゴンの言葉に、リュカは頷いた。
「はい。もう恐れるものはありません」
 この力強い仲間たちと一緒なら、どんな危険も突破できる。リュカはそう確信していた。
「良かろう。リュカと子供たちは我が背に乗るが良い。他の仲間たちは、馬車に乗れば掴んで運んでいこう」
 マスタードラゴンは明るい声で言うと、尻尾を階段のようにリュカの前に垂らした。
「ありがとうございます。では、失礼して」
 リュカを含め、人間の仲間たちとスラリンは背中に乗り、他の仲間たちはある者は馬車に乗り込み、あるものは地上で待機して、大神殿突入後に馬車内の旅の扉を使う、と分担した。準備が整った所で、リュカは言った。
「ではお願いします、マスタードラゴン様」
「心得た。しっかり掴まっているのだぞ」
 そう言うと、マスタードラゴンは翼の一打ちでふわりと身体を浮き上がらせた。その風に顔をしかめつつ、見送りのオジロンが手を振った。
「リュカよ、無事に戻ってくるのだぞ! 皆がお前たち夫婦の、家族の、揃った姿を見たいと願っているのだからな!」
「はい!」
 リュカはオジロンに答え、マスタードラゴンは翼を羽ばたかせて遙か西方のセントベレスへ向けて飛び立った。

 魔法の絨毯やトロッコも速かったが、マスタードラゴンの速さはそれ以上だった。そして、高かった。地上の景色が見る間に遠ざかり、チゾットのある峻険な山脈すらも遙かな眼下になり、そしてあっという間に海に飛び出した。
「すごい……幾つもの大陸が同時に見えます」
 シンシアが言う。背後にはグランバニア。その北のエルヘブンの大陸が見え、目を前方にやれば、セントベレスのある中央大陸に、その北のラインハットや南のテルパドールすら見えた。
「世界を一望、とはこう言う事を言うんですね……こんなに綺麗な世界を、邪悪な魔王の手に収めさせるなんてできない」
 リュカが言うと、マスタードラゴンが笑顔で言った。
「うむ。その気持ちを忘れるなよ、リュカ。人の生まれ故郷は自分の村や国と言うだけではない。この世界そのものなのだ。その事を知っていれば、人間同士で争う事も無くなっていくだろう」
「はい。ユーリル、シンシア、二人ともよく見ておきなさい。あなたたちが生まれた世界を」
 リュカは頷き、二人の子供にそう話しかける。ユーリルもシンシアも、黙って母の言う事を聞きながら、世界の美しさに目を奪われていた。

 マスタードラゴンは素晴らしい速度で、船なら二ヶ月、魔法の絨毯でも一日以上かかるであろう距離を、僅か一刻で飛び越え、大神殿のすぐ傍まで来ていた。こうして見ると、大神殿の荘厳としか言いようのない佇まいがよくわかる。
 鏡のように磨かれた白大理石の壁と、黒大理石の床。屋根は燃えるような赤い瓦で葺かれ、窓は高価なステンドグラスをふんだんに使って、何かの神話をモチーフにしたような絵が描かれている。
 そして、本来草木も生えないようなこの高さの山頂に、木々や花が植えられ、噴水まで作られて、天上の庭と言うべき美しい庭園まで整備されていた。
 邪悪な……邪悪そのものの者たちによって作られた偽の楽園であるにもかかわらず、いや、だからこそ、大神殿は美しかった。しかし、リュカはグレートフォール山の山頂台地を思い出していた。人の手が加えられていない、自然そのものの美。そう、それを知っているからわかる。この不自然な美を。どこか歪んだ姿を。
「ん……気付かれたかな」
 マスタードラゴンが言う。中庭に数匹の魔物が出てきて、マスタードラゴンを指差して何か叫んでいるようだった。
「通報されるとまずいですね。何とか倒せませんか」
 サンチョが言う。ここから魔法なり飛び道具で攻撃しようと言う考えだったが、マスタードラゴンはそれを自分への提案だと思ったようだった。
「ふむ、良かろう。お前たちを降ろす前にあれは引き受けよう」
 そう言うと、マスタードラゴンは速度を上げて大神殿に向けて突進するや、口をかっと開くとそこから凄まじい閃光を発射した。神竜ならではの特技――閃光の吐息。ベギラゴンを超える熱量を持った純白の閃光が庭を一舐めするや、魔物たちは跡形もなく消えうせていた。燃えるとか言うレベルを遙かに超えて、一瞬で蒸発してしまったのだ。
「……凄い」
 リュカが言うと、マスタードラゴンは振り向いて言った。
「今のうちに降りるぞ。準備するが良い。私はお前たちを降ろした後は、この近くで待機していよう」
 リュカは頷いた。マスタードラゴンはまず両足で持っていた馬車を中庭に下ろし、続いてその横に着地する。尻尾を滑り降りるようにリュカたちが中庭に降り立つと、マスタードラゴンは羽ばたいて浮き上がった。
「ではな。武運を祈っておるぞ!」
 そう言って、眼下の雲海に消えていくマスタードラゴン。さて、神様であるマスタードラゴンは何に祈るのだろう……と一瞬リュカは思ったが、そんな事を気にしている場合ではない。
「それじゃ、みんな行きましょう」
 まだ閃光の吐息の熱が燻る中庭を横断し、リュカは本殿への扉を開いた。屋根があり、資材が置かれていないので一瞬戸惑うが、将来集会場になるはずだった大広間の周りを一周する回廊の一部だと気が付く。となると、この向こうが集会場か、と思った時、微かに声が聞こえてきた。
「……何か聞こえる?」
 ユーリルも気付いたらしい。リュカは集会場に通じる扉を開けた。その途端、はっきりと声が聞こえてきた。
「であるからして、我らが救世主ミルドラース様の復活は近いと、教祖イブール様は予言されたのである! 約束の時は近い。ミルドラース様をお迎えし、この地上に永遠の平穏をもたらすその日のために、皆励まねばならぬ!」
 静まり返る聴衆を前に、狂気じみた表情で説法をする中年の男。それはどうでもいい。リュカの目は、その背後の石像に釘付けになっていた。
 全身傷つき、それでも満足げな笑みを浮かべ、何かに手を差し伸べたポーズで立つ、凛々しい青年の像。決して見間違える事のない、最愛の人の姿が、そこにあった。
(続く)

-あとがき-
 ブオーンから奪取したのは光の盾でした。原作だと隠しダンジョンの宝なんですが、今回は隠しダンジョンは扱わないので、こういう形で。
 さて、いよいよ大神殿編突入です。次回はあの人の再登場。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第六十八話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/24 21:05
「ヘンリー……!」
 石像と化している夫を見てリュカが言うと、壇上の説法をしていた男は、それに気付いたようだった。
「……なんだ、お前たちは。まだ生きている目をしているところを見ると、信者どもではないようだな」
 それに答えようとして、リュカは気付いた。そこにいる聴衆たちは、一様に無表情で生気がなく、まるで魂の無い人形のようだった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第六十八話 男たちの意地


「この人たちは……」
 だが、リュカにも見覚えがある人が、その中には混じっていた。かつて地下で奴隷として苦しい暮らしを共に過ごした人たち。大神殿を作り上げた彼らは、約束どおり信者になれたのか。だが、この様子では……
「洗脳されて……いえ、魂を抜かれている? あなたがこれをしたの……?」
 リュカの言葉に怒りが混じる。邪気を見分ける力の応用で、リュカは人々の生気や魂をも見ることが出来るようになっていた。その力から、リュカは信者たちが魂を抜かれ、ただ生きているだけの虚ろな人形に成り果てている事を悟った。
「ふ、いかにも。教祖イブール様の右腕、大神官ラマダとは我の事よ。そうか、お前たちはゲマを倒した天空の勇者と、その一族だな?」
 男――ラマダはリュカの横に立つユーリルの姿を見て言った。
「そうだ。ボクは勇者ユーリル。お父さんを返してもらう!」
 ユーリルは怯まず、ラマダの顔をまっすぐ見返して堂々と名乗りをあげた。すると、ラマダは哄笑した。
「ふあはははは、可愛い勇者様だ。だが、お前の父を返すわけにはいかん。この像は御神体として実に役立ってくれているからな!」
 確かに、石像と化しても、笑顔で困難に立ち向かうが如きヘンリーの石像には威厳とカリスマすら感じられる。信仰の対象となってもおかしくない。しかし、その説明はもちろんリュカたちの怒りに火をつける……いや、既に怒りは燃え上がっており、油を注ぐに十分だった。
「これ以上、ヘンリーを辱めさせはしない……返してもらいます」
 リュカがドラゴンの杖を構えると、ラマダは笑顔を消して凶悪な面相を浮かべた。
「愚か者め。ゲマが敗れたとは言え、我が教団にはまだ我をはじめ、多くの戦力が残っている。そこに乗り込んでくるとは、まさに飛んで火にいる夏の虫よ」
 そう言うと、ラマダはさっと手を左右に動かした。それに答えるように、信者たちが左右に割れて、リュカたちとラマダの間に空間が出来る。
「お前たちを殺し、ミルドラース様への生贄としてくれようぞ。出でよ、リンガー!」
 その声に応じ、一体の金色の鱗を持つ竜戦士――シュプリンガーが聖壇の影から出てくる。それに多くの教団兵が付き従っていた。
「気をつけた方が良い。あやつ、相当な強者です」
 ピエールが言う。そのシュプリンガーは手に禍々しい雰囲気を漂わせる必殺の槍、デーモンスピアを携え、それを隙無く構えていた。見るからに達人とわかる。
「リンガーよ、我が教団に仇なす天空の勇者とその一族だ。そやつらを討ち取れ」
 リンガーと呼ばれたシュプリンガーはじっとリュカたちを見つめ、首を傾げた。
「天空の勇者と、その一族だと?」
 リュカは頷いた。
「ええ。教団は父の仇。夫を攫った憎い相手。邪魔をすると言うなら、容赦はしません」
「そうか」
 シュプリンガーは槍を構え……目にも留まらぬ凄まじい刺突を放った。
 背後のラマダに。

「ぐぶあっ!?」
 ラマダが胸板を貫かれ、口から血を吐き散らす。次の瞬間、周囲の教団兵たちも一斉に槍や剣を繰り出し、ラマダを滅多切りに切り刻んだ。
 唐突な事態に唖然とするリュカたち。一方、唖然と言うか呆然としていたのは、ラマダも同じだった。ズタズタにされ血の海に倒れながら、ラマダは言った。
「き、貴様……裏切ったのか……改造を受けても、なお恨みを残したか……」
 リンガーは指を立ててちちち、と左右に振った。
「魔物にしてしまえば言う事を聞かせられる、と思ったその傲慢さを、あの世とやらで悔いるのだな」
 そう言うと、リンガーはラマダの首を刎ねた。途端に、周囲の信者たちの目に光が戻ってきた。
「こ、ここは!?」
「俺たちは何をしていたんだ!?」
 とは言え、魂を抜かれていた間の記憶はなかったようで、信者たちは戸惑いながら辺りを見回す。すると、リンガーは配下の兵士たちに指示を出した。
「かねてからの手はずどおり、彼らを脱出させる。説明や誘導は頼むぞ。私は他に用事がある」
「はっ、隊長!」
 兵士たちはリンガーに敬礼すると、信者たちを落ち着かせようと駆け出していく。そして、リンガーはゆったりとリュカの前まで歩いてくると、ニヤリと笑った。
「久しいな、リュカ。こうしてまた会えて嬉しい」
「え?」
 リュカはキョトンとした。シュプリンガーに知り合いなどいないはずだが。
「ふむ、やはりこの姿ではわからないか。では、名乗ればわかるかな。私だ。ヨシュアだよ」
 リンガーの言葉に、リュカは一瞬戸惑い、そして大声を上げた。
「ええええ!? よ、ヨシュアさん!?」
 彼女の知っているヨシュアは、人間だったはずだ。リンガー=ヨシュアは笑顔のまま事情を説明し始めた。
「いささか反抗が過ぎてな。洗脳がてらこんな浅ましい姿に改造されてしまったのだ。もっとも、洗脳の方は効かなかったがね」
 そう言って、ヨシュアはリュカの肩に手を置いた。
「ヘンリーの石像をラマダが運び込んで来た時から、必ずリュカ、君は来ると思っていた。待っていたぞ」
 リュカは笑顔を浮かべた。
「確かに、ヨシュアさんなんですね。姿はどうあれ、生きていてくれて、嬉しいです……」
 ヨシュアは手を振った。
「待て。君はヘンリーと結婚したのだろう? 夫の前で、他の男に笑顔を見せるものではないよ。早く元に戻してやると良い」
「ええ! シンシア!!」
 リュカが呼ぶと、妖精の剣からストロスの杖に持ち替えていたシンシアが、笑顔で頷いた。
「はい、お母様!」
 シンシアは聖壇に駆け上ると、ヘンリーに向けて杖を掲げた。
「ここに芽吹け、生命の力」
 シンシアがそう唱えると、杖から眩しい光のような生命力が迸り、ヘンリーの身体を包み込んだ。その光の中で、ヘンリーの身体に生命の色が宿っていく。
「……お?」
 光が消えた時、ヘンリーは自分の現状が理解できないらしく、自分の身体を見回して首を傾げた。

「ここは何処だ? オレはどうなったんだ?」
 そう言うヘンリーに、ユーリルが駆け寄ろうとするが、その首を掴んでシンシアが止めた。
「ダメですよ、お兄様」
「ぐえ! な、何するんだよシンシア!」
 抗議する兄に、シンシアはウインクで答えた。
「お父様に一番会いたかった人に、順番は譲らないと」
 その一番会いたかった人、リュカは生命を取り戻したヘンリーを見て、涙を流しながら駆け寄り、抱きついた。
「ヘンリー! 会いたかった!!」
「え、リュカ……いってえええぇぇぇぇ!!」
 抱きつかれたヘンリーの激痛を訴える声に、リュカは慌てて離れた。
「あ、ご、ごめんなさい! 傷とかちゃんと癒えてなかったのよね……ベホマ!」
 リュカは謝ると、ヘンリーに全回復の魔法をかける。
「おお……これは気持ち良いな。リュカ、何時の間にベホマなんて覚えたんだ?」
 リュカはそれに答えず、まずヘンリーに抱き付き直した。
「ヘンリー……夢じゃないのね。またあなたに会えて、本当に良かった……」
「ん? あ、ああ……リュカ、元に戻れたのか。そうか。良かった」
 ヘンリーは愛する妻を抱き返した。しばらく二人は互いのぬくもりを確かめ合い、そしてようやくヘンリーは聞いた。
「一体何があったんだ? ここはデモンズタワーじゃないようだが」
「……大神殿よ。わたしたちが強制労働をさせられていた」
 リュカは答えた。そして、これまでのことを話し始めた。ユーリルとシンシアも、ようやく父に甘えることが出来た。
「そうか、オレが石になっている間にそんなに時間が……済まなかったな、お前たち」
 ヘンリーは子供たちがサンチョとビアンカに連れられ、世界中を旅して石にされた両親を元に戻す方法を捜し歩いた、その旅の話を聞かされ、子供たちの頭を撫でた。
「いいえ、お父様……私たちはそんな事は苦労だなんて思っていません」
 頭を撫でられながら、幸せそうにシンシアが言う。
「そうだよ! ずっと、お父さんとお話したり、一緒に遊んだりしたかったんだもん! 全然辛くなんてなかったよ!!」
 今度はユーリル。その子供たちの言葉は、逆にヘンリーにとっては辛かったようだった。
「そうか……わかった。旅が終わったら、いっぱい遊ぼう。話もしよう。みんなで、母さんも含めて思い出をどんどん作ろう。な?」
「「はい!」」
 声を揃えて返事をする子供たちを、ヘンリーはしっかり抱きしめ、そしてまずサンチョとビアンカに声をかけた。
「二人ともありがとう。この子達を代わりに育ててくれて。オレが育てたんじゃあ、とんでもないワガママっ子に育ててしまったかもしれない」
 サンチョとビアンカは微笑んだ。
「あー、なんとなく想像つくわ」
「いやいや。そんな事はないでしょう」
 続けて、ヘンリーはヨシュアと握手をした。
「あんたのおかげで、今のオレたちがある。本当にありがとう。そんな姿になってまで頑張ってくれた事に、本当に敬意を表するよ」
 ヨシュアは竜の顔に笑みを浮かべる。
「お前たちの苦労に比べれば、何ほどの事も無いさ」
 そして、ヘンリーは仲間たちにもそれぞれ声をかけていった。
「ふん、八年間眠っていた分、これからはしっかり働けよ」
 仲間たちを代表して、相変わらず憎まれ口を叩くピエール。だが、その声は嬉しそうだ。
「ははは、まぁせいぜい残ってる敵を相手に鬱憤晴らしをするさ。まずは教祖の奴を一発ブン殴らなきゃ、気がおさまらねぇ」
 ヘンリーはそう言うと、ヨシュアを見た。
「うむ、道案内は任せろ」
 ヨシュアは頷いた。リュカとヘンリーは顔を見合わせ、お互いに覚悟と決意を確認すると、味方を鼓舞すべく声を上げた。
「行こう、教祖のところへ!」
「教団のもたらす悲劇を終わりにしましょう!」
 おおう、と歓声が湧き、一行は大神殿の地下区画に向けて突入していった。
(続く)


-あとがき-
 ヘンリー復活の巻。そして、生きていたヨシュア。姿はシュプリンガーですが……
 マリアを殺してしまったので、ヨシュアのほうは生かしておこうと決めていたのですが、こういう形にしたのは人間のままだとピピンとキャラが被りそうだから(酷)。
 このままではナンなので、ヨシュアにも幸せな未来をあげられればなぁと思います。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第六十九話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/25 21:21
 ラマダが倒れた聖壇の後ろに、地下への入り口はあった。壮麗な地上部分に対し、多くの奴隷たちの血と汗と涙がしみこんだ地下区画は、重苦しい陰鬱さに包まれていた。
 階段を降りてすぐに到着した場所は、あの石切場だった。壁の崩れた後に置かれた墓標は、十八年前の数倍の数に膨れ上がっており、リュカもヘンリーも思わず足を止め、ここで無念のうちに死んでいった多くの人々に祈りを捧げた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第六十九話 教祖イブール


「ごめんなさい……もっと早く助けに来られなくて」
「せめて、あなたたちの無念だけでも晴らす。それで許して欲しい……」
 そんな二人の後姿に、仲間たちは声をかけられなかった。それはこの空間で過ごした事のある者にしか共有できない感覚だっただろう。
「この先の坑道を辿っていけば、地下の幹部級の連中の居住区に出る。本当はエレベーターがあるんだが、我々兵士や下級の信者たちは、使用を許されていない」
 その感覚を少しでも共有できるヨシュアが、粛然とした雰囲気を破って声をかける。気持ちはわかるが、何時までも死者に思いを馳せてばかりはいられない。
「わかりました。行きましょう、ヘンリー」
「ああ」
 頷くヘンリーに、そう言えばとリュカは荷物の中から、二つの品を差し出した。オジロンから餞別に貰った王者のマントと、サラボナでブオーンから奪取した光の盾だ。
「これは? 凄い防具だな……」
 受け取った品を魅入られたように見つめるヘンリーに、リュカは来歴を話して、装備を手伝った。王者のマントと光の盾を身につけたヘンリーの姿に、おおと溜息が漏れる。
「さすが元王子様。決まってるわね」
 ビアンカが褒めると、ユーリルが残念そうな口調で言った。
「お父さんかっこいいなぁ。ボクも天空の装備が全部揃っていれば良いのに」
 ユーリルはまだ天空の鎧を手に入れていないので、魔法の鎧を代わりに装備しているが、やはり他の装備と比べると浮いている。するとヨシュアが言った。
「天空の鎧? それならこの大神殿にあるぞ」
 リュカたちは驚いてヨシュアを見た。
「本当ですか!?」
 聞くリュカに、ヨシュアはああ、と頷いた。
「地下区画の宝物庫に、教団の連中があちこちで奪ったり盗掘してきた、強力な武具が納められている。私は一時そこの警備担当だったから知っているが、天空の鎧もあったはずだ」
 ヘンリーは勢い込んで言った。
「願ってもない話だ! 案内してくれよ!」
 ヨシュアは頷いた。
「無論、最初からそのつもりだ。こっちへ来てくれ」
 彼の先導で、リュカたちは石切場の坑道から奥へ進んで行く。しかし、そこは無数の敵で溢れていた。

「背教者に死を!」
「異端どもを殺せ!」
「異教の者たちを生贄にしろ!」
 そんな狂信的な叫びを発しつつ、襲い掛かってくる教団兵たち。ヨシュアは警告した。
「こいつらは、教祖に魂を捧げつくした連中だ! 説得は効かない!」
 そう叫びつつ、ヨシュアはデーモンスピアを繰り出して先頭の敵兵を串刺しにする。さらに尻尾を横薙ぎに振るって、数人を薙ぎ払った。しかし後から後から敵が押し寄せてくる。
「きりが無い。爺さん、あれを頼む!」
 ヘンリーがデモンズタワーでの戦いを思い出し、マーリンに声をかけた。ベギラゴンで通路を薙ぎ払おうと言うのだ。
「承知じゃ! アンクル殿、ワシに合わせてくだされ!」
「心得た、老師!」
 マーリンはアンクルとベギラゴンを連打する体勢をとろうとしたが、その前に強敵が現れた。シーザーより身体の大きなブラックドラゴン。通路をせき止めるような巨体を振り回し、ブラックドラゴンはくわっと口を開く。喉の奥に既に火炎の先端が見えた。
「やばい! フバーハも間に合わない……くそっ!」
 咄嗟にヘンリーは先頭に飛び出ると、王者のマントを翻した。そこへ、ブラックドラゴンの吐いた轟炎が、味方の筈の狂信者の群れを薙ぎ倒しつつ押し寄せる。
「ヘンリー!」
 別の狂信者たちを相手にしていたリュカの目の前で、ヘンリーは地獄の業火に沈んだように見えた。しかし。
「おらぁ!」
 ヘンリーは再びマントを闘牛士のようにふりかざし、押し寄せた炎を払った。マントの表面には焦げ目すらついていない。
「なるほど、伝説の防具に相応しいな、これは。その程度の炎じゃ焼けもしないか!」
 ヘンリーは喜色を浮かべると、パパスの剣を振るってブラックドラゴンの額を叩き割る。同時に突進したピピンとオークスが続けざまにブラックドラゴンの胴を斬り裂き、その巨体を床に撃沈する。
「大公閣下、危ない真似はおよしください!」
「まったく、見ていてハラハラするぞ。リュカ様のお気持ちも考えよ」
 ピピンとオークスのお説教にも、ヘンリーは動じない。
「悪い悪い。だが、危ない真似をしなきゃ未来は開けないぜ。俺に続けー!!」
 そう言って敵に飛び込んでいくヘンリー。それを見つつ、マーリンは苦笑した。
「あれは勇者の台詞ではないのかのう……」
「良いではないか。流石はシンシア様の父上。良き若武者であることよ!」
 アンクルは豪快に笑うと、暴れ足りないとばかりに乱戦の最中へ飛び込んでいった。それを聞いて、ユーリルも発奮する。
「ボクだって、お父さんには負けないよ!」
 アンクルが何かとシンシアを持ち上げるのに、対抗心が芽生えたようだ。天空の剣を縦横に振るい、当たるを幸い魔物たちを薙ぎ倒していく。リュカはくすりと笑い、心配はないと思った。今の自分たちは……仲間たちは世界一強い!
 
 坑道を埋め尽くすような魔物と狂信者たちを掃討し、リュカたちは地下区画に入った。地上の大神殿同様、切り出した大理石で美しく装飾された区画だった。
「上にあんな綺麗な神殿を作ったのに、どうしてこんな所で暮らすのかな?」
 ユーリルが疑問を口にすると、サーラが答えた。
「日の光が怖いのですよ、ユーリル様。私たち悪魔や魔族は、太陽の無い暗い世界で生まれました。だから、太陽は私たちには眩しすぎるのです」
「サーラも、太陽は苦手なの?」
 シンシアが心配そうに聞いた。サーラを仲間にした身としては、嫌がる事はしたくないと思ったのだ。しかしサーラは笑顔で首を横に振った。
「いいえ、シンシア様。今の私やアンクル様、ミニモンは、太陽の眩しさと共に、その心地よい暖かさも知っています。ですからお気遣い無く」
 サーラの答えに笑顔になるシンシア。そうしている間に、一行は宝物庫に到着した。蛇手男などの番兵がいたが、今のリュカたちを止める実力はもちろん無い。一蹴して中に入ると、一行はその煌びやかさに目を見張った。金銀財宝が山のように積まれていたのだ。
「すごいな。これが全部信者から騙し取った財宝か」
 ヘンリーが呆れたような、感心したような口調で言う。光の教団は信者たちをこの大神殿に連れてくる際に、もはや現世の財産には意味が無いのだから、と全額を拠出させていたらしいが、なるほどそれが頷ける財宝の量だ。
 ここにいる全員で山分けしたら、一生食いっぱぐれ無く生きていける事請け合いの量だったが、リュカはそれには目もくれなかった。
「これはそのうち、教団に騙された人たちに返しましょう。それよりも、天空の鎧を」
 全員が頷いて、装備を探しにかかる。そして数分後。
「あった! これじゃないですか!?」
 見つけたのはサンチョだった。本人曰く「盗賊並みには鼻が利く」と言うくらいで、サンチョは物探しが得意である。大半はユーリルのイタズラを見破るのに使われているらしいが……
 ともかく、金貨の山の陰からサンチョが引っ張り出してきたのは、他の天空の装備と共通の意匠を持った、銀と緑の金属を用いた鎧だった。剣と盾が見るからに重厚なのに対し、兜と鎧は軽快なデザインをしている。
「間違いなさそう。ユーリル、着てみて」
「うん、お母さん」
 リュカの呼びかけに、ユーリルは魔法の鎧を外して、天空の鎧を手に取ろうとした。その瞬間、天空の鎧は光り輝いたかと思うと、宙に浮き上がり、分解した。
「!?」
 全員が驚く中、分解した鎧はユーリルの身体の大きさに合わせて変形し、まるで見えない手で動かされているように、自動的にユーリルに着せられていった。ほんの数秒で、天空の鎧はまるでユーリルの身体の一部のように、完全に彼の身体を覆っていた。
「うわぁ、凄く軽いや。それに、ぜんぜん身体を動かす邪魔にならない!」
 ユーリルははしゃいで、財宝の山から山へ飛ぶように動き回って見せるが、不安定なはずの金貨の山などに着地しても、態勢も山も崩す事がない。まるで浮いているようだった。
「いいなぁ、お兄様は専用の装備があって……」
 羨ましがるシンシアに、ビアンカが何処からか引っ張り出してきた服を持ってきた。
「じゃあ、シンシアはこれを着てみたら? きっと似合うわよ」
 淡い空色とピンク色の、ベストとローブを組み合わせ、魔法使いの服とドレスを合わせたようなデザインのその服は、要所に銀糸の刺繍で装飾がなされ、見るからに豪華かつ、強い魔力を放っていた。試しにシンシアがそれを着てみると、若干サイズが大きいものの、シンシアの可憐な容姿を引き立てる素晴らしいコーディネイトだった。
「これは……たぶんプリンセスローブと言うやつじゃな。シンシアにはぴったりじゃの」
 収蔵品の目録を探し出してきたマーリンが言う。それを元に探した結果、使えそうな装備としては黒い妖気を放つ魔剣……地獄のサーベルが見つかった。
「これはワシにピッタリの得物じゃわい」
 アンクルが地獄のサーベルを手にして、その使い勝手に目を細める。それほどの逸品は他にはなかったが、幾つかは使えそうな装備や道具もあったので、リュカたちはそれらを冒険が終わるまで借り受ける事にして、宝物庫を出ると、奥への進撃を再開した。

