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[7277] ケティ・ド・ラ・ロッタの事も、時々思い出してあげてください(ケティに転生)
Name: 灰色◆a97e7866 ID:0db87abd
Date: 2010/10/04 10:30
この作品はケティ・ド・ラ・ロッタという、作品の流れ上、どーでもいい少女に転生してしまった人の話です。
転生前の人が男性なので、TS成分も若干含んでいますから注意してください。

私はとてもムラっ気の多い人なので、定期投稿できるかどうかはわかりませんが、よろしくお願いします。
あと、誤字脱字指摘は大歓迎ですので、ビシバシお願いします。
ツイッター
http://twitter.com/haiiro8116
ブログ:灰色な日々 オリ設定のQ&Aもあるよ
http://haiironahibi.seesaa.net/

09/03/11
テスト投稿状態から、取り敢えず出せそうな感じになったので、テスト板よりチラシの裏へ移動

09/03/18
チラシの裏よりゼロ魔板へ移動

09/05/06
こそっとプロローグを改変

10/02/25
幕間が増えすぎたので、ナンバリング

10/02/26
ツイッター始めました
http://twitter.com/haiiro8116
語りかけてやってください、今のところ友達ゼロなんです…。

10/03/10
幕間を大幅に整理&試験的に幕間部分を本編にくっつけてみる

10/09/29
ブログ始めてみました
http://haiironahibi.seesaa.net/?1285724002
設定についての質問への答えはこっちに纏めようかなと



[7277] プロローグ
Name: 灰色◆a97e7866 ID:0db87abd
Date: 2009/05/07 01:14
人生びっくりな事はあるものです
大学の研修旅行で行ったニューヨークで突如出現した白い化け物に掴まれ、成す術も無く口に放り込まれて咀嚼されました


人生びっくりな事は続くものです
前世の記憶があるまま転生って、『○ー』の与太話ですか?


人生びっくりな事は一気にくるものです
転生した先が『ゼロの使い魔』の舞台となっているハルケギニアだったのですから




私ですか?
今の私はケティ・ド・ラ・ロッタと申します。
中身は元・日本人の大学生(♂)ですけれども。
名前?いいじゃないですか、そんなのどうでも。
どうせよくわからない化け物に美味しく戴かれてしまった前世なのです。



そんなことよりも今の私の身の上を。
今の私はラ・ロッタ男爵家の12女で上に姉が11人、下に弟が1人います。
全員年子なのです。
男の子がなかなか生まれなくてついムキになって頑張り過ぎたのですね、わかります。
祖父と祖母も同居でまさに大家族なのですよ。


ちなみにラ・ロッタ家は男爵家でありながら領地こそ肥沃で広大なのですが、とある理由で耕作地が狭くて分散している上に、これといった特産品があるわけでもないのです。
火メイジなので軍人を多数輩出していますが、性格が戦いに向かないのか大成した人は一人もいおりません。
まあ土地はそこそこ肥沃だったので食べるのには困りませんでしたが、交易路から離れていたので、売ってお金を得られたとしても微々たる物でした。
領主自ら領民と一緒になって、畑を耕したり野焼きをしたりしながらのんびりと暮らすという家風がある。
そんな、貴族とは名ばかりの少し裕福な平民みたいな家に私は生まれなおしました。


兎に角、私は異世界に転生してしまったのです。
生まれた直後のことはうすらぼんやりとしか記憶していませんが、2歳頃には意識がはっきりしていました。
前世のことも昨日の事のようにはっきり覚えています。
死の直前なんて、思い出したくない記憶ですが。


まず始めたのは、文字の習得です
言語は既に幼児語ながらハルケギニア語を勝手に習得できていたので、文字を覚えるのは英語を一から学ぶよりも遥かに楽でした。
お父様とお母様や姉達は『天才だ!』と喜んでいましたが、残念ながらあなたの娘は唯のチートキャラであって、別に特別優秀だってわけではないのですよ。


次に文字の習得を早める為と情報収集の為に読書を始め、こちらの情報収集を始めました。
何せ、小説内に出てくる情報が少なすぎますから。
主に読んだのは政治や地理の本ですが、政治の本は兎に角、地理は読むだけ無駄だとわかりました。
そうだね、天動説だね、大地の果ては崖で水が流れ落ちていくんだよねってやつです。
いやまあ魔法があるような異世界ですから、本当にそうかもしれませんけれども。
まあ、ハルケギニアの大まかな地理がわかっただけで良しとしましょう。
ちなみに政治や地理の本を読み漁る私を見て『天才だ!』とお父様とお母様や姉達が喜んでいますが、贔屓目に見てもキモい子供じゃあありませんか、私?


最後に魔法なのです。
ラ・ロッタ家は火メイジを多く輩出して来た家系らしく、私にも火の魔法の特性がありました。
まあ、作品内でも《燠火》とかいう二つ名があったみたいですし、火メイジだというのはわかっていましたが。


…で、練習してみるとこれが面白いのです。
何も無い所から、火が出るのですよボーって。
原理はよくわかりません『考えるな、感じるんだ』ってやつです。
ええ気にしませんとも、私はどうせバリバリの文系ですから、持ってる科学知識なんて高校生レベルのものでしかないのです。


ささやき…えいしょう…いのり…ねんじろ!
*おおっと*
ひょうてき は はいになった


ガンガン燃やすのですよー!
火の魔法はすごいのです。
使うとどんどんハイになって行きます。
標的もどんどん灰になっていきます。
どうやって燃やすか?
火の勢いを上げるにはどう集中すればよいのか?
命中率を上げるには?


面白すぎて毎日精神力が尽きてぶっ倒れるまで魔法の練習に明け暮れ続け…結果として、入学前までにトライアングルメイジになっていました。
お父様とお母様や姉弟は『天才だ!』と喜んでくれましたが、これは単なる『好きこそものの上手なれ』ってやつであって、ガノタがモビルスーツの型番まで暗記しているのと同等なのです。



…まったく、何でこんなに底抜けに暢気なんでしょうか、我がラ・ロッタ家は。
領民も私をラ・ロッタ家の宝だと褒めてくれます。
この家に生まれなければ、気持ち悪がられた可能性のほうが高い私を家族領民皆が愛してくれました。
優しい人たちなのです。




そんなこんなで家族から『天才少女』呼ばわりされていた私ですが、とうとう来るべき日が来たのです。
トリステイン魔法学院に入学する日がやってきたのですよ。
私の家は貧乏ですが、魔法学院は国内の貴族の子弟からは授業料を取らず、寮費食費もタダなので行くことができます。
実際、姉様達の二人も既に通っていますし、来年は弟のアルマンも入学する予定です。


「ではお父様、お母様、姉さまたち、そしてアルマン、行って来ます。」


学校で待っているのは、原作の登場人物たち。
ルイズやシエスタ、キュルケにタバサ、ギーシュにマリコルヌ、それから私の入学後に召喚される才人。
私が彼らの紡ぐ物語に積極的に関わっていったらどうなるのでしょうか?
今の私はそれが楽しみでなりませんでした。



[7277] 第一話 クラッシュできないフラグもあるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:0db87abd
Date: 2009/07/02 19:17
お約束というものがあります
たとえば薔薇くわえながら話すなどという、ある意味器用な事をするグラモン家の四男坊


お約束というものは連鎖するものです
たとえば私が口説かれていたり、馬で遠乗りに行こうとか


お約束というものに乗らなきゃいけないときもあります
たとえば二股かけられるというイベントの為だけに、その誘いの乗ってみる私とか




入学してから少し経ち、学院での生活にも何とか慣れました。

「おおケティ、君のクリスタルよりも澄んだその瞳に見つめられると、僕の浅ましい心までもが見透かされてしまいそうだよ。」

新入生にはめったにいないトライアングルメイジということで、周囲から一目おかれたりもしたのですが、最近ではすっかり周囲に溶け込めつつあります。

「その美しい瞳に僕を映しながら、君はいったい何を考えているのかな?」

領地にいた頃はそんな事は無かったのですが、私の容姿はそこそこ可愛い部類に入るようで、慣れてくるのと同時期に男性からいわゆる愛の告白というものをされるようになりました。
もちろん全部断りました…が、私の目の前で何やらくっさい台詞を語り続けているグラモン家の四男坊こと、ギーシュ・ド・グラモンは一味違いました。

「君が恥ずかしがって、僕の愛の囁きを断ったしまったのはわかっているよ、ケティ。」

自分というものに絶対の自信があるのでしょう。
私の「嫌です」という返答に対して、清々しいくらいポジティブな反応が返ってきている最中なのです。



ああ…何というか、めっ ちゃ う ざ い 。



そろそろ使い魔召喚の儀が行われる時期ですから、彼と遠乗りに行かないと決闘イベントが起きません。
モンモランシーの香水を受け取った事を隠す必要も無くなりますから。
決闘イベントが無いという事は、才人とギーシュが出会わずに話が進んでしまうかもしれません。




彼は後々才人の親友ポジションにつく人ですから、彼の誘いには乗らなくてはいけないのですが…。
他の貴族はわりと普通の格好しているのに、何で彼だけひらひらで薔薇くわえているのですか?
こんな恥ずかしい人に告白されたら断るでしょう、常識的に考えて。


何故私ではないケティは、こんな人に口説かれたのでしょうか?
それともハルケギニアでは、こういうのがかっこいいのでしょうか?
少なくともギーシュと同じ学年のジゼル姉さまは「あの勘違い野郎だけは絶対に駄目」と言っていましたが…。


「そうだ、君みたいな子が気に入りそうなとっておきの場所があるんだ。
 これから一緒に馬で遠乗りに行かないかい?」

「ふぅ…わかりました。
 よろしくお願いします、ミスタ・グラモン。」

嫌ですと繰り返し言いたい所ですが、イベントフラグ叩き折るわけにもいかないので、受けることにしたのです。


「愛しいケティ、僕の事はギーシュと呼んでくれたまえ。」

「ではギーシュ様、エスコートして下さいますか?」

いやしかし、薔薇くわえたままでよくもこんなにしっかりしゃべれますよね、彼。
腹話術の才能があるんじゃなかろうかと、彼を見ているとそんな事を考えてしまいます。


「…わぁ、綺麗。」

あまり期待していなかったのですが、彼が連れてきてくれたのは意外にも素敵な場所でした。
森の中にある小さな池なのですが、空の蒼と遠くの山が光で反射して映り、周りの緑と見事にマッチしています。
私の携帯があれば写真でも撮るところですが、残念ながら前世の体と一緒に怪物の腹の中でしょう。

「ギーシュ様が見つけたのですか?」

「残念ながら、見つけたのは僕ではなく友人だよ。
 でも、この風景を君もきっと気に入ってくれるだろうと考えたのは僕だけだ。」

相変わらず台詞が臭いですが、まあこの風景に免じて許してあげるのですよ。


そういえば、疑問な事がありました。

「ギーシュ様は、何故私を誘われたのですか?」

そう、ギーシュが何故私を誘ったのかという事。
私ではないケティはギーシュにアプローチをかけて遠乗りに誘ったようですが、私は一切そんな事をしていないのに、彼から声をかけてきてくれました。
それが不思議ではあったのです。

「君が、僕のことをじーっと見ていてくれたからさ。
 新入生歓迎パーティーのときからずっと、僕が近くを通りかかると、僕のことを見てくれていたよね。
 薔薇である僕としては、可憐なる蝶が僕に近づきたがっているのに近づけない状況をどうにかしたかったのさ。」

「知っていらっしゃったのですか?」

確かに私はギーシュが近づくたびに見ていました。
それは間違いありませんが、見ていたのは別に好きだからとかそういう事ではなく、単にイベントの相手だったからなだけなのですが。


…なるほど、そういう誤解があったのであれば、断ってもポジティブに解釈してしまうのも仕方の無い事かもしれないのです。
思い返してみればジゼル姉さまが言っていた台詞は…。

『あの勘違い野郎だけは絶対に駄目よ。
 それにね、あのギーシュはモンモランシーと付き合っているの。
 だから、もしもあいつがあなたに近づいてきたとしたら、二股かける気なんだと思っておきなさい。
 何度かそういうトラブル起こしている男なんだから。』

…ええと、ひょっとして私がギーシュをじっと見ていたのって周囲にもバレバレなのですか?

「…恥ずかしい。」

どうやってこの二股イベント起こそうかと彼を見ながら思い悩んでいた態度が、恋する乙女に見えたということでしょうか?



なんて事でしょう、結果オーライな感じもしますが、何という失敗。
恥ずかしいです、物凄く恥ずかし過ぎて、思わず頬を押さえて項垂れてしまいます。

「ああ恥らう君はまさしくこの森に住まう可憐な蝶、僕の心を捉えて離さない野に咲く一輪の花のようだ。
 ああもう僕は君を抱きしめずにいられない!」

ギーシュはそのまま私を包み込むように抱きしめました。

「ああああああの、ギーシュ様!?」

ええと、ここここういう場合はどうすれば?どうすればいいのでしょう?
確かに私の前世は男ですが、私の体は女性で、私の脳も女性なのです。
わかりやすく言うと、私は男の子に抱きしめられたらドキドキしてしまう女の子なのです、今は!


ただし今のドキドキは恋するドキドキというか、びっくり仰天しているドキドキですよ、その筈なのです。
どどどどどどうなっちゃうんですか私っ!?

「ああ君は暖かいし、とてもいい匂いがするよケティ。」

びっくり仰天して硬直している私をギーシュは抱きしめ続けます。
そそそそうですよね、男の子に誘われてこんなところに二人っきりになったんですから、このくらいの事態は起きて然るべきものですよね。


落ち着くのです、落ち着くのですよケティ。
こういうときは素数を数えて落ち着くのが一番なのです。
2、3、5、7、11…。
私がこの先生きのこるにはどうすれば?

「ああのあの、ギーシュ様、ちょっと苦しいです。」

「え?あ、ごめんよケティ、君があまりにも可愛らしいものだから、つい力が入り過ぎてしまった。」

何という失態、ああ何という…恥ずかしすぎて顔から火が出そうですよ。
頭もふらふらしてきました。

「ギーシュ様がいきなり抱きしめたりするから、恥ずかしくて頭がくらくらしてきました。」

「恥ずかしがる君はとても可憐だよケティ。
 もう一度君を抱きしめてもいいかい?」

神様仏様ブリミル様、私はこの先生きのこれるのでしょうか?
あ、そうだ、アレだ。
アレを忘れていました。

「ちょ、ちょっと待って下さいギーシュ様、実はお弁当を作って来たのです。」

「お弁当を僕の為に?
 嬉しいよケティ、君が作ったものならさぞかし美味しいだろう。」

学生食堂の厨房でマルトーさんに頼んで用意してもらった卵と食用油と酢でマヨネーズ作って、ハムやらベーコンやらを葉野菜と一緒に適当にパンに挟んで作ったサンドウィッチのようなものをバスケットにブチ込んで持って来ただけなのですが。
マーガリンが無かったので、パンの表面にはバターを軽く融かして塗っておきました。
マヨネーズ自作した以外は、学生時代によく作っていた弁当メニューなのですよ。
実家でも何回か作ったら、野良仕事に持って行くにはもってこいだとお父様たちに好評でした。
マルトーさんが珍しそうにしていましたが、実家秘伝のソースと郷土料理なんですと誤魔化しておきました。

弁当箱を開けてギーシュは一言。

「食器は何処かな?」

どう見ても貴族です、本当にありがとうございました。

「ええとですねギーシュ様、それは手づかみで食べる料理なのです。
 ラ・ロッタ領に伝わるサンドウィッチという郷土料理で、手づかみで、かぶりついて食べるのです。」

私はバスケットからサンドウィッチもどきを取り出して、かぶりついて見せました…が、男の頃と違って体のパーツが小さいので、ガブッではなくカプッといった感じでしたが。

「そうやって食べるのか
 珍しい料理だね、どれどれ…お、美味しい。
 何このソース、とっても美味しいよケティ。」

ふふふ、マヨネーズソースは無敵の調味料なのですよ。

「ギーシュ様、そんなに急いで食べなくても、まだありますよ?
 ワインも用意してきましたから、どうぞ。」

ワインが水よりも安い国があってたまるか、そう思っていた時期が私にもありました。
トリステインはガリアやゲルマニアから流れる川の終着点なので、井戸水以外は基本的に飲用に適しません。
その代わり、タルブなどのワインの名産地があるので、ワインの方が水よりも入手が容易いという状況が発生します。
結果、未成年もワイン飲みまくりなわけなのですよ、この国。
ちなみに私はスパークリングワインが好みですが、馬に乗って来る時に炭酸は危険なので、普通のワインにしました。



ただ、私はこの状況に酒持ってきた事を数分後に後悔する事になります。

「ケティ…僕は…僕はねぇ…君が欲しいんだ。」

ギーシュ、あなたは酒飲むと欲望が解放される人ですか、そうですか。
しかも、そんなにお酒に強くないんですね。

「ぎ、ギーシュ様、正気に戻ってください。」

ファーストキスどころか、貞操の危機なのですよ。
一難去ってまた一難ですか、どーすんですか、この状況は!?

「まずは君のその可憐な唇が欲しいなぁ、僕は。」

ギーシュの顔がどんどん迫ってくるわけですよ。
どうしましょう、一話目からこのぶっ飛んだ展開は!?

仕方が無い…こうなれば…。

「錬金!」

錬金の魔法で手につかんだバスケットを鉛に変えます。
火が専門とはいえこれくらいはできますよ、トライアングル舐めんな、なのです。

「意識を失えええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「へぷろっ!?」

そのまま迫ってくるギーシュの後頭部に一撃。
ギーシュは何とか昏倒してくれました…生きていますよね?


その後意識を失ったギーシュを馬に乗せて、学院まで運び、医務室に連れて行きました。
だって、でっかいタンコブが後頭部に出来ていて痛々しかったのですもの。



ま…まあ、色々とイレギュラーは起きましたが、何とかこれで決闘フラグの下地は揃いました。
後は召喚された才人に頑張ってもらうのみですね。



[7277] 第二話 貴族の矜持はそういう所で発揮しない方が良いのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:19
爆発しました
使い魔召喚の儀の翌日、教室が吹き飛びました


爆発するのは、不満とかもありますよね?
でもやつあたりは無様だと思うのですよ


爆発した後って、すっきりしますよね
でも、まだ不発弾は残っていたりするのですよ



自業自得とはいえ、酔っ払ったギーシュに押し倒されそうになってから数週間が経ちました。
彼は酔っ払った時の事も覚えているタイプらしく、私を見ると顔を真っ赤にして走り去っていきます。
女の子に慣れていると思っていたのですが、案外初心なんですね…いや、私も気まずいのは同じなのですが。



「ケティ、ケティ?」

昨日は春の使い魔召喚の儀式があったのです。
まあ昨日がその日とは知らずとも、あれだけ爆発音が学校中に響き渡れば自ずとわかりますけれども。

「貴方、またボーっとしているわね、ケティ。」

ジゼル姉さまが、私を半目で睨んでいます。

「ケティは時々ぽやーっと考え込むのよねえ。」

三年生のエトワール姉さまが、微笑みながら私を見ています。



「…で、何の話でしたか?」

「見なさい!
 この子が私の使い魔、バグベアーのアレンよ。」

姉さまの横にバグベアーがふわふわ浮かんでいます。
これが《このロリコンどもめが!》で有名な、バックベアード様の元ネタなのですか。

「可愛いでしょ、ね?可愛いでしょ?
 このつぶらな瞳といい、もさっとしたこのふもふももさもさ感といい、最高のバグベアーをあたしは当てたのよ!」

つぶらというには目がでかすぎますし、ちょっぴり血走ってますし、全身黒すぎてどう見ても不気味なのですが…まあ、ジゼル姉さまが気に入っているようですし、これはこれで良いのでしょう。



「まあ可愛い、私も触ってもいいかしら?
 あらあら、随分毛が柔らかいのねえ。」

…エトワール姉さまは物怖じするとかそういう感覚がない人ですから、気にしたら負けです。

「ほらほら、ケティも触ってみなさいな。」

エトワール姉さまに促されて触ってみましたが。

「これは、なんというもこもこ感。」

…確かに癖になりそうな手触りです。

「私のルナも連れてきたかったのだけれども、あのコ体が大きいから。」

ルナというのはエトワール姉さまの使い魔で、ロックと呼ばれる全長20メイル近くにもなる巨大な鳥なのです。
見た目はすごく大きくてカラフルなオウムに見えます。
もちろんオウムですから言葉の真似もします。
最近よく話すのは『ルナチャンカワイイ!』ですが、どう見ても可愛いというよりは怖いのです。



「ケティが召喚するのは、どんな使い魔になるのかしらねえ?」

「このこと同じ火のトライアングルのミス・ツェルプストーはサラマンダーを呼んでいたわね。
 変り種だと、平民の男の子を召喚したミス・ヴァリエールなんてのもいるけど。」

サイトはきっちり召喚されたようですね。

「平民なんて高等な生き物をよく呼べましたね。
 ミス・ヴァリエールはすごい方なのですね。」

「へ、なんで?
 平民ならそこらへんにいくらでもいるじゃない。」

ジゼル姉さまも平民が呼ばれた事の凄さに気づきませんか…。

「言葉を話せる召喚生物なんて、そういるものではないのです。
 韻竜などの高等幻獣くらいですよ、言葉を話せるだなんて。
 つまり会話が交わせるということは、とても高い知性を持った生き物だということなのですよ。
 それを召喚できたミス・ヴァリエールは凄いのですよ。」

「なるほど、そういう考え方もあるのねえ。」

エトワール姉さまは何でも受け入れすぎな気もします。

「むむむ…あのゼロのルイズが凄いとケティに評価されてる。
 私だってまだそんなこと言われたことないのに…ずるい。」

ジゼル姉さまみたいに受け入れた上で、対抗心燃やすのもどうかと思いますが。



「おおその香水は、もしやモンモランシーのものじゃないか?」

「そうだ!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のために調合している香水だぞ!」

おや、とうとう始まりましたか、二股イベント。
アップが必要かなと思い、軽く背伸びをします。


「そいつがギーシュ、お前のポケットから落ちてきたという事は、つまりお前は今モンモランシーと付き合っている、そうだな?」

「ち、違う!それは大いなる誤解だ!」

…あー、まあ、私と目が合いましたからね。
それは焦りますよね、うんうんわかります。
ギーシュを挟んで向かい側にはモンモランシーもいますしね。



「いいかい、彼女の名誉のために言っておくが僕は…ケ、ケティ!?」

「ギーシュ様、その香水があなたのポケットから落ちてきたと、今私は聞きましたが…事実ですか?」

顔を伏せて肩を震わせながら問い詰める、我ながら迫真の演技なのです。
恨まないでくださいね、貴方には原作どおり才人覚醒の為の礎となってもらいます。

「酷いですギーシュ様、私に森の中であんな事をしておいて、ミス・モンモランシとも付き合ってらっしゃったなんて!」

「…ギーシュ、どういうことかしら?」

…って、何でジゼル姉さまが私の肩に手を置きながら問い詰めに加わっているのでしょう?

「じ、ジゼル?」

ギーシュの声にものすごい焦りの色が…はて?

「あなた、去年も私とエトワール姉さまに二股かけようとしたんだけど、覚えているかしら?」

何…だと…?

「あらあら、ギーシュ君久しぶりねえ。」

エトワール姉さまの口調は変わらないのに、何か凄く黒いオーラを感じるのは何故なのでしょう?



「あたしにエトワール姉さま、そしてケティ。
 ラ・ロッタの女がそんなに好きかしら、ギーシュ?」

「確かにおっとりお姉さま系にお転婆系に天然系とジャンルに富んでいて良いなって気はするけど、いや違うそういうことではなく、僕は、僕はだねえ!」

本音が駄々漏れですよ、ギーシュ。
あと、天然系って私の事ですか?



「僕は何かしら、ギーシュ?」

ギーシュの背後に金髪縦ロールが迫ります。
ついに真打ち、モンモランシーが来たのですよ。

「モンモランシー!?
 違うんだ誤解なんだ誤解なんだよ大いなる誤解で誤解なんだ。
 遠乗りに行ったり酔っ払って押し倒したりしたけど未遂だったんだ誤解なんだよなあわかってくれよモンモランシー!」

どう見ても浮気です。
本当にありがとうございました。

「嘘つきいいいいぃぃぃぃぃぃぃっ!」

「ぶぺらば!」

ズドム!とかいう凄まじい音ともに、モンモランシーの掌底がギーシュの腹に突き刺さりました。
モンモランシーは、「く」の字に曲がったまま動かなくなったギーシュの横のテーブルにあった、ワインのビンを握ります。

「この、浮気ものおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」

「ばぺらっ!」

そしてそのまま振り上げてから一気に後頭部に振り下ろし、ギーシュを地面に叩きつけました。

「ふんっ!そこの三姉妹とせいぜい御幸せにっ!」

そのまま振り返りもせずに、彼女は立ち去っていきました。
惨殺死体を残して…。



「悪は滅びたわ…。
 あたしたち何もしていないけれども。」

「私たちも帰りましょうか、姉さまたち。」

これ以上攻撃を加えたら死んでしまいそうな気もしますし。

「今後ケティに手を出したら、焚刑に処すわよ、ギーシュ君。」

なんか、エトワール姉さまが怖い事を言っていますが、聞かない事にします。



「ではギーシュ様、ごきげんよう。」

問題はアレですね、果たして彼は決闘出来るのでしょうか?



《才人視点》
「…ええと、頭大丈夫か?」

モンモランシーとか呼ばれていた金髪縦ロールに見事なコンボ決められてダウンしたギーシュとかいうやつに、恐る恐る声をかけてみる。
俺が香水渡したのが原因だから流石に気まずいというか、浮気した奴が悪いには決まっているけど、やられ方が凄惨すぎた。


「ふっ…。」

そいつは緩慢な動きで立ち上がって、汚れた顔を拭い始めた。

「あのレディたちは、薔薇の存在の意味というものをまだ理解していなかったようだね。」

「そんな事より、足が生まれたての小鹿みたいにプルプル震えているけど、頭大丈夫か?」

薔薇がどうたらはどうでもいいが、あれだけの勢いでぶん殴られたら頭が心配になる。
血も出てるし。


「君が軽率にもあの瓶を拾い上げたりするからだろう。」

「いやまあ、確かにあんなになるとは思わなかったけど、それより頭大丈夫か?」

まさかなあ、あれだけの女の子を引っ掛けている男がいるとは思わなかったんだよ。
なかなかいるものじゃないだろ、常識的に考えて。


「君のせいでモンモランシーとケティだけではなく、ジゼルとエトワールの名誉にまで傷がついた。
 僕という薔薇に群がる蝶たちに恥をかかせたこの落とし前、いったいどうしてくれるのかね?」

「いやそれは、そんなしょっちゅう二股やる奴が悪いだろ。
 それよりも頭大丈夫か?」

なんか、結構出血しているんだが。


「そうだ、その平民の言うとおり!」

「お前が一番悪いというか、可愛い女の子を独り占めしようとするような奴は地獄に落ちろ。」

ですよねー…じゃなくて、友達が頭から血を出してふらついているんだから誰か助けてやれよ。

「良いかい給仕君、僕は君が香水の瓶をテーブルに置いたとき、知らない振りをしていたじゃあないか。
 話を合わせる機転ぐらい、利かしてくれたっていいだろうに。」

「ンな事知るか、俺は給仕じゃないし。
 そもそも二股なんか、こんな狭い場所でやっていたらたちどころにばれるっつーの、馬鹿かお前は?
 それはそれとして、頭大丈夫なのか?」

町から離れた生徒数百人の学校なんて、うわさが広まったらあっという間だろ、常識的に考えて。


「給仕ではない…?
 ああ君はゼロのルイズに召喚された平民か。
 平民に機転を望むのも無茶な話ではあるか…無駄な時間だったな、行きたまえ。」

「薔薇銜えながらしゃべるなんて間抜けな事している奴に、見下されるいわれはねーよ。
 気障なつもりなのかも知れないけど、傍から見てるとただの馬鹿だってことに気づけ、装飾過剰なんだよ、ボケ。
 あと、本当に頭大丈夫かお前、血がだくだく垂れてきているぞ?」

何かフラフラしているけど、本当に大丈夫かな、こいつ?


「…君は貴族への礼儀というものを知らないようだね。」

「あいにく俺の国の貴族制は半世紀以上前に廃止されたんでね、貴族への礼儀なんて知るわけねえよ。
 それよりも、頭大丈夫か、気が遠くなってきていないか?」

今思い切りよろけたんだが、早く医務室に連れて行った方が良いんじゃないだろうか?


「君のような無礼者には、貴族である僕が直々に礼儀というものを手ほどきしてあげなければ駄目だろう。」

そう言いながら、ギーシュは俺の顔に手袋を投げつけてきた。


「決闘だ!君に決闘を申し込む!」

「いやいいけど、その前に医務室行ってこいよ、な?」

決闘どころじゃねえだろ、その状況…。


「貴族の食卓を血で穢すわけにはいかない、ヴェストリの広場で待っているから、そこまで来給え。
 逃げたりしないようにな。」

「おう、わかったから、決闘でも何でも受けてやるから早く医務室行けよ。
 怖いんだよ今のその状態。
 そのヴェストリの広場で待っていてやるから、早く医務室に行ってくれ、お願いだから。」

顔真っ青なんだよ、気づけよ自分で!


「わかった、医務室には行ってやろう。
 逃げるんじゃないぞ、平民。」

今回の件でわかった事が今のところ一つある。
貴族のプライドってのは大事なんだなって事だ。
あんなぶっ倒れそうになりながらでかい態度続けるとか、マジあり得ねえと思う。
貴族だけには絶対になりたくないな。



[7277] 第三話 引き際は重要なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/25 15:10
決闘とは避け得ない男の矜持と矜持のぶつかり合いです
片方は戦意を削がれて見るからにやる気ゼロですが


決闘とは命を賭けた男同士のやり取りです
もう片方は怪我をふさいだものの、あまり動き回ったら命が尽きそうですが


決闘とはそういった男のサガが駆り立てて起こるべきものなのです
何がどう間違えたら、こんなにぐだぐだになるのですか





「待たせたな、平民!」

ヴェストリの広場でしばらく待っていると、青い顔したギーシュがやってきました。


「うお、マジで来たのかよ。
 なあ、本当にやるのか?」

はて?
才人は何があったのか、やる気ゼロです。


「さては怖気づいたのかね?」

「そんな青い顔で今にも死にそうな奴に堂々とされたら、怖気づきもするわ!
 なあ、体の調子本当に大丈夫なのか?
 何だったら延期したっていいんだぞ?
 どうせ俺暇だし。」

才人がギーシュを気遣っています…いやホント、予想外の反応です。
いったい何があったのでしょう?


「貴族とは、己の矜持にかけて引かぬ者をいうのだよ平民。
 僕は君に決闘を申し込んだのだ。
 その僕が決闘の相手である君に情けをかけられるなど、あってはならない事なのだよ。」

「そんな事言って、さっきはちゃんと医務室行ったじゃん。」

医務室行ってアレですか…実は放って行ったらまずい状態でしたか?
あそこで下手に助けようとすると、姉さま達が荒れそうなので見捨てたのですが。


「ぐっ、あ…あれは君が懇願するから行ってやったのだ。
 確かに傷をふさいで、水の秘薬を貯金全部はたいて買って造血処置施してもこんな感じだが、あの状態でも決闘は出来た!」

「そういうのは、普通無理っていうんじゃないか?
 意地張り過ぎだろ、こっちが良いって言っているんだからさ、ここは日を改めて…。」

才人のギーシュに向ける視線が生温かいのです。
決闘だというので集まったギャラリーにも、白けた空気が漂いつつあります。
でも才人が懇願したって、いったいどんな状態だったのでしょう?


「駄目だ、君は貴族である僕の矜持を傷つけたのだから、その落とし前は今日のうちに付けるのだ。」

「なあもう俺の負けって事で良いからさ、今日は止めようや。
 そんな体でこれ以上動いたら倒れるって、いやマジで。」

とうとう才人が負けでいいとか言いだしましたよ…。
あっるぇー、おっかしいですねー。
ここは怒りに燃える才人が絶対に引き下がらないって場面の筈なのですが。


「そうよギーシュ、こいつも負けで良いって言っているから、今日はそれで手打ちにしましょうよ。」

ピンクブロンドの華奢な美少女、ルイズも才人に同意なようで、ギーシュに手打ちを促しています。
横には黒髪のメイドさん、シエスタも居て、びくびくしながらもうんうんと頷いています。


「ええいうるさいうるさい!
 そんな勝利で僕の矜持が満たされるものか!
 諸君、決闘だ!」

ギーシュ、バラ型の杖を思いきり天に掲げましたけど、バランス崩してよろめきましたよね?
普通の人はその程度ではよろめく筈がありませんし、傷はふさいで造血処置はしたみたいですが、顔色が悪すぎなのです。


「ギーシュ様、大丈夫ですか?」

私の行為が原因で彼がこんな状態になったわけですし、せめて気遣わないと嫌悪感に押し潰されてしまいそうです。
火サスの事件現場みたいになっていましたからね、後頭部を鈍器で一撃って感じで。
思い返してみれば、ギーシュが何故即死しなかったのかが不思議なのです。
そこはモンモランシーの愛なのでしょうか?
随分過激な愛でしたが。


「ケティ…君は僕の裏切りを許してくれるのかい?
 ああ感激だよケティ、君の愛は山よりも高く海よりも深く僕を包み込んでくれるのだね。」

「いいえ、全く許す気はありません。
 ですが、痛々しいギーシュ様を見ていると、悲しい気持ちになってしまうのです。」

あ…落ち込んだ。
いやでも、ギーシュはモンモランシーと付き合うべきでしょう?
彼らの冒険に関わっていく気満々ではありますが、原作のカップルは原作通りくっつくべきだと思うのです。


「いや、いいんだ。
 僕を気遣ってくれる君の優しさが心に染みるよ。
 その心遣いこそが、まさしく宝石の如き輝きだよ、ケティ。」

「ギーシュ様…。」

弱っていても、臭いセリフ生成回路は正常稼働中なのですね。


「もう下がりたまえ、ケティ。
 僕には貴族として、やらねばならない事を成す義務があるのだ。」

八つ当たりはやらねばならない事でも、ましてや義務などでは決してないと思うのですよ、貴族的に考えて。
まあ、ギーシュが何がなんでも引き下がるつもりはないみたいですので、仕方がありません。
私の思惑とも合致するわけですし。
もしも彼が倒れたらモンモランシーに土下座でもなんでもして、看病してもらう事にしましょう。
なけなしのお小遣いを注ぎ込んで、水の秘薬を買ったっていいのです。


「平民、逃げずに居た事は褒めてやろうではないか。」

「俺は今すぐ帰って、飯食って屁ぇこいて寝たい気分だよ。」

駄目だこいつ、早く何とかしないと…。
ちょっと喝入れますか。


「ギーシュ様、少し待ってください。
 見たところ、この平民は貴族にとって決闘がどういうものであるのか理解していないようです。
 理解した上で決闘に挑むのではないのでは、フェアではないと思うのです。
 彼に決闘についての説明をさせてください。」

「へ?ああ…うむ、そうだね。
 説明してあげてくれると有り難いかな。」

ギーシュの同意が得られましたし、軽く締めましょう。


「では、ギーシュ様は少し下がって休んでいてください。
 貴方のお名前は?」

「平賀才人。
 そういうあんたは?」

知っていますけど初対面ですから一応名前を尋ねると、ぶっきらぼうな答えが返ってきました。


「私はケティ・ド・ラ・ロッタと申します、平賀才人様。」

「才人でいいよ、あと様付けもやめてくれ。
 女の子に様付けで呼ばせる趣味はないんだ。」

日本人なのに苗字ではなく、名前を呼ばせようというのもどうかと思いますよ?
女の子に名前で呼んでもらうのが夢だったんですね、わかります。


「では、才人と呼ばせていただきます。
 私のこともケティと呼んでいただいて結構ですよ。
 では早速ですが才人、決闘というものがどういうものであるかわかりますか?」

「要するに喧嘩だろ?」

実も蓋も無い意見、ありがとうございます。


「そうですね、喧嘩も決闘もやる事は同じです。
 ただ、貴族の決闘は一味違うのですよ。
 貴族は決闘ではコレを使います。」

「…杖?」

私がスカートのポケットから取り出した杖を見て、才人が首を傾げます。


「杖は魔法の発動体で、これで魔法を行使するわけですが、貴族の決闘ではこれを奪ったり破損すれば勝ちとなります。
 杖を奪われたり壊されたりすれば、魔法を使えませんからね。
 もしくは、決闘相手が降参すれば終わりです
 ルールはこれだけ、至って単純明快です。」

「そんだけ?」

まあ、ルール説明だけではピンと来ないでしょうから、魔法も見せておきましょうか。


「それだけですが、この決闘の際にはどんな魔法を使っても良い事になっています。
 …例えば。」

私が呪文を唱えると同時に、赤い炎が渦巻いて白いまぶしい光を放つ球体と化します。


「ファイヤーボール。」

私の放ったファイヤーボールは、広場の人が居ない所に突き刺さって爆発しました。
跡には半径2メイル近い穴が開いています。


「いいい、今のどこがファイヤーボールなのよ!?
 私の失敗魔法みたいに爆発したわよ、ボカンって!」

周りがポカーンとする中、ルイズが私に反論してきます。


「いいえ、ミス・ヴァリエール。
 高速回転を加えて収束率を上げただけで、今のは間違いなくファイヤーボールですよ。
 爆発したのはファイヤーボールではなく、ファイヤーボールが突き刺さった地面が蒸発膨張して、結果として爆発に至っただけです。
 灰が降ってきているでしょう?
 それは正確には灰ではなく、蒸発した土が冷えて再び固まったものです。」

私は大規模に燃やすような派手なものを新規開発するよりも、こういう小手先アレンジした魔法の方が好きです
今回の魔法は既存のファイヤーボールを改造して、広範囲を焼き払うよりも一点集中させ、それでも収束度が足りないから回転を加えて無理矢理でも収束度を上げたものです
範囲あたりの破壊力は派手なものよりも低いですし、直進しかしないので動き回るものには非常に当たりにくいのですが、直撃すればスクウェアメイジでも蒸発させられる自信はあります


「…とまあ、こんな感じで魔法を使って戦うわけですが、ご理解いただけましたか、才人?」

「ちょちょちょっと待て、俺はこんなもんをばんばん撃ってくる相手と戦うのか!?」

緊張感が出て来たようで何よりです。
顔を青くして涙目になっていますが、これくらいで丁度良いのです。
決闘をするにあたっての緊張感が足りませんでしたからね、才人は。



「あー…えーと、僕はこんな物騒かつ器用な攻撃は無理だから、安心してくれたまえ。
 そもそも彼女はドットの僕とは違って、より威力の高い魔法を行使できるトライアングルなのだよ。
 だからといって、必要以上に安心してもらっても困るがね。
 ワルキューレよ!」

そう言うと同時にギーシュの薔薇型の杖から花びらが落ち、そこから青銅製のワルキューレが出現しました。


「それがお前の魔法かよ。」

「その通り、僕の通り名は《青銅》、青銅のギーシュ!
 青銅のワルキューレが君のお相手仕る!」

やっと緊張感を持ってくれた才人がギーシュを睨みつけると、ギーシュも高らかに名乗りを上げました。


「ハ、とっとと来やがれ、その玩具がナンボのもんだっての!」

「吠えてろ平民、格の違いを教育してやる!」

才人がギーシュに走り寄って行こうとした所で、ワルキューレが素早く動いて才人の腹にパンチを叩き込みます。

「グハッ!」

才人は体を「く」の字に折ったまま、地面に倒れ伏しました。
青銅の塊が腹に直撃したのですから、普通のパンチの比ではないでしょう。
一発で既に目が虚ろですし。


「ははは平民、もう終わりかね?
 決闘はまだ始まったばかりだと言うのに。」

「ぐ…は…ほざきやがれバカ貴族。
 こちとら油断していただけだっての!」

見ているだけで痛くなってくる光景なのです。
必要な事とはいえ、こんな事態を発生させる必要があるのかと、そう考えてしまう自分の弱い心が嫌いなのです。


「ギーシュ!もうやめてギーシュ!」

「やめるも何も、君の使い魔との決闘は始まったばかりだし、彼の心も折れていない。
 どこにやめる理由があると言うのかね?」

やめる理由があるとすれば、この行為が単なる八つ当たりでしかないということなのでしょうね。
貴族の矜持を賭けるに値しません。


「そもそも学院内での決闘は厳禁な筈よ、ギーシュ!
 この決闘はそもそも学則違反でしょう、今すぐやめなさい!」

「禁止されているのは、飽く迄も貴族同士の決闘だけだ。
 学則には貴族と平民の決闘を禁止するなどとは一文字たりとも書かれていない、ましてや彼は使い魔だよ。
 君こそ学則をきちんと読みたまえ!」

まあ平民同士が決闘しようが、それが原因で死のうが学院は気にしないって事なんでしょうが、わざわざ貴族同士と書いておいたばっかりにこんな事になってしまったわけなのです。


「そんなの、今までそういう事例が起きていなかったからでしょう!?
 屁理屈捏ねていないで、とっととやめなさい!」

「やけに彼を庇うね、君は。
 おおそうか、これは愛なのか。
 ルイズ、君は彼の事が好きなのだね?」

ルイズの顔が面白いように真っ赤に変わって行きます。
恥ずかしがっているのではなく、激怒しているのですね、あれは。


「何であんたはいつも愛だの恋だのと、盛りの付いた犬みたいな事しか考えられないの、バカじゃないの!
 自分の使い魔が他のメイジにみすみす傷つけられるのを黙って見ていられるほど、私は薄情じゃないのよ!」

「誰が傷ついているって?
 こんなバカ貴族の玩具相手に怪我なんかするかっての。
 ふざけるな、俺は全然無傷だ。」

そう言いながら、ついていた膝を地面から離し、才人は立ち上がります。


「才人!やめて、立ち上がらないで!!」

「お、やっと俺の名前を読んでくれたか。
 ちょっとまってろご主人様、こいつブッ倒したらすぐ帰るから。」

ルイズは悲痛な声を上げますが、才人はニヤリと笑うとギーシュの方に向き直りました。
…しかし、随分男らしいですね、この才人。


「てめえらムカつくんだよ、どいつもこいつも威張りくさりやがって。
 魔法は確かに凄いけど、その程度の違いが何だってんだ。
 たかだか火を杖から出すだけ、たかだか青銅で等身大の玩具作っているだけじゃねえか。」

「フン、その玩具の力を体で思い知らせてやるよ平民。」

そう言ったギーシュのワルキューレが才人の顔を殴り、腹を殴り、胸を殴り、腕を殴り折りました。
殴られるたびに起き上がり、起き上がるたびに殴り倒される才人。
酷い光景ではありますが、この惨事を引き起こした張本人の私が眼を逸らすのは許される事ではありません。


「ぐぅ…あぁ…。」

「サイト!サイト!
 サイトもうやめて、もういいのよ!」

崩れ落ちるように倒れるサイトに、堪らなくなったのかルイズが駆け寄って行きます。


「へえ、泣いてんのお前?」

「泣いているわけなんか無いでしょ、私は泣かないって決めているんだから。
 あなた凄いわ、もういいのよもうやめましょう、私あなたみたいな凄い平民見たこと無いわよ。
 もういいから十分だから、もうやめて、お願いだから。
 あなたは私の使い魔なのよ、勝手な事して死にそうになって、何やってんのよ。」

ルイズの目からは涙が今にも零れ落ちそうですが、彼女はそれを必死に堪えています。


「そのお願いは聞けないぜ、ご主人様。
 今は引けない時で、引いちゃ駄目な時なんだ。
 何よりあのバカ貴族は無駄に態度がでかすぎる。
 ああいう奴の泣きっ面を拝むのが大好きなんだよ、俺。」

「莫迦ぁっ!何で立ち上がるのよ、お願いだから倒れていてよサイト!
 ギーシュももうやめてよ、私の使い魔を殺すつもりなの、あなたは!」

ルイズはサイトを立ち上がらせまいとしますが、華奢なルイズと才人では満身創痍とはいえ、才人のほうが上回ったようです。
これから起こる奇跡の為に、私は黙って彼らを傍観し続けます。


「彼を殺す気は無いよ、ルイズ。
 だが彼がいつまでも立ち向かってくるならば、そうなるかもしれない。
 …そうだな、その状態ではまともに向かってくる事も適わないだろうから、剣を用意してあげよう。
 それでも君の使い魔が適わないなら、僕の勝ちって事で引き上げるよ。」

そう言って、ギーシュは青銅の剣を作り上げてサイトの前に放り投げました。


「いい度胸だバカ貴族、その慢心が身を滅ぼすと知りやがれ!」

そう言った才人が剣をつかんだ途端、彼の手の甲のルーンが光るのを私は確認しました。


「…あれが、ガンダールヴですか。
 なんて出鱈目な力。」

途端にギーシュのワルキューレが真っ二つになって崩れ落ちたのです。
私の目には彼がどう動いたかすら把握できませんでした。


「な…まさか本気を隠していたとでも言うのかね!?
 ワルキューレよ!」

慌てて残り6体のワルキューレを作り出し包囲しようとしますが、それも一瞬にして切り裂かれました。
さすが伝説級の使い魔ですね、無茶苦茶にも程があります。


「な…な…なんなんだね、君はいったい…。」

「俺にもよくわからないが、俺の勝ちって事だろ。
 言っただろ、慢心が身を滅ぼすってな!」

鼻先に剣先を押し付けながら、才人はギーシュに告げます。


「俺の勝ちって事でいいな?」

「ああ、君の勝ちって事でいいよ。
 僕の切り札はもう無いからね。」

観念したようにギーシュは溜息を吐きました。


「ルイズ、勝ったぜ!」

「サイトあなた剣士だったの?
 あとどさくさ紛れで呼び捨てしないで。」

ルイズにサムズアップをするサイトですが、残念ながらトリステインにはそのようなジェスチャーはありませんので、多分彼女は意味を理解していないと思います。
あ…サムズアップしたまま才人が倒れた。

「サ、サイトおおおおおぉぉぉぉっ!?
 ははは早く水メイジ、ああああありったけ水メイジ呼んで来てっ!」

大慌てで、ルイズが水メイジを呼んでいます。


「ギーシュ様、お疲れ様でした。
 お体の加減は大丈夫ですか?」

「今すぐ眠りたい気分だけれどもね、大丈夫だよ。」

魔力を使い果たしたせいか、ギーシュの顔は蒼白通り越して土気色です。
そこに豪奢な金髪縦ロールがやって来ました。


「ギーシュ。」

「やあ、我が愛しのモンモランシー。
 今の汚れた僕では、君の美しさに対抗できないよ。
 もうすぐ僕は君の輝きに塗り潰され消えてしまうだろう。
 ところで、君に振られた哀れな僕に、何か用かい?」

この期に及んでも、臭い台詞生成回路は正常稼動なのですね。
まあ、それがギーシュなのでしょう。


「残念ながら他の水メイジはミス・ヴァリエールの使い魔の治療の為に出払ってしまったから見に来てあげたのだけれども。
 ミス・ロッタがいるなら私の出番は無さそうだから、あっちに行くわね。」

「ミス・モンモランシ、待ってください。
 私は火メイジですから、ギーシュ様を消し炭には出来ても治療は出来ません。
 ですから、私に出番は無いのですよ。」

それ以上に、それではギーシュとモンモランシーの仲が戻りそうにありません。
責任とって私がギーシュの恋人になるのも変な話ですし、折角のチャンスですから邪魔者は引っ込みましょう。


「出番の無い私は、引き下がるのみなのです。
 それではミス・モンモランシ、ギーシュ様とお幸せに。」

「なっ、ちょっと待ちなさい!?」

待ったりはしないのですよ。
なんだか胸がチクチクするのも気のせいなのです。



[7277] 第四話 思わぬ失態と収穫なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:22
色気は女の最大の武器らしいです
胸なんかそこそこあれば良いのです、巨乳が何だというのですか


色気が無いのは女やめているのと一緒らしいです
あまり練習していなくて怖いので、化粧っ気も少ない私です、放って置いてください


色気は恋によって磨かれていくものらしいです
どうせ、生まれ変わってからの初恋もまだなのですよ




決闘から数日たったある日の事、才人が女子寮廊下のわら束の上で毛布に包まって寝ていました
折れた腕や全身の傷は跡形も無く治っています
流石はヴァリエール公爵家、仕送りも貰える額がうちみたいな貧乏貴族とは段違いのようですね


「楽しいですか、才人?」

「楽しそうに見えるか?」

しゃがんで、しげしげと才人の状況を眺めてみます
藁束、薄い毛布、寒い石造りの廊下、鼻水たらしている才人と、心まで寒くなりそうな状況がこれでもかというくらい満載ですね


「ふむ…楽しそうというよりは寒そうですね。
 何かの罰でしょうか?」

「ああ、実は…」

才人はルイズが自分の藁束の中に忍び込んできた夢を見て、授業中に寝言を言った事と、それをネタにルイズをからかって怒らせた事を話してくれました


「…ちょっとからかっただけじゃねーか、何も廊下に叩き出さなくても。」

「それは叩き出されて当然なのですよ、才人。
 いくら普段鬱憤が溜まっていたからといって、女の子のプライドを傷つけるのはやりすぎなのです。
 貴族平民云々の問題ではなく、そんな事をされたら、どんな女の子も傷つきます。」

才人を半眼で睨んでみたら、才人が目をそらしたので、そちらに顔を移します
目をそらしたって事は、わかっているのですよね、やりすぎたって


「才人は謝罪するべきだと思うのですよ、人として。」

「ヤダね、誰が謝るかよあんな奴に。」

口を尖らせてつーんとそっぽを向きます


「小学生ですか、貴方は…」

「誰が小学生だよ!
 …って、何でケティが小学生なんて単語を知っているんだ?」

才人が藁束の上からガバッと起き上がりました
ああ、あんまりのしょうもなさについ口が滑ってしまいました
なんというアホな失態なのででしょうか


「ああ…いや…その、ですね、何と言いましょうか…。」

「あんた日本の事を知っているのか?
 この国に小学生なんて単語はないし、あんた今間違いなく日本語で《小学生》って言っただろ!
 そういや、俺の名前の呼び方も他の連中は訛っているのに、あんただけ普通に呼んでいるよな?」

ああもう、何でこんな時だけ急に鋭くなるのですか才人
私の正体を貴方に曝す気なんか、全く無かったというのに


「答えてくれケティ、あんたいったい…ん?」

キュルケの部屋のドアが開いています
使い魔のフレイムが何時の間にやらやってきていて、才人のパーカーの袖をくいくい引っ張っていました


「ほ、ほら、ミス・ツェルプストーが才人の事を呼んでいるみたいですよ?
 呼ばれているのですから早く行かないと、ほらほら。」

「おま、ちょ、ま!」

才人を引っ張りあげて、キュルケの部屋までグイグイ押します
この後起きるアクシデントで、全部忘れてくれる事を願うのみなのです


「それでは、ご・ゆっ・く・り!なのです~。」

「待てや、こら。」

扉が閉め切れそうになったところで、扉が開いて才人の腕がニュッと突き出され、そのまま部屋の中に引きずり込まれました


「レディに何という乱暴な真似をするのですか、貴方は。」

「そんなベタな逃げ切り方で、どうにかなると思うほうがおかしいっての。」

ああっ、才人から向けられる視線が痛いのです


「ようこそ、こちらへいらっしゃい。」

「ちょ、ちょっと、レディを引き摺るとは何事ですか。
 離してください、才人、才人ってば!」

私はキュルケに促されて彼女に近づいていく才人に、ずりずりと引き摺られて行きます
このシーン、ただでさえカオスなのに、私まで加わったらどれだけカオスになるのですかっ!


「あら?貴方はジゼルの妹のケティじゃない。
 そこで何をしているのかしら?」

「見ての通り、引き摺られているのです。」

キュルケも蝋燭の明かりで、やっと私の存在に気付いてくれたようです
あとは才人がキュルケの色香に惑わされてくれさえすれば、脱走は適うのですよ


「助けてください。
 具体的に言うと、才人を誘惑して私への関心を無くしてください。
 その格好から察するに、元々そういう流れなのでしょう?」

「あ…あのねえケティ、そういう事はもう少し遠まわしに言ってくれないと、ムードが作れないわよ?」

そんな余裕は既に無いのですよ
このまま才人に捕獲されたままではまずいのです


「火の情熱を掌るツェルプストーといえば、片手に女がぶら下がっていようが、その女がムードぶち壊しな事を言おうが、狙った男は絶対に篭絡するのが伝統でしょう。
 さあさあ私のような貧相な女には構わず、好きなようになさってください。
 そのでかい胸はその為にあるものなのでしょう。」

「いくらツェルプストーが火の情熱を掌っていても、片手に女の子ぶら下げた男を口説くのは無理よ!
 そもそも火メイジの家系というなら貴方だって同じだし、貴方は別にプロポーションだって悪くないじゃない。」

物欲は果てないのですよ、キュルケ
多少恵まれていようが、より恵まれている者を羨むのは仕方が無い事なのです


「当家の火は情熱ではなく、炭焼きとか野焼きとか、そういう田舎っぽい火なのです。」

「そうね、ルイズの姉の婚約者だったパーガンディ伯爵が婚約破棄後に娶ったのは、ジョセフィーヌ・ド・ラ・ロッタとかいう人だったけど。」

あー…まあ、そういう事もつい最近ありましたね
ラ・ヴァリエール家は火メイジの家系に呪われているのでしょうか?


「へえ、ルイズに姉ちゃんがいるのか?」

才人が話に乗ってきてくれました
チャンスなので、このまま話を逸らしてルイズが殴り込んで来るまで時間を稼ぎましょう


「ええ、ミス・ヴァリエールにはエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢という姉上がいらっしゃいます。
 この方の婚約者がいきなり婚約破棄されたあと、何故か娘の数には事欠かない当家から妻を娶りたいという話が来まして、ジョセフィーヌ姉さまがパーガンティ伯爵家に嫁いでいきました。
 大事な事だからもう一度言いますが、飽く迄も婚約が破棄されてからの結婚なのです。
 フォン・ツェルプストー家のように、ラ・ヴァリエール家の恋人を代々寝取っている家系ではないのですよ。」

「失礼ね、ツェルプストーだって別に寝取りたくて寝取っているんじゃないわ。
 ヴァリエールの人間の性格が代々きつ過ぎるから、皆耐えられなくなって逃げ出すってだけよ。
 ツェルプストーの情熱は暖炉の火の如く、ヴァリエールに傷つけられた人々の心を包み込んで癒してあげたのよ。」

その割には、結構強引に奪った話も多々聞くわけですが。


「こりゃあ面白い話を聞いたな。」

「才人、こういう醜聞をミス・ヴァリエールをからかうのに使っては駄目なのですよ?
 むしろ、絶対に使わないで下さい。
 もしもこのネタを彼女をからかうのに使ったりしたら…消し炭になるのを覚悟していただきます。」

反骨心の塊なのもいいですが、才人はもう少し自重したほうが良いのです


「キュルケ…待ち合わせの時間に君がいないから来てみれば…。
 おお、そこの可愛い子も一緒に来てくれるのかい?」

いつの間にか窓際に人がぷかぷか浮いていました
不満そうな声でしたが、私を確認した途端に一転して好色な視線を向けてきます


「吹き飛びなさい。」

下品な人は嫌いです
キュルケの蝋燭の火を10本ほどの矢に加工して、ぶつけてやりました


「へぷろっ!」

「えーと、今のはペリッソン…のように見えたけど?」

軽く焦げながら、名も知らぬその人は落下していきました


「キュルケ!今日は君とその可愛いコの二人で一緒にいてくれるのかい!?」

才人は見えていないのですか、そうですか


「下品な人は嫌いだと言っています!」

「ぺぱろに!」

次の下品な人には蝋燭の火を20本ほどの矢に加工して、一気にぶつけてやると、炎上しながら落下していきました


「ええと…今のはステックスだったかしら?」

「下品な人は下品な人です。
 個体識別なんか、どーでも良いのですよ。」

次にも誰か来たら、容赦はせずにブッ放したい気分なのですよ


『キュルケ、そ…』

「消し飛ぶのです!」

蝋燭の火から炎の矢を100本ほど生成して名も知らぬ三人にぶつけると、悲鳴も上げられずに落下していきました
彼らにはには炎の壁がぶつかってきたように見えたでしょう


「ええと、一瞬だったから自信ないけど、マニカンとエイジャックスとギムリだったかしらね?」

「ミス・ツェルプストー、いったい何人とお付き合いしていらっしゃるのですかっ!」

一巻のこんな細かい所まで覚えていませんでしたが、こんなにいましたか?


「貴方も知っての通り、ツェルプストーは情熱の家系ですもの。
 アレもほんの一部よ?」

「情熱もいいですが、アレでは面倒臭くありませんか?」

私は複数の男性と付き合うとか、とてもではありませんが無理です
趣味や魔法の練習の時間も削られますし


「ツェルプストーの情熱は、求めるもの全てに等しく分け与えられるのよ。」

「理解不能なのです…。」

個人の趣味ですから置いておくとして、疲れないのでしょうか?
魔法の練習で連日倒れていた私が言う事でもありませんが


「ツェルプストォォォォォォォォォォォッ!」

「うぉ、何をするんだキュルケ!」

ドアが物凄い勢いで蹴り開けられ、ルイズが立っていました
隣を見ると、キュルケが才人を抱きしめています
おちょくる気満々ですね、わかります


「ヴァリエール、今は取り込み中よ?」

ルイズを横目で見てくすっと笑い、すぐに才人に視線を移してキスしようとしています
いやいや、私がいますから…って、キュルケが目でサインを送っています
ああ、今のうちに逃げろって事ですね


「誰に断って私の使い魔に手を出してんのよツェルプストー!」

「それではミス・ツェルプストー、ごきげんよう。」

怒りで才人とキュルケしか見えていないルイズの横を通り過ぎて、私はキュルケの部屋をあとにしました

なにやら言い争いが起きていますが、ここは一旦退散させてもらうのです







「ケティ!ケティ起きてる?」

翌朝、ドンドンというドアを叩く音で目が覚めました


「誰なのですか、虚無の曜日は一日中寝ているのが一番なのに。」

眠い目を擦りつつ、ドアを開けるとジゼル姉さまが立っていました


「王都にクックベリーパイを食べに行くわよ!」

「間に合っているのです。」

バタンとドアを閉めました


「ちょ、ちょっとケティ!いきなりドアを閉めないでよ!
 エトワール姉さまはデートに出かけてしまったし、クラスメイトも既に出かけてしまっていないのよ。
 私一人でお店でお菓子食べるとか、寂しすぎるじゃない。」

すぐさまドアを開きなおして、ジゼル姉さまが訴えてきます
姉さまの背後にいるバグベアーのアレンも血走った目で訴えてきますが、怖いから止めてください


「ジゼル姉さま、私は塩辛いものとお酒が好きなのです。
 お菓子も嫌いじゃありませんが、わざわざ馬で遠乗りしてまで食べに行きたくなるものでは無いのですよ。」

「お酒と塩辛いものが出る店で奢ってあげるからさ、ね?」

そこまでしてあの甘酸っぱいお菓子を食べたいのですか、ジゼル姉さま。
ちなみに私の味覚的嗜好は前世とあまり変わりはないのですよね
甘いものが好きではなかった前世に比べれば、割と好きな部類に入るようになったのが違いといえば違いなのです


「…まあ、そこまで言われるのであれば。
 着替えますから、その間に馬の準備をお願いできますか?」

「わかったわ、早く来てね!」

化粧っ気があまり無いとはいえ、私も女の子ですから、それなりに身支度に時間はかかるのですよ、姉さま




「お待たせしました、姉さま。」

制服は楽でいいです
適度におしゃれで、何も考えなくても良いところが
実家でも普段は皆野良着でしたし、着物は楽なほうが良いのですよ
ちなみに用意してあったのは、馬ではなく2頭だての驢馬車でした


「驢馬…。」

「驢馬しかいないって言われたのよ…。」

最初から駄目駄目な雰囲気なのは何故でしょう?





「…驢馬でも意外と早いものね。」

「エトワール姉さまがいれば、ルナに乗ってひとっ飛びなのですけれどもね。」

三時間半かかりましたが、何とか王都につきました
帰ったら夜中になりますね、これは…


「さあ、クックベリーパイ食べに行くわよ!」

「はい、姉さま。」

姉さまたちといつも行く店に入ると、キュルケとタバサがいました
テーブルには甘いものを売る店には不似合いな、包装されたでかい剣が立てかけられています


「あら、ジゼルにケティじゃない。
 こっち来ない?」

「あ、キュルケとタバサ、王都に来ていたの…と、そのでかい剣は何?」

ジゼル姉さまが二人に声をかけたあと、不思議そうに尋ねます


「ああこれ?これはダーリンの為に買ったのよ!」

「ダーリンって、特定の彼氏でも出来たの?」

ジゼル姉さまが不思議そうに尋ねます
キュルケに不特定の彼氏がいるのは、既に公然と知れ渡っているのですよね


「ヴァリエールの使い魔の大活躍見たでしょ?
 彼の大活躍に心が震えたのよ、この心の震えこそまさに恋だわ。
 そして恋の情熱に身を任せるのがツェルプストーの流儀なのよ。
 そういえばケティ、昨夜ダーリンと一緒に私の部屋に入ってきたけれども、廊下でいったい何をしていたの?」

「昨夜はご迷惑をおかけしました。
 才人はあの廊下で寝ている所をたまたま見つけただけなのですよ。
 何故廊下で寝ているのかと話を聞いたら、ミス・ヴァリエールをからかい過ぎた結果ああなったのだといったので、彼のためにも少し諌めていました。」

才人はあのどさくさで、私への疑念を忘れてくれたでしょうか?
忘れていてくれると良いのですが。


「店員さん、こちらにもクックベリーパイを二つお願いできるかしら?
 あと香草茶(ハーブティー)もお願いね。」

私達が話すのを尻目に、ジゼル姉さまは既に注文を始めてしまっています


「…なんという色気より食い気。」

私が言うのもなんですが、ジゼル姉さまは結婚できるのでしょうか?


「ケティ、なんか視線に失礼なものを感じたのだけれども。」

「気のせいですよ、あと今日はお酒と塩辛いものは諦めましょう。
 もう既に日が傾き始めていますから、もう一軒行ってから驢馬車なんかで帰ったら、明日の早朝になってしまいます。」

エトワール姉さまがいれば一時間弱で往復できる距離なので、お酒と塩辛いものはまたの機会にしましょう


「へえ、もう一軒行く予定だったの?」

「ええ、いつも行っている店ですけど…お二人は行った事は無いかと思われます。
 基本的に平民向けの店ですので。」
 
うちは貧乏ですから、あまり高い店で飲み食いできないのですよ…
貴族ですから、流石に場末の安酒場にはいけませんが


「店の名前は?」

「星降る夜の一夜亭といいます。
 お酒も料理もそこそこですが、ハシバミ草を様々な料理方で美味しくできるというちょっと変わったところが…。」

そこでクックベリーパイの6皿目を平らげたタバサが、頭を上げてこちらを見ました


「私もそこに行きたい。」

「ええと、驢馬車だと帰りが遅くなるので、今日は諦めてここで食べ終わったら帰ろうかと思っているのですが。」

そういえば、タバサはハシバミ草が大好物でしたよね
私もサラダは駄目ですが、あの店のハシバミ草料理は好きです
苦味と塩辛さのマッチがなんとも言えず…ジュル


「シルフィードに乗せてあげる。」

「あなた、本当にハシバミ草が好きよね。」

少し呆れたような口調でキュルケがタバサに話しかけています
そこまでしてハシバミ草を食べたいのですか、タバサ
驢馬車は置き去りになりますが…まあ、後で学院の使用人に話しをしておけば何とかなりますよね


「わかりました、では一緒に行きましょう。」

「ありがとう。」

タバサの感情は瞳の中に出るのですね
滅茶苦茶わかりにくいですが、目が輝いています


「いえいえ、ミス・タバサもシルフィードの件宜しくお願いします。」

でないと帰れませんからね



『かんぱーい!』

木製のジョッキに並々と注がれたビールを高らかと掲げて酒宴の開始です
テーブルにはハシバミ草の料理ばかりがぎっしりと、全部頼んだのはタバサです
彼女はビールには手をつけず、ひたすらハシバミ草の料理を口に運び続けています


「美味しいですか、ミス・タバサ。」

「ん。」

タバサはまさに一心不乱といった感じです
年上に言うのも変ですが、何というか小動物の食事みたいでとても微笑ましい風景です
ああ…なんて、なんて可愛い生き物なのでしょうか


「ミス・タバサ、ここのレシピであれば、幾つか教えてもらったものがあるのです。
 事前に仰っていただければ、学院でもいくつか作れますよ?」

「今度お願いする。」

ああ可愛い、可愛すぎます
これが萌えというものなのですね

来た時はどうなるかと思いましたが、思わぬ収穫でした
ああそれにしても、可愛い…



[7277] 第五話 人を呪わば穴二つなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/04/13 23:59
ドツボというものは思わぬところにあるものです
己の所業は巡り巡って最悪の時にこそ返ってくるものです

ドツボに嵌ったらもう手も足も出ません
今回の情けなさを私は一生忘れないでしょう

ドツボから脱出するには誰かの手を借りなければいけません
自分では絶対に脱出できないものなのです





「ダーリン、ダーリン、貴方の愛しいキュルケが来たわよ、ドアを開けて。」

「煩い!この万年発情期女!
 とっとと自分の部屋に帰って一人で盛ってなさい!」

ルイズの部屋の前で、キュルケがノックしていますが、案の定ドアは開きません。
キュルケたちになんとなくついてきたら、案の定ルイズの部屋の前でした。
ジゼル姉さまは私とは既に別れて帰っています。


「アンロック。」

アンロックの使用は学則で禁止されているのですが…そんな事をキュルケに言っても無駄ですか、そうですか。


「私の愛と情熱の前に、鍵など存在しないわ!
 さあダーリン、私の愛を受け取ってもらいに来たわよ。」

「いきなりアンロックとか何考えてんのよ、この万年はつじょ…うゎきゃ!」

キュルケを止めようとしたルイズでしたが、顔がキュルケの胸の谷間に埋まってしまうだけでした。


「ムー!モガモガ!」

「あらヴァリエール、何をやっているの?」

キュルケの胸の谷間でもがいているルイズをキュルケは不思議そうに眺めています。


「ぷは!私が止めているのにあんたが気にせず進んでくるから、あんたのその不愉快な塊に埋まっちゃったのよ!」

少し苦しかったようで、ルイズの顔が真っ赤になっています。


「あら災難だったわね、ヴァリエール。
 そんなことよりもダーリン、愛しい貴方にプレゼントよ!」

「なななっ、その剣は!?」

キュルケが包装を解いて取り出したのは、装飾過多な大剣です。


「これこそはゲルマニアの錬金の名手、シュペー卿が作った…。」

「…あ、これは式典儀礼用の装飾宝剣なのですね。」

ぴたっと、キュルケの動きが止まりました。


「…し、式典儀礼用の装飾宝剣?」

「はい、基本的には我々貴族が、大きな式典などで使う装飾宝杖と一緒のものなのです。
 装飾宝杖を実用する杖として使用する人が滅多に居ないように、式典の権威付けなどに使うのですから、剣としての性能は大抵二の次三の次になっているのです。
 たぶん平民中心の傭兵団などが、団の権威付けとして飾りに使うものではないでしょうか?
 そもそも、このような宝石やら金細工やら螺鈿やらがごちゃごちゃと貼り付けられた剣で戦いにおもむく人は、あまりいないと思うのですよ。」

まあメイジは剣は完全に門外漢ですから、知らなくて当たり前なのですが、キュルケには少し可哀想な事をしてしまったかもしれません。


「つまり、この剣は見掛けだけ立派なガラクタだってこと?」

「いいえ、本当にシュペー卿の作であれば、剣としての実用にも耐え得るでしょう。
 ただし、実用品とするならば装飾は全部剥がした方が良いと思われるのです。」

螺鈿に使われている貝くらいならとにかく、戦闘中に金細工や宝石が剥がれ落ちていったりしたら、物凄く勿体無いのです。

 
「ぎゃははは!言うじゃねえか娘っ子、気に入ったぜ。
 その通り、剣は斬ってなんぼ、頑丈でなんぼだ。
 飾りがついたチャラチャラした剣なんかで戦えるわけがねえ。」

ルイズの部屋に立てかけてある剣が、いきなりしゃべり始めました。
あれがデルフリンガーなのですか。


「あなたはインテリジェンスソードなのですか?」

「おう、インテリジェンスソードのデルフリンガー様だ、よく覚えておけ!」

デルフリンガーの鍔がカチャカチャ動き、声を発します。


「デルフリンガーというのですね、今後ともよしなに。
 ちなみに装飾云々言っていましたが、喋るなんて宝石よりも無駄機能なのです。
 喋ったからといって、切れ味が上がるわけでも頑丈になるわけでもないのですよ。」

「がーん、がーん、がーん…。
 俺様の存在が、無駄…無駄…無駄…。」

アイデンティティーを否定されたデルフリンガーは、そのまま静かになりました。


「うわ、ひでえ…。」

「あなた鬼ね、ケティ…。」

何故か才人とキュルケから非難の視線が。
まあ、投げっぱなしも可哀想ですから、フォローはしておきますか。


「まあ、インテリジェンスソードは大抵色々な魔法が付与されていますから、インテリジェンスソードに与えられた機能はその取扱説明書みたいなものなのです。
 孤独な夜の話し相手にもなってくれますし、まったくの無駄かといえばそうでないような気もするのです。」

「え?この剣魔法が付与されているの?
 ひょっとしてすごい当たりを引いたのかしら!」

ルイズが目を輝かせ始めます。


「はい、おそらくは2種類以上の魔法が付与されているものと思われるのです。」

「わわ凄い!ねえデルフリンガー、あなた何か特殊な機能はあるのかしら?」

おお、ルイズの瞳がきらきらしていますね、これでキュルケの鼻っ柱をへし折ろうとしているのでしょうか?


「おう良く聞いてくれた!そうよ、その通りよ、俺の機能は無駄なんかじゃねえ!
 やいそこの娘っ子、さっきは散々な事言ってくれやがったな!
 俺はすげえんだよく聞きやがれ!俺は…俺はな…お…れ…は…?」

「おれはなに?どういう機能があるの!?」

ああルイズ、今のあなたは最高に輝いていますよ。


「すまん…忘れちまった。」

『ズコーッ!』

私以外の皆が、盛大にずっこけました。
タバサも本を読んだ体勢のまま、床に倒れています。
本読みながらもこっそり聞いていたのですね、ああなんてラブリー。


「ああああああんたね、わわわわ忘れたですって、わわ忘れたですって!
 せせ説明書の癖に、せせせ説明書の癖に忘れたですって!?
 ふふふふざけんじゃないわよこの駄剣!駄剣!駄剣!駄剣!!
 何なのよこの無駄機能!」

「ま、待て娘っ子、忘れているだけで思い出すから、何とか頑張って思い出すから蹴らないで踏んづけないで、ぎゃー!」

ルイズが物凄い形相で、デルフリンガーを何度も何度も踏みつけています。


「まあまあ、落ち着いてくださいミス・ヴァリエール。
 デルフリンガーも必死に思い出そうとするでしょうから、そのうちこの剣の機能は見つかると思われるのですよ。」

「嫌よ、せっかく機能があるのに使えないなんて、そんなの宝の持ち腐れじゃない。
 ケティだった?あんた剣に詳しいみたいだけど、何か良い考えは無いの?」

このままだと本当に壊されそうなのでルイズを止めたら、思わぬ事を聞かれてしまいました。
私の不用意な一言で才人がどちらの剣を選ぶかのイベントが無くなってしまったので、まあ渡りに船ではあるのです。


「…そうですね、この手の魔剣には結構な確率で魔法を無効化する機能が備わっているのです。
 本来こういうものはメイジ殺しが持つべきものなのですから。」

平民出身の傭兵の中には、己の技量のみでメイジに効し得る『メイジ殺し』と呼ばれる人達が居ます。
そういう人達の中にはメイジの魔法を無効化する魔法が付与された武具を身に纏っている人も少なくないそうなのです。


「それはすばらしいわ、ぜひとも試してみなくちゃ。」

「そのボロ剣がねぇ…。」

デルフリンガーを抱えて目を輝かせるルイズを、キュルケが当惑した表情で見つめています。


「部屋の中で攻撃魔法を使うのは流石に危ないですから、外で実験してみるのですよ。」

「あら、それは名案ね。」

ルイズは笑顔で満足そうに頷いたのでした。





「ほ、本当にやるのか?」

本塔に吊るされたデルフリンガーが強張った声で聞いてきます。


「もちろんやるのですよ。
 それとも、ミス・ヴァリエールに蹴り壊されたいのですか?」

「どっちも嫌ってのは駄目か?」

ちなみに私はレビテーションで浮きながら、彼(?)を紐で釣り下げている最中なのです。


「あなたはミス・ヴァリエールの所有物ですから、そもそも選択権など無いのですよ。
 彼女の決定に従い、己の運命を黙って受け入れるのみなのです。」

「な…なんてこった、こんなに己の身が動けない剣であることを呪った事はねえぜ…。」

デルフリンガーは観念したのか、落ち込んだ声でボヤいています


「始祖プリミルに祈っておいてあげます。
 死後もあなたの魂が安らかでありますよう…。」

「何それ、おれ死ぬの!?死ぬ事前提なの!?」

おお、元気になったのです。


「冗談ですよ、たぶん大丈夫です、たぶん。
 あなたはたぶん魔法無効化能力を持っていますよ、たぶん。
 持っていなかったら私かミス・ツェルプストーの炎で跡形も無く溶けますが、たぶんあなたなら大丈夫です、たぶん。」

「滅茶苦茶『たぶん』を多用していませんか?
 何でおれから目を逸らすのですか?
 ぜんっぜんおれが大丈夫だと思っていねえなコンチクショー!」

まあデルフリンガーで遊ぶのはこれくらいにしておきましょう。


「では、頑張ってくださいね。」

「何を頑張れってんだ、どう頑張れってんだ、おれはただ吊るされているだけじゃねえか!
 畜生、もしも死んだら呪ってやる、化けて出てやるからな!」

さて、デルフリンガーには早めに覚醒してもらうとしますか。


「さあ、ちゃちゃっとやってしまいましょう。
 もう夜も遅いですし、私も早く寝たいのです。
 ではミス・ツェルプストー、間違えて宝剣を買ってしまった遣る瀬無さをあの剣に思う存分ぶつけてやってください。」

「やめろー!やめてくれぇ!おれはまだ死にたくねえよぉ!」

何という処刑シーン。
彼を吊るした私は、どう見ても悪役なのですね。


「あ…アレにファイヤーボールぶつけるの?」

「ええ、ご存分にどうぞ。」

キュルケの顔が引きつっています、ぶっちゃけ青いのです。
まあ嫌ですよね、いくら剣でも生理的な拒否感は出るのですよね、あんなのに魔法ぶつけるのは。


「ミス・ロッタ、あの剣に魔法無効化能力があると仮定したのはあなたでしょう?
 あなたが試すべきだとは思わなくて?」

「ヴァリエールの宿敵たるツェルプストーこそ、あの剣に魔法を放つのにふさわしいと思ったのですが。
 まあ、そうおっしゃられるのであれば、私がやります。」

今回は普通のファイヤーボールにするのです。
アレンジしてもしょうがありませんし。


「ファイヤーボール!」

「な、大きい!」

ただし、ファイヤーボールの容量に詰め込めるだけの魔力を詰め込んだ特大ですが。


「受けるのです、これが私の全力全開なのですよ!」

「ぎゃああああぁぁぁぁ!お助けええええぇぇぇぇぇっ!」

ファイヤーボールはデルフリンガーに向かって真っ直ぐ飛んで行き、ついに直撃しました。


「たっ、助けてくれええぇぇ…え?あれ?」

デルフリンガーに当たった途端にファイヤーボールは小さくなっていき、代わりにデルフリンガーのサビサビの刀身から錆が抜け、見事な白銀の輝きを放つようになりました。


「お…おおおおおお?
 思い出したぜ、そういやあんまりにもつまらねえ事にばかり使われるから、錆びて相手にされないようにしていたんだった!
 それと俺の能力は魔法無効化じゃねえ、魔法吸収だ!」

デルフリンガーの喜びの声が響き渡ります。


「どうやら魔法を吸収して自らの力に変える魔剣のようですね。
 もう少し魔法を吸収させてやれば、もっと機能が回復するかもしれないのです。
 ミス・ツェルプストー、お願いで…ん?なんですか、ミス・ヴァリエール?」

「はい!はい!私もデルフリンガーに魔法ぶつける!」

なんか、滅茶苦茶張り切っています、ルイズ。
もう少し後に頼もうと思っていましたが、デルフリンガーも元の姿に戻りましたし、このくらいでもかまいませんか。


「そうですね、持ち主であるミス・ヴァリエールが魔力を与える方がここは良いですね。
 では、ご存分にどうぞなのです。」

「うん、存分にやるわよ。
 ファイヤーボール!」

大爆発しました、しかもデルフリンガーのいるあたりにピンポイントで。


「やった、大当たり!」

しかし、爆発の煙が消えた後、そこにデルフリンガーの姿はありませんでした。


「…ヴァリエールの魔法で吹き飛んだかしら?」

「え?嘘、そんなまさか、あの剣魔法を吸収するんでしょ?」

まあ、固定化を無効化できる虚無魔法ですから、直撃したら消し飛ぶでしょうね。


「…デルフリンガー、惜しい剣を亡くしました。」

「そ、そんなぁ…。」

ルイズはヘナヘナとへたり込みます。
私もへたり込みたい気分です…まさかルイズの魔法が直撃するなんてラッキーショットがこんな時に起きるだなんて。


「あの剣、吹き飛んじまったのか?」

「おそらくは跡形もな…」

その時、頭上から風切り音が聞こえたかと思うと、私の目の前数サントにデルフリンガーが突き刺さっていました。


「ぅきゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「うぉ、ケティ何を!」

思わず隣に来ていた才人に思い切り抱きついてしまいました。


「勝手に殺すんじゃねえ!
 おれは不死身だ!」

「なっなっなななななななな…。」

何という所に落ちてくるのですかと言おうにも、驚愕で舌が麻痺して喋れません。


「ちょっとケティ、ダーリンから離れなさいよ。」

「こっここここここここ。」

腰が抜けて才人に抱きついていないと立っていられないのですと言おうにも、舌が麻痺して声帯が引きつった状況では無理なのです。


「うお、ケティって結構でかい?」

「さささささささささささささっ!」

才人の鼻の下が伸び始めていますが、抗議しようにも口が動かないのです。


「こらーっ!ケティ離れなさい、離れなさいってば!」

「むむむむむむむむむっ!」

無理ですミス・ヴァリエールと言おうにも、発音すらままなりません。
ルイズに制服を思いきり引っ張られますが、離れたくても離れられないのをわかってください!
ああっ、キュルケまで加わってきました。
これは罰ですか、デルフリンガーをおちょくり過ぎた罰なのですか!?



「離れな…何?」

私達の背後に巨大な人影が現れました。


「ゴーレム。
 しかも物凄く大きい。」

「いったいなに?何なのよアレ!」

こんな時にフーケのゴーレムですかっ!
腰は抜けたままですし、腕を離して才人を自由にしようかと思ったら…。


「ななななななななな!(何で離れないのですかっ!)」

腕も硬直してるうううぅぅぅぅ!?
このままじゃあ、才人ごと踏んづけられてしまいます。


「離しなさいケティ、ふざけている場合じゃないってばっ!」

「ふふふふふふふふふっ!(ふざけてなどいませんっ!)」

キュルケとルイズが私の腕を引き剥がそうとするのですが、全く動く気配すらありません。


「ルイズ、タバサ!ダーリンとケティを何とか動かすわよ…って、タバサ?」

タバサがいない…と思ったら、タバサが乗ったシルフィードが急降下してきて、私達の前に降り立ちました。


「乗って。」

「乗ってって、ダーリンとケティはどうするのよタバサ。」

私達は置き去りですか?


「大丈夫、何とかする。
 だから二人とも早く。」

ルイズとキュルケがシルフィードの背に乗った途端にシルフィードが飛び立ちました。


「ちょっと待て、俺たち置き去りかよ、おーい!
 いやまあ、こんな死に方なら幸せかもしれないけどさ。
 ケティは柔らかいなぁ…。」

「ええええええええっちなななな!」

才人、無事に帰れたら制裁です。
断じて制裁するのです!

そんなアホな事をしている間にもゴーレムはどんどん近づいてきます。


「ああここで俺の人生も終わりか…そういえば、俺のキスって、ルイズとの契約でしたのだけだよな。
 もう一度女の子とキスしたいな、そう思わないか、ケティ?」

「おおおもおおもおおおもおおおもおおもっ!」

思いません、全く、これっぽっちも、欠片も思わないのですよ!


「んー…。」

才人の唇が、唇がどんどん近づいて…急に重力から解き放たれました。


「おわぁっ!なんだこれ!」

「ししるしるししるしるふぃーど!」

い、いろんな意味で危機一髪な状況は去ったのです
。命とファーストキスの両方の危機が、危機が去りました…。


「なんて大きいゴーレムなのかしら…。
 あ、本塔が!」

「いったい何をするつもりなの!?」

ゴーレムがルイズの傷つけた跡を思いきり殴りつけると、本塔の壁が崩壊しました
本塔の中の宝物庫を破壊し、ローブ姿のフーケが破壊の杖を持ち去っていくのが見えます。




ゴーレムは学院から悠々と立ち去り、暫くすると崩れて消えました…。


「ささ才人。」

体の硬直がやっと解けて来ました。


「お、ケティ、やっと話せるようになったのか。」

「よよくも、よくもすす好き放題にやってくくれたものなのです。」

制裁です…制裁なのですよ。


「わ、私も体が硬直して貴方にめ、迷惑がかかった事は、しゃ、謝罪します。」

「いや、ホント死ぬかと思ったよな、あはははは…は?」

何を暢気に笑っていやがりますか?


「身動きが出来ない私が喋れないのを良い事に、キスまでしようとしましたね?」

「えーと、ひょっとして怒ってる?」

ようやっと気付きましたか、この唐変木。


「これで怒らなかったとしたら、私はロマリアで列聖されるでしょう。
 降りたら、制裁です。」

「ひぃ!?」

このあと彼がどうなったのか、それは想像にお任せするのですよ。



[7277] 第六話 決戦に挑むは後の勇者たちなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2014/05/14 22:52
犯罪者は何時の世もいます
人は手っ取り早く稼ぎたいという誘惑に、なかなか勝てないものなのかもしれません


犯罪者は狡猾です
ですから、細心の注意を払って、相対しなければいけません


犯罪者は捕縛され裁かれるべきです
たとえどのような複雑な事情があれども、なのです




「ミセス・シュヴルーズ、昨夜の当直は貴方だったそうですが、あの時何をしていたのですかな?」

「申し訳ありません。
 昨晩は執筆の神様が降ってきて夢中で…。」

ミセス・シュヴルーズが、教師たちに囲まれてしょぼーんと縮んでいます。
ちなみに実は彼女は土のスクウェアメイジという、とんでもない人物です。もしも当直していれば、ゴーレムを作って対抗は出来たかも知れません。
けれども、そんな事したら巨大ゴーレム同士のガチバトル、まさに怪獣大戦争状態になってしまうのです。
そんな事になれば学園の施設に甚大な被害が出ていた事は間違いありませんから、むしろ居ないで大正解なのですよ。


「確かに貴方の魔法概論の著述は素晴らしいが、仕事を疎かにして貰っては困りますな。
 だいたい…。」

そう言っているのはミスタ・ギトー
一年生唯一のトライアングルだった私を『風が最強であることの証明をしてあげよう、撃ってきなさい。』とか名指してきたので、貫通力と直進性を最大限まで引き上げたファイヤーボールのアレンジ魔法で風の結界を撃ち抜いて派手に燃やしてあげたのも良い思い出なのです。
スクウェアでも格下を舐めると酷い目に会うという良い教材になりましたから、あれはあれで良い授業となりましたが…あれ以来、先生は私と目を合わせてくれません。
『そこまで跡形もなくアレンジしたなら、発動ワードを変えないと卑怯者のそしりを受けますよ?』とか、コルベール先生にも怒られました。
全力でやれと言うから本気でやったのに、酷いのです…。



「もうそれくらいでいいじゃろう、ミセス・シュヴルーズも反省しておるようだし、そのくらいにしておきなさい。」

オスマン校長が厳かな声で仲裁に入りました。


「責任を彼女一人に押し付けても仕方がない、そもそも当直をサボるのは常態化しておったし、わしも特にそれを咎めなかった。
 まさかあの宝物庫を破壊できるほどの巨大ゴーレムを作れるものがおるとは、わしも思っておらなんだ。
 今回の件の最大の責任はわしにある。
 責められるのはわしじゃろう。」

「オールド・オスマン!申し訳ありません、そしてありがとうございます!」

オスマン校長にミセス・シュヴルーズが抱きついて感謝しています…で、この鼠は私の足元から上を眺めていったい何をしているのでしょう?


「レビテーション。」

「ちゅ?ちゅちゅ!?ちゅー!?!?」

じたばたと鼠が暴れながら宙に浮いています。


「鼠さん鼠さん、貴方は何をしていたのですか?」

「ちゅちゅっちゅちゅ~♪」

私が笑顔で訪ねると、しらねーよといった感じで、鼠はそっぽを向きました。
しかし、鼠の癖にそっぽ向きながら口笛吹くとはやりますね。


「そうですか、答えないのであれば、答えたくしてあげます。
 鼠さん、寒くありませんか?」

「ちゅ?ちゅちゅちゅ?」

私の笑顔の質が変わったのに気付いたのか、鼠はぴたっと動きを止めました。


「そうですか寒いですか、それは可哀想ですから暖めてあげます。」

「ちゅ?ぢゅ!?ぢゅぢゅぢゅ!?ぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅぢゅ!!!!!!」

命の危機を感じて再び暴れだした鼠を、炎の繭ですっぽり覆ってあげました。


「もももモートソグニル!?
 ミス・ロッタ、その鼠はわしの使い魔のモートソグニルじゃ!
 何か失礼をしたなら、許してやってくれんかの?
 そのままでは蒸し焼きになってしまう。」

「オールド・オスマン、実は私は破廉恥なのが大嫌いなのです。
 特に私の横に立っている、ミス・ヴァリエールのエロ使い魔とか。」

私の横には私と同じく昨日の事件の目撃者であるルイズ、エロ使い魔、キュルケ、タバサが立っています。


「エロ使い魔…。」

所々煤けたエロ使い魔がガックリと肩を落としています。


「今後、こういう事は起きないと誓っていただけるなら、開放することもやぶさかではありません。」

「わかった、わかった誓うでの、もうこんな事はさせんから放してやってくれ!」

わかって貰えたようなので、モートソグニルを開放してオスマン校長の掌の上に乗せてやりました。


「おお大丈夫かモートソグニル、熱かったのう、苦しかったの…げふっ!?」

「ちゅー!ぢゅ!ぢゅぢゅぢゅ!ちゅぢゅ!」

モートソグニルの頭突きがオスマン校長の顎にヒットしました。
モートソグニルは『てめーいつもいつも俺ばかりを死地に向かわせやがって、いい加減にしねえと殺すぞ』と言っているようです。
いや、ただの脳内翻訳なのですが。


「おおおおおお…。」

「ちゅっちゅちゅぢゅ!ぢゅーちゅちゅ!」

顎を押さえながら呻くオスマン校長を尻目に、モートソグニルは肩を怒らせながら巣穴に入ると、小さなドアをバタンと閉めました。


「…ジェ○ー?」

さすがオスマン校長の使い魔、器用な鼠なのです…。


「…で、犯人は誰かわかったのかの?」

顎をさすりながらオスマン校長は周囲に尋ねます。


「はい、壁のサインの他に、こんなものが宝物庫に置いてありましたから。」

コルベール先生の取り出したカードには《破壊の杖は確かに領収いたしました。土くれのフーケ》と、書いてありました。
貴方は何処の怪盗の三代目ですか、どれだけ自己顕示欲強いのですか、フーケ。


「随分と律儀な盗賊ね。」

「気に入らねえな、人を踏み潰そうとしておいて怪盗気取りかよ。」

ルイズは呆れるを通り越して感心しているようですが、踏み潰されそうになったエロ使い魔は馬鹿にされたような気分になっているようです。


「踏み潰されそうになりながら私に破廉恥なことをしようとするエロ使い魔もいるくらいですから、人を踏み潰そうとする怪盗気取りのお馬鹿さんも、当然居るに決まっているのですよ。」

「ぐっ…それまだ言うのか?」

エロ使い魔にはエロ使い魔以外の呼び名などありません。
取り敢えず、あっかんベーで答えておきます。


「…で、オスマン校長、破壊の杖とはいったい何なのですか?
 名前を聞けば、取り敢えず物騒な代物なのはわかりますが。」

「うむ、破壊の杖とはのう、わしが若かりし頃に命を助けてもらった恩人の持っていたアイテムなのじゃ。
 わしは若い頃、あちこちを放浪して修行に明け暮れていたのじゃが、たまたま運悪く飢えたワイバーンの群れに出くわしてしまってのう。
 わしも奮闘したが多勢に無勢、精神力は尽き、もはやこれまでかと思った時に颯爽と現れた男に助けられたのじゃ。
 頭に細い布を巻き後ろで縛り、見慣れぬ装束をまとった男でのう、確か《蛇》とか名乗っておった。」

…何なのですか、その生身でハインド墜としたり、戦車を撃破しそうな人は?


「その男が見た事も無い銃のような武器を駆使してワイバーンを全滅させた後、『念のために持っておけ、若いの』と言い、破壊の杖と簡単に組み立てられる頑丈な紙の箱をくれたのじゃ。」

どう見ても某伝説の傭兵です。本当にありがとうございました。


「彼はわしにそれを渡してくれたあと、颯爽と立ち去っていった。
 紙の箱は旅の途中で失われたが、破壊の杖は学院に持ち帰り、宝物庫で大事に保管しておいたのじゃ。」

オスマン校長はとんでもない人から、破壊の杖をもらったのですね。
破壊の杖よりも、むしろそちらの方がびっくりです。


「あの破壊の杖は、使い方はさっぱりわからんがわしの恩人がくれた大事なもの。
 何とかして取り返せないものかのう…。」

「オールド・オスマン…気をしっかり持ってください。」

肩を落とすオスマン校長をコルベール先生が慰めています。


「おおコンビナート君、わしを慰めてくれるのかね?」

「コルベールですオールド・オスマン。」

今度はコルベール先生がガックリと肩を落としました。


「しかし一体どこに行ったのやら…。」

「オールド・オスマン!盗人の居場所と思しき場所を知っている者がおりました!」

バンッとドアが開いて、ミス・ロングビルが入ってきました。


「おおミス・ロングビル、まさか盗人の居場所を探ってきてくれたのかね?」

「はい、塔から破壊の杖を盗んだという盗人のサインを見れば、天下の大怪盗土くれのフーケじゃありませんか。
 これの居場所を見つけることが出来ればお給金も弾んでもらえるかなと思いまして、徹夜で行方を探しておりましたの。
 こういう事は早く調べるに限りますから。」

フーケとして隠し場所まで行って、使い方が分からなかったから帰ってきた…の間違いでしょう?と言いたい気持ちをぐっとこらえて、ミス・ロングビルを見つめます。


「フーケと名乗る盗賊と思しき黒いローブの男が、近くの森の中にある廃屋に入っていくところを見かけたものがおりました。」

「おおそれは素晴らしい、流石ミス・ロングビルじゃ!」

見事に騙されていますね、オスマン校長…。
美人の言う事はすべて正しいのですね、わかります。


「それで、そこは近いのかの?」

「はい、王都とは逆方向ですが、徒歩で半日、馬車で4時間位の場所です。」

王都からだと7時間くらいかかる場所を選んだわけなのですか、なるほど。


「すぐに王都に報告し、討伐隊を向かわせるように連絡しましょう。」

「コルホーズ君、いまから王都に早馬を出しても2時間半はかかる。
 王都に救援を請うても、その間にフーケは逃げてしまうだろうて。」

ミス・ロングビルの色香に迷っている割にはまともな事言いますね、オスマン校長。


「少し惜しい、私はコルベールです。
 それはそうとして、王都から救援を請うても遅きに失するのであれば、どうすれば良いと?」

「忘れたのかの?我らもメイジじゃ。
 我らで破壊の杖の捜索隊を結成し、破壊の杖を取り戻せば良い。
 別にフーケと正面から対峙する必要は無い。
 盗まれたなら、盗み返せばよいのじゃ。
 フーケの目を盗んで破壊の杖を手に入れたら、とっとと逃げれば良いのじゃよ。
 あんな巨大なゴーレムと、いちいち戦う必要は無いでのう。
 フーケと戦うのは討伐隊に任せよう。
 コンキスタドール君、王都に討伐隊の派遣要請をしてきてくれるかの?」

本当に冴え渡っていますね、オスマン校長。
その話を全部目の前にいるフーケが聞いてしまっていなければ、なのですが。


「わかりました、では早速行って参ります!
 あと、私の名前はコルベールなのでお忘れなく!」

コルベール先生は慌てて走り去っていきました。


「それでは早速、破壊の杖の捜索隊を結成する事にする。
 我はと思うものは杖を掲げよ。」

誰も杖を掲げようとはしません。


「なんじゃなんじゃ情け無いのう、フーケから盗み返したともなれば愉快痛快な話の立役者として名を上げられるというのに。」

いやホント、これだけトライアングルやスクウェアのメイジが集まっていながら誰も杖を掲げようとしないとは、困ったものなのです。


「ギトー先生、風系統最強理論を実証するなら今なのですよ?」

「ぐっ…その私の自信と理論を粉々に打ち砕いたのは、いったい誰かね?」

あの程度の事で自信が無くなってしまったのですか…
風メイジは動いてなんぼなのに、私は動いていないギトー先生に対して貫通力と直進性を強化したファイアーボールを放っただけなのですよ?


「…惰弱なのですね。」

「今何と言ったのかね!?」

ギトー先生が私を睨みつけます…と、同じくらいに一人が杖をすっと掲げました。


「オールド・オスマン、私が行きます。」

「き、君がかの?」

杖を掲げたのはやはりルイズなのでした。


「ミス・ヴァリエール!
 貴方は生徒じゃありませんか、こういう危険な事は教師に任せて…。」

「先生達は誰も杖を掲げようとしないじゃないですか。
 皆、私よりも魔法が上手なくせに。
 皆、私よりも力も才能もあるくせに。
 誰一人として杖を掲げようとしないじゃないですか!」

ミセス・シュヴルーズはルイズを止めようとしますが、ルイズはそういってから教師達を睨みつけます。


「私も行きますわ、オールド・オスマン。」

続いて杖を掲げたのはキュルケです。


「キュ、キュルケ!?」

びっくりした表情を浮かべて、ルイズがキュルケを見ます。


「わわ、私を助けるつもりなの?」

「勘違いしないで欲しいわね、貴方を助ける気なんて更々無いわ。
 ただね、ヴァリエールが勇気を見せたこの場で、ツェルプストーの私が杖を掲げなかったとあれば家名の名折れ。
 恥ずかしくて二度とツェルプストーを私は名乗れなくなるわ、それが嫌なだけよ。
 …それとも、助けて欲しかったのかしら?」

ニヤリと笑って、キュルケがルイズを見下ろします。


「冗談言わないで、ツェルプストーに助けられたりなんかしたら、ヴァリエールの名折れだわ。
 つまり貴方と私はたまたま目的が一緒なだけ、そうね?」

「ふん、わかっていれば良いのよ、ヴァリエール。」

なんと言うか、随分と複雑なツンデレなのですね。


「私も行く。」

その次杖を掲げたのはタバサ。


「タバサ、貴方も来てくれるの?」

「ん、二人が心配。」

コクリと頷くその仕種が勇ましいながらも超ラブリー。


「オールド・オスマン、私も行くのですよ。」

「ケティまで!?」

予定通り、私も杖を掲げます。


「毒食らわば、皿までなのですよ。
 あの時、フーケのゴーレムに最初に遭遇したメンバーの皆が行くと言っているのに、私だけ行かないのも妙な話なのです。」

「え?ちょっと待て、他のメンバーが皆って、ひょっとして俺も行くのか!?」

自分を指差して、エロ使い魔が急に慌てだします。


「貴方はミス・ヴァリエールの使い魔ですから、もとより選択権などありません。
 行くのか?ではなく、行くのですよエロ使い魔。」

「え、選択肢無いの俺?
 つーか、剣一本であんなでかいのとどう戦えってんだよ?」

エロ使い魔が頭を抱えます。


「どうやって戦うかではなく、戦えなのです。
 無茶でも無理でも無謀でも、あのゴーレムに飛び掛っていきなさいエロ使い魔、デルフリンガー持って。」

「俺に死ねって言うのかよ!
 あと、エロ使い魔呼ばわりはいい加減やめてくれ。」

才人が涙目で迫ってきます。
そろそろ可哀想になってきたからやめますか。


「貴方の生殺与奪権は、私ではなくミス・ヴァリエールにあるのですよ才人。
 ミス・ヴァリエールを守るのです。
 使い魔は主人の命を守る時にこそ、最大の力を発揮するのですよ。」

そう言いながら、才人の耳元に口を近づけます。


「生き残って任務を果たせたら、一つだけ貴方の聞きたい事に答えてあげるのです。
 私に聞きたい事があるのでしょう、才人?」

「お…おう、わかった絶対だぞ。」

まあ、これで才人もやる気になってくれるでしょう。


「他にはおらんのか?仕方が無いのう…。
 では、お主らに任せるとするか。」

オスマン校長は大きく頷きました。


「ミス・タバサはその若さでシュヴァリエの称号を持つ騎士であるし、ミス・ツェルプストーはゲルマニアの優秀な軍人を数多く排出している名門で、なおかつ彼女自身がトライアングルじゃ。」

「ん。」

「任せて頂戴。」

こっくり頷くタバサと、髪をかきあげながらウインクするキュルケ。


「…って、え?タバサってシュヴァリエなの!?」

「ん。」

いいノリツッコミです、キュルケ。

「聞いた事無いわよ!?」

「聞かれなかった。」

まあ、私達と同い年で騎士爵位を持っている人なんてまず居ないですから、びっくりするのは当たり前なのですね。


「ミス・ヴァリエールは優秀なメイジを数多く輩出したヴァリエール公爵家の息女で座学は常にトップ、何よりその使い魔がメイジをものともせぬ強力な剣士じゃ。」

「あれ?よく考えたら私自身にちっとも戦える要素が無いような気が…。」

「強力な剣士か、へへっ。」

まあ、現状のルイズは戦力外ですよね、はっきり言って。


「ミス・ロッタは代々トリステインの軍人を輩出してきた家系に生まれ、その歳で既にトライアングル。
 学院の西に覗きがあれば行って焼き滅ぼし、東に夜這いが現れれば炎で薙ぎ払う。
 ロマンを求める男達を業火で蹂躙する、まさに地獄からの使者じゃ!」

「誰が地獄からの使者ですかっ!
 そもそも、そんな事はしていないのですよっ!!」

何時の間にそんな恐ろしげなものに成り果てていたのですか私は!?


「老い先短い爺のちょっとしたお茶目じゃ。」

「お茶目で私の経歴を捏造しないで欲しいのです…。」

モートソグニルに制裁を加えた仕返しなのですね、このくそじじい。


「この4人が向かう事に異議があるものは一歩前に出るのじゃ。」

一歩前にでたら、じゃあ手前が行けと言う話になるので、勿論誰も出ません。


「…居らんのか、つくづく情けないのう。
 まあ良い、では魔法学院は諸君らの努力と高貴なる義務に期待する。」

『杖に賭けて!』

私達が礼をすると、才人がきょろきょろしながら真似していて、吹き出しそうになったのは秘密です。


「では馬車を用意するから、それで行くが良いじゃろう。
 ミス・ロングビル、道中の案内は任せたぞい。」

「はい、かしこまりましたわ。」

彼女の口が弓の弧の如き笑みを浮かべていたのに気付いたのは、私だけだと思うのですよ。





「てっきだーてっきだー戦場だー!
 闘いがおれをーまってーいるー!」

「歌う剣ですか、め、珍しいですね。」

下手糞な歌をがなりたてるデルフリンガーに、ミス・ロングビルが話しかけているのです。


「デルフリンガー様だ、よろしくな美人の姉ちゃん!」

「は、はあ、宜しくお願いします。」

剣に話しかけられる体験など滅多に無いせいなのか、それともこれから起こす事に緊張しているせいなのか、ミス・ロングビルの態度は少しぎこちないのです。


「デルフリンガー。」

「おうなんだ、娘っ子?」

確か、鞘にしまえば静かになる筈なのに、何で話せるようにしているのでしょうか?
そろそろ目的地ですが、彼の下手糞な歌を強制的に聞かされ続けた私達は、既に精も根も尽きかけています。
音量が低いとはいえ、ジャイアンリサイタルみたいなものでした…。


「そろそろ目的地に着きますから、静かにしてください。」

「おう、わかったぜ。」

デルフリンガーの歌がやんだ途端に、周囲が静かになりました。


「あと、デルフリンガーは歌がとても下手なのですね。」

「ガーン、それを早く言ってくれ。」

デルフリンガーは傷ついたのか、鞘の中に引っ込んでしまいました。


「さて、この先は小道になるので馬車では入れそうもありません。
 徒歩で進みますから、皆馬車から降りてくださいまし。」

『はーい。』

皆馬車から降りて、先を急ぐのでした。



学院の広場くらいの開けた場所の真ん中に、朽ちかけた小屋が一軒あります。


「あれが、フーケのアジトかしら?」

「たぶん、隠れ家の一つ。」

不思議そうに呟くルイズにタバサが答えています。


「複数の拠点を用意しておいて、そこを転々としているという事なのですか。」

「おそらく。」

さすがはガリア王国特殊部隊の北花壇騎士団ですね、こういうのには詳しいみたいです。


「天下の大怪盗が、あんなあばら家にねえ…。」

「ああいう朽ちかけた建物のほうが、身を隠すにはうってつけ。」

呆れたようなキュルケの言葉にも、丁寧に返答するタバサが凄くラブリーなのです。


「私が聞いた情報から察するに、あの建物なのでしょうね。」

最後にミス・ロングビルの一言。


「じゃあ、作戦会議を始める。」

タバサがさらさらと木の棒で地図を書きはじめました。


「まずは斥候を向かわせて、フーケが中に居るか居ないかを確認する。
 必要なのは素早さ。」

「俺か…。」

ガンダールヴになると早いですからね、才人は。


「居たら、外で騒いでから、向かって右側に逃げて。
 出て来た所を私達が魔法で片付ける。
 居ない場合は中に入って皆で探索する。
 外に見張りが一人必要になる。」

「私がやりますわ。」

じゃないと、ゴーレム作って私達に襲い掛かれませんからね、ミス・ロングビルは。


「作戦開始。」

『おー。』



才人が慎重に小屋に駆け寄りますが、当然の如く誰も居ないので、誰も居ないというサインを送ってきました。


「じゃあ、行きましょう。」

「私は外で見張りをしておきます。」

頑張って、せいぜい大きなゴーレムでも作っていれば良いのです。



中に入って探索すると、破壊の杖はすぐに見つかりました。


「ジャベリン?」

アメリカ製の対戦車ミサイルで私の記憶が確かなら最新式です。

原作で出て来たのはM72だった筈ですが…まあ、オスマン校長助けたのも某伝説の傭兵だったみたいですし、気にするだけ無駄ですか。


「何でケティがそれの名前を知って…まあいいや、あとで聞くさ。」

「私、ミス・ロングビル呼んでくるわね。」

そう言って外に飛び出したルイズが、すぐに中に戻ってきました。


「ごごごごゴーレム!ゴーレムが来たわ!」

「何ですって!?」

同時に轟音とともに小屋の屋根が吹き飛びました。


「こりゃまたまあ、随分と張り切っているのですね、フーケ。」

前回と同様か、それ以上の大きさですよ、このゴーレム。


「アイシクルブリッド!」

タバサの氷の弾丸がゴーレムに直撃しますが、勿論効きません。


「ファイヤーボール!」

キュルケもファイヤーボールを複数生成してぶつけますが、やはり効きません。


「無傷。」

「はあ、駄目だわこりゃ。」

まあ、土の塊ですから、対人魔法じゃなかなか効きませんよね。


「ファイヤーボール!」

でも収束率を上げたファイヤーボールなら、結果は違うのですよ。
ゴーレム自体の動きは鈍いですから、いい的なのです。
私のファイヤーボールが当たったゴーレムの足が一瞬で蒸発して爆発を起こしました。
そのままゴーレムは横倒しに倒れそうになりますが、すぐさま足を構成しなおして復活します。



「凄い!一瞬だけどゴーレムの足が消えたわ!」

「別に凄くありませんよキュルケ、私と詠唱を合わしてくれれば貴方にも使えます。」

呪文をいじって収束率と回転を加えてエネルギーを高めただけですから、同じトライアングルであればキュルケも使うことは出来るのですよ。


「ファイヤーボール!」

「ファイヤーボール!」

私が右足を、キュルケが左足を狙い、足を失ったゴーレムはばったり倒れました。


「タバサ、いまのうちに破壊の杖を持って行くのです!」

なんだか、何度撃っても再生しそうな気配がするのですよね。


「わかった。
 シルフィード!」

「きゅいきゅいいいぃぃ!」

タバサは鳴きながら降下してきたシルフィードの背に、破壊の杖を乗せます。


「飛んで。」

「きゅい!」

そのまま一気に上昇していきました。


「私も手伝う!」

ルイズも先ほど私とキュルケがしていた詠唱を唱え始めました。


「ファイヤーボール!」

当然ながら、魔法は素っ頓狂な位置で爆発しました。


「ああっ!昨日は命中したのに!?」

流石に昨夜のデルフリンガーみたいなラッキーショットはそうそう望めるものでもありませんし、仕方がありません。


「…相変わらず失敗するのね、ルイズの魔法は。」

「前々から思っていましたが、あれは失敗は失敗でもただの失敗じゃありませんよ、キュルケ。
 まあ、戦闘中の軽口と思って、これから言う事は聞き流してくださればありがたいのです。」

ファイヤーボールでゴーレムの動きを止めながら、キュルケをちょっと驚かせてみるのです。


「たとえば私たち火メイジが対極属性である水メイジの《治癒》を使った場合、どうなります?」

「そりゃあ、魔法が発動しないか、または火が出て火傷させるだけだわ。」

そう、メイジの魔法には対極属性というものがあって、火メイジは水属性の魔法が絶対に使えませんし、その逆も然り。
風メイジは土属性の魔法が絶対に使えませんし、その逆もまた然りなのです。
決まった属性のないコモンスペルというのもありますが、それ以外で誰もが使える魔法というものはありません。
ですからタバサのように風と水が使えるメイジは居ても、風と土が使えるメイジはいないのです。


「そこで一つの仮定が浮かぶのですよ。
 全ての魔法の結果が爆発に帰結するルイズは、いかなる魔法を失敗しているのでしょう?」

「え?あれ?た、確かにそうだわ!
 ルイズの魔法は必ず爆発する。
 あれが確かに私達が水魔法を使おうとして失敗しているのと同じだと仮定すると…どうなるのかしら?」

ええいこの色ボケメイジ。
私に最後まで言わせるつもりですか。


「…つまり、これはおそれおおい事なので、あまりにもおそれおおい事なので、飽く迄も仮定なのですが。
 ルイズが全ての属性で対極属性を使用した時と同じ失敗を起こしているのだと仮定するのならば、私たち4属性のメイジが絶対に使えない魔法の属性を持っている可能性があるという事なのですよ。」

「おそれおおい…?
 私達が使えない属性の魔法って、まさか!?」

キュルケも流石に血の気が引きますよね、それは私達メイジにとって最もおそれおおいものなのですから。


「おそらくキュルケが今思い描いている事と、私が仮定した事は同じなのです。
 つまり、始祖の血は直系の王家ではなく、傍系のヴァリエール公爵家により多く受け継がれたという可能性があるという事なのです。
 私が跪くべき相手は王家ではなく、彼女であるかも知れないのですよ。」

「な…なんて事なの。」

王家の権威は始祖ブリミルの子孫である事にかなりの比重が置かれています。
虚無が傍系のヴァリエール家から出たという事になれば、ヴァリエール家の方が王家よりもブリミルの血が濃いという事になり、トリステインの東南部一帯を支配し、領地面積においてはクルデンホルフ大公国をも上回るヴァリエール公爵家の規模から言っても、王家の権威を上回る事になりかねません。
ですからこの件が公表された場合、トリステインは良くて王位の禅譲、最悪内乱なのです。


「それにしても、何で私にそんな事を?
 私はゲルマニア貴族なのよ?」

「キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは、己の趣味をおろそかにしない女だと信じているからなのですよ。
 彼女が国王なんて野暮な仕事を始めてしまったら、あなたの趣味である彼女をからかう事もままなりませんよ?」

快楽主義者の彼女は、であればこそ趣味はおろそかにしない人です。
それ以上に、ああ見えてルイズをかなり大事にしていますしね、正面から言っても否定するだけなので言いませんが。


「確かにそうなったら私の趣味が阻害されるわね。
 それは最悪な事だわ、私は趣味を奪われるのが一番嫌いな女なのよ。
 確かに、この事は胸に仕舞っておいた方がよさそうね。」

「まあ戦闘中の軽口なのです、所詮は戯言なのですよ。」

さすがキュルケ、いい女なのです。


「馬鹿、早く下がれ、危ないだろっ!」

「サイトも前に見た事があるでしょ?
 錬金なら、対象を百発百中で爆発させる事が出来るのよ。
 だから、触れる場所に近づく事さえできれば、あのゴーレムにダメージを与える事だって不可能じゃないわ!」

いつの間にかゴーレムに突撃しようとし始めたルイズを、才人が必死になって止めています。


「あの決闘の時、サイトだって引き下がらなかったじゃない、私が何度やめてって言っても引き下がらなかったじゃない!
 平民の男に引き下がれない事があるように、貴族の女にだって引き下がれない時があるのよ。」

だからって『保身無き零距離射撃』を敢行しようとしなくても良いと思うのですよ。
ルイズは確かに運動神経良いですが、華奢ですからゴーレムに軽く撫でられただけで間違いなく死にますし。


「貴族の地位は血によって購われるの。
 国家と領民の為に血を流すのが貴族の務めなのよ。
 どうしても無理だというのであれば、名誉ある撤退もできるわ。
 だけど、私にはまだ手段が残っている。
 ここで逃げれば、私は戦う手立てがまだあるのに逃げたことになる。
 貴族である私がここから逃げるということはすなわち、貴族足り得ないということ。
 貴族足り得ないのであれば、そんな人間はヴァリエール家には不要なの!」

そう言ってルイズは才人の拘束から逃れると、自分に向かってくるゴーレムの拳を紙一重で交わし、杖をゴーレムの右腕に向けます。


「魔法が使えるものを貴族と呼ぶのじゃないわ!
 敵に後ろを見せないものを貴族というのよ!」

そして発動ワードを唱えました。


「錬金!」

途端にゴーレムの右腕が大爆発しました。


「見たか土くれ、ざまあ見なさい!」

ルイズは大爆発の中心にいたのに、多少煤けている他は見事に無傷です。
しかもルイズの錬金で吹き飛ばされた部分は、なぜか再生する気配がありません。
学校では固定化の効果を破壊していましたし、これが虚無の威力なのでしょうか?

しかし、ルイズにはゴーレムの左腕が既に向かってきています。


「くっ、しまった油断したわ!」

ルイズは何とかよけましたが、衝撃で倒れてしまいました。


「ルイズうううぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

そこに疾風の如き勢いで駆け寄った才人が、ルイズを小脇に抱えて走り去っていきます。
ナイスコンビネーションなのです。


「馬鹿野郎!死ぬ気かお前は!」

「やってやったわ、サイト!」

ルイズがサムズアップしています。
才人に教わったのですね、そのジェスチャー。


「ファイヤーボール!」

問題は、腕以外は再生しまくりだって事でしょうか?
トライアングルが二人がかりで対応しているのに、そんなに燃費いいのですか、このゴーレム?


「ケティ!あのゴーレムどうやれば倒せる?」

いつの間にか才人が私の後ろにやってきていました。


「私は土メイジでは無いので詳しくはわかりませんが、ゴーレムの体には確か魔力のコアがある筈なのです。
 そこを破壊すれば何とかなるかもしれません。
 私もちょくちょくやってはいますが、どうにもうまくいきません。
 そうですね、ジャベリンの威力ならあれの上半身くらい破壊し切れるかもしれないのです。
 あれは第三世代型主力戦車を破壊できるだけの威力がありますから。」

「あ、あれを使っちまうのか?
 まあ確かに使い方はわかるけど…。」」

才人がびっくりしたような表情で私を見ます。


「使ってしまったほうがいいのですよ、どうせこちらの人間では原理の理解すらできない代物です。
 あなたはあれが使えるのでしょう?」

「ああ、何故かわからないけれども使い方がわかる。」

さすがガンダールヴ、武器なら何でも使えるというのは、伝説の傭兵顔負けです。


「私たちはもう少し持ちますから、才人は発射可能ポジションまで移動して、準備してください!」

「なんだかよくわからないけど、あいつを倒せるんなら任せたわよ、ダーリン!」

私たちは足を重点的に攻撃し続けてゴーレムの動きを止めているのです。
しかし、なんと言う再生力なのでしょうか。


「タバサ!破壊の杖をこっちにくれ!」

「ん。」

タバサがジャベリンを空中から投げ落とし、レビテーションをかけてふわりと着地させました。


「よし、これで決めるぜ!」

「わ、凄い、これこうやって使うの?」

才人はジャベリンを受け取ると、すばやく発射体制を整え始めました。
それを感心したようにルイズが見ています
ジャベリンは完全自動誘導方式の携行型打ちっ放し対戦車ミサイルなのです。
ロックオンすれば命中精度は95%以上、まあまず外す事など無いのです。


「往生せいやああああぁぁぁぁぁ!」

圧縮ガスによってミサイルが射出され、その後ロケットモーターに点火、トップアタックモードを使ったのか凄まじい勢いで上昇していき、一気にゴーレムの頭上から襲い掛かったのです。


『きゃああああああぁぁぁぁぁっ!?』

凄まじい音と炎が周囲を蹂躙し、近くにいた私たちも衝撃で数メイル吹き飛ばされました。


「…きゅ、キュルケ、生きているのですか?」

「何とか…生きているわよぉ。」

まさかあんなに凄まじいとは…うかつだったのです。


「さすがのゴーレムも粉々に吹き飛んだみたいだけれども…火メイジが焼け死んだりしたら、末代までの恥だったわ。
 でも、なんて凄まじい火魔法だったのかしら。」

「さすがは8.4Kgタンデム成型炸薬弾頭なのです…。」

いい加減立ち上がらなくては…。


「おーい!大丈夫か、キュルケ、ケティ!」

才人達が走ってきました。
ミス・ロングビルも茂みの中から出てきます。


「凄いわダーリン、あのゴーレムを一撃だなんて痺れちゃう!」

「おわっ!?」

そう言いながら、キュルケが才人に抱きつきました。
ゆっくり立ち上がろうとしていた私よりも、立ち上がるのが遅かったのに、なんという神速。


「才人、ご苦労様なのです。」

「お…おう。」

抱きつくキュルケを横目で見ながら、才人は怯えた視線をこちらに向けます。


「そんなに怯えなくても、私自身に破廉恥なことをしなければ、私は怒ったりはしないのですよ、才人。」

「え?あー、そうだよな、うん。
 あー安心した。
 あははははは…。」

昨日の折檻が効き過ぎたのでしょうか?
少し可哀想な事をしてしまったかもしれません。


「私は怒っていませんが、ルイズは怒っているようですね。」

「なにツェルプストーにでれでれしているのよ、この駄犬!
 それとケティ、いつの間に上級生の私達の事を呼び捨てするようになったのかしら?」

ドサクサ紛れに言い方変えたのですが、だめでしたか。


「いいじゃない、いちいち敬称で呼んでいたら面倒くさいわよ、ルイズ。
 だいたい私たち『戦友』じゃない。」

「戦友…わ、わかったわ、特別許してあげる。
 戦友、戦友ね、へへへ。」

うれしそうなのですね、ルイズ。


「皆様、ご苦労様でした。」

ミス・ロングビルがジャベリンの発射機を拾ってこちらに来ました。


「ミス・ロングビル無事だったのですね。」

「ええ、おかげさまで。」

ミス・ロングビルいえ、土くれのフーケはそう言いながら、ジャベリンの発射機をこちらに向けました。


「全員、杖を捨てなさい。」

「な…何故ですか、ミス・ロングビル!?」

ルイズは混乱した表情でフーケを見ています。


「何故か、見たらわからないのかい?
 フーケは見つからない、私が破壊の杖をあんた達に向けている。
 さて、あたしは誰でしょう?」

「まさか、あんたがフーケなのか!?」

サイトがフーケを睨みつけます。


「こんな形でどんでん返しとか、有り?」

「迂闊…。」

キュルケとタバサは杖を構えました。


「杖を捨てなって言っている!
 早く捨てな!」

ルイズとキュルケとタバサは杖を捨てましたが、私と才人は捨てません。


「何で捨てないのさ、こいつの餌食になりたいのかい!?」

「いいえ土くれのフーケ、私は貴方のしている事が滑稽で、今にも笑ってしまいそうなのを堪えていただけなのです。
 ねえ、才人?」

口を押さえながら、才人に視線を送ります。


「ああ、その武器の特性を理解していたなら、十人中十人が、あんたの事を指差して笑うだろうさ、フーケ。
 そいつはな、単発式だ。
 中のミサイルを込めなおさないと撃てやしない。
 そして、中のミサイルはもう無いんだ。」

「つまりですね、貴方は空の筒を抱えて私たちを脅しているのですよ、フーケ。
 …才人、やってしまうのです。」

才人はデルフリンガーを抜き放ちました。


「なっ!?ぐぅ…。」

そして柄の部分でフーケの鳩尾を強打しました。


「少し、眠ってろ。」

「そ…そん…な、テファ、ごめ…。」

そのまま、フーケは昏倒しました。


「ええと、おれの出番、こんだけ?」

「貴方にはふさわしいのですよ、デルフリンガー。」

だって、今回切るものなんてありませんでしたし。
本来出番なんてなかったのに、出してもらえただけ感謝して欲しいものなのです。


「ひどっ!剣は切って何ぼなんだ、ええいそこの美人の姉ちゃんでも良いから俺に切らせてくれ!
 ザックリでもブスッとでも良いから。」

「血に飢えた妖刀か、お前は!?」

才人が堪らずツッコミを入れます。


「せっかく戦場に来たのに何も出来なかったのでは、俺の存在意義が、アイデンティティーがっ!」

「ええい黙れこの妖刀!」

デルフリンガーはガチンと鞘に収められて静かになりました。


「さあ…帰るか。」

なんというか、どっと疲れました…。



「しかしまさか、ミス・ロングビルが土くれのフーケであったとはのう。」

翌日、学院長室で今回の件の一部始終を報告しました。


「彼女をどうやって採用したのですか?」

「町の居酒屋で給仕をしておったところを採用した。
 わしのところに何度も何度もやってくるし、酒も注いでくれるし、隣に座ってしな垂れかかってくる。
 学院長の御髭が痺れますとわしの髭を触りながら何度も褒めてくれるし、尻を撫で回しても笑顔のまま。
 これはわしに惚れておるのだなと思ってつい…。」

知ってはいましたが、このエロ爺が学院長で良いのでしょうか、この学院?


「そ、そうですな、美人はそれだけでいけない魔法使いですな!」

「そのとおり、うまい事言うのう、コルベール君。」

「いえ、私はコルベールではなく…ああいや、それでいいんです。」

独身中年男の悲哀ですね、わかるような気はしますが、わかりたくありません。


「あれ?ケティ怒らないのか?」

「ここまで救いようがないと、もはや怒る気すら起きません…。」

「ぢゅ!?ぢゅぢゅぢゅー!?」

性懲りもなくやってきたモートソグニルを踏み躙りながら、溜息を吐きました。



「…さて、今回はご苦労であったの、諸君。」

『はい。』

気を取り直して仕切り直しです。
ちなみにモートソグニルには逃げられました。


「土くれのフーケから破壊の杖を取り返してきただけではなく、捕縛までやってのけるとはまさに天晴れじゃ。
 フーケは城の衛士に引き渡したが、おそらく死罪は免れぬじゃろう。
 あんな美人が死罪とは勿体無いが、仕方がない。
 それと、今回の功績を王室に報告した結果、そなたら四人にはシュヴァリエの爵位が授けられる事になった。
 …まあ、ミス・タバサはシュヴァリエを既にもっておるでの、精霊勲章になるようじゃが。」

「本当ですか?」

「ありがとうございます。」

これで、赤貧学生生活ともおさらばできるのですね。
ジゼル姉さまに奢らされまくりそうな未来が、容易に想像できて嫌ですが。


「オールド・オスマン、才人には何も無いのですか?」

「残念ながら、彼は平民じゃからのう。
 表立った褒賞は出来ぬが、慰労金として2000エキューが出たぞい。」

おお、なんか太っ腹ですね、王室。


「さて、今夜はフリッグの舞踏会じゃ。
 破壊の杖も戻ってきたことでもあるし、予定通り執り行うでの、皆着飾ってくるのじゃぞ?」

そんな嫌イベントもありましたね、そういえば。
コルセットは苦しいし、化粧は面倒臭いし、男がいっぱい群がってきてウザいしで何一つ良い事がありませんが、学校行事ですから出ないと駄目なのですよね。
ああ、中止になればよかったのに。




「エトワール・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢、ジゼル・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢、ケティ・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢のおなぁーりぃー!」

恥ずかしいからいちいち入場する時に名前を叫ばなくて良いのですよ、しきたりですからしょうがない事ではありますが。
あと、私はかつてないぐらい徹底的にめかし上げられて、今回の舞踏会に出る羽目に陥りました。
真っ赤で胸の開いたドレスとか、私には挑戦し過ぎな格好なのですよ!
それというのも、遡ること数時間前の事なのです。


「はぁ…まさかケティが私達の預かり知らないところで大冒険していたとはね。」

ジゼル姉さまが目を抑えて天を仰いでいます。


「ケティ、あなたは確かにトライアングルで頭も回るけれども、私達の妹なのよ?」

エトワール姉さまの心配に潤む瞳がひたすら心に痛いのです。


「も、申し訳ございません、姉さま達。」

姉さま達の心配する心が染みるのです…。


「まあ、無事で帰ってきてくれてよかったわ。
 でも、今後はこんな事があるなら、私達に言ってよ?」

「そうよ、今回の件も全てが終ってから聞いたから、心臓が止まるかと思う程びっくりしたわ。」

姉さま達に何も言わずに行ったのは本当に失態でした。
心の中では既に土下座モードに入っています。


「本当に、本当に申し訳ございませんでした。
 今回の件の罰は何であろうが謹んで受けるのみなのです。」

「罰は何でも受けるのね?」

…えーと、エトワール姉さまの微笑みが何となく黒いのですが、気のせいですか?


「え?エトワール姉さま、罰なんか与えなくたって…。」

「ジゼルちょっと耳を貸しなさい。
 ゴショゴショゴショ…。」

エトワール姉さまに耳打ちされるジゼル姉さまの困惑の表情がイイ笑顔に変わるのはあっという間の事でした。


「確かに罰は必要ですわね、エトワール姉さま。」

「そうよ、必要よジゼル。」

わ…私はいったいこの先生きのこれるのでしょうか?



…という事があって、何をされるのかと思ったら、風呂に放り込まれて徹底的に磨き上げられ、髪をセットされ、着せ替え人形にさせられ、化粧を塗ったくられて舞踏会に出る羽目になったわけです。
『ケティは洒落っ気が薄いから、罰として今回はフル装備で出てもらう。踊りの誘いは一切断らない事。』と言われ、目の前が真っ暗になりました。
確かにこれは、間違いなく罰ゲームです。


「ラ・ロッタ嬢、私と踊っていただけますか?」

「はい、よろこんで!」

この「はい、よろこんで!」は、居酒屋のそれです。
もう、何かのアルバイトだと思って粛々と受け入れるしかありません。
何せ、ご飯を食べる暇もなく、くるくるくるくるくるくるくるくる男の子にとっかえひっかえ回転させられるのですから。
このままだとバターになってしまうので、何とか会場を抜け出すと、才人がいました。


「ルイズはどうしたのですか?」

「さっきまで一緒に踊っていたけど、疲れたみたいだから、一足先に部屋に帰ってもらった。
 ケティは?」

ぐーとお腹が鳴りましたが、もはや恥ずかしさを感じる気も起きないほど疲れています。


「聞いての通り、一切休みを入れずに踊り続けていたので、とても空腹です。
 もう一つ言えば、休まずに踊り続けていたので疲労困憊です。」

足もへろへろなので、才人の座っているベンチに腰掛けました。


「はぁ、癒されるのです。」

「何でそんな事したんだよ、踊るの好きなのか?」

才人が不思議そうに尋ねてきました。
そりゃ不思議ですよね、こんな派手な格好で踊りまくっていたともなれば。


「舞踏会で踊るのは大嫌いです。
 収穫祭に領民と収穫祭の踊りを踊るのはとても楽しいのですが。」
 
「じゃあなんで?」

才人の疑問ももっともなのです。


「姉さま達に黙って破壊の杖探索隊に加わり心配させてしまいましたから、これはその罰ゲームなのです。」

「罰ゲーム…ね。」

才人は苦笑を浮かべています。


「なんていうかさ、口調からも感じるけど、律儀だよなケティ。」

「本当に律儀なら、心配をかける前に姉さま達に話して出かけています。
 私は別に律儀ではないのですよ。」

ああ、今日は本当に疲れました。
お腹が減っていますが、だるくて食べに行こうという気が湧きません。


「…そうだ、話は変わるけど、ケティ。
 言っていたよな、この任務が成功して無事に帰れたら、ひとつだけ俺の質問に答えてくれるって。」

「良いですよ、好きな事を聞いてください。
 答えられることなら、何でも答えてあげるのです。
 破廉恥な事を聞いても答えてあげますが、後日制裁するのでお忘れなく。」

まあ、さすがにそんな事には使わないとは思いますが。


「そんな事聞かねえよ。
 おれが聞きたいのはさケティ、おまえはなんで俺の世界の事を知っているのかって事だよ。
 おまえは小学校の事も知っていたし、俺の世界の武器の事にも詳しかった。
 おれは…さ、ここに来るまでは武器の事なんかまるで知らなかったけど、ガンダールヴとかいう使い魔なせいで、武器の事なら何でもわかるらしい。
 でもケティは使い魔じゃないし、魔法も使える。
 なのに俺の国の学校の事も、俺の世界の武器の事も知っていた。
 何でだ?
 ひょっとして、俺と同じ世界から来た人に知り合いがいるとかじゃないのか?」

思った通りの質問ですね、まあ当たり前ですが。
だから、サイトには日本語で答えてあげました。


「知り合いじゃないよ、俺の前世が日本人だったんだ。」

日本語を話すと、何故か言葉が男っぽくなるのですよね。
たぶん、前世の頃の残滓なのでしょう。


「前世?
 っていうか、今日本語でしゃべった!?」

「日本語で喋れるよ、前世の記憶があるからな。」

それから私は私が生まれ変わった経緯を才人に語りました。


「怪獣に喰われた…って。
 おまえ、あの事件の犠牲者だったのかよ。
 TVでやっていてまるで実感なかったけどさ。」

「結局あれは何だったんだ?」

わけも分からず逃げ惑っているうちに化け物に喰われてしまったので、結局あれが何だったのかはわからずじまいでした。


「いや、俺もニュースよく見ていないからあまり分からないんだけど、宇宙人だとか、未知の生物だとか、突然変異だとか色々言われてた。」

「結局何だかわからないって事かよ。」

いったい前世の私は何者に喰われたのでしょうね、はぁ…。


「ところで何で兵器に詳しかったんだ?」

「軍事オタクだったんだよ、俺。」

自慢じゃありませんが、兵器のスペックなら今でも結構そらで言えますよ。
全く何の役にも立ちませんが。


「なるほどね…軍事オタクだったんだ、ケティ。」

何で目を逸らすのですか、失礼ですよ才人。


「そんなわけで、才人が帰る為の助けにはなれそうにないのですよ。
 まさか、死ねとは言えませんし、死んだからって記憶を持ったまま生まれ変わるだなんて保障もないのですし。」

トリスタニア語に戻して、才人に話しかけます。


「こっちの方が、もはや違和感ないな。」

「こちらで赤ん坊の頃から15年も生きているのですから、慣れるのは当たり前なのです。」

そして、15年も女性として生きれば、元の記憶が男であろうが、殆ど女の子になってしまうものみたいなのです。


「才人が元の世界に帰りたいのであれば手助けはしますよ、元日本人のよしみで。」

「ケティには今回も結構助けられたし、今後も協力してくれるなら助かる。
 この国に来てホームシックにかかっていたけど、元日本人がいてくれて嬉しいよ。」

私も久しぶりに会う日本人ですから、実は嬉しかったりするのです。
そういうちょっとした気の緩みが、才人に疑われる原因になってしまったのでしょうね。


「まあ、話し相手になるくらいなら、いつでもどうぞなのですよ。
 それでは体もだるいですし、そろそろ帰るのです。
 おやすみなさい、才人。」

「ああ、お休みケティ、また明日。」

ああ、眠い。
さっさとドレス脱いで化粧落として今日は寝てしまう事にしましょう。



[7277]  番外編 ハーレム願望も程々にして欲しいのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:29
ハーレムは男のロマン
女の子になった今でも、なんとなく憧れるものです


ハーレムは男の夢
まあ、夢だからいいのかもしれないのですが


ハーレムは男の野望
実現しようとすると、その、色々とあるものなのですよ




「ケティ頼む、話を聞いてくれっ!」

「いきなり土下座されても困るのですよ…。」

昼時、姉さま達が珍しく居ないので一人でお茶を飲んでいたら、いきなり才人に土下座をされたのでした。


「いやだって、ルイズに頼んでも駄目だっていうし、ここは土下座してでも頼みこむしかないかな…と。」

「…まあ兎に角、話だけは聞きましょう。」

どう考えても厄介事なのですが、土下座されたら聞くだけ聞くしかないのですよ。


「いや、実はシエスタっていう娘が居るんだけどさ…。」

才人が語ったのは、ジュール・ド・モット伯爵にシエスタが連れて行かれてしまいそうなので助けるのを手伝って欲しいという話なのでした。
いやしかし、ジュール・ド・モットの名をこんな所で聞くとは。
ひょっとして、アニメ版のエピソードとかなのでしょうか、これは?
アニメ版見ていないから、何が起きているのだか、さっぱりなのです。


「そのモット伯爵は、なのですね…じ、実はうちの親戚なのですよ。」

「な、なんだってー!?」

才人の顔が驚愕の色に染まったのでした。
ジュール・ド・モット伯爵には、うちの一番上の姉であるリュビ姉さまが嫁いでいるのです。
前にいらっしゃった時は夫婦仲睦まじい様子で、子供も6人目が出来たときだったのですが、アレだけ子供を作っておいてまだそんなに漲っているのでしょうか、彼は?


「シエスタはまだ行っていないのですね?」

「ああ、もうすぐ迎えが来るらしいけど…。」

モット伯に話を聞く必要があるのですね、出来得る限り本音を。


「他家の事情に割り込む事は気が引けるのですが、姉の夫の醜聞が宮廷に流れるようでは些か拙いのですね。
 …シエスタとは今すぐ会えるのですか?」

「おう、それは大丈夫だぜ。
 じゃあ、着いてきてくれ。」

才人について行くと、使用人たちの領域、つまりこの学園のバックグラウンドに入って行く事になったのでした。
通る人通る人がぎょっとして、慌てて後ずさって道を開けるのです。
貴族なんかが来て本当にすみませんという、いたたまれない区分になってくるのです。


「…これは、マントと杖は持って来ない方が良かったかもしれないのですね。」

「ん?何か言ったか?」

シエスタの事に気を取られて、私の状況に気づいていないのですか、才人。


「才人は鈍いのですね、と言ったのです。」

「今、俺酷い事言われた?
 ひょっとして酷い事言われた?」

正当な評価なのですよ、連れてくる人間の事を慮らないだなんて。


「おーい、シエスタいるか?」

「はい、サイトさんと…貴族様!?」

才人を見てほっとした顔を見せたシエスタがぎょっとした顔で私を見たのでした。


「お…お迎えが来たんですか?」

「え?いや違う、彼女は味方だよ。」

しかし、シエスタは警戒の色を隠そうとはしないのです。


「で、でも、その方はモット伯と姻戚関係にあるラ・ロッタ家のケティ様では?」

流石学院の使用人。
そのくらいの情報はリサーチ済みなのですね。


「このたびは姉の夫がご迷惑をおかけして、まことに申し訳ないのです。」

「え!?ちょ、ちょっと待って下さい、貴族様に頭を下げられるだなんて、そんな恐れ多いですわ!」

シエスタはあわあわと慌て始めました。
…ラ・ロッタではここまで慌てられないのですが、まあこれが普通の反応なのですよね。


「いいえ、例の噂が正しいとするならば、姉が夫の手綱をきちんと握れていない証なのです。
 ラ・ロッタ家としても、このような醜聞を流され続けるのはたまったものではないのですよ。
 この落とし前は、きっちり付けるのです。」

「落とし前って…何かやくざみたいだな。」

才人、貴族もヤクザも基本的に大きな違いは無いのですよ。
公権力を振るう事が出来るか、暴力を振るう事が出来るかの違いしかないのですから。
どちらも横暴にやろうと思えば、どこまでも横暴にできるのです。


「シエスタ、貴方の身柄はジゼル姉さまに預けます。
 あとで一緒に会いに行きましょう。
 それと、私の体格に合う使用人の服を一着用意して欲しいのです。」

「はい、それならお安いご用ですわ。
 幸いお嬢様は私と背格好が同じくらいですし、私のでいいならいくらでも。」

シエスタがこくりとうなずいたのでした。


「それで何するんだ?」

「スサノオノミコトは自ら生贄の身代わりになる事で、ヤマタノオロチと対面したのですよ。
 つまり、伯爵の本音が一番出る場所に直接赴く、という事なのです。」

いくら漲っているとはいえ、妻の妹に手を出したりはしないのですよ、たぶん。
リュビ姉さまの方にも手はまわしますし。


「スサノオノミコトって、どこかで聞いたような…?」

シエスタが首を傾げています…ちょっと不用心だったでしょうか?




『駄目!』

私の話を聞いた姉さま達の声が重なったのでした。


「妻の妹でも遠慮なく戴くような人だったらどうするのよ!?
 そんな危ない役目をあなたにさせられるわけがないでしょ!」

「いえ、ですがジゼル姉さま、身内の恥は身内で濯がないと…。」

ジゼル姉さまの目が三角なのです。


「それなら、私が行くわ!」

「ジゼル姉さまでは背が高過ぎるのですよ。」

「ぐっ!?」

それにモデルみたいなスレンダー体型なのですし、どう考えてもシエスタには見えないのです。


「じゃあ、私が行くわ。」

「エトワール姉さまの場合、恐ろしい事になりそうなので駄目なのです。」

「あらあら、何でわかったのかしら?」

やめて、モット伯のライフはゼロよ!なんて事になったら洒落にならないのですよ。
それと、さらっと同意しないで欲しいのです。


「やはりモット伯とは私が対面するしかないのです。
 ジゼル姉さまはシエスタの身柄を部屋で保護しておいてください。」

「しょうがないわね…わかったわよ。
 ケティに手を出したら、八つ裂きにしてやるんだから…ブツブツ。」

私を心配してくれるのはうれしいのですが、自重して欲しいのですジゼル姉さま。


「エトワール姉さまはこの話をリュビ姉さまに話して、出来得る限り怒らせて下さい。」

「あらまあ、そういうの大得意よ、私。
 リュビ姉さまを怒り狂わせればいいのね?」

頼んでおいてなんですが、少し不安なのです。
何する気なのですか、エトワール姉さま。




「シエスタ、シエスタという娘は居るか?」

「は、はい、私なので…ございます。」

ポーションで髪を黒く変色させ、そばかすを書いてシエスタっぽく見た目を変えて、使用人の服…つまりメイド服を着こんだ私が、モット伯の使者の前に進み出たのでした。
杖はスカートの下にベルトで括りつけておいたのです。


「どれ、まずは確かめるぞ!」

「キャッ!」

腕をつかんでぐいっと引っ張られたのでした。
そんな事をしなくても逃げないというのに、強引過ぎるのですよ。


「確かに黒髪とそばかす、旦那様のおっしゃった特徴と一致しておるな。
 …どこかで見たような顔立ちではあるが、どこで見たのだか、はて?」

「私のような平民の顔など、いちいち気にしていてもしょうがないでしょう?」

リュビ姉さまの顔を知っている?
偽物ならばここで成敗しようかと思っていてのですが、やはり本物なのですね…。


「まあ良いか、では来いシエスタとやら。」

「はい。」

私は使者に促され、馬車に乗り込んだのでした。




王都トリスタニア郊外にあるモット伯爵家の別邸に、私は連れてこられたのでした。


「あなたがシエスタね。」

「は…はい。」

背が高くて目つきのきつい美人のメイドさんが、私を見下ろしているのです。
威圧感ばっちりで、思わずたじろいでしまったのですよ。
いやしかし、やたらと胸を強調したデザインのメイド服なのですね…。


「ふむ…使用人なりに身なりはきちんとしているし小奇麗だわ、何より物腰に気品がある。
 流石は魔法学院のメイドね。」

「はい、ありがとうございます。」

魔法学院は給料も良く、使用人は平民ながらも素性のはっきりとした者しか採用されません。
給料も良く、福利厚生もしっかりとしているので、使用人の身なりはいつも小奇麗なので、怪しいものはまあまずいないのです。
…学院長がスケベ心を起こしさえしなければ、なのですが。


「でもその服!野暮ったいったらないわ。
 色気が足りないわね、色気が。」

「色気を強調するべき環境では無かったもので。」

まあ、学院のメイド服が野暮ったいデザインなのは確かなのですが、それには理由もあるのです。
エロい事で頭がいっぱいな青少年を集めた場所である学院で、いま目の前にいるメイドさんと同じような格好をしたメイドさんがいっぱいいたとしたら、父親のいないメイジの資質を持った子供を大量生産する破目に陥るのですよ。


「とにかく今の格好じゃ、旦那様の前に出せないわね。
 まずお風呂に入れて、徹底的に磨き上げるわよ。」

「は、はあ…。」

もうなんというか、ド直球でそういう事の為だけな感じなのですね。
顔が引きつるばかりなのですよ、エトワール姉さまが間に合わなかったら…か、考えるのは止めておくのです。


「お風呂メイド隊!洗いあげなさい!
 旦那様が気に入るように、一部の隙もなくぴかぴかに!」」

『はい、お姉さま!』

いきなり現れたメイド達に両腕を掴まれたのでした。


「え、あの、ちょっと…な、何なのですかーっ!?」

『ぴっかぴかに磨き上げまーす!』

そのまま脱衣所まで、物凄い勢いで引きずられるように連れてこられたのでした。


「さあ、脱ぎ脱ぎしましょうね?」

「女なら覚悟を決めて、ぱーっと!」

メイドさん達が私の周りを取り囲んで、手をわきわきさせながら色々と言っているのです。

ああ…何か夢にで出そうな?

「わ、わかりましたから、離れ…。」

「ああまどろっこしい、とっとと脱ぎなさい!」

「貴族の娘でもあるまいし、何を恥ずかしがっているのよ!」

貴族の娘なのですよー!?
ボタンをたちどころに外され、服をすぽんすぽん脱がされていくのです。


「あ~れ~…。」

ひいぃ、下着も何もかもをあっという間に脱がされてしまったのですよ。


「服飾メイド隊、採寸開始!
 この娘を磨き終わるまでに、一着仕上げるのよ!」

『はい、お姉さま!』

メジャーを持ったメイドさん達が現われて、私の体のサイズを徹底的に調べ上げて行くのでした。


「わー肌綺麗、貴族様みたいなキメ細かい肌だわ、手の皮も柔らかいし、本当にメイドなの?」

「胸が…聞いていたほど無いように見えるけれども、それでも結構大きいじゃない。」

右に回され左に回されひっくり返された後…。


『ヘイ、パス!』

「ひえええぇぇぇぇぇ!」

服飾メイド隊に放り投げられ。


『キャッチー!』

風呂メイド隊に受け止められたのでした。


『さあ、徹底的に磨き上げるわよ!』

「ひゃああああぁぁぁぁ。」

こうして私は風呂場に引きずり込まれていったのでした。
もう、わけのわからない悲鳴しか上がらないのですよ。
実は既にこの役を自ら進んで引き受けた事をかなり後悔し始めているのです。


「あら貴方、そのそばかす描いていたの?」

「え?ええ、実は貴族の坊っちゃん達に目をつけられないように、描いていました。」

偽そばかすがばれた時の誤魔化し文句を、あらかじめ考えておいて良かったのですよ。


「じゃあ、洗って取ってしまいましょうね。」

「じ、自分でできま…あぶぶぶぶぶ!?」

こうして私はこってり一時間、女として生まれてきた事を後悔する目にあわされたのでした。


「ひ…酷い蹂躙行為なのですよ、これは。」

洗うとか、全身洗浄とか、そんなチャチなものではないのです。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったのですよ。


「あら、まだ終わっていないわよ?」

「な、なんですってー!?」

こ…このじごくはまだおわらないのですか?


「ええ、次は薔薇の香油を使って、全身マッサージよ。」

「全身薔薇の良い香りに包まれるのよ、そして旦那さまと…ああっ!」

正気でいられるうちに考えておくのですが、モット伯に変な事をされている割にこのメイドさん達は嫌そうではないのですね。
ひょっとして…こういう風に仕込まれてしまうのでしょうか?


「そ…それなんてエロゲ?」

「エロゲ?まあ良いわ、じゃあ、塗り塗りするわよ♪」

メイドさん達が薔薇の香油をたっぷり手に付けて、私の体に塗りこんでくるのですが、これが果てしなく…くすぐったい!


「あはははははは、や、やめて、やめ、くすぐ・・・あはははははははは!」

『塗り塗り~♪』

やめて、やめて下さい、私はくすぐったがりやで、昔からこういうのに弱…どこに塗り込んでいるのですかあははははははははは!


「あははははは!ひぃ、もうやめははははははははは!」

蹂躙第二段なのですかーっ!?


「あははははははは!」

『塗り塗り~♪』

地獄の時間はこうして過ぎて行ったのでした。




「…んっ、ここは?」

マッサージで笑い過ぎて、酸欠で気絶したのですね。
体を起こすと、大きなベッドの上なのでした。


「か…体に力が入らない。」

笑い過ぎで消耗したのか体に力が入らなくてうまく動かず、着替えの時に外されてしまったので、杖も無いのです。
魔法が使えなければ、私なんてただのひ弱な小娘に過ぎないのですよ。


「切り札は…この指輪のみ、なのですね。」

ラ・ロッタの家紋入りの指輪なのです。
これがあれば、私の身分証明が出来る筈なのですが、どこまで通じるやら。


「おおシエスタ、私の素敵なメイド。
 予想通り、いや、それ以上の美しさだ!
 マッサージの時に気絶してしまったと聞いたけれども、大丈夫かね?」

「あ、はい大丈夫なのです。
 ジュール・ド・モット伯爵なのですね。
 お久しぶりなのです。」

ふらつく足で立ち上がり、いつも通りに例をしたのでした。


「おお、使用人でありながら、貴族の娘並みに優雅な礼が出来るとは素晴らしい!」

「それはまあ、貴族ですから。」

モット伯の笑顔が『えっ?』という表情で固まったのでした。


「ケティ・ド・ラ・ロッタと申しますモット伯爵。
 前にお会いしたのは5年くらい前だったでしょうか?」

「な…顔を良く見せてくれたまえ。」

モット伯に促され、私は顔をしっかりと見せてあげたのでした。


「リュビが少女だった頃の面影が確かに…。」

「この指輪も見ていただければ、私の素性はわかっていただけるかと思うのです。」

指輪の家紋をモット伯に見せたのでした。


「このスズメバチの家紋は確かにラ・ロッタの…という事は、本物なのか?」

「はい、本物なのです。」

モット伯の表情が次第に蒼白になって行くのです。


「ひょっとして…この桃源郷はリュビにばれたのかね?」

「リュビ姉さまどころか、今頃姉妹全員に知れ渡っているのです…って、どうしたのですか?」

モット伯はトランクケースをベッドの下から引っ張りだすと、服をそこに詰め込み始めたのでした。

「未来に向かって逃亡するっ!」

「はあ?」

なんだかよくわからないのですが、必死なのですね。


「リュビと離婚したくないから、この屋敷を引き払って、ほとぼりが冷めたら会いに行く!
 リュビにそう伝えておいてくれたまえ。」

「駄目なのです!ここはおとなしくリュビ姉さまの沙汰を待つのですよ!」

逃げようとするモット伯の腰に抱きついて止めたのでした。


「いやだ、今度浮気したら離婚して子供を連れて実家に帰ると断言されているんだ!
 リュビと別れたくない、子供たちとも別れたくないっ!」

「誠意を持って謝り倒して、二度と浮気しないと始祖に誓ってみせれば、必ず許してくれるのですよ!」

ずりずりと引きずられながらも、モット伯の腰に抱きつき続けて重しになるのです。
な、なんというか、物わかりのいい人で助かりましたが、ここまで恐妻家だったとは。
なら、初めっからこんな場所作るな、なのですよ!

「無理だ!もう始祖に誓った約束も八回破っているから、今更何の効力もない!」

駄目だこの伯爵、早く何とかしないと…。


「兎に角、リュビに怒りを収め…ぎゃーっ!?」

「あ・な・た?
 また性懲りも無く、こんな屋敷をこさえたんですの?」

おお、修羅の登場なのです。


「あ、リュビ姉さま、お久しぶりなのです。」

「まさか、ケティにまで手を出すだなんて…あなたって人はなんて無節操なのファイヤーボール!」

説教と一緒にファイヤーボール、さすがリュビ姉さま、高速詠唱は姉妹一なのですよ。
勿論私はよけたのですよ、モット伯を置き去りにして。


「ぎゃああああああああっ!?」

火達磨の一丁上がりなのです。
加減はしていたようなのですが、いい感じに焦げているのです。


「ケティ、大じょ…うぉ、なんだその風俗まがいのメイド喫茶みたいな恰好は!?」

「男のロマン…なのだそうですよ。」

目を逸らして答えておく事にしたのでした。


「あなた、今日という今日は許さないわよ!」

「ごめんよリュビ、許して、どうか命だけは助け…はぶっ!?」

なんだか、夫婦喧嘩という名の凄惨な殺戮劇が始まっているようなのですよ。


「…取り敢えず、犬も食わない争いは放っておいて、外に出るのですよ。」

「そ…そうだな、おっかないし。」

血飛沫が舞っているのですよ、アレは生きているのでしょうか?
取り敢えず、悲鳴は上がっているようなのですが。




「悪は滅びたわ。」

リュビ姉さまがすっきりした顔で屋敷から出て来たのでした。


「ええと…モット伯の命は…?」

「水メイジだもの、放っておいてもいずれ再生するわ。」

リュビ姉さまが断言します…が、そういう生き物でしたか、水メイジって?


「まあ兎に角、あの人の事は大丈夫よ、制裁もきちんとすませたしね。」

「リュビ姉さま、モット伯爵と離婚なさるのですか?」

私の言葉にリュビ姉さまは首を横に振ったのでした。


「あの人は確かに浮気を繰り返しているけど、私の事も子供たちの事もとても愛してくれているのも事実なのよね、これが。
 それに…おなかに子供もいるしね。」

そう言って、リュビ姉さまはお腹をさすって見せたのでした。


「ええと…?」

「9人目よ。
 見てなさい、お父様とお母様を超えて見せるんだから。」

子供の数で競わないで欲しいのですよ、私もたくさん産まなくてはいけない空気になるではありませんか。


「あの人は愛が溢れて噴き出している人なのよね。
 だから、他の女にまで愛を振りまきに行ってしまうの。
 歳を取って、そっち方面が枯れるまで、取り敢えず我慢するわ。
 もちろん、浮気がばれたら同じ目にあわすけどね。」

「し…死ぬ前に枯れるといいですね。」

流石は炎の情熱を表す宝石、リュビ(ルビー)なのですね。
リュビ姉さまは一筋縄では無い、深い愛情でモット伯を包んでいるのでしょう。



その後、シエスタに全部白紙撤回された事を話すと、踊りださんばかりに喜んでくれたのでした。
私がワイン好きな事を才人が話すと、今度タルブに行ったら溺れるくらいのワインを用意すると断言してくれたのでした。
こ…これは是非ともお呼ばれしなくてはいけないのですね、じゅる。

あの館のメイド…ですか?
今も元気に働いているのですよ、学院で。
学院長に掛け合ったら、問答無用で全員採用とのお墨付きを頂いたのでした。
流石エロ学院長、扱いやすい。
しかし心配な事があるのです。

なんだか最近男子生徒の目線が、彼女たち新入りのメイドさん達に釘付けなのですよね。
服は学院の地味なものになったのですが、モット伯にそっち方面をがっちり仕込まれたメイドさん達ですから、そっち方面のフェロモンが出まくりなのかもしれません。
…父親不明のメイジが大量生産されなければ良いのですが。



[7277] 第七話 男はアホな生き物なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/31 23:38
お姫様は女の子の憧れ
実際になるのは、貴族という立場になってみてはじめてわかりましたが、勘弁して欲しいのです


お姫様と王子の悲恋
お話としてならば、それは美しくも悲しいものとして作れますが、巻き込まれたら大変なのです


お姫様抱っこで運ばれる
私にもいつかそんな日が来るのでしょうか?





ルイズの部屋は私の部屋の4部屋先の場所にあり、階段を下りるには彼女の部屋の前を通り過ぎなくてはいけないのです。
ですから時折才人が廊下に敷かれた藁の上で、毛布一枚被って震えながら寝ている風景は何度か目撃しています。
何か彼女の気分を害する真似をして叩き出されていたのでしょうね。
ですが…今回の格好は、いくら何でもないのですよ。


「楽しいですか、才人?」

「わん!」

全力で頭を横に振る才人の格好は犬耳に犬尻尾で半裸、首に巻かれた首輪には鎖までついていて、壁に繋がれています。
それだけならいつもの事が少しエスカレートした程度なのですが、何というかフルボッコ状態です。
顔は腫れていますし、体中痣だらけで非常に痛々しいのです。


「とても楽しいのですか、それは結構な事なのです。
 まあ、人の趣味はそれぞれありますし、私は何も言わないのですよ。」

「わん!?わんわんわんわん、わん!」

頭を横に振るだけではなく、胸の前で腕をバッテンに組みながら、涙目で才人が睨みつけてきます。


「では才人、ごきげんよう。
 おほほほほほ…ほ!?」

笑顔で立ち去ろうとしたら、才人に足首をがっちりと掴まれました。


「わん…って、ええいまだるっこしい!
 楽しいわけなんかあるか、むしろ痛いわ寒いわで今にも死んじまいそうだよ。
 お、ケティの足首暖かいな。」

「足首を離しなさい変態。」

手が凄く冷たいのですよ、才人。


「俺は変態じゃない!よしんば変態だとしても、変態と言う名の紳士だ!」

く○吉君ですか、あなたは。


「警備兵に引き渡しますか?」

「お願いですから勘弁してください。」

ナイス土下座です、才人。


「わかりました、話を聞きましょう。
 傷の治療のあてはありますし、厚めの毛布を帰り際に貸してあげますから、話している間は私の部屋で少し暖まっていけば良いのですよ。」

「おおサンキュー、恩に着るぜ。」

見ているこちらが痛寒くなりそうな格好ですからね
ルイズには後で文句を言われるでしょうが、これは幾らなんでもやり過ぎなのですよ。


「さあどうぞ、入ってください。」

「おお暖かい…って、本だらけだなこの部屋。」

まあ確かに本棚に収まりきらない量の本が、そこらかしこにうず高く積み上げられていますからね。
女の子らしさはほとんどゼロの非常になんと言うか、自分で言うのもなんですがヲタな部屋です。


「実家の私の部屋に置いてる本の一部を持ってきたら、とんでもない事になりました。
 図書館に重複する本がいっぱいあったので、そういうのは殆ど送り返したのですが…。」

「いやそれは良いんだが、何でタバサがこの部屋に居るんだ?」

私の部屋の隅っこで、タバサが椅子に座って静かに本を読み続けています。
この前一度、タバサに本を貸す時に部屋に招待したら、それ以来機会があれば私の部屋に訪れて本を読んでいます。

まさに 計 画 通 り。(ニヤリ

…いやまあ、偶然なのですけれども。


「この部屋にあるのは、図書館には置いていない本ですからね。
 タバサは見てのとおり本を読むのが大好きですから、私の部屋によく来るのですよ。
 学術書も多々ありますが、タバサが今読んでいるのは一族に疎まれ、様々な試練に陥れられる王女とメイジ殺しの少年の恋を描いた物語なのです。」

「ばらしちゃだめ。」

タバサの微かに赤くなった頬がラブリーなのです。


「タバサ、才人の治療をお願いできませんか?」

「ん、わかった。」

タバサが《治癒》を使うと、才人の顔の腫れは徐々に引いていき、体中の痣も消え始めました。


「相変わらず凄いな、水魔法は。
 こんな事、日本でも出来ねえよ。」

こんな事が出来るようになったら、医学上の大革命がおきますよね、いやほんと。


「タバサ、ありがとうございます。
 今度マルトーさんに頼んで厨房を貸してもらいますから、キュルケも呼んで一緒にハシバミ草料理でも食べましょう。」

「ん。楽しみにしてる。」

そう言って、タバサは再び読書に戻りました。


「ホットワインなのです。
 これでも飲んで、人心地つけてください。」

「おお、暖かい…。
 ワイン暖めて飲むなんて初めて聞いたよ。
 いやだけど美味いワインだな、これ。」

才人は木のカップに入れたホットワインをフーフーしながら呑み始めました。


「美味しいに決まっているのです。
 それはラ・ロッタのワイナリーで作ったものなのですから。」

肥沃な土地と、豊かな水源と、豊富な日照を全て兼ね揃えた土地ですからね。
交易路から外れ過ぎて売るに売れませんが。


「ケティの家ってワインも作ってんのかよ。」

「タルブのように売るほど大量には作っていませんよ、皆の飲む分だけなのです。」

取り敢えず才人が一杯飲み切ったら、話を聞くとしますか。




「…さて才人、どうしてこんな扮装をしているのか教えてください。」

ホットワインを飲み終わった才人に、もう一杯ホットワインを渡しながら尋ねます

「実は…。」

才人はルイズが自分に惚れているんだと思って、寝込みを襲ったら蹴りまくられた挙句、犬の扮装をさせられて叩き出されたという事の一部始終を語ってくれました。


「エロ使い魔、貴方は死んだ方が良いと思うのです。
 むしろ死になさい、今すぐここで。」

…今すぐ部屋から叩き出しましょうか、このエロ使い魔。

「いやだって…一緒に踊った時のルイズさ、頬が赤くて目が潤んでいたんだぜ?
 っていうか、またエロ使い魔呼ばわり!?」

「酒飲んで踊れば、誰だってアルコールが回って顔も赤くなれば目も潤むのですよ。
 それはルイズだろうが、酔っぱらったおっさんだろうが同じなのです。
 私は現在ワイン3本目ですから、よく見てください。」

そう言いながら、才人に顔を近づけます。


「私の目は潤んでいますが、才人にはこれが恋の潤みに見えるのですか?」

「いいえ。
 それは酔っ払いの目の潤みです。」

才人は横に首を振ります。


「私の頬はほんのり赤くなってきていますが、貴方に惚れているように見えるのでしょうか?」

「いいえ、全く。
 それは酔っ払いの赤ら顔ですというか、ケティは既にワイン4本目なのでもう止めた方が良いと思います。」

失敬な、ワイン4本くらいまだまだ序の口なのですよ。
…このままだと、今月送られてきた分を呑み尽してしまいそうなので自重しますが。


「ルイズの瞳が潤んでいたのも、頬が赤らんでいたのも、酒飲んで踊ったせいだという事は理解できたのですね?
 人は自分の願望に記憶をすり合わせようとする事がよく起こります。
 記憶というのはそのくらい曖昧なものなのですからから、気をつけて…ん?」」

「……………。」

押し黙る才人の視線が何か低いので、辿ってみました。
私の寝巻きが捲れて、下着が見えています。


「…才人、私の下着がそんなに珍しいのですか?」

「い…いやだって、急に捲れたら思わず見ちゃうだろ!?
 ルイズは履いていなかったし…。」

気持ちはわかりますが、生まれ変わってからの15年が貴方を許すなと言っているのですよ、エロ使い魔。


「言おうとしたんだ、言おうとしたんだけど、どう言えばケティが怒らないかを考えていたら…。」

「足を動かした時に寝巻が捲れて見えた下着を凝視していたわけなのですか。」

そういう事なら仕方が無い…のですね。
まあ、十分怯えていますし、寝巻も元に戻しましたし、なによりタバサにもう一度治療を頼むのも馬鹿馬鹿しいのでこのくらいで勘弁しておきましょう。


「まあ良いのです、このくらいでいちいち制裁されていたらサイトも身が持たないでしょうし。
 いま毛布を出しますから、それを飲み終わったら帰るのですよ。」

「わかった、あまり長居するとルイズが騒ぎ出すかも知れないしな。
 サンキュー、ケティ。」

そう言ってから、ホットワインを飲む事に集中し始めたサイトをぼんやり眺めます。
そういえば、フリッグの舞踏会の晩、才人がニューヨークでのあの事件を知っていたという事は、ちょっとした驚きでした。
私はてっきり「なんだそりゃ!?」と、驚くと思っていたのですから。
勿論、才人の世界に「ゼロの使い魔」は無いでしょうし、それを思いつくヤマグチノボル氏も居ないでしょう。

ただ、才人の世界でも私の世界と同じくニューヨークで怪物が暴れまわる事件が起きた…という事は、おそらく私と才人の世界は並行世界としてはかなり近い世界な筈なのです。
ひょっとすると、前世の私の両親が実在しているかもしれませんし、もしかしたら前世の私も怪物に喰われずに生き残っているかもしれません。
ですから才人が向こうの世界に戻れる日が来たら、一緒に戻ってみるのも面白いかなと思っているのです。

…取り敢えず、男言葉の日本語を何とかしましょう。
元はとにかく今は淑女なのですから。


「よし、温まった。
 じゃあ帰るよ、タバサも傷治してくれてありがとうな。」

「ん。」

才人の謝辞に、タバサがコクリと肯いています。


「風邪を引かないように、毛布にしっかり包まって寝るのですよ?」

「ハハッ、ケティって母さんみたいな事を言うのな。
 じゃあな。」

そう言って、才人はドアを閉めました。
年下の乙女に向かって《母さん》は無いと思うのです。
まあ、転生した分精神的に老けているというのは確かに否めないものがありますけれども。


「さて、私もそろそろ寝るのですよ。
 タバサ、帰る時に明かりを消して行って下さいね。」

「ん。
 おやすみ。」

私はベッドに入るとタバサのところ以外の灯りを消して、目を閉じるのでした。





翌日、授業中にめかし込んだミスタ・コルベールが入ってきました。
鬘が無い…滑り落ちるから乗せるのを諦めたのですね、わかります。


「突然ですが、フーケ捕縛の件で何と王女殿下が御行幸なさる事になりました。
 ミス・ロッタは殿下の謁見が許されましたので、後で校長室に来るように。
 他の皆さんは王女殿下の出迎えの為に正装の準備に取り掛かってください。」

「ミスタ・コルベール、それは良いのですが、授業はどうなるのですか?」

折角、授業をしているドートヴィエイユ先生の脱線話が架橋に入ってきたところでしたのに。


「今日の授業は午後を含めて全て中止となりました。
 総出でこれより式典の準備にかかるのです!
 殿下にくれぐれも粗相の無いように、立派な貴族として振る舞ってください。」

ああ…友人と旅に出て、路銀をすられたドートヴィエイユ先生がどうやってその窮地を切り抜けられたのか、もう少しで聞けたのに残念なのです。




『トリステイン万歳!アンリエッタ王女万歳!』

数時間後、大喝采の中、20頭のユニコーンに引かれた豪奢な馬車が、学院の中に入ってきました。
ユニコーンは純潔の象徴として神聖視される生き物ですが、処女しかその背に乗せないという困った習性があります。

私は大丈夫ですが、学院の中には近寄る事をためらう女子も結構いるのではないかと思うのです。
ほら、通りの表にいた何人かの女生徒が、慌てて奥に引っ込み始めています。
レディの秘密をその習性で暴いてしまうとは、なんて下品な生き物なのでしょうか。

まあなんにせよ純潔の象徴なので、清純無垢なる王女を運ぶにはまさにうってつけの馬です。
王女の向かい側に、痩せこけたおっさんが乗っていて台無しですが。


「はいはい、ちょっとどいたどいた。」
 
そんな声がしたあと、ぐいっと押し退けられました。


「いた、痛い、何をするのですか!?」

「およ、ケティ?」

そこに居たのは才人です。
相変わらず犬耳ですか、そしてまたフルボッコになっています。


「いたた…昨日の恩を忘れて私を押し退けるとはいい度胸なのですね、才人?」

「しっかり人を掻き分けたわね、褒めてあげるわ駄犬。」

その才人の横からルイズがニュッと首を出しました。


「ルイズ、貴方の仕業ですか。」

「ケティ、ちょうど会いたいと思っていたのよ。
 うちの駄犬に勝手に施しをしてくださったんですって?
 私の使い魔が何をされどうするかは私の自由ですのよ、勝手に餌や毛布を与えないで戴けるかしら?」」

ルイズが私を睨みつけます。
ああ、やっぱり怒られましたか…。


「ルイズ、貴方のされそうになった行為には同情を禁じえません。
 恐らく怒りで脳味噌が沸騰しているのでしょうが、落ち着いて考えた方が良いのです。」

「何がよ。」

ルイズは私を剣呑な光に満ちた瞳で見つめます。


「年頃の乙女である貴方が、同じくらいの年頃の男に犬の扮装をさせて首輪をつけて、鎖で繋いで歩いているのです。
 しかもそれを公衆の面前で。
 想像してみてください、貴方はそういう人間を見て、どういう感想を抱くのでしょう?」

「え!?うーん…えーと…あー…うー…ぎゃー!」

ルイズは客観的に光景を想像したのでしょう。
赤くなって、青くなって、真っ赤になってから、蒼白になって絶叫しました。


「へへへ変態、わわわたし今、わたし今、物凄い変態だわ。
 きゃ客観的に見ると、サイトを通り越してこの国最高峰の変態に輝いているわ、私。」

「俺を通り越した変態…って、俺は変態なのかよ!?」

やっと気付きましたか変態娘。
そして黙りなさい真の変態、強姦未遂犯が変態でなくて誰が変態だというのですか?
才人に兎に角罰をって事で頭がいっぱいになっていたのでしょうけれども、今のルイズと才人の状態はどう見てもSM変態カップルなのです。


「サ、サイト!
 もうその格好いいから、部屋の鍵貸してあげるから、いつもの格好に着替えてきなさい、可及的速やかにっ!」

「お、おう、わかった。」

ルイズから部屋の鍵を渡された才人が、走り去っていきました。


「一つ聞きますがルイズ、サイトにあの格好をさせて学院中を練り歩いたのですか?」

「ああでも、何もかもが遅いのよ、もう…。
 ああ…これで普通の思春期女子として終わったんだわ、私。
 さよなら清純可憐な私、こんにちわドS女ルイズ…。」

ルイズが真っ白に燃え尽きているのです。
これは、何を言っても最早聞こえないでしょうね。


「ふふ…終わったわ、何もかも。」

何か、後ろからも同じような台詞が聞こえてきたので振り向いたら、真っ白になったキュルケが居ました。


「キュ、キュルケどうしたのですか!?」

「私の火魔法が、ケティから教えてもらったアレンジも加えてみたのに、駄目だったなんて…私の渾身の火魔法が…。」

こんな魂の抜けたキュルケを見るのは始めてです。


「タバサ、いったい何が起こったというのですか?」

「ミスタ・ギトーの授業。
 キュルケが魔法を全て弾き返された挙句、その炎で滅多打ちにされた。」

あのおっさん、キュルケがこんなになるまでいたぶるとは…。


「わかりました。
 キュルケのこの落とし前は同じ火メイジである私が、責任を持ってきっちりとつけます。」

「お願い。」

タバサは基本的に風メイジなので、ギトー先生を倒しても風最強理論を崩せませんからね。
しかし、それぞれの属性に強弱の差なんてのは無く、基本的にどう工夫するかにかかっているのに、何で風最強に拘るのでしょうか、あの人は。


「キュルケ、キュルケ、コルベール先生に頼んで一緒に魔法の練習をしましょう。
 あなたは天才肌ですが、それ故に力任せ過ぎな所がありますから、そこを直せばギトー先生にだって勝てるかもしれません。」

「…そうね、ツェルプストーの火を馬鹿にされたままじゃいけないものね。」

真っ白になっているキュルケを軽く揺さぶりながら励ましたら、何とか復活してくれました。


「さあ私の手を取って、立ち上がるのです。
 私はいつもキュルケと一緒なのです。
 私達火メイジの輝かしい未来がそこにあるのですよ。」

「ケティと一緒に…火メイジの輝かしい未来を…。」

ついでにマインドコントロールも施すのですよ、精神的なショックを受けている時は暗示がかかり易いのです。


「そうです、共に行きましょう。
 そして、強く、強く、強く、強く、強く、強くなるのです…。」

「強く、強く、強く…。」

ぐるぐるぐるぐるぐる~。


「駄目。」

「いたっ!?」

「あいたっ!?」

タバサに杖で叩かれました。


「暗示で洗脳したら、駄目。」

「駄目なのですか?
 いやまあ、半分冗談でしたけれども。」

タバサなら、タバサならきっとツッコんでくれると信じていました、本当ですよ?



「トリステイン王国王女、アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下のおなーりー!」

おお、そういえば姫殿下の出迎え式でしたね、すっかり忘れていたのです。
レッドカーペットが敷かれ、皆が固唾を呑む中ドアがかちゃりと開き、出て来たのは…


「皆のもの、出迎えご苦労である!」

もう少し空気を読めないものですか、この鳥の骨は?
周囲のげんなりとした視線を少しは気にしてください。
そういう事をやっているから、王権の奪取を企んでいるとか、反対派にいいように悪い噂を流されるのですよ。


「お、間に合ったか。」

「あ、ダーリン、元の格好に戻ったのね。」

サイトが元のパーカー姿に戻って、帰って来ました。
…デルフリンガーを片手に握っているという事は、ガンダールヴの力を使ったのですね。
間に合わせる為とはいえ、しょうも無い事に伝説の力を…。


「ちょうど間に合いましたね、才人。
 姫様がちょうど出てくるところなのですよ。」

「あ、姫様来たの?
 ちょっとサイト、どけなさ…あ…。」

ルイズがサイトを押しのけて、姫様の方を見た途端に動きが止まりました。
目がキラキラ頬がほんのり赤くなっています。


「どうしたのルイズ…あら、いい男。」

ルイズの視線を追ったキュルケも、ちょっぴり頬が赤いのです。


「いい男なのですか、どれどれ?
 ああ成る程…。」

へえ、アレがジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドなのですね。


「いい男よねえ…ねえ、ケティ?」

「髭面の男はインチキ臭そうなので、好みでは無いのですよ。」

まあワルドですし、髭面が駄目な以上にワルドってだけでアウトなのですよ。


「タバサはどうです、ああいうのは?」

「興味無い。」

ですよねー。


「…ふ、所詮は淡い夢だったか。」

私達女性陣に空気扱いされて才人がいじけていましたが、相手にしない事にしておくのです。




「な…シュヴァリエ叙勲は無しなのですか…?」

校長室に入っていきなりシュヴァリエ叙勲は無しになった事を告げられました。
姫様と枢機卿引っ張り出してきてそれですか…というか、それ誤魔化す為に姫様と枢機卿引っ張り出してきたのですね?


「はい…申し訳ございません。
 先月、わが国のシュヴァリエの爵位には非常時動員の義務が付与されていたようなのです。
 なので、学生にシュヴァリエ叙勲はふさわしく無いという事になりました。
 なので、ミス・タバサと同じく、皆様にも精霊勲章を授与する事になりましたの。」

そういって、姫様は深々と頭を下げられました。
精霊勲章にも年金はつきますが、シュヴァリエに比べると見劣りするのです。
…まあ、学生のお小遣いとしては過分なので良しとしますか。


「ルイズ、ああルイズ、久しぶりね。」

「アンリエッタ姫様、お久しぶりでございます。
 はい?何でしょうか姫様?」

姫様がルイズに勲章を着けながら、何か耳打ちしています。


「ねえケティ、ルイズとあのお姫様知り合いなの?」

「一応、親戚ですから交流はあるのではないのでしょうか?
 よくは知りませんが…。」

たぶん、今夜ルイズの部屋に行く事を告げているのでしょうね。
ルイズの顔が徐々に硬直していくのがよくわかるのです。
…さて、今夜寄らせて貰うとしますか。





「…で、女子寮で何をなさっているのですか、ギーシュ様?」

「け、ケティ!?」

そろそろかなと思って部屋から出たら、ルイズの部屋の扉にぴったりと耳をつけているギーシュを発見しました。


「や、やあ、奇遇だね、ケティ。
 今日も蝶のごとき可憐さだよ。」

「わざわざ女子寮に来ておいて奇遇も無いのですよ。
 ミス・ヴァリエールに夜這いなのですか?」

ルイズのところは無いにしても、おおかたモンモランシーの所に行こうとしていたところで偶然姫様を発見したのでしょう?
でないとギーシュがわざわざ女子寮の近くを通りかかる理由もありませんし…。


「そんなわけ無いじゃないか、僕が夜這いだなんて。
 …な、何か目が怖いけれども、どうかしたのかね?」

「何でもないのです。
 …で、ミス・ヴァリエールの部屋のドアに耳をつけて何をなさっているのですか?」

私の目が怖くなったりはしていないのですよ。
ギーシュの気のせいなのです。


「姫様がアンリエッタ姫様がミス・ヴァリエールの部屋に来ているのだよ。
 姫様が出てきたら、是非とも僕の事を覚えてもらいたいのだ。
 あの白く美しい百合のような方に僕の事を覚えていただけたら、それだけで僕は、僕は…。」

「…僕はなんでしょうか?
 そもそも何故私の前で、そういう事を言うのですか?」

なんだかよくわかりませんが、ひどく不機嫌になって来たのですよ。

「え…?ええと、ケティ、ひょっとして怒っている?」

「ギーシュ様、何を怯えているのか知りませんが、私は怒ってなどいないのですよ?」

ギーシュは何故じりじりと下がっていくのでしょうか?
そのままだとルイズの部屋のドアを開けてしまいそうなのですが。


「ケティ、ケティ、落ち着くんだ。
 君が僕みたいなフラフラした男がどうしても許せないのは知っているけど、落ち着いてく…ヒィ!?」

「私は十分落ち着いているのです。
 何を仰るのやらなのですよ?」

ギーシュを落ち着かせようと笑顔を浮かべてみたのですが、「ヒィ」とか、悲鳴まで上げられてしまったのですよ。
ああ何か、怒り倍増なのです。


「落ち着くんだ、落ち着きたまえ、兎に角落ち着いてくれ、話せばわかる!」

「問答無用、なのですよ。」

ギーシュは限界までドアに張り付き…ドアがとうとう負荷に耐え切れなくなって開いてしまいました。
ギーシュはバランスを崩して、ルイズの部屋の中に転がり込んでいきます。


「うわあぁぁぁっ!?」

「きゃっ、何者ですか!?」

ああ…つい、やっちまったのですよ。


「アンリエッタ姫様、先ほどは精霊勲章を御身自ら賜り、まことに有難うございました。
 校長室でお会いしたケティ・ド・ラ・ロッタでございます。
 此方で仰向けに引っ繰り返っている者はギーシュ・ド・グラモン、まあ特に気にしないでいただけると助かります。」

「ひ、姫様お初にお目にかかれた事、このギーシュ・ド・グラモン感激の至りでございます!」

後ろ手でドアを閉めてから、姫様に跪き恭しく頭を下げました。
ギーシュは早く引っ繰り返った状態から戻った方がいいと思うのですよ。
姫様は才人に御手を許されている最中だったみたいで、才人に左手を出したまま固まっています。


「才人、御手を許されたのでしょう?
 早くキスをするのです。
 …唇ではありませんよ、その左手の甲に、なのです。」

「ああ、手の甲にキスすれば良いのか。
 どうしたらいいか、わからなくて困ってたんだ。
 ケティ、サンキュー。」

そういって、手の甲にブッチュウと思いっきり才人がキスしました。


「きゃっ!?」

「…才人、そういう時は軽くキスするものでしょう、常識的に考えて。」

姫様は確かに可愛いですが、浮気フラグ立てるのはもっと先なのですから、あまりがっつかないで欲しいのです。


「う、いや、なんか、緊張しちゃって勢い余ったというか…。」

才人はかなり無礼な事をしたという事に気付いたけれども実感は無い様子で、頬をポリポリ掻いています。


「はぁ…全くあなたという人は。
 姫様、才人は貴族の風習を知らぬ平民の身、どうか御慈悲を賜りますよう。」

「あ…はい、平民で貴族の風習になれていないという事であれば仕方がありませんよね、許します。」

私が姫様に頭を下げると、姫様はあっさりと才人を許しました。
いや、何と言うかこの身分に生まれておきながら、奇跡的なほど《普通の人》なのですよね、この姫様は。
世間知らずではあるのですが、傅かれてきた者特有のオーラがあまり無いと言いますか。
このままドレスを脱いで平民の服を着て城下に繰り出しても、誰も気付かないでしょう。
上手く教育を施せば、自らの権力に奢る事の無い名君に化けさせる事も出来ると思うのですが、教育方針が彼女の性質に全然マッチしていないのでしょうね、これは。


「ひ、姫様に平民が御手を許されるとは、僕でさえそんな光栄に預かっていないというのに…。」

…あ、ギーシュがショック受けているのです。


「くっそう、なんだか腹立つから決闘だ平民!」

「アホなのですか、貴方は?」

炎の矢を一本生成してギーシュに放ちました。


「あち!?あちっ!!ちょ、ケティ、燃えてる!燃えてる!!」

ギーシュがのた打ち回っていますが、自業自得ですから放って置きます。


「あつっ!ひ、姫様、あちちちっ!
 実はこのギーシュ・ド・グラモン、先ほどの話の一部始終を聞かせていただいており…熱い熱い燃えてる!
 聞かせていただいておりました!
 私めにも、是非、是非、なにと…あつっ!なにとぞ、その任務をあちちちっ!賜りますよう!」

まさかこのタイミングで言い出すとは完全に予想GUYだったのです。
人と話す時は時と場合を考えて欲しいのですよギーシュ。
どこの世界に燃えて転がりながら、任務を此方にも下さいなどと言う人がいるのですかっ!
姫様の目がすっかり点じゃないですか、どーすんですかこの状況!?
…私のせいですけれどもね、いやどうしましょう?


「スノー・ブリッド。」

「ぎゃあ!今度は冷たい!」

雪の弾丸が、のた打ち回るギーシュを直撃して消火しました。


「そ、そこの使い魔なんかよりも、余程役に立ってみせます…。
 …お願いします、なにとぞこのギーシュめをお使いいただきますよう。」

「は…はあ。」

横たわるギーシュから妙な威圧感を感じたのか、姫様は顔を引きつらせながら恐る恐る頷きます。
ところどころ焦げて力なく横たわる様は、どう見ても才人より使えるようには見えないのですよ、ギーシュ。
そんな事よりも…。


「タバサ?キュルケも?」

今のスノー・ブリッドはタバサが放ったものですか。
しっかり気付いてすかさず消火してくれるとは流石タバサ、抜かりが無いのです。
しかし、どうしてこの事態に気付いたのでしょうか?


「私の部屋はこの部屋の隣よ。」
 煩くて目が覚めちゃったじゃない?」

「いつまでも部屋に帰って来なかった。」

ああ、そういえばそうでしたか。
キュルケは今の騒ぎで目が覚めて、駆けつけてくれたのですね。
タバサは部屋を出て行ったきり、帰って来なかった私を心配してくれたのですね。


「姫様、話を聞かせていただけませんか?
 私達三人ははいずれもトライアングルクラスのメイジですから、お助けできる事があるかもしれないのですよ?」

姫様を安心させるために、私は笑顔で姫様に訪ねたのでした。
事情は知っていますが、聞いてはいないのですからね、私。



[7277] 第八話 格好つかない日もあるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/25 15:11
秘密の任務を受けました
姫様は破滅型の恋愛が大好きっぽいのです


秘密は守り通さなくては
姫様とウェールズ王太子の秘密は守り通そうにも重過ぎます


秘密は少人数で握られるから秘密なのです
姫様は嫁に行くよりも婿を入れたほうが良いような気もするのです




「なるほど、手紙…なのですか。」

同年代だというのに気安さを感じたのでしょうか?
お忍びで来たのに、姫様は意外とあっさり話してくれたのでした。


「ゲルマニア皇帝と私の婚姻を知る者はまだ少なく、ウェールズ王太子も当然この事は知らないでしょう。
 内容は告げられませんが婚姻が決まってしまった現在、手紙の存在が公に知れれば婚姻も同盟も破談となってしまうのですわ。
 トリステインの国力ではアルビオンと単独で対峙する事など不可能と聞いています。
 そうなればトリステインは、6000年続いたこの王国は、私の恋の不始末で滅びるなどという、不名誉な滅びを迎えてしまう事になってしまいます。
 それだけは絶対に避けなければならないのです。
 ケティといいましたか、トリステインを救う為に、どうか手をお貸しくださいまし!」

…う、涙目で見られると正直辛いのですが、私は兎に角他の二人はホイホイ安受けあい出来る類の話でも無いのですよ、これは。


「わ…私、ひょっとしてかなりまずい事を聞いちゃったかしら?」

「ひょっとしなくても、物凄くまずい。」

キュルケとタバサの二人は私に視線を向けます。
主に非難の意味を込めて。


「忘れていただいてもかまわないのですよ?
 今回の件も関われば命の保証は出来ません。
 しかも、フーケのときよりも格段に。
 何せ、行くのは現在内乱の真っ最中なアルビオンなのですから。」

「ケティ、貴方はどうするのよ?
 ジゼルが知ったら、絶対に止めるわよ。」

そう言って、キュルケは私の瞳の奥を探るかのように、真っ直ぐ見つめてきました。


「私はトリステインの貴族です。
 その私が国家の一大事に結びつく可能性の非常に高い上に、公式に出来ない案件を王家から依頼されたのです。
 《貴族の地位は血によって購われる》のですよ。
 この件を受けないのであれば、私はトリステインの貴族である事を許されてはならないのです。
 ジゼル姉さまが止めようが、私には為さねばならない義務があるのですよ。」

「それだけ?」

タバサの瞳が私を覗き込みます。


「才人達の行く先には、これからとてもとても悲しい事が起きるでしょう。
 ですが、私が行くことで悲しい事を少々ながらも減らせるかもしれないと考えているのですよ。」

たぶん、奇跡は起きないのでしょうが、奇跡が起きないなら起きないなりに出来る事はあるのです。

「それは、思い上がり。」

眼鏡の奥から、タバサが私を睨みつけます。


「ええ、思い上がりもいいところだと、私も思うのです。
 下手を打てば、私の命は無いでしょう。
 死ぬほうがまだましな目に合わされるかもしれません。
 それでも、出来るかもしれないから、私は行くのです。」

タバサの視線を私はしっかり受け止めながら、そう返しました。
何で記憶を持ったまま転生したのかは、さっぱりわかりません。
ただの偶然なのでしょうが、その偶然に意味と意義を見出したくなるのが人情なのです。

記憶も15年以上前のものですし、忘れないうちにメモで残したものも、物心がついてまともに思考が出来るようになった3歳ころに書いたものですので、既に3年が経過しておりかなりうろ覚えなのです。
そのせいで、予想通りに忘れていた事態がぽこぽこ起きては混乱を来します。
それでも、彼らがこの後どうなっていくのかという大まかな記憶はありますから、そのうろ覚えを頼りに何とか彼らをサポートして行く事こそが私の転生してきた意味だと信じたいのです。


「ケティって、以外と熱いわよね。
 ぽやーっとしているように見えて、結構怒りっぽいし。」

「思わぬところに残っていて急に出火するから、私は《燠火》なのですよ。」

前にキュルケのところに来た男達を炎の矢で薙ぎ払ったのが妙な形で伝わったのか、なんだか最近《断罪の業火》とか、地獄の裁判官みたいな呼び名が裏で広まりつつあるようですが、気にしないのです。


「…えーと、ひょっとして来るつもりなの、キュルケ?」

ルイズが嫌そうに、恐る恐る声をかけてきます。


「あら、嫌なの?」

「これはトリステインの重大な問題だもの。
 ケティは良いとして、よりにも拠ってゲルマニアのツェルプストーに手伝われたくないわ。」

まあ、ルイズの言う事も一理ありますし、彼女なりにキュルケを心配して言っているのだとは思いますが、キュルケにそんな事言ったら…。


「あら、何だか是非とも参加したくなってきたわ。」

「なっ…!
 何でいきなり乗り気になるわけ!?」

ああキュルケ、なんてイイ笑顔。
ルイズをおちょくるのが彼女のライフワークなのですから、ルイズが嫌がったら行きたがるに決まっているのですよ。
彼女とタバサがはじめから加わってくれれば確かに鬼に金棒ではありますが、なんというしょうもない展開に…。


「折角私がしん…じゃなくて、あんたの家はゲルマニアでしょ、来ないで!」

「嫌よ、今回の件はゲルマニアにも関わる問題だわ。
 それにねルイズ、私もつい先刻からトリステインの碌を食む身になったのよ?
 ほらほら、精霊勲章。」

ルイズにキュルケがほらほらと精霊勲章を見せびらかします。
まあ確かに勲章から年金が出るので、碌を食むと言えない事も無いですね。
かなり強引な理論展開ですが。


「ムキー!なんて事かしら!」

「おほほほほ、お仲間ねルイズ。」

悔しそうに地団駄を踏むルイズを、心底楽しそうにキュルケが笑っています。


「ん?ああタバサ、何なのですか?」

「私も行く。」

私の袖をくいくい引っ張る感触があったので、振り返るとタバサがいました。


「良いのですか?」

「ん。
 皆がとても心配。」

私も彼女に心配されている身なのですが…やはり貴方は根っからの苦労人なのですね、タバサ。
貴方の苦労は将来きっと報われる日が来ますから、その日まで頑張って欲しいのです。


「キュルケのばーか!ばーか!」

「おほほほほほほほほ!」

…来ますよね、きっと報われる日が…来ると良いですねえ、タバサ。




「…という訳で姫様、今回の件確かにお承りいたしました。
 件の手紙、何とか回収または破棄して見せましょう。」

「アルビオンには明日の早朝出立致します。」

何とか話も纏まったので、姫様に跪いて礼をしながら儀式みたいな連絡会議を始めました。
才人だけきょろきょろしていましたが、私が《空気読め》と意思を込めて視線を送ると頷いて同じポーズを取ってくれました。
流石元同胞、視線でわかってくれるとは流石なのです。


「現在王党派はロンディニウムからニューカッスルに拠点を移して抗戦を続けているらしいです。
 ウェールズ王太子も必ずそこにいる筈ですわ。」

「了解しました、アルビオンには姉たちと旅行に行った事がありますので、地理に関しては何とかなると思います。」

ルイズの台詞は暢気な感じも受けますが、この世界の戦争は地球と違って戦場以外は結構長閑ですから、旅行で行った時の経験でも意外と何とかなるとは思うのです。


「この旅は危険に満ちていますわ。
 貴族派のアルビオン貴族達は、貴方の目的を知れば必ずや妨害してくる筈。
 わたくしもあなた達の旅の安全を始祖ブリミルにお祈りし続けますわ。
 それと…。」

姫様はルイズの机に座って、まっさらな羊皮紙にさらさらと何かを書き始めましたが、急に動きが止まりました。


「始祖ブリミルよ、わたくしをお許しください。
 わたくしはやはりこの気持ちを偽る事などできないのです。」

姫様はそう言うと最後に何かを書き足し、それを畳んでから蝋を垂らして封印用の指輪を押し付けます。


「これをウェールズ王太子に渡してください。
 そうすれば件の手紙をすぐに返してくれる筈ですわ。」

そう言って、手紙をルイズに渡しました。


「かしこまりました姫様、このルイズ・フランソワーズ、必ずややり遂げて見せます。」

「あとこれを…《水のルビー》です。
 あなた達の身分を証明する助けに使ってください。
 もしもどうしても路銀が足りないのであれば、売ってしまってもかまいません。」

《水のルビー》は戴冠式にも使う国宝級の宝物なのです。
こんなもの売り払えませんけど、身分証明にはこれ以上無い品なのは確かなのですね。


「水のルビーの加護が、あなた達をアルビオンの猛き風から守ってくれる事を祈っています。
 だから皆様、どうかご無事で。」

そう言って、姫様は私達に深々と頭を下げたのでした。




「ジゼル姉さま、ジゼル姉さま、起きて下さい。」

「んあー?」

まだ靄のかかる早朝、私はジゼル姉さまの部屋を強襲しました。
鍵ですか?ジゼル姉さまはそんな細かいことはしないのです。


「あれーケティじゃない?どーしたのお?」

ジゼル姉さまは極端に寝起きが悪いので、朦朧としています。
かなり卑怯くさいですが、この機を狙って許可をもらってしまいましょう。


「ジゼル姉さま、私はこれから一週間ほど旅に出ます。」

「そーなの、いってらっしゃぁい…ぐー。」

許可はもらったのです、覚えているのかどうか不明ですが。
エトワール姉さまの眠りを妨げるとありとあらゆる意味で怖いので、ジゼル姉さまに伝えたという事実があれば良いでしょう。






「なあケティ、アルビオンってどんな国なんだ?」

一旦広場に集合してから、シルフィードに乗ってラ・ロシェールまで行く事になったので、集合場所の広場に集まると暇つぶしなのか才人が話しかけてきました。


「でかいラピュタなのです。」

「ラピュタかぁ…って、空飛んでんのかよ?」

非常にわかりやすい例えがあって良かったのです。
まあもっとも、アルビオンは滅亡寸前なだけで、ラピュタのように滅んではいませんが。


「ええ、アルビオンは空飛ぶ大きな島にある国なのです。」

「わけわかんねえよ、どういう原理で浮いてんだよ。
 これだからファンタジーは嫌いなんだ!」

わけわからないですよね、私もいまだにわけわからないのですよ。


「なあケティ、僕の使い魔も一緒に連れて行きたいのだが?」

「ギーシュ様の使い魔を?」

急に肩を叩かれ振り返ってみると、ギーシュにそんな事を言われました。
ええと、ギーシュの使い待ってなんでしたか?


「ああ、おいで!僕の愛しいヴェルダンデ!」

「ぎゅぎゅ!」

土がボコッと盛り上がり、その中から現れたのは全長2メイルほどの大きなモグラでした。


「大きいモグラなのですね。」

「そう、この子が僕の使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデさ。
 ああ今日もかわいいよヴェルダンデ、どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」

「ぎゅ、ぎゅー!」

ギーシュは幸せそうにヴェルダンデを抱擁しています。


「確かに目がつぶらで可愛いのですね。
 ヴェルダンデ、はじめまして。
 ケティなのです。」

「ぎゅー。」

私の言葉がわかるのか、ヴェルダンデはぺこりと頭を下げました。


「でもギーシュ様、アルビオンは空の上なのですよ?」

「船に乗せるさ、土の中じゃないと不安がるとは思うけれども、僕がついているから大丈夫だよ。」

まあ、それなら何とかなりますか。
ジャイアントモールは土の中では馬よりも早く移動できますし、この大きさなら人が通れるだけの大きさの穴も掘れますから、何かの役に立つかもしれないのです。


「ではヴェルダンデが私達を見失わないように何か印を…。」

「ぎゅ!?」

そういった途端、ヴェルダンデが鼻をヒクヒクさせ始めました。


「おはよう、荷造りに時間かかっちゃった…って、何よこのでかいモグラは?」

「ぎゅぎゅぎゅ♪」

ヴェルダンデはルイズに近づいていくと、その鼻面を水のルビーに押し付けました。


「わ、何すんのよこのデカモグラ!
 姫様からお借りした水のルビーに鼻面擦り付けるんじゃな…わ、なんかぬめっとした、ぬめって!」

「ヴェルダンデは宝石が大好きなんだ。
 時々宝石の原石や鉱脈を掘り当ててきたりするんだよ。」

ギーシュが誇らしげに胸を張る横で、ルイズはヴェルダンデに必死で抵抗しています。
体格がぜんぜん違うので完全に押し負けているのです。


「そんなことどうでも良いから、このデカモグラを早くどけなさい!」

「これがいい目印になりそうなのですね。
 ギーシュ様、もう良いですからヴェルダンデに離れるように言ってあげてください。」

ジャイアントモールは数リーグ先の鉱脈もその鼻で嗅ぎ分けるといいますから、水のルビーの匂いを覚えたなら問題無いでしょう。


「ああわかったよケティ。
 ヴェルダンデ、レディに失礼なことはやめて、僕のところに戻ってきておくれ!」

「ぎゅぎゅぎゅー♪」

…戻って来ません。
水のルビーに夢中になって、他の事を忘れているようなのです。


「ヴェルダンデ、戻ってきておくれ、ヴェルダンデ!」

「ぎゅぎゅー♪
 ぎゅ!?ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ!?」

いきなり、突風が起きてヴェルダンデをルイズから引き剥がしました。


「ヴェルダンデ!?」

「ぎゅー…。」

ヴェルダンデは伸びてしまいました。


「ああっ、ヴェルダンデ!ヴェルダンデ!なんて酷い事に!?」

「いや、気絶しただけだろ?」

涙を流しながらヴェルダンデに抱きつくギーシュに、才人がすかさずツッコんでいます。


「君を早く止められなかったから、僕のせいでこんな事に。
 本当にごめんよヴェルダンデ、君がこんな酷い事になるとは思わなかったんだ!」

「いや、だから気絶しただけだろ。
 微かにぎゅーとか鳴いてるし。」

なんか、ギーシュと話すとツッコミに回りっぱなしじゃありませんか、才人?


「君の敵は断固とらなければならない、君の無念は僕が必ず果たす。
 だから君は綺麗な場所から僕を見守っていてくれ…。」

「生きてるだろ、使い魔を勝手に死んだ事にするなよ!?
 そっちの方がむしろ可哀相だろ?」

何という漫才コンビ。
これを素で出来るとはギーシュ、やりますね。


「僕の愛しいヴェルダンデをこんな酷い目にあわせた君、絶対に許しはしない。
 …決闘だ!」

才人の台詞をさらりと聞き流してゆらりと立ち上がったギーシュは、一瞬グリフォンに乗ったヒゲ帽子の方を見ましたが、クルリと向きを変えて才人に杖を突き付けました。


「聞き流すんじゃねえよ!
 しかも俺かよ!?
 違うだろ、お前の敵はあっち、あっちのあの帽子被ったもっさい髭面だよ!
 アレだろ、間違えるなよ!」

「帽子被ったもっさい髭面…アレ…。」

グリフォンに乗ったヒゲ帽子が肩を落としていますが、そんなモブキャラはとりあえず放置なのです。


「うるさい!あの恰好はどう見たって女王陛下の親衛隊だろう。
 滅茶苦茶強いのだよ、親衛隊は!
 おっかな過ぎるだろう、決闘申し込んだら一瞬で『ずんばらりん』と真っ二つにされてしまうじゃないか、何を言っているのかね君は!?」

「お前が何言ってんのか分かんねえよ、俺は。」

涙目で心底情けない事を全力で力説しないで欲しいのです、ギーシュ…。


「…ところでアレ、誰?」

「さあ?そう言えば親衛隊がなぜここに?」

ヒゲ帽子に指差す才人の問いに、ギーシュが首を傾げています。


「取り敢えず言える事は、アレがモグラ嫌いだって事だな。
 じゃないと罪も無いモグラを吹っ飛ばすとかあり得ん。」

「いやまったく、モグラに嫌な思い出でもあるのかね?」

ギーシュと才人は腕を組んでお互いに頷きあっています。
何時の間にやら仲良しなのですね、貴方達…。


「アレとか言うな、指差すな、そこの君っ!
 申し遅れたが僕の名はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。
 女王陛下直属の魔法親衛隊隊長だ。
 あと僕はモグラ嫌いじゃない。
 あれはだな…。」

ワルドは優雅に礼をしましたが、目が少し潤んでいるのです。


「ワルド様…?」

ルイズが呆けた表情でワルドを見ています。


「ああそうさルイズ、僕の可愛い婚約者!」

「婚約っ!?」

あ、才人が固まったのです。
好きな女の子に婚約者がいたと知ったら固まりますよね。


「どうしたんだいルイズ、僕の事を忘れたのかい?」

「あ、いいえ…違うのワルド様。
 あまりにも久しぶりで、びっくりしてしまったのですわ。」

そういうルイズの頬はほんのり赤いのです。
…よくわからないのですが、格好良いのでしょうかあの人は?
私は髭生やした男は格好良いかそうでないかの前に、信用できないのですが。


「キャッ、ワルド様何を!?」

「はっはっはルイズ、君は相変わらず羽のように軽いんだね。」

ワルドはルイズの脇をつかんで高い高いを始めました。
扱いが子供ですね、ルイズ。


「は、恥ずかしいですわ、ワルド様。」

「何を恥ずかしがるというのだい、僕たちは婚約者だろう?」

婚約者であるなしに関わらず、16歳にもなって高い高いされたら普通は恥ずかしいと思うのです。


「な、まさか…ルイズの婚約者がモグラ嫌いだったとは、こいつはびっくり仰天だぜ。」

「こんなに愛らしいヴェルダンデにあんな情け容赦無い攻撃を加える事が出来るのだから、彼はきっと昔モグラに何か酷い目にあわされたのだと思うのだよ、僕は。」

そっちの理由で固まったのですかっ!?


「しつこいな、まだそのネタを引っ張るのか君たちはっ!?
 先ほど言いそびれたが、僕にはその巨大モグラがルイズを襲っているように見えたんだ。」

どう悪く見ても、激しくじゃれているようにしか見えなかったのです。
ルイズにいい所見せようとして張り切りすぎたのですね、わかります。


「ごめーん、皆もう待っていたのね。」

「…眠い。」

キュルケとタバサがやってきました。
タバサ、次の朝が早い時は読書は程々にしないと…。


「おはようございます、キュルケ、タバサ。」

「おはようケティ。
 あら、昨日のいい男じゃない。
 どうしてここに?」

キュルケがまたワルドを見ていい男と言いました。
…私の男に対する審美眼は、どうやら少しおかしいのかもしれません。


「お初にお目にかかります、お嬢様がた。
 僕は女王親衛隊のジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。
 今回は王女殿下の依頼で、君たちとともに行動する事になった。
 よろしくお願いするよ。」

私達の方を向いて、ワルドが軽く一礼しました。


「お初にお目にかかりますワルド卿。
 ケティ・ド・ラ・ロッタと申します。」

「お目にかかれて光栄ですわ、ワルド様。
 わたくし、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申しますの。」

「タバサ。」

礼をしながらワルドを観察してみます。
ううむ…彫りが深くて精悍な顔立ちなのです。
目は鋭いのですね。
体は鍛えているのがよくわかります。

結論としては、やはり好みではありません。
髭は置いておいても、こういうギラギラしたのは苦手なのです。
私は牧歌的で細かい事を気にしない、のんびりした人の方が好みなのですよ。


「俺は平賀 才人。
 よろしくな、モグラ嫌いなルイズの婚約者さん。」

「僕はギーシュ・ド・グラモンと申します。
 今後ともよろしくお見知り置きを、モグラが嫌いなワルド卿。」

才人、ギーシュ、飽く迄もそのネタを引っ張り続けるつもりなのですね。

「…もう、モグラ嫌いで良いよ。」

ワルドががっくりと肩を落としました。
なんとも…格好がつかない登場なのですね。





「しかし大丈夫かね、アレ?」

「すげえ必死の形相だな、あのグリフォン…。」

現在私達はタバサ、キュルケ、才人、私、ギーシュの順でシルフィードの背に乗っています。
ヴェルダンデは捕まった獲物の如く、シルフィードの足に捉まれて宙ぶらりんで運ばれています。
最初は抵抗していましたが諦めたらしく、おとなしくなりました。
そしてルイズとワルドなのですが…


「風竜とグリフォンでは飛行速度が段違いなのですから、仕方が無いのですよ。」

「いくらなんでも無茶に過ぎるわよねえ…。」

必死の形相でシルフィードを追いかけるグリフォンとワルド、それをワルドの腕の中で引き攣りながらルイズが見ています。
シルフィードとしてはかなりゆっくり飛んでいるのですが、グリフォンは既に口から泡を吹き始めているのです。
あれはどう見ても愛を語れる雰囲気じゃあないのですよ、御愁傷様なのです。


「ねえタバサ、あのグリフォンはラ・ロシェールまで持つと思う?」

「もう少しで墜落する。」

確かにあの調子ではグリフォンもアドレナリン全開で、力尽きるまで飛ぶ事になるでしょう。


「一度休憩を入れましょう。
 グリフォンに力尽きられても、もう一人くらいしかスペースが残っていないのです。
 最悪、誰かをシルフィードが咥えて運ばなくてはいけなくなってしまうのですよ。」

そう言いながら、才人を見ました。

「確かに俺に回ってきそうな役割だ…。」

才人が頭を抱えて天を仰ぎます。
なんという苦悩のポーズ、いろんな意味で絵になりそうなのです、前衛的な何かに。

「タバサ、一度降りて小休止しましょう。
 その方が効率も上がるのですよ。」

「わかった。」

ちょうど着陸に適していそうな開けた場所があったので、そこにシルフィードは降り立ちました。




「おっ、あっちも降りてくるみたいだな。」

ルイズがワルドの腕の中にいるのに、余裕なのですね才人。


「やきもちは焼かないのですか?」

「う…いや、確かに最初はちょっぴり悔しかったけどさ、必死に飛んでいるのを見ているうちにだんだん哀れになって来た。」

いやまあ、確かに遠目で見ていてもワルドもグリフォンも飛ぶのに必死で、ルイズをかまっている暇なんか皆無でしたけれども。


「しかしなぁ…ルイズに婚約者か。」

「ヴァリエール公爵家は王家の庶子が始まりで、継承位は低いながらも王位継承権を持つ由緒ある家柄なのです。
 婚約者はむしろ居ない方がおかしいのですよ。」

私の姉が結果としてルイズの姉から婚約者を取ってしまいましたが、そこは気にしない方向でお願いしたいのです。


「ところで、ケティには婚約者とか居るのか?」

「いいえ、居ないのですよ。
 ラ・ロッタ家は私を含めて娘が12人もいましたから、一人一人に許婚は流石に無理なのです。」

私も思春期に入るまではかなり男っぽかったのですよ、居たとしても許婚なんて御免だったのです。
それがまさか、ここまで女の子化してしまうとは私自身思っても居なかったのですよ。


「学院で良い人が見つかればそれはそれでよし。
 そうでなくても別に貴族はトリステインだけにいるわけではありませんから、嫁ぎ先に特に困る事は無いのですよ。」

「いやでもさ、嫌じゃないのか?好きでも無い見た事すらも無い人のところに嫁ぐって…。」

まあ、現代の日本人なら誰もが抱く疑問なのですよね、この世界の結婚観は。


「嫁いでから好きになれば良いのですよ。
 実際、嫁いでいった姉さま方も幸せそうですし。
 良いではありませんか、結婚から始まる恋があっても。」

「う、うーん、そんなもんかな?」

やはり才人にはピンと来ないようなのです。


「恋愛結婚じゃなければ駄目だ、不幸になるなどというのは、ただの迷信なのです。
 結婚も恋愛も、色んな形と選択肢があって然りなのだと思うのですよ。
 もっとも、そんな事を言っている私自身が初恋もまだなのでは格好つかないのですけれどもね。
 …あ、ルイズ達が降りて来たのです。」

ルイズたちを乗せたグリフォンが、着地直後に膝を付いて横になってしまいました。


「はは…は、流石に風竜は、は…早いね。
 僕の風魔法も使って加速させたけど、全然追いつかなかったよ。
 流石に疲れたから、少し休憩させてもらうよ。」

そう言うと、ワルドは地面に横たわってそのまま寝てしまいました。
少々格好悪いですが、寝るのが精神力回復の一番の近道なのですよ。


「わ、ワルド様大丈夫ですか?
 ちょっとあんた達、早過ぎんのよ。
 ワルド様倒れちゃったじゃない?
 …まあ、風竜がグリフォン並みの速さで飛んだら飛行がとても不安定になってしまうのはわかるけど。」

ルイズも事情はわかっている為、極端に怒ってはいません。


「まあまあルイズ、落ち着いてください。
 そろそろお昼ですし、お弁当を作って来ましたから一緒に食べましょう。」

とは言っても、いつぞやのサンドウィッチなわけですが。




「珍しい料理ね…で、ナイフとフォークは?」

「いらない、こうやって食べる。」

キュルケの貴族発言に、前に食べた事のあるタバサが率先して行動…と言うか、例を見せるついでに食べ始める気なのですね?
兎に角、タバサはサンドウィッチを手でつかんでかぶりつきました。


「おお、これはいつぞやのサンドウィッチでは無いかね?
 僕もいただくとしよう…しかし、量が凄く多いような気が。」

ギーシュも以前食べた事があるので、そのまま手にとって食べ始めました。
量はタバサがいるので足りるかどうかわからないのですよ。


「サンドウィッチか、美味そうだな、どれどれ…お、おおおおおぉぉぉぉ?」

サンドウィッチを口に運んだ才人が、びっくりしたような表情でこちらを見ています。


「ま、マヨネーズじゃんこれ!」

「美味しいですか?」

サンドウィッチを食べながら、才人が涙を流し始めました。


「すげえ懐かしい味だよ、これ。
 まだ一ヶ月くらいしか経っていないのにすげえ懐かしい。
 そうか、マヨネーズ作ったのか、ケティ。」

「マヨネーズくらいしか作れなかったのですよ、私は。」

才人は物凄い勢いでサンドウィッチを食べ始めました。


「負けられない。」

タバサ、これはフードファイトではないのですよ。
だから、急に食べるスピードを上げないで欲しいのです。


「う、美味しいわこれ。
 特にこのソースが凄く美味しい…。」

恐る恐るサンドウィッチを手にしてルイズも齧り付き始めています。


「ZZZZZZZZzzzzzzz…。」

「ワルド卿は…無理そうですね。」

眠りを妨げるのも可哀想なので、放っておきましょう。
起きてもたぶん昼ご飯は無いでしょうけれども。



[7277] 第九話 これが青春だ!なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:30
若さは時に無鉄砲なものです
敗北こそに人は多くを学ぶものです

若さがあれば何でも出来ます
ただし金が必要なこと意外は、なのですが

若さの暴走は取り返しのつかない結果を生み出すこともあります
ですよね、ワルド卿?




「ZZZZZZZZZzzzzzzzz………。」

昼食から二時間後、ワルドはまだ寝ています。
精神力がすっからかんになるまで魔法を使い続けたようなのです。


「…なあギーシュ、置いていかないか、このヒゲ。」

「気持ちはわかるが、流石にそれは可哀想過ぎると思うのだよ。」

才人が熟睡しているワルドを棒で突っ突いています。


「もう少ししたら起こせば良いのですよ、要は日が暮れる前に到着すればよいのですから。
 グリフォンの疲れもそろそろ回復しそうなのです。」

悪夢を見ているのか、時々うなされているようなのですが、揺すっても全然起きる気配が無いのです。


「起こしても起きなかったら、どうするんだよ?」

「その時は仕方が無いので、置いていけば良いのです。
 あと一人くらいならシルフィードの背中に乗せられますから、ラ・ロシェールで合流すれば何とかなります。」

そう、ラ・ロシェールで合流という事にすれば、こんなになるまで必死でついて来る必要なんか全くなかったのですよね、実は。
諦めてグリフォンの上でルイズといちゃつきながらのんびり来れば良かったのに、ムキになってついて来たりするから…。
男の矜持ってやつなのでしょうか?
前世の記憶を掘り返しても、よく理解できないのですが。


「え!?ワルド様を置き去りにしちゃうの?
 駄目よ、そんなの!」

ルイズが怒って私に詰め寄ります。


「飽く迄最後の手段なのですよ、ルイズ。
 今すぐ置いていくとは、一言も言っていません。
 幸いグリフォンでも一時間も飛べば、到着できる距離まで来ているのです。
 黄昏時まで起きなければ、ブランケットでもかけて置いて行きます。
 ラ・ロシェールの貴族用の宿は2軒しかありませんから、すぐに合流できるでしょう。
 それとも、このままここで眠ったままのワルド卿と夜を過ごすつもりなのですか?」

「う…ぐ、わかったわ。」

ルイズは公爵令嬢ですから、野宿なんて選択肢は端から無いのです。


「そもそも、このあたりには山賊も出るという噂があるのです。
 ですから、この女性が多い構成のメンバーで日が落ちるまで居続ける危険は、可能な限り排除しなくてはいけないのですよ。
 とはいえ、こうも何も無い場所では何もすることがな…。」

その時、「ひゅん…ぷす」という音がして、私の足元に矢が突き刺さりました。


「行ったそばから山賊なのですかっ!?
 タバサ、風の守りを!」

「わかってる。」

続いて飛んできた矢は、既に詠唱を始めていたタバサの魔法で軌道を逸らされ明後日の方向に落ちて行きます。


「才人、ワルド卿を起こしてください。
 使え得るあらゆる手段を使ってかまいませんっ!」

「オッケー、オラ起きろこのヒゲ!!」

才人はデルフリンガーを鞘に収めたまま持ち上げると、それで勢いよくワルドのお尻をぶん殴りました。
…やきもちの分が今絶対入っていましたね、間違いなく。


「ぬぐあぁぁぁぁっ!
 な、何だ、何が起きた!?
 尻が、尻がああああぁぁぁぁぁぁっ!」

ワルドが臀部を押さえてのた打ち回っています。


「ワルド卿!
 お気の毒では在りますが、お尻の痛みを気にしている暇など無いのです!
 敵襲なのです、とっとと目を覚まして反撃をお願いします!」

「そ…そうはいっても寝起きにこの痛みは…ぐ…あ…。」

才人、確かに私はありとあらゆる手段を使っても構わないとは言いましたが、強く殴り過ぎなのですよ。


「ああもう仕方が無いのです。
 炙り出します!
 キュルケ、弓が飛んできていると思しき場所に炎の矢をありったけ射ち込みましょう。」

「わかったわ、せーので行くわね!」

私とキュルケは詠唱を合わせます。
まあ元々凄く短いスペルなので、詠唱が終わるのは一瞬です。


『せーの、炎の矢!』

私とキュルケが生成したあわせて300本近くの炎の矢が、山賊が隠れている繁みに向けて一斉に放たれました。
炎の矢は火魔法の基礎魔法で、私達みたいなトライアングルクラスになると大量に生成できますが、火を飛びやすいイメージにするために矢の形に生成しているだけなので、突き刺さったりはしません。
ただし、命中した対象物を燃やすくらいなら出来ます。
それが例えば矢が飛んできた繁みに満遍なく降り注げばどうなるかというと…。


「ぎゃああああ!熱い熱い熱い!」

「だからメイジの集団なんて襲うのには反対だって言っただろ!」

山賊が一瞬で盛大な焚き木と化した繁みの中から慌てて飛び出してきました。


「賊どもに告ぎます!
 今すぐ逃げれば命だけは見逃してあげますが、立ち向かってくるようであれば消し炭になるのを覚悟していただくのです!」

ああ、自分の台詞回しがこんなに緊迫感を削ぐものだとは思ってもいなかったのです…。
ですが今更口汚く言うには困難が伴うのですよ。


「よりにもよって対集団に強い火メイジが二人だと!?
 野郎ども、とっととずらかれ、消し炭にされちまうぞ!」

山賊の親分は元傭兵か何かでしょうか?
随分メイジに詳しいのですね?


「ひい、なんてこった!」

「お…お助けええええぇぇぇっ!」

山賊たちはち散り散りばらばらになって逃げていきました。


「意外とあっけなかったわね?」

「多分、普段は平民の商人の荷馬車を襲っている連中なのでしょう。
 私達はメイジですが、女が4人も居たから舐められたのではないかと思われるのです。」

まあ、その舐めた女に撃退されたのですから、まさに自業自得なのです。


「タバサ、助かりました。」

「ん。」

風魔法の汎用性の高さとバランスの良さは火魔法よりもずっと上です。
ギトー先生の風魔法最強理論もこの事が根底にあるのでしょうが、火魔法だって目的を絞って特化させれば戦いの場に限っては十分以上に対抗できるのですよ。
それは兎に角…。


「この男ども、全然役に立たなかったわね…。」

長身のキュルケが、男性陣を半眼で見下ろすように見ました。


「それを言われると、ぐうの音も出ないです、はい。」

「土系統は遠距離攻撃が苦手なのだよ…。」

才人とギーシュは情け無さそうに頭を掻きます。


「尻さえ痛くなければ、戦いに加わることも出来たのだが…申し訳ない。」

まだお尻が痛いのか、ワルドは片手でお尻をさすっています。


「ええと…私も何も出来なかったんだけど?」

ルイズが気まずそうに手を揚げました。


「ルイズは姫様に手紙を運ぶ役を仰せつかっていますから、役をきっちり果たしているのです。
 むしろ戦いに加わってはいけません。」

「え…いや、そうかもしれないけど、私だけ何もしないのも…。」

ルイズは困ったような表情になってしまいました。


「まあ取り敢えず言える事はですね。
 あの燃えている繁みをどうにかしないと、ここ一帯が焼け野原になってしまうのですよ?」

『あ…。』

結構勢い良く燃えているのですよ。
命の危機だったとはいえ、どうしましょう…?


「ワルド卿、ウインドカッターか何かで、あの茂みの周りにある草を取り除いて火から遠ざけられませんか?
 風はありませんし、周囲に燃えるものがなければ、とりあえず延焼は防げる筈なのですよ。」

「わかった、不甲斐ない姿を見せっぱなしだからね、喜んでやらせてもらうよ。」

ワルドが呪文を唱えると、さすがはスクウェアメイジというべきか、ものすごい勢いで茂みの周囲5メイルほどにある草がスパスパ切れて遠ざけられていきます。
茂みは燃え尽きてしまうでしょうが、延焼は取りあえず防ぐ事が出来そうなのです。


「すげえ…何という草刈りメイジ。」

「放っとけっ!」

才人のボソッと呟いた一言に言い返すワルドの目に光るものがあったのは、言うまでもないのでした。






ラ・ロシェールに到着後、私たちは『女神の杵亭』というラ・ロシェール最高級の宿に私達は泊まる事になりました。
別にこんな高い宿でなくても『月夜亭』という、貴族用のそこそこ高級な宿でも良かったと思うのですが…。
おかげで財布のお金の半分近くが吹き飛んだのですよ、辺境の田舎貴族と大貴族の格差を垣間見た一瞬なのでした。
…領収書は貰って来たので、後で王家に請求しましょう。

ワルドとルイズは港に船を捜しに行っています。
アルビオンは現在内戦中なので、いくらこの世界の戦争がのんびりしているとはいえ、定期便は止まっていますから待っていても無駄です。
ワルドが『役に立てなかったお詫びに船を探し出してくる』とか言いはじめ、それにルイズが『私も行く!』と、ついていってしまいました。


「行かなくて良かったのかね?」

「いいんだよ、あの草刈りヒゲがいれば大丈夫だろ?」

この宿の一回にある食堂で残された私達はワイン片手にまったりしていました。
今日はまだボケとツッコミしかしていない、真の役立たず二人が私の横で何か話しているのです。


「一緒に行くべきだったのではありませんか?
 ルイズが好きなのでしょう、才人?」

「ば、バカ、ちがうよ!
 いやまあ確かに容姿は俺のストライクゾーンど真ん中だけど、そういう事ではなく…だな…何というか。」

ふふふ、才人の顔が徐々に赤くなっていくのはなかなかの見ものなのですよ。


「大体、あのヒゲとルイズってだいぶ離れているだろ、なのにベタベタベタベタとロリコンかよアイツ!」

「ワルド卿は髭のせいで老けて見えますが、たぶん25歳くらいなのです。
 10歳程度離れているくらいなら、ごく普通なのですよ。」

姉さま達の中にも10歳以上の歳が離れている人のところへ嫁いだ人はいるのです。
転生前の日本でも10歳くらいの歳の差カップルなら結構いるはずなのですよ。


「うぐ、そんなに若かったのか…あいつ。」

「しかしまさか、使い魔がご主人様のことを好きになるとはね。
 流石は規格外の使い魔だよ、君は。」

ギーシュはそう言うと、肩を竦めて見せました。

コントラクト・サーヴァントには多分、双方が惹かれあうように感情を制御する類の魔法が混じっている筈なのです。
本来は召喚者の好みにそぐわない使い魔を召喚者の好みであると錯覚させる効果と、獰猛な使い魔に召喚者への好意を抱かせて攻撃できないようにする為なのでしょうが、人間同士の場合は恋愛感情にすり替わってしまうのですね。

だから、ルイズと才人はどんなに反目しあっても、どんなに喧嘩しても惹かれあうのです。

別にそれが不自然な事だとは全く思いませんよ、吊橋効果みたいなものですから。
内分泌系の錯覚から始まる恋があるならば、魔法で引寄せられる恋があっても良いでしょう。
本人達が幸せならば、原因が何であるのか…などというのは、実に下らない話なのです。


「才人、もしもワルド卿とルイズがと結ばれてしまったとしたら、貴方は死ぬほど後悔する事になるのですよ?」

「う…いや、ねえよそんな事は、絶対に。」

才人が困ったように目を逸らしました。
こういう強情な所が結構可愛いのですよね、才人は。


「ふふっ…まあ、何にせよもうルイズとワルド卿は出かけてしまったのですから、ああだこうだ言ってもどうにもなりはしないのですが。
 でも才人、手を離してはいけないときには、離してしまっては駄目なのですよ?」

「うんうん、ケティの言うことは実に含蓄深い。
 僕は時々ケティが年下だという事を忘れてしまうのだよ。」

ギーシュ、それはつまりおばさんくさいという事なのでしょうか?


「あら、三人で何の話をしているのかしら?」

そこにキュルケがやってきました。
風呂上りなのか、薄着でいつもにも増して胸の谷間を強調した服を着ています。
才人、ギーシュ、何なのですかそのだらしの無い顔は。


「青春において度々やってくる、大いなる葛藤について話していたのです。」

「わかりにくいけど、恋ね?」

「わかりやすく言えば、恋の話なのです。」

ゲルマニア人は言動がそのものズバリ過ぎるのです。
そういうのは大好きですが、話題が繊細なのですから、もう少し詩的に、優雅に…。


「なるほど、貴方とギーシュの事とか?」

「なんなっななななな!?」

いきなり何を言い出すのですか、キュルケ!?

「へ?僕がどうかしたのかね?」

「何でもないのですよ、なんでも無いったら無いのです!」

ギーシュが一見女誑しっぽい癖に、実は野暮天の朴念仁である事に感謝するしかありません。


「キュ、キュルケ、わけのわからない事を言わないで欲しいのです!」

ギーシュはモンモランシーとくっつくべきなのです。
私なんかが立ち入って良い隙などありはしないのですよ。


「えー?わたしはありだと思うんだけどなぁ…。
 結構まんざらでも無いんでしょ?」

「な、何を言うのですかキュルケ、そんな事はありはしないのですよ。
 それよりも、タバサは?」

タバサは、タバサはいったい何処に?


「タバサならいつも通り部屋で本読んでいるわ。
 それよりも、貴方の恋の話でしょ?」

「そ、そんな話は元から無いのですよキュルケ!?」

何でいきなり私が追い詰められているのですかっ!?
しかもキュルケめっちゃ楽しそうなのですよ、表情がっ!


「ふーん、そんなこと言っていると後悔するわよ?」

「断じて後悔などしないのですっ!
 私は、私は…っ!」」

ドアが開いて、ワルドとルイズの二人が帰ってきてくれました。
ナイスタイミングなのですよ、二人とも!


「お疲れ様なのです、ルイズ、ワルド卿。
 …で、首尾はいかに?」

「あー!逃げた!?」

キュルケが何か言っていますが、無視無視なのです。


「ぜんっぜんダ・メ!
 こっちが親切丁寧にお願いしてあげているっていうのに、なんなのかしらあの態度は?」

「はぁ…明後日にならないと、例え始祖ブリミルが夢枕に立ったとしても船は出せないとまで言われてしまったよ。」

ルイズの態度が超ビッグなのです。
ひょっとしてそれで断られたのでは…?


「私が急ぎのとても大事な任務だって何度も言ってあげているのに、何でわからないのよあの船長は!?
 莫迦なの?死ぬの?」

態度が超ビッグなのが悪いのではないかと思うのですよ、ルイズ。


「ねえケティ、何で明後日にならないと船が出ないか知ってる?」

「スヴェルの日の翌日に、アルビオンはこのラ・ロシェールに一番近づくからなのですよ。」

スヴェルの日にはあのふわふわ浮く巨大な島が、ラ・ロシェール近くの空までやってきます。
数年に一回はラ・ロシェール上空までやってきて、町が夜みたいに真っ暗になる事もあるのですよ。


「ああ成る程、そういう事なの。」

「いやケティ、そのスヴェルの日ってのがさっぱりわからないんだが?」

納得するキュルケの横で、才人が右手を挙げています。


「スヴェルの日とはですね、双月が重なり合って一つになる日なのですよ。」

「月が重なり合って一つになるのか、へえ。」

あの双月、同じくらいの大きさに見えるのですが、手前にある月と後ろにある月では多分全然大きさが違う筈なのです。
しかも結構離れているのでしょう。
でないと、今頃激突してハルケギニアに大災害をもたらしている筈なのですから。


「これで全員揃ったのですね、では部屋割りを発表するのです。
 もう入っていますがキュルケとタバサが同じ部屋、私とルイズが同じ部屋、後の野郎どもは適当に馬小屋ででも寝ていやがれなのです。」

『おぅい!?』

いいツッコミなのです、三人とも。


「冗談なのです。」

そう言いながら、鍵を取り出して才人に渡しました。


「三人には少し大き目の部屋を用意してもらいました。
 普通のベッド二つに簡易ベッド一つを置いてもらったのですよ。」

「心臓に悪い冗談だぜ、ケティ…。」

私は三人の驚く顔が見れて、大いに満足だからそれで良いのですよ。


「あー…ちょっと良いかな、ミス・ロッタ?」

「はい、何でしょうかワルド卿?」

ワルドが気まずそうな表情で私を見ています。


「ルイズと一緒の部屋になり…。」

「却下なのです。」

ワルドが言い切るまでもなく、その案は却下なのです。


「い…いやでもだね、僕らは婚約者なのだし…。」

「婚約だろうが蒟蒻だろうが、駄目な物は断じて駄目なのです。
 そもそもワルド卿と私の部屋を取り替えたら、私はギーシュ様や才人と一緒の部屋で寝る事になってしまうのですよ?
 狼の群れにか弱い羊を放り込むような真似をなさるおつもりなのですか、ワルド卿?」

ギーシュにはかつて酔った勢いで押し倒されそうになりましたし、才人も夜這いの前科持ちなのですから、どう考えても貞操の危機なのです。


「…そういう事では、仕方がないか。」

「御理解に感謝いたします、ワルド卿。」

ルイズと私の乙女のピンチはこうして何とか回避されたのでした。





「ケティ、あんたサイトと仲良いわよね?」

「友達という意味でなら、確かにそうなのです。」

ルイズが唐突にそんな事を尋ねてきました。
実はルイズとあまり話した事が無いのですよね。
口数が少ないタバサとよりも会話をしていないのは、問題があるような気はするのです。


「でも、私の折檻を受けた才人の事を、あのメイドみたいに時々助けているでしょ?」

「友人を助けないで通り過ぎられるほど、私は薄情でも冷酷でもないのです。
 男女の関係が全て色恋で結びついているわけではないのですよ、ルイズ?」

あのメイドと言われても、どのメイドかわからないのですよ。
シエスタの事だとは思うのですが。


「確かに私は昨夜才人を部屋に招きはしましたが、それはタバサも居たからなのです。
 流石に私一人で異性を部屋に招くような事はしないのですよ。
 それに、才人はルイズの事が好きなのでしょう?」

「ええ、ななな何を言っているのよ!」

おお、ルイズの顔が物凄い勢いで真っ赤になっていくのです。


「嫌いな相手に夜這いはしないのですよ、常識的に考えて。」

「あの馬鹿犬が盛っただけよ!
 あいついつもいつもいつもいつもツェルプストーやメイドの胸ばかり、むむ胸ばかり見てるもん!
 私の胸見て溜息吐いたのよ、そんな奴が私のことが好き?すすす好きですって!?」

ルイズの顔が見事なくらい真っ赤になっているのです。
ふむ、この頃から結構才人にも脈はあったのですね。


「もももし、もし、もしそうだとしても、私はご主人様であいつは使い魔なのよ、そんな関係になるわけが無いわ、ええ無いったら無いわ!」

「その強がりが、はたしていつま…ん?
 誰か来たようなのです。」

ノックの音がしたので、ドアを開けてみるとワルドがいました。


「ワルド卿、何か御用なのですか?」

「ルイズと少々話がしたいんだ。
 ミス・ロッタ、すまないが少々席を外していただけないだろうか?」

ルイズに結婚しようと言うつもりなのですね。
でも、今まで全く何も良いところが無かったのですが?


「わかりました、ほぼ重なり合った双月の下でワインを飲むのも乙でしょう。
 少々外出するので、その間に何なりと話し合ってくださいなのですよ。」

さて、誰かを誘って月見酒と洒落込むとしますか。





「…楽しいのですか、才人?」

「思いっきり虚しい、実は。
 つーか、飲兵衛だなケティ。」

ワインのボトルと杖を右手に持ち、左手でコップに注がれたワインを飲んでいるだけで飲兵衛扱いとは心外なのですよ?
今いる場所は私とルイズの部屋の窓の外、サイトは窓枠にしがみつきながらルイズとワルドの動向を覗き、私はレビテーションでふわふわ浮いているのです。


「盗み聞きはアバンティの教授だけで良いのです。
 デルフリンガーも覗きなんかの為に使われて、不服そうなのですよ?」

「ああその通りだ娘っ子、俺今すげー情け無い気分でいっぱいだ。」

剣として殆ど役に立っていないのですから、ストレスが溜まっても仕方が無いのかもしれません。


「もう少しすれば嫌でも活躍せざるを得なくなりますから、それまでの我慢なのですよ、デルフリンガー。」

「そうだよな、もう少しでアルビオンだものな、戦争中なんだから出番だよな斬れるよな、ククククク…。」

また妖刀モードなのですかデルフリンガー。
アルビオンに行く前に一戦できるとは、まさか思ってもいないのでしょうね。


「黙れ妖刀。
 なあケティ、俺も一杯飲みたい気分だよ、なんかやってられない感じ。」

「良いのですよ、どうぞ。」

コップにワインを注ぎ足して、才人に渡しました。


「え?あ、ああ、うん。」

ちょっとびっくりした様子になった才人でしたが、そのまま恐る恐るワインを飲み始めました。


「お、うまいな。」

「タルブのビンテージものだそうなのです。
 先ほどの夕食の時に、数本くすねて来たのですよ。」

こんな水より高いワインなんて、滅多に飲めるものではないのですよ。


「美味かったよ、あと間接キスもご馳走さん。」

「ななな…!?」

此方にはそんな習慣は無かったのですっかり忘れていましたが、思い出したら恥ずかしくなってきたではないですかっ!


「こ、此方にはそんな風習は無いのですよっ!」

「でもケティ、転生前は俺の世界の人間だったじゃねえか?」

へらへらと笑う才人にイラッと来ますが、レビテーション中なので他の魔法が使えないのです。


「そんなのすっかり忘れていたのですよっ!
 15年間此方で生まれ育ってきたのですから。」

「へっへっへー、ケティと間接キッスー♪」

久々に思い出したあちらの風習に少々混乱している間に、危機は頭上へと迫ってきていた事に、私達は気付かなかったのでした。


「…誰と、誰がキスですって?」

恐ろしげな声に上を向くと、そこにはルイズという名の大魔王が!?



「答えなさい駄犬、誰と、誰がキスですって?」

「はい、俺と、ケティが、間接キスです。」

ルイズの目が此方をギロリと睨みます。


「友達って、言っていなかったかしら?」

「と、友達なのですよ?
 始祖ブリミルに誓って、才人とはただの友達なのです。」

「そそそうなの、とと友達とキスするんだ、ケティは、ふーんそう、ふーん。」

ひょっとして、間接キスという習慣が此方に無いから、才人の言っている事がルイズに上手く伝わっていないのですか?


「違うのですよ、キスではなく間接キスなのです。」

私が伝えたら、誤解は解けるかもしれないのです。


「間接?何それ?」

「才人の国では、杯の回し飲みで、他の人が口をつけたところに口をつける行為を間接キスというのだそうです。
 才人に杯を貸してワインを飲ませてあげたら、そういう話をして私をからかい始めたのですよ。」

全責任を才人に押し付けつつ、間接キスについてルイズに説明してみます。


「駄犬、つまりあんたは異性の友達をからかっただけだというわけね?」

「はい、全くその通りでございます。」

取り敢えず、私への理不尽な怒りは解けたようなのです。
良かった、良かった。


「あんたが全ての元凶か、この駄犬!」

「ぼべら!」

その代わり、全ての怒りが才人に放たれたようなのですが。
顔を蹴り飛ばされた才人は、壁に剣を突き刺して何とか落下せずに済んだようなのです。


「こ、殺す気か!?」

「恩知らずには当然の末路よっ!」

うんうん、その通りなのです。






翌朝、ルイズがワルドの呼ばれたというので一緒に来てみると、サイトとワルドがいました。

「ワルド、来て欲しいというから来たけど…何をするつもりなの?」

「彼の実力を測ってみたいと思ってね。」

ワルドを挟んで向こう側には、デルフリンガーを抜いた才人もいます。

「決闘なのですか?」

「おやミス・ロッタ、君も来たのか。
 良いや、決闘じゃないよ。
 実戦形式の手合わせといった所かな?」

ワルドは少しびっくりしたような表情を一瞬浮かべましたが、すぐに笑みに変わりました。

「私はルイズと同室なのですから、彼女が起きれば私も起きるのは道理なのです。
 朝の散歩がてらについてきたのですよ。
 私はお邪魔なのですか?」

「いいや、見届け人が増えても別に困りはしないさ。」

さてはて、ここで才人が瞬殺というのも面白くありません。
コンマ数秒でも才人がやられるまでの時間が長くなるように、少し梃入れさせてもらうのですよ。

「才人と少し話をさせてもらっても良いですか?」

「ああ、いいよ。」

ワルドが頷いたので、才人に少しアドバイスでもさせてもらいますか。

「才人、ワルド卿はスクウェアクラスのメイジです。
 努々舐めてかかる事など無いようにするのですよ?」

「いやでもあいつって、強いのか?
 昨日一日格好良い所を全く見かけなかったんだけど…。」

確かに草刈りしか活躍の場がありませんでしたからね。

「私よりは間違いなく強いはずなのですよ、昨日はあんなでしたが。」

「ケティよりも…って、今の俺全く勝ち目無くないか?」

何処の大魔神ですか、私は?

「今の才人になら工夫次第で勝てるでしょうけれども、そこまで無茶なほど強くは無いのですよ、私は。」

「いやでも、ケティの特製ファイヤーボールとか喰らったら、間違いなく影だけ残して蒸発して消えるよ俺?」

当たらなければどうという事は無いと、仮面の人も言っているのですよ。

「私のファイヤーボールは直線的に飛びますし、照準も目視で行います。
 つまり、私の目の限界を超えた動きで動けば、私のファイヤーボールがどんなに熱かろうが当たる事など無いのですよ。
 そして、ガンダールヴの超絶的な身体能力を使えば、それは割と容易い事なのです。」

まあ、ガンダールヴの動きを止める方法もいくつか考え付いてはいますが、当然教えてあげません。

「私の事はどうでも良いのです。
 それよりもワルド卿の事なのです。
 彼はスクウェアメイジであり、同時に親衛隊の衛士なのです。
 手っ取り早く言うと、彼は魔法剣士なのですよ。」

「魔法剣士…って、魔法と剣の両方が使えるって事か?
 それ、ずるくねえ?」

才人が表情を曇らせました。

「戦いに卑怯もへったくれも無いのですよ、勝った者が正義なのです。
 彼の杖が剣であることは伊達ではないのですよ。
 ワルド卿は剣士としても一流なのです。
 ですから、接近戦なら絶対勝てるという先入観は捨ててください。
 スピードを生かしてヒット&アウェイを行い、兎に角彼の技に捕まらないようにするのです。」

「お、おう、わかった。」

まあ付け焼刃などどうとでもされてしまうような気はしますが、やらないよりはましなのですよ。
これで何とかなるかもしれません。





…などと思っていた時期が私にもあったのです。


「あっという間でしたね。」

「うっ…。」

原作よりも持ったのかもしれませんが、よくわかりません。
いくら動きが早くても、軍人の鍛えられた目には十分捉えられる素早さだったようで、動きを読まれてあっという間にやられてしまいました。


「俺…駄目だったよ、全然敵わなかった。」

「ギーシュ様はただの学生なのですよ、今の才人はただの学生にもボロボロになって勝てる程度でしかありません。
 ですから軍人であるワルド卿に勝てる道理は無いのです。
 強いのは当たり前なのですから、そこまで気落ちすることは無いのですよ。」

才人は訓練場においてあるベンチに腰掛けて、項垂れています。


「ルイズの前で負けたのはとても残念だとは思いますが…。」

「はは、俺じゃあルイズを守れないってさ。」

才人は顔を上げようとはしません。
地面には数滴の涙の跡があります。


「いいえ、大丈夫なのです。
 才人はルイズを守る為に呼ばれたのですから、才人にはそれを成す為の力が必ずあるのですよ。」

「じゃあ何でワルドに負けたんだよ、俺全然弱いじゃねえか、気休め言うなよケティ!」

両肩を掴んで揺さぶら無いで下さい、目が、目が回ります。


「力があっても、それを出し切れる状態に無いからではないですか?
 剣を使うのであれば、きちんと剣の素振りでも何でもするべきだと思うのです。」

「それで何とかなるって保障が何処にあるんだよ!」

ああもう、聞き分けの悪い主人公なのですね、貴方は!


「この馬鹿者!男がいちいち女々しい事を言うんじゃないのですよ!」

「ぐがぁ!?」

私の拳が才人のこめかみにクリーンヒットなのです。


「止まるな、進め、努力あるのみなのです。」

「ふ、普通そこで拳が出るか?」

正直な話、拳が滅茶苦茶痛いのです。
女の子のやわな体で男を殴るものではありません。


「私に拳で語らせるほうが悪いのです。
 見て下さい、腫れてきたではありませんか。」

「う…ごめん。」

まあ、自業自得なので才人が謝る必要は全く無いのですが。


「謝っている暇があったら、剣の練習をするなり、何か小細工で乗り切る方法を考えるなり、ルイズを守る為にどうすれば良いか行動するのですよ。」

「わかった、ケティに殴られたらなんか気合入ってきた!
 よし、やってやるぜっ!」

単純で結構、兎に角今は精進あるのみなのですよ、才人。



[7277] 第十話 男心も乙女心も複雑なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/04/14 00:01
奇襲は相手が知り得ないからこそ成立するものなのです
つまり、私が知っているという時点で、奇襲など成立しないのですよ


奇襲と言えば真珠湾攻撃
トラ トラ トラ ニイタカヤマノボレ…帰る事が出来たなら、タルブ村の零式艦戦を見に行けるのですね


奇襲を知っているのは私一人
教えたいけれども、教えられないこのジレンマをどう解消しましょうか?





「いい月なのです。」

今晩はスヴェルの夜、月が一つに見える夜。
赤い月が白い月に隠れて見えなくなるので、白い月のみの夜空が地球の夜を思い出させる夜なのです。
私の記憶が正しければ、今晩この宿は傭兵達に強襲される筈なのですが、さて何時だったやら?
予め手は打っておきましたが、上手くいくのでしょうか?


「…才人、ホームシックなのですか?」

宴もたけなわな中、少し月が見たくて屋上に上がってみたら才人がいました。
月を見ながら涙を流しています。


「恥ずかしながら、その通りだ。」

涙を拭いてから、才人が頭を掻きました。


「国破れて山河在り
 城春にして草木深し
 時に感じては花にも涙を濺ぎ
 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
 烽火三月に連なり
 家書万金に抵る
 白頭掻けば更に短かく
 渾て簪に勝えざらんと欲す」

「何それ?
 つーか、今日本語だった?」

才人は古文の時間居眠りしているタイプなのですね、間違いなく。


「もとは中国の詩人、杜甫の《春望》という漢詩なのですよ。
 中学校の教科書にも載っていますし、古文の時間に必ず習っている筈なのですが?」

「古文は爺ちゃんの先生がやっていて、誰も注意しないから寝てた。
 それで、その詩の意味は何?」

やはりなのです。
まあ私も漢詩なんか、これくらいしか諳んじられないのですが。


「戦乱で捕らえられ家族と離れる破目に陥った作者が、強烈なホームシックに陥った際に綴った詩なのです。
 ホームシックの才人には、状況こそ違えどぴったりかなと思ったのですよ。」

「なるほど、確かに俺にはぴったりかもな。」

実は家族と会えない事が寂し過ぎて禿げそうだという詩なのですが、まあそれは黙っておくのです。


「気を落とし過ぎないのです。
 来たのですから、必ず帰る道もある筈なのですよ。」

「気休め言われてもなぁ…。
 帰れなかったらどうすんだよ?」

きちんとイベントをきっちりこなしていけば、才人は元の世界に絶対に帰れるのですよ。
死んで生まれ変わった私と違って。
だから、才人がイベントをこなす手助けを私は続けていくつもりなのですから。


「大丈夫なのです。
 仮に駄目でも才人のその力をきっちり生かす術を身につけさえすれば、この世界に根付く事だってできる筈なのです。
 私だってなんだかんだ言っているうちに根付けたのですから、才人にだってそういう日が必ず来るのですよ。」

「そういわれると、なんか気が楽になって来たよ、何とかなるのかなぁ?」

才人の表情が少し明るくなってきました。
何とか元気になってもらえそうなのです。


「元の世界の話がしたくなったら、いつでも頼ってくれて良いのです。
 …変な事されそうなので、胸は貸さないのですよ?」

「ひでえ!でもまたホームシックになったら、話に乗ってくれると嬉しいよ。」

取り敢えず立ち直ったようですね、では月も堪能しましたし、下に戻りましょう。


「では、私は下に戻るのです。
 才人は?」

「もう少し月を見ていく事にする。
 今夜だけなんだろ?」

「はいわかりました、それでは。」

挨拶をして会談を降り始めようとしたら、ルイズが立っていました。


「ルイズ、才人ならそこにいるのですよ。」

「ケティ…ケティはサイトの気持ちがわかるの?」

私の事をルイズは上目遣いでじーっと見ながら、ルイズが唐突にそんな事を尋ねてきました。
ルイズは物凄く可愛いので、そういう表情で聞かれると思わず萌えてしまうのです。
タバサも可愛いけど、ルイズも可愛いのです。
私の周囲は飛びきりの美少女ばかりで、軽い敗北感を覚えることもありますが、良いのです、可愛いは正義なのです。
なんて素敵な環境なのでしょう、男だったらもっと楽しかっただろうに惜しまれるのです。


「才人の気持ちなのですか?
 理解する為に最大限努力してはいるのです。」

「わたしは…ほとんどわからない。
 理解しようにも、考え方の基礎になっているものが違うみたいで、何も理解できないの。
 サイトのご主人様なのに、サイトの友達よりもサイトの事が理解できないのよ、笑っちゃうでしょ?」

ルイズもルイズなりに葛藤はしていたのですね、まあ当たり前かもしれないのですが。


「ケティはサイトが何を考えているのか、どうやったら気持ちを鎮められるのか何でわかるの?」

私の場合は才人の思考回路を小説という形で垣間見ていたという経緯がありますから、まるっきりチートなのです。
ですからある程度の思考の読みを出来て当たり前なのですが、それをそのまま言うわけにも行きませんし、どうすれば良いのでしょうか?


「取り敢えず言えるのは…そうなのですね、才人の言う事をきちんと聞いてから頭ごなしに否定せずに対応すること…ではないかと思うのです。
 反発には反発しか帰っては来ないのですよ。
 そして、反発する相手に進んで心をさらしたがる人間は居ないのです。」
 
「わたし・・・いつもサイトの事が全然理解できなくて、思わず腹が立ってきて、怒っちゃって…確かにそうよね、いくら使い魔でも反発し合っていたら理解し合えないわよね。
 わたしだって、腹が立っていたら心をさらす気になんてなれないもの…。」

ルイズはがっくりと肩を落としました。


「だから笑顔なのですよ、ルイズ。
 笑顔で話していれば、相手も自然に笑顔になるのです。
 笑顔で話しかける人間に反発する人はそうは居ないのですよ?」

「笑顔…笑顔ね。
 わかったわ、ケティありがとう、わたしやってみるわね。」

ルイズがやる気になったようで、何よりなのです。
原作よりも親密になるのが少し早くなっても、別に良いのですよ。


「では私は下に戻りますが、ルイズは?」

「わたしはサイトと話してくる。
 笑顔、笑顔、笑顔…。」

「はい、行ってらっしゃい。」

さて、下で飲みなおすとしますか。



「おおケティ、僕の可憐な蝶!戻ってきてくれたのかい?」

下に下りたら何かギーシュがいつも以上にハイテンションなのです…と、思ったら、ギーシュの手にはワインの入ったグラスがあるのです。
つまりアレですか、今のギーシュは超フリーダム状態なのですね。

「さあさあ、座ってくれたまえ。」

ギーシュが隣りの空いている椅子をパンパン叩いています。
こっち来いって事なのでしょうか?
仕方がないので、大人しく従う事にするのです。


「ギーシュって、お酒飲むとテンション高くなり過ぎるのね、飲ませなきゃよかった…。」

「酒乱。」

向かい側の席に座っているキュルケが額を押さえて眉をしかめています。
隣りのタバサも食料を口に運び続けていますが、よく見れば眉をしかめているようなのです。
そして、ギーシュにワイン飲ませたのはキュルケなのですね、わざと飲ませないようにしていたのに・・・。


「ケティ、キュルケ、タバサ、美しい蝶達に囲まれて、ぼかぁ感無量だよ!
 浮気がバレて以来、女の子達からの視線が冷たくてね。
 こんな女の子に囲まれるなんて、久しぶりで…久しぶりで…モンモランシーも決闘のあと治療してくれたけど、その後は視線すら合わせてくれないし、誰か知らないけど《女の敵》とか書いた紙を背中に張り付けていくし、マリコルヌは『俺たちは仲間だ』みたいな視線を送ってくるしでもう最悪だったのだよ。」

ギーシュ、貴方の周囲の女の子は全員どん引きなのですよ。
そしてモンモランシー、あの時譲ってあげたのにまだよりを戻していないのですか。


「・・・そういう余裕綽々な態度でい続けるようなら、取ってしまうかもしれないのですよ?」

「何か言ったかね?」

「いいえ、何も。」

ギーシュが不思議そうに尋ねてきますが、教えてあげるわけがないのですよ。


「あんたこそ余裕綽々じゃないの、ケティ?」


「…聞かれていたのですね。」

なんという地獄耳、
こと色恋沙汰に関して彼女に並ぶものなど居ないでしょう。


「だから、何の事かね?」

「だからケティがあ…モガ!モガ!?」

キュルケの口に鳥の腿肉焼きを突っ込んで黙ってもらいました。


「黙っていて欲しいのです、キュルケ。」

「喋れない。」

タバサが黙々と食料を口に運び続けているのをぴたっと止めて、いきなりツッコミを入れてきました。
ひょっとして、ツッコミ属性ですか、タバサ・・・。


「ぷは…何するのよ、ケティ!?」

「何をするもないのです、キュルケ。
 私の事は私が解決するのですよ、ここは生温かく見守っていてほしいのです。」

お願いすれば、根が面倒見のいいキュルケの事ですから、これ以上はやらないでいてくれるでしょう。


「…仕方無いわねぇ。」

「いやだから、何がどうなっているのかね?
 話がまったく掴めないのだけれども?」

ギーシュの頭の上に『?』マークが浮かびまくっているのが目に見えるようなのです。


「ケティ、教えてくれ、いったい何の話な…痛っ!?」

「野暮天。」

ギーシュがタバサに杖で叩かれました。


「いたた…何をするのかね?」

「聞いちゃ駄目。」

「いやだがしかしだね。」

「聞いちゃ駄目。」

「そうは言われても…。」

「聞いちゃ駄目。」

「…わかったよ、聞かない。」

「ん。」

有無を言わせない説得なのですね、タバサ…。


「タバサ、ありがとうございます。」

「ん。」

何とかピンチは乗り切ったのですよ。


「そう言えば、ワルド卿は何処に行ったのですか?」

「何処に行ったのかしら?
 いつの間に居なくなっていたけど。」

空気扱いなのですね、ワルド…と、その時、二階からワルドが下りてきました。
おおかた、偏在を作り出して私達を攻撃し分断する準備でもしていたのでしょう。


「すまない、ちょっと部屋で明日の荷物の整理をしていたよ。」

「はい、これをどうぞ。」

取り敢えず、大きなジョッキになみなみとワインを注いでワルドに手渡しました。


「ええと…これは何だい?」

ワルドの顔が少し引きつっていますが、気にしないのです。


「明日、アルビオンに向かう為の景気付けなのです。
 では、コホン…ワルド卿のちょっといいトコ見てみたい!」

『そーれ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!』

周りの客も良い感じに酔っていたのか、私達と一緒に手拍子を始めます。


『イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!』

「ワルド卿、さあググッと一気にどうぞ。」

可愛く見えるようにニコニコっと微笑みながら、止めを刺してみるのです。


「謀ったな、ミスロッタ!?」

「生まれの不幸を呪うが良いのですよ?」

謀ったなといわれれば、お約束の返しをしておくのですよ、ワルドにはわかりませんが。


「生まれの不幸って?」

「それは秘密なのです。
 それはそうと、ワルド卿。
 親衛隊の隊長ともあろうお方が、まさか怖気づいたのですか?」

生まれの不幸と言えば、ギャグ属性が着いてしまっていることでしょうか?


「くっ、ここに来ては引けん…か。
 ええい、ままよ!」

そのままワルドは大ジョッキ一杯分のワインを一気に飲み干しました。


「どうだ!」

「素晴らしい!皆拍手をお願いするのです!」

周囲の客からも拍手喝采が起こります。


「ふははははは!どうだ!僕はやったぞ!」

顔が真っ赤なのですよ、ワルド。
…仕込みの一つは、これでばっちりなのです。


「さあ、ミス・ロッタ。
 今度は君の番だ。」

そう言って、大ジョッキにワインを注ぎ始めた途端、正面玄関の戸がばぁんと開いて、武装した男達が雪崩れ込んできました。


「ちょ、ま、こんな時に…!?」

「賊、なのですね。」

ルイズが才人と話している時間帯に襲ってきたという記憶が残っていたので、その時間に合わせて見たのですが、私がイッキさせられる前でよかったのですよ。



「皆様、賊です!
 この宿から避難を!」

「賊なのか、あれは!?」

「きゃあああああ、助けてえええええぇぇぇぇぇっっ!」

飲んでいた客達は、蜘蛛の子を散らすように逃げていきます。
居なくなってくれるのは良いのですが、メイジのくせに意気地が無いのですね、皆。
まあ、私が《避難》と言ったから、逃げる事しか頭に無くなったのかも知れませんが。


「さて、ワルド卿、いかが致しましょう?」

「そ、そうらな、応戦せにぇばな。」

あー…イッキの効果が見事に出ているのですね。
呂律が怪しくなった上に、足がフラフラしているのです。
…まあ、私達を分断しようと企んだ報いだと思って、諦めて欲しいのですよ。

取り敢えず、ここで死なれても困るので、ワルドを庇いつつ、テーブルを盾にして応戦しているキュルケ達の元へ駆け寄ります。


「キュルケ、タバサ、ギーシュ様、無事なのですか?」

「何とかね…って、その酔っ払いどうするの?」

「あー、すまにゃいねぇ、君達。」

キュルケが指差したワルドは顔を真っ赤にして、目をしきりにしばたかせています。
泥酔状態なのですね、これは。


「まさか、このような場所で敵の襲撃に遭うとは思ってもいなかったのですよ。
 私の失態なのです。」

「私も思っていなかったもの、仕方が無いわ。」

「ん。」

「確かに、僕も同意だよ。」

彼らに嘘を吐くのは心が痛みますが、ワルドが居なければ私達は単なる貴族の子弟なのです。
身分証明として水のルビーを出しても信用されない可能性があるのですよ。


「ケティ、ギーシュ、キュルケ、タバサ、ヒゲ子爵!大丈夫か!?」

「誰がヒゲ子爵ら!」

るねっさーんす。
才人はワルドの名を覚える気が無いのでしょうか?


「ねえケティ、ワルドなんでこんなに酔っているの?」

「ワインを大ジョッキでイッキ飲みしたのですよ。」

頭を右へ左へふらりふらりと振るワルドを見ながら、ルイズが焦った表情を浮かべて尋ねてきたので、端的に答えておきました。


「何で!?」

「まあそんな事よりも、どうにかしてここから逃げなくてはいけないのです。」

「ちょっと、何でか教えてよ!?」

スルーさせてもらうのです。


「逃げるって言っても、ちょっと頭を出せば矢の雨よ?」

「そうそう、これでは逃げたくても無理なのだよ。」

「無視するなーっ!」

ルイズがキレました。


「ルイズ、ワルドにワイン一気飲みをさせたのは私なのです。
 この咎は後で如何様にも受けますから、今はまず脱出する事に専念して欲しいのです。」

「わ、わかったわよ…何でなのかしら、ケティに言われると年上に諭されている気分になるのよね…。」

納得していただいて何よりなのですが、年上とは失敬なのです。


「兎に角、このままでは埒が明かないのです。
 タバサ、こういう時、貴方ならどうしますか?」

「囮で引き付けて、本隊に逃げてもらうのが一番。
 今回の任務は戦うことじゃなく、届けること。」

タバサなら、そう言ってくれると思っていたのです。


「では、囮と本隊に分けましょう。
 ルイズにはまず脱出して、密書を守ってもらうのです。
 後は才人と酔っ払ったワルド卿に行ってもらうのですよ。」

「おう、わかった。」

「うん、ちゃんと密書を守るわ。」

「まかしぇたまえ!大船にどーんと乗ったつもりでね、どーんと!」

真面目に頷くルイズと才人、泥酔中のワルド卿は酒に酔い過ぎて気が大きくなり過ぎているのですね。


「囮は私とキュルケとタバサと、ギーシュ様。
 敵を一定時間引き付けたら、速やかに撤退して本隊と合流するのです。
 こんな事もあろうかと、その為の手は予め打っておいたのです。」

「わかったわ。」

「ん。」

「任せたまえ!」

ギーシュも少し気が大きくなっているような気がするのです。


「ではタバサ、氷の矢で威嚇射撃をお願いするのです。」

「ん。」

タバサが呪文を唱えると、氷の矢が傭兵達に向かって飛んでいきました。


「この隙です、裏口から脱出を!」

「わかった!ケティたちも無事でな!」

才人達は裏口から脱出していきました。


「…さて、私達でどうするのかしら?
 策、あるんでしょ?」

赤い髪をかき上げて、キュルケが私を見ます。


「はい。
 ギーシュ様、ヴェルダンデを呼んでください。
 確かあの子は予め桟橋近くに待機させるようにお願いしてあった筈なのです。」

「うん、確かに君にもしもの時の為といわれて泣く泣く遠くに居てもらったけど、こういう事だったのかね?
 わかった呼ぶよ、たぶん数分で此処まで辿りついてくれる筈さ。」

つまり、穴掘って逃げるつもりなのです。
ただ穴掘って逃げるだけではなく、その為に少々派手な目晦ましもしますが…。


「次に、あちらの厨房まで、テーブルを盾にしつつ移動するのです。」

「わかった、せーの!」

私達はテーブルを押して、厨房の入り口まで進み始めます。
裏口の近くに厨房があるのです。
取り敢えず、そこまで移動すればとある戦法が使えます。


「矢がどんどん刺さっているのだよ、厨房まで移動したらどうするのだい?」

「厨房まで移動したら、風魔法でタバサに小麦粉を食堂内にばら撒いてもらうのです。
 …と、何とか厨房までたどり着いたのです。
 では行くのですよ皆さん。
 1、2、3!」

全員一斉に食堂まで辿りつきました。
…と、そこに食堂の壁を突き破ってフーケが入ってきました。


「あのときの借りを返してやるよ、小娘!」

多少小さくなっていますが、岩のゴーレムなのです。
あんなのに殴られたら、今度こそ転生せずにあの世逝きになるでしょう。


「タバサ、食堂にある小麦粉を風魔法でばら撒いてください!」

「ん。」

タバサが小麦を食堂内に送り込み始めました。


「何だこの白い煙は!」

「ペッ!ペッ!何だ、小麦粉?」

「畜生、目晦ましかよ!?」

充満したようなのですね。


「ぎゅ!」

「来てくれたのだね、僕の救世主、可愛い可愛いヴェルダンデ!」

ちょうど頃合も良く、ヴェルダンデが、厨房に穴を開けてにゅっと顔を出しました。


「ちょうど良いのです、皆さん早く穴に非難してください。」

「成る程、考えたわね。
 小麦粉を煙幕代わりにして、ヴェルダンデの穴で逃げるって寸法なのね?」

キュルケが感心したように、ヴェルダンデの開けた穴に飛び込みます。


「さあ、ケティも行きたまえ、僕がしんがりになる。」

「いいえ、私がしんがりになるのです。
 これも策の一つですから、先にどうぞ。」

「わ、わかった。」

そう言って、ギーシュは穴に飛び込みました。


「タバサ、お疲れ様でした。
 次は貴方が行って下さい。」

「ん。」

タバサも穴に飛び込み、これで最後なのです。


「くそ、小麦粉の煙で何も見えやしない!
 小娘どこへ行った!」

「フーケ、お久しぶりなのです。
 そしてごきげんよう、なのです。」

穴に飛び込みがてら、小麦粉で出来た煙に向かって、炎の矢を射ち込みました。
空気中に大量に微粒子状の可燃物が漂う場所に火を入れると可燃物に引火し、連鎖的かつ爆発的に燃えていくという現象があるのです。
これを、《粉塵爆発》と言います。

私が穴に落ちると同時に爆発音が響きました。

今頃、衝撃と炎が食堂内を蹂躙している筈。
追って来れる者など、居る筈も無くなるのですよ。
女神の杵亭の店主には気の毒な事をしましたが、あの建物は元々軍事施設ですし、たぶん頑丈に出来ているからたぶん大丈夫なのですよ、たぶん。



「…とまあ、これが私の策なのでした。」

穴の中、目がまん丸に開かれている皆の前で、私はそう言って肩を竦めて見せたのでした。



「ケティ、貴方スクウェアだったの?」

洞窟内を走って移動中に、キュルケがそんな事を尋ねてきました。


「違うのですよ、私はトライアングルで相違無いのです。」

まあ、始めて見たらびっくりするのですよね。
私もはじめてやった時はびっくり仰天したものです。
仰天ついでに7メイルも吹き飛ばされましたが。


「でもあの火魔法は…。」

「魔法自体はただの炎の矢なのです。」

『ええええええっ!?』

トンネル内にタバサ以外の驚愕の声が響き渡ります。


「ああいう粉を霧状にばら撒いた場所に火をつけると、スクウェアクラスでもなかなか出せないような大爆発が起こるのですよ。
 私の策は、それを利用しただけなのです。」

いつか使う日が来るかもしれないと思って、魔法の練習がてらに実験しておいて良かったのですよ。


「凄い技ね…あれ。」

「風の強い場所では効果がいまいちになってしまうのですがね。」

フーケが来るのが遅くてよかったのですよ、いやホント。





「お疲れ様なのです、才人、ルイズ、ワルド卿。」

桟橋前までやってきた才人達に手を振ってみたりするのです。


「あれ?え?え?」

才人は驚きすぎて何言って良いのかわからないようなのです。


「なじぇ、ここに?」

ワルドも何が起こったのか理解できないようなのです。


「ちょ、何でおとりになったあなた達の方が早く着くのよ!?
 女神の杵亭から爆発音はするし、いったい何したの?」

「少々小細工を弄したのですよ。
 詳しい話は後でしますから、取り敢えず出られる船を捜すのです。」

入り組んだラ・ロシェールの町の中を酔っ払い連れて桟橋まで移動するよりも、直通トンネル通った方が早く着くのは道理なのですよ。


「すげえ、木に船が生ってる…これが桟橋と船なのかよ…?」

「この世界の船は空を飛ぶのですよ。
 ファンタジーでしょう、才人?」

才人はポカーンと口を開けたままなのです。


「原理がさっぱりわかんねー。
 何で船が空に浮くんだよ。」

「風石という、風魔法の結晶みたいなものを使って飛ぶのだそうですよ。
 原理は私にもさっぱりなのです。」

この船が飛べないから、ラ・ロッタ領は交易路から外れたままなのですよね…。
まあそれは兎に角、とっとと探さないとアフロヘアになったフーケが怒って追いかけてくるかもしれません。


「待て、おみゃえたち。」

桟橋をある程度登った所で、白い仮面を被った男が現れました…が、仮面から覗く顔は真っ赤で、首はフラフラ、足もフラフラ、どう見ても酔っ払いです。
偏在は本体の体調の影響を受けますから、本体が泥酔すれば偏在も泥酔するのですよ、これが。


「此処から先は…ひっく、と、通さんじぇ!
 うっぷ…。」

そういったか言わないかのうちに、しゃがみこんで階段の下にゲロを吐き始めました。


「何だこの酔っ払いは…?」

才人も困惑の表情を浮かべています。


「放っておきましょう、どうせただの酔っ払いなのです。」

「そうだな。」

私達は仮面の男の隣りそのまま何事も無かったかのごとく通り過ぎました。


「ま、待て、くっ、何でいきなりこんな事になりゅんだ…。」

そう言いながら呪文の詠唱を始めたので、蹴り飛ばしてみました。


「えい。」

「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。」

仮面の男は転がりながら暗闇の中に消えていきました。


「まさか、酔っぱらいを刺客として送り込んでくるとは思わなかったのですよ。」

「送り込んできた奴は、間違いなく相当のアホだな。」

才人の言葉に傷ついたのか、ワルドが壁に寄り掛かって盛大に落ちていますが、気にしない事にしておくのです。




「そいつは出来ない相談ですぜ、貴族様?」

「何故なのです?」

何故と言えば、何故私が交渉役になっているのでしょう?
確かにワルドは酔いの限界が来たのか寝ていますし、ルイズの辞書に交渉などという文字はありませんし、才人は論外ですが。


「この船にはアルビオンまでの最短距離分の風石しか積んでいないんでさ。
 今出港したら落ちちまいます。」

「嘘なのですね。
 往復は無理にしても、不測の事態に備えた分くらいならある筈なのです。
 戦争しているせいで治安が維持できずに、空賊が横行している地域を通るのですから。」

戦艦大和の水上特攻伝説じゃあるまいし、片道ギリギリとかあり得ないのですよ。
風石が切れたら真っ逆様に落ちる羽目になるのですから。


「流石、貴族様は博識でいらっしゃる。
 ですが、非常用は飽く迄も非常用、使っちまうと足が出ちまうんでさ。
 余程の事でもない限り、使うわけにはいかねえよ。」

「その分は王家が負担するのです。」

ワルドが寝ている間に好き放題させてもらうのです。


「ちょちょちょっと!これ極秘の任務なのよ!?」

「極秘な筈なのに、私達はフーケと傭兵に既に襲われているのです。
 計画は既にアルビオン貴族派に漏れていると見て間違いないかと思われるのですよ。」

「うっ…た、確かに。」

慌ててルイズが私に詰め寄ってきますが、今までの事態で既に判っている事を伝えると引き下がってくれました。


「…となれば、私達に出来る事は、出来得る限り迅速に行動する事なのです。
 相手が反応できないくらい早く動き続ければ、妨害は最小限に納まる筈なのですよ。
 その為に必要ならば、王家の名を出しても構わないかと思われるのです。」

「なるほど、情報が伝わって相手が対策を打つ前に行動しちゃえって事ね?」

キュルケがポンと相槌を打っています。


「その通りなのです。
 もう一つ言えば、王家のお金を使えるのはラ・ロシェールまでなのですから、使わなくては損なのですよ。」

「ケティ、そんなみみっちい事を…。」

しっかりしていると言って欲しいのです、ギーシュ。


「そんなわけで、風石の代金は全て王室が持つのです。
 好き放題使って構いませんから、出来得る限り迅速にアルビオンに向かって下さい。」

「いや、それは良いけどよ…あんたらが王室ゆかりの者であるという証拠を示してもらわねえと。」

それに関してはルイズが居るのです。


「ルイズ、ラ・ヴァリエール家の紋章が入った品はありませんか?」

「え!?う、うん、指輪で良いなら…。」

そう言って、ルイズは指輪を外しました。


「船長、羊皮紙とペンはありませんか?」

「おう、誰か紙とペンを持って来い!」

「へい!」

船員がお急ぎで紙とペンを取りに行き、戻ってきました。


「へいどうぞ、貴族のお嬢様。」

「ありがとうございます、船員さん。」

船員に礼をしてにっこりと微笑みかけておきます。
礼とスマイルはゼロエキューなのです。

姫様宛で、羊皮紙にこの船の風石の代金を肩代わりしてくれるように書きました。
私のサインを書いてからルイズに手渡します。


「ルイズ、それにサインをお願いします。
 あと、指輪を。」

「う、うん、わかったわ。
 …はい、どうぞ。」

ルイズはサインを書くと、指輪と一緒に羊皮紙を渡してくれました。


「くるくるくるっと丸めて…指輪を嵌めて、出来上がり…と。
 船長、この仕事が終わったらこれをアンリエッタ王女にと渡してください。
 ラ・ヴァリエール家の紋章入りの指輪がついた手紙を無下に扱うものはこの国には居ませんから、間違いなく約束は履行されるのです。」

羊皮紙を丸めて、そこにルイズの指輪を嵌めて船長に渡しました。


「お…おう。
 しかし、何者だ、あんたら…。」

「長生きの秘訣は早寝、早起き、規則正しい食事、そして…自らの身に関わりの無さそうな秘密に首を突っ込まない事なのですよ?」

船長に先ほどと同じようににっこりと微笑みかけましたが、顔が引き攣っているのです。
せっかくゼロエキューのスマイルを浮かべてあげたのに、失敬なのですね。


「わ、わかった、何も聞かねえよ。
 副長、出港だ!」

「出航宜候!
 しゅうううぅぅぅぅっこおおおおおおおおおぉぉぉう!!」

これで何とかなる筈なのです。
もう夜も遅いですし、船の中でゆっくり眠るとしましょう。


…と、その時、才人に肩を叩かれました。

「なぁケティ、ちょっと相談しても良いか?」

「はい、何なのですか?」

才人の表情がとても深刻なのです。

「ルイズがすっげえ笑顔で『ワルドと結婚する』って言ったんだけど、どうすればいい?」

ええと、ひょっとして私がルイズに笑顔で話せって言ったせいなのですか?
…と、どうしましょう!?



[7277] 第十一話 気付けば矢面なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/05/17 15:13
結婚は一生の一大事
ゲルマニア皇帝には正室がいる筈なのですが、どうするつもりなのでしょう?


結婚は人生の墓場
そんな言葉もありますが、前世も結婚した事は無いので、全く未知の領域なのです


結婚は女の子の夢が詰まっている
果たして私に結婚相手がいるのだろうかという、漠然とした不安もあるのですよ







「…はは、俺完全に振られたんだな。」

才人が真っ白なのです。
ええと、これはどういう風な対応をすればよいのでしょうか、教えてください始祖ブリミル!?
どう考えても私のせいなのですが、しかし何をどうすれば笑顔で『結婚するわ』と言えるのでしょう?


「だだ、大丈夫、大丈夫なのですよ、それは才人の勘違い…そう、勘違いなのです!
 じ…実は、なのですね…。」

かくかくしかじかと先程ルイズに語った内容をかいつまんで伝えました。


「だーっ!お前のせいか、このばかちん!」

「全く返す言葉も無いのですよ。
 でもまさか、そこまで深刻な話で実践するとは思わなかったのです。」

気分はもう土下座なのです、しませんが。


「しかし、結婚とは…わかりました。
 私の撒いた種でもありますし、ルイズにも話を聞いてくるのですよ。
 その前に、才人の話を聞かせてほしいのです。」

「実はな…。」

かくかくしかじかな話を要約すると、ニコニコしながら話しかけるルイズがいつもと違って何となく怖かったので生返事返していたら、突如笑顔のままで『私ワルドと結婚するわ』と言いだしたそうだのです。
それで反応に困って『そ、そうなんだ』と返したら、笑顔のままくるりと一回転し、一回転した勢いを利用して才人を笑顔のまま思い切り蹴飛ばして、倒れたところで笑顔のままマウントポジションで数回殴り、ぐったりしたところで笑顔のまま腕間接を極めたそうなのですよ。


「あの時は腕折られるかと思ったぜ、さすがサブミッションは王者の技。」

「笑顔なだけで、行動がぜんぜん改まっていないではありませんか、ルイズ。
 そして才人、ルイズがせっかく笑顔で話しかけようと努力していたのに、何故聞き流そうとするのですか!」

笑顔のまま肉体言語で語り始めるとか、私の言ったことを殆ど理解していないではないですかルイズ。
そして、笑顔に違和感感じるとかドンだけドMなのですか、才人。


「いやだって、ルイズの笑顔なんてほとんど見た事無かったしさ。
 ルイズは基本的に眉顰めて、俺を睨みつけるか、怒鳴るか、蹴るか、殴るか、衝くか、絞めるか、極めるかだろ?」

「いや、『だろ?』とか、同意を求められても困るのです。」

キレ過ぎなのですよ、ルイズ。
そして普段から肉体言語で語り過ぎなのです。


「でも時々ニコッと笑ってくれる事があって、そういう時は確かにすげえ可愛いんだ。
 お菓子とかもくれるしさ、そういう時、『ああ、すっげえかわいいな好きだなあ』と思うんだよな。」

ルイズは全く意識してやっていないとは思うのですが、飴と鞭の効果ってやつなのでしょうか?
まるで才人がDV夫の被害を受けているのに離れられない妻みたいなのです。


「…当人同士が幸せならば、それでも良いのですよ、それでも。」

なんだか自信が無くなって来ましたが、そう思い込む事にするのです。


「どうしたんだ、ケティ?」

「いえいえ、何でも無いのですよ。
 兎に角、それは誤解なのですよ、才人。
 ルイズが私のアドバイスどおりに話しかけようとしていたという事は、サイトに聞いて欲しい話があったからなのですよ、理解して欲しかったからなのですよ。
 聞いて欲しいのに聞いてもらえず、理解して欲しいのに理解してもらえずでは、ルイズでなくても怒って言いたくも無い事まで言ってしまうのです。
 ルイズのワルド卿と結婚しようという気持ちは、本当はそんなに高くない筈なのだと思うのですよ。」

そういえば、才人の背後から視線を感じるのですよ。
これはルイズのものなのですね、ピンクブロンドの髪が見えているのです。


「うーん…そうなのかなぁ?
 よくわかんねえけど。」

「そうなのです。
 信じるものは救われるのですよ?」

くっつけるつもりでぶち壊してしまったら最悪なのですよ、私が何とかしなくては。


「ルイズとも話してみるのです。
 …まあ、駄目だったら私がお婿に貰ってあげるのですよ。」

「なぬ!マジで!?」

おお、ピンクブロンドの髪の人影がびくっとか震えているのです。
これは面白いのですよ、キュルケの気持ちがちょっぴりわかってきたのです。


「な、ちょ、ケティ?それ本気でい…。」

「本気にしたのですか?
 冗談なのですよ~♪」

才人がガクッとコケました、背後のルイズもズッコケています。
ナイス反応なのです。


「あのなぁ…。」

「それではルイズと話してくるのです。
 お休みなさい、才人。」

あまり遅くなると次の日が辛くなりますから、とっとと行きましょうか。


「うぅ…ケティにおちょくられた。
 それじゃあ、頼んだぜ?」

「はい、ではお休みなさい。」

才人は船室に戻って行きました。


「…さてルイズ、もう出て来ても大丈夫なのですよ?」

「ばれてた?」

ルイズが物陰からひょっこり顔を出しました。


「才人が落ち込んでいるのを見て、心配だったのでしょう?」

「だ、誰があんな犬の心配なんか。
 わたしはただ単に、サイトがケティに迷惑かけないかが心配で…。」

ツンデレ全開なのですね、ルイズ。
その仕草がとても可愛らしいのですよ。


「私が心配だった割には、私の冗談に過剰に反応していたように見えたのですが?」

「ぎにゃあああああぁぁぁっ!?
 ままままさか、あの冗談って!?」

ああ、ようやく気付いたのですね。


「ええ、才人に言う事で、ルイズの反応を試したのですよ。
 予想通りの反応が得られて良かったのです。」

むしろ何故だか才人の反応が大き過ぎて、そちらの方に少しびっくりしたのですよ。


「あああ、見事にはめられた、年下の子にはめられた。
 …何だか、ちいねえさまを性悪にしたような印象なのよね、ケティって。」

「性悪…。」

性悪なカトレアって…褒められているのかけなされているのか、よくわからないのですよ、それは。


「…で、ルイズ。
 貴方は本当にワルド卿と結婚するつもりなのですか?」

「ええと…実は、そういうのはまだ早いかなって思っているのよ。
 私自身、ワルドと結婚とか言われても正直ピンと来ないし。
 子供の頃は憧れの人だったんだけどね、恋とは違ったのかもしれないような気がするわ。」

恋愛云々は私達貴族にとって、結婚との因果関係は実の所薄いのですが…。
ヴァリエール公爵は恋愛結婚だったそうですし、その娘であるルイズがそれに憧れるのは仕方が無い事でもあるのですよね。


「許嫁だし、わたしは貴族だし、結婚する事に異議は無いのよ。
 …でも何か引っかかるのよね、時々ワルドの目がすごく怖いのよ、こんな事を言うのは嫌だけれども、わたしを見ているのにわたしを見ていない感じがするの。」

何故かは知りませんが、ワルドはルイズが虚無だという事に気づいているようなのですよね。
ルイズが虚無だという事は、ヴァリエール家こそがトリステインの正統だという事になりますから、ワルドはレコン・キスタによる王家の排除とヴァリエール朝トリステインを作ろうとしているのでしょうか?

確かに現在の王家の醜態は目に余るものがありますが、だからと言ってそういう方法は短絡的に過ぎるような気がするのです。
アンリエッタ王女をきちんと君主として育てようともせずに、勝手に絶望するとか無茶苦茶なのですよ。
間違い無く言える事は、ルイズはワルドが作りたい世界を構築する為の道具でしかないという事なのですね。

…まあ、それは兎に角として。


「結婚相手を無視して、浮気に走る貴族はいくらでもいるのですよ。
 ワルド卿がその手の男なら、ルイズも愛人引っ張りこんで好きにすれば良いのです。
 例えば才人とか。」

「そんな夢の無さ過ぎるとことん爛れた結婚生活は嫌あぁっ!
 …って、なんで愛人がサイトなのよ!?」

ルイズにワルドが愛の無い夫だった場合の例を出してみたら、見事なノリツッコミを返してくれました。


「使い魔なのですから、愛人にしても誰も不審に思わないのですよ。
 幸いな事に、ワルド卿も才人も黒髪なのですし、子供が出来た時のぎほうも…なにふゆのれふか?」

「だ・か・ら、その爛れきった未来予想図はどこかにやって!」

私のほっぺたを思い切り引っ張りながら、ルイズが涙目で私を睨んでいるのです。
おちょくり過ぎたのでしょうか?


「わかりまひたから、はなひてほひいのれす。」

「わかった…わっ!」

「ふひぃ!?」

ルイズは頬を思い切り横に引っ張ってから、手を離してくれました。
なんという事をするのですか、星が飛んだのですよ、痛くて。


「あいたたた…下膨れになってしまうではないですか。
 まあ兎に角、ワルドと結婚する気はまだ無いというわけなのですね。
 才人に言ったのは、言葉が余ったと。」

「…そういう事よ。」

そっぽを向きながら、ルイズが頷きます。
素直じゃないのですね、まあそこが可愛いのですが。


「ルイズが笑顔で話しかけた理由は才人に話しましたし、今の話の内容もそれとなく伝えておくのですよ。」

「あ…ありがとう。」

本当は当人どうしで解決するべきなのでしょうが、事が切羽詰っているので背中を押さなくてはいけないのですよ。


「で、でもケティ、何で私達にこんなに優しくしてくれるの?」

「それはなのですね…秘密なのです。
 面白いから教えてあげないのですよ。」

まあ、正直に話すわけにも行かないのです。


「秘密…。」

「それでは私もそろそろ寝るのですよ。
 ルイズ、お休みなさい。」

「う、うん、おやすみ。」

さて、明日は早いわけですし、もう寝るのですよ。







「ケティ、ケティ、起きろよ、アルビオンが見えたぞ!」

「んぁ?」

目を覚ますと目の前に才人の顔がありました。


「乙女の寝所に潜り込むとは、良い度胸なのです才人。
 そのまま消し炭となるが良いのです。」

「ちょ、ま、ここ船の中、船の中だって!」

んー?周囲を見回すと樽とか転がっているのです。
ああ、そういえば船のハンモックで寝ていたのでしたね…。


「そういえば、個室ではないのでしたね…んんっ。
 それで、何かあったのですか、才人?」

「アルビオンだよアルビオン!
 絶景だぜ、見に来いよ。」

もうアルビオンが見えたのですか…そう言えば上甲板と船室を繋ぐ穴から光が漏れて来ているのです。


「ふゎ…はふ、わかりました。
 ですがその前に、髪を梳いてもらえませんか?
 寝ていて乱れている筈なのですが、手鏡を宿に置いて来てしまったのですよ…。」

「え?いやでも俺、髪を梳いた事なんか無いぞ。
 ルイズも髪は自分でやるし。」

そう言いながら、才人に櫛を手渡しました。
寝起きは苦手なのですよ、頭がふらふらするのです。


「適当に、見られる程度で良いのですよ。
 実は私、こういう身支度というのがどうも苦手で。」

「うぉ、ケティから初めての貴族発言が。」

そう言いながら、才人は髪を梳き始めてくれました。


「ん…人にやってもらうのも良いものなのですね。
 貴族発言とか、そういう大したものではなく、女の子っぽくめかし上げるのが苦手なだけなのです。」

「なるほどな…でも、ケティの髪サラサラだな、髪の一本一本も細いし、何か良い匂いもするし。」

姉さま達にも時々してもらいますが、人に髪を梳いてもらうのって結構気持ちが良いのですよね。
んー、極楽極楽なのです。


「苦手なのと、しなければならないのは別なのですよ。
 髪を洗った後は、いつも卵白と香水をブレンドしたものでリンスをかけているのです。
 女の子ですから、おしゃれに気を使うのは義務なのですよ。
 面倒臭くても、億劫でも、やらなければいけない事なのです。」

「ああ、そういうところ大変そうだよな、女の子って。」

いやしかし、何と言うか…心地良過ぎて眠…。


「ちょケティ、寝るなよ!」

「…んぁ?」

何時の間にやら才人に両脇を抱えられているのです。


「んー…すみません才人。
 実は朝が苦手なのですよ。」

「うん、それは良いから早く起きてくれケティ。
 とっさに抱えたんで、胸触っちまっているから。」

その一言で、一気に目が覚めました。
何か胸の辺りがもぞもぞすると思ったらっ!?


「ひゃぁっ!何をするのですかぁっ!?」

「ちょ、待て、これはふかこ…おぶろっ!?」

才人は体をくの時に曲げて、崩れ落ちました。
咄嗟に放った私の肘打ちが、才人のみぞおちを直撃してしまったようなのです。


「し…しどい。」

「すいません、とっさの事だったので、少しやり過ぎてしまったのですよ。」

「これが少しかよ」とかいう、才人の呻きは聞かない事にするのです。



「あ、上がって来たのねケティ。」

「はい、おはようございますキュルケ、皆様。」

上がると、皆既に起きて甲板に出ていたのでした。

船の進行方向を見れば、雲海に浮かぶ浮遊島アルビオンが見えて、まさに絶景なのです。
浮遊大陸なんていう人もいますが、トリステインよりも少し大きい程度の面積なので、どう考えても島なのですよ。
しかし何度見ても非常識極まりない光景なのですね。
まあ、それが絶景の理由ではあるのですが。


「いやしかし、何度見ても絶景だねえ、アルビオンは。」

「ギーシュ様は行った事があるのですか?」

「上の兄たちと母上と一緒に、幼い頃にね。」

たしか、ギーシュは4人兄弟の末っ子でしたか?
生まれ変わる前はとにかく、今の私は山にピクニックくらいしか行った事がないのです。


「ケティは初めてかね?」

「ええ、旅行自体が初めてなのです。
 ラ・ロッタ領はあまり交通の便の良いところではありませんから。」

本当はあまり良くないを通り越したレベルなのですが。


「…ラ・ロッタ領は特殊だからねえ。」

「ええ、ガリアの両用艦隊ですら侵入できなかった空なのですよ。」

ラ・ロッタの人間しか飛べないのでは、攻められもしない代わりに交易路を確保することも出来ないのですよね。


「ラ・ロッタの空は蜂が支配する空…か。」

ギーシュもさすがに知っているのですね。
そう、ラ・ロッタが交易路から外れているのは、ジャイアント・ホーネットという全長1メイルもある巨大なスズメバチの巣が国境のアトス山に陣取り、制空権を確保しているからなのです。
トリステイン創成期のラ・ロッタ当主の使い魔だったらしく、ラ・ロッタ家の人間や使い魔や領民は襲わないのですが、それ以外の人間が彼らの縄張りに侵入してくると情け容赦なく殲滅するのですよ。
数百年前の話ではありますが、ガリア側の縄張りからジャイアント・ホーネットを排除しようとしたガリア両用艦隊が文字通り全滅した事もあり、今でも山の向こう側には風化した軍艦の残骸が野晒しになったままになっているのです。
私たちはよくピクニックに行く山なのですけれどもね。

まあ、それはさておき…。


「おや、船なのですね。」

「帆が黒いんだが…。」

片舷20門近くもある大砲が黒い船体からにょっきりと突き出された、どう見ても臨戦態勢の軍艦が近づいてきました。
船員が目視できる距離まで近づいてから、さっと掲げられたのは黒字に骸骨の空賊旗。


「停船せよ、さもなくば汝の運命かくの如し…なのですか。」

「な…何ということだ。
 けけけケティ、きき君の身はこここのギーシュ・ド・グラモンが守ってみせるから、あああ安心してくれたまえ。」

ギーシュは真っ青になりながらも、私の身を庇うように一歩前に出ました。
ふと横を見ると、才人にルイズが抱きついています。
キュルケが不安そうにタバサを抱きしめています。
ルイズが抱きついてくるかと思って腕を広げたものの、見事に空振りしてくず折れたワルドもいますが、可哀想なので見なかった事にしておくのです。


「船長、白旗を掲げて停船を。
 あれは空賊旗こそ掲げていますが、あれだけ重武装の空賊船などあり得ないのですよ。
 おそらく、空賊に偽装した貴族派か王党派の軍艦なのです。」

「貴族様、な、何でそんな事がわかるんで?」

船長が恐る恐る私に尋ねてきたのです。


「あの大きさの船体にあれだけありったけ大砲を詰め込んでしまったら、重過ぎて風石を湯水の如く使う羽目に陥るのですよ。
 そんな事をしたら、いくら船を襲っても割に合わず、商売上がったりなのです。」

「な、なるほど!確かにそのとおりでさ。
 あんな事が出来るのは、海賊じゃねえ、軍艦だ。
 副長!帆を畳め!白旗を揚げろ!停船するんだ。」

「停船宜候!
 てえええぇぇぇいせえええええぇぇぇぇぇん!
 白旗掲げ!」

私達の船の帆が畳まれ、代わりに白旗がするすると揚がっていきます。


「後は、向こうの連中が接舷してくるのを待つのです。」

「へい、貴族様。」

船長が私の後ろにすっと立ちました。
いつの間にか、ギーシュも私の後ろに立っているのです。
…矢面に立たされている気がするのですが、これは気のせいなのでしょうか?


「ギーシュ様、先ほど守ってみせるとか聞いたような気がするのですが、あれは幻聴だったのですか?」

「い…いや、だってケティすごく落ち着いていて、僕なんかよりもよほど強そうというかだね。」

…度胸が長続きしないのが玉に傷なのですよ、ギーシュ。




「空賊だ!抵抗するな!」

その声と同時に、何本ものフック付きのロープがこちらの船に飛んできて、向こうとこちらを固定しました。
船の間に板が渡され、何人もの空賊風の格好をした男たちが渡って来ます。


「どうするの、ケティ?」

私がああは言いましたが、不安そうな表情でルイズが尋ねてきました。


「まあ、相手がどちらかは知りませんが、空軍だとわかっているという強みがこちらにはあるのです。」

「でも、貴族派だったら…。」

「いざとなったら、タバサのシルフィードで脱出するのですよ。」

まあ王統派なのは、まず間違えないと思うので、大丈夫でしょうが。


「船長は誰だ!」

「あっしです。」

…と、言いつつ、私に視線を向けるのはやめてほしいのです、船長。
仕方が無いのですね…。


「船を借りたのは我々なのですよ、空賊の船長さん。」

「へえ、貴族か、しかもなかなかの別嬪さんじゃねえか?」

空賊の船長が私の顎を掴んでにやりと笑います。


「…ひとつ、良いでしょうか?」

「なんだ?」

「鬘がずれて、金髪が見えているのですよ?」

空賊の船長は慌てた顔になって、頭を抑えました。


「ずれてなどいないのですよ?
 引っかかった引っかかった、妙に髪の毛が多すぎると思ったら、やはり鬘だったのです…ね!」

そう言いながら、髭を思い切り引き剥がしてあげました。


「いだーっ!?
 あいたたたたたた…。」

髭の下から現れたのは、意外と幼い顔なのでした。


「あはははは、鬘も取るのですよ、眉毛も外しちゃうのですよー♪」

「うわ、何を、うぎゃ、痛い、揉み上げは、はが…。」

全部剥がすと中から現れたのは、金髪碧眼のイケメンなのでした。


「こんにちは、私はトリステインのケティ・ド・ラ・ロッタと申します。
 あなたのお名前は?」

「ううぅ…痛い、まさか変装が一瞬でばれるだなんて。」

遠目なら兎に角、至近距離で見たら、下手な扮装にしか見えなかったのですよ。


「ブレイド。」

私の杖が炎で纏われ剣に形を変えました。
それを中の人がすっかり露わになった海賊の船長に突き付けます。
周りがにわかに色めきたちますが…まあ、何とかなるでしょう。


「もう一度尋ねます、あなたのお名前は?
 まあ貴族派であれば、名前がどうであれ、このまま死んでもらうのですが。
 剣は素人も良い所ですが、これでも包丁の扱いならば得意なのですよ?」

「ま、待ちたまえ、僕は王統派だ。」

そう言いながら、空賊の船長は立ち上がりました。


「僕はウェールズ、ウェールズ・テューダー。
 アルビオンの王太子だ。」

『えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』

私以外の全員がびっくり仰天していますが、それはとりあえず置いておくのです。


「ウェールズ殿下であるという証明は?」

「ええと…全く動じないんだね、君は。
 これで良いかい?
 アルビオン王家の家宝、『風のルビー』さ。」
 
ウェールズ殿下の薬指に光っているのは大きな宝石のついた指輪でした。


「ああ、そういえば…ルイズ、水のルビーを出してもらえませんか?」

「え?うん、はい。」

水のルビーを風のルビーに近づけると、二つに指輪が共鳴しあって虹色の光を放ち始めました。


「水と風は出会って虹を成す…なのですね。
 これは失礼をいたしました、ウェールズ殿下。」

「ああ…いや、理由があるとはいえ海賊の格好をして騙していたのは私だし、君が謝る必要はないよ。」

頭を掻きながら、ウェールズ殿下が苦笑を浮かべました。


「しかし、かなり強力そうなブレイドだったけれども、本当に剣術はからっきしなのかい?」

「ブレイドはいつも野菜や肉を切る時に使っているのですよ。
 いつもは長さを犠牲にして、切れ味に特化させているのです。」

いつでもスパッと切れますし、洗わなくて良いのでとても便利なのですよ。
…時々まな板までスパッと切れますが。


「あんなブレイドを包丁代わりに…。」

「ブレイドを戦闘以外で使ってはいけないという法は無いのですよ?
 そんな事よりも…ラ・ヴァリエール大使、例の親書を殿下にお渡ししてください。」

「ラ・ヴァリエール大使…って、わたしの事?」

思ってもいなかった呼び方をされたのがびっくりしたのか、ルイズは思わず自分を指差しているのです。


「現在ここには貴方以外にラ・ヴァリエール家の人間は居ないのです。」

「あ…う、そうよね。
 ウェールズ王太子殿下、我が国トリステイン王国のアンリエッタ王女殿下よりの親書でございます。」

ルイズがウェールズ殿下に手紙を手渡すと、殿下はおもむろに封を外して、読み始めました。


「…そうか、なるほど、アンリエッタ王女は結婚するのか。
 私の可愛い従妹殿が結婚を…わかった。
 あの手紙は大切な手紙だけれども、姫も手紙を返して欲しいと書いているからね。
 あの姫の願いに応えてあげられるのもこれが最後になるだろうし、手紙は返す事にしよう。」

「あ、ありがとうございます、殿下!」

ルイズが丁寧に礼をしました。


「でも、ここには手紙が無いんだ。
 ニューカッスルにおいてある。
 一応、海賊船のふりをしていたからね、姫の手紙があっては不自然だろう?」

モグラが空を飛ぶくらい不自然なのですね、確かに。


「わかりました、ご同行いたします。
 あと、彼らなのですが。」

そう言いながら、船長のほうを見ました。


「彼らが殿下にぜひとも売りたいものがあるそうなのですよ?」

「いっ!?」

船長がびっくりしながら、私を見て近づいてきました。


「貴族様、でもこれは元々貴族派に…。」

私の耳元に近づいてぼそぼそと耳打ちを始めました。


「船長、商品というのは買いたい人が買いたい時に売ると一番儲かるものなのですよ。
 勝つ寸前の貴族派と、負ける寸前の王等派…さて、火の秘薬が喉から手が出るほど欲しいのはどちらなのですか?」

「それは道理ですが、しかし負ける寸前ではもう金が無いのでは…?」

弱気なのですね、船長。


「負ける寸前だからこそ、惜しみなく、景気良く、最後の蓄えを吐き出すのですよ。
 恐らく言い値で買ってくれるのです。」

「な、成る程、確かに。」

合点がいったように、船長は深く頷きました。


「では、私は船長の御武運を始祖ブリミルに祈っているのですよ。」

「ありがとうございます、貴族様。
 …お待たせして申し訳ありませんウェールズ殿下、実は我々は火の秘薬を殿下に売りに来たのでさあ!」

では船長、御武運を。





「…あれがレキシントンなのですか。」

数時間後、ニューカッスル沖の雲間に浮かぶひときわ大きな軍艦が見えました、かつてはアルビオン王国総旗艦「ロイヤル・ソヴリン」と呼ばれたハルケギニア史上最大級の軍艦なのです。
私の場合、レキシントンというと戦艦よりも空母なのですが。


「あれを沈めるには、色々と小細工が必要そうなのですよ…。」

M777榴弾砲とかがあれば一瞬で片がつくのでしょうけれども、無いものねだりをしてもしょうがないのです。


「沈められるのかい?あれを。」

「単純な砲撃だけでは、あの図体から言っても困難を極めますが、木造船なのですからナパームを使…って、ワルド卿!?」

いつの間にか背後を取られたのは、別に武術の訓練を受けたわけでもない私なら当たり前かもしれませんが…今の独り言をワルドに聞かれたのですよ。

少し、いやかなり拙いのですね。

「あ、あはは…小娘の戯言だと思って、聞き流してくれればいいのです。」

「いいや、あれを沈める方法があるならぜひとも聞きたいものだね、ラ・ロッタ嬢?
 君は今回、不甲斐無さ過ぎる僕に代わって彼らを導いてくれているね、冷静かつ沈着に。
 そんな君の考える方法だからこそ、是非とも聞いてみたいのさ。」

私の気のせいなのか、瞳の奥に剣呑な光があるような?
今までこそ調子を崩させて活躍しづらいようにこっそりと誘導してきましたが、気づいた彼が本気になったら…プロとアマチュアでは差がありすぎるのですよ。


「し…思考中だったので実際にどうするかまでは考えていないのですが、レキシントンを沈めるなら、砲撃では無理だというのは、先ほどワルド卿が私の独り言を立ち聞きした通りなのです。
 ですが、いくら大きくてもレキシントンは木造なのですよ、燃やせば燃えるのです。
 ですから、ナパームというものを使うのです。」

ええい、こうなったら話せるところだけを話して、でっち上げるのですよ。


「錬金。」

近くに転がっていた大砲の玉を錬金の魔法でナパームに変えました。
…なんでイメージしただけでこういうものは簡単に作れるのに、金が作れないのかつくづく不思議なのです。


「これが、ナパームなのです。
 粘性が高くて非常に付着しやすく、火がつくと水魔法でも消すのに困難を極めます。
 これをレキシントンの一定範囲に付着させて着火させれば、さほど時間をかけずにあの艦を落とせる筈なのですよ。」

「…で、どうやって付着させるんだい?」

アルマダ海戦のキャプテン・ドレイクのように、船に火をつけて特攻させるとか、方法はありますが…。


「そこからどうしようか考えようとしたときに、ワルド卿が話しかけてきたのですよ?」

「ああ…そうだったのか、それは失敗したなぁ、ハハッ!」

本当に面白そうに、ワルドは笑い始めました。
さすがにそこまで教えるわけにはいかないのですよ、悪用されたら困りますし…ナパームだけでも実はかなり怖いのですが。


「君は物知りだね、どこからそんな知識を仕入れてくるんだい?」

「読書が趣味なのですよ。
 先ほどの知識は、メイジ殺しがどのようにメイジに対抗してきたかを示した本に書いてあったのです。」

そういう本を読んだのは事実ですが、ナパームの件は真っ赤な嘘なのです。


「なるほど、君の博識は読書から来るものなのか。
 では失礼するよ、王太子にこの事を話してきたいのでね。」

ごまかされては…くれないのでしょうね。
今までがうまく行き過ぎて、調子に乗っていたようなのです。


「やれやれ…。」

次の策が上手くいくか、怪しくなってきたのですよ。
ひょっとして、命の危機なのですか?