 坑道の戦いで教団側の戦力は尽きたのか、地下区画には魔物も狂信者たちも現れなかった。数階層を降下し、地中の長い一本道を進んだ先に、重厚な扉が待ち構えていた。もう、他には探していない場所は無い。つまりここが……
「教祖、イブールの部屋……」
 リュカは言った。一代で一つの国家に匹敵する力を持つ大教団を作り上げ、ゲマやラマダといった強力な魔族を従えたほどの人物。一体どんな相手なのか……リュカは緊張しつつ扉を開けた。
 そこは、幾つもの美術品が飾られた、広い部屋だった。あまり照明は灯されておらず、薄暗い部屋の奥。そこに置かれた椅子に座っていた人物が、声をかけてきた。
「誰か」
 その声を聞いた瞬間、全員がぞくっとするような感覚が背筋に走るのを感じた。それは恐ろしく深みがあり、人の心の奥深くにまで響くような、そんな声だった。
「……あなたが、教祖イブール?」
 リュカは気圧されないように聞き返した。人物は頷き、立ち上がるとリュカたちの方へ歩いてきた。
「いかにも。私がこの光の教団の教祖、イブールだ」
 そう言った時、淡い光の中にイブールの姿が浮き上がり、リュカは息を呑んだ。
 聞く者を魅了する声と同様に、イブールの容姿は恐ろしく整ったものだった。けっして堂々たる体格ではない……むしろ貧弱といって良いほどの身体つきであったが、全体として神が全身全霊を込めて作り上げた美術品のように、完璧な調和を保つその肢体は、目を離すことを拒ませるほどだ。
「良く来た、天空の勇者とその一族の者たちよ。私に忠節を誓うと言ってくれた者たちは、皆死に絶えたか。痛ましい事だ……」
 秀麗な顔つきに、本当に痛ましそうな表情が浮かぶ。その全てが一幅の絵のようで、目を離す事ができず、息をするのも忘れそうになる。そんな美貌に笑みを浮かべ、イブールは言った。
「まずは、礼を言っておこう。ゲマとラマダを倒してくれたそうだな」
 リュカは一瞬イブールが何を言ったのかわからなかった。
「……礼? 彼らはあなたの部下だったのではないの?」
 そう聞き返すと、イブールはとんでもない、と笑った。
「彼らの忠誠は私にはなかった。ラマダは、途中からそうでもなくなったようだが……あの二人は、真の主に仕え、人間界のでの勢力伸張のため、見た目だけは良い私に目を付けたに過ぎない。つまり……私のほうこそ、彼らの部下、いや、道具だったのだよ」
 そう自嘲するように言うと、イブールはローブの中から手を突き出した。貧弱と言うより、何か病気ではないのか、と思わせるほど細いその指に、淡く光る緑色の宝石が飾られた指輪が填まっている。
「実際の私は、魔族が与えてくれたこの命のリングが無ければ、即座に死んでしまう半死人に過ぎんよ」
「命のリング……じゃと?」
 驚いたのはマーリンだった。
「実在の品であったのか。まさかこの目で見ることが出来ようとは」
「知っているのか? 爺さん」
 ヘンリーの質問に、マーリンは興奮を隠せない様子で答えた。
「おぬしたちが結婚指輪に使った、炎のリングと水のリング……それとセットになる、もう一つの指輪じゃよ。所有者の生命力を増幅する働きがあると言う。じゃが、他の二つと違って、実在すると言う確かな伝承が無かったので、幻のアイテムじゃと思っていた」
「ふむ、良くご存知だな、ご老人」
 イブールは笑った。
「魔族があなたに与えてくれたといったわね。なぜ?」
 リュカが聞くと、イブールは笑いを消して答えた。
「魔族や悪魔も、神同様人間の祈りを力に変えることが出来る。魔王は神から祈りの力を取り上げ、自らを強くするため、自分を崇める教団を人間界に作ろうと考えた。その尖兵として送り込まれたのが、お前たちが倒したゲマとラマダだ。私が彼らと出会ったのは……もう三十年近くも前のことだ」
 イブールは遠くを見る目になった。
(続く)


-あとがき-
 ラマダがアレだったぶん、イブールはちょっとキャラを掘り下げてみる事にしました。一応序列二位のボスなのに、扱いが酷すぎますし……
 ところで、皆さんはプリンセスローブは嫁と娘のどっちに着せてました? 私は字面を優先して娘に着せてましたが、そうすると嫁の最強防具が天使のレオタードになるのはいかがなものかと思います。
 あ、ちなみにリュカはもちろん天使のレオタードとかのえっちぃ防具は全て装備可能です(聞いてない)。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第七十話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/26 21:22
「……その頃の私は、見目が良いだけの子供に過ぎなかった」
 イブールは、そう言って回想を始めた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第七十話 邪教の最期


「加えて身体も弱く、すぐに熱を出して寝込んだり、食べ物を受け付けなかったりして、何時死ぬかわからない身体だった。私は呪ったものだ。自分をこんな身体に生まれさせた神を。そして祈った。健康な身体が欲しいと。それを、魔王たちが聞きつけたのだ」
 ある夜、熱に苦しむイブールの元に、ゲマが現れた。ゲマは言った。健康な身体が欲しいか? と。
「もちろん、私は頷いた。健康な身体が手に入るなら、なんでもすると。そしてゲマはこのリングを与えてくれた。だが、それからの私は、魔族の奴隷だった」
 ゲマに命じられるまま、イブールはその類稀な美貌と美声を武器に、光の教団を立ち上げた。瞬く間に信者は増えていき、彼らは魔王に対するものとも知らず、日夜熱心に祈りを捧げた。
「私の言葉で、皆が動く。楽しい日々だったよ」
 しかし、教団が大きくなると、イブールは次第に飾り物の地位に追いやられていき、ゲマとラマダが教団を動かすようになっていく。イブール自身、命のリングを使っても教祖の激務に耐えられず、神秘性を増すと言う名目で表には出なくなっていった。
「そのうち……馬鹿馬鹿しくなってきたのだよ。ゲマたちがやっている事は、教団の教えとは正反対の悪行だ。だが、信者たちは教団を妄信し、何も疑問の声一つ上げない。そんな愚かな連中を見ていると、無性に腹が立ったものだ。小さな事でも言いがかりをつけては、処刑したりしたな」
 ヨシュアが牙を剥いた。
「妹も……マリアもそうやって殺したのか」
 イブールは頷いた。
「ヨシュアか。お前も何時までも忘れる事のできない男だな。まぁいい。殺したくば殺せ。仇を討つが良い。私はもう疲れた。教団初期の、私だけを信じていた信者たちも、皆死んだ。私一人生きていても空しい。魔王ミルドラースなどどうでも良い」
 ヨシュアはイブールの前に進み出ると、槍を構えた。
「お望みどおり、妹の仇、討たせてもらう。死ね、イブール!」
 次の瞬間、イブールの心臓をヨシュアの槍が貫いていた。子供より脆弱なその美しい教祖は、一撃で即死していた。ほっそりとした指から命のリングが抜け落ち、リュカの足元まで転がっていく。彼女はそれを拾い上げた。
 ヨシュアはイブールの亡骸を邪険に振り捨て、その身体は玉座に座るように倒れこんだ。ヨシュアは吐き捨てるように言った。
「何だこれは……こんなくだらない男のために、妹は死んだのか。こんな男を信じた時期が、私にもあったというのか……酷い茶番だ」
 リュカは死んだイブールを見て、目を伏せた。ある意味イブールも被害者ではないかと思った。結局、本当に憎むべきは……倒すべきは、魔王ミルドラースなのだろう。
「行きましょう。もうここには用はないわ」
 リュカは踵を返した。魔界に……ミルドラースの所へ向かう方法を探さなくては。
 その瞬間だった。

「それは困るな」
「!?」
 突然の声に、リュカは驚いて振り向いた。そこに、死んだはずのイブールが立っているのを目撃して、さらに驚きは増す。
「イブール!? なぜ?」
 リュカはそう言って、それがイブールではない事に気がついた。イブールの胸には、依然としてヨシュアが槍で貫いた傷があり、どう見ても死んでいる。操られているのだ。何処からかの魔力によって。
 死んでいるイブールの声で「それ」は言った。
「始めてお目にかかるな、宿命の聖母リュカと天空の勇者、その一族の者どもよ。我が名はミルドラース。魔界の王にして、この世の全てを統べる定めの者」
「ミルドラース! あなたが!!」
 リュカはドラゴンの杖を構え、仲間たちも一斉に戦いの準備を整える。
「我が尖兵のゲマとラマダを倒し、光の教団を討ち滅ぼしたその戦いぶり、見事なものよ。流石はマーサの娘と言うべきかな……?」
 その言葉に、リュカはきっと表情を変えた。怒りのこもった声で問いかける。
「母様を……母様を返して!」
 ミルドラースはくっくっと笑った。
「そうはいかぬ。マーサの祈りは、光の教団からよりも遙かに大きな力を我に与えてくれているからな。もはや、我は歴代の魔王を、そして神をも超えた存在。だが、地上に赴くにはまだ力が足りぬゆえ、マーサは我が手元にいてもらうぞ」
 そう言い終えた途端、イブールの死体がびくりと震え、そして変貌を始めた。貧弱な身体が急激に膨張し、皮膚の色が緑色に変わって、鱗が生えてくる。爪や牙が大剣のような大きさで生え、見る間にイブールの身体はワニのような巨大な怪物になっていった。
「こ、これは!?」
 驚愕する一堂の前で、ミルドラースは最後の言葉を告げた。
「望みどおり、何者をも凌駕する最強の肉体を与えてやった。イブールよ、リュカたちを殺せ! さすれば、マーサの悲しみがより我に力を与えよう。その暁には、お前をゲマたちに代わる我が右腕としようぞ」
 次の瞬間、イブールは吼えた。だが、その叫びは悲しげなものだった。
「イブール……そんなものではないのでしょう? あなたの望みは」
 リュカは言った。ヨシュアが呟いた。
「……お前は妹の仇だった。許せぬ相手だった。だが、今はお前を哀れもう」
 魔物にされた悲しみと辛さは、ヨシュアが一番良くわかる。彼は槍を構えた。
「本当の意味で、アンタを解放してやる。いつか、普通の人間に生まれ変わってこれるように」
 ヘンリーも剣を構える。
「悲しい人……せめて、あなたの魂に救いがありますように」
 シンシアが涙の浮かんだ目で言う。
「ボクが……ボクがこんな事は終わらせてやる!」
 ユーリルが凛々しい表情と口調で言った。
「眠って……イブール!」
 リュカの言葉と共に、戦いは始まった。

 先手を打ったのはイブールだった。両手を合わせ、巨大な魔力を集中させるや、それを解き放つ。イオナズンの大爆発がリュカたちの頭上で起こり、高熱と衝撃波が室内を席巻した。高価な美術品が残らず破砕され、壁にかけられた名画が瞬時に灰となって飛び散る。
 さらに休む間もなく、イブールは口をかっと開き、冷たく輝く息を吐く。イオナズンの高熱すら消し去るほどの極寒がリュカたちを襲った。よほどの強者でも、この時点で凍りついた炭となって死んでいただろう、凄まじい攻撃だった。
「ベホマラー!」
「ベホマラー!」
 しかし、オークス・メッキーコンビがすかさず全体回復呪文を唱え、ヘンリーはフバーハをかける。リュカは仲間たちに指示した。
「シンシア、マーリン、戦える人にバイキルトを! スラリンとジュエルはスクルトを掛け続けて! ホイミンは回復に専念! プックルとゴレムスは、力を溜めて! あとは、それぞれ得意な方法で攻撃!!」
「はい、お母様!」
「承知!」
 シンシアがユーリルに、マーリンがヘンリーにバイキルトをかけ、天空の血を引く父子は力いっぱい跳躍すると、左右からイブールに斬撃を放った。さらにシーザーの灼熱の炎、悪魔三人衆の火炎呪文三連打が決まり、地獄の業火に包まれるイブールに、二度目のバイキルトで攻撃力を上げたブラウンとピエールが、力を集中したプックルとゴレムスが、凄まじい威力の打撃を叩き付けた。
 山すら砕けるかと思うような攻撃に、しかしイブールは耐えた。手を前に突き出し、身体の芯まで凍てつくような冷たい光を放ってくると、リュカたちのフバーハとバイキルト、スクルトの効果が瞬時に掻き消された。
「なっ、凍てつく波動……ぐはっ!?」
 光の正体を悟ったサンチョが、叩き潰すような巨腕の一撃で床を舐めた。
「くっ、この!」
 ビアンカが目にも留まらぬ連撃で、イブールの身体に四発の拳を叩き込んだ。そこへピピンが突きを入れる。吹雪の剣の効果で傷口が凍り付いていくが、イブールは意に介さずピピンの身体を鞠のように蹴り飛ばし、吹き飛んだ彼はビアンカを巻き込んで壁に激突した。
「ビアンカお姉さん、ピピン!」
 リュカは二人がよろよろと立ち上がるのを見て、安堵しつつも自分の攻撃を放った。グランドクロスの強烈な真空の刃が、イブールの巨体に十文字の傷を刻み付ける。その傷を抉るように、再びバイキルトをかけられたユーリルとヘンリーが斬撃を叩き込んだ。
「グッ、ググウッ!!」
 よろめくイブール。邪悪の力を抑える聖なる十字を撃ち込まれる事で、多少なりともその力を弱めたらしい。それに勢いづくように、仲間たちがいっせいに攻撃を仕掛ける。復活したサンチョとビアンカがかわるがわる攻撃を送り込み、魔力を使い切ったアンクルとピエールもお互いを援護しつつ斬りつける。ピピン、オークス、ヨシュアは硬い外皮を貫くように何度も突きを見舞った。
 イブールは途中からマホカンタを唱え、攻撃呪文を跳ね返そうとしてきたが、それをプックルがイブールのお株を奪うような凍てつく波動で打ち消す。そこへシンシア、マーリン、サーラ、ミニモン、ジュエルが次々に必殺の呪文を叩き込んだ。イオナズン、メラゾーマ、マヒャド、バギクロスといった最上級の攻撃呪文が荒れ狂い、部屋の中を嵐のようにかき回した。
 その猛攻に、次第にイブールもその力を弱めてきた。頃合を見計らい、ユーリルが手を上空に掲げた。
「これで最後にしてやる……ギガデイン!」
 勇者が下す天罰の魔法、その苛烈な威力を持つ雷撃は、山頂の神殿を砕き、はるか地下深くまで、まるで落雷を受けた木が裂けるように岩盤を切り裂いて、イブールの身体を直撃した。
「―――――!!」
 声にならない叫びを上げ、イブールの巨体が痙攣する。緑色の肌が黒く焼け焦げ、燃え上がる。イブールは溶ける様にして光の中で崩れて行った。だが、その体が完全に崩壊する寸前、一瞬イブールはリュカたちのほうを向くと、笑うようにその口をゆがませ、数度開閉させた。何かを告げるように。
「……ありがとう?」
 リュカはその口の動きを、そう読み取った。頷くようにイブールの首が崩れ、そしてその体は真っ黒な灰と化して消滅した。
「イブール……どうか安らかに」
「思えば、コイツも可哀想なやつだったな」
 リュカとヘンリーは言った。教団の教祖として、多くの人々を苦しめ、生きながらにして地獄に追いやったその憎しみや恨みは、決して消えたわけではない。しかし、イブールもまた被害者だったのだ。そう思うと、少しはその死を悼もうという気持ちがあった。

 その時、リュカが持っていた命のリングが僅かに暖かみを増し、リュカの脳裏に微かな声が聞こえてきた。
(リュクレツィア……私の娘リュクレツィア。私の声が聞こえますか?)
 リュカははっとなった。初めて聞く声だが、それが誰の声か、彼女にはすぐにわかったのだ。
「母様? 母様なのですね!?」
 命のリングを握り締め、突然叫ぶリュカに、みんなが驚いたような声を上げる。例外はユーリルとシンシアだった。
「声が聞こえる……まさか」
「お祖母様!?」
 娘と孫の問いかけに、声の主……マーサは喜びを僅かに含んだ声で答えた。
(聞こえるのですね、リュカ。それにユーリルとシンシア……そうです。私はマーサ。その命のリングを通して、あなたたちに話しかけています。リュカ、憎い相手の死をも悲しむ、優しい娘に育ったのですね。私はあなたを誇りに思います)
 リュカは言った。
「父様と、わたしを導いてくれた皆のおかげです……母様、魔界にいらっしゃるのでしょう? 助けに上がります。どうか、それまで待っていてください……!」
 ユーリルとシンシアも言った。
「おばあちゃん、待ってて! 大魔王なんてすぐにやっつけに行ってあげる!!」
「お祖母様、どうか魔界へ行く方法を教えてください!」
 しかし、命のリングから伝わってきたのは、拒絶の声だった。
(いいえ。そんな事をしてはなりません。今の大魔王は、あなたたちでもとても敵わぬ相手。私はこの命に代えても、あなたたちの元へ大魔王を行かせはしません。どうか母のことは忘れて、皆で幸せにおなりなさい)
 リュカは叫んだ。
「そんな、母様! 母様を見捨てて……父様の遺言を忘れて……それでわたしが幸せになれると思いますか!?」
 しかし、もうマーサの返事はなかった。リュカは涙をこぼした。
「母様……母様は思い違いをしています……!」
 涙する妻の肩を、ヘンリーがそっと抱いた。
「リュカ、義母上と……マーサさんと話したのか?」
 リュカは頷き、今の会話を皆に伝えた。それを聞いて、真っ先に意見を示したのは思慮深いマーリンだった。
「こう言っては難じゃが……おそらく、マーサ様は命ある限り大魔王を抑えることは叶おう。しかし、マーサ様の寿命が尽きても大魔王は健在じゃ。何もせねば、数十年後に大魔王は必ずやって来る。その辺を、マーサ様は失念されているのではないか?」
 リュカは頷いた。
「それもあるけど……わたしは母様をこのままにしてはおけない。それに、父様の本当の敵は大魔王、ミルドラース……だから、わたしは母様を助けに魔界へ乗り込むつもり」
 オークスが手を挙げた。
「それについては異存はありません。皆も同様でしょう。ですが、手立てはあるのですか?」
 魔界へ行く手段はわかっていない。知っていたであろうゲマとラマダは既に討ち取った。そうなると……
「心当たりはある」
 意外な人物が声を上げた。ヘンリーだった。
「リュカの命のリングに、マーサさんは話しかけてきた。つまり、マーサさんと……ひいてはエルヘブンの人々と、このリングは関係が深いんだ。魔界とこの世界の境を超えて交信できるほどに……」
 リュカはまだ握っていた命のリングを見つめた。彼女の手のひらで、リングは緑色の光をぼうっと放っている。その光は、グランマーズの髪の色を思わせた。
「そうね……行ってみましょう、エルヘブンへ」
 リュカはリングを懐にしまいこみ、リレミトの呪文を唱えた。
(続く)

-あとがき-
 イブールを倒し、光の教団は壊滅しました。残る敵はいよいよミルドラースだけです。
 物語もいよいよ最終盤……何とか頑張って毎日更新を続けようと思います。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第七十一話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/27 21:17
 リレミトで神殿の中庭に戻ってきたリュカたちを見つけて、上空を旋回していたマスタードラゴンが降りてきた。
「済んだようだな」
 そう問いかけてくるマスタードラゴンに、リュカははいと頷く。一方、驚いたのはヘンリーだった。事情を知らなければ、マスタードラゴンと言えど最初は魔物だと思ってしまう。それが世界を統べる天界の神だと知り、彼は恐る恐る頭を下げた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第七十一話 魔界の鍵


「ヘンリーです。はじめまして……うちのリュカたちがお世話になったようで」
 それを聞いて、マスタードラゴンは大いに笑った。
「なんの、世話をされているのは私のほうだ。さて、これからどうするのだ?」
 マスタードラゴンの質問に、リュカは命のリングを見せ、エルヘブンに行く事を説明した。
「ほう、命のリングにそのような使い道があったとはな……長年持っていれば、人は使い方を工夫するものだな」 マスタードラゴンが感心したように言う。リュカはその言い方が引っかかって尋ねた。
「マスタードラゴン様は、このリングの事をご存知なのですか?」
「うむ。それはストロスの杖などと同様、私が世界樹を育てると言う使命のために、エルヘブンの民に与えた宝物の一つだ。どうも、正しい使い方を失念しているようだが」
 マスタードラゴンは頷いた。そして、詩のような言葉を口にした。
「炎は死を清め、水は生を育む。命は祝福されて育ち、輪廻を超える」
 その言葉は、リュカたちには意味が良くわからなかった。ただ、何か非常に大事な事を口にしているのだという事はわかった。
「この言葉を、エルヘブンの長老に伝えよ。私は天空城に戻っている故、何かあれば訪ねて来るが良い」
 マスタードラゴンはそう言うと、いったん飛び上がり、急降下して雲海の中に消えていった。入れ替わるように、一人の教団兵が崩れた建物の陰から出てきて、ヨシュアのところへ駆け寄ってきた。
「隊長、信者たちの脱出は成功しました。全員無事に下山し、船に乗っております」
「そうか、ご苦労」
 ヨシュアは兵士の労をねぎらった。彼はリュカとヘンリーを逃がした後、密かに同じく教団の現状に不信や不満を持つ兵士や信者を集めて、険しい崖に脱出用の道をつけておいたのだ。同時に、奴隷の扱いを改善すべく、さまざまな活動もしてきた。それが発覚して、彼は魔物の姿にされてしまったわけだが、その事をヨシュアは後悔してはいなかった。
「助けられなかった人のほうが、ずっと多かったがね」
 竜の顔に自嘲の笑みを浮かべ、ヨシュアは兵士に言った。
「お前も脱出しろ。その後は、故郷に戻るなり何なり、自由に暮らせ。私はこの人たちと、最後の後始末をする」
「はっ! 隊長もどうかお元気で……」
 兵士は敬礼すると、もと来た方向へ去って行った。ヘンリーは尋ねた。
「いいのか? あんたにも故郷はあるんだろう?」
 これからの過酷な戦いの事を思えば、マリアの仇を討ち、教団を壊滅させると言う目的を果たしたヨシュアは、別に大魔王打倒に付き合う義理はない身のはずだ。しかし、ヨシュアはにっと笑った。
「故郷があっても、この姿じゃ帰れないだろう。ここまで来たら乗りかかった船だ。最後までお前たちに付き合うさ」
「ありがとう、ヨシュアさん」
 リュカは礼を言って、ヨシュアと握手した。
「それじゃ、まずは一休みするか。エルヘブンに行くのも、こんなボロボロの格好じゃ失礼だしな」
 リュカの祖母に挨拶したいヘンリーとしては、礼を失した事はしたくない。リュカは頷くとルーラを唱えた。
 
 一度グランバニアに戻ったリュカは、オジロンに大神殿での事を報告した。
「そうか、義姉上と話されたか……それでは、これからどうするのか、などと聞くのは愚問だろうな」
 オジロンはそう言って、少し目を閉じた。
「兄上の出奔以来、二十六年も待ったのだ。後少し待っても同じだろう。リュカよ、お前の母上を助け出して、必ず戻ってくるのだぞ。大魔王を倒そうなどと欲をかいてはならんぞ」
 リュカは頭を下げた。
「すみません、叔父様」
 オジロンはああ言うが、おそらく大魔王とは戦わねばならないだろう、とリュカは思っていた。それは倒したいからとかではなく、倒さねば母を助けられないだろうからだ。母を連れてこっちへ戻ってきても、大魔王は執拗に自分たちを狙う事だろう。
 そのリュカの気持ちは、オジロンにも伝わったらしい。
「詮無い事を申したな……せめて、少しでもお前たちの助けになれるよう、協力しよう。ヘンリー殿、これを持っていくが良い」
 オジロンはかぶっていた王冠を取ると、ヘンリーの手に押し付けた。
「え? これは?」
 戸惑うヘンリーに、オジロンは答えた。
「わがグランバニア王家の至宝、太陽の冠。代々の王が戦いにおいてかぶっていたものだ。戦えないワシの代わりに、ヘンリー殿が使ってくれ」
 ヘンリーは一瞬返そうかどうか迷ったが、せっかくの好意だからと受け取る事にしたらしい。
「……大事に使います。必ず、お返しさせていただきますので」
 同時にそれは、必ず帰ってくるという約束の証。オジロンはヘンリーが気持ちを察してくれたことが嬉しかったらしく、何度も頷くと、今度はユーリルとシンシアに声をかけた。
「ユーリル、シンシア、まだ幼いお前たちに色々なものを背負わせてすまない。だが、父さんと母さんを助けて、立派に戦ってくるのだぞ」
「はい、大叔父様!」
「お父様とお母様のために頑張る事は、辛い事でも何でもありません。とても嬉しいです」
 元気よく答えるユーリルと、折り目正しく答えるシンシア。オジロンは目を細め、二人の頭をくしゃくしゃと撫でる。続けて、オジロンはサンチョ、ビアンカ、ピピンに声をかけた。
「サンチョ、ビアンカさん。どうかリュカたちを守ってやってほしい。ピピンも、立派に勤めを果たしているようだが、ますます精進してくれ」
 サンチョが腰を折った。
「お任せを、陛下。このサンチョ、命に代えても必ずや」
 ビアンカが苦笑する。
「あら、サンチョさん、それはダメよ。私たちは一人残らず、誰も欠けることなくここへ戻ってくるんだから」
「そうですよ、サンチョ卿。僕だって命を惜しむものではありませんが、死ぬ気もありません」
 ピピンも言うと、リュカがダメ押しした。
「そうよ、サンチョさん。あなたはわたしの大事な家族なんだから……だから、命に代えてなんて言わないで」
 それを聞いて、サンチョは更に深く腰を折った。
「は……申し訳ありません。このサンチョ、考え違いをしておりました。生ある限り、姫様のために尽くします」
 オジロンはそのやり取りを微笑ましく見守り、最後に仲間代表として来ていたピエールとマーリンにも声をかけた。
「ピエール殿、マーリン導師、どうか皆をよろしく頼みます」
 ピエールが騎士らしく敬礼した。
「お任せください、陛下」
「この老いぼれで出来る事なら、何なりと」
 マーリンも礼を尽くす。リュカの仲間であり、あるいは臣下と言う意識を持つ二人だが、今はジュエルでさえもこのグランバニアをも祖国と、あるいは故郷と思い、そこに生きる人々を守ろうとも思っている。
「では、今日はゆっくり休んでいくが良い。夫婦が共に過ごすのも久しぶりだろう」
 そのオジロンの言葉に、リュカとヘンリーは赤くなった。
 
 その夜、子供たちを寝かしつけて、リュカとヘンリーは自分たちの部屋に戻ってきた。リュカは思わず昼間のオジロンの言葉を思い出していた。
(そういえば、ヘンリーとこうして夜を過ごすのも久しぶりで……やだ、わたし太ったりとかしてないかな……?)
 そんな事を考えるリュカの身体を、背中からヘンリーが抱きしめた。
「やっ、ヘンリー……!?」
 驚くリュカ。しかし、ヘンリーは抱きしめたままでそれ以上は何もせず、しばらくその姿勢のままでいた後、口を開いた。
「オレさ、お前が石になってしまったのを見た時に、もうダメなのかなってちょっと思った。でも、そうじゃなかったんだな。今また、こうやってお前を抱いて、その温かさを感じることができる。本当に良かった」
「うん……あの子達のおかげね。本当に、自慢のいい子達よ」
 リュカは頷き、ユーリルとシンシアの事を褒めた。
「そうだな。オレがあの子達ぐらいの時は……ただの悪ガキだったしな」
 ヘンリーはそう言うと、リュカの身体を離し、振り向かせてキスをした。
「今はこれくらいにしておくけど、この旅が終わったら……大魔王をどうにかして、義母上を救い出したら、あの子達に弟か妹を作ってやろうな」
 リュカは顔を赤らめつつ苦笑した。
「もう、ヘンリーったら……それがご褒美のつもり?」
 咎めるような言い方でも、リュカは幸せだった。この後、たぶん大魔王との厳しい戦いがあるだろうとわかってはいたが、今は取り戻した幸せを大事にしていたかった。
 
 翌朝、リュカたちはエルヘブンへ飛び、グランマーズ長老に面会した。
「そうですか、光の教団を……良く頑張りましたね、リュカ。それにユーリル、シンシア」
 グランマーズはそう言って孫娘と曾孫たちをかわるがわる抱擁し、ヘンリーのほうを向いた。
「そして、あなたがヘンリーさん。こうして見ると、血の繋がりはありませんが、どこかパパス殿の若い頃を思い起こします」
 ヘンリーは笑顔で頭を下げた。
「最高の褒め言葉と受け取っておきます。さて……」
 ヘンリーは今日の訪問目的である、命のリングとマーサ、そしてエルヘブンの民との繋がりについて尋ねた。グランマーズは事情を聞き、命のリングを見せられると、感慨深そうな表情をした。
「これは確かに命のリング……もう遥か昔に、魔族によって盗み出されたエルヘブンの秘宝です。良く見つけてくださいましたね」
 グランマーズは先祖伝来の宝をいとおしむ用に手のひらの上で転がし、光にかざして見たりした。
「母様は、そのリングを通してわたしに話しかけてきました。命のリングを使えば、声だけでなく、そう……わたしたち自身が、魔界へ行く事もできるのではありませんか?」
 リュカが言うと、グランマーズは驚きの表情を浮かべ、しばらく迷った後に答えた。
「ええ。命のリングと、あなたたち夫婦が持っている水と炎のリング。その三つを強い魔力・霊力が満ちる聖域に捧げれば、あるいは」
 かつて、妖精だったころのエルヘブンの民は、そんな事をしなくても妖精界と人間界といった異世界の間を行き来できたが、今ではそれが可能なのはおそらくマーサだけだろう。
「ですが、リュカは場所こそ限定されていますが、妖精界へ行く事ができます。あなたとシンシア、ユーリルが海の神殿でリングを使えば、魔界への扉を開くことができるでしょう」
「海の神殿?」
 初めて聞く地名に、リュカは首を傾げた。
「そう言えば、リュカには言っていませんでしたね。この街の北にある湖は、地下の川で海と繋がっています。その大洞窟の途中に、海の神殿があります」
 海の神殿……それは、かつて世界樹が倒れた後、エルヘブンの民が作り上げた一種の魔法装置である。あまりにも巨大な世界樹の倒壊は、世界を物理的にだけでなく、魔法的にも揺るがし、空間自体が弱く綻んだ部分ができた。そう、それはこの人間界と、魔界をつなぐ裂け目、あるいは穴のような存在。
 魔界から凶悪な魔物たちが溢れ出す事を恐れたエルヘブンの民は、空間の裂け目を封じる施設として、海の神殿を作り、そこに強い魔力と霊力を溜めることで、魔界から人間界へ入って来られないように、蓋をしたのだ。
「水のリングは力の流れを、炎のリングは力の強さを、命のリングは力の向きを、それぞれ司る力を持ちます。どうしても魔界へ行くのなら、海の神殿へ行き、リングを使ってみなさい」
 グランマーズはそう言って、説明を終えた。リュカは聞いた。
「お祖母様、わたしたちが魔界へ行く事には反対ですか……?」
 その質問に、グランマーズは頷いた。
「ええ。一人の人間として、娘だけでなく、孫娘の一家まで魔界へ行ってしまうのは……歓迎できる事ではありません。できれば翻意してほしいと思います。ですが、それをしなければ世界が滅びに瀕するというのも、良くわかります」
 グランマーズは再びリュカを抱きしめた。
「それに……私ももう歳です。もう一度マーサに会いたい。長い間、良く大魔王と戦ったと褒めてあげたい。パパス殿との仲を許してあげたい……リュカ、どうか、マーサをここへ連れて帰ってきてください」
 リュカは冷たいものを肩に感じる。グランマーズの流した涙だと気がついた。彼女もまた、グランマーズの身体をそっと抱きしめた。
「はい、お祖母様……必ず」
 リュカは約束した。それは、自分自身への誓いでもあった。
(続く)

-あとがき-
 魔界編の始まりと言うか、その中間部分。オジロンとグランマーズはちょっと理解のある人にしました。リュカが女王ではないからかもしれませんが。
 次回はいよいよ魔界行きです。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第七十二話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/28 21:01
 久しぶりに馬車から取り出した魔法の絨毯を広げ、リュカたちはエルヘブン北の湖を渡った。前方にエルヘブンを囲む巨大な断崖が見え、その一角に黒々と口を開ける洞窟が見える。海の神殿がある、外界へ通じる洞窟だ。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第七十二話 海の神殿


「エルヘブンを発見した探検隊は、潮の流れで偶然船が洞窟に引き寄せられ、ただならぬ雰囲気に探索を行った結果、エルヘブンに辿り着いたそうです」
 サンチョが説明した。
「若い頃の父様もここを通ったのかな……」
 帆船でも通れそうな巨大な入り口を見て、リュカが言う。
「おそらくは。若き頃のパパス様は、ヨットで世界中を渡り歩いておりました」
 今と違って魔物が凶悪でなかった時代の話とは言え、一人で小さなヨットを操って旅をするのは、十分命がけの行為だっただろう。リュカは改めて父の偉大さを思った。
 そんな会話をしている間に、いよいよ洞窟が近づいてきた。リュカは絨毯の速度を落とし、慎重に洞窟内へ突入した。外から入り込む光が洞窟を流れる水を青色に染め、ゆったりとした流れにあわせて天井に揺らめく光を映し出す様は、息を呑むほどに美しい。
「綺麗な洞窟……」
 ビアンカが感心する。綺麗なものに敏感に反応するあたりは、彼女も女性である。しかし、残る二人……リュカとシンシアは洞窟全体に満ちる強い霊気を感じ取っていた。
「この気配は……」
「こっちですね、お母様」
 リュカよりも霊感の強いシンシアが、洞窟の奥を指差す。シンシアの導きでリュカは絨毯をゆっくりと進ませ、やがて海が近いのか洞窟の中に潮の香りが漂い、海鳴りの響きが聞こえ始めた頃、それは現れた。
「ここか……!」
 ヘンリーが感嘆の声を上げた。それは、洞窟内に突然現れた広大な空間だった。街一つくらいなら入りそうな空洞は無数の柱で支えられ、水面には複雑な幾何学模様を描くように、柱を輪切りにしたような小さな足場が無数に配置されていた。そして、その奥に巨大な扉がある。リュカとシンシアが感じる強い霊気は、その扉の奥で最大限に高まっていた。
「この足場は……強力な封印を構成する魔法陣を描いておるな。リュカ殿、ワシが指示する場所に立って、指輪の魔力を使うのじゃ」
 マーリンが足場の正体を喝破する。リュカは頷き、ヘンリーの方を向いた。
「ああ。ユーリル、お前がこの指輪を使え」
 ヘンリーは息子に炎のリングを渡す。
「うん、お父さん」
 ユーリルはいつものやんちゃ坊主とは違う、真面目な表情で頷き、足場の上に降りた。続いてリュカ。そして、命のリングをはめたシンシアが足場の上に降り立つ。
「準備いいよ、マーリン」
「うむ、ではまず……」
 リュカの言葉に応じ、マーリンがリュカたちに魔法陣の要所を教える。リュカたちが配置に付いた時、それぞれのリングを通して、その場の魔力・霊力の流れがどうなっているのかが、三人の頭に浮かび上がった。そして、それをどうすればいいのかも。
「大いなる流れよ……」
 リュカが水のリングを天に掲げる。そのリングから眩い光が迸り、ユーリルに伸びた。
「世界の壁を越えて」
 ユーリルが炎のリングを天に掲げ、水のリングからの光を受け取り、シンシアへ向きを変えさせる。
「私たちを……導いて!」
 シンシアも命のリングを天に掲げ、リュカからユーリルを経由して伸びてきた光を受け取ると、奥の扉へと跳ね返した。まっすぐ伸びた光が扉に吸い込まれたかと思うと、ゴレムスやシーザーにとってさえ巨大であろう扉が、ゆっくり開き始める。その向こうにあるのは……旅の扉のように激しく渦巻く光。その向こうから、冷たい風がごおっと吹き付けてくる。
「く、寒い……? いや、物理的な寒さじゃない。これは、邪気か……?」
 ヘンリーがその風に身を震わせた。扉の向こう、魔界から吹き寄せる空気は、それ自体が濃厚な邪気を含んだ、人間にとっては猛毒のようなものだった。人間ばかりではない。かつてリュカに邪気を払われ、人と共に歩む事を誓った仲間たちも、邪気のもたらす発作に苦しめられていた。
 
 壊せ、壊せ、壊せ。
 殺せ、殺せ、殺せ。
 
 そう脳裏に囁き掛けてくる衝動に、必死に抗う仲間たち。その時、ユーリルが背中に背負っていた天空の盾を手に取った。
「こういう事だったんだね。おじいちゃんが言い残した言葉。ボクが……天空の勇者とその仲間たちだけが魔界へ行けるって」
 凛々しい表情と口調で言うと、ユーリルは天空の盾を邪気の突風に抗うようにかざした。
「邪悪な力よ、退け!!」
 そう一喝し、ユーリルは盾を前へ突き出す。その瞬間、盾から眩い光が迸り、それまで吹き寄せていた邪気の嵐を一瞬にしてかき消した。
「おお……」
 マーリンやアンクルといった喋れる仲間たちは、感嘆の声を上げてユーリルの雄姿を見た。伝説の勇者とは言え、彼らにとってユーリルは主人であるリュカやシンシアの家族の一人、という認識でしかなかった。
 しかし、今彼らを苛んでいた魔界の濃厚な邪気を封じ込めたユーリルは、まさに勇者そのものであり、彼ら魔族、魔物をも救う救世主だった。ピエールが言った。
「お見事でござった、ユーリル様。我ら一同、改めて勇者であるあなた様に忠誠を尽くしまする」
 それを聞いて、ユーリルは振り向いた。
「いいよ、そんなの堅苦しい。皆はボクの仲間。それで良いじゃないか」
 それを聞いて、リュカはユーリルの元に歩み寄ると、その頭を撫でた。早熟で礼儀もしっかりしているシンシアに比べ、子供っぽい所を強く残していたユーリルだが、この旅を通じて確かな成長を見せているとリュカは思ったのだ。
「ユーリル、もうあなたは立派な勇者だわ。わたしはあなたのお母さんである事を、とても誇りに思うわよ」
 えへへ、と笑うユーリル。そこへヘンリーもやってきた。
「とは言え、お前は次の王様だからな。もう少し、人の上に立つことの意味を教えなきゃいけないかな」
 ユーリルは気後れせずに答えた。
「はい、お願いします! お父さん!!」
「良い返事だ」
 ヘンリーはユーリルの頭をくしゃっと撫で、そして扉の向こうを見た。僅かに魔界の風景らしきものが揺らいで見える。
「さて、行こうか、リュカ」
「……ええ」
 リュカは夫の言葉に頷くと、絨毯に戻った。そして、そろそろと絨毯を前進させ、扉の中に突入した。途端に目の前の景色がゆがみ、平衡感覚が失われるような、独特の感覚が襲ってきた。
(これは……旅の扉と同じ……!)
 目をつぶり、悪寒に耐えるリュカ。その時、脳裏に母の声が聞こえてきた。
(リュカ……あれほど言ったのに、魔界へ来てしまったのですね)
 母の声を聞くと、全身を襲う悪寒が消えたような気がした。リュカは母の声に意識を向け、呼びかけた。
(はい、母様……お叱りを受けるのは覚悟の上です)
 すると、マーサの声は穏やかなものになった。
(叱りはしませんよ。どうやら、あなたとあなたの家族は、私の考えを遥かに超えて強くなっていたようですね。もう帰れとは言いません。今は、あなたたちの力を信じる事にしましょう)
 マーサの言葉が途切れると同時に、リュカは手に重みを感じた。何時の間にか、正八面体の形をした青色の美しい宝玉が、彼女の手に握られていた。
(母様、これは?)
 戸惑うリュカに、マーサは答える。
(それは賢者の石。強い回復の力を秘めた秘宝です。今の私には、それをあなたに贈るのが精一杯……どうか、気をつけて来るのですよ)
(……はい!)
 マーサは「気をつけて来るように」と言った。それはつまり、リュカたちが助けに来る事を認めたと言う事。リュカは決意を込めて返事をした。マーサはそれには答えなかったが、春の日差しのような温かさを感じる気配が、自分のそばから離れて行くことにリュカは気づく。マーサは再び、大魔王を封じ込めると言う自分の戦いに戻ったのだ。
「母様……必ず迎えにいきます」
 リュカが決意を込めて、そう口にした時、特有の浮遊感が消えた。視界を覆う虹色の光が薄れ、気がつくとリュカたちは見知らぬ建物の中にいた。どうやら祠のようだ。
「ここが……魔界?」
 リュカが言うと、魔法の絨毯が突然力を失ったようにすっと地面に落ちた。
「あれ?」
 リュカは驚いて浮かぶ命令を念じたが、魔法の絨毯は反応しなかった。
「どうやら、ここでは絨毯の魔力が封じられるようだな」
 ヘンリーが言うと、ピピンが馬車を飛び降り、走り出した。
「ちょっと外の様子を伺ってきます!」
 吹雪の剣を抜き、外に駆け出していくピピン。大丈夫かな、とリュカは思った。ここは普通の空気のようだが、さっき噴出してきた風のように邪気を含む空気が辺りを覆っていたら、大変な事になる。
 しかし、少しして何事も無くピピンは戻ってきた。
「少なくとも、我々のいた世界ではないようです。ご覧になればわかりますが」
 その報告を聞いて、リュカとヘンリーは顔を見合わせると、意を決して外に出てみた。
「ここは……」
 リュカは言った。見渡す限り不毛な原野が辺りに広がり、遠くにセントベレスにも匹敵しようかと言う巨大な山影が見える。その山頂は雲に霞んで見えず、その暗い雲に覆われた空は、黄昏時のように暗い。
「気持ち悪いな。夜でもないし昼でもない……太陽や月があるわけでもない。空全体が薄明かりを放っているみたいだ」
 ヘンリーも頭上を見上げて言う。
「そう。ここが魔界ですよ」
 サーラが出てきて言った。サーラ自身は魔界出身ではないが、悪魔ゆえに本能的にここが魔界である事を悟っていた。祖先から受け継ぐ記憶、とでも言うべきものかもしれない。
「それにしても、暗くて静かな以外は、あまり人間界と変わりませんな。さっきの事を考えると、邪気で満ち溢れた世界だと思いましたが」
 サンチョが言うと、祠の中を調べていたマーリンが戻ってきて答えた。
「おそらく、ここは海の神殿に対抗して、邪気を集めて人間界への扉を開かせようとする役割を果たしているのじゃろう。ユーリルが邪気を散らしてしまったから、しばらくは安全なはずじゃが、いずれまた邪気が集まってこよう。今のうちに離れたほうがええ」
 その言葉にリュカは頷き、皆のほうを見た。
「行きましょう。たぶん、魔王はあの山にいるはず」
 リュカが見たのは、やはり一番目立つ巨大な山だった。そこから邪気と言うより、あらゆる物に対する悪意が放射されているのが、ひしひしと感じられる。
「だな。なんとかと馬鹿は高い所に登りたがるもんだ」
 ヘンリーも応じ、剣を引き抜く。
 行く手の荒野には、リュカたちを攻撃しようと言う魔物たちの気配が、無数に感じられた。
(続く)


-あとがき-
 いよいよ本格的に魔界突入です。リングはあとで像から外して持ってくる描写を入れるのがめんどいので、持ったまま魔界入りと言うことにしました。
 門を開けるときに「愛よ!」「勇気よ!」「希望よ!」と言わせたくなったのは秘密(ぁ



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第七十三話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/29 20:46
 魔界の行軍は熾烈を極めた。まず、人間界よりも遥かに強力な魔物たちが次から次へと襲い掛かってきた。
 人間の胴体を一撃で両断できそうな巨大な斧を振り回し、バギクロスまで連発してくるゴールデンゴーレム、頑強な亀の甲羅を持つ竜、ガメゴンとその統率者たるガメゴンロード。炎の呪文を操る山羊頭の悪魔、バルバロッサ……どれもリュカたちが倒してきた教団幹部に匹敵する強敵だった。
 また、地形もリュカたちを苦しめた。水の一滴もない荒野を進んだかと思えば、ねじくれた奇怪な植物が繁茂する森があり、毒の沼地があり、そしてまるで迷宮のように複雑な谷間が入り組んだ山地。
 気温も一定せず、急に真夏のような暑さになったかと思えば、一瞬後には極寒の吹雪が吹き荒れたりもする。世界そのものが悪意を持って、そこに生きる者を苦しめるような、そんな気がした。
 今も吹き荒れる嵐の中、三体で襲い掛かってきた魔界の殺戮機械、キラーマシーンをどうにか撃破し、彼らが塞いでいた谷間を突破した所である。だから、唐突にそれがリュカたちの目に入った時、その存在が信じられなかったのも無理は無かった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第七十三話 魔界のオアシス


「こんな所に、なぜ……?」
 疲労困憊したリュカたちの前に、堀と高い外壁に囲まれた町が広がっていた。戸惑う一行の前で、彼らを出迎えるように跳ね橋が降りて来て、門が開く。そこを渡って、恰幅のいい一人の男性が出てきた。
「ようこそ、ジャハンナの街へ。私は町長のアクシス。我が街はあなた方を歓迎します」

 ジャハンナというその町は、規模はさほどでもないが、妙に活気のある街だった。人間だけでなく、魔物たちも普通に街路を行き交っており、世間話をしたり、買い物をしたりしている。
「魔界にこんな町があるなんて、と驚いたでしょう?」
 アクシス町長はにこやかな表情で言う。
「え? あ、はい……あの」
 リュカが聞こうとすると、アクシスは笑顔のまま指を左右に振った。
「事情はお話しますから、まずは私の家へどうぞ。お仲間も一緒に。大丈夫、全員入れるくらいには広いですから」
 その言葉を聞いて、ヘンリーがリュカとシンシアを見た。彼の言わんとするところを悟り、二人は返事した。
「大丈夫、邪気は感じないわ」
「むしろ、優しさが感じられます」
 リュカもシンシアも、何かの罠と疑って、アクシスや街の人々に邪気が取り付いていないか、確認していたのだ。結果から言えば全員シロ。魔物たちでさえ、リュカの仲間と同様に邪気を払われた存在だった。
 それでも一応警戒を崩さぬよう気をつけ、一行はアクシスの家に通された。特にリュカと家族たちはアクシスの部屋にまで通され、メイドがお茶を淹れたところで、アクシスが切り出した。
「さて、改めて我がジャハンナはあなた方を歓迎しますよ、リュカさん」
 リュカは口にお茶を運びかけた手を止めた。
「なぜ、わたしの名前を?」
 怪訝そうに聞くと、アクシスは人の良さそうな笑みを浮かべた。
「私を含め、このジャハンナの住民は皆、あなたの母上であるマーサ様に救われた魔物か、元魔物なのですよ」
「母様に?」
 リュカが聞き返すと、アクシスは遠い目をしながら答えた。
「あのお方は……マーサ様は、我ら魔族・魔物にも分け隔てなく接してくださる、素晴らしいお方でした……」

 今からもう三十年近く前、リュカとパパスの元からさらわれ、魔界に連れてこられたマーサは、魔王ミルドラースのために祈りを捧げる事を強要された。マーサはもちろんそれを拒否したが、皮肉にも彼女がミルドラースの要求を受け入れざるを得なくなったのは、マーサ自身の力のためだった。
 ミルドラースの傍にいたマーサは、必然的に多くの魔族・魔物と交流することになった。リュカやシンシアは、戦わなければ邪気を払えないが、マーサはただそこにいて、話をするだけでも、向かい合っている相手の邪気を消すことができた。
 自然とマーサによって邪気を消された魔族・魔物は増えていき、それだけでなく人間に姿を変えてしまう者まで現れると、それを目障りに思ったミルドラースは、彼らを抹殺しようとした。しかし、それを全力で止めたのがマーサだった。
「彼らがああなったのは、私に触れていたから。ですから……彼らを責めないでください」
 そう言って助命を訴えるマーサに、ミルドラースは答えた。
「ならば、余のために祈れ。さすれば、あの者たちの命を助けよう」
 マーサに、その要求を拒むことは、もうできなかった。人間となったか、あるいは邪気の消えた魔物たちは、魔界の辺境へ追放されたが、辛うじて生きていくことは許された……
 
「かく言う私も、かつては悪魔神官として、ミルドラースのためにさまざまな悪逆非道に手を染めていました。そんな私が改心し、人間になれたのは、マーサ様のおかげ……にもかかわらず、私たちはマーサ様を助ける事もできず、その慈悲にすがって生きる事しかできませんでした」
 アクシスはそう言って肩を落としたが、改めてリュカの顔を見た。
「そんな時に、マーサ様から私にお告げがあったのです。もうすぐ、私の娘が来る……その娘に、リュカに力を貸してあげてほしい、と」
 リュカは思わず窓の外の、例の高山を見た。そこにいるはずの母に思いを寄せて。
「母様……わかっていらしたのですね。わたしは必ずここに来ると」
 リュカの視線の先に見えるものに気づいたか、アクシスは言った。
「あの山は、エビルマウンテン。魔王ミルドラースの居城であり、マーサ様が幽閉されている場所でもあります」「エビルマウンテン……」
 リュカはその名前を繰り返す。アクシスは頷くと、部屋の片隅にあった棚から、美しい水晶製の壷のようなものを取り上げると、リュカに差し出した。
「これは?」
 リュカがそれを受け取って首を傾げると、アクシスは街の周りにめぐらされた堀を見ながら答えた。
「それは、マーサ様に預かった秘宝、聖なる水差しです。この街を守る堀に満たされているのは、その水差しから注いだ聖水。おかげで、この街は今もミルドラースに忠誠を誓う魔物たちからの襲撃を免れているのです」
 リュカはアクシスの顔を見た。
「これを持っていけ、と? でも、そんな事をしたらこの街は……」
 魔族に襲われてしまうのではないか、と心配するリュカに、アクシスは微笑んだ。
「なに、我らも元は魔族や魔物。敵が襲ってきても、何とか撃退できるでしょう。ですが、あなた方がエビルマウンテンに赴けば、必ずその水差しが必要になるはずです」
 リュカはそう言われて、聖なる水差しをじっと見た。そして、それをどう使えばいいのかがわかった。理屈ではない。頭の中に直接使い方が浮かび上がったのだ。
「わかったわ、これはエルヘブンの……」
 おそらく、マーサが故郷から持ち出した道具の一つなのだろう。リュカはアクシスに頭を下げた。
「わかりました。確かにお預かりします。ですが、必ずお返しします。これは、あなた方が生きていくために必要な道具ですから」
 そのリュカの言葉に、アクシスは破顔した。
「無事リュカさんたちが目的を果たし、ここへ戻ってくる事を期待していますよ」

 生還を誓い、リュカたちはアクシスの館を後にした。既に大恩人であるマーサの娘とその家族が訪ねてきた、と言う噂は街中に広がっているらしく、リュカたちは期待の言葉と視線が注がれた。
「どうか、マーサ様をお願いします!」
「マーサ様の命の灯火が弱っていくのを感じます……なにとぞ、一刻も早く!」
 そう訴える街の人々の表情はあまりにも真摯で、彼らを見ていると、リュカは人間と魔族や魔物の境界は、一体どこにあるのだろうと思った。
「不思議なもんだよな……ここにいる人たちが、魔物だった事もあると思うと」
 ヘンリーも同じ事を思っていたらしく、そんな事を口にした。
「そうね……」
 リュカはそう相槌を打ちながら仲間たちを見る。もし、自分にもっと力があれば……マーサくらいに偉大な力があったら、この仲間たちにもいずれは人間になれる時が来るのだろうか。
「もちろん、なれるとも」
 その時急に、リュカの心を読んだような言葉が聞こえた。驚いてリュカがそっちを見ると、そこにいたのは屈強な赤銅色の肌を持つ戦士風の男性だった。彼は自己紹介した。
「私の名前はアクデン。元はアークデーモンで、かつてはミルドラースの元でマーサ様の見張りをしていた」
「母様の?」
 リュカが聞き返すと、アクデンは頷いて、今は人間になってしまったから、ミルドラースの元からは追放されたがね、と笑い、そして言葉を続けた。
「マーサ様はおっしゃっていた。自分の力はきっかけに過ぎない。人間になりたいと強く願えば、元が魔物であっても悪魔であっても、人間になれるのだと」
 仲間たちがどよめく。人間になりたい、とはっきり言っていた事のあるオークスとメッキーは自分自身を指した。
「我々でも?」
「ああ」
 アクデンは頷いた。しかし、続いて彼は重々しい口調で言った。
「逆もまた然り……人間も、悪意や憎悪に囚われ、邪悪に染まってしまえば、容易に魔物となる。地獄の帝王エスターク、魔王デスピサロの下サントハイムで暴虐を振るったバルザック……みな人間だった。そして、ミルドラースもな」
 その言葉は、リュカたちを驚かせるに十分だった。
「元は人間? ミルドラースが?」
 リュカが聞くと、アクデンはそうだ、と答えた。
「ミルドラースは、神になるために禁断の秘法を用い、人としての限界を超えた存在となった。しかし、あの男は悪魔でさえ着いていけないほどに邪悪だった。それ故神にはなれず、魔王となってしまったのだ」
 アクデンはどこか悲しそうな目で、エビルマウンテンの方を見た。
「だが、ミルドラースは目標に向けて進む意思と言い、そのために配下の者たちを従えるカリスマと言い、一代の傑物であることは間違いない。袂を分かった今でも、私はどこかあの魔王を尊敬しているのだ」
 その独白を聞いて、サンチョとピピンが色めき立った。二人ともそれぞれの武器に手をかける……が、それをヘンリーが制した。
「あんた、オレたちに何か伝えたいことがあるようだな。言ってみなよ」
 アクデンはうむ、と頷いて、核心となる事について触れた。
「誰かを助けたい、あるいは人間になりたい……そう言う希望を心の中に持って、ミルドラースと戦う事だ。怒りや絶望と言った暗い心は、ミルドラースを強くし、お前たちを弱くする。そう、心に留めておいてほしい」
 リュカは頷いた。
「ご助言、ありがとうございます。アクデンさん」
 それに軽い会釈で答え、アクデンは背を向けて去って行った。その姿を見て、アクシスが言った。
「あいつは……アクデンは、今でもミルドラースを尊敬してるとか、勇者でもミルドラースは倒せない、なんて言って、この街では浮いた存在だったんですが」
 リュカには、アクデンが何故そんな事を言い続けていたのか、分かる気がした。きっと、彼はミルドラースの事を……その強さや邪悪さをよく知っていたから、楽観的な事はとても言えなかったのだろう。
「でも、きっとあの方は心の中では、どこかで希望を信じていたのでしょうね」
 シンシアが母親の気持ちを代弁するように言った。そうでなければ、とっくにアクデンは元の悪魔に戻っていただろう。
「うん。そして、ボクを信じてくれたんだ。魔王を倒してくれるって。ボクは、みんなの思いに応えたい」
 ユーリルは幼い顔に凛々しさを漂わせ、力強く誓う。リュカとヘンリーは我が子たちの成長を、眩しい物を見る思いで見つめていた。
(続く)


-あとがき-
 ジャハンナの町に到着。話の都合上、買い物とかするわけではないのですが……いろいろ裏設定を明かす回です。
 次回は最後の仲間モンスターの話。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第七十四話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/30 21:18
「でも、今日はこの街で一休みしましょう。母様のことは気になるけど、無理はできないわ」
 しばらくして、リュカが言った。ここまで強力な魔物と過酷な自然の猛威にさらされ、全員が疲れ切っていた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第七十四話 機械と導師


「そうだな……しかし、明日以降もあの山へ行くのに相当苦労しそうだ」
 ヘンリーはそう言ってエビルマウンテンを見た。街の中は適温に保たれ、風も制御されているのかそよ風程度だが、一歩街の外に出れば、再び気まぐれな悪天候が襲い掛かってくるだろう。
「魔物が襲ってくるのはしょうがないとしても、天気だけでもどうにかなれば良いんだけど」
 リュカが言う。今は街の外は大雨だ、と思っていたら、見る間に雹に変わり、かと思うと猛烈に暑くなったのか、地面が乾燥して砂嵐が発生したりしている。
 それでも、リュカたちはエビルマウンテンに行かねばならないのだが……かなり憂鬱だ。そう思った時、人々の波を掻き分けて、一体の魔物が出現した。
「ワタシにお任せくだサイ」
 そう言うその魔物は、ここへ来るまでも散々猛威を振るった恐怖の戦闘機械……キラーマシーンだった。かなりボディがぼろぼろに壊れている所を見ると、さっきの戦闘で破壊したうちの一体らしい。まさか仲間になるような魔物とは思わなかったし、戦闘後も動かなかったので放置してきたのだが……
「あなた、話せるの?」
 リュカが聞くと、キラーマシーンはこくりと頷いた。
「ハイ。再起動に些カ手間取りまシタ。ワタシの機体名はロビンと申しマす。戦闘のダメージでユーザ登録が初期化されたタメ、アナタ様がマスターとして再登録されマシた」
 言ってる事は良くわからないが、どうやら仲間になってくれるらしい。
「えーっと……よろしく、で良いのかな? ロビン」
 リュカが手を差し出すと、ロビンは右手に握っていた隼の剣を地面に突き刺し、リュカの手を握った。
「はい、ヨロシくお願イしまス、マスター」
 握手しながら、リュカは改めてロビンの武装に目をやった。右手に隼の剣、左手にビッグボウガン……強いはずである。
「ところで、さっきのお任せってどういう意味なの?」
 どうやら害がないと安心したのか、ビアンカが聞いてきた。ロビンは自分の頭(?)の部分をコツコツと叩いた。
「ワタシには魔界の天気ヲ予測スるシステムが搭載サれてイまス。マスターたちガ快適な進軍を出来るヨウにサポートいたしまス」
 これも、完全には意味が分からなかったが、何となく意味を掴んだのはマーリンだった。
「要するに、雲気読みか」
 雲気と言うのは、天気や気象と言う意味の古い言葉である。マーリンはリュカのほうを向いた。
「こやつの言っている事が確かなら、少しは進むのも楽になるかもしれん。ガタが来ている部分は、今夜ワシが修理しておこう」
 何しろ機械なので、回復魔法が効くかどうか分からない。そこでマーリンはロビンを修理すると言い出したのだが、リュカは心配だった。
「大丈夫なの?」
 見るからに複雑な機械だけに、直ったと思いきや大暴走、とか修理中に大爆発、とかのトラブルを起こされたら困る。しかし、マーリンは自信たっぷりだった。
「まぁ、任せておけ」
 マーリンによると、魔力で動く仕掛け、と言う点では旅の扉などと同じ知識で応用が利くのだという。本当かな? と思いつつ、リュカは結局マーリンに任せる事にした。

 翌朝、目覚めて宿から出てきたリュカたちを出迎えたのは、綺麗に修復されたロビンと、その横で毛布をかぶって眠るマーリンだった。
「ほ、本当に直ってる!?」
 驚愕する一同の声に目が覚めたのか、マーリンが起き上がった。
「何じゃ、騒々しい」
 そう言って目をこするマーリンに、ユーリルとシンシアが尊敬のまなざしを向けた。
「すごい、マーリンさん!」
「本当に修理できたんですね!」
 さすがに、何の邪気もない子供たちの褒め言葉は、マーリンにとっても嬉しいらしい。目を細めて二人を見ながら、マーリンは立ち上がった。
「うむ。中の機械はほぼ無事じゃったからな。外装は余っていた魔法の鎧を潰して張り替えた! これで防御力も原型より向上したはずじゃ」
 マーリンがそう言ってロビンのボディを叩くと、カメラアイに赤い光が点った。
「ありガトうございマす、マーリン様。おかげでワタシは大変ニ絶好調デす」
 ロビンがそう言って機体を動かすと、背面のダクトから熱気が排出され、陽炎のようなものが機体を覆った。なるほど、出力は有り余っているらしい。
「つくづく大したもんだな、爺さん」
 ヘンリーが感心しきった表情で言うと、マーリンは胸を張った。
「うむ。とは言え、もうワシにはこれくらいしか出来ぬゆえな」
 マーリンは少し寂しそうな表情になった。
「今では、魔法使いとしては、もうシンシアの方が実力が上じゃろうし、サーラやミニモン、アンクル殿は魔術でもワシと互角で、武術にも長けておる。もはや、ワシは第一線でやれるような実力でも年齢でもない」
「マーリン、そんな……」
 リュカは慰めるように言おうとしたが、マーリンに遮られた。
「良いんじゃ。ワシの事はワシが一番よく知っておる。じゃが、馬車もそうだし、このロビンのことでも、知識や技術と言う面でなら、ワシもまだお前さんたちに貢献できる」
 そう言って、マーリンはロビンのボディを再び叩いた。
「じゃから、ワシの衰えた部分を補って、リュカたちを助けてやってくれ。頼むぞ、ロビン」
「了解でス、マーリン様」
 ロビンはそう言うと、センサーアンテナを伸ばし、しばし目を明滅させた。そして。
「……あト二時間は晴レが続きソウです。出発しマすカ?」
 ロビンが天気予測システムを働かせて言う。リュカは頷くと皆のほうを向いた。
「行けるよね? 準備はいい?」
 まずヘンリーが頷いた。
「ああ。いつでも準備できてるぜ」
 続けてユーリルとシンシアも手を振り上げた。
「バッチリだよ!」
「私もです、お母様」
 サンチョ、ビアンカも力強く返事をした。
「お任せください、姫様」
「お姉さんがみんな張り倒しちゃうわよ」
 続いてピエール、ピピン、ヨシュア。
「ただ一言お命じください。進め! と」
「近衛の代表として、殿下たちに道を開きます!」
「何時でもいいぞ。これは私の戦いでもある」
 オークス、メッキーコンビもやる気十分だ。
「マーサ様を救うためなら」
「火の中水の中だろうと進んで見せます!」
 さらに、悪魔三人衆。
「ボクに任せてよ、母上様!」
「このサーラ、全力を尽くしまする」
「大船に乗った気でおりなされ、シンシア様、ご母堂!」
 そして、言葉を話せない仲間たちを代弁するシーザー。抑えきれない闘志を炎として吐息に含ませ、彼は言った。
「おいらたち全員、どこまでもご主人様についていくよ。なぁみんな」
 プックル、スラリン、ブラウン、ホイミン、ジュエル、ゴレムス、ロッキーが頷く。それに応えてリュカはマーリンの方を向いた。
「そう、みんなで。わたしたちは全員で戦い抜いて、勝って、母様を連れて帰るの。みんなでよ。だから、マーリン。寂しい事を言わないで」
 マーリンは黙ってリュカの言葉を聞いていたが、ふっと笑った。
「ワシとした事が、いささか弱気になっていたようじゃ。わかった。もう迷わん。共に行こう」
 その目は決意に満ちていた。リュカは改めてマーリンに頷き、背後を振り返った。何かを待っている仲間たちに、リュカは言った。
「みんな、行こう!」
「おおうっ!!」
 街を揺るがすような、仲間たちの叫び。そして、町の人々の期待の声を背に、一行はジャハンナを後にした。
 