「勘弁して欲しいのですよ?」

私はこの先生きのこれるのでしょうか?

…と、急に真っ暗になりました。


「大陸の下に入ったのですか。」

慣れているとはいえ、レーダーも無しによくもまあこんな場所を飛べるものなのです。


「真っ暗ね、なんか霧が立ち込めて気味が悪いし、幽霊でも出そうな雰囲気。
 キャー、ダーリンこわーい。」

「うわっ!?キュルケなにす…。」

才人の顔がキュルケの胸に埋まって言葉が止まりました。


「何やってんのよキュルケ!
 離れなさいよ離れなさいったらっ!」

「怖いわ、ダーリィーン。」

「むー!むー!むー!」

キュルケ、息ができなくて才人がもがいているのですよ。


「仕方がありませんね、止めに行かないとサイトが窒息してしまうの…ぐぇ。」

助けに行こうとしたらマントを誰かに掴まれていたらしく、思い切り首が絞まりました。


「く、首が、いったい誰…タバサ?」

「…幽霊、苦手。」

そういえば、タバサは幽霊が大の苦手だったのです。
この状況とキュルケの一言でスイッチが入ってしまったのですね。


「一緒にいて。」

「わかったのです。
 怖くなどないのですよ、一緒なのです。」

「ん。」

タバサをぎゅっと抱きしめてあげたら、体が小刻みに震えていました。
本当に苦手なのですね、幽霊。


「大丈夫なのです、大丈夫なのですよ。」

結局、船が港に着くまで、タバサを抱きしめ続けることになったのでした。



[7277] 第十二話 介入し過ぎたのかもしれないのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/04/24 09:58
散り際は潔くあれ
死に美学を求めるのは日本人だけだと思っていました


散り際は玉と砕けよ
玉砕という言葉は、本当に…本当にどうしようもなかった時の最期を彩る為にあるものではないかと思うのです


散り際はどんなに繕おうが悲劇
悲劇の舞台の登場人物となった私は…私は何をすべきなのでしょうか?




「お帰りなさいませ殿下、良くぞ無事で。」

秘密の港に入港後、兵士達と一緒にお爺さんがやってきました。


「ハハハ、バリーは心配性だな!
 トリステインからの使者殿と、商人を連れてきた。
 積荷は硫黄だ!」

「ほう、火の秘薬ですか、それは素晴らしい!
 これで最後の戦いに花が添えられるというもの、感無量でございます。
 叛徒どもに苦渋を舐めさせられ続けてきましたが、これだけの硫黄があれば…。」

「うむ、王家の誇りと力を叛徒どもに見せつけつつ、奴らに不甲斐なく苦い勝利をくれてやろうではないか。」

ウェールズ王太子はバリー卿にニヤリと笑いかけました。


「我らに栄光ある敗北を、叛徒どもには無様な勝利を…ですな。
 この老骨、武者震いが止まりませぬぞ!」

「うむ、そなたの働きに期待しているぞバリー。
 叛徒どもを楽に勝たせてやるなよ、戦って、戦って、戦いきって、奴らの勝利に出来得る限りの苦味を与えてやるのだ。」

感動に震えるウェールズ殿下とバリー卿。
そこには悲壮感が欠片も無いように見えます…見えるだけなのでしょうが。


「はっ…殿下、先程叛徒から明日の正午より攻城を再開するとの旨を伝えてまいりました。
 そこに硫黄を殿下が持って来られた。
 これぞまさに始祖ブリミルの血統たる王家への加護でございましょう。」

「確かにそうかもしれぬな。
 おお始祖ブリミルよ、貴方の血統たる王家に対するご加護に感謝いたします!」

始祖ブリミルの血統に加護なんてものがあるのであれば、そもそも反乱など起こっては居なかった筈なのですが…まあ、それはそれという事なのです。
私も大概に冷めているのですね、他人事だからなのでしょうか?それとも私はこの状況にリアルを感じていないのでしょうか?


「…それと、トリステインからの使者殿ですか?」

ああ、バリー卿の胡散臭いものを見る視線が痛いのです。
ワルドを除くと全員学生なのですから、仕方が無い事なのではありますが。


「バリー、胡散臭げな視線を送るのはよせ。
 ラ・ヴァリエール家のご息女が使者としていらっしゃって、姫からの手紙を手渡してくださったのだ。
 手紙のサインも封印も、間違いなくアンリエッタ姫であった。」
 
「はっ、申し訳ございませぬ。
 しかしラ・ヴァリエール家のご息女ですか。
 それはまた、大層な御方が…。」

王太子にルイズがVIPと判断されてしまったようなのです。
まあラ・ヴァリエール家というのは公爵家、つまり王家の親戚筋なのですから、本来そのくらい持ち上げられても当然な家柄ではあるのですが。


「え?ええっ!?わ、わたし重要人物なの?
 ちょ、ケティ!?」

「ラ・ヴァリエール家の息女が姫様の大使として来た時の扱いとしては、ごく当然だと思うのですが?
 ちなみにラ・ロッタ家ではまるでお話になりませんから、代わりは出来ないので諦めて欲しいのです。」

ルイズも嫌そうですが、私だってそんな野暮な立場は真っ平御免なのですよ。
そもそも家柄的に無茶振りにも程があるのです。
ギーシュ?家柄は兎に角として、無茶を言ってはいけないのですよ。


「はぅ…わかったわ、頑張ってみる。
 わたくしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。
 この度は我が国のアンリエッタ・ド・トリステイン王女よりの親書をお持ちいたしました。
 とは言っても、親書は既に殿下の御手にございますが。」

「これは失礼をいたした。
 大使殿、わしの名はバリーと申します。
 殿下の侍従を勤めさせていただいておりまする。
 良くぞ遠路はるばるこのアルビオン王国までいらっしゃられました。
 なにぶんこの状況下の為、大した持て成しは出来ませぬが、今宵はささやかながらも祝宴を催す予定でございます。
 是非ともご出席ください。」

そう言って、バリー卿は深々と礼をしたのでした。





「ここが私の部屋だよ、負けが込んでいるもので、王族の部屋としては質素に過ぎるがね。」

そう言うと、王太子は気恥ずかしそうに頭を掻きました。
壁にかかっているタペストリーくらいしか飾りは無く、家具も元々ここにあったものと思しき質素なものが置いてあるだけなのです。
船長さんにきちんと代金が支払われていれば良いのですが…大丈夫なのですよね?


「今、手紙を出すよ。
 奥に仕舞っているのでね…あった、これだ。」

王太子が取り出したのは、宝石が散りばめられた小箱なのでした。
…成る程、ざっと運び込んできて、飾っている暇が無かったというわけなのですね。
内戦中だから、当たり前といえば当たり前なのですね。


「鍵が…っと、首にずっとかけていたのさ。」

首にかけてあった鍵で、宝箱を開けると蓋の裏に女の子の肖像画が…たぶん姫様、なのですね。
周りを見ると、皆も蓋の裏をじーっと覗いています。
私もなのですが、皆ガン見し過ぎなのですよ?


「あ…いや、宝箱なんだ。」

完璧を期すならば、実はその宝箱ごと欲しいのですが、流石に酷なので言わない事にしておくのです。
…まあ、肖像画くらいであれば、どうとでも言い訳はでっち上げられるのですよ。

王太子は手紙を宝箱から出して開いて読むと、再び畳んでキスをしてから封筒に入れました。


「それではこの姫から戴いた手紙はお返しするよ、大使殿。」

「はい、確かに…お受け取りさせていただきました。」

王太子から差し出された手紙を、ルイズは一瞬躊躇ってから受け取りました。
受け取ろうか迷いますよね、姫様と王太子の想いが詰まったとてもとても重い手紙なのですから。


「あの商船、マリー・ガラント号の船長とは話をつけてあるから、明日はあの船でトリステインに帰りなさい。」

ルイズは王太子から渡された手紙をじーっと見ていましたが、急に顔を上げました。


「殿下、アルビオン王国軍に勝ち目は…何か勝ち目は無いのですか!?」

「今の叛徒どもに勝てるのであれば、アルビオンは世界征服も不可能では無いな。
 5万対300で勝ち目など、万に一つも無い。
 我々に出来る事は奴らに出来得る限りの被害を与えて、我々の最期に花を添えさせてもらうのと同時に、勝利の美酒に必要以上の苦味を加え不味くしてやる事だけさ。」

流石皮肉屋な国民性で知られるアルビオン人、王太子まで言い方が皮肉っぽいのです。


「殿下の御身は…いかがなさるお積もりですか?」

「我々とは、当然私も含まれる。
 叛徒どもには悪いが、奴らの血を死出の旅への彩りにさせてもらうさ。」

王太子の覚悟は、とうの昔に決まっていたようなのですね。


「…なんで、何でそんな簡単に死ぬって言えるんだ?
 俺にはさっぱりわからねえよ…。」

才人のボソッと呟いた声が、私の耳に入ってきました。
やはり、分からないのですよね、私も分からないのですよ…才人。


「こんな深刻な話、私には耐えられないし、立ち入っても良いとは思わないから、外で待っているわね。
 タバサはどうする?」

「同感。」

そう言って、キュルケとタバサは出て行きました。
二人とも、空気を読んでくれてありがとうと言いたいのです。


「ま、待ちたまえ、僕も行く。」

「では、私も…ぐぇ!?」

ギーシュも出て行こうとしたので付いていこうとしたら、ルイズが私のマントの裾をがっちりと掴んでいました。
何故皆マントの裾を掴むのですか、結構苦しいのですよ?


「ケティは、待ってて。」

「えー…?」

これから間違いなく野暮な話になるのですよ。
出来れば聞かずに出て行きたかったのですが。


「お願いだから、待ってて。」

「わ、わかったのです…はぁ、仕方が無いのですね。」

ルイズに上目遣いで頼まれたら、可愛過ぎて断れないのですよ。


「才人はどうするのです?」

「俺も待っているよ、使い魔だからな。」

才人はこれからどんな話になるのか、いまいち理解していないみたいなのですね。


「ワルド卿はどうなさるのですか?」

「僕は残るよ。
 殿下にお頼みしたい事もあるしね。」

ワルドは…ああ、ルイズとの結婚の件なのですね。


「殿下…失礼をお許しください。
 恐れながら、申し上げたい事が御座います。」

ああ…野暮な話が始まったのですよ…。
ルイズと王太子が話した内容をさくっと要約すると、《付き合ってんでしょ好きなんでしょ、それならYOU、亡命しちゃいなよ!》とルイズが言い、王太子が《アンリエッタの事は愛しい…だが断る。このウェールズが最も好きな事の一つは、亡命を勧める大使に「NO」と断ってやる事だ。》と王太子が返したのです。
よく考えると、ちょっと違う感じもしますが、気にしないで欲しいのです。


「ねえケティも殿下を説得して!
 あなた船長をあんなに上手く説得していたでしょ!?」

…そしてルイズが私を引き止めた訳が、やっと分かったのです。


「お断りさせていただくのです。」

「な…なんで!?」

私は天才軍師でも何でも無いのですから、無茶言われても困るのです。


「お願いよケティ、殿下を説得して、貴方なら出来るでしょ?」

諸葛孔明でもヤン・ウェンリーでも無いのですよ、私は。
無茶言うな、なのです。
…そちらが無茶言うなら、此方も無茶ふっかけるのですよ。


「残念ながら、事態はありとあらゆる点で既に詰んでいるのですよ、ルイズ。
 
 まず第一に、王太子殿下がトリステインに亡命なさった場合、アルビオンとの戦端をすぐ開く事になるのです。
 トリステインが戦の準備を整えていない今、攻め込まれれは間違いなくラ・ロシェール近辺は火の海になるのですよ。
 私はトリステインの貴族として、不利な条件での開戦を余儀なくさせる選択は出来ないのです。

 第二に、亡命された王太子殿下に会った姫様が翻意される可能性が非常に高いという事なのです。
 長年恋い慕ってきた相手を前にして、果たして姫様はゲルマニア皇帝の下へ嫁げるのでしょうか?
 始祖ブリミルに永遠の愛を誓うような情熱的な人物に、そのような事が出来るのか…私は無理であると断じるのです。

 第三に、第二の事態を防ぐのであれば、殿下と誰かに婚姻を結んでもらい、姫様に諦めてもらう必要があるのです。
 出来れば我がトリステインの貴族、殿下と釣り合う者ともなれば出来得る限り上位の貴族の令嬢が最適なのです。」

そう言ってから、改めてルイズに視線を向けました。


「…例えばルイズ、貴方とか。
 ラ・ヴァリエール公爵家の息女であれば、これ以上最適な結婚相手などいないのです。
 ルイズ、貴方は国の為に幼なじみであり親友でもある姫様の好きな男を奪えるのですか?
 それが出来るというのであれば、王太子殿下を説得する事もやぶさかではないのです。」

「なっ!?」

驚愕の表情でルイズが固まったのです。
まあ、別にルイズでなくてもラ・ヴァリエール家には独身の長女なんてのもいるのですが、この際忘れていてもらうのですよ。


「け、ケティ!?」

「ちょ、待ちたまえ!?」

才人とワルドが混乱しています。
特にワルドは面白いくらい狼狽しているのです。
殿下に結婚の立会人をしてもらって、ついでに暗殺しようという計画が一瞬でポシャる話なのですから、当たり前ではあるのですが。
私が踊らせていた事に気付いているのならば、無理矢理でも踊ってもらうのですよ。
これで、ワルドの殺すリストの中に私が間違いなく載ったのですね…いや本当に、どうしましょうか?


「第4に、マリアンヌ陛下では、戦争を戦い抜く事は不可能なのです。
 陛下の御心は、先王陛下の崩御で折れたままなのですから。
 国王が将兵を鼓舞できない事態は、士気に大きく影響するのです。
 ましてや本来関係の無いと思い込んでいる戦に巻き込まれるのですから、尚更なのですよ。
 これを解消するにはマリアンヌ陛下には退位していただき、新しい王を擁立する必要があるのですが、姫様が嫁いでしまった場合、王家に人が居ないのです。
 ならば、ラ・ヴァリエール家から王を擁立する必要があるのですが…。」

考える暇も無く、どんどんと畳み掛けるようにハードルをガン上げして行くのですよ。


「ちょちょちょちょっと、ままままままさか!?」

「ラ・ヴァリエール公爵は既にいい年なので、国王には向かないのですよ。
 ルイズ、女王には貴方がなるということなのです。
 まあつまり、ヴァリエール朝によるトリステイン・アルビオン同君連合王国の誕生なのですね。
 恋人を奪って、母親を王座から引きずり降ろし、自分を他国に嫁がせる…姫様からは果てしなく恨まれる要素しか無いのですよ。
 それでも、私に説得しろと言うのですか?」

…あ、ルイズが石化したのです。
親友の恋人を助けるだけのつもりが、そんなドツボに真っ逆さまな展開が待っていると言われれば、しょうがないのですね。
王太子も流石にそこまで考えていなかったのか、すっかり固まっているのですね。


「ル…ルイズ、殿下と結婚して女王になるのかい?」

ワルドが恐る恐るルイズに声をかけました。


「あう…あうあうあう…。
 わわ私が、女王?姫様から恋人を奪って、しかも女王?
 無理よ、流石にそれは無理だわルイズ。
 でもでも、殿下を生き延びさせるにはそれしか…でも、そうしても八方塞…。」

勿論ながら、ルイズは何も聞いていないのです。


「わ、わかったかな、大使殿?
 もう既に打てる手は無いという事だよ。
 わかってくれ、頼む。」

王太子はすっかり引きつった表情でルイズを宥めているのです。


「ケ…ケティ、幾らなんでも言い過ぎじゃね?」

「残念ながら、起き得るシナリオなのですよ。」

才人もすっかり引いているのですね。


「な…なんで、なんで、こんなどうしようもない事になってしまうのよ!
 これも何もかも全て貴族派のせいなの?
 なんで何をしようが愛し合う二人が引き裂かれなきゃいけないの!?
 ねえお願いよケティ、良い考えは無いの?
 ねえ、ねえったら!」

「この世界はこのようになる筈では無かったのだという事で溢れているのですよ、ルイズ。
 誰かが幸せになりたいと願うと、必ず誰かかが幸せにありつけなくなってしまう…そんな、冷たい方程式がこの世にはあるのです。」
 
例えば貴族が裕福な生活をする為に、租税を取られた人々はその分裕福で無くなるのです。
勿論、血で購うという原理原則はありますが、それを全ての貴族が履行しているかといえばそうではないのも実情なのですよね。


「何でよ、納得できないわよ、納得したくないわよ、そんなの!
 嫌よそんなの…嫌なのよ…。」

ルイズは泣き崩れてしまいました。
つまり、納得はしていないけれども、理解はした…という事なのですね。
彼女は頭が良いですから、理解したくなくても頭で勝手に理解できてしまうのでしょう。


「そろそろパーティーの時間だ。
 ほら大使殿、涙を拭いてくれ。
 我が国が迎える最後の賓客が泣き顔では、我らの面子に関わる。」

「は…はい、申し訳ありません殿下。」

王太子が、ハンカチでルイズの涙を拭き始めたのです。
気障な事をしてもちっとも嫌味ではないのは、年齢差のせいなのでしょうか?


「我らの為に泣いてくれてありがとう、大使殿。
 君のその優しい心遣いに、私は心から感謝しているのだよ。」

そう言って、王太子はにっこりと微笑んだのでした。




ワルドが出て行った後、私は王太子の部屋に再び入りました。


「忙しい所を失礼いたします、殿下。」

「君は…ケティか。
 先程の予測には恐れ入ったよ、確かに私が亡命した場合は君の言っていた事のいくらかが実現してしまうだろうね。」

そう言うと、王太子は苦笑いを浮かべて見せました。


「君の話を聞いて、私とアンリエッタがどうあっても結ばれない運命にあるのだという事がよくわかった。
 完全に踏ん切りをつけることが出来た…いや、ひょっとしたらという微かな願望はあったのだが、君がそれを完全に打ち砕いてくれた。
 これで私はいかに死ぬかという事だけに専念できるようになったよ。
 …ひょっとして何か、君の知恵を貸してくれるのかい?」

「はい、ここでどう戦うかで、我が国が貴族派とどう戦うかが決まるのですよ。
 ですからトリステインの貴族として、協力は惜しまないのです。
 レキシントンを沈められるかも知れない方法を一つ思いついたのですよ。
 実行者が死ぬ事が前提なのですが、決死の覚悟ならばかまわないでしょう?」

一か八かですが、本来ならば何も為せずに亡くなる人々なのですから、何かを為してもらっても構わないでしょう、多分。
酷い事をしているのは、重々承知の上なのです。


「わかった、その方法とやらを教えてくれ。」

「はい、では…。」

次は生まれ変わらずに地獄に堕ちるのでしょうね、私は。




ホールに集まった着飾った人々に老いた王が挨拶をし、パーティーが始まった…のですが。


「踊っていただけませんか、ミス・ラ・ロッタ?」

「はい、喜んで。」

先程から色々な人と入れ替わり立ち代り踊り続けているのです。
今回は罰ゲームではなく、半ば自分の意思なのですよ。
私にだって良心というものがあるのですよ、明日死に逝く運命の人に踊りに誘われたら断れないのです。
後で部屋に来てくれ的なお誘いも何度かされましたけれども、さすがにそれは断らせていただいているのですが。


「…しかし、人生の最後の踊りの相手が私なんかでよかったのですか?
 もっと普通のかわいらしいお嬢様のほうが良いような気がするのですが。」

「君は十分可愛らしい女性だと思うがね、私は。」

もうそろそろパーティも終わり、これが最後の曲となるのでしょう。
先程私を誘いに来た王太子はにっこりと微笑みながら、私の手をとり腰に手を回しました。


「そういう事を言っていると、姫様に言いつけるのですよ?」

「ハハハ、それは困るな。
 私は彼女の良い思い出の一つとして残りたいのだから。」

王太子の笑みが苦笑いに変わりました。


「今回の策を提供してくれた事には何度感謝してもし足りないほどだ。
 君ともっと早く出会えていたら、この戦は我らの勝ちだったかもしれない。」

「それはいくらなんでも買い被り過ぎなのです。
 私一人ごときに出来る事など、たかが知れているのですよ。」

私の策を受け入れたのだって、事態が最後の最後だからなのですよ。
あのような戦法が今後用いられるようになったとしたら、私はその道筋に先便を着けてしまったことになるわけなのです。



「しかし、君はどこからあのような技術を?
 現在の火薬など問題にならないほど高性能な火薬に、いったん火がついたら水魔法でも消せない薬品とは…。」

「本で読んだ…という事にしておいて欲しいのです。
 本来、禁忌とすべきものなのですから。」

あんなものは、この技術レベルの世界にあってはいけないのですよ。
あれだって作ったものがほぼ全員討ち死にするであろう事を知った上で見せたのですから。


「得体が知れないな、君は…。」

「秘密が多い方が、女は魅力が増すのですよ。」

こうも物騒な秘密では、魅力の前に威圧感が増しかねないのですが。


「おっと、話しているうちにクライマックスが近づいてきたようだ。
 ついてこれるかな、ミス・ラ・ロッタ?」

「ついてこられなくては女が廃るというものなのですよ、殿下。」

曲のスピードが徐々に速くなり、私と王太子の踊りのスピードもどんどん上がっていき、息が切れ始めたところで終了しました。


「ふう、なかなか良い踊りだったね。」

「ええ、さすが殿下、感服いたしましたのですよ。」

さすがにかなり汗をかいているので、あとで部屋に戻ったら体を拭いて髪を洗わなければいけないのですね。


「…では、また後で。」

「…はい、了解いたしましたのです。」

礼をするときに、お互い声を潜めて言葉を交わしました。
…怪しい関係の男女みたいなのですね、これは。
まあ、別の意味で怪しいのですが、今回の場合は。


「…ねえねえケティ、ひよっとして、ウェールズ殿下と寝るの?」

「ぶっ!?」

キュルケ達の元に戻ると、キュルケが開口一番いきなりそんな言葉を私にかけてくれやがりました。
バルコニーから外に向けて思い切りワインを噴き出してしまったのですよ。


「汚いわねぇ…。」

「いきなりそんな話をされたら、誰だって驚愕するのですよっ!?
 大体なんでそんな話に?」

色恋マイスターにかかれば、どんな場面も色恋沙汰に大変身なのですか、キュルケ?


「踊りの後に殿下が貴方に耳打ちして、肯いていたでしょ?」

「いや、確かに耳打ちされて肯きましたが、そういう話ではないのですよ。」

やはり怪しく見えたのですね、しかもそれをバッチリ見ていたのですね、キュルケ。


「ほ…本当かい、僕は信じていいのかい、僕の可憐な蝶。」

「ギーシュ様まで…。
 私は明日死ぬ人だからといって、ホイホイついていくほど軽くはないのですよ。」

いくらイケメンでも、明日死ぬ人に抱かれたりはしないのですよ、まったくもう…。
だいたい、そんな事をして、子供ができたりしたら大騒ぎなのですよ?


「ふう、仕方がないのですね。
 ギーシュ様、後で私の部屋に来て欲しいのです。」

『えええっ!』

何で皆が驚愕の声を上げるのですか?


「けけけケティ、それはひょっとしておお、お誘いなのかな?かな?」

「違うのですっ!
 そろそろ破廉恥な思考から脱して欲しいのですよ。」

な、何なのですか、このピンクな空気は!?


「実はとある策をウェールズ殿下に提案させていただいたのです。
 現在この城の土メイジたちが取り掛かっている最中なので、進捗状況を見に行くのですよ。
 疑われるのも嫌ですし、ギーシュ様と一緒に見に行こうと思ったのです。」

「ああ、そういう事だったのかね…。」

残念そうにしないで欲しいのです。


「ねえねえ、私たちは?」

「来て頂いても構わないのです。
 あらかじめ言っておきますが、あまり楽しい場所ではないのですよ?」

遠くで才人とワルドが何か話しているのが目に入りました。
才人が肩を落としています…頑張るのですよ。




「これって…イーグル号?」

「ええ、そうなのです。
 現在イーグル号は大砲を取り外すのと一緒に、とある細工を行っている最中なのですよ。」

キュルケが大砲を下ろされる黒塗りの船を見て呟きました。
今回の作戦に大砲は無用なのです。
むしろ、大砲は城において牽制に使用するのですよ。


「あれは…衝角かい!?」

「ええ、その通りなのですよ。

ギーシュの驚きの声にも答えるのです。
衝角は船の舳先につける装備で、船を体当たりさせて相手にぶつける時に使われるもので、ロマリアの大王ジュリオ・チェザーレが大活躍した時代にはその進化を極めました。
ただ、大砲ができてからはすっかり廃れた装備で、今時つけている船など無いので、ギーシュはそこに驚いたのでしょう。


「鉄板?」

「ええ、船の前面に鉄板を貼り付けて、耐久力を上げているのです。」

タバサが不思議そうに首を傾げます。
まあ確かに、このやり方は砲戦を前提としたこの時代の戦い方にそぐわないのですから。


「イーグル号で砲戦をしても、あの艦隊を相手にしては敵わないのですよ。
 ですから、砲戦を諦めて、敵旗艦レキシントンに突っ込むのです。
 その為に衝角を用意し、正面に鉄板を張って、砲撃を可能な限り防げるように突貫で改造を施しているのですよ。
 そして…。」

「そこからは私が言うよ。
 君が提案したことではあるが、私が了承した事なのだからね。」

何時の間にやらやってきたのか、王太子が私の肩を掴んで引き留めたのです。


「ですが…。」

「いいんだ、私が話す。
 突撃した後は、一部が敵艦に切り込み、残りの人員でイーグル号を爆破する。
 イーグル号の中にはダイナマイトという液体状の火薬と、それを囲むようにナパームという燃える液体が仕掛けられているんだ。
 イーグル号が木っ端微塵に爆発すれば、内部に仕掛けられた火薬に着火して大爆発を起こし、それによって火がついたナパームが撒き散らされる事になる。
 飛び散ったナパームは水魔法でも消せない火となる。
 あの巨艦であっても、艦体を著しく損傷せしめられ火までついたとあっては、もはや沈むしかあるまい?」

そう言って、王太子は爽快に笑って見せました。
笑っているのに、悲壮感しか感じないのは私の気のせいなのでしょうか?


「でも、それでは…殿下は。」

「死ぬな、だがそれがどうした?」

ギーシュの問いに、王太子は顔色一つ変えずに答えて見せます。


「我らは明日死ぬのだ。
 であれば、それがどのような死であろうが、構うまい?」

「で、ですが…。」

提案した私ですら圧倒される迫力、死を覚悟した人間とはかくも凄い迫力を放つものなのでしょうか?


「王家が滅ぶのだ、なのに《王権(ロイヤル・ソヴリン)》などという名の艦が浮いていても仕方があるまい?
 《王権(ロイヤル・ソヴリン)》は王家とともに滅び行く、叛徒どもに辱められたままでは《王権(ロイヤル・ソヴリン)》も可哀想であろう?」

そういって、王太子は微笑を浮かべました。
微笑が壮絶に見える事など、私は知らなかったのです。
これが、死に逝く者の覚悟…というものなのでしょうか?


「ラ・ロッタ嬢、ダイナマイトのニトロゲルを上手く錬金できているのか、確認願いたい。
 こちらへ来られよ。」

「はい、かしこまりました…。」

私にも、他の皆にも、もはや王太子にかけるべき言葉など無いのでした。






「才人?」

全ての確認が終わってあてがわれた部屋まで来たら、そのドアの前に才人が立っていました。

「…ケティ、やっと帰ってきたんだ。」

「此方で王太子殿下から頼まれた仕事があったのですよ。
 立ち話もなんですから、部屋へどうぞ。」

ルイズに心にも無い事を言って、自滅的に落ち込んだのですね、これは。

「ふう、じゃあ話をき…え?」

才人が私の後ろから抱き付いてきたの…ですか?

「ケティ、ごめん。
 俺の心、折れそうだよ…。」

才人の腕の力がぎゅっと強まったのです。
え…ええと、何が起こっているのですか!?

「ちょ、才人ま、待つので…。」

そのまま、ベッドに押し倒されたのでした。
ひょっとして、貞操の危機…なのですか?



[7277] 第十三話 裏切りとか、壮絶な最期とか、油断とか、なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:cb049988
Date: 2009/04/25 17:31
裏切りは背徳の匂い
私、すっかり不倫キャラが板についてきているような?


裏切りは覚悟の証
ワルド卿はいかなる覚悟を持って、国家を裏切る事にしたのでしょうか?


裏切りは報復と粛清で応じよ
マフィアも国家も、裏切り者は生かしてはおかないのですよ







「さ…才人?」

おっかなびっくりと、才人に声をかけました。
才人に後ろから抱きしめられたまま、ベッドに押し倒されてしまったのですよ…。


「…な、泣いているのですか?」

才人の体から、定期的に伝わってくる微かな震え、これは嗚咽…なのですか?


「ヒゲ野郎が、言ったんだ。
 明日ルイズと結婚するってさ。」

「それで、あっさり引き下がったのですか?」

才人の腕の力が強まりました。
少し…苦しいのですよ、これは。


「それが一番良いと思ったんだ。
 だって、婚約者と結婚するのが一番だろ、あのヒゲは間抜けだけど本気出すと俺よりも強いしさ。」

才人にまで間抜け扱い…ワルドには少し可哀想な事をしたかもしれないのですよ。


「才人の言っている事は、この世界的にはおかしくないのですよ。
 でも才人は生まれ変わった私と違って、この世界の住民ではなく異邦人なのですから、完全に馴染んでしまう必要は無いのですよ。
 婚約者がいたって、ルイズが好きならそうすれば良いのだと思うのですよ?」

「でも俺、言っちゃったんだ『俺よりもワルドの方が強いから、ワルドに守ってもらえ。俺じゃお前を守り切れない』ってさ。
 そうしたらルイズが、『あんたなんかケティの所にでも行けば良いのよ』って、言ってさ。
 …んで、確かに考えたらケティのとこしか行く所無くて、ドアの前で待ってた。」

ギーシュはスルーなのですね…。
才人の腕が私に更に絡まって、力も籠り…プチっという音がしてマントの留め具が外れてしまいました。
ぴ…ピンチ度がさらに上がったような気がするのですよ。


「でも、才人はルイズを守りたいのでしょう、本当は。」

「ケティ、俺は伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだってさ。」

ええと…何で才人が体を動かす度にマントがずり下がって行くのですか。
脱がしの天才なのですか、才人は?


「ガンダールヴだというのはとっくに知っているのですよ。」

「知ってたのか?」

マントが、バサッという音とともにベッドから落ちてしまいました。
ブラウス越しにで男の子に抱きつかれるだなんて初めてなのですよ。
顔が見えていないからいいものの、私の顔は間違いなく真っ赤なのです。


「ルーンを読めばわかるのですよ。
 神の左手ガンダールヴ、『魔法を操る小人』という意味のルーンなのです。
 ルーンの意味の割には得意なのは武器だとされているのですよね、今の才人と一緒なのです。」

「うん、確かに俺はどんな武器でも取り扱えるらしい。
 でもさ、その基本となっている俺はやっぱり素人でさ、どうしようもないくらい素人でさ、本職の軍人であるワルドと戦ったらあっという間にやられちまった。
 酔っぱらっていなかったら、あの晩の戦いだって、あいつは大活躍していた筈だよ。」


まあ原作どおり、ある意味大活躍だったでしょうね。
私が酔わせて計画の中枢を潰したから、酔っぱらいが階段を転げ落ちるだけになってしまったわけですが。

「だから…俺よりも、あのヒゲ野郎があいつのそばにいた方が良いんだ。」

「私は、そんな事は無いと思うのですよ、あの晩も言いましたが、強くなればいいのですし。」

い…今、ブラウスのボタンがプチっとかいって3つくらい外れたのですが…そういえば、脱ぐ時に面倒臭いから、強く引っ張ったら外れるようにボタンを改造していたのでしたよね…。
…ではなく、いくらなんでもブラウスが脱げたら、才人が正気を保ってくれるのか自信が無いのですよ!


「俺さ、強くなる為に旅に出ようと思うんだ。
 そして、強くなりながら、元の世界に戻る方法を探す。」

「旅なのですか、何処に行くつもりなのですか?」

あ…またプチッと…って、だから何でブラウスがずり落ちていくのですか!?


「ロバ・アル・カリイエとかいう場所があるんだろ?
 取り敢えず、そっち目指してみようと思うんだ。
 ここには手掛かりが無いみたいだし。」

「そ…そんなっ、事は…んっ、な、無いのですよ…あ、あの、才人?」

せ、背中に息が、息が直にかかってくすぐったい…って、何で既に半分脱げているのですか!?


「何?」

「わ…わざと脱がしていませんか?
 あっ…く、くすぐったいのですよ、やっ…やめ…んっ…てっ!欲しいのです。」

何で才人が動くたびに、抱きしめられているにも拘らずどんどんブラウスが脱げて行くのですかっ!?


「ぅおわぁっ!?な、何でケティ脱いでんの?」

「ひゃぁん!?い、息をかけないで欲しいのですっ!
 貴方が脱がせたのですよっ!
 服を直したいので離して下さいっ!」

本当に気付いていなかったのですかっ!?


「ごっ、ごめんっ!」

才人は手をバッと離すと、バネ仕掛け人形のように勢いよく起き上がったのでした。


「はあ…はあ、危うく無意識的に陵辱される所だったのですよ。」

「うお、知らぬ間にケティがすげえ色っぽい格好になってる。」

貴方のせいなのですよ才人、取り敢えず制裁を…。


「ケティ、そっちにサイ…ト、え?」

ノック無しでドアが開き、そこにはルイズが立っていたのでした。


「何、してるの?」

マントは外れてベッドの脇に落ち、ブラウスのボタンが外れて前が大きく開いている私と、その傍らに立つ才人。


「い…いや、違うのですよ?」

「違わないでしょ、ケティ。
 違うなら、マント外さないでしょ?ブラウスのボタン外さないでしょ?」

ルイズは表情を消したまま、淡々と状況を語ってくれました。
確かにこの状況では、私と才人が情事に及ぼうとしているように見えるのですよ。
しかも、誘っているのは私の方…なのですね。


「ケティは凄いよね、ウェールズ殿下が亡命したらどうなるかというのを、一瞬で想定して教えてくれたもん。
 確かに、殿下が亡命した場合、そうなる可能性は非常に高いと思うわ、私も。
 だから…その頭で私を出し抜くのなんて、簡単だわよね?
 二人とも、とても仲が良いから、怪しいかなとは思っていたのよ。
 わたしがサイトにきつく当たって、ケティが慰めて、説得して、サイトはケティにどんどん依存するようになっていったわよね。
 さっきの話でもわたしを説得するついでにわたしに執着しているワルドを焦らせて焚き付けて私と才人が居るときに面前で結婚しようだなんて言わせて、才人が諦めるように仕向けたんでしょ、ケティ?」

「え…いや、それは全然別件なので…。」

「嘘よっ!」

ルイズの怒鳴り声に、私の反論は止められてしまったのでした。


「サイトはあっさり諦めたもん、そしてケティの部屋に来たのよ。
 これは諦めたサイトを慰める貴方っていう、最後の一手だったのかしら、ケティ?
 サイトはケティをわたしよりも信頼しているもの、尊敬しているもの、そんな相手が優しく甘く囁きかけてくれたら一発で落ちるわよね?
 別にサイトじゃなくたって良いじゃない!何でサイトなのよ、何で私から、そんな巧妙な手で奪い取ろうとするのよ!
 私がラ・ヴァリエール家だから、恨まれたくないって事なの!?」

「違うのですよ、私は…私はただ二人がもっと仲良くなって欲しくて、ただその気持ちだけで頑張っていたのですよ!?」

二人をフォローしようと動いていた事が、全部裏目に出たという事なのですか!?
何でこんな事に…感情が昂ぶって涙が流れてきたのです。


「嘘吐き、嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐きぃっ!
 ケティの言う事なんか信じない!信じられるわけがないわよっ!
 そのふしだらな姿が何よりの証拠でしょ!
 どんな言葉を百千万と並びたてようが、ケティはブラウスを脱ぎかけでそれをサイトに見せている、その姿はどうにもならないのよ!」

「確かに私は見ての通りの扇情的な姿なのですが、これは不幸な偶然が引き起こした事故であって、決してルイズが考えているような事は…。」

パチン!という乾いた音がして、私の左頬に鋭い痛みが走りました。


「もう…言い訳は止めて、わたし何も聞きたくない。」

「ルイズ…。」

何故なのですか、言葉は通じるのに何故伝わらないのですか。


「ルイズ違うんだ、ケティの言っている事は本当で、しかも原因は俺のドジで…とにかくケティはそんな事なんかしようとしていない、悪いのは俺なんだよ!」

「ケティをずいぶん庇うのね、サイト。
 そんなにケティが大事なの?ケティの為なら、悪者になる事も厭わないの?」
 
ええと…この時点でこんなにヤンデレていましたか、ルイズ?


「そういう意味じゃねえだろ!
 事実関係が全然違うんだって、わかってくれよ。」

「錬金!」

ルイズがいきなり私の近くにあった花瓶に錬金の魔法をかけました。


「きゃぁっ!?」

私は衝撃に吹き飛ばされて、壁に叩きつけられられたのでした。


「ルイズ、ケティ!?」

才人が慌てて私達に声をかけて来たのです。
勿論、ルイズは軽く煤けただけで、傷一つ無いのですが。


「いきなり何すんだよルイズ!
 ケティ、大丈夫か?」

「くっ…私は大丈夫なのですよ、それよりもルイズを。」

正直な話、目の前がグラグラ揺れているので、助けてもらえるのはありがたいのですが、そんな事よりも…。


「だ、だって、ケティの方が大変だろ、今は。」

「そ…そういう問題ではないのですよ。」

ああもう、鈍い!
これは私から言うわけにはにはいかないのですよっ!


「ほら、私かケティかなら、ケティを取るじゃない、才人。」

「当たり前だろ!
 ケティは怪我しているんだぞ!」

そういう論理的な話ではないのですよ、才人。
今のはルイズの観測気球で、女の子のプライドをかけた勝負でもあったのです。
でもルイズ、才人はどちらが好きかなんて事よりも、どちらがより大変かを判断して行動するに決まっているではないですか。
頭に血が上り過ぎですし、何よりそれでは完全に才人に恋する乙女なのですよ?


「さよならサイト、あんたはケティと一緒にいればいいのよ。
 私はワルドと結婚するわ。」

「ま、待ってくだ…。」

手を伸ばしたものの、それは届かずルイズは部屋を去って行ってしまいました。


「何なんだよ、あれ。
 わけわかんねえよ。」

「わけわからなくても何でも良いから、早くルイズを追いかけるのです。」

結構激しく体を打ったのですね、これは痣になるかもしれないのです。


「いやだってケティ、動けるのか?」

「今立ち上がるのは困難ですが、少し休めば大丈夫なのです。
 ですから、早く追いかけるのですよ、手遅れにならないうちにっ!」

正直そろそろ意識を失いそうなので、とっとと出て行ってもらわないと、才人がルイズを追いかけるチャンスを失ってしまうのです。


「わ、わかった、行ってくる!」

才人は部屋から走り去って行ったのでした。


「何とか、ベッドに…くっ、至近距離であれはきついのですよ、ルイズ。」

ですがベッドによじ登る事はかなわず、力尽きてベッドの下に倒れこんでしまったのでした。
床が…冷たいのですよ…。
そうして、ゆっくりと意識が暗転していったのでした。







「う…ぐっ!?」

鈍痛とともに目が覚めたのでした。
私の傍らでは何故か才人が椅子に座って眠っているのです。
…ルイズの説得に失敗したのですか。
この部屋に戻ってきた時に倒れている私を発見し、ベッドに運んでくれたのですね。


「夜が明けてしまっているのですね。
 もう時間が無い…才人、起きるのです!」

才人を揺り起こしたのでした。


「んぁ…ケティ、胸が…こう、プルンと柔らか…。」

「地獄に落ちるのです。」

私は迷う事無くデルフリンガーを持ち上げて、才人の頭にぶつけたのでした。
どういう夢に私を出演させているのですかっ!


「んごっ!?
 なっ、何だ、いったい何が!?俺の桃源郷が一瞬で!?」

「ぐっ…目は覚めたのですか、エロ使い魔?」

デルフリンガー持ち上げたら、背中に激痛が走ったのですよ。


「ケティ目が覚めたのか、良かった。
昨日はごめん…俺のせいで。」

「いいえ、私をベッドに移してくれてありがとうございます、才人。
 昨晩はあの後どうなったのですか?」

まさか、あのような収集のつかない事態になるとは、想定外にも程があるのですよ。


「ルイズの部屋を何回もノックしたけど、開けて貰えなかった。
 待っていようかとも思ったんだけどさ・・・。」

「それで、諦めたのですか?」

これは…話が余計にややかしくなりそうなのですよ。


「一旦ケティの部屋に戻って相談しようと思ったら、ケティがベッド脇で倒れていて目を覚まさないし、心配でそれどころじゃあ…。」

「そういう時は私をベッドに運んだ後でもいいから、何度でもチャレンジしなければ駄目なのですよ。
 …でも、心配してくれてありがとうございます。」

はぁ…本当にお人好しなのですね、才人。
好きな女の子を放って置いてでも倒れた私の傍に居るとは。


「え?お、おう…別に大した事なんかしてねーよ。」

「それはさておき、才人に聞いて欲しい事があるのです。
 実は…。」

才人にも今回の件の情報をそろそろ渡しても良い頃なのです。





「ワルドが裏切り者だって、何で言わなかったんだよ!?」

「言ったら才人は絶対顔に出ていたのですよ。
 情報というものは、秘匿する人数が少なければ少ないほどいいのです。
 キュルケ、タバサ、ギーシュ様にも詳しい情報は知らせずに配置について貰っているのですから。」
 
情報を知らせないのは、なるべく事態をコントロールし易くする為でもあったのですが…まさか、私と才人の仲がここまで疑われていたとは。


「スクウェアクラスの風魔法には『偏在』という、分身を作り出す非常に使い勝手の良い魔法があるのです。
 ラ・ロシェールの埠頭に酔っ払いが現れたでしょう?
 あれがワルドの偏在だったのですよ。」

「あの酔っ払いが…、成る程、あの時ワルドも確かに泥酔していたな。
 しかし、そんな方法で俺達を騙そうとしていたのかよ。」

しっかり騙されていたくせに、『そんな方法』は無いのですよ、才人。





「…汝は、始祖ブリミルの名に於いて、この者を敬い、愛し、そして夫とする事を誓うか?」

礼拝堂に近づくと、浪々と結婚宣誓の文句を読み上げる王太子の声が聞こえてきました。


「よっしゃ、間に合った!
 ル…もが、もが…。」

ルイズを呼ぼうとした才人の口を手で塞ぎました。


「静かにするのです。
 ルイズがワルドに何かを尋ねようとしているのですよ。」

そう、ルイズはワルドを夫とするかという問いに答えようとせずに、ワルドをじっと見つめているのです。


「…ワルド、貴方が私に執着する理由は何?」

「いきなりどうしたんだい、ルイズ?」

花嫁衣裳に身を包んだルイズは、ワルドをじっと見つめているのです。


「わたしが貴方に執着されるような要素が、どう考えても何処にも無いのよ。
 魔法が使えなくて、痩せっぽちで、強情で、癇癪持ちで、暴力的で、どう考えても貴方に釣り合う女じゃないのよね。
 狙いはラ・ヴァリエールの爵位と領地?
 でも、貴方が欲しいものが、そんなちっぽけなものには見えないのよ。
 貴方の瞳の奥に垣間見えるもう一人の貴方は、もっと貪欲で、もっと多くのものを求めているわ。
 教えて、貴方は私の何が欲しいの?」

「な…何を言っているのだか、私は君を愛して…。」.

ワルドが驚愕で固まりますが、ルイズはさらに言葉を続けます。


「私を愛しているのなら、こんな戦場のど真ん中で結婚式を開こうとなどしないわ、ワルド。
 貴方は私の何かを欲しがっていて、それを手に入れるために結婚しようとしている。
 だから、ケティは貴方を焦らせて、本性を出すのを待っていたんだと思うわ。
 生憎、ケティはそれだけじゃなくて、サイトも狙っていたみたいだけど。」

…だから、それは大いなる勘違いなのですよ、ルイズ。


「そういえば、ミス、ラ・ロッタは?」

「サイトの前で服を脱ぎながら誘惑しようとしていたし、才人も犬みたいに盛っていたから、魔法でふっ飛ばしてやったわ。」

大いなる誤解ですし、なにより才人はそこまで無節操ではないのですよ、確かにスケベなのですが。


「そんな事はどうでも良いのよ!
 それよりも私の何が欲しいのか答えなさい、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド!」

「…世界だ。」

呟く様にワルドがそう言った途端、ワルドを取り巻く空気が変わったのでした。


「世界だよルイズ、僕は世界が欲しいんだ。
 世界は腐っている、だから僕のものにして、僕が正しく導くんだよ、ルイズ。」

「ワルド、貴方頭がおかしいの?
 私なんかを手に入れたって、世界は手に入ったりしないわ。」

ルイズの声が、訝しげなものに変わったのでした。


「いいや、君を手に入れる事が世界を手に入れることの第一歩なのさ、ルイズ。
 君はガンダールヴを召喚した、それこそが君の才能の証明なのだからね。」

「ワルド卿、君はいったい何を言っているのかね?」

ワルド…いきなりマッド系にならなくても良いのですよ。
断言しても良いですが、今のワルドを見たら子供が泣くのです、絶対に。
王太子もワルドの豹変には顔を引き攣らせているのです。


「ガンダールヴを召喚したのは、記録に残る限り後にも先にも始祖ブリミルのみ。
 そしてルイズ、君は四系統魔法のいずれもを使えない。
 では、それにどういう意味があるのかという事だが、僕が言わずとも自ずと結論へと繋がるだろう?
 君は始祖ブリミルに劣らぬ、伝説級のメイジになれる素質があるという事だ。
 それを持つ君を手に入れる事が出来たならば、僕は世界を手に入れる為の第一歩を踏み出せるんだよ!」

「私の属性が虚無だと言いたいの?
 ありえないわ、コモンスペルの一つすらまともにこなせない私が、虚無?
 寝言は寝てから言うものよ、ワルド。
 私がサイトみたいな伝説級の使い魔を召喚できたのは単なる偶然よ、しかもまともに繋ぎ止めて置く事すら出来ずに、サイトは出て行ってしまったわ。
 そして、私なんかよりも遥かに優秀なケティと…あのケティがっ!
 まさか権謀術数張り巡らして私の使い魔を奪うだなんてっ!」

奪っていないのに、何でそんな事を言われなければいけないのですか。
…なんだか、腹が立ってきたのですよ。


「サイトは、あの優秀な使い魔は、私なんかよりも遥かに相応しい主に鞍替えしたのよ?
 こんな私が虚無だなんて、空でも落っこちてこない限り、絶対に有り得ない事だわ!」

空が落ちてくる事は決定なのですね、短い人生だったのです。


「…才人、才人、こーっそりとワルドの後ろに回ってください。
 ワルドの虚を突いて切りかかって欲しいのです。
 出来ますか?」

「…おう、わかった、何とかやってみる。」

話がヒートアップしている間に、仕込みを済ませるのですよ。
ちなみに、キュルケとタバサとギーシュは、今頃アルビオン下部の崖の突き出した部分に潜んでいる筈なのです。
正午丁度にヴェルダンデでここまで来てもらうという手筈になっているので、穴を抜けて一気に脱出するのですよ。


「兎に角、私は世界なんて手に入れる気は無いし、虚無の属性でもないわよ。
 そんなありもしない妄想で私と結婚していたがっていただなんて、幻滅したわワルド!」

「妄想じゃない!君には稀有の才能があるんだ。
 欲しいんだよ、君の才能と能力が!」

そう言いながら、ワルドはルイズににじり寄って行きます。


「僕はいつか君に言っただろう?
 君はいつか、始祖ブリミルに劣らぬ優秀なメイジに成長できると!
 君はまだその才能を自覚出来ていないだけなんだよ!」

「ワルド…貴方疲れているのよ。」

どこかで聞いたような台詞なのですね、ルイズ。


「子爵、もういいだろう、もう止めたまえ。
 君はフラれたのだから、ここは貴族らしく潔く…。」

「やかましい、黙ってろ!」

王太子がワルドを諌めようとしましたが、ワルドに一括されてしまったのでした。


「ルイズ、なあルイズ、何度も言うが、僕には君の才能が必要なんだ!
 頼むから、僕のものになってくれ!」

「ワルド、ねえワルド、何度も言うけど、そんな才能は私には無いってさっきから断言しているでしょ!
 私を一番分かっているのは私なの、いい加減夢見るのは止めて現実を見て!」

ワルドがルイズの腕を掴もうとしますが、ルイズはそれを巧みに避けまくっているのです。
…なにやら妙な攻防戦になりつつあるのですね。


「君の事を誰よりも知っているのは僕だ!
 君がまだ気付いていないその才能を僕が目覚めさせてあげるから、僕のものになってくれ!」

「つまり私じゃなくて、私のありもしない才能が欲しかったのね、ワルド。
 私を何も見ていないとは思っていたけれども、それがこんな馬鹿馬鹿しいにも程がある理由だったなんてね。
 そんなものは無いし、未来永劫私が目覚める事も無い代物だわ。」

ちなみに、ワルドはルイズをさっぱり掴む事が出来ないでいるのです。
風が柳の葉を捉える事が出来ないように、ワルドの手はルイズの腕を肩を掴もうとしては、寸前で見切られ空を切っているのです。
流石は肉体言語で語るメイジなのです。
格闘家もびっくりな、見事な身のこなしなのですよ、ルイズ。


「君には才能がある、それをぼ…ぐはぁ!」

「誰が喧しいだと、どの口が黙っていろだと、この不敬者!」

王太子がワルドに思いきり蹴りを入れたのでした。
いい感じに入ったのか、ワルドがくず折れたのですよ。


「ウインドボム!」

「ぐぁっ!」

ワルドの放ったウインドボムが、王太子を吹き飛ばしました。


「僕がここまで言っても駄目なのかい、君には通じないのかい、ルイズ?」

「当たり前でしょ、貴方の誇大妄想になんて付き合っていられないのよワルド。
 そんな理由で結婚するだなんて、金輪際御免だわ!」

ワルドの嘘臭い笑顔に、ルイズがしかめっ面で返したのでした。


「この旅で…うごぁ!?」

「駄目で冴えないフラれ虫の分際で、アルビオン王太子である私を吹き飛ばすとは何事か!」

今度は王太子の放ったウインドボムがワルドを吹き飛ばしたのでした。
…なんという空気読めない攻防、二人とも風メイジなのに。


「誰が駄目で冴えないフラれ虫だ!
 ウインド・カッター!」

「風の障壁よ!
 おのれ、この私に刃を向けたな!?」

ワルドの放ったウインド・カッターを、王太子が風の障壁で防いだのでした。
そろそろ…出番なのですね。


「…仕方が無い、この旅の目的の一つは諦めるとしよう。」

「目的…?」

ルイズが訝しげにワルドに問い返します。


「ああ、今回の旅に於ける僕の目的は三つあった。
 一つは、君を手に入れる事。」

「下手糞な勧誘だったわ。」

まあ、私がワルドの見せ場を全部潰したのですけれどもね。
おかげでワルドが倒したのは才人だけという、単なる迷惑キャラになっているのです。


「ぐっ…も、もう一つはルイズ、君が持っているアンリエッタの手紙だ。」

「姫様を呼び捨てに…まさか。」

…さて、出番なのですね。


「三つ目は…うおっ!?」

「有象無象の区別無く、私の魔法は許しはしないのです。」

私が放ったファイヤーボールが、ワルドの杖の魔力光を消し飛ばしたのでした。


「道化如きに殿下をやらせはしないのですよ、ワルド?」

有視界誘導で飛んでいくファイヤーボール…狙撃できるのは良いのですが、普通のファイヤーボールを連射した時並みに精神力を使うのです。
今回は仕方が無く使いましたが、燃費が悪過ぎなのですよ、これ。


「貴様は、ミス・ロッタ!?
 道化とはどういう事だ!」

「レコン・キスタの黒幕も知らずに踊る馬鹿は、道化呼ばわりがまさにうってつけなのですよ。
 アンドバリの魔力は虚無では無いのです。」

出番を計っていたとはいえ、何とかタイミングを合わせられたのですよ。


「殿下、こやつが動いたという事は、叛徒ども動き始めるという事なのです。
 トリステインの不始末はトリステインがつけるのが本分。
 殿下は我々に構わず、行って下さいませ!」

「わかった!ミスロッタ、ここまでの協力重ね重ね感謝する!」

そういって、王太子は走り去っていったのでした。


「三つ目の目的は…何でしたか?」

「ぐっ…僕の作戦を尽く妨害していたのは、やはり君か。」

ワルドが私を殺意の籠もった視線で睨みつけてきました。
…正直な話、表情を冷静に保っていられるだけでも奇跡なのですよ。


「私?いえいえ、このような小娘一人が全てを見通すなど不可能なのですよ。
 我々、なのです。」

「我々だと?」

乗ってくれてありがとう、なのですよ。


「《オレンジ》とでも覚えておいて欲しいのです。
 我々はどこにでもいて、全てを見ているのですよ。」

《オレンジ》という名前の通り勿論全部ハッタリなのですが、この時点で殆ど知りえない情報を流した上で私をほんの手先だと表明してあげれば、敵の目はそれを探す事に向く筈なのです。
なにせ、私はたった15歳の小娘なのですから、黒幕がいるほうがむしろ普通なのですよね。


「ウインド・ブレイク!」

「きゃあああぁぁっ!」

ワルドの魔法がルイズを吹き飛ばしたのでした。
いきなりだったせいなのでしょうか、ルイズが気絶してしまったのです。


「…では、話を聞かせてもらおうか、ミス・ロッタ?」

「な…あぅっ!?」

いきなり後ろから声がしたと同時に、強い衝撃で吹き飛ばされたのでした。


「風は偏在するのだよ、ミス・ロッタ?
 君も潜んでいたかもしれないが、私も偏在を一体、予め潜ませておいたのだ。」

「くっ…意識を逸らした隙に。」

やはり、戦闘にはいまいち向かないのですよ、私は。


「散々道化として踊らせた男の前で、這い蹲る気分はどうかね?」

私を見下ろしながら、ワルドの偏在がせせら笑います。
ぐっ…ムカつくのです。


「レディを這い蹲らせて悦に入る変態を見る気分は、這い蹲りながらだろうが立ちながらだろうが大して変わらないものなのですよ。」

「何だと!この口の減らない小娘がぁっ!」

「ぐっ!?」

ワルドに思いきり腹を蹴飛ばされました。


「かはっ…っぐっ!」

「恐怖と衝撃は人を正直にする。
 答えて貰おうか、レコン・キスタの黒幕とはとは何者だ?」

女の子の腹を思いきり蹴るとは、紳士の風上にも置けないのですよ。


「そ…それを知った所でどうするというのですか?
 道化という結果は変わりはしないというのに。」

「…まだ足りぬか、ではこれでどうだ?」

ワルドの杖が魔力の光を纏い…私の右肩を突き刺したのでした。


「あああああああぁぁぁぁぁぁっ!」

「答えろ、レコン・キスタの黒幕とは?」

このままでは殺される…さ、才人は何処に?
いくら一度死んだからといって、もう一度死ぬのは嫌なのです。
才人、早く来てください、才人、才人、才人、才人…。


「才人おおおぉぉぉぉっ!」

「離れやがれ、この下種野郎!」

「ヒャッハー!人だ、人が斬れるぜうひひひひひ!」

「な…!?」

袈裟斬りにワルドの偏在が切り捨てられ、元の風に戻ったのでした。
…それよりもデルフリンガー、貴方がおっかな過ぎるのですよ。


「くっ…お、遅いのですよ。」

「御免、ルイズをワルドの見えない所に移していたら、遅れちまった。」

ワルドの注意を逸らすのには成功していたのですね、良かった。
しかし…右肩が痛い上に全く動かないのです。
骨までやられているのですね、これは。


「話は全部聞いたぜ。
 ルイズはあんたを訝しがってはいたが、別に嫌っちゃいなかった!
 子供の頃慰めてくれた、優しい人だったからって…それをあんたは!」

「おおっ!心が震えてるな!もっと心を振るわせろ、そうすりゃ相棒はもっともっと強くなる!
 そして、目の前のヒゲを切らせてくれ!」

才人は物凄い速さでワルドに切りかかって行ったのでした。
そして黙れ妖刀、なのです。


「月日と数奇な運命の巡り合わせが、私を変えた!
 既に時は過ぎ行き、今更私は元には戻れないのだ!」

「あのまま放っておけば、殿下とルイズの二人とも殺す気だっただろあんた!
 なんで子供の頃から知っている女の子をいとも簡単に殺そうと出来るんだ!?」

才人の剣がワルドに受け流されているのです。
ここは才人がワルドを圧倒できる筈…まさか、まだ心の震えが足りない!?
死ぬかもしれませんが…ここで全員死ぬよりはましだと考えるしかないのですか。
私が死んだって、物語は本来の道筋に戻るだけなのですよ。
だからこそ、過度な干渉は謹んで来たのですから!


「ファイヤーボール!」

「くっ…死に損ないが小賢しい!
 ウインドカッター!」

ワルドの風の障壁に私のファイヤーボールは弾かれ、逆にワルドの放ったウインドカッターが、私を切り裂いたのでした。


「きゃああああぁぁぁぁぁぁっ!」

「ケティ!?」

「む、娘っ子!?」

服が切り裂かれ、血が飛び散ったのでした。
これは、いくらなんでも死ぬかもしれないのですよ…。


「才人、後はおねが…い…。」

めのまえが…くら……。



《才人視点》
ケティが赤い飛沫を飛び散らせながら、崩れ落ちるように倒れていった。

「ケティが…嘘だろ、おい。」

「…聞きそびれたか。
 まあ良い、調べればどうとでもなる。」

そう呟くワルドの声が遠い、俺の足元が急に落とし穴に変わったような感覚。
ケティが…ケティが…なんで。
俺の事を助けてくれようとしたのか?俺が押されているから、不甲斐ないから…っ!


「貴様らの頭脳だったあの小娘が倒れては、もはや何も出来まい?
 一緒にあの世に送ってやるから、感謝するんだな!」

「喧しいっ!」

ワルドの動きが酷く鈍く見えるけど、そんな事はどうでもいい。
緩慢に動くあいつの杖を軽く払い飛ばしてやって、俺はケティの元に駆けつけた。


「ケティ、ケティ!?」

ケティを軽く揺すってみたけど、意識が戻らない。
肩から腰に掛けて正面から斜めにざっくりと斬られている。
浅く呼吸はしているけど、この出血が続いたらヤバい!?
早く水メイジか誰かに見せないと!


「私を無視するなああぁぁぁっ!」

「喧しいわ髭帽子!」

ワルドがまた突っ込んできたので、軽く払い飛ばしてやった。


「ぐぁっ!?な…何故いきなりそんなに…?」

「知るか、てめえが遅くなっただけだろ!?」

わけがわからないけど、何だか強くなったからOK!


「おめえはガンダールヴだ!
 ガンダールヴの力の源は心の震え、怒り、悲しみ、喜び…何でもいいから心を震わせる事が出来ればおめえはどんどん強くなる!」

「何だかわからんけど、要するに怒ればいいんだな!」

ワルドに追撃を掛けようとしたが…居ない?


「これが君の本気だったとはな…見誤っていたよ。
 ミス・ロッタに言い含められていたのかな、本気を出すなと。
 まあ、もはやどうでもいい事ではあるな、彼女はもうすぐ死ぬ。
 さて…私も本気を出すとしよう。
 風の魔法は最強だ、それが何故か見せてやろう。」

何時の間に移動していたのか、倒れたケティの近くにワルドは立っていた。


「ユビキタス・デル・ウインデ…。」

ワルドが呪文を唱えると、いきなりワルドが4人に増えた。


「さっきケティをやった奴か!?」

「左様、先程のはやられてしまったが、私と偏在合わせて四人。
 どちらが勝つか、さあ試そうか!」

そう言って、ワルド×4が切りかかってきた。


「何だよ、このチート魔法は!」

一気に4人になるとか無茶苦茶だぞ!


「おいデルフ!伝説の剣なら、何か技は無いのか、技は!?」

「魔法を吸い込めるだろ?」

「そんだけかよ!つかえねー!」

魔法なら、斬れば吸い込めるかもしれないけど、この数に一気に切りかかってこられたら防ぎきれなくなるっての!?


「使えねーとか言うなぁ!」

「実際使えねーだろ、この状況じゃあ!」

このままじゃあジリ貧だ。
時間が経てば経つほど、ケティを助ける時間が無くなる。


「ファイヤーボール!」

「ぐぁっ!?」

いきなり、ワルド(偏在)が、爆発四散した。
これはケティじゃなくて…。


「ルイズ、目を覚ましたのか!?」

「やったっ!命中したわ!」

さっきのケティの光景が蘇る。
今のワルドは…やばい!?


「逃げろルイズ!」

「え?」

「ウインドカッター!」

ワルドが放ったウインドカッターを、ルイズは柱の陰に隠れる事で避けたが、余波で吹き飛ばされて倒れた。


「てめえ、ルイズまでええぇぇぇぇぇっ!?」

先程の光景が蘇る。
ルイズまで血を流して倒れるなんて、そんなのは絶対に許せねえ!
目の前が怒りで真っ赤に染まる!
考えられるのは…あいつを倒す事!


「更に速度が上がっただと!?」

「るぅああああああぁぁぁっ!」

ワルドがもっと遅くなって見える。


「くっ!どうして死地に帰ってきた!?
 お前の事を平民と蔑む貴族の娘を助けに来たとでも言うのか!」

「婚約者を殺そうとするヒゲ野郎に答えることじゃねーよ!
 そんな事よりも、てめえをブッ倒してさっさとケティを助け無いといけねーんだよ!」

このままだと、ケティが死んじまう!
助けられっ放しなのに、まだ何も返していないのにっ!


「二人の女の間でふらふらふらふらとっ!
 どのみち貴族と平民では恋愛など成立しない事が理解できぬようではなっ!」

「別にふらふらなんかしてねえよっ!
 ルイズといるとドキドキするし、ケティといるとすっげえ落ち着くってだけだっ!」

押し倒しておいてなんだが、これが恋なのかはわかんねーよ、特にケティの場合。


「ルイズもケティも俺が守る、それだけだっ!」

「よーしいいぞ相棒!もっと心を振るわせやがれっ!
 そしてもっと俺にあのヒゲを 車斤 ら せ て く れ !」

黙れ妖刀。


「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「なっ!?」

偏在を切り捨てると、デルフに吸い込まれて消えた。
ルイズが一体爆破したので、後2体!


「私が平民に手も足も出んだと、ありえん!」

「実際に負けてりゃ世話ねえんだよ!ヒゲ野郎!」

一気に切り捨ててやる!


「は、飛んだな?空は風の領域だ、愚か者めが!」

「馬鹿はてめえだあああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「うっひょおおおおぉぉぉぉ、斬りほうだぁぁぁぁい!」

一閃…手ごたえはあったが?
後、こええよデルフ。


「くっ…まさか、この《閃光》が、遅れを取るとはな。」

ワルドの左手が、落っこちていた。
俺が…斬ったんだな。


「《線香》の間違いじゃね?
 さあ、年貢の納め時だぜヒゲ野郎。」

急に全身から力が抜け始めたけど、ハッタリかまさなけりゃあ殺されるな…。


「まさか、何一つ目的を果たせなんだとはな…。
 まあ良い、貴様らはここで死ぬのだから、大勢は変わらんだろう。」

そう言うと、ワルドは浮き上がった。
逃げるつもりらしいが、正直な話立っているのもきつい状況ではどうにもならねえな。


「主人ともども灰になるが良い、ガンダールヴ!」

そう捨て台詞を残して、ワルドは割れた天窓から逃げていった…。


「な…何とかやり過ごせたか。」

正直な話、あそこで反撃されたら命が無かった。
何とか助かったけど…。


「ケティ!?ケティ!?なんでこんな事に!?」

ルイズの悲鳴が聞こえてくる。


「ルイズ、ケティは?」

「な…何とか生きているけど、どうしてこんな事に?」

ルイズは顔面蒼白の涙目で、動かないケティを見つめている。


「ケティはルイズ、お前の事を見捨てなかった。
 俺達の事をずーっと心配していてくれたんだよ。」

「ぐすっ…私、魔法であんな目に遭わせたのに…。」

ああそういえば…ケティって基本的にあまり怒らないよな、確かに。
急に、ルイズが魔法を唱え始めた。


「何する気だよ?」

「《治癒》で、傷を塞ぐの!」

「言っちゃ何だが、爆死するだろ、それ。」

とどめ刺してどうすんだよ。
…と、その時、爆発音がして、埃が降ってきた。


「きゃっ、な、何…?」

「敵の砲撃が始まった…って事は、救援が来る!」

さっきケティから聞いた話では、正午になると同時にギーシュがここに来る手筈になっていた。
丁度、礼拝堂の地面がボコッと盛り上がって、目の前にギーシュとモグラが出てきたのだった。


「助けに来たぞ、ケティ…って、死んでる!?」

「縁起でも無い事言うな馬鹿野郎!」

取り敢えず5発ほど殴った。


「す…すみましぇん。」

「ギーシュ、早いわよ…って、ケティ!?」

穴から出てきたキュルケが、悲鳴みたいな声を上げた。


「治療する、どいて。」

「ちょ、タバサ!?」

ルイズを押しのけて、タバサがケティに治癒を掛け始めた。
傷が見る見る塞がっていく、これで何とかなる…か?



《ケティ視点》
「ん…ここは?」

ここは…空?


「なんともまあ、安易な天国なのですね。」

「ケティ、目が覚めたの!?」

目の前に、煤けて涙目のルイズがいました。
いやしかし、全身が非常にだるいのです。
ちょっと動きそうにありません。
ああ…私はワルドのウインドカッターで斬られたのでしたね。


「おはようございます、ルイズ。
 ここは何処なのですか?
 生憎体がだるくて動かしづらいので、教えて欲しいのです。」

「ここはシルフィードの背中よ、貴方は今まで気絶していたの。
 血を沢山失っているみたいだから、動かない方が良いわ。」

動きたくても動けないのですよ。


「ごめんなさい、ケティ。
 サイトから一部始終話は聞いたわ。
 制裁はきっちりしておいたから。」

「ご…ごめんなしゃい、もうしましぇん…。」

おお、何かの残骸かと思えば、よく見たら才人だったのですよ。


「後、ケティの調子が戻ったらもう一度謝るから、その時に私も同じ目に遭わせて。」

「…火魔法で吹き飛ばしたら、まず間違いなく全身火傷するのですが?」

水や風なら兎に角、私が使えるのは『火』なのですよ。


「う…覚悟するわ。
 だ…大丈夫よルイズ、覚悟があれば何でもできるわ、できるのよ。」

ルイズ、目が虚ろなのですよ。


「殿下は…殿下はどうなさいましたか?」

「俺が港に行った時、出航寸前でこれを渡された。」

そう言ったサイトの手にあるのは、風のルビー…なのですね。


「イーグル号はレキシントンに突き刺さって、大爆発したよ。
 レキシントンは真っ二つになって沈んだし、周囲にいた船も飛び散ったナパームが引火して、何隻かが燃えながら落ちていった。
 あれ、ケティの作戦だったんだって?」

「ええ、そう…なのですか、殿下は本懐を遂げられたのですね。」

「ああ、誰にも文句を言え無い、見事な最期だったよ。」

安心したのです…また、眠くなってきたのですよ。


「では、もう一度眠るのです。
 暫く起きないと思うので、着いたら起こして欲しいのですよ。」

そう言って、私はゆっくりと目を閉じたのでした。
こんなに怪我だらけになって、姉さま達にどう言い訳しましょうか…気が重いのですよ。



[7277]  プレ編01 杖と契約するまで
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/05/17 15:13
おぎゃー!と、赤子の産声。


「生まれたか!」

ラ・ロッタ家現当主、クールティル・ド・ラ・ロッタは喜びの声と共に、寝室へ駈け込んでいった。


「あなた、申し訳ありません。」

クールティルの妻、マリー・テレーズ・ド・ラ・ロッタは、疲れきった顔に喜色を浮かべつつも夫に謝った。


「女児でございます。」

侍女から赤子を受け取ると、クールティルはじーっと眺める。


「これで12人目か…。
 いいや、12人目の可憐な花が我が家に生まれたのだ。
 これはとても素晴らしい事だよ、マリー。」

その少女は12回目の喜びと、ほんの少しのがっかり感とともに生み出された。
今でもクールティルは『お前が男ならば…』と、残念そうに言うらしいが、娘も同感であるのは誰も知らない事だったりもする。


「名前はいかがいたしましょう?」

「エメロード。」

「4人目ですわ。」

「リュビ。」

「1人目ですわ。」

「ジョセフィーヌ。」

「9人目ですわ。」

「ジゼル。」

「去年生んだばかりですわ。」

クールティルは頭を傾げた。


「これは、まいったな…流石に12人目ともなると。」

「あなた、ケティという名はいかがでしょうか?」

マリーが、微笑みながらそう提案した。


「実は…もし今度も娘だったら名前をどうするか、考えていましたの。」

「ケティか…うん、ケティ、良い名前だ。」
 
そう言って、クールティルは眠る娘を愛おしげに眺めた。


「君の名前はケティ、ケティ・ド・ラ・ロッタだ!
 この名が君の誉れとなるよう、気高く潔く成長してくれ!」

少女の名はケティ・ド・ラ・ロッタ、のちにラ・ロッタ始まって以来の天才と呼ばれる少女である。
少女はそう呼ばれるのを激しく嫌がっていたが。




ケティは生まれてからしばらくはごく普通の赤子だった。
ただし、周囲はすぐにその子が今までの赤ん坊とは違う事に気がついた。
発達が、異様に早かったからだ。
はいはいの時期が殆ど無く、すぐに歩き始めた。
言葉の習得は普通の子よりも若干遅かったが、覚えてからがとんでも無かったのだ。


「おとうしゃま、おとうしゃま。」

「ん、何だいケティ?」

2歳を過ぎたある日、ケティが舌っ足らずな口調でクールディルのズボンの裾をくいくい引っ張って来た。


「たかいたかいかな?それとも、甘いお菓子かい?」

「んー、それもいいけど、ちょっとちがうの。」

ケティはふるふると首を横に振った。


「ぼく、もじをおしえてほしいの。」

「文字?いや、ケティにはまだ早いよ、文字は。」

クールティルは娘を抱き上げて、ほお擦りをしようとしたが、ケティは身を捩じらせて避けようとする。


「おひげいたいの、やーなの。」

「髭を…剃らねばならんな、うむ。」

クールティルは若干傷ついた面持ちで、髭の生えた自分の顔を擦った。
こうして、ラ・ロッタ家から髭を生やした人間がいなくなった…というのは、完全に余談である。


「もじをおしえて、ねー、おとうしゃま。」

「う…うーん、わかった。
 でも、君にはまだ難しいと思うのだけれども。」

しかし、クールティルの予測は完全に覆される。
ケティはわずか数日で文字を全部覚えて見せたのだ。


「この子は天才だ!」

クールティルは娘の知性の高さに驚愕し、驚喜した。


「ジョゼねえしゃまー、エトワールねえしゃまー、ジゼルねえしゃまー、ごほんよんであげるの!」

「えー、ほんとに?」

「ケティごほんよめるの?すごいー。」

「わーい、よんでよんでー♪」

ついでにケティと歳の近い三人の姉も喜んでいたという。






「ねえねえおとうしゃま、せかいはたいらではてがあるって、ほんと?」

文字を覚えてからのケティは、物凄い勢いで本を読み始めた。
それも、子供が読むような絵本ではなくて、学術書などのかなり難しい本をである。
ケティにしてみれば、意識がまだ前世と現世の間を彷徨っており、はっきりしなかったのだが、それでもこの世界を何とか認識しようとしていたようである。


「うーん、私は見に行った事が無いからわからないけれども、本に書いてあるって事は、そうなんだろうね。」

「でもねでもね、ちへいせんをみてほしいの。
 くもがちへいせんのむこうからやってくるでしょ?
 むこうからやってくるのよ、たいらなはずなのに。」

クールティルがまさかと思って地平線をよく見てみれば、成る程確かに雲は地平線の向こうからやってきているのだった。
そう考えると普段何気なく見ていた光景がとてつもなく不思議なものに見えてきたクールティルである。



「な…成る程、言われて見れば確かに…。
 ケティはどう思っているんだい?」

「わたしはせかいがまあるくなっているとおもうの。
 ほんとうはせかいはとてもとてもおおきいまあるいたまで、とてもおおきいからたいらにみえるだけだとおもうの。
 きっと、そのまあるいたまのなかにはとてもとてもつよいせいれいがいて、みんなをそこにはりつけるようにひっぱっているの。
 おそらにつきがあるでしょ?
 たぶんつきからみると、このせかいもあんなふうにみえるとおもうの。」

この頃のケティの記憶はおぼろげで、前世の人格と現在の人格が混在していた。
わかりやすく言うと、前世の記憶が幼児の人格と混在していたため、無邪気な幼児の人格で高校レベルとはいえ、前世の高度な科学知識を振りかざしていた。


「ケティ、駄目だよ、それは駄目だ、それは異端な考えなんだよ。」

「いたん?」

普通の親であれば笑い飛ばしていた所だが、クールティルはかつて同じような事を言って異端とされた男の話を知っていた。
数百年前の事、その男は優れた土メイジであり、学者だった。
数学と測量技術を駆使して世界が球体である事を理論的に実証して見せたが、ロマリアの異端審問官に異端であるとして処刑されている。
この地には異端審問官が侵入する事が出来ない為に、彼の書籍と彼がどうなったかが記された書籍が残っていた為、クールティルはその事実を知っていたのである。


「このじだいにはあわないの?」

「この世界に会わないんだよ、ケティ。
 理論的に正しい事でも、常識として正しいとは限らないんだ。」

自分の言っている事を我が娘が完全に理解している事を、クールティルは理解した。
ケティが高度な知性とそれを制御できない幼稚な理性が混在しているという、とんでもない天才娘だという事を理解したのである。


「ケティ君は天才だ、だから私がきちんと教育するよ。
 君がこの世界の異端とならぬように。」

「うん、おねがいしますなの。
 でもおとうしゃま、ちょっとくるしいの。」

自分をぎゅうっと抱きしめるクールティルに、軽く眉をしかめつつ、ケティはコクリと頷いたのだった。





「お父様、僕は魔法が使いたい。
 だから、ジゼル姉様と一緒に、山の女王に会いに行きたいんだ。」

「ケティ、確かに君ならば、山の女王も認めてくれるかもしれないが…。
 山の女王への謁見は、我が家では6歳と決まっているんだよ。」

ケティは4歳の時にも同じ事を言って、クールティルを困らせた。
今回も年齢を条件に断ろうとしたのだが…。


「え?ケティも一緒に来てくれるの?
 やった、嬉しいな、ケティと一緒、一緒♪」

「ちょっと待ってジゼル姉さま、そんなに抱きつかないで!?
 僕まだ子供で力が無いから倒れちゃう!」

ケティは前世の記憶と現世の常識に上手く折り合いをつけた聡明な子として育っていたが、一方で前世の記憶と人格が一致した為か、非常に男っぽい性格と口調に育っている。
普通の女の子がするような遊びはあまりしたがらない上に、ままごと遊びではいつもお父さん役である。
格好も、男の子の格好を普通にして、普通に似合っていたので、領民の中にはケティが女の子だという事を忘れている人もいたくらい。
「ケティ坊ちゃんなら、ラ・ロッタには何の憂いも起きないべぇ」とは、村の長老ガストン爺さんの弁である。
ケティを男と勘違いしている上に、本当の跡取り息子であるアルマンの立場がまるっきり無い言葉だが…。


「だってだって、ケティと一緒なら絶対安心だもん。」

「いや姉さま、僕は非力な子供だし、山の女王の所に行くんだからそもそも絶対安心だよ。
 ねえお父様?」

ジゼルがケティにベッタリしすぎな気がするクールティルであった。
まさか、我が娘は妹に初恋なのかと考えて、恐ろしいのでそれ以上考えるのをやめた。


「はは、まあ確かに山の女王に会いに行く僕たちに、害を為すものなどいないと思うよ。」

「うー、とにかく、ケティと離れたくないの!」

「…で、お父様。
 この状態のジゼル姉さまを引き剥がして連れて行くの?
 絶対に泣くと思うんだけど。」

姉と対比すると、この落ち着きようとこの冷静な瞳。
大人と話している気分になってくるクールティルであった。


「ははは…まあ、仕方が無いか。
 でもケティ、山の女王が認めなかったら大人しく帰るんだよ?」

「はい、お父様。」

そうは言ったものの、クールティルはケティが山の女王に認められるのだろうなという確信はあった。


「やったー!ケティと一緒だー♪」

「だから、変な抱きつき方しないでジゼル姉さま!
 ちょ、首がしま…ぐぇ!」

知性は高いが、体がちんちくりんの幼児だったため、体の発育が早く背も高いジゼルに抱きつかれては形無しのケティであった。




山の女王とは、ラ・ロッタ領そのものといっても良い。
彼女はトリステイン開闢の時代から延々と生き続けるこの地域の真の支配者。
その正体は、ジャイアント・ホーネットと呼ばれる大型スズメバチ幻獣の女王である。
彼女は高度な知性を持ち、体にがたが来ると自らのコピーを生み出して記憶と経験の継承を行っている。


「わわわ、蜂さんいっぱいだわケティ?
 怖い、怖いよケティ。」」

ラ・ロッタの民は6歳になるとここに来て、山の女王の承認を受ける事が慣わしになっている。
特に領主の一家は彼女から杖を賜り、それと契約してメイジとなるのである。


「姉さん、虫が駄目なのはわかるけど、山の女王に粗相したら…食べられちゃうかもよ?」

「やー!食べられるのやー!もうお家帰るぅ!」

山の女王の宮殿、つまり物凄く大きなスズメバチの巣の中を今三人は歩いている。


「しまった、薮蛇だった、く…苦しい。」

「あはは、ジゼルを脅かしちゃ駄目だよ、ケティ?」

周りには沢山の巨大なスズメバチがひしめき合っており、ケティたちは彼女らが本気になればいつでも八つ裂きに出来るのだが、そうされる事は無い。
この地のジャイアント・ホーネットは人の子を襲わない。
そして、女王の承認を受けた者の近くにいる者も襲わない。


「ジゼル姉さま、首は絞めないで、苦しい。」

「やー、怖い!」

女王の承認が受けられるのはこの地で生まれた者か、またはその配偶者のみなので、船乗り達はこの上空を通れない。
故にこの地域は絶対の守りの代わりに、交易路からも外れているのだ。


「お父様も笑ってばかりいないで助けてよ?」

「あはは、ごめんごめん。
 ほらジゼル、お父様が抱っこしてあげよう。」

クールティルがジゼルを引き剥がそうとしたが…離れない。


「ケティの方が良いのっ!」

「…だ、そうだよ?」

「はぅ…大失敗だよ。」

ケティががっくりと肩を落とすその傍らで、泣いていた筈のジゼルが幸せそうにケティに抱きつきほお擦りしているのを見て、二人の将来が少し不安になったクールティルであった。



山の女王は大きい、兎に角大きい。
普通のジャイアント・ホーネットは1メイル前後だが、女王は3メイルはある巨大な蜂である。
肉食昆虫の頂点に君臨する女王なだけあって、視覚的なおっかなさは群を抜いていた。
その周辺には1.5メイル程ある親衛隊蜂が整然と並んでいる。
まさに女王の謁見の間であった。


《よく来た、ラ・ロッタの子らよ。
 久しぶりであるな、クールティル。》

「はい、久しぶりでございます、山の女王。」

「は、蜂さんが喋った!?」

普通のジャイアント・ホーネットは喋らないが、彼女自身は齢数千年という幻獣である。
人の言葉を思念波として送る事など、お茶の子さいさいであった。


《ガチン!》

「ひっ!?」

親衛隊蜂の一匹が、顎を鳴らした。
不敬であるとでも言いたいらしい。


《よいよい、人に直接意思を伝えられるのはわらわだけなのであるから、子供が驚くのも道理である。
 脅かしてすまぬな、名はなんと言う?》

「ジ、ジゼル・ド・ラ・ロッタ…ですわ、山の女王。」

顔を真っ青にしながら、ジゼルがスカートの裾をちょんと上げて礼をした。


《そちらの小さな子供よ、そちの名は?》

「ケティ・ド・ラ・ロッタと申します、山の女王。」

ケティが一礼すると、女王が身を乗り出してケティの目の前までやってきた。


《そなたは…おなごであるな、なのに魂からほんのりと男の香りも漂って来る、その服装のごときじゃ。
 ほほほほほ、面白いのう、実に面白い。
 長く生きてきたが、このような人の子に出会うのは初めてであるわ。》

「そ、そうでございますか、楽しんでいただけて光栄であります、山の女王。」

流石に蜂の頭のアップは怖いのか、ケティの顔は少々引きつっていた。


《まあ、その男の匂いも女になり始めれば消えるであろう。
 それまではせいぜい、男と女の狭間を生きるとよかろう。》

そう言うと、女王は元の体勢に戻った。


《ジゼルにケティ、そなたらの匂いをわらわは認識した。
 これからそなたらは命果てるまで正式にこのラ・ロッタの民であり、我々はそれを妨げる事は一切しない。
 そなたらは魔法を使う民であるから、杖を授けよう…杖をここへ!》

女王の声に応えて、親衛隊蜂が杖を二本咥えて持ってきた。


《我ら謹製の杖である、受け取られよ。》

「はい、謹んでお受け取りさせていただきます。」

「はい、ちゅちゅし…あぐぅ…舌噛んだよ。
 お、お受け取りさせていたらきまふ。」

二人が受け取った杖は、軽くてとても硬いキチン質の杖…わかりやすく言うと、ジャイアント・ホーネットの針を杖に加工したものであった。


《もしもそれを失うような目にあった時は再び来るがよい。
 いつでも用意して待っておるぞ。》

「はい、ありがとうございます、山の女王。」

「ありがとうございます。」

ケティとジゼルは揃って頭を下げた。


「杖を賜りまして、誠にありがとうございました、山の女王。
 それでは早速下山し、契約の儀に入りたいと思います。」

《ほほう、その歳で杖と契約するというか。
 面白い、実に面白いのう。
 そなたは将来何か大きな事を為すやも知れぬ、期待しておるぞ。》

流石に表情はわからないが、女王の声はとても楽しそうなものであった。



その後数日をかけ、ケティは見事に杖との契約を果たす。
普通は10歳を超えてから契約するものであり、5歳で契約するなど前代未聞ではあるのだが、ケティはやり遂げて見せた。

「ファイヤーボール!」

そして、高々数日で炎の矢の制御どころかファイヤーボールまで使って見せて、周囲の度肝を抜くのであった。


「ケティ、君はきっと凄い人になれるよ。
 …でも、それだと結婚できないかもしれないなぁ、それは嫌かもしれない。」

「そんな未来の事を考えても仕方が無いよ、お父様。
 それよりも、魔法の制御の仕方、もっと教えて?」

玩具を手に入れたての子供の瞳で、ケティはクールティルにそうねだったのだった。



[7277] 第十四話 嵐の合間の静けさなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:31
すれ違いはよくある事
かの主従はいつも通り、すれ違いまくりなのです


すれ違う心と、それによる葛藤
ラブの永遠のテーマなのですよね、苦労しやがれ青少年なのです


すれ違いを修正するにはどうすれば?
意地張るのをやめればいいと思うのですよ






「んっ…ここは?」

気がつくとベッドの上なのでした。


「知らない天井だなんていう、ベタなボケは無しな。」

「せ…折角の機会を。」

「また二人でわけのわかんない話をしてる…。」

台詞を奪った相手は才人なのでした。
その隣りにはルイズが立っているのです。


「それにここ、学院の医務室だしな、知らない天井じゃないだろ?」

「まあ確かに、よく見ればそうなのですね…と、そういえば!」

胸元を開いて、傷痕を確認します。


「一緒に覗きこもうとするなエロ犬!」

「これは男の性というか、不可こ…げふっ!?」

あれだけスッパリ切られたら、魔法で塞いでも傷跡は残ってしまった筈なのですよ…って、あれ?


「傷跡が…無いのです。」

「ぐふっ…ああ、ケティの傷跡なら、あの人が…。」

いつの間にかボコボコになった才人が指差した先にいたのは、モット伯なのでした。


「伯爵が…?」

「ああ、これでも水のトライアングルだからね。
 痕が残らないように傷を癒すのなんて、秘薬と魔法を併用すれば朝飯前だよ。
 いやしかしびっくりしたね。
 王宮に血塗れの君が運び込まれた時は、本当に心臓が止まるかと思ったよ。
 止血されていなかったら、間違いなく死んでいたと思うよ。」

うんうんと頷くモット伯…治癒の時には患部を見なければいけないわけで、姉の旦那にばっちり見られたのですか…傷が残らなかったのは素晴らしい事ではあるのですが、なんというか複雑な気分に。
まあ、モット伯も気にしていないようですし、私も気にしないようにするのです…と、いきなりドアが思い切りよく開かれたのでした。


「ケティィィィィィィッ!」

「ひぃ!?ジゼル姉さま!」

物凄い形相でジゼル姉さまが駆け寄って来たのですよ。
逃げたいところですが、全身がだるくてとっさに動くなど不可能なのです。


「私を置き去りにしてアルビオンまで行くとか、どういうつもりなのよ!
 しかも怪我するとか、傷つくとかっ!?
 今すぐ言いなさいここで言いなさい、誰にやられたの私が八つ裂きにしてやるから!」

「むぎゅ…ね、姉さまくるし…ちょ、息が。」

叩かれるのかと思いきや、思い切り抱きしめられたのです。


「駄目よジゼル、ケティが苦しがっているわ。」

「エトワール姉さまありがとうございます。」

エトワール姉さまがジゼル姉さまをやんわりと引き剥がしてくれたのでした。
流石というか、いつの間に身体強化系の魔法を使ったのでしょうか…。


「それで…ケティを傷つけたのは誰なのかしら?」

「それよ、絶対に許さないんだから!」

笑顔で私に尋ねるエトワール姉さまの背後にどす黒いオーラが見えるのですよ。
ジゼル姉さまみたいに普通に怒ってくれはしないものでしょうか?


「答えて、ケティ?」

「…ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド卿なのです。
 才人に危機一髪のところを救ってもらいましたが、正面からでは太刀打ちできる相手では無いのですよ、あれは。」

正面からでなければ方法があったかも知れないのですが、あの時は仕方が無かったのです。
かなり分の悪い賭けでしたが…。


「これは他言無用なのですよ?
 こればかりは広めてもらっては困るのです。
 親衛隊から裏切り者が出たなどという噂が伝わっては、王家のメンツが丸つぶれなのですから。」

「…わかったわ、姉さま達にも言わない。
 でもまさか、スクウェアクラスの風メイジが裏切るとはね。」

「裏切り者は一人居たら30人は居るから、気をつける必要があるわねえ。」

それはゴキブリなのですよ、エトワール姉さま。
まあ、似たようなものなのですが。


「でもケティ、貴方は言葉遣いや物腰は随分変わったけど、根っこは昔からあまり変わっていなかったのね。」

「そうそう、風のスクウェアメイジに正面から立ち向かうだなんて、やんちゃにも程があるわよ?」

にこにこーっと微笑ましいものを見るような眼で、姉さま達が私を見ているのです。


「村の男の子たちを引き連れて、魔法の練習の合間に《ヤキュウ》を教えたりしていた頃を思い出すわ。」

「あの頃はケティを女の子みたいな名前の男の子だと勘違いしていた子も多かったわねえ。
 ギュスターヴとか、確かめようとして貴方に吹き飛ばされていたのを思い出すわぁ。」

あんまりにも娯楽が少なかったので、村の職人さん達にお願いしてバットとグローブとボールをこしらえて貰って、野球を始めたのですよね。


「ジゼル姉さまも張り切ってやっていたではありませんか?
 私一人が男っぽかったと言われるのは心外なのですよ。」

「確かにあの頃の私はお転婆だったけど、ケティほどじゃなかったわよ。
 ケティは私の王子様だったんだからね。」

ぐっ…あの頃は前世の人格にかなり引っ張られて、結構男っぽかったのは確かなのです。
でも王子様は言い過ぎなのですよ、あれはただのやんちゃ坊主なのです。


「…昔話に花を咲かせているところに口を挟むのは申し訳ないし、正直な話ケティの昔の話はこのまま聞いていたいんだけどね。
 モット伯が王家の使者として、貴方の話も聞いておきたいみたいよ?」

「いや正直な話、私もミス・ヴァリエールと同じでこのまま聞いていたいのだけれどもね。
 悲しいかな、この身はしがない宮仕えなのだよ。」

そう言うと、モット伯は背筋をピシッと伸ばして官僚の顔となり、私の眼をじっと見つめたのでした。


「わかりました、お答え出来る事はお答えいたしましょう。」

お答えできない事は、お答えしないのです。


「ケティ・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢、今回君はワルド元子爵の企みを見事に見破り、王太子が望む名誉ある戦死を全うさせる事に成功した。
 相違無いかね?」

「はい、相違無いのです。」

「では質問させてもらうが…。」

それから、モット伯の事情聴取というか軽い尋問というかは、話せるところは話し、話せないところは話さない事で決着したのでした。


「…ふむ、事の事情は大体把握できた。
 これできちんと王室に報告できるよ、ありがとう。
 あと、最後にもう一度聞くが《オレンジ》とは、一体何なのかね?」

「あ、それ、私も聞きたかったのよ。
 そんな組織、本当にあるの?」

こら才人、もとネタ知っているからといって、後ろで噴き出さないのですよ。
野心に燃える男は《オレンジ》で踊ってもらうに限るのですよね。


「その件については、お話できないのですよ。」

「何故かね?」

モット伯は首を傾げて私の目を見つめます。


「報告書の内容が、叛徒どもの手に渡るから…なのですよ。
 エトワール姉さまも先程言っていましたが、裏切り者は一人では行動しないのです。
 そして、その件をお話しする事は、王室への報告であっても出来ないと言っているのです。」

「つまり、宮廷のかなり高位…閣僚にも裏切り者がいると?」

つくづく思うのですが、閣僚が寝返っているとか末期もいいところなのですよ、この国は。
国王がサボっていると、数年でここまでぐだぐだになるものなのですね。


「流石に誰かははっきりとしないのですが、ワルド卿以外にも裏切り者が居たのは間違いないでしょう。
 ワルド卿が裏切り者であるのはわかったのですから、彼と接触していた者を洗っていけば出てくるのではないかな…と、思うのですよ。」

「ふむ、確かにその通りだね。
 この件は陛下に報告し、秘密裏に調査を開始する事にするよ。」

敢えてリッシュモン卿の名は出さないのです。
彼の名を出すと、彼にのみこだわってしまう可能性がありますし、彼の名を出すことで見つかる筈の者が見つからなかったら拙いのですよ。


「では、私はここで失礼するよ。
 …そうだ、君はこの学院を卒業したら、どうするのかね?」

「ラ・ロッタ領に戻ろうと思っているのですが。」

自宅警備員という名のニート貴族爆誕…ではなく、戻ってしたい事があるのです。
実は常々、ラ・ロッタ領における物流の鈍さを何とかしたいと思っていたのですよ。
どうせ馬車による物流しか出来ないのですから、領内の街道を徹底的に整備するか、もしくは鉄道馬車を敷設するかして、領内の産物を領外に運び出せるようにするのです。
普通の男爵領なら街道が細くても何とかなったかもしれないのですが、なにせ広さだけなら伯爵領並みなのですから。
領内で唯一山の女王の支配下に無いアルロンに物資集積地を築いて、そこから領内の産物を売りに出せれば、当家の赤貧状態を解消できる筈なのです。


「君が家の領地に引っ込んで、何処かの貴族に嫁いで終わり…では、国家にとって損失であると私は思うよ。
 君を妻にした貴族の領地は、かつて無いほど繁栄するだろうがね。
 私は君が自身の爵位を得て、国家の為に働くべきではないかと思っている。」

「え!?」

評価され過ぎな気がするのです。
私の持つ近代知識はあまり国家規模で振りかざす類のものではないのですよ。
下手を打つと、この国が大幅に変容してしまう可能性だってあるのです。


「君が望むのであれば、私は助力を惜しまないつもりだし、君の姉妹も旦那方を動かしてくれるだろうさ。
 リュビにも君の話は繰り返しされているから、君がどれほど聡明かは聞き知っている。
 君の姉妹が嫁いだ先の旦那方にも良く知られているんだよ、君の名は。」

リュビ姉さまも他の姉さま達も、一体何を旦那に吹き込んでいるのですか…。


「ま…前向きに検討しておくのです。」

「君ならば、トリステイン初の女宰相だって夢じゃない。
 是非とも前向きに考えておいてくれたまえよ、それでは失礼した。」

そう言って、モット伯は医務室を出て行ったのでした。


「ケティ凄い!
 王宮の中央にいる人からお誘いがかかっちゃうだなんて!」

そう言ったのは姉さま達でも才人でもなく、ルイズなのでした。


「是非行くべきだわ、ケティなら何か凄い事が出来そうな気がするもの。」
 
「ええと、でも私はラ・ロッタ領でもしたい事があるので…。」

「わたし、わたし、感動しちゃった!
 学院で王宮の偉い人にあんなに評価される人なんか、学院長以外見た事無いもの!」

人の話を聞け、なのです。
それにあのスケベ爺と同列に置かれるのは微妙に嫌なのですが…。


「兎に角、三年先の未来を話しても鬼が大爆笑するだけなのですよ。
 三年生になったら考えるのです。」

まあ、事を急いてもしょうがないのですよ。






「ケティ、貴方ギーシュとアルビオンに行っていたんですって?」

「ケティごめん、押し切られちゃった。」

翌日、多少調子は悪いながらも授業をサボるわけには行かないので何とかやっつけてから昼のお茶を楽しんでいると、ジゼル姉様と一緒にモンモランシーがやってきました。
豪奢な金髪縦ロールが風に揺れているのです。


「ギーシュ様《達》となのですよ、ミス・モンモランシ。
 ルイズも才人もキュルケもタバサも一緒だったのです。」

シエスタに入れてもらった香草茶(ハーブティー)を軽く啜りながら、モンモランシーに視線を返したのでした。


「それとミス・モンモランシ、ギーシュ様とまだ仲直りしていないと聞いたのですが?」

「だって、お幸せにって言ったでしょ、貴方?」

女性同士の話は手っ取り早くて助かるのですが、カマかけにあっさり引っかかるのもどうかと思うのです。
私があっさり引いたせいで、油断しまくって焦らしていたのですね、ギーシュを。


「お幸せにとは言いましたが、あの後お幸せになっていないのであれば、話は別なのですよ。」

「なっ、なんですって!?」

モンモランシーの目が一気に釣りあがったのです。
そんなに気にしているなら、とっとと仲直りすれば良いのに。
ツンデレというのは、なかなかに面倒臭い心の動きなのですね。


「あの猛烈に鈍いギーシュ様の事ですし、もうすっかり振られたものと思い込んでいるに決まっているのです。
 であれば別に私が…。」

「駄目よ。」

思わぬ方向から止められ…いや、思わぬというわけでもないのですね、これは。


「貴方はもっといい男を見つけなきゃ駄目よ…って、あいつと付き合った事のある私が言うのもなんだけど。」

「…そういえば、ジゼルもだったわね。
 あなたはどうなのよ、ギーシュの事。」

モンモランシーがジゼル姉さまに尋ねたのでした。
それは私も聞いてみたかったのです。


「そうね…最初から居なかった事にして、声をかけられても一切反応せずに目の前を素通りできる程度には愛しているわ。」

「そ…それはそれで何だか可哀想な気もするわ。」

ジゼル姉さま超クール、モンモランシーも少し引いているのです。
エトワール姉さまは…怖くて聞けないのですよ。


「私の事はいいでしょ、兎に角ギーシュは絶対に駄目、あいつは偽王子様だったの。
 紳士的かつ情熱的だったから付き合ってみたけど、昔のケティに遠く及ばなかったわ。
 そんなのはこのモンモランシーにでも任せておきなさい。」

「そんなの…。」

モンモランシーが軽く煤けているのです。
ジゼル姉さま、私が男装を止めたときに言っていた事って、まさか本当だったのですか…?


「私の運命の人は一体どこに…?
 ああ、私の心の王子様が今じゃあこんな可愛い女の子だなんて、運命は本当に残酷な事をするのね。」

「あ、あの、姉さま?」

ジゼル姉さまが私に抱きついて、すりすりと頬を摺り寄せてくるのです。
…男に生まれなくて本当に良かったと、心の底から思ったのはこれが初めてなのですよ。


「どういう事?」

モンモランシーが不思議そうに尋ねてきたのです。


「ケティは11歳まで男装で、口調も男の子みたいだったの。
 だから今でもラ・ロッタ領では、《ケティ坊ちゃん》の方が通用するくらいなのよ。
 今でも男だと思っている人もいるらしいしね。」

「そういう事はいちいち話さなくても…。」

第二次性徴の始まりは前世の記憶を基にした人格など、肉体の影響でどうとでも出来るという事を思い知らせてくれたのです。
無駄な抵抗をやめたら、心が随分と楽になりはしたのですが…敗北感と未練は若干あるのですよ。


「へー、そうなんだ。
 どんな風に話していたの?
 ねえねえ、やってみて。」

「いや、急にそんな事を言われても困るのですよ、ミス・モンモランシ。」

もう4年間も男っぽく喋っていないのですから、無茶を言われても困るのです。


「ちぇー、残念ー…。」

ジゼル姉さま…。


「まあ兎に角、ジゼルが反対している限りは安全ぽいわね。」

「安心している暇があるなら、さっさと仲直りするのですよ。
 さもなくば、ギーシュ様には恋人は居ないと判断する事にします。
 ツンデレも、度が過ぎるとただの面倒臭い女なのですよね。」

ズバッと言っておかないと、何時までも仲直りし無さそうなのですよ。


「わ…わかったわよ、仲直りすればいいんでしょ、仲直りすれば!
 おっしゃー!女は度胸、女は愛嬌!やったるわー!」

威勢良く叫びながら、モンモランシーは去っていったのでした。
むう…結果に納得していながらも、この不満足感はいったい何なのでしょうか?





「美味しいですか、タバサ?」

「ん。」

最近やけにフレンドリーになったマルトーさんに協力してもらって、何とかこしらえる事に成功した餃子を、タバサに試食してもらっているのです。
見た目に反してブラックホールみたいな胃袋の持ち主なので、試食イベントにはうってつけなのですよね。


「しかし、まさかハシバミ草が、韮の代わりになるとは…。」

確かにもともと風味の強い野菜なのですが、軽く加熱してから冷却すると、苦味と青臭さが消えて韮そっくりの匂いと風味が出るのですよ。
なんという謎野菜…。


「小麦粉の皮で挽肉を調味したものを包んで蒸し焼きにするとはねえ。
 さくっとしてもちもちっとしてふわっとした食感が一気に味わえるのがいいな、これは。
 貴族様達の食卓に出しても良さそうだ。」

「本当ですね、美味しいですー♪
 試食会に呼んでいただいてありがとうございます、ミス・ロッタ。」

マルトーさんとシエスタも気に入ってくれたようで何よりなのです。
才人…ですか?
先程誘ったのですが、《俺はモグラなんだよ、不細工で陰気なモグラ。『土竜』って漢字で書くと、実は格好いいけど》とか、よくわかりませんが盛大に落ちていたので、そのまま置いてきました。
…まあ、悩みがあるならそのうち自分から相談してくる筈なので、タバサ常駐の部屋で待っておきましょう。
最近ちょっと寂しいのか、キュルケまで居ますけど。


「喜んでいただけて、こちらも嬉しいのですよ。
 マルトーさんにも随分助けていただきましたし。」

「良いって事よ!
 しかし貴族の娘さんがこんなに料理上手とはねぇ…平民の娘でもその年でこの段階に達しているのはそうはいないぜ。
 …なぁ、シエスタ?」

マルトーさんに指摘された途端に、シエスタが煤け始めたのです。


「うっ…まさか料理の手際で負けるだなんて。
 サイトさんもミス・ロッタの事を凄く頼りにしてるし、何か色々と負けているような…?」

そう言いながら、私に視線を向けるのですが…視線が顔よりも下なような?


「よし、まだ勝ってる!」

…そこのサイズでガッツポーズするな、なのです。




食器の後片付けを手伝おうとしたら、マルトーさん達に「平民の領分を取るんじゃねえ」「私の立場が…立場が…」と、手伝わせてもらえなかったのです。
村の人が多少手伝いに来てくれはしますが、基本的に使用人は居ないので、実家では調理も後片付けも全部やっていたのに…。


「まあ、使用人の仕事を取ってしまってはいけないともいえるのですね…と、おや?」

「…あ、ケティ…と、タバサ?」

ぼやきつつも帰ってくると、私の部屋のドアの前に居たのは才人かと思いきや、その主人の方なのでした。
ちなみにタバサはいつもの読書タイムの為に、私の後をついて来ているのです。


「珍しい来客なのですね。
 私に何か話があるのですか?」

「う、うん、実はね…。」

ルイズは私の目をしっかりと見つめ、真剣な表情を浮かべたのでした。


「才人が変なの。」

「才人が変なのは、いつもの事なのです。」

ルイズがガクッとずっこけたのですよ…おや、タバサもなのですね。


「即答過ぎ。」

「そうなのですか?」

「ん。」

タバサは静かに頷いたのでした。


「まあ兎に角、詳しい話は部屋で聞くのです。
 ヴァンショー(ホットワイン)も出しますから、どうぞ。」

「うん、お邪魔します。」

詳しい話を聞くには心理的な抑制を緩めなくてはいけないのですが、手っ取り早く緩める方法はアルコールの摂取なのです。
私が酒好きだからではないのです、本当なのですよ?



「はい、ヴァンショーなのです。
 今日は蜂蜜を少し多めに入れてみたのですが、いかがですか?」

「ふー…ふー…んっ…あ、美味しい♪」

美味しい時って、誰しも良い笑顔になるのですよね。
喜んでもらえて幸いなのです。


「タバサもどうぞ。
 いつもどおり、コショウを強めにしておいたのですよ。」

「ん。」

本を置いてふーふーしながら、タバサもヴァンショーを飲み始めたのでした。


「…それでね、サイトの事なんだけどね、変なのよ。」

「才人が変なのは知っているのです。
 具体的には?」

ホットワインをちびちび飲みながら、ルイズが話しかけてきました。


「わたしにね、何か優しいの。
 庇ってくれたりとかね、してくれるの。」

「使い魔なのですから、それは当たり前では?」

私の見ていないところで才人に何かあったのでしょうね。
それで、ルイズを守ろうと思ったのだと思われるのですが、取り敢えず今は言わないでおくのですよ。


「違うの、そういう義務感的なものじゃなくて、自発的にわたしを守ろうと努力してくれている気がするのよ。
 それなのにね、私がありがとうって言おうとすると急に卑屈な表情になるの。
 怒っていないのに、むしろ感謝しているのに、『ごめんなしゃい』とか《す、すみましぇん》とか、ちょっとキモい喋り方で謝り始めるのよね。」

「可哀想にねえ、ダーリン。」

ベッドの方から声がしたのでした…ってキュルケ!?


「なな何で私のベッドにキュルケが眠っているのですかっ!」

「だって、最近タバサが部屋にいなくて大抵ここで本読んでいるでしょ?
 さっき部屋に来たら居なかったから、いずれ来るだろうと思って待っていたら、暇すぎて眠たくなったから寝ていたのよ。
 いくら暇だからって、男連れ込むわけにも行かないしね。」
 
人の部屋に男連れ込んでベッドでイチャイチャしていたら、思わず決闘申し込んでいたところだったのです。
そもそも部屋の主のベッドで勝手に寝ないで欲しいのですよ…鍵の件に関しては、もう諦めているのです。


「あー…ケティって良い匂いがするのねぇ。」

「今すぐ出るのですっ!」

私がそう言うと、キュルケは面倒臭そうにベッドから立ち上がったのでした。


「はいはい、仕方が無いわね…っと。
 あー、グリューワイン(ホットワイン)じゃない、私も欲しいなー。」

「はぁ…わかりました、今作りますから待っていて欲しいのです。」

キュルケ、相変わらずフリーダム過ぎるのですよ。


「話を戻すけどルイズ、ダーリンが可哀想だわ。」

「ごめんなさいキュルケ、話が全く見えないわ。
 何がどうなって、才人が可哀想という結論に落ち着いたのか話してよ?」

ルイズが腰に手を当てて、キュルケを見上げているのです。


「ダーリンが従順かつ卑屈になったのって、貴方の折檻の成果じゃない。
 それをキモいだなんて、可哀想だわ。」

「ほへ?」

ルイズの目が点になったのでした。


「ダーリンは貴方の使い魔として一生仕える決心をしたのよ、多分。
 だから貴方を自発的に守ろうとするし、貴方がダーリンを見ると何か粗相をしたんじゃないかと謝り始めるのよ。
 良かったじゃない、折檻の成果が出て。」

「な…な…なっ!?」

ルイズの表情が次第に青くなり、ぶるぶると震えだしたのでした。


「あ、あれだけ反抗していたのに、何で今更?」

「今までの色んな積み重ねがあったからでしょ?
 良かったじゃない、これであなた達は何があっても主人と使い魔以上でも以下でもなくなったのよ。」

あ、ルイズが石化したのです。
まあ…せっかく才人を意識し始めたのに、今までの行動の結果フラグ折れたと言われたらショックなのですよね。


「ルイズの身の回りの世話、帰って来てからとても丁寧に規則正しくなったじゃない、ダーリン。
 貴方をからかったり嫌味を言ったりもしなくなったし、むしろフォローしてくれているわ。
 あれはまさしく使用人として生きる事を決めた証拠だわね。」

「た…確かに、以前は嫌々やっていたのに、今は規則正しく丁寧だわ。
 着替えの手伝いとかを嫌がると、不思議そうな悲しそうな顔をするし…。
 じゃあ、あのときのキスの意味は決別なの?
 わ、わたしはこれから色んな事が始まるって思っていたのに。」

うんうんと頷くキュルケと、萎れた菜っ葉みたいになったルイズが非常に対照的なのです…フォローしないと流石にルイズが可哀想なのですよ。


「キュルケ、ルイズをからかい過ぎなのですよ。 
 確かに才人はこの世界に染まりつつありますし、下僕レベルはアップしましたけれども、ルイズの事はしっかり意識しているのです。
 ただし、今引っ張り戻さないと、関係が固定してしまうかもしれないのは確かなのですね。」

私がヴァンショーを作っている間に、キュルケがどんどんルイズを追い込んでいくので、作りながらフォローしなくてはいけなくなってしまったではありませんか。


「でもダーリンが貴族の女の子の中で一番意識しているのって、私としては不本意だけどケティだと思うわ。」

「いっ、いきなり何を言い出すのですか!?」

ああっ、そのニヤニヤした顔は、場を引っ掻き回すつもりなのですね?


「だって、ケティのダーリンに接する態度って、とても普通じゃない。
 私くらいになれば別だけど、そういう娘って安心できるから、自然と男の子を惹き付けるのよね。
 ちなみにルイズのやり方は論外、特殊な趣味でもなければ耐えられないわ。
 ラ・ヴァリエールは代々そんなだからうちに寝取られるのに、そろそろ気付くべきだと思うわ。」

「なるほど…私が愛想尽かされるのもごく自然な流れなのね、はは…ははは。」

ああ、ルイズが石化どころかさらさらと風化して行くのです。


「はいキュルケ、ヴァンショーが出来たのです。」

「あら、ありがとう。」

途中からテンパって味見もしていないのですが。


「あら、随分あま…辛いっ!?
 なのに何だかすっぱ…また甘みがドバッと!」

キュルケが甘い辛い酸っぱいと、もがき始めたのです。


「舌が!舌がああぁぁぁぁ!」

天罰なのですよー。


「動かなくなった。」

「…本当なのですね。」

キュルケが床に倒れてピクピク痙攣したまま、動かなくなったのです。


「タバサ、介抱をお願いできますか?」

「ん。」

頷くと、タバサは《解毒》をかけ始めたのでした…毒?


「まあ、キュルケはタバサに任せておくとして…ルイズ、ルイズ、正気に戻ってください。」

「ふふふ、そうよね、ケティは王宮の偉い人にスカウトされるくらいだもの。
 魔法もろくに使えなくて気分屋の私となんかじゃ、比べ物にならないわよね。
 年下なのに胸も負けてるし…。」

ああ、ルイズのテンションが奈落のずんどこまで落ちているのです。


「こうなっては仕方が無いのですよ。
 ルイズ、私の目を見るのです。」

「え、なに?」

ぐるぐるぐるぐるぐるー。


「ルイズ、貴方はとても魅力的な女の子なのですから、才人にとって最高に好みな容姿の女の子なのですから、自分に自信を持つのです。」

「私はとても魅力的…私の容姿がサイトの好み…。」

ぐるぐるぐるぐるぐるー。
こうなりゃ洗脳でも何でもするのですよ。


「よく懐いた猫のように、才人に甘えるのです。
 そうすれば才人の保護欲をかき立て、才人の気持ちをよりルイズに傾かせられるのですよー。」

「にゃるほどーそうにゃのらー。」

何か、ルイズの喋り方が変になったような…?


「では、才人に甘えてらっしゃい。」

「いってくるのにゃー、才人にいっぱい甘えるのにゃー。」

何か、変なベクトルが加わったような気がしないでも無いのですが、気にしないのです。
目がぐるぐる渦巻いた状態になったルイズは、颯爽と部屋を出て行ったのでした。


「にゃあああぁぁぁん、サイトー抱っこするのにゃー!」

「うおわっ!?何だ、一体何なんだ!?
 ちょ、まて、ルイズ、一体何、何なのこの状況!?」

ルイズも才人も頑張れ、なのです。





「やあ、おはようケティ。」

「ふにゃ?」

早朝、ノックの音がしたので開けてみると、イイ笑顔を浮かべた才人が立っているのでした。


「これ、どうにかしてくれないかな?」

「くー。」

「あれまあ…。」

ルイズが才人にしっかりしがみついた状態で眠っているのです。


「役得なのですね。」

「違うだろ。」

才人のチョップが私の額に直撃したのでした。


「何をするのですか、痛いのです。」

「キュルケから聞いた。
 ケティがやったんだろ、これ。
 元に戻してくれよ、頼むから。」

キュルケも復活したのですね、良かったのです。


「目覚めれば正気に戻っている筈なのです。
 …という訳で私は二度寝するので、後はよろしくなのです。」

そう言って、ばたんとドアを閉めて鍵をかけ、ベッドに戻ったのでした。


「ちょ、まてこら!早く何とかしてくれないと、俺の正気が、理性が!」

今日は虚無の曜日なのですよ、才人。
働きたくないでござる、絶対に働きたくないでござる、なのです。





翌日、寮の廊下でルイズと出会ったのでした。


「こんにちは、ルイズ。
 昨日の目覚めはいかがでしたか?」

「はっ、恥ずかしくて死ぬかと思ったわよッ!」

ルイズの顔が途端に真っ赤になっていくのが、非常に面白いのですよ。


「あははははっ!」

「笑うなーっ!」

予想通りの結果なのですね。


「まあいいではありませんか、これで才人はルイズを意識せざるを得なくなったのです。」

「そそそそれは感謝しているようなしていないような…。
 でっ、でも、方法にも色々やり方ってもんがあるでしょ?」

何だかんだいって嬉しかったのですか?
さすがツンデレ娘、感情表現がわかりにくいのです。


「意識させるのに一番手っ取り早いのは、肉体どうしの接触なのです。」

「うぅ、それは認めざるを得ないわ。」

ふと、顔を真っ赤にしてうつむくルイズが、何かを抱えているのを発見しました。


「ルイズ、それは何なのですか?」

「あ、これ?始祖の祈祷書なんだって。
 何にも書いていないから、たぶん偽物だと思うけれども。
 わたしね、姫様とゲルマニア皇帝の結婚式の時の巫女に選ばれたのよ。
 これを持って、仰々しく詔を読み上げなければいけなくって、その詔の内容を考えていたのよ。」

そういえばそんなイベントがあったような無かったような?


「まあ要するに結婚式のスピーチなのですね?」

「…そんなざっくばらんにぶった切られても困るわ。」

ルイズが額を押さえたのでした。


「その程度で良いのだと思うのですよ。
 友人代表の挨拶みたいな感じで草稿を書いて渡せば、勝手に仰々しく肉付けしてくれる筈なのです。
 ああそうなのですね、いい本があるので、ちょっと付いてきてください。」

「わ、ちょちょっとまって、わわわわわっ!?」

ルイズを部屋に引っ張り込んでから、本棚を探って…。


「確かあの本は…あったのです。」

【式典スピーチ用例集 ~これで貴方もスピーチの達人~】これなのですね。
何でこんなどうでも良い本が混ざっていたのか知りませんが、まさか役に立ちそうな日が来るとは。


「はい、どうぞ。」

「何これ?
【式典スピーチ用例集 ~これで貴方もスピーチの達人~】?」

そう言いながら、ルイズは本をぺらぺらめくっているのです。


「今のルイズには必要な本かなと思ったのですよ。」

「…確かに参考になるかもしれないわね。
 何だか内容が微妙におっさん臭いけど。」

たぶん、お爺様かお父様の蔵書が紛れ込んだものなのですね。


「うん…まあ参考にはなりそうね。
 ありがとう、借りるわこの本。」

そう言って、ルイズは本を持って出て行ったのでした。




夕方、散歩をしているとヴェストリの広場に才人がいたのでした。


「何をしているのですか、才人?」

水がたっぷり入った大釜の下に焚き木、たっぷり入った水の上には浮き蓋。


「五右衛門風呂?」

「…にするつもりなんだけど、火打石がこう!なかなか!着火しにくくて!ああもう、まどろっこしい!ライターがあればなぁ。」

火打石を使おうとしているようですが、上手くいっていないようなのですね。


「炎の矢。」

私の炎の矢で、焚き木にあっさりと火がついたのでした。


「おおサンキュー!こういう時便利だよなぁ、メイジって。」

「まあ、この程度ならお安い御用なのですよ。」

でも、こういう小さな違いの積み重ねが、メイジと平民の隔絶を生んでいるのでしょうね。


「しかし、何故五右衛門風呂を?」

「使用人用の風呂ってサウナでさ、風呂入った気がしないんだよ。」

まあ確かにサウナでは、普通の日本人は風呂に入った気はしないでしょうね。


「貴族用の風呂ってプールみたいな湯船なんだろ?」

「ええ、浴室は精緻な彫刻が施された大理石製で、湯船の湯は香水入りで薔薇とかが浮いているのです。
 あれはあれで、微妙なのですよ?。
 なんと言いますか、毎日ホテルの大浴場に通っているような感じがするのですよね。
 ああ…一人用の個室風呂で、気兼ねする事無くのんびり入りたいものです。」

豪華な大浴場もずっと続けば銭湯と変わりないのですよ。
そもそも、風呂くらい一人で入りたいのです。


「じゃあ、この風呂使うか?」

「うーん、それはちょっと…。
 人通りが少ないとはいっても、ここで服を脱いだら周囲から丸見えなのですよ。
 私はこれでも一応女の子なのですから、流石にここで入るのは度胸がいるのです。」

ここでは覗かれ放題なのですよ。
流石にそれは嫌なのです。


「小屋を作って視界を遮るという手も有るのですが、私と才人だけが使用しているとなると、あらぬ噂も立ちそうですし、遠慮しておくのですよ。」

「そうか?
 まあそういう事なら、仕方が無いよな。」

ルイズをあらぬ噂でやきもきさせるのも可哀想なのですよ。
そして才人、鈍いのです。


「では才人、のんびりお風呂を楽しんでください。」

「おう、またな!火着けてくれてサンキュー。」

さて、私もそろそろお風呂に入るのです。
こんな平和な日々が続いてくれれば良いのですが、そうは行かないのですよね。

《平和とは、次の戦争の為にある準備期間に過ぎない》

誰が言った言葉なのだかは知らないのです。
ですが、私たちの前にある運命は、まさしくこの不気味な言葉の通りに回り始めていく事になるのでしょうね。



[7277] 第十五話 ファンタジーといえばクエストなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:cb049988
Date: 2009/05/17 15:12
冒険は人の心をときめかせるもの
せっかくのファンタジー世界なのですから、ダンジョンの一つも潜って見るのが人情というものなのです


冒険は男女を問わない夢とロマン
ハルケギニアにも結構いるのですよ、典型的なモンスター達が


冒険といえば宝物
見つかりますかね?見つかると…良いのですねえ…







「ええとルイズ、それはいったい何を編んでいるのですか?」

「せ…セーター?」

何故自分が編んでいるものに疑問符がつくのですか。


「どんなものを作っ…ええと、ヒトデ?」

それは、セーターと呼ぶには、あまりにも変過ぎるのです。
首を出す穴が無く、腕を出す穴も無く、体を入れる穴すら無く、そして編み方が大雑把過ぎなのです。
それはまさにヒトデの縫いぐるみだったのですよ、しかも奇形の。


「セーターよっ!
 火メイジってのは同じ評価しか出来ないの?
 キュルケも同じ事言ってたし。」

いやでもそれは、どう贔屓目に見てもヒトデの縫いぐるみくらいにしか見えないのですよ。
遠慮無く言えば、毛糸の残骸なのです。


「わたし、編み物が趣味なのよ。」

「そ、そうなのですか…。」

へ…返事に困るのですよ、それは。


「なのにどうしてだか、さっぱり上達しないのよね。」

それは一目瞭然でわかるのですよ。


「ケティは…編み物出来る?」

上目遣いでルイズは私を見上げるのでした。
ううっ、すんごい可愛いのですよっ!ぎゅーってしたいのです、ぎゅーって!


「いいえ、私は編み物はできないのです。
 多少の繕いものくらいであれば出来るのですが。」

「そう…なんだ。」

ルイズがほうっと溜め息を吐いたのです。


「あ…もしかして、誰かに教わりたいのですか?
 編み物でしたら、エトワール姉さまが得意なのですよ。」

「え?ううん、そういう事じゃなかったんだけどね。」

慌てたようにルイズが胸の前で手を横に振っているのです。


「でも確かに、このまま上手くいかないようなら、教わりに行くのも良いわね。」

「エトワール姉さまはああ見えて結構厳しいので、きちんと教えてくれる筈なのですよ。」

ええ、思わず記憶を無くすくらい、厳しく恐ろしく教えてくれるのですよ。
記憶は無いのに、やり方はきっちり体が覚えているという、素敵な学習方法なのです。
ちなみに私は断固お断りなのですよ。


「…あ、毛糸がきれちゃった。
 この色部屋に残っていたかしら?」

そう言って、ルイズはベンチから立ち上がったのでした。
えーと…私の記憶に何か引っ掛かりが…何か…何かが…あったような…?
部屋に戻れば子供の頃書いておいたゼロ魔のあらすじメモが残っているのですが、そんな暇は無いのですね。
考えている間にも、ルイズがすたすた歩いていってしまうのですよ。


「あ、待って下さいルイズ、私も毛糸が見たいのです。」

「へ?うん、別にいいけど、毛糸なんか見てどうするの?」

わ…我ながら、理由が意味不明なのですよ。


「え?いや、ひょっとすると毛糸が悪いのかな…と、思ったのですよ。」

「でも、ケティも編み物出来ないんでしょ?
 毛糸なんか見てわかるの?」

我ながら苦しいこと極まりない理由だとは思うのですよ。
正直な話、何言っているのだか、さっぱりわからないのです。


「とっ、兎に角、見てみない事にはわからないのですよ?」

「それもそうね。」

そうは言うものの、頷いたルイズの顔は納得いかないような表情なのでした。
私もわけがわからないのですよ…でも、何かがこの後起こるような記憶があるのです。


「…思い出せないのが、もどかしいのですよ。」

「え?何か言った?」

思わず出た独り言に、ルイズが振り返ったのでした。


「ルイズの力になれないかもしれない自分が、もどかしいと言ったのですよ。」

「え?うん、ありがとう…。」

照れるルイズの表情が超ラブリーなのです。
ですから、騙してしまったのが後ろめたいのですよ。




ルイズの部屋のドアを開くと、シエスタが才人の上に跨っていたのでした。

「へ…?」

こ…これは刺激的なのですよ。
またですか、私の次はシエスタなのですか。
たぶん何かのラッキースケベイベントのせいだとは思うのですが、半脱ぎのシエスタがルイズのベッドの上に横たわる才人の上で四つん這いになっているのです。
うわ…ブラウスもブラも殆ど脱げかけなのですよ。
何で意識せずに女の子の服をここまで脱がす事が出来るのですか、才人?


「あああああんた達…。」

「きゃ、申し訳ありませんっ!」

声に気付いてそちらを見ると、ルイズが攻撃態勢の猫の如く身を屈ませたのを私の目が捉えたのでした。
何らかの危険を察知したのか、シエスタは素早く起き上がって、ベッドから飛び降りたのです。


「なにを…。」

「失礼しましたっ!」

ルイズの体が才人に向けて矢のように放たれたのです。
それと入れ替わりにシエスタがドアから出て行ったのでした。


「しているのよっ!」

「ちょ、ま!これはごか…げふぅっ!?」

ルイズの全体重を集中させた掌底が、起き上がった才人の腹に突き刺さったのでした。
相変わらず、どこかで修行したのかと思うくらい、芸術的な身のこなしなのですよ。


「ぐぁっ!?」

才人はベッドから吹き飛ばされて、壁に叩きつけられたのでした。


「で!?」

「うぐ…。」

ルイズは床に転がり落ちた才人に近づくと、頭を踏みつけたのです。


「何をしていたの、あんた?」

「むぐ…ち、違うんだ、これは色々な不幸が積み重な…むぎゅぐ!」

言葉を続けようとしたサイトの顔を、ルイズが踏み躙ったのでした。


「言い訳はいいのよ、あんたあのメイドと、私のベッドで何をしていたのかって聞いているの。」

「いやシエスタがご飯を持ってきてく…むぐぁっ!?」

ルイズが才人の顔を更に踏み躙ったのです。
こ、これは流石に可哀想なのですよ…ルイズが怒る理由もわかるのですが、それでもこれは。


「ル、ルイズ、そのくらいにしてあげて欲しいのです。
 サイトの話を聞いて…。」

「ケティ、これは私とサイトの問題なの、黙ってて!」

こ…これは、完全に頭に血が上ってしまっているのですよ。


「サイト、あんたは私のベッドであんな事をしていた、そうよね?」

「だから、それにはりゆ…ぐみゅっ!?」

「やめるのですっ!」

私はルイズの体に抱きついて、サイトから引き剥がしたのでした。


「ケティ放して、ケティ!
 こいつは使い魔のくせに、主人である私のベッドであんな事してたのよっ!
 あなただって、自分のベッドであんな事されたら許せないでしょ、だから放しなさいっ!」

「放さないのですっ!怒りはごもっともなのですが、やり過ぎなのですっ!」

私だって、好きな人が他の女と自分のベッドでイチャイチャしていたら頭に血が上るでしょうが、だからこそこの場で唯一冷静な私が止めないと!


「兎に角話を聞いてくれよルイズ、あれは誤解なんだって!」

「誤解でベッドの上であんな体勢になるわけが無いでしょ!」

ですよねー…ではなく!たぶん今のあれは偶然の産物なのですが、それを論理的に説明する方法を思いつかないのですよ。
ラブコメ主人公体質なんて、どーやって説明しろと!?


「いやでもあれは不可抗力で…。」

「言い訳なんか聞きたくないわ、もういい、もううんざり!
 出て行きなさい!」

そう言って、ルイズは部屋の出入り口を指差したのでした。


「話を聞けよ!」

「言い訳なんか聞きたく無いって言っているでしょ、出てって!もう二度と姿を見せないで!
 貴族の部屋を一体なんだと思っているのよ、あんたなんかクビよク・ビ!出てけええぇぇぇぇっ!」

ルイズのその言葉を聞いた才人の表情が、酷く傷ついたものになったのですが、激昂したルイズは気付かないようなのです。


「ルイズ、それは言い過ぎなのですよっ!」

「…わかったよ、出て行けばいいんだろ。」

才人は立ち上がると、出入り口に向かって歩き始めたのでした。


「そうよ、わかっているじゃない。
 とっとと出て行って、二度と顔も見たく無いわ。」

「…同感だよ、ルイズ。
 じゃあな!」

バタン!と、大きな音がして、勢いよくドアが閉まったのでした。
足音が、次第に遠ざかっていくのです…。


「行っちゃった…。」

ルイズがそう呟くとともに、ぐにゃりと全身から力が抜けたのでした。


「わわ、ルイズ、しっかりしてください!」

慌ててルイズの体を支えてベッドに横たえ、ふと床を見ると雫が垂れているのが見えたのでした。


「酷い…酷いわ、こんなのって無い。」

「でもルイズ、私の時の件もありますし、今回もあの時のような事が起きたのでは?」

そう、私の時の事を引き合いに出せば良かったのですよね。
冷静なつもりでしたが、やはり私もかなり焦っていたようなのです。


「ケティ、常識的に考えて。
 あんな偶然が二度も三度も起きはしないわ。」

「いやでも、可能性が無いというわけでは…。」

そういう偶然が二度三度と起きるラブコメ主人公体質なのですよ、才人は。
何というか、奇跡を起こす男?


「きっと今日だけじゃないのよ。
 あの娘をこの部屋に連れ込んで、私のいない間にいつもいつもいっつも!あんな事をしていたんだわ!
 私の知らない間に、このベッドでっ!」

才人にそんな度胸があったら、間違いなくシエスタの前にルイズが餌食になっている筈なのですよ。


「ケティ、ごめんなさい、一人にさせて…。」

細かく体を震わせながら、ルイズはそう言ったのでした。


「でも、こんな状態のルイズを一人ぼっちにするのは…。」

「ありがとう、でも今は一人になりたいの、お願い。」

冷却期間が何れにせよ必要…なのですね、これは。


「…わかりました、また来るのです。」

そう言って、私はルイズの部屋を後にしたのでした。


…その後、部屋に帰って昔したためたあらすじメモを見てみると、下手糞な字で《才人がシエスタと抱き合っていてルイズに追い出される。どうやって関係修復したのか覚えていない》と書いてあったのです。

「む…昔の私のバカーっ!全っ然参考にならないのですよーっ!」

もっとちゃんと思い出しておけば良かったのですよっ!






3日後、ルイズの部屋の前にキュルケがいたのでした。


「どうしたのですか、キュルケ?」

「ルイズが3日も部屋に籠もっているから、流石に心配になって見に来たのよ。
 聞いたんだけど、ダーリンとメイドがルイズのベッドで抱き合っていたんですって、ダーリンもなかなかやるもんだわね、うんうん。」

キュルケが大したもんだという風に、腕を組んでうんうんと頷いているのです。


「…そこは、感心する所なのですか?」

「男は度胸と甲斐性よ!
 使い魔の身で、ご主人様のベッドでそんな事をする度胸に惚れ直したわ、本気で手を出しちゃおうかしら?
 あと特定の相手がいない限り、女を口説いてベッドに連れて行くのは男の甲斐性のうちよ。」

ううむ…ゲルマニアの常識には、ついて行き難い壁があるような気がするのです…。


「ルイズには私なりに発破かけておいたから、あと数日かければ確実に復活するわ。」

「確実…なのですか?」

自信たっぷりに言い放つキュルケに、思わず首を傾げてしまったのでした。


「こう見えてもね、なんだかんだ言って付き合い長いのよ、私達。
 フォン・ツェルプストーが挑発して、今まで元気にならなかったラ・ヴァリエールは居ないんだから。」

「な…成る程、それは効き目がありそうなのですね。」

それは元気になるというよりも、怒り狂っているのでは?というツッコミは止めておくのです。


「ルイズのほうは対策うったから…後はダーリンなんだけど、見つからないのよね。
 ケティは何処か知ってる?」

「…まあ、知っているといえば知っているのです。」

シエスタに聞いたら、ヴェストリの広場の五右衛門風呂の隣りにテントを張って生活しているそうなのです。
ルイズに言われた言葉がかなりショックだったのか、酒に逃避しているようなのですよね。


「これで場所はわかったわね、後は…。」

「後は?」

キュルケは才人を元気付けるのに、どんな秘策を使うのでしょうか?
キュルケがやる気になっているのも珍しいので、やる気になっているうちに頑張ってもらうのです。


「王都に買い物よっ!」

「何でですかっ!?」

何で買い物っ!?


「良い考えがあるのよ。」

「良い考え…なのですか?」

「そうよ、急ぐからタバサの助けがいるわ。
 タバサはいつも通り貴方の部屋よね?」

もう既に、私の部屋のオブジェと認識されつつあるタバサなのです。
朝起きると私の隣りで眠っていますし、着替えの服も下着も私の部屋の箪笥に入っていますし、最近は毎朝起きたらタバサの髪を梳くのが日課になっていますし…ええと、ひょっとして既に同居人というか、部屋の主の座をを乗っ取られた?
まあ、それでも良いのですけれどもね。
何というか自然と世話を焼きたくなるのですよ、タバサって…ハッ、これが王者の血なのでしょうか!?

…ええ、わかっているのです。
単に私が可愛い物好きなだけなのですよ、どうせ。


「タバサ、私達王都に出かけるの、だから手伝って?」

「ん。」

ええと、私が行くのは、もう決定事項なのですか?


「そろそろ。」

数分後そう言って、タバサは私の部屋の窓を開けたのでした。


「きゅいいいいぃぃぃ!」

「来た。」

シルフィードの鳴き声が聞こえたのです…は、早いのですね。


「乗って。」

「それじゃあ、お邪魔するわね。」

「失礼するのです。」

私たちは窓の下に飛んできていたシルフィードの背に飛び乗ったのでした。


「王都。」

「きゅいきゅいいぃぃ!」

私達はシルフィードの背に乗って、凄まじい勢いで王都に向かう事になったのでした。
今度、勲章の年金が出たら、肉の塊を奢ってあげるのですよ、シルフィード。






三十分ほど経った後、王都トリスタニアに到着した私達は【虎の巣穴(ル・ルペル・デ・ティグレ)】と、書かれた看板が下がった書店の前に来たのでした。


「…同人誌でも買うつもりなのですか?」

「ドウジンシ?何それ?
 ここは知る人ぞ知る魔法書店よ。
 魔法使い達が自費出版で書いた魔法書とかを売っているの。
 変わったものとかも結構あって、タバサが良く来ているのよ。」

「ん。」

やはり同人誌屋ではありませんか…っと、思わず日本語が出てしまっていたようなのです。
しかし、魔法の同人誌屋とは、トリステイン建国以来の王都トリスタニア恐るべしなのですね。


「ここで何を探すのですか?」

「宝の地図よ。
 ここの古書コーナーにおいてあるのよ。」

どういう古書コーナーなのですか、それは?

店内は明るく整理されていながら、置いてある本の内容はカオスそのものなのです。
何なのですか、【トライオキシンの作り方】って、脳味噌喰われても知らないのですよ。
キュルケとタバサの後を着いて行き、古書コーナーに辿りついたのですが…。
『特売品』と書かれたワゴンに、古地図と思しき巻き物が大量に陳列されて居るのです。


「ねえケティ、この地図を見て、これをどう思う?」

「すごく…胡散臭いのです。」

同人誌屋で宝の地図…。
しかもいったい何なのですか、『オ○ーナ』って?


「キュルケ、まさかなのですが、良い考えとは…。」

「宝を見つけて一攫千金。
 ダーリンお金持ちになって、ルイズを見返すでござるの巻。」

眩暈が…。

「どうしたのケティ、急によろめいたりなんかして?」

「よ…。」

これは、なんと言えば良いのか…?

「よ?」

「よろめきもするのですよっ!
 何なのですかそれは!?」

クイクイとブラウスの袖を引っ張られたので振り返ると、タバサが居たのでした。


「騒いじゃ駄目。」

タバサにそう言われて見回すと、迷惑そうな視線が私に突き刺さっているのです。


「タバサ、忠告してくださってありがとうございます。
 …静かに、なのですね?」

「ん。」

タバサはこっくりと頷いたのでした。


「しかしキュルケ、こんな本屋の古地図にまともな物があるのですか?」

「どうせ当たる確率は低いんだから、どこで買っても同じよ、こういうのは。」
 
0.000…01%と0%では、数の上では微かながらも、実質的には物凄い違いがあると思うのですよ。
あと、提案したくせに実はまるっきり探す気無いのですね、宝。
たぶん、飲んだくれている才人を引っ張り出し、元気になって貰う為の口実なのでしょう。
何歳になっても、男の子は冒険と聞けば心がときめくものなのです。
前世の名残なのか、実は私も嫌いでは無かったりするのですよ、冒険。


「近くに私が知っている魔法アイテム屋があるのですよ、後でそちらにも行きましょう。」

実は前回来店した時、『龍の羽衣』に関する文献を確認した魔法アイテム屋なのです。


「あ、そこも実は行く予定だったのよ。
 流石にここだけじゃねえ?」

「そう思うのなら、こういう所は始めから外しておいて欲しいのですよ。」

ここにあるのは間違いなく全部、的中確率0の古地図なのです。


「まさかまさかのまぐれ当たりっていうのも、あるかもしれないじゃない?
 それにここの古地図、すごい安いし。」

「…キュルケ、古地図を安さで選ばないで欲しいのです。」

キュルケのゲルマニア的な発想には、時々着いていけなくなる事もあるのですよね。


「ゲルマニアって、不思議。」

「私も同感なのですよ、タバサ。」

不思議の国ゲルマニア、こんな変な人達の皇帝はもっときっととんでもなく酷い変人なのです。
たぶん常に自爆装置を持ち歩いていて、常に踊ったり祈ったりしていて、初対面でいきなり『その通り、私がこのゲームのラスボスです。さあ、カモン!カモン!』とか言い出す人なのですよ。
姫様はもしもレコン・キスタが停戦協定を破らなかったら、そんな人の所に嫁ぐのですね。
…ああ、お可哀相に、姫様。


「ほらほら、あなた達も選んでよ!」

「…はぁ、行きますかタバサ。」

「ん。気が進まないけど。」

それから私達はワゴンに突き刺さった高くても数スゥ、安いのになると50ドニエなんていう、ゴミみたいな値段の古地図を買い漁る事になったのでした。


「いやー買ったわね、何か気分がスカッとしたわ!」

「結局、ワゴンごと買い取る事になったのですね…。」

「その方が賢明。」

あのワゴンにある殆どの古地図を買い占める勢いでしたから、ワゴンごと買い取った方が賢明なのは確かなのですね。
…ひょっとして、この胡散臭い地図の示す場所全部を回るのでしょうか?


「じゃあ、次はケティお勧めのお店に行きましょうか?」

「別に、お勧めというわけではないのですが…。」

たぶんきっと、もう少しまともな本や古地図が置いてある筈なのです。
まともな魔法書にはあまり期待していませんが、古地図ならもう少しまともなものもある筈なのですよ。



…と、思っていた時期が私にもあったのです。


「こっちでもワゴンセールなのですか…。」

またあるのですよ、『オプー○』。

「…ああ、何年か前にこの国で宝探しがブームになった事があってね。
 その時の在庫だよ、それ。」

店主の人が、私の呟きに気付いて答えてくれたのでした。


「そういえば、そんな事もあったような?」

何年か前に我が家の領地に無謀にも侵入してこようとした何人かが、山の女王にかなり過激な方法で追い返されたという話は聞いた事があるのです。
確かに我が家の領地は歴史だけは古いのですが、遺跡とかの話は聞いた事が無いのですが。
我が家が遺跡といえば遺跡なのですけれども、きちんと改修もしていますし、大昔の部分なんて土台くらいしかないのですよ。
いったい何を探しに来たのだか…。


「1つ20ドニエで良いよ。」

「や、安っ!?」

さっきのお店よりも安いのですよ。


「どうせ全部スカだからね。
 そこに置いておいても邪魔なだけだから。」

ぜ、全部スカって、言い切ってしまって良いのですかっ!?


「気に入った!ワゴンごと買ったわ!」

これ…全部シルフィードに乗るのでしょうか?


「きゅいー…きゅいー…。」

「頑張って。」

数件を回った後、鈴なりになったワゴンをぶら下げて飛ぶシルフィードの姿があったのでした。
いくつかの魔法グッズ屋でワゴンごと古地図を買い漁るキュルケの姿は、トリスタニアの都市伝説になるかもしれないのですよ。
『怪奇、古地図を買い漁るゲルマニアの女』とか。
ちなみに、『竜の羽衣』に関する文献も見つけたので、買って混ぜておいたのです。


「きゅいー…。」

紙束とはいえど大量にあるので流石に重いのか、シルフィードが辛そうになってきたのです。


「あと数分で学院なのですから、頑張ってくださいシルフィード。
 マルトーさんに、餌のお肉を暫くの間多めにして貰えるようにお願いしてあげますから。」

「きゅい!きゅいきゅい!」

元気になるのは良いのですが、それでは人の言葉を理解できるのがばれるのですよ、シルフィード。




月が天高く上り、夜もすっかり深けた頃、何とかヴェストリの広場に降り立つ事に成功したのでした。


「おんにゃはばからー!」

「そうさ、女は莫迦なのだよ。
 モンモランシーとはキスしただけだし、ケティは押し倒してその後の記憶は無いけど、何もしていない筈なんだ。
 だって後頭部にでっかいこぶがあったし…って、何かね?」

サイトのテントに入ると、酒瓶に埋もれたギーシュの胸倉を才人が掴んでいたのでした。


「なんらと、けてぃになんてことをするのら!
 おれだって、まちがえてぐうぜんおしたおしてはんうぎにしたことしかないろに!」

何の話をしているのですか、何の…。


「ケティを押し倒して脱がしただって!
 このケダモノめ、その行為万死に値する、けっと…の前に、1つ聞きたい。
 どうだったかね、彼女の…その、体は?
 あの歳のわりに出るとこは出て、引っ込んでいるところはひっこ…ひぃ!?」

ギーシュはそこでようやく私がテントにやってきていたのに気づいたのでした。


「ギーシュ様、才人…少し頭を冷やすといいのですよ?」

「ええと…冷やすというよりもむしろ燃やされるような気がするのは気のせいか?」

これから訪れる運命を認めたくないのか、才人は軽口で私を宥めようとしているのです。


「ひ、冷やすなら、そこにいるタバサ嬢の方が適切なような気がするのだがね?」

そう言って、私の後ろ隣に立つタバサを指差すギーシュなのでした。


「屁理屈はこの際どうでも良いのですよ。
 炎の矢!」

『ぎにゃああああああぁぁぁぁぁっ!』

物理的な衝撃を上げた炎の矢が、二人をしこたま打ち据えたのでした。





「…酔いは醒めたのですね?」

「はい…。」

「申し訳ございませんでした。」

少し焦げて煤けたギーシュとサイトが、土下座の体制で謝っているのです。


「制裁は、これくらいにしておくのです。
 本題に戻るのですよ。」

「ダーリン、私達良いものを持ってきたの。」

キュルケがそう言うと、タバサが風の魔法でテントのボロ布を吹き飛ばして、こんもりと山になっている古地図のスクロールをでーんと二人に見せたのです。
…殆ど二束三文な値段だからといって、調子に乗って少々買い過ぎたかもしれないのですね。
これに載っている場所に全部行ったら、学校に通えなくなって私達は素行不良で退学なのですよ。


「…何これ?」

「古地図なのです。」

正確には古地図っぽく加工した地図だと思うのですが。


「こんなもんを何に使うんだ?」

「ダーリン…いいえサイト、あなたここでずーっと飲んだくれているつもり?」

キュルケは急に真顔になると才人に尋ねたのでした。


「え!?いや、流石にそんな気は無いけど…気持ちに踏ん切りがついたら、帰る方法を見付ける旅に出ようかなと思っていたし。」

「帰る方法?」

キュルケ達が不思議そうに首を傾げたのでした。


「才人はロバ・アル・カリイエ出身らしいのですよ。」

「そ、そう!俺はそのロバ何とかって所から召喚されて来たらしくて、帰り方がさっぱりわからないんだよ!」

私のフォローで何とか取り繕う才人なのです…が、『ロバ何とか』って全く覚える気が無いのですね。


「そういえば、聞いた事があるような気がするわねえ…うんうん、やっぱり丁度良かったわね。
 そんなどこにあるのかさっぱりわからない場所を探すなら、道中の路銀が必要になるわ、違う?」

「そりゃまあ、そうだな。」

才人はコクリと頷いたのでした。


「なるべく大金が必要になるわ。
 もし、帰れなかった場合の資金も必要ですもの。」

「確かに、そうだな。」

珍しいくらいキュルケがまともな事を言っているのですよ。
これは、明日は大雨なのですね。


「もしも、もしもよ?帰れなかったら、貴方はどうするの?」

「え?いや、どうしよう?」

才人は困った表情になって私の方を見たのでした。


「私に助けを求められても困るのですよ?」

「う…困ったな、どうしよう?」

だから、私に助けを求められても、フォローのしようが無いのですよ。


「だったら、貴族になってみない?
 貴族になればある程度生活に潤いも出来るから、腰をすえて故郷を探すならうってつけだと思うわ。」

「なれんの?
 俺メイジじゃないし、無理っぽいんだけど。」

まあ、周りを見れば貴族は全部メイジですし、確かにこの国では無理なのですよ。


「キュルケ、この国では平民は領地を持つことも公職につくことも許されていないぞ?
 そういう法の無いゲルマニアならとにか…ああ、そういう事かね?」

「そういう事、この国で貴族になる事に拘る必要はないのよ。」

キュルケに質問している最中にキュルケが言いたい事を理解したギーシュに、キュルケがうなずいているのです。


「ゲルマニアは平民が貴族になる事は珍しいけど無いわけじゃないわ。
 お金とコネさえあれば、ゲルマニアでは領地と爵位を買い取る事は別に難しくないもの。」

「ゲルマニアは土地だけは捨てるほど余っているのですよね。
 少しはトリステインにも分けて欲しいものなのです。」

なにせ、あっちの世界で言う北東ヨーロッパ全土なのですよ、ゲルマニアの国土は。


「そういう節操の無い事をするから、ゲルマニアは野蛮だって言われるんだよ、キュルケ?」

「節操を保って衰退するのはただの馬鹿だわ、ギーシュ。
 領地を運営するのにも、政治的な駆け引きをするのにも、別に魔法の才能は必要無いのに、拘るほうがおかしいのよ。
 メイジが平民を治めるという伝統に拘り続けた結果が、始祖以来の王家を滅ぼしたアルビオンや、東方領土(オストラント)の独立とゲルマニアによる併合によって起きたトリステインの衰退じゃない。
 衰退に栄光も名誉も無いのよ、衰退は失政と制度疲労の結果でしかないわ。」

この点には私も大いに同感なのです。
武官なら兎に角、文官や政治家が魔法を使えても意味は無いのですよ。
…まあ、平民に比べて数が圧倒的に少ないメイジが平民に埋没しない為には、ある程度は必要な措置なのでしょう。


「えーと…なにやら小難しい話になっているけど、結局どういう事なんだ?」

話の内容についていけなくなって、ポカーンと突っ立っていた才人が助けを求めるような視線を向けながら、私に尋ねてきたのです。


「まあ要するに、ゲルマニアで領地と爵位を買って貴族になりましょうということなのですよ。」

「なるほど、何か政治っぽい話になったから、思わず頭が理解することを拒否ったわ。」

才人くらいの年の日本人なら大体そうだとは思うので、特に何も言う事は無いのですよ。


「でもさ、俺金なんか無いぜ?
 見ての通り、引きこもりホームレス高校生だし。」

引きこもりホームレスとは斬新なのですね、才人。


「だから探すのですよ、お金になりそうなものを。」

「そうそう、その為に宝の地図をありったけ買い込んできたんだから。」

ルイズと才人を仲直りさせるためとはいえ、無茶苦茶にも程があるのですね、この計画。
しかし回りくどいというか…半分以上趣味と思い付きなのですね、キュルケ?


「お金持ちになって貴族になれば、好き放題よ?
 あたしにプロポーズするもよし、お金をたくさん儲けてケティを愛人にするもよし。
 ゲルマニアの法と秩序に引っかかりでもしない限りは、どこまでも自由。」

「わ、ちょ、ちょっと、キュルケ、何をするのですか?」

そう言いながら、キュルケが私ごと才人にしな垂れかかっていくのです。
色仕掛けなのはわかりますが、何で私が愛人なのですか?


「私たちみたいな美女に囲まれてゲルマニアで贅沢三昧よ?」

「キュルケと結婚して、ケティを愛人に…。」

だから、何で私は愛人ポジションなのですか…?


「キュルケ、この古地図どこで買ってきたのかね?
 ものすごく胡散臭いのばかりなんだが…『○プーナ』?
 何だね、これは?」

「んー?ワゴンセールで売っていたのをワゴンごと買い占めてきたのよ。」

だから、胡散臭いに決まっているのですよね。


「そんなので宝が見つかるわけが無いじゃないか!?
 これはあれだろ、何年か前に流行った宝探しブ…ムガ!?」

「お・だ・ま・り!」

「んなっ!?」

そう言って、ギーシュの顔を自分の胸の谷間に挟み込んだのです。


「な、何をするのですか、キュルケ!?」

「んー?口止め。」

そう言いながら、キュルケはギーシュを解き放ったのでした。


「中にはきっと必ず本物がある…違う?」

「う…、うん、きっとキュルケのいう通りだよ。
 これだけあれば、きっと本物があるはずさっ!」

その前に垂れてきた鼻血拭け変態、なのです。


「炎の矢。」

「うぁちぃっ!ケティいきなり何を、あちゃ、あちゃちゃちゃちゃ、タバサ嬢助けてくれたまえっ!」

「氷の矢。」

「ぎゃあ!冷たい、冷た過ぎるっ!火傷に染みるうううぅぅぅぅ!?」

ギーシュが何時かのようにのた打ち回っていますが、それは放っておくとして。


「ケティが愛人で…毎日膝枕して耳掃除してくれたりして…いいなあ、良い、実に良い!ディモールト良しッ!」

何が才人の脳内で処理されたのかはよくわからないのですが、私が愛人で本決まりな様なのですよ。


「よっしゃ乗ったぜその話!
 貴族になってケティ愛人化計画!
 素晴らしい、実に素晴らしィ!」

「いつの間にかあたしが抜けてるっ!?
 でもまあいっかぁ!兎に角ノってきたし、楽しくなりそうだわ!」

そろそろ才人もひとつ盛大に燃やしたほうが良いのでしょうか…?


「駄目ですっ!そんなの駄目ですっ!絶対に絶対に駄目ですっ!!」

そう言って、いきなり現れたシエスタが才人に抱きついたのでした。
はぁ…何というか、カオス度が更に上がってきたような気がするのですよ…。



[7277] 第十六話 ついて来る人来ない人なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/05/23 11:04
ラブコメ、それはこの世界を作った神が定めた世界の条理
才人はガンダールヴ云々よりも、女の子とのエロハプニングに巻き込まれる能力のほうが脅威なのです。


ラブコメに巻き込まれると災難
何だかこう、この流れに逆らうのは間違いなのかもしれないような気もしてきたのです。


ラブコメの王道はボーイミーツガール
だからと言って、サブヒロイン化にはまだまだ抵抗するのですよ。







「サイトさんがミス・ロッタとそんな爛れた関係になったら、私と結婚できないですよ!
 もしもサイトさんが貴族になっても、貴族様の愛人がいるんじゃ平民の私が嫁いだ時に滅茶苦茶肩身が狭くなるじゃないですかっ!」

そう言って、シエスタが涙目でこちらを睨みつけるのです。
だから、何で私が才人の愛人になる方向で事が決着しつつあるのですかっ!?


「出来るなら私の村に来て一緒に葡萄畑を耕してと思いましたけど、サイトさんが領地を買うなら、そこで葡萄畑を作って二人のワイナリーにするのも良いですね!
 銘柄はサイトシエスタ、二人の名前なんかつけちゃたりして!
 ああ私ったら大胆、言っちゃった、言っちゃった♪」

そう言ってから、顔を赤らめてシエスタがくねりくねりと身悶え始めたのでした。
残念ですが、今の才人は半分も聞いちゃいないと思うのですよ…。


「ケティは断固、俺の愛人になるべきだと思います。
 いつも俺の相談相手になってくれたり、困った時助けになってくれたり、身を挺しておとりになってくれたり、いつも俺が困った時に颯爽と現れ助けてくれて本当に感謝しているんだ。
 だから、大金持ちになったらケティを愛人にして、贅沢三昧させてやりたいんだよ。
 な、ケティもそう思うだろ?」

論理が無茶苦茶なのですよ、才人。
日ごろの感謝の気持ちに愛人って、お歳暮じゃあないのですよ…まあ、泥酔している人に論理を求めるのもどだい無茶な話ではあるのですが…そろそろ、キレても良いと思うのですよ、私は。


「まあ今、とりあえず言える事は…なのですね。
 もう一度、頭冷やすが良いのですよ、才人?」

私が詠唱を始めると、サイトの周辺に無数の小さな火球が生成され始めたのでした。


「へ?いや、ちょ、ま!」

「バースト・ロンド!」

「ふんぎゃああああぁぁぁぁぁっ!?」

小さな火球が弾け、爆竹みたいな爆発が、才人の体の周辺で無数に発生したのです。
某ドラまた魔道士娘が盗賊とかへの先制攻撃によく使った魔法の再現版なのですよ。


「あががががが…。」

「きゃーっ!サイトさんっ!?」

ぶすぶすと煙を上げる才人に、シエスタがあわてて駆け寄っていったのでした。


「しかし、宝…ねえ。
 やはり見つかる気がしないのだが。」

「…モンモランシ家は先代の干拓事業の大失敗が原因で現在は殆ど破産状態な上に、建国以来代々水精霊との交渉を行ってきた非常に大事な役目からも外されてしまったのですよね。」

水のトリステインがまさかあのモンモランシ家を外すとはと、当時は大騒ぎになったらしいのです。


「い…いきなり何かね?」

「このままではミス・モンモランシは、どこかお金のあり余っている貴族の二男か三男を婿養子に迎えて結婚せざるを得ない状況に追い込まれつつあるのかもしれないという事を言ってみただけなのですよ。
 でも、もしも宝が見つかれば、そして借金を返すか、かなり減らす事が出来たなら、それをギーシュ様が成し遂げる事が出来たとしたのなら。
 あの名門中の名門であるド・モンモランシの当主になれるかも…なのですよ?」

ド・モンモランシはハルケギニアきっての血筋の古さを誇る名門なのですよね。
今でこそあんな感じですが、かつては水のスクウェアを何人も輩出していた血筋なのです。


「まあ婿養子云々は兎に角として…ミス・モンモランシを助けてあげたいとは、思わないのですか?」

「くっ…まさか、モンモランシーがそんな事になっているだなんてっ!?」

ギーシュが頭を抱えてひざまづいたのです…いやまあ、実は事実に若干の誇張はあるのですよ?
先代の散財っぷりを反面教師にしたのか、当代の当主は物凄く地味でコツコツした人であり、きちんと借金を返していっているので、生活こそ結構厳しいものの当面貸し手から無茶な返済を迫られる可能性は低い事とか。
ついでに言うと、モンモランシーの父親はトリステインにおけるポーション製作者としてそこそこ有名な水のスクウェアであり、膨大な借金さえなければ今頃かなり裕福に暮らせているはずの収入はあるのだという事とか。


「宝を手に入れれば、必ずやミス・モンモランシはギーシュ様を見直してくれるに違いないのです。
 それに、義を見てせざるは勇無きなり…なのですよ?」

「むむむ…よし、僕はやるぞ!僕の蝶が困っているのだ、僕がやらずに誰がやる!」

やる気になってもらえて結構なのですよ。


「諸君、行くぞ!」

「ふわぁ…待って欲しいのです。」

ギーシュが勇ましく声を上げるのと同時に、私の口から欠伸が出たのでした。


「今日はもう遅いのですよ、もう寝ましょう。
 出発は明日の午前中の授業が終わってからの方が良いのです。」

今日は一日中キュルケに連れ回されたせいか、疲れて眠いのですよ。


「えー?いいじゃない、今からでも。」

「私達はアルビオンに行った時、やむを得ないとはいえ数日間学校を無断欠席しているのです。
 もう一度やったら、今度は何かの制裁を課される可能性が高いのですよ。
 ですから、出かける前に少し根回しをする必要があるのですよ、キュルケも少し手伝って欲しいのです。」

眠いということ表明したら、急速に眠くなってきたのですよ…。


「なるほど、わかったわ。
 トイレ掃除とかさせられたら嫌だし、しょうがないわね。」

「わかっていただけたようで、何よりなのです。
 では皆様、おやすみなさい。」

眠気で頭がぐらつくのですよ、私は眠気にはとことん弱いのですよね。





翌朝目が覚めると、タバサの抱き枕にされていたのでした。
何か苦しいと思ったら、タバサが私の上にしがみついて寝ていたのですよ。
いくらタバサが小柄で華奢とはいっても、それなりの重さはあるのです。


「むー…さすがに朝っぱらからお風呂は開いていないのですよね…。」

昨日はあのままベッドに直行だったので、お風呂に入っていないのです。
眠るタバサを何とか引き剥がしてベッドに寝かしつけてから、くんくんと自分の臭いを嗅いでみたりしてみます…流石に自分の臭いはわからないのですよね。
…臭いとか思われたら、思わず自決できる年頃なのですよ、私は。
取り敢えず何とかしなくてはいけないのですね。


「濡れタオルで体でも拭きましょうか。」

そうと決まれば早速行動なのです。
桶を手に取りドアを開け、廊下を抜け階段を下りて、井戸がある場所まで歩いていくと、シエスタが居たのでした。


「おはようございます、シエスタ。
 マルトーさんの許可は取れましたか?」

「おはようございます、ミス・ロッタ。
 サイトさんの手伝いをすると言ったら、理由も聞かずに一発で許可が出ました!」

あの人はキス魔なところを除けば、非常に豪快で良い人なのですよね。


「ところでミス・ロッタは、こんな所に何の御用ですか?」

「昨夜お風呂に入れなかったので、体を拭くための水を汲みに来たのですよ。」

ついでに朝に水を一杯飲むと、頭もスキッと冴えるのです。


「ああ、では水は私が汲ませていただきますわ。」

シエスタはそう言うと私から桶を取り上げて、井戸から水を汲み始めたのでした。


「シエスタ、私にも水を一杯いただけますか?」

「あ、はい、どうぞ。」

木のコップに水を注いでもらい…一気に飲み干すべし!


「んぐんぐんぐんぐ…ぷはぁっ!」

ああおいしい。
この一杯から私の朝は始まるのですよね。


「はい、水を汲みました。
 部屋までお持ちしますか?」

「いいえ、それには及ばないのですよ。
 ではまた後で会いましょう。
 午後ヴェストリの広場で待ち合わせの予定なのです。」

部屋に戻り、パジャマを脱いでパンツ一丁になり、タオルを水に浸し、絞ってから体を拭き始めたのでした。
ちなみにタバサはまだ眠っているのです…布団に抱きついた状態で。


「ふぅ、体を拭くだけでも結構気持ち良…。」

その時、いきなりバタンとドアが開いて、才人が入って来たのでした。


「御免なさいっ!」

才人はいきなり床にひれ伏して土下座を始めたのです。
謝るなら、入ってくるな、なのです…が、才人はそのまま誤り始めたのでした。


「昨晩言った事は酒の勢いでついというかなんというか…本当に御免っ!」

なるほど、どうやら私がどういう状態であるのかには気づいていないようなのですね。
取り敢えず着やすいので、もう一度パジャマを…。


「…って、うぉわっ!?
 何で裸っ!?」

「馬鹿ーっ!」

何で人が手を伸ばした一番無防備な時に、狙っていたかの如く顔を上げるのですかっ!?


「炎の矢!」

「あんぎゃーっ!?」

記憶していませんが、おそらく数百本の炎の矢が才人に殺到した筈なのです。


「んー?」

爆音に目が覚めたのか、寝起きのボケボケの顔で、タバサが起きて来たのです。


「黒焦げ?」

「タバサ、治癒をお願いします。」

「ん、わかった…。」

頭をゆらゆら揺らしながら、タバサは才人に『治癒』をかけ始めたのでした。


「裸?」

「体を拭いていた最中だったのですよ。」

タバサはぽけーっとした表情のままでなるほどと言いながら頷いているのです。


「天罰?」

「いっそ記憶を無くしてくれればいいのです。」

タバサが倒れている才人を指差したので、頷いておいたのです。
才人のラブコメ主人公体質は、本当にどうにかならないものなのでしょうか…?



「いやはや…。」

土下座をして、微動だにしない才人を見ながら、溜息を吐く私なのでした。


「…昨日は散々愛人呼ばわりをしたうえに、今日はレディの部屋にいきなり乱入なのですか。
 しかも殆ど全裸の姿までばっちり見るとは…。」

「本当に、心の底から、申し訳ない。
 伏して、伏して、お詫び申したてまつります。」

敬語のボキャブラリーが少なかったのか、何故か時代劇言葉になって才人が謝っているのです。


「はぁ…。」

なんというか、溜息を吐く以外に手が無いと言いますか。


「もういいですから、顔を上げてください、才人。」

「え、いやでも。」

偶然なのも悪気がまったく無いのもわかっているのですよ。
制裁はしましたから、これ以上才人を痛めつける必要は無いと判断するのです。
…そうは言いませんけれどもね。


「いいですから、出て行きなさい。」

「え…?」

そ、そんな捨てられた子猫みたいな目で私を見ないで下さい、才人。
親しき仲にも礼儀あり、まして男女の仲ならば…最近の才人はちょっと私に近づき過ぎなのです。
ここらでちょっと強めに怒っておかないと、友人としての関係が続けられそうにありません。


「で、でも、許してくれていないのに。」

「出て行きなさいといっているのです。」

だから、そんな捨てられた子犬みたいな目も駄目なのですよ!


「ごめん、この通り、だから許してくれよケティ!」

「ゆ…。」

なんだかなぁ…私も大概に甘いかも知れません。


「…許してあげますから。」

何なのですかね…こういう感情って。


「ほんとうかっ!?」

まさか…まさか、この私が男の子に萌える日が来ようとは。
なんというか才人って気弱げになると、小動物みたいな雰囲気を醸し出すのですよね。


「い、いいのですよ…本当は許したくありませんが、そこまで言うならしょうがありませんから、許してあげるのです。」

「あ、ありがとうケティ!
 このまま絶交されたら、途方にくれていたところだったぜ。」

我ながら、何というツンデレ台詞。
しかし、ハーレム系ラブコメ主人公侮りがたし、これからもいつこんな不意打ちを受けるかわからないのですよ。


「友達といえど男女なのですから、これからはきちんとノックをするのですよ?」

「わかった、こんなヘマはもうしないと誓うよ。」

サイトは笑顔で頷いたのでした。
ううむ、才人の顔がキラキラ輝いて見えるのです
無茶苦茶なジゴロ属性なのですね、才人。
頼むからそれを私に使ってくれるな、なのです。
そういうのは全部ルイズに使うのですよ、ルイズに。


「で…では、また後で会いましょう。
 集合場所はヴェストリの広場なのですよ、お忘れなく。」

「おう、わかった。
 じゃあまた後で!」

そう言って、才人は部屋を出て行ったのでした。


「…このままどんどんサブヒロイン化されるのでしょうか、私は?」

できれば遠慮したいところなのです。
私が才人に抱きついて、『しゅきしゅき才人、しゅきしゅき~♪』とかやっているところを想像するだけで、軽く泣けてくるのですが。


「サブヒロイン?」

寝起きで髪が爆発したままのタバサが不思議そうに私を見ているのです。


「…タバサもいずれ思い知る事になるのですよ。」

「よくわからない。」

わからなくて結構なのです。
わかっていても避けようが無いのは、今の件でよくわかったのですよ。


「さて…と、椅子に座ってくださいタバサ。
 髪を梳かします。」

「ん。」

タバサは椅子にちょこんと座ったのでした。





午前中の授業が終わり、私とキュルケは現在学院長室の前にいるのです。


「…そんなわけで、色仕掛けよろしくお願いしますキュルケ。」

「私、その為だけに呼ばれたの!?」

キュルケの問いに、こくりと首を縦に振ってあげた私なのでした。


「私の色仕掛けでは学院長ですら引っかからないのですよ、こういうものは得意な人がやるべきなのです。
 そんなわけで、頑張って下さい…ちなみに、学院長は尻フェチなのです。」

「本当に心の底から、どうでもいい情報だわ。」

そういって、キュルケは肩を落としたのでした


「とは言え、学院長を落とすには必要な情報なのですよ?」

「ううっ…大事な何かを無くしそうだわ、私。」

剣を色仕掛けで値切ったくせに、何を仰る兎さんなのです。


「大丈夫なのですよ、天井の染みを数えている間に終わるのです。」

「天井の染み…。」

うーむ、キュルケのテンションが下がってきたのですね、これはまずいかもしれません。


「来年、我が家唯一の男子が学院に入学するのです。
 名前はアルマン、自慢じゃあありませんが、美少年なのです。」

そう言って、アルマンの肖像画を見せてみたりするのです。
周囲に散々美少年だの何だのと言われていたので、たぶんキュルケにも美少年に見えるでしょう。
アルマンが言うには昔の私をお手本にしているのだとか…何なのですか、それは。


「あらまあ、本当に美少年。」

「良ければ、来年紹介してあげるのですよ。
 美少年も結構好きでしょう、キュルケ?」

ええと…キュルケから何か妙なオーラが…。


「ありがとうケティ、何だかとっても気分が盛り上がってきたわ。
 うふふふふ…羞恥に身悶える美少年…初物を調教…ぐふふふふふふふふ。」

ええと…やっぱり紹介するのやめて、なるべく接触できないようにしましょうか?
果てしなく不安になってきたのですが…まあ、取り敢えずキュルケのテンションが最高潮に達しつつあるので良しとしましょう、良しと…。
来年にはコルベール先生と仲良くなっている筈ですし。


「…失礼します、学院長。」

「ミス・ロッタと、ミス・ツェルプストーではないか、どうしたのじゃ?」

そう言いながらも、学院長の視線はキュルケの胸の谷間なのです。
…実に扱いやすくて非常に結構な事なのですよ、キュルケは少し災難なのですが。


「ご褒美を戴きたいなと、そう思ったのです。」

「褒美とな?
 フーケの件であれば、王室から出た筈じゃがの?」

威厳の篭った声なのですが、キュルケが隣で『うふーん』とか体をくねらせながら踊っているセクシーダンス姿に視線が釘付けなので、目が全く合っていないのですよ。
しかし、何故セクシーダンス…?


「学院からは?
 確か、我々は学院のメンツを守る為に行った筈なのですが?」

「その件であれば、先日の無断外泊で帳消しになっておる。」

声こそ何とか威厳を保っているのですが、顔はスケベ爺と化しつつある学院長なのです。


「先日の件、学院長はご存知であると、姫様から聞き及びましたが?」

「はぁ、よく聞こえんのう?歳かの?」

すっ呆けるのは良いのですが、頬は紅潮し、目もにやけ、鼻の下が伸びきっているのですよ、学院長。


「…キュルケ。」

「知っていらっしゃるわよね、オールド・オスマン?」

「うひひひ、もちろん知っておる…ハッ!?」


そこで正気に戻るとは、やはりオールド・オスマン。
侮れないかもしれないのです…もちろん冗談なのですが。


「知っているのであれば、もちろん私たちがアルビオンでいったい何をしてきたかも知っているのですよね?」

「う…むう、抜かったわ、ワシとした事が。」

いいえ、いつもあなたはそんな感じなのですよ、学院長。


「そうであれば、合わせてご褒美を戴きたいのですが?」

「…いったい何がほしいのじゃ、言ってみなさい?」

声の威厳こそ戻りましたが、キュルケが『ほらほらお尻み・え・る・か・も~』とかやっている方に視線は釘付けなのです。


「1週間ほどの休暇を戴きたいのです。」

「むう…仕方がないのう、わしが何とかしよう。」

声にだけ威厳を持たせても全く意味が無いのですよ、学院長。
目が充血して、鼻の下が伸びきったその姿は、他の生徒には見せられないのです。


「では、一筆お願いします。
 文句は『これを持つもの達に一週間の休暇を許可する』で、お願いするのです。」

「うむ、わかった。」

学院長は『これを持つもの達に一週間の休暇を許可する。オールド・オスマン』と書いて、私に渡してくれたのでした。


「ありがとうございます学院長。
では帰りましょうか、キュルケ?」

「そうね、もう踊り疲れたし。」

「ああ、もう帰ってしまうのかの…?」

学院長の未練たっぷりの姿を尻目に、私達は学院長室を後にしたのでした。
本当に学院長は色仕掛けさえできればチョロいのですね…高濃度色気発生装置のキュルケがいればどうとでもできそうなのです。


「…計画通り。」

ニヤリっと、思わずほくそ笑んでしまう私なのでした。

「その笑み、怖いんだけど?」

ううっ…的確なツッコミが心に痛いのですよ、キュルケ。





「…と言う訳で、一緒に来て欲しいのですよ、ミス・モンモランシ?」

「嫌よ。」

せっかく休みを差し上げるといっているのに、断るとは学生らしからぬ態度なのですね、モンモランシー?


「こういうときは、一も二も無く頷くべきなのですよ、常識的に考えて。」

「…何処の常識よ、何処の?」

はぁ…これだから真面目な学生は困るのです。


「学生の常識なのですよ、学生たるものそれがどんな原因であろうと休みが来たら『ヒャッハー!休みだ、休みだぜぇヒャハハッハァ!』と喜ばなくてはいけないのです。」

「いくら楽しくても、そんな世紀末的な喜び方はしないわよ!」

デルフリンガーはそんな喜び方をしていましたが。
まあ、喜び方の表現は兎に角として、インフルエンザが原因の学校閉鎖でも、休みとなれば学生はドキドキワクワクと楽しいものでしょうに。


「いけませんねえミス・モンモランシ、 学生として貴方は枯れているのですよ。
 考えてみてください、私がなぜ貴方を誘うのかを。
 貴方が行かないと、私やギーシュ様も一緒にこの休暇で1週間ほどの旅路につく事になるのですが、それでも良いと言うのですか?」

「それは駄目っ!」

よし、かかったのです。


「実はですね…私達は宝探しに出ようと思っているのです。
 宝が見つかれば一攫千金なのですよ?
 例えば、ド・モンモランシの先代当主がこさえた借金を、如何にか出来るかも知れないのです。」

「宝って…まさか昔に流行ったアレ?
 あるわけ無いじゃない、あれだけ探し回ったのにも関わらず、誰も見つけられなかったのに。
 始祖の残した秘宝でしょ?確か、ミョルニルとかいう。」

…思わぬ所に何故かやたらと詳しい人がいたのですよ。


「あ、あれ?ひょっとして初耳?」

私の温い視線に気づいたのか、モンモランシーが少し焦った顔になったのでした。


「し…しょうがないじゃない、お爺様が干拓事業失敗でこさえた借金返すのに手を出したのが宝探しで、私も散々地図探しにつき合わされたんだから。
 お爺様が《宝探しは男のロマンと借金返済を両立する最高の仕事ぢゃ》って、最後の宝探しに行ったきり、行方不明になってもう6年になるわね…。」

なんというか、色々とご愁傷様なのですよ、それは…。
おそらく、宝探しで余計に借金が増えただけだったのだと思われるのです。


「な、何でそんな生温かい視線をこっちに向けるのよ。
 ああもう、みんな貧乏が悪いのよっ!」

さすが赤貧名門貴族ド・モンモランシなのです。
没落っぷりが他の追随を許さない展開なのですよ。


「お爺様が散々探しに行っても見つからなかったものが、一週間程度の冒険で見つかるわけがないわ。
 …で、でも、怪我して直す人が居なくちゃ可哀相だから、着いて行ってあげる。」

「素直にギーシュ様が心配だから行くと言えばいいのですよ…。」

思わずポロっと言ってしまったのです。


「そ、そんなんじゃないって言っているでしょ!
 飽く迄も、怪我したら可哀相だから行ってあげるのよ!!」

あー…はいはい、わかったのですよ。


「ぬっ、温い視線で見るなーっ!」

「おほほほほ♪
 それではまた、ヴェストリの広場で会いましょう。」

「ばかーっ!」

モンモランシーの罵声を背に、私は悠然と歩き去ったのでした。






「ここに立つ、私の心境はまさに鉄木。」

そのこころは『木(気)が重い』なのです。
コンコンとノックしてみますが、返事がありません。
ルイズは現在引き籠り中なのですよ、今頃部屋でパソコンに向かって某大型掲示板で《リア充氏ね!》とか、書き込んでいるのです。
勿論、嘘なのですよ、そもそもパソコンありませんし。


「ルイズ返事をして欲しいのですよ、そこに居るのはわかっているのです。」

へんじがない、ただのしかばねのようだ。
…ではなく、だんまりを決め込むつもりなら、こちらもそれ相応の手段を講じるのですよ。


「ドアを開けますよ、ルイズ。
 ちなみに不服は受け付けないのですよ。
 アンロック。」

問答無用でアンロック、もちろんキュルケの真似なのです。


「ルイズ?」

布団がこんもり丸くなっているのですよ、ずーっと寝ているのですか。


「ルイズ~?」

布団をぺらっとめくってみると、憔悴しきったルイズがいたのでした。


「はい、口開けてー?」

「へ?もごっ!?」

ルイズの口を開けて、マルトーさんに頼んで作ってもらっておいたクックベリーパイを、勢い良く突っ込んだのでした。


「ふっふっふ、憔悴しきったあなたには、マルトーさん謹製のクックベリーパイの魔力から逃れる術など無いのですよー?」

「もっふ、ふっもも!ふも!?ふも、ふむ、むふ~♪」

驚き、怒り、陥落、喜悦の順で、表情が変わっていく様は、なかなか見ものだったのですよ。


「すっごく美味しい!もう一個ちょうだ…じゃなくて、何しに来たのよ、ケティ?」

「正気に戻るのが、意外と速かったのですね。
 まあ遠慮せずに、もう一個行くのですよ。
 はい、あーん。」

そう言いながら、フォークで小さくクックベリーパイを切って刺し、ルイズの目の前に差し出したのでした。


「ぱくっ、むぐむぐ…悔しいけど、空きっぱらの私が、この誘惑に…ぱくっ…むぐむぐ…堪え切るのは不可能だわ…ぱくっ、むぐむぐ…。」

私がフォークに刺して差し出す、ルイズが食べる、また差し出す、また食べる…のサイクルが何度か続き、いつの間にかクックベリーパイは丸ごと一個無くなっていたのです。
かなり空腹だったようなのですね、まさか全部食べきってしまうとは。


「…で、何の用なのかしら?」

ルイズはクックベリーパイを食べきると再び布団を被り、その中から甲羅に隠れた亀の如く私に尋ねたのでした。


「…亀?」

「そう、亀よ、わたしはドジで鈍間な亀なの。
 自分の気持ちに気づいた時には色々手遅れだったなんて、とんだドジ亀だわ。
 そんな亀だから籠るのよ、ずーっとこんな風にうじうじしていればいいんだわ、わたし。」

…何と言いますか、似た者主従なのですね。


「ずーっとうじうじしているつもりなのですか?」

「そうよ、ずーっとうじうじしているの。」

暗い部屋にずっと籠もって布団の中にいたら、そりゃあネガティブシンキングから抜け出せないのですよ。


「そうなのですか…実は私、才人と一緒に旅行に行く事にしたのですが。」

「な、何ですって?」

布団の中から、何やら慌てたような声がするのです。


「アルビオンの件でオールド・オスマンに頼んだら、一週間の休みをくれたのですよ。
 それで、折角なので旅行でもしようかという話になったのです。」

「婚前の男女が二人旅だなんて、はしたないわよケティ?」

怒気のこもった声が、布団の中から聞こえてくるのです。


「貴方、やっぱりサイトを…。」

「私だけではないのですよ、シエスタ…サイトに跨っていたメイドも来るのです。」

布団がビクンと震えたのでした。


「な…な…なっ!?」

「キュルケも来るのですよ?
 そろそろ本気を出すつもりらしいのです。」

またまた布団がビクンと震えたのでした。


「実はあの後才人とあのメイドに聞いたのですが、やはり事故だったそうなのですよ。」

「…嘘。」

「才人に真顔で嘘つけるほどの狡賢さは無いのです。
 狡賢さが無いというか、どっちかというとお馬鹿なのですよ。」

実はシエスタにだけ聞いたのですが、シエスタも真顔で嘘はつけない性格なのですよ。
私ですか?見ての通りなのです…自分で言っておいて嫌になりますが。


「う…で、でも、あんな偶然そう何度も…。」

「一度あることは二度あり、二度あることは三度あり、三度ある事は何度でもあるのですよルイズ。
 一度起こったのであれば、同じ事が起きる確率はゼロではないのです。」

確率論的には殆ど無茶な数字になるかもしれませんが、ラブコメ主人公属性はそれらの全てをひっくり返すのです。


「私は友人として才人を信じますよ。
 なのに、主人である貴方が才人を信じないのですか?」

「一週間…だったわよね?」

おお、行く気になったのですか?


「一人で一週間かけてじっくり考える事にするわ、サイトの事とか色んな事を。
 だからケティ、サイトがふらふらあちこちの女に盛ったりしないように見張っていてもらえないかしら?
 …って、どうしたの?」

思わずずっこけた私を見て、ルイズは驚いたように声をかけてきたのでした。


「そこは行く事を決断する場面でしょう…。」

「ごめんねケティ。
 でもわたし、もう少し考えを整理しないと、またサイトに当たってしまいそうなのよ、そんなの嫌なの。
 だから、きちんと気持ちを整理する…駄目かしら?」

むぅ…本当は一緒に行って、旅の中で仲を修復して欲しかったのですが。
調子は大分戻ったようなのですが、出て行けといった手前、気持ちを整理する必要があるということなのですね。


「…仕方がありません。
 私を含めて他の女に才人がふらふら行く事は可能な限り止めるので、安心して欲しいのです。」

「…ありがと。」

布団の中から、感謝の言葉が聞こえてきたのでした。


「では私は行きます。
 一週間後、必ずなのですよ?」

「うん、必ず一週間で気持ちを整理するわ。
 行ってらっしゃい。」

私はそういうルイズの声を背に受けて、彼女の部屋をあとにしたのでした。







「ジゼル姉さま、エトワール姉さま、良かった一緒に居たのですね。」

今回は姉さま達が一緒でも良いのですよね。


「どうしたの、ケティ?」

「何かあったのかしら?」

姉さま達は、お茶を飲んでいる最中なのでした。


「学院長から、このようなものを戴いたのです。」

そういって、学院長のサイン入りの休暇許可証を見せたのでした。


「一週間の休暇ねえ…どこに行くの?」

「何人かで宝の地図を頼りに宝探しをする事になったのです。」

そう行って、古地図を取り出して見せてみました。


「宝探し、楽しそうね!」

「うーん、私はちょっとそういうのはねえ。」

ジゼル姉さまは顔を輝かせ、エトワール姉さまは興味なさげなのです。


「私も行っていいの!?」

「ええ、その為に休暇対象を思い切りぼやかしてもらったのですから。」

いつもいつも置き去りでは可哀想ですしね。


「やったーっ!今すぐ準備するわ、集合場所は?」

「ヴェストリの広場なのです。」

「じゃあ、準備してくるわ、ケティと一緒に大冒険っ♪」

私だけじゃないのですよ、ジゼル姉さま。


「…行ってしまったのですね。
 エトワール姉さまはどうなさるのですか?」

「私は遠慮しておくわ。
 取り敢えず、ジゼルの面倒をしっかり見てあげてね。」

エトワール姉さまはニコニコしながらそう言ったのでした。
私がジゼル姉さまの面倒を押し付けられるのは、昔からなのですよね…。







「だ・ま・さ・れ・たー!」

ヴェストリの広場に集まると、モンモランシーがキレていたのでした。


「おや、ミス・モンモランシ、どうしたのですか?」

「どうしたのじゃないわよ!
 ぎ…ギーシュと二人っきりで旅に出るんじゃなかったの?」

モンモランシーが、そう言って詰め寄ってきました。
ちなみに、ギーシュの事を言い始めたあたりから、とっても小声なのです。


「そんな事は言っていないのですよ。」

「でもあなた、ギーシュと一緒に旅に出るって…。」

ふっ…人の話はしっかり聞くべきなのですよ。


「私は『私【や】ギーシュ様【も】一緒に』とは言いましたが、ギーシュ様とだけ一緒に旅に出るとは一言も言っていないのですよ?」

「そんな細かい違いがわかるかぁーっ!?」

モンモランシー再噴火。
香水というよりは、間欠泉の方が似合っているような気もしてきたのですよ。


「回復なら、タバサがいるじゃない?」

「彼女はこのパーティでも屈指の戦力なのですよ。
 彼女を回復薬に回すと、前衛が一人減ってしまうのです。」

タバサは杖を使った格闘戦も出来ますから、実は数少ない肉弾戦力の1つなのですよ。
まさにオールラウンダー、何でもこなせる万能戦力なのです。


「ですから回復専門のメイジが欲しかったのですよ。」

「確かに私は水のラインだけど…あまり休むと内職のほうが滞るのよね。」

モンモランシーは水メイジの名門に生まれただけあって、才能はかなりのものなのですよね。
あと数年もすれば水のトライアングルに届くでしょうし、いずれは彼女の父親もそうなように水のスクウェアに届くかもしれません。


「まあ確かに、内職が滞ると多少困るかもしれませんが…。」

実は彼女は趣味と実益を兼ねて、水の秘薬やら香水の調合やらを自室でほぼ休みなく毎日行っているのです。
しかもそれを学院の生徒に売りさばいたり、余った分はトリスタニアの香水屋や薬剤店に自分で売り込みに行くのですよ。
実家が赤貧で仕送りが一切もらえない彼女は、そうやって自分のお金を捻出しているのですよね。
それだけ水魔法を使いまくれば、勿論魔法の研鑽にもなるので、彼女の実力は鰻登りに上がっていっているらしいのです。


「…その代わり、ギーシュ様とイチャイチャできるのですよ。
 暗い洞窟の中、抱きつくには絶好の状況なのです。」

「それは…ギーシュが私やケティに抱きついてくるような予感がするんだけど?」

いいではありませんか、結果オーライなのですよ。


「私に抱きついてきそうな時には、それとはなしに貴方に誘導してあげるのです。」

「何となく微妙だけど…わかったわ、騙されたのが多少癪だけど、その話に乗った。
 でも、《治癒》だけならまだしも、水の秘薬を使うときはお金きっちり貰うからね?」

さすが赤貧貴族、そこら辺はきちっと締めるのですね。


「わかったのです、その分はキュルケか私がきっちり支払うのです。」

「それなら全く問題は無いわ。」

はぁ、水の秘薬って結構高いのですよね…精霊勲章がもう二つほど欲しくなったのですよ。


「あら、ミス・モンモランシも来たの?」

「モンモランシーって、呼び捨てでかまわないわ。
 よろしくね、キュルケ。
 ケティ、貴方もね。」

そう言って、モンモランシーは私たちにウインクして見せたのでした。


「人数はこれだけ?」

現在ヴェストリの広場にいるのは女性で私とジゼル姉様とタバサとキュルケとモンモランシー、男性は才人とギーシュなのです。


「後一人来るのですよ。」

丁度その時、メイド服姿の少女が向こうから大きなバスケットを持ってやってきたのでした。


「すいません遅れました!
 でも見てください、マルトーさんが皆さんにってお弁当作ってくれたんですよっ!」

マルトーさんのお弁当…それは素晴らしい。


「でかしましたシエスタ、大戦果なのです。」

「あら、あのメイドも来るの?」

不思議そうにキュルケが私に尋ねてきました。


「料理や雑用が出来るものが一人くらいはいないと、私に負担が全部被さって来るのですよ…。」

「成る程、考えてみればそうね。」

キュルケがぽんと相槌を打ったのでした。


「シルフィードへの荷物の積み込み終わったぜ、ケティ。」

「早く行きましょ、ケティ。」

才人達はシルフィードに荷物を積み込んでいたのです。


「では行きますか、キュルケ。」

「そうね、じゃあしゅっぱーつ!」

キュルケの掛け声とともに、私達はシルフィードに乗り込んで行ったのでした。


「ぎゅ!?ぎゅぎゅ!?」

「キュルキュル…。」

ヴェルダンデとフレイムは、大きいので留守番なのですよ。


「ぎゅぎゅ~…。」

「キュルル~…。」

ヴェルダンデが涙を流しながらハンカチを振って私達を見送って居るのです。
器用なモグラなのですね。





数時間後…。

「…あの祠が最初の目的地なのですね。」

周囲には豚面の亜人オークの集落が出来上がって居るのですよ。
はぁ…よりにもよってオークなのですか、この面子でオーク…早速気分が重くなってきた私なのでした。



[7277] 第十七話 でっち上げ傭兵団、旗揚げなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:32
モンスター退治、それはファンタジー世界の王道
最初はゴブリンかスライムからだと思うのですが、いきなりオークなのですか


モンスター退治、それは困難を伴う試練
オークに負けたら困難では済まないのですよ、負けるつもりはありませんが


モンスター退治、それは命を奪う事
命を奪うという事がどういう事であるのか、たとえそれが害獣であっても









「…うーむ、やはりオークなのですか。」

「うわ、よりにもよってオーク?最低。」

オークという亜人は、人に積極的に害を成す為モンスターと呼ばれます。
特性はよく知られているのが、人の子供が食料的な意味で大好きで、大人も捕って食う食人習慣なのですが、私たちのパーティにとって都合の悪い習性は別にあるのです。
オークにはメスがいません。
ではどうやって繁殖するかというと、人の女性を使って繁殖するのですよ、なんというエロゲ生物。
女性は連れ去られたが最後、死ぬか助けられるかするまでオークの子供を生ませ続けられるという悲惨な運命が待っているのです。

私たちのパーティーは才人とギーシュを除いて後は全部女性。
あの世界最低の下品生物を一匹残さず殲滅しないと、貞操の危機なのですよ。


「ジゼル姉さま、どうですか?」

「うーん、見た感じでは祠の周辺に4匹いるのが全部ね。
 藪とかに隠れていなければ、だけれども。
 祠の中にもいるかもしれないけれども、流石にそこは見られないわ。」

バグベアーは空をふよふよ飛べるので、偵察にはうってつけなのですよね。
ジゼル姉さまは使い魔のバグベアーのアレンと視覚を共有して、上空から偵察をしてくれているのです。
UAVで上空から偵察を行うようなものなのですよ、いやはや便利なのです。


「オークの配置は?」

「配置も何もないわ、集まって肉食べてる。
 鹿ね…鹿を素手で引き千切って食べてるわ。」

鹿ですか、人とかでなくて良かったのですよ


「鹿を引き千切るとか…すげえ莫迦力だな、勝てるのかそんなのに?」

「戦争に赴くなら、こんなものでは済まないのですよ。
 正直な話、私もこのまま帰りたい気分ですが、村から報酬を頂く約束をしてしまった手前、このまま帰るわけにはいかないのですよ。」

私は表情を引き攣らせる才人に、なるべく平然としているように気張りながら答えたのでした。


「ですよね、モンモランシー?」

「だ…だって、困っている人がいるなら助けてあげる、その代わり報酬をもらう。
 宝探しのついでにモンスター倒して村人に喜んでもらって、ついでに報酬貰えれば私達も嬉しいでしょ?
 報酬っていっても食料だけど…。」

赤貧貴族は抜かりが無いのですね。
ちなみに依頼は近隣の祠にオークが居付いてしまったので、被害が出る前にどうにかして欲しいというものなのです。


「領主の館に行って監督不行き届きを目の前で可憐に口ずさみながら右手を出せば、まあびっくりそこには大量の現金が…なんて事になるので、別に村人から報酬を貰う必要は無かったのですが?」

「発想が真っ黒過ぎるのよ、貴方は!」

モンモランシー、あんまり大声出すとオークに気付かれるのですよ。


「失敬な、報酬というのはある所から取れるだけ分捕るのが筋なのですよ?
 どうせ、オーク退治に兵の1つも寄越せないような駄目領主なのですから、せいぜい金くらいは出させるのですよ。」

「な、情け容赦ないわね、ケティ。」

「勉強代だと思えば安いものなのですよ。」

トリステインの貴族は、結構な確率で領民の大事さが今ひとつ理解できていない者が多いのですよね。
学院で教えれば良いのですが…学院ではそういう実務的な事は教えないのですよね。
貴族である以上は魔法の勉強なんかよりも、こちらの方が余程大事なのですが…今度、学院長に進言してみた方が良いかも知れないのですね、またキュルケを使って。


「…さて、取らぬ狸の皮算用はこのくらいにして、どうやればあの豚面に簡単に勝てるかを考えるのですよ。
 タバサ、何か作戦はありませんか?」

「ん、ある。」

タバサはこくりと頷いたのでした。


「あの祠は元々始祖を祀っていた祠で、参道は完全な一本道。
 そしてオークの思考は基本的に単純。
 簡単に勝つには連中の通り道を限定させて落とし穴を掘れば良い。
 餌になるものがあれば、連中はわき目も振らずに一目散に向かってくるから、予め用意した落とし穴に落とす。」

そう言って、タバサは才人を見たのでした。


「貴方はこの中で一番動きが素早い、だから…。」

「はいはいおっけー、俺が囮役ね。
 はぁ…やっぱこういう役か、俺は。」

「そう気落ちするな相棒、囮は重要だぜ?」

才人は少し肩を落としましたが、デルフリンガーがそれを宥めて居るのです。


「全部落とすのは無理だし、そこのちっこい娘っ子もそれはわかってる。
 だから、残ったのを俺に斬らせ…。」

「黙れ妖刀。」

才人はカチンとデルフリンガーをしっかり鞘に仕舞ったのでした。


「ギーシュ、貴方の役割も重要。
 あのオークの体重で崩れるけど、人の体重なら崩れない大きな落とし穴を作らなくてはいけない…出来る?」

「任せたまえ、子供の頃落とし穴といえばギーシュ坊ちゃんと呼ばれ、領民の心胆寒からしめた僕の腕前をとくと見るがいい。」

それは単なる迷惑な悪戯坊主なのですが…まあ、役に立つならばそれで良しとするのですよ。


「私達は可燃性の物質を錬金する。
 ケティ、アルビオンで使ったナパームは、私たちでも作れる?」

「なるほど、オークを穴に落として焼き殺すのですね。
 穴の上からかける分くらいなら、皆の力を合わせれば何とか。
 …というわけでギーシュ様、大きめなバケツを10個くらい用意してください。」

何かハードを作るときには大活躍なのですよね、土メイジって。


「…なんだか土メイジ使いが荒くないかね?」

「その代わり、戦闘が始まったらモンモランシーやシエスタと一緒にシルフィードの上で休んでいてかまわないのですよ。」

正直な話、オークを相手にするには対人戦闘に特化したワルキューレでは相性が悪いのです。
フーケのゴーレムみたいなのであれば、それこそ突撃させて蹴散らすといった戦法もとれるのですが。





「これでなんととか…と。」

「終わりましたね。」

小一時間程で何とか準備も終わりました。
…しかし、オークというのは本当に食う襲う犯す寝るしかしない生き物なのですね。
割と近くで作業しているにも拘らず、鹿に夢中でこちらに全く気付いていないとは。


「ごめんケティ、私もう駄目だわ。
 アレンと視覚同調させていたら、なんだか酔っちゃったみたいで。」

3D酔いみたいな症状をジゼル姉さまが起こしてしまい、戦闘要員が一人減ってしまったのですが…まあ、何とかなります。


「姉さまはギーシュ様と一緒にシルフィードで上空待機してください。
 …ピンチになったら助太刀お願いします。」

「わ、わかったわ。」

ジゼル姉さまはこくりと頷いたのでした。


「きゅい。」

シルフィードは小さくひと鳴きすると、上空に飛び立ったのでした。


「…さて、それでは才人、頑張ってください。」

「オッケー、じゃあ行って来る。」

そういうと、才人はオーク達の方に駆けていったのでした。


「やっほー、おーい豚面の阿呆ども、今日もブヒブヒ元気ですかー…ってあぶねーな、おい!
 当たったら痛いだろ、死ぬだろ!?
 このウスラボケ!死ね!氏ねじゃ無くて、死ね!」

才人がオークを挑発し、なんだかわからないけど馬鹿にされた事だけはわかったオークたちが激昂、才人を攻撃しようとしましたが、才人はガンダールヴを発動させて難なくかわし、こちらへ向けて走り出したのでした。


「やーい豚面、ピザでも食ってろデブ、バーカバーカ!」

「ぴぎー!」

「ぷぎー!」

最近筋トレを欠かさない才人の動きはガンダールヴ抜きでも結構早いので、オークは才人に全く近づくことができないでいるようなのです。


「おまたせ!」

「お疲れさまなのです。」

サイトが私たちの元まで走り寄ってきたので、とりあえず労いの言葉をかけておいたのでした。


「たぶん、数匹は討ち漏らしますから、その分をお願いします。」

「おうよ、相棒斬りまくってくれ、うひひひひひ。」

「デルフ、おっかないっての。」

いやしかし、デルフの過去にいったい何が…?
原作ではここまで変では無かったような気がするのですが。


「ぴぎゃー!」

「ふんぎー!」

怒りの雄たけびを上げながら、八匹のオークがいっせいにやってきたのでした。


「鈍重そうに見えるのですが、案外足が速いのですね。」

「そうね…で、オークが踏み抜かなかったら?」

「楽ではないけど、私達ならやれる。」

失敗すればオークの繁殖に貢献する羽目に陥るわけで、難しかろうが何であろうが殺らなきゃ犯られる状態なのですよ、いやはや…。


「ぷんぎー…ぷぎ!?ぷぎぎぎっ!?」

私たちの近くまでドスドスと走ってきたオークが落とし穴を踏み抜き、勢いあまって深さ6メイルある穴に落ちたのでした。
ギーシュ曰く、「僕が本気を出せば、こんなもんさ」…会心の作なのだそうです。


「ぷ…ぷぎ?ぷぎぎ!?」

何とか落ちずにすんだ3匹が、いきなり土の底に仲間が引きずり込まれたのを目の当たりにして、混乱しているのです。
…1匹だけですか、まあ一匹だけでも良しとするのですよ。
取り敢えず落ちなかったオークですが、混乱しているうちに一匹くらいはやってしまいましょう。


「せめて一瞬で絶命させてあげるのです。」

炎に螺旋状の回転を加え、槍状に加工して貫通力を上げた魔法の改良版なのです。
火と火と火を足し、更に細く、更に早く、更に鋭く、更に正確に…心臓を穿つ!


「…フレイム・スピア!」

白銀の光を放つ槍が、オークの巨大な体躯を維持するために鼓動する心臓を貫いたのでした。

「ぷ…ぎ…。」

自分に何が起こったのか理解できないまま、オークは絶命したのでした。
彼らは奪うことしか出来ず、我々は奪われることを善しとしない。
歩み寄りが出来ない以上、殺すか殺されるか…。


「人に寄生しないと繁殖できないモンスターなんて、存在そのものが歪過ぎるのですよ。」

存在そのものに人への純粋な悪意が感じられるこの化け物は、おそらく誰かが作ったものが野生化し繁殖したのでしょう。


「さすがケティ、今度その魔法教えて。」

「良いですが、あまり変な事に使ってはダメなのですよ?」

「何か、子供にお小遣い上げるお母さんみたいな科白だな。」

こんな巨乳で背の高い娘など、生んだ覚えは無いのですよ、才人。


「ぶぎーっ!」

「来る。」

少々ふざけている間に、2匹のオークは正気を取り戻したようで、棍棒を持ってこちらに襲い掛かってこようとしているのです。


「行くわよ、ケティ直伝…。」

キュルケのファイヤーボールは高速で回転して、細く小さくなった代わりに白く発光しはじめます。


「ファイヤー・ダガー!」

貫通力高めのファイヤーボール改め、ファイヤー・ダガー。
キュルケの放った魔法はオークの顔に突き刺さり、顔を炎で包み込んだのでした。
空気を吸えなくなったオークは、崩れ落ちてのたうち始めたのです。


「ウインディ・アイシクル!」

そのオークにタバサの放った鋭い氷塊がいくつも突き刺さり、とどめを刺したのでした。


「才人、あと一匹なのです。」

「おう、やってやるぜ!」

そう言いながら、サイトはデルフリンガーを鞘から抜き放ったのでした。


「斬られる奴は、いねがああぁぁぁぁっ!」

「何でなまはげ風!?」

いや、まったくなのです。


「遠からん者は音にも聞け!近くば寄って目にも見よ!
 おれの名前はデルフリンガー、魔剣デルフリンガー様だ!大事な事だからもう一度言うぞ、俺はデルフリンガーだああぁぁぁっ!」

「持ち主より目立つってどういう魔剣だよ、剣ならもう少し慎みを持ちやがれ!」

そう言いながら、才人はオークに斬りかかっていったのです。


「だってよう、おれ殆ど出番が無かったじゃねえか?
 科白が全然無かったんだぜ、あれ?俺空気?空気なインテリジェンスソード?とか、不安になっちまったんだよ!」

「メタな事言ってんじゃねえよ!」

才人はオークの棍棒を受け流すと、オークの腹に横一文字斬り込んだのでした。


「うっひょおおぉぉ!おれ今とっても剣してるうううぅぅぅぅ!
 さあ、もっとずんばらりんといってくれ、おれが剣である事をを実感させてくれ、いけよやぁぁぁぁっ!」

「言われんでもやるけど、きめぇ!」

頭が二人の会話を理解する事を拒否していますが、色々と溜まっていたのですね、デルフリンガー。


「ひどっ!包丁でも剣でも、使ってこそ道具だろ!?」

「余所様の刃物はもっと静かだっ!
 それに武器は使わないに越した事はねーんだよ!
 そんな事を言っていると、包丁として使うぞゴルァ!」

「そんだけは勘弁!」

才人の剣がオークの足を切り落とし、オークは悲鳴を上げながら地面に崩れ落ちたのでした。


「やっぱり命を奪うっていうのは、良い気がしないなぁ…。」

「この状態で放っておかれる方がむしろ残酷ってもんだぜ、相棒。
 さあさあ、ぶすっといけ、ぶすっと。」

デルフリンガーに促され、未だもがくオークに才人は近づいて行ったのでした。


「仕方が無い…お互い様なんだから恨んでくれるなよ…上手く当たれ、南無八幡大菩薩!」

才人はそう言うと、オークの首を刎ねたのでした。


「うぅ、命を奪うのは後味悪いなぁ…。」

「まあ、何回か繰り返せばなれるって、大丈夫だよ相棒。」

「…慣れたくねえよ、こんなの。」

それには私も同感なのです。


「さて…あとは穴の中のオークなのですね。」

「オークとはいえ、無抵抗なやつまでを焼き殺すの?」

…なのですよねえ、少し気が引けると言えば気が引けるのですよ。


「ナパームを残しても仕方が無いのですよ。
 穴の中のオークにとどめを刺してから、シルフィードに頼んで死体を全部穴の中に放り込み、ナパームを注いで燃やしてしまいましょう。」

そう言ってから、穴の中のオークに向けて呪文を唱え始めたのでした。


「ケティだけにやらせるのはしのびないわね。
 私もやるわ。」

「私も。」

罪悪感は若干分散しますかね、これは?




「きゅい~、きゅ~きゅいい~。」

流石のシルフィードもオークの巨体は重いのか、三体目を引きずって穴に放り込んだ時には少々疲れたようなのでした。


「少しもったいないですし、いっそオークを食べますか、シルフィード?」

「きゅいきゅいきゅい!」

シルフィードは頭を三回縦に振ったのでした。
…そうですか、食べたいのですか、オークを。


「冗談なので、本気で反応されても困るのですよ。
 あとで村の人に羊を一頭売ってもらいますから、それで勘弁してもらえませんか?」

「きゅい!」

シルフィードは大きく頷いたのでした。
先程から思い切り会話が成立していますが、話さなければ良いというものでもないのですよ、シルフィード?


「ナパーム流し込み終わったぜ、ケティ。」

「わかりました…炎の矢。」

炎の矢がナパームに引火して、オークの死体を焼き始めたのでした。


「では、祠に行ってみましょうか、ここの宝は?」

「えーっとねえ…《アガーウルの卓布》ですって、なになに…テーブルにかければ何でも好きな食べ物が出て来る?」

本物なら、久しぶりにカレーライスかラーメンでも食べたいのですよ。


「本物ならば素晴らしい宝物なのですね、何でそんな便利なものを村の人が一切使っていないのかが不可解なのですが。」

まあたぶん、ガセなのです。
祠の中に入ってみると、案の定そこには朽ちる寸前のボロ布が大事そうに仕舞われていたのでした。


「これが《アガーウルの卓布》かよ…。」

ボロ布をつまみながら、才人ががっかりしているのです。


「…取り敢えず、そこにある石のテーブルにかけて試してみるのですよ。
 そうすれば偽物か本物かわかる筈なのです。」

「おう、わかった。」

そう言って、才人は《アガーウルの卓布》を石のテーブルにかけて椅子に座りました。


「ハンバーガー、カレー、ラーメン、牛丼、寿司、パスタ、グラタン、ラザニア…何でも良いから出てこーい!」

才人の声は虚しく祠の中に響き渡ったのでした。


「…さて、きちんと仕舞い直して村に帰りましょうか。」

「…そうだな。」

やはりガセでしたか。
まあ、一発目から当たるとは思わないのですよ。





「お初にお目にかかります、ウェスト子爵。
 私達はフロンド傭兵団と申します。
 私は団長のケティなのです、よろしく。」

全員制服ではなく、普通の服に着替えて、ここの領主である子爵に会いに行ったのでした。
とは言え…場合によっては軽く脅す必要もあるので、念の為に軽く変装したのです。
あと、団長を誰にするかで、問答無用で私に押し付けられてしまったのですよ。
…私はキュルケに押しつけたかったのですが。


「これはこれは、可愛らしい傭兵団であるな。
 …して要件とは何であるか?」

「始祖の遺品を祀ると言われる祠にオークが居ついていると村の者に聞き退治してまいりました…領主であるならば、これに見合う対価をお支払いになるべきかと思われるのですが、いかがでしょう?」

まあ要するに治安維持の押し売りなのですよ。


「ぬぅ…あのオークどもを倒したのであるか。
 見れば年若いがほとんどがメイジ、倒せるのも道理であるな。
 しかし吾輩は頼んでいないのである。
 勝手にやったのはそなたらであり、吾輩が払う義務は無いのである。」

珍妙な喋り方をする人なのですね。


「民は城、民は石垣、民は堀、情けは味方、仇は敵なりなのです。
 領主が領民が困っている時に助けなければ、領民の働く意欲は失せ、税収も減ってしまうのですよ。
 逆に、民が困っている時に積極的に手を差し伸べる領主であれば、領民は領主の為に積極的に働いてさえくれるのです。
 民の収入が増えれば、民からの税収も増える…情けは人の為ならず、成した事の報いは何であれ必ず廻り廻っ返ってくるのですよ。
 私達は子爵が将来損害を受ける事を未然に防いだのですから、その報酬はあってしかるべきだと思うのです。」

「ぬ…そう言われるとそんな気がしてきたのである。」

甲陽軍鑑の一節からパクってみたのですが、意外と効くのですね。


「しかし、当家はあまり金が無いのである。
 とりあえずいくら欲しいのであるか、言ってみるのである。」

「5000エキューほど。」

思い切り吹っ掛けてみるのです…とはいえ、これでもメイジ主体の傭兵団にしては、若干安い値段ではあるのですが。


「そ、そんなに払ったら吾輩は明日から領民よりも貧乏になってしまうのである。
 もう少しまかりならぬのか?」

…どんだけ貧乏なのですか、この子爵は。
よく見れば屋敷の中は雑然としていて、使用人では無くガーゴイルと思しきものが動き回っているのです。
まさか、ガーゴイルの買い過ぎで?


「では、4980エキューで。」

「おおそれは随分と安…安くないのである!
 そんな数字のマジックのは騙されないのであるよ。
 に、2500エキューでどうであるか?

「4500エキュー。」

「2750エキュー。」

「4250エキュー。」

「3000エキュー。」

「3980エキュー。」

「わかったのである、そのくらいであれば。
 …って、あれ?」

サンキュッパに引っかかるって、どんな気持ちなのです?ねえどんな気持ちなのですか?


「わかりました、商談成立なのですね。」

「ちょ、待つのである!
 吾輩、何か物凄く騙された感じが…。」

こういう価格表示って、この世界には全く浸透していないので、意外と引っかかるのですよね。


「ありがとうございます、子爵。」

そう言って、私は右手を出したのでした。


「もう少し値段こうしょ…。」

「ありがとうございます。」

少々ゴリ押してみるのです。


「…話を聞く気がまるっきり無いのであるな?」

「一旦頷かれたのですから、値段交渉は既に終了したのですよ。」

別に傭兵稼業で食べていく気は一切ありませんし、そもそも正規料金より安いのですから、そろそろ観念するのです。


「とほほ…これでは暫くガーゴイルが作れないのである。」

ひょっとして、この人はガーゴイル製造者なのでしょうか?
趣味でガリアのガーゴイルを買い過ぎた人だと思っていたのですが。


「今あるガーゴイルを売れば、新しいガーゴイルを作れると思うのですが?」

「…そう言えば、そうなのであるな、すっかり失念していたのである。
 この超・天・才!ウェスト子爵の手製ガーゴイルであればあああぁぁぁぁ!高値で売れるのは必至なのでああああぁぁぁぁるううぅぅぅぅ!」

い、今頃気づいたのですか…あと、いくらテンションが上がって来ても人前で絶叫するとキチ○イと勘違いされるのですよ。
使用人を全部ガーゴイルに置き換えるくらいですから、かなり腕は良いようなのですが、それ以外がアホみたいなのです…。


「確かに、倉庫に置いておいたガーゴイルをいくつか売り払えば軽いものなのであるな。
 素晴らしい助言を戴いたのである、これは感謝せざるを得ない。
 エルザ!エルザ!金庫の金を全部持ってくるのである!」

「わかったロボ~。」

そうすると、館中に張り巡らされていると思しき伝声管から返事が聞こえて来たのでした…ロボ?
暫くして、巨大な金庫を抱えたガーゴイルが走って来たのでした。


「おお、珍しく素直に言う事を聞いてくれたのであるなエルザ、さあその金庫を…ぐはぁ!?」

ええと…子爵がガーゴイルが投げつけた巨大金庫に轢かれたのでした。
子爵は錐揉み回転を起こしながら2~3回バウンドして、力無く横たわっているのです。


「あっはっは、引っかかったロボ。」

「珍しく言う事を聞いたと思ったら、これなのであるか…。」

力無く横たわりながら、子爵は呟いたのでした。
しかし、珍しくってどういうガーゴイルなのですか、それは。


「しかぁし、吾輩はこのくらいではへこたれないのである!
 金庫に確か…もってけ泥棒、なのである。
 ぐふぁ…5000エキュー、確かに渡したのである。」

「い、良いのですか?」

ぶっちゃけ、目の前の5000エキューよりも、吐血している子爵の方が気になるのですが。


「このハイパーウルトラデラックス超・天・才!である吾輩のガーゴイルであれば、何処にだって売れるのであるよ。
 取り敢えず…こいつを景気付けに5ドニエくらいで売り払って金に換えるのである。」

「はっはっは、冗談は存在だけにするロボよ。」

そう言って、女性型のガーゴイルは子爵の腕を捻り上げているのです。


「あはははは…それでは貰うものも貰いましたし、退出させていただくのです。」

「痛い痛い!その極め方は外すか折る気であるな?
 お願いですからやめるのであ…ぎゃー!」

何か鈍い音がしたようなのですが、気づかない事にしておくのですよ…。





数日後、私達は何度かの宝探しついでのモンスター討伐を済ませ、《宝物》と対面していたのでした。


「ブリーシンガメル…でしたか?」

たしか、似たような名前の首飾りは元の世界の北欧伝承にもあったのですね。
首飾りの為に醜い妖精に抱かれたという、どんだけなのですかという感じの女神の話に。


「ボロッボロねえ…。」

「どう磨いても、値打ちものには見えないわね。」

「駄目ね、これは。」

「ゴミ。」

「祭の露店で売っているおもちゃの方がまだ綺麗だな。」

「僕の錬金で青銅製に変えるかね?その方が売れそうだ。
 重さ単位いくらの金属屑的な意味で。」

皆の的確な評価が…確かにイミテーションとかそういうレベルじゃないのです。


「また…駄目だったか。」

才人は落ち込んでいるのですが、副収入の方がえらい事に。

「代わりにモンスター退治の押し売りで、この通りなのです。」

シルフィードの背に乗せられた箱に入った大量のエキュー金貨、たぶん6~8万エキューはあるのですよ。
爵位は無理ですが、小さめの屋敷付き領地なら普通に買える金額になってしまったのですよね…ちょっとした小遣い稼ぎのつもりが、とんでもない事に。
メイジ主体の傭兵団の相場としてはかなり安めだったせいなのと、なんだかんだでモンスターには迷惑していたらしく、皆が文句を言いつつもホイホイ払ってくれたのですよ。


「ここは王家直轄領なので、押し売りには行けないのですよね。」

「あなたなら、後で王家に直接請求に行きそうだけど?」

キュルケがそう言います。
失敬な、いくらなんでも姫様に直接請求に何か行かないのですよ、正体がばれてしまいますし。


「しかし、ケティが魔物退治の押し売りを思いつかなかったら、とんだ骨折り損の草臥れ儲けになる所だったねぇ…。」

「正直な話、私自身もここまでうまくいくとは思っていなかったのですが。」

ギーシュがしみじみと呟いたのに、私も思わず返答してしまったのでした。


「でも、モンスター退治って意外と儲かるのね。
 何だか私、モンスターが金貨に見えてきたわ。」

どうも、領民の為にモンスター退治を行うという発想事態があまり無かったみたいなのですよね。
モンスターに畑を荒らされたり村の人間がさらわれたりしても、余程の事が無い限りはあまり気にしていなかったようなのです。
かなり迷惑だとは思っていたようなのですが、モンスターに領地を奪われるわけでは無いので、その付属物としか考えていない領民にまで手が回らなかったという…。
なのに何で私たちが退治すると報酬がもらえるのかというと、例の甲陽軍鑑の一説を引用などしたりして、言いくるめ…もとい説得しているからなのですよ。


「取り合えず、一旦拠点に戻りましょう。
 シエスタが料理を作ってくれているはずなのです。」

「そうね、かなりまさかな拠点だけど。」

ええ、本当にまったくもってその通りなのです。




「まさか…ワルド卿の館を拠点にする事になるとは。」

野宿は嫌だとブーたれる貴族の坊ちゃん方をどうにかするのに探し出したのがこの館。
ちょうど古地図にある宝の隠し場所がいっぱいある地域が重なっている地域に行きやすい場所にあったのです。
シルフィードに乗って上昇すれば、ラ・ヴァリエールの領地も見えます。
不名誉印を刻まれた家紋を見て驚いたのですよ、ここがド・ワルドの館だったとは。
ベッドなどは布団も残っていたので、シエスタがあっという間に眠れるように仕上げてくれたのですよ。


「はい、ご飯が出来ましたよ~。」

そう言ってシエスタが出したのが、肉や山菜の入ったスープなのでした。


「おお、うまい、これは何という料理なのかね?」

ギーシュが美味しさに目を見開いて、シエスタに尋ねているのです。


「ヨシェナヴェっていって、タルブの郷土料理なんです。
 入っているのは皆さんが冒険に行っている間に捕って来たウサギと、山に生えていた野菜やキノコです。
 私のひいおじいちゃんが最初に作ったらしいんですけど、凄く美味しいので今では村中に広まっているんですよ。」

肉は入っていますが、味は…ええと、この味わいは何となく醤油っぽいような?
いやでも何となく違うのですね。


「このヨシェナヴェにはどのような調味料を?」

「塩とショッテュールっていう、魚から作った調味料を使っています
 これもお爺ちゃんが考え出したもので、使うと何でもタルブ風料理になっちゃうんですよ。」

しょっつる…でしょうか?
シエスタの曾祖父は秋田出身?
いやそれよりも、タルブの食文化がシエスタの曾祖父に席巻されているっぽいのですよ、『使うと何でもタルブ風料理』って。
シエスタの曾祖父は余程料理上手だったのですね。
ううむ…ひょっとしてシエスタの曾祖父は軍人になる前は料理人だったのではないでしょうか?
シエスタの調理を見せて貰ったのですが、出汁に乾燥させた魚を使っていましたし、何となく和食の香りが。


「なんだか日本を思い出すなぁ…。」

ヨシェナヴェの味に感動している才人をみて、シエスタがガッツポーズをしているのです。
…何故、私に向かって見せつけるようにするのでしょうか?
何故鼻で笑いますか…ムカッとしたのですよ、流石に。


「…ショッテュールを上手く使えば、魚の照り焼きとかも作れそうなのですね。
 魚醤なので、独特の臭いを消す必要はありますが。」

「え?まじ!?テリヤキバーガーは?」

才人がハンバーガー、特にテリヤキバーガーが好きなのは前に聞いているのですよ。


「取り敢えず照り焼きのタレを作らなくては始まらないのですが…そうですね、作る事が出来ればそんなに大変では無いと思うのです。
 マヨネーズは作れますし、ハンバーグも作れない事は無い筈ですから。」

「な、何でも協力するから、作ってくれよ、絶対に!」

才人のきらきらというか、ギラギラした視線が…そんなに食べたいのですか。


「わかりました、頑張ってみますから、そんなに近づかないで欲しいのです。」

そう言いながらシエスタの方を見てみると、エプロンの裾を掴んで悔しそうにしているので、フフンと笑ってみました。


「…って、何を張り合っているのですか、私は。」

シエスタについつい乗せられてしまったのですよ。
面倒ですが、フォローしますか。


「シエスタ、そのショッテュールの使い方を一番理解しているのは貴方なのです。
 私だけではなく、貴方に活躍してもらわねば困るのですよ?」

「え…あ、はい、頑張りますっ!」

…だから、何で挑戦的な視線を送ってくるのですかシエスタ。
貴方が張り合うべきはルイズであって、私ではないのですよ?


「…ねえ、シエスタ?
 そのヨシェナヴェなんだけど、レシピ教えてくれないかしら?」

モンモランシーがシエスタにそう話しかけたのでした。


「はい、いいですけど…これ様々な山菜を使うので、材料が山林にしか無いんですけど。」

「私を誰だと思っているの?
 ド・モンモランシは薬師の家系でもあるのよ、山に分け入って植物を採集するのは薬師の基本。
 薬の材料を採集するついでに料理の材料も揃えられるなら一石二鳥だわ、お金もかからなそうだし。」

さすが赤貧貴族、ケチくさ…もとい、しっかりしているのですね…ん、違う?ひょっとして…?


「さすがモンモランシー、僕がヨシェナヴェを気に入ったのに気付いて、僕の為に作ってくれるのかい?」

「ち、違うわよ、私は安い材料でこんな美味しい料理が作れるなら家系の足しになると思っただけ!」

学院のご飯はただなのですよー?


「ああモンモランシー、僕の蝶。
 君の、その奥ゆかしい所が、僕は大好きだよ。」

「違うんだったらっ!」

そう言いつつもモンモランシーの顔はにやけているのです。
成る程、ギーシュのためだったのですね…って、何でモンモランシーまで勝ち誇ったような表情でこちらを見るのですか?


「火の系譜は情熱の系譜、あなたもなかなかやるわねえ、ケティ?」

「当家の火はそんなものでは無いと何度も…。」

ニヤニヤしながらワインを飲むキュルケを軽く睨みつけてみたりしたのでした。


「ギーシュは絶対に駄目って言ってるでしょ、ケティ?」

ジゼル姉さまが同行したせいなのか、ギーシュがずーっと気まずそうな表情のままなのですよ…いったい何があったのやら?


「んー、でも、あのサイトとかいう平民の子もねぇ。
 平民でもいいってわかったら、貴方の子分だった男の子達がどう動くやら…特にパウルとか。」

「パウル…ああ、あれは思い出したくないのです。」

あんなこっ恥ずかしい真似を良く出来たものなのですよ。
ちなみにパウルは幼なじみの1人で、私よりも三歳ほど上なのです。


「あいつ、ケティが学院に出かける前の晩に、延々三時間窓の外でケティに対する愛の詩を語り続けたんでしょ?
 ケティが平民解禁しましたって、手紙送っておく?」

「頼むから勘弁して欲しいのですよ、それは。」

本当に来られたら、学院にいられなくなってしまうのですよ、恥ずかしくて。


「えー?でも彼、頭も口も良く回るし、ケティの右腕的な存在だったでしょ?
 あの歳で商会興して、うちの領の産物を売りさばいているみたいだし。」

「パウルに商会を興すように言ったのは私なのですよ、領内領外の物流における便利負便利を調べてもらう為にやってもらっているのです。
 あと、右腕に愛を語られても困るのですよ。」

時々送られて来る報告書にまで口説き文句が書き込まれていると、流石にげんなりしてくるのです。
私にとってパウルはとても頼りになる右腕以上ではないのですから。


「やっぱり、ケティは私に甘えているのが一番なのよ。」

そう言いながら、ジゼル姉さまは私の胸に飛び込んできたのでした。


「これは甘えているのではなく、甘えられているというと思うのですが?」

「まあ、どっちでもいいじゃない?
 んー…久しぶりのケティ分補給~♪」

やっぱり甘えられている気が…ふと、裾がくいくいと引っ張られたのでした。


「私も補給。」

タバサまで私に抱きつき始めたのでした。
…ぬぅ、少し暑いのですよ。


「と…ところで、次の目的地なのですが、これなんていかがでしょう?」

「ええと、何々《竜の羽衣》?」

そろそろ良いだろうと思い、キュルケに《竜の羽衣》の地図と文献を手渡したのでした。


「りゅ、竜の羽衣ですかっ!?」

いきなりシエスタが大声を上げたのでした。


「どうしたんだ、シエスタ?」

「そ、それ、うちの村の宝物ですっ!
 正確には私のひいおじいちゃんの宝物なんです。」

心底びっくりした顔で、シエスタはそう言ったのでした。


「でも、行ったらがっかりすると思いますよ。
 結構大きいですけど、良くわからない代物ですから。
 ひいおじいちゃんが言うには、それに乗ってロバ・アル・カリイエから来たらしいんですけど。」

「空を飛ぶんだ…結構すごいわね。」

ジゼル姉さまが興味深げに聞いて居るのです。


「でも、一度もそれが空を飛んだところを見た事が無いんです、私。
 ひいおじいちゃんの言う事は信じたいんですけど、やっぱり村の人達が言うようにひいおじいちゃんの妄想なんじゃないかなって思うんです。」

「…またガセか。」

才人が落ち込んで居るのです。


「まあ、行ってみるだけ行ってみましょう。
 そろそろ一週間が経ってしまいますし、タルブに寄れば美味しいワインも飲めるのです。」

「本当に酒好きだな、ケティ。」

呆れたように才人が私を見るのです。


「以前シエスタと約束していたのですよ、タルブに行った時にワインを浴びるほど飲ませてくれると。
 それに少々稼ぎ過ぎましたし、少し使っても良いじゃありませんか、打ち上げ的に…。」

「飲兵衛。」

ううっ、とうとうタバサにまで言われてしまったのです。


「兎に角!行き先はタルブで決定なのです。
 ここの拠点は引き上げますので、各自後片付けはきちんとしておくように、以上!」

「すっかり大酒呑みになっちゃって、お姉ちゃん悲しい。」

そう言って、ジゼル姉さまはワインをぐびっと呷ったのでした。


「飲兵衛一族?」

「ええ…そういう風に解釈してしまっていいのですよ。」

どうせうちの一族はうわばみばかりなのですよ。






翌日、タルブについた私達は、早速《竜の羽衣》を確認に行ったのでした。
やっと零戦と、あの零式艦上戦闘機とのご対面なのですよ…感無量なのです。

鳥居つきのその祠の扉を開けると、そこには零せ…。


「え!?ちょっとまってください、これは…。」

シエスタのお爺さんって、まさかあの世界の人なのですか!?



[7277] 第十八話 往くぞ空の彼方まで!なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:cb049988
Date: 2009/05/29 17:05
飛行機、羽を持たない人間が空を飛ぶために作った機械
ライト兄弟が発明してからあっという間に兵器として空を飛ぶようになったのです


飛行機、禁断の扉を開いた機械
第一次世界大戦で実戦に投入されて以来、戦争に革命を起こし続けました


飛行機、それは男のロマン
男のロマンは戦争と結びつく事がありますが、何故なのでしょう?








「旧日本軍の戦闘機…かな?
 見た事無いけど。」

才人は困惑した表情でそれを見上げています。
知らないのも無理は無いのですよ、この戦闘機は私達の歴史に実在しない物なのですから。


「プッシャー式の二重反転プロペラ…。」

これだけだと散花Mk.Bという線もあったのですが、搭載機銃が大きすぎるのです。

「57mm機関砲が二基…こんなけったいなものがついているプッシャー式戦闘機は…。」

シエスタの曽祖父はとんでもない世界から来たのですね。


「知ってんのか、ケティ?」

「ええ…この戦闘機の名は蒼莱、ジェット機並みの上昇速度と、見ての通り57mm機関砲という大砲がついた対戦略爆撃機用の戦闘機なのですよ。」

この機関砲…この世界の船なら、数発で撃沈できるのではないでしょうか?


「ええと…何で、ケティはこれが何だか知ってるの?」

ジゼル姉さまの戸惑う声に振り返ると、変なものを見るような目で私を見る皆が居たのでした。


「あ…。」

なんという大失敗…あまりの事に我を失っていたのですよ。
もしもばれた時の言い訳を予め考え、手段を整えておいて正解だったのです。

「…仕方がありません、話せる事は話しましょう。
 ジゼル姉さま、《場違いな工芸品》という言葉を知っていますよね?」

「え…?うん、うちにあるあの凄い銃の事でしょ?
 たしか、モシン・ナガンだったよね?」

モシン・ナガンM1891、ロシア帝国やソビエト連邦で使用されたボルトアクション式小銃なのです。
どこで何時入手されたものかは知りませんが、弾薬と銃本体が固定化をかけられて我が家の倉庫に眠っていたのを発見したのですよね。
私が試しに皆の前で使って見せたら、この世界の火縄銃とは全然違う威力と命中精度と速射性に皆驚いていたものです。


「…ああ、あの古文書に書いてあったのね、これ。」

ジゼル姉さまは納得した様に頷いたのでした。
私に前世の記憶があると言う事をばらさずに、あちらの兵器知識を解説する為にでっち上げた偽古文書が実家の書庫にあるのですよ。
…里帰りした時に蒼莱も書き足しておかないといけないのですね、まさか紺碧世界の兵器まで呼ばれているとは予想外だったのです。


「ジゼルも知ってるの?」

キュルケが不思議そうにジゼル姉さまに尋ねたのでした。


「うん、我が家にはこういうものに関する文献もいくつかあるのよ。
 特にケティが見つけた本には、ここには存在しない筈の高性能な武器の情報が沢山載っているものもあったの。」

「なるほど、ケティはそれを読んで覚えていたって事ね。」

私以外の人が説明してくれれば、信用度も増すというもの。
ジゼル姉さま、グッジョブなのです。


「…で、《場違いな工芸品》って、何なの?」

「うむ、そんな言葉もこんな物も、初めて見るのだよ。」

まあ、普通の人は知らないのが当然なのですよね。


「こういう、私達の国では製作不可能な精度を持った武器を指すのですよ。」

「武器なの、これ!?」

キュルケがびっくりしたように蒼莱を眺めます。


「ええ、これは風竜よりも早く高く飛ぶことが出来、連射できる大砲を搭載した乗り物なのです。
 …ただ、燃料がもう殆ど残っていないようなので、飛べなくなってしまっているようですが。」

「燃料?」

「ええ、ガソリンという非常に揮発性の高い油を燃やして動くのですよ。」

しかし、これを飛ばすとなるとどれだけのガソリンを必要とするのだか…。


「油で…コルベール先生がやっていて、サイトが興味を持っていたアレのようなものかね?
 あの蛇の玩具がぴょこぴょこ出る…。」

「そうだよ、あれがもっとずっと改良されたのがこれだよ!
 魔法が無くても空が飛べて、しかも魔法を使うよりもずっと早く高く飛べるんだ。」

ギーシュの質問に、才人が答えているのです。


「ケティ、ガソリン作れないか?」

「ガソリンは私も多少なら作れますけど、飛行機を飛ばすほど作れといわれたら、精神力が待たないのですよ。
 ギーシュ様やモンモランシーにも協力してもらえば、ある程度は何とかなるかもしれませんが…。」

やろうと思えば蒼莱に使われていたであろう、あの当時の低オクタンなガソリンではなく、ハイオクガソリンだって作れるのですが、私はなにぶん属性が火なので、土メイジや水メイジのようにホイホイ錬金出来るというようにはいかないのです。


「まあ確かに油なら錬金するのはさほど困難ではないから、ケティに見本を見せて貰えば作る事は出来るのだよ。」

「水は土の次に錬金が得意な系統だし、油のような液体なら土系統よりも水系統の方が上手く出来るわよ。
 私はラインだし、ギーシュよりもうまくやって見せる自信はあるわ。
 もちろん、必要経費は貰うけど。」

モンモランシーの絶対にただではやらないその姿勢、見習いたいものなのです。


「もちろん働いた分の対価は分け前に乗せます。」

「うん、それなら文句は無いわ。」

モンモランシーはしっかりと頷いたのでした。


「ええと、僕にも貰えるのかな?」

ふむ…ギーシュへの報酬ですか。


「ギーシュ様、私は今、貴方の助けをとてもとても必要としているのです。」

「何か、企んでいるわね、ケティ?」

両手をぎゅっと握って胸元に置き、目を潤ませながらギーシュを見上げてみました。
モンモランシーは少し静かにして欲しいのです。


「え?いや、ハハハ、でもモンモランシーが報酬を上乗せしてもらえるなら、僕も…。」

「お助け下さいギーシュ様、貴方が頼りなのです!」

そういって、私はギーシュに抱きついたのでした。
女は度胸!でもこれはいくらなんでも大胆過ぎるのです、ドキドキするのですよーっ!
か…顔に出ていませんよね?


『なっ!?』

「お願いします、ギーシュ様。
 どうか私のために頑張って貰えませんか?」

「な…なははははは、仕方がないなぁ♪
 僕の可憐な蝶のためならたとえ火の中水の中さ、頑張って見せるとも!」

た…ただの労働力、ゲットなのです。
ついでに意趣返しもできましたし…ね。


「ななななな…。」

ギーシュに抱きついたまま、唇をわななかせているモンモランシーの方を見て、ニヤリと笑って見せたのでした。
昨日私を挑発した報いなのですよ?


「ななななななな…。」

…ええと、何で才人まで固まっているのでしょうか?


「…あ、あの、ひょっとしてこれ、本当に空を飛べるんですか?」

黙って話を聞いていたシエスタが、固まっている才人の腕を掴んで自分にぎゅっと押し付けながら、私にたずねてきたのでした。


「ええ、飛べるのです。
 燃料を補給して、簡単な滑走路を用意すれば何時でも。」

蒼莱の足回りの事は流石に知らなかったのですが、不整地である草原に不時着しても問題がなかったという事は、それなりに頑丈に作られているという事なのでしょう。
そうであるなら、草を焼き払って軽く地均しすれば飛び立つことは可能な筈なのです。


「才人、何でシエスタのお爺さんがこれに乗っていたのか、知りたくありませんか?
 才人?サーイートー?」

「…はっ!?なんだ夢か、ずいぶんな悪夢だったぜ。」

才人を揺さぶると、やっと正気に返ってくれたのでした。
何やらよくわかりませんが、悪い白昼夢を見ていたようなのです。


「ええと、何でシエスタが俺の腕に…。」

「そんな事よりも、シエスタのひいお爺さんがどういう人だったのか、シエスタに聞かなくて良いのですか?」

「そんな事って…。」

何で才人に強く胸を押しつけるのですか、シエスタ?


「そ、そうだシエスタ、シエスタのお爺さんの名前を教えてくれないか?」

「はい、ゲンジュローといいました。
 貴族でも無いのに名字があって、ゲンジュロー・ムラータと。」

ゲンジュロー・ムラータ…ムラータ・ゲンジュロー…ムラタ・ゲンジュウロウ?
…私の記憶が正しければ、確か佐々木何某とという名前だったような?


「…シエスタのひいじいちゃんの遺品とか何か残っているか?」

「ええ、レシピ帳と、包丁と調理器具と…そうそう、マルトー料理長はひいおじいちゃんの料理のお弟子さんだったんですよ。
 私はそのコネで、学院に雇ってもらったんです。」

料理の弟子?戦闘機パイロットで、なおかつマルトーさんの師匠になるくらい料理人としての腕も良かったとは…。


「そうだ、ひいおじいちゃんが生前自分のお墓を作ったんですけど、誰もそこに刻まれた字を読めないんですよ。
 あの《竜の羽衣》の事がわかるなら、あの文字を読めるかもしれません。」

そういうシエスタに連れられて来たのが、村の墓地。
そこの中央近くにひたすら周囲から浮いている日本風の墓石がどーんと鎮座していたのでした。


「ええと…村田家代々の墓?
 ここに眠っているのは貴方の一族なのですか?」

「はい、その通りです。
 読めるのですかミス・ロッタ?」

まあ、これでも前世日本人ですし、読めるのですよ。


「ええ…これはロバ・アル・カリイエの文字の1つなのです。」

もちろん真実を教える事は出来ないのですが。


「海軍少尉村田源二郎ここに眠る。」

「サイトさんも読めるんですか!?」

墓の横に刻まれた文字を読み上げる才人をシエスタが驚いたように見ているのでした。


「あぁ…うん、俺もロバ何とかの出身なんだよ。」

そう言ってから、才人はシエスタをじーっと見ているのです。
じーっと、じーーーーーっと…って、何故に徐々に顔が近づいていくのですか?


「あ…あの、そんなに熱心に見つめられると恥ずかしいですわ。」

「んー…シエスタってさ、髪の色とか肌の色とか顔の作りとかに、何となくひい爺ちゃんの面影があるって言われないか?」

ああなるほど、シエスタの日本人っぽい所を探していたのですね。


「え!?ええ、はい、よく言われます。」

「うん、やっぱりな。
 シエスタの容貌って何となく俺の郷愁を呼び覚ましてくれるんだよ。
 その黒髪と瞳のせいなのかなって思っていたけど、確かに良く見れば他にも何となく日本人っぽい面影がある。」

それにしても料理人で村田源二郎…どこかで聞いたような記憶が、ううむ。


「わたし、ひいおじいちゃんの面影があるって言われるの大好きなんです。
 ひいおじいちゃんはこの村の食を大改革して、それによってこの村を豊かにしてくれたんです。
 今では皆がハルケギニア中に散っちゃいましたけど、ひいおじいちゃんが生きていた頃はここには料理人たちが己を磨く為の道場があって、お弟子さんたちが日夜切磋琢磨していたんですよ。
 タルブワインがここまで美味しくなって有名になったのも、ひいおじいちゃんが色々と試行錯誤してくれた結果なんです。」

料理人…道場…あ…ええと、とんでもない人物に一人心当たりがあるのですけれども。


「こんな所で何をやっているのですか、味皇様…。」

思わず天を仰いで額を押さえてしまったのでした。
いやまあ、ハルケギニアに呼ばれてしまったという事は味皇じゃなくて、ただの村田源二郎さんなわけですが。
しかし蒼莱のパイロットをやっていたのですか、紺碧世界の味皇様は。


「わあ、懐かしい。
 ひいおじいちゃんの呼び名を知っているだなんて。
 味皇様(ラ・オンプルール・デュ・キュイジーヌ)なんて、久しぶりに聞きましたわ。」

わぉ、こちらの世界でも味皇は味皇だったのですね。
やっぱり、美味しい料理を食べると例の『う・ま・い・ぞー!』が出たのでしょうか?
知っていたら、万難を廃してでも亡くなる前に会いに来たのに…残念な事をしたのです。

しかし…あの味皇の血がシエスタにも流れているのですか。
まあどうでも良いといえば、どうでも良い事なのですが。


「ひいおじいちゃんの遺品をお見せしますので、私の家までいらしてください。」

シエスタに案内されたのは、村で一番大きな建物なのでした。


「こちらがひいおじいちゃんの遺品です。
 …とは言っても、殆どの料理道具はお弟子さんたちが形見分けで持って言ってしまったんですけどね。」」

一室に案内された私達は、村田源二郎さんの遺品と対面する事になったのでした。


「これは飛行帽とゴーグルなのですね。
 蒼莱に乗るのであれば、借りた方が良いと思うのですよ、才人。」

シエスタが取り出したのは、飛行帽とゴーグルと皮のジャケットと、あとは一振の包丁なのでした。
どれも手入れがきちんとされていたせいなのか、問題無く使えそうなのです。
包丁は才人が持っていてもしょうがありませんが。


「…これ、貰っていいか、シエスタ?」

「はい、どうぞ。
 実はひいおじいちゃんが遺言で、あのお墓に書いてある文字が読める人が来たらあの《竜の羽衣》や、その服や帽子を譲っても良いと言っていたんだそうです。
 あと、竜の羽衣を《出来る事なら陛下の元にお返しして欲しい》って、そう言っていたそうです。
 物知りなミス・ロッタは置いておいて、才人さんがあの文字を読めたということは、ひょっとして…?」

シエスタの探るような問いに、才人は大きく頷いたのでした。


「ああ、俺は君のひい爺ちゃんと同じ国から来た。」

「…という事は、陛下というのは才人さんが元々いた国の王様ですか?」

「うん、王様じゃなくて天皇陛下って呼ばれているけどね。」

高校生にしてはそのあたりに厳しいのですね、才人?


「才人の国は人口約一億二千万人、日本と呼ばれるロバ・アル・カリイエきっての大国なのだそうです。
 メイジは居なくて、あの蒼莱みたいな機械と呼ばれるもので生活を成り立たせているのだそうですよ。
 ねえ、才人?」

「え?あ、ああ…おう。」

才人、アドリブが利かないのですね。


「一億二千万人って、どう考えてもハルケギニア全土の人口を合わせた数より多いじゃない。
 数え間違いじゃないの?」

モンモランシーが信じられないという風に、肩をすくめたのです。


「日本には戸籍制度っていうのがあって、国民一人一人を生まれた時から国が登録しているんだ。
 だから、数字に間違いは無いよ。」

「…だ、そうなのです。」

トリステインの人口がおよそ200万人弱、ハルケギニア全土の人口をかき集めても3500万人くらい。
そこから考えると想像不能な人口なのは確かなのですね。


「ルイズって、ひょっとしてとんでもない国の平民を召喚しちゃったのかしら?」

「想像が困難なほどの大国であるのは確かなのですね。」

まあ何にせよ重なる事の無い世界ですから、気にしても仕方が無いのですよ。





「…ひっく。」

その夜、シエスタの家族が酒宴を催してくれたのですが、少々飲み過ぎた感があるのです。
村長であるシエスタの父が直々に腕を振るってくれたのですが、流石は味皇の孫というか、どの料理の絶品だったのです。
タルブワインもかなり良いのを出してくれたらしく、まさに甘露なのでした。


「良い月なのれすねえ~。」

呂律も回らないとは、かなりキているのですね。
ちなみに現在私は酔い覚ましがてらにタルブの草原でぼけーっと体育座りをしているのです。
…実は足にもキているので、歩くのが困難なのですよ。


「あれ、ケティ?」

「ん~、才人?
 こんな所で何をしているのれすか~?」

おおぅ…才人がぶれて見えるのですよ。


「たぶんケティと同じ、酔い覚ましだよ。
 隣に座ってもいいか?」

「いいれすよ~。」

私がこっくりと頷くと、才人は私の隣にストンと座ったのでした。


「シエスタにさ、話したよ。
 俺がこの世界の人間でないこと。
 ケティがせっかくフォローしてくれたけど、シエスタには話しておかなくちゃって思ったんだ。
 シエスタのひいじいちゃんの事だから、誤魔化したままでいたくなかったんだ。」

「成る程~、確かにシエスタにはちゃんと教えておくべきなのれすね~。
 道理なのれすよ~。」

ハルケギニアでは『聖地』にある世界扉から出てくるものも一緒くたにロバ・アル・カリイエの産物にされているので、才人がそこから来たというのも別に嘘ではなかったのですが、まあ良いのです。
しかし、このアホみたいな口調は何とかならないものなのでしょうか?


「明日は滑走路の造成を行い~、ギーシュ様とモンモランシーにガソリンのサンプルを作ってもらうのれす~。
 しょれから~、え~と~…。」

しまったのです、考えたりしたから脳が限界を超えてしまったのですよ、瞼が重くなって、ねむ…。



《才人視点》

「くー。」

ケティがしゃべりながらぱたりと倒れて寝ちまった…。
しかし、本当に酒好きなんだな、ケティって。


「おい、こんな所で寝たら風邪引くぞ、ケティ。」

「んにゃー、にゃむ…むにゅ。」

揺らしても、むずがるだけで起きる気配がぜんぜんNEEEEE!


「おーい、こんな所で寝てたら、Hな事しちゃうぞー…?」

「どーぞ、ごかってにぃ~…むにゃ、ワイン…。」

何…だと…?


「おーい、嘘じゃないぞ、本当だぞ、本当にやっちゃうぞ?」

「うにゅー。」

沈黙は承諾と受け取って良いのだろうか?
これは神の与えた千載一遇のチャンスか、大人の階段を駆け上るチャンスなのか!?
いやしかし、しかしだ…悪い予感がするんだな、これが。
最悪のタイミングで最悪のハプニングが起きるに決まっているんだ、今までの経験から言っても。


「やめとこ…ケティにまで絶交されたら、俺もう死ぬしか。
 どう考えても、ケティは俺の事をただの友達だと思っている節があるしなぁ…いやまあ、ただの友達なんだけどさ。」

ルイズの事は今でも好きだ、好きなんだけど…絶交されたままなわけで、しかもあれは単なる偶然で、なのに理由を聞いてもくれなかったわけで。


「しかし、普段は大人びいた雰囲気なのに、寝ると随分無邪気な表情だな。」

「うーん…ギーシュ…んぅ…。」

やっぱし、ケティはギーシュの事が好きなのかなぁ?


「あいつがケティに何したってんだよ…。
 俺なんか命の危機を救ったり…後は、えーと、えー…と?」

決闘のときルール教えてもらったり、色々と助けてもらったのに、俺がした事といえば、頬擦りしたり、パンツ見たり、押し倒したり、殆ど真っ裸なところを見たり…。


「あれ?むしろ貸し借り大赤字?」

なんというか、虫のように嫌われていても全然おかしくないレベルのセクハラですよ!


「あれは仕方が無かったんだ、つい、何というか、男のサガというか、ケティが相手だと無防備に甘えたくなるというかっ!
 兎に角、兎に角だ、あれだけやっても嫌われていないし、友好的に接してくれるという事は俺の事も結構好きなはずだよな?」

「にゅ?誰が誰の事を好きなのれすか?」

うぉ!?ケティが急に起きた!?


「え、えと、いや、だから…。」

「いいれすか?私はいつもいつもいつもいつも才人とルイズの事を心配しているのれす。
 ルイズは自分の属性のせいで、心がかなり歪み始めてしまっているのれす。
 うにゅ…それを癒してあげられるのはあなただけなのれすよ?
 ルイズだけを見ておいて欲しいのれす。
 それと、あなたには女の子を惹きつける魅力があるのれすから、私に頼り過ぎないで欲しいのれす。
 最近あなたに頼られる事が楽しみになってきた自分が嫌になるのれ…すから…私ここれ以上惹きつけないれ、くらさぃ…くー。」

ケティはぱたりと倒れてしまった。
寝言…だったのかな?


「そうか、俺に魅力を感じてくれているんだ、ケティは。」

そういう事にしておく、なんか元気になるし。


「とりあえず、嫌われないためにするべき事は…とりあえず運ぶか。」

抱き上げてみると、結構軽いのに少しびっくりした。
確かにルイズやタバサほどじゃないとはいえ、ケティは小柄な体格の部類には入ると思うけど。


「しかし、柔らかくて、ふわふわしていて、いい匂いだ…。」

匂いを思いきり肺に入れるくらいなら、問題無いよな?な?


「誰に言っているんだ、誰に。」

独り言が多くなるな、やっぱり緊張しているんだろうか、俺?


「あれ?サイト?
 抱っこしているのは…ケティ?」

向こう側からやってきたのは、ケティの姉ちゃんのジゼルだった。


「何か、酔っ払って話しているうちに寝ちゃったんだよ。」

この人、俺より少し背が高くて、スラッと伸びたモデル体系なんだよな。
ケティよりもつり目に見えるのは、たぶんポニーテールのせいかな?
ケティは可愛い系なんだけど、ジゼルは格好良い系、年下の女の子に「お姉さま」とか言われそうな感じの。
なのにいっつもケティに甘えまくっているから、いろんな意味で台無しだけど。


「ありがとう、女の子っていってもなんだかんだで結構重かったでしょ?
 私が代わってあげる。」

そう言うと、ジゼルは呪文を唱えはじめた。


「レビテーション。」

「おわっ!?」

急にケティの体から重さが消えたかと思うと、浮き上がった。


「いや、そんなに重くは無かったんだけど。」

「うん、知ってる。」

そう言うジゼルの腕の中に、眠るケティはふわりと納まった。


「だって、こんなに格好良くて軽くて良い匂いのするケティを他の人に任せるだなんて、ねえ?」

「ふにゃー…。」

ジゼルはケティを抱き寄せて頬をすりすりしているけど、ケティはちょっと嫌そうに眉をしかめている。
なんというシスコン…って!?


「あーっ、騙したな!?」

「おほほほ、ケティは渡さないわ、さらば!」

そう言うと、ジゼルは物凄い勢いでケティを抱きかかえたまま走り去ってしまった。


「足はえー、ジゼル…まあいいや、帰って寝よ。」

もうちょっとあの感触と匂いを感じていたかったなぁ…。






《ケティ視点》
「…何故?」

翌朝、目が覚めると何故かジゼル姉さまの抱き枕にされていたのでした。
タバサにも抱き枕にされているのです。
しかも何故か私の上にキュルケが乗っかっているのですよ…。


「暑い…。」

3人に囲まれて眠るのは、流石にきっついのです。
ハーレム?前世なら兎に角、今の私は女の子なのですよ…。


「取り敢えず起き上がりましょ…起き上がれない!?」

3人の腕と足が私の腕と足に絡み合って外れないのですよ…。


「ああ、暑い…。」

「おーい、ケティおはよ…う?」

だから才人、レディの部屋を訪れる時はノックぐらいしやがれ、なのです。
…ですが、今回はグッジョブ、許してあげるのですよ。


「助けてください、才人…。」

「助けるのはいいけど…触っても良いのか?」

私はしょうがないと諦めますが、他の三人は未だ夢の中、流石にまずいかもしれないのです。


「…シエスタとモンモランシーを呼んで来てください。」

「おう、わかった。」

才人に呼ばれてやってきたシエスタとモンモランシーに、指差されて笑われたのは言うまでも無いのでした。
しかし、何でこんな事に…。





昼過ぎになり、滑走路が何とか完成したのです。
草を焼き払い、村の人たちに頼んで地均しをして、何とか500mの滑走路をでっち上げたのでした。
もちろん、代金は全て今まで稼いだお金から支払っているのですよ。
総額合わせて6000エキュー程。
…結構な額になりましたが、竜騎士を呼んで運んでもらうよりは遥かに安い額なのですよね。

ちなみにギーシュとモンモランシーは現在、村にある油を食用非食用を問わずに錬金で変質させて自動車用のハイオクガソリンに変えているのです…実は昨夜から。


「…か、完成したわよ。」

「こ…これが僕の本気さ。」

燃料タンクの四分の三ほどの量ですが、これで十分なのです。
デスマーチ、ご苦労様なのです。


「二人ともお疲れ様でした。
 取り敢えず今は寝てください。」

「ええ、遠慮せず寝させてもらうわ…。」

「精も根も尽き果てたよ、僕ぁ…。」

二人はよろめきながら、肩を組んでシエスタの家に入っていったのでした。
ううむ…これをただ働きさせるのは流石に鬼畜なので、ギーシュにも報酬を出しましょう。


「では早速、これを蒼莱に注ぎましょう。」

「ん、シルフィード、注いで。」

「きゅい!」

シルフィードはひと鳴きすると、木で作ったポンプのハンドルを口で持って回し始めたのでした。
ガソリンがポンプで汲み上げられて、燃料タンクに注がれていきます。


「んー…これは確かにガソリンの香り。」

「いい香りなのですねえ。」

ガソリンスタンドに漂う香りなのです。


「しかし、こいつがハルケギニアの空に舞うのか…。」

「感慨深いのですねえ。」

燃料を注がれる蒼莱を見て感慨深げな才人に同意します。
取り敢えず、弾倉から弾を一発抜いてきたので、これを何とかして複製できないものか粘ってみるのですよ。
57mm弾…一日一個でもいいから、何とか複製できれば良いのですが。


「ああそうなのです、防弾板と無線機を外して後部座席を取り付けたので、宜しくお願いしますね。」

「…素早い、さすが元軍オタ、抜け目ねーな。」

当たり前なのですよ、架空戦記の戦闘機に乗れる機会なんてそうそうあるものではないのですから、張り切って当然なのです。
しかし、このハルケギニアの世界扉は才人の世界にだけ繋がっているわけではないのですね。
聖地にヤクトミラージュが転がっていても、もはや何ら不思議ではないのですよ。


「別に趣味だけで同乗するわけでなありませんよ?
 才人だけで学院の近くに着陸したら、騒ぎが起きて収拾がつかなくなる可能性が高いでしょう。
 私も乗っていれば、ある程度の誤魔化しもつくというものなのです。」

「あ…そうか、この世界じゃ平民は空を飛べない筈だもんな。」

そういう事なのです。


「他の皆はどうするんだ?」

「シルフィードで帰って来て貰うのです。
 残念ながら、蒼莱は二人が限界ですし。」

一人用のところを無理して乗るのですから、もうどうにもならないのですよ。


「燃料注入終わった。」

「才人、コックピットへ行ってエンジン始動の準備をして下さい。
 私はプロペラを回すのです。」

レビテーションのベクトルを回転様にいじって…こんな感じですか。


「レビテーション。」

こんな即興魔法にいちいち発動ワード考えるほど私は詩的才能に溢れてはいないのですよ、どうせ。


「へえ、この二つの風車、逆方向に回転するのね。」

「ええ、二重反転プロペラと言うのですよ。
 ああキュルケ近づかないでください、プロペラがこれからものすごい勢いで回るので、吸い込まれたら一瞬で挽肉になるのですよ。
 それでは才人、エンジンを始動させて下さい。」

キュルケがもの珍しそうに覗き込んでいるので、注意して留まってもらったのです。


「おっけー、んじゃいくぜ!」

バスン!バスン!という音が何回か鳴った後、バスバズバズバス…という連続した音になっていき、プロペラの回転数もどんどん上がっていきます。
とうとうバババババババババ!という爆音に変化したのでした。


「きゃあああああああっ!?」

シエスタのスカートが物凄い勢いではためいているのです。
それを、風に吹き飛ばされそうになりながら、村の男達が鼻の下を伸ばして眺めています。
…後ろに立つなというのをすっかり忘れていました。


「シエスタ、さあ、こちらへどうぞ。」

「ミス・ロッタ、パンツ、パンツ!」

シエスタが必死になって呼びかけてきますが、私のミスなのですからパンツの一つや二つ、見えたところでしょうがないのですよ。
前世の経験から考えても、堂々と見えっぱなしだと逆に劣情を誘わないものですし。


「ふう、すいませんシエスタ、すっかり忘れていたのですよ。」

「ありがとうございます、スカートが捲れるのも気にせずに助けに来ていただいて…。」

改めてそう言われると、かなり恥ずかしくなるからやめて欲しいのですよ、シエスタ。


「それでは私と才人はこの蒼莱で、一足先に学院に帰るのです。」

「えー?ケティだけずるくない?」

キュルケが口を尖らせて文句を言い始めました。


「な、何でミス・ロッタなんですか、私でも良いじゃありませんか?」

シエスタも不満そうに眉を吊り上げているのです。


「私もケティと一緒に乗りたいー!」

ジゼル姉さま、才人が降りたら操縦できる人がいないのですよ…。


「……………。」

最後にタバサ、本を読みながら何度もこちらを意味ありげな視線でチラ見しないでください。


「これが学院の近くに着陸すれば、必ずや大騒ぎになるわけですが…。
 …この蒼莱がどうやって飛んできたのか、うまく説明できる人が私以外にいるならどうぞ?」

ええい、確かにこれは殆ど趣味ではありますが、理由だってきちんとあるのですよっ!


「そういう面倒臭いのは簡便だわ、学院に帰ってから乗せてもらおうっと。」

キュルケなら、きっとそういうと思っていたのです。


「うう…ミス・ロッタずるい。」

今回は勘弁して欲しいのです、シエスタ。


「うう、私がソウライの扱い方がわかれば…っ!」

だから、何で才人を排除しようとするのですか、ジゼル姉さま?


「残念。」

「きゅいぃ…。」

シルフィードが切なそうに見ていますよ、タバサ。


「異論は無いのですね、ではまた後で会いましょう♪」

「…自分の趣味の為に皆を言いくるめるか、普通?」

コックピットに入ると、才人がボソリと言ったのでした。


「趣味の為でなかったら、ここまでの強攻策は取らないのですよ?」

「何かが激しく間違えているような気がする…。」

頑丈な椅子を加工して作った仮設の座席に、自分の体をしっかりと縛り付けていきます。
仮設の座席をしっかり作っておかないと、私の後に乗るルイズが戦闘機動であちこちに体を打ち付けて、無残な事になってしまいかねないのですよ。
ヒロインとして色々とNGでしょう、それは?


「まあいいか、じゃ行くぞ!」

才人の声とともに蒼莱はゆっくりと動き出し、急速に加速し始めたのでした。


「うひゃあ、揺れる、ゆ~れ~る~!?」

「黙ってないと舌噛むぞ!」

前世で渡米するときに乗ったジャンボジェット機とはぜんぜん違う離陸なのですよ、物凄く揺れるのです。
今度滑走路を作るときは、もう少しきちんと整地しましょう…。


「あ…、揺れが。」

「離陸したぜ、ケティ。」

急に揺れがやんで、ふわりと持ち上がった感覚がしたのでした。


「凄い上昇速度、流石は蒼莱なのですね。」

あっという間にタルブの村が遠ざかっていくのです。


「蒼莱は確か高度12000メートルまで上昇できますが、やめてくださいね?」

「何で?」

「外気温が-20℃くらいになるのですが、行きたいのですか?」

蒼莱は与圧が比較的しっかりしているらしいですが、簡便願いたい気温なのですよ。


「高度3000メートルくらいにしておくな…。」

賢明な判断なのですよ、才人。
この後私たちは一時間弱の空の旅を楽しんだのでした。



[7277] 第十九話 男と女のエトセトラ、メカもあるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:32
男女関係色々あります
男と女がいれば、まあ、色々と起きるものなのです


男女関係複雑です
ルイズと才人、その関係まさに摩訶不思議なのです


男女関係のもつれは…NiceBoat?
刺されたり、首斬られたりは断じて勘弁なのですよ








「高い所から学院を見下ろすのも、また乙なものなのですね。」

「それは良いけど、ちゃんと着陸場所探してるか?」

現在私達は学院の周辺に楽に着陸が出来る場所が無いか探しているのです。
離陸時に酷い目に遭いましたから、着陸時にも同じ目に遭うのは勘弁なのですよ。


「うーん、あの直線街道が丁度良いとは思うのですが…。」

「ケティもそう思うか?」

トリステインには大王ジュリオ・チェザーレ時代の街道がいくつか残っているのですが、学院の近くにもあるのですよね。


「ただ少し、狭いのですね。」

「ケティもそう思うか…。」

きちんと舗装されているので、草原に不時着するよりはいいような気もするのですが側溝があるので、はまったら大惨事なのですよ。


「やはり仕方がありません、学院の前の道に着陸しましょう。
 多少起伏がありますが、草原に不時着するよりはましな筈なのです。
 後でコルベール先生とオールド・オスマンに頼んで、平らな滑走路を造れば良いのです。」

「仕方が無いな…ケティ、舌噛まないようにしっかり口閉じておけよ?」

才人がそう言うと、蒼莱は緩やかに旋回しつつ速度を下げていくのでした。


「学院の前にぴったりつけてやるぜ!」

「別にそんなチャレンジをしなくても。」

蒼莱は徐々に速度を落として行き、接地し…大きくバウンドしました!?


「なんのおおおぉぉぉっ!」

それでも才人は何とか態勢を立て直しますが、速度があり過ぎやしませんか!?


「死んでも命がありますようにっ!?」

「何の、根性!」

プロペラピッチをリバースにしたのか、急激に速度は落ちていきます。



「何とか…止まった。」

「今度は何処の世界に生まれ変わるのかと、一瞬考えてしまったではないですか…。」

…死ぬかと思ったのですよ。


「風防を上げてください、そろそろ来るはずなのです。」

「わかったけど、誰が?」

そう言いながら、才人が風防を上げたのでした。


「眩しい人に決まっているのですよ。」

「眩しい人?」

その時、学校の門の向こうがきらりと輝いたのでした。


「…ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!」

ズドドドドと擬音を響かせながらやってきたのは…。


「うぉっ!眩しッ!?」

「こここれは、これはいったい何なのですかな?」

そう、『眩しい人』こと、コルベール先生なのでした。


「目が、目がァ!?」

「どーもどーも、コルベール先生、ただいま帰還いたしましたのです。」

そう言いながら、もがく才人を尻目に蒼莱から降りたのでした。


「目がああァァ!?」

「おお、君は確か一年のミス・ロッタではないか。
 これはいったい何なのですかな?」

「これは蒼莱といって、才人の世界の空を飛ぶ乗り物なのです。
 魔法をまったく使わずに、風竜よりも早く高く飛ぶ事が出来るのですよ。」

私がそう言うと、コルベール先生は驚いたように目を見開いたのでした。


「目がああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「それは素晴らしい!?
 い、いったいどういう原理でそうなるのかね?
 知っている限りでいいから教えてくれたまえ。」

「はい、私の聞き知っている限りであれば。
 …はい、なんですふぁ、さいひょ?」

ちょんちょんと指で肩を突かれたので、振り返ってみると指がぷにっと頬に突き刺さったのでした。


「なにふるのれふか?」

「無視すんなよ。」

ちょっぴり涙目で、才人が私を睨み付けていたのでした。


「集まった他の連中に、可哀想なものを見る目で見られたじゃねえか。」

「あれは無視するでしょう、常識的に考えて。」

いくらコルベール先生の禿頭が眩しいとはいえ、もがき苦しむほどではないのですよ。


「俺渾身のリアクションを完全スルーとか、悲し過ぎるだろ…?」

「あんなベタなリアクションに、いちいち反応するのも癪だったのです。」

「…そろそろ良いかね?」

痺れを切らしたコルベール先生が話し始めたその時、視界にふわっと上品に広がったピンクブロンドが目に入りました。


「ええ、才人の国の乗り物ですし、才人に聞けば答えてくれると思うのですよ。」

「なるほど、確かにそうですな!」

「ええっ、ちょ、ま、ケティ!?」

才人の制止を無視して、私は先ほどピンクブロンドの髪が見えたところに向かって歩いていったのでした。


「それでは早速聞きたいのだが…。」

「ひええぇーっ!?」

始祖に祈っておいてあげるので頑張れ、なのです。


「あ、居ましたねルイズ。」

「…才人と二人っきりだったの?」

ルイズが自信なさげに私を見たのでした。


「あなたに依頼された通り、才人が私を含めて女の子と妙な事にはならないようにしておきましたよ?」

タルブでたらふくワインを飲んだ後、朝まで記憶が無いのですが、才人の様子を見るに誰とも何も無かったと思うのですよ。


「…ほんと?」

「ええ、この件に関して嘘は無いのですよ、始祖に誓って。」

まあもっとも、私は始祖の事など欠片も信じてはいないのですが、今回は嘘偽り無いのですよ。


「その割には、サイトとだけ一緒に来たみたいだけど…?」

飽く迄も、そこをツッこむのですね、ルイズ。


「あれは元々一人乗りなので、何とか席をでっち上げても二人が限界だったのですよ。」

「ああ言えばこう言われる…何だか一生口で勝てる気がしないわ。」

元々コミュニケーション下手なルイズが、《見た目は少女、記憶はヲタク(♂)、でも人格は少女…の筈》の私に口で勝とうなど、100年早いのですよ?


「うう…心配が無いのはわかったけど、どうしよう?」

そう言いながら、ルイズはコルベール先生に質問責めにあっている才人をチラ見しているのです。


「気まずいのはわかりますが、恥ずかし紛れに肉体言語で語ったら完全に終わるのですよ?
 そうしたら、私の努力も全てパアなのです。」

ここぞとばかりに攻勢をかけようとするシエスタを散々妨害したせいで、私は彼女に才人を巡るライバルだとすっかり勘違いされてしまったのですよ…。


「う…わかってるけど、自信無いわ。」

そう言って、ルイズは私の後ろにササッと隠れたのでした。


「ゆ、ゆっくり、ゆっくり前進して。」

「1つ言っておきますが、ルイズの髪の毛はとても綺麗で目立つのですよ?」

横にふんわり広がってしまうので、私の体格で隠すのはどう考えても無理なのですよね。


「それでもいいから、進んで。」

「…意味が全く無いような気がするのですが、仕方が無いのですね。」

私はそろりそろりと後ろにルイズを隠しながら才人に近づいて行ったのでした。


「あ、ケティ、た…助けてくれ!
 こういうのケティの方が詳しいだろ!?」

「ミス・ロッタが、何故…?」

「………………。」

そういう事を面と向かって言われると、滅茶苦茶困るので止めて欲しいのですよ。
…はぁ、こういう私が制御しきれないうっかりが起きるから、才人には前世の事を教えるつもりは最初無かったのですが、仕方が無いのですね。


「実は私の実家には、こういう《存在し得ない工芸品》に関する古い資料があるのですよ。
 一般人に過ぎない才人よりも、きちんとした資料を読んだ人間のほうが詳しいのは道理なのです。」

「そうそう、ケティはこういうのにくわし…いでーっ!?」

「な、なるほど!それは是非一度読んでみたい…けど、無理ですな。
 そ、そうだ、今度取り寄せて…。」

偽の古文書とは言えど、書いてある事は全て本当なのですから、見せるわけには行かないのですよ。
同時に才人の足を、《お願いだから黙っていて欲しい》という切なる願いを込めて、思い切り踏んづけてみたのです。


「先生の好奇心には敬意を表しますが、取り寄せる事は出来ないのです。
 当家の古書の多くは、ロマリアの焚書を免れた貴重な資料が多いもので。」

「う…ううむ、そうかね、残念だ…本当に。」

それに偽古文書だとばれるのは拙いですし、コルベール先生には悪いですが、持ってくるわけには行かないのですよ。


「その代わり、この蒼莱に関する事で私の知り得る事は何なりとどうぞ。」

「おお、本当かね!」

「え、ええ、飽く迄も私の知り得る事だけなのですが。」

顔を近づけ過ぎなのですよ、コルベール先生。
事故ってキスにでもなったら、燃やしますよ?


「そ、その前に才人、ルイズが仲直りしたいそうですよ?」

「え!?ちょっと、ま、待って…。」

待たないのです、とっとと和解しやがれなのです。


「え、ええええええと、な、何してたの?」

「宝探し。」

いきなり現れたルイズにテンパったのか、才人も言葉少なめなのです。


「そ、そう、無事で良かっ…じゃなくて、ご主人様に無断で出て行くとは、い、いい、ど、度胸じゃないの?」

「俺、クビじゃなかったか?」

「…うっ。」

ルイズが泣きそうな顔になりました。
…それじゃあ嫌そうにしか見えないのですよ、才人?


「こ、ここで挫けちゃ駄目よ、ルイズ…。
 ケティからあらかた話は聞いたわ、だから弁解の機会を与えてあげる。
 聞いたけど才人から直接教えて、いったい何があったの?」

「シエスタとは何もしてない、あれは不幸な偶然がいくつも重なった結果だよ…って、自分でも何であんなになったのか信じ難いんだが。」

それこそが、ラブコメ主人公属性の為せる業なのですよね…時折巻き込まれる私はたまったものでは無いのですが。


「本当に、何も無いのね?」

「ああ誓うよ、シエスタとは何にも無い。
 そもそもあの時だって、彼女来たの初めてだし、そんな事に早々なってたまるかよ。
 だいたい、俺とルイズだってなんにも無いじゃねえのさ、何であんなに激怒すんだよ?」

「ううぅっ…。」

またルイズが泣きそうな顔に…いや、これは泣きますね、乙女の最終兵器《泣き落とし》なのです…まあ、これは本気で泣いているわけなのですが。
この高等テクニック、後学の為に是非勉強せねば。


「うっ…ぐすっ…ひっく。」

「ちょ、そこで泣くのは卑怯だろ!?」

案の定、才人は慌てふためき始めたのです。


「だ…だって、あんな事言ったのはいいものの、本当に居なくなったらって思ったら不安になったんだもん。
 貴方は使い魔で、わたしはご主人様なのにサイト全然私の言う事聞いてくれないし。
 その癖ケティの言う事にはホイホイ従うし、そのせいでどう見てもわたしよりもケティのほうがご主人様に見えるし。
 どうせ、わたしは言う事理不尽だし、本当は何を言いたいのかわからないし、怒りっぽいわよ、うぇーん!」

「い、いやさ、わかってんなら直せよ…な?
 あと、いつの間にかあんまし関係の無い事まで言って無いか?」

「直せるならとうの昔に直してるわよ、サイトのばかー!えーん!」

おお、何というカオス。
どう考えても悪いのはルイズなのに、全ての因果を通り越して悪いのは才人という空気が醸成されつつあるのですよ。


「ああもう、わかったよ、何だかわからんけど俺が悪かったから、もう泣くなっての。」

泣く娘と範馬勇次郎には勝てないといいますし、当然いえば当然の結果かもしれないのです。


「やれやれ、二人とも仕方が無いのですね…ああ、すいませんミスタ・コルベール。
 それでは質問にお答えしましょう。」

「うむ、それではまず…。」

この後数時間に渡って、コルベール先生の質問攻めは続いたのでした。
取り敢えず、知っている事は全部言いましたが、あれで良かったのやら…。





「才人、はい、スパナなのです。」

「お、サンキュー。」

現在私と才人は蒼莱のコックピットの中。
才人と一緒に助手席をでっち上げたものから、きちんとしたものに変更している最中なのです。

ベルトは紐で縛りつけるものから、革の4点式ベルトでがっちり固定できるものに変更しました。
ベルトの留め金も、ギーシュに頼んで作ってもらったので完璧です。
粘土で作った工具の原型を少々無理して鉄に錬金してもらったりもしましたし、何だか最近縁の下の力持ちとして大活躍なので、今度何かきちんとしたお返しをしなくてはいけないのですね。
ギーシュの喜ぶもの…女の子?


「しかし、ここまでがっちり作りこむ必要があったのか?」

「助手席から誰かが吹っ飛んできて、一緒に墜落したいのですか?
 こちらの金属は大日本帝國時代の大量生産品に比べても冶金技術が遥かに劣るのですから、かなりがっちりしないと戦闘機動を行ったときに危ないのですよ。」

原作でもルイズは戦闘機動を行う零戦の中で転げまわって傷だらけになっているのです。
危ない事するなーとか思っていたので、しっかり覚えているようなのですよ。
こんな所ばかりしっかり覚えているというのが、何とも軍オタの性というか何というか…。


「戦闘機動…か、やっぱ戦争になるのか?」

「レコン・キスタは革命をハルケギニア全土に広げようとしているのです。
 ついでに言えば、連中にはこの世界の戦争における良識も常識もありません。
 才人、アルビオン王党派が一気に押し込まれた原因を知っていますか?」

ワルドはレコン・キスタを利用して、この国の腐敗部分を粛清しようとしていたようですが、この国の腐った連中ばかりがレコン・キスタに賛同しているというのが笑い話なのです。
彼らは王権の縮小または排除と、それによる自らの権益拡大の事しか考えていません。
わかりやすく言うと、この国がレコン・キスタに負けた場合、まともな貴族が一掃されて、腐った貴族だけが残る事になるのです。
レコン・キスタにこの国が滅ぼされた場合、この国の腐敗ぶりは手の施しようの無いくらい酷くなるでしょう。


「いや、知らないけど。」

「休戦協定を結んで王党派が緩んだ直後に、協定を破って奇襲を仕掛けたのです。
 レコン・キスタにはルールは守られるという前提があるからルール足りえるのだという事が、いまいち理解出来ていない人間が頂点にいるようなのです。
 今度も我が国と休戦条約を結ぶとかいう話になっているようですが、たぶん彼らは莫迦の一つ覚えみたいに同じ策を使うでしょう。」

実際、原作でも破られましたしね。


「タイミングはたぶん姫様のお輿入れに合わせて。
 アルビオンから親善の為の艦隊がやってくるそうですよ?」

「その話、姫様にしたのか?」

洒落にならない話を聞いて真剣な表情になった才人が、私の方を見たのでした。


「いいえ、していないのです。
 姫様伝いでばれると大変な事になりますし、チャンスでもありますから。」

「チャンス?」

才人が不思議そうな表情を浮かべたのでした。


「ええ、奇襲というのは相手が知り得ないからこそ、奇襲になるのですよ。
 そしてこれは、奇襲を仕掛けてきた相手にも言える事なのです。
 奇襲を仕掛けて混乱する筈だった相手が平然と反撃してきたら、びっくりすると思いませんか?」

「奇襲を仕掛けてきた相手を奇襲するってのか、えげつねー。」

戦いとは正義が勝つものではなく、勝ったものが正義なのですよ。


「この情報はモット伯の伝手を使って、トリステイン艦隊司令官のラメー伯だけに伝えてあるのです。
 後はラメー伯が信じるか信じないか…なのですよ。」

レキシントンは既に撃沈済みなので、新型砲をどの艦に積んだかは未知数なのですが、トリステインも艦載砲を最新式のカルバリン砲に切り替えたので、事前の情報さえあれば全滅はしないと信じたいのです。
8.8cm.Flak(アハトアハト)をロマリアから借りてこられればトリプルベース火薬も手に入って最高なのですが、まあ贅沢言ってもしょうがありませんし。


「信じるかね?」

「信じなければピンチなのですよ、タルブが。」

シエスタの家にはお世話になりましたし、村の皆にも世話になったので、被害をなるべく減らすことが出来ればベターなのですよ。


「たっ、タルブがピンチってどういう事だよ!?」

「タルブ周辺は開けた草原が多くて、陣地の構築が容易なのです。
 加えて交通の要衝でもありますから、アルビオンが攻めてくる場合、タルブ一帯を確保してくるのは確実なのですよ。」

さらっと言っておきます、さらっと。
そうすれば…。


「何でその事をシエスタに教えてやらないんだよ!」

ほら、乗って来たのです。


「飽く迄も私の予測に過ぎないからなのですよ。
 領民が大量に逃げだしたら、領主は追手を差し向けます。
 そうなったら、事態はカオス化してもう無茶苦茶なのです。」

「だからって!
 タルブの皆を見捨てるのかよ!」

才人が、私の肩を力いっぱい握りしめたのでした。


「痛いのです…離して…。」

「ケティは見捨てるつもりなのか!?」

最近才人はデルフリンガーで素振りをやっているせいか、どんどん筋肉がついてきているのですよね。
それを考えると、少しだけドキドキします。


「見捨てるなんて冗談ではありません。
 タルブを破壊されたら美味しいワインが飲めなくなってしまいます。」

「茶化すな!」

うーん…少々怒らせすぎましたか?


「だからこそ、この蒼莱の整備をきちんと行うのですよ。
 蒼莱であれば、この世界の航空戦力など物の数ではないのですよ、おそらく軍艦も。
 ガソリンの増産体制も整えたので、あとは滑走路だけなのです。」

モンモランシーを中心にして、学院の水メイジにお小遣い稼ぎ感覚でガソリンを増産してもらっているのです。
お金の出所はモンスター退治で儲けたお金からなのです。
モンモランシー以外はお金に疎いので、ちょろいものなのですよ、うふふふふ。


「弾薬も複製して見せますから、期待しておいて欲しいのです。」

「うーん、よくわからんけど、ケティが何とかするし、俺が何とか出来るって事か?」

この蒼莱は試作機なのか何なのかは知りませんが、57㎜機関砲が電気発火式で、しかも薬莢回収機構まで着いていたのですよ。
たぶん、薬莢回収機構がある理由はA-10と同じだとは思うのですが、電気発火式とは何というハルケギニアに優しい設計。
薬莢をリロードする時に傷などを修復してあげれば、発火機構が壊れない限り、事実上半永久的に使えるのです。

必要なのは弾頭とダブルベース火薬だけで、空飛ぶヘビ君涙目。
味皇様はとんでもない機関砲を置いていきましたといった感じなのでした。
さすが紺碧世界の兵器…これなんてチート?なのです。


「ええ、私達に出来るのは蒼莱をきっちり飛べるように整える事なのですよ。
 あとで飛行場の造成を学院長に陳情しに行ってくるのです。
 期待しておいてください。」

そう言って、かなり久しぶりのVサインを才人に見せてみたのでした。






「…はぁ、またなの?」

「私たちの中で一番色っぽい人に色仕掛けを頼むのは当然だと思うのです。
 シエスタは使用人なので論外ですし、モンモランシーやジゼル姉さまでは、そこの起伏が足りませんし。」

そう言いながら、やる気の無さそうなキュルケの胸を指差したのでした。
ええ、また学院長室の前なのです。
あれから二日ほど経ち、滑走路を作る為のお願いをする為に学院長室まで来たのでした。


「ケティもやりなさいよ、あんたそこそこあるでしょ?」

「キュルケと並ぶと、哀れなものなのです。」

キュルケのは、まさに大迫力なのです。


「持てる者は持たざる者に施すのが筋というものなのですよ。」

「あんたは間違いなく持てる者の側に入るわよ。
 …と、言うわけで、さあ脱ぎ脱ぎしましょうねー♪」

そう言いながら、キュルケが私のブラウスのボタンに手を伸ばし始めました。


「や、やめてくださいキュルケ、よりにもよって学院長室の前で。」

「踊るのは私がやってあげても良いけど、せめて谷間くらいは出しなさい。
 じゃないと不公平でしょうがっ!?
 あんた火メイジの癖に服装がきちんとし過ぎなのよ、もっと情熱的に、扇情的にっ!」

あっという間に私のブラウスは、キュルケみたいな着崩しスタイルに早変わりしてしまったのでした…。


「こここれは…扇情的に過ぎ…って、何やっているのですか、キュルケ?」

「んー?前から思っていたけど、貴方のスカート長過ぎるのよ。
 あのルイズですら結構短くしているのに。」

そう言いながら、キュルケは針と糸を器用に使って、私のスカートの裾をあっという間に短くしていくのです。


「何という以外な特技…。」

「何時如何なる場合でも、お洒落には手を抜かないのが私の信条なの。」

…っと、感心している場合ではないのですよっ!?


「こんなに短くしたらパンツが見えてしまうのですよ!
 こここんな短いスカートは未だかつて履いた事が無いのですっ!」

「パンツ見えるのを気にしないで、メイドを助けに行った娘が何を今更。
 女は度胸よ。」

こんな事に度胸を使いたくないのですよ。


「それにね、普段冷静な娘が恥らう姿はとても良いものなのよ?」

「それならば、タバサでも良いのでは?」

タバサの方が、私よりも余程クール系なのですが。


「ケティ…それは犯罪よ?」

「一応、ああ見えて彼女は私よりも1つ年上なのですよ…?」

キュルケの言いたい事には、全く同意なのですが。


「タバサには悪いけど、学院長の好みは出ているところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる娘だわ。」

「喜ぶべき事なのやら、悲しむべき事なのやら…。」

まあ、次期ガリア女王にセクシーダンスとかさせるのは後々問題になりそうな気がするので、喜ぶべき事なのですよね。


「…で、では、行きましょうか。」

こんな姿を衆目に曝すのは勘弁なのですよ、学院長に見せるのも嫌ですが。


「失礼します。」

「何かn…ぬおおおぉぉっ!?」

学院長が私の姿を見て、びっくり仰天しているのです。
ええ、ええ、そうでしょうとも、普段は徹底的に肌を出さないようにしているのに、胸元は思い切り開いてブラが覗いていますし、サイハイソックスを履いているのに絶対領域が出来るくらいスカートが短くなったのですから。


「な、何でしょうか?」

「い、いや、その姿は…。」

私を見て鼻の下を伸ばすな、なのです。


「き、気にしないでください。
 それよりも、学院長にお願いがあって参ったのです。」

「学院長、私達のお願い、聞いて下さるわよね?」

「むほほほ、良い良い何でも言いなさい。」

とっとと用件を済ませて元の姿に戻らないと、羞恥心で死ねます…。


「先日私達が持ってきた飛行機の滑走路を造っていただきたいのです。
 魔法実習の課外授業として、出来る限り速やかに。」

「滑走路…?それは何じゃ?」

「こんなのよ。」

そう言って、キュルケが羊皮紙に書かれたイメージ画と、その仕様を手渡したのでした。


「幅10メイル長さ500メイルの表面を錬金で石に変えて舗装した平坦な広場に、ガソリンを入れるタンクと、飛行機を入れる格納庫とな?」

「ええ、あの蒼莱を安全に離着陸させる為には必要なのです。」

自分で言うのもなんですが、かなり無茶振りなのです。


「確かに学院の生徒を総動員すれば、作る事は不可能ではないがのう…。」

「お願いしますわ学院長。」

そう言って、キュルケが学院長の腕に自分の腕を絡めて、流し目を送りながら胸を押しつけたのでした…って、キュルケが目で何かを促していますが、ひょっとして私にもやれと?


「お…お願いします学院長、貴方だけが頼りなのです。」

いきなりこれはハードル高いのですよ…と言う事で、腕を掴むだけで済ませるのです。


「う、うむ、皆で何かをするというのは教育上良い事じゃしのう。
 許可するぞい、後で教師を招集するから、その時に話そう。」

「あ、ありが…ぅひゃう!?」

お…お尻を触られたのですよ。
キュルケのほうがいい形をしているのですから、あっちだけにしておいて欲しかったのです。
自分達で色仕掛けしておいてなんなのですが、この性犯罪者を何時までも学院長としてのさばらせて良いものかと少々考えてしまうのですよ。


「で、でででは、これで失礼するのです。
 それでは学院長、滑走路の件よろしくなのです!」

「あ、ちょ、ちょっと待ってケティ!?」

私は逃げ出すように学院長室を後にしたのでした。


「うううぅぅ、お尻触られたのです…ぐすっ。」

まさか、あんな怖気が走る感覚とは、思ってもいなかったのですよ。
才人に押し倒された時とかは、もっと広い範囲を触られたのに特にそんな感覚はなかったのですが…って、何考えているのですか、私は!?


「やれやれ、あの変態学院長にも困ったもんだわね…って、あらケティ、泣いてるの?」

「ぐすぐす…今回でわかったのです、この手段は多用すべきでは無いと。
 効果が劇的だからといって、多用したら貞操の危機なのですよ。」

まさに性の切り売り、女の最後の手段、ハイリスクハイリターンなのですよ。


「そうそう、手段は選びなさいよね。」

「…申し訳ないのです、キュルケ。」

これは嫌がって当然なのですね。


「わかったんならいいわ。
 今後はこういうのは勘弁してよね?」

「ええ、私もこりごりなのですよ。」

学院長には悪いのですが、当分顔も見たくないのです。


「でもこれで取り敢えず、飛行場の目処は立ったのですね。」

「ダーリンと二人きりでソウライ乗る為なら、エンヤコラってね。
 すごく早く高く飛ぶのをタルブで見てから、あれにどうしても乗ってみたくてしょうがないのよ。」

話を聞く限りでは、才人よりも蒼莱が気になっているようなのです。
キュルケは新しいものとか、珍しいものとかに目が無いので、当たり前といえば当たり前かもしれないのですね。


「最初は、ルイズと才人なのですよ?」

「一番最初に颯爽と乗り込んだ人が何を仰るのやら?」

ははーんとキュルケが鼻で笑ったのです。


「あれは移動の為だったので、数えなくて良いのですよ。」

私は輸送ついでに、取り付けた複座が安全に使えるかどうかを試しただけなのですよ。
本音を言えば、ただの趣味ですが。


「…不思議よねえ、何であんたって好きな男を他の女とくっつけようと努力するの?
 ギーシュしかり、ダーリンしかり…。」

「なななっ!?」

確かに私はギーシュの事がちょっと好きかも知れませんが、何で才人まで!?


「と・く・に、ダーリンと仲いいわよねえ、最近?
 二人一緒にソウライの狭い操縦席で何やっているのかしらぁ?」

「複座の固定だけではなく、怪我をしないように複座の周辺を色々といじっていたのですよ。
 才人はあれの構造を把握しているので、参考にする為に呼んでいたのです。」

「…それは私も常々聞きたい事だったのよね。」

…と、急に廊下の影からルイズがにゅるっと出てきたのです。


「本当のところを正直に話して、才人と…その…変な事していても、貴方をどうこうしようとは思わないから。」

「…ルイズ、もう少し才人を信用してあげて欲しいのです。
 才人は無節操に女の子に手を出せるような男では無いのですよ。」

そう、才人はルイズ一筋、多少の浮気心はあれども、何時だって何処だってルイズが一番なのですよ。


「私襲われたけど、ケティも押し倒されたでしょ?」

「うっ…ま、まあ、才人も思春期の男の子ですし、時々不用意に男としてのほとばしる本能に突き動かされる事はあるのではないかなと思うのですよ?」

「うーん…ルイズやケティにそういう事をしておいて、私にしないというのは不愉快だわ。」

こんなの、張り合う事ではないのですよ、キュルケ。


「まあ何にせよ、学院長室の近くで立ち話もなんですし、お茶でもしながら話しましょうか?
 苺のショートケーキ(ガトー・オ・フレーズ)をマルトーさんに作ってもらったのですよ。」

「そうね、確かに立ち話する場所じゃあないし、立ち話でする話じゃあないわ…で、苺のショートケーキって何?」

苺のお菓子に食いつきますね、ルイズ。


「スポンジケーキの間に半分に切った苺と甘い生クリームを挟んで、それを更に生クリームで覆ってから、苺で飾り付けたケーキなのです。
 見た目はおとなしめですが、すごくふわふわして甘酸っぱくて美味しいのですよ。」

「わ、わ、それ美味しそう、早く行きましょ、早く食べたいわ。」

ルイズの目がめっちゃ輝いているのですよ、ひょっとして才人の事はどうでも良くなっていたりしませんか?


「ル、ルイズ、そんなに引っ張らなくても…。」

「苺のショートケーキが私を待っているのよ、留まる事など許されないのだわ。」

そう言いながら、私はルイズにずりずりと引き摺られて行くのでした。


「…ルイズはまだ色気より食い気なのかしらねえ?」

そんな、キュルケの呟きが聞こえるのです。
取り敢えず、今この時は色気よりも食い気が勝っているのは間違いないのですね。






「おいしい♪
 水臭いわよケティ、まさかこんな美味しいケーキを知っていただなんて。
 うにゅー、幸せー♪」

ルイズは食べ始めてから、たれルイズと化しました。


「これは確かに…とても美味しいわね。」

キュルケも、ルイズほどではありませんが幸せそうな笑顔なのです。


「ん。」

うっすらと幸せそうな笑みを浮かべつつ、パクリと食べてコクコク頷く…って、貴方は何処の騎士王ですか、タバサ?

現在私達はヴェストリの広場の一角にテーブルを並べて、ケーキとお茶を楽しんで居るのです。
ちなみに、途中でふらりと現れたタバサと、給仕をしてくれているシエスタの合わせて五人なのです。


「おいしそう…って、なんで視線を合わせてくれないのよ、ケティ?
 まさか、私に分ける気ないの?」

「色々とごちそうさまな人に、食べさせるケーキは無いのです。」

ああ、ちなみに私達が食べているケーキを隣のテーブルでギーシュと見せつけるようにいちゃついていたモンモランシーがもの欲しそうに見ていますが、無視なのです、無視。
赤貧貴族はシュガーポットの角砂糖でも嘗めていやがれなのです。
貴方はギーシュと甘い雰囲気を思う存分楽しんでいるのですから、それでお腹いっぱいでしょう、ふんっ!


「ギーシュはとりあえずここに放っておいてそっちに行くから、ケーキ分けてよ。」

「駄目ったら駄目なのです。」

「けちー、私も食べたい食べたいー!」

駄々っ子ですか、貴方は。


「仕方がありませんね…シエスタ、準備してあげて欲しいのです。
 出来ればギーシュ様にも。」

「はい、ミス・ロッタ。」

そう言って、シエスタはケーキを切り分けて皿に盛り始めたのでした。


「わぁ、甘い香り、おいしそう…ぱく。
 んー、生クリームの甘味とイチゴのほのかな酸味がマッチしてすごく美味しい。
 ああ、幸せ。」

「ケーキに、完膚なきまでに負けたのかね…僕は。
 ぱく、むぐむぐ…確かにこれはとても美味しいが、美味しいがしかし。」

ギーシュが盛大に落ちているのですが、放っておいていいのですか、モンモランシー?


「ミス・ロッタ、お茶のお代わりはいりませんか?」

「ありがとう、頂きます。」

そう言うと、シエスタは私のカップにお茶を注いでくれたのでした。


「そういえばシエスタ、貴方はタルブで休暇中だったような気がするのですが?」

「確かにマルトー料理長は休みを取っても良いと言って下さいましたけれども、即帰ってきましたの。
 才人さんとミス・ロッタが一緒に居るのに私がタルブにいたんじゃあ、不安でおちおち眠る事も出来ませんわ。」

だから、それはシエスタの勘違いなのですよ。
張り合うなら、ケーキの甘味のせいですっかりたれているピンクの人と張り合って欲しいのです。


「あなたが張り合うべき人は私などではなくて、このピンクなのです。」

「ケーキ、おいしー♪」

ふんにゃり弛んだルイズの顔面に浮かぶ恍惚の表情。
もう8個目なのですよ、タバサと張り合う気なのですか、ルイズ?


「またまた、御冗談を。」

「冗談など、言ってはいないのですよ。」

まあ確かに、このルイズを見たら冗談と勘違いされても仕方が無いような気はするのですが。


「才人が好きなのはこのピンク色のワカメであって、私ではないのです。」

「おいしぃ~♪」

「うーん、でもサイトさんって、ミス・ヴァリエールよりもミス・ロッタの方を頼りにしているように見えるんですけど。」

その一言で、ルイズの動きが止まったのでした。


「…ふ、ふははははは、ついにメイドにまで言われてしまったわ。」

そしてそのまま突っ伏したのでした。
 
「実際ね、私が何でケティの事を信頼しつつも危惧しているかと言うと、それが一番大きいのよね。
 ケティとサイトの関係ってね、私が思い描いていたご主人様と使い魔なのよ。」

ルイズはそういって私を見たのでした。


「二人の関係については、取り敢えず置いておいて。
 教えてケティ、サイトと仲良くするコツって何?」

「コツ…なのですか?」

さてはて、何といえばいいものやら。
まさか、才人が来た世界に近い平行世界の人間の生まれ変わりですなどというわけにも行きませんし。


「ええと、ヒステリーを起さない。」

「無理ね。」

「話をよく聞いてあげる」

「かなり苦手だわ。」

「あまり高飛車に接しない。」

「果てしなく困難だわ。」

「自分の思っている事を素直に伝える。」

「生まれ変わらなきゃ不可能だわね。」

「なるべく悪い方に物事を考えないようにする。」

「人間誰しも出来ない事の一つや二つはあるものよ。」

えー…と。


「…諦めてください。」

「何でよっ!?」

やれやれ、年上にこんな事をするのは気が憚られるのですが。
ルイズのこめかみにギュッと握った拳を押し付けて、ぐりぐり回し始めたのでした。


「人どうしが普通に仲良くする為に必要な事を何一つ出来そうも無いって、どんだけなのですかっ!?」

「あだだだだだだっ!?
 だ、だってっ、私っ、昔からっ、家族以外にはっ、姫様くらいとしかっ、まともにっ、話した事無いのよぉっ!」

いやまあ、ルイズの境遇から言ってそんな感じの人生だったのはわかりますが。
…ちょっぴりぐりぐりを強めてみるとしますか。


「いだだだだだだっ!なんか、なんか強くなったっ!?」

「せめて一つくらい改善しないと、仲良くなるなんて先の先の話になってしまうのですよっ!」

メイジとしての今までの境遇には同情しますが、、これからもそのままでは人格が歪んだままなのですよ。
そんな人にはウメボシぐりぐりの刑なのですっ!


「わわ、わかったわ、何とかする、何とかやってみるから、やめて、ぐりぐりやめて!」

「…で、具体的にどこを矯正しますか?」

「ぴ~ひょろ~♪」

そう言うと、ルイズは目を逸らして口笛を吹き始めました。


「なるほど、つまりもう一度この拳骨が唸る…というわけなのですね?」

「や、やめて、拳骨嫌、痛いのもう嫌。
 エレオノール姉さま並みにおっかないわ、今のケティ…。」

表情をなるべくツンと冷淡にし、見下ろすように睨んでみたら、効果てきめんなのでした。


「うー…話をよく聞く事なら、何とかなりそう。」

「では、まずはその方向で頑張ってみれば良いと思うのですよ。
 それが才人と仲良くなる第一歩なのです。」

ルイズの歪みは一つずつ直して行った方が良いと思うのですよね、人として。
まあ、実はあまり自信は無いのですが。





数日後、生徒総出で始めた滑走路整備が、何とか終わったのでした。
皆疲れただの、何であんなもんの為に俺たちがだのとブーたれていますが、知ったこっちゃないのですよ。
ふはははは、主に私の趣味とついでに国家の為に働け愚民ども、なのです。
心の声なので、本音丸出しなのですよ。


「…また何の悪だくみしてるのよ?」

「悪巧みなどしてはいないのですよ、モンモランシー?
 私を腹黒いと決めつけるのはいかがなものかと思うのです。」

私はちょっぴり企み事が好きなだけの、純情可憐な乙女なのですよ?


「私以外の水メイジを二束三文でこき使ったくせに。」

「どうせ、彼ら彼女らは実家から仕送りをたっぷりもらっているのですよ。
 実家が極めつけにド貧乏なのはモンモランシーだけなのです。」

「ド貧乏…。」

極めつけが抜けているのですよ、モンモランシー?


「正直、私だけこっそり多く貰っているというのは心苦しいのよね。」

「そのぶん一番沢山働いてくれているではありませんか?」

「まあ、それはそうなんだけどね。」

モンモランシー以外の生徒は金儲けを舐めているのか、働きがいまいちなのですよね。
数で補っているから、問題は無いのですが。


「働いている人間には多く出すのですよ、これは経済の基本なのです。」

「うーん、良いのかなぁ?」

「良いのですよ。」

「良いのかなぁ?」

「良いのですよ。」

「良いのかなぁ?
 …まあ、良いか。」

そうそう、一杯貰っているのに文句を言ってはいけないのです。


「ああそうだった、報告に来たのよ、私。
 ガソリンは貯蔵タンクいっぱいになったわよ。」

「これで完璧、なのですね。」

かかってきやがれアルビオン、なのです。


「でもあのソウライって、本当にアルビオンの竜騎士よりも強いの?」

「竜騎士は手も足も出ないでしょうね。
 ただの空飛ぶ的になるのがオチなのです。」

近代兵器の凄まじさは、生まれ変わってからの方がより理解できたような気がします。
蒼莱にしても、紺碧世界の兵器だという事を引いてもなお、無茶苦茶なのですよ。



「大変、大変よーっ!」

キュルケが学院から走って来ました。
…滑走路の造成、さぼっていたのですね、わかります。


「どうしたのですか、キュルケ?」

「トリステインの艦隊と、アルビオンの艦隊が交戦を始めたって、今使者が!」

姫様の腰入れが近いので、そろそろだとは思っていましたが、とうとう来たのですね。


「才人ーっ!」

私は才人の方に駆け出しながら、大声で才人を読んだのでした。


「何だーっ?」

蒼莱の整備をしていた才人が、大声で呼び返してきました。


「アルビオンが攻めて来たのです!」

「来るもんがとうとう来たか…よし、乗ってくれ。」

私が乗ってもしょうがないのですよ、才人。


「いいえ、乗るのは私では無いのですよ。
 ルイズ、助手席に乗っていますね?」

「え?う、うん、詔を考える為にいい場所だったから…。」

コックピットからルイズの声が聞こえて来たのでした。


「…というわけで、ルイズと一緒にタルブに飛んでください才人。」

「何で?」

才人の頭の上にでっかいハテナマークが浮かんでいるのが見えるようなのです。


「使い魔が戦いに赴くなら、主人が一緒なのが道理なのですよ。」

「それは確かにそうね。」

キュルケがうんうんと頷いているのです。


「そうなの?」

「そうなのです。」

私もこくりと頷いて見せました。


「なあタバサ、そうなのか?」

「ん、常識。
 逆はそうでもない。」

使い魔だけを矢面に立たせたりしたら、家名の名折れなのです。


「…で、なぜわざわざタバサに?」

「んー、タバサならたぶん騙さないような気がするし。」

がーん、がーん、がーん…少々言葉のマジックを使い過ぎましたか、私?


「え?あ?も、もちろん、ケティが俺の事を騙そうとキュルケと組んだんじゃないかと思ったわけじゃなくて。」

「もういいのですよ、ふーんだ。」

いくら私でも拗ねますよ、これは。


「じゃ、じゃあ行ってくる…な。」

「ハイハイ、ゴブウンヲー。」

「棒読みかよ…いや、正直スマンカッタ。」

そう言って、才人はキャノピーを閉じたのでした。


「レビテーション。」

例のアレンジ版レビテーションでプロペラを回すと、爆音を放ってエンジンが回り始めたのでした。
学院の横に造成された1000メイルの滑走路を、蒼莱が滑走していきます。
機首が持ち上がり、ふわっと浮いて、蒼莱は青い空に溶け込んでいったのでした。


「それでは、私達も行きましょうか。」

「どこに?」

キュルケが不思議そうに問い返して来たのでした。


「もちろん、タルブに。
 お世話になりましたし、人命救助くらいはやってのけましょう。」

「なるほどね、じゃあ行きましょうか。」

「ん。」

キュルケとタバサが頷いてくれたのでした。


「僕も行くよ、めっちゃ怖いけどね。」

「はいはい、回復役は必要だものね。」

冷や汗を流すギーシュと、しょうが無いと言った感じのモンモランシーも同意してくれたのでした。


「それじゃ、しゅっぱーつ!」

ああ、私の科白がキュルケに…。



[7277]  幕間19.1 トリステイン空軍の意地
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/25 00:03
トリステイン艦隊旗艦メルカトール号の甲板で、艦隊指令のニコラス・ダース・ド・ラ・ラメー伯はアルビオン王国改め神聖アルビオン帝国からの親善艦隊を出迎える為に、正装で椅子に座っていた。


「遅いな…待ってやっているのに、何をのんびりやっておるのだ。」

少し痺れを切らしてきたかのような口調で、ラ・ラメーは愚痴る。


「先日使者と共にアルビオンに潜入した密偵からの報告によれば、アルビオン空軍は内戦で著しい数の将兵を失っている模様です。
 運行要員の錬度が落ちているのやも知れませぬな。」

ラ・ラメーの横で直立不動で立っているメルカトール号艦長パトラッシュ・ド・フェヴィスが、上司の愚痴に応えた。


「…とはいえ、腐っても連中はハルケギニア最強と誉れ高かったアルビオン空軍だ。
 性根こそ主君殺しの畜生以下だが、その力を侮る事は出来ぬ。」

「やれやれ、厄介な話ですな。
 姫様がお輿入れする時期とはいえ、こんな時期にアルビオンと不可侵条約を結ばずとも良いものを。
 レコン・キスタが各国の内部に根を張り始めている以上、時間は奴らに味方することは間違いありませぬ。
 そうであれば先手必勝、連合軍でアルビオンを征伐した後、改めて婚姻を行っても問題はありますまい。」

慎重なラ・ラメーの言葉を聞いて、頷いたフェヴィスが溜息を吐いた。



「あの鳥の骨の考える事だ、何を考えているのかはわからんが意味はあるのだろうさ。」

ラ・ラメーは《鳥の骨》をはき捨てるように言って眉をしかめた。


「おや、提督は枢機卿の事をかっておられるのですか?
 私の記憶が正しければ、提督は枢機卿がお嫌いであった筈でありますが。」

「もちろん大嫌いだ。
 始祖より続く神聖な血統を受け継ぐ王家と何の繋がりも無いロマリアの坊主が、女王陛下が引き篭もっているのをいい事に政治を好きに動かしているのだからな。
 陛下が引き篭もられているのにも関わらず、何故にラ・ヴァリエール公が摂政として取り仕切ってくれぬのか。
 しかし、今のところあの鳥の骨は特に目立つ失政は犯していないのだ、奴は実に正しい政治を行っているのは間違いない。
 正し過ぎてついて行ける者が殆どおらぬがな!」

口からその名を出すのも嫌だといった風に、ラ・ラメーは顔を歪めた。
貴族同士の情やこの国での風習を無視して、自分が正しいと思う政策を推し進めるマザリーニ枢機卿は兎に角評判が悪い。
本来クッション役になる筈の女王が先王の喪に服したまま王宮の奥に引っ込んで出てこない為、マザリーニはうまくやればやるほど貴族からの反感は高まり、よりいっそう嫌われていく。
絵に描いたような悪循環であった。


「複雑な心中、御察し申し上げます。」

「うむ…ああ忌々しい!」

ラ・ラメーは眉をしかめて唸るように言った。


「西北西上方、雲間より艦隊!」

鐘楼に登り双眼鏡で周囲を見回していた見張りの水兵が、大声で報告した。


「来たか。」

ラ・ラメーは艦の西北西側にある空を見た。


「あの艦隊中心にある大きな戦列艦が旗艦のインディファティガブルですな。」

フェヴィスもそれを見て頷いた。


「…フェヴィス、よくもまああの舌を噛みそうな艦名をすらすらと言えるな?」

「練習しましたからな、実は何度か舌を噛みました。」

ラ・ラメーの軽口に、苦笑しながらフェヴィスは返した。


「ロイヤル・ソヴリンはアルビオン王家が直々に止めを刺したゆえ、見る事が叶わぬか。
 いずれは敵に回る連中の船であるから有り難いが、見てみたかった気もするな。」

「確かに噂に聞きし巨艦、一度見てみたかったものですな。
 とはいえ、あのインディファティガブルですら、このメルカトール号よりも一回りは大きいようですが。」

アルビオンの別名、《風の王国》の名は伊達ではなく、内戦前は空軍力においてかの大国ガリアをも上回っていた。
始祖から続く家系とはいえ、数代前に国の東半分に独立され、しかもその殆どをゲルマニアに併合されたトリステインとはかなり国情が違っていたのだった。
内乱を経てなおインディファティガブルのような大型の戦列艦が健在だというのはまさに脅威であった。

王家も国の権威付けとしての最低限のハッタリ以外はあまり贅沢しているわけではないのに、空軍にきちんと予算が回らないトリステイン。
税金はいったいどこに消えたのやら…である。


「インディファティガブルから旗流信号です。
 『貴艦隊ノ歓迎ヲ謝ス。アルビオン艦隊旗艦インディファティガブル号艦長。』」

「ハハハ、艦隊旗艦の艦長とは見事に馬鹿にされておるな。
 まあこれが貧乏空軍の悲しさか。
 返信せよ『貴艦隊ノ来訪ヲ心ヨリ祝ス。トリステイン艦隊司令官。』」

トリステイン側の旗流信号がはためくと、インディファティガブルから礼砲が放たれた。


「礼砲の数は7発か、舐めるにも程がありますな。」

「流石に腹が立ってきたな。
 答礼砲は5発でよい…例の情報もあるから、こちらの最大射程外である事を記録してから撃つように。」

流石に腹が立ってきたのか、ラ・ラメーの眉がひくついているのをフェヴィスは発見し、苦笑を浮かべた。


「諒解、答礼砲準備!順に5発!準備出来次第撃ち方始め!」

メルカトール号のカルバリン砲が5発、答礼砲の火を噴いた…と、同時にアルビオン艦隊最後尾のボロ艦に火がつき大爆発した。


「まさか…。」

その光景を見て、フェヴィスは絶句する。


「いやはや、これはまさかか?」

そう冗談めかすラ・ラメーの顔も引き攣っていた。


「手旗信号ですな『インディファティガブル艦長ヨリ、トリステイン艦隊メルカトール号ヘ。《ホバート》ヲ撃沈セシ、貴艦ノ砲撃ノ意図ヲ説明サレタシ。』」

「まだ信じがたいな…返答せよ。
 『冗談ハ顔ダケニセヨ。本艦ノ射撃ハ答礼砲ナリ、空砲デ沈ムヨウナ船ヲ持ッテクルナ。』
 …あと、発煙信号弾赤の準備をせよ。」

ラ・ラメーの返答は半ば投げやりなものになった。


「『空砲デ沈ムホド当方ノ艦ハ脆弱ニ非ズ。此レヨリ当方艦隊ハ旗艦ノ攻撃ニ対シ反撃ヲ開始ス。』」

そう手旗信号が帰ってきた途端に、アルビオン艦隊が一斉に砲を撃ってきた…が、全てが外れて明後日の方向に落ちていく。


「モット伯の冗談かと思っていたが、まさかこれほど恥知らずとは…呆れて口が塞がらんとはまさにこの事だ。」

「《主君を殺す貴族は犬にも劣る》と、トリステインの故事にも申しますしな。
 連中が恥知らずなのは反乱を起こした時点でわかっておりましたから、まあこんなものではないかと。」

ラ・ラメーの独白じみた言葉に、フェヴィスが苦笑しながら返答した。


「あの馬鹿ども、今頃奇襲が成功したものと喜んでおるようだな。
 こちらは念の為に主力艦を最大射程距離圏外に離しておったのだが。
 しかし連中の大砲がこちらのカルバリン砲よりも射程が長いと知った時は驚いたが、取り付けた砲をすぐに使ったのか?
 至近距離であの命中率とは。」

「主君の血筋を絶やすような連中の考える事は、いまいちわかりませんな?」

敵の新型大砲は確かに射程こそトリステイン側の長射程を誇るカルバリン砲以上だが、命中率がいまいちだった。
本来その砲を運用する筈であった《ロイヤル・ソヴリン》がウェールズによって撃沈されてしまった為に、運用の為の訓練を施されていた人員が空の藻屑と消えてしまった為だ。

 
「艦隊の数こそさすがアルビオン、かの風の国らしい威容ですが、兵の質は王家とともに葬り去られたようですな。」

その惨状をフェヴィスが鼻で笑った。


「…とはいえ、こちらは出迎えの為のわずかな手勢だからな、あの程度でも十分であろう。」

ラ・ラメーは眉をしかめた。


「逃げますか?」

「ハッ!冗談を申すなフェヴィス、あのような素人どもに引いたとあってはトリステイン空軍史上始まって以来の恥だぞ。
 それにだ、我らの後ろにあるのはトリステイン、女王陛下が治める我らが祖国だ…旦那の死に未だに泣いて引きこもるなんとも困った女王陛下ではあるが、だからと言って我らまで引きこもるわけには行くまい?」

フェヴィスの提言を鼻で笑って、ラ・ラメーはアルビオン艦隊を睨みつけた。


「その通りですな。
 それにあの砲撃の下手糞ぶり、敵とは言えど見るに耐えませぬ…ここはひとつ、教育が必要かと。」

「確かに、教育が必要だな、あれは。
 …発煙信号弾弾赤を放て!敵はアルビオン貴族を名乗る犬畜生にも劣る卑怯者どもだ!
 戦の作法も砲の撃ち方すらも覚束無い下品な蛮人どもに、戦争を教育してやるがよい!」
 
ラ・ラメーの命令により、赤色の発煙信号弾がトリステイン艦隊旗艦メルカトール号より放たれた。

赤は攻撃開始の合図。

出航直前にアルビオン艦隊の動向に注意せよと伝えられていた為に、大して混乱していなかったトリステイン艦隊はその合図とともに一斉に反撃を始める。
曇天の雲の中に潜んでいたトリステインの竜騎士部隊もその合図を見て、出撃を始めたばかりのアルビオン竜騎士部隊に上空から襲い掛かっていった。
さしものアルビオン竜騎士も思いがけず上をとられた事により算を乱して、ばたばたと撃ち落されていく。


「こ、これはどうしたことだね、ボーウッド君。
 我々の奇襲は成功したのではなかったのか!?
 奇襲どころか、我々が奇襲されているではないか!」

アルビオン艦隊旗艦インディファティガブル号の甲板上で、艦隊指令のジョンストンが激しくうろたえていた。


「どこから漏れたかは知りませんが、完全にばれていたようですな、これは。」

そう言って、インディファティガブル号の艦長ボーウッドは溜息を吐いた。
彼はこのジョンストンが艦隊指令ではあるが完全にお飾りなせいで、自分が事実上の艦隊指令と化している上に、軍事のイロハが全くわからないジョンストンの無茶振りに何度も応えてきたので、疲れきっていたのだ。


「…竜騎士隊の発艦急げ!
 こちらの方が数は多いのだ、数で押せばどうとでもなる!」

ここに至って、アルビオン艦隊は自分達の奇襲が完全に察知されていた事にようやく気付いたのだった。


「そちらが新型砲なら、こちらは新型火薬で対抗するのだ。
 無煙火薬《コルダイト》による大砲の速射をとくと味わうがよいわ!」

実はケティはパウルを使って、モシン・ナガンに使われていた火薬の複製と軍への売り込みを行っていた。
コルダイトのパテント料やら何やらで、このあとパウル商会はかなりの大もうけをする事になるが、これはまた別の話。


「撃て撃て、どんどん撃て!
 周りは敵だらけだ、撃ち放題であるぞ!
 トリステイン空軍の誉れを見せよ!」

メルカトール号の甲板上でラ・ラメーが吠えるように号令をかけたのだった。


2時間後、多勢に無勢のトリステイン艦隊は刀折れ矢尽きて壊滅したが、アルビオン艦隊にも甚大な被害が発生していた。
何せ、アルビオン艦隊が2発発射する間にトリステイン艦隊は7発も撃って来るのだから、標的になった艦は一方的に滅多打ちにされ撃沈されていったのだ。
アルビオン側の新型砲での訓練不足もあったが、あんまりな差であった。
メルカトール号は撃ち過ぎて弾が尽き、最後は艦体を全速力でぶつけて乗員ともども敵艦に切り込み、敵艦の弾薬庫を爆破して果てた。
トリステイン艦隊に予想を遥かに上回る甚大な被害を与えられたアルビオン艦隊は、腹いせとばかりにラ・ロシェールに襲い掛かり壊滅させ、タルブに向かって進軍を始めたのだった。



[7277] 第二十話 そして少年と少女は背景になった…なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/11/22 01:27
戦争とは一体何であるのか
所詮、殺し合いなのです


戦争に必要な大義とは何か
大概、単なるイチャモンなのです


戦争において正しくあるにはどうすればいいのか
結論、そんなのは無理なので諦めてください







「待って下さい!」

背後からかけられた声に振り返ってみると、シエスタが居たのでした。


「ミ…ミス・ロッタ、タルブが危ないって、本当なんですか?」

顔を蒼白にしたシエスタが、シルフィードに荷物を積み込む私に話しかけてきたのでした。


「ええ、ラ・ロシェールが壊滅し、タルブ近郊に進軍中との事なのです。」

「私も、私も行きます!」

気持ちは良くわかるのですが…。


「これから私たちが赴くのは戦場なのです。
 メイドが行く場所では無いのですよ。」

「学生が行く場所でも無い筈です!」

ズバリ言われてしまったのですよ…ですよねーと言わざるを得ません。


「…わかりました。
 土地勘がある人間がいたほうが救出作業も円滑に進むでしょう。」

「ありがとうございます!」

非武装のシエスタを連れて行くのは気が進みませんが…まあ何とかなるでしょう。


「では、いきましょ…ぐぇ!?」

シルフィードに乗り込もうとしたら、マントを思い切り引っ張られたのでした。


「何時まで私達を居ない事にしているつもりなの?」

「おほほほほ…。」

私のマントを引っ張っていたのは、エトワール姉さまとジゼル姉さまなのでした。


「ぐ…でも、この件はどう考えても反対されますし。」

「反対しないわよぉ?」

エトワール姉さまの返答は意外なものなのでした。
ええと…マジですか?


「ケティは人助けに行くんでしょ?
 止めるわけに行かないじゃない、むしろ私もついていくわ。」

さらっとついていくと宣言しましたね、ジゼル姉さま?


「そろそろ行くわよ…って、ジゼルもついてくるの?」

「ケティの居る所に私ありなのよ。」

胸張って言わないで下さい、ジゼル姉さま。
それじゃあストーカーみたいなのですよ…。


「相変わらず妹大好きね、ジゼル…。
 あなた胸無いけど、ナヨッとした感じの男に結構もてるのに勿体無いわよ、胸無いけど。」

「胸無いを強調しなくていいわよ!
 あと私はナヨ系は苦手なの。
 理想は私を格好良く守ってくれる王子様系なのよ…昔のケティなんか理想だったんだけど。」

頼むから、それを引き合いに出してくれるな、なのです。


「…あなたの妹大好きっぷりはよぉくわかったわ。」

キュルケ、私に可哀相なものを見るような視線を送るのは止めて欲しいのです。


「と、兎に角急ぎましょう。
 急がないとタルブが危ないのですよ。」

「そうね、急ぎましょう。」

なんだか色々とダメダメな雰囲気になりながら、私達はタルブに向かって飛び立ったのでした。






「そろそろタルブが近づいてくるのですね…。」

「ああっ…村から煙が!?」

シエスタが悲鳴のような声を上げたのでした。
タルブと思しき場所から、幾条もの煙が上がっているのです。

上空では、何かが飛び回っているのです。
あれは…蒼莱、無事でしたか。


「あ、船が沈んだ。」

「竜騎士が見えないわねぇ…。」

57mm砲で竜騎士を撃ち落としたのですか…。
やれるのではないかと思ってはいましたが…。


「…まさかハンス・ウルリッヒ・ルーデルみたいな真似を本当にやってのけるとは。」

牛乳飲んで出撃する才人に、引きずられながら連れて行かれるルイズを想像してクスリと笑ってしまいました。


「ハンス?誰それ?」

キュルケが不思議そうに私に尋ねてきました。


「才人の世界の英雄なのです。
 史上最高の戦車撃破エースなのですよ。」

ソ連のエースパイロットが乗った戦闘機をカノーネンフォーゲルで撃墜したかもしれないなんて話までありますし。
まさに生ける伝説なのです…もう亡くなりましたが。


「…何でうっとりしているのか、いまいち意味が分からないわ。」

モンモランシーの胡乱気な視線がちょっぴり痛いのですよ。


「兎に角、どこかに降下して救援活動に移りましょう。
 低空飛行で見つからないように近づけますか?」

「きゅい!」

「ん、出来るって。」

もはや、人語を理解できる事自体を隠す気ゼロですね、二人とも。
シルフィードは高度を大幅に下げて、草原スレスレに飛んで行きタルブの近くに着陸したのでした。


「これは…。」

「なんて事に…。」

喋っていないで、とっとと来るべきだったのですよ。
少々急いだところでどうにかなるレベルの損害では無いのはわかりますが…。


「お父さん!お母さん!皆!何処!?」

シエスタが一目散に家に向かって駆けていきます。


「待って下さい、離れないでシエスタ!」

仕方が無い、何とか追いかけないとシエスタの身が危ないのです。


「きゃぁっ!?」

案の定シエスタの前に、二人のアルビオン兵が現れたのでした。


「へっへっへ、女が残ってたのかよ。
 こりゃ上だ…。」

「吹き飛びなさい、炎の矢!」

「…おぐぉあっ!?」

すかさず一人を炎の矢の衝撃強化版で吹き飛ばします。


「シエスタ、こちらに!」

「はい、ミス・ロッタ!」

シエスタが私の後ろに隠れました。


「貴族だと!?領主の部隊は全滅したんじゃなかったのか!?」

「我らはフロンド傭兵団!
 義に拠ってタルブの民の救援に来たのです!」

取り敢えず、例のでっち上げ傭兵団で名乗りを上げておくのです。


「こんな小娘が傭兵かよ…。」

「ええ、わかったら吹き飛ぶのですよ。
 炎の矢!」

もう一人も衝撃強化版炎の矢で吹き飛ばしたのでした。


「また、つまらぬ者を焼いてしまったのです…。」

メイジが接近戦に弱いのは確かなのですが、炎の矢でも気絶させるくらいは余裕なのですよ。


「ケティ、大丈夫!?」

ジゼル姉さまの呼ぶ声がしたのでした。


「この程度にやられるほどではないのですよ。」

そう言って振り向くと、心配そうな表情を浮かべた皆が居たのでした。


「二人とも足が速いのだね。
 何処にいるかわからなくなって、焦ったよ。」

軽く息を切らしながら、ギーシュが安心した表情を浮かべて私達を見たのでした。


「心配していただいてありがとうございます、ギーシュ様。」

「うんうん、心配させるような行動をしては駄目だよ、ケティも、そこのメイド君も。」

ギーシュが腕を組んでうんうんと頷いているのです。


「ここに来るまでにざっと見ただけだけど、人の気配は無いわね。」

「…となると、何処かに避難したのですね。」

タルブの避難所なんて、記憶に無いのですよ。


「シエスタ、避難所の場所を知っていますか?」

「南の森に大きい洞窟があるんです。
 非常時には皆そこに隠れる事になっていますわ。」

成る程、そんなものがあったのですか。


「では、皆さんの安否も確認したいですし、そちらに向かいましょうか。
 あと、ロープはありませんか?」

「何をするんですか?」

不思議そうに首を傾げるシエスタなのでした。


「あの気絶しているアルビオン兵を放っておくわけにも行かないでしょう。
 縛って家の中に放り込んでおけば、他の者に通報される可能性も減るのです。」

「成る程、確か…。」

その時、シエスタの背後にアルビオン兵が現れたのが見えたのでした。


「敵だーっ!」

他の巡回の兵に見つかってしまったのですか、厄介な。


「うわっ!?なんかわらわら来たわよっ!?」

「取り敢えず応戦しつつ後退するのです!」

取り敢えずファイヤーボールの呪文を唱えながら走るのですよ。
…これは錬金と合わせたちょっと変わり種のファイヤーボールなのです。


「ファイヤーボール!」

炎の玉が一直線に飛んでいき…。


「ブレイク!」

アルビオン兵達の上空で炸裂して降り注いだのでした。


「ぎゃああぁ!燃える、燃える!?」

「だ、誰か火を消してくれぇ!?」

兵士たちは火を消そうと転げ回りますが、炎が消える様子は全く無いのです。
慌てて火を消そうとすることで、兵士たちの追跡は止まったのでした。


「な…なんなのあのエグいファイヤーボール?」

キュルケが走りながら私に尋ねて来たのです。


「ファイヤーボールの中に錬金で作ったナパームを封入したものなのです。
 名づけて、ねばねばファイヤーボール。」

「ネーミングセンスが壊滅しているわね…。」

余計なお世話なのですよ。


「…でも、そんな事が出来るのね、知らなかったわ。」

キュルケは感心したように頷いたのでした。


「前に学院長の使い魔の鼠に制裁を加えた時に、火の玉の中に封じ込めた事があったでしょう?
 魔法を魔法という形に維持する為、私達は無意識に器を作っているのですよ。
 これを私は形成領域と呼んでいるのですが、実はこの中にはある程度までの大きさまでなら物を入れておく事が出来るのです。」

「それ、大発見のような気がするんだけど…ゲルマニアの私に教えてよかったの?」

かなりびっくりした表情で、キュルケが私に言ったのでした。


「…そうだったのですか?」

「アカデミーで発表したら、大騒ぎになると思うわよ?」

ううむ、誰も驚かなかったので、てっきり大した事無いのだと思っていたのですよ。


「ぬぅ…まあ、キュルケならかまいませんか。
 誰かに積極的に知識を教えるような性格じゃありませんし。」

「そう言われると、何か無性に誰かに教えたくなってきたわ。」

その程度で拗ねないで下さい、キュルケ。


「そろそろ着きま…。」

シエスタがそう言った時…。


「ウインド・ブレイク!」

「きゃあああぁぁっ!」

猛烈な風が吹いて、シエスタが吹っ飛んだのでした。


「かはっ!?」

「シエスタ!?」

木に叩きつけられて動かなくなったシエスタに声をかけますが、返答がありません。


「待ちたまえ、ケティ・ド・ラ・ロッタ!」

「ファイヤーボール!」

私は声がした方向に、すかさずファイヤーボールを叩き込んだのでした。


「おわぁっ!?エアシールド!」

ファイヤーボールは敵が作った風の壁に遮られて消えたのでした。


「そこは普通、『何奴!?』とか尋ねる所だろう君っ!?」

「そんな事情は知らないのですよ、敵は敵なのです!
 ファイヤーランス!」

今度は遮られないように螺旋回転を加えて貫通力をあげたものを放ったのでした。


「突き抜けたッ!?
 ええい、話す機会ぐらい与えろ、僕はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ!」

あれまあ、ワルドだったのですか。


「あれ?何で風竜に乗って、才人に叩き落されていないのですか?」

「あんなのと戦えるか!竜騎士が竜ごと柘榴みたいに飛び散ったんだぞ!
 相手にしたら挽肉になって死んでしまうわ!!」

まあ、57mm砲弾ですからねえ。
コントラクト・サーヴァントで心を強化されている才人は兎に角、ルイズは次から次へと起こるグロ展開に目を回しているかもしれないのです。


「それに僕は君のせいで何度も煮え湯を飲まされた。
 僕が殆ど何も出来なかったのは君のせいだと気付いた時、どれほど口惜しかった事か。
 そしてアルビオンでロイヤル・ソヴリンにイーグル号を突っ込ませて爆発させたのが君だと知った時、僕は確信したんだ。
 君は僕にとって疫病神以外の何者でもないとなっ!
 君を殺さないと、僕は前には進めんのだっ!」

ううむ、ひょっとして命の大ピンチなのですか?
これが介入したツケ、薮蛇ってやつなのでしょう…何時まで冷静な思考を維持できることやら?


「ジゼル姉さま、ギーシュ様、モンモランシー、シエスタを連れて避難してください!
 特にモンモランシー、シエスタの治療をお願いします。」

「わかったわ。」

「ああ、メイド君は任せたまえ。」

ギーシュとモンモランシーは頷いたのですが、ジゼル姉さまは不満そうなのです。


「私も残るわ!」

「ジゼル姉さまは三人を守ってあげてください。
 それに、トライアングルでないと、スクウェアを相手にするのは困難なのです。」

正直、私たちでも何とかできる気はしないのですが。


「この男の目的は私の命なのですから、相対しなければ追ってきません!
 ですから早く避難してっ!」

「…わかった。
 でも絶対死んじゃ駄目だからねっ!」

そう言って、ジゼル姉さまは三人を追いかけていったのでした。


「風のスクウェアって、自信過剰だから嫌いなのよね。
 ミスタ・ギトーとか、嫌みったらしいったらないじゃない?
 ねえ、タバサ?」

「ん、才能の無駄。」

確かに、あの人がスクウェアだというのは才能の無駄なのですね。


「ミスタ・ギトーは才能だけの役立たずですが、ワルド卿は実力も兼ね揃えた本物なのですよ。
 二人とも、ゆめゆめ油断無きようにお願いするのです。」

そう言いながら、私は杖を握りなおしたのでした。


「貴方に大怪我追わせた相手だしね、死ぬのは勘弁。
 本気で行くわ。」

軽口を叩きつつも、キュルケの目は真剣そのものなのです。


「ん。」

タバサは一見いつもと同じ表情に見えますが、瞳に戦いの意思がこもっているように感じるのです。


「君たちが僕の相手か…。
 君なら、自分以外は引かせると思ったがね?」

「故人曰く『戦いは数だよ、兄貴』なのです。
 貴方は偏在を使ってくるのですから、私も数を揃えねばあっという間に細切れでしょう?」

偏在を使うワルドに対抗するには、こちらも数をそろえなければ一瞬で殺されてしまうのです。
嫌なのですよ、またどこかに記憶が転生するのは。


「レディ相手にそこまでする気は無かったのだがね…宜しい。
 そう言うのであれば、偏在でお相手しよう。
 ユビキタス・デル・ウインデ…。」

ワルドが偏在の呪文を唱えると、二体の偏在が現れたのでした。


「三人のレディには、三人の私がお相手しよう。」

「…裏切り者の癖に、随分と律儀な。」

まあ、それだけ私たちを舐めているという事なのでしょうが。


「…………。」

キュルケの冷たい視線。


「…薮蛇?」

タバサの冷たい視線まで…ううっ。


「ちょっぴり失敗なのです☆」

二人の視線に、テヘッと可愛らしく謝ってみるのですよ。
これで誤魔化されて欲しいのです。


「ケティ着せ替えツアー、ポロリもあるよ。」

とんでもなく露出度の高い服を着せまくるつもりですね、キュルケ?
ポロリってなんなのですか、ポロリって。


「星降る夜の一夜亭、ハシバミ草料理フルコース。」

非常にわかりやすい要求で助かるのですよ、タバサ。


「そんなので良いのであれば、何とかするのです。」

正直な話、キュルケの要求はやめて欲しい所なのですが。


「アルビオン軍はあと少しで撤退を余儀なくされるでしょう。
 才人とルイズが何とかしてくれる筈なのです。」

取り敢えず、この戦いは時間切れを待てば何とか切り抜けられる筈なのです。
わかりやすく言うと、とっととエクスプロージョン唱えてアルビオン艦隊殲滅しやがれピンクワカメという事なのですよ。
アルビオン軍が撤退を余儀なくされれば、ワルドも撤退せざるを得なくなるのです。
でなければ、彼は祖国という名の敵地に取り残される事になってしまうのですから。


「わかったわ、時間を稼げば良いのね?」

「ん。」

キュルケとタバサは頷いて、偏在に攻撃を始めたのでした。


「くっ…そうであるならば、その前に君を殺させてもらうぞ、ケティ・ド・ラ・ロッタ!」

「今回の私は、結構粘らせてもらうのですよ?」

半ばわざと攻撃を受けた前回の私とは違うのだと…知らなくて良いのです。
本音を言うと私の力量を舐めまくって欲しいのですよね、無理でしょうが。


「エアカッター!」

「ファイヤーウォール!」

ワルドがエアカッターを放つと同時に、私は炎の壁を作り上げたのでした。


「私の風の刃は火などでは防げぬよ!」

「そうでもないのです。」

私の心臓を狙ったエアカッターは、私の頭の上に反れて飛んでいったのでした。


「なっ!?」

「突き抜けましたが、外れたようなのですよ?」

炎の壁から発せられた熱が空気を暖め、風の刃を逸らしたのでした。


「では、これはどうかね?
 ライトニング・クラウド!」

「バキューム・フィルム!」

ライトニング・クラウドは私という目標を見失ったかのように近くの地面に落ちたのでした。


「私にその魔法は通用しないのですよ、無意味なのです。」

カッコイイ台詞を放って、虚勢を張ってみるのです。
風魔法を防ぐのはやはり風魔法。
ほぼ完全な真空の膜を瞬間的に作って術者と雷を絶縁する魔法なのですが、得意な系統とは違うのでかなり疲れる事もあり、何度もやれと言われたら無理なのですよ。


「なっ…ライトニング・クラウドを防いだだと!?」

びっくりしたでしょうね、真空で絶縁するなんて概念はこの世界にはありませんから。


「貴様、どうやって防いだ!?」

「防がねば死んでしまうのですよ?」

手品は種が知られていないから手品なのですよ…さて、こんな小手先技で何時までもつのやら?
ルイズ、さっさとやっちゃってください…。


「エア・ニードル!」

さあ来ちゃったのですよ、一番どうしようもないのが。


「ファイヤーボール!」

「当たらぬよ!」

やはり避けられましたか。


「ブレイド!
 …あうっ!?」

私の心臓に迫るワルドの杖を、ブレイドでどうにか弾いたのでした…が、コケてしまったのです。


「ふん、無様な姿だな…死ねっ!」

「なんのっ!」

ごろりと転がって何とか避けたのでした。


「くっ、猪口才な!」

「とりゃ!」

ワルドがエアニードルを地面に突き立ててくるのを、またゴロゴロ転がって避けたのです。


「往生際の悪い!」

「この歳でそこまで達観できるものですかっ!」

ゴロゴロ~。


「避けるな!」

「無茶言わないで欲しいのです!」

ゴロゴロ~。


「レディが地面を転がるなど、はしたないと思わないのかね?」

「命あっての自尊心なのですよっ!」

ゴロゴロ~。


「はぁ…はぁ…はぁ…。
 い…いい加減諦めたまえ!」

「そ…そっちこそ、いい加減諦めるのですよっ!」

ふと思い出しましたが、戦いの訓練を受けた人間でも、極端に低い位置にいる相手への攻撃など訓練していないので不得手なのでしたか。
とはいえ、このままゴロゴロ転がっていても目が回ってしまうのですが。


「ファイヤーボール!」

「うわっと!」

ワルドは足元に放たれたファイヤーボールを飛んで避けたのでした。


「炎の矢!」

「どわっ!?」

そこにすかさず衝撃強化版の炎の矢を撃ち込んだのでした。


「くっ…やりおるな。
 だが、その程度で僕は死なんよ!」

「立っているのは凄いのですが、そ…そんな姿でそんな事を言われても…プッ。」

今の炎の矢のせいで帽子は吹き飛び、炎に曝された長い髪がちりちりになって膨らんでいるのですよ。
なんというアフロ貴族、こんな緊迫した場面なのに笑いの神が彼に降臨したのです。


「笑うなぁぁぁぁっ!
 ウインドブレイク!」

「きゃあああぁぁっ!?」

とっさの事に防御が出来ず、私は風に吹き飛ばされてゴロゴロと転がり木にぶつかったのでした。


「あうっ!?」

全身に電撃のような痛みが走ります。


「あぅ…ぐ…。」

まさか、こんな事で失態を犯すとは…。
箸が転がっても可笑しい年頃なのが恨めしいのですよ。


「こんな事で君は最期を迎えるのかね?
 まあ僕は構わんが。
 そうだ、君を殺して亡骸をクロムウェル陛下の元に連れて行き、君を僕の忠実な僕として生まれ変わらせてあげよう。
 君の聡明さとメイジとしての腕は敵として忌々しい限りだが、味方にすれば間違いなく頼もしいものだろうからね。
 クロムウェル陛下の虚無の力はおぞましいばかりだが、僕に心の底から服従する君を想うとあれも素晴らしいものに感じるから不思議だよ。」
 
「こ…この変態。
 女の子を服従させるとか公言するようになったら、人として色々と終わっているのですよ。」

殺されるだけならまだしも、そんな事になったら最悪なのですよ。
この世界は根底から覆り、ワルドの一人勝ちな世界になりかねないのです。


「そうそう、君の仲間たちもそろそろ終わりそうだよ。
 可哀そうに、君につきあったばかりに彼女らの人生もここで終いか。」

幸いというべきでしょうか、ワルドがゆっくりとこちらに歩み寄ってくるのです。
最後の手段を行使しますか…コルベール先生、勝手に魔法をパクってしまってすいません。


「君にはゆっくりと…そう、ゆっくりと絶望しながら死に至らせてあげよう。」

「それには…及ばないのですよ。」

錬金で空気中の水分をガソリンに変換して…。


「む…なんだこの臭いは?」

そう言えばこの臭いって、都市ガスと同じでつけられたものなのですよね。
私の固定概念のせいで、臭いまで一緒に再現されてしまうのは困ったものなのです。
さあ食らいなさい、コルベール先生の一発芸…の効果範囲を絞って、見た目少しショボくした魔法なのですよ!


「死になさい、『爆炎』!」

「な…がぁ!?」

私の上空で一気に炎が膨らみ、大爆発を起こしたのでした。
今、私は煤で真っ黒でしょうね…ワルドが油断してくれて助かったのです。


「……………。」

ワルドは玩具みたいに吹っ飛んで行き、背中から木にぶつかって動かなくなった…かと思ったら、風にすぅっと溶けていったのでした。
ちなみに私が至近距離に居ながら吹き飛ばなかったのは、地面効果というもので爆風が横に広がったからなのです。


「偏在!?」

まさか、キュルケとタバサのどちらかと戦っているのが本物なのですか!?


「どちらが本物…。」

力量的に…キュルケなのですね!
あのヒゲ、意外と狡っからい所がありますから。


「キュルケッ!私が行くまで持ちこたえてくださいっ!」

私がキュルケ達が戦っている所に行くと、そこには満身創痍でかろうじて立っているキュルケと、それに『治癒』をかけるボロボロのタバサが居たのでした。


「大丈夫なのですか、キュルケ?」

どう見ても大丈夫そうではありませんが、一応声をかけてみたのです。


「このくらい、問題無いけど…遅いわ。
 たかが風のスクウェアごときにどれだけの時間を食ってんのよ?」

そう言いながら、キュルケは笑って見せたのでした。


「いやいや、キュルケの中でどんだけ無敵なのですか、私は。
 それよりもタバサ、キュルケの容体は?」

「重傷、死に至る程では無い。」

それは良かったのです。


「タバサは?」

「制服はもう駄目。」

流石は北花壇騎士というか、生存能力高いのですね…。


「ところでワルド卿は?」

「唐突に消えたわ。
 私のは偏在だったみたいね。」

そう言って、キュルケは地面に膝をついたのでした。


「同じく。」

タバサも偏在…?


「私のも偏在だったのですよ…という事は、あれは偏在の偏在?」

偏在で偏在を作り出すとか、非常識にも程があるのですよ。


「という事は、本体は言ったどこ…にっ!?」

「僕はここだよ、ミス・ロッタ。」

悪寒がしたのでとっさに体を動かすと、左肩に杖が突き刺さっていたのでした。


「ぐっ!」

「ケティ!?」

キュルケが悲鳴のような声を上げて、私の名を呼んだのです。

「気づいたのかね?
 心臓を狙ったのだが…勘の良い娘だ。」

「たった一つの命なのです。
 そうそう簡単に殺されてたまるものですか…っ!?」

ブレイドで斬りかかったのですが、いとも簡単に腕を取られて捻り上げられてしまったのでした。


「君の細腕でそれは無茶というものだろう?」

「女の子の腕を捻り上げながら気障っぽく微笑んでも、気持ち悪いだけなのですよ。」

とはいえ、このままだとざっくり刺されてしまうのですよ。
この至近距離で使える魔法は…。


「バースト・ロンド!」

「どぅおぁっ!?」

突如全身を舐めまわすように起きた小規模な爆発に、ワルドはびっくりして腕を離したのでした。


「ウィンディ・アイシクル!」

「何とっ!?」

それに呼応するかのようにタバサのウィンディ・アイシクルが放たれ、それをワルドが避ける間に、私はワルドの腕の中から逃れたのでした。


「大丈夫?」

「なんとか、大丈夫なのです。」

とはいえ、かなり痛いわけなのですが。


「良い腕だ…流石はガリアの北花壇騎士だな、シャルロット姫?」

「私はタバサ。」

そう言って、タバサは杖を振り上げたのでした。


「エア・カッター。」

「ふっ、そんなものはあたら…げほぁ!?」

タバサはエア・カッターをおとりにして、杖でワルドの腹を突いたのでした。


「…この杖、重いから、痛い。」

そう言って、くの字に体を折り曲げたワルドに、杖を一気に振り下ろしたのでした。


「死ぬ程。」

「うわっ!?」

躊躇なく振り下ろされた大きな杖を、ワルドは横に転がって避けたのでした。


「やるなっ!」

ワルドは素早く起き上がると、杖にブレイドの魔法を纏わせタバサに斬りかかって行ったのです。


「大振り過ぎ。」

タバサはそれを杖で受け流して、更にワルドを杖で引っかけて引っ張ります。
小さいタバサに背の高いワルドが為す術もなく引っ張られて転がされたのでした。


「なっ、どうやって!?」

「体重移動がいまいち。」

そう言って、タバサが杖で立ち上がろうとするワルドの背中を思い切り殴りつけたのです。


「がっ…は!?」

悲鳴も上げられずに、ワルドは再び地面に倒れ伏したのでした。


「ぐ…き、貴様、実力を抑えていたな?」

「私は、接近戦が苦手だとは一言も言っていない。」

あまり感情のこもらない瞳で、タバサはワルドを見下ろしているのです。


「…タバサって実は滅茶苦茶強い?」

キュルケがごくりと唾を飲み込んでいるのです。


「1つ言えば、今のワルド卿は片腕を才人に斬られたままで、回復しきっていない筈なのです。
 とはいえ、あの様子を見ると、少なくとも接近戦では才人よりも強いでしょうね、現状は。」

まさかタバサがこんなに接近戦無双だったとは…。


「あれ…何?」

その時でした。
キュルケの呆けたような声に振り向いてみると、眩いばかりの白光がアルビオン艦隊を薙ぎ払っていく様が私の視界に入ったのは。


「あれはまさか…虚無?」

愕然としたような、ワルドの呟きが耳に入ります。


「ルイズがとうとう己の系統に目覚めたのですね。」


「まさか、貴方の言った事が本当になるとはね、ケティ。」

私とキュルケは光に貫かれたアルビオンの軍艦が、爆散炎上しながら墜落して行く様を眺めていたのでした。


「この後に起きる事を考えると頭が痛いのですよ、この国の正統はラ・ヴァリエールにあるという事が証明されてしまったのですから。」

「受難だわねえ、私はゲルマニアだから関係無いけど。」

何をおっしゃる兎さんなのですよ、キュルケ?


「ツェルプストーはラ・ヴァリエールの恋人や妻や夫だけではなく、息子や娘すらも何度か娶っているでしょう?」

娶ったというか、誑かして奪ったという方が正しいのですが。


「まあ確かに、当家は何度か可哀相なラ・ヴァリエールに愛を与えているけど…。
 ああ、そう言う事ね、私も頭痛くなってきたわ。」

そう言って、キュルケは頭を抱えたのでした。


「トリステインの王位継承権獲得、おめでとう、なのですよ。」

ラ・ヴァリエールが傍流では無く正統であったことがルイズで証明された以上、全く望んでいないにせよ姻戚関係を深めて来たフォン・ツェルプストーにも継承権が発生するのです。
まあ、フォン・ツェルプストーは無かった事にするでしょうけれども。


「王位継承権だなんて野暮なもの、冗談じゃないわよ。
 ああ、ご先祖様の馬鹿!」

キュルケはがっくり肩を落としたのでした。


「くっ、僕の理想が…希望が…っ!」

その声に振り向いてみれば、タバサに杖を突き付けられたまま、ワルドが嘆いているのでした。


「宗教的な解釈をすれば、始祖の力たる虚無が、虚無の名を騙る背教者達に最初の裁きを下した…と言ったところでしょうか。」

まあ、背教者という意味なら、私が真っ先に裁かれそうなのですが。


「それはどういう意味だ!?」

「前に言ったでしょう、アンドバリの魔力は虚無に非ずと。
 オリバー・クロムウェルの行使する魔法は虚無ではありません。
 先住魔法すら凌駕する程の強力なものですが、あれは水魔法なのです。」

強力な水魔法は地球の医者が見たら、発狂するレベルのチートなのですよ。
上半身と下半身が泣き別れの死体をくっつけて蘇生させるとか、無茶にも程があるのです。


「ば…馬鹿な、あれが水魔法だと?」

「蘇生は治癒の延長線上にある魔法なのです。
 水系統を虚無の系統と偽った詐欺師とその仲間であれば、裁きを受けるに足るのですよ。」

あれ?そう言えばクロムウェルはいったい誰を蘇生させたのですか?
聞いてみますか。


「…ところで、クロムウェルが蘇生させた者とは?」

「言うと思うか?」

言う気は無いのですか…まさか、王太子を蘇生させたのですか?どうやって?
黒焦げで粉々になっている筈の王太子をどうやって蘇生させたのですか?


「まあ、あとでじっくり聞けば良いのです。
 話したくないなら、進んで話したくなるようにすれば良いだけの話ですし。
 …タバサ、ワルド卿を気絶させて下さい。」

「ん。」

タバサが杖を振り上げたその時でした。


「私はこんな所で潰えるわけにはいかぬのだ!
 カッタートルネード!」

「きゃあああああぁぁぁぁっ!?」

ワルドの呪文と同時に、剃刀状の無数の刃を持つ竜巻が私達を巻き込んだのでした。


「さらばだ!この怨み、次に遇った時には必ず晴らす!」

その声と共にワルドは走り去って行ったのでした。


「いたた…いかなスクウェアスペルとはいえ、偏在を使ってしかも散々魔法を放った後ではあんなものなのですね。」

細かい切り傷だらけになりましたが、この程度なら治癒で跡形も無く直る筈なのです。


「け…ケティ…ちょ、ちょっと、後ろ、後ろ…。」

「後ろ?」

キュルケが痛々しいものを見る視線を私に向けて居るのです。
怪我なら大した事は無いのですが…。


「後ろの髪。」

「髪?」

タバサまでもが沈痛な表情を浮かべているのですよ。
嫌な予感がして、腰まで伸びていた髪の毛を触ろうとしたら、触れないのです。


「鏡は…あったのです。
 どれど…きゃあああああああぁぁぁぁっ!?」

わ、私の髪が、腰まで伸ばしていた髪が肩辺りでざっくりと無くなっているのですよっ!?


「せ…折角伸ばしたのに…あああ、あそこまで伸ばすのに、どっ、どれだけの時間と手間がかかったと思っているのですか、あの髭帽子いいいぃぃぃぃぃぃぃっ!
 今度遇ったら、この世に生まれ出てきた事を心の底から後悔させてやるのですよ!」

鍛錬しかないのですね、ええ、鍛錬なのですよ。
こうなったらスクウェアクラスに開眼して、火魔法でプラズマに換えてやるのです。


「ファンタジーにあるまじき、SFチックな死に様をプレゼントしてあげるのです!
 それまでその命、取って置くが良いのですよ!
 おーっほっほっほっほっほっほっほっ!」

ぜぜぜ、絶対に、絶対に許さないのですよ、あのヒゲっ!


「ケティ、壊れた?」

「大丈夫よタバサ、甘いものを摂取すれば治る筈だわ。」

二人とも、私を何だと…。


「おーっほっほっほっほっほっほっほっほっ!」

森の中に、ヤケクソ染みた私の笑い声が響き渡ったのでした…。




戦闘が終わった後、私達は森の中でギーシュ達と再会したのでした。


「ぎゃああああああああああああっ!?」

私に走り寄ってきたジゼル姉さまが悲鳴を上げたのでした。


「け、ケティ、その髪、その髪どうしたの!?」

「ワルド卿にバッサリとやられたのですよ、ふふふふふふ…。」

あのヒゲ、絶対コロス。


「ああ~、これは私でも治せないわ。」

モンモランシーにあっさり匙を投げられてしまったのですよ…まあ、仕方がありませんが。


「毛の伸びを早くする薬ならあるけど、アレ使うと全身の毛が満遍なく伸びるし。」

髪を伸ばす為だけにサスカッチやイエティと化す気は無いので、流石にそれはパスなのです。


「しかし、あのワルド卿に勝つとは、三人とも強いのだねえ。」

「連携がうまくいった。」

タバサがそう言って頷いたのでした。


「そうよ、さすが私達!」

「あははははは…。」

実際に勝ったのはタバサだけなのですが、タバサに黙っておくように頼まれたので、三人の連携の勝利という事にしておいたのでした。


「お、遅れました…って、ミ…ミス・ロッタ、その御髪は…?」

遅れてやって来たシエスタが、長さが半分以下になった私の髪を見て絶句しているのです。


「ああ、これはワルド卿が逃亡する際に放った魔法でバッサリと…うふふふふ、絶対に、絶対に許さないのですよ、うふふふふふ…。」

「ミス・ロッタ、そ、その微笑み怖すぎですわ。」

怒りが抑えきれなくなるので、その話題は出来る限りやめて欲しいのです。


「甘いものが必要?」

「そうね、一刻も早く甘いものが必要だわ。」

だからキュルケにタバサ、私は別に脳の糖分が欠乏し気味でキレっぽくなっているのではないのですよ。


「おっ、才人達も来たようだね。」

蒼莱が徐々に高度を落としながら、こちらに近づいてきているのです。
あれはたぶん、タルブに以前作った仮設滑走路に着陸しようとしているのですね。


「トリステインの危機を救った英雄の凱旋だ。
 迎えに行こうじゃないか。」

そう言って駆けて行くギーシュに続いて、私達は仮設滑走路へと駆けていったのでした。




「タルブのみんな、無事かー…って、何でケティ達が?」

蒼莱から降りてきた才人が不思議そうに私達を見たのでした。


「才人が空で戦っている間に、タルブの人を助けようと思って来たのですよ。
 皆既に避難していて無事でしたが。」

「そうか、無事だったか…あれ?
 ケティ、髪は?」

顔見知りの人には、暫く同じ問いをされそうなのですね。


「ワルドが現れたのよ。
 あたしとタバサとケティで何とか追い返したんだけど、ワルドが逃げる時に使った魔法でケティの髪がバッサリと…ね。」

「ワルドが?なんて酷い事を!?
 女の子の髪を切り落とすなんて最低だわ!
 なんて人!最低!」

キュルケの説明を聞いて、後から追いついて来たルイズが、話を聞いて憤慨してくれています。


「まあ、首で無くて良かったと割り切るしかないのですよ…グス。」

皆が集まって、安心したせいでしょうか、涙が出てきたのです。


「ちょ…何でこんなに涙がグス…グス…。」

涙が止まらなくなった私の頭に、ポンと小さな手が置かれたのでした。


「よく考えたら年下。」

タバサが少し背伸びして、私の頭を撫でてくれています。


「…そう言えばそうだったな。」

才人も私の頭を撫で始めたのでした。


「色々とショックだったんだよな、頑張ったよケティ。」

「すいません才人…グス、何故だか涙が止まらなくて。」

私はそんなに髪の毛に執着していたのでしょうか?
それとも、平気なつもりでしたが、色々と心に溜まっていたのでしょうか。
私自身にも分からないのです。


「大丈夫だから、俺がついて…ぶっ!?」

「貴方は退いてるの!
 ケティ、お姉ちゃんが抱き締めてあげるから、安心するのよ?」

才人が私の両肩をつかんだ…のを押しのけて、ジゼル姉さまが私を抱きしめたのでした。


「はぅん、ケティ柔らかい、良い匂い~。」

いや、たぶん非常に焦げ臭いと思うのですが…?


「駄目よジゼル、貴方の薄い胸じゃ母性に欠けるわ。
 本当の抱擁というものを教えてあげる。」

「ちょ、何すんのよキュルケ、うわ、ちょっと!?」

ジゼル姉さまがキュルケに引き剥がされ、私はでかい二つの塊にばふんと挟まれたのでした。
息が…苦しいのですよ…?


「キュルケずるいわ、わたしも、わたしも。」

ルイズ、これは別にそういうイベントというわけでは…。


「ギーシュ?
 何であっちに向かおうとしているのかしら?」

「え?あはははははは…。
 いや、レディを優しく慰めるのは僕の役目かなーなんて…ちょ、モンモランシーその構えはな…ふんぎゃー!」

夕暮れのタルブに、ギーシュの悲鳴が響き渡ったのでした。
まあつまり、結局いつもの皆という事なのですね。



[7277] 第二十一話 姫様がはっちゃけ過ぎなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/07/12 11:32
髪は女の命と申します
長い髪は弛まぬ努力の結晶なのです


髪は女の命と申します
伸ばし始めてから、どんだけ苦労したと思っているのですかっ!


髪は女の命と申します
この怨み、いつか必ず晴らして見せるのですよ








あの戦いの後、その場でパッと見普通な感じに髪を整えて学院に戻ってきていたのですが、やはり滅茶苦茶なので切ってもらう事にしたのでした。


「こんな綺麗な御髪なのに…。」

シエスタが私の髪をジョキジョキと鋏で切っているのです。


「残念ですが、中途半端な状態にしておくわけにもいかないのですよ。」

「はい、ミス・ロッタにに合うように頑張らせていただきますわ。」

シエスタは他の使用人の髪も切っているらしく、非常に髪を切るのが上手いそうなのです。


「でもこの鋏、凄く切れ味いいですねぇ。」

「エトワール姉さま作の鋏なのですよ。
 焦土のエトワールが作った品なのですから、良いのは当たり前なのです。」

鋏のデザインを地球の理容鋏そっくりになるように助言はしましたが、それ以外はエトワール姉さまの腕なのです。


「本当に素晴らしい鋏ですわ、ミス・ロッタ。
 本当に貰っても良いんですか?」

「良い腕を持つ者には良い道具を。
 当然の選択なのですよ。」

実は学院付きの理容師が、何故か軍に徴用されて居なくなってしまったのですよね。
そんなに軍は理容師が不足しているのでしょうか?


「ありがとうございます、ミス・ロッタ。
 これであの二人の赤い糸もチョキンと出来れば…うふふふ。」

不穏な台詞が聞こえるのですよ。


「はい、こんなものでどうでしょうか?」

一番短い部分を基準に切りそろえられた髪は以前の半分なのです。
男装の頃も、これよりも長い髪を後ろでまとめていたので、たぶんこの人生における髪の毛の長さの中でもかなり短い部類に入るのですよ、今の状態は。
おのれ、あの髭帽子…今度会ったら絶対にあの胡散臭い髭を剃り落してやるのですよ!


「あと…ですね、ミス・ロッタ。
 できればあれを少々分けていただけないかな…と。」

シエスタが指差したのはパウルが『新商品の試供品ッス』と送りつけてきた、色とりどりに染色された毛糸なのでした。
手紙には『出来ればそれでマフラーとか編んで秋頃に送って欲しいっス』とか書いてあったので、後でエトワール姉さまに編んで貰って送り返すことにしようかと思っていたのです。


「ひょっとして、これで才人にマフラーかセーターでも編むのですか?」

ええと、今は初夏…日本とは違ってハルケギニアの夏は湿度が低くて爽やかではありますが、マフラーやセーターを着られるほど涼しくもないのですが。


「あ…はい。
 この前サイトさんにソウライに乗せて貰った時、寒かったので。
 村を助けてもらったお礼にマフラーを編もうかなって思ったんですの。」

「成る程、夏でも上空は確かに寒いですからね。」

ナイスアイデアなのですよ、シエスタ。


「いい考えなのですね。
 好きに使っていいから持って行きなさい、その代わり二つ作ってもらえませんか?。」

ついでにパウルの分も編んでもらう事にしたのでした。


「誰かに差し上げるんですか?」

「ええ、パウルと名前を入れてください。
 私は編み物がどうにも苦手なのですよ。」

何でマフラーを編んでくれと言うのかいまいちわかりませんが、欲しいと言うのでしたら普段の働きもありますし、編んで送り返したって良いのです。


「そ、それ、ひょっとして!?」

「ひょっとして?」

何でガッツポーズしているのですか、シエスタ?


「そうですわ、なんでしたらミス・ロッタの名前も入れましょうか?」

「いえ、パウルが使うので、私の名を入れる必要は無いのですが。」

何故に私の名前を?


「ところで、何処の何方なんですの、パウルさんって?
 大貴族のご子息とかですか?」

「いいえ、私の私的な使用人ですが。」

大貴族のご子息?
よく知っているのだとギーシュくらいしか居ないのですよ。


「使用人…禁断のアレですね、わかります、わかりますわ。」

「禁断…?」

なんとなく、シエスタと私の認識のズレがわかってきたのですよ。


「シエスタ?」

「はい、何でしょうか?」

何で目がキラキラ輝いているのですか、シエスタ?


「貴方の想像と現実には天と地ほどの落差があるのです。」

直接わかりやすいようにダイレクトに直々にぶっちゃけて言わないと駄目なのですね。


「私とパウルはそういう関係ではないのですよ。」

勘違いされても困るのです。


「でも、人に頼むとはいえ手編みのマフラーを送るって、特別だと思いますけど?
 とってもトレビアンですわ。」

「私は彼の忠勤にちょっぴり報いてあげたいなというだけなのですが。」

特別…と考えて、パウルの調子に乗ったアホ面を思い出してみますが、欠片もときめかないのです。
むしろ、少々殴りたくなってきたのですが。


「皆まで言わずともわかっていますわ、ミス・ロッタ。
 うふふふふふふふふ…。」

何だか…不吉な予感がするのですよ。






数日後、散歩をしているとヴェストリの広場に開いた穴の中で、激しく足踏みをしているルイズを発見したのでした。


「おやルイズ、新手の宗教儀式か何かなのですか?」

「ここを見つけるとは…やるわねケティ。」

穴の中にはデルフリンガーとヴェルダンデも居たのでした。


「よう、腹黒い娘っ子。」

「ぎゅ!」

デルフリンガーはカチャカチャと鍔を震わせながら話し、ヴェルダンデは右手をびしっとあげて見せたのでした。


「こんにちは、デルフリンガーにヴェルダンデ…って、誰が腹黒い娘っ子なのですか、誰が。」

「勿論おめえの事だよ、娘っ子。」

純情可憐な乙女に向かって何を言いやがるのですか、この駄剣は。


「とう。」

「あだぁっ!?」

穴の中に飛び降りる時にデルフリンガーの柄を踏み台にして降りたのでした。


「ああっ、おれを踏み台にしたぁ!?」

「どこかで聞いたような台詞なのですね。」

まあ、それはどうでもいいのですよ。


「ルイズ、ルイズ、いったい何を見ているのですか?」

じーっと一定方向を凝視したままのルイズに取り敢えず尋ねてみました。


「何も見ちゃいないわ。」

そう言うルイズの視線の先には…。


「おやまあ、才人とシエスタではありませんか。
 マフラーがもう出来たのですね、流石シエスタ仕事が速いのです。」

「まさか、あんたの差し金なの?」

ルイズが半眼で睨み付けて来たのでした。


「シエスタに才人へお礼がしたいから毛糸を分けて欲しいと頼まれたので、分けてあげたのです。」

「余計な事を…。
 マフラーくらいならあたしだって作れるわよ。」

この前見せてもらったヒトデ型クリーチャーの縫い包みの出来栄えを見る限り、ちょっと難しいかなと思うのですが、言わぬが花なのです。


「おお、ずいぶん長いなと思ったら、二人用としても使えるマフラーだったのですね。」

「な、ななななななっ!?」

いつの間にか基本白地に青い一本線の入ったマフラーを才人とシエスタが首に巻いてベンチに座っているのです。
何を喋っているのかは聞き取れませんが、兎に角ウフフアハハと笑う声は聞こえてくるのです。


「なんというベタな、でも男が弱いシチュエーション。
 どこで聞き知ったのやら…狩人なのですよ、今のシエスタは。」

「あああああのメイドっ!?」
 
ルイズの顔が真っ赤になり、再び地団太を踏み始めたのでした。


「シエスタが顔を近づけて…目を閉じた!?」

ちょ!?いくらなんでもそれはまずいのですよ。
ルイズの目の前でキスとかされたら、いろいろと滅茶苦茶になってしまうのです!


「ななななな、何か、何か策は…。」

「こういう時は…こういうのがものを言うのよっ!」

そう言って、ルイズは拳大の石を上空に放り投げてからジャンプし、体を縦に回転させながら足で思い切り蹴り飛ばしたのでした。


「お、オーバーヘッドキック!?」

「全く、余計な体力を使わせるんだから、あの駄犬。」

ルイズは地面に両手で着地すると、そのまま両腕を使って再びジャンプし、くるりと回転して元に戻ったのです。
ど…どんだけ身軽なのですか、ルイズ?


「うぎゃぁっ!?」

石はサイトの後頭部にクリーンヒット…生きていますよね才人?


「きゃあああぁぁぁっ!?サイトさんしっかりっ!?」

諾々と頭から血を流して倒れる才人をシエスタが必死で介抱しているのです。


「当然の報いだわ。」

「浮気は死あるのみという事なのですね…。」

勉強になるのですよ。


「おや、君たち…新手の宗教儀式か何かかね?」

「二番煎じは面白くないのですよ、ギーシュ様?」

穴の上から、ギーシュが私たちを見下ろしていたのでした。


「ちょうどいい所に…大至急モンモランシーを呼んで来てもらえませんか?」

「面白くないとか言われた上に、使いっ走りかね!?」

確かに無茶苦茶なのはわかるのですが。


「才人が頭に投石を受けて昏倒中なのです。
 一刻も早い治療が必要なのですよ…で、モンモランシーの居場所を一番よく知っているのはギーシュ様、貴方だけなのですよ。」

とは言え、モンモランシーは大抵実験室と化している自室に引き篭もっているわけなのですが。


「つまりギーシュ様、貴方だけが頼りなのです。」

とか言いながら、目を潤ませギーシュを見上げつつ、制服の隙間から胸の谷間が見えるように角度を調整してみたりするのですよ。
…キュルケから聞いた技を使ってみましたが、効きますか?


「し、しょうがないな、れ、レディに頼まれたのならしょうがない、しょうがないね、うん。」

視線が私の顔よりも少々下なのですよ、ギーシュ…。


「よ、よーし僕、張り切って探してきちゃうぞー!」

変なテンションになったギーシュが、モンモランシーを探しに去って行ったのでした。


「さてと、私も偶然通りかかったふりをしてあちらに行くのです。
 応急措置くらいは出来るでしょう…ルイズはどうしますか?」

「行かない。」

はぁ…まったくもう、どうにもツンデレさんなのです。


「来たくなったら来て下さい。
 …あと、あまり意地を張っていると、いつか誰かに横からさらわれるかも知れないのですよ。
 案外、貴方が昔から大好きで尊敬している人とかに。」

「ど、どういう事?」

ルイズがびっくりしたように私を見つめているのです。


「言葉の通りなのですよ。
 才人はああ見えて、結構もてるのです。
貴方がしっかりしていないと、私も危ないかも…なのですよ?」

「ええっ!?」

そう言って、私は才人のほうに歩いていったのでした。


「あああああ、ミス・ロッタいい所に!
 サイトさんが、サイトさんがっ!」

テンパりまくったシエスタが、あたふたしながら才人を揺すっているのです。


「シエスタ、取り敢えず揺するのをやめてください。」

「え?あ、はい…。」

シエスタは揺するのをやめたのでした。


「うーむ…陥没とかは無いようなのですね。
 自発呼吸よし、脈もあると…出血が結構酷いのですね。
 とは言え、頭部は他の部位に比べて出血が激しくなりやすいので、傷はそれほど深くはない筈なのですよ、たぶん。」

正確なところは、モンモランシーに見せてみなければ言えませんが。


「あ、あの、ミス・ロッタ。
 そんな落ち着いている場合じゃあないのでは?」

「ギーシュ様にモンモランシーを呼びに行って貰ったのです。
 だからもう大丈夫なのですよ、安心してくださいシエスタ。」

頭部の止血方法なんて知りませんし、取り敢えず傷を押さえて血が出るのを留めるしかないのですよ。
まったく、こんな時に何も出来ない火メイジは、無力にも程があるのですよ。


「ケティー!モンモランシーを呼んできたぞー!」

「ちょっとギーシュ!手を離しなさいよこの莫迦!」

ギーシュがモンモランシーを引き摺るようにしてやってきたのでした。


「もう、一体何なのよ?
 あら、そこに倒れているのはサイト?」

「ええ、実はどこからともなく飛んできた石に頭を直撃されてしまいまして。」

石が勝手に飛んできたような物言いですが、まさかルイズの事を言うわけにも行きませんし。


「何それ?」

「原因が不明だから、そうと言うしかないのですよ。」

全く…困ったものなのです。


「…まあいいわ、兎に角飛んできた石がぶつかったのね。
 診療料金はサイトに後で請求するとして…うーん、骨も大丈夫そう。
 頭の傷を塞げば数日で完治って所ね。」

「あ…安心しましたぁ。」

私も内心安心したのでした。
大体私の見立て通りでよかったのですよ。


「ちょっと待っててね、今治癒で傷を塞ぐわ。」

モンモランシーが「治癒」を唱えると、才人の頭の傷は見る見るうちに塞がっていったのでした。


「よし…っと。
 これで何とかなる筈よ。」

将来はハルケギニアのブラックジャックになれるかもしれないのですね、モンモランシーは。


「あ、そうだ。
 もしも目を覚まさなかったり、目を覚ましても数日後に意識が朦朧としてくるような事があったら教えてね?」

才人の頭にこびり付く血を水魔法で水を出して流しつつハンカチで拭き取っていたモンモランシーが、ふと顔を上げて言ったのでした。


「そういう状態の場合、どうするのですか?」

「頭に穴を開けて血を抜くのよ。
 でないと遅かれ早かれ死んじゃうし。」

モンモランシーは、さらっとそう言ってのけたのでした。
縁起でもないのですよ、いやホント。


「まあ、頭に穴を!?
 穴を開けるだなんて、そんな…うーん…。」

シエスタは目を回して、私の方に倒れ掛かって来たのでした。


「モンモランシー、シエスタが気絶してしまったではありませんか?」

「う…平民には刺激が強かったかしら?」

気絶するシエスタを見て、モンモランシーが少々困った顔になっているのです。


「いえいえ、貴族にも刺激が強かったようなのです。」

そういって、私はモンモランシーの隣に視線を移しました。


「あ、頭に穴…うーん。」

ギーシュも気絶していたのでした。

「ずこー!?」

それを見て、モンモランシーがずっこけたのは言うまでもありません。
才人ですか?さすが主人公属性持ちと言いましょうか、目を覚ました後は何のダメージも無く元気そのものなのでした。





その夜…ルイズの部屋のドアの向こう側から聞こえる才人の悲鳴を無視しつつ自室に戻ると、机に手紙が置いてあったのでした。


「タバサ、これは誰が持ってきたものなのですか?」

いつものように定位置で、静かに本を読んでいるタバサに尋ねてみました。


「使者。」

「誰の使者なのですか?」

…それだけじゃあ、簡潔過ぎてわからないのですよ、タバサ。


「マザリーニ枢機卿。」

「ああなるほど枢機卿ですか…って、ええええええええぇぇぇぇぇっ!?」

鳥の骨に呼び出されるような事を私がしたでしょうか…していますね、ええ、してはいるのですが。


「いいノリツッコミ。」

そこでサムズアップされても困るのですよ、タバサ。


「よ、予想よりも呼び出されるのが早いような?」

取り敢えず手紙を読んでみましょうか…なになに?


「成る程…ついに姫様とも対面しなくてはいけないわけですか。」

要約すると、『才人とルイズが姫様改め女王陛下に呼び出されたからついでに来てくれ。つーか今回の件もお前が首謀者だろ?』


「バレテーラ。」

「?」

まあ、ばればれなのは最早しょうがないのですよね。


「気は進みませんが、会わなければ色々と始まりませんからね。」

本当に、本当に気が進まないのですよ。


「はああああぁぁぁ…。」

私の溜息が、部屋の中に響き渡ったのでした。





戴冠式も終わった数日後、私達はトリスタニアの王城まで来ていたのでした。

「な…なあ、俺の格好浮いてね?」

挙動不審になっている才人が、きょろきょろと周囲を見回しながら、自信なさげに歩いているのです。


「いいえ、似合っていますよ。」

「…意外と、似合っているわ。」

才人もいつものパーカー姿というわけにはいかないので、トリステイン魔法学院の制服に着替えているのでした。


「で、でもさ、みんなマントだぜ?」

王宮の中心部分ともなると、女官も全部貴族。
確かに右も左もみーんなマントなのですよね。


「そういう意味では浮いているかもしれませんが、格好としては問題無いのですよ。」

魔法学院の制服を着た才人というのも、なかなか新鮮で良いと思うのですよ。


「そうそう、下らない事を気にしないで、ちゃっちゃと歩きなさい、ちゃっちゃと。」

「ふゎーい。」

才人はやる気なさそうに返事をしたのでした。




衛兵に名を告げ、少々立ってから通されたのは、貴賓用の接待室と思しき場所なのでした。


「ルイズ!ああ、ルイズ!」

「姫さ…もがっ!?」

二人の抱擁は、姫様の胸元にルイズが包み込まれる状態になったのでした。


「むー!むー!」

いきなり視界を閉ざされたルイズが、何事かと腕をじたばたさせているのです。


「すげえ…。」

才人、鼻の下が伸びているのですよ?


「あら、ごめんなさい。
 私ったら嬉しさに我を忘れてしまったわ。」

「いきなり柔らかいのに包まれて、何が起こったのかと思いましたわ…。」

キュルケ程ではないにしろ、姫様もかなり大きいですからね。


「お久しぶりでございます姫様…いえ、もう陛下とお呼びせねばいけないのでしたね。」

「まあ!まあ!なんて他人行儀なんでしょう!
 礼儀も過ぎれば、失礼というものだわルイズ。
 私達は親友ではなかったの?」

いつもの事ですが、姫様は何をするにも少々演技がかっているのですよね。
観劇も大好きですし、生まれが違えば女優になっていたのかもしれないのです。


「いいえ、わたしは姫様の親友で間違いありませんわ。」

「よかったわルイズ、それならば呼び方はいつも通りでいいでしょう?」

枢機卿が目で駄目ですと言っていますが…まあ、今回に限っては無視しても良いでしょう。


「では今までどおり、姫様と呼ばせていただきますわ。」

ルイズも頷いて、にっこりと笑ったのでした。


「ありがとうルイズ、私的な時間まで陛下陛下では肩が凝ってしょうがないもの、やめにしましょう。
 つくづく王なんて野暮な職業には就くものではないというのが、ここ数週間で実感できたわ。
 そこにいる枢機卿や大臣や文官達が次から次へと決裁の書類を持ってきて、それに全部目を通して理解してからサインをしなければいけないのよ。
 その合間にはお茶を楽しむ暇も無く、面談を求めてくる貴族達にニコニコ応対。
 一日の予定が全部終わればもう夜中というより朝方で、疲れ切ってベッドに倒れ込んで意識を失う事だけが唯一の楽しみな毎日なの。
 忙し過ぎて死んでしまいそう!お母様も気軽に娘に譲り渡すわけよね。
 退屈になる暇も無いくらい忙しいわ窮屈だわ手は疲れるわ顔は笑顔のまま引きつるわで、日々が退屈だった王女の時代がどれだけ貴重だったのかを今更ながらに思い知らされている所だわ。」

「そ…それは何と言うか、ご愁傷様ですわ姫様。
 私にも何かお手伝い出来る事があれば良いのですけれども。」

何というデスマーチ女王、ルイズも引き攣った顔で返事を返すしかないのですよ。
確かによく見れば以前見た時よりも頬がこけていますし、目の下にもメイクで隠し切れないクマが出来ているのが見えるのです。
これは公務を放り出していた先代女王陛下のせいなのですね、間違いなく。
姫様は母親を一発殴っても良いような気がするのです。


「ルイズ、貴方のその言葉だけで、頑張ろうって気持ちになれるわ。
 あら、ルイズの使い魔さん…と、もう一人は誰かしら?」

片膝をついて頭を下げたままの私に気づいたのか、姫様が尋ねてきたのでした。


「ケティ・ド・ラ・ロッタでございます、女王陛下。」

私はそういうと、顔を上げて見せたのでした。


「陛下の思い人に死に方を提案した張本人です。」

私の言葉を聞いたと同時に、姫様の顔が青ざめていったのでした。


「あ…貴方が、あの…でも何故ここに?」

「私がお呼びしたからです、陛下。」

そういって、枢機卿が頭を下げたのでした。


「一度、会ってきちんと話をしておくべきであると存じます。」

「確かにそうですわね、枢機卿。
 でも、わざわざルイズと会う時にぶつけなくても…。」

使い魔である才人は兎に角、私は親しくもなんとも無いただの部外者ですからね。
プライベートでの友人と会うせっかくの機会に居るべき人間ではないでしょう。


「ラ・ヴァリエール嬢とラ・ロッタ嬢は、これまで何度も苦楽を共にしてきた友人と聞いております。
 であれば、彼女一人を呼び出すのではなく、この機会にすべきであると考えました。
 彼女の事を、ラ・ヴァリエール嬢とそこの使い魔の少年にも聞く事が出来ますからな。」

確かに、ルイズと才人からどう思われているかというのは大事なのですね。
話し合いがこじれて『死刑!』とか言われたら、本当に処刑されてしまいますし。


「成る程、それはそうですわね。」

姫様は納得といった感じで、うんうんと頷いたのでした。


「ではミス・ロッタ。」

「ケティとお呼びいただければ嬉しいですわ、陛下。」

私だって、淑女っぽく喋ろうと思えば出来るのですよ…背中がむず痒くなってくるので、普段はしませんが。


「ではケティも《陛下》はやめて下さいますか?
 陛下と呼ばれると、気分が公務を執行している時に戻ってしまいそうですわ。」

「はい、ではルイズと同じく《姫様》とお呼びさせて頂きますわ。」

むぅ…なんとも、背中がむず痒くなるのですよ、このお嬢様系の喋り方は。


「じゃあケティ、ついでに畏まった喋り方もやめましょう。」

「それは有り難いのです。
 実は畏まった喋り方が苦手なもので。」

ふぅ、開放されたのです。


「ケティ、私は貴方のした事を非難はしないわ。
 ウェールズは一度決めたら絶対に曲がらない人だから、私が亡命を勧めても受け入れないのはわかっていました。
 彼の意思に沿う形で、彼のしたかった事をあの場で揃えられるモノで最大限に叶えてあげた事にはむしろ感謝しています。」

「それは…意外でした。」

てっきり殺したい程怨まれているものと思っていたのですが。


「怨んでいるわよ、女としてはね。
 好きな人に二度と会えなくなった原因を貴方に押し付けたい私がいて、それが私の中で暴れ狂っているのも確かなの。
 その感情だけはどうにも出来なかったわ。」

「私にはまだそのように恋焦がれる人はいませんが、そういうのは何となく理解出来るような気はします。」

私には理性によって押さえつけ難くなるくらい好きな異性というのが出来るのでしょうか?


「女としての私は貴方を許せないけれども、女王としての私は貴方の判断を支持します。
 そのくらいの分別は…何とかつけて見せるわ。」

原作よりも少々しっかりとしているような?
まあ、この姫様となら仲良くやっていけそうなのです。


「ルイズ、ケティ、そして使い魔さんにも聞くわ。
 あの奇跡を起こしたのはあなた達ね?
 滑走路というものを学院とタルブに作っていたという報告を受けています。
 そこからソウライという、金属製の風竜のようなものを飛ばしていたと。」

「ええと…な、何の事だかわかりませんわ。」

ルイズ…その誤魔化し方は流石に白々し過ぎるのですよ。
顔が【のヮの】になっていますし…。 


「枢機卿、確か王に虚偽の報告を行う事は…。」

「はい、王に虚偽の報告を行うものは斬首とする。
 フィリップ三世王の御世で作られた法ですな。」

ぬゎ!?流血王フィリップ三世の時代に作られた法なんて、何で廃止していないのですか!?


「斬首!?」

ルイズが真っ白になったのでした。


「…とは言え、執行された例は数度しかありませぬが。
 厳格に法の執行をしたら、宮廷の貴族は皆処刑されてしまうという理由からでしょうな。」

しょうも無い理由で事実上無効化されていたから、今まで廃止されていなかったのですね。
ルイズには全く聞こえていないようですが。


「一回だけなら誤射かもしれない…と言う事で、もう一度聞くわねルイズ。
 あれをやったのは貴方達よね?」

スマイルで脅すとはなかなかやりますね、姫様。


「は…はい、その通りですわ、姫様。」

引き攣った顔で頷くしかないルイズなのでした。


「あははは…は。」

ううむ、所詮国家というものはでかい893に過ぎないなんて話を聞いた事がありますが、成る程確かにそんな気もしてきたのですよ。
姫様ってば、いつの間にか親分の貫禄なのです。


「私は正直な人が大好き。
 正直な親友を持つって素敵よね、ルイズ?」

「はい、そうですわねひめさま。」

『法がある以上は執行されるかもしれない』という恐怖を利用した、いわゆる《抜かない伝家の宝刀》なのですね、この法は。


「使い魔さん、貴方はソウライという軍艦すらも数発で撃沈してしまう大砲がついた金属製の風竜を操って、敵の竜騎士を竜ごと木っ端微塵にして見せたとか。
 あのアルビオン竜騎士が恐慌状態に陥って、散り散りに逃げ去ってしまうなんて、初めて聞いたわ。」

「はっ、恐縮であります!」

直立不動で何故か姫様にビシッと敬礼して見せた才人なのでした。
姫様の脅しが効き過ぎなような気がするのですよ。


「貴方の功績は爵位叙勲に値する働きだけれども…まだこの国の法はそのあたりを改正していないから、メイジではない平民を貴族にする事は出来ないのよ。
 御免なさいね。」

「はぁ…。」

才人には爵位というのがどんなものか、いまいち理解出来ていないようなのですね。


「そんな、この犬に爵位だなんて、勿体無いにも程がありますわ、姫様!」

「犬?」

ルイズが姫様に妙な事を口走り始めたのを尻目に、才人にそっと話しかけてみるのです。


「才人、才人、勿体無い事に気付くのですよ。」

「何でさ?
 爵位あったってどうなるもんでもないだろ?」

才人は不思議そうに首を傾げるのでした。


「この国で爵位というのはすなわち『国家公務員』の事なのですよ。
 領地が無い貴族には、国から爵位に応じた給料が頂けるのです。」

「おお、何だかようやく事の重大さが理解できたぜ。
 確かにそれは勿体無かったな…。」

安定した給料と生活、爵位が高ければいっぱいもらえますし、夢の公務員ライフが約束されているのですよ。


「…で、犬っていったい何なのルイズ?」

「ななな、何でもありませんわ。
 ええ、わたしの特殊な趣味的な話なので、どうかこれ以上聞かないで下さいまし!」

ルイズ…ぶっちゃけ過ぎなのですよ。


「ええ、怖いからこれ以上聞かないでおくわ、ルイズ。
 あとケティ、貴方はソウライが何であるか理解した上で、それを運用する為に出来得る限り場を整えたのよね?」

「はい、その通りなのです、姫様。
 あの空飛ぶ金属の竜…飛行機は、ロマリアの焚書を免れた文献の中に記されていたものだったのです。」

まるきり嘘なので、ばれたら斬首なのです。


「あれを空中に浮かせる為には滑走路という空に飛ぶ為の道が必要となるので、学院長にお願いして作らせていただきました。」

学院長にセクハラされた悪夢が蘇るのですよ、うぅ。


「あと姫様、ルイズの事ですが、彼女は虚無に目覚めたのです。」

「そうね、あの光は虚無でしかありえないわ。
 これの意味する所は、私を含めて今の王家が正統では無い事を指すわね。」

姫様はうんうんと頷いて居るのです。


「…というわけでルイズ、虚無に目覚めたついでに女王なんてどうかしら?」

「無茶言わないで下さい姫様!」

あまりの事にルイズが悲鳴を上げたのでした。
姫様、そんな何かのおまけみたいに…。


「女王なんて、短気な私に勤まるわけがありませんわ!」

「大丈夫大丈夫、私も無理かと思ったけど何とかなっているもの。
 ルイズは昔から私よりも頭の回りも早かったし、立派な女王になれる筈よ。」

おほほほと笑いながら、姫様はルイズを諭しているのです。
周囲の国は王位を巡って血みどろのパワーゲームを繰り返しているというのに、この国は…。


「駄目です!駄目です!駄目です!絶対に!駄・目・で・すっ!
 というか姫様、面倒臭いからわたしに押し付けようとしているでしょ!」

「あら、ばれた?
 おほほほほほ。」

笑って誤魔化しても駄目なのですよ、姫様。


「姫様はいつもそう、面倒な事は私に押し付けて楽をしようとするんだわ!
 三年前の晩餐会の夜に、わたしを薬で昏倒させて髪まで染めた挙句、身代わりを押し付けてふらーっと散歩に出かけた事、今も忘れてはいませんわよ!」

「あの時はウェールズと会うという、大切な用事があったのよ。」

うわぁ、男と会うために親友を薬で昏倒させて髪まで染めたのですか。
流石は水のトライアングル、いちいちえげつない事をするのですね。


「す…すげえな、あの姫様?」

こそっと才人が私に話しかけてきたのでした。


「目的の為には手段を選ばない気質とか、為政者には持ってこいの性格なような気はするのですよ。」

「そんなもんなのか、政治家って?
 ニュースでは汚職だの何だのが散々批判されていたけど。」

才人の頭にはてなマークが浮かんでいるのが見えるようなのです。


「国家の運営もまともに出来ない癖に、汚職なんて大それた真似をするから捕まるのですよ。
 どんなに汚職にまみれようが、国家の利益を誰よりも引っ張ってくる事が出来る人間なら、誰も逮捕したりはしないのです。」

「それはそれでどうかと思うけど?」

能力が下がっていらなくなったら逮捕して、ある程度財産剥ぎ取ればいいだけなので、気にしなくても良いのですよ。


「それよりも、あっちなのですね。」

枢機卿も、何時まで傍観しているつもりなのやら?


「これほど頼んでも駄目?」

「駄目ったら駄目です!」

王位の押し付け合いという醜い争いは、未だに続いているのですよ。


「はぁ、面倒臭いけれども仕方が無いわね…でも困ったわ、だって正統の証である虚無は貴方の下にあるんですもの。
 虚無の家系が王家ではないとわかったら、貴族の支持が取り付けられなくなるかもしれないわ。
 私だって、今はあの戦いの立役者に無理やり祀り上げてもらっているからいいものの、こんな人気はすぐに萎んでしまうでしょうし。」

「そんな事を言われても、私だってラ・ヴァリエール家の嫡子ですもの。
 あの家を潰すわけにはいきませんわ。
 んー…。」

何故ルイズの視線がこっちに?


「…ケティ、何か良い考えは無い?」

「ええと、何故私に?」

枢機卿がいるでしょうに、枢機卿が。


「困った時のケティ頼み?
 兎に角お願い、何か良い解決方法思いつかない?」

何なのですか、それは。


「…姫様の次の後継者は、姫様が将来誰と結ばれて子供が出来ようが、絶対にルイズかルイズの子供かに継がせるように継承権を設定すれば良いのでは?
 現状は法律では王に生まれた嫡子かその配偶者、嫡子が幼ければ妻を次の王とする事が定められていますが、この法に一代限りとする事を入れた上で追加の条項を加えれば良いと思うのですよ。」

「ケティが何言ってんのか、さっぱりわかんねえ。」

おバカな才人は、少々黙っていると良いのです。


「次の王位継承者が虚無が出た家系にあると知れれば、それを現在の王家が保障している事を宣言したならば、貴族は虚無の家系が王家であり続ける事に安心する筈なのです。」

「で、でもそれだと、もし姫様に子供が出来た場合、混乱しない?」

ふむ…確かに。


「では、姫様に子供が出来た場合は、その子供をラ・ヴァリエール家の子とすれば良いでしょう。
 虚無が王権を保障しているのですから、傍流が嫡流に、嫡流が傍流に入れ替わるという事なのです。」

こういうのは出来る限りシンプルにしておかないと、後々の火種になりかねないので、シンプルにしてみたのでした。


「確かに、その方法は簡単でわかりやすいわね。
 ではそうしましょう。
 事が事だし法をいじるのには時間がかかるとは思うけれども、そういう風にするのが良さそうね。
 ラ・ヴァリエール公爵にも、然るべき時が来たら話をする事にするわ。
 これで良いかしら、枢機卿?」

「はい、これで宜しいかと。
 あと付け加えるとすれば、出来るなら将来生まれる陛下とラ・ヴァリエール嬢の子同士を許婚にしておくべきでしょうな。
 今の王家に忠誠を誓うものも少なからずおりますので。」

その点をすっかり失念していました。
さすが枢機卿、パーフェクトなのです。


「それは何時の事になるかわから無いけれども、そうしましょう。」

問題は、才人が両方の子供の父親になる可能性があるという事なのですよね。
まだまだ先の話にはなりますが、さて、どうしたものやら?


「ではルイズ、始祖の祈祷書と水のルビーは貴方が持っておきなさい。
 私の具合が少しでも悪くなったらすぐにでも王位を押し付け…もとい、禅譲できるように。」

「今すぐお返ししますわ!」

ルイズはそう言うと、始祖の祈祷書を姫様の豊かな胸元に押し付けたのでした。


「私が持っていても仕方の無いものでしょ。
 虚無の担い手が持っていて意味があるものなのだからっ!」

姫様も負けじと始祖の祈祷書をルイズの薄い胸元に押し付け返したのでした。


「私が持っていたら、姫様は明日にでも謎の病で倒れるつもりでしょ!」

「いくら私でもそこまでしないわよっ!」

始祖の祈祷書の押し付け合い…。


「どうでも良いけど、頑丈だな、あの本。」

才人がボソリと呟いたのでした。


「本当なのですねー、さすが伝説ー。」

この光景をジョゼフ王に見せたら、トリステインにちょっかい出すのはやめるかもしれないのですね。


「うにゅにゅにゅにゅにゅ!」

「ぐにゅにゅにゅにゅにゅ!」

二人とも、人には見せられない顔になっているのですよ。


「そんなに不安なら、誓約書を書くわ。
 私ことトリステイン女王アンリエッタ・ド・トリステインは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを騙して王位に就かせない事を始祖に誓います。
 …これでどうかしら?」

「うぅ、始祖に誓われたのであれば、信用いたしますわ。」

あちらも、やっと話がついたようなのですね。


「ああそうだわ、ついでにこれもあげる。」

「な…ナンデスカ、姫様?」

ルイズがめっちゃ不安そうなのですよ。


「んー?王宮を含む、全ての国家施設への無制限の立ち入り許可証、軍や警察を含む公的機関を行使する時の無制限許可証。
 あと、殺害行為を含むあらゆる犯罪行為への免除許可証。
 これだけ権限をてんこ盛りにすれば、貴方に正攻法で逆らえる人間はこの国には権限を与えた私くらいしかいなくなったと言えるわね。
 はい、あげる。」

「こここ、こんな無茶苦茶な権限、いただけませんわ!」

思わず受け取ったルイズが、目を回して焦っているのです。
MI6のゼロゼロナンバー以上の超法規的権限なのですね。


「貴方は次期国王だし、本来は例え私が嫌がっても退位させて王位に就くべき人間なのよ。
 その程度の権限は今から持っておくべきだわ。」

「ででででも!」

震えすぎて、ルイズがぶれて見えるのですよ。


「使うか使わないかは貴方の自由よ。
 ちょっとしたお守りだと思って持っておきなさい。」

「そうそう、もらえるもんは貰って置けよ、何だか知らんけどすげぇものなんだろ、それ?」

才人の発想は少々安易ですが…確かに、貰っておいて損は無いのですよ。


「わかりました、貰っておきますわ。」

「そうそう、権力を使う事の練習だと思っていればいいのよ。
 あとケティ、貴方にはこれを。」

そう言って、姫様がさらさらっと買いて渡した書類に書いてあったのは…。


「公的機関の使用許可証…なのですか?」

「そう、貴方の身分は表向き私付きの女官という事にするわ。
 何をするにもある程度の権限は必要でしょう?
 警察権とかは流石に無理だけれども、それで国の機関である学院などは無条件で貴方に協力させる事が出来るわ。」

おお、これで何かあるたびにあのエロ爺の前でいちいち踊らずに済むのですね。


「あと使い魔さん…サイトでしたか?
 貴方にはこれを。」

そう言って、姫様は箱をレビテーションで浮かせて机の上にドンっ!と置いたのでした。


「これ、何ですか?」

才人は箱を不思議そうに眺めます。


「じゃじゃーん。」

そういって開かれた箱には、金貨がぎっしりと詰まっていたのでした。
それにしてもこの姫様、ノリノリなのですね。


「ざっとですが、2~3万エキューはありますわ。
 爵位の叙勲が出来ない代わりに、これで我慢してくださいね。」

「う、うっス。」

その金貨の量に、軽く目を回してしまった才人なのでした。


「貴方には期待しています。
 ルイズを守ってあげてくださいね。」

上目遣いで目をキラキラを素でやってのけるのが姫様の凄い所だと思うのですよ。


「も、もちろんです。」

あーあ、才人ってば安受けあいしちゃったのですよーだ。



[7277] 第二十二話 媚薬なんか作るからこんな事になるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/22 10:03
媚薬、それは人の心を性的に操る薬
地球でも色々と媚薬は開発されてきましたが、全部興奮剤の類なのです


媚薬、それは相手を熱烈に愛するようになってしまう薬
人の心を容易く操ろうなんてのは、間違っているのですよ


媚薬、それは偽の恋愛を引き起こす薬
性的に操ったって、本当の恋愛には程遠いのです







「やっちまった。
 金貨のインパクトと姫様の微笑みに釣られてつい…。」

才人が頭を抱えているのでした。


「東に行きたいとか言っていたのに、安請け合いしちゃって。
 取り敢えず、頭抱えたまま歩くとか、奇怪だからやめなさいエロ犬。
 姫様の微笑みに盛るなんて、不敬よ、不敬、斬首ものだわ。」

「さ、盛ってなんかいねぇよ。」

顔を赤くしているところを見ると、姫様の色気に一撃でやられたのが丸わかりなのですよ、才人。


「はは~ん、顔を赤くして何言ってんだか、このエロ犬は。
 あんたが盛っているかどうかなんて、このご主人様にはまるっとお見通しなんだからねっ!」

「ああそうさ、姫様にドキドキしちまったよ不覚にも。
 悪いか?いいや悪くないね。
 俺には別に恋人がいるわけでもないし、可愛い女の子に微笑みながら頼まれたら嬉しくなるのは男の性ってもんだ。」

うわ、正々堂々と認めやがったのですよ、才人。


「悪いか?ええもう悪いわよとっても重罪よ、だって…だだ、だって、だだだだ。」

ルイズが壊れたCDみたいになったのですよ。


「ととと、兎に角、駄目なものは駄目なの!
 あんたは私の使い魔なんだから、私そばにいなきゃ駄目なのよ。
 それが決まりでルールで規則なのよ、義務なの!」

兎に角、一緒に居ろという事なのですね、わかります。


「わけわかんねえよ。
 なんかすげえがんじがらめな感じ?」

ううむ、全然気づかずに不平を漏らしているのです。
鈍すぎるのですよ、才人。


「義務とか規則とか、そういう言葉で縛られるのってすげームカツク。」

中二病ですか…まあ、思春期に良くある麻疹みたいなものですね。
ルイズの気持ちを全く酌めていないのが物凄く不味いのですが。


「なんですって!?」

はぁ…ルイズはどこかに行っちゃ嫌と言っているのに、才人は気づかないと。
…まあ、私も同じ立場に追い込まれたら、恥ずかしくて抽象的な物言いになってしまう可能性が高いのですが。


「おやまあ…。」

いつの間にか才人が居なくなっているのですよ…私まで置き去りなのですね。
ルイズがぽつーんと一人で突っ立っているのです。


「そんな…言葉で縛る気とか、無いもん。」

軽く涙の浮かんだ瞳で、ボソリと独り言。
二人とも、私を完全に置き去りにして話を進めているのが、ちと気に食わなかったのですが、このルイズを見られただけで全部チャラなのです。
こ、これは…とても萌える。


「伝えたいけど伝えられないその気持ち…乙女なのですね。」

これはハグせざるを得ません。
ええ、ええ、不可抗力なのですよ、必然なのです。


「わきゃっ!?
 な、なんなの…って、ケティ?
 あ、あれ?才人と一緒に行ったんじゃ?」

「取り敢えずあの乙女心の『お』の字もわからない、朴念仁は放っておくのですよ。
 いずれ心配になって探しに来るに決まっているのです。」

んー、ルイズ、良い匂いなのですよ。


「うぃーっく!」

その時、ドシンと私の背が何者かに押されたのでした。


「うひゃぁっ!?」

「むぎゅ!?」

私とルイズはよろけてそのまま転んでしまい、ルイズは私の下敷きに。
ルイズ一人なら、かすりもしなかったでしょうに、私が抱きついていたばかりに避ける事もままならなかったようなのですよ。


「おうおう貴族の姉ちゃん達、ぶつかっておいて御免なさいも無しかよ?ひっく!
 うぃー…誰のおかげで、この国が守られたと思ってんでぃ!」

「んなっ!?ぶつかったのはそちらでしょう?」

戦に勝って大喜びなのは良いですが、昼間から泥酔し過ぎなのですよ、兵隊さん?


「姉ちゃん良く見りゃけっこう別嬪じゃねえか。
 酌しろや、そしたら許してやらあ。」

酒癖の悪そうな兵隊は、そう言って私の肩を掴み、酒臭い息をかけて来たのでした。
…酔っ払いだと思って、大目に見ていましたが、少し頭を冷やしてもらいましょうか?


「それ以上の狼藉を働くようなら、こちらにも考えが…って、何なのですか、ルイズ?」

「ケティ、ちょっと、退いて…。」

「る、ルイズ、何を?」

ゆらりと立ち上がったルイズが、私を押しのけたのでした。


「あ?なんだこの小娘?子供が何の用だよ?
 俺はこっちの姉ちゃんに用があって…。」

「ケティより、私の方が年上よぱーんち!」

ルイズの全体重を乗せた拳が、兵隊の腹に深々と突き刺さったのでした。


「ぐはぁっ!?て、てめえ何を…。」

「誰が子供よきーっく!」

パンチに体をくの字に曲げた兵隊の顔面に、ルイズのひざ蹴りがめり込んだのでした。


「が…ぁ!?」

あまりの衝撃に、兵隊の体がぐらりと揺らぎ、倒れてしまったのでした。


「何で年下のケティは姉ちゃんで、私が子供なのよ!
 あんた目がおかしいんじゃないの!?
 だいたい何で昼間っから酒呑んでんのよ!昼間に酒とか馬鹿じゃないの!
 酒は夜になってからゆっくり楽しむものだって事くらい知らないわけ!?」

「……………。」

へんじがない、ただのしかばねのようなのです。


「私は今とっても気が立ってんのよ、刺激しないでよホントにもう!」

「ルイズルイズ、その兵隊さんは既に気絶しているのですよ。」

泥酔していたのが原因なのでしょうが、兵隊はあっさりと意識を手放してしまっていたのでした。


「ああっ、ジャン!?
 てめえ、何処のモンだか知らねえが、何しやがんでい!」

「よくもジャンを!」

殴り倒された兵隊の仲間と思しき兵隊たちが、わらわらと出て来たのでした。


「その倒れている愚かものが、私達にぶつかっておきながら絡んできたので、ルイズが軽くのしただけなのですよ。
 とっとと連れてどこかに行けば、この件は見逃してあげます。」

「なんだと、小娘の分際で生意気言いやがって!
 こちとら兵隊様だ、いくらメイジでも小娘ごときに怯むかよ!」

ああもう、なんだってこんな酔っぱらった兵隊ばかりがわらわらと。


「そこまで言うなら良いでしょう、かかって来なさいな?」

ブルース・リーみたいに、掌をくいっくいっと曲げて、挑発してみたりして。


「わわ、なんだかケティが怒ってる?」

ルイズがびっくりしていますが、当たり前なのですよ。
王都の治安を守るべき兵が、酒呑み過ぎてくだ巻いて一般市民に迷惑をかけているのでは、本末転倒も良い所なのです。
貴族として、これを見過ごすわけにはいかないのですよ。


「この小娘がぁ!殴り倒したら今夜は全員の相手をさせてやるから覚悟しやがれ!」

「まぁ怖い、それは負けるわけにはいかないのですね。
 取り敢えず、頭冷やしましょうか?
 私の炎は頭を冷やすのにはもってこいなのです。」

そう言って、私は呪文を唱え始めたのでした。


「近距離で呪文だぁ?舐めやが…うお!?」

「わたしを忘れるとか、莫迦ね。」

ルイズは私に殴りかかろうとした兵隊の腕を掴んで引っ張り、その勢いを利用して兵隊の巨体を宙に舞わせ地面に落としました。


「眠っていなさい。」

「ぶっ!?」

そう言って、ルイズは兵隊の頭を思い切り蹴飛ばして気絶させたのでした。
…ううむ、これは合気道か何かですか?
いったい誰に教わったのだか。


「わたしは魔法が昔から大の苦手だったけどね…殴ったり蹴ったり投げ飛ばしたりするのは昔から大の得意よ?」

ううむ、炎の矢で吹き飛ばそうと思っていたのですが、虚無の使い手なのにガンダールヴみたいなのですよ、ルイズ。
これからはラ・ヴァリエールの喧嘩番長と呼びましょう、怖いから心の中でこっそりと。


「ルイズ、大丈夫か…って、めっちゃ大丈夫そうだな?」

騒ぎを聞いて駆けつけてきた才人が、拍子抜けした表情でルイズに言ったのでした。

「勿論、酔っぱらった兵隊程度なら、私でもどうにかなるわよ。」

普通はどうにかならないのですよ、ルイズ。
私だって杖が無かったら、あっという間に組み伏せられてしまうのです。


「まあいいや、こっちは三人、そっちも三人。
 おれも強いぜ、さあどうする?」

「お、やっと出番か?斬れるのか?斬れるんだな?
 抜かれるよ、そして斬るよ!」

才人はデルフリンガーの柄を握って見せたのでした。
まあそれは良いとして、黙れ妖刀。


「う…きょ、今日の所は見逃してやらあ。」

「覚えてやがれ!」

兵隊たちは、倒れた仲間を担ぐと立ち去って行ったのでした。
デルフリンガーの放った殺気というか食欲というか、そんなものに気圧されたのですね、わかります。


「びびび、びっくりした…。」

兵隊たちが去って行った後、ルイズはぺたんと座りこんでしまったのでした。


「とっさに体が動いてくれてよかったわ。
 あと、相手が泥酔していて助かった…。」

「ぶっつけ本番だったのですか、ルイズ?」

私がそう聞くと、ルイズは無言でこくりと頷いたのでした。


「取り敢えずハッタリかまして、あとは高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する…ケティが良く使う手でしょ?
 私はケティみたいに口が上手くないから、いちばん得意な方法でやったけど。」

何処のアンドリューさんなのですか、私は。
確かにハッタリかまして驚かせた後で、自分の思う方向に口八丁手八丁で誘導するという方法をよく使いはしますが…。
取り敢えずブッ飛ばしてから『話し合う』のは私ではなく、某時空管理局のN.Tさんの十八番なのですよ。


「成程、自力でなのは式説得術を会得したのですね。
 おめでとうございます。」

「えーと、よくわからないけどありがとう。」

きょとんとした表情で、ルイズは私の賛辞を受け入れたのでした。


「あと、あの許可証を使わなかったのも、良い判断だったと思うのです。」

「勿論、あんな雑魚相手に使ったりはしないわよ。
 ああいうものはしかるべき所で必要な時だけ使うというのが鉄則でしょ?」

さすがルイズ、権限を行使する際のTPOは理解していましたか。
後は…。


「才人、怒るのは貴方の勝手ですが、はぐれないようにして欲しいのです。」

「え?俺ってはぐれてたの?」

私とルイズは二人、才人は一人。
どちらが迷子かなど一目瞭然なのですよ。


「はぐれないように…こうしてしまいましょう、えいっ。」

そういって、私は才人の左腕に腕を絡めたのでした。


「え…ちょ!?」

「なななな何してんのよ、ケティ!?」

才人は顔を真っ赤にして恥ずかしがり、ルイズは顔を真っ赤にして怒っているのです。


「ほらほら、ルイズも右腕にしがみ付くのですよ、早く早く。
 こうしておけば、才人が私たちからはぐれて迷子になってしまう事も無いのです。」

そう言って、ルイズを促してみたのでした。


「う…し、しょうがないわね、あんたが迷子になると探すのが面倒だものね。」

「ぬぉ、ルイズまで!?」

ルイズも顔を真っ赤にしながら、才人の右腕に抱きついたのでした。


「べ、別に二人して抱きつかなくても…。」

才人は慌てて私たちを振りほどこうとしますが、かかる力が弱弱しいのですよ。


「両手に花なのですから、役得だと思って観念するのですよ。」

「そうそう、観念なさい。」

生まれて始めてのモテモテイベントを楽しむが良いのですよ、才人。


「仕方がねえなぁ。」

とか、溜息を吐く才人ですが、顔のにやけが抑えきれていないのですよ。

見回してみれば王都トリスタニアは戦勝ムードの真っ只中。
町の中には露天が立ち並び、兵隊外にも酔っ払った人たちがちらほら歩いているのです。
まさにお祭り、浮かれて酔っ払い過ぎた兵隊とかがいなければとってもいい雰囲気なのですよ。


「日本の祭もこんな感じだったなぁ…。」

うっ、気づけば才人が望郷モードに…。
ルイズが『どどどどうしよう?』と目配せしてきます。
いや…ホームシックに妙薬は無いのですよ?


「ああっ、あれ、あれ、あれが見たいわ才人。」

ルイズが指差したのは、露天の装飾品店なのでした。
ナイス話題逸らしなのです。


「ああ、良いのですね、私も少々覗いてみたいのです。」

装飾品ゼロの私が言うと空々しいような気もしましたが、仕方がありませんよね。


「二人がそう言うなら、行ってみっか。」

才人が頷き、私たちは露天に向かって歩いていったのでした。


「ふーん…ふむふむ。」

ルイズが棚に並んだペンダントやら指輪やらを興味深く見ているのです。
見たところ大半が銀製で、そこそこな代物ですが、トリステインの貴族が好むデザインではないのでした。
おそらくこの派手さから言うと、派手な装飾を好むロマリアでもずば抜けて派手好きの人間がこしらえたものの…コピー品ではないかなと思われるのです。
キュルケなら喜びそうですし似合うかもなのですよ。
入っている宝石が水晶で無ければ…なのですが。


「あ、これ良いかも?」

それは確かに今まであったものの中では一際地味というか落ち着いたデザインであり、トリステイン貴族の許容範囲に入るデザインなのでした。
…やはり宝石が安価な水晶ですが。


「欲しいか?」

「でもわたし、持ち合わせが無いわ。」

ルイズは残念そうに溜息を吐いたのでした。


「それでしたら…4エキューに負けておきましょう。」

「うぅ、あと一声欲しいところだわ。」

店主が値引いてくれましたが、ルイズは悩んでいるのです。


「デルフリンガー買ったせいで、今月分のお小遣いが底を尽きかけているのよね。」

「残念ですが、これ以上は引けませんや。」

そういいながら、店主はその首飾りを引っ込めようとします。


「よし、買った。
 …ンでケティ、4エキューってどんくらい?」

「その金貨を4枚なのですよ。」

先ほど姫様から貰ったお金は、後で学院に届けてもらえるそうなのですが、その前に才人は一掴み分のエキュー金貨を、持っていたがま口財布に入れていたのでした。
がま口の財布なんて久しぶりに見たのですが、才人はあれを地球でも使っていたのでしょうか?
渋い、渋すぎるのです。


「サンキュー、じゃあはい、4エキュー。」

「まいどあり、はいどうぞ貴族のお嬢様。」

残念そうだった店主の顔がびっくりするくらいの笑顔に変わり、ルイズに首飾りを差し出したのでした。


「わ、ありがとう才人。
 ど…どうかしら?」

貝殻細工に銀の鎖を通して作られた首飾りは、ルイズに似合っていると思うのです。


「お、おう、似合っているぜ、綺麗だと思う。」

「ええ、よく似合っているのですよ、ルイズ。」

「えへへへ、そう?」

私達が褒めると、ルイズは照れたように笑って見せたのでした。


「そうだ才人、ケティにもなんか買ってあげなさい。」

「確かにそうだな…ケティは何が欲しい?」

急に私に振られても、装飾品類は姉さまたちのお下がりだったので、今までこだわった事がないのですよ。


「え?えーと…うーん…。」

他人の事ならある程度わかりますが、いざ自分となると何をどうしていいのやら?
ルイズより安そうなのは…。


「これなんてどうかしら?」

ルイズが指差したのはルイズと同じような細工が施された貝殻細工を嵌め込んだ銀の髪留めなのでした。
でも、どう見てもルイズが持っているのよりも、銀の量が多くて高そうなのですよ、これ。


「それでしたら…。」

店主は私の顔をちらりと見てから。


「…仕方がねえ、さっきと同じ4エキューで結構でさあ。」

空気を読みましたね、店主。
天晴れなのです。


「はいどうぞ、貴族のお嬢様。」

手渡されはしましたが、鏡も無しにこれを付けるのは至難の技なのですよ。


「私が付けてあげるわ…よいしょ…うん、こんな感じね。
 やっぱり、このくらいの髪の長さには、こういう髪飾りが一番似合うわ。
 ワルドに髪をやられて落ち込んでいたから、気になっていたのよね。」

ルイズってば、私の髪の事を気にかけていてくれたのですか。


「どうサイト、似合うと思わない?」

「うんそうだな、似合っていると思う。
 なんだか、すげえ可愛い感じになった。」

才人もにっこりとそう言ってくれたのでした。


「あ、ありがとうございます。」

正面からそんなことを言われると、照れてしまうのですよ。
思わずもじもじしてしまうのです。


「う…ええと、じゃ、じゃあそろそろ帰る…か…!?」

いきなり帰ろうとした才人の動きがぴたりと止まったのでした。


「お…お…おおおおおおぉぉぉぉぉ。」

才人はふらふらとその露天まで歩いていき、一着の服を手に取ったのでした。


「こ…これは。」

「お客さん、お目が高いねえ、それはアルビオンの水兵服でさ。」

水兵服、つまりはセーラー服…才人の心の中が手に取るようにわかるのですよ。
なんという煩悩まみれ。
さっきの感動を返せコンチクショーと言いたいのです。


「い、い…いくら?」

「4着で1エキューでさ。」

高っ!?
古着にその値段はボッタクリもいいところなのですよ。
完全に足元見られているのです。


「買ったっ!」

才人…まさか私にそれを着ろとか言わないでしょうね?







「頼む!これを着てくれっ!」

「炎の矢。」

予想通り繕い直したセーラー服を差し出してきた才人を、炎の矢で問答無用でぶっ飛ばしたのでした。


「だ、だって…シエスタだと日本の女子高生的な雰囲気が再現できなくて。」

煙を上げながら、それでもセーラー服だけは死守した才人が、私に訴えかけてくるのです。


「私だって、前世の記憶は男のものなのですよ。
 しかも今の私はどう見ても欧州系コーカソイド。
 女子高生を再現なんて、出来るわけが無いのです!」

部屋にタバサが居なくて良かったのですよ。
彼女は現在お出かけ中、今頃ラグドリアン湖畔の実家に居る筈なのです。


「中身に日本人の部分があるってだけで、かなり違うような気がするんだよ。
 頼むよぉ…俺の望郷の念を満足させてくれ、お願いだよぅ。」

望郷の念というよりも、ただの煩悩のような気がするのですが。



「頼むぅ、一生のお願いだよぅ。」

ああもう、これは着なければ収まりがつかなさそうなのですね。


「はぁ、わかりました…着ますから存分に失望すれば良いのですよ。
 で…何時まで部屋に居るつもりなのですか?」

何度か裸を見られてはいますが、だからと言って着替えを見せる気はないのですよ、才人?


「わかったヨ、何時までだって待つさァ。」

目を虚ろに…しかし爛々と輝かせた才人が、ふらりふらりと歩きながら、部屋を出て行ったのでした。
物凄く、判断を誤った気がするのですよ。


「まあ、言ってしまったものは仕方が無いのですよね。
 着替えますか。」

このスカートは学院の制服を改造したものなのですね…無駄に凝っているというか。
兎に角着替えましょう。


「スカーフを巻いて…これでよし…と。
 才人、着替え終わったので、入って来て良いのですよ。」

「おう、失礼するぜ。」

着替えが終わり、姿見で自分の格好を確認してから才人を呼びました。


「炎の矢。」

「ふんぎゃー!?」

炎の矢で才人をもう一度ぶっ飛ばしたのでした。


「な…何すんだよ、ケティ?」

「才人、これはどこの風俗嬢の格好なのですか?」

上着の丈が短くて臍は丸出しですし、スカートも少し動けばパンツが見えてしまうくらい短いのです。


「い…いやだってさ、何つーか、男の夢って感じが。」

「絶望した!才人のオッサン臭さに絶望したっ!」

そんなオッサン臭い嗜好、前世の私ですら持っていなかったというのに、この高校生ときたらっ!
…と、ふと気付くと、才人が倒れたままなのに気付いたのです。


「ど…どこ見ていやがりますか、才人?」

「え?いや、うん、男のロマン的な領域?」

才人の顔からだらだらと滝のように汗が流れ出て居るのです。


「でてけーっ!炎の矢!」

「すんましぇーん!」

才人には炎の矢と共に御退場願ったのでした。


「さて…このセーラー服、どうしましょうか?」

丈を直してもう一度着てみましょうか?
こういうものに興奮する趣味はありませんが、郷愁みたいな感覚はありますし。


「才人はなっちゃいないのですよ、美学に欠けるのです。
 セーラー服といえば、膝下までの丈のスカートに白ハイソと相場は決まって居るのですよ。」

あれ?どこからともなく、お前もかというツッコミが聞こえたような気が…?




次の日の夜、悲鳴と共に才人が走っていったので、後をつけてみる事にしたのでした。
入っていったのは…モンモランシーの部屋?
ひょっとして、媚薬のエピソードなのでしょうか?
取り敢えず、私もノックをして入る事にしたのでした。


「モンモランシー、入りま…。」

「こぉの駄犬がああああぁぁァァァっ!」

私がドアのノブに手をかける前に、ピンク色の突風がドアをぶち破ったのでした。


「あらー…。」

中に入ると、ギーシュは変な薬品を全身に浴びて痙攣しており、モンモランシーはベッドに突っ込んでいるのです。


「な…何考えてんのよ、あんた達…ガク。」

あ、モンモランシーが力尽きたのです。


「丁度いい所に着たわねケティ、才人を一緒に探して頂戴。
 景気付けにこれでも半分飲んで。」

「ちょ、うぷっ!?」

そう言って、ルイズは何時の間にやら手に握ったワイングラスの中のワインを私の口に半分注ぎ込み、それから自分も一気に呷ったのでした。


「ぷはぁ!いいワインね、これ。」

確かに美味しいワインでしたが、これは…かなりまずい事になったような気が。


「さあ駄犬、出て来なさい!」

「サイトハ、ココニハイマセンヨー。」

「そこかっ!」

そう言って、ルイズはベッドの布団を剥がしたのでした。


「ああぅ、あぅ、あぅ…。」

才人の怯えた顔を見た途端、私の心に電撃が走り始めたのですよ。
まずい、このままでは私まで才人に。


「こ…これに抵抗しろとか無茶な…でもしなきゃ、心が陥落してしまうのです。」

「才人の莫迦、莫迦莫迦莫迦、何でわかってくれないのよぅ。
 酷いわ、酷過ぎるわ。」

ルイズが才人をポカポカと叩いているのです。
いつもの無双っぷりが嘘みたいな、可憐で華奢な見た目にぴったりな弱々しい叩き方。
あれは完全に堕ちてしまっているのですね。


「な…なんで、体が勝手に…。」

体が勝手に才人の方に向かって歩いていくのです。
ああ、何というか才人がとても格好良く見えるのですよ。


「才人…大好きなのです。」

薬で変えられた感情だというのは理解しているのですが、抑えきれないこの感情はいかんともし難いのです。


「うぉ、ケティまで!?」

「こんな感情、正常ではないのに、何故抑えられないのでしょう。
 理性が塗り潰される感覚が、なぜかとても心地良いのです。」

ああもう、これで私は役立たず決定なのですよ。
その前に、私とルイズが迫るのに才人が耐え切れるのでしょうか。
耐え切れなかったら、薬が解けたあと物凄く微妙な事に…でもそんなのどうでも良いから全てを委ねてしまいたいのです。
…って、まだ駄目なのですよ、それは。


「ぐっ…さ、才人、私はあなたの事が大好き…ではなくて、何か強制的に異性に好意を持たせる魔法が私とルイズの心を蝕んでいるようなのです。
 というかモンモランシー、さっさと白状なさいな!」

「う…嘘、あの薬に耐えているの、ケティ!?」

モンモランシーがびっくりって、どんだけ強力な媚薬なのですか、これは。


「もうすぐ完全に心が塗り潰されるでしょうけれどもね。
 材料費が足りないなら私があとで立て替えますから、解除の薬を早く作ってください。
 それと、才人に手早く眠る為の睡眠薬を処方して欲しいのです。
 あと、今回私は役立たずと化しますから、後は宜しく。」

「ちょっと、まって!?」

薬に逆らったままでは私の心が壊れてしまいますから、逆らうのをやめて、薬の効果に身を委ねるとしましょう。
ああ…もう駄目…才人大好き…。





《才人視点》
「パ、パラダイス地獄だ…。」

「んぅ…。」

「くー…。」

右手にはルイズ、左手にはケティ。
美少女に挟まれて今俺は…眠ろうとしても眠れない。
二人の柔らかい色んな部分が俺に押し付けられてくるんだから、興奮して眠れる筈がねーだろ!


「そ、そういえば、モンモランシーから貰った睡眠薬があったな。」

正気を失う前のケティは、これを見越してくれていたらしい。
これはとても有り難いぜ。


「飲むと朝までグッスリ気絶するとか言ってたな。
 しっかし媚薬とかモンモンの奴、無茶な薬を作りやがって。」

薬を水で流し込み、少ししたらいきなり意識がストンと落ちて、目が覚めると朝だった。


「むー!才人から離れなさいよ、ケティ!」

「嫌なのですよ、才人は私のなのです。」

しかもルイズとケティが睨みあっている。


「事態が悪化してやがる!?」

何がどうしたらこんな事に!?
ああそうか、モンモンの野郎のせいか、いやいや、モンモンにあんなモン作るきっかけを与えたギーシュのせいか?
モンモンは女の子だし結構美人だから、悪いのはギーシュだ。


「結論!ギーシュが悪い!」

ふっ、我ながらなんという鋭い推理。
いつもながらパーフェクトだぜ、俺…とか莫迦やっていないで、とっととこの状況を何とかしないとえらい事になりそうだ。
特にケティがこんな事になっていると知れたら、俺はジゼルにぶっ殺されるかもしれん…と言うか、奴なら俺を葬り去る良い機会だと判断して嬉々として殺しに来る。
発見されたら俺はおしまいだ。


「んー…ちゅっ。」

左の頬に何やら暖かくて柔らかい感触が…。


「け、ケティ何を!?」

「目覚めのキスなのですよ、才人。」

はにかんだ微笑が、超絶に可愛いぜこんちくしょー。
媚薬の効果でさえなけりゃあ、絶対に押し倒しているのに…。


「あ、ケティずるいわ、私も…ちゅっ。」

こ、今度はルイズだと!?


「負けないのですよ、ちゅっ。」

「私だって、ちゅっ。」

だ、駄目だ、これは駄目だ、こんなのがずっと続いたら俺は確実に駄目になる。
二人に溺れきって、へにゃへにゃのアホになる。


「ふ…二人とも、これ飲んで?」

俺は睡眠薬を二人に手渡した。


「薬…?」

「睡眠薬なのですね。」

眠っていてくれれば、取り敢えず何とかなる筈。


「それを飲んでくれると、俺はとっても嬉しいなー。」

俺の笑顔は今、確実に引き攣っている。
薬でおかしくなっているとは言え、この二人を騙すのは心苦しいぜ。


「ホント?じゃあ飲むわ。」

「ルイズには負けていられないのですよ。」

ルイズは兎に角、普段はあれだけ慎重なケティまでもがあっさりと薬を飲んで寝てしまった。


「むにゃ…。」

「すー…。」

「こりゃ本当に駄目だな。
 取り敢えず、飯食ってからモンモンの所に行くか…。」

俺はベッドから降りて、着替えてから部屋を出たのだった。





「ほほう。」

飯食うついでに事の次第をかくかくしかじかと説明したら、シエスタの顔色が変わった。


「つまりモテモテというわけですね、才人さん。」

「いやだから、薬のせいなんだって。」

ええと…何でシエスタさん激怒しているんでしょうか?
笑顔で怒るとか、なかなか見ない怒り方なんですが。


「ミス・ヴァリエールだけじゃなく、ミス・ロッタまで。
 へーえ、ふーん…。」

笑顔が、笑顔が冷たいデスよ、シエスタさん。


「あの二人にベタベタイチャイチャ…。」

「いや、解毒薬作ってもらうつもりだから。
 こんな状況でベタベタされてもなんかするわけに行かないから、蛇の生殺しだから。」

ルイズとケティが色っぽく迫ってくるのに何も出来ないなんて、これなんて罰ゲーム?俺何か悪い事しましたか神様って、感じなんデスよ、シエスタ様。
だから、お願いだから、痛いから、足ぐりぐり踏んづけないでシエスタ様…。


「…まあ、これくらいで勘弁してあげます。
 でも確か、惚れ薬とか精神に強い影響を引き起こす類の水の秘薬って、許可取らずに作ったら犯罪だったような?」

「へえ、そうなのか?」

ふむ、モンモンが解毒薬を作るのを渋った時に使えそうなネタだな、これ。


「ええ、実はこの前取り寄せようと思って調べてみたら…って、これは余計でしたわ、おほほほほ。」

「あはははは…。」

わ、笑うしかねえ!
これは冗談だし、冗談じゃなくても誰に使う気だったんだとか考えちゃいけねえことだ…。


「そ、そんな事は兎に角、お二人とも薬で心を変えられているんですから、いくら迫られても手を出しちゃダメですよ。」

「ああ、勿論だよ。
 そんな事をして、正気の戻った時に俺の命が長らえる保証が無いし。
 ルイズもそうだが、ケティも怒らしちゃ拙い気がするんだ。
 つーか、その前にジゼルにブッ殺されるだろうけど。」

宝探しの時、ジゼルはヒートウェイブとかいう魔法でゴブリンを蒸し焼きにした実績がある。
やたらと器用に魔法を使いこなすのは、さすがケティの姉ちゃんって所か。
あれ喰らったら余裕で死ねるぜ、いやマジで。


「そ、それで…ですね、もしも辛抱しきれなくなったらですね、わわ私の所に来て下さいね。
 わ、私がサイトさんのよよよ欲求不満の解消にきょ…協力しますからっ!」

「え…いや…えーと。」

メイドさんが欲求不満の解消とか、これなんてエロゲ?


「わ、私じゃご不満ですか…?」

シエスタがしゅんとした感じになって、俺を上目遣いでじっと見る。
…う、可愛いよ、どうするよ俺?


「いやいやいやいや、とんでも無い!
 シエスタ可愛いから、大歓迎さっ!」

俺は何を言っているんだ俺は!?


「本当ですか、嬉しいっ!」

上げた顔は満面の笑顔、あれ?さっきまで泣きそうな顔じゃなかったかシエスタ?


「サイトさん大好きっ!」

「ぬぉ、むぎゅ。」

シエスタに抱きつかれた…胸の感触が顔に当たるんですが、しかもなんだかグイグイ押し付けてくる感じなんですが、この先生きのこるにはどうすればっ!?


「そ、そうだ!とっととモンモンに会いに行って来ないと!」

ああそうさ、誤魔化しさ!
誤魔化して逃げるしかないだろ、この場合。


「ああっ、サイトさん!?」

「ごめんシエスタ、急ぐからっ!」

しかしアレだ、デカかったなシエスタ…。




「うーっすモンモン、解毒薬作ってっかー?」

…とか言いながらモンモンの部屋に入ったら、縦ロールがギーシュとキスしていやがった。


「ぬお、な、何かね?」

「ちょちょちょっと!レディの部屋に入る時はノックくらいしなさい!
 あと、モンモンっていうなっ!」

レディの部屋と言われて、モンモンの部屋を見回してみる。
ビーカーだのフラスコだのサイフォンだのが所狭しと並べられており、中央には妙な臭いを放つ大鍋…。


「魔女の工房以外の何物にも見えないわけだが?」

「ふむ、言われてみれば確かに。」

ギーシュもうんうんと頷いている…って、言われなきゃ気付かなかったのか、ギーシュ?


「頷くなっ!」

「ぐふぅ!?」

モンモンのツッコミが鋭く脇腹を抉り、ギーシュは苦悶の声を上げて崩れ落ちた。
ふっ…まだまだだな、ルイズはそんなもんじゃねえぜ、モンモン。


「ベッドがあるでしょ!?
 お茶のセットだって、箪笥だってあるわ!
 ほら、縫い包みだって!」

ギーシュにまで頷かれたのが、そんなにショックだったか、モンモン?


「実験器具によって、部屋の隅に追い遣られているけどな。」

「ぐはぁ!」

大ダメージだったのか、モンモンはその場で床に崩れ落ちた。


「…仕方無いじゃない、学院の工房借りるお金なんか無いんだから。
 みんな、みんな貧乏が悪いのよ、うっうっうっ…。」

金が無いのは首が無いのと一緒とは、よく言ったもんだ。


「モンモンをおちょくるのはこれくらいにしておいて…。」

「おちょくられてたの私っ!?」

「…解毒薬作ってるか?」

抗議の声をさらっと聞き流して、モンモンに尋ねてみた。


「…あー、うん、これから作り始めようかなーとか思ってはいるんだけど、材料が高くて。」

「ケティが足りない分は立て替えてくれるって言っていなかったか?」

モンモンの目が泳ぎまくっている。


「…まさか、立て替えて貰う以前の問題なのか?」

「だ、だから、うちは貧乏だって前から言っているじゃない。」

いや、その理屈はおかしい。
こいつはここのところかなりの額をケティから貰っていた筈だ。
…よく考えたら、俺たちいつの間にかケティに財布を握られている…?


「この前の宝探しとか、ガソリン作るので結構儲けた筈じゃなかったか?」

「ルイズとケティが飲んじゃった媚薬の材料に消えたわよ、全部っ!
 とんでもなく高かったのよ、あの薬作る為の材料って。
 しかも、解毒薬作るのにも殆ど同じ材料が必要になるの。」

金額は良くわからんけど、この赤貧縦ロールはかなりの守銭奴だった筈。
そのこいつが殆どの金を注ぎ込んだって事は…。


「つまり、必死に貯め込んだ財産の殆ど全てを注ぎこんで作った渾身の媚薬を、ルイズに台無しにされたわけか…。」

「ぐはぁ!」

あ…また倒れた。


「うううっ…主従揃ってひどいわ、私に何か恨みでもあるの?
 あの桃色猪娘、正気に戻ったら賠償請求してやるんだから。」

「…貸してやっても良いぜ?」

流石にちょっぴり可哀相になったから、助け船を出す事にした。


「あんたにそんな金があるわけないでしょ!?」

「あるんだなぁ、これが。」

姫様がくれたお金は何と四万エキューもあった。
こんだけあれば、材料費くらいなんとかなる筈。


「ちょっと待ってろよ。」

そう言って俺は部屋に戻り、デルフの柄を握って金のどっさり入った箱をモンモンの部屋に運び込んだ。


「これで足りるか?」

「え…ええ、足りるというか、余るわ、これは。」

「おおおおおお…こ、こんな大金を目にしたのは宝探し以来だよ。」

貴族なのにすげえ貧乏臭いよ、こいつら。


「知っているかね?貴族は三つに分けられるのだよ。
 金が唸るほど余っている貴族、そこそこ金のある貴族、そして借金で首が回らない貴族。
 この三つなのだよ、モンモランシーや僕は…。」

「借金で首が回らない貴族。
 私の所は知っての通りだし…。」

そう言って、モンモランシーはギーシュに視線を送った。


「我がグラモン家は軍人としての才はあるが、領地経営の才に溢れた者は居なくてね。
 そのうえ見栄っ張りと来ている。
 モンモランシー程ではないが逆さに振ったって金は無いのだよ、あっはっはっはっは。」

「何でそんなに明るいんだ、お前…?」

洒落になっていないような気がするんだが。


「笑わなきゃやっていられないからさ。」

急に真顔になったギーシュが、ぽつりと言った。


「成程。」

貴族も内実は結構きついのな。


「欝な話題は兎に角…どんだけあれば足りる?」

「じゃ、じゃあ、取り敢えずこれだけ借りるわ。
 足りなくなったらまた貸してちょうだい。」

早く作ってくれよモンモン…出来れば俺の理性が決壊する前に。




それから我慢の三日、シエスタに欲求不満の解消をしてもらおうかなとか頭にチラつき始めた頃、廊下でモンモンを見かけた。


「おーい、モンモン、薬は出来た…か?」

「ごめんなさああああぁぁぁい!

モンモンはものすごい勢いで走って逃げていく。


「待てやゴルァアアアアアァァァッ!」

デルフの柄を握って、ガンダールヴの力で超加速をかけたら、あっさり追い付く事に成功した。
そのまま廊下の袋小路になっている場所まで連れて行く。


「モンモン、逃げるたぁどういう事だ?」

「ちょっとサイト、あんた目が血走っているわよ?」

そりゃもう、ルイズの履いてない攻撃やら、ケティのチラリズム攻勢やらで俺の理性はもう決壊寸前だからな。


「ああ、言って置くが俺の理性はもう限界だぞ?
 解毒薬が出来ないと、あと数日で俺はあの二人に手を出す、間違いなく。
 そしてジゼルに殺される。」

「で、出来ないゴメンとか言ったら?」

はっはっは、冗談言うなよこの縦ロール。


「決まっているじゃねえか、欲求不満の全てをお前にぶつけるぞ、性的な意味で。」

「ひぃ!?」

モンモンはガタガタ震えだした。


「だ、だって、一番肝心要の材料が、どうやっても入手不可能だとか言うのよあの材料屋。
 現地に行っても手に入らないって。」

何…だと…?


「で、その材料ってのは?」

「精霊の涙っていう素材。
 わかりやすく言うと、ラグドリアン湖に棲む水の精霊の一部よ。」

水の精霊っていうのがさっぱりだよ、俺は。
これだからファンタジーは嫌いなんだ。


「採れる場所は知ってんのか?」

「知っているわ、モンモランシ家の元の領地だもの、そこ。」

めっちゃ土地勘ある場所かよ!


「よし、じゃあ行くぞ。」

「ま、待ってよ、授業サボるわけには…。
 せめて夏休みまで待ってもらわないと。」

冗談は縦ロールだけにしておけよ、モンモン。


「わかった、夏休みまで俺の理性が持ちそうにないから、今ここで全部お前にぶつけるわ。」

そう言いながらベルトをカチャカチャ外しにかかる。


「そ、そんな事したら訴えてやるんだから。」

「良いぜ、そんときゃお前が媚薬作っていた事をバラすから。
 無許可だと牢獄にぶち込まれるそうだな、臭い飯食うかモンモン?」

飽く迄脅しだぞ、背徳的な雰囲気にちょっと腰が引っ込みがちな事になってしまっているけど。


「ああもう、わかったわよ、行くわよ、行けばいいんでしょコンチクショー!」

物わかりの良い友人を持てて、俺は幸せだよ、モンモン。
そんなわけで、俺たちはラグドリアン湖とかいう場所を目指す事になったのだった。

到着するまで持ってくれよ、俺の理性!



「はぁい!引導を渡しに来たわよ、サイト?」

「ぎにゃああああぁぁぁぁっ!?」

支度をするために部屋に戻ろうとしたら、部屋の前にジゼルがいた。
しかも殺す気満々だ。


「部屋に入ったわよぉ。」

「ひいいいぃぃぃぃっ!」

ジゼルとケティの姉のエトワールさんも居た。
この人は何だかわけがわからんが、兎に角怖い。


「うちの妹に媚薬を飲ませた挙句、あんな格好をさせるだなんて…許し難いわ。」

ジゼルそれはわかったが、幸せそうな顔で鼻血流していても説得力ねーよ。


「ケティって、ああいう誘惑の知識もあるのねぇ、今度試してみるわぁ。」

論点がずれまくっていますよ、エトワールさん。


「ま…待て、話せばわかる。」

「話せばわかるという相手には、問答無用と返すのが礼儀だとケティに言われたことがあるわ。」

5.15だか2.26だか忘れたけど、何でそんなお約束をジゼルに教えているんだよ、ケティ!?


「こんな禁制の品、どこから手に入れたのやら?
 …入手経路がわかれば、私も試してみたいんだけど。」

ジゼル、誰に試す気だ、誰に?


「焚刑しかないわねぇ。」

エトワールさん、そんな今日のおかずはこれねって感じでさらっと。
燃やされるわけですか、そーっすか…ああ、俺の人生短かったなぁ。


「兎に角話を聞いてくれ。
 ケティに媚薬を飲ませたのは俺じゃない、断じて。
 実は…。」

ダメ元覚悟で、俺はかくかくしかじかと二人に事の成り行きを語り始めた。


「…という訳だ。」

「またギーシュなの!?
 あいつはラ・ロッタにとっての疫病神なのかしら?」

話を全部聞いたジゼルは頭を抱えた。
いやでも、あのアホ面に限って疫病神はないと思う。
あいつにはご利益も無い代わりに、その逆も無い。


「ああでも、まさかあのモンモランシーが…いや、モンモランシーならやりかねないわね。
 一年生の時、植物の成長を早くする薬の調合に失敗して、学院東側の平原を奇怪な密林に変えた前科があるから。
 あそこ、人食い人参とかがいるから、いまだに立ち入り禁止なのよね。」

「ちなみに、生き物に劇的な変化を引き起こす薬も禁制なのよぉ。
 あの時は間違いだったという主張が通ったから、無罪放免だったけどねぇ。」

そこだけ聞くとまるっきりマッドサイエンティストだな、モンモン。
正体は単なる赤貧貴族なのに。


「つまり色々な偶然が重なって、なぜかケティあんなことになったのね。
 仕方が無いわね…あの状態のケティに手を出さなかったというのは、褒めてあげてもいいくらいだし。」

生きのこることに成功した!?


「あの状態の二人を相手にするのは大変だったでしょ?
 仕方がないから、今回だけは助けてあげるわよ、感謝してよね。」

次回は無しですね、わかります。


「じゃあ、ケティ達を着替えさせてくるから、少し待っていてねえ。」

そう言って、エトワールさんとジゼルは部屋に入って行った。
部屋の中から変な声がして、体育座りせざるを得なくなったのは内緒だ。



「おっ、来たね。」

「あんまり待たせないでよ。」

学院の門の前にはギーシュとモンモランシーが来ていた。


「おっモンモン、ギーシュも呼んだのか?」

「貞操に危機を感じたのよ、誰かさんのせいで。
 あと、モンモンって呼ぶな。」

あれ?ひょっとしてモンモンの頭の中では、俺はちょっとヤバい人になってる?
…まあ、あんな脅しかたをした俺も俺だし、しょうがないのか。


「それより、何でジゼルが居るのよ?
 ひょっとして、ばれたの?」

モンモンが少々焦っている。


「ああ、洗いざらい喋るしか無かったんだ…察してくれ。」

「短い命だったわ…。」

俺の表情を見て、モンモンはがっくりと肩を落とした。


「いや、今回に限っては許してくれるそうだぞ。
 お互い、命拾いをしたな。」

「そういう事は早く言ってよ!」

そう言って詰め寄るモンモンから漂う香りにドキリとする…うがぁ、溜まりまくっているせいか、体が見境なく女に反応しやがる!
さっさと解毒薬作って何とかしないと、俺は壊れちまうかも知れん。


「嫌なのです、私も才人と一緒がいいのです。」

「そんな事言わずに、私と一緒に行きましょ、ね?」

あちらでは、いつもと勝手が違うのか、ジゼルがケティと一緒に馬に乗ろうとして、手こずっていた。


「そんな事言うジゼル姉さま嫌いっ!」

「きらい…がーんがーんがーん。」

あ、ジゼルが石化して砕けた。


「ねえねえ才人、モンモランシーなんかと話しないで、私だけ見て。」

こっちはこっちで、右腕にしがみついたルイズが涙目で俺を睨む…。


「もうどうにでもしてくれ…。」

どうすりゃいいんだよ、これ…。


「みんな、馬車を持ってきたわよぉ。
 これなら、一緒に行けるでしょ?」

そう言って、エトワールさんが持って来たのは、6頭だての結構大きな馬車だった。
ドアには学院の紋章付きだ。


「エトワール姉さま、これどうしたの?」

「学院長から借りてきたわぁ。」

あのエロ爺から…どうやって?


「ど、どうやって借りたの?」

「ひ・み・つぅ。」

エトワールさんがそう言った途端に、学院長室が大爆発して煙が噴き出し始めた。
今、爆発と同時に窓から飛び出して落ちていった人には、とても長い髭があったような気がするが…何も考えまい、語るまい。


「ジゼル、私は後始末…もとい学院に残るからぁ、ケティの事は頼むわねぇ。」

「が、合点承知だわ。」

そう言ったジゼルの顔は、かなり引き攣っていた。


「気を取り直して…では、行くぞ諸君!」

勝手に仕切るなよ、ギーシュ。



[7277] 第二十三話 羞恥心と後悔で死ねそうなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/09/08 21:57
才人です…
今回はケティがおかしくなったので、俺が代わりです


才人です…
まさかあの2人にあんな熱烈な誘惑をされるとは予想外でした


才人です…
もう、ゴールしても良いよね…?


才人です…

才人です……

才人です………






「おおおおおおっ、これがラグドリアン湖かね!
 輝く湖面!沈没している村!そして溺れている僕!
 …と言うわけで、助けてくれええええぇぇぇぇっ!」

「そのまま溺れてしまいなさい。」

ラグドリアン湖について、テンションがあがったのか馬車から降りて突撃していき、石に躓いて湖に落ちたギーシュに、モンモンが絶対零度の返答をした。
ここはラグドリアン湖の湖畔で、その名もド・モンモランシ。
モンモンの家が代々受け継いできたけど、今は他人の領地らしい。


「私、何でこいつの事が好きなのかしら…?」

モンモンは苦々しい表情で眉間を押さえている。


「知らねえよ、それよりも放って置くと沈むぞあいつ。」

「うわっぷ!?確かにここの水は美味いけど、こんなに飲みたくはないのだよ、誰か助けてくれぇ!?」

沈みそうなのに、意外と余裕そうだな、ギーシュ?


「沈んで浮かんでこなかったら、一週間くらい考えて助けるかどうか決めるわ。」

「うん、それが良いな。」

俺は深々と頷く。


「それはそうとして、何でこんなところで馬車を止めたの、モンモランシー?」

「才人、才人っ!離しちゃ嫌なのですっ!」

ジゼルが俺に抱きつくケティを引き剥がしながら、不思議そうに訊ねた。


「大変ね、ジゼル…本当に御免ね。
 ここで馬車を止めた理由はね、目の前の光景のせいよ。
 見ての通り、村が沈んでいるでしょ?
 私が子供の頃はもっと水位が低かったし、こんな状態ではなかったのよ、間違いなくね。」

そう言って、モンモランシーが湖畔まで近づいていくと、水中からいきなり人影が現れた。


「やった、水面だーっ!。」

「きゃぁっ!?水棲モンスター!?」

モンモランシーは、突然の事に腰を抜かす。


「モンスターとは酷い!君の愛の奴隷、永遠の奉仕者、ギーシュ・ド・グラモンさ。」

ずぶ濡れで体中に水草やら枝やらが絡まっているが、それでもなお薔薇を咥えるその姿は、間違いなくアホのギーシュだった。


「あれ?お前泳げなかったんじゃあ?」

「はっはっは、泳げないから沈めるだけ沈んで湖底を歩いてここまで来たのだよ。
 もともと街道だったらしくて、非常に歩きやすかったしね。」

俺頭良い的な事を言っているけど、無茶苦茶だ。
呼吸どうしてたんだろう、こいつ…。


「び、びっくりさせないでよ、もう。」

いや、既に十分びっくり人間だろ、ギーシュは。


「気を取り直して…。」

モンモンは起き上がって、湖面に掌を当てた。


「ふむふむ…これは…成る程。」

何か得心が行ったように、こくこくと頷いている。


「モンモン、何かわかったのか?」

「駄目ね、帰りましょう。」

ちょ、おま!?


「ど、どういう事だよ!?」

「水の精霊が激怒しているのよ。
 人間ごときに盗まれた、絶対に取り返すって。
 盗まれたものが何かまでは私にはわからないけど、盗まれた上に同じ人間に体の一部を分けてくれと言われても応じるわけがないわ。」

理屈はわかるが、それは非常に困るっての。


「何とかならんのか?」

「私はトリステインの象徴たる水との交渉人を王国開闢以来代々勤めてきた、モンモランシ家の人間よ。
 ラグドリアン湖の水の精霊との相性なら、ハルケギニア屈指だと自負しているわ。
 その私が無理だって言っているのよ。」

モンモンはビシッと決めたが…。


「今は違うんだろ?」

「うっ…お爺様が干拓の為に呼び出した水の精霊を熱烈に口説き始めて水の精霊が怒ったりしなければ、今でもここはうちの領地だった筈よ。
 今の領主やってるヘボメイジとは格も歴史も段違いなの!」

うん、それはわかるけどな、モンモン。


「…覚悟が出来たんだな。」

「へ?何が?」

俺に肩を組まれたモンモンの目が点になった。


「ちょっとそっちの茂みに行くか?」

「ちょ、ちょっと待って、本気!?」

モンモンが俺の言っている事に気付いたのか、顔を真っ赤にして慌てだした。


「お前の作った媚薬の効果で俺に惚れている娘さんを傷ものにしちゃ拙いだろ、常識的に考えて。」

「私だって傷ものにはなりたくないわよっ!」

いやぁね、もうね、色々とね、限界がね、来つつあるんだよモンモン。
脅しが本気になりかねんのよ、いやマジで。


「俺だって切羽詰ってるんだよ…?」

「私も今やっと自身の貞操に危機が迫っている事を実感したわ…。」

わかってくれたようで嬉しいよモンモン。


「あれまあ、ひょっとしてモンモランシーお嬢様ですかい?」

湖沿いの街道から白髪交じりのおじさんがやってきて、モンモランシーを見るなり声をかけた。


「ええ、確かに私の名はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシだけど、貴方は…?」

「おお、やはりモンモランシーお嬢様!わしはこの沈んでしまった村の村長でございます。
 転封をされる前に、何度か拝見した時の面影がありましたので、もしやと思ってみたら。
 ひょっとして、あの役立たずの領主の代わりに水の精霊の怒りを収めに来てくれたんですかい?」」

そう言いながら、村長と名乗ったおじさんは、モンモンにぺこぺこ頭を下げている。


「う…うーん、まあ、結局そうしなきゃいけないのかしらね?」

「ありがてぇ、ありがてぇ、新しい領主はここがどこだかまるでわかっていねえ。
 他の領地だと同じだと思っていやがるんでさ。
 あの領主に代わってから数年で、急に湖面が上昇し始めて、村がいくつも沈みました。
 これはきっと、このモンモランシ領からモンモランシ家の人間を転封したせいにちげえねえと皆言っております。」

ううむ、モンモンの家って、このあたりでは崇拝されてんのか?


「うちが転封されたのが原因かはわからないけど…こんなになるまで水の精霊を放って置くだなんて、今の領主は何を考えているのかしら?」

モンモランシーが頭を抱えている。


「そんなにおかしい事なのか?」

「このモンモランシ領を納める領主は同時に水の精霊との交渉役でもあるの。
 こんなになっても完全に放置しているだなんて、職務放棄云々以前におかしいわよ。
 領地の半分以上が水没するくらいに水かさが上がったら、税の徴収どころじゃないもの。
 いくら領地のあれこれに無関心な領主でも、ここまできたら自身のメンツに関わるし何かの対処くらいするわ。」

確かに、収入が半分以下になるのに慌てない奴は居ないわな。


「…仕方が無いわね、やるだけやってみるわ。
 生まれ故郷がこんな事になっているなら、何とかしなきゃね。」

さっきと言っている事が違うぞモンモン。
まあ、俺にとってもありがたいけど。


「ありがてぇ、ありがてぇ。
 ああ、やはりモンモランシ領にはモンモランシ家が必要なんですなぁ。」

「私で何とかならなかったらお父様にも話してみるわ、ここに戻れるいい機会かも知れないしね。
 結果がでたら教えに行くから、今避難している場所を教えて頂戴。」

モンモンがおじさんと話しているのを眺めていたら、右腕がくいくいと引っ張られた。


「モンモランシーとばかり話していないで、私もかまって。」

ルイズが目を潤ませて俺を見上げている…ぐぁ、なんて可愛いんだ。
つーか、何で普段からこうじゃないんだ。
いつもこんななら、俺は例え火の中水の中、どんな命令だって従っちゃうぞ、いやマジで。


「え…あ、うん、おう。」

とはいえ、どういう風に対処すれば良いのかさっぱり分からんわけだが。


「わたしと話すとどうしてぎこちなくなるのよ…やっぱりモンモランシーの方が好きなのね。」

ルイズはそういうとポロポロと泣きはじめる。


「そのうち私を捨てて、モンモランシーと付き合い始めるんだわ、えーん。」

「いや、それは無い。」

それだけはきっぱり言えるな、うん。


「そこまではっきり言われると、かなり安心すると同時に少々腹が立つわね。」

「おっモンモン、話し終わったのか?」

何時の間にか、おじさんはいなくなっていた。


「あの村長に聞ける事は全部聞いたしね。
 じゃあ、早速水の精霊を呼んでみましょうか?
 ロビン、いらっしゃい。」

そういうと、モンモンは腰のポーチからカエルを取りだした。


「へ?そんな簡単に呼べんの?
 精霊とかいうから、何か顔にペインティングとか頭に羽飾りとかして、奇声上げて太鼓叩きながら焚き木の周りを踊るのかと思ってたんだが。」

「何処の辺境の蛮族よ、それは!?
 そもそも水の精霊呼ぶのに、何で焚き木の周りを踊るのよ?」

言われてみれば確かに。


「それで、その蛙をどうすんの?
 …生贄にするとか?」

顔にペインティングとか頭に羽飾りとかして、奇声上げて太鼓叩きながら焚き木の周りを踊る俺たちと、何やら祈りながら蛙を生贄に捧げるモンモンという図が俺の頭の中に浮かんだ。


「…何で考え方がいちいち辺境の蛮族風なのよ、貴方は。
 この子は私の使い魔のロビンよ、この子に私の血を水の精霊の所に運んでもらうの。」

「へえ。」

良くわからん。


「全然理解していないわね…。
 モンモランシ家の人間である私は、水の精霊に家系としての血を覚えられているの。
 彼らはそういう所は結構律儀だから、付き合いが長い私たちの血族なら、かなり怒っていても出て来てくれる筈よ。」

「成程、遺伝子を見るのか。」

精霊が血の中の遺伝子を読み取って、昔からの付き合いがある一族かどうかを調べるわけか。
ファンタジーなのにハイテクの臭いがするぜ。


「遺伝子?」

「あ…うん、東方では両親から半分ずつ親の身体的な情報を受け渡す遺伝子って奴が発見されていて、色々な研究がされてんだよ。」

やべえ、ついうっかり遺伝子とか口走ってしまった。


「へえ、東方って私達とは違う知識があるのね、今度教えて貰えないかしら?」

「う、うーん…そういうのはケティの方が詳しいかもよ?
 俺は聞きかじった程度の知識しかねぇし。」

生物の授業真面目に受けていなかったからなあ…ケティはそっち方面も詳しそうだし。


「何でケティが…って、確かにケティの家にならありそうね、そういう本も。
 あの子異常なくらい知識が深いし、知っている可能性は高いかも。」

モンモンが勝手に納得して、自己完結してくれて助かった…。


「じゃあ、始めるわね。」

モンモンは鞘に入ったナイフを腰のポーチから出した…って、蛙とナイフが一緒くたなのか、あのポーチの中身は?


「痛っ…っと、これをロビンに一滴垂らして…これで良し。」

「これをどうするのかね?」

パンツ一丁になったギーシュが、シャツを絞りながらモンモンに訊ねる。
女の子の前でパンイチとか、あり得んぞギーシュ…。


「私は貴方がどうするつもりなのかの方が興味津々だけど。
 まあいいわ、これはね…こうするのよ!」

「ゲコーッ!?」

モンモンはロビンを湖の真ん中に向けて放り投げた。


「ロビン、着水地点あたりにここで一番偉い古株の水の精霊がいる筈だから、話しをつけて連れてきて頂戴。
 古よりの盟約の一族の者が、貴方に話したい事があるって。
 粗相のないようにねーっ!?」

「ゲコッ!」

ロビンは律儀に返事をすると、ポチャンと水の中に消えていった。


「わ、我が最愛の人モンモランシー、今のは少々乱暴過ぎやしないかね?」

「ああ、かなりびっくりしたんだが。」

ギーシュと俺は、モンモランシーに恐る恐る訊ねてみる。


「え…だって、ああした方が早く呼びに行けるでしょ?」

「モンモランシー、私もその扱いはどうかと思うけど…?」

ジゼルも常識的で良かったよ、妹の件以外は。


「だ、大丈夫よ、あの子見た目よりもきっとずっと丈夫な筈のような気がするんだから。」

憶測の域を出ていないように聞こえるのは、何でだ?


「ま…まあ兎に角、少々時間がかかると思うけれども、これで水の精霊には合えるはずよ。」

「ところで、水の精霊ってどんなのなんだ?」

さっぱり想像出来ないわけだが。


「僕も知らないなぁ。」

いや、俺は兎に角お前が知らないのはどうなんだ、ギーシュ?


「水メイジでも滅多に見ないから、知らなくてもしょうがないわ。
 水の精霊というのは、古から存在する生き物のようなものよ。
 本来は水のある所なら何処にでも居るらしいけど、私たちが意思ある生き物ような形で接する事が出来るのはラグドリアン湖だけなの。
 あと、水の精霊の姿はすごく綺麗なのよ、イメージとしては…うーん、生きている水?
 光に当たると七色の光を放ったりするのよ。
 ちなみに、精霊の涙っていうのは水の精霊の一部なの。」

生きている水…ミネラルウォーターのキャッチフレーズみたいだって事くらいしかわからん。


「お、水が動き出したよ、ほらアレ。」

ギーシュが指差した方向を見ていると、湖面が不規則にうねり始めたかと思うと、意思を持った生き物のように起き上がった。
確かに光るのは綺麗だけど…アメーバっぽくて微妙にキモい。


「ゲコゲコ。」

ロビンが岸から這い上がって来て、誇らしげに胸を逸らして鳴いた。


「ありがとうロビン、ちゃんとつれて来てくれたのね。
 後で美味しいお肉をあげるわ。」

「ゲコッ!」

モンモンはロビンの頭を数度撫でると、ポーチの中に入れた。


「水の精霊よ、私の名はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、古き盟約の一族が一人よ。
 私の事が分かるのなら、言葉をかわせる姿に姿を変えて頂戴。」

モンモランシーがそう言うと、うねうね動いていた水の塊がいきなりうにょんと立ち上がって水の柱と化し、徐々に人の形を取って行く。


「そなたの中に流れている液体の事は覚えているぞ単なる者、古き盟約の民よ。
 そなたに最後に会ってから、月が52回交差している。」

水の精霊が完全な人の形をとったが…。


「へぇ、着痩せするのな、モンモンって。」

水の精霊はモンモンの情報を血液伝いで受け取ったらしく、透明なマッパのモンモンの姿になった。
どうやらモンモンは典型的なモデル体型らしく、水の精霊が変身したものな事も相まって、芸術的な美しさがある。


「君は見るな、あれは僕のだ。」

ギーシュが両手で俺の視界を塞ぐ…確かにお前の彼女だけど、ずるい様な気がするぞ、ギーシュ?


「ギーシュも見ちゃ駄目っ!」

モンモンの怒鳴り声が響き渡った。


「気を取り直して…。
 水の精霊よ、二つのお願いがあります。
 一つ目のお願いは湖水を減らして元の高さまで戻す事、二つ目のお願いは貴方の一部を分けて頂きたいという事です。」

「どちらも了承できぬ。」

あっさりと断られてしまった。


「やっぱり無理だったわね…。」

モンモンもあっさり諦め過ぎだ。
こうなればなんとか頼み込むしかっ!


「お願いします!
 体の一部を分けてくださいっ!」

俺は水の精霊に土下座して頼み込んだ。


「ルイズとケティを元に戻すには、あんたの体の一部がどうしても必要なんだ!
 俺に出来る事なら何でもする!だからお願いだ、分けてくれっ!」

「ちょ、ちょっと、何してるのよ!?」

モンモンが慌てているけど知ったこっちゃない。
こういうものは誠意こそがものを言うんだ…と、信じたいっ!


「私からもお願いします、どうかケティを助けてっ!」

うぉ、ジゼルまで土下座を始めた!?


「ふむ…良いだろう。」

俺たちの心が伝わったのか、水の精霊は頷いてくれた。


「ええええええぇぇぇっ!?」

モンモンが仰天している。
そんなにびっくりするような事なのか?


「そなた、ガンダールヴであろう?であればそなたの願いには応ずる事が出来る。
 そなたであれば、我の願いを叶える事も出来るであろう。
 我の願いをかなえてくれるのであれば、我はそなたの願いを叶えようではないか。」

「あんたの願いって?」

俺は水の精霊の願いを聞き逃さないように耳を澄ました。


「ここ数日、我に害を為す者が現れた。
 害を為す事を止めさせれば、そなたの願いは叶えよう。」

「つまり、そいつらを倒せばいいのか?」

この存在に害を為せる相手ってのをどうすりゃいいのかいまいちわからんけど、倒さなきゃいけないなら倒すだけだ。


「方法は問わぬ、兎に角やめさせる事が出来ればそれでよい。」

ケティさえまともなら舌先三寸で言いくるめるなんて事も出来そうな気がするけど…。


「才人~…ちゅっ。」

脳味噌の中がピンクに染まったこの状態では、俺の欲求不満度が上がるだけだ。
てか、やめ…ってああっ、そこ触んないで!?


「はいはい、こっち行きましょうね、ケティ。」

「才人~才人~。」

ルイズはすりすりしてきたりするだけで済むけど、ケティの方は元の世界での人生経験のせいかアプローチが直接的でエロい。
つまり、俺の精神耐久度をガリガリ削ってくるわけですよ。


「わかった、何とかする。
 だから、何とか出来たらあんたの体の一部を分けてくれ。」

湖に沈んでいく村も大変だが、その前にまず身内をどうにかするのが肝心だ。
エゴイストと言いたきゃ言え。


「うむ、わかった。
 では、頼んだぞ、襲撃者は決まって夜に現れる。」

「ああ、任しとけ。」

俺がそう言うと、水の精霊はいきなり水に戻ってしまった。



「な…なるほど、ああいう頼み方もあったのね。」

モンモンが感心したように頷いていた。


「いや、モンモンには出来ないだろ、アレ。」

「いざとなれば地面に這いつくばって頭を地面に擦りつけて見せるわよ、私だって。
 大事に取ってある自尊心だもの、売り飛ばせば高値になるわ。」

うーん…さっきのジゼルといい、女ってのはいざって時の思い切りが良いよな。


「まあ、取り敢えず飯にしようぜ!
 ジゼル、任せた。」

「わかったわ、美味しいの作っちゃうんだから。」

俺達の胃袋は、お前の腕前だけが頼りだよ、ジゼル。





「ううむ…これは美味い、美味いが。」

「私、もうお腹いっぱい。」

「サイト、はいあーん。」

「ルイズばっかりずるいのですよ、才人、あーん。」

「も…もう食えましぇん…。」

「あははははは…皆ごめーん。」

どうやらこいつは大量生産系の料理が得意らしい。
干し肉だの何だのを入れたスープを作ってくれたのは良いんだが、しかも滅茶苦茶に美味いんだが、完全に余った。
日も落ちてしまったというのに、これじゃあ動くに動けない…。


「あら、このスープとても美味しいわね、タバサ?」

「ん。」

キュルケとタバサも満足してくれているようだが…って、ええっ!?


「な、何で二人がここにっ!?」

「見知った顔が火を囲んでご飯食べているんだもの、そりゃあ食べにくるわよ。」

キュルケはケロリとした顔で俺に言った。


「どうやってここに!?」

「あれだけ美味しそうな匂いを漂わせていたら、誰だって気付くわ。」

キュルケはまたもやケロリとした顔で言うが、そう言う意味じゃねえ。


「ん、あの匂いには抗えない。」

「きゅい!」

ああ、いくらでも飲めシルフィード、俺たちもう食えないから。


「いやそうじゃなくて、何でここに居るのさ二人とも?
 休暇取って出かけた筈じゃあ?」

「それを言うなら、貴方達がここに居る事だって不思議だわよ。」

それは確かにごもっとも。


「あと、ルイズとケティの目の焦点が何となく合っていないのは何で?」

「それはだな、実は…。」

キュルケ達にかくかくしかじかと事情を語った。


「…と、まあそんなわけで、襲撃者を止める前にまず腹ごしらえと俺たちはここで晩飯を食っていたんだ。
 ジゼルが作り過ぎてこんな具合だけど。」

「しかし、媚薬とはねえ。」

キュルケはモンモランシーを睨みつけた。


「殿方の心を自分に縛り付けて置く為に薬を使うだなんて…水メイジは無粋ね。」

「こいつが、あっちにふらふらこっちにふらふらするからよっ!」

モンモンが、ギーシュを指差してがーっと怒鳴る。


「うっ…そ、そんな事無いさモンモランシー、僕は何時でも君の愛の虜だよ。」

うぐ…何故だろう、何だか俺の心まで痛むぜ。


「しかし…これは困ったわね。
 ケティを見殺しには出来ないし。」

キュルケはそう言って両手を上げた。


「ん…。」

タバサも珍しく、よくわかるくらい眉をしかめている。


「タバサが言うのは拙いけど、私の口からばらしちゃえばいいわね。」

「…………。」

キュルケの言葉に、タバサは肯定も否定もしなかった。


「実はその襲撃者はあたしとタバサだったのよ!」

『な、なんだってー!?』

俺達の驚愕の声が森に響き渡ったのだった。


「ラグドリアン湖の対岸はガリアでしょ?
 あっちもこっちと同じように村がどんどん水の底に沈んでいるのよ。
 それがこのタバサの実家でね、何とかしないと拙いのよ。」

成る程、対岸はタバサの実家なのか。


「ちょっと待って、このモンモランシ領の向かい側って、私の記憶が確かならオルレアン大公領…。」

『な、なんだってー!?』

モンモンの一言に、俺を置き去りにして皆の驚愕の声が響き渡ったのだった。
なにかあるようだが、俺には大公って言われても貴族だって事くらいしかわからんから、びっくりしようがない。


「ケティ、タバサとオルレアン大公領の件について何か知ってるか?」

「タバサの本名はシャルロット・エレーヌ・オルレアン。
 大公姫という肩書ですが、実態は王弟の娘…つまり王女なのです。
 教えたからキスして欲しいのです、んー。」

ええと、さらりととんでも無い事を教えられた気が。


「け…ケティ、知ってたの?」

「才人~、キスはぁ?」

びっくりした顔でケティを見るキュルケとタバサだけど、薬で脳内がピンク色に染まったケティは反応しない。


「ケティ、タバサの事知っていたのか?」

「タバサの事…?
 …うっ!?」

タバサがケティの鳩尾を杖で強く打ちすえて気絶させた。


「な、何すんだよ!?」

「これ以上ケティが話すと、皆の命に関わる。」

タバサがとても深刻な表情で俺達を見た。
ええと…ひょっとしてタバサって、かなり特殊な事情持ち?


「なるほどね…今まで何で惚れ薬の類が禁止されていたのかよくわかったわ。
 これは自白剤と同じよ…自分で作っておいてなんだけど、作っちゃいけない薬だわ。
 今才人がケティに何かを尋ねれば、ケティは何でも洗いざらい喋ってくれる筈よ。」

お、おっかねえ薬だな、おい。
正気に戻るまでケティに何かを尋ねるのはよそう…。


「気を取り直して…モンモランシーは水の精霊を呼び出せるのよね?
 そして話し合ってくれる余地もあると。」

「ええ、それがどうしたの?」

キュルケの問いに、モンモランシーは首をかしげた。


「それなら話が早いわ。
 タバサ、貴方の仕事は増えた湖水を減らす事よね?」

「ん。
 だから話し合いで何とか出来るなら、水の精霊を倒す必要は無い。」

成程、そう言えば水の精霊も「兎に角襲撃が無くなるなら方法は問わない」って言っていたよな。
つーか、タバサは接近戦であのワルドをあっという間に組み伏せたらしいし、戦ったら勝てる自信があまり無い。


「じゃあ、取り敢えず今日は寝るか、馬車で。」

俺はそう言って馬車の中に入ろうとしたのだが…。


「ちょっと待って。」

「ん?何だよ?」

明日の朝は早そうだし、とっとと眠りたいんだが。


「女の子は6人、男は2人、そして馬車の部屋は1つなのよ?」

そう言って、ジゼルは馬車の中から何かを取り出した。
それは夏のキャンプ合宿とかでよく見る…。


「寝袋…?」

「よく知っていたわね、ケティ考案の簡易式寝具『寝袋』よ。
 例の如く、パウル商会が現在軍に売り捌いている最中らしいわ。」

ジゼルの笑顔がすごく胡散臭いです。
そして、戦争に便乗してどんだけ儲ける気だケティ。


「つまり、これで俺とギーシュは野宿?」

「その通り。」

これが少数派の悲しさって奴か…。



その夜、俺は「見たまえ、芋虫~」とか、はしゃぐギーシュを見ながら眠りにつく羽目になったのだった。
ルイズとケティは女性陣が何とか留め置いてくれていたらしい。
それだけが有り難かった…。





翌日、俺たちはもう一度水の精霊を呼び出した。
今回は服を着たモンモンの姿になっていた…お、惜しいとか思っていないぞ。


「…てなわけで、襲撃は無くなった。
 だから、約束の物を分けてくれ。」

「良かろうガンダールヴ。
 受け取るが良い、古き盟約の民よ。」

水の精霊はそう言うと、モンモンが持っていた瓶に少量の水を注いだ。


「では、さらばだ。」

「…って、ちょっと待って下さい水の精霊よ!」

いきなりただの水に戻り始めたので、慌ててモンモンが水の精霊を引き止めた。


「これでは問題の根本的な解決にはなりません。
 ラグドリアンの湖水が人の生きる領域を侵し続ける以上、他の刺客が送り込まれる事になりますわ。」

「…成程、それは道理だな。」

水の精霊は再び元の姿に戻った。


「そもそも、何で湖水を増やしているんだよ?」

「ふむ…これを話すべきか少々悩む所だが、そなたらは我との約束を守って見せた。
 古き盟約の民もいる…宜しい、話そう。」

そんな大事なものの話なのか。


「我自身が忘れるほどの永き間、我と共にあった秘宝がそなたらの同胞に盗まれたのだ。」

「秘宝…?」

秘宝って言うと、箱根の秘宝館くらいしか思い出せねえ。


「そうだ、実は…。」

水の精霊の言う事を要約すると、二年位前に『アンドバリの指輪』って言うどこかで聞いた名前の指輪が盗まれたらしい。
なんでも、その指輪を使うと偽りの生命を死体に与えて蘇らせる事が出来るんだと…要するにアレだ、ゾンビ製造機。
水の精霊はゆっくり水を増やし続けて、ハルケギニアを水の底に沈めれば、自分の手に戻ると考えたらしい。


「よしわかった、それを何とかして取り戻して見せる!
 だから、湖面を元に戻してくれないか?」

「ふむ…そなたらであればやってくれるやも知れぬな。
 良かろうガンダールヴ、湖面は元に戻そう。」

流血を起こさずにささっと事態を収拾出来たのが良かったのか、水の精霊はあっさりと了承してくれた。


「それで、期限は何時までにする?」

「そなたら全員の命が果てるまでに見つけて持ってくるが良い。」

大事なものなのに、すごいのんびりした答えが返ってきましたよ。


「そ、そんなに長くて良いの?」

ジゼルも流石にびっくりしたのか、水の精霊に問い直す。


「良い、どうせ我は悠久の時に在り続けるもの。
 時間の経過など、我が前には何の意味も為さぬ。」

「うわー、山の女王でも、ここまで太っ腹じゃあないわよ…。」

まあ、ゆっくりハルケギニア水没計画なんてのを行っていたくらいだからな…。


「では頼んだぞ、さらばだ。」

…と、水の精霊が戻っていこうとした所に。


「待って。」

と、タバサが声をかけ、何事か話した後で水の精霊に祈りだした。


「ええと…タバサは何やってんの、ジゼル?」

「ああ、水の精霊は別名『誓約』の精霊とも呼ばれているのよ。
 何かの『誓約』を立てるときに、ラグドリアン湖に来て祈るというのは良くある事なのよ。
 ましてや水の精霊だものね…何があるか知らないけど、何か誓いたい事があるんでしょ。」

タバサの次はモンモンがギーシュを脅して誓約させたが、妙な誓約をしたのか蹴り飛ばされていた。
そういや、モンモンが媚薬の解毒薬作れば、ルイズも元通りあんな感じになるんだよな…少々勿体無い気もするぜ。


「惚れ薬とか媚薬を作るのは諦めるけど、貴方の浮気癖を治す薬をいつか絶対に作ると、この私、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシはここに誓約するわ!」

「だから、僕は君を一番愛していると何度も…ふげっ!?」

ギーシュがまたしてもモンモンに蹴り飛ばされた。


「私が一番じゃなくて、私だけで良いのよぉっ!」

何だかこう、身につまされる話だなぁ…。






《ケティ視点》
「ああもうなんというか…羞恥心で死ねるなら、数万回は死ねる勢いなのですよ…。」

学院のモンモランシーの部屋で解毒薬を飲まされ、夢現な才人好き好きショッキングピンク脳状態から解放された私は、今まさに後悔のドツボにはまっているのです。
ちなみに才人はルイズに追いかけられて、一目散に逃げて行ったのでした。


「あああああんな格好で、キスしたり、あんな所触ったり…ああもう、ああもう、ああもう!
 というわけでモンモランシー、一週間くらいの記憶が無くなる薬はありませんか!?
 あれば金に糸目はつけないのですよ!」

「そんな都合の良い薬は無いわ。」

やっぱり無理ですか、わかっていましたが、これはきついのですよ。
胸元にキスマークとか、才人になにやらせているのですか、惚れ薬飲んだ私っ!


「にょわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

今はただただ、アレに耐え切った才人の忍耐力に感謝なのです。
フラッシュバックする才人への誘惑の数々が、私の精神をガリガリ削っていくのがわかるのですよ。


「ふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

口からはもはや奇声しか出ません。
私は全力で自分の部屋まで走って行き、ベッドの中で悶え苦しむ事になったのでした。


「というかっ!こんな事をやっている場合ではないのですよ!」

ずーっと心の中がザワザワしていますし、今才人と顔を会わせると心が砕けそうなので勘弁して欲しいのですが…。


「放っておいたら姫様の身が危ないのです。」

原作よりもかなりエキセントリックな性格になってはいましたが、元は同じ人間なので、ある程度似たような選択をする可能性だってあるのですから。


「ケティ、ケティ、大変だ!」

やはり、キュルケがウェールズ王太子を…。


「キュルケが道中でバリー卿を見たって!?」

そっちでしたかー!?



[7277]  幕間23.1 女王誘拐
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/25 00:03
アンリエッタは全ての公務を終え、部屋に帰ってきた。
よろよろと足取りも重く、疲れ果てているのが一目でわかる。


「はぁ…疲れた。」

アンリエッタはベッドに力無く横たわった。


「そろそろ疲れた以外の台詞も言うようにしないいといけないわね。
 毎日疲れた疲れたばかりじゃあ、気が滅入るというものだわ。」

最近の彼女は自室に戻るとやたらと独り言が多くなっていた、過労で脳内がハイになったままなせいかもしれない。
そう、女王に就任してからというもの、彼女の毎日は公務に始まり公務に終わるだけの毎日となっていた。


「ああもう、少しで良いから時間が欲しいわ、読みかけの詩集も即位以来一度も読めていないし、演劇も見られない…というよりもこの状態で演劇を見に行っても爆睡するだけだわ。
 私の中の乙女成分が日に日に無くなって行く実感…そして代わりに詰め込まれる政治家としての私…さようなら私の青春、麗しき少女時代。」

その仕事量たるや、彼女がまだ若いから何とかこなせているようなもので、本来一人の人間が処理しきれるようなものではないのだ。
老人だったら、数日でベッドではなく棺桶で永遠に眠る事になるだろう。


「そうだわ、お母様のバカー…とかはどうかしら?
 …駄目ね、頭の中が腐っていると、詩的な罵倒すらも困難になるのが確認できただけでも善しとしておきましょう。」

全ての仕事に正面から取り組み、枢機卿や大臣や官僚達等から助言を貰って決済していくうちに、彼女は凄まじい勢いで行政に関する能力を身に着けていった。
身につけていったというか、そうせねば仕事が進まないので、何が何でも覚えなければならない状況に追い込まれていたのだ。


「枢機卿に『決済を代行しますか?勿論絶対に陛下の決済が必要なものの場合はそうさせて頂きますが』と言われた時に『善きに計らって下さい』と言わなかったばかりにこんな目に。
 ああ、何であの時の私は『全部私がやりますわ、国王ですもの』とか言ってしまったのかしら…。
 もしも戻れるなら、言い直すのに。」

マリアンヌは代行承認すら『自らは王で無いのでそのような事は出来ない』と放置していたので、トリステインという国は機構として機能せず、枢機卿も大臣も官僚もそれぞれ自分の権限で出来る仕事をてんでばらばらにやっている形となっていた。
アンリエッタが直々に決済するようになって、やっと国が国として統合された機能を発揮し始めたのだ。

よくもまあ三年持ったものだと呆れるを通り越して感心したくなるアンリエッタであったが、実はマリアンヌの事をあまり怨んでいなかった。
サドっぽい笑みを浮かべながら、目の前に絶望的な高さの書類の塔を築く枢機卿や大臣や官僚達に比べれば。
実の母親でなければ即刻斬首してやるのにと時々思う程度、大したものではない。


「私だって政治に一切関心を持たずに恋に恋していたのだから、ある意味同罪ですものね。
 今こんな目にあうとわかっていたのなら、お父様が崩御した時に私が継ぐと即宣言しておくべきだったわ。」

とは言え、連日連夜の激務も後もう少しの事。
あと少しでトリステインという機構は取り敢えず形を取り戻す。
アンリエッタが判断し、命令し、決済した事が官僚達によって動き出し、国が国としての個を取り戻す。
そうすれば今よりは暇になり、お茶の時間や視察に名を借りた外出の時間も作れる…かもしれない。


「皆がそれぞれ独自に動いていた中で、明らかな不正が大量に発生しているのが痛過ぎるわ。
 不正行為でも、こんな国を何とか持たせてくれていたという事実もあるし…さて、どういう風に功罰を行使しようかしら?」

国家予算がどう見てもきちんと行き渡っていない状況なのだ。
多少ならまだ良いが、国家予算の3分の1が何処に出かけたのやら行方不明。
そして何故だか異様に羽振りの良い大臣やら官僚やらが散見される。

特に財務卿のリッシュモン。
非常に能力は高いのだが、数十万エキューも国家予算から引っこ抜いて懐に入れるというのは幾らなんでも許せるものではないし、全員が殆どお咎め無しではこの状態は改善されない。
他にも何やらきな臭い所があるので、今の所泳がせてはいるが…全てが判明次第、一族郎党一人残らず見せしめとして処刑せねばならないとアンリエッタは考えていた。
狡賢く利に敏い者達に利を説くのだ、『命と金…さて、どちらが大事かしら?』と。


「…その後で、他の者には白状すれば温情はあると示す必要もあるわね。」

頭が良くて臨機応変な対応が出来る者は、その良い頭で臨機応変に狡い事も考える…優秀な大臣や官僚は貴重だ。
全員処刑したら、官僚機構が機能しなくなってしまう。
正直な莫迦や清廉潔白な役立たずばかりでは国は立ち行かない、多少の濁りは仕方が無い。
勿論、横領した公金は家財を売り払ってでもきっちり返してもらうつもりだが、反省しているのであれば救済措置を取るつもりのアンリエッタだった。


「…って、こんな事考えている暇は無いのでしたわ。
 この時間は寝るのが公務なのよ、早く寝なきゃ。」

もはや眠る事さえ公務のアンリエッタ…前回会った時は話の内容にいまいちピンと来ていなかった様だが、彼女の幼馴染がこの激務を実際に目の当たりにしたら、姫様を殺す気かと激怒するのは想像に難くない。


「さあ寝ましょう…あら?」

改めて布団を被りなおして目を瞑ったアンリエッタだったが、ドアがノックされる音が室内に響いた。


「…どなた?」

「…………。」

しかし、返事は帰ってこない。
つまり、城の者ではない可能性が高い。
アンリエッタは枕の下に隠していた杖を握ると、もう一度ノックの音が。


「誰であるか?ここは王の寝室です。
 名を名乗りなさい、近衛騎士を呼ばれたく無ければ。」

今度は国王らしく尊大な口調で言ってみるアンリエッタだった。


「僕だ。」

「詐欺師は間に合っています。」

何となく聞き覚えのある声ではあったが、眠る寸前で頭が薄らぼんやりしているせいかいまいち思い出せない。


「さ…違う、僕だよウェールズだ。」

「ウェールズ…?」

確かにその声は、思い出してみれば彼の声によく似ている。
よく似ているが…何か違和感がある。


「ウェールズ様は爆死しましたわ。
 それとも、幽霊が来たとでも言うのかしら?」

「幽霊でもない、レキシントンに突っ込んだのは僕の影武者だ。
 僕は落ち延びたんだよ、アンリエッタ。
 さあ、ドアを開けておくれ、僕の可愛い従妹殿。」

あのウェールズに限ってそれはありえない…が、誰かが来ていて、それが自分の部屋の前に居るのは確かだ。


(無垢で儚げなお姫様に、暫く戻ろうかしら?)

明らかに罠だが、ここは乗った方が色々とわかるかもしれないし、ウェールズを騙る者は何より許し難い。
そう思ったアンリエッタは、さらさらっとメモを書いて枕の下に仕舞い、数ヶ月前の自分に上っ面だけ戻ってみる事にした。


「で、でも風のルビーは私の手の元に…。」

動揺するふりも大変ねと思いながら、アンリエッタはもう一段階の探りを入れてみる。


「敵を騙すにはまず味方からと言うだろう?
 僕は君が絶対に風のルビーを持っていてくれるとわかっていたからこそ、君の手元に渡るように仕向けたんだよ。」

「…わかりましたわ。
 では最後に何か、身の証になるような事はございませんの?」

理屈は通っているが、違和感は消えない。


「風吹く夜に。」

「…!?」

それは、ラグドリアン湖で会う時に決め、何度も聞いた合言葉。


(な…何故その言葉を知っているの?)

アンリエッタは本物ではないかと思わず信じたくなってしまう自分を、どうにか抑えつける事に成功し、ドアの鍵を開けた。
そしてそーっと扉を開けて、隙間から外をうかがう。


「ウェールズ…様。」

そこに居たのは確かに間違いなくウェールズだった。
アンリエッタと目が合うと、柔和に微笑んでくれる。
意識せずにドアを勝手に開いてしまう自分がいる一方で、アンリエッタの頭の中は冷め切っていた。


(あの頑固な人が国を捨ててなお、柔和に微笑みながら現れはしない。
 例えもし生きていたとしても、酷く悲しそうな顔をしている筈よ。)

これは罠なのだ、とてつもなく残酷な罠なのだと思いながら、アンリエッタはウェールズを抱きしめていた。


「ああ、ああ、ウェールズ…様、よくぞご無事で…。」

演技をしなくても、アンリエッタの両目からは勝手に涙が流れてくる。
願望で、絶望で、怒りで、悲しさで涙が止まらない。


「君は泣き虫だね、アンリエッタ。」

そう言って彼女の頭を撫でるウェールズの手が、やたらと硬質な感触なのにアンリエッタは気付いた。


「ウェールズ様、その手は…?」

「え?ああ…脱出の時にしくじってね、今は義手なんだ。
 流石に無傷では済まなかったよ。」

ウェールズは軽く引き攣った笑みを浮かべた。


「アンリエッタ陛下、お久し振りで御座います。」

ウェールズの後ろから、アンリエッタに敬礼をする老人が現れた。


「おお、バリー卿、貴方も無事だったのね。」

「はい、このバリー、恥ずかしながら落ち延びてまいりました。」

ウェールズの教育係であるバリーまでもがいて、彼と行動を共にしている。
どういう魔法が使われたのか、それともこの目の前の人は本当にウェールズなのか、そういう疑問がアンリエッタの脳裏に浮かんだ。


「敗戦の後、我々は脱出用の偽装商船を使ってトリステインに降下し、身を隠していたのです。
 王太子もご覧の通り片腕を失っておりましたし、追っ手に見つかるとまずいという事であちこちを転々としておりました。
 やっと傷も癒え、我が国がご迷惑をかけた事をお詫びしようと思ったのですが…。」

「…この通り追われる身だからね、白昼堂々とはいかない。
 僕がこの国にいることがばれれば、レコン・キスタはまたこの国へと侵攻してくるかもしれないからね。
 君が一人でいる時間を調べ上げて、こっそり来させてもらったというわけさ。」

辻褄は合うし、バリーもいる。
信じうるに足るだけの材料は揃っているが、それでも目の前のウェールズにアンリエッタは違和感を感じ続けていた。

仕草が別人と言うか、今は思い出せないが別の顔見知りのような気がするのだ。
ウェールズは基本的に柔和で癒しオーラの出ている人なのだが、このウェールズは癒し系というよりは伊達男系。
トリステインによくいるタイプの気障な仕草…。


「…ああもう、頭が疲れ過ぎているのかしら、思い出せないわ。」

「どうかしたのかい?」

思わず出た独り言を聞き返すウェールズに、アンリエッタはにっこりと微笑んだ。


「貴方と会った日が何月何日だったのか…忘れるだなんて私らしくないなと思いましたの。」

内心『やっちまったZE☆』と冷や汗ダラダラなアンリエッタだったが、連日の公務で鍛えた笑顔の仮面で何とか取り繕う事が出来たようだった。


「そうかい?何時出会ったか…なんて事よりも、君といる今の時の方が大事だと僕は思うね。」

「それは確かに…そうですわね。」

ウェールズはというか、アルビオン人は嫌味以外でこんな華麗な切り返しはしない。


(本当の彼なら、すこし困った顔をして『あははは』と笑う筈。)

やはり中身が違うと、アンリエッタは確信したのだった。


「…さて、茶番はこれくらいにしません?」

アンリエッタの表情が急に消えた。
いや、口だけ笑っているが、目から表情が消えた。
茫洋としていながら、全てを見抜こうとする視線を、王者の視線を自分と抱き合う男に向ける。


「私は確かに恋に恋する馬鹿な小娘ですわ。
 でもね、だからこそ想い人の仕草や喋り方は、はっきりと憶えているのよ。」

そう言って、アンリエッタは袖から取り出した杖をウェールズに向けた。


「貴方は…誰?」

「くっ…。」

ウェールズはアンリエッタを押し退けた。


「くくく…はははははは。
 一度やきが回ると回りっ放しか、俺も尽くづく運の無い男だ。」

笑う男の『フェイス・チェンジ』が解け、素顔が明らかになっていく。
トレードマークの帽子は無いが、もうひとつの特徴である髭にはよく見覚えのあるアンリエッタだった。
なぜならば、その男はたかだか数ヶ月前まで彼女の親衛隊長として働いていた男だったからだ。


「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド…私を殺しに来ましたか?」

「いいや、クロムウェルが貴方を御所望だ。
 同行願おうか?」

彼がそう言った途端に鳩尾に強烈な衝撃を受ける。

「うっ…。」

あの書置きを見つければ、すぐに事は発覚する。
追手が自分を助けてくれる事を願うしかないが、駄目ならルイズもいるしまあ良いかと思いながらアンリエッタの意識は暗転した。


「…さて、では偽者は早々に立ち去るとしようか。
 バリー、行くぞ。」

「はっ。」

裏切り者と生ける骸は、王宮の闇の中へと消えたのだった。



[7277] 第二十四話 絶対に叶わない恋のお話なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/30 06:59
悲恋、結ばれない恋の運命
どうしても結ばれない運命と言うのもあるのです


悲恋、好きなのに愛しているのに交わらない運命
物語の悲恋は悲しくも美しいものなのですが、当事者は…


悲恋、運命の皮肉さを美しさを表す言葉
そういう話の主人公にはなりたくないのですよ







私たちはヴェストリの広場の五右衛門風呂の前に集まったのでした。
とはいえ、ジゼル姉さまは一度眠ったら朝まで殆ど目覚めませんし、ギーシュとモンモランシーは…部屋にサイレントかけて何をやっているのやらっ!
コホン…ちなみに今はそろそろ深夜といった時間なのです。


「…と、言うわけなんだけど、ケティはどう思う?」

キュルケはラグドリアン湖に向かう道中で、ガリア方向からトリステインに向かう一行を見たそうなのです。


「特に記憶に残っていたのは、見た事あるけど思い出せなくて頭に引っかかっていたバリーさんね。
 もう一人、顔に覆面が被されていて誰だかわからない人も居たわ。」

「バリー卿とはまた斜め上な…。」

王太子の蘇生は矢張り不可能だったのでしょうか?
ひょっとするとキュルケが偶然見かけていないだけかもしれませんが。
しかしバリー卿だけだと、姫様を騙しきれるか微妙なのですが…。


「微妙とは言え、放っておくわけにも行かないのですね。」

しかし覆面の男なのですか…もしかしてワルドとか?
フェイスチェンジで誤魔化せば、トライアングルのふりも可能なのですね。
意外と早く髪のリベンジの機会が来た…と言う事なのでしょうか?


「あの髭、大人しく(原作通りに)引っ込んでおけば良いものを…。」

そうそうフェイスチェンジを使えるメイジがいるとは思えないのですが、クロムウェルのゾンビメイジにそういうのがいないと断言できない以上、ありえない話ではないのです。


「…あー、ケティ。
 おっかない顔してブツブツ呟きながら考え込まないで。」

ふと顔を上げてみると、ルイズが引き攣った顔で私を見ているのでした。


「ああすいませんタバサ、シルフィードを呼んでください。」

「ん。」

何かを察したのか、じっと私を見ていたタバサがコクリと頷いたのでした。


「何かわかったのか?」

才人が不思議そうに尋ねてきました。


「ええ…見ての通り、あまり愉快ではない事態が発生している可能性があるのです。」

「…いや、勿体ぶらずにわかりやすく言ってくれないとわからないから。」

才人、あまり考えないでいると、ガウリイ・ガブリエフになっちゃいますよー?


「具体的に言うと、姫様の身に危険がおよ…。」

「何ですってっ!?」

ルイズが私の肩を掴んでグラグラと揺らしているのです。


「姫様が何処でどんな風に危害に遭うのか教えて、今すぐに!」

「あうあうあうあうあう…。」

「やめなさいルイズ、そんなに揺すったらケティが喋れないでしょ。」

キュルケが止めてくれたおかげで、何とか止まりましたが、目が回るのです…。


「現在、この国は再起動したばかりで、レコン・キスタ内通者の炙り出しが終わっていないのですよ。
 例えば、親衛隊に他の裏切り者がいたり、もしくは親衛隊に影響を及ぼせる程の高官に裏切り者がいた場合、王宮の警護を一時的にであればザル同然にする事は難しくは無いのです。」

「おお、なるほど!」

ああ…私がサポートし過ぎたのが悪いのでしょうか、才人がすっかり脳味噌スライム男に。


「あの戦の後にバリー卿が生きている筈が無いのです。
 …と、言う事はフェイスチェンジをかけた偽者か、あるいはアンドバリの指輪を使って蘇生させた生ける骸か。
 何も無ければよし、あればあったで何とかしなくてはいけないのですよ。」

「…思い出した、そういえば貴方この前ワルドを取り押さえた時にアンドバリがどうこう言っていたわよね。
ひょっとして、知ってた?」

キュルケがポンと手槌を打ったのでした。
思い出してもらえて結構なのです。


「ええ、アンドバリの指輪は紆余曲折を経て、今はクロムウェルの手にあるのです。
 あの指輪の凄い所は、死んだ味方の蘇生が出来る事は勿論、敵を殺せばそれが全部味方になるという事なのですよ。
 戦えば戦うほど兵は倍々で増えていく…初期のレコン・キスタは多分殆どが生ける屍の筈。」

「何だそのえげつない軍隊は?」

才人がぞっとしたように身をすくませているのです。
アンドバリの指輪によって、死んだ味方はより忠実な不死の兵となり、死んだ敵も同様に不死の兵となり、蘇生された死者は表面上、生者と変わらない…ホラーな話なのですよ。


「虚無の力だと大嘘をついても、前例がない魔法なので誰もわからないのです。
 死者の蘇生という奇跡が、虚無を連想させるのは不思議ではありませんし。」

「想像しただけでゾッとするわ。
 水の精霊が取り返したがっているのはわかる気がする…。」

私の話を聞いたルイズの顔も青いのです。
今のレコン・キスタは殆どが普通の人間ですが…蘇生できる人数に限界があるのか、蘇生できる速度的な問題で限界だったのか。
まあ、おそらく後者なのでしょうが。


「確かに水魔法って、便利だけど反面おっかないのよね。」

「ん。」

タバサの母親は確か水系統の精霊魔法で心を狂わされている筈。
彼女が水魔法の恐ろしさを一番身近に体験しているのかもしれません。


「来た。」

「きゅい!」

広場に着地したシルフィードに、私達は乗り込んでいったのでした。


「では行きましょう。」

「きゅいいいいいいぃぃぃぃ!」

私達を乗せたシルフィードは高く舞い上がり、王都に向かって飛んで行くのでした。





「またお前らかっ!?」

王城の中庭に降り立った私達は、いきなり親衛隊に取り囲まれたのです。


「上から見ていましたが、随分と大騒ぎのようなのですね?
 何か異常事態でも?」

「お前たちに話すべき事は無いっ!」

御尤も、なのですね、本来であれば。


「ルイズ、アレを見せてあげなさい。」

「アレ?」

いやルイズ、せっかく格好よく言ったのに不思議そうに首を傾げないでください…可愛いですけど。


「姫様に戴いた許可証なのですよ。
 今使わずに、いつ使うのですか?」

私の許可証は軍に対する権限が無いので、ルイズのを見せた方が効果的なのです。


「あ…確かにそうね。
 貴方達は私の質問に答える義務があるのよ。
 これを見なさい。」

そう言うとルイズは腰のポーチから巻物を取りだして見せたのでした。


「こ…これは失礼した。」

ルイズに与えられた常識ではあり得ない権限に、マンティコア隊の親衛隊長は目を白黒させているのです。


「わたしの名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、姫様…陛下直属の女官よ。
 私にはこの国に関するありとあらゆる事柄に干渉できる権限があるの…陛下以外はね。
 もったいぶらずに教えなさい、何が起こったの?」

「あなたがあの…なるほど、目もとに母上殿の面影が…。
 …失礼いたしました、わが名は親衛隊マンティコア隊の隊長、ド・ゼッサールと申します。
 あまり大声では言えませぬが、女王陛下がかどわかされました。
 発見された後、城の警備兵を蹴散らしながら逃走、現在ヒポグリフ隊が追跡中であります。」

やはり攫われたのですか。


「しかし、陛下が居なくなった事をどうやって察知なさったのですか?」

「実は陛下は夜中にこっそり起きて公務をなさっていた事が何度かありまして…夜は一定時間のうちにベッドに戻らないと、各隊の隊長の部屋に警報が鳴るようにしておいたのであります。」

それのおかげで察知できたのは良かったのですが…。


「…嫌がっておきながら、どんだけワーカホリックなのですか、姫様。」

とっとと片付けたかった気持ちはわかりますが…。


「…過労死するつもりか、あのお姫様。」

才人は呻き声のような声で呟いたのでした。


「うわぁ…そ、それで、姫様はどちらに連れ去られたの?」

ルイズは顔を引き攣らせながらも、ド・ゼッサールにたずねたのです。


「現在、ラ・ロシェール方面へと向かっております。
 恐らく、ラ・ロシェールからアルビオンに陛下を連れ去るつもりなのではないかと。
 風竜隊は再編中でここには居ない為、現在ヒポグリフ隊が追跡中ですが、間に合うかどうかは…。」

ド・ゼッサールの言うとおり、風竜とそれ以外では速度が段違いですからね。


「あと、このような書置きが。」

「見せて…えーと…や、やりやがったわね、姫様のバカー!」

書置きを読んだルイズが顔を真っ青にした後、真っ赤にして怒鳴ったのでした。


「い…いったい何が?」

「…読めばケティも瞬間沸騰よ。」

そういって手渡された書置きには…。


「私、さらわれるか暗殺されるかするみたい…と、いうわけで枢機卿、私が血まみれで転がっているか居なくなっていたら、当初の予定通りお願い。
 『女王を殺して混乱の隙を突こうと思っていたら、即時に新しい女王が即位していた。何を言っているのかわからないと思うが…』
 みたいな表情で呆然とするクロムウェルの間抜け面を想像すると、高笑いしたい気分よ。
 あとルイズ、あなたが女王になったら枢機卿や大臣達が塔の如き書類を持って来るけど、生まれつき頭の良い貴方なら大丈夫、きっとやれるわ。
 私は遠い場所から、書類に埋もれて死にそうになりながら、私への呪いの言葉を吐きつつ仕事をこなす泣きべそな貴方をいつも見つめているわ。
 見つめているだけだけどね、一切手伝わないけどね、おほほほほほ!」

「…なんという酷い遺言。」

ルイズがブチぎれるのもやむなしというか…自身の暗殺も織り込み済みの上で、あらかじめ工作していましたねあの姫様。
私が言うのもなんですが、真っ黒いにも程があるのですよ。


「急がないと女王にされちゃう!」

ルイズが心底困ったという表情で叫んでいるのです。
いやホント王座を押し付けあうとか、壮絶な後継争いをしている他の国の王族に申し訳ないと思わないのでしょうか、この国の王族は。
義理でも人情でも、もうちょっと奪い合うような態度を見せるとか権力争いの礼儀をですね。
…ほら、あまりのほのぼの王家っぷりに、煤けたタバサが座り込んで草毟っていますし。


「…タバサ、どうしたのですか?」

「少し、心が折れそうになった。」

タバサの知る王家とまったく違いますから、しょうがないといえばしょうがないのですね。


「ケティ!これ以上のんびりなどしていられないわ!
 姫様の首根っこ捕まえて、執務室に放り込んでやるんだから!」

何時の間にやら、顔を真っ赤にしたルイズがシルフィードの背中に勝手に乗り込んでいたのでした。


「ん、皆も早く乗って。」

ルイズの声で正気に戻ったタバサの言葉に皆頷くと、シルフィードに次々と乗り始めたのでした。


「ラ・ロシェールに向かう馬数頭。
 メイジが乗っているから低く飛んで。」

「きゅい!」

ヒポグリフ隊が全滅する前に到着してくれれば良いのですが…。





「…あっさり追い抜かしてしまったのですね。」

ヒポグリフに乗った親衛隊員たちがどんどん後ろへと遠ざかっていくのです。


「無視してよかったのかな?
 待ってくれーとか言ってたぞ、あの人達。」

才人は気まずそうに後方ですでに点となったヒポグリフ隊を指差しているのです。
確かに『待ってくれー』という声がドップラー的に聞こえましたが、さらっと無視なのですよ、無視。


「待って姫様が見つかるなら待ちますが、そうではないので置いて行くのですよ。」

私の子供の頃のメモ書きが確かなら、ヒポグリフ隊はあっさり倒されていた筈なので、命が助かった事でチャラにして欲しいのですよ。


「でもさ、俺たちだけで足りるのか?」

「大丈夫…こちらには火メイジが二人もいるのです。
 アンドバリの指輪で与えられた偽りの命が水属性な以上は、対抗属性の火で中和できる筈。」

どうやって倒したのか、メモ帳に書かれていなかったので、ぶっちゃけ適当なのですが、多分これで何とかなる筈なのです。
…ええ、正直全然自信がありませんが。


「見えたって。」

「きゅい!」

風竜の視力はとても良いので、見えたようなのですね。


「では一気に上昇したのち追い抜いて、街道の先で待ち伏せしましょう。」

「ん。」

シルフィードが急上昇し、街道沿いを飛んでいくと、街道に馬に乗った人と思しき小さな点が見えたのでした。


「…さて、降下準備なのですよ。
 ルイズと才人を抱っこして、レビテーションで減速して降りるのです。
 タバサには念の為最後に降下して貰わねばいけないので、私とキュルケがやるわけなのですが…。」

「…私はルイズね。」

へ?てっきり才人の方かと思っていたのですが。


「ちょ、何で私がキュルケと!?」

「その方が面白そうなのよ、ちょっと黙っていなさい。」

そう言いながら、キュルケはルイズの顔を胸の谷間に沈める体勢で抱き締めたのです。


「むが!?むー!むー!」

「うふふふふふふふふ。」

そしてこちらに向かってにやりと笑いかけるのでした…。


「何考えてやがりますか…?」

そっち方面に関して、私はキュルケに及ぶべくもないのですよ。


「いいから、早くしなさいよ?」

ニヤニヤ笑いながらこちらを見るキュルケなのです。


「仕方がない…っ!?」

「どどど、どうしたんだケティ、顔真っ赤にして!?」

才人に抱きつき彼の匂いと感触を感じた途端に、媚薬に頭やられていたころの記憶が一気にフラッシュバックしてきたのです。
せっかく緊急事態でそっちの事が吹っ飛んでいたというのに、あの巨乳これを狙っていましたねっ!


「キュルケ!謀りましたね、キュルケ!?」

「貴方はいい友人だけど、思わずいじりたくなる貴方の鈍感さがいけないのよ!
 おほほほほほほ!」

そう言いながら、キュルケは飛び降りていったのでした。
くっ…何時如何なる時でも遊び心を忘れないというのも考えものなのですよ。


「ええい、女は度胸、このくらいで何とかなるものですか!」

才人をぎゅっと抱き締め、シルフィードから飛び降りたのでした。


「レビテーション!」

急にがくんと速度が落ち、ふわふわと私達は降下し草原に降り立ったのでした。


「ケティ…大丈夫か?」

才人が心配そうに声をかけてきますが、羞恥心の限界が降りきれそうなので、ぶっちゃけ目も合わせたく無いのです。
落ち着くのです、クールに徹しなさい、ケティ・ド・ラ・ロッタ!


「危うく脳味噌が沸騰しそうになりましたが…大丈夫なのです。」

「それは残念だわ。」

私達のところにやって来たキュルケが、ニヤニヤしながら私を見ているのです。


「…頼みますから、何時如何なる時でも人をおちょくって楽しむ事を忘れない、その厄介な性格をどうにかしてください、キュルケ。」

「無・理・よ☆」

無理ですか、そうなのですか…。


「これから戦うって時に何妄想してんのよ、あんたはーっ!」

「こ、これから戦うんだからお手柔らかに…って、ぎゃー!」

ちなみに私に抱きつかれてにやけていた才人は、ルイズにコブラツイストで締めあげられていたのでした。


「大丈夫?」

ふわりと降下してきたタバサが私達に声をかけてくれたのでした。


「ええ、今のところは。
 全員、目立たないように草むらで伏せるのです。」

向こうが気付いているかいないかは半々ですが、ラ・ロシェールに向かう街道がここしかない以上、連中は絶対にこちらに向かってくる事だけは間違いないのです。


「来た…。」

蹄が大地を駆け抜ける音が聞こえて来ました。


「…さて、キュルケ?」

「ええ、やりましょ。」

アンデッドは火に弱い。
ファンタジーのお約束は通用するのか、さてやりますか!



…馬の姿がはっきり見えたあたりで呪文を唱え、掌中に炎の玉を生成。
タバサが同時に風の刃を形成。


「ウインド・カッター!」

「ヒヒーン!?」

ウインドカッターで馬の脚を傷つけ転ばせた上で…。


『ファイヤーボール!』

私とキュルケの放った炎の玉が、先頭の二人を包み込んだのでした。


「…一瞬で燃え尽きたわね。」

「…アンデッドとは言え、どんだけなのですか。」

紙みたいに燃え上がって骨も残さずに消滅…熱量強化型のファイヤーボールだったとは言え、火に弱いにも程があるのですよ。


「うわぁ…。」

転んで馬から転げ落ちた騎士たちが、《のそり》といった感じに立ち上がったのでした。
首が完全に変な方向に曲がったのもいるのです。


「ホラーな…っ!?」

いきなり側面から風の刃が私を狙って飛んできたのでした。


「ケティ、危ないっ!」

「相手が死体なのが気に食わないが、デルフリンガー様参上!」

才人がそれをデルフリンガーに吸収させます。


「まさか女王の乗る馬まで容赦なく転ばすとは…な。」

夜闇から現れたのは、よく見知った髭と帽子。
肩に担がれているのは、寝巻き姿の姫様。
他人が言うには伊達男、私が見るとただの胡散臭いオッサン、そう…。


「丁度良い、此処で会ったが百年目!
 我が怨み、此処で晴らさせてもらうのですよ、ワルドっ!」

「それは僕の台詞だろっ!?」

何をおっしゃるうさぎさん、なのです。


「んぅ、此処は…。」

ワルドに担がれている姫様が目を覚ましたようなのですね。


「姫様っ!?」

「あら、その声はルイズ?」

ルイズが慌てて声をかけると、姫様のやけにのんびりとした声が聞こえてきたのでした。


「…ああ、そういえばさらわれたのだったわね、私。」

「…姫様。」

あまりにものんびりしたその態度に、ルイズが思い切り脱力しているのです。


「目が覚めたばかりで、寝惚けているのですよ。」

「帰りたくなってきたわ。」

流石のキュルケも少し脱力しているようですね。


「ふわ…仕方が無いじゃない、仕事の疲れが溜まっているのよ。」

気絶させられた時間も、貴重な睡眠時間というわけなのですね。


「書類を読んで、大臣達の言うなりにサインをするだけの仕事の何処が疲れるというのだ。」

「今、何と言ったのかしら、ワルド卿?」

《ミシリ》という、空気の色が変わる音がしたような気がしたのです。


「鳥の骨や汚職に塗れた大臣や官僚達の言うがまま適当に書類にサインし、日がな一日遊んでいる女王の仕事の何処が疲れるのかといったのだ!」

まあ確かに、市井には女王主催の優雅なお茶会などの情報が流れてはいるのですが…。


「ええ、確かに卿の言う通りかもしれないわね。
 朝日が昇る前に目覚めて、女官達に服を着替えさせてもらい、髪を整えながら大臣達の持ってくる書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、朝食を料理人たちが作る合間に書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、朝食を食べつつ書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、食後のお茶を溢さないように気をつけながら書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、それから10時のお茶の時間までの間書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して、10時のお茶を飲みながら書類を何度も繰り返し読み直し助言を貰いながら決裁して…」

食事の時間もお茶の時間も全部公務の時間とか…姫様の言葉を信じる限り、休んでいる時間が皆無なのです。


「…就寝前の仕事が終わったら、お風呂に入って寝巻きに着替えて部屋に戻って来るけれども、そこでも助言がいらなそうな書類を見繕ってもらったのを決裁するのよ、どうしても眠気に耐えられなくなるまでね。
 これが一日中遊んでいる女王の生活よ、素敵でしょ?」

…奴隷だってもうちょっと優雅なのですよ、姫様。


「あ、貴方という人は…。」

ワルドが呻くように呟いたのでした。


「対外的にはそこそこ優雅に暮らしているように伝えてあるわよ?
 女王が食事の時間も眠る暇も無く一日中働き続けているだなんて、優雅じゃなくて世間体が悪いもの。
 貴方はそんなこんなで遊び疲れて、いつも通りに力尽きようとしていた女王を無理矢理起こして死んだ人の扮装で騙そうとして見事に失敗して、奇妙なくらい手薄な王宮内を脱出したというわけ。
 ラ・ロシェールにいる筈の貴方の仲間は全滅、代わりにトリステイン正規軍1000名が貴方達を手薬煉引いて待っているとも知らずにね。」

流石のゾンビ達も、数の暴力に曝されたらどうにもならないのですよ。


「し、しかし、肝心の貴方が捕まってはどうにもならんだろう?」

「もし私が死んでもルイズがいるもの、ね?
 近くに優秀な頭脳もいるし、心配は無いわ。」

そう言って、姫様はルイズと私にウインクしたのでした。


「虚無の権威に私の暗殺というソースをかければ、トリステインは建国以来かつて無いほどに結束できるわ。
 私が生きていても、いずれは同じ場所までもって行くつもりではあったけれどもね。」

禅譲話はこの為の根回しだったわけですね。


「この国は近い将来貴族が貴族らしく、平民が平民らしく、それぞれが己の職分と能力を生かせる国に生まれ変わるわよ。
 卿が夢敗れ、卿が見限った、卿が居ない国でね。」

言っている事は格好良いのですが、ワルドに担がれたままなのですよ、姫様。


「ああそれとワルド卿?」

「ぐっ…な、なんだ?」

姫様ってば、語るだけでワルドに結構なダメージを与えたみたいなのですよ。


「水メイジに密着しているのは迂闊の証拠だって、士官学校で教わらなかったかしら?」

そう言うと、姫様は胸元から装飾の少なくて短い杖を取りだしたのでした。


「杖は先ほど奪った筈!?」

「あれは儀杖よ…『反転』。」

姫様がその呪文をかけた途端に…


「ぐわあぁぁっ!?」

…ワルドの義手のつなぎ目から血が流れ落ちはじめ、姫様は振り落とされたのでした。


「姫様、それ禁呪…。」

ルイズが引き攣った顔でツッコんでいるのです。
『反転』は『治癒』の逆の魔法で、過去に負って完治した大きな傷を開くという、それはそれはえげつない魔法。
水が国の象徴であるトリステインでは禁呪なのですが…。


「この国では私が法よ。
 あと、高度な魔法を封じるには、痛みで集中させないのが一番だわ。」

「ですよねー。」

あははー、そりゃしょうがないのですよ。


「よ、よくも…。」

「一国の主をさらおうというのだから、そのくらいの傷は甘受すべきよ、ワルド卿?
 怒るついでに暗殺なんてどうかしら?」

いやいや、あんな事言われたら殺すに殺せないのですよ、姫様。


「…到着してから見せようと思っていたのだがね。
 王太子、こちらに来たまえ。」

「アア。」

騎士のうちの一人が、全身を包帯に包まれた騎士が、ぎこちない動きでこちらに歩いて来たのでした。


「まさか…。」

「顔を見せてさし上げろ、王太子。」

包帯の合間から除く金髪、くすんではいますが、まさか、そんな事が…?


「アぁ、イイともワルド卿。」

彼が顔を覆っていた包帯を解くとと…。


「いやあああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

それを見た姫様が絶叫を上げ、そのまま倒れてしまったのでした。


「な、何という事を…。」

顔が半ば欠け、黒焦げになっていますが、残った部分から見えるその容姿はかつて見た王太子、その人なのでした。


「ヤア、ミス・ロッタ、久し振りダね。」

「そいつの体は見つからなくてね、クロムウェルが辛うじて残っていた頭部を他の死体とくっつけたんだ…。」

姫様を抱き起こしながら、ワルドは言ったのでした。


「なんというおぞましい事を。」

アンドバリの指輪、思った以上に無茶な性能なのですね…。


「クロムウェルはそいつにレキシントンを吹き飛ばした高性能火薬の事を聞きだそうとして失敗した。
 だから君がもし現れるようならば、殺してつれて来いと言われている。」

そういうと、ワルドはニヤリと笑ったのでした。


「ミス・ロッタを殺せ、王太子。」

「あア、わかっタよ。」

そう言うと、顔の半分ない王太子は私の方を見て微笑んだのでした。


「顔見知りを殺すことが出来るか、ミス・ロッタ?」

「ええ、ご心配なく。
 ファイヤーボール。」

私は躊躇い無く王太子にファイヤーボールを撃ち込みます。


「へ…?」

ワルドが間の抜けた声を上げたのでした。
王太子はあっという間に紙のように燃え上がり、倒れて動かなくなったのです。


「アンドバリの指輪の支配下におかれたまま、私達を害する事は王太子も望まないでしょう。
 ならば躊躇い無く燃やしてあげるのがせめてもの手向けなのです。
 …いやはや、人というのは怒り過ぎると却って心が澄み渡るものなのですね。」

感情は魔力の源泉…怒りと悲しみと憎悪を心の炉にくべて、私の魔力がどんどん漲っていくのがわかるのですよ。


「人の尊厳をこのような形で踏み躙る…恥を知りなさい、クロムウェル!」

一度に9つの火球が形成されたのです…トライアングルとしての実力が上がったわけではなく、単に注ぎ込める魔力が一時的に上昇しているだけ。
規定量以上の魔法を行使したせいか、頭がガンガンといった感じの頭痛に襲われ、喉は渇き、舌も乾き、目が飛び出そうな感覚が不快ですが、知った事ではないのです。


「燃やせっ、ファイヤーボール!」

流石にこの数のファイヤーボールを制御したことは無かったので、半分ほど外れましたが、それでも5体のゾンビ騎士を灰に変える事に成功したのでした。


「とは言え…これは無茶だったかも…。」

魔法を行使した直後から、酷い眩暈と頭痛が私を襲い始めたのでした。
ええい、デルフリンガーはまだ気付かないのですか!?
血に餓えた妖刀ばかりしていないで、たまには自分の役目を思い出して欲しいのです。


「ルイズ!始祖の祈祷書を捲るのです!
 先程話したように、この騎士達は生ける屍、魔力によって動かされる操り人形。
 虚無ならば、これを解消する魔法がある筈なのです!」

こうなったら私がやるしかありません。
皆、私が何でそんな事知ってんだってのはこの際スルーで!
ワルドがポカーンとしている間に。


「で、でもこの祈祷書、エクスプロージョンしか書いていないのよ…。」

そう言って、ルイズは首を横に振ったのでした。


「祈祷書は求める者に求める魔法を与えるのです。
 心の底から祈り求めなさい、魔法の呪縛から、偽りの生から、死者を解き放つ為の魔法を!」

いやしかし、周囲から見ると明らかに色々と知り過ぎなのですよ、私は。
問い詰められたらどうしましょう、いやマジで。


「わ、わかったわ…。」

ルイズは慌てて祈祷書を捲り始めたのでした。


「虚無を使うつもりだと…まずい、アレをやるぞバリー!」

「はっ。」

確か、合体魔法は同じクラスのメイジ同士でないと、しかもかなり相性が良くないと王族の血を引いていない限りはうまくいかない筈なのですが。
バリー卿はひょっとして、ワルドと相性ぴったりなのですか…?
それとも、生ける屍ゆえの特性?


「喰らうがいい、水と風のオクタゴンスペルを!」

髭と爺のツープラトンとか誰得!?
風が水を巻き込み、氷で出来た渦を巻き始めたのです。


「…才人、頑張れます?」

「あー…これってやっぱり俺の役目?」

引き攣った顔で才人が聞き返してきたのでした。


「才人というか、デルフリンガーの役目なのですね。
 ルイズが虚無の魔法を見つけて放つまで、出来うる限り魔法を吸収してください。」

「わかった…後、思い出すのが遅れて正直スマンカッタ。」

おかげで先程からタバサが私をじーっと見つめているのです。
正直冷や汗ものなのですよ…どうやって説明しましょう?


『フリーズ・トルネード!』

「死んでも命がありますようにっ!」

才人が氷が飛び交う竜巻に突っ込んでいったのでした。
健闘していますが、相手は竜巻なのでデルフリンガーを振り回すその姿は、何と言うかちょっと頭の可哀想な人みたいなのです…ガンバレ才人。


「あった!これね!」

そう言って、ルイズは大急ぎで詠唱を始めたのでした。
才人には氷の破片がいくつも突き刺さって、とんでもない事になりつつあるので。早くしないと死んでしまうのですよ。


「ディスペル・マジック!」

ルイズのその魔法が放たれた途端に、一瞬にして氷の竜巻は消滅し、バリー卿を含めて騎士達も糸の切れた人形のように倒れ始めたのでした。


「くっ、女王だけでも…!」

「ファイヤーボール!」

キュルケの放ったファイヤーボールは、ワルドの義手で弾かれましたが、姫様を拾う事への妨害にはなったのです。
ナイスフォローなのです、キュルケ。


「ぐっ、仕方があるまい…覚えておれ!」

そう言って、ワルドは闇夜に消えたのでした。


「ま…まちやが…あれ?」

それをボロボロになった才人が追いかけようとしますが、膝を地面について倒れてしまったのでした。
血がだくだくと流れ始めているのです。


「タバサ、治癒を早く!」

「ん。」

ワルドを追う必要は無いのです。
此処まで失敗を繰り返したら、いくらなんでもレコン・キスタには戻れないでしょうし。





「んぅ…此処は、何処?」

「トリステインなのです、姫様。」

暫くして目を覚ました姫様に、声をかけたのでした。
ヒポグリフ隊もようやく追いつき、周囲は雨。


「はぁ…生き残っちゃったのね、私。」

「姫様、大丈夫ですか、姫様!」

ルイズが心配そうに姫様に声をかけているのです。


「大丈夫よ、数日間仕事を溜め込みそうなのが憂鬱だけれども。
 …ウェールズはどうなったの?」

「私が燃やしました…彼の灰です。」

私はそう言って、姫様に王太子の灰を手渡したのでした。


「…彼は貴方に二度も殺されたのね。」

「………………。」

姫様の言葉は全くその通りで、返す言葉も見つからないのです。


「姫様、ケティは…!?」

「良いのですよルイズ、その通りなのですから。」

ルイズが私を庇ってくれようとしましたが、私は手でそれを制したのでした。


「灰を…ラグドリアン湖に還しましょう。
 そこでアルビオン陥落の日、王太子殿下から仰せつかった言葉をお伝えします。」

「ウェールズの言葉…?」

王太子は私が二度殺しました…それは間違い無いのです。
であるならば、私が王太子の代わりに王太子が伝えるべきであった事を伝えなくてはいけません。


「ケティ、殿下から伝言を仰せつかっていたの?」

「ええ、トリステインに戻ってきた時は意識がありませんでしたし、先日お会いした時にも伝えられる雰囲気ではなかったので。
 仕事が溜まっていたせいもありますが、姫様が昼夜を問わず働き続けていたのは悲しみを紛らわせる為なのですよ、恐らくは。」

原作では半ばアル中と化していた彼女が、打ち込めるものがあったが為にワーカホリックに陥った。
どちらも健全とは良い難いのです。
心機一転してもらわねば、例えば新しい恋に気分を向けられるように…とか。


「お姫様、大変だったんだな。」

タバサの応急処置が終わったのか、才人がよろめきながらもやってきたのでした。
学院に帰ったら、部屋の中で一晩中何をやっていたのか知りませんが、ギーシュと一緒に寝ているはずのモンモランシーを叩き起こして才人の治療をさせるのです。
私が引いたからって、イチャイチャしっぱなしに出来ると思ったら大間違いなのですよ、ククククク。


「タバサ、王宮に向かう前に、ラグドリアン湖に寄って貰えませんか?」

「ん。」

タバサはコクリと頷いたのでした。
此処からラグドリアン湖につく頃には、恐らく日が昇っている筈…。





「にゃむ…見事に一徹してしまったのですね。」

眩しい光を放ちながら上がる太陽、朝になってしまったのです。


「ふわ…今日は体調不良で授業を休む事にするわ、眠いし。」

キュルケ、授業中に居眠りすれば何とか乗り切れるような気がするのです。
このままだと来年は私と同級生になってしまうのですよ?


「アキバでゲーム買うために並んで奇妙な言葉で話すヲタに挟まれた時の事を思い出すぜ…。」

ゲーム買うくらいでいちいち並ぶな、なのですよ才人。


「頭がぐらぐらするわ…。」

ルイズは徹夜に弱いのですね。


「……………すぅ。」

タバサは本を読む体勢で眠っているのです…やりますね。


「じゃあ、始めるわね。」

姫様は、遺灰をラグドリアン湖に撒き始めたのでした。


「さようなら、ウェールズ。
 本当なら国葬したいところだけれども、こんな粗末な葬儀でごめんなさい。
 大いなる輪環の中で、いつかまた会いましょう…。」

遺灰はゆっくりと、染み込む様にラグドリアン湖の水の中に消えていったのでした。


「王太子殿下の遺言をお伝えします。
 『アンリエッタ、僕を忘れて欲しい。僕を忘れて他の男を愛せるようになって欲しい。出来ればあの時のように誓って欲しい。』と。」

「貴方にとって、それは都合の良い話ではないわね?」

私はルイズを正統としていますから、確かに姫様の後が続くのは少しばかり好ましくない事ではあります。


「都合が悪かろうが、遺言ですから。」

半ばでっち上げですが、原作で彼が残した言葉を姫様に伝えるのは私のしなくてはならない事だと思うのです。


「確かに…ウェールズの言いそうな事だわ。
 他には?例えば『愛している』とは?」

「いいえ、催促しましたが姫様を縛る言葉は言えないと。
 『アンリエッタはその言葉を残せば、一生その言葉に縋ってしまうだろう』と。」

私がそう言うと、姫様は軽く苦笑を浮かべて頷いたのでした。


「はぁ、意地悪な人なんだから。」
 
姫様は静かに目蓋を閉じたのでした。
閉じた目からは涙の雫が零れ落ちていきます。


「本当に、意地悪な人…。」

愛する人を失うという事がどれほどの事なのか、私にはまだわからないのです。
知識収集癖のある私ですが、知りたい知識ではありません。
一生、知る事が無ければ良いのにと、私はこの時そう思ったのでした。



[7277]  幕間24.1 トリステイン銃士隊&約束を履行したりさせられたり
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/03/10 18:34
「新式銃が欲しいのよ。」

「新式銃…なのですか?」

初夏の爽やかな陽気の中、一人城に呼び出されたケティはアンリエッタの執務室で首を傾げていた。


「何故それを私に?」

「我が軍に新式火薬を納入したパウル商会…最近我が国の軍需部門に販路を開いているのだとか?」

アンリエッタの微笑みに、ケティは「うっ」と軽く呻いて一歩引いた。


「あの商会はラ・ロッタ家公認の商会で、蜂の意匠を許されているのよね。
 商会の主はパウル、貴方の幼馴染の一人。」

「あはははは…。」

乾いた笑い声を上げながら、ちょっとやり過ぎたかとケティは内心で愚痴る。


「しかし何故そこから新式銃などという話に?」

「モシン・ナガン。」

ケティはびしりと凍りついた。


「…ええと、ひょっとして姉の誰かから聞いたのですか?」

「ええ、貴方が実家でその銃を使って、魔法を使ってもあり得ない距離から獲物を狙撃して見せた事も、その銃の速射性能が現在我が国に在るどの銃よりも素晴らしい事も、全部よ。」

それを聞いて、ケティは深い深い溜息を吐いた。


「あのモシン・ナガンは魔法が無い国が作り出した高度な冶金技術の結晶なのです。
 メイジの錬金を全力で駆使したとしても、性能の劣化した模造品しか作れません。
 軍全体に配備するには、ハルケギニアじゅうから土メイジをかき集めないと不可能かと。」

「つまり、性能の劣化した模造品を少量生産するくらいなら可能…という事ね?」

女王の問いに、ケティは軽い逡巡を見せたのち、観念したように頷いた。


「…確かに性能を落とせば少量生産は可能なのです。
 それでも十分ハルケギニアに出回っているどの銃よりも優秀なものになるでしょう。」

そう言うと、ケティは参ったという風に眉をしかめ眉間を押さえた。


「それは良い事を聞いたわ。
 アニエス、入って来なさい。」

「はっ!」

アンリエッタの声に応え、金髪のショートヘアの女性が執務室に入って来た。


「アニエス、この度の軍改革で創設された銃士隊の隊長よ。」

「アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランと申します。」

アニエスはケティに深々と首を垂れる。


「ああ…あのアニエス殿なのですか。」

ケティの顔が軽く引きつった。


「あの…とは?」

アニエスの眼光が鋭くケティを貫いた。
彼女は元平民という事で差別される事が多い、ケティもそういう輩なのかと睨みつける。


「豪気にして苛烈、『鉄の塊』と称されるメイジ殺しにして、可愛い女の子が三度の飯より大好きなアニエス殿でしょう?
 その毒牙にかかって道を踏み外した乙女は数知れずとか…ぞ、存じているのです。」

そう言いながら、ケティが数歩あとずさったのを見て、アニエスがずっこけた。



「そ、それは私にやっかむ連中が流した根も葉もない噂だっ!
 いや…まあ、可愛いものは好きだが、それは女の子に限った話では無く…って、ああっ、更に後ずさらないでっ!?」

後ずさるケティに、涙目で手を伸ばすアニエスだった。


「ケティ、面白いけどアニエスをからかうのはそのくらいにしておきなさい。」

「はい、かしこまりました姫様。」

いきなり真顔に戻ったケティにアニエスがぽかーんとなっている。


「貴方って真面目な人を弄るのが大好きよね?」

「剛毅な武人が翻弄されうろたえる様はまさに甘露なのですよ、姫様。」

そう言って、ケティとアンリエッタはお互いにっこりと微笑みあった。


「騙されたーっ!」

アニエスは天井に向かって叫んだ。


「うぅっ、王宮内に噂の聞こえる才女が、まさかこんな変な性格の娘だったとは…。」

そして盛大に落ちる。


「これで、アニエス殿には顔を覚えて貰えたでしょうか?」

「むしろ殺すリストに入れられたような気がするわ。」

アンリエッタのその言葉に「あはー」と笑うケティだった。


「複製したモシン・ナガンの第一号はやはりアニエス殿に?」

「ええ、納入した途端に撃ち殺されないように気をつけておきなさい。」

ケティからの問いに、アンリエッタはそう言って頷く。


「アニエス、そろそろ立ち直りなさい。」

「は、はあ…しかしこの娘が、本当にあのパウル商会の影の主なんですか?」

アニエスはそう言って、ちょっぴり恨みを込めた視線をケティに送った。


「ええ、そうよ。
 それにケティは王侯貴族だろうが平民だろうが、わけ隔てなく扱うから、貴方が特別に軽んじられたわけではないというのも理解してあげてね。」

「私はわけ隔てなくおちょくられたというわけですか。」

そう言って、アニエスはがっくりと肩を落とした。


「これから先はあまりからかわないようにしようと思うので、勘弁して欲しいのです。
 ああそうそう、お近づきの証にこれでもどうぞ。」

そう言って、ケティはアニエスに小さな包みを渡した。


「これは?」

先ほどされた仕打ちのせいか、警戒気味に包みの中を覗き込むアニエス。


「飴なのですが、少々特殊な製法を行使してみたのです。
 とても甘くてクリーミーで、一口食べれば自分を特別な存在だと感じられるようになるのですよ。」

「ふむ…?では失礼して。」

アニエスは早速取り出した飴玉の包装を取り除いて、口の中に放り込んだ。


「こ…これは、美味い。
 たかだか飴玉がこんなに美味しいとは。
 これを私にくれるのか…?」

アニエスは頬を抑えてほわんとした幸せそうな表情になった。


「ええ、先程の非礼のお詫びも兼ねて。」

「私も欲しいわ、その飴。」

恍惚の表情でコロコロと飴玉を舐めるアニエスを見て、アンリエッタも物欲しそうにケティを見る。


「はいどうぞ。」

「ありがとう、どれどれ…まあ、これは確かに美味しいわ。」

アンリエッタも頬を押さえて幸せそうに微笑んだ。


「パウル商会に発注していただければ、いつでもお届けできるのです。
 …とまあ、飴玉の話はこれくらいにして、モシン・ナガンの複製品であれば一丁有りますので、複製した弾薬とセットで近日中にお届けにあがる事になるでしょう。」

「成程、先程の話は既に一度実践した上でだったのね。」

飴玉を口の中でコロコロと転がしながら、アンリエッタは頷いた。


「ええ、ではまた数日後に…。」

「なるべく早くお願いね。」

ケティは一礼すると、執務室から退室した。





数日後、トリスタニアの《星降る夜の一夜亭》で、三人の人物が食卓を囲んでいた。


「ケティ坊ちゃん、ジゼルお嬢様もご一緒っすか。
 このパウル、お二人からお呼びがかかる日を一日千秋の思いで待っていたっす。」

パウルと名乗った茶色の髪と鳶色の瞳の青年は、人懐っこい笑みを浮かべた。


「…いい加減坊ちゃんは止めなさい、坊ちゃんは。」

その言葉に眉をしかめるケティ。


「いやー、女の子だってわかっていてもケティお嬢様だと、呼ぶ時に何だか違和感があるんすよ。」

「あはははは、良いじゃないケティ坊ちゃんで。」

ジゼルは笑いながらケティの肩を叩いた。


「うぅっ…。」

ケティは観念したように肩を落とした。


「…まあ、仕方がありません。
 それでパウル、例のあれは?」

「ここにあるっす…しかしまあ、女王陛下も剛毅っすね。
 これ一丁作るのに半月はかかる上、普通の銃の30倍の値段になるってのにそれを銃士隊全員分とは。」

パウルは細長いケースを食卓の上に乗せて開いて見せた。


「それだけ銃士隊に期待をしているという事なのですよ。」

ケティはそれを受け取ると、蓋を閉じる。


「ここの名物料理はハシバミ草料理なのです。
 支払いは私がしますから、好きなだけ食べていきなさい。」

「私は?」

ジゼルはそう言って、ケティをじーっと見つめる。


「勿論、姉さまもなのです。
 とは言え、パウルが儲けてくれるから、私たちも美味しい食事が食べられるのです。
 パウルに食べさせてもらっているといっても、過言ではないかもしれないのですよ。」

ケティはそう言って、パウルの働きをねぎらった。


「ううっ、感無量っす。
 あとはケティ坊ちゃんが俺の嫁に来てくれれば完璧なんすが。」

「それはお断りなのです。」

ケティは笑顔できっぱりと断った。


「くーっ、負けないっす。
 諦めたらそこで試合終了っすから。」

「めげないわねぇ、貴方も。
 今回で何度目だった?」

苦笑交じりにジゼルが尋ねる。


「何と、既に60回目っすよ。」

パウルがそういう間にも、食卓には料理が並べられていく。


「それでは商売の繁盛を願って、乾杯としましょうか。
 給仕さん、タルブワインの良い奴を見繕って持って来て欲しいのです。」

ケティの言葉に、給仕は頷いて去っていき、暫くしてワインのボトルを持ってきた。


「では…乾杯。」

三人の陶器製の杯が、カチンと良い音を立てたのだった。




「ううっ、まさかあの酒に強い2人が潰れるとは…ウォトカなんか出さなきゃ良かったっす。」

「うにゅー…。」

「にゃー…。」

星降る夜の一夜亭は宿も兼ねている。
パウルは潰れてしまった二人の為に部屋を取り、ベッドに寝かしつけたのだった。


「はぁ…俺が後先考えない男なら、2人とも餌食っすよ、全くもう。
 それだけ信用されているって事でしょうけれども、男としてこの状況はちょっぴり不甲斐ないような気もするっす。」

「才人…。」

不意に、ケティの口からそんな言葉が漏れた。


「うーん…ひょっとして男の影?
 これは調べる必要ありっすねえ…。」

そう呟くと、パウルは立ち上がった。


「お2人ともお休みなさいっす。」

そう言って、パウルは自分の部屋に戻っていったのだった。




次の日、アニエスに渡されたモシン・ナガンのコピーは、銃を熟知する彼女すらも驚愕させるに相応しい銃であった事はいうまでも無い。

「…これは、威力と言い精度と言い、今までの銃が玩具に思える。」

モシン・ナガンを操るトリステイン銃士隊は、ハルケギニアきってのメイジ殺し部隊として恐れられるようになるが、それはまた別の話である。







「タバサ、美味しいですか?」

「ん。」

ここはトリスタニアの《星降る夜の一夜亭》、ハシバミ草料理が得意というけったいな料理店だが、ハシバミ草を美味しく食べられるというもの珍しさもあってか、実はそこそこの客入りはある。
ケティは以前タバサと約束していた料理を奢るという約束を、何とか履行する事に成功したのだった。


「…で、キュルケ抜きという事は、例の件なのですか?」

「ん。」

例の件とは、ケティがタバサの素性やら虚無の秘密やらをやたらと知っている事。


「何処まで知っているの?」

タバサは口の周りを拭きながら、視線は料理に向けたままケティに尋ねる。


「媚薬に頭をやられていた時にうっかり口を滑らせたこと以外で、なのですか?」

「ん。」

ケティの問いに、タバサはコクリと頷いた。


「他には貴方が北花壇騎士団の騎士である事と、貴方の母上がエルフの秘薬のせいで正気を失っている事…後は、貴方に双子の妹がいること。」

「私に双子の妹なんていない。」

タバサはそう言ったが、ケティは首を横に振る。


「いいえ、オルレアン大公家に生まれた娘は双子…王家の習慣で片方は忌み子として、とある修道院に。
 もしも貴方の母上が正気に戻られたら、尋ねてみるのもいいかも知れないのです。」

「情報源は?」

タバサが目を上げてケティを見ると、彼女はニコニコと笑っていたが目が笑っていない。


(老練な商人の目。)

ケティの目を見て、タバサはそう感じた。


「情報は黄金に等しいもの。
 流石にそこまではお話できません…が、間違いの無い情報なのです。」

「取引?」

タバサの問いに、ケティは頷く。


「ええ、取引きなのです。」

ケティは何の取引きであるのかは言わない。
つまり、あまり自分を探ってくれるなという事なのだろうとタバサは解釈した。


「そういう事なら仕方が無い。」

「わかっていただけて有難いのです。」

ケティはタバサの言葉に満足した表情で頷いた。


「1つだけ言える事は、私はタバサは勿論、キュルケやルイズ達皆の不利益になるような事はしません。 
 むしろ皆に幸せになって欲しいと思っています…それだけは信じて欲しいのです。」

「それは、言われなくても信じている。」

タバサがそう言うと、ケティは心底安心したように溜息を吐いた。


「その言葉は、私への何よりの報酬なのです、タバサ。」

そう言って微笑むケティの顔は先程のような商人の顔ではなく、歳相応の…自分より年下の少女のものに見えたタバサだった。

「では、食事の続きを…って、ひょっとして足りないのですか、タバサ?」

「ん。」

頬をうっすらと紅色に染めるタバサの皿は、既に空だった。







「ケティ着せ替えツアー、ポロリもあるよ!」

虚無の曜日は大抵部屋から出てこないケティの部屋の中に、キュルケの元気な声が響き渡る。
部屋には鍵がかかっていたが、そんなもの彼女の前には無いも同然なのは言うまでもない。


「…って、何で寝ているのよ、もう朝よ?」

キュルケはケティの掛け布団をずらして、彼女の寝ぼけた顔を覗き込んだ。


「虚無の曜日は一日中寝ている日と、昔から決まっているのですよ…。」

そう言って、ケティは布団の中に潜り込もうとする。


「そんな決まりはゲルマニアには無いわ、勿論トリステインにも。
 虚無の曜日は一日中遊び倒す日と、昔から決まっているのよ!」

「そんな決まりも無いのですよぅ…。」

ケティがそう言うと、キュルケは掛け布団から手を離した。
そして、ケティの箪笥を漁り始める。


「ああもう、何で普段着は柄が地味でデザインも無難な服ばかりなのよ貴方は。
 折角女に生まれて容姿も人並み以上なのに、勿体無いのよもう!」

「すぴー…。」

再び眠りについたケティを尻目に、キュルケは箪笥の中の服を何着か取り出すと眺め始めた。


「探せばそれなりの服もあったけど…一回も着ていなさそうなのは何でなのかしら。
 そうそう、折角可愛いんだから、こういうフリフリがついたのを着たほうが良いに決まっているのよ…よし、服はこれで良いわ。
 後は下着と靴下よ…。」

キュルケはケティの箪笥を暫く漁って、ああでもないこうでもないと考えている。


「うん、これで完璧よ。」

キュルケはそう言って立ち上がると、ケティのベッドの前に立ち、いきなり掛け布団を引き剥がす。


「んにゃ?」

ケティの寝ぼけ眼に、顔の半分が口みたいになった笑みを浮かべるキュルケがいた。


「さて、最初の着せ替えよケティ。
 さあ、可愛くなりましょうねえええええぇぇぇぇぇぇ…。」

キュルケがホラーな雰囲気でケティにのしかかって行く。


「ふんぎゃー!?」

女子寮に、ケティの悲鳴が響き渡った。


「…色々と穢された気分なのです。」

数分後、フリフリのいっぱいついた可愛いドレスを着せられたケティが、キュルケに髪を梳かれながらも少々煤けた表情で呟いた。
周囲には騒ぎを聞いて駆けつけた女子陣もいる。


「こんな感じかしらね、貴方はどう思うタバサ?」

「良い仕事。」

タバサは才人の影響で最近学院に流行りだしたサムズアップをして見せた。


「うん、確かに可愛いわね。」

タバサの隣りで、ルイズも腕を組んだままコクコク頷いている。


「ふふふ…着せ替え、心が躍るわ。」

モンモランシーは何か変なスイッチが入ってしまったらしく、不敵に笑っていた。


「お着替えのお手伝いをさせていただきますっ!」

シエスタは何故だかわからないが、とても張り切っている。


「さて、ジゼルに見つかって妨害される前に、いつもケティに弄られている分をここで一気に返すわよーっ!」

『おーっ!』

キュルケたちは元気に右腕を天に突き上げる。


「…もう好きにして下さい。」

ケティはがっくりと肩を落とした。
そして両手両足を掴まれて、シルフィードに運び込まれていった。


「俺達がついて行っちゃ駄目って、ケティに何する気だよあいつら。」

「女性は強い生き物なのさ、逆らうだけ無駄というものだよ。」

廊下で不満げに呟く才人の肩を、ギーシュはポンポンと叩いたのだった。




「ここよっ!」

まず最初にキュルケが来た店は、キュルケが好きそうな胸を強調したデザインの布地の少ないドレスが多く飾られている店だった。


『うわぁ。』

キュルケ以外の全員が声を上げる。


「着たらそのままストンと落ちる。」

自分の体をペタペタ触りながら、タバサが呟いた。


「タバサに同じく、悔しいけど私じゃ体のメリハリが無さ過ぎるわ…。」

その横にいたルイズが、沈痛な表情で同意する。


「何とかなるとは思うけど…あまり似合わないと思う。」

胸の辺りを気にしながら、眉をしかめるモンモランシー。


「こういうのでサイトさんに迫ったら、どういう反応が返ってくるかしら?」

何だか幸せな妄想をしているらしいシエスタ。


「こ、こういう色気たっぷりなドレスは、私の趣味ではないのですが。」

引き攣った表情のケティ。


「趣味であるか似合うかはまた別よ。
 貴方、その歳で結構なものを持っているんだから、そこを強調しない手は無いわ。」

キュルケはそう言うと、ケティの手を掴んだ。


「そんなわけで、行くわよ!」

「ひぃ、まだ心の準備が、ちょっと待ってくだ…。」

ケティはキュルケに引きずり込まれて、店の中に消えた。


「私も手伝いしますっ!」

シエスタもそれに続く。


「さ、さあ、行きましょ。」

「ん。」

「ふふふ、心が躍るわ。」

三人も店に入って行き…。


「あーれー…!?」

『じゃあ、行ってみよー!』

店の中からケティの悲鳴が聞こえ、そして少女達の歓声が響き渡ったのだった。




「ふ、ふふふ…常識が崩れて世界が変わった気分なのです。」

一時間後、大きく胸元と背中の開いた黒いドレスを着て虚ろな目をしたケティが、店の中からよろよろと現れた。


「大げさねえ。」

キュルケがそれを見て苦笑する。


「背中どころかお尻が殆ど丸見えなドレスとか、頭おかしいのですかあの店は。
 しかもシースルー生地って、アレだったら素っ裸で歩いた方がまだ恥ずかしくないのですよ…。」

「年取ってボディラインが崩れ始めたら、今度はどうやって隠すのかに苦心するようになるわ。
 だから見せられる時に、見せられる場所は、見せるようにしておいて損は無いわよ。
 …まあ、流石にアレは悪乗りしすぎだけど。」

ケティのぼやきに、キュルケはそう返して苦笑した。


「あの店のデザインはやはり私には無理。」

軽いショックを受けたのか、タバサが青い顔をして店から出てきた。


「同じく。キュルケみたいな女の子専門の店とか、誰が行くのよ…。」

額を押さえたルイズが、店から出てきた。


「で、でもまあ…誘う時にはいいかもね。」

箱を抱えたモンモランシーが、少し頬を赤らめて店から出てきた。


「貯金崩して思わず買っちゃいました…きゃっ。
 これなら間違いなく、サイトさんも我慢し切れませんわ。」

顔を真っ赤にしたシエスタが、最後に店から出てきた。


「じゃあ、次は私ね…というか、キュルケの趣味に合わせていたら価値観が変わりそう。」

モンモランシーがそう言い、彼女行きつけの店に行く事になったのだが…。


「地味ね。」

キュルケが興味無さそうに言う。


「庶民的。」

タバサがぽけーっと店の中の服を眺めている。


「全体的に貧乏くさいわね。」

ルイズは服を選びながら呟く。


「普通ですね。」

シエスタは姿見の前で自分と服を合わせている。


「地味とか庶民的とか貧乏臭いとか平民が普通とか…悪かったわね、貧乏貴族で。」

モンモランシーは不機嫌そうにそう言った。


「まともでよかった…。」

「貴方だけよ、そう言ってくれるのは。」

嬉しそうに服を合わせるケティに、モンモランシーは涙目で抱きついた。


「ああ、ケティのまともって庶民的って意味よ。
 箪笥に入っている服、見たでしょ?」

「やっぱりそういうオチなのね…。」

そのキュルケの一言に、モンモランシーはがっくりと肩を落とした。

「私はこういう服の方が安心するのですよ。
 元々田舎育ちですし。」

そう言って、ケティはにっこり笑ったのだった。



[7277] 第二十五話 勤労精神と格差とガンマニアなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/22 10:04
労働は素晴らしい
ああ働いて日々の糧を得る、素晴らしき労働の日々よ…なのです


労働は全ての基本
働かざるもの食うべからずなのです


労働は君を自由にする
某強制収容所の門に掲げてある言葉、意味深過ぎるのです








「よく来たわね、ケティ。」

目の前に居るのは姫様で、ここは王城の執務室。
私は呼び出されて来たわけですが…。


「この城の環境、どう思うかしら?」

「すごく…涼しいのです。」

女子寮は連日の猛暑で熱されて、オーブンのようだというのに。
キュルケなんか部屋の中ではパンツ一丁なのですよ。
才人というノックせずにドアを開ける輩が居るというのに、不用心な…キュルケの事だから嫌がるというよりは才人の反応を面白がるでしょうけれども。


「この城の真ん中に塔があるでしょう?
 あそこに氷を配置するとね、城中が冷えるようになっているのよ。
 貴人用の牢屋なんて無駄なものがあったから、取り払って水と風のメイジに氷を作らせたらご覧の通り。」

姫様ってば、涼しさを満喫しているのです。
そして姫様ってば、貴人でも関係無く地下牢にブチ込むつもりなのですね…外交問題が起きたりしませんように。


「暑いし汗の湿気を吸い込んで紙が重いしで、いい加減イライラしてきて城の構造的に風通しを良く出来ないかと調べさせたら…瓢箪から駒だったわ。」

「しかしこれは素晴らしいのです。
 学院の寮も探したら有るかも…。」

氷冷房とはやりますね、誰だか知りませんがこの城の設計をした人。


「それはそうとケティ、ルイズと才人の事なんだけれども。
 貴方と引き離して、ちょっとした任務を経験させてみたいと思うのよ、どうかしら?」

「それは名案だと思うのです。」

才人とルイズの私への依存度が高過ぎると、いざって時に何も出来なかったりする可能性がありますからね。


「貴方が居るせいで、あの聡明なルイズが最近すっかり弛んでいるみたいだし。
 ちょっとした困難が必要よね、うふふふふ。」

姫様がにっこり微笑んだのでした。


「なーにを考えているのですか、姫様?」

絶対に良い事なんて考えていませんね、ええ。


「500エキューで一ヶ月トリスタニア情報収集生活…なんてのはどうかしら?」

「…貴族用でも安めなら、何とか生活できると思うのですが?」

というか何なのですか、その『黄金○説』っぽい任務は?


「甘いわね…これが独身の女性貴族がトリスタニアに一ヶ月滞在した場合にかける金額の平均値よ。」

そう言って姫様から手渡された資料を見ると。


「何で1200エキューもかかるのですか…。」

「ケティ、貴方と違って普通の女性貴族は見栄を張るものらしいわよ。
 安宿で寝起きしているなんて知れたら、社交界で陰口を叩かれるらしいの。
 だから最高級の宿で、最高級の暮らしをして、目一杯見栄を張るらしいのよ。」

何というお金の無駄…まあ、それで潤っている宿があるのだから、これも経済というやつなのでしょうが。
全部伝聞のようですが、姫様の身分上仕方が無いのですね。


「そこまで行かないにしろ、いくら安くても貴族用の宿に長期間逗留するなら食事無しで300エキューぎりぎりはかかるらしいわ。
 それじゃあ、情報収集なんて出来ないでしょ?
 …だから、ルイズ達がどう考えどう行動するのか、見守る必要があるのよね。」

成程、確かに…見張りをつける必要がありますか。
何だかんだ言って、ルイズの身柄は大事ですし。


「見守る必要があるのよ。」

姫様はもう一度そう言ってから、にっこり微笑んで私を見たのでした。


「…ひょっとして、私に言っているのですか?」

「ええ、貴方にはうってつけの仕事でしょう?」

姫様はニコニコ微笑んだままでこくりと頷いたのでした。


「ええと…姫様が何を勘違いされているのかは知りませんが、私はそういうのは苦手…。」

「あの《オレンジ》の構成員でしょ、貴方?
 ワルド卿を翻弄した手腕、今こそ見せる時だと思うわ。」

ぬぁ…今ここでそのネタが出て来ますか!?
しかもニンマリ笑っている所を見ると、レコン・キスタを混乱させる為に言ったただのブラフだと見破っていやがりますね、この性悪姫っ!


「人を呪わば穴二つ…。」

「うふふ、どうしたのかしら?」

敵を混乱させる為の情報は、同時に自らにも降りかかってくるのは必定なのですね、ううっ。


「はぁ…わかりました。
 何とかするのです。」

「おほほ、頑張ってね。」

ああもう、何が悲しくて顔見知りを尾行せねばいけないのか。


「貴方の寝泊まりする場所は確保しておいたわ。
 貴方にまで500エキューで一ヶ月生活しろとは言えないもの。」

「おお、それはありがたいのです。」

姫様ふとっぱら、流石姫様。
高めの宿屋でただ飯三昧万歳なのですよ。


「…スカロン。」

「ケティ・ド・ラ・ロッタ様ですのね。
 私の名前はスカロン、ミ・マドモワゼルと呼んでいただければ嬉しいですわ。」

そこに居たのはマッチョな身体に乙女の心を持つオッサン…間違い無くスカロンなのですね。


「彼は酒場を経営しているの、店の名前は《魅惑の妖精亭》。」

「…ええと、そのお店は確か、女の子がお客さんと同席してお酒を注いだりするお店だった気が。」

運命の女神が目の前に居たらブン殴りますよ、いやマジで。
…というか、こっそり見張るとか絶対無理な環境なのですよ。


「そうよ、さすがケティ、よく知っているわね。」

「ええと、何故姫様がスカロン殿とお知り合いに?」

顔が引き攣りそうになるのを抑えつつ、姫様に尋ねます。


「実はね、お父様が生前足繁く通っていた店だったらしいのよ。
 ツケ払いが残っていたのを発見してね…国王が何をやっているのよ、もう。」

そう言う姫様は軽く煤けているのです。
そして顔も知りませんが前国王、そこらのオッサンじゃあないのですから、国王が酒場にツケ残して死んだりしないでください…。


「まあ、そんなこんなで顔見知りになっちゃってね。
 市井の協力者になってもらっているのよ、こっそりと。」

「陛下の為なら、何だっていたしますわ。」

そう言いながら、くねっとしなるスカロン…。


「店はトリスタニア市街地の中央近くにあるから、ルイズ達を観察するには便利でしょう?」

「確かにそれはそうなのですが…。」

姫様、そこに居ると間違い無く才人達とはち合わせるのですよ。
言いたいけど言えない、何というジレンマ。


「酒場で働けとは言わないわよ?」

「わかりました、ではそこに滞在させて戴くのです。」

才人達を自立させる計画、始まる前に頓挫。
仕方が無いので、なるべく干渉しないという方向でやりましょう。


「では、よろしくお願いします、スカロン殿。」

「そんな堅苦しい呼び方は無し、ミ・マドモワゼルって呼んで。」

うわ、超呼びたくないのですよー。


「…ではよろしく、ミ・マドモワゼル。」

「よろしくね、ケティちゃん。」

ちゃん…。




「はあぁ…。」

ルイズ達の監視任務に就く前に、シエスタに髪の毛先を揃えて貰っていたのですが…。


「………。」

「はあぁぁ…。」

溜息…。


「………。」

「はああぁぁぁぁぁぁ…。」

溜息…。


「………。」

「はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…!」

「シエスタ、言いたい事があるのであれば、はっきり言いなさい!」

溜息がウザいのですよ、シエスタ。


「だって、だって、サイトさんとのせっかくの夏休みが…めくるめく退廃的な夏休みが…。」

めくるめく退廃的な夏休みって何なのですか、シエスタ…。


「ミス・ロッタ、裏から手を回してサイトさんを取り戻してください。
 学院の使用人の給料は結構高いんです…お金なら実家から借りてでも出しますから、裏から手をまわして…。」

「無理なのです。
 錯乱しないでください、シエスタ。」

というか、私をいったい何者だと思っているのですか。

「私の夏休みが…既成事実の夏が…うっうっう。」

才人がこっそり危機一髪だったのです。
いやはや、一歩間違えれば『思わぬ新しい命、シエスタとワイナリー』エンドに向かって一直線だったのですね。


「今回は一人で里帰りなさい、シエスタ。
 村の復興も完全では無いのでしょう?」

「ええ、だからこそ《新しい》男手が欲しかったんですよぅ。」

ううむ、まさしく肉食系女子、危うし草食系ウサギ才人なのですよ。


「最近、サイトさんはミス・ヴァリエールと…ミス・ロッタにデレデレですし。」

耳元で鋏を《ジャキンジャキン》と鳴らさないでください、シエスタ…。


「才人は私には頼っているだけで、デレデレというわけではないのです。」

「鈍い…まあ、才人さんに関しては鈍くてかまいませんけれども。」

私が鈍いのではなく、シエスタが過敏過ぎるのです。


「…ところで、ミス・ロッタは今年の夏はどうするつもりなんですか?」

「折角、思いがけない収入が溜まりまくった事ですし、トリスタニアで優雅な夏でも過ごそうかと思っているのですが。」

そう、私の表向きの夏休みの日課は『トリスタニアでゆっくり過ごす』。
なんというセレブな夏休み、これで泊まっているのが《魅惑の妖精亭》でさえ無ければ完璧なのですが。
ちなみに姉さまたちは実家に帰ってしまっているので、私一人きり。
案の定ジゼル姉さまがゴネましたが、今回の件は一応姫様から受けた任務なので、何とか言いくるめて帰ってもらう事に成功したのでした。


「…怪しい。」

「な…何故なのですか?」

シエスタが訝しげな視線で、私を見たのでした。


「ミス・ロッタは『お金が儲かったから豪遊する』という性格では無いですわ。
 むしろ、『お金が儲かったから、これをどういう風に増やそうか考える』筈です。」

意外と人の事を良く見ていますね、シエスタ。


「確かに…ですが、今回に限って言えば、少々儲かり過ぎたのです。
 お金というものは溜め込んでも、経済を鈍化させるだけで良い事などありません。
 目的無き貯蓄は悪、消費によって市場に回ってこそお金なのですよ。
 自分だけ溜め込んで、消費行動は誰かがやるだろうなどという甘ったれた考えを私は持っていません。
 だから、貯め過ぎたお金はきちんと市場に吐き出す…と言う訳なのです。」

「話が難し過ぎてついていけませんわ…。」

まあ、シエスタに言った事は嘘ではなく、ある程度はぱーっと散財するつもりでいます。
ルイズにチップあげるもよし…以前から考えていた才人ちょこっと強化計画の為に買う物もあり、意外とお金がかかるかもしれないのですよ。


「つまり、『金持ちは破産しない程度に豪遊するのが義務』であり、私はこの夏にその義務を実行すると言っているのですよ。」

「お金を使うのが義務だなんて、理解し難い世界ですわ…。
 でも、そういう事なら何となくわかりました。」

シエスタは額を押さえつつも、頷いたのでした。
では取り敢えず、すぐ出来る散財をしてみましょうか。



散財その壱、氷の魔法が付与された魔法のフライパンという、とてもレアな上に物凄く意味が無いものを買ってみたりしました。
意味がありませんが、部屋に冷気をばら撒くので、クーラーの代わりになったりするのです。
これを灼熱地獄と化していた私の部屋に設置したところ、窓を開けっ放しにしないと暑くて眠れなかった部屋が、逆に窓を開けっ放しにしないと寒くて凍死しかねない部屋に変貌したのでした。
涼しいのは良いのですが、調整が聴かない上に、スイッチを切れないのが難なのです…。


「ありがとうケティ、危うく火メイジの蒸し焼きになる所だったわ…。」

キュルケがフライパンの冷気が強い場所に行って、嬉しそうにここ最近の猛暑で火照った体を冷やしているのです。


「涼しい…。」

タバサはいつもどおりの涼しい表情でしたが、心なしかほっとしたような表情なのでした。


「今年の夏はトリスタニアのとある場所に逗留するので、魔法のフライパンは自由に使ってもらってかまいません。」

「やったー!持つべきものはやはり友よね。」

そう言いながら、キュルケが抱きついてきたのでした。



散財その弐、才人に強度を上げる魔法やら切れ味を上げる魔法やらを大量に付与した、果物ナイフほどの大きさの小型ナイフを買ってあげたのでした。


「俺に…これを?」

才人はびっくりしたように私を見るのでした。


「ちょ、ちょっと、私の使い魔に勝手に物を買い与えないでよ!」

ルイズはその才人の前に立って、私を《がるるるる》と睨みつけてくるのです。


「お金が溜まり過ぎたので、現在散財中なのです。
 常々、才人には普段から持ち歩ける小型の武器も要るのではないかなと思っていたのですよ。
 デルフリンガーは大きいし目立ちますから、常に持ち歩ける武器ではありませんし。」

「成る程、これなら確かに目立たず持ち歩けるな。」

鞘からナイフを抜いて、才人が逆手に構えます。


「確かにこの大きさでガンダールヴの力が使える武器があるってのは大きいな…ありがとう、ケティ。」

「…私だってそういうの買うつもりだったわよ。」

眉をピクピクさせながら、キレる寸前のルイズなのです。


「だから、そのナイフはケティにかえ…。」

「そうであるのならばルイズ、そのナイフは貴方に差し上げるという事でどうでしょう?」

返されても困るので、ルイズが言いきる前に提案してみるのでした。


「そのナイフはルイズ、貴方のものです。
 ですから使い魔に渡すなりなんなりしてください。」

「ぐ…セコいわよケティ。」

ルイズは私を睨みつけますが、私はにっこり微笑んでみたりするのです。


「返されても使い道が無いのですよ。
 ルイズお願いします、受け取っていただけませんか?」

ルイズのメンツを潰さないように、才人にナイフを渡さないと…。


「そこまで言うのであれば、仕方が無いわ…。
 才人、ケティから貰ったナイフを貴方に預けるから、大事にしないさいよね。」

「おう、わかった。」

才人はしかめっ面でそう言うルイズを見て、苦笑しながら頷いたのでした。



散財その参、金にあかせてオーパーツ購入。


「うふふふふふふふふふふふふ…。」

私は闇市で購入したそのブツに頬ずりするのでした。


「まさか、まさか、モーゼルC96M1932の完動品が闇市に出回っていようとは。
 しかも20発用弾倉とストック付きで、弾薬200発…貴方は実に美しいのですよ、うふふふふふふふふ。」

この無骨でありつつ美しいフォルム…素晴らしい、実に素晴らしいのです!
闇市で物欲しそうにし過ぎて3000エキューとかなり吹っ掛けられましたが、即金で購入。
分解して確認したところ、モシン・ナガンと違って複製は不可能ぽいのです。
これは才人にはあげません、私のものなのです。


「貴方の為に革細工の職人に頼んで、専用のガンホルダーを発注しましょう。
 あと、予備の弾薬も作らねば…夢が広がりまくりなのです、うふふふふふふふ。」

こんなお宝を手にしたからには、射撃の腕も磨かねばなりませんね。


「ケティ、君の部屋が涼しいと聞いてやって来…何をやっているのかね?」

「ケティの表情が最高に危ないわ…。」

いきなりドアが開いて、恍惚の表情で銃に頬ずりしている場面をギーシュとモンモランシーにばっちり目撃されてしまったのです…。


「はわっ!?こ、これは…ですね、何というか、ですね。
 …というか、ノックぐらいしてくださいっ!」

「ノックなら、何回かしたわよ。
 返事がないけど貴方の声が中からしたから開けたの。」

モーゼルに夢中になるあまり、ノックの音を聞き逃していたようなのです。


「何それ、銃?」

「ええ、東方の進んだ銃なのです。
 闇市で苦労して手に入れたものなのですよ。」

二人とも、私が何で銃などに恍惚としているのか、理解できずにきょとんとしています。


「変わった形の銃なのはわかるけど、そんな恍惚とするようなものじゃあ…。」

「うむ、魔法と違って連射も効かないだろうに。」

甘い、砂糖に蜂蜜かけるくらい甘いのですよ、二人とも。


「この銃は連射式なのですよ。
 論より証拠、ちょっと試し撃ちしてみましょう。」

そんなわけでヴェストリの広場に簡易的な射場を作ったのでした。


「では取り敢えずセミオートで…。」

パンッ!パンッ!パンッ!という音と共に、的に3つの穴が開いたのです。


「た、確かに連射出来るのだね。
 これを持った兵を敵に回すのは、少々辛いかもしれない。」

「凄い銃だわ、こんなものが東方にはあふれているというの…?」

この程度で驚いてもらっては困るのですよ。


「では、今度はフルオートで…。」

モーゼルを水平に構え、引き金を引くとパパパパパパン!という音と共に、横に薙ぎ払うかのように弾が放たれたのでした。


「きゃぁっ!?」

これぞ馬賊撃ち、モーゼルC96M1932の真骨頂なのです…が、予想以上の衝撃だったのです。


「な…ななななななんだね、今の速射は。」

「こ、腰が抜けたわ。」

撃った私もびっくりしたのですよ。


「素敵です、素敵過ぎますよ、モーゼル…。」

素晴らしい威力なのです。
これからはいざという時のサイドアームとして、存分に活躍してもらいましょう。


「何というか、今のケティはちょっぴり気持ち悪いわ。」

「じゅ、銃にうっとりするのは止めた方がいいと思うのだよ…?」

ううっ、二人の視線が突き刺さる…同好の士が居ないというのは辛いものなのですね。




「そんなわけで、今日から貴賓室に泊まる事になったケティちゃんでぇ~す。
 うちの店を色々と助けてくださっている方の代理だから、皆粗相の無いようにね。」

『はい、ミ・マドモワゼル。』

スカロン、貴方の存在自体が粗相なのですが…まあ、その点にはツッコまないでおきましょう。


「ご紹介に預かりました、ケティと申します。
 故あって家名は名乗れませんが、皆様どうか宜しく。
 ああ後、スカロ…ミ・マドモワゼルはああ言いましたが、私の事は普通に扱っていただいて構いません。
 こちらの手が開いている時には、言っていただければ手伝わせていただきますので、遠慮なくどうぞ。」

「あら、良いの?
 …まあ、あの方の使わした貴方が、普通の貴族の娘さんなわけがないわね。」

スカロンが、不思議そうに私を見て少し考え、納得したように頷いたのでした。


「ええ、暫くマントをつけるのも止めるのですから、他の平民と同じ扱いで構いません。」

「あのー…質問!」

店の女の子の一人が手を上げたのでした。


「はい、何でしょう?」

「私達が忙しい時も手伝ってくれるの?」

『貴族様に出来んのか?』という心の声が聞こえてきそうなのですよ。


「ええ、給仕が忙しいというのであれば、お手伝いいたします。」

「え、やるの…?本当に?」

私に質問した少女がびっくりした顔で私を見ているのです。


「まあ、上手には出来ないかもしれませんが。
 習うより慣れろで何とかします。」

「で、でもね、お尻とか触られたりするのよ、大丈夫なの?」

スカロンは私に恐る恐る尋ねてきます。


「嫌なことは嫌ですが、触られて減るものではないでしょう?」

「意外と度胸あるわね、貴方…。」

スカロンの横に立っていた黒髪の少女…恐らくジェシカが、感心したように私を見るのでした。
まあ相手は酔っ払いですし、学院長のセクハラ耐久訓練だと思えば何とかなる…筈。


「…とまあ、口ではこう言っていますが、いざとなったら悲鳴を上げるかもしれないので、その時は助けてくださいね、皆さん。」

そう言って、皆に深々と頭を下げる私なのでした。



その晩の事…。

「な…な、な…。」

ルイズが口をパクパクさせています。


「何でケティが…?」

才人も驚愕で目をまん丸にしているのです。


「あら、ひょっとしてお知り合い?」

スカロンはルイズたちの事は聞いていなかったのですね…まあ、姫様もまさかこんなバッティングが起こるなんて思わなかったのでしょう。


「ええ、知り合いなのです。
 しかし、どうして彼女らが?」

「実はね、通りでものご…。」

事情を語ろうとするスカロンの口をルイズが大慌てで塞いだのでした。


「ま、まあ色々あったのよ、そうよねサイト!?」

「お、おう、まあアレだ、色々あったんだよ。」

ごまかし笑いを浮かべながら、2人とも必死で取り繕うように笑うのでした。
…仕方が無い、助け舟を出しますか。


「成る程、あなた達も酒場で情報収集という結論に至ったわけなのですね。」

私は納得したといった感じにうんうんと頷いたのでした。


「そ、そうなの、そうなのよ!」

少々わざとらしいですが、ルイズは気付いていないようなのですね。


「つーか『あなた達も』って、ケティもそうなのか?」

私の言葉に気付いたのか、才人は聞き返してきたのでした。


「ええ、あの御方の命令で。
 聞いていませんでしたか?」

「姫さ…あの御方はそんな事は言っていなかったわよ?」

ルイズはそう言って、眉をしかめたのでした。


「まあ、本来はこんな風に会う事が無かったわけですしね。」

「あの御方ってば、忘れていたわね。」

そういう納得の仕方をしてくれると助かるのですよ。


「ああそうそう、私は貴族だとばれているので、これから暫くはあまり親しげにしない方が良いと思いますよ。」

「…何でばらしているのよ?」

ルイズが何を考えているんだといった風に、私を半眼で睨みます。


「そもそも私はここの貴賓室に滞在していますし、ばらそうがばらさまいが無駄と言いましょうか。」

「わたし達500エキューしかもらえなかったのにっ!?」

ルイズが顔を真っ赤にしてムキーッと叫びます。


「私は最近、少々儲け過ぎたので、実はこの任務はそのついでなのですよ。」

「格差だ、俺達とケティの間に格差がありやがる…。」

才人ががっくりと肩を落としたのでした。




「ぬぅ…これは。」

ルイズ達の紹介も済んでいざ本番…なのですが、なかなか恥ずかしい格好なのですね。


「ケティ、胸結構あるんだから、強調しないと…ね?」

スカロンの娘…なのに結構美人という、遺伝学上の奇跡を体現した娘であるジェシカが、私の服を選んでくれたのでした。


「確かに、役立つならば使うべきなのは確かなのです。
 女は度胸、恥ずかしさはこの際置いておきましょう。」

「その意気よ、ケティ。」

そう言って、ジェシカはにっこり笑ったのでした。


「それじゃあケティ、早速だけどあっちのお客さんにこれ持って行って。」

「はい、喜んで!」

それではいっちょ行きますか!


「お待たせしました、ご注文の品お持ちいたしました。」

「おう、元気良いな、姉ちゃん?」

どっかの商家の旦那らしき身なりの男性が、笑顔で話しかけてくれたのです。


「はい、ありがとうございます。
 お酒、お注ぎしても宜しいですか?」

「随分丁寧だな、姉ちゃん。」

男性の持つカップにラム酒を注いでいると、そんな事を言われたのでした。


「あはは、それではこれでどうですか?」

角度を急にして、どばどばとラム酒をカップに注ぎ込むようにしたのでした。


「おう、これだ、ラム酒を注ぐときはこうじゃなきゃいけねえ。」

「勉強になります。」

相手にも拠りますが、ここは居酒屋とスナックの中間みたいな店なのですから、こういうほうが良いのですね。


「姉ちゃん、生まれはどこでぇ?」

「ラ・ロッタです。」

「あの蜂の!?」

…等と他愛もない話をした後、立ち去ろうとしたら。


「姉ちゃん、俺の話をじっくり聞いてくれて嬉しかったぜ、これもって行け。」

そう言って、チップを渡されたのでした。


「ありがとうございます…成程、こういう風にチップを貰うのですね。」

他の人は褒めたり惚れさせたりしてガンガンチップを貰っていますが、別に私はチップが欲しいわけじゃなし、ルイズの手伝いもかねてじっくりと話させてもらうのですよ。



「…と、思っていたのに。」

「ううっ、ケティ坊ちゃんの酌で酒が呑めるなんて感激っす。」

なぜか感涙に咽び泣くパウルが目の前に…。


「何でパウルがここに来ているのですか!?」

「トリスタニアの寂しい男は、ここで乾いた心を慰めてもらうものなんすよ。」

そう言いながら、パウルは私の前にカップを差し出したのでワインを注いであげました。


「貴方はラ・ロッタの男でしょう。」

「ケティ坊ちゃんの指図のせいで、既に一年の半分以上はトリスタニア暮らしっすよ。
 ああ、森深き蜂の羽音響くラ・ロッタが懐かしいっす。」

ぬぅ、私のせいなら仕方が無いのかもしれないのです。


「そんなわけで、今夜はとことん付き合ってもらうっす。」

「チップを払わない客からは、にっこり笑って別れるのがこの店の流儀なのですよ。」

私がそう言った途端に、パウルがチップを懐から取り出して見せたのでした。


「30エキュー、チップとして払うっす。
 だから俺を褒めて甘やかして甘い言葉を囁きかけて欲しいっす。」

「それはかなり虚しくありませんか、パウル?」

周囲の娘達がパウルが取り出した30エキューという、チップどころではない大金に目を丸くしているのです。


「元々ここはそういう場所っすよ、ケティ坊ちゃん。」

「はぁ…仕方がありませんね。
 ここは夢を売る場所ですから、せいぜい幸せな夢を見れば良いのです。」

そう言って、私はパウルにしな垂れかかったのでした。


「うっうっうっ、感激っす。
 ぶっちゃけこの幸せのまま、コロリと逝きたいっすよ。」

「ここは料理屋であって、葬儀屋では無いのでやめなさい。
 ほら、冷めてしまいますよ?」

スープを匙ですくい…。


「あーんしなさい。」

「感激で死ねそうっすよ、あーん。」

口の中に匙を入れてあげます。


「美味しいですか?」

「夢のようっす!」

まあ、日頃お世話になっていますし、あれだけのチップを払ったのですから、きちんとそれに見合うサービスは必要なのですよ。
ちなみに現在の私は、羞恥心が振り切って限りなく心が平静なのです。


「まさか、こんなしょうもない事で明鏡止水の境地に辿りつくとは…。」

頭痛いのですよ。


「何か言ったっすか?」

「いいえ…パウル、この果物も甘くて美味しいのですよ、食べなさい、あーん。」

まあ取り敢えず、今はパウルに夢を見させる事に専念しましょう。




《才人視点》
「んなっ!?」

ケティが茶髪の男にしなだれかかって、ご飯を食べさせてあげているだと!?


「あのお客さん凄いのよ、ケティへのチップに金貨を懐からジャラジャラ出したの。
 あれは凄いわ、私でもあれだけ貰えば、あのくらいのサービスをせざるを得ないわね。」

俺の視線を追って確認したのか、ジェシカがそう言った。


「んー、才人ってルイズとケティのどっちが好きなの?」

「へ?いや、俺はそういうんじゃ…ルイズとは兄弟だし、ケティは今日知り合ったばっかだぜ?」

俺がそう言うと、ジェシカは肩をすくめて見せた。


「見え見えだから、それ。
 皆にばれているから、その設定。」

うん、確かにどう見たって無理があるよね、わかっちゃいるんだ。


「でもまあ、素性に関して深く詮索しないってのはこの業界の流儀だから、こういうのは本当は駄目なんだけどね。」

そう言いながら、ジェシカは俺に近づいてくる。


「でもそういうの、知りたくなるのが人情じゃない…だから、私にだけ教えてよ、ね?」

「あ…や、それは…だな。」

キスできそうなくらい顔を近づけて、ジェシカがおねだりする様に俺に囁きかけて来た。
駄目だ…こいつは元々こういう職業で、こういう仕草に慣れてんだ、こんなの御茶の子さいさい。
つまり俺は騙されているわけだからして…。


「ねえ、教えてよ…ね?」

騙されたいけど、駄目だぞ俺。


「はいはい、何れ教えてやる時が来るかも知れねーなっと。
 仕事は他にもあんだろうが、そっち行けよ、そっち。」

「ちぇ、残念。」

つーか、今のでまた皿割っちまったじゃねーか。


「ちょっとくらいなら全然問題無しよ。
 私、ここで一番稼いでいるし、何よりスカロンの娘だし。」

「遺伝子の悪戯とかいうレベルじゃねーぞ。
 メンデルもびっくりの大発見だろ、これは…。」

さすがファンタジー世界、魔法にも空飛ぶ島にもびっくりしたが、こりゃそれに次ぐレベルの無茶苦茶だ。


「ルイズはどうしているかな…と。」

視線をルイズに移したら、ケティのサービスっぷりをポカーンと見ていた。
そして、何か決心を固めたように頷く。


「おっ、ケティのを見てやる気出したのか?」

先程キレそうになって、引っ込んで周囲の子達が頑張るのを見ていたルイズだったが、やっとやる気になったらしく、厨房から酒を受け取って客の所まで持っていく。


「おお、ぎこちないけどきちんと笑顔で応対してら。」

客がルイズの尻を触ろうとした瞬間…ルイズの片手が一瞬ぶれた。


「ん…?」

先程まで酔ってはいたものの、まだまだ大丈夫そうだった客がいきなりテーブルにバタンと突っ伏した。
ルイズはそこから無言で立ち上がると、カウンターから酒を受け取って他の客の所へ行く…あ、また客が突っ伏した。
ルイズが行く、客が倒れる、ルイズがその客を放って、また他の客の所に行く、その客が倒れる。

一緒に飲んでいてルイズに手を出さなかった客も、何でルイズが相手をしていた人間が急に気絶するのか理解していないけれども…アレだ、ルイズは自分に触ろうとした客とトラブルになる前に、客を気絶させてるんだ。
ケティから貰ったナイフの柄をこっそり握ってちょっとだけ引き抜き、ガンダールヴの力を発動させてから見ると、案の定だった。
目にも見えない早業で頭部をぶん殴って気絶させていやがる…なんという力業、そしてその方法じゃセクハラ回避できる代わりにチップ貰えないだろルイズ。
ルイズが立ち去った席は屍累々…なんだか既に店の半分くらいの客が気絶しているような…。


「ジェシカ、気付いているか?」

「うん、今日は随分酔い潰れる客が多いわね。」

気付いていないか…まあ、仕方が無いわな。


「…ルイズが潰してんだ。」

「あら、あの子お酒呑ますの意外と上手いのね。」

ルイズはアルコールではなく物理的な手段で潰しているんだが…まあ、そういう事にしておいてくれ、ジェシカ。
まさかあんな小柄で華奢な美少女が、酔っ払いとは言え大の男を一撃で昏倒させているとか、常識の範囲外だろうしな。


「このままじゃあ店の客の殆どが潰されるから、連れ戻した方が良いぞ。」

「そうね、あれじゃあチップも貰えないだろうし、連れ戻してくるわ。」

ジェシカがルイズをバックヤードに連れ戻してくるまでに、更に数人の犠牲者を出したのだった。
虚無に目覚めてからも、順調にグラップラーへの道を歩み続けるルイズ…ガンダールヴの力を使わないと見えないとか何なんだよ。


「参ったわ、あれじゃあチップが貰えやしない。」

「俺は、お前を地下格闘技場あたりに送り込んだ方が、手っ取り早く資金を稼げたんじゃあないかと後悔している所だ。」

案外、良い所行くような気がするんだよな、俺。




《ケティ視点》
「んーっ!終わったのですね。」

とは言え、私はずーっとパウル専属でやっていたわけなのですが。
たった数時間で最初の30エキューに追加30エキューで60エキュー、まだ始まっていませんでしたが、チップレースの時期にパウルを呼んだら圧勝できるような気がします。
…とはいえ、そのお金はパウル商会で稼いだお金なわけで。

「身内でお金を還流させてどうするのですか、私は。」

言い含めて置きはしましたがパウルがこの件を身内の誰かに話したら、潜伏する意味が無くなるのですよ。
パウルはジゼル姉さまの子分でもありますし…口を割ったらどうしましょう。

「あふぅ…そろそろ太陽が昇る頃でしょうか、流石に眠いのです。」

しかし、酔い潰れる客の多い店なのですね、いつもこんな感じなのでしょうか。


「さて、そろそろ部屋に帰りましょうか…おや?」

私の部屋の前にルイズと才人が立っているのです。


「どうしたのですか?」

「い…いや、ルイズが宛がわれた部屋じゃあ眠れないとか言い出して。」

才人が苦笑いを浮かべています。


「部屋は貸せませんよ。
 私とあなた達の関係がバレバレとは言え、今回の任務では私と貴方達は別なのですから。」

「そ、そんな、助けてケティ、あんな所じゃあ眠れないわよ。」

涙目でルイズが私に迫ってきますが、ここは心を鬼にしないと…。


「駄目です…借金だけは私が立て替えてあげますから、何とか稼げるようになって、その部屋から抜け出す努力をなさい。」

「…だそうだルイズ、良かったな。
 わかったらちゃっちゃと帰って寝るぞ、俺は疲れてんだよ。」

そう言って、才人はルイズの腕を掴むと引き摺るように連れて行くのでした。


「いやー、貴賓室が、ふかふかのベッドが、私を待っているのぉー…。」

「今回は馴れ合っちゃ駄目なの、確かにケティの言うとおり俺達甘いから。
 借金分だけは助けてくれるって言っているんだから、いつも頼ってばかりいないで、自分達で何とかしようぜ。」

才人、何時の間にやらちょっぴり成長していたのですね…媚薬の時は本当に申し訳が無くて、今でも土下座したい気分なのですが。
やはり、苦労は人を成長させるものなのですね。




翌日、才人達を見守りながら店の手伝いをしていると、開店直後に一人の少年貴族が店に入って来たのです。
そして、私を見つけると静かに歩いて来ます。


「…な、な、な。」

流石に引き攣った顔が直らないのです。


「こんな所で何をなさっているのですか、ケティ姉さまっ!」

私の目の前に居るのは、茶色の真っ直ぐな髪に、ライトブルーの瞳の誠実そうな少年。


「アルマンっ!?」

私の弟にして、ラ・ロッタ家の後継ぎ…そう、アルマン・ド・ラ・ロッタなのでした。



「…で、説明してもらいますよ、姉さま?」

「ううっ。」

スカロンに断って貴賓室に戻り、しかめっ面のアルマンと二人きりになったのでした。


「落ち着いてくださいアルマン、これはとある方からの命令で行っている任務なのですよ。」

「…陛下ですね?
 僕は今日、学院への入学手続きに関する書類を取りに、トリスタニアまで来たんです。
 そうしたら知らせても居ないのに、陛下からの王城への召喚状が届きました。
 断るわけにもいかないので行ってみたら、陛下にここへ行くように命ぜられたのです。
 しかしまさか…ケティ姉さまが酒場の給仕に扮しているとは。」

いくらアットホームなノリが売りのラ・ロッタ家とはいえ、水商売は流石にというのも確かなので、アルマンがしかめっ面なのも当然と言えるのです。


「陛下から手紙です。」

「手紙?」

アルマンが一通の手紙を取り出して、私に渡したのでした。
早速封を破って開けてみると…。


《びっくりしたでしょう?可愛い弟さんよね。
 まあそれはそうとして、追加の任務を伝えるわ。
 徴税官アンリ・ド・ラ・チュレンヌ子爵を生け捕りにしなさい。
 その店に月に何度か来る客らしいから、探さなくても勝手に網にかかってくれる筈よ。
 裏口まで連れて行けば、銃士隊が待っているようにしておきます。》

「裏から裏へ…というわけなのですか、成程。」

徴税官を逮捕しろということは、財務卿関連ですか。
そろそろ『詰み』という事なのですね、姫様?


「姉さま…真黒な笑みを浮かべないでください。
 姉さまは僕の目標なのですから、もっとこう爽やかに…。」

アルマンが引き攣った笑みを浮かべながら私にそう言ったのでした。


「アルマン、現在私は陛下の命令で汚職官吏の摘発等を行っている最中なのです。
 この件は内密に…できますね?」

「はい、もちろんです姉さま。
 トリステインの御為ならば。」

アルマンは力強く頷いたのでした。


「わかったら、急いでラ・ロッタに戻るのです。
 あそこならば、誰も手出しできませんから、あなたの秘密も守られます。」

「はい、姉さまこそ、お体にはお気をつけてください。」

そう言って、アルマンは帰っていったのでした。


「さて、大筋はルイズたちにやってもらうとして…。」

チュレンヌ卿には、せいぜい面白おかしく踊っていただきましょうか。



[7277]  幕間25.1 艦隊再建
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/25 00:04
「これが、トリステイン空軍再生の第一歩というわけですわね。」

「はい、その通りですわ、陛下。」

アンリエッタの隣りで揺れる金色の髪の少女はそう言って頷いた。


「クルデンホルフ大公に多額の出資、感謝しますとお伝えください、ベアトリス公女。」

「いいえ、当家の出資など微々たるもの。
 この艦を、トリステイン空軍旗艦たるこの大型戦列艦を《デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン》と名づけてくださった事、感謝いたしますわ。
 我らとトリステインは一心同体、これからもよろしくお願いいたします。」

開祖はトリステインきっての豪商であり、その財力を持って貴族の娘を妻に迎え子息をメイジにして爵位を得たという逸話を持ち、今でも東ハルケギニアの金を牛耳る《成り上がり》のクルデンホルフ公国大公の代理としてやって来た、ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフはそう言うと、満足そうに微笑んだ。
《デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン》かつてトリステインの東半分が高らかに独立を宣言し七州連合(デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン)と呼ばれたその連合も、既に5州がゲルマニアに切り崩され併呑され、今ではクルデンホルフ公国とオクセンシェルナ公国を残すのみである。


「既に我が国でない地域を、何時までも承認しないというのは賢明でないもの。
 私達はとうの昔に仲直りしたのよ。
 ならば貴方達の出資に応え、この名をつける事にためらいなど感じませんわ、クリスティナ公女。」

「はっ、恐縮であります、陛下。」

武こそ誉れとし、戦死を名誉とし恐れず、侵攻してきたゲルマニア軍を寡兵で撃退するなどの数々の武勇伝を持つ武の国であるオクセンシェルナ公国大公の代理としてやって来た、クリスティナ・ヴァーサ・リクセル・オクセンシェルナは武人の雰囲気を振りまきつつ、静かに頷いた。


「先の戦で失った艦隊を再建し、更には大型戦列艦《ウィーリンゲン》《ウエストディープ》《ワンデラール》《ウエストヒンダー》の建造をも可能としたのは貴国らの出資なればこそだもの。
 それを誇りこそすれ、恐縮する必要など無くてよ、クリス。」

アンリエッタは幼き頃の友人にそう言うと、微笑んだ。


「でも、貴方がすっかりサムライ?とやらになっていてびっくりしたわ。」

「はは、陛下も随分とお変わりになられました。」

クリスはそう言うと、苦笑を浮かべた。


「あら、お2人は随分と仲がよろしいのですわね。」

ベアトリスが少し驚いた顔で2人を見る。


「ええ、縁がありまして、懇意にさせて頂いております。」

クリスはそう言って頷く。


「幼い頃に意気投合したの、それ以来の仲なのよ。」

アンリエッタもそれに続けた。


「羨ましいですわ。
 私は幼い頃に体が弱かったせいで、昔からのお友達がいませんの。」

ベアトリスはそう言うと、寂しそうに微笑んだ。
王族にとって、子供の頃に知り合ったあまりへりくだらない友人というのは貴重なのだが、彼女は幼い頃に病弱だったせいでそういう友人を作り損ねていた。


「では、私達が友となりましょう、ベアトリス公女。
 良いでしょう、クリス?」

「ええ、それはかまいませんが…宜しいのですか?」

クリスは頷きつつもベアトリスに問いかける。
ぶっちゃけた話、クルデンホルフ公国とオクセンシェルナ公国は隣同士にも拘らず、国の気風が正反対な為に仲があまり宜しくない。


「勿論構いませんわ、ありがとうございますクリスティナ公女。」

ベアトリスは嬉しそうににっこりと微笑んだ。




「…という話があったのよ。」

「…そんな話をしにわざわざこんな所まで来たのですか?
 わざわざ顔まで変えて。」

ケティはそう言いながら、貴賓室でくつろぐアンリエッタにワインを注いだ。


「ルイズに見つかったら困るじゃない?
 あの娘、自分が給仕やっている所を私に見られたと知ったら傷つくでしょ?」

「それはまあ…そうなのですが。」

ケティはそう言うと、溜息を吐いた。


「ケティに聞いた、フェイスチェンジを付与したマジックアイテム。
 アカデミーに作らせてみたから、実験がてら来てみたのだけれども。
 隠密行動がしたい時にはうってつけね。」

アンリエッタはそう言って、ケティにサークレットを渡した。


「つけてみなさい、面白いわよ。」

「わかりました。
 どれどれ…デュワッ!」

どこかで聞いたような掛け声とともに、ケティはサークレットを頭に装着した。


「おおおぉ…これは凄いのですね。」

「でしょう?」

サークレットを装着した途端に、ケティの顔が別の少女のものに変わる。


「…とはいえ、誰がつけてもその顔にしか変わらないから、あまり年取ったら使えないという欠点があるのよ。
 きちんと研究すれば、任意の顔に変化できるものも作れるらしいから、研究を進めさせるべきよね。」

「これは色々と便利そうですし、それで良いかと。」

アンリエッタの問いに、ケティはこくりと頷いた。


「それにしても可愛いわね、その格好。」

「そもそも、男に可愛いと思わせる為にある服なのですよ…まさか、着てみたいとか思っているのですか?」

ケティの問いに、アンリエッタはコクリと頷く。


「この身は既に国家の一部とは言え、私だって年頃の女の子なのよ。
 …う、そんな怖い顔しないで、わかっているわ…自重するわよ。」

目を細めて睨みつけるケティを見て、アンリエッタは溜息を吐いた。


「まったく、こんな所に来ている事自体拙いというのに…姫様はもう少し自重すべきなのです。」

「そういう細かい事ばかり言って…わかったわよ、わかったから。」

アンリエッタはじーっと静かに睨みつけるケティに謝罪した。


「しかし、ベアトリス公女がそのような大人しい方だったとは。
 情報に拠れば、なかなかに…何というか、活発なお姫様だと窺っていたのですが。」

「活発などと柔らかく言わず、我侭だと言えば良いのよ、ここには私と貴方以外は居ないのだから。
 そうね、私もそういう話を聞いていたけれども、公の場では大人しい姫なのでしょう。
 見た感じ、大人しいのが地のような気がするわ…あら、ここの料理美味しいわね。」

ワインを飲みつつ、運ばれてきた料理に舌鼓を打つアンリエッタ。


「スカロンは見た目は変態ですし、中身も変態ですが、料理は超一流なのですよね…流石は味皇の弟子といった所なのです。
 それは兎に角、大人しいのが地だとすれば、我侭であるとされている姿は虚勢を張った結果であるという事なのですね。
 友達が居なくて、周囲の取り巻きは自分の背後にある金にしか興味が無い連中ばかりとなれば、弱みは見せられない、精一杯強がって虚勢を張り続けるしかない…という事なのですか。」

金が有り余っているのも難儀なものなのですねと思いながら、差し出された杯にワインを注ぐケティ。


「あの娘には友人が必要よ…私も損得勘定抜きで、あの娘とは友人になりたいと思うわ。
 本人は何も悪くないのに、立場のせいで友人が一人も居ないだなんて、いくらなんでも寂し過ぎるもの。」

「姫様、彼女はクルデンホルフの王太女なのです。
 国家の指導者同士に真の友情など…すいません、出過ぎました。」

ケティはアンリエッタを嗜めようとしたが、彼女の寂しそうな瞳を見てそれを中断した。
アンリエッタが何よりもそれを理解しているという事に気付いたからだった。


「わかっているわ、利害が対立しない限りは…よ。
 なんともヤクザな家業だと自覚するわね、こういう時。」

そう言って、アンリエッタは肩をすくめた。


「あとはクリスティナ公女…でしたか?
 まさにあの武の国を体現するような姫君であるという事は聞き知っていますが。」

「そうね、クリスは勇敢な娘よ。
 ああそうそう、貴方ワクセイレンゴウって国を知っている?
 ロバ・アル・カリイエにある国らしいのだけれども。」

その名を聞いて、ケティの目が点になった。


「わ…惑星連合、なのですか?」

「ええ、彼女の師匠がねセッシュウ・ミフネっていう人だったらしいのだけれども…。」

ケティがずっこけて椅子から滑り落ちた。


「せ、セッシュウ・ミフネ!?
 …な、なんでそんな超未来の軍人が…まあ、オクセンシェルナ臣民とはとても気が合いそうな御仁ではありますが。」

ずっこけたままでケティはブツブツ呟いている。


「何をブツブツ呟いているのよ?」

「ちょっとした心の整理が必要だったもので…。」

そう言って、ケティは起き上がった。


「姫様、その国はニホンという国の別名なのです。
 そこは才人の故郷なのですよ…で、その方は今もオクセンシェルナに?」

惑星連合は日系人が牛耳っていたから似たようなものなのですとか思いながら、ケティはアンリエッタに尋ねる。


「いいえ、去年亡くなったそうよ。」

そう言いながらアンリエッタは杯を差し出し、そこにケティがワインを注ぐ。


「それは、惜しい方を亡くしたのです。」

某宇宙一の無責任男について聞いてみたかったと思いつつ、ケティは哀悼の意を表した。


「ところで、空軍を再編するのは良いとして、肝心要の人は居るのですか?」

「我が空軍の生き残りと、アルビオンの亡命軍人がいるわ、足りないけど。
 再編が精一杯で新兵教育する余裕が無いから、オクセンシェルナ軍から教育武官を派遣してもらうという事で話はついているわ。
 あそこの正規軍なら、短期間でもある程度動ける人材を叩き上げてくれるでしょう。
 まったく、人も時間も足りないったらありゃしない。」

そう言って、アンリエッタは溜息を吐く。


「アルビオンを攻めるおつもりなのですか?」

「敵が立ち直る前にこちらがあちらを叩くか、それとも敵が先に立ち直ってこちらが叩かれるか。
 連中は…レコン・キスタは、ブリミルの教えを実践せよといいつつ、ブリミル以来の血の流れを断ち切った莫迦どもよ。
 必ずもう一度侵攻してくるのは間違いないわ。
 魚の腐ったような目で、己の正義を狂ったように叫びながらね。」

ケティの問いに、アンリエッタは頷く。


「何より、軍を立て直さないとゲルマニアが侵攻してきかねないわ。
 我が国が軍事力を取り戻さないと、軍事的な均衡が崩れてしまう…だからこそ、クルデンホルフもオクセンシェルナも驚くくらい協力的だわ。」

アンリエッタは苦笑を浮かべて、ワインを呷った。


「我が国の軍事力が弱ったままでは、ゲルマニアからの圧力を押し返す為の後ろ盾が弱くなる…というわけなのですね。
 力の均衡と外交努力による平和を保つ為には、今は全力で戦力の回復に努め、終わり次第アルビオンに侵攻するしかないと。」

「そういう事、幸い予算は不正と無駄を省いて組み替えれば、増税は最小限で済みそう…いったいどれだけの金が国庫から逃げ出していたのやら、考えたくないわね。
 後は、アルビオンの狂信者達に己の犯した罪を償わせれば、取り敢えず一段落よ。」

どこかで聞いたような話だと思いながら、ケティは杯にワインを注いだ。


「しかし、《デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン》とは、思い切りゲルマニアに喧嘩を売っている艦名なのですよ。」

「ゲルマニアへの根回しはしたけれど、まあ良い思いはしないでしょうね。
 東方領土はいずれ取り戻すという、決意表明みたいなものだし。
 まあ、同盟をやめると言って来ていないという事は、アルビオンの件がある限りそんな事に構っていられないのかしらね?」

そう言いながら、アンリエッタは立ち上がってサークレットを頭に装着した。
瞬時に顔が、全く別の少女のものとなった。


「じゃあ、私はそろそろ帰るわ。
 はい、チップ。」

アンリエッタはそう言って、ケティに金貨の入った袋を渡した。


「やれやれ、こんなに貰ったらチップの相場が鰻登りに上がってしまうのですよ。」

そう言って、ケティは苦笑を浮かべる。


「私は貴方との会話に、それだけの価値を見出しているというわけよ。
 じゃあ、頑張ってね。」

「はい、またのお越しを…。」

アンリエッタはそろそろ夕暮れ時のトリステインの大通りを、ゆっくりと歩いていったのだった。



[7277] 第二十六話 酒場にまつわるエトセトラなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/22 10:05
酒場は大人の社交場
酒を飲んで、いい感じに緩くなった頭で楽しく話すのが酒場の流儀


酒場で恋の花咲く事もある
大抵、ディスプレイ用の造花なわけなのですが


酒場の女に気をつけろ
じゃないとカモられるのですよー?





「キャバレー?」

スカロンが不思議そうに私に尋ねてくるのです。


「はい、歌やダンスやショートコントを披露する酒場の事なのですよ。」

「それは興味深いわ…確かに、この店が喫茶店から客を取り返すには、今以上の何かが必要よねえ。」

興味深そうにうなずくのは良いのですが、目の前でクネクネしないでください、スカロン。


「でも歌や踊りって言ってもねえ…。」

「ここには見目麗しい少女が沢山いるではありませんか?
 彼女達が歌って踊れば、必ず客は増える筈なのですよ。」

最初は少々拙くても仕方がありません。
それでもこの店の女の子のレベルなら、十分話題は集まるでしょうし。


「最初は旅芸人達に来て貰って、やってもらうのも良いのです。
 ついでに皆に歌や踊りを多少でいいから仕込んでもらうのですよ。」

彼らだって、トリスタニアに来た時に定期的に公演させてもらえる場所があるならば、断れない筈なのです。


「成程、良い考えだわ。
 貴方の商会に仲介をお願いできるかしら?」

「はい、すぐにでも手配するのです。」

毎度あり、なのです。
目指せ、《シャ・ノワール》なのですよ。



「ルイズ、何を読んでいるのですか?」

仕事が終わったあとで、貴賓室に遊びに来たルイズが読んでいるのは、茶色い表紙の本。
愛読書なのか微妙にヘタっているのですが、大事に読んでいるのがよくわかるのです。


「んー、私の行動規範の指南書みたいなもの。
 昔、姫様から貰った本でもあるのよ。」

「ほほう、何の本なのですか?」

ルイズと、ひょっとすると姫様の行動規範になっているのかもしれない本であるのならば、知っておいて損は無いのですよ。


「《貴族たるもの》って本。
 政治書というか、貴族の規範書というか、そういう本よ。」

ええと…タイトルにすっごい覚えが…。


「ひょっとして、著者のペンネームは《ル・アルーエット》…とか?」

「あら、ケティも読んだ事あるの?」

顔を上げたルイズが、笑顔で私を見るのでした。


「読んだ事があると言いますか…。」

「うんうん、ケティも読んだ事があるならわかると思うけど、貴族たるものの精神が詰まっているわよね、この本。」

ああ、そう言ってもらえると非常に嬉しいのですよ。


「…実はその本の《ル・アルーエット》というのは、私のペンネームなのです。」

とは言えその本、民主主義的な価値観という第三者的な立場から、貴族が貴族たるにはどう在れば良いのかという事を書いた本なのです。


「ほへ?」

ルイズの目が点になったのでした。


「え…いや、だって、《ル・アルーエット》って言ったら、5年位前から何冊か政治関連の本を出している作家よ?」

「ええですから、その本は私が10歳の時に書いた本なのです。」

最近こそパウル商会の活躍で持ち直しつつある当家の家計ですが、昔から万年貧乏が常だったのです。
《貴族たるもの》は、私の書いた考察を父様が素晴らしい素晴らしいとやたらと褒めちぎるので、『それなら本として売ってみてはいかがでしょう?』と、冗談で言ったら本当に出版して、しかもそこそこ売れたという嘘みたいな話だったのですが。
多少なりとも家計の助けになったので、その後も政治書のような思想書のようなものを何冊か書いて出版したりしましたが…。


「姫様なんか、枢機卿から《ル・アルーエット》の『君主考察』を貰って、暇があれば読み返しているんだから。
 こここ、こんな本をケティが書いたって言うの?」

「ええ、実家に帰れば原稿もありますけれども…。」

『君主考察』は、ル・アルーエット名義で去年出版した、私なりに君主の在り方を考察してみた本なのですが…。
…そうですか、姫様が真っ黒になった原因の一端は私にもあるというわけなのですね。
あの本、私なりに消化したマキァベリズムをガッツリ盛り込んで書いた本ですから…真っ黒なのは私ですか、そうですか。


「…ひょっとして姫様は、私が《ル・アルーエット》だと知っている?」

「流石に知らないと思うわよ。
 知っていたら姫様の事だから、サイン欲しがると思うわ。」

私の独り言にルイズはそう答えて、溜息を吐いたのでした。


「10歳って言ったら、私と姫様なんか泥だらけで遊びまわっていた頃よ。
 何なの、何なのこの差は…天才と凡人の差?」

10歳でも知識の蓄積量が+20年ですから、天才では無く単なるチートなのです。


「いや、私も領民の子供と一緒に泥だらけになって遊びまわっていたのですが。」

「政治指南書の著者が、領民の子供と一緒に野遊び…。」

そう、知識があっても精神がお子様なので、遊びが最優先なのでした。
まあ、遊びの中でパウル達に文字を教えたり、算数から中学生レベルの数学を教えたり、基礎的マーケティング論を含めた経営学を憶えている限り叩き込んだわけですが…あの時ほど自身が基本的に文系人間だった事を恨めしく思った事は無いのです。
算数は兎に角、数学は上手く教えられるようになるまで四苦八苦しましたから。

まあ、その甲斐あってか彼らはパウル商会の主戦力で、その活躍によって軍需部門でかなり食い込んだので結果オーライのような、そうでないような。
『情報を把握し分析し、それに合わせて売れるものを売れ』と教えはしましたが、本来の主力商品である農畜産物や雑貨がいまいちなのをどうにかできないものか…。


「《ル・アルーエット》の本といったら、この国の貴族にとっての政治指南書なのよ。
 そ、それが10歳の頃のケティが書いた本…。」

ルイズ、そんなキラキラした目で見られても…と言いますか、


「…わたしね、貴方の本を読んで、自らの地位に支払わなくてはいけない対価の存在を自覚出来たのよ。
 貴族は誇り高くあれというのがトリステイン貴族の教えだけれども、ではその誇りの対象とは何であるのか、それを教えてもらったの。
 『国家と領土を守る事は王や貴族と臣民の間にある最低限の契約であり、これすらも履行できない王や貴族は統治者足り得ない。
 故に王と貴族が、この契約を守る為に自らの命を差し出す事は、避け得ぬ絶対の義務なのである。
 つまり、《地位の対価は血で購え》という事である』この文節、何時でも何処でもそらで言えるわよ、わたし。」

どうりで、フーケのゴーレムと戦った時に、どこかで聞いたようなフレーズをルイズが言うなぁと思ったのですよ…。


「ぬぅ…。」

しかしまさか、私が森の奥でのんびり生活している間にそんな事が起きていたとは…。


「だ・か・ら…サイン頂戴☆
 ル・アルーエットより、ルイズへって。」

「友人からサイン貰ってどうするのですか?」

ルイズのきらきらした視線が…。


「決まってるじゃない、姫様に自慢するわ。」

「胸を張って言う事ではないのですよ、ルイズ。」

自慢する事大前提なのですか…と言うよりも、サインなら後書きに入れていたような記憶があるのですが。
写本する際に自動筆記の魔法で模造されたものですけれども。


「後書きのサインで良いではありませんか?」

「はぁ…本人の直筆である事が大事なのよ。」

わかっていないなぁという風に、ルイズは私を見ます。


「お願いよ、ね?」

「まあ、悪い気はしませんし…良いのですよ。」

ルイズから手渡された本にさらさらっとル・アルーエットとして使っているサインと花押を書き込んで…と。


「はい、どうぞ。」

「わ、ありがとう…姫様に自慢しようっと。」

ルイズの可愛さにほだされて、特大の墓穴を掘ったような気がするのは気のせいでしょうか?


「ついでにもう1つお願いがあるの。」

ルイズはそう言うと、もじもじしながら上目遣いで私を見るのでした。


「な…何なのですか?」

くっ…凶悪に可愛いっ!


「ベッドで一緒に寝ても良い?」

「ぐはぁっ!?」

鼻血が出るかと思ったのですよ!?
ど、同性にすらこの威力…流石はヒロインにして、絶世の美少女。


「だ…駄目なのです。」

そんなに自室のボロベッドが嫌ですかルイズ。
まさか、こんな手を使って来ようとは…。


「ひ…卑怯ですよルイズ。」

「ケティ、貴方が小柄で体の起伏の乏しい女の子に甘いのは、まるっとお見通しよ…って、自分で言っていて、ちょっと傷ついたわ。」

自分で言ってくず折れるその姿もラブリー…ですが、心を鬼にしなければ。


「なんという策を使うのですか、貴方は。
 …で、でも、駄目なものは駄目なのです。」

「ふっ、一見ちょい地味な癖に実は可愛いものが大好きな、貴方の趣味を呪うが良いわ。」

ちょい地味とか何気に酷い事を言われたのですが…ルイズが発する可愛いものオーラが…オーラが…。


「にゃー。」

「くっ!?」

ルイズはいきなり猫耳ヘアバンドを頭につけると、そう鳴いて見せたのでした。


「…し、仕方が無いのです。
 今夜は一緒に寝ましょう。
 でも、今夜だけなのですからねっ!
 勘違いしないで下さい、私は可愛さに屈してなどいないのですっ!」

「そういう事にしておいてあげるわ。」


その夜はルイズと一緒に眠る事になったのでした。
確かにルイズは慣れない硬すぎるベッドで寝ていたせいか、かなり寝不足気味でしたし、体力を回復させる為には熟睡が必要でしょう。
…ええ、自己欺瞞の極みなのですよ、どうせ。

可愛いものが大好きで悪いかー!