 ロビンの天気予測システムは十分に機能を発揮し、リュカたちは順調に旅を続けた。晴れの時を選んで歩き、雨や吹雪などの悪天候は森や岩陰に潜んでやり過ごす。おかげで、自然環境による消耗を最低限にして魔物たちと戦うことができた。
 ジャハンナのある迷宮のような山地を抜け、北の海峡を渡って進むと、土地はますます荒れたものになってきた。流れる水は大半が紫色に濁り、近づく事すらためらわれるような異臭を放つ毒水。そんなものを吸って成長している植物はどれも凶悪極まりない肉食植物だ。リュカたちは改めて、アクシスが聖なる水差しを貸してくれたことに感謝した。この水差し、不思議な事にいくら飲んでも中身がなくならないのだ。
 そうしてロビンと水差しの力を借りて荒野を進むこと三日。ついに、リュカたちは目的地にたどり着いた。そこには巨大なエビルマウンテンが「お前たちごときに何ができる」と言わんばかりに、圧倒的で威圧的な山容で聳え立っている。
「傍で見ると、想像以上に凄い山ですな……」
 サンチョが言う。どうやらこの山も火山であるらしく、山腹を溶岩が流れ下ってきているのが見えた。ただ、死の火山ほどの活発な噴火をしているわけではないらしく、地鳴りや爆発音は聞こえてこない。
 ただ、山自体が恐ろしく巨大だ。加えて、おそらくは魔王の城の一部なのだろう。至る所に城砦があり、それを結ぶように道が伸びている。それ以外の山腹は、険しい斜面と溶岩のために通る事ができない。
 まさに難攻不落の大要塞……と言う外見に、仲間たちも言葉を失い気味だ。しかし、リュカは言い切った。
「こんなの……怖くないわ」
 全員の視線がリュカに集まる。それに応えるように、リュカは山全体を見渡した。
「大魔王は……ミルドラースは、自分は神をも超えた存在だと、そう言っていたわね。でも、本当にそうなら、こんなに自分の城を厳重にしたりはしないわ」
 城と言うよりは宮殿で、守りを重視した構造ではない天空城を思い出しながら、リュカは言葉を続けた。
「怖いのよ、大魔王も。わたしたちが攻めてくるのを恐れているの。だから、こんな所に閉じこもっているのよ」
「そうだな」
 ヘンリーが妻の言葉に頷いた。
「そんな引きこもり野郎を恐れる必要なんかないさ。とっととぶっ飛ばして帰ろうぜ」
 リュカとヘンリー、この旅を引っ張ってきた二人の平静な言葉に、浮き足立っていた仲間たちもまた落ち着きを取り戻す。それを感じ取りながら、リュカとヘンリーは視線で言葉を交わしていた。

――強がりね?
――お前もな。

 それは、長年人生を共に歩んできた二人だからこそできる、無言の会話。自分の、そして相手の為すべきことを知り、それを自然に助け合って行える域に達した、確かな絆を得た証。
 無二のパートナーを得て、これからも共に生きるために……今最後の戦いを始める。そして勝つ。決意を秘めて、二人は魔の山に最初の一歩を踏み入れて行った。
(続く)

-あとがき-
 ロビンが最後の仲間モンスターとなります。喋り方がめんどくさいです(笑)。
 マーリン(魔法使い)はだいたい途中で二軍落ちしてしまうことが多いのですが、それを逆手にこんな話を付けてみました。
 個人的にはイオナズンかメラゾーマくらい使えてもいいと思います……




[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第七十五話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/05/31 20:30
 あんな強がりを言ったリュカではあったが、エビルマウンテンは、魔界のその他の地域に較べても、さらに強大な魔王直属の魔物と、複数の罠が幾重にも張り巡らされて侵入者を襲う、悪夢のような大迷宮だった。
 流れ下る溶岩には、それ自体毒性の強い物質が含まれているらしく、湧き上がるガスや、地面を流れる、それを溶かし込んでいるらしい水は、どれも毒々しい紫色で、常時トラマナをかけていないと、歩く事すらできない。
 地形も複雑で、道自体は一本道に近いのだが、曲がりくねっていて長い上に、魔物たちがひっきりなしに襲い掛かってくる。前の敵に手こずっている間に、背後や上空から別の敵が奇襲してくるのだ。
 今も、巨大な戦斧を振り回してくるセルゲイナスと、火を吐く魔鳥、煉獄鳥の群れを、辛うじて退けた所だ。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第七十五話 魔の山


「みんな、大丈夫?」
 セルゲイナスをドラゴンの杖で焼き払ったリュカが振り向くと、地面に倒れている魔物の亡骸を崖下に蹴り落としつつ、ヘンリーが答えた。
「ああ、皆無事だ! ちょっとユーリルが怪我したが」
「え?」
 リュカはそれを聞いて、慌ててユーリルに駆け寄った。片膝をついて荒い息を吐くユーリルは、激しい炎の直撃を受けたのか、身体のところどころから白い煙を上げ、火傷をしているのが見える。
「ユーリル! べホイミ!!」
 リュカは回復呪文をかけ、ユーリルの傷を癒した。苦痛が取れた息子は、笑顔で母親の顔を見上げた。
「ありがとう、お母さん。もう大丈夫」
「でも、無理をしてはだめよ?」
 そう言いながら、リュカはふと既視感を覚える。そういえば、自分が子供の頃……パパスと旅をしていた頃は、戦いの後は例えリュカに何の怪我がなくても、パパスは必ずホイミをかけてくれていたものだった。
 あの頃は、パパスがどれほど大きく、力強い存在に見えた事だろうか。父が傍にいる限り、どんな事が起きても怖くないと、そう信じていられた。
「ユーリル、シンシア……怖くない?」
 子供時代を思い出して、そう聞くリュカに、ユーリルとシンシアは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すぐに笑顔になった。
「全然! へっちゃらだよ、このくらい!!」
「お母様とお父様、それにみんなが一緒ですもの」
 口々に言う子供たち。リュカは二人の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「そう……ありがとうね、二人とも」
 リュカはそうしながら、麓よりだいぶ近づいた雲に覆われた空を見上げ、心の中で父に問いかけた。
(父様……わたしは、父様のように子供たちにとって強い親である事ができているでしょうか?)
 もちろん、父は答えてはくれない。だが、リュカはその問いかけが、パパスに届いたと信じた。例えこの空が、パパスのいる場所に続いていないとしても。
「さあ、行きましょう」
 リュカはローブの裾を翻し、再び山道を登り始めた。それを見てヘンリーは思った。
(大丈夫。お前はみんなの支えになっているさ)
 リュカが何を思ったのか、ヘンリーには大体想像がついた。
 
 無数の罠と敵の大群を跳ね除けつつ、リュカたちはひたすら山道を登っていった。やがて雲のかかる高さに到達し、そこを越えて行くと、雲の上にあったのは意外な光景だった。
「ここは……頂上?」
 リュカは目を見張った。そこは広い平原のような場所だった。雲の上に浮かぶ島を連想させる。大神殿のあったセントベレスの山頂に似ているが、もっと広かった。おそらくグレートフォール山の頂上平原に匹敵する規模だろう。
 しかし、そこには草木の一本もなく、赤茶けた荒野が広がっているだけで、天上の庭園のようなあのグレートフォール山の美しさとは比べ物にならない。
「ううん、お母さん。ここはまだてっぺんじゃないよ。ほら、あそこ!」
 ユーリルが指差す。その方向を見ると、確かに闇に溶け込んで見にくいが、この平原よりさらに高い峰が聳えているのが見えた。そして、そこには僅かながら光が瞬いているのが見えた。この魔界の中で、唯一場違いなまでに暖かみを感じさせる、しかし儚い光。それは……
「この光は……」
「マーサ……様?」
 あるいはリュカよりもマーサと縁が深いかもしれないオークスとメッキーが、呟くように言った。そして、その時にはリュカは駆け出していた。
「母様……母様……!!」
 リュカにも、それが母マーサの放つ祈りの光だと言う事は、すぐに理解できた。そして、それが今まさに燃えつきかけている事も。しかし、駆け寄るリュカの前で、突然地面が割れた。
「!!」
 慌てて立ち止まるリュカ。その前で、地割れから無数の魔物たちが湧き出るように出現した。
 金色に輝く機械の竜、メカバーン。巨大な仮面をかぶった魔人、マヌハーン。魔界の魔物使いエビルマスターと、それに使役される矮躯の怪物、ゴルバとガルバ。冥界の王ワイトキングと、それに率いられる骨竜スカルドン。大猿に似た上級魔神、バズズ。
 いずれ劣らぬ強敵たちが、ぐるっとリュカと、追いついてきた仲間たちを包囲する。その中から紫色の肌を持つ大悪魔が進み出て、堂々たる態度で宣言した。
「我は大魔王ミルドラース様が一の将、ヘルバトラー! 天空の勇者とその仲間たちよ、良くここまでたどり着いた! だが、ここがお前たちの墓場だ!!」
 それを聞いて、リュカの仲間たちの中から進み出た者がいた。アンクルだ。
「その声は……兄者!」
「ええっ!?」
 リュカは驚いてアンクルとヘルバトラーを交互に見た。確かに、二体の大悪魔は良く似ていた。肌の色以外にほとんど区別はないだろう。
「誰かと思えば、愚弟か。悪魔族の誇りを忘れ、人間に尻尾を振るお前など、とうに縁が切れておるわ」
 ヘルバトラーが嘲笑する。しかし、アンクルはその痛烈な罵倒にも動じなかった。
「何を言うか、未だに闇に身を沈める愚兄め。その目、ワシが覚まさせてやろう」
 睨みあう二体の大悪魔。そのやり取りに周囲の目が注がれている隙に、ビアンカがそっとリュカの傍にやってきて言った。
「リュカ、こいつらは私たちが引き受ける。あなたと子供たち、ヘンリー君はマーサさんのところへ行きなさい」
「ええっ!?」
 リュカはビアンカの提案に驚いて目を見張った。
「そんな事……無茶よ、ビアンカお姉さん。この魔物たち、みんなとてつもなく強いわ! わたしたちが抜けたら……」
 戦力の均衡が崩れる。そう言いたかったリュカだったが、しかしその時。
「何をごちゃごちゃと言っている! 貴様たちはここで死ぬのだと言っておろうが!」
 ヘルバトラーが手を振り上げ、攻撃の合図を送った。殺到する魔物たち。
「させるか!!」
 ヨシュアが目にも止まらぬ突きを放ち、襲い掛かってきたゴルバ・ガルバを団子のように串刺しにした。その横でマーリンがバイキルトを唱え、ブラウンの攻撃力を強化する。それを待って放たれたブラウンのビッグボウガンの一撃が、上空から襲い掛かってきたホークブリザードを射落とした。
 そこへ、隊列を組んだフレアドラゴンが続けざまに激しい炎を浴びせかけた。火達磨になるヨシュアとブラウン、マーリン。
「かあっ!」
 その後方から輝く凍気が吹きつけ、ヨシュアたちの火を消すと同時に、数体のフレアドラゴンを飲み込んで消し去った。シーザーの吐息攻撃だ。
「馬鹿野郎、もっと違う方法で火を消せよ!」
 身体についた霜を振り払いながら、ヨシュアがシーザーに怒鳴る。シーザーは頭をかきつつも、今度は灼熱の炎を吐いてスカルゴンの群れを薙ぎ払いながら答えた。
「悪いけど、手加減してる暇も余裕も無いぜ!」
 シーザーの言う通り、あたりは既に大乱戦の巷と化していた。

 サンチョとビアンカがメカバーンの金色の巨体を殴り倒し、部品を地面にばら撒いたと思ったら、次の瞬間二人ともセルゲイナスの横殴りの一撃に吹き飛ばされる。
 そのセルゲイナスがスラリンとロッキーの続け様の体当たりにくず折れたところを、踊りかかったプックルが牙の一撃で喉笛を掻き切り、その戦いのど真ん中で悪魔神官のイオナズンが炸裂し、プックルたちは爆風に巻き込まれ上空高く投げ飛ばされた。
 悪魔神官が追い討ちをかけようとしたところで、右手の剣で魔族の剣士、グレンデルの群れと渡り合っていたロビンが左手の矢を放ち、そいつの首を貫く。その死体を蹴散らして突進してきた恐竜バザックスの群れが、ロビンもグレンデルも蹂躙して駆け抜けたところで、ジュエルのバギクロスを食らって肉片と化して飛び散ったかと思えば、ジュエルは「愚弟が!」「愚兄が!」と罵りあいながら殴り合うアンクルとヘルバトラーの足元に消えた。
「べホマラー!」
「ベホマラー!!」
 そして、ホイミンやメッキー、両軍の回復役が全体回復魔法を連発し、倒れた者たちも起き上がって、また乱戦の最中に突撃していく。戦況はまさに混沌と化していた。そんな中で、リュカの仲間たちは叫んだ。
「もはやマーサ様のお命、一刻の猶予もございません。お急ぎください、リュカ様!」
 オークスが雷神の槍を振るいながら言った。
「我らをお頼りください、と申したでしょう。今がその時です!」
 ピピンが吹雪の剣をマヌハーンの仮面に叩き込みながら叫ぶ。
「母親との再会に、無粋な横槍は入れさせませぬ!」
 奇跡の剣を一振りしながら、ピエールが言う。
「お行きください! 我ら一同、この程度の連中に遅れは取りません!」
 メラゾーマを連発しながらサーラが言う。
 その他の仲間たちも、みんな口には出さないものの、、目で語っていた。ようやく手の届く所にたどり着いたマーサを、リュカの手で救ってやれと。
「……わかった。みんな、すぐに母様を助けてくるから……お願い!」
 リュカも覚悟を決めた。ドラゴンの杖を振りかざす。
「薙ぎ払え!」
 杖の口から吐き出される灼熱の炎が、一番与しやすそうなゴルバ、ガルバの群れを焼き払って伸びた。
「よし、走れ、お前たち!」
 炎が包囲網を貫通した所で、ヘンリーがユーリルとシンシアに叫ぶ。
「うん、わかった!」
「はい、お父様!」
 駆け出す子供たち。穴の開いた包囲網を埋めようとする魔物たちを、剣と魔法で排除しながら進んでいく。
「俺たちも行くぞ!」
「ええ、ヘンリー!」
 ヘンリーはリュカの手を取り、子供たちを追って走り出す。パパスの剣が舞い、二人の行方を阻む邪神の兵隊たちを立て続けに斬り捨てる。

「ぬぅ!? 貴様ら……ごふっ!?」
 その動きに気づいたヘルバトラーが翼を羽ばたかせて後を追おうとしたが、アンクルがすかさず足を掴み、地面に叩き付けた。
「ワシに背を向けるとは、舐めてくれるな兄者! シンシア様とご母堂様の邪魔はさせぬぞ!!」
 吼えるアンクルに、ヘルバトラーは身体についた土を払いながら立ち上がる。
「ぐ……腕を上げたものよな、愚弟よ。何がお前をそうさせる。そんなに人間に忠誠を誓う理由があると言うのか?」
 ヘルバトラーは言う。本来ヘルバトラーとアンクルホーンでは、力の差が歴然としている。互角に戦うなどありえないはずなのだ。狼狽する兄に、アンクルは胸を張って答えた。
「そうとも。あの方々への忠誠が、ワシに限界を超えた力を発揮させるのだ!」
 そう言うと、アンクルは豪腕を唸らせ、ヘルバトラーの顔を殴り飛ばす。
「くっ、黙れ。認めるものか!!」
 ヘルバトラーも殴り返す。超重量級の二体が拳を繰り出す度に、地震の様な振動があたりを襲う。どちらかが倒れるまで続く、ノーガードの打ち合い。それを制したのは……
「ごばあっ!」
 アンクルの鉄拳を顔と腹にまともに浴びたヘルバトラーが、血を吐きながら地面に沈む。アンクルも顔がボコボコに腫れ上がり、アザだらけになっていたが、それでも両足で地面をしっかり踏みしめて立っている。
「ワシの……ワシらの勝ちのようだな、兄者」
 アンクルはそう言ってニヤリと笑った。何時の間にか、乱戦は終息を迎えていた。リュカの仲間たちは、全員がボロボロになりつつも立っていた。ミルドラースの配下たちは、全てが骸と化すか、もはや立つ事もできない虫の息、と言う有様だ。
「……くっ……」
 ヘルバトラーは悔しげな顔をしつつ、力尽きたのか気を失った。
「みんな、大丈夫?」
 サンチョと支えあいながら立っていたビアンカが声をかけると、全員が頷いた。
「こうしてはおれませんな。早く、リュカ様の後を……」
 ピエールが言った時、リュカたちが向かった山頂のほうから、眩しい光が射しこんで来た。
「!? 姫様!!」
 サンチョはリュカたちの身に何かが起きたことを悟った。
(続く)

-あとがき-
 エビルマウンテンの決戦編、第一回。今回の中ボスはヘルバトラー。以前DQ5をしてたころは、全然仲間にならなくてブチ切れた思い出深い相手です(爆)。
 次回は母親との再会です。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第七十六話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/06/01 20:47
 ヘルバトラー軍と仲間たちが渡り合っている間に、包囲網を抜け出したリュカたちは、山頂めがけて走っていた。地割れや溶岩を飛び越え、たまに現れる魔物を蹴散らし振り切り、ただひたすらに走る。
(母様、母様……! どうかご無事で……!!)
 リュカはその事だけを念じていた。やがて、広大な山腹の平原にも、ようやく終わりが見えてきた。山頂に続く道の入り口に神殿のようなものがあり、そこには両腕が蛇の魔物、ダークシャーマンが門番として控えていた。
「待てい! 我等が魔王、ミルドラース様への祈りの邪魔は……」
「お前たちが!」
「邪魔だ!」
「今すぐ!」
「退きなさい!!」
 ヘンリー、ユーリル、シンシア、リュカがそう叫びつつ、神殿の入り口に殴りこむ。天空の剣、パパスの剣、イオナズンとバギクロスが唸りを上げ、ダークシャーマンたちはほとんど抵抗できないまま、一瞬でズタズタにされ弾き飛ばされた。リュカたちはそんな彼らを顧みることなく、神殿を駆け抜けて山頂への道を駆け上がっていく。そして、リュカはとうとうその人をはっきりとその目に捉えた。
 煮えたぎる溶岩が渦巻く火口の真ん中に、祭壇を設けた島のような場所がある。その祭壇の上で、一人の女性がリュカたちに背を向けて立っていた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第七十六話 母


「母様!!」
 リュカの声に、彼女は振り向く。その顔は、リュカにそっくりだった。リュカがあと十年、いや、十五年、時を重ねて成熟した女性になれば、その姿になるだろうと思わせる。違うのは髪の毛の色だ。リュカの髪が艶やかな黒なのに対し、彼女のそれは盛夏の木々の葉を思わせる深緑だった。
「リュカ……ああ、リュカ……!!」
 女性――リュカの母親マーサは、目に涙をたたえて娘の名を呼んだ。
「どれほど……どれほどあなたに会いたかったか……私がここへ連れてこられたあの日から、一日でもあなたの事を思わない日はありませんでした」
「母様!」
 リュカは叫んだ。
「わたしも、わたしもよ、母様……! ずっと会いたかった!!」
 そのまま、中央の島へ続くただ一本の橋を駆け渡る。橋の幅はリュカの肩幅ほども無く、落ちれば溶岩の海に飲まれて即死だが、今のリュカには、そんなものは目にも入っていなかった。
「母様!」
 そのまま橋を渡りきったリュカは、マーサに抱きついた。
「母様……母様、母様ぁ……」
 生まれて初めて感じる、母の温もり。リュカにはもう言葉も無く、ただマーサの胸の中で、子供の頃に戻ったように泣き続けた。そんな娘を、マーサはぎゅっと抱きしめる。
「リュカ……良くここまで来ましたね。あなたは、私の想像を遥かに超えて、強く、そして優しい娘に成長したのですね」
 そうマーサが言った時、遅れていたヘンリーと、ユーリル、シンシアが橋を渡ってきた。
「リュカ」
 ヘンリーに名を呼ばれ、リュカは涙を拭って家族の方を振り向いた。
「母様、紹介するわ。わたしの家族たち。旦那様のヘンリーと、息子のユーリルと、娘のシンシア」
 ヘンリーが一礼した。
「初めて御意を得ます……義母上」
 続いて、二人の子供たちが駆け寄ってくる。
「おばあちゃん……」
「お祖母様……」
 マーサはヘンリーに会釈し、見上げる二人に慈愛に満ちた優しい視線を向けると、屈みこんで子供たちの肩を抱きしめた。
「良く来ましたね、ユーリル、シンシア……二人とも、こんなに小さいのに、お母さんとお父さんを良く助けてきましたね」
 祖母の優しい言葉に、子供たちは感極まって泣き出してしまう。辺りは溶岩渦巻き、毒ガス漂う地獄の火口だと言うのに、その真ん中にある島だけが、暖かく穏やかな雰囲気に包まれていた。
 しかし、その雰囲気を断ち切ったのは、マーサだった。
「ありがとう、リュカ、ユーリル、シンシア。私のためにこんな所まで来てくれて。これでもう、何も思い残すことはありません。最後に、あなたたちに触れ合えて本当に嬉しかった」
 母の言葉に、リュカがはっと顔を上げる。その母の言葉と口調は、そう、まるで死を覚悟した人のようで……
「母様? どうしてそんな事を……」
 言うのですか、と聞くよりも早く、リュカはマーサの言葉の意味を知らざるを得なかった。
 孫たちを抱くマーサの手が、うっすらと透けて見え始めていた。ヘンリーも息を呑む。マーサは穏やかに微笑み、娘の途中で切れた問いに答えた。
「見ての通りです。私はもう……この世の者ではないのですよ」
 魔王の庇護があるとは言え、過酷極まりない魔界での生活は、マーサの身体を容赦なく蝕み続けていった。魔王を封じ込め続けるため、マーサはもはや枷でしかない身体を捨て、純粋な精神的存在へと己を昇華する事で、一人戦いを続けてきたのだ。
「それも、もう終わりです」
 マーサは言葉を続けながら、少しずつ透き通った霊体へと変化して行き、実体が消えた。祖母の温もりが消えた事に気づき、子供たちが叫ぶ。
「おばあちゃん!」
「お祖母様!!」
 その声に続くように、リュカが涙を流しながら叫んだ。
「母様! どうしてですか! やっと会えたのに……!!」
 全てはこれからなのに。家族が揃って一緒に思い出を紡いで行く事ができるのに。幸せな日々の始まりだと、そう思っていたのに。そんなリュカの思いを察し、マーサは言葉を続けた。
「それは、リュカ。私があなたを信じているからですよ」
 マーサの穏やかな言葉に、リュカは顔を上げて、消えていく母を見る。
「わたしを……? 信じる……?」
 マーサは頷いた。
「親の最後の仕事は、子供たちを信じる事……そうですよね? あなた」
 次の瞬間、懐かしい声がその場に響き渡った。
「その通りだとも」
 声と同時に、中空に蛍の光のような淡い光点が無数に出現し、寄り集まって人の形を取った。それは……鍛え上げられた肉体に、溢れんばかりの威厳を湛えた壮年の男性。
 十八年前、リュカの目の前で死んだ父、パパスがそこにいた。
「父様!」
「パパス殿!」
 リュカとヘンリーが叫ぶと、パパスはすっと地面に降り立ち、マーサの肩を抱き寄せた。
「よくやったな、リュカ。こんな過酷な旅を良く成し遂げた。お前の力は、この父などとっくに超えている」
 パパスはそう娘を労った。続けてマーサが言う。
「そう思ったからこそ、私はあなたに全てを委ねる決意をしたのです、リュカ。私には、もう魔王を倒す事も、封じ込め続ける事もできません。でも、あなたとあなたの家族、そして仲間たちが力を合わせれば、きっと魔王を倒すことができるはず……そう信じています」
「父様……母様……」
 リュカは涙を拭った。今、自分は両親から全てを託されたのだと知った。ならば、泣いている事などできない。 パパスは娘が自分の役目を悟ったとわかると、安心した様子でヘンリーに顔を向けた。
「ヘンリー殿下……良く、リュカを守ってくださった。このパパス、心から感謝しています。ですから、こう呼ばせてもらいましょう。わが息子ヘンリーと」
 ヘンリーの目に涙が溢れた。そういえば、とリュカは気づく。ヘンリーが泣くのを見るのは、これが初めてだと。男泣きをしながら、ヘンリーは答えた。
「その一言で、全てが報われる思いです、パパス殿……いや、義父上……!」
 パパスが笑顔で頷く。マーサも言った。
「これからも娘をよろしくお願いします」
「はっ!」
 ヘンリーが敬礼すると、今度はパパスとマーサはユーリル、シンシアに顔を向けた。
「ユーリル、シンシア。私の孫たちよ。両親を助け、立派な大人になるのだぞ」
「良く遊び、良く学び、お父さんとお母さんの言いつけをしっかり聞くのですよ」
 ユーリル、シンシアはやはり涙を拭き、元気良く答えた。
「はい! おじいちゃん、おばあちゃん!!」
「頑張ります、お祖父様、お祖母様……!!」
 孫たちの答えに、パパスとマーサが満足げな笑みを浮かべたその時、空から一筋の光が降り注いできた。それはパパスとマーサを包み込み、二人の霊はふわりと浮き上がった。
「どうやら、もう行かなければならないようだ」
 パパスが顔を引き締めて言った。
「ええ……あなた……」
 マーサが頷く。そして、リュカたちのほうを振り向いた。
「リュカ、私の娘。これが、母としてあなたにしてあげられる、最後の贈り物です……」
 そう言うと、マーサは手を組み、何か祈りの言葉を捧げた。次の瞬間、眩い光が辺りを覆った。
「母様!?」
 リュカは驚きの声を上げ……そして気づいた。ジャハンナからこの山頂に来るまでに消耗した魔力や、負った傷。それが全快している。いや、それ以上の力を得たような気さえする。
「母様……ありがとうございます」
 リュカはマーサに言った。マーサは笑顔で頷くと、パパスに寄り添った。パパスは妻の身体を抱くと、最後の言葉を発した。
「リュカよ。私たちは、何時でもお前たちを見守っている」
「頑張るのですよ、リュカ。私たちの自慢の娘。誇らしい娘……!」
 リュカは光の中上昇していく両親の霊に、手を振って応えた。
「はい、父様、母様!」
 パパスとマーサが光の中に溶ける様に消えて行き……そして、天からの光もまた消えた。今までのことがまるで夢だったかのように、火口の中の島には、リュカとヘンリー、ユーリルとシンシアの四人だけが残された。ただ、夢で無い証拠に、四人とも気力・体力共に充実していた。四人は天を見上げ、それぞれに別れの言葉を口にした。
「さようなら、おじいちゃん、おばあちゃん……」
「天国で、どうかお幸せに……」
「お二人に託された使命、果たし続けます」
 ユーリル、シンシア、ヘンリーに続いて、リュカも言った。
「父様、母様……わたしは、あなたたちの遺志を継ぎます。他の誰でもない、わたしたち自身の意思で」
 その言葉に、家族全員が頷く。
 思えば、母を助けることは、物心ついたときからのリュカの旅の目的だった。父の旅に従ってではあっても、それは間違いなくリュカ自身の目的でもあった。
 その目的は、今達成された。残るのは、魔王を倒すこと。こればかりは他の誰でもなく、リュカ自身の目的。
 彼女の長い長い旅は、いよいよその最後の道程に到達しようとしていた。
(続く)