「ぬぅ…。」

何故私は床に転がっているのでしょう?
確かルイズと同じベッドで寝ていた筈なのですが。


「…まさか、寝床を乗っ取られるとは。」

傾国の美女に籠絡されて国を滅ぼした古代の王も、きっとこんな気分なのですよ。


「すぴー。」

「気持ち良さそうに、寝息をたてやがっているのですね。」

やはり、明日からは断固として断らないと、私が寝不足になってしまうのです。


「んぅ…喉が渇いたのですね。」

貴賓室と言えど、蛇口を捻れば水が飲めるというわけにはいかないのですよ。
つまり、水を飲みたければ井戸まで行くしかないというわけなのです。


「お、ケティ?」

「おや、どうしたのですか、こんな時間に?」

台所の裏にある井戸に向かおうとしていたら、才人に会ったのでした。


「ケティこそ、どうしたんだ?」

「私は水を飲みに来たのです。」

あまり飲み過ぎると別の欲求で目が覚めそうですから、口が湿る程度に抑えるつもりですが。


「才人は…つまみ食いなのですか?」

「大当たり。」

そう言うと、才人はにかっと笑ったのでした。
育ち盛りの男の子ですし、お腹も減るでしょうが、しかし…。


「…ああでも、あまり何度もつまみ食いするとミ・マドモワゼルからきつーいお説教があるそうなのですよ。
 才人は二人っきりでミ・マドモワゼルと数時間一緒に居られる自信があるのですか?」

「それは無い、断じて無いっ!」

才人は胸を張ってきっぱりと言い切ったのでした。


「うぅ…でも、腹減った。」

「貴賓室にはいくつか果物も置いてありますから、それで我慢するのです。」

しかも貴賓室の果物は、無くなればその都度補充されるのです。
ビバ貴賓室、ビバタダメシ…まあ、そんなに果物を食べているわけでも無いのですが。


「果物…オッケー、それで良いや。」

才人は嬉しそうに頷いたのです。


「鍵はかけていないので、先に行っていてください。」

「わかった、センキューケティ。」

才人はそう言うと、貴賓室に向かって歩いていったのでした。


「さて、水を飲んだらさっさと帰ります…か!?」

台所に人影が見えたのでした。


「何者っ!?」

即座に杖を抜いて、人影に向けます。


「わっ!?ちょっと待って、あたしよあたし。」

「ああなんだ、ジェシカでしたか…。」

そう、慌てて明るい所まで出て来たのは、ジェシカなのでした。


「『鍵はかけていないので、先に行っていてください』ねぇ…意味深よね?」

探るような笑みを浮かべつつ、ジェシカが話しかけてきたのでした。


「確かに、そこの部分だけを抜き出すとかなり意味深なのですねぇ。」

隠れていた理由は盗み聞き…まあ、予想の範囲内ではあるのです。


「面白くないわねぇ、もうちょっと驚くとかうろたえるとかしてよ?」

ぷくっと頬を膨らませて、つまらないと言った感じに眉をしかめるジェシカなのでした。


「そりゃまあ、ルイズは私のベッドで熟睡中なのですから、そんな部屋で浮気もへったくれも無いのですよ。」

まあそもそも、浮気なんて私の趣味じゃあな…あれ?何か今『嘘だっ!』とか聞こえたような気が…。


「浮気ってことは、やっぱりあの2人付き合っているの?」

「いいえ…でもまあ、付き合っているようなものなのです。」

ジェシカのキラキラした瞳が…こういう話題が大好きなのですね。


「でも、ルイズってどう見ても貴族でしょ?」

本人達はああ見えて隠そうと頑張っているのですから、そっとしておいてあげて欲しいのです。


「…もし仮にそうだとして、身分違いだろうと言いたいわけなのですね?」

私の問いに、ジェシカはコクリと頷いたのでした。


「大丈夫なのですよ、才人は必ず大出世しますから。
 それこそルイズが思わず躊躇するくらい。」

「この国で、平民がそこまで登れるわけないでしょ。」

馬鹿にするなといった感じで、ジェシカが私を睨みつけます。


「法も常識も人が作るもの…であるならば、人が変われば法も常識も変わっていくものなのですよ。
 貴方も聞いた事があるでしょう?メイジ殺しの平民が、陛下の銃士としてシュヴァリエになった事を。」

「『鉄の塊』アニエスが、貴族になったというのは知っているけど…って、ひょっとして才人もメイジ殺しなの?
 あの間抜けそうな、お人よしそうな、鈍そうな顔で?」

その通りではありますが、ズバリ言い過ぎなのですよジェシカ。


「ああ見えて、才人は剣を握ればかなり強いのですよ。
 私も命の危機を救ってもらったことがあるのです。」

「…それが原因で惚れちゃったと。」

意地悪そうな笑みを浮かべながら、ジェシカが私を見ているのです。


「さ…才人にそういう感情は無いのです。
 私達は親友みたいなものなのですから。」

押し倒されたりしましたが、あれはノーカウント。
媚薬にやられている間の…うわぁぁぁぁ!?それは考えるべきではなかったのです!


「その割には顔が赤いけど?」

「そ、そそそそういう体質なのです。」

あ…相変わらず精神的ダメージの大きい体験なのですよ、あれは。


「ケティなら、簡単に取っちゃえるような気がするんだけど?
 新進気鋭の商人で、今まで浮いた噂の一つも無かったパウロさんがメロメロじゃない。」

あいつは元からああなのですよ、ジェシカ。


「才人の好みはズバリルイズなのですよ。
 私は元々髪の色を含めて全体的に地味ですし、洒落っ気が少ないですから。」

「黙っていれば清楚な感じよね、ケティって。
 化粧を殆どしていないくせにこの可愛らしさ…やっぱり貴族は素が違う感じがするわ、うん。」

いやジェシカ、私の話をスルーした上に顔をペタペタ触られても。


「最近、貴方の指名が増えて来ているの、知っているでしょ?
 何というか、貴族のオーラみたいなものが黙っていても出るのよね、貴方もルイズも。」

まあ確かに、パウル以外の指名もついてはいますが。


「基本的な仕草が洗練されていて綺麗なのよ。
 もっともあの子は貴方みたいに、上手くやれていないけれどもね。」

体を絶妙にずらして絶対に触らせず、それでも触られそうになったら昏倒させていますからね、ルイズは…。
酒場で色気では無く格闘スキル上昇とか、プ○ンセス○ーカーもびっくりの展開なのですよ。


「彼女は本来かなりやんごとない身分ですからね…これは戯言なので、さらりと流してください。」

…それでも固定客がつき始めているのが何といいますか。
世の中には変な人が居る者なのです。


「ところでそんな事をあたしに話しても良いの?」

「貴方自身と、何より貴方の大好きな父上が、どうなっても良いというのであれば、お好きにどうぞ。」

にっこりと微笑みながらジェシカの瞳を見つめるのです。
見た目は変態、中身も変態なスカロンですが、同時に子煩悩な父親という面もあるのです。
そしてジェシカも年頃の娘なのに父親が大好きという、少し変わった娘だったりします。
私なんか父親の匂いにそこはかとない不快感を覚えるのは近親相姦を防ぐフェロモンのせいだと知っているにも拘らず、父様の匂いがちょっと駄目なのですが。


「う…。」

「脅しではありませんよ?
 身分の貴賤に関わらず、面子に傷をつけるものに情け容赦無いのが国家と言うものなのです。」
 
いや、自分で言っておいてなんですが、まるっきり悪役なのですね。


「秘密は隠しているから秘密なのです…分かってただけましたか?」

「わ、わかったわ。」

いや、そんなあからさまに怯えられても困るのですが…ちょっと脅し過ぎましたか?


「…ケティって、実はかなり怖い人?」

「いえいえ、何処にでもいる貴族の小娘なのですよ。」

何なのですか、その『それは無いわ』と言いたげな目つきは。


「…では、私は水を飲んだら部屋に戻ります。
 ジェシカは?」

「あたしもとっとと寝るわ、今夜の事を忘れる為にもね。」

それは良い選択なのです。



「おかえりー、ケティ。」

「あ、帰ってきたのね。」

水を飲んでから部屋に戻ると、果物を頬張る才人とルイズが出迎えてくれたのでした。


「ルイズも起きたのですか?」

「うん、いつの間にかケティが居なくなっていたから目が覚めたのよ。」

貴方に寝床から突き落とされたのが原因なのですが…。


「違うだろ?聞いてくれケティ、こいつ俺が剥いた果物の匂いにつられて起き…ふげぉっ!?」

「五月蝿いわよ、この駄犬!」

才人の鳩尾にルイズの拳がめり込んで、そのまま才人は崩れ落ちたのでした。


「程々にしておかないと、いつか才人をその手で葬る破目に陥りますよ、ルイズ。」

「ちょ、ちょっと叩いただけじゃない…何で気絶するのよ。」

明らかに殴っていましたし、私にはルイズの拳が見えなかったのですが…。


「ええと、虚無に目覚めてから強くなりましたねルイズ。
 魔法では無く腕力の方向で。」

「ふふふ…何故だか知らないけれども、虚無に目覚めてから体のキレが以前とは段違いなのよね。
 私はいったいどういう方向に変化して逝くのかしら?」

その方向に進み続けると、ガンダールヴがいらない子と化しかねないので、エクスプロージョンをもう少し使うとかすれば良いと思うのですよ…面白いので教えてあげませんが。


「…で、これどうしよう?」

気絶したままの才人をルイズが指差しているのです。


「取り敢えず床に転がしておくのもなんですし、ソファにでも運びましょう。」

才人を二人で持ち上げて、ソファまで運びこんだのでした。


「…ルイズ、何度も言いますが、もう少し自分を抑えて欲しいのです。」

「うぅ…反省しているわよ。」

しゅんとしたルイズもラブリーなのはいいとして、才人の体が持つかどうか心配になってきたのですよ。




この《魅惑の妖精亭》が出来たのは400年前のアンリ三世の御世。
このアンリ三世は《魅了王》と呼ばれ、周囲にいる異性も同性も全部ひっくるめて魅惑していったという、生ける惚れ薬みたいな王様だったらしいのです。
正妻との間に残した子供は2人ですが、言い寄ってきた異性に片っ端から手をつけた結果、庶子も含めると300人以上の子供を残して死後に《血塗れの20年》と呼ばれるお家騒動を引き起こし、後々東トリステインの各公国が独立する原因を作った実に迷惑な王様でもありました。
おかげで裏では《絶倫王》とか《種馬王》とか《下半身王》とか呼ばれている御仁なのです。

そんな最低男がある時この店にお忍びでやってきて、例の如く給仕の娘と恋に落ちたのですが、その娘が余程気に入ったらしく一着のビスチェを贈ったのだとか。
それが今、スカロンが着ている《魅惑の妖精ビスチェ》、魅了の魔法と伸縮の魔法が付与された逸品なのです。
おかげでスカロンはいつも以上に変態度が上がっているにも拘らず、全く気持ち悪く感じないという不思議現象が発生中。
もしここでルイズがアレに向かって《解呪》の魔法をかけたら、皆一斉に吐くでしょう。


「このチップレースに優勝した妖精さんには、この《魅惑の妖精ビスチェ》を一日着用する権利が与えられちゃいまーす!」

アレを、現在スカロンが着ているというアレを着る権利…何という罰ゲーム。
酒場の女の子はアレで更にチップがいっぱい貰えるから、嬉しいかもしれませんが…。


「まあ、テキトーにやりましょう、テキトーに。」

勤労意欲が一気に萎えたのです。


「じゃあ皆、グラスを持って!
 チップレースの成功と商売繁盛!
 そして女王陛下の健康を祈って、乾杯!」

『乾杯!』

ううむ…何度聞いてもこの乾杯の時の掛け声は慣れないのですよ。
麗しい少女達が一斉に『チンチン!』、日本語を知っている身だと実にシュールな風景なのです。



さて、そんなこんなでチップレースが始まったわけなのですが、ルイズは相変わらず自分に触れる客を昏倒させているのです。
とは言え、かわし方がかなり上手くなり、今では客に一切触らせずにその場を乗り切ってチップをもらう事も可能になっているのですが。
…格闘スキルはグイグイ上昇しているようなのですね。


「結構頑張っているわ、あの子。」

ルイズの働きっぷりを観て、満足そうにジェシカが頷いています。


「ジェシカが発破かけてくれたのでしょう?」

「まさか、私のは売り言葉に買い言葉よ。」

そう言いながら、ジェシカはニヤリと笑っているのです。


「…貴方の話術なら、ルイズを怒らせる事無く言いくるめるくらい容易いでしょう。」

「まあね、でもそれじゃあ楽しくないでしょ?」

うわ、こんな所にキュルケ二号が。


「しかし酔い潰すの上手いわね、あの子。」

ルイズの肩に触れたお客さんが、唐突にテーブルに突っ伏したのでした。
アレは酔い潰しているのではなく、殴り倒しているわけですが…まあ、わからなければ別に良いのですよ。


「実はね、面倒臭い客をあの子の所に回すと潰してくれるから、最近はあの子も結構頼りにされているのよ。」

「そ、それは、どちらかと言うと用心棒の仕事では?」

まあ実際殴り倒しているわけですから、用心棒で間違いは無いような気もするのですが。
ちなみに私は給仕お休み、台所で皿洗いと調理の手伝い中なのです。
私が給仕に出るとその度に何処からともなくパウルがやって来るので、情報収集が出来ないどころか周囲に誰なのかばれそうになったのですよ。


「あいつはこの任務が終わったら、制裁なのです…。」

商会の情報網をしょうも無い事に使って…有能なのですが、時々悪乗りしすぎるのが玉に瑕なのですよ。


「ひょっとして貴方の正体って…。」

「食材の仕入先は、是非とも蜂印のパウル商会を。」

まあ、ジェシカにならバレてもいいでしょう。


「商会の事実上のオーナーをしている貴族に、営業かけられたのなんて初めてよ…。」

「平民も色々、貴族も色々なのです。」

そう言って、ジェシカにウインクしてみました。


「ウインク、下手ね。」

「放って置いてください…。」

そう言いながら私は、ジェシカにチップを手渡したのでした。



「ケティ、チップがさっぱり集まらないのよ。」

「えーと、私にどうしろと?」

深刻な表情でルイズが私の部屋にやって来て、開口一番そう言い放ったのでした。


「何か、いい知恵は無いかしら?
 このままだとあの胸が大きいだけの馬鹿女に負けそうなのよ。」

「ケティ、俺からも頼む。
 こいつ、俺がアドバイスすると殴ってくるんだよ。」

ボロボロになった才人が、懇願するような表情を浮かべて私を見ているのです。
だから、肉体言語で返事するのは止めなさい、ルイズ。


「生憎政治的な事なら兎に角、男女の心の機微はさっぱりなのですよ。
 あと、ジェシカはこの事に限って言えば、私よりも遥かに上手なのです。」

持って生まれた才能がある上に、陰での努力を惜しまなさそうな性格ですからね、彼女。


「う…例えば、私がケティにお酒を注いで、ケティがどーんと200エキューくらいチップをくれれば…。」

「確かにそのくらいは出せますが、ルイズはその為にどれだけの事をしてくれるのですか?」

私はパウルでは無いのですから、そんな事に200エキューも出したりはしません。


「お…お触り自由で。
 ななな何だったら、私を好きにしても良いわよ。」

「却下。
 私は可愛いものが好きではありますが、同性愛趣味は無いのです。」

ルイズがもじもじしている姿は可愛いですが、飽く迄もそれは子猫などを見た時に感じる感情であって、性的な欲求では無いのです。


「それに、もしもそういう趣味があったとしても、ルイズの場合いざとなったら殴って昏倒させられそうですし。」

「う…やっぱり駄目よね。」

そう言いながらも、ホッとしたようにルイズは胸を撫で下ろしたのでした。


「残念だ…。」

こっそり何を呟いているのですか、このエロ使い魔。


「うーん…方法があるとすれば…。」

チップレース後半にルイズが思いついた方法をルイズに話してみました。


「成程、優雅に礼をして、何を聴かれても切なそうに微笑みながら黙っていれば良いって事ね。」

「うん、確かにルイズは黙っていれば可愛いけど、口を開いたら終わりだからな…って、なにするやめ…へぷろぱ!?」

余計な事を言って、才人がルイズにぶっ飛ばされたのでした。


「確かにわたしは平民に対してだと、どうしても口調が横柄になるわね。」

ルイズは眉をしかめながら頷いたのです。


「み…認めてるなら殴るなよ。」

「だからと言って、あんたに指摘されると腹立つのよ。」

倒れたまま抗議の声を上げる才人に、ルイズはそう返します。


「まあ兎に角、裕福そうな人に礼儀正しく挨拶をすれば、上流階級の環境に居たものであるという事はわかりますから、あとは相手の妄想に任せて、噴きそうになってもぐっとこらえて切なく微笑み続けるのです。」

「わかったわ、それで行ってみる。」

ルイズは力強くうなずいたのでした。


「サイト、早速練習よ!」

「えー、俺眠いんだけど?
 …ちょ、おま、待て、眼覚めた、覚めたから殴らな…ぷぎゅっ!?」

例によってぶっ飛ばされる才人なのですよ、やれやれ…慣れていく自分がちょっぴり怖かったりするのです。




翌日、いつも通り皿を洗っていた私の所へ、ジェシカがやって来たのでした。


「何か教えた?」

「ええ、少しばかりの助言を。」

まあ、ジェシカの腕前の前には、屁の突っ張りにもならないでしょうけれども。


「ありがとう、あれなら普通の戦力としても何とか使えるわ。」

「何とか…なのですか。」

まあ、その程度なのはわかっていましたが。
何というか、酒場の給仕というのは、ルイズとの相性が絶望的なくらい悪い職業なのですよ、間違いなく。


「でもよく考えたわね、仕草一つでお客さんを泣き崩れさせるだなんて、なかなか出来る事じゃあないわ。」

「ルイズは演劇好きなのです。」

私はこの世界の演劇を見て、役者のオーバーアクション過ぎる身振り手振りなくせに台詞は棒読みという驚愕のコラボに思わず噴きましたが。
悲劇でお腹を抱えて笑い転げ、周囲から白けた視線を送られて『二度と来ない』と心に誓ったあの日の事…忘れはしないのです。


「そんなわけで、特訓したようなのですよ、徹夜で。」

才人の事ですから、殴られながらも遠慮無く感想を言ったのでしょう。
最近ではボコボコにされても数分で復活するようになったのです…強くなりましたね、才人。
間違った方向に。


「あれなら、結構良い所いけるかもよ?」

「ルイズは貴方に勝つ気でいるわけなのですが。」

さっき厨房にやって来た時も、やっとチップがまともに貰えるようになったと喜んでいましたし。


「私に勝とうだなんて、千年早いわね。」

「御尤もなのです。」

まあ、常識的に考えて無茶に過ぎるのですね。


「ケティ、御指名よ?」

給仕娘の一人…確か、アゼルマとか言いましたか。
彼女がやってきて、私に声をかけてくれたのでした。


「パウルだったら『帰れ』と伝えてあげて欲しいのです。」

「ううん、違うわよ。
 立派な貴族の男の人。
 ジュールが合いに来たと伝えてくれって。」

ジュール…ああ、モット伯なのですか…って、何でばれているのですか!?


「わかりました、貴賓室に通してあげて欲しいのです。
 あと、美味しい食事とワインも。
 最後に…彼と目を合わせた娘は妊娠するので、目を合わせないようにしておいた方がいいのです。」

モット伯は最近、悪い癖が再発したらしいのですよ。
彼の暴走する下半身はいつ落ち着く事やら…。


「そ、そんな男と一緒で大丈夫なの、ケティ?」

ジェシカは心配そうに私を見ているのです。


「…まあ、姉の夫ですし。
 姉にベタ惚れですから、その妹に手を出したらどうなるか…くらいはきちんと考えられる人の筈なのですよ、たぶん。」

ちょっぴり自信ありませんが、たぶん大丈夫なのです。


「わかったわ、用意するように言っておく。
 …気をつけてね、危なくなったらサイトを呼ぶから。」

「そこまで心配しなくても、私だって貴族のはしくれなのですよ?」

そう言いながら、ジェシカを安心させる為にこっそり杖を見せてあげたのでした。


「つるつるぴかぴかで固い…変わった材質の杖ね。」

「もとはジャイアント・ホーネットの針なのですよ。」

まあ、なかなかありませんよね、キチン質の杖なんて。


「ジャイアント・ホーネット!?
 成程、流石は蜂のラ・ロッタといったところかしら。」

「まあ、そういう事なのです。
 では、行ってきます。」

エプロンを脱いで、モット伯の居る貴賓室に向かったのでした。


「やあ、久し振りだねケティ。」

モット伯はにこやかに出迎えてくれたわけなのですが…。


「お久しぶりです、モット伯。
 …悪い癖が再発なされたとか?」

勿論、私の対応は絶対零度なのです。



[7277] 第二十七話 何事も計画的に程々に、なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/30 07:01
汚職は官僚の慣わし

高級官吏なら、汚職の一つくらいはしているものなのですよ



汚職が増え過ぎると大変

やり過ぎると国の運営が危うくなりかねないのです



汚職は無くならない

とは言え、綺麗にし過ぎても『白河の清きに魚も住みかねて…』となりかねない…何事も程々に、という事なのですね








「よりにもよって、パウル商会の会計部長をひっかけようとするとはいい度胸なのですよ、伯爵?」

まさかパウル商会の決戦兵器、鬼の会計部長キアラをひっかけるとは…確かに彼女は美人ですが。
まあ兎に角、先日トリスタニアに来ていた彼女が、モット伯のスカウトにひっかけられたらしいのですよ。
ラ・ロッタ家の名前を出して事無きを得ましたが、パウル経由で情報はしっかり私に入って来たわけなのです。


「い…いや、まさか街で見かけてティンと来た娘が、よりにもよってラ・ロッタ領出身だなんて思わないじゃないか?」

「問題はそこでは無いのですよ、伯爵?」

最大の問題は、モット伯のハーレムが復活しつつあるという事なわけで。


「逃げても良いかね?」

顔面を汗塗れにしながら、目を泳がせえるモット伯。
そんなにリュビ姉さまが怖いのなら、浮気しなけりゃいいのですよ…。


「駄目に決まっているでしょう。」

「やっぱり逃げる!」

くるりと180度回転して駆け出すモット伯に向かって飾り用の紐を投げつけ…。


「《バインド》。」

捕縛の魔法でぐるぐる巻きに縛り付けたのでした。


「は、離したまえ!僕はリュビと離婚したくないんだ!
 たのむ、見逃してくれたまえ!」

だから、そんな魂の底から絞り出すような悲鳴を上げるなら、初めから浮気するな、なのです。


「…はぁ、仕方がありません。
 リュビ姉さまには、秘密にしておいてあげます。」

「ほ、本当かね!?」

救いの神を見たといった感じで、モット伯は私を見上げます。


「私もリュビ姉さまに隠し事をするのですから、対価は貰うのです。
 そうですね…貴領の御用商人には是非ともパウル商会を。
 そして、貸し100なのです。」

「い、いくらなんでも、それはぼったくりではないかね?」

ちょっとした抵抗なのか、モット伯が反論してきました。
リュビ姉さまへの隠し事はリスクが大き過ぎて、とっても危険がデンジャラスなのですよ。
ばれたらタダでは済まないのですから、対価は必要なのです。


「それでは仕方がありません。
 見返りなしの提供など、私の主義では無いのです。
 長い間の親戚関係でしたが…残念な事になりました。
 早速、奥方を亡くされた貴族を探さないと…。」

わざとらしく溜息を吐いてみたり。
貸し100はほんのちょっとだけ冗談なのですから、そのくらいはさらっと流してくれないと…。


「待ちたまえ!それでいい、それでいいから!」

「毎度あり、なのです。」

これぞ、理想的なWin-Winの関係なのですよ…嘘ですが。


「端っから酷い目に会った…。
 抜き打ちで徴税官がやって来てあれこれ言われて、ごっそり毟り取られた時みたいな気分だよ。」

やけに具体的なのですね、モット伯。


「…それはそれとして、姫様からですか?」

「ああ、僕がこういう所に来ても、違和感が全く無いだろうってね。」

全くもって適任と言わざるを得ませんが、姫様からもそういう評価なのですね、モット伯…。


「しかしここは良いね、思わず常連になってしまいそうだ。
 女の子は可愛いし、料理も美味しそうな物ばかり。
 君の所に案内してくれた女の子が、何故か絶対に目を合わせてくれなかった事以外は素晴らしい店だよ。」

下手に目を合わせると、ハーレムへスカウトし始めかねませんからね、この人は。
もう少し下半身が大人しければ、能力的には非の打ちどころの無い人なのですが…。


「あと、ここの給仕娘達の服装は僕の創造感覚を刺激するというか…使用人の服の新しいデザインが浮かびそうだよ。」

あれ、自分でデザインしていたのですか…。


「まあ、そういう話はここまでにして…例の件は裏固めが8割がた終わったよ。」

「以外と早かったのですね。」

流石姫様、仕事が早い。


「ただ、肝心要の情報は側近くらいしか知らないらしくてね。
 末席とは言え、側近であるチュレンヌ卿の逮捕は絶対に外せなくなった。」

「不正な蓄財が何処に蓄えられているのかが、分からないのですか?」

私の問いに、モット伯はこくりと頷いたのでした。


「その通り、大規模な不正を大胆不敵にやってのけるだけあって、随分と抜け目が無くてね。
 姫様曰く、『本人から直接聞けばいいのよ』とはいえ、その前に欠片でも真実があった方が表向き都合がいい。
 姫様の仰られる通り、『正直になりたくなる部屋』に躊躇無く大貴族を送り込むのは、私としても気が引けるのでね。
 まあそんなわけで、その前に側近を徹底的に搾り上げるというわけなのだよ。」

「…これは近いうちに諫言しなくては。」

本人は脅しのつもりなのでしょうが、数少ない忠臣であるモット伯にこう言われるとは…このまま行くと、いつか暴君の謗りを受けかねません。
まさか、本当に君主が読むのなら、調子に乗って『君主考察』にスターリン語録からの抜粋なんて入れなければ良かったのです。

スターリン曰く、『愛や友情などというものは瞬く間に失われるが、恐怖は長続きする』。
確かにそれは事実ですが、だからと言って姫様が恒常的に恐怖をもって統治するつもりなら諌めないと、姫様の後に国が瓦解する恐れがあるのですよ。
恐怖は統治機構にとって劇薬、効果は抜群ですが用法用量を守って正しく使わないと後で手痛いしっぺ返しを受けるのです。
姫様が素でこうなら兎に角、私の著書の影響を受けているのだとすれば、私の言う事ならある程度は耳を傾けてくれる筈。


「…どうしたのかね?」

「いいえ、何でも無いのです…お話はよくわかりました。
 必ずやチュレンヌ卿をそちらに引き渡しますので、待っていて欲しいのです。」

まさか、あんな本が少なくない貴族のお手本になっていただなんて、嬉しいやら悲しいやら…トホホなのですよ。


「仕事の話はこのくらいにして…と。
 そういえば、現在この店にはラ・ヴァリエール公の御息女もいらっしゃるとか?」

「ええ、ですが彼女はこの状況に全く納得していないので、見つけないでいてあげてくださいね。」

まあ、これに関しては貴族の娘なら大抵は抵抗感を感じるでしょうが…。


「勿論さ、君ほど度胸の据わった娘はそうは居ない。」

「私だって、なるべく顔見知りには出遭いたくないのですが…。」

全く平気というわけではないのですよ、私がどう思うか思わないかにかかわらず、世間体というものがありますから。
その後、私とモット伯はしばし歓談し、彼は帰って行ったのでした。





モット伯との歓談が終わった後、才人とルイズを呼んだのですが…。


「…ええと、どうしたのケティ?まさか!?」

「モット伯に何かされたのか?」

私が言うのもなんですが、このテの事柄に関しては信用度ゼロなのですね、モット伯。


「いいえ、モット伯は姫様からの勅命を持って来てくれたのですよ。
 彼がこの手の可愛い女の子がいっぱい居る店に来ても、誰も不思議だとは思いませんから。」

酔い覚まし用のハーブティーを飲みながら、ルイズと才人を静かに見ます。


「…成る程、それは確かに的確な人選だ。」

才人は納得がいったように、こくこくと頷くのでした。


「本来、これは私宛のものなのですが…聞きたいですか?」

姫様がわざわざ才人も知っている人物を遣したという事は、手伝わせても良いということなのでしょう。


「勿論よ!
 私がここに居る事は知らないとは言え、姫様の為なら頑張るわ。」

ルイズは力強く頷いたのでした。


「…ばれているのですけれどもね、実は。」

「ん?何か言った?」

いけないいけない、思わずボソッと出てしまったのですよ。

「いいえ、何も。
 それよりも勅命でしょう?」

ルイズのより気を引く話題で誤魔化して…。


「そうね…で、何なの?その勅命って。」

「実は…。」

財務卿の不正云々はすっ飛ばして、汚職に手を染めている徴税官がいるから、こっそり成敗するという旨をルイズに伝えたのでした。
この世界のヒロインたるルイズには光の当たる道が相応しい、真っ黒な事は私と姫様が大方やってしまえばいいのです。
…酒場で働いているのを黙認している時点で、ちょっぴりアレですが。


「成程、そのチュレンヌとかいうやつを、どうにかすれば良いんだな?」

才人は納得がいったという風に頷いています。


「ええ、出来る事なら、無傷で身柄を確保するのが望ましいのです。」

私はぱぱーっと話して喉が渇いたので、ハーブティーをひと啜り。


「…で、そいつの特徴は?」

「え?んー?」

そういえば、特徴を聞いていなかったのですよ。
原作で出てきたチュレンヌ卿は…。


「かなり太っていて…。」

『ふむふむ?』

2人はこくこくと頷いているのです。


「態度が横柄で、口調が尊大…。」

「なるほど…どっかで聞いたことがあるような性格だな。」

そう言いながら、才人の視線がルイズに向かっています。


「…好色で、巨乳好き…。」

「なるほど…どこかのエロ犬みたいな性格だわ。」

そう言いながら、ルイズの視線が才人に向かっているのです。


「…そして、ケチ。」

「モンモンみたいだな。」

「モンモランシーみたいね。」

二人とも酷いのですよ、それは。




「いちまーい、にまーい…。」

店の終わった後、怨念のこもった声が、貴賓室内に響き渡っています。
待ち人来たらず…なかなか来ませんねチュレンヌ卿。


「…ルイズ、人の部屋でお金を数えるのは止めて欲しいのです。」

「ここじゃないと、サイトにばれるでしょ?」

サイトにばれるばれないではなく、ホラーなのですよ、その姿は。


「ケティに言われたのを自分なりに少しずつアレンジしながら頑張ってみたら、そこそこ成果は出るようになったと思うのよ。
 ジェシカ、ジャンヌ、マレーネには及ばないけど、一気に中堅どころまで駆け上る事は出来たし。」

ルイズは容姿が絶世の美少女なので、胸が薄い事を入れても総合的に可愛いのです…というか、巨乳好きでも顔が駄目だと駄目ですしね。
胸は魅力の増幅器、ベースとなる容姿が良くなけりゃあどうにもならないのですよ。
ですから、きちんと接客が出来るというだけで、ルイズの人気が出るのは自明の理なのです!

…って、社会経験を積んでもらう為とは言え、次期女王予定者に何やらせているのでしょうね、私達は。


「ここに来て、労働の有難味と創意工夫の大事さを実感できたわ。
 日々の糧を得る為に、己に与えられたものを最大限に活用する…何事も気の持ちようよね、うん。」

ルイズってばすっかり逞しくなって、お姉ちゃんは嬉しいのですよ…私の方が年下ですが。


「…とは言え、アレよ。
 ジェシカをギャフンといわせる為の一工夫が出ないのよね…。」

「最近調理と皿洗い専門になりつつある私に、それを聞きますか。」

キアラを《星降る夜の一夜亭》に呼んで、『パウルが金の無駄遣いをしているからしばいておけ』と伝えて以来、パウルの消息が途絶えたままですが…どういう手で来るか読めませんからね、奴は。
だからこそ、商会の主を任せたわけなのですが。
ちなみに、キアラを呼んだら偶然モット伯のハーレム再建計画が発覚。
持つべきものは、やり手で美人の参謀なのですよ。


「ケティならちゃちゃっと出るでしょ、ちゃちゃっと。」

「男女の機微なら、ジェシカのほうが圧倒的に上手だと何度言えば良いのですか?」

この件に関して言えば、私とルイズの間に差など全く無いのです。
未来のルイズからアイデアをパクるくらいしか出来なかったわけですし。


「私に聞くくらいなら、キュルケの方が遥かにましなのですよ。」

「嫌よ、キュルケに聞くくらいなら、ジェシカに聞いたほうがましだわ…。」

ルイズは溜息を吐いて、額を押さえたのでした。
ちなみにキュルケは自分の魅力を生かす術は心得ていますが、他人に関してはちょっぴりずれているのです。
それを先日、身をもって知りました…。


「色恋沙汰はケティも専門外かぁ…。」

「誰にだって得手不得手はあるのですよ。
 忘れているようですが、私は年下なのです。」

しかし、眠い…現在時刻は地球で言うと夜中の三時くらいなのです。


「そうよね、ケティの場合覚えた端から忘れるのよね、年下だって事。
 何というか、年上のオーラが漂ってくるのよ、うん。」

「言外に老けた性格だと言っていませんか、それ?」

まあ確かに、前世を加えると30歳越えですが…敢えて考えないようにしているのですから、そこは放って置いてください。


「老けているとは言っていないわ。
 安心出来るというか、思わず甘えたくなるというか、そういう雰囲気なのよ。」

そう言えば、ルイズは末っ子なのでした。
ルイズの末っ子属性が、実は私が年上でもある事を暴くとは…。


「おほほほほ、さあいらっしゃ~いルイズ~!」

慈母の如き微笑みを浮かべつつ、ルイズに向かって手を広げてみたり。


「ケティおねぃちゃ~ん!」

そこにルイズが飛び込んで来たのでした。
夜中なせいか、妙なテンションなのですよ、二人とも。


「…お前ら、何やってんの?」

おや、何時の間にやら、呆れ顔の才人が…。


「んー、姉妹ごっこでしょうか?」

「いや、それはわかるんだが…何でルイズが妹?
 ケティの方が年下じゃね?
 …いやまあ、そっちのほうがしっくり来るけど。」

才人、自由奔放に発言するのは貴方の良い所でもあるのですが、それが舌禍の元でもあるという事に気づいた方が良いのです。
例えば、顔を真っ赤にして体をブルブル震わせているご主人様の事を慮った発言をしてみるとかなのですよ?


「記憶を…失えええええぇぇぇっ!」

「へんでろぱ!?」

顎を下から蹴り飛ばされて宙を舞う才人と、足を高く上げ顔を真っ赤にしたルイズの対比が見事なのですよ。


「あ~、死ぬかと思った。」

床に倒れた才人でしたが、何事も無かったかのように起き上がったのでした。


「チッ、生きていたのね…。」

もはや蹴り程度のダメージなど、ものともしない脅威の回復力を備えつつある才人。
横○忠夫の域に到達する日も近いような気がするのです。


「それは兎に角、こんな所でケティに迷惑かけていないで、とっとと帰るぞルイズ。
 明日もきっつい仕事が待っているんだからな。」

ううむ、才人は意外と世話焼き属性?


「はいはい、わかったわよ。
 じゃあケティ、おやすみなさい。」

「はい、お休みなさい。」

ルイズたちは貴賓室から去って行ったのでした。


「ああ、あのベッドであんたと一緒だなんて…憂鬱だわ。」

「仕方ねえだろ、ベッドが一つしかないんだから!」

立ち去った直後にドアの向こうから漏れ聞こえてくる会話。
あの2人、何でそれほど密着しておいて間違いの一つも起きる気配が無いのでしょう、不思議なのですよ…。


「まあ、そんな事を考えていても仕方が無いのです。
 眠りましょう…。」

やっぱり、ルイズが強過ぎるのがいけない…むにゃ…ねむ…。





「ねえ、『キャバレー』の件なのだけれども、ちょっといいかしら?」

「はい何ですか、ミ・マドモワゼル?」

翌日、開店前にスカロンに声をかけられたのでした
アップだと怖いので、出来る事なら20メイルくらい離れた場所から話しかけて欲しいのですが、そうも言っていられませんか。 


「旅芸人の手配は出来たかしら?」

「旅芸人の手配はもう少し待って欲しいのです。
 季節がら、王都では無く地方に回っている季節ですから。」

確かに地方回りの時期ではあるのですが、実は既に手配は終わっていたりします…が、チュレンヌ卿の一件が済んでからにしようと思っているのですよ。


「うーん…それじゃあケティ、貴方何か出来ない?」

「貴族に何を求めているのですか、ミ・マドモワゼル?」

この世界の貴族は魔法が出来るくらいで、それ以外はそれほど多芸ではないのですよ。
とは言え、実はちょっとした卓上手品程度ならできますが…。
この世界には魔法があるせいで、奇術が発達していない上に見世物にならないのですよ。
そこそこ大がかりな奇術でも『人が浮いています!』『レビテーションだろ?』で、終わってしまいますからね…。


「歌とかは…?」

「故郷の葡萄踏み歌とか、小麦収穫の祝い歌でいいのなら。」

ワインを仕込む時に村の娘達が集まって、皆で歌いながら葡萄を踏むのですよ。


「貴族なのに…。」

「当家の領地は慢性的に人手不足なので、立っているものは領主だろうが使うのです。」

繁農期になると、領主どころか山の女王に働き蜂を派遣してもらわないと追いつかない程なのですよ。


「小洒落た歌とか…思いつかないかしら?」

「うーん…。」

前世の記憶なら、歌える女性の曲は…『ワールドイズマイン』?


「…ニコ厨丸出しなのですよ。」

こっちの時代には曲調が合いませんし、無理なのですね。


「あとは…『リリー・マルレーン』ですか…ふむ?」

これなら曲調もゆったりしていますし、キャバレーっぽくて良いかもなのですね…色っぽい歌詞ですけど軍歌ですが。
…少し記憶が定かでは無い部分もあるので、一番だけ歌ってみますか。


「~~~~♪~~~~♪
 …とまあ、こんな感じで御粗末様なのです。」

「綺麗な声…歌詞も兵隊さんに受けそうだわ。
 ゲルマニア語なのが玉に瑕だけれども。」

ゲルマニアとは基本的に仲が良くないですからねえ、我が国。


「まあ、ゲルマニア語っていうのも異国情緒漂っていていいかもね。
 …って、楽隊の手配とかは?」

スカロンってば、キャバレー化の提案をかなり気に入ってくれていたのですね。
それは良いのですが…。


「ま…待って下さい、持ち歌一曲でやれとか罰ゲームなのですよ。
 きちんと劇団は手配するので、もう少々待って欲しいのです。」

「そ、そうよね…流石に一曲だけはきついわよね。
 残念だわ、ケティちゃんの歌、とっても上手だったのに。」

ひょっとして、プロに混じって歌う破目に陥りましたか、これは…。


「それじゃあ、今日も頑張るわよ。」

「はい、ミ・マドモワゼル。」

さて、今日も一日調理と皿洗いを頑張るのですよ。




「はぁ…何時見ても不思議な光景だわ。」

カブを切っていると、厨房に来たジェシカが不思議そうに私の手元を覗き込んでいるのです。


「そんなにブレイドでカブを切るメイジが珍しいのですか?」

「珍しいというか、今まで一度も見た事が無いわよ。」

ブレイドは刃に切ったものがくっつく事はありませんし、伸縮自在で洗う必要も無いという便利な調理用魔法なのです。
ブレイドが戦闘用魔法?HA!HA!HA!そいつぁいったいどういうジョークだいジョニー?なのですよ。


「ケティ、こっちに火を頂戴!」

「はいはい、炎の矢!」

スカロンの掛け声に応じて、かまどに着火します。


「この肉、ちょっと炙って軽く焦げ目をつけてくれ!」

「はい、発火!」

発火の魔法で肉を炙って焦げ目をつけます。


「明らかに厨房の効率が上がっているわ…メイジって便利ね。」

火メイジの力を最大限に活かせるのは、戦場と厨房なのですよ、ジェシカ。





いつものように店の羽扉が開き、客が入ってきましたが…何時もとは様子が違う感じの一団なのでした。
中央にいるのは、太っていて態度の大きそうな貴族…その周囲を下級官吏や軍人と思しきメイジ達が取り囲んでいるのです。


「チュレンヌだわ、急いで応対しないと!」

スカロンはフリフリエプロンを壁にかけると、クネりながら大急ぎでチュレンヌ卿の元に向かっていったのでした。


「あれがチュレンヌ卿なのですか…。」

ぬぅ…どアップのスカロンを前に全く怯まないとは、やりますね。
おを?取り巻きが杖を抜いたのですよ、客が一斉に出口に向かって逃げて行くのです…下品で低能な脅し方なのですね。
脅す時はもっと密やかかつ陰険に…。


「…ではなく!そろそろ行かないと。」

事前の打ち合わせ通り、貴賓室に連れて行ってって…。


「ぶ!無礼者おおおおおおおおっ!?」

「ええええええええええっ!?」

ルイズの胸を触ろうとしたチュレンヌ卿が、ルイズの蹴りで空中高く飛び上がったのでした。
才人への蹴りは、アレでも本気では無かったのですね…。


「この!貴族の!恥!さらし!めええええええっ!」

1Hit!2Hit!3Hit!4Hit!…ルイズの凶悪な空中コンボに、取り巻きも何が起こったのかわからずに、ポカーンと眺めているのです。


「墜ちなさいっ!」

浮かびあがったチュレンヌ卿を、ルイズは空中踵落としで叩き落としたのでした。
ええと…27Hitコンボなのですよ。


「げふぁ…。」

「うわぁ。」

駆け寄った時には既にぴくぴくと痙攣するチュレンヌ卿が横たわっているのです…《チーン》と、何処かで鈴が鳴ったような気が。


「な、何をするか平民風情が!」

「何をするか、では無いのですよ。
 いきなりルイズに手を出して殴り倒されるとか…計画が丸潰れなのです。
 何を考えているのですか、貴方達の親分は?」

私のそこそこ綿密なプランを返せコンチクショーなのですよ。


「無茶苦茶言うなっ!?」

取り巻きAが、何か言っていますがスルーなのです。


「ルイズ、計画がぶち壊しなわけですが…?」

「少しやり過ぎちゃった、てへっ☆」

あの惨劇を見せた後で、かわいこぶっても無駄なのですよ。


「少しじゃ無いだろ、泡吹いているぞこのオッサン。」

デルフリンガーでチュレンヌ卿を突っつきながら、才人がルイズにツッ込んでいるのです。


「うっさいわね、あんたも泡吹かすわよ?」

「怖いから、どうぞやめてください。」

即座に土下座体制に入る才人…最近下僕体質が染みつきつつあるのでしょうか?


「ええい、我らを無視するなこの平民どもが!」

取り巻きBがなにやら喚いているのです。


「宮廷の蛆虫に集る木っ端役人風情が喚くな、なのですよ。」

「な、な、な、なんだと!?」

取り巻きBは、びっくりして口をパクパクさせているのです。


「黙れと言っているのですよ、自らの地位を成り立たせているものが何であるのかすら理解出来ていない愚か者どもに。」

そう言ってから『ハッ!』と、鼻で笑って見せたのでした。


「平民!今の暴言聞き捨てならんぞ!」

「平民風情がその口のききかた…断じて許しては置けぬ!」

取り巻きたちは色めきたって、杖を抜いて私に向けたのでした。


「ふぅ…平和な話し合いは成り立たず、なのですね。」

これで取り敢えず、この場から逃げ出すものは居なくなったでしょう。
出口には目つきの鋭い女性が数人…銃士隊の隊員なのですね、サポートありがとうございます。


「何処が平和な話し合いだっつーの!?」

「あれが平和な話し合いの態度なら、宣戦布告はさながら熱烈な愛の告白だわよ。」

才人は肩をすくめ、ルイズは額を押さえているのです…。


「ちょっとした冗談のつもりだったのですが…。」

「笑えないわ。」

ルイズにバッサリと斬られてしまったのですよ…。


「うぅっ…と、兎に角…才人、ルイズ、懲らしめてやるのです!」

『あらほらさっさー!』

ええと、「やぁっておしまい!」の方が良かったでしょうか…?


「全国の女子高生の皆さ~ん!お待ちかねのデルフリンガー様参上ですよ~!
 寄らば斬る!寄らなくても斬る!隠れても逃げても斬る!今宵の俺は血に餓えているぞ、うひひひひ!」

「黙れ妖刀!」

「うっさいわよバカ剣!」

才人はデルフリンガーを抜き放ち、ルイズは拳を光らせながら敵に飛び掛って言ったのでした…って、ルイズの拳が光ってる!?


「サイト!そっちの敵は任せたわ、私はこっちのをやる!」

「おう!任せとけ…って、そんなのアリ!?」

ええとルイズ…今、拳でウインドカッターを弾き飛ばしませんでしたか…?


「ちょ、デルフ!アレが例の力なのかよ!?」

「え!?あー…いや、良くわかんないけど違うような気がする。」

虚無じゃないとしたら、何なのですか、アレは…?


「酒場の酔っ払い相手に鍛えた避けの極みよ、あんた達如きに見切れるわけが無いわ!」

ルイズは飛んでくる魔法をやすやすとかわし、あるい弾き飛ばして取り巻きに肉薄…。


「吹き飛びなさい!」

パンチと同時に拳の先にエクスプロージョンを発生させて文字通り吹き飛ばしたのでした。


「な、何だこの娘!?」

「ボーっとしてんじゃ…無いわよっ!」

更にルイズは反動を利用して、向かい側の取り巻きにキックをして蹴り飛ばしたのです。


「グハッ!?」

取り巻きは壁に激突して、そのまま崩れ落ちたのでした。


「ちょ、相棒!拙いぞ、ちょっとの間に娘っ子が滅茶苦茶強くなってる!?
 このままだと俺達いらない子になっちまうぞ!」

「わかってるけど、剣は手加減が難しいんだ…よっ!」

才人も負けじとデルフリンガーの横の部分で一気に2人をぶっ飛ばしています。
ちなみに私なのですが…。


「この娘は指揮官か…戦いは苦手そうだな。」

「取り敢えずこいつを捕らえて人質に!」

肉弾戦が苦手な私は、戦えないのと勘違いされて捕らえられそうになっているわけなのですが…。


「ちょっと待て、それは呪文!?」

「まさか、メイジなのか貴様!?」

呪文を唱え始めると同時に火球が形成、例の如く高速回転して小さく白く、眩しくなっていくわけなのです。


「火というのは、温度が高くなれば高くなるほど白く眩しくなっていくわけなのですが…さて、蒸発したいのはどちらなのですか?」

そう言って、にっこり笑いかけてみたりするのです。


「ま、待て…参考までに効くが、貴殿のクラスは?」

引き攣った顔で、取り巻きが私に話しかけてきたのでした。


「冥途の土産に教えてあげますが、火のトライアングルなのです…で、どちらが先に蒸発するのですか?」

『ヒィっ!?』

そんなに私の笑顔に怯えなくても…ちなみに魔法への対処が全く出来ないない場所で火の魔法をブッ放すわけにはいかないので、これはハッタリなのです。
いや全く、本当に使いどころが限定されるのですよ…。


「ふ…フン、『どちらか』という事は、一つしか作れないのであろう?」

「そんな貴方の御期待に応えて、いつもより多く御用意~♪」

火球二つ追加なのですよ~。
まあ、増えてもハッタリはハッタリなわけなのですが。


「杖を捨てて両手を上げれば、命だけは助けてあげるのです。」

「ぐ…仕方があるまい。」

取り巻きたちは杖を捨てて両手を上げたのでした。


「才人、そろそろ良いので、アレいきましょう。」

「おう…静まれぃ!」

才人が大声で叫んだのでした。


「静まれ静まれぃ!」

それにデルフリンガーが続きます。
静まれとは言っても、殆どの者が床に倒れ伏して、残りは手を上げているわけなのですが、まあ気分作りということで。


「こちらにおわす方を何方と心得る!
 畏れ多くも女王陛下直属の特務侍女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢にあらせられるぞ!
 そのほうら頭が高い!ひかえおろぅ!」

とは言え、ほぼ全員床に倒れ伏しているわけなのですが(以下略


「え…いや、てっきりこっちの一件大人しそうだけど、おっそろしい娘が一番偉いのかと…。」

取り巻きが恐る恐る私を指差しているのです。


「いえいえまさか、私はただの三下なのですよ?」

いやぁ、最前線で自分達をぶっ飛ばしていた相手が、まさか一番偉い人だとは思いも寄らなかったでしょうねえ、あっはっは。


「ちょ、ちょっとケティ?」

「はい、何なのですか?」

ジェシカがおそるおそる声をかけてきたのです。


「ル…ルイズってそんなに偉い人だったの?」

「ルイズは基本的にエラい人なのですよ。」

関西弁的な意味で。


「ど、どうしよう…あたし散々からかってたんだけれども、ぶ、無礼討ち?」

「大丈夫大丈夫、これはいちおう極秘任務なので、命の危険は無いのですよ…私達の正体さえ口外しなければ、ね。
 そういうわけで皆にも徹底してくださいね、ジェシカ?」

ジェシカににっこりと微笑みかけると、引き攣った笑顔を浮かべてジェシカがコクコクと何度も頷いて見せたのでした。


「さて皆さん、起き上がって裏口へ。
 お迎えの方々がいらっしゃっているのですよ?」

もう少し静かにするつもりだったのですが…まあ、いいでしょう。
客は全員退避済みですし、給仕娘達の口も封じました。
とは言え人の口に戸は立てられず…何れ漏れるでしょうが、二月程度ならば何とかなる筈なのです。



「え…ええと、このお財布の山は何?」

私がルイズに手渡したのは、チュレンヌ卿とその部下の人数分と同じ数の財布。


「先程の催しにチュレンヌ卿とその取り巻きの方々がいたく感激なさってくれたようで、その財布をルイズへのチップにどうぞと。」

「えええぇ!?感激というより悲嘆に暮れていた感じだったけど?」

まあ、そうとも言うのです。


「良いから受け取っておくのですよ、あの方々の最期の厚意なのですから。」

「ええと、今ケティが言った《さいご》の意味が凄く怖かったような?」

気にしちゃ駄目なのですよ。


「もう二度と永遠にこの店には来られないのですから、貰える時に貰っておくのですよ。」

「…すっごく受け取りたくないんだけど。」

ルイズの顔が引き攣っているのです。


「冗談なのですよ、彼らがそんなに酷い目に遭う事は無いのです。
 あの姫様がそこまで酷い事が出来る訳無いではありませんか?」


「う…うーん、そうよね。
 そういう事なら受け取っておこう…かしら。」

正直が一番なのですよ、ルイズ。


「…そうそう、彼らが正直だと良いのですね、ルイズ。」

「怖い、怖いわケティ!」

うふふふふふふふふ…。





「うぉぅ…。」

才人の感嘆の声。


「ふつくしい…。」

思わず声が上がるのですよ、これは。


「えへへ~どう?どう?」

ううむ、流石は魅惑のビスチェ。
あのキュートなルイズが輪をかけてキュートなのですよ。

そんなこんなで次の日の夜。
実は昨日がチップレースの最終日だったらしく、無茶苦茶な量のチップをカツ上げ…もとい、手に入れたルイズが勝者となったのでした。
そんなわけで、魅惑のビスチェはルイズがゲットなのです。


「とてもとても可愛いのですよ、ルイズ。」

そう言いながら、ルイズをぎゅーっと抱きしめます。


「ああ、魅惑のビスチェの効果は恐ろしいのです。
 そっちの気の無い私が、ルイズに堕とされそうなのですよ。」

これは…ノンケでもかまわず食っちまおうとする危険なビスチェなのです。


「ええっ!?いやそれは是非とも勘弁してケティ。」

わかってはいるのですよ…しかし、わかっちゃいるけどやめられないのですよぅ。


「そ、そうだわ、ケティも着てみてよ。」

「えー?」

スカロンが着ていたものを身に着けろと…?
いやまあでも、今はルイズが着ているから別に構いませんか。


「それではお言葉に甘えて…。」

ルイズに魅惑のビスチェを借りてみたのでした。


「ぶーっ!?」

私を見るなり、才人が鼻血を噴いて気絶。


「ちょ、サイト!?
 何、なんなのこの反応の違い!?」

そう言いつつ、ルイズが私の胸元を覗き込んだのでした。


「おおぅ…こ、これは…これはなんというけしからん膨らみ…。」

そう言いながら、ルイズが私に抱きついてきたのでした。


「魅惑の膨らみ…なんという素晴らしい感触…。
 これは才人も耐え切れるものじゃあないわね…。」

「ちょ、ルイズ、正気に戻ってください!?」

ルイズが私の胸にすりすりと顔を押し付けてくるのです。


「素晴らしい膨らみ…これは私のものだわ、誰にも渡さない…。」

「ひええええええ!誰か助けてーっ!?」

明け方の《魅惑の妖精亭》に、私の切ない悲鳴が響き渡る事になったのでした。
うう、もう二度と絶対にこんなもの着ないのですよ…。



※1000ゲッターの方へ
外伝リクエスト権をプレゼント( ゚∀゚)ノ
分の悪い賭けが嫌いでなければどうぞ、何なりと。



[7277]  幕間27.1 探す人、あるいは貧乏人達の夜&微熱と熱風の憂鬱
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/03/10 18:30
「おやタバサ、お久し振りなのです。」

「ん、久し振り。」

仕事が終わった後、ケティが貴賓室に戻るとタバサがいた。


「流石は北花壇騎士…と、言うべきでしょうか?」

ケティは空き放たれた貴賓室の天窓を眺め、外から聞こえる「きゅい!」という泣き声を聞いて、全てを理解したように苦笑する。


「ここは予想外だった。」

「まあ、私も予想外でしたから、仕方が無いのです。」

ケティはタバサに懐かれているが、同時に監視されている事にも気付いていた。
自主的なものなのか、北花壇騎士としてのものなのかは定かではないが。


(もしも、ジョゼフ王の命令で監視されているとするのなら、かなり厄介なのですね。)

タバサがもしも、ケティをどうにかするように命令を受けたら、多少躊躇しつつも間違いなくやってのけるだろう。
彼女は彼女にとって最大のアキレス腱である母を人質に取られているのだから。
それがわかっているだけに、内心かなり困っているケティだった。
彼女は基本的に身内には物凄く甘いのだ。


(まあ、最悪どうにもならなくなったら、ニトロを錬金して自爆して果てましょう。
 死体が木っ端微塵になれば、アンドバリでも流石に無理でしょうし。
 そんな光景を見せられたらタバサの心は深く傷つくでしょうが、自分で殺すよりはましだと思ってもらうしかないのです。)

そうならない事を祈るケティだった。


「ああそうだ、珍しい果物があるのですよ、食べますか?」

「ん。」

タバサはコクリと頷いた。


「わかりました…ブレイド。」

ケティはブレイドの魔法で果物の皮を剥き、切り分けていく。


(相変わらず、魔法を道具扱いする。)

タバサはそう思いながら、ケティが果物を切る様を見ていた。
ケティ達ラ・ロッタ家の人間の魔法に対する考え方は、一般的な貴族のブリミル教徒から見ると異端スレスレである。
魔法は始祖から賜った神聖なる力であり、ケティのようにあからさまに道具扱いするのは貴族の一般的な通念上、あまり宜しい事ではない。


(蜂に守られて、異端審問官も司祭すらも入れなかったせい?)

ひょっとして、メイジというのは元々ああいう魔法の使い方をしていたのだろうかと、タバサは考える。
タバサの信仰心は酷く低い。
何故か?彼女の境遇を見れば一目瞭然である。

優れた魔法の技能を持ち人格者として知られていた父は、魔法がさっぱりだった伯父の嫉妬によって暗殺された。
始祖から賜った神聖なる力が、父を死に追いやる原因となったのだ。

そして王家の姫であるが故に、権力闘争の泥沼に引き摺り込まれ母すらも半ば失った。
己の身と家族を悲惨な境遇に貶めたのはブリミルより受け継ぐ神聖な血とやらのせいなのだ。

本来彼女にとって福音となるべき全てのものが反転し、悪意となって彼女の身に降りかかった事が、彼女の信仰心を喪失させる原因となった。
だから彼女は魔法を神聖な力だとは欠片も思っていない。
目的を遂行する為の大切な道具だと思って使っている。
だから、同じように魔法を道具として使うケティが気になるのだ。


「はい、どうぞタバサ。」

ケティが切り分けた果物を皿に乗せてタバサに差し出した。
タバサはそれを一つ摘まんで口の中に放り込み咀嚼する。


「美味しいですか?」

「ん。甘酸っぱい。」

程好い酸味と甘みが口の中に広がるのを楽しみながら、タバサは再び思考に戻ろうとした。
上から「きゅい!きゅいー!(お姉さまだけずるいのね!)」と、抗議の声が聞こえるが、気にしない。


「シルフィード、良いから人型になって降りてきなさいな。」

ケティの一言に、タバサは口の中に入れていた果物を噴きそうになった。


「きゅい!?いいの?」

シルフィードも思わず人語を話している。


「良いのです。
 貴方が風韻竜なのは知っていますから、人に化けて下りて来るのです。」

「な…なんで?」

驚愕で口が震えて言葉がどもるタバサ。
ケティには何もかも隠せる事は無いのだろうかと少し怖くなる。


「うふふふふ、月は何でも知っているのですよ。」

「説明になっていない。」

とは言えタバサには、このとことん秘密主義な友人が自分の事を自分の前以外では絶対に口外しないのも知っている安心感もあるのだ。
今まで散々監視し続けてきた結果、彼女はそういう信頼に足る人物だという事も理解出来ていた。


「はい、はーい!シルフィはお肉が欲しいのね、きゅい!」

人型になったシルフィードが、素っ裸で天窓から降りてきた。

「貴賓室には肉は置いていないのですよ。
 果物で我慢なさい、果物で。
 あと、幻影で構いませんから、服を着ているように装うのです。」

シルフィードが風韻竜である事に全く動じていないどころか、服を着ないで幻影でもまとっていろと言うケティ。


「風韻竜を初めて見て、全く動じない人なんて初めて。」

「ちっ、ちっ、ち。
 当家の領地にはクイーン・ジャイアント・ホーネットという極めつけの幻蟲が居るのです。
 今更喋る竜くらいで、びっくりするわけが無いのですよ。」

始祖よりも古い時代から生き続けると言われ、自信満々で制御しようと向かっていったヴィンダールヴが彼女を怒らせて、危うく喰われそうになったとか言う愉快な逸話を持つ生き物がケティの領地には居るのだ。


「そういえば、その通り。」

タバサはコクリと頷いたのだった。


「そう言えば、何故ヴィンダールヴはクイーン・ジャイアント・ホーネットを操れなかったの?」

昔、本で読んで不思議に思っていた事を、タバサはケティに聞いてみた。


「《わらわは外に骨持つ蟲であって、体内に骨を持つ獣ではないからじゃ。獣と一緒にするとは不敬な輩であったわ》…と、山の女王は仰っていたのです。
 何分大昔の事なので、本当かどうかは知りませんが。」

美味しそうに果物を丸呑みにするシルフィードを見ながら、ケティはそう言って微笑んだのだった。


「泊まってもいい?」

「ええ、久しぶりに一緒に寝ましょう。」

ケティは笑顔で頷く。


「シルフィも、シルフィも一緒なのね!」

「はいはい、一緒に寝ましょう。
 ベッドは大きいのですから。」

その夜、タバサは久しぶりにゆっくりと眠る事が出来たのだった。





モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは勤労学生だ。
彼女の実家、モンモランシ家は始祖以来続く水の精霊との交渉役だったが、干拓に大失敗して借金をこさえた挙句転封されたという、先祖に土下座して謝っても許して貰えそうも無いくらい没落した貴族でもある。
現在、モンモランシ家は堅実にコツコツ働いて借金を返し、元の地位に戻ろうと奮闘中なのだ。
だから、実家からは余分なお金など一切送られてこない。
そして、彼女が水の秘薬や香水を作ってコツコツ貯めたお金は…一世一代の大博打の為に使ったお金は…どっかのピンクワカメと慇懃無礼な腹黒娘が全財産はたいて折角作った虎の子の媚薬を飲んだせいで水泡と帰した。

つまり、今の彼女には実家に帰る金すらない。
だから、物凄く暑い女子寮の自室で、頑張って薬と香水を生成中なのだ。
なのに…なのに!


「取り扱いが繊細な薬の調合をしている最中に、後ろから抱き付いてくるんじゃないわよ、ギーシュ!」

「ごふぁ!?」

怒りに任せて、後ろから抱き付いてきたドアホウを、モンモランシーは裏拳で殴り倒した。


「し…しかしだね我が麗しのモンモランシー、薄着にエプロン姿の君が魅惑的なお尻をフリフリさせながら薬を作っているのだよ。
 これはもう誘われているとしか…ちょ、やめ…ぎゃあ!」

無茶苦茶な事を言うギーシュの股間でズボン越しにいきり立っているものを、モンモランシーは無表情に蹴り飛ばした。


「ちょ…これは…あんまりな仕打ちでは…ないかね?」

悶絶しながら抗議するギーシュ。


「ギーシュ、私、お金が無いの。
 お金が無いのは、首が無いのと一緒なの。
 つまり、私は今、とぉっても気が立っているのよ…わかるかしら?」

「き、君が何を言っているのやらさっぱり意味不明だが、お金が無くて気が立っているのはわかったのだよ。」

股間の痛みも忘れ、顔面蒼白でコクコク頷くギーシュ。


「だったら、わかるわよね?
 部屋に居るのは構わないけど、薬の調合の邪魔をしないでちょうだい。」

「わ、わかったのだよ、僕の美しき蝶モンモランシー。」

股間を押さえながら、部屋の片隅に追いやられている窓際のベッドに座るギーシュだった。


ギーシュ・ド・グラモンは大貴族のボンボンだ。
実家はトリステインきっての軍閥を束ねるグラモン家で、彼はその家の四男である。
彼は末っ子であり、両親も兄達も彼には甘々だった。
今もそこそこの美少年である彼だが、子供の頃はそれはもう美少女と見まごう程の可愛らしいお子様だったのだ。
そんな彼に、両親も歳の離れた兄たちも皆骨抜きだった。
しつけこそしっかりとされたので礼儀正しい子にはなったが、反面とんでもない悪戯小僧でもあり、《落とし穴といえばギーシュ坊ちゃん》と、領民に恐れられもした。

何の不自由も無く育った彼だったが、ある程度大きくなった時彼は気付いた。
一件裕福そうな自分の家が、内実借金まみれだという事実に。
両親も兄達も、そして自分もとことん見栄っ張り、その見栄っ張りな気性が限界を超えた散財を生み出し、グラモン家を借金塗れにしていた。

駄菓子菓子、そんな境遇でもギーシュは挫けない、折れない、砕けない!
グラモン家の人間は見栄っ張りな上に物凄く暢気なのだ!借金くらいでへこたれるものは一人もいない、それは勿論ギーシュもなのだ。
頑張れギーシュ、負けるなギーシュ!君にはきっと底抜けに明るい未来が待っている…と、いいね。


「なあ僕の可憐なモンモランシー、薬の調合はまだ終わらないのかね?」

「ええい、まだ数分と経っていないわよ!」

ブラ無しで汗で透けたシャツ一枚にエプロン、後はパンツ履いているだけという、先日結ばれたばかりで愛しい恋人の扇情的な後姿は見ているだけでも楽しい…が、なかなかこう、感情というか劣情というものは制御が難しいのだ、特に男にとっては。
モンモランシーにとっては、暑いから恋人の前で脱げる許容範囲の限界まで脱いでいるだけなのだが、ギーシュには《いらっしゃいギーシュ、私美味しいわよ?》と言っているように見えるのだ。
わかりやすく言うと、辛抱堪らんのである。


「モンモランシいいいいぃぃぃぃぃ!」

「だっしゃあああぁぁぁぁぁっ!」

ルパンダイブを仕掛けるギーシュを、モンモランシーの鋭いキックが打ち落とした。


「な…生殺しなのだよ、切ないのだよ、これは。」

「やかましい!今盛られても反応のしようが無いのよっ!」

金は人を変えるものだ…とはいえ、変わり過ぎだモンモランシー。


「あの日、僕の腕の中で可愛かった君はいったい何処に…。」

ほろほろと涙を零すギーシュだが、ズボンにテントが張ったままなので、どうにも格好がついていない。


「…もう、恥ずかしい事言わないでよ。」

モンモランシーは照れて頬を赤くすると、作業に戻った。


「よっしゃ隙有りいいぃぃぃっ!」

「そう来ると思ってたわーっ!」

再び野獣と化したギーシュを、モンモランシーは撃墜した。





キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーの趣味は意外と多くない。
彼女の普段の趣味は、ごく平均的な貴族の娘とさほど変わりが無い…少し変わったものだと『ルイズを弄る』というのもあるが。
ちなみに男達に愛を振りまくのは、ツェルプストーの女としてのライフワークではあるが、趣味では無い。

そもそも彼女は飽きっぽい性質があるので、一つの趣味が長続きしないのだ。
しかし、彼女が子供の頃から秘かな趣味としているものがある。


「よし、完成…っと。」

それはジグソーパズル。
子供の頃に親に買って貰ったのが始まりだった。
小さな破片を組み合わせて一つの絵を作り上げていくという、一見地味な作業をキュルケはいたく気に入っているのだ。
凝り性が多いゲルマニアの国民性がそうさせるのか、それとも彼女の元々の素養なのか、それはわからない。

夏休みに入ったのを機に、彼女は部屋に籠りきりで延々とジグソーパズルを続けていた。
何故か?今年の夏が例年とは比べ物にならないくらい滅茶苦茶暑いからである。
夏休みの初めころ、キュルケはケティに氷の魔法が付与された『冬のフライパン』というマジックアイテムを借りた。
それによってキュルケの部屋は窓を開け放つと、丁度良い気温となるようになったのだ。
それまで女子寮内で裸族と化していた彼女にとって、それは福音だった。

そもそもゲルマニアはトリステインに比べて冷涼な気候の地が多いし、ツェルプストーの領地も涼しい場所が多い。
ゲルマニア人は暑いのが苦手なのだ…なのに、今年のゲルマニアはトリステインよりも暑いらしい。
キュルケ的には絶対に帰りたくなかった。

わかりやすく言うと、キュルケは夏の引き籠り少女と化していた。


「うーん…夏休みの間に終わらそうと思っていたジグソーパズルを全部終わらせてしまったわ…。
 夏休みで遊びに行ける殿方も居ないし、ケティは何処に行ったのかわからないし、いつの間にかタバサまで居ないし!」

どう考えても、キュルケは引き籠り過ぎだった。


「涼しいのは良いけど、暇だわ…暇過ぎるわ、何で誰も居ないのよ。
 私死ぬ、暇過ぎると私は死んじゃうのよ!」

ぐわーっと叫んで、キュルケは部屋から飛び出した…途端に女子寮内の籠った熱気が彼女の体を蹂躙する。


「私は微熱なのよ…灼熱じゃないの、情熱の炎もここまで暑いとわかりにくいじゃない。
 ああもう、今年はいったい何なのよ?」

大陸性の熱波なので湿度は低いものの、汗が止まらない気温だ。


「いやーっ!?」

女性の絹を裂くような悲鳴が女子寮に響き渡る。


「今のはモンモランシー?」

(あのちょっぴり抜けた守銭奴の事だから、絶対に面白おかしい事になっているに違いないわ。
 例えば水の秘薬の調合に失敗して、触手ニュルニュルになっているとか。)

そう思うと、キュルケの心はウキウキしてきた。


「触手ニュルニュルは素敵だわ…うん、漲ってきた!
 今行くわよ、モンモランシー!」

キュルケは目を輝かせながら、モンモランシーの部屋に向かって歩いていった。



「…触手なのか、奇怪な生物なのかと思って来てみれば、ギーシュ。
 がっかりだわ、心底がっかりだわ。」

「いや、触手や奇怪な生物より下とか、僕はいったい何なんだね?」

キュルケは心底がっかりだという顔で、モンモランシーを押し倒しているギーシュを見下ろした。
そして彼のテント張った股間を眺め…。


「ふっ…。」

鼻で笑った。


「なっ!なんだね、その思わせぶりな嘲笑は!?」

傷ついた表情を浮かべ、ギーシュが抗議する。


「クスッ、マリコルヌより小さいとか、もうね。」

「なっ!?ぼ…僕が、マリコルヌよりも…小さい…?
 ば、馬鹿な、そんな筈が…。」

ギーシュの友人の一人でである小柄なぽっちゃりさんより小さいと言われ、ギーシュは酷く傷ついた。


「だ、だいたい、何時彼の粗末なものを見たというのだね?」

「この前、水兵服にスカートっていう変わった格好をして悶えていたわよ、一人で。」

ギーシュとモンモランシーの二人は、それを聞いて『うわぁ』といった感じに一歩引く。
ちょっと友達でいるのをやめようかなと思ってしまうギーシュだった。


「まあ兎に角腕を磨きなさいな、じゃないとそんな粗末なものじゃあ…ねえ?」

「がーん…がーん…がーん。」

ギーシュは崩れ落ちた。


「ここにいた。」

キュルケの背後から、涼やかな声がした。


「あらタバサ、お帰りなさい。」

「ん。」

モンモランシーの部屋のドアの前で、タバサはコクリと頷いた。


「何処に行っていたの?」

「ケティの所。」

キュルケの質問に、タバサは簡潔に答えた。


「ケティ?あの娘何処にいるの?
 実家に帰っていないとは聞いていたけど。」

ケティに会えれば退屈も紛れるかも知れない。
そう思って、キュルケはタバサに尋ねた。


「魅惑の妖精亭。」

「魅惑の妖精亭!
 タバサ、あそこに彼女がいるのかね?」

タバサの言葉に、ギーシュが素早く反応した。


「ん。」

「ギーシュ、魅惑の妖精亭って?」

コクリと頷くタバサを見て、モンモランシーはギーシュに尋ねた。


「え?あー…うん、アレだよ、御酒を頼むと可愛い女の子が御酌をしてくれるんだ。
 チップを渡すとさらに愛想よく対応してくれる…そういうお店だょ…ごふぁ。」

「…ギーシュがどうしてその店の事をそこまで詳しく知っているのかは、後でじっくり問い詰めるとして、何でケティがそんな店にいるのかしら?」

ギーシュの脇腹に素早く拳を叩きこんでから、モンモランシーは考え込んだ。


「ふっふっふ、ひょっとして、あの子事業に失敗して借金まみれに?
 くくく…仲間よ、仲間がいるわ。」

モンモランシーの頭の中に貧乏貴族の新メンバーとなったケティの姿が思い浮かんでいる。


「いや、それは無いと思うけど?」

「ふふふ、短い天下だったわねケティ。
 これからは私が先達として、正しい貧乏貴族の生き方を教え込んであげるわ。」

キュルケがツッ込むが、モンモランシーは聞いていない。


「面白いわね、貴方の彼女。」

「貧乏な事に彼女はかなり強い劣等感を抱いているからね。
 …時々暴走するんだ。」

キュルケの言葉に、ギーシュはしみじみと頷いた。


「口を滑らせるべきではなかった。」

タバサは軽く煤けて肩を落とす。


「大丈夫よ、絶対面白い事になるから。」

そう言ってタバサの頭をぽふぽふと叩き、キュルケはにんまりと笑ったのだった。


「さあ行くわよ、《魅惑の妖精亭》へ!」

そう言うモンモランシーは最高に輝いているように見えたと、ギーシュは後に語っている。





ジゼル・ド・ラ・ロッタは妹のケティが大好きである。
初恋の相手がケティだと公言してはばからないのだから、ちょっぴり…いやかなり病気かもしれない。
そんな彼女は現在とてもとてもとてもとても…不機嫌である。
何故かというと折角の夏休みなのに、ケティと離れ離れになってしまったからだ。


「はぁ…憂鬱だわ。」

「縛り付けられている俺は、もっと憂鬱っス…。」

ジゼルはパウル商会の本部事務所から逃げ出したパウルを、風の魔法で引っ掛け転ばせてバインドで拘束していた。


「とッ捕まえたわよ、パウル。」

「有難うございます、ジゼルお嬢様。」

蜂蜜色に輝く軽いウェーブのかかった金髪に氷色の瞳の少女が、商会の事務所から出て着て礼をした。


「でもキアラ、こいつがいなくてトリスタニアでの交渉が纏められるわけ?」

「交渉役はこの莫迦者一人ではないので、大丈夫です。
 多少効率は落ちますが…。」

世間一般に美少女といわれるであろうキアラだが、基本的にいつも無表情かしかめっ面かのどちらかでしかない事が玉に瑕である。


「商会の金はケティ坊ちゃんの金。
 それを使い込もうとしたのですから、こいつは暫くこの本部で書類整理してもらいます。」

「でも不思議よね、パウルってケティ一筋でしょ?」

ジゼルの頭の上にクエスチョンマークが浮かぶのが見えるようだった。

「ケティ坊ちゃんそっくりの酒場女を見つけて、その娘にコロッと騙され貢がされたんです。
 いやはや、これの莫迦ぶりには、開いた口が塞がりません。」

ケティからジゼルにはくれぐれも内密にと言われ、パウルと考えたカバーストーリーを語るキアラ。


「はぁー、それは私も会ってみたいな。」

当然、ジゼルが興味を示すが…。


「ジゼルお嬢様では、この莫迦と同じように翻弄されて巻き上げられるだけでしょう。
 酒場女とは恐ろしい生き物、ゆめゆめ近づいたりなさらぬ用にお願いいたします。」

キアラはぴしゃりと拒否した。


「ぶーぶー、ケチンボ!」

「駄目なものは駄目です。
 それよりも、莫迦が逃げようとしています。」

ジゼルの目に入ってきたのは、転がりながら逃げるパウルの姿だった。


「自由への脱出ッス!」

「ざんねん、パウルの旅はここで終わってしまった!
 レビテーション!」

ジゼルはパウルをレビテーションで浮き上がらせて、開いた窓から本部事務所に放り込んだ。


「ギャース!?」

パウルの悲鳴が聞こえたような気がしたが、ジゼルは気にしない。


「…ところでキアラ、あいつの何処がそんなに良いの?」

「…それは、ジゼルお嬢様も一緒でしょう?」

そう言い合った2人の頬が赤くなる。


「ケティ以外で好きになる男なんて、二度と出ないと思ったのにね。
 ああいうタイプ、好みじゃないと思っていたのに、不思議だわ…。」

赤くなった頬をポリポリと掻くジゼル。


「私は昔から…です。
 兄弟同然に育って、お兄ちゃんって呼んでいましたけど、その頃から…。」

「うわ可愛い。」

うわちくしょー可愛すぎるかなわねーとか内心で思いつつ、目を押さえるジゼル。


「まあなんにせよ…。」

「ケティ坊ちゃんに夢中で、私達の事なんか眼中に無いわけですが。」

そう言って、2人は肩を落とす。


「そしてケティは、パウルの事を面白い子分程度にしか思っていないのよね。」

「つくづくままならないです。
 その方が都合は良いですけど。」

キアラはそう言ってコクコク頷く。


「流石はケティの弟子だわ。」

やるなぁと思いつつ、ジゼルは頷く。


「ケティ坊ちゃんに内面を似せれば、こっちに振り向いてくれるかもと思ったのが始まりなんですけれどもね。
 本当にままならないです。」

そう言って、キアラは肩をすくめた。


「あー…あいつが鬼の会計部長がこんなに可愛い女の子だって知ったら、私なんて一瞬で負けるわね。」

「そ、そんな事無いです!
 ジゼルお嬢様は凄くかっこいいですから!」

そう言われて、少しぐさっと刺さるジゼル。
可愛いというよりかっこいい外見のジゼルは、格好良いと言われるのがコンプレックスだったりする。
彼女自身は可愛くなりたかったのだが、背がひょろりと伸びて典型的なモデル体系となってしまった。
贅沢な話だが彼女は可愛くなりたかったので、自分の容姿をあまり気に入っていないのだ。
悔しいので人には言わないが。


「ああ…可愛くなりたいわ、心から。」

ジゼルは遠い目になって呟いたのだった。



[7277] 第二十八話 諦めた方が幸せな事もあるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2009/10/25 15:09
魔法陣の前で私は集中しています。
使い魔を、私の使い魔を召喚する為に。


「我が名はケティ!
 五つの力を司るペンタゴン。
 我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」

光る鏡のようなゲートが現れ、その中からにゅっと顔を出したのは…。


「やあ、僕の名前は知ってるかな?
 僕の名前は、ド○ルド・マ○ドナ○ドっていうんだ☆」

赤いアフロをはじめとして原色のどぎつい服の男が、すんごい笑顔で近づいてくるのです。


「な…何でドナ○ド…?」

私にふさわしい使い魔は、この真っ赤なアフロの愉快な道化だとでもいうのですかーっ!?


「ランランルー☆ランランルー☆」

「ち、近づかないで下さい。
 近づくと…う、撃ちますよ?」

モーゼルC96を抜いて突きつけますが、ドナル○は、にこやかな笑顔のままどんどん近付いてくるのです。


「キスしないと、コントラクト・サーヴァント出来ないじゃないかぁ☆」

抵抗空しくそのまま押し倒されて、○ナルドの顔が…顔がどんどん近付いてくるのです。


「よろしくね、御主人様☆」

「いやああああああああぁぁぁぁぁっ!」

視界いっぱいに広がったドナノレドの顔が、顔が…っ!?


「ぎにゃああああああぁぁぁぁぁっ!?」

がばっと起き上がると、そこは貴賓室にある寝室。


「ゆ…夢…?」

嫌な汗かきまくりなのですよ。


「し、しかし何でアレが…?」

まさか、本当にあれではありませんよね…お願いします頼みます、腹黒いのもう少し直しますから…。
…それだけは勘弁してください、神様仏様ブリミル様サージャリム様っ!







「おほほほほ!たのもーう!」

どっかで聞いたような年若い女性の声が、開店直後の店内に響き渡ったのでした。


「あわわわわわ、ケ、ケティ!」

真っ青になったルイズが、厨房に飛び込んで来たのです。


「どうしたのですか、ルイズ?」

「ももも、もんもんもんもんもんもんもん…。」

いや、それだとさっぱりなのですが…。


「外で呼び込みをやっていたら、モモモモンモランシーがものすんごい笑顔で『ケティはいるか?』って。
 その後ろにキュルケやタバサや、ついでのおまけにギーシュまで!
 わわわわたし、思わず逃げて来ちゃったわよ。」

あー…ルイズにとっては正体がばれたら屈辱的でしょうしねえ、一大事なのですよ。


「会いましょう。」

「ええーっ!?」

ルイズの目が点になっているのです。


「私たちは任務でここに居るのですよ。
 誰に憚る事でも無いではありませんか?」

「で、でも、任務なのをばらすわけにはいかないじゃない…。」

ルイズの目が泳いでいるのです。


「どんな任務なのかさえ話さなければ、問題ありません。
 そもそも彼女らは、任務でここに居る私達の境遇を面白おかしく吹聴するほど軽薄ではないのですよ、友人を信じるのです。」

王家からの任務である事を教えれば、みだりに言いふらしたりはしないのですよ、常識的に考えて。


「う…わ、わかったわ。
 サイトも一緒に来なさい。」

「お…おう。」

地獄に行くなら一緒に、なのですね。


「ケティ、貴方が居る事はわかっているわ、抵抗せずに大人しく出てきなさーい!」

ええと…モンモランシー、実験に失敗して何か変な薬でも合成したのでしょうか?
例えば疲労がポンと飛ぶ薬とか…。


「そんなに騒がなくても、私はここにいるのですよ、モンモランシー。」

「ああっケティ、我が心の友よっ!」

私はモンモランシーにいきなり抱きしめられたのでした。


「あ…あの、いったいどうしたのですか?」

「皆まで言うな、良いのよ良いのよ、辛かったわね、大変だったわね。
 今日からは私が先輩なんだから、地味に堅実にコツコツと借金を返す方法を考えていきましょう。」

助けを求めてキュルケを見ますが、苦笑いを浮かべつつ肩をすくめているのです。
ここの情報を漏らした原因と思しきタバサを見ると、いつも以上の無表情で視線を逸らして口笛を吹き始めたのでした。


「ギーシュ様、モンモランシーが暴走している原因の説明を求めます。」

「いや、彼女は君が事業に失敗して借金で首が回らなくなって、酒場で働き始めたのだと思っているようなのだよ。
 それは違うだろうと何度か言ったのだけれども、聞いてくれなくてね。」

人は自分の見たいものを見、聞きたい事を聞くように脳が出来ているわけなのですが…そんなに貧乏友達が欲しかったのですか、モンモランシー…。


「モンモランシー、モンモランシー?」

「何?薔薇の造花の手早い作り方でも知りたくなったかしら?
 何を隠そうギーシュがいつも咥えているあの杖も、実は私が作ったものなのよ?」

それは思わぬ新情報なのですが、言いたいのはそういう質問ではないのです。


「私の事業は全く失敗していないので、ご心配には及ばないのですよ。」

「え…嘘よね?
 まだ現実を認めたくないだけなんでしょ?」

はぁ…まだ言いやがりますか、このクロワッサン娘は。


「ジェシカ…。」

「ん、何々ケティ?」

私に呼ばれてジェシカがやってきたのでした。


「あちらのテーブルにこちらの貴族の方々を案内してください。
 それと…。」

懐から財布を取り出して、ジェシカに渡したのでした。


「この財布の中身全部使って構いませんから、高い順から全部持って来るのです。」

「ちょ…この財布、何エキュー入っているのよ?」

んー…ざっと400エキューは入っている筈なのです。


「…余った分は貴方達へのチップで構いません。」

「合点承知、誠心誠意御持て成しさせてもらいますわ。」

ジェシカは目を輝かせて厨房へと向かって行ったのでした。


「え…ええと…?」

「折角友人が来たのですから、今日はとことん持て成しましょう。
 私の奢りなのですよ。」

目を白黒させるモンモランシーに、にっこりと笑いかけます。


「お金…無いんぢゃ無かったの…?」

「そんな事は一言も言っていないのです。」

それを聞いたモンモランシーは、塩の柱と化したのでした。


「ではルイズ、魔法学院の制服に着替えてくるのです。
 勿論マントもつけて。」

「え?でもそれだとお客さんに正体がばれちゃう…。」

困惑するルイズに、先日王宮から届いたサークレットを手渡したのでした。


「何、これ…?」

「フェイスチェンジが付与されたサークレットなのです。
 顔が姫様になりますが…まあ気にしないで使えば良いと思うのですよ。」

ルイズの場合、顔が姫様でも体格があからさまに違うので、良く似た別人と勘違いされるのは間違いないのです。


「姫様に変装するのはちょっとしたトラウマなんだけど…わかったわ、ありがとう。」

そう言って、ルイズは自室に戻って行ったのでした。


「それでは私も着替えてくるので、少々待っていてください。」

「わかったわ、待ってる。」

塩の柱と化したモンモランシーの隣りで、キュルケがにこやかに手を振って見送ってくれたのでした。


「…では早速、ちょっとしたイメチェンをするとしますか。」

貴賓室に戻ってから、髪を左右でまとめてツインテールにし、伊達眼鏡をかけて完成。
これで印象はかなり変わっている筈なので、更に魔法学院の制服を着てマントを装着すれば、普段からフロアに出ている回数も少ない私には誰も気付かないでしょう。


「お待たせしました。」

「おを、これはこれでまた別のみりょ…いたたたタタたたっ!?」

私を褒めようとしたギーシュが、急にもがき始めたのでした。


「その眼鏡…。」

タバサが私の眼鏡を見ているのです。


「ええ、貴方がかけているものの細工が気に入ったので、似たものを注文したのですよ、タバサ。
 おそろいなのですね。」

「ん。」

タバサは少し照れたように頷いたのでした。


「ケティとタバサだけずるいわ、私も欲しい!」

キュルケが駄々を捏ね始めたのでした。


「キュルケの顔はあまり眼鏡が似合わないような?」

キュルケの顔は派手系なので、眼鏡をかけると却って魅力が損なわれるような気がするのです。


「ん。」

タバサも同意するように頷いたのでした。


「がーん…私だけ仲間はずれにして、二人だけの世界を作ろうとしているのね。
 同年、同月、同日に生まれる事を得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事をって誓った仲なのに。」

何時から私達は義姉妹になったのですか、キュルケ。


「そんなに言うなら、今度同じものを作ってあげますから我慢なさいな、キュルケ。」

そんなにお揃いが良いだなんて、キュルケにしては珍しいのですよ。


「さすがケティ、大好きよ。」

「もが…。」

私は抱きついてきたキュルケの巨大な二つの塊の間に挟まってしまったのでした…息が。


「しかしケティ、本当に君の財産は大丈夫なのかね、これ程の料理を頼んで。」

虚脱状態なままのモンモランシーを椅子に座らせながら、ギーシュが尋ねてきたのでした。
テーブルの上に広がるのは、学院の晩餐会でも出ないような豪華な料理ばかり。
こういう酒場で本当に作れたのがびっくりなのですよ、流石はスカロン。


「まあ、毎日やるのは無茶ですが、ときどきやるくらいであれば、問題無いのです。」

我が国の政府は貧乏ですし、兎に角軍を強化する為に価格面で少々無茶をしました。
コルダイトの量こそ膨大なので、そこそこの利益は出ていますが…総体的に見れば実はトントンなのですよね軍需部門。
まあ、元々大もうけでウッハウハなんて事は考えていなかったので、それはそれで良いのですが。


「ふふふふ…夢よ、これは夢なんだわ。
 じゃないと、何でケティがこういうお店で働いているのか理解できないもの。」

そろそろ戻って来てください、モンモランシー。


「私だけではなく、ルイズも、そして才人もなのですよ。」

「うっす、ひさしぶりだな。」

「ひ、久しぶりね、皆。」

才人とルイズが丁度やってきたのでした。


「…なんでルイズはフェイスチェンジかけてるの?
 しかも顔があのお姫様。」

キュルケが首を傾げているのです。
しかし、しかめっ面の姫様というのも、なかなか無いのですよ。


「まあ、ルイズの外見は目立ちますから。」

ピンク色に光るブロンドの髪なんて、流石にそうそう居ないのですよ。


「成る程、確かに目立つ容姿よね。」

得心いったようで、キュルケはうんうんと頷いたのでした。


「今は別の意味で目立つけどね。」

「姫様そっくりですからね…。」

まあ、姫様と違ってかなり華奢な体型ですから、見る人が見れば間違いませんが。


「貴族様方、じゃんじゃん食べていってくださいねっ!」

ジェシカたちが次から次へと料理を運んできます。


「ジェシカ、ご苦労様なのです。」

「おをっ、ケティ。
 見事な変身ね、キュートよ。」

そう言って、ジェシカはすかさず右手を出してきます。


「褒め言葉も有料なのですか、ここは。」

ジェシカのことだから冗談だというのはわかりますが、1エキューを手渡してみました。


「毎度ありっ!」

ジェシカはにこっと微笑むと、歩き去っていったのでした。


「じゃ…。」

モンモランシーがゆらりと顔を上げたのです…復活しましたか。


「…じゃあ、何でこんな店に?」

「その前に、あらかた料理も揃いましたし…乾杯しましょう。」

モンモランシーの問いをさらりとスルーし、立ち上がって杯を掲げます。


「この暑い中、わざわざやって来てくれた友人達に…乾杯!」

『乾杯!』

モンモランシーも渋々ながら、杯を掲げてくれたのでした。


「…で?」

「任務なのです。」

そう言いながら、女王直属の侍女である事を証明した、女王のサイン入りの書類をモンモランシーに見せたのでした。


「成る程、どういう任務かというのを聞くのは…野暮よね。」

「そういう事なのです。」

話せる任務なら、「任務だ」とだけしか言わない筈が無いのを瞬時に悟ってくれるモンモランシー、流石なのです。


「…何がどう野暮なのかね?」

ギーシュがキュルケに小声で尋ねているのです。


「命が惜しくないなら、聞きなさいって事よ。」

「ひぃ!?」

キュルケはキュルケで最高におっかない答えで返しているのでした。



そうやってしばし歓談していると、羽根つき帽子に髭という量産型ワルドみたいな一団が店に入ってきたのでした。
典型的な将校の格好なので、陸海空どれかの士官か、または親衛隊なのでしょう。


「へえ、演習でもあったのかしらね?」

「我が国の現在の安全保障方針は『殺られる前に殺れ』ですからね。
 オクセンシェルナからも教導士官を呼んで、軍を急ピッチで再編している最中なのですよ。」

オクセンシェルナ軍には優れた士官や兵士の養成機関があるのだとか。
これがミフネ中将の遺産なのでしょうか?


「流石はパウル商会のオーナー、そっち方面は詳しいわね。」

「有効な情報は金に等しい価値を持つのですよ、モンモランシー。」

料理を口に運びながら、モンモランシーの問いに答えます。


「ああそうそう、モンモランシ家の薬の流通経路、うちにも任せて貰えるように貴方の父上に一筆書いて頂けませんか?
 実家で優雅に帰省出来るくらいの礼は支払いますが。」

「紹介状くらいなら良いけど、私の手紙があったからって、お父様が聞くとは限らないわよ?
 駄目だったら金返せとか言わないでしょうね?」

モンモランシーはそう言って眉をしかめます。


「交渉で上手く行くか行かないかは、営業職の手腕次第なのですよ。
 上手くいかなかったら貴方ではなく、営業職の給料から引きますからご心配なく。」

まあ、パウルの腕なら大丈夫でしょう。


「わかったわ…それにしても、たいした事無いと言いつつ、どんだけ儲けているのよ、貴方。」

「いや実際、まだまだトントンといった所なのですよ。
 だいたい返しましたが、今回の戦時需要に食い込む為に結構借金しましたしね。」

空からお金が降ってきたりしませんかねぇ…。


「しかし、うちの薬ね。」

「モンモランシ家の水の秘薬であれば、高級士官用に確実に売れるのですよ。
 当社の流通経路に入れた暁には、ラベルにはド・モンモランシの家紋と名も入れるつもりなのです。
 そうすれば、今までよりは若干ですが高めに売れる筈。」

モンモランシ家の名は没落したとは言え、水の名門としてとても有名なのです。
これを使わない手は無いのです、ブランド戦略という奴なのですよ。


「高く売れるならば、仕入れ値も上げられるのです。
 そうすれば、モンモランシ家復興への道のりは今までよりも若干短くなる筈。
 私は地味に地道にコツコツとが信条のモンモランシ家復興の手助けをしたいのですよ。」

「ううっ、私は良い友達を持ったわ、ケティ。
 私より儲けやがって妬ましいとか思っていてごめんなさい。」

微妙な気分になる事を言われた様な気がしますが…喜んでもらえて、私も嬉しいのですよ、モンモランシー。


「おお、あそこに居るのは貴族の娘ではないか!」

「士官の相手をする酌婦が平民では、折角の休暇もいまいちだったしな…よし、彼女達を誘おう!」

先程店に入ってきた士官達が、なにやらゴチャゴチャ話し始めたのです。
…と言うか、声がでかいのですよ。
貴族なのですから、もう少し静かに話しなさいな。


「ど…どうしよう?
 何か、君達女の子を誘おうと算段しているみたいだけれども?」

ギーシュがオドオドし始めたのです。


「ギーシュ様、虚勢で構いませんから、滅茶苦茶偉そうにふんぞり返っていてもらえませんか?」

「どうするんだい?」

ギーシュは不思議そうに首をかしげたのでした。


「最悪の場合、グラモン家の名前を出してかたをつけます。
 折角、ド・グラモンという軍閥の名を持つものがいるのですから、これを利用しない手は無いでしょう?
 大丈夫なのです、ギーシュ様が堂々としていさえすれば、話はすぐにでも片付きます。」

「任せたまえ、貴族たるもの偉そうにするくらい普通にやって見せるさ。」

納得したといった風に、ギーシュは力強く頷いたのでした。


「あと才人は念の為、今のうちに部屋に戻ってデルフリンガーを持って来てください。」

「おう、わかった。」

才人は席から立ち上がって、バックヤードに消えたのでした。


「あー、オホン、ちょっといいかね、お嬢さんたち?」

「見てわかりませんか?
 我々はちょっとした祝宴の最中なのですが。」

そう言いながら、冷たい視線を士官に送ったのでした。


「あー…確かに、これは申し訳ない…が、しかし。」

士官は引こうとしたのですが、事情を知らない仲間達に『ヘタレー』だの『タカユキー』だのといわれて、引くに引けないようなのです。


「我々は王国陸軍ナヴァール連隊所属の士官であります。
 恐れながら、我々の食卓へとお嬢様方をご招待しようと思って…。」

「我々よりも貧相な食卓に『招待』とはこれいかに?なのですが。」

そう、あちらはちょっと気を抜きに来ただけ、こっちはお大尽なのです。
テーブルの上に乗っている料理が段違いなのですよね。


「うっ…ですよねー。」

士官は苦笑を浮かべたのでした。


「…とは言え、私も引けんのですよ、御察しいただけませんか?」

「残念ですが…。」

私がそう言うと、業を煮やしたのか、もう一人士官がやってきたのです。


「俺達は日頃国を守る為に頑張っておるのだ!
 その我々の為に酌の一つも出来んとは、それでも貴様らはトリステイン貴族か!?」

あー…かなり酔っ払っているのですよ、この人。


「あたし達はトリステイン貴族じゃないわよね、タバサ?」

「ん。」

キュルケがそう言うと、タバサは頷いたのでした。


「あーん?貴様その下品な訛り、ゲルマニア人か?
 どうりで鉄錆臭いと思ったわ!」

ゲルマニアは鉄工業が盛んなので、他国の人間に『鉄錆臭い』と言われる事があるのですよね。
勿論、侮蔑表現なのです。


「身持ちが硬いのだな、ゲルマニアの女は皆好色と聞いたが?」

「私はトリステイン貴族なのです。
 もう一つ言えば、私の友人に対して何を言いやがりますか、このヘボ軍人どもが!」

そりゃまあ私も友人なりの気安さでキュルケの気の多さをネタにすることはありますが、赤の他人から侮蔑的に言われると腹立つのですよっ!
私が杖を抜こうとすると、キュルケがそれを掴んで押さえたのでした。


「好色とは失礼ね、私はきちんと自分の気に入った人しか相手にしないわよ?」

「それを好色というのだ!
 わかったか下品なゲルマニア人め!」

隣の席で飲んでいる女の子を、無理矢理御酌に誘うのもたいがいに下品だと思うのです。


「ふぅ…わかったわ、お相手しましょう下品なゲルマニア人で良いのならばね。」

「ほう、相手をしてくれるのかね?」

無表情なキュルケというのも始めて見たのですよ、やる気なのですね。


「ええ、杖の相手としてならばね…。」

「ぬお!?」

そう言ってキュルケは手袋…が無かったので、食卓においてあった布巾を相手の顔めがけて投げつけたのでした。
ちなみにそれは、先程ギーシュが零したスープでひたひただったりします…ギーシュナイス。


「あら、ごめんあそばせ。
 でも、そのほうが男前ですわよ?」

「ぐぬぬぬぬ!
 女だてらにこの侮辱、許せぬ!」

士官は杖を抜いたのでした。


「表に出たまえ!
 下品なゲルマニア人に礼儀を教えてしんぜよう!」

「あら、光栄ですわ。」

他の士官たちも次々と店から通りに出て行きます。


「…さて、私達も行きましょうか、タバサ。」

「ん。」

私達が連れ立って店から出ようとすると、皆も席を立ち上がったのでした。


「ケティが折角用意してくれた席を白けさせたんだから、私だって言いたい事はあるわ、拳で。」

ルイズが腕を組んで、プンスカ怒っているのです。
肉体言語で語る気満々なのですね。


「同じく、ちょっと殴りたい。」

才人もデルフリンガーを背負って帰ってきたのでした。


「戦うのは無理だけど…傷の治療くらいはするわよ、特別に無料で。」

そう言って、モンモランシーは杖を抜いて見せたのでした。


「僕のワルキューレでも盾くらいにはなるだろう。」

震えながらも、ギーシュはそう言って微笑んで見せてくれたのでした。


「怖気づかずにきたようだな…ほう、良く見れば学院の生徒か。」

「軍人相手に敵うとでも思っているのかね?
 だとすればとんだ思い違いである事を思い知らせてあげよう。」

士官達は次々と杖を抜きながら威嚇してくるのです。


「ケティ…これは私の問題よ?
 下がっていて欲しいのだけれども。」

キュルケは私を睨みますが、私にだって事情はあるのです。


「宴の主催者は私なのです。
 ゲルマニアではどうだか知りませんが、トリステインにおいて招待された客人への侮辱は、主催者への侮辱と一緒なのですよ。」

「あら奇遇ね、ゲルマニアでも一緒だわ、それ。」

そう言って、キュルケはニヤリと笑ったのでした。


「私も。」

「あら、私とケティだけでも何とかなるわよ、あの程度は。」

タバサがそう言うと、キュルケはそう言って止めようとします。


「貸し1。」

「…ああ、あの時の。
 そうね、そういう事ならお願い。」

タバサの言葉に、キュルケは頷いたのでした。


「私達も。」

「あー…もう良いわよ、こうなったらどんどん来なさい、どんどん。」

ルイズの言葉に苦笑を浮かべながら、キュルケは頷いたのでした。



士官の数は全員で8人。
私達は戦闘要員だけなら5人。
数の上では不利な上に、手加減が苦手な火メイジが2人と不利ですが、魔法も近接戦闘もいけるタバサに、ガンダールヴの才人、最近魔法拳士と化しつつあるルイズもいますから、大丈夫でしょう。


「…タバサ、何人やれます?」

「8人。」

タバサ一人で十分だったのですよ。


「油断しているせいか、一つの場所に固まっている。」

「エアハンマーでぶっ飛ばすつもりなのですね…。」

まあ、それが双方にとって一番被害が少ない方法ではあるでしょうが。


「とっとと宴に戻りたいですし、盛り上がっている皆には悪いですが、それで行きましょう。」

「ん。」

そう言って、タバサは私の後ろにささっと隠れたのでした。


「君達は子供だ、数も少ない。
 正面から戦っては可哀想というものだ。」

「その通り、先に杖を抜きたまえ。」

士官達が、そう催促してきます。


「本当に良いのですか?
 予め言って置きますが、私達はそこそこ強いのですが。」

「学生で少々強いくらいで天狗にならないで貰おうか。
 我々は軍人で、そして大人なのだ。」

うふふふふふ、言質は取ったのですよ。


「ではタバサ…ぶっ飛ばしちゃってくださいっ!」

「ん…エア・ハンマー。」

私の後ろからさっと現れたタバサが、すかさずエア・ハンマーを唱えたのです。


『ぶべら!?』

8人の士官達は不可視の空気の鎚にぶっ飛ばされ、大通りまで吹っ飛んで行ったのでした。


「…さあ、腹ごなしも済みましたし、宴に戻りましょう。」

「ええと、私達の振り上げた拳は何処に納めれば?」

困惑気味にルイズが私を見つめてくるのです。


「兵とは詭道なりなのですよ、ルイズ。」

「えーと…わかりやすく言って。」

額を押さえながら、ルイズは聞き返してきたのでした。


「要するに、戦は騙した者勝ちと言う事なのです。
 相手がこちらの戦力を舐めていたので、不意打ちで一掃したというわけなのですよ。」

「成る程、勉強になるわ。
 …で、私達の振り上げた拳はどうすれば良いのかしら?」

全然わかっていませんね、ルイズ。


「今ぶっ飛ばした士官達がどうしようもなく恥知らずならば、仲間を引き連れて帰ってくる筈なのです。」

「つまり私達は、そいつらをぶっ飛ばせば良いのね?」

いやルイズ、来なければぶっ飛ばさなくても良いというか、既にぶっ飛ばす事が目的と化していませんか?


「まあ良いじゃねえか、楽なのが一番だって。」

「才人の言うとおりなのですよ、ルイズ。
 喧嘩なんかしていたら、折角の美味しいご飯が冷めてしまうのです。」

財布の中身をはたいて用意した料理なのですから、きちんと食べて貰わないと。


「さて、食事に戻りましょう。」

若干消化不良な者達もいますが、宴は再開したのでした。




宴もたけなわ、タバサとキュルケの馴れ初めの話も終わり、皆まったりムードになった時に奴らは再来したのでした。


「先程は不覚を取ったが、今度は油断しない。
 再戦を願う!」

「再戦って…完全武装の歩兵一個中隊ではありませんか。」

何処まで大人気ないのですか、この人たち。


「我ら8人では物足りなさそうだったのでね、一個中隊の大サービスだ。」

過剰サービスは却ってウザいのですよー?


「来たわね、腹ごなしにぴったりだわ。」

何で物凄く嬉しそうなのですか、何で拳をゴキゴキいわせているのですか…というよりも、何時からそんなバトルマニアになったのですかルイズ?


「うけけけけけけけ!生贄が来たか、よし抜け、斬るぞ。」

「黙れ妖刀…まあ、仕方が無いか。
 知らんぞ、武装してわざわざやってきたのはそっちなんだからな。」

喜びに震えるデルフリンガーを、溜息吐きながら才人が抜き放ったのです。


「ああ、言っておくが峰打ちだぞ、デルフ。
 全殺しは無しだ。」

「うわ、つまんねー…。」

いや、つまんねーって、デルフリンガー…。


「まったくもう、しつこい殿方は嫌われるわよ?」

「面倒臭い。」

キュルケとタバサが面倒臭そうに立ち上がったのでした。


「ひいいいいい。」

「あばばばばば。」

モンモランシーとギーシュは震えて抱き合っているのです。


「さて、お店に迷惑をかけないように…表に出ましょうか?」

「ああ、望む所だ。」

しかし一個中隊とは…才人に頑張ってもらうしかありませんか。


「ところで、こちらにはトライアングルの火メイジが2人いるのですが…。」

「思い切りやっちゃっても良いわけね?」

私とキュルケが火球を形成し始めると、中隊の兵士達がざわっとなり始めたのでした。


「ちょ…やばくね?」

「数で脅せば謝るだろとか中隊長言っていなかったか?」

こういう狭い路地に兵隊がいっぱいとか、火メイジの大好物なのですよね。
なんと言いますか、まさにキルゾーンなのです。


「よ、よりにもよって対集団戦に強い火メイジのトライアングルが2人だと!?」

「というか、学生でトライアングル2人とか、ありか!?」

残念、タバサも合わせば三人なのです。


「取り敢えず、ちゃちゃっと燃えるのですよ?」

「私達の情熱の炎、その目でとくと御覧あれ。」

『ファイヤーボム!』

私達の放った火球が、それぞれ兵達のど真ん中で炸裂したのでした。


『うわああぁぁぁっ!?』

火球が炸裂し、兵士達が爆風でゴミみたいに吹き飛んでいきます。


「おほほほほほ!吹き飛びなさい、そーれファイヤーボム!」

「うふふふふ、素敵だわ!這い蹲って命乞いするのよ、ファイヤーボム!」

ファイヤーボムは変り種ファイヤーボールの一つで、空中で炸裂して爆風と熱を撒き散らし、あたりを薙ぎ払う魔法なのです。
今回は熱量を抑えて、その代わりに爆風増し増しバージョンなのですよ。


『ふんぎゃあああああっ!?』

「生半可な戦場よりもアブねえぞ、ここ!?」

どかーんぼこーんと細い路地で爆発音が響き渡り、それが終わった頃には兵はあらかた地に倒れ伏していたのでした…というか、無傷の兵まで死んだふりをしているように見えるのですが。


「ひええええええ!」

「こんな所で怪我できるか、俺は逃げるぞ!」

残った連中もあらかた散り散りになって逃げてしまったのでした。


「…随分減りましたね。」

「非番中に貴族同士のいざこざごときで怪我したくないでしょうしね、彼らも。
 良くも悪くもプロだわ。」

残ったのは文字通り煤けた士官8人と、十数人の兵士のみ。


「そんなわけで、ルイズ、才人、残敵掃討お願いします。」

そう言って、阿鼻叫喚の路地で、呆然となっている彼らを指差してみます。


「オッケー…って、随分楽になったなオイ。」

「なぁ…少なくなった代わりにあれ斬っちゃ駄目か?」

駄目に決まっているのですよというか、黙れ妖刀。


「少なくなっちゃったけど…ま、雑魚が少なくなったという事は、面倒が少なくなったわけよね。
  なんだかわたし、すっごいワクワクしてきたわ! 」

何処のサ○ヤ人ですか、ルイズ。


「じゃあ、いくわよ!」

ルイズが体を飛び掛る猫のように屈めたかと思うと、それをバネにして一気に士官達との距離を詰めていったのでした。


「なっ、ブレイド!」

「ふぅんっ!」

士官が咄嗟にブレイドを形成してルイズを斬りにかかりますが、ルイズは…ええと、杖ごとブレイドを砕いたのでした。


「な、何だと!?」

「うわ、ちょっと切れた。」

血が出たのか、ペロリと拳を舐めたのでした。
気合入れれば岩をも一刀両断に出来るブレイドと正面からぶつかり合って、ちょっと切れた程度なのがおっそろしいのですよ、ルイズ。


「わ、私のブレイドが…。」

「何者だ、貴様!?」

あまりのデタラメっぷりに、友人の私ですら《何者だ》と問いたい気分なのです。


「貴様らに名乗る名前など無いっ!」

何処の天空宙心拳の使い手なのですか、貴方は。


「ええい、陛下と同じ顔で面妖なっ!」

「陛下と違って胸無いくせに!」

をぅ…それを聞いたルイズの顔が、鬼のような形相に変わったのですよ。


「うわ、あいつら死んだな。」

「冥福を祈ってやろうぜ、相棒。」

士官の一人をデルフリンガーで殴り倒しながら、才人が沈痛な声でそう言ったのでした。


「死刑。」

壮絶な笑顔でルイズは士官達に死刑宣告をしたのです。


『うぎゃあああああぁぁぁ!』

そこに居るのは狩る者と狩られる者だけ。
貴族としての尊厳も軍人としての誇りもへし折られた哀れな獲物は、ルイズという天性の狩猟者(プレデター)に追い掛け回され、狩られていくのみとなったのでした。


「はわわわわわ!」

「あわわわわわ!」

その壮絶な光景を前に、モンモランシーとギーシュは抱き合って震えているのみなのです。


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。」

才人は静かに念仏を唱えています。


「抵抗するだけ無駄だって、何でわからないのかしらね?」

「莫迦だから。」

不思議そうに呟くキュルケに、タバサが酷い返答をしているのです。


『うぎゃあああああああああぁぁぁぁぁっ!』

このあと、トリスタニアにはメイジを素手で撲殺するメイジ殺しの都市伝説が生まれたのだとか。
いやはや、くわばらくわばら、なのです。



[7277]  幕間28.1 お買い物デートっぽい何かと女王の憂鬱
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/03/10 18:44
「衣装なのよ。」

「衣装なのですか。」

ケティの目の前にあるのは厚い胸板とモジャっとした胸毛。


(スカロン近づき過ぎ…というか、スカロンから漂う薔薇のようなうっとりするほど良い香りが…。
 ううぅっ…見た目も中身も変態のくせに匂いだけ良いとは、なんというフェロモンの無駄遣い。)

スカロンから漂ってくるフェロモンじみたやたらといい香り。
それにちょっぴりうっとりしかけた自分に対して、激しい自己嫌悪に陥るケティだった。


「楽団の手配も整ったし、うちでも歌のうまい娘を選りすぐって旅芸人たちに教えてもらっている最中だけれども…。」

「お酒を注ぐのとステージに立つのでは、必要な衣装の需要が違いますからね。」

ケティの言葉に、スカロンはうんうんと頷く。


「そういう事、もうちょっと派手目、かつ可愛らしくて色っぽいのに肝心な所は絶対に見えない…そんな感じの衣装が欲しいの。」

「またそれは…なんというか、かなりの無茶振りなのですね。」

トリスタニアは首都とはいえ、人口15万人ちょっとという、日本で言うならド田舎の中心都市程度でしかない。
それでも、人口150万人といわれるトリステインの人口の1割が集まっているわけだが、人口30万人超の大都市なリュティスに比べると、色々な点で見劣りする。
服飾職人とか、文化的な点で。


「どうにかならないかしら、貴方の伝手で。」

「うーん…。」

とはいえ、リュティスも日本の諸都市と比べると大都市(笑)になってしまう。
ケティも周辺諸国が大き過ぎて、いまいち実感が湧かなかったが、こうして比べると転生前の祖国がいかに大国であったのかというのを今更ながらに思い知るのだった。


「…正直な話、服飾に関して、私はまるっきり駄目なのですが。」

ケティは男装を止めて以降、ほとんどが姉達からのお下がりであり、しかもそれを何の疑問も無く着ている。
止めたとはいえ、まだまだ少女初心者なケティだった。


「ジェシカをつけるわ。」

「なるほど、それなら何とかなるかもしれないのですね。」

男心マスターのジェシカなら、ジェシカならきっと何とかしてくれる。
そっち方面ではジェシカにまるで勝てる気がしないケティだった。


「後は、男の視点がいるのですね。」

ケティは男男…と考えた結果、才人の間抜け面が浮かんだ。


「ぬぅ…。」

頬がほんのり赤くなる。
いまだに媚薬に頭を侵されていた頃の恥ずかしさが抜けきらないケティだった。


「ああもう、あんな事をしてしまったとはいえ、いい加減に恥ずかしがるのを止めないと拙いのですよ。」

恥ずかし紛れに真っ黒な事を考えて、それを弾き飛ばそうとするが…健闘空しく、さらに顔が赤くなっていく。


「男の子の事を考えて赤くなるだなんて、ときどきおっかないケティちゃんもやっぱり乙女ねえ。」

スカロンはそれを楽しそうに見守っている。


「サイト君の事でしょ?考えているの。」

「んなっ!?」

ケティの顔が真っ赤になる。


「ななななな、何の事でしょう?」

「サイト君の事、いつも微妙に避けているわよね?
 ルイズちゃんとサイト君が話し始めたら、必ず聞き手に回っているし。
 その上、サイト君と二人きりになったら話す時間を手短に、上手く言いくるめてささっと逃げている。
 このミ・マドモワゼルには全部まとめてまるっとお見通しよ。
 ルイズちゃんの為に踏み出せない乙女心、わかる、わかるわ。」

そう言って、頬を赤らめながらクネクネするスカロンの姿は、果てし無くおぞましかった。


「わ、私はあの二人が結ばれるのを応援しているのです。
 絶対に横恋慕などするものですか。」

「そう言っている時点で、認めているようなものじゃなくて?」

そう言ってウインクするスカロンに、ぐっと詰まるケティ。
決して、スカロンのウインクに怖気を覚えたからとかいう事ではなく、言い返す言葉が見つからないのだ。


「そ…そんな事は、無いのです。」

スカロンがケティを見るその視線はさながら慈母のようであった…キモいけど。


「あ、そうだった!」

スカロンがポンと手槌を打った。


「ごめんなさいね、ジェシカは忙しいのよ、ああ見えて。
 やっぱり手助けさせられないわ。
 だ・か・ら、サイト君と二人きりで服を選びに行ってくれないかしら?」

「それは…いくらなんでもあからさまなのでは?」

顔を真っ赤にしたケティが、「うー」と唸りながら、スカロンを睨む。


「わかりました、ルイズも誘って…。」

「ルイズちゃんは今や、うちの稼ぎ頭の一角よ。
 ちょっと特殊な趣味のお客ばかりだけれども、最近人気なんだから。
 一切触れず触らず抱きつかず、可愛い猛獣を鑑賞するがごとく、微妙な距離感と緊張感を楽しむのがコツだそうよ?」

ルイズがちょっと可哀想になったケティだった。


「だから、ルイズちゃんもダメ。
 サイト君と二人で行って来るのよ、いいわね?」

「う…わ、わかりました。」

顔を真っ赤にしたまま、肩を落とすケティだった。




平賀才人には最近少し調子が狂う事柄がある。
モンモランシーの媚薬事件から、ケティと長い間話した事がほぼ無いのだ。
以前は部屋に行って話し込むなどという事もあったが、最近はそれも皆無。
そもそも、滅多に部屋に入れてくれなくなった。


「ええと…ひょっとして、避けられてんのか?」

色々と触ってしまったのは確かだけれども、ケティは暫らくの間才人と目が合うと顔が赤かったルイズとは違い、次の日にはケロリとしていた。
だから、才人はケティがきちんと割り切ってくれたのだと思っていたのだ。
実際は暫らくの間、才人と会うとルイズと同様にかなりテンパっていたのを、何とか抑え込んで平静を装っていただけだったのだけれども。


「あいつ、タバサとは別の意味で表情読みにくいからな…。」

なにせ、ケティは笑っていても内心怒っていたり、涙を流しているのに内心ほくそ笑んでいたりする。
感情表現がある意味ストレート過ぎるルイズとは真逆のタイプだ。
言葉廻しとと雰囲気と目をしっかり見なければ、きちんと感情が読めない。
そして才人はそういうのがものすごく苦手…ぶっちゃけると、良くも悪くも空気読めない。
ケティに避けられているのに気付いたのも、ごくごく最近の話だった。


「あいつ、俺が元の世界に戻るための手助けしてくれるって言ったじゃねーか。
 親友…だと思ってんのに…って、色々触っちまったしなぁ。」

そう言って、手をわきわきさせる才人。


「むむむ胸にキスとか、しちまったし…つーか、思いきり揉んだし、揉みしだいたし!」

思い出していくうちに、才人の顔が真っ赤になっていく。


「うがあああぁぁっ!親友とか言っておいて、あいつに何やってんだ俺はー!」

あまりのエロい記憶に耐えかねて、才人は天に向かって絶叫した。


「やっぱり謝らなきゃ駄目だったんだよ、アレは!
 ケティは『気にする必要は無いのですよ、おあいこなのですから』とか、笑顔で言っていたけど、絶対にまだ根に持ってんだ!
 俺が薬に頭やられたケティの色仕掛けに屈しかけて、色々触っちまった事!」

ケティはそもそも、『断罪の業火』なんて言われるほど、男女関係には厳しい事を才人は思い出した。
目の前でケティに物凄い数の炎の矢でブッ飛ばされて、塔から落ちていく男たちの姿も。


「ひょっとしなくても、ケティは俺に対してかなり怒ってる?
 しかもそれに俺が気づかんかったから…。」

才人は急にガタガタ震えだした。


「ルイズの攻撃は最近慣れてきたけど、ケティの攻撃は得体が知れねえ…。
 なんつうか、精神的に臓腑を抉る様な事をされそうだ…どうなるの、どうなっちゃうのよ俺!?」

真っ青になって頭を抱える才人…怖がりすぎだった。



ノックの音がした。



「だ…誰?」

才人は恐る恐るドアの向こうに向かって尋ねる。


「ケティなのです。」

才人は本能的にドアから遠のいた。


「はい平賀です、ただいま留守にしています。
 御用の方はぴーっという音の後で、お名前と御用件をお伝えください。」

「なんという留守電。
 才人、ふざけないで開けてください。
 貴方にお願いしたい事があるのです。」

才人は再びガタガタ震え始めた。
一方、ケティはドアの前で不思議そうに首を傾げている。


「才人、どうしたのですか、才人ー?」

ケティはドアノブを回す…と、普通にドアが開いた。
ルイズが店に出ているので、部屋の鍵をかけていなかったのだった。


「さい…と?」

「申し訳ございません。」

何故か才人は土下座をしている。


「ええと…何かしましたか、才人?」

「い、命だけはお助けを。」

ケティは何かされたのかと思ったが、全然全く欠片も思いあたる事が無いので、首を傾げるばかりだ。


「…取り敢えず、何の件で謝っているのか教えて欲しいのですが?」

怪訝な表情を浮かべながら、ケティは才人に尋ねてみる。


「揉みしだいて御免なさい。」

「はぁ?」

ケティには何を揉みしだいたのか、さっぱりわからない。


「胸にキスマーク残して御免なさい。」

「へ?」

その一言で、ケティは何の事だかようやく理解した。
そして、物凄い勢いで顔が赤くなっていく。


「え、ええと、でででですから、その事は仕方が無かったと言ったではありませんか?
 媚薬にやられていたとは言え、わわ私の意志なのですから、お互い様なのですと。」

「いやしかし、間違いなく俺は男としての誠意が足りなかった。
 本当に、申し訳ない。」

ケティとしてはそんな事を言われても困るというか、折角記憶が少し薄れてきた頃だったのに色々な感触とかを鮮明に思い出してしまって、えらい迷惑だ。


「だいたい誠意って…私をお嫁に貰ってくれるとでも?」

「え?あ…いや、それは。」

誠意が足りなかった事はわかっているが、迷惑をかけたのはルイズも一緒なのだから、才人としてはケティにだけ責任を取るわけには行かない。


「ほほ~う、それは嫌だと。
 では、どういった方法で誠意を見せていただけるのですか?」

才人が思い切り言い澱んだのに軽くカチンと来たケティは、しゃがみこんで才人の後頭部を睨みつける。


「お、俺を殴ってくれ!」

「それは御褒美ではありませんか。」

最近の才人はちょっとマゾいので、即座にそう返すケティだった。


「俺はマゾじゃねえ!」

「えい!」

才人が顔を上げた途端に、ケティのデコピンが才人の額を襲った。


「全然痛くねえよ。」

「痛かったら御褒美になってしまうではありませんか。
 失敗なのです…むしろ私の指が痛いのですよ。」

才人の硬い額に細い指が負けたらしく、ケティが少し涙目で人差し指に息を吹きかけている。


「だから、俺はマゾじゃねえ。」

「本当に?」

ケティの訝しがるような視線に、才人は泣きそうになった。


「ううっ、なんつー理不尽な疑惑だ。」

「…こんな感じで良いですか?」

ケティの声に顔を上げると、してやったりといった表情で才人を見下ろしている。


「へ?」

「制裁なのです。
 されないと貴方の気が済まなかったのでしょう?」

そう言って、ケティは立ち上がった。


「パンツ見えてる。」

「何故見上げるのですかっ!」

才人の顔面に、ケティの靴の裏が降って来た。




「ショーのコスチューム?」

「はい、私一人では心配なので、才人も一緒に来てください。」

才人の問い返しに、ケティはこくりと頷いた。


「しかし、そんなのでついでに儲けようとしていたとは…。」

「富国強兵なのですよ。」

少し呆れたような視線を送ってくる才人に、ケティはそう返した。


「えーと、明治時代にやったやつ?」

「あー…まあ、一般的にはその認識で構わないと思うのです。」

ケティはしばし空中に目を彷徨わせた後で、頷いた。


「簡単に言えば…経済活動を活発にして国を富ませれば、税収も増えるのです。
 税収が増えれば軍事費も増やすことが出来、軍をより精強に出来ます。
 軍をより精強に出来れば他国から容易に攻められなくなるので国内の治安を安定させる事が出来、より大きな商売が可能になる…と、こういう循環を作っていくのが富国強兵なのです。
 しかし我が国は商人の活動があまり活発とは言い難い…というか、クルデンホルフ商人とゲルマニア商人にいいようにあしらわれているというのが現状なのですよ。」

トリステインの伝統と格式を重んじる国風は貴族のみならず臣民にまで浸透しており、それが自由な発想を必要とする商人にまで影響を及ぼしている。
トリステイン商人は伝統と風習の内側に籠って商売を行い、結果として国内経済を他国の商人に半ば牛耳られるという素敵な状態になっていた。
他国の商人に好きなようにやらせていては、国の富はどんどん海外に流れ出すのみ。
貴族の硬直化が国の硬直化を生み、国の硬直化が国風の硬直化を生み、それが巡り巡って国内経済を弱らせるという悪循環であった。


「当商会の長期的な目標は、商会でトリステイン経済をかき回して刺激を与え活性化することにあります。
 姫様も官僚達を集めて経済への刺激策を色々と画策しているようですが、私は民間からそれを支援するというわけなのです。
 …とはいっても、商売を始めてから改めて設定しなおした目標ではあるのですが。」

ケティが一番驚いたのが、この国の商人が驚くほどチョロい事だった。
御蔭であっという間にこの国の軍需経済に食い込む事は出来たが、本来彼女としてもここまでうまくいく事は予想外だったのだ。
そしてその後、国内経済が他国の商人に半ば牛耳られている事を知って仰天したという経緯がある。
ちなみにアンリエッタもその事を知らず、話しても最初は政治と経済の関係について理解してもらえなかったので、みっちり話しこむ事になったのは言うまでも無い。


「わからん、ケティの言う事は…わからん!
 わかりやすく教えてプリーズ。」

才人は何を言っているのだか、ちんぷんかんぷんだったが。


「要するに私は大いに儲けられて、国の経済も活性化して軍隊も強くなって姫様ウッハウハという事なのです。」

「おお、なるほど。」

ポンと手槌を打つ才人。


「まあそういうわけで、私だって無闇矢鱈に儲けようと画策しているわけではないのですよ、わかりましたか?」

「半分もわからなかったけど、何か良い事しようとしているのは理解した。」

ケティは少しガクッと来たが、高校生が積極的に理解するような事でもないので、それでよしとした。


「そんなわけで、千里の道も一歩から。
 今日は私の買い物に付き合ってください。」

「おう、わかった。」

才人は力強く頷くが…。


「しかし、服の事なんかわかんねえぞ、俺。」

「大丈夫です、才人はエッチですから。」

ケティはすんごい事を言った。


「ええと、なにそれ?」

「男性からの視点が必要なのですよ、今回の件は。
 しかも少しエッチな視点が。」

言いながら、ケティの顔が真っ赤になっていく。


「え、エッチな視点でありますか。」

「ふ、不本意ですが、こういう事を頼める異性の友人は才人だけなのです。」

漂い始めたピンク色の雰囲気。
目を伏目がちに逸らし、羞恥で真っ赤に染まったケティの顔を見て、『やべえ、可愛い』とか思ってしまう才人だった。


「店は!み、店は商会の者に調べさせたので、抜かりは無いのです。
 で、では行きましょうか。」

「お、おう。」

改めて才人はケティの格好を見てみる。
ケティの格好は普段の店の給仕娘の衣装でもなければ、学院の制服でもない。
服が仕立てたてっぽいのを除けば、典型的な町娘の格好だった。


「そういう素朴な格好、似合ってるな。」

「すいませんね、田舎者ですから~。」

言葉の選択肢を間違えたような気がする才人だった。


「ああいや、田舎っぽいって事では無くて。」

「折角仕立てた服なのに、田舎臭いとか地味とか言われてしまったのですよーっと。」

ケティはすたすた歩き出した。


「俺の話を聞けー!?」

「5分だけなのですよ~。」

とか言いながら、ケティは部屋から出て行ってしまった。


「聞く気ねえ!」

慌てて才人がドアを開けると…。


「では才人、行きましょうか?」

…廊下には何事も無かったかのように、ケティが立っていた。


「また騙されたわけだが。」

「うふふふふふふ、才人もすっかりダム板の常連さんなのですね。」

二人は謎の会話をしてから、一緒に歩き始めた。



「んで、なんて店に行くの?」

「ついて来ればわかるのです。」

才人はケティの後をついて行くのだが、徐々に細い入り組んだ暗い場所になってきた。
そのうち、少し開けた通りに出る。
そこは露天商と思しき人々が軒を並べる市場みたいな場所だった。


「…ええと、ここは?」

「トリスタニアの暗部の一つ、闇市というやつなのです。」

才人は通りを見まわしてみる。

まず商人が怪しい。
フードを被ったりしていて顔がはっきり見えない者が多い上に、口元だけがニヤニヤしていたりする。
顔がはっきり見える者も、どう見ても悪人面ばかりだ。

売っているものも怪しい。
髑髏マークの書かれた瓶とか、一体中に何が入っているのだか。
変な生き物の干物…なんか柄とかがサラマンダーっぽい。
フレイム乾すとあんな感じになるのかと妙な感想が浮かぶ。


「…なあケティ、あのピンク色の看板、何書いてんだ?」

やたらと目立つ看板を見て、才人は何気なくケティに尋ねてみる。


「へ?あ…あれですか?
 え、ええと…ですね、あれは…ですね。」

問われたケティは目を逸らして頬を赤らめた。


「きょ…《強力な媚薬取り扱っております》と、書いてあるのですよ…。」

「あ…いや、何かごめん。」

真っ赤に茹で上がったケティを見て、可愛いと思いつつ申し訳無い気持ちになった才人は、慌てて話題をずらしてみた。


「で、でもさ、それってやばくね?」

「やばいものばかり取り扱っているから闇市なのですよ…。」

顔を赤らめつつも、陳列される怪しさ満点の商品に目を輝かせながら、ケティは頷いた。


「何でわざわざ闇市に?」

「仕立て屋までの近道なのですよ。
 好奇心を満たす為でもありますが。」

才人はもう一度周囲を見回してみる。


「確かに、好奇心をそそられるものばかりだな。」

わけがわからんものばかり売っているという点で。


「おお、御嬢!」

急に通りの商人から声がかかる。
禿頭で筋肉質で人相が悪い…どう見ても商人というよりもゴロツキだった。


「ああ貴方ですか、例の仕入れの時にはお世話になりました。」

「へえ、御嬢の頼みとあれば何でもそろえてみせまさぁ。」

にかっと笑うが、笑顔になると更に悪人面になって余計に怖い。


「だ…誰?」

「武器商人なのですよ。
 顔は怖いですが、支払いさえきちんとすれば、まっとうな取引をしてくれる人なのですよ。」

才人は恐る恐る声をかけるが、ケティは平然としている。
どうやら、危険は少ない人らしい。


「ほほう御嬢、後ろの方は恋人ですかい?」

「なっ…何を言うのやら、なのですよ。」

思わず頬が赤くなるケティ。


「か、彼は親友で、その、今日は買い物の手伝いに付き合ってもらっているだけなのです。」

「ほほ~う。」

そう言いながら商人は才人を見る。


「御嬢に見染められるとは、なかなかやるじゃねえか、ボウズ!」

「痛っ!?痛いっておっさん!」

ニカッと笑うと商人は才人の背中を平手でブッ叩いた。


「ガハハ悪ぃ悪ぃ、つい力が入っちまった。
 御嬢はここの大事なお客さんだからよぅ、大事にしてやんな。」

「あいたたた…。」

筋骨隆々なその姿はハッタリではなかったようで、才人はひりひりいう背中を涙目で押さえていた。


「御嬢…例の経路でこんなモンが入ってきましたぜ?」

商人が長い木箱を開けると…。


「でかい鉄砲だなぁ。」

「Противотанковое ружьё Дегтярёва образца 1941 гола!?」

ケティの顔が歓喜で紅潮する。


「ぷらちばたんこーばいえ・るじよー・ぢくちょりーば・おぶらすつぁー・とぃーす・そーらく・ぴえーるばば・ごーだ?
 ええと…新手の魔法か?」

才人はわけのわからん呪文を聞いたという感じで、首をかしげた。


「PTRD1941、通称デグチャレフ対戦車ライフル。
 ソ連製のボルトアクション式対戦車ライフルなのです。」

今にも頬ずりしそうな勢いで、ケティはPTRD1941を見ている。


「動作は?」

「俺には分かりませんが、例の経路からのものですし、固定化かけてあるんで完璧じゃあねえかと。」

興奮した様子で持ち上げようとしたケティだったが…。


「ふんぬっ!ぐぬぬぬぬ!お、重い!?」

卓上にあるのが悪かったのか、顔を真っ赤にして踏ん張っても上手く持ち上げる事が出来ない。
重量15.8㎏の代物なので、少女の細腕の力だけでは文字通り荷が重かった。


「ちょい貸してみ…お、凄えなこの銃。」

才人はPTRD1941をひょいっと持ち上げた。
ガンダールヴのルーンが光って、あっという間にこの銃の性能を解析する。


「この世界じゃありえない距離から狙撃出来るじゃねえか。
 しかもこの威力だと軽く掠っただけでも体削られて死ぬぞ、おっかねー。」

顔を引き攣らせる才人。


「うう、非力なこの身が憎い…。」
 …で、弾薬は?」

「2発、あとは薬莢だけでさ。」

ケティの問いに店主は、14.5㎜徹甲弾2発と、空薬莢数個を差し出した。


「上出来なのです、いくらなのですか?」

「へえ、必要経費が結構掛かりましたんで…ひのふのみの…と、もうちょっといただきたい所ですが、御嬢ですから特別に2000エキューでどうでござんしょう?」

べらぼうな額を提示する商人。


「うぐぁ、すげえ値段…。」

才人の顔が引き攣るが…。


「安い、買ったのです。
 あとで商会から使いを出しますから、その者に渡してあげてください。」

「毎度あり!さすが御嬢、太っ腹!」

ケティは躊躇無く買った


「いや、ちょっと高くね?」

「この世に一点きりのオーパーツなのです。
 あとこれ、構造的に非常に単純ですから、強度の問題さえ何とか出来れば複製可能でしょうし。」

銃士隊の狙撃用ライフルとしてどうかなとか考えているケティだった。
強度的に複製不可能ならば、現物を渡してしまってもかまわない。
ケティでは重過ぎて扱えないし、才人はインファイターなので、対物狙撃銃なんか持っていてもしょうがないからだ。


「ところで、ある経路って?」

「…聞きたいのですか?」

そういうケティの表情はいつもの『聞くな』という笑顔ではなく、『聞きたい?ねえ聞きたい?』という、いかにも聞いて欲しそうなものだった。


「ちょっと耳を貸してください。」

「お、おう…。」

ちょいちょいと手招きするケティ。


「…ロマリアからなのですよ。」

「うぉう…。」

そう耳打ちするケティから甘い香りが漂って来て、言葉と一緒に吐息が才人の耳に軽くかかる。
その刺激に、才人の口からは軽い呻きが上がり、体は思わず軽い身震いを起こし硬直した。


「それ、どこ?」

硬直が解けてから、そう聞き返した才人の言葉を聞いて、ケティはずっこけた。



「ふう…才人には、最低限この世界の地理や文字や歴史を学んでもらう必要があるようですね。」

「確かに、この世界の風習にもそこそこ慣れてきたし、何言われてもちんぷんかんぷんな状態は何とかした方がいいわな。」

才人も、今の自分を憂慮してはいたらしい。


「歴史は私が担当しましょう。
 地理と文字はルイズとタバサにお願いしてみます。」

ケティは自分の一番好きなものを教える事にした。
せこいとも言う。


「あり?ギーシュ抜きなのはわかるとして、キュルケとモンモンも抜きか?」

教師にタバサが入っているのにキュルケやモンモランシーが居ない事に疑問を感じて首を傾げる才人。


「…才人は想像できますか?キュルケが人にものを教える姿を。」

「ああ成る程、全然想像できない。」

才人は頭を左右に振った。
実際にキュルケの場合、もしも話を受けたとしても、生徒として面白くなければ放り出される可能性がある。


「モンモランシーの場合は…記憶力が異様に良くなる秘薬とかの実験台になりたいのであれば、頼んでみますが?」

「それはぜひともお断りしたい。」

絶対に次の日くるくるぱーになるだろその薬とか思いながら、才人は断固拒否した。


「その点、ルイズの場合は多少暴力的かもしれませんが、頼めばきちんと教えてくれるでしょう。」

「あれが多少なのか…?」

アレが多少の暴力なら、世にいわれる体罰は優しく撫でられているのと一緒なのではないかと、小一時間ほど問い詰めたい気分の才人だった。


「タバサはああ見えて、教えるの上手なのですよ。
 座学の試験で何度か教えてもらった事がありますが、プロ並みでした。」
 
「俺、あんまり話した事無いんだが、きちんと会話してくれるのか…?」

あまり話した事が無いというか、才人はタバサの声を殆ど聞いた事がない。
才人が話しかけても、返答がほとんど『ん』とジェスチャーなのだ。
実は既に何度か《アイゼ○ッハか!?》と、心の中でツッ込んでいる才人だった。


「まあ色々とツッ込みたい事もあるけど、生きるための基礎知識は必要だからな。
 よろしくお願いします。」

勉強は好きではないが、この世界で暫らく生きていくつもりなら、最低限の知識はあった方がいい。
でも出来る事ならルイズ先生の撲殺授業だけは勘弁して欲しい才人だった。

そんな事を話していくうちに、暗かった細い路地を抜けて大きめの通りに出る。
大きめとはいっても、道は細くてくねっているが。


「前々から不思議だったんだが…何でこんなに道が細くてくねってんだ、この街?」

東京の整備された道路網が普通だと思っていた才人には、トリスタニアの町のつくりは不可解過ぎた。


「防衛用なのですよ。」

「防衛用?」

才人はきょとんとした顔で聞き返す。


「トリスタニアの王城は、高く堅牢な防壁に囲まれた市街地の中心部にあります。
 もちろん、王城自体にも要塞としての能力がありますが、その前に敵はトリスタニア市街地の防壁を破って市街地に入る必要があるのです。
 だから、道をくねらせ細くしているのですよ。」

「つまり、市街地を盾として使うってことか?」

才人は納得がいったように頷いた。


「お、さすが男の子、私が何を言っているのかわかりましたか。」

「こんな迷路みたいな町に迷い込んだら、敵は間違いなく迷うって事だろ?
 そしてへろへろになったところを倒すと。」

才人はエヘンと胸を張って見せる。


「それだけではなく道を細くしておく事で、市街地での大軍の展開を不可能にしているのです。
 道が細ければ、どんな大軍であろうが決まった数以上の兵士を展開できませんから、こちらが敵より少なくても対応可能というわけなのです。」

「なるほど、そこまで考えて作ってんだな。」

感慨深く才人は頷いた。


「…とはいえ、経済発展の為には少々窮屈過ぎるのですよ、この街は。
 王城にまで敵が迫ってきて市街地を蹂躙している状態なんて、既に完全に詰んでいるのですから。
 いっその事そのあたりは潔く諦めて、町を碁盤の目状に整備しなおして都市内の交通の便を良くし、居住地域を住宅・商業・工業できちんと分けて、それぞれに最適なインフラを用意してやれば…って、わかります?」

「全然わからん。」

才人は自信満々な表情を浮かべて、そう言い切った。


「市街地ブッ壊して作り直せば発展するのにって事なのです。」

「それならなんとなく…しかしアレだ、俺って向こうで何やってたんだろって、ケティ見てて思うぜ。」

才人はそう言って、寂しそうに肩を落とす。


「そんな事はありません。
 才人の知識を生かせる場は、今後必ずやってくる筈なのです。
 才人はこの世界に来て、やっと周囲に適応出来るようになったばかり、いきなり何か出来たらそっちの方が怖いのですよ。」

そう言って、ケティは才人にニコッと微笑みかけた。


「そ、そんなもんかな?」

「そんなもんなのです。
 私だって、生まれる家を間違えていればどうなっていた事やら。
 才人も最初面食らった通り、あちらの世界の常識はこちらの世界の常識とうまく合致しないのです。
 ひょとすると私は今頃、頭のおかしい娘として何処かに閉じ込められていたかもしれません。」
 
おっかないですねーとか言いながら、ケティは身をすくめておどけて見せた。


「…と、あの店なのですね。」

ケティは通りの先に看板を確認すると、歩みを少し早めた。


「お、見つかったのか?」

「ええ、たぶんですけど。」

看板を確認すると《仕立て屋のジェバンニ》と、書いてある。


「どんな難題でも一晩でやってくれそうな仕立て屋さんなのですね、名前的に。」

「何て書いてんだ?」

ケティが感慨深げに呟くと、才人が尋ねてきた。


「《仕立て屋のジェバンニ》なのです。」

「ああ…確かにそれは一晩でやってくれそうだな、何でも。」

才人も感慨深げにうなずいた。


「…でしょう?
 では、店に入りましょう…か!?」

ドアノブを握ろうとした瞬間、《ピキューン!》と、ケティの脳内をひらめきに似た感覚が駆け巡る。


「どうした、ケティ?」

才人が不思議そうに聞き返してくる。


「ええと、何か嫌な予感が。」

「嫌な予感?そんなわけないだろ、入ろうぜ。」

そんな死亡フラグビンビンの台詞を言いながら、才人はドアを開ける。


「ケティ坊ちゃん、いらっしゃいませ!」

突如現れたパウルが才人に抱きついた、しかも頬ずりした。


「ふむ、そういう罠でしたか。」

『ふんぎゃー!?』

ケティが感慨深げに頷く横で、野郎二人がお互いの気色悪い感触に悲鳴を上げていた。


「…最後の最後に入れ替わるなんて、何という残酷な仕打ちっすか。」

「野球で優勝したわけでもないのに、男と抱き合っちまったぃ…。」

野郎二人は、店の床にくず折れている。


「私に許可なく抱きつこうとした報いなのです。」

「金ならあるっすよ…うぐぇ。」

パウルはケティに踏んづけられた。


「ここはそういう場所では無いのです。
 あと、商会の金を私に渡しても、私が全く得しないという事実に気付きなさい。」

「ううぅ…損しないんだから良いじゃな…痛い、痛いっす、御慈悲を、御慈悲をっす!」

反省していなさそうなパウルに、ケティが足をぐりっと捻って体重をかけた。


「反省していない!あと、上を見るな、なのです!」

「ぎゃー!」

店内にパウルの悲鳴が響き渡った。



「ふ、悪は滅びたのです…。」

ケティはふぅっと杖の先端に灯った火を吹き消した。


「…今後はこのような邪かつ不埒な真似はしないと誓うっす。」

消し炭と化したパウルが、床に転がったまま呻くように言った。


「な…何で俺まで。」

同じく消し炭と化した才人が、力なく倒れ込んだままでぼやく。


「またパンツ見たでしょう。」

「そ、そこにパンツがあれば見るのが漢というも…すいません、心の底から反省しました。」

才人は反論しようとしたが、ケティの杖にまた炎が灯ったのを見て中断した。


「しかしパウル、何故ここに?」

「あの酒場に来ちゃあいけないと坊ちゃんが言っていたので。」

パウルはそう言うと、にっこり笑って愛嬌のある笑顔を見せた。


「その前に、貴方はラ・ロッタにいる筈ですが?」

「ふ…人間やる気になれば、何でも出来るものっすよ。」

かっこつけて見せるパウル。
真面目な顔をすれば意外と男前なので、何となく似合わないでもない。


「パウルがこんな所にいるという事は…。
 キアラ、居るのでしょう、キアラ!?」

ケティは何処に言うとでなく、大声でそう言った。


「ケティ坊ちゃん、あいつはまだ俺がラ・ロッタの森の何処かに潜伏していると思い込んでい…。」

「はい、坊ちゃん。」

パウルが笑って否定しようとすると、物影から涼やかな声とともにキアラが現れた。


「げぇっ!キアラ!?」

ジャーン!ジャーン!と、銅鑼の音が響きそうな悲鳴を上げるパウル。


「ど、どうしてここに?」

「あんたが何処かに行くとしたら、坊ちゃんの所以外にありえません。
 至って単純な推理です。
 ちなみに今まで隠れていたのは、希望が絶望に引っ繰り返った後の方が人は無防備になるという、坊ちゃんからの教えを忠実に守ったからです。」

わなわなと震えながら自分を指差すパウルに、淡々と返答するキアラ。


「俺のことは何でもお見通しみたいな事言うなっす!
 あと、昔みたいにお兄ちゃんと呼びなさいっす!」

「あんたを知っていれば、子供だってすぐに思いつきます。
 あと、その呼び方は嫌です、無理です、断じてお断りです。」

そう言いながら、倒れたままのパウルに手を差し出した。


「おお、我が妹よ、俺を助け起こしてくれるっすか、持つべきものは妹っすね。」

「私はあんたの妹ではありません、年下のとっても可愛くて献身的な幼馴染です。
 あと、助け起こすのは単なるついでに過ぎません。」

キアラはパウルの腕を取って引き起こし、そのまま腕を極めた。


「か、可愛くて献身的な幼馴染は普通腕を極めたりしないっす!」

「残念ながら、私は極稀な例外です。
 さあ、それではラ・ロッタに帰りましょう。
 あんたが脱走したので、ジゼルお嬢様が酷くご立腹です。」

そう言いながら、パウルとともに店の出口に進むキアラ。


「もう一つ言えば、ジゼルお嬢様が怒っているので、エトワールお嬢様は更にご立腹です。
 上手い言い訳か辞世の句でも考えながら、帰途につきましょう。
 たぶん何を言っても運命は変わりませんが、人生無駄な足掻きが必要な時もあります。」

「ヒィ!処刑っすか、処刑決定っすか!?」

パウルは逃げようとするが、余程上手く極まっているのか、全く抵抗できていない。
その時、キアラが才人の方に振り返った。


「すいません、申し遅れました。
 私はキアラ、パウル商会の会計部長です、以後お見知りおきを。」

キアラはそう言うと、ぺこりと頭を下げた。


「あ…どうも、宜しく。」

改めて見るとすげー綺麗な娘だなぁとか思いながら、才人も思わず頭を下げる。


「そしてこの莫迦はパウル。
 不本意ですが、当商会の主です。
 真の主はケティ坊ちゃんですけれども。」

「ケティ坊ちゃんの荷物持ちとは真にうらやまけしからん身分っすね!
 頼むから代わって欲しいっす!」

そう言ってパウルは才人を指差したが…。


「今回ばかりはせこい事しないで私財を投入するっす!だか…。」

「黙れ。」

キアラがそう言うと同時にゴキッという妙な音がし、パウルが白目を剥いて気絶した。


「…これでよし。」

「いや、白目剥いてんぞ、そいつ。」

キアラの腕の中でぐったりしているパウルを見て、指差しながら指摘する才人。


「ラ・ロッタでは良くある事ですから、気にしないで下さい。」

キアラがそう言いながら、パウルを引き摺り始めた。


「よくある事なのか?」

「まことに不本意ながら、その通りなのです。」

ケティは沈痛な面持ちで頷いた。


「それでは坊ちゃん、ごゆっくり。」

キアラがドアから出て行く時に、ドアにパウルの頭が思い切りぶつかってかなり痛そうだったのを、才人は見なかった事にした。


キアラ達の退場後、二人は当初の予定通りに衣装選びを始めたわけだが…。
閉じた試着室のカーテンの向こうから、途切れがちに聞こえるシュルシュルという衣擦れの音。


「進むか進まないか、それが問題だ…。」

才人はぼそっと呟く。
カーテンの向こうには桃源郷がある、たぶん。
とはいえ、それを実行すると、たぶんプラズマ化して果てる事になる。
裸を見てしまった事もあるが、アレは偶然の間違いであったから許されたのであって、能動的にそれを為したとこの薄い布の膜の向こうにいる娘が理解した場合、許してもらえる可能性は限りなく低い。
そもそも、着替える前にケティが言っていた。


「この国の貴族には、極端な無礼を行った平民への私的制裁権があるのです。
 わかりやすく言うと、切り捨て御免なのですよ★」

歴史と伝統を極端に重んじるトリステインは、反面かなりおっかない国だという事をケティの笑顔とともに才人は理解した。


「考えるまでも無く、進むのは却下だ、却…か!?」

とはいえ、却下したのに勝手にバサリとカーテンが落ちるというのが、才人クオリティである。


「…………………。」

「オー、ワタシフレテナイネ、ナンニモシテナイヨ、ムジツダヨー?」

謎の外国人テイストな発音で言う才人だが、呆然とした表情で才人を見る半脱ぎのケティからは目を離さない。


「はい、これはここの店主の施設保守点検がいい加減だったからなのですね。」

気を取り直し錆びて破断したカーテンレールを確認して、ケティはにっこりと微笑んだ。


「ええとケティ、俺のせいじゃないとわかってんのに、何で杖の先端に炎が?」

「なにはともあれ、お約束なので吹っ飛びなさい!」

炎の塊が才人に向かって飛んでくる。


「なんじゃそりゃー!?」

不条理にツッコみつつ、才人は吹っ飛んだ。



「こっ、こんなのはどうでしょう?」

取り敢えずのお約束イベントをこなした後、ケティは衣装を着こんで才人に見せている。


「お、おおぅ…。」

露出度はそれ程ではないのに扇情的という、リクエストが見事に反映されたその衣装を着込んだケティに、才人は思わず呻き声を上げる。


「露出度が少ないとは言え、こ、これは少々胸を強調し過ぎでは?」

「そ、それがいいんじゃないか。」

照れて胸を隠す仕草が、これまた扇情的だったりする。


「こ、この店すげえ、神じゃなかろうか。」

才人の顔が高潮し、腰が屈みがちになり、息がハアハアと荒くなってきた。


「さ、才人…?」

「な、何?」

才人の興奮しまくっている顔を見て、ケティは身の危険を感じたのか少し怯えた顔になる。


「か…顔が、顔が凄く気持ち悪いのですが。」

「がーん。」

いきなり酷い事を言われて、愚息も消沈な才人。
がっくり膝をついて、くず折れてしまった。


「しかし、この服はある程度胸がないと、あまり意味が無いような…?」

「そういう方への衣装も用意して御座います。」

背後から店主の声がして、ばさっと服を何着か置く音がした。


「そうなのです…か?」

振り返ると何着かの服が椅子にかけられているが、居ない。
というか、先程から話しかけてくるしこちらから話しかけると応えてくれるのだが、何処に居るのかわからない。


「ふむ…。」

ケティは服を摘み上げた。


「店長、私はこれを着る事は出来ますか?」

「着ることは出来るでしょうが、あまり似合わないでしょう。」

ケティが尋ねると、何処からともなく声がする。
しかもその声も中性的な感じで、男か女かわからない。


「今度、あまり体の起伏が無い娘を連れてきますから、これはかたしてくださ…い。」

一瞬白いものが横切ったような気がして…その瞬間にケティが持っていたものも含めて服が消滅した。


「…なんという謎店長。」

「ふふふふふふふ。」

何処からとも無く聞こえてくる笑い声、本当に謎だ。


「私では駄目だという事は…ルイズが必要なのですね。」

「さらりと酷い事を言ってないか、ケティ?」

復活した才人がツッ込んだ。




「へくちゅん!」

魅惑の妖精亭で現在真面目に接客している最中のルイズだったが、不意に鼻がムズムズして思い気入りくしゃみをしてしまった。
両手にはワインのボトルがあったので口を塞ぐ事もできず、そのままくしゃみと一緒にいろいろなものが客の顔に降り注ぐ。


「ああっ、申し訳ありませんお客さ…っくっちゅん!?」

くしゃみが更にもう一発。
客の顔には色々な粘液が飛び散っている。


「あわわわ、御免なさい、御免なさい!」

基本的に気位が高くて高慢とは言え、人様の顔に粘液ぶっかけたのにそ知らぬ顔は出来ない。
そこそこ常識人なルイズだった。


「ははっ、良いさぁ、これはむしろご褒美さぁ。」

むしろ、客がかなり駄目な感じだった。




「結局、何着選んだんだっけか?」

店への帰途、才人がケティに話しかける。
そのあとも店で何着かの服を視聴し、スカロンに見せる為に持って帰る事にした。


「3着なのですね…とはいえ、これはある程度胸が無いと駄目みたいですが。」

スタイルに合わせてデザイン諸々をきちんと揃えてくれるという良心的なお店だった。
結局、店長の顔どころか姿さえ見ることが叶わなかったが。


「謎な店長でした…。」

「謎な店長だったな。」

2人はそう言うと、深く溜息を吐いた。


「兎に角、次に来る時はルイズも一緒に、なのですね。」

「そうだな、ルイズなら捕まえられそうだし、店長。」

才人の一言を聞いて、ケティは軽くよろける。


「て、店長を捕まえてどうしようというのですか、才人?」

「え?いや、だってほら、見たいだろ、店長。」

ケティが聞き返すと、きょとんとした顔で才人が言った。


「そりゃまあ、見たいかと聞かれれば見たいのは確かなのですが。」

「だろー?」

才人が暢気に頷く。


「あはははは…。」

そんな才人に、少し引きつった笑みを返すケティだった。



帰り道、通りを暫く歩いていると、甘いような香ばしいような変わった香りがしてきた。


「これは…紅茶の香りか?」

「ああ、これは最近東方からの隊商が持って来るという、《茶》なのですよ。」

鼻をくんくんいわせながら呟く才人に、ケティが応えた。


「ほら、ミ・マドモワゼルが言っていたでしょう?
 最近酒場の需要が喫茶店に持っていかれているって。」

「…そんな事言っていたか?」

ケティが解説するが、才人は憶えていなかったらしい。


「茶葉ではなく、茶の木があればラ・ロッタでも栽培できるのですが、東方の商人は絶対に種を持ってきてくれないのですよね。」

「ケティがまたなんか儲けようとしている…。」

腕を組んで眉を顰めるケティを、才人は半眼で見つめた。


「まあ確かに儲けようというつもりもあるのですが…飲みたくありませんか、緑茶。」

「へ?いや、紅茶の話だろ?」

ケティの言葉に、才人は不思議そうに首を傾げて聞き返す。


「緑茶も紅茶も、元々は同じ木の葉なのですよ。
 ついでに言えば、烏龍茶も。」

「へ?あれ全部同じ葉っぱなのか、初めて知った。」

才人は目をぱちくりさせている。


「発酵させずに蒸したものが緑茶、ある程度発酵させてから蒸したものが烏龍茶、蒸さずに最後まで発酵させたものが紅茶なのです。
 ですから茶の木さえあれば、紅茶ではなく緑茶が飲めるのですよ。
 というか、私が飲みたいのは紅茶ではなく緑茶なのです。」

「ああ、気持ちはよくわかるよ、日本人なら緑茶だよなぁ。
 あー…茶啜りてぇ。」

才人の目が望郷の念で遠くなっている。


「り、緑茶は無理ですが、紅茶なら飲めます。
 ちょっと喫茶店に寄りましょう。」

慌てたケティはそう言ってぼーっとしている才人の手を握り、通りにあった喫茶店に入っていった。


「いらっしゃいませ、お二人様ですか?」

「はい、2人なのです。」

ケティがそう言うと、壁際の席に通された。


「え…ええと、何だか周囲の雰囲気が…。」

頬を赤くして、ケティがきょろきょろしながら周囲を見ている。
そこは二人横に並んで壁や窓に向かって座る席で、男女がやたらとイチャイチャしていた。


「な、何でこんな席に…あ。」

そこでケティはようやく才人の手を握っている事に気付いて、慌てて放した。


「ほ、ほら才人、ぼーっとしていないで席に座ってください。」

「え?ああ、うん。」

才人はケティに促されるがままに席につく。


「いやしかし、カップル席とはやりますね、ここの店主…。」

「ん?どうしたんだ?」

顔を赤らめて、ブツブツ呟いているケティに才人が尋ねた。


「え?いいえ、何でもないのですよ。」

向かい合わせに座る席と違って、肩が触れ合うわ顔は近いわで、一旦意識してしまったケティの顔はどんどん赤くなって行く。


「どどどどドツボ、なのですか…これは?」

「何かケティ、変じゃね?」

才人の顔は至って平静そのものというかケティの様子が変なので、そちらのほうが気になって距離感とかをあまり意識していない才人だった。


「ご注文はお決まりですか?」

ウエイトレスがやってきた。


「ああ、ええと、お茶とマカロンを二セットずつ。」

「かしこまりました、お茶とマカロンをお二つずつでございますね。」

ウエイトレスは一礼して去っていった。


「マカロニ?」

才人が首を傾げる。


「マカロン、食べた事無いのですか?」

「あー…食べた事はあるかもしれないけれども、お菓子の名前なんていちいち覚えてない。
 ショートケーキくらいならわかるけど。」

才人の彼女居ない暦=年齢は、伊達ではなかった。


「才人があっちでモテなかった理由が、今うっすらとわかったような気がするのです…。」

ケティは才人を半眼で睨みつけた。


「マカロンはあちらにもあるお菓子ですよ、とても美味しいですから名前くらい憶えておいてください。」

「な、何で怒られてんの、俺?」

ケティの理不尽な怒りに、才人は戸惑う。


「怒ってはいません、果てしなく呆れただけなのです。」

呆れたせいなのか、いつの間にかケティが一方的に感じていた気まずさは消えていた。


「…こういう事を、素でやるから怖いのですよね、才人は。」

ケティはボソリと呟く。


「お待たせいたしました、お茶とマカロンでございます。」

そう言って、テーブルに紅茶とマカロンが入った皿が置かれた。


「ありがとう、はい、御代なのです…後は、これは貴方へのチップ。」

「ありがとうございます。」

ウエイトレスは笑顔で立ち去っていった。


「どうです才人、見た事はありますか?」

そう言って、ケティは才人の目の前にマカロンの入った皿を持っていった。


「うーん、たぶん。
 食えばもっとわかると思う。」

才人はそう言うとマカロンを掴み、一口齧った。


「うん、美味い。
 でも食ったかどうかわからん。」

「はぁ…つくづく食べさせ甲斐の無い人なのですね。」

才人の一言にケティは苦笑した。


その後、2人は《魅惑の妖精亭》へ帰り、スカロンに衣装を見せた。
ルイズは2人が喫茶店に寄った事に少々ご立腹だったが、ケティが今度はルイズも衣装選びに連れて行く事と帰りも同じように喫茶店による事を確約すると、機嫌を直してくれたのだった。

ちなみに才人はボコられた後だった…。



「ねえねえ才人、凄い紳士なお客さんが居たのよ。」

「へえ、どんな?」

店が終了した後、ルイズは店で起こった彼女的に感動した事件を才人達に語り始めた。


「…というわけでね、そのお客さん、わたしがくしゃみを思いきりかけちゃったのに、終始笑顔でいてくれて、なおかつチップもたっくさんくれたの!」

「すげえな、そこまで無礼な事をしたのに笑顔で許してチップまでくれるとは…確かに紳士かもしれん。」

才人も感心したという風に頷いている…が、ケティは渋面のままだ。


「…そのお客さん、何か言っていませんでしたか?」

「ほへ?あー…うーん…えーと、なんだかよくわからないけれども『むしろご褒美だ』って。
 凄いわよねえ、わたしなら泣いたり笑ったり出来なくなるまで殴るのに、それを笑顔で怒らずに『ご褒美だ』とまで言うだなんて、素晴らしい紳士だわ。」

ケティの問いに、ルイズは少しうっとりした面持ちで語った。


「才人、ルイズの身辺をきちんと守ってあげてくださいね。」

「へ?今の会話で何かわかったのか?」

ケティが才人の肩を叩きながら言うが、才人は気付いていないようだ。


「ええ、ルイズは物凄く世間知らずで純粋だという事が。
 性根の汚れた私には、少々眩し過ぎるかも知れないのです。」

「だから、それじゃあわかんねえって。
 俺にもわかるように、わかりやすく丁寧に言ってくれ。」

才人がそう言うと、ケティは才人にヘッドロックをかけた。


「あだだだだだ!な何をす…。」

「ええいこの鈍感恋愛マシーンが!こうしてくれるのですっ!
 …ルイズが変態の餌食になるのを防ぎたいなら、ルイズが何しても笑顔の客が来た時には気をつけるのですよ、私も気をつけますから。
 変態紳士な人達なら良いのですが、変態紳士のふりをした変態の場合が怖いのです。」

ヘッドロックをしながら、ケティはぼそっと呟く。


「わ、わかった、気をつける。」

「わかればいいのです、わかれば。」

それぞれそう言って、二人は立ち上がった。


「…なんか、またわたしに分らない会話をしてる。」

ルイズは少し不機嫌になった。


「知らない方がいい事というのも、往々にしてるものなのですよ、ルイズ。
 年をとれば否が応でもどんどん汚れていくのですから、何も進んで汚れた部分に顔を突っ込む必要は無いのです。」

「そんな事を年下に言われるわたしって、一体…。」

ルイズはちょっぴり落ち込んだ。
ケティはルイズを守りたいが、ルイズはルイズで年下に守ってもらうのってどうよという気分がある。


「ルイズ、大丈夫だ。
 俺も年上なのに、フォローされてばっかだから。」

才人はぽんぽんとルイズの肩を叩いた。


「うー、いつかケティに『ルイズって頼りになる素敵なお姉さまなのですねっ!』と、言わせて見せるわ…。」

ルイズの小さな背中にめらめらと炎が燃え上がっている。


「うーん、無理じゃね?」

「わたしのやる気に水を差すなぁっ!」

才人は問答無用で殴り飛ばされた。


「グハ…何でもかんでも殴って解決しようとすんじゃねえよ。
 お前は格闘漫画の主人公かっての!」

「何だか良く分からないけれども、私を莫迦にしてるでしょ犬。」

ルイズは才人を睨みつける。


「だったら会話に拳を使うんじゃねえ。」

才人もルイズを睨み返した。


「か弱い乙女の拳くらい、甘んじて受けなさいよ。」

「か弱い乙女の拳はデブを空中に浮かせたりしねえよ!」

才人の意見はごもっともだった。


「あははははは…。」

そんな2人のいがみ合いをケティは困ったような笑みを浮かべながら傍観するしかなかった。





「莫迦ばっかりかーっ!」

王城の執務室に、女王の怒声が響き渡る。


「へ、陛下、如何なさったのですか?」

アニエスが慌ててアンリエッタに駆け寄った。


「ケティからの報告書よ、読んでみればわかるわ。」

額を押さえながら、アンリエッタはアニエスに報告書を手渡した。


「な…なっ…な!?」

アニエスはその報告書を呼んで、赤くなった後一気に青ざめた。


「何ですかこれはー!?」

「休暇中とはいえ、王軍の士官が往来でケティとその友達の魔法学院の生徒に喧嘩吹っかけて一撃で負けた挙句、自分たちの率いる部隊を引き連れて脅しに来てもう一度コテンパンにやられた…って。」

アンリエッタは机に突っ伏した。


「私もう王様止めるわ、あとは野となれ山となれよ。」

「いや、いきなりやめるとか言われましても…。」

アニエスが顔を覗き込んでみると、いつも以上にやさぐれた女王の顔があった。


「いくらケティの仲間に北花壇騎士に虚無の使い手に伝説の使い魔までいて実戦経験ありと、親衛隊でも伸してしまいかねない学生の規格外だとしてもよ、こんなコテンパンにやられるだなんて。
 せめて一矢くらい報いなさいよ、正規軍なのよ、どんだけ雑魚なのよ。
 いつもやっている演習は一体何の為だと思っているのよ、演習やるのもタダじゃないのよ、あいつらそこんとこわかっているのかしら?
 あー、やってられないわ、酒呑みてー。」

アンリエッタはすっかりいじけていた。


「し、しっかりしてください陛下、この国の命運は貴方にかかっているのですから。」

とはいえ、アンリエッタの気持ちはよくわかるアニエスだった。


「わかってるわ、どんなに辛くたってアンリエッタ負けないっ!
 …とまあ、冗談はこのくらいにして、ナヴァール連隊はオクセンシェルナの再教育部隊に引き渡してあげなさい。
 あそこにはハルトマンとかいう恐怖の教官がいて、《海軍歩兵式軍事教練》だかで、どんなにやけた太っちょでも一流の兵士に鍛え上げてくれるらしいわ。」

「それは素晴らしいです。」

アニエスは感心したように頷いた。


「しかし、かの国は教育部隊が充実していますな。
 兵の質は戦の行方を左右するもの、我が国にもかの国のような教練機関を作る事が出来ればいいのですが。」

「そうね、アニエスには何か良い知恵はない?」

こういうことは武人のアニエスに聞くのが一番だと思い、尋ねてみるアンリエッタ。


「ふむ…オクセンシェルナの教育部隊に優秀な人員を送り込んで、教官候補にするというのが良いのではないかなと。」

「なるほど、技術を盗ませるという事ね?」

アニエスの提案に、アンリエッタはうんうんと頷く。


「善は急げだわ、早速銃士隊と親衛隊から何人か送り込みましょう。」

決断したら躊躇わないのがアンリエッタの長所であり欠点でもある。


「わかりました…ふむ、あやつなら…我が隊からはミシェルを出します。」

「え?あの娘は副隊長じゃなかったかしら?」

アニエスの一言に、アンリエッタが驚いた様子で聞き返す。


「副隊長だからこそです。
 あいつならオクセンシェルナの軍事教練技術をきっちり覚えてきてくれるでしょう。」

「そういう事なら良いわ、ミシェルには頑張ってきて貰いましょう。」

2人の何気ない会話で、一人の娘の勘違い復讐劇がこっそり潰えた。
帰ってきたミシェルは喋り口調がめっぽう乱暴になり、心が不安定になった時には銃を抱えて「これぞ我がライフル。世に多くの銃があれど、これは我、唯一のもの…」とか唱えるようになったが、これはまた別の話である。


「そういえば、例の新式銃の調子はどう?」

「はっ、まだ数丁ながら、隊員には非常に好評です。
 皆、新式銃が届くのを、好きな男と会う日を指折り数えるが如く待ち焦がれております。
 何せ、性能が段違いですから。」

そう言って、アニエスは笑顔を浮かべた。


「貴方も気に入っているみたいね。」

「勿論です。
 銃使いにとって、あれは至高の一品ですよ。」

そう言って、アニエスはうっとりした表情になった。


「ああ何だか無性に撃ちたくなってきた…陛下、これから少々射撃訓練に行って参ります。」

「はいはい、お仕事頑張ってらっしゃい。
 私も仕事に戻るわ。」

アンリエッタは部屋から退出するアニエスを見送った。


「うーん、しかし困ったわ。」

書類にサインをしながら、考え事を始めるアンリエッタ。


「…やっぱり軍隊は一朝一夕に強くはならないものねえ。」

後もう少し、もう少しでこの国の財政を食い潰していた連中を頭ごと叩き潰せる。
しかし金があっても、いきなり軍が精強になることは無い。


「ままならないものだわ。」

何とか軍を精強にする方法が無いか考えてみるが、さっぱり思いつかない。
オクセンシェルナの兵士訓練法を取り入れるにしても、実の所時間が足りない。
選択と集中で、ある程度質の高い部隊を少量生産することは可能だろうが…大方の兵に質は期待できないのだ、つまり。


「兎に角頭数を増やす…か。」

学徒動員というのがアンリエッタの頭を過ぎる。
メイジの頭数を用意できれば、若干ながらの火力強化は図れるだろう。
正規軍が学生に一方的にボコられたという実例もあるし。


「まあこれは最終手段よね。」

人的資源の乏しいこの国で、男を片っ端から戦場に送り込んで殺してしまったら、本気で国家存亡の危機である。


「やっぱりゲルマニアから皇子でも迎えるべきかしらね?」

流石に40過ぎのおっさんと結婚するのは嫌だが、その息子ならまた話は別なような気がする。


「結婚するのが、何と言っても一番手っ取り早いものねえ…でも。」

まだウェールズの事が頭の中から消えない。


「我ながら女々しいわね。
 この身は国王、男でも女でもなく、この国そのものと同義だというのに。」

若さゆえとはわかっているが、感情を上手く制御できない自分に苛々するアンリエッタだった。


「ケティならなんと言うかしらね?」

ケティ・ド・ラ・ロッタ、アンリエッタは最近ルイズから送られて来た手紙で、彼女が《ル・アルーエット》の正体だという事を知った。
あの歳でハルケギニア全土に知られる政治思想家…なんとも無茶苦茶な娘である。
彼女と話せば何か面白い答えが得られるかもしれない、アンリエッタはそう考えた。


「ふむ…?」

そう言いながら、アンリエッタは机の棚からサークレットを取り出す。


「そろそろこれを、もう一度使う時が来たのかしらね?」

アンリエッタはそう言うと、にんまり笑った。
それはおてんば姫と呼ばれた子供の頃と変わらない、やんちゃなものだった。



[7277] 第二十九話 仕掛けは済んだ、後は…なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/09/25 01:44
アレが追ってくる。
化け物が追ってくる。


「はぁっはぁっはぁっ!」

ビルを逃げ回り、街中を逃げ回り、やっと逃げられるかと思ったら橋に化け物だ。


「冗談じゃないぞ畜生!」

アメリカには大学の企画した研修旅行で来た。
研修旅行とはいっても、実態はただの観光。
アメリカ東海岸の都市をいくつか巡り、最終日前日のニューヨークでこの莫迦げた事件は起こった。


「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ!」

振動と一時的な停電、吹っ飛んできた自由の女神像の頭部。
そして現れた白い化け物。
なんというか、ゴジラとガメラに出てきたレギオンの嫌な所をくっつけたような化け物だ。
まず米軍の武器が効いてる様子が一切無い。
120㎜戦車砲弾や、ヘリからの対戦車ミサイル喰らっても平然としているとか、どんだけ化け物だ。
そして、鰓みたいなところから、子供と思しきちっさいレギオンみたいなのをボトボト産み落とす。
これは撃ち殺せるみたいだが、数は多いわすばしっこいわで厄介な事この上ない。


「俺が何したっていうんだよ!」

友人たちとははぐれた。
はぐれたとは言っても、一人は小さい化け物に齧られた後、水風船みたいに膨らんだ挙句破裂したわけだが。
つまり、永遠の別離ってやつだ。


「逃げるったって、どこに逃げろってんだよぉ…。」

はっきり言おう、土地勘ゼロだ。
どこに逃げていいのか分からない。
周囲の人に聞こうにも、ネイティブスピーカーのしかも焦って早口な人の英語なんて聞きとれん。
出来る事は、アレの足音が聞こえたら逆方向に逃げること。
アレと軍が戦う音が聞こえてきたら逃げること。


「嫌だ、死にたくない、何でこんな事に。」

だがしかし残念な事に、俺の後ろに足音がどんどん近付いてくるわけで…どうやら俺の運命はここまでっぽい。
運命の女神は、俺にわけのわからない理不尽な死に方を寄越してくれたらしい。
トラックに轢かれるよりはドラマチックな死を用意してくれて、どうもありがとう女神様とでも言えばいいのか?


「運命の女神の莫迦野郎、俺の目の前に来たら殺す!
 殺して犯してもっぺん殺す!」

そんな風に運命の女神を呪ったのが悪かったのか、俺の体は何者かに鷲掴みにされた。


「……………。」

振り返ってみると、そこには大きな怪物の顔。
サルっぽい、そんな間抜けな感想。
残念な事に、俺はこれから、この正体不明のわけのわからない化け物の食料になるらしい。


「……………。」

化け物の口がくわっと開いた…恐怖で悲鳴すらも上がらない。
口が近づいてくる誰か助けてお願い助けてまだ死にたくない助けてタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタス…。



「うぐ…。」

目を開くと朝方、魅惑の妖精亭の貴賓室の奥にあるベッドで目が覚めたのでした。


「朝っぱらからハードなものを…。」

久し振りに見たのですよ、前世の私が死ぬ瞬間。
私が大きくなるにつれて普通の女の子になっていった所から考えるに、おそらく前世の人格はショックで崩壊したのでしょうね。
記憶という名の残滓は、成長とともに吸収され整理される事で今の私に完全に統合された…と。


「汗びっしょり…水浴びでもしましょう。」

私はベッドから起き上がったのでした。
今日も暑いですし、水浴びはさぞ気持ちがいい事でしょう…才人がついうっかり現れたりしないように、ドアにつっかえ棒をしておかねば。









「ケティ、楽しそうな演劇知らないかしら?」

「トリスタニアで楽しい演劇を見たいなら、自分達で劇団作ってやった方がまだ面白いのですよ。」

私がそう言うと、ルイズはがっくりと肩を落としたのでした。


「そ、そんなに面白くないの?トリスタニアの演劇って。」

「才人が見たら、十中八九寝ます。
 才人の国は我が国をはるかに上回る大国なのです。
 こんな田舎町の三文芝居を見てもつまらないだけでしょうね。」

エンターテイメントなら世界屈指の国なのですよ、日本は。
…ふむ、いっそあちら風の演劇を役者に叩き込めば、ひょっとして儲かりますか?


「トリスタニアを田舎町って…。」

ルイズが私を睨みますが、事実ですし。


「才人の祖国の首都は東京といって、人口3000万人という、想像を絶する大都市らしいですよ。」
 
「さ、3000万人って、あまりにも馬鹿馬鹿しいわ、ありえないわよ!」

ルイズが目を白黒させているのです。


「確かに我々からすれば想像付きませんが、才人は嘘を言っているようには見えませんでした。
 才人の祖国である日本という国は、人口1億2000万人という想像し難い人口を誇る、東方屈指の大国らしいです。」

「わ、わたしにはそんな事話してくれなかったのに…。」

私にも話してくれていませんけれどもね…というか、その辺は才人よりも詳しいですし。


「ルイズに話しても信じてもらえないと思ったからでしょう。」

「じゃ、じゃあ何でケティには話してくれるのよ!」

え、えーと…私に向けられている視線はひょっとして嫉妬の炎って奴でしょうか?
いや、そんな視線を向けられても受け止めようが…。


「その前にルイズ、才人の故郷の話を真面目に聞いたことがあるのですか?」

そんなわけで、受け流す事にしてみたのでした。


「へ?え、えーと…そう言えば無いわ。
 無いというか、ちょっと聞いたけど、あんまりにも突拍子ないから、世迷言を言うなとぶん殴っていた記憶が…。」

いや、「てへへっ♪」とか、音符交じりで可愛く笑って見せても、内容が物騒過ぎるのですよ、ルイズ。


「だから何でいちいち肉体言語で語りますか貴方は。
 聞いた端からぶん殴っていては、会話にならないでしょうに。
 …というか、前にきちんと会話をしないと拙いといった筈ですが?」

「う…でも、ヴァリエール家はいつもこんな感じなのよ…。
 お母様を怒らせて、お父様やエレオノール姉さまや使用人たちが木の葉みたいに宙を舞うのを何度見たことか、そしてわたし自身も何度木の葉のように宙を舞った事か…。」

思い出したのか、顔を蒼白にしてルイズがガタガタ震え始めたのでした。


「それは…なんと言いますか、壮絶な家庭なのですね。」

…ひょっとして、この性格は遺伝じゃなくて教育方針のせいなのですか?
おそらく折檻を受けていないであろうカトレアは凄く穏やかな人ですし。
前世で烈風の騎士姫読んでおけばよかったのですよ…スピンオフものは基本的に読まなかった前世の私の莫迦莫迦莫迦。


「まあ兎に角、才人はすんごい国から来たので、誰が見ても残念な我が国の演劇を見せても、眠るだけなのですよ。」

もしくは私みたいに悲劇で笑い転げるか。


「うぅ、良い考えだと思ったのに…。」

ルイズはがくりと肩を落とした後、ハッと気づいたように顔を上げたのでした。


「…って!何で才人と出かける事に最初っから気付いてんのよーっ!」

おお、ようやっと気付きましたか。


「一人で演劇を見に行く程ルイズの《おひとりさまレベル》は高くありませんし、現在ルイズが一緒に行ける人は物凄く限られます。
 ぶっちゃけ才人か、もしくは私くらいしかいません。」

「ケティかもしれないでしょ?」

頬をほんのり紅色に染めて、ルイズが私を睨みつけます。


「私をどこかに連れて行きたいなら、私に相談はしないでしょう。
 そんなわけで私は消えるので、才人だけになるというわけなのです。」

「うぐ、貴方に口で勝てる日は永遠に来ない気がするわ…。」

はっはっは、まだまだ甘いねワトソン君なのですよ。


「でも困ったわ、どこに行けばいいのか思いつかないのよ。」

「こういう手もあるのですよ?」

そう言って私は上を指したのでした。


「天井?」

「そこを突き抜けてください。」

いいボケですルイズ。


「屋根裏?」

「そこも突き抜けてください。」

ボケ重ねとはなかなかやりますね。


「屋根?」

「…わざとやっていませんか?
 鳥も雲も突き抜けて、その上にある青いのです!」

私がじろっと睨むと、ルイズは納得したように手槌を打ったのでした。


「おお、空ね!?
 思わせぶりだからなかなか行き着かなかったわ。」

「本気のボケとはなかなかやりますね。」

才人と2人でボケ倒し漫才が出来そうな勢いなのです。


「でも、空って?」

「学院に帰れば、蒼莱があるでしょう。
 あれで遊覧飛行でもしてきてはいかがですか?
 狭い空間に二人きりで、なおかつ才人も寝る事は無いでしょう。」

寝たらルイズの危機なので、使い魔のルーンが叩き起こしてくれるでしょうし。


「成る程、確かに素敵ね。
 二人っきりというのもいい感じだわ。」

ルイズが軽く頬を赤らめながら、うんうんと頷いています。
観劇が大失敗だったのは知っていますから、これでより仲良くなってくれれば良いのですが。


「まあそんなわけなので、思う存分空の上でイチャイチャしてくるが良いのですよ。」

「イチャイチャってのが微妙だけど、ありがとうケティ…って、具合悪いの?」

私の顔を見たルイズが、心配そうに声をかけてくれたのでした。


「へ?うーん…確かに朝寝て昼に起きるなどという生活は初めてですし、体調を崩しているかもしれないのですね。」

顔色が悪いのでしょうか、私は?


「眉を顰めていると思ったら、やっぱり!
 確かに昼夜逆転は、体に負担がかかるわよね。」
 
「ふむ…今日は私もお休みを戴いている事ですし、部屋でのんびりしている事にしましょう。」

私も知らないうちに疲れが溜まっていたのかもしれません。



「なあケティ、ちょっと良い…か?」

何でネグリジェに着替えようと服を脱いだその瞬間を狙うように来ますか、このエロ使い魔は。
それともアレですか、私は脱ぎ属性のサブヒロインか何かって事なのですか?


「おしっこは済ませましたか?
 神様にお祈りは?
 部屋の隅でガタガタ震えて、命乞いをする心の準備はOK?」

おやおや、私は微笑んでいるのに顔が蒼白なのですよ、才人?


「ま、待て、話せばわかる。」

「問答無用。」

話せばわかると言われれば、問答無用と返すのはお約束なのです。


「ノックくらいしろと何度言えばわかりますか貴方はーっ!」

「ごめ…あべし!?」

才人は炎の矢で豪快に吹き飛ばされたのでした。



「あー…死ぬかと思った。」

すっかり横島忠夫かアンデルセン神父かといった感じの不死身キャラと化したのですね、才人。


「ついうっかり部屋の鍵を掛け忘れた私もどうかと思いますが、女性の部屋に入る時にはノックの一つもするものなのですよ?」

「うぅ、申し訳ない。」

少し煤けているものの、莫迦みたいに無事な才人なのです。


「…で、何の用なのですか?」

「あーいや、ルイズに蒼莱で遊覧飛行したいって言われたんだけど、良いか?」

んぅ?何でルイズは私からの許可は既に出ている事を言わなかったのでしょうか?


「ええ、のんびり飛んでくると良いのです。
 今日は天気も良いですし、遊覧飛行にはうってつけなのですよ。
 ああ、離陸前の点検を忘れないでくださいね。」

固定化をかけてあるといっても古い機械ですし、作動不良を起こすと大変ですからね。


「ん?ケティは来ないのか?」

「この恰好を見てわかりませんか?」

何の為に私がわざわざネグリジェに着替えたと思っているのでしょうか、この目の前の野暮天は。


「ひょっとして、こんな真昼間から寝るのか?」

「ええ、少し体の調子が悪いようなので、今日は寝て過ごす事にしたのです。」

いやはや、体の不調というものはなかなか気付かないものなのですね、ルイズに感謝なのです。


「絶好調にしか見えねーのだけれども…例えば焦げた俺とか。」

「乙女の怒りは天をも穿つのですよ。」

わかりやすく言うと、死あるのみなのです。


「そんなわけで、空の上でルイズとイチャイチャしてきなさい、私は寝ていますから。」

そう言いながら、私はベッドに潜り込んだのでした。


「わかったら、さっさと行くのです。
 乙女の寝所に長い間居るものではありません。」

何故だかイライラして、語気が荒くなるのです…拙いのですね、これは本当に具合が悪いかもしれません。


「わ、わかった…お大事にな。」

少し戸惑った表情で、才人は部屋を出て行ったのでした。


「さて、眠りますか…ねむねむ。」

私は布団を被って目を瞑ったのでした。





「ケティ、マドレーヌ様が来たわよ。」

部屋で休んでいると、ジェシカがやってきて私を揺り起こしたのでした。


「んぅ…ほへ?マドレーヌ様が?」

マドレーヌ様こと、マドレーヌ・ド・ラ・トゥール様なわけですが…ええと、何で?


「わかりました、着替えますから貴賓室に通してあげてください。」

「…もう来てますわよ?」

その言葉と同時に、ぴょこんと見た事のある顔が現れたのでした。


「マドレーヌ様、着替えるので下で少々お待ち頂けますか?」

「いいわよそれで、病人はベッドで寝るのが仕事よ。
 私は少し話したい事があるだけだから、接待とかいらないわ。」

そう言うと、彼女は部屋に入ってきたのでした。


「お酒はいらないわ、よーく冷やしたレモネードを二つ頂戴、大急ぎでお願いしますわ。」

そう言って、ジェシカに金貨を10枚手渡したのでした。


「チップと御代先払いよ、兎に角急いで。」

「は、はいっ!」

ジェシカは大急ぎで厨房に走って行ったようなのです。


「…で、何でこんな所に居るのですか、姫様?」

「おほほほほほ。」

そう、謎の女貴族マドレーヌ・ド・ラ・トゥールとは仮の姿、正体はフェイスチェンジで顔を変えた我らが女王アンリエッタ・ド・トリステイン陛下なのです。


「しかし、貴方が病気とはね。」

そう言いながら、姫様は林檎を手にとって、置いてあったナイフで剥き始めたのでした。


「お恥ずかしい限りなのです。
 どうやら、早朝に寝て昼起きるという生活が体に合わないようなのですよ。
 そんなわけで、今日はゆっくり休むことにしたわけなのですが…。」

「仕方がないわ、私も滋養強壮効果のある水の秘薬一気飲みしながら仕事をしているから何とかなっているけれども、これがいつまでも続くとは思えないしね。
 はい、林檎剥けたわよ。」

ええと…姫様はワーカホリック過ぎるのですよー?


「…ちなみに、私が滋養強壮効果のある水の秘薬を片っ端から買い占めたせいか、一部の自称《精豪》な貴族の殿方が漁色に出かける回数がめっきり減ったって評判よ。」

「まあ、それは素晴らしい事なのですね。」

女を弄んでポイするような連中には、そんなものは与えないで正解なのですよ。


「…しかし姫様、そんなものを飲んで悶々としないのですか?」

「ぶっちゃけた話、盛るだけの元気があるのなら、その分で仕事がしたいわ。」

それは健全な青少年として、どうかと思うのですよ姫様?


「うーん…でも、恋愛をすると元気がモリモリ湧いてくると聞きますが?」

「そんな事言ったって、私と恋愛をする殿方というのは、そのまま王配になる可能性があるという事。
 私と恋愛関係にあるというだけで、その貴族は大きな政治的影響力を持つわ。
 器を過ぎた過大な権力を持てば、賢者も時にとんでもない愚鈍な人間になる事があるのは歴史が語るところよ。
 私は恋愛をしたいなら、その前にまずは人としての器を見極めなきゃいけないのよ、それだけで面倒臭いわ。
 それに、そんな暇があるなら、どれだけの書類を処理できることか。」

結局仕事に行きつくのですね、このワーカホリック姫は。


「それならば、私と話している時間も十分に無駄では?」

「そんな事は無いわ、貴女の進言や忠告はためになっているもの。
 そう…当代きっての政治思想家と話す時間なら、いくらでも無駄ではないわよ。
 そうよね、ル・アルーエット?」

早速ばらしやがりましたね、あのピンク。
…まあ、ばらすなとは言っていないので、別に構わないのですが。


「しかし、当代きっての政治し…。」

「レモネード、お待たせしました!」

ジェシカがレモネードを二杯お盆に載せて、ドアを開いたのでした。


「ジェシカ…ノック。」

「あー…焦っていて、思わず忘れちゃったわ。
 申し訳ございません、マドレーヌ様。」

私が半眼で見つめると、ジェシカは頬を赤く染めて後頭部をポリポリと掻いてから、深々と頭を下げて謝ったのでした。


「構わないわ、でも次からは気をつけるのですわよ。
 あ、レモネードはテーブルに置いておいて頂戴。」

「はい、マドレーヌ様。」

ジェシカはテーブルにレモネードを置いたのでした。


「下がって良いわ…あと、人払いをお願いしますわね。」

姫様はそう言って怪しく微笑むと、ジェシカに更に金貨30枚を渡したのでした。


「ひ、人払いでございますか?」

「そう、私はゆっくりと友人を見舞いたいの…わかりますわよね?」

ええと…姫様、何で私にコケティッシュな流し目を送りやがりますか?


「え…ええと…。」

何なのですかジェシカ、その良心と金を天秤にかけるような表情は?


「ケティ…。」

ジェシカは私の肩にポンと手を置いたのでした。


「人生長いもの、こんな事もあるわ。
 犬に噛まれたとでも思いなさい、相手は男じゃないし。」

「はあ?」

いったい何が起こっているのでしょうか?


「才人には話さないから、と言うか誰にも話さないから安心して。
 それじゃあ、ごゆっくり…。」

「あの、ジェシカ、何の事だか説明を…。」

バタンという音がして、ドアが閉まってしまいました。


「えーと?」

「ぷっ…くくくくくっ。」

姫様がお腹を押さえて、静かに笑い転げているのです。


「ひ、姫様、今のはいったい…?」

「うふふふふふ、稀代の政治思想家も、色恋沙汰には疎いと見えるわね。」

色恋沙汰?いったい何を?


「つまりね、今のジェシカとかいう娘は、30エキューで貴方の操を売り渡したのよ。」

………………………へ?


「み、操!?操って、だだだだだ誰に!?」

「私に。」

サークレットを外して素顔に戻ると、姫様はニヤリと笑って見せたのでした。


「…おお成る程。」

しかし、人払いにそんなネタを使うとか、姫様のヨゴレっぷりが最近顕著になってきているような?


「察しが良過ぎるのも可愛くないわよケティ?
 そんなわけで、折角だから実践を…。」

「女性とイチャイチャする趣味は無いのですよ…って、何をしますか、ちょ!ま!?」

あーれー…。


「…って!いい加減にするのです!
 何時までふざけ続けるつもりなのですか!?」

私は半ば脱げたネグリジェを押さえながら、姫様を睨みつけます。


「そうね、ケティの慌てふためく顔も堪能できたし、このくらいにしておくわ。」

「暇潰しに陵辱しようとしないで下さい…。」

冗談なのはわかっていましたが、冗談でも本気でやりそうなのが怖いのですよ、この姫様は。


「話は思い切り戻りますが…何なのですか、その《当代きっての政治思想家》というのは。」

「ル・アルーエットに対する各国の王侯貴族の評価よ。
 ちなみに枢機卿が言うには各国貴族の愛読書らしいわよ、貴方の本。」

何なのですか、その過大評価は。


「そもそも、そこまで莫迦売れしたという記憶は無いのですが。」

「いいケティ?世の中には写本というものがあるのよ?」

あー…良く考えてみれば、この世界に《著作権》という概念はまだ無いのでしたね。
勝手にコピーされるとは…印税払えコンチクショーなのですよ。


「貴方は気付いていなかったかもしれないけれども、貴方の書いた本は画期的なのよ。
 《貴族たるもの》は王侯貴族の権利と義務、領民の権利と義務、そして両者がそれぞれに持つ力、それをハルケギニアの知的階層にわかりやすく説明した本なのは、書いた貴方が一番良く知っている筈。
 そしてそんな本は、今まで誰も書いていなかったのよ。」

「ぬぅ…。」

これは、この人生始まって以来の大チョンボかもしれません。


「貴方はここ数年で最大の掘り出し物だわ。
 ルイズの手紙を読んだ時、思わず嬉しくて踊りだしちゃったわよ、それを見た枢機卿に疲れ過ぎて錯乱したのかと勘違いされて危うく医者呼ばれる所だったわよ、どーしてくれるのよ。」

「そんなの関係ねえのですよ。」

そりゃいきなり踊りだした姫様が悪いと思うのですよ。


「だいたい私は今年学院に入ったばかりの若輩者、ただの学生なのですが?」

「ただの学生は商会興して大儲けしたり、政治考察本出したりしないわ。」

まあ、それはそれで道理ではありますが。


「大丈夫よ、ここでいきなり官僚になれとか言ったりはしないから。
 学生時代はきちんと待ってあげるから、終わったら速やかに王宮でこき使ってあげるわ。」

このワーカホリック姫に付き合っていたら、婚期逃して盛大に嫁き遅れになるような予感が…。


「いや、私は領地に引っ込んで領地の整備を…。」

「新しい領地をあげるわ、ド・ワルドで良いかしら?」

姫様はニコニコしながら、とんでもない事を言いやがったのでした。


「なんつー領地を押し付けようとしているのですか、姫様。」

ケティ・ド・ワルドなんて、物凄く縁起の悪い名前になるなど冗談ではないのですよ。


「あら、前領主が裏切った挙句、主に貴方のせいでけちょんけちょんな目に遭った以外は結構いい領地なのよ?
 今ならまだそれ程荒れていない筈だし、良いと思ったのだけれども。」

「荒れ放題の領地の方が100倍ましなのです。」

縁起でもない、私に笑いの神が降臨したらどうするつもりなのですか、姫様は。


「領地など要りませんから、ラ・ロッタに引っ込ませてください。」

「断るわ。」

ぬぅ…強情な。


「そもそも、貴女がラ・ロッタに引っ込めるわけがないでしょ。
 モット伯なんて、貴女の才能を物凄く買っているのよ、学院を中退させてでも王宮に引っ張ってきてくれないかって頼まれたくらいだし。
 ちなみに、寝言で貴女の名前をぼそっと呟いて、勘違いした奥さんにボロ布みたいになるまで制裁されたばかりだったりするわ。」

モット伯…お願いですから、私の命まで危うくするような寝言を呟かないで欲しいのです。


「諦めなさい、才能にはそれに見合った仕事が付き纏うのよ。」

「あー…姫様にそれを言われると説得力があるのですね。」

原作の初期の頃の姫様は、まさに位打ちといった風情でしたが。
まあ、苦難を乗り越えて立派な君主に成長していったので、分相応だったとも言えますか。


「ところで姫様、まさかこんな事を話しにここまで来たのですか?」

「強引な話題逸らしね…まあ良いわ、確かに私がしに来たのはこんな話ではないし。」

そう言って、姫様は頬をポリポリと掻いたのでした。


「じゃあ早速だけれども、ゲルマニア皇家と姻戚関係を結ぶべきだと思う?」

「相手が皇帝で無ければ、それも良いのではないかと。」

あまり早くに結婚されると、私の知る原作から大幅に逸れそうな気がするのでNGですが。


「…とはいえ、ゲルマニア皇家は第一皇子ですら現在9歳ですが。」

「そうよね、流石の私もベッドで震える9歳の子供に興奮した半笑い顔で圧し掛かっていくとか無いわ。」

いや姫様、そういう問題では無いような気がするのですよー?
そもそも、何でそんなに具体的なのですか。


「皇帝との結婚は無しですしね。」

「いやまあ、子供出来たら実権取り上げてどっかに幽閉すれば、ついでにゲルマニアも手に入って一石二鳥なような気もするけど、年上過ぎて嫌なのよね。」

エカテリーナ帝にでもなるつもりですか姫様…というか、確かゲルマニアの皇帝は御淑やかな女性が大好きだった筈。
まあ、姫様も猫被ればそのくらいお手のものでしょうが。


「無難な所で我が国の貴族…謙虚で地味という、我が国の貴族にはなかなかいない殿方を探すのが一番とも言えますが…。
 まあ何にせよ、姫様の旦那になる人は大変でしょうね。」

「貴女の旦那になる人もね。」

はて、ナンノコトヤラ。


『うふふふふふふふ。』

私たちは微笑みを浮かべながら睨みあったのでした。



そんなギスギスしているのだか微笑ましいのだか良くわからない歓談の後、満足したのか姫様が立ちあがったのでした。


「…あ、そうそう、サイトを借りられないかしら?」

ふと、思い出したように、姫様がそう言ったのでした。


「才人はルイズの使い魔なわけですが、何故私に?」

「ルイズに頼んだら絶対に反対するからよ。」

まあ…確かに、容易に想像できるわけですが。


「王宮をこっそりと何度か抜け出したでしょう?
 御陰様で財務卿は、私が城を抜け出す悪癖を覚えたのだと勘違いしてくれているわ。
 若いって良いわね、敵が勝手に舐めてくれるもの。」

「勘違いなのかどうかは置いておいて、財務卿がそう考えてくれたのは良い事なのですね。」

財務卿は姫様が真っ黒なのを知る側近の一人ですし、油断させるには事前準備が必要だったという事なのですね。


「とはいえ私はしがない水メイジで、剣の心得も無いか弱き乙女だわ。
 そろそろ刺客の一人や二人や一個師団くらいは覚悟しなきゃいけないと思うの。」

「はぁ…。」

一個師団も来たら、刺客ではなくクーデターなのですよ。


「まあそんなわけで、身辺警護にとびきりの腕利きが一人欲しいのだけれども、銃士隊は他の野暮用があるから出せそうにないのよ。」

劇場いっぱいのTAKARAZUKAですね、わかります。


「成る程、それで才人という事なのですか。
 ルイズが一緒に付いて来ないように、私に細工しろという事なのですね?」

「そういうこと。」

ルイズは目立ちますからね、ピンクですし。


「まあそういう事なら、何とか手配しましょう。
 一つ言っておきますが…才人はルイズのものなのですから、手を出しちゃあ駄目なのですよ?」

「うーん…でも私、思い返してみるとルイズの持っているものが欲しくなる性質なのよね。」

そう言って、姫様はにやりと笑って見せたのでした。


「ぬぅ、逆効果でしたか?」

「冗談よ、一国の女王が一介の平民と恋に落ちるなんて、物語じゃあるまいし有り得ないわよ。」

そう言って、姫様は悪戯っぽくウインクして見せたのでした。


「いつもの態度が態度なだけに、全く信用出来ないわけなのですが。」

「…まあ、女王ともなれば、愛人の一人や二人いるものだわ。」

何で目を逸らしやがりますか。 


「兎に角才人は駄目です、絶対に駄目なのです。」

別に才人で無くても良いではありませんか、才人で無くても。


「…ふーん、その目はひょっとして嫉妬?」

「んにゃっ!
 い、いいいいいいいいいきなり何なのですか!?」

何でこんなに動揺しますか私!?


「ほほう…これは実に興味深い、興味深いわ。
 貴女が惚れるほどの男ね、冗談だったけれども興味出てきたかも。」

「ああいや、私は男を見る目が無い事に関しては他の追随を許さないと言いますか。
 ええもう、変な男ばかりですから、ええ、ええ。」

な、何故否定しませんか、私は?


「才人は莫迦で助平で朴念仁でお調子者で、兎に角駄目駄目駄目な駄目人間なのですから、姫様が興味を持つような相手では…。」

ひ、ひょっとして…。


「悪い所がきちんと把握できるくらい、きちんと彼を見ているっていう事よね、それ。」

私ってば本当に才人の事が好きなのですかー!?


「ふふふ…まさか、まさか、いつの間にやらサブヒロインとは…。」

「えーと、何言っているのだかわからないわ、ケティ?」

くず折れる私を変なものを見るような視線で姫様が見ているのです。


「ラブコメ主人公属性おそるべし…おのれ、嫁き遅れたら責任とってもらいますからね、才人。」

「…だから、何を言っているのか分からないわ。」

姫様が困ったという感じで額を押さえているのです。


「少々現実逃避をしてみただけなのです。
 と、兎に角、才人に手を出しちゃ駄目なのですよ?」

「まあ、私も幼馴染と将来こき使えそうな人材をいっぺんに失いたくないしね…自重はするわよ。」

何とかわかってくれたようで、良かったのですよ。


「とは言え…男と女の事だから、自重しても無理な事もあるけれども。」

そう言って、姫様はニヤリと笑ったのでした。
ああもう、誰かこの姫様を止めて欲しいのです。




「ただいま、ケティ。」

「体の調子はどう、ケティ?」

姫様が帰った後、夕日も翳ってきた頃に二人は帰ってきたのでした。


「ベッドに寝転がっていたのが良かったのか、回復したようなのです。」

「そっか、良かった。」

才人の安心した表情を見て、心臓が少しドキドキするわけですが、いやホントどうしましょうか?
ルイズから才人を取るのは絶対に無理というか、理性ではそれはやれてもやってはいけない事だというのも分かっていますし。


「それよりもケティ、そこで転がっているジェシカは何…?」

「それはオブジェですから、無視の方向で。」
 
オブジェの癖に、か細い声で「タスケテー」とか言っていますが、無視なのです。


「すげえなアレ、亀甲縛りって奴?」

「スカロンが、煮るなり焼くなり好きにしろといったので、取り敢えず部屋の隅に転がしてみました。
 ちなみに、持ってきたときには既にあの状態だったという事を宣言しておくのですよ。」

オブジェから「トリアエズコロガストカナイワー」とか聞こえますが、同じく無視なのです。


「…ジェシカ、ケティに何かしたの?」

「人間、目先の欲に囚われてはいけませんよねーという事なのです。」

スカロンは見た目以外は本当にまともなのですよね。
娘が外道に落ちそうになったら、こうやって是正する事に躊躇は無いのです。
見た目がまともでないのは、縛り方もそうだったというだけなのですよ、ええ、ええ。


「見た目だけは徹頭徹尾変態なのですね、あの御仁は。」

料理はまともどころか絶品の域なのに…。


「よくわからないけれども、ケティとスカロンが悪いと思う事なら悪いわね。」

いつの間にかルイズの信用も勝ち取っていたスカロンなのでした。


「んで、この卑猥なオブジェ、何時まで転がしておくつもりなんだ?」

「明日目が覚めたら、下ろしてあげようかなと。
 そんなわけでジェシカ、お休みなさい。」

ジェシカの顔に昏睡効果のある水の秘薬(メイド・イン・モンモランシー)を霧吹きで吹きかけると、軽くもがいた後ぐったりと動かなくなったのでした。


「これで明日の朝目覚めれば、恥ずかしい縄の後がばっちり残ってやな感じなのです。
 体のあちこちも痛くなるでしょうし、これをもって制裁とします。」

これでジェシカが変な性癖に目覚めたとしても、まあ仕方が無いでしょう。
親子で仲良く変態というのも悪くないかもしれません。


「取り敢えずこのオブジェは放って置いて、遊覧飛行はどうでしたかルイズ?」

局地戦闘機なのでガソリンが結構減ったかもしれませんが、モンモランシーの小遣い稼ぎにもなりますし、まあ良いでしょう。


「うん、すっごく楽しかった!
 前に乗った時には景色を楽しむ暇も無かったけれども、今回は楽しめたし。
 船に乗っている時と違って、雲が物凄い勢いで遠ざかっていくのよ!」

「間違えてケティん家の空域に入っちまって、怒り狂ったでかい蜂が物凄い数で追いかけてきた時はどうしようかと思ったけれどもな!」

あああぁぁぁ…何という事を。
たぶん姉さま達も目撃しているでしょうし、後で事情を知った山の女王に叱られるううううぅぅぅぅ!


「うお、ケティがすげえブルーになってる。」

「ラ・ロッタの上空は、ラ・ロッタ家のものしか進入を許されていない不可侵の空なのですよ、それを破ってしまうとは…。
 しかもそれが私の手によるものだと知れたら、物凄く怒られるのは必至なのです。」

あの御方、説教が長いのですよねえ…しかもいつの間にか昔の武勇伝に摩り替わるし。


「あー…ひょっとして物凄くごめんなさいな事態?」

「良いのですよ、予め言っていなかった私が悪いのですから。」

まあ、何だかんだ言ってあの御方は身内には激甘ですし、好物の牛を何頭か献上すれば、沙汰は大分軽くなるかもしれません。






「サイトを借りに来たわ。」

数日後、姫様が再びやって来たのでした。


「はいはい、わかりましたから、これに着替えておいてくださいね。
 私は才人を連れてきます。」

そう言って、私がいつも酒場に出る時に来ている服を一着渡したのでした。


「あら、着ても良いのかしら?」

「変装したいかなーと思ったのですが、貴族の格好でも構いませんか?
 まあ、どうせ顔が違いますし。」

いつも通りフェイスチェンジのサークレットで、堂々と城を抜け出してきた姫様なのでした。


「折角変装するのだもの、フェイスチェンジなんて無粋な真似はここまでにしておくわ。」

「使わないのですか?」

折角便利なのに…。


「最後の最後で使うようにするわ、その方が探し回る現場が混乱するでしょ?」

姫様に似た人間がうろついているのを見れば、町の人々は「あれっ?」と思う筈で、それをもって更に場を引っ掻き回すつもりなのですね。
探す兵隊さん達には悪いですが、今回は本当に探し回って混乱している現場を作り出すのが目的なので、これで良しなのです。


「財務卿とアルビオンの間者、両方釣り上げるわよ、ケティ。」

そう言って、姫様は私にウインクして見せたのでした。



[7277]  幕間29.1 王女と剣士の少年
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/03/10 18:52
「あんたはああああぁぁぁぁ、また女の子の胸ばっかり見てええええええぇぇぇぇぇ!」

「ぎにゃああぁぁぁぁ!」

何時もの如く例によって予定調和通りに才人がルイズにボコられている。


「まったく、いつもいつも飽きないわよねえ。」

「頑丈よね、サイトって。」

女の子達は既に慣れて気にしていない。


「いいぞ、もっとやれー!」

「オラァ!兄ちゃん根性見せろぃ!」

常連客は見世物の一つだと認識しているっぽい。


「ああ…羨まし過ぎますなぁ。」

「あの細い手足で蹴る殴るされるとは…ああ、私もあの足で踏まれてみたい…。」

ルイズの固定客達に至っては頬を紅潮させて羨ましそうに指を咥えて見ている…どう見ても変態です、本当に有難う御座いました。


「お前ら、見てないで助けてくれええぇぇぇ!」

でも誰も助けないのは、何だかんだ言って二人が仲が良いのを知っているし、何より才人が瞬時に再生する人類の規格外、言うなれば不思議生命体(YOKOSHIMA)だから。
まあ兎に角そんなこんなで今日もほのぼのと血飛沫飛び散る凄惨な光景、平和な平和なとっても平和な《魅惑の妖精亭》だった。


「ぬぅ…あのルイズに悟られずに、どうやって連れ出しましょうか?」

その中で一人動きの違う娘が一人。
栗色の直毛を肩まで伸ばし、絹のような光沢の髪に光る天使の輪っか…そう、ケティ・ド・ラ・ロッタだ。
アンリエッタ王女が才人を借りにやってきたわけだが、いざこっそり連れ出そうとしたら例の如く血祭りの真最中。


「ルイズ、ルイズ。」

「あんたはああああぁぁぁ!いつもいつもいつもおおおおぉぉぉぉ!」

ケティは声をかけたが、ルイズは折檻に忙しくてこちらに気付いていない。


「ルイズ、ルイズー?
 おーい、やっほー?」

「こんのバカ犬があああぁぁぁっ!」

ケティはめげずに声をかけてみるが、全く反応する気配がない。


「ふむ…。」

ケティはしばし考え込んだ後、おもむろに呪文を唱え始めた。


「バースト・ロンド。」

『ふんぎゃー!?』

ルイズ達の周囲で爆竹状の小さな爆発が連続して発生する。
この不意打ちに堪らず悲鳴を上げてから、ルイズは崩れ落ちるように倒れた。


「あうううぅぅぅ…。」

「うがががががが…。」

ルイズ《達》という事で、ついでに才人も巻き込まれていたが、ケティは見なかった事にした。


「全くもうルイズは、熱中すると人の話をきけなくなるのが玉に瑕なのですよ…って、あれ?」

「………………………。」

へんじがない、ただのしかばねのようだ。


「あー…集中している時に肩叩かれたらびっくりしますものねえ。」

そんな呑気な事を言いながら、ケティは気絶したルイズを突っついている。


「さすがケティ、容赦無いわねえ…。」

「声をかけている間に気付いてくれれば、こんな悲劇が起きたりはしなかったのですが。」

ジェシカのあきれたようなツッ込みに、ケティは少し悲しそうに肩をすくめて見せた。
ちなみに、この店の常連にはケティがメイジだという事はばれている。
しかもルイズが暴れた時とか、貴族が暴れた時とかに引っ張りだされるので、いわゆる『先生』と呼ばれる用心棒の類だと勘違いされている。
普通の暴れやすい酔っぱらいは、ルイズに『酔い潰される』ので、ケティが出るまでもない。


「とりあえず、この二人をこんな所に転がしておくのもなんだし、部屋にでも連れてって。」

「はい、了解なのですよ~と。
 レビテーション。」

ケティが呪文を唱えると、重なり合うように倒れている二人の体がふわりと浮きあがる。


「では皆様、御機嫌よう。」

そう言って、ケティは二人を貴賓室に運んで行った。


「姫様、お待たせしました。」

「でかしたわ…って、何でルイズまで?」

運び込まれてきた才人を見て、満足そうに頷いたアンリエッタだったが、ついでに運び込まれたルイズに首をかしげた。


「いや、そう言えばここに水メイジが居たなぁと思いまして。」

そう言いながら、ケティは二人をベッドに下した。


「そんなわけで姫様。
 ルイズに軽めの『スリープ』をかけちゃってください。」

「なるほど、確かにこっそりサイト殿だけを連れて来るよりも効率が良いわね、それ。」

そう言って、アンリエッタは呪文を唱え始める。


「スリープ。」

「ふにゃ…すぴー…。」

ルイズは速やかに気絶から睡眠状態に移行した。


「さて、では才人を起こしましょうか。
 才人、起きてください才人。」

「えーと…あれ、ケティ?」

瞼をこすりながら寝ぼけた顔で才人が起き上がる。
ちなみに、既に全身の傷は無い。


「おはようございます才人。」

「あ…うん、お早う。」

才人は気絶から立ち直ったばかりで少々ぼーっとしている。


「おはよう、サイト殿。」

「へ?ええと…どこかで見たような?」

何度も言うようだが、才人は寝ぼけている。
どうやら度忘れしてしまったらしい。


「ほう、私の顔を思い出せないとは…やるわね。
 ほらほら、思い出しなさい。」

思い出してもらおうとして、腕を組んで偉そうなポーズをとるアンリエッタ。


「んー…やべえ、これ程の巨乳を思い出せんとは、鈍ったか俺。」

だがしかし、才人はアンリエッタが腕を組んだ事で強調された胸にばかり目が行っている。


「姫様の胸ばっかり見ているんじゃないのですよ、このエロ使い魔!」

「あだぁ!?」

それを見たケティは、ハリセンで才人の後頭部を思いきり引っ叩いた。


「いたたたた…姫様?
 ああ、あのやさぐれお姫様!」

才人はすっきりした表情になって、ポンと手槌を打った。


「ねえケティ、このうすらぼんやりした少年に、『口は災いのもと』という諺を理解してもらう必要があるのだと思うのだけれども?」

「才人にそのように細やかな配慮を覚えさせるのは、果てしなく困難かと。
 おそらく徒労に終わるでしょう。」

アンリエッタもケティも酷かった。


「それに、朴念仁で昼行燈で悲しいくらい配慮不足な所にさえ目を瞑れば、良い友人になりますよ、才人は。」

「でも、その価値はあるかしら?」

アンリエッタは首を傾げる。


「まあ、それは付き合っていけばおいおい…あれ才人、どうしたのですか?」

「いや、ケティにそういう認識されていたのかと思うと、心にぐっさりと。」

才人は膝を抱えて部屋の隅で小さくなっていた。


「ふぅ…そういう欠点があっても、私は才人を欠け替えの無い大切な人だと思っているのですから、それで良いではありませんか?」

「ほ…ホントか?」

顔を上げてケティを潤んだ目でじーっと見る才人。


「う…だからなんでこういう表情をホイホイと…。」

「ほほ~う、なるほど。
 これは後戻りできないかも。」

頬を赤らめて目を逸らすケティを見て、アンリエッタはニヤリと笑った。


「ケティ?」

ケティが何故目を逸らしたのか理解出来ていない才人が、不安そうにケティを見る。


「ほ…本当なのです。
 で、ですから、貴女と私の友情は…って、コラそこ!何をニヤニヤしてやがりますか!?」

顔を真っ赤にしたケティがアンリエッタを指差した。


「おほほほほ、まあ良いじゃない。
 それよりも、本題に移りましょう。」

「ぐ…仕方がありませんね。」

ケティは目を瞑って、背筋をビシッと伸ばした


「才人、貴方に特別な任務があります。」

「ん、改まって何だよ?」

才人は首をかしげた。


「姫様の護衛をお願いしたいのです。」

「このお姫様の?」

ケティの言葉に、才人はアンリエッタを指差す。


「はい、護衛に腕利きの人員が欲しいのですが、姫様が現在使える人員はすべて出払っていまして、才人に白羽の矢が立ったということなのですよ。」

「俺に護衛…ねえ?」

才人はピンと来ないのか、首を傾げる。


「ルイズに接しているように、姫様の身近にいれば良いのですよ。」

「そうそう、肩肘張らないで、自然体にね。」

ケティの言葉に続けて、アンリエッタも笑顔で話す。


「なるほど…でもそれって、腕利きって事ならケティでも良くね?」

「才人…私は腕利きではないのですよ。
 魔法はそこそこ使えますが、基本的に荒事向きではないのです。」

才人の指摘をケティは首を横に振って否定する。


「その上私は火メイジなので、魔法は広範囲を吹き飛ばす方が得意なものが多いのですよ。
 姫様ごと敵をぶっ飛ばすわけには行かないでしょう?」

「私もなるべくなら焦げたくないわ。
 そんなわけで剣の達人、ガンダールヴの貴方の出番というわけ。」

そう言って、アンリエッタは微笑んだ。


「なるほど、そういう事なら…って、ひょっとしてケティはついてこないのか?」

「ええ、姫様と2人っきりでお願いします…って、不安そうなのですね?」

才人の不安そうな表情に、ケティは首を傾げる。


「いやだって、お姫様なんか相手にした事ねぇし。」

「気にしなくて良いのですよ、姫様は見てのとおりアレですし。
 普段通り、ルイズや私に接するように接してくれれば。」

アンリエッタが「アレって何よー?」とか抗議しているが、ケティはさらっと流した。


「わ、わかった。」

才人は緊張した面持ちで頷いた。


「よし、それじゃあ行きましょうかサイト殿?」

アンリエッタはそう言うと才人の腕を取り、自分に引き寄せた。


「な…なっ…な…。」

ちなみにケティは目が点になって固まっている。


「わ、な、何?」

「あら、殿方は女性を連れ立って歩く時、エスコートするものじゃなくて?」

困惑の表情を浮かべる才人に、アンリエッタは魅惑的な微笑を浮かべた。


「い、いや、でも、くっつき過ぎじゃね?」

才人は硬直したケティの視線が気になるのか離れようとするのだが、アンリエッタは離してくれない。


「良いのよ、そろそろ夕暮れ時ですもの。
 それじゃあケティ、サイト殿を借りていくわね。」

「は…はい、ごゆっくり。」

引き攣った笑みを浮かべつつ、ケティは頷いた。


「じゃ、じゃあケティ、行って来る。」

「はい、ごゆっくり…。」

手を振る才人にケティはゆっくりと手を振りかえし、ドアが開いてパタンと閉じた。


「ひょっとして私は、狼に羊を手渡してしまったのでは…?」

二人が出て行ったドアを眺めながら、ケティはぽそりと呟いた。





「何かケティがぎこちなかったような?」

《魅惑の妖精亭》の裏口から出てきた才人は、ボソリと呟いた。


「うふふふふ、あの娘はこういう事になるとからっきしなのね。」

「ん?どういう事?」

含み笑いを浮かべるアンリエッタに、才人は尋ねてみた。


「そういう事はね、自ら気付いてこそなのよ才人殿。
 私が話しちゃいけないし、話すべき事でも無いの。」

「良くわかんねえ…。」

才人は眉をしかめて天を仰いだ。


「それじゃあ話は変わるけれども才人殿、何か面白い場所は知らないかしら?」

「面白い場所?」

アンリエッタの問いに才人は首を傾げる。


「面白い場所…ねえ、俺もトリスタニアで暮らし始めてまだちょっとしか経ってねえし、あんまり詳しい場所は知らないぜ?
 屋台とか、生活必需品とかのある場所なら知っているけどさ。」

「そういうの良いわ、楽しそう。」

そう言って微笑むと、才人の腕をギュッと胸に押し付けるアンリエッタ。


「連れて行って頂戴。」

「い…いやでも、仕事の最中なんだろ?
 さぼって良いのか?」

才人は眉をしかめてアンリエッタを見た。
ちなみに眉はしかめられているが、胸の感触のせいで口元は締まりが無い。


「さぼるのが仕事なのよ、今日に限ってはね。」

ちなみにアンリエッタの現在の格好は夜の女の格好であり、才人は尋常ではないくらい綺麗な酌婦の少女に誑かされている可哀想な少年に見えている。
いやまあ、実際に誑かされているのは間違いないような気もするが。


「どういう事?」

「まあ、いずれわかるわ。
 それまでのお楽しみよ。」

そう言って、アンリエッタはウインクしたのだった。





「ねえねえアレは何?」

「えーと、何だろ?」

夕暮れのトリスタニア市街、艶やかな黒髪を背中あたりまで伸ばしたびっくりするほどプロポーションの良い美少女が、同じく黒髪でぼんやりした表情の少年の腕を抱えている。
まさかこの国の女王が、平民の少年を護衛に街中をうろついているとは、誰も思ってはいなかった。


「じゃあアレは?」

「何の店だろうな?」

アンリエッタの問いに、才人は首を傾げる。


「えーと…じゃあアレは?」

「うーん…さあ?」

アンリエッタは街中をのんびり歩くのが生まれて初めてだったりする。
今までは行き先を教えてくれる魔法のアイテムで、まっすぐに《魅惑の妖精亭》まで向かっていたのだった。


「そ、それじゃあアレは?」

「はっきり言おう、知らん。」

なので、街中の散策は仕事のついでとはいえ、楽しみにしていたのだが…。


「み、見事に何も知らないのね…。」

「いや、そう言われてもトリスタニアに来て数週間しか経ってないし、あんまり知らないって予め言ったじゃんか?」

道中の案内に、才人を使うという行為が壮絶に大失敗だったのは言うまでも無い。


「そもそも、俺はこっちの文字が読めないし。」

「あら、そうなの?」

アンリエッタは肩を落とす。


「あぁ、そんなにがっかりするなって、よく行く場所ならそこそこ詳しいから。
 姫さ…っと、これは流石にまずいか…何て呼べばいい?」

「アンで良いわ、いちいち偽名を考えるのも面倒臭いし。」

アンリエッタは才人の腕をぎゅっと抱え直し、上目づかいで微笑んだ。


「お…おう、わかった。
 じゃあアン、これから暫くよろしくな。」

「そんなに緊張しなくて良いわよ、ルイズに接しているみたいに自然にして。」

そう言って、アンリエッタはキス出来そうなくらい顔を近付ける。
アンリエッタから漂ってくる良い香りに、才人は緊張するばかりだった。


「い、いや、ルイズとこんな風に密着した事無いから。」

正確には『正気のルイズと』だが。


「あら、そうなの?」

アンリエッタは少しびっくりしたかのような表情を浮かべる。


「主人と使い魔は引き合うものだし、ましてや人ならと思っていたのだけれども。」

「ルイズの場合、怒っているか怒鳴っているか極めているか殴っているか蹴っているかが基本だ。」

良く考えたらろくな目にあってねーなと思いつつ、才人は言った。


「じゃあ、ケティとは?」

「同じく、無い。
 つーか、ケティにそういう事するとこんがり焦げる破目になる。」

こちらも同じく『正気のケティと』である。


「じゃあ、こういうの初めてなのね?」

そう言って、ふふふっと笑うアンリエッタ。


「そう、その通り。
 緊張するから勘弁してくれ、こんな状態では剣も抜けねえし。」

才人としてはこうもくっつかれると嬉しいを通り越して落ち着かない、主に下半身とか。


「ふむ、それは拙いわね。」

アンリエッタは腕の力を緩めてくれたが、離してくれない。


「もうちょっと離れてくれると助かるんだけど。」

「じゃあ、これでどう?」

アンリエッタは才人の左手をギュッと握り締めた。


「うをぅ…。」

年齢=彼女居ない暦の才人にとって、女の子と手を繋ぐ事などなかなか無いイベントだ。


「これ以上の妥協は出来ないわよ、はぐれたら困るでしょ?」

「おう、わかった…。」

そう言われてはこれ以上離れることも出来ず、なんとも嬉しいような困ったような心境の才人だった。


「で、案内できる場所って?」

「もうちょっとで着くよ、あそこだ。」

そう言って才人が指差したのは、屋台や露天が立ち並ぶ一角、市場(マルシェ)だった。


「面白そう、早く行きましょう。」

「わ、引っ張るなって、ちょ、おい!」

才人は足早になったアンリエッタに引き摺られるように、市場に向かっていく事になったのだった。



「これは…素晴らしいわ。」

「な、平民の飯もなかなか美味いだろ?」

屋台で買ってきたチーズとソーセージと葉野菜の入ったガレット(蕎麦粉のクレープ)をベンチに座って美味しそうに頬張るアンリエッタを見て、才人はにっこり笑った。


「これは王宮で普段出してもいけるわ。
 材料も平民が食べるものだから、極端な原価ではないでしょうし。」

こうして、こっそりと王宮のメニューにジャンクフードが加わったりしたが、それはまた別の話。


「サボってんのに、仕事の話?」

「今日はサボるのが仕事だって言ったでしょう?
 これも仕事なのよ、し・ご・と。」

ああ言えばこう言う、ケティみたいだと才人は思った。


「でもこれ本当においしい、ありがとうサイト。」

「どういたしまして、飯以外にも色々とあるから、見ていこうぜ。」

そう言った才人の手元を、アンリエッタはじーっと見ている。


「…で、そのガレットには何が入っているのかしら?」

どうやら、才人が頼んだガレットにも興味津々のようだ。


「へ?ああこれか?これはハムとふわふわに焼いた卵を包んでいるんだよ。」

「一口頂戴。」

アンリエッタはそう言うと、才人の手元にあるガレットにかぶりついた。


「うん、これもおいしいわね、バターが効いてる。」

「そ…そうか、そりゃよかった。」

才人は『この国の人間には間接キスの概念がない』という、ケティの話を思い出していた。


「…役得と思っておくしかねえな、これは。」

ケティにばれたら怒られるかもしれないとか思いながら、才人はガレットを一口齧った。


「ん?どうしたの?」

「いや、なんでもない。」

才人は目を逸らした。


「ふーん、まあ良いわ。
 美味しいガレットに免じて、追求しないであげる。」

「そうしてくれると凄くありがたい。」

才人はホッと安堵の息を吐く。


「ごちそうさま、じゃあ市場を回りましょうか?」

「おう。」

ガレットを食べ終わった二人は、ベンチから立ち上がった。




「うーん…実に興味深かったわ。
 生の平民たちの生活を実感出来るなんてなかなか無いものね。
 お父様が城を抜け出してうろうろしていたのって、こういうものを見る為だったのかしら?
 …はじめは本当にどうしてくれようかと思ったけれども。」


「この街の知らない部分は、これからおいおい覚えていくから勘弁してくれ。」

半眼でアンリエッタに睨まれた才人は、頭を掻きながら天を仰いだ。


「面白かったけれども、ちょっと疲れたわ。
 何処か、のんびり休憩できる場所とか知らないかしら…例えば喫茶店とか?」

「喫茶店…ねえ?」

そう言えば前にケティと街を歩いた時、喫茶店に寄ったなぁと才人は思い出していた。


「ああ、喫茶店なら知ってる…ぞ…。」

喫茶店でケティとやたらと密着していた事を思い出す才人だった。
うっすらと赤らんだケティの顔とか、胸とか、腕の感触とか。


「…ああでも、あそこはちょっとヤバいか?」

「ヤバい?」

アンリエッタはきょとんとして首を傾げた。


「いや、ゆっくりし辛いというか…。」

「喫茶店なのにゆっくりし辛いの?
 前に視察に行った店ではそんな事は無かったのだけれども…興味深いわね。」

言い淀む才人を後目に、興味津々なアンリエッタ。


「サイト、案内して。」

「えええっ!?」

才人は焦るが、アンリエッタは止まらない、止められない。


「面白そうだわ、案内しなさい。」

「あー…いや、後悔するなよ?」

目が輝いているアンリエッタを見て、才人は肩を落とした。




「着いたぞ、この喫茶店だよ。」

「見た目は普通の喫茶店ね…って、言うほど喫茶店を見慣れているわけではないけれども。」

ふむふむと頷きながら、アンリエッタは店の外観を眺めている。


「早速入ってみましょう…サイト?」

「ちょっぴり恥ずかしい目にあうかもしれないが、良いか?」

一件躊躇っているように見える才人だが、口元がちょっぴり緩い。


「恥ずかしい目?まあ良いわ、入りましょう。」

そう言って、アンリエッタは才人の手をギュッと握ると喫茶店に引き摺っていった。


「いらっしゃいませ、お2人様でございますね?」

にっこり笑顔のウエイトレスがやってきた。
才人は当然の如く覚えてはいないが、前回ケティと一緒に着た時に対応したウエイトレスだったりする。


「ええそうよ、良い席をお願いね。」

「はい、かしこまりました。
 では…こちらへどうぞ。」

ウエイトレスは『うふふふ、お客さんも好きですねー』といった感じの視線を才人に向けるが、才人は当然の如くそんな微妙な雰囲気には気づかなかった。


「うゎ…これは凄いわね。」

「だから、後悔するなよって言っただろ?」

店内では年頃の男女が仕切られて半個室状態と化したカップル席で、人目を気にすることなくいちゃついている。


「さすがの私もこれは予想外だったわ。」

アンリエッタも流石に恥ずかしいのか、微妙に頬を赤らめている。


「座るか…?」

「勿論、変わった雰囲気だけれども、喫茶店には違いないわけだし。」

そう言うと、アンリエッタは二人用の椅子に腰掛けた。
ちなみにこの椅子、中心部に向かって緩い傾斜がかかるようになっていて、椅子に座ると二人が何となく寄り添わざるを得ないというあざとい設計になっている。


「誰だ、こんな椅子考えついた奴は。」

椅子に腰かけた才人は人間の妄想力すげえとか思いつつ、取り敢えずぼやいてみた。


「これは…何というか、考えたわね。」

恥ずかしいながらも、思わず感心してしまうアンリエッタだった。


「ご注文はお決まりですか?」

ウエイトレスが注文を取りに来た。


「何にする?
 つーか、メニューが読めない俺は、ここにあるのがお茶とマカロニ…じゃなくて、そんな感じの名前のお菓子がある事しか知らんわけだが。」

「マカロニ…?マカロンの事かしら?」

そう言いながら、アンリエッタはメニューを覗き込んだ。


「ええと…《初恋のお茶》と《甘い愛のマカロン》?」

アンリエッタはかなり赤くなりながら、その恥ずかしいメニューを読み上げる。
ケティは端折っていたが、メニューは本来そんな名前だったらしい。


「お茶とマカロンですね、かしこまりました。」

店員にまでメニュー名を端折られている。
ウエイトレスは注文を掻きこむと立ち去って行った。


「こ、こんな店にケティと入ったの?」

「いや…俺もその時ちょっと考え事していて、気が回っていなかったというか。」

いつも気が回っていない才人が、少し焦りつつ弁解のようなものをする。


「考え事って?」

「ああ、実は…。」

才人は自分がわかっている限りの事情を話す。
勿論、自分が居世界人だという話は《東方》に置き換えて。


「…ってわけでさ、ケティが気を使ってくれたというか。」

「あの子も焦っていたわけ…それでこんな店に入っちゃったのね。」

そう言って、アンリエッタはクスリと笑った。


「で、でもこれは何というか、緊張するわね。」

才人の肩に寄り添ってしまいそうなのを何とか支え…るのを諦めて、頭を才人の肩に乗せるアンリエッタ。


「さっき俺に散々ベタベタくっついていたじゃん?」

意外といった感じで、才人は聞き返す。


「自分の意思でくっつくのは良いのよ。
 こういう強制的にっていうのは気に入らないわ、私が強制するなら良いけど。」

そう言いながら、才人にどんどん自分の体重を押しつけていくアンリエッタ。


「じゃあ、くっついてくるなよ。」

「この方が少々癪だけれども圧倒的に楽なの、だからしっかり支えてね。」

そう言って、アンリエッタは才人に流し眼で微笑んだ。




「ううぅ~ん…マカロン美味しかったわ、お茶も上手に入れていたし、あれで名前さえどうにかなればね。」

アンリエッタは大きく伸びをした。
何だかんだ言って、彼女も異性と長時間くっつかざるを得ないという状況には緊張していたようだ。


「こ…こんなのルイズとケティが媚薬を飲んじまった時に比べれば…。」

才人は緊張しまくっていたのか、ヘロヘロだが。
エロい事に興味のある年頃とは言え、こういうのは刺激が強過ぎる。
具体的には下半身的なアレが、ヤバい。


「でも、ちょっと疲れたわ、休める場所とかないかしら?」

「休める場所と言われても…。」

喫茶店に休みに入ったのに、余計疲れたというポルナレフ状態の二人だった。


「あ、あそこに休憩所って書いてあるわ。」

アンリエッタが指差した店の看板の色はド派手なピンクで、何かハートマークとか書いてある…。


「ええと、アレはよした方が良いような?」

ナニ的なアレがソレな感じでどえりゃ~ヤバいと、才人はなけなしの直感で察した。


「休憩以外の目的な建物っぽいというか、休憩の意味が違うというか。」

「休憩以外の目的?
 それは興味深いわ。」

才人としても、美少女相手に下ネタは言いづらい。
ましてや相手は女王陛下、そんな事を言ったが最後『トリステインに下品な男は不要よ』とか言われかねない。


「あーいや、だからだな。」

ラブホと言っても通じない世界である事に、才人は恐怖した。


「才人も疲れているじゃない、いったん休憩しましょう。」

トリステイン語を理解出来る唯一の人間が、すげえ世間知らずだという事実。
今まではたいして困難をもたらさなかったファクターが、最大の地雷になったっぽいのを才人は理解した。


「ああいや、何か元気になってきたぞ俺。」

「嘘おっしゃい、何が嫌なの?」

才人としては、何で自分がモジモジしているのか察してくれと叫びたい気分だ。
だがしかし、現状ではラブコメ独特の空間が発生しているのか、アンリエッタがそれを理解出来なくなっている。
メタ言うんじゃねえ?知るか。


「私も疲れているの、行くわよ。」

そう言って、アンリエッタは休憩所にスタスタと入って行ってしまった。


「ああもう知らねえぞ、俺が童貞捨てる事になっても。」

それを捨てるなんてとんでもない!


混沌を孕んだまま、ここにて幕間は終了。
先を見たい?
このままどうなるのかって?

何ともなるわけないじゃない、才人だぜ、ヘタレだぜ、ある意味鉄の精神力だぜ。
そんなわけで、グダグダのまま、本当に終幕。



[7277] 第三十話 少し気まずい決着…なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/22 10:09
「我が名はケティ、五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」

銀色の鏡にも似た召喚の扉が形成されます。
さあ来なさい私の使い魔。


「んぁ?何処だここは?」

扉から出て来たのは、黙っていれば二枚目な顔に獰猛な笑みを浮かべ、全体的に緑色の装束と鎧に身をまとった戦士でした。


「…えーと、なんだか見覚えがあるような、無いような?」

「お、可愛い女の子発見。」

何処かで見た人なのですよね、何処でしたか…?


「はじめまして、私の名前はケティ、ケティ・ド・ラ・ロッタと申します。
 貴殿のお名前は?」

「ほう、ケティちゃんっていうのか。
 可愛い名前だな、グッドだ。」

うんうんと、その緑の人は嬉しそうに頷いています。
『グッドだ』って、その言い方に何だか嫌な予感が…。


「はあ、ありがとうございます。」

「俺の名前はランスだ…って、何でいきなり逃げようとする!?」

ランスという名前とその印象が合致した途端、私の体はくるりと踵を返し明後日の方角に向って逃亡を始めようとしましたが、素早く突き出された手に腕を掴まれ行動を阻まれてしまったのでした。


「い、いえ…思わず逃げてしまったというか。」

あの鬼畜王ランスを召喚してしまうとか、私の貞操完全にオワタ。
人間の使い魔という事は才人という前例から考えるに寮で同居なわけで、それがあの才人ではなくランスなわけで、どう考えても即時に犯られます、本当に(ry


「…で、ここはどこだ?
 見たところ魔法使いがいっぱいいるが、建物がゼスっぽくないし。」

きょろきょろしながら、ランスはあたりを見回しています。


「ここはハルケギニアのトリステイン王国です。」

とか言っても、さっぱりでしょうが、取り敢えず言っておきます。
 

「はるきげにあ?」

「それはバージェス頁岩から発見された、カンブリア紀中期後半くらいまで生息していたトゲトゲの生き物です。」

「知らん。」

ですよねー。


「ネタですので、サラリと聞き流してください。
 ここはハルケギニアと呼ばれる地方で、この国はトリステイン王国といいます。」

「それもさっぱりだ。
 俺が聞いたこと無い国があるとはな。」

そう言って、ランスは頭をポリポリと掻いたのでした。


「…で、何で俺はこんな所に居るんだ?」

「まことに言いづらいのですけれども…。」

隠していても意味が無いので、諸々の事情をランスに語ってみたのでした。
私が召喚した事とか、帰るあてが今のところ無い事とか。


「ぬわにいいいいぃぃぃぃぃっ!?」

「ああっ、やっぱり怒った!」

まあよし、グッドだ!ってわけにはいかないのですよね、やはり。


「怒らん奴がおるか阿呆!」

「いやでも、さっきも言った通り、本来人を召喚する魔法じゃないので、まさか居世界の人間を召喚しようとは思わなかったのですよ。」

ルイズは虚無属性なので規格外ですし、たかだか一介の火メイジに過ぎない私が人間を召喚するとは思いもよらないと言いますか。


「知るかそんなの。」

「ですよねー。」

説得が効くタイプの人じゃないんですよね…はぁ。


「兎に角、責任をとれ、責任を。」

「はい、衣食住は私が責任を持って…って、な、何を?」

ああ、《Auferstanden aus Ruinen》っぽい曲が脳内に流れ始めたのですよ…。


「責任と言ったら、する事は一つに決まっているではないか!」

いきなりランスに押し倒されたのでした。


「ああっ!やっぱりこんなオチですか!?」

「がはははははは!」

いやホント、何でよりにもよってこの人呼び出しますか私はーっ!


「もうちょっと紳士的な主人公キャラをーっ!」

「がははははははははは!」

どいっちゅらんとあいんにっひふぁ~たら~んと♪


「…って、あれ?」

目が覚めるとそこは魅惑の妖精亭の貴賓室。
目の前には涎を垂らして緩みまくったルイズの顔。


「また夢オチですか、ひょっとして…?」

た、助かったのですよ…。







「ああ、なんてぷにぷに。」

「にゅ…にゅ…。」

ベッドで眠るルイズのほっぺたを突っつくと、不快なのか眉をしかめたルイズが首を横に振っているのです。


「…と、こんな事をしている暇は無かったのですね。
 ルイズ、そろそろ起きてくださいルイズ。」

「んにゃ…にゃ…にゃ…。」

揺さ振られてもなかなか起きてくれないのです。


「起きないと、モンモランシー特製の気付け薬を盛りますよー?」

「にゃー…。」

ふむ、起きないと。
姫様のスリープがかかっているのだから仕方が無いといえば仕方が無いのかもしれませんけれども。


「モンモランシー曰く、《これを一口飲んだら死人でも棺桶から起き上がって、のたうち回ってもう一回死ぬわ》だそうですが、仕方が無いのですよ、目覚めないのですから。」

そんな風に自分を誤魔化しながら、ルイズの口に気付け薬を一滴流し込んだのでした。


「にゅ…むにゅ………ふんぎゃー!?」

ルイズは目をくわっと開くと、天高く跳び上がり…うわ、天井に頭をぶつけたのです。


「からしょっぱにがあまいたい!?」

ルイズは頭を押さえつつ、ゴロゴロと転げ回っているのです…この薬、やっぱりとんでもな…。


「ふにょわー!ふむぐぉ!?」

そのまま転がって、花瓶が置いてある台に激突し、その衝撃で転げ落ちてきた花瓶が身を仰け反らせたルイズの頭にズボッとはまったのでした。


「と、とんでもないにも程ってものが…。」

「もがー!?
 前が、暗黒が!?何も見えない!?」

ルイズがさらに転げ回って、ベッドの下にスポッと入ってしまったのです。


「もが、何なの、もがもが、狭い、動けない、もがもがもが、息が苦しい…。」

「…何という惨劇。」

惨劇の引き金が私自身だという事は、忘却の彼方へ葬り去りましょう。


「よっこら…せっ!」

「あう…もが…今度は何?」

すっかり死に体となったルイズをベッドの中から引き摺り出したのでした。


「花瓶も…あれ?外れない…。」

「いだだだだ!首が、首が外れる!?」

確かに花瓶を外すと首ごと体から抜けてしまいそうなのです。
それだと《ゼロの使い魔…完》って感じになってしまいかねないので、別の方法を考えないと。


「と…とりあえず息が出来なくなるので…ブレイド。」

ルイズを首無し死体にするわけにもいかないので、花瓶の底をブレイドで切り取って、缶詰みたいに開けたのでした。


「明るくなった…息も楽になったわ。」

「もうちょっと切りましょう。」

花瓶を輪切りにして、やっとルイズの顔が現れたのでした。


「おお…ケティの顔が見える。」

「ここからはちょっとした恐怖の時間になりますが、覚悟は良いですか?」

オペの時間なのです。


「ええっと、ひょっとしてこれからは切れるか切れないか微妙って事かしら?」

「ええ、花瓶ごとルイズが切れるか切れないかは微妙なのです。
 まあ、切れてもちょっとですから、我慢我慢という事で…。」

流石に…これはかなり緊張するのです。


「ちなみに聞くけど、ケティのブレイドって、全開だとどのくらいの威力?」

「んー…近接戦なんてしないつもりだったので全開で使った事は殆どありませんが、多分甲冑くらいなら中の人ごと一刀両断できるんじゃあないかなと。」

魚を三枚に卸す時に骨が全く引っかからないので、わざと引っかかりやすくアレンジするくらいですし。


「い、いやー!殺されるー!?」

「人聞きが悪い事を言わないのですよ。
 その陶器製の変な首輪を一生しているつもりなのですか?」

視覚的に物凄く間抜けなのですが。


「う…一つ聞きたいんだけれども、わたし何でこんな事に?」

ルイズは観念したものの、私に事の原因を訪ねて来たのでした。


「ルイズが眠ったまま目覚めないので、モンモランシーが作った気付け薬を…。」

「元凶はケティかーっ!?
 ってか、モンモランシーの薬って時点で悪い結末しかないわよ!!」

ルイズがうがーっと吠えたのでした。


「ええまあ、ルイズを気絶させたのも私だったりするのです。」

「何でわたしを気絶させたの?」

ふむ…姫様の事をどう話しましょうか?


「姫様から才人を護衛として、半日程借りたいという依頼がありまして。」

「だから何でわたしを気絶させたの?
 姫様が護衛を借りたいと言うなら、断らなかったわよ?」

ルイズが首を傾げているのです。


「その代わり、ルイズも一緒に行くでしょう?」

「勿論よ、わたしも姫様の力になりたいもの。」

私の問いに、ルイズは何を当たり前の事をといった感じでコクリと頷いたのでした。


「だから、なのですよ。
 ルイズが起きていると付いてきてしまうからこそ、気絶させるという手段を使ったのです。」

思いきり嘘ですが、ちょっとびっくりさせるつもりで放っただけの魔法だったりしますが、気にしたら負けなのです。


「な…何でわたしがついて行っちゃ駄目なのよぅ…?」

「ピンクブロンドの髪が目立ち過ぎるのですよ、ルイズは。」

暗い夜道はピカピカと…色々な色の髪の毛の人間がいっぱいいるハルケギニアですが、ピンクはなかなか居ないのです。
ましてやルイズはふわふわの髪を思いきり伸ばしているので尚更。
ちなみに大抵は私のような茶髪か、姫様のような黒髪かキュルケのような赤髪かモンモランシーのような金髪が主流。
タバサのようなブルーシルバーブロンドも結構珍しかったりします。


「あー…確かにそれは、そうかも。」

自分の髪を見て、ルイズは納得したように頷いたのでした。


「でもそれなら、ケティが付いていけばよかったじゃない?」

ふと気付いたよう無表情を浮かべて、が訪ねて来たのでした。


「私は荒事向きじゃありません。」

「またまた御冗談を、今更か弱い女の子ぶっても意味無いわよ?」

ぷぷぷと吹き出しながら、ルイズが私の肩を叩いているのです…何故?


「いや、私は本当に荒事向きじゃあないのですよ?」

「荒事向きじゃあ無い人間が、ワルドと一対一で勝つとか無理だし。」

まあ確かにそうですね、アレは偏在でしたが。


「女性には無意識に手加減する癖がついているのでしょう。
 レディに暴力を振るうのは、貴族として絶対にいけない事だと子供の頃から教え込まれているでしょうし。」

「…あー、確かに。
 ワルドってああ見えて子供の頃は結構やんちゃで、遊びに来た時にエレオノール姉さまに悪戯しては、よくお母様に折檻されていたらしいし。
 あのお母様の折檻を受けて、それでも何度もやるって所が凄いわ。」

脳味噌が決定的に足りなかったのか、それとも反骨心の塊だったのか、今となってはわからない話なのです。


「まあそれは兎に角、あの折檻を何度も受けたら、心に傷が残っても不思議ではないわね。」

ひょっとして、ワルドも木の葉みたいに宙を舞ったのでしょうか…?
今度遭ったら聞いてみましょう、トラウマを突けるかもしれません…って、あれ?


「ひょっとして、ワルド卿とエレオノール様って…。」

「ええ、幼馴染よ。」

そういえば、エレオノールの一歳下でしたか、ワルドは。
まあ、よく考えたら領地が隣接していますし、ルイズの許婚になるくらいですから、以前から家同士の交流はあったのでしょうね。


「歳の近い異性の幼馴染といったら、恋の一つも生まれそうでしょ?
 実際ワルドの許婚って、最初は私じゃなくてエレオノール姉さまだったくらいだし。
 …でもそれを知ったワルドがお父様に頼み込んだらしいわ、許婚をわたしに変更してくれって。」

エレオノールの結婚出来ない病は、その時に発症したのですね。


「しかし何故?」

「うーん…まあ、ワルドとエレオノール姉さまって、天敵同士みたいな間柄だったし。
 こう言っちゃあ何だけれども、ワルドはエレオノール姉さまの事を女だと思っていなかった節があるわ…。」

ワルドってば、同世代の女性がきつ過ぎて駄目だからって年下にはしるとは…。


「…まあ、その話はこのくらいにして。」

「わ、ちょ、ま…!?」

ルイズが話に夢中になっている隙に、ブレイドで首輪みたいになっていた花瓶の残りをすっぱりと切り落としたのでしたのでした。


「ほら、大丈夫だったでしょう?」

慎重にやったので、当然といえば当然ですが。


「…ちょっぴり痛いんだけど?」

「大丈夫です、切れているのもちょっぴりですから、2~3日すれば消えます。」

才人なら、傷がついた途端に消えて無くなるレベルです。


「さて、それでは才人達に会いに行きましょうか?
 まあその前に、少々荒事が待っていますが。」

そう言って、私はマントを外して椅子にかけたのでした。


「ええと、何で脱いでいるの?
 それと、荒事って?」

「ちょっとした着替えをしようかなと思いまして。
 あと、荒事というのは荒っぽい暴力沙汰もあり得る出来事という事なのです。」

…さて、久し振りなのですね、こういう格好も。


「…そういう言葉の意味を聞いているんじゃあないわ。」

ルイズの言葉はさらっと聞いていない事にする方向で。



「だ…男装?」

私の着替えた姿を指差して、ルイズはあんぐりと口をあけたのでした。


「ええ、似合いますか?
 男の格好をするのは久し振りなのですが。」

「意外と似合っているのが、びっくりだわ。
 似合っているというか、美少年というか、兎に角かっこいい。」

つばの広い羽つき帽子に、乗馬に適した服装…わかりやすく言うと典型的な士官の格好…もっとわかりやすく言うと量産型ワルドなのです。
胡散臭い髭はありませんが…あと、締め付けすぎて胸が苦しい…。


「一昨年までは男装でしたしね…では行きましょうルイズ。」

「言葉遣いは?」

敢えて触れていなかった所に、ルイズがずばっと突っ込んできたのでした。


「そこは放っておくという事で。」

「それは駄目よ、駄目だわ、画竜点睛を欠くわ!」

ルイズはびしっと私を指さしながら、そう断言したのでした。
あーそーですか、仕方が無い、思い切りましょう。


「ぬぅ…あー、あー、ボクはケティ、こんな感じで良いかな?」
 
男っぽいしゃべり方なんて、久しぶりなのですよ。


「おおぅ、声のトーンまで下げたわね。
 いいわ、その調子だわ。」

「やれやれ、まさか男口調で喋る羽目になろうとは。」

ちょっぴりトホホなのですよ。


「外に馬を待たせてあるんだ、早く行こう。
 …ではエスコートしますので、御手を御許し戴けますか御嬢様?」

「なんだか慣れていない?」

姉さま達の相手で、すっかり慣れてしまったのですよ、これが。


「弟を除くと全員女だからね。
 男っぽかったボクは、冗談半分で男として扱われていたんだよ。」

ちなみにアルマンは冗談半分に女の子みたいな扱いを…っと、これは彼の黒歴史なのでこれ以上は語るまい、なのです。


「ケティが男っぽかった…ねえ、これを見ると納得できるような気もするけれども。」

そう言いながら、ルイズは私の手を握ったのでした。


「じゃあ、案内してくださるかしら、騎士様?」

「はい、御嬢様。」

私はルイズの手をとると、部屋から連れ出したのでした。



「…で、何処に行くの?」

私の背中にしがみつくルイズが、そんな事を尋ねてきたのでした。
ああ、ちなみに現在私とルイズは馬に乗っています。


「リッシュモン邸へ、そこで落ち合う予定の人が居るのですよ。」

「言葉が戻ってる…。」

ツッ込む所はそこですか…?


「何の為に、こんな妙な丁寧語を使っていると思っているのですか。
 男っぽい喋り方を矯正する為なのですよ?」

毒を以って毒を制するというわけなのです。


「う…でもね、見た目美少年でその喋り方は無いわ。」

「ふう…わかったよ、これで良い?」

無言でニヤリと笑って、嬉しそうにサムズアップするのはやめてくださいルイズ。


「じゃあ、ここらあたりで降りよう。」

リッシュモン邸の近くに茶色い馬一頭。
その影に騎士が一人、アニエスなのです。


「さあルイズ、手を。」

先に馬から下りてから、ルイズの手をとって、下ろしてあげたのでした。


「た、タラシっぽいわね?」

「礼儀正しいと言って欲しいな。」

せっかくルイズのリクエスト通りにしているというのに、何なのですか、その暴言は?


「だだだから、何でそこでウインク!?」

「ちょっとからかってみた。」

そう良いながら、アニエスの方に向かって歩いていきます。


「アニエス殿、待たせたね。」

「だ、誰だ貴様は!?」

変装が効き過ぎたのか、アニエスに殺気の籠もった視線を送られてしまったのでした。


「ボクだよ、ボク。」

「生憎、私に金を送るような親戚は居ない!
 …って、あれ~?」

ああ、やっと気づいてくれましたか。
あと、騙されキャラが板についてきましたね、アニエス。


「け、ケティ殿!?
 何故に男装で!?」

「アニエスだって男装じゃないか。」

銃士隊も全員男装ですし、そんなびっくりする事ではないような気がするのですが。


「い、いやまあそうだが、まさかケティ殿が男装して言葉まで変えてくるとは。」

まあ確かに、それは道理ではありますが。


「男装まではボクの発案だけど…男言葉で喋れと言ったのはこっちのルイズなのです。
 そろそろ、元に戻しても良いですよね?
 アニエス殿も戸惑っていますし。」

「…仕方が無いわね、ふざけて良い場面じゃあなさそうだし。
 はじめまして凛々しい騎士様。
 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。」

私が促すと、ルイズは優雅に一礼したのでした。


「おお、貴女が陛下の幼馴染の…銃士隊のアニエス・ド・ミランと申します。
 しかしケティ殿、何故に彼女を?」

「彼女は荒事向きなのですよ、私よりもずっと。」

だからルイズ、何で私を見て『無い無い』と、首を横に振るのですか。


「…で、ここで何が起きるの?
 そろそろ話しなさいよ?
 銃士隊のアニエス・ド・ミラン殿が、こんな所でサボっているわけ無いし。」

ルイズは腕を組んで私を見たのでした。


「鼠の巣に囁いたのですよ。
 美味しそうな餌がありますよと…ね。」

「鼠…ああ、この前私がぶん殴ったあの徴税官の件と関係ある話なのね。」

さすがルイズ、どっかの鈍い日本人とは、ちょっとおつむの出来が違う筈なのです。
普段は同レベルに見えますが。


「…って、ちょっと待ちなさい。
 サイトが姫様の警護に出歩いて、本来姫様を警護している筈の銃士隊がこんな所でうろついている。
 そして姫様は最近頭の中が面白おかしい事になっているわけで…。」

ルイズの目が細ーくなっていきます。
いや、面白おかしいとか言い過ぎなのですよルイズ?


「姫様を囮に使うとか、何考えてんのよ。」

「何考えていると言われても、私は姫様直属の侍女なわけですし。
 上司に強く言われたら、強くは断れないわけなのですよ。
 いやはや、勤め人はつらいですねえ、アニエス殿。」

アニエスに話を振ってみたり。


「え!?私に何でそこで振るんだ!?
 ああいや、まあそういう事なんだ。」

「そういう事を聞いているんじゃあないの、アニエス殿。
 姫様がもしも殺されたりでもしたら、私が女王にさせられるのよ?」

沈痛な表情で、ルイズが額を押さえているのです。


「あんな勢いで働いたら、普通に死ぬわ。
 わたしは不死身の究極生命体じゃあないのよ。」

いや、姫様も不死身の究極生命体とか、そんな変な生き物ではない筈なのですが、たぶん。


「んで、リッシュモン卿を殴り倒して、しょっ引けば全部終わるのね?」

「ええと…その前の最後の詰めにひと工作必要でして。」

頭良いのに脳筋発想とか、ルイズは絶対に脳味噌の使い方間違えているのですよ。


「お、誰か出て来たわよ。」

挙動不審な小姓らしき少年が現れて、こっちを見たのでした。


「あー、目が合っちゃったのですよ。」

「すっごく不審そうにこっちを見ているわね。」

何故に私を見ますか、ルイズ?


「これはまずいかもしれんな…。」

何故に私を見ますか、アニエス?


「どうせ不審なら…怪しさをふっ切らせれば、何とかなりますか?」

そう言いながら、私はルイズとアニエスの手を握ったのでした。


「な、何だ?」

「アニエス殿、ルイズと手をつないで輪になって下さい。
 そして、これから私の動きに合わせて下さい。」

さあ、やりますよ!


U’sh’avetem mayim be-sasson.(ウシャヴテム マイム ベサソン)

「な、何語!?」

ヘブライ語なのです。


Mi-ma’ayaneh ha-yeshua.(ミマアイネイ ハイェシュアー)

「何の呪文よこれ!?」

旧約聖書イザヤ書12章3節であり…。


U’sh’avetem mayim be-sasson. (ウシャヴテム マイム ベサソン)
 ほら、合わせて下さい。」

「うしゃびてむまいむべさそん。」

元々は井戸を掘りあてた時に歌う歌であり…。


Mi-ma’ayaneh ha-yeshua.(ミマアイネイ ハイェシュアー)

「みまあいねいはいぇしゅあー。」

日本では滅茶苦茶ポピュラーなフォークダンス。


Mayim mayim mayim mayim.(マイム マイム マイム マイム)

「まいむまいむまいむまいむ。」

学校で一度は踊った事があり、やると結構テンションが上がる例のアレ。


Mayim be-sasson.(マイム ベサソン)

「まいむべさそん!」

通称『マイムマイム』。
ほら、いきなり輪になって聞いた事が無い言葉で歌い踊り始めた私達を見て、小姓がポカーンとしているのですよ。


「まいむまいむまいむまいむ!」

「まいむべさそん!」

私たちは半ばやけくそになりながらマイムマイムを踊り続けます。


「はい!はい!はい!はい!」

「なんだか、楽しくなってきたわ。」

ルイズがノッて来たようなのです。
それこそがマイムマイムマジック。
小姓の見る目がどんどん虫を見るような視線に変わっていっていますが、気にしてはいけません。


「まいむまいむまいむまいむ!」

「まいむべさそん!」

あとひと押ししますか。


「はい!はい!はい!はい!」

私たちは回りながら小姓に近づいていきます。
踊っているうちに全員のテンションが上がりまくって、少し目が血走っているかもしれません。


「ひぃ!?こっちくんな!」

小姓は慌てふためくと、逃げるように馬に乗り込んで走り始めたのでした。
いやまあ、実際に逃げたのでしょうけれども。


「…さて、追いましょうか。」

「…そうね、追いましょう。」

マイムマイムをやめ、遠ざかる影を見つめながら私とルイズは頷いたのでした。


「思わずやってしまったが、大事なものを失ったような気がする。」

「ふっ…甘いわね、アニエス殿。」

くず折れるアニエスの肩をルイズがポンと叩いたのでした。


「こんなの、ラ・ロッタ領ではよくある事よ。」

「んなわけないでしょう!」

思わずルイズにツッ込んでしまったのでした。
勝手に人の領地を、人外魔境みたいに仕立てないでください。


「兎に角、今の踊りの詳しい話は馬の上で聞きましょうか?
 放っておくと逃げきられちゃいそうだし。」

そんなこんなで、私達は馬に乗って、小姓の後を追っていったのでした。


「…とまあ、そんなわけで、井戸を掘りあてた後にする踊りらしいのですよ。」

「成る程、サイトの世界の踊りだったのね…あいつ、何でいつもいつもケティにばかり自分の世界の事をベラベラと…。」

何だか、才人の冤罪がどんどん増えていくような気がしますが、まあ何とかなるでしょう。
解決するのは私じゃあなくて、才人ですし。


「あの宿屋か…。」

アニエスが、宿の入り口から入っていく小姓を睨んでいます。
小姓が入って行ったのは、貴族用の宿の中でもそこそこグレードの高い宿。


「間者の分際で、良い宿に泊まっているじゃありませんか…。」

「そうかしら?」

ルイズは普通じゃない?といった感じで首を傾げます。
ええい、大貴族はこれだから。
まあ、現状市井に交じって情報収集中といっても妖精亭の中が殆どなので、宿における庶民感覚がいまいち身に付かないのは仕方ありませんが。


「さて、ガサ入れと行きますか。」

「がさいれ?」

ルイズが不思議そうに首を傾げます。
おっと、思わず日本語と混じってしまいましたか。


「部屋に踏み込んで、証拠等を捜索する事ですよ。」

「聞いた事が無い言葉だな。」

アニエスも首を傾げていますが、当たり前ですね。
思いきり日本語ですから。


「まあいいか、踏み込むぞ。」

「わかりました。」

「わかったわ。」

私とルイズはアニエスの後について、宿屋に入って行ったのでした。


「いらっしゃいませ、何の御用でしょうか?」

「銃士隊だ、今入っていった小姓が居るな。
 どの部屋に入っていった?」

アニエスが、銃士隊の紋章を見せながら受付係に尋ねたのでした。


「この宿は宿泊者の秘密を守る事に関してはトリスタニアいちでして…はい。
 銃士隊と言えども答えるわけには…。」

「我らが言葉は国王陛下の言葉と心得なさい。」

そう言いながら、私はルイズの懐から許可証を取り出して見せたのでした。


「な、ちょ、ちょっとケティ、何で自分の見せないのよ?」

「私のはルイズみたいな無制限許可証ではありませんから。
 ついでに言うと、家名明かしていちいち説明するの面倒臭いですし。」

交易商人や軍人あたりにはそこそこ有名ですが、ラ・ロッタなんて田舎貴族、一般庶民には無名も良い所なのですよ。


「面倒臭いって何よー!」

それに比べてラ・ヴァリエールは、誰が聞こうが一発でわかる威力を持ちます。
ルイズはキレていますけれども…彼女はコンプレックスが原因で周囲に人を寄せ付けないようにしていたせいか、自分の家がどんだけとんでもない家なのか、いまいち把握していないのですよね。
おそらく、トリステインで《王家とラ・ヴァリエールだけには絶対に逆らうな》などと昔から言われている家だというのも知らないのでしょう。
まあ知らないのに加えて、彼女が自分の家の権勢を自分からは絶対に振りかざさない性質だからこそ、クラスメイトはある意味気安く彼女に接しているのですが。


「王家にラ・ヴァリエール…何てこった。
 こ、これは…ほ、本物ですか?」

「この国でそんなのを騙ったら、100回は処刑されても文句言えない類のものであるというのは、わかるでしょう?。」

時をかけてはいられないので、権力と権威で強行突破なのですよ。


「わ、わかりました…こちらの部屋でございます。」

そう言って、受付係は部屋番号を指差したのでした。


「本当にそこなのですか?
 もし嘘偽りがあれば、一族郎党まるっとまとめて処刑は免れませんよ?」

「ほ、本当でございます!」

顔面を蒼白にし涙目になった受付係が、コクコクと頷いたのでした。


「うわぁ、笑顔なのにすっごい悪そうな顔…。」

「もしも敵に回したら、剣と銃以外では相手にしたくないな。
 それが無理なら迷わず逃げるぞ、私は。」

何でドン引きしているのですか、二人とも。


「…二人とも、人が頑張っている時にチャチャ入れないでください。」

「いやだって、本当に怖いわよ?」

怖くしないと脅しにならないじゃありませんか…。


「この部屋だな?」

「ええ、受付係が命知らずで無ければ。」

アニエスのヒソヒソ声の問いに、私もヒソヒソ声で返しつつ頷いたのでした。


「では…お客様、ルームサービスでございます。」

まずはコンコンとドアをノック。


「せーの…ていっ!」

直後にルイズの蹴りが重厚な造りのドアを蹴り飛ばしたのでした。
…どうでもいいですが、何で虚無の呪文を使いませんか、ルイズ。


「銃士隊だ!御用改めである!」

そこにアニエスが剣を抜いて踏み込んでいきます。


「…って、あり?」

アニエスの間抜けな声が響き渡ったのでした。
まさか、ガセネタ掴まされましたか!?


「ど、どうしました?」

「ああいや、何というか、ルイズ殿、天晴だ。」

そこには間抜けにもドアに近づいて行ったらしく、ドアごと蹴り飛ばされて気絶した間者の姿が。


「お久しぶりですね、小姓さん?」

そして、まだ立ちさていなかったのか、こちらを驚愕の表情で見る小姓の少年。


「あ、あんたらはさっきの変態!」

レディに向かって変態とは失礼な。


「炎の矢!」

「ウボァー。」

百本近い炎の矢が、小姓をふっ飛ばしたのでした。


「…悪は滅びました。
 さて、それでは縛って捕えておきましょう。
 アニエス殿、銃士隊の手の空いているものを3名ほどと、荷馬車をまわしていただけますか?」

「まあ、そのくらいならすぐにでも手配はつくな。
 わかった、ロビーに頼んで使いを出させる。」

まあ、その程度の予備戦力は用意していますよね。


「じゃあまあ取り敢えず『バインド』。」

毛布をかけてからバインドの呪文をかけると、毛布でぐるぐる巻きになった間者が出来上がったのでした。


「そこの小姓は?」

小姓にバインドをかけていないのが不思議なのか、ルイズが訪ねて来たのでした。


「気絶している間に職場が無くなっていたというのは少々可哀想ですが、まあ仕方が無いという事で。」

どうせ、ほとんど何も知らないでしょうし。


「起きたら解放してやってもいいんじゃないか?」

「連れて行って軽い尋問くらいはするべきでしょう。
 ゴミみたいな情報でも、意外と大きな情報への突破口になることだって、ごくごくたまにはありますし。」

もったいないお化けが出るのですよ~?


「あと、なかなか綺麗な顔立ちをした子ですし、ついでに美形の兄が居ないかどうかとかも聞いてみるべきでしょう。
 銃士隊の面々は強さと引き換えに色っぽい話から遠ざかりがちですし、婚活ということでひとつ。」

「そんなしょうも無い心配はしなくてもいい!」

しょうも無い心配とはなんですか、しょうも無い心配とは。


「そういう事を言っていると、あとで同年代の人間がどんどん結婚して行って一人嫁き遅れ、友達の結婚式とかで肩身の狭い思いをするようになるのですよ。
 終いには『独身』と言われただけで激怒する、そんな了見の狭い女と化してしまい…。
 …最終的に金髪で胸が薄くて眼鏡をかけたきつそうな自称永遠の17歳の女性に、笑顔で『友達』とか言われてしまうのです。」

「何なんだ、その妙に現実性がある上に、嫌な未来予想図は!?」

いやー、本当にアニエスって弄り甲斐があるのですよ。


「金髪で胸が薄くて眼鏡をかけたきつそうな女性って…どっかで見た事があるような?」

独神エレオノールこと、貴方の姉なのですルイズ。
出来れば思い出さないで、そっとしておいてあげて下さい。


「まあ、育て上げてみるもよし、未熟な若木を弄ぶもよし、煮るなり焼くなり好きにすればー?なのですよ。」

ああ、真面目な人をおちょくるのって楽しい。


「…叩き切っても良いか?」

「それはご勘弁を、おほほほほ。」

アニエスの目がちょっとマヂなのですよ…おちょくり過ぎましたか?


「まあ冗談はこれくらいにして、情報は金に等しいもの。
 わずかな可能性も取りこぼすべきではないのですよ。
 そんなわけで…てりゃ。」

間者の腹を蹴ってみたり。


「…………。」

返事が無い、ただの屍のようだ…ではなく、私の力が弱かったのか、気絶から立ち直ってくれません。
とはいえ、モンモランシーの気付け薬はまたカオスな事になるような気がするので使うわけにもいきませんし…。


「アニエス殿、彼を優しく愛を囁くように起こしてあげてくれませんか?」

「わかった。」

アニエスは、あっさり頷いたのでした…って、あれ?


「優しく!」

「うぐぉ!?」

「愛を!」

「ぐふぁ!?」

「囁くように!」

「ぶぐぅ!?」

アニエスは間者を思いきり蹴り飛ばしたのでした…。


「起こしたぞ、私なりに優しく愛を囁くようにっ!」

「は、激しい愛なのですね…。」

その発想は無かったのですよ…というか、ストレスを間者にぶつけませんでしたか?


「あー、すいませんが、生きていますか?」

「げふ…何も話さんぞ、革命の敵め。」

何気にソ連化していますねぇ、アルビオン。
仲間を『同志』とか言っているのでしょうか、寒いのです。


「ふざけるな、この地図は一体何だ、答えよ!」

アニエスがトリステイン市街の概略時に×マークのいっぱい入った地図を間者に突きつけ、殺気を送りながら尋ねます。


「おっかないおねーさんもこう言っている事ですし、出来ればお話しする事をお勧めしますが?」

そう言いながら、懐から例の気付け薬の瓶を取り出し見せつけてみたりします。


「どうせ、話さなくてはいけなくなるわけですし。」

「その薬は…まさか…。」

間者の顔が見る見るうちに青ざめていきます。


「ええ、真実の血清かもしれませんね?」

真実の血清…要するに魔法の自白剤の事なのです。
使うと凄くフレンドリーな気分になって、何でも話してくれるようになります。
強力な薬なので、使用後は当然の如くお花畑の向こう側の住民と化しますが。


「そのような卑劣な水の秘薬を使おうとは…。」

「何事も合理的に手早く。
 話す気が無い人間に、拷問などの人道的な手段は無駄の極致なのですよ。」

瓶の薬剤は全然違うものですが、嘘は言っていませんよ、嘘は。


「くっ、こうなれば…もが!?」

舌を噛み切ろうとしたので、口に固い林檎を突っ込んであげたのでした。


「あが…あが…。」

「貴方には2つの選択肢をあげます。
 大人しく洗いざらい喋るか、それとも真実の血清で洗いざらい喋るか…さて、どちらを選びますか?」

交渉に必要なのは、相手に選択肢を与えない事。
もう一つ、ハッタリ利かす時は徹底する事。


「あー、言っておくが、こっちのおっかないおねーさんは私より怖いぞ?」

「たぶん、トリステインでも指折りのおっかないおねーさんよ?」

あー…いや、後押ししてくれるのは嬉しいのですが、何か複雑な気分なのですよ。



このあと彼がどうなったか?
結果として情報が得られたのですから、つまりはそういう事なのです。
うまくいったのに、この敗北感は一体何なのでしょう?







翌日、妖精亭に戻って一泊の後、劇場の前に全員集合。


「おはようございます、姫様。」

「おはよう、ケティ。」

ちなみに小姓の少年には軽い尋問を行った後、アカデミー謹製のお薬で手紙を届けた時点以降の記憶を綺麗さっぱり忘れて貰いました。


「あとは最後の詰めね。」

「はい、リッシュモン卿は既に劇場内に、ぬかりはありません。」

いやー便利ですねえ、水の秘薬…暫らくの間、少々記憶の混乱を起こす副作用があるらしいですけれども。


「…ですよね、アニエス殿?」

「勿論です。」

ちなみにこの秘薬、御禁制の品だったりします。
流石は水の王国トリステイン、こういう陰険な品なら他の追随を許さないのですよ。


「才人、お疲れ様です。」

「お…おう。」

眼の下にくまを浮かべてげっそりした才人が、力無く腕をあげて返事をしてくれたのでした。


「ぬぅ?才人、何かありましたか?」

「え?いや、何もないよ、何も無かった。
 断じて何もないったら無い。」

あ、怪しい…でも、たぶん才人は本当の事を言っていますね、才人ですし。


「ふむ、姫様…無垢な才人をベッドの上で散々弄んだのですか?」

「い、いいいいくら私でもそんな事しないわよ?」

姫様がどもるとは、怪しい…そんな見え見えの誤魔化し方は姫様っぽくないのです。


「何も無かったくせに、思わせぶりな態度で見栄張ろうとか思っていませんか、姫様?」

「おほほほほ、何の事かしら?」

うむ、これが正しい姫様の誤魔化し方なのです。


「年頃の殿方と二人っきりで、興味半分で何度か誘ってみたりしたけれども、全て回避されて少なからず乙女のプライドが傷ついたわけですね、わかるのです。」

「…何で図星をついてくるのかしら、貴方は?」

憮然とした表情で、姫様は私を睨みつけたのでした。


「…そりゃまあ経験者は語るなのですよ…。」

思わずぼそっと呟いてみたり。
何せ媚薬にやられた私とルイズのツープラトンアタックにも耐えきった男ですから。
これで姫様にホイホイ手を出された日には、乙女のプライドがズタズタなのですよ。
才人の鋼鉄の精神はルイズに対する態度が無ければ、ホモかと勘違いしているレベルなのです。


「それでも、抱き枕にはさせてもらったわよ?
 相談相手にもなってくれたし…彼ってなかなか博学よね。」

日本でそこそこの高校まで行っていれば、嫌でもそこそこ博学にはなります。
日本ではそれが普通なので誰も自覚していませんが、本来ホワイトカラー大量生産装置である日本の学校を舐めちゃいけません。


「だだだだだ、抱き枕ですってぇ!?
 不潔よ!不敬よ!何で丁重に断らないのよ!」

「いやでも姫様有無を言わさないというかあの威圧感いっぺん味わってみろっての無理だから!
 だからやめてその拳はその足は止めてよして殴らないで蹴らないでギャー!」

会った途端にフルボッコですか…クリアエーテル(さようなら)、才人。


「あらららら、悪い事しちゃったかしら?」

「いいえ、アレが普通なのです。」

どうせ数秒で復活するので、無問題無問題。


「いやしかし…。」

周囲を見回すと、男装というか武装した麗人ばかり。
アニエスが一晩でやってくれました。


「…こうなると、あちら側の当事者たちは見事なまでに道化なのですね。」

劇場は囲まれていて、自分たち以外の観客は殆どが銃士隊員。


「アルビオンに踊らされる程度の道化だもの、私達にだって踊らされるのは当然よ。」

「その程度の小悪党が大悪党のつもりになれるくらい、国が放置状態だったという事ですか。」

権限も無いのに奔走する羽目に陥ったマザリーニ枢機卿が、鳥の骨みたいに痩せ細るわけなのですよ。


「それが問題なのよね…助言が欲しくても、お母様は《夜更かしするな》とか、《もっと恋をしなさい》とか、しょうも無い事しか助言してくれないし。
 恋愛なんかしなくても、扱いやすい莫迦でお人好しで家柄だけは良い二枚目なら、探せば見つかるってのに。
 …まあ、恋愛に未練が無いかと言われれば、あるけれどもね。」

「も、もうちょっと恋愛に夢見ましょう、姫様。」

私だって、もう少しロマンチックなのですよ。


「恋愛に夢見ている間に国が傾いたら、私は王として臣民に顔向けできないわよ?」

「まっとうな王なら、恋愛と仕事の両立くらい出来るものなのです。
 愛人を抱えて、なお国を最盛期に導いた王も居るのですよ?」

例えば《ゼロの使い魔》の元ネタである《三銃士》の時代のルイ14世とか。


「《最盛期は衰退の始まり、繁栄そのものに学ぶべき所など無い。あえかなる繁栄の色濃き影を見よ。そしてその後の衰退期に学べ》でしょ、ラ・アルーエット?
 その最盛期の王は愛人にかまけていたせいで、没落の折り返し地点に立ったのではなくて?」

「はぁ…まさか自分の本の文章で言い返されるとは思わ無かったのですよ。
 ちなみにその最盛期の王は外征を繰り返して、その国の絶頂期を築いた王なのです。
 その後は、その最盛期の王が繰り返した外征で残した負債が国に重く圧し掛かり、結局二代後の王は斬首されて敢無く王朝は滅びました。」

そう言いながら、姫様をじーっと見てみます。


「戦争はお金がかかるのですよ…繰り返せば尚更。
 儲けさせて貰っている身でなんですが、急ごしらえのハリボテ軍隊での外征はお勧めできません。
 例えば狭い路地に兵を密集させたりする、用兵の基本が全然なっていない士官のいる軍とか。」

外征するにしても、何とかしてトリステイン軍の被害を最小限に納めねば。


「…そうね、全然なっていないわよね。
 このまま今の軍を矢面に立たせたら、金の無駄だわよね。」

ああ姫様、世界の神に成るとか痛い事言った人みたいな笑みを。


「素人に等しい我が軍が、ゲルマニア軍と同等だなんておこがましいわよね。
 そしてゲルマニアの皇帝は、か弱き乙女の頼みを断りきれない気がするのよ。
 力強く雄々しくひ弱なわが軍を守りながら前線で戦うゲルマニア軍とか、見たいわ。」

「はぁ…猫被る気ですね、徹底的にかわい子ぶって媚びる気満々なのですね、姫様?
 色気とアルビオンでゲルマニアを釣る気ですか。」

確かにゲルマニアの軍事力は、東方領土の問題を抱える我が国にとって激しく邪魔ですが、そこまでやりますか。


「相手は自分達は絶対に正しいと思い込んでいる、真っすぐで純粋な莫迦の集団よ?
 そういう莫迦って無駄に意気込んでいて、しぶとくて、相手にするの面倒臭いじゃない。
 そんなのはゲルマニアの脳味噌筋肉な連中にでも任せておけばいいのよ。
 そもそも、ただでさえ自国の復興中なのに、アルビオンの荒廃した領土を何とかするだけのお金なんて無いわ。
 成功しても王家の財産すら散逸しているアルビオンの復興に、ゲルマニアの財政は大きな痛手を受けるし…。
 …失敗してもアルビオン軍の復興を邪魔出来て、ゲルマニアの圧力も減らす事が出来るわ。」

「それではゲルマニアが納得しないのでは?」

あからさまに盾にしたら、流石にゲルマニアも怒るのですよ。


「一回合同演習でもさせてみるわよ、流石に呆れて納得してくれる筈だわ。
 錬度の低い我が軍は、一部の部隊を除いて後方支援でもしてくれていた方がまだ戦いやすいと。
 勿論、その為の人選もしておくわ。
 軍の再編が間に合っただけじゃあ駄目なのね…貴方達とあのナ…ナ…なんとか連隊とかっていう部隊の件が無かったら、軍が酷い事になってショックで死ぬところだったわ。」

まあ、それが妥当ではありますが、軍の不満が溜まりやしないか心配なのですよ。
あと、ナヴァール連隊なのです。


「ゲルマニアが呆れて遠征を断ってくる可能性は?」

「アルビオンは婚儀をあんなふざけた手段で妨害したの。
 だから潰された面子を取り戻さなくちゃ、仁義が成り立たないのよ。
 我が国がやらなくても、一国でもやるわよ、ゲルマニアは。
 何せ、我が国と違ってアルビオンと戦争した事が無いから、詳しい事を知らないし。
 無知は時に勇者を生み出すもの…。」

ちなみに私達はこんな物騒な話をこそこそしながら、劇場に向かって歩いて行っていたりします。
ルイズは才人と思しき肉塊をビターンビターンと振りまわしているので、誰もが見ないふりをしていたりしますが…。


「このか弱き女王の代わりに戦ってくれるゲルマニアの勇者達に、感謝感謝というわけよ。」

「触り程度でも戦闘を経験させておけば、我が軍の錬度も上がるというわけですか。」

か弱いとかいう世迷言は、さらっと流しておくのです。




「財務卿兼高等法院長リッシュモン・ド・ラ・モンフォール。
 処刑されるか、この場で自裁するか、選ぶがよい。
 ちなみにお勧めは自裁だな、先に死ねる。」

ちなみに彼にはアルテュールという立派な名前がありますが、諸事情で省略なのです。
あと姫様がいきなり尊大な口調になったのですよ。


「い…いきなりこのような場にやって来て、いきなり何をおっしゃいますか、陛下!?
 しかもいつもと全然雰囲気が違うのですが…。」

リッシュモン卿もびっくりなのです。


「説明が面倒臭い、良いからとにかく死に方を選ぶが良い。」

「そんな殺生な!?」

ちなみに私もびっくりなのです。


「私は裁判官では無いのだ、女王である。
 そなたの容疑をいちいち長々としゃべる趣味は無い。」

「で、ですが、いきなりやってきて処刑するとか言われても、納得できませんぞ!」

リッシュモン卿もいきなり演出もへったくれも無く処刑すると言われるとは思いもよらなかったでしょう。


「あー…やっぱり面倒臭いわ、ケティ代わりにお願い。
 貴方、説明とか大好きでしょ?」

「すごい振り方なのですね…。」

処刑する理由を本人が説明するのを面倒臭がられた人と言うのも、そうそういないでしょう。


「はい、ここに書類とかあるから、適当に読み上げてあげて。」

姫様がそういうと同時に、銃士隊員がどさっと大量の巻物を積み上げたのでした。


「あー…面倒臭いのですね、確かに。」

「面倒臭いならこっちの目録でも読めばいいと思うわ。」

姫様が目録を手渡してくれたのでした。
どれどれ…。


「公金横領、賄賂の授受、便宜供与…外患の誘致。
 ふむ、これはどう考えても死刑なのですね。」

他のは兎に角、外患の誘致はどんな国でも例外なく死刑ですし。


「な…何か証拠でもあると…。」

リッシュモン卿がその罪状に対して言い返そうとしますが…。


「そうそう、そなたとそなたの兄弟の領地にも兵が向かっているから、程なくそなたの妻子や兄弟も逮捕される筈だぞ。」

「な、なんですと!?」

姫様、面倒臭いとか言いながら結局喋ってる…。


「決まっているであろ。
 ラ・モンフォール伯の地位は没収、卿が無駄に溜め込んだ全財産も没収、ついでに親兄弟妻子ともども死罪。
 そなたが懇意にしていた、商人のふりをしている癖に貴族用の宿屋に泊っている間抜けが、全て吐いた。
 『真実の血清』を使ったから、供述に間違いは無い。」

間者は、今頃薬がガンぎまりした状態で、とってもハッピーな感じになっているのでしょう。
世界中が友達に見えている筈なのです。


「そんな、そんなあんまりでございます!」

「そなたにとっては、いつも通りのちょっとした小遣い稼ぎの一環であったのであろうがな。
 世間で外患の誘致とは例外なく死刑なのだ。
 …大して敬意を感じてもいない主君に、笑顔でゴマをするのも疲れたであろうから、煉獄でゆっくり休むがよい。」

そう言って、姫様はにっこりと壮絶な笑みを浮かべたのでした。
ああ…姫様がラフィール殿下のように…。


「この国は何をしようがもう終わりだ!
 その前にひと儲けしようとして何が悪い!」

臣下の仮面をかなぐり捨てたリッシュモン卿が、姫様を睨みつけたのでした。


「そうだな、そなたのような者だらけの現状、この国を建て直すのは難しいと言わざるをえぬ。
 だがな、そなたのような地位にある者でも、汚職を行えば死刑となる事を示せばどうなるであろ?」

「そんな事をすれば、反乱が起きますな。
 陛下は貴族というものを理解していらっしゃらないと見える。」

そう言って、リッシュモン卿は鼻で笑って見せたのでした。


「そうだな、それだけでは確かに叛乱は避け得ぬ。
 では…不正蓄財した財産を自己申告で返却し、名乗り出れば罪は許すと言えばどうであろ?」

全員処刑するわけにはいかないから、踏み絵を用意するわけなのです…まあこの話は前にも聞きましたが。


「ま、まさかその為だけに、私を生贄に!?」

「そなたの場合は、外患誘致の罪だけで一族郎党まとめて死罪は逃れ得ぬ。
 ただし、外患誘致の罪をわざわざ表に出して、国内に動揺を広める必要も無い。
 一罰百戒に、まさにうってつけではあったな。」

罪人を死罪にする時には、それが大貴族であるなら尚更、その死を政治的に利用するのは当たり前であると言えるのです。


「であるからもう一度問う。
 妻子や兄弟が処刑されるのを、その目で見てから死ぬか?
 それとも、先に死ぬか?
 選ぶがよい。」

「ものども、出あえ!」

リッシュモン卿がそう言うと、周囲の貴族たちが杖を構えて立ち上がったのでした。


「く…くくく、私が一人で来たとお思いか?」

「それこそ、こちらの台詞だな。」

姫様がパチンと指を鳴らすと、リッシュモン卿とその取り巻き以外の劇場の客、俳優、全ての人間が一斉に銃を抜いて彼らに向けたのでした。


「な…。」

「世の中そんなに甘くは無い、という事だな。
 ああ、銃士隊に採用された新式銃はそなたらが呪文を唱えるよりも早いぞ…。」

そう言って、姫様はもう一度指をパチンと鳴らし、それと同時にリッシュモン卿が持っていた杖が、パンッという乾いた音とともに吹き飛んだのでした。


「…おまけに命中精度も良い。」

新式銃はまだ銃士隊に行き渡っているとはお世辞にも言い難いですが、ハッタリ利かすには丁度良いというわけなのです。


「杖を捨てよ、抵抗は無意味である!」

そう言って、アニエスがリッシュモン卿に銃を向けたのでした。


「どうせ殺されるのなら!」

そう言って、一人の取り巻きが呪文を唱え始めますが…。


「愚者の選択だな。」

姫様がパチンと指を鳴らすと無数の銃撃音が響き渡り、リッシュモン卿以外の取り巻きは地に倒れ伏したのでした。


「さて、これで何度目になるか?
 首切り役人の前に跪く事を選ぶのか、自裁を選ぶか、はっきりせよ。」

この問いに彼が何と答えたか、ですか?
私はそれを語りたくありません。
ただ一つ言える事は、アニエスが本懐を果たしたという事でしょう。
そして、本懐を果たしたのに、アニエスの表情がいまいちすっきりしていないという事でしょうか。



[7277]  幕間30.1 演歌は心で歌うもの そして、例のアレ
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/25 00:07
「~♪」

ケティが緊張した面持ちで歌っている。
激しく、それでいてなんとなく物悲しく、異国チックなその曲の名は…。


「夜桜お七…。」

才人がボソッと呟く。
確かにその曲…歌詞はトリステイン語だし、楽器もトリステインで使えるものを使って演奏されているが、まさしく『夜桜お七』だった。


「その前に歌ったのは『海雪』で、その前は『恋の奴隷』で、一番最初が『天城越え』…ケティって演歌好きだったのか…?」

「~♪」

有名な曲とは言え、10代で曲名が全部わかってしまう才人も才人だが。
しかも、どれもかなり激しい恋の歌だったりする。


「では…これで最後の曲となるのです…。」

そう言いながら、ケティは楽団に目配せする。


「…曲名は、『空と君のあいだに』」

「…って、何でいきなり中島みゆき!?」

カオスだった。
ちなみに、アンコールでリリーマルレーンを歌って更にカオスな感じになったものの、初めて聴く曲ばかりで『魅惑の妖精亭』の客は大満足だったらしい。



「ふぃ~…。」

歌い続けて流石に疲れたのか、バックヤードで椅子に座ったケティがたれていた。


「お疲れ、水持って来たぜ。」

「ありがとうございます…温い。」

ねぎらいついでに水を渡したが、ここは良くも悪くも中世ファンタジー世界であり、水は温かった。


「いや、魔法も使えない、冷蔵庫無い環境でそんな無茶言われてもだな…。」

「冷やしたいものを入れた容器を水を含ませた布で包んで、ひたすら団扇で扇いであげれば、気化熱冷却で飲み物を冷やす事は可能なのですよぅ…。」

そう言いつつも、才人から渡された水をごくごく飲むケティ。


「そう言いながら、飲んでるし。」

「んぐ…とは言え、歌いっぱなしで喉が渇いていましたし、この水は有難く戴くのです…んぐんぐ。
 ざっと一時間ほど扇ぎ続ければ、とっても冷たい水が…んぐんぐ…飲める筈なのです…ぷは。」

この国の夏は日本に比べると格段に空気が乾燥しているので、水の気化熱冷却でかなり冷やす事が可能だったりする。


「ケティちゃん、お疲れ様~。」

スカロンが、クネクネしながら現れた。


「冷えた水、用意しておいたわよ。」

「うぉぅ…これは冷たいのですね。」

早速飲んでみたケティだったが、その冷たさに感嘆の声を上げる。
才人に教えた方法を、実は既にスカロンに話していたケティだった。


「この前、ケティちゃんに言われた方法でやってみたのよ。
 魔法も使わずに、ここまで水が冷えるなんて、なんてトレビアンなのかしら。
 これでビールを冷やすっていう案、お客さんを喫茶店から呼び戻すいい方法になりそうだわ。」

「是非ともやってみてください、ビールは冷や冷やに限るのですよ。」

こっちの世界の温いビールもなかなか乙だが、やはりガツンと冷えたビールが飲みたいケティだった。


「キャバレーといい、この冷却法といい、ケティちゃんには色々とお世話になってばっかりよね。」

「いえいえ、こちらも色々と無理を聞いてもらっているので、お互い様なのです。」

王家からの命令とは言え、色々と融通を利かせてくれるスカロン。
実に侠気あふれる漢だった…心は乙女だが。


「ケティお疲れさま…って、なにその水滴の浮いたコップ!?」

「スカロンが用意してくれた、よく冷えた水なのです…飲んでみますか?」

そう言って、ケティはルイズに冷えた水を渡した。


「んぐ…何これ、凄い冷たい!?美味しい!?
 よくもまあ、水と風のメイジなんか見つけてきたわね。
 タバサでも呼んだの?」

「いいえ、それは魔法無しで冷やしたものなのです。
 実は…(中略)…と、言うわけでして。」

ルイズに気化熱冷却による水の冷却法を伝えたが…。


「何でそれで水が冷えるのか、原理を聞いてもさっぱりだわ。」

ルイズはちんぷんかんぷんだった。


「まあ、百聞は一見にしかずとも言いますし、一度才人にやってみてもらえばいいのですよ。」

「それはいい考えね。」

わからなかったものの興味はあるらしく、ルイズはゆっくりと頷いた。


「え!?俺がやんの!?」

「たまには使い魔らしい事の一つくらいして見せなさいよ?」

びっくりして自分を指差す才人を、ジト目で睨むルイズだった。


「へーい…。」

そんなわけで、気化熱冷却の実験が始まったわけだが…。


「つまらない…物凄く暇だわ…。」

「さっきから延々あおぎ続けているのに、ひでえ…。」

まあ、壺に濡れた布を巻き付けてパタパタ団扇で扇ぐだけなのだから、ヴィジュアル的には超地味。
なので、ルイズが飽きてしまったのは、仕方が無いといえば仕方が無い。


「くー…。」

「ケティなんか寝てるし…。」

まだ起きているだけ、ルイズの方がましかも知れなかった。


「歌った後だし、何だかんだで疲れたんでしょうね。」

「なるほど、確かにな。」

よく寝てよく食べる、若い証拠である。


「寝ていれば、年下だっていうのがよくわかるのにね。
 この、無駄な、脂肪の塊二つが無ければ、もっと年下な感じなのにっ!」

「くー…にゅ…うにゅ…。」

眠りこけて無抵抗なケティの胸をぐわしと掴むルイズ。


「うふふふふふ…相変わらず触り心地の良い塊だこと…。
 やっぱり無駄じゃないわ、これは無駄じゃないのよ…。」

「あー…ルイズ、いくら同性だからといっても、限度ってもんがあるからなー?」

そのまま眠りこけるケティに抱きついて胸にすりすりし始めたルイズを、『セクハラだぞー』とか思いつつ、ジト目で見る才人。
それでもパタパタと扇ぐ手は止めない。


「だって、ケティってすっごい触り心地良いのよ、いっぺん触ってみたらわかるわよ。
 触ったら粉砕するけど。」

「粉砕するって何をデショウ?」

才人の問いに、ルイズはただにっこり微笑むのみだった。


「ケティ風の脅し方、やめれ。
 怖いから、なんだか想像が膨らんですげえ怖いから。」

ナニかを粉砕される想像に、才人は思わず身を震わせた。



「にゅ…にゅ!?
 な、何なのですか、つめたっ!つめたいっ!?」

眠りこけていたケティの顔にいきなり滅茶苦茶冷たい水の雫が振ってきた。


「うひゃあああああぁぁぁっ!」

そして、そのまま悲鳴とともに、座っていた椅子から滑り落ちた。


「な…何なのですか…?」

いつの間に眠ってしまったのだろうかと思いつつ、立ち上がったケティがあたりを確認すると、悪戯小僧の顔になったルイズと才人が居た。


「流石のケティも、眠っていきなり顔に冷水の雫をかけられたらひとたまりもないようね。」

「そりゃまあ、私は歴戦の武人じゃあありませんし、常在戦場というわけには行かないのですよ。
 先程の感触から察するに、冷水が出来たのですか?」

ちょっと怒りたい気分を抑えつつ、ルイズに尋ね返すケティ。


「出来たよ…あーごめんな、俺は止めろって言ったんだが。」

「な…ちょ!?
 ノリノリでケティの顔に雫垂らしたのあんたでしょ!?」

ルイズが責任を押し付けようとした才人を小突いた。


「げふぅ!?」

小突いたはずだったが、才人は壁にめり込んだ。


「あら、ちょっと強めに小突きすぎたかしら?」

「お…おま、ルイズ、これは小突くとかいうレベルじゃねえぞ。
 つーか、俺じゃなかったら死んでるぞ、これは。」

ルイズの虚無は、今日も絶好調だったようだ。
そして、才人も変態的な生命力だった。


「ルイズも才人も、修繕代出すの私なのですから、もう少し控えめに。
 それで水…は…。」

「あらー…。」

よく冷えた水はルイズが才人を強めに小突いた衝撃で、見事によく冷えたカーペットの染みと化していたのだった。





「ケティ、メイジが足りないわ。」

王城に召喚されたケティに、アンリエッタは開口一番そう言った。」


「私はドラえもんでは無いのですよ、姫様。」

無茶振りされたケティは、思わず青狸の名前をを口走った


「ドラえもん?」

「あー、才人の世界の物語の登場人物で、色々と便利な道具を出してくれる狸のガーゴイルなのです。」

ロボットの説明が面倒臭いので、ファンタジー風に説明するケティだった。


「んー…主人よりも使い魔と親しくなるとか、一般的に言っても感心できる事ではないわよ?」

「へ?いや、御心配無く、ルイズと才人は間違いなく相思相愛なのですよ。
 ただ、ルイズがあまり才人の世界に興味が無いというだけで。」

アンリエッタの注意に、ケティは少し面食らったような表情で返した。


「それはつまらないわね…。
 もっとこう、秘密の寝室で才人殿と抱き合うとか、情熱的にキスするとか、そこをルイズに発見されるとか、そういう泥沼的な展開は無いの?」

「姫様は、私とルイズ達に、どうなって欲しいというのですか…。」

アンリエッタからの提案は、どっかで聞いたような話だった。


「…で、話は最初に戻るけれども、メイジが足りないわ。
 新式銃も銃士隊に回すので精一杯、とてもじゃあないけれども量産して兵士全員にってのは無理でしょう?
 だから、手っ取り早く従来どおりの戦力であるメイジを増やしたいのよ。
 何とかする方法を思いつかないかしら?」

「メイジの傭兵を雇う以外で?」

アンリエッタは、ケティの問いに無言で頷いた。


「方法はある事にはありますが…バレたら貴族制度の根幹を揺るがしかねないのですよ?
 ついでに言うと、ロマリアから破門されるやもしれない上に、戦力化したいなら10年はかかるのです。」

それは間違い無く禁忌の方法だと、ケティは思っている。


「それはまた、随分と物騒な話ね…で、何?」

「平民の子供に、杖との契約の儀式を行わせてみるのですよ。」

それは結果如何によっては、貴族と平民の区別がつかなくなる。


「平民の子供に杖を?
 でも、契約なんかできないでしょ、平民だし。」

「そうとも言い切れないのですよ。
 今まで貴族の御落胤がどれだけ市井に流れたと思いますか?
 それがざっと数千年…本人が気づいていないだけで、メイジの資質を持った者は結構な数居る筈なのです。」

ケティの予感としては、メイジの資質が遺伝するものだとして、おそらく杖と契約をさせたら、かなりの平民の子がメイジになれる筈だという確信めいたものがあった。


「素晴らしいわ、すぐやりましょう。」

「杖を持たせた殆どの平民の子が杖と契約できたとしても…なのですか?」

劣性遺伝なら数はぐっと減るだろうが、優性遺伝ならメンデルの豆みたいに圧倒的多数がメイジの資質を持っている可能性がある。
それは、メイジと平民の差というものを決定的に破壊しかねない、危険なものでもあるのだ。


「…それは有り得る事態なのかしら?」

アンリエッタも流石にびっくりしたのか、眉を顰めてケティを見る


「それが有り得るくらい、メイジと平民の血はおそらく混じり合っているのです。
 貴族の殿方に麗しい女性と見れば平民も貴族も関係無い方が多いのは、姫様もご存じのとおりですし。
 貴族の殿方が始祖以来の数千年間、地位と権力を駆使して平民の女性相手に腰を振りまくりながら過ごしてきた結果なのですよ。」

「あー…それを言われて物凄く納得したわ。
 でもケティ、10代半ばのレディが腰振るとか言わないで。」

アンリエッタは頬を少し赤らめてケティを睨んだ。


「うぅ…説目に集中し過ぎて表現が下品に…。
 と、取り敢えず、何処かの孤児院を囲い込んで実験してみる必要があるかと。」

ケティも表現が下品になっていた事に気付き、顔を真っ赤にしながら話を続けた。


「そうね…こっそりやって、まずかったらちょっとずつ増やしていく形で行きましょう。
 孤児なら、貴方は実はとある貴族の御落胤だったのよとか言って置けばいいわけだし。
 …そっち方面には定評のあるモット伯とかもいるしね。」

「…それはモット伯家で流血の惨事が発生しかねないので、是非とも止めて戴きたいのです。」

ひっそりと彼の預かり知らない場所で、命の危機が訪れつつあるジュール・ド・モット伯爵…彼の明日はどっちだ!?


「それと…姫様に見せたいものが。」

そう言って、ケティは古ぼけたレポートをアンリエッタに手渡した。


「これは…何?
 …って、ド・ワルド!?」

「ええ、ワルド卿の母君が書かれたレポートの断片です。
 書いた本人が発狂してしまって、殆ど散逸してしまっていましたが。」

ケティとしても流石に『何で知ってんだ!?』と何度も問われるのが嫌なので、証拠を集めてから情報を伝えることにしている


「800メイル以下の地下に風石の大鉱脈が成長中…このままだと、ハルケギニアの各地が浮き上がるですって!?」

「いやはや、困ったものなのです。」

淡々と語るケティの顔はあんまり困っているように見えなかった。


「これ、本当なの?」

「間違っていたら、発狂しないでしょうね。
 ワルド卿もグレなかったかもしれません。」

アンリエッタはケティが騙しているのではないかと思ってよーく見てみるが、やはり嘘を言っているようには見えなかった。


「よく冷静にしていられるわね?」

「そりゃまあ、ラ・ロッタは浮きませんから。」

ひでえ話だった。


「…なんで浮かないのよ?」

「山の女王が、縄張り一帯の精霊の力を広範囲に少しずつ吸い取って、生きる為の補助としているからなのですよ。
 流石幻獣、おかげでラ・ロッタ周辺からは火石も風石も水石も土石も一切産出されません。」

何が幸運に転じるのかわからないものである。


「まあ、大丈夫なのですよ。
 時が来れば、伝説が…虚無が解決してくれるでしょう。
 山の女王もそう言っていました。」

「う…まあ、そういう事なら、私は私の仕事をするだけだわ。」

山の女王のくだりは思い切り嘘だが、今焦ってもどうにもならないのも事実だった。
クレイジー・ジョゼフに知れたら、何やらかすかわからんし。


「アルビオンみたいに、トリステイン丸ごと浮いてくれないかしら?
 それなら、統治が楽そうだし。」

「その場合、ラ・ロッタだけハブられるのですよ…。」

絶海の孤島と化したラ・ロッタ…それはそれでありかもしれなかった。



[7277]  番外編 タバサの冒険・ケティの物見遊山01 
Name: 灰色◆a97e7866 ID:03e247df
Date: 2010/11/01 10:27
「呼ばれた。」

タバサは厩舎にやって来てそう一言呟く。


「きゅい!」

シルフィードは出向いてくれた主人に、嬉しそうな声で応えた。


「ん、行こ。」

タバサは、魔法学院からしょっちゅう姿を消す事で有名な少女である。
有名ではあるが、タバサにその理由を聞く者は居ない。
それは親友のキュルケでさえもだ。
何故か?魔法学院が原則男爵以上の所謂上級貴族の子弟が通う場であるが故。
各国の魔法学院が上級貴族の子弟がメイジとして、貴族としての統合的な学習を行う場であるというのは、実のところ建前に過ぎない。
ここは一人前の貴族になる前の猶予期間(モラトリアム)を提供する場所なのだ。
ここは男性の貴族にとっては人脈を作る事によって将来の栄達の肥やしとする場であり、女性の貴族にとっては決められた相手に嫁ぐ前に束の間の恋愛ごっこを楽しんだり、あるいは将来の伴侶を見つける場でもある。
故に生徒の出自身分は、何処の生まれか、どういう血統であるか、家の伝統がどうであるかまではっきりしているという訳だ。
それにも拘らず、時折名前も出自身分もあやふやな者が入学する事がある。
すなわちそれは《わけあり》という事。
どこぞの王族か大貴族の御落胤か、はたまた御家騒動の中心人物か。
表に出せないが、身分的に魔法学院に通わせないと家のメンツが立たない…そんな人物が、名前も出自身分も何もかもあいまいにして他国の魔法学院にやって来る事がある。
彼らも身分を曖昧にしたまま、元の惨めな立場に戻るまで前述のようなモラトリアムを楽しむか、あるいは何時の間にか魔法学院から《居なくなって》いるか。
タバサもそういう一人だと思われていた。


「飼葉桶からこにゃにゃちわ~。」

大きな飼葉桶から出てきた娘が、折角久々にシリアスに進行していた導入をぶち壊す。
長い地の文だって書こうと思えば書けるんだよとか主張しようとしていた作者の薄汚い思惑も、そのライトな雰囲気でぶち壊されてしまう。


「行こ。」

「きゅい!」

タバサはその娘を完全スルーしてシルフィードに合図する。


「ちょっと待ってください!
 無視されたら、カモフラージュにわざわざ大き目の飼葉桶を用意して入っていた私がまるっきり莫迦みたいなのですよ!?」

飼葉まみれなその娘…ケティは悲鳴のような声でタバサに抗議したのだった。


「知ってた。」

「知っていたとは…やりますね。
 一応、大きくなり過ぎないように作ったものに、この身を限界まで縮ませて入っていたのですが。
 いや~、全身の間接がすっかり固まってしまいましたよ、おほほほほ。」

ストレッチをしながら、ケティはシルフィードにまたがるタバサに話しかける。


「でもそれなら、声をかけてくれれば良かったのに。」

「放置するのが、人情。」

タバサは、いつものように茫洋とした瞳のまま、その視線をケティに向けてそう言った。


「その手の悪戯は、放って置かれるのが一番辛い。」

「た、タバサってば、何時の間にそんなにドSに…。」

驚愕した表情で、ケティは2~3歩後退ったのだった。


「用?」

「…ボケ放置ですか、やりますね。
 いやなに、ちょいとヴェルサルテイル見物に行きたいなーと。」

ケティはタバサが任務でガリアに帰るつもりな事に気づいたらしい。
自分どんな任務についているのか、ケティは興味があるのかなとタバサは思った。


「見たい?」

「ええ、勿論。
 かの新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)もかくやといった絢爛さなのでしょうねえ。」

タバサは勿論新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)なんて宮殿は知らない。
たぶん、ゲルマニアの何処かにある宮殿なのだろうと彼女は推測する。
ケティが本音と建前とハッタリをごちゃ混ぜにして喋るという、下手すりゃ詐欺師一歩手前な人物であるのはタバサも良く知っているから、プチ・トロワを見に行きたいだけという彼女の発言をはじめから信じていなかった。


「乗って。」

「おお、それではお邪魔します。」

ケティはほくほく顔でシルフィードのよじ登り始める。
パンツ丸見えだが、男の視線が無いので気にせず登って来た。


「ああそうそうシルフィード、飼い葉桶に隠れていたのを黙っていてくれたから、約束の報酬です。」

ケティは袋から何かを取り出し、シルフィードの頭に向かって投げた。


「きゅい!」

シルフィードはそれをパクッと口に入れる。


「おおお美味しいのね、これが高級なお肉…きゅい!?」

タバサは杖でシルフィードの頭をポカリと殴った。
タバサの杖はでかくて重くて硬いという殆ど鈍器だったりする。
人間なら思い切り殴られれば目を剥いて悶絶するし、風竜といえど殴られたら拳骨されたくらいの衝撃を与える代物なのだ。


「話しちゃ駄目。」

「いあいあ、お構いなく。
 私がシルフィードの事を知っているのは、タバサもご存知でしょう?」

シルフィードを叱るタバサに、ケティはニコニコ顔でパタパタと手を振る。

「でも、まだ地上だから。」

「ああ、確かに。
 でもまあ、大丈夫ですよ…たぶん。」

ケティが物凄く身内に甘い性格だというのを、タバサは既に把握している。
敵に対しては情けも容赦も躊躇すらも一切しない性格だと知っているが故に、彼女の甘さがどうにも不思議なタバサであった。
なにせ自分は悪名高きガリア北花壇騎士なのだから、それを知った上で何故に優しくしてくれるのかが不思議でならないのだ。


「じゃあ、行く。」

「はい、宜しく。」

「きゅいいいいいぃぃぃぃぃぃぃっ!」

タバサとケティを乗せた風韻竜(シルフィード)は一声鳴くと、翼を広げて学院から飛び立った。
月夜に一匹の竜が飛んでいく、目指すはヴェルサルテイル宮殿のプチ・トロワ。
さて、この先何があるのやら?
それはプチ・トロワで待つデコ姫のみが詳しく知っていた。



「ふおおおおおぉぉぉぉ、これがヴェルサルテイル宮殿のプチ・トロワですか、大きいですねー。
 わわ、あの彫刻素晴らしい。」

「ん。」

無邪気に珍しがるおのぼりさんの田舎者丸出しなケティを見て、ひょっとして本気でヴェルサルテイル見物に来たのかなーとか思いながらタバサは頷いた。
タバサからケティを見ていると、物凄く年上に見えることもあるし、年相応に見えることもある。
陰謀家の狡猾で容赦無い面があるかと思えば、優しく素直な面も持っている。
敵と味方で対応を完全に切り替える性格なのだろうが、それにしたって極端だなとタバサは思っている。
実は彼女自身の従姉のイザベラもある意味裏表の凄くはっきりした人なのだが、タバサはそれに気づいていない。
イザベラ自身が親シャルロット派の者達に口外せぬよう働きかけるなどして巧妙に隠しているというのもあるが、彼女自身の復讐心故という所が大きい。


「待ってて。」

「中に入るわけにはいきませんか…分かりました、シルフィードと一緒に待っていますね。」

「きゅい。」

手を振るケティに軽く手を振ってから、タバサはプチ・トロワにあるイザベラの執務室目指してつかつかと歩いて行き、その前に立つとドアが勝手に開いた。
ドアの形をしたガーゴイル…つまり、魔法の自動ドアである。


「よく来たねぇ、人形。」

執務机に足を投げ出して座っていたイザベラがそう言うと同時に、周囲からいくつもの卵やソーセージが飛んで来る。


「ん。」

タバサはそれを両手を使って次々とキャッチし、腰の防水魔法がかかったポシェットに入れた。


「…明日の朝ご飯ゲット。」

タバサは無表情ながらも仄かにドヤ顔で直立不動の体制に戻る。


「甘い。」

イザベラが天井から不自然にぶら下がっている紐をくいっと引くと、大量の水がタバサにざばっとかかった。
時間差で、金ダライが降ってきてガインッ!と頭に当たるが、タバサ無反応。


「あっはっはっはっはっはっはっ!
 罠ってのは回避に成功したといい気になった所で、追撃をかけるもんだ。
 見なさいあの姿、濡れ鼠で金ダライまで当たって、みっとも無いッたらありゃしない!
 みんな、あの哀れな人形を笑っておやり、あっはっはっはっはっはっ!」

イザベラは完全に引きまくっている周囲の視線をものともせずに、腹を抱えて笑う。


「あっはっはっはっはっはっは…ほら、お前達も笑うんだよ、指差してっ!」

「あ…あは…は。」

イザベラ様そこまで悪役やんなくてもとか周囲の者は思いつつ、ええいままよと仕方なしに引き攣った笑い声を上げた。
イザベラに笑われているが、勿論タバサの表情は落ち込んだり辛そうには見えない。
何とも思っていない筈は無い、殺されるならせめて恨まれて恨み抜かれて殺されたいものだと思いつつ、イザベラは笑い続け…唐突にキレてみせる。


「何か言いなさいよ、悔しいとか、悲しいとか泣き喚いてさ!」

「……………。」

勿論タバサはそんな事は言わない。
悔しさも悲しさも、全ては復讐の糧となる…だから、心を凍らせ心に湧いた滓をその氷の中に閉じ込めていく。
来るべき日に爆発させる為に。
故に怒りも悲しみも無い、無機質な瞳でタバサはイザベラと視線を合わせた。


「フン…本当にガーゴイルみたいな瞳だねえ、何考えているんだか分かりゃしない。
 魔法がさっぱり使えないこのあたしに何言われようが気にならないっての?」

心底気持ち悪そうな表情を作り、イザベラはタバサから離れる。


「そのガラス玉みたいな目をこっちに向けるんじゃないよ、気持ち悪い!」

そう言いながら、イザベラは金属製の文鎮を何時も通りタバサに当たらないように投げつけた。
それはタバサの髪を掠めて飛んで行き、床に落ちる。


「それと、そんな濡れ鼠な汚い格好で王女に謁見し続けるだなんてどんな料簡だい!
 お前達、とっととその人形の服を剥ぎ取りなさい!」

『は、はい!』

使用人達は、タバサが着ている服を手早く脱がせていき、タバサはあっという間に下着一丁になってしまった。


「服を剥げって言っただろう、下着もだよ!」

「は、はい!」

イザベラに怒鳴られた使用人がタバサの下着を脱がせ、とうとう全裸にしてしまった。
雪のように白い肌に、15歳とは思えないほどのすとーんとした幼児体系である。


「相変わらずちっとも欠片もこれっぽっちも成長しないねぇ…ちゃんと食べてんのかい、人形?」

最初に投げつけさせた生卵とソーセージで足りるかしら、もっと量を増やすべきかしら、牛乳かけるわけにもいかないしとか思いつつ、イザベラは訊ねる。


「………………。」

勿論、タバサは何も答えない。


「口を開けな、人形。」

そう言われて、タバサは黙って口を開けた。


「そんな発育不良のチビな人形には、あたしの食べ残しの食いカスをあげるよ、食いな。」

イザベラはフォークに刺したケーキをタバサの口の中に放り込んだ。
確かに食べ残しの食いカスなのではある…ワンホールのケーキの中のカットされた分の一切れをイザベラが食べた残りを食いカスと言うのであれば、だが。


「口の中に入れっぱなしにしとくんじゃないよ、汚いね!
 咀嚼して、飲み込むんだ。」

イザベラの言葉に、タバサはそれを黙って咀嚼して飲み込んだ。


「ふん、いい気味だね。
 あんたはあたしの残飯でも漁っているのがお似合いさね。
 …残飯はまだ残ってんだ、もう一回口を開けな。」

そんなやり取りが何度か繰り返され…。


「…けぷ。」

「…ふん、素っ裸のまま残飯をこれだけ食うだなんて、なんて意地汚い人形なんだろうねえ。」

イザベラが食べた一切れ以外のワンホールほぼ全てがタバサの胃に収まっていた。
ちなみにイザベラは内心『はぅん、黙々と咀嚼するタバサ、小動物みたいで可愛い』とか思っていたりする。


「服を着なよ、王女の前で裸だなんて不敬極まりない。
 服を投げてやりな。」

イザベラがそう言うと、すっかり綺麗に洗濯されてきっちりとアイロンまでかけられた服が、タバサの足元に投げてよこされる。
ちなみにタバサは服を脱がされる時に全身をくまなく拭いてもらい、髪も乾かしてもらっていたりする。


「着な、その貧相な体を見ていると目が腐りそう。」

「……………。」

タバサは無言のまま、その服を着込んだ。


「ふん…北花壇騎士7号(シュヴァリエ・ド・ノール・ヴァルテル・ヌメロ・セット)、これがあんたの任務。」

イザベラは机から書類をつまみ上げて、タバサの足元に放った。


「受け取ったらとっとと出て行きな。」

「………………。」

タバサはその書類を受け取ると、そのまま部屋を後にしたのだった。



[7277]  番外編 タバサの冒険・ケティの物見遊山02
Name: 灰色◆a97e7866 ID:03e247df
Date: 2010/11/04 07:35
「ふむ…。」

タバサがプチ・トロワに消えたのを確認すると、ケティはおもむろに懐からゴキブリを取り出した。


「きゅい!そ、それはゴキブリ!
 腹黒娘、シルフィの好物の一つを知っているとはなかなかやるのね、褒めてあげます。」

少女の懐からいきなり取り出されたゲテモノを見て、シルフィードは顔を綻ばせた。


「え…ゴキブリが好物なのですか、貴方は?」

「エビみたいな味で美味なのね、きゅい。
 でもお姉さまは食べちゃ駄目って言うのよ、酷いのね。」

珍しく顔を引き攣らせてドン引きしているケティなどお構いなしに、涎を垂らすシルフィード。


「海老を食べる時に思い出しそうだから、そういう話はやめてください…。
 それと、これはガーゴイルですから、食べられませんよ。」

「騙したのね、シルフィを糠喜びさせるとはさすが腹黒娘。」

シルフィードはがっかりしてケティの頭をぱくっと口の中に入れる。


「ぬぁ、何か生臭い、生臭いのです!?」

猫の口の中みたいな臭いに包まれて、ケティはじたばたと暴れた。


「腹黒娘、今度シルフィを騙したら、頭から丸呑みにするから覚悟するのね。」

ケティの頭を解放したシルフィードはそう言うが、流石に本気では無い。
タバサの友人であるケティを食べてしまったら、流石に彼女の主人も許してくれないだろうから。


「シルフィード、貴方が早合点しただけでしょう…ううう、何か顔全体が生臭い…。」

ハンカチで顔を拭いてから、ケティはゴキブリ型ガーゴイルを床に置いて、眼鏡をかけた。


「で、腹黒娘、そのゴキブリ型ガーゴイルは何なのね?」

「これですか?
 トリステイン脅威の魔法技術の結晶といいますか。」

ゴキブリはカサカサと動き、プチ・トロワの中に消えて行く。


「こら腹黒娘、答えなさい。」

言葉を濁すケティにイラッと来たシルフィードは、もう一度頭をぱくっと咥えた。


「生臭い、生臭い、話しますから解放して下さい!」

またもや生臭い臭いに包まれてもがき始めたケティを、シルフィードは開放する。


「ウエスト子爵という方に発注していた偵察用ガーゴイルですよ。
 試作品が出来たので、取り敢えず試験運用しているのです。
 今回はタバサの上司の顔をいっちょ拝もうかと思ったわけでして。」

「やっぱり腹黒娘は腹黒いのね、油断ならないのね、きゅい。」

物見遊山に来たと言っていたのに、偵察用のガーゴイルを使ってタバサの上司を探ろうとするケティに、シルフィードは驚いた声を上げた。


「これもヴェルサルテイル見物です…物見遊山ですよ、物見遊山。
 見てみたいじゃありませんか、有名なガリアのデコ姫のおでことやら。」

「油断ならないといったのは訂正します…腹黒娘はもの凄いアホなのね。」

シルフィードにそう言われて、ケティはがっくりと肩を落とした。


「シルフィードに物凄いアホとか言われる日が来ようとは…トホホ。」

ケティは愚痴りつつも、プチ・トロワの中を進んでいくゴキブリを操り続ける。


「タバサ発見…と。」

「お姉さまを発見したのね?」

ケティの操るゴキブリは、ドア型ガーゴイルが開いて、そこにタバサが入っていくのを発見した。


「さてはあそこがデコ姫の執務室ですね…ええと、ドアが閉じたら何処から入れば良いのでしょうね?」

「入った事無いから知らないのね、聞かれても困ります、きゅい。」

ドアが魔法の自動ドアだったのが災いして、ゴキブリでも入れそうな隙間が無い。
しばらくの間周囲を探し回っていると、何とか壁にゴキブリでも侵入できそうな穴を発見し、そこから何とか執務室に抜けたのだが…。


「口を開けな。」

「……もぎゅもぎゅ……。」

そこには全裸でイザベラにケーキを食べさせてもらっているタバサという、わけの分からない光景が広がっていたのだった。


「え…ええと、これは夢?それとも幻?」

「どうしたのね、腹黒娘?
 お姉さまに何かあったの?」

エスカ○ローネ的なボケは、勿論シルフィードには通用しなかった…ではなく、シルフィードが心配そうに訊ねてくる。


「ケーキを食べています、ぜん…。」

「お姉さまッたら、ずるい!
 シルフィ置いておいて、ケーキなんか食べていたのね!」

一人で盛り上がるシルフィードに、『全裸で』は言わないで置こうと決めたケティだった。


「あれがガリアのデコ姫…仲が悪いはずですよね…はて?」

ケティには彼女のその姿が『大きくなれよ~』と言っているように見えたのだ。
そもそも、嫌いな人物にあんな立派なケーキを手ずから食べさせるというのが、客観的に見てかなりおかしい。
しかもイザベラの顔は凄く嫌そうにしているのに、手が何だかうずうずしている。


「なるほど~…ま、参考にしておきましょう。」

ケティはフッと笑って、ゴキブリを反転させたのだが…。


「シルフィにも、シルフィにもケーキを持ってくるように言付けるのね!
 じゃないとパクッといきます、きゅい。」

またもやシルフィードに頭をパクッと覆われた。


「ああ、生臭い生臭い…無茶言わないでください。
 これは飽く迄も偵察用であって、伝言用ではないのです。
 ケーキくらい学院に戻ったら作ってあげますから、それで勘弁してください。」

「分かりました、それで手を打つのね、きゅい。」

ケティはシルフィードとの取引により、生臭地獄から開放されたのだった。


「はふぅ…やれやれ、おかえりなさい。
 ご苦労様でした。」

ケティは眼鏡を外すと、足元にやってきていたゴキブリを軽く掃ってから懐にしまう。


「ねえ腹黒娘、それは本当に食べられないのね?」

「…原料は無機物ですから、たぶん食べられません。」

シルフィードはまだゴキブリを諦め難いらしい。


「ただいま。」

そんなやり取りをしているうちに、タバサがプチ・トロワから出てきたのだった。


「どうでしたか?」

「命令書。」

タバサは巻いた命令書をケティ達に見せる。


「それよりもお姉さまからケーキの匂いがします、くんくん。
 これは今旬の栗のクリームを使ったマロンケーキの匂いなのね。」

シルフィードはわざとらしくタバサの口の周りの匂いを嗅ぐ。
どうやらタバサにもケーキをねだるつもりらしい。


「ずるいのね、シルフィも同じものを求めます、きゅい。」

「残飯処理。」

タバサ的には同性とはいえ使用人たちの前で、憎き敵の娘によって裸に剥かれてまるで愛玩動物のように扱われた事は、屈辱以外の何者でもなかった。
勿論、それがイザベラの思惑通りとはいえ、悲しいすれ違いなのは間違いない。


「残飯でもいいのね、ケーキ食べたい、ケーキ、ケー…痛い!痛いのね!」

「……………。」

タバサはシルフィードの頭をポカリと叩いてから、その背中に飛び乗りケティの方を見る。


「乗って。」

「はいはい~、ご一緒しますよ何処までも。」

ケティがシルフィードに飛び乗る。


「ケーキ…。」

「今度作ってあげますから、我慢なさい。」

まだ愚痴るシルフィードに、ケティはもう一度ケーキの話をした。


「じゃあ、10ホールくらい寄越しなさい、きゅい。」

「えと、いや、そんなに一人で作るのは困難ですから、食堂と掛け合ってみます…。」

「………………。」

そんなケティをタバサーはじーっと見る。
じーーーーーーーーーーーー…。


「…勿論、タバサにも作りますから安心して下さい。」

「ん。」

タバサは安心したようにコックリと頷き、ケティに寄りかかり本を開く。
ケーキに関する記憶が不愉快なものではたまらないから、とっとと他の記憶で上書きがしたい気持ちだった。


「じゃあ、行く。」

「きゅい!」

シルフィードは大きく羽を広げ、庭から飛び立ったのだった。



「あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…。」

暖炉の火が消えた部屋で、イザベラは盛大に落ち込んでいた。
周囲はすっかり晩秋…夜は冷え込むが、最近買ったトリステイン製の魔法の懐炉と綿入り丹前があれば乗り切れる。
ちなみにそれらには最近ガリアにも商圏を伸ばしてきている《パウル商会》のロゴが入っていた。


「ロッテに手ずから施すにはあのくらい酷い仕打ちが必要だったとは言え、私は何て酷い事を…ああああああああぁぁぁぁぁぁ…。」

タバサにケーキを食べさせる為に、その引き換えとして女性の使用人たちの前とは言え長い間裸に剥いて晒し者にした。
今のイザベラがタバサに何かをする為には、必ず良い事を上回る酷い事を付け加えなくてはいけない。
恨まれる事はイザベラにとって思惑通りなのだが、溺愛する従妹に酷い事をするのは物凄く辛いし、恨まれるのもやっぱり辛い。
なので、タバサを呼びつけて酷い事や酷い任務を押し付け送り出した後は、何時も盛大に落ち込んでいる。
完全に目が死んで魂も半分くらい抜け出しているイザベラを、使用人たちが気の毒そうに眺めていた。
彼女達もこんな状態のイザベラを知っているから、やっているイザベラが誰よりも辛いのだと知っているから、彼女の命令に従うのだ。


「それであれば、そろそろ本音を打ち明ければよろしいのでは?」

「…これは東薔薇騎士団長殿、何処から入られたのかしら?」

イザベラは死んだ目のまま、のっそりと起き上がり声の主を睨む。


「風メイジには風メイジのみが見える道があります。
 そこを通って貴方の元へ参りました、麗しき殿下。」

少年の面影をかすかに残すその男は、そう言うとイザベラの手を取り甲に軽くキスをする。


「貴方に手を許した覚えはなくてよ、東薔薇騎士団長殿。」

眉を軽く顰めて、イザベラは軽く抗議した。


「肩書きで呼ばれる程、我々は他人行儀でしたかな?」

「では、カステルモール卿と呼べば良いのかしら?
 それともシャルル・バッソ・カステルモール・ダルタニャン伯爵公子と、正式名称でお呼びすれば良いかしら?」

イザベラは20代前半にして東薔薇騎士団長となった出世頭のカステルモールに、皮肉交じりの声色で返答した。


「シャルルとはお呼び戴けないのですか、麗しき陛下。」

「二十歳も過ぎてロッテに懸想するような、ロリコンの名を呼ぶ趣味は無いわ。」

イザベラはそう吐き捨てた。
ぶっちゃけた話、イザベラにとって可愛い可愛いタバサに近づこうとする男は皆敵である。
もっともこの男の場合はそういう話以前の問題だったりするが。


「失礼な、私は人妻から幼女まで、暮らしを見つめる清く正しい騎士ですぞ!」

「貴方の場合は人妻『と』幼女でしょ、『から』じゃなくて!
 しかも、暮らしを見つめるとか、それただの変質者だから!」

出世頭で二枚目だが、カステルモールは人妻と幼女にしか反応しないという性癖が妙に偏っている残念な男だった。
しかも主な求愛行動がストーキング…この作者の書く男はこんなのばっかりかよ。


「愛する人の暮らしを見つめるのは純愛ゆえですよ、何をおっしゃいますか!」

「ああああああああ、何でこんなのが我が国の出世頭なのかしら!
 しかもあまつさえ騎士団なんか任されているのかしら!」

何よりも頭が痛いのが、こんなのが親シャルロット派の代表格だって事である。
ついでに言うと、親シャルロット派の正式名称は『シャルロットたんを愛でる会』。
色々と終わっているが、何よりも終わっていると感じるのは、イザベラ自身が実はこの会の会員だという事だろうか。
とっても可愛いシャルロットたん人形に魅せられて、つい入ってしまったのはうかつだった。
しかもそれを知られてしまったのが、この能力だけは高い変態だったのだ。


「そんな事よりもです。
 何故に何時も何時もシャルロット様を部屋に呼んでは独り占めするのですか!
 このカステルモール、返答次第によってはただでは済ましませんぞ!」

「だー!誰かこの変態を何とかして!?」

イザベラは悲鳴を上げて頭を抱える。


「どうせシャルロット様を裸に剥いて、ケーキを食べさせたのでしょう。
 けしからん、実にけしからん。」

頬をぽっと赤くして、カステルモールはニヤニヤしている。


「どうやって進入したのよ!?」

「愛する人の暮らしを見つめるのは、私のライフワークですからな。」

カステルモールは爽やかな笑顔でさらっと変態行為を吐いたのだった。


「ふんっ!」

「あがっ!?」

イザベラの延髄斬りがカステルモールの首に入った。


「ブッ殺すわよ!」

力無く倒れ込んだカステルモールに、イザベラは追撃で腕挫十字固めをかける。


「ギャース!」

執務室内にカステルモールの悲鳴が響き渡ったのだった。


「…酷い目に遭いました。」

「折らなかっただけでも有り難いと思いなさい。」

ボロボロになったカステルモールを、イザベラが物凄い視線で睨みつけている。


「今後、ロッテがいる時にこの部屋に入るの絶対禁止。」

「かしこまりました。
 残念ですが、まこと麗しき殿下を失うわけには行きませんからな。」

イザベラは慎重に慎重に、自分だとは絶対にばれない様に親シャルロット派への支援を行っている。
ミョズニトニルンが湯水のように金を使うので最近はままならないが、それでも何とか四苦八苦して送っているのだ。
同時に任務にかこつけて、旧シャルル派とも出会えるようにタバサを色々な場所へと送り込んで人脈を作らせていた。
それをカステルモールは知っているから、こうして時々こっそりと会いに来てタバサの可愛らしさについて語り合ったり、情報交換を行っているのだ。
…タバサの可愛らしさについて議論している時間の方が多すぎるような気もするが。


「わかったなら、そろそろ消えなさい。
 貴方と話しているのが周囲にばれるのは色々とまずいもの。」

「はい、それではまたお会いしましょう、麗しき殿下。」

そう言って、カステルモールは空気に溶けて消える。
どうやら『偏在』だったようだ。


「ふぅ…何か疲れたわ、寝よ。」

叫びまくって関節技までかけたせいか、心は何時の間にかすっきりとしていた。
まさか、落ち込んでいる私を心配して現れてくれたのかしら、まさかあの変態がそんな気遣い出来るわけが無いわよねえとか思いつつ、イザベラは目蓋を閉じるのであった。



「エギンハイム村ですか。」

タバサが読み上げてくれた命令書の内容を思い出しながら、ケティはフムフムと頷く。


「そこの翼人をどうにかしちゃってくださいという話なのですね?」

「ん。」

タバサはコクリと頷いた。


「翼人と言えば、空を飛び回り風の魔法を操る種族でしたね…。」

広大な森の上を飛ぶシルフィードと、それに乗るタバサとケティ。
エギンハイム村はもうすぐだった。



[7277]  番外編 タバサの冒険・ケティの物見遊山03
Name: 灰色◆a97e7866 ID:a81d77f5
Date: 2010/11/04 21:36
「ありゃまあ。」

その光景を見て、ケティはのんびりとした声を上げた。


「待ち切れなかったみたいですね。」

「ん。」

タバサもコクリと頷く。
タバサ達が見る先には、翼人達に追い散らされる樵達の姿があった。


「良いの?」

「私はタバサの味方ですから、タバサがやるというならそれに追随するまでです。」

そう言いながら、ケティは杖を抜いた。


「シルフィも、シルフィもやるのね、翼人美味しくないけど!」

「喰う気なんですかぃ!?」

ケティは思わずツッ込んだ。


「食べない相手には、攻撃されない限り攻撃しちゃいけないのね、きゅい。
 見境ない人間と違って、韻竜には色々と掟があるのよ、きゅいきゅい。」

「食べちゃ駄目。」

「きゅい、わかったのね。」

シルフィードは素直に頷いた。


「ヘイル・ストーン。」

翼人から樵達に放たれた葉の刃を、タバサの氷の飛礫が撃ち落していく。


「イル・フル・デル・ソラ・ウィンデ…フライ。」

タバサはその大きな杖を発動体としてフライを唱え、地面に向かって降下をはじめた。


「くっ、新手かっ!?」

翼人たちはタバサに攻撃を加えようとしたが…。


「ウィンド・ブレイク!」

「うぉわぁっ!?」

翼人の一人がウィンド・ブレイクにぶっ飛ばされて、すっ飛んで行った。


「お姉さまを助けるとは見上げた行いなのね、腹黒娘。
 褒めてあげます、きゅい。」

「お褒めに預かり光栄の至り。
 …とは言え、森の真上でバカスカ火の魔法を放つわけには行きませんからね。
 火に比べればバリエーションは圧倒的に劣りますが、風系統だってライン程度には使えますよ!」

ケティはそう言いながら、ウインド・ブレイクでタバサに近づく翼人達を排除し始めた。


「ウインド・ブレイク!」

「狙いが甘いわ!」

とは言え、ケティの攻撃に慣れた翼人たちはケティの攻撃をするすると避け始める。


「むきー!猪口才な!
 ウインド・ブレイク!ウインド・ブレイク!ウインド・ブレイク!ウインド・ブレイク!」

「わはははは、無駄無駄ぁ!」

「案外短気なのね、腹黒娘。」

ウインド・ブレイクを撃ちまくるケティに、シルフィードがボソッとツッ込んだ。


「…時間稼ぎですよ、ほら。」

翼人たちがケティのウインド・ブレイクを避けているうちに、タバサが地上に降りていたのだった。


「ん。」

タバサがフライを解いて杖を構える。


「しまった!」

「おほほほほ、引っかかった引っかかった。
 やっぱり、戦慣れしていないのですね、貴方達。」

ケティ的にはタバサが地上に降下するまでの時間稼ぎが出来ればそれでよかったので、当たらないならと乱発して翼人たちの注意を引いたのであった。


「くっ、根よ伸びて歩みを止めよ。」

「ウインド・カッター。」

タバサが翼人たちの魔法によって襲い来る木の根を風の刃で切り裂いた。


「クソ、あちらの当たらない娘を狙え!」

「誰が当たらない娘ですか、誰が!
 炎の矢!」

ケティは炎の矢を放った。


「こんなもの…って、うわ何だ、追いかけてくる!?」

炎の矢は逃げる翼人を延々と追いかけ続ける。


「おほほほほ、私の本分は火なのです!
 …燠火はしつこいですよ?」

「うひゃああああああぁぁぁっぁっ!?」

翼人は空を必死で逃げ回り、何とか炎の矢が消えるまで逃げ切ったのだった。


「どうだ!?」

「それじゃあ第二段…。」

ケティが無情な事を言おうとしたとき、1人の翼人が割り込んできた。


「おやめくださいメイジ殿!
 貴方達も精霊との契約をこんな事に使わないで!」

それは亜麻色の髪の美しい翼人の娘だった。


「貴族様、なにとぞ御容赦を!」

下ではひょろっとした青年がタバサの前に立ちはだかっている。


「引きなさい、争ってはいけません!」

「し、しかし、アイーシャ様…。」

アイーシャという名前らしい翼人の娘に、翼人たちは言い返そうとするが。


「駄目なものは駄目です!
 これ以上やりあったら、お互いに犠牲者が出ます!
 そんな事は私が許しません!」

「は…はぁ、かしこまりました。」

翼人たちは天高く舞い上がると、飛び去っていく。


「てめえヨシア!折角来てくださった騎士様になんて無礼を!」

「うわっ!?」

大柄でがっちりした体格の男に、ヨシアと呼ばれた青年はぶっ飛ばされた。


「すいやせん騎士様。
 あっしはこの村の村長の息子でサムと申しやす。
 今ぶっ飛ばしたのは弟のヨシア。
 さあ、一緒に翼人どもを追いやしょう!」

サムと名乗った男はそう言ったのだが…タバサの頭はぐらぐらしている。


「騎士様?」

「……………。」

よく考えたら一晩中ぶっ通しで飛んでこの村について、既に昼近く…タバサは緊張が解けたせいなのか、うつらうつらしている。


「よ…っと。
 あ、どもどもこんにちわー。」

レビテーションを自分の体にかけてゆっくりと降下してきたケティが、樵達にのんびりと挨拶をした。


「き、騎士様が二人も!?」

「あ、私は騎士(シュヴァリエ)ではなく従騎士(エスクァイア)ですよ~。
 ケティと申します、よろしく。」

家名はあえて名乗らずに、身分も偽ってケティが名だけ名乗り、うつらうつらしているタバサを見た。


「おやまあタバサ、ひょっとして眠いのですか?」

「ん。」

ケティの問いに、タバサはコクリと頷く。


「一晩中かけて飛んできましたからねぇ…そこな樵さん。
 翼人は逃げませんから、取り合えず寝床の準備を願えますか?」

「へ…へえ。」

サムは拍子抜けしたような表情で頷く。


「この方はガリア花壇騎士のタバサ様です。
 こう見えても先ほど貴方達が見たとおり、一眠りさえすればとても強い御方ですので、どうぞご安心ください。」

「へえ、そうなんですかい…わかりやした。」

サムは二人のトリステイン魔法学院の服装を見て、あれが花壇騎士の制服なのかなーとか思いつつ頷いたのだった。


「ブレイド!」

ケティはいきなりブレイドを出し…。


「はいはい避けて下さいねー…スパスパスパスパスパーっと。」

ズシーンズシーンと音を立てて、次々とこの地方名産のライカ欅の大木がが倒れていく。
ケティは数本の大きなライカ欅を斬り倒して、小さな広場を作ったのだった。


「のわーっ!?
 ライカ欅がーっ!?」

「ほよ?」

いきなりライカ欅を問答無用で切り倒された樵達が頭を抱えるのを見て、ケティが首を傾げた。


「どうかしたのですか?」

「どうかしたのですかじゃねーでございますよ。
 運び出す準備も出来ていない場所で、こんな立派なライカ欅を切り倒すだなんてなんて勿体無い事を…。」

木を斬り倒したらきちんと使い切る。
木を住処とする翼人とは違うとはいえ、彼らも森の恵みを大事にしている森の住民なのだ。


「ふむ…こんなんでどうでしょうか?
 ゴーレム!」

ケティが呪文を唱えると、斬り倒されたライカ欅ににニョキっと数本の足が生えた。
ライカ欅をゴーレム化することで、運べるようにしようと考えたらしい。


「き…キモい…。」

「がーん…キモいとか言われた。」

樵の一人が呟いた言葉に、ショックを受けたように仰け反るケティ。
ちょっと涙目である。


「見かけはアレかもしれませんけど、これなら貴方達の村までライカ欅を運べると思ったのに…すっごい傷ついた、やめよ。」

「うわわわわ、すんませんすんません!
 誰だキモいとか言った奴は、ぶっ飛ばしてやる!
 確かに見た目は倒木に人の足が生えまくっていて何処の怪物だってくらいスゲエ気色悪いが、この騎士様が木を無駄にしないように考えてくれたんじゃねーか!?」

「がーん…スゲエ気色悪いとか言われた…矢張りこれは却下で。」

正直過ぎるサムの言葉にガックリと肩を落としたケティが、ゴーレムを解除する為の準備を始める。


「わーっ、今の言葉は無し、無しです!
 有難いです、助かります!
 だからいじけないでください、騎士様!」

サムは慌ててケティの手を止めた。


「姿はあんなやっつけでも構いませんか?」

「ええ、ええ、もちろんでさぁ!」

こくこくと何度も頭を縦に振りながら、ケティを必死で宥めるサム。


「ふむ…では、あのゴーレムはすべて貴方に着いて行くように指定しますので、連れて行ってあげてくださいね。」

「へえ、わかりやした…しかし、何で木を斬り倒したんで?」

ケティによって指定されたせいか、わらわらと近づいてくる足が沢山生えた倒木に若干顔を引き攣らせつつ、サムは訊ね返す。


「広場を作らないと、あの子が降りて来られませんから…シルフィード!」

「きゅいいいいいいぃぃぃぃぃっ!」

ケティに呼ばれると同時に、シルフィードが即席の広場に降り立った。


「うわああああぁぁぁぁぁぁ!竜だあああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ひいいいいいぃぃぃぃっ!お助けええええええぇぇぇぇっ!?」

途端に樵達が恐慌状態に陥る。
ハルケギニアの幻獣の中でも最強の生き物、それが竜だ。
繁殖期でつがいを求めて火竜山から旅に出た火竜の成体が、たまたま通りがかった村を襲撃して、村人の殆どを食ってしまった…なんて事件は、数十年に一度は起こる惨劇として有名だったりする。
竜は例えシルフィードのような風竜の幼生であっても、村人が持つ弓などの武器では対抗出来ない。
成体であればメイジであっても単独での対抗は困難、火竜の成体ならばまず不可能…そんな無茶苦茶な生き物なのだ。
その吐息はすべてを焼き払い、その咆哮は魂を凍てつかせる。
出会えば生きて帰れない絶対的な死の象徴、それが大半の平民にとっての竜なのである。


「この人間達はお姉さまや腹黒娘と違って、竜に逢ったときの礼儀がちゃんとわかっているのね!
 それ、泣きなさい、喚きなさい、己の無力さを噛み締めるのね、きゅい!」

「ひいいぃぃぃぃぃ!竜が喋ったぁ!?」

逃げ惑っている樵達が面白いのか、シルフィードは自慢げにブレスを吐き出して混乱をさらに助長する。


「やめなさい、お莫迦。」

ケティは懐から円筒状のものを取り出し、シルフィードに向けてボタンを押した。
そこから弾丸が発射され、シルフィードの硬い皮膚にカキンと弾かれる。


「痛っ!?何をするのね腹黒娘!?」

弾かれても痛いものは痛いので、シルフィードはびっくりして抗議するが…。


「シルフィード…知っていますか?
 竜の干物は、秘薬の材料として高く売れるのですよ。
 ああ…韻竜のものならば、それはそれは高く売れるでしょう。」

「きゅ、きゅい!?
 な…なんだか急に寒くなってきたのね?」

ニコニコ笑いながらゆっくりと話すケティに、シルフィードは本能的な恐怖を感じて後退さる。
シルフィードはニコニコ笑うケティから、真っ黒いオーラが出ているのを幻視した。


「選びなさい。
 竜の干物になるか、黙るか。」

「だ…黙ります…黙るのね、きゅい。
 だから干物は勘弁してほしいのね。」

シルフィードは尻尾を股の間に挟んで、頭を地面に降ろして降伏のポーズをとった。


「…と、ところでその小さい鉄砲は何なのね?」

シルフィードは恐る恐る頭を上げると、先ほど自分に激痛を感じさせた武器のをことを聞いてみる。


死の接吻(キス・オブ・デス)ですよ。
 至近距離で…例えば殿方と抱き合いながら、手と一緒に背中に回して心臓目掛けてズドンとやる為の暗器です。
 私はタバサみたいに鈍器持っていませんし、それを振り回す腕力もありませんから、これなら傷つけずに痛がらせられるなと思いまして。」

「シルフィが竜だからって、おっそろしい物を躊躇無く使うのね…流石は腹黒娘。」

シルフィードは思わずゴクリと喉を鳴らした。


「躊躇ならしましたよ?
 これ一発屋な上に非常にコンパクトに作られているので、弾を込め直すのが凄く面倒臭いのですよ…。」

「そういう躊躇じゃないのね…きゅい。」

ケティはこの程度では幼生であろうとも矢すら通さない竜の皮膚に通るわけが無いのを知っていたのでしれっとそう答えたが、シルフィードは先程のケティの怒りが決して単なる脅しではないのではないかと心臓を縮めたのだった。


「あ、あのぅ、姐御。」

サムが恐る恐る声をかけてくる。


「何故に姐御なのですか…。」

「いや、何となくこう呼ばないといけないような気がするんでさ、へ、へへ…。
 それは兎に角、この喋る竜は何なので?」

韻竜の存在は、平民には殆ど知られていない。
そもそもとっくの昔に絶滅した筈の生き物なのだから生活に必要ない知識であり、平民が知っている方がむしろ珍しいのだが。


「ガーゴイルなのです。
 勿論『久し振りだね、ネモ君』とか言う方では無く、魔法生物のガーゴイルなのですよ?」

「前者の方が何なのか、無学な俺にゃあ全然わかりませんや、姐御…。
 でも、さっき散々竜とか言っていやせんでしたか?」

サムはそう訊ねたが…。


「それは幻聴で、この子はガーゴイルです。
 …ですよね、シルフィード?」

「ハイ、しるふぃハがーごいるナノネ、キュイ。」

急に片言でぎこちない喋りになったシルフィードが、カクカクと動きながら返答したのだった。


「でもさっきまでこの竜、流暢に話していやしたよね?」

「サム、それは貴方の心が生み出した幻想です。
 そんなものはありません、この子はガーゴイルです…わかりましたね?」

ケティがにっこり微笑みかけると、サムは自分の全身が蛇に睨まれた蛙のように固まるのを自覚した。


「へい姐御、俺は何も見ていやせんし何も聞いていやせん。
 だよな、お前ら!?」

『へ、へい!』

必死の形相でそう言うサムとニコニコ微笑むケティを見て、真っ青になった木こり達がコクコクと頷いている。


「ではシルフィード、タバサを乗せてエギンハイム村へと向かいましょう。
 この中から誰か、道先案内人を用意して下さいますか、サム?」

「へ…へい、では…。」

サムはキョロキョロ見回して、道先案内人(いけにえ)になりそうな人物を探し…弟を差し出す事に決めた。


「おいヨシア、お前が姐御達を案内しろ!」

「ええっ!そんな殺生な!?」

ヨシアは悲鳴みたいな声を上げた。


「俺は知っているぞ、この中で一番度胸があるのはヨシアお前だ。
 …頑張れ、骨は拾ってやるから。」

「嘘だッ!サム兄さんは嘘を言っている!」

サムはそう言うと、ケティ達を押し付ける為にヨシアをドンっと押した。


「…酷い事を言われているような気がするのですが。」

「腹黒娘が本気を出すと、おっかな過ぎるのね。
 人間の身で竜をビビらせるとか、無茶苦茶にも程があります、きゅい。」

シルフィードは眠るタバサを口に咥えて自分の背に乗せながら、溜息を吐いたのだった。



エギンハイム村に着いたタバサ達一行は、村長の家の一室を用意して貰い、そこで一泊…というか夕方まで眠る事にしたのだった。


「…タバサ、起きていますね。」

タバサをレビテーションでベッドに運び毛布を被せたケティが、小さな声でタバサに呼び掛ける。


「ん。」

タバサは寝ぼけ眼でボケーっとしながら目覚める。


「…って、本当に寝ていたんですか?」

「ん。あの状態で目を瞑って眠らないでいるのは、無理だった。」

少し頬を赤らめるタバサ。
いくら強靭な精神力を持つタバサだって、出来ない事はあるのだ。


「まあ、本当に寝ていても構わないっちゃ構わない状況でしたが。
 タバサの機転でお互いに死人が出ずに済んだわけですし、これで交渉の余地は残りましたね。」

「…ん。翼人の中にも色々ある。
 村の側にも。」

タバサとケティは、あの時に双方の争いを止めた二人に注目していた。


「戦わずして勝つは上策なり、戦って勝つは下策なり…翼人と共に生きる道があるのであれば、それが一番良いでしょう。
 憎しみの連鎖を作るのが、長期的に見て一番面倒なわけですし。」

「ん。」

タバサはこくりと頷く。


「ヨシアは村長の息子ですし、アイーシャと呼ばれた翼人の娘も翼人達の反応を見るに彼らの中では身分が高いようなのですね。
 あの二人が何故に争うのに反対しているのかは分かりませんが、反対しているならば彼らを利用しない手は無いかと。
 …それは良いとして、彼ら二人とこの狭い村近辺で不審がられずにコンタクトをとるには、どうすれば良いですかね?」

ケティはそう言って、肩をすくめた。


「事態を見守りつつ、衝突を出来得る限り避けさせて待つ。」

「ふむ…やはり、それしかありませんか。」

ケティはポリポリと頭をかく。


「まあ取り敢えず、ヨシアと話をしてみましょう。
 何とかなると…良いですねえ。」

「ん。それじゃあ、また夕方。」

タバサはそう言うと、目蓋を閉じた。


「はい、また夕方。」

ケティもベッドに入り、目蓋を閉じる。
睡眠不足は美容の敵、そして正常な思考の敵である。
今は回復する為に眠る事が、最上の策だった。


「…おなか空いたのね。
 お姉さまは寝ているし、腹黒娘は御飯くれないし。
 このままだとお腹と背中がくっつくのね、きゅい…。」

村長の家の厩舎を貸して貰ったシルフィードは、ビビる村長の馬を意識しないようにしてゆっくりと目蓋を閉じたのだった。
馬食べたいなーとか思いながら…村長の馬、ファイト。



[7277]  番外編 タバサの冒険・ケティの物見遊山04
Name: 灰色◆a97e7866 ID:03e247df
Date: 2010/11/08 23:16
タバサは大喰らいである。
物凄い大喰らいである。
何処に入るのそれってくらい食べる。


「はむ…もぐ…。」

「はいはーい、タバサ次が出来ましたよー。」

そしてケティは料理を作るのが結構好きである。
村長の奥さんに頼んで、今日は調理場を貸して貰ったのだった。


「姐御…うちの食材がもう尽きそうでさ。」

そして村長の家の食料庫はたまたま蓄えが少なかった為に、限界を迎えつつあった。


「サム、諦めては駄目です。
 諦めたら…そこから試合開始ですよ★」

「姐御…って、そりゃドンだけドS展開ですか!?」

良い事言っている感じで酷い事を言っているケティに、サムは思わずツッ込むのだった。


「現実は無情なのです。
 諦めたら余計酷くなるしか無いなら、選択肢は一つでしょう。
 死ぬ気で頑張れなんて言いませんよ、死んでも頑張りなさい。」

「この人達、正体は絶対エルフか竜だ…そうに違えねぇ。」

はむはむもぎゅもぎゅひたすら食べ続けるタバサの横で、村長一家はとんでもない人を泊めてしまったと少し後悔していた。


「ごちそうさま。」

「おお、タバサ。
 もう良いのですか?」

ケティの問いに、タバサはこっくりと大きく頷く。


「ん、腹八分目。」

積み上げられた、凄まじい量の皿の前で。


「満腹にするなら、更にこれに2分ですかい…。」

がっしりした体格のサムでも、そんなに食べるのは無理である。


「そう言えば、姐御が食べているのは見ませんでしたが…。」

「つまみ食いだけで、正直お腹いっぱい胸いっぱいなのです。」

別にメイジが全員想像を絶する大食いってわけでは無いので、当然ケティはそこまでとんでもない量は食べない。


「しかし姐御、貴族なのに料理上手なんですねぇ。
 ご相伴に与からせてただきやしたが、美味かったです。」

「す…すいません貴族様。
 私がぎっくり腰になったばかりに、こんなあばら家の厨房なんぞに入らせちまって。」

実は朝に運悪く村長の奥さんがぎっくり腰に倒れて、女手の居ないこの家ではまともなご飯が作れない状態にあったのだ。
他の家から応援に来る予定だったが、ケティがそれなら自分が作るから問題無いと断り、家にあった食材を使って料理を作ったのだった。


「良いのですよ、何に於いても領民の範となれが当家の家訓。
 領民が出来る事は一通り出来るようになっておくというのが、当家の慣わしですから。」

ケティはタバサの食器を片付けつつ、そう言って笑いつつ…ずーっと浮かない顔のままのヨシアを見る。


「ヨシア、御口に合いませんでしたか?」

「い、いいえ、凄く美味しかったです。
 少し考え事をしていたもので…すいません。」

ヨシアはすまなそうに頭を下げるが、ケティは首を横に振った。


「いいえ、そういう事なら良いのです。
 何か悩み事があるのなら、私たちの元に相談に来て貰っても良いですよ?
 普段あまり話すことが無い者と話をすると、考えが美味くまとまる事もありますしね。
 …良いですよね、タバサ?」

「ん。」

タバサは心なしかまったりした表情で、コクリと頷いたのだった。



「おなかーおなかすいたのねーすいたのねーすいたのねーるーるるるー。」

「何というアホかつ物悲しい歌を歌っているのですか、シルフィード?」

ケティはそう言いながら、締めたての羊をレビテーションで浮かしながら一頭持ってきた。
血抜き直後で虚ろに開かれた羊の目が怖いが、実家で家畜の屠殺を家族総出でやっていたケティは慣れて全然気にしていない。


「お肉!しかも羊一頭丸ごと!」

シルフィードはガタッと立ち上がった。


「羊を飼っている家に頼んで一頭買い取りましたけれども…毛こそ刈っていますが、こんな状態の羊で大丈夫なのですか?」

「だから、一番良い羊を頼んだのね。
 肉は新鮮なのを骨ごと噛み砕いて食べるのが一番なの、きゅい。」

幼生といえど矢張り竜というか、食べ方が豪快なようだ。


「いただきまーす。」

早速シルフィードが嬉しそうに羊にかぶりつく。
メキョッだとか、ゴリッだとか、バキッだとか、ビシャッだとか、かなり生々しい音が厩舎の中に響く。
村長の馬はそれを見てしまって、恐怖のあまり腰を抜かしてへたり込んでいた。


「うーん…アラクニドが牛を食べている光景みたいなのですよ。」

放送禁止っぷりは、間違いなく例の映画のアレと同等であろうと思われる光景だ。
ケティも流石にちょいと引いてるが、シルフィードが一番美味しく食べられる食べ方がそれなら別に良いかと開き直る。


「シルフィード、あまり食い散らかさないようにして下さいね?」

「はいなのねー。」

ケティはぶるぶる震えている可哀相な馬をレビテーションで運びつつ、厩舎から出たのだった。


「おや、サムにヨシアではありませんか、どうしたのです?」

顔を蒼白にしたサムとヨシアが、厩舎の外に立っている。


「え…ええと姐御、何でガーゴイルが羊を丸かじり…。」

そう言い切る前に、ケティはサムに穏やかな視線を向けた。


「サム…《君子、危うきに近寄らず》と言います。
 賢き者は不要な危険を自ら求めないものなのです…聡明な貴方なら、わかりますよね?」

「すんません、見間違いでした。」

マフィアの女ボスみたいな穏やかな微笑を浮かべたケティに、サムはぺこりと頭を下げる。


「…それで、二人は何を?」

「へえ、昼間騎士様と姐御の邪魔をしたヨシアと、少し話し合わなきゃなと思いまして。」

「成る程。」

ケティの視線を受けて、ヨシアがびくりと身を竦める。


「サム、それは私達に任せてもらえませんか?」

「あ、姐御…ヨシアは少し変わっていますが、そりゃ気の良い優しい奴でして、どうか命だけは…。」

慌てて弟を庇い始めるサムに、ケティはちょっと脅し過ぎたかもしれないと内心で思いつつ、溜息を吐いた。


「殺しません殺しません…私達もヨシアと一度ゆっくり話したかったのですよ。
 道先案内をしてもらった時はタバサも寝ていましたし、私もいい加減限界だったので大して話せませんでしたから。」

「俺に…ですか?」

ヨシアはそう言って首を傾げる。


「サムに説教されようとしていた件と、貴方が先ほどぼーっとしていた件は何か関連があるのではありませんか?」

「あ…姐御、その話は…へい。」

ヨシアが何か言いたそうなのを遮る様にサムが前に出るが、ケティは視線でそれを止めた。


「じ、実は…貴族様達にお話したい事があります。」

「わかりました。
 それでは行きましょうか。」

ケティはにっこり笑って、家の方に歩き始めたのだった。



「貴族様方にお願いします。
 あの…翼人達に危害を加えるのをやめてください。
 お願いします、この通りです!」

ヨシアはそう言って頭を下げた。


「仕事。」

タバサは一言。
その言葉に一切の感情は見えない。


「ですよねえ。」

ケティもそれに同意して頷いた。


「私達に下された命令は、翼人による妨害行為の排除なのです。
 ですから翼人があの場所に居座る限り、それを排除しなくてはいけません。」

「それには理由があるんです。
 翼人達があの場所に居座らなければいけない理由が!」

「ん。」

真剣な表情で訴えるヨシアに、タバサは頷く。


「話は聞きましょう、でも聞くだけですよ?」

ケティもタバサが頷くのを見て頷くが、一言付け加えたのだった。


「有難う御座います!
 実はこの地方の翼人には、ライカ欅の木に巣を張るという習慣があります。
 巣と彼らが呼んでいるから俺もそう呼んでいるんですが、木と布で出来た立派な家なんです。
 そして、彼らは子供が増える時期、子育ての為に大きな巣を張ります。
 その為には大きなライカ欅がある程度纏まって生えている地域が必要なんですよ。」

「…………………。」

「成る程、そうですか。」

真剣かつ感情を込めてヨシアは語るのだが、タバサは無言でケティの反応も薄い。
なので、ヨシアは更に言葉を続ける。


「あの場所に大きなライカ欅があるのは、皆前から知っていました。
 でも、あの場所で翼人達が巣を作り始めてから、急にあの場所のライカ欅が大きいから切ろうと皆が言い始めたんです。
 他にもあのくらいのライカ欅が生えていて、しかももっと近い場所ならいっぱいあります。
 皆があの場所のライカ欅を切りたいと言っているのは、生活の為じゃ無いんです。
 あそこに翼人が巣を張ったせいで、おまんまが食い上げだなんて大嘘なんですよ。
 村の皆があの場所のライカ欅を切ろうとしている本当の理由は…。」

「…翼人が気持ち悪いから追い出そうとしているだけであると、そう言いたいのですね?」

ヨシアの言葉を遮って、ケティがそう続けた。


「やれやれ、亜人や幻獣と協力関係を築ければ、これが結構便利なのですがね。
 …タバサ、どうしますか?」

「仕事。」

ケティは肩を竦めながらタバサにたずねるが、タバサの意思は変わらない。


「ですよねえ。」

ケティはコクリと頷いた。


「そんな!?
 この土地は元々俺達のものなんかじゃない。
 この村は十数年前に、前の土地で木を切りつくした俺達の親が、領主様に言いつけられて村ごと引っ越してきたものなんです。
 俺達はそこを勝手に俺達の森だと宣言して、木を切ってきただけなんですよ。
 翼人達を追い出して、好き勝手して良いわけが無いんだ!」

「ヨシア、貴方は人間ですか、それとも翼人ですか?
 貴方は人間で、人間側の道理を主張するべき立場にあります。
 そこを履き違えるべきではありません。」

ケティとしてもヨシアの言い分に頷いてやりたいのは山々なのだが、だからといってタバサの仕事を放り出させて帰るわけにも行かないのだ。
それにヨシアが明らかに、翼人の側に入れ込み過ぎなのも気になっていた。


「道理に人間も翼人も無いです!
 俺達の側は、まだ切らなくても良いライカ欅を翼人を追い出すためだけに切ろうとして、それを領主様に訴えたんです。
 こんな事に正義なんてあるもんか!」

「熱いし、潔癖ですねえ…若いとか言ったら、自分が凄く老けた気分になります、やれやれ。
 どうしますか、タバサ?」

ケティは、そう言いながらタバサを見るが…。


「仕事。」

「ですよねえ。」

タバサの姿勢は変わらず。
ケティも頷くしかない。


「なんでだよ!あんた達には人情ってもんが無いのか!?」

「まあ待ちなさい、ヨシア。」

ヨシアはタバサに詰め寄ろうとしたが、ケティがそれを押しとどめた。


「貴方は私たち貴族を何かとんでもない生き物だと勘違いしているようですが、私たちだって呼吸もすればご飯も食べます。
 晴耕雨読な自給自足の生活を送っているわけではないので、日々の糧はお金が無くては得られません。
 そしてその糧の元であるお金は、貴方達と同じように労働の対価として得られるのですよ…たとえば、今回みたいな任務で。
 貴族と言えど、私達は所詮しがない雇われ人ですから、上の命令無しに仕事を放棄すれば、爵位を奪われ野良メイジ…最悪の場合は処刑です。
 処刑場で首と胴体が泣き別れになるか、傭兵になって戦場で果てるか…なんて末路を私達に強いる権利が、貴方にあるのですか?」

「う…じゃ、じゃあ…。」

ケティに一気に畳み掛けられて、ヨシアの目が泳ぐ。


「その命令を取り下げますから、帰っていただけないでしょうか?」

「はい、頑張ってくださいね。
 村全体の同意を取り付けて、領主に任務の取り下げを請求してください。
 任務取り下げの命令書が来るまでは、我々は任務を遂行し続けます。」

ヨシアの要求に、ケティは徹底的なお役所対応で応えた。


「そんな…それじゃ時間がかかり過ぎる!
 お願いします、せめて任務取り下げの命令書が来るまで、任務の遂行を停止していただけませんか?」

「それは無理ですよ、給料は労働の対価無しには得られないのですから。」

「…………………。」

タバサから『ちょっとやり過ぎじゃね?』といった感じの視線を送られるケティ。
その時、コンコンと窓からノックをする音がした。


「シルフィードですかね?」

ケティが窓の方に向かうと、そこには昼近くに遭遇したアイーシャと呼ばれていた翼人の娘がいたのだった。


「おや、こんな夜更け過ぎにどんな御用でしょうか?」

「ヨシア、人間の娘とこんな夜更けに…呪うわ。」

アイーシャは、何だか瞳をどよーんと曇らせている。


「ち、違うんだアイーシャ!
 僕は貴族様達に、君達への襲撃をやめてもらおうと思って…。」

「私との事は遊びだったのねっ!」

アイーシャは、ヨシアの台詞を無視して窓辺でヨヨヨと泣き崩れる。


「…とまあ、冗談はこれくらいにして。」

「酷いよアイーシャ、僕をまた騙したね!?」

ヨシアが程よくうろたえた所で泣き真似をピタリと止めて、アイーシャは頭を上げた。


「またって、何時もこんな感じに騙されているんですかぃ…。」

ケティがボソリとツッ込む。


「うふふふふ、ヨシアってば何時も簡単に引っかかるんだから…それが可愛いんだけどね。」

「も…もう、あんまりふざけないでよ、アイーシャ。」

ヨシアが安心して肩を下ろした。


「でも、どうしたの?
 いくら夜とは言え、村に直接やってくるなんて危ないじゃないか。」

「うん…あのね…。」

アイーシャの顔が一瞬曇り、それから力無く微笑を浮かべる。


「ヨシア、私ね…今日貴方にお別れを言いに来たのよ。」

彼女はそう告げて、微笑みながら涙を流したのだった。



[7277]  番外編 タバサの冒険・ケティの物見遊山05
Name: 灰色◆a97e7866 ID:03e247df
Date: 2010/11/19 22:08
「ど、どうし…もが。」

アイーシャの突然の発言にヨシアが思わず大声で叫ぼうとしたのを、ケティが手で塞いで止めた。


「タバサ、この部屋から音が漏れないように出来ますか?」

「ん、窓閉めて。」

ケティが窓を閉めると、タバサが呪文を唱えた。


「遮音…ん。」

そして発動ワードを言い、コクリと頷いた。
これで遮音はばっちりらしい。


「ヨシア、もうびっくりしても良いですよ…およ?」

「あう…あう。」

ケティはヨシアが暴れないように押さえつけていたのだが、そのせいでヨシアの頭は思い切りケティの胸に押し付けられている。


「ヨシア、やっぱり同じ人間の方が良いのね…呪うわ。」

暗い表情になって、アイーシャはボソリと呟いた。


「大丈夫、大丈夫、貴方はオンカミ○リュー族並みにいいモノ持っているではありませんか。」

「むぎゅ…。」

羽生えている女性は巨乳になるのですかねーとか思いつつ、ケティはヨシアをアイーシャの胸元に押し付ける。


「きゃっ!ヨシア!?」

「あう…あう…あう…。」

初心なヨシアは、完全にフリーズしていた。


「ヨシアも気に入っているようで、重畳重畳…いたっ!?」

「良くない。」

タバサの鈍器がケティの頭に直撃した。


「からかい過ぎちゃ駄目。」

「あいたたたた…わかりました。」

軽くとは言え、タバサの杖(=鈍器)の一撃は痛かったらしく、涙目でケティは頷いた。


「も…もう、私くらいなら翼人じゃ普通よ。」

「成る程…。」

頬を赤らめて胸を両腕で守るようにするアイーシャを見つつ、ケティは《本当にこっちに飛ばされてきたオン○ミヤリュー族だったりしませんよね?》とか思っていた。


「ヨシアはこの通りなので、アイーシャからお話をどうぞ。」

「え?ええ…人間のメイジの方々、貴方達は私たちを追い払いに来たのでしょう?
 それであれば、もう必要ありません。」

そう言って、アイーシャはヨシアの方を向いた。


「ヨシア…私達は今年、増えるのを止めるわ。
 だから、あの場所に巣は張らない事に決めたのよ。
 私達は戦いを好まないから…森のもっともっと奥に移動して、そこで来年増える為の準備を始める事にするわ。
 だからね、貴方ともお別れしなくちゃいけないの。」

「そ、そんな…アイーシャ。
 き、騎士様、姐御さん、どうにか出来ませんか!?」

必死な表情で、ヨシアはケティ達に訴える。


「…ヨシアまで私を姐御呼ばわりですか、そーですか。
 いや、引っ越して居なくなってくれるというのであれば、私達も敢えて追ったりは…。」

「先延ばし。」

お役所的対応のままなケティが言い切る前に、タバサはぽそりとそう言った。


「でしょ?」

そして、そろそろ意地悪していないで説明してあげてと目配せする。
そんなタバサに、ケティは軽く苦笑してから頷いた。


「…ま、確かにいずれはぶつかるでしょうね。
 そのやり方はタバサの言う通り、貴方達翼人と私達人間のこの地に於ける問題を数十年先伸ばしにするだけでしょう。
 このままだと遠からず貴方の部族は人間に追い詰められ、死に絶えます。」

「そ…そんな。」

ケティが言い放つ情け容赦無い現実に、ヨシアは絶句する。
そしてケティはそんなヨシアに対し、更に言葉の刃で斬りつける。


「ヨシアこそ意外そうな顔をしないで下さい。
 樵が木を切り、切り終わった後の地には開拓団が入って畑に変えていく。
 そしてその地には翼人などの亜人が住める場所など無い…貴方の親が、曾祖母が、先祖がずっと行ってきた事ですよ。
 貴方の村の人間が何故に翼人を嫌うかわかりますか?
 経験則として知っているのですよ、木を切り続ける限りは亜人とは最終的に敵対関係にならざるを得ないと。
 であればなるべく早いうちに排除しておいた方が、後々面倒な事にならないとね。」

「そんなの、何となくわかっていたよ。
 でも嫌なんだ!俺はそんなの嫌なんだ!
 アイーシャ達翼人は俺の知らない森に関する色々な事を知っている。
 彼女達は森の住人にして森の守り手なんだ、排除なんかしちゃいけないんだ。」

ヨシアはそう言いながらケティに詰め寄るが、ケティはそんなヨシアを無視してアイーシャを見て口を開いた。


「さてアイーシャ、貴方はどうしたいのですか?
 このまま問題を先延ばしにして、緩慢に滅び行くことを選びますか?」

「ど…どうすれば?」

アイーシャも、自分達のとる行動が滅びにしかつながらない事を告げられて動揺している。


「これは部外者である私がどうこうする問題ではありません。
 私は、貴方が滅びを選ぶのか、それとも一か八か他の方法に賭けるのか、どちらを選ぼうが知った事ではないのです。」

「一か八かの方法って何だよ?
 何か方法があるなら、意地悪しないで教えておくれよ姐御さん!」

「…姐御やめい。」

実のところケティは、ヨシアに向かって話してもいた。
ぶっちゃけた話、この件の解決の鍵になりそうな片方と話していたら、もう1人もやってくるだなんて鴨が葱背負ったような状況を見逃すわけには行かない。
行かないのだが、この件をタバサとケティが中心になって解決してしまうのは拙いのだ。
それではこの件はタバサとケティに《解決させられた》事になってしまい、二人が去った後に責任を負える者が居なくなってしまう。
そういう状況は脆く、何時元の木阿弥に戻るかわからない…それでは駄目なのだ。
だから二人は飽く迄も吹き込むだけ、決断するのは樵と翼人という事である。


「樵達が翼人を排除しようとするのは、翼人が自分の利益にならないどころか、害でしかないからです。
 では翼人の存在そのものが樵達の利益になるのであれば、どうでしょう?」

「私達の存在が、樵の利益に?」

ケティにそう言われたアイーシャは首を傾げる。
自分達が樵の利益になるという状況が、いまいち理解出来ないらしい。
ケティはヨシアの方を向いた。


「商売の話をしましょうという事です。」

「よ、翼人と商売?俺達が?」

ヨシアも首をかしげた。
そもそも翼人には商売という概念が無いのだから、商売のしようが無い。
アイーシャも困惑の表情を浮かべている。


「私達が商売だなんて…。」

ヨシアと触れ合うことで人間への理解があるアイーシャでも、商売まで行くと流石に微妙なようだ。


「いやいや、そんなに難しく考えないでください。
 商売というのは、なにもお金を介してやり取りする事のみを指すものではありませんよ。
 商売とは詰まる所、お互いの利点を交換し合う行為です。
 まあつまり何を言いたいのかと言いますと、樵は翼人が居る森を他の人間による破壊から守り…。」

そう言いながら、ケティはヨシアの手を取って、アイーシャの手と重ねた。


「…翼人はその樵達に利益を提供するという事なのですよ。」

「わかりにくい。」

タバサからケティに駄目出しが入った。


「もったいぶり過ぎ。」

「…そんなん言うなら、タバサがやってくださいよ。
 つか私、ヘルプなのに喋り過ぎじゃありませんか?」

ケティの言葉に、タバサがふるふると頭を横に振る。


「私は長い台詞を言うとかむのられりょ。
 らかりゃしぇちゅめいすりゅのはむりにゃ。」

「嘘つけー!何か可愛いけど、それは嘘なのです!」

「ん、嘘。」

タバサは真顔でサムズアップした。
彼女は何の前触れも無く唐突にふざけるので侮れない。


「ははは、こやつめ~。
 そんな奴にはデコっぱちの刑なのです。」

そう言いながら、ケティはリボンでタバサの前髪を後ろにやって、おでこを全開にする。
イザベラ同様ガリア王家の遺伝なのか、タバサの広いおでこが秋の風にさらされた。


「寒い…。」

タバサは身を震わせる…寒いらしい。


「私は荒事の方が向いてる。
 口八丁手八丁ならケティ。」

「…ルイズといい貴方といい、そっち方面私に丸投げですか、そうですか。
 まったく、やんごとなき御方らってのぁ…。」

ケティは額を押さえて溜息を吐いた。


「…つまり、翼人は樵が切った後の場所の木の根を全部先住魔法で引っこ抜いてください。」

ケティはそう言いながらアイーシャの方を見る。


「そして樵は翼人が巣を張っているライカ欅は切らないようにして下さい。」

そして今度はヨシアのほうを見た。


「後はですね、樵の方々はライカ欅の苗を翼人と一緒に植樹して下さい。
 さいわいこのあたりは平らではなく山がちな地形ですから、営林を行っても領主に文句は言われないでしょう。」

「営林…って、何ですか?」

アイーシャが不思議そうに首を傾げる。


「森の木々を計画的に運用するという手段なのです。
 木を切った後に木の苗を植えて上手く育つように管理し、一定の大きさになったら伐採するというのがざっとした流れですね。
 上手くいけば樵は切る木に困らなくなり、翼人は巣を張る場所に苦労せずに済むようになります。
 当家領にて実験中の技術なのですが、当家領は森が有り余っているので、あまり実験のし甲斐が無くて…。」

ラ・ロッタは《謎の大魔境》扱いされるだけあって、領地の殆どが人跡未踏の森に覆われている。
外から入ってくる人が殆ど居ないので緩やかにしか人口が増えず、人口が増えないので開拓出来ない。
ぶっちゃけた話、木を切っても後から後から生えてくるのでラ・ロッタ自身には営林する意味が無かったりするのだが、狭い国土から森が消えつつあるトリステインでこれ以上木が無くなると、木材を求めてラ・ロッタに命知らずの挑戦をする者が出かねない。
なのに、ラ・ロッタ家が近隣の家領に営林実験の申し出をしても断られるばかりで、上手くいっていなかった。
木なんてのは切れば生えてくるという感覚が、トリステインだけではなくハルケギニアでは一般で、営林という思考が出来ないのだ。
始祖が光臨した時は一面の大森林であったと言われるハルケギニアが今では殆どが畑と町となり、残った森も水の聖域であるラグドリアン湖周辺を除いて年々小さくなり続けているのにも拘らず…である。


「森が有り余っているだなんて、何てうらやましい…そちらに移り住みたいわ。」

アイーシャが心底羨ましそうにケティに言うが…。


「蜂の眷属に加わりたいなら、何時でもどうぞ。
 翼人ならば山の女王も受け入れましょう…ただ、空を飛ぶのにいちいち蜂の許可が必要になる上に、蜂と一緒に鍬持って働く羽目になりますよ?
 うち、人手不足なので。」

「蜂って…貴方ラ・ロッタなの…?
 空を取り上げられるだなんて、それこそ死んだ方がましだわ。」

アイーシャがドン引きしてケティを見る。


「ええとアイーシャ、ラ・ロッタって何処だい?」

「一言で言えば…謎の大魔境かしら?」

首を傾げて訊ねるヨシアに、アイーシャが返答している。


「…またまた謎の大魔境ラ・ロッタ扱いですかぃ。」

本当に空を飛ぶ方々には人・亜人の別を問わず、とことん不評なラ・ロッタ領だった。


「ラ・ロッタが嫌であれば、ここで生きていく術を見つけましょう。
 人間と翼人で森を育て木の共同管理を行えば、それは双方にとっての利となります。
 人間には質の良いライカ欅を、翼人には巣を張りやすいライカ欅を。
 利権は人と人を結び付ける強固な絆になります。」

そう言いながら、ケティはにっこり微笑む。


「そしてそれを説得するのはヨシアとアイーシャ、貴方達です。
 それぞれがそれぞれの勢力を説得して下さい。
 期限は三日後…頑張って下さいね。」

「そ、そんな!?
 俺に皆を説得しろって…。」

「私も自信が無いわ。」

二人は動揺するが…。


「御互いの事を愛しているのなら、そのくらいの事は成し遂げてください。
 私達は所詮余所者であって、貸す事が出来るのは知恵か力かなのです。
 地元の事は地元の者が解決しなければいけません。」

今回の件の責任を背負うべき二人には度胸と覚悟を身に着けてもらわないと、いざ何かが起こった時に解決できないであろうから、まずはそれを身につけてもらう必要がある。


「あ…愛し!?」

「な、何でバレてるんですか!?」

ヨシアとアイーシャは、顔を真っ赤にして言うが。


「わからいでか~。」

「ばればれ。」

ケティどころかタバサにまでツッ込まれたのだった。


 
「営林…ですかい?」

ヨシアが上手く説明できなかったので、ケティがヘルプとしてやってきたのだが、サム達村人は首を傾げている。


「しかし姐御…木ってのは、森に勝手に生えてくるもので御座いましょう?」

「そう上手く勝手に生えて来たりしないから、エギンハイム村は何度も移転したのではありませんか。」

樵達は代々木を切り尽くしては移転し、自分達の住まう村をエギンハイムと名付けて来た。
何故にそんな名前を村につけているのか、今となっては誰も知らない程の昔から。


「領主に言っても、実地で体験していないからわからないのですよね。
 ですがサム、現役の樵である貴方ならわかるでしょう?
 木の成長は遅いのです。
 何の手立ても打たずに切り続ければ、今までと同じく周囲に切る木が無くなって、村の移転をしなくてはいけなくなってしまいます。
 そうでしょう、村長?」

ケティはサム達の親である村長にそう声をかけた。


「はい…それは、そうですが。
 先祖代々ワシらはそうして来ました。」

「誰かが始めたからこそ、先祖代々続いているのですよ。
 何事も始まりがあるものには、終わりがあります。
 そして恐らく、もうすぐ終わりが来ます…破滅的な形で。」

そう言いながら、ケティは目を伏せた。


「ヨシアから聞きました。
 このエギンハイム村には、《山の木を切ると祟りが起きて村が滅びる》という言い伝えがあるそうですね?」

「は、はい…しかしそれはただの迷信では?」

村長はそう言って首を傾げる。


「いいえ、迷信ではありませんよ。
 山の木を切ると、洪水が起き易くなります…錬金。」

ケティは手元にあった木片を錬金でスポンジに変えて、テーブルの上に置いた。


「山の土というのは腐った落ち葉などが砕けて細かくなっていったもので、大量の水を染み込ませる事が出来ます。
 例えばこのスポンジみたいに。」

そう言って、ケティはスポンジに水を零して見せた。
スポンジは水を吸い込んで膨らむ。


「一方で、山の土の下には岩や粘土といった、水を通さない層があります。
 例えばこのテーブルみたいに。」

そう言いながら、ケティはテーブルに直に水を零した。
勿論、水はテーブルから溢れて床に滴り落ちる。


「木はこのテーブルみたいな水を通さない層の上を、長い時間をかけて自らの落ち葉などで覆っているのです。
 木は落ち葉を落とす事によって森の土を作り、自らの葉で雨が直接地面に落ちるのを防ぎます。
 ではこれが無くなるとどうなるかと言いますと…。」

ケティはスポンジを取り払って、その上に水を零す。
勿論、水は先程と同じようにテーブルから溢れた。


「平地は水の流れが緩やかで、なおかつ畑を作って土を一定の品質に保ちますから、問題ありませんが…山はそうは行きません。
 雨が降れば急激な流れを作って土を削りますし、山の斜面で畑を作る技術も我々にはありません。
 山から保水性のある森の土が失われれば、降った雨はそのまま濁流となって村を巻き込むでしょう。
 それともう1つ、土は流れて失われる時に、時々大規模な地滑りを引き起こします。
 勿論、大規模な地滑りに巻き込まれたら、村はひとたまりもありません。
 恐らくエギンハイムの先祖は、山の木を切って村が洪水や地滑りに巻き込まれた事が何度かあったのでしょう。
 それが《山の木を切ると祟りが起きて村が滅びる》という、含蓄深い言い伝えとなって残ったのでしょう。
 迷信ではなく、破れば汝らの運命かくの如しと貴方達の先祖が記した、ありがた~い教訓だったと言うわけなのですよ。」

「そ、そんな事を言われましても、必ず洪水や地滑りが起こるというわけでは…。」

村長は反論しようとするが、ケティに手で押し留められる。


「この村の外れには、立派な川が流れているではありませんか。
 起こりますよ、洪水ならば間違いなく。
 川というのは、山に降った雨水を集めて流す為に発生した自然の水路なのです。
 ですからこの先木を切り続ければ、土が失われて山の水が一気に川に集まるようになり、いつか必ず濁流がこの村を襲う事になります。」

勿論ケティ自身にもその洪水がいつ訪れるかなどといった予測は出来ないのだが、人に何かを言う時には大抵ハッキリと、時には半ばハッタリを混ぜつつ断定口調で語るというのが彼女の癖だったりする。


「だ・か・ら、それを防ぐ為にも営林は必要なのですよ。
 翼人の権益を侵し続けるのであれば、私達貴族が力づくで翼人を排除せねば貴方達との衝突は避け得ませんが、翼人と一緒にそれぞれ利益のぶつかり合わない形で森を運用するのであればそれは必要ありません。
 むしろ、営林を行う為の人手が増えて、一石二鳥というわけなのです。」

「しかし…翼人と組むというのは…。」

領域に侵入してきたら、例え火竜だろうが集団で襲って喰ってしまうトンデモ生物(ジャイアント・ホーネット)が育った環境の身近にいたケティは、そっちが強烈過ぎるせいなのか亜人への忌避感情というのがあまり無い。
彼女にとって翼人というのは羽の生えた人でしかないし、エルフは耳の尖がった人でしかないし、オーガやジャイアントは単なる気の荒いでかい人という感覚なのだ。
勿論、亜人でもオークのようにヒューマノイドタイプの女と見れば人間だろうがコボルトだろうが見境なく発情してレイプするようなエロゲ生物や、ミノタウロスのように牛頭なんだから草でも食んでりゃいいのに何故か人肉大好きな人類の天敵は無理だけれども。
いっぽう一般的な平民の感覚としては、大抵の亜人はメイジと同等に恐ろしい存在であり、メイジは傲慢ながらもいざ事が起これば守ってくれるから敬っているに過ぎない。


「それに翼人も私達人間の事を嫌っています。
 わしらがわかり合うのは難しいのでは?」

「だからこそ、利をもって繋がるのですよ。
 わかり合うのは難しいですが、分かり合えなくても互いを利用し合う事ならば出来ます。
 皆さんは、フラリとやって来た旅の行商人といちいちわかり合わないでしょう?」
 
とは言え、ケティはそういう感覚があまり無いからこそ、村人と翼人同士で利用し合うという発想が出来るのだとも言える。


「まあ確かに…それはそうですが。」

「ですから、翼人とも取引をするのです。
 貴方達が翼人を忌避している理由は言い伝えもあるでしょうが、結局のところ翼人の事をよく知らないからでしょう。
 よく知らないのは何故か?接触しないからです。
 接触しないから良く知らない、よく知らないから気持ちが悪い、気持ちが悪いから排除する。
 ただ、排除しようとしても、亜人達にだって都合はあるから抵抗する。
 抵抗するから私達メイジを呼んだわけですが…知れば何とかなります。
 だからまずは触れ合う事か…。」

「そんな綺麗事が通じるもんか!」

樵の一人が声を上げた。


「だいたい、分かったからって仲良くなれるっていう保証が無い!」

「ま…それは確かに。」

ケティはそれにあっさりと頷いてから、言葉を続ける。


「でも知らなければ、仲良くなれるのかなれないのかすらも分かりません。
 仲良くなれないという論拠も無いでしょう。
 そもそも、翼人と仲良くなれた実例もあるのですから。」

そう言って、ケティはヨシアを見た。


「皆さんも知っている通り、ヨシアは翼人との衝突を避けるようにと主張しています。
 それは何故か?翼人と偶然知り合う事が出来て翼人というのがどういう存在であるかを知り、友好関係を結べる事を理解したからです。
 ヨシアに出来たのですから、それを他の人間が出来ないなどという論拠はそもそも存在しないのですよ。」

「あは、あははははは…。」

村人たちの視線が集まって、ヨシアが乾いた笑い声を上げた。


「成る程…ヨシアに出来て俺達に出来ないってのも何か腹が立つな。」

そんなヨシアを見ながら、サムがボソリと呟く。


「ああ、それは確かに腹が立つな、うん。」

他の樵もサムの言葉に同意する。


「ヨシアに出来る事なら、俺達にも出来るか…だってヨシアだし。」

「んだんだ。」

何故か樵達の間に急激に楽観ムードが流れ始めた。


「…ええと、物凄い信頼感なのですね、ヨシア。」

「みんな酷いや!」

可哀想なものを見るような視線を向けるケティに耐えきれなくなったのか、ヨシアが情けない声を上げたのだった。


「まあそんなわけで…取り敢えず取引が出来るかどうか話し合ってみませんか?
 上手く行けば森を求めて何度も村を移動させる生活からはおさらば出来ますし、最悪上手く行かなくても今まで通りなので損はしません。」

何とかこれで上手く行ってーとか願いながら、ケティはそう言った。


「まあ、そこまでおっしゃるのであれば。
 皆、良いな?」

「姐御がそうおっしゃるのなら、信じてみやしょう。」

村長の言葉にサムが頷き、それに続いて他の樵達も頷いて行く。


「これで、何とか話し合いの段取りは付きましたか…。」

ケティはこっそりと安堵の溜息を吐いたのだった。




「取引。」

アイーシャと一緒に樹上にある翼人達の村にやって来たタバサは、村人の長に向かってそう言った。


「取引…ですか。」

タバサの一言に、困惑した表情で翼人の長が首を傾げる。


「ん、取引。」

タバサはじーっと静かに翼人の長を見る。


「えーと…。」

「取引。」

タバサはじーっと静かに翼人の長を見る。


「あ…あの、具体的な説明が欲しいのだと思うのですけれども。」

アイーシャは空気に耐えきれなくなって、そう声を上げたのだった。


「良い指摘。」

タバサはそう言って、サムズアップして見せる。


「共存の為に人間と手を組んで森を運営する。
 その為の取引。」

「おお、成る程そういう事でしたか。
 人間と共存、共存ね、成る程成る程…。」

翼人の長は合点がいったようで、ポンと相槌を打ったのだった。


「…って、何ですと!?」

「良いノリツッコミ。」

翼人の長を賞賛しつつ、タバサは言葉を続ける。


「ここから立ち去ると聞いた。」

「はい、我々は争いを自ら仕掛けたりはしませぬ。
 勿論一時的に戦って守る事も出来ましょうが犠牲も出ますし、次に来るのは貴方達のような数人の相手では無く軍隊…となれば、争っても無駄ですからな。」

翼人達も今までの経験から、人間を追い払っても長期的にはあまり意味が無い事を自覚している。
人間は群れるもの、少数の群れを排除しても今度はそれを上回る数で攻めてくるのが定石。
争っても無駄なら立ち退くのが一番賢い選択であると判断し、彼らはそれを実行しようとしていた。


「だから、取引。
 利害の共有こそが、理解への第一歩。」

「利害の共有とはいっても、我々と人間は現在対立しているんですが…。」

翼人の長はそう言うが、タバサは首を傾げたのだった。


「それが?」

「あ?え?いえ、対立している相手と利害の共有と言われても…。」

翼人の長は慌てるが、タバサは更に言葉をぽそぽそと続ける。


「対立しているから、利害の調整。
 調整が成れば、それすなわち共有。」

「ええと、つまり…どの部分が対立しているのかを話し合って、利害を共有できる状態にすれば解決すると?」

翼人の長の言葉に、タバサはコクリと頷く。


「ん。利害の共有を継続できれば、相互理解も進む。」

「しかし…利害の調整と共有とはどうやって?」

翼人の長の問いに、タバサは部屋のど真ん中にでーんと居座っているシルフィードの方を向いた。


「説明。」

「きゅい!?
 し、シルフィは竜だから、そんな事分かんないのね!
 あの腹黒娘が《えーりん!えーりん!》とか言っていたけど、何の事やらさっぱりでした、きゅい。」

無茶振りされたシルフィードは、頭をぶんぶん振って分からない事を主張する。


「カンペ。」

「人間の字なんか読めないのね!」

ケティが書いたアンチョコをタバサが手渡そうとしたが、シルフィードは字が読めない。
そういえば教えていなかったなと思い出したタバサは、今度教えようと心に誓った。


「私は長い台詞を言うとかむのられりょ。
 らかりゃしぇちゅめいすりゅのはむりにゃ。」

「ええい、無駄な抵抗をするなこの無口娘め。
 シルフィはお姉さまがもっともっと長い言葉を喋っているのを聞いたことがあるのね、きゅい!」

「生臭い…。」

当たり前だが、流石に使い魔にその手の嘘は通用しない。
タバサはシルフィードに頭をぱくっと咥えられたのだった。


「宇宙の法則が乱れるけど、仕方が無い。」

無口キャラがあまり喋ると、宇宙の法則が乱れるらしい。
《グランドク○ス並みですかぃ!?》とか、ツッ込めるケティはここには居ないのが悔やまれる。


「じゃあ、説明を始める…。」

タバサは抵抗を止めて、説明を始めたのだった。


「…と、いうわけ。」

勿論、宇宙の法則が乱れたので、長台詞を淡々と喋るタバサという、世にも珍しい姿はカットされたわけだが。


「成る程…つまり、我々と人間とで植樹と木の管理を分担して行う事で、我々は巣を張れる木を半永久的に維持出来るというわけですな。」

「ん。」

翼人の長の言葉に、タバサはこっくりと頷いた。


「これなら確かに人間達と共存出来るわ。
 今回巣を張るつもりだった木の件だって、何とかなるかもしれない。」

アイーシャはタバサの説明を聞いて頷いた。
 

「私達は人間達を地を這う生き物と蔑んでいた時も有ったけれども、森で倒れていたヨシアを助けて彼と触れ合って、人間を知る事が出来たわ。
 そして、お互いを知る事で分かり合う事が出来た…私達はお互いが触れ合う機会さえ増えれば、きっと分かり合える筈。
 お父様お願い、人間達と取引しましょう?」

「ふむ…?」

翼人の長は、この巣に集まっている翼人達を見回す。


「確かにヨシアはいい奴だ。
 たぶんあいつが特別良い奴なんだろうが、試してみる価値は有るんじゃありませんか?
 この騎士殿の言う通り、このまま人間達に譲歩を続けてもジリ貧だ。
 俺達の伝統も変わっちまうが、人間達の伝統も同様に変わっちまうらしいし、それならあいこって事で俺はかまいません。」

「ま、人間が皆あのヨシア並みに間抜けだったら、俺達は森を奪われ続けずに済んだんだが…やってみる価値はあるか。
 失敗しても元の木阿弥に戻るだけだしな。」

ヨシアは時々翼人の巣につれて来られていたらしく、翼人達はタバサの説明にそれなりに納得はしたらしい。


「きゅい、あのヒョロい樵、意外と人望あるのね。」

「親しまれ易いというのも才能。」

ヨシアは弄られ体質なのか、口調では侮られつつも樵にも翼人にも親しまれていた。
しかも一定の信頼まで得ているというのだから、これはある種の才能だと言える。


「それが皆の意見か…うむ、わかった。
 韻竜殿を従えた騎士殿、人間の集落に赴く我らの身の安全を保証してくれますかな?」

翼人の長は、そうタバサに尋ねる。
韻竜は本来、翼人やエルフの側の生き物であり、希少種でもある事から一部の亜人たちからは伝承に伝わる神聖な生き物とされている。
その為、それを従えているタバサは彼らに信頼されるのではないかと思ったケティが、タバサ達にこちらに来てもらったのだった。


「お姉さまは約束を裏切らないのね。
 お姉さまが裏切らないという事は、すなわちシルフィも裏切らないということです、きゅい。」

「ん。」

タバサはコクリと頷いた。


「あと、この件は腹黒娘がノリノリだから、村人がブチ壊したらエギンハイムに『断罪の業火』が顕現するのね。
 シルフィがブレスを吐く前に、村全体が炎に包まれている筈なの、きゅいきゅい。」
 
シルフィードの脳裏にはケティの逆鱗に触れて燃え上がるエギンハイム村と、その中で顔芸染みた壮絶な笑顔で哄笑するケティの姿が浮かんだ。
ケティに脅されて以来、シルフィードの脳内順位ではケティは怒らせちゃ駄目な人第2位に浮上していた…一位は勿論タバサである。


「あ…あのとぼけた顔の女の子、そんなに怖いの?」

「この韻竜であるシルフィを震え上がらせた娘なの、怒らせたら人生の終わりです、きゅい。
 そっちも跳ねっ返りが出ないように抑えるのね。
 火メイジに森とか、悪夢も良い所なのね、きゅい。」

シルフィード的にはそのくらいおっかないという事なのであって、ケティはそんな事は…出来ないわけではないが、たぶんやらない、きっと、多分。


「わ、わかったわ。
 大いなる意思に誓って、こちらからは仕掛けさせない。」

ゴクリ…と喉を鳴らしつつ、アイーシャは頷いた。


「…………………。」

そんな、ケティが聞いたらむしろ怒りそうな会話がされているが、暴発を抑える事が出来るならそれはそれで結構な事なので、タバサはあえてスルーしている。


「決まり。」

「後は、村で話すだけなのね、きゅい。
 よかったよかったるーるるーるるるー。」

心なしかほっとしたような表情になったタバサを見て、シルフィードは元気に歌ったのだった。




「さて、皆さん。
 お集まり戴き有難うございます。」

次の日の朝、村の広場に村人達と翼人達が集まり、村長と翼人の長が広場の真ん中に用意されたテーブルを挟んで座っていた。
タバサとケティとシルフィードは、二人の中間地点に立っていた。


「はいはーい、皆さんピリピリしない。
 ピリピリすると、この子が暴れますよー?」

「食べちゃうぞ~なのね~。」

シルフィードはくわっと口を開けて見せた。


「ちなみに暴れ出したりしたら、タバサも暴れますよー?」

「暴れたら撲殺。」

タバサはそう言って、杖を握り締める。


「魔法とは何だったのか…。
 まあそれは兎に角、これからお互いの利害を摺り合わせましょう。」

そう言って、ケティはにっこり笑ったのだった。


「ゴホン、ではまず私から…。」

村長が軽く咳払いをしてから、話を始めた。


「貴方達は我々が木を切る事について、どう思われますか?」

「木を切る事について…ですか?
 特に何も思っていやしませんが。」

村長の質問に、翼人の長はきょとんとした表情で応えた。


「へ…?」

その返答に村長は、あっけにとられた声を出した。


「それが貴方達が日々の糧を得る為の手段なのでございましょう。
 我々が木の実を収穫したり、狩りをするのと何が違いましょうや?」

「い、いやしかし、貴方達が巣を張るのには木が必要なのでしょう?」

あっけなく肯定されて、村長は少し慌てながら聞き返す。


「そりゃまあ、自分達が今まさに巣を張ろうとしている木を切り倒されそうになったら、それは流石に迷惑なので防衛はします。
 ですがそうでないのであれば、貴方達が日々の糧を得る為の手段を妨害したりはしませんよ。
 我々は森の民ですが、だからこそ森の守り手を自称する気もありません。」

「し…しかし木が無くなったら…。」

「確かに巣が張れなくなったら困りますなぁ。」

翼人の長の言葉はえらい暢気である。


「だからこそ、そうならない為に話し合うのでございましょう?」

「それは…そうですな。」

村長は気が抜けたように微笑んだのだった。




「無事に終わって良かったですねえ。」

「ん。」

翼人の長が最初に村長の言葉に対して柔和に接したためか、話し合い自体は何とか思惑通りに終わってくれたのだった。
現在は昼過ぎ、昼御飯を食べ終わったタバサ達は、シルフィードに村人や翼人から貰った贈り物を載せて帰る準備をしていた。

「結局、説得したのケティだった。」

「そんな事はありませんよ、私もタバサも説明しただけ。
 ヨシアとアイーシャがいなければ、説得は出来ませんでしたから、これで良いのです。」

とか言いつつ、ケティもちょっと喋り過ぎたような気はしていた。


「兎に角、貸しいち。」

「いあいあ、勝手についてきて物見遊山させて貰ったのですから、これでチャラですよ。
 そもそも、この程度であっさり纏まったのですから、元々解決の芽はあったという事なのです。」

ケティはタバサの言葉を否定する。


「でも、貸しは貸しだから。」

「はぁ…わかりました。
 でも貸し手が言うのもなんですが、無利子無担保ですよ?」

ケティは苦笑を浮かべると、軽く頬を掻いた。


「…普通は担保がつく?」

「ええ、トイチで。」

そっと尋ね返したタバサに、ケティは真顔で答えた。


「…さすが腹黒娘、情けも容赦も無いのね。」

「おほほほ、勿論嘘ですよ?
 友人とか、親しい人々にトイチだなんて、そんな暴利を吹っ掛けたりはしません。」

げんなりしたシルフィードの言葉に、ケティは笑いながら返答する。


「親しい人々以外には?」

「おほほほほほほ。」

タバサのツッコミをケティは笑ってスルーしたのだった。


「あ…あの。」

「おほほほ…ほ?」

ケティが振り向くと、後ろにヨシアとアイーシャが立っていた。


「おや、二人ともどうしましたか…って、おやおや。」

お互いの手をしっかりと握っている二人に、ケティはにやけた表情を浮かべる。


「何か、暑い。」

タバサは手のひらでパタパタと自分の顔を扇ぎ始めた…ちなみに晩秋なので、気温はそこそこ寒い。
真顔で冷やかすと、結構シュールである。


「きゅい?」

シルフィードは良くわかっていないらしく、首を傾げた。


「あ…あの、俺達結婚しようかと思っているんです。」

「成る程、それは良い考えなのです。
 エギンハイム村と翼人の部族が結びつくには、双方の代表者の血縁が結びつくのは好都合ですからね。
 政略結婚大いに結構、頑張ってください。」

ケティは喜んでそれに頷いた。


「え…ええと、政略結婚とか言われると、ちょっと微妙な気分なんですけど。」

「結婚の理由なんてどうでも良いじゃありませんか。
 貴方達はお互いを好き合っている、だから結婚する。
 政略結婚で相思相愛だなんて素敵な状況、そうそう起きる事じゃないのですよ。
 私達貴族だって、なかなかそう上手くいきませんよ、はっきり言って羨ましいのです。」

微妙な表情になったアイーシャに、ケティは満面の笑みでそう答えた。


「腹黒娘は喜び方も腹黒いのね。」

「女子力不足。」

そんなケティに、一匹と一人は冷めた視線を送る。


「がーん、女子力不足とか言われたのです。」

「頑張れ。」

くず折れたケティの頭を、タバサがよしよしと撫ぜたのだった。
そして振り返ってヨシアとアイーシャを見て、口を開く。


「二人とも、おめでとう。」

私にもこういう人が見つかるのかしら?とか思いながら、ヨシアとアイーシャに祝福の言葉を送るタバサの顔は、珍しく薄っすらとほころんでいたのだった。


「おおお、お姉さまがかすかに笑っている…天変地異の…痛っ!?」

「からかっちゃ、駄目。」

茶化そうとしたシルフィードは、タバサの鈍器…じゃなくて杖で殴りつけられた。


「酷いのね、何時も何時もその鈍器は、シルフィの鱗を素通りしてダメージを与えてくるのね。
 いつかシルフィは頭を殴られ過ぎで、お莫迦になってしまうのだわ、およよ…きゅい。」

シルフィードはわざとらしく泣き真似をして見せるのだった。


「それはそうと、おめでとうなのね…実はシルフィ良くわからないけど。」

祝福しつつも、シルフィードは首を傾げる。
シルフィードは人間で言うと10歳くらいの為、結婚というのが上手く理解できないようだ。


「…ま、シルフィードもあと200年くらい経てば、恋をして卵を産むでしょう。
 竜なんですから、そのあたりはのんびりおやりなさいな。」

「きゅい、わかったのね。」

「ん。」

200年後だと流石に自分達は生きてはいないだろうが、ケティの言葉に頷いているシルフィードもいつか思い出してくれると良いなと思いつつ、タバサは頷く。


「ああ、そうそう…今度営林の技能を研究している者をここに遣わします。
 2週間くらいでこちらに到着する筈です。
 メイジですけれども、気にせず付き合ってやってくださいね。」

「あ、はい、有り難うございます。
 父達に伝えておきます。」

このハルケギニアにおける技術者は、大抵が爵位を持たぬメイジだったりする。
差別とかそういうものではなく、様々なものの加工に魔法が多用されている為に平民が出来る事が限られてくるのだ。
例えばゲルマニアの鍛冶屋などにしても、鉄の精錬などに使う炉の温度管理などを魔法で行う為、工房主の一族はメイジで平民の職人達はその補助を行っているに過ぎない。
逆に魔法の技能が必要無い仕事であるゲルマニア商人は大半が平民であり、メイジは用心棒などに甘んじているのだが。


「いえいえ、私も丁度良い具合に実験場所を確保出来て良かったですから、お構い無く。
 しばらくはこちらで研究するはずですから、何か不都合があれば何でも彼に言って下さい。
 場合によっては私も駆けつけます。」

そう言ってから、ケティはシルフィードによじ登った。
ちなみにタバサはケティとアイーシャ達が話している間にシルフィードに乗っている。


「どっこいせ…っと。
 ふぃー…それじゃあ行きましょうか?」

シルフィードの背に座り、ケティはそう言ったが…。


「年寄り臭い。」

「なのね、きゅい。」

「がーん、私は単にタバサほど身軽じゃないだけなのですよ。」

タバサとシルフィードのツッコミに、ケティはショックを受けたのだった。


「じゃ。」

「さよならなのね。」

片手を挙げるタバサと首を振るシルフィード。


「さようなら、お元気で。」

「私達、頑張ります。」

「ん。」

タバサが二人の言葉に頷くと、シルフィードが大きく翼を広げて羽ばたいた。


『さようなら~。』

二人はシルフィードの姿が見えなくなるまで、手を振り続けるのだった…が。


「あ、姐御は?」

見えなくなった頃にサムが慌ててやってきた。


「姐御さんならついさっき帰ったけど。」

「い…いや、騎士様の食事代だって、ぎっくり腰で動けないおっかさんに金貨を数枚握らせて帰っちまったみたいなんだ。
 あのくらいの食料、銅貨数枚もあれば足りるってのに。」

金貨数枚ともなると、この山の奥深くにある村では結構な大金である。


「あ、あの、サム兄さん。」

ヨシアがそんなサムにおずおずと声をかける。


「たぶんそれ、村の皆をきっちりとまとめて欲しいという意味での心づけなんじゃないかな?」

「つまりアレか、まとめなかったら激怒した姐御が村にやってくると…ヨシア、死ぬ気でこの調和を保つぞ。
 じゃないと姐御にこの村が滅ぼされかねねぇ。」

何だかんだで、怖い方怖い方に解釈されるケティだった。



[7277] 第三十一話 やっぱり男は必要なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/22 10:11
「~♪~♪」

夏の日、ボクは鼻歌を歌いながら、箒で空を飛んでいた。
周りには重低音の羽音、ジャイアント・ホーネットが奏でるその音色とともに、ボクは空の散歩をしていた。
彼らは基本的に山の女王の端末ではあるけれども、それでも自律的にかなり高度な判断ができるようになっている。
だから、ラ・ロッタ家の人間が空を飛んでも襲ってはこないし、それどころか護衛までしてくれる。


「ケティー!」

声がしたのでそっちを見てみると、ボクと同じく箒に跨ったジョゼフィーヌ姉さまが居た。


「あれ?ジョゼ姉さまどうしたの?」

「大変なのよ、大変!
 国王陛下が崩御なされたって!」

わたわたと慌てながら、ジョゼフィーヌ姉さまがボクにそう説明してくれた。


「ふーん、陛下の死因は?」

「そんなの知るわけ無いでしょ!
 …って、冷静ねケティ。」

まあ、国王陛下が崩御するのは知っていたし。


「いや、びっくりし過ぎて上手く感情が出ないだけだよ。
 後継ぎはどうするのかなぁ?」

「国王陛下が崩御されたのよ!
 後継ぎとかの前に、まずは葬儀でしょ!!」

いや、ジョゼフィーヌ姉さま、これからこの国は最悪の三年間を迎えるんだよ。
国王が死んだのは仕方が無いとして、後継ぎが後継ぎ足り得ていないのが怖いんだ。
統治者が統治しない国は法が法として働かなくなる。
故に貴族が無法を働き、汚職が蔓延し、この国の屋台骨はあっという間にぐずぐずに腐っていく。
これからこの国は、それを目の当たりにするんだ。


「そうだね、ジョゼ姉さま。
 まずは葬儀だ、そしてそれからが多分地獄だよ。」

「じ、地獄?」

ボクの言った一言に、ジョゼフィーヌ姉さまは怯えたような視線を向ける。


「マリアンヌ様は政治に興味が無い、そしてアンリエッタ様はまだ14歳。
 王家には現状この二人しかいない。
 国王陛下の懐刀であるマザリーニ枢機卿が頑張ってくれるだろうけれども…はて、それでどこまで持つものやら?って事。」

「む、難しいわケティ。
 もっと、わかりやすく教えて。」

ジョゼフィーヌ姉さまはまだ15歳、政治になんかまだまだ興味ない年頃だから仕方が無い。


「この国は滅びるかもよ?って事。」

「この国が滅びる…?」

ジョゼフィーヌ姉さまはいまいち理解できていないようだ。


「うーん…私はケティと違ってそこまで難しい事を考えられないけれども、兎に角大変な事になるのね?」

「うん。」

でもなんとなくは理解してくれたみたいだし、まあ取り敢えずこれで良いや。




「む…?」

ボク…いえ、私はゆっくりと目を開けたのでした。


「ずいぶんと懐かしい夢を見ましたね。」

ジョゼフィーヌ姉さまは何事にも大雑把な人だったのですが、今はパーガンティ家で何をしてらっしゃることやら?









「ふにゃ、エレ姉さま、離して。」

「公爵家の娘が使用人と一緒の馬車に乗りたいだなんて、何を考えているのおちび!ちびルイズ!」

金髪で目つきがきつくて胸が薄くて結婚に縁遠そうな眼鏡の女性が、才人とシエスタの乗る馬車に普通に乗ろうとしたルイズを叱りつつ、大きな馬車へと引き摺って行くのです。


「おおぅ…アレが独神エレオノールですか…。
 あのルイズを無抵抗で引き摺って行くとはやりますね。」

独身でいる事を運命づけられた、独身の象徴なのですよ。


「独神…って、いくらなんでも酷過ぎるような気がするわ。
 ヴァリエールに同情するツェルプストーなんて、恰好悪いじゃない…どうしてくれるのよ?」

ニヤニヤ顔で言っても説得力無いのですよ、キュルケ?


「二人とも同列。」

物陰からエレオノールに引き摺られて馬車に連れて行かれるルイズを眺めつつニヤニヤしていた私達二人に、タバサが涼やかというより冷ややかな視線でツッ込んだのでした。

姫様がゲルマニアとの合同演習の席上で上目遣いのうるっとした瞳でゲルマニア皇帝に嘆願したのが効いたのか、実質ゲルマニア上位の合同派遣軍となったのでした。
姫様にコロッと騙された皇帝の『嫁にぃ~来ないかぁ~』とかいう、皇帝の誘いはうまく断ったようですが。
兎に角、無能な味方は盾にもならんという事で、トリステイン軍は今回は後方への支援と牽制が主体になるそうなのです。

《数居りゃあ良いなら、学徒兵でも良いわね、安いし》という事で、魔法学院の男性に志願の受付をしたら…男子生徒が英雄願望に酔ったのか、根こそぎ居なくなったのでした…。
姫様が目を潤ませながら『貴方達の助けが必要なのですわ!』とか、語ったせいなのですよ~…何でこう、見た目にころっと騙されるのだか。

まあそんなわけで、新学期が始まったのに学院には殆ど男がおらず、まるで女子高のようなのです。
ちなみに学徒動員に反対していたオールド・オスマンも現状には大満足らしく、『男子生徒の復学認めるのやめよっかなー』とか、ほざいているのを見かけたとの報告ありなのですよ。


「ルイズってば、従軍しますって手紙を親に送ったら、あのお姉さんが来たんでしょ?」

「ええ、魔法もうまく使えない娘に、そんな事は無理だと判断したのでしょうね。」

虚無属性であるという事は、ルイズはまだ親兄弟にも伝えていない筈。
ならば、許可が出るわけが無いのは、当然と言えます。


「はぁ…親にも教えられないだなんて、難儀よねえ伝説の属性って。
 私はつくづく火で良かったわ。
 でもいいの?貴方は従軍しなくても?」

「あとで合流する予定ではあります…とは言っても、出来る事はそんなにありませんが。
 やる事はルイズ達の世話係なのですよ。」

銃士隊以外に女性の士官はいません。
軍の伝統として、女性は貴族であっても前線に出さないのが習わしなのです。
銃士隊が今回の戦に従軍できないのは、軍内部の軋轢とか色々とありますが、何よりも全員女性の部隊だからなのですよ。

何故女性を前線に出さないか?
略奪暴行ヒャッハーが当たり前なこの文明レベルの戦争で女性を前線に出したら、アニエスレベルでもないとえらい事になるのですよ。
なんというか、それなんて凌辱系エロゲ?な感じに。
…ちなみに、ルイズは飽く迄も《虚無》なので例外なのです。
表向きは後方支援ですし。


「後で?」

「ええ、アルビオンの雇った傭兵部隊が、学院を対象にした後方撹乱作戦を企図しているという情報が入っているのです。
 ですから《軍事教練》という名目で、学院には銃士隊が入る事になっています。
 私は彼女らと学院の橋渡し役という事なのですよ。」

メイジの居ない銃士隊をメイジの軍事教練に派遣してどーすんだというツッ込みが入りそうですが、飽く迄も名目ですから。


「相変わらず情報通ねえ…。」

そんな声とともに、突然視界をふさいだのは金髪クロワッサン。


「おや、最近恋人が軍隊に行って、夜な夜な火照る体を持て余しているモンモランシーではありませんか。」

「私が重度の欲求不満を抱えたエロ娘みたいな風に言うなぁ!?」

モンモン大噴火。


「まあまあ、友人に対するちょっとウイットの効いた小粋なジョークではありませんか、怒らない、怒らない。」

「どう見ても猥談ジョークよ、それ!
 ウイット効いていないし、小粋ですらないわ。」

女しか居ない環境だと、ちょっと下品モードになるかもしれないのです、失敗失敗。


「では、ギーシュ様が居なくても、ちっとも寂しくないと?
 欠片も全く、なーんにも、例え死んだって気にしないとでも言いたいのですか?」

「え?いや、そこまで言われると…ねえ、寂しくないとは言いづらいというか。」

トリステイン貴族の娘は一般的に気位が高いので、勢いを削ぐような事を言わないとなかなか本音を話さないのですよねえ…。


「…その話はこのくらいで良いでしょ。
 それよりも、襲撃計画って危ないんじゃあないの?」

「勿論、危なくない襲撃計画なんて、のほほんとしたものではないのです。
 その上、傭兵部隊に超危険人物が居まして…これをどうにかしないと、銃士隊でもどうにもならない可能性が高いのですよ。」

彼に対する対策法は考えつきましたが…さて、上手く行くのやら…。


「ちょ、超危険人物って?」

モンモランシーがおそるおそる尋ね返してきます。


「白炎のメンヌヴィル、二つ名でわかるように火メイジなのですが…人の焦げる臭いに性的な快感を覚えるという、それはもう危険な危険な変態なのです。」

どう見てもシリアルキラーとパイロマニアの複合系なのです、本当に(ry
人の肉も動物性蛋白質なので、程好く焼ければ美味しそうな良い匂いがするらしいのですが、そういうのとは違うのでしょうねえ。
そういうカニバリズム的嗜好でも、やっぱり変態ですし嫌ですが。


「ひいいいいぃぃぃぃ!?」

モンモランシーが震えあがっているのです。


「その変態といい貴方といいキュルケといいコルベール先生といい、何で火メイジは感覚が常識の範囲外にズレている連中が多いのよ!?」

「失敬な、白炎のメンヌヴィルのような人間やめかけた究極レベルの変態と一緒くたにしないでください。」

それは流石に失礼なのですよ、モンモランシー。


「そうよ、一見純情無垢な風に見えるだけで、腹の中が黒炭よりもなお黒いケティと一緒にされるのは困るわ。
 私はもうちょっとまともだもの。」

貴方がそれを言いますか、キュルケ。


「ほう、男をとっかえひっかえ恋に生きていると言えば聞こえはいいが、単に長続きする質の良い恋愛に辿り着けないだけなキュルケにそんな事を言われる日が来ようとは…。」

「…喧嘩売ってるのかしら?」

喧嘩売られたのは、こちらが先なのですよ。


「私の微熱と貴方の燠火、どちらが熱いか比べるべき時が来たのかしらね?」

「それも是、なのですよ?」

私達が睨みあった瞬間に、いきなり鈍器で殴られた衝撃が!?


「あべし!?」

「ひでぶ!?」

星が、星が見えたのですよ。
強烈な衝撃と痛みにしばらく悶えたのち見上げると、そこには口をへの字に結んだタバサの姿が。


「くだらなさ過ぎ。」

『ごめんなさい。』

流石はガリア王族、ちっちゃくても王者の風格なのですよ。
ちなみに、今のやり取りはただの冗談だったのですが、そういうところは純情なタバサには理解してもらえなかったようなのです。
しかしその杖、あいも変わらずの鈍器っぷりなのですね…意識が一瞬飛びました。


「相変わらずの仲良しトリオねえ、あんた達。
 だいたい、この学院の学生トップクラスの火メイジである貴方達が決闘なんかしたら、学院が炎上するわ。
 火を消すのは私達水メイジなんだから、自重して。」

何なのですかモンモランシー、その微笑ましいものを見るような視線は?


「まあそれはそうとして、白炎のメンヌヴィルだったっけ?
 その変態への対策は出来ているの?」

「まあ一応、魔法自体は試してみましたけれども、本人にやるのはぶっつけ本番なので、役に立たなくて焼死体になるかもしれませんが…。」

メンヌヴィルのサーモグラフィ能力が、何処まで高性能なのかわからないのですよね…。


「情報によれば変態は盲目であり、その代わりに対象物の熱を感知して攻撃してきます。」

「つまり、背面に炎の壁を張って、変態が感知する熱を誤魔化せば良いのね?」

さすがキュルケ、火の事になると目がきらきらしているのです。
ええそうなのですよ、私達火メイジは皆、程度の差こそあれパイロマニアの傾向があるのですよね。


「いいえ、背面に炎の壁を張ると、変態には人のいる所だけ熱が低く見えてしまうので、同じ事になるのですよ。
 言うなれば、白い壁の前に黒い服を着て立つようなものなのです。」

「それじゃあ、どうにもならないじゃない?」

キュルケはガクッと肩を落としたのでした。


「ですから、変態の能力を誤魔化す為に炎の壁をもう一つ自分の前にも用意するわけなのですよ。」

炎と炎の間に入れば、メンヌヴィルのサーモグラフィ能力を誤魔化せる可能性は十分にあると考えています。


「炎と炎の間に入る事で、自分の熱を誤魔化すという事?」

「ええ、そう言う事なのです。」

まあつまり、忍者が壁に同じ色の布を張って隠れるのと同じ事を炎でやるわけなのです。


「問題としては、炎の壁に挟まれると猛烈に暑いので、短期決戦で何とかしないとこちらが先に参ってしまうという点。
 もう一つは、変態の能力がこちらの予想を上回っていた場合、油断したこちらが的になる点なのです。」

炎の壁の間に隠れたまま消し炭とか、勘弁したい展開なのです。


「上回っていた場合?」

「変態の能力が、正確に熱源との距離を推し量れる場合なのですよ。
 炎の壁に挟まれるという都合上、どうしても後ろの壁との距離が出来ますから。」

もしそうだったら、目で見るよりも便利なわけですが。


「…もしそうだったら、お手上げね。
 ところで、他の傭兵はどうするの?」

その点はあまり心配無いと言いますか、逆に心配といいますか。


「エトワール姉さまが…。」

学院が、寮が、広場が、姉さまの狩場になる日が来ようとは…。


「ええと、焦土のエトワールが本気出すわけ…?」

モンモランシーの顔が引きつったのでした。


「可哀想に…。」

「悲劇。」

キュルケとタバサも沈痛な面持ちなのです。
エトワール姉さまは火と土のラインメイジであり、趣味が家事全般と…何故かトラップなのですよ。
特に得意なのが最後に爆発系を組み込んだトラップコンボで、故に二つ名が『焦土』。
傭兵たちが入り込んで来たその時から、学院は命を刻む館と化すわけなのです。
エトワール姉さまは基本的に遠出の好きな人じゃありませんし、来なければ餌食にならないのに…銃士隊まで巻き込まなければいいのですが。


「…ま、まあ、気を取り直して…兎に角、注意すればいいのはその変態だけなわけね?」

「ええ、変態に注意というわけなのです。」

すっかり『変態』で定着してしまったメンヌヴィル…まあ、実際変態ですし、どうせ敵ですし、良いのですが。


「…と、こんな話をしている間に、馬車が出て行ってしまったわね。」

「ルイズの未来に幸多からん事を…なのですよ。」

ドナドナなのです。
せいぜいボートの上で乳繰り合おうとして、公爵に追っかけられればいいのですよ。




とぼとぼと歩いている反射鏡…ではなく、コルベール先生を発見なのです。
先程ちょっと怒りながら歩き去っていくキュルケを見たので、たぶん『このヘタレがぁ!』とでも言われたのでしょう。


「こんにちは、いつも眩しいコルベール先生。
 落ち込んでいる所を見るに、毛生え薬の開発にでも失敗しましたか?」

落ち込んでいる所に追撃の一言。


「い、いきなり果てしなく無礼だね、ミス・ロッタ。」

「落ち込んでいるようだったので、もっと落ち込みそうな事をあえて言ってみました。」

まあ、ちょっとしたショック療法なのです。


「私のハゲ呼ばわりは取り敢えず置いておいて、何かありましたか?
 例えばキュルケに、なんで軍に行かないのか責められたとか。」

「君は何でもお見通しなのかね…?」

この部分は先程キュルケが怒りながら歩いて行った時に偶然思い出しました。
まあ、この後コルベール先生がふさふさになるわけでなし、どーでも良いっちゃどーでも良いエピソードなのですが。


「キュルケの性格と先生の前歴を知っていれば、自ずと導き出されるのですよ?」

「な…!?」

思いきり嘘ですが、まあコルベール先生の前歴を知っていれば、このエピソードを思い出さなくても何となくは察する事が出来るでしょう。


「火に破壊ばかり見出す生き方に疲れた。
 だから火で何かを創り出そうとしているのですよね、先生は?
 キュルケは火を破壊以外に使いたいという先生の考えを戦場に行きたくが無い為の言い訳だと思っているようなのです。
 まあ、それはある意味当たりなのですが。」

「どこまでお見通しかね、君は?」

コルベール先生も、流石にポカーンとしているのです。


「敵を知り己を知らば、百戦危うからず。
 情報は黄金に等しいものなのです。」

「私の経歴は可能な限り消した筈なのだがね?」

ショックから立ち直ったのか、コルベール先生の目つきにきつさが加わってきたのでした。


「そんなもの、消すのが不可能な場所から汲み出せばどうとでもなるのですよ…と、まあそんな話はどうでもいいでしょう?
 火で何かを作り出す…そうですね、例えば…。」

炎の矢で、雑草を灰に変えて、それを一撮み。


「この灰を草木の実り難くなった畑に撒けば、土壌を実り多き土地に戻す事が出来ます。」

「なんと!そんな事が出来るのかね?」

鎌倉時代の人の知識丸パクリなのです…とはいえ、単にいっぱい撒けばいいってもんじゃあ無いというのも、ラ・ロッタで実際に鍬持って実験やって知りましたが。
好色皇として有名な某聖上は、前歴実践系の考古学者だった御蔭で上手く行きましたが、ざっとした知識しかない身では色々と黒歴史も…ふふふ。


「炎で焼き尽くされた灰であっても、そこには芽吹きが、再生が内包されているわけなのです。
 先生が常日頃から仰っているのは、こういう類のお話ですよね?」

「私の目指しているものとは微妙に違うが、まあそういう事だね。」

ぬ、コッパゲの癖に生意気な。
まあ、コルベール先生は特技が工学系なので、仕方が無いといえば仕方がありませんが。


「ほほう…では、これでどうなのですか?」

そう言って手渡したのは、とある設計図。


「な、なんですかこれは!?」

「当家で建艦中の大型交易船『ホーネット号』なのです。
 全長78メイル、全幅13メイル、政府に納入予定の新式大砲14基なのですよ。」

設計に自分が関わりまくっておいてなんですが、ツッ込みどころ満載になりました。


「…って、どう見てもこれは交易船じゃなくて軍艦だろう!
 しかも今までに無いくらいの新機軸ばかりだ。」

「おほほほ、張り切って注文つけまくったら、いつの間にやら軍艦に。
 まあ、大砲と機関を下ろせば、普通に商船としても使えるのです。」

ちなみに新式砲は、この世界の技術で再現できたダールグレン砲のようなもの。
何で『のようなもの』かというと、現物があってコピーしたのではなく、こちらの技術で設計思想だけパクって作り上げたものだからなのです。
だから、間違いなく本物よりも性能は悪いのですが、それでも従来型の大砲よりは遥かに射程が延びたという…いや、人の知識の積み重ねって恐ろしいものなのですね。
ちなみに、このダールグレン砲もどきの登場によって、アルビオンとトリステインは砲の性能では拮抗することが出来るようになったわけなのです。
もっとも、次の戦にはほぼ間違いなく生産が間に合いませんけれどもね。
技術流出を可能な限り抑えるために自社工場のみで生産しているのですが、施設の拡充が需要に追いついていないのですよ。


「…で、この機関室というのは…?」

「ああ、そこが先生に見せたかったところなのですよ。
 それは、火で水を沸かして発生した蒸気を動力に変える機関なのです。」

蒸気タービン機関を現在開発中ですが、実はこれも船が完成するまでに間に合いそうにない…というか、パウルからの報告では、先日蒸気を溜めておく缶が大爆発したそうなのです。
冶金技術を魔法だよりにしている限界というか、私たちの技術力の限界といいますか。


「ななな、つまり、この船は火を用いた動力で自航可能なのかね!?」

「早い話がそういう事なのです。」

よし、ガッツリ食いついてきたのですよ。
コルベール先生をゲットすれば、商会の機械関連の技術力はもう少し底上げできる筈なのです。
…コルベール先生とキュルケのフラグがバッキリ折れるのが難ですが。


「エンジンも良いですが、蒸気タービン機関の方が現状では出力出せますよぅ?」

「蒸気タービン機関というのかね、これは!?」

あ、思わず口が滑ってしまったのです。
ちなみに推進機構はプロペラ方式、プロペラも可変ピッチ機構(といっても機械式なので、一旦止めてからしかピッチを変えられませんし、変えられるのも前進と後退のみですが)になっているのです。


「ええ、蒸気で風車を回し、それを動力とするのです。」

私は基本となる原理を作って見せて、こちらの技術者たちがそれを実際の機械になるように実現していくわけですが…技術者が土メイジばかりだった当商会にも、そろそろ火のエキスパートが必要でしょう。
むざむざゲルマニアに渡す必要もありませんし。


「いずれドックに招待いたします。」

「ぜ、絶対だよ、絶対連れて行ってくれ!」

コルベール先生てば、軽くイきかけているのですよ…。


「あー…コルベール先生?
 出来れば女子生徒を壁際に追い詰めて、血走った眼でハアハアしながら言わない方が良いと思うのですが。」

私達二人を見かけた何人かが、ひそひそ話しながらこちらを見ているのですよ…。


「え!?あ、こ、これは失敬…。」

正気に戻ったコルベール先生は少し恥ずかしそうな表情になりつつも、スキップしながら立ち去って行ったのでした。


「渋い趣味ね、ケティ?」

「おや、キュルケではありませんか。」

振り返ればヤツが居る…というわけで、キュルケが居たのでした。


「ギーシュ、ダーリンと来て、コルベール先生なの?」

「コルベール先生の技術力には惚れ込んでいますが、男性としてどうかというと、それは別なのです。
 年上過ぎるのも難ですし。」

出来れば反射鏡では無く、ふさふさな方が良いのですよ。


「つるつるなのが駄目?」

「貴方まで興味津々なのですか…タバサ?」

キュルケの背後から、タバサが顔を出したのでした。


「気まぐれ。」

「気まぐれ…いや、つるつるが駄目かと言われると、確かに何となく駄目なのですよ。」

まだまだ花の乙女なのですから、選り好みくらいさせてください。


「残念。」

「ええと、何故なのですか?」

タバサの思考は、時々滅茶苦茶読みにくいのですよ。


「つるつる。」

そう言いながら、タバサは前髪を上げて見せたのでした。


「おお、おでこ広いのですね。」

「というか、貴方が髪を上げたの初めて見たわ。」

そう言えば、タバサは『ガリアのデコ姫』として知られているイザベラ王女と親戚でした。
ひょっとして、ガリア王族は全員おでこが広いのでしょうか…?


「タバサ、おでこが広いのとハゲは違うのです。」

「そうよ、貴方はハゲじゃなくて、おでこが広いだけ。」

私達は励ましたつもりだったのですが…。


「残念。」

何故かタバサは残念そうなのでした…読めない、本当に、時々タバサの思考は読めないのです…。




「ケティイイイイイイイイイィィィィィィィィ!」

「ふんぎゃあああああああああぁぁぁ!?」

ジゼル姉さまが、背後から突如私に抱きついてきたのでした。


「ししし、心臓が、心臓が口から飛び出るかと思ったではありませんか!?」

「だ、だって、最近ケティがかまってくれないんだもん。」

あー…確かに、夏休みも別々でしたし、最近構っていなかった気が。


「そんなわけでケティ分補給うううううううぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「あいたたたたたたたたたたたっ!?」

抱きつき過ぎなのですよ!


「そんなわけで、買い物行くわよ、買い物。
 どうせ学院も開店休業状態だし。」

まあ確かに、生徒の半分が居なくなってしまった上に、男の先生もコルベール先生と学院長以外は全部出払ってしまったので、現在学院では終日自由学習という凄まじい状態になっています。


「んー…まあ、最近一緒に買い物行っていませんでしたし、良いですよ。」

「きゃっほう!」

ちなみにエトワール姉さまは滅茶苦茶楽しそうに学院中に罠を仕掛けている最中なので、誰も声をかけられないのです…。


「…ところでルイズから聞いたのだけれども。」

ものすんごい悪い予感が…。


「男装、したんだって?」

「は、はて、そんな事もあったような、無かったような?」

何で嗅ぎつけますか、この姉は!?


「しかも、男言葉まで使ったとか?」

「な、何かの間違いでしょう。」

ルイズ、何だって一番ばらしちゃいけない人にばらしているのですか!?
というかこれはアレですね、目を覚ますのにモンモランシーの薬使った復讐なのですね!?


「ルイズって、凄く記憶力が良いの。
 だから、しらばっくれても無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」

「あぅ…。」

オワタ…。



「さ、行くわよケティ。」

「じ、ジゼル姉さま、これはやはり勘弁して欲しいと言いますか…。」

あの後ジゼル姉さまは私をレビテーションで浮かせて物凄い勢いで自室に連れ去り、どこからとも無く男子生徒の服を取り出すと、無理やり私に着せたのでした…。


「いいから、部屋から出る!」

ジゼル姉さまに押されて部屋から出ると…。


「キャーケティサマー。」

人の不幸は蜜の味といった表情のモンモランシーと…。


「きゃーすてきー。」

超棒読みなタバサと…。


「こう…何というか…無茶苦茶にしてみたくなる魅力があるわね。」

何とも物騒な秋波を送って来るキュルケが居たのでした。


「これは…。」

「ちょ、何で貴方達が居るのよ!?」

ジゼル姉さまも予想GUYだったようなのです。


「ジゼルがルイズから、ケティが男装した事を興味津々に聞いていたのをタバサが聞いていたのよ。」

「ん。」

キュルケの説明に、タバサがこっくりうなずいたのでした。


「い…いつの間に…。」

「だって、ヒソヒソ話って聞きたくなるじゃない?
 だからタバサに頼んだの。」

北花壇騎士に何という阿呆な事を頼んでいるのですか、キュルケ…。
まさに才能の無駄遣い…というか、何でタバサもVサイン出していますか。


「そしてそれをタバサがキュルケに話しているのを、私が聞いていたというわけ。」

そう言って、何故か誇らしげに胸を張るモンモランシー。
壁に耳あり障子に目ありというか、何でクラスメイト同士で盗み聞きやりまくっていますか。


「何もそこまでしなくても…。」

「ケティも常日頃言っているじゃない、情報は黄金にも等しいって。」

どう考えても、ゴミみたいな情報なのですよ。


「それでジゼルが行動に移りそうだったから、タバサにそれとなく監視をお願いしていたのよ。」

「ん。」

北花壇騎士の無駄遣いその2。
そして何故にそんなに《ふう、いい仕事した》みたいな、やり遂げた表情なのですか、タバサ?


「まあ良いじゃない。
 学院に男子生徒が居ない上に、男がコッパゲと爺さんしか居ない現状、美少年枠は貴重だわ。」

モンモランシーの送る視線まで、ちょっと怪しいのですよ。


「いやモンモランシー、貴方にはギーシュという立派な恋人が居るでしょう?」

「相手が男装した女の子なら、浮気じゃないわ。
 ただの女同士の可愛いじゃれあいじゃない?」

アレですか、やはり女だけの環境というのは、こういう空気を醸成しますか?


「ええい、ケティを貴方達になんか渡すものですか、レビテーション!」

「うゎ、ちょ、ジゼル姉さま!?」

ジゼル姉さまは私をレビテーションで浮かせて身動きを封じ、自分は箒にまたがり…。


「フライ!」

私を箒に座らせると同時に窓から逃げ出したのでした。


「タバサ、シルフィードを!」

「ん。」

ジゼル姉さまの箒は確かに結構早いですが…シルフィードの速度には到底及ばないのですよね。


「まちなさあああぁぁぁい!」

「きゅいきゅいいいいいぃぃぃぃ!」

シルフィードがタバサ達を乗せて、凄まじい勢いで追いかけて来ます。


「ふ、甘いわね。」

「うひゃあぁ!」

ジゼル姉さまは空中で急停止と同時に急降下。


「な、しまった!?」

「きゅい!?」

「おほほほほ、風竜は急に止まれない。
 ましてや全速力を出したならばね!」

シルフィードは慌てて減速をかけているようですが、搭乗者を乗せているので急には止まれずに遥か先まで行ってしまっているのです。
下に広がるのは森林地帯で、トリスタニアの近くまで続いています。
重力で速度を上げつつ、私達を乗せた箒は森に突っ込み、地面スレスレで体勢を立て直したのです。


「おほほほほ、愛の逃避行ぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「無茶苦茶なのですよおおおぉぉぉぉぉぉっ!?」

ちなみにジゼル姉さまはラ・ロッタに居た頃から、森の中を箒で縫うように飛ぶのが大の得意だったのですよ。
まあそんなわけで、私とジゼル姉さまを乗せた箒は、鬱蒼と茂る森の中をアクロバティックに飛んでいったのでした。



「あ…あぅ…頭痛い、ぎぼぢ悪い…。」

「そりゃまあ、箒を二人乗りで、しかも全速力でかっ飛ばしてトリスタニアまで飛んだりしたら、誰だって魔力どころか生命力まで吐き出す羽目になるのですよ…。」

現在ジゼル姉さまは魔力を吐き出し過ぎて、二日酔いの酷いのになったみたいになっています。
こんな事を私が言うのもなんですが、ジゼル姉さまがハイテンションになり過ぎていて、止めるに止められなかったのですよ…。


「まったくもう、ノッてくると自分の事がわからなくなる所は、昔とちっとも変わらないのですね。」

私は真っ青になってベッドに横たわるジゼル姉さまの額に乗せたタオルを、桶に浸けて絞って額にもう一度置きました。


「うう、姉妹のひと時を邪魔されたくなかったのよ。
 あ、タオル気持ちいい…。」

ちなみにここは、この前買ったばかりのラ・ロッタ家のトリスタニアにおける館…といっても、あまり大きくは無い上に大半がパウル商会のスペースなわけですが。
…なので。


「うっ、ひょっとして俺たち、お邪魔だったっスか?」

「ジゼルお嬢様のケティ坊ちゃんへの日ごろの溺愛っぷりから察するに、お邪魔じゃなくて正直邪魔な筈です。」

小さくなっているパウルと、隣で情け容赦ないツッコミをするキアラがいるのです。


「そんなわけないわ…パウルにキアラ、ありがとう。」

顔だけパウルたちに向けて、ジゼル姉さまはにっこり微笑んだのでした。


「そうですよ。
 パウル達は当家の領民、つまり家族同然ではありませんか。」

「ううっ、ケティ坊ちゃんにそう言っていただけて嬉しいっス。」

いやパウル、私は感動で目頭を押さえるほどの事を言った覚えはないのですが…。


「ついでにこの書類にサインいただければ、なお嬉しいっス。」

「婚姻誓約書…。」

ドサクサ紛れに何を渡してやがりますか、パウル。


「発火。」

婚姻誓約書は、私の手の中で一瞬にして灰に変わったのでした。


「いきなり燃やされた!?
 いや、家族同然ならいっその事、家族になろうかなと思ったんスけど!?」

「バインド。」

問答無用でバインドの魔法を近くにあった縄にかけて、素早くパウルを拘束したのでした。


「キアラ、すいませんがパウルを適当に処刑しておいてください。」

「はい、ケティ坊ちゃん。」

普通にお見舞いに来てくれただけなら感動したのに、またそうやって受けを狙う…。
まあ、そこがパウルの面白いところではあるのですが。


「ちょ、ケティ坊ちゃん、よりにもよってキアラに処刑させるとか、本気で死ぬっすよ!?」

キアラは表情一つ動かさずに、相手の関節外したりしますからね。
私が今のパウルにかけてあげられる言葉は一つ…。


「死ぬがよい。」

「そんな、御助けを!?」

パウルが悲鳴のような声を上げますが、無視無視なのです。


「ケティ坊ちゃんの命です。
 謹んで刑を受けてください。」

「あぎゃ!?
 さ、早速何処か外したっスね、キアラ!?」

流石キアラ、手加減ゼロなのですよ…。


「では、あちらへ行きましょう。」

「たーすーけーてー!
 つーか、うちの女の子に処刑されるなら、ブリジットかロクサーヌが良いっスよぉ!?」

恥ずかしがり屋のブリジットと、ぽんやり系のロクサーヌとか、人選が露骨すぎなのですよ、パウル?


「ブリジットは兎に角、ロクサーヌにやらせたら本当に死ぬような気がしますが。
 あの子、十中八九ついうっかり首の骨とか折ります。
 しかもその後、『てへっ☆殺っちゃった☆』とか誤魔化しますよ?」

「そう言えば、そうだったっス!?
 やっぱり、ブリジットで…って、あたたたた、また外した!?」

縛られた状態の相手の関節外すとか、超絶技巧なのですよ、キアラ。


「却下ですというか、あの心優しいブリジットに何をやらせるつもりですか。
 むしろそれは、ブリジットへの罰ゲームになってしまいます。」

パウルはキアラに引き摺られて、ドアの向こうへと消えたのでした。


「相変わらずね、パウルは。」

「相変わらずも何も、少し前までラ・ロッタに帰郷していたでしょう、姉さまは?」

私の潜伏生活が終わるまでは、パウルもラ・ロッタから出られないようにしていましたし。


「うーん、でもケティも揃って、初めて『相変わらずだなぁ』って思ったのよ。」

「成る程、確かにキアラもいましたし、そういう意味では相変わらずかもしれませんね。」

一部ですが、子供の頃から一緒だったメンバーですから。


「さて、それでは私は病人食を作って来ます。」

「わ、やった、ケティの手料理。
 何だか、限界以上に挑んでみた甲斐があったわ…。」

いや、恐怖新聞みたいに寿命が縮むので、なるべく慎んで欲しいのですが…。



現在厨房で仕込みの真っ最中なのです。
たっぷり野菜とハムを刻み卵を用意、そしてとうとうこれの出番なのです。


「ふふふ、リゾーニがあれば、おじやもどきが作れます。」

リゾーニというのは、リゾットに使われる米のイミテーションとして作られたパスタなのです。
とはいえ、ハルケギニアは地球の欧州と違ってエルフ領にほぼ流通を分断されており、パスタそのものが存在しなかったので、正確にはリゾーニもどきなのですよね。
ロマリアでデュラム小麦自体は発見しましたが。
作ったのは良いものの、今までパスタもコメも無かったハルケギニアの料理では使い道がいまいち見つからなくて、少量作ってボツった商品ですが。


「おじやおじや~♪」

牛骨からとったスープを拝借し、刻んだ材料とリゾーニを一緒に入れ、塩加減を調整しながら煮て、最後にとき卵をかけてあげれば完成…なのですが。


「…何をしていますか、パウル?」

厨房のテーブルには、何故か食事の準備万端なパウルが。


「ボロボロになった俺の為に、食事を用意してくれるとか…くうぅっ、このパウル一生尽くすっス。」

お前に食わせるタンメンは無ぇ!…とか言いたい所ではありますが、ボロボロの姿を見ると少し心が痛むと言いますか。


「はぁ…仕方がありません。
 ついでですし、貴方とキアラの分も作ります。」

お見舞いに来てくれた義理もありますし。
もう一度仕込みをせねばいけませんが。


「け、ケティ坊ちゃん、この莫迦者だけで無く私にまで…。」

ええと、何だかキアラがえらく感動しているのですが。
ちなみにキアラは、パウルを排除しようとやってきたようなのです。


「そこまで感動するようなものは作れないと思いますよ?
 何せ、病人食ですし。」

味そんなに濃くないですし、というか薄味ですし。


「いいえ、ラ・ロッタを出てからというもの、会えば口説かれるわ妾になれと迫られるわで貴族不信になりそうだったんです。」

あー…ラ・ロッタから出た領民が、一番真っ先に受けるカルチャーショックなのですよね、それ。
あと、その節はモット伯が大変ご迷惑をおかけいたしました…。


「でもやっぱりケティ坊ちゃんやラ・ロッタの貴族は違う…その事を今、再認識いたしました。」

キアラは真面目ですから、セクハラとか本気できつかったでしょう…というか、年上なのに可愛いっ!


「キアラ、元気出すのです!
 貴方の能力には私も期待しているのですから。」

「け、ケティ坊ちゃん…。」

そう言いながら、私はキアラを抱きしめたのです。


「あ、ありがとうございます。
 このキアラ、今後もケティ坊ちゃんの為に全力を尽くすことを誓います。」

健気です、健気な娘さんなのです、しかも美少女!可愛過ぎる!
くううううぅぅぅぅ…この身が女なのが悔やまれるのですよ。
私はもう一度キアラをぎゅっと抱きしめたのでした。


「…………………。」

取り敢えず、視界の端っこで腕を広げて準備しているパウルは無視の方向で。


「パウルもせいぜいがんばってください。」

「ハグどころか、視線すら向けてくれないとか、冷たっ!?」

女は黙って背中で語るのですよ、喋っていますけれども。



「ジゼル姉さま、病人食が出来たのですよ。」

「わ、美味しそうな匂い。」

私はおじやを乗せたお盆を持って、部屋に戻ったのでした。
野菜とハムの洋風おじや…どう作ったって洋風おじやにしかならないじゃねーかとかいうツッ込みは無しで。


「一緒に食べに来たっス!」

私に続いて、テーブルと椅子を持ったパウルが元気に入ってきたのでした。


「病人の前でうるさいです。
 黙ってください、出来れば永遠に。」

そしてそれに、おじやの乗ったお盆を持って、続けて入ってきたキアラが冷たくツッ込んでいるのです。


「なんだか最近、キアラの俺への扱いが酷いっス…。」

「扱いを良くして欲しければ、可及的速やかに自重してください。」

ぬぅ…厳しいのですよ、キアラ…ツンデレ?


「ジゼル姉さま、食べられそうですか?」

「このいい匂いを嗅いでいたら、少し食欲がわいてきたわ。」

良い傾向なのですよ。


「では食べましょう、ふー…ふー…はい、ジゼル姉さま、あーん。」

匙でおじやをすくい、冷ましてからジゼル姉さまの口に近付けたのでした。


「ああ、本当に魔力を使い尽くして良かったわ…あーん。」

理解し難い台詞を言ってから、ジゼル姉さまはおじやを口に含んだのでした。


「…どうですか?」

「おいしい、物凄く美味しいわ、ケティ。
 ああ…これが私の人生における絶頂期なのね、間違いないわ。」

何という地味な人生の絶頂期。
それは間違いなく違うと思うのですよ、ジゼル姉さま。


「んじゃ、俺達も食べようか、キアラ?」

パウルは何故か気取った感じで言ったのですが…。


「成る程、あのリゾーニとかいう食材は、こうやって食べるものだったんですね。」

「もう食べてるっスか!?」

キアラはジゼル姉さまが食べるのとほぼ同時に食べ始めていたり。
実はお腹が減って気が立っていたのですね、わかるのです。


「くぅっ、キアラに後れを取るとは不覚っス。
 では早速戴きます…美味い、美味いっすよ、ケティ坊ちゃん。」

牛骨スープがいい感じに味付けになりましたね…誰が作ったか知りませんが感謝なのですよ。
皆が食べたので、私も早速口に運ぶと…うむ、米とはちょっと食感が違いますが、きちんとおじやになっていて良かったのです。
今度才人にも食べさせてあげましょう、米っぽいので喜んでくれる筈なのです。


「ふー…ふー…では、ジゼル姉さま、あーん。」

「ケティ一人占め、まさにこの世の春だわ!」

ジゼル姉さま、お願いですから早く誰かに恋してください…。



[7277]  幕間31.1 スイーツとビター
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/02/25 16:55
「ケティ様、クッキーを焼いてまいりましたの。」

「あはは…ありがとうございます。」

男装の少女…ケティが、少し引き攣った顔で少女からのクッキーを受け取った。


「ずるいわクロエ、そうやってケティ様の気を引くつもりなのね。
 ケティ様、ケーキを焼きましたの、一緒にいかがかしら?」

「何よジェラルディン、貴方もケーキ焼いているじゃない!」

クロエとジェラルディンという名の少女達は、互いに睨みあった。


「二人とも、これはどういう罰ゲームなのですか?」

ケティは溜息を吐きながら、二人を見た。
ちなみにクロエことクロエ・ド・エノーと、ジェラルディンことジェラルディン・ド・パヴィエールはケティの同級生だったりする。
現在居るのは、ケティ達が何時も授業を受けている教室である。


「だって、いつもケティが座っている席を見れば美少年。」

「男装のケティだっていうのはわかるけれども、現在爺とコッパゲ以外の殿方が居ないこの学園で、美少年枠は貴重よ。」

『ねー。』

二人は声を合わせてうなずきあった。


「ど、どっかで聞いたような話なのですよ。」

ケティは頭を抱えた。
ちなみに何でケティが男装なのかというと、朝起きたらいつも着ている制服が無くて、男子用の制服が置いてあったからだ。
犯人は十中八九ジゼルだが、見当たらない。


「それは良いとして、何でクッキーだのケーキだのを焼いてあるのですか?」

ケティが男装で来るという情報は、二人とも知り得なかった筈なので、そこが疑問だった。

「殿方は居ない、授業は自習。
 暇で死にそうだから、お菓子作りが流行っているのよ、今。
 生地を捏ねている間は時間を忘れられるし。」

そう言って、捏ねる動作をするクロエ。


「せっかくおいしいお菓子が焼けても、肝心要の食べさせる殿方が居ないんだけれどもね。」

ジェラルディンは溜息を吐くと、机に突っ伏した。


「作っては食べ…なんてやっていたら、流石に太っちゃいそうだしーなんて思っていたら丁度良い所に生贄が来たのよ。」

ケティを指差すジェラルディン。


「そんなわけで、私たちの行き場の無い彷徨える愛を受け取ってもらえるかしら?」

「私だって、ぽっちゃりさんは御免なのです。」

クロエの頼みをきっぱり断るケティだったが…。


「…いや、その手がありましたね。
 良いでしょう、お茶会をしましょうか?」

『本当に!?』

返事がケティの全周囲からきた。


「へ…?」

周囲を見ると、お菓子を持ったクラスメイト達が、ケティ達三人を取り囲んでいたのだった。


「いやー、私もお菓子作ったのは良いものの、食べ切れなくて困っていたのよ。
 これも食べて。」

「私も私も!」

どんどん積み上がるケーキ、クッキー、マカロン、etc.etc.…。
全部合わせたらフードファイターでも無理そうな量なのは間違いない。


「デジャヴが…なんでしたっけ…ええと、七つの大罪?」

目的を果たすより前に、飽食の罪で死ぬかもしれない現実に、ケティは恐怖した。


「ぜ、全部食べるのは無理なので、皆で持ち寄って御菓子パーティーにしませんか?」

赤信号、皆で渡れば怖くない。
お菓子を食べてぽっちゃりさんへの一歩を踏み出すなら、クラスの皆も逃がさず道連れにしようとケティは決めた。


「そ、そうね、それは良い考えだわ。」

「せっかくの美味しいお菓子だもの、みんなで食べましょ、みんなで!」

お菓子の山に戦慄したクロエとジェラルディンもそれに同意する。


「まあ、確かにねえ。」

「この量を三人で食べろというのも酷よね。」

全員の視線が交錯する…。
女子特有の奇妙な牽制と連帯感が働いた結果、お菓子パーティーが決定したのだった。



「これは…この学院始まって以来、かつてない規模のお菓子パーティーではないでしょうか?」

食堂には、お菓子の甘ったるい香りが充満している。
あの後、『お菓子を持ち寄ってパーティーをやる』という話が学院中に広まり、お菓子を作ったのは良いものの持て余していた女子生徒が、これ幸いとどんどん集まり始めたのだ。
最終的には、全学年の殆どの女子が食堂に集合するという事態になったのだった。


「はい、ケティ様、あーん。」

「あーん…むぐむぐ…さすがクロエ、虚無の曜日にトリスタニアでお菓子屋巡りしているだけではないのですね。
 はい、次はジェラルディンの番なのですよ、あーん。」

ケティはというと、椅子に座ってクロエとジェラルディンに挟まれ、お菓子の食べさせあいをしている。


「むぐむぐ…でも、本当にこんな事でケティのお姉さまが現れるのかしら?」

「ジゼル姉さまの習性は知り尽くしているのですよ。
 5・4・3・2・1…。」

ケティがカウントダウンを始めた。


「ゼロ。」

「きしゃー!きしゃー!」

ジゼルが現れた、しかも何か威嚇している。


「出ましたね、ジゼル姉さま?」

「きしゃー!」

ジゼルは、クロエとジェラルディンを威嚇しているようだ。


「うふふふ…ジゼル姉さま、あーん。」

「あーん…むぐむぐ…ぐふぅ!?」

ケティがジゼルに食べさせたケーキには、ハシバミ草のペーストがぎっしり詰め込まれていた。
苦く青臭いそのあまりの衝撃に、ジゼルは気を失った。


「何という処刑。」

「な、情け容赦ないわね。」

クロエとジェラルディンが恐れ慄いたようにケティを見た。


「さて、目的も果たした事ですし、私は一旦部屋に戻るのです。
 …バインド。」

ケティが隠し持っていたロープが生き物のように蠢き、ぐったりしているジゼルをぐるぐる巻きに縛り付ける。


「レビテーション…それでは御機嫌よう。」

『ご…御機嫌よう。』

にっこり微笑んで立ち去るケティを、二人は引き攣った顔で見送ったのだった。



「あら、ケティ?」

ジゼルを自室へ搬送中のケティの前に、キュルケとタバサが現れた。


「おや、キュルケとタバサもお菓子パーティーに?」

「そのつもりだったけれども…何やっているの?
 あと、何で男装?」

キュルケは訝しげにぷかぷか浮かぶぐるぐる巻きのジゼルを見た。


「ジゼル姉さまが、私の制服を男子用の物とすり替えてくれやがったのですよ。
 それで、お菓子パーティーでおびき寄せて、捕えたのです。」

「成る程、お菓子パーティーは貴方の仕業だったのね。」

キュルケは納得いったように頷いた。


「いや、最初はお茶会程度で済まそうと思っていたのですが…皆暇らしく、あれよあれよという間にパーティーに。」

ケティは首を横に振ってから、溜息を吐いた。


「殿方は居ないし、授業は開店休業状態だしでする事無いものね。」

「そういう事なのです。」

肩をすくめて苦笑するキュルケに、ケティは頷いた。


「どうするの?」

タバサがぐるぐる巻きに縛られたまま、ふよふよ浮いているジゼルを見ながらケティに尋ねた。


「まあ取り敢えず『おはなし』を。」

「ん。」

ケティの表情を見る限り、なのは的な意味での『おはなし』っぽい。


「お手柔らかに。」

「素直に話せば、何事も無い筈なのです。」

ケティはそう言うと、にっこり微笑んだのだった。



「ジゼル姉さま、ジゼル姉さま~?」

「う…ううう…口の中苦い…生臭い…。」

ケティの部屋で、ジゼルは呻きながら目を覚ました。


「はい、口直しにクッキーでもどうぞ。」

「うう…はぐはぐ…ああ甘い、香ばしい、癒されるわ。」

クッキーを頬張り、ハシバミ草の香りを中和させるジゼルだった。


「喉が…喉がカラカラだわ。」

「はい、香草茶なのです。」

ケティの手渡した温めの香草茶を、ジゼルは一気に飲み干した。


「ふぅ…。」

「姉さま、まったりモードの所を失礼しますが、制服を返してください。」

ケティは笑顔でジゼルに尋ねた。


「だ、だって、この前の買いものの時は、結局丸二日倒れたままだったし。
 看病中、女の子の格好に戻っていたじゃない?」

「だからと言って、妹の部屋にわざわざ忍び込んで『はっはっはっはっはっ、制服を男物とすり替えておいたのさ!』とか、やらなくても良いと思うのですよ?」

ジゼルの弁解に、ケティは溜息を吐いて肩をすくめた。


「ケティの男装がもっと見たい!」

「現在進行形で見ているではありませんか。」

ケティのツッ込みは情け容赦無かった。


「制服は返して貰います。
 それと、姉さまには罰ゲームなのです。」

そう言って、ケティはにやりと笑ったのだった。



「をを、まさかここまで似合うとは…。」

ケティは少しびっくりした表情を浮かべてジゼルを見ている。


「美青年だわ、美青年が居るわ。」

キュルケは少しぽーっとしている。


「予想以上。」

タバサはいつも通り無表情だが、予想以上ではあったらしい。


「背が高くてすらりとしているだけあって、そういう格好似合うわねえ。」

モンモランシーの眼はきらきらしている。


「うぅモンモランシー、悲しくなるからあまりそういう事言わないで。」

わかりやすく言うと、ジゼルはポニーテールの髪を後ろで束ねる形に変えて、男子の制服を着ている。
一見すると中性的な美青年が誕生したわけだが、自分の外見が可愛いというよりはかっこいい系に属する事を良く知っていて、しかもそれがコンプレックスなジゼルにとってはちょっとした悪夢だった。


「さて、これで学院中を練り歩きましょう!」

「いや、それだけは勘弁して。」

ジゼルはケティに頼み込むが…。


「却下、なのですよ。」

「いやー!」

この後、学院では何故か女生徒の男装が流行った。
男装したジゼルがあまりにも格好良かったから、というのが原因だとか、そうでないとか。





「遅れて申し訳ない、ケティ殿。」

「こんばんは、お待ちしておりましたよアニエス殿。」

ここは《魅惑の妖精亭》の貴賓室、本来ならば横に座り酌をする筈の娘たちは人払いされて居らず、ケティとアニエスのみである。


「さて、まずは料理を用意させたのです。
 ここの料理は美味しいので、味わいながらお話しましょう。」

「う…うむ、いや、こちらから呼んだのに、これほどの歓待をしていただけるとは…。」

アニエスは少し戸惑っている。


「日頃、からかわせて戴いているお代だと思っていただければ。」

「…これは私がアホな目に遭わされる対価、というわけか。」

アニエスは、かなり複雑な表情になった。


「ちなみに、これを食べなくても私は容赦しませんよ?」

「これ自体、からかわれている気がする…。」

その通りである。


「それでは、乾杯。」

「乾杯。」

二人はゆっくりと杯を掲げた。


「むぐ…うん、確かに美味いな。」

「でしょう?ここの主人であるスカロンの料理の腕は一流なのです。」

アニエスが食べ始めたのを確認して、ケティも食事を始めた。


「見かけは正真正銘の変態ですが。」

「そ、そうなのか。
 ま、まあ、料理人の見かけは料理には関係ないしな。」

食べながらからかわれているアニエス…ちょっぴり可哀想でもある。


「それで、私に尋ねたい事とは…ダングルテール?」

「お見通し過ぎて少し怖いな、貴方は。
 剣と銃以外では、太刀打ち出来そうに無い。」

アニエスは、そう言ってフッと笑った。


「ダングルテールの虐殺に関わった連中の情報が欲しい。」

「それならば、お手頃なのが一人居りますよ。」

ワインを一口含んでから、ケティは言った。


「例の情報に居たうちの一人。
 白炎のメンヌヴィルは実験小隊に所属し、ダングルテールにおいて、かなり積極的かつ面白半分に虐殺行為を行いました。
 これが、彼の当時の行動の問題点を上層部に伝えた隊長の報告書なのです。
 とは言え…こんな物を読まなくとも、彼の性癖は貴方も聞き知っているでしょう?」

「白炎のメンヌヴィル、あいつが…。」

アニエスはぎりっと歯ぎしりをした。
彼女も幾多の戦場を駆け抜けた元傭兵、勿論白炎のメンヌヴィルの事は当然聞き知っていた。


「とは言え彼への対処は、当初の打ち合わせ通り我々メイジが行います。」

「な…何故だ!?」

アニエスは、激昂して立ち上がった。


「彼は死にそうになったからといって、後悔する性質じゃありません。
 己の死すらも楽しむ、正真正銘の変態です。
 敵を討っても、何の達成感も無いでしょう。」

そう言いながら、ケティはワインを口に含む。


「そもそも、リッシュモンを討った時点で貴方の復讐の半分は終わっています。
 貴方もご存じのとおり、軍人は任務に服するものであって、彼らに責任を取らせることは妥当ではありません。
 しかもあの任務は、彼ら実験小隊に伝えられた時点で故意に歪められていたのですから尚更。」

「歪められていただと!?」

自分の知り得ない情報がポンポン出てくるのに驚愕して、アニエスは思わずケティに詰め寄る。


「それはどういう事だ!」

「アニエス殿、落ち付いてください。」

今にも斬りかかって来そうな剣幕のアニエスを、やんわりと宥めるケティ。


「ダングルテールの虐殺命令はリッシュモンの手によって、当時軍とは違う指揮系統を持っていたアカデミー実験小隊へと伝えられたものなのです。
 その命令内容とは、《致死率の極めて高い疫病が発生したダングルテールを炎によって焼き払う事》なのですよ。
 その為特別に、小隊は火メイジばかりの編成でダングルテールに向かったのです。」

「な…ダングルテールに疫病など発生していないぞ!」

激昂するアニエスを静かに見つめ続けるケティ。


「ええ、ですから故意に内容が歪められた任務と言いました。
 リッシュモンはアカデミー実験小隊に偽りの目的を与え、虐殺させたのですよ。
 その後の展開は、おそらく貴方も知る通り…。」

「では、私の憤りは、私の嘆きは、私の誓いは…いったい、いったい何処にぶつけろというのだ!」

自分の家族を殺戮した者達が騙されてやっていたという事実は、アニエスを打ちのめした。


「ですから、リッシュモンを討った時点で半分と言ったでしょう?
 貴方のもう半分の敵はロマリアに居ます…が、こちらはまだ調べていません。」

やるとすれば、武器の横流しルートの伝を辿って生臭坊主に袖の下を渡しながらコツコツと…と言う事になる。
電子媒体も無い時代、20年前もの記録ともなると、なかなか見つけ出せるものではない。
まして相手はロマリア、一筋縄でいきそうに無いとケティは考えていた。


「調べて欲しい、金ならいくらでも払う。」

アニエスの眼は復讐者の目、そのものだった。


「わかりました…ですが、数年は覚悟していただきたいのです。」

「ああ、20年待ったんだ。
 あと数年くらい待つさ。」

そう言って、アニエスは頷いた。


「あと、事は信仰に関わる話なので、これも覚悟していただきたいのです。
 貴方にとっての悪魔が、万人にとっての悪魔とは限らない…善意と信念の塊である可能性もあるのですよ。」

地獄への道は、善意で敷き詰められているものだ。
本当に怖いのは悪意と悪人ではなく、善意と善人であると昔から決まっている。
虐殺をリッシュモンに依頼したのは信仰心篤く熱心な善意に満ちた高位の司祭で、おそらくはロマリアの民からも日頃慕われている者なのではないかとケティは考えている。


「そして、貴方にとっての悪魔を討った時、その悪魔の関係者にとっての悪魔に、貴方自身がなってしまうという事も肝に銘じてください。」

「ああ…その覚悟なら、出来ているさ…。」

アニエスは呟く様に言うと、拳をぎゅっと握り締めた。


「世の中、ままならないものなのですね…。」

ケティは誰に言うとでもなく、そう呟いたのだった。



[7277] 第三十二話 美容の為に命を懸けるのです(加筆修正+幕間部分を試験的に追加)
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/03/10 18:57
「ケティ坊ちゃん、ヤキュウしようっス!」

「お兄ちゃん、野球しましょうでしょ!?」

ボクが魔法の練習をしている最中に、後ろからやかましい声と、それを嗜める声がした。


「パウルにキアラか、メンバーは揃っているの?」

「そりゃもう、バッチリっス。
 きっちり揃えたっスよ。」

しかしいくら遊びに餓えていたからって、領内でこうも急激に野球が広まるとは。
最近では隣の領地とかにも飛び火しているみたいだし、そのうち甲子園みたいな大会が出来るようになるかもね。


「一つ疑問なんスけど、何でヤキュウの掛け声はアルビオン語なんスか?」

「ボクが考えた遊びだなんて言うよりも、外国から来た遊びなんだと言った方が説得力あるじゃない?
 ここまでルールがきっちり作り込まれているゲームを10歳のボク一人でゼロから作ったというのには、幾らなんでも難があるからね。」

本音としては、わざわざトリステイン語に変えるのが、何か違和感あったからだったりするけれども。


「なるほどー…流石坊ちゃん、勉強になるっス。
 最大の疑問は、坊ちゃんが何でそんなきっちり作り込まれたゲームを作れたのかって事っスけど。」

パウルは鋭いなぁ…その部分はさらっと言ったのに。


「そ・こ・は、深く考えちゃ駄目だよっ☆」

「う…ひ、卑怯っすよ、坊ちゃん。」

かわい子ぶりっこで誤魔化すとか、ボクも段々女の子っぽくなってきたのかなぁと思うけれども…パウルの鋭い指摘を誤魔化す時には効果抜群だからなぁ。
パウルがボクが実は女の子だって知らないのにも拘らず、頬を赤らめる姿に一抹の不安を感じるけれども…。


「うー、ケティ坊ちゃん、お兄ちゃんを変な世界に引っ張り込んじゃ駄目ですぅ。」

同じくボクが女の子だっていう事を知らないキアラが、涙目で僕を睨んでいる。
う~ん、性別は逆だけれども、何だかひばりくんの気持ちがちょっとわかるかも?
あ、そうだ、お父様にあの雑文を本にしろって言われていたけれども、ペンネームは『ひばり』にしよう。
ああ無情(レ・ミゼラブル)とも被る感じだし、良いかも。


「キアラ大丈夫だよ、パウルの反応は少しロリコンな事を除けば普通だと思うよ。」

「ろりこん?
 はわ、わわわわ、ケティ坊ちゃん!?」

小首を傾げるキアラ可愛い、年上なのに可愛い!
これはハグだよ、ハグするしか無いよ~。


「は、恥ずかしいですケティ坊ちゃん!」

ああもう、このまま成長したら、どんだけ美人になるんだろこの子!


「坊ちゃん…キアラはあげないっスよ?」

「ボクじゃあ貰えないよ、どの道。」

こうやって、実は女の子だっていう事を暗喩しているのだけれども、何故か誰も気づかない…。
最近その事に少しイラつく自分が居るのが、少し新鮮かもしれない。
女の体である事に違和感があった時期もあるというのに。
これもボクが、前世の『俺』とは違う存在であるという証拠なんだろうか?


「…《変身》しなきゃ駄目なのかな、これは。」

いつまでも惰性で男をやっているわけにもいかないだろうとは考えている。
ボクの体は女だし、心も多分女の子なんだっていうのがわかってきた。
いずれ、今のボクに違和感を覚える時が来るようになるだろう。


「ぼっちゃーん、何を難しい顔して立ち止まっているんスか?」

「坊ちゃん、大丈夫ですか?」

パウルとキアラが、僕の顔を心配そうに覗き込んでいた…。



「ぬ…。」

目を開ければ、そこは学院の私の部屋。


「何だか熱い…ああ、タバサだったのですか。」

「ん。」

いつの間にかタバサが私の傍らで眠っていたのでした。


「寝言…夢?」

「あれまあ、寝言言っていましたか。
 ええ、懐かしい夢を見たのです…んんっ!」

一気に伸びをし、背骨を伸ばします。


「さあ、朝なのです!」

「眠い…。」

ああ、頭をふらつかせるタバサもラブリー。






最近学内に溢れ返っているのは、変態の噂とお菓子の話。
あと、男装。


「…暇にも程ってものがあるのですよ。」

変態の噂は私が意図的に流したもので、お菓子作りブームもまだ去っていないのです。
得にお菓子作りブームは危険というか、このままだと男子生徒が帰ってきたら、女子が全員ぽっちゃりさんと化した事態に絶望しかねないのですよ。


「そろそろ銃士隊の準備も出来ているでしょうし、呼びましょうか…?」

主に私達の美容と健康の為に、ついでに非常事態への対処の為に。




注目(アテンション)!」

私はアニエスと一緒に、2年生の教室に乗りこんでいったのでした。


「あら、ケティじゃない?」

「やほー。」

「はぁい。」

「あ、キュルケにタバサにモンモランシー、どもどもなのです~。」

私は手を振ってくれた三人に、手を振り返したのでした。


「コルベール先生、授業中失礼するのです。」

「ええと、ミス・ロッタ、これは一体?」

現在3年生から順に教室を回って、説明中なのです。


「この授業時間が終わり次第、学校のカリキュラムは全面変更される事が決定されました。
 今後、授業はすべて午前中に移行、残りの時間は全て軍事教練となります。
 これは女王陛下からの命令であり、学院長も既に了承済みなのです。」

「な…何故にそんな事を…?」

コルベール先生は信じられないと言った表情で、私を見ているのです。


「理由なのですか?
 表向きの理由は、アルビオン軍が国内への小規模部隊による撹乱作戦を企てているという情報があり、それに対処できるように訓練する事という風になっています。」

「表向きの理由?」

コルベール先生は首を傾げたのでした。


「ええ、裏の理由は…最近のお菓子ブームへの対処なのですよ。」

「お菓子ブーム…?」

アニエスはめっちゃ不満そうな顔をしていますが、黙っていてもらえるように頼んであるので何も言いません。


「ええ、最近学内でお菓子作りが異様にはやって居まして、このままだと男子生徒が帰って来た時に女子が殆どぽっちゃりさんという非常事態に成りかねません。
 これを解消するには運動が一番なのです。」

「え…ええと、まさか、太らない為の軍事教練なのかね?」

コルベール先生はさっきとは別の意味で信じられないという視線を私に向けて来たのでした…うう、そんな痛々しいものを見るような眼で見なくても。


「暇潰しになる、痩せられる、いざという時の為の心構えも出来るようになる。
 最近変態が近くをうろついているという噂も聞きますし、いざという時の対処を訓練しておいても悪い事ではありません。
 まさしく、一石二鳥ではありませんか?」

「ううむ…確かに、それは良い事かもしれないね。
 先生も殆ど居ないし、授業が殆ど自習になっているのは、私も由々しき事態だとは思っていたんだ。」

コルベール先生もあっさり了承。
まあ、運動不足解消と変態への対策だと言われたら、特に反論する事も無いですよね。
ちなみにこれはアニエス達銃士隊に気持ちよく働いて貰う為の根回しなのです。


「軍事教練だなんて、面倒臭いわ~。」

キュルケがやる気無さそうなわけですが。


「キュルケ、自慢の胸が大きくなるのは良い事かも知れませんが、最近全体的にふっくらとしてきている自分に気づいていないのですか?」

「う…。」

キュルケも連日連夜のお菓子祭のせいで、少しぽっちゃりして来た感があるのです。


「軍事教練で体を動かせば、元の引き締まった体に戻る事が出来ます。
 良いですか皆さん、適度な運動はプロポーションを良くします。
 軍事教練は美容に良いのです!」

言い切ってみました。


「美容に…良い?」

これまた少しぽっちゃりしてきたモンモランシーが、呟くように言ったのでした。


「ええ、見てください。
 この均整の取れた肢体を。」

そう言って、アニエスを指差します。


「彼女は銃士隊の隊長なのです。
 胸は適度に形良く盛り上がり、手足はすらっと美しく伸び、くびれる所はくびれている。
 この素晴らしい肢体は、日ごろの軍事教練によって得られたものなのですよ。」

『おおおおおおおぉぉぉぉ…。』

教室内にどよめきが走ります…ふふ、かかりましたね。
ちなみにアニエスは体を褒められたのが恥ずかしかったのか、少し顔が赤いのです。


「私達は、軍事教練によって美しい肢体を手に入れられるのです!
 貴方も、そしてそこの貴方も、お菓子で少しふっくらしてきた体を引き締め、それだけでは無く、より美しさの高みへと昇る時が来たのですよ!」

『おおおおおおおぉぉぉぉ…!』

ふむ、全員エンジンがかかったようなのですね。


「そ、そんなわけで、午後から軍事教練を行う!
 全員時間に遅れるな!いいか!」

『応!!!!』

アニエスの言葉に、全員が力強く返答をしたのでした。



「い…良いんだろうか、こんなんで。」

教室から出た後、アニエスはちょっと疲れたように壁に手をついたのでした。


「良いではありませんか、皆やる気になっているわけですし。」

「こんな方法でやる気にさせても…。」

アニエスは不満そうなのです。


「やる気になる理由なんて、どうでもいいでしょう。
 元気があれば、何でも出来るのです。」

「そういうものか?
 何というか、国を守る意思とか気概とか…。」

アニエスは、そういった覚悟みたいなものが欲しいのですね。


「あの年頃の貴族の子女は、ごく一部を除いてそんな事は考えないのです。
 そんな事を理解させる為に労力を使うよりも、彼女らの興味ある事に合わせて意識を誘導した方が合理的なのですよ。」

「そんなものか?」

アニエスは首を傾げながら私を見たのでした。


「そんなものなのです。
 国を守る意思や気概といったものは、もう少し成長すればどうせ自然と身についてくるものなのですから…焦らない、急がない。」

身に付かない人もいますが、まあそこはそれ、人それぞれという事で。


「…という事は、ミス・ロッタは異端児か?」

「まあ、多分に異端児ではあります。」

それは否定出来ないのです。


「戦でも同じでしょう?
 正面から駄目なら、どう攻めるか。
 相手の特徴を知り、理解し、対処するわけなのです。」

「なるほどな…そういう話なら理解できる。」

アニエスにしても体が女性である以上、どう鍛えようが純粋な腕力だけでは鍛えた男性には敵わないのです。
ですから、それを補い男性に対抗するにはどうすれば良いのか、それを考え工夫し、相手の弱点を突く。
その為のの工夫を加えたものが体術であり戦術なのですよ。


「とはいえ、私は戦なら兎に角、そっち方面の技術はからっきしだ。
 だから、そういうのはケティ殿にお任せするとしよう。」

「はい、お任せされるのです。」

こういうのは、それぞれ得意分野を利用し合うのが一番なのです。


「しかし…貴族の娘の美容の為とは。
 いくら方便とはいえ、隊員の士気が下がらねばいいが。」

「そうですね…この任務が終わったら、魅惑の妖精亭で呑み食い放題の無礼講パーティーでも設けましょう。
 お望みとあらば、パウル商会の若い男衆も呼びますが?」

まあ取り敢えず、私が与えられそうな飴を用意。
ついでに合コンもセッティング…と。


「無礼講パーティーか、それは隊員も喜ぶな。
 あと、男衆については…聞いてみる。」

出会いは大事なのですよ、アニエス?




「自分で呼んでおいて何ですが…死ぬ、死んでしまう…のです。」

軍事教練はやはりきついと言いますか、いきなり基礎体力作りの為にヴェストリの広場を50周とか…。
あちこちに力尽きた女生徒がへたり込んでいるのです。
なのに一緒に走る銃士隊員は涼しい顔…。


「さすがに…本職の軍人さんは…体力のお化けなのですよ。」

「くじけちゃ駄目よケティ。
 美しいあるべき自分、それを想像しながら走るのよ!」

同級生のクロエが、そう言って私を元気づけてくれます。


「諦めたら、そこでぽっちゃりさん決定よ。」

ジェラルディンもそう言って声をかけてくれたのでした。
この二人、最近かなり横に広がってきたので、必死なのですよ。


「こらー!お前たちは痩せたくないのか!美しくなりたいと欲しないのか!
 それで貴族の娘だと良く言えたものだな!」

アニエスの叱咤が飛びます。
ちなみにアニエスや隊員には『美容の為』だと、発破をかけるように伝えてあるのです。


「痩せる…。」

「より、美しく…。」

倒れていた女生徒達が、一人二人と立ち上がり始めたのでした。


「貴族の子女たるもの…より美しく…。」

「より麗しく…在り続けるべし。」

子供の頃から一般的な貴族の娘は、『美しく麗しくあらねばならない』と母親からガッツリ教え込まれるのです。


「お父様、お母様、私は貴族の娘の誇りにかけて、この軍事教練は必ず成し遂げます!」

「その通り!こんな所で倒れている場合ではありませんわ!
 私達の為すべき事はお菓子を食べて膨らむ事では無く、軍事教練で美しくなる事ですもの!」

ああ、みんな盛り上がっているのですよ。
…もっと扇動しましょう。


「皆様、私たちはもっと美しく、もっと麗しくなれるのです。
 皆で頑張れば、必ずその高みへとたどり着けるのですよ。
 誰かが倒れていれば皆で助け、皆がくじけそうな時は誰かが叱咤する!
 そうやって、皆で美しさの高みまで上るのです!
 そう、すなわち一人は皆の為に、皆は一人の為になのですよ!」

『一人は皆の為に、皆は一人の為に!』

やっちまったのですよ、何という原作の原典の名台詞レイプ。




「甘いものが美味しいのですね~。」

「いひゃ、ほんふぉにおいひいわ(いやー本当に美味しいわ)。」

訓練の後、そこにはケーキやクッキーを貪り食う乙女たちの姿が…。
いや実際、疲れると脳が手っ取り早くエネルギーを補給する為に糖分を求めるのですよね。
だから、炭水化物が美味い美味い。


「…あー、ジゼル姉さま、幾らなんでも貪り食いすぎなのですよ?」

「らっふぇ、おいひいものはおいひいのふぉ(だって、美味しいものは美味しいのよ)。」

口一杯に頬張った姿が栗鼠みたいで可愛いのですが、妹としては一応苦言を呈しておかないといけないのです。


「体動かした後って、何でこんなにお菓子が美味しいのかしら?」

「ん。」

キュルケは上品にゆっくりと食べているのですが、その隣のタバサは上品に物凄い勢いでお菓子を平らげているのです。
どうやれば、あの小さな口にあの勢いでお菓子が入っていくのだが…不思議なのですよ。


「あれ、モンモランシーは食べないのですか?」

「運動した後に御菓子食べたら元の木阿弥でしょうがーっ!」

モンモン再噴火…したものの、全身に走る体の痛みにダウンしたのでした。。


「あ…あぅ…体が…筋肉が…。」

そう言ってから、モンモランシーは懐から水の秘薬を取り出し、ラッパ飲み。


「なーんてね。」

即時に回復、何というチート。
というか、元値殆どタダだからって、水の秘薬を使わなくても…。


「出来ればその水の秘薬、私にも分けて欲しいのですが?」

「出すもの出せば、分けてあげるわよ?」

ああモンモランシー、すっかり逞しくなって。


「傷を治す水の秘薬が筋肉痛にも効くのを、教えてあげたじゃありませんか?」

筋肉痛の痛みは、主に筋肉を過度に動かした事による炎症や筋繊維の小規模な断裂によるものなのです。
ですから、水の秘薬が良く効くわけなのですよ。


「だから、本来10エキューの所を20エキューでどう?」

「な…何で値上がりするのですか?」

ちなみに現在、私自身も倦怠感の後からじわりと筋肉痛が…。


「おほほほ、日頃からかわれている鬱憤代を加算してみたのよ。」

「う…。」

まさか、こんなときに復讐されるとは。


「…先日、こんな物が取引されているというのを知ったわけなのですが。」

そう言って、取り出したピンク色のガラス瓶。
ふふふ、まさかこんな事に使うとは思いませんでしたが…。


「ど、ど、どうやって手に入れたの、それ?」

「惚れ薬6号ですか…あれだけ反省していたのに、またこっち系統の薬に手を出しましたね?」

モンモランシーがまた惚れ薬を作って、しかもトリスタニアの闇市に流しているようなのですよ…。


「う…それは、ご禁制一歩手前に調合してあるから大丈夫よ。
 効き目は『この人から離れたくないくらい大好き』とかいうのではなくて、『あの人の事が微かに気になる気がする』って程度だし。
 ついでに言えば、効き目は一ヶ月限定だもの。」

これまた上手い具合に調整したのですね、ですが…。


「闇市にしか流れていない時点で、どう考えても御禁制なのですよ。」

「うっ…。」

モンモランシーが、私のジト目から顔を逸らします。


「法律では『惚れ薬』ではなく、正確には『心に過度の影響を与える薬』を禁止しているのです。
 そして『心に過度の影響』の部分は、高等法院長の匙加減一つで決まってしまうのですよね。
 わかりやすく言えば、実のところそんなに安全地帯というわけでもない…と、そういうわけなのです。」

そう言って、私は惚れ薬を懐に仕舞い直したのでした。


「お、脅す気?」

「いいえ、これは友人としての単なる忠告なのですよ。」

実の所、これは本当に脅しでも何でも無く、単なる忠告だったりします。
惚れ薬も、普通に忠告しようと思って持ってきた品なのです。
とは言え、この段階でいきなりこんな事を話して、モンモランシーがどう受け取るか…というのは別ですが。


「えい。」

「あいたぁ!?」

ひ、額に、額に激痛が!?


「な、何をするのですか、ジゼル姉さま。」

ジゼル姉さまは、デコピンの達人なのですよね。


「友達脅しちゃだめでしょ?
 ケティの事だから、本当に忠告するついでに脅したんだと思うけれども。」

ぬぁ…全部読まれているのです、流石は腐っても我が姉。
普段はアレですが、きちんとお姉ちゃんする時はお姉ちゃんなのですよね、最近では完全に失念していましたが。


「モンモランシーも、ケティをからかおうとしちゃ駄目よ。
 この子、弄るのは得意でも弄られるの苦手だから、時々素っ頓狂な反応を見せるのよ。
 エトワール姉さまとか、ケティを弄るの凄く上手いけれども。」

「ええ…今身をもって体験したわ。」

モンモランシーってば、冷汗ダラダラなのですよ…ぬぅ、脅し過ぎましたか?


「モンモランシー、すいません。
 ですが、忠告の部分は本当なので、自重を願うのです。」

「私も、もう少し上手く弄れるように努力するわ。
 あと、媚薬系は金輪際止めるわ…その代わり。」

モンモランシーが、私の前に水の秘薬をトンと置いたのでした。


「これあげるから、代わりにケティの商会のルートに私の薬も乗せて。
 品質なら、いつも私が色々な薬あげているから知っているでしょ?
 そんじょそこらの水メイジが作った木っ端薬になんて、品質で負けていない事くらい。」

品質は高いですが、効果が何時もフルスロットルな感じな事も良く知っているのです。
いやまあ、効かないよりは百倍ましなのですが。
あと、またコツコツお金を貯めるつもりですか…とはいえ、モンモランシーの場合は何かの計画があって貯めるのですよね。


「…今度は何を作る気なのですか?」

「ナンノコトヤラ。」

また何かやらかさなければいいのですが…。


「はぁ…まあ良いのです、商会に月一回引きとりに来るように言っておきます。
 とは言え、作るのは飽く迄も一般で売られている水の秘薬なのですよ?」

「ちっ…。」

うちの商会に何を売らせる気だったのですか、何を…。


「モンモランシー、どうでもいいかもしれないけれども、貴方のケーキ…タバサが全部平らげちゃったわよ?」

「んなっ!?」

キュルケの声に振り向いてみると、モンモランシーの皿が空になっていたのでした。


「な…何で!?」

「いらないって言っていた。」

正確には、『お菓子食べたら太っちゃうでしょ』みたいな言葉でしたが。


「私もちょっと食べたかったのに…。」

「そうは聞こえなかった。」

私も、いらないと言っているように聞こえましたが…ツンデレ属性持ちの言動は、複雑怪奇なのですよ。



「ふんふふんふーん♪」

「ぬぅ…。」

エトワール姉さまが鼻歌交じりにトラップを設置しているのを発見してしまったのです。


「姉さま、どうなのですか、進捗状況は?」

「実はもう終わっていたりするわぁ。」

やはり終わっていましたか。


「では、これは…?」

「だって、折角沢山お客様がいらっしゃるのだもの、期待以上の御持て成しをしなくちゃ駄目でしょ?」

向こうは期待どころか、目的地が惨殺幻想空間と化していようなどとは、夢にも思っていないと思うのですが…。


「ああ…狩りに来たつもりが、実った小麦のように為す術も無く一方的に刈り取られていく…その恐怖と絶望を思うと、ぞくぞくしちゃうぅ。」

ああもう、ついていけないレベルのドSなのですよ、エトワール姉さま。


「心配しなくても大丈夫よぉ。
 抵抗しなければ死なないかもしれないような気がするような予感があるような無いようなぁ?」

「その言動が果てしなく不安を掻き立てるのですよ、姉さま。」

自室に血飛沫が飛び散っていたりしたら、戻ってきた生徒が気絶するのですよ。


「しかし…元々は猪狩りに罠を使う程度だったのに、何をどこでどう間違えたのやら…?」

「ケティが『べとこんはこんなふうにわなをしかけていたんだよ、ねえさま』とか、色々トラップを教えてくれたのを忘れたのぉ?
 あと、処刑器具の歴史とか、その悪辣な工夫の仕組みだとか、色々教えてもくれたでしょぉ?」

ええと…。


「ソーデシタカ?」

「そーよぉ。」

思い返してみると、エトワール姉さまにせがまれて、色々とそんな感じの話をしたような記憶が…。
思えば知識の先走り過ぎたょぅι゛ょでした…。



「アニエス殿、銃士隊の皆さま、お疲れ様でした。」

「おぉ、ケティ殿か。」

銃士隊の詰め所として用意された部屋に行くと、アニエスが居たので取り敢えず挨拶なのです。


「おや、そのお菓子は?」

「生徒に渡された。
 貴族の子女が作ったお菓子なんて滅多に食べられるものではないから、ありがたく戴いているよ。」

詰め所に広がる甘い香り。
そしてそれをパクパク食べている隊員達…ふむ、こういうのはどこでもあまり変わりが無いものなのですね。


「皆、腕は大したことはありませんが、材料は良いのを使っているので味は良い筈なのです。」

「いや、なかなかたいした腕だと思うぞ。
 むぐむぐ…うん、やはり美味い。」

皆、ケーキ屋でも開くつもりなのでしょうか…。


「ケティ殿は作らないのか?」

「うーん…作れる事には作れるのですが、私は甘いものよりも塩っ辛いものと酒の方が良いのですよ。」

私が言うと、アニエスはガクッと肩を落としたのでした。


「それは…何というか、花の乙女らしくないというか、おっさんみたいな趣味だな。」

「がーん…。」

い、言われてしまったのですよ、自分でも結構気にしているのに。


「せめておばさんくさいと。」

「それでいいのか!?」

アニエスに全力でツッ込まれたのです。


「全然良くありませんが、おっさんよりはましなのです。」

「花の乙女が、そこまで妥協するか…。」

幼いころから『妙に枯れた子』という評価を受け続けていますから、しょうが無いのですよ。


「しかし、ケティ殿にも弱点があるのだな。」

「そんな完璧超人のような扱いを受けていたとは、思いもよらなかったのです。
 例えば接近戦ではここに居る誰にも敵わないでしょうし、他にも色々とあるのですよ。」

結構うっかり者ですしね…それで何度も痛い目見ているのですよ。
ええ、才人に着替え中の姿を見られるとか、しかもほとんどマッパの姿を…。
前世の人の名字が遠坂なら、『ま た 遠 坂 の 呪 い か』で済ましていたのですが。


「おーい…ケティ殿、戻ってきてくれー?」

「はぅ!?
 すいません…少々の間、思考が自分探しの旅に出かけてしまったようなのです。」

危ない危ない、思考が彼岸に飛んでいたのですよ。
そろそろ本題に戻らなくては。


「まあそれはそうとして、差し入れを持って来たのです。」

「差し入れ?」

アニエスは不思議そうに首を傾げます…まあ、現状手ぶらなので仕方が無いのですが。


「ドアの外にあるのですよ。」

「ああ成る程、どれどれ…。」

私と一緒にアニエスがドアを開けたのでした。


「これは…ワインか?」

「ええ、タルブワインのいいものを持ってきたのです。
 任務中は兎に角、非番の方なら良いかと思いまして。」

差し入れにタルブワインをひと樽、レビテーションで浮かせて持って来たのでした。


「これはありがたい、眠る前の一杯にさせて貰おう。」

アニエスにも喜んでもらえて結構なのです。


「それでは銃士隊の皆さま、学院の生徒を鍛えてやってくださいませ。
 宜しくお願い致します。」

そう言って、私は深々と礼をしたのでした。








《才人編》
「はぁ…それにしても、貴方の友人にラ・ロッタ家の娘が居たとはね。」

道中立ち寄った食堂で、ルイズとルイズの姉ちゃん(エレ…何とか、名前忘れた)が食事をする間、俺とシエスタはずーっと立ったまんまなわけだが、そこでルイズがケティの話をし始めたのだった。
内容はなんつーか、ベタ惚れ?何、?どうしちゃったの?いつものツンっぷりは何処行っちゃったの?つーか、その10分の1でも良いからこっちに分けて下さいって感じ。
…まあ仕方が無い、俺とルイズはケティに助けられっぱなしだからなぁ。
時々借りを返してはいるけれども、借りはいまだに莫大で、返せる当てが思いつかない。
ルイズはああ見えて律儀で真面目だから、そういう所に素直に感動しているんだろう。


「そうなの!」

ルイズの顔は紅潮しているのだけれども、それを聞くルイズの姉ちゃんの表情は暗いというか、イラついてる?


「あー…ルイズ、実はね、私ね、去年パーガンディ伯爵に婚約破棄されちゃったのよ…。」

「え…?えと、そ、そうなんですの?」

ルイズの姉ちゃん行き成りの話題変更。
しかも、ルイズはそれを知らなかったらしい。


「君とは一緒にやっていける自信が無い…って。
 そう言って私と婚約破棄をした途端に、他の女と結婚したのよ。」

「そ、そうだったんですの…。」

ルイズの姉ちゃんが何でいきなり話題を転換したのか、良く分からんけど嫌な予感がする。


「その相手の娘の名前がね、ジョゼフィーヌ・ド・ラ・ロッタって言うの。
 貴方の大事な友達の姉よ。」

「あちゃー…。」

俺の口から、思わずそんな声が漏れた。
そう言えば、結構前にそんな感じの話を聞いたような気がする。


「そ、それは…何というか…。」

ルイズもかけるべき言葉が見つからないらしい。


「ラ・ヴァリエールは火メイジに呪われているのよ、きっとそうなんだわ。
 …というわけで、ラ・ロッタの娘との交遊はそこそこにね。
 貴方もいつか、好きな男を眼前で掻っ攫われるわよ?」

「そんな事無いもん!」

ケティは恋愛関係は凄い奥手だしな、狙って掻っ攫っていく事は性格的に無理だろ。
…と、そんな女の子の着替えを見ちまった俺って、マジ鬼畜なんじゃあないだろうか?
ノックはきちんとしよう、うん。



ラ・ヴァリエール邸では、笑顔満面のルイズのお母さんに出迎えられたわけだが…。

「マリー…じゃなくて、マリア・アントニア・フォン・エステルライヒよ、知っているでしょう?」

ルイズのお母さんは、いきなり知らない名前を口走った。


「マリア・アントニア・フォン・エステルライヒ?」

ルイズが首を傾げている。
俺も首を傾げたい気分だ。


「ええルイズ、貴方達の友人なのでしょう、彼女は?」

「ええとお母様御免なさい、誰の事だかわかりませんわ…。」

家に帰って来たルイズが、まず最初にされたのがこの質問だった。


「ほら、貴方の手紙に書いてあったでしょう?
 語尾が《なのです》で、物凄く丁寧な言葉で話す、栗色の髪でやたらと博識で腹黒いけれども、なんとなく和む下級生の女の子。」

「ええと、ひょっとしてケティの事ですの?」

おずおずと、ルイズがルイズのお母さんに聞き返している。
つーか、俺の知る限り、そんな女の子ケティしかいねえ。


「そう、それ、ケティ、ケティよ、やっと思い出したわ!
 マリーじゃなくてケティ!
 でもやっぱり私にとってはケティよりもマリーの方がしっくり来るわ!」

ルイズのお母さんが、喜んでくるくる回っている。
しかし、《ケティよりもマリーの方がしっくり来る》って、どういう意味だ?


「彼女は当然、連れて来たのでしょう?」

「え、ええと、ケティは学院で何か仕事があるらしくて、来ていませんの。」

怒られるものだと思っていたルイズは、状況について来られなくて目を白黒させている。
シエスタも置いて行かれた感たっぷりな表情をしているから、多分俺もそんな感じなんだろう。


「そう…残念だわ。
 久し振りにマリーに会いたかったのに…。」

「お…お母様、ケティの事を知っているんですの?」

しょぼーんと落ち込んでしまったルイズのお母さんに、ルイズはおっかなびっくりといった感じで声をかけている。


「私がまだ貴方くらいの頃に、間違えて時の迷子になってしまったマリーと一緒に過ごした事があるのよ。
 その時、彼女が名乗っていたのが『マリア・アントニア・フォン・エステルライヒ』ゲルマニア南部の貴族の娘だと言っていたわ。
 私が魔法衛士隊に入ったばかりの頃、金庫番をやっていたのよ、彼女。」

「時の迷子って、あの御伽話とかで聞くあれですの!?」

ケティの奴、タイムスリップしてたのかよ…。


「貴方達が知らないなら、彼女が時の迷子になる日はもう少し先なんでしょうね。
 彼女と最後に会った時、すべてを打ち明けてくれた上で『いずれ未来で』と言っていたから、会えると思っていたのだけれども。」

おし、これをケティに話してやろう。
間違いなくびっくりするぞ。



…なんて事を思っていたのも束の間、現在俺は現在ルイズを小脇に抱えて、キレたラ・ヴァリエール公爵に追いかけられている。


「まてー、またんかー!」

「そ、そう言えば、ケティがラ・ヴァリエールで危機に陥ったら開封して読めとか言っていた手紙があったな…。」

パーカーのポケットを探って…あ、あった。


「ルイズ、こいつを開封して読んでくれないか?」

「え?これ?
 ええっと…どれどれ…って、読めないわ。」

ルイズは、そう言って開封した手紙を俺に手渡してくれた。


「…何で俺の行動が完全に読まれてんだ。」

手紙には『ルイズとイチャイチャしているから、そういう目に遭うのですよ。まあ取り敢えずィ㌔(´=ω=)b』と、日本語で書いてあった…。


「AAを紙に書くなよ…。」

つーか、からかうだけの為に渡したのかよ。
下らねー、超絶に下らねー。


「意味ねー!」

ラ・ヴァリエール邸に俺の絶叫がこだましたのだった。





《三人称視点》

「入りなさい。」

遡る事数ヶ月前、アンリエッタの促しに従うように、とある人物が執務室に入った。


「ニコラス・ダース・ド・ラ・ラメー伯爵、傷は癒えましたの?」

未だ敵艦とともに墜落した際の傷跡が残る彼を、アンリエッタは柔らかい笑顔と共に労ってみせる。
そう、ラ・ラメーはあの戦で墜落した敵艦の残骸の中から、辛うじて救出されていたのだった。


「はっ、軍務に支障が無い程度には。」

ラ・ラメーはそう言って、見事な敬礼をして見せた。


「貴官らの勇気と奮闘によって、我が国はアルビオンの卑怯極まりない騙し討ちから立ち直り、反撃する為の時間を稼ぐ事が出来ました。
 貴官の胸に輝く紅百合章は名誉の負傷の証、これから与える勲章と共に誉れとなさい。」

『はっ!』

見ない間にすっかり凄みを増したアンリエッタに、ラ・ラメーは敬礼しながらも頼もしさを覚えていた。


「サファイア付き十字黄金杖百合章、貴官らの勲功に応える為に作らせました。」

そう言いながら、アンリエッタは自ら勲章を手に取る。


「な、何と…!?
 小官は敗将でありますのに…。」

ラ・ラメーは目を丸くして恐縮する。
サファイア付き十字黄金杖百合章は、この国においては最高クラスの軍事勲章だからだ。


「恐縮する事などありませぬ。
 彼我の戦力差において貴官らができたのは、出来うる限り敵軍を引き付け侵攻を遅延させる事。
 その役目を立派に果たして見せ、国家存亡の危機を回避させる事に成功したのですから、貴官らは間違い無く誉れ高き勝者にして勇者にして英雄ですわ。」

そう言って、アンリエッタはラ・ラメーの胸に自ら勲章をつけて見せる。


「本来であれば大規模な式典などを執り行わせなければいけないのに、今は戦の真っ最中につき叶わぬ事をお詫びいたしますわ。」

アンリエッタはそう言うと、すまなそうにラ・ラメーに頭を下げた。


「滅相もございません、陛下自ら勲章を賜る栄誉、このラ・ラメー名誉の極みであります。」

ラ・ラメーは、感動で胸が打ち震える気分だった。


「貴官に用意した、新しい艦隊はどうですの?」

「はっ、皆良い艦です。
 あの戦の生き残りも、あれらの新造艦には満足しております。」

ラ・ラメー率いる艦隊は、以前よりも小規模になったが再建された。
全てが快速タイプの新造艦であり、熟練兵の多い彼の艦隊にはうってつけだった。


「旗艦ゼノベ・グレイム以下6隻、受領後日々訓練を重ねております。
 来たるべきアルビオンとの戦までには、以前と変わらぬ仕上がりをお約束いたします。」
 
「大変結構、期待させてもらいますわ。」

アンリエッタは満足そうに頷く。


「…さて、早速ですが。」

そう言うと、アンリエッタの目が細くなった。


「貴官らには開戦後、現在再建中の艦隊とは別行動をとってもらいますわ。」

「は…例の作戦ですな。」

ラ・ラメーの表情が神妙なものになる。


「アルビオンの行動を封じる為とはいえ、些かやり過ぎな感もあると感じますが。」

「継承権があるとはいえ、陸続きでは無く統治が面倒な空に浮く島なんかに興味はありませんもの。
 私の国と私の臣民に迷惑かけない存在になってくれさえすれば、永遠に放っておいても構いませんわ。
 王家と貴族が殺し合った国だもの…今度はせいぜい貴族と領民で殺し合っていればいいのよ。」

アンリエッタはぎりっと歯を噛み締めた。


「私怨ですか。」

「はっきり言うわね、ラ・ラメー卿…私、そういう家臣大好きよ。
 そうね、アルビオンを我が国の脅威足り得ない存在へ貶める今回の作戦には、確かに私の私怨もありますわ。
 伯父上と従兄殿を殺されたのですもの、否定出来ませんわ。」

ラ・ラメーの問いに、アンリエッタは笑顔で頷く。
凄みに満ちたその笑みは、ラ・ラメーの背筋にぞくっと何かを走らせた。


「でも、それは飽く迄もついでよ、この身は既に国家そのもの、私個人の私怨のような些事にいちいち構っていられないわ。
 貴官の艦隊の作戦目的は飽く迄もアルビオンを我が国の脅威足り得なくする事、それが第一目標であると肝に銘じなさい。」

「了解いたしました、私怨はついででありますな。
 それであれば、小官としても異存はありませぬ。」

そう言って、ラ・ラメーは敬礼をして見せた。


「ですが、恐れながら申し上げます。
 陛下、陛下の身は確かにこの国そのものであらせられますが、同時に17歳の娘でもあります。
 御友人でも恋人でも構いませぬ、誰か寄り掛かれるお相手をご用意下さい。
 この国は陛下を喪うわけにはいかないのですから。」

「そうね、友にもう少し寄り掛かってみるわ。
 でも私、基本的に怠け者だから、寄り掛かり過ぎるかも知れませんわよ?」

ラ・ラメーからの進言に、アンリエッタは笑顔で頷く。


「陛下の友人になれる程の御方です、せいぜい寄り掛かってあげればよろしいかと。」

「そうね、あの子ならもっと寄り掛かっても良いかもね、おほほほほ。」

アンリエッタはそう言って、艶やかに笑ったのだった。



「ぬ…ぬぅ…。」

学院で姉二人とお茶の最中だったケティは、えもいわれぬ寒気に身を震わせ、ティーカップを落としてしまった。


「ど、どうしたのケティ?」

「あらあら、風邪かしらぁ?」

慌てるジゼルとエトワール。


「いや、何と言いますか、とんでもない災厄が我が身に降りかかるような予感と悪寒が。」

「大丈夫よ、そんなの私が何とかして上げるわ!
 ドーンと、このジゼル姉さまにお任せよ。」

そう言って、ジゼルは胸を張って見せた。


「胸が無いのを誇示しなくても良いわよぉ、ジゼル?」

「むきー!」

エトワールの指摘に、猿みたいな声を上げるジゼルだった…。






そして現在、ラ・ロシェールには旗艦ゼノベ・グレイム以下、6隻の快速戦列艦が揃っている。
帆を含めて全てを濃紺に塗られたその新造艦達は、トリステイン・ゲルマニア連合軍艦隊を見送っていた。


「自分も加わりたい…といった風情ですかな?」

連合軍艦隊を無言で見送るラ・ラメーに、背後から声がかかった。


「フェヴィスか。」

元メルカトール号館長にして、現ゼノベ・グレイム艦長パトラッシュ・ド・フェヴィス、彼も同様に辛うじて生き残るという幸運に与っていたのだった。


「当り前であろう、艦隊決戦は船乗りの誉れ…しかもあの艦隊の主はド・ポワチエ卿だ。
 ゲルマニア艦隊が無ければ、まあまず勝てぬであろうからな、陛下から預かった艦隊を一隻でも失わぬ為に加勢に行きたくもなる。」

ラ・ラメーのド・ポワチエへの評価は《可も不可もない、これといった特徴がまるで無いという或る意味珍しい凡将》だった。


「では、加勢しますか?」

「相変わらず誘惑が下手だな、フェヴィス。
 それでは奥方を落とすのに、さぞかし苦労したであろう?」

そう言って、ラ・ラメーは皮肉っぽく笑った。


「ご安心ください、見目麗しいレディを口説く時には、もっと情熱を込めます。
 妻を口説き落とした際の小官の奮闘、先の戦の時にも劣らぬものでありました。」

「それは見ものであったであろうな…まあ兎に角、我が艦隊には陛下から直々に賜った作戦がある。
 この紅百合に誓って、それを違えるわけにはいかぬな。」

ラ・ラメーはアンリエッタに紅百合章を誉にせよと言われた時から、肌身離さずその本来傷病者に贈られるありふれた勲章をいつも身に着けていた。


「今度の陛下はそれほどの御方でありますか。」

「フェヴィスにも会わせたかったものだな。
 あの御方は間違いなく、この国を良い方向へと導かれる。」

そう言って、ラ・ラメーは深く頷いた。


「今度勲章を戴く時には、小官も同席させていただきたいものです。」

「うむ、約束しよう。」

ラ・ラメーは頷くと、雲間に消える連合軍艦隊から目を外した。


「心配ばかりしていても仕方がないか。
 我が国とゲルマニアは、必ずやアルビオンの艦隊を討ち果たす。
 我々の仕事は…それからだ。」

「そうですな…しかし、地味ながらも重要かつ陰険な今回の作戦。
 陛下が我らの腕に期待なさったのも、良く分かりますな。」

この艦隊は数こそ少ないものの搭乗員の殆どが熟練兵と熟練士官で構成されているという、現在のトリステイン軍ではかなり贅沢な構成だった。


「そうだな、地味で陰険であるが故に、効果は抜群であると言えよう。」

「戦は戦場のみにあらず…ですか、戦争が変わって行きますな。」

フェヴィスは少し遠くを見るような視線で何処かを見ている。


「こうやって、人は一歩ずつ悪辣になっていくのかも知れんな。
 …予定通り、出航は黄昏刻とするので、各員に徹底させよ。」

「はっ、了解いたしました。」

フェヴィスは敬礼をした後、船員にその旨を伝えに行ったのだった。



「…しかしまあ、無茶したなぁ、これは。」

一方、才人とルイズは連合軍艦隊の大型戦列艦『ヴェセンタール』にいた。
艦隊旗艦は『デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン』なのだが、蒼莱を運用する為には艦から飛行甲板用の超大型浮遊筏をぶら下げる必要があり、新造艦である『デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン』ではなく、旧式だが大型の『ヴェセンタール』に白羽の矢が立ったのであった。


「ケティは『ガンパックなのです』とか言っていたけれども、そもそもガンパックって…何?」

「後付式の機銃の事だな…『個人で携帯するには重過ぎますし、どうせ壊れたら再生産不可能ですし、蒼莱につけちゃいましょう』とか言っていたけれども。」

ケティが持ってきたものをコルベールが取り付けたらしい、それは…アメリカ製のブローニングM2と呼ばれる重機関砲だった。


「よくもまあ、次から次へと物騒なもんばっかり…ケティって本当に武器マニアなんだな…。」

ちなみに12.7㎜弾を使用し、ベルト給弾式なので大量の弾を発射可能な凄い機関銃なのだが、ロマリアから横流ししてもらったのはいいもののコピー不可能と判明して、パウル商会の倉庫でずーっと眠っていた代物だったりする。


「弾も現物限りだから、大事に使えって言っていたわ。」

「ひょっとして、殆ど廃物利用なんじゃねえか、これ?」

流石のケティも、使いどころが思い浮かばなくて完全に持て余していたようだ。


「でもまあ、蒼莱はあっという間に弾切れするからなぁ…有難く使わせてもらうとすっか。」

コルベールが取り付けたという時点で、不安がいっぱいな才人たちだった。


「コルベール先生、アレ以外にも色々といじっているみたいだったし…飛ぶのか、これ?」

スゲエ良い笑顔で蒼莱をいじっているコルベールを見かけたマリコルヌは、『先生はイッちゃってるよ。 あいつは未来に生きてんな』とか言っていたらしい。


「大丈夫よ、ケティを信じましょう、ケティを。」

「そ、そうだな、ケティを信じるか…。」

でもやっぱり不安な才人たちだった。



[7277] 第三十三話 人間なので、間違えることも多々あるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/03/19 22:54
「貴方が私の立場で、アルビオンを征服しない事を前提に戦略を立てるのであれば、どうする?」

「…まーた、無茶振りなのですね、姫様?」

姫様の無茶振りは今に限ったことではありませんが、何故に私を呼ぶ度にこうなるのでしょうか。


「ケティの本には軍事戦略論とかあまり入っていないし、そのあたりはどうなのかしら?」

「私はそちらの方はあまり得意ではないのですよ。」

転生前の人も基本的に兵器オタでしたし、戦略論は概略程度しかわからないのです。


「それでも良いのであれば…そうなのですね、アルビオンが空を飛ぶ島であり、船が無ければ行き来できない土地である点を利用しない手はないいのではないかと思われるのです。」

「それは、我が国にとっての不利ではないかしら?」

私の言葉に姫様は眉を顰めます。


「確かに攻めるに難い土地柄なのですが、それをこちら側が利用してあげるという手もあるのです。
 取り敢えず、大半の軍は当初の予定通りゲルマニアとの連合軍を組み、攻勢を仕掛けて敵軍の身動きを封じます。
 その上で予め選抜した小規模艦隊による別働隊を編成し…まず、港を潰すのですよ。」

行き来の難しい土地柄だから攻め難い、であれば…。


「港を?」

「ええ、港には船と造船所と商人達が荷物の一時保管に使う倉庫群があるのです。
 それらを砲爆撃で潰します。」

いっそあちらの保有する民間船と造船能力を奪って、行き来を困難にしてやればいいのです。


「倉庫群を狙うのは何故?」

「これから季節は秋に入ります。
 収穫した作物が入るのは領主の倉庫、そしてそこから商人が買い取り商人の倉庫に入って民衆に流れるのです。
 遠征の時期は刈り取り寸前ですが、それでも前年度の残りと早めに収穫されたものが入っている筈なので、燃やしてしまいます。
 これにより、アルビオンはちょっとした食糧不足となるでしょう…食糧不足では軍を動かすのが困難となるのです。
 あと、倉庫には輸出用の風石も入っているのです。
 アルビオンがある位置まで上昇するには、それなりの量の風石が必要ですが、アルビオンからの供給が途絶えれば価格は高騰するでしょうね。」

結構えげつないですが、これって戦争なのよね、なのです。


「港を潰し終えてもまだ時間があるのであれば、アルビオンの旧貴族派の領地で収穫寸前であろう麦畑を火で焼き払います。」

「都市への攻撃はしないの?
 敵の人的被害が殆ど出ないと思うのだけれども?」

私の上げている策は確かに人的被害は最小で済みます、最初だけは…。


「敵は港と畑が攻撃されれば、都市もと思って守りを固めてくれるでしょうね。
 ですが、しませんというか、しない方が良いのです。
 現に慎んだ方が良いのですよ、むしろ人は多いに越した事は無いのですから。」

敵兵への被害も、なるべく減らしたいくらいなのですよ。


「畑からの今年分の収穫物は無い、商人の港湾倉庫が潰されて、民間に残った食料も少ない。
 ですが、領主の蔵には、昨年の残りの食料があるのです。
 アルビオンの蔵にも、戦争用の糧秣が。
 そんなわけで食料はありますが、アルビオンの民全ての腹を満たす事は不可能ですし、信仰と理想に燃える貴族たちが領民の困窮をどこまで把握できるやら。
 さて、飢えた領民たちは、どうすれば飢えを凌げるでしょう?
 彼らは飢えていますし、信仰と理想では腹は膨れない…と、いうわけなのです。」

「敵の経戦能力を削ぐのと、領主と領民の離間を同時にやるという事ね。
 食料の消費量を多くするのであれば、人はなるべく死なない方が良い…と。
 悪辣過ぎて反吐が出そうだわ…採用。」

ええええええええええええええええ!?


「い、いや、この策は飽く迄も仮定の策で…。」

「枢機卿、聞いていたわね?
 将軍や参謀を何人か呼んで、ケティと作戦を詰めさせるわよ。」

いや、ちょ、ま、こんな真っ黒な策、有り得ない仮定だから良いのであって…。


「はい、アルビオンの領土を欲さないのであれば、それで良いかと。
 しかし、ここまで非情な策がさらっと出てくるあたり、流石ですな。
 このマザリーニ、感服いたしましたぞ。」

感服しないで止めてええぇぇぇぇぇ!


「ああ、いえ、出来れば考えなおして欲しいのですが。」

恒常化したら領土化が困難になるので、こういう例外的な事態でも無い限りは多分根付きはしないでしょうが…。
こんなやり方が戦争でメジャーになったら、私は後悔で死にたくなるかも知れないのです。


「嫌よ。」

「ですよねー。」

はぁ…仕方が無いのです。
また調子に乗ってやっちまいましたか、私?


「さあ、いざ行かん作戦室、おほほほほ。
 アニエス、ケティを連れていきなさい。」

「御意。」

アニエスに腕力でかなうわけもありませんし、やるしかありませんか。


「ああああああああああああ…。」

私はアニエスに引き摺られて、執務室を後にしたのでした…。



「ぬ…。」

頭と体に大きな衝撃を受けたショックで目を覚ますと、いつもの部屋…の床。


「何だ、夢でしたか…ええ、ええ、わかっているのですよ、これは現実なのです。」

数ヶ月前、姫様に不意に尋ねられて、得意満面で語った自分が恨めしい…。


「ところで…タバサは兎に角、何故にキュルケが…?」

まあそれよりもアレなのです。


「部屋の主がベッドから落とされるとか、何という悲劇…くっちゅん!」

つーか、アレですか、勝手に人の部屋のベッドに入って、主を蹴り出しますか、キュルケ…。







ハルケギニアはヨーロッパそっくりの風土と気候であり、植物も大体似た様なものが自生していたり栽培されているわけなのですが、世界扉のせいなのか時折妙なものが生えていたりするのです。


「ふむ~?」

丸くてデコボコしたその物体。


「何故にこの作物が…まあ大方ドイツあたりの兵器と一緒にこの世界に引っ張られたのでしょうけれども。」

闇市場で毒草の球根として売られていたものなのですが…。


「誰も球根を煮炊きして食べようとしなかったのでしょうね。
 それなら毒草呼ばわりされてもしょうがないといえるのです。」

どう見てもジャガイモなのですよ、本当にありがとうございました。
ハルケギニアには大航海時代が無かったせいでトマトも無いというのに、何故かここにあるジャガイモ。
まあ確かに、ソラニンを大量摂取すれば死ぬこともありますけれどもね。


「まあ兎に角、一個茹でてみますか…。」

そんなわけで、青くなっていないジャガイモらしきものを、綺麗に洗ってから部屋で沸かしたお湯に投入。
待つこと20分ほどで、お湯から上げてみたのでした。


「ふむ、見れば見るほどジャガイモ。
 匂いも間違い無くジャガイモなのですね。」

後は、食べて確認するだけなのですが…。


「似ているだけで本当に毒草の球根だったら、どうしましょう…?」

薬草とかに詳しいモンモランシーに聞いても知らないといわれましたし、まだハルケギニアに広まるほどではないという事なのかもしれませんが。


「これ食べて死亡とか、多分笑い者になるのですよ…ゴクリ。」

芋食って死ぬとかドンだけ超展開だとか、どこからとも無く聞こえてきそうなくらいなのです。

「ちょーっとだけ、舐めてみましょう。」

皮を剥いて、ペロリと舐めてみました…やはり、ジャガイモの味がするのです。
ペロペロと何回か舐めてみますが、やはりジャガイモの味。


「こ、これは大丈夫そうなのですね…。」

思い切ってかぷっと噛み付いてみると、口の中に広がるホクホクとしたジャガイモの風味と食感。


「お…おいひい。」

懐かしさを感じるジャガイモの味に、思わず涙が出そうなのですよ。


「これで、ポテチやコロッケや芋餅が作れるのです。」

これでコロッケとか作ってあげたら、才人も絶対に喜ぶ筈なのです…って、何で私は才人の喜ぶ顔を想像してにやけているのだか。


「取り敢えず、あの商人はまだ在庫はあると言っていましたし、全部買い占めてラ・ロッタで栽培させてみますか…。」

うまくいけば、来年の秋にはジャガイモパーティーなのですよ…と、不意に背中をちょんちょんと突かれたのです。


「ひゃあぁぁ…って、タバサ?」

いつの間にやらタバサが背後に立っていたのでした。
流石北花壇騎士…というか、気配消して背後に近づかないで欲しいのですが。


「おいしい?」

タバサは私が手に持つジャガイモを無言でじーっと見つめています。


「ええ、私は美味しいと感じましたが…。」

「…………………。」

じいいいいいいいいいぃぃぃぃっと…。


「あー…一個食べますか?」

「ん。」

心なしか目をキラキラと輝かせ、タバサは私が皿に乗せて差し出したジャガイモを受け取ったのでした。


「このバターを乗せて食べるとより美味しいのですよ。」

「ん。」

タバサは椅子に座るとジャガイモをナイフで切れに切り分けてから、バターを乗せて食べ始めたのでした。


「どうですか?」

「ん、おいしい。」

タバサの食べている姿は本当にラブリーなのです。


「おかわりは要りますか?」

「ん。」

ああ、何という幸せ…って、何だかジゼル姉さまみたいなのですよ、私。
ええと、まさかこれはひょっとして遺伝?



「…とまあ、こんな感じで、夜間に襲撃された場合の避難訓練を行うのです。
 いつ行うかは秘密…ですが、送れずに必ず集合してください。」

2年生の教室で、私はまたアニエスの代わりに説明を行っていたりします。
まあ、苦手な事は補い合えば良いという事なのですよ。


「寝不足は美容に悪いわ。」

キュルケが嫌そうに私に言いますが…。


「ええ、夜中にベッドから蹴り落とされたりすると、それはもう美容に悪いのです。」

「…根に持っているわね。」

うふふふふふふふふふふ。


「一応、方便上軍事教練ですので、恰好だけはつけておく必要があるのですよ。
 ちなみに従わねば、罰ゲームがあるのです。」

恐ろしい罰ゲームなのですよ、従わせる為とはいえ、私も非常な決断をしたものなのです。


「罰ゲーム?」

「ええ、夜間避難訓練に参加しなかったものには…。」

そう言いながら、モンモランシーの方を向きます。


「ミス・モンモランシの秘薬の実験台になっていただくのです。
 …ちなみにこれは、姫様と学院長のサイン入りの令状なのですよ。」

許可証を見せると、緩かった教室内の空気が凍る音がしたのでした。


「ミス・モンモランシの…。」

「実験台ですってぇ!?」

「あたし達を殺す気なの!?」

「いいえ、きっと体が伸びるようになったり、透明になったりするのよ!」

「違うわ、体を炎で包んで飛べるようになるのよ。」

「もしかして、体が岩みたいにゴツゴツ固くなるのかも?」

「こんな所には居られないわよ、私は逃げるわ!」

大混乱なのですよ…こうかはばつぐんだ!なのです。
効き過ぎな感はありますが。


「またこんな扱いかー!
 というか、私を一体何だと思っているのよ!?」

そんなモンモランシーの問いかけに…。


『畑を謎の密林に変える女』

「うっ。」

うわ、ハモったのです。


「いやでもアレは、偶然の大失敗というか…。
 …まあ良いわ、参加しなかったら、とびきりの新作の実験台にしてやるんだからっ!」

『ひいいいいいぃぃぃぃぃ!?』

クラス全員恐怖の絶叫なのですよ。
ちなみに、先程上級クラスで話した時も、全員が本気モードになったのが良く分かったのです。
自業自得とは言え、モンモランシーも不憫な…。



「…さて、打てる手は全部打ったのです。」

現在私達は機密保持の為に、学院長室に集まっていたりします。


「夜間襲撃対応訓練という事で、皆を逃がす手立てもバッチリなのです。」

「私の悪名は、より高まったけれどもね…。」

モンモランシーがちょっと煤けているのです。


「成長退行薬とか、無いわー。
 この世が終わったかと思ったわよ。」

机に突っ伏したキュルケが、疲れた声でぼそっと呟いたのです。


「うくっ、一時的に巨乳になる薬の筈が、何で一時的に幼女になる薬になんてなったのかしら…。」

そりゃモンモランシーですしー…とは、口が裂けても言えないのです。
犠牲になったのは我関さずと寮内で眠っていたキュルケ…事情を知っているとは言えサボるとは良い度胸なので、見せしめに使わせてもらったのでした。


「しかし、あのミス・ツェルプストーは可愛らしかったな。」

アニエスはああ見えて可愛いもの好きなのですよね…そのせいでガチレズ疑惑が絶えないわけなのですが。
それにしても、キュルケの長身も胸のでかい固まりも見る見るうちに縮み萎んでいって、8~9歳くらいのとてもキュートなお子様になった時には少し驚いたのですよ。
その後キュルケは、薬が切れるまで女生徒達に可愛い可愛いと揉みくちゃにされたのでした。


「同性に可愛がられても、あまり嬉しくないのよね。
 どうせなら、美少年とか美青年とか美中年とかに揉みくちゃにされたかったわ…。」

キュルケはそう言いますが、幼女を揉みくちゃにする美少・青・中年達とか、そんな顔が良いだけのロリコンの群れは嫌なのです…。
ちなみに胸が膨らむだけの薬と、成長を制御する薬では後者のほうが難易度は遥かに高い筈なのですが…モンモランシーの失敗はつくづく予測不可能な結果をもたらすのですよね。
この薬、ロリコン大喜びなだけなので、封印決定と相成ったのでした。


「白炎のメンヌヴィル達一行を乗せた船が、昨夜リヴァプール港から密かに発ったのを間者が確認しています。
 襲撃は恐らく明日の夜…皆様、ゆめゆめ油断なさらぬように。」

「無論だ、銃士隊も各所で配置についている。」

銃士隊は新式銃を持った者だけで構成されており、ついでに言うと全員メイジとは直接相対せずに狙撃するという方式に切り替えているのです。
メンヌヴィル対策として、これから襲撃者が来るまではずーっと濡れた布を被ったまま…心の底から御苦労さまと言いたいのです。


「変態への対応は、我々メイジで何とかしてみます…駄目だった場合、速やかに生徒を予定通り学院から脱出させてあげてください。」

「…わかった。」

アニエスが一瞬私に向けた意味ありげな視線が…まさかとは思いますが、姫様から何か別の命令を受けているのでしょうか?




二日後の夜中『めけめけ~めけめけ~』という、間抜けな音が寮内に響き渡ったのでした。


「来ましたか…。」

ドアを開けると慌てて着替えて所定の避難場所まで移動する皆の姿。


「ふむ…では行きますか。」

ここももうすぐエトワール姉さまの狩場と化します。
長居は危険なのですよ。





《三人称視点》

「ん…?」

メンヌヴィル達を学院まで誘導してきたワルドは、不意に寒気に襲われた。


「どうした?」

「ああ、いや、何でもない。」

ケティ・ド・ラ・ロッタ、あの栗色の髪のとぼけた表情の娘…あのぼんやりした感じの瞳に潜む奥底知れぬ光をワルドは不意に思い出した。


(羊の群れを襲おうという計画だが、どうにも虎口に飛び込んでいるような…。)

ワルド自身の裏切りすらも見抜いていた娘である。
この襲撃もばれていない保証が全く無い。


「ふむ…僕はここで貴官らの帰還を待っていることにしよう。」

「ほう、行かんのか?
 ここには卿が執心している娘が居るのだろう?」

メンヌヴィルの光を失い白く濁った瞳が、ワルドに向けられた。


「執心とは…僕が彼女に恋でもしているかのような言い草だな?
 それに、僕ははじめから襲撃部隊ではない、変な言いがかりはよしたまえ。」

「強く求めている事には変わらんだろうさ…まあ、幾ら知略に長けていようが、寝起きでは何もできんよ。
 卿の前に引き摺り出してきてやるから、泣き喚く娘を辱めるなり殺すなり、好きにするが良い…多少焦げているかもしれんがな。」

ワルドは今回の作戦において飽く迄も道案内、襲撃部隊には加わらぬようにとの上層部からの命令が来ている。


「そううまくいくものなら、僕はここまで落ちぶれてはいないさ。」

「俺たちはこれで食っているんだ。
 多少腕が立つだけのお坊ちゃんとは違うんだよ。」

傭兵のメンヌヴィルに侮辱されても最早返す言葉が無い…ワルドには既にレコン・キスタ内での居場所が無くなりつつあった。


「僕は本気で警告しているんだが…まあいいさ、好きにしたまえ。」

ワルドはあっさりと説得するのを諦めた。


「のんびりと君達の帰りを待つことにするさ。」

「ああ、のんびり待っていろ、俺は愉しんでくる。
 …行くぞ。」

メンヌヴィルがそう言うと、他の傭兵たちもその後に続いていった。


「…良いの?」

夜の闇から浮き上がるようにフーケが現れ、ワルドに問うた。


「ああ、幾らなんでも哨戒網が甘過ぎる…避けながら来たとは言え、このような僥倖はそうそうあるものではないからな。」

「ばれているというわけ…あの小娘の仕業かしらね?」

フーケは眉をしかめる。


「あやつの仕業なのか、女王からの差し金なのかはわからぬ…わからぬが、僕が出て行ってからこの国はすっかり変わってしまった。
 裏切った理由は一つではない…だから、後悔などしてはいないが…。」

「ま…気持ちはわからなくも無いわ。」

複雑な表情になるワルドの肩を、フーケはポンポンと叩いたのだった。


「しかし、油断し過ぎよね、アレで一流の傭兵?」

「一流だからこそ、メンツが許さんのだろう。
 守っているのがメイジとはいえ女子供、兵士は全員平民。
 侮るのも無理はない…僕も君もそうやって侮って見事にはめられた口だ。
 聞く気が無いならしょうがないさ、僕は彼らが間抜けに踊るのをせいぜい眺める事にするよ。」

ワルドはそう言うと、肩をすくめた。


「眺めているだけで、貴方が何もしないだなんて信じられないわね、何を考えているの?」

ワルドがおとなし過ぎるのが気になったフーケは、訝しげな視線を送る。


「眺めているとは言ったが、何もしないとは言っていないさ。
 ダンスが終われば気が抜ける…違うかね?」

「根は正々堂々としている癖に、思いつく手段がどれもこれも狡っからい所に得難い才能を感じますわ。」

フーケは情け容赦無かった。


「ぐっ…。」

「でもそうね、気が抜けた一瞬を狙えばいけるかもね…どうしたの?」

フーケの一言で激しく落ち込んだらしく、ワルドはくず折れていた。


(ああもう、こういう所が可愛いのよね、この人。)

何か、ちょっぴりラブラブな二人だった。




傭兵たちが木っ端のように宙を舞う。


「なんじゃこりゃああああああぁぁぁっ!?」

「俺は女子寮に忍び込み無抵抗な女の子捕まえてついでに数人摘み食いしようかと思っていたら罠のど真ん中にいた。
 何を言っているのかわからねえと思うが…。」

ドアを開けて部屋の中に入ったまでは良かったのだが、いきなり床が跳ね上がって天井に激突し、落ちたところで高速で突き進んでくる壁に押されて窓から放り出されたのだった。


「うふふふふふふふふふ…。」

落ちた場所は細い坂道…。


「い、一体何が起きやがった…って、ええええええええええ!?」

彼の目に映ったのは鉄球…ごっついトゲトゲ付きの鉄球だった。


「ぎゃああああああああああぁぁぁぁっ!?」

押し潰される瞬間、彼らは意識を手放した。


「うふふふふふふふふ…。」

潰され、斬られ、押し潰され、跳ね飛ばされ、落ち、痺れ、毒に侵され、溺れ、挟まれ、殴られ、窒息し、押され、跳ね上げられ、叩き落され、吸い込まれ…。


「うふふふふふふふふ…。」

「お見事といいますか、なんともはや。」

そして悲鳴が、途絶えた。


「うわぁ…流石エトワール様…。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

キュルケの顔は少し青褪め、隣のタバサは無言だが、額に一筋の汗が。


「…生きているのですよね?」

ケティは恐る恐るエトワールに尋ねる。
女子寮で大量虐殺なんかやった日には、幽霊を怖がって寮に住むのを拒否する生徒が出かねない。


「うふふふふ…大丈夫よぉ、9割9分9厘殺しだから、生きているわぁ。」

「それは、ほぼ死んでいるのでは…。」

そうぼやいたケティの元に、数個の火球が飛んできた。



《ケティ視点》

「ファイヤーボム!」

いきなり飛んできた複数個の火球から逃れる為に、至近距離でファイヤーボムを炸裂させ、爆風で軌道を逸らして回避…!?


『きゃああああああぁぁぁぁっ!?』

飛んできた炎の弾が、誘爆したのでした。


「ちょっと、びっくりしたじゃない!?」

キュルケがぼやいているのです。
しまった、ただのファイヤーボールではなく、私と同じファイヤーボムでしたか!?
うわ、煤塗れなのですよ。


「至近距離で食らわずに済んだ事でチャラにしてください…。」

「ん、今の判断は正しい。」

エトワール姉さまがやられたら、罠は全て不活性化してしまう…魔法を使ったトラップの欠点は、術者がそこそこ近くに居なければいけない事なのですよね。
トラップを無効化しようと思うのならば、何処かに隠れている術者を殺す必要がある…だから、歴戦の傭兵ならそこを狙ってくると踏んで待っていたのですが…一撃目を不意打ちされようとは。


「ふはははははは!
 誉めてやろう小娘ども、俺達を半数以下に減らすとは、でかした!」

変態の上にバトルフリークなのですよね、メンヌヴィルって。


「あー…超ダリぃのですよ。」

「やる気ないわねぇ…。」

キュルケは呆れた視線を送りますが、私は基本的に『俺より弱い奴に会いに行く』っていうタイプなのです。
弱ければそのまま踏み潰し、強大な敵なら政治的物理的ありとあらゆる手段を駆使して弱くしてから踏み潰す…敵が強いのは失敗なので《あちゃあ》と思う事はあっても、《わくわく》などしないのです。


「相手は変態、しかも強い、その上数減らしたのにやる気上がっている。
 面倒臭い事この上ないのです…死ねばいいのに。」

「身も蓋も無さ過ぎる。」

タバサにまでツッ込まれた!?


「そんなわけでそこな変態集団!
 面倒臭いから、その場で今すぐ自分の首を掻き切って死になさい、可及的速やかに。」

『出来るか!?』

事を穏便に済ませたい私からの提案は、人相が悪い変態の集団に全力で拒否されたのでした。
ちぇー、面倒臭いのです。


「はぁ…新式銃の弾丸一発いくらすると思っているのですか。
 やっちゃってください。」

私が指をパチンと鳴らすと、銃声が轟き傭兵が数人胸を押さえて倒れたのでした。
あれ?でも銃声の数が少ないような?


「何かを勘違いしているようですが、準備は万端なのですよ。
 私達は狩る側、貴方達は狩られる側、間違えないで頂けますか?」

「いいや、勘違いしているのは小娘、お前だ。
 もう、銃声は響かん。」

え…?


「…全員、片付けました。」

「ご苦労だったな、お前は先に帰っていろ…狙撃手を潜めておいたようだがな、生憎俺にはまる見えなんだよ。」

風メイジによる暗殺…ぐ、まさか、全員マークされていた!?


「俺の事を随分調べていたようだがな、あの程度の小細工で俺は誤魔化せんよ。」

「ぬぅ…。」

さて、かなり減らしたとはいえ大ピンチなわけですが、どうしましょう?
取り敢えず…。


「エトワール姉さま、トラップは解除してかまわないので逃げてください。」

「え?でも…。」

エトワール姉さまは心配そうに私を見つめますが、こと接近戦では姉さまは殆ど無力なのです。


「良いから早く井戸に飛び込んで下さい。」

「わ、わかったわぁ。」

素直で大変結構…ちなみに、井戸の奥に脱出路があるのです。


「…さて、キュルケ、タバサ、取り敢えず何とかしましょうか?」

「ええ、勿論。」

「ん。」

残った敵は4人で、どれも歴戦の傭兵。
味方は私とキュルケとタバサで3人…これじゃあ原作よりも不利なのですよ。


「白炎のメンヌヴィル、ここはひとつ一騎討ちと行きませんか?」

「断る。
 お前は何を考えているのか、さっぱりわからん。」

変態に何考えているかわからんとか言われてしまったのですよ。
いやまあ、ここで炎のリングを作って例の作戦を使おうと思っていたのですが、駄目なら仕方がありません。
ああ、机上の空論ここに失敗す。


「仕方が無い…タバサ、キュルケ、残り三人やれますか?」

コッパゲ先生がまだ出てこないので、それまで時間を稼ぐしかありません。
ひょっとしたら、ずーっと出て来ないかもしれませんが…。


「ん、二人一気にいける。」

タバサはこくりと頷いたのでした…二人一気にとか、流石は北花壇騎士。


「あら、じゃあ私は余りものでいいわ。
 レディは謙虚じゃなきゃね。」

この中で一番実戦経験が少ないのはキュルケですしね、余り負担はかけたくありません…とは言え、どのみち命の取り合いなわけですが。


「それじゃあキュルケ行きますよ…いち、にの、さん!」

一斉に呪文を唱えて一気に放つ!



『ファイヤーボム!』

先ほどの意趣返しなのですよ!


「猪口才な!ウインドカッター!」

「待て、早まるんじゃない!?」

炸裂系火魔法であるファイヤーボム2つが一気に爆発、爆風でメンヌヴィルと部下を引き離す事に成功したのでした。


「ウインディ・アイシクル!」

「ちぃ!」

駄目押しでタバサがウインディ・アイシクルを撃ち込んで、私達はメンヌヴィルと部下との間に間に割って入ったのでした。


「一騎討ちしたくないというのであれば、せざるを得なくするまでなのです。」

「は!先程まであれほど戦うのを嫌がっておきながら、随分やる気じゃねえか!」」

今度は大火傷か、はたまた死ぬのか…いずれにせよ、こんな事を続けていたらお嫁にいけなくなるのです…。


「ええ、自分の命が危ないのですから、嫌でもやる気になるのですよ。
 後は…そうですね、燃やして破壊するくらいしか芸が無い人のヘナチョコ炎とやらを、一度拝んでみたくなりまして。」

「よく言った小娘、貴様は黒焦げにする訳にはいかんが、手や足を消し炭に変えるくらいならかまわんだろう。」

そういったメンヌヴィルがファイヤーボールを生成し始めたのでした。


「俺が白炎と呼ばれる所以、見るが良い!」

メンヌヴィルの掌の中には、白い光を放つファイヤーボール…。


「火は温度が変わる度に色が変わるのはご存知の通り…赤、青、白…その上があるのをご存知ですか?」

ならば私もファイヤーボールで対抗するまでなのですよ。


「…何だと?」

「炎を白くした程度で誇るとは笑止千万なのです。
 輝ける炎を、その見えぬ瞳にしっかりと焼き付けなさい。」
 
ファイヤーボールに高速回転を加え、エネルギーを集中!


「くっ、ファイヤーボール!」

「ファイヤーボール!」

メンヌヴィルの白い火球に私の輝く火球が激突し、打ち砕いたのです。


「うおおおぉっ!?」

メンヌヴィルは自分に向かって飛んできた火球を咄嗟に避けたのでした。
軌道の変わった火球は地面に当たって、瞬時にその箇所が蒸発し大爆発…いや、威力はあるのですが、本当に直進しかしない上に干渉を受けやすいので困るのですよね、このファイヤーボール。


「な、何だ今の炎は、土が蒸発し爆発するだと!?」

「白炎如きが何だという事なのですよ。
 その程度、私にとってはいつか通った道でしかありません。」

メンヌヴィルがびっくりしているうちに、ハッタリ効かしましょう。


「くっ、俺の炎がこのような小娘に遅れをとるだと!?」

そう言いながら、メンヌヴィルは炎を放ってきたのでした。
ただの炎まで白いとは贅沢なというか、この人魔力だけならスクウェアクラスなのではないでしょうか?


「炎の矢!」

私もそれを炎の矢で迎撃したのでした。
実際のところ、メンヌヴィルが魔法の撃ち合いに応じてくれてよかったのですよ。
相手はマッチョな傭兵で、こちらはここ何日かの訓練で鍛えはしたものの貴族の小娘に過ぎませんから、距離を詰められて腕力で来られたら抵抗のしようがありません。
実際、そろそろ逃げ場が無くなりつつあるのです。


「ファイヤーボール!」

「ファイヤーボール!」

うーむ…こっちのハッタリも、何とかしないとコントロールがいまいちなのがばれてしまいかねないのです。


「ええい、貫きなさいファイヤードリル!」

ファイヤーランスの改良型で、さらに貫通力を強化した魔法を放ってみたのでした。


「赤い炎が俺の白炎を砕くだとぉ!?」

「私のドリルは天を突くドリルなのです!」

ええい、また避けた…というか、でかい図体してすばしっこいにも程があるのですよ、このおっさん!

「ファイヤーボール一気に三つ、行きなさい!」

「狙いが甘い!」

ちなみに、何で魔法を連射しているのかというと、いつの間にやら壁に追い詰められつつあるからなのですよ。


「そろそろお互い魔法は撃てん距離だな、小娘?」

「ぐ…ブレイド!」

こうなりゃやぶれかぶれ、いたちの最後っ屁、窮鼠猫を噛む、最後の反撃なのですよ!


「剣を握った事ねえな、小娘?」

メンヌヴィルの杖が一閃、私の杖を弾き飛ばしたのでした。


「戦闘技術は大した事無いくせに、俺の魔法を尽く退けやがって…全く、末恐ろしいガキだな。」

「私の魔法を全部避けるとは…。」

流石は歴戦の傭兵といったところでしょうか、万事休すなのです。


「全て威力は強いが直線的だからな、避けやすい。」

「ぬぅ…。」

ばれていましたか。


「で、私をどうするつもりです?
 犯して殺すというのであれば、おとなしく犯されて殺されますが。」

「抵抗せんのか?」

ツッ込みが甘いのです…所詮歴戦の傭兵ですか。


「杖を喪った私は、ただの小娘に過ぎません。
 抵抗は無意味なのです。」

こんな事になるなら、自爆装置でも用意しておくべきでしたか。


「若さが足りんな、最近の若いのはそんなのばっかりか?
 俺でも、もう少し生きようと足掻くぞ。」

「その将来有望な若者を殺そうという人間が、吐くべき言葉ではないのですよ。」

今は兎に角、キュルケ達がメンヌヴィルの部下を倒して、こっちに救援に来てくれる事を期待するしかありません。
駄目だったら…まあ、死んだ後の事を気にしても仕方が無いのですよ。


「しかし、悲鳴一つ上げないというのは気に食わん。」

「きゃあ!こんなんでどうでしょう?
 お望みとあらば、もっとみっともなくうろたえても見せますが。」

兎に角、時間を…。


「萎えた…物凄く萎えた…燃えろ。」

「うひゃあ!?」

メンヌヴィルからいきなり火球。


「そそそんな、不意打ちせずともいつでも殺せるでしょうに!?」

「避けたな?」

メンヌヴィルがにやりと笑ったのでした。
あー…もしかして気付かれましたか?


「立て、そして逃げろ。
 逃げ切れたら、生かしてやってもいい。」

「お断りします、先程言ったとお…ひゃあ!?」

足元に放たれた火球を思わず避けてしまったのでした。


「そらそら逃げろ、俺は約束を守る事もある男だからな!」

「それは大抵守らないという事…きゃあ!」

更に火球が私の目の前の地面に直撃し…その気は無いのに、体が勝手に逃げ始めたのです。


「こうなったら…秘儀、前屈姿勢でジグザグ逃げ!」

「ふはははは!逃げろ逃げろ!」

わざとやっているのか、威力低めの火球が私の近くに何発も着弾しているのです。


「えーん、変態~!」

「誰が変態だと!」

本当に死んでしまうー!


「女の子を笑いながら追い回す中年のおっさんのどこが変態では無いと言うのですか~!」

「そう言われると確かにそんな気もするが、改めて言われると腹が立つわ!」

後ろからとんでもない熱量…避けられない!?


「きゃあああああああああぁぁぁぁっ!」

爆発に思いきり吹き飛ばされて、私の意識は暗転したのでした。




《三人称視点》

「大丈夫?」

「え…ええ、うん、だ、大丈夫よ。」

腰を抜かしたキュルケが、タバサの手を取って立ち上がる。


「わわ私、自分がこんな腰抜けだとは思わなかったわ。
 今まで散々勇ましい事言ってきたのに、自分の火で燃やした男がのた打ち回るのを見て腰を抜かしちゃうだなんて。」

「おかしくない、初めは皆そんなもの。」

キュルケの前には黒焦げの死体。
戦いの末に、とびきりの火球が命中して燃え上がり、傭兵が絶叫しながら果てたのだった。


「私も、最初はそんなもの。」

「タバサ…私よりも前に、貴方はこんな体験をしていたのね。」

キュルケはタバサを労わるように、そっと抱き締めた。


「苦しい…。」

「あら、ごめんなさい。」

そっと抱き締めたのだが、タバサの頭はキュルケの胸に埋まり呼吸困難になってしまっていた。


「それほど気にする必要は無い…いずれ慣れるから。」

「あまり慣れたくは無いけれども、仕方が無いのかもしれないわね。」

キュルケは体を小刻みに震わせながらも苦笑を浮かべた。


「そう言えば、貴方の相手は?」

「杖で殴り倒した。」

メイジの戦い方じゃなかった。


「…えーと、魔法は?」

「使った。」

魔法は使ったが、最終的には杖で殴り倒したらしい。


「ねえタバサ…?」

「ん?」

タバサは自分の手を握って不安そうに見つめてくる親友を見つめ返した。


「魔法で戦いましょ…ね?」

「?」

ルイズは虚無に目覚めたのに何故か打撃系に走っている今、タバサを呼び戻さないとえらいことになる予感がするキュルケだった。


「きゃあああああああああぁぁぁぁっ!」

その時、遠くからケティの悲鳴が聞こえた。


「っ!?こんな事している場合じゃなかったわ、行くわよタバサ!」

「ん!」

二人は悲鳴の聞こえた方向へ、急いで向かうのだった。




「ケティ!?」

「!?」

二人が見たのは地面に力なく横たわり、全身煤に塗れたケティの姿。


「貴方、よくもケティを!」

「そういえばいたな…おい、俺の部下はどうした?」

キュルケはメンヌヴィルを睨み付けるが、彼は意に介さぬようにキュルケに尋ねてきた。


「倒したわ。」

「そうか…では、もう少し楽しめそうだな?」

そう言った途端にメンヌヴィルは白い火球を生成し、二人に向けて放った。


「白い炎ですって!?」

キュルケはケティに実演しながら教えてもらった、炎と色の相関関係を思い出していた。
間違いなく相手の炎の方が、威力は高い。


「…はぁ、これが力任せに魔法を使っていたツケってわけ?」

キュルケは己の魔力を効率良く使うために、時々ケティに技術を教えてもらっていた。
何せ、もう既に全部知っている授業しか出来ない教師たちと違って、実践的かつ理論的だったからだ。
そのケティが敵わない…と言う事は、自動的に自分一人では無理だということだった。


「タバサ、何とかなりそう?」

「何とかするしかない。」

タバサとしては、こんな所で倒れるわけには行かなかったし、ここで親友であり強力な情報網を持っていると思しきケティを喪うわけにも行かなかった。
まさしく何とかするしかないのだ。


「そうよね、弱気になっている場合じゃあないわよね。」

「ん!」

二人は杖を構えなおすと呪文の詠唱を始める。


「良いだろう、お前たちは燃やすなとは言われておらん。
 松明のように燃え上がりのた打ち回るが良い!」

メンヌヴィルの前に、白い巨大な火球が形成される。


「はははははははははは!燃えろ!」

その笑声と共に、巨大な火球が二人に向かって飛んでいったのだった。



[7277] 第三十四話 ハードラックとダンスっちまった…なのです。
Name: 灰色◆a97e7866 ID:cb049988
Date: 2010/05/08 06:59
ごーんごーんと、トリスタニアに弔鐘が鳴る。
立派な王様が亡くなったから、それを悼む鐘が鳴る。


「…財政を立て直された王の功績は素晴らしいものであり…。」

マザリーニ枢機卿の弔辞が大聖堂内に朗々と流れる。
遠見の魔法を使う…泣き崩れる王妃と、その隣で懸命に涙を堪える姫様が見えた。


「あの歳で人前で涙を堪えるとか、やっぱり名君の資質はあるんだよねぇ…。」

「そういうのを冷静に判断できるケティの方が、僕は凄いと思うよ。
 まあ、ケティがそういう娘だからこそ、連れてきたのだけれどもね。」

ボクは大人の記憶がある分のチートでしかありませんよ、お父様。


「はいはい、親馬鹿はそのくらいにして…あちこちで貴族が泣いているけれども、お父様は付き合わなくて良いの?」

「貴族の義務だから来たけれども、特に親しかったわけじゃあないからね。
 わざとらしく泣くのは無理かなぁ…ハハッ。」

お父様は苦笑を浮かべた。


「さすがはラ・ロッタの当主、『家族と仲間と領民を愛せ、他はその残りで愛せ』の家訓に忠実だね。」

「うちの家の人間は領民含めてそんな感じだけれども、いつの間に家訓になったんだい?」

お父様は首を傾げる。


「今作ってみました。」

「あはは、それなら僕が知らなくても仕方が無いね。」

お父様はボクの頭をナデナデと撫でた。
何だかくすぐったい様な楽しいような気持ち良いような、不思議な感じ。


「そういえばケティ、ジョゼに何か小難しい事を語ったらしいけれども、何を話したんだい?」

「ジョゼ姉さまはなんて言っていたの?」

多分、物凄く大雑把にお父様に話したんじゃあないかなと思うけれども…。


「お国の一大事だって言っていたな。」

さすがジョゼ姉さまというか、一言に纏めちゃったよ。


「…で、どんな風にお国の一大事なんだい?」

「マリアンヌ様に統治者は無理だって事。
 あの人、基本的に愛の世界に生きている人だし、あの歳まで殆ど政治の実務に関わっていなかったというのもあるから。
 もっと若い頃なら兎に角、流石にあの歳じゃあ難しいと思うな。
 おまけに政務を代行せざるを得ない右腕が外国人じゃあ、何やっても貴族は警戒してついて来ない…陛下が存命の頃なら兎に角、いくら能力はあっても今後は難しいと思うよ、色々と。」

まあもっとも、今までの陛下もアルビオン人ではあったのだけれども、国王と宰相(みたいな仕事をしているロマリアから派遣された枢機卿)じゃあ大違いだし…国に骨を埋める的な意味で。


「後、とりあえず言えるのは、国王陛下の葬儀で話すような話題ではないかもってことかな?」

「ああ、確かにそうだね。」

お父様が苦笑を浮かべる。
周りの貴族が興味心身に聞いているし、失敗したかな…と。


「ええと、ぼくこどもだからわかんない。」

うわ、周囲からの白けた視線が…某名探偵バーローみたいにはなかなか行かないね。


「君、その誤魔化しかたは、今更過ぎて無理があるのじゃあないかね?」

その中の一人、上品そうな青年が僕を見ながら肩をすくめた。


「えへへへへへ。」

「笑っても同じだよ。」

アホの子笑いで誤魔化してみたけれども、溜息を吐かれた…やはり無理っぽい。


「僕の名はアレクシス・ド・パーガンディ、小役人をやっているしがない伯爵さ。
 君の話はなかなか興味深かったのだけれども、良ければ葬儀の後で詳しく聞かせて貰えないかね?」

「こんな子供の話を、ですか?」

ボクの問い返しにパーガンディ伯爵はにっこり笑って頷いた。


「甘いものは好きかね?」

「あ、はい、嫌いじゃあありません。」



そして私は、土と何かの焦げる匂いで目が覚めたのでした…。





「う…ぐ…。」

全身が鈍痛に包まれている感じ…全身打撲ですかそうですか。
これは明日には身動き出来なくなっている感じなのですよ。


「嫁入り前の乙女に何という仕打ち…状況は。」

目を開けると、タバサとキュルケがメンヌヴィルと戦っているのが見えます。
タバサが氷や水の盾で防ぎつつ、キュルケが攻撃している感じですが、メンヌヴィルの手数の多さに圧され気味の模様なのです。


「なんとかあの場所まで逃げられれば、万全と言わずとも対策を打てる筈。」

ポケットを探ると…よし、割れずに残っていましたか水の秘薬。
モンモランシー印のそれを、ぐいっと一気飲みしました。


「ぶーっ!?」

頭に血が上ったような感覚と共に、一気に吹き出る鼻血…効き目が強すぎるような!?


「か、回復するつもりが余計消耗したような…何だか踏んだり蹴ったりなのですよ。」

いざ起き上がろうと試してみれば、あっさり起き上がる事が出来たのでした…鼻血が止まらないのが難ですが。
くっ…しかしこのままでは鼻血が気になってしょうがないのですね…。


「どうせぼろぼろですし…えいっ!」

ブラウスを破いて、切れ端を両方の鼻の穴に詰めたのでした。


「うう…乙女として色々と終わっているのです。」

涙が出そうですが、泣いている暇は無いのですよ。
取り敢えず、例の場所までメンヌヴィルを誘導しないと…。


「てぇい、これでも食らいなさい!」

いつものモーゼルの代わりに太腿のホルダーに括り付けておいた投げナイフを投げたのでした…ナイフを太腿に括り付けておくと、走っている時に抜けないという情けない事実に先程気づいたところだったりします。
ちなみにこれ、一回だけ目標に命中する魔法の投げナイフ、発動ワードは…。


「ハラモトコ!」

付与魔法が発動すると同時に、ナイフは加速して背中を向けているメンヌヴィルの杖を持った腕に突き刺さったのでした。
ちなみに目標に命中するだけで、何処に命中するのかはさっぱりなのが難だったりします。
頭にでもグッサリいってくれれば、ここであっけなく終わってベストだったのですが…まあ、良い所に刺さってくれて取り敢えずラッキー。


「ぐぉっ!何だと!?」

「よりにもよって私に背を向けるたぁ、良い度胸なのですよ!」

魔法の投げナイフはもう一つだけ…こんな事なら、ケチらずに後数本買っておけばよかったのです。


「ぐっ…姑息な真似を!」

「おほほほほ!負け犬の遠吠えが耳に心地よいのです!
 姑息と卑怯は私の専売特許、戦いなんてのは勝ったモンの勝ちなのですよ!」

全身痛いわ服はボロボロだわ鼻血は止まらないわで、虚勢でも張らないとやってられないのです。


「相変わらず、酷い。」

「ラ・ロッタは敵に回すなと、子孫に代々伝えるわ。」

うぅ…タバサとキュルケが呆れた視線をこちらに送っているのです。


「せっかく助けたのにその言い草は無いでしょう、泣きますよ!」

『はいはい。』

うわ、二人とも冷たい!?


「兎に角、とどめを刺しましょう!」

「ぶるわああああぁぁぁぁぁぁっ!」

素早く杖を持ちかえたメンヌヴィルが、大量の火球を撃ち出してきたのでした。


「あちゃ、あちゃちゃ!?」

「ああもう、絶倫過ぎる殿方は却って嫌われるわよ!」

一発一発は大した事ありませんが、これはまずい!?


「タバサ、キュルケ、散って逃げますよ!」

そうすれば、メンヌヴィルは私を追って来る筈。


「例の場所で落合いましょう!」

「ん。」

「わかったわ、死なないでね。」

さて、これで予想通りにメンヌヴィルが付いてきてくれればいいのですが…。


「って、タバサを追いかけてるー!?」

「ふはははは、燃えろぉ!」

何故かメンヌヴィルはタバサを攻撃中。


「あのロリコンめがー!」

もしくは水属性のメイジが好みとか?


「仕方ない…最後に取っておくつもりでしたが…。」

これで打ち止めなのですよ、投げナイフ。


「ナイスボート!」

「ぐお!?」

発動ワードと同時にナイフは加速して、今度はメンヌヴィルの背中に突き刺さったのでした。


「ええい、幼い女の子をいたぶる変態趣味でもあるのですか貴方は!?
 もともと極めつけの変態の癖に、色々終わっている変態の癖に、そこまで行くともう正直救いようが無い変態なのですよ!
 変態!大変態!変態大人!」

兎に角挑発しまくらないと、どうにもならないのです。


「貴様を追いかけると、何か良くない事が起きそうだったのでな。
 あと変態変態言うな、地味に傷つくわ!」

「きゃあぁぁっ!?」

でっかい火球が私の方に向かって飛んできましたが、何とか回避に成功しました。


「私の方が年上。」

隙を見てこちらにやってきたタバサが、恨めしそうな視線を送っているのです。


「私は、年上の、お姉さま、わかる?」

そして何という圧迫感…何という王家のオーラの無駄遣い。


「わ、私の方が幼いのです、タバサ姉さま。」

「ん。」

実はかなり気にしていましたか、タバサ…可愛いのに…。


「そ、そんなわけで!おとなしく追いかけてくるか逃げるか、どちらか選択なさい!
 ちなみに逃げるという選択肢が、超オススメなのです。」

後顧の憂いは残りますが、逃げてもらうのも一つの選択肢なのです。


「タバサ、逃げますよ!」

「ん。」

メンヌヴィルが選ぶ前に、私達は当初の目的地へと逃げ始めたのでした。


「ハハハ、せいぜい逃げるが良い!」

背後から数個の火球が迫ってくる気配…いやほんと、何処まで底なしなのですか、この人。


「ウインディ・アイシクル!」

タバサの氷の矢が、メンヌヴィルの火球の軌道をちょっぴり逸らし、それで直撃を防いだのでした。


「流石タバサ、上手いのです。」

「ん。」

杖さえあれば、私も何とか出来るのに…もどかしいのですよ。




《三人称視点》

一方その頃、キュルケはというと…。


「あら、ミスタ?」

「はは、挟まれてしまってね。」

罠にかかったコルベールを発見していた。


「何か君達の助けになればと思っていたんだが。」

「ブレイド。」

キュルケはブレイドで杖に刃を作り出し、罠を切り裂いた。


「そんな軍用魔法を何故使えるのかね!?」

壊れた罠から脱出したコルベールが、キュルケに少々驚いた視線を送る


「ケティ直伝ですの…彼女は調理魔法だと言っていましたわ。
 切れ味よし、刃に食材がくっつかないし、何より洗わなくて良いって。」

キュルケは何を気にするでも無い風に言ってのけた。


「成る程、切れ味のいい刃を作る魔法ならば、包丁の代わりにも出来るか。
 彼女は本当に、気持ち良くなるくらい魔法を道具として扱うね。」

「…私は正直感心しませんわ、あの子のああいう所は。」

キュルケの顔は少々渋い。


「彼女から色々と教わっているのにかね?」

コルベールはびっくりしたようにキュルケを見た。


「言い方が悪かったですわね…私が感心しないのは、彼女の魔法に対する姿勢ではなく、それを殆ど隠そうとしていない所ですわ。
 解釈によっては異端審問官を呼ばれかねませんもの、それが心配で…。」

キュルケのその言葉を聞いたコルベールは、思わず微笑んでしまった。


「君は、本当に友達思いの素晴らしいレディですね。」

「あ、あら、お上手ですわね。」

思わぬコルベールからの賛辞に、キュルケは頬を赤らめた。


「いえ、君がミス・ロッタの事をとても深く思いやっているのが良く分かりますよ。」

教え子が友人を思いやる気持ちが嬉しくて、微笑みが止まらないコルベール。


「もうっ…恥ずかしいので、そのくらいにして下さいません?」

更なる畳み掛けで、真っ赤になったキュルケが弱々しく抗議した。
元来少々露悪傾向のあるキュルケは、どストレートな賛辞というのが物凄く苦手だったりする。
気障ったらしい御世辞なら幾らでもいなせるのだが…意外と恥ずかしがり屋なところもある彼女だった。


「そんな事より、早く行かないとケティが危ないわ!」

キュルケはケティとタバサが一緒に逃げている事を知らなかった。


「ミス・ロッタが?
 彼女はいったい、何をしているのかね!?」

コルベールは驚いた顔でキュルケに聞き返す。


「私達の策が力業で打ち破られましたの。
 ケティは白炎のメンヌヴィルを引きつける為に…。」

「何だって!?
 場所は、場所は何処かね!?」

コルベールはキュルケの肩を掴み、真剣な瞳で尋ねた。


「でも、先生が行っても…無茶ですわ。」

コルベールは火メイジでありながらいつも穏やかで平和を愛する人であり、今回の出征にも参加していない。
出征への参加を断られたキュルケは、行ける身でありながらそうしない彼を公然と罵倒したこともある。


「私は教師だ!無理だろうが無茶だろうが、親御さんから預かった生徒の身を守る義務がある!
 案内したまえ!」

「は…はい。」

コルベールに気圧されて、コクコクと頷くキュルケだった。




《ケティ視点》

「ぜーはー、ぜーはー…。
 焦げる、焦げてしまう…。」

目的の場所までもう少しですが…あの変態、ポンポン火球を撃ちすぎなのですよ。
私が今までクリアしたSTGはダライアス外伝しかないのですから、もう少し控えて欲しいものなのです。


「ちょっと、危なかった。」

先程から何度も近くで爆発が起きたせいか、矢鱈と真っすぐ伸びる傾向のあるタバサの髪がボンバーな感じになっているのですよ。
多分私も似た感じになっているのでしょう。


「ふはははは!」

またもや大きな火球…底無しですか、あの変態。


「いったい何なのですか、あのワンマンアーミーな変態は。」

「底無し過ぎる…少し変。」

そりゃまあ変態ですから、変なのは当然なのですよ。


「そういう事は言っていない。」

「心を読まれた!?」

タバサ、何時の間にそんな高等技術を。


「声に出ていた。」

「おやまあ。」

流石に少し疲れたかもしれないのです。


「…まあ確かに、幾ら魔力があるとはいえ、底無し過ぎますね。
 水の秘薬か何かで魔力容量を一時的に増大させているのだとは思いますが。」

モンモランシーか姫様に聞けば何かアドバイスの一つも貰えたかもしれませんが、居ない人の事を考えてもしょうがないのですね。


「タバサ、何か思いつきませんか?」

「秘薬作りは苦手。」

タバサは実戦一辺倒の環境でしたから、しょうが無いのですね。


「それは兎に角、何とか着きましたね。」

「ケティの杖が無い。」

ふふふ、心配ご無用。


「こんな事もあろうかと、この場所に予備用の杖を隠しておいたのです。」

草むらの中を探ると木箱が一つ…かなり久しぶりですが、私のもう一つの杖の出番なのです。


「これぞ私の予備用の杖なのですよ。」

タバサはその「杖」をじーっと見ているのです。


「何か問題が?」

「派手。」

まあ確かに魔女っ子が持っていそう…と言うか、多分あっちの世界から何かの手違いで送られてきた玩具の魔法の杖ですが。
全体的にピンクですが、星とか付いていますが、しかも星が回りますが、やたらと装飾がきらきらしていますが、電池が残っていればボタンを押すと半濁音の多い呪文が流れると思いますが。
闇市で売っていたコレを買って、コレで魔法使ったら魔女っ子気分で面白そうだなーって理由だけで予備の杖にチョイスしたものですが、ええ、ええ。


「タバサ、もう一度聞きます…何か問題が?」

「…人それぞれ。」

タバサは目を逸らしながら、そう答えてくれたのでした。
放って置いて貰えると有り難いのです…正直、ちょっぴり後悔しているのですから。


「…ここが終点か?」

煙の中からゆっくりと現れたのは、白炎のメンヌヴィルこと変態なのでした。


「ええ、ここが貴方の人生の終点なのですよ。
 今日で一生分の魔法を撃ち尽くしたのでは?
 もうそろそろ良いでしょう。」

「ほざけ小娘、その星なんか付いたファンシーな杖持って何をしようというのだ?」

…うう、この杖じゃあ嫌味もいまいち決まらないのです。


「こうするのですよ…発火!」

呪文とともに錬金で作っておいた仕掛けが発動し、学院の壁が燃え始めたのでした。


「炎の壁か…考えたもんだな。」

メンヌヴィルは余裕の態度を崩しません。


「ええ、考えたでしょう?
 ついでにこんなんどうでしょう…炎の壁!」

「小娘、何をした!?」

こうかはばつぐんだ。
炎の壁で私とタバサを挟んで、そろりそろりと移動…。


「そこかぁ!」

ばれたー!?ごく僅かな温度の差を見ましたか?


「くっ、南無三。」

責めてタバサだけでも助けようと覆い被さりましたが…火球は全然違う場所に当たったのでした。


「…効いてる。」

「…そのようなのですね。」

正確に距離と熱量を測れるとは言っても、距離に関しては矢張り目の域は超えませんか。
…とは言え、近づき過ぎたり近づかれ過ぎたりすれば無理でしょうけれども。


「ではタバサ、そろーりそろーり移動しつつ、攻撃しましょう。」

「ん。」

反撃開始なのですよ。
何だか杖が柔らかくなってきているので、なるべく早く、かつゆっくり…。


「よし、一発いってみましょう。」

「ん。」

タバサが呪文を唱えると…。


「そこかぁ!」

こっちを向いたメンヌヴィルが、すかさず火球を放って来たのでした。


「中止!」

「ん!」

タバサが魔法を中止し、炎の壁と一緒に別方向に逃げたのでした…が。


「氷の魔法とこの戦法は、相性がものすごく悪い。」

タバサの顔に浮かぶ汗は、たぶん暑さのせいだけではない筈なのです。


「氷の魔法は温度を下げますからねぇ…。」

多分、タバサが魔法を唱えている部分の温度が一気に下がって、そこがメンヌヴィルには良く見えたのでしょう。


「風の魔法で行ってみる。」

温度に干渉しない風の魔法なら何とかなるかもしれませんね。


「はい、じゃあもういっちょ行ってみましょう。」

「ん。」

タバサが呪文を唱えると、風が巻き始めて…。


「あちゃ!あちゃちゃ!?」

「そこかぁ!」

火が風に巻きこまれてこちらに迫ってきたうえに、メンヌヴィルの火球が飛んで来たのでした。


「中止!」

「ん!」

メンヌヴィルの火球をかわしつつ、また移動をしますが…。


「まさかこの戦法とタバサの相性がここまで悪いとは…。」

「さすがに予想外。」

何という八方塞…そしてクニャリと熱で曲がりつつある杖…。


「ひょっとして、絶体絶命だったりしますか?」

「ひょっとしなくても、絶体絶命。」

熱い筈なのに、冷汗が止まらないのですよ。
私は兎に角、タバサが死んだらガリアの未来が…。


「やれやれ、ここらが死に時…という事でしょうか?」

私は本来の物語では、どうせモブキャラ。


「短い人生だったのです。」

モブならモブらしく、死亡フラグ立ててメインキャラ守って果てる事にしますか。


「唐突ですが、私この戦いが終わったら、故郷に戻って結婚する事にしようかなと。」

「誰と?」

はて…?故郷の男と考えたらパウルとか?無い無い…。


「冗談はこのくらいにして…タバサ、私が盾になりますから、貴方だけでも逃げ…。」

「蛇炎よ。」

蒼い炎が、蛇のようにくねりながら、メンヌヴィルに襲い掛かったのでした。


「ぐっ、この炎はまさか、隊長か!?」

纏わり付こうとする炎を火球で払い除け、メンヌヴィルは周囲を見回します。


「両目の光を奪えば、何も出来んと思ったのだがな…褒めてやろう若造。」

立っていたのはコルベール先生、しかしいつもとは纏っている雰囲気が段違いなのです。
近づけば燃えてしまいそうな殺気が、周囲を圧倒している…。


「やはり隊長か!俺は運が良い、こんな所であんたに逢えるとは。
 俺はずっとあんたに会いたかった、あんたを探していた、ずっとあんたを…燃やしたかったんだ!」

メンヌヴィルが明らかに喜んでいるのです。


「うわー、やっぱ変態…。」

ドン引きなのですよ。


「コルベール先生、何者?」

タバサが私に尋ねてきました…私は何でも知っている事前提ですか、そうですか。
確かに知っていますけれども。


「彼はトリステイン魔法研究所実験小隊の元隊長なのです。
 今はジャン・コルベールと名乗っていますが、本名はフランソワ・ミシェル・ル・テリエ。
 ガリア貴族ルーヴォワ候の弟です。」

取っ掛かりさえあれば、色々と調べることが出来ます…流石に名門ガリア貴族の出身だとは思いませんでしたが。
いったい何が原因で家から出て、汚れ仕事をすることになったのだか。


「…調べ過ぎ。」

「タバサにこの件を話しておけば、後で色々と面白いかなーと思いまして。」

そう言ったら、タバサから返って来たのは溜息でした…。


「未来は不確定だし、私は王になるつもりなんて、無い。」

《大公爵じゃ不満だ、けれど国王なんて野暮なお仕事はジョゼフにお似合い、我が名はタバサ》とか言うフレーズが不意に浮かびました。
いやまあ、あれだけ王位継承の血みどろごたごたに巻き込まれたら、嫌気もさして当然ではありますが。


「大丈夫だったケティ、タバサ!?」

キュルケが私たちの方に走ってきたのでした。


「まあ、何とか…しかし強いですね、コルベール先生。」

炎の色は青ながら、白炎を用いるメンヌヴィルに一歩も引かないというか、むしろ押しているように見えるのですが。


「コルベール先生と拮抗している今が反撃の好機、さあ、行きましょ…あら。」

杖を振った途端に、融けて弱っていた杖の前半分がボロッともげたのでした。
杖、ご臨終…つまり、私は再びただの小娘に逆戻りというわけで。


「…頑張ってください、キュルケ、タバサ。」

『ずこー』

二人がずっこけたのです。
ああもう、今日は厄日か何かですか。



《三人称視点》

「両目の光を奪えば、何も出来んと思ったのだがな…褒めてやろう若造。」

そう言った男の声を、温度をメンヌヴィルは覚えていた。


「やはり隊長、ル・テリエ隊長か!俺は運が良い、こんな所であんたに逢えるとは。
 俺はずっとあんたに会いたかった、あんたを探していた、ずっとあんたを…燃やしたかったんだ!」

どうにも隠し切れない喜悦が含まれた声とともに、メンヌヴィルは火球を撃ち放った。


「うわー、やっぱ変態…。」

ケティがシリアスブレイカーっぷりを発揮しているが、二人の男の耳には入っていない。


「私の教え子達に、よくも好き勝手やってくれたものだ。」

火球を炎の蛇が喰らう。
煤塗れでぼろぼろのケティとタバサを横目でちらりと見てから、コルベールは怒りの視線をメンヌヴィルに向ける。


「何だと、あんたが先生!?あんたが先生か、そりゃ面白い、そりゃ傑作だ!」

メンヌヴィルはいかにも可笑しいといった風情で、笑い始めた。


「一番縁遠い、一番向かない職業だろう、あんたは燃やす事しか出来ない、破壊する事しか出来ない、そんな人間の筈だ。」

「そんな事ありませんよ、コルベール先生は時々激しく脱線しますが、基本的に良い教師なのです。
 論理的に魔法を使用することにかけては、この学院で一番の教師なのですよ。
 …もっとも、論理的に魔法を使うという事に価値を見出している生徒が少ないのが、問題ではありますが。」

メンヌヴィルの言葉に、ケティが反論した。


「いいや、お前らはこいつの価値を知らん、こいつの真価をな。
 よく聞け、こいつは元魔法研究所実験小隊の隊長、フランソワ・ミシェル・ル・テリエだ。」

「私はトリステイン魔法学校の教師、ジャン・コルベールだ。」

コルベールはグッと杖を握り締める。


「いいや、さっきの炎を感じてわかったよ、あんたは何も変わっちゃいない。、あんたはル・テリエ隊長だ。
 蒼炎のル・テリエ、蛇炎のル・テリエ、灰のル・テリエ、無情にして無感動、任務を淡々とこなし、相手が女子供だろうと気にもかけない、生けるゴーレムと言われた男だ。
 お前らは、そんな男を教師と呼んでいるんだよ!」

喜悦の表情を浮かべたまま、メンヌヴィルはぶちまけた。


「ンな事、前から知っているのです。
 ついでに言えば、ガリアの名門出だという事も把握済みなのですよ。
 そんな既知の情報をいちいち偉そうに話すな、なのです、このド変態。」

「ん。」

ケティとタバサは聞き流した。


「ええっ、何ですって!?」

結果としてキュルケだけがびっくりすることになった。


「って、私だけ仲間はずれ?
 謎の情報網持ってるケティは兎に角、タバサまで。
 私たちの友情はどこに行ったのかしら!?」

二度びっくりのキュルケ。


「ついさっき、ケティから聞いたばかり。」

「それなら、仕方が無いわね。」

タバサの言葉に納得した表情で、キュルケは頷いた。


「ケティ、そういう重要な情報は、びっくりする前に教えて。」

「無茶言うなー、なのですよ。」

ケティはツッ込みながらボヤいた。


「君達はあまり驚かないのだね。」

「軍人が仕事をして何が悪いのですか?
 勤勉が罪だなどという話は、聞いた事が無いのです。
 先生がダングルテールの件で実行部隊の隊長だったから、それが何なのですか?
 悪いのは指揮系統に介入して、無茶苦茶な命令を出させた者でしょう。
 罪は既に裁かれ、先生には裁かれるべき罪などありはしません。」

ケティはそう言って、うんうんと頷いた。


「あー…私はよくわからないけれども、この子が先生に罪が無いって言うならそうなんでしょ。
 この子は肝心な所でドジだけれども、こういう時は大抵正しいもの。」

「ん。」

「肝心な所でドジ…。」

キュルケがそれに続き、タバサも同意するように頷き、ケティは肩を落とした。


「うぅ…そんなわけで、三人とも頑張ってください。」

「予備用の杖折っちゃうとか、本当にドジよね。」

それを聞いて、ケティは更に肩を落とす。


「ううぅ…役立たずで申し訳無いのです。」

「いいこいいこ。」

落ち込むケティの頭を、タバサが撫でていた。


「コルベール先生となら…。」

「君たちは逃げなさい。」

ケティが何かを言おうとしたのを遮って、コルベールはそう言った。


「で…ですが。」

「私は普段はうだつの上がらない教師だがね、時にはこうやって教師らしく生徒を守って見せなきゃいかんだろう?
 だから私にまかせたまえ、なんとかしてみせる。」
 
そう言って、コルベールは薄く笑った。


「それに、杖が無い君がここに居ても仕方が無いだろう?」

「う…わ、わかりました、では後ほど。」

ケティは一瞬の逡巡の後、コルベールの言葉に従った。


「ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、君達もだ。」

「でも私たちは…。」

キュルケはまだ戦えると言おうとしたが、コルベールに手で制された。


「ミス・ロッタを守ってやってくれ、彼女は今何の力も持たない身だ。
 それに、将来私の重要な出資者になってくれるかもしれない人なんだよ。」

「わかりました。」

タバサはコクリと頷いた。


「キュルケも。」

「え!?あ、うん。」

何だかんだいって一番場慣れしているのはタバサであり、いつも保護者風な二人を先導して連れて行くことになったのだった。


「…追いかけないのかね?」

「ああ、どうもあの娘に関わると調子が狂う。
 それに追いかけさせるつもりも無いんだろう?」

口はにやけつつも、メンヌヴィルの目は笑っていない。


「後な、長年追いかけていたあんたが此処に居るんだ、仕事を放り出してでも決着をつけたいあんたがな!
 こんな好機は多分もう二度と無い…さあ、此処から先は殺し合いだ、楽しい楽しい殺し合いの時間だ、さあ一緒に楽しもうぜ、ル・テリエ隊長!」

メンヌヴィルが杖を振り上げると、無数の火球が形成された。


「生憎、私には殺し合いを楽しむ感性は無いな。」

コルベールが杖を振るうと、蒼い炎の蛇が形成された。


「それにな、もうル・テリエなどという男は居ない。
 私はジャン・コルベール…トリステイン魔法学院の教師だ!」

「名などどうでもいいさ、此処にあんたが居て俺が居る。
 それだけで十分だ、それだけで戦う理由としては十分だ。
 さあ、燃えろ隊長!」

火球が一斉にコルベールへと迫る。


「小手調べか?」

それを炎の蛇が薙ぎ払った。


「甘いな!」

メンヌヴィルの火球は炎の蛇を避けるように動く…かなりの数があるにも拘らず、彼はそれを制御して見せていた。


「火球の動きを制御しているのか…なるほど。」

コルベールが杖を振ると、炎の蛇は四方八方に枝分かれして逃げ回る火球を次々と喰っていった。


「大道芸だけは上手くなったようだな、メンヌヴィル?」

コルベールの声からは先程まで生徒達に向けていた温かみは消え去り、高山の氷河にあるという割れ目のごとく深く暗く冷たく響いていた。


「そういう大道芸なら、そら…。」

炎の蛇からかなりの数の青い火球が分かれて飛び立ち、メンヌヴィルに襲い掛かった。


「なんの!」

メンヌヴィルも素早く火球を形成してコルベールの火球を迎撃した。


「こういう大道芸で良いのだろう?」

しかし迎撃用の火球はコルベールの火球に避けられる。


「私が蛇の形に炎を維持しているのは、伊達ではないのだ。」

「ぐぁっ!?」

メンヌヴィルは何とかかわすが、それでもあちこち焦げていた。


「現役を退いて、腕が鈍っていたとでも思っていたか?
 この私が?有り得んな。」

炎の蛇がゆらゆらと威嚇するように、メンヌヴィルに向かって口を開く。


「生憎炎の記憶はあの日以来鮮明なまま…この力は私の罪の証、私が罪を忘れぬ限り、我が罪が雪がれぬ限り、力が衰えるなどあってはならぬのだ。」

凄まじい気迫が、コルベールから放たれている。


「私はあの日以来、人を殺していない。
 残念だ、非常に、残念だ、残念で堪らない。
 私は人を殺す事以外に我が炎を役立てようと志を持ち、人を育てる事、人に役立つ事をする為にこの学院の教師となったが、まさかその志の為にかつての部下と、それも光を奪って無害化したつもりだった部下と殺しあう事になろうとはな。」

「ぐ…。」

余りにも圧倒的な気迫に、メンヌヴィルは身動きをとることも叶わない。


「だからだ、逃げるのであれば許そう、追わないでいてやろう。
 人を育て役立つ志の為に躊躇無く人を殺すのでは、本末転倒だからな。」

そう言って、コルベールは気迫を緩めた。


「あんたは矢張り衰えたな…。」

「何?」

メンヌヴィルの周りに無数の火球が形成されはじめた。


「力は衰えちゃいない…だが、貴方は人を殺すモノとして衰えたんだよ。
 軍人ではなく、教師になったことでなぁっ!」

「愚かな…。」

メンヌヴィルから放たれた火球が、次々とコルベールに襲い掛かるものの、コルベールの炎の蛇はそれを喰らい巨大化していく。


「では、死ね。
 自らの白炎でな。」

炎の蛇が巨大な白炎の球を吐き出した。


「ぐあああああああぁぁぁぁぁっ!?」

メンヌヴィルは炎の壁を張って防ごうとしたものの破られ、燃え上がりながら吹き飛ばされる。


「お…俺は、あんたを殺す、あんたを殺して決着をつけると、あんたに光を奪われて以来ずっと思いながら生きてきたんだ。
 死んで、死んでたまるか、死ぬのはあんただ。」

全身焼け焦げよろめきながらも杖を手放さず、呪文を唱えて火球を形成しようとするメンヌヴィル。


「もう良いんだ、もうやめろ。」

コルベールの炎の蛇が消えた。


「殺す、殺す、殺す。」

「仕方が無い、せめて即死させてやろう。」

コルベールは自らの奥義、《爆炎》の呪文を唱え始めた。
この魔法は性質上、自分の周りに炎を形成できない。
だから、コルベールは炎の蛇を消したのだった。


「では、安らかにし…なにっ!?」

突然、どこからとも無く突風が吹き荒れ、錬金で気化した燃料を吹き飛ばした。


「死ね!」

「ぐはぁっ!?」

炎の蛇を消していたコルベールは、まともにメンヌヴィルの火球を喰らい、吹き飛ばされた。


「い…今の風は、一体…?」

「あいつめ、見ていたか…余計な真似をしやがって。
 まあいい、これもまた勝負だ。
 そんなわけで隊長、あんたはここまでだ、これが決着だ、死ね。」

メンヌヴィルは巨大な火球を形成し始めた。


「骨まで燃え尽きろ。」

「ここまで…か。」

炎の蛇は攻防共に便利なものの、詠唱に時間がかかるのが難だった。
つまり、もう間に合わないのだ。


「これでけっちゃ…。」

メンヌヴィルが火球を放とうとした寸前、《タァン!》という乾いた音が響き渡った。


「…く?」

メンヌヴィルの胸から血液が噴出し、そのまま倒れた。


「これでもう一人…。」

茂みの中から、ずぶ濡れになったアニエスが現れた。


「水に濡れた羽根布団を二枚、その上茂みの中。
 ここまでやって、ようやく上手く隠れおおせることが出来たか。」

そう言いながら、アニエスは身動き一つしないメンヌヴィルのもとへと歩いていく。


「即死か、我ながら上手くやれた。」

メンヌヴィルの死亡を確認すると、アニエスはコルベールの方に向き直った。
そして、銃を向ける。


「貴殿がダングルテール虐殺の実行責任者、魔法研究所実験小隊の小隊長フランソワ・ミシェル・ル・テリエだったとはな。」

「ああ、君は…。」

コルベールは納得したように頷いた。


「その通り、私はダングルテールの生き残りだ。
 名前はアニエス・ド・ミラン、陛下のシュヴァリエである。」

「そうか、私はそろそろ終わりのようだ…その前に復讐を果たしたまえ。」

コルベールはそう言ったが、アニエスは首を横に振った。


「私が陛下から承った命令に、トリステイン魔法学院の教師を殺せなどというものは入っていない。
 私は軍人だ、しかも陛下のシュヴァリエだ、私情のみで人殺しはしない…貴方と同じだ。」

「しかし、私は君の…何をするのかね?」

アニエスはコルベールを抱き起こすと、首の辺りを確認する。


「矢張りな、貴方は私のかたきで同時に恩人だ。」

「何の事かな?」

コルベールは視線を逸らす。


「あの日の記憶にな、首に貴方と同じ火傷を負った男に背負われた記憶がある。」

「私の記憶には無いな。」

アニエスの言葉に首を振るコルベール。


「それとな、私は14歳まで孤児院暮らしだったのだが、その孤児院には私宛で毎年多額の寄付が送られていたそうだ。」

「そうか。」

コルベールはそう一言呟いただけだった。


「そのせいで私はどこかの貴族のご落胤と勘違いされていてな。
 おかげで平民の子しか居なかった孤児院に居づらくなって、私は飛び出し、傭兵になった。
 貴殿であろう、空気読めない寄付を行っていたのは?」

「そ…それは、何というか、すまない。
 私は魔法とからくりいじり以外はとんとからっきしでね、そうか、それで…。」

コルベールはあっさり白状した。


「まあいい、全ては終わったのだ。
 卿は任務だから殺した、私は任務外だから殺さない、それが軍人だ。
 …今、信号弾を打ち上げる。」

そう言うと、アニエスは紫色の弾頭が付いた弾丸を銃に装填し、天に向かって撃った。
しゅるしゅると上がっていった弾丸は、破裂して紫色の煙となった。



《ケティ視点》

「信号弾紫…負傷兵回収要請の信号弾なのですね。」

ここに負傷者が居るぞと絶叫しているような信号弾なので、戦闘が完全に終了した後でないと使われない信号弾でもあります。


「モンモランシー、行きましょう。」

「やっと出番というわけね…くくく、王室に請求し放題ならじゃんじゃん使うわよ、秘薬。」

モンモランシーがばさっとマントを翻すと、その裏には無数の薬瓶が…。


「何なのですかモンモランシー、そのマントの下の無数の薬瓶は…。」

「これは当家の軍装用マントよ。
 モンモランシ家の人間たるもの、何時如何なる時でも誰の治療でも受けなければならないの。
 ただし、報酬をきちんと払ってくれる場合に限ってね…かつては戦争になると自前の騎士団率いて戦場を縦横無尽にタダで治療して回っていたのよ。
 でも今はお金無いから…みんな貧乏が悪いのよ。」

モンモランシーがたそがれているのです。
いやしかし、モンモランシ家にも気前の良い時代はあったのですねー。


「では、さっそく行きましょう。」

「ええ。」

杖も何とか見つけましたし、魔法も使えるようになりました…とは言っても私は治癒は使えないわけですが。


「キュルケたちも行きますよね?」

「今、負傷者の治療中だから、この人が終わったら行くわ。」

負傷者の手をミイラにするつもりですか、キュルケ?