-あとがき-
 マーサとの最初で最後の出会い。原作ではここで碌な会話もなくマーサがゲマやミルドラースに殺されてしまいますが、ちゃんと母親と会話をするシーンを入れてみました。
 原作そのままだと悲惨すぎますしね。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第七十七話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/06/02 22:42
 リュカたちが火口の祭壇でそのまま待っていると、程なくして仲間たちが追いついてきた。誰一人欠けることなくヘルバトラー軍との乱戦を勝ち抜いてきたのだ。
「姫様! ご無事でしたか!!」
 サンチョが手を振ってくる。リュカも手を振り返した。
「ええ、無事よ! サンチョさん!!」
 馬車が祭壇までの橋を渡れないので、リュカたちは祭壇の島から火口壁の上に戻った。仲間たちと再会を喜び合おうとして、彼女は気がついた。さっき襲撃してきたヘルバトラーが立っていたのだ。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第七十七話 地底の罠


「あなたは……」
 リュカが声をかけると、ヘルバトラーは不満そうな口調で言った。
「ワシは負けた。しかし、お前の仲間たちはワシの命を奪おうとしなかった。そればかりか、お前の母の癒しの光は、ワシの傷をも癒した……敵の情けで生き永らえるなど、屈辱以外の何物でもない」
 すると、アンクルが言った。
「ならば、その借りを返すためにリュカ様にお仕えすれば良いと言っているだろう、兄者」
 ヘルバトラーほどの実力者が仲間になってくれるなら、願っても無い事だ。リュカは期待の視線を向けたが、ヘルバトラーは首を横に振った。
「それはできん」
「何故だ?」
 アンクルが問い詰めようとすると、ヘルバトラーはなおも不機嫌そうな表情で答えた。
「ワシは武人だ。武人として、一度は主と仰いだミルドラース様に、すぐに刃を向ける訳には行かぬ。だが、そなたらへの借りは返さねばなるまい」
 そう言うと、ヘルバトラーは先端の分銅部分が鏃のような形になっている、鞭が三本ついた武器を取り出した。見るからに凄まじい破壊力を発揮するであろう事が良くわかる代物だった。
「グリンガムの鞭……これを持って行くが良い」
「……いいのか?」
 ヘンリーが聞いた。ヘルバトラーはふっと笑って言った。
「馬鹿者。これを持ったくらいでミルドラース様が倒せるなら苦労は無いわ。せいぜいいくらかでも力の差を縮める程度にしか役立つまいよ」
 ヘルバトラーは背の翼を広げ、空に舞い上がった。
「せいぜいあがいて見せよ、勇者の一族よ!」
 そう叫び、ヘルバトラーは去って行った。残されたグリンガムの鞭は、ビアンカが持ってみてその手ごたえに驚く。
「これは……」
 ビアンカはグリンガムの鞭を振るった。近くにあった岩が一発で粉々に砕ける。
「なるほど、これは使えそうな武器だわ」
 格闘戦向きの武器ではないが、気に入ったらしい。三本を束ね、腰に巻きつけるようにして持つ。
「兄者め……素直でない奴だ」
 アンクルはフッと笑う。そこで、オークスとメッキーがリュカの前に進み出た。
「リュカ様、マーサ様は?」
「一緒ではないのですか?」
 その問いに、リュカは黙って空を見上げる。それだけで、全員がマーサの運命を悟り、辺りに沈痛な雰囲気が立ち込めた。しかし、リュカは笑顔で首を横に振った。
「悲しまないで。母様は……最期は幸せだったわ」
 そして、火口のほうを振り向く。数十メートル下で煮えたぎる溶岩に目を向け、彼女は言った。
「今は、魔王との戦いのことを考えましょう。相手は……ミルドラースはこの下にいるはずよ」
 リュカは荷物の中から聖なる水差しを取り出した。それを傾け、溶岩に向けて水を注ぐ。まるで意味の無い行為に見えるそれは、しかし劇的な効果を発揮した。燃え盛る溶岩が見る間に熱を失い、黒く冷え固まって行く。
「こ、これは……」
 ヘンリーが驚きの声を上げた。やがて火口の溶岩は全て冷え固まって、熱すら感じられなくなる。そしてそこで全員が気づいたが、祭壇のある中央の島、その付け根の溶岩に接する部分に、地下への入り口がぽっかりと穴を開けていた。
「あれが、魔王のいる場所への入り口?」
「たぶん、そうでしょうね」
 ユーリルとシンシアが、火口壁から身を乗り出すようにしてそこを見る。リュカは水差しをしまいこむと、先頭に立って歩き始めた。
「さぁ、行きましょう」
 そのまま、火口壁に螺旋状に刻まれた坂道を降りていく。一行はそれに続いて火口を降り始めた。さっきまで溶岩だった底の部分を横断し、見つけた入り口に入る。道は緩やかな坂になっていて、遥か地下へと続いていた。リュカたちは迷うことなく、その道に足を踏み入れた。
 
 その道は、まるで巨大な生物の胎内を進んでいくかのような印象を与える空間だった。幾重にも襞が重なったような壁面からは、地下水が滲み出て床を濡らしている。何が含まれているのかは不明だが、その水は妙にぬめり、足元を滑りやすくさせていた。もし転んだら、止めようも無く最下部まで滑り落ちていきそうだ。
「実際、滑って行ったほうが早いんじゃない?」
 ビアンカがそう言ったが、ヘンリーが止めた。
「いや、そりゃまずいだろ。降りていった先が断崖絶壁の中腹だったとか、そんな事になったら目も当てられない」
「それもそうか」
 ビアンカは納得し、またそろそろと進み始める。転落しないように慎重に進むことしばし。道はようやく終点に辿り着いた。
 そこはかなり広い空間で、奥のほうは光が届かず見渡すことができない。ヘンリーが指を舐めて顔の前に立てた。
「こっちから風が来てるな……とりあえず行って見るか」
 ヘンリーは右のほうを指差す。リュカは頷いて、壁に沿って右のほうへ進み始めた。が、次の瞬間。
 突然、リュカの足元が崩れた。
「きゃあっ!」
「落とし穴か!?」
 ヘンリーは慌ててリュカに手を伸ばしたが、間に合わず彼女の姿は闇の底へ消えた。
「リュカぁーっ!!」
「お母さん!!」
 ヘンリー、ユーリルが声を上げるが、声が木霊するだけだ。相当深い穴らしい。
「くそっ! 皆無事か!?」
 ヘンリーが辺りを見回すと、いくらか仲間の数が少ない。
「ビアンカさんが! それにスラリンも!!」
 サンチョが言う。ヘンリーは頷くと、ピピンに命じた。
「ありったけロープを持ってきてくれ!」
「はっ!」
 ピピンが馬車に駆け込むと、十束ほどのロープを抱えて出てきた。ヘンリーはそれを確認してゴレムスを呼んだ。
「ゴレムス、クレーン代わりになってくれ。これからロープを穴の底に下ろす」
 ゴレムスが頷いて、その場にずしりと座り込む。ヘンリーはロープを繋ぎ合わせ、自分の腰に巻きつけた。
「よし良いぞ。ゆっくり頼む」
 ヘンリーの準備が整ったのを見て、ゴレムスがロープを持つと、ヘンリーは穴の縁を蹴って、ゆっくりと降下を始めた。
「リュカ、無事でいてくれよ……」

 その頃、リュカたちは……
「あいたたたた……でも、下が水で助かったわね」
「そうね……スラリン、大丈夫?」
「ぴきー」
 穴の底の水溜り、その岸辺に這い上がっていた。上を見上げると、どこまでも岩壁が続いている。かなり深い穴のようだ。もし下が硬い岩や、溶岩や針の山のようなデストラップだったらと思うと、ぞっとする。
「何とかして脱出する道を探しましょう……っ!?」
 そう言った時、リュカは気づいた。闇の中に無数の悪意が潜んでいる事に。
「だれ!?」
 ビアンカが言うと、闇の中から金色の身体を持つ大悪魔が進み出てきた。
「我はミルドラース様が二の将、ライオネック。ようこそ、お前たちの墓場へ」
 嘲笑うようなライオネックの言葉に、リュカは聞いた。
「罠……という事?」
 ライオネックは頷いた。
「私はヘルバトラーのような、正面からぶつかるだけの猪とは違う。強敵は分断し、少しずつ葬り去っていくが上策よ。最初の獲物が敵の筆頭とはついているが」
 ライオネックはそう言うと手を挙げた。背後から無数の敵が湧いて出てくる。三人だけで相手するのは無理と言わざるを得ない数だった。
「やれい!」
 ライオネックの号令に、魔物たちがリュカたちに向けて殺到する。が。
「リュカ、伏せて!」
 ビアンカが言うや、リュカの返事も待たずにグリンガムの鞭を繰り出した。その一発はまず先頭のマヌハーンを捉え、堪える事すら許さず吹き飛ばす。続いて隣のバザックスが首をまともに鏃で貫かれ、その巨体自体が分銅となって、後続の敵を巻き込んでドミノ倒しのように薙ぎ払った。
「な、何だと、グリンガムの鞭!?」
 驚愕するライオネック。その眼前に鞭が迫り、慌てて後方へ跳んで回避するが、横にいた悪魔神官がバザックスに叩き潰され、一撃で絶命した。見ると、この穴の底に配置していた魔物の相当数が、今のビアンカの攻撃で撃破されていた。
「なるほど、魔将の武器だけあって凄い破壊力ね……」
 やったビアンカ自身が信じられない、と言った表情で言う。そして、再び鞭をじゃらりと鳴らすと、恐れた魔物たちが数歩退いた。
「ち、そんなものを持ってきていたとはな。ヘルバトラーめ、使えぬ奴……」
 ライオネックは毒づくと、配下とは逆に一歩前へ出た。
「やりあう? 魔将さん」
 構えるビアンカ。グリンガムの鞭の威力に、相手が誰であろうと戦える、と言う自信を持ったらしい。しかし、ライオネックは全く恐れた様子がなかった。
「いい気になっているようだな。だが、このライオネックには通じぬ」
「じゃあ、試してみる!?」
 ビアンカが再び鞭を振るおうとした時、先手を打ってライオネックは叫んだ。
「ギガデイン!」
「なっ……」
 リュカとビアンカ、スラリンが驚くより早く、轟く雷鳴と共に稲光が直撃した。
「きゃあっ!」
「やあああっ!?」
 凄まじい威力の電撃を浴び、リュカとビアンカは身体が内側から破裂しそうな激痛と共に、その場に崩れ落ちた。スラリンも弾き飛ばされ、水溜りに半分身体を沈めたまま動かない。
「ぎ、ギガデイン……? 勇者の魔法を、悪魔のあなたが何故……」
 動けないながらも、絞り出すような声と共にリュカが言うと、ライオネックは嘲笑した。
「それは、人間の常識だろう? 人間より優れた魔力を持つ我ら魔族は、その気になればこの程度の魔法は使いこなせる」
 ライオネックは答えながら、手に金色の刃を持ち、リュカの前に立って振り上げた。
「死ぬがいい! 勇者の母よ!!」
 まだ身動きの取れないリュカに、その凶刃をかわす手立てはない。リュカが目を思わずつぶった時、思いもかけない事が起きた。気絶しているのかと思っていたスラリンがぐっと身を起こすと、その口から灼熱の炎を吐き出したのである。
「な!? ぐわあああぁぁぁ!!」
 炎を真っ向から浴びたライオネックは、全身を炎に包まれ、ごろごろと転げまわった。スラリンは容赦せず炎を吹き付け続け、ライオネックの配下たちも焼き払う。
 驚いたのはリュカも同じだったが、すぐに立ち直り、自分とビアンカにベホマをかけた。その時にはスラリンの炎はやんでいたが、ライオネック以下の魔物たちは黒焦げになって転がっていた。
(続く)


-あとがき-
 ヘルバトラーさんはツンデレです(殴)。
 それは冗談として……同格のはずのライオネックがちょっと小物になってしまったかも。トータルバランスは凄い魔物なんですけどね。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第七十八話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/06/03 21:38
「す、凄いじゃない、スラリン! そんな技が使えるなんて!!」
 ビアンカが褒めちぎると、スラリンはぴきー、と得意げに鳴いてぴょんぴょんと跳ねた。
「そういえば、スライムは一番弱い魔物だからこそ、物凄い可能性があるんだって聞いたことがある」
 リュカは以前、モンスター爺さんことザナックから教わった事の一つを思い出した。
 一見弱く見えるスライムだが、実は環境に適応する事で、どんどん進化して亜種を増やすことでは、他の魔物の追随を許さない。普通の生き物が住めない毒の沼地にも、彼らはバブルスライムに変化して住み着くし、山地、海上、地中とどんな場所にも分布している。
 天空の勇者よりも古い時代には、スライム同士を戦わせて競う娯楽があり、そのチャンピオンともなれば、下手な魔王が泣いて逃げ出すような凄まじい強さのスライムもいたと言う。
 それを考えると、スラリンが灼熱の炎を吐くくらいは、なんでもない事なのかもしれない。リュカはそんな事を思い出しつつ、スラリンを抱き上げた。
「ありがとうね、スラリン。さて、上に戻る方法を考えなきゃ……」
 そうリュカが言った時だった。ビアンカの顔がいきなり凍りついた。はっとなって振り向くと、焼け爛れながらもまだ生きていたライオネックが立ち上がり、リュカに襲い掛かってきた。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第七十八話 一本橋の死闘


「!」
 声を上げる間もなく、掴みかかられ地面に押し付けられるリュカ。ライオネックはかすれた、しかし怨念の篭る声で言った。
「お……のれ……せめて、お前……だけでも……道連れに……」
 そして、リュカの首を締め上げようとする。ビアンカがライオネックを攻撃しようとするが、ライオネックがリュカに密着しているため、リュカを巻き添えにするのを恐れて手が出せない。
「あ……」
 リュカの視界が暗くなる。だが、その暗い視界に一点の光が映った。それは振り下ろされる刃の銀光。その光がライオネックの首に吸い込まれ、一撃でそれを胴体から叩き落していた。
「人の女房に何しやがる、この野郎」
 刃の主……ヘンリーはそう言って剣を納めた。ギガデインやスラリンの炎の光で底の様子が見えたため、途中からロープを切り離して飛び降りてきたのだ。ヘンリーはそのまま屈みこむと、リュカを助けあげた。
「大丈夫か? リュカ」
「けほっ……うん、大丈夫。ありがとう、ヘンリー」
 さっきから助けられてばかりで、ちょっとかっこ悪いなぁ、と思いつつもリュカは立ち上がった。が、何かに躓く。見ると、さっきライオネックが振りかざしていた武器だ。よくよく見てみると、なかなかの逸品のようだ。リュカはそれを拾い上げた。
 その後、何とかロープを降ろしてもらい、上に戻ったリュカは、早速マーリンに拾った武器を見せた。しばらくその武器を叩いたりして調べていたマーリンは、やがて顔色を変えた。
「これは……間違いない、オリハルコンじゃ」
「オリハルコン?」
 首を傾げるリュカに、マーリンは説明を始めた。オリハルコンは天界で取れる希少な金属で、錆びず、劣化せず、しかも重さの割りに強靭な、武器作りにおいて理想的な金属だ。異世界の勇者が使っていたと言う伝説の武器は、大半がオリハルコン製だと言う。
「これはさしずめオリハルコンの牙、と言う所かな。手で持っても良いが、魔物の仲間に使わせるほうが良かろう」
「なるほど」
 リュカは頷くと、オリハルコンの牙はスラリンに渡す事にした。
「これを手に入れるのに一番活躍したのは、スラリンだもの。あなたが一番これを使う権利があるわ」
 オリハルコンの牙を受け取ったスラリンは、嬉しそうにそれをくわえた。もはやスラリンも十分に歴戦の勇士の風格を漂わせるまでに成長したと言える。
「あの時、墓石の影でプルプル震えていたチビが、今は魔将をボコボコにしちまうんだから、時の流れってのは凄いもんだ」
 ヘンリーはそう言ってスラリンの奮戦振りに感心する。そうした戦後処理も済んだ所で、一行は再び奥を目指して歩き出した。
 
 それから滑る床や、スライドパズルのようになった仕掛けの部屋を突破し、奥へ進んでいくと、急に視界が開けた。
「これは……」
 リュカは目の前の光景を見て言った。どうやら山の中腹に出たらしいのだが、そこはどこまでも続く断崖絶壁の只中だった。道は巨大な石橋となって、向かいにあるエビルマウンテンに匹敵するほどの巨大な山に続いている。今まではエビルマウンテンの影で見えなかったのだ。
 そして、橋の上にブオーンにも匹敵しようかと言う巨体を持った魔物……一つ目の巨人が仁王立ちしており、その手には見るからに危険な香りが漂う巨大な鎖つき鉄球が握られていた。そいつは橋が震えるほどの大声で名乗りを上げた。
「俺の名はギガンテス。ミルドラース様が三の将よ。俺がここにいる以上、お前たちの運命もここで終わりだ」
 ヘンリーが剣を抜いて進み出た。
「へ、魔将かい。ヘルバトラーもライオネックとか言う奴も既に倒したぜ? 部下ごとな。お前は一人でオレたちを止められるつもりか?」
 ヘンリーの言うとおり、多くの配下を引き連れていたヘルバトラー、ライオネックと異なり、ギガンテスには一匹の配下もいなかった。しかし、ギガンテスは高笑いした。
「舐めるなよ若僧。俺はあの二匹とは違う。一人で一軍に匹敵するからこそ、ミルドラース様の門前を任されているのよ。この、ギガンテスと破壊の鉄球の組み合わせはな!!」
 そう言うなり、ギガンテスは手にしていた武器、破壊の鉄球を振るった。一抱えもあろうかと言う鉄球と、リュカの腕ほどもあろうかと言う鎖が、唸りを上げて飛んできた。
「……ぐわあっ!?」
 ヘンリーは光の盾でそれを受け止めた……が、勢いを殺し切る事はできなかった。いや、ヘンリーなどまるで小石のように軽々と吹き飛ばされ、鉄球は勢いを衰えさせる事なく、一行を蹂躙した。サンチョが薙ぎ倒され、ピエールが吹き飛び、ジュエルが弾き飛ばされる。
「危ない!」
 飛ばされた者達が崖下に落ちそうになるのを、慌てて振るったビアンカのグリンガムの鞭が巻きつき、橋の上に引き戻すか、シーザーやメッキーなど、飛べる仲間たちが掴んで引っ張りあげる。リュカは叫んだ。
「みんな、橋の上は危ないわ! 洞窟まで戻って! ブラウン、ロビン、矢で牽制して!!」
 リュカの声に従い、仲間たちが後退する。それを援護しようと、ブラウンとロビンがビッグボウガンを構え、巨大な矢を射掛けた。さらにシンシア、サーラ、ミニモンがメラゾーマを放つ。ところが。
「効かぬわあッ!!」
 ギガンテスは引き戻した破壊の鉄球を、目の前で高速回転させた。必殺の矢が、火球が、鉄球と鎖に阻まれて叩き落され、ギガンテスにはかすり傷一つつけられない。
「畜生、なんて奴だ! 正真正銘の化け物か!!」
 ヘンリーが言う。鉄球の直撃で受けたダメージのほうは、リュカが賢者の石を使ってまとめて治療したが、完全に癒しきれていない。
「このままでは、永遠に先に進めそうもないぞ。どうする?」
 ヨシュアが聞く。ギガンテスは巨体過ぎて洞窟内までは入ってこれないが、こちらが一歩でも外に出たら、破壊の鉄球を食らって崖下に叩き落されかねない。
「どうした、雑魚共! かかって来い!!」
 ギガンテスがそう言って馬鹿笑いしながら挑発している。
「この距離から、全員でイオナズンとか最上級の攻撃魔法を叩き込みまくったら?」
 イラついた顔で提案したのはミニモンだったが、サーラがそれを否定した。
「あの筋肉ダルマが吹き飛ぶほどの攻撃を打ち込んだら、橋が崩れかねない」
 確かに、頑丈そうな橋だが、イオナズンだのギガデインだのを連打して耐えられるような建造物ではない……というか、そんなものは存在しないだろう。どうにも手詰まりだった。
「なんとか、あの鉄球を止めるしかないですね……」
 シンシアが言う。それはリュカも考えていた事だが、あれを止められるような仲間と言うと……
「……え?」
 シンシアが肩をつつかれて振り向いた。そこに立っていたのはゴレムスだった。ゴレムスは自分で自分を指差すと、こくこくと首を縦に振って見せた。
「え、やらせて欲しいって?」
 シンシアの言葉に頷くゴレムス。
「確かに、あやつの膂力に辛うじてでも対抗できそうなのはゴレムスくらいだな。ワシでも無理だ」
 アンクルが言う。リュカとヘンリーは顔を見合わせた。
「……よし、やらせてみよう」
 決断したのはヘンリーである。しかし、ヘンリーはゴレムスが鉄球を止めた後の事をさらに踏み込んで考えており、その策を全員に話した。
「なるほど、それなら行けそうだな」
 ピエールが珍しくヘンリーの作戦を褒めた。リュカはゴレムスと、万が一に備えてフォローする役のアンクル、シーザー、ヨシュアを見て声をかけた。
「危ないけど、お願いね。無理はせず、駄目だと思ったら一度退いて。ここまで来て、魔王の手下なんかのために皆にやられて欲しくないから」
 ゴレムスたちは無言で頷くと、配置についた。そして、思い切って橋の上に飛び出した。
 
 鉄球をぶんぶん振り回しながら馬鹿笑いしていたギガンテスだったが、ゴレムスが出てきたのを見て、ますます笑いを大きくした。
「死に急ぐか、なら谷底に叩き落してやろう!」
 そう言って振るわれた破壊の鉄球は、残像すら見える速度でゴレムスめがけて飛んできた。だが、ゴレムスはひるむことなく、溜めておいた力を解放し、自ら破壊の鉄球に体当たりした。
 凄まじい大音響が轟き、ゴレムスの左肩が腕ごと砕け散る。シンシアがそれを見て悲痛な叫び声をあげた。
「ゴレムスぅーっ!!」
 しかし、ゴレムスは耐えた。耐えて主の期待に応えて見せた。残る右腕で、身体に食い込んでいる鉄球の鎖を掴み、ギガンテスが引き戻そうとするのを阻止する。
「今だ!」
 ヨシュアが叫ぶと飛び出し、ゴレムスを助けて鎖を掴む。続いてアンクル、シーザー、さらにヘンリー、ユーリル、サンチョにビアンカ、オークスとピピンも飛び出して、鎖に群がった。ギガンテスの顔に怒りの表情が浮かぶ。
「俺から武器をもぎ取るつもりか。だが、その程度で俺との力比べに勝とうなんぞ百年早いわ!」
 そう言うなり、ギガンテスの腕の筋肉がさらに膨張し、十人がかりで引っ張っている鎖をぐっと引き戻す。自分たちが力負けしていると言う信じがたい事実に、ヘンリーが叫ぶ。
「ち、化け物が!」
「褒め言葉と受け取っとくぜ」
 ニヤリと笑うギガンテス。しかし。
「ばぁか、コケにしてるんだよ。やれ、ブラウン!」
 ヘンリーが言うや、背後から走ってきたブラウンがゴレムスの肩に飛び乗った。その手にはしっかり狙いを定めたビッグボウガン。
「な!」
 驚愕するギガンテス。その一つ目に、ブラウンの手から放たれたビッグボウガンの太矢が吸い込まれるように突き刺さった。
「ぐわあああぁぁぁぁっ!?」
 ギガンテスは鉄球から手を離し、自分の顔を覆った。反動で投げ出されるゴレムスたち。ギガンテスは苦悶と怒りの言葉を叫びつつ、リュカたちのほうに迫ってきた。
「き、貴様らぁ! よくも俺の目を!!」
 目は見えなくとも、気配は感じるのだろう。ギガンテスは腕を振り上げ、まだもつれ合って倒れたままのゴレムスたちを薙ぎ払おうとしたが……
「メラゾーマ!」
「メラゾーマ!」
「メラゾーマっ!!」
 ミニモン、サーラ、シンシアが続けざまに叩き込んだメラゾーマが次々と命中し、その巨体が炎に包まれる。そして、とどめとばかりに飛び出したのはロビンだった。ギガンテスの足元に飛び込むと、隼の剣を目にも止まらぬ早業で一閃、ニ閃させ、ギガンテスの両足の腱を切り裂いた。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁ…………」
 ぐらりと傾いた巨体が、悲鳴を残して底なしの谷に消えていき、見えなくなった。シンシアは飛び出すと、ゴレムスのところに駆け寄った。ゴレムスは彼女が最初に仲間にした魔物であり、思い入れも一入なのだ。
「ゴレムス、ゴレムス! 大丈夫!? 今治してあげるからね!」
 シンシアは半泣きでゴレムスの砕け散った左肩にストロスの杖を向けた。やわらかい光が、ゴレムスの傷口を癒して行き、左腕が再生する。さらにユーリルがベホマを唱え、ゴレムスを完全に回復させた。
「……」
 ゴレムスは無言ながらも、左手を振り回し、無事をアピールすると、シンシアに一礼した。
「ゴレムス、良かった……」
 ホッとした表情のシンシア。そこへ仲間たちが追いついてきて、橋の上に全員が集まった。
「何とか片付いたな」
 ヘンリーは汗を拭って、谷底を見下ろした。そして、まだ手にしていた破壊の鉄球を離した。
「ゴレムス、よくやったな。褒美にそれはお前が使え」
 ゴレムスはそう言われて、まだ右手に持っていた破壊の鉄球を見下ろすと、こくんと頷いた。これまで徒手空拳でも十分な戦力と看做されてきたゴレムスだが、ここへ来てまさに鬼に金棒と言うべき戦力を手に入れた。
「さて、これで魔将とかいう連中は全員片付いたのかな?」
 ビアンカが言うと、サンチョが答えた。
「さっきのギガンテス、ミルドラースの門前を守っていると言ってましたしねぇ。間違いなく……」
「残るはいよいよ魔王だけ、と言う事ね」
 リュカは橋の先にある、もう一つのエビルマウンテンを見上げた。それこそが、ミルドラースのいる本丸と言う事なのだろう。
 残る敵は、あと一人だけだった。
(続く)


-あとがき-
 ラストバトル前の大一番。相手はギガンテス。見ての通り、キラーマシン以外で魔界で仲間になる可能性のある強豪モンスターを中ボス扱いでまとめてみました。
 ついでに強力な武器もドロップ品扱いで配給。メタキン装備がないのはただ単に趣味です。
 次回、いよいよラストバトル開幕です。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第七十九話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/06/04 21:22
 橋を渡りきり、もう一つのエビルマウンテンに踏み込んだリュカたちは、もはや迎撃の魔物も現れず、静まり返った山中の大空洞を歩いていた。魔物は出ない代わりに、濃密な邪気と悪意がわだかまる大空洞は、歩くだけで神経をすり減らすような場所だった。
 やがて、道の終わりがやってきた。祭壇のようになった場所があり、その奥に小さな人影があった。空中に浮遊し、座禅を組んだ姿勢をとっているその人物は、緑色の肌をした、枯れたような老人の姿をしている。身に着けているのも、簡素なローブと帽子のみ。だが……その威厳、威圧感は、今まで倒してきたいかなる魔物とも桁違いのものだった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第七十九話 魔王ミルドラース