「同じく。」

タバサは治癒の呪文で、負傷者を癒しています。


「では、後で会いましょう。」

「ええ、すぐ行くわ。」

「ん。」

私とモンモランシーは先生たちが居ると思しき場所まで向かおうとしたのですが…。


「よう、久しぶりだな。」

「な…あ、貴方は…。」

羽付きの気取った帽子に胡散臭い髭。


「わ、ワルド卿!?」

「構えるな、今日は戦うつもりは無い。」

そう言って、ワルドは懐に杖を仕舞ったのでした。


「何この伊達男?」

「この方は私が対応しますから、モンモランシーは先に信号段が打ち上げられた場所へ。」

ワルドから視線を外すわけには行きません。


「わ、わかったわ、気をつけてね。」

「はい、貴方こそ気をつけて。」

モンモランシーは走り去っていきました。


「…で、何のようなのですか?」

「何の用か、か…。」

ワルドはつかつかと私の方に向かって歩いてきたのでした。


「な、なぜ近づいて来るのですか…?」

よくわからない迫力に気圧されて、壁際に追い詰められてしまったのでした。


「ふむ、なぜか…か?
 すぐわかる。」

「な、何…。」

ワルドは私のあごをぐいっと掴んで…。


「むーっ!?」

そのまま私の唇を奪ったのでした。



[7277]  幕間34.1 舞台裏…って、裏とか言うな! ※ゴム存在に改定※
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/05/19 10:20
「最近、影が薄い気がする…デルフ並みに。」

ヴュセンタールに曳航される浮遊筏に敷設された格納庫内で、蒼莱の整備をしながら才人がぼそっと呟く。


「それは色々と酷ぇよ、相棒。」

操縦席に入れっぱなしになっているデルフリンガーがボヤく。


「唐突に何言ってんのよ、あんたは…。」

右手の人差指一つだけで体を支えて逆立ち腕立て伏せしながら、ルイズはツッ込んだ。


「俺はルイズが何やってんのかの方が不可解だよ。」

つーか、いったい何処に行く気なんだルイズと内心思いつつ、溜息を吐く才人だった。


「後な、スカートで逆立ち腕立て伏せはヤメレ、見えてんぞ。」

「これ、『ブルマ』だから、ケティのところの発明品だから。
 パンツじゃないから恥ずかしくないもん。」

ルイズは涼しい顔で逆立ち腕立て伏せを続ける。


「しかし提灯ブルマとはマニアックな…何で普通のブルマとかスパッツじゃないんだ?」

才人から見れば、例えパンツじゃ無くても逆立ちで全開なルイズの白い太股が眩しい事に変わりは無い。
ちなみに何で普通のブルマやスパッツじゃないかというと、伸縮性に富んだ生地が見つからなかったからというのに尽きる。
ゴムが無ければ作った提灯ブルマとて紐パン状態だったのだが、何故かハルケギニアにはゴムが存在するので、見事な提灯ブルマとなった。
ゴムの木は温暖なロマリア半島でしか栽培できない為、莫大な利益を生み出しており、ロマリアに乱立する都市国家群における戦争の原因は大抵ゴム利権に起因するものである。
『ゴム野郎』といえばロマリア人に対する蔑称でもあるくらい、ゴムはロマリアを支えている…現状どうでも良い話だが。



「ん?何か言った?」

「…いいや、何でもねえ。
 パンツじゃないなら、確かに問題無いな、うん。」

久し振りに己の欲望にちょっぴり正直になってみた才人だった。
あんな超人的な事をしつつも、ルイズはムキムキマッチョになったりはせず、相も変わらずガラス細工みたいに華奢。
多分、虚無の効果がアレでナニな感じで、ルイズの体が飛躍的に強化されているのだろうとケティが言っていたのを思い出す。
虚無万歳と内心思いつつ、才人は整備作業に戻った。


「ねえ才人、ケティ達今どうしているかしら?」

「昨日手紙が来てたじゃねえか。
 お菓子食ったり軍事教練したりしてんじゃねーの?」

口に出すと落差が凄まじいなと思いつつ、才人はワイヤーのテンションを確かめる。
ガンダールヴの能力の凄まじいところは、触った武器の扱い方全般…つまり、戦い方だけではなくメンテナンスまで教えてくれる所だったりする。
工具は今のところ、ケティの姉のエトワールに作って貰ったプラスとマイナスのドライバーにモンキーレンチ大中小のみだが…。


「楽しそうよね、お菓子パーティーとか…なのに私は軍艦でむさい男ばっかで、材料が保存食ばかりなせいでシエスタの作った料理も微妙で。
 お風呂はこの筏に取り付けてある小さいのでないと入れないし…。」

貴族ばかりのお嬢様生活から、庶民でもちょっときつい軍艦暮らしが何日も続いたせいかルイズは少し煤けていた。
毎日パンと干し肉のスープと野菜の酢漬けばかりでは、大貴族の娘であるルイズにはちときつかった。
ちなみに小さいとは言え風呂はかなりの贅沢装備なのだが、これもやはりルイズは気づいていない。


「あー…あの飯は確かに飽きてきたかもな。
 でも風呂はあのくらいの方が落ち着くぞ、俺は。」

ちなみに才人も、そのあたりの事情には気づいていない。
普段は少し鈍いというのもあるが、何だかんだ言って才人も世界屈指の先進国で生まれ育った身、つまり現代の貴族なのだ。


「えー…?
 お風呂場って言うのはもっとこう、泳げるくらい広くないと…。」

「どんだけ金持ちだよ…って、ツッ込むだけ無駄だったか。」

才人が思い出したのは、屋敷に移動するだけで半日以上かかる領地に、学院なんか目じゃない規模のバカでかい屋敷。
アレだけでかい屋敷なら、間違い無く風呂もでかいだろうなと才人は考えた。


「何遠い目してんのよ?」

「いや、格差社会の不条理って奴をな、ちょっと考えていたんだ。」

あれほど大きな屋敷は、日本にいた時も見たことが無い。
すげえ所のお嬢様なんだよなー…とか、才人は考えていた。


「お前って口より先に手と足が出る凶暴な生き物なのに、あんなでかい屋敷のお嬢様なんだもんなー。」

そんでもって、思わずポロッと暴言が…。


「誰が口より先に手と足が出る凶暴な生き物よっ!?」

「もけけぴろぴろっ!?」

ルイズの肘打ちが才人を吹き飛ばした。


「け、結局、手…出てるじゃねえか…。」

「これは肘よ、手じゃないわ。」

おおルイズよ、それは詭弁だとか思いつつ、才人は意識を手放した。




「ひぇくち!」

マリコルヌ・ド・グランドプレは何も見えない闇を見つめながら、くしゃみをした。

「うー…寒い。」

純情可憐な(ように見える)姫様の姿に感動し(コロッとだまされ)て勇んで志願したのは良いものの、いざ軍に来てやった事といえば甲板掃除とか甲板掃除とか甲板掃除だった。
甲板掃除意外だと、今みたいに見張りだけ。


「我慢我慢、戦争行って帰れば女の子にモテる戦争行って帰れば女の子にモテる戦争行って帰れば女の子にモテる…よっしゃ漲って来たぁ!」

「喧しい!」

マリコルヌは隣にいた先任下士官に思い切り拳骨を喰らった。


「な、何するんですか!」

「貴様!大声を上げて、もし敵に見つかったらどうする!?」

先任下士官はカンカンだった。


「ひぃ、すいません!」

怒らすと余計殴られるのは目に見えていたので、マリコルヌは思い切り謝った。


「でも先任、何故自分の傍に?」

「いやだって貴様、さっきから定期的に奇声上げておるだろうが…。」

先任下士官はマリコルヌを半眼で見る。


「す、すいません、でも何か楽しい事を考えないと不安で。」

「楽しくなると奇声を上げるのか、貴様は…。」

先任下士官は、呆れたように首を振った。


「てっきり不安になって奇声を上げているのかと思っていたぞ。」

「あ、心配してくださったんですか?」

マリコルヌは思わず笑顔になって先任下士官を見た。


「ふん…それが俺の仕事だからな。
 じゃあ俺はもう行くから、見張りをしっかりと続けろ。
 それと、以降見張り時には楽しくなるな、これは命令だ。」

「え?あ、はい、わかりました。」

マリコルヌは楽しくならないようにするってどうやるんだとか思いつつ、敬礼した。


「それにしても、何も見えないわ、寒いわ…きっついなぁ。」

あまりにつまらないので、学院の女子の裸とかを妄想してみるマリコルヌ。


「裸…裸…うーん、そういえばこの遠征にはルイズも来ていたんだっけか?」

ルイズを脳内で裸にしてみようとしたマリコルヌだったが…。


「よく考えたら女の子の裸を見たことが無い。」

それはルイズの顔が付いた男だった…男の体というか、よく一緒に風呂に入りに行くギーシュのだった、小さかった。


「うほっ!…じゃなくて、女の子の裸だろ、うーん、裸婦画とかを参考にイメージ、イメージ…。」

めっちゃグラマラスなルイズになった。
どう考えても色々とおかしかった。


「これはルイズじゃ無いだろ、常識的に考えて…。」

闇の中に、マリコルヌの独り言が消えていったのだった。





「くっちゅん!?」

「お、どうしたルイズ、風邪か?」

くしゃみをしたルイズに、才人が心配そうに声をかける。
ここは格納庫の一部を作って作られた部屋、その中でルイズと才人とシエスタの三人が食事を取っている。
最初はルイズのテーブルは才人とシエスタの使うテーブルとは別だったのだが、才人とシエスタが談笑しつつルイズがハブられるという酷い構図が出来上がった為、全員一緒に同じテーブルで食べる事になったのだった。


「それはいけませんわ、滋養の付きそうなものを食べなくては。」

「へ?そんなんあるの?」

ずーっと同じメニューだったので、それ以外無いと思っていた才人だった。


「ええ、才人さん達に食べさせてあげてくれって、ミス・ロッタが私に。」

できれば、才人さんにミス・ロッタの料理は食べさせたくなかったんですけれどもねーとか黒い事を呟きながら、シエスタは立ち上がった。


「これ、瓶詰めっていって、食べ物を長期保存できるらしいんですよ。」

シエスタはいくつかの大きな陶器製の瓶を取り出した。
瓶の口の部分は、蝋で厳重に封印されている。


「これが煮込みハンバーグで、こっちがゆで卵の牛骨スープ漬け…。」

「煮込みハンバーグ!」

才人はハンバーガーが好物であり、勿論ハンバーグも好物だった。


「あー言っていました、これにサイトさんは食いつくだろうって。」

シエスタはあははと笑い始める。


「完全に行動パターンを読まれているわね、サイト。」

ルイズもニヤニヤしている。


「じゃあシエスタ、私はその煮込みハンバーグを戴くわ。」

「お前は鬼か!?」

才人はこの世の終わりみたいな表情になって、ルイズにツッ込んだ。

「大丈夫、煮込みハンバーグとやらはたぶん、三人分入っている筈よ。
 だからこそ瓶は大きい…そうでしょシエスタ?」

ルイズはニヤニヤしたままシエスタにそう言って、ウインクした。


「はい、ミス・ロッタもそう仰っていましたわ。」

シエスタも笑いながら頷いた。


「何だ、だったらいいや。」

安心したように才人は席に座りなおした。


「あのケティがそのあたりぬかる訳が無いじゃない?」

「いや、結構うっかりしてるだろ、ケティ。」

部屋の鍵がかけられておらず、何度か裸を見てしまった才人としては、少々頷き難い。


「ケティのうっかりしている所を見られるなんて、やるわね。」

「で…サイトさん、ミス・ロッタのうっかりしていた場面って、具体的には?」

才人の顔から何となく察したのか、ルイズとシエスタの二人がにじり寄ってくる。


「さあ、教えなさい。」

「教えてください。」

「うぐ…。」

正直に答えたら、多分煮込みハンバーグは食えない。
才人の滅多に動かない灰色の脳細胞が、物凄い勢いで回転し始めた。


「あー、うー。」

何も思いつかない、空回りしただけだったかもしれない。


「なんだ、その、本人の不名誉になるから言えない…。」

何とか搾り出せた言葉は、当たり障りの無いものだった。


「却下。」

「駄目です。」

当然の如く却下される。


「あー…なんだ、その、実は…ノック忘れてドア開けたらケティが着替え中だった事が何度か。」

進退窮まって、とうとう本当の事を言ってしまった才人だった。


『ほほう。』

そして気温が一気に20度くらい低下。


「それは、あんたが悪いでしょうが!」

「不潔です!というか見るなら私のを!」

「ふんぎゃー!」

才人は宙を舞った。




「はぁ…いやほんと、どうしようかね?」

ド・ヴィヌイーユ独立銃歩兵大隊ド・グラモン鉄砲中隊中隊長と、肩書きだけなら行き成りすんごい事になったギーシュは、月を見て溜息を吐いた。
ギーシュは鉄砲部隊の運用の仕方なんて知らない。


「ああ、鉄砲といえば、妙な銃にケティがすりすりしていたな。
 彼女なら、案外鉄砲部隊の運用とかも知っているかもしれない…とは言え、彼女は遠く離れた祖国の学院…聞きようが無いか。」

ギーシュはもう一度溜息を吐いた。


「ああ、しかしモンモランシーに逢いたい。
 僕の可憐なる蝶モンモランシー、君は一体今何をしているのやら?」

たぶん怪しい半笑いでぐつぐつと煮え滾る鍋をかき混ぜている。
モンモランシーの日課は基本勉学と秘薬作りとそれを売りさばく事の三つのみ、赤貧貴族なめんな。


「僕の事を想って、月を見るたび涙を流しているのだろうか?」

たぶん呪文を唱えながら、時折フヒヒとか変な笑い声を発している。
モンモランシーはウィッチクラフトに入ると、妙なテンションになるのだ。


「ああモンモランシー、僕の可憐な蝶、泣かないでおくれ、僕もつらいんだ。
 同じ月を見て僕らの気持ちは今一緒になっているのさ。」

たぶん月なんかチラ見すらせず、山から取ってきた薬草や蜥蜴などを乾燥させたものを擂鉢でごーりごーりと煎じている。
モンモランシーの夜に、感傷に浸る時間など一切無いのだ。


「ああ、君の言いたい事はわかるさモンモランシー、僕は必ず手柄を立てて帰るよ。
 そして君をまた抱擁するんだ、そして愛を囁くんだ。」

たぶん煎じた粉をぺろりと味見してウヒヒヒヒとか言っている。
薬を作っている時のモンモランシーは自重しない、自重しない女なのだ。


「ああ、モンモランシー。」

両者は思い切りすれ違いつつも、それぞれの幸福な時間に思い切り浸っている。
そして両者とも自重しない…ある意味、似たもの同士な恋人だった。


「中隊長、どうかしたんですかい?」

中隊付軍曹のニコラがやってきた。


「自分で自分を抱きしめなさって…。」

「え!?あ、ああ、いや、これは恥ずかしいものを見せたね。」

本当に恥ずかしい姿だが、プライドの高い貴族を刺激するような愚をニコラは犯さない。


「恋人がいらっしゃるので?」

今迄も上官に何人もの貴族を迎えて来たニコラにとって、さり気無い話題逸らしくらいはお茶の子さいさいだった。


「あ、うん、モンモランシーといってね、水メイジなんだ。」

ギーシュは香水の瓶を取り出して眺めた。


「これは彼女から貰った品でね、宝物だよ。」

落として才人が拾って、華麗にスルーしようとして失敗した挙句決闘になったりもしたが、あれが無ければ才人という変わった友人は得られなかったわけで、良い思い出になっている。


「恋人がいるというのは、素晴らしいですな。」

恋人を残して出征というと、死亡フラグだったり寝取られフラグだったりするが、その辺りはたぶん大丈夫なギーシュだった。


「軍曹には奥方が?」

「ええ、息子と娘もおります、宝物でさ。」

ニコラは照れたように笑って見せた。


「ところで軍曹、話は変わるが、その…うちの部隊の事なんだが。」

「パッと見た感じ酷いでしょう?
 爺さんか若過ぎるかさもなくば末生りばっかだ。」

ギーシュの問いに、ニコラは頷いて見せた。


「うちの部隊は元々、ガリア国境警備隊の予備部隊なんでさ。
 ゲルマニア方面に良いのは殆ど持って行かれちまって、うちは殆ど出涸らし…とはいえ、使う武器は旧式とはいえ鉄砲ですから、戦いようはありまさぁ。」

「へえ、鉄砲だとどう変わってくるんだい?」

ギーシュはニコラに教えを求めた。


「おや、貴族様が平民の、しかも下士官の俺の話を聞いて下さるので?」

「貴族を舐めないで欲しいな。
 戦でまともに部隊の指揮も出来ずに果てたりしたら、家名の名折れもいいところだよ。
 そんな面子丸潰れの惨めな死を迎えるくらいなら、銃歩兵の扱いに慣れた熟練下士官に教えを請う事くらい痛くも痒くもないさ。
 貴族は国家の為に、誇りの為に戦うべしと教えられてきた。
 僕は貴族らしく、名誉ある戦いがしたい…例え果てるとしても名誉ある死を。
 グラモンに生まれたものとしてね。」

ギーシュは薔薇の造花をくるくる回す。


「だから頼む、この素人丸出しの上官を教育してくれ。」

ギーシュはニコラに頭を下げて見せた。


「わかりました…そうまで言われちゃ断れねえ。
 何処まで出来るかわかりやせんが、ビシバシやらせていただきやすぜ?」

「ああ、よろしく頼むよ。」

こんな事、才人と出会う前なら言えなかっただろうなとか、そんな事を考えながらギーシュは頷いて見せたのだった。
 



「潜望鏡上げよ。」

アルビオン周囲に出来た厚い雲海、その中に潜む特務艦隊旗艦ゼノベ・グレイムの甲板で、艦隊指揮官ニコラス・ダース・ド・ラ・ラメー提督が呟くように言った。


「潜望鏡上げい。」

ゼノベ・グレイム艦長パトラッシュ・ド・フェヴィスの声とともに、雲海の上に向かって潜望鏡が伸びて行く。


「対アルビオン用の秘密装備…便利ですな。
 これも例のパウル商会のものだとか聞きましたが?」

「うむ、長い筒と鏡とレンズの組み合わせで、船体を雲の上に出さずとも索敵が出来るとは考えたものよ。
 もっとも高価過ぎてこのゼノベ・グレイムにしかついておらぬがな…さて、アバディーンには何があるかな?」

ラ・ラメーは、《夜目》の呪文を自身にかけてから、潜望鏡を覗き込んだ。
船の行き来に大量の風石を必要とするこのアルビオンにおいて、物資の大規模集積施設を持つ交易港の数は限られている。
風石鉱山に近い浮遊島外縁部の大都市、つまりカーディフ、リヴァプール、サウスゴータ、アバディーン、エディンバラ、ニューカッスルの6つのみであり、しかもニューカッスルとエディンバラは内戦末期の激烈な攻防戦によって壊滅していた為、事実上目標は4つのみであった。


「ふむ…?」

今は夜中、人々もそろそろ寝静まる時刻である。
港には人影は無く、停泊している船も無人のようだった。


「素敵だな。」

「素敵ですか?」

ラ・ラメーの言葉を、フェヴィスが聞き返す。


「うむ、見事に寝静まっておるな。
 武人としてはいささか物足りぬが、軍人としては好機だ。」

「それはまたじれったい話で…ですが確かに好機ですな。」

二人は視線を合わせると、にやりと笑った。


「発光信号で《全艦浮上の後、目標への砲撃開始せよ》と伝えよ。
 トリステイン空軍の早撃ちを見せてやれ!」

「はっ、発光信号《全艦浮上の後、目標への砲撃開始せよ》送れ。」

発光信号によって艦隊は上昇を開始した。
旗艦ゼノベ・グレイム以下、帆までもが夜間迷彩の濃紺色に塗られた戦列艦たちが雲海よりその姿を現す。


「蹂躙せよ、嵐の如く!」

艦隊の砲門が一斉に火を吹き、アバディーン港に係留されていた船を、倉庫を、港の施設を破壊し燃やしていく。
猛烈な熱によって精霊のバランスを崩された風石が、暴発し、爆発し、火をさらに勢いづかせる。
大火が港を覆いつくし…数時間後、アバディーンは港としての機能を喪失したのだった。





「ハンバーグ、ハンバーグ♪」

惨めな肉塊から数分で完全復活を遂げた才人が、蝋の封が外され、湯煎されている瓶から漂う匂いをかぎながら、楽しそうに歌っている。
パッと見、少しイタい。


「そ…そんなに好きなのね、ハンバーグとかいうの。」

「サイトさんがヘヴン状態です…。」

そしてそれを『うわぁ…』といった表情で見つめるルイズとシエスタ。


「ところでサイト、何でケティが貴方の故郷の料理の事を知っているのかしら?」

「へ?あ、いや、前に話したことがあるんだよ、うん。」

才人は焦ったように目を明後日の方向に向けた。


「何でケティにばっかり何でも話すのよ…。」

ルイズがぼそっと呟くように言った。


「そうです!ミス・ヴァリエールとよりも、仲良さそうに見えます!」

「ぐはっ!?」

ルイズが胸を押さえた。


「そ、そうよ、シエスタなんか目じゃないくらい仲が良いじゃない?」

「ぐはっ!?」

今度はシエスタが胸を押さえる。


「こ…こういうやり合いはお互いの精神衛生上良くないわ。」

「そ…そうですね、これは諸刃の剣ですわ。」

女同士で何か分かり合うものがあったらしく、二人はそう言いながら目配せすると頷いた。


「そんなわけで詳しく教えなさい!」

「御二人の仲を教えてくださいっ!」

ルイズとシエスタはそう言いながら迫ってくる


「仲も何も友達だよ!親友!
 それに、ケティは俺の国の話を聞いてくるけど、お前ら聞いて来ないじゃんか?」

怯んだ表情で仰け反りつつ、ケティに言われた通りに返す才人。
流石の才人も、ケティの中に自分と同じ国で生きていた人の記憶があるとは言えない。


「じゃ、じゃあ、教えてよサイトの国の話。」

「私も聞きたいです。
 取り敢えず御両親の話とか、例えば御両親の話とか、気が向いたら御両親の話とか、今後の参考の為に是非!」

「お、おう。」

照れながら言うルイズの可愛らしさと、シエスタの勢いに押されて、才人はコクコク頷いた。


「えーと…だな。
 …ちょ、ちょっと待ってろ!」

才人は急に立ち上がると蒼莱まで走って行き、ごそごそと何かあさり始める。


「あったあった。
 うん、これがあれば完璧。」

その中から一冊の手帳を取り出すと、それを持って部屋に戻った。


「あー、うちの国はだな、人口一億二千万人…。」

手帳の中身はケティが作ったカンペだったりする。


「何その棒読み…。」

「聞きたいのはそんな事じゃないです…。」

二人に半眼で睨まれる才人。


「じゃ、じゃあ何が聞きたいんだよ?」

「才人の国の話。」

才人的には、それは一億二千万人から始まる話だった。


「漠然とし過ぎていて、それだとまた一億二千万人からになるな…。」

「ぐっ、生意気ね…。」

「じゃ、じゃあ、御両親の話を!
 これなら具体的ですよね?」

両親の話なら、確かに何とかなる…が、才人は自分の記憶の中にある両親の顔がやたらとボヤけているのに気づいた。
しかしそれは頭をぶんぶんと横に振ると元に戻った。


「ああうん、両親の話な。
 それなら…って、あり…?」

才人は自分の目に涙が溜まって来るのを感じた。
同時に望郷の念も一気に噴き出してくる。


「ど、どうしたの!?」

「どうしたんですか、サイトさん!?」

ルイズの心配する声とともに、才人の悲しみは急激に引っ込んでいき、何故か勇気のようなものが湧いてきた。


「え?あ、ああ、いや、故郷の事思い出したらちょっぴり悲しくなっただけだよ。
 じゃあ、俺の両親の事を…話す前に、煮込みハンバーグそろそろ暖まってねえか?
 飯食いながら話しようぜ。」

少し不可解なものを感じながら、才人はそう言ってニカッと笑って見せた。





「暇だわ…。」

書類を読み、その前に読み終わって決裁した書類にサインをしつつ、眠気覚ましの香草茶を飲むアンリエッタが憂鬱げに呟いた。
全然暇そうで無いのは取り敢えず置いておいて、現在は真夜中であり、学院ではケティとメンヌヴィルが追いかけっこをしている真っ最中だったりする。


「…誰もツッ込まない。」

夜中では侍女も官僚も居やしない。
警備の兵なら室外に居るが、わざわざ出ていって立ち話する女王というのもアレだった。
そして何より、戦争中で予算の大部分がそっちに割かれている事もあり、出来る仕事がちまちましたものばっかりになっている。


「ド・ポワチエ卿は上手くやっているかしら?」

ジャン・ド・ポワチエ子爵はぶっちゃけた話、軍人としてそれほど大きな功績を立てた事は無い。
遠征軍の司令官に選ばれた理由も、戦場ではあまり積極策を取らないという地味な所が、アンリエッタの目に留まったせいだった。
ド・ポワチエを呼び出した時の事をアンリエッタは思い出す。



「ジャン・ド・ポワチエ卿、私がなぜ貴殿を超旅の遠征軍の長に据えたか、わかるかしら?」

「はっ、陛下の期待に応え、良く戦う為ですね?」

全然わかっていなくて、アンリエッタの肩ががくっと落ちる。
ラ・ラメーのような有能な指揮官は、トリステイン軍にはそれほど多くない。
ド・ポワチエは中の下くらいである。


「やっぱり、わかっていらっしゃらなかったようですわね。」

アンリエッタがぶっちゃけた口調になるのは、基本的に信頼している者だけである。


「わかっていない…とは?」

「貴方を遠征軍の長に据えた理由は、功を求めず適当に戦って無難に撤退して貰う為ですの。
 こう言えば分って貰えるかしら?」

ゲルマニア軍を盾にしつつとかも付け加えようかと思ったが、ド・ポワチエの器量では御しかねると思い、それは断念した。


「ぐ、軍人である私に、功を求めるなと…?」

「私はね、貴方が今まで戦場において功を求めず、極めて消極的に戦っている事を評価していますの。」
 
ド・ポワチエは組織内での縄張り争いには滅法強いが、戦場においては自身の派閥を守る為に極めて消極的な戦いしかしない。


「ですから、今回の戦いでも無粋な真似はせず、ゲルマニアの将軍を立てて、いつも通り消極的に無難に撤退の時を待っていて下さいな。」

アンリエッタは可愛らしい笑みを浮かべるが、ド・ポワチエはその笑顔に恐怖を感じた。
アンリエッタの言っている事が、何となくわかってきたためである。


「つ、つまり、今回の戦は茶番だと?」

「そうは言っておりませんわ。
 ゲルマニアのアルブレヒト三世が頑張りたいと折角仰っているのですもの、そうするのが一番ではなくて?」

女王は白百合のような清楚な笑顔を浮かべているのに、ド・ポワチエの冷汗は止まらない。
軍内部の縄張り争いで鍛えられた彼の勘が、逆らっては駄目だと彼に囁きかける。


「かしこまりました。
 このド・ポワチエ、今度の戦いでは姫様の仰られる通りにいたします。」

「ええ、そうなさってください。
 無事に帰って来る事、それが貴殿にとって最大の手柄となりますわ。」

アンリエッタは緊張というか怯えた表情で敬礼するド・ポワチエに、微笑みながらゆっくり頷いたのだった。



そこでアンリエッタの意識は回想から戻った。


「御注進!御注進!陛下、一大事です!」

何故なら、大慌てで親衛隊長が駆け込んできたからだ。


「どうしたの?ド・ゼッサール隊長?」

「魔法学院がアルビオンのものと思しき部隊により強襲されました!」

それだけなら事情を知っているド・ゼッサールは慌てない…という事は、予測を上回る事態が発生したという事だった。


「ケティの策が破られたのね?」

「は、はい、ケティ殿の姉のジゼル殿が風竜の背に乗って…。」

ド・ゼッサールが頷き切る前に、アンリエッタは立ち上がった。


「ド・ゼッサール隊長、現在すぐに動ける親衛隊を緊急招集!
 銃士隊にも伝えなさい、すぐに出るわ、遅れたら置いて行く!」

アンリエッタにとって、ケティは自身が死んでも失う事が出来ない相手だった。
自身が死んでもルイズをケティに任せれば国を回す事は可能だろうが、ケティが死んだらその全てが瓦解する。


「いやしかし陛下が出ても…。」

「私が一緒に出ないと、がら空きになった城で私が襲われるでしょ!」

ケティの安否が不明な以上、自身の命が失われるという事はこれから行おうとしている改革が終わるという事。
改革できなければ、この国は遅かれ早かれガリアかゲルマニアに吸収されて消える。


「急ぎなさい!」

「しかし、深夜で隊員の半数以上が…。」

ルイズはまっすぐ過ぎて、周囲の者に容易に踊らされる可能性がある。
自身のやろうとしている改革において、置いて行かれた者たちから容易に不満分子が生まれるのは良く分かっている。
ルイズはそういう輩の神輿にされる可能性があり、もしそうなれば国が割れる。
彼女自身が望もうが望むまいが、虚無の力があるという事はそういう事なのだ。


「付いて来られなければ、置いて行くと言ったでしょう!
 今動ける者だけで構わない、潜入部隊なのだから相手は小勢。
 それであれば、一個中隊もあれば何とかなるでしょ!」

「は、ははっ!」

ケティならば彼女を陰謀から守る事も可能だろう。
だが、ケティが死んでしまっている場合はそれが不可能となる。
つまり、ルイズをどうにかして排斥しなければ国が危険になる。
それだけは避けたいが、そうしなくてはいけない場合は幼馴染だろうが躊躇いなく実行するつもりだった。


「ケティ、お願い生きていて…。」

非情なる政治の世界に全身を投じる覚悟を決めた彼女とて、容易に日常を、友人を、思い出を切り捨てられるわけではない。
失いたくない、我侭だと言われようが決して失いたくないのだ。


「貴女は…?」

中庭にやって来たアンリエッタは、風竜の幼生とその傍らに立つ凛々しい風貌をした背の高い娘を発見した。


「ジゼル・ド・ラ・ロッタと申します、陛下。」

「きゅい!」

ジゼルが片膝をついて一礼すると、風竜も一声鳴いた。


「この子はシルフィード、私の妹の友人の使い魔です。
 もしもの時の為に私達は待機しており、そのもしもの時が起きてしまいました。
 我が妹ケティの策は失敗、現在妹とその友人、銃士隊が対処しておりますが、何時までもつかは不明です。」

「きゅいきゅい。」

ジゼルに合わせてシルフィードも頷きながら鳴く。


「そうですか…真に大儀でありました。
 貴女には、後ほど何か褒美をとらせます。」

「いえ、しかし、私は妹の不始末を伝えに来たので…。」

恐縮するジゼルに、アンリエッタは驚いた顔をする。


「あら、ケティなら『貰えるならば幾らでも』とか言いつつ、平然と受け取るところだけれども?」

「すいません、あの子は基本的にがめつくて…。」

顔を赤らめるジゼル。
最愛の妹と言えど、流石にちょっと恥ずかしい。


「そんな事はありませぬ。
 こちらがあげると言っているのですから、受け取って頂けた方が有り難いですわ。」

「は、はあ…。」

アンリエッタが気にしていない風なのを確認して、ジゼルは気の抜けたような声を上げた。


「では私達はこれから学院に戻ります。」

そう言って、シルフィードの背に乗ろうとするジゼルに、アンリエッタが声をかけた。


「待って、私も学院に連れて行って下さらないかしら?」

「え?陛下御自ら!?」

ジゼルは驚いて顔を上げる。


「今動ける兵を連れていけば城の警備ががら空きになるので、私はついて行った方が良いのですわ。
 それに、私は私の友人を救いたいのです。」

アンリエッタはジゼルの瞳をまっすぐに見つめた。


「わかりました…シルフィード、行ける?」

「きゅい!」

シルフィードが元気に鳴く。


「ありがとうシルフィード、貴方には後で王室からお礼を贈らせていただきますわ。
 たっぷりのお肉でいいかしら?」

「きゅいいいいいいい!」

アンリエッタの言葉に、ヘヴン状態と化すシルフィード。
喋っていないだけで人語を思い切り理解しているのバレバレなのだが、シルフィードはタバサの言いつけをきちんと守っている気ではある。
まあ、使い魔の中には契約時に人の言葉が何となくわかるようになるものが多いので、一応許容範囲内ではあるが。


「では陛下、こちらへどうぞ。」

シルフィードの背に乗ったジゼルが、アンリエッタに手を差し伸べる。


「あら貴女、スカートを履いているのに、凛々しい美形の騎士に見えますわ。
 親衛隊で働く気はありません?貴女なら、侍女達から人気が出そう。」

「う…何卒そういうのはご容赦を…。」

少し頬を赤らめたアンリエッタを、ジゼルは軽く引き攣った笑みを浮かべながら引き上げた。


「では、出してください。」

「え?いやでも周囲の方々はまだ準備が…。」

ジゼルが慌てるが…。


「シルフィード、私専用に用意したとても美味しいお肉がありますの。
 貴女にどーんと進呈いたしますわ、だから向かって下さらないかしら、全速力で。」

「きゅいきゅいきゅいきゅいいいいいぃぃぃぃぃぃ!」

シルフィードは全力で飛び立った。


「え、ちょ、シルフィード、待って、これまずいって!?」

「おにくうううううううぅぅぅぅぅぅぅ!」

完全にアウトな鳴き声を発しつつ、物凄い勢いで学院に向かってカッ飛んで行くシルフィード。


「ド・ゼッサール隊長、早く追いつかないと、私の命が危ないですわよー!?」

「そんな殺生な!?」

物凄い勢いで遠ざかるアンリエッタの声を聞きつつ、マンティコアに馬具を取り付けていたド・ゼッサールが悲鳴を上げる。


「皆のもの、陛下の単騎駆けである!
 早く追いつけ!追いつけねば武門の名折れぞ!」

『は、ははっ!』

皆、馬具の取り付けもそこそこに、慌てて離陸していくのだった。



「お・に・く☆お・に・く☆美味しいおにくが待っているのね~☆」

美味しいお肉と聞いて、すっかりタバサとの約束がすっ飛んでいるシルフィード。
何だかんだ言って、まだまだ子供なのだった。


「へ…陛下、この子、喋って…。」

「しーっ…。」

その背中の上でうろたえるジゼルの口を、手で塞ぐアンリエッタ。


「この子の主人はタバサという娘でしょう?
 空色の髪の…。」

「え?あ、はい、そうです。」

ジゼルはこくこくと頷いた。


「彼女については色々と聞いています…ですから、私はこの件は忘れる事に致しますわ。
 貴女もそうなさい。」

「はい、忘れる事に致します。」

自分の背中にしがみつくアンリエッタから、ケティから時々出るのと同じタイプの黒いオーラが出たのを感じ、ジゼルは素直に従う事にしたのだった。





数日後の朝八時、アルビオン艦隊を索敵に出した風竜が発見したとの報が、アルビオン遠征艦隊旗艦デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェンに届けられた。


「敵が来たか、朝っぱらからご苦労な事だ。」

朝食中のド・ポワチエが、忌々しげに毒づいた。


「ゲルマニア艦隊に連絡は?」

「はっ、既に入れています。」

それを聞いて、ド・ポワチエは朝食を再開した。


「ではゲルマニア艦隊に、か弱き我々をお守り戴きたいと一報を入れよ。」

「は…はあ?」

通信参謀がそれを聞いて首を傾げる。


「私は陛下より、出来うる限り部隊を温存せよといわれている。
 そしてあの田舎者どもは、我等が陛下の激励を受けて、大いに張り切っているそうだ。
 陛下は大層麗しくらっしゃるからな、純朴な田舎者どもならばコロッと騙されたであろうよ。」

ド・ポワチエは内心《まあ、あの猫かぶりはなかなか見抜けまいよ》とか思いつつ、溜息を吐いた。
彼自身も漏れ伝わる噂くらいは聞いていたが、あそこまで本性が怖い女だとは思っていなかったのだ。
王家の血というものは、あのような美しい少女にあのような凄みを持たせられるのかと、戦慄しつつ感心した面もある。


「所詮我が軍は急増のでっち上げに過ぎぬ。
 念のため風竜隊の発艦を急がせよ。
 敵がこちらまで来るなら容赦なく迎え撃て、さもなくばゲルマニアに任せよ。」

ド・ポワチエは、ワインの杯を傾けた。
この地位に上り詰めるまで消極策に徹してきたのは、いつか大艦隊を率いて雄々しく戦う事を夢見てきた為、それまで死なないでいられるようにする為だった。
だのに女王にはいつもどおり消極策に徹しろといわれ、出征してきたヴァリエールの娘は虚無の使い手である聞き、どう使おうかと思っていたら権限的には自分より上位であると言われた。
おかげで彼女の使い魔の少年にまで、へりくだらなければいけない始末。


「呑まなきゃやっていられるか…。」

なだめすかしておべっか使って、彼女の虚無魔法による陽動作戦でロサイス上陸をより容易にする為の作戦を用意してもらったが、やはり用意してもらったもので、自分は何もしていない。
帰れば勲章の一つもくれるだろう、よくやったと褒めてもらえるだろう。
だがしかし、この上陸作戦そのものがよりにもよって、同期のラ・ラメー率いる艦隊の為の陽動に過ぎないのだ。
自分が司令官である筈なのに、空戦においてゲルマニアが仕切り、トリステイン側の最高権限を持つ者でも無く、そもそもこの作戦が陽動なので作戦という意味においても完全に脇役。
その上ロサイスに上陸するのも前線に立つのも大半はゲルマニア軍で、トリステイン軍は後方で支援するという事になっていた。
おかげでゲルマニアの司令官ハルデンベルグ侯爵にも鼻で笑われる始末…。


「考えたら泣きたくなってきたな。」

「敵艦隊の一部、こちらに突っ込んで来るとの事!」

その時、伝令が泡を食って司令室に飛び込んできた


「なんと、ずいぶんと活きが良いな。」

ド・ポワチエはワインの杯を置くと、にやりと笑った。


「消極的な戦をさせたら右に出る者が居ないとまで揶揄された私に挑んでくるか。」

立ち上がるとドアを開け、甲板に出る。


「全艦に発光信号で通達、敵艦隊と一定の距離を保ちつつ、逃げ惑って見せよ。
 横腹をわざと割って中に入れてやれ、そして信号弾赤で一斉に砲門開けと。」

実は発光信号を採用しているのは、今のところトリステイン艦隊のみだったりする。
魔力で光る発光装置には、《パウル商会》のロゴ入り…まあつまり、ケティの差し金だったわけだが、これの登場によって艦同士の連絡が容易になり、連携が物凄く楽になっていた。


「来たな。」

アルビオン艦隊がトリステイン艦隊の横腹に突っ込んできた。
トリステイン軍は対応できなく逃げ惑うふりをしつつ、敵を艦隊の真ん中まで誘導する。


「信号弾赤、放て!」

信号弾赤の合図と共に、逃げ惑うふりをやめたトリステイン軍の艦の大砲がほぼ一斉に火を吹く。
四方八方から一斉に反撃されて、一瞬で空を飛ぶ残骸と化したアルビオンの軍艦が落ちていく。
何とか生き残った艦も逃げようとするが、蓋は既に閉じていた。


「ははは、皆消極的にいこう、消極的に。
 一艦たりとも逃がすな、我らの連携が意外と良い事に気づかれてはならぬ。
 しかし便利だな、この発光信号というものは。」

これが素人だらけのトリステイン艦隊が何とか機能している要因だった。


「うわああああああああぁぁぁっ!?」

その戦の最中、マリコルヌは必死で魔法を撃ちまくっている。
何故かと言うと、マリコルヌの乗っていたレドウタブールはアルビオン艦隊が突っ込んできた時の矢面に居た艦だった為、上部構造物が砲撃で滅茶苦茶にされてしまったのだ。
甲板で動いている人間はそれほど多くない、死んでいるか、大きな怪我を負って動けないかのどちらかだ。
マリコルヌはその点幸運だった…何しろ莫迦みたいに無傷なのだから。


「死ね、死ね、死ね、死ね!」

とは言え、頭を吹っ飛ばされた死体やら、運悪く胸を貫かれて即死した死体やら、片足失ってのた打ち回っている仲間やらを見て平静で居られるわけも無く、恐怖に背中を押されるまま闇雲に魔法を放っていた。
誰も助けてくれない、戦えとしか言ってくれない、気絶して楽になりたいが生憎気絶するとそのままお陀仏になりそうなので、それも出来ない。


「ふんぬぁー!」

マリコルヌは獣のように咆哮しつつ、魔法を放ち続ける。


「火船だ!アルビオンの連中火船を使いやがった!」

誰かが叫ぶ声がするので、マリコルヌはそちらの方を向いてみた。


「な、なんじゃありゃあぁぁぁ!」

燃え盛る船がレドウタブールに向かって真っすぐ突っ込んで来る。
砲撃もものともせず、火に包まれた船が…。


「ここで僕は死ぬのか?」

絶望でマリコルヌの前の前が真っ暗になる。


「嫌だ、嫌だ、僕の…僕の従軍してモテモテ大計画がー!?」

マリコルヌの絶叫が、戦場に響き渡ったのだった。



[7277] 第三十五話 前半分は思い出したくも無いのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/05/26 23:10
「むーっ!?」

な、なにがなにがなにがーっ!?
何でワルドが私にキスするのですかー!?


「むっ!?」

腕に全力を込めて押…動かない?
それどころか、腰と後頭部を押さえられてがっちり拘束…。
み、身動きが、身動きが出来ないのです…あと、呼吸も出来ないのです!
いや鼻で呼吸が出来るっちゃあ出来ますが、ワルドの髭フィルターで濾過された空気とか、絶対に嫌!


「むっ、むむっ、むっ、むっ!?」

この状態では呪文を唱える事も叶わず…あ、なんだか気が遠くなって…って、それじゃ拙いのです。


「む、むむ、む…。」

右足を…何とか…ワルドの足の間に…入れて!


「むむーっ!(死ねーっ!)」

ジャンプして、男の一番敏感な部分にひざ蹴りを入れたのでした。
う…膝に一瞬ぐにょっと嫌な感触が。


「はぅ…あ…っ!?」

股間を襲ったであろう激痛に体をコの字に曲げるワルドを腕で押しのけ、何とか脱出に成功したのでした…。


「ここここの髭!おおおお乙女のファーストキスと何だと思っていやがるのですかぁっ!」

ああ、ちなみに媚薬に頭やられていた時のアレコレはノーカンで。
あの時何が起きたか?気にしないでください、聞かないでください、思い出させないでください。


「ぐ…ぁ…。」

返事が無い、ただの変態のようなのです。


「おーい、聞いていやがりますかー?この変態~?」

「へん…たい、言う…なっ!」

股間を押さえて悶絶しながら、ワルドは私を睨みつけるのでした。


「いきなり現れてキスしてくる相手を他にどう呼べば良いと?」

「そういう、毒吐きな所とかが本当に堪らんな、君は。」

そう言いながら、ワルドは苦痛に顔を歪めながらも立ち上がったのでした。


「好きだ。」

なんといったのか、にんしきできないのです、えらー、えらー、えらー。


「僕は、どうやら、君の事が、好きらしい。」

「はーい、ちゃーん。」

えらー、えらー、えらー。


「そんなわけで、もう一度キスしても良いだろうか?」

「ぴぴるまぴぴるま~。」

えらー、えらー、えらー。


「返事が無いのは了承と受け取るよ、そんなわけで…。」

「何をするだァー!?」

ワルドの顔がもう一度迫って来たので、思わず私の黄金の右が唸ったのでした。


「魔法が無いと、非力な娘だな、君は。」

ワルドにあっさり止められてしまいましたが。


「今、貴方は私に対して何と言ったのですか?」

「魔法が無いと非力な娘だなと…。」

「そっちではなく、もう少し前なのです。」

私が聞きたいのはそっちでは無くて!


「君が好きだ。」

ぽぺぷー。


「認識できないので、もう一度。」

「君が好きだ。」

ぽぴー。


「い、何時の間に人間に認識できない言語を習得しましたか、ワルド卿!?」

「…君が好きだと何度言えば理解して貰えるのかな?」

ワルドが頬をぴくぴくさせて、私を見ているのです。


「つまりアレですか、真に真に理解しがたい話ながら、貴方は私の事が好きだというのですね?」

「ようやく理解してもらえて、有り難い。」

それを何とか理解しようとする私の理性が、現在進行形でゴリゴリ削られているわけなのですが。


「わかりました、正気を失っているのですね。」

ワルド…酸素欠乏症で…。


「何故そうなるのかねっ!?」

「私でなくてもそう思うのです。」

私が今までワルドにした仕打ち的に。


「貴方は私に、今迄結構散々な目に遭わされていた記憶があるのですが?」

「うん、ありとあらゆる意味で酷い目に遭っていた筈なんだが…君の事を考えると、頭がカッカしてきて胸の動悸が止まらないんだ。」

それは単に、何かのトラウマになっているだけの様に聞こえるのですが。


「それにアレだ、憎さ余って可愛さ百倍と言うではないかね?」

「逆の格言なら良く知っていますが、そんな素っ頓狂な格言は聞いた事が無いのです。」

そんな事を言うのであれば、世界中の不倶戴天の仇敵同士が恋に落ちているでしょうに…ローエングラム候とブラウンシュヴァイク公がキャッキャウフフしているのを想像したら、気持ち悪くなりました。
女の子は皆BLが好きだとかいうのは、絶対に嘘ですね。


「それに、さっき君がメンヌヴィルから必死に逃げている所を見ていたら、なんだか胸がざわざわしてきて、思わず2~3手助けしてしまった。」

それは『そいつは俺の獲物だ』的なやつではないかなと思うわけなのですが。


「そんなわけで、どうやら僕は君の事が好きらしい。」

「わかりました、貴方は精神に重大な疾患を抱えているようなのですね。
 治し方は貴方の背後で鬼のような形相をしている女性が知っているので、その御方にお任せするのです。」

ああ…何で私は、何時も何時も浮気相手属性なのでしょうか?


「げぇっ!マチルダ!?」

「何ていう声出してんのよ、あんたは…。」

半眼でワルドを睨みながら、フーケはワルドのお尻を蹴り飛ばしたのでした。


「ぐぁ!痛い、何をする!?」

「人の名前を勝手にばらすなって言っているでしょうが、この宿六。」

ほほう、この段階で既にそんな関係なのですか、この二人は。


「貴方の本名なら知っているので別に構わないのですよ、マチルダ・オブ・サウスゴータ殿。」

「あんたは何処まで知ってんのさ?」

フーケは苦々しい表情で私を睨みつけて来たのでした。


「森の中に子供に囲まれた妖精がいる事とか?」

「…!?」

おー、やっぱり驚いたのですね。


「あんた、何処でそれを…。」

「そんなに警戒しなくとも、彼女らに何か危害を加える気など全くありませんので、その点は一切ご心配なく。」

フーケの警戒を解く為に嘘偽りない微笑みを浮かべて見せたのですが、彼女の訝しげな視線は戻りません…はて?


「笑顔が胡散臭い…。」

「はう…本当に何も危害を加えるつもりはありませんから、心配なさらないでください。
 私には理由も無く誰かを傷つける趣味はありません。」

がくっと肩が落ちるのがわかるのです…うぅ、仕方が無いとはいえ、信頼ゼロなのですね。


「こんな事なら、口を滑らすべきではありませんでした…。」

「あーわかったわかった、そこまで言うなら信じてあげるよ。」

面倒臭そうな表情になって、溜息を吐きながらフーケは頷いてくれたのでした。


「でも…もし、危害を加えるような事があれば…地の底まで追いかけてでも、あんたを殺すからね?」

「はい、その時は八つ裂きにするなりなんなりと。」

私としてもティファニアに危害を加える気は一切ありませんからね、危害を加えるつもりは。


「笑顔が怪しい…。」

「はうぅ…。」

ひょっとして、結構顔に出ますか、私?


「…とまあ、この話はこれくらいにして。」

フーケは先程蹴られた尻を痛そうにさすっているワルドに向き直ったのでした。


「な、何かね?」

ワルドの目がキョドっているのです。


「私というものがありながら、何故に年下の小娘の唇を奪って愛の告白なんかするのさっ!」

「たわらば!?」

地面から、いきなり巨大な腕が突き出て、ワルドを殴り飛ばしたのでした。


「やっぱり歳かい!?若い方が良いのかい!?きーっ!!」

「ちょ、マチルダ、これは洒落になら、ぶば!?」

石飛礫が宙を舞うワルドをしこたま打ちすえています。


「ふむ、矢張り恋をする女は強いのですね。」

「ん。」

「強いというか、怖いわね。
 恋をしているというか、嫉妬に狂っている感じだし。」

いつの間にかやって来たタバサとキュルケが、感慨深げにフルボッコにされるワルドを見ているのです。


「どうせあたしは二十歳越えさ、十代の娘のぴちぴちしたのには敵わないさ、コンチクショー!」

いやいや、貴方23歳でしょうフーケさん。
若いです、トリステイン的にはちょっぴりアウト気味になってきてはいますが、十分若いのですよ…面白いから宥めませんが。


「い、いや、マチルダ、君はとても献身的だし、優しいし、僕には勿体無…。」

「若い可愛い女なんて、みんな爆発すればいいのよーっ!」

フーケの魔法でワルドが倒れていた地面が大爆発。


「ふんぎゃー…!」

ワルドはゴミみたいに宙を舞ったのでした。




「お、落ち着きましたかー?」

暴虐の嵐の後、恐る恐るフーケに話しかけてみます。


「うん、落ち着いた。」

すっきりした表情で、フーケが頷いたのでした。


「そ、それは、良かった…がく。」

そして、彼女の傍らには、消し炭みたいになったワルドが。


「この後は如何なさるおつもりなのですか?」

「何とかして、アルビオンに一度戻るつもり。」

そう言いながら、フーケはワルドにレビテーションをかけたのでした。


「詳しくは言えませんが、これからアルビオンは酷い事になりますよ?」

「それなら尚更、妹…みたいなのもいるし、いっぺん様子見に行かないとね。」

鈎爪付きのロープをひゅんひゅん回して壁に引っ掛けて、外れないかどうか確認しながら、フーケは言ったのでした。


「それじゃあね、あんたとは二度と敵になりたくないわ。」

「私も同じく…なのです。」

私がそう言うと同時に、フーケは物凄い勢いで壁を登って行ったのでした。


「…で、あの二人、見逃してよかったわけ?」

壁の向こうに二人が消えたのを確認すると、キュルケがぽつりと言ったのでした。


「まともに相対せるような状況でも状態でもないですから。
 重要な局面でも政治的に重要な人物でも無し、負けるかも知れないのを覚悟して戦うような相手ではないのです。」

…ファーストキスを奪った仕返しは、今から色々と考えておきますが。
絶 対 に 許 さ ん…なのです。






「コルベール先生、ご無事でしたか?」

地面に横たわるコルベール先生に駆け寄り、容態を尋ねてみます。


「ああ、ミス・モンモランシのおかげで助かったよ。」

「こと傷の治療に関しては、水のモンモランシに抜かり無しよ。」

コルベール先生がそう言って褒めると、モンモランシーは胸を張って見せたのでした。


「コルベール先生の額に突如第三の目が発生したりしないですよね?」

「…心配しなくても、使ったのはごく普通の水の秘薬と治癒よ。
 開発中の薬使って、治療費誤魔化そうとかは一瞬しか考えなかったから安心して。」
 
一瞬は考えたのですね…流石は赤貧貴族。


「それはよかった…もしも誤魔化したのが発覚したりしたら、モンモランシ家に銃士隊が御用改めに赴く所だったからな。」

「そうなったら、モンモランシ家は御取潰しなのですね。」

モンモランシーの言葉に、アニエスが物騒な科白を発しつつ安心したようにうんうんと頷いているので、私もそれに乗っかってみました。


「危うくご先祖様の墓の前で自害でもしなきゃ、お詫びできない状況になるところだったわ…。」

少し引きつった顔を青ざめさせて、モンモランシーはブルッと身を震わせたのでした。


「ところでコルベール先生…いえ、魔法研究所実験小隊の元隊長フランソワ・ミシェル・ル・テリエ殿。
 貴方には公文書の無断処分により手配書が出ているのです。」

「何だと!?
 私はそんな事は聞いていないぞ!」

アニエスが焦った表情になって、私に詰め寄ってきたのでした。


「そういわれるという事は、コルベール先生の事は許していただいた…と言う事で良いでしょうか、アニエス殿?」

「ああ、先ほど本人から事情を聞いた。
 私も命令ならば同じ事をしただろうさ…軍人だからな。」

二人が和解出来ていたようなので、安心しました。
…私の説得が上手くいったのかどうかはわかりませんが、まあ兎に角解決したならそれで結構なのです。


「それはそうと、そのような手配書の話、聞いたことが無いぞ?」

「それはまあ…軽くは無いとは言え、諜報目的ではないのは明白ですし、重罪と言うほどではありませんから。
 ついでに言うと、手配書が出されたのもコルベール先生が学院に入った頃ですから、大昔の話なのです。」

勿論、重罪というほどではない罪で手配書が出ることなど通常有り得ません…つまり、先生はリッシュモンあたりに命を狙われていたのかもしれませんね。
学院長もひょっとしたら知っていて匿っていたのかもしれませんが、そうだとすれば学院長への評価がちょっぴりアップなのです。


「わかっていた事とは言え…逮捕されれば、私は教師には戻れなくなるな…。」

コルベール先生は肩を落としたのでした。


「いやーまいりましたね。」

「棒読み。」

私の科白にタバサがすかさずツッ込んだのでした。


「何か手がある?」

「まあ、一応は。」

タバサの問いにこれ幸いと、頷いてみます。


「先生は一度、怪我の療養という事でこの国を離れてください。
 ゲルマニアのブレーメンという自治都市に、パウル商会が買い取ったフルカン造船所という造船所があります。
 そこで例の機関の実験と開発を行っていますので、そちらに逗留しつつ研究意欲を満たしていただければなと。」

トリステイン国内の造船所は全て軍艦の建造で埋まっていたので、ゲルマニアの自治都市にある造船所を買い取って機密保持するしかなかったのですよね…。


「おおっ!そこにあるのかね、例の機関が!?」

コルベール先生は喜色満面な表情になって、がばっと起き上がったのでした。


「しかし、それだけだと戻ってこられなくないか?」

アニエスが首をかしげながら尋ねてきます。


「そこで私とアニエス殿の出番なのですよ。
 コルベール先生が今回私達と学院を守る為に勇敢に戦ったことを陛下に報告し、恩赦を出してもらうのです。」

「成る程な、私とケティ殿の嘆願であれば、公文書の無断処分程度なら恩赦は簡単に出るか…。」

納得いったように、アニエスは頷いたのでした。


「あとキュルケ、一つお願いがあるのですが…コルベール先生をブレーメンまで一緒に連れて行って貰えませんか?
 あの町、自治都市とは言え名目上はツェルプストー家が収めている町だった筈ですし、貴方が一緒なら心強いのですが。」

「事と次第によっては、うちも一口かませて貰うけれども、それでも良いかしら?」

まあ、元々はツェルプストーがやる筈の事でしたし、しょうがありませんか。


「良いですけれども…でも、一口かむならお金も出してくださいよ?」

「はいはい、そうしないと碌な情報渡してくれないでしょうし、そうさせてもらうわ。」

それなら契約成立なのです…もっとも、基幹技術はうちが握りますが。


「まあそんなわけでアニエス殿、コルベール先生の正体に気づくのを一週間ほど延ばして頂けると、お互いの為にとって最良と考えますがいかがでしょう?
 私も同じようにいたします。」

「むぅ…そうだな。
 この後事後処理で忙しくなるだろうから、ついうっかり一週間ほど忘れることもあるだろう。」

アニエスは苦笑を浮かべながら頷いたのでした。

「それじゃあ私はコルベール先生を一週間で快癒させて、キュルケと一緒にゲルマニアに行けるようにすれば良いのね?」

「お願いするよ、ミス・モンモランシ。」

体のあちこちに残った傷が痛いのか、再び横になったコルベール先生がモンモランシーに必死な形相で話しかけたのです。


「一週間だって辛いんだよ、まだ見ぬ機械が、素晴らしい機械が僕を待っているんだ!」

「はいはいわかりましたから、急ぐんなら手が八本くらいになるのを覚悟してもらいますよ?」

どんな薬使うつもりなのですか、モンモランシー…。


「素晴らしい!
 手の本数が増えれば研究が捗るじゃないか!」

コルベール先生も何で喜びますか?


「やれやれ、先が思いやられ…をや?」

『ケティー!』

空からジゼル姉さまと…姫様が降って来た!?


「ちょ、ま…おぶぁ!?」

そして私は哀れ二人に押し潰されたのでした。
何なのですか今日は…策は尽く空振るわ、予備の杖は融けるわ、ワルドにファーストキスを奪われるわで既に散々なのに、止めに姉と上司に潰されるとか…。


「ケティ大丈夫!?怪我とかしていない!?あの変態はどこ!?」

「ごふ…そこそこ無事でしたが、たった今無事ではなくなりました。」

ジゼル姉さま、私の上から降りてください。


「白炎のメンヌヴィルは何とかしたみたいね。」

「ええ、あちらに死体が転がっているので、後で片しておいてください…。」

起き上がろうとしても、体が動かなくなったのです。


「あれ?ケティどうしたの?」

「いや、全身を凄まじい倦怠感と鈍い痛みが…。」

そう言えば、薬で誤魔化しただけで全身打撲状態でした。


「すいません姫様、もう、駄目…。」

「あ、ちょっと、ケティ!?」

ガクッと私の意識は落ちたのでした。






「これが例のものです。」

ボクは箱からモシン・ナガンを取り出して、目の前の人に見せた。


「へぇ、これが例の…面白そうだわ。」

片眼鏡をかけた男装の麗人が、それを興味深そうに見ている。


「これ、本当に分解しても良いの?」

「はい、アンナさんなら、分解しても組み立てるのくらい容易いでしょ?」

彼女の名はアンナ・ファン・サクセン、東方領土(旧東トリステイン)出身のトリステイン人で、土メイジにして武器職人。
こないだ出来たばかりのパウル商会において、数少ないメイジの社員だ。


「んー、まあ確かに問題無いとは思うけれどもね。
 ケティ君、こんな逸品、いったい何処で見つけたの?」

「蔵で埃を被っていました。
 恐らくはお爺様が何処か買ったものじゃないかって、お父様が。」

お爺様はロマリアの工芸品を集めるのが趣味だったらしいけれども、まさかロマリアにある《場違いな工芸品》まで集めてしまうとは…。
《場違いな工芸品》の収蔵庫の横流しルートが存在しているんだろうね…今度パウルに調べてもらわないと。


「んで、ケティ君。
 この銃の名前は?」

「はい、モシン・ナガンと呼ばれる東方の銃らしいですよ。」

異世界の銃と言っても通じそうにないから、《場違いな工芸品》は全て東方製という事にしている。
便利だね東方、何かあったら全部東方にこじつけりゃいいんだから。


「しかし、鉄をここまで精密に加工するなんて芸術的よね、なんていう名工の作なのかしら?」

箱の中に入っていた工具を使ってモシン・ナガンを分解しつつ、アンナさんは感嘆の声を上げる。
腕利きの土メイジをして、こうまで言わせる代物が量産品の一つなんだから、あっちの世界の冶金技術って凄いんだよね、やっぱり。


「同じものは作れそう?」

「職人の名誉にかけてね。
 …とは言え、この精度となると量産は殆ど無理だと思うわよ?
 一ヶ月に数丁…ってところでしょうね。
 それですら気をつけないと粗悪品が出来かねないわ。」

ぬぅ…やっぱり一足飛びに19世紀の小銃は量産困難かぁ。
まあ、あんまり量産できる代物だと、市民革命が起きてしまいそうで困るんだけれども。


「これの大量生産でトリステイン大勝利ってわけには行かないか…。」

「一丁あたり結構な額になるわよ、これ。
 こんなの強引に量産したら、ガリアあたりでも破産しかねないわ。」

魔法のみでどこまでいけるのかってのを色々試すには土メイジの職人を雇う必要があるのだけれども、土メイジって結構自分で工房持っていることが多いから、なかなかスカウトできないんだよね…。


「後、この薬莢ってのもかなりの精度だしね。
 火薬の複製自体は、水メイジにでも頼めば結構簡単にやってもらえそうだけれども、この薬莢は職人が一個一個丁寧に手作りしないと無理よ。
 慣れれば一日数十発ってところかしら?
 勿論、銃と一緒に作るのは無理よ…結論としては…。」

「…結論としては?」

アンナさんが言葉を濁したので、聞き返してみた。


「…あと数人、土メイジの職人と水メイジの薬師がいるわ。」

「う…うーん、それは正直きついなぁ…。」

現状でも結構かつかつなのに、これ以上メイジを雇うのは…。


「兎に角、この精度のものを私一人で作り続けるのは無理よ…って、そんな落ち込んだ顔しないでも、きちんと分析して安定して生産するにはどうしたら良いかとか、準備はきちんと済ませておくから。」

「うう、貧乏で御免なさい。」

えーん、みんな貧乏が悪いんだい。
魔法を使わない冶金技術を高めればいいのだろうけれども、高炉の作り方なんて知らないし、知っていたところでボクは鉄の加工技術なんか知らない。
八方塞じゃない、どーすんのさ、これ…。






「貧乏怖い、貧乏超怖い。」

私はガタガタ震えながら目を覚ましたのでした


「あら、目が覚めたのね。」

「見知らぬ天井が、矢鱈と豪華なわけですが…。」

目を覚ますと姫様が居たのでした。
手には何かの書類を持っています。


「そりゃまあ、豪華でしょうね。
 貴方が寝ているの、私のベッドだもの。」

「どうりで、未だかつて無いくらい寝心地が良いと思ったのです…。」

いつの間に王宮まで運ばれてきましたか、私は。


「丸一日、眠り続けた感想はどうかしら?」

「豪華な眠り心地でした。」

なにせ、王様用のベッドですから。


「何故に私を王宮まで?」

「貴方がいつまで経っても目を覚まさなくて心配だったから、私の目の届くところに置いておきたかったのよ。
 ここでなら、仕事をしながら貴方が目覚めるのを待っていられるでしょう?」

どうりで、姫様以外にも枢機卿やら、見た事のある大臣やら官僚やらがうじゃうじゃしていると思ったら…。


「若い娘の寝顔を見ながら仕事をするというのも、なかなか乙でしたな。」

「あら財務卿、貴方なかなか通ね。」

新しい財務卿のデムリ卿…名字は兎に角、名前なんでしたっけ…なのです。


「しかし、姫様は一体どこで寝ていたのですか?」

「ベッドは広いのよ、娘二人が寝るくらいどうって事無いわ。」

毎度の事ながら、こういう所は豪快な姫様なのです。


「御飯用意してあげるけれども、起き上がれる?」

「はい、よいし…ふぬぐぉっ!?」

ぜ、全身に電流の如く満遍なく激痛が!


「だ、大丈夫ケティ?
 今、乙女にあるまじき奇声が聞こえたけれども?」

「全身打撲がここまでしんどいものだとは、予想外だったのです…。」

あまりの痛みに、魂が砕け散るかと思いました。


「手を動かすだけでも酷い痛みが…。」

「診させた水メイジもそんな事を言っていたわ。
 はい、治癒力を高める水の秘薬よ、飲みなさい。」

そう言うと、姫様は私の口に薬瓶を突っ込んだのでした。


「もむ!?」

人が動けないと思って好き勝手やりますね、姫様。
まあ、仕方ないから飲みますか。


「それで、明日の朝には打撲はほぼ快癒しているって、言っていたわ。
 さすがモンモランシ家の当主ね、いい仕事をするわ。」

モンモンパパですと!?


「とうの昔に帰ったから、目だけ動かしてキョロキョロしないで、怖いわ。」

「それは残念、良ければ御挨拶させて頂きたかったのですが。」

つい先日モンモランシーの伝手で、パウルが薬の流通に関する契約に成功したみたいですし。


「それよりも御飯よ。」

姫様は女官の方を向いて…。


「私とケティの御飯を用意して頂戴。
 いつものアレのどっちかで、中身は任せるわ。」

「はい、かしこまりました。」

姫様のいつものアレってなんでしょうか…?
などと考えていたら、あっという間に食事が用意されたのでした。


「が、ガレット…!?」

そんな道端B級グルメと、一体何処で出会ったのですか、姫様?


「ええ、前にサイト殿と一緒に屋台で食べたのよ。
 貴方に教えて貰ったサンドウイッチ同様、仕事中に食べられて楽よね、これ。
 おお、今日はひき肉と玉葱をバターで炒めたものなのね、これ好きよ、私。」

そう言って、姫様は美味しそうにガレットにぱくついているのです。
何というジャンクフード女王…。
それにしても才人…姫様とこっそり何いちゃついていやがりますか?


「ふう、美味しかった。」

「食事見せつけるとか、鬼ですか…。」

くうくうお腹がなりました…。


「あら、ごめんね。」

そう言いながら、姫様はガレットを切り分け始めたのでした。


「はい、あーん。」

「何故にそのような恐れ多いプレイをさせようとしているのですか…?」

女官の方々の視線が痛いのですが。


「いや、ですが、陛下?」

自分の立場を分かって貰う為に、わざと《陛下》と読んでみます。


「そんな、陛下だなんて他人行儀な事言わないで、『アンお姉さま』って呼んで。」

「どーゆー小説を読まれたのですか、姫様…。」

変な小説を読んだらしい姫様を、半眼で睨んでみるのです…が、効き目無しな模様。
それに、男性官僚の方々の視線が温いのも納得いかないのですよ。
誰か、叱責して下されば良いものを…枢機卿が何処かに行ってしまったせいでしょうか?


「ふつくしい…。」

「美少女同士が戯れる姿は、心洗われますなぁ…。」

変態紳士ばっかりですか、この国の官僚は!?


「もうどうでも良いですから、御飯ください…あーん。」

物凄く投げやりな気分になって、私は口を開けたのでした。


「はい、良く出来ました。」

姫様はそう言うと、ガレットを口の中に放り込んでくれたのです。
良い材料を使ったB級グルメ…まあ良いですが。
 

「む…流石は王城の料理人。
 ガレットもここまで美味しくなりますか。」

良い材料使って、良い腕の料理人雇ってB級グルメ…考えようによっては最高の贅沢なのですね。


「はい、あーん。」

「あーん…むぐ、むぐ…美味しい料理を女王の手ずからいただく…ひょっとして、今私は物凄い贅沢をしているのでは?」

問題は全く望んでいない贅沢だという事ですか…。


「そうね、実は罰だけれども。」

「ば、罰ゲーム?」

姫様はニコニコ笑ったまま、私にガレットを薦めてきます。


「そう、貴方と私、両方への罰。
 自分の命を軽く見る貴方への罰と、それを理解出来ていなかった私への罰…本当を言うとね、かなり恥ずかしいのよ、これ。」

嘘だっ!…と思ったら、よく見ると姫様の頬がほんのり赤いのです。


「タバサ殿を守る為に命を捨てようとしたんですって?」

「う…。」

そんな、泣きそうな表情で私を見ないでください、姫様…。


「貴方が死んだら、命を永らえさせる事が出来ない人が居るの、わかるでしょう?」

「まさか…。」

確かに、ルイズが虚無の使い手であるのは国中の貴族にいずれ浸透するでしょう。
そうなれば、彼女が望むと望まざると、神輿に担ごうとするものが出て来る…私になら任せられるが、そうでなければと言う事ですか。
それは無いと断言したいところではありますし、私を買い被り過ぎだとも言いたい所ですが、言えないのがもどかしいのです。


「私の命に彼女の命がかかっているから死ぬな、ということなのですか?」

「それもあるけれどもね…貴方を失いたくないの。
 政治的にではないわ、親友として、絶対に失いたくないのよ。」

ぬぅ…姫様が泣きそうなのです。


「わかりました、わかりましたから。
 彼女の命が私の肩にかかっているというのであれば、確かに死ねないのですね。
 姫様が私を親友だと仰ってくれる限り、私は私の命を軽々しく捨てない事を誓います。」

これは、死ねませんし、死ぬわけには行かないのですね。


「絶対だからね?」

「はい、姫様。」

私は微笑みながら頷いたのでした。



[7277]  幕間 35.1 ダータルネスの大艦隊
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/05/30 15:46
カーンカーンカーンと、甲高い鐘の音が鳴り響く。


「んぁ?」

才人がパンを咥えたまま顔を上げた


「あら?」

スープを飲んでいたルイズが、匙を止める。


「こんな朝早くから?」

自分の分のパンを炙っていたシエスタが、眉をひそめた。


「やれやれ、予定は未定ってか?
 …腹減りそうだなおい。」

才人は溜息を吐いて椅子から立ち上がった。
鐘の音はヴュセンタールからの敵襲の知らせ。
同時に作戦予定繰り上げの合図でもあった。


「朝食時に来るだなんて、さすが叛乱するだけの事はあるわ。
 貴族なのに、食事中に場を騒がしてはならないっていう、ごく基本的な礼儀も知らないのね。
 王家を滅ぼした件と言い…聖地奪還の前に、貴族としての礼儀の勉強をした方が良いんじゃないかしら?」

口をナフキンで拭き取りつつ、ルイズが静かに立ち上がる。


「行ってらっしゃいサイトさん、行ってらっしゃいませミス・ヴァリエール。」

「おう、行って来る。」

「後はお願いね。」

部屋から出る二人に手を振りつつ、シエスタは手早く食卓を片づけ始めた。


「実はあたしね、朝ご飯をきちんと食べないと、その日一日とっても期限が悪くなるの。」

しかめっ面のルイズが、蒼莱に向かって歩きながら才人に話しかける。


「へいへい知ってるよ、体に叩き込まれたからな…。
 ルイズに朝ご飯を食べさせないとか、知らないとはいえレコン・キスタの連中も随分と命知らずな真似をするぜ。」

俺にとっても迷惑千万極まりないんだが…とか思いつつ、コックピットに乗り込む才人。


「ダーダルネスまで飛んで、幻影を作って帰って来る…だったか?」

「うん、ケティ曰く『戦う時にはこっちは楽で、相手だけ消耗するような方法を考えられれば最高なのです』ってね。
 幻の艦隊で右往左往するアルビオン軍…うふふ、策謀を巡らせるのは姫様やケティばっかりじゃないのよ。
 あんたには、あたしの間近で策士ルイズ様の真髄を見せたげる。」

うわぁ、なんだか知らんがそこはかとない駄目臭がするのは何でだろう…とか、才人は失礼な事を考えつつ、ルイズの脇の下に手を入れヒョイと持ち上げて後部座席に乗せる。
何だかんだでこっそりやっているトレーニングと日々の雑用が、才人を鍛えていた。


「あんた、ひょっとして『何言ってんだ脳筋思考の癖に』とか、酷い事考えていないかしら?」

ルイズは微妙な感じになった才人の表情から読み取ったのか、訝しげな視線を才人に向ける。


「そこまで思わねーよ。
 何時も策謀とは縁の無い直線思考なルイズに、策謀なんて慣れない事出来んのかなぁと…ぐふぅ。」

「こう見えても頭脳労働は得意なのよ、あたしは。
 魔法はスカだったけれども、座学だけはトップだったんだから。」

頭の良い悪いじゃなくて、性格の問題なんだがとか思いつつ、才人は一瞬気を失った。


「っと、気絶している場合じゃ無かった。
 ルイズ、プロペラ回してくれ…爆発したら作戦そこでパアだから、勘弁な?」

「コモン・マジックは完璧!
 この前実際に回して見せたでしょ!?」

系統魔法は相変わらずだが、コモン・マジックは9割方成功するようになったルイズだった。


「レビテーション!」

ルイズはレビテーションでプロペラを回転させる。


「おおっ、ルイズの魔法が成功して…いて!?」

ルイズの魔法が成功したのに毎度毎度感動する才人の座る操縦席の背中を、ルイズは軽く蹴り飛ばした。


「いいから、さっさとエンジン始動させなさいよ、爆発させるわよ!」

「そいつは勘弁…ポチッとなっと。」

始動ボタンを押すと、快調にエンジンは始動し、特徴的な二重反転プロペラが物凄い勢いで回り始める。


「んじゃ、いくぜ!」

軽いアイドリングの後、才人はスロットルレバーを全開にした。
蒼莱のエンジンが凄まじい爆音を発し、滑走路を進む機体が見る見るうちに加速していく。


「毎度毎度の事ながら、この体を後ろに押し付けられる感じが何とも言えないわ。」

「この感じが良いのになぁ…。」

加速感に少し不快感を覚えるルイズとは対照的に、加速感を愉しんでいる才人だった。


「う…ふわっと来た、ふわっと。」

「んじゃいくぜ…って、なんじゃありゃ?。」

離陸して周囲を見回すと、遠くから火に包まれた船が艦隊に向かって特攻してきているのが見えた。


「取り敢えず、あれ潰して!
 それから作戦開始よ!」

「合点承知!」

蒼莱は火船を撃墜する為に上昇し始めた。


「…行っちゃいましたね。
 それじゃ、こちらも隠れないと。」

一方筏では才人たちを見送ったシエスタが、とある装置を操作していた。


「なるほどなるほど、ここに水石と風石を入れて…と。
 絵で操作方法を示してくれたのが、わかりやすくて良いです。」

その装置には『戦場の霧君一号』と書いてあった。
ネーミングセンスで何となくわかると思うが、ケティ発案でコルベールが作った装置である。


「それで、このレバーを引く…と。
 これで良いのかしら?」

シエスタがレバーを引いた直後、筏のあちこちから霧が噴出し始める。
霧はあっという間に筏を包み込み、ヴュセンタールをも巻き込んで大きな雲となった。
木を隠すなら森の中、空飛ぶ船を隠すなら雲の中というわけだ。


「うわ、凄いです。
 これなら確かに隠れられるかも。」

ミルクみたいに濃い霧に包まれた外の風景を見て、シエスタが感嘆の声を上げる。


「サイトさん、頑張って…私、祈っています。」

ルイズは居ないことにされたのだった。



「くっちゅん!」

「お?風邪か?」

後部座席でくしゃみしたルイズに才人が声をかける。


「うー、何だか誰かに思い切り無視された気がするわ…。」

「何だそりゃ?」

ルイズの言葉に、首を傾げる才人。


「きっとあのバカメイドね、サイトだけ心配して、私の事なんかすっかり頭の中から零れ落ちているのよ。」

「そんな莫迦な、シエスタは良い子だぞ。」

だがしかし、ルイズの予感がぴったり当たっていたりするのがこの世知辛い世間の常というものである。


「はいはい冗談はいいから、あの火船落とすわよ。」

ルイズは上部構造物が壊滅して停船中の味方艦に向かってまっすぐ進む火船を指差す。


「へーい。」

才人の気の抜けた返事と共に、火船の上まで移動していた蒼莱が鋭く旋回して急降下を始めた。
エンジンと二重反転プロペラのパワーに重力も加わり、加速度計がぐんぐん上昇していく。


「そんなわけで、吹っ飛べ!」

『ドン!ドン!』と蒼莱の機関砲が火を吹き、57㎜機関砲弾が火船を撃ち抜いた。

「本当に吹き飛んだわよ!?」

火船の中に満載されていた黒色火薬に引火し大爆発したのを見て、ルイズが目を剥く。


「近づき過ぎるとマジで危ねえな、こりゃ。」

才人もそれを確認して、たらりと汗を一筋垂らした。



「あばばばばばばば…。」

停船中だった味方艦…レドウタブールの甲板上ではマリコルヌが、矢みたいな勢いで突っ込んできた蒼莱が火船を大砲で吹き飛ばした衝撃波でひっくり返っていた。


「た…助かった…けど、なんで?」

ひっくり返ったまま、一瞬安堵の表情を浮かべたが、横を見て震え上がる。


「テーブルが、何でこんなに深く船に突き刺さるんだよ!?」

黒光りする重そうで立派なテーブルが、マリコルヌのすぐ横に突き刺さっていた。


「後1メイルほどずれていたら…。」

テーブルに潰されて、たぶん自分は挽肉にされていただろうという事に思い足り、マリコルヌはそこから逃げ出すことにした。
そして空を見ると…ルイズの使い魔が乗っていた鉄の風竜が、火船を次々と屠っているのが見えたのだった。


「あいつに助けられたのか…今度ルイズ共々お礼言わなきゃな。」

親には『恩を受けたら必ずお礼を言う事』と、日頃教え込まれていたマリコルヌは、素直にそう思った。


「じゃあ、次はあの船!」

「合点承知!」

ルイズが次に指差した船に向かい、才人の操縦する蒼莱は戦場を飛び回る矢のようになって飛んでいくのだった。




「虚無殿、火船を全て駆逐しました。」

「数分とかからずに全滅させたというのか!?
 凄まじいな、あのソウライとかいう鉄の風竜は。」

通信参謀からの報告を聞き、目を剥くド・ポワチエ。


「は、続いて現れたアルビオンの風竜隊と交戦状態に入った模様ですが…既に数十騎を一方的に撃墜している模様です。」

「ははは、流石は虚無殿とその使い魔。
 まるで物語に出てくる英雄の如き戦いぶりだな。
 楽に戦えるのは良い、非常に良い…が、楽過ぎて少々不安になる。」

そう言いながら、ド・ポワチエは航空参謀に向き直った。


「こちらの風竜隊はどうしたか?」

「は、後数分で会敵する模様…ですが、虚無殿が既に敵風竜隊を壊乱状態に陥れている模様でして、さほど苦労することもないかと。」

航空参謀は、少々戸惑った表情で報告した。


「虚無殿様々ではないか、これでは全く頭が上がらぬわ。
 私より権限が上だけのことはあったか、まさかたった二人の大艦隊だったとはな。」

先ほどの艦隊の奇襲と火船で隊列はかなり乱れており、ここで敵風竜隊の攻撃を受けていれば流石にただでは済まなかったのだが、それを蒼莱が壊乱状態に陥れていたため、被害は数隻に留まっている。


「これ以上、虚無殿に遅れをとるなよ。
 貴官らもそうだろうが、私は上司に怒られるのが大の苦手なのだ。
 そうしない為には、少々積極的になるしかあるまい?
 せっかく虚無殿が作戦を遅らせてでも時間を稼いでくれたのだ、敵艦隊の残党を掃討せよ。
 面倒事はさっさと片付けるのも、消極的にやる秘訣だぞ?」

そう言って、ド・ポワチエはにやりと笑った。




「結構撃ち殺しちまったなぁ…。」

ガンダールヴのルーンの影響なのか、人が柘榴みたいに弾けるのを見ても芋の皮を剥いているような感覚しかないのだが、人を殺しているという実感はあるので、才人の心は憂鬱に包まれている。


「相手も殺す気で来てんだ、仕方があるめぇよ、相棒。」

それを慰めるデルフリンガー。
12.7㎜機銃ともなると、掠っただけで体がごっそり抉り取られるので、手加減しようにも如何ともし難いのだ。


「う…人の胴体が…頭が…。」

ガンダールヴ補正で大丈夫な才人とか、そもそも武器のデルフリンガーとかとは違い、ルイズの顔は真っ青である。


「…敵とは言え、何度見ても慣れないわね、これは。」

前回も後部座席で散々人と風竜が砕け散る様を見せられたルイズだが、今回も特等席で延々とスプラッタを見続ける破目になってしまった。
それでも才人を見ると心が落ち着いて勇気が湧いてくるので、何とかなっているのだが。


「お、味方の部隊がやっと来たか。」

味方の風竜隊が来たのを確認して、才人が安心したように息を吐く。
一騎の竜騎士が蒼莱に近づいてきて、手鏡で発光信号を送ってくる。


「『コ・コ・ハ・マ・カ・セ・テ・サ・ク・セ・ン・ク・ウ・イ・キ・ニ』…ここはあっちに任せて、ダータルネスに行けですって。
 あら、そういえばあいつ、ヴュセンタールにいたルネ・フォンクじゃない?」

「へ?お、確かにルネだな。」

ルネ・フォンクは蒼莱を見に一度筏の方にやってきた竜騎士たちの一人だった。


「俺も頑張るから頑張れって、返信してくれないか?」

「うん、わかったわ。」

ルイズは手鏡を出すと、『コレヨリサクセンクウイキニムカウ、キコウノブウンヲイノル』と、ルネに送った。
ルネは兜の下から見える口をニヤリと笑みの形に変え、蒼莱から離れていった。


「しかし、単機突入して、敵のど真ん中で幻影見せて帰ってくるなんて言うのが策なのか?」

「うっさいわね、この蒼莱に追いつける風竜なんて居ないんだから、それが一番手っ取り早いでしょ?」

生物としては反則に近い時速500㎞以上を出せる風竜だが、蒼莱は最大速度時速760㎞なので、速度ではまるきり相手にならないのだ。


「そりゃまあ、そうだな。」

「マジックアローですら追いつけない上に、風竜じゃあ到達不可能な高高度を飛ぶのよ。
 無敵にも程があるわよ、このソウライ。」

元々が高高度戦略爆撃機迎撃用の機体なので、仕方が無い。


「まあ、幻影の魔法使う時には、そこそこの高度まで落として速度も落とさなきゃいかんがな。」

「じゃないと凍え死にそうになるしね…。」

一回試しに高高度で少しだけ窓を開けて、危うく死にそうな目にあった経験がある二人だった。




偵察カラスのフレディ君の朝は早い。
彼の任務は、ダータルネスに近づく敵を発見する事。
今日も朝早くからダータルネス周辺を偵察飛行中で、帰ったら美味しいミミズを沢山貰う事になっている。
敵を見つけて報告すれば、ダータルネスに駐留する風竜隊が駆けつけて敵を迎撃するそんな手筈にもなっている。
本来長時間の飛行には向かないカラスだが、使い魔になった事による身体強化によって、長時間の飛行を可能にしていた。
そんなフレディ君の遥か頭上を、一筋の飛行機雲が通り過ぎていく。
んがしかし、フレディ君も彼のご主人も、飛行機雲なんてものは知らない。
『変な雲だなぁ』とは思うが、そもそもあんな高いところを飛べる生き物は竜を含めてもいないのだ。
虫の羽音みたいな音はするが、何で空にそんな変な音が鳴り響いているのかもさっぱりわからず、ポカーンと見ているのみだった。
彼らにとって、蒼莱はUFO(未確認飛行物体)だったのだ。

そんなわけで、偵察網は蒼莱によって豪快にスルーされたのだった。


「敵が…皆無だな。」

才人としては雲霞の如く押し寄せる敵をスピードで振り切りつつ…とかいう展開を予想していたのだが、それは完全に裏切られた。


「言ったでしょ、高いところを飛べば、敵は何が何だかさっぱりだろうって。」

才人がケティを乗せて、遊覧飛行中に高高度を飛ぶ蒼莱を見ていた事をルイズは思い出してヒントにしたのだった。


「そろそろダータルネスの真上ね、高度下げて。」

「了解、高度下げる。」

才人が操縦桿を下げると高度が徐々に下がっていき、ダータルネスの風景が良く見えるようになって来た。


「よし、じゃあ窓開けるぞ。
 あまり時間がないから手早くな?」

こんなところでふらふら飛んでいたら、あっという間に気づかれるのは間違いない。


「任せなさい、あたしに抜かりはないわ。
 じゃあ行くわよ…。」

ルイズはそう言って、始祖の祈祷書を開くと詠唱を始める。


「イリュージョン!」

才人はこっちの世界に引っ張られてくる前にニュースで問題になった、エロゲメーカーを思い出した。


「出血大サービスよ、じゃんじゃんばりばり大放出なんだから!」

空に凄まじい数の軍艦が浮かび上がる。
明らかに、出航前に見たアルビオン遠征艦隊の数よりも多い。
多いというか、数十倍の規模だ。


「えーと、出しすぎじゃね?」

「大は小を兼ねるって言うでしょ?
 多ければ多いに越した事はないわよ。」

やっぱり直線思考じゃねーかとか、才人は思った。


「何か、失礼な事を考えていないかしら?」

「いや、今回に限ってはありじゃねーか?」

多分、敵がアレを見たら腰抜かすなとか思いつつ、才人はその光景を見ていた。





「た、たたたたたたた大変です!」

ロサイスに向かっていたアルビオン軍のホーキンス将軍の下に、伝令が慌てて駆け込んできた。


「ダータルネスに空前絶後の大艦隊が出現しました!」

「何だと!?」

ホーキンスは慌てて聞き返す。


「ダータルネスの空を敵艦隊が埋め尽くしています。
 その割合、空1に敵9、空1に敵9です!」

その報告を聞いた側近たちの顔も、思わず引き攣る。


「そんな大艦隊だとは聞いていないぞ!?」

「ですが、事実です!
 ダータルネス守備軍はその光景だけで壊乱状態になり、兵士も竜騎士たちも任務を放り出して我先にと逃げています!」

アルビオン竜騎士の質は、内戦の影響もあってかなり落ち込んでいる。
そこに到底対抗出来ない数の艦隊が突如出現したりしたら、逃げ出すのは仕方が無い、仕方が無いが…。


「何たることだ、アルビオンはここまで堕ちたか。」

アルビオンの空の防人達は、もう何処にも居ないのだとホーキンスは理解した。


「どうなさいますか、将軍?」

「どうするもこうするも無かろう、やらねば我が祖国は蹂躙される。」

ホーキンスは悲壮な覚悟を胸に、針路変更を決断した。


「ダータルネスに急ぐぞ。」

「は、了解いたしました。」

こうして、ダータルネス守備軍は勝手に壊滅し、アルビオン軍も全軍ダータルネスに誘引される事になってしまったのだった。
この間にゲルマニア軍がロサイスに上陸、守備軍をあっという間に駆逐し、港を占領した。
こうして、連合軍はあっさりと橋頭堡を確保する事に成功したのだった。





「フ…この策士ルイズ様にかかれば、ざっとこんなもんよ。」

殆ど無傷で占領されたロサイスを眼下に眺めながら、ルイズが何処で用意したのか扇子を片手に持ちながら薄い胸を張る。


「あーすげーすげー。」

何か、この蒼莱のせいで色々と感動の場面を見逃したような気がするとか思いつつ、才人は適当に相槌を打った。


「まあ、取り敢えず筏に戻りましょ。
 燃料も少なくなってきた事だし、シエスタがご飯用意していると思うし。」

「…朝飯食ってないのにもう昼過ぎとか、ひでえ労働条件だったな。」

才人とルイズのお腹がグーと鳴る。


「あんなスプラッタ見たのに、よく腹が減るな?」

「あんたもでしょ?
 アレは思い出さないようにして、ご飯食べましょう。」

ちょっぴり思い出したのか、ルイズは少し顔を青ざめさせながら、それでもお腹を押さえていた。


「そんなんでも食いたいのか…?」

「虚無使うと、半端じゃないくらいお腹が減るのよ…ああ、お腹減ったとかいっていたら、力が抜けてきたわ。」

ルイズはへにゃっと垂れていた。


「ご飯…ご飯…がぶ。」

「ぎゃー、頭に噛み付くな!
 俺は愛と勇気だけが友達なわけじゃねえ!」

空腹が限界に来たのか、才人に噛み付き始めたルイズを押さえつつ、才人は筏に向かって飛んでいくのだった。



[7277] 第三十六話 とんでもない事実なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/08/11 18:11
「傷も癒えましたし、そろそろルイズ達の所に向かいたいのですが?」

私は姫様に渡された書類を決裁しながら、姫様に頼み込んだのでした…あれ?何で私は姫様の仕事をしているのでしょう?


「だぁめ★」

「いや、『だぁめ★』とか語尾に黒い星付きで言われましても…。」

既に学院長に掛け合って、シエスタを先行させて送ってしまったのに…。


「だいたい、貴方が行ってどうするのよ、戦うの?」

「いや、学院閉鎖してしまったので、やる事無いですし。
 ルイズ達の様子を見てこようかなと。」

我ながらアホな理由ですが、これくらいしかないのですよね。


「そんな理由で許可できるとでも?」

姫様はにっこりとほほ笑みながら却下したのでした…が。


「昨日姫様が仰ったように、私とルイズは一蓮托生ですから。」

『まさか、ルイズ不要論とかぶち上げませんよね、謀反起こしますよ?』という意思を込めて、姫様に微笑み返したのでした。


「よよよ、親類の絆がこうも脆いものだとは。」

「私はルイズも親友だと思っていますから。」

わざとらしく泣き崩れつつ書類の決裁を行う姫様を半眼で生温かく見守ってみるのです。


「嘘つき、サイト殿が居るからでしょ?」

「ナンノコトヤラ?」

私はしらばっくれたのですが…。


「顔、赤いわよ?」

「…ぬぅ?」

思わず頬を触ってしまったのです。


「まだまだね。」

「姫様もハマればわかります。」

バレバレなのですか。


「じゃあサイト殿で、危険な火遊びを…。」

「才人は駄目なのです。」

それでなくとも原作では、姫様が散々引っ掻き回すのですから…と?


「…ふと気付きましたが、わりと本気なのですか?」

「さあ?でもサイト殿って、私が女王だろうが何だろうが、あまり気にしないでしょう?
 ああいう男の子って、私みたいな女の子にとっては、希少価値よね。」

まあ確かに身分とか、基本的に気にしませんからね、才人は。


「で、本当の所は?」

「今のところは対象外、かしら?」

飽く迄もはぐらかしますか。


「兎に角、私はルイズの所に向かいます。
 船はゲルマニアの商船を…。」

「ヴィスビューを出すから、それに乗って行きなさい。」

何やら、豪快な事を姫様が口走ったような?


「ヴィスビューって、オクセンシェルナから借りているコルベットの…ですか?」

コルベットというのは、小型快速な軍艦の事なのです。


「ええ、あれなら明日の朝にはロサイスにつくでしょう?
 搭乗員ごと借りたあの艦なら、熟練搭乗員ばかりだから何かあっても大丈夫でしょうし。
 商船で行くなら、許可しないわよ?」」

「わかりました、ではそちらで向う事にします。」

確かにそっちの方が早いし安全なのですね。
姫様のせっかくの好意なので、有り難く受け取りましょう。




「は~るばる来たぜ、ロサイス~。」

そんなわけでトリスタニアの軍港から、道中特に何事も無くロサイスへ。
昨日の昼に出て今朝ついたので、かなり順風満帆な旅だったと言えるのです。


「では艦長、お疲れ様でした。」

「いえいえ、未来のトリステイン宰相を乗せたとあれば、誉れこそすれ疲れる事などありませぬ。」

御前は何を言っているのですか、艦長。
取り敢えず、スルーで。


「出来ればこのハンカチにサインとか、戴きたいのですが?」

私ゃアイドルか何かなのですか?


「是非とも。」

先程、出来ればとか言っていたような?


「わかりました…これで良いですか?」

艦長が差し出してきたペンをとって、ハンカチに名前を書き込んであげたのでした。


「宝物にいたします、こういうのは無名時代の物の方が価値が上がるので。」

御前は何を言っているのですか、艦長?
矢張り、スルーで。


「艦長はこれからどうするのですか?」

「これからトリスタニアまで取って返します。
 当艦の本来の任務は、もしもの時のものですので。」

まあつまりはオクセンシェルナの要人や、場合によっては姫様を亡命させる為にある艦なのですよね。


「お疲れ様なのです、良い航海を(ボン・ボヤージ)。」

「は、それでは。」

艦長は艦に戻って行ったのでした。


「さて、才人達の顔を見に行く前に…。」

私はそう呟いて、司令部までとことこと歩いて行くのでした。



「どうもどうも、お仕事お疲れ様なのです。」

司令部の若い守衛さんに挨拶してみるのでした。
多分、私とそう変わらない歳なのです。


「な、何でこんな所に娘が!?」

男ばかりでむさいでしょうからねえ、今のロサイス。


「陛下からの使いなのです。
 ド・ポワチエ卿にお目通り願います。」

女王直属侍女という、偉いのか偉く無いのだかよくわからない例のライセンスを守衛さんに見せつつ、アポを取ってみるのでした。


「へ、陛下の…畏まりました、ただいまお取次ぎいたしますので少々お待ちを!」

守衛さんは慌てて司令部の中に駆け込んでいき、すぐに出て来たのでした。


「お待たせいたしました、指令がお待ちです。」

「ありがとうございます、守衛さん。」

守衛さんに微笑みかけると、ぽっと頬を赤らめます…何というピュアボーイ。
…まあそれは良いとして、指令室の前まで守衛さんに案内して貰ったのでした。


「指令、陛下からの使いの方をお連れいたしました。」

「うむ、お通ししなさい。」

そんな声が聞こえ、指令室付きの守衛と思しき人が、ドアを開いてくれたのでした。


「守衛さんのお名前は?」

「は!カミーユと申します!」

何だ、女みたいな名前ですね、とはあえて言わないのです。


「ではカミーユ、有り難うございました。」

「は!」

うーん、何だか悪い女になった気分なのです。


「使者殿、あまり純情な部下をからかわないでくれぬか?」

ドアが閉まった後、ド・ポワチエ卿と思しき人が、私に笑いながら話しかけて来たのです。


「いえ、あまりにも純情だったので、思わず…。
 私は陛下直属の侍女で、ケティ・ド・ラ・ロッタと申します。」

「私がジャン・ド・ポワチエである。
 して、陛下からの用とは?」

うーむ、立派なカイゼル髭…。


「陛下から、閣下に勲章をと承って参りました。
 十字銀杖百合章です、お受け取りください。」

勲章を入れた箱をポワチエ卿に手渡したのでした。


「ふむ…有り難く受け取っておこう。
 使者殿、この後はどうなされる御積りか?」

箱を開けて勲章を確認しながら、ポワチエ卿は尋ねてきます。


「友人達が出征しておりますので、そちらに。」

「友人とは?貴方が宜しければここに呼ぶが。」
 
ポワチエ卿の立場だと、あまり呼びたくなさそうな人なのですが。


「ルイズ…いえ、ラ・ヴァリエール嬢です。」

「ほう、虚無殿の…。」

ポワチエ卿は目を細めて私を見たのでした。


「そうか、虚無殿か、うむ、それは流石に呼びつけられぬな…。」

ポワチエ卿の表情にうっすらと陰がさしたのでした。


「ルイズが何かご迷惑を?」

「いや、虚無殿は良くやっておられる。
 だがしかしな、指揮権限がこちらに無いというのが、やりにくいのは確かではある。」

公にはなっていませんが、権限に於いては姫様の次ですからね、ルイズは…。


「王家の血筋で虚無の持ち主ですから、そこは諦めてください。」

「うむ、それは重々承知している。
 王家の血筋でしかも虚無、本来ならば玉座にあってもおかしくはない御方だからな。
 だからこそ、公ではないとは言え、陛下に告ぐ権限をお持ちなのであろう?」

ポワチエ卿は苦笑いを浮かべたのでした。


「ええ、陛下も既に自分の後はルイズかルイズの子に継がせると決めてらっしゃいます。
 …勿論、ルイズの件も後継者の件も口外無用でお願いしますね。」

「勿論だ、私は他人からも自己保身の塊と揶揄される身なのでな。
 陛下の逆鱗に触れるような真似は決してせぬと、私自身の悪評に誓おう。」

ふむ、ポワチエ卿は中々面白い御仁なのですね、原作では全く記憶に残っていないのですが。




「失礼しま…うわ。」

ルイズたちが滞在している館に入ると、むわっとお酒の匂い…。


「あ…ミス・ロッタ?」

館に入った私を、酒瓶とつまみらしきものを運ぶシエスタが出迎えてくれたのでした。


「これは一体何なのですか、シエスタ?」

「戦勝祝い…とかでしょうか?」

シエスタが私の顔を見て、明後日の方角に視線を逸らしながら疑問系で呟いたのです。


「ヴュセンタールの…あ、これは私達の筏を引っ張っている戦列艦の…。」

「知っているのです。」

にっこりと、シエスタの言葉を遮ります。


「で、そこの竜騎士様たちと才人さん達がすっかり仲良くなっちゃって…延々と酒盛りを。」

「何日間?」

「もう8日目ですわ…。」

困った表情を浮かべながら、シエスタは溜息を吐いたのでした。


「…ほほう。」

「でもでもでも、親睦を深めるのは良い事だと思うんです!
 私も正直ちょっとうんざり来てますけど、でも…。」

シエスタが焦り始めましたが、知ったこっちゃ無いのですよ。


「あっちなのですね?」

「そう、あっちです…。」

シエスタは諦めた表情に鳴ると、私が向いた方を指差したのでした。


「シエスタ、付いてきなさい。」

「はい…。」

外からでもどんちゃん騒ぎが聞こえるその部屋に、私は踏み込んだのでした。


「バースト・ロンド!」

『ふんぎゃー!?』

どんちゃん騒ぎで五月蝿かった室内が、破裂音と悲鳴に満たされたのでした。


「待機命令の真っ最中に、8日連続不眠不休で酒盛りとか、貴方達は一体何を考えているのですか?」

煤けた才人にルイズに竜騎士の面々を見下ろしつつ、私は尋ねてみたのでした。


「断罪の業火、再臨…。」

「バースト・ロンド。」

「ぎにゃー!?」

才人がぼそっと何か呟きやがったので、軽く焦がしておきました。


「ルイズ、貴方まで…。」

「わわ、私だって、今日はもう止めようって言っていたのよ?」

その割には顔が真っ赤なわけですが。


「だ、誰?このおっかない女?」

「そこのぽっちゃり系竜騎士、おっかない女とは何ですか、おっかない女とは。
 私の名前はケティ・ド・ラ・ロッタなのです。」

ボソッと呟いた竜騎士の一人を睨みつけます。


「ぽっちゃり系…僕の名はルネ・フォンクだ。
 しかし君はその…あの、ラ・ロッタ?
 ジャイアントホーネットの…。」

本当に空を飛ぶ人には不評なのですね、我が家名は…。


「あのラ・ロッタ以外にどのラ・ロッタがいるというのですか。」

まあ、トリステインの狭い空の一角を完全に飛行不能にしているわけですから、仕方が無いのは仕方が無いのですが。


「ああやっぱり…この通り謝るから、どうか蜂はけしかけないで下さい。」

祈られても困るのです。


「ジャイアントホーネットは彼らの制空権内に近づいたらきちんと警告しますし、もし間違えて侵入してしまったとしても、攻撃せずにすぐに出て行けば攻撃はしません。
 ガリアの両用艦隊は、ジャイアントホーネットを駆逐しにやって来たのであんな事になったのですよ。
 近づいただけで肉団子にされるとか、そういう悪しき風評に惑わされないでください。
 当家領と領民にとっては、春の種蒔きや収穫作業時にも人手を貸してくれる大切な守り神様なのですから。」

「蜂が収穫するのか…。」

土を耕してもくれます、物凄いパワーなのです。


「ではルネ、この酒盛りは一旦解散なのです。
 隊舎に戻って、酒が抜けるまで来てはいけません。
 酒は百薬の長ですが、どんな薬も過ぎれば毒となります。
 戦が止まったままなのを紛らわす為とは言え、飲みっ放しではいざという時に体が動きませんよ?」

おっかないままで覚えられるのも癪なので、にっこり微笑んでみたのでした。


「酒が抜ければ、また来ても良いんだな?」

「ええ、程々であれば私も止めたりはしません。
 お酌の一つもして差し上げましょう。」

にこにこーっと笑みを浮かべたままで、私は頷いたのでした。


「それじゃまあ、良いか。
 皆、一旦帰って風呂入って寝るぞ!」

『おーっ!』

竜騎士たちは帰っていったのでした。




「ちょっと良いか?」

「何ですか、才人?」

宴の後片付けの最中、才人が話しかけて来たのでした。


「貴族は誇りの為に戦うっていうの、ケティはどう思う?」

「当然ではありませんか。
 貴族で無くても同じなのですよ、誇りの為に戦うのは。」

私がそう言うと、才人はびっくりした表情になったのでした。


「な、何でだよ、自分の命が一番大事だろ、親から授かったたった一つの宝物なんだぜ?」

「ふむ…それもまた真理なのです。」

ただ、誇りの為に戦うのは、それとは全然違うものなのですが。


「だろ、だったら…。」

「才人、貴方はルイズが目の前で殺されそうになっていて、それがどうしても己が身を差し出さないと防げない場合、どうしますか?」

才人が我が意を得たりと何か言おうとしたのを遮って、そういう問いかけをしてみました。


「え?いや、俺が咄嗟に駆けつけて防げるだけの時間があるならルイズは避けるだろ、しかも反撃するだろ余裕で。」

「嫌な現実なのですね…。」

何がどうなって、ルイズはああもグラップラー化しましたか。
虚無って不思議なのです…。


「そ、それでは質問を変えます。
 私が殺されそうになっていて、それが貴方の敵うような相手で無さそうだったら、貴方は私を見捨てて逃げますか?」

見捨てて逃げるとか言われたら泣きますよ、いやホント。


「え?いや、勿論何とか助けるさ。」

「それは何故?」

『暇人の学問』こと、哲学の時間なのですよ~。


「え?いや、ケティには今まで散々お世話になっているし、それにピンチの女の子助けなきゃ男が廃るってもんだろ。」

「ふむ、矢張り才人も誇りの為に戦うのではありませんか。」

『誇り』って括ってしまうと、何だか見栄の為に戦っている様に聞こえますが、そんな事は無いのですよね。


「へ?」

「私への義理の為と、女の子を助けなきゃっていう義務感の為でしょう?
 そういうのも貴族的な言い方をすれば、『誇り』ってやつなのですよ。」

まあ、見栄の為だけに戦う人も居るかもしれませんが、幾ら見栄っ張りなトリステインの貴族でもそこまで見栄っ張りな人はそうは居ないのです。


「例えばなのです。
 その時、才人は躊躇って、結果として私が殺されてしまったとします、もしそうな…。」

「躊躇ったりなんかしない、そんな事をしたら俺は俺で無くなっちまう。
 俺の目の前でケティが危険な目に遭っているなら、俺は必ず助ける。」

ガシッと肩を掴んで、才人は真剣な目で私に言ったのでした。


「あ、有り難う御座います…。」

こ、これは照れるのですね…。


「人が他の場所片付けている間に、何でケティを口説いてんのよ、あんたは…。」

いつの間にやらルイズが来ていて、私と才人を半眼で睨み付けていたのでした。


「ああいやルイズ、別にいちゃついてたとか、そんなんじゃなくてだな。」

「ハッ、黙りなさいバカ犬。
 女の子の肩掴んで『俺は君を必ず助けるぜアモーレ』とか、今どきロマリア人でもやらないベッタベタの口説き文句じゃない。」

ふむ、才人はラブコメ主人公属性ですから、ごくごくナチュラルに自覚無く女の子を口説くのですよね。


「そ、そんな無駄に情熱的な事は言っていない!」

「やかましい却下!そして処刑!」

「は、話せばわか、ぎゃー!!」

私が口を挟む暇すらなく、ルイズの拳が光って唸ったのでした。




「なるほど、そういう話だったのね。」

「そういう話だったのです。」

鉄風雷火の如き暴虐の後、落ち着いたルイズにかくかくしかじかと話をしたのでした。


「殴ってから納得するんじゃねえよ…がくっ。」

あ、死んだ…南無南無。


「貴族の名誉の話だったわね。」

「ええ、それを才人に分かりやすく説明している最中だったのですが、何時の間にやらこんな具合に。」

惨めな肉塊と化した才人を指差したのでした。


「う…御免なさい。」

「……………。」

へんじがない、ただのしかばねのようだ。


「…あー、死ぬかと思った。」

「おお、蘇生しましたか。」

しばしの沈黙の後、才人が起き上がったのでした。
暴虐の痕は何処へやら?すっかり復活なのです。


「竜騎士の奴ら名誉の為名誉の為って言っているけれども、名誉の為に戦ったり死んだりするってのが、よく理解できねえんだよ、俺は。」

「だから何度も言っているでしょ、名誉は貴族にとって、とっても大事なものなの。」

「だから、それだけじゃわかんねえから、ケティに聞いたんだろうが。」

ルイズはなまじ理解力があるのに生活環境がコミュニケーション不足だったものですから、他人に自分が理解した事を伝えるのが大の苦手なのですよね。
つまりアレです、ルイズが端的に語るのは長嶋語の一種なのですよ。


「あーもう、何でわからないのかしらね、貴族にとって名誉ってのはクッと来てバッとあってスイスイッというものなのよ!」

本当に長嶋語で来るとは思いもよりませんでしたが…。


「だから、そんな意味不明な擬音使われたら、余計にわかんねえよ!」

「だからもう、何でわかんないの!
 ヒュッとしてスッとなってシュルルッとあるのが当然なのよ!」

ルイズは大げさに身振り手振りをしますが、そのせいで余計に意味不明感が…。
言いたい事は何となくわからなくも無いですが、やっぱり何言っているのか意味不明なのです。


「やっぱりケティ、さっきの続き。」

「何でよ!」

「…ふむ、ですから才人は私の命の危機があった時には、私をその身に代えても守ってくれるということでしょう?」

才人に説明を無視されたルイズが若干機嫌悪そうなのです…ルイズの説明下手はどうにかしないといけませんね。


「ああ。」

「つまり、そういう事なのですよ。
 貴族はそれらを総括して『名誉』などと呼びますが、根底にあるのは引く事の出来ない義理人情だったり義務感だったり使命感だったりするのです。」

まあ、義理人情やら義務感やら使命感やらを全部『名誉』という言葉に置き換えてしまうというのは、いかにもトリステイン貴族らしい見栄っ張りな言い回しなのですが。


「そういう事を言いたかったわけか?」

才人がルイズに尋ねると、ルイズはコクコクと頷いたのでした。


「うん…と言うか、私も散々同じ事言っていたじゃない?」

「ルイズのは擬音が多過ぎんだよ…兎に角、何となくだけどわかった。」

何となく要領を得たといった感じで、才人は頷いたのでした。


「でもそれだとだ、あいつら…竜騎士隊の連中の名誉って?」

「立身出世の事でしょうね。
 戦場で華々しく戦って、武功を立てて出世して給料上げて…家族や恋人の為なのです。」

私がそう言うと、才人は首を傾げます。


「いやでもさ、死んじまったらそれまでだろうに。」

「ええ、そうですね。
 どんなに出世しようが、どんなに勲章貰おうが、死んでしまえばハイそれまでヨなのが軍人なのです。
 戦うのが仕事なのですから、死ぬのも仕事のうちなのですよ。」

誰かが勝てば、誰かが負けますし、誰かが生き残れば、誰かが死ぬのです。


「う…因果な商売だな、おい。」

「才人も現在それに加担しているのですから、立場は一緒なのですよ?」

「そうでした…。」

私の指摘に、才人は肩を落としたのでした。


「うーん、成る程。
 そう言えば良かったのね。
 こんなに簡単に才人を言い負かすだなんて、さすがケティ。」

ルイズは何故か異様に感心しているのです。


「いや、説明の大半が擬音で無ければ、多分理解出来たと思うんだが。」

「ご主人様の言う事なんだから、ちゃんと理解しなさい。」

そんな御無体な…。


「ミス・ヴァリエール、お風呂が炊けました。」

部屋に入って来て私達の話を聞いていたシエスタが、ルイズの無茶振りを逸らす為に、そう口走ったのでした。


「お風呂…うん、何だか酒臭し入った方が良いわね。
 ケティはどうする?」

「ふむ…では一緒に入りましょう。
 シエスタはどうしますか?」

「あ、はい、お二人の御髪を洗わせていただきます!」

いや、私は一人で洗うから良いのですが、ルイズの髪は洗って貰った方が楽そうなのです。


「そんなわけで…覗いたら潰すわよ?」

ルイズは才人の方を向くと、軽く睨んだのでした。


「覗かねえよ!俺をなんだと思ってんだ?」

そう才人が言ったので、私達は顔を見合わせたのでした。


「何だと思ってんだって…ねえ?」

ルイズは襲われた事ありますしねえ。


「今更、何言っていやがるのですか?」

私も着替えを散々見られましたし。


「私はサイトさんを信じたいのですけれども。
 ここはお二人に合わせないと空気読めないと言いますか。」

せーの。


『スケベ。』

「やっぱりそういう評価かよ!?」

才人は頭を抱えたのでした。



「中々広い浴場なのですね。」

私ケティこと、普通の領地持ち貴族の意見。


「普通じゃない?」

大貴族のルイズの意見。


「ううっ、まさかこんな貴族様のお風呂に入れるだなんて。」

そして一般庶民でも、そこそこ裕福な家の娘であるシエスタの意見。
ちなみにシエスタは私達の髪や体を洗うだけで、自分は使用人用の風呂に入るつもりだったのですが、そんな面倒なことをせずに一緒に入っちまえとルイズと二人でメイド服を剥ぎ取ったのでした。


「こういうお風呂は初めてなのですか?」

「はい、こんな彫刻が彫られてハーブが入ったお風呂に入るのなんて、初めてです。」

庶民は普通蒸し風呂か、浴槽があってもそんなに広くないですからね…。
私は断然一人で浸かれるお風呂のほうが良いのですが。


「しかしアレね、あんたら私に喧嘩売ってるわけ?」

ルイズの表情が優れないのです。


「何がなのですか?」

「喧嘩売った覚えなんてありませんが…。」

私達がそう言うと、ルイズは憤怒の表情を浮かべて、私達の胸を鷲掴みにしたのでした。


「いっこ上なだけと年下の癖に、何でこの、脂肪の塊が、こんなに、大きいのよ!」

「きゃっ、何を!?」

「あいたたたた!あんまり強く掴まないで欲しいのです。」

私とシエスタは思わず悲鳴を上げたのでした。
痛覚が通っていないわけでは無いのですから、強く掴まれれば当然痛いのですよ。


「だって、ずるいんだもん。」

「いや、ずるいと言われましても、こればかりは親から授かった体なので何とも言いようが。」

拗ねられても困るのですよ。


「ねえ、あんた達、どうやってソレ大きくしたの?」

「ええと、別に何か努力をしたわけじゃあ。」

シエスタも困惑しているのです。


「ケティ、質問。」

「はい、何なのですか?」

ルイズが手を上げて質問してきたので、思わず当ててしまいました。


「胸を大きくするにはどうしたら良いのかしら?」

「胸の大きい母親から生まれて下さい。」

色々と風説がありますが、実のところ遺伝子に任せるしかなかったりするのです。


「ええと…それしか無いの?」

「はい、実はそれでも結構賭けなのです。」

どっちの親の遺伝子が出るかは未知数ですからねぇ…うちの家でも背があまり高くなくて胸がそこそこ大きい私やエトワール姉さまみたいなタイプと、背が高くてモデル体系なジゼル姉さまやリュビ姉さまみたいなタイプに分かれるのです。
ジョゼ姉さまみたいに背が高くて見事な巨乳という、いいとこ取りな人はなかなか生まれないのですよね。


「全然駄目じゃない、というか、生まれ直すとか無理だし。
 生まれ直しても、うちのお母様あまり胸大きくないし。」

全然駄目とか言われましても…。


「揉まれると大きくなると聞いた事があります。」

「成る程…ケティ、事の真偽は?」

いや、真偽は?とか言われましても。


「うーん、まあ、血行が良くなれば、成長が若干促進される可能性はあるといえばある筈なのです。」

物凄く若干ですが。


「本当!?」

ルイズのぎらぎら光る目が怖いのですよ。


「ただ、やるとなると一日に何回も揉まないと、効果は出ないような気がするのですよ。
 しかも、うまくやらないと形が崩れる可能性もあるのです。
 正直な話、骨折り損のくたびれもうけになるので、やらない方が良いかなと。」

「駄目なのね…。」

ルイズはがっくり肩を落としたのでした。


「牛乳を飲むとか?」

「ケティ?」

私ゃウィキペディアかなんかですか?


「牛乳飲んで胸が大きくなるなら、肉でも大して変わらないのです。」

「これも駄目…。」

ルイズはまたしても肩を落とします。


「何か、良い方法は無いの?」

「正直な話、無いとしか言い様が無いのです…そもそも、ルイズはそこそこあるではありませんか、胸。」

そう、ルイズは自分の胸を矢鱈卑下していますが、こうして見てみると普通にあるのですよね。
確かに全体的に華奢ですが、背が低いので胸囲が小さくても出るものはそこそこ出ているのです。
原作でタバサと自分が被るとか言っていますが、タバサなんか本当に僅かしか無いのですよ、ぺたーん、つるーん、なのです。
それどころかルイズは全体的なバランスで言えば、見た感じモンモランシーやジゼル姉さまよりも大きいのです。
あの3人とはお風呂で良く一緒になる私が言っているのですから、間違いないのです。
あと、ついでに言えばシエスタは私と同じ83サントなんて絶対嘘なのです、測ったメジャーが安物だったのでしょう。
アレは私の見立てによれば、あと5サントは大きい…つまり88サントなのですよ。
ああ夢の88、アハトアハトは理想郷なのです。


「わたしはせめてちい姉さま並みになりたいの!」

「…強欲は罪なのですよ、ルイズ?」

私はそう言って、ルイズの肩をポンポンと叩いてみます。


「そうですよ、ミス・ヴァリエール。
 全く無い人とかが聞いたら、富める者の我儘だと思われてしまいます。」

「あんた達は規格外にでかいから、余裕でそんな事が言えるのよ!」

シエスタも宥めますが、ルイズはムキーと怒っているのです。


「だいたい、何であんた達はそんなにでかいのよ!」

そう言って、ルイズは私とシエスタの胸を指差したのでした。


「私の母もそうだったからとしか言い様が無いのです。」

「私も同じです。」

遺伝子って、本当に不思議なのですよ。


「理不尽だわ、ちい姉さまは大きいのに…。」

ルイズはそう言って、くず折れたのでした。


「良いではないですか、ルイズはとても可愛らしいのですから。」

「私が、可愛い…?」

私から見たら超絶美少女なのに、自覚無しですか、そうですか。


「私の調べた限りでは、院内で可愛いと言われている女の子の一人でしたよ、ルイズは。
 しかも常に五指以内に入っていました。」

「う、嘘よ!私魔法が使えないから、莫迦にされていたのよ?」
 
それが嘘で無いのが、人の心の複雑さと言いましょうか。


「男子がルイズをからかっていたのは、莫迦にしていたというのもありますが、ルイズに覚えて欲しいからなのですよ。
 女子に関しては…まあ、嫉妬なのですね。
 魔法の才能が無いのに、私達より可愛いなんてきぃ悔しいといった感じで。」

魔法が上手く使えない貴族、しかも公爵令嬢で美少女…まあ正直な話、ルイズは侮蔑ではなくて困惑に包まれていたのですよね。
私だって同級生にそんな娘が居て、何も事情を知らなければ扱いに困ったでしょうし。


「そんなわけで、ルイズは人も羨む可愛らしさの持ち主なのですから、安心してください。」

「そ、そうなのかな、えへへへへ。」

ルイズはにへら~と笑い始めたのでした。


「髪の毛だって綺麗ですし、私みたいに何処にでも居るような髪の色ではありませんし。
 ルイズはもっと、己に自信を持つべきなのです。」

「な、何だか自信が湧いてきたわ…くっちゅん!」

いかに風呂場とは言え、裸でくっちゃべっていたら、流石に冷えますか…。


「はい、ミス・ヴァリエールはそちらに座ってください。
 御髪を洗わせていただきます。」

私もさっさと体とかみ洗って、湯船に浸かるとしましょう…。




「うーん、良い湯でした。」

旅の疲れもすっかり取れたのです。


「すっきりしたわね。」

まだお酒が残っているルイズは、顔が真っ赤なわけなのですが。


「お風呂から出て、こんなに良い匂いになったの初めてです。」

シエスタはシエスタで、自分の匂いを嗅いでうっとりしていますし。


「酷い、覗かないって言ったのに…。」

そして才人はバインドの魔法で簀巻きにされて、廊下に転がされていたのでした。


「いえ、才人なら何か物理法則の限界を超えて、私達のいた浴室にダイブしていてもおかしくは無いのです。」

「俺は一体ナニモンだ…。」

ラブコメ系主人公属性の持ち主なのですよ。
ですから入浴時には簀巻きにでもしておかないと、何時エロハプニングの犠牲になるか知れないのです。


「まあ気にしない気にしない。
 拘束を解きますから、才人もお風呂に入ってきてください。」

「おっ、センキュー。」

バインドの魔法で簀巻き状態だった才人を開放したのでした。
そしてそのまま浴室の脱衣場へ…脱衣所?
嫌な予感が…と、扉の向こうでずっこけたような音がしたのでした。


「うわ、何だこの布…なんでパンツがこんな所にー!?」

「誰のパンツ!?」

慌てて脱衣所に引き返した私達の目に入ったのは、下着を纏めて置いた籠をひっくり返したのか、私のブラを頭に被って右手でルイズのパンツをつまみ左手にシエスタのパンツを握り締めた才人の姿なのでした。


「ラブコメ系主人公属性持ち相手に、下着を放ったらかして置いたのは失策でした…。」

シエスタが後で纏めて洗うからと言う事で、見えないようにして纏めて置いたのですが。
どうしてずっこけて偶然そこに飛び込みますか…。


「よしわかった、死刑ねあんた。」

「ちょ、待てルイズ!
 これはコケた弾みに何故か起こった不幸な事故であってだな!」

闘気みたいな何かに身を包んだルイズが、ゴキゴキっと拳を鳴らしているのです。


「申し開きは拳で聞くわ。」

「はんぶらび!」

ちょっと気を抜くと、すぐに落とし穴あり…ラブコメ系主人公属性恐るべしなのです。



夜中、そろそろ寝ようとしていた私の部屋に、コンコンとノックの音が響いたのでした。


「はい、どなたなのですか?」

「わたし、ルイズ。」

何か相談事でしょうか?


「はいどうぞ…ぶふぉ!?」

わ、ワイン飲んでいなくて良かったのですよ。


「ど、どうしたの?」

「どうしたのって、なんつー恰好をしているのですか?」

裸マントで夜の部屋に来訪とか、貴方は私に何を求めているのですか、ルイズ。


「じ、実は、何時も着ていたネグリジェが一着しか無くって、それを洗濯に出しちゃって…。」

「私のがありますから、それを着てください。
 寝巻が無いからって、裸マントで出歩く人がいますか!」

そこはブラウスとかでしょう、常識的に考えて。
時々、物凄く大胆な事をするのですね、ルイズは。


「用事というのは、寝巻を貸して欲しいという事だったのですか?」

「それもあったんだけれども、サイトの事とか…ね。」

私が差し出した寝巻を着ながら、ルイズはちょっと言い難そうに私を見るのです。


「わたし、男の子だったら良かったのに。」

「ルイズが男の娘だったら色々と大変なのですよ…。」

ルイズの容姿で男の子…ううむ、才人が衆道一直線になる展開しか思い浮かばないのです。
うふ、うふふふふ、これはちょっといけてるかも…って、私は何を考えているのですか!?


「何か、変な想像していない…?」

「ななな何をおっしゃる鰻さん。
 私は何にも変な事など考えていないのです!」

まさか男の娘ルイズと才人のBL妄想してしまうとは…己が事とはいえ、乙女脳恐るべし。
何よりもおぞましいのが、私自身がカップリングによってはBLもいけるクチだったという事実でしょうか…。


「だって、酒宴の最中サイトったら私の方なんか見もしないで、男の子達に混ざって、楽しそうにして。
 私にはああいう笑顔見せてくれないのに。」

「いや、好きな相手に友達向けの笑顔見せられたら、かなりの衝撃なのですが…。
 『君は異性として眼中に無い』と、言外に言われるようなものですし。」

「そうなの?」

ルイズは不思議そうに首を傾げているのです。


「そうなのです。」

「そうなんだ。」

もしそうなったら、フラれるフラれない以前の話なのですよ。


「男の子は男の子同士で、気楽な会話を楽しむものなのですよ。
 そこに女の子が入り込むのは無粋というものなのです。」

時々、そういう場に入っていける娘も居ますが、そういうのは希少ですし。


「でも、羨ましい。」

「でも男の子の会話って矢鱈と堅苦しいか、知らない人の話か、そうでなければ下品な内容が多いでしょう?」

政治の話か友達の話か性的な話か、政治や友達の話は兎に角、異性と性的な話をするのは結構恥ずかしいのですが。


「もうちょっと、おしゃれの話とかもすれば良いのにね。」

「それはチャラ男の集団みたいで、ぶっちゃけ嫌なのですが…。」

まあそんなわけで、男同士と女同士の会話は、基本的に相いれないものなのです。


「ケティって、男の子の事もわかるのね。」

まあ、前世の人の記憶がありますから、わりと分かるのです。
とは言え記憶は記憶で、私の脳は女ですから、理解しきれない部分もあるのですよ。
ワルドの事とか…アレは脳味噌の構造がどうなっているのやら。


「…ねえ、これも前からずっと聞きたかったのだけれども。」

ルイズは私の目をまっすぐ見て、次の言葉を放ったのでした。


「ケティって、サイトの事が好きでしょ?」

「え?あ、ええと…?」

ど、どう返答しましょう…?



[7277] 第三十七話 才人はお酒を飲まない方が良いと思うのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/06/19 00:40
「あ、あーあの、えーと?」

汗がぶわっと噴出してきたのでした。


「い、いきなり何を?」

「だから、ケティは才人の事が好きでしょ?」

修羅場?これがひょっとして修羅場って奴なのでしょうか?


「はっきり教えて。」

「わ、私は…。」

ここははっきり言うべきか、言わざるべきか。


「才人の事を…。」

本来なら迷うところですが、ルイズがはっきり言って欲しいと尋ねてきているのですから、私もそれには応えないと。


「大事な友達だと思っているのです。」

あ、あれ…?
何で、何で何で何で!?


「え…本当に!?」

「え、ええ、才人は私の大切な親友なのです。」

意思と言葉が直結しない、この私が、ケティ・ド・ラ・ロッタが、意思を口に出せない…どうして!?


「そ、そうなんだ…。」

「だいたい、私はルイズが才人と結ばれるように応援しているのですよ。
 私が才人をあ…あい…愛してしまったら、それこそ本末転倒ではありませんか?」

ルイズがほっとしているのを見て、私もほっとしているのを感じます。
この口から生まれてきたような私が、何で本音を語るのを恐れているのでしょうか?
ん?恐れている?私は恐れているのですか?何故?


「で、でも、ケティは才人を目で追っているじゃない?」

「そりゃもう、今までも気を抜くと散々セクハラされましたから。
 見張っておかなきゃ駄目ではありませんか?」

何故も何も有りませんか、私は知っているのですから…何をしようが私の目の前の少女が全て持っていく事を。
才人が主人公でルイズはヒロイン、そして私は本来ただのモブ、賑やかしでしかないのです。
その証拠に、私が関わった事で世界は本来の道から多少ズレつつはありますが、二人が辿っている大筋は今のところ何一つ変わっていない。


「あ、安心したわ…ケティが相手だと、私勝てる自身が無いもの。」

「はいはい、安心してください。
 才人が好きならはっきり言わないと、シエスタあたりに掻っ攫われるかもしれないのですよ?」

いや、こんなのも誤魔化しでしかないのかもしれません。
私はかつてギーシュとモンモランシーの関係から、半ば意図的に注意を逸らしたのですから。
私はギーシュ達から逃げたように、才人達からも逃げようとしているのでしょうか…?


「はう、それはありえるわ、あのバカメイドならありえるわ。
 忠告有り難うケティ、私、部屋に戻るわね。
 おやすみなさい。」

「はい、おやすみなさい。」

ドアがぱたりと閉じたのを確認した私は、微笑みに引き攣らせた顔から力を抜き、ベッドに倒れ込んだのでした。


「は…はは、ボクは、ボクは何をやっているんだ…?」

いやボクじゃない、私、私なんだ…いや、なのです。


「恋敵に宣戦布告の一つすら出来ずに逃げるだなんて、これじゃあか弱いどこかのお嬢様みたいじゃないか?
 いや、お嬢様だったか…そう、私は貴族のお嬢様、なのです。」

変な口調…他の女の子と一緒になるのが何となく嫌でこうする事に決めた口調…これも逃げ、なのです。
口調も態度も格好も女の子に換えて、男の感情の記憶から決別するのだと決めたのに、他の女の子と同じように喋らずに、莫迦丁寧な口調にしている。


「もうすっかり慣れ親しんだと思っていたのに、錯乱してこのザマ…か。
 矢張りボクは中途半端なんだ、男の記憶と女の心を上手くすり合わせたつもりがこんな具合、なのですよ。」

才人の事が好きなのは間違いなく、男の記憶など既に記録でしかないのに、私は何故逃げたのですか?


「枕が、濡れてる…。」

これは少女としての私の気持ちなのか、それともボクの男の記憶が男との恋愛に至るのを拒否しているのか?


「ああ、ボクは…私は、どうすればいいの?」

誰かに助けて欲しい…けれども、私がこんな人間だと知っているのは才人だけ、才人には絶対に相談できないのです。


「助けて…助けて、誰か、さいと…。」

こうしてボク…いや私の夜は過ぎて行ったのでした。







「う…なんだ、これ?」

目が覚めたら非常に具合が悪いのだけれども…。
昨日は本の執筆で遅かったからなぁ…寝不足?
今ボクは《君主考察》という本を執筆中だったりする。
これには《君主たるもの決断を躊躇してはならない、ただし熟慮を怠ってはならない》みたいな当たり前に色々な修飾をゴチャゴチャくっつけてでっち上げ…もとい考察した本で、スターリンやティトー、ケマル・パシャなんかの逸話とかを例え話にしつつ入れている。


「寝不足にしては、何かお腹にずーんと来るんだけど…。」

痛いというか、重いと言うか、倦怠感に頭のふらつき…。


「風邪がお腹にも来たかな…?」

ベッドに戻った方が良いかな、これは。


「おはよ、ケティ…って、どうしたの?」

「…あ、ジョゼ姉さま。
 いや何かね、頭が痛くて少し吐き気がして、そのうえだるくて下腹がズーンと重痛いというか…。」

「あら、おめでとう。」

人が体調悪いのに、いきなりおめでとうですかジョゼ姉さま…。


「いきなり結論から言わないで、ジョゼ姉さま。」

「貴方もやっぱり女の子なのね。」

んー…?女の子?


「多分それ、月のものよ。」

「おおぅ。」

思わず手槌を打ってしまった。
そうか、これが初潮ってやつか…おえ。


「こんなのが、これから毎月…。」

どんな罰ゲームだよ、これ。


「ケティはサフィール姉さまと似たような容姿背格好だから、重めかもね?」

しかも重めなのか…。


「和らげる方法は無いの?」

「んー、私は月のもの軽いから、時々忘れてて唐突に股から血が出て来てびっくりする事もあるくらいよ、あはは。」

つまり知らないと。
しかし背が高くて、胸が大きくて、生理が凄く軽いとか、どんなチートキャラだよジョゼ姉さま。


「経血が出る前にお母様にでも聞いて来よう…。」

「そうね、お母様に聞くのがいちばんよね。
 レビテーション。」

ボクの体は唐突に浮かび上がったのだった。


「わ、ジョゼ姉さま!?」

「だるいんでしょ?連れて行ってあげる。」

ふわふわと浮かされたまま、ボクはお母様の元まで連れて行かれたのだった。


「あら、とうとうケティもそんな歳になっちゃったのね。」

「はい、お母様。」

ボクはふわふわ浮いたまま、頷いた…って。


「…ジョゼ姉さま、降ろして。」

「だって、ふわふわ浮いてるケティが可愛くて。」

「ジゼル姉さまみたいな事を言わないで下さい、ジョゼ姉さま。」

ボクがそう言うと、ジョゼ姉さまは「可愛いのに」とか言いつつ降ろしてくれた。


「それでお母様、この痛みを抑える方法を御存じありませんでしょうか?」

「あら、ケティにも知らない事があるのね。」

生理痛の抑え方なんて、当然の事ながら前世の知識には無い。


「僕にだって、知らない事ならいくらでもあります。」

つーか、あったら逆に怖い、何者だって感じになる。


「うふふ、ごめんなさい。
 そういう時はね、体を温めるのよ。」

「体を、温める…ですか。」

成る程成る程。


「後、経血はね…。」

お母様による月経講座を暫らく聞き続けるボクなのだった。



「お母様、ありがとうございました。」

「いいのよ、それじゃ早速ドレスを仕立てなきゃね。」

ドレス…だと?


「な、何でドレスとか言う話に?」

「貴女も女になる第一歩を踏み出したのですもの。
 そろそろ男の子の格好は止めるべきじゃないかしら?」

う、うーん、それは確かにそうかもしれない。
ボクは女の子なんだから、何時までも前世の記憶に縛られたままじゃいけない筈だ。
男の格好の方が動きやすくて良いのだけれども、このままだと嫁ぎ先無さそうだし、かと言ってボクにニートとかになられてもお父様とお母様は困るだろう。
あ、そうだ、僕の事を未だに女の子みたいな名前の男と勘違いしているパウルとかはびっくりするかもな…くくく。


「そういう事であれば、ドレスを仕立ててください。」

「うふふ、腕が鳴るわ。」

「うんうん、ケティは凛々しいというよりも可愛い顔立ちだもの。
 男装よりも女の子の方が似合うわ。」

あっさり頷いたボクとそれに喜ぶお母様を見ながら、ジョゼ姉さまは頷いている。


「でも、ジゼル姉さまが知ったら気絶するかも?」

「大丈夫よ、ジゼルが好きなのはケティそのものだもの。」

うーむ、矢張りジョゼ姉さまは非常に賢い人だと思う。
勘が良いというか、物事の核心をズバリと理解する人なのだ。
だから、ジョゼ姉さまの言った事は、間違いなく事実なのだろう。


「じゃあ、早速採寸を始めましょう、お母様張り切っちゃうんだから。」

そう言って、お母様はメジャーを取りに立ち上がったのだった。







「起きてください、ルイズ。」

翌朝、私はルイズをゆさゆさ揺すっているのでした。


「ふあ…?何でケティが此処に?」

「見事に寝ぼけていますねルイズ。」

まだルイズは寝ぼけている模様…私はあまり良く眠れなかったというのに、安心してぐっすりだったのですね。


「くー…。」

「起きてください、起きないと…妹キャラっぽい起こし方しますよ?」

私はそう言いましたが、ルイズは眠ったままなのです。


「警告はしました…それでは、ルイズおねえちゃあああぁぁん!おっきろおおおおぉぉぉぉぉ!朝だよおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」

《必殺!妹ダイブ!》幾多の世界で元気系妹キャラがいくつものお兄ちゃんを餌食にしてきたその攻撃を、ルイズに!
…問題は、私は本来元気系妹キャラでは無い事と、ルイズの妹では無いという事でしょうか?


「げふぁ!?」

まあつまり、私はルイズの腹の上にお尻から飛び乗ったのでした。


「おはようございます、ルイズ。」

「は、計ったわね…ケティ…ガク。」

いや全く計っていない上に、そこで息絶えられても。


「良いから起きてください、今日は作戦会議があるのでしょう?」

今日は連合軍の作戦会議があるのです。
議題は当初の目的通りに即効でロンディニウムを陥落させるのか、それともゆっくり攻めるのか…。


「ずーっと呑んでいたから、体がへとへとなのよぅ…。」

「成る程、そんな時はこれなのです。」

そう言いながら、薬瓶の蓋を外してをルイズの口に突っ込んだのでした。


「んもーっ!?」

ルイズは絶叫しますが、鼻を押さえて飲まざるを得なくすると、あっさり飲んでくれたのでした。


「体が何だかぽかぽかしてきたんだけれども…一体、何を飲ませたのよ?」

「強壮剤なのです、モンモランシー製の。」

いや流石はモンモランシー、効き目が早いのですね。
疲れている時には強壮剤、落ち込んでいる時には興奮剤、興奮している時には鎮静剤…とかやったら、テオドール・ギルベルト・モレルとか呼ばれちゃいますね。


「またろくでもないものを飲ませてくれたわね…まあいいわ、目も覚めたし。」

「では、私は食堂に行っていますから、ルイズも早く着替えてくださいね。」

「はーい。」

私は部屋から出て、ぱたりとドアを閉じたのでした。


「ほぅ…。」

何とか、冷静でいられましたか…。


「私はお友達、親友…。」

私は女で、才人は男で、ルイズは女なのです。
私のすべき事は、私の大好きな人々を手っ取り早くハッピーにする事であって、場を引っ掻き回す事ではありません…と、今はそういう事にしておきます。。
じわっと涙が出て来そうになりますが、そこをグッと堪えるのが女ってもんなのです。


「…さて、御飯を食べに行きましょうか。」

気を取り直して…。


「お、どうしたんだケティ?」

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

し、心臓が、心臓が!?な、何者!?


「ケティ、ルイズの部屋の前で何やってんだ?」

「さささささ、才人!?」

考え事をしていたせいで、才人の気配にさっぱり気づけなかったようなのです…不覚。


「…って、何で泣いてんだケティ?」

いつも鈍いくせに、こういう時にだけ気づくとか、才人貴方はラブコメの主人公…でした。


「わわ、私が欠伸して何が悪いというのですか才人?
 悪くないでしょうええ悪くないですとも悪いというのであれば悪いという根拠を示してくださいええもう論理的に簡潔に示してください!」

「心配したら畳み掛けられた!?」

才人がびっくりして一歩引いたのでした。


「こう見えても乙女ですから、欠伸の痕など確認されたら恥ずかしいのですよ。
 それで、ルイズの部屋に何の用なのですか?」

「へ?いや、ルイズを起こしに来たんだけれども。」

ですよねー、慌てて思わず間抜けな質問をしてしまったのですよ。


「ルイズなら起きているのです。
 現在着替え中ですが…入りますか?」

「あー…物凄く悪い予感がするんで、遠慮しとく。」

才人の目が泳ぎ、ノブにかけようとしていた手が引っ込んだのでした。


「そこはあえて開くのが男と思いますが~?」

いつも通り、いつも通りに接するのです。


「俺に死ねってのか!?」

「どうせ数分で蘇生するでしょう?」

そう、いつも通り、いつも通り。


「蘇生しようが何だろうが、痛いもんは痛いの!」

「きゃっ、何を!?」

って、何で才人が私の手を掴みますか!?


「とっとと食堂に行くぞ、シエスタが飯作って待ってるから。」

「あ、あの、その…。」

何で私は離してと言えませんか!?


「ほら、キリキリ歩く!」

「あわわわわわ…。」

そのまま何も言えずに、私は才人に手を掴まれて引っ張られて行く事になったのでした。


「おはようシエスタ。」

「おはようございますサイトさ…縁切りチョーップ!」

食堂に行くと、挨拶をして出迎えてくれようとしたシエスタが、私と才人が手を繋いでいる事に気づき、素早く繋いだ手にチョップをしてきたのでした。


「うわ、何すんだよシエスタ!?」

「私というものがありながら、ミス・ロッタと手を繋いで食堂に来るなんて、不潔ですサイトさん!」

ぷりぷり怒っていますが…ナイスですシエスタ。
あのままだったら、どうなっていたことやら?


「い、いや、ケティが不穏な事を勧めるもんだから、つい。」

「ふおんなこと?」

シエスタが首を傾げています。


「ああ不穏で恐ろしいこと、口に出すのも憚られる。
 創造するだに恐ろしいから、無理やり引っ張ってきたんだよ。」

そんなに恐ろしいのですか、ルイズの折檻は…。


「なんだかわかりませんけれども、ミス・ロッタはサイトさんと手をつないじゃ駄目です!」

「ええと…いえシエスタ、私は手を繋がれた方なわけなのですが?」

言うなれば、被害者なのです。


「うふふ、頬を赤らめて目を泳がせておいて、何を言い逃れしているんですか?」

シエスタは、私の耳元に口を近づけると、そっとそう言ったのでした。


「ぬな!?」

シエスタが気づいているのはわかってますが、こんなところでそんな話しづらい話題を振って来ないで欲しいのです!


「と、と、殿方に手を握られたら、普通はこうなります!」

私はシエスタの耳に手を当てて、言い返したのでした。


「好きでないなら、普通は嫌な顔をするものですわ。」

シエスタも私の耳に手を当てて言い返してきます、ぬぅ…こっちの話題に関しては、矢張りシエスタのほうが上手ですか。


「親友なのですから、嫌いなわけが無いでしょう。
 ですから嫌悪感ではなく羞恥心が出てしまうのは、仕方が無いのです。」

「そう言い張るなら、こちらにも考えがあります。」

シエスタはそう言って離れると、才人の腕に自分の腕を絡めたのでした。


「はい、サイトさん。
 サイトさんの分はこちらです。」

「え?ああ、こっちな。」

「ぬ…。」

くくくくくクールになるのです、ケティ・ド・ラ・ロッタ。
ああ貴方はこのくらいで動揺するような娘では無い筈なのです。


「クス…やっぱり。」

あっさり見抜かれた…何故?


「ぬぬぬ…。」

うう、女として二年の差があると、こうも駄目なものなのでしょうか?


「何が『ぬぬぬ』ですか、やっぱり油断ならないです。」

「私は諸々の理由があって、シエスタのように素直には出来ないのです。
 そもそも、私は現在そういう感情を秘めておいているのに、わざわざ藪を突付いて蛇を出すつもりなのですか?」

私としては、どうにも整理が付かないので、放って置いて欲しいのですが。


「むむむ…。」

「何が『むむむ』なのですか…兎に角、この件は口出し無用で。」

私は唇の前に人差し指を立てて、喋らないようにというジェスチャーをして見せたのですが…。


「私は、そういうのは好きじゃないです。
 何事もやるなら正々堂々とするようにと、ひいお爺ちゃんからも教わりました。」

「それは貴方の流儀、私は私の流儀なのです。
 惰弱だと思いたければ、そう思って頂いても構いません…実際、気持ちの表明が出来ないのは私の惰弱さゆえ、ですから。」

どうしてこうもブレーキがかかるのか、自分自身の事ながら不可解なのです。


「う…わかりました。
 この件は胸に仕舞っておきます。」

シエスタは少々困惑しながらも、頷いてくれたのでした。


「どうしたんだよ二人とも、何かこそこそ話したりして?」

才人が不思議そうに首を傾げているのです。


「乙女には色々と秘密があるのです。
 ですよね、シエスタ?」

「え?あ、はい。
 ではミス・ロッタの分はこちらですので、席におつきください。」

私はシエスタが促してくれた席に座ったのでした。


「何だよ、隠し事とか水臭いな?」

「ほほう、才人は女の子の秘密を暴きたいのですか?」

半眼で才人を睨み付けてみます。


「エッチなのですね。」

「そ、そういう話なの!?」

才人が顔を赤くしてのけぞったのでした。


「さあ?でもエッチなのですね。」

「わ、わかった、わかったからエッチとか言うな。」

顔を真っ赤にした才人が、わたわたと手を振ったのでした。


「ふわ…みんな、おはよー。」

ルイズが欠伸を噛み殺しつつ、食堂にやって来たのでした。


「なあ男爵令嬢?公爵令嬢が、欠伸顔を隠さずに部屋にやって来たんだが?
 男爵令嬢があれだけ恥ずかしがっているのに、公爵令嬢があれなのはどういう事だ?」

誤魔化しが何となく引っ掛かっているのですか、才人?


「良かったですね才人、貴方には素顔を見せても良いと思えるくらい、ルイズは貴方への警戒心を解いているようなのです。」

ぶっちゃけ才人とルイズの場合、一緒の部屋で寝泊まりしていて今更恥じらいも何も無いような気がしますが。


「そーいうもんか?」

「ですです。」

神妙な顔でコクコク頷いておいたのでした。


「ミス・ヴァリエールはこちらですわ。」

シエスタがルイズを席に促します。


「ありがと、あんたも自分の席に座りなさい。」

「はい。」

シエスタが席に座ると、皆が一斉に朝食を摂り始めたのでした。


「…で、今日の作戦会議なんだけれども、ケティはどんな事を話すと思うかしら?」

「ゲルマニアは当初の作戦通り、速攻案で来るでしょうね。
 …とは言え、誘引策がいささか上手く行き過ぎて、ロサイスにせっかく構築した防衛陣地が全部無駄になった上に、アルビオン軍は士気が崩壊しつつあるとは言え依然無傷なわけですが。」

確かこれは、原作どおりだった筈…。


「空を埋め尽くす大艦隊は、やっぱしやり過ぎだったんじゃねーか?」

「う…やっぱりやり過ぎたかしら?」

ルイズは苦笑いを浮かべたのでした。


「お蔭様で遠征軍はたっぷりと休みを取れましたし、これはこれでありでしょう。
 ただ、これ以上のんびりしていると士気がブッ弛みますので、そろそろ戦争再開…なのです。」

「戦争再開か…嫌になるわね。」

ルイズの顔が憂鬱になったのです。


「いやほんと、憂鬱になるな…。」

才人も憂鬱そうな表情になったのでした。


「弾薬はケティんとこで作ってもらったのがあるから良いけど、あの大砲をまた使うのか?
 今度は地上に向かって…。」

蒼莱は対地攻撃には向いていないのですが、アルビオン空軍が壊滅した今となっては仕方が無いのですよね。


「城門を狙えば、恐らく一撃で破壊できる威力がありますから、攻城戦での破城槌の代わりとして使われる事になるでしょう。」

問題は、多分そうなる前に例のイベントが起こるという事…ですか。
7万に膨れ上がったアルビオン軍を才人がたった一人で食い止めるという、呂布でも無茶っぽいイベントなのです。


「私はこれを放置すべきなのか…。」

「ん?なんか言った?」

おっと、思わず口から思考が漏れていましたか?


「いえ、何でもありません。
 それで、今後連合軍が…特にゲルマニアが採る選択は…。」

私は朝食を楽しみつつ、ルイズに戦略の説明を行ったのでした。






「速攻策だ!
 ロンディニウムまで一気に進軍し、包囲し、撃滅する!
 これが我々が採り得る策の中で最善である!」

ハルデンベルグ侯爵は、開口一番そう吼えたのでした。
銀髪に同じ色の見事なカイゼル髭を蓄え、ガッチリした体格のそれはもう何というか…暑苦しい感じの御仁なのでした。


「…とまあ、最初に私は私としての結論を述べておく。
 その次に悪い知らせからだが、我が軍の兵糧は既に4週間分しかない。
 まさかロサイスを完全無欠に放棄するとは思わなんだ…とは言え、間者からの報告では敵軍の士気は急激に崩壊しつつあるらしい。
 此処は砦等を全て迂回してロンディニウムに立て篭もるアルビオン軍を包囲殲滅するべきだと思うが、ド・ポワチエ伯はいかがかね?」

ハイデンベルグ候は鼻息荒く、トリステイン軍司令官のド・ポワチエ卿に話を振ったのでした。


「そうですな…兵糧を買うにも莫大な金がかかる…長期戦はなるべく避けるべきですな。
 それに、姫様からは勇敢無比なゲルマニア軍に先陣を切っていただき、我々はそれを徹底的に支援すべしとも承っている。
 …であれば、ハイデンベルグ候の策に対してゲルマニア諸将に異存が無いのなら、我々はそれに従いますぞ。」

ド・ポワチエ卿はあっさりと頷いたのでした。


「ハイデンベルグ閣下、私は反対です。
 此処から一気にロンディニウムでは補給線が延び過ぎます。
 そこを衝かれれば、我が軍のただでさえ少ない兵糧が更に少なくなります。
 そうなれば、軍の士気を維持するのが困難になりかねません!
 最低限2~3箇所の砦を制圧して、敵の主力をおびき出す行動をとりつつ、物資の中間集積所にする事を提案いたします。」

東トリステイン系のトリステイン軍人であるウインプフェン卿が、ハイデンベルグ候の主張にいきなり異議を唱えたのでした。


「はぁ…空気読めない人ね、って言うか上官が良いって言っているのに…。」

ルイズが思わず溜息を吐きながら、隣にいる私にしか聞こえないくらいの小さな声でボソリと呟いたのでした。
とはいえ、ウインプフェン卿の発言は戦の常道ではあるのです…まともにやったら追加の兵糧を用意するのにかなりお金がかかりますが。
…姫様からの命令は、ゲルマニア側に察知されないように、司令部ではポワチエ卿しか知らないのですよね。


「いいや、そんなものは大した問題では無かろう?
 我が軍は既にアルビオンの制空権を確保しておるのだから、補給線は空から見張ればよい。
 そもそも、我々は当初の目的通り、降臨祭までには帰らねばならぬのである。」

ハイデンベルグ候がウインプフェン卿の発言に反論していますけれども、『降臨祭までに帰る』は長期戦フラグなのですが…第一次世界大戦的な意味で。


「始祖の降臨祭までに帰るつもりで始めた戦が、かつて降臨祭までに終わった例がありましょうか?
 『年越し戦争』や『長過ぎる一週間戦争』の例などからも明らかなように、急ぎ過ぎて拗らせた例ならば腐るほどありますが。」

東トリステイン系の貴族は、自分達の祖先が治めていた領土をゲルマニアに奪われてしまった者が大半なので、ゲルマニア嫌いっぷりが西トリステイン系の貴族に比べてもかなり酷いのですよね…。
これ以上彼に話させたら、話が拗れかねません。


「自らの臆病を慎重さと履き違えているようだな。
 ふん、風系統は臆病風とはよく言ったものよ。」

ちなみにウィンプフェン卿は風系統のメイジなのです。


「臆病者はそちらでしょう。
 降臨祭までに帰る事が出来ずに、奥方に叱られるのが余程怖いと見える。」

「なに?聞き捨てならぬ事を…。」

ハイデンベルグ候は奥方に頭が上がらない事で国内外に有名ですからね…軍人としては攻勢には滅茶苦茶強いタイプの…ビッテンフェルトではなくグエン・バン・ヒュー系といいますか、そんな御仁なのですが。


「ハイデンベルグ候、ウインプフェン、双方ともそのくらいにして頂きたい。」

双方が睨み合い始めた所を見計らって、ポワチエ卿が割って入ったのでした。


「ウインプフェン、私は己の出世のみがささやかな趣味という、自己保身に塗れた木端軍人でな。
 頼むから、あまり会議の場を波立てないでくれないか?」

「は?はあ…。」

何で物凄く情けない事を言いつつ、ウインプフェン卿を威圧感たっぷりに睨み付けるのですか、ポワチエ卿?
ウインプフェン卿が、わけわからなくなって戸惑っているのです。


「ハイデンベルグ候、このままロンディニウムに敵の全軍が立て篭もったままでは、当初の予定よりもロンディニウムで会う敵兵が多過ぎるのも事実。
 ここはもう少しロンディニウムに近い場所に陣取って、敵の主力を精神的に圧迫すれば少しくらいはおびき出せるのではないかと思われるが、いかがか?」

「うむ、確かに私もそれは危惧していた事ではある。
 …で、具体的には何処に陣取れば良いと思われるであろうか?」

ハイデンベルグ候は、そう言って地図(といっても、滅茶苦茶大雑把な位置関係しか書かれていないものですが)を、ポワチエ卿に手渡したのでした。


「ウインプフェン、ここを抑えられると敵が焦る…というのは何処か?」

「そうですな…。」

ポワチエ卿がそう言うと、ウインプフェン卿は一点を指差したのでした。
そこに書いてあったのは、シティ・オブ・サウスゴータという文字。


「矢張りサウスゴータかと。
 ここには近くの風石鉱山から運び込まれた風石や、食料が保管されております。
 現在サウスゴータからは物資がロンディニウムに運び出されている最中のようですが、何せ大量にあるので未だに搬出は完了していない模様です。
 ここの食料や風石を手に入れることが出来れば、我が軍は若干ながら一息つけますし…。」

「…同時に、物資を奪われたアルビオン軍は動揺すると。」

ポワチエ卿は感心したような顔をしていますが、この二人…マッチポンプなのですね?
何で、わが国はこういう狸ばっかりなのですか…。


「成る程な、それであれば数箇所もの砦を攻略するなどというまどろっこしい事をせずとも良いか…。
 しかし、サウスゴータは物資の集積地と交通の要衝を兼ねている重要拠点ゆえ、ロンディニウムほどではないにせよかなり堅牢な城塞都市と聞くが。」

ハイデンベルグ候は首をひねって唸っています。


「その為の『我々』なのです。」

あの二人の三文芝居に、私も付き合って見ますか。


「そう言えば、貴方はいったい誰かねフロイライン?」

「ケティ・ド・ラ・ロッタと申します…ミス・ヴァリエールと同じく、アンリエッタ陛下直属の侍女ですわ。」

「なんと!?」

それを聞いて、ハイデンベルグ候が目を剥いてびっくりしたのでした。
そして、それを見たポワチエ卿が、笑いを堪えて口を押さえているのです。


「それで、『我々』とは…?」

「私、ルイズ、そして彼女の使い魔である才人などが所属する組織…特務機関『オレンジ』なのです。」

「ぶーっ!?」

ルイズが隣で水代わりに出たワインを噴きましたが、無視無視。


「ちょ、ケティ、それって…。」

「大丈夫なのですルイズ、陛下からの許可はいただいているのですよ。」

ルイズに『取り敢えず合わせれ』という意思を込めつつ、微笑みかけたのでした。


「へいかが、それならちかたがないわね。」

なんという棒読み…噛んでるし。


「サウスゴータの門は、全て蒼莱が潰します。
 いかな城塞都市といえど、門を尽く破壊されては守り切る事は不可能でしょう?」

蒼莱の弾ならまだ筏に残っていますし、あれなら下手な破城槌よりも強力ですからね…パウルにあちらで今出来ている分も全部送るように手紙を送っておきますか。


「素晴らしい…貴公らの働きには我が軍も大いに助けられている。
 これからもよろしく頼みますぞ。」

「え、ええ、はい。」

感動した表情でハイデンベルグ候が、ルイズの手を握って激しく握手しているのでした。





「…と言うわけで、頑張って下さい才人。」

作戦会議で決まった事を、掻い摘んで才人に伝えたのでした。


「何だか、そんな事になったわ。」

ルイズも沈痛な面持ちで、頷きます。


「なんだそりゃ!?」

才人は頭を抱えたのでした。


「仕方が無いでしょう、手っ取り早く城塞都市を陥落させるには、全ての門を破壊してしまうのが一番なのです。
 コルベール先生が作ってくれた新兵器も、実験してみないと…。」

しかしあんなものを作っていたとは…。


「ケティが持ってきた、『猛り狂う蛇くん』とかいう、アレか?」

「ええ、2発しかありませんが、ヴィスビューの艦長に頼んで筏に運び込んでもらったので、試しに城壁に向かって撃ってみてください。」

このファンタジーなハルキゲニアで、あの人だけが相変わらず未来に生きているのです…。


「おいっすー!」

私達がそんな事を話している間に、ぽっちゃり系竜騎士がやってきたのでした。


「ええと、ぽっちゃり系竜騎士…じゃなくて、ジャン・ルイでしたか?」

「なんだそのいつの間にか撃墜されていそうな名前は!?
 俺の名はルネ・フォンクだ!」

ぽっちゃり系竜騎士は、そう言いながら、私に酒瓶を渡したのでした。


「これは?」

「ゲルマニア軍から、あんた達に差し入れだと…しかもハイデンベルグ候直々だぜ。
 あんたらの所にうちの竜騎士隊総出で届けに来たんだ。」

ぽっちゃり系竜騎士はそう言うと、私を見たのでした。


「…で、今度は何やるんだ?
 いい話なら、俺達にも一枚噛ませてくれよ?」

「今回も蒼莱が無いと出来ない任務ですから、それはちょっと無理なのですね。」

流石に風竜のブレスでは、城門破壊は無理ですし。


「ちぇー…それは残念。
 …まあ、それは兎に角だ、食いもんがいっぱい来たんだ、しかもあんたらじゃあ食いきれないような量が。」

「サウスゴータ進攻前にもうひと呑み…ですか?」

私が半眼になると、ルネはびくっと顔を引き攣らせたのでした。


「だ、駄目か?でもそれだと折角の食料が…。」

「駄目だとは言いませんよ、今夜は皆で飲みましょう。」

ゲルマニア軍からの差し入れは、おそらく遠征軍では貴重な生の食料や、ハムやソーセージといった干し肉よりも上等な保存食でしょう。


「折角の差し入れを、痛ませてしまっては勿体無いですし。」

「…いいのか?」

何故に、そんな恐る恐るなのですか?


「…あんた、意外と話がわかる?」

いや、だから何で疑問系なのですか?


「ひょっとして、私を物凄い堅物か何かと勘違いしていやしませんか?」

「いやだって、宴席にいきなり火魔法ぶっ放す女だぜ?」

成る程…って。


「一週間ぶっ続けで宴会して部屋汚しっぱなしにしている状態を、誰かが怒らなかったら収拾が付かないではありませんか。」

皆泥酔していたので、喝を入れる必要があったというわけなのです。


「いやだからって、いきなり火魔法は…。」

「何か言いやがりましたか?」

交渉に於いて、笑顔は大事なのですよ。


「い…いや、何でも無い、です、はい。」

ほら、笑顔を浮かべれば、皆友好的になってくれるのです…ねっ★




「はーい、出来ましたよー♪」

「どんどん食べてくださいねー♪」

シエスタと一緒に運び込まれた食材を調理し、どんどん持って行きます。


『おーっ!』

竜騎士たちが歓声を上げているのです。


「お、俺、男爵家の女の子の手料理食うの初めてです。」

「安心しろ、俺もだ。
 しかし男爵家のお嬢様でも、料理って作るんだな…。」

何だか、妙な感動を与えている模様…いや、うちは男爵家でも多分に庶民的な家なのですが。。
ちなみに彼らは軍人になる事で、エスクァイアという一代限りの貴族の身分を保証されているメイジなのですよ。
階級としてはギリギリ貴族、ほとんど平民という人々なのです。
ですから、何と言いますか…。


「わはははははは!
 何だかやっぱり気が合うなお前ら!」

「おう、気が合うな、まあ呑め!」

学院に通う貴族の子弟とは違って非常に庶民な人々なので、才人と気が合う事気が合う事…。


「才人、楽しむのは良いですが、あっちは良いのですか…?」

ルイズに目を向けると、オッドアイの美少年が彼女のお酌をしているのです。


「さあ、お嬢様、もう一杯どうぞ。」

「あ、有り難う…。」

ふむぅ…髪がピンクや空色の人は見ていますが、オッドアイは始めて見たのですよ。
あれがジュリオ・チェザーレ…ね。


「…くぅ、辛い現実から逃げさせてくれ。
 こんなあっさりルイズが俺から乗り換えるだなんて。
 イケメンなんて、イケメンなんて、爆発すれば良いんだ。」

「いや、才人の目が曇りまくっていると思うのですがー?」

ルイズは確かに滅多に見ないレベルの美男子を見て少々照れてはいますが、ぶっちゃけめっちゃ困惑しているのです。


「いや、あれは男に惚れた女の目だ、間違いないね。」

「矢鱈気障なロマリア男と二人きりにされたせいで、基本的に人見知りの激しいルイズが目を白黒させているだけに見えますが。」

ルイズから助けてオーラが出ているのに気づきませんか?才人?


「ケティ慰めないでくれ、俺は振られたんだ。」

「そうですか、わかりました根性無し。
 そこで好きなだけクダ巻いていやがれなのです。」

前もそうでしたが、才人は酔っ払うと異常なくらい自信を無くすというか…フラれ上戸?
わけのわからない酒癖なのですね。


「…さてと、私もルイズのところに行きますか。」

才人は役に立たないようなので、私がルイズを助けてきますか。


「ケティにまでフラれた!?
 俺の人生オワタ、もう樹海行くしか。」

はいはいわろすわろす…そもそも、どうやってハルケギニアから富士樹海に行くつもりなのですかと。


「シエスタ。」

「はい、何ですかミス・ロッタ?」

私が声をかけると、シエスタがとことこやってきたのでした。


「料理は運び終えましたよね?」

「ええ、全部運び終わっていますわ。」

シエスタはこくりと頷きます。


「では、暫く才人の相手でもしてあげてください…多分、うんざりすると思いますが。」
 
「大丈夫です、任せてください!
 酔っ払いの相手はこれでも慣れているんですよ。」

シエスタは力瘤を作って見せてくれたのでした…何故に?

「でも良いんですか?
 私、サイトさんの心の隙間を突っ突いちゃうかも…ですよ?
 そして取っちゃったりして。」

「シエスタ…。」

私はシエスタの肩をポンポンと叩いたのでした。

「…戦わなきゃ、現実と。」

「どういう現実と戦わなきゃいけないんですかっ!?
 哀れみの視線を送らないでくださいっ!」

いやだって、いつもアプローチが大胆過ぎて才人ドン引きじゃないですか、シエスタ。


「人間、知らない方が良い事だって結構あるのですよ。」

「うぅ…凄く不安になってきたんですが。」

シエスタは大胆に迫るタイミングが、才人がその気になる前よりも早過ぎると思うのです…教えてあげませんが。


「では、私はロマリア男からルイズを救出に行ってきます。」

「はい、御武運を…。」

シエスタは肩を落としながら私を送り出してくれたのでした。


「ルイズ、楽しんでいますか?」

「あ、ケティ。」

ルイズは私を見て笑顔を見せましたが、才人の方を見て眉を顰めたのでした。


「あのバカメイド…。」

「才人は泥酔状態ですから、シエスタに任せて放って置きましょう。
 あの状態だと、たぶんまともな受け答えは出来ませんよ?」

正直、あの状態では処置無しなのですよ。


「さて、貴方のお名前を伺っていませんでしたねロマリア人?」

「可憐な人、僕も君の名を聞いてはいないな?」

ふむ、やはり間近で見るとよりいっそう面白いといいますか。


「私の名はケティ・ド・ラ・ロッタと申します。」

「僕の名はジュリオ、ジュリオ・チェザーレとお呼びください。」

ジュリオが右手を差し出してきたので、握手するのかとでも思って左手を差し出したら、素早く跪いて手の甲に軽くキスをしてきたのでした。


「な!?手を許した覚えはありませんが?」

「失礼、あまりにも美しい手だったものでね。
 そう…うちの恥部との繋がりがある人の手には見えない美しさだ。」

ジュリオはそう言って、私にウインクして微笑んで見せたのでした。
『お前のルートは知っているが、わざと泳がせているんだ』ですか。


「あら、貴方の言う恥部が何なのかは知りませんが、褒めていただけて光栄なのです。」

はぁ…この人との会話は胃が痛くなりそうなのですよ…。



[7277]  幕間37.1 漆黒の女王、情熱の娘
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/07/01 06:57
「では、こちらはこのように。」

「はっ。」

アンリエッタがサインした書類を、官僚が受け取って立ち去る。
ここは何時もの執務室ではない。
王城にある小さいながらも豪奢な聖堂である。
アンリエッタはこの豪華な聖堂の装飾品も含めて城の装飾品を片っ端から売り払おうとしたのだが、ケティに止められた経緯がある。
ケティ曰く『王城の装飾品とは、国力を誇示する為のものなのです。』
つまり王城の装飾品とは『我が国ではこれだけの品を飾っておく余裕があります』という、外交上のハッタリでもあるので気安く売り払ってはいけないという事だった。
まあそんなわけで、アンリエッタとしては好きで絢爛豪華に飾り立てているわけでも無かったりする。
庶民には通じにくいが、見栄とハッタリは王侯貴族や金持ちやヤクザの世界では大事なのだ。


「しかし陛下、わざわざこのような所で執務をなさらなくても。」

マザリーニは窘めるようにアンリエッタに言った。


「あら、どうしてかしら枢機卿?」

そう返しつつも、アンリエッタの目と手は止まらない。
ちなみにアンリエッタは現在、全身黒尽くめの喪服姿。
あまり多くは語らないが、黒さが際立っていた。


「始祖は『聖堂で仕事をしてはいけない』とか、仰られていたかしら?」

「いえ、それはありませぬが…私も聖職者の端くれとして申させて頂けば、些か不謹慎ではないかと。」

政治家としての姿が目立ち過ぎる為か、ほぼ完全に聖職者である事を忘れ去られつつあるマザリーニは溜息を吐いた。


「そうは言っても、仕事を止めて日がな一日中祈っているわけにもいかないもの。」

「い、祈ってらっしゃったのですか!?」

アンリエッタの言葉に、マザリーニは思わずのけぞった。


「あのね、私をなんだと…まあ良いわ。
 これ、何だと思う?」

アンリエッタはマザリーニに数枚綴りの書類を見せた。


「これは…戦死者名簿ですかな?」

「そう、国の為に名誉の戦死を遂げた者たちの名よ。
 戦後家族に渡される戦没者名誉百合章の授与名簿にもなっているわ。
 基本的にゲルマニアの後ろに隠れているとはいえ、矢張り犠牲無しというわけにはいかないのよね。」

アンリエッタの手が少し震えているのをマザリーニは見つけた…が、見なかった事にした。


「前途ある若者を煽てて宥めすかして死地に送って、死んだら勲章渡してハイ御終い…なんていうのは嫌なのよ。
 人の命を掌で転がす立場にある身ですもの。
 国の為に戦っている彼らの死を悼むくらいはしないと、私は何時か人を人とも思わなくなるわ。
 私は慈悲深く、かつ情け容赦無い君主になりたいの。」

「それは矛盾しているのでは?」

慈悲深いと情け容赦無いは殆ど対極みたいな言葉である。


「自分の中にある矛盾さえ御し得ないのであれば、臣下など到底御し得ないのではなくて?」

「ふむ、そうかもしれませんな。」

臣下という他人の心を御す事に比べれば、己の矛盾など大した事が無いかもしれないななどと思いつつ、マザリーニは頷く。
しかし…とマザリーニは目の前の黒尽くめの少女を見ながら思う。


(あの夢の世界の住人の様であられた御方が、この悪夢のような世界に足を踏み入れ、しかも極短期間でよくぞここまで御立派に育たれたものだ。)

アンリエッタの母がアレだっただけに、即位して仕事をしてくれるだけでも万々歳なのに、率先して仕事をどんどんこなし、メキメキと実力をつけて行く。
しかも、ケティ・ド・ラ・ロッタという掘り出し物まで見つけて来てくれたと思っている為、感動で涙がちょちょ切れそうなマザリーニだった。


「枢機卿、喪服を良く見る聖職者として、私の喪服姿はどうかしら、似合っていて?」

「似合うとは思いますが…。」

真っ黒だと、何時も出ている妙なオーラが更に強くなる感じがするのだ。
ある意味物凄く良く似合っているのかもしれないが、この歳の少女が問答無用で平伏したくなるオーラを出しているというのは、王であるとかそういう点は置いておいてどうかと思うマザリーニだった。


「姫様はやはり、白の方がお似合いかと。」

「そう…でも確かに常に黒尽くめの女王とか、英雄譚に出てくる悪役よね。」

アンリエッタは皮肉っぽくほほほと笑った…どう見ても悪役だなぁとか、マザリーニが思ったかどうかは定かではない。


「ああそうそう枢機卿、いきなり話は変わるけれども、私の夫候補は見つかったかしら?」

「陛下の指定は確かに道理に適っていますが、『賢くて控え目で家柄が良くて本人含めて一族に調子に乗りそうなものが居ない』なんて、なかなか見つかるわけが無いでしょう。」

アンリエッタのリクエストは無茶振り過ぎた。


「だって、賢く無ければ王配として表に出せないでしょ?
 女王の夫になるのであれば、ある程度の地位や名声が無いと大変だし、一族が調子に乗ったら粛清しなきゃいけないじゃない?
 いくら私でも、夫の親戚を処刑したり地下牢に放り込んだりするのは気が引けるのよ。」

「粛清が大前提とは、相変わらず問答無用ですな…。」

マザリーニの顔が思わず引き攣る。
外戚が調子に乗るのは世の常なのだが、アンリエッタは調子に乗ったら即座に粛清して引き締めるつもりらしい。


「どうにもならなくなってから引き締めても意味が無いのよ。
 不穏な芽は芽のうちに徹底的に轢き潰しておくべきだって、ケティの本にも書いてあったし。」

「彼女の本は、時々とてつもなく過激ですからな…。」

もし彼女に夫が出来たら、外戚になる者たちを呼んで待遇は一切変わらない旨を伝えねばならないなと思うマザリーニだった。
目障りな枝がある場合には先にこっそり剪定しておかないと、決断に躊躇しない彼の主君は木ごと切り倒してしまいかねない。
だからこそ彼が官僚を手足として使って予め根回しをし、主君の目につく前に穏便に済まさねばならないのだ。
まあそれが王の仕事であり、その前のクッションとなるのが大臣や官僚の本来するべき仕事なので至極当たり前なのだが。


「ケティが男だったら、事は早かったのにねえ?
 あの子の家、家柄の古さだけで言うならトリステイン屈指だし。
 良い感じに能吏が手に入るし。」

「陛下は何を言っているのですか。
 ケティ殿が聞いたら、本気で嫌がりますぞ。」

マザリーニは頭を抱える。


「…ああ、そう言えばケティにも弟がいたわね。」

アンリエッタはふと思いついたように手槌を打った。


「アルマン・ド・ラ・ロッタですな…彼はラ・ロッタ家の跡取り息子です。
 恐らくケティ殿が大反対するかと。」

「何で?」

マザリーニがそう言うと、アンリエッタは首を傾げた。


「ラ・ロッタ家は古来より男系相続となっています。
 詳しい理由はラ・ロッタの継承権を持つ者しか知らないそうですが、『山の女王』と何か関わる理由があるそうで。」

「何それ怖い。」

本当に、知らない人には何処までも謎の大魔境なラ・ロッタ領だった。





「ふおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

ゲルマニアの自治都市ブレーメンにコルベールの歓喜の声が響き渡る。
もくもくと缶から噴出す蒸気、そしてボイラー、回るプロペラ、全部コルベールの大好物だったからだ。


「先生、喜び過ぎですわ。」

一緒に付いて来たキュルケは少し引きつつも、コルベールに自重を促した。


「いやしかしだねミス・ツェルプストー、この光景を見て感動しない者がいるのかね?
 魔法の力を一切使わない動力なんだよ!?」

「そうは言われても、よくわかりませんわ。」

確かに大掛かりだが、このくらいなら魔法でやって出来ない事は無いのだ。


「ようこそフルカン造船所へ、お待ちしておりましたコルベール殿。
 私の名はアルプレヒト・ルートヴィヒ・ベルブリンガー、当造船所の職人長です。」

ベルブリンガーと名乗った男は、一礼してコルベールに握手を求める。


「ジャン・コルベールです。
 しかし素晴らしいからくりですな!」

「いやお恥ずかしい、これはまだ全然未完成なのですよ。」

頬を赤らめ、ベルブリンガーは頭を掻く。


「これで、ですか?」

「ええ、ケティ様が求められた出力を出せんのです。
 いやまあ、出そうと思って出せん事は無いのですが…。」

ベルブリンガーは途方に暮れた表情になる。


「出すとどうかなってしまうんですか?」

「蒸気の圧力とタービンの回転にタービン車室が耐えられんのですよ、つまり大爆発を起こします。
 色々やってみたんですが、どうにも上手くいかなくて。」

ケティの持ってきた進んだ技術に、冶金技術の進んだゲルマニアの職人メイジですら対処が出来ない…ここに来て動力開発はどん詰まりになっていた。


「そうなのですか。
 しかし素晴らしい…このような機構を誰が思いつかれたのですかな?」

「アンナ・ファン・サクセン殿という、女性の職人らしいです。
 彼女が作ったという機構を、ここの職人が発展させてあの機構を作ったんですよ。」

ちなみに、アンナに軸流式蒸気タービンの発想を伝えて作らせたのはケティだったりする。


「その方とは、一度会って話がしてみたいものですな。
 どれどれ…確かにこの機構は、使用する部品にえらく強度が要りそうですな、ううむ…。」

「ええ、途方に暮れております。」

ベルブリンガーの言葉を聴きながら、コルベールはうんうん唸っている。


「ど、どうしたんですの、コルベール先生?」

その様子を見て、キュルケが声をかける。


「…そうか、私の作ったアレと組み合わせて…。」

しかし、コルベールはぶつぶつ呟いている。
その表情が前に学園で見た、彼が戦いに赴く時に見せた表情とダブって見えるキュルケだった。


「かっこいい…かも?」

恋多き女、キュルケの胸がキュンと高鳴った瞬間だった。


「うん、これなら強度が得られる…しかし、構造が…。」

思考の海に没入しつつあるコルベール。


「ぽーっ。」

それに見とれるキュルケ。


「変わった方々が来られたものだ。」

アルプレヒトは頭を掻いた。


「よっしゃ、漲 っ て き た !」

コルベールは大きく頷くと吼えた。


「な、何事ですか!?」

「ベルブリンガー殿、設計図の図面を引きたいのですが!」

コルベールはそう言いながらベルブリンガーの肩を掴んだ。


「ず、図面ですか?」

「はい、方式は変わりますが、蒸気を高出力の動力に変える方法、思いつきましたぞ!」

コルベールは何かティンと来たらしい。


「先生素敵!」

そしてキュルケは何かおかしい。


「それはそうとコルベール殿、こちらの女性はどなたですか?
 助手?」

ベルブリンガーは戸惑いながら、目をハートの形にしたキュルケを見る。


「え?あ、忘れていました。
 こちらの女性は…。」

「初めまして、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申します。」

コルベールの促しに正気に戻ったキュルケが、ベルブリンガーに優雅に一礼した。


「ツェルプストー…まさか、ツェルプストー辺境伯家!?」

ツェルプストー家の爵位は辺境伯であり、同時にゲルマニア七選帝侯の一つに数えられるゲルマニア屈指の名家である。
しかも今居る自由都市ブレーメンは、ツェルプストー家の威光によって独立を保障されている都市なのだ。


「あら、びっくりしていただけたようで嬉しいですわ。」

「し、しかし何故にツェルプストー家の方が…?」

この造船所は、機密保持の契約をしたゲルマニア人以外は、例え妻子だろうが立ち入り禁止になっている。
例え大貴族と言えど、例外は無い筈だった。


「あら、ケティから聞いていないの?
 うちも多少ながら出資する事になったのよ…もっとも、私は良く分からないのだけれどもね、あっはっは。」

キュルケはあっけらかんと笑い始める。


「良く分からないものに出資を?」

「コルダイトを作っても作り方を一切他社に公表しないケティの商会が、技術流出の危険まで冒して冶金技術の高いゲルマニアに拠点を作ったのよ。
 絶対、ゲルマニアの技術を使った面白いものに決まっているじゃない?」

そう言って、キュルケは魅力的なウインクをして見せたのだった。



[7277] 第三十八話 ジュリオに始まりジュリオに終わるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/07/15 21:45
『教団』とは、『始祖の正しき教え』を守り伝える為に作られた組織
経典の原本全てを持っているのはロマリアの教皇庁だけなので、ぶっちゃけ幾らでも追加できたりするわけなのですが



『教団』とは、『始祖の正しき教え』を守る敬虔なる徒が仕える組織
内情といえば、高位の坊主でも袖の下を渡せばホイホイ『保管庫』にある異世界の武器を横流ししてくれたりするわけなのですが


『教団』とは、『始祖の正しき教え』を守る為にハルケギニア中に『異端審問官』を派遣している組織
我が家領にも何度か異端審問官が立ち入ろうとした事があるらしいのですよね、いずれもその後の消息は不明…無茶しやがって、なのです








「さて…二人きりになれたわけだけれども。」

そう言って、ジュリオは柔らかく微笑んで見せたのでした。


「月に照らされる君は、まるで妖精の様だね。」

「ぼちぼちでんな。」

私はジュリオのロマリア風挨拶に大阪風挨拶で返すことにしたのでした。


「ボチボチデンナ?」

「ロマリア風挨拶はいちいち面倒臭いので、普通にしてください。」

後でなら兎に角、この段階のジュリオと馴れ合うつもりはありませんし。


「や、やりにくいなぁ…普通の女性はもうちょっと僕に好意的に接してくれるんだけれども。」

「いあいあ、そんなに気落ちなさらずに。
 私の男の趣味は、世間一般からちょっぴりずれているらしいのです。」

正直な話ちょっぴりドキッとはしますが、こと交渉時にその程度で表情を変えるものですか。


「うーん…僕の目を見て、どう思う?」

「珍獣。」

オッドアイは初めてですが、別に目からビームが出るわけじゃなし。
珍しいという事以上の感慨は浮かびません。


「ち…珍獣!?」

「とても珍しいのですね、それで珍獣、珍獣ジュリオ・チェザーレ(仮)。」

私の出した感想にあっけにとられたのか、ジュリオはポカーンとしているのです。


「そ…そういう感想を抱かれたのは、生まれて初めてだよ。
 神秘的だとはよく言われるんだけれども。」

何とか立ち直ると、ジュリオは心底困惑した表情で、頬を掻いたのでした。


「うーん…そこで『ジュリオビーム!』とかの掛け声と一緒に色違いの方の目から光線を発して鳥を撃ち落したりしたら、『素敵!抱いて!』って感じに惚れるかもしれませんが?」

「さ、流石にそれは無理だよ。」

矢張り無理ですか、それは残念無念。
間近で見ると、ビーム出せそうなのに…。


「それで、私を人気のない場所まで連れ出して、何の話なのですか珍獣ジュリオ・チェザーレ(仮)。」

「その珍獣と(仮)は止めてくれないかな?」

お、頬がひくひくしているのですね。


「それでは、ジュリオ・チェザーレ(笑)では?」

「人の名前に(笑)とかつけないでくれ…。」

もうちょいで爆発しますね…うん。


「仕方がありませんね…では、カミッロ・ベンソ・コンテ・ディ・カヴールと。」

「『ジュリオ・チェザーレ』が跡形も無いよ!しかも何か長いよ!?」

同型艦の元ネタなのです。


「どうせ仮名なのですから、どうでも良いでしょう?」

「いくら仮名でも、勝手に全面改訂されたら困るよ!?」

がーっと叫ぶように、ジュリオは私にツッ込んだのでした。


「なんというツッ込み属性持ち。」

「誰がツッ込み属性持ちだっ!」

この人とコンビを組めば、お笑い界の高みまで登れそうな気がするのです。


「今の貴方がツッ込み属性持ちで無くて、何だというのですか?」

「この状況でツッ込まずにいられるか!?」

ああジュリオ、今の貴方は最高に輝いているのです。


「それで、私に話したい事とは?」

「いきなり話変えないでくれ。」

私はそれでも構いませんが…。


「いや、私と一緒に大衆芸能に一大改革を起こしたいのであれば、そっちの話を続けますが?」

「そんなつもりは無いから安心してくれ。」

それは残念。


「それじゃあ、話を戻そう…僕達は組めると思うんだが、違うかい?」

「そうですね、目的に一緒のものもありますから、その点では組めるかもしれません…が、時期尚早なのです。」

勿論『組む』とは、お笑いコンビの事では無いのですよーと。
しかし、その件は我が国でも特級クラスの機密なのですが…壁に耳あり障子に目ありとは良く言ったものなのです。
あまり考えたくありませんが、枢機卿の辺りから漏れていますか?
彼は兎に角、彼の周辺にいる聖職者とか?
諜報と一緒に防諜体制もしっかり整えて行かないといけないのですね、我が国は国土も狭けりゃ大した鉱物資源も無いのですから。
金と情報だけでもしっかり握っておかないと、これ以下に凋落したらガリアかゲルマニアに吸収されてしまいかねません。


「例の件は実際、実例を見せないと誰もわかりはしないでしょう。
 陛下は存じていらっしゃいますが、それでも完全に信じていらっしゃるかと言えば、そうではありませんし。」

姫様がいかにまっく…もとい心の強い方とはいえ、国土が天空高くすっ飛んで行くなんて事態は、あまり想像したくないものなのです。


「…つまり、暫らくは対策にかかれないというわけか、クソっ。」

「我々の間に流れる血は、まだ足りないという事なのでしょう。
 歴史はたくさんの生贄の血を求めます…私達に出来るのは、せいぜいその生贄に選ばれないように努力する事のみなのです。」

非情な話ですが、今ここで色々なイベントをすっ飛ばすと、何が起こるのか正直な話見当がつかないのですよ。


「来たる時、陛下が貴方達に味方する事だけは私が保証させていただきます。
 それまでは、お互い歴史に踊らされる道化を演じましょう。」

「はは、覚悟は出来ている…とはいえ荷が重いね、それは。」

私だって、幾人もの人間を見捨てる事になるのです…私が死ぬなり殺されるなりして、死んだ時に見る光景は地獄か、それとも?





「偵察よ、偵察。」

「はぁ…。」

翌日ルイズが、唐突にそんな事を言い始めたのでした。


「数日後にはシティ・オブ・サウスゴーダ攻略を始めるのよ。
 司令部から回って来るものだけじゃなくて、生の情報が欲しいわ。」

「まあ確かにそれがあって困らないのは確かなのですが。」

あったとして、それをどうやって処理するつもりなのですか?
トリステイン軍司令部には偵察情報を統合して分析するオクセンシェルナ方式を取り入れた参謀団が居るので、情報をかなり正確に図として書き起こせているのですが。


「それで、蒼莱を飛ばすと?」

「うん。」

成る程、成る程…。


「却下、なのです。」

「何でよ!?」

「ぐふぇ!?」

ルイズ瞬間沸騰、唸る拳、そして崩れ落ちる才人。


「…な、なんで俺?」

床に崩れ落ちたまま、呻くように才人が訊ねています。


「ケティ殴れないでしょ、死んじゃうわよ。」

「そんな思いやりがあるなら、もうちょっと俺の事も労わってくれ…がく。」

南無南無…。


「で、なんで?」

「生の情報を持ってきても、それを処理出来ない以上、司令部からの情報以上の精度にはならないのです。」

オクセンシェルナ方式恐るべしというか、一気に戦場の情報処理を数世紀進ませるとか、故ミフネ中将やり過ぎなのです…。


「う…。」

「それに蒼莱を使うのは、ガソリンが勿体無いのですよ?」

学院が閉鎖してしまったので現在、学生達の小遣い稼ぎにやって貰っていたガソリンの生産が止まってしまったのです。
残った分も私と一緒に持ってきてしまいましたし、もし無くなれば蒼莱は超々ジュラルミンの塊でしかないのです。
時間と暇を持て余す上に金銭感覚が未熟なメイジが兎に角無茶苦茶に多いという学院の環境は、ガソリン生産に於いて非常に良い環境だったのですが。
普通の職人メイジに頼むと、生産コストが…コストががががが…。


「わかったわ…ソウライを使うのは諦める。」

ルイズは肩を落として溜息を吐いたのでした。


「私ちょっと出かけるわ、じゃあね。」

「あ、はい、お気をつけて。」

そう言って、ルイズは立ち去ったのですが…。




「け、ケティ、ルイズがあのロマリア野郎と一緒に風竜に乗って出かけた!」

「ブーッ!?」

慌てて私の部屋に駆け込んできた才人に、お茶を吹くというお決まりの反応で返してしまったのでした。


「ぎゃああああああああぁぁっ!?」

「あ、あのピンク猪、納得したわけじゃあなかったのですね…。」

私は顔を押さえる才人にハンカチを手渡しつつ、左手で眉間を抑えたのでした。
蒼莱が駄目なら風竜で行きますか…何でそんなに戦況が知りたいのやら?


「しくしくしくしくしく。」

「いや才人、毒霧噴射してしまったのは謝りますが…そんな、さめざめと泣かなくても。」

才人の顔がまだ赤い…ひょっとして、まだ酒が残っていやがりますか?


「ルイズにフラれた、完全にフラれた、俺オワタ。」

「うわぁ…。」

ああもう、酔っぱらいウザい。


「大丈夫なのです、ルイズと貴方は…そう、ラブラブなのですから。」

「でもな、ルイズの奴『ちょっとイケメンと空飛んでくる』とか言ってたぞ?」

ああもう、ツンデレ面倒臭い!超面倒臭い!
何か話しているうちに拗れたのでしょうが、どうしてそういう風に抉る事しか言えませんか、あのピンク色した釘宮病感染元は!?


「だってさ、あんだけのイケメンだぜ、俺の出る幕無いというか…。」

「ぶっちゃけましょう、ルイズはイケメンなど、散々見慣れているのです!」

才人のボヤキを遮って、宣言してみたのでした。


「な、何だってー!?」

「ラ・ヴァリエール家の親戚筋は、美形揃いなのですよ。
 ルイズはイケメンなんて見慣れているのです。」

…という事にしておきます。
そんな事はいちいち調べてはいません、面倒臭いので。


「な、なんてこった。」

「ですから、才人、そんな事をいちいち気にしていては…才人ー?」

あ、あれ、逆効果でしたか?


「ふんがー!それじゃあ始めっから無理って事じゃねーか!不公平だ!イケメン爆発しろ!」

変な方向に才人がエキサイトしてるー!?


「バースト・ロンド!」

「ふんぎゃー!」

取り敢えず、才人には頭を冷やして貰う事にしたのでした。


「頭、冷えましたか?」

「燃えたのに頭冷えた、不思議…。」

頭冷えたのであれば、結構なのです。


「才人、どうします?」

「フラれたとかそういうのは兎に角として、心配だからルイズを迎えに行って来る。」

うーん、でもガソリンが…って、ええい!みみっちい事を考えている場合ではないでしょう私!


「わかりました、行きましょう。」

ぱっちゃり竜騎士…じゃなくて、確かジャン・ルイみたいな名前の竜騎士たちの人脈作って小遣い稼ぎ代わりに作ってもらえば…屁の突っ張り程度にはなる筈。


「ちなみに才人、今回の飛行で燃料をかなり使ってしまいますが、それは理解していますね?」

「ああ…でも、風竜単騎じゃ幾らなんでも危ない。」

ジュリオがいかにヴィンダールヴとは言え、危ないものは危ないのですよ。


「…ところで、何時の間にかケティも乗る事になっていないか?」

「ほほう?つまりアレなのですか?
 才人にはエンジンの爆音鳴り響く空で、発光信号無しにルイズと会話する手段があると。」

発光信号はこちらの言葉でやり取りされているせいで、翻訳魔法の適用範囲外なのですよね。


「あ…ケティも発光信号使えるの?」

「フフーフ、『こんな事もあろうかと』ってヤツなのです。
 才人は魔法で自動翻訳されたこちらの言葉を理解しているという制約が付く以上、発光信号を覚えるのは困難ですから。」

まずは文字を覚えなければいけない段階の人間に、いきなり発光信号はハードル高過ぎなのですよ。


「何で、笑い声がどっかの武器商人のお嬢様なんだよ?」

「私は一応武器も売る商会の主で、一応お嬢様なわけですが。」

いやまあ、あんな銃弾飛び交う戦場に、しょっちゅう乗り込むのは勘弁願いたいのですが。


「そうでした…話を戻すけど、すげえよな、この翻訳魔法。
 俺、最初は皆日本語でしゃべってんのかと勘違いしたくらいだもん。」

「私が才人と話している時なんか、私は日本語で話す才人の言葉を日本語で聞き取ってトリステイン語で話しかけているのですよ。
 翻訳魔法の効果が存在しない、例えば録音された音声などで聴いたら物凄くチグハグでしょうね。」

私が日本語聞き取れるのをいい事に、翻訳魔法がサボっているのですよね。
まあ多分、そっちの方が言葉の細かいニュアンスとかが伝わりやすいからでしょうが。


「…と、こんな事を話している場合じゃないのです。
 早く筏に向かいましょう。」

「おう、わかった。」

私は才人に先んじて走り始めたのですが…。


「短剣を握って走るなーっ!?」

才人が短剣を握ってガンダールヴ発動させたせいで、あっという間に抜き去られたのでした。


「すまん、急いでたから…。」

戻ってきた才人が、気まずそうに私に頭を下げつつ併走し始めたのでした。


「どうでもいいですが、デルフリンガーは?」

「ルイズに持っていかれた。」

何故ルイズが持っていくのですか。


「…何故に?」

「最近デルフで素振り一万回とかするようになったんだ、アイツ。」

それは、何と言いますか。


「ええと…才人いらない子?」

「近代兵器の操縦以外の扱いでちょっと自信無くなってきているんだから、トドメ刺すような事を言わないでくれ…。」

走りながら泣くとは器用ですね才人。


「うし、ケティには恥ずかしい目にあってもらう事に決めた。」

「へ?いや、あの、ちょ、何を!?」

私は才人に抱え上げられたのでした。


「お姫様抱っこで晒し者の刑…つーか、こっちの方が早いからこれで運ぶ。」

「た、確かに恥ずかしいのですが、これは運んでいる物も同じでは?」

うわ、陣地内を歩く人の奇異の視線が…女の子をお姫様だっこしながら常人では有り得ないスピードで走っているのですから、当然といえば当然なのですが。


「こちとら奇異の視線で見られるのは慣れてるから、全然恥ずかしくねえ。」

「ふ、吹っ切れているのですか、やりますね。」

まあ、あっちとこっちじゃ常識がまるで違いますものねえ…。


「降ろしてとか、恥ずかしがらないのな?」

「私は望む者に望む物を与えるのが大嫌いなのです。
 ついでに言えば、この方法が持ち方は兎に角、やり方としては合理的なのも理解しています。」

本音を言うとめっちゃドキドキしているわけなのですが、このくらい抑えて見せるのがレディの嗜みといいますか。


「顔、赤いけど?」

「そ、それは、見なかった事にするのが男ってものでしょう?」

失敗していましたか…才人に謀られるとは不覚。


「ええ、ええ、物凄く恥ずかしいのですよ。
 お願いですから、早く筏まで連れて行ってください。」

「お…おう。」

ミラー効果で恥ずかしさが更に上昇するので、才人まで恥ずかしそうに頬を赤らめないでください。




「…で、ルイズ達が何処に行ったのか知ってるか?」

「あがー!?」

プロペラを回す為に呪文を唱えていた最中にそんな事を言われて、思わずコックピットの風防に頭をぶつけてしまったのでした。


「いや、そんな盛大にずっこけなくても…。」

「い、一体、何処に探しに行くつもりだったのですか!?」

ルイズに行き先を聞いていなかったのですか!?


「いや、兎に角探せば見つかるかなと。」

「ええいこのスットコドッコイ!
 そんな当てずっぽうに飛んだら、幾らなんでもガソリンの無駄なのです!」

ひ、一人で行かさないで大正解でした。


「うう…適当ですまん。」

「はぁ…ルイズ達はシティ・オブ・サウスゴーダ上空に居る筈なのです。
 『クランキング!』」

蒼莱のプロペラ回す為専用の魔法…自分でアレンジしておいて何ですが、何というニッチ魔法。
恐らく、私のアレンジ魔法の中でも今まで無いくらいのニッチなニーズの為に作られた魔法なのですよ。
まあ蒼莱には、それくらいの価値はあるのですが。


「おし、エンジンかかった!」

「それじゃあ、いっちょ行ってみましょう!」

蒼莱は平らに均された筏の上を急加速し、一気に浮き上がったのでした。


「…んで、サウスゴーダって、どっちだ?」

「あっちです。」

だいたいあっちといった感じなのですが、まあそれでも大丈夫大丈夫ノープロブレム。


「オッケー、じゃあ全速力で行くぜ!」

「はい、やっちゃってください!」

私がそう言うと同時に蒼莱のエンジン音は更に激しくなり、ぐいぐいスピードが上がっていくのがわかるのです。


「学院長室で一番良い椅子かっぱらってきて据え付けただけの事はありますね、この加速でも快適快適。」

「学院長可哀想に…。」

まあつまり私が今座っている後部座席は、学院長の椅子の熟れの果てなわけですが。
全身をきっちりサポートできて、尚且つしっかりとクッションが効いた椅子が学院長の椅子しかなかったので、ルイズの権限で接収してトリスタニアにあるパウル商会の工房で加工の後、蒼莱の正式な後部座席となったのでした。
ちなみに、代わりの椅子は注文しておきました。
学院長室には新品の、前と遜色ないどころかより快適に座れる椅子が提供される予定なのです。
予定という事はつまり、注文したけどまだ届いていないのですけれども…学院長が今どんな椅子に座っているのかは謎なのです。


「何を言っているのですか才人、学院長の椅子は国家の為の礎になったのです。
 名誉でこそあれ、可哀想などという事は無いのですよ、たぶん。」

「顔を『のヮの』にして、言うこっちゃねーな…。」

バックミラーで私の顔を覗き込みつつ、才人は溜息を吐いたのでした。


「つまり才人は私が加速Gに悶える姿が見たかったと…変態。」

「俺いきなり変態認定!?」

才人は悲鳴のような声を上げると、わたわたと慌て始めたのでした。


「い、いや、そういう事じゃなくて、椅子取られた可哀想な学院長と、すっとぼけるケティの狸っぷりにだなー…。」

「狸呼ばわり…ええ、ええ、私はどうせタレ目の狸顔ですよ、悪かったですね。」

ちなみにハルケギニアはあっちの世界のヨーロッパと違って狸が生息しているので、狸顔で通じてしまったりします…うう。


「ああもう、悪かった、悪かったって!
 良いじゃねーか狸顔、可愛いって。」

「そ、そうですか!?」

才人に可愛いって言われて、素で喜んでしまう私…ううむ、自分で言うのもなんですが、乙女なのです。



「お、あれがサウスゴーダか?」

少しして、遠くに見え始めた城塞都市を見ながら、才人が尋ねて来たのでした。


「はい、この近辺であれだけの規模の城塞都市はシティ・オブ・サウスゴーダのみなのです。」

城塞都市、ロンディニウムへの門、それがシティ・オブ・サウスゴーダ。
王家の縁戚であり、かつては『王家の守り手』として知られていたサウスゴーダ侯爵家によって古来より治められてきたサウスゴーダ領の首都。
…良く考えてみたら、フーケは王家の縁戚で元侯爵令嬢なのですよね。
もしもサウスゴーダ家が復興すれば、唯一の生き残りであろう彼女がマチルダ・オブ・サウスゴーダ婦人侯爵ですか。
貴族社会にすっかり嫌気がさした彼女本人は、激しく嫌がりそうですが。
それにしても、かつての『王家の守り手』の生き残りが、一族の復讐の為に王家を滅ぼすのに手を貸したというのは、何とも皮肉な話なのです。


「ルイズ達は…あれか!?」

数十匹の風竜を巧みにかわし続ける風竜が一匹…。


「流石はヴィンダールヴといったところですか…。」

「何か言ったか!?」

思わず呟いてしまっていましたか、くわばらくわばら。


「いいえ、何も。
 それよりも才人、ルイズ達の救援を!」

「おう!」

蒼莱はドッグファイトの真っ最中なその場所に、急降下していったのでした。


「ああ、ルイズがあのイケメンにしがみついてる!?
 偵察飛行をドキドキ密着イベントにしやがって、アルビオンの連中許さん!!」

流石はガンダールヴ、無駄に目が良いのです。


「理不尽な怒りなのか、まっとうな怒りなのか、判別し難いのですね…。」

私がそう呟いた途端に12.7㎜機銃が火を噴き、風竜の頭を真っ赤な霧に変えたのでした。


「うっ…ルイズから聞いていましたが、これは…。」

風竜だけでなく、乗っていたメイジも上半身と下半身が泣き別れ…うう、内臓が、内臓が。
実家で牛の解体とかやっておいて、大正解でした。
ちなみに牛の解体をブレイドでやると、とっても手早く済ませる事が出来るのです。
こんな便利な魔法なのに、何で戦いのみに使おうとするのだか…とか、こんな感じで現実逃避をしている間に目の前で竜騎士が飛び散りーの、風竜が砕けーの、風防に血飛沫がかかりーのと、スプラッタが展開されているわけなのですが。
ナマモノ相手に機関砲は、恐ろしい結果をもたらすのですね…まあ、小口径だろうが何だろうが、死んでしまえば一緒なのですが。


「でも才人、こんな光景見ても大丈夫なのですか?」

貴方はあの平和な平和な平和ボケした日本で生まれ育ったごく普通の高校生の筈なのですが。 
 

「んー、何故か大丈夫なんだよな。
 想像したくも無いんだが、俺って人殺しの才能でもあるんだろうかって、時々悩んだりするんだぜ?
 人殺しの才能があるから、使い魔として召喚されたんじゃないかって…。」

「いや、貴方はルイズを守る為に戦っているのですから、自分の事をそんなに卑下しなくても。」

多分コントラクト・サーヴァントの呪文が『同種族の殺害』という行為への抵抗感を薄めているのだとは思いますが、才人も何でこんな事が容易く出来るのか悩んでいるのですね。


「…人殺しの才能のくだりは否定しないのな?」

「はい…才人には元々戦闘に関する何らかの才能があり、その才能とルイズとの相性の両方が優れていたが為に召喚の門が開いたのではないかという推測は可能ですから。」

この件に関しては、ある程度正直に私の思っている事を伝えないと、才人は納得しないでしょう。
そんな事は無いと幾ら伝えようが、彼は理性では納得していないにも拘らず人を殺せているのですから。


「ひでーなぁ、そういう時は嘘でもそんな事は無いって言わねえか、普通?」

「そういうあからさまな嘘は苦手で下手糞なのですよ、私は。」

苦笑を浮かべる才人に、私も苦笑で返したのでした。


「それに、今は戦争です。
 貴方の罪は全て国家が背負うべきものなのですよ。
 その為に姫様は居るのですし、姫様はその覚悟もしてらっしゃいます。」

あの歳であんな重荷を背負う事を覚悟するというのは、凄まじい事なのです。


「俺の罪はあのお姫様が背負うって事か?」

「戦争を決断したのは姫様なのです。
 いざという時には血が流れる事に躊躇せず決断し、まさかの時には全ての責任を負って罵声と石礫を浴びながら処刑台で首を落とされる覚悟をする。
 それこそが戦時に於ける国家指導者というものなのですよ。」

そして姫様はそれを受け入れている…流石は王家の血筋とでも言えば良いのでしょうか?


「それ聞いたら、気が軽くなるどころか余計気が重くなったんだが。
 俺の罪があのお姫様に擦り付けられるだなんて。」

「姫様にはその覚悟があると言ったでしょう。
 どうせ国王を裁ける存在は、国王のみなのです。
 戦時には、好きなだけ罪を姫様に擦り付けなさい。」

『戦争の時には人殺しをしても良くて、何故平時に人を殺してはいけないのか?』などという寝言をほざく者が時々居ますが、そんな世迷言を言う前に良く考えるべきなのですよ。
罪を裁くのは国なのですから、国が責任を持って行っている戦争で人を殺しても、それを国が裁く事など出来ないのです。


「原則論はそうなんだろうけどさ…。」

その間にも人が、風竜が、砕け散って果てて行きます。


「まあ何を言おうが、殺しているのは自分自身ですからね。
 こういう誤魔化しを使わずに、正面から向き合うというのも、また道なのです。
 でも才人、それは茨の道な上に私は助けられませんよ?」

「ああ、ごめんなケティ。
 何とか俺の中で解決してみるよ。」

才人がそう言った時、空にはその殆どを落とされて逃げ散るたった2~3騎のアルビオン竜騎士隊と、それを確認して戻って来たジュリオとルイズが乗る風竜。
撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)は一体どのくらいなのやら?
試したら危な過ぎるので、そこまでやらせる気は全くありませんが。


《ダイジョウブデシタカ、ルイズ?》

《チョットメガマワッタケド、モウダイジョウブ》

発光信号を送ってみました…ちなみにここからはカタカナではなく普通の言葉で。


《あー!蒼莱駄目だって言ったのに、才人と乗ってるし!》

《貴方の身を案じて来たのですがー?》

…ちょっと実験。


「才人ー♪」

秘儀、ちょっと前のキュルケの真似。
わかりやすく言うと、才人に抱きついてみたのです…とは言っても、間にパイロットシートが挟まっているのですが。
ああ、顔に当たるのは固くて冷たい感触、これは間違いなく金属。


「うわ、ケティ何を!?」

触れているのは才人の胸のみ…って、性別ひっくり返したら完全に変態行為なのですね、これは。
しかし何時の間にこんなに厚くなりましたか、才人の胸板…ふひひ、これはこれで…って、いけないいけない、パイタッチのせいで思わず変態方向に思考が流れたのです。


「ちょっとした実験なのですよー。
 ルイズがやきもちやけば、才人がフラれたわけではないという事が証明できるのです。
 …その代わり、後で才人が暴虐の嵐に曝されますが。」

「それはそれで嬉しく無いんだが…。」

ルイズはかなり目が良いので、ばっちり見えている筈。


《きしゃー!》

ジュリオの腹に回されているルイズの片手が、物凄い勢いでジュリオの腹にめり込んでいくのです。
悶絶するジュリオの後頭部に、腹立ち紛れなのか、ルイズの頭突きが…エラい事になっていますが問題無いでしょう、ヴィンダールヴですし。


「ジュリオ、怒れるルイズの生贄となりましたか…虚無の生贄になれるとは、聖職者冥利に尽きるのですね、南無南無。
 おほほ、良かったですね、才人はフラれていませんよ。」

「俺の寿命は確実に縮まったがな…。」

別の意味で憂鬱になった才人が、喜んでいいのだか、悲しんでいいのだかわからない表情で呟いたのでした。





筏に着陸した風竜から、ボロボロになったジュリオが降りて来たのです。


「ぼ…僕が何でこんな目に?」

いやもう何というか、誠死ねだからとか?


「御苦労様でした、ジュリオ殿。」

「やあミス・ロッタ、今日も相変わらず空に浮かぶ双月のように美しいね。
 こんな苦労に満ちた飛行になるだなんて、全然予想していなかったよ。」

でしょうね、私も風竜の背でルイズがあんなに荒れ狂うとは思いもしませんでした。


「水メイジを一人手配しておきましたから、ここで治療して行ってください。」

「ありがたい、恩に着るよ。」

事ここに至っても女性の悪口は言わない。
流石はロマリア男…。
 

「ケティイイイイイイイィィィィィィ!」

「おや、ルイズ。」

風竜が着陸する前に飛び降り、才人に暴虐の限りを尽くし終わったルイズが、こちらにやって来たのでした。


「あああああんたね!」

「まあまあ、取り敢えずあーん。」

怒り狂うルイズを手で制しつつ、懐からとある物を取り出します。


「あーん。」

「はい、飴ちゃんでも舐めて、取り敢えず落ち着くのです。」

素直に口を開けたルイズの口に、偽ヴェ○ター○オリ○ナルを放り込んだのでした。


「む…むむ…甘い、美味しい。
 何という濃厚な味わい…むふー。」

ルイズの怒りは、飴ちゃんの甘味に押し流されて一気に収まって行ったのでした。
今や姫様御用達となったこの飴に隙は無かったのです…というか、実はこの飴は姫様に独占されたのですが。
何時の間にやら、陛下からしか賜われない『恩賜の飴』と化してしまったのですよ。
ちなみにパウル商会では現在、お菓子職人を集めてあっちの世界のお菓子を再現したものを貴族や裕福な平民向けに作っていたりします。
貧乏人は麦を食えとかいう話ではなく、甜菜糖はゲルマニア名産なので高いのですよね。
水飴ならばトリステインでも生産は出来るので、和菓子ならば可能なのですが豆が無いという…。


「ルイズルイズ、才人の気持ちは戻しておきましたよ。」

「ああああいつの気持ちって、なな何よ?」

ふう…ツンデレめんどくせーのです。
ま、突いたら悪化しますし、適度に放っておきましょう。


「それは自分の胸に聞きやがれ、なのですよ。」
 
「いつも通り平らだけど、何か?」

いや、そういう事では無くというか。


「どこが平らですが、何処が。」

むにゅっと掴めば、そこには確かなふくらみ。
いいもん持ってんじゃねーか、なのですよ。


「前も言いましたが、そんだけあれば十分でしょうに。」

「前も言ったけど、私はちい姉さまみたいになりたいの!」

カトレアやテファのレベルは、既に別世界の存在なのですよ。


「…今度、モンモランシーと一緒に風呂に入って、胸について熱く語ってくればいいのです。」

「ああ、そういえばモンモランシーも同志よね。」

制裁については、モンモランシーの独自裁量という事で。






「…行ってしまいましたか。」

数日後、私はシティ・オブ・サウスゴーダに向かって飛んでいく蒼莱を見送っているのでした。


「…行ってしまったね。」

「…って、何で貴方が居るのですか!?」

振り返ると奴が居る…というか、何故かジュリオが居るのでした。


「僕らの隊は第二波でね…で、一つお願いがあるんだが。」

「な、何でしょう?」

近い近い!何でロマリア男は女性に矢鱈近づくのですか?


「僕の後ろに乗って、一緒に出撃しないか?」

「はぁ!?」

いきなり何なのですか!?



[7277] 第三十九話 勝ったのに御通夜みたいなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2011/04/20 21:37
「冗談は顔だけにしておけよ?なのです。」

私はジュリオを睨みつけながら、3歩ほど離れます。


「い、いや冗談じゃなくて、手伝って欲しいんだ。」

なのにジュリオは3歩近付いてきたのです。


「コホン、まず言っておきますが…距離が近い!」

「うわぁっ!?」

耳に口を近づけて、大声で教えてあげたのでした。


「貴方は絵に描いたような美形ですから、大抵の女性はそれでも良いのかもしれませんが、物事には例外というものがあるのですよ。」

「絵に描いたような美形だと思うなら、もう少しうっとりしてくれても良いんだけど?」

ええい、この自惚れキングが。


「成る程、落ちない女がお好みなのですか?」

「まあ確かに、こんな事は初めてだけれども。」

ひょっとしてモテ期ですか私?


「君みたいに一見ぽけーっとしているのに、中身おっかない女はちょっと…。」

人の夢と書いて儚い、なのですね…。


「誰が見た目ボケ狸な癖におっかない女ですか、誰が?」

「そこまでは言っていないが、君だっ!。」

ええい!こっちを指差すな、なのです。


「…で、そのおっかない女を背中に乗せる理由は?」

「僕は魔法が使えないんだ。」

そう言えば、そうだったような記憶が。


「風竜のブレスだけでも十分に戦えるんだが、今回みたいな大規模な戦に参加するなら、魔法も欲しい。
 君は火のトライアングルで、攻撃魔法も結構使えるって聞いているし。」

「ふむ、成る程。」

それは確かに道理ですが…。


「戦闘中の事故死とか、狙っていませんよね?」

「まさか!そんな露骨な事はしないよ、失礼な。」

露骨な事じゃなければ、殺るつもりですかコノヤロウ。


「流石は当家に対して毎年定期的に蜂の餌を寄付してくれるだけあって、慈愛に溢れているのですね。」

正直な話、ジャイアント・ホーネットが異端審問官を生きたまま巣に持ち去る光景を見たりすると激しく憂鬱になるので、勘弁して欲しいのですが。


「いい加減焚書指定の禁書を死蔵していないで、こっちに引き渡して欲しいものだけれども?」

「当家は出版の自由と表現の自由を可能な限り尊重する家風ですので、それはお引き受けしかねるのです。
 そもそも、初期の聖書を焚書指定の禁書にするとか、意図があからさま過ぎなのですよー?」

当家の蔵書は、歴史遺産とか文化遺産とかの概念がこの世界にきっちり出来上がるまでは門外不出、一切封印なのです。


「こんな事で言い争っても、今更か…。」

「6000年ずーっとこの調子ですからねぇ…。」

固定化してあるから劣化が避けられているものの、6000年前の蔵書とかは既に文字や文法がかなり変化してしまっていて、そのままでは判読不能という…。


「…で、話は元に戻るけれども、付いて来てくれるかな?」

「いいともー。」

ルイズ達ばかりを戦場に赴かせるのも正直気が引けましたし。


「何で、そんなに軽いんだよ!?」

「お約束ですからー。」

「お約束って何!?」

ジュリオは投げっぱなしで。
どうせ『い○とも』とか『タ○さん』とか説明してもわかりませんし。






「…シティ・オブ・サウスゴーダが見えてきましたね。」

「この前ここに来た時は酷い目に遭ったけれども…ミス・ロッタは突然暴れ始めるとかしないよね?」

ルイズのアレがトラウマになったのですね、わかるのです。


「大丈夫なのです。
 突然全力で抱き締めたり頭突きしたり噛み付いたり後頭部を握り潰そうとしたりはしませんから。」

「思い出したら気分が悪くなってきたよ…。」

そう言えば、あの日以来絶対にルイズの近くに寄りませんよね、ジュリオ。
もはやPTSDのレベルですか、そうですか。


「しかしアレですね。」

「うん?」

周辺を見回すのですが、空に敵が居ないのですよ。


「出番、無さそうですね。」

「先日あの鉄の風竜が、ここの上空で一方的に竜騎士隊を駆逐したからね。
 びっくりして逃げたのかも?」

そんなアホな…って、あれは?


「既に守備隊が総崩れですか…。」

こちら側が突入している反対側の門から、敵兵が我先にと逃げ出しているわけですが…。


「あの鉄の風竜が城門を吹き飛ばしたみたいだからね。
 圧倒的な数の敵が迫ってきている状態で、城門を一撃で破壊されたら心も折れるだろうさ。」

「成る程、それは道理なのです。」

士気がガタガタだというのもあるでしょうが…。


「…となると、敵の竜騎士が居ないのも道理ですか。」

下が総崩れなら、竜騎士も撤退するしかないでしょう。
…とはいえ、エアカバーを早々に放棄したというのも腑に落ちませんが。


「ああ、そういう事ですか。」

町を丸ごとひとつ罠に使うという事を、アルビオン軍はこの時点で決断していたのですね。
立場が逆転すれば、士気が崩壊した兵も元通りになるわけですし。
まあ正確にはそう決断したのはミョズニトニルンであって、クロムウェルはそれをさも自分の命令のように伝えただけなのですが。
カンペ帳にも『坊主は傀儡、デコピカリンが裏番』とか、書いてありますし…何でデコピカリン?


「何か分かったのかい?」

「上手く行き過ぎなのです。」

ジュリオに全てを語る気はさらっさら無いのですが…。


「成る程ね。」

…なーんと無く理解出来てしまうのが、ジュリオですか。
まあ、そうじゃないと工作員なんか出来ませんよね。


「上手く行き過ぎて、出番が無さそうだね。」

「戦争なんてのは、楽なのが一番なのです。」

手柄とあの世は紙一重ですからね。


「…とはいえ、ここまで楽だと士気が緩みそうなのですね。
 何か、梃入れが必要ですか。」

具体的に言えば、適度な酒と女…あと、何か闘争心を煽れるものが必要なのですね。


「さてはて?」

何が良いでしょうかね?




「さて、諸君。
 我々は今回の戦略目標であるシティ・オブ・サウスゴーダの占領に成功したわけだが…。」

定例軍議で、議事進行はいつも通りハイデンベルグ候。
そして、勝ったというのにずーんと重い天幕の雰囲気…まるで葬式のようなのですよ、その理由は…。


「市民から根こそぎ食料を奪った上に、食料庫を爆破されるとはな。
 せこい手には定評のあるこの私よりもせこい事をするとは、アルビオン軍の将は余程の人手不足と見える。」

ポワチエ卿は言っている事はまともながら、相変わらず自虐的なのです。


「とりあえず我が軍の兵糧を放出したものの、これでさらに2週間分の食料が吹き飛びました。
 残りはたったの一週間分弱…正直な話、これでは無事に撤退するのも少々困難です。」

そう言って、トリステイン軍の補給参謀から渡された資料を読んだウインプフェン卿は溜息を吐いたのでした。
まさか、こんな最終防衛ラインで焦土戦術かまして来るとは、悪足掻きも良い所なのですよ。
…これも原作にあった展開なのでしょうか?


「守備隊も雇い入れた亜人兵を置き去りにして、早々に脱出。
 こちらの懐具合がばれていますかな、これは?」

狭い路地で亜人兵に足止めされた我が軍は、追撃もままならず。
すぐに取り返す当てがあるからこんな方法を取ったのでしょうが、自国の都市に対して良くやるのです…。


「ラ・ヴァリエール嬢、ラ・ロッタ嬢、貴殿らにも陛下に食料の追加支援の御口添えを願いたい。」

ポワチエ卿は、静かに私達を見るのでした。


「あ、はい。」

「その件に関しては、そろそろ整っている筈なのです。
 要請があれば、一週間と経たずに六週間分の食料が届きます。」

城で姫様にやらされていた仕事が、まさにその物資の追加分の手配だったり。


「え、そうなの?
 わたし聞いていないけれども。」

ルイズが首を傾げて尋ねてきたのでした。


「聞かれていませんでしたから。
 それとも…ルイズもしたかったですか?
 姫様と朝昼晩を問わずに書類仕事。」

「全力でお断りするわ。」

いずれ巻き込むから覚悟しておけ、なのです。


「有り難い!」

「これで兵達が餓えずに済みますな!」

私達の話はさておいて、おっさん達が喜んでいるのです。


「喜んでいるところ恐縮ですが、この金はクルデンホルフから借りた金なのです。」

私がそう言うと、喜んでいたおっさん達がぴたりと動きを止めたのでした。


「な、何であんな高利貸しに!?」

ハイデンベルグ候も借りたことあるのですね、わかります。
クルデンホルフ大公国はその有り余る資金を各国に貸し付けてくれるのですが、何かきっちりとした見返りでもない限りは利率が結構高いのですよ。


「返す当てがあるのですかな!?」

「返す当てはあります…が、それもこれも勝ってこそとしか言ってはならぬと言われています。」

我が国の作戦目標が達成されてこそ…ですよね、あの『返す当て』は。


「それは、何が何でも勝たねばなるまいな。
 気を取り直して、次は論功行賞の査定と行くか、それでは…。」

ここから先は私とルイズの出番は無いので、ぽけーっと聞き続ける事になったのですが…ギーシュの部隊が火縄銃で大層頑張ったようで。
これでモンモランシーにも顔向けできますね…。


「…で、勲章を兵士達に与える役をラ・ヴァリエール嬢とラ・ロッタ嬢にお願いしたいわけなのだが?」

「私達がですか!?」

「…ほへ?」

あまりの長丁場に意識が彼岸の彼方に飛んでいたので、何言われたのかさっぱりなわけですが。


「何がどうしたのですか、ルイズ?」

「わわ、わたし達が陛下の代理で勲章を与える役をやれって!」

ルイズは注目されるのに慣れていないので、テンパっているのです。


「ふむふむ…頑張ってくださいね、ルイズ!」

爽やかに微笑みながら、ルイズの肩を叩いてみたり。


「あんたもよおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」

あ、キレた。


「いや幾ら肩書きがあるとは言え、ラ・ロッタ家なんて田舎貴族の娘から勲章貰ったって嬉しくないでしょう。
 その点、王家の親戚であり、トリステインで並ぶ者の無い名家であるラ・ヴァリエール家の娘なら、箔も付くというものなのです。」

「屁理屈捏ねて私を騙そうとしているでしょ?
 ねえ、騙そうとしているでしょ?」

「いひゃいいひゃい。」

説得失敗…ほっぺたを伸ばさないでください、ルイズ。


「いたた…騙すだなんて滅相も無いのです。」

下膨れになったらどうするのですか、全く。


「家柄の古さで言うなら、あんたン家の方が圧倒的でしょーが!」

「泣かず飛ばずで6000年…当家の場合、単に古いだけなのですよ。」

山の女王に守られて、のほほんとやっていただけですし。


「だいたいルイズは、ラ・ヴァリエール家の跡取り娘でしょうに。
 次期ラ・ヴァリエール婦人公爵で、陛下の特命勅使。
 アレです、でかい屋敷に生まれた宿命だとでも思って諦めてください。」

「騙されている気がするわ。」

実は当家も数十代前にトリステイン王女が降嫁して来た事があるらしいのですが、系統は虚無どころか水ですらありませんし。
気にしない気にしない。


「それでは、御二人に頼んで宜しいかな?」

「はい、謹んでお引き受けさせていただきます、ルイズが。」

「ちょ、待ちなさいよ!」

ルイズが慌てて私を止めようとしますが…。


「はいルイズ、あーん。」

「あーん。」

素直に開いた口の中に、例の飴投入。


「むふー。」

「そんなわけで、異論は無いようなのです。
 全てまるっとお任せ下さいと、ルイズが。」

ルイズがヘヴン状態の間に、話しをちゃっちゃと終わらせておきましょう。


「うむ、宜しく頼む。
 私のような寂しい中年に勲章を渡されるよりも、麗しき高貴な乙女に手ずから勲章を渡された方が兵達も喜ぶであろう。」

ルイズは真面目ですから、引き受けてしまった仕事はちゃんとやってくれますし、大丈夫大丈夫。




「…また、騙されたわ。」

豪奢なドレスを着せられ、思いきりめかしこんだ格好になったルイズが、肩を落として溜息を吐いたのでした。


「騙して無いと言っているでしょう…ああ、しかし苦しいわ鬱陶しいわ、何でこんな恰好が御洒落だなんて思う者が居るのやら?」

ちなみに、私も同じような格好…こういう格好は正直な話大嫌いなのです。
何と言ってもウエストを異常に締め上げるので、息が苦しいのなんのって…いや、


「うお、二人ともすげー!可愛い!」

「そ、そうかしら?」

「有り難う御座います、才人。
 そう言ってもらえれば、この扮装も報われるというものなのですよ。」

才人が喜んでくれているから、まあ良しとしますか、うん。
…ああそこ、掌返し早っとか言わない。


「カカカ娘っ子ども、馬子にも衣装ってやつか?」

「あら、居たのデルフ?」

「へし折りますよ鉄屑。」

デルフリンガーが気分が萎むような事を言うので、私とルイズは笑顔でそう言ってあげたのでした。


「酷っ!そして怖っ!?
 俺、せっかく久し振りの出番なのに!」

「メタってんじゃないわよ、この駄剣。」

ルイズはデルフリンガーを諭しますが…。


「メタるに決まってんだろ、何てったって俺は金属(メタル)製だぜ?」

「…お、何すんだルイズ?」

ルイズは才人の背負った鞘からデルフリンガーを抜き放つと…。


「ふんっ!」

気合一閃、近くにあった大きな岩にデルフリンガーを突き刺したのでした。


「ちょ、いきなり何すんだよ娘っ子!?」

「あんたはそこで、頭冷やしてなさい…頭無いけど。」

しかしまあ、見事に岩に突き刺さったのですね、デルフリンガー。


「ちょ、相棒抜いてくれ!」

「おう、わかった…って、なんだこれ抜けねえぞ!?」

突き刺すよりも抜く方が大変そうですよね、ああいうモノの場合。


「良かったですねデルフリンガー、これからは《カリバーン》とでも名乗るがいいのです。
 貴方を抜いた者がアルビオンの王となれるとかなれないとか多分無理じゃね?とか、そんな伝説を今捏造してみました。」

「いきなり俺の名前と微妙に後ろ向きな伝説を捏造すんじゃねえ!」

場所も丁度アルビオンですし、そういうのもアリでしょう。
ちょっぴり同情しますが、助ける気は更々無いのです。


「お、そろそろ時間なのですね、ルイズ行きますよ?」

「うん、わかったわ。」

さて、そろそろ勲章の授賞式なのですよ。


「ねえ、もしかして俺投げっぱなし?投げっぱなし?投げっぱなしジャーマン?」

ジャーマンは関係無いと思いますが。


「ああ面倒臭いわ、ちゃっちゃと始めてちゃっちゃと終わらせましょ。」

「いやルイズ、勲章の授賞式っていうのは《貴方はこれだけ頑張りましたね、素晴らしいです》って誉める場なのですから、ちゃっちゃと終わらすとか言っちゃ駄目なのですよ。」

しかし、こういう言い方をする時のルイズと姫様の表情のそっくりな事…流石親戚。


「でも…。」

ルイズは不満そうに口を尖らせます。


「デモもストもありません、これは《高貴なる者の義務》なのです。
 士気高揚の為にも、彼らを心から祝福するのですよ、ルイズが。」

「結局ケティはやらないの!?」

いいツッコミなのです、ルイズ。


「私には功績を上げた兵士達を『拡声』の魔法で呼ぶという、大事な仕事があるのです。」

《拡声》の魔法で名簿を読み上げるだけの簡単なお仕事なのですが。


「仕事少なっ!?
 そんなの良いからケティが渡してよ、私が『拡声』で呼ぶから。
 あれならコモンだから、私でも使えるし。」

「だから、ラ・ロッタ家じゃあ家格が足りないと何度も…。」

毎度毎度思いますが、ルイズは自分への評価が矢鱈と低いのですよね。
それが、無意識的に自分の家への評価まで下げているという…。


「ル・アルーエットが勲章渡してくれるって言えば、喜ぶどころかサインまでねだられるわよ!」

「絶対嘘だと思われるので、嫌なのです。」

商会の情報網を使って改めて調査させてみたら、矢鱈と貴族の間に出回っていたのですよね、あの本。
しかも、ハルケギニア全土に…ああ、儲け損ねた…。


「さて、行きましょうかルイズ?」

「仕方が無いわね…わかったわよ、全力で祝福してあげるわ。」

何で指をポキポキ鳴らしますか、ルイズ?
祝福というものは、拳でぶん殴る事ではないのですよ?


「相棒、何とかして俺を引っこ抜いてくれ!」

「んぎぎぎぎ!ンな事言ったって、この状態だとルーンがお前の事を武器だって認識しないみたいなんだよ!」

ちなみに私達の背後では、何とかしてデルフリンガーを引っこ抜こうと才人が四苦八苦しているのです。


「なんだとぅ!?
 兎に角頑張れ、頑張るんだ相棒!」

「言われなくても頑張るっての!」

まあ、頑張ればいずれ抜けるでしょう…多分。




町の中央にある教会前のかなり広い広場で、今回の作戦に参加した部隊が勢揃いしているのです。
まあ、流石に収容し切れなくて完全に溢れかえっていますが。


「皆の者、ご苦労であった!」

ハイデンベルグ候の長話が始まったのでした。
内容は、最初の方は今回の作戦で重要だったことなど、そして功績を上げた部隊もそれを支えた部隊も素晴らしいという事など。
中盤からは今日は晴れているとか、飯が美味かったとか、寝覚めが良かったとか。
終盤にいたっては孫が生まれただのうちの末娘は美人だの…って、話の七割くらいが戦争に関係無さ過ぎなのです。


「では、続いて勲章の授章式を始める!」

このとき上がった歓声が受章の喜びなのか、わけのわからん話がやっと終わった事への開放の叫びなのかは不明なのです。


「それでは…。」

私達の出番がやっと来たのですね。


「こちらのご婦人に勲章を授与していただく!
 彼女の名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、かのヴァリエール公爵家のご息女にして、あの鉄の風竜の使い手であらせられる!」

『うおおおおおおおおおおおおおっ!』

広場に大歓声が響き渡ります。
まあ、今回の作戦でも大活躍だったらしいですし、当然なのですね。


「え?え!?」

ルイズがちょっとびっくりしているようなので、耳元で囁いておきますか。


「使い魔の功績が主人の功績なのは、今まで人を使い魔にした者が居ないのですから仕方が無いでしょう?
 才人には勲章よりも、貴方自らご褒美をあげた方が余程喜ぶでしょうし。」

「う、うん…才人にご褒美…ご褒美…ぽ。」

胸を張るのは良いのですが…何故に赤くなりやがりますか、ルイズ?


「ジャック・カトリノー!」

「はっ!」

さあさあ、赤くなって身を捩らせているピンクは置いておいて、受章者を呼びましょう…。
私が『拡声』の魔法で受章者を呼び、ルイズが勲章を手渡すという行為が何人か続き、ついにこの名を呼ぶ時が来たのでした。


「ギーシュ・ド・グラモン!」

「はっ!」

私に呼ばれて、ギーシュが壇上に上がってきます。


「ギーシュ様、おめでとう御座います。」

「君達もこの戦に参加していただなんて知らなかったから、現れた時はびっくりしたよ。
 二人ともとても綺麗だよ、咲き誇る二輪の麗わしき花の如しだ。」

くっさい台詞でも褒められると思わず反応してしまうのは、女のサガでしょうか…?


「ギーシュ、おめでとう。
 あんた、案外度胸あるのね…数ヶ月前に怯えてモンモランシーと抱き合っていた男の子には見えないわ。」

「何時までも怯えてモンモランシーと抱き合っているわけには行かないからね。
 男は戦場で成長するのさ、ヤケクソになって涙と鼻水垂らして開き直って歯を食いしばってね。」

ギーシュの癖に、飾り気無く格好良い事言うとは…いや、格好悪い?ううむ…。


「うちのクラスの出征者の生き残りは、こっちでケティに調べてもらったから、皆で祝勝会しましょ。」

「生き残り…って、誰か死んだのかい?」

ギーシュの顔が悲しみに歪みます…戦争なので仕方が無い事ではありますが、戦場に赴く以上は死は避け得ないのですよね。


「それについても祝勝会で…ね。
 それよりも、今は勲章貰っている最中なんだから、しゃんとしなさいよ!
 貴族たるもの、誉れの場では何があろうが胸を張って堂々としているべきでしょ?」

「うん…はは、ゼロのルイズに説教されちゃったよ。」

苦笑を浮かべて、ギーシュは胸を張りなおしたのでした。
ギーシュはルイズが虚無だという事を知っている数少ない一人なので、《ゼロ》には嘲りも侮りも有りはしません。
ちょっとしたユーモアなのです。


「言ってなさい、私は座学ではあんたより上なんだから。
 それじゃあ、また後でね。」

「ああ、また後で。」

ルイズがスカートの裾を軽く上げて礼をすると、ギーシュも敬礼で返礼したのでした。
そして、ギーシュは壇から降りたのですが…。


「ギーシュ!」

「ギーシュううううぅぅぅぅぅ!」

「ギーシュたん!」

「うわ、兄さん達!?」

ギーシュのそっくりさんが唐突に三人現れ、ギーシュを抱きしめたのでした。


「あれがグラモン兄弟なのね、ギーシュたんって、キモ…もが。」

素直な事言おうとしたので、とっさにルイズの口を押さえたのでした。


「はい、そこまでなのです。
 いやしかし、そっくりなのですね。」

「確かにというか、背丈をちょっとずつ変えて模写したみたいな兄弟ね。」

ギーシュを抱きしめたり頬擦りしたりするギーシュと同じ顔三つ。


「流石グラモン家の男、武門の誉れだ!」

「ギーシュはやれば出来る子だって、お兄ちゃんは信じていたぞ!」

「ギーシュたん、怪我は無いかと言うか怪我させた奴が居たら今すぐそいつを兄さんのゴーレムで轢き潰すから早く言いなさい!」

人の家の事をとやかく言える身ではありませんが、何という濃い兄弟。


「ちょ、兄さん達、嬉しいけれども恥ずかし過ぎるから離してください!」

ううむ、流石のギーシュもあれは恥ずかしいのですね。





「先ほど降臨祭休戦の使者がアルビオン側から来た。」

式典の後に開かれた緊急軍議で、ハイデンベルグ候は重々しくそう告げたのでした。


「降臨祭休戦…でありますか。」

ウインプフェン卿が忌々しそうに顔をしかめます。


「降臨祭休戦を告げられてしまったとなると、断るわけには行くまいな。
 丁度補給物資が届く頃だから、こちらとしても都合は悪く無い、無いが…遅きに失してしまったか。」

ポワチエ卿が眉をしかめているのです。

この時期に始める戦争が『降臨祭までに決着をつける』と急ぐのは、降臨祭を家族と過ごしたいから帰りたいという事と、もう一つは降臨祭休戦があるからなのですよね。
攻める側にとっては休戦している間も兵糧は消耗するわ、敵は防備を整えるわで良い事は無いのですが、何しろ始祖の降臨を祝う大事なお祭りなので、これを蹴ると最悪背教者呼ばわりされて破門となりかねないという…。
トリステイン軍にはジュリオをはじめとしたロマリア教皇庁から派遣された義勇軍が加わっていますし、尚更申し入れを断るわけにはいかないのです。

ちなみに、今回の件でロマリアが錬度不足のトリステイン軍に義勇軍を派遣しているというのには理由があるのですよ。
それはクロムウェルが『皇帝』を名乗っている事。
このハルケギニアに於いて『皇帝』の戴冠権限を有するのは、大王ジュリオ・チェザーレの後継者にして最初の《皇帝》を名乗ったオッタヴィアーノ以来ただ一つ、ロマリア教皇庁のみなのです。
『皇帝』になるには、ロマリア教皇庁に直接出向いて戴冠式を執り行わなければいけません。
ゲルマニア皇帝アルプレヒト3世の玉座の正式名称は『ゲルマニア王にしてゲルマニア皇帝』と言います。
始祖の血統を拠り所にした家が無いゲルマニアでは、選帝侯による選挙によってゲルマニア王が選出され、それをロマリア教皇が『皇帝』として認証するという回りくどい権威づけを行っているのですよ。
それをよりにもよってロマリア教皇庁のいち構成員に過ぎない司祭であったクロムウェルが自ら戴冠して僭称してしまったものですから、ロマリア教皇庁の面子丸潰れ。
一時は『聖戦』を発動してロマリア全土に動員をかけよとの声まであったらしいのですが、クロムウェルらの唱えているお題目がロマリア教皇庁が代々掲げる『聖地奪還』というものであった為か、『義勇軍派遣』という玉虫色の決着に落ち着いたらしいのです。


「幾らあの陛下でも、此度の休戦は受け入れざるを得まい。
 まあ、血染めの降臨祭というのも、段取りが悪い私らしかったのであるが。」

ポワチエ卿はほっとした様な残念なような表情を浮かべているのです。


「我等が陛下も同じだ。
 本国には既に使いを送ったが、このまま降臨祭の翌日までは休戦となろう。」

ハイデンベルグ候も諦め顔なのです。


「僭越ながら申し上げます。
 ここに長期駐留するとして、軍の駐屯地なのですが…。」

カンペ帳には《アンドバリの指輪で反乱が起きる、たぶん町に流れ込む川とかそういうのがある方が危ない》と書いてあったので…この町の地図を見ると、丁度西端に近くの山から流れ出て町を通り抜ける川があり、町の西側はそこから水を引き込む横井戸にしているのです。
かえして反対の東側は町の直下にある地下水脈まで掘り込んだ丸井戸になっています…つまり、危ないのは外に水源地を持つ西側市街地ということになります。


「…軍の混在は指揮系統を混乱させるので、ゲルマニア軍は町の西側を我が軍は町の東側に駐屯するということでいかがでしょう?」

「我が軍に水源地を全て預けてくださると?」

ハイデンベルグ候は意外そうな顔で聞き返してきます。
大所帯である以上は川という大規模な水源地がある西側の方がやりやすいのですよね、ですからこちらが水源の貧弱な東側を選んだというのが意外だったのでしょう。


「はい、ゲルマニア軍が主力なのですから、そちらにより良い環境を提供する方が得策かと。
 ポワチエ卿はいかがですか?」

「異論は無い。
 我が軍で主に活躍しているのは鉄の風竜であるし、それに関わる者がそれで良いというのであれば、我々は構わぬ。」

ふう、ポワチエ卿から異論が出なくて良かったのです…ついでに言うと、蒼莱は既に深刻な燃料不足に陥っているので、あまり積極的には飛ばせないのですが。
まあ取り敢えず、これで両軍が同時に瓦解という事態は避けられそうなのですね。



「ただいまー。」

私達の宿舎として提供された屋敷のドアを開けると。


「お帰りなさい、ケティちゃん!」

「もが…。」

野太いのに可愛らしい口調の声と同時に、いきなり黒いもわっとしたものに顔が包まれたのでした。


「会いたかったわよぅ!」

「ぷは…。」

見上げると、そこには…。


「スカロン!?」

「ノンノンノン、ミ・マドモワゼルって呼んで♪」

この返答、間違い無くスカロンなのですね。
…ううむ、相も変わらず濃い胸毛。


「ああ、第二次補給隊と共にここに来たのですね?」

「ええ、ちょっと前にルイズちゃん達にも会って、ここで待っていればケティちゃんに会えるっていうから、待ってたの。」

喋りながらクネるのも相変わらず…たった数ヶ月なのですが、キモ懐かしいのです。


「あ、ケティ帰って来たのね。」

廊下の奥から、ルイズがとてとてとやって来たのでした。


「帰って来たのねではありません、自分だけ軍議すっぽかして先に帰って!」

「いや~、あのガチガチなドレス姿で居続けるのが嫌で、つい…テヘ♪」

カワイコぶってりゃ全てが片付くと思わない方が良いのですよ、ルイズ…可愛いから頭ナデナデしますが。


「取り敢えずルイズは食べ過ぎで体調崩して倒れたという事にしましたから、安心してください。」

「食べ過ぎでって何処のタバサよ、それは!?」

いや、タバサの胃はブラックホールなので、食べ過ぎで倒れた事はありませんが。


「どうどう、取り敢えず落ち着くのです。
 それでスカロン、私に会いたかった理由は何なのですか?」

「物資の融通をお願いしに来たのよ。」

成る程、まあ店から持ってきた分だけでは調達しづらいものもあるでしょうね。


「わかったのです。
 出来る限り用意しますから、欲しい物があれば書面でここに送ってください。」

「流石、ケティちゃんは話がわかるわ!」

スカロンは笑顔でクネクネしているのです…う、やはり長時間彼を見ているのは、脳にダメージが。


「その代わりといっては何ですが、明日までに店を準備して、貸切にしてもらえませんか?」

「祝勝会場にするの?」

ルイズが話しかけてきたのでした。


「ええ、呼ぶメンツから考えても、変なものは出せないでしょう?」

「確かにそうね。」

学院の生徒は、貴族でもそこそこ良い所の子息ですからね。


「その点スカロ…。」

「ミ・マドモワゼル♪」

「…ミ・マドモワゼルの料理は材料が良質で調理の腕もとても良いものですから、招待された方々の名誉を傷つけることは無いと断言できるのです。」

そこは譲れないのですね、スカロン。


「わかったわ、それで行きましょう。
 ケティ、後で招待状書くの手伝ってね。」

「はい、わかりました。」

私達の荷物は全てここに運び込まれているとの事なので、早速取り掛かりましょうか。


「それではミ・マドモワゼル、料理の件お願い出来ますか?
 取り敢えず100人分くらいで。」

ルイズの同級生と私の同級生と、ジャン・ルイみたいな名前の竜騎士達やジュリオ達ロマリア義勇軍の一部も呼ばなくてはいけませんからね。


「勿論よ、張り切っちゃうんだから!」

お願いだからクネりながらウインクはやめてくれなさい、スカロン。


「あら、ケティ?」

「お、帰って来てたんだ。」

「あ、お帰りなさいませミス・ロッタ。」

廊下の奥から、ジェシカと才人とシエスタが出てきたのでした。


「貴方まで店を開けて大丈夫なのですか、ジェシカ?」

「大丈夫よ、お店は《しばらく休業いたします》って張り紙して閉鎖してきたから!」

ジェシカはそう言うと、エヘンと胸を張ったのでした。


「そりゃまた思いきりが良いのですね…。」

常連客とか居たでしょうに…。


「…ルイズの常連客が仲間を呼んで、うちの店に大量に居着いちゃってね。
 店の女の子の勢力図が変わりそうな勢いだったから、良い機会かなって。」

遠い目になったジェシカが、嫌な事実を教えてくれたのでした。
暫らく行かない間に変態紳士が増殖して、ぺたんこの園と化していたのですか、魅惑の妖精亭。


「素晴らしい判断です、ジェシカ。」

「勿体無かったような気もするけれども、アレは私にも都合が悪かったもの。」

店長の娘としては、あまり自身の売り上げが落ちるのは立場上まずいでしょうしね。


「何の話してんだ?」

才人が私とジェシカの話に入って来たのでした。


「女の情念…どろどろとしたお話なのです。」

「どろどろ?」

才人が不思議そうに首を傾げているのです。


「聞きたい…サイト?」

「うぉ…。」

流石ジェシカ、色っぽい流し目で殺気を送るとは。
矢張りそっち方面では私を遥かに上回る上級者…師匠と呼びたいのです。


「私は聞きたいです。」

何故にそんなわくわくした顔になっていますか、シエスタ?


「シエスタはジェシカから後で聞いてください。」

「えー?」

何という残念そうな顔…ゴシップネタ大好きですね、シエスタ。


「従姉妹でしょうに、身内のゴシップは身内で話しなさい。」

「あれ、知ってらっしゃったんですか?」

シエスタがきょとんとした表情で首を傾げているのです。


「え!?そうなの?」

「何で才人まで聞き返してくるのですか…。」

何故に一緒に居ながら話していませんか。


「ひょっとして、うちの店に来る前から知ってた?」

「潜伏先の店を調べないわけが無いでしょう。」

シエスタとジェシカの件は、当たり前ですがその前から既に知っていましたが。


「でもシエスタに聞いてびっくりしたわよ、タルブに飾ってあった竜の羽衣が本当に飛び回って大戦果をあげるだなんて。
 しかも、ひいお爺様が才人と同じ国の出身だったなんて。
 あれ、ひいお爺様の法螺話じゃあ無かったのね。」

「身内の話くらい、信じてあげて下さい…。」

味皇様、本気で誰にも話を信じて貰えなかったのですね。
仕方が無いかもしれませんが、泣けるのです。




二日後、全ての準備が整い、広場に設けられた仮設店舗で《魅惑の妖精亭シティ・オブ・サウスゴーダ臨時支店》が開店したのでした。
開店と同時にうちの貸し切りなのですが。


「では皆さん、勝利と散っていった仲間達の冥福を祝って、乾杯!」

『乾杯!』

宴が始まったのでした。



[7277] 第四十話 勝敗は兵家の常なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/08/11 21:17
名誉とは、貴族にとってなくてはならないもの
貴族は食わねど高楊枝なのです


名誉とは、貴族にとっての規範
地位の対価は血で購え、名誉は死してでも守れ…なのです


名誉とは、貴族にとって色々な物を内包した言葉
しがらみだって腐れ縁だって、貴族にかかればみんな名誉なのです





「ケ、ケティ、僕は前から君の事が…。」

宴会のさなか、私の同級生の一人であるガブリエル・ド・ロルジュが、私の手を握りつつ熱く語っているのです。


「一昨日来やがれ、このスットコドッコイなのです。」

私は冷めた視線をガブリエルにじーっと送っています。
彼は同じく同級生のジェラルディン・ド・パヴィエールの幼馴染で、許嫁なのですよ。


「え…いや、今は僕の瞳には君しか映っていないというか…その、あの。」

ガブリエルの目が泳ぎ始めたのでした。


「そりゃまあ、私を見ているのに私以外の姿が姿が見えたらびっくりなのですよ、例えばジェラルディンとか、ジェラルディンとか、ジェラルディンとか~?」

「い、いや、その…。」

今にも暴発しそうな下半身の前には、幼い頃から育んできた恋も無力ですか、そうですか。


「もう…この件はジェラルディンには黙っていてあげます。」

「ご、ごめんね?」

まあ、彼が私を熱烈に口説いてきた原因は燃え滾る下半身のせいだけでは無いというのは、二つ向こうのテーブルに居る私の同級生の男子達がニヤニヤしているのを見ればなーんと無く分かるのですが。
彼らの手にあるのは、こっちの世界のトランプなのです。


「ゲームで負けて、罰ゲームですか。」

「うん、実は…。」

ガブリエルは恥ずかしそうに頷いたのでした。
はぁ…男って奴ぁ。


「…となると、このまま返すというのも、面白くありませんね。
 ちょっとしゃがんでおでこを出しなさい。」

「え?な、何をするんだい?」

ガブリエルは躊躇無くしゃがんでおでこを差し出したのでした…ルイズもそうですけれども、トリステイン貴族の子弟はプライドは高いのですが根は素直なのですよね。


「期待に胸を膨らませる人間を、がっかりさせると楽しいでしょう?」

ガブリエルの幼馴染が私とそこそこ親しいジェラルディンだと知っていて、わざわざ皆でイカサマしてまでガブリエルをハメましたね…。


「いや、僕は嬉しく無いけれども?」

「素直にそんな事をさらりと言える貴方は、私には眩し過ぎますよこんちくしょー。
 それはそうと…あいつら、私が怒ってガブリエルを引っ叩くのを、今か今かと待っているのですよ。」

そうはいかんざきなのです。


「ひ、ひっぱたくのかい?」

「彼らの期待に素直に答えたら、私が楽しく無いでしょう?
 …ジェラルディン、これは意趣返しであって、浮気では無いのであしからずなのです。」

私はガブリエルのおでこにキスをしたのでした。


「わ、な、何!?」

ガブリエルは顔を真っ赤にして後ずさったのでした。


『な、何だってー!』

大声をあげて仰け反る仕掛け人一同…って、貴方達は何処のマガ○ンミ○テリーレ○ートですか。


「あっはっはっはっは!見なさいガブリエル、あの連中の阿呆面を!」

「ちょ!?怖いよケティ!世間様には見せられない笑顔だよ!?」

ガブリエルはドン引き…まあ、これで後は引かないでしょう。


「あっはっは…ああ、笑った笑った。
 さて、意趣返しも出来ましたし、もう戻っても大丈夫でしょう。」

「うん、じゃあ僕はもど…。」

ガブリエルが軽く手を振って戻ろうとした瞬間、彼の肩に手が。


「ちょっと君ィ…。」

「おにーさん達と呑んで語り合わないかィ?」

何故に才人とギーシュが?


「え、ええと、ケティ助けて?」

「…?いや、その二人と呑むのも良いと思いますが?」

ガブリエルもちょっと戻り難いかもしれませんし。


「命の危機を感じるんだけど!?」

「HA!HA!HA!そんな事は無いんだぜ、ボーイ。
 俺達はただ君と呑みたいだけさ、なあギーシュ?」

才人、何時の間にそんなにアメリカンな雰囲気に?


「勿論だとも、僕達は君と呑み明かしたいだけだよ。
 先程君が賜った名誉の件とかで、じっくりとね。」

名誉…?ガブリエルの任務は輸送隊の護衛で、今回は戦っていない筈ですが。


「ジェラルディン、僕はもうここまでみたいだ…。」

そして何故にガブリエルはそんな悲痛な表情を?


「たーすーけーてー。」

「無駄だから、おとなしくしょっ引かれやがれコノヤロウ。」

「貴族たるもの、諦めが肝心な時もあるのだよ。」

ガブリエルは才人とギーシュに引き摺られて、喧噪の中に消えて行ったのでした。


「…ほよ?」

ガブリエルが何故にあんなに嫌がっていたのかが、皆目見当つかないのですよ。
あの二人とガブリエルって、確か面識無い筈ですし。
考えられる事と言えば、私がガブリエルのおでこにキスした事でしょうか?
でも才人にはルイズが、ギーシュにはモンモランシーが居るわけで…やっぱり、これは原因では無いですよね。
ううむ…最近、男の思考をトレースするのが、かなり困難になって来たような気がするのです。
わからん…男は…わからんのです。


「…魔性の女ですね。」

首を傾げる私の隣にストンと座ったのは、魅惑の妖精亭の臨時アルバイトになったシエスタなのでした。


「私には、今の貴方の姿の方が魔性っぽく見えます。
 そもそも、そんな扇情的な衣装、何処で仕入れたのですか?」

「え?これはその、もしもの時の為に仕立てておいた服なんですよ、えへへ。
 これで迫れば、サイトさんもイチコロかなって。」

扇情的な服を着る『もしもの時』って、何なのですか!?
才人もイチコロって、何をしかけるつもりでいやがりましたか!?
…と、まあ、それは兎に角。


「シエスタ…戦わなきゃ、現実と。」

「またですか、しかもこの恰好でもそんな事言われるんですか!?
 やっぱりこんなまどろっこしい事せずに思い切って脱がなきゃだめなんですか、真っ裸最強理論ですか、そうなんですか、そうなんですね!?」

何時も思いますが、シエスタって『押して駄目ならもっと押せ、それでも駄目なら更に押せ、その身が砕けるまで押し続けるのだ』っていう、脳筋志向なんですよね…って。


「待った!何故ここで脱ごうとしますか?」

「はっ!?いや何というか、つい。」

何故につい脱ごうという発想へと行きつくのですか、シエスタ…。


「でも、やはり真っ裸略してマッパなんですね、マッパ!?
 素っ裸縮めてスッパでも良いですけど!」

「…年頃の娘が、マッパとかスッパとか大声で言うもんじゃないのです。」

そりゃまあ、裸の娘が誘っているのに飛び掛っていかない場合は、誘っている娘に男が魅力を感じていないか、あるいは誘っている相手が男じゃない何かな場合のみですが。


「そもそも、それで拒否されたら、もう何の余地も無いのですよ?」

「それはわかっていますけれども…私が好きな人が好きなのは、じっとしていたら何かの芸術品と勘違いするくらいの美少女なんですよ!?
 じっとしていないですけど!
 拳が光りますけど!
 蹴りで空気を切り裂きますけど!
 素手で魔法弾き飛ばしますけど!
 そもそも杖使わずに魔法使っているように見えますけどっ!?」

どうしてこうなった、なのです。
原作の流れから激しく逸脱している最たるものがヒロインって、どういうことなの…なのですよ。


「取り敢えずそれは置いておいて、兎に角もの凄い可愛いんです!
 私だって、なでなでもふもふくんかくんかしたいくらい可愛いんです!」

いや、それは同性でもどうかなと思いますがー?


「サイトさんが何時まで耐えられるかなんて、完全に未知数なんです!
 だったら何とかして関係を持って、逃げられないようにコツコツと既成事実を積み上げていくしかないじゃあありませんか!?」

「シエスタ…恐ろしい娘…ッ!?」

自分が持てるもの全てを注ぎ込んで、好きな男を何とかして手に入れようというその情熱には頭が下がるのですよ。


「まあ、頑張った分だけ不憫度が上がるだけなのですが。」

「頑張った分だけ不憫とか言ったー!?」

あ…思わず口に出てしまったのです。


「ミス・ロッタだって同じなくせにー!」

「ぐは…っ!?」

何というピンポイント爆撃。
私のナイーブな心が、一瞬にして爆砕したのですよ。


「わ、わ、私の恋の花は、咲かさずに散らすと決めているのです!」

「ミス・ロッタは嘘つきです、そんなの無理なの自覚しているくせに。」

まあ基本的に私は嘘吐きですが、この件についてはなるべく嘘にならないように考えてはいるのです。
考えてはいても、シエスタの指摘通りに無理なのかもしれませんが。


「名誉名誉と…もっと具体的に言わんと、わけわからんわー!」

向こうで何かあったのか、才人が吼えているのです。


「手柄なのか、義理人情なのか、それぞれが持つしがらみなのか、はっきりしろィ!
 全部纏めて何でも名誉って、お前らの脳味噌は腐った糠かか何かで出来とるんか!?」

「だからだね、それらは僕達の中で複雑怪奇に絡まりあってだね!
 特に戦の中ではっ…!」」

おおぅ、議論が白熱しているようで結構なのです。


「うわーん、何で僕はこんな二人に挟まれてるんだー!?」

ガブリエル、ィ㌔。


「あのミス・ロッタ、一つお聞きしたい事があるんですけれども。」

「はい、何でしょう?」

才人たちの話を聞いて何か思いついたのか、シエスタが質問してきたのでした。


「この戦争の意味って、何なんですか?
 私達、前にアルビオンが攻めて来たときにも散々傷ついたのに、今度は攻め込んでまで傷ついているなんて、おかしいと思いませんか?
 この戦争の意味には、この町を攻めたり、殺しあったりする以上の何かがあるものなんですか?」

シエスタに、この手の質問をされたのは初めてなのですね。
取り敢えず、真面目に答えましょうか。


「ふむ…そうですね。
 今回の戦争の意味は、暫く傷つけあいたくないから、相手に暫く死んでいて貰う為の戦…といえば良いでしょうか?」

「す、すいません…貴族的な言い回しは、出来れば避けて頂いた方が有り難いなと…何せ平民の生まれなので。」

抽象的過ぎましたか?


「じゃあ、アルビオンをぐちゃぐちゃにする為に来たのです。」

「な、何でですか!?苦しむのはこの国の平民なんですよ。」

まともに話すとシエスタに嫌われてしまうかもしれませんね。
まあ、それはそれで仕方がありませんか…。


「トリステインの民が、何度も踏み躙られないようにする為なのです。
 この国がレコン・キスタという、馬鹿者集団に牛耳られているのは知っていますね?」

「あ、はい、聖地を目指す為に作られた集団だとか。
 立派な事だって、皆さん言っていますけれども…。」

ハルケギニアの常識的には仕方がありませんが、市井には妙な評価が広まっているのですね。


「何が立派なものですか。
 聖地を目指すというのはすなわち、聖地の奪還ということなのですよ。」

「ええと…それって良い事だと思うんですけれども?」

シエスタは首を傾げているのです。
ハルキゲニアの人間は貴族平民を問わず、子供の頃から司祭に『聖地を取り戻す事が始祖の御心に沿うものである』とか、繰り返し繰り返し教え込まれていますからね…。
ここらへんが、ロマリアがアルビオンに『聖戦』を布告できなかった最大の理由なのです。
基本中の基本である『聖地奪還』くらいしか説法が出来ない木っ端司祭だったクロムウェルがとっさに思いついたスローガンなのでしょうが、殆どマインドコントロールみたいに刷り込まれているので、これを掲げる相手をロマリアが正面きって倒すわけにはいかなかったのですよ。


「そりゃまあ聖地奪還は良い事かも知れませんが、その為にアルビオンがしようとしている事は何ですか?
 そして、それをするのにどれだけの人命が失われると思いますか?
 結果としての『聖地奪還』は、貴族平民を問わず皆の願いでは有りますが、それはハルケギニア全体を戦乱に陥れた挙句、更に外征まで行い、屍の山を築いてまで手に入れるべきものなのかどうか、という事なのですよ。」

「あの…ええと、難しいです。」

あー…聖地奪還を行おうとする者を叩き潰すというのは、根底にある常識を根こそぎひっくり返すような話ですからね。
なるべく簡単に言ったつもりでしたが、脳が理解を拒否したようなのですね。
それじゃあ、身近な話題で行きましょうか…。


「つまり、ここでアルビオンを最低限暫く攻めて来られないくらいは痛めつけておかないと、上陸地点になるタルブが何度も何度も戦渦に巻き込まれる可能性があるという事なのです。」
 
「あ、成る程、それは絶対に駄目です!」

最近身近で起こった出来事で説明しないとわかって貰えませんか。


「で、でもそれなら、皆で話し合って聖地を…。」

「今迄も何度か聖地を奪還しようとハルケギニアの諸国は『聖戦』を唱えてエルフ領に攻め込みました。
 …が、結果は何れも遠征軍の壊滅という悲惨極まりない結果に終わりました。
 こんな事を貴族の身で言いたくはありませんが、貴族とエルフが正面から戦うのは、貴族と平民が正面から戦うのと同じくらい困難なのです。」

エルフが攻めて来ないから良いものの、よくもまあこれだけ力の隔絶した連中と何度もやりあったものなのですよ。
おそらくは敗北の記憶が忘れ去られた頃に聖戦やって、滅茶苦茶に負けてまた皆が忘れた頃に…というのを繰り返していたのでしょうが。


「え、エルフってそんなに強いんですか!?」

シエスタは目を真ん丸に見開いてびっくりしているのです。


「ええ、シエスタは正面切って私に勝てると思いますか?」

「いえ、多分一瞬でミス・ロッタの炎に燃やされて消し炭になるのがオチじゃあないかなと思います。」

シエスタの中の私が、情け容赦無さ過ぎるのです。


「シエスタが私の事をどう思っているのか問い詰めるのは取り敢えず後にしておいて…エルフとメイジが戦う時もそのくらいの力の差があるのですよ。」

「それだけの力の差があるのに、戦おうなんて気になるのが凄いです。」

平民がメイジにかかっていくのは、かなり無謀な事だというのは常識ですからね。
シエスタがそう思うのも当然ではあります。


「何てったって、『聖地奪還』が悲願ですから。
 無理でも無茶でも時期が来たら、やらざるを得ないのですよ。」

「貴族って、大変ですね。」

そう、世の中ってのは案外そんな理由で動くものなのですよね。


「シエスタ…ひとごとみたいに言っていますが、聖戦には当然ながら平民出身の兵士も行きますし、大規模な戦争には大規模な増税がつきものなので、後方にいる貴方もただでは済まないのですよ。」

「大増税ですか、それはまずいです。」

それぞれの国の国力の限界近くまでヒト・モノ・カネを振り絞って、それでも殆ど為すすべ無くけちょんけちょんに負けるのですから、無駄もいいところなのですよね、聖戦って。
あっちはこちらの大地が定期的に天空高くすっ飛んで行く事を知っていて、絶対に必要以上攻めて来ないのを知っている身としては、考えるだけで物凄い徒労感が…。
まあ、《大地がいつ浮き上がるのか分からないのがおっかないので、エルフは絶対に攻めて来ません》とは、流石にメンツがかかっているので言えないのですよ。
だったら攻めなきゃ安泰じゃないかという話になりますし、大地が空にすっ飛んで行くなんて事を知ったらパニックになるでしょうから。


「戦争というのはなるべくしないに限りますし、もしこちらから仕掛けるのであれば、どういう意図を持ってどう行うのかというのを予め考えて置かねばいけないのですよ。
 でなけりゃ戦費も兵の命も全部無駄になりかねないのです。」

「あああ、また難しくなって来ました。」

シエスタが頭を抱えているのです…基礎学力って、大事ですよね。
この世界って、平民に社会科教育を施す事があまりありませんから…。


「料理と一緒なのですよ。
 適当に作ったら、大抵微妙なものしか出来ないでしょう?
 時々物凄く美味しいのも出来ますが、そう言うのは単なる偶然ですし。」

「おお、なるほどー。
 つまり、何をしたいのかをきちんと考えなきゃ駄目って事ですね?」

シエスタって良く気が回りますし、読み書き算盤が可能という平民の娘としてはかなりハイスペックな存在なのですよね。


「あのなー、死んでもとか言うなよ!この莫迦、莫迦ギーシュ!
 死んだら御終いなんだぜ、死を恐れないのと死んでも構わないってのは違うんだ、わかってんのか!?」

おや?向こうで才人とギーシュの死生観の違いについて、白熱した話が始まったようなのです。
それでは聞き耳聞き耳…。


「ぼ、僕の覚悟を侮辱するのかね!?」

ギーシュは顔を真っ赤にして手袋を握りしめているのです。
…久し振りに『決闘だ!』ですか?


「ああ侮辱するね、死んでも構わないなんていう後ろ向きな気持ちでまともに戦えるわきゃねーだろ。
 そもそもだギーシュ、おまえが死んだら問答無用でモンモランシーは他の男に取られちまうんだぞ、わかってんのか!?」

「ぬぐっ!?いや、モンモランシーなら、モンモランシーならきっと…。」

きっと何とかしてくれる…じゃなくて、何でしょうか?


「モンモランシーならきっと、お前に操を立てて生涯独身でいてくれるってか?
 良く考えろよ、モンモンの家はド貧乏とはいえ、トリステインきっての名家の一つなんだろ?
 しかもあいつは、そこの一人娘なんだろ?
 ケティから教えて貰ったけど、貴族にとってそういう血統とかってすげー大事なんだろ?
 どう考えても、そんな事有り得ねーじゃん。
 お前が死んだら、モンモンは望むが望むまいが、家の為に他の男に抱かれる運命なんだよ。
 そんなのをお前は許せるのか?それで満足か?それがお前にとって正しい結末なのかよ!?」

「それは、確かに、そうだが…っ!」

おお、ギーシュが才人に貴族に関する話で押されている。
ううむ、才人と私達の文化ギャップを埋める為に行っていた授業が、功を奏してきていますか…?


「俺なら嫌だ、俺は絶対に嫌だ、俺の好きな女が俺以外の男と結ばれるのを想像するだけで、眩暈がする吐き気がする正気でいたく無くなる。
 戦って名誉が得られるなら死んでも構わないだなんて言うな!
 お前は貴族の前に男だろ、男なら戦って名誉を得てなおかつ生きて帰って、好きな女と添い遂げると断言して見せろよ!
 それが男って奴だろ、ギーシュ!ギーシュ・ド・グラモン!」

才人がかっこいい事を言っているのですが…対象が自分な可能性は皆無だというのが、心にぐっさり刺さるのですよ、うう。


「サイト、良い事言った!
 確かに好きな女が他の男に取られるのは絶対に嫌だよな。
 よし、俺は戦って名誉を得て、生きて帰る…けど、彼女は居ないから、これから探す!
 確かにどっちかじゃないよな、全部だよな、男なら!」


「そんなわけで女を惑わす男の敵は死ね、取り敢えずジュリオ!」

「え?何でそんな唐突に!?」

ジュリオが竜騎士隊の面々に取り囲まれ、あまりの唐突な展開にワインを入れた杯を片手に持ったまま固まっているのです。
おおう、ジュリオってば、すっかり竜騎士隊に溶け込んで…お姉さんは嬉しいのですよ、年下ですが。


「ちょっと待ちた…ちょ、電気按摩は止めて、それ反則だから、やーめーてー、ぎにゃー!」

ジュリオがジャン・ルイ…じゃなくて、なんでしたっけ…な、名前の竜騎士達にボコられている間にも、話は進んでいるのです。


「男なら、名誉も女もどっちも手に入れろ…か。
 確かにそう言われれれば、僕としても名誉だけじゃ不満だ。
 名誉もモンモランシーも、どっちも欲しい!」

「良く言ったギーシュ!
 それでこそ男だぜ!」

そう言って、才人はギーシュの背中をバシンと叩いたのでした。


「あいたたたた…で、それはそれとして、君は誰を選ぶのかね?」

「へ?」

ギーシュはそう言いながら、やんややんやと騒ぐ級友に囲まれ腰に手を当ててワインをジョッキで一気飲みしているルイズを指差します…って、見ないと思ったら、何やっているのですかルイズ。


「おっしゃー!次こーい!」」

「すげえ、もう5人抜きだ!?」

いやだから、ホントに何やっているのですか、ルイズ?


「えーと…御主人様かね?」

次に私を指差します。


「恩人かね?」

そして、シエスタを指差します。


「メイドかね?
 君は誰を選ぶんだい?」

ギーシュは、意地悪そうな笑みを浮かべたのでした。


「えっ?
 いや、その…な、何を唐突に。」

才人の目が豪快に泳ぎ始めたのです。


「名誉と女の両立は出来るが、女と女の両立は…僕が言うのも何だが、難しいよ?
 数が増えれば尚更。」

「お、俺…は…。」

言い淀む才人の後ろに怪しい影が。


「貴様も…。」

「男の敵だったか…。」

「のっぺら顔の癖に。」

その名もしっと団…ではなく、パッ○ラ隊…でも無く、竜騎士隊。


「取り敢えず、一つの悪は滅んだ…。」

「あああああああぁぁぁぁぁううううううぅぅぅぅぅぅぅ…。」

彼らが指差す先には、股間を抑えて蹲るジュリオの姿が。


「しかし、新たな悪を我々は発見した!
 我ら竜騎士隊のモットーは!?」

『悪・即・斬!』

竜騎士隊ってば、酒が入ってすっかりハイになっているのですよ。


「どこの斎○一だ、それは!?」

「やかましい、ものどもかかれ!」

「ふんぎゃー!」

竜騎士隊は才人…と、その近くに居たギーシュとガブリエルの二人も捕獲したのでした。。


「何をする、やめたまえ!?」

「待って、僕は関係無いよ!?」

パッパ…ではなく、竜騎士隊大暴走中。


「しっとの心は父心!」

「押せば命の泉湧く!」

『見よ! しっと魂は暑苦しいまでに燃えている!!』

何処から受信しましたか、その電波。


『彼女いる奴ぁ全部敵!天誅!』

『うぎゃー!?』

もう、しっと団で良いよ…なのです。



「…はて?」

目が覚めたら素っ裸。


「すぴー…。」

そして横に寝ているのはシエスタ(裸)。


「ふむぅ…?」

私も裸、シエスタも裸…なるほど、なるほど、酒の勢いで何かやらかしましたね、私たち。


「ひょっとして、ひょっとしてですが、シエスタを食っちまいましたか?」

ノンケでも食っちまう女でしたか、私は…私は…。


「うにゃあああああああああああぁぁぁぁぁっ!?
 酒呑んだら前世の人格が復活するとでもいうのですかー!?」

「ふにゃ…?」

私の悲鳴に、シエスタが目を覚ましたのです。


「あ、お早う御座います、ミス・ロッタ…って、あれ、何で私たち裸…。」

そういって、シエスタの顔が一気に赤くな…らずに、元に戻ったのでした。


「ああ、そういえばそうでした…昨晩は呑み過ぎましたねー。」

シエスタは少し恥ずかしそうに頬を掻いたのでした。


「え、ええと、私はそこら辺の記憶が定かではないのですが…。」

「あ、覚えていらっしゃらないんですか?
 私、一気飲み合戦で酔いつぶれたミス・ロッタをここまで運んできたんですけど、ミス・ロッタってば部屋に着くなりスポポーンと服を脱いで『眠いーあなたも一緒にねましょー』と、私を手招きなさったので、私もなぜか服を脱いで一緒に寝る事になったんです。」

一気呑み合戦とか、覚えていないのです…。


「それにしても、何故脱ぎますか…。」

「いや~私も酔っ払っていたんでしょうね。
 何故だかそうしなきゃいけない気がしてつい。」

自分への問いだったのですが、シエスタが自分に尋ねられたのと勘違いして答えているのです。


「酒は、程ほどにしなきゃいけませんね…。」

「あはは、本当にそうですね!」

その時、不意に部屋のドアが開いたのでした。


「ケティ、シエスタが居ないってルイズが…。」

私と目が合う才人、そしてシエスタとも目が合う才人。
私たち二人とも素っ裸、そして恐る恐る視線を下げる才人…って!


「ドアを開ける時には、ノックをしろと何度言えばわかるのですかー!?」

「サイトさんのエッチー!?」

「何で二人ともはだ…しろっこ!?」

私とシエスタの投げつけた枕が、才人をドアの向こう側に吹き飛ばしたのでした。
やれやれ、それにしても久しぶりに発動しましたか、才人のラブコメ主人公属性。
しかも今回のはシエスタも巻き添え…私たちはお色気担当ですか、そうですか。





「降臨祭休戦も、今日で最終日ですか…そろそろ始まりますね。」

外には降り積もる雪…と、それで雪合戦をする竜騎士隊の面々。


「色々とぶち壊しなのです…。」

まあ、アンニュイな気分が少々晴れたような気はしますが。


「才人の命を、私は賭けなければいけないのですね。」

無事に帰ってきてくれる可能性は…などと考えても無駄ですか。
トリステイン軍自体の被害は私が知っているものよりもはるかに少なくてすみますし、これでゲルマニアに恩を売れば色々出来るのは確かですが、七万の前に伝説の使い魔とはいえ少年を放り出すのです。
その事に罪悪感を覚えないわけがありませんし、何よりも才人自身への危険は大きいのは確かなのです。
とは言え、基本的に気弱なテファに何の前触れもなく接触したりしたら、いきなり彼女関連の記憶を消されて終わりのような予感が…私から記憶抜いたらただの娘ですから、それはまずいわけなのです。
重傷を負った才人の友人というクッションを置かねば、彼女はずっと西の森の住民のままなような気がするのですよね。


「結局は自己保身ですからね、凡人に出来るのはこのくらい…。」

不意に町の西側の方から煙が上がり、続いてドンという爆発音が響き渡ったのでした。


「さて…英雄を作りに行きましょう。」

私は何事かと騒ぎ始めた外の風景を後目に、ドアに向かって歩き始めたのでした。
狙ったわけでもないのに、蒼莱は燃料不足で筏の上に泊まりっ放し。
歴史の修正力だか因果律だか知りませんが、飛行機には乗るなという事ですか。
とは言え、私にとってこの先は観測し得ぬ未来、シュレディンガーの猫の筈。
姫様がアレな感じになったのは間違い無く私の介入の結果なのですから、変えられる所は変えられる筈なのです。




「ポワチエ卿、御無事ですか?」

屋敷から脱出した私達は、取り敢えずトリステイン軍司令部に向かって見たのでした。


「残念ながら無事だ。
 小心者な私としては一刻も早く悪夢から覚めたいのだが、待てど暮らせどこの部屋に砲弾が飛び込んでくる気配が無いものでな。」

怒号飛び交う作戦室では、顔色一つ変えずにド・ポワチエ卿が立っているのです。


「ゲルマニア軍が西側市街地から逃げて来ているわ。
 一体何が起きているっていうの!?」

「どうも、ゲルマニア軍の半数以上がいきなり寝返ったようですな。
 逃げてきたゲルマニア兵に尋ねても、全員錯乱状態で意味不明であります。」

ポワチエ卿はそう言って、肩をすくめると溜息を吐いたのでした。


「何故寝返ったのかの理由は全くの不明ですが、ゲルマニア兵から聞いた話によるとゲルマニア軍司令部は先程の爆発で消し飛んだ模様です。
 何とか地形を利用して東側市街地に叛乱兵が侵入して来ないように交戦中ではありますが、あまりにも突然の事で長期的な防衛は不可能かと思われます。」

続いて報告してくれたのはウインプフェン卿。
取り敢えずいきなり壊乱は防げましたが、何せこっちは大半が新兵という超ポンコツ軍隊ですからね…。


「ヴァリエール嬢、撤退でよろしいですかな?」

「ケティ、撤退で良いわよね?」

うわ、ルイズいきなりサラリと右から左へ受け流しやがりましたね。


「私に決断させてどうするのですか、私に。
 何だかんだでここで最上級権限を持っているのはルイズなのですよ?」

「ええ、私が!?
 いやだって、ポワチエ卿がトリステイン軍司令官じゃあ?」

自分を指差してルイズがびっくり仰天しているのですよ。


「確かにそうなのですが、姫様が自分に準ずる権限を貴方に与えましたからね。
 いくら司令官だって、最高責任者に準ずる人が居ればその人を蔑ろには出来ないのですよ。」

「わ、わわわ私が最高責任者!?」

ルイズの顔が真っ赤になったかと思うと、いきなり真っ青になったのでした。


「ケティ、パス!」

「無茶言わないで下さい。」

いやまあ、誰にも相手にされない人間(だと思い込んでいたルイズ)が、いきなり数万の軍隊の最高責任者にされたら戸惑うのはわかりますが。


「こういう時、ケティなら上手く出来るでしょ!?
 でも、私じゃ無理!!」

「私だって、上手くやっているわけじゃないのですよ。
 決断するのは貴方の仕事なのです…ぶっちゃけ、こういう時に専門家ではない最高責任者が言うべき事は。」

「言うべき事は?」

たった一言なのですよ、ええ。


「良きにはからえ、なのです。」

「いや、それは流石に駄目なような気がするわ…。」

ルイズががっくり肩を落としたのです。


「つーか、バカ殿じゃないんだし。」

ついでに才人にもツッ込まれたのでした。


「はぁ…良いですか?
 私達は指揮官教育を受けた将校では無いのですから、判断するだけの知識や能力など無いのですよ。
 ですから、こういう時は専門家に任せるのが一番なのです。
 そうですよね、ポワチエ卿?」

「まあ、私のような木っ端指揮官でも、専門家ではありますな。」

ポワチエ卿はゆっくり頷いたのでした。


「ちなみに、こうしてゆっくり話している間にも、我が軍の崩壊は刻一刻と近づいているわけでありますが。」

「う…ごめんなさい。
 それでは良きにはからって下さい。」

ルイズの一言に、ポワチエ卿は深く頷いたのでした。


「現在防戦中の部隊以外を再編せよ!
 ゲルマニア軍の叛乱部隊に総攻撃を仕掛ける!」

『はっ!』

指令室がされに慌ただしくなり始めたのでした。


「え…えっと、何か総攻撃を仕掛けるとか聞こえたんだが?」

「奇遇ねサイト、わたしもそう聞こえたわ。」

才人達が顔を見合わせているのです。


「攻められっぱなしでは撤退の機会が掴めませんから、一度攻勢をかけて敵軍を崩した後に撤退するという事なのですよ。
 本国から輸送部隊と一緒に連れてきた民間人も先に撤退させる必要がありますし、その時間稼ぎでもあるのです。」

「成る程、そういう事か。」

才人は納得したように頷いているのです…が。


「ポワチエ卿、あれで正解?」

「ですな、その通りであります。」

ルイズ…何故ポワチエ卿に?


「しかしロッタ嬢は士官教育も受けていないのに、大したものですな。」

「でしょー?ケティって凄いんだから!」

そして、何故に誇らしげに…。


「指令部はこれから撤収の準備に入ります。
 貴殿らも撤収を急いで頂きたい。」

「使用人に既に始めさせております。
 程無く撤収は可能かと。」

今頃、シエスタが私達の荷物をてきぱきと荷馬車に運び入れている筈なのです。


「ではポワチエ卿、ロサイスで会いましょう。」

「ははは、無残な敗北を迎えた敗将として扱われるかと思うと、今から気が重くなりますな…では、ロサイスで。」

ポワチエ卿が敬礼をすると同時に、司令部の全員が一瞬止まって私達に敬礼をして見せたのでした。


「ねえ…ケティ、あの人達どうすると思う?」

最後の司令部の雰囲気を感じ取ったのか、ルイズが尋ねて来たのでした。


「司令部直轄の部隊は、この軍の中でも最精鋭…撤退時のしんがりを務める部隊は高い士気と錬度が必要なのです。」

「最後まで残るって事!?」

総指揮官が直轄部隊率いてしんがりとか先頭に立って戦うとかなんてのは飛び道具が発達した世界では愚の骨頂なのですが、この世界の軍隊が持っている飛び道具は銃士隊の持っているモシン・ナガンを除くと大した事ありませんからね。
まあそんなわけで、生き残れる可能性がかなりあるのは確かなのです。


「そういう事になります。」

「わたし戻る!」

ルイズがくるりと反転したのでした。


「待てぃピンク。」

「ぐえ。」

すかさずルイズの襟をつかんだのでした。


「あ、あにするのよぅ。
 てか今、ピンクとか呼ばなかった!?」

「空耳なのです、そして駄目なのです。」

おほほほ、私がルイズの事をピンク呼ばわりするわけが無いじゃありませんか?


「嫌よ!」

「駄目なのです!」

ムズがるルイズを何とかロサイスまで下げないと…。


「しんがりとはいえ最精鋭ですから、統制のとれていない叛乱部隊を相手にするくらいなら何とかなります!
 これがアルビオンの仕業ならば、叛乱がこちらに起こっている事はとっくに知れ渡っている筈。
 今するべき事はゲルマニア軍の残党を拾いつつ、全速力でロサイスまで下がって戦線を再構築し撤退の準備を行う事なのです。
 兎に角ロサイスまで下がりましょう!」

「わ、わかったわ…そういう事なら。」

ルイズはしぶしぶと言った感じで引き下がってくれたのでした。




「シエスタ、準備は?」

「全部終わったわよ、ケティちゃん☆」

屋敷に戻ってシエスタに声をかけたらスカロンが出てきてウインクされた、不思議!そしてキモい!
…ではなく、なんでスカロンが?


「あ、ケティ、うちを片づけるついでにこっちも片づけておいたから。」

「ジェシカ…に、妖精亭のみんなも?」

見知った顔の女の子達が、屋敷から荷物を運び出して荷馬車に積んでくれているのです…というか、積み過ぎ。
私達の荷物だけなら荷馬車1台でも全然余るのに、6台ある荷馬車に荷物が満載なのですよ。


「あの…この屋敷に元々あったものまで運び出していませんか?」

「どうせ、この街はこれから戦禍に巻き込まれるんでしょ?
 だったら調度品なんてあっても無駄じゃない?
 この御屋敷の調度品、うちのお店で使えそうなのも結構あるし☆」

ジェシカはそう言って、私にウインクして見せたのでした。
つまりついでに火事場泥棒ですか…その発想は無かったのです。


「いやー、ジェシカ達が来てくれて助かりましたー。」

この屋敷に置いてあった銀製の食器と燭台を抱えてシエスタが現れたのでした。


「シエスタ…何を?」

「え?だって、この御屋敷の荷物を一切合財引き払うんでしょう?」

指示の仕方を間違えましたか、私。


「私達の荷物だけで良かったのですが…。」

「ええっ!そうだったんですか!?
 私もそう思ったんですけれども、ジェシカが屋敷の物全部持っていく事だって。」

一人のメイドに屋敷の荷物全部片付けろとか、どんな無茶振りなのですか、それは。


「ジェシカ…従妹騙して何をやっているのですか?」

「あははは~、貴方達の荷物も一緒に片付けてあげたんだから良いじゃない?」

相変わらず逞しいにも程がありますね、ジェシカは。


「はぁ…まあ、確かにここに置いておいてもどうにもならないでしょうね。」

「さすがケティ、話がわかるわ。
 長期戦になるかと思って来たのに予想外の短期間だったから、このくらいしないと採算が合わないのよ。」

まあ撤退する時に略奪するするのはよくある話ではありますし、無人になる屋敷から物を持ち出すくらいなら仕方が無いという事にしておきますか…。


「とは言え、もうすぐここにもゲルマニアの反乱軍が来るでしょう。
 撤収作業は中断!全力でロサイスまで逃げますよ!」

『はーい!』

《魅惑の妖精亭》で働く少女達の声が、屋敷内に響き渡ったのでした。





「…何というか、惨めだな。」

才人はロサイスの街中を見まわして呟いたのでした。


「そいつを言っちゃあおしめぇよ、なのです。」

街中には着の身着のまま逃げてきた民間人や、同じく殆ど着の身着のままのゲルマニア軍の生き残りが、虚ろな顔で座り込んでいるのです。
まあ実際私達も出来得る限り全力で逃げてきたので、疲れきっているわけですが。


「ここであれば、1週間以上かけて築いた陣地があるので、多少は持ちます。
 兎に角、今は休みましょう…とは言え、ロサイスの住民が襲ってくる可能性があるので、全員注意して下さい。」

庶民というのは、敗軍には厳しいですからね。
何だかんだ言って、私達は侵略者ですし。


「私達の荷物は?」

ジェシカが暗い街の雰囲気に少し怯えながら、恐る恐る訪ねてきたのでした。


「取り敢えず筏に運び込みましょう。」

「でも、今日泊まるのはあの屋敷なんでしょ?
 もしも放っておいて盗まれたりしたら…。」

ジェシカは不安そうに言ったのでした。


「この状況で高価な品を近辺に大量に置いておくのは、却って危険なのです。
 盗まれたら諦めなさい、命があればお金は幾らでも稼げるのですから。」

「ううう、わかったわ。」

まあ、筏に置いておけば水兵が警備していますし、何とかなるでしょう。


「御注進!御注進!」

伝令と思しき兵士が、馬によってやって来たのでした。


「御苦労、して何か?」

「しんがりの司令部直轄部隊、シティ・オブ・サウスゴーダよりの脱出に成功!
 現在こちらに向かっています!」

しんがりはなんとか無事でしたか…良かった、良かった。


「ただ…指令は撤退時の戦闘で大怪我を負われた模様。」

「な…それで、ポワチエ卿の容体は?」

予想以上に良い指揮官だったのですが…まさか、駄目なのですか?


「はっ、予断を許しませぬが、恐らくは大丈夫であろうと。
 それに伴い、司令部の指揮権はウインプフェン卿に移譲されました。」

「それは良かった…返す返す御苦労でありました。」

何とかなりましたか…しかし、偉そうな返答は疲れるのです。
 

「おお…何か偉そうな喋り。
 ケティが初めて貴族に見えたわ。」

ジェシカが感心したように私を見ているのです。


「いや、それでは今まで私はどんな風に見えていたというのですか?」

「ん~?魔法が使える商人。」

あう…言い返せないのですよ。



しんがりの司令部直轄部隊到着の後、急いで軍議が開かれたのでした。


「…大分、参謀も警備要員も減ってしまいましたね。」

「あいつら、しんがりこそは武人の誉れだと張り切っておりましたからな。
 皆、武人の本懐を果たし、名誉の戦死でありました。」

ウインプフェン卿の顔は、そう言いつつも寂しそうなのです。


「感傷に浸るのはこれくらいにして、本題に入ります。
 敵軍はゲルマニア叛乱軍と合流し、一気に7万まで膨れ上がりました。
 かえしてこちら側はほぼ全てがトリステイン軍で、しかも数は3万弱であり、ゲルマニア軍は壊乱状態で再編もままならず数すら把握出来ませぬ。」

「倍以上ですか…。」

ゲルマニアは、遠征軍のほぼ全てを喪ってしまったという事ですか。
現状でもギリギリ限界な動員をかけた我が国と違い、それでも更に10万以上の動員が可能な国ではありますが。
もとからそうするつもりだったとはいえ、これを知ったらキュルケは私をどういう目で見るでしょうか?


「政治とは、まさに悪党の道なのですね。」

「は、何か?」

思わず口に出てしまったのか、ウインプフェン卿が不思議そうに聞き返してきます。


「いえ、何でも…それは兎に角、ここを守りつつどう撤退す…。」

「はい、私達にお任せ下さい!」

ルイズが挙手して、そう言ったのでした。


「7万の兵を止めるくらい、私達特務機関オレンジのみで十分です。」

あれ?ひょっとして私も戦うとか、そういう話なのですか、これ?



[7277] 第四十一話 たった三人の撤退戦なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:79909f1c
Date: 2010/08/19 20:14
撤退戦は戦の華
撤退戦の上手な人こそが、玄人好みな名将なのです


撤退戦は戦の地獄
撤退戦の時にこそ、戦争においては最大の犠牲者が出るのが戦の常なのです


撤退戦は戦の終着点
撤退戦において、私は何を得、何を失うのでしょう?





「…さて。」

会議の後、私達三人しか居なくなった会議室で、ルイズは私の方にくるりと振り向いたのでした。


「な、ななな何か良い知恵は無いかしら、ケティ?」

思い切り引き攣った顔で、ルイズが涙目になりながら私に尋ねてきたのでした。


「今…何と言いやがりましたか?」

私はルイズの頬に手を伸ばし、むにーっと伸ばしてみたのでした。


「ひたたたたたたた…。」

「おお、伸びる伸びる。」

取り敢えず堪能したので手を離してみました。


「…で、今何と言いやがりましたか?」

「いや、勢いで思わず口走っちゃったけど、7万は流石に無ち…いだだだだだだ!
 ウメボシぐりぐりは反則、反則よ!?」

ああもう、どうしてくれましょうかね、このピンクわかめ。


「私はヤン・ウェンリーでも、ジャスティ・ウエキ・タイラーでも、マイド・B・ガーナッシュでも無いのですよ!?
 そうポンポンと逆境を完膚なまでにひっくり返す知恵が浮かんでくるものですかー!」

「だれよそれー!?」

逆境をひっくり返すのが得意な人達なのです。


「そうなると、流石に拙いな。
 流石に7万相手にたった3人じゃあ、焼け石に水とかいうレベルじゃねーぞ?」

「まあ…幾らかましに出来る策ならば、ある事にはあります。
 ルイズが全力全開なら、最大限見積もって7万を3万5千くらいには出来るかもしれません。」

色々と賭けですが…分の悪い賭けは大嫌いなのですが、言ってしまったものは何とかやりくりしなければいけませんし。


「七万を半分って、どうやってやるんだ?」

「いくら私でも、3万5千も殴り倒せないわよ?」

何で殴り倒す事が前提なのですか。


「どこの世紀末覇王だ、そりゃ…。」

「乙女としてはやってはいけない危険水域なのですよ、それは…。」

「あはははは…。」

ルイズは頬をポリポリと掻きつつ、誤魔化すように愛想笑いを浮かべるのでした。


「最近、自分がメイジだという事を忘れつつありませんか、ルイズ…?」

「そ、そんな事ナイデスヨー?」

何故に目を逸らしますか、ルイズ?


「はぁ…まあ良いでしょう。
 ところで、ディスペルの呪文はまだ覚えていますよね?」

「ほへ?ディスペルなんか使ってどうするの?」

ううむ、不思議そうに小首を傾げる様が、これまた可愛い…。


「おお、魔法を解くと3万5千程居なくなるのか。」

才人はポンと手槌を打ったのでした。


「…で、何で?」

「今回の叛乱、些か前触れが無さ過ぎではありませんでしたか?
 叛乱が起こるというならば、通常は事前に何らかの不審な事態が発生するものなのですが、今回はそれが全く起きていないのですよね。」

まさか、アンドバリの指輪のせいだと言うわけにはいかないので、誤魔化すしかありませんが。


「隠蔽が上手かったんじゃないの?」

「もしそうだとしても、ゲルマニア司令部に全く気取られずに自爆攻撃をかけられる程だとは思えません。
 そこにあるシティ・オブ・サウスゴーダの地図を見てください。
 この東側が私達が滞在していたトリステイン側、対してこの西側がゲルマニア軍が滞在していた地域なのです。
 町の構造を見て、何か感じませんか?」

そう言いつつ、さりげなく川に指を持って行きます。


「川が流れているな…。」

「西側の市街地はシティ・オブ・サウスゴーダの中でも古い地域で、川から引き込む方式の井戸を採用しているのですよ。」

私は地図上の川を何度かなぞり、それから井戸のマークが入っている地点にその指を持って行ったのでした。


「つまりケティは、今回の叛乱は私達が前に間違って飲んだ惚れ薬みたいに、心を操る水の秘薬のせいだって言いたいのね?」

「そうだとしか考えられません。
 不可解なのはそれだけの量の特殊な水の秘薬をどうやって集めたのかという事ですが…こればっかりはすぐ調べるのは無理なのです。」

水の秘薬の量にルイズが疑問を感じる前に、疑問として出して潰しておきましょう。
はう…やはり身近な人をしれっと騙すのは心苦しいのです。


「確かにね…まあ、国ぐるみでやれば何とかなるって事にしておきましょ。
 でも、それなら確かにディスペルで効果を消せるかも。」

「やってみる価値ありだな…でもルイズ、この前イリュージョンで大艦隊出したじゃん。
 あの後で、それだけ大規模なディスペル使えるのか?」

才人はルイズの顔を見つめたのでした。


「元気があれば、何でも出来る!
 たっぷり素振りして、たっぷり魔力なら貯めたわ!」

「素振りで魔力貯めてたのかよオイ!?
 ああでも…まあルイズが言うなら大丈夫か。」

そう言いながら、才人はルイズの頭をぽふぽふと撫でたのでした。


「後は…アルビオン軍に例の甦った死体が結構な数いるらしいという事なのですよ。
 最初は小さな地方の叛乱勢力に過ぎなかったレコン・キスタが、あれよあれよと言ううちにあそこまでの大所帯と化したのは、どうも倒した敵軍の兵の死体を再利用していたからみたいなのですよね。」

「それ、今回の戦で使われていたら、やばいかったんじゃあ…。」

まあ、疑問点はそれなのですが、それに関しても調べておいたのです。


「どうも、アンドバリの指輪には決められた使用回数があるようなのですよね。
 最初は部隊レベルを再生させていたようなので使用回数に関してはそこそこ多めなようですが、叛乱軍がそれなりに増えてきたあたりからは征圧した地方の貴族に対して使ったのではなかろうかという痕跡が増えていきます。
 無限に使えるなら領主だけでなく、倒した兵も全部甦らせた方が楽なのにも関わらず…なのです。」

「使用回数が残り少なくなったから、兵卒ではなく頭である領主だけを復活させて生き残りや新たに徴用する兵を指揮させたということね。」

ルイズがなるほどといった感じで頷いたのでした。


「勿論、数が増えて単に面倒臭くなったという可能性もありますが、体をズタズタにされても動けるというタフなのにも程があるというかお前は上○当○かー!?みたいな連中なのですよ?
 増やせる材料はそこらじゅうに転がっているのですから、使用回数が無限なら、そして使用者が私なら、絶対に使うのです。」

凄まじくタフな屍人の軍隊とか、中二病丸出しですが物凄く強そうなのです。


「悪は悪を知る…か。」

「深いわね、それ…ところで○条○麻って、誰?」

「がーん、何時の間にか悪人にカテゴライズされているのですか!?」

皆の為に頑張ったのにも関わらず、悪人扱いされるとか…気分はすっかりダークヒロインなのです。


「嘘嘘、ケティがわたしたちの為に一生懸命なのはわかっているわよ。」

「やり口がゴッドファーザーチックだけどな。」

まあ確かに、私は身内とそれ以外をきっちり分けるという、どっちかというとコーサ・ノストラ向きな性質ですが…。


「取り敢えず、才人を処刑するのは置いておいて…。」

「処刑!?何で!?ホワーイ!?」

自分の胸に聞きやがれなのですよ。


「…これで5000人くらいは削れるかもしれません。
 まあ少なくとも、指揮官の貴族の幾人かは死体に戻るでしょうし、そもそも部隊の半数近くが崩壊したら指揮系統を維持する事など出来ない筈なのです。」

ゲルマニア兵が正気に戻れば、瞬時にして損耗率43%。
戦争においてこれは『壊滅』という評価になります…アルビオン軍にゲルマニア軍の叛乱勢力を加えただけという、実質二つの軍隊なのでそう言い切るには不安はあるのですが。


「なるほど、それなら追い返すことは出来るかも知れねえな。
 ついでに洗脳されたゲルマニア軍を救出する事で、ゲルマニアに恩も売れるか。」

「そういう事なのです。」

ゲルマニア軍が壊滅したままでも別に良かったのですが、恩を売れるならそれに越した事はありませんか。


「それに賭けてみるしかないわね…って、私のせいなんだけど。」

「まあ、何とかなるだろ、うん。」

才人は肩を落とすルイズの頭をぽふぽふ撫でながら、のんびりと頷いているのです。


「例え私達が敵に飲まれても、ロサイスの防御陣地があればある程度は持つでしょうし…まあ、気楽にいきましょう、気楽に。」

ルイズのディスペルが効けば、取り敢えず3万人は減りますし。
何とかなります、何とか…なれば良いのですねえ、ハハ…。





「おおお、壮観なのですねー。」

「流石に7万も集まると凄まじいの一言だな、ついでにそれが味方で無くて全部敵だと。」

大地を埋め尽くす7万のアルビオン軍…半分くらいゲルマニアの叛乱軍ですが。
7万対3…数的には圧倒的に不利とか、そういうレベルじゃない状況ですが、これを何とかしないとどうにもなりませんからねえ。


「うはははは!戦場だ!斬り放題だ!血湧き肉躍るなあ!血も肉も無いけど!」

デルフリンガーが喜びに身を震わせているのです。


「おやデルフリンガー、いたのですか?
 てっきり岩に刺さったままで、そのまま『選定の剣』とか崇められているものと。」

「ひでえ!そりゃまあ確かに台詞無かったけど!
 俺は無事ですよ、抜く時に『ピキッ!』とか、ちょっと嫌な音がしたけど無事ですよ!
 みんなのアイドル、デルフリンガー様は健在ですよ!?」

台詞って何なのですか、台詞って。


「メタな莫迦剣は置いておいて…それではボチボチ始めましょうか?
 才人、口上を。」

「おう、しかし貴族同士の戦ってのは面倒臭いんだな?」

才人はすうっと息を吸い込み、その間に私は才人に『拡声』の呪文をかけたのでした。


「やあやあ、遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!
 我こそは神の左手にして神の盾ガンダールヴ!虚無の剣を担うものなり!
 偽虚無クロムウェルに従いし背教者どもよ!虚無の裁きの光を受けるが良い!」

大音響で響き渡った才人の口上が、アルビオン軍の進軍を止めたのでした。


「…時代がかってんなぁオイ。」

拡声の呪文を解いた後、才人はぼそっとそう呟いたのでした。


「仕方が無いでしょう、時代劇な世界なのですから。」

「戦も喧嘩も政治もまずはハッタリが大事か。
 まあ、ビビらせた方が優位に立てるのは何となくわかるけどさ。」

凛々しく敵を見つめつつ、愚痴るというのもなかなか無い光景なのです。


「えーと…時代劇って、何?」

「時代劇というのは、昔の世界を再現した劇の事なのです。
 才人にとって、私達の世界は才人の世界の大昔にそっくりなのですよ。」

小首を傾げて尋ねてきたルイズに、そう返してみたのでした。


「ところでルイズ、呪文の詠唱は?」

「終わったわ、後は発動ワードだけ。」

弾は込められたので、後は引き金を引くだけですか。


「ふむ、それでは、ちゃっちゃとやっちゃいましょうか?」

「うん、それじゃあ行くわよ…はああああああああっ!『ディスペル』!」

ルイズの掌から眩い光が放たれ、7万のアルビオン軍を包み込んだのでした。


「…前見たディスペルは『か○は○波』じゃ無かったぞ、取り敢えず杖は使ってた、間違いなく。」

「ひょっとして、ツッ込んだら負けなのかもしれないのです。」

日に日に出鱈目生物っぷりが上昇して行くのですね、ルイズ…。


「ど…どうかしら?」

魔力を振り絞ったせいか、肩で息をしながらルイズが訊ねて来ます。


「見た感じ混乱しているのですね、どれどれ…?」

『拾音』の魔法で、アルビオン軍の音を盗み聞き…。

「うわ、何でお前アルビオンの旗なんか持ってんだ!?」

「しらねーよ!?つか、あっちにいるのひょっとしてアルビオン軍!?」

「なあ、あのピンク胸無くね?つか平原じゃね?」

「バーカ、あれは着痩せしてんだよ、俺には分かるね。」

「指揮官殿、どうなさいましたか指揮官殿…って、死んでるー!?」

「うわ、何でこの人全身ズタズタになって死んでんだー!?」

ふむ、大混乱なのですね…一部、全然関係無い話している人もいましたが。


「この混乱で撤退してくれれば、何とかなるか…?」

「恐らくは…。
 遠目に見ても大混乱していますから、もう一度攻め寄せるにしても一旦退却して体勢をたてなお…。」

「ぎゃあ!」

「ひぎゃ!?」

その時、アルビオン軍の後方から、悲鳴が聞こえてきたのでした。


「な、何をなさるか!?」

「前進せよ!勝利は目前である!」

そんな声が、『拾音』の魔法で強化された私の耳に入ってきたのでした。


「クロムウェル皇帝陛下よりの命令は『進撃し、敵を殲滅し、勝利せよ』である!
 ここまで散々待ったのだ!我らの革命に後退は許されませんぞ、ホーキンス将軍!」

「貴官は何を言っておるのだ!?
 ここまで混乱した状態で進軍など…。」

ホーキンス将軍は敵軍の総指揮官の筈なのに、彼の決定にしかも上から目線で反論している人がいるのですか?


「皇帝陛下に選ばれた我ら『聖地奪還委員会』の決定に逆らうと仰るか?
 反革命罪に問われますぞ?」

「き、貴様ら…っ!」

な、何なのですか、このどっかの共産主義国家みたいなやり取りは…?
私達がこういう事をやるというのを、ある程度予測していた?


「『聖地奪還委員会』は、これよりこの戦場を督戦する!
 逃げる者は我らの魔法にて焼かれ、切り裂かれ、轢き潰されると知れ!」

と、督戦隊…?
拙い、拙いのですよ。
私達はたったの三人、正気に戻ったゲルマニア兵は逃げ散り始めていますが、それでも4万近い兵が敵側には居るのです。


「な、何だ!?敵が急に進み始めた!?」

「まさか、督戦してまで部隊を収拾させるとは…。」

こっちがこうやれば、あちらはああやる…徐々に、徐々にですが、私の介入がトリステインの外にも影響を及ぼしつつあるとでもいうのですか…?


「どういう事…?」

ルイズがよろめきながら、私に訊ねて来ます。


「思惑が強引な手法で外されました。
 敵軍は時期に統制を取り戻します…完全に失敗なのです。」

「そんな…。」

全く考えられない話では無かったのです。
ただ、そこを考慮するとどう考えても失敗するので、敢えて無視していた部分でしたが。


「敵は常に自身の最悪を突いてくるというわけですか。
 すいませんルイズ、これは完全に私の失態なのです。」

極端に分の悪い賭けって程では無かったのですが…。


「じゃあ、わたしとサイトが頑張るしか無いってわけね…あぅ。」

「…無理すんなって、3万以上無力化しただけで十分だよ。」

「うう、でも、でも…。」

「良いから、お前は寝てろ。」

才人はルイズの頭をぽふぽふと撫でます。


「ケティもそんなに気に病むなって、どんなに考えたって駄目な時なんかいくらでもあらぁな。」

「才人…。」

続けて才人は私の頭を撫でたのでした。


「おーいデルフ、斬り放題だぞ?」

そう言いながら、才人はデルフリンガーを鞘から抜き放ったのでした。


「斬り放題!なんて素敵な言葉!
 とうとう俺の出番というわけだな。
 今宵の俺は血に飢えておる、飢えておるぞ!」

おおう、デルフリンガーが漲っているのです。


「今宵って…お天道様が頭上でめっさ元気に光っているわけだが。
 あと黙れ妖刀。」

「ひでえ!それっぽい事を振っといて、この扱い!」

才人ってば、デルフリンガーに対しては結構Sなのですね。


「いやー、デルフといえば『黙れ妖刀』だろ。
 一回くらい言ってやらないと、調子が出ないかなぁと思ったんだよ。」

「ひでえ!相棒が鬼畜過ぎる!この鬼畜!鬼畜眼鏡!」

「俺の何処に眼鏡要素があるってんだよ!?」

何処にも無いのですねえ…BL要素も何処にも無いのです。


「…とまあ、冗談はこれくらいにして…だ。」

才人は剣を構えたのでした。


「ケティはルイズをつれて、ロサイスまで逃げてくれ。
 俺はあのアルビオン軍片付けたら戻る。」

「か、片付けたらって、あんたねえ…。」

そう言いながら、ルイズはよろよろと立ち上がったのでした。


「わたしも一緒にアルビオン軍ぶっ飛ばすから、ケティだけロサイスに戻って。」

「いやルイズ、今の貴方は魔力を失って普通の女の子に戻ってしまっているのですよ?」

おまけに体力まで魔力に変換したのか、よれよれのよろよろなわけで。


「バカ犬だけ残して、ご主人様だけが先に帰れるわけ無いでしょ?
 無理でも無茶でも気合でぶっ飛ばすのみよ。」

「はぁ…俺が物凄く珍しく気を利かせてんのに無茶苦茶言いやがるな、このご主人様は。」

そう言いながら、才人はルイズの胸をぺたりと触ったのでした。


「んー…胸?」

「死になさい。」

そう言いながら放たれたルイズの拳は、へろへろーっと才人の胸に当たったのでした。


「パイタッチ返しか、やるな。
 その発想は無かったぜ。」

「違う…わよ、ああもう、どうして力が出ないのよぅ…。」

才人、キモいから胸抑えて顔を赤らめるのはやめてください。


「だからケティが言ってたろ、魔力切れだって。
 おとなしくロサイスで待ってろっての。」

「嫌よ…あんた一人置いてだなんて。
 使い魔と…その主人は…死ぬまで一緒なの!」

普通に考えれば、1対7万でも1対4万でも絶望的な数字には変わりありませんからね。


「ああもう、かわいいなあ俺のご主人様はっ!!」

「ぐっ!?」

才人は素早くルイズに当身をして気絶させ、胸に抱きしめたのでした。


「まあ、抱きしめたし、胸も触ったし、とりあえずこんなもんで良いか。」

「いや、せめて抱きしめてから気絶させたほうがよかったのでは?」

逆だとなんだか変質者チックなのですが…。


「良いんだよ、そういう事すると暴れるだろ、こいつ。
 何つーか、懐いてんだか懐いてないんだかよくわからない猫?」

「言いたい事は、何となくわからないでもないですが…。」

時々そういう猫っていますよね。


「死ぬ気なのですか、才人?」

その割には飄々としているというか…。


「ん?死ぬつもりは無いぜ。
 ギーシュに全部手に入れろとか偉そうに説教しておいて、俺が死んだら馬鹿みたいだろ?」

「そうですね、まるっきり莫迦なのです。」

私がそう言うと、才人は軽くよろけたのでした。


「そこはなんかフォローが欲しかった…え!?」

そのよろけた才人の頬に、私は軽くキスをしたのでした。


「乙女のキスなのですよ。
 この魔法上等なファンタジー世界でおまじないも何も無いような気もしますが、験担ぎ位にはなるような気がしませんか?」

我ながら、なんという臭い台詞…思わず頬が赤くなってしまいます。


「センキュー、有難く受け取っておくぜ。
 じゃあ、そろそろ逃げないと敵に追いつかれそうだし…な。」

「確かに、そうですね。」

もうそろそろ時間切れですか。。


「レビテーション。」

ルイズの体を浮かべて馬の背に乗せ、私もその馬に飛びったのでした。


「才人、敵を総崩れにしたいのであれば、敵陣最後方にいる督戦隊を倒すのです。
 彼らが急激に統制を取り戻した原因は、前に進まなければ味方に後ろから撃たれるという恐怖があるからなのですよ。
 逆に言えば、それを叩き潰せば後ろからの圧力が無くなり、敵軍は逃げる事が出来るようになるのです。」

「敵の最後方ねえ…わかった、やってみるな。
 それじゃあまた会おうぜ!」

「ええ才人、また会いましょう!」

笑顔で手を振る才人に私も手を振り替えし、私は馬をロサイスに向けて走らせたのでした…絶対に振り返らずに。





「お帰りなさいミス・ロッタ、作戦はどうなりましたか?」

「おおむね成功しました…。」

私はロサイスに戻ると屋敷にルイズを置いてロサイスの作戦司令部に行き、そこで事の次第を斥候たちから受け取ったのでした。
作戦の結果は、成功といえるでしょう。
敵軍の半数近くが正気に戻ったり死体に戻ったりして失われ、残り半分も督戦まで行ったにも拘らず、その督戦隊が才人によって全滅。
再び統制を失ったアルビオン軍は壊乱状態に陥って撤退していったのでした。

対してこちらの被害は数人の斥候と一人の少年が行方不明になったのみ。
…そう、才人は行方不明なのです。
無事にティファニアに拾われていればいいのですが…。


「サイトさんは…?」

「やはり、行方不明なのです。」

私の言葉を聞くと、シエスタは泣き始めたのでした。


「そんな、そんな、サイトさんが…。」

「行方不明は行方不明なのであって、戦死ではありません。
 そもそも才人の格好は特徴的で目立ちますから、死んでいればわかるでしょう。」

この世界で青いパーカーとジーンズの少年なんて、目立つにも程があるのですよ。
だから、戦場で見かけなかったというのであれば、大丈夫…大丈夫…大丈夫…。


「それじゃあ、すぐ探しに…。」

「ミス・ロッタ、最終便の準備が終わりました。」

シエスタがそう言いかけた直後に、伝令兵が私達の元にやってきたのでした。


「時間切れなのです…行きましょう。」

「そんな…ッ!?」

才人が本当に無事かなんて、私だってわかりません。
死んでいる筈の人が生きている以上、生きている筈の人が死んでいる可能性は多分にあるのですから。
ティファニア、才人を見つけてあげてください、どうか、どうか、お願いします。


「ミス・ロッタの権限で、もうちょっと、もうちょっと待ちましょう!?ね!?」

「不可能なのです。
 ロサイスに少数のアルビオン軍が迫っていますが、既に全ての軍が撤収してしまった現状では、この船自体が危うくなります。」

そう、正気に戻ったゲルマニア軍を精一杯収容して、待って、待って、これが本当に最後の便。
これを逃したら、トリステインには帰れなくなってしまいます。


「ミス・ロッタの人でなし!こんな薄情な人だとは思いませんでした!
 サイトさんの事なんか、どうでも良いんですね!?」

シエスタはもうどうにもならない事なんかは重々招致で、それでもやり切れない無念さとかを私にぶつけているのはわかります。
それをぶつけられるべき立場なのが私なのもわかります。
それでも…。


「私だって…私だって…出来る事なら…それが許されるなら…ううっ…。」

「ミス・ロッタ…申し訳ありませんでした。」

それでも、それを受け止めて平気でいられる事と、そうではない事だってあるのですよ。


「あ…あの…。」

戸惑ったように立ち尽くす伝令兵を見て、泣いている場合ではない事を思い出しました。


「伝令の任務、ご苦労でした…さあシエスタ、船に行きましょう。」

「は、はい!」

ルイズにも恨まれるでしょうね。
ですが、それが才人と最後に話した者の義務なのです。




「う…ん?」

半日近く時間が経ち、ラ・ロシェールの明かりが見えてきたあたりで、ルイズが目を覚ましたのでした。


「ここは…。」

「アルビオンから脱出した船の中なのです。」

ルイズは多分、私が言う前に気づくでしょうね。


「私、今まで…え?」

ルイズが驚いた顔で周囲をキョロキョロと見回します。


「え?え?え?」

更に、混乱した表情で周囲を見回します。


「サイト、サイトは、サイトは何処?」

「才人は…。」

私は説明しようとしますが、ルイズは私の言う事など耳に入っていないようなのです。


「何でサイトの気配がしないのよ!何で繋がりが切れているのよ!?
 どういうこと?ねえケティ、あんた何か新しい魔法でも開発して、サイトを隠しているだけなんでしょ!?」

「ルイズ…。」

ルイズは私をがくがくと揺さぶり続けます。


「早く出しなさいよ、何で何も感じないのよ、不安なのよ、お願いだから、早く、出して!サイトを!早く!!」

「才人は…行方不明なのです。」

その事をルイズに伝えたのでした。


「ゆく…え、ふめい…?」

「はい、敵が撤退したので斥候に才人を捜索させましたが、生きている才人も死んでいる才人も発見できませんでした。
 よって、行方不明なのです。」

本当に…ティファニアに拾われていてください、貴方が主人公ならば、そうなってくれる筈…。


「戻る…アルビオンに戻るわ。」

「もうすぐ、ラ・ロシェールなのです。
 ですからすぐに戻るのは無理な…きゃッ!?」

私がそう言い切る前に、私はルイズに押し退けられたのでした。


「才人を探すの、戻って早く探すのよ!」

「戻れません!戻ろうにも、この船にはもうそんな風石は残っていないのです!」

やはりルイズには何時もの無茶苦茶な怪力はありません。
おそらく大魔法を使った後で、完全に魔力が枯渇しているのでしょう。


「嫌よ探すの!才人が感じられないの!不安なの!不安で死んでしまいそうなの!
 お願いケティ、戻って、戻って探すの手伝って!お願いよ!」

「トリスタニアに戻ったら、すぐにでも捜索隊を結成しましょう。
 ですから、ですから落ち着いてください!」

「サイト、サイト、サイトサイトオオオオオオオオォォォォォォォォッ!!!!!!」

ルイズの魂から搾り出されたかの如くの絶叫が、船の中に響き渡ったのでした。



[7277]  幕間41.1 血塗れの真紅の悪魔
Name: 灰色◆a97e7866 ID:cb049988
Date: 2010/08/22 05:55
「ヒャッハー!敵だァ!」

「俺は何時も思うんだが、何でお前なんか買っちまったんだろう…はぁ。」

喜びに撃ち震える己のインテリジェンスソードに、溜息を吐きながら愚痴る青いパーカーの少年。
才人は敵を睨みつけつつ、デルフリンガーと何時も通りの莫迦話をしている。


「ひでえ!俺は剣なんだから、斬って突いて叩き潰して何ぼだろ!
 いくら話せるからって、別に俺は話し相手が無い人用の剣とかじゃねーんだぞ?」

「違ったのか?
 てっきり話し相手がいない寂しい人用の機能かと思ってたぜ。」

デルフに対しては、色々と酷い才人だった。


「ひでえ!俺は魔法吸いとれるっていう立派な機能があるんだぞ!他にも魔法吸いとれるし、何てったって魔法吸いとれんだ!」

「魔法吸いとり機能だけじゃねーか!
 吸い取った魔法を放つとか、そういう事は出来ないのかよ?」

吸い取った魔法はどうするんだろうとか思いつつ、才人は訊ねてみる。


「ズバリ出来無い!」

「堂々と言う事かっ!?」

敵はどんどん迫りつつも、一人と一振りの調子は変わらない。


「あー…一応、吸いとった魔法を活用する機能はあるぜ?
 あるぜというか、今思い出した。」

「へえ、どんな?」

飛んできた数十本の矢を切り捨てながら、才人はデルフリンガーに訊ねる。


「吸い取った魔力の分だけ、俺を握っている相手の体を動かす事が出来る。
 …ただし、そいつの意識が無い時限定だが。」

「つまりアレか、こんなふうに!魔法をめいっぱい吸い込んだお前を意識が無い誰かに握らせれば、そいつはお前の思い通りに動くと。」

今度は飛んで来た火の弾を切り捨てながら、雑談を続ける二人。


「おう、例えばお前の御主人様の娘っ子とか、あのおっかない娘っ子とかに俺を握らせれば、セクシーなダンスとかさせられるわけだ。
 意識無い時限定だがな!」

「まさに外道。
 つーか、剣握った女の子のセクシーなダンスとか、誰得だよ?」

風の刃を切り捨て、ゴーレムを粉砕し、氷の槍をただの氷に変えていく。


「な、何なんだあいつは!?」

「矢を切り捨て、魔法を切り捨てるだとぅ!
 メイジ殺しかよ!?」

「だから、ガンダールヴだって言ってんだろうが!」

盾を構える剣兵を剣と盾ごと叩き潰しつつ、才人はその兵士の疑問に答えて見せたのだった。


「ヒャッハハァ!肉裂き骨砕くこの感覚!俺が剣だって実感する瞬間だぜ!
 で、この先どーすんだ相棒!?」

剣として使われる喜びに打ち震えつつ、デルフリンガーは才人に訊ねる。


「ここは敵の先鋒だ。
 なら、どんどん進めば後方だ!
 どうせ回りは敵だらけ、ならばその中の最短距離を行く!
 何か文句あるか?」

「ヒャハハハハハ!無いねえ、全然無いねえ、正面突破上等!
 進めば辿り着くのは最後方!そういう考え方、俺大好き!」

後ろから切りかかろうとして来たアルビオン兵が、パァン!という音と共に後頭部を吹き飛ばして倒れる。


「後ろからなら大丈夫ってか?
 御生憎様、ケティの荷物から拳銃パクって来たんでね、後ろにも隙は無い!」

才人の手に握られているのは、モーゼルC96M1932。
館から撤収するどさくさ紛れにケティの荷物から抜き取って来たものだった。


「その拳銃って、あのおっかない娘っ子が物凄く大事にしてる奴だろ?
 バレたらブッ殺されるんじゃね?」

「ここで使わなきゃ、ここでブッ殺されるからな。
 今死ぬか、先死ぬか?俺は一日一秒でも長く生きたいんでね!」

槍を構えて来たアルビオン兵の穂先を切り飛ばし、更に踏み込んで首を一撃で斬り飛ばし、返す刀で更にもう一人の胴を薙ぐ。


「俺達をまるで人の形した肉の塊みたいに扱いやがる!?
 何で全方向からありとあらゆる攻撃を加えても全部に対処出来るんだよ!?」

「ルイズが同時に全方向からありとあらゆる攻撃を加えてくるからな、しかもお前らよりもずっと早くだ!
 遅過ぎるんだよ、そんな攻撃で断末魔を上げさせられるなんて、俺を舐めるんじゃねえ!?
 アレに比べりゃ、たかだか雑魚が4万程度、温過ぎるにも程があるわ!」

ちょっと涙目になりながらも、才人は剣を振るう。
その度に数十人が吹き飛び絶命していく。


「ヒャッハァ!良いぞ、もっと心を震わせろ、そうすりゃ相棒はもっと早く強くなる!
 心の震えの原因が相棒の御主人様なのがアレだがなぁ!」

「うるせえ!ルイズとケティの折檻以上に、この世に怖いものなんかねえ!
 これは俺にとって世界の真実だ!」

才人は打ちこまれる密度が増してきた魔法の矢や火の弾などを切り裂きつつ、更に進む。
魔法の密度が増してきたという事は、平民が主体の先鋒から、メイジ主体の中堅部隊に移り変わって来ているという事。


「僕はアルビオン貴族の…ぐふぁ!?」

「名乗りを上げている暇があるなら、魔法撃って来い!」

名乗りを上げようとしたアルビオン貴族を才人は一刀の元に切り捨てる。


「自分は名乗り上げたくせに、ずるいぞ!」

アルビオン貴族達は応戦しつつも抗議の声を上げるが…。


「さっきと違って、今俺は忙しいんだよ!
 名乗りを上げるのは死んでからにでもしてくれ、あの世に逝った後に聞いてやるから!」

「名誉を解さぬ奴めっ!
 うぐぁっ!」」

ブレイドで斬りかかってきた貴族を切り捨て、背後から魔法を撃とうとする貴族をモーゼルで射殺する。


「この数で囲んでおいて、名誉もクソもあるかボケえええええええええぇぇぇっっ!」

「いいぞ相棒、何でもいいから心を振るわせ続けろ!
 4万人を全て斬っちまえば、何もかも終わらぁな!」

才人が剣を振るうたびに数十人が吹き飛んでいくという構図は、アルビオン軍にとって悪夢以外の何者でもなかった。


「囲め、十重二十重に囲んで攻撃を加えるのだ!」

「駄目です!いくら囲んでも、力づくに突破されていきます!」

「まだ4万だ、まだ4万もいるのだぞ!
 それを何故たった一人の少年が、あそこまで好き勝手にできるのだ!?
 本当にガンダールヴだとでも、伝説の使い魔だとでもいうのか!?」

アルビオン軍の指揮官であるホーキンス将軍がいくら指揮をしようが、血に塗れて既に真っ赤になった一人の少年によって、それら全てが突破されていく。
『聖地奪還委員会』の貴族たちは、常軌を逸した『力』によって自分たちのした事全てが無に帰していくのを見続ける事になったのだった。


「こちらへ向かっているのか…私の首が目当てか?
 もしくは…貴公らの存在に気づいているのやも知れませんな?」

ホーキンスは『聖地奪還委員会』の面々にそう言って笑いかける。


「な…まさか?」

「どちらにせよ、彼が目指しているのは我が軍の士気そのものの破壊でしょうな。
 そして、おそらくそれは間違いなく成功するでしょう…我が軍はたった一人の少年によって、見るも無残に惨敗するのです。」

既に才人が突破した後の先鋒から中堅にかけては、兵が逃げ散り始めている。
督戦隊が彼らを撃つが、たった一人の『確実な死』と対峙するのと、逃げれば『死ぬかもしれない』逃亡では、逃亡の方が勝ったのである。


「我々が撤退を始めれば、おそらく彼は引くでしょう。
 引かなければ、我等は皆殺しです。
 どちらを選ばれますかな?」

「ホーキンス将軍、貴公は敗北主義者だ。」

『聖地奪還委員会』の委員がそう言うと同時に、ホーキンスはブレイドで胸を突かれて倒れた。


「これより我々『聖地奪還委員会』が、この軍を統率する!」

だがしかし、全ては何もかも完全に手遅れだったのだ。


「同志、奴が、血塗れの真紅の悪魔が来ます!」

『ぎゃあああああああぁぁぁぁっ!?』

司令部を覆っていた人の壁の一部が吹き飛ぶ。
そしてそこから現れたのは…全身を返り血で真っ赤に染めた1人の少年だった。


「…督戦隊は?」

才人がそう言うと、警護の兵たちの視線が一斉に『聖地奪還委員会』の面々のほうに向いた。


「…そうか、お前らか。」

無機質なまでに醒めきった才人の瞳が『聖地奪還委員会』の面々を貫く。


「いやー、斬った斬った満喫した!
 こいつらで最後か?」

「たぶんな、いい加減面倒くせえ。
 逃げるか、それともこの場で死ぬか?」

「ひぎゃ!?」

才人は近くに居た『聖地奪還委員会』の委員を無造作に切り捨てた。


「俺に斬られるまでに決めろ、さもなくば死ね。」

「くっ、さっさとやらんか!この血塗れの悪魔を殺すの…だ…。」

そう言った委員は、即座に上半身と下半身が泣き分かれになった。


「何故たった一人に我々の理想が潰されなけれ…。」

そう言った委員は、下顎から上が消滅した。


「死ぬんだな、わかった死ね。」

身構えた委員は、それだけで抵抗する間もなく杖ごと切り捨てられた。


「逃げろ、逃げるんだ、本当にガンダールヴだ!
 虚無は、始祖の御意思は我々の所業にお怒りなのだ!」

その声が軍全体に浸透するのに数分と時を要さなかった。


「やってられるか、なんなんだよ、何なんだよいったい!?」

「皇帝陛下の御意思は神の御意思ではなかったのか!?」

信仰によって結束した軍勢はその信仰対象が、自分達の敵であるという事を思い知る事になったのだ。


「神よお許しください!どうやら我々の革命は大いなる過ちであったようです!」

たった一人の少年に蹂躙し尽くされた4万の軍勢は、総崩れになって味方の居る場所、ロンディニウムに向かって遁走を始める。
そしてたったの数十分で、その平原から五体満足なアルビオン兵は居なくなったのだった。


「…大丈夫か、相棒?」

「正直な話、もう駄目かも知らんね。
 さすがにアレだ、味方ごと巻き込んで銃撃してくるとかマジ勘弁。」

才人の全身が赤いのは、返り血だけではなく、やはり避けきれない攻撃もかなり受けていた。


「これからどうするね?」

「とりあえずはアレだな、身を隠せる場所を探そうぜ。」

そう言って、才人はふらふらと歩き始め…そのままばたりと倒れた。


「相棒!相棒!
 …仕方ねえな。」

デルフリンガーがそう言うと同時に才人はむくりと起き上がった。


「おう、こりゃまずいな。
 もうすぐ心臓が止まっちまう…仕方がねえ、相棒が言ってた通り、どこか身を隠せる場所でも探すか。
 あの森なんか良いかねえ?泉とかがあれば最高だ。」

デルフリンガーに操られた才人の体は、ふらふらと森に向かって歩いていったのだった。






「ひうっ!?」

ティファニアは水を汲みに行った泉の近くに倒れている少年を見つけて、びっくり仰天した。
何せ、全身殆ど血塗れで、体からは血の染みが広がっている。
どう見ても、死んだ直後の新鮮な死体だった。


「あわわわわ、蘇生、とにかく蘇生…。」

母からの遺品である指輪を取り出し、『生き返って』と祈る。
彼女は村がある西の森で倒れている兵士には蘇生措置を施し治療した上で、記憶を消して帰ってもらっていた。
何故ならば彼女はエルフの血を引く娘。
この世界ではエルフは悪魔のように恐れられているので、意識が戻ってから彼女の耳を見ると皆恐慌状態に陥り時には攻撃してくる者も居るのだ。
なので、魔法で記憶を消してお帰り願うしかないのである。
本当は、友達が欲しいだけなのだが…。


「ふぅっ…どうかしら?」

ティファニアは祈るのをやめて、その少年を見てみた。
胸が微かに動き、自発的な呼吸が再開されたのが確認できる。


「大丈夫みたいね。」

ティファニアは胸に手を置くと、ほうっと安堵の溜息を吐いた。


「それじゃあ、よいしょ…っと!」

ティファニアは少年を軽々と持ち上げると、肩に担ぐ。
記憶を消す魔法を覚えて以来、妙に力持ちになった彼女だった。
でも生活に便利なので、特に不思議だとは思っていない。


「う…血生臭い。」

少年は全身血だらけの為、妙にぬるぬるするし、何よりも血生臭い。
彼女の服にも血がついてしまうが、そんなのは今までの戦でこの森に迷い込んだ兵士も一緒だったので、わりと慣れっこなティファニアだった。


「おーい、そこの娘っ子!」

「ひうっ!?
 あ、危ない危ない!?」

ティファニアが立ち去ろうとした時に、いきなり下のほうから声がしたので、びっくりして危うく少年を落としてしまうところだった。


「ど、どなたですかぁ?」

「足元だ、足元を見てくれ娘っ子。」

ティファニアが足元を見ると、そこには血塗れの剣があった。


「ひうっ!?」

「しゃべる剣は珍しいのか娘っ子?
 おうエルフか、ずいぶんとまあ珍しいのが居るな。」

その血の生々しさにギョッとして、思わず少年を肩に担いだまま飛び退いてしまうティファニア。


「しゃしゃしゃ、しゃべる剣ですか?」

「おう、しゃべる剣、インテリジェンスソードのデルフリンガー様だ。
 俺はそこの相棒の得物でな、わりぃが俺も持って行ってくれねえか?
 でもこのままだと錆びそうだから、できればその前にそこの泉で洗ってくれると嬉しいんだが。」

ティファニアはその剣、デルフリンガーの言う事にこくこくと頷いたのだった。



[7277] 第四十二話 泣いている暇なんて無いのです。
Name: 灰色◆a97e7866 ID:ae1b433a
Date: 2010/09/11 08:53
「…貴方が無事で良かったわ、ルイズ。」

自分のせいだと船の中で泣き叫び、すっかり憔悴しきったルイズと、それを宥めていた私がラ・ロシェール港の桟橋から降りると、そこには喪服姿の姫様が居たのでした。


「姫様…わたし、わたし…わたしのせいでサイトが、サイトが…っ。」

「うん…そう、サイト殿が。」

姫様はそう言って、包み込むようにルイズを抱きしめます。


「う…うぇ…うっ…ううっ。
 わたしがあんな事言わなければ、わたしのせいなんです。」

「兎に角、今は泣きなさいな。
 めいっぱい泣くとね、冷静になれるから。」

姫様はルイズの涙で服が濡れる事など気にせずに、泣き続けるルイズに胸を貸すのでした。


「サイトは凄いな、僕を決闘で倒しただけの事はあるよ…なんてね。
 僕に苦戦していた召喚直後の頃から見ると、信じられないほど強くなっていたのだね、彼は。」

ルイズを優しく抱きしめる姫様を見ながら、ギーシュは私にそう言ったのでした。


「…ケティは泣かないのかね?
 僕の胸で良ければ貸しても良いが。」

「出迎えに来たモンモランシーに見られても良いのであれば、それも有りかも知れませんね。」

私がそう言うと、ギーシュはぎょっとしたようにキョロキョロとし始めたのでした。


「え?え?モンモランシーが来ているのかね?」

「モンモランシーは現在我がラ・ロッタ家のトリスタニア別邸に逗留中なのですよ。
 到着前に別邸に通信用ガーゴイルを送っておいたので、彼女にも情報は伝わっている筈なのです。」

逗留中というか、水の秘薬作りの住み込みアルバイトと言った方が正しいような気もしますが。
ちなみにこの別邸、モンモランシーが言うには、かつてはモンモランシ家の別邸の一つだったらしいのですよ。
その関係もあって、彼女が現在逗留中というわけなのです。
しかしモンモランシ家が裕福だったのはわかるのですが、何でトリスタニアのようなさして大きくもない町の中に複数個の別邸を持たなければいけなかったのか、いまいち意味がわからないのですよね。
見栄とは複雑怪奇なり、なのです。


「ううむ…。」

「あ、それじゃあ、俺の胸で泣きなよケティ。」

いきなり、隣に立っていたぽっちゃりさんがそんな事を私に言ったのでした。


「ええと…誰?」

「僕の名はマリコルヌ、マリコルヌ・ド・グランドプレだよ!
 ギーシュとよくつるんでいるから、知っているだろぅっ!?」

勿論知っていますが、ろくに話した事が無いのですよ。


「てか、この前の祝勝会に僕だけ招待状が来なかったんだけど!
 何?何あの放置プレイ!?
 後で知って屈辱感と快感で身が震えたんだけど!
 謝罪と賠償を求める!」

「おお…それは申し訳ありませんでした。」

屈辱感は兎に角、快感って何なのですか?


「そんなわけで、賠償として僕の胸で泣きなよ!
 いくら濡れてもかまやしないよ、むしろ御褒美だよ、だから泣きなよ。
 ほら、ほら!」

ぽっちゃりさんがぽっちゃりした胸板をぽっちゃり差し出してきたのでした。


「断固として、拒否させてもらうのですよ~。」

もちろん、笑顔で断らせてもらいますが。


「あヒん!改めて笑顔で断られた!?
 その冷たい笑顔、さすがは断罪の業火、僕の女王様ッ!」

何故に顔を高潮させて奇声を上げますか…?
ああ、いや、まあ、何となくわかりますが、理解するのは拒否させてもらうのです。


「そもそも、私は生きている才人に逢って嬉し泣きする予定なのですから、まだまだ泣く予定は先なのですよ。」

「彼の生存をそこまで信じているのかね?」

ギーシュは、私に不思議そうに尋ねて来るのでした。
まあ常識的に考えて、四万と戦ったら無傷じゃあ済みませんからね…。


「諜報員が入手した情報によれば、アルビオン軍の督戦隊を壊滅させるまでは間違い無く生きていたようなのです。
 才人の服装は私達とはかなり違うものですから、戦場で見つからなかったとなると、生きている可能性もかなり高いのですよ。
 死んだという証拠が何も見つからないうちは、生きていると信じているのです。」

「成る程、そう言われると僕も希望が湧いてくるなぁ。
 ケティ、才人を探しに行く時には僕にも声をかけてくれたまえ。
 僕でも役に立つ事はあるだろうさ。」

ギーシュはそう言って、杖を軽く振って見せたのでした。


「ほほぅ…ケティと二人っきりでアルビオン旅行とは、やるわね?」

ギーシュの背後から現れたるは、金色クロワッサンなのでした。


「おや、恋人と離れていたせいで、性欲を持て余しているモンモランシーではありませんか?」

「だから、私はそんなエロ娘じゃなーい!」

モンモン大噴火なのです。


「私とギーシュ様が二人っきりでアルビオンに行くとか、そんな不埒な妄想を思い浮かべる脳味噌の持ち主が?」

「だって、ギーシュが言っていたじゃない!?」

顔を真っ赤にしたモンモランシーは、怯えてコソコソと私の後ろに隠れたギーシュを指差したのでした。


「ギーシュ様は一緒に行きたいと言っただけで、二人っきりでなどとは一言も言っていないのですよー?」

「…そうだそうだー!」

私の背後から、ギーシュのか細い抗議の声が聞こえてきたのでした。
私を盾にしたぁ!?なのですよ、三人いませんが。


「お黙り、ギーシュ!」

「すいません、調子に乗りました。」

おお、モンモランシーから名門オーラが出ているのですよ。
そしてギーシュは才人のを見て学習したのか、見事な土下座なのです。


「…で、ケティ。
 サイトは生きているのね?」

「ええ、ほぼ間違いなく。
 才人が生きているので、貴方が例の件で才人から借りた借金も生きているのですよ。」

私がそう言うと、モンモランシーは沈痛な表情になったのでした。


「サイト…惜しい人を亡くしたわ。」

「借金が嫌だからって、死んだ事にしないでください。」

まあ、そういう冗談を口に出してくれるぐらいには、才人の生存を信じてくれているという事なのでしょうか?


「だいたい、媚薬で正気失う前に薬を作るお金は立て替えてくれるって言ってたでしょ?
 あれ、どうなったのよ?」

「薬の調合費を立て替えるとは言いましたが、借金を立て替えるとは一言も言っていないのですよ。
 経費が欲しいのなら、その分の領収書を提出するのです。
 それで借金を返せばいいでしょうと、私は何度も言っている筈なのですが?」

私の言葉に、モンモランシーは目を逸らすのでした。


「…精霊の涙を買えなかった分のお金を、才人に返さずに他の薬の材料を買う代金に当てましたよね?」

「ナンノコトカシラ?」

おいこらモンモン、しらばっくれようったってぇそうはいかねえぜぇ、なのです。


「ぶっちゃけると、それが才人から借りたお金の大半だったりするのですよね?」

「あ…あはははははは~…。」

モンモランシーは誤魔化すように笑顔を浮かべたのでした。


「あはははははははは~…。」

「おほほほほほほほほ~…。」

私とモンモランシー、しばし睨み合い。


「そうそうモンモランシー良い縁談があるのですが、ポリニャック伯の後妻なんてどうでしょう?」

「ポ、ポリニャック伯!?」

それを聞いた瞬間、モンモランシーの顔が青くなったのでした。


「ええ、先日ポリニャック伯は8人目の奥様を亡くされたそうでして。」

ポリニャック伯はモット伯以上の性豪なのですが、浮気は一切しないしない人なのです。
まあつまりわかりやすく言うと、奥方にその有り余る性欲の全てをぶつけ、しまいには奥方を8人もそういう行為の最中に死亡させたというとんでもない方でして。
しかも性癖がちょっとばかり特殊という、もう何というか『それなんてエロゲ?』を地で行く方であり、トリステインにおける『絶対に嫁に行きたくない男性貴族』ぶっちぎりNo.1を爆走中の方なのですよ。


「ケティ、私達友達よね?」

「そうですかー?」

「疑問形で返さないでっ!?」

モンモランシーから問われたので、とりあえず首を傾げたら思い切りツッコまれたのでした。


「てか、何でいきなりポリニャック伯の話なんかするのよ!?」

「紹介者にはたんまりと礼金が出るそうなので、それでチャラって事にすれば才人も安心かなと…。」

取り合えず、才人が貸した分にお釣りが出るくらいは貰えるらしいのですよ。


「友達を金で売り渡さないでっ!?」

「…とまあ、これは冗談なので、真面目に働いてきっちりと才人に返すのですよ、モンモランシー?」

「うう…不幸だわ。
 ケティの鬼、悪魔ー。」

友達関係でのお金のやり取りは、きっちりしておかないと後でぐだぐだになりますからね。


「…まあそれは兎に角、サイトが生きているっていうなら私も行くわよ、とどめを刺す…じゃなくて、友達だものね。」

「物騒な本音がだだ漏れているのですよー?」

いやー、友人同士での金の貸し借りって、本当に怖いものなのですね。



「…ケティ、実際の所サイト殿の生死はどうかしら?」

「姫様も、才人の事が心配なのですか?」

泣き疲れて眠ってしまったルイズをラ・ロシェールに姫様が用意した宿のベッドに寝かせた後、貴賓室で姫様が訊ねてきたのでした。


「サイト殿はアルビオン軍4万を一人で殲滅させるなどという、伝説級の偉業を成し遂げた英雄よ。
 生きているにせよ、死んだにせよ、消息をきちんと判明させる必要があるのは間違いないでしょう?
 …あれだけ無礼に私に接する事が出来る人間もそうそう居ないのよ、心配しないわけが無いわ。」

「姫様らしい心配の仕方で安心したのです。」

姫様にとって、才人の魅力は『無礼に接してくれる事』なのですか。
確かに姫様を屋台に連れて行ってジャンクフード食べさせるなんて発想は、私にもルイズにも無理ですが。


「それでケティ、どうなの?」

「死んだという証拠は、今のところ欠片も見つからないのです。
 ただ…。」

案の定、西の森にすっぽりと情報の穴が開いているのですよね。


「ただ?」

「諜報員からの報告に上がらない地域が存在するのです。
 戻っては来るのですが、何時も記憶が無いのですよ。」

才人の意識が戻っていないからトリステインの関係者だと知らないのか、それともティファニアが怯えて片っ端から記憶を消しているのか?
はたまた才人が単純に伝え忘れているのか…何だか、これが一番しっくり来るような。


「それは臭うわね。
 うちの諜報部が使っている薬みたいなのを使っているのかしら?」

「記憶を消す類の水の秘薬を使われた形跡は、発見できなかったのです。」

まあ、虚無で消していますから、当然といえば当然なのですが。


「殺されたりした者は?」

「今のところ皆無なのです…私に行けと?」

私がそう訊ねると、姫様は当然といった表情で頷いたのでした。


「ガリアに居る密偵から、両用艦隊が大規模な上陸部隊を伴ってアルビオンに向かったという情報が来ているのは知っているでしょう?
 才人殿が大暴れしたあとだから、ロサイス入りしたとは言えアルビオン軍はボロボロだもの。
 火事場泥棒されたみたいで複雑だけれども、明日にでも勝利の報告が来るんじゃないかしら?
 その後、デ・ハヴィランドでアルビオンをいかにして高値でゲルマニアに押し付けるかの作業が始まるわ。」

デ・ハヴィランドというのは、ロンディニウムのハヴィランド宮殿の事なのです。
木で戦闘機を作る会社ではないのですよ~?


「ガリアも領有権を主張するのでは?
 何だかんだで、とどめを刺す事になるわけですし。」

私がそう言うと、姫様はニヤリと笑って見せたのでした。


「ガリアにはアルビオンの基礎的公共施設(インフラ)を我が軍が裏の作戦で徹底的に破壊した事を、会議が始まる前にこっそり伝える事にするわ。
 空にあるのに大規模な港湾施設が徹底的に破壊し尽くされていて、物資の運び込みもままならないのに、放って置くと叛乱が頻発する可能性が窮めて高い面倒臭い土地なんかを、王弟派を処刑しまくったおかげで土地なら腐るほど余っているガリアが欲しがるかしら?」

「自分で思いついておいて何ですが、悪辣な…。」

現在アルビオンの大規模港湾施設は、サウスゴーダの玄関口ポート・オブ・サウスゴーダの港湾施設をシティ・オブ・サウスゴーダへの侵攻ついでに破壊したので、根こそぎ壊滅状態。
ロサイスは港湾こそ大規模ですが、軍港なので商人にはちと使いづらいという欠点がありますので、難攻不落の空飛ぶ島は難攻不落が故に物資不足に陥る事に相成るというわけなのです。
いやしかし、えっちらおっちら空の上にある島にいちいち反乱鎮圧に向かうとか、面倒臭過ぎて眩暈がするのですよ。


「おほほ、ゲルマニアに押し付けるにはうってつけの土地でしょ?
 ガリアが主張しても構わないわ、そうなればロサイスの取り合いで両国が揉めてくれるでしょう。
 我が国を取り囲む大国同士が適度にいがみ合うのは、大いに結構なことだわ。
 アルビオンで両軍が領土紛争でも起こしてくれるのなら、我が国は両軍に武器でも売ってのんびりと長引かせてあげればいいのだし。」

姫様が揃えられるカードは全部揃ったわけで、これでようやくクルデンホルフとオクセンシェルナに借りを返せそうな感じになってきたのですね。


「…話が脱線し過ぎたわね。
 まあ兎に角、私はガリア王やゲルマニア皇帝と和気藹々楽しくお話して来るから、その間にサイト殿を探してらっしゃいな。
 念の為、銃士隊から数人を貴方の護衛に回すから、必ず生きているサイト殿を連れて帰って来て頂戴。
 サイト殿にはシュヴァリエ叙勲の準備をして待っていると伝えてあげて頂戴。」

「はい、有り難うございます、姫様。」

最近、姫様の捻くれっぷりが可愛いなとか思えるようになって来た私は、どこかおかしいのでしょうか?



姫様と話した後、ルイズが眠っている部屋にギーシュやモンモランシー達と一緒に行ったのですが…。

「サイト…駄目、わたしも残る…一人で行っちゃ駄目…。」

「…眠りすらも、今のルイズにとっては安息足り得ませんか。」

ルイズは酷くうなされていて、虚空に向かって何かを掴もうと必死で手を伸ばしているのです。


「お願い行かないで…お願い、行かないでぇっ!」

寝言が絶叫に近いのですよ…原作よりも仲良くなって貰ったのが、仇になりましたか…?


「これは…起こした方が良くは無いかね?」

ギーシュも心配そうにうなされるルイズを見ているのです。


「そうね、こんな状態じゃあ却って精神的に消耗するわ。
 夢も見ないくらい深い眠りに落ちる水の秘薬を後で処方するから、一旦起こしてあげた方がいいわね。」

「それじゃあ、僕が起こすよ…ルイズ、ルイズ。」

マリコルヌがルイズの肩に手をかけたのですが…。


「行くなって、言っているでしょうがあああああぁぁぁぁ!」

「ルイ…でぃじぇ!?」

ルイズの光る拳に思い切り殴り飛ばされ、そのまま天井に激突し天井を突き破って空の彼方へ…。


「マリコルヌは犠牲となったのだ…。」

「まあ、マリコルヌだから大丈夫でしょ。」

感慨深げに呟くギーシュと、興味無さげに流そうとするモンモランシーが対照的なのです。


「あのね…僕を何だと思っているんだい?」

空の彼方へは行かず、天井に突き刺さった頭を天井板から引っこ抜いて着地すると、マリコルヌは二人を睨んだのでした。
…って、才人並みに頑丈なのですね、マリコルヌ。


「勿論、君は友だとも。」

「級友ね。」

「当たり障りが無さ過ぎだよ、二人とも。」

ギーシュとモンモランシーの二人の言葉に、マリコルヌが抗議の声を上げているのです。


「種族:変態。」

「そんな種族あるかあああぁぁぁぁっ!?」

私の評価にマリコルヌが大声を上げてツッコんで来たのでした。


「当たり障りの無い事は駄目だったのでしょう?」

「当たり障りが有り過ぎるよ、君の評価は!?」

贅沢なのですね、《贅沢は素敵だ》なんて言葉もありますが。


「うぅ…ん?」

マリコルヌの絶叫が引き金になったのか、ルイズが目を覚ましたのでした。


「おおルイズ、目が覚めたのかね!?」

「良かった、目を覚ましたのね!?」

「目を覚ましたようですね、ルイズ?」

「僕の魂の叫びはスルーかい!?」

勿論なのです。


「サイトぉっ!?」

「ひゃあ!?」

ルイズが寝ぼけて、このメンバーの中で唯一暗い色の髪の私に抱きついてきたのでした。


「あれ?サイトにおっぱいがある…。」

「才人におっぱいはありませんよ、私はケティなのです。」

才人が女の子だったら、色々な意味で残念過ぎるのですよ。


「ケティ…サイトは?」

「依然として行方不明なのです。」

私のその言葉を聞いて、ルイズはがっくりと肩を落としたのでした。


「やっぱり、才人は…。」

「才人は生きているのです。
 死んだのであれば、とうの昔に私の元へ情報が来ている筈なのですよ。

私の覚えている展開とはかなり違うような気がしますが、大丈夫、大丈夫…。


「…ねえ、《サモン・サーヴァント》使ってみるというのはどうかしら?」

モンモランシーが軽く手を上げて、提案してきたのでした。


「あの魔法は使い魔が存在する限り、使えない筈でしょ?」

「ふむ、それは名案だねモンモランシー。」

正直な話、私も不安になるから見たくないのですが…。


「確かに…それで一度確かめてみるのも悪くないかもしれませんね。」

「駄目だったのよ…。」

ルイズはそう呟いたのでした。


「私も思いついて、さっきやってみたの。
 召喚の門はきちんと形成されたわ…サイトを呼び出す時、あれだけ爆発したのにあっけなくね。
 成功して欲しい時になかなか成功しないくせに、成功して欲しく無い時にあっさり成功するとか酷いと思わない?」

ルイズの瞳はすっかり魂が抜け落ちたように光が消えているのです。
私も同様に、足元にぽっかり穴が開いたような、そんな奈落の底に落ちて行きそうな気分なのですよ。
なまじこの世界の常識があるので、わかっていても不安が消えてくれないのです。


「才人は…死んだのよ。
 ケティの元にもじきに情報が届く筈だわ。」

「…いいえ、まだ希望はあるのです。」

ティファニアが才人を拾っていてくれますようにと祈りつつ、私はあらかじめ調べておいた資料を出したのでした。


「…使い魔が使い魔で無くなるのは、死んだ時ともう2つあるのです。」

「…え?」

私はその資料をルイズに手渡します。


「それを読んでみればわかりますが、実は使い魔との契約が解除される場合は3通りあるのです。
 使い魔が死んだ場合というのが一般的なのですが、使い魔のルーンのある箇所が切除された場合、もしくは使い魔のルーンが著しく傷つけられた場合にも契約は解除されるのですよ。
 その資料は、実際に使い魔がルーンのある箇所を切除されるか傷つけられて、契約が解除された事例の報告書なのです。」

「ほ、本当だわ…でも、こんな資料を何処から?」

資料を読み漁りながら、ルイズは私に尋ねてきたのでした。


「その資料は、学院の図書館にありました。
 同級生に頼んで持って来て貰ったのですよ。」

この資料を持ってきてくれたジェラルディンは今頃、無事帰ってきたガブリエルと再会していることでしょう…。


「つまり、召喚の門が開いても希望はあるという事なのです。」

「希望、持ってもいいの?」

上目遣いでおずおずと私に尋ねるルイズに…。


「はい、才人は生きているのです。」

私は表向き自信満々に頷いて見せたのでした。
何だかんだ言って、本当に死んでいる可能性が一番高いのですから。


「だから、才人を一緒に探しに行きましょう。
 希望があっても行動が無ければ、希望は結果と永遠に結びつかないのです。」

「うん…ケティ、ありがとう。
 …でも、何であんなものを取り寄せたの?」

ルイズがそうするのを予め知っていたと言うのもありますが…。


「使い魔の生存を確認する時に、とりあえず召喚の門を開くというのは極々普通の行為なのですよ。」

「一番手っ取り早いものね。」

モンモランシーも納得したように頷いているのです。


「なるほど、それを知っていれば使い魔との契約解除が他にも起きないのかという事を調べられるという事だね。」

ギーシュにインテル入っているのです。


「そういう事なのです。
 ただし、その資料は私の権限を使って本来学院の教員であっても学院長の許可無くば閲覧不可な書庫から持ち出してもらったものなので、内容は他言無用でお願いするのです。
 …そういう方法で使い魔との契約解除が出来ると知ったら、悪用しようとする者が出かねないのですよ。」

例えば才人を召喚直後のルイズがもし知っていれば、左手をちょん切った可能性だってありますし。


「使い魔はメイジにとって大事な存在、それを軽んじるようなモラルの崩壊を招きたくないという事だね。」

とは言え、どうやらコントラクト・サーヴァントには使い魔と主人双方に、相手に親愛の情を感じるように働きかけるある種の『洗脳』が存在するようなので、余程気に入らないものが呼び出されたりしなければ問題は起きないのです。
しかも、召喚の門は術者と相性が良いものの前に現れるわけで、それすらも滅多に起きないわけですが。
それはそうとギーシュ、何でインテル入ったままなのですか?


「ギーシュが妙に賢くなっているわね…風邪でも引いた?」

モンモランシーも疑問に感じていましたか。

「おお麗しき蝶モンモランシー、この僕を心配してくれるのかい?」

「…ギーシュが何時も通りで安心したわ、とても。」

インテルさんはどっか行った様なのですね。


「まあ兎に角、姫様と一緒に皆でアルビオンに行きましょう。
 才人は生きています、必ず見つかります!」

この言葉は半ば私自身に言い聞かせているものなのです。
才人、どうか生きていてください。


「あの、ミス・ロッタ?」

実はずーっと私の横に居たシエスタが、おずおずと手を上げたのでした。


「私も一緒に行きたいんですけど。」

「構いませんよ、一緒に行きましょう。」

シエスタが行くのは当然ですよね。


「あのさ、ケティ?」

「はい何でしょうか、マリコルヌ?」

ぽっちゃりした物体がおずおずと手を上げたのでした。


「僕も一緒に着いて行ってあげよう。」

「好きにすれば良いのでは?」

貴方が一緒に着いて来て、どうしようというのですかマリコルヌ?


「あヒん!?その冷たい容認、最高だよケティ。」

「何故に喜ぶのですか!?」

ひぃ、理解の外の物体が、物体が。


「うーん、ケティの身内以外には冷たい性格と、アレなマリコルヌの嗜好が嫌な感じに合致しているのだね。」

「ギーシュ様、マリコルヌをなんとかしてください!?」

私は顔を高潮させて近づくマリコルヌから逃れ、ギーシュを盾にしたのでした。


「い、いや、何とかしろと言われてもだね…。」

「貴方がマリコルヌに優しくすれば、多分元に戻る筈よ。」

おおモンモランシー、それは名案。


「マリコルヌは頼りになるのです、いよっ百人力!」

優しくというか、ただの太鼓持ちな感じもしますが…。


「そうだろそうだろ僕は頼りになるぞ、任せてくれあっはっはっはっは!」

図に乗っただけではありませんかー!?
これから先の道中、大丈夫なのでしょうか?
心配なのです…。



[7277]  幕間42.1 よくコケる王様
Name: 灰色◆a97e7866 ID:a81d77f5
Date: 2010/09/16 22:12
「う…うん?」

才人は目を覚まし、周囲を見渡した。

「…何処だよ此処?」

見た事が無い部屋だったが、暖炉の火は赤々と燃えており、部屋は暖かい。
確か自分は泉のほとりで気を失ったのだったよなと、才人はのんびり思い出しつつあった。


「アルビオンだよ、お前さんが戦ってた丘の近くだ相棒。」

「凄いわよね、あのカムランで四万相手に生き残っただなんて。」

その声に振り向くと、そこにはデルフリンガーとゆったりしたデザインの服を着た少女が居た。


「目を覚ましたのね、サイトーさん…で、良いかしら?」

「ええと…トの後は伸ばさないで、名前の意味がガラッと変わるから。
 あと、呼び捨てで良い。」

才人にはどう聞いてもそれが『斎藤さん』と聞こえた。
誰だ斎藤さん、謎の斎藤さん、取り敢えず才人自身ではない。
紛らわしいから、才人的にはその伸ばし方はNGだった。


「んで、君は誰?」

「はぅ、あぅ、すいませんごめんなさい。
 そうよね、私はデルフさんに貴方の事を聞かされていましたけど、サイトは知らないよね。
 私ティファニアっていうの、よろしく。」

そう言って、ティファニアは才人に微笑みかけた。
サラサラの金髪で、ルイズに匹敵する美少女…才人的にはルイズを筆頭とする学園の美少女たち、ジェシカ達妖精亭の面々と来て、この目の前の美少女…。。


「…俺には、事ある毎に美少女と出会う運命でもあんのか?
 いやまあ別に損するわけじゃなし、むしろ素敵なんだが…。」

素敵だが、少年時代に一生分の女運を使い切っているような気がする才人だった。


「ふぇ?
 ど、どうしたの?」

ブツブツ呟く才人に、ティファニアは首を傾げた。


「ああいや、君みたいな可愛い娘に目覚めに会えてラッキーって話。」

才人は妙な感想を打ち消すように首を横に振りつつ、取り敢えず思った事を言ってみたのだった。


「え!?ふぇ!?か、可愛いだなんて、そんな!?」

顔を赤くして恐縮するティファニア。


「カカカ、ロマリア人みたいだな、相棒。
 な?言っただろ?俺の相棒はエルフくらいじゃ驚かないって。」

その様子を見て、デルフリンガーは鍔を震わせて大爆笑している。
デルフリンガーの『エルフ』という単語を聞いて、才人はティファニアと名乗った少女の容姿をもう一度見てみる。


「おー、そういや耳が長いな…。」

「ひぅ!?」

才人に指摘されて、ティファニアは慌てて耳を隠した。


「あああの、怖く、怖くない?暴れない?」

「へ?何で耳が長いくらいで怖がらにゃあいかんの?」

エルフと聞くと、昔読んだ本の貧乏なハーフエルフしか思いかばない才人。
ぶっちゃけ欠片も怖くないというか、むしろケティが居たらレアの焼き鳥を注文したい気分だったりする。
ケティならノリノリで『ティンダー』とか言って、焼き鳥を作ってくれる筈だという確信があったりする才人だった。


「ふぇ!?な、何で!?」

「何でもなにもだな…むしろつまませてくれ、その耳を。」

良く見れば、感情に反応してピコピコ動くのが面白いティファニアの耳を、触ってみたくなった才人だった。


「えぇ!?つ、つまんじゃ駄目!」

「それは残念。」

残念と言いつつも、耳つまませろとかどう考えても失礼なので、特に残念じゃない才人だったりする。


「ほ…本当に、怖くないの?」

「いや、そんなに怖がって欲しいなら、期待に応えるのもやぶさかじゃねえけど?」

怖がらないとティファニア的に何か困る事でもあるのだろうかと、才人は首をかしげる。
その割には怖がられるのを嫌がっている雰囲気もあるので、自分が鈍い人間だという自覚もある才人にはさっぱりだった。


「え、えと、そういうわけじゃなくて…はぅ。」

ティファニアとしても、村の人間以外では今まで自分の耳を見ると命乞いを始めたり泣きだしたり殴りかかって来る者しか見た事が無かったので混乱していた。


「ほほ、本当に…怖く無いの?」

丸腰で出て行った母にさえ執拗な攻撃を加えて殺害する程、人間の世界ではエルフは恐怖の存在なのだ。
なのに、目の前の少年は怯える素振りさえ見せなかったのだった。


「怖くねえって。
 言ったろ?君みたいな可愛い娘に出会えてラッキーだって。」

びくびくおどおどした小動物みたいな態度の少女を安心させる為に、才人は微笑んで見せた。


「はぅ、可愛いだなんて、そんな…。」

頬をぽっと赤く染めて恥じらうティファニア。
ちなみに才人はちょっと寝ぼけているので、自分の台詞がまるで口説いているのと一緒だという事に気づいていない。
ルイズもケティも居ないとこでニコポとか何やってんだ、この野郎爆発しろ。


「…ところで、俺ってばなんで此処に居るの?」

「ええとね、サイトはこの西の森にある泉のほとりで倒れていたのよ。」

そのティファニアの事場に才人は首を傾げる。


「スゲエな俺、さすが俺、水源の近くまで逃げ遂せるとは。
 全然記憶に無いけど。」

「いや、相棒じゃないから、そこまで連れて行ったの俺だから。」

才人の言葉にデルフリンガーがすかさずツッコんだ。


「へ?お前がどうやって?」

「ほら、戦う前に話しただろ、ついこないだ思い出した俺の機能。
 魔法吸い込んだ分だけ、俺を握った者を意識無い時限定で操れるって。」

そういえば、そんな妖刀丸出しなデルフの特技を聞いたような気がすると才人は思い出していた。


「成る程、じゃあ俺って何処で意識を失ったんだ?」

「戦場のど真ん中。
 まともに動ける奴は残っていなかったとは言え、よくもまああんな死人と半死人があちこちに転がっている場所で寝る気になったもんだ、おでれーたぜ。」

「そんな気色悪い場所で寝る趣味はねえよ。」

デルフリンガーの軽口に、才人も軽口で返して苦笑いを浮かべた。


「センキューな、デルフ。
 ところで、体と頭が滅茶苦茶重いんだが、俺はどのくらい眠ってたんだ?」

「2週間ってとこだな。」

才人の問いに、デルフからとんでもない答えが返ってきた。


「2週間飲まず喰わずって、よくもまあ干物にならなかったもんだ…すげえな俺。」

「いや、それも相棒じゃないから。
 そこのエルフの娘っ子に頼んで定期的に俺を相棒に握らせてだな、相棒の体を俺が動かして飯喰ったり水飲んだり便所行ったりしてたんだよ。」

点滴なんて便利な物は無いこの世界、2週間も何もせずに眠っていたらその間に死ぬ。
デルフリンガーは体はティファニアの指輪で殆ど治った才人の体を操り、相棒の体を死なないように維持していてくれたのだった。


「お前は俺の命の恩人って事か…。」

「いいって事よ!
 普段出番が無いからな、時々このくらいやらないと完全に忘れ去られちまう。」

才人は何かメタりつつも悲しい事言っているデルフリンガーに感謝した。


「それに命の恩人てぇなら、そこのエルフの娘っ子が一番の大手柄なんだぜ?
 何せ、死にたての新鮮な死体だった相棒を生き返らせたんだからな。」

「…とうとう死んだのかよ、俺。
 それはそうと、有り難うなティひゃ…あぐ!?」

お礼を言おうとして、才人は思い切り舌を噛んだ。


「あががががが…。」

そしてそのままうずくまる。


「テファって呼んでくれて良いわ。
 私の名前ってちょっと言い難いから、他の子たちもそうしてるのよ。」

「う、うん…有り難うな、テファ。
 …うーん、どうにもしまらねえ。」

才人は照れたように頭を掻く。


「あ、そうそう、水を持って来たんだけど、飲む?」

「あー、そういや喉がカラカラだ。」

デルフリンガーが摂取していたのは、体を維持する上で必要最低限の量だけだったらしく、才人の喉は乾いていた。


「はい、どうぞ。」

「お、センキュー。」

才人はティファニアが差し出したコップを受け取ろうとしたのだが…。


「おろ?」

「きゃ、危ない!?」

二週間も眠っていたせいで体の制御がいまいちなのか、才人の手からコップが滑り落ち、それに反応してティファニアがそのコップを受け取ろうとし…。


「ひぅ!?」

「ふが…。」

ティファニアは胸元に思いきり水を浴びた挙句、才人を下敷きにしてしまったのだった。
ゆったりしていた服は濡れて肌に張り付き、そこに体温が移り、生々しい感触と温度で才人の顔を塞いだ。


「ふが!?」

その質量と触感と温かさに才人は驚愕する。
でかい、兎に角でかい。
これに匹敵するとなるとキュルケだろうが、間違い無くキュルケよりもでかいという確信が才人にはあった。


「ああっ、コップが落ちちゃった。」

壁とベッドの間に落ちてしまったコップを拾う為に手を伸ばすティファニアの胸が才人の顔面に押し付けられる形になった。
もの凄くでかいものが、むにゅむにゅと形を変えながら才人の顔にぐいぐいと押し付けられる。


「ふが、ふが。」

「あっ…サイト動かな…んっ。」

人類の到達し得ぬ至高の楽園がそこにはあった。
才人はそれに酔いしれる…が、息が全然出来ないという事実に気付く。


「ふが!ふんが!?」

「あんっ…も、もうちょっと…。」

苦しいが、離れられない。
離れられないが、苦しい。
それは極楽な地獄だった。


「ふが!ふが!ふが!」

「んぁっ…さ、サイトもうちょっとっ…だから、あまり動かな…あんっ!?」

酸素的に限界なので、才人はティファニアを押し退けようとしているのだが、有らん限りの力を振り絞っているにも拘らず、何故か全然押し退ける事が出来ない。
極楽な柔らかさに翻弄されながら、才人は気を失った。


「ふ…が…。」

「や、やっと取れた…あら?サイト?」

ティファニアは才人を呼ぶが…へんじがない、ただのしかばねのようだ。


「きゃあ!ご、ごめんなさーい!?」

「カカカカカカ!すげえなエルフの娘っ子!
 お前さんの胸は、アルビオン軍4万を蹴散らした男に何もさせずに倒しちまったぞ!」

慌てて気絶した才人を揺すり始めるティファニアを見て、デルフリンガーは爆笑していた。



「あー…サイトもテファお姉ちゃんの犠牲になったのね。」

12~3歳くらいの金髪の少女が、皿にスープを注いで才人の前に置きながらそう言う。


「も?」

ひょっとして君もそうなのかという意思を込めて、才人は少女の目を見た。


「うん、ニノンもテファお姉ちゃんにやられた事あるもの。」

「ひぅ。」

ニノンという名前らしい少女の言葉に、部屋の隅で体育座りをして小さくなったティファニアが、か細い声で鳴く。


「ニノンの場合はテファお姉ちゃんに抱きしめられて、そのまま気絶したのよ。
 危うくパパとママンの所に逝っちゃうところだったわ。」

「ひぅ。」

少女の言葉を聞いて、一段と小さくなるティファニアだった。


「そんな申し訳なさそうにしないでよ、テファお姉ちゃん。
 アレはこの村に入る時の儀式みたいなものでしょ?」

「ひぅ、違うもん、儀式じゃないもん。」

儀式って、テファの巨乳に、あの革命的な巨乳に窒息死させられそうになるのがこの村の掟なのかよとか思いつつ、才人はスープを飲み始めた。


「眼鏡のお姐さんに連れられてこの村に来た子供はね、まずテファお姉ちゃんにぎゅっと抱きしめられるの。
 そしてテファお姉ちゃんの胸で気絶するか気絶しそうになるのが恒例なのよ、にひひひ。」

ニノンはそう言いながら、いじけるティファニアを見て笑った。


「子供というにはちょっと大き過ぎるような気もするけれども、儀式もきちんと受けたわけだしね。
 ようこそウエストウッド村へ、テファお姉ちゃんの犠牲者という同士として、私達は貴方を歓迎するわ。」
 
「ひぅ、犠牲者とか言わないで!
 ニノンったら、いつもいつも私を困らせて面白がるんだから!」

ティファニアはそう言うと、頬を可愛らしくぷぅっと膨らませた。


「あっはっはっはっは!
 じゃあニノンはお風呂の準備してくるね。
 二週間殆ど寝たきりだった才人はちょっと臭うから、特別にハーブ入りのお風呂にしてあげる!」

「俺…臭いのか。」

デルフリンガーは生命維持の手伝いはしてくれたが、風呂には入ってくれなかった。
そして少年の新陳代謝は活発である…しょうがない事だが、ちょっぴり傷ついた才人だった。


「ごめんねサイト、ニノンってよく気がつく娘なんだけど、ちょっぴり言葉に配慮が足らないの。」

「いやまあ、風呂に入っていないんだから臭いのは仕方ねえよ。
 …ところで、窓の外を見ても大人が一人も居ないんだが、何処行ったんだ?」

才人はティファニアと二人きりになったので、先ほどまで気になっていたが聞きづらかった事を聞いてみた。


「このウエストウッド村はね、元々廃村だったのよ。
 そこにニノンみたいな戦災孤児や、私みたいなちょっと訳有りの孤児が連れて来られて、孤児院みたいな子供だけの村になったの。」

「そうだったのか…。」

今まで内戦続きだったのだから、当然の事ながら大量の戦災孤児が発生する。
此処に子供がたくさん居るのは当然なんだなと才人は思った。
そしてその戦乱に自分が加担している事を思うと、胸がズキリと痛む。
自分が無造作に切り捨てた兵士や士官にも家族が居た事を思うと、そして彼らの残された家族が今後辿る運命の事を思うと気が狂いそうになる。
自分が生き残る為に、他人の人生を破壊した事が果たして正しいのか、それに才人は確信を持てない。
ルイズに相談すればわかってくれるような気がするが、答えが《ズギャーン》とか《シュビビーン》とかになるような気がする。
しかもボディランゲージがヒートアップして、肉体言語に変わる可能性がある。
ケティは味方と敵をきっちりと選り分けて、味方には基本的に甘く敵は徹底的に排除するというタイプの思考をする女の子なので、そういう相談をしても理解して貰えないかもしれない。


「どっちに聞いてもまともな答えは聞けそうにねえなぁ…。」

才人はちょっと遠い目になった。


「それともう一つ、何で俺助かったんだ?
 そりゃまあ4万追い散らした記憶はあるけど、ぶっちゃけ普通に死ねるレベルの怪我を負っていた筈なんだが…。」

才人には大河の向こうから、おいでおいでと手を振る人々の姿も見えたような記憶もある。
どう考えても臨死体験だった。


「つーか、泉に着いた直後にとうとう心臓も止まったしな。
 そのせいで体を操る事も出来なくなっちまって途方に暮れていたら、このエルフの娘っ子が来たって訳だ。」

「あれ本当に臨死体験だったのかよ…貴重な体験しちまった。」

これからは《死後の世界を見てきた男》とでも名乗ろうかとちょっと考えてしまった才人だった。


「あ、うん。
 あのね、この指輪で治したの。
 お母さんの形見なんだけれども、強力な水の精霊の力が詰まっているのよ。」

ティファニアが見せた指輪の台座には、蒼い綺麗な宝石がはまっていた。


「死にたての活きの良い新鮮な死人なら、これで甦らせる事も出来るの。」

「Dr.ミ○チか…。」

某竜退治に飽きた人用のRPGで、お馴染みの博士を思い出した才人だった。
…と、ふとどっかで聞いた事があるような話だなぁと思い出す。


「ひょっとしてこれ、《アンドバリの指輪》とかいう名前か?」

「ううん、違うわ。
 《マソドパリの指輪》っていうの。」

パチモノブランドみたいな名前だった。


「微妙だ…何か、生き返れたのは素晴らしい事なのに、物凄く微妙な気分だ…。」

「ど、どうしたの?」

微妙な表情になった才人に、ティファニアが心配そうに声をかける。


「いや、大丈夫。
 そうか…テファは命の恩人だったんだな、本当にありがとう。」

「ううん、道具は使ってこそ道具だって、お母さんは言っていたわ。
 人を生き返らせる事が出来る指輪があるなら、死んだばかりの人にそれを使うのは当然だもの。
 才人が恐縮する必要は無いのよ。」

名前がパチモノブランドみたいでアレだが、母の形見で死んだばかりの人間なら甦らせてしまうようなレアなマジックアイテムを、見ず知らずの人に躊躇無く使ってくれたというティファニアに対して、才人は感激していた。


「そうか…使ってこそか…そうだよな、俺もこのルーンの力で…って、ルーンが無いー!?」

才人の左手にあったガンダールヴのルーンは、漂白剤でも使われたかの如く綺麗さっぱり消えてなくなっていたのだった。


「ああ、言い忘れていたけどな。
 相棒一度死んだから、契約解除されちゃったんだZE☆」

「《契約解除されちゃったんだZE☆》じゃねえええぇぇぇぇっ!」

ルーンが無ければ、才人は大量殺戮の経験があるだけの何処にでも居る至って普通な高校生でしかない。


「コントラクト・サーヴァントは、基本的に主人と使い魔のどちらかが死ぬまで効果が続く魔法だからな。
 相棒ちょっとの間だけど完全無欠に死んでいたから、契約解けたんだよ。」

「いやだって、生き返っただろ?」

一度死んだって、今は生きているわけなので、才人的にはどうにも腑に落ちなかった。


「相棒、幾らこの世界が魔法に満ち溢れた不思議魔法世界(マジカルワンダーランド)だからって、死んだ生き物はそうそう甦らねえ。
 しかも生き返っても大抵はアンデッドすなわち生ける屍で、相棒みたいに完全に生き返るなんて例は滅多にねえんだよ。」

「つまり、どういう事だってばよ?」

才人は理解出来ないのか理解したくないのかわからないが、兎に角首を傾げている。


「どんな契約にも落とし穴の一つや二つはあるんだっつうこったな。
 つまり相棒は奇跡的に生き返る事は出来たけど、それはコントラクト・サーヴァントによって結ばれる魔法契約の想定外だったってこと。
 結論、相棒はもうガンダールヴじゃありません。」

「ま、まじかよぉ…。」

才人はその場にへなへなと座り込んでしまったのだった。


「え…ええと…えと、えと。」

完全に話に置いて行かれたティファニアは、落ち込む才人を見てただただおろおろとし続けるのだった…。




デ・ハヴィランドことハヴィランド宮殿は、アルビオンの首都ロンディニウムの郊外に構えられた宮殿であり、旧アルビオン王家も偽皇帝と呼ばれるようになった故オリバー・クロムウェルも、この宮殿を行政府の中心として使用していた。
ここはつまりアルビオンの権力の象徴なのだが、今その権力の象徴に集う人々はその殆どがアルビオン人ではなかった。
ゲルマニアによって手傷を負わされ、トリステインによって致命傷を負い、ガリアに止めを刺されたアルビオンをどう扱うかを決めようとしている人々が集っている。


「こうしている間にも私がすべき仕事はどんどん溜まっていくのよね。
 ダンスパーティーやら前泊者晩餐会やら、経費と時間の無駄だからとっとと始めてくれないものかしら?」

アンリエッタは、全身黒尽くめの喪服姿で憂鬱そうに愚痴る。


「いやしかし陛下、まだお二方が来られていないのですからどうにもなりますまい?」

隣の席に座るマザリーニが、そう言って肩をすくめた。


「あの下半身だけは元気そうな中年とずっこけ色男も、私と同じく昨日来たんでしょ?
 わざわざ外国まで来てベッドで愛人相手に腰振ってる暇と元気があるなら、とっとと来なさいってのよ。」

「陛下、そのような下品な物言いは…おっと、噂をすれば影ですな…。」

マザリーニの言葉を聞いたアンリエッタが入り口の方に目を向けると、がっしりとした体格の男がこちらに向かって歩いてきていた。


「ごきげんようアンリエッタ姫殿下。
 喪服姿がこれほど似合うとは思いませんでしたぞ。」

彼の名はアルプレヒト三世、ゲルマニア帝国の国王にして皇帝にしてライン選帝侯というとても長い肩書きの持ち主だった。
アンリエッタが『下半身だけは元気そうな中年』と呼んだのは彼であり、その評価通りアンリエッタの全身を舐め回すように見続けている。


「アルプレヒト閣下の愛人は無能ですわね。
 自分の仕事も満足にこなせないだなんて。」

アンリエッタは自分の体に向けられる視線に気づいて、嘲るように笑って見せた。
ちなみにアルブレヒト3世が連れて来たのは現在彼のお気に入りの愛人で、しかも現在彼の後ろに立っていた。
勿論彼女はプライドを傷つけられ、顔を真っ赤にして怒り狂っている。


「なっ!?
 幾ら陛下でも言って良い事と悪い事がありますわ!」

「減らず口を叩く前に、アルプレヒト三世の愛人として出来る限りの仕事をなさいな。
 じゃないと、ゲルマニアの女全てが莫迦にされますわよ?
 『ゲルマニアで一番いい女は、皇帝一人ろくに満足させられない』ってね。」

アンリエッタは彼女の抗議の声を相手にせずに一蹴する。


「な、な、な、なんですって!?」

この段階で皇帝と直接口論するわけには行かないアンリエッタは、取り敢えず皇帝の後ろに居た愛人を血祭りに上げたのだった。


「ま、まあまあ、アンリエッタ陛下。
 わしが悪かった。
 一国の元首に対してあまりにも無礼であった、この通り謝る。」

「閣下がそう仰られるのであれば。」

アンリエッタはアルプレヒト三世の謝罪を受け入れた。


「しかし、奴はまだ来ぬのか…?」

奴とはこのロンディニウムに最も早くやってきた男にして、未だに会議場に現れない男の事だった。


「遅いですわね、ジョゼフ陛下。」

「ふん、実の弟を殺して王位を奪う男など…。」

そう憤るアルプレヒト三世を『あんたも自分の親戚に散々酷い事をしているじゃないの』と、冷めた目で見るアンリエッタ。
しかし、何故にこんな面倒臭くて実質的な権限が大した事無い癖に責任だけが重いという野暮な事極まりない仕事をする為に血道を上げて頑張るのか、アンリエッタにはさっぱり理解できなかった。
ルイズがこのくらいがっついてくれたら、とっとと押し付けて楽隠居できるのに、ままならないものだわと溜息を吐く。


「ハァ…王座を欲しがる人間なんて、所詮莫迦か間抜けか、あるいは莫迦と間抜けを抉らせたどうしようもないダメ人間か、もしくは底抜けのお人よしだけなのよ。
 本当に頭の良い人間は、そんな莫迦から美味しいとこだけ貰って楽しく生きるのだわ。」

溜息を吐いてから、アンリエッタは近くにおいてあったプリオッシュに手を伸ばす。


「ああ、政務ダイエットし過ぎちゃったから、ここらで体重を増やしておくのも手よね、暇だし…もむ。」

アンリエッタがもきゅもきゅとプリオッシュを頬張っている間も、アルプレヒト三世はいかにジョゼフが酷い人間であるのかを夢中になってつらつらと語り続けている。
どうも、ジョゼフがイケメンなのが気に入らないらしい。


「陛下、暇なら皇帝閣下の話を聞き流さずに聞いてあげていただけませんかな?」

「枢機卿、知っている話を延々とされるくらい眠くなる事も、なかなか無いのよ?」

ジョゼフの話は、ガリア貴族なら誰でも知っている話である。
だから少し調べれば、アルプレヒト三世の話と同じものは、より精度の高い情報としていくらでも聞けるのだ。
そんなのを隣でどや顔で語られるのを聞くくらいなら、飯でも食っていた方が遥かに有益だった。


「…というわけなのでありますぞ、アンリエッタ陛下!」

「それはそれは、興味深い話でしたわ、アルプレヒト閣下。」

全く興味が無い顔でアンリエッタは頷いたのだった。
皇帝という地位に群がって来る女ばかりを相手にしてきたアルプレヒト三世には、アンリエッタの絶対零度な態度は物凄く新鮮に映った。
しかも母親から受け継いだ背徳的なまでの色気を無意識に発しているので、アルプレヒト三世としては『全然相手にして貰えなくて悔しい!でも感じちゃうビクンビクン…』といった風情だったりする。


「あぅん、ひどぉい…でもそれがいい!」

妙なものに開眼したかもしれない、ゲルマニアはもう駄目かもしらんね。


「はっはっはっはっはっはっは!」

アルプレヒト三世が屈辱と快感に塗れていたまさにその時、ドアがバァンと開いて空色の髪のイケメン中年が入って来て…。


「はっはっは…はぅ!?」

…何も無い所で右足に左足を引っ掛けて『どんがらがっしゃーん!』と、思いきりコケた。
そしてそのまま動かなくなる。


「ガ…ガリア国王陛下御成り!」

律儀な衛兵である。
ケティと才人が居たら『ドジっ子美中年って、誰得!?』とか、心の中でツッ込んでいた事だろう。
そのくらい盛大なこけ方だった。


「はっはっはっはっは、これはとんだ失敬!
 皆揃っておるな、結構結構。」

ジョゼフは元気に何事も無かったかの如く起き上がり、つかつかとアルプレヒト三世の元に歩いて行く。


「これはこれは親愛なる皇帝閣下、いつぞやの戴冠式の時には出席出来ず失礼した。
 ご親族は元気かね?
 閣下が城を一つ与えたにも関わらず、いまだに清貧なる暮らしを続けるあの立派な方々だ。」

アルプレヒト三世の親族に清貧な人間などいないが、食うや食わずの生活をしている者達ならばいる。
彼がライン選帝侯の地位を手に入れる時に蹴落とした親族たちである。


「ええ、御陰様で相も変わらず清貧に生きておりますぞ。
 必ずや神の御許へと召されることでしょう。」

まあ、生きている時にこの世の地獄を味わっているのだから、死んで天国へと召されるのが妥当であろうよと思いつつ、ジョゼフに笑顔で返すアルプレヒト三世。
さすが陰謀でのし上がってきただけの事はあるわねと思いつつ、アンリエッタは彼らを見ていた。


「おお、アンリエッタ陛下もお久しぶりですな!
 大きくなられた、そして美しくなられた!」

「はい、お久しぶりでございますジョゼフ陛下。
 相変わらずお元気なようで、何よりですわ。」

ジョゼフはアルプレヒト三世に話しかける時とはうって変わって、恭しく話しかける。


「うむうむ、美人には黒が似合いますな、実に素敵だ。
 出来ればずっとそのままで居て貰いたい。」

「それは残念ですわ、生憎喪服の持ち合わせは余りありませんの。」

あまりにも無神経な物言いに怒鳴りつけたい気持ちを抑えながら、微笑んでジョゼフに謝辞を述べるアンリエッタ。


「それではジョゼフ陛下、早速ですが会議を始めましょう。
 話というものは、食べながらでも出来るものですわ。」

こうして、アルビオンを腑分けする会議は始まったのだった。



[7277]  幕間42.2 怪力娘と真っ黒王女
Name: 灰色◆a97e7866 ID:ae1b433a
Date: 2010/09/29 10:22
「どっせぇい!」

才人は薪を割る。


「俺は斧でも鉈でもねえ、剣だ!」

デルフリンガーで。


「良いじゃねえか、鉈代わりでも斬れるんだから。」

「斬ってねえ割ってんだ、これは!薪の繊維に沿って割ってんの!
 今まで剣として生きてきたけど、こんな酷い扱いは初めてですよ。
 スタ○フサー○ス、ス○ッフ○ービスは無ぇのか!?」

おーじんじ、おーじんじ。
どうやら、デルフリンガーは目的外使用されているのが気に入らないらしい。


「じゃあ、お前は今日から鉈な。
 喋る鉈、インテリジェンス・マチェット。
 良かったな、これで作られた目的通りだぞ?」

「良いわけあるかああぁぁぁぁぁぁっ!
 つーかお前の命の恩人その2に対して、あんまりな扱いじゃねえか?」

デルフリンガーは抗議の声を上げていた。


「あのなデル公、俺はガンダールヴじゃ無くなっちまったんだ。
 もうお前を握っても、身体能力が劇的に上がったりしないの。」

才人はデルフリンガーに対して、諭すように話しかける。


「それとこの扱いに、何の繋がりがあんだよ?」

「つまりだな、俺は剣のスキルを以前と同じまでは行かなくても、そこそこ戦えるレベルにしたいわけよ。
 ガンダールヴ無しでも、まともな剣士になりたいってわけ。」

ガンダールヴとして戦っていた時の体の動きは、先日のアルビオン軍相手の戦いでしっかり覚えている。
だから才人にとって強い剣士のイメージは、既にある程度出来ていたのだ。
才人に足りないのは、そのイメージへと到達する為に足りない、武器への異様に馴染んだ感覚や単純な筋力だった。


「まずは筋肉が足りない。」

特に筋力は二週間も寝込んでいたのが祟って、かなり落ちている。
才人としては早急に立て直すべきものだった。


「あとデルフ、お前を自在に振り舞わすには、お前をなるべく多くの時間振り回す必要があると思ったんだよ。
 俺はお前を自由自在に扱えるようになりたいんだ。」」

「くーっ、泣かせる事を言うじゃねえか。
 成る程、そういう事なら仕方ねえな…薪でも何でも割りやがれ!」

デルフリンガーとしても、自分をより上手く使う為だと言われれば嫌とは言えないというか、むしろ感動したのだった。


「おう、それじゃ行くぜ…。」

「サイトー!」

声のした方に才人が振り向くと、そこには男の胴回りをも軽く上回るであろう大きさの立派な丸太を担いだティファニアがいた。


『ええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』

一人と一振りの声が、驚愕で思わずハモる。


「ひぅ!?ど、どうしたの?」

二人の驚愕の声を聞いたティファニアは、丸太を担いだままビクリと怯えてあとずさる。


「い、いや、テファ、その丸太。」

才人は口をパクパク言わせつつも、何とかティファニアに質問する事に成功した。


「えっ?ああ、これ?
 私、ちょっとだけ人より力持ちなのよ。」

テヘッと笑って、開いているもう片方の腕で力瘤を作るような仕草をするティファニアだが、開いていない方の腕には巨木の丸太がほぼそのまま一本の状態で担がれていた。


『ちょっとだけじゃナーイ!?』

今度はツッコみがハモる一人と一振り。


「な…なあデルフ、エルフってみんなあんなバカぢ…じゃなくて、力持ちなのか?」

「俺の知ってるエルフと違う。」

違うらしい。


「いやまあ、相棒を担いでいる時も、やけに軽々と担ぐなぁとは思っていたんだが…。」

「ひぅ…。」

自分を時々チラ見しながら、ひそひそ話す才人たちにティファニアは涙目になる。


「わ…私、やっぱり何処かおかしいのかしら?
 え、エルフだから?ハーフだから?」

「いや、エルフとか、ハーフとか、そんなチャチなもんじゃ決して…。」

才人はデルフリンガーが余計な事を口走る前に、鞘の中に収めた。


「大丈夫だって、人よりちょっと力持ちなくらい何だってんだ。
 テファはテファ、可愛い素敵な女の子だよ。」

そして、笑顔で全力でフォローする。
才人としても、命の恩人で可愛くて気が優しくて革命的な胸を持つ少女を泣かせるのは、絶対に避けたかった。
ルイズを怒らせればフルボッコにされて体が猛烈に痛いし、テファを泣かせたら罪悪感で心が痛くなる。
才人は痛いのは嫌いなのだ…台詞は何となく痛々しいが。


「う…うん、有り難うサイト。」

そしてそんな才人にぽっと頬を赤らめるテファ。
…って、だからニコポすんじゃねえ、爆発しろ。


「ところで、その木どうすんの?」

「え、ええとね、薪にするの。」

そう言って、ティファニアは丸太を地面に置いた。
ズシンという地響きと共に、丸太が地面に軽く沈み込む。
ティファニアはその丸太の端を持って…。


「えいっ!」

可愛らしい掛け声と共に、真っ二つに引き裂いて見せた。


「オゥ、ゴッド。」

何故か英語で神に祈る才人。


「おでれーた…。」

お前はそれ以外に何か台詞はないのかデルフリンガー。


「え、えっとね、これにはコツがあってね…。」

コツとかいうレベルじゃねえと、一人と一振りはツッコみたいのを必死で抑えている。


「ひぅ…私、やっぱり変なのかしら?」

「あ…いや、そんな事無いデスヨ?」

はっきり言って変なんてレベルでは無いというか、ヘラクレスかお前はというツッ込み入れたいくらいなのだが、涙目の女の子に正面切って変だとは言えない。
才人の目が物凄い勢いで泳ぎ始めた、今なら世界を獲れるかもしれない。


「何で目を逸らすの?」

「空が綺麗だから?」

空は今にも雨が降って来そうな曇天である。


「相棒、はっきり言ってやれ。」

「いや、でもだな?」

泣きそうなティファニアに、はっきり言えない才人。
まさに絶体絶命だった。


「へぇ、こんな所に村がありやがる!」

「言ったっしょ親分、この前逃げている最中に見かけたんスよ!」

その時、広場の方から、そんな声がした。


「ちょ、あんた達何よ!?」

警戒するような、ニノンの声もする。


「ひぅ、何!?」

ティファニアは、怯えた表情でそ広場の方角を向いた。


「何かやばそうだ…行くぜデル公!」

「お…これは斬れるか?
 けけけけけけけけ!」

気を取り直した才人がデルフリンガーを握り直し、広場に向かって走って行った。
この気まずい空気を誤魔化す大チャンスと思ったかどうかは定かではない。


「俺達か?
 俺達は…何だろうな?」

「取り敢えず、ついこないだまではアルビオンの傭兵だったなぁ。」

アルビオンの軽装鎧に身を包んだ男たちを睨みつけ、怯える子供達を背後に庇うニノン。
傭兵団というのは決まった収入がある主の居ない武装集団なので、結構容易に盗賊団と化す。
実際、戦争が少なくて収入が滞ったりすると、小さな町を襲ったりする傭兵団も結構あるのだ。


「出て行って!この村には金品は無いわ!」

「食料でも良いから寄こせ。
 あと、女もだ。」

そう言いながら、傭兵たちは剣を抜いて見せた。


「ああお嬢ちゃん、お前でも構わねえぜ、俺たちはよ?」

「お断りよ!」

ニノンは顔を真っ赤にして怒っている。


「ロリコンだー!
 やべえ、ロリコンがいる!」

「膨らみかけ大好きな傭兵団かよ、オワットルな。」

ガンダールヴの時のように加速できないもどかしさを感じつつも、一人と一振りは広場へ向かっている。


「ふん、私だって代々エスクァイアの家系なんだから!
 我が名はニノン・リシェ、この村に手を出すなら私を倒してからいくのね。」

ニノンは懐から杖を取り出し構える。


「このガキ、メイジかよ!?」

「め、メイジといってもガキだ、どうとでもなる!」

杖を構えるニノンに、傭兵たちが浮き足立つ。
歴戦の傭兵団が動揺するくらい、メイジと平民の差は歴然としているとも言える。


「おっとっとっとと、やっと着いたぜ。」

「かーっ、短期間に斬っていい奴がこんなに現れるだなんて、俺ってばなんて幸運。」

才人は軽く息を切らしながら、ニノンと盗賊の間に立った。


「置いてかないでー!?」

遠くからティファニアが走って向かってきてはいるが、まだ着きそうに無い。
パワーはあるが、スピードはあまり無いらしい。


「このロリコンどもめが!」

才人はそう言って、傭兵たちにデルフリンガーの切っ先を向けた。


「ズバッと参上!ズバッと斬殺!
 快傑デルフリンガーたぁ俺様の事だ!」

「黙れ妖刀。」

変な事を口走るデルフリンガーに、冷たくツッコむ才人。


「ひでえ!?」

「…で、あんたら誰?」

才人はデルフリンガーを構えると、傭兵達を睨み付ける。


「こいつらは盗賊よ、傭兵崩れのね。」

ニノンは傭兵改め盗賊たちを睨み付けつつ、才人にそう言った。


「お前、メイジだったのな?」

「親がメイジだったのよ、エスクァイアだったの。」

戦った経験が無いニノンの手は、小刻みに震えている。


「…相棒、やれんのか?」

「さて、どーだろ?
 筋力も落ちちまったし、実際どれだけ動けるかはわかんね。
 …でもさ、俺より年下の女の子が戦おうとしているんだぜ?
 ここでやれなきゃ男じゃねえだろ?」

デルフリンガーが心配そうに尋ねてきた通り、ガンダールヴの頃と違って筋力強化が無い上に勇気も湧いて来ない。
だが才人はそれが当たり前なんだと開き直る事にした。
デルフリンガーはガンダールヴの頃に何度も振ったので、デルフリンガーを使った戦い方なら体が覚えている。


「つまり、やれるかじゃなくて、やるってこった。」

才人は恐れを捻じ伏せ、更に殺気を込めて盗賊を睨み付ける。
殺さなければ殺されるのだ、殺す気で行かねば勝てない。


「良い事を教えてやるよ、この前近所で四万に突っ込んで片っ端から切り捨てたのは俺だ。」

殺気を込めつつ、精一杯のハッタリを飛ばす。


「何だと…?」

「嘘だ。」

「いやでも確かに、あの血塗れの真紅の悪魔と背格好は似ているぞ!?」

ハッタリが少しは効いたのか、盗賊達に動揺が走る。


「さあ、死にたい奴は誰だ?」

「ほらほら、ズバッと斬ってやるから早く来いよ?
 うけけけけけけけけ!」

才人のハッタリに乗っかって、デルフリンガーも挑発を始める。


「ぐっ…お前、行け。」

「そ、そんな殺生な!?」

明らかに盗賊達は浮き足立っている…このまま逃げてくれれば万々歳だと才人は思っていた。


「あ、あの、何の用ですか?」

そんな彼らに、ようやく追いついたティファニアは進み出るとおずおずと声をかける。


「ちょ、テファ、待てって!?」

才人は慌てて声をかけるが、既に手遅れだった。


「うお、すっげえ別嬪だな…。」

「盗賊なのであれば、帰って下さい。
 ここには貴方がたにあげられる金品はありません。」

不安な様子を隠せないながらも、ティファニアは気丈に言いきる。


「…いや、あんたが金品だ。
 こんな別嬪早々いるもんじゃねえ。」

盗賊の親玉らしき男が、そう言ってティファニアを舐めるように見つめた。


「ひぅ!?」

その視線に怯えて、ティファニアは後ずさろうとしたが、盗賊の親玉に片手を掴まれて引き寄せられてしまった。


「テファに何しやがる!?」

「話し合いで何とかしようだなんて甘いんだよ、こいつは人質兼戦利ひ…。」

盗賊の親玉はそういうと、ティファニアの首筋に剣の刃の部分を当てて、乳房を鷲掴みにしようとしたが…。


「ひぅ!?いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

胸を触られると同時に、ティファニアは盗賊の親玉を天高く放り投げた。


「んだあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…。」

盗賊の親玉は空に向かって落ちていくが如き速度で上昇を続け、そのまま視界から消えた。


「…んだあぁぁぁって悲鳴は新しいな。」

「たぶん、戦利品だって言おうとしたんだろ。
 急に言っている事変えるのって、結構難しいしな。」

才人とデルフリンガーは、そんな間抜けな感想を述べている。


「ひぅ、思わず放り投げちゃったけど、大丈夫かしら?」

ティファニアは心配そうに空を見ているが、ひょっとすると今頃は低軌道衛星の軌道に乗っているかもしれない。
まあどっちみち、カ○ズとは別の理由で考えるのを止めている頃だろう。


「ひいいいいいぃぃっ!」

「親分が、親分が空に消えた!?」

「どどどど、どうかお助けを!?」

盗賊達は空に向かって凄まじい速さですっ飛んで消えた自分たちの親玉を見て完全に戦意喪失してしまい、次々と武器を捨てて降参のポーズをとり始めた。


「じゃ、じゃあ、これから私が唱える魔法を黙って受けてください。」

ティファニアはそう言って、小さな杖を取り出した。


「魔法!?」

「もう駄目だ、死ぬんだ!?」

「おかーちゃーん。」

盗賊達はおいおいと泣き始めてしまった。


「ひぅ、そんな、こ、殺しません。
 ここに関する記憶を消して、帰ってもらうだけよ。」

ちょっと涙目になったティファニアが、慌ててそう言った。


「そ、そういう事なら黙って受けまさぁ。」

「ちょっと怖いが、仕方ねえ。」

ティファニアの訴えが効いたのか、盗賊達はおとなしくなった。


「それじゃあ行きます。
 ナウシド・イサ・エイワーズ…ハガラズ・ユル・ベオグ…ニード・イス・アルジーズ…ベルカナ・マン・ラグー…。」

「お…あの魔法は…。」

ティファニアが唱え始めた魔法に何か気づいたのか、デルフリンガーがぼそっと呟いた。


「知っているのか雷電!?」

「ムゥ、あれは…って、誰が雷電だコラ。
 知っているも何も、ありゃ虚無だな。」

才人の問いに、デルフリンガーはあっさりと答える。


「何だ虚無か…って、虚無ぅ!?」

「《忘却》!」

才人が驚いた声を上げるのと同時に、ティファニアの放った魔法が盗賊たちを包み込んだ。


「ほへ?」

「はれ?俺は何処?ここは誰?」

盗賊達は呆けた表情になって、ティファニアに尋ねる。


「貴方たちは道に迷ったのよ。」

「そうなんだ、知らなかったぜ。」

ティファニアの言葉に、盗賊達は呆けた表情のままコクコクと頷く。


「そこの茂みを抜けてまっすぐ歩くと街道に抜けるから、そこからお帰りなさい。」

「へえ、有り難うございやす。」

盗賊達はふらふらとした足取りで、茂みの中に消えて行った。


「きょ、虚無って、ルイズ意外にも居るのか?」

「そりゃまあ『虚無の系統』なんて言うくらいだから、他にもいるだろうよ。」

才人の問いにデルフリンガーが、何を今更といった感じで返している。


「テファ、君は虚無なのか?」

才人はティファニアの方に向き直ると、そう訊ねたが。


「虚無?私が?」

ティファニアはきょとんとして首を傾げている。


「おーい、デル公?」

才人はすかさず、デルフリンガーに疑いの眼差しを向けた。


「いや、虚無なのは間違いないから。
 つーか、自覚が無い虚無か…どう説明したもんかね?
 うーん…。」

今のデルフリンガーに首があれば、間違い無く180度くらい捻っていたに違いない。


「ふぇ?」

唸るデルフリンガーを見て、ティファニアが不思議そうに首を傾げたのだった







「やっぱり、良い材料と良い料理人を使っているだけあって、美味しいですわね。」

金がある国は違うわねーとか思いながら、アンリエッタはジョゼフが用意した料理に舌鼓を打つ。
いつも仕事しながら食べているサンドウイッチやガレットと違って、久し振りに手間隙をかけて作られた料理を食べた彼女だった。
財政が常に自転車操業状態のトリステインにとって、贅沢は敵だ。
だから贅を尽くして作られた料理を無駄にするなどという贅沢をするつもりは、アンリエッタには無かった。


「ふん…腹が立つが、美味いものは美味いな。」

ジョゼフが大嫌いなアルブレヒト三世も、美味いものには敵わないらしい。


「どうかね?御国の料理には劣るとは思うが、我が国の料理もなかなか美味でありましょう?」

何を考えているのやら、いまいちわからないジョゼフが満面の笑みで各国の代表者を見回している。


「ふむ、確かに美味ですな。
 ロマリア本国でも、これほどの料理は滅多に食べられぬ。」

ロマリア全権大使のフランチェスコ・トデスキーニ・ピッコロミーニ枢機卿も、神に祈るのも忘れて食べ続けている。


「…これが、国力という事ですかな。」

ホーキンス将軍が、噛み締めるようにそう呟く。
彼は実はあの時に胸を衝かれ倒れていたせいで才人に斬られずに済み、何の因果か一命を取り留めて現在このアルビオンの最高責任者となっていた。
因果というのはどういう結果を生み出すのか、つくづくわからないものだ。


「さて、そろそろ会議を始めましょうか?
 先ほども言いましたが、食べながらでも会議は出来ますわ。」

「食べながら会議など、はしたなくはありませぬか、陛下?」

アルブレヒト三世はそう言って窘めるが…。


「あら、はしたない事は楽しい事ですわよ、閣下。」

「はい、その通りですな。」

アンリエッタが嫣然とした笑みを浮かべると、一瞬で意見を翻した。


「ジョゼフ閣下もそうは思いません?」

「ハハハ!そうですな!禁じられている!事!ほどっ!楽しいのかもっ!しれませぬなぁっ!」

ジョゼフの手元では、葡萄の実がフォークから何度もつるりつるりと逃げ続けていた。


「それでは、会議を始めましょうぞ。」

そんなわけで、飯のついでに会議が始まったわけだが…。


「早速ですが、アルビオンの話をする前に、我が国とゲルマニア帝国の話をさせていただきます。
 我が国はゲルマニア帝国に対し、先の戦で被った被害における賠償を要求しますわ。」

会議の冒頭でアンリエッタは、アルブレヒト3世に静かに微笑みかけながらそう言ったのだった。


「ば、賠償ですと!?」

何かをパイ生地で包んだ料理を頬張っていたアルブレヒト三世は、それを軽く噴き出した。


「ええ、謝罪は要りませんわ、感謝の言葉も要りません。
 ただただ賠償を求めますわ。」

そう言いながら、アンリエッタは軽くワインを口に含む。
そして、口だけ微笑みながら、睨みつけて見せたのだった。


「あヒん!?じゃなくて…いやしかし、我が軍と貴軍は…。」

「私の軍を守ると豪語なさったのに、壊滅いたしましたわ。
 むしろ我が軍は貴軍の生き残りを拾うのに犠牲を払う事になりました。
 賠償を要求するには十分な理由では無くて?」

そう、ゲルマニア軍は壊滅しトリステイン軍によって生き残りが救われた事で、ボロボロになりながらも何とか帰ってきている。


「貴軍を救ったのは我が軍…感謝だけではなくて、《ご褒美》を戴かなくては割が合わぬと思いませぬか?」

賠償を御褒美と言い変えつつ、目も微笑んで見せるアンリエッタ。


「…して、御褒美とは?」

アンリエッタの凄味と色気に気圧されつつ、アルブレヒト三世は訊ねる。


東トリステイン(オストラント)の返還を。
 300年前に不幸な行き違いによって貴国の一部となった、あの土地を返して戴きたいのです。」

東トリステインとは、かつては七州連合と名乗りトリステインから独立した国家連合の名残りである。
独立後にゲルマニアの工作によって切り崩され、内乱状態に突入した挙句その大半がゲルマニアになってしまった為、現在残るのは親トリステインのクルデンホルフ大公国とオクセンシェルナ大公国の二国のみである。
特にオクセンシェルナ大公国はもともとトリステイン王家の傍流でもある。
オクセンシェルナ公王家は代々始祖の血を引く王家としてゲルマニア皇帝よりも家格は上であり、かつては七州連合の事実上の君主であった事もある家なのだ。


低地領土(ネーデルラント)を?
 しかし、それは…。」

「どうせあの地は反乱が頻発するせいで、領主が居着かずに皇帝直轄領のままなのでしょう。
 見栄よりも実を取るのが、ゲルマニア人の気風だと思っておりましたが、違いましたの?」
 
確かに東トリステインでは叛乱が頻発しているが、その大半はトリステイン、クルデンホルフ、オクセンシェルナの三国のどれかが仕掛けているものであるのは殆どバレバレであり、アルブレヒト3世も『何を白々しい』といった視線を向けているが、アンリエッタはそれをサラッと無視して微笑んだ。


「しかし、領土の割譲は…。」

言い淀むアルブレヒト三世の元に、アンリエッタは近づいて行き耳元に唇を寄せる。


「…その代わりに、アルビオンを差し上げますわ。」

アンリエッタの甘い吐息がアルブレヒト三世の鼻孔にも侵入し、彼はその香りと感触に身を震わせる。、


「ふヒ…ま、まことか!?」

アルビオンは現在荒廃しているとはいえ、元はトリステインに匹敵する国であり、東トリステインを上回る規模を持つ土地である。
しかも、この場でアルビオン王家の血を受け継ぐ唯一の者であるアンリエッタに、その取り分の大半があるとみられていた。
そのアンリエッタが、アルビオンをくれてやると言うのである。


「…ええ、私はアルビオンを欲しませんわ。
 何なら、証文を書いても宜しくてよ?」

「し、しかし…。」

そう言いながら、アルブレヒト3世はホーキンス将軍らの方をちらちらと見ている。
彼らがアルビオンとトリステインの同君連合を望んでいるのは、明らかだからである。


「…彼らは私が説得いたしますわ。
 閣下は安心してアルビオンを手にすれば宜しいの。」

身も心も蕩かされそうな笑みを浮かべたアンリエッタが耳元で囁き続ける…その香りや美貌によってアルブレヒト3世は目が眩みつつあった。
ちなみにアンリエッタとしては、自らの美貌で騙しているつもりはあまり無かったりする。


「よ…よろしい、我が国は我が国の将兵を助けてくれた大恩あるトリステインに低地領土(ネーデルラント)を割譲する。」

「有り難うございます、感謝いたしますわ。」

アンリエッタはにっこり微笑むと、すっと身を引く。


「おぉ…行ってしまわれるのか?」

「用は済みましたもの。
 安心なさって、約束はお守りいたしますわ。」

名残惜しそうなアルブレヒト三世にくすっと微笑んで、アンリエッタは元の席に戻った。


「つれないのぅ…だがそれがイイ!」

本気でゲルマニアはもう駄目かもしらんね。


「話は済んだかね?
 では、早速アルビオンをどうするか話し合おうではないか。」

ジョゼフが満面の笑みを浮かべてそう言った。


「まず我がガリアはアルビオンのような小島を欲さぬと宣言しておこう。
 我が国は飽く迄も義憤に駆られて出兵したのであって、領土欲しさに出兵したわけではない。」

そう言うジョゼフを見て、アンリエッタは少しがっかりする。
思惑通りとは言え、深読みし過ぎてアルビオンを欲しがるという展開も楽しいかなと思っていたのだ。


「トリステインもアルビオンを欲しませぬ。
 情けない話ですが、我が国の国力で我が国と同等の広さを持つ領域を二つも統治するのは無理ですわ。
 我が国は、統治者としてゲルマニアを推薦いたします。」

既定路線に沿って、アンリエッタは発言する。
実際、国政を立て直す真っ最中である上に東トリステインまで取り込むとなると、アルビオンの復興に回す余力が無い。
放って置くのも良いが、それだとトリステインへのアルビオン人の反感が大きくなるだけで、まるで得をしない。
アルビオンの復興は、余力がある国に任せるのが一番なのだ。


「では、我が国が…。」

と、アルビオンを総取りしようと手を上げたアルブレヒト三世の声を、ロマリアのピッコロミーニ枢機卿が遮った。


「ほっほっほ、我が国はポート・オブ・サウスゴーダの領有を主張いたしますぞ。
 アルビオンに為す術も無く敗れ去ったゲルマニアが全土を主張するのであれば、そのくらいは許されるでしょう?」

そう言って、ほっほっほと笑うピッコロミーニ枢機卿。
総崩れになっただけのゲルマニアがアルビオンを総取りするのは気に入らないらしい…が、今回ロマリアは義勇軍をちょっぴり送っただけなので、せめて港の一つも持って行ってやろうというちょっとした嫌がらせのようだ。


「ぐっ…よろしい、我が国に異論は無い。」

「ほっほっほ、有り難うございます、閣下。
 ポート・オブ・サウスゴーダをアルビオンにおける正しき教えの起点といたしましょう。」

顔を引き攣らせて頷くアルブレヒト3世と、笑顔のピッコロミーニ枢機卿。


「アンリエッタ陛下、申し上げたき事がありまする!」

ホーキンス将軍が顔を真っ赤にしてアンリエッタの前に進み出た。


「何故に、我がアルビオンの権利を主張してくれませなんだか?
 陛下にはアルビオン王家の血が流れているのですぞ!?」

アルビオンの貴族達はクロムウェルのカリスマが無い以上、新たな統合の象徴を求めるしか無かった。
それがゲルマニア皇帝ではあまりに権威不足なのだ、変態だし。


「先程申し上げた筈ですわよ?
 我が国の国力でアルビオン統治は無理ですわ。」

あー来た来た暑苦しいのがとか思いつつ、アンリエッタは困惑したような表情を浮かべて見せた。


「ゲルマニアであればそれが可能だと?」

「東トリステイン統治に回していた人員を回せば、我が国よりは遥かに余裕を持って統治できますわ。」

事実ではある。
事実ではあるが、アルビオン人の代表がこんな感じである以上、統治には滅茶苦茶苦慮するのもまた間違いのない事実である。
つまり、ゲルマニアのアルビオン統治は、短期的にはお先真っ暗だった。


「そもそも、王家を滅ぼした国がその滅ぼした王家に縋るなど、虫が良い話だとは思わないんですの?」

「くっ…それはそうでありますが…。」

ホーキンスは悔しそうに俯く。


「であれば、下がりなさい。
 無理な事を求められても困りますわ。」

「は…。」

アンリエッタの冷たい言葉に、ホーキンスは肩を落として立ち去った。
こうして会議は殆ど揉める事無く終了し、その後は豪奢な食事会が続いたのだった。



その夜の事、アンリエッタの部屋にホーキンスが尋ねてきたのだった。


「矢張りいらっしゃいましたのね、将軍。」

「矢張り…とは?」

門前払いを喰らうかと思っていたホーキンスだったが、アンリエッタの部屋にあっさり通されたので驚いていた。


「私に考え直すようにいらっしゃったのでしょう?」

「その通りではありますが…。」

何故にアンリエッタがニコニコしているのか、さっぱりわからないホーキンスだった。


「私は考えを変えるつもりは無いわよ?」

アンリエッタの口調がガラッと変わる。


「私は、ね…。」

「どういう事でありますか?」

ホーキンスは、アンリエッタの意味深げな言葉に、質問を続ける。


「ホーキンス将軍、貴方は我が国の複雑な事情をご存知かしら?
 …とは言っても、まだ公表していないのだけれども。
 まあ、かけなさい。」

「複雑な事情…でありますか?」

ホーキンスは椅子にかけながら、そう訊ねる。


「ええ、我が国の次の国王はね、私の子供じゃないのよ。」

「子供といいましても、陛下はまだ…。」

「私には確かにまだ子供は居ないし、男性とそういう関係になった事も無いけれども、そう決めたのよ、私が。」

アンリエッタは《え?子供居るの?》ってな感じの表情になったホーキンスに、無い無いと手を振り否定した。


「貴方も見たでしょ?
 我が国には虚無の系統を持つメイジが居るのよ、私の親戚にね。」

そう言いつつ、アンリエッタは唇を湿らせる為にワインを軽く口に含む。


「ああ、はっきりとは見えませなんだが、ピンク色の髪の毛の娘ですな?」

「ええ、虚無の系統を発現させた以上、あの娘の家系が我が国の正統よ。
 私と私の血統は傍流に引っ込むのが筋というものよ…だから。」

そう言って、アンリエッタはにっこりと微笑んだ。


「私の子供が王になりたいというのであれば、アルビオンの王になるしか無いというわけ。
 私はアルビオンの王になるつもりはないし、トリステイン国王がアルビオン国王を名乗る事はないとゲルマニア皇帝に約束したけれども、トリステイン王になれない私の子供がアルビオン王になろうと言うのであれば、それは約束の範囲外だわ。
 ついでに言えば、その頃になればゲルマニアがある程度アルビオンを復興してくれている頃でしょう?
 つまり、貴方達は来たる時まで牙を研いでおけば良いのよ、ゲルマニアに従うフリをしながらね。」

「な、なんと…。」

つまりアンリエッタは、ゲルマニアにアルビオンを渡すつもりも全く無かったわけである。


「待ちなさい、そして適度に従いなさい。
 貴方達の王は、いずれ来るわ。」

「はっ、来るべき王の為に。」

ホーキンスはそう言うと、深々と礼をしたのだった。



[7277] 第四十三話 いいモノ持ってんじゃねえか?なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:ae1b433a
Date: 2011/04/20 21:37
才人は生きています

原作主人公ですから


才人は生きています

それが運命ですから


才人は生きています

彼の隣に私の居場所なんか無いとわかっていても、私は彼と彼の関係者が幸せになってくれるのを望むのみなのです







「この後どうするの?
 デ・ハヴィランドに何時までも留まっているわけには行かないわよ?」

何とか調子を取り戻したルイズが、腕を組みながらそう訊ねてきたのでした。
それにしても、何度聞いても家具・建具職人の熟練の技が光る木製戦闘機しか連想できないのですよ、この《デ・ハヴィランド》って響きは…。


「才人のいる場所ならば、目星はついています。
 カムランというなだらかな丘陵地帯の西にある森、そのまんま『西の森(ウエストウッド)』と言われる森のどこかに居るのは間違いないのです。」

「サイトさんが居る場所の目星は着いているんですね!?
 だったら、早く行かないと!」

何時の間にやらメイドさん。
私達の世話をするだの何だのと理由をつけて、シエスタも私達に着いて来てしまったのですよね。
まあ、アルビオンやタルブで修羅場を潜った仲間の一人ですから、何とかなるとは思いますが。


「ええ、馬車の調達が終わったら、直ちに向かいます。
 まさか、一国の首都で馬車の調達にすら困る事態になるとは思いもよりませんでしたが。」

港湾地帯の破壊が、アルビオン全体の経済活動を完全に麻痺させているのです。
これは気を引き締めないと、街道に盗賊がうようよしているのはほぼ間違いないのですよ。
進路を妨害されて怒ったルイズによって、盗賊が酷い目に遭わされかねないのですよ。


「才人が怪我しているなら、私がしっかり治してあげる…勿論有料だけど。」

才人への借金をそれで返すつもりですね、モンモランシー。


「ま、僕にどーんとまかせたまえ、はっはっは。」

その能天気さに、焦る心が癒されます、ギーシュ。


「ぼ…。」

そしてその他。


「おいィ?心の中でこっそり黙殺とか、僕の怒りが有頂天になりそうなんだが?」

心の声にツッ込むとか何者ですか、マリコルヌ?


「では、行きましょうか?」

才人を見つけにレッツらゴー。



「それにしても、森の中にいるサイトを見つけるアテなんて、あるの?」

シエスタが御者を務める馬車の中、モンモランシーが薬の瓶を整理しながら私に訊ねて来たのでした。
見える薬の瓶のラベルが《記憶を消去する薬》とか、《新しい人生が拓ける薬》とか、何でやたらと物騒なのですか?
借金棒引きの為に、才人を処理する目論見はまだ消えていないのですか、そうですか。
いいのですよ、そんな目論見を未だに持ち続けているというのなら、そんな幻想はこの私がブッ壊します。
…私がブッ壊すまでも無いような気もしますが。


「んっふっふっふ、それに関しては姫様からアルビオンに放ってあった間諜を好きに使っていいとの許可が出ましたから、諜報網を使ってガッチリ調べておいたので抜かりないのです。」

内乱によって経済が完全崩壊しているので、うちの商会のコネが無いのですよね、この国。
姫様に諜報網を貸して貰えなかったら、何で才人の居る場所を知っているのかの説明をつけるのが面倒臭くなる所だったのですよ。


「しかし、サイトに再会したとして…その、どうするのかね?
 彼はもう使い魔じゃあなくなっているんだろう?
 もし召喚の門を開いて、別の使い魔が出てきたら彼の立場が…。」

ギーシュが、ルイズにそう訊ねたのでした。


「ほへ?何でサモン・サーヴァントを使わなきゃいけないの?
 もう一度コントラクト・サーヴァントすれば済む話じゃない。」

「え!?ええと、召喚はしないのかね?」

別に何でもない事かの様に返事をしたルイズに、ギーシュが慌てています。


「いやでも、使い魔召喚の儀式は、召喚しないと…。」

「ギーシュ…貴方は隣の部屋に行くのに、わざわざ馬車を使うの?
 才人を見つけたなら、そのまま契約し直せば済むだけの話でしょ。
 だいたい召喚なら一度やったんだから、もう一度しなくてもいいじゃない。
 召喚する魔法と、契約する魔法は別なんだから。」

おお、そう言えばそうですね。
私も、もう一度召喚し直すのかと思っていたのですよ。


「それはいけないよルイズ、召喚と契約は一つの儀式だ…って、ギギギギギギ。」

「…召喚して、何処の馬の骨かもわからないのが出てきたら、どうすんのよ?」

ルイズ、何故にマリコルヌにベアクローを…。


「ギギギ、顔が、顔が割れる!?」

「不安なのよ、わたし。
 あまり不安になる事を言わないでよ、お願いだから。」

不安そうな顔で言うのは良いのですが、このままだとマリコルヌの顔が柘榴みたいに弾けそうなのですよ。


「ルイズ、マリコルヌを離してあげて下さい。
 大丈夫、大丈夫なのです。」

「う、うん…。」

私はルイズの頭を抱きしめたのでした。


「た…助かった。」

ルイズを抱きしめながら横目でチラ見すると、マリコルヌの広い顔に紅葉のような小さな手の跡が残っています。
…何故にこんなにグラップラーに成長したのでしょうか、謎なのです。


「落ち着きましたか?」

「うん…ふかふか。」

落ち着いたのは良いのですが、何故に私の胸を揉みますか。


「何かを触って落ち着きたいのはわかりますが、胸を揉まないで下さい。」

「だって、落ち着くんだもん。
 ケティの胸やわらかーい。」

ええと…ギーシュとマリコルヌがガン見しているので、勘弁して欲しいのですが。
あと、ちょっと痛いですし。


「すりすりすりすり…。」

「わひゃ!?ちょ、ちょっと、ルイズ、甘え過ぎなのですよ!?」

な、なんだかルイズの目的が変わっているような?


「戯れる美少女達…ふつくしい。」

「眼福、眼福。」

野郎二人の視線が…モンモランシーなら、モンモランシーなら何とか…って…。


「うふふ、仲良き事は美しき哉。」

「モンモランシーまで一緒になって、生温かい目で見ていないで助けて下さい!」

見捨てられたー!?



西の森の入口について、一言。

「衝撃!人跡未踏の大密林に、幻の巨乳エルフを追え!!」

西の森(ウエストウッド)を直前に、ひとことそう言っておかねばいけないでしょう、川○浩探検隊的に言って。


「…何を言っているのかね、ケティは?」

「時々妙な事口走るわよね、この娘は。」

ギーシュやモンモランシーにはわかりませんよね、ええ。
ううっ、才人が居ないとツッコミが…。


「わけわかんない事言っているケティは置いておいて、さっさと行くわよ。」

「はい、意味不明なミス・ロッタは置いて行きましょう!」

ルイズまで相手にしないで、同じく酷い事言ったシエスタを引き連れて森に入って行ったのでした。


「もう邪魔よ、この木!」

バキッという音とともに、メキメキと音を立ててルイズの前にあった大木が倒れ…。


「私の進路を邪魔しないで!」

もう一本…。


「邪魔!」

ええと、ルイズの進路と思しき場所にある木が、次々と倒れて行っているのですが…。


「…貴方は戦車か何かですか、ルイズ?」

思わずそんな言葉が口から漏れる私なのでした。


「ああ…ルイズの前に道は無く、ルイズの後に道は出来るのだね。」

「なんで、あの珍奇な光景をそんなうっとりと詩的に語っているのよ、ギーシュ?」

確かに、何でうっとりしているのですか?


「だって、なんだかとっても漢らしいじゃないか!」

貴方は何を言っているのですか、ギーシュ。
そう言われると確かにそんな感じもしますが。


「いや、どう見ても女の子でしょ、あの娘。
 黙って座っていれば、学院いちの美少女だと思うけど。
 飽く迄も、黙って座っている場合に限るけれどもね。」

モンモランシーの意見には同意ですが、口には出さないのです。


「いや男らしいだろう胸とか。」

相変わらずチャレンジャーなのですね、マリコルヌ。


「エクスプロージョン!」

「ごぶぁ!?」

遠くから聞こえたルイズの声と共にマリコルヌの足元が不意に爆発して、ぽっちゃりした体が天高く舞い上がったのでした。


「そのまま死になさい。」

「女の子の身体特徴を口に出すのは、最低よマリコルヌ。
 そのまま這い蹲って痙攣していなさい。」

私とモンモランシーがマリコルヌに蔑みの視線を送ると…。


「うヒん!?すんません!」

御褒美でしたか…間違えました。


「あー…気を取り直して…それにしてもケティ、あのまま放っておくと何処までも直進して行くわよ、あの娘。」

流石はトリステインいちの直線思考娘と言いますか…。
いやまさか、本当に森に直進で入って行くとは思ってもみませんでしたが。


「僕もそう思う。
 このままだと、ルイズが西の森(ウエストウッド)を真っ二つに割りかねないのだよ。」

確かにギーシュの言う通りなのですよ。


「さあ、ルイズを止めに行きましょうか…西の森(ウエストウッド)が完膚なきまでに破壊される前に。」

私達はルイズが作った《道》に向かって走って行ったのでした。




「ふむ、ここがウエストウッド村ですか。」

え?あっさり見つかり過ぎだろって?
いや、そうは言われてもあっさり見つかってしまったものはしょうがないじゃあありませんか。
ルイズが木を薙ぎ倒しながら直進したら、何故かついてしまったのですから。


「あ、貴方達何者!?」

金髪をポニーテールに纏めたローティーンの女の子が、私達に杖を向けているのです。
木を薙ぎ倒しながら直進してきたら、普通は警戒しますよね、ええ。


「あー…安心して下さい。
 微妙に怪しい者なのです。」

「安心出来ないわよ、それ!?」

ナイスツッコミなのですよ、金髪の少女。


「冗談はさて置き…ここに、サイト・ヒラガがいますね?
 私達は彼の友人で、戦場で行方不明になった彼を探しに来たのです。」

「あんたたち、誰?」

ううむ、最初におちょくったのがまずかったでしょうか?
場を和ませる為のちょっとした冗談だったのですが。


「私はケティ・ド・ラ・ロッタと申します。
 貴方のお名前は?」

「ラ・ロッタって、トリステイン貴族!?」

金髪の少女は、びっくりしたようにこちらを見たのでした。


「おおぅ、どマイナーな当家の名前を知っているとは、なかなかやりますね。」

「私のお父さん、トリステイン空軍の兵士だったから。
 お姉さん、本当にあの蜂のラ・ロッタ領主の一族なの?」

「え、ええ…。」

…謎の大魔境ラ・ロッタですか、そうですか。


「そうなんだー。
 私の名前はニノン・リシェよ、よろしくね蜂のお姉さん。」

「よろしく、ニノン。」

蜂のお姉さんとはまた斬新な呼び名に…。


「で、さっき大木を蹴り倒してたそこのキミは?」

「キミって…私、ケティよりも年上なんだけど?」

流石に初見の年下の娘に怒る事は出来ないのか、ルイズは怒りを抑えつつ返します。


「あ…ごめんなさい。
 てっきり同年代かなって。」

「すまなさそうに謝られると、余計心にグッサリくるわね…。
 まあいいわ、私の名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。」
 
ニノンの正直すぎる感想にちょっと肩を落としながら、ルイズは名乗ったのでした。


「ヴァリエール!?ヴァリエールって、あのヴァリエール?大貴族の!?
 しかもルイズって、貴方がサイトのご主人様!?」

「持ち上げすぎだけど、たぶんそのヴァリエール。
 そして確かに私がサイトのご主人様よ、サイト居るんでしょ?」

驚くニノンに、ルイズはそう訊ねます。
でもニノンは、持ち上げているつもりは全く無い筈なのです。


「あー…サイト?
 サイトなら、木が村に向かって次々と倒れて行くのを見て『あの直進ぷりはルイズだーッ!?』とか言って逃げてったわよ?
 何か、ルーン失ったのがバレたら、あわせる顔が無いとかで…。」

「あんのバカ犬は…わたしの居ない場所でも、いちいち失礼な奴ね。
 …でも、生きていてよかった。」

さすがは才人、あの怪獣みたいな前進の仕方を見て、一発でルイズの仕業だと看破しましたか。


「それにしても、やっぱりルーンを失っていたのね。
 ケティの言う通りだったわ。」

ぬぅ…私の場合は話の大方の流れを覚えているという、単なるチートなのですが。
そんなに褒められると心苦しくなってしまいます。


「僕の名前はギーシュ・ド・グラモン。
 ニノンとは、可憐な君にぴったりの…ごはぁ!?」

ニノンの手を取って挨拶しているギーシュの後頭部を、モンモランシーが蹴り飛ばしたのでした…パンツ見えてるパンツ見えてる。


「こいつは女の子と見ると条件反射的に口説くから、相手にしなくていいわ。
 私の名はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、よろしくね。」

「うわ、うわ、グラモンにモンモランシって、名門ばっかりじゃない。
 サイトって、意外と凄い人?」

いや、普通に変な人なのですよ。


「ぼ、僕は…。」

「マリコルヌ・ド・グランドプレ、流しの変態なのです。」

「うがー!人の台詞を勝手に取った上に、変態とかいうなぁ!
 つーか、流しの変態って何だよ!僕はドサ回りする変態なのか!?
 はぁ…はぁ…何だか、屈辱で気持ちよくなってきたよ…。」

変態ではありませんか。


「うわぁ…。」

ニノンもドン引きなのです。


「変態は置いておいて…才人が何処に逃げたか、心当たりは?」

「んー…まあ、テファお姉ちゃんが追いかけていったから、待っていれば帰ってくると思うよ?」

ティファニアですか…革命的巨乳エルフがついに現れるのですね…うふ、うふふふふふふふふ。


「わたし、探しに行くわ。」

ルイズが適当な方向に向かってずんずん進んでいきます。


「え!?待っていた方が良いと思うのですが?」

「才人を探しに行ったの女の子なんでしょ?
 あいつの事だから、コケて偶然胸触るとかパンツ脱がせるとか、想像出来過ぎるのよ。」

才人がそんな事…滅茶苦茶ありますね。
私自身にも心当たりが有り過ぎて困るのです。


「ああもう…まどろっこしい。
 我が名はルイズ、五つの力を司るペンタゴン。
 我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」

いきなりルイズはサモン・サーヴァントの呪文を唱え始めたのです。


「サモン・サーヴァント!」

唱え終わったと同時にルイズは…ゲートの中に手を突っ込んだ!?


「いた…フィィィィッュ!」

「おわああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

ええと…ルイズがゲートの中から才人を引きずり出したのでした。


「な…なんという出鱈目。」

召喚の門って、こっちから手を突っ込む事が出来たのですね、初めて知りました…。


「ひぅ!?何?何が起こったの?」

ついでにゆったりとした服を着た金髪の娘も引き摺り出されたようなのですが…耳が尖がっているのを見るに、あの娘がティファニアのようなのです。


「おわ、何でルイズが!?」

「逃げるから喚んだのよ!」

さっきまで才人が喚べるか自信無かったくせに…頭に血が上って、その事を完全に忘却しましたねルイズ?


「俺を喚んだって、俺はもうガンダールヴじゃねえぞ!?」

「うっさい、こっち向く!
 我が名はルイズ、五つの力を司るペンタゴン。
 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ!」

才人に抗弁の暇を与える事無く、ルイズは一気に才人の唇をうば…わかっちゃいますが何で目を逸らしますか、私は。


「あだだだだだだだっ!
 またか、二度目でも痛いのかよ!
 これ、なんか痛みを少なくする方法はねーのか!?」

才人は崩れ落ちると、のた打ち回って使い魔契約時に発生する痛みに耐えているようなのです。


「無い無い、使い魔の契約ってのは痛いもんなんだ。
 我慢しろ相棒。」

「いだだだだだ!理不尽だなオイ!
 …ふぃー…やっと終わったか、下手糞なタイ式マッサージ受けたような気分だぜ。」

やっとルーンが刻まれ終えたのか、才人は全身の力を抜いてぐったりと地面に横たわったのでした。
それにしても才人、タイ式マッサージしてもらった事があるのですか…?


「サイト…大丈夫?」

のた打ち回る才人を見て正気に戻ったのか、ルイズは少し青い顔になって才人を見ています。


「ルイズお前な、使い魔の契約やり直すんならそう言えよ、俺にも心の準備ってもんがあってだな…。
 でもまあ、大丈夫…お、すげー、ガンダールヴのルーンもきちんと刻まれてら。
 これなら逃げる必要なかったなぁ…。」

倒れたまま左手の甲を見て、才人が満足そうに頷いているのです。


「ひぅ…さ、サイト、この人達は?」

おずおずと才人に近づいていったティファニアが、私達を見ながら訊ねたのでした。


「ああ、ごめんテファ。
 こいつが俺のご主人様で、ルイズ。」

「ご主人様をこいつ呼ばわりするたぁ、どういう了見よ…って、貴方エルフ!?」

ティファニアをしげしげと見つめたルイズが、びっくりして目を剥いたのでした。


「え、エルフだってぇ!?」

「ちょ、本当にエルフ!?」

ギーシュとモンモランシーが仰け反ってびっくりしているのです…まあ、当たり前の反応ではあるのですが…。


「ひぅ!?」

ティファニアにはいやな事を思い出させる反応だったらしく、びくびくと怯え始めたのでした。


「あー…、ルイズ、ギーシュ様、モンモランシー、あと声も出せないマリコルヌ、友人の恩人に対して警戒するのは無礼ですよ?
 私はケティ・ド・ラ・ロッタと申します。
 このたびは我々の友人であるサイト・ヒラガを助けて頂き、本当に有り難うございました。
 貴方の御名前は?」

私は自分のとぼけ面を精一杯活用して、友好的に挨拶したのでした。
ここでティファニアをびっくりさせて、記憶を消去されたりしたら全てがおじゃんですからね。


「あ…貴方は怯えないんですか?」

「怯えている人に怯える趣味は無いのです。
 それで、貴方のお名前、教えて頂けますか?」

まあ実際この状況を知らなくても、ティファニアが怯えているのは、よく見ればわかりますしね。


「あ、はい、ティファニアです。」

ふう、矢張りこの娘がティファニアですか。
胸元を見ると、ゆったりしたデザインの服を着ているのであまり目立ちませんが、あの膨らんでいる部分が胸だとすると…矢張り物凄くでかいのですよ。


「ティファニア殿ですか。
 この森にいらっしゃるという事は、貴方が王弟モード大公のご息女ですね?」

「え!?な、何でその事を…?」

ティファニアが慌てて私を見ています。


「この娘、エルフだろう?
 なんでモード大公の娘なのかね?」

ギーシュが不思議そうに訊ねてきたのでした。


「モード大公は、エルフの女性と事実婚状態にあったのですよ。
 その間に生まれたのがこの御方、ティファニア殿なのです。
 この西の森に隠れているという不確定情報までは知っていましたが、まさか才人の命の恩人になっているとまでは思いもよりませんでした。」

「なるほどね、あの何年か前に何故かよくわからないけど討伐されたモード大公の娘…って事は、姫様の従姉妹!?」

ルイズが驚いていますが、そういう事なのです。


「ええ、流石にエルフとの混血では、王族として表に出ることは適わないでしょうが。」

ティファニアには気の毒な話ですが、たとえこの後エルフと和解したとしても、6000年もの間続いた確執が数年で簡単に解消できる筈が無いのです。
一時的に解消したかのように見えても、それは後々の火種にしかならないでしょう。
ですからたとえティファニアが虚無の系統であったとしても、エルフの容姿を持つ彼女がアルビオンの王になる事は、余程の事でも無い限りは避けた方が良いのです。
そうしないと、ティファニア自身が不幸になってしまいます…。


「ついでに言うとだ、そのエルフの娘っ子な、虚無だ。」

『ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?』

私と才人と当人のティファニア以外の全員が、驚愕の絶叫。
こちらの常識に於いてエルフなのに虚無っていうのは、空を飛ぶのが得意なモグラみたいなものですからね。
ぶっちゃけ有り得ない存在なのです。


「…って、ケティはびっくりしないの?」

モンモランシーーが、驚愕で目を泳がせながら私に訊ねて来ます。
…迂闊、知っていたので驚き損ねてしまったのですよ。


「いや、びっくりしているのですが、脳味噌があまりの衝撃について行かないと言いますか…その、本当なのですか、デルフリンガー?」

「ああ、間違いなくこの嬢ちゃんは虚無だ。」

「はう、あう。」

私達の驚愕の視線を受けて、ティファニアはひたすらうろたえています。


「落ち着いてくださいティファニア殿。」

「あ…はい、あと、テファで良いです。」

有り難い、何時舌を噛むかとひやひやしていたのですよ。


「ではテファ、貴方は虚無の遣い手なのですか?」
 
「ええっと、確かにデルフリンガーにそう言われたけれども、そうなのかしら?」

ティファニア自身にはあまり自覚が無いようなのです。


「だいいち、私は記憶消去っていう魔法しか使えないのよ?」

「ふむ…それは何処で覚えたのですか?」

周囲の人にもわかるように話してもらうなら、1つずつ聞いていったほうが良いでしょう。


「テファの話によると、テファの家にあったものから覚えたらしいんだけど、それが水のルビーと始祖の祈祷書みたいな関係だったらしいんだよ。
 だよな、テファ?」

をう?今日は才人にインテル入ってる?


「う…うん、指輪をはめて箱を開くと、私にしか聞く事が出来ない音楽とルーンが聞こえてくるオルゴールがあったの。
 私の母が王軍に殺されてね、私も見つかって殺されそうになった時に思わずそのルーンを唱えたら、唱えたら…ぜ、全員床に倒れて、変な呻き声しか出さなくなってしまったの。
 私、記憶消去の魔法で、追っ手の人達の記憶を何もかも根こそぎ消してしまったのよ…。」

「なんと…。」

自分に関する記憶どころか、勢い余って追っ手の脳を初期化してしまったのですか。
魔法をかけられた相手は、生きてはいますが文字通り生きているだけ。
手加減無しでかけると、とんでもない魔法なのですね、記憶消去…。


「だから、怖くて、恐ろしくて、本当は二度と使いたくなかったの。
 でも、私を見る人は私の姉みたいな人と彼女がここに連れて来た子供を除いて皆、顔を強張らせて私を殺そうとするのよ。
 だから、何度も使って、そのうち手加減の仕方も覚えて、私とこの村に関する記憶だけを消すとか、そういう事も出来るようになったわ。
 でも、手加減出来るようになるまで、私は結果として何人かの人を死なせてしまったの…。」

そう語るテファの目から、ポロポロと涙が零れ落ちます。


「…もっと早く力をうまく使えるようになっていれば、死なせずに済んだのに。」

ティファニアは、誰かを傷つけるのとかにはとことん向いていない性格っぽいですしね。
そんな彼女が身を守る為とは言え、襲ってきた相手の記憶を初期化して衰弱死させるなどというのは、とても辛い事だったでしょう。


「ティファニア、貴方は貴方自身の身を守るという、生き物として必要最低限度の自衛を行ったに過ぎません。
 それは責められる類のものではありませんし、それによって自分を責める事も無いのです。」

相手が集団で殺す気でかかってきて、ティファニア自身は逃げようが無かったのでしょうから、正当防衛なのですよ。


「それは、俺も似たような事を言ったんだけどな…テファ的には納得出来ないらしい。」

日本人の才人よりも、ハルケギニア人であるティファニアの方が殺人に対する抵抗がありますか…。
男と女の違い?それとも持って生まれた資質の違いでしょうか?


「不名誉は名誉で雪ぐものです。
 自責の念があるのであれば、これからの行動で示せば良いと思いますよ、私は。」

「……………。」

私の言葉が、ティファニアの心に届けばいいのですが…。



「はぁ…月を見ていると和みますねー。」

感動の再会も終わり、夜も更けたのですが、あまりにもあっさり見つかったせいか、さっぱり疲れていないのですよ。
才人とルイズは兎に角、ギーシュとモンモランシーは今頃ちゅっちゅいちゃいちゃくんずほぐれつですか…リア充爆発しろ、なのです。

「あら、ミス・ロッタ?」

村の広場でボケーっと月を見ていた私に、シエスタが声をかけて来たのでした。


「おや、シエスタ。
 才人の所には行かないのですか?」

「まあ、あの二人がせっかく再開できたことですし。
 サイトさんに本格的に甘えるのは、明日からにしますわ。」

流石は先祖が日本人…空気読みますねシエスタ。


「良いのですか?
 こうしている間にも才人とルイズが再開した勢いそのままに結ばれたりしたら…。」

私はシエスタを取り敢えず煽ってみたのですが…。


「フッ…あのサイトさんがミス・ヴァリエールに手を出せると思います?」

シエスタは全く心配していないといった風に、鼻で笑って見せたのでした。


「…まあ確かに、欠片も心配する必要はありませんね。」

お前は不能かってくらい、才人は自分からは女の子に手を出しませんからね。
…多分、召喚直後の頃にルイズに手を出そうとして、かなり酷い目にあわされたのが原因だとは思いますが。
首輪に鎖に『ワン』以外は言ってはいけない…ですからね、あれは相当酷いトラウマになったでしょう。
あの事件以来、ルイズは生徒の間でこっそりと『ドS』だと言われており、才人みたいに鎖に繋いで欲しいだとか、踏んづけて欲しいだとか、罵って欲しいだとか、そういう願望を持つ人々によって『ルイズ様に鎖に繋がれて細い御足で蹴られて踏んづけられて罵られたい会』なるものが密かに結成されているのだとか。
確かにルイズは確かに黙って座っていれば比類なき美少女ですが…ド変態の巣窟ですか、うちの学院は。


「それにしても、女二人で月見とか…寂しいですねー。」

「いや、私は月を見ていると、とても和むのですが。」

和んでいる最中に寂しいですねーとか、言われても…。
さすがは殆どハルケギニア人、中途半端に空気読めないのですね。


「サイトさん、貧乳が好きなんでしょうか?」

「それはたぶん無いと思うのですが…。
 ただ、才人にとって何処からが好みの大きさなのかは、はっきりとしないのです。」

才人の場合、大きいのも小さいのも全部好きとか言い出しそうなのが怖いです。


「ティファニアさん…でしたっけ?
 大きかったですねえ…。」

「ゆったりした服を着ても、アレだけ大きいと無駄なのですね。
 あの華奢な体にあの胸は、どう考えても反則でしょう。」

『何その巨大ロケットおっぱい、シリコンでも入れたの?』とか、小一時間問いつめたくなるくらい大きいですからねぇ。


「私もあのくらいにならないかなぁ…。」

十分あると思うのですがね、シエスタは…。


「肉体はだいたい18歳あたりで成長の限界点を迎えるのです。
 シエスタは17歳ですし、もう無理でしょう。
 私はあともう少しなら伸び代がありますが。」

そう、私はまだ肉体年齢15歳ですから、あと3年くらいは伸び代がある筈なのです。
これ以上でかくなっても後で矢鱈と垂れるだけなのですが、『若さって何だ?』問われれば『振り向かない事さ!』と答えるのが鉄則ですし、どうせ自分でコントロールできる事ではありませんからこの際でかくなるならなりやがれって感じではあるのですが。


「ムキー!今、何気に勝ち誇りましたね!?
 若さを、若さを勝ち誇りましたね?
 18歳が限界だと言うなら、あと1年でもっともっとばいんばいんになるのみです!」

「何もせずに、自然の営みに任せるのみなのです。」

努力で何とかなるなら、努力と根性の塊なルイズがとっくに何とかしているのですよ。


「ムキー!自分には成長の余地があるからって、なんて余裕!
 これが持たざる者の妬みなんですね、ミス・ヴァリエールの気持ちが何だか分かったような気がします。」

「いや、サイズだけなら貴方の方が大きい筈ですが…。」

私だって、これから88サント(アハトアハト)まで成長するのは至難の業でしょう。


「ミス・ロッタは私より背が低いから、バランス的には私と一緒です!」

チビ言うなー、微妙に気にしているのですから。


「貴方より、たかだか7サント低いだけではありませんか。」

「十分低いじゃありませんか。
 戦わなきゃ、現実と。」

認めたくないものです、シビアな現実は。


「あ痛っ!?」

「どうしました…おや、アルヴィー?」

不意に、シエスタが足を抑えて飛び上がったのでした。
足元には、針を細工して作ったと思しき剣を持った人形が。
アルヴィーという、魔法人形…ジョゼフ王のお凸が光る使い魔(ミョズニトニルン)の差し金ですね。
こっそり始祖の祈祷書を奪いに来ましたか。


「ふふふ…おいたをした人形には、御仕置きをしませんとね。」

取り敢えず踏み潰しておきましょう…というわけで、踏んづけてグリッと踏み躙ったのでした。


「きゃあ!?
 ミス・ロッタ、何でいきなり人形を踏み躙っているんですか!?」

「いや、人様に迷惑をかけるような魔法人形は成敗しておかないと。
 ファイヤーボール。」

踏み潰しても壊れないので、小さく集束させたファイヤーボールで蒸発して貰ったのでした。
ふふふ、私は私より弱い相手には強いのですよ!当たり前ですが。


「ふぅ…悪は滅びたのです。」

「結構可愛いお人形だったのに…。」

複製シエスタを作られても大して怖くありませんが、破壊しておいて悪い事はありませんしね。
…いやしかし、デコが光る使い魔(ミョズニトニルン)が来ていますか。
シエスタの複製には失敗しましたが、他の誰かの複製には成功しているかもしれません。
私を狙っているわけでは無く、目的は始祖の祈祷書をこっそり奪う事にあるのでしょうが、身内に少し甘い私にも有効な策でもあります…厄介な。


「いや、ぷすっとやられたのですから、ちょっとは怒って下さいシエスタ。」

「でも、可愛かったですよ?」

確かにちょっと可愛かったのは事実ですが、針でプスッと刺してくる人形なんか御免被ります。
いやまあ、ナイフでブスッと刺してくる殺人鬼の魂が入った人形よりは、遥かにましかも知れませんが。


「でも、何でこんな所に魔法人形が?」

「さあ?御主人様から密命を受けて何かを探しに来たとか?」

そう言いながら周囲を警戒してみますが、この段階では大っぴらに攻撃してきませんか…誰かの血の採取に成功しましたか?
ルイズとかだったらわけがわからなくなって面白そうですが、まあそれは無いでしょう。


「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

ルイズ達が泊まっている家から、とっても珍しいルイズの絹を裂くような悲鳴が聞こえてきたのでした。


「な、何が起きたというのですか!?」

「行きましょう!」

私とシエスタは、ルイズたちの居る家めがけて全力で駆け出したのでした。
ルイズに悲鳴を上げさせるとか、一体何事が!



[7277] 第四十四話 砲兵は戦場の神なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:ae1b433a
Date: 2010/10/11 15:56
虚無の使い魔

それは虚無の使い手を守る盾


虚無の使い魔

それは虚無とともにある伝説


虚無の使い魔

とは言えど、中身は普通の人なのです







「いやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

ルイズの悲鳴を聞いて駆けつけた私達が見たものとは?

「やあ僕の清楚な蝶ケティ、何か用かい?


「…ふむ、確かに小さいですね。」

素っ裸のギーシュが薔薇咥えて、才人とルイズが寝ているベッドの前に立っているのでした。
かわいい象さんが丸見え…15歳の乙女にそんな粗末なもの見せるんじゃねぇ、なのですよ。


「ななななな何で冷静に見てんのよっ!?
 てかギーシュ!なんで裸なのよ!」

ルイズのツッ込みが入りますが…。
…そりゃまあ、素っ裸のギーシュが薔薇咥えてポーズとっていたら、混乱を通り越して却って冷静になるというものなのです。


「やあ何なんだい皆、僕はルイズに始祖の祈祷書を見せて貰いに来ただけだと言うのに。」

アルヴィーですね、燃やしましょう。
あのアルヴィー、血を採取した本人だけではなく、その時に着ている服装まで再現出来るのですが…よりにもよって、裸で夜のレスリングの真っ最中なギーシュから血を採取したのですね。
中途半端に自律式なのが、裏目に出ましたか…ふう。


「何処の世界にマッパで本借りに来る人がいると言うのですか…ファイヤーボール。」

「ぎゃああああああああぁぁっ!?」

アホらし過ぎて、躊躇する気持ちが一切浮かばないのですよ。


「ちょ、何でギーシュを躊躇無く燃やすのよ!ギーシュはサイトじゃないのよ!?」

「そうだぞ、俺じゃねーんだから、死んじまうって!?
 …って、あれ?俺なんだか酷い事言われてね?」

たぶん、結構酷い事を言われているのです。


「大丈夫、偽物なのですよ…ほら。」

燃えたギーシュが居た場所には、黒焦げになった人形が一体。


「あら…人形?」

ルイズは、その黒焦げになった人形を摘み上げたのでした。


「ええ、変身するガーゴイル…アルヴィーの変わり種でスキルニルとかいう奴なのですよ。
 血を採取して、その採取した人間と同じ姿に変身します。」

「ああ、それでさっき踏み躙った挙句、蒸発させたんですね?」

「ええ…。」

シエスタの言う通りなのですが、客観的にそう言われると私が酷い事をしているように聞こえますね。


「こんばんわルイズ、本を貸して欲しいんだけれども…。」

「また裸…。」

ドアを開けて入ってきたのは、モンモランシーなのでした…当然マッパの。


「すげえ、ぺったん子だ…。」

才人?眼を皿のようにして何を見ていやがりますかー?
あと、ぺったん子とか、可哀想な事を言わないであげてください…自分の事を棚上げして何ですが。


「あんたは見ちゃダメ!」

「ごふぁ…。」

ルイズのひじ打ちが才人の鳩尾に決まり、才人は力無く崩れ落ちたのでした。


「それよりもモンモランシー、何故裸なのですか?」

「え?服なら着ているわよ?」

やれやれ…いったい何時の間に莫迦には見えない服が開発されたというのですか?
スキルニルでは技能は兎に角、人格の再現に於いてはこの程度の自律が限界という事ですか…。


「まあ兎に角、貴方は人形に戻りなさい。」

そう言うと、ルイズは拳に青い光を纏わせ始めたのでした。


「ディスペル!」

ただし魔法は拳から出る…ではなくて、何度も言うようですが杖は何処ー!?


「きゃぁっ!?」

ルイズの拳から放たれたディスペルの魔法を浴びて、偽モンモランシーは人形に戻ったのでした。


「これもやっぱりスキルニルだったのね…こんなド田舎来て、何やってんのよあの二人は。」

都市だろうが田舎だろうが学院寮だろうが、若い二人の情熱は誰にも止められない…。
…まあ、御蔭で区別し易かったですし、ついでに言うと手加減する気も無くなりましたし、結果オーライなのです。


「ど、どうしたのかね!?」

「何があったの?」

慌てて入ってきたのは、間違い無く本物のギーシュとモンモランシーですね。
顔赤いですし、薄らと汗かいていますし、何より服が乱れているのです。


「頑張れよ、二人とも!」

才人は二人の肩をポンポンと叩くと、爽やかに笑って見せたのでした。


「い、一体何だね?」

「なんで私と目を合わさないのよ?」

流石に裸見た女の子と顔を合わすのは気まずいのですね、わかります。


「いや、頑張ってんなーと思ってさ。」

「だから、何がだね!?」

ギーシュは、わけがわからずに首を傾げているのです。


「そうよ…あっ…。」

モンモランシーは気付きましたね…才人の言っている事の意味に。


「わけがわからないよ、ねえモンモランシー?」

「私は分かったわ、わかっちゃったわ…ねえギーシュこれ以上の追及はやめましょ?」

顔を真っ赤にして、モンモランシーはギーシュにそう言ったのでした。


「わかったよ、モンモランシー。
 君がそう言うなら、僕が聞く事は何もないさ。」

それで良いのですか、ギーシュ…。


「…さてと、実力行使に出たという事は、こんな所に固まっていては危ないですね。」

ふざけている間に時間切れっぽいですが。


「…どうしたの?」

真面目な表情になったルイズが、私に聞いてきます。


「敵です。
 …しかもいっぱい。」

外を見ると、人影がいっぱい…魔法は真似できないので全員メイジ殺しか何かを複製したスキルニルなんでしょうが、それにしても用意しましたねー。


「人形かよ、斬るのアレ?」

「贅沢言うなよ、斬れるだけましと思え。」

愚痴るデルフリンガーを、才人が鞘から抜き放ったのでした。


「だって人形だぜ?
 切っても血がドバーっとか出ないんだぜ?」

「黙れ妖刀。」

相変わらず物騒ですね、デルフリンガー。


「おっし、この前の丘では不覚を取ったから、今回は頑張るわよ!」

指を鳴らすと、太くなりますよルイズ?


「あんまし無茶すんなよ?
 お前が死んだら、俺は敵のど真ん中で普通の人に戻っちまうんだからな。」

才人はルイズの頭をぽふぽふと撫でているのです。

「ちょ、御主人様の頭を気軽に撫でないで!」

文句を言いつつも、ルイズは才人の手を払いのけたりはしません…実は結構気に入っていますね、それ。


「僕のワルキューレを駆使すれば、盾になるくらい御茶の子さいさいだと言っておこう。
 敢えて言うが、攻撃力には期待しないでくれたまえ!
 ただし、守るべきものは絶対に守って見せると始祖に誓おう!」

窓枠に嵌まっていたガラスを窓枠ごと分厚い青銅の塊に錬金しながら、ギーシュは堂々と言ったのでした。


「…私も同じくというか、水メイジに攻撃力を期待しないでね?
 その代わり、今回に限ってはただで治療してあげる。」

そう言って、モンモランシーはマントをバサッと広げて見せたのでした。
勿論マントの裏には薬瓶がぎっしり…例のモンモランシ家の軍装ですか。


「怪我人には水のモンモランシの真髄を見せたげるから、遠慮なく戦って来なさい!」

モンモランシーは不敵な笑みを浮かべます。
やっぱり、ヒーラーが居ると居ないとでは、安心感が大違いなのですよ。


「…そんなわけで、ケティには攻撃を任せるよ。」

「…頑張ってね、普通のメイジの星。
 とはいっても、才人やルイズの残飯処理になるとは思うけれども。」

二人はそう言いながら、私の肩をポンと叩いたのでした。
『普通のメイジの星』ですか、トライアングルだって普通の系統メイジに於いては結構強い方なのですが…。


「…はぁ、あの二人は規格外ですからね。
 まあ、対集団戦なら火メイジの十八番なのです。
 集団相手に戦う時に限っては火の系統が最適なのだという事を、外の方々に教育して差し上げましょう。」

『強さ』というものは、戦場の状況によってかなり左右されます…才人とルイズみたいに反則級だと、その地形効果をある程度無効化してしまいますが。
私みたいな火メイジは基本的に砲兵タイプ(アーティラリー)、きちんと守られて後衛から攻撃できる状況にあってこそ、その真価を発揮できるのです。
ですから、才人達が前衛を務め、私達三人が後衛を務めるという状況は私にとってベストと言えます。


「そんなわけで、才人とルイズは出入り口に居るのをある程度掃討して場を確保してください。
 一発でかいのを食らわしますので、それが済み次第ティファニアと子供達が居る家の安全を確保するために移動します。」

「つまり私達は殴りながら進めば良いのね?」

ルイズ、なんでそんなに目がキラキラしているのですか?


「そうなのですが…才人、ルイズをよろしく。
 敵の狙いはルイズの持っている『始祖の祈祷書』ですから、ルイズが突出し過ぎないように注意してあげてください。」

「おう、お守りは任された。」
 
才人はルイズの頭をぽふぽふ撫でながら、苦笑いを浮かべつつ頷いたのでした。


「ごろごろごろ…お守りって何よ?」

才人に長時間頭をぽふぽふされて気持ちよくなってきたのか、目を細めて喉を鳴らしつつルイズは不思議そうに首を傾げます…猫?


「お前、方向転換しないと、何処までもまっすぐ行っちゃうだろ?
 俺はお前の舵の役を仰せ付かったというわけ。」

「そんな事は…あるけど、うん、サイト任せたわ…ごろごろ。」

ルイズは才人に頭をスリスリし始めたのでした…なんだか再開して以来、ルイズの甘えっぷりがレベルアップしたような?
つーか、ルイズあやすの上手いですね才人、何時の間にムツゴ○ウさん並みのあやしテクニックを…?


「それでは、彼らがドアや窓を突き破って入ってくる前に…行きます!」

『応!』

まずはルイズがドアに向かって駆け出したのでした。


「行くわよ!どっかーん!」

ルイズの蹴りはドアを突き破って、ドアの前に居た数人ごと吹き飛ばしたのです。


「あんた達にひとこと言っておくわ、近づいて来たらぶっ飛ばすわよ!」

ぶっ飛ばした後にルイズは敵を指差して、そう宣言したのでした。


「近づいて来なかったら、近づいて行ってぶっ飛ばすんだろ?」

続いてドアから出て行った才人が、ルイズにそう話しかけます。


「大当たり!」

「大当たりなのかよ…敵とは言え、理不尽な奴を相手にするとは不幸な。」

才人はツッコミ愚痴りつつ、斬りかかって来た数人を無造作に切り捨てます。


「言っておくが、俺はツッコミだけが得意なわけじゃねえぞ!」

「ボケも得意だぞ、相棒は!」

「そういう意味じゃねえ!」

デルフリンガーのボケにツッコミつつ、更に数人を切り捨てる才人なのでした。


「取り敢えず、何処の誰だか知らんが責任者出て来い!」

才人がそう叫ぶと…。


『フフフ、始めまして、みなさ…。』

「ファイヤーボム。」

数人の黒ローブの女性が纏まって現れたので、問答無用でスキルニル@メイジ殺し集団に撃ち込むつもりで唱えていたファイヤーボムを撃ち込んでみたり。


『ひゃあああああぁぁぁぁっ!?』

爆風と閃光が響き渡り、数人の黒ローブの女性が纏めて吹っ飛んで倒れたのでした。


「ケティの前に、もったいぶって出てくるから…。」

「ケティって、そういうお約束と空気無視するからな。
 つーか数人用意していても、纏まって出てきたら意味無いだろ。」

攻撃してくる敵を撃退しつつ、轢かれた蛙のような格好で地面に倒れる黒ローブの集団を見ながら、ルイズと才人がしみじみと呟いているのです。


『ふ、ふふふ…こんな事もあろうかと、数は用意してお…。』

「ファイヤーボム。」

人形に戻っていった黒ローブ集団の後ろから、更に黒ローブ集団が現れたので、もういっちょファイヤーボム。


『うひゃああああああぁぁぁぁっ!?』

黒ローブ集団は、またしてもゴミのように吹き飛んだのでした。


『話させなさいよっ!?』

「ファイヤーボム。」

更に出てきたので、更にもういっちょファイヤーボム。


『またああああぁぁぁぁぁぁっ!?』

だからこの空間で火メイジ相手に数を頼りにすると酷い目に遭うと、何度言えば…。


「そ~れファイヤーボム。」

『こっちにも来たー!?』

予定通りにスキルニル@メイジ殺し集団にも撃ち込みます。


『始祖の祈祷書を渡しなさい!』

「嫌ですファイヤーボム。」

『渡しなさいってばああああああぁぁぁぁっ!?』

性懲りも無く現れる黒ローブ集団にも一発放ち、またしても黒ローブ集団は吹き飛びます。

「流石はトリステイン魔法学院の断罪の業火…ゴクリ。」

ゴクリじゃないのですよ、ギーシュ。


「…なんだか可哀想になってきたから、そろそろ話させてあげたら?」

モンモランシーも、ちょっと呆れた表情で私を見ているのです。


「ふむ…良いでしょう、話してください。
 話だけなら聞き流してあげます。」

ちなみに聞く気は全然無いのです。


『聞き流さないで!?』

そんなふざけたやり取りの間にも、黒ローブ集団が後から後からぞろぞろと出現中…レミングか何かですか、こいつらは。


『始めまして皆さん、そしてミス・ヴァリエール。
 偉大なる虚無の使い手?さん。』

何故に虚無の使い手が疑問系なのですか…。


「話が長い…そろそろ吹き飛ばしてもいいですか?」

『挨拶しかしていないじゃない!?
 もうちょっと話させてよっ!?』

おおう、集団からツッコミが入るというのもなかなか無いのですね。


「ああ、わたし知らない人と話すの苦手だから、話すならケティに。」

しかもルイズは自分に振られた話を私に受け流したのでした。


『ええっ!?いや、虚無の祈祷書を持っている使い手って、貴方でしょう?
 しかも何で聞き流すって宣言した娘に振るのよ?』

色々と予想外だったのか、黒ローブ集団はちょっとあたふたしているのです。


「わたしと語り合いたいなら拳でって事になるけれども、それで良いなら。」

肉体言語オンリーですか、ルイズ…。


『…ケティ殿でいいわ。』

集団で一斉にガックリ肩を落とすというのも、なかなか見ない光景なのです。


『私は《神の頭脳》ミョズニトニルン。
 ミス・ヴァリエールの使い魔《神の左手》ガンダールヴと同じく、虚無の使い魔よ。」

ミョズニトニルン集団はそう言うと、一斉にローブのフードを取り払い額をさらして見せたのでした。
その額には、古代語で書かれた光るルーンが…。


「ブフーッ!?な、何て可哀想な所にルーンが…っ!?」

「デコが光って…デコがひか…ってっ!!」

箸が転げても可笑しい年頃のルイズとモンモランシーが思い切り噴き出したのでした。


「…プッ、こ…これは、これ…は、酷いさらし者なのですね。」

視覚的インパクトが酷いのですよ、私も冷静さを維持するのが困難になったのです。


「くっ…俺も似たようなもんだから、ブフッ、笑っちゃいけねえのはわかるが、うくくっ、あの位置はねえよ。」

才人も必死に笑いを噛み殺しているのです。


「れ、レディを笑うわけには、僕の矜持にかけて、笑うわけには…プフッ。」

ギーシュも我慢の限界を迎えつつあるのです。


「戦場の空気と見た者の腹筋を破壊するとは…なんて恐ろしいルーン。」

『このルーンはそんな意味で恐ろしいんじゃないわよっ!?
 つーか、私だってこんな変な所にルーン刻まれたくなかったわよ!?
 あんたは良いわよガンダールヴ!左手にルーンなんて、何か格好良いじゃない!
 何で額なのよ、いくら神の頭脳だからって、額は無いじゃない!?
 額がピカ~ッと光ったら、どう考えたって面白人間でしょ!
 あの方だって、私が魔道具使うと噴き出すのよ、どうしてくれるのよ!?
 何考えてんのよ始祖ブリミルとやらは、うがーっ!』

集団で一斉に額を指して涙目で訴えるという光景も、なかなか見られないのです。


「助けに来たぞ皆、僕が来たからにはもう安心って…ブフーッ!?何あれ!?
 あっはっはっはっは!何あの芸人殺し!?そこに立っているだけで面白いんですけど!
 うひゃひゃひゃひゃ!僕のアイデンティティを脅かしに来たの?ねえそうなの!?」

フライで空からやってきたマリコルヌが、いきなり腹を抱えて転げ始めたのでした。


「…おお、すっかり存在そのものを忘れて去っていました。」

「忘れ去るなよ、僕の時代はまだまだこれからだ!
 こんな芸人殺しにだって負けるものかよ!芸人じゃないけど!」

『芸人殺し言うなー!』

ミョズニトニルン集団が、涙目で抗議しています。


「兎に角、貴方は可哀想な虚無の使い魔なのですね?」

『可哀想なとかつけないで!
 でもその通りよ。』

ミョズニトニルン集団は一斉にこくりと頷いたのでした。


「矢張り可哀想なのですね。」

『そっちじゃない!虚無の使い魔の方よ!』

こんな一糸乱れずに動く集団に一斉にツッコまれる経験なんて、早々出来るものではないのですよ。


『ここは包囲したわ、死にたくなければ大人しく虚無の祈祷書を渡しなさい。』

「包囲され何かを要求された時の返答は一つなのです…すなわち、《莫迦め》。」

返答はこれしかないのです。


『何ですって!?』

「もう一度言いましょうか?
 何度要求されても、返答は《莫迦め》だけなのです。
 貴方の要求は通りません、諦めて帰って青い髪のご主人様にそうお伝えください。」

始祖の祈祷書を渡す気なんかありませんし、渡す必要性も必然性もありませんから。


『なっ!?貴方なんでそれを!?』

「ただのカマかけにあっさり引っかからないでくださいよ、それでも《神の頭脳》なのですか?
 その程度なら《紙の頭脳》で良いのでは?」

カマかけなのは思い切り嘘ですが。
まあミョズニトニルンはガンダールヴの魔道具版ですから、その本質は魔道具を扱う技術と知識にあって、それ以外の点で知能を上げる効果は多分無いのです。
…そう考えると微妙に使いにくい使い魔ですね、ミョズニトニルン。


『むむむ…。』

「何がむむむですか…では才人、ルイズ、やぁ~っておしまい!」

『アラホラサッサ~!』

ルイズと才人は攻撃を再開したのでした。


「それ行くわよ、どっかーん!」

ルイズが拳を振るうと、一気に数十人が吹っ飛んで元の人形に変わっていきます。


「素手でアレかよ、相変わらず出鱈目染みた破壊力だなオイ。」

「俺は、その出鱈目染みた破壊力で折檻されても死なない相棒の方が出鱈目だと思うんだが。」

才人の剣が振るわれるたびに、矢張り十数人が引き千切れながら飛んで行っては人形に戻っていきます。


「こっちににも来た!?
 ギーシュ!きっちり守りなさいよ!」

「勿論だとも、僕の可憐な蝶モンモランシー。
 来たまえ、僕のワルキューレ達よ!」

ギーシュのバラの造花から花びらが落ち、それがワルキューレ?に変わったのでした。


「いつもと形が違いますね?
 …足のついた盾?」

「守りに徹すると言ったろう?
 いつものワルキューレは中が空洞で、衝撃にあまり強くないからね。
 今回のは空洞を無くして盾状にして、防御力を上げたのさ。
 おかげで攻撃は出来ないけれども、防御力ならバッチリだよ。」

そう言って、ギーシュは私にウインクして見せたのでした。


「機能を限定して、防御に特化させたのですか…考えましたね。」

「戦場で矢玉を避ける時に使った手さ。
 見た目は不恰好だけれども、使えるんだ。」

つまり、戦場で命がけで学習した賜物ですか。


「魔力を上げる薬があるけど、飲む?」

モンモランシーが私に薬瓶を差し出してきたのでした。


「副作用は?」

「いきなりそっちから聞くか…効いている間は気が荒くなる上に、効果が切れたら発情するわ。」

何なのですか、そのバーサークエロゲ薬は。


「…いざって時に使いましょう。
 私の気が荒くなったら、統制をとるのが困難になります。
 あと、発情するのは嫌なのです。」

「そう言われればそうね…実験できるかと思ったのに。」

ボソッと呟いて、モンモランシーは薬をマントの下に引っ込めたのでした…キコエテマスヨー。


「まあ取り敢えず…ファイヤーボム!」

『また来たー!?』

炎の弾が大爆発して、数十人を一気に薙ぎ払ったのでした。
スターリン曰く、《砲兵は戦場の神である》なのですよ。


「矢が飛んできた!?」

「僕に任せろ、ウインド・シールド!」

遠くから山なりに飛んできた矢を、風の盾が弾き飛ばしたのでした。


「マリコルヌ!?」

「そういえば居たわねマリコルヌ!?」

「ただの賑やかしだと思っていたのに!?」

私達が驚愕の視線を向けると…。


「酷過ぎるぞお前ら!?」

涙目で抗議するマリコルヌが居たのでした。


「これで火水風土の全部の系統が揃ったってのに!」

「おお、そういえば風でしたね、マリコルヌ。」

それすらもすっかりと忘れ去っていたのです。


「憶えておいてくれよ、そんな記憶力で大丈夫か!?」

「大丈夫です、問題ありません。」

なんだかこう言うと、そこはかとなく駄目なような感じがしますが…。


「兎に角、どんどんブッ放してくれたまえケティ。
 僕ら4人合わせても、虚無とその使い魔には全然及ばないのがアレだが。」

「わかりました…ファイヤーボム!」

私の放つファイヤーボムが、敵のど真ん中で炸裂したのでした。


「ひぅ!?」

その時、背後からおっぱいエルフの鳴き声が聞こえたのでした。


「ひぅ、な、何、なんなのこれ?」

「ああティファニア、パーティーへようこそ。
 ファイヤーボム。」

『わひゃあああああぁぁぁぁっ!?』

豪快に吹っ飛んで人形に戻っていくスキルニル達を尻目に、ティファニアに挨拶したのでした。


「ここにはどうやって?」

「私のお姉さんみたいな人が居るんだけれども、その人が非常時の為に村の建物全部に秘密の脱出路を掘ってくれているのよ。
 この家が囲まれていたから、その道を通ってきたの。
 家の中に居たシエスタも、その脱出路を使って逃がしたわ。」

流石はフーケというか、そのあたり抜かりないのですね。
シエスタも脱出してくれたのであれば、後顧の憂いもありません。


「それにしても、一体何があったの?」

「ルイズが持っている『始祖の祈祷書』を狙っている人が居まして。
 その人の使い魔がスキルニルという人の姿に変身するマジックアイテムを使って人海戦術を取ってきたのですよ。」

だいぶ数が減ってきたので、そろそろ打ち止めなのでしょうが。


「そろそろこの辺で一旦痛みわけにしませんかと、貴方の主にお伝え願えませんか?
 そろそろフッ飛ばすのもめんど…もとい、魔力が尽きてきそうなので。」

実際、そろそろこっちも打ち止めっぽいのは確かなのですが、本音とハッタリをひっくり返して話しかけてみます。
ミョズニトニルンの背後にいる人に。


『そんな滅茶苦茶余裕そうな顔で言われても信用できな…え?あ、はい、サーセン、ええもう本気出せばあいつらなんてイチコロなんです、チョチョイのチョイなんですが!
 え!?いえ、あの、あ、はい、はい、はい、わかりました。
 そんなわけで帰るわ、じゃあね!』

『何がそんなわけなの!?』

そんな電話の向こうの人とのやり取り見たいのを聞かされても、何がなんだかさっぱりなのですよ。


「光るデコといい、気が抜ける奴だったわね…。」

「…まあ、何と言いますか。
 これで打ち止めという事でしょう。」

ルイズ達がブッ飛ばしているスキルニル達を見つつ、私もファイヤーボムを放ち、残敵を掃討して行ったのでした。





翌朝、私達は後片付けの真っ最中なのです。
何せルイズが家のドアを蹴破ってしまいましたし、私もファイヤーボムであちこち地面を抉ってしまったので、それを修復しないと村が元に戻りません。


「…ケティって、貴族なのに大工仕事するのな。」

ドアを作るために私が鋸でギコギコと木材を切っていると、才人が不思議そうに声をかけてきたのでした。


「領主と言えど何でもやるのが実家の慣わしでしたし、家事も大工仕事もそこそここなせるように教育されているのです。
 家を作る時は領主も領民も集まって、山の女王にもお願いして蜂を数匹貸してもらって総出で仕事ですからね。
 領主一族のメンツにかけて、出来ない事があってはいけないのですよ。」

「ところで、ブレイドは使わないのか?」

それを使いたいのは山々なのではありますが…。


「…実は、昨日の戦いで魔力が殆ど空なのです。
 数日で戻りますが、今は出来れば魔法は使いたくありません。」

おかげで頭が少しフラフラしますが、肉体労働なら何とかいけます。
非力なのでブレイドを使うときと違って、なかなか鋸が進みませんが。


「貸してみ?
 たぶん鋸ならガンダールヴのルーンも反応するから。」

鋸が武器って、なんだかホラー映画染みた光景しか想起できないのですが…。


「お…やっぱ反応した。
 これならいけるな。」

そう言って、才人は鋸で木材を切り始めたのでした。


「うおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!」

ガンダールヴの力を借りた勢いで、あっという間に木材が切断されていきます。


「凄い、電動鋸のようですね、才人。」

「へへっ、ルーンの力だけどさ、こんな事にも一応使えるんだぜ。
 ほい、これで良いんだな?」

才人ははにかんだような笑顔で切断された木材を手にとって、私に渡したのでした。


「あー…才人、実はもう少しあるのですが、お願いできますか?
 どういう寸法で切るかは指示しますので。」

「オッケー、力仕事なら任せとけ!」

そんな感じに私達が木材を切っていると、ティファニアが現れたのでした。


「御免ね、お客様なのに手伝わせちゃって。」

「いえいえ、客の分際で村を破壊してしまったのは我々の責任ですから、我々の手である程度の原状回復をするのは当然なのですよ。」

すまなそうに私に言うティファニアに、私も笑顔で返します。
うーん、なんという可憐さ…俗世に塗れた私には、もう無理な感じの清楚さなのですよ…うぅ。


「でも、貴族の方々にこんな事をして頂けるだなんて…。」

「それを言うなら、貴方は王族ですよテファ?
 遠慮する事など無いのです。」

ちなみにギーシュも魔法で抉れた地面を直している最中ですし、モンモランシーとシエスタは料理を作っていますし、マリコルヌは子供達に遊ばれています。
迷惑をかけたら、それが平民だろうときちんと返さないと家門の名誉に関わる話ですし…貧乏貴族にとって、領民からの評判は最後の財産なのです。
ちなみにルイズは、昨日蹴り倒した木を木材にする為にこちらに引きずってきている最中なのです…流石にルイズでも丸太は持てませんよね。
テファが両肩に丸太を抱えて歩いていたのは幻ですよね…そうだと言ってよバーニィ。


「でも、王族って言われても実感が無いわ、私はエルフとの混ざりものだし。」

「普通の人間はエルフを怖がって居ますし、普通のエルフは人間を心底馬鹿にしていますからね。
 …とは言え、貴方はこんな所に何時までも居て良い人物でもありません。
 本国に帰り次第姫様に報告し、速急に対処させて頂きます。」

ティファニアみたいな娘が、これから荒れに荒れるアルビオンに長い間居るべきではありません。
子供達ともども、こちらできちんと速急に対処しましょう。


「御飯が出来たわよー!」

遠くでモンモランシーが呼んでいます。
水メイジは基本的に料理が上手なので、シエスタだけではなくモンモランシーの料理の腕もかなり良い筈なのです。
二人で山菜や野兎なども取ってきたみたいですし。


「ああ、御飯が楽しみなのです。」

朝から何も食べていなくて、お腹がぺこぺこなのですよ、早く行きましょう。



[7277] 第四十五話 ウエストウッド村要塞化なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:ae1b433a
Date: 2010/10/19 11:50
兵器ヲタで何が悪い

好きなものは好きだからしょうがないのです


兵器ヲタで何が悪い

何故に人格が崩壊したのにこの趣味だけしっかり残ったのでしょうか?


兵器オタで何が悪い

闇市の横流し兵器が私を待っているのです、うふふふふふふふふふ…






「…んで何だったのよ、あの可哀想な使い魔は?」

村のざっとした修復も終わった夜の事、私達はモンモランシー達が作った食事を食べながらのんびり歓談をしていたのですが、その話の中で不意にルイズがそう話を切り出してきたのでした。


「てか、何で虚無の使い魔が他にいるわけ?
 テファも虚無の担い手だし。
 何でこんなポコポコ虚無の担い手だか使い魔だかが湧いて出たのよ?
 そんなわけでケティ、教えて。」

「いや、そういう話を私に振られても困るのですが。」

まあ確かにそのあたりの話は覚えていますが…。
私が全部まるっと話してしまったら、本当に《何者だお前は?》といった感じになってしまいますし。


「私よりも、そういうのはそこの妖刀の方が詳しいと思いますよ。
 そうでしょう、デルフリンガー?」

「すっかり妖刀扱いなのな、俺…。」

今までの言動で妖刀扱いしなかったら、むしろそっちの方がおかしいのです。
まぁ、正確には血に餓えた妖刀ですが。


「…ま、いいか。
 それよりも、何で虚無がこんないっぱい居るか…ねえ?
 まあアレだ、時期が来たからだろうなぁ。」

「時期?」

ルイズが首を傾げています。


「そ、時期。
 相棒、お前さんやさっきの可哀想な使い魔が召喚され、伝説の彼方から目覚める時期って事。」

ミョズニトニルンてば、すっかり《可哀想な使い魔》で呼び名が固定しているような…いやまあ、印象付けたの私なような気がしますが。


「ところでエルフの娘っ子、あんた使い魔は?」

「え?ううん、まだ呼び出していないわ。」

デルフリンガーの問いに、ティファニアがふるふると首を振っています。


「そりゃ良かった。
 お前さんが呼び出す事になるのはたぶん、アレだからな。
 いざって時まで呼び出さない方が良い。」

「ひぅ、そうなの?」

ティファニアがデルフリンガーの声に篭もった物騒さに気付いて、少し怯えながら聞き返したのでした。


「ああ、どうせ時期が来たら呼び出す事になるから、それまでは止めとけと言わざるを得ない。」

「わ、わかったわ。」

ティファニアはコクコクと頷いたのでした。


「…で、使い魔が4人って事は、担い手も4人って事?」

「たぶんな。
 でも、条件絞って探せば、ひょっとするともっと居るかも知れないぜ?
 ただし、虚無の使い魔を召喚出来ない連中は、単なる虚無の系統のメイジでしかねぇだろうがな。」

それでも十二分に強力だと思いますが…。


「飽く迄も4人の虚無の使い魔を従えた4人の虚無の担い手のみが、ブリミルの遺志の後継者達ってわけだ。」

「ねえ、それって…虚無の担い手が虚無の使い魔を呼び出す為に居るみたいに聞こえるんだけど?」

おや、気付きましたかモンモランシー?


「おお、確かに。
 素晴らしい洞察力だね、僕の素敵なモンモランシー。」

何故に太鼓持ちみたいな事をしていますか、ギーシュ?


「そうだな、たぶんその通りだ。
 ただ、虚無の担い手がそうそう居るわけも無いだろうから、あまり気にするようなもんでもねぇだろ。」

「まあ…それもそうね。
 こんな物凄い腕力のがポコポコ居たら、色々と危険だわ。」

そう言いながら、モンモランシーはルイズとティファニアを見るのでした。


「ほへ?」

首を傾げるティファニアと…。


「喧嘩売っているなら、買うわよ?」

「買うな買うな、モンモン殺す気かお前は…。」

立ち上がろうとしたのを、才人に頭ぽふぽふされて宥められるルイズ自重。


「で、でも、どうしてルイズ達は、ほぼ一斉に虚無に目覚めたんだ?」

「あ、それは私も不思議だわ。」

何とかルイズの気を逸らす為、苦し紛れで出した才人の質問にルイズも興味を持ったのでした。


「さっき言ったろ、時期が来たからだって。
 4人の担い手と4人の使い魔が、4つの指輪と4つの秘宝を携えて聖地に行くと…。」

「…行くと?」

ルイズがゴクリを喉を鳴らして聞き返したのですが…。


「行くと…なんだったっけか?」

『ズコー!?』

私を含めて全員が、一斉にずっこけたのでした。


「こここここのボケ剣!
 ななな何で肝心要の部分を覚えてないのよ!?」

ルイズがうがーっと激昂しているのです。


「いや、俺もう齢6000歳よ?エルフもドラゴンも土に還っちゃうくらいのお年寄りなんだぜ?
 だいたいお前さん、昨日の夕食の献立思い出せるか?」

「え?えーっと…あれ?
 ケティ、何だったっけ?」

ルイズ、覚えていないのですか。
何だか最近、頭脳部分を私に委託しつつありませんか、ルイズ…?


「え!?そんな急に振られても…。」

とはいえ、実は私もですが。
えーと…なんでしたっけ?


「スープと、野菜を茹でたのと、ソーセージですよ。」

私が思い出して答える前に、シエスタが答えてくれたのでした…シエスタG.J!


「貴族様方は、日々の食事への感謝の念が足りませんわ。」

「ううっ…申し開きのしようも無いのです。」

意外と思い出せませんよね、昨日の夕食の献立って…。


「お前さんが昨日の夕食の献立も思い出せないのに、俺に6000年も前の話を急に思い出せったって無理ってもんだろ?」

「ううううう、言い返せないわ。」

デルフリンガーってば、妖刀の癖に上手い切り返しを。


「まあなんだか忘れたが、すげぇ事があるんだと思う、たぶん…な。
 でもな、なるべくならそんな事気にせずに、のんびりやって欲しいんだよ、俺は。」

「どうしてだよ?」

才人が不思議そうに訊ねます。


「おっかない娘っ子が時々言っているだろ、『過ぎたるは及ばざるが如し』って。
 でっかい力にはでっかい運命とでっかい使命が詰まっているもんだ、そしてそれは大抵人の手には余る。
 そういうもんに振り回されて破滅していった人間を、俺はこの6000年の間に何人も見ているんだよ。
 だからさ、相棒やお前さん達がそんなもんに振り回されて不幸になるのは見たくないんだ。
 それに…。」

『それに?』

今度は、忘れたとかは無しですよ、デルフリンガー。


「それにさ、前にそれを使った時に何か物凄く悲しい事が起きたんだよ。
 今のところ物凄く悲しかったって事をうっすらとしか思い出せないんだが、出来る事ならこのまま思い出したくねえ、そんな出来事が。」

「デルフ…。」

デルフリンガーの心底悲しそうな声を聞いて、才人も声を詰まらせたのでした。


「ま、何とかなるわよ。
 だいたい、今すぐ起こるようなもんでも無いんでしょ、それ。
 なら、私が今すべき事は、サイトが元の世界に帰る方法を探す事だわ。」

しんみりした空気をひっくり返すつもりなのか、ルイズが唐突にそんな事を言ったのです。


「いぃっ!?俺、元の世界に帰されちまうの?」

そしてそんなルイズの爆弾発言に、才人が慌て始めたのでした。


「こんな事になるとは知らなかったとは言え、あんたをこっちに一方的に召喚したのは私なんだから、私の責任であんたがあんたの国に帰る方法を探すのは当然でしょ?
 勿論、私は確実な方法を見つけるだけよ。
 帰るか帰らないかは、あんたが決める事だもの。」

「うーむ、それはそれで決断に迷うな…。」

見つかる前から決断に迷ってどうするのですか、才人…。


「私も、強力な何かなんか貰っても困るわ。
 私は静かに平和に過ごしたいだけだし。」

テファはそう言いましたが、剛力使いこなしていますよね、彼女…。


「それじゃ、結論は簡単ね。
 すなわち…先送りという事で。」

『異議無し。』

モンモランシーの一言に、全員一致で頷いたのでした…何という玉虫色決着。
まあ、今のところはそれで十分なのですが。
この後は、再びのんびりした話題に戻って、夜が更けていくのでした…。




その夜の夜中、眠りに就こうとしていた私の耳に、コンコンというノックの音がしたのでした。


「…俺だけど、入って良い?」

「才人?ええ、どうぞ。」

私が許可すると、才人がそっとドアを開けて部屋に入ってきたのでした。


「ええと、夜這い…?」

「違う…っつーか、夜這いだと思うのに俺を入れたわけ?」

そうでないような、違うような?


「才人はそういう事はしない人だと思っていますから。」

「う…うーん、そう信用されるとちと辛い…。」

そう言いながらポリポリと頭を掻く姿が、何となく可愛いのですよ、才人。


「…って、いきなりからかわれてたか、俺?」

「おほほほほ、ようやく気付きましたか。」

相変わらず象並みに鈍いのです。


「ああもう、折角謝りに来たのに。
 これ…。」

才人が差し出した手の中にあったものは…。


「なな…ななな、な…。」

「す、すまんケティ…。」

私のモーゼルM1896…だったものなのでした。
ひしゃげて、錆びていて…どう見ても不帰の客となっていますが。


「敵の剣を受け止めちまった。」

「わた…私の大事なモーゼルが…。」

思わずベッドから出て、才人の手から取り返してしまったのでした。
反動が強過ぎて正直ただの飾りになっていたので、暇が開いたら杖の契約しようと思っていたのに…。


「本当に済まん…ケティが大事にしていたものだったのに。」

「い…いえ、それで才人の命が救われたのであれば、用途こそ違いますが道具の本懐というものでしょう。
 ですが事前に言ってくれれば、機関拳銃(マシンピストル)なら他にもあったのに…。」

別に、私が持っている機関拳銃(マシンピストル)はモーゼルだけでは無いのです。


「モーゼルが無いので代わりに携帯していましたが、例えばこのミネベアM9とか…。」

ベッドの脇においてある鞄の中に入れておいたミネベアM9を出してみたのでした。
ミネベアM9は長野県のベアリングメーカーであるミネベア社が造っている国産機関拳銃(マシンピストル)で、自衛隊しか持って居ない武器でもあります。
これが無くなったのが発覚した時、その世界の自衛隊内では蜂の巣を突付いたような大騒ぎだったでしょうね。
世界扉さんてば、何の落ち度も無い自衛隊員に何という酷な事を…。


「特にこのCZE‐Vz.85とか、結構あったのに…。」

鞄からCZE‐Vz.85、通称スコーピオンを8丁取り出して机の上に置いたのでした。
チェコ製の機関拳銃(マシンピストル)で、かなりのベストセラーですから横流し品に時折混ざっているのですよ。
特にこれらはスコーピオンシリーズの中でも使用している拳銃の多い弾種である9パラこと9mmパラベラム弾を使うので、使い勝手が良いのですよね。
ちなみにミネベアM9も、使用弾種は9パラだったりします。


「どんだけ機関拳銃(マシンピストル)を鞄に入れて持ち歩いてんだよ!?」

「あああ、私の可愛いモーゼルが、モーゼルが…。」

無事に帰って来たら、綺麗に分解掃除してあげようと思っていたのに…。


「わざとか、わざとだな?
 わざと何でわざわざいっちゃんお気に入りのモーゼル持って行きやがったんだよこのど畜生と俺を責めているな?」

「ええ、勿論当たり前ではありませんか。
 才人の命を救ってくれたのが喜ばしい事なのは事実ですが、それはそれ、これはこれなのです。」

結構出回っている筈にも拘らず何故か第二次世界大戦前後に中国で作られたものばかりで半ば諦めかけていたところで、やっと見つけた本家マウザー社製のM1896だったのに…。


「大人気ないぞコンチクショー!
 この武器ヲタめがー!」

「なんとでも言いなさい!
 …まあ、形あるもの皆壊れる、壊れてしまったものはしょうがありません。
 以後こんな事が無いように、この中で好きなのを持って行ってください。」

スコーピオンなら商会の倉庫に十数丁ありますから、2~3丁持っていかれても問題無いのです。


「んじゃ、これで。」

「…何故に、わざわざ私が手に持っているミネベアM9を持って行こうとしますか?」

喧嘩売っていますか?喧嘩売っていますね?


「いやだって、それが一番強いんだろ?」

「そのスコーピオンも使用弾種は一緒ですし、工作精度も信頼のチェコ製です。
 ガンダールヴなら、どっちも大して変わりませんよ。
 ミネベアM9は日本製なので、希少価値が高いというだけなのです。」

いやまあ、ミリヲタには希少価値が高いというのは結構大きい理由ですが…。


「日本製とか聞いて、余計に欲しくなったんだが?」

「あげません。」

モーゼルの次にこれまで持って行かれたら、失意のあまり塩の柱になります。


「つか、チェコ製の何処が信頼出来んの?」

「はぁ…確かに日本では知名度が低いですけれども、チェコは大国とは言い難い国ですが、第二次世界大戦前からの技術立国ですよ?
 第二次世界大戦においてはドイツの車輛生産を支えた一角ですし、特に銃器に関してはトップクラスの技術力を持っています。
 そのスコーピオンは機関拳銃(マシンピストル)のはしりであり、いまだに世界各国で愛用されるベストセラーなのです。
 技術で食っているのは日本だけではないという事を知っておいてください。」

ヲタに趣味の事で語らせると…長いですよ?


「意外と凄い国だったんだな、チェコ…お、中々使い勝手良さそうだな、これ。」

掴んだ時にスコーピオンに関する知識も流れ込んできたのか、才人の顔がぱっと明るくなったのでした。


「そりゃまあ、ベストセラーですから。
 私も普段持ち歩くなら断然スコーピオンですね、小さいですし。」

チェコ脅威の技術力の結晶なのですよ、これは。


「そう言えば、今はガンホルダーに何入れてんだ?」

「これですよ。」

私がスカートの下から取り出したのは、ワルサーTPHという小型拳銃(ポケットピストル)
手のでかいアメリカ人には不評だったようですが、私の手にはぴったりの代物です。


「うわ、ちっさ!?」

「そういう拳銃ですからね。
 モーゼルがこうなってしまったので、代わりにこれで杖の契約をしようかとも思っていますし、携帯に便利な方が良いのですよ。」

予備の杖、融けちゃいましたし。


「拳銃を杖にするとか、出来るのかよ…?」

「基本的に手に持てるものならば、何でも杖として契約出来ます。
 例えばギーシュ様は造花を杖にしていますし、やろうと思えば剣でもフライパンでもペンでも、勿論拳銃だって杖に出来るのです。」

メイジにおける《杖》は、手に持てて使用者が先端で魔法を操る事が出来るというイメージを作り出せるものならば、基本的に何でもいけます。
イメージさえ作り出せれば例えば丼なんかでも魔法が使えますが、いまだに丼で魔法を使うオモシロメイジには出くわした事がありません。


「まあ兎に角アレです。
 本国に戻ったら、泥棒通りの闇市巡りに付き合って貰います。
 姫様は仰っていました、才人には帰ったらシュヴァリエの叙勲があると。
 シュヴァリエになったら、給料が出るのです。」

「…まさか、買えと?」

才人は恐る恐る私に聞き返してきたのでした。


「あれば、買って下さい。
 まあ、あるとは思っていませんけれども。」

「俺の財布は一体どうなるんだ…。」

いやー、楽しみなのです。




「み…ミス・ロッタ。」

「おおぅ?随分と扇情的な格好ですね、シエスタ。
 朝這いとは新しいのです。」

翌日の朝早く、下着にボタンを閉められないワイシャツ一丁という、物凄い恰好でシエスタが私の部屋にやってきたのでした。


「メイド服が…メイド服が…予備も含めて全部奪われてしまいました!」

「成る程、アイデンティティの危機というわけですね?」

メイド服で無いシエスタなんて、ただの家事が得意な女の子なのです。


「違います!こんな恰好じゃ出歩けません…一緒に置いてあったスカートなんか胴回りが細過ぎて、ボタンがプチーンと弾けちゃいました、プチーンって。」

そう言って、シエスタは魔法学院のスカートを私に見せるのでした。


「痩せなさい。」

成る程ルイズに奪われましたか、メイド服。


「酷っ!
 あんな細い胴回りになったら、仕事に使う体力が無くなってしまいます!
 このスカート、ミス・ヴァリエールの仕業に相違無いですわ!」

「確かにそんな細い生き物は、あのルイズだけでしょうね。」

ルイズの事だから嫌がらせでは無いでしょう…コスプレですね、わかります。


「お願いします、取り戻してきて下さい!」

「ふむ?」

まあ、このままじゃ困るでしょうね、才人とかが目のやり場に。


「良いでしょう、取り戻して来ます。」

さてはて、ルイズは何処に居るのやらー?


「あの…ミス・ロッタが服を持ってくるまで、私は何を着ていれば?」

「その上からエプロンでも着けていなさい。」

下着シャツエプロンとか、余計駄目な感じもしますが。



「わかったでしょ、あんたはこの御主人様にだけデレデレしていればいいの!
 あ、やっぱりわたしにもデレデレしちゃダメ!」

「女に一切デレデレするなって、才人に悟りでも啓かせようというのですかー?
 それにしても、ネコミミメイドとはやりますね。」

森の中でぶかぶかのメイド服を着て、ネコミミつけて一人芝居をしているルイズに出会ったのでした。


「にゃ!?ななななななななんでケティが!?」

「シエスタに頼まれて、ルイズを探しに来たのです。
 メイド服、せめて一着でも残してあげないと…シエスタが困っていましたよ?」

さて、この空気を何と表現すればいいものやら?


「あうあう、あうあうあう…。」

「取り敢えず言っておきますが…ぶかぶかです、色々と。」

シエスタは背丈が162サント、ルイズは153サントで10サントも違いますし、グラマラス系のシエスタと矢鱈と華奢なルイズ…見事なくらいぶかぶかなのですよ。


「そういうのもとても可愛らしいとは思いますが、たぶんルイズが目指している路線とは大幅に違う筈です。」

たぶんルイズはシエスタみたいな色気が欲しくて、わざわざシエスタのメイド服を奪った筈なのです。


「色気…無いかしら?」

「とっても可愛いですが、色気は欠片も。」

ロリコンなら大喜びするような?


「な…何故?」

「ぶかぶかの服というのは、幼さを際立たせる効果があります。
 色気は減り、可愛らしさが上がるというわけなのです。
 己のキャラをきちんと把握し、それに合った服を着ましょう。」

ちなみにブカブカの服というのは、例えばキュルケやシエスタなんかがやると、《何でサイズ合わない服着てんの?》という反応にしかならなかったりします。
逆にタバサ辺りがやると、必殺兵器と化すでしょう。
己のキャラにあった装いが一番という事なのです。


「そんな、色気ムンムンだと思ったのに。」

「冗談は顔だけにしておけよ?なのです。」

人間には出来る事と出来ない事がきちんと存在するのですよ。


「そもそもルイズに色気ムンムンは無理なので、諦めてください。」

「がーん、なんでよ!?」

いや、ショックを受けられても困るのですが。


「例えば、セクシーなドレスに身を包んだタバサとかを思い浮かべてみてください。」

「ええと…ストンと落ちるわね。」
 
何がですか、何が。


「ルイズが何を想像したのかは敢えて深くツッコミませんが、そういう事なのです。」

ええ、私は敢えてツッ込みませんよ、敢えて。


「残念ながら今のルイズがどんなに肉感的な色気を出そうと頑張っても、痛々しくなるだけで色気は増しません。
 ルイズの武器は可愛らしさですから、それを活かして伸ばさなくては駄目です。」

「い…今までのわたしの努力の殆ど全てが否定されたような気が…。」

そもそもルイズの本質は元気系ですから、健康的に可愛らしく飾り立てるのが一番健康的な色気を引き出せる筈なのです。


「ルイズにはルイズの魅力の引き出し方があります。
 そのあたりはモンモランシーにでも相談してみれば良いかと。」

「モンモランシーに丸投げする気ね?」

おおう、何故かルイズが半眼で私を睨んでいるのです。


「いやいや~私は地味系なので、御洒落に関しては興味な…もとい、概論しかわかりませんし。
 モンモランシーはマッド系な癖に、あれで意外と御洒落好きですから。」

「確かに、そういやそうね。」

興味が無ければ、香水の調合が得意で《香水だけは信頼と安心のモンモランシー》略して《香水のモンモランシー》なんて呼ばれないのです。


「ひう!?」

ルイズが納得してうんうん頷いている所に、何故か近くからティファニアの鳴き声がしたのでした。


「テファ、どうかした…の?
 あああああああああんた、あんた!」

「またですか、エロ使い魔?」

声のした方に慌てて駆けつけると、才人がティファニアを押し倒して、胸を揉みしだいている格好になっているのです。
流石、ラブコメ主人公属性持ち…。


「あわわわわ、違うんだルイズ、ケティ、これは事故がハプニングで桃林檎なアレなんだよ!」

「トリステイン語でおkなのです。」

まあ恐らくは、たまたま才人かティファニアがコケて、たまたま胸を鷲掴みにしたのでしょうが…。


「わわわわわ分かったわ。
 つまりアレね、死にたいと。」

「話を全く聞いていないだろお前!?」

ルイズにしてみれば、ティファニアを押し倒して、あのとてつもない胸を揉んでいるだけでアウトという事なのでしょう。
まあ、才人の説明は言語になっていませんが。


「すんごいわよねティファニア。
 もう色々と圧倒的過ぎて、正直な話彼女には畏敬の念さえ抱いているけれども、サイトあんたは駄目よ。」

「だから、これはおおむね不幸な事故で…。」

大きな胸揉んでおおむねですか、やりますね。


「わたしも揉みたいのを我慢しているのに…死になさい。」

そういや、私の胸もよく揉んでいますし、ルイズって結構おっぱい好き?


「え?お前も揉みたいって何…ちょ、やめ、うぎゃー!?」

暴虐の嵐としか呼べないものが才人の身に降りかかっているのを、私達は見守る事しか出来ません。


「ひう…もうやめてあげてルイズ、サイトが死んじゃう。」

「駄目ですティファニア、こうなったらもう誰にも止められないのです。」

飛ぶ血飛沫、何かを砕き潰す音が室内に響き渡ります。


「ついでに言うと、才人の凄まじさも目の当たりにする事になりますし。」

「ぎゃああああああああぁっ!?」

「サイトの凄まじさ?」

ううむ、人の絶叫に慣れちゃあいけないと思うのですが、御馴染ですからねえ、これ。


「フィニッシュ!」

「ほげろ!?」

ようやく、暴虐の嵐は終わったのでした。


「まったくもう、私が揉む前に揉むとか、何なのよ、もう。」

えーと…ドサクサ紛れに何を言っとりますか、このピンクは?


「ね、ねえ、何で皆、サイトが死にかけているのに平気なの?」

「ああ…見ていればわかりますよ、ほら。」

3、2、1…。


「あー、死ぬかと思った…。」

「ひう!?」

死にかけていた筈の才人の傷が一瞬で消え、何事も無かったかのように起き上がったのを見て、ティファニアはびっくりして飛び上がったのでした。


「いやしかし…その妙に不死身な体、ガンダールヴの能力だったのですね。」

「そうらしいな…まあ剣持っているのに何で伝承では盾なのかいまいち疑問だったんだが、たぶんそういう事なんだろうな。
 虚無の盾になる為に、戦っていても極端に死にづらい体にって事なんだろ…まったく、上条さんか俺は。
 もっとも、長時間ダメージを受け続けると、蓄積されて本当に死んじまうみたいだが。」

才人が一時的に死んでしまったのは、回復が追いつかないくらいの長時間大きなダメージを受け続けたせいだったのですね。


「さて、もう数日逗留しながら村を直して…およ?」

ばっさばっさと飛んできた白い大きな梟が、マリコルヌの頭の上に止まったのでした。


「あいたたた、爪が、爪が刺さる!?」

梟は猛禽類ですから、爪が鋭いのですよね。


「爪が、爪がががが!?」

「おい梟、そこはフワフワしているが鳥の巣じゃねえぞ?」

「ホウ。」

梟は一声鳴くと、ボケた事を言っていた才人に手紙を渡したのでした。


「痛い痛い痛い!?
 あれ?何だか気持ち良くなってきたぞ?」

「手紙?」

「ホウ。」

一声鳴いて、梟は頷いたのでした。


「ええと…何々…?」

「ぎゃー、血が、血がたらーっと!?」

才人は手紙を開いてさっと目を通すと、私に手紙を渡したのでした。


「すまん、こっちの字を読めないのすっかり忘れてた。」

「ナイスボケです才人。
 どれどれ…。」

「あの…何で誰も僕の心配をしてくれないのかな?」

マリコルヌですからー。
ちなみに手紙は姫様からなのです。
内容はというと…。


《ガーゴイルが送ってきた報告書読んだけれども、サイト殿見つかったんでしょ?
 早く帰ってきなさいというか、帰ってきてルイズと一緒に仕事手伝って。
 会議で一週間城を空けたら仕事が溜まりに溜まりまくっていて、このままでは死んでしまうわ。
 お願い、すっごい良い船をポート・オブ・サウスゴーダに送るから、早く帰ってきて…ボスケテ。
 アンリエッタ・ド・トリスティン》

「ひ…姫様が悲鳴を上げる量の仕事…ですって?」

それはそれは、物凄く帰りたくないのですが…というか、ボスケテって私は姫様のボスでは無いのですが。


「ど、どうしたのケティ?」

「姫様がこのままだと書類の山に埋もれて圧死するから、私とルイズに手伝ってくれって…。」

私がそう言うと、ルイズはくるりと向きを変えて逃げようとしたので、襟首を掴んで引き止めたのでした。


「ぐぇ…あにするのよ?」

「どこに行く気ですか、このちんちくりんピンク?」

私だって同じ気分なのですよ。


「酷い事を言われたような気がするわ。
 そんなわけで気絶、がくっ。」

ルイズが急に狸寝入りを始めたのでした。


「敵前逃亡は許しません。」

「あの姫様が悲鳴を上げるような量だなんて、そんなの一部でも任されたら私は完膚なきまでに死ぬわよ!?」

死んでもやり遂げて下さい。


「しかしこの村、外との直通通路が出来ちまったが、大丈夫か?」

「私に任せなさい。」

不安そうにルイズが作った道を見ている才人に、モンモランシーが自慢げに胸を張ったのでした。


「私の作った植物成長促進の水の秘薬があれば、どんな盗賊もそこを通ればたちどころにパックンチョよ!」

「うぉい!例の薬かよ!?」

才人が無い胸を張るモンモランシーに思い切りツッ込んでいるのです。


「畑を謎の植物モンスターの森に変えた、あの伝説の秘薬を使うのですね…。」

「ふっふっふ大丈夫、歩く植物モンスターは出来ないように改良したわ。」

懲りずに改良を続けていたのですか、あの薬。
しかも、植物モンスターになるのは変わらないのですね…。

「ひぅ、パックンチョって何!?
 一体、森のあの部分に何が起こるの?」

ティファニアが怯えているのです…。


「取り敢えず、誰も通れない鉄壁の地域が出来上がるので、子供達が迷い込まないように気をつけてあげて下さい。」

モンモランシーに、普通の植物生長促進剤を期待するのは間違いですからね…。


「僕も村の周囲に水掘を掘っておくよ…万が一、植物モンスターが侵入して来ないように。
 近くに泉もあるようだし、それほど大変な作業にはならないだろう。」

前髪を指でくるくるしながら、ギーシュはそう宣言したのでした。
矢張り土メイジはこと土木工事になると、己の力を存分に発揮しますね。


「僕は勿論、それを見守っているよ。
 見守っているだけだけれどもね!」

マリコルヌ、まさに外道!
頭に梟がとまったままで、顔が血塗れでも外道!
まあ風メイジは生産的な魔法が必要な時には、殆ど欠片も役に立ちませんからね。
流石は『戦闘だけ』最強の系統…。


「さてと…返事を書きますか。」

「フッ…早くしてくれないと、僕が失血死するよ?」

頭から流れ落ちる血液をハンカチで拭き取りつつ、マリコルヌがなぜか気障な口調でそう言ってのけるのでした…ああ、痛いのが気持ち良いから問題ないのですか。
ちなみに梟はよほど気に入ったのか、マリコルヌの頭にとまったままなのです。


「それは望む所ですが、返事が遅れると姫様に怒られそうですし、さっさと書きましょうか。」

「あヒん!あざーっす!」

あ…しまった、またご褒美をあげてしまいました。


《現在、後始末の最中ですので、3日ほどお待ちください。
 4日後にポート・オブ・サウスゴーダでお待ちしております。
 ケティ・ド・ラ・ロッタ》

さらさらさら~っ…と。


「では梟さん、これを姫様まで。」

私が手紙を梟に咥えさせると、大きく羽を広げて飛び去って行ったのでした。


「…ふと思ったのですが、梟って長距離飛行向けでしたっけ?」

確か、梟って短距離の急降下狩猟向けの翼で、長距離飛行には決して向かない鳥だったような…。


「えーと…飛んでいる途中に力尽きたりしませんよね?」

「どうしたの、ケティ?」

ルイズが不思議そうに私の顔を覗き込んでいます。
郵便に使うなら、長距離飛行はお手の物なアホウドリとかの方が良いような気がするのですが…まあ、ファンタジーにそんな生物学的考証は野暮ってものですか。





そして四日後、ポート・オブ・サウスゴーダに私達はやって来たのでした。


「有り難うサイト、あれで暫らくはやっていけそうだわ。」

「礼ならケティ達に言ってくれ。
 俺がやったのって、木を削るくらいだったし。」

「鉈になったり、彫刻刀にされたり、なかなか忙しい日々だったぜ…。」

才人にはデルフリンガー一本で色々とやって貰ったのですよね。


「有り難うケティ、助かったわ。」

「今回大活躍だったのはモンモランシーとギーシュ様ですから、感謝なら彼らにどうぞ。」

私もゴーレムを何とか1体こさえて土木工事に加わりましたが、流石にギーシュのようにはいきませんでした。
土系統は慣れていないので、疲れます…。


「ううん、残った木を村の壁にする事を考えてくれたのはケティだもの。」

丸太で村をぐるーっと囲んだのですよね…ルイズ、木を蹴り倒し過ぎなのです。


「水堀に丸太塀って、よく考えたらちょっとした砦だけどね…。」

ギーシュは、ちょっとやり過ぎたかなといった表情で前髪をくるくるしています。


「調子に乗って物見台まで用意したから、あれはもうウエストウッド村じゃなくて、ウエストウッド砦よ。」

同じく、やり過ぎたかなといった表情でモンモランシーが苦笑いを浮かべています。


「しかも、ケティが更に調子に乗って、その物見台にでっかい弩弓を据え付けたしね。」

ルイズがにひひと笑いながら、私を見ているのです。


「あ…あれは、ああいう目に見える脅威があれば、盗賊避けになるというですね…。」

「なあケティ、素直になれよ…趣味だろ?」

ポンポンと肩を叩きながら、才人が妙に爽やかな笑顔で私を見るのでした。


「ああ…ううう…。」

テファを除く全員が、私をニヤニヤと見ているのです。
趣味全開にし過ぎましたか…?


「ああもう、もう止めーっ!」

取り敢えず、マリコルヌ殴って誤魔化すしか。


「有り難うございますっ!」

幸せそうな表情で、マリコルヌは床に崩れ落ちたのでした。


「あ痛たたた…手が、手が…。」

いくらぽっちゃりしているとは言え、人の顔を殴るもんじゃないのですよ。
何でルイズやモンモランシーは、いつも殴っても平気なのですか…。


「気を取り直して…あの村はあれで暫くは盗賊に教われたりする事も無い筈なのです。」

「ああっ、愛が、愛が痛い!」

私のスカートの中を覗き込もうとするマリコルヌの顔を踏んづけつつ、ティファニアに微笑みかけてみたのでした。


「う…うん、確かにあれだけ物々しくしたら、暫くは誰も近づけないと思うわ。」

「ぐりっと、ぐりっときた!有り難うございます!」

「だ…誰か、マリコルヌを片付けてください。」

このままでは、まともに話が出来ません。
マリコルヌは多分、固有結界アンリミテッド・シリアス・ブレイカーの持ち主なのです。


「おう、わかった。」

「僕達に任せたまえ。」

何時の間にか近くまで来ていた才人とギーシュが、マリコルヌの右腕と左腕を掴んで引きずり起こしたのでした。


「な、何をする貴様らー!」

「大丈夫だよ、安心したまえマリコルヌ。」

「そんな性癖、殺されても欲しくないから。」

マリコルヌはずりずりと引き摺られて行ったのでした。


「いちいち殴ったり踏んづけたりするから反応するんじゃないの?」

モンモランシーが、そう言ってくれますが…。


「反応しなかったらしなかったで、散々パンツを視姦されるのが目に見えているではありませんか…。」

変態として、マリコルヌはまさに隙無しなのです。
パーフェクト変態…始末に終えません。

「わたしなら、思い切り踏んづけるけど?」

ルイズはそうアドバイスしてくれますが…。


「それは、マリコルヌの頭が木っ端微塵に弾け飛ぶので、止めた方が良いと思うのです。」

流石に殺しちゃまずいのですよ。


「グランドプレ家から求婚の申し入れが来るかもね。」

「どういう悪夢ですか、それは。」

もしそんな事になったら、本気で泣き崩れますよ?


「ふむ…マリコルヌを始末するのは勘弁したいので、そうならないようにグランドプレ家に姫様経由で圧力をかけてもらいましょう。」

「うわ、久し振りにこんな真っ黒になったケティの顔見た!?」

「始末とか圧力とか、ケティがこんなしょうも無い事で本気モードになったわ…気持ちはわかるけれども。」

ありとあらゆる手段を講じて、そっちのフラグは潰しましょう、ええ。



「久し振りですな、卿の名がサイト・ヒラガ殿で宜しいか?」

「確かに俺はサイト・ヒラガだけれども、卿とかそんな風に呼ばれるような身分じゃあ…。」

港に停泊している船を見てびっくりというか、これはトリステイン空軍旗艦のデ・ゼーヴェン・プロヴィンシェンではありませんか。
しかもそれに乗ってきたのが…。


「恩人の帰還に立ち会えた事を誇りに思うよ。
 知っていると思うが、私の名はジャン・ド・ポワチエ伯爵である。」

まさか、ポワチエ卿が迎えに来るとは…。


「卿のおかげで大勢の部下が救われた、心から感謝する。
 あと、貴公は既にシュヴァリエの叙勲が決定している。
 貴族に対して《卿》と呼ぶのは、別に変な事ではありませんぞ?」

そう言って、ポワチエ卿はウインクして見せたのでした。


『な、なんだってー!?』

私と事態をよく理解していないティファニアを除いた全員がびっくり仰天して、才人を見ているのです。


「そうなんだ凄いね、おめでとうサイト。」

「お、おう、ありがとうテファ。」

才人が貴族になるという事を理解していない良くも悪くも世間知らずなティファニアが、一番最初に素直に才人を祝っているのです。


「…とまあ、それが姫様からの労いのしるしなのです。
 私が言うよりも、他の人から聞いたほうが実感が湧くでしょう?」

アニエスの時も揉めたらしいですが、今回も揉めたでしょうねえ…姫様、お疲れ様なのです。

「俺が貴族か…なんだか実感わかねえな。」

戸惑った表情で、才人は頭をポリポリと掻いています。


「な、何だかすっごい複雑な気分だわ。
 …でも、おめでと。」

「お…おう、ありがとう。」

使い魔が貴族だなんて、前例がありませんしね。
もう一つの理由、姫様が才人をトリステインに取り込もうとしているのにも気付いているのでしょう。
まあ姫様真っ黒ですし、気付かないわけが無いのですが。


「凄いじゃないサイト!
 喜びついでに例の借金チャラにしてくれると嬉しいわ。」

「ありがとうモンモン、でもあの額の借金チャラは断じてありえねー。」

才人とモンモランシー、どっちの笑みも真っ黒なのです。


「やあ、これは素晴らしい!
 流石は僕を倒した男だ。
 ここまで強くなってくれると、最初に倒された男として名誉だよ、あっはっはっは!」

「背中バシバシ叩くな、いた、痛いって!」

ギーシュは素直に喜んでいるのです。
こんな表裏の無い人間が二股とか、どう考えても無理ゲーでしょう。


「女の子にモテようとさえしなければ、それで良い。
 覚えておけ、リア充はこのマリコルヌ・ド・グランドプレが粛清する。」

「…お前は一体何を言っているんだ。」

全く祝いの言葉でないのですよ、マリコルヌ…。


「それじゃあ、これで一旦さようならだな、テファ。」

「…うん。」

才人の言葉に、ティファニアが寂しそうに頷いています。


「あの場所は危険だから、ケティが姫様に頼んで大きな孤児院を用意している最中らしい。
 用意が出来たら迎えに行くよ、だから待っていてくれ。」

「うん、待ってる。
 いくら姉さんが色々と持ってきてくれるとは言え、これ以上子供達だけで暮らすのは難しいものね。
 姉さんも説得して、一緒に行けるようにするつもりよ。」

例の計画に丁度良いから…というのがばれたら、私は殺されても文句は言えませんね。
いくらメイジが足りないとは言え、ロマリアにばれたらとんでもない事になります。
でももし上手く行けば、彼らの一部だけでも孤児という泥濘から救い上げる事が出来るのですよ、あの計画は。
メイジと平民では、出来る仕事も待遇も段違いなのですから。


「それでは出航!」

「しゅっこーう!」

デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェンは、ゆっくりと桟橋から離れ始めたのでした。


「さようならー!さようならー!」

私達は、手を振り続けるティファニアに、何時までも手を振り続けたのでした。



[7277]  幕間45.1 青髪の王と可哀想な使い魔
Name: 灰色◆a97e7866 ID:03e247df
Date: 2010/10/21 22:53
「申し訳ありませんでした、ジョゼフ様。」

グラン・トロワの玉座の間で、ミョズニトニルンはジョゼフの前でひざまづき頭を垂れ、いつ首を刎ねられても良いかの如くいつまでも上げようとしない。


「ふむ…。」

それを興味なさげに見ていたジョゼフは、玉座の上から不自然にぶら下がっている紐をくいっと引く。


「あひゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁ…。」

突如床が開いてミョズニトニルンは真っ直ぐに落ちていく。


「ハハハ、落ちた落ちた…さて、次の使い魔を召喚する準備でも…。」

「な、なななな何も言わずにいきなり紐を引かないで下さいっ!?
 あと、まだ死んでないっス!」

途中で何かの魔道具を使ったらしく、ミョズニトニルンは燦然とデコを光らせながら涙目になって穴の中からフワフワと浮かび上がって来た。


「ハハハ、そなたが言ったのではないか、失敗した者はこの紐を引いて穴に落とすものなのだと。」

「それは最後だとも言ったでしょう、いきなり部下を穴に落とすってドンだけ冷酷非情なんですか!?
 あと、光っているからって笑わないで下さい!」

ミョズニトニルンは涙目のままでジョゼフに抗議する。


「王弟派を散々粛清して残虐なことには定評のあるこの無能王がどれだけ冷酷非情であるか…試してみるか?」

「いいいいいいいえ!謹んでお断りいたします!」

ミョズニトニルンは真っ青になって全力で首を横に振る。
頷いたら本当にさらっと処刑する人なので、ジョゼフの生き死にに関する冗談は聞き流せなかった。


「大体、陛下が王弟派を粛清した理由は…。」

「余計な事を言う必要は無い、わかるな?
 余は自らを祝ってくれた弟さえも手にかける、どうしようもない無能なのだ。」

ジョゼフはワインを持っている方の肘を肘掛けに乗せようとして失敗し、ワインがグラスごと宙を舞って床に落ち割れ零れる。
メイド達が素早く駆け寄って目立たぬようにかつ素早く後始末をし、ワイングラスを持たせワインを注ぐ。


「今回の件は私の失策でした…あの程度では足りなかったようです。」

ミョズニトニルンはその面白風景に噴き出さないように全力で我慢しながら、ジョゼフに詫びた。


「そなたはスキルニルをあとどのくらい持って行けば、妥当であったと思うのだ?」

「ハッ…あの100倍もあれば十分であったかと。」

ミョズニトニルンは《戦いは数だよ兄貴》を地で行く人海戦術主義者らしい。


「成る程…。」

ジョゼフは紐を引いた。


「わひゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ…。」

ミョズニトニルンはまたしても床に開いた穴に落ちていく。


「ハハハ落ちた落ちた…では次の使い魔を…。」

「だから死んでいません!」

穴から這い出ながら、ミョズニトニルンは抗議する。


「スキルニル一体作るのに、いったいいくらかかると思っているのだ。
 お前にかかる経費は全て北花壇騎士団とプチ・トロワの運営経費から出ているのだぞ。
 イザベラを餓死させるつもりか?
 ふむ…餓死する王女か…まあそれも面白いかもしれぬな、ハハハハハハハハハハ!」

ジョゼフは笑ったのであった。

いっぽうプチ・トロワでは…。


「へくちょん!」

ガリアのデコ姫ことイザベラが真っ暗なプチ・トロワの中で、一本の蝋燭の明かりを頼りに代筆の内職に勤しんでいる。
彼女はとても流麗かつ詩的な表現で文章を書く才能に恵まれており、その点に関してだけは貴族達からの評価もとても高い。
その為、デコと文章の輝きだけは一級品などと揶揄されている彼女だった。
ガリアの貴族にはいかに風雅な表現をもって文章を書けるかで、その文章の価値を評価するところがあるといういささか困った風習が存在し、その風習は貴族ではない富裕層にも浸透している。
そのせいで、大商人同士では契約書などもやたらと詩的表現に溢れていて、かつはっきりとした契約内容である必要があるという、それはそれは面倒くさいこと極まりない状態になっている為、貴族に代筆を頼み料金を支払うという商売の風習がある。
その中でもイザベラの代筆は非常に評価が高い為、商人達がここぞという時の文章をイザベラに依頼し、彼女はそれを代筆する事で大金を手に入れていた…全部、北花壇騎士団とプチ・トロワの運営費に消えるが。


「うー、やっぱり冬なのに暖房無しは寒過ぎるかしら?」

北花壇騎士団とプチ・トロワの運営費はきちんと出ているのだが、何故かジョゼフの使い魔であるミョズニトニルンの経費もそこに全部かかって来るのだ。
そしてミョズニトニルンは高価な魔道具をガンガン使うというとってもアメリカンな性格なので、経費は羽がついたみたいに飛び去って行く。
恐怖心を押し殺してジョゼフにもっと予算を増やしてくれと直談判しに行った事もあるが、ジョゼフには『ハハハ』と笑って誤魔化された。
流麗風雅な代筆技術は、彼女が成すべき事を為すために手に入れた技術なのだ。


「まったく、見栄張るにも苦労するわ…。」

そう言いかけた時、置時計がくるくると回り始める。
それはとある人物の魔力に反応して起動する魔道具だった。


「ロッテ…。」

親の諍いに巻き込まれて、人形のようになってしまった従妹にして幼馴染の愛称を呟いて、イザベラは立ち上がる。
親の事も自分の事も殺したいほど恨んでいるであろう従妹、シャルロット。
魔法の腕に於いては親に似たのか、ドットの端くれもいいところな自分とは違いトライアングルであり、なおかつ利発に成長した。
何時か自分は父共々彼女に殺されるだろうが、もしそうなったならばそれも運命だと半ば諦めている。


「王とは、国家の頭脳であり象徴であり権威であるが、究極的には国家を構成する換えの聞く部品の一つに過ぎない。
 権威を持つのは国王では無く血統であり、それさえ維持されれば貴族も臣民も基本的には気にしないのだ。
 気にするとすれば、それが自分の生活にどう関わるか否かであり、正義や大義はそれを誤魔化す為の言い訳に過ぎない…ね。」

ル・アルーエットの本の一節を口ずさみながら、イザベラは呼び鈴を鳴らす。
呼び鈴を鳴らしながら王の交代がただの部品のすげ替えに過ぎないのならば、それにこだわって相争った父と叔父の争いは一体何だったのだろうと思いを馳せるが、その答えは見つからない。


「暖炉に火を灯しなさい、明るく輝かせなさい!
 『人形』が来るわ、せいぜい煌びやかに歓待なさい!」

自分は親の敵の娘であるのに、その娘がみすぼらしくてはシャルロットも立つ瀬が無いとイザベラは思っている。


「ロッテにとって復讐こそが生きる糧なら、私はせいぜいその為の悪役になるまで。
 悪役は豪奢でなければいけない、悪役は辛辣でなければいけない、悪役は意地汚くなければいけない。
 その為の努力なら、何でもして見せるわ。」

それのみが溺愛する従妹に出来る最大の思いやりであると、イザベラは思っていた。
父が弟に歪んだ愛情を抱いていたが為に、その娘の愛情も歪んだ表現にせざるを得ない。
6000年の時を誇るハルケギニアきっての大国は、その時の分だけの歪みをヴェルサルテイルの内側に溜め込んでいた。

舞台は隣のグラン・トロワに戻る。


「はうぅ…すんません、もう落とさないでください…。」

ずぶ濡れになったミョズニトニルンが穴から這い出てきた。


「飽きた。」

そう言って、ジョゼフは立ち上がる。


「何か面白い事は無いか…ふむ?」

玉座の回りをウロウロとうろつきながら、ジョゼフは考え込む。


「始祖の祈祷書は、ルイズとかいう虚無の娘が持っているのであったな?」

「はっ。」

ミョズニトニルンは畏まって頷く…ずぶ濡れだが。


「渡して貰えないのならば、娘ごと連れてくればよかろう?」

「はっ?」

ミョズニトニルンは首を傾げた。


「ふむ…虚無の娘と会ってみるも良かろう。
 余と気が合うかもしれぬしな?」

ジョゼフにとって、弟が居ないこの世など全てが虚構。
何もかもが戯れに過ぎない…故に、どんな思い切った策でも平気で使う事が出来た。


「ええええええっ!?
 あの直進娘を捕まえろって、そんな無茶な。」

この道化な使い魔(ミョズニトニルン)は自己裁量で動くととても面白い事ばかりをするので、ジョゼフのお気に入りだった。
ジョゼフは既に何人かの使い魔(ミョズニトニルン)を始末したが、今回のが一番面白いと思っている。


「王命である、やるがよい。」

「わ、わかりました…頑張るっス。」

肩を落としながら、ミョズニトニルンは玉座の間から立ち去ろうとしたのだが…。


「まあ待て、目標をもう一つ与える。」

「も、もう一つ!?
 虚無の娘だけでも正直無理っぽいのに、もう一つ!?」

ミョズニトニルンはもう泣きそうである。


「彼らの中に『ひばり(ル・アルーエット)』がいたであろう?」

ガリアは既に、ケティがル・アルーエットである事を掴んでいたのだった。


「はい、あの爆弾娘め、人が口上述べる暇無くボカスカ撃って来て…。
 ただの政治思想家(ませガキ)じゃ無かったんですね。」

何人かやられても大丈夫なように用意しておいた影武者用のスキルニルを、纏めて吹っ飛ばされたというのは結構衝撃だった。


「虚無の娘が駄目なら、あれを攫って来るがよい。」

「はあぁ!?そんな無茶な、ふっ飛ばされちゃいますよ。」

ミョズニトニルンの脳裏には、妙に爽やかな笑顔でバカスカ炎の弾を撃ち込んで来るケティの姿が蘇った。
何人ものスキルニルの目から同時に飛び込んで来たその光景は、ちょっとしたトラウマになっている。


「あれは普通のメイジだ。
 虚無の娘よりは楽であろう?」

「は…はあ、まあ、そう言われればそうなんですけれども。」

それでも怖いものは怖い。
ミョズニトニルンは元々後衛タイプであり、ガンダールヴやヴィンダールヴのように打たれ強くは出来ていないのだ。
ふっ飛ばされたら普通に死ぬ。


「謎の知識と知恵を持つ娘…。
 あれを妻に出来れば、俺の人生はもう少し面白いものになるやもしれぬな?」

「……………はっ。」

よし殺そう、そう心に誓うミョズニトニルンだった。

「それでは早速参ります、陛下の御為に。」

そう言うと、ミョズニトニルンは霧のように消えた。


「…あの道化め、本気になりおったか。
 殺すつもりならば、それもまた良い…さて?」

ワインを一口、口に含むジョゼフ。


「ふむ…悪くないな。」

ジョゼフはニヤリと笑って、グラスの中のそれを一気に飲み干したのだった。





「ポワチエ卿、私達の英雄が生きていたわ。」

「ほう、彼が生きていたと。」

ハルケギニアの王城にある女王の執務室に入ったド・ポワチエは王宮で一番殺風景な室内を見回しつつ、相変わらず喪服のアンリエッタの発言に少し驚いたような口調で頷いた。


「ええ、ケティが連絡用の魔道具で伝えてくれたわ。」

それは何処に居ても一瞬で持ち主として登録された者の元に戻るという魔道具で、一方通行だが情報の伝達速度は非常に速い。


「それは良かった…彼は無事なのですな?」

「莫迦みたいに無事だって書いてあるわ。
 あの娘は口調が丁寧なだけで、毒舌よね。」

貴方も似たようなもんです陛下とは言えないド・ポワチエ。


「そこで、貴方には旗艦を率いてサイト殿を迎えに行って欲しいの。
 貴方好きでしょ、安全な仕事。」

「はっ、安全かつ名誉に満ちた仕事は、小心かつ平凡な小官の得意とする所であります。」

アンリエッタの問いに、ド・ポワチエはニヤリと笑ってみせる。


「ならば向かいなさい、一番良い船でね。」

「御意、一番良い船で英雄の帰還を彩りましょう。」

そんなやり取りがあった数時間後…。


「ぬわんですってえええぇぇぇぇぇっっ!?」

アンリエッタはケティからの返事を見て悲鳴を上げた。
その手紙には『すぐは無理☆(要約)』と書いてあったからだ。
そして彼女の前には山のような書類があり、マザリーニは床に倒れたまま微動だにしない。
執務室は修羅場を越えて、既に阿鼻叫喚の様相を呈していた。


「背に腹は代えられないわね…応援を呼びましょう。」

アンリエッタは2通の文を侍女に渡した。


「ありとあらゆる手段を用いて最速で渡しなさい、わかったわね?」

「はい、陛下。」

侍女が出て行って数分で、2人の男がやってきた。
有り得ないほどの速さなので、おそらく2人とも城内のどこかに居たのだろう。


「陛下、私をお呼びになられるとは光栄のいた…り?」

「私めに出来る事であれば何なり…と?」

モット伯とパーガンディ伯の二人は、執務室の惨状に言葉を止めた。


「よく来たわね、モット伯、パーガンディ伯。
 手伝いなさい。」

アンリエッタはそう言ったが…。


「おおっと、今日は子供達が親元に帰っているから妻とイチャイチャする日でした…。」

「くっ…またかっ!?この右手の暴走さえなければ、陛下のお助けが出来るものを…っ!」

二人とも急に用事が出来たっぽい話を口走ったあと、くるりと背を向ける。


「モット伯、その日は確か4日後よ、間違えてはいなくて?」

「あ…あれ?そうでしたかな?」

モット伯はそう言うと、誤魔化すように口笛を吹き始めた。


「パーガンディ伯…わけのわからない事をしていると、王命で今の奥さんと別れさせてヴァリエール家の長女と結婚してもらうわよ?」

「い…嫌だなぁ陛下、ただの冗談ですよ、冗談。
 あはははははは…はぁ…。」

パーガンディ伯は力無く肩を落とす。


「ケティがまだアルビオンから帰って来ていないのよ。
 だから、ケティの親戚の貴方達が頑張るのよ…わかるでしょ?」

「何で我々だけなんですか!?」

モット伯は抗議するが…。


「貴方だけじゃないわよ?
 ねぇ?ジゼル?」

「ううぅ…私はケティと違って書類仕事苦手なのに…。」

銃士隊の制服が異常なくらい似合っているジゼルが、書類に埋もれながらチェックをしていた。


「ど、どうしたのかね、ジゼル?
 その服は…。」

「この娘、メイジなのに銃の扱いが異様に上手いのよ。
 だから、魔法学院が再開するまで銃士隊に体験入隊してもらったの。」

「学院が再開したのに、この仕事が終わらないと帰れませんけれどもね…。」

ジゼルはケティに付き合っていろいろやっているうちに、銃の撃ち方分解整備の仕方などの諸々を覚えてしまっていた。


「まことにもって情けない話ながら、銃において銃士隊でジゼルの右に出るものはおらぬ。
 よりにもよってメイジに銃で負けるなどあってはならぬ話だと、皆が発奮してくれているのは大変良い事ではあるが…。」

アニエスは未だに信じられないのか、軽く頭を横に振っている。


「私、子供の頃からあれの原型になった銃で、野山を箒で駆け巡って狩りしてたんです。
 知ってます?ケワタガモって結構撃ち落すの大変なんですよ?」

実はそれでモシン・ナガンの弾が尽きかけたのに慌てたケティが銃と弾の複製を企画したのが、パウル商会が武器に本格的に手を出した原因であったりする。


「はいはい、無駄話はそれくらいにして、皆仕事に戻ってね。」

『はーい。』

ケティ達が来るまでの辛抱だと、皆はアンリエッタの手伝いを始めたのだった。
ちなみに、マザリーニは2日後に戦線復帰したらしい。



[7277] 第四十六話 骨の髄までしゃぶり尽くされるのが英雄なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:a81d77f5
Date: 2010/10/30 19:12
英雄とは生まれるもの

本人が望むと望まざるに関わらず、英雄になる才能がある人間が、英雄にならざるを得ない事態に陥る時それは生まれます


英雄とは作られるもの

本人が望むと望まざるに関わらず、英雄とは国家に利用され、しゃぶり尽くされる運命にあります


英雄とは祀られるもの

本人が望むと望まざるに関わらず、英雄は伝承となり、人々に語り継がれ祀られて行きます…例えばイーヴァルディのように





ラ・ロシェール港に整然と並ぶトリステイン軍。
それを見物に来ている見物客。
そして…。

「何じゃこりゃーっ!?」

窓の外に広がる尋常ではない歓待っぷりに慌てふためく才人。


「何って、そりゃ才人の出迎えなのですが?」

「ちょ、ちょっと待て、俺の出迎え?何でこんな大仰な事になっちゃってんの?」

何でも何も無いと思うのですが…。


「4万の軍勢を一人で蹴散らしたとんでもない英雄(ワンマンアーミー)を出迎えるのですから、この程度は当然かと。」

「…ひょっとして、位打ち?」

何処の平安貴族ですか、貴方は?
よく覚えていましたね、《位打ち》だなんて。


「ふと思ったのですが、才人ってひょっとして日本史が得意だったりしますか?」

「得意って程では無いけど、日本史で80点以下は取った事無いぞ。」

なるほど、苦手ではないという事ですか。


「成る程…まあ、才人の今の器には大き過ぎる歓待かも知れませんね、これは。
 今の気持ちを忘れぬように、舞い上がっていい気にならないように自重してください。」

「きっついな、ケティ。」

私の言い方に棘を感じたのか、才人がちょっとびっくりした表情で私を見ています。


「まあ、私もちょっとやりすぎじゃあないのかとは思っていますし。
 …才人、貴方は姫様に骨までしゃぶられる事になりますから、覚悟しておいてください。」

「そういう時は、骨までしゃぶられない様に気をつけろじゃねーの?」

姫様、才人を政治的に思い切り利用するつもりですね…つまり、才人の面倒もきっちり見やがれという事ですか、やれやれ。


「才人、忘れてもらっては困りますが、私は貴族…つまり権力の側に属する人間です。
 姫様のしている事に政治的な合理性があると判断する限りは、それを止める事など起こり得ないと考えてください。
 東トリステインの政治的奪還こそなりましたが、アルビオン遠征による国力へのダメージが癒えるにはもう暫くかかるでしょう。
 その間のつなぎ的な娯楽として、未来への夢として、平民には才人という名の英雄を見せる必要があるのです。」

「俺が…英雄?」

まあ、つい数ヶ月前まで日本でただの学生をやっていた才人に、この急激な状況の変化への対応をしろと言うのはいささか無茶なのかもしれません。


「そう…貴方という英雄の登場によって、平民でも手柄を立てれば貴族に叙せられて領地を貰い、貴族の娘を娶って魔法学院に子供を通わせる事が出来るほどの貴族になれる『かもしれない』という夢を見る事が出来るようになります。
 才人にわかりやすく言うとあれですよ、豊臣秀吉。
 万人がそうなれるわけがないというのもわかっていますが、今までそんな事は絶対に起こり得ない事であったこのトリステインで、それが絶対であるかないかの壁が崩れたというのは、とてもとても大きな出来事なのですよ。」

「で、でも、俺の前にアニエスがいるじゃん?」

才人は首を傾げますが…。


「銃士隊は実は軍ではありません。
 彼女達の身分は、正式には実質将軍待遇であるアニエス殿を含めて国王付侍女です。
 姫様が制度を誤魔化し騙し隙を突いて作り上げた部隊の長として、これまた制度の隙を突いてシュヴァリエを叙勲させたのがアニエス殿なのです。
 トリステインの法には、平民の軍人や文官を貴族に叙してはいけないという法はあったのですが、侍女を貴族に叙してはいけないなどという法は無かったのですよ。」

「…そりゃまあ、普通は侍女をシュヴァリエにしたりはしないわな。」

まあつまり、法の網目というか常識の網目を掻い潜ってでっち上げた部隊なのですよね、銃士隊って。
身分が国王付侍女なので、国王以外からの統制を一切受け付けない、独立した権限を保有する部隊。
親衛隊は貴族同士のしがらみとかがあるので、何だかんだ言って完全に自由とは言い難いのですよね。
魔法衛士隊だった頃は、そこそこ自由だったみたいですが。


「そんなわけで、身分の壁を正面突破して貴族に叙せられるというのは、才人が最初というわけなのです。
 よっ、平民の星!憎いねーこのこの!…と言う訳で、一部の貴族には本当に殺したいほど憎まれていると思うので、気をつけてくださいね。
 いわば貴方は姫様の国家改革の広告塔ですから、それに反感を持つ人間に取っては格好の的に見える筈なのです。」

「命狙われているって…マジかよ?」

才人はげんなりした表情になります。
暗殺というのがピンと来ないのか、それとも度胸が据わっているのか…。


「唯才令…後漢末期、三国志の時代に活躍した曹操という小さいおっさんがやった事と一緒ですよ。
 能力さえあれば、生まれも性格も問わない…この小国には、生まれや性格で人を選り好みしている余裕はないのです。
 才人は武の方面で傑出していると見なされた稀有な例ですが、文官には魔法の才能すら要りませんから…姫様は、才人を突破口にして平民に主に足りない文官方面への門戸を開くつもりなのですよ。
 領地持ちになれる程の才能の持ち主は一握りでしょうが、そうなる事により平民は更に夢見る事が出来ます。
 もちろんこれはメイジの既得権益に土足で踏み込む事になりますから、それを潰したい貴族はそれこそ腐るほど…頑張って下さいね、才人。」

「なあ、シュヴァリエになるの辞退したくなってきたんだが?」

ようやく事の重大さがわかってきたのか、才人は滅茶苦茶嫌そうな表情を浮かべたのでした。


「姫様の構想に遅滞を来たす発想なので、それは受け付けられません。
 どんな地位にも名声にも、相応の重荷が付き纏うものです。
 今のそのうんざりした気持ちさえ忘れなければ、貴方は道を踏み外したり暗殺されたりはしませんよ。」

「ねえねえ、二人で何の話をしているの?」

ルイズが話しかけてきたのでした。


「外の歓待に対する気構えと心得を才人に教えていたのですよ。」

「あー…確かに、調子に乗りそうよね、こいつ。」

ルイズは才人を突っつきながら、感慨深げに頷いたのでした。


「だいたい、敵の半分近くは私のディスペルで正気に戻したってのに、そっちはあんまし宣伝せずに『サイト様ーサイト様ー』って何なのよ、外のアレは?」

「ルイズはヴァリエール家ってだけで、かなり箔がついていますからね。
 この時点で虚無で才人の主人で烈風カリンの娘だって知れたら、姫様が空気みたいな存在になっちゃいますから。」

それこそ反改革派がありとあらゆる手を使って、ルイズを神輿として祀り上げようとしかねません。
ルイズにその気が無くても、そういう流れが起きると敵に付け込まれる隙を作りかねませんからね。


「そうなると、私に国王になれとか言われるようになるって事ね…面倒臭いわ。
 普通に栄達を望んだら即国王って、私の人生って何でこんなに起伏が激しく出来ているのよ…。」

「人生だけじゃなくて、体にも起伏が欲しいよね、ルイズの場合。」

いつの間にやらマリコルヌ…。


「吹っ飛べ!」

「ありがとうございま~す!」

ルイズにぶん殴られて、マリコルヌは壁に突き刺さったのでした…。


「…俺が失言する隙すら与えねぇな、あの変態(マリコルヌ)
 パーフェクトだ、パーフェクト過ぎる。」

…ひょっとして、ちょっぴり感心していますか才人?


「それにしてもサイトの為だけに、これほどの出迎えか…まさか陛下はサイトに惚れている!?」

「無い無い。」

驚愕の表情で自分を見るギーシュを、才人は軽くいなしたのでした。


「つーか、そんなホイホイと女の子に惚れられてたまるか。
 女の子に夢見過ぎだ莫迦、現実見れ。」

「…君は、自分をわかっていないな。」

才人は至極まっとうな事を言ったのですが、ギーシュはそんな才人をジト目で見ています。


「これだけ無自覚に女の子引っ掛けまくっといて…なんと言うか、やれやれだわ。」

モンモランシーまで才人を半眼で見ているのです。


「…ま、確かに。」

取り敢えず、私も呆れた視線を送っておきましょうか。


「な、何、何なの!?
 俺が無自覚に女の子引っ掛けているって何よ!?」

才人はわけもわからずにキョロキョロと周囲を見ています。


「うん、あんたに悪気が無いのは、実はわたしも知ってる。
 無自覚…なのよねぇ。」

ルイズも額を押さえて眉をしかめています。


「…惚れちゃったら惚れさせるしかないんですけれどもね、はい。」

何時でも前向きですね、シエスタ。


「女にモテる奴は尽く死ね。」

知っていますか、マリコルヌ?
モテない男はどんな状況になろうが、絶対にモテないのですよ~?
…女にだって、選ぶ権利はあるのです。


「僕の希望を奪うなぁ!?」

「私の思考を読まないでください!」

スパーンと爽快に響き渡る音。
こんな事もあろうかと、予め用意しておいたハリセンでマリコルヌの頭を引っ叩いたのでした。


「うヒん!新感覚あざーっす!?」

厚めの羊皮紙製のハリセンって、ほとんど皮の鞭なのですね。
何だか、物凄く大失敗したような感触が…。


「…ま、まあこれは放って置いて話を続けますが、才人はもう少し己の言動に注意を払うべきかと。」

たぶん才人は、この段階で既にテファを落としている筈…テファの才人に対する好意も無自覚状態なのでしょうが。
ひょっとして、日本にいた頃も無自覚に女の子を口説いていて、本人がそれに気づいていなかっただけじゃあ…?


「げ、言動に気をつけろといわれても、何が何だかさっぱりだ。」

「才人の場合、それが素ですからねえ…。」

変わってしまったら、それは才人ではないというジレンマ。


「そのあたりはすっぱり諦めて、前向きに攻め続けるのが一番だと私は思います。」

貴方の場合は攻め過ぎですシエスタ。


「…ま、才人にそのあたりの気遣いを求める事自体が無駄だというのは同意なのです。」

「ああ、それはわたしも同意。」

私とルイズはほぼ同時に頷く事になったのでした。


「…何だかわからんが、俺を莫迦にしているだろ?」

「いや、普通に莫迦にされるレベルだと思うぞ、相棒の場合。」

出番の落差が激しいデルフリンガーにまで言われるとか、才人が可哀相な事になっています。


「うがー、俺には誰も味方がいないのか!?」

残念ながら誰も居ないのです。


「準備は出来たかな、サイト殿?」

ポワチエ卿が私達の居る部屋に入ってきたのでした。


「え、ええ…でもこの格好は…。」

才人はいつもの青いパーカーに黒ジーンズという姿ではなく、マントこそありませんが貴族や富裕層の人間が着る上質な服を着ているのです。


「この青と黒の服がボロボロなんだからしょうがないでしょ。
 腕のいい土メイジに頼んで跡が残らないように修復してあげるから、暫くはその格好で居なさい。」

原作で才人の服がボロボロの状態じゃ無かったのって、結構高いお金を払って才人の服を元通りに修復していたおかげだったというわけです。
才人の服、ズタズタのボロボロでしたからね…ガンダールヴじゃ無かったら、数十回は死んでいたであろう状態でした。


「へーい…でもこの格好、窮屈でなぁ…。」

「まあ、そういう服は往々にして窮屈なものですよ、才人。」

そういいながら、私は才人の背中を叩きました。


「あいた!」

「さあ、馬車に乗って民衆に手を振っておやりなさい。
 トリスタニアに着くまで、長いですよ?」

そして、ニヤリと微笑んであげます。


「げ!あんなのがトリスタニアまで続くのかよ!?」

「…まあ、そんな感じです。」

流石にそんな事は無いでしょうが、最悪な事態を想定させておけば、それより良かった時に人はホッとするものです。


「ぐはぁ…死にそう。」

才人は肩をガックリ落として、ドアを開けたのでした。


『トリステイン万歳!アンリエッタ陛下万歳!英雄サイトーンよ祖国を守りたまえ!』

「な、何だこりゃ!?
 つか、サイトーンって、またサイトーさんか俺は!?
 そんなに呼びにくいかよ、才人って。」

私たちの船室には音声遮断効果のある魔法が付与されていたようですね。
流石は最新鋭の大型戦列艦なのです。


「こりゃまた大騒ぎなのですね…貴方がアルビオンで起こした奇跡は、これだけの人間が賞賛する事だという事ですよ。
 胸を張って行きなさい。」

「わたし達は後ろの馬車に乗って着いていくから、くれぐれも莫迦な事とかしないように。
 わたしがキレると周りが見えなくなる性格なの知っているでしょ?」

パレード中に女の子に殴り倒される英雄とか、えらい事になるのですよ


「ケティ、ルイズをあやしておいてくれ。」

「わたしは赤ちゃんかっ!?」

どっちかというと、なかなか人馴れしない猫?


「ルイズ、落ち着くのです。」

取り敢えず、ルイズの頭を胸元に引き寄せたのでした。


「はう、これがあったわね…サイト、行っても良いわよ。
 しっしっ、どっか行きなさい。」

「ケティのおっぱいは犠牲となったのだ…。」

そんな不吉な言葉を残して、才人は一際大きな馬車に乗り込んだのでした…。
あとルイズ、人の胸にスリスリしないでください。





「け、ケティが帰ってきたわ…ガク。」

竜籠にてひとっ飛び、魔法学院にギーシュ達を降ろした後、トリスタニアの王城に帰還の報告をしにやって来たのですが…何故か姫様の執務室に銃士隊の制服を着込んだジゼル姉さまが居て、疲労困憊といった感じの状態で私に抱きついたのでした。


「ええと、何故ジゼル姉さまが銃士隊…って、まさかまさかですが姫様に銃の腕前を見せたのですか?」

メイジにとって銃はあまりイケていない事を知って、拗ねてラ・ロッタ領以外ではその腕前を封印したジゼル姉さまが?


「くー…。」

「質問に寝息で答えないでください…。」

瞬時に熟睡って、の○太じゃあるまいし…。


「全くもう、ジゼル姉さま起きてください、ジゼル姉さまー…って、ちょ、おも、重い!?
 ああもう仕方が無い、レビテーション。」

「私が試しに銃士隊の教練に付き合ってもらったのよ。
 まさか、箒に片足で逆さまにぶら下がりながら、300メイル先の的のど真ん中をほぼ百発百中で撃ち抜くとは思わなかったわ…。」

ソファにジゼル姉さまを投棄しようとレビテーションで持ち上げる途中に、姫様がそう言ったのでした。


「ジゼル姉さまの射撃術は、箒の上に乗ったりぶら下がったり、半分曲芸みたいですからね。」

羽布団に使うためにケワタガモ狩りをしていたら、何時の間にやら凄まじい腕の持ち主になっていたのですよね。
カモ撃ちを散弾銃ではなくライフルで行うと、銃の腕が凄まじく上がるらしいですが…まさか我流でやっていたらあそこまで変な打ち方になるとは思いもよらなかったのです。
学院に入ってからは恥ずかしがって人前で使うのを控えていたようですが、腕は全く衰えていませんでしたか。


「何でそんな撃ち方出来るんだって聞いたら、『練習です』の一言で済まされてしまったんだが。
 ジゼルに銃の撃ち方を教えたのは、ケティ殿なのだろう?」

「あっという間に追い抜かされましたが、ジゼル姉さまに銃の使い方を教えたのは確かに私です。
 言っておきますがアニエス殿、期待はしないで下さいよ?
 ジゼル姉さまの撃ち方は、私が教えた基本以外徹頭徹尾我流なのですから。」

箒からぶら下がって撃つとか、私には無理なのです。


「そうか、ケティ殿が出来るなら、詳しく解説して貰えるかと思ったのだが…。」

「私は運動音痴という程ではありませんが、そっち方面の能力は平凡なのです。
 アニエス殿の期待には応えられそうにもありません。」

腕を曲げて力を入れてみますが、力瘤らしきものは出ません。


「ふにふにだな。」

アニエスが私の腕を突っつきながら、しみじみと呟きます。


「ええ、残念ながらふにふにです。」

何でもかんでも出来れば楽なのですが、身体能力は鍛えないとどうにもなりませんから。
正直な話、こちらの政治や経済状況の把握と魔法の練習でいっぱいいっぱいで、体を鍛える暇はありませんでした。
田舎育ちなので、そこらの貴族の娘よりはマシですが、逆に言うとその程度でしかないのです。


「ところで姫様、仕事はどうなりましたか?」

「大方片付いたわ、そこに倒れているモット伯とパーガンディ伯に感謝なさいな。」

姫様の視線を辿ってみると…。


「リュビ、何度も言うようにこれは浮気じゃない…。」

「エターナルフォースブリザード…。」

リュビ姉さま登場の悪夢に魘されるモット伯と、おかしな夢を見ているパーガンディ伯なのでした。


「それで、何で姫様はそんなにケロリとしているのですか?」

「慣れよ慣れ…くー。」

話している最中に睡眠…矢張り痩せ我慢でしたか。
いかなデスマーチ女王アンリエッタとはいえ、限界を突破すれば脳が強制的に睡眠モードに突入するのは当たり前なのです。


「寝てるじゃねーか!?」

「はっ!?寝てなどいないわ。」

才人のツッコミに目を覚ましたのでした。
姫様よだれよだれ。


「くー…。」

しかし、抵抗空しく睡魔に脳を占領されたようです。
まあ、どんな人間だって限界はあるという事でしょう。


「やれやれ…レビテーション。」

姫様をレビテーションで浮かし、仮眠用…とは言っても、結構豪華なベッドに寝かしつけたのでした。


「皆駄目だな、こりゃ。」

「確かに、これじゃあ報告は無理よね。」

才人とルイズは、そういって溜息を吐いたのでした。


「仕方がありませんね。
 私たちも疲れていますし、今日は城に泊まりましょう。
 誰か、誰かある!」

私がそう呼ぶと、数人の使用人がやってきたのでした。


「お呼びでしょうか、ミス・ロッタ?」

城の皆さんにもすっかり顔を覚えられてしまいましたか…。


「そこの床に転がっているモット伯とパーガンディ伯を、どこかゆっくり休める部屋に運んであげてください。
 それと、陛下の眠りを妨げぬように。
 あと、宿泊する為の部屋を用意願えますか?」

「はい、かしこまりました。
 少々お待ちくださいませ。」

このお城は貴賓室から地下牢まで、泊まる場所には事欠きませんからね。


「姫様も寝たか…正直な話、私もそろそろ限界だな。」

「銃士隊長である手前、姫様の傍らでずーっと起きていたわけですか…お疲れ様です。」

よく見ると、アニエスの目の下にもくまが出来ています。


「このくらい、気合で何とかするさ。」

「流石は銃士隊長…ちなみに私は、今まで眠気に勝てた例が無いのです。」

体が極端に眠気に弱く出来ているらしく、眠気に耐えていた筈が何時の間にか眠気に耐えている夢に変わっているのですよね。
ジゼル姉さま曰く、《怪奇!立ったまま意味不明の言語でぶつぶつ呟きながら眠る女!》なのだそうで…。


「ふふふ、ケティ殿はいつも眠たそうだものな。」

「このボケ顔は、たぶん生まれつきなのです。」

ちょっぴり気にしているのですから、放って置いてください。


「今日は貴公らもゆっくり休め。
 特にサイト、卿は数日間トリスタニアで行事が目白押しだ。」

「うげぇ…。」

騒がれるのが面倒臭いのはラ・ロシェールの一件で十分にわかったらしく、才人が心底嫌そうな表情で首を振りました。
ま、私も騒がれたくない気持ちは良くわかります。
期待と羨望の視線って、重いですものね。


「とほほ…もう骨までしゃぶられている感じがするぜ。」

「フッ、生きていようが死んでいようが、英雄というのは国家に利用されるものだ。
 生きていれば、その分の見返りが貰えるだけマシ…まあ、騒がれるのもせいぜい数ヶ月だろうから、騒がれるうちに騒がれておけ。
 その分だけ、老後に孫に語って聞かせる話のネタがが増えるというものだ。」

アニエスはニヤリと笑って、才人の肩をポンポンと叩いたのでした。





数時間後、王城の図書館で借りてきた本を読みながら、ベッドでうつらうつらし始めた私の部屋にコンコンとノックの音が響いたのでした。


「どなたですか?」

「私よ、ルイズ。」

ドアの向こうからそう声がしたので、ベッドから降りて鍵を外しドアを開けたのでした。


「…ケティ、眠れないわ。」

「いやルイズ、突然部屋に枕を抱き締めながらやって来られても…。」

部屋の外には、ネグリジェに身を包んだルイズの姿…色っぽいといえば、色っぽい?。
ちなみに私は黄色のパジャマにナイトキャップで、色気の欠片もありません。


「あのね、サイトが居ない間に寝られなかったのって、あいつが居なくて心配なせいだと思っていたのよね、わたし。」

「私もそう思っていましたが、それが何か?」

ルイズは才人が見つかるまで、ずーっと寝不足気味でしたから。


「それが、どうやら違うみたいなのよね。
 そりゃ、サイトが居なかったのが心配だったのは事実なんだけれども、わたしって何時の間にか隣に誰か寝ていないと眠れない体になったみたい。」

「そりゃまた、難儀な事になっているのですね。
 …それならば、才人の部屋に行けば良いのでは?」

しかしそれならば、何で私の所に来たのでしょうか?
いやまあ、才人の所に行ったらと考えると、ちょっと腹が立つのも事実ですが。


「ケティ…わたしだってね、分別はあるの。
 いくらなんでもこんな人目につく場所で、とととととと殿方のへへ部屋に行くなんてででででで出来ないわ。」

「ああなるほど、部屋を別々にしたせいで、かえって意識してしまったのですね?
 そんな事など気にせずに、堂々と才人の部屋に…むが。」

顔を真っ赤にしたルイズに、口を押さえられてしまったのでした。


「それに、それによ?
 ヴァリエール家の娘が男の部屋に入って行って泊まった…なんて噂が立って、もしも家にまでそれが届いたら…わたしはお母様に木っ端微塵にされるわ。」

「赤くなった後は真っ青に…そう言えば、ルイズの母上は烈風殿でしたね。」

ガタガタ震え始めたルイズに、そう話しかけてみたのでした。


「ケティに知ってたのって聞く事自体が愚問よねー…でもまあその通りよ、お母様を怒らせるような事はしたくないの。」

ま、何歳になろうがどんなに強かろうが、自分をまっとうに育ててくれた親は殴れませんよね、育ててもらった恩を考えると。


「それで、代わりに私と一緒に寝たいと?
 別にジゼル姉さまと一緒でも良いではありませんか?
 どーせ殆ど気絶しているみたいなものですし、無抵抗ですよ?」

「ジゼルは私が莫迦にされていた時にも、気にせず話しかけて来てくれた一人だけれども…。
 ジゼルの部屋に行ったら、別の方向で噂が立ちそうなのよね。」

ああ成る程と妹である私にサラッと思われてしまう程、男装のジゼル姉さまの格好良さは半端無いのです。
だからこそ、その気の全く無いジゼル姉さまは嫌がっているのですが。


「そんなわけで、ケティお願い一緒に寝て。」

「良いですよ、どうぞ。」

客間のベッド広いですし、ちみっこい女子二人であれば余裕の広さ。
やろうと思えばプロレスごっこだって出来ちゃいます…ルイズとプロレスごっこやったら、私が惨殺されてしまいますが。


「いやー、やっぱしケティと言えば胸よね、もふ。」

ルイズがいきなり私の胸に顔をうずめたのでした。


「な、何故に私の胸に顔をうずめますか、ルイズ?」

ルイズって女もいけましたっけ?
力では逆立ちしたって敵いませんし、性的な危機感を感じるわけですが。


「もふもふ、こうして寝ていると、ちい姉さまと一緒に寝ている時の事を思い出すのよね。
 心臓の音、落ち着くわー。」

「ああ、そういう事ですか。」

私はルイズよりも年下で、しかも末娘なのですが…まあ、21年分の人間の記憶もプラスされていますからね。
精神的に老けているのは否めませんか…はう。


「それじゃあ、おやすみ…。」

「はい、おやすみなさい、ルイズ…。」

私は目を閉じ…。


「ふぇっくしょい!」

そして翌朝、寒さと共に目を覚ましたのでした。


「うー…?」

ぼやけた視界には毛布に包まったルイズの姿…庇を貸して母屋を取られた気分なのです。




「道中、ご苦労でありました。」

「え?あ、はい。」

謁見の間で私達は公式な形での姫様との謁見を行っている最中です。
昨日は姫様達が力尽きてしまったので、後にやる筈だったこちらのイベントが前倒しされたのでした。


「ラ・ロシェールに集まった人の多さに、びっくりしました。」

まあ、トリステイン中から人が集まったのじゃあないかと思うくらいの量でしたからね。


「人が沢山居たと?」

「はい、トリステインにこれだけの人が居たのかと思うくらいの見物客で、自分がちょっとした見世物になったかのような気分になりました。」

まあ、実際殆ど見世物の珍獣みたいな扱いだったとは思いますが…。


「その人だかりは、臣民もそなたに大変感謝しているという事で表れですわよ、サイト殿。
 素晴らしい事ですわ、そなたの活躍はまさにトリステインの剣、一個の軍団に匹敵する偉業でありました。」

そう言いながら、姫様はマントを侍女から受け取ったのでした。


「国家の為に力を尽くしてくれた者に報いる事は、すなわち国家と国家元首たる私の義務であります。
 よって我が国は国法を改正して、そなたをシュヴァリエに叙する事に決めましたの。
 少ししゃがんで頂けるかしら?」

「は、はい!」

姫様は跪いた才人に、手ずからマントを着せたのでした。


「サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ、そなたはこれからシュヴァリエとなり、我が国の剣となります。
 いっそう精進し、私に尽くしなさい。」

「はい!」

緊張しまくって、もはや姫様が何言っているか理解していませんね、才人。


「たかだか知り合いにマントつけてもらうだけで、何故にここまで緊張しますか?」

「場に飲まれてるわねー、でもケティの物言いはぶっちゃけ過ぎ。」

ルイズも私の隣で苦笑しています。


「ところで、姫様がさりげなく『私に尽くせ』とか言いやがったんだけど?」

「…言いやがりましたねえ。」

そりゃまあ姫様だって女の子ですから、英雄に憧れるなとは言いませんが…正直姫様とルイズの恋の鞘当ては蛇足ですし、フラグは早急に叩き折りましょう。
ええ、ええ、どうせ私の都合ですよ、こんなこじつけはただの誤魔化しですよね、はぁ…。


「さてはて、どういうおつもりなのやら?」

そんなこんなで儀式は終わり、再び執務室…。


「おほほほ、サイト殿に対して他意は無いわよ、《朕は国家なり》って奴。
 私に尽くすという事は、すなわち国家に尽くすって事でしょ?」

「何という王様発言。」

「そりゃまあ王様ですもの。」

そうでした。


「確かに私も相手は居ないけど、片思いの相手が死んでしまって数ヶ月で次の相手を探す気にはならないわ。
 …でもそのうち、そういう火遊びも良いかもね。」

「うぉう…何かゾクッと来た。」

姫様の視線を受けて、才人が軽く身震いしたのでした。
やだなにこの姫様、色っぽい…。


「あでっ!?」

「姫様に鼻の下伸ばさない!」

早速、ルイズに尻を蹴っ飛ばされる才人なのでした。


「…とまあ、戯言はこのくらいにしておいて、皆御苦労さま。
 サイト殿は暫らく意識が戻らなかったってケティの報告で聞いたけれども、もう大丈夫なのかしら?」

「ああ、すっかり傷は癒えた。
 姫様こそ、寝不足は解消したか?」

姫様は才人の事を『自分に無礼に接してくれる数少ない人材』だとか言っていましたが、確かに言葉づかいは無礼ですね。
ただ、それでもしっかりと気遣う所は気遣えてしまうのが才人の良い所であり、姫様は才人のそういう所を大事にしているのでしょう。


「目が覚めたら太陽が天高く昇っていた、なんていうのは久し振りだったわ。
 おかげで気分爽快よ。」

「そりゃよかった…ところで、ケティが言っていたんだが、俺って骨までしゃぶり尽くされるの?」

それを本人に言いますか、才人。
器がでかいというか、天衣無縫というか…。


「ええ、英雄っていうのは、国にしゃぶり尽くされる運命にあるのよ。
 それこそ死んでも利用されるから、覚悟してね★」

そして姫様も平然と言い切りますか。
流石というかなんというか、星まで黒いのは伊達じゃないのです。


「うへぇ、覚悟しときます。」

「そうよ、覚悟して。
 国は貴方を死後もしゃぶり尽くす代わりに、相応の対価を払うわ。
 それが貴方の価値に見合うかどうかは、後世の歴史家任せだけれどもね。」

頭をポリポリと掻く才人に、姫様は柔らかく微笑みかけるのでした。


「それじゃあサイト・ド・ヒラガ殿、早速だけれども国として貴方をしゃぶる第一段。」

そう言いながら姫様は、さらさらと羊皮紙に何かを書き込んでいます。


「卿に騎士団結成の命令と権限を与えます。
 卿が団長になるも良し、他の者を団長に立てるも良し、好きになさい。
 騎士団の名前は《水精霊騎士団》(オンディーヌ)よ。」

「ちょ、ちょっと待って下さい姫様!?
 《水精霊騎士団》って、永久欠番にされていた筈じゃあ?」

ルイズが悲鳴のような抗議の声を上げます。
水のトリステインの象徴を頂いた騎士団である《水精霊騎士団》は、かつてはトリステイン最大最強の騎士団だったのですが…色々あって騎士団丸ごとオクセンシェルナと一緒に独立してオクセンシェルナ国軍になってしまったのですよね。
なので、オクセンシェルナ国軍は通称《水精霊騎士団》(オンディーヌ)と呼ばれているのです。
そんな不名誉かつ間抜けな事件があったせいで、永久欠番扱いだったのですが。


「水のトリステインに水精霊騎士団が何時までも無いままじゃあ、何か収まりが悪いじゃない。
 サイト殿の名声で不名誉を打ち消して、なおかつ騎士団が武名を上げる事が出来れば、不名誉は雪がれるわ。」

まあ、確かに色々と格好悪かったですよねえ、水のトリステインに水精霊騎士団が無いのは。


「で、でもそれだと、オクセンシェルナ国軍(オンディーヌ)が文句を言ってきませんか?」

「オクセンシェルナ国軍はオクセンシェルナの水精霊騎士団であって、トリステインの水精霊騎士団では無いわ。
 もう我が国とは縁もゆかりも無いのよ。
 だいたい自分達で望んで我が国から抜けたのだから、却ってせいせいするんじゃないかしら?」

姫様は完全に分かった上で言っているのだとは思いますが、オクセンシェルナ国軍の紋章はトリステイン国軍と同じ百合になっています。
白地に百合がトリステイン国軍、青地に百合がオクセンシェルナ国軍ですが、完全にトリステインから切られるとなると文句は言わないながらも内心複雑だと思うのですが…。


「何だか良くわからんが、すごい由来の名前なのは分かった。」

「…聞いていませんでしたね?」

「うん。」

私の問いに、才人はゆっくりと頷いたのでした。


「まあ、知らなくても問題ないわ。
 兎に角サイト殿、騎士団の編成を貴方に任せるわ。
 …ああでも、ケティを団長にしちゃ駄目だからね?」

「読まれてた…でも、何でだよ?」

よりにもよって私を団長にしようとしていたのですか、才人。


「ケティは基本的に俺達の行動を仕切っているんだけど?」

「それだからよ。
 ケティに頼りっきりじゃあ、困るわ。
 彼女には他にもしてもらう事があるのだもの。
 それにね、トリステインの国法では女性の貴族を軍人にする事を原則禁止しているのよ。」

話しているだけに飽きたのか、姫様は手元の書類を読み始めたのでした。


「どうしてだよ?」

「女が死ねば、その分だけ子供が生まれなくなるから。
 ぶっちゃけた言い方をするとね、女の命は生まれる子供の分もあるから、男よりも数倍重いという考えなのよ。
 それが女性の貴族が軍人になる事を原則禁止している最大の理由。
 ま、他にも男が格好つけたいからとか、色々とあるのだけれどもね。」

制度的には実は女尊男卑なのですよね、この軍人の女人禁制って。


「酷い話だけど、一理あるか…。」

「まあ、困った時には手伝いますから、団長は他の人でお願いします。」

正直な話、騎士団の団長なんて御免被りたいですし。


「分かった…けど、他に誰が居たっけ?」

「才人はやらないのですか?」

正直な話、これだけの名声があるなら才人がやっても大きな問題はおこら…無いと良いなぁといった感じではあるのですが。


「出る杭は打たれるって言うだろ。
 あと、そういうの純粋に面倒臭い。
 つーか、戦術とか考えるの面倒臭い。」

「あんたね…。」

やる気無さそうな才人を、ルイズは半眼で睨んでいます。


「そうだ、ギーシュが居たな。
 あいつ派手なの好きそうだから、きっと喜ぶぞ。」

「たしかに、ギーシュなら目立つの大好きだし、適任ね。
 あいつ、ああ見えてグラモン家だし、家格も十分だわ。」

二人とも、ギーシュに統率力とか欠片も期待していませんね。
ああ見えて一応、アルビオンでの戦ではいち部隊を率いて手柄を上げているのに、不憫な…。


「戦いになったら俺とルイズが正面から吶喊して、騎士団が後からついてくる。
 これで万事オッケーだな。」

「そうね、それが一番犠牲が出無さそうで良いわね。」

それは騎士団の戦いじゃないと思うのです。
だいいちそれでは騎士団はルイズ達の後にぞろぞろ着いて行くだけの集団になってしまうのですよ。


「アニエス…サイト殿に戦いのイロハを教えてあげて。」

才人とルイズの常識外れな物言いに額を押さえつつ、姫様はアニエスにそう言ったのでした。


「はっ…その方が良さそうですな。」

アニエスは苦笑を浮かべながら頷きます。


「取り敢えず、この二人の特性を最大限利用出来て、なおかつあんまり考えずに運用できる部隊運用からですか。
 …まあ、おのずと限られてきますね。」

水精霊騎士団は錐行陣でひたすら突撃する部隊になりそうな予感がひしひしとするのです。
黒色槍騎兵(シュワルツランツェンレイター)とかに名前を変えたほうが良いのかも知れません。





「爵位って本当に国家公務員なんだな…。」

数日後の給料日、給料が入った麻袋を抱えた才人が、しみじみと呟いています。


「よし、じゃあ馬を買うわよ!
 月毛のかっこいいやつ!」

ルイズがわくわくしながらそんな事を言っていますが…。


「却下。」

私は即座に却下したのでした。


「何でよ!?」

「才人の初月給は、私のモーゼルを壊した弁償に回される事で決まっているのです。
 ですよね、才人?」

才人ににっこり微笑んでみたのでした。

 
「う…実はそういう約束してる。」

「ううっ…月毛の馬…。」

どうせ月毛ったって黄色くて小さい変な馬しか買えないのですよ、ダルタニャン物語的に。


「月毛の馬…つーきーげー。」

何故にそんなに月毛にこだわるのですか、ルイズ。


「仕方がありません…月毛の馬は私が買ってあげます。」

「じゃあ最高級の馬具も。」

成る程、ルイズが乗り回したいのですね、分かります。


「軍用の兎に角頑丈な奴で我慢してください。」

それなら、商会の倉庫に転がっていますし。


「頑丈なら、それで良いわ。」

ルイズはこくりと頷いたのでした…最高級って、頑丈なやつって意味だったのですね。


「まあ兎に角これで、才人の初月給ゲット…と。」

目的の為に手段を選んでいないような気がしますが…まあよし。


「…ねえケティ、何でそこまでして才人の初月給に拘るの?」

「えっ?」

不思議そうに訊ねてくるルイズに、私は内心少し慌てています。


「えーと…先程話したではありませんか。
 才人に初月給で弁償して貰う約束をしたと。」

「うん、だから試してみたんだけど。
 わたしに馬と馬具を買ってくれるって、殆どトントンになるじゃない?」

そういやそれなりに勘は良いし頭も回るのですよね、ルイズ。
最近すっかりアホの子モードだったので、気を抜き過ぎていましたか?


「いや、それはルイズが欲しがるので、つい。
 泣く子とルイズには勝てないといいますか…。」

「本当に?」

ルイズは鳶色の瞳で私をじーっと見つめています。


「本当ですよ~。」

「ふにゃ?」

ルイズの目の前で指をぐるぐる回すと、指先を追って瞳がぐるぐると回り始めたのでした。


「ぐるぐるぐるぐるぐるぐる~。」

「ふにゃ~…あにするのよう~。」

指先を追い続けて目を回すとか、貴方は仔猫ですかルイズ。


「はぅん、可愛いですルイズ。」

「ふにゃ~。」

ふっふっふ、何はともあれ誤魔化すの成功。


「ふにゃ~、才人が弁償するなら、わたしも付いて行くわよ~。」

誤魔化せて無かったー!?
あの闇市に、泥棒通りのあの悪所に公爵令嬢…掃き溜めに鶴とかいうレベルじゃねえぞ―なのですよ。



[7277] 第四十七話 飾って眺めるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:03e247df
Date: 2014/05/14 22:49
騎士団とは、専業の志願兵部隊

志願兵であるが故に、指揮・錬度を常に高めに保っておく事が可能となるのです


騎士団とは、爵位を持つ者で構成される部隊

貴族が自ら志願し名誉と責任を負う事、それによって騎士団は団結します


騎士団とは、時に国家の威信をも背負う部隊

国家の象徴たるものをその名に刻む騎士団には、勝利し続ける事が求められるのです






「わわわっ、なにこれなにこれ、胡散くさ~い♪」

久々に泥棒通りの闇市に来てみたのですが…ついてきたルイズがおおはしゃぎなのです。


「…意外と馴染んどるな。」

「風景とルイズで持っているオーラが違いすぎて、違和感バリバリですけれどもね。
 なんという掃き溜めに鶴状態。」

しみじみと呟く才人に、私はゆっくりと頷きながら同意したのでした。
はしゃいでいるルイズは可愛いのですがね、通りのどんより殺伐とした雰囲気に合わない合わない…。


「いや、風景に馴染んでいないのはケティも似たようなものなんだが。」

「…貴方の目は節穴ですか、才人?」

私みたいなモブキャラ系は、大体どんな場所でも違和感無く馴染める筈なのです。
地味な髪色に何処にでも居る顔、何処からともなく漂う普通オーラ…まさにモブ、何処から見てもモブ…フフフ、モブやらせて私の右に出るものがいるでしょうか、いや居ない。


「最近どこかの誰かさんに貴族に関して教えてもらった限りでは、男爵家っていうのは貴族の中でもそこそこ良い家な筈なんだが?
 俺から見りゃケティもお嬢様だよ。
 しかも可愛いし、十分掃き溜めに鶴だな。」

「ぬぅ…おだてても、手加減はしませんよ?」

そういうおだてられ方をされたら、顔が赤くなるではありませんか…。


「おだてて無いっての。
 ケティはなんだかんだ言って育ちが良いから、ここの空気からは浮くって。」

「それを言うなら、貴方だって日本の中流家庭で生まれ育っただけあって、育ちは良いのですが。
 …って、ここの空気から浮いている度を競ってもしょうがありませんか。」

ルイズが幾ら強いとは言え、水の秘薬等で眠らされたらどうにもなりませんし、しっかり見張っておかないと。


「ねえケティケティ、これ何?何?」

「おおルイズ、すんごいモノを握り締めていますね。
 それ、何かの動物の雄の生殖器なのです。」

あの店、何故だか古今東西の生き物の雄の生殖器の干物だけを揃えているのですよね。
私も昔あの店で売っているものを聞いて真っ赤になった事があります。


「雄の生殖器…?
 えっと、それってつまり…ふぎゃー!?」

ルイズは思わず生殖器を放り投げたのでした。
生殖器がくるくると宙を舞っています。


「うわ、うちの売り物に何てことしやがる!?」

「レビテーション。」

このままだと揉めそうなので、ルイズの放り投げた生殖器をレビテーションで受け止めたのでした…手で受け止めるの嫌ですし。


「お騒がせしてすいません。
 お返ししますね…で、それは?」

「…聞きたいのか?」

店主、何故にそこでニヤリと笑いますか?


「何だか、凄く嫌な予感がするので遠慮しておきます。」

「そうか、残念だぜお嬢さん。」

ええい、このセクハラ商店めが。


「嫁入り前の清い身で、とんでもないものを触ってしまったわ…ごしごし。」

「俺のパーカーで、あんな物触った手を拭くんじゃねえ!?」

ルイズが謎の生き物の生殖器を触った手をパーカーに擦り付けたので、才人は悲鳴を上げたのでした。
いやまあ、私も同じ事されたら全力で抗議しますね、うん。


「ところでケティ、いったいどの店に向かっているの?
 …ごしごし。」

「だから、拭くのをやめれ!」

「もうちょっと行った所にある店です。
 聖護符とかも売っていますよ。」

才人がちょっと可哀相ですが、とばっちりに遭いたくないのでスルー。


「何で聖護符が武器屋に…?」

「いや、別に武器屋ではないのですよ、武器は売っていますが。
 私たちがこれから行く店は、ロマリアからの横流し品を売る店なのです。」

可愛らしく小首を傾げるルイズに答えを教えてあげると、案の定仰天したのでした。


「ちょ、横流し品ですって!?
 そんな非合法なものを…もが。」

「ここはそういう非合法品ばかりを取り扱う場所だから《闇市》と呼ばれているのです。
 ついでに言うと、ここの人たちは騒がれるのが苦手ですから、お静かに。」

そんな事を話ながら歩いていたら、いつもの店の前に着いたのでした。


「どうも店主、お久し振りです。」

「お、久し振りですな御嬢。
 今日は何をお買い上げになりやすか?」

店に並んでいるのは武器類などもあるのですが、聖護符やら司祭や司教や尼僧の服なんかも置いております…勿論、全部ロマリア本国からの横流し品なのです。


「銃を見せていただけますか?」

「今回入っているのは、これですな。」

そう言って店主が取り出したのは…。


「またこれですか…。」

皆知ってるカラシニコフ、ゲリラ御用達のAK-47。
しかも世界の紛争地域で大活躍な中国のノリンコ製、56式自動歩槍というやつなのです。


「これ中国が作りまくって、世界中に安価にばら撒きましたからねー。
 商会の倉庫にも既にどっさりありますが…幾らですか?」

「4丁纏めて買って頂けるなら、一丁3エキューで構いやせんぜ。」

激安…ロマリアの倉庫に溢れ返っているから、わざと流出させていませんか、これ?


「買いましょう…これの弾薬は?」

「箱丸々一つありやすけど、錆びていやすぜ?」

あちゃー、拾うのが遅くて弾が錆びちゃいましたか…。
でもまあ、錬金で錆を取れば何とかなりますね。


「そっちは?」

「じゃあ、1エキューでかまいやせん。
 どうせ俺らに取っちゃゴミでさ。」

錆びている7.62×39㎜弾は商会に頼んで、ラ・ロッタの工房に運ばせて修復させましょう。
その方が、作るよりも楽ですし。


「では、それは後で商会の方に運んで置いてくださいね、代金はあちらで請求なさいな。」

「闇市の作法を、良くわかってらっしゃる。」

先払いは不可というか、無かった事にされるのがここでのルールなのです。


「掘り出し物は、ありますか?」

「ふむ…これなんかどうで御座いましょう?」

またまたこれは素敵なものを…。


「な、何だこのでかい拳銃!?」

「銃士隊が使っているものよりも小さいじゃない?」

それはライフルなのですよ、ルイズ。


「いやルイズ、アレは小銃だよ、こっちは拳銃。」

「同じ鉄砲じゃない。」

まあ、一般的なメイジの感覚としては、こんな感じでしょうね。


「パイファー・ツェリスカとは、また色物を召還しましたねぇ…。
 しかしこれを持って行かれた人、今頃涙目なのでしょうね。」

パイファー・ツェリスカとは、オーストリアのパイファー社という会社が作った象撃ち用ライフル弾を使用するトンデモリボルバーの事。
全長55㎝、重さ6㎏…こんなでかくて重い銃を普通に使う人なんていうのは当然居らず、趣味人用の完全受注生産品なのです。
ちなみに、一丁200万円もします。


「…弾は?」

「ありやせん、それに装填されている分だけでさ。」

一応、数発くらいは複製しておいて貰いますか、弾。
とはいえ私じゃ持てませんし、撃ったとしても反動で立っていられない筈なのです。


「才人、これ買ってください。」

「え…これ!?」

才人が嫌そうな顔で私を見たのでした。


「だってこれ、使えなくね?」

「風雅というものをわかっていませんね…こういうトンデモ銃は、飾って眺めてうっとりするのが良いのではありませんか。」

これが私の部屋に飾ってある姿を想像すると…思わずうっとりします。


「薄暗い部屋の暖炉の上にでかくて黒光りする実用性皆無な拳銃…私はそれを眺めつつ本を読み、そしてワイン。
 ああ…なんて素敵な風景なのでしょう…ああ、さ・い・こ・う。」

「女の子として、完全に間違った方向に走っているわよ、ケティ。」

「つか、銃飾ってうっとりするのは、どう見ても風雅じゃねえ。」

酷い事を言われているような気もします…うふ…うふふふふふのふ。


「ささ、買ってくださいまし。」

「おう…仕方がねえ。
 いくらっすか?」

才人はパーカーのポケットから、ガマ口財布を取り出したのでした。
何時も何時も思うのですが、財布のチョイスが渋い…。


「2000エキューで。」

「この前のでかいライフルと一緒かよ。」

この前のでかいライフル…というのは、PTRD1941通称デグチャレフ対戦車ライフルの事です。


「そういや、あのでかいライフルどうなったんだ?」

「当家領にて分解、解析中なのです。
 報告によると、半年に一丁くらいで良いなら何とかなるのだとか。」

銃士隊に配備されたら、魔法の射程距離を遥かに上回る距離から狙撃が出来る殆ど悪夢みたいな兵器と化しますが…。


「半年に一丁って…。」

「勿論、製作コストも激高でして、PTRD1941一丁を製作する手間とお金で、カルバリン砲が200門くらい作れちゃいます。」

ぶっちゃけ、コスト的に割に合わないというのが現状なのですよね。
魔法で作る限りは、これ以上の効率化は望めないでしょう。
そして魔法抜きだとこの世界の技術は、鉄器時代の初歩程度。
色々な技術の概念はありますから、基礎技術さえそろえばブレイクスルーは可能でしょうが、それでも現状まで持っていくのに最短でも一世紀近くはかかる筈なのです。


「そりゃ、大砲作った方が安上がりだな。」

「ええ、一発必中の砲一門よりも、百発一中の砲百門なのです。
 戦いは数が物言う世界ですから、そんな特殊装備は後回しにした方が賢明でしょう。」

一応、予備用含めて二丁発注されましたが、出来上がる頃には色んな事が既に終わっているでしょうね。


「…んで、買うのか、買わないのか?」

「買う買わないの前に、絶対的に金が足りねえ…。」

家一軒普通に建ちますからねえ…。


「御嬢、こいつひょっとして貧乏人ですかい?」

「おや店主、サイト・ド・ヒラガを知りませんか?」

私がそう言うと、店主は訝しげに才人を見たのでした。
 

「まさか、この薄らぼんやりしたのが、あのサイトーン・ド・ヒリガールだと?」

「薄らぼんやりしているのは確かですが、やる時はやる男ですよ、才人は。」

「ひでえ事言われているな、おい。」

才人はがっくりと肩を落とし、ルイズにポンポンと肩を叩かれているのです。


「そんな事言っても、その顔は変わらないから仕方が無いわ。」

「ルイズにまで言われた!?
 安西先生…イケメンになりたいです。」

安西信行先生なら、イケメンに書いてくれるかもしれないですね、ええ。
たぶん書いてくれませんが。


「こいつがあの《4万殺しのド・ヒリガール》ねえ…。」

「いやいやいや、ちょっと待て。
 アルビオン軍の4万を蹴散らしたってだけで、皆殺しにはしてないんだが…。
 斬ったのは、せいぜい千人ちょいってとこだぞ?
 後、ヒリガールじゃなくて、ヒラガだよ、HI☆RA☆GA!
 りぴ~とあふたみ~?」

自分の読み方直して貰う為に、草の根運動ですか…。
あと《HI☆RA☆GA》やめい。
 

「千人ちょいを一人で斬り捨てている時点で、人としてかなり出鱈目な戦果なのですよ~。」

「わたしが言うのもなんだけど、よく考えると無茶苦茶よね。」

ルイズが私の言葉に同意して、うんうんと頷いていますが…確かにお前が言うな状態なのですよ。
つーか、デルフリンガー頑丈過ぎなのです。
四万の軍は才人の勢いで大混乱になった挙句、潰走したのでしょう。
数を圧倒する質だなんて、戦争の常識的に悪夢そのものですからね。


「ふーん…よし、200エキューにしてやる。」

「いきなり十分の一かよ?」

滅茶苦茶な値引きっぷりなのですね…。


「おう、残りの1800エキューはあんたへの賄賂ってこった。
 その代わり、俺の店に何か起きた時は頼むぜ?」

「え…?いや…。」

才人が私をチラチラ見ているのです…どうしようかって事ですか。


「ここの店主はロマリアにとっては犯罪者ですが、ここはトリステインですしね。
 犯している法は、露店を開く許可くらいですか。」

「へ?露店って、開くのに許可居るの?」

ルイズがびっくりして、私に聞き返してきたのでした。


「勿論、要りますよ。
 王城で半年に1エキュー支払って、露天商の許可を貰う必要があります。」

「1エキューも払わないの?ずいぶんケチね。」

ジト目で自分を睨みつけるルイズに、店主は苦笑いを浮かべます。


「いやいや御嬢様、露天商の許可には何処の通りで売るのか、主にどういったものを売るのかというのを申請しなければいけないんでさ。
 まさかうちが売るものを、おおっぴらにトリステインが許可するわけにはいかんで御座いましょう?」

「あー…成る程。
 まあ確かに、ロマリアからちょろまかしてきた物を売るとか、許可するわけには行かないわね。」
 
ルイズはぽりぽりと頬を掻いているのです。


「ここはそういうものを流通させる為にある必要悪の治外法権地域なのです…好き好んで治外法権にしているわけじゃないらしいですが。
 この泥棒通りでは例え殺されても死体が勝手に消えて事件になりませんし、勝手に露店を開いて盗品を売っても犯罪にはならないと、まあそういうわけで。」

「意外とおっかない場所ね。
 攻撃仕掛けてくるなら、速やかにぶっ飛ばすまでだけど。」

むしろ暴漢が現れてくれ的な感じですね、わかります。


「おし、じゃあ200エキューな…給料どころか、貯金まで無くなっちまった…トホホ。」

「毎度あり。
 それじゃ4万殺しの旦那、いざって時は頼みやすぜ?」

二百エキューを受け取った店主が、ニヤリと笑ってパイファー・ツェリスカを才人に手渡したのでした。


「だから、その大仰な二つ名はやめれっちゅうに。」

「二つ名ってのは、たいてい大仰なもんでさ。」

苦い表情を浮かべながらパイファー・ツェリスカを受け取る才人に、店主は曲者な笑顔を浮かべるのでした。


「あと御嬢、こんなモンも入っていますが。」

「ロケット弾…?」

流石にこれはパッと見だけでは…って。


「うーん…この字はアラビア文字ですかね?」

ひょっとしてこれは、パレスティナ御用達のカッサム・ロケットでしょうか?
アレの写真とか見た事が無いので、良くわかりませんが。


「才人、ちょっとこれに触ってみてください。」

「このロケットか?
 どれどれ…ええと、ハマスって何?」

やっぱりですか…これまたすんごいモノが。
パレスティナ人が怨念を込めて丁寧に作ったロケット弾で、主な効果はイスラエル人をイラッ☆とさせる事…時々まぐれ当たりして人が死んだりもしますが。
射程10㎞ですがハンドメイド品なので、何処に飛んでいくかは風の吹くまま気の向くまま、着弾地点がさっぱりわからないのが玉に瑕なのです


「レアですけど…危ないですよ、これ。」

「危ない…と、申しますと?」

まあ、これ見ても知識がなけりゃわかりませんよね。


「取り扱いを間違えると爆発します。
 とっても危険がデンジャラスです。」

「…だから寄越せと?」

ああ、私が吹っ掛けていると思っていますね?


「いえ、危ないから即急にトリスタニアから持ち出して、何処かの谷底にでも投げ落として下さい。
 信管のつくりがチャチなので、衝撃を受ければ結構簡単に爆発する筈なのです。」

「…まさか、本当に危ない?」

ううむ、ここの店主には同類だと思われているせいか、説得が難しいのですね。


「本当に危ないですよ。
 早いところ、何処かに捨ててきてください。」

「わかりましたぜ。
 今日の店が終わったら、適当な場所に捨てに出かける事にしまさぁ…こりゃ、大損だ。」

店主、ドンマイ。





中力粉と塩と水と、あと打ち粉として少量の薄力粉を器にかけてから、混ぜて混ぜて捏ねるべし、混ぜて混ぜて捏ねるべし!


「うどんとはッ!パァゥワァァァァァァ!」

「ええと、ケティ…サイト様の好きなものって、こんな力を込めて作るものなの?」

私の級友であるクロエ・ド・エノーが、ちょっと引いた表情で私を見ているのです。


「はぁ…才人が食べたがりそうなものを教えてと言って来たのは貴方ではありませんか、クロエ?」

「焼き菓子か何かを作ろうと思ったのだけれども…このうどんって、なんなの?」

関東人の才人の場合、蕎麦の方が好きそうなのですが、今回は蕎麦粉を用意していないので、うどん。
まあ私が蕎麦よりもうどん派だというのもありますが。


「麺料理という!東方の料理なのですよ!
 スープに!入れて食べる!才人の故郷の料理です!
 もっとも!スープの材料が!手に入らないので!それはこちらで!作れるもので!間に合わせますがっ!」

鰹節も昆布も無いし、何より醤油が無いので鶏ガラスープに入れる事になりますが、試しに食べてみたらあれはあれで乙でしたし何とかなります。


「そ、それにしても、凄く力を使う料理なのね。」

「力を使うというよりも!私が非力なのが!原因なのですっ…っと。
 よし、これで第一段階終了。」

次は羊の皮で作られた袋に打ち粉を入れてくっつかないようにして、ある程度捏ねたうどんタネを放り込み、ぎゅっと口を絞ります。


「さ、ここからがクロエの出番なのです。
 己の全体重を駆使して、これを踏んでください。」

「踏むのっ!?」

クロエがびっくりしていますが、足踏みやらないとうどんのコシは出ませんからねえ。


「踏むとはいっても、丁寧に、丁寧に、愛情を込めて均等に伸ばすように踏むのです。
 グルテン同士をくっつかせて、密度を上げて、うどんを噛んだ時に素敵なコシがありますようにと祈りながら。」

「祈るの?祈りながら踏むの?
 何?何なの?この儀式?」

頭の上にはてなマークを浮かべながら、クロエはうどんを踏み続けます。
そんな足捏ねをしては丸め、足捏ねをしては丸めを3回ほど繰り返し、2時間ほど寝かせてから最後に足で踏んでうどんを延ばしたものを台の上に乗せたのでした。


「ふっふっふ、伸ばし工程なわけですが…。」

よく足捏ねされたうどんはコシが凄まじい為、ぶっちゃけ全体重をかけながらでないと、上手く延ばせません。


「ふんんにゅにゅにゅにゅにゅ!」

「ケティ、頑張って!」

真ん中から徐々に延ばして、延ばして…。


「にゅにゅにゅにゅにゅにゅ!」

「がんばれー。」

延ばして、延ばして、伸ばして…。


「にゅにゅにゅにゅにゅにゅにゅ!」

「あら、この鶏ガラスープ、さっぱりしてて美味しい!」

伸ばしてのば…。


「つまみ食い禁止!」

「ちぇー。」

全く、油断も隙もない…。
ちなみにうどんを延ばす時は、徐々に四角形っぽく広げていくのがコツなのです。


「よし、あとは切るだけなのですね。」

「おおお~。」

たっぷり打ち粉をかけて、畳んで畳んで、包丁で切るべし、切るべし。


「完成です!」

うどん完成!
いやー、やれば出来るものなのです…明日は全身筋肉痛でしょうけれどもね。
それにしても、疲れのせいで全身がだる重い…。


「おお、やったわねケティ。
 私がやったの踏む事だけだけど。」

「それがないと、うどんはうどん足り得ません。
 クロエはいわばうどんに魂を吹き込んだのですよ。」

普段使わない筋肉を、全力全開で駆使しましたからねえ。
男手があれば良かったのですが、才人に食べさせてあげるうどんを男の人に延ばしてもらうというのもアレですし。


「私はうどんを茹でていますから、才人を呼んで来て貰えますか?
 そこそこ量もあるので、何人かついて来ても構いません。」

「ええ!?才人様以外にもあげるの?」

クロエはびっくりしていますが…。


「まずルイズが確実について来ます。
 珍しい食べ物という事で、ギーシュ様もついてくるかもしれません。
 ギーシュ様がついてくると、モンモランシーも来ます。」

その時、ちょいちょいと制服の背中が引っ張られたのでした。


「タバサが…既に来ていましたか。」

「ん。」

鶏ガラスープの匂いに釣られてきましたね…。


「じゅる…。」

タバサはじーっと鶏ガラスープの方を眺めています。


「えーと、鶏ガラスープはまだ飲んじゃ駄目ですよ。」

「…残念。」

心なしか、タバサの表情がしょぼ~んとした感じになったのでした。
 


「ケティ、サイト様を連れて来たわよ。」

才人を呼びに行っていたクロエが、戻って来たのでした。


「ちーっす、うお良い匂い。」

「見事にわたしを無視したわね、この一年生…。」

ルイズが向ける怒気を完全無欠にスルー…やりますねクロエ。


「で、何でタバサがハシバミ草を食んでんだ?」

「もしゃもしゃ…。」

テーブルに座って一心不乱に皿に山盛りになったハシバミ草サラダを食べている自分を見て首を傾げる才人に、タバサがくいっと顔を向けます。


「…食べる?」

「結構でございます。」

悶絶するほど苦い生のハシバミ草を美味しい美味しいと食べられるのは、ハルケギニアではたぶんタバサだけなのです。


「うどんを食べる前のスペシャルメニューですけど、ルイズはいかがですか?」

「出したら絶交よ。」

タバサが本気で食べ始めたら、この程度の量のうどんなんて瞬時に無くなりますから、とりあえず腹ごなしという事で。


「…本当に、見た感じはうどんそのものだな。」

才人の前に出されたうどんを見て、才人はポツリとそう言ったのでした。


「食感もうどんそのものですよ。
 醤油が無いので、スープの味までは再現出来ませんでしたが。」

しょっつる使うと、臭いが強過ぎるのですよね…タルブから取り寄せましたが、慣れない人にアレはお勧め出来ません。
矢張り大豆が無いと、色々無理なのですね。
例え大豆があっても、土壌に根粒菌が無いと育ちませんけれども。


「鶏ガラスープなのか。
 なんか、ラーメンっぽいな。」

「ハーブを駆使して、さっぱりした味には仕上げましたよ。
 まあ、今回は麺を楽しむという事で。」

私はそこそこ気に入ったのですが、さて才人が気に入るのか…?


「おお…うどんだ。
 スープも鶏の出汁が効いてるのに、あまり違和感ねえのがすげえな。」

うどんを口の中に啜り込んだ才人が、感激した表情でそう呟いたのでした。
鶏の臭いがし過ぎないように、ハーブ等で抑えてみたのが上手くいきましたか。


「ちなみに、うどんの麺を作ったのは、今才人たちを連れてきたクロエです。」

そう言いながら、私はクロエの肩を叩いたのでした。


「え?で、でも、私やったのって、踏んだだけ…。」

「先程も言ったでしょう、うどんにおいて一番大切なのはその工程だと。」

作りたいと言ったのもクロエならば、工程の大半の時間で一生懸命踏んでくれていたのもクロエですから、麺を作ってくれたのはクロエなのです。


「美味いぜクロエ、ありがとな。」

「あ、は、はい!」

顔を真っ赤にして俯くとか、乙女ではありませんか。


「くぅーっ…クロエ、可愛い~。」

「ちょ、ちょっと、ケティ!?」

ああ、矢張り恥らう乙女は美しいっ。


「…ケティ、ケティ。」

「おやルイズ、何ですか?」

ルイズにマントをちょいちょぃと引っ張られたのでした。


「あの娘、サイトの事好きなの?」

「憧れって感じですかね?
 ま…思春期にはよくある話なのです。」

アイドルにキャーキャー言っているのと、大して変わり無いのです。
擬似恋愛って奴ですよ、ええ。


「れ…冷静ね、ケティ。」

「彼女はエノー家の一人娘ですからね。」

「成る程ね…。」

ルイズは納得したといった具合にコクリと頷いたのでした。
クロエは調べていないから相手が誰だか知りませんが、ガリアの名家から入り婿が来る予定なのです。


「許婚がいる身で、他の男に色目使うってどうなのよ?」

「そんなの、この学院には幾らでもある話ではありませんか。
 いちいち気にしていたら、胃に穴が開きますよ?」

魔法学院は貴族の子弟が青春という名のモラトリアムを楽しむ場ですから、擬似恋愛くらいは多めに見ない…と?


「サイト様サイト様、私が食べさせて差し上げますわ。」

「いいっ!?
 いや、ちょ、一人で食えるって。」

をう、クロエってば意外と大胆なのですね。


「あれってアリ?
 わたしは今からサイトを殴りに行こうかと思ってんだけど。」

「よく見れば才人困っていますから、ここから生暖かい目で見つめ続ける方が楽しいと思いますよ?」

おー…困ってる困ってる。
ルイズが見ている前で他の女の子に食べさせてもらうとか、どう考えても死亡フラグですし。


「そうですの…?
 ミス・ヴァリエールの視線なんか、気にしなくても良いのに。」

「気にして下さい、ついでに私ども使用人の視線もっ!」

二人の間にシエスタが割って入ったのでした。
ちなみにここは学院食堂の厨房であり、本来は使用人たちの領域なのです。


「あら、殿方と話すのに、いちいち使用人の視線を気にする必要があるだなんて、知らなかったわ。」

(わたくし)、シエスタは、サイト・ド・ヒラガ卿専属のメイドで御座います。
 私には貴族になって間もない主が、行きずりの恋などに惑ったりしないようにしっかり管理する義務もありますの。」

マルトーさんにうどんの作り方と味を見せる代わりに、貸してもらったのでした。
マルトーさんも味皇様の弟子だった筈なのですが、うどんの作り方は伝えて貰えなかったのでしょうか…?


「あらあら、それは大変ね。
 でも気にする事は無いわ、行きずりの恋が駄目だというなら結婚を前提にした本気の恋でも構いませんもの。」

「な、なななななっ!?」

醤油も鰹節も昆布も無い状況では、仕方が無かったとも言えますが。
実際に私が作ったスープも、うどんにわりと合うってだけでうどん用の汁には程遠いですし。


「ミス・ロッタも、面白がって傍観していないで止めて下さい!」

「およ、怒られましたか。
 まあそんなわけでクロエ、その程度にして置いてあげてください。
 現実に引き戻すようで悪いですが、才人をエノー家の入り婿にする事は出来ませんよ?」

姫様的には《ド・ヒラガ》の家名は残したいでしょうし。
まあ…その点に関しては、ルイズの場合も後々問題になってきそうではありますけれども。


「うーん、それは残念。
 ではサイト様、また今度。」

「お、おう。」

クロエは才人にクスリと笑いかけてから、私の方を見て笑ったのでした…悪かったですね、意気地なしで。





《水精霊騎士団》(オンディーヌ)、整列!」

学院内での第一次募集も終わり、水精霊騎士団(オンディーヌ)の主なメンバーが揃ったのでした。


「しっかし全員上級貴族の子弟とか、滅茶苦茶打たれ弱そうな騎士団ね。」

演壇の上から腕組みして整列する騎士団員達を見下ろしつつ、ルイズがボソッと呟いたのです。


「上級貴族の中でも極めつけの上級貴族出身である貴方がそれを言いますか、ルイズ?」

「わかっているわよ、わたしだって最初の頃は口ほど打たれ強くなかったもの。
 要するにわたしの家を使ってでも逃げられないように雁字搦めにした上で、死なない程度に加減して徹底的に鍛えりゃいいんでしょ?」

むすっとした顔のまま、ルイズはそう返してきたのでした。


「おや、ルイズが家を使うとか始めて聞いたのです。」

「自分の為なら家を盾に脅すとか、そういう事は誇りにかけても絶対にしないわよ。
 でも、今回の件は騎士団員の命に関わる話でしょ?
 どーせ結構な数の団員がヘタレて、抜けようだなんて甘っちょろい事考えるでしょうしね。
 当家にはそういう甘い考えが大嫌いな人が居るから、ラ・ヴァリエール家経由で圧力をかけるのは割とたやすく了承される筈よ。」

あー…烈風カリンあたりは、そういうの大嫌いでしょうねえ。
ま、そういうのは死んだ魚みたいな目みたいになるまで鍛えてあげた方が、両親も喜ぶでしょう。


「いっそ、《無断で団を脱する事許さず、背けば斬首に処す》とか、団規を作りますか?」

「いいわねそれ。」

新撰組の局中法度をパクってみましたが、内容の厳しさがルイズ好みだったのか快い承諾が帰ってきたのでした。


「あ、あのぅ…ラ・ヴァリエール副団長にラ・ロッタ副団長補佐代理心得、勝手に騎士団の規律を決めないでくれないかね?」

団長に就任したギーシュが、おずおずと私達に声をかけてきたのでした。
ちなみに私の副団長補佐代理心得は、才人たちに何か役職をつけてくれと頼まれて、仕方なくつけたものなのです。


「グラモン団長、何か文句あんの?」

「いえ、無いですハイ。
 レイナール君、団規に《無断で団を脱する事許さず、背けば斬首に処す》と付け加えてくれたまえ。」

ルイズの視線に一瞬で敗北したギーシュが、そう言ったのでした。


「はい、わかりました。
 《無断で団を脱する事許さず、背けば斬首に処す》っと。」

ギーシュのいう通りに団規を追記しているのは書記のレイナール・ド・コルナス伯爵公子、物凄く美味しい赤ワインが名産であるド・コルナス領主の息子さんなのです。
是非とも仲良くなって、ワインを譲ってもらわねば…そこ、酒だけかとか言わない。


「グラモン団長弱っ!」

「弱…ってヒラガ副団長、君はラ・ヴァリエール副団長とラ・ロッタ副団長補佐代理心得に逆らえるのかねっ!?」

「俺がルイズとケティの言う事に逆らえるわけが無いじゃん。
 お前は何を言っているんだと。」

何故にそんな情けない事を堂々と言うのですか、才人…。


「例え、ルイズを何とか言い負かせたとしてだぞ…あのケティに口で勝とうってのか?
 ケティとの口論で勝てとか言われるんなら、アルビオンの時の倍と一人で戦えと言われた方がまだ勝算があって気が楽だぞ。」

「ああ…いやまあ、うん、それはそうかもしれないが。」

二人とも酷い事を言っていませんか?


「無駄な戦いはしないに限る。
 常勝の軍は、勝算の無い戦いはしないもんだって、ケティが言ってたぜ?」

「それがわかっていて、何故に《団長弱っ!?》とか口走るのかね、君は?」

こめかみをピクピクいわせながら、ギーシュが才人に聞き返します。


「フッ…それでも言わずにいられない時があるんだよ、男ってのはさ。
 人間誰しも自分はさておき、人の事は言いたくなるものじゃん?」

「そんな格好悪い事を格好良く言ったって、僕は誤魔化されるもんかぁぁぁぁっ!」

ギーシュが泣きながら才人に殴りかかったのでした。


「おー…じゃれてるじゃれてる。」

「男同士のスキンシップって奴よね、あれ。」

殿方は殴り合って親睦を深める生き物…ってわけでもないのですが、まあアレで不思議と仲悪くなったりしませんし、放って置きましょう。


「あの…ラ・ロッタ副団長補佐代理心得、どうしましょうか?」

レイナールが、何故か私に訊ねてきたのでした。


「コルナス書記、何故に私に聞きますか。
 ラ・ヴァリエール副団長に聞かれては?」

「ああいえ、ラ・ヴァリエール副団長に先程尋ねたら、《わたしの考えはラ・ロッタ副団長補佐代理心得の考えだから、彼女に指示を仰ぎなさい》って…。」

なんという豪快な丸投げ…私がいる限りは、考えるの止めてますねルイズ?


「…じゃあ、殴り合っている団長と副団長は放って置いて、訓示とかやっちゃいますか?」

「えっ!?ええと、それ勝手にやっちゃっていいんですか?」

レイナールはびっくりしています。


「いえ、全然全く欠片も良くありませんが、殴りあいながら訓示は出来ませんから。
 …ってェわけで、ルイズ頑張って下さい。」

私はそう言って、ルイズの方をポンポンと叩きます。


「え?ケティがやってくれるんじゃないの?」

「いや、副団長補佐代理心得なんて、わけのわからない肩書きの人間が訓辞を行ったら、いよいよもってカオス過ぎるでしょう。」

どんな騎士団ですか、それは。


「副団長なら、まあまだ何とか団長の代理として顔が立ちます。
 ついでに言えば、ヴァリエール家なら箔もつくでしょうし。」

「話下手な私が訓示とか、どんな罰ゲームなのよ…。」

ぶつくさと文句を言いながら、ルイズは《拡声》の魔法を自分にかけたのでした。


「えー…あー…水精霊騎士団の召集に応じてやってきてくれた猛者達よ!」

おお、結構まともな訓辞が始まったのですね。


「我々水精霊騎士団は水のトリステインを象徴する名をつけられた騎士団でありながら、一旦不名誉な事件と共に消滅した騎士団よ。
 よって我々はその不名誉を雪ぎ、名誉を積み重ね、水のトリステインにとって名誉ある位置に登りつめねばならないの。
 そしてその崇高なる任務は貴官らの頑張りにかかっているのよ!」

ルイズってば、やろうと思えばまともな訓辞が出来るじゃあありませんか、見直したのです。


「だから、私達はバーッと頑張って、ガーッと敵を倒して、キラキラッと輝ける騎士団になるの!」

ああっ、やっぱり長嶋語になった~。
この後、水精霊騎士団は、擬音交じりの訓示を延々30分くらい聞く羽目になったのでした…。
ルイズのボキャブラリー、どうにか増やさなきゃいけませんね。



[7277]  幕間47.1 無茶振り女王とガンマニア娘
Name: 灰色◆a97e7866 ID:03e247df
Date: 2010/12/09 00:06
47話のちょっと前。

「国軍がダレているわ。」

アンリエッタの執務室に入った途端に、ケティはいきなり一言そう言われた。


「また無茶振りなのですか。」

ケティはげんなりした表情で呻く。


「私は将軍じゃあないのですから、そういう事はラ・ラメー卿かポワチエ卿、もしくはグラモン卿あたりにでも言っていただけませんか?
 こちらも水精霊騎士団の団員選定で大忙しなのですから。」

「あら、よく見たらやつれているわね。」

ケティのまぶたの下には、薄化粧では隠しきれないくまが出来ていた。


「私が一人で団員を面接して、商会の情報網を使って身分出自趣味嗜好評判を精査して、入団の可否を決定してからグラモン伯爵公子に決済させているのですよ。
 こう見えても学生ですから授業を受けなくてはいけませんし、放課後の友人たちとの付き合いもありますから日中はそれで潰れてしまうので、夜に入団希望者の男子を面接しているのですが…あいつら、こっちが女子だからって口説いてきやがったりするのですよ。」

「ちょっと、男子と二人っきりって、大丈夫なの?」

流石に心配になったのか、アンリエッタは表情を固くする。


「その点はタバサにこっそりと守って貰っていますから、不埒な輩は問答無用で殴り倒して貰うので問題ありません。」

「魔法は何処に行ったのかしら…?
 それはそうと、それなら貞操は安心ね。」

アンリエッタはほぅっと胸を撫で下ろすが、ケティの表情は憂鬱である。


「とはいえ、数人に一人の割合で口説きにかかられるのは、私の精神衛生にかなりのダメージを与えつつあります。
 あいつら私が見るからにモブな地味女だからって、私程度なら簡単に口説き落とせるし、口説き落とせば入団出来ると勘違いしていやがるのですよ。」

「確かに地味だけど…貴方は十分に可愛いと思うのだけれども。」
 
性格は腹黒いが、ケティ自身の外見は一見地味ながらも素朴な可愛らしさがある娘でもある。
言うなれば、野に咲く一輪の小さな白い花(※毒草)って感じだろうか。


「がーん、地味って言われた。」

「ふーん、まあ地味なのは化粧と装いでどうにでもなるものよ。
 そもそも、言うほど傷ついていないでしょ、貴方。」

落ち込むケティをさほど気にせずに、アンリエッタは話を続ける。


「確かにその通りですが…まあそんな感じで結構疲れているので、帰っても良いでしょうか?
 外にタバサを待たせているので。」

いっぽう、王城の駐竜場では…。


「もぐもぐ…。」

「きゅいきゅい。」

タバサ達がケティから報酬として貰った葉野菜とチーズをはさんだベーグルサンドを、一心不乱に頬張っていた。


「きゅい、腹黒娘は食べた事もない美味しいものをいっぱい知っているから好きなのね。」

「喋っちゃだめ。」

「きゅい!?」

シルフィードはタバサにぽかりと頭を叩かれたのだった。


話はもう一度アンリエッタの執務室に戻る。

「それにしても、何で団長でも副団長でもない貴方が人員の選抜なんかやっているのよ?」

「ルイズが選んで来るのは脳筋ばっかりですし、才人に寄って来るのは女の子ばっかりですし、ギーシュに至っては団員募集にかこつけて女の子口説こうとしてはモンモランシーにボコられていますし、マリコルヌが連れて来るのを入れたら変態軍団と化してしまいますから。
 比較的まともなのを連れて来るのがルイズだけな上に、それが脳筋ばかりだと…騎士団には様々な役目を負うべき人材を選別する必要がありますからね。」

今回の件においては、かなりの仕事がケティ一人に圧し掛かって来ていた。
そんなわけで、学院内で手伝いができる頭脳タイプの人間大募集中だったのだ。
この後すぐ入ってきたレイナールの登場によって、ケティの仕事は大分減る事になるのだが、それはまた別のお話。


「それなら…まあ、アイディアだけでも出していってくれないかしら?
 今回の戦、我が国は勝ったんだか負けたんだかさっぱりわからない空気になっていて、それが国軍をダレさせる原因になっているのよ。
 『アルビオンに負けたと思ったら、何故かゲルマニア領だった東トリステインが手に入った、不思議!』ってね、トリステインの悲願だった東トリステインの奪還を政治だけで決着つけてしまったから、軍が負けて政治が勝ったっていう捩れになってしまったのよね。」

「それで一部の軍人が拗ねていると…戦場でああいう負け方をしたからこそ、東トリステインが『偶然』手に入ったというのに、なんとも難儀な。」

自分達は負けたのに、自分達の戦略目標だった東トリステインが戦後処理の政治取引で帰ってきたしまったというのが、一部の血気盛んな若手の将校にとっては『文官どもに出し抜かれた』とか『軍の面目丸潰れ』という風に映っているのだ。


「国家の為になったのならば、過程なんてどうだって良いでしょうに…。」

「私もそう思うんだけどね、若手将校の考えることはわからないわー。
 まあどうせ、裏で爺さん方が煽っているんでしょうけれどもね。
 『国家が無くなった場合に人が生きていく事は、万民の万民に対する闘争状態を生み出しつつも可能であるが、国家が無くては貴族は存在出来ない。
  何故ならば、国家が貴族の身分を保障し、貴族が国家の存在を保障しているという相互関係にあるからであり、どちらかが崩れるとそれは存在し得ないのだ。
  故に国家は貴族の身分を保証し、貴族は国家の為に己が血を捧げなくてはならない』
 あいつらだってケティの本に軽く目くらいは通しているでしょうに、何でわからないのかしらね?」

「…私としては、私の書いた文章が多くの貴族の目に触れているという事実が、いまだに信じられないのですが。」

アンリエッタの『改革』を邪魔だと思う貴族は決して少なくない。
トリステインが解体しても、領主を続けられると思っている輩が多いのだ。
…とはいえ、王を倒した貴族がどうなるかは、このままどんどん酷い状態に成り果てていくであろうアルビオンを見れば気づくかもしれない。
アンリエッタがアルビオンをあそこまで酷い状態に仕立て上げたのは、貴族に対する『見せしめ』の意味もあるのだから。


「軍人のやる気向上ですか…それでは、軍事パレードなどはいかがですか?
 戦術的には負けたけど、戦略的に勝ったんだからそれで良いんだよーってのを一発。
 ついでにオクセンシェルナ国軍とクルデンホルフ国軍にも参加してもらえば、東トリステインがトリステインの元に戻り、両大公国がトリステインとより深く結びついた事も理解して貰える筈なのです。
 姫様が男だったら、両国の姫のどちらかを娶ってもらって、そのお披露目にー…とかも出来て一石二鳥なのですが、そうそう上手くはいきませんか。」

「おほほほ、確かにそう上手くはいかないわね、もしそうなら今頃ケティは私の嫁よ。
 学院も辞めてもらって、今頃私の隣で朝も昼も晩も仕事の手伝いね。」

アンリエッタはそう良いながら、うんうんと頷いている。


「あうあう、姫様が男でなくてよかった…本当によかった…。」

ケティは顔を真っ青にしてガタガタ震えていた。


「それにしても軍事パレードか、お金かかりそうねー…でも、それが一番無難かしらね。
 臣民にキャーキャー言われれば、若手将校も機嫌を直すでしょうし。」

「トリステイン人は、兎に角目立つのが大好きな人が多いですからね。
 全員とは言いませんが、軍が活躍したからこそ今回の政治決着が可能だったのであるというのをきちんと公表してあげれば、溜飲を下げる人はかなりの数に上がるはずなのですよ。」

自分達の闘いは無駄ではなく、国の為になったのだという事を軍人達に理解してもらうのだ。
もちろん、それならば恩賞を寄越せという話は出てくるだろうが、土地は東トリステインに大量にあるので問題ない。


「ケティにも良い領地あげるわよ…ド・ワルドだけど。」

「またド・ワルドですか!?何で私に押し付けようとするのですか!いらんと言っているでしょうに!」

そんなこんなで、軍事パレードが決定したのだった。






才人たちと闇市から帰ってきた日の夜…。

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ…。」

ケティは暖炉の上に飾られたパイファー・ツェリスカを眺めて、悦に入りまくっているのだった。
目がちょっと逝っていて、どう見ても駄目な人である。


「素敵です、素敵ですよツェリスカ。
 明後日の方向に進化してしまった感じが、堪らなく素敵です。」

「毎度思うけど、奇怪な趣味ね。」

ケティの背後から、不意にそんな声がする。


「な、何奴!?」

「何奴って、ノックしたんだけど…。」

「悦に入り過ぎだケティ…。」

慌てて振り返ったケティの背後には、ルイズと才人がいた。


「しっかし、本当に銃眺めて悦に入っているのね…趣味人の嗜好はわからないわ。」

「こう見えても、まともに扱えさえすれば世界最強の拳銃なのですよ。
 でかいわ重いわ長いわで、まともに扱える人間が誰一人として居ないであろうという最大の欠点がありますが。」

「駄目じゃん。」

才人は呆れ顔でツッ込むが…その才人を見て、ケティの瞳がキュピーンと光った。


「そうか…才人が、ガンダールヴって手がありましたか。」

「え?な、何?」

ケティはつかつかと暖炉に歩いて行くと…。


「ふんぬっ!」

物凄い形相になりパイファー・ツェリスカを持ちあげて、机まで運んだのだった。


「よいしょ、ここを引いて…と。」

そしてケティは机から莫迦でかい弾丸を取り出し、パイファー・ツェリスカに装填し始めた。


「ど…どうしたんだ、ケティ?」

「いや、試してみたくなりまして。」

急に弾丸を装填し始めたケティに、才人は慌てて話しかけたのだが、不思議な答えが返って来た。


「才人、撃ってみてください。」

「は?」

首を傾げる才人に、ケティはパイファー・ツェリスカを指差して見せた。


「これ、撃ってみてください。
 これが火を噴く所が見たいのです。
 ガンダールヴの力があれば、撃つ事は容易い筈。」

「はあぁ!?こんなトンデモ拳銃使えってのか?」

「はいっ。」

嫌そうな顔をする才人に、ケティはわくわくした表情でコクリと頷いたのだった。


「使い勝手が良いなら、貸してあげます。
 だから是非是非っ!」

「わーった!わーったから!近い!近い!」

ケティの顔が鼻息がかかる距離まで接近して来たので、才人は顔を赤くして後ずさった。


「…サイトに発情しているわけじゃないから、不問とするわ。」

眉を吊り上げつつも、ルイズは踏み止まる。


「ガンマニア過ぎる…けどまあわかった、何時も世話になっているしな。」

「じゃあ、早速行きましょう!
 うへへへへへへへ…。」

だらしない笑顔を浮かべたケティは、ふらふらと廊下に向かって歩き始めた。


「しょうがねえな…んじゃ行くかルイズ。」

「もう、しょうがないわね。」

二人は苦笑を浮かべつつ、ケティについて行くのだった。


「此処なら大丈夫でしょう。」

着いた場所は、攻撃魔法の実技で使われる射的場。
そこには的が並んでいた…のだが、そこには先客が居たのだった。


「あら、ケティ?」

「おや、ジゼル姉様ではありませんか。」

ジゼルの手にはモシン・ナガン。
どうやら、ジゼルもこっそりここで射的を楽しんでいたらしい。


「成る程…腕が落ち無かった原因は、これでしたか。」

「うん。撃たないと、うずうずするんだもん。
 ケティはど…何だサイトか。」

ジゼルはがっかりした声で溜息を吐く。


「私も居るわよ。」

才人の陰からルイズも現れた。


「ルイズまで…何しに来たの?」

「いや、面白い銃を見つけたのですが、常人には扱えないキチガイ銃なので才人に撃って貰おうかなと。」

ケティがそう言うと、才人はジゼルにパイファー・ツェリスカを見せた。


「これまた大きな拳銃ねぇ…こんな弾丸を拳銃で撃つの?
 重過ぎて照準つけるのもやっとじゃない、これ。
 誰よこんなアホな拳銃作ったの、死ぬの?」

「ジゼル姉さま、パイファー社の人が可哀想なのでそのくらいに。」

パイファー・ツェリスカをけちょんけちょんにけなすジゼルを、ケティがまあまあと宥める。


「サイト、貴方これ撃てるの?」

「こう見えてもガンダールヴっていう伝説の使い魔なんでね。
 こんな変態的な銃でも、問題無く使えちまうのが悲しい所だ。」

興味津々に訊ねるジゼルに、才人は軽く肩を竦めて見せた。
そして、パイファー・ツェリスカを構える。


「撃つぞ…っと!」

ドンッ!という音と共にパイファー・ツェリスカが火を噴き、数十メイル先にあった的が消し飛んだ。


「凄い!さすがツェリスカ!」

「おわっ!何で抱きつく!?」

感極まった声を上げて、ケティは才人に抱きついた。


『むむっ!?』

ルイズとジゼルの声が重なる。


「ああん、素敵ですツェリスカ!」

「どわー!?ルイズのいる前で頬擦りとか止めて、俺死んじゃう!」

ケティは才人にすりすり頬擦りまで始めた。


『むむむむむむむっ!?』

ルイズとジゼルの声がもう一度重なった。


「け、ケティ、お姉ちゃんどんどん撃つわよ、どんどん!」

急にジゼルが凄まじい勢いで的を撃ち抜き始める。


「さすがジゼル姉さま、セミオート並みの勢いで全部的のど真ん中を打ち抜くとか、無茶苦茶過ぎるのですよっ!」

「おほほ、褒めて、そして抱きついて!
 頬擦りして、キスしてもいいわよ!」

ジゼルはケティに抱きついてキスして欲しいらしい。
一方才人は…。


「ままままて、どうどう、オーケー落ち着けルイズ。
 今ケティが抱きついたり頬擦りしたのは、フェイファー・ツェリスカであって、俺じゃねえ…わかるか?」

腰を抜かしてルイズに命乞いをしていたが…。


「つまり、話せばわかる!」

「問答無用!」

台詞が死亡フラグだった。


「しまった、ふんぎゃー!?」

学院に才人の悲鳴が響き渡ったのだった…。



[7277] 第四十八話 ああ!窓に!窓に!なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:a81d77f5
Date: 2010/12/17 12:04
魔法陣の前で私は集中しています。
使い魔を、私の使い魔を召喚する為に。


「我が名はケティ!
 五つの力を司るペンタゴン。
 我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」

光る鏡のようなゲートが現れ、その中からにゅっと顔を出したのは…。


「やあ!ぼくミ…。」

「引っ込めこの腐れ鼠いいぃィィィィィィッ!」

名状し難き鼠を召喚の門の向こうに強引に押し返したのでした。


「何をするんだい?ぼくはミ…。」

「出て来ないでー!
 つか、その先を言ったらアウトおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」

名状し難き鼠が、またもや召喚の門の向こうから顔を出しやがったので、もう一度押し返します。


「グワ、グワワワ、ギャワワ!」

「家鴨でも駄目ですうううぅぅぅぅぅっ!」

今度は名状し難き家鴨ですかっ!


「ぜえ…ぜえ…全くもう、何という世界から来るのですか。」

著作権的にアレなので、絶対にこの門は潜らせま…。


「ひぃっ!?あ、足が、足が掴まれた!?」

私は徐々に召喚の門に引き摺り込まれて行きます。


「ぼくたちと遊ぼうよ!」

「結構です!」

夢と愛と宇宙的神秘の国に引き摺り込まれたら、私は消滅してしまうかもしれません。


「結構って事は了承してくれたんだね!わーい!」

「何処の悪徳電話セールス業者ですか、この裏声鼠!」

もう体の半分まで引き摺り込まれてしまいました。
皆さん、さよなら、さよなら、さよなら…。


「ひゃああああああああぁぁぁぁぁっ!?」

がばっと起き上がった場所はいつものベッド。


「ゆ…夢でしたか、とんでもないものを召喚してしまったのかと思ったのです。
 …さて、気付けにワインで…も…。」

テーブルの上にはこの世界には存在する筈の無い、名状し難き鼠の縫い包みが…。


「いやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

私の意識は、もう一度暗転したのでした。
どんどはれ。










「くくくくく…私だって、お菓子作ろうと思えば作れるのですよ。」

ブリオッシュを焼き、それにキルシュヴァッサーを使った甘ったるいシロップを染み込ませ、それを割ってこれまた甘ったるい果物の砂糖漬けをブチ込み、トドメに生クリームでトッピングするという、この世の全ての甘味を体現したかのような甘味の爆弾…。
先日うどんを作った事で、私に《御菓子作れない、性格が黒いだけじゃなくて味覚も辛い女》という疑惑が水精霊騎士団の間に蔓延しているらしく、その解消の為に一肌脱いでいる最中なのですよ。


「甘いものが大好きってわけではないので、あまり食べる気が起きない時点で語るに落ちていますがね!」

まさに外道、狂気の甘味。
そのまさに《甘味》な匂いだけで甘いものが駄目な人は頭痛がしてくるという、恐怖の物体が今まさに顕現…ま、ぶっちゃけババっていうお菓子なのですが。


「もぐ…もぐ。」

「…って、あれ?タバサ?」

何時の間にか、タバサが一切れつまみ食いをしているのでした。


「味見。」

「いや、何でタバサがここに居るのかと…まあいいか、それで味はどうでしょうか?」

食べ物ある所にタバサありと言うか、任務でこっそり見張っているけどついつい食べ物の匂いに釣られて現れるって事でしょうかね?


「美味。」

私が作ったものを食べたタバサの評価で、今まで《美味》以外の評価が出た事が無いのですが。
ひょっとして…何食べても《美味》って評価が返ってくるんじゃあ?
いやまあ、何食べても美味しいというのは、ある意味幸福な事ではありますが。


「さて…では早速これを騎士団の皆の所に持っていくとしましょうか。」

「あ…。」

「普段口数少ないくせに、きつい事言うから…現段階で騎士ごっこなのは、環境的にどうにもならないのですよ。
 タバサみたいな鍛え方をしていたら、死人だらけになってしまいます。」

タバサは教導官待遇で勧誘に来たギーシュ達に水精霊騎士団を《騎士ごっこ》と一言の元に切り捨てちゃったので、水精霊騎士団の集会所には行けないのですよね。


「言い過ぎた。」

一言で言い過ぎるのが、タバサクオリティ。
簡潔に物事を語るので、きつい事を言った時の威力が絶大なのですよね。


「いや、あれで浮かれ気分は大分引き締まりましたし、結果オーライです。
 言い過ぎたと思うなら、罰としてもう少しの間だけ憎まれ役を続けてください。」

「ん、わかった。」

前にタバサにどうやってシュヴァリエになったのか聞いたら、森に身一つで放り出されてドラゴン倒したのだとか。
何処のレオニダス王だよって状況ですが、某映画に於けるスパルタの成人の儀式と違うのは、死ぬ事が前提だったって事ですか。
ううむ、あのデコ姫を見た時には、憎しみとは違う感情を感じたのですが…。


「ヒャッハー!お菓子を寄越せぇ!」

「アイシクル・ブリッド。」

「ぎにゃあああああああぁぁぁぁっ!?」

ドアを唐突に開けて入って来たマリコルヌに、タバサの放った氷の礫が直撃したのでした。


「渡さない。」

「フフフフフ、ょぅι゛ょから御仕置ですヨ。
 何というご褒美、何という恍惚。」

ゆがみねえなマリコルヌ…なのです。


「ょぅι゛ょじゃない。」

自分が小柄な事はあまり気にしていないものの、流石にょぅι゛ょ呼ばわりされるのは腹が立ったのか、タバサがマリコルヌを踏んづけたのですが…。


「オゥフ!もっと、もっとその小さい御足で踏んで下さい!」

「…………………。」

ああもう、どうしてくれようか、この変態。
ちなみにタバサは今までにない反応だったせいか、ちょっと涙目になっています。


「タバサ、その手のは踏んづけても喜ぶだけなのですよ。
 放っておくのが一番なのです…放っておいたらおいたで喜ぶのがアレですが。」

「ん…。」

しかしまあ、手の施しようのないパーフェクト変態ですね…。


「…で、何しに来たのですかマリコルヌ?」

「ギーシュにそろそろ幹部会合を始めるからって頼まれて、ケティを呼びに来たんだけど…。」

…来たんだけど?