「……良くぞ参った、伝説の勇者と、その一族の者たちよ」
 リュカたちが立ち止まったのを見計らったように、その人物は声を発した。イブールのそれも人の心を揺るがすような、深みのあるものだったが、その人物の声は、イブール以上に心に働きかけるものだった。ただし、聞くものの心を凍て付かせるような、冷たく殺気に満ちたものだったが。
「……あなたが、魔王ミルドラース?」
 負けないように心を奮い立たせてリュカが尋ねると、その人物は座禅を解き、ふわりと祭壇に降り立った。
「いかにも。余がミルドラース。魔王ミルドラースだ」
 ミルドラースはゆっくりと祭壇を降りてくる。その一挙手一投足が、見るものの視線を縛る。目をそらせば、即座に殺されそうな気がして、目が離せないのだ。ミルドラースは歩きながら意外な事を言った。
「リュカよ、マーサの死に目には会えたようだな?」
 その問いかけに、リュカは一瞬どう答えたものか迷ったが、ええ、と頷いた。それを聞いてミルドラースは笑った。
「そうか。マーサも素直に従うことはなかったが、長年余のために祈りを捧げ、良く尽くしてくれた。最後に娘に会う機会を与えたのは、余の慈悲よ」
 それを聞いて、あまりにも身勝手な、あまりにも独善的な言い分に、リュカの心にカッと怒りが燃え上がった。
「慈悲? 慈悲ですって……? 愛する人から引き離され、無理やりあなたのために祈らされ……その報いとして、僅かな時間だけわたしと話したことが、慈悲だと言うの……!」
「その通りだ」
 ミルドラースはなんでもない事のように答えた。
「余は運命に選ばれた者。勇者も神をもこえる存在。この世界の全ては、余の手の中にある……マーサの命も含めてな。余が余の所有物をどうしようと、余の勝手であろう?」
 狂気にも似た確信をはらんだ、それは圧倒的な傲慢。リュカは叫んだ。
「違う、違う!」
「ああそうだ。断じて違う」
 ヘンリーが応じる。
「ボクたちは……世界は」
「あなたの物なんかじゃない!」
 ユーリル、シンシアも叫ぶ。
「良くぞ言った!」
 ミルドラースはローブの中に組んでいた腕を広げ、戦いの構えを取った。
「余の前でそれだけ反骨を示してこそ、勇者の一族。来るがいい。余が世界を統べる者たる所以を見せてくれよう!!」
 そう叫ぶと同時に、ミルドラースは冷たく輝く吐息を放った。リュカたちは極寒の中に沈んだが……
「いまさら、その程度で倒れるか! シンシア、爺さん、オレとユーリルにバイキルトを!」
 ユーリルがフバーハでそれを防ぎ、家族を王者のマントでかばったヘンリーが叫ぶ。
「はい! お父様!」
「心得た!!」
 シンシア、マーリンがバイキルトを唱える。続いてプックル、ゴレムスが力を集中させ、スラリンとサンチョはスクルトを唱えた。メッキーがルカナンを放ち、ミルドラースの守りを崩す。そして。
「いっちばーん!」
 ビアンカのグリンガムの鞭が痛烈にミルドラースを打ち据え、続いてピエールとピピンの剣が続けざまにその身体を捉える。続けてオークス、ヨシュアが突きを入れ、ブラウン、ロビンの矢が突き立った。
 攻撃はまだ止まない。悪魔三人衆の必殺コンボ、上級火炎呪文の三連打が炸裂した。その炎をジュエルのバギクロスで押し寄せた突風が煽り立てつつ、真空の刃で切り裂いていく。さらに。
「シーザー、わたしに合わせて!」
「オーライ、ご主人様!」
 リュカのドラゴンの杖とシーザーの口から、二条の灼熱の炎が迸った。既に呪文の炎で火達磨になっているミルドラースを、より大きな地獄の業火が包み込む。
「よぉし、食らえ!!」
 ヘンリーの号令一下、プックル、ゴレムス、ユーリル、ヘンリーが普段の二倍の威力に達する打撃を続けざまにミルドラースに叩き込んだ。あまりの威力に、消し止めるのも難しいと思われた炎が霧散する。
「手ごたえはあった……が!?」
 ヘンリーは油断なく剣を構えた。イブールでさえこの攻撃に耐えたのだ。ミルドラースが耐えない訳がない。
「……ふむ、さすがよの」
 ミルドラースは笑みさえ浮かべ、そこに立っていた。軽く手を払うと、突き刺さっていたはずの矢がぱらぱらと落ちる。豪奢なローブは原形を留めぬまでズタズタに裂け、焦げていたが、その下のミルドラースの肉体には、たいしたダメージは通っていないように見えた。
「余以外の者なら、大半は今の攻撃で肉片すら残さず消えうせたであろうな……だが、その程度で余が倒れると思ったら心得違いぞ」
「倒せるとは思ってなかったけど、ほとんど無傷と言うのも想定外よ……」
 リュカが言う。
「甘く見てもらっては困るのは、余も同じぞ。だが、なかなか痛かったのも事実。褒美に余の力の一端、示してやろう」
 そう言うと、ミルドラースはイオナズンを唱えた。リュカたちの真ん中で大爆発が起こり、衝撃波と爆炎が仲間たちを蹂躙していく。しかし、この呪文でさえも今のリュカたちを確実に倒すには、威力が足りないはずだった。
「ホイミン、ベホマラーを……」
 リュカが言おうとした時、何の前触れもなく二度目の大爆発が巻き起こった。一発目のイオナズンで体制を崩されていた仲間たちは、二発目によって今度こそ堪えきれず、激しく吹き飛ばされた。
「きゃあっ!」
「ぐわっ!!」
 悲鳴と共に地面や壁に叩きつけられ、のた打ち回る仲間たち。そんな中で、ホイミンがリュカに命じられたベホマラーではなく、ベホマズンを唱え、辛うじて全員が立ち直った。
「ぐ、何だ今のは……呪文を二回唱えたようには見えなかったが」
 アンクルが片膝をついた姿勢で言う。傷は癒えたが、煤と埃にまみれた酷い姿だ。
「唱えてたとしても、早過ぎるわ。イオナズンなんて、そんなに連発できるような魔法じゃないのに」
 自らもイオナズンの使い手であるシンシアも、ユーリルに支えられて立ち上がった。手品の種が見えないまま、ミルドラースはさらに追い討ちを放つ。
「ベホマズンか……その使い手は厄介だな。先に葬ってくれよう」
 ミルドラースが唱えたのはメラゾーマだった。巨大な火球が出現し、それがホイミンめがけて飛ぶのと同時に、やはり二つ目の火球が出現する。
「マヒャド!」
「マヒャドっ!!」
 そのメラゾーマに、マーリンとアンクルがマヒャドを打ち込み、威力をメラミのレベルまで減退させたが、それでもホイミンは火達磨になり、たまらず地面に落下した。リュカがベホマを唱えてホイミンを回復させる。
「どんな手品か分からんが、攻撃だ! とにかく攻撃しないと、こっちが保たん!!」
 ヘンリーが叫ぶ。このままでは、相手の手妻を見破る前にリュカたちのほうが致命的な打撃を受けかねない。それを聞いて、バイキルトがかかったままのユーリルも続き、天空の父子は必殺の一撃を放とうとしたが……
「かあっ!」
 ミルドラースの手から凍てつく波動が迸り、ヘンリーとユーリルにかかったバイキルトを含め、リュカたちの補助呪文の効力を掻き消す。そして、そのまま手を挙げ、ヘンリーとユーリルの攻撃を受け止めた。
「何だと!?」
「素手で!?」
 ヘンリーもユーリルも、今の人間の中では五指に入る剣の使い手であり、装備している剣はやはり五指に入る名刀利剣の一つ。にもかかわらず、ミルドラースはその攻撃を素手で受け止めたばかりでなく、ヘンリーの腹に強烈な蹴りを打ち込んだ。
「がはっ!」
 吹っ飛ばされるヘンリー。ユーリルは父を心配するより、ミルドラースを攻撃すべきと戦士の勘で状況を見切り、ヘンリーを蹴った隙を狙って魔王に天空の剣を振り下ろした。しかし、それをミルドラースは紙一重の差でよけ、ユーリルを掌底で吹っ飛ばした。
「うぐっ!」
 転がるユーリル。その身体を飛び越え、怒りに燃えるピエールとオークスが、それぞれの武器のリーチを生かした時間差攻撃を放ったが、結果は同じだった。まずピエールが叩き伏せられ、オークスは二合ほどミルドラースと渡り合うが、魔王が口から吐いた輝く吐息をまともに浴び、霜の像となって階段を転げ落ちた。
「つ、強い!」
 メッキーが目を見開いて驚きを見せる。魔王は体術でも並みの戦士や武闘家を遥かに凌駕する、超一流の技量を持っているようだった。思わず恐れ慄く仲間たち。
 しかし、リュカは魔王の戦いを見ていて、何か違和感を感じていた。
(魔法は息もつかせぬ二連発……でも、武術はそうでもない?)
 ミルドラースの武術は相当なものだが、一度に二人がかりで攻撃された時は、どちらかの攻撃は当てられるか、回避するかしていて、その間にもう一人を攻撃している。また、武術と魔法、あるいは武術と吐息、吐息と魔術、といった異なる攻撃手段の組み合わせによる連続攻撃は無いのだ。魔術でもイオナズンとメラゾーマとか、違う魔法は連発していない。
 同じ魔法による攻撃だけが、連続攻撃なのだ。ミルドラースの固有能力ではなく、何らかの手段でそれを可能にしているに違いない。リュカは賭けに出ることにした。ユーリルを呼んで策を与える。
「でも、そんな事をしたらみんなが……?」
 懸念する息子に、リュカは笑顔で言う。
「みんなは大丈夫。何とか耐えてくれるはず。それよりも、ユーリル、あなたに勝てるかどうかがかかっているの。やってくれるわね?」
 母親の言葉に、ユーリルはこくりと頷く。それを受けて、リュカは言った。
「みんな、体勢を立て直すわよ。一度集まって!」
 その手には賢者の石。仲間たちは集まるのは危険ではないかと思いつつ、リュカに何か策があるようだと判断し、いったんミルドラースとの接近戦から離脱した。それは、魔王から見れば回復のために集まったように見えたが、致命の隙でもあった。
「愚かな……」
 ミルドラースは嘲笑を浮かべ、リュカたちの中心にイオナズンを放つ。大爆発に沈む一同。さらに二度目の大爆発が彼らを襲う。ミルドラースは嘲笑を勝利を確信した笑いに変えたが、次の瞬間その笑みが凍りついた。
「でやああああぁぁぁぁぁ!!」
 爆風に乗って、紫色の霧に包まれた小さな身体が飛んでくる。ユーリルだ。マホステでミルドラースの二発のイオナズンを無効化し、その身体は全くの無傷。
「ぬぅ!」
 ミルドラースは腕を振り上げ、ユーリルを迎撃する構えを取るが、それよりも早くユーリルが魔王の首めがけて剣を振るった。一瞬焦った魔王だが、その攻撃は大振りに過ぎる上に、正確な狙いも定まっていない事に気づき、余裕でかわそうとする。
 しかし、それはユーリルにとって狙った攻撃だった。天空の剣が魔王の頭があった空間を通り過ぎ……その切っ先に、魔王が被っていた帽子を引っ掛け、頭からもぎ取った。
「!」
 ミルドラースの顔色が変わる。ユーリルに飛ばされた帽子は、くるくると回転しながら、ようやく爆発の収まったリュカたちのほうへ飛んでいった。それを受け取ったのは……イオ系の爆発魔法に耐性のあるロビンだ。
「マーリン様、こレを!」
 辛うじて爆発に耐え抜いたマーリンは、その帽子を見て正体を見抜いた。
「山彦の帽子! これが手品の種か!!」
 それは、装備者が唱えた呪文を木霊させ、装備者の魔力を消費することなく、同じ呪文の二発目を発動させると言う、超絶的な能力を秘めた秘宝だった。ミルドラースが呪文を二連発できたのは、この帽子の存在あってこその事である。
「貴様、これが最初からの狙いか!」
 ミルドラースが叫ぶと、ユーリルは鼻の頭をこすり、へへんと笑う。そう、ユーリルはリュカにこう言われていたのだ。
「お母さんが、もう一度魔王に呪文を使わせるわ。ユーリルは、マホステで身を守りながら、魔王がどうやって呪文を二連発しているか、見破って」
 と。ユーリルは母の言葉に従い、続けざまの爆発の中で、二発目の呪文が発動する直前、魔王の帽子が光るのを見切っていた。そして、魔王にダメージを与えるのではなく、帽子を奪うために今の攻撃を仕掛けたのだ。
「なるほど、ちょいとお借りしますよ」
 マーリンが持っていた山彦の帽子を、メッキーが横から取り上げて被ると、ベホマラーを唱える。帽子が輝き、メッキーのベホマラーが木霊となって響いたかと思うと、二発目が発動する。
「おお、これは凄い! なんて便利なんだ」
「賢者の石よ!」
「ベホマラー!」
 メッキーが感心し、さらにそのベホマラー二発で回復した仲間たちが、全体回復をかけた。ミルドラースとの接近戦によるダメージと、二発のイオナズンで瀕死に追い込まれていた仲間たちもいたが、全員が無事立ち上がる。
「タネが割れたとは言え、奴が手ごわい事に変わりはねぇ! 全力で行くぞ!!」
「おうっ!」
 ヘンリーの号令と共に、再び戦いが始まった。もちろん、ミルドラースは手強かった。だが、戦いの流れはリュカたちに傾いていた。一発でリュカたちに大打撃を与える手段を失ったミルドラースは次第に追い込まれていき、そして――
「はあっ!」
 ヘンリーの一撃が、ミルドラースの腹を薙ぎ払い、ついでヨシュアの槍が胸を貫く。どす黒い血が驟雨のように地面を叩き、どう見てもミルドラースは致命傷を負っていた。
 にも拘らず、ミルドラースは笑った。
「く、くふふ……」
「な、何だ? 何がおかしい?」
 刃をミルドラースの身体に食い込ませながら、ヘンリーは尋ねた。自分たちが勝ったと言う確信はあるのに、ミルドラースの笑みは、その確信を揺るがすほどの何かを内包していた。
「大したものだ、勇者とその一族よ……お前たちは強い。ここまで強いとは思わなかった。まさかこの余をここまで追い込むとはな」
 ミルドラースが言う。その時、ヘンリーは気づいた。
 魔王の出血は止まっていた。そして、その身体から何かが軋む様な、あるいは地の底から何かが湧き上がって来る時の様な、不気味な音が響いてくる。
「褒めて遣わすぞ、勇者たちよ。己の力を誇るがいい」
 ミルドラースの緑色の肌が、血のような真紅に染まった。
「だが、その強さが仇となる……」
 そして、枯れた様な老人の姿が膨れ上がり、別の姿に変わっていく。腕が二つに裂けたかと思うと、筋肉が盛り上がり、四本の豪腕になった。
「余を、真の姿を見せねばならぬまでに追いこんだのだから」
 巨体に鱗が頭部に無数の角が、それぞれ生え、ドラゴンのような翼が背中から生えてくる。
「余の本当の恐ろしさを見る事になるのだから」
 今やミルドラースの身体は、最初の数十倍。ブオーンすら凌駕する巨体となり、体長とほぼ同じの、それ自体並みのドラゴンほどもあろうかと言う巨大な尾がとぐろを巻いた。
「泣くがいい、叫ぶがいい。その苦悶と絶望こそ、余への最高の供物……!!」
「こ、これが……!!」
「魔王の真の姿……!?」
 驚愕するリュカたちに、ミルドラースはニヤリと笑って見せた。
「勇者などと言う戯けた血を……人の希望を、この余が根こそぎにしてくれよう。さぁ、勇者たちよ」
 ゾッとするほど冷たい声で、ミルドラースは宣告した。
「ここからが、本当の地獄だ」
(続く)


-あとがき-
 7のオルゴ・デミーラと並んで影の薄いラスボスと言われるミルドラース。
 何とか少しは威厳を出したいと思ったんですが、これ何処のバーン様だorz



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第八十話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/06/05 20:49
 余りにも巨大なミルドラースの姿に、リュカたちは思わず呆然としていた。ミルドラースは哄笑した。
「声も出ぬか。ならば、こちらから参ろう!」
 ミルドラースの口から、灼熱の炎が放たれる。同時に、破城槌のごとき豪腕が一閃する。ピピン、ピエール、サーラ、ロビンが自分の身体より巨大な拳の直撃を受け、炎の海の中から叩き出された。焼ける運命は逃れたものの、ロビンのボディは無残にへこみ、火花を散らして掴座する。
「ば、馬鹿な……」
「な、何もせぬうちに……」
「無念……」
 他の三人は全身の骨が砕ける異音と共に、血を吐いて地面に倒れ伏した。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第八十話 魔王猛威


「みんな!? くっ!!」
 リュカは業火の中、ドラゴンの杖を起動させる。灼熱の炎がミルドラースのそれに拮抗して噴き出し、中間地点で押し合う。
「今だ、反撃しろー!!」
 ヘンリーが号令をかけ、ユーリル、ゴレムス、ブラウン、アンクル、ヨシュアが武器を手に斬り込みをかける。「バイキルト!」
「バイキルトっ!!」
 それをさらに支援するシンシアとマーリン。だが、ミルドラースの手から凍てつく波動が迸り、なんら効果を挙げぬまま呪文をかき消した。同時に尾が唸りをあげて振るわれ、突撃したヘンリーたちは一撃で薙ぎ払われた。
「ぐわあっ!」
「あぐうっ!!」
 軽量のヘンリー、ユーリル、ブラウン、ヨシュアは壁まで吹き飛ばされ、あるいは地面を転がった。アンクルとゴレムスはそこまで吹き飛びはしなかったが……二人の上に、ミルドラースが足を振り下ろす。アンクルは蹴り飛ばされ、巨大な爪がその胸に風穴を穿つ。ゴレムスはアンクルの血で染まった足の下敷きとなった。ミシミシと嫌な音がしたかと思うと、無数の石がこすられ割れ砕けるような音が響き渡り、ミルドラースの足元から、明らかに周囲の地面と違う色の土煙が上がった。
「アンクル! ゴレムスっ!? うわああぁぁぁぁ!! よくも、よくもおぉぉぉぉっっ!!」
 シンシアは逆上し、ミルドラースにメラゾーマを叩き込むが、腕一本を軽く振るっただけで、それは弾かれた。

「く、杖が……!」
 リュカのドラゴンの杖が、魔力を消耗して炎がか細くなる。ミルドラースの炎が勢いを増し、再びリュカたちを飲み込もうとした。
「危ない!」
「させるか!」
 とっさに動いたのは、サンチョとビアンカだった。サンチョがリュカを、ビアンカがユーリルとシンシアを抱いて炎の海から飛びのく。しかし、スラリンとジュエル、マーリンは間に合わず、火の海に沈んだ。
「大丈夫ですか、姫様!」
「サンチョさん……わたしは……でも、みんなが!」
 炎の海を指差すリュカに、ビアンカが叫ぶ。
「今は戦うことだけを考えるのよ、リュカ!」
 惨い言葉ではあったが、リュカは気を取り直し、賢者の石を振りかざした。その癒しの光を受けて、倒れていたヘンリーたちがよろよろと立ち上がる。
「くっ……なんて化け物だ。桁が違い過ぎる……!」
 呻くヘンリー。賢者の石でもダメージを癒しきれず、全員がボロボロだ。
「ならば……」
 メッキーがベホマラーを唱えようとするが、その前にミルドラースが動く。
「もはやその帽子は不要。死ぬが良い」
 その言葉の間に、メラゾーマの大火球が二つ出現し、メッキーとホイミンをそれぞれ直撃した。消し炭となって崩れる相棒の姿に、オークスが激昂した。
「貴様ぁ!!」
 雷神の槍を振りかざすオークス。さらにプックルがタイミングを合わせ、稲妻を身体から発する。ゲマさえ屈した威力の電撃が二つ、ミルドラースの身体を直撃するが……
「温いわ。その程度でワシに通じるか」
 ミルドラースは嘲笑し、再び尻尾が振るわれようとするが、それを食い止めたのは、致命傷を受けて倒れたはずのアンクルだった。ミルドラースの尾に抱きつき、その動きを止める。
「ぬっ、貴様……!?」
 驚くミルドラース。しかし。
「ごはあっ!?」
 ミルドラースを直撃し続けている稲妻の威力が、アンクルにも襲い掛かった。青白色の電光の中で、アンクルの身体からブスブスと煙が上がり始める。
「駄目だ、止めるな!!」
 アンクルは気迫を込めた声で叫び、手を止めようとしたオークスとプックルは、それに押されて稲妻を発し続けたままになる。
「今だ、シンシア様、ご母堂様! こやつを!!」
 しかし、アンクルはミルドラースの傍にいる。もし今攻撃呪文を打ち込めば……
「できるわけないだろう!? おっさん、アンタも死ぬぞ!?」
 ミニモンが叫ぶが、アンクルは怒鳴り返した。
「愚か者が! ワシに構うな!! どの道、ワシは助からん!! せめて、最高の死に場所を……!!」
 くっ、とミニモンは下を向き、そしてフォークを振りかざした。
「ごめんよ、おっさん……! イオナズン!!」
「イオナズン!」
「イオナズン!!」
 シンシアも、ヘンリーも涙を払って呪文を唱える。さらに。
「畜生、おっさぁーん!!」
 涙を流しながら、シーザーが灼熱の炎を吐く。
「アンクルーっ!!」
 リュカのグランドクロス、ヨシュアのバギクロス。暴風の刃は炎を巻き込み、煽りたて、通常の数倍の温度で燃え上がらせた。灼熱を通り越して青白い、眩しいほどの炎がミルドラースを包み込んだ。
「ギガデイン!」
 ユーリルの雷撃魔法が仕上げとなって、炎の竜巻に巻き込まれたミルドラースに炸裂する。ひとしきり大音響がエビルマウンテンの胎内を揺るがし、吹き上げた炎は岩盤を突き抜けてさながら大噴火のように魔界の空をも照らし出した。
「やったか……?」
 ヘンリーが爆煙の向こうを透かしてみようとする。その時だった。
 煙の向こうから飛び出した真紅の尻尾。その先端の鋭い角が、ヘンリーの胸を貫いた。

「あ……?」
 ずるり、と音を立てて引き抜かれた角は、鱗よりも赤い色に染まっていた。
「ヘンリー……?」
 リュカは自分の目に写る光景が信じられない、と言う呆然とした声で夫の名を呼んだ。だが、それに答える声はなく、ヘンリーは光を失った目でその場に仰向けに倒れる。
「いやあぁっ! ヘンリーっ!!」
 リュカは夫の身体を抱き上げたが、その目は光を失い、急速に冷たくなっていく。
「お父……さん……? お父さん!!」
「お父様……お父様ぁっ!?」
 ユーリル、シンシアが悲痛な叫びを上げ、父の身体に取りすがった。そして。
「ベホマ!」
「ここに芽吹け、生命の力!」
 回復呪文とストロスの杖を使うが、ヘンリーはもはや動かなかった。そして、晴れ行く爆煙の向こうから、悠然とミルドラースが姿を現す。ある程度焦げ、鱗が剥げたりもしていたが、さほどのダメージには見えない。
「おのれぇっ!」
「よくも!!」
 サンチョ、ビアンカ、ヨシュア、プックル、シーザーが怒りに任せて突撃するが、ミルドラースは彼らの渾身の一撃を平然と受け止め、逆に豪腕をふるってその身体を掴み取り、シーザーには尻尾を絡ませて全身を締め上げた。
「ぐわっ!」
「きゃあっ!!」
「ぐお……!!」
「があっ……!!」
 三人が、シーザーが、プックルが、苦悶の叫びを上げる。ミルドラースは言った。
「これで分かっただろう。余に勝てるはずが無いと。だが、お前たちは良く戦った。褒美に、せいぜい惨たらしく死なせてやろう」
 そう言って、魔王が筋肉を膨張させる。次の瞬間、骨が砕ける音が五つ、同時に響き……握られていたサンチョ、ビアンカ、ヨシュア、プックル、シーザーは口から鮮血を吐くと、声も出せずにがっくり崩れ落ちた。
「……なんだ、つまらんな。力を入れすぎたか」
 ミルドラースはゴミでも投げ捨てるように、その死体を放り投げる。
「ビアンカお姉さん! サンチョさん!! プックル!! みんな、そんな……!!」
 リュカは立っていられず、その場に座り込む。
「あ……ああ……」
 ミニモンも、もはや声も出ず、オークスはその場にがっくりと膝をついた。
(どうして? どうしてこんな事に……!)
 リュカは力なく項垂れる。
(そうか……わたし達は間違えていたんだ)
 何故、魔王に敗北しようとしているのか、リュカは悟った。だが……
「もはや……抗う気力もないか?」
 リュカは放心状態で、シンシアもユーリルも、剣を持ち上げる事すらできなかった。そうした、まだ生きている者たちを見ると、ミルドラースはわざとらしいまでのため息をついた。
 その時、ミルドラースの足元に何かが転がってきた。それを見下ろしたミルドラースと、それの目が合う。
 ロッキーだった。全身にひびが入った状態ではあったが、彼はまだ健在だった。しかし。
「……メ……ガン……テ」
 ロッキーの声……最初で最後の一声と共に、凄まじい大爆発がミルドラースを巻き込んだ。だが、それでさえも魔王を揺るがすことはできなかった。
「自己犠牲呪文か……それは余には通じぬ。だが、お前は立派だ。戦う気力を見せたのだからな」
 これまでの攻撃でついた煤を払い落とすように、自らの身体を軽くはたき、ミルドラースはロッキーを賞賛すると、今度はリュカたちに死を宣告した。
「それに引き換え……つまらぬ。その程度か。遊びにもならなかったか……もはや幕を引くときだな」
 その言葉と同時に、ミルドラースは四本の腕で複雑な印を結んだ。次の瞬間、空間に穴が開き、そこから眩く輝くプラズマの塊が出現した。それにまとわりつく、バチバチと音を立てる電光は、その一つ一つがライデイン級の威力だろう。
「余が神となった祝いに、とっておきのものをくれてやろう。目に焼き付けて地獄へ行くがいい……ジゴスパーク!!」
 プラズマから、凄まじい威力を秘めた地獄のいかづちが解放される……その寸前、プラズマ球の中に飛び込んだ者がいた。

「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
 大広間に悲鳴が響き渡る。街一つをも消滅させる地獄のいかづち、その威力の全てを身一つで受け止めたのは……リュカだった。次の瞬間、プラズマ球は暴発し、術者であるミルドラースをも弾き飛ばした。
「お母さん!」
「お母様!!」
 黒い煙を上げ、地面に落ちるリュカ。その身体に、ユーリルとシンシアが取りすがる。全身傷だらけ、火傷だらけのリュカは薄く目を開け、震える手で二人の頬を撫でた。
「ユーリル……シンシア……」
「お母様、私たちをかばって……」
 シンシアが落とした涙が、リュカの頬に落ちる。その涙が火のように熱く感じるのは、リュカの身体から命の火が消えかかっている証拠だろう。
「喋らないで、お母さん。今回復を……」
 そう言ってベホマを唱えようとするユーリルの口を、リュカは立てた人差し指で塞いだ。そして。
「ごめんね、二人とも……約束を守れなかったお母さんを許して」
「「え……?」」
 戸惑う二人の子供。リュカは目を閉じた。これが、愛する子供たちのために……今まで一緒にいてくれた仲間たちのために、そして、この世で一番大好きな人のために、自分ができる最後の事。
 
 みんな、さようなら……ありがとう。
 
 リュカの唇が微かに動き、最後の一言を紡ぎだした。
 
「メガザル」

(続く)


-あとがき-
 第二形態ミルドラース戦。なんか凄いことになってますが……
 次回、決着です。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第八十一話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/06/06 21:49
「……う?」
 目を開けたヘンリーの視界に真っ先に飛び込んだのは、自分に背を向け、泣きじゃくっている二人の子供だった。
(何があった……? オレは死んだんじゃなかったのか?)
 確かに、ミルドラースの攻撃で胸を貫かれた記憶がある。その証拠に、服には大穴が開いている。到底ベホマなどで治癒できる傷ではなかったはずだが……
「ユーリル、シンシア……っ!」
 子供たちに声をかけようとして、ヘンリーは気付いた。気付いてしまった。
 何故子供たちが泣いているのか。
 何故自分は生きているのか。
 何故彼女は倒れているのか。
「……馬鹿野郎」
 ヘンリーは搾り出すように言い、そして同じ言葉を、今度は魂からの慟哭として叫んだ。
「馬鹿野郎ーっ!!」
 

ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第八十一話 闇の終焉


 ヘンリーは子供たちの脇を通り、妻の身体を抱き上げた。軽い、何かが抜けてしまったような軽い身体を。
「目を覚ませよ、リュカ」
 ぺちぺちと頬を叩く。リュカは答えない。
「起きろよ、リュカ」
 肩を揺すぶる。リュカは答えない。
「聞こえてるんだろ? だってお前笑ってるじゃないか」
 必死に呼びかける。リュカは答えない。
「何でだよ……誰がそんな事をしろって言ったんだ。答えろよリュカ! 親分の命令が聞けないのか!?」
 耳元で叫んでも、リュカは答えない。もう答えられないのだ。
 メガザル……それは、自らの魂と引き換えに、全ての仲間たちを蘇生させる、回復系魔法最大の秘術。ヘンリーがこうして生きている以上、リュカはもう……
 そこへ、メガザルの効果で蘇った仲間たちが、三々五々集まってきた。灰すら残らなかったはずのアンクルやゴレムスも、無事な姿を見せる。だが、その表情は一様に沈痛だった。
「リュカ……!」
 ビアンカが顔を覆った。
「姫様……!!」
 サンチョが顔を背ける。
「…………!!」
 プックルが悲しい声で吼えた。皆、粛然として言葉も出ない。だが、その時、ヘンリーの脳裏にリュカの声が聞こえたような気がした。
「……そう言うことなのか? 魔王を倒すには……」
 ヘンリーはリュカの顔を見る。傷つきながらも、安らかに、そして微かに微笑んでいるような妻の表情に、ヘンリーは今脳裏に聞こえた声が……リュカの遺志が本物だったと悟った。
「みんな……今……聞こえたか?」
 ヘンリーは仲間たちの顔を見渡した。声に出して答えた者はいなかったが……既に仲間たちの涙は止まっていた。子供たちも泣くのをやめている。
「……メガザルか。そんな隠し玉があったとはな」
 そこへ、自らのジゴスパーク暴発に弾き飛ばされていたミルドラースの声が聞こえた。
「ミルドラース……!」
 眦を吊り上げるヘンリーに、ミルドラースは落ち着いた様子で答えた。
「分からぬものよ。失われた時にそれほどに苦しむのを承知で、何故誰かを愛する」
 ヘンリーはそれを聞いて、リュカの身体を抱き上げると、少し離れた、戦いの影響が無さそうな場所に横たえた。
「すぐ、終わらせてやるよ」
 そう言って、冷たくなったリュカの唇に軽くキスをすると、ヘンリーはミルドラースに向き直った。
「分からないか。分からないならそれでいい。だが、その気持ちが分かっていれば、あんたは魔王なんぞにならなくて済んだかもな」
 その答えを聞いて、ミルドラースは不快そうな表情を浮かべた。
「訳のわからぬことを……」
 唸るように言うミルドラース。ヘンリーは剣を構えた。
「オレたちは、もうお前なんかには負けない。オレの……オレたちの命は、もう自分だけのものじゃない」
 仲間たちも一斉に武器を構えた。
「お母さんがくれた命……」
「あなたにぶつける!!」
 ユーリル、シンシアも武器を、あるいは呪文を唱える構えを取る。

「何故だ……」
 ミルドラースは理解できない、と言う口調で言った。
「何故、お前たちは余を憎んでいない?」
 最愛の人を殺され、憎しみに燃えるはずのヘンリーたちから伝わってくるのは、自分を……この魔王ミルドラースを哀れむ心。
「……やめろ。やめろ!! 何故余をそんな目で見る!! 何故だ!!」
 ミルドラースは苛立ち、相手を叩き潰そうと四本の腕を振り上げる。しかし。
「はあっ!」
 ビアンカがグリンガムの鞭を振るい、腕の一本をからめとる。反対側の腕の一本には、ゴレムスが破壊の鉄球を振るって鎖を巻きつけ、その動きを封じた。
「ぐっ!?」
 腕が動かせない事に気付き、ミルドラースは驚愕する。それでも、残る二本の腕で敵を叩き潰そうとするが、標的となったユーリル、シンシアの前にサンチョとピピンが立ちはだかった。二人が盾を掲げ、真っ向から鉄拳を受け止める。
「!?」
 ここでも、ミルドラースはその光景の意味を理解できなかった。さっきは易々と一撃で相手の命を奪えた拳が、あっさりと相手に受け止められていたのだ。
 この時、あまりの事に呆然としていたミルドラースは、その隙に駆け寄ってきた敵の存在に気付く事ができなかった。気付いた時には、ヨシュアとオークスの槍が深々と腹を抉っていた。
「おごおっ!?」
 真の姿を現す前、老人の姿の時にも感じる事のなかった凄まじい激痛が、ミルドラースの全身を硬直させた。さらにブラウンとロビンが続けざまに放つ矢が、全身の至る所を貫く。
「うおおおっ!」
 ピエール、サンチョが叫喚と共に突撃し、ミルドラースの背に生えた翼を同時に叩き落した。プックルとスラリンが首筋に牙を突き立て、肉を、血管を抉り引き裂く。無敵のはずの肉体が、波に洗われる砂の城のように崩れ破壊されていく。
「がっ……なっ……めるなぁ……!!」
 ミルドラースは尻尾を振り回し、次々に斬りつけてくる相手を振り払った。しかし、薙ぎ払われた者たちは、ホイミンとメッキーのベホマラーでたちまち回復し、倒すことができない。
(おのれ……だが今のうちだ)
 ミルドラースは深く精神を集中し、瞑想に入る。周囲に渦巻く魔界の邪悪な気を身体に取り込み、受けたダメージを回復させる。しかし……
(完全に治らぬだと……馬鹿な!?)
 傷が完全に塞がらない。切り落とされた翼が再生しない。かつてヘルバトラーやライオネック、ギガンテスたち三魔将と戦い、力でねじ伏せた時も、彼らからここまでの打撃を与えられた事はなかった。
 そして、尻尾に弾かれた戦士たちが体制を整える間に、魔法使いたちが次々に攻撃魔法を撃ち込んできた。ミニモンのイオナズン、サーラのメラゾーマ、アンクルのベギラゴン、マーリンのマヒャド、ジュエルのバギクロス。最上級の攻撃魔法が立て続けに炸裂し、癒えきらない傷をさらに抉り、ミルドラースを蹂躙する。

「がふっ……ば、馬鹿な……何が起きた。貴様ら、何故そこまで強くなった! さっきとはまるで違う……!!」
 たった一撃で命を奪えた弱者たちが、僅かな間に見違えるほどに強くなり、無敵のはずの自分に大打撃を与えてくる。その信じ難い現実に、ミルドラースは何故だ、何故だと問いかけ続ける。それに答えたのはヘンリーだ。
「まだ分からないのか。オレたちは何も変わっちゃいない……!」
 パパスの剣を振りかざし、ヘンリーは突進する。そう。リュカの命を分け与えられたとしても、それによってヘンリーや、仲間たちが力量を上げたわけではない。
「変わったのはお前だ、魔王! お前が弱くなったんだ!!」
 天空の剣を低く構え、ユーリルが父に併走する。天空の父子は高々と跳躍し、まずヘンリーが真一文字に剣を振り抜いた。
「今だけ目覚めろ、オレの中の勇者の血よ……ギガスラッシュ!」
 腕が砕けても構わない。その気迫がヘンリーの眠れる力を呼び起こし、山をも砕く斬撃がミルドラースの胴体を横に深々と斬り裂いた。そして、父親よりさらに高く、力強く跳んだユーリルが、ジャンプの頂点で剣を天に掲げた。その剣にギガデインの稲妻が落ち、紫電が刃となってミルドラースの身体に縦一文字に叩き込まれた。
「ギガ……ブレイクっ!!」
 ヘンリーの一撃とあわせ、聖なる十字を魔王の肉体に刻んで、剣が駆け抜ける。魔王の肉体を持っても殺しきれなかった威力は地を割き、ミルドラースが瞑想していた祭壇を粉微塵に破壊した。
「おお……があぁ……」
 よろめき、祭壇の残骸にもたれこむようにして体制を崩すミルドラース。そこへ、後方でずっと精神を集中させていたシンシアが、静かな声で告げた。
「力しか信じられない、愛する事も知らない、可哀想な人。あなたは、自分の孤独に負けたんです……ビッグバン!」
 次の瞬間、ミルドラースの足元で、ジゴスパークを遥かに凌駕するエネルギーの塊が爆発した。高熱と衝撃波、飛び散り刃のように突き刺さる岩盤が、既に傷つき果てた魔王の巨体を打ちのめした。

「がああ……認めぬ、余は認めぬぞ」
 半ば溶解した地面に手を突き、ミルドラースは敵を睨んだ。
「余が……弱くなっただと? 何を言う……貴様たち、それほどの力を……!」
 ヘンリーとユーリルの剣、シンシアの超威力の魔法。それだけではない。自分の腕を軽々と拘束したビアンカとゴレムス。他の者たちも、易々とミルドラースの身体を傷つけた。彼らが強くなったとしか思えなかった。だが。
「隠していたわけじゃない。さっきのアンタなら、オレたちに今の技を使う隙すら与えなかっただろう」
 ヘンリーは答えた。
「それは、ボクたちが魔王、お前を憎んでいたからだ」
 ユーリルが言った。
「怒りや憎しみはあなたの力の源。それを抱いて戦っていた私たちが、あなたに勝てるはずがなかった」
 シンシアが言った。
「それを、姫様が教えてくれた……!」
 サンチョが言った。
「自分の命を懸けて、お前と戦う道を示してくれた!」
 ビアンカが言った。
「だから、我々は憎悪を持ってお前に対しない!」
 ピピンが言った。
「魔王、ミルドラースよ。お前はマーサ様の仇」
 オークスが言った。
「しかし、仇討ちなどという小さな理由では、もはや我等は戦わぬ」
 メッキーが言った
「仲間を信じ、自分を信じ、ただ己の全てをぶつけるのみ!」
 ピエールが言った。
「それが我等が盟主、リュカ殿の……」
 マーリンが言った。
「真の聖母たるお方の遺志!」
 アンクルが言った。

「あ……ああ……!」
 ミルドラースは、初めて恐怖を覚えた。憎しみをぶつけてこない、殺意すらない、そんな敵を彼は理解できなかった。理解できないものほど恐ろしいものは、この世には存在しない。
 その恐怖が、糧となる憎悪が無い事が、ミルドラースの動きを鈍らせる。次から次へと襲い掛かってくるリュカの仲間たちの攻撃を防ぐことができない。
「ふ、ふざけるな……余は魔王ミルドラース! この世の全てを統べる運命の者。その余が、恐怖などと……!!」
 追い込まれ、ミルドラースはそう叫びながら切り札のジゴスパークを放とうとする。空中に巨大な雷球が出現し……
(いや、違う!?)
 ミルドラースは気付いた。それはジゴスパークのプラズマ球ではない。
「これで終わりにしてやる、魔王……!」
 ユーリルが叫ぶ。そして、次の呪文に、全員が唱和した。
『ミナデイン!!』
 次の瞬間、雷球は轟音と共にミルドラースの頭上に落下してきた。回避する余裕もなく、ミルドラースは勇者の神罰の雷をその全身に受けた。
「ぐわああああああああああああ!!」
 強大な電流がミルドラースの身体、その組織、それを形作る細胞の一つ一つまで打ち砕き、焼き尽くしていく。もはや自分の消滅が避け得ない事を悟り、ミルドラースは叫んだ。
「何故だ! 余は全てを超えた者! 余が敗れる事など有り得ない!!」
 崩れ行く魔王を見下ろし、ヘンリーが言う。
「そうだ。アンタは強い。だが、それだけだ」
 なに? とミルドラースはヘンリーを見る。しかし、答えの続きを言ったのはシンシアだった。
「その強さで、あなたは何をしたかったの? 何も生まない強さなど空しいだけ……」
 何を言っている? 余は神に……
「強いから神様になれるんじゃない。強さだけで誰をも従わせられると思ったお前は、神様にはなれない!」
 ユーリルがミルドラースの思いを否定する。その言葉自体が打撃力を持っていたかのように、ミルドラースの腕が崩れ、彼は地面に突っ伏した。
 馬鹿な……強さこそ、力こそ全てではないのか。なおも思い続けるミルドラースの脳裏に、一つの声が響いてきた。
 
 父様も母様も強い方だった。わたしよりもずっと。でも、あなたには勝てなかった……それは、一人だったから。
 
 一人だった……から?
 
 そう。一人より二人。二人より三人。力を束ねれば、それだけ強くなる。誰にでも分かる簡単な理屈よ。違う? もしあなたに、あなたのために戦って逝ったゲマやラマダ、イブール……それに三魔将。彼らの事を心にかける気持ちがあったなら……
 
 そうか、とミルドラースは思った。
 自分の拠り所は唯一つ、己の力のみ。それが崩れた時には、文字通り無力な存在になるしかなかったのだ。そんな脆い神などいない。
 そして、ただの人であるはずのリュカは、多くの仲間に支えられ、自分を凌駕した。正しい道を歩んできたのは誰か、それは自明の事。
 ミルドラースは、何故自分が敗れたのか。何故自分は神になれなかったのか、自分に足りなかったものが何なのか、それを知った。
(礼を言おう。余の負けだ、リュカよ……そなたは……まさに……聖母……)
 死してなお、自分を完膚なきまでに破り、そして救った。そんな相手に、ミルドラースは生まれて初めて、他人への心からの感謝と敬意を表し……そして、意識も肉体も完全に消滅した。
(続く)


-あとがき-
 ミルドラースは倒れました。次回よりエンディング……最終章となります。
 あと少しお付き合いください。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 第八十二話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/06/07 17:57
「……終わったのか」
 ヘンリーは言った。それまで魔王がいたところには、黒い灰だけが残り、それもまたさらさらとさらに細かく崩れ、消えて行く。
「でも、これが勝ったと言えるのか……リュカ……!」
 そう言って、ヘンリーはリュカの身体を抱き上げる。その時、足元が突然ぐらぐらと激しく揺れた。
「なっ、地震……!?」
「違うわ。崩れる。このエビルマウンテン自体が崩壊する……!!」
 驚くユーリルに、シンシアが答えた。そう言ってる間に、急に辺りのそれまで強固だった岩盤が、まるで透き通ったように見え、踏みしめる感覚がぐにゃり、と言った覚束無いものになる。
「まずい、脱出しましょう!」
 サンチョが言うが、言い終えるより早く、足元の地面が消失する。
「うわあぁっ!?」
「きゃあっ!!」
 宙に投げ出される一行。しかし、落下するような感覚はなく、浮遊感が身体を包む。
「これは……」
 ヘンリーが上を見上げると、そこには金色の竜がいた。
「マスタードラゴン様!」
 ビアンカが叫ぶ。マスタードラゴンは手足の先から金色の光のフィールドを発し、仲間たち全員をその中に保護していた。
「このまま天空城へ向かう。皆、そのままじっと我に身を任せるのだ……!」
 マスタードラゴンは翼を羽ばたかせ、魔界の空を高く舞う。眼下で、主を失ったエビルマウンテンは幻のように消滅していった。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

第八十二話 千年の花

 
 天空城、玉座の間。そこに一同は揃っていた。魔王は倒れ、世界は救われた。だが、そこにいる者たちの中に、笑顔を浮かべている者は一人もいなかった。
「マスタードラゴン様……」
 ヘンリーは尋ねた。
「リュカを……生き返らせることは……できないのですか?」
 皆とマスタードラゴンの間には、寝台に安置されたリュカの亡骸がある。
「それは……できない。我はそこまで万能ではない」
 マスタードラゴンは沈痛な声で言った。
「何故です!? 神様なんでしょう、あなたは!!」
 サンチョが食って掛かる。とんでもない無礼な態度に、周囲の天空人が流石に色めき立つが、マスタードラゴンは頭を下げた。
「済まぬ……」
 その短い謝罪の言葉に、サンチョははっとなった。マスタードラゴンも、リュカの死を心から悼み、できれば生き返らせたいと思っているのは、自分と同じだと悟ったのだ。
「……申し訳ありません」
 サンチョは謝り、マスタードラゴンは気にするな、と言うように頷く。そうしたやり取りの横で、ビアンカはそっとリュカの傍にかがみこみ、やはり涙をぽろぽろと流しながら言った。
「バカ……あなたは大バカよ、リュカ。勝ってもあなたがいないんじゃ、誰も笑えないじゃない……!」
 ビアンカの涙がリュカの顔にぽたぽたと落ち、彼女の頬にまだついたままの煤を溶かし込んで、黒い筋を作る。それを見て、シンシアが荷物の中から聖なる水差しを取り出した。水をハンカチに含ませ、母親の傍に歩み寄る。
「せめて……お顔だけでも綺麗にしてあげたい」
 シンシアの言葉に、ビアンカは頷いて場所を譲る。しかし、その瞬間マスタードラゴンははっとした表情でシンシアの手にある聖なる水差しを見た。
「それは、聖なる水差しか!?」
「え? は、はい……そうです」
 シンシアが驚いてマスタードラゴンに答える。それを聞いて、マスタードラゴンは大きく翼を広げた。
「希望はあったぞ。リュカを生き返らせる可能性が……まだ一つだけ残っている」
 玉座の間がざわめいた。
「本当ですか!?」
 叫んで一歩踏み出すヘンリーに、マスタードラゴンは力強く頷いた。
「本当だとも。エルヘブンへ参ろう。あそこに全ての鍵はある……ユージス!」
「は、ここに」
 呼ばれて進み出たユージスに、マスタードラゴンは命令を与えた。
「世界樹の苗木を持って参れ。そなたもエルヘブンへ同行するのだ」
「承知しました」
 ユージスが下がり、しばらくして鉢植えを持って現れた。そこには小さな苗木が植わっている。
「それが、世界樹なのですか?」
 マーリンの問いかけに、ユージスは頷いた。
「ああ。前の世界樹から取ってきた若枝を育ててきたものだ」
 マスタードラゴンは苗木を見て頷くと、目をつぶり、何事かを念じた。玉座の間の屋根がすっと消え、部屋が露天になる。
「では行くぞ。皆、我が背に乗るが良い」

 マスタードラゴンの突然の来訪に驚いたエルヘブンのグランマーズ長老は、続けてもたらされた二つの悲報……マーサとリュカの死に、落涙を抑え切れなかった。
「申し訳ございません、義祖母上……オレの未熟故です」
 ヘンリーはそう言ってグランマーズに頭を下げた。
「いえ……元はと言えば、ミルドラースのような魔王が台頭したのも、我らエルヘブンの民の責任です。どうか頭を上げてください」
 そう言って、グランマーズはヘンリーを責めなかった。その時、マスタードラゴンが言った。
「ならば、エルヘブンの民よ……今こそ、お前たちの本貫に立ち返るべき時だ」
「え?」
 顔を上げたグランマーズに、マスタードラゴンはシンシアを呼んで、二つの持ち物を見せた。一つは、かつてシンシアが両親を石から元に戻すために借り受けた、ストロスの杖。そしてもう一つは聖なる水差し。
「まぁ、これは……どうしてシンシアがこれを?」
 戸惑うグランマーズに、ユーリルが答えた。
「魔界の街の人から借りたんだよ。その人は、これをお祖母ちゃんから預かったんだって」
「マーサが……そう言うことでしたか」
 納得するグランマーズに、マスタードラゴンが言った。
「かつて、そなたたちの祖先に、我は三つのリングと、その水差し、ストロスの杖を預けた。それは、世界樹を守り育み、世話するためのもの……だが、長い歳月の間に、そなたたちはそれらのアイテムが持つ意味を忘れ、散逸させてしまい、結果として世界樹は枯れ果てた」
 グランマーズは頷いた。
「仰る通りです……私たちは真に愚かでした」
 そう言って項垂れるグランマーズに、マスタードラゴンは面を上げよ、と言った。
「悔いても起こってしまった結果は変えられぬ。改めて、そなたたちエルヘブンの民に、三つのリングと聖なる水差し、ストロスの杖を授ける。そのことを確実に未来に残し、二度と過ちを犯さぬよう」
「はい」
 グランマーズは平伏した。それを見届けて、マスタードラゴンは今度はユージスを呼び出した。ユージスが持っているものを見て、グランマーズは驚きの表情を浮かべた。
「マスタードラゴン様、それは……世界樹の苗木ですか?」
「然り」
 マスタードラゴンは頷くと、グランマーズ、ヘンリー、ユーリル、シンシアの顔を見る。
「これより、世界樹を復活させる」
 マスタードラゴンの言葉に、ヘンリーは頷いた。
「やはりそう言うことですか」
 以前、この街を訪れた時に、世界樹がどういうものだったか、ヘンリーたちは聞いている。その葉にはどんな酷い傷や病、呪いをも癒す力があり、千年に一度咲く花には……
「本来、世界樹の世話に使うアイテムは、三つのリングと対になる存在だ。聖なる水差しは水のリングと、ストロスの杖は命のリングと、それぞれ対になっている。聖なる水差しは世界樹を潤し、ストロスの杖は世界樹の命を維持するために使われていた」
 その言葉に、シンシアは自分のストロスの杖と命のリングを、ユーリルは母から借りた聖なる水差しと水のリングを、それぞれ見る。
「……すると、炎のリングは?」
 ヘンリーは自分の指に填められたリングを掲げて見せた。すると、マスタードラゴンは思いも寄らない事を言った。
「ヘンリーよ、お前がかぶっている太陽の冠……それが、炎のリングの片割れだ」
「えっ!?」
 ヘンリーは驚いて、太陽の冠を頭から外した。
「しかし、これはグランバニア王家に代々伝わる宝物ですが……」
 サンチョが言うと、マスタードラゴンは頷いた。
「それはもともと、我の以前にこの世界を治めていた神、デニス王の冠なのだ。デニス王の時代に世界を救った偉大な勇者に対し、王が褒美として与えた物ゆえ、我の手元には無かった」
 それを聞いたビアンカが、首を傾げた。
「すると、グランバニアと言う国は、その勇者の子孫……?」
「そうかも知れぬな。我の生まれる前の話ゆえ、確かとは分からぬが」
 マスタードラゴンはそう言ったが、ヘンリーはきっとそうだと信じることにした。パパスには天空の血筋とは無関係に、偉大な王にして勇者の風格があった。そう言う事情があると思えば、納得もいく。
「ともかく、その三対六個の宝物には、世界樹を成長させる力があるのだ。前に教えなかったか? “炎は死を清め、水は生を育む。命は祝福されて育ち、輪廻を超える”と」
 ヘンリーは思い出した。光の教団を滅ぼして、魔界へ行く直前に天空城を訪れた時の事だ。
「ああ、そういえば……それならその時に、そうだと言ってください。何の事か分かりませんでしたよ」
 ヘンリーは言った。おかげで、今までずっとその詩のような言葉を忘れていたのだ。
「それは済まぬな。では、始めよう……グランマーズよ。街の者を避難させるのだ」
「わかりました」
 グランマーズは頷いた。彼女はこれから何が始まるのか、正確に理解していた。すぐに伝令を走らせ、町の住民を避難させる。もともとたいした人口があるわけではなく、それはすぐに完了した。街が無人になった所で、今度はヘンリーの出番だった。
「……この街を……枯れた世界樹を焼くんですね?」
 一応彼はマスタードラゴンに確認した。
「そうだ。“炎は死を清め”るものだからな」
 ヘンリーは頷くと、炎のリングを天に掲げ、念じた。
(炎よ……!)
 指に填まったリングが一瞬熱くなり、小さな火の玉が打ち出される。それは見た目は大したことが無いように見えたが、エルヘブンの街……世界樹の切り株に当たった瞬間、灼熱の炎よりも凄まじい高熱を発して燃え上がった。
「おお……!!」
 長年そこで暮らしてきたエルヘブンの民が、驚きとも悲しみともつかない声を上げてどよめく。やはり特殊な炎であるらしく、世界樹はたちまち全体が燃え上がり、そして焼け崩れて行き、僅かの間に燃え尽きて、後には灰だけが残った。
「子供たちよ……次はそなたらの出番だ」
 マスタードラゴンの言葉に従い、ユーリルが掲げた水のリングから吹き出た霧が、焼け跡の熱い灰を冷やし、適度な湿気を与える。さらに、シンシアの命のリングからの光は、灰を豊穣な土へと変化させた。
「これでよかろう。ユージス、苗木を」
「はっ」
 マスタードラゴンの命を受け、ユージスが新しく生まれた土に踏み込む。見ていた人々も続き、黒々とした新大地の真ん中に集まった。ユージスはそこにそっと苗木を移した。
「さぁ、再びお前たちの出番だ。ヘンリー、ユーリル、シンシア。お前たちの最愛の人を思い描いて……世界樹に祈りを込めて、力を注ぐのだ。きっと応えてくれよう」
「はい」
 ヘンリーは太陽の冠を外し、天に掲げた。
「世界樹……」
 ユーリルは苗木に、聖なる水差しの水を注ぎ始めた。
「蘇って……」
 シンシアは、苗木にストロスの杖をかざした。
「芽吹け、命の華。あの人を……救うために!」
 さらに、仲間たちやエルヘブンの人々が祈る声が唱和する。そして、それは起きた。
 太陽の冠がきらきらと輝き、さながら地上に太陽が出現したように、熱く力強い輝きを苗木に注ぐ。聖なる水差しからの水と、ストロスの杖の放つ命の光を受け取り、一瞬にして苗木が倍の大きさに成長した。鉢が割れ、根が力強く大地に潜りこんで行く。
「おお……!」
「樹が……世界樹が!!」
「蘇る!!」
 根付いた世界樹は急激に成長し、太く、高く、天に伸びていく。やがてその高さは周囲の山をも越え、枝葉がエルヘブンのある盆地を天蓋のように覆った。
「これが……世界樹」
 誰かが半ば呆然としたような声で言った。
「そうだ。うまく行っていれば、花が咲いているはず……ヘンリー、ユーリル、シンシア、我が背に乗れ」
 促すマスタードラゴンに、マーリンが言った。
「お待ちください。世界樹の花は、千年に一度しか咲かない、と聞いておりますが」
 以前世界樹の花が咲いたと言い伝えられているのは、先代の天空の勇者が活躍した時代……五百年前の話である。しかし、マスタードラゴンは首を横に振った。
「その通り。しかし、それに関係なく花の咲く時期がある。それは、世界樹が成木になった時だ」
「!」
 マーリンの顔に驚愕の表情が浮かび、そして笑みで崩れる。
「……そう言うことでしたか」
 マスタードラゴンは頷き、背にヘンリーたちが乗り込んだのを確認して、翼を広げた。舞い上がり、枝葉の天蓋を潜り抜けて、樹の頂点を目指す。そこに見えたのは……
「あれか!」
 目の良いユーリルが真っ先にそれを見つけた。山のような緑の連なりの中の、淡い紫がかったピンクの点。
「これは……すごく良い香り……」
 シンシアが鼻をすんすんと鳴らして匂いをかぐ。何とも言えない妙なる香りが、その点……世界樹の花から漂っていた。
「よし、あそこに降り……おい!?」
 マスタードラゴンが降りようとするより早く、ヘンリーはその背中から飛び降りていた。上から子供たちの声が追いかけてくるが、構わず王者のマントを広げ、それで風を受けて速度を殺しつつ、花の傍に着地する。
「……これがそうか。これなら、あの世にも香りが届くかもしれないな」
 嗅覚だけでなく、魂そのもので感じられるほどに濃厚な花の香りを吸い込みながら、ヘンリーは剣を抜き、一抱えほどもある花を、根元から切り取った。
(続く)


-あとがき-
 PS2版で聖なる水差しを使って世界樹の葉を取る、と言う設定が追加されたのを見て、この展開を思いつきました。
 次回、いよいよ最終回です。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 最終話
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/06/08 21:24
 地上に戻ったヘンリーは、抱えていた世界樹の花を持って、ゆっくりとリュカの亡骸のほうへ歩いていった。誰もが固唾を呑んで見守る中、ヘンリーはその花をリュカの胸の上にそっと置いた。
「頼む……帰ってきてくれ、リュカ」
 そう言って、手を組んで祈りを捧げるヘンリー。横に並んで、子供たちも祈る。
「お母さん……」
「帰ってきて……!」
 気がつけば、全員が手を合わせるか、あるいは目を閉じて、唯一つの願いを一心に念じていた。
 
 帰ってきて。
 帰って来い。
 我らの元に。
 この世界に。


ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~

最終話 聖母の帰還


「ここは……」
 気がつくと、リュカは見知らぬ土地に立っていた。
 そこは何とも美しい世界だった。果てしなく広い大地は、色とりどりの花と緑の若草で覆われ、唯一つ、大きな川だけがその大草原を横切って流れていた。感じだけは、あのグレートフォール山の頂上台地に似ていたかもしれない。
「わたしは……どうしてこんな所に?」
 記憶があやふやで、思い出すことができない。ただ、自分がすべきことはわかっていた。
 行かなければならない。川の向こうへ……リュカは川に向かって一歩足を踏み出した。しかし、数歩も行かないうちに、彼女は足を止めた。
「そっちへ行ってはならん」
 そう言って、リュカの前に立ちはだかった人物がいたのだ。かなりの高齢と思われる老人だった。
「……通してください。わたしは、あっちへ行かなきゃいけないんです」
 リュカはそう言って、老人を避けて先へ進もうとしたが、老人は年齢に見合わぬフットワークで、リュカの行く手を塞ぎ続けた。
「行ってはならん。お前は、まだあちらへ行くべき人間ではない」
 リュカは立ち止まり、彼女にしては珍しく、苛立った様子で言う。
「何でですか……わたしが行かなくちゃいけない、ってわかってるのに、どうしてお爺さんは行ってはいけない、なんて言うんですか」
 老人は答えた。
「まだ、お前にはやるべき事があるだろう。それをせずに、川の向こうへ行く事はできんはずだ」
「やるべき事?」
 リュカは首を傾げる。そんな事が自分に……? わたしは、自分にできることは全てみんなにしてあげたはず。
 そこまで考えて、リュカはみんなって誰? と疑問を抱く。その表情の変化に気付いたのか、老人はさらに言葉を続けた。
「思い出すのだ、リュカよ。お前の運命は、まだ終わってはいない。帰るのだ。お前を待っている人々のところへ」
 リュカは考える。みんな? わたしを待っている人? それは誰? 疑問が次々に頭の中に浮かぶが、川向こうを見たとたんに、その疑問は氷解する。そこに立っていたのは……
「父様、母様……」
 川向こうにパパスとマーサが立っていた。そうか、待っていてくれたのは父様と母様だったんだ、とリュカは思い、再び川のほうへ歩き出した。
「待て! 行くなと言うのに!!」
 老人がやはり止めようとするが、リュカは今度はそのブロックをかわし、小走りに川へ向かう。
「父様、母様……! 今そっちに行きます!」
 しかし、川原のところまで来た途端、川向こうの父は厳しい声で言った。
「そこまでだ。リュカ。こっちへ来てはいけない」
「え……」
 リュカは足を止めた。
「私たちはあなたを迎えに来たのではありません。止めるために来たのですよ」
 マーサも言った。
「止める……? どうしてですか?」
 リュカの問いに、パパスは答えた。
「ここは、死者の国だからだ。その川を渡れば、もう二度と引き返すことはできない。お前はまだこっちへ来てはいけない」
 それを聞いて、リュカは思い出した。そうだ、わたしは魔王と戦い……
「戦って、死んだはず……」
 倒れて散った仲間を救うために、メガザルを唱えた。だからわたしは死んでいるはず……
「違いますよ、リュカ」
 リュカの心を読んだように、マーサが言った。
「あなたの宿命は、まだ終わってはいません。これからあなたは未来を担う世代を……あなたの子供たちを守り、育んでいかねばなりません。私たちがあなたにそうしてあげられなかった分まで、子供たちを可愛がってあげなさい」
「そうとも」
 パパスが妻の言葉に頷く。
「お前は、親を失う辛さを知っているだろう。お前の子供たちに、そんな辛さを味あわせてはいけない。帰りなさい。子供たちやヘンリー君のところへ」
「でも、どうやって?」
 リュカは両親に尋ねた。ここへどうやって来たかも覚えていないのに、どうすれば帰れるのか。すると、追いついてきた老人が言った。
「どうやら、迎えが来たようだ」
「えっ?」
 リュカがその老人の方を振り向いた時、彼女の嗅覚を、今まで嗅いだ事もない、妙なる香りがくすぐった。
「これは……」
 魂まで揺さぶられるようなその香りに、リュカは思わずその香りが漂ってくる方向を向く。それは、パパスやマーサのいる川向こうとは、真逆の方向だ。
「その香りを辿って行きなさい。きっと、あなたが愛する人たちの所へ導いてくれるはず」
 マーサが言った。
「ヘンリー君や孫たちによろしくな、リュカ。そして、また何時か……お前が本当の意味で全てをなし終えたその時に、改めて会おう」
 パパスが言った。リュカは振り向き、そして両親に頭を下げた。
「はい……父様、母様……!」
 その答えを聞き、安心したように微笑むと、パパスとマーサの姿はすっと消え去った。
「やれやれ、両親の言う事は聞くのだな」
 老人が苦笑したように言う。リュカは老人にも頭を下げた。
「すみません、お爺さん……疑ったりして。でも、あなたは一体?」
 両親と同じくらい自分を案じてくれたその老人に、リュカは覚えがあるような気がした。老人は笑顔を浮かべると、首を横に振った。
「なに、名乗るほどの者ではない。ただの通りすがりだよ。それより、早く行け。お前を待っている人がいるのだろう?」
 そうでした、とリュカは言うと、香りの来る方向に歩き始めた。何度も振り向きながら。
「さようなら、お爺さん! ありがとう!」
 そう叫ぶリュカに、老人は苦笑で答える。
「良いから、早く行け!」
 やがて、老人の視界からリュカの姿は消え、花の香りも消えた。
「やれやれ、余に……このミルドラースにあんな説教をしておきながら、自分が先に死にそうになるとはな。そんな事を認められるものか」
 老人――ミルドラースは歩き出した。
「宿命の聖母、リュカよ……今度こそ本当にさらばだ。もう二度と会うこともあるまい」
 ミルドラースが歩む道の先では、草原が消え、灼熱の荒野が広がっていく。彼は、死者の国には行けない。罪深い者が行き着く先は……地獄でしかない。
「そういえば、地獄にはエスタークがいたな。かの者が蘇らぬよう、見守るのも一興か……」
 天空の勇者でも倒しきれなかった地獄の帝王を封じ込める。それもまた、自分が勇者を越える存在と示す方法だろう。そのためにはゲマやラマダを……先に行った者たちを探さねばな、と考えるミルドラース。地獄への道行きにしては軽い足取りで、最後の魔王は永遠に去って行った。
 
「……あっ!?」
 じっと見守っていたヘンリーは驚きの声を上げた。リュカの胸に乗せていた世界樹の花が、淡い光を発したのだ。光はリュカの身体に染み渡るようにして消え、それと引き換えに、青白くなっていたリュカの身体が、暖かみのある肌色に戻っていく。傷や闘いの汚れさえも消え去り、微かな呼吸音と共に、その胸が数度上下した。そして。
「ヘンリー……?」
 リュカは目を開き、そっと身体を起こした。
「リュカ!」
 もう二度と聞けないと覚悟していた最愛の女性の声に、ヘンリーは彼女の身体を強く抱きしめた。
「馬鹿野郎……心配させやがって! 二度と、二度とあんな無茶はするなよ! いいな!?」
「うん……ごめんね」
 リュカもまた、夫の肩にそっと手を回す。だが、次の瞬間、わあっと声を上げて、見守っていた仲間たちや人々が、リュカのところに殺到してきた。
「お母さん! お母さん!! お母さん!!!」
「お母様! 良かった、本当に良かった!!」
 左右からリュカの身体に抱きついてくる子供たち。
「おかえりなさい、リュカ!」
「姫様! もうどこにも行かないでくださいよ!!」
 子供を抱いたままのリュカを、胴上げでもするように担ぎ上げるビアンカとサンチョ。ヘンリーは妻から引き剥がされ、地面に落ちて尻餅を打った。
「いてぇ! おい、お前ら……せっかくの良いシーンに水を……」
 抗議しようとするヘンリーの頭を、踏みつけてピエールが言う。
「うるさい! もうリュカ様はお前だけのリュカ様ではないぞ。世界のリュカ様だ!!」
 さらに、そのピエールを踏み台にしてリュカの胸に飛び込むスラリン。リュカたちを担いでいるビアンカとサンチョを、さらに担ぎ上げるアンクルとゴレムス。祝砲代わりなのか、イオラやメラミなどぶっ放してみせるミニモン、サーラ。
 ピピン、ヨシュアは肩を組み、調子外れに兵士たちが歌う勝利の歌を歌いながら、抑え切れない喜びを表現する。ジュエル、ブラウン、ロッキーは輪になってアンクルたちの足元で踊る。それにあわせて、頭上をくるくると飛び回り、火を吐いたりアクロバットをしたりして、溢れる喜びを表現するのは、メッキーとホイミン、それにシーザーだ。
 ロビンはマーリンを肩車し、四本の足を器用に動かして、剣舞のような事をし、時々、誰かが祝砲で呪文を唱えると、あわせてレーザーを撃っていたりする。そうした光景を見て、マスタードラゴンとグランマーズは愉快そうに笑っていた。
「やれやれと……おーい、プックル」
 ヘンリーはプックルを呼んだ。駆け寄ってきた彼の背中にまたがると、軽く首を叩く。
「たのむぜ、戦友」
 ヘンリーの言葉に頷き、プックルは大ジャンプして、ゴレムスの頭に飛び乗った。ヘンリーもそこに立つと、ゴレムスに悪いな、と言ってから、妻を呼んだ。
「リュカ」
「ヘンリー」
 普段はヘンリーのほうが頭一つ高いのだが、今は二人の顔の高さは一緒だった。
「……もう、離さないからな」
「……うん」
 二人の唇がそっと重ねられ、ひときわ大きな歓声が沸いた。

「さて……リュカよ、そして一族の者たちよ」
 そこへ、厳かなマスタードラゴンの声が響き渡り、一行は騒ぐのを止め、その場に畏まった。
「真に良くやってくれた。そなたらの働きで、この世界に再び平和が訪れた。心から礼を言うぞ」
 リュカとヘンリー、ユーリルとシンシアは並んで頭を下げた。
「いえ、母を探す旅のついでのようなものでしたから」
 リュカが答えると、マスタードラゴンは大笑した。
「はっはっは、ついでで世界を救うとは、お前も大物だな。ともかく、お前たちの働きに報いるためにも、何か褒美を与えたい。希望はあるか?」
「え? 褒美……ですか?」
 リュカが顔を上げると、マスタードラゴンは頷いた。
「まぁ、我の力が及ぶ範囲ではあるがな……なんでも一つだけ、願いをかなえよう」
 急な話に、リュカたちは戸惑った。周りの仲間たちと顔を見合わせる。そのうち、魔物代表でマーリンが言った。
「我らには特に願い事はありませぬ。今後も、リュカ殿と共にあることができれば」
 仲間一同、大いに頷く。リュカは聞いた。
「本当にそれでいいの?」
「ええ。今のままで、我々は満足しております。それより、リュカ様のほうこそ、何か願い事はないのですか?」
 ピエールに言われ、リュカはサンチョ、ビアンカとピピンを見た。真っ先に首を横に振ったのはピピンだ。
「いえ、私は何も」
「私も同じです、姫様。私は姫様にお仕えできて、ビアンカさんが傍にいてくれれば、他に何もいりません」
 サンチョが言うと、ビアンカがおどけたように言う。
「あら、私はリュカの次で二番目なの?」
 こほんこほんと咳払いをしてごまかすサンチョ。リュカは家族たちを見た。
「ボクも、別に何もいらないかなぁ」
「私もお兄様と同じです。お父様とお母様と、みんなと、ずっと幸せに暮らせれば……」
 まずユーリル、ついでシンシアが首を横に振った。そしてヘンリーも。
「オレにはお前だけで良い。リュカ、何か願いがあるなら、言ってみろよ」
「……うん、わかった」
 リュカは頷くと、マスタードラゴンの方に向き直った。
「では、わたしからお願いが一つあります……魔界の、ジャハンナの街の人々を、この世界に連れてくることは可能でしょうか?」
「なに?」
 首を傾げるマスタードラゴンに、リュカは事情を説明した。マスタードラゴンは頷いた。
「良かろう。マーサの功績を考えても、その街町の住民たちは保護せねばなるまい。そうだな……住む場所を失ったエルヘブンの民のためにも、街ごとここへ転送する事にしよう」
 マスタードラゴンがそう言って何事か念じると、背後の世界樹の木陰に蜃気楼のように街の像が浮かび上がり、程なくして実体化した。確かに、ジャハンナの街だ。
「わぁ……」
 驚きに目を丸くするリュカたち。決して万能ではなくても、やはりマスタードラゴンは神に相応しい力の持ち主ではあった。そのマスタードラゴンは、力を使ったためか、少し疲れた様子で言った。
「それでは、リュカよ……世界を救った宿命の聖母よ。改めて礼を言おう。本当に良くやった。ありがとう……そして、さらばだ。またいつか会おう」
「はい、マスタードラゴン様もお元気で!」
「うむ、家族仲良くな!」
 マスタードラゴンはリュカの別れの挨拶にそう答え、飛び去っていった。金色の神竜がやがて点になって空に消えてしまう頃、異変を悟ったのか、ジャハンナの街のほうからざわめきが聞こえてきた。
「おっと、どうやら事情説明の時間らしいな」
 ヘンリーが苦笑しながら言うと、リュカは笑顔で頷いた。
「そうね。きっと驚いてるわ」
「よし、じゃあ、行くか!」
 ヘンリーが差し出した手を、リュカは握った。
「ええ、ユーリル、シンシア、おいで」
 子供たちが駆け寄ってくる。
「はい、お母さん!」
「今行きます、お父様!」
 リュカとヘンリーは子供たちと手をつなぎ、歩き始める。その後を、仲間たちがついて歩いていく。かつて妖精だった人々が守る樹の下、魔物だった人々の住む街へ向けて。それは、人と魔物と妖精が、共に歩み暮らしていける世界を象徴する光景。
 
 後の歴史書は語る。
 
 天空の勇者の母、宿命の聖母リュクレツィアは、また新しい世界の母でもあった、と。

(完結)



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 最終あとがき
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:88514eac
Date: 2009/06/08 21:26
 と言う事で、「ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~」は、これにて完結です。何とか毎日更新完遂できました。これも読んでくださった皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。
 
 思えば、女の子版主人公のイラストに触発され、いきなり小説を書き始めたのがもう3ヶ月前の事です。最初のうちはノリノリで書けたのですが、あとになればなるほど苦しくなるのは、ありがちな事ではありますが厳しかったですね。
 
 それにしても、5はDQ全シリーズ中、女の子版主人公を妄想するのに最適の素材かもしれません。

 1:ローラ姫をどうするのでしょうか。
 2:王女三人で冒険……あ、意外といけるかもしれない。
 3、4、9:公式で女主人公がいるのでいまいち……
 6:悪くはないですが、女の子主人公のカップリング相手がハッサンにチャモロに引換券……? 全力でお断りせざるを得ません。
 7:プレイしてないので良くわかりません。
 8:ミーティア姫を(以下略)
 
 と言う事で、5が一番妄想の幅が広いですね。次点で2と6ですか。
 ちなみに、スクエニゲーム全体に対象を広げた際に、次の女主人公ネタで真っ先に思いついたのが
 
「セシルがパラディンになった時に女の子になってしまい、ガリとゴル兄がセシルを取り合って大喧嘩」

 と言うネタだった時には、自分の発想に思わず
 
カチャ
  ;y=ー( ゚д゚)・∵. ターン
  \/| y |)
  
 したくなったのはここだけの秘密です。
 
 ともあれ、読者の皆様、本当に長い間お付き合いくださりありがとうございました。次のネタは決めておりませんが、スクエニではなく恋姫無双でもしてみようかなと思っております。
 
 それではごきげんよう。またいずれお目にかかれれば幸いです。



[7208] ドラゴンクエスト5 宿命の聖母 補遺
Name: 航海長◆ccf1ea4b ID:a8f45d81
Date: 2011/11/22 22:23
 城の屋上で、一人の人間と一体の魔物が対峙していた。人間は剣を、魔物は槍を構え、じっと互いの隙をうかがっている。やがて、風に巻き上げられた木の葉が一枚、二人の間を横切った。次の瞬間。
「はあっ!」
「むんっ!」
 人間の側が一挙動で距離をつめ、猛然と斬り込む。それを魔物が槍で受け、刃に挟まれたさっきの木の葉が、幾重にも断ち切られ断片となって飛び散った。
 それらの断片をもまた刻み足りないと言うように、剣と槍が風を巻き空を切って交錯する。その動きは互いの技量が達人の域に達している事を物語っていた。
 当初互角に見えた戦いは、やがて魔物の側が優勢になっていった。何十合目かの打ち合いで、とうとう人間の手から剣が弾き飛ばされ、槍がその喉元に突きつけられた。
「……参りました」
 人間のほうが両手を挙げて降参の意を示し、それに応じて魔物の方も槍を引く。
「いや、いい勝負だった。腕を上げたな、ピピン」
 魔物が人間を褒め称えた。そう、彼らは命をかけた真剣勝負をしていたわけではない。模擬戦で腕を磨いていたのである。
「いや、やはりまだヨシュア殿にはかないません。今日は途中まではいけるかと思ったんですが」
 ピピンが魔物――金色の竜戦士シュプリンガーであるヨシュアに言う。
「そうでもない。確かに、この魔物の身体の分、私の方が腕力と敏捷性では勝っているだろうが、その私と互角に渡り合えるのだから、武術の技量は、今ではピピンのほうが上だろう。総合的に私を超える日も近いよ」
 ヨシュアの評価に、ピピンは嬉しそうな表情を浮かべた。
「ヨシュア殿にそう言っていただけると励みになります。また、稽古をお願いします」
 いいとも、と応じてヨシュアは訓練場を後にしようとし、入り口に立っている二つの人影に気がついた。
 一人は愛嬌のある丸鼻の下に髭を蓄えた、頑強そうな肉体の男性。その横に立っているのは、もみあげの髪型が鳥の羽のような特長的な形をした、赤毛の美しい女性だった。彼らは嬉しそうに声をかけてきた。
「ヨシュア、久しぶりだ」
「ご無沙汰しております」
 ヨシュアも頷き、手を上げて歓迎の意を表した。
「久しぶりだな、オークス、メッキー」
 かつて、肩を並べて戦った仲間――オークキングのオークスと、キメラのメッキー。彼らは今、人間の姿になっていた。
 
 
 ドラゴンクエスト5 ~宿命の聖母~
 
 補遺 罪を負う人、罪を赦す人
 
 
 城の廊下を並んで歩きながら、ヨシュアは言った。
「また、子が生まれるのか。何人目だ?」
 メッキーのお腹が膨らんでいるのを見て、ヨシュアが言う。
「五人目だ。いいぞ、子供は。手もかかるが幸せというものを実感させてくれる」
 オークスが言うと、メッキーは顔を赤らめ、「もう、あなたったら」とはにかみながら言う。そう、彼らは今夫婦として、共に人生を歩んでいた。
 かつて、ジャハンナ――今はエルヘブンとなっている街の住人である戦士アクデンは、魔物でも人間になる事が出来る、と語ったが、それをリュカの仲間たちでいち早く実現したのが、オークスとメッキーだった。もともとマーサによって魔道から救われた彼らは、人間になりたいという願いを強く持っており、それがかなったのである。
 エルヘブンに建立されたマーサとパパスの墓、その番人としてエルヘブンに移り住んだ彼らが人の姿でグランバニアに戻ってきたときは、みんなが騒然となったものである。まして――
「まぁ、メッキーが女性で、しかもそんな美人だったというのが、二番目の驚きだったな」
 ヨシュアが言う。それを聞いて、オークスが尋ねる。
「二番目? じゃあ一番目は何だ?」
「もちろん、お前さんたちが結婚した事だよ。みんな言っている。美女と野獣だと」
 ヨシュアは答えた。とは言え、もともと彼らは相棒として長らく共に戦ってきた仲であり、結ばれる事自体はそれほど不思議ではないと納得し、みんなでこの新しい夫婦を祝福したものである。
「失礼な奴らばかりだ」
 嘆息するオークスの言葉に笑いを漏らしたヨシュアだったが、真顔に戻って尋ねた。
「で、今日は五人目が出来た事の報告かな?」
「ああ、早速リュカ様にお会いして報告しようと思うんだが……お前とピピンが稽古をしてるのを見て、つい足を止めてしまってな」
 ヨシュアとオークスはどちらも槍の使い手だ。ヨシュアはデーモンスピア、オークスは雷神の槍。どちらも天下に聞こえた名槍を振るい、魔王との戦いで活躍した。それだけに、お互い他の仲間たちよりも強い友情とライバル心を持っている部分がある。
「そうか。しかし、間が悪かったな。リュカは今不在だ」
「え? そうなのか?」
 ヨシュアの答えに驚くオークス。
「何か起きたのですか?」
 もしや事件でも、と眉をひそめるメッキーに、ヨシュアは笑ってそうじゃない、と答える。
「オジロン殿の娘のドリス。彼女をヘンリーの弟のデール陛下の妃に、という話があってな。その相談でラインハットに行ってるところだ。まぁ、数日中には帰ってくるだろう」
「ほう、良い話ではないか」
 オークスは目を細める。ヘンリーとデールの兄弟仲の良さは有名で、デールも若いが英邁な君主として最近では評価が高い。ドリスはリュカほどの美女ではないが、第一王女の地位にありながら庶民にも親しく交わる、飾り気のない人柄で国民から愛されている女性だ。デールにとっては年上の女性と言う事になるが、良い夫婦になれることは疑いがない。
「私も、話がまとまる事を期待しているよ。皆が幸せになるのは良い事だ」
 ヨシュアが言った時、ふとオークスは顔を曇らせた。その変化に気づき、ヨシュアが首を傾げる。
「どうした、オークス」
「皆が幸せに、か。確かにな……だが、お前はそれだけでいいのか? ヨシュア」
「え?」
 友の言葉に困惑するヨシュア。ため息をついてオークスは言った。
「おまえ自身は幸せにならなくていいのかと、そう聞いてるんだ」
 ヨシュアはいつも、自分を犠牲にして他人を助けてきた。自分が逃げられるのに、その仕込を使ってリュカとヘンリーを助けた。魔物に改造されてでも下級信徒たちを守り、彼らがセントベレスを脱出できる準備を整えた。世界が平和になった時、マスタードラゴンに願えば人間の姿に戻れたかもしれないのに、それを口にせず、ジャハンナの街を救ってほしいという、リュカの願いを優先した。
 そんなヨシュアの事を、オークスは心の中でいつも案じていたのだ。
「……ああ、そういうことか」
 ヨシュアは友の言わんとするところに気づき、遠くを見る目になった。
「そう言ってくれるのは嬉しい。お前はいい奴だ、オークス。だが……私は自分をまだ許せないのだ」


 ヨシュアと妹のマリアは、西の大陸の小さな町に生まれた。生家は教会で、ヨシュアもマリアも、将来は神父、あるいはシスターとして神に仕える修行を積んだが、ヨシュアには騎士になりたい、という夢があった。
 だが、父親は厳格な神の使徒で、息子の願いを許そうとしなかった。こっそりと槍の訓練をするヨシュアを叱責し、時には殴ってでも言う事を聞かせようとした。
 そんなヨシュアをいつもかばったのが、マリアだった。まじめにシスターの修行をする娘には父も甘く、ヨシュアもそんな妹を愛していた。
 そんなある日、街に光の教団の信徒がやってきた。その分かり易くシンプルな教えに、ヨシュアは惹かれた。真の教えを見つけたような気がした。教団の説法に、彼は足繁く通うようになった。
 もちろん、父がそんな息子を許すはずもない。異教に傾倒していくヨシュアに、父は激しく怒り、そんなものに耳を貸してはいけない、と説いた。だが、ヨシュアも今度ばかりは父に徹底的に反抗した。そして、兄を案じるマリアに、それならお前も説法を聞いてみろ、と強引に連れ出したのである。
 果たして、マリアもまた、教団の教えに惹かれる事になったのである。だが、それが父親に発覚しないわけもなかった。二人の子が新興の異教にそろって心奪われた事に、父はどんな気持ちを抱いたのか――おそらく、絶望的な気持ちだったのだろうとヨシュアは思う。
 暗い顔で、破門と勘当を告げた父。だが、当時のヨシュアは愚かだった。父の、その教えの束縛から、これで逃れられる、と考えてしまったのだ。ヨシュアとマリアは揃って教団に入門し、ヨシュアは教団の聖騎士を目指して修行に励み、マリアもまた、教祖の傍で深くその教えを学ぶため、聖地セントベレスへ旅立った。
 
 
 後は、もう語る必要も無いことだ。彼らが真の教えと信じたのは邪教そのものであり、教団が二人の若い敬虔な信者にもたらしたのは、死とそれよりも深い苦悩と絶望の日々でしかなかった。
 それが自分一人の事なら、ヨシュアはまだ耐えられただろう。だが、マリアには――自分が引き込んでしまった妹には、何の罪もなかったはずだ。それなのに、今生きているのは自分で、マリアではない。その事を思うとき、ヨシュアは自分が許されざる罪人であることを、深く意識するのだった。
 そこまで深い事情を、さすがに仲間たちに語った事はない。だが、ヨシュアがかつて光の教団の一員であり、それゆえの罪の意識を抱えているらしい、という事は、仲間たちも気づいてはいた。
「ヨシュア、お前もラインハットへ行ってみたらどうだ?」
 オークスの唐突な言葉に、ヨシュアは回想から意識を戻した。
「ラインハット? 何故だ?」
 首を傾げるヨシュアに、オークスは言った。
「ヘンリー殿の母君……シスター・マリエルも、己の罪と深く向き合ってきたお方だと聞いている。話を聞いてみたらどうだろう。何かの助けにはなるかも知れんぞ」
「行くなら送っていきますよ?」
 ルーラを使えるメッキーが申し出る。ヨシュアは少し考え、そして頷いた。
「そうだな……頼んでも良いか?」
「お安い御用ですよ」
 メッキーは微笑んだ。その横で、オークスもヨシュアの行く先に救いがある事を祈って笑っている。良き友に恵まれた事を神に感謝しつつ、ヨシュアは二人の手をとった。
 

 海辺の修道院――数多の道に迷える遭難者たちを迎え、導いてきたこの聖地は、魔道に身を墜としたヨシュアにも、その門を閉ざしてはいなかった。見るからに恐ろしい竜戦士が現れた時も、院長のシスター・アガサは慈愛に満ちた微笑を浮かべて、彼を出迎えた。
「迷える子羊よ。お入りなさい」
「……はい」
 ヨシュアが僅かに逡巡したのは、遠い昔に一度は捨てた教えを奉じる場所へ踏み込む事への罪の意識だったが、シスター・アガサはそれをも見抜いたようだった。
「安心なさい。神はけっして貴方をお見捨てにはなりません。罪を犯し、道を踏み外したとしても、そこから立ち直ろうとする人には、必ずや恩寵を賜る事でしょう」
 その優しい声に、ヨシュアは勇気を得て、建物の中に踏み込んだ。シスター・アガサの前に跪き、望みを言う。
「私は……道に外れた咎人です。このような私にも、新たな道を指し示してくれる方がいるかも知れぬと聞き、こうしてやってまいりました」
 シスター・アガサは頷いた。
「シスター・マリエルのことですね? 今呼んで来ましょう」
 跪き、地面に視線を向けたままのヨシュアには見えなかったが、気配が去っていくのがわかった。やがて、代わりに別の気配がやってくる。慈愛に満ちたシスター・アガサのそれとは違い、清廉で静かな優しさを感じさせる気配。
「お待たせしました」
 その声に、ヨシュアは顔を上げ、そして驚いた。
「……マリア?」
 遠い昔に失った妹が、そこに立っているような気がした。だが、その幻は一瞬で消え、代わりに現れたのは、シスター・アガサよりは若いものの、そろそろ中年の域に差し掛かっているであろう女性だった。
「そう……呼ばれていた事もありますね。私がシスター・マリエルです」
「これは失礼を……知っている者に似ていたので」
 ヨシュアは頭を下げて詫びた。しかし、内心では思っている。似ている、と。
 もちろん、顔立ちはまるで似ていない。だが、マリアとシスター・マリエルの纏う雰囲気は、非常に良く似ていた。きっとマリアがそのままシスターとなっていたら、長じてシスター・マリエルのような人になったのではないだろうか。
「貴方は、ヘンリーとリュカの仲間ですか?」
 シスター・マリエルの問いに、ヨシュアは頷く。
「はい、ヨシュアと申します。貴女が私に道を指し示してくれるかもしれない、そう聞いて参りました」
 それを聞いたシスター・マリエルは、静かに笑みを浮かべ、首を横に振った。
「私は道を示す事が出来るほど立派な人間ではありませんよ、ヨシュア。自分の歩む道を決める事が出来るのは、自分だけです。ですが、私に話をすることが、道を探す標になるかもしれません。それで良ければお話を聞きましょう」
 そう言って、シスター・マリエルは懺悔室へとヨシュアをいざなった。ヨシュアは頷き、彼女に続いて懺悔室へ踏み込んだ。
 
 二人がそれぞれに自分が抱えている罪について語り終えた時、既に太陽は水平線の向こうへと沈んだ後だった。ろうそくの火が揺れる懺悔室の中に、潮騒の音だけが響いている。
 しばし無言のときが続いた後、ヨシュアはシスター・マリエルに尋ねた。
「私は、自分の罪を赦す事が出来るでしょうか?」
 その問いに、シスター・マリエルは意外に思える答えを返した。
「無理ではないでしょうか」
「え?」
 やや戸惑った声を上げてしまったヨシュアに、シスター・マリエルは続けた。
「あなたは赦してほしい、赦されたいと心の中では思っていないのです。ですから……あなたが求めるべきは、罰を与えてくれる存在なのでしょう」
 それを聞いて、ヨシュアが真っ先に思ったのは、マリアの事だった。妹にはどんなに詫びても詫びたりない――しかし、すぐにそれが答えではない事に気づく。優しいあの子は、ヨシュアのことを罰したりはしない。ならば……
「ありがとうございます。どうやら、私が行くべき場所がわかったようです」
 ヨシュアが言うと、シスター・マリエルは微笑み、あなたに神のご加護がありますように、と言った。ヨシュアは一礼し、海辺の修道院を後にすると、入り江に面した岬の先に立った。夜の海から吹きつける風。それに乗るように、彼は宙に身を躍らせた。
 
 
 数日後……ヨシュアが辿り着いたのは、故郷の町だった。あまり使った事がないにもかかわらず、背中の翼はここまで彼の身を運んでくれた。初めて魔物の身体に感謝しつつ、街の中に足を踏み入れると、住人たちがぎょっとした表情で彼を見た。
(石を投げられないだけマシか)
 ヨシュアは思った。魔王が倒れ、人の魔物の対立がやんだとは言え、数年でその記憶が薄れるはずもない。魔物が人と変わらず暮らせるグランバニアは、まだまだ例外的な存在なのだ。
 遠巻きに自分を見る人々の視線を感じつつ、ヨシュアは一度は捨てた故郷の道を踏みしめ、一歩一歩進んでいく。その先に、記憶の中にあるものと変わらない教会があった。足を止め、聖印の飾られた尖塔を見上げたとき、その扉が開いた。
(父さん……!)
 ヨシュアは声を上げそうになった。そこに立っていたのは、紛れもなく父親だった。だいぶ老け込み、髪にも白いものが混じっているが、間違えようがない。
 だが――自分はあまりにも変わってしまった。もはや人ですらない。そんな自分が、父をそう呼ぶ事が許されるだろうか――そう思った時、父が言った。
「帰ってきたか……馬鹿息子が」
「――!」
 ヨシュアは驚きに目を瞠った。なぜ――と聞こうとするが、驚きのあまり声が出ない。そんな彼に、父は言葉を続ける。
「わからないはずがない。子を見誤る親などいるものか」
 それを聞いたとき、ヨシュアの中で心の堰が破れた。地面に膝を落とし、手を突いて彼は言葉を漏らす。
「父さん……私は……私は……!」
 それから、ヨシュアはここを出てからの事を話した。全てを語り終えた時、父が目の前に歩み寄って来ていた事に気づく。殴ろうと思えば殴れる間合い。ヨシュアは頭を下げ、与えられるであろう罰を待った。だが。
「許そう」
「え?」
 父の思わぬ言葉に、ヨシュアは顔を上げた。
「お前が罪を犯したなら、私はその罪を許そう」
 そして、父はヨシュアの頭を抱きしめた。
「もう死んだものと思っていた……お前も、マリアも。お前だけでも生きていてくれて、本当に良かった」
 それは、かつてヨシュアの聞いた事がない、父親の愛情あふれる言葉だった。
 いや、違う。ヨシュアは知っていた。聞いていた。厳しさの底に、この愛情が流れていた事を。彼はただそこから目を背けていただけなのだ。
「父さん……! ごめん、父さん……!!」
 ヨシュアは父を抱きしめ返し、そして気づいた。視界がぼやけて、父の顔が良く見えない。
「涙……? 泣いているのか、私は」
 涙など流れない魔物の身体のはずなのに。そう思って目を拭おうとした時、ヨシュアはその指がシュプリンガーの鍵爪の生えた三本の指ではなく、人間の五本の指だという事に気づいた。
「こ、これは!?」
 ヨシュアは驚きの声を上げ、父親の顔を見る。自分と同じ色の目に映るその姿は――
「にん……げん……?」
 改造される前の自分の顔が、そこにあった。父親は頷いた。
「そうだとも。お前は人間だ、我が息子よ。人だからこそ、時に迷いも過ちもする。だが、それを取り返そうと決意したのなら、何時だって遅いという事はない」
 そう言って、父親はもう一度ヨシュアを抱きしめた。
「よく帰ってきた、わが子ヨシュア」
 ヨシュアはもう一度あふれ始めた涙を拭いもせず、その熱さを心地よいものと感じながら、父を抱きしめ返した。
「はい……ただいま、父さん!」

 この日、長い旅の果てに、ヨシュアは人間の世界に帰還を果たした。



―あとがき―
 大変お久しぶりです。航海長です。
 連載終了後も感想が来ていたようで、ありがたいことです。
 今回は補遺ということで、本編中に忘れていたこと……ヨシュアのその後の話です。
 原作と違って生き残りながらも、魔物となってしまったヨシュア。彼にもハッピーエンドを、と思っていたのですが、本編中ではそれを描写できませんでした。
 今回久しぶりに時間ができましたので、思い立ってこの話を書くことにしました。メインがヨシュアということでリュカとその家族たちは出てきませんが、いずれまた何か別の話で彼女たちのその後に触れられれば、と思います。
 また、止まっている他の話も、これを機に再開できればと思います。
 お読みいただきありがとうございました。
 


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