「僕の大好きなババの匂いがしたからつい…。」

「つい強奪に来るのですか、貴方は?」

ついやっちゃうんだって、何処のドナノレドですか、貴方は?
グランドプレ家は代々ちょっぴり変態臭い性癖を持ちながらも、優秀な軍人を輩出してきた家な筈なのですが。
今代は優秀な変態が生まれてしまいましたか…。


「いや、ケーキ貰うなら、まず笑いをとるべきかなぁと思って。」

「死になさい、今すぐ。」

何処の芸人ですか、貴方は。


「有難うございます!
 …で、もう来るのかい?」

「ええ、丁度出来た所だったので、タバサの分を切り分けたらすぐに向かいます。」

タバサがあの程度のつまみ食いで満足出来る筈が無いので、きちんと一人前切り分けておきましょう。


「ありがとう。」

「いえいえどういたしまして…ん?」

タバサの分を切り分けていると、ノックの音が。


「入って良いですよ。」

「はい、失礼しますラ・ロッタ副団長補佐代理心得。」

入ってきたのは、レイナールなのでした。


「ラ・ヴァリエール副団長が、《甘いもの作れないのは良くわかったから、早く来なさい》と…おお、出来ている!?」

「あのピンクワカメ、人の事をいったい何だと…コルナス書記、今ひょっとしてびっくりしませんでしたか?」

流石にあんまりにも期待されていないと拗ねますよ?


「いいえ、滅相も無い。
 やはりラ・ロッタ副団長補佐代理心得は、女の子らしくお菓子も作れるのだなぁと感心しておりました。」

「…見え透いたおべっかも、心がささくれ立っている時とかには良いものなのですね。
 ありがとうコルナス書記、あと私の事はケティで良いですよ。
 貴方は私の上級生なわけですし、そんなに畏まらなくても良いです。
 何より長ったらしくて呼び難いでしょう、私の肩書き。」

冗談で肩書きを長くしたのは、失敗だったかもしれません。
殆ど早口言葉みたいなので、実は噛む人続出なのですよね。


「いえ、騎士団に居る時は貴方は私の上役ですから、礼を失します。」

「むむむ、堅物ですね…でもまあ、そういうのは嫌いじゃありませんよ、コルナス書記。」

まあ、本人が良いなら構いません。
無理してまで名前を呼んで貰う必要もありませんしね。


「何がむむむだ。」

「何がむむむだの前に、何時まで寝転がっているつもりですかマリコルヌ?」

寝転がったまま、人のスカートの中を覗き込んでいる変態の顔面を取り敢えず踏み潰して起きましょうか。


「ひぎぃ!?有難うございます!」

「……………。」

何やってもポジティブに受け止められるなら、こっちはこっちで適当にやらせてもらいましょう…そう思っておかないと、SAN値が下がりそうですし。


「自分の事はレイナールで構いません。
 グラモン団長達にも名前で呼ばれていますし。」

そしてこっちはマリコルヌの奇行に欠片も揺るがない男、レイナール。


「そうですか…ではレイナールお兄ちゃんと。」

こういう真面目な人は弄ると面白いのですよねー。


「お兄ちゃんは結構です。
 レイナールとだけお呼び下さい。」

「あ?え?はい、わかりましたレイナール。」

ひょっとしてレイナールって、真面目過ぎてボケが通じないという、あの伝説のボケ殺しですか!?
堅物です、堅物過ぎる…これは才人達にも話して、よってたかって崩さねば…うけけけけけ。


「…という事があったのですよ。」

「成る程ねー…もふ。
 普通に美味しいのが腹立つわ。」

ババを食べつつ、ルイズが私をジロリと睨んだのでした。


「レイナールをどう弄るかは取り敢えず置いといて…今度のアルビオン戦勝パレードの事なのだけれども。」

そう言いながら、ルイズはカバンから書類を取り出したのでした。
アルビオンとの戦いには何だかんだ言って勝ったので、景気づけにパレードをやろうという事になったのですよね。
…正直な話、国庫の余裕はあまりありませんが、政治は1にも2にもパフォーマンスが大事。
臣民への周知徹底の為にも、軍の士気高揚にも、負けたという情報のままでは困るのです。


「ギーシュ、なにこの戯けた落書き。」

「あっはっはっはっは、戯けた落書きとは手厳しいな。
 いや、僕なりに考えて企画してみたんだが、どうかね?」

ルイズはいつもよりも仏頂面なのですが、ギーシュには空気を読みとる能力は無いので、ケロリとした顔でそう答えたのでした。


「華麗にとか、優雅にとか、誇りに満ちたとか、抽象的な事しか書いていないじゃない。
 もっとずばばばばばーんとした事書けないわけ?」

ルイズが怒っていますが、お前が言うなー。


「ず、ズババーン?」

「そう、ずばばばばばーん!こう格好良い服でギュンギュギュンって感じで!」

ルイズってば、二人で一人の変身ヒーローみたいなのですね。


「サイト、ルイズはつまり…何を言っているのかね?」

ギーシュは才人にルイズが何を言っているのかを訊ねたのでした…まあ、何を言っているのかわかりませんよね。


「ケティ、ルイズは何を言っ…あっしまぁ!?」

「やると思ったわぁぁぁっ!
 ええい、ご主人様の意図くらい察しなさいよ、バカ犬!」

ギーシュの質問を私に受け流そうとした才人が、すかさずルイズにぶっ飛ばされたのでした。


「そんな擬音だらけでわかるわけがねえだろ…がく。」

「そんなわけでケティ、私の意図をカカッと説明しちゃってっ!」

「説明するの私ですかぃ!?」

結局、私の出番なのですか、そうですか。


「はぁ…つまりルイズは、騎士団の制服を作って格好よく練り歩きたいと言っているのでしょう?」

「良くわかるなケティ。」

取り敢えず、ルイズの言っていた擬音以外の言葉から推察してみたり。


「うんうん、あとは皆でズバババババーンって、やるの。
 親衛隊の行進みたいに。」

皆で…皆で…そして親衛隊…お、ティンと来ました。


「一糸乱れぬ行進ってやつをやりたいのですね。
 …でもアレ、単純なようで意外と時間と手間ががかかりますよ?」

何処から来た召喚者から取り入れたのか知りませんが、トリステイン軍の行進は北朝鮮とか旧東側の軍隊行進で取り入れられているグース・ステップなのですよね。
アレ、威圧感があって格好良いのですが、綺麗に見せるには結構訓練に時間がかかる代物なのですよ。
ついでに言うと、行進曲はあちらの日本で運動会の時にかかるものばかり…発案者は何を考えていたのでしょう?


「でも、水精霊騎士団の初御披露目なのよ。
 ケティもいつも言っているでしょ、何をするにもまずハッタリが必要だって。」

ぬぅ…確かに。


「確かに規律正しく一糸乱れぬ行進を行えば、水精霊騎士団は結成間もないのに良く纏まった騎士団であるとハッタリを効かせられますけれども…。
 騎士団がある程度纏まってから、改めて御披露目パレードでもやらせようと思っていたのですが。
 …まだろくに訓練もしていませんし、現状欠片でも纏まっているかと言われれば正直な話『無いわ』の一言なのですよ?」

「ええ、でも姫様はこの時期にパレードを計画して居るの…という事は、姫様はパレードまでに水精霊騎士団を部隊としては兎に角、集団としては纏めろと言っているんじゃないかしら?」

成る程、確かにそういう考え方は出来ますね。
姫様がそう思っていると騎士団のメンバーに思い込ませる事が出来れば、ある程度は纏まりますか。


「ふむぅ…確かにそれならいけるかも?
 水精霊騎士団も、一応は近衛に属しますし…技術指導員として、親衛隊から誰かを派遣してもらうよう姫様に要請しますか?」

「うーん、姫様にそんな事を頼むのは気が引けるわね。
 いちおう、身内に伝手がある事にはあるんだけど…。」

ルイズ、ひょっとしてとんでもない人を呼ぼうとしていませんか?


「伝手って、親衛隊にかね?」

「うん。」

不思議そうに訊ね返すギーシュに、ルイズがコクリと頷きます。


「私のお母様。」

「…ルイズのって、あのクルクル回ってたおばさんか?」

くるくる?あの烈風カリンがクルクルって、いったい私が居ない場所で何が?


「サイト、人の母親をいつも回転し続けているかのように言わないで。
 でもまあそうよ、お母様はまたの名を烈風カリンっていうの。」

「な、なんだってぇ~っ!?」

ギーシュが仰天して飛び上がったのでした。


「…って、おろ?びっくりしたのは僕だけかね?
 皆…ひょっとして知っているのかい?」

そして、周囲の反応が薄いのに気づいてきょろきょろしているのです。


「いや、俺は烈風カリンと言われても驚けるだけの知識が無いし、ルイズはカーチャンの事だし、ケティに至ってはいつもの如く知ってんだろ。」

「その通りですが、いつもの如くとか言うな~。」

取り敢えず、抗議しておかねば。
何でも知っていると思われて、肝心な情報とかが入って来なくなったら、色々とまずいですし。


「ちなみに烈風カリンというのはだね、我が国きっての大英雄にして始祖の再来とまで言われた、トリステイン史上最強の風メイジなのだよ。
 数万のゲルマニア軍を数百の部隊で殲滅し、戦場に現れただけで敵軍が震え浮き足立ち勝手に壊走を始めたとか言う逸話まで持つ…言わば戦神みたいな人さ。」

「無茶苦茶だなオイ!何処の戦闘民族だよルイズのカーチャン。
 それにしても、母娘揃ってとんでもない生き物なのな、ルイズん家…。」

何者だって目でルイズを見る才人ですが、お前が言うなと今才人以外のメンバーは心の中でツッ込んでいる筈。


「一人で四万蹴散らしたサイトに言われたか無いわよ。」

「いや、俺のはガンダールヴの力があってこそだし。
 アレを俺の力だけで成し遂げるのは、はっきり言って無理だから。」

才人って、意外と自分の事を冷めた目で見ていますよね。
ネガティブ思考が、丁度良い具合に働いているという事でしょうか?


「しかし、烈風カリンがわざわざ来てくれるのかね?」

「あれね、トリステイン式行進って言われているでしょ?
 実は最初に始めたのが、お母様の部隊なのよ。
 それが格好良いからって親衛隊…当時の魔法衛士隊に全体に広まって、最終的にトリステイン国軍の制式行進方式になったものなの。」

何ですと…?
あれ、烈風カリンが発案者だったのですか?


「へえ、烈風カリンが発案したものなのかね。」

「ううん、お母様はマリアっていうゲルマニア人に教えて貰ったって言っていたわ。」

マリア…一体何者ですか、そのゲルマニア人。
ううむ…東ドイツあたりから召喚された人でしょうか?
いやそれだとメイジなのが変ですし…相当昔の話らしいですが、少し調べさせてみますか…って、何で才人とルイズは私をチラ見しているのでしょうか?


「話が脱線したわね…まあつまり、お母様はトリステイン式行進の第一人者だって事。
 お母様にお願いすれば、パレードが始まるまでには水精霊騎士団の行進はモノになっている筈よ…お母様途轍もなく厳しいし。」

そう言うと、ルイズはガタガタ震え始めたのでした。


「ど、どうしたんだルイズ?
 顔が真っ青だぞ、大丈夫か?」

「だだだだだ大丈夫よ、問題無いわ。
 自分で提案しておいて、心の底から後悔しているとか、そんな事は無いわよ。」

どう見ても、心の底から後悔しているように見えるのですが。


「どう考えても大丈夫じゃねーぞ。」

「大丈夫ったら大丈夫なの!
 兎に角、この件は私から直接お母様に手紙を送っておくことにするわ。」

顔を真っ青にしながら、ルイズはそう言ったのでした。
だ、大丈夫なのでしょうか?




んでもって2日後、私達は学院に一隻の軍艦を出迎える事になったのでした。


「うわー、何でお母様あんなに気合入っているのかしら?」

「あれがヴァリエール私設艦隊ですか…。」

当家のような特殊な事情でもない限り、大抵の上級貴族は自前の私設部隊を持ちますが、ヴァリエール家が持っているのは『私設軍』なのですよね。
中でもヴァリエール空軍旗艦アルテベルはやや旧式ながら大型戦列艦であり、他にエウレカ、ベルジカという戦列艦、シュテルン、ヴァルケ、エクスター、クワチュール、バルララというフリゲートをも保持しており、アルテベル以外は学院上空に停泊中だったりします。


「しかし何だって、ヴァリエール私設艦隊が全て来ているんだい?」

マリコルヌが首を傾げています。
ヴァリエール私設軍の動員兵力は2万強、ぶっちゃけクルデンホルフとガチで戦争しても普通に勝てるという、準国家とも言える大貴族なのです。
加えて財政状況は極めて潤沢らしく、アルビオンとの戦争を拒否した代わりに莫大な額の戦争税を支払ったにも拘らずケロリとしています。
姫様なんか、ポンと払われた戦争税の額を見て『私もヴァリエール家に生まれたかったわ…』とか、ボソッと漏らしたほどなのですよ。


「軍艦が学院の港湾施設を使用するところなんて、始めて見たわよ…。」

あまりの無茶苦茶っぷりに呆然とした表情で、モンモランシーが呻く様に言ったのでした。


「さ、流石はヴァリエール家、僕らみたいなただの名門には出来ない事をやってのける…。」

ギーシュもポカーンと口を開けて呆気に取られています。


「広い広いとは思っていたんだが、モンモン達が呆然とする貴族ってどんだけだよ。」

「おっかしいわね?うちは基本的に、こういう目立つ事はしないのがモットーなんだけど。」

ルイズは流石に慣れているのか、驚くベクトルが他の人とはズレています。


「軍事バレードの後は観艦式もやりますからね。
 艦は一隻でも多い方が良いですから、艦隊丸ごと姫様が借りたのでしょう。」

「お母様は丁度タイミング良くそれに便乗できたというわけね。
 成る程、それなら納得ね…てっきり、魔法が使えないのを学院でおちょくられていたのがバレたのかと思ったわ。」

ルイズは納得がいったという風にうんうんと頷いたのでした。


「いやいや、子供がおちょくられているのにキレて艦隊派遣するとか、どんな親ですか。」

随分ダイナミックなモンスター・ペアレントですね、それは。



しばらくすると、港になっている塔から、メイジがぞろぞろと降りて来たのでした。


「わお、あの紋章は…突風騎士団(ラファール)も連れて来たのですか。」

ヴァリエール私設軍の地上部隊における最精鋭突風騎士団(ラファール)
ツェルプストー辺境伯家との軍事衝突に於いては、ツェルプストー最精鋭の烈火騎士団(ローエン)と何度も熾烈な戦いを繰り返しているのだとか。


「うわぁ…お母様本気過ぎる。
 そこまでしなくても良かったのに。」

私の隣では、ルイズがドン引きしています。


「どういう事ですか?」

「つまりお母様は、突風騎士団(ラファール)と一緒にパレードの訓練をしろって言っているのよ。」

成る程…一人に教えて貰うよりも、ノウハウを知っている集団に寄ってたかって教えて貰った方が効率は良いですか。


きをつけぃ(アテンション)!整列!
 ヴァリエール公爵夫人のおなぁりぃ!」

塔から降りて来た30人程の突風騎士団(ラファール)の団員達が、素早く一糸乱れず整列し直立不動になったのでした。


「聞いてはいましたが、物凄い錬度なのですね。
 流石は南トリステインの盟主ヴァリエール公爵家。」

「ええと…うちって、そんな凄い家だったの?
 このくらい普通だと思っていたのだけれども。」

ルイズは私の言葉を聞いて、目を白黒させています。


「ルイズの家がトリステイン貴族の普通だったら、トリステインは今頃ハルケギニアの覇者なのですよ。」

「へえ、そうなの?」

「そうです。」

ああもう…ルイズには、自分の家の事をいっぺん理解させる必要がありそうですね。


「ああマリー!やっぱりマリーだわ!」

「ぬをっ!」

いきなり私は何故か女性に抱きつかれたのでした。


「ふわぁ、お母様本当にケティの事知っていたのね。」

「久しぶりね、会いたかったわマリー!」

ルイズが老けたらこんな感じになるのだろうなという容貌の美熟女…この人が烈風カリンですか。
それにしてもマリーって、私のお母様の名前なのですが…ひょっとしてお母様の知り合いなのでしょうか?


「マリー・テレーズは私の母なのです!」

「あら…ちょっと幼い?」

私を腕の中から解放したその女性は、しげしげと私の顔を眺めます。


「いや、母親似ではありますが、そんなに老けていませんよ、私は。」

「いいえ、その喋り方はまさしくマリーだわ。
 確かに貴方はマリア・アントニア・フォン・エステルライヒよ。
 ああそうそう、サンジェルマン婦人伯爵を名乗っていた事もあったわね。」

何なのですか、その『パンが無いならブリオッシュを食べれば良いじゃない?』で断頭台(ギロチン)逝きな名前と、不老不死っぽい名前は。


「ええと、どういう事なのですか?」

「あらまあ、このマリーはまだ時の迷子にはなっていないのね。」

時の迷子というのは、要するにタイムスリップした人の事。
何せ魔法上等な世界なので、そういう不思議事件が時々起きるのがこのハルケギニアなのですが…転生した上にタイムスリップとか、ジェットコースターですか私の人生。


「お母様に聞いた話では、何でもケティはこの先、時の迷子になって私達くらいの年齢だったお母様達と冒険する事になるらしいわよ?」

してやったりという表情で、ルイズがニヤリと笑ったのでした。


「マジデスカ?」

「マジマジ、俺も聞いた。」

才人もゆっくりと頷いています。
タイムスリップですか、そうですか。
しかし、母親の名前がマリー・テレーズで子沢山の家の末娘だからってマリア・アントニアとか、悪乗りし過ぎなのですよループの最初の私。
しかもエステルライヒって、神聖ローマ帝国の皇族ですか私は。


「ふむ…それでは、お初にお目にかかりますカリーヌ・デジレ・ド・マイヤール・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人。
 ケティ・ド・ラ・ロッタと申します。
 この度は水精霊騎士団の指導の為に来ていただき、有り難うございます。」

「マリーの顔と声で言われると、違和感が酷いわ…。」

…いやカリーヌさん、そんな微妙な表情をされても。
こっちは完全に初対面なのに、どないせえというのですか。


「そもそも親衛隊の行進を発案したり、行進曲を音楽家に作らせたのって貴方じゃない。
 会いたかったから来たけれども、貴方が教えればいいのに。」

「…何やっているのですか、過去に行った未来の私。」

この前ルイズが言っていたマリアって、未来の私の事ですかぃ!
私のあずかり知らぬところで一体何をやっているのですか私は!?


「あー…この時点では、まだ思いついていないので、教えるのは無理なのです。」

未来の私が過去に行った時にグース・ステップなんかを親衛隊の行進に取り込んだせいで、パレードを行う際のハードルが滅茶苦茶上がったわけで…。
あう…因果が時間軸を遡る自業自得とか、軽く眩暈がして来たのです。


「あらそうなの…でも、これってあの時しごかれた借りを返す良いチャンスだわね。」

うわぁ…こういう美人がニヤリと笑うと、迫力がとんでもないのですね。


「ルイズ、騎士団を集めなさい。
 早速指導を開始するわ、フフフ。」

「はははい、お母様!」

妙なオーラを放ち始めたカリーヌさんに、ルイズが直立不動で敬礼しながら答えたのでした…まさかとは思いますが、あの敬礼も私が原因だったりしないでしょうね。
過去に戻った未来の自分が、調子に乗ってドンだけこの世界を引っ掻き回しているのか、正直な話知りたくないのですよ…。



1!(アン)2!(ドゥ)1!(アン)2!(ドゥ)このリズムを忘れないように、足を曲げず、背筋をまっすぐ伸ばして歩きなさい!」

『ウィ、マダム!』

凄まじい威圧感を放つ伝説の英雄から指示され、水精霊騎士団は機械の部品になったつもりでひたすらギクシャクと動き続けます。
突風騎士団も各々私達の背筋や足の伸ばし方などを細かく調整してくれているのです。


「しかしこれは…時間がくるりと一回転して閉じているような?」

たぶん未来の私は、今日教わったこのグース・ステップを思い出して、過去のカリーヌさん達に教えるのでしょう。
私が時の迷子になったせいで、因果が私を起点と終点としてループし閉じている…妙な事になっています。
これ、量子力学的に大丈夫なのでしょうかね?
それとも、私程度のストレスならば、時空はどうとでもしてしまうという事でしょうか?
しかし、こんな魔法溢れるファンタジー世界で、私は何でSFチックな考察を行っているのでしょう。


「そこ!独り言を呟かない!」

「ウィ、マダム!」

おこらりたのです。
考え事をする時に独り言を呟くこの癖、やっぱりどうにかしないと…。




数時間後、私達はやっとこさ訓練から解放されたのでした。
んでもって現在、学生食堂で御飯を待っている最中なのです。


「…矢張り一筋縄ではいきませんね。」

体が、体ががが…。


「毎日これを繰り返すかと思うと気が滅入るわ…。」

ルイズは体の方は大丈夫みたいですが、精神的に疲弊しているようなのです。


「全員の挙動を完全に合わせるってのは、思った以上に神経を擦り減らすものなんだな。」

才人は言葉ほど消耗はしていません…まあ、日本の学校でその辺り鍛えられていますからね。


「しかし、モンモランシーに惚れなおして貰う為には、是非ともこれを成功させねば。」

そもそも、団員募集にかこつけて女の子達に話しかけたりするからフラれるのですよ、ギーシュ…。


「リア充はもげて爆発しろ。」

黙れ変態。


「僕だけ4文字かよ!?
 名前くらい呼んでくれよ、マリコルヌだよ!」

「人の心の声を勝手に読まないでくださいっ!?」

何でもありですね、この変態は。


「マリコルヌの事は取り敢えず無視しておいて…わたしとケティは出られないのに、何で一緒に訓練しているのかしら…?」

そう、この国では女性の軍人は基本的に不可。
私とルイズは『女王付侍女』の肩書が優先されるので、姫様と一緒にパレード見物する事になっているのです。


「ああそれは簡単ですよ。
 例えばルイズがひ―ひ―言いながら訓練しているのを、才人がガレット頬張りながら眺めていたらどう思います?」

「腹立つから、取り敢えず息が止まるまで殴るわ。」

…即答ですかい。


「ガレット食ってただけで殺されんの俺!?
 お前には情けとか、そういうモンは無いのか!?」

そんなルイズに才人が涙目でツッコミを入れたのでした。


「だ、だって…腹立つんだもん。
 だから、思わず息が止まるまで殴っちゃうんだもん、しょうがないじゃない。」

「しょうがなくねえよ!
 つか頬を赤らめて上目がちに可愛く言っても、内容の物騒さは変わらねえから!」

「…程度の差はありますが、私達がのんびり見物している場合、そういう反感を私達に抱く者が出ないとも限りません。
 例え女の身であり今回のパレードに参加出来ずとも率先して頑張る姿を見せれば、組織の連帯感は上がります…まあつまりはパフォーマンスの一種なのですよ。」

涙目になっている才人は取り敢えずスルーして、ルイズに話しかけたのでした。


「つまり、騎士団を纏める為の手段という事なの?
 それなら、面倒臭いけれども仕方が無いわね。」

「あざといですが、騎士団はまだ結成したばかりですからね。
 団員の心を一つに出切る手段があるなら、どんどん使っていかなくてはいけないのです。」

それはそれとして…。


「ケティまでスルーとか…。」

そんなに落ち込まなくても良いではありませんか、才人。


「はいはい…ルイズ。」

「なに?」

こうやって、小首を傾げる様は可愛らしいのですがね…。


「貴方は何でもかんでも腕力で解決し過ぎです。
 そんなわけで、式典が終わってカリーヌ様がラ・ヴァリエールに帰るまでの間、才人に暴力振るうの禁止。」

「な、何ですってー!?」

いやルイズ、そんなに驚愕しなくても。


「破れば、カリーヌ様に『ルイズが使用人の男の子に暴力を振るって変態的性欲を満たしている』と告げ口します。」

「やめて!ただでさえ学院内で『あいつ、ひょっとしなくてもドSじゃね?』とか言われているのに、そんなの告げ口されたら激怒したお母様に粉々にされるわ!?」

学院内で才人を人目も憚らずに蹴る殴るするからですよ…。
才人がルーンによって獲得した強力な再生能力のおかげで擬似不死性を獲得している上に、痛みに対してかなりの耐性があるなんて事を知る者は居ませんからね。
才人自身もガンダールヴのルーンの効果によって、それには気づかずに居るはず。
上条さんじゃあるまいし、ついこないだまで一般人だった才人が、ギーシュとの決闘で何のお膳立てもなしに腕折られても立ち向かえるわけがないのです。
ガンダールヴのルーンは武器を握っていなくとも、ある程度の再生能力と痛みの軽減効果があるのでしょう。
それがガンダールヴ、『神の盾』と呼ばれる所以なのだと思われます…どつき漫才でそれが最大限に発揮されているという状況は、いろいろとアレですが。


「では、暴力禁止週間という事で。」

「わ、わかったわ…。」

ルイズは小さな肩をガックリと落として頷いたのでした。


「よっしゃ!」

さて、勘違いしてガッツポーズ取っているもう一人にも釘を刺しますか。


「ところで才人、これでルイズおちょくり放題だヒャッハー!とか思っていませんよね?」

「え?違うの?」

何故に不思議そうな表情で聞き返しますか才人…?


「ルイズをおちょくったのが発覚したら、ジゼル姉さまの射的の動く的にします。」

ジゼル姉さまなら、才人を絶対傷つけずに恐怖のズンドコまで突き落としてくれる筈なのです。


「お前はアーモン・レオポルト・ゲートSS少尉かよっ!?」

「『プワショフの屠殺人』とか、そんな歴史に残る変態ドS野郎と一緒にしないでくださいっ!?」

幾らなんでもそんなんと一緒にされたら泣きますよ私は。


「しかし、何でそんなマニアックな人を知っていますか…?」

「映画で見たんだよ。」

ああ、シンド○ーのリストですか、それならまあ納得なのです。


「だいたい、時限があるのにおちょくったりしたら、終わった後でルイズに消滅させられますよ?」


「それもそうか…わかった、自重する。」

しばし目を泳がせてからチラリとルイズを見た後、才人はコクリと頷いたのでした。





《才人視点》
飯も食って風呂も入って、すっかり夜も更け、俺たちは部屋でのんびりしている。
精神的に少し疲れたし、ゆっくり眠りたいもんだぜ。


「しかし、本当にケティの事を知っていたんだな、ルイズのカーチャン。」

「え?何の事ですかサイトさん?」

シエスタが不思議そうに訊ねてきた。


「ん?ああ、話さなかったか?
 ケティは近い将来タイムスリップするんだと。」

「たいむすりっぷ?」

ヤバい、翻訳され無かったかな?


「えーと、こっちの言葉だと…何だったルイズ?」

ソノコが迷子だかどーたら…だったか?


「時の迷子。」

「おお、それだ!」
 
思わずポンと手槌を打って、俺は大きく頷いた。


「時の迷子って言うと、御伽話とかによく出てくるアレですか?」

「そうよ。ケティってば、近い将来過去に飛ばされるらしいわ。
 それで、若い頃のお母様たちと色々とやらかすみたい。
 お母様が言うには元の時代に戻ったらしいから、帰ってくるみたいだけれども。」

ルイズって、ケティが居なくなると説明キャラになるよな…つーか、ケティが居る間は考えるの止めてるよな。
ある意味、王者の威厳ってやつなんだろうか?


「ほへ~、ミス・ロッタも色々と大変なんですねえ。」

「ケティなら、どんな世界でも渡って行きそうな気はするけどね。」

それには俺も同感…というか最近すっかり忘れていたけど、ケティって確か前世が俺達の世界の人間なんだよな。
よくもまあそこまでこの世界に馴染んだと言うか、あのケティならこの世界の過去に飛ばされるくらい平気かも知れない。


「ふわ…それにしても疲れたわ。
 普段はあんなまっすぐ足を突き出す事なんか無いし、なにより皆と合わせるのって大変なのね。
 才人は結構平気だったみたいだけど、どうして?」

「俺の国の学校では、集団行動ってのを子供の頃から叩き込まれるんだよ。
 だから皆に合わせて動くのも、そこそこ慣れてるんだ。」

この学校、集まるって言っても整列とかしないし、席順もその日によって適当だし、そもそもいいとこのボンボンばっかで、人に合わせるっていうのが苦手っぽい。
ケティも結構染まっているっぽいんだよな、このあたり…この点について、今度話してみようかな?


「はー…子供の頃から軍事教練しているだなんて、あんたの国凄いわねぇ。」

「正確に言うとちょっと違うんだが、まあそういう理解でもいいかな…。」

ケティに聞いたら、案外ルイズの言っている事が正しかったりして…ハハッ、まさかね。


「ふわ…それじゃ寝ましょ。
 シエスタも早く寝巻きに着替えないと、明かり消すわよ?」

「あ、はい、わかりましたミス・ヴァリエール。」

「んじゃ、俺も寝るかね。」

いつも通りシエスタとルイズの間に入って…と。
何時の間にやら女の子に挟まれても熟睡出来るようになった俺って、年頃の男として激しく間違っている気がしないでもないんだが、慣れちまったもんはしょうがないよなぁ…。


「夜遅く御免なさい、ちょっと入るわよルイ…ズ…。」

いきなりドアがガチャリと開いて、誰かが入ってこようとして…固まった。


「あああああああああなた達、なななななななな何をしているのかしら?」

「んぁ…?あれ?ルイズのカーチャン?」

身を起こすと、顔を真っ赤にしたルイズのカーチャンが突っ立っていた。


「あれ…?お母様、どうしたの?」

「どどどどどどどうしたのじゃ、どどどどどどうしたのじゃありません!
 こここここここれは、どどどどどどどういう事かしら?」

あれー?なんかルイズのカーチャン怒ってねえか?


「どういうこと…?えーと…あ゛…。」

寝ぼけ眼だったルイズの動きが固まっている。
ついでに言うと、顔を真っ赤にした後蒼白になり、更に真っ白になった。


「しまった…学院だからって、すっかり油断していたわ。」

「よよよよ嫁入り前の娘が、ししししし使用人の男と何をしているのかしら!?」

嫁入り前の娘ってのは、ルイズか?
てぇと、使用人の男ってのは俺か…って、ひょっとして拙くねえか?


「どうしたんですかぁ?」

「しししししし使用人の娘も!?」

起き上がったシエスタを見て、ルイズのカーチャンは更にヒートアップ。
は…はは、実はかなりヤバくねえか、これ?


「ヤバいっつーか、部屋の中の風が渦を巻き始めてるんだが…。」

「拙いです、逃げられません…。」

シエスタも、事態のヤバさに気づいたらしい…が、自分だけ逃げるつもりかオイ。


「あわわわわ、おおおおお母様、これには山よりも深く海よりも高いわけが…。」

それ全然理由無いような気がするとか、ツッ込める状況じゃねえ!


「どどどどどどういうわけなの?
 説明なさい!」

「え…ええと、ケティィィィィィィ、カアアアァァァァム、ヒアアアアアアァァァァァァッ!」

ケティはダイターン3かああああぁぁぁぁっ!?とか、ツッ込める雰囲気じゃねえ!
何なんだ、何でこんな時に限ってボケまくるんだルイズ!?


「つか、いつのまにかいねぇし!?」

何時の間にか部屋には俺とルイズのカーチャンのみ…ってか、シエスタも逃げてるー!


「うわ何をするのですかルイズ!?」

「良いからちゃっちゃと着いて来なさい!」

廊下から何か聞こえてきた…。


「ついて来るも何も、抱え上げるとか、こらちょ、ま、私は、私は脇がよわうひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

ケティを肩に担いだルイズが、部屋に戻ってきた…。


「はひ…はひ…な…何なのですか…?」

ケティは前にも見た事のある黄色いパジャマ姿だった。
ナイトキャップまでかぶっているという、完璧な就寝モード。


「実は才人達と一緒に寝ていたのが、お母様にバレたのよ。」

「えっ…?ああ、それはご愁傷様なのです…では私はこれで。」

「逃げないで、お母様を説得して!」

完全に他人事扱いで立ち去ろうとした寝ぼけ眼のケティを、ルイズがガッチリ離さない。


「カリーヌ様…。」

「カリンって呼んで。」

「ふわ…では、カリン。
 才人は隣で寝ている女の子に指一本触れないという、騎士道精神の鑑みたいな(ヘタレ)なので一緒に寝てもルイズに子供が出来たりはしませんから、安心してください…くー。」

ケティ、立ったまま寝やがった。
前に眠気に弱いって話を聞いた事あるけど、本当に駄目なんだな。


「で、でも、殿方と一緒に寝るだなんて、そんなはしたない事…。」

「才人はルイズの使い魔なのです。
 使い魔とその主人が一緒に寝るなんて、よくある話じゃありませんか。
 ベッドも広いですし、寝床の有効活用なのですよ…あふぅ…むにゃ。」

すげえ、寝ながらルイズのカーチャンを説得してるぞケティ。


「むにむに…これ以上ウダウダ続けて私の眠りを妨げるようなら、キレますけど…。」

「えっ!?ちょ、ちょっと待ってマリー、キレないで。
 嫌な記憶が蘇るからキレないで。」

伝説的英雄な筈のルイズのカーチャンが青くなるって…何したんだよ、未来のケティ。


「話は明日聞くから、一緒に寝るのは駄目、わかったわね?」

「う…うん。サイト、久々で悪いけど、あっちの藁ベッドで寝て。」

「おう。」

冷静になったのか、まともな態度に戻ったルイズのカーチャンの言葉に俺達は頷くのだった。
…明日、どーなるんだ?



[7277] 第四十九話 平和な時ほど物騒なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:03e247df
Date: 2011/01/11 07:06
国家元首に必要な資質は?

まず第一に決断する才能なのです


国家元首に必要な資質は?

第二に失敗した時にすぐさま改める才能なのです


国家元首に必要な資質は?

決断する覚悟…失敗したら改める覚悟…まあ結局、国家元首に必要なのは『覚悟』をいかに固められるか、という事なのですよ。







「あの時は恐怖で錯乱したあまりサラッと流してしまったけれども…人間が使い魔だなんて、初めて聞いたわよ。
 それは、本当なのかしら?」

カリーヌ様が困惑した表情で才人を見ています。


「確かに私も召喚した時はびっくりしたけど…でも、本当なの。
 ほら、このルーンを見てください。
 コントラクト・サーヴァントをした時に刻まれたものですわ。」

ルイズはそう言って才人の手を掴み甲に刻まれたルーンをカリーヌ様に見せたのでした。


「変わったルーン…。
 マリー貴方確かルーンが読めたわよね…このルーン、何て書いてあるの?」

「え?私が読むのですか?」

そりゃまあ才人たちに接触するためのルート作りとおおむね単なる趣味で、子供の頃からルーン文字の勉強をしてはいました。
何で勉強したのかって?ルーン文字が厨二病っぽくってかっこいいからなのです…良いではありませんか、実際中学生~高校生くらいですよ私は。


「そうよ、ススッと読んじゃって。」

過去と現在…母娘2代に渡ってそっち方面丸投げされているのではないかとか、嫌な予感がしてきたのです。


「読みますがカリン…己が娘の運命を知って、後悔しませんね?」

「ど…どういう事かしら?」

カリーヌ様は不安そうな表情で私を見ます。


「『特別』には常に『特別』が付き纏うという事です。
 才人は人が召喚されるという、特別な事例なのです。
 魔法に偶々とか、偶然はありません…全ては必然。
 まあ、貴方ほどの人物であれば受け入れられないわけがありませんが、一応聞いておきます。
 もう一度問います…己が娘の運命を知っても、後悔しませんね?」

「勿論よ、私の名にかけて。
 私の娘が過酷な運命の6ダースや8ダース程度、パパッと乗り越えられないわけが無いわ。」

いや、それは幾らなんでも多過ぎるような気がしますが…まあ、娘を信じている事は良くわかりました。


「…買い被られ過ぎていて、そっちの方に心が折れそうよ、お母様。」

当の娘は、ちょいと引いているようですけれども。


「わかりました…実は前にも読んだことがあるのですよ。
 才人の手の甲には魔法を使う小人(ガンダールヴ)と、書いてあります。」

本当の訳は魔法(ガンド)を使う妖精(アールヴ)…魔法を使う妖精(エルフ)って、まんま初代ガンダールヴでエルフだったサーシャの事そのものという、酷いネタばらしなので伏せておきましょう。


「カリーヌ様も…。」

「カリンって呼んでって、言ったでしょ?」

飽く迄も呼び捨てろと言いますか…ええい、寝ぼけていて全てが面倒臭かったので一度呼び捨てたような記憶がありますし、仕方が無い。


「カリンも知っていますよね?始祖の伝承に出てくる神の左手にして神の盾。
 全ての武器を使いこなすと言われる虚無の使い魔ガンダールヴ…それが才人なのです。
 そして、虚無の使い魔を偶然普通のメイジが召喚出来るなどという事はありません。
 虚無の使い魔を呼び出すメイジは必然的に虚無の系統という事になります。」

「そ…それって、つまり、ルイズの系統は…。」

流石にショックが大きいのか、カリンは軽くよろけたのでした。


「はい、伝説に埋もれていた虚無なのです。
 ついでに言うと、トリステインの正統はルイズにあるという事でもあります。」

「な…なんて事。
 この事を陛下はご存知なの?」

覚悟させておいて良かったのです。
歴戦の勇者とは言え、こっち方向の精神的衝撃には慣れていないでしょうから。


「はい、勿論。
 陛下は王位継承権第1位をルイズに与える為に現在色々と画策中です。」

「というよりも、事あるごとに私に王位を押し付けようとするから、気を抜けないの。
 あんな四六時中書類に埋もれる仕事なんかやらされたら、頭が爆発して死にますわ、わたし。」

何度か押し付けられそうになった経験を思い出したのか、ルイズがげんなりした表情になったのでした。


「…意外と、長閑な事になっているのね。
 でも、ルイズが陛下に命を狙われていたりしなくて良かったわ。」

「そうですね。
 もしそうだったなら、内戦は不可避になりますから…王なんて野暮な仕事は、押し付けあうくらいで丁度良いのですよ。」

ヴァリエール家が南トリステインの全兵力を結集して王家に謀反…とかになったら、もう完全にトリステインはお終いなのです。


「まあ取り敢えず、今はルイズが伝説の系統の持ち主であるという、とんでもない事実だけ把握しておいて貰えれば良いかなと。」

「本当に、とんでもない事実だったわ…ところで、前回アルビオン遠征にルイズが行ったのって、ひょっとして…。」

当たり前っちゃあ当たり前ですが、誤魔化そうとしていたのに鋭いのですね、カリンは。


「はい、その通りなのです…ファイヤーボール!」

「うわっ!?何すんのよ、あっぶないわねー。」

私が放ったファイヤーボールを、ルイズの光る拳が打ち砕いたのでした。


「ま…魔法を素手で砕いた!?」

カリンはそのルイズのした事を見て、仰天しています。
素手で魔法を砕くとか、ハルケギニアの常識的に有り得ない出来事ですからね…。
 

「虚無のせいなのか何なのかはわかりませんが、ルイズは魔法を拳で砕けます。
 杖無しで魔法を行使する事も出来ます…その上、身体能力が飛躍的に向上しているのです。」

「テヘッ☆」

ルイズが照れてペロリと舌を出したのでした…可愛いですけど、何故?


「虚無って、そんな無茶苦茶な代物だったの!?」

「伝説ですから~。
 始祖って、一体どのようなオモシロビックリ人間だったのでしょうね~。
 知りたくもあり~怖くもあり~。」

もう、どうにでもなぁれ~♪って感じなのですよ、虚無の件に関しては。


「まあそんなわけで、ルイズを傷つけられる者なんてそうそういないのですよ。
 それを守っているのは、4万のアルビオン軍を追い払ったこの才人ですし。」

「おわ!?」

近くでぼーっと突っ立っていた才人の肩を掴んで、カリンの前に差し出します。


「この子が、あの4万殺しのサイトーンなの?」

カリンは才人の顔をじーっと眺め始めたのでした。


「サイトーンじゃなくて、才人っス。」

才人って、トリステイン人が発音すると『サイトゥン』って感じに訛ってしまうのですよね。
才人という個人を明確に認識すると、翻訳魔法が勝手にその訛りを取り払ってくれるみたいですが、実は私を除く全員が才人の事を『サイトゥン』って呼んでいたり。
『ト』で止めるのって、生粋のトリステイン人には殆ど無理な所業なのですよ、日本風に発音出来ているのは私だけなのです。
だから私だけ才人を呼ぶ時漢字なのですよー…って、私は誰に説明しているのでしょう?


「この一見ボンヤリした男の子が…。」

「すんません、この顔は生まれつきです。」

才人は肩をガックリと落とします。


「それにしてもメイジが剣を持った男の子に蹴散らされるようになるとか、時代が変わったのねぇ。」

「いやいや、才人はガンダールヴですから。」

私はしみじみと呟くカリンに、思わずツッコんでしまったのでした。
カリンって、普段はこんなのほほんとした人なのですか?


「それでもよ。
 私の時代は剣士が爵位を賜るだけの功績を示すだなんて、想像だにできなかった事だもの。
 あの頃は杖が主役…爆炎の会計士なんて貴方呼ばれていたのよ。」

「おお、それなら知っているよ。
 女の会計士だけど、魔法衛士隊が人手不足だったから借り出されて、笑いながら群がる敵を薙ぎ払ったとんでもない火メイジが居たって父上に聞いた事がある。
 火系統は魔法を使い始めるとハイになって怖いから、嫁にするなら水系統だと父上に言われて育ったものだよ。」

「何故に会計士が戦場で敵を薙ぎ払っているのですか…。」

カリンの言った事にギーシュが反応して補足してくれましたが…だ・か・ら!過去で何やっているのですか、未来の私!?
というか、若い頃のグラモン元帥にトラウマ残していやしませんか、私。


「ケティ過ぎる…。」

「ケティ過ぎるわね、容易に光景が浮かんだわ。」

「ええい伝説コンビ、何をドン引きしているのですか!?」

才人とルイズの関係を説明する筈が、すっかり未来の私の昔話という、わけのわからない展開に。


「そんなわけで、才人への疑いは晴れましたね、カリン?」

「駄目。」

カリンは横に首を振ったのでした。


「嫁入り前の娘が若い男と一緒のベッドに寝るだなんて、親として絶対に許せないことだもの。
 一緒の部屋なのは、使い魔だから仕方が無いとして…ベッドくらい買ってあげるから、別々のベッドになさい。」

「そ、それは駄目ーっ!?」

ルイズが大きな声で反対したのでした…はて?


「何故かしら、ルイズ?」

「だ、だだだだってお母様、それだとサイトとシエスタが一緒のベッドで寝る事になるのよ。」

ああ、確かにそうかもしれませんね。


「私は大歓迎ですわ。」

使用人という事で黙っていたシエスタが、ここぞという所で一言…やりますね。


「そんなの駄目!
 お母様、わたしはこのバカ犬と発情メイドが変な事にならないようにする為に、一緒に寝ているんですの。
 ここでベッドを別にしたら、発情メイドが、めめめめめメイドが!」

「そそそそれは、気まずいわね。」

この母娘、興奮するとドモりはじめるのですね。
さすがは遺伝と言いますか、なんといいますか。


「仕方が無いわね、買うのは二段ベッドにしましょう…それで良いわね、ルイズ。」

「ぬぐ…そ、それであれば。」

でもルイズって確か、隣に誰か寝ていないと寝つきが悪かった筈。
どうなるのでしょうね?


~その夜~


「どうしようケティ、眠れないわ。」

「…ん~?」

眠っている最中にゆさゆさ揺さぶられたかと思えば、そこにはルイズの姿が。


「二日連続で私の眠りを妨げるとは…。」

「ご、御免なさい…で、でも眠れないのよ。」

寝ぼけ眼で睨みつけると、ルイズはぺこりと頭を下げたのでした。


「それにしても…ケティは良いわね、タバサを抱き枕に出来て。」

「いや、抱きつかれているのは、私なのですが。」

「すう…すう…。」

タバサ@熟睡中なのです。


「さて…と。」

ルイズは私たちを持ち上げて、その下に毛布を敷くと…。


「よいしょ…っと。」

私たちを包んで、持ち上げたのでした。


「…何をやっていますか?」

「眠れないのよ。
 サイトが駄目ならシエスタでも良いかなとか思ったけれども、使用人と眠ったりしたらお母様に何を言われるかわからないし、貴族なら良いかなぁと。」

私たち二人を夜逃げ中の人みたいに毛布に包んで担ぎながら、ルイズが言います。


「別に私達で無くとも、モンモランシーでも良いではありませんか?」

「ギーシュと一緒に裸で寝ているところに出くわしたら、気まずいってもんじゃないでしょうが。」

いや、現在ギーシュはモンモランシーにフラれ中なので、そんな事は無い…筈なのですが。


「よいしょっと、これで良いわね。」

「すう…すう…。」

タバサは一旦熟睡状態に入ると、てこでも起きないのですよね。
任務中は物凄く眠りが浅いのですけれども。


「それじゃあ、おやすみなさい。」

「…何故に抱きつきますか。」

背中に抱きつくルイズに、ちょっと訊ねてみます。


「この方が寝つきが良いから。」

「そうですか…。」

そういえば現在この部屋、5人の人間が寝ているのですよね…才人ってば、女の子5人と一緒の部屋で寝ているのですよ。
ひょっとして、才人にとって眠りの難度が上がったかもしれません。





2週間後、私たちは血と涙と汗を垂れ流しつつ特訓を重ね、ついに本番当日がやってきたのでした。


「あんだけ頑張ったのに、出られないというのに釈然としないものを感じるわ…。」

「仕方が無いですよ。
 女性の貴族は基本的に軍人にはなれないというのは、メイジの数において他国に劣るわが国でメイジの数を確保する為には無くてはならない制度なのですから。」

女が死んだら子供がその分だけ生まれなくなりますからね。
生む機械?
機械が人を生めるわけが無いでしょうに、莫迦言っちゃいけません。
子供を産む事と育てる事は女にとってキャリアであり、特権なのです。
例えば機械と恋愛出来るようになり、機械が子供を作れるようになり、機械が子育てをするようにな世の中になったとしたら、そのとき女性は恋愛の対象としても、子供を育むパートナーとしても不要になってしまうかもしれません。
ハルケギニアでそんな事が可能になるのは遥か先の事でしょうが、永遠にそんな日が来ない事を望みます。
そんな益体も無い事を一瞬脳裏に巡らせつつ、私たちは階段を下っていきます。


「お待たせー。」

「お待たせしました。」

ちなみに私たちが何をしていたかというと、王家専属の化粧係にコルセットで締め付けられ、ドレスをああでもないこうでもないと取っ替え引っ替えされた挙句、白粉を塗ったくられ唇に朱を塗られ…わかりやすく言うと女の完全武装モードにされていたのでした。


『うおおおおおおっ!』

下で待ち構えていた水精霊騎士団の面々が、それを見て歓声を上げてくれたのでした。


「ルイズもケティも…すげぇ。」

「うむ、やはり美しき花は、着飾るとより美しいものだね。」

ポカーンとしている才人と、うんうんと頷くギーシュの対比が面白いのです。


「二人とも最高だね、それで僕を踏んでくれたらもっと最高だね。」

変態なりの賛辞と受け取っておきますよ、マリコルヌ…。


「御二人とも、素晴らしいです。」

レイナール…何という無難な。


「んじゃ、次はこっちの番だな…どうだ?」

「僕らとしては、似合っていると思っても、決して自惚れでは無いと思っているのだが。」

才人とギーシュの二人は緋色と青というド派手なカラーリングのマントを捲って、制服を見せてくれたのでした。
トリステイン軍装の基本色である鮮やかな青色と、目立ちたがりで派手好きな国民性を反映したきらびやかな装飾…相変わらず店主が何処にいるのか分からない店でしたが、良い仕事しますね。


「二人ともよく似合っています。
 格好良いと思いますよ。」

「意外と似合っているじゃない。
 その姿をモンモランシーに見せれば、よりが戻るかもよ?」

にしししと笑いながら、ルイズがギーシュに言ったのですが…。


「無いわよ。」

その声に振り返ってみれば…。


「おや、モンモランシーと…ドワーフっぽい人。」

「どうせあだ名で呼ぶなら、きちんとギムリと呼んでくれたまえ!?」

全体的に毛深くてずんぐりむっくりした体型なので、ドワーフだらけの所で呼べば100人のうち30人は振り返ると言われるほど、ドワーフにはよくある名前の『ギムリ』というあだ名をつけられてしまったという彼ですが、実はエティエンヌ・シャルル・ド・ロメニー・ド・ブリエンヌという立派な名前があったりします。
でも誰も呼びませんし、私が知ったのも彼が水精霊騎士団に入団した時に聞いた事が無い名前があるのを発見して、調べて初めてだったり。
面白いので調べてみたら、昨年度は先生ですら彼の本当の名前をよく覚えていなくて、危うく無断欠席扱いにされる所だった授業が何コマもあったとか…ギムリカワイソス。
ちなみに彼も水精霊騎士団の制服を身に着けていますが…彼はどっちかというとバイキング風の装束に身を包み、角兜被って斧持った方が絶対に似合っています。


「私達、付き合う事にしたの☆」

『嘘だッ!?』

モンモランシーの一言に、ギーシュとギムリの言葉が重なったのでした…って、あれ?


「ちょっと、ギムリ!
 話合わせなさいって言ったでしょ!?」

「そんな話だなんて聞いていないよ!?」

モンモランシー…そういう小芝居やる時は、事前に根回しをしておきなさい。


「だいたい、僕の純愛は情熱的な赤い髪のあの人に捧げているんだ。
 その気持ちに嘘を吐くだなんて出来るもんか!」

「あ~…なんか御免。
 頑張ってね。」

モンモランシー、そこまでギムリにドン引きしなくても…いや、まあ、キュルケにとっちゃ十把一絡げなのは、私にもよおおおぉぉぉっくわかっちゃいますが。


「あー、つまり、モンモランシーは僕を見捨てたわけじゃないのだね?」

「あ、あんたなんか、とうの昔に見捨ててるわよ。」

をう、さすが金髪縦ロール。
高飛車な態度させると映えるのですよ。


「ギーシュ、貴方の浮気癖にはほとほと愛想が尽きたわ。」

「ち、違うって言っているじゃないか我が美しき蝶モンモランシー。
 僕は口説いていたんじゃなくて、彼女達に騎士団に推薦出来そうな男子を…。」

「ほほう。」

ギーシュは必至に弁明しますが、モンモランシーは半眼でギーシュを睨んでいます。


「その割には、美しいだの今度遊びに行かないかだのと散々言っていたと聞いているのだけれども?」

「協力して貰うんだから、良い気分になって貰った方が良いじゃないか!
 遊びに行くのも接待のうちだよ!」

ギーシュ…何だか段々駄目な旦那への道を進み始めているような?


「……………………。」

「すいません、ナンパしてました。」

モンモランシーの無言の圧力に負けたのか、ギーシュは土下座して謝り始めたのでした。


「それでも、僕にはモンモランシーしかいないんだっ!
 頼む、僕の元に戻って来て送れ!」

「死になさい。」

そう言い放つと、モンモランシーはすたすた歩き去って行ってしまったのでした…まあ、言い訳した後に謝っても怒りますよねえ。


「あうううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…。」

「…何も言えんなぁ。」

くず折れたギーシュを見ながら、才人は頭をポリポリ掻いて気まずそうにしています。


「リア充は滅びた…。」

貴方は楽しそうで良いですね、マリコルヌ。


「おうともさ!」

だから、心の声に答えるなと。


「副団長補佐代理心得、団長がこれでは団が締まらないのですが…。」

レイナールが、おずおずと話しかけて来たのでした。


「…なかなか無茶振りしますね、レイナール。」

「そうは言っても、この団長を立ち直らせる術を僕は持ち得ませんから。
 ヒラガ団長も無理みたいですし、ラ・ヴァリエール副団長に頼んだら、いきなり殴り飛ばしそうですし。」

ルイズに頼んだら、間違いなくそういう少年漫画的展開になりますね…。


「ギーシュ様、このパレードを立派にやり遂げたら姫様との会食をプレゼントしましょう。」

「え゛!?」

ルイズがその言葉にギョッと目を剥いて、私の方を見たのでした…ああ、自分の運命がわかったのですね。
そう…姫様がギーシュと会食している間、私とルイズは書類の海で溺れる事になりますが、仕方が無いでしょう。


「ほ、本当かね!?」

をお、復活した。
ギーシュに限らず、この国の男どもは姫様の見かけに騙されていますからね…王家の色気スゲーのですよ。
実の所、ギーシュというのも姫様の婿候補としては家柄とか、本人や一族の良い意味での大雑把さとかで有力候補だったりしますし。


「ええ、本当です…頑張れますね?」

「勿論だとも!」

もう一つとしては、モンモランシーの側も姫様とギーシュが会食したとか聞いたら心穏やかでは無いという事ですか。
何だかんだ言って、モンモランシーがやっているのは駆け引きですからね。
私達が仕掛けた事とは言え、無視していてギーシュが手の届かない所に行ってしまったりするのは嫌でしょうし、必ず妥協してくる筈。


「よーし!頑張るぞー!」

「…私ですら焦るくらいやる気になっていますし、これならば効くでしょう。」

もしもですが…ギーシュが姫様に取られたら、モンモランシーには私が責任を持って良い縁談を用意する事にしましょう、ええ。





「…という事になりまして。」

パレードの観覧中、この事を姫様にかくかくしかじかと説明したのでした。
現在、城のテラスの下で、トリステイン国軍が足を真っ直ぐ地面と平行になる位置まで上げて、行進の真っ最中。
そして流れているのは《星条旗よ永遠に》。
グース・ステップでアメリカの行進曲とか、色々な方面に喧嘩売っているのですよ。


「グラモン家の4男ねえ…その男の子とゆっくり御飯を食べればいいのね?」

「早く終わらせても良いですわよ、姫様。」

憂鬱そうな表情で、ルイズが姫様にそう言ったのでした。
それはさて置き、そろそろ喪服やめましょうよ、姫様。


「ルイズ…判断下すのはケティなわけだし、貴方はサインするだけなんだからそんなに嫌がらないでよ。」

「国家の大事に関する判断を学生二人がこなしていると知れたら、臣民が泣きますわよ。」

ルイズは愚痴愚痴言っていますが…。


「貴方は現状でも実質私にほぼ等しい権限を持っているのよ、つまり私の予備なの。
 だから、機会がある毎に私の仕事を覚えて貰った方が良いに決まっているのよ。
 権限的には何の問題も無いし、もし臣民に知れたとしても貴方の素性を全部ばらすだけ。
 そもそもね、国王なんてのは仕事自体は専門家である官僚に任せて、お尻で椅子を磨きながら国の大事を決断するだけの簡単なお仕事よ…量が多い上に責任が重過ぎて胃が痛くなるけれどもね。」

「うう、どうしてこうなったのかしら…つい最近まで、私は単なる魔法が下手な落ちこぼれだったのに。」

そんなものどこ吹く風な姫様の言葉に、ルイズはがっくりと肩を落としたのでした。


「そんな事を言うなら、私だって最近まで夢見がちなお姫様してたんだから、似たり寄ったりよ。」

「なーにを言っていやがりますか。
 夢見がちなお姫様の『フリ』していたの間違いでしょう。」

遠慮がちに話を持って行きつつ、私達を内戦真っただ中のアルビオンに送り込んだりしたのですから。
よく考えたら、あの時点でお姫様なのは見かけだけで、中身真っ黒だったぽいのですよ。


「何の事やら…ね。
 おほほほほほほ…。」

「おほほほほほほ…。」

「な…何なのよ、この真っ黒な空気は!?」

真っ直ぐ気質のルイズには、耐え難い空気かもしれません。


「それはそれとして…。」

姫様は大通りに目を向けたのでした。


「よくもまあ、一か月弱でものにしたわね。」

私たちのいる観覧席の前に、水精霊騎士団が行進してきたのです。
そして、全員がこちらを見ると同時に一斉にローマ式敬礼…わかりやすく言うと、ファシストが真似して印象がえらく悪くなった方式の敬礼なのですよ。
別名、ナチス式敬礼ってやつなのですが、実はこれがトリステイン軍の敬礼だったりします。


「あれも、魔法衛士隊…つまり親衛隊発祥なのよね。」

敬礼に対して手を振りながら、姫様がボソリ。
グース・ステップにローマ式敬礼…つまり未来の私は全体主義国家の視覚的に映えるアレコレを行進に取り込んだのですか。
まあ、ファシストの上手い所は、兎に角格好良くというのを徹底して演出し、国民の心を掴んだという所ですから、そこに学ぶのは決して悪い事ではない筈。
行進曲がやたらとオーソドックスなのは、オーソドックスなのしか覚えていないからでしょう。


「まあ…我が国の軍事パレードは名物にもなりましたし、観光客もお金を沢山落としていきますし…。」

「ガリアやゲルマニアも真似はしているけれども、やはり行進といえばトリステインっていう他国のお客様も多いもの。
 結果が良ければ何でもいいわ。」

昨夜は各国の貴族などを招いての晩餐会だったのです。
大貴族だらけの晩餐会とか、片田舎の木っ端貴族の娘が出るような場所では無いので私は辞退し、ルイズもカリンが出るので華麗にスルー。
昨晩はお姫様モード全開で頑張ったのだとか…喪服姿で。
おかげで、トリステインの黒姫だの黒女王だの黒百合だのといったあだ名が付き始めています…そろそろ喪服やめるように進言しましょうか。


「ついでに、過去に戻った時にお母様をバリバリの政治家に再教育してくれたら、私が物凄く楽になって嬉しいのだけれども。」

「こっちもついでに、お母様をもう少し穏やかな人に再教育して貰えると嬉しいわ。」

「二人揃って無茶苦茶言わないでください。」

コネも金も地位も無い謎のゲルマニア人を名乗っている状態の未来の私に、二人とも何をやらせようというのですか。


『トリステイン万歳!英雄サイトーン・ヒリガール万歳!』

「キャー!サイトーンサマー!」

水精霊騎士団が現在行進中なので、才人を見ようと民衆が大騒ぎなのですよ。


「おおう、持ち上げられていますねえ。」

「女の子に黄色い声を掛けられて、デレデレしちゃってまあ。」

ルイズがそう愚痴りますが…。


「女の子に黄色い声を掛けられてデレデレしなかったら、それはそれで問題ありなのですがね。」

「どういう事?」

私の返答に不思議そうに首を傾げて、聞き返して来たのでした。


「女の子に声を掛けられてデレデレしない殿方は、たいてい女の子自体に興味が無いのですよ。」

「わかりやすく言うと、男の子が好きな男の子ね。」
 
姫様、何故に説明しながらウキウキした顔になりやがりますか?
この国、思いがけない所に腐女子が潜んでいるので、なかなか侮れないのですよ。


「男の子が好きな男の子…なんでそうなるのよ。」

「男っていうのは、もともと複数の女の子に目移りしまくる生き物なのですよ。
 本命がいようが、美人がいればそっちの方に目が泳ぎます。
 我々女には少々理解しかねる話ですが、そういうものなのです。」

わけがわからんと言った表情で首を傾げるルイズに、取り敢えずそう答えておいたのでした。


「うちのお父様もこっそりお城を抜け出して《魅惑の妖精亭》に遊びに行っていたみたいだし。
 殿方ってのは、訳のわからない生き物だわ…って、ケティ。
 まさか私にトリステインの継承権持たない弟とか妹が居たりしないわよね?」

「スカロンの話では、そういう関係になった娘は居ないそうなので、たぶん大丈夫でしょう。」

婿養子ですから、その辺りは自重したみたいなのですよ、先王陛下。


「…調べていなかったのですか?」

「正直国の事に手いっぱいで、お父様の下半身関係のアレコレまでいちいち調べる気にはならなかったのよ。
 暇があったら調べておいて頂戴。」

まあ、それも仕方無いとも言えますね。
あの色気のお化けみたいなマリアンヌ様との間に姫様一人って事からも考えると、そっち方面は薄い人だったのでしょう。


「…私のお父様の事は置いておいて、ルイズ。
 兎に角、殿方っていうのはそういう生き物なのよ。
 そんなものだから、目移りするくらいは大目に見てやりなさいな。」

「そうそう、ブッ飛ばすのは浮気が判明してからにしないと、流石に才人が可哀想なのですよ?」

再生するけど痛いもんは痛いらしいですからね。
ボコボコにされて《痛い》で済んでいる時点で凄いのですが。


「それに、そういう大人なな余裕も、女の魅力を高めてくれるものなのです。
 ぐるぐるぐるぐる~。」

ルイズの目を見つめながら暗示をかけてみます。


「大人の女の魅力…。」

「そうなのですよ~ぐるぐるぐるぐるぐる~。」

暗示と言っても、畳み掛けているだけですがね。


「大人の女の余裕ね~、むゎ~かせて~。」

それなのに、ルイズの目の焦点がおかしいのは何故なのだか~。


「話は変わるけれどもケティ、最近何か作った??」

「はい?」

姫様の一言に、私は取り敢えず首を傾げて見せたのでした。
いやだって、最近完成したアレコレを列挙したら結構な数に上りますし。


「トリスタニアの近辺に怪鳥が出たという報告が入ったのよ。」

「怪鳥…?」

怪鳥と聞くと『秦の怪鳥』とかしか、思い浮かばないのですが…。


「150メイル近くある巨大な鳥がね。」

「…ああ、機関をコンパクトに出来なかったせいで、もう一回船体を作り直す事にしましたからねぇ。」

結局、大型戦列艦級の船になってしまったのですよね、『ホーネット号』。
出た時にコルベール先生が得意満面で語るのでしょうから、今は黙っておきますが機関も大幅な変更を余儀なくされました。
おかげで開発予算も鰻上り…ツェルプストー家の潤沢な資金が無ければ、大赤字になるところでした。
お金出す代わりに命名権をキュルケに毟り取られて、名前は原作通りの『オストラント号』になるかと思いきや、『フォルヴェルツ号』という妙にアクティブな名前になったのでした…私は未練たらしく『ホーネット号』と呼んでいます。


「…使えるの?」

「現在試験運用中ですが、風に頼らずに自由自在に動けるという報告が上がって来ています。
 とは言え、大型戦列艦を三隻は建造出来るお金がかかりました…トホホなのです。」

借金生活から抜け出したかと思ったら、またもや借金漬け。


「風に頼らずに自由自在に動けるというのは素晴らしいけれども、高いわね…。」

「まあ今回は、二隻も船を作る羽目になった上に、丸っきりの新機軸で開発する事になりましたから。
 これから先、同じものを建造する場合は、通常の大型戦列艦の1.3倍程度かかるとのことです。」

つまり、今までの銃などに比べると、かなり安く作る事が可能ということです。
とは言え、元々の値段が高いですがね。


「それなら何とかいけそうね…ゲルマニアの造船所に研究所を作っているのよね?」

「ええ、そうですが…。」

「女王として命令します。
 東トリステインのアルクマールに研究所を移動させなさい。
 建設費用はトリステインが補助します。
 はい、命令書よ。」

姫様がそう言いながら、さらさらっと命令書を書いて私に手渡したのでした。
…まあ、そうなりますよね。


「しかし、それだとツェルプストー家に支援していただいた件は、いかがいたしましょう?」

「トリステインが立て替えます。
 あと…技術者さえ居れば、その新型船は作れるのね?
 大型戦列艦の1.3倍程度のお金で。」

姫様の問いに、私はコクリと頷いて見せます。


「はい。」

「その新型船は、現物があればすぐ作れるものかしら?」

更なる姫様からの問いに、私は首を横に振ったのでした。


「いいえ、機関の原理をしっかりと理解しなければ、複製は困難かと。」

そう、火で水を沸かして水蒸気を出し、それの圧力によって機関を動かすのだという概念が無いと、機関のしっかりとした複製は困難なのです。
そして私が集めたのは、このハルケギニアではかなりの変り種なコルベール先生の同類ばかり。
まあ一朝一夕には無理というか、研究所を移した場合には整備するのにアルクマールまで来ないと不可能になるでしょう。
勿論、時間によって解決されてしまうものなので、永遠には無理でしょうけれども。


「では、ツェルプストーに新型船の現物をくれてやりなさいな。
 金は戻ってきて、珍しい玩具も手に入るのだから、彼らはそれである程度満足してくれるでしょう?」

「御意。」

姫様の言葉に、そう言えばそろそろ新入生歓迎コンパ…もとい、スレイプニィルの舞踏会だなーとか全然関係の無い事を考えながら、私は深々と頭を下げたのでした。



[7277]  幕間49.1 よく考えてみれば新年度だったのです 
Name: 灰色◆a97e7866 ID:a3112a36
Date: 2011/01/11 07:06
「皆さんは二年生となりました。」

ヴェストリの広場にて、火の魔法を担当しているアンヌ・ド・ピスルー・デイリー先生が、そう一言。


「わお、いつの間にやら二年生になっていたのですよ。」

「ケティはお城や騎士団の仕事が忙しいものね。」

ジェラルディンがそう言って、私に少し同情の視線を向けたのでした。
姫様の仕事やら騎士団のアレコレやら、確かに16歳の乙女がやるこっちゃ無いのです。


「ああ、自分で首を突っ込んだとはいえ、たかだか3年間のモラトリアムさえままならないとは…。」

「ま、頑張んなさい。
 私はケティが灰色の青春送っている間に、私はいい男見つけて青春するわ。」

頑張って下さいね。
あとたったの2年しかないのですよ、クロエ。
私は見守っていますよ、勿論見守るだけでなーんにもしてあげませんが。


「そこ、私語をしない!」

デイリー先生が杖を振ってそう言うと同時に、パァンという爆竹の破裂音みたいなのが私たちの眼前で響いたのでした。


『うひゃあ!?』

あう…あう…耳が、耳が。
爆竹程度の小規模な爆発を起こし、大きな破裂音を発生させる魔法のようですが…『私語をしない』が、発動ワードですか。
流石は先生というか、対私語制裁専用魔法なのですか…問題は、叱る対象以外も耳を押さえて悶絶しているという事でしょうか。
範囲が下手に広い分、叱られた対象がとばっちりを食らった生徒からも恨まれるという…楽しい学生生活を送れなくなるのはまずいですから、黙りましょう。


「今日は、皆さんお待ちかねの使い魔召喚の儀です。
 では皆さん、準備を始め次第召喚をはじめなさい。」

さて、では私もさっそく使い魔を召喚するとしますか。
まあ心配しなくても、例の悪夢のようにランランルーやら鬼畜王やらが出てくる事は無いでしょう。
さあ、魔方陣を書いて…と。


「我が名はケティ!
 五つの力を司るペンタゴン。
 我の運命に従いし使い魔を召喚せよ!」

私の前に召喚の門が開き、現れたのは…。


「しゃぎゃー。」

「おやまあ…。」

全長10メイルほどある飛行特化型の亜竜…その昔、学院長がフルボッコにされて危うく死ぬ所をダンボール好きな伝説の傭兵に助けられた話に、敵として出て来たワイバーンですね。
亜竜は竜の下等種であり、竜よりはそこそこ多い幻獣ですが、おおむねレアな生き物ではあります。
飛行に特化した亜竜なだけあって飛行能力は高いのですが、竜の中でも割とおとなしい風竜と違い、ワイバーンは火竜並みに獰猛な事で有名な種族です。
とは言え、群れで生活するせいか知能やコミュニケーション能力は割と高く、また竜と違って火のブレスは吐けません。
ちなみに姿は、昔見たケツァルコアトリスとかいう翼竜にそっくりなのです。


「我が名はケティ…五つの力を司るペンタゴン…この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

それでは私の可愛い使い魔にキ…ス?
何でしょう、このぬちゃっと感は?


「何していやがりますか、貴方は?」

「しゃぎゃ?」

私の上半身を口の中にぱくっと入れやがりましたよ、この飛竜。
おかげでキスをしたのは口ではなく、舌…まあ、コントラクト・サーヴァントはどこに触れようが契約は成立するらしいので、どうでもいいのですが。


「契約が成立しなかったら、これ幸いと私をそのまま食らうつもりでしたね?」

「しゃぎゃぎゃ。」

そっぽ向いてしらばっくれるつもりですか、そうですか。


「言っておきますが、当家の家訓の一つには《仇には惨たらしい死を》という条項があるのです。
 水の秘薬で死に難くした上で生きたまま解剖されたくないのであれば、そういう悪ふざけは止めておきなさい…良いですね?」

「しゃぎゃ!?」

ワイバーンはガタガタ震え始めたのでした。
ラ・ロッタ領は一族の繋がりが滅茶苦茶濃いですからね…基本のほほんとした当家にも、物騒な家訓の一つくらいはあるのですよ。


「ガタガタガタ。」

「ブルブルブル。」

…はて、何故に周囲の生徒や使い魔まで震えているのやら?


「…良いですね?」

「しゃぎゃ、しゃぎゃ。」

ワイバーンはコクコクと縦に首を振ったのでした。
初めから、そうやって素直に頷けばいいのです。


「では、貴方に名前を与えなくてはいけませんね。
 じー…。」

「しゃぎゃ。」

何故かワイバーンが口を開け、さっきキスしてしまった舌が見えます。
アレはネチョっと来ました…。


「じゃあ、ぺロ。」

「ケティ。」

ポンポンと肩を叩かれたので振りかえると、クロエとジェラルディンが居ます。


「そのネーミングは、無いわ。」

「無いわね。」

クロエの言葉にジェラルディンもコクコクと頷いています。


「…じゃあ、フェリックス(タマ)で。」

「猫じゃないんだから。」

ジェラルディンが首を横に振っているのです。


「私の使い魔はこの鷲よ。
 名前はフレースヴェルグ。」

「おおう、風の神様なのですか。」

ジェラルディンの肩にとまる鷲…頭が白いとか、何でハクトウワシ召喚しているのですか。
この世界のアメリカ大陸相当な場所から召喚したのでしょうが、これまたこっそり凄いものを。


「それはそれとして…肩、痛くありませんか?」

「…実は爪が軽く突き刺さっていて結構痛いのだけれども、良いわ。
 そんな事よりも嬉しいもの。」

ジェラルディン、何と雄々しい事を。


「私はこの子。」

そう言って、クロエが差し出したのは…。


『しゃー。』

ぶっとい胴体に9つの首を持ち、切ればどんどん生えてくる事で有名な幻獣ヒドラなのですよ。
もっとも幼生なのか、1メイルありませんが。


「ええと…どれとキスしたのですか?」

「さあ…?」

わしゃわしゃ…どれがどれなのやら?
脳は胴体にあり、首の部分は目と口の機能しか無いみたいなので、どれでも良いっちゃ良いのですが。


「そういえば、首を切り落としてもどんどん生えてくるという事は…いざって時の非常食に出来ますね…。」

「しゃ!?」

蛇も調理次第で意外といけますよ、はい。
なぜかハルケギニアにある生姜で臭みを消しつつ鶏肉や茸や野菜と一緒に煮込めば、結構美味しいスープの具になりますし。


「しゃ、しゃー…。」

「怯えるから、私の使い魔を食欲全開の目で見ないで。
 あと、ヒドラの首に対してそういう反応が返ってくるとは予想外だったわ…。」

クロエからのじとーっとした視線が痛いのですよ…。


「おおっと、すいません。
 …ところで、この子の名前は?」

「エルキュールよ。」

ヒドラにエルキュール(ヘラクレス)とか、どう見ても天敵の名前なのです。


「ケティも、もう少し名前を捻りなさい。」

「そうは言われましても…。」

ネーミングセンスには、昔から自信が…。


プリッシュ(ぬいぐるみ)。」

「どこがどう縫い包みなのよ…。」

「こんな縫い包みがあったら、子供が泣くわ。」

駄目ですか…。


「ああもうじゃあ、スブティルで。
 うん、これでよし。」

ピッタリなのですよ、うん。


狡猾(スブティル)とか、何気に酷いわね。」

「いやいや、名目上は利発(スブティル)なのですよ。」

人の隙をついて上半身パックンチョしやがりましたし、狡猾(スブティル)でぴったりだと断言します。


「そんなわけでよろしく、スブティル。」

「しゃぎゃ。」

スブティルは、大きな頭をぶんぶんと振って応えてくれたのでした。






「…というわけで、この子がスブティルなのです。」

「しゃぎゃ。」

放課後、騎士団の面々にスブティルを見せに来たのでした。


「きょ、恐竜!?」

才人が目を輝かせています。
良いですよね、恐竜は男のロマンですものね、わかります。


「いいえ、ワイバーンなのです。」

確かに図鑑や博物館に乗っていそうな生き物ですが、あちらは早くても時速50~60㎞なのに対し、こちらは全力を出せば時速400㎞くらいは出せます。
何だかんだで竜の眷族なのですよ。


「これがワイバーン…タバサのシルフィードみたいに、乗れるのよね?
 わくわく、わくわく。」

ルイズは乗る気満々なのですね…あと、口で『わくわく』言うとか、ア○レちゃんですか貴方は。


「シルフィードみたいにぎゅうぎゅう詰めで乗って、更に口に大モグラ咥えても全然平気という風にはいきませんが、3~4人なら行けますよ。」

「大きいのに、意外と少ないのね。」

ルイズはそう言いますが…地球の生物的には無茶でもファンタジー世界的にはなんとかありな生き物と、ファンタジー世界でも規格外な生物の差というのは凄まじいものがあります。
特にシルフィードみたいな韻竜ともなると、もはや絶望的な格差なのです。
風韻竜であるシルフィードには、風竜としての強力な風の精霊の加護の上に、先住魔法の行使者としての力もあるので倍率ドン。
幼生にもかかわらず巡航速度で零式艦戦(ゼロセン)の最大速力に匹敵します。
全力出せば時速700㎞近くは出せる筈…伝承で聞いた話から推察するに、成体になると超音速巡航(スーパークルーズ)が出来るらしいデタラメ生物の風韻竜としてはまだまだですが、存在そのものが反則級なのですよ。


「竜と亜竜の間には、深くて暗い川があるのです。
 残念な話ですが、ワイバーンでは風竜にはありとあらゆる点で敵いません。」

「妙な例えだけど、何となくわかったわ。」

分かってもらえてよかったのです。


「もう、飛んだ?」

タバサがスブティルをぺたぺた触りながら、私に訊ねて来ます。


「いいえ、シルフィードと違って風の精霊に守られているわけでは無いので、この恰好のまま飛んだら凍えてしまいます。」

「残念。」

風竜は風の精霊の加護で人が乗っている個所を防護する事が出来ますが、竜である風竜と違って亜竜であるワイバーンにはそこまで強力な風の加護はありませんから…何せゆっくり飛んでも時速100㎞近くは出るので、冬に不用意に普段着でバイクに乗って寒過ぎて酷い目にあう人みたいな感じになります。


「用意が出来たら、今度一緒に飛びましょう。」

「ん。シルフィードも喜ぶ。」

シルフィードからすると、わりとゆっくりめな空中散歩になるとは思います。
とはいえ、この学院には一緒に飛べる生き物はあまりいませんからね。


「ねえ、この子…。」

「何かの薬の実験台にしようとするのであれば、ロビンを躊躇い無くスブティルの口の中に放り込みますから、そのつもりで。」

モンモランシーが顔を輝かせながら何かを言おうとしたので、取り敢えず予防線を張っておきました。


「ゲッ…ま、まさか、そんな事を言ったりはしないわよ。」

「今、『ゲッ』とか言いましたよね?確かに聞きました。」

確かにワイバーンは珍しいですが、可愛い使い魔を実験台にさせたりはしないのですよ。


「いやまあ、確かに薬関係ではあるけれども…。
 薬の材料にしたいから、数滴血を取らせてもらえないかなーって。
 ほら、竜族の血って薬の材料の一つだから。
 タバサにシルフィードの血が欲しいって頼んだけど、無言で首を横に振られちゃったから…。」

シルフィードの血なんか使ったら、韻竜だって一発でばれるでしょうからね。
タバサが断るのも当たり前でしょう。


「まあ、数滴くらいなら、構いませんよ。」

その程度なら、何の問題も無いでしょうし。


「ありがとうケティ、やっぱり持つものは親友よね!」

「むぎゅ…。」

ああ、やはり胸が薄いのですね、モンモランシー。


「しゃぎゃ…。」

「ぎゅっ!?」

「な…何故僕のヴェルダンデを食欲全開な目で見るのかね?」

ギーシュの大モグラがスブティルに狙われています。
ああ、そう言えばまだ餌をあげていませんでしたね。
ちなみにワイバーンは肉食性の強い雑食であり、羊くらいまでの大きさの生き物ならひと飲みにしてしまいます。


「あとでたっぷり肉あげますから、学院内にいる生き物を食べないように。」

「しゃぎゃ♪」

やれやれ…学院から生徒が徐々に消えて行ったりしたら困りますからね。


「しかし…頭でかいわね。」

「あはは、それは確かに。」

スブティルを見上げるジゼル姉さまは、ぽかんと口を開けているのです。
まあ頭だけで3メイル、これだけ大きいと私の体がほぼ全てすっぽりと口の中に入ってしまいます。


「しゃぎゃ。」

「ぎゃー、御主人様の言った事聞かないのかこいつ!?」

ポカーンとしているジゼル姉さまに何故か近づいてきていたマリコルヌを、スブティルが嘴で咥えあげていますが…。
マリコルヌの事だから、何か良からぬ事を考えていたので問題無しなのです。


「ああスブティル、マリコルヌなんか食べたら変態を拗らせますよ。
 やめるのです。」

「しゃぎゃ。」

「僕を食べたら変態拗らせるとか、酷い!?
 だ が そ れ が 良 い !」

相変わらず処置無しですね。


「スブティル、今すぐその変態を何処かに放り捨てなさい。
 出来れば事象の地平の彼方へ。」

「しゃぎゃ!」

私の命令を聞いて、スブティルは首をブンと振りマリコルヌを放り投げ捨てました。


「あひゃあああああああああぁぁぁぁぁぁ…。」

悲鳴を上げながら、マリコルヌは虚空へと消えたのですが…まあ、しばらくしたら何事もなく変態しているでしょう。


「…変態は滅びました。」

「しゃぎゃ、しゃぎゃ。」

ワイバーンなのに合の手入れるとはやりますね、スブティル。


「ケティの使い魔の事はわかったんだが…。」

「さっきから厩舎の壁でカチンコチンに固まってこっち見ている新入生、誰?
 男子の制服着ているけど、顔は女の子みたいだし。」

才人とルイズが不思議そうに尋ねてきたのでした。
そういえば、紹介しようと思って連れてきていましたね。


「おお、そうでした。
 アルマン、おいでおいで~。」

「あ、はい、ケティ姉さま。」

私の呼びかけにてくてくと歩み寄ってくる栗色の髪とジゼル姉さまに似た印象の顔をした華奢な体躯の少年…今年入学したのですよね、アルマン。


「この子はアルマン。
 ラ・ロッタ家の嫡子です。」

「皆様お初にお目にかかります、アルマン・ド・ラ・ロッタです。
 姉がいつもお世話になっております。」

そう言って、アルマンは緊張しながらも優雅にさっと礼をして見せたのでした。


「おう、よろしく。」

「よ、宜しくお願いします。」

おー、アルマンてば、才人に緊張しているのです。


「…ケティ、お前の弟何でこんなに緊張してんの?」

「才人…貴方は現在、このトリステインきっての英雄なのですよ?
 私にとっては、着替え中にノックもせずに入ってくるエロ使い魔だとしても、この子にとっては凄い人なのです。」

最近はさすがに学習したのか、ノックしてから入ってきてくれるようになりましたが。


「ケティ姉さまの着替えを…。」

アルマンの才人に向ける視線が、直後にじとーっとしたものに変化したのでした。


「ちょ、ケティおま、弟の視線が軽蔑の籠った物に変わったぞ!?
 つか、最近はきちんとノックするようにしているだろ!」

「おほほほ!嫌な思い出というのは、印象として残りやすいものなのですよ。
 それにそのくらいの方が、緊張せずに話せて良いでしょう?」

緊張を程好く抜く、ジョークという事で。


「緊張感どころか、むしろ虫ケラを見る目つきになっただろうが!」

「ケティの着替えを除くようなバカ犬には、虫ケラを見る目つきで十分よ。」

犬なのか虫なのか、どっちなのでしょうかルイズ?


「んでもって、私がこのバカ犬の主人。
 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ、よろしくね。」

「この人が、手加減一発岩をも砕くルイズさん…。」

うわ、それをここでつぶやきますか、アルマン。


「ケティ、あんた人の事を弟にどうやって話していんのよ?」

「いやでも、実際事実じゃ…げふぅ!」

ツッ込もうとした才人を裏拳一発で沈めて、ルイズが私に尋ねます。


「…この光景から、アルマンにどういう説明をしろと?」

「え?ええと、優しく御淑やかなとても貴族らしい貴族のお姉さんだって言えば良いじゃない?」

『優しく御淑やかなとても貴族らしい貴族のお姉さん』が使い魔を裏拳一発で沈める世界って、どうなんでしょう?
私はそういうのは普通、手加減一発岩をも砕く存在だと感じるのですが。


「だそうですアルマン。
 納得しなさい…この世の中にはどうにもならない不条理もあるのです。」

「ハイ姉サマ、納得シマシタ。」

カクカクしたぎこちない動きで、アルマンはこくこくと頷いたのでした。
人生釈然としない事があっても、曖昧にしておいたままな方が良い事というのは沢山あるものなのです。


「何か、釈然としない…ギーシュも挨拶しなさいよ?」

「やあアルマン君。
 僕の名はギーシュ・ド・グラモン、水精霊騎士団の団長をやっている。
 以後お見知り置きを。」

ルイズに促されて、ギーシュがにこやかに挨拶したのでした。


「ああ、ジゼル姉さまの手紙に書いてあったタラシの偽王子…。」

「た、タラシの偽王子…?。」

アルマンの言葉に、ギーシュが固まったのでした。


「おほほほほほほほ!」

ちなみに、アルマンの後ろでジゼル姉さまが意地悪そうに笑っています。
未だに根に持っているのですか、ジゼル姉さま。


「ちなみにギーシュ、アルマンはこう見えてもれっきとした男の子だからね。
 ナンパしちゃ駄目よ?」

「そのくらいわかるよ!
 僕にそっちの趣味は無いから、安心したまえ。」

ジゼル姉さま系の顔って、女につくと男っぽく、男につくと女っぽく見えるのですよね…どっちみち美形なのですが。
…何故に私は、狸系の丸顔なのでしょう?


「アルマン君、私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、宜しくね。」

「モンモランシー先輩って、あの畑を謎の密林に変えた…。」

一年生にも既に伝わっていますか、あの話。
たぶん、やっちゃいけない事として教えられているのでしょうね。
モンモランシーのマッド水メイジ伝説は、今後も学院の伝説として伝わっていくのでしょう…あの変な密林と一緒に。


「はう…もうあの話が一年生の間に。
 ちなみに私は回復系の水の秘薬なら安心とも言われているから、傷ついた時や疲労困憊な時には言って頂戴。
 特別に安く売ってあげるから、その代りモンモランシー先輩は良い人ですよーって宣伝してね。」

「あはははは、わかりました。」

アルマンは笑って頷いたのでした。


「そういえば姉さま、うちのクラスに凄い人が入ってきたよ。
 ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフって言って、クルデンホルフ大公国のお姫様。」

「なんとまあ、ベアトリス様と一緒のクラスになったのですか。」

まさか、アルマンと一緒のクラスになるとは。
これは、何かに利用出来るかも知れませんね…。



[7277]  幕間49.2 忘れてなんかいないヨ、本当ダヨ?
Name: 灰色◆a97e7866 ID:a3112a36
Date: 2011/01/14 10:03
「随分長い間忘れられていた気がするわぁ。」

エトワールがボソリと呟いた。


「いやいや、そう言われましても。
 エトワール姉さま自体が、暫らく学院に居なかったではありませんか…。」

「仕方ないじゃない、アンリが大怪我してたんだからぁ。」

実はエトワールの恋人であるアンリ・ド・ギーズが撤退戦で体のあちこちに大怪我を負い、トリスタニアの軍病院にてついこの前まで治療中だった為、エトワールも一緒に付き添っていたのだった。


「良いではありませんか、卒業したら結婚する事になったのですから。」

二人とも三か月ほど休んでいたので卒業時期も三か月延びたが、先の戦争でそうなった最上級生は結構な数居るので、同級生が居ないとかいう問題は無い。
問題は、男子寮も女子寮もキャパシティを若干オーバーしてしまった事だったりするが、学院のメイジを総動員して学院の門前の道沿いに石で出来た家っぽいものを造らせ、内装を職人たちにそれっぽくでっち上げさせる事で何とか解消に成功した。
見た感じ殆どが変な彫刻やら出っ張りやら飾りがあり、謎の古代文明による石造建築物遺構に見えるが、それは建築家を志しているわけでは無い学生のメイジ達に内部構造以外丸投げしたからであって、内部構造は問題ない。
入居したのは寮から追い出された最上級生たちで、奇怪な石造の家に始めドン引きだったが、内部は寮よりも広いのでおおむね気に入っているようだ。
まあそんなわけで、現在ケティ達が居るのはエトワールが住む新築の家だったりする。


「そう言えば、アンリ殿は?」

「ド・ロレーヌが遊びに来て、連れて行ったわぁ。」

『ド・ロレーヌ』と、級友や割と親しい筈の友人にすら家名しか呼んでもらえない可哀想な人ことヴィリエ・ルイ・ド・ロレーヌは、アンリ・ド・ギーズの従弟であり彼に非常に懐いているらしい。


「ド・ロレーヌ殿が…それは良かった良かった。」

「?」

あいつは気位が高過ぎるせいで友達が居ないから、従兄くらいしかまともに相手にしてくれないんだろうと評判される程のぼっちキャラっぷりに、ケティは密かに涙を拭った。


「しゃぎゃー!しゃぎゃぎゃー!」

「ヂュヂュヂュ!ダメ!ルナチャンダメデショ!」

彼女らの背後ではケティの使い魔であるワイバーンのスブティルと、エトワールの使い魔であるロック鳥のルナが互いに羽を広げて威嚇しあっているが、喧嘩が始まったわけではないので、今の所放っておかれている。


「………………………。」

「あ、アレン、貴方は無茶しないで~!」

ジゼルの使い魔であるバグベアーのアレンも参戦しようとしているのを、ジゼルが必死に止めていたりもするが、それも取り敢えず無視。


「それにしても、姉妹三人でまったりするのも久し振りねぇ。」

「そうなのですねえ。」

「私はまったりしてない、してないから!
 つーか、二人ともあの喧嘩を止めて!
 あの怪獣大戦争にアレンが参戦したら死んじゃう!」

まったりする二人と、威嚇しあう二体の巨大生物と、必死でアレンを抑えるジゼル。
長閑な午後のひとときであった。


「…それはそれとして。」

「置いておかないで、何とかして!」

ジゼルの言葉に、ケティとエトワールは顔を見合わせて、ゆっくりと頷いた。


「スブティル。」

「ルナちゃん。」

『静かにしなさい。』

ケティとエトワールの笑顔がそれぞれの使い魔に向けられ、両方とも石化したかの如く動きを止めた。


「これで良いですか?」

「…どうして私だけ、こういうおっかない笑顔が出来ないのかしら?」

ジゼルもしたいらしい。


「爽やか系の人間には出来ないのです。」

「それはそれで良い事なのよぉ?」

ケティとエトワールはそう言って、感慨深げに頷いた。
ぶっちゃけた話、二人とも笑顔で脅せるジゼルを想像する事が出来ない。


「なによー、それ?
 よくわかんないわねぇ。」

ジゼルはそう言って、首を傾げるのだった。
彼女には、何時までも《妹が絡まない限りは爽やか系》の女の子で居てほしいものである。







「例の船、手放すんスか!?」

「ええ、王家がお金を立て替えてくれる代わりに、東トリステインのアルクマールに全ての施設を移す事になりました。
 断る事は出来ません、勅命ですから。
 王家から損失補填分のお金も出ますし、それで何とかツェルプストー家と手打ちにしてください。」

《魅惑の妖精亭》にて、ケティとパウルとキアラがテーブルを囲んでいた。
ちなみにパウルは他の客に《綺麗どころ侍らせやがってこんちくしょー》とか思われていたりする。


「それは良かったです。
 うちの財務状況はかなり逼迫していましたし、これで何とか持ち直せます。」

「そうですね、まさかうちの屋台骨が圧し折れかける程の負担になるとは思わなかったのですよ…。」

キアラの言葉に、ケティは溜息を吐きながら頷く。
軍の火薬の総コルダイト化で稼いだ分の儲けが根こそぎ吹っ飛ぶどころか、大赤字事業と化す所だった。
ツェルプストー家の資金援助が無ければ、危うくモンモランシ家みたいになる所という酷い状況だったのだ。


「何だかんだで、うちはまだまだベンチャー企業なのですね。
 ツェルプストーみたいな大金持ちには、資金力で全然敵わないのです。」

「そのツェルプストーですが、どうなさるおつもりなんですか?」

キアラにそう言われ、ケティは机に突っ伏した。


「姫様はあの船の現物を渡して、借金分に少し上乗せして払ってやれば手打ちに出来るんじゃあないのかとは言っていましたが…パウル、出来ますか?」

「そうっスね…国からだけだと不義理っスねェ。
 他にも何かお土産渡せば何とかなるんじゃあないかなと。
 金渡しても意味無いですし、そうなるとうちの財産は技術って事になるっスけど…。」

パウルは目を泳がせる。


「コルダイトは…流石に駄目っスよねえ?」

「当り前なのです。
 ですけど、確かに何か手土産渡さなきゃ収まらないかもしれませんね。
 向こうの技術力でも絶対に量産不可能なものを渡しますか…。」
 
そう言うと、ケティはポンと相槌を打った。


「うん!奮発してメタルストーム機関銃をあげちゃいましょう!
 あれ、2基あるから1基をデモンストレーションに使って威力を見せ付けてあげれば、喜んで受け取ってくれる筈なのです。」

「あれ発射機構が全然わからなくて、あのアンナさんが『この兵器を作った奴を呼べーっ!』とか錯乱して喚いた挙句、匙投げた奴じゃないっスか…ひでえ詐欺っスよ、それ。」

メタルストーム社製の兵器はいずれも完全電子制御のハイテク品なので、ハルケギニアの技術力では逆立ちしたって何したって模倣不可能という代物である。
やろうと思えば一分間に100万発という凄まじい連射が可能だが…撃ってしまえば、もう再装填すら出来ない使い捨て兵器と化すのだ。
そして核でもない限り、単発の兵器に戦況を変える力は無い。


「…2丁合わせて1万エキューした代物ですが、コルダイトの技術などを渡す事に比べれば遥かにわが商会の損害は少ないでしょうね。
 半ばケティ坊ちゃんの趣味で購入した代物ですが、それで良いというのであれば。」

「まあ、惜しいですが仕方が無いです。
 祖国の安全保障という観点から見ると、安いものですし。」

キアラからの問いかけに、ケティは溜息を吐いて頷いたのだった。


「パウル、これを材料にツェルプストーの説得…出来ますか?」

「やってみるっス、ケティ坊ちゃんもツェルプストーのお嬢様への働きかけお願いしますっスよ?」

パウルはケティの問いに力強く頷いて見せた。


「わかりました、こちらからもキュルケに言っておきます。
 しかし、キュルケには悪い事をしてしまいましたね…その代り『フォルヴェルツ号』の整備と修理は、あちらの生産技術が整わない限りはいかなる場合でも確実に行う事にしましょう。
 例え、ゲルマニアと戦争になっていたとしてもです。」

「そ、それはちょっと難しいんじゃないスか?」

ケティの言葉にパウルが焦った表情になるが、ケティは首を横に振る。


「難しかろうと最低限そのくらいの義理を果たさねば、友人に対する後ろめたさで頭がおかしくなりそうです。
 私は度し難い事に、私の友人や仲間を笑顔で裏切る事が出来ない程度には、覚悟を維持出来ない惰弱さを残しているのですよ。」

「ケティ坊ちゃん…。」

ケティは元々敵と味方をきっちり区切る人間ではあるが、友人や仲間といった味方が敵に回るのに慣れていない。
いざそういう状況なると、やはりそれなりに混乱するのである。


「…さて、そろそろ食事に戻りましょう。
 せっかくのご馳走が冷めてしまいますよ?」

ケティは微笑みながらそう言った。
彼女は色々な笑顔を使い分ける事を、幼馴染である二人はよく知っている。
今のケティの笑顔は、強がっている時の笑顔だという事を。


「ケティ坊ちゃん、私達はこれまでも、そしていつまでもケティ坊ちゃんの味方です。」

「そうっスよ、だから…飲みましょう!」

パウルはそう言いながらワインを自分の杯に注ぎ、一気に飲み干した。


「はぁ…どうしてこいつはケティ坊ちゃんにだけは気の利いた事が言えないのでしょうかね?
 まあ良いです、私も付き合いますから、とことん呑みましょう。」

キアラもそう言うと、杯のワインを飲み干した。


「二人とも、ありがとう。」

ケティまで杯のワインを飲み干す。
飲み干した後のケティの目からは涙が零れていた。


「笑いながら泣くとか…ケティ坊ちゃんはそういうところが器用過ぎて、却って不器用なんスよねえ。」

パウルはすっと立ち上がり懐からハンカチを出して、ケティの涙を拭った。


「ちょ、ちょっと、パウル?」

「いいからいいから、こういうのは年上のお兄さんに任せるものっスよ。」

抗議するケティのほんのりと紅色に染められた頬を、ニコニコと笑いながらパウルが拭う。


「………………。」

それを見たキアラは一瞬不機嫌そうな表情になったが、すぐに元の表情に戻った。


「年上に見えた事は、今まで一度も無いのですが~?」

「それは酷いっス!?」

実際ケティのパウルに対する扱いは弟みたいなものだったりするし、先程照れたのだって別にパウルを意識したわけじゃあないのだが、キアラとしては気になるものは気になるのである。
自分の好きな男が他の女の子が大好きなのを見ているのは、脈が無いとはいえやはりハラハラする。


「あっはっは~、酷いと思うならもう少し年上らしくして見せなさいな?」

「ふっ…大人の男たる俺の魅力に惑うがいいっスよ。」

何せ、ケティはパウルに対して物凄く無防備なのだ。
身内には基本的に甘いケティらしいが、特にパウルに対しては甘いとキアラは思っている。
…実は、キアラに対する態度もそう変わらないのだが、なかなか自分を客観的にみるのは難しいので、その点には気付いていない。


「なーにが大人の男ですか、誰が大人?(…ううっ、ちょっと辛いです)」

そんなこんなで、キアラは胸をチクチクさせつつも、二人のじゃれあいに入って行くのだった。
命短し恋せよ乙女、頑張れ女の子。



[7277] 第五十話 未練たらたらなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:a3112a36
Date: 2011/01/29 09:34
舞踏会、それは飲んだり食ったりしたついでに踊る会

そんなに優雅なもんじゃあないのですよ、みんな手掴みでくっちゃくっちゃ言わせながら食べますし


舞踏会、それは集積と集中の賜物

貴族に富を集中させるからこそ、このような豪華な宴も可能となります


舞踏会、それは要するに合コン

結局何するかっていえば、出会いなのですよ、恋愛なのですよ、ええいこの恋愛至上主義者どもがっ!









「うにゃーっ!?」

スレイプニィルの舞踏会の準備の最中、ルイズの部屋から叫び声が聞こえたのでした。

「ど、どうしたのですか?」

慌ててルイズの居る部屋に駆け込んだのですが…。

「思い切り締め付けたら、コルセットが弾けたわ…。」

ルイズの周辺に落ちているのは、バラバラに砕けたコルセットの残骸のようです。

「肉体強化が、腹筋にまで及んでいるのですか。」

ルイズのお腹周りにモヤっとしたオーラみたいなものが…。

「…どうしたらいいかしら?」

「お腹周りにディスペルをかけてみては?」

たぶん虚無の魔法効果なので、ディスペルで消える筈なのですよ。

「うぅ…なんか情けない…。」

ルイズはごにょごにょとディスペルの呪文を唱え始めます…しっかし、相変わらず無暗矢鱈と長いですね、虚無の呪文ってのは。
落語の『寿限無』(じゅげむ)じゃあるまいし、もう少し圧縮すれば良かったのに。

「ディスペル。」

ルイズがそう言ってお腹周りにディスペルをかけると、オーラみたいな光が消えたのでした。

「おお、まさか本当に消えるとは…。」

「半信半疑だったの…これで、大丈夫かしら?
 ふんっ!」

ルイズがお腹に力を入れると、オーラ再び…。

「お、おなかに力が入れられないわ…。」

「力を入れたら、服が弾けますね…。」

舞踏会の最中に何処かの北斗神拳伝承者のように、ドレスの上半身部分がバリバリっと逝ってしまったら、色んな意味で悲劇なのですよ。
んー?何か違和感が…ああ、なるほど…。

「…じゃなくて、踊っている最中にお腹に思い切り力を入れる必要は無いでしょう?」

「…よく考えたら、そうね。」

ルイズはポンと相槌を打ってから、コクリと頷いたのでした。

「そもそも、どうしてコルセットが弾けるくらい力を入れたのですか?」

「目いっぱいおめかししようと思ってね…思い切り締め付けたらやり過ぎちゃって、危うく口から体の中身が出そうになったのよ。
 それで、思わず腹筋に力を入れたら、バチーンって弾けたの。」

怪力で締め付けたら酷い事になったので、怪力でコルセットを破壊したのですか…。

「わかりました、私が締めましょう。
 代わりのコルセットはありますか?」

「うん、ありがとう。
 今持ってくるわね。」

やれやれ~なのですよ。








ルイズのコルセットをつけ終わり、部屋に戻って一人で髪を梳いていたら、ノックの音が。

「はい、どうぞー。」

「ういーっす。」

入って来たのは、貴族っぽい上等な服に身を包んだ才人です。

「なあケティ、仮装はどうするんだ?」

「はぁ…?」

才人が、部屋に入ってきて私を見るなりそう言ったのでした。

「仮装舞踏会なのに、なんで誰も仮装してねえの?
 こういう時って、変な仮面をつけたりとかするんだろ?」

「そんな事しませんよ。
 そもそも、スレイプニィルの舞踏会は魔法で変装する舞踏会なのですから、仮面などでわざわざ仮装する必要はありません。」

何だか、才人が物凄い誤解をしていたようなので、訂正しておきます。

「えっ?」

「えっ?」

私、何か変な事を言いましたか?

「知らなかった…。」

「知らなかったのですか…。」

アンチョコにも書いていない事でしたが、思い出しました…そういえば才人って、この舞踏会でルイズに変装した姫様に、それと知らずにキスしてしまうのでしたっけ?

「単なる偶然ですが…不穏なフラグを一つ潰せましたね。」

男女関係がごちゃ混ぜになったら、私には対処しきれません。
元々、対処する為の能力もありませんし。

「んぁ?何か言ったか?」

「いいえ、ちょっとした独り言ですよ。
 しかし才人、誰にも教えて貰わなかったのですか?」

才人の意識を逸らすために、話題を転換…と。

「いやまあ、仮装パーティーだとは聞いてたんだけど…そういや詳しくは聞いていなかったな。
 つーか去年、こんな行事あったっけ?」

「ありましたよ、才人が呼ばれる前に。」

去年のスレイプニィルの舞踏会は、召喚の儀式の前だったのですよね。
何故に2年生が使い魔を召喚して2年生になった事をきちんと確定する前にやったのか?
これって結局《使い魔を呼べないわけが無い》という、メイジの常識故なのですよ。
使い魔を呼べないわけが無いので、2年生になる事は召喚の儀式をやらなくても確定事項。
使い魔召喚の儀式は確かに規則ですが、ルイズみたいになかなか呼べないメイジというのはまあまず居ないので、実のところ有名無実と言いますか。

…そもそも、この学院自体が貴族の子弟のモラトリアムを主眼に置いているので、実は学習自体にウエイトを置いていないというのが何と言って良いものやら?
魔法の勉強自体は子供の頃から家で勉強しているわけですし、貴族なのですから政治学や、領地経営の為にマネジメントなども勉強した方が絶対良い筈なのですが。
いやまあ、マネジメントはまだ概念自体がありませんが、うろ覚えで良いなら私が書いたって構わないのですよ…本当にうろ覚えもいいところなので、たぶん偽マネジメント本になりますが。

「それじゃあ知らなくても仕方がないか…。」

「仕方ない仕方ない。」

なんだかとっても言い訳がましい話ですが、そういう事にしておいてください。

「じゃあ、おれも魔法で仮装するわけ?」

「そういう事になりますね、あれは別に魔法の才能云々に関係ありませんから。」

才人はどんな姿になるのでしょうねえ?

「あ、サイト、いたいた。
 あんたケティの所で何サボってんのよ?」

「サボるも何も、仕事がねえだろ、今日は…。」

ドアを開けてルイズがひょこっと現れました。

「ケティに仮装舞踏会なのに、なんで皆変装していないのか聞いたんだよ。」

「何でそんな事をいちいちケティに聞きに行くわけ?
 そのくらい、わたしでも答えられるわよ…。」

ルイズが才人をジト目で見たのでした。

「いやルイズ、そうは言ってもケティに質問するのは既に癖になっていてだな…なんつーの、ケティペディアっつーか…お前もだろ?」

「ケティペディアってのがよくわからないけれども…まあ、おおむね同意するわ。」

人をネット百科事典みたいな呼び方しないでください…。

「まあ、仕方がないわね…で、あんた誰に変身しちゃうのかしらね?」

ルイズも気になるようで、話に入って来たのです。

「なりたいと思う姿に変身出来るのか?
 …何か、私に答えさせろオーラをプンプンさせてるルイズ君?」」

「何そのルイズ君って…まあいいわ。
 そうね…ううん、出来るというか、そうでもないというか。
 真実の鏡っていうマジックアイテムを使って、変身するのよ。
 何ていうかね、自分の理想をガーッと思い描くの、そしたらその理想の姿に変身出来る事もあるわ。」

実はあんまし意味が無いらしいですがね、それ。
まあ結局、自分が一番なりたい理想の姿に近い人に変身するので、極端に違う姿になる事は滅多に無いのですが。

「ならない事もあるのか?」

「うん、漠然としたイメージしかないと、それに一番近い人になるらしいけど。」

この真実の鏡は、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処できる、素晴らしいマジックアイテムなのですよ。

「才人はどんな人になりたいの?」

「う~ん…特に無いな。
 強いて言えば、イケメン?
 一度でいいからイケメンになってみたい、爆発しろとか言われたい。」

イメージが滅茶苦茶漠然としているのですね。

「いったい誰に変身するのか、見物なのですね…。」

「そうね、面白そうだわ。」

才人はいったい誰になるのやら~?

「ミス・ロッタ…。」

そんな話をしていると、一人のメイドが私の近くに寄ってきたのでした。

「…大丈夫ですよ、ルイズと才人は。」

「はい。」

私がそう言うと、メイドはコクリと頷いたのでした。
このメイド、実は姫様の諜報機関の工作員だったりします。
マントをつけていませんが、杖を隠し持っているメイジなのです。
ちなみに名前は知りません…シエスタは兎に角、いちいちメイドの名前を覚えていたら却って不自然ですからね。
メンヌヴィルの一件があって以来、こんな工作員が男女合わせて数十人程、常に学院内に潜伏するようになりました。

「公女殿下と黒髪の怪しげな女が、学院内で接触中の模様です。」

公女殿下…つまりタバサと、黒髪の女…たぶんミョズニトニルンが、学院内で何かやっているみたいですね。
原作通りルイズの誘拐でしょうか?
水の秘薬を使えば、割とあっさり成功しそうではありますが…。

「成程…まあ、親を人質にとられているのですから、仕方がありませんよね。」

タバサをどうこうするわけにはいきませんし、ミョズニトニルンをここで消しても新しいのが召喚されるだけでしょうから…さて、どうすれば丁重にお帰り願えますかね?

「取り敢えず今のうちは、極力見つからないように見張っておきなさい。
 天下の北花壇騎士にちょっかいをかけたら、いくら貴方達が手練れとはいえ死は免れ得ません。」

彼らは飽く迄も諜報員ですからね。
荒事もこなせますが、それで貴重な耳を失うわけにはいきませんから。

「はい、かしこまりました。
 ただちにそのように致します。」

私の言っている事は、彼女を通じて全ての工作員に流れる手はずになっています。
実は魔法を駆使すれば、近代的な諜報網を作る事が出来るのですよね…ガリアの諜報網なんか、現状こちらなんか問題にならないレベルなのですよ。
ロマリアに至っては各教会やら何やらが殆ど休眠工作員(スリーパー)だと思っておかないといけないという…。
ちなみにゲルマニアは外向きは兎に角、内部向けの諜報組織が矢鱈と充実しているのが、あなおそロシア。
姫様から聞いた話だと、ゲルマニア皇帝は変態らしいのですが…国内工作において有能な変態とか、どんな悪夢ですか。

「あー…ひょっとして真っ黒な話か?」

「つか、公女殿下って誰よ?
 わたしも公女だけど、わたしじゃあ無いわよね…。」

タバサの身分、完全に忘却していますね二人とも…。

「わからないなら、その方が良いのですよ。
 この世の中、知らない方が良い事というのは、いっぱいあるものなのです。
 知るなら知ったで、覚悟が要りますからね…覚悟、しますか?」

「うーん…分かった、覚悟する。」

ルイズがコクリと頷いたのでした。

「分かりました…誘拐計画があります。
 対象はルイズ、たぶん貴方です。」

「な、何ですって~…って、それってわたしが一番知っておくべき事じゃあ?」

ルイズが首を傾げているのです。

「だって、ルイズも才人も演技がド下手じゃありませんか。
 こっちがマークしているのがばれてしまいかねません。」

「それは確かに、反論できないな。」

私の言葉に、才人がうんうんと頷いたのでした。
この二人、基本的に自分に嘘吐ける性格じゃありませんからね。

「ええい例え反論出来なくても、根性で反論しなさい!」

「無茶言うなよ!?
 つかルイズ、自分でもそういうの苦手なのわかってんだろ?」

「自分がアホみたいに感じて嫌なのよ!」

頭の良し悪しでは無く、単なる性格の問題なのですが…。

「ルイズ、人には向き不向きってのがあります。
 私は才人やルイズのように敵を薙ぎ払いながら前進するとかそんな芸当は無理な代わりに、口八丁手八丁を駆使して後方から支援するのが役割です。
 そもそも、皆が皆私のように狡っからい事ばかり考えていたら、世の中が世知辛くってしょうがありません。
 ルイズや才人のような真っ直ぐな心根の人間も、世の中にとっては欠かせない大切な人間なのですよ。」

いやホント、私みたいなのだらけだったら、社会がモラルハザードで崩壊しますよ、ええ。

「そんなものかしら?」

「そんなものなのです。」

私はルイズの問いにこっくりと頷きます。

「それでは、そろそろ真実の鏡の間に行きましょうか?」

「そうね、早めに行かないと混むだろうし、早めに行きましょ。」

私たちは真実の鏡の間に向かおうとしたのですが…。

「ミス・ロッタ!ミス・ロッタはいらっしゃいますか!?」

シエスタが慌ててやってきたので、部屋から出られません。

「どうしました、シエスタ?」

「陛下が…陛下がお呼びです!」

あー、こっそり来たのですね、姫様。
最近ふっくらしてきて『鳥の骨』から『鶏』と呼ばれるようになったマザリーニ枢機卿が、またげっそりやつれなきゃいいのですが。

「わかりました…そんなわけで、先に行っていてください。」

「わかったわ、会場で会いましょ。」

ルイズがコクリと頷きます。

「男子三日会わざれば括目して見よ、ってな。
 なるぞ、イケメン!」

「ただの変装でしょうに…。」

私がそうツッこむと…。

「野暮な事は言いっこなしだろ。
 サリュ~、会場で会おう!」

をや?今トリステイン語で話しましたね、才人。
徐々にですが、翻訳魔法の影響なども相まって、こちらの言葉も話せるようになっていくのでしょうかね?

「それではシエスタ、連れて行ってください。」

「はい、ミス・ロッタ。」

実はシエスタって、才人の身の回りの世話が中心になっただけで学院の仕事の手伝いもやっているのですよね。
才人の使用人という事もあってか、貴賓が来た時の案内などもするようになりました…要するに、使用人として出世したのですよ。
まあ兎に角、姫様の所に行きましょう。




「じゃーん、どうかしら?」

「…はぁ。」

シエスタに案内されたのは私の部屋で、私の目の前に居るのは…私。
正確に言うと、真実の鏡で変身した姫様なのです…黒い恰好をしているから一発でわかります。
何だか黒系の服を着るの趣味になってきていませんか、姫様?

「微妙な反応ね。」

「私になりたいだなんて、また奇特な…。」

美人でグラマラスで頭脳明晰、ワーカホリックなのが玉に瑕という、基礎スペックは間違いなく私よりも上な人が何故に私みたいなのに?

「え~?ケティ可愛いじゃない。
 背はあまり高くないけど、胸もまだ成長中だし。」

姫様はうへへへへへとか笑いつつ、私の胸をじーっと見たのでした。

「姫様姫様、目つきが駄目な感じですよ~?」

男が居ないと女性はどんどんおっさん化していきます。
この美女一歩手前系美少女の姫様でも、それは免れえません。

「あら…おほほほ。」

「…まあ、なってしまったものはしょうがないですね。」

変えられるものでもありませんしね。

「ケティはまだなのね。」

「ルイズ達と一緒に行こうとした時に、姫様に呼ばれましたから。」

今頃、才人とルイズは真実の鏡で変身しているのでしょう…ルイズはカトレアになっているとして、才人はいったいどんな姿になったのやら?

「ケティはどんな姿になるのかしらね?」

「取り敢えず『姫様になれ~姫様になれ~』と、念じながら鏡の前に立つとしましょう。」

姫様ほどの美貌の持ち主には、一度なってみたかったのですよ。

「良いわね、そのまま城に行って仕事してくれたらもっと良いわね。」

「私を殺す気ですか…?」

あの仕事量は、そのまま拷問に採用できますよ、ええ。

「そうか…そうね、どうせ年に一回しか使わないわけだし、借りていこうかしら…?
 いざって時には私の替え玉にケティを据えて…。」

「いくら王でもやって良い事とそうじゃない事があるのですよ、姫様…?」

ばれたら大スキャンダルなのですよ、それは。
王としてやっちゃいけない事なのです。

「う…笑顔が怖いわケティ、冗談よ冗談。
 何でこの娘は笑顔ひとつでこの私すらも脅せるのかしらね…じゃあ気を取り直して、一緒に鏡の間まで行きましょうか?
 久々に、のんびり舞踏会を楽しめそうね、特に注目されないのって初めてだろうから、わくわくしちゃうわ。」

「物凄く強引に誤魔化しましたね。
 まあ良いですけれども。」

キコエテマスヨー。
姫様は人前で注目されるのが普通の状態ですから、注目されないという体験は確かに新鮮でしょう。

「さあ、行きましょう。」

「わ、わわ、姫様引っ張らないでください!?」

私は姫様に引きずられて部屋を後にする事になったのでした。






「…私じゃないじゃない。」

「…成程、そっちに行きましたか。」

鏡に映っているのは、ピンク色の長い髪の華奢な少女、すなわちピンクワカメ。
わかりやすく言うとルイズなのです…まあ、確かに私はルイズの立場を無意識に欲しているのかもしれませんが、何というかあからさまな。

「ムゥ…それにしても、中身がケティになっただけで、見掛けが同じでも結構印象が変わるものね。」

見かけがルイズになった私をじーっと見ながら、姫様が頷いています。

「具体的にはどう変わっていますか?」

「まず特徴的なところから言うと、目が半開きになったわ。」

それはいけません…と言うことで、目をくわっと見開いたのでした。

「開け過ぎ開け過ぎ、もうちょっと戻してー…うん、そんな感じね。」

「いつも目を開けるのにそんなに力を使っていませんから…迂闊でした。」

ぶっちゃけ、見えりゃあ良いですしねぇ…。

「あと、表情が輝いていないわね、ぼんやりしている感じ。」

「ううむ…素がボケ面だと、変身した相手の表情にまで影響するのですね。」

ポリゴンのデータ差し替えただけって感じですか…という事は、普段の私は今の姫様みたいに活き活きとした表情ではないという事ですか、そうですか。

「でもまあ、大人しそうでちょっとぼんやりとしたルイズというのもなかなか可愛いわね。
 …違和感が酷いけれども。」

「どう考えても褒められているようには感じないのですがー?」

目は死んでるわ表情はボケてるわ、駄目駄目ではありませんか。

「ああっ、違和感はあるけどやっぱりキュート。」

姫様は私にひしっと抱きついたのでした。

「…姫様もルイズ好きですか。」

「あの娘は何ていうか、人馴れしない猫みたいな感じで可愛いのよね。」

「同感なのです。」

黙って立っているだけで輝くように映える美少女というのは、探したってなかなかいません。
あっちの世界でならば、間違いなく芸能界に引っこ抜かれるでしょう。

「中身がケティのちょっとぼけーっとしたルイズも、これはこれで可愛いわ。
 抱きついても撫でても、されるがままで文句言わないし。」

「あざーっすなのです。」

姫様相手に抵抗しても無意味ですからね~、同化してきたりはしませんが。




今回の舞踏会は仮装舞踏会なので、誰が誰だとかいう紹介は一切ありません・・・どう考えても新歓コンパに向いていないだろうと思う人もいるかもしれませんが、今まで自領の事しか知らなかった貴族の子女が学院の空気をとりあえず味わうのに一番手っ取り早いのが、誰が誰だかわからなくした上で放り込むといういささか乱暴な方法なのです。
スキーの時にボーゲンだけ覚えさせて、後はスキー場の一番天辺に置き去りにすれば、どんな運動音痴でも降りてくる頃には取り敢えず滑れるようになっているのと同じ理屈なのですよ。

「アルマン様ーっ!」

「ひぃ!ミス・クルデンホルフ!?」

…我が弟は、変身もせずにいったい何をやっているのやら~?
追いかけている金髪のちみっこい娘が、ベアトリス公女ですか。

「ベアトリス様ー!?」

「お待ちを~!?」

「まちお~…まちお?」

そんでもって、それを追いかけているのが公女の学友兼護衛であるアーデルハイド・フォン・アンファング、ベルンハルデ・フォン・バウムガルデン、コンスタンツェ・フォン・クルッツェンの通称アーベーセー娘ですか。
ああ見えてあの三人、三人ともトライアングルクラスで尚且つ空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)に所属する騎士(シュヴァリエ)なのですよね。
ですから、三人とも空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)の制式杖である剣杖(フルーレ)を杖にしています。

「あれ、ケティの弟じゃなくて?」

「ええ…何だってベアトリス公女に追いかけられているのやらさっぱりですが、その通りなのです。」

ベアトリス公女には確か、母親の違うかなり年の離れた弟が居た筈です…まあ、さすがに一国の王女が田舎の木っ端貴族に嫁ぐなどという事は有り得ませんが。

「…もし嫁いで貰えるなら、家が家だけに持参金が美味しいですね。」

「確かにそれは素敵ねぇ…。
 それにしても、前に会った時は大人しい娘だと思ったのだけれども、恋に落ちると情熱的なのね。
 人の多面性というのは、面白いものだわ。」

姫様はそう言いながらホホホと笑ったのでした。

「さて、才人達は誰に変装したのでしょうか…?」

カトレア嬢も確かルイズと同じピンクブロンドなので、ピンクの髪を探せば良いのですよね、どれどれ…?

「あり~?」

全体がよく見える位置に立ってはいるのですが、ピンク色が無い…つーか、私だけピンク?

「わ、わたしがいる、わたしが居るわサイト!」

「おー…随分と大人しそうなルイズだな…ぐふぉ。」

矢鱈と気が強そうな表情をした私が私を指さし、それを見て一言感想を述べた金髪の青年が腹を押さえて蹲ったのでした。

「…どう見ても、才人とルイズなのですね。」

「ルイズもケティなの…。」

姫様が才人の方を見て、固まったのでした…にょにょ?

「をや?見覚えのある金髪美男子かと思ったら、ウェールズ殿下ではありませんか。」

「イケメーン、イケメーン、爆発しろイケメ~ンと祈りながら鏡を覗き込んだら、ウェールズ殿下になったんだ。」

まあ確かに今まで見た男性の中で一番イケメンでしたが、何も本当に爆発したイケメンにならなくても…。

「でも才人、もう少し顔を引き締めないと…全体的に緩んだ感じなのです。」

「ルイズにも言われたよ、それ…そんなに普段緩んだ顔してるのか、俺は。」

そう言って、ウェールズ殿下の顔をした才人はガクリと肩を落としたのでした。

「まあ、適度に緩んだ顔も、才人の良い所ではありますよ。
 …ところで、そちらの私は、矢張りルイズですね。」

「う、うん。」

ルイズを見ていると、確かに普段鏡で見る私の表情と大幅に違うのですよ、何と言うか目がキラキラしています。
外見がいかに変わろうが、内面の輝きが目に出ているのですね。
ムゥ…絶世の美少女は、魂の輝きまでもが違うってことでしょうか?

「で、でも、ケティが私になるだなんて…。」

「だって、ルイズ物凄く可愛いですし。」

現在進行形で、おずおずと私に尋ねるルイズが可愛いのですよ…私の見かけなのに。
うう…何かキモいです、私。

「わ、わたしって可愛いの?」

「そういうピュアな所が可愛いのですよっ。」

ああもう、何でこんなに可愛いかなー…自分の姿でなければ、もっと可愛いのですが。

「…ケティって、そういう趣味あるの?」

「燃やしますよ、才人。」

何か、軽く引いている才人ににっこりとガンを飛ばしつつ、ルイズを抱き締めたのでした。

「そういう趣味って?」

「ルイズは清いままで良いのですよ、はい。」

ルイズを抱き締めたまま、いいこいいこと頭を撫でます。

「むが、むが、何か仲間外れだわ、知りたいわ。」

「ルイズルイズ…私が教えてあげる。」

姫様がにししと笑いながら、ルイズをちょいちょいと手招きしています。
アレコレ吹き込むつもりですね、わかります。

「…そういや気になっていたけれども、そっちのケティは姫様か?」

「才人、あのオーラは姫様以外にありえないわよ。」

オーラでばれているのですよ、姫様。

「あら、ケティになっても案外あっさりとばれるものなのね。」

「まあ、見知った相手であれば、雰囲気でわかってしまうのは仕方が無いでしょう。
 私と一緒に来た事で、大体見当がついていたでしょうしね。」

見当がついていれば、後は雰囲気である程度は推察できてしまうものです。

「まあいいわ、教えて姫様。」

「うふふ…ごにょごにょごにょ…。」

姫様に何を教えて貰っているのかは大体見当がつきます。
ルイズの顔がどんどん赤くなっていっていますから。

「あう…あうあうあう。」

「ごにょごにょごにょごにょ…。」

をう、ルイズの顔が茹蛸みたいなのですよ。
成る程、私が恥らうと、あんな感じの表情になるのですね。
自分が恥ずかしがる姿を見る事なんてあるものじゃあありませんから、なかなか興味深いのですよ。

「あうあうあうあうあうあう…。」

「おほほほほほほ…。」

顔を真っ赤にして目をぐるぐる回しているルイズを、姫様が楽しそうに笑いながら見ています。

「ケティ、そっちに行っちゃダメッ!」

「…何を言いたいのか大体わかりますが、そっちには行きませんから安心してください。」

わたわたと腕を振り回して、必死に何かを伝えようとするルイズの肩をポンポンと叩き、落ち着いてもらうように宥めたのでした。
それにしても、狼狽する自分を宥めるというのは変な気分なのです。

「それにしても、サイト殿…。」

「うぉ!?」

『あーっ!?』

姫様が才人の腕を取って絡めたのでした。
私とルイズの声が、思わずハモります。

「ウェールズに憧れていたの?」

「うーん、まあ、そんなに話したわけじゃあないけれども、カッコいいなぁとは思っていたぜ。
 あれだけイケメンで男気もあるなんてチートキャラは、なかなかいるもんじゃあねえし。」

ウェールズ殿下の姿でウェールズ殿下を褒めると言うのは、なかなか不思議な光景ではあります。
まあそれはそうと、ウェールズ殿下と私が腕を組んでいるというのもなかなか珍妙な光景なので、離れて欲しいのですが。

「…で、何で腕を組んでるんだ?」

「んー…ウェールズ愛好会?」

何時の間に出来たのですか、そんな組織。
それはそうと、離れなさいと。

「せっかく舞踏会なんだし、踊りましょう?」

「…本音は?」

何故ですか、何故中身が私だと地味なのに、中の人が姫様になるとあれほど色気が出ますか?
まあそれは兎に角、離れなさいっての。

「ちょっとだけ私の心の底に残っていた未練よ…これが晴れれば、真っ新に出来るかもね?」

「うーん…よくわかんねえけど、このままだとルイズに殺されそうなんで、離して貰えると嬉しいなと。」

才人、でかした、よく言ったッ!
さあさあ姫様、とっとと離れるのですよ、とっとと。

「ルイズ…一回だけ、良いでしょ?」

「え?え?あう、あう…。」

そこでルイズに聞くとか、鬼ですね姫様。

「駄目です。」

仕方がない、私が助け舟を出しましょう。

「そうでしょう、ルイズ?」

「え?えと、あの。」

まあ…姫様の未練ってのもよくわかりますから、ルイズとしては揺れているんでしょうが。

「ケティ…お願い、一回だけだから、ちょっとだけ、ちょっとだけだから。」

「ぬ…。」

頼み込まれると…弱いですねえ。
姫様の気持ちもわかりますし。

「ルイズ、どうしますか?」

「うーん…うーん…はぁ、わかりましたわ。
 ウェールズ殿下に見えるだけのこのバカ犬で良いなら、お貸しいたします。」

をう、ルイズってば太っ腹なのです。

「ありがとう!
 さささ、行きましょうサイト殿。」

「おわ、よく考えたら俺踊れな…。」

才人は姫様に引っ張られて、踊っている人々の中に飛び込んでいったのでした。

「…早まったかしらね?」

「まあ、キスの一つや二つは覚悟しておいてくださいね。」

それで、姫様のウェールズ殿下への未練が完全に終わるのならば、それはそれで良い事なのでしょう。
腹立ちますがね!きーっ!

「…やっぱり、早まったような気がしてきたわ。」

「姫様自体はウェールズ殿下の思い出にちょっとの間だけ浸りたいだけですから、今晩だけ。
 しかも姫様が見ているのは才人ではありませんから、大丈夫ですよ。」

テーブルに置いてあったケーキを切り分けて口に運んでみると…おお、美味しい。

「ルイズルイズ、このケーキ美味しいですよ、流石マルトーさんです。」

「どれどれ…うん、確かにおいしいわね。」

私達は女二人でひたすらもっきゅもっきゅケーキを食べ始めたのでした。





「…虚しいわね。」

「…そうなのですね。」

ケーキを食べまくって、お腹がパンパンなのですよ。
そもそも、コルセットでがっちり締め付けているのに、ケーキやけ食いするとか大失敗だったのです。

「何か、気持ち悪くなってきたわ…って、姫様とサイトは何時になったら戻ってくるのかしら?」

「うぷ…そういえば、何処に行ったのでしょうか?」

延々と踊りっぱなしとか、そんなスポ根漫画みたいな展開は無いでしょうし、はて?

「私たちが止めなかったから…ひょっとして、流されているでしょうかね?」

「殴って止めるわよ。」

殴ってでも止めるではなく、すでに殴る事が前提なのですね、ルイズ。

「あー、どうもどうも~。」

私が肩を叩いたのは一人のウエイター。

「姫様は、どちらにいらっしゃいますか?」

「現在、トライトンの間にいらっしゃいます。」

もちろん、この学院にいる潜入工作員の一人なのです。

「ワインはいかがですか?」

「ありがとう、いただきます。」

ウエイターからワインを受け取り、ルイズにも渡します。

「それじゃあ、行きましょうか?」

「え?え?」

ウエイターが姫様の居場所を知っていたら、そりゃ戸惑いますか。

「何?ひょっとしてさっきの人と…。」

「それは、き・み・つ☆」

唇の前で人差し指を立て、ルイズに黙ってもらったのでした。

「さて…と。」

控室に、スネーク、スネーク…。

「…っと、流されちゃいましたか。」

そこにいるのは、もがくウェールズ殿下in才人に覆い被さってキスをしている、私の姿の姫様。

「むがーっ!?むーっ!?」

「…って、人の姿で何していやがりますかーっ!?」

私が叫んだ途端、全ての蝋燭の火が一瞬にして消えたのでした。
そして…。

「見つけた!あの御方には攫って来いって言われたけれども、腹立つから死ねぃ!」

部屋の隅に置いてあった甲冑がいきなり動き出し、私に向かってハルバードを振り下ろしたのでした。



[7277]  番外編 チョコ無き世界のバレンタインデー
Name: 灰色◆a97e7866 ID:a3112a36
Date: 2011/02/14 10:22
「バレンタイン?」

香草茶を飲みながら、ケティは軽く首を傾げた。

「そう、バレンタイン。」

ケティの問いに、才人はゆっくりと頷く。

「バレンタイン、まさか忘れたとは言わせないぜ。」

「ええ、ええ、もちろん覚えていますとも、歩兵戦車Mk.Ⅲ。
 バージョンアップする毎にどんどん側面装甲を薄くしていくという、あの頃の戦車の常識にあるまじき手段に踏み切った戦車ですよね。
 ついには同軸機銃まで外したものの現場に文句言われたので元に戻したという、あの頃の英国の戦車開発に於ける混乱っぷりを体現していました。」

ケティは才人の問いに、顔を輝かせながら語り始める…が、酷い言い様である。

「知らねえよ、そんな戦車。」

勿論の事ながら、才人は一言の元に切り捨てたのだった。

「なんと…英国で一番沢山作られた戦車だというのに。」

「…そりゃまたすげえ狂いっぷりだな。」

才人はあきれた表情を浮かべる。

「いやいや、正面装甲の厚さは歩兵戦車として適当でしたから。
 ついでに言えば薄いとはいえ、日本の戦車みたいに側面装甲を小銃弾で抜けるなんて事は無かったようですし。」

「適当だったのか…そりゃ怖いな。」

ケティの言う『適当』とは『必要十分』という意味で、才人の言う『適当』は日常使われる意味での適当だったりする。
つまり二人の認識は滅茶苦茶すれ違っていた…ケティがトリステイン語で喋っていれば意味は意訳されて伝わったのだろうが、才人と二人きりだという事と日本語の再学習の為に敢えて日本語で話していたのが仇となっている。
まあ、歩兵戦車Mk.Ⅲのスペックの話で意味がうまく伝わらなくても、正直な話どーでも良いのだが。

「あと、整備性も高かったので、レンドリース先のソ連の整備士にとっては幸いだったのです。
 当時のソ連軍の整備士は平均的に技能が低かったので、より整備性の高いものが好まれました。
 ついでに言えば、ソ連の戦車は多少つくりが荒くても兎に角大量生産という概念で作られたせいか故障率が高かったので、整備性が高くかつ故障率が低いというのはとても素晴らしい事だったのですよ。
 車体が軽いのでロシア名物泥濘地での走破性も高かったですし…何よりもソ連兵は畑から生えて来て、その命は空気よりも軽い存在だったったというのもあります。
 まあ日本相手なら、これで十分圧倒出来ましたしね。」

「ヘボくても、敵が更にヘボいから問題無かったって事か…。」

才人は感慨深そうにうんうんと頷いた…そしてふと正気に戻る。

「って、戦車じゃねえ!
 つーか、何の話をしているんだよ?」

ケティが突然話し始めた内容に、才人は困惑の表情を浮かべて首を傾げる

「え?ですから歩兵戦車Mk.Ⅲ、通称バレンタインの話でしょう?」

「バレンタインと聞いて即、戦車を思い浮かべるのか…。」

才人には完全に意味不明の世界である。

「俺が言っているのは、バレンタイン・デーの話。」

「おお、そんな行事もありましたね。
 こっちには無い行事なので、すっかり忘れていました。」

ちなみに今は2月。
そして14日になるのなんて、あっという間である。

「いやでも昨日、節分とか言って俺にアーモンドぶつけて来たような記憶があるんだが?」

「ナンノコトヤラ?」

ケティはそっぽを向いた。

「なのに、バレンタインの事は忘れていると。」

「こちらでは聖ウァレンティヌスに相当する人物が処刑されていませんからね。
 チョコどころか、バレンタインそのものが存在しません。」

ケティは知らないが、元々ローマ帝国にはルペルカリアという男女が籤引きで決まった相手といちゃついたりする祭りがあり、それに殉教したっぽい聖人をくっつけて無理やりキリスト教の祭りにしたのがバレンタインデーだったりするのだが、ハルケギニアにはルペルカリア相当の祭りも無かったらしい。

「いや、行事が存在しないのは、節分も一緒だろ。
 それこそ影も形も無いだろ。」

「ナンノコトヤラ?」

ケティはまたしてもそっぽを向いた。

「…はぁ、わかりましたバレンタインですねバレンタイン。
 そもそもカカオが無いので、チョコなんか作れませんよ?」

ケティは才人の追及に、目を逸らしながら弁解のような言葉を口走る。
アーモンドはどのルートで伝わって来たのか知らないが存在するのだが、カカオは流石にハルケギニアでは栽培出来なかったらしい。
まあカカオはそのままだと悶絶するくらい苦渋いので、あっても喰う物だと認識して貰えなかった可能性もあるが。

「無いの!?いやまあ確かに見た事無かったけど。」

「そもそもカカオはアメリカ原産なので、大航海時代どころか海に殆ど進出していないハルケギニアでは手に入りません。
 あったとしても、しょっちゅうスコールが降るような湿潤な地域の熱帯植物なので、このあたりで栽培するのは至難の業なのです。」

まあ、ぶっちゃけ手に入る代物では無かった。

「ちょ…チョコがそもそも存在しないとは…俺のバレンタインの野望が。」

「いや、野望とか言われましても。」

くず折れる才人を、ケティは痛々しいものを見るような目つきで見る。

「だって、ケティが飲んでいるの珈琲じゃん!
 珈琲があって、何でカカオが無いんだよ!?」

才人が指差したのは、ケティが飲む黒い液体。
そこから漂う香りは香ばしく、まさにコーヒーそのものだった。

「いや、これは香草茶の一種の蒲公英(タンポポ)茶なのですが。」

「たんぽぽ?たんぽぽって、そこらへんに生えている?」

才人の問いに、ケティはコクリと頷いた。

「ええ、そこらへんに生えている蒲公英です。
 まあこれはラ・ロッタで栽培して、きちんと焙煎した商品なのですが…飲みます?」

ケティはもう一つカップを取り出すと、そこに蒲公英茶を注いだ。

「はい、どうぞ。」

「センキュー…やっぱりコーヒーだ。」

才人が飲んだそれは匂いといい味といい、とってもコーヒーな感じだった。

「蒲公英茶は別名『蒲公英珈琲』とも言いますしね。
 実は珈琲の代用品としても、そこそこ有名だったりはします。」

「…これでも良い。」

説明するケティの声を聞きながら、才人は頷いた。

「チョコが無いならコーヒーがある。」

「は?」

才人の言葉に、ケティは首を傾げる。

「バレンタインデーに、コーヒーで作ったお菓子が食べたい。」

「はあ?」

才人の突然の言葉に、ケティはついていけていない。

「苦節17年、それでも毎年バレンタインにはチョコを貰ってきたもんだ…親からのと義理だけど。
 ああそうさ、年齢イコール彼女居ない歴さ!
 それでも、貰う事は出来ていたんだ。
 それが今年は貰えない…この切なさ、ケティにならわかるだろ?」

「いや、全然わかりませんが。
 そもそも日本のバレンタインデーは、お菓子屋のはんそ…。」

そう言いかけた、ケティの言葉が止まった。

「…成程、その手がありましたか。
 わかりました、蒲公英茶で香りづけをしたお菓子を焼きましょう。
 その代り…。」

ケティはニヤリと笑みを浮かべ、才人にとある事を伝えたのだった。





「ねえねえケティ、サン・ヴァランタン祭って知ってる?」

「ええ、才人の世界のお祭りなのだとか。」

数日後ルイズの問いに、ケティはしれっと答えて見せた。

「若く愛し合う二人が結婚する事を禁止するだなんて無粋な事をした国家権力に対し、愛とは無制限のものであるとしてこっそり結婚させるだなんて素敵な事をした人の記念日なのよね?
 結局捕まってしまったけれども、彼は己の信念を決して曲げずに殉じたんでしょう?
 こういう方向で己の信念を絶対に曲げないって、素敵な事だわ。」

「ですよねー。」

勿論、才人がバレンタインの逸話云々を知っているわけが無く、これはケティがうろ覚え状態のバレンタインの逸話を脚色して才人に覚え込ませたものである。
ちなみに才人はケティにも言われていたので、この話をシエスタ達使用人の娘にもし、それが使用人の間に広がり…ケティが援護射撃として1年生から2年生にかけて才人から聞いた話として広めて行った。
何といっても才人は現在国の英雄であり、彼とお近づきになりたい女子は生徒使用人を問わずごまんといる。
そこにこの『きっかけ』…学院は狭く、女子の情報網は光より早くその手のイベントを伝えるものだ。

「あいつ、何でわたしに知らせないのよ。
 何とかアドリブで合わせたけれども、危うく大恥かく所だったわ…。」

ルイズはそう言いながら、軽く怒っていた。
アドリブがド下手なルイズの事だから、ばれていた可能性は大である。

「そりゃまあ、直接そういう事を伝えるのは、無粋というものでしょう。」

「あいつは基本的に無粋でしょ。
 何でこんな時に限って気を利かせるのよ、もう。」

その辺りは何となくわかったらしく、怒るに怒れないらしい。
…ちなみに、直接ルイズに伝えない方が良いとアドバイスしたのもケティだったりする。

「そそそそれで、サイトの国では蒲公英のお茶によく似た香りと風味の飲み物で味付けしたお菓子を、お菓子を…いいいい意中の男性に送るお祭りなんでしょ?」

ルイズが顔を真っ赤にしながら『意中の男性』とか言う風景を見て、ケティはとても微笑ましく感じつつも思わず胸元をぎゅっと押さえた。

「…ええ、意中の男性では無くても、いつもお世話になっている男性に労いで送る事もあるようですが。」

「そそそそれよ!
 サイトにはお世話になっているというか、世話しているの立場上私の筈だけど、お世話になっているもんね!」

支離滅裂なセリフを口走り、何故かビシッとケティを指差しつつ、ルイズは顔を真っ赤に染めている。

「それでケティ…タンポポ茶って、何処で手に入るの?」

「今飲んでいますが。」

そう言いながら、ケティは蒲公英茶を飲む。

「何か良い香りがすると思ったら…既に手に入れていたのね。」

「手に入れたというか、うちで作っているので。」

ルイズの質問に返答しつつ、ケティはもう一度蒲公英茶を口に含んだ。

「ふむ…やはりきちんと焙煎した蒲公英茶は美味しいのです。」

「こ…これが持つものと持たざるものの差なの…ッ!?」

蒲公英茶を飲むケティに、ルイズは戦慄しながら後ずさった。

「空前絶後の超金持ちが、いきなり何言っていやがりますか~?」

「だだだだだって、その蒲公英茶!
 トリスタニアでも完全に品切れ状態なのよ!?
 実家にお金があると言ったってわたし自身のお金じゃないし、そもそもお金があったって蒲公英茶が無ければ買えないわ。」

まあモノが無ければ、金貨なんてのはただの金属の塊にしか過ぎないのも事実。
カネは無限だがモノは有限というのは、時代を問わない不変の真理なのである。

「お願い、蒲公英茶を譲って!」

「それは構いませんが…ルイズ、貴方お菓子を作る事は出来ましたか?」

「ほへ?」

ケティの質問に、ルイズの動きがぴたりと止まった。

「…………………。」

考えているらしい。

「…………………。」

なうろーでぃんぐ。

「ぽぺぷー………。」

えらー、ふぁいるが見つかりません。

「料理は愛情!お菓子は激情!
 すなわち激情に身を任せればお菓子は…。」

バグ発生。

「才人に何を食べさせるつもりですかぃ!」

「あいたっ!」

ケティがルイズの頭にすかさず斜め45度の角度から鋭いチョップを叩き込んだ。
昔の壊れかけテレビにやるアレと一緒の理屈である。

「激情に身を任せて何を作るつもりだったのですか?」

「さぁ…自分に料理技能が無いのを、すっかり忘れていたわ。」

出来ない事を無理やろうとしたら、暴走したらしい。
難儀な話である。

「ケティは誰かにケーキ、あげるの?」

「取り敢えず、日ごろの感謝を込めて才人に。
 あと、水精霊騎士団の立ち上げで頑張っているギーシュ様と、早速手伝いを始めてくれたミスタ・コルナスにも。」

ミスタ・コルナスことレイナールは、募集を始める前に噂を聞いてやって来てくれたうちの一人な上に、事務業務などをあっという間に覚えてくれるという脳筋が多い水精霊騎士団立ち上げメンバーの中でも数少ない頭脳労働が得意な少年である。
そんなわけで、事務業務を一手に引き受けさせられていたケティにとっては、救いの神みたいな男なのだ。

「ところで、マリコルヌは?」

「マリコルヌに相応しいのは泥団子であって、ケーキではありません。」

しょっちゅうマリコルヌにパンツを覗かれている身としては、欠片も感謝する気になれないケティだった。

「それはそれで喜びそうな感じよね…。」

「それが否定出来ないのが怖い所です…。」

マリコルヌに死角無し、パーフェクトな変態なだけにツッ込みどころが無い。

「あの変態の事は置いておいて…お菓子、ルイズも一緒に作りますか?」

ケティはルイズにそう言って微笑みかける。

「う、うん、ありがとう。」

ルイズは素直にコクリと頷いたのだった。

「……………。」

ふと、ケティのマントを引っ張る者が居る。

「おや、タバサ?」

「ん。」

タバサはケティをじーっと見つめている。

「…いや、タバサは女の子ではありませんか。」

「ズボン。」

タバサが履いているのは、スカートでは無くズボンだった。

「おや、どおりでいつもと何かイメージが違うなと思ったら…いや、服装変えてもタバサが女の子なのは変わりませんが。」

「ボク、タバサ。」

喋り方も男っぽくしたらしい。
心なしか声も低くしているあたり、芸が細かい。

「喋り方を男っぽくしても駄目です。」

「無念。」

タバサは軽く煤けた。
余程食べたかったらしい。

「ルイズと一緒に作るのを手伝って下さい。
 労働の対価として、ケーキを差し上げましょう。」

「合点承知。」

タバサは何だか漲っていた。

「タバサって、ケティとなら結構話すのね。」

「いやいや、食べ物に関する時だけ…あいた!?」

ケティが頭に受けた衝撃に振りかえると、少し頬を赤く染めているタバサがフルフルと首を横に振っている。

「同じ殴るって行為にも拘らず、わたしとタバサで何でこんなに可愛らしさが違うのよ。
 ずるい、この可愛らしさはずるいわ…なでなで。」

「うーん、キャラ…でしょうか?
 まだ頭がくわんくわんいっているのに、怒りが湧いてきません…なでなで~。」

ルイズとケティは恥じらうタバサを見てほんわかしながら、思わずタバサを撫でていた。

「アレかしら、わたしも才人をブン殴った後で恥じらうべきかしら?
 キャッ!?血塗れにしちゃった、恥ずかしい!とか?」

「それは恥ずかしがるよりも、むしろ反省してください。
 そもそも、血塗れの犠牲者の前で恥じらうのは怖いです。」
 
加減の問題っぽい感じもしないでも無いが、そういうレベルの話じゃないって感じでもある。

「では早速、練習を兼ねて一つ作ってみましょうか?」

「う、うん。」

「ん。」

三人の少女は、互いに頷きあって厨房に向かおうとしたのだが…。

「ケティ、ネタは割れているわ。
 タンポポ茶を寄越しなさい!」

ドアを開いた所に立っていたのは、颯爽と金髪縦ロールに巻かれた髪をなびかせる少女。

「あ、モンモン。」

「モンモンって言うな!」

ルイズにそう呼ばれて、思わずツッコむ赤貧貴族モンモランシーだった。

「主従揃って、その《モンモン》とかいう変な呼び名で呼ばないで!」

「あー…サイトのが感染ったかしら?」
 
ルイズが首を傾げて眉をしかめる。

「まあいいわ…それよりもケティ、タンポポ茶を譲って。」

「おや、モンモランシーなら部屋にタンポポの乾燥した根の一つや二つ、あるのでは?」

ケティが首を傾げるが…。

「ちょうどストック切らしていたからいつも取りに行っている草原に行ったら、根こそぎ引っこ抜かれて全部無くなっていたのよ。
 仕方無いから領地に取りに行ったら、あんたの所の蜂が飛んで来て全部引っこ抜いて行ったって…。」

「…おや~?」

ケティの顔が一瞬軽く引きつる。
普段なら、タンポポを引っこ抜いて行っても何も言われないのだろうが、今回はちょっと旗色が悪いお話だった。

「ただでさえ貧乏なうちの領地からタンポポまで引っこ抜いていくって、どういう了見よっ!?
 詳しい話は聞かないであげるから、タンポポ茶を寄越しなさい!」

モンモランシーは右手をグイッと差し出す。

「普段は使わないくせに…。」

「何か言った!?」

小声で愚痴るケティを、モンモランシーがギロリと睨み付ける。

「モンモランシーに譲る分くらいならありますから…。」

そう言いながらケティはルイズ、タバサを見、最後にモンモランシーを見てにっこりと目配せをする。

「一緒に作りましょう。」

「どう見ても試食担当な二人分の負担を分かち合えって事ね…まあ、仕方ないか。」

モンモランシーは軽く溜息を吐いてから、苦笑しつつ頷いた。

「二人とも、私達を欠片も当てにしていないわね…。」

「お荷物。」

そんな光景を見ていたルイズとタバサの視線が交わる。

「タバサ、頑張ってあの二人をギャフンと言わせない?」

「ん。やれば出来る。」

ルイズの誘いに、タバサはコクリと頷いた。

「おや?二人とも何をコソコソ話し合っているのですか?」

そんなケティの問いに、ルイズとタバサの二人は唇に指を当て…。

『秘密。』

と声をハモらせて、言ったのだった。




…結果としては、ルイズとタバサはケティとモンモランシーをギャフンと言わせるのに成功した…物理的に。

「…失敗。」

煤けて髪がボンバーな感じになったタバサが、一言つぶやくように言う。
厨房大爆発、ルイズが魔法を使ったわけでもないのに。

「な…何故に爆発するのですか…ガクッ…。」

ボロボロになったケティは、力尽きたように動かなくなった。

「こ…これで、私が魔法に失敗した時の気持ちが少しはわかったでしょ?
 いっつも成功ばかりじゃ、人生に深みは出来ないものよ。」

同じく髪がボンバーな感じになったルイズが、腕を組みながらやけくそじみた表情を浮かべつつ、胸を張ってそう言い切った。

「何で、無理やりいい話にこじつけようとしているのよ…がく…。」

金髪の縦ロールが伸びると凄まじく髪の長いモンモランシーも、ツッコミ入れて力尽きたらしく、そのまま動かなくなった。
この後、ルイズとタバサは手伝える作業が、器具の洗浄と試食だけになったという…。






一方こちらはラ・ロッタから、トリスタニアに向かう街道。
パウル商会の商隊が、列を成してとあるものを運んでいた。

「ケティ坊ちゃんに言われて、タンポポ畑だけじゃなくラ・ロッタ領とその周辺から山の女王にもお願いして蜂まで動員して、根こそぎタンポポ引っこ抜いて乾かして焙煎したっスけど、これ本当に売れるのかいな?」

パウルが眺めているのは、5台の荷馬車に満載された蒲公英茶。
これからトリスタニアのパウル商会の商館に届ける大事な荷物である。

「おや、ケティ坊ちゃんを疑うんですか、兄さん?
 私、タンポポをお茶にしたら、ここまで美味しくなるとは思いませんでした。
 …うーん、良い匂いです。」

袋から微かに漏れてくる蒲公英茶の匂いに、キアラはうっとりしている。

「いやまあそうっスけど…学院でこれから爆発的に流行るから、持って来られるだけ持って来いっていうのは…ねえ。
 大体コレ、開発したての商品だから、トリスタニアでも扱っている店は殆ど無いってのに。
 あと、兄さんじゃなくて、『お兄ちゃん☆』と呼ぶっス!ちゃんと星も付けるっスよ?」

「嫌ですというか、キモいです兄さん死んでください。
 話を戻しますが…ケティ坊ちゃんの事だから、流行るというよりも流行らせるんでしょう。
 香りが良くて美味しいお茶ですから、一旦流行れば飲む人は広がっていくでしょうし。」

何処でも手に入るものだし焙煎だってそんなに難しいものではないから、あっという間にコピーされるだろうがそれはそれで構わない。
普及するまでに稼げば良いだけの話だし、ブランドを確立すれば一時ほどでは無いにせよ買うものは居る筈だからだ。

「ん?」

その時、遥か彼方からブーンという羽音が聞こえてきた。

「おや…あれはグラシャ=ラボラスじゃないっスか?」

「というよりも、このあたりにジャイアントホーネットが居るとしたら、グラシャ=ラボラスしかいませんよ。」

グラシャ=ラボラスというのは、山の女王の端末としてトリスタニアのパウル商会の商館に派遣されている蜂である。
元々蜂に名前など無いのだが、それだと呼びにくいという事もあって、グラシャ=ラボラスなどというソロモン72柱の悪魔から取られた大層な名前を付けられることになった。
商会のメンバーには、ちょっと長いという事で微妙に評判が悪い。

「出迎えに来てくれたんスかね?
 珍しい事もあるもんだ。」

「誰かをぶら下げていますよ…?」

蜂の足に捕まえられぶら下げられているのは哀れな被捕食者…ではなく、パウル商会の使用人の一人でラ・ロッタ出身のピエールだった。

「おーい、パウルーキアラー大変だー!」

「そうスか、そりゃ大変ッスねー?」

「アホかー!」

大変そうだが、長閑だった。

「阿呆な事をやっていないで、きちんと話をしてください。
 坊ちゃんに言いつけます。」

「言いつけますよじゃなくて、警告無しで言いつけるんスか!?」

「兄さんが警告くらいでは耳を貸さないのは学習済みです。」

日頃の行いが、キアラに情け容赦ない行動をとらせているようだ。
自業自得なのかもしれない。

「いやパウル、本当に阿呆な事を言っている場合じゃあない、急いでくれ。」

「タンポポ茶っスね。」

ピエールが本気で焦っているのを見て、パウルは頷く。

「察しが良いな、その通り…何日か前から急にタンポポ茶は無いかって問い合わせがトリスタニアの様々な小売店に入っていてな。
 トリスタニア中で学院生がタンポポ茶を探し回っているらしい…十中八九、ケティ坊ちゃんが何か仕掛けたな。」

「何やったんスかねぇ…?
 ピエール、トリスタニアには何か情報は入っていないんスか?」

パウルがピエールに尋ねるが、ピエールは首を横に振った。

「いんや、流石に数日で広まったっぽい流行の情報まではな。
 ケティ坊ちゃんが何も言わんのは…この状況で察しろってとこか。
 ま、仕掛けるにしても、わざとらしさを感じさせない為には必要最低限度しか動き回れないのだろうさ。」

「たまたまタンポポ茶がこの時期に用意出来た事にするって事っスか。
 うちが売る店は、飽く迄も今まで取引があった所のみ…今回の件でうちからタンポポ茶を卸して貰えなかった店は、次からはうちの営業を断りにくくなると。」

頻繁にやったら顰蹙と恨みを買うだろうが、適度にやれば次からの販路確保にも繋がる。
小手先技は用法容量を守って、正しく使いましょうという事である。

「さすがケティ坊ちゃん、真っ黒です。
 アルマン坊ちゃんにも、こういう所は見習って欲しいですね。」

「ケティ坊ちゃんから毒気を抜くと、アルマン坊ちゃんって感じっスからねえ。
 まあ近くで学び続ければ、いずれはケティ坊ちゃんの跡を継ぐ商会の影の主に相応しくなっていくんじゃないっスか?
 血は争えないともいうし。」

ちょっと感動しているらしいキアラを軽く引いた視線で見つつ、パウルは頷いた。

「さあ、早く行って小売店の皆さんを安心させてあげるっスよー?
 パウル商会と仲良くしておけば得をする、それをトリスタニアに知らしめる為に!」

『おう!』

こんな感じで、パウル商会の面々は今日も元気なのであった。





今度はもう一方、トリステイン王城。
今日もアンリエッタは暇そうな表情を浮かべて、目覚めてから朝食昼食の時間も休み無く書類を隅から隅まで読み尽くし書類にサインをし時に官僚を呼び出し口頭で命令をしたりしつつ、溜息を吐いた。

「ふぅ、暇ねぇ…。」

「貴方の今の状態が暇なら、臣民の大半が暇なのに過労死します、陛下。」

人間慣れって奴は怖いというか、これより少ない仕事量でガリガリに痩せていた自分って微妙に駄目じゃね?とか思いつつ、マザリーニはアンリエッタにツッ込む。
最近はふっくらとしてきて、『鳥の骨』から『痩せた鶏』を経て『鶏』にランクアップしつつある。
そのうち『脂の乗った鶏』とか言われる日も来るかもしれない。

「失礼ね、優雅なお茶の時間をまったりと過ごしているじゃない?
 ケティがくれた試供品のタンポポ茶、いい香りよね。
 タンポポって、引っこ抜いても引っこ抜いても生えてくる上に、大量に種をつけてばらまくんでしょ?
 しかも痩せた土地でも平気で育つ…素敵ね、こういう育てるのに手間がいらない作物って。」

「お茶の時間をまったりと過ごすというのは、仕事の手を一旦止めてから言うものですぞ、陛下。
 …それにしても、何故にそこまで決済を急がれておるのですか?」

侍女にタンポポ茶を注いで貰いつつ、マザリーニはアンリエッタに訊ねた。

「2ヶ月後のスレイプニィルの舞踏会に出る為よ。
 暇なうちに出来る仕事を全部こなしておけば、数日くらいあけても何とかなるでしょ?」

「いったい、何日開けるおつもりですか…。」

アンリエッタの仕事量は、最近目に見えて減りつつある。
というのもリッシュモン家への苛烈な仕置きが貴族達の緩んだ気持ちをかなり引き締めた事もあって、3年国王が政務を放っておいた事による国の混乱はだいぶ収まって来ており、官僚組織がまともに機能し始めた結果アンリエッタに凄まじい量の仕事が押し寄せるという状況は起こりにくくなってきていたのだ。
抜き打ち監査という事で、アンリエッタが直接決済する事がまだまだ結構あるのだが、それでも一時期よりはかなり減っている。

「うーん、まあ、他にもヴァリエール公とのアレコレも解消したいしね。
 …枢機卿が下世話な事をやってヴァリエール公を怒らせなければ、枢機卿に行って貰いたかった案件なのだけれども~?」

「ああいや、確かにそうですが…あの時は私も仕事の波に押し潰されかけておりまして…はい、申し開きのしようも御座いませぬ。」

宮廷から『引退』と表してラ・ヴァリエール公爵が去ってしまってから、今年で3年目になる。
南トリステインの実質的な支配者に近いラ・ヴァリエール家の主が、3年もトリスタニアの館にも王城にも来ていないというのは、実はかなりの非常事態だったりする。
ラ・ヴァリエール空軍艦艇を借りたり、長女のエレオノールがアカデミーに所属していたり、3女のルイズがアンリエッタと懇意にして度々会っているから良いものの、下手を打てば反乱を疑われるレベルなのだ。
来ないなら行って直接話をするしかないし、切羽詰っていたとはいえマザリーニがしでかした不作法も謝らねばならないだろう。
頭を下げねばならぬ時に頭を下げるのは責任者の仕事でもあるし、そろそろ次の王位継承権者がルイズである事をラ・ヴァリエール公爵にきちんと伝えねばならないだろうとも、アンリエッタは考えていた。

「一緒に行って、一緒に謝りましょう。
 あなたがトリスタニアを一切離れられる状況に無かったのはわかるけれども、拗れまくっているでしょうねぇ…。」

「は…。」

マザリーニは畏まって頷いた。
そんなマザリーニを見て、アンリエッタが話題を変える。

「…話は変わるけれども、このタンポポ茶。
 今トリスタニアでは品切れ状態らしいわよ。
 何でもサイト殿の国の聖人で、国の命令に反して恋人たちの結婚を執り行ったサン・ヴァランタンとかいう人の記念日なのだとか?
 結婚を禁止するだなんて、無駄な事を考える権力者もいるものねえ。」

「サイト殿の国では聖人なのかもしれませんが、ロマリアに聖人認定されていない者に(サン)の敬称をつけて呼ぶのはやり過ぎではないかと。
 下手を打てば、異端の祭りだと言われかねませんぞ?」

そう言いながら、マザリーニは溜め息を吐く。
枢機卿という身分を持っているだけに、そのあたりは看過出来ないらしい。

「あら?枢機卿がお坊さんらしい所を見たのは、久しぶりなような気がするわ。」

「私自身も結構気にしている事を、茶化さないで戴きたい…。」

苦笑いを浮かべながらぼやくマザリーニを見て、アンリエッタは思わず微笑んでしまう。

「まあ、本気で崇めたりしはじめていないうちは良いんじゃあない?
 いっそ、ロマリアに聖人認定して貰うために工作するというのも手よね。
 臣民が楽しんでいる行事が、異端認定されたりしないように尽力するのも私たちの務めだし。
 …それっぽい逸話を見つけて、実はこんな聖人が居たんだとでっち上げればなんとかなるでしょう。
 枢機卿、ロマリアへの工作は任せます。」

「これは久し振りに坊主らしい仕事になりそうですな。
 うまくいけば、私が聖職者である事を思い出してくれる人も多そうだ。
 かしこまりました…このマザリーニ、枢機卿という僧職の端くれである事を証明いたしましょう。」

アンリエッタの願いに、マザリーニは苦笑を浮かべながら畏まって礼をしたのだった。




そして、ハルケギニアにおける2月14日がやってきた。
学院内にはあちこちからタンポポ茶の良い香りが漂い、タンポポ茶の香りをつけたお菓子を意中の人に手渡している光景も散見される。
あのギトー師ですら、生徒からタンポポ茶クッキーを貰ってうれしそうにしているというのだから可愛いもの…かもしれない。

「はいは~い、タンポポ茶ケーキが焼けましたよ~。」

『うおおおお!』

なんだかんだやっていたら結局、水精霊騎士団を結成するために頑張っているコアメンバーに、タンポポ茶で風味と香りをつけたケーキを焼いて振る舞うという事になってしまっていた。
他と比べると色恋の空気は少々薄いが、まあ初めはそんなもので良いだろうとケティは思っている。

「ケティが焼いたケーキキター!」

そして何故か一番喜んでいるのがジゼル…ちなみにジゼルもケティ達と一緒にカップケーキを作っていたりする。
誰に渡すかは、ケティは知らない。

「わたさねぇ、このケーキは私だけのもんじゃー!」

「落ち着けジゼル、お前は女の子だ!しかも貴族だから!
 だから、そのままケーキに顔ごとかぶりつこうとするんじゃない!」

そしてそんなジゼルを才人が羽交い絞めにして、必死に抑えている。

「どこ触ってんのよえっちー!?」

「腕だーっ!何がエッチだ!?
 つか、お前の場合まかり間違って胸触っても気づかんわーっ!」

それにしてもここまで出番がなかったせいなのか、ジゼルが自由すぎる。

「人が気にしていることを言うかー!この!この!」

「ギャー足を踏む…なぐぇ!?」

才人が唐突に白目を剥いて崩れ落ちる。
その後ろに立っていたのはルイズだった。

「取り敢えず、胸の話をする奴には死を。」

「よっしゃ、解放されたわ!
 これで思う存分ケティのケーキを食べ放題!」

ジゼルは喜び勇んでケーキの元に駆けつけようとしたのだが…。

「えいっ☆」

ガッシ!ボカッ!

「ぐえ…。」

そんなジゼルをエトワールがピコピコハンマーみたいな形をした杖で殴りつけ、ジゼルはそのまま意識を失った。
ピコピコハンマーにしては随分変わった音がしたが、気にしてはいけない。

「妹がはしゃぎ過ぎちゃってごめんなさいね~。
 それじゃあ、皆さんごゆっくり…。」

ジゼルはそのままエトワールに引きずられて消えた。

「…さ、さあ、それではケーキを切り分けますよ~。」

「みんな順番に並びなさい、無くならないから!」

ケティとモンモランシーがケーキを切り分け、才人、ギーシュ、マリコルヌといったいつものメンバーやレイナールやギムリのような新参メンバーがそれを受け取っていく。
会場となった食堂にはタンポポ茶の香ばしいいい香りが立ち込め、皆幸せな時間を過ごしたのだった。


この後、バレンタインことサン・バランタン祭りはマザリーニによってロマリアにそれっぽい話を見つけて体裁を整えた話として申請されて、ロマリアからのお墨付きを貰える事になる。
ついでにこの時期になるとタンポポがそこら中から消えるようになるのだが、それはまた別のお話である。



[7277] 第五十一話 平行世界は色々あるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:a3112a36
Date: 2011/02/25 01:05
いきなり駆けよって来た鎧。
中身は空ですが、多分操っているはミョズニトニルン。

「死ねよやぁ!」

「ジョ○サン節!?」

飾ってあった鎧を別のものに変えていましたか?
それっぽいのに目星を付けた上で、口調で見分けたというか、何でターゲットが私になっているのですかというか、ひょっとして死にますか私!?

「邪魔よ!」

死ぬかと思ったのですが…ルイズが裏拳で無造作に殴り飛ばしちゃいました。

「にゃーっ!?」

鎧はぐしゃっとひしゃげて数回バウンドし、壁にめり込んで動かなくなったのでした。

「サイトに何やっているんですの、姫様!」

「おほほほほ、折角のウェールズですもの。
 キスの一つくらいはしておかないと、勿体無いかなーと思って。」

勿体無いかな―でキスしないでください、しかも私の姿で。
しかも謎の鎧ガン無視ですか。

「いきなり横から出てきて邪魔しないでよ、ちびピンク!」

鎧はぎくしゃくいわせながら、もう一度立ち上がったのですが…。

「エクスプロージョン。」

ルイズが返答代わりに放った光弾が、鎧を粉々に打ち砕いたのでした。

「誰がちびピンクよ、誰が。」

…なにこのドラゴ○ボールのエネルギー弾みたいなエクスプロージョン(自称)。
貴方は野菜星の王子様かなんかですか、ルイズ?

「あー…えーと、何で才人を押し倒しているのですか、姫様?」

あの鎧は無かった事にしましょう、うん。

「だって、逃げるんですもの。
 逃げたら追うのは本能というものだわ。」

「いやいや、犬や猫じゃないんだから。」

姫様の下から何とか抜け出した才人が、げんなりとした表情で姫様を見たのでした。

「犬猫もメイジも平民も、本質的には大して変わりゃしないわ。
 皆、つがいになるべき相手を求めて、追いかけるのよ。」

「…いや、そんな良い事言った感じに言い訳されても困るから。」

良いツッ込みです、才人。

「…まあそれはそうとして、サイト殿?」

「ツッコミ流された…とか言っている場合じゃねえか?」

姫様の言葉に、才人は懐から私がいつぞやにあげたナイフを抜いて、逆手に構えたのでした。

「何でそんなに出鱈目なのよ、あんた達は!?」

何処からともなく声が聞こえて来て、部屋にぞろぞろと着飾った男女が入って来たのでした。
見知った顔もちらほら、舞踏会の参加者一同といったところでしょうか?

「…こりゃまた皆さん、虚ろな顔でようこそ。」

才人が言うとおり、皆無表情…スキルニルですか、そうですか。
この莫迦の一つ覚えな人海戦術は、間違いなくミョズニトニルン。
あんな高いものを湯水のように使うとは、流石はガーゴイル大国ガリアといいますか。
こちとら爪に火を灯しながらちまちま軍拡しているって言うのに…金満国家爆発しろって感じなのですよ。

「はいは~い皆様、こんな狭い部屋は会場ではありませんよ~?」

私はサイドアームのワルサーTPHをスカートの下に隠しておいたガンホルダーから抜き放つと、安全装置を外して両手で構えます。
火系統は使えませんし、風系統はコントロールがヘボいので、取り敢えず拳銃で何とかしましょう…弾尽きたらやっぱり風系統ですが。

「ルイズが微笑を浮かべながら拳銃を構えているっていうのは、違和感が…。」

「…あちらは?」

私が見ている方向には、指をゴキゴキ鳴らして楽しそうにニッコニコしている私の姿inルイズの姿が。

「おおっし、アレぶっ飛ばせばいいのね。」

「ケティがあそこまでイイ笑顔で指鳴らしているっていうのは、違和感とかいうレベルじゃねーぞ…。」

うーん、アレには私自身ですら違和感が…。

「あら、敵なの?」

そして姫様は、この状況でかつ私の顔で、何でそこまで艶っぽく微笑む事が出来ますか…。

「姫様は後ろへ…って、何で楽しそうなのですか?」

「たかが襲撃されたくらいであからさまに怯えるような王が、国を背負えるわけが無いでしょう?
 勿論困ってはいるけれどもね、困れば困るほど笑顔になるのよねェ、私…言わば職業病かしら?」

海千山千の大臣やら官僚やら相手に散々やりあいましたからねえ、土壇場での度胸がついてしまいましたか。

「そもそもアルビオンの英雄とその主人が、助けが来るまで持たせられないなんて事は無いでしょう?」

「まあ、それを言われれば確かに。」

入り口は一箇所ですし、なんとかなるっちゃなりますか。

「…それにしてもケティ、その銃は何?」

「ロマリアからの横流し品で、才人の国の銃です…量産出来る代物ではないので、あげませんよ。」

ワルサーTPHはこれっきりなのですから、あげるわけにいきません。
ついでに言うと、才人の『国』では無く才人の『世界』のものですが、面倒臭いので一緒くたにしています。

「ケチねぇ…まあいいわ、守ってね。
 それにしてもサイト殿の国って、メイジ無しでそんなものを作ってしまうとか、とんでもない国ね。
 技術だけでは無く、首都圏の人口だけでトリステインの全人口を凌駕しているとか、考えただけで眩暈がするわ。」

そう言いながら、姫様も杖を構えます。

「…戦うおつもりで?」

「そのつもりは全然無いけれども、杖を構えもせずに死んだりしたら無様じゃない?」

成る程、まさかの時の事も一応考えておいた方が良いですからね。

「ふっふっふっのふ、ここなら出てきた途端にまほ…。」

フードを深くかぶった女性が何かを語ろうとしたので、取り敢えず額を撃ち抜いておいたのでした。

「だから、人が説明している間くらい待ってよ!?
 此処なら貴方のファイヤー・ボムも使えない筈!
 やぁあっておしま…。」

もう一回現れたので、もう一回額を撃ち抜きます。

「待ちなさっていってんでしょ!
 お約束なんだから最後までしゃ…。」

お約束など解さぬ、なのです。
これで三発目ですか。

「いちいちローブ着せるのも大変なのよ!
 ああもう、やっておしまい!」

始めっから、それだけ言えば良いのですよというか、手ずから着せていたのですか。

「ルイズ、あのへんに本体が居るらしいので、ドカンとやっちゃってください。」

「成る程、んじゃいっくわよー!」

「ああっ、つい口が滑った!?」

紙の頭脳ですか、貴方は。

「あっちだな、俺も行って来る。」

ナイフを構えて、才人もミョズニトニルンが居るであろう方に駆けて行きます。

「なんてね、捕まるものですか!」

え!日本語!?

「うわっぷ!何なのよこれ!」

「煙球とかお前は忍者か!?」

うお、物凄い煙なのですよ。
御蔭でスキルニルも何も見えなくなったのか、右往左往しています。

「忍者を知っているって、貴方もあっちの世界の人間なの!?」

「日本語でしゃべってんのか!?
 まさかお前日本人か!?」

ミョズニトニルンが日本人だなんて、原作と違う…。

「そっちも、よく聞いたら日本語なの!?
 何で日本人が二人も召喚されているのよ!?」

「知るか!」

才人と話しているのは、本体ですか…。
スキルニルではガリア語で話していた筈。
スキルニルを通すと、自動翻訳されてわからなくなるのでしょうか?

「サイト、みょ…みょみょみょみょみょみょんとかとか言うアレ、ひょっとしてあんたと同じ国の人なの?」

ミョズニトニルンです、ルイズ。

「ああ、たぶん俺と同じ国の人間だと思う。」

ひょっとして、召喚された人間が別だったのでしょうか?
まあ世界扉の性能といい、ここが原作世界に極めて近い平行世界なのはわかっていましたが、まさか話の主流に関わる登場人物が代わっているとは…。

「…ん?はれ?」

な、なんだかねむくなれるりら…。




《才人視点》

「俺の名前は平賀才人、お前の名前は?」

まさか、こっちの世界で日本人に逢えるとは思わなかった。
声しか聞こえないけれども、敵だけれども、嬉しいかもしれない。

「…タカナギ・チアキ。」

タカナギ…?ええっと、どこかで聞いたような?
ああ、そうだ、俺のいたクラス委員と同じ苗字だ…けど、あいつの名前は確か春奈だったよなぁ?

「あー…ええとさ、お前の姉か妹に春奈って居ないか?」

「え?私一人っ子だけど。」

違ったか…まあ、クラスメイトの姉妹が召喚されるとか、そんな偶然は流石に無いわなぁ。

「なんで、ミョ…何とかと仲良くしてんのよ?」

「ぐふぉ…。」

だからその、取り敢えず殴るというのをやめれルイズ。
言いたいが、口から全部空気が出ちまって言葉も出なかった。
 
「女の子だったら敵も見境なしなわけ、あんたは?」

「お…お前だって、全然違う国に行って同郷の人間に会えば嬉しいだろうが?」

俺はそう言ったんだが…。

「ん~?子供の頃アルビオンに行った時も、周りに居たのはヴァリエール家の使用人だったし…いまいち想像しにくいわね。」

「超金持ち過ぎて、ルイズがついて来ねぇ!?」

例えが悪過ぎたか。

「想像しにくいけれども、理解出来ない事は無いわよ。
 わたしも1年生のしょっぱなに連続で魔法に失敗して以来、ずーっと孤立していたし。
 積極的に話しかけて来るのって、からかいに来るキュルケくらいだったし。
 正直な話、ラ・ヴァリエールに戻りたいと思った事も何度もあるんだから。
 そんな時なら例えキレかけたお母様だろうと、来てくれれば嬉しかったと思うわ。
 完全にキレたお母様の場合は、災害と一緒だから全力で逃げるけど。」

「お前、結構ハードな生活送っていたんだな…。」

そして、そんな状況でも絶対に出会いたくないのか、キレたルイズのカーチャン。

「そうよ、そんな時に召喚したのが、サイトっていうがっかりな使い魔だったのよ。
 あまりの絶望っぷりに、危うく泣く所だったわ。」

「伝説の使い魔にがっかりとか言うな。
 つーか、同じ伝説の使い魔でも色々とがっかりなのは、あっちだろ?」

何処に居るか分からんけど、取り敢えず適当な場所を指差してみる。

「色々とがっかりとか言うなぁっ!?」

チアキとやらのツッコミの声が、何処からともなく聞こえてくる。

「仕方が無いでしょ、その時はガンダールヴなんて知らなかったんだから。
 そこのミョ…ゴニョゴニョ…ンとかいうのも知らなかったし。」

「なに!?『ミョ…ン』って何?」

覚えられないからって、ひでえな。

「ミョンてなんだよ、何か跳ねてんのかオイ。」

「そうだそうだ~!」

何処からともなく声が聞こえる…敵に同意されちゃったよ。

「長いのよ、敵だし覚えるのが面倒臭いわ。」

「…覚えられないくせに…ぐふぁ。」

思わずそう呟いた途端に景色が反転…大の男を拳で浮かすなというか、味方を殴るな。

「そんなわけないでしょ。」

「じゃあ言ってみろよ?」

顔が赤いぞ、ルイズよ?

「みょ…みょ…みょみょ…ミョンで良いでしょあんなの。」

「あんなのとか呼ばれた!?」

ケティに影響されたのか、敵には滅茶苦茶辛辣だなルイズ…。

「声はすれども姿は見えず…まるで屁のような奴だが、流石に可哀想だろう、それは。」

「私よりも更に酷い事言っているじゃない…。」

しまった、ついつい追撃かけちまった。
俺もケティの影響受けているかな…?

「…そろそろ、泣いていいっスか?」

「なんつーか、調子狂う奴だなぁ。
 姿見えないけど。」

女の子らしいけど、しかも日本人らしいけど、ギャグ方向に人格振りまくられているというか。

「ねえ…サイト殿?」

「んぁ、姫様?」

そんなぐでぐでな俺達の所に、姫様がつかつかとやって来た。

「…ケティは、何処?」

「へ?」

姫様にそう言われて、周囲を見回すがケティが居ない。

「あ…あーっはっはっはっはっは!
 まんまと我が策に引っ掛かったわね、ガンダールヴ!」

「何だと!?」

急に偉そうな態度になったチアキが、笑い出した。

「今までのぐでぐでは全て囮!
 その間に別働隊であの娘は頂いたわ!」

「な、何だと!?」

このぐでぐでっぷりが囮作戦だったっていうのか、しまった…ッ!?

「あーっはっはっはっはっは!
 あの娘はあの御方の元に連れていかれて、魔法の薬で洗脳された上で妻になるのよ…って、しまったやっちまったあぁぁぁぁぁぁっ!!
 ごごごごごご合流地点何処だったっけっ!?」

何で作戦が成功した筈なのに絶叫して動揺してんだ、コイツ…。

「何だか、貴方のぐでぐでは全て本物で、他の間者に出し抜かれたっていう方が正しそうだけれども?」

「ぎぎぎくぅっ!?」

姫様の指摘で、思いっきり動揺してる…見えないけど。

「そそそそんな事はなな無いっスよほほん。」

「…わたしよりも演技が下手な奴、才人を除けば初めて見たわ。」

ルイズにまで呆れられておる…何という可哀想な使い魔。
つか、ルイズの大根ぷりより俺のが上とはどういう事だコラ。

「声だけで演技するのって、思っているよりも大変なのよ!察してよっ!
 鬼○者の金城○だって、名俳優なのにセリフ超棒読みだったじゃない!?」

「金○武のトラウマをザックリ抉るのは止めてあげてっ!
 あの人は声の抑揚感が声優向きじゃないってだけなんだから!」

確かにあの『ゆきひめー(棒)』は無いなと思ったけどさ。
昔のゲームのアフレコって、一人で収録したリして芝居の空気が作り難いから、結構大変だったらしいぞ?

「うっさいわね、だいたい誰よ貴方っ!?」

『誰が?』

指差しているらしいが、姿が見えないから分からん。

「あ、そうか…んじゃ気を取り直して、誰よ貴方っ!?」

いきなり近くにフードを深く被った人物が現れて、姫様をビシッと指差しなおした。

「ルイズ、ディスペル。」

「へ?え、あ、はい姫様。」

ルイズがディスペルを唱えると、俺達の姿が元に戻った。

「見ての通り女王様よ、文句あるかしら?」

「ええっ、何で黒女王(レーヌ・ノワール)がこんな所に居るんスかっ!?」

とうとうそんな呼ばれ方し始めたのか、姫様。
今は何時もの黒尽くめじゃあないんだが…。

「相手が気づいていなかったのに、わざわざ正体を教えるとか不用心じゃあ?」

「大丈夫よ…。」

姫様がパチンと指を鳴らすと、あちこちから学院の使用人の服を着た人達が出て来たのだった。

「遅いわ、まだ官僚の卵でしか無いケティが攫われるというのは確かに想定外だったけれども、あの子が居なくなったら本当に色々と危険なのよ。」

「申し開きのしようも御座いませぬ。」

メイドさんが神妙な面持ちで姫様に謝っている。

「まあ良いわ、私の護衛なら間に合ったもの…ルイズ、その娘捕まえちゃいなさい。」

「はい。」

ルイズは一瞬でチアキとの距離を詰め、腕を捻り上げた。
ナイフ抜いていなきゃ、俺の目でも残像すら追えなかっただろう。
ケティが言うには、ルイズの驚異的な身体能力は言わば魔法のパワードスーツみたいなもんらしいが…あの華奢な体であんなスピードとパワーが出るだなんて想像し難いし、色々ない意味でとんでもねーな。

「あいたたたたた!?
 しまった、私とした事がーっ!?」

「そりゃ、この距離で姿が見えればわけないわよ。」

うっかり神の頭脳か。
わけないとか言って、本当に出来てしまうルイズもルイズだが。

「その娘に集合地点まで案内なさい。
 何処の間者か知らないけれども、捕虜交換よ。」

そう言って、姫様はニヤリと笑ったのだった。

「ところで、どんな顔しているのかしら?」

思いついたように相槌を打つと、姫様はチアキに近づいて行きフードを捲った。

「あら、結構可愛いわね。」

フードの下の顔は、俺のクラスメイトで学級委員の女の子に瓜二つだった。

「なあ…俺達あっちで会った事ねえか?」

高凪春奈にそっくりなんだけど…本当に別人なのか?

「何?こんな所でナンパ?
 生憎だけど、私は超絶美中年上司と周囲の貴族や騎士とのカップリングで忙しいのよ。」

「腐女子かよ!しかも隠す気ナッシング!?」

これまた日本から酷いのが召喚されたなオイ!

「かっぷりんぐ?」

「あー…ルイズは知らなくて良い世界だから、流しておけ…な?」

変な世界に染まっちゃ駄目だよーという願いを込めて、俺はルイズの頭をポフポフと撫でたのだった。

「ちょっと…いや、かなり変な性格な上に偉そうで残忍で…そんな上司に翻弄される貴族や騎士達を脳内カップリングさせるのが、今私の最高の娯楽なのよっ!
 なのに邪魔な女どもが私の妄想を邪魔するの!それが許せないのよっ!!」

「聞いてねえよ!」

駄目だこの腐女子、早く何とかしないと。

「理解不能の世界だわ…。」

「姫様までドン引きしてるじゃねえか。」

BLが好きな女の子は、実はそんなに居ないと聞いた事があるが、やっぱ事実なのか?

「あんなんなりたくないなら、知らないでおくのが賢明だと言っておこう。」

「是非とも知りたくないわ。」

心底嫌そうに、ルイズは首を横に振ったのだった…だよなぁ。




《ケティ視点》

「むに…むに…はれ?」

目が覚めたのは森の中…はて?

「ううむ、見事にバインドされていて、身動きが出来ません。
 ぐにゅにゅ!矢張り駄目ですね、縄が食い込むだけで解けない…というか、何故に亀甲縛り?」

こんな姿で知り合いに見つかったら、一生緊縛女とか言われ続けるような気がします。
見回しても誰も居ないのは、最低であり最善というのが何とも…いやまあ、多分一人だけ見ている知り合いがいるのでしょうが。

「タバサー?」

返事がありません、ただの屍すら居ないのです。

「黙っていても無駄ですよ~?
 ミョズニトニルンのぐでぐでのどさくさ紛れにこっそり攫うとか、貴方で無いと出来ませんから。」

「ん。」

タバサが木の陰から姿を現したのでした。

「…まあ、こんな事もひょっとして起こるんじゃないかなーとは、ちょっとだけ覚悟していました。」

何処に居るか分からないのに、食べ物が絡むと何処からともなく姿を現すというのは、つまりはずーっとマークされていた…という事なのですよね。

「んで、この後どうなるのですか?」

「どうにもならない。」

タバサはそう言うと、杖を一振りしたのでした。

「ををう、縄が解けた。」

「シルフィードは『たまたま』他の用事で遠くに居る。
 だから、私は今『たまたま』貴方を運べない。」

タバサはそう言うと、私の杖を懐から取り出します。

「そしてケティは『偶然』私が落とした杖を取り戻して、バインドを解いた。」
 
更にそう言いながら、私の方に杖を投げてよこし…。

「ケティは貴方を逃がさないように制止しようとする私から逃げる為に、これから私と戦う。」

最後に杖を構えたのでした。

「成る程…長台詞、頑張りましたね。」

「宇宙の法則が乱れないギリギリで頑張った。」

タバサの表情が心なしか自慢気ですし、近くで見ると広い額にも一筋の汗。
頑張りました…頑張りましたねタバサ。

「…才人達は間に合うでしょうか?」

「間に合わなければ隙を作る。」

「その隙を突いて倒せと?」

「ん。」

火が使えない森の中でコントロールの甘い風系統の魔法を使って、それでタバサを倒せと…。

「無茶苦茶言いますね。」

「頑張って。」

何故にサムズアップしますか、タバサ。

「じゃあ、行く。
 エア・ハンマー。」

「もうですかぃ!?エア・シールド!」

タバサのエア・ハンマーを、咄嗟にエア・シールドで防ぎます。
流石は風も水もトライアングル相当の使い手、防いでも突風が私を襲います。

「エア・ハンマー!!」

「ちょ、エア・シールド!」

幾ら春麗らかな季節とはいえ、夜にこの突風は…寒いっ!

「エア・ハンマー!」

「また!?エア・シールド!!」

ふぬぁ~!?誰も見て居ないから良いものの、風のせいでパンツ丸見えなのですよ。

「エア・ハンマー。」

「でぇい!エア・ハンマー!!!」

タバサのスペルを見よう見まねでエア・ハンマー…って。

「うきゃあああぁぁぁぁっ!?」

更に強い突風がっ!?
相殺とか無理ですかそうですか…まあ私の風系統って、思い切り踏ん張ってギリギリでライン相当ですしね。

「火系統は不便。」

「遠慮無く破壊するなら、これ以上は無いってくらい便利なのですがね…風系統は器用過ぎます。」

火系統の攻撃魔法は基本的に自分より弱い相手に情け容赦無い攻撃を加えるなら、例え何人居ようが有利になるという範囲攻撃特化型であり、一対一で手加減しながら可燃物だらけの場所でとなると急に打つ手が無くなったりします。
火という形で熱エネルギーを利用する系統の為に、可燃物が多い場所で考え無しに使用すると使い手自身が酸欠で死にかねないという両刃の剣なのです。

「ええい、ブレイド!」

ブレイドで鍔迫り合いに持っていけば…何とかならないような気がします!?
ええ、ええ、よく考えたらタバサの杖は長い上に体術でも遥かに上なのですよ。

「ブレイド。」

そしてブレイドは杖を覆うか先端から伸ばすか、どちらにしても滅茶苦茶長いブレイドになるわけで。

「やっちまいました…こちらが牛刀サイズでそっちが槍サイズでは、リーチの面で手も足も出ないではありませんか?」

杖の長さの差なのはわかりますが、でかい包丁に過ぎない私のブレイドとタバサの槍みたいなブレイドでは勝てる気がしません。

「ガッツあるのみ。」

タバサ再びサムズアップ。

「…いや、ガッツで何とかなるほど、私は剣術に長けていないのですが。
 あと、サムズアップ気に入っていますね、タバサ?」

私がそう愚痴っている間に、タバサは杖を振り下ろしてきたのでした。

「うひゃあ!?」

「こっちで手加減する。」

確かにブレイドの刃に上手い具合に当てるように振り下ろしてきてはいますが…っ!

「手加減なんかして、大丈夫なんですか?」

「私に来ている命令はケティの誘拐。」

私に見えるくらいのスピードで、タバサが杖を横薙ぎに払って来るのを受け止めつつ、会話を続けます。

「なるほど、だからタバサには手加減をせねばならない理由があるという事ですか。」

「ん。」

タバサは頷きながら、槍と化した杖を振り回して次々と攻撃を繰り出して来ます。

「大体、まだ誰も来て居ないのに、こんなに激しく戦う必要があるのですか?」

「仕込みもしっかりと。」

これ、仕込みなのですか!?

「仕込みなら待ってくれますよね…それではアレの封印を解きましょうか。
 土系統の使い手がゴーレムを作るように、火系統の使い手は炎でこんな事も出来るのです!」

私は呪文の詠唱を始めます。
今回のは久々のウリジナル魔法、要するにパクリ。

「来たれ魔女狩りの王(イノケンティウス)よ!」

呼びだしたのは炎の巨人(イノケンティウス)…つまり、燃え盛る炎のジャ○ット。
いや、私イノケンティウスの形知りませんし、そもそも炎ですから形なんてどうでも良いですよね!
巨人でジ○ビットなら、想像し易いですし!

「いのけん?」

「ダイエットに成功しつつあるマツコ○ラックスに男装させたような姿恰好のゲームクリエイターではありません。」

『Dの○卓』とか『エネ○ーゼロ』とか、伝説の作品ではあります。
やった事ありませんけれどもね。

「たぶん、話が食い違っている。」

「わかって貰える話題では無いのはわかっていますから、大丈夫です。
 …タバサがイノケンとか言うから、形が変わってしまったではありませんか。」

ううむ…魔女狩りの王(イノケンティウス)がジャビ○トからマツコデ○ックスに。

「シルフィード。」

「はい?」

タバサがいきなりシルフィードの名前を呟いたのでした。

「作って。」

うわ、なんかめっちゃタバサの瞳が輝いてるぅ!?

「はいはい、シルフィードですね?」

タバサの瞳には逆らえないという事で、イノケンティウスの形を風竜の形に変えてみました。

「おお。」

タバサは瞳を輝かせてパチパチと拍手しています。

「じゃあ、次は…。」

「ストップ!脱線していませんかタバサ?」

タバサって、こういうの大好きだったのですね。
バルーンアートとか知ったら、ハマりそうです…まあ、バルーンアートが出来る程ゴムの加工技術が発展していないから無理なのですが。

「おおっ。」

「『おおっ』じゃないのです…じゃあ、行きますよ?」

魔女狩りの王(イノケンティウス)を再び○ャビットの形に戻し、タバサに飛びかからせたのでした。

「ズルい。」

タバサは魔力の光を纏った杖でジャビッ○の腕を薙ぎ払うと、飛び退いて体制を整え直したのでした。

「それは我々の業界では褒め言葉なのです。
 いずれはこっちの業界に来るのですから、覚えておいてくださいね。
 そもそも、私がタバサとまともに渡り合っていたら、タバサが疑われます。」

戦闘技能に於いては一般人と大して変わらない人間が、親衛隊長を一蹴出来る人間とまともにやりあえるわけが無いのですよ。

「成程。」

タバサが体制を立て直す間にジ○ビットの腕を再構成し、ついでにその手にバットも握らせてみます。

「リーチが伸びた。」

「もともと短腕短脚ですから問題ありません。」

ド○ラだったら、ちょいと卑怯だったかもしれませんが。

「そういう問題?」

「そういう問題だと解釈してください。」

ジャ○ットが振りかぶるバットを受け流し、タバサが後ろに引きます。

「…そこそこ本気でいく。」

「どうぞ…って、早いですねっ!?」

いきなり○ャビットが頭をカチ割られました…が、炎ですから問題ナッシング。

「ゴーレムは使い手を倒すのが一番早い。」

「そうは問屋が卸さないのです!」

私に迫ろうとしたタバサを、ジャビッ○をみょい~んと伸ばして炎の壁を作り妨げます。

「魔法を使うこと『だけ』なら、タバサに早々劣るものではありませんよ~?」

体術とかで対抗出来るとは、欠片も思っちゃいませんが。
逆に言うなら、魔法だけで対抗すれば何とか…はなりませんが、手加減してくれているなら粘る事は可能な筈です。

「手加減は、ケティも同じ。」

「をう、ばれていましたか。」

本気でとはいえ、試合とかでの《本気》であって、殺し合いという意味ではありませんからね。

「………………。」

「ほっ!」

「………………。」

「よっ!」

「………………。」

「とりゃ!」

私が作り出したジャ○ットとタバサが一進一退の攻防を繰り返しているのですが、タバサがなーんにも喋らないので私の気の抜けたような掛け声が森の中に寂しく消えゆくのみという…。

「間が持ちませんね。」

「ん。」

はて、ミョズニトニルンや才人達は、行った何時になったら来るのやら~?

「おーいケティー?」

「どこに居るのよー?
 居ないなら居ないって返事してー?」

無茶言うな、なのですよ。

「小休止終了。」

「はい。」

タバサが再び杖を振りかぶってジ○ビットに殴り掛かり、私もそれに応戦します。

「ぬおりゃあああああああぁぁぁっ!」

ジャビットはタバサの杖に殴り倒されつつも飛び掛かっていきます。

「お、こっちか…って、タバサとジャビ○トぉ!?」

「なにあの変な寸詰まり!?」

巨人ファンに殴られますよ、ルイズ?

「あっ、そこのお前!?そうっお前だぁお前ぇっ!バッバッバズーカッ!バズ-カ早くっ!」

「そんな平野耕太のどマイナーなネタ、誰が知っているんだぁッ!?」

よく知っていましたね、才人。
まあ知らなかったら別のネタもあったのですが。

「まあ兎に角、ピンチなのです。」

「タバサが敵…ねえ?」

ルイズの訝しがるような表情。
あー、この二人なら、私とタバサが本気で戦っているか否か、一瞬でばれますよね。
それも織り込み済みですが。

「タバサ、捕虜交換だ。」

「つ…捕まっちゃった、テヘぺろ☆」

連れてこられたのは、どう見ても東アジア系の少女…日本人ぽいですね。
あれがミョズニトニルンの中の人でしょうか?

「…関係ない。」

「見捨てないで!?」

即座に見捨てようとしたタバサに、ミョズニトニルンが声をかけたのでした。

「任務に失敗したら、処刑。」

「私は任務に失敗するのを楽しまれている感があるから、大丈夫よ!
 言ってて悲しくなって来たけれどもっ!」

結構可愛いのに、こんなに面白おかしい娘だったとは。

「私は、処刑。」

「それはいけませんね…。」

原作でもそうでしたっけ…?
いくらなんでもいきなり処刑は乱暴過ぎるような気がするのですが。

「取引をしましょう。」

その時、その一言ともに、姫様が供を連れ立ってやって来たのでした。

「取引?」

ミョズニトニルンは首を傾げます。

「ええ、貴方がタバサ…シャルロット公女殿下と私達が話していた内容を思い出さなければ良いの…簡単でしょう?」

「お、思い出すなって、そんな無体な!?」

慌てるミョズニトニルンに、姫様は微笑みかけます。

「貴方は受け入れるだけでいいのよ、処置は私がやるから。」

「しょ…処置?」

姫様の顔が思いきり悪人なのです。

「水系統には心を操る魔法があるのは知っているわよね?
 その中には、意思に制約を加える魔法がある…『ギアス』って、知っていて?」

流石は水メイジ、こういう事やらせたら右に出る者は居ないのです。
あと姫様、前の傷を広げる禁呪もそうですが、何故にそんなに禁呪に詳しいのですか?と聞いてみたくもあり、怖くもあり。

「え、ええと、心を操る魔法は各国の法で、思い切り禁止されている筈では?」

あー…ミョズニトニルン、その問いは愚問というものなのですよ。

「私がこの国よ、そして法なの。
 法で法を裁く事は出来ないのよ。」

姫様はその問いには、こう答えるに決まっているのですから。

「さて話を戻すけれども、『ギアス』は受け入れる側が受け入れる事を誓えば、より深く完璧にかかる魔法なの。
 貴方がすべき事は受け入れる事、そして思い出す事を放棄する事のみよ。
 それだけで命は助かるというわけだけれども…どうする?」

「それであれば…仕方がないです。」

ミョズニトニルンは頭をコクリと縦に振ったのでした。

「じゃあ、さっそくかけるわね。
 私の目を見て、そして誓いなさい。
 これから貴方は私とケティとルイズとサイト殿が話している内容を、一切思い出さない。
 誓約にて、あなたを制約します…誓いなさい。」

「はい、誓います。」

ミョズニトニルンがそう言うと、姫様とミョズニトニルンの間に魔力の光が発生し始めたのです。

「ギアス。」

姫様の発動ワードと共に魔力の光が瞳に吸い込まれて、消えたのでした。
同時に、ミョズニトニルンは意識を失い倒れます。

「これで良し…と。
 それでははじめまして…では無いわね。
 叙勲式以来だから二度目ですわね、シャルロット公女殿下。」

「タバサ。」

タバサはそう言って首を横に振ります。

「ただ、タバサで良い。」

「ではタバサと。」

姫様はそう言って頷きます。

「タバサ、貴方はこのまま帰ったら処刑されるのよね?」

「ん。」

タバサはコクリと頷きます。

「それでも貴方はケティを連れて帰りたくなかった。」

「ん。私にだって矜持はある。」

コクリと頷きタバサは話し始めます。

「誰かの心を操ったり壊すような真似には断じて加担しない。
 まして友達なら、尚更。」

「あら…今、あの娘の心を弄っちゃったわ。」

姫様の一言に、タバサがよろっとよろけたのでした。
よく考えたらギアスでミョズニトニルンの意思を一部弄ってしまったのですよね。

「…ギリギリセーフ?」

「いやタバサ、そこで私を見られても…ああ、はい、わかりました。
 本人が承諾しているからセーフです、セーフ、ギリギリセーフ。」

タバサの目がウルッと来たので、慌ててフォローしたのでした。

「ケティがそう言っているから、セーフ。」

「信頼されているわねぇ、ケティ。
 この愛らしい殿下に、ケティを取られないように気をつけなきゃいけないわね。」

いや、ガリアに行ったりしませんから、怖い視線を送らないでください姫様。

「それじゃあ、貴方と貴方のお母さまを助け出すお話と行きましょうか、タバサ?」

「トリステインは、貴方を歓迎するわ。」

私と姫様は交互に言って微笑んだのでした。

「姫様とケティから、物凄~く悪役オーラが出ているわ。」

「俺らが倒すべきは、こっちなんじゃなかろうかと錯覚してしまいそうになるな…。」

私も姫様も、気にしているんですから放っておいてください。



[7277]  幕間51.1 タバサに関わる色々なもの 1
Name: 灰色◆a97e7866 ID:a3112a36
Date: 2011/04/21 07:55
夜の空を一匹の風竜の幼生が飛んでいく…二人の少女を乗せて。

「逃げなくて、良いの?」

ミョズニトニルンこと高凪 千秋が、タバサを気遣うように声をかける。

「ん。」

その問いにタバサは小さく頷く。
いつも通り手には本、題名は《大王ジュリオ・チェザーレの帝国》。
タバサは基本的に物語系の本が好きなのだが、ケティに『歴史は最高の物語ですよ、救いが無いという意味でも』と、この本を渡されていた。
ロマリア半島中部にあった都市国家エトルリアの王、ジュリオ・チェザーレという男がロマリア半島の都市国家をその類稀なる軍才と謀略の才によって一つに纏め、始祖の血を受け継ぐ三王国を平らげ、ゲルマニアを征服してハルケギニア統一帝国を作った物語。
そして、その帝国がエルフとの壮絶な武力衝突を繰り返し、負担に耐え切れなくなった地方からの叛乱の頻発と財政破綻によって解体するまでの壮大な失敗の物語である。

「逃げたらお母様の命が無い。」

「そう…だよね。」

千秋としては、タバサに恨みは無い。
仲が良いわけではないが見知った仲だし、ケティ達に捕まった時の記憶をギアスの効果で思い出せない千秋としては、タバサは自分を助けてくれた恩人でもあるのだ。
ルーンによって殺人などへの抵抗感が薄れているとは言え、知った顔でしかも恩人が処刑されるというのは決して良い気分ではなかった。

「私からも、あんたへの助命嘆願はしてみる。」

「貴方も処刑される。」

千秋の言葉に、タバサは首を横に振ったのだった。
まあ、タバサとしてはケティ達が救出に来るという事がわかっているので、関係の無い人間が勝手に頑張って勝手に死んだりしたら夢見が悪いのだ。

「う…いや、やっぱそう思う?」

「ん。」

上目遣いで訊ねる千秋に、タバサは首を小さくコクリと縦に振った。

「はぁ…アルビオンでは、結構上手くいっていたのになぁ。
 何であの子狸みたいな娘が関わると、片っ端から失敗するのかしら。」

「致命的に相性が悪い。」

千秋が得意とするのは、マジックアイテムを使った人海戦術。
そしてケティが得意とするのは、多人数の有象無象が集まった所を薙ぎ払う対集団用魔法。
千秋が数を用意しても、密集すると《あ~っはっはっはっは~!火砲は戦場の神なのです!》とか言いながら、ケティが火メイジによくいるパイロマニアの本性丸出しにして焼き払うだけなのだ。
はっきり言って、数を用意してもケティの撃破数を増やすだけである。
ケティを撃破するには、メンヌヴィルがそうだったように、質の高い一騎当千タイプの戦力を用意するしかない。

「致命的…どうすれば勝てるってのよ?」

千秋は頭を抱えた。

「諦めると、楽になれる。」

そんな千秋の肩を、タバサはポンポンと叩きながらそう言った。

「慰めて無いから、絶望だからそれ…って、サムズアップして言っても無駄だから!
 引き攣った笑顔でウインクしても怖いからっ!?」

「残念。」

タバサは無表情に戻ると、読書を再開する。
彼女が読んでいるのは丁度、前期ガリア国王ヴェルサン1世がアリーズ・サント・レーヌの戦いでエトルリア帝国軍に敗れるシーンであった。
この戦いで前期ガリア王国は完全に滅び、王族は始祖の血統の持ち主という事でエトルリアに送られ、エトルリア貴族として生きる事になる。

「ガリアが滅ぶ所読むとか、意外と悪趣味ね?」

「大昔の話。」

ガリアとしては屈辱の歴史なのだが、数千年も前の先祖の話なので、タバサ的にはどーでも良かったりする。
そもそも、現在エトルリアはトスカーナと名前が変わりロマリア教皇庁領の属領の一つされているし、ロマリア統一時に火の系統を受け継いでいたエトルリア王家も既に無い。
ロマリア教皇領内で細々と生き残っているという噂もあるが、噂は噂に過ぎないのだ。

「何か、私の世界の欧州史と若干似ている感じなのがアレよね。」

「…貴方の世界?」

タバサは首を傾げて千秋に聞き返した。

「ししししまった、私とした事がっ!?」

「気にしない。」

慌てる千秋をタバサはポンポンと撫でて宥める。

「貴方は何時も迂闊。」

「ぐは…慰めになって無いわ。」

千秋はがっくりと肩を落とした。

「慰めていない、宥めただけ。」

「ですよねー…わかっちゃいたけど、私って、私って…しくしく。」

千秋はシルフィードの背に蹲ると泣き始めた。

「それで、貴方の世界って?」

「誰か私を慰めてよコンチクショー…。
 まあ、聞かれちゃったから話すけど、私が元々居たのは此処とは違う世界なのよ。
 私は地球っていう世界の、日本っていう国に住んでいたの。
 もう一つ言えば、ガンダールヴのサイトっていう奴も、私と同じ世界の人間よ。」

その言葉にタバサは目を大きく見開いた後、本に栞を挟んで閉じた。

「サイトも…?」

「うん、サイトも。」

タバサの問いに、千秋はコクリと頷く。

「ケティはサイトを東方の出身だと言っていた。」

「ケティって、あの子狸?」

タバサはケティの顔を思い出し、確かに狸っぽいかなーとか思い出しながら、コクリと頷いた。

「ん。ケティは東方の文字も読める。
 ケティが才人と同じ国の出身だった人のお墓の字を読んでいた。」

「日本語が読める…って、マジ?」

千秋はそれを聞いて驚愕する。
何せ、この世界には殆ど日本語の文献など無いというのは、マジックアイテムを多数取り扱う千秋にとって既知の事なのだ。
この世界に送られて来るものは兵器と、兵器に積載されているものだけである。
だから、文献となると乗っていた軍人たちが持ち込んだものくらいしかない…ガリアにあるオーパーツを確認したが大半がエロ本ばかりだったので、千秋自身ゲンナリした記憶があったりする。
何でBL本が無いのかと。

「ん。本当。
 これは報告済み。」

「わけわかんない奴ね…あの子狸。
 実はこの世界最大の不審者なんじゃないの?」

だいたい合っているような気がしないでもない。
千秋はこのよくわからない件を、取り敢えず心の中で保留しておく事にしようと決めた。
ジョゼフに伝えるにしても、どう伝えれば良いのか分からないからだ。

「ん。」

タバサはコクリと頷いたのだった。
タバサ的にもやはりケティは不審らしい。





「拙いわ…。」

プチトロワでタバサからの手紙を読んだイザベラは、額に汗をびっしりと浮かべていた。
タバサがミョズニトニルンとの共同任務を失敗したらしい。
このままでは帰還したタバサに父王から処刑の命令が出てしまう。
そもそも、父王に利用価値があるからコキ使おうという理由づけをして、何とかタバサを助命していたのはイザベラなのである。

「何で逃げないのよ…理由は分かっているけれども、どうして逃げてくれないの、ロッテ?」

イザベラは呟くように独り言を言う。
もしタバサが逃げたとしても、心を病んだ女性一人くらいならイザベラの判断でどうにでもなる。
いくら元オルレアン大公妃とはいえ、狂ってしまっていては政治的に利用するのはほぼ無理。
こっそりカステルモールに引き渡してしまうという手もあるのだ…心を病んでいるとはいえ、自他共に認める人妻好きに未亡人を引き渡すというのは、色々な意味で心配だが。

「まあそれが、シャルロット様の良いところであり、欠点でしょうな。」

そんな声とともに、イザベラの額が不意に拭われる。

「うひゃあああああぁっ!?」

思わず悲鳴を上げたイザベラの視界に入ってきたのは、カステルモールだった。
何時も通り小洒落た格好、端正なマスクに気障っぽい笑みを浮かべている。

「おや、ガリアの姫君ともあろうものが、大声を出すとははしたない。」

「いきなり乙女の額を拭う行為は、はしたなくは無いのかしら?」

顔を真っ赤にして、イザベラはカステルモールを睨み付ける。

「悩める乙女の一助となるのは、貴族の務め。
 額に汗かき悩む殿下の御一助になればと思ったのですが?」

「二枚目ならではの自信ね…。」

まあ確かにカステルモールの場合、見た目故に何をやっても様になってしまうのだった。
貴族とは名ばかりの赤貧伯爵家出身とはいえ、出世頭でかつ二枚目とか、人妻好きとかロリコンとか変な性癖でもないとバランス取れないわよね~とか思いつつ、イザベラは更に目を細くしてカステルモールを睨み付ける。

「怖い目つきですな…。」

「生憎、目付きの悪さには自信があるのよ。」

それもこれも、タバサに味方だと気づかれない為に、精一杯意地悪そうな表情を練習した成果だったりする。
イザベラ自身も鏡の前でやって、その意地の悪そうな顔にドン引きしたほどなので、タバサにはバレていない。

「それにしても、いったい何をお悩みで、まこと麗しき殿下?」

「読んでいいわよ、ロッテからの手紙。」

イザベラはそう言って、タバサからの手紙をカステルモールに手渡す。
渡された手紙を一目見て、カステルモールの表情はほんわかとした笑顔に変わった。

「おお、シャルロット様直筆の…これは家宝にせざるを得ない。」

「一応機密文書なんだから、あげるわけ無いでしょう。
 良いから、さっさと読みなさい。」

感激に打ち震えるカステルモールに釘を刺しつつ、イザベラは読むように促した。
ちなみにタバサからの手紙は全部、イザベラの部屋の宝石が散りばめられた箱に大事にしまわれている。
機密、そんなのは方便に過ぎない。

「なんと…これは、殿下が?」

内容を読んだカステルモールが驚愕の表情でイザベラを見るが、イザベラは首を横に振る。

「私がロッテと仲が良いあの豆狸をさらって来いなんて命令を、よりにもよってあの子に出すわけが無いでしょう。
 私がやるなら元素のデコボコ兄弟とか、他の騎士に頼むわよ。
 大方お父様が、ミョズニトニルン経由で伝えた命令だわ。」

そう言うと、イザベラは頭を抱えた。
何てったって、賽は既に『そぉい!』とブン投げられているのだから、過程の話をして現実逃避してもしょうがないのである。

「誰か、ロッテには助けに来てくれる王子様が居ないものかしら?」

とはいえ、どう考えても現実逃避な考えしか浮かんでこない。
事ここに至ってはタバサを母親ごと亡命させなければどうにもならないが、それができれば初めっからこんな苦労はしていない。

「それならば私が白馬にの…。」

「白馬に乗った莫迦じゃあ、ロッテがかわいそうでしょ。
 大体貴方、家はどうするのよ、家は?
 若さとは振り向かない事だとは言え、一族纏めて粛清されるわよ?」

「愛とは躊躇わない事…とは言え、今この段階でそれは拙いですな。」

ジョゼフを王位から引き摺り下ろす為に影で動き回っているカステルモールが、ここで居なくなるというのはかなり拙いというのは、彼自身も重々理解してはいる。
いるが、ここでタバサが処刑されてしまっては元も子もない。

「しっかし、あの惚けた豆狸がル・アルーエットだったとはね。
 随分とロッテと親しい感じだったけれども…そうだわ、豆狸がいたわね。」

イザベラがぽんと手を打った。
そしてガサゴソと机の中を探り始める。

「殿下、何を?」

「前に、ロッテ経由で入手した水の秘薬があるのよ。
 モンモランシ家の娘が作って、豆狸の伝手で売っているらしいわ…よし、有った。」

イザベラが持っている小瓶には、モンモランシ家の渦巻家紋とラ・ロッタ家の雀蜂家紋の書かれた瓶が握られていた。


「北花壇騎士団があちこちてんでバラバラに散っている北花壇騎士に命令を下せるのはね。
 騎士達がそれぞれ持っている魔力を、伝書用ガーゴイルに覚えさせているからなのよ。」

「ほほう、それは便利ですな。
 しかしそれは、御禁制の品では?」

カステルモールは、感心しながらも聞き返す。
ガリアの法には、《特定のメイジの魔力を感知する機器を作ってはならない》という条項があるのだ。

「御禁制だからこそよ、北花壇騎士団にはぴったりでしょう?
 それで、このガーゴイルに…。」

イザベラは小鳥型のガーゴイルを取り出すと、それにモンモランシーが作った水の秘薬をかけた。

「記憶せよ。」

そして一言、魔力を込めながら発動ワードを唱える。

「これで、モンモランシ家の娘の魔力を感知して、飛んでいくようになったわ。」

「いや、本当に便利ですな。」

「便利だから禁止しているのよ。」

感心しきりどおしなカステルモールに、手紙を書き始めながらイザベラは言う。
 
「こんな便利なものがおおっぴらに存在したら、貴方みたいな反乱分子が楽出来てしまうじゃない?
 叛乱分子が楽になれば、治安を預かる側は面倒になる。
 ならば面倒臭い事が出来る様な手段は、まとめて非合法化してしまうのが道理というものだわ。」

「成る程、それは道理。
 これは確かに便利過ぎる。
 我々のような叛乱分子としましては、当局の目を逃れながら陰謀を練る楽しみが減ってしまいますな。」

カステルモールは大げさに肩を竦めながら、そう言って苦笑を浮かべた。

「そうそう、叛乱分子が楽できるような国じゃあ、末路が見えているわよね。
 それはそうとカステルモール卿、北花壇騎士団長として東薔薇騎士団長の貴公に一つお願いがあるのだけれども、聞いてくださるかしら?」

「シャルロット様に関わる事であれば、何なりと。」

そう言って、カステルモールは恭しく礼をしたのだった。






「こ、これは何というカリカリモフモフ…。」

トリスタニアの王城で、ルイズに電撃走る。

「こんな美味しいものがロマリアから伝わって流行っていただなんて、自分がド田舎暮らしだったのを今更ながらに思い知らされるわ…。」

「最近喫茶店で流行りだしたばかりですしね~、仕方が無いのですよ。」

蒲公英茶を飲みながら、ケティがのんびりとした口調でそう言った。
ちなみにルイズが今食べているのはマカロン。
アンリエッタが才人と一緒にカップル喫茶に入った時に食べたものを気に入り、導入したものらしい。
気に入った理由は例によって《執務中の片手間に食べられるお菓子》だからという、色気の欠片も無いものだが、そのカリカリモフモフしっとりとした食感をルイズはいたく気に入った模様だ。

「それにしてもまあ…とんでもない軍艦が出来たものね。
 フォルヴェルツ号だったかしら?百聞は一見にしかずだわ
 大型戦列艦並みなのに、あんなに速度が出て小回りが利くとか、戦争の常識が変わるとか言って空軍首脳が右往左往しているわよ。」

スレイプニィルの舞踏会が表向き無事に終わった後に、公試が終わったフォルヴェルツ号がキュルケやコルベールと一緒に学院にやってきたのだった。
そのあとトリスタニア近郊でデモンストレーション航行を済ませていた。

「我が国は、アレを量産するわけね…もふもふ。」

「もう少し機関を改造して、小型化する予定もあります。
 まあ、我が国はどうしても寡兵になりますから、せめて質くらいは充実させておかないと…もふもふ。」

アンリエッタとケティはマカロンを食べつつ、そんな会話をしていた。

「さすが王城、砂糖いっぱい使っているわね。
 素晴らしいカリカリっぷりだわ…もふもふ。」

「貴族なのに、いちいち言う事が貧乏臭いなモンモン…もふもふ。」

ルイズの横に座る才人が、視点がちょっと違うモンモランシーの発言にツッコミを入れ…はたと気づいた。

「…って、こんな事をやっている場合じゃねえだろ!?」

「いくら絶対王政で決断が速いとはいえ、手続きにはそれなりのアレコレが必要なのですよ。」

立ち上がって現状にツッコむ才人に、ケティは冷静に返す。

「そうそう、せめてこのくらいは持って行きなさいな?」

アンリエッタがそう言って手渡した文章には《これを持つ者の海外に於けるあらゆる活動に対する責任をアンリエッタ・ド・トリステインが負う事とする。期限は任務終了まで》という一文が花押入りでしたためてあった。

「最終的には、我が国の外交が貴方達の身分を保証すると思ってくれていいわ。
 公女の命までは無理だけれどもね。」

「…それって、大事じゃね?」

アンリエッタの言葉に、才人は恐る恐る聞き返すが…。

「大丈夫よ、もしもの時ははみ出ているラ・ロッタ家の領地で手を打つから。」

「ぶーっ!?」

のんびりお茶を飲んでいたケティが、思い切り口から茶を噴いた。

「そそそそんな事を山の女王が聞き入れるわけがないのですよ!?」

「この作戦を提案したのは貴方でしょう?
 ならばそれくらいの対価は支払いなさい。」

慌てて抗弁するケティに、アンリエッタは鋭い視線を送る。

「失敗すれば蜂の餌ですね…とほほ。」

何としてでも作戦を成功させないといけないと、改めて気を引き締めるケティであった。

「でも、どうやって侵入するわけ?
 この時期にトリステイン貴族の子女が侵入したら、たちどころにあちらにばれるんじゃあないの?」

モンモランシーがそう言った時、一羽の小鳥がモンモランシーの前の降り立った。

「あら…この小鳥、ガーゴイルだわ。」

色が特に塗ってあるわけではない陶器製のガーゴイルの為、普通の小鳥との見分けは一瞬で付いた。
そしてその小鳥の口には、手紙が挟まっていた。

「どれどれ…豆狸へ?
 豆狸って…ケティの事かしら?」

「ええ、その通りです。
 迷わず一瞬で当てやがりましたね、コンチクショー…。」

周囲を見回し、ケティを見てそう言ったモンモランシーに、ケティは頬をピクつかせながら返事をした。

「誰から?」

「デコからですよ。」

「それってひょ…。」

それに反応して何かを言おうとした才人を、ケティは掌で制した。

「勿論データ○ーストではありませんよ。
 私の事を豆狸呼ばわりしやがるのは、あのデコ以外に有り得ません。」

ケティはそう言うと、ふっと笑う。

「あのデコって?」

「あのデコはあのデコです。
 すいません、全てが終わってから話しますから、取り敢えず追求は無しで。」

アンリエッタからの問いにもケティは言葉を濁した。

「…わかったわ、それじゃ頑張って公女を取り戻してらっしゃい。
 馬車は用意してあげる。」

そう言って、アンリエッタは微笑んだのだった。




「…僕達が、全然目立っていないような気がするのは何でかね?
 我が友マリコルヌ、君は知っているかい?」

そんな光景の外れの方で、いじけている男が一人。
その名もギージュ・ド・グラモンという。

「そりゃま、僕らが絡むとギャグで尺が伸びるからね。」

したり顔でマリコルヌがそう言う。

「メタいな、それは。」

「僕らはある程度、そういうのが許されたキャラなのさ。
 もはや選ばれた存在と言えるね。」

それは無い。



[7277]  幕間51.2 タバサに関わる色々なもの 2 (若干追加)
Name: 灰色◆a97e7866 ID:a3112a36
Date: 2011/04/23 14:53
時は数ヶ月前に遡る。

「ギギギギギ…。」

悔しいのう悔しいのうといった風情で、イザベラが歯軋りしながら水晶玉の中を覗き込んでいた。
水晶玉の中に映っているのは、ケティに抱きついてすやすや眠るタバサ。
ケティの胸に顔を埋め、涎を垂らしていた…人間、寝顔だけはどうにもならないものである。

「はぅん、ロッテ可愛い。
 でもなんで、そんな娘に抱きついて寝てるのよ!?
 きぃ、私もロッテを抱っこして寝たい~。」

「ほほう、出歯亀ですな?」

「あひゃう!?」

後ろから不意に聞こえた声に、イザベラは思わず身を竦み上がらせた。
慌てて後ろを向いたイザベラの視界に入ったのは、いつも通りの伊達男。

「夜分遅く失礼いたします、まこと麗しき殿下。」

そう。カステルモールこと、シャルル・ド・バッソ・カステルモール・ダルタニャン伯爵公子だった。
シャルロット派の影の主催者であり、隠れ反ジョゼフ派である彼が何故にジョゼフの娘であるイザベラとこんなに親しげであるのか?
既に番外編を呼んでいる方々にとってはご存知の事と思われるが、イザベラも隠れた親シャルロット派であるが故である。

「あ、あなたね、何で何時も何時も私の視界の外から不意打ちで登場するのよ!?」

「私が殿下が一番麗しいと感じる瞬間は、ハッと驚いた顔とその後の慌てている表情にございますゆえ。
 いわば、愛でしょうか?」

あたふたしながらカステルモールを怒鳴りつけるイザベラに、カステルモールはしれっと笑顔でそんな事を言ったのだった。

「な、な、な、な、な…な?」

イザベラはそう言われて顔を真っ赤に赤らめたが、ふと正気に戻る。

「《お前はからかうと面白い顔をする》っていうのを、わざと口説き文句的な修辞を散りばめて言うなー!
 愛って言うのもアレでしょう、突っついて遊ぶ的な話でしょう!?」

「はっはっは!流石はまこと麗しき殿下、実に聡明でいらっしゃる。
 我が愛が通じたようで何よりですな。」

ムキーと怒るイザベラを見て楽しそうに笑いながら、カステルモールは投げつけられたペンや文鎮をヒョイッとかわした。

「しかし、あのシャルロット様とこれほど親しげになさるとは。
 いったい何者ですか?」

そしてそのままイザベラの元へつかつかと歩み寄ると、水晶玉を覗き込んでイザベラに訊ねる。

「ケティ・ド・ラ・ロッタ。
 6000年間領地を拡げもせず狭めもせずにやってきた、家系の古さだけならハルケギニア屈指の家の娘ね。」

「ラ・ロッタといえば、我が国の領土を6000年くらい不法占拠し続けている家ですな。
 ほほう、これがかの一族の娘ですか…。」

イザベラの言葉を聞いて、カステルモールは興味深げにケティの寝顔を見る。
前ガリア王国の時期も含めて6000年も占拠しているなら不法もクソも無いような気がするが、ガリア的にはどうしても認めたくないらしい。

「そう、ガリア貴族なら家系の中に一人は先祖が餌にされた事があるとか言われている、あのラ・ロッタよ。
 別に領主一族が食べたわけじゃなくて、彼らの領地を守護している蜂が勝手に迎撃して勝手に餌にしているのだけれども。」

「まあ確かに、領主一族は実質蜂の縄張りを許可を得て間借りしているだけですからな。
 外交儀礼上致し方無いとは言え、我が国から数十年に一回の割合で宣戦布告されても、迷惑なだけかと。」

エトルリア帝国時代のラ・ロッタに於いても何度か帝国軍が大規模侵攻を行い、そして誰一人として二度と帰って来なかったと言われている。
その為に補給線が妙な形に延びてしまい、前トリステイン王国はそれを利用しトンヘレンにおいてエトルリア帝国軍に対して大勝利を収めたり、怒り狂ったエトルリア帝国軍の大軍勢によって逆襲されてコテンパンに滅ぼされたりという歴史の一因ともなったのだ。

「…困るのよね。」

「はあ、困ると言いますと?」

溜息を吐くイザベラを見て、カステルモールはそう問い返す。

「あの娘、最近ロッテの任務について行っているのよね。
 よりにもよって北花壇騎士の任務に、他国の貴族の子女が。
 しかも、解決に協力したりしているから、ロッテからの信頼も鰻登り。
 私は恨まれ役なのに…ううっ、私もロッテを抱っこしたりすりすりしたいぃ。」

「はっはっは、一番最後のが本音ですな。」

「うっさい!」

朗らかに笑うカステルモールを、イザベラは顔を赤くして怒鳴りつけた。

「た、確かにそうだけど、実際うちの任務で他国の貴族の子女が怪我なんかしたら、大事なのは間違いが無いのよ。」

「…つまり、あのラ・ロッタの呑気そうな娘にひと泡吹かせて手を引いて貰いたいと、そういうわけですか。」

カステルモールは、そう言うと考え込んだ。
そして、ポンと相槌を打つ。

「おお、良い事を思いつきましたぞ。
 シャルロット様もまこと麗しき殿下も、そして何故か私も得をするという妙案が御座います。」

「何で貴方が得をしなければいけないのかがよくわからないけれども…まあ良いわ、聞かせて頂戴。」

半眼でカステルモールにジトーっとした視線を送りつつ、イザベラは頷いた。

「では、お耳を拝借。」

「良いけど、いきなり息吹きかけたりしたら、これで殴りつけ…。」

そう言って、イザベラは近くに置いてあった人形を手に取り…止めた。
何故ならば、それが魔法の人形だったからだ。
魔法の人形は高いので、鈍器代わりにしてブン殴ったりホイホイあげたりするようなものではない。

「コホン…スキルニルで殴ると勿体無いから、こっちで。」

イザベラは気を取り直すように咳払いをして、棚から文鎮を取り出した。

「…先程も文鎮が飛んで来たような気がするのですがな?」

「こっちは予備用よ。
 癇癪持ちの王女という表向きの姿ってのもあるし、投げるものは用意しておかないといけないの。」

苦笑を浮かべながら、イザベラは文鎮をふらふらと振って見せる。
癇癪持ちのフリするのも、結構大変らしい。

「どっち向きであれ、体面を維持するというのはなかなか大変なものですな。
 悪戯はしませんから、ご安心あれ…文鎮で殴られると痛いですし。」

「やる気だったのね…。」

イザベラは文鎮をぎゅっと握りしめると、カステルモールを半眼で睨みつける。

「はっはっは、それはどうで御座いましょうや?
 では気を取り直して、お耳を拝借…。」

「取り敢えず腕は振り上げておくから…ふむふむ?」

カステルモールから悪巧みを聞かされたイザベラの顔が、ゆっくりとにんまりしたものに変わっていった。

「ふぅん…成る程。
 私はお前を見ているぞっていうのを、あの娘に知らしめるわけね。」

「はい、左様にございます。」

イザベラとカステルモールは、顔を見合わせてにんまりする。

「まあ、貴方がロッテの味方だというのを、教えてあげるっていうのも悪くは無いわ。
 適当な貴族を見つくろって…面白くなりそうね。」

「そして私のシャルロット様へのつかみもバッチリと。
 いや、一石二鳥ですなぁ、はっはっは。」

「そーね、そのとーりね、おっほっほっほっほ!」

イザベラは『いや、それは無い。無いというかもしそんな事になったら潰す』とか内心で思いつつも、笑顔で頷くのだった。

「くっくっく、見ていなさいあの豆狸。
 …先祖代々の恨みもちょっぴり込めて、追い払ってくれるわ。」

「おお、何というか、実に悪役らしい表情と台詞ですな。」

カステルモールは微笑ましいものを見る視線をイザベラに送りつつ、パチパチと拍手する。

「勿論、だって私は悪役だもの☆」

そう言って、イザベラは何処にともなくウインクして見せるのだった。






朝、カーテンから漏れ降る太陽光と鳥の声、ケティはベッドの中で目を覚ます。

「ん…むぅ。」

ケティはむくりと起き上がろうとしたが、重くて起き上がれない。
そして、何か異常に暑い。

「ぬ…?」

よく見ると、何時の間にやらタバサが抱きついていた。

「杖…杖…あった。」

枕の下に置いてある杖を取り出すと、ケティはタバサにレビテーションをかけて浮かび上がらせる。
筋肉が無くても魔法があるのは便利だなぁと思いつつ、ケティはタバサを隣にふわりと下ろして寝かせると起き上った。

「今日も良い天気みたいですね。」

ケティはベッドから降り、カーテンを一気に開ける。

「おお、今日はかいせ…ぬ?」

遠くから、何か黒い塊が猛スピードで突っ込んで来る。
それの弾道は、どう見てもケティの部屋の窓に向けられたものだった。

「な、何なのですか、アレは…?」

そのでかい塊を見て、ケティはとっさに横向きにジャンプした。

「うひゃああああああぁぁぁぁぁぁッ!?」

それと同時に窓を思いきり突き破って何かが突入して来る。
窓硝子や窓枠が砕ける音が部屋中に響き渡り、破片が飛び散った。

「な、な、ななな…。」

寝起きにあんまりと言えばあんまりなハプニングに、ケティは呆然とした表情で腰を抜かしている。
びっくりしたせいなのか、髪の毛もいつになくボンバーな状態になっていた。

「…………おはよう。」

流石の轟音にタバサも目を覚ましたらしく、ムクリと起き上がった。
こちらはびっくりしたとかは全く関係無く、いつも通りボンバーな髪形である。
癖の無い直毛なせいなのか、夜寝ると重力から解放された髪が逆立つらしい。

「お、おはようございます、タバサ。
 あ、あれ、何ですか?」

タバサの挨拶に返事をしながら、ケティは黒い塊を指さした。

「…ん?」

タバサはベッドに立てかけてあった杖を持ち、ぽそぽそと小声で呪文を詠唱する。

「フライ。」

杖に腰かけてフワリと浮き上がり、硝子等の破片が散らばった床に足をつけないようにして、その黒い塊に近づく。
そして試しにちょいちょいと人差し指で突いてみた。

「ん。」

動いたりしないのを確認して、タバサはそれをひょいっと持ち上げる。
黒い塊は黒い革製の袋だった。

「プチ・トロワからの速達便。」

「貴方の国は速達送る度に、恐怖新聞みたいに人の部屋の窓をブチ破るのですかぃ!?」

あまりの理不尽さに思わずツッコむケティ。

「リュティスではよくある事。」

「ンなわけあるかぃ!?」

ボケ倒そうとするタバサに、ケティは再度ツッコんだ。

「冗談…でも、かなり急ぎ?」

そして、皮袋をごそごそやって、その中から林檎を取り出す。

「林檎?」

それを見てケティは首を傾げる。

「まだある。」

次に出て来たのは小麦粉の入った袋、卵、砂糖、バター…。

「アップルパイが作れそうですね。
 つーか、材料にわざわざ強化をかけて送るとか…。」

「まだある…?」

タバサが最後に取り出したのは、手紙であった。

「任務。」

そう言って、タバサはケティを見る。

「アップルパイ作って。」

「ええと、何故?」

ケティは任務とアップルパイが結びつかずに首を傾げる。

「任務に来る前に、アップルパイを作って食べるように。
 でも、料理作れない貴方には無理かもね…嫌がらせだけど、命令。」

「…随分と地味な嫌がらせなのですね。」

ケティはあまりにもアホな命令に口の端を痙攣させた。
天下の北花壇騎士にアップルパイ作れとか、無茶苦茶である。

「でも、確かに私は料理を作れない。
 たぶん作っても酷い事になる。
 そして、この種類の林檎は酸っぱくてそのままじゃあ食べるのが難しい…的確。」

「あー…だから、私に頼んだと。
 確かに私が作ってはいけないとは書いていませんね。
 わかりました、作りましょう。」

ケティは送られてきたものに《大きくなれよ~》的なものを感じたが、《まさかな~》と流す事にした。
まさかまさか、ケティもイザベラが悪人のフリをしつつもタバサを見守っているとは思いもよらない。
原作知識がある故の盲点だった。






「どうも、皆さん知ってるでしょ~?
 ケティ・ド・ラ・ロッタでございます。」

その日の夕方、厨房からちょっとやつれたケティが現れた。
朝から延々と授業の合間を縫ってパイ生地やリンゴの砂糖煮を作り、ようやくアップルパイを焼き上げたのだ。
なんてったって、タイムリミットは今晩まで…かなりの無茶が必要だったようだ。

「おい、パイ食わねぇか?なのですよ。」

「ん。
 あむ…もぐもぐ。」

タバサは差し出されたパイを口に頬張る。

「かなりの突貫でしたが…どうですか?」

「もぐもぐ…美味しい。」

味を訊ねるケティに、タバサは行儀良く口の中のものを飲み込んでから返答した。

「あ、ずるい。何でタバサだけがアップルパイ食べているのよぅ?」

そこにやって来たのはピンク色。
みんなの剛拳、ヒロインのルイズである。

「ああ、これはタバサの親戚筋からパイを作って喰えと送られて来たものでして…。
 タバサは今日の晩に一度リュティスに戻るので、その前に作らなきゃいけなくて…いやはや、テンパりました~。」

「ふーん…タバサが作れるわけが無いし、ケティに対する嫌がらせみたいな贈り物ね。
 あむ…ん~、甘酸っぱくて美味しい~。」

ルイズは一切れつまみ食いをすると、幸せそうにふにゃっと顔を緩ませる。

「……………。」

そんなルイズを静かに睨みつけるタバサ。

「そんなに心配しなくても、これ以上は食べないわよ。」

「ん…あむ。」

苦笑いを浮かべて首を横に振るルイズに、タバサはコクリと頷くとアップルパイを食べるのに戻った。

「タバサって、確かに大食いだったとは思うけれども、こんなに食い意地張っていたかしら?」

「…まあ、食べるのもお仕事の一つなのですよ。」

困惑した表情を浮かべて訊ねてきたルイズに、ケティは苦笑を浮かべてそう言った。
あまり詳しく言うわけにはいかないのだ、タバサの身分は。

「ああ、例の騎士団の…って、やっぱりこれ、ケティに対する嫌がらせないんじゃあないの?」

「ほよ?」

ルイズからのそんな指摘に、ケティは首を傾げた。

「タバサは自分でパイのようなものを作って不味そうに食べても、あんまり気にしない性質のような気がするのよね。
 ついでに言うとね、私達貴族は作って貰うのに慣れているから、作って貰う事が迷惑だなんて思う人はまあまず居ないわよね。」

「まあ確かにそうですが、そう言われると何気に駄目人間集団ですね、私達…。」

ルイズの台詞を聞いて、ケティはガクリと肩を落とす。

「となると、誰が一番迷惑するかといえば、アップルパイを作る人間でしょ?
 んで、迷惑を迷惑とも思わずに、友達とか身内だと思う人の為なら頑張ってしまう人が居るわけ…ケティの事よ。」

そう言って、ルイズはケティをびしっと指差した。

「つまり、これはケティを狙い撃ちにした作戦なのよっ!」

「な、なんだってー!?」

ケティはひとしきり仰け反ってから、元に戻った。

「ううむ…まあ、考えられなくもありませんか。
 分かりました、警戒はしておきます。」

ケティも、ガリアの諜報能力の高さは知っている。
自分が本来の《原作》に潜り込んだ異物故に、相手にも何か波乱を引き起こしている可能性はある。
とは言え、ガリアで襲撃者をホイホイ迎撃して殺すわけにもいかない。
何せ火系統は、手加減に向いていない事には定評がある系統なのだから。

「そういや、アレが何個かありましたね…念の為に持って行きましょう。」

「アレって…?」

ルイズが独り言を口走ったケティに聞き返す。

「不意を打てば、ドラゴンどころかルイズだって倒せる道具です。」
 
「何でわたしがドラゴンより上になっているのか、理解し難いわ…。」

「理解し難いルイズが理解し難いのです…。」

ルイズの認識ではドラゴンというのは腕利きの戦士が苦労してたやっと倒せるものだと思っているが、ケティの認識ではルイズはドラゴンの炎も全部魔力の保護膜で跳ね返した揚句、ドラゴンをフルボッコに出来ると思っている。
お互いの認識にはかなりのギャップがあった。
そんなこんなやっていたケティのマントが、くいくいと引っ張られる。

「おやタバサ、食べ終わりましたか?」

「ん。」

コクリと頷きつつ、タバサは口の周りをハンカチで拭いている。
そして、空になった食器を待機していたメイドが素早く片付けて行く。
何せ、そろそろ夕食の時間なのだ。

「ねえタバサ、晩御飯は食べるの?」

「ん。」

ルイズの問いに、当然という表情でタバサは頷く。

「晩御飯は別腹。」

斬新な別腹だった。





「…じゃ、行く。」

「きゅい。」

夜中、厩舎にやって来たタバサが、シルフィードに声をかける。
そしてシルフィードに乗ろうとして、背中に誰かいるのに気づく。

「そう、私なのです。」

「ケティ?」

タバサの任務には強引について行かないと連れて行って貰えないので、任務を受けたことを確認した時には先回りして待っている事にしているケティだった。

「きゅいぃ~。」

「シルフィードが困った声を出していますが、空気など読まないのですよ。
 さ、行きましょうか、タバサ。」

そう言ってケティが差し出した手をタバサはぎゅっと握り、引っ張り上げて貰ったのだった。

「目をつけられている可能性がある。」

「ええ、ルイズの指摘はもっともだと私も感じました。
 まあそんなわけで、どの程度目をつけられているのか確認しようかなと思いまして。」

タバサの警告にケティはそう返答する。
この頃のケティは自分の命を軽く見積もるところがあり、まだそれは改められてはいなかった。

「ん、わかった。」

タバサも復讐以外の事に関しては割と淡白なので、あっさりと頷く。
とは言え、ケティを失うわけにはいかないので、何かあったらきっちり守ろうとは思っていたが。

「じゃ、行く。」

「きゅいいいいぃぃぃっ!」

シルフィードは大きく翼を広げ、夜の空に向けて飛び立った。

「命を狙われている可能性がある?」

上昇中の風に吹かれながら、タバサはケティに聞き返す。

「幾ら北花壇騎士団とは言え、目障りな相手を片っ端からホイホイ殺していたら警戒され過ぎます。
 まあ、目障りだと思うなら、殺す前に何らかの警告をして追い払おうとするでしょうね。
 タバサはどう思いますか?」

「ん、同意。」

タバサとしても、ケティが目障りとイザベラが思おうが、直ぐに殺すという判断はしないと思っている。
どういう意図なのかわからないが、タバサは誰かを暗殺しろなどといった北花壇騎士に依頼される本当の意味できつい任務を命令された事が無いのだ。
例外的なのは、最初のキメラドラゴン退治くらいだろうか。
そんな理由もあって、イザベラはタバサを精神的に追い詰め過ぎる気は無いというのをタバサ自身把握してはいた。
だから、ケティをいきなり殺害したりする事は無いだろうというケティの論理に同意したのだった。

…まあ、実際にはキメラドラゴン討伐の件の時にすら、イザベラがこっそりと自費で元素の兄弟を影で護衛として派遣していたり、色々と裏でフォローはしていたらしい。
悪人のフリしつつ、従妹にベタ甘なイザベラであった。





タバサの立場、身分の関係上、彼女がプチ・トロワに到着するのは常に夜である。

「じゃ、行って来る。」

プチ・トロワの駐竜場に到着したタバサは、早速プチ・トロワに向かって歩いていく。

「はいはーい、行ってらっしゃい。」

「きゅい!」

ケティとシルフィードはそれぞれ手と翼を振って、それを見送った。

「…腹黒娘、お姉さまが気づくまで黙っていてあげたんだから、いつものブツを寄越すのね。」

「はいはい、すっかりセコい方向に狡賢くなってしまって…誰から学習したのだか。
 天下の風韻竜が泣きますよ?」

そう言いながら、ケティは皮袋の中からザリガニを取り出す。
出発時にケティが背の上に居たにも拘らず、タバサが乗ろうとするまでそれを知らせなかったのは、裏取引だったらしい。

「絶対、目の前の腹黒娘のせいなのね。
 お姉さまからの影響を受け続けているなら、シルフィは絶対にもっとピュアな韻竜だった筈です、きゅい。」

シルフィードはそう言うと、ザリガニを殻ごとバリバリと噛み砕き始めた。

「莫迦は休み休み言え~なのですよ。
 狡っからくなって来たのは兎に角、セコいのは間違いなく生まれつきの性分なのです。」

「世界最強の生き物のドラゴンに対して何たる無礼者、本当なら頭から丸呑みにしているところなのね。
 でも、ザリガニが美味しいから…バリバリ…許してあげます。
 きゅいきゅい、ザリガニは石の下とかに隠れていて滅多に見つけられないけど、美味なのね~♪」

幼生と言えど竜の顎にとって、ザリガニの殻など良い感じの歯応えにしかならないらしい。
そう考えると、頭から丸呑みは決して出来ない事ではないのだろう。
言っているだけで、やる気は全く無いだろうけれども。
 



経費節減で普段は消してある灯りを全て灯し、いつもはビシッと着こなしているドレスを脱いで下着をいかにもだらしなく気崩し、イザベラはベッドにごろりと転がった。

「よし、これで何処からどう見ても駄目で癇癪持ちなイザベラね。」

「姫様、そんなに演出なさらなくても…。」

メイドの一人がそう声をかけるが…。

「ハッ、あたしはこれで良いのさ。
 敵はわかりやすく敵であるに限るってね。」

イザベラは口調もだるそうで乱暴なものへと変わり、怠惰に濁った瞳でメイドを見た。
そしてベッドに寝そべると、普段は一滴も飲まないワインをグラスに注いで口に含む。

「北花壇騎士七号、御成り。」

「通しなさい。」

イザベラの言葉と同時に王女執務室の扉が開き、タバサが入って来た。

「…よく来たね、人形。」

「……………。」

イザベラの言葉に、タバサは静かに頷く。

「それで、パイはきちんと作って食べてきたんだろうねェ?」

「…………ん。」

タバサはコクリと頷く。

「さぞかし不味かっただろうねえ。
 あんたも私も王族暮らし、料理なんか作った事すらない…まともなものなんか、作れる筈が無いんだから。」

実際はケティが作ってタバサに食べさせるのを、『きぃ、羨ましい』とか歯軋りしながら見ていたのだが、イザベラはそんなのおくびにすら出さずに嘲弄してみせる。

「意外と、美味しかった。」

「ふぅん、そう…そりゃ良かったね。
 ま、味音痴のあんたなら、それもあり得るか。」

イザベラはタバサが黙々とパイを食べていた光景を思い出し『やっぱりロッテは食べている姿が最高に可愛いわね』とか思いながら、タバサの味覚を莫迦にしたのだった。

「さて、シャルロット大公女殿下?
 貴女に任務を与える前に、まず準備してもらうとするわ…この人形を風呂に入れ、磨き上げなさい!」

『はい、かしこまりました。』

次女達が一斉にタバサに群がると、持ち上げてわっせわっせと風呂に運んでいく。

「ではシャルロット様、お召し物を脱がさせていただきます。」

「………………………。」

タバサは為すがままに服を脱がされ、浴場で全身泡に包まれる。
いきなりのわけがわからない展開に、タバサは何時もの表情を崩さないながらも、額に一筋汗を浮かべていた。


「をう?またもやタバサがマッパに…。
 今度はお風呂に入れるのですか。」

何時ものようにゴキブリゴーレムで事の次第を見ていたケティも、来る度に何らかの理由をつけて素っ裸にされるタバサを可哀相に思いつつ、その状況を見守っている。

「お姉さま、また服脱がされているのね?」

「脱がされているどころか、お風呂で体を洗われているのです。」

タバサは全身をくまなく丁寧に洗われ、香油でマッサージされ、爪を整えられ…兎に角、今まで結構無造作だった外見上の手入れを一気に施されていた。
髪もかなり無造作に切られていたものが、違和感無いように整えられていく。

「人間の考えている事は、わけがわからないのね…。」

「人間の私ですら意味が不明なのですよ…。」

ケティといえど、タバサが何でこんなに念入りに洗い整えられているのかさっぱりである。
例えばどこかの貴族に嫁に出すつもりならば、事前に何らかの動きが起きるのでケティの情報網にも引っかかる筈なのだが、その兆候は全く無い。
そもそも魔法学院に行っている間は、縁談話とかは普通は入ってこないのだ。

「おおう、今度は化粧なのですか…。」

「化粧って、あのパタパタ~って、顔に粉を塗ったくるやつなのね。
 泥浴びみたいで楽しそう、きゅい。」

シルフィード的に、化粧はアリらしい。
タバサは念入りに髪を梳かれ、化粧を施され、綺麗なドレスを着せられた。
そうなると矢張り王族であり、しかも美形揃いと評される当代ガリア王家の人間だけあって、何時もを更に上回り気品すら漂う美少女となったのだった。

「何となく、何をするのかわかってきたような~?
 まあそれは兎に角、人が風呂に入るのを始終見るとか、これではまるっきり…。」

「変態ですなぁ。」

ケティの背後から、不意に男のそんな声がしたのだった。



[7277]  幕間51.3 タバサに関わる色々なもの 3
Name: 灰色◆a97e7866 ID:a81d77f5
Date: 2011/07/09 12:04
「ななな、何奴っ!?」

慌てて振り返るケティだが、相変わらず彼女の視線に入るのはめかし込んだタバサである。
遠隔操作ディスプレイに使っている魔法の眼鏡は、こういう時にちょっと不便だった。

「おっとっと…何奴っ!?」

ケティは眼鏡を外してから、改めてびっくりして見せた。

「腹黒娘、格好悪いのね。」

「ほっといて下さいっ。」

シルフィードのツッコミに、ケティは顔を赤くして抗議した。

「はっはっは、面白い御方ですな。
 お初にお目にかかる。
 シャルル・ド・バッソ・カステルモールと申します。」

「ああ、アルタニャン伯爵家の…。」

物語に出てきた主要人物の事はある程度調べているので、カステルモールの正体に気付いてほぅっと胸を撫で下ろすケティ。
物語で知っていても、幾らなんでも顔の特徴まではわからないのである…この世界のイケメンは揃いも揃って帽子に髭が基本なので、非常に分かりにくい。

「おや、木っ端貴族の家に生まれた私も、随分と有名になったものですなぁ…。」

カステルモールは目を丸くしながら、驚いて見せた。

「ガリア宮廷内でも出世頭として有名な貴卿が、何を仰います。」

「ほう、トリステインまで私の噂は届いておりますか。
 ケティ・ド・ラ・ロッタ嬢と、お呼びして宜しいかな?」

「おほほ、私の事を御存じなのですか?」

カステルモールが自身が誰であるのを知った上で声をかけた事を知って内心仰天するケティだったが、表面上はクスクスと笑って誤魔化した。
相手の意図が良く分からない以上は、容易に動揺を表に出すのは良い事ではないからだ。

「ガリアに於いてラ・ロッタは、それなりの悪評をもって知られておりますからな。
 かの大魔境に住まう一族にお目にかかれて、光栄の至り。」

「6000年も経っているのですから、いい加減当家にもガリア貴族の爵位を賜れるのではないかと、かれこれ4000年くらいお待ちしているのですが。」
 
ケティは『また大魔境呼ばわりかぃ!?』とか内心で思いながら、にこやかにそう答えた。
貴族が複数の国の爵位を持っている事は、珍しいが全く無いわけではない。
ラ・ロッタは内情はただのド田舎だが、侵入不可能エリア全体を領地とするかなり変わった貴族なので、名目上爵位を与えて事態を終息させるという手もあるのだ。

「これだけの間拘れば、それはもう伝統ですからな。
 貴族としては、伝統は大事にすべきでありましょう?」

「成程、これはしたりなのです。」

ただそれをやるとガリアが戦ってもいない貴族家に6000年もの間何度も何度も挑んだ挙句に完全敗北した事になるという、メンツの問題がある。
6000年も続けて来た事をはいそうですかと止めるには、それなりの理由もいるのだ。

「それで、私に何の御用でしょうか?」

「美しい御方が居たので、思わず声をかけてみた…と、言いたいところですが今回は別件です。
 シャルロット様の御学友である貴方に一つ警告に参りました。」

そう言って、カステルモールは真顔になる。

「シャルロット様に近づき過ぎると、御身が危なくなりますぞ。」

「存じておりますよ。」

カステルモールの警告に、ケティはあっさり頷く。

「タバサこと、シャルロット・エレーヌ・オルレアン…何事も無かったならば、ドルレアンと呼ばれるべき御方。
 北花壇騎士で本来であればオルレアン婦人大公などという複雑極まりない人物と付き合うのに、命がかかっていないわけがないでしょう?」

「いやはや、全て…御存知でありましたか…。」

一応公的にはトリステインに留学中とされているとは言え、タバサという偽名を名乗っている身。
事実それを公式ルートで把握しているのは学院に於いては学院長だけであり、それ以外はケティが媚薬にやられた時にポロッと漏らした情報を聞いた者とタバサの実家に行ったキュルケくらいのものである。
本来知る人ぞ知る情報なだけに、カステルモールは目の前の少女に対して舌を巻いた。

「それはシャルロット様が…?」

「おほほ、タバサはそんなに自分語りをするような性質ではありませんから…」

笑顔を崩さずに、ケティは鞄から取り出した扇子で口を押さえる。
それでようやく、カステルモールはケティの目が全然笑っていない事に気づいたのだった。

「…自分で調べました。
 私は自分が『知らない』事が何よりも耐えられないという、我ながら困った気性なもので。
 知らずに関わるなど、私の『名誉』に賭けて許せるものではなかったのですよ。」

ケティは実際に物語の記憶を頼りにあたりをつけて調べ、タバサの境遇について物語として覚えている部分とのギャップを埋める作業を行っていた…自分の認識と世界がずれ始めていることに気づいて行った、事後作業ではあったが。

「…長生き出来ない性質ですな。」

「はあ…まあ、特に長生きするつもりもないので。」

ケティの言葉を聞いて、カステルモールは少々首を傾げた。
ケティをもう一度よく見るが、彼女が嘘をついているようには見えない。
10代の少女なのにも拘らず、生に対する執着心が言動から感じられない。
かといって10代の少年少女に時折見られる、死への憧れを持つ者特有の瞳の妙な輝きも無い。
何の拘りも無く、ごく自然に生への執着が薄いと言えば良いのであろうか…妙な雰囲気の少女だとカステルモールは感じた。

「まあ兎に角、警告はさせていただきましたぞ。」

「はい、まああっさり死ぬ気も無いので、対抗手段は用意しています。
 アレらをいっぺん試せるかと思うと楽しいです、誰か襲撃してくれませんかね?
 うふふふふふふふふのふ…。」

カステルモールは、心の中でケティを『妙な雰囲気の少女』から『変な子』に修正した。




一方、プチ・トロワの中では…。

「あはははは!流石は王族だね、着飾りゃ立派な御姫様の出来上がりと来たもんだ!
 (きゃー!ロッテ可愛い!凄い可愛い!きゃーきゃー!)」

イザベラが綺麗に着飾ったタバサのあまりの可愛らしさに紅潮している頬を隠しつつ、さも莫迦にしたような態度で笑い転げて誤魔化していた。
笑い転げながら、タバサを着飾らせた女官達に『よくやった』と意思を込めて目配せをし、女官達もそれに対して無表情かつ微かに頷く。

「ははは…はぁ…はぁ…ああ苦しい。
 じゃあ人形、これも被ってみようか。」

そう言いながら、イザベラは自身が被っていた冠を脱ぐと、タバサに被せた。
イザベラは頬を紅潮させハァハァいっていて正直ちょいキモいというか、どう見ても『中身はみ出てます。本当にありがとうございました』という風情である。
とはいえ、王冠によってイザベラの表情はタバサの視界からきっちり隠れているのだが。

「あーっはっはっは!お似合いだよ人形、さすがはあたしの可愛い従妹殿!
 子供子供と思っちゃいたが、その高貴な面立ちといい、青銀色の髪と言い、そのおでこと言い、紛れも無く血だけは王族だね!」

下品に言いつつ本音が駄々漏れっぽいが、さも莫迦にしているような演技で何とか誤魔化せているイザベラだった。

「あははははは…さて人形、着飾ったところで任務だよ。」

「…ん。」

イザベラは机から書類を取り出し、タバサに手渡す。

「今回の任務は、このあたしの身代わり…だよ?」

感情の籠もらない視線で自分を見るタバサに、イザベラはニヤリと笑みを浮かべる。

「カステルモール!」

そうしてイザベラは、カステルモールの名前を呼んだのだった。



「…おっと、呼ばれましたな。」

ケティと話していたカステルモールは、片方の眉をピクリと上げる。

「呼ばれましたか。」

ケティは何となく、そう聞き返した。
遠くに声を飛ばすマジックアイテムは、無いわけではない。
値段はそれなりに高いが、存在はする…というか、実はケティも持っている。
前世の知識のお蔭で、通信に関して現代人的な概念を持つ彼女にとって、それを入手するという行為は至極当たり前の事だったのかもしれない。

「ええ、貴方との知的な会話はなかなか有意義でしたが、いと麗しき淑女が私を呼んでおられるようだ。」

「クスクス…それは大変、レディの誘いには速やかに応じるのが紳士というものですよ?」

おどけた身振りでケティに中座を詫びるカステルモールに、ケティは少し笑いながら頷いた。

「そうですな。
 夢見る瞳の可愛らしき御方よ、これにて失礼いたします。」

カステルモールはそう言うと同時に、風に溶け消えた。

「はいはいさよなら~…って、『偏在』の応用ですか。
 『偏在』は、ああ見えて結構弱点ありますからね~、ああいう使い方が一番正解というか。」

例えば脳の状態が共通になるので、精神的作用のある薬物や魔法に弱い。
ケティはそれを利用して、ワルドの『偏在』を一度無力化してしまった。
あと、実はスタンドアローンとしての性能は、一人の意識が分割されるせいかイマイチだったりする。
そのあたりは訓練にもよるらしいが、こんなのを毎日バンバン使えるメイジは、スクウェアと言えどそうはいないのだ。
いるとすれば、『戦場で出会ったら、突発的な災害かなんかだと思って諦めろ』などと呼ばれた《烈風カリン》くらいであろうか。

「…はて、それにしても夢見る瞳って、寝惚け眼だって言いたかったのでしょうか?」

ケティはそう言って、首を傾げたのだった。



「カ・ス・テ・ル・モール!」

一方イザベラは、何度もカステルモールの名前を呼び続けていた。
されど、いくら呼べども待てども暮らせども、カステルモールは一向に現れず。
周囲にはしらーっとした空気が流れつつある。

「ぜーはーぜーはー…何で呼んだのに来ないんだい、あいつは~っ!」

『何時もは呼んでもいない時に現れるくせにー!』とか思いながら、イザベラは虚空に向かって絶叫する。

「東薔薇騎士バッソ・カステルモール、参上仕りました。」

同時に、すぐ背後からカステルモールの声が聞こえたのだった。

「うひゃあああああああぁぁぁぁぁっ!?」

イザベラは変な声を上げて、飛び上がる。
そしてくるりと振り返って、真っ赤な顔でカステルモールを指さした。

「あ、あなたねっ!?」

「素が出ておりますぞ~…いと麗しき殿下。」

あわてるイザベラに、カステルモールは唇を詠まれないようにイザベラの体を使ってタバサの死角としてから、タバサに聞こえないようにこっそりとそう呟いた。
イザベラは一瞬口を押えてから、ガラの悪そうな声で吠える。

「あ…あ、あ、あんた、無礼にも程があるよ!」

「申し訳ありませぬ、魔法の誤差に御座いますれば。」

澄まし顔でしれっと言ってのけるカステルモールに、イザベラは内心『後で覚えてなさいよー』とか思いつつ、チッと舌打ちをする。
それを見てカステルモールは、こっそりと口の端を緩ませた。

「誤差なら仕方がないね…カステルモール、この人形に化粧を。」

「御意。」

カステルモールは頷くと、ぶつぶつと呪文を唱え始める。
風と水の作用によって光を歪め、幻の像を作り上げる魔法…ただし、顔限定。
スクウェアクラス相当でもないとコントロールが難しい、物凄く高度な魔法の一つである…ただし、顔限定。

「フェイス・チェンジ。」

顔の容貌だけを変える事が出来る魔法で、やろうと思えば筋肉ムキムキのオッサンにルイズの可愛らしい顔を張り付けた上でダブルバイセップスとかをイイ笑顔でさせる事も出来る…誰もしないと思うが。
見ただけで吐きそうな悪夢の光景だが、この魔法の欠点は文字通り顔しか変えられない点にあるのだ。
高度な割に効果がショボいので、効果を絞った上で誰でも何時でも使用できるマジックアイテムを各国ともに開発済みではあったりする。

「…同じ顔な筈なのに、雰囲気が随分と違うねぇ。」

イザベラは鑑に映る自分のしかめっ面と、自分の顔に変化したタバサの無表情っぷりを比べて、首を傾げた。
フェイスチェンジは、かけられた相手の表情をトレースするので、元々無表情なタバサをイザベラの顔にしても、矢張り無表情なイザベラになる。

「人形、笑いなさい。」

「ん…。」

タバサが笑うと、物凄く引き攣った笑顔を浮かべたイザベラが出来上がった。
そんなタバサを見て『ううっ…あの笑顔の眩しかったロッテが…』とか、心の中で涙するイザベラ。

「まあ仕方が無いか…澄ましていた方が、御姫様らしく見えるだろうしね。」

とはいえ、そんな心の内は表情にも出さずに、イザベラは呆れた様な表情を浮かべてタバサを莫迦にする。
タバサも内心怒っているだろうに、表情を一切変えない。
お互いに己の心の中を見せるべき時点以外には、一切表情にも行動にも出さないという点で、まさしく血の為せる業と言えるかもしれない。
ガリア王家の純粋に濁りきった血の。




「…さて。」

数時間後、ケティは塩辛い干し肉をガジガジ齧りつつ、シルフィードの背中に寝転がっていた。
顔にはゴキブリ型探索ガーゴイルのモニターであり操作機器でもある眼鏡をかけている。

「タバサが何時まで経っても見つからないわけですが。」

「きゅい?何で腹黒娘だけ干し肉食べているのね…?」

恨めしそうな声で、シルフィードはケティに問いかける。

「シルフィードはさっき食べたではありませんか、ザリガニを。」

「干し肉を持っているとは聞いていないのね。」

竜族は体が大きい分だけ、沢山食べないといけないらしい。

「私だってお腹は空きます。
 しかもこれ、保存性最優先なので滅茶苦茶塩辛い上に、ワインも無いのですよ?
 ぶっちゃけ空腹を紛らわすくらいの効果しかありません。」

「空腹が紛らわせられれば構わないのね。
 ほれ寄こしなさい腹黒娘、きゅいきゅい。」

ケティのそばに首を回してあんぐりと口を開け、シルフィードはそう要求した。

「仕方がありませんね…。」

ケティは溜息を吐くと干し肉を一切れ、シルフィードの口に放り込む。

「わーい、干し肉なのね…って!きゅいぃっ!?
 塩辛いっ!?塩辛いというか、塩そのものなのね!」

「だから言ったでしょう、保存性最優先で滅茶苦茶塩辛いって。」

塩辛さに悶絶するシルフィードに、ケティは干し肉をガジガジ齧りつつ言う。

「それ本当は私みたいに、ちょっとずつガジガジやるものなのですよ。
 と言うか、本来は水に数時間つけて戻してから食べるものです。
 そもそも食事時に手を使わない種族には、ちと向かない食べ物ですね、おほほ。」

「それを先に言うのね!?」

シルフィードの抗議にも、ケティは涼しい顔で干し肉を齧り続ける。

「言ったでしょう?滅茶苦茶塩辛いって。
 ああ、塩辛い塩辛い。」

「きゅい!そんな平気な顔で食べていたら、誰でも大丈夫だと思うのね!」

シルフィードはブレスでも吹きかねない勢いで怒るが、探索ガーゴイル用モニターの眼鏡を装着しているケティにはそんな彼女の表情は見えない。
見えたとしても、平然としてはいるだろうが。

「タバサが美味しそうにモリモリ喰らうハシバミ草は、断固として食べない癖に?」

「アレが悶絶する程渋苦いのは、もとより承知なのねっ!」

「おお、成程。」

ケティはコクリと頷いて、シルフィードの口の中に何かを放り込んだ。

「きゅい…何か、甘いのね。」

「取って置きの飴ですよ、それで塩っ辛さを中和してください…とはいえ、シルフィードの口には小さ過ぎますが、それで我慢なさい。」

そう言って、ケティは再びゴロリとシルフィードの背に寝転がる。

「案外良い奴なのね、腹黒娘。」

「ああ、ひもじい…。」

ケティのお腹が『ぐー』…と鳴る。

「へっへっへ、姉ちゃん。
 耐えていても、体は素直だなぁ。」

「くっ…悔しい、でもお腹が、お腹がっっ!?」

「きゅい、何で声色変えてシルフィの背中で一人芝居やっているのね?」

急に一人芝居を始めたケティに、シルフィードは呆れたような声をかける。

「何とか空腹を紛らわそうかと思いまして。」

「無駄な抵抗なのね…案外アホね、腹黒娘。」

「ほっといて下さい…お、やっと見つかりました…。」

ケティは寝転がりつつも、偵察用ゴキブリ型ガーゴイルを操っていた。
実は、カステルモールと話している間にゴキブリガーゴイルがタバサの服が入った籠と一緒に別の場所に運ばれてしまい、しばらくの間何処に居るのだかわからない状態になっていたのだ。
そして何とか執務室を見つけて再侵入したのだった。

「ふむー?何故にデコ姫が二人?」

ケティの視界に入って来たのは二人のイザベラだった。
胸の有るイザベラと、見事なまでに胸の無いちっこい無表情なイザベラ…。

「あー…片方は、フェイスチェンジで顔を変えたタバサですか。
 しかし、何故にデコ姫に?」

事情はある程度理解出来たものの、不可解な光景にタバサは首を傾げる。

「デコが二人とか、嫌な光景なのね…。
 これ腹黒娘、その眼鏡をちょっと貸しなさい。」
 
「そのでかい頭の何処に、この眼鏡をかけられる余地があるというのですか?」

ケティがそう言うと、シルフィードはフフンと鼻を鳴らす。

「ふっふっふ、シルフィがただの喋って歌える陽気な風竜では無いという所を見せてあげるのね。
 韻竜が韻竜たる所以、とくとその身で味わいなさい。
 くるるるるるるるる…きゅるるるるるるるる…。」

シルフィードが不思議な囀りを始めると同時にその体が光を纏い…ケティの背中から、急に竜のごつごつとしながら微妙に柔らかい感触が消滅した。

「にょわ!?」

「ぐえ…。」

そして、何かグニャッとしたものの上に落下したのだった。

「に、人間の体で受け止めると、結構重いのね、腹黒娘…。」

「重いとか失礼な。
 そもそも、私を降ろしてからやれば良かったではありませんか…。」

下敷きになった青銀髪の美少女に、ケティは話しかけつつ落下の衝撃で思い切りずれた眼鏡を外しながら起き上った。

「きゅい…予想はしていたけど、全く動じないのね。」

勿論、シルフィードが人間に変身出来る事を知っているケティは、普通のハルケギニア人ほどは驚かない。
むしろ、感心していた。

「いやいや、良く出来ているものですよ。
 おおう、良い弾力ですね、グッドです。」

「何で、人間はこれを見るとすぐ揉むのね…。」

感心した表情で自分の胸を揉んで感触を確かめているケティに、シルフィードは呆れた視線を送る。

「物理的、生物学的に無茶苦茶やっているのですが…。
 まあ、ファンタジー世界の幻獣相手にそれを語ってもしょうがありませんよね。
 文献によると、人に変身した竜と人が子を生したなんて話もありますし…自分も魔法を使っておいてなんですが、いったいどういう原理なのでしょうね、魔法って。
 科学的アプローチを取り入れると威力が上がるという事は、これは物理的に起こりうる事象という事なのか、むむむ…。」

「何がむむむだ…というか、腹黒娘が話している内容が、小難し過ぎてさっぱりなのね…。」

自分の胸を揉みつつ頭を捻るケティを見ながら、シルフィードは首を傾げた

「兎に角、その眼鏡を寄越すのね腹黒娘。」

「をう!?」

シルフィードはケティから眼鏡を取り上げた。

「でゅわ、なのね。」

そして、妙な掛け声とともに顔に装着する。

「おー、確かにデコが二人なのね。
 でも、あからさまにちっこいから、お姉さまってバレバレよ、きゅい。
 人間が使う変身魔法はチャチいのね。」

「ですよねぇ…もう良いでしょう、返して下さい。」

ケティは眼鏡に手を伸ばすが、シルフィードはひょいと避けた。

「きゅい、普段見られないような狭い場所に行けるのね、面白いのね、これ!」

「そろそろ返し…にょ!?返して…にょわ!?なんか素早い!?」

ケティが取り返そうとするが、シルフィードはささっと避けてしまう。

「きゅいきゅい、お姉さまなら兎に角、魔法を使わない腹黒娘程度に後れは取らないのね。」

「ふにゃ~、にゃ~、返して下さい~。」

何だかんだで素体が竜なだけあって、変身してもシルフィードの動きは速い。
普通よりちょっと動ける程度のケティでは、なかなか対抗できるものでは無かった。

「お、デコがどっか行ったのね。
 そりゃ、飛ぶのねゴキブリ!」

シルフィードの掛け声とともに、ゴキブリガーゴイルは羽を広げてゴキブリそのままにブブブと飛び立った…ゴキブリ嫌いの人にとっては、悪夢の如き光景である。

「おねえさま~。」

シルフィードの操作するゴキブリガーゴイルは、そのままタバサの方に向かって飛んでいく。
勿論それがガーゴイルである事をタバサは知らないので、何だか知らんがゴキブリが自分の所に向かって一直線に飛んで来ているようにしか見えない。

「てい。」

タバサは、そのゴキブリガーゴイルを問答無用で叩き落とそうとした。

「きゅい!?何するのねお姉さま!?」

しかし、現在ゴキブリガーゴイルはシルフィードの魔力によって稼働しており、風韻竜の魔力に呼ばれて集まった風の精霊の加護を受けていた、無駄に。
その御蔭で、ゴキブリとしては有り得ない機動でタバサの杖の一撃を避ける。

「…生意気。」

「きゅいきゅい!何かお姉さまが闘志に燃えているのね!?」

ブンブンと振りまわされる杖を必死で避けながら、シルフィードが悲鳴を上げた。

「ど、どうしたのですか?」

わたわたと慌て出したシルフィードに、ケティが声をかける。

「お姉さまに近づいたら、いきなり杖を振り回し始めたのね!?」

「ゴキブリの姿で近づいたら、そりゃ叩き潰そうとするでしょう!?」

自分に向かって一直線にゴキブリが飛んできたら、叩き落とすのは当然である。
潰れたらばっちいが、後で洗えば良い。

「どどどどうすればいいのねっ!?」

「その眼鏡の右側についている突起に触れれば、声を届けられます!」

ケティにそう言われ、シルフィードは慌てて眼鏡の突起に触れた。

『お姉さまっ!』

「シルフィード?」

ゴキブリから突如聞こえた声に、タバサは杖を振り回すのを止めた。

「そ、そうなのね!
 だから、その物騒なものは仕舞って下さい、きゅい。」

シルフィードはタバサに声が届いた事に安心し、肩を撫で下ろす。

「韻ゴキブリ?」

「そんな妙な生き物にはなっていないのね!」

首を傾げて訊ねるタバサに、シルフィードは全力でツッコミ返した。

「これは腹黒娘の持っていたガーゴイルなのね、きゅいきゅい!
 韻ゴキブリとか、お姉さま酷い!」

「ガーゴイル…成程。」

ケティなら、そういう妙な魔法道具を持っていても不思議じゃないと、納得出来てしまうタバサだった。

「ケティに替わって。」

「きゅい、その前に何処かに着陸しなきゃなのね。」

シルフィードは、ゴキブリガーゴイルをタバサの冠の上に着地させた。

「これで良し。」

「良くない。」

タバサは無表情かつ即座に、ゴキブリゴーレムを冠から払い落した。
冠越しとはいえ、幾らなんでもゴキブリに乗られるのは嫌だったのだろう。

「きゅい…心が狭いのね、お姉さま。
 んじゃ腹黒娘、変わるのね。」

「はいはい…んにょわ!?」

視界の上と下がいきなり入れ替わった為に、眼鏡をかけたケティが腰を抜かしてずっこけた。

「何でいきなりよろめいてるのね、腹黒娘!?」

「ど、どうして天地がひっくり返っているのですか~…。」

ケティはずっこけたまま、ゴキブリガーゴイルの羽を広げて羽ばたかせ、軽く飛び上がって上下反転状態を修正した。

「やれやれ…タバサ~?」

「ん。」

タバサはケティinゴキブリを摘まみ上げて、掌に乗せた。

「説明願います。」

「ん…少々世界の法則が乱れる。」

それからタバサは今回の任務で自分がイザベラの影武者とされた事、アルトーワ伯爵ことシャルル・フェルディナン・ダルトーワという謀反の疑いがかかっている貴族の所へ視察に赴く事などを告げた。
長台詞だったので、世界の法則が乱れてそのあたりは省略である。

「しかしアルトーワ伯爵家とは…うちのお隣さんではありませんか。」

「そうなの?」

タバサは首を傾げて、ゴキブリinケティに訊ねた。
アルトーワ伯爵領は、ガリア側にあるラ・ロッタ男爵領と一部を接する貴族家である。
とはいえ、ガリア王国とラ・ロッタ男爵家(の領地の中に棲んでいるジャイアント・ホーネット)は継続的に6000年間に渡って戦争中な為、直接の付き合いは無いが。

「ええ…そもそもあの家、タバサの親戚でしょうに。
 あの家には、タバサの曽祖父であるユーグ12世王の娘が嫁いでいる筈ですよ。」

「そうなの?」

タバサは更に首を傾げて、もう一度ゴキブリinケティに訊ねる。
ぶっちゃけ、ガリア王家は何だかんだで親戚だらけなので、タバサ自身誰が自分の親戚かなんて全然把握していなかった。
そもそも今まで興味を持った事が無かったので、仕方が無いともいえる。

「ええ、そんなこんなでガリアへの忠誠厚き貴族の筈です。
 当代当主は宮廷でのアレコレに若い頃に巻き込まれ嫌気がさして領地に引っ込み、それ以後は領地経営に力を入れている御方ですから、シャルル派でもジョゼフ派でもない中立だとも聞いています。」

「…聞いていた話と全然違う。」

タバサの聞いた話では宮廷に参内しないわ、税金は払わないわでどう考えても不良貴族だったのだが、ケティの話だと領地経営に励む善良な貴族らしく、双方が持ってきた情報のギャップが酷かった。
そしてここまでギャップが酷い場合、どちらかが完全に間違いの情報だという事でもある。

「勿論これに関して私が知っている情報は、飽く迄表面的な情報のみで突っ込んで調べたわけではないので、全て鵜呑みにしてはいけませんよ?」

「ん…でも、参考になった。」

タバサはコクリと頷く。

「さて…タバサがそこから自由に動けなくなった以上、私達は別行動という事になりますね。」

「ん。」

「仕方が無い…そのゴキブリ、通信手段として使うので大事に懐にでも仕舞っておいて下さい。」

「ちょっと嫌。」

ケティの言葉に、タバサの眉が微かに顰められた。

「あー…その気持ちは何となくわかりますけど、我慢してください。」

「ん。」

タバサは眉を顰めたまま、懐にゴキブリガーゴイルを仕舞った。

「では、また後で連絡します。
 話す前に振動するようにしますので、駄目な時は1回突いてください。
 そして、大丈夫な時は3回突いてください。
 では、場所を落ち着けたらまた連絡します…。」

「ん。」

タバサは頷くと懐の中にあるゴキブリガーゴイルを軽く握った。
感触こそ何か微妙に嫌だが、彼女にはそれが妙に心強くも感じられるのだった。



「…と、まあ、そんなわけでして。」

「何でシルフィの断りなく、お姉さまとのお話を打ち切ってるのね、腹黒娘?」

シルフィードは、人間形態のままケティの頭に噛り付いた。

「あいたたた!?
 どこの真っ白修道女ですか、貴方は!?」

「きしゃー!修道女は大抵真っ白なのね!」

キリスト教が無い為に『清貧』という概念が欧州ほどには根付いていないハルケギニアに於いて、司祭や尼に求められるものは信仰は勿論として『清潔』もある。
清め祓い整える…という、微妙に日本っぽい宗教概念があるのだ。
故に教会に所属する物達は風呂に入り、毎日きちんと洗濯された清潔な服に身を包むのが宗教儀式のひとつとなっている。
それを示す為に、教会の人間の装束は清潔を証明する『白』なのだ。

「いたたたたたた!
 止めて下さい、私は『不幸だ』が口癖の矢鱈と頑丈な人じゃないんですから、禿げちゃいます!」

「きしゃー!きしゃー!」

そんなに強く噛んでいるわけではなく、よって傷が出来ているわけではないものの、痛いものは痛い。

「タバサが暫く別行動になったから、ご飯を奢ってあげようと思ったのに!」

「よし!早速行くのね!」

シルフィードはケティの頭から瞬時に口を離すと、ケティを引っ張り始めた。

「ちょ、待ちなさい!素っ裸でリュティスの街中を歩き回るつもりですか!?」

「きゅい?」

あわててシルフィードを引き留めるケティの声に、シルフィードは振り返りつつ不思議そうに首を傾げる
元々韻竜には服を着る習慣が無いので仕方が無いっちゃ仕方が無いが、だからと言って素っ裸でリュティスを歩かせるわけにはいかないというか、ガリア王家の者に多い青銀色の髪の毛の少女が真っ裸でリュティスに出現したらえらい事になる。

「竜の姿に戻って下さい。
 幸い私はメイジですから、貴方を私の使い魔だと勝手に誤解させる事が出来ます。
 ド田舎なら兎に角、リュティスでメイジが風竜を使い魔にしていても、大混乱を引き起こす程びっくりする人は居ないでしょう。」

「なるほど…流石は腹黒娘、見ず知らずの人を騙す気満々なのね。」

シルフィードはニヤリと笑うと、感慨深そうな表情を浮かべて頷いた。

「使い魔のように見える貴方が、実は私の命令なんかまるで聞かない…なんて、衝撃の事実をわざわざ伝える必要も無いでしょう?
 まあ兎に角、リュティスの市場で牛か羊でも買いましょうか。」

「きゅい、お肉!
 いっぱいいっぱい食べたいのね!
 るるるるるるるるるる!」

シルフィードが嬉しそうに喉を鳴らすと同時に、変身魔法が解除された。


「さあ腹黒娘、さっさと乗りなさい!
 お肉は待ってくれないのね、きゅい!」

「移動する肉とか、何それ怖い…。」

妙な感想を浮かべながら、ケティはシルフィードに乗るのだった。



[7277]  幕間51.4 タバサに関わる色々なもの 4 (加筆修正)
Name: 灰色◆a97e7866 ID:f46205e0
Date: 2011/09/06 19:16
「美味しいですか~?」

「きゅい!」

リュティスの外れにある上の下クラスのギリギリ貴族用である宿屋に、二人は到着していた。
少々値は張るが、貴族用の宿ならば使い魔を宿泊させるスペースも存在するし、例え竜が使い魔であろうが宿の使用人達がメイジと使い魔いうものをよく理解している為、いちいち怯える者も皆無だからだ。
ガタイの大きな使い魔を持つ者達は好むと好まざると、こういう宿に泊まらざるを得なかったりする。

「リュティスの魚も、なかなかいけるのね。」

「空腹は最高のスパイスですからねー。」

そこの使い魔用の厩舎にて、ケティは市場で大量に買ってきた魚をシルフィードに食べさせていた。
普通に売っている、ごく普通の魚だが、お腹が減っているシルフィードは何を食っても美味いらしい。

「ミス・ロシュシュアール!どちらですか、ミス・ロシュシュアール!」

「はい、何でしょうか?」

宿の使用人の呼ぶ声に、ケティは応えた。
ケティは現在、フランソワーズ・アテナイス・ド・ロシュシュアールという偽名でこの宿に泊まっていた。
ちなみにロシュシュアール家はガリア中部に領地を構える貴族であるが、フランソワーズ・アテナイスという名の娘は実在しない。
貴族を隠すには貴族の中…まあつまり、身分を拝借させて貰っているというわけだった。

「矢張りこちらでございましたか、ロシュシュアール伯爵夫人がいらっしゃっております。」

「あら、丁度良かった。
 こちらにお通しして下さい。」

ケティはロシュシュアール伯爵夫人という名前を聞いてにっこり微笑むと頷く。

「かしこまりました。」

使用人は深々と一礼をし、立ち去った。

「…誰なのね、腹黒娘?」

シルフィードはこっそりと訊ねる。

「ちょっとした『根回し』ですよ。
 ガリア貴族のお宅に失礼させていただくには、それなりの準備というものが必要なのです。」

「きゅい、何でガリア貴族に知り合いがいるのね?」

シルフィードが訝しげにケティに訊ねると、ケティは静かに微笑んだままで口を開く。

「幸いな事に、私には姉が沢山居るもので。」

「きゅい?」

シルフィードが首を傾げると同時に、扉の陰から人影が現れた。

「おお!久し振りね我が『娘』よ!
 何か私が生んだとは思えないくらい大きい娘だけれども!」

「久しぶりです『お母様』!何時も私を生んだとは思えないくらいお若いですわ!」

ケティに抱きつきながらそう言う女性に、ケティは抱きつきながら言葉を返す。

「きゅい?」

シルフィードから見ても、親子というほどの歳の差は感じられない。
わけがわからないよという意思を込めて、シルフィードは一声鳴いたのだった。





一方、ヴェルサルテイルのプチ・トロワでは。

「姫様、御綺麗ですわ~♪」

「……………。」

無表情なイザベラが、矢鱈とニコニコしたメイドに髪を梳かれていた。
勿論、この無表情で全体的にこぢんまりとしたイザベラは、フェイスチェンジで顔を変えられたタバサその人である。

「サラサラで良い髪です~♪」

「……………。」

タバサは表情を変えずにさりげなく体勢を変え、視線をずらして部屋中を観察している。
正確には部屋の中にいる使用人を、だが。
何故かというと、イザベラは部屋から立ち去る際『私は使用人に変身してあんたについていくからね』と言っていたのだ。
言っていたのだが…。

「るるるんるん♪こんなリボンも良いかしら~♪」

「……………。」

正直な話、イザベラが変身しているのがどれなのか、さっぱり見当がつかなかった。
まず外していいのは、自分の髪の毛をルンルン鼻歌を歌いながら梳かしているメイドだろうと思っている。
タバサにとって、あのイザベラが自分の髪を鼻歌を歌いながら梳いたり、リボンを飾ったりするわけがないのだ。
あの自分を何時も可愛がってくれた優しい従姉は、もう何処にも居ない筈なのだから。

「はぅん、姫様、いつも以上に愛らしいですわ~♪」

「…………ん。」

本当なら、ここは形だけでもイザベラらしく我儘に振る舞うべきなのだろうが、この妙なメイドの妙な迫力に押されて、為すがままのタバサであった。

「支度はここまでで良い。」

「はい、かしこまりました。
 馬車を準備してございます、こちらへ。」

メイドは恭しくかつ優雅にタバサを促す。
凄まじく段取りの良い使用人だが、王宮ならばこの程度はして当たり前でもある。

「ん。」

タバサはメイドに促されるままに歩き始めた。

「ところで。」

「はい、何でございましょう、姫様?」

メイドはタバサの問いに首を傾げる。

「アルトーワ伯爵と領地について詳しい事を知りたい。」

「流石姫様ですわ、資料は用意してございます。
 馬車に持って行かせますので、中でお読みあそばして下さいませ。」

笑顔で頷いたメイドが、他の使用人に声をかける。

「姫様の御命令です。
 アルトーワ伯領についての資料を馬車まで持ってきてください。」

「はっ、姫様のご命令なれば、ただちに。」

このガリア王宮に於いて、全ての作業は極めて効率的かつ優雅に執り行われるし、全ての使用人がそうであれと己に任じそのように行動している。
王が愚鈍と言われようが、王女が気まぐれ屋で癇癪持ちだろうが、ガリア王国が擁する各機構は未だ健在そのものであった
ガリア程の大国になれば、たった一代程度王と王女が変であろうが、元々の機構がしっかりとしている為に何事も大して揺るがない。
ハルケギニアの絶対的大国ガリアという巨大な機構にとって、王とは国家という機関のいち部品に過ぎないのだ。
勿論重要な部品ではあるが、隣国のトリステインほど国王が絶対的に重要ではないし、もう一つの隣国ゲルマニアほど権威が低く不安定でも無い。

「貴方が知っている事は?」

「失礼ながら、さほど御座いません。
 ガリア王家から降嫁された御方が昔いらっしゃったとは聞きますが、それくらいですわ。」

その情報についてはケティから聞いていたが、タバサはコクリと頷く。

「ん…他は?」

「そのくらいですわ。
 ガリアには沢山の貴族の御方々がいらっしゃいますし、全てを詳しく把握するのは困難でございます。」

メイドは申し訳なさそうに謝罪する。

「わからないものは仕方が無い。
 気にしない。」

タバサはメイドを安心させる為に軽く微笑んだ。

「はぅん!?」

メイドは胸を撃ち抜かれたかのように立ち止まる。
そしてうへへへへとか笑い始めた。

「どうかした?」

「へ!?あ!いいえ!何もっ!」

不思議そうに首を傾げたタバサに、メイドは少々慌てた風情でしらばっくれるのだった。





舞台はケティが宿泊している宿に戻る。

「いきなり手紙で家名を貸してくれと書いてあるのを呼んだ時には、頭がおかしくなったのかと思ったわ。
 お陰で、うちの旦那が使ってる竜籠パクって乗る羽目になったのよ。
 んー…久し振りの蒲公英茶だわ。」
 
ケティの淹れた蒲公英茶を飲みながら、ケティに《お母様》と呼ばれた女性は満足そうにうなずいた。

「あはは、すいませんビアンカ姉さま。
 でも取り敢えず、ガリア貴族っぽく演出する必要がありまして。」

「我が妹が間諜の真似とは…まったく、女の子っぽくなったのは外見と仕草だけね。」

そう言って、ビアンカ・ド・ロシュシュアール伯爵夫人は溜息を吐いたのだった。
彼女はガリアのロシュシュアール伯爵家に嫁いだケティの姉である。

「だいたい、うちの家名を名乗るけど、もしもの事があった時には関係無いと言い張ってくれってったってね…。」

「迷惑をかける相手は最低限にしておこうと思いまして。
 ビアンカ姉さまなら、予め言っておく事も出来ますしね。」

王女の行啓となると祝宴がつきもの。
実際にアルトーワ伯爵家ではイザベラの行啓を祝って宴を開くという事を既に様々な貴族家領に連絡していた為、ケティはそれに便乗して侵入しようとしているのだ。
…とはいえ、どこの馬の骨だという家名では侵入は困難である。
かといって、見ず知らずの領地持ち貴族の家名を勝手に借りるというのは非常に失礼だし、もしも実際に来ている貴族とかぶったらまずい。
そんなわけで、領地持ち貴族としてはそこそこの規模を持ちネームバリューもそこそこで、かつ姉が嫁いでいるロシュシュアール家の家名を姉と調整した上で借りようと考えたのだった。

「それにしても、アルトーワ伯爵家に侵入って、何する気?
 スパイにしたって、宮廷離れてはや数十年っていう家よ?」

「そうなのですよねぇ、どう考えてもあんな家が疑われる筈が無いのですが…。」

ケティの知っている情報の限り、アルトーワ伯爵家は無軌道に謀反を起こすような家では決して無い。
むしろ、国境に領地を持つ貴族であるが故に、ガリアへの忠誠は非常に高い。
故に、あの家が謀反を起こすから監査するなどという情報は、彼女にとって意味不明なのだ。

「疑われるって、どういう事?」

「あー…いや、実は友人が今回イザベラ王女殿下の影武者やっていまして。」

ケティはそれからタバサというシュヴァリエの少女がケティの友人である事と、その彼女が今回王女の影武者をやっている事、今回の任務が貴族家への監査でもある事など、話せる部分だけをビアンカに伝えたのだった。

「あの癇癪持ちの王女殿下の影武者…貴方もまた随分と難儀な友人を持ったわねぇ。
 でもまあそういう事ならガリアの問題でもあるわね、旦那には私から言っておくわ。
 頑張りなさい、フランソワーズ・アテナイス・ド・ロシュシュアール。」

「有り難うございます、ビアンカ姉さ…。」

「まあそんなわけで、エギンハイムの材木の件…うちにも一口かませなさい。」

礼を言おうとしたケティの言葉を遮って、ビアンカはそう言ったのだった。

「ありゃ、御存知でしたか?」

「ええ、貴方の子分達が、あそこで色々やっているのは知っているわ。
 うちも山が結構あるから、興味あるわね。」

ビアンカはそう言うと、ケティに向けてニヤリと笑みを浮かべる。

「言っておきますが、モノになるかはまだまだ未知数ですよ?
 そもそも木が出荷可能な大きさまで育つには、人の一生に近い時間が必要なのですから。」

「それでもやるって事は、そのくらいの時間をかけても大丈夫な状況を作り出すんでしょう?
 ねえ、ガキ大将のケティくん?」

そう言いながらイイ笑顔を浮かべるビアンカに、『流石我が姉、今の私の性格は間違いなく結構な部分が遺伝ですね』とか思いつつ、ケティは溜息を吐いた。

「はぁ…まあ、ビアンカ姉さまのとこなら仕方がありませんか。
 子孫の儲けは減りますが、ハルケギニアの森林を消滅させない為にも、何れは広めなきゃいけませんしね。」

「素直でよろしい。
 それにしても、『ハルケギニアの森林を消滅させない為』ねえ。
 本当にそんな事が起こるとでも思っているの?」

そう言ったビアンカに、ケティは重々しく頷く。

「ええ、うちの書庫にあった6000年分の古地図を照らし合わせたら、仰天しますよ。
 このハルケギニアは始祖光臨の頃と比べると、既に殆ど森がありません。」

「この状態で殆ど無いって、昔はどんなんだったのよ?」

蒲公英茶を淹れ直しながら、ビアンカはケティに訊ねる。

「トリスタニアやリュティスやロマリア等の主要都市を除くと殆ど森です。
 ゲルマニアなんか完全に森で、影も形もありません。
 その広大な森を数百世代かけて切り倒し、その跡を畑へと変えて行って出来上がったのが、現在のハルケギニアなのですよ。」

「それが限界に近付きつつあるのね?」

ビアンカの問いに、ケティは首を横に振った。

「いや、もう限界です。
 特にガリアやトリステインに至っては、平地を切り開き、丘陵地帯を切り開き、既に山岳地帯にしか森が残っていません。
 山岳で畑に出来るような場所は殆どありませんから、その大半が禿山と化します。
 そして禿山が元の姿に戻るには、百年以上の時間を要しますから…このままの調子で木を切り続けると、後200年程度で商業として伐採できる森が殆ど無くなります。」

「そうなると、大量の森が残っているラ・ロッタに目をつける者が出てくるわけね。」

ビアンカはケティの話を聞いて、溜息を吐く。

「はぁ…それは不幸な衝突になりそうね。
 蜂の子達がさぞかし肥える事でしょう。」

「そういう事です。
 そしてその手の不幸な衝突は出来得る限り避けるべきですし、そもそも私達ラ・ロッタが山の女王と人間の双方に期待されているのもそういう役割なのですよね。
 だからこその営林技術ですよ、今からやっておけば私が寿命で召される頃までには技術がモノになっている筈です。」

ケティは蒲公英茶をひとくち口に含み、言葉を進める。

「エギンハイムの樵たちは、現在翼人と一緒に営林事業を行っています。
 ロシュシュアール領に亜人は?」

「生憎、この前オークがやって来たから焼いてきたばかりよ。」

ビアンカは吐き捨てるようにそう言った。
オークとは《粗暴、人を食う、繁殖に人や亜人の女性を使う》と害ばかりが三点揃った、人類と…特に女性とはどうにも相容れそうにない亜人である。

「亜人は亜人でも、そりゃ無理ですね…まあ、翼人が居なくても山の知識が豊富な人が居ればできます。
 後で商会の人間を遣わしますので、エギンハイムに研修に行かせる人員を選定しておいてください。」

「わかったわ、早めにお願いね。
 それと、うちに来ている筈の招待状をここに送るから、届くまで待っていて。
 あー…あと、もう一つ要求があるわ。」

ビアンカはそう言うと、悪戯っぽく微笑む。

「蒲公英茶、送って頂戴。」

「その程度であれば、お安い御用なのです。」

ケティは笑顔でにっこりと頷いたのだった。



「…流石腹黒娘の姉、腹黒だったのね。
 腹黒娘の家はきっと、権謀術数渦巻く悪の巣窟に決まってます、きゅい。」

ビアンカが帰った後、シルフィードがそうボソリと語る。

「人の家を伏魔殿みたいな表現で呼ばないでください。
 私の実家は基本的に牧歌的な、平和な田舎なのですよ。」

「何でそんなのんびりした家で、腹黒娘やあの腹黒姉みたいのが育つのね…?」

ケティの言葉に、心底不思議そうな表情を浮かべるシルフィード。

「ぐは…世の中には言葉を話す竜も居れば、牧歌的な田舎で育ったのに何故か性格が捻くれている人もいるのですよ。」

シルフィードの言葉がグサッと刺さったらしく、ケティの動きが止まる。
そもそもビアンカがロシュシュアール家に嫁いだのはケティがまだ幼児の頃な上に、ガリアからではそうそう遊びに来る事も出来ないので、ビアンカ自身がケティの影響を受けている可能性は、まず無い。
無いのに結構黒いという事は、そういう性格になりやすい環境とか遺伝とかがラ・ロッタ自体にあるという事に他ならなかった。

「きゅい、韻竜とその腹黒を同列に並べないでほしいのね。
 それにしても、性格が捻くれている事は認めるのね、きゅいきゅい。」

「勿論、自覚しています。」

笑うシルフィードの言葉に、拗ねた表情を浮かべてケティは返答した。

「さて、明日はアルトーワまでひとっ飛びして貰いますよ。
 タバサの為ですから、頑張ってください。」

「何か腹黒娘の使い魔みたいで癪だけど…お姉さまの為だし、仕方が無いから乗せてやるのね。」

シルフィードはそう言うと、ぐるりと体を丸める。
明日の為に、もう眠るつもりらしい。

「おやすみ腹黒娘。」

「はい、おやすみなさい、シルフィード。
 …さて、トリスタニアに手紙でも書きますか。」

目を閉じたシルフィードに背を向け、ケティは部屋へと戻った。
部屋の明かりは暫くの間灯された後、消えたのだった。






王女の旅行…行啓というものは、目的地までの行程を領地とする貴族と臣民に王族の権威と権勢を示す為の政治的ショーであり儀式である。
まあ要するに、わざわざ日数をかけて馬車でゆっくり向かわなければいけないというしきたりがあるのだ。
そんなわけで、かなり暇だったりする。

「はい、姫様、あーんです。」

「……………。」

アルトーワ伯領への道中の馬車の中、タバサは相変わらず専属メイドと思われる少女に激甘接待を受けていた。

「あーんしてください。」

「……………。」

イザベラが普段メイドにこんな事させているのかと思うと、少々背筋が寒いタバサである。
まさかまさかだが、こんな事をする任務が来たら、何とか母を連れて何処かへ逃れられないかと考える。

(ケティの故郷のラ・ロッタであれば、エルフだろうが追って来られないかも知れない。
 あの家は嫡子が妻を迎える事で外からの血を取り入れている。
 それはつまり、ラ・ロッタの生まれではなくても蜂の餌食にならない手段が存在するという事。)

「あーん。」

タバサがいざとなったらケティの弟に嫁ごうかとか、そんな事を考えている間にメイドが切り分けたケーキをタバサの口元まで運んできていた。

「…いらない。」

取り敢えず、やり過ぎだと思ったのでタバサはズバッと断ったのだが…。

「えっ…。」

メイドが悲しそうな顔で目を潤ませた。

「…姫様、もしかして私の事がお気に召しませんか?」

現在、王族用の大型馬車の中に居るのはタバサとメイドだけ、つまりタバサの他には半泣きのメイドしか居ないということである。
いくらタバサと言えど、気まずい、めっちゃ気まずい。

「…あーん。」

涙目のメイドとのにらめっこに負けたタバサは、仕方無く口を開けた。
メイドに不審に思われるのも困るし、何よりこのような場で泣きそうな娘を放って置ける程冷酷には徹せない。

「はい、姫様!」

さっきの涙は何処へやら、満面の笑みでメイドはタバサの口にケーキを運んだ。
《騙された?》とか思いながら、タバサはケーキを咀嚼する。

「お…お味はいかがでしょう?」

「ん、美味しい。」

美味しいだけではなく、それは何となく懐かしい感じのする味だった。
何処で食べたのが思い出せないが、懐かしい味。

「姫様、もう一口いかがでしょう?」

「ん。」

どうしてもそれが気になったタバサは、もう一度口を開ける。
それを何度か繰り返し…。

「…けぷ。」

何時の間にやら1ホールを丸ごと平らげていた…まあ、タバサにしてみれば、いつもの出来事だが。

「おかわり。」

「もう、ありませんわ。」

平然とした表情でおかわりを要求するタバサに、メイドは苦笑を浮かべて首を横に振る。

「…残念。」

もうちょっと食べたら何か思い出せそうなのになーと、そんな事を思いながらタバサは肩を落とした。





一方、ケティとシルフィードは一足先にアルトーワ伯領の中心都市グルノープルに到着し、郊外の林の中でキャンプを設営していた。
まあキャンプとはいっても、林の中に流れている町へと流れ込む川のそばにテントを張っただけなのだが。

「何で、宿に泊まらずにこんな所で野宿なのね?」

シルフィードはケティを不思議そうに見た。

「ロシュシュアール家の令嬢(偽)が、グルノーブルの街中に風竜に乗って颯爽と登場したら、いくらなんでも目立ち過ぎますから。
 
今日は野宿してほとぼりを冷ました後、明日馬車を借りてアルトーワ伯の館に行く事にします。
 シルフィードは街の上でものんびり飛んでいてください。」

「何で、変身してついて行っちゃ駄目なのね?」

シルフィードは小首を傾げてケティに訊ねる。

「貴方を連れて行くとなると、私の随行員のフリをさせなければいけないわけですが…シルフィードじゃ無理でしょう?」

「シルフィ、そのくらい出来るのね。
 腹黒娘は風韻竜を舐め過ぎです、きゅい。」

「ほほう。」

エヘンと胸を張るシルフィードに、ケティは冷めた視線を送る。

「…何なのね、その視線は?」

「シルフィード、例えばセレモニーの最中、貴方の目の前に沢山の御馳走が並んでいたら、どうしますか?」

ケティはにっこりと、シルフィードにそう訊ねた。

「勿論、遠慮無く頂くのね。
 くっちゃべる人間のおっさんになんか興味無いです、きゅい。」

「ブブー!シルフィード、アウトー!」

ケティは胸の前で腕をビシィとクロスさせた。

「何でなのね!?」

「お前のような随行員が居るかー!?なのですよ。
 基本、随行員は御馳走があっても食べちゃ駄目です。」

胸の前でペケの字にクロスした腕を、シルフィードの鼻先に押しつけるケティ。

「きゅい!?そ、そんな殺生な!?
 御馳走を前に指咥えて見ていろとか、外道、人間は外道なのね!きゅいきゅい!」

「…そんなんなるから、随行員は無理なのですよ、わかりましたか?」

首を振って抗議するシルフィードに、ケティは静かな口調でそう告げた。

「きゅい…が、我慢するのね?」

シルフィードは小首を傾げて可愛らしく宣言してみた。

「おほほほほ…我慢出来るかどうか、自問してみてください。」

「きゅ、きゅい…出来ません、ごめんなさい。」

してみたが、ケティの何時もながら妙に迫力のある笑顔に気圧されて、素直に謝った。
シルフィードにとってはちょっと齧れば、あるいは尻尾で引っ叩いてやればすぐに命を奪えるであろう相手だが、怖いものは怖いのである。

「…さて、それはそれとして、です。」

ケティは静かに鞄を探ると銃のようなものを取り出し、杖と一緒に構えた。
マントの中に忍ばせたガンホルダーにはモーゼルC96M1932が一丁ある…が、実はケティの手には少々余る代物であった。
発砲時の反動が大き過ぎて、少女の筋力と体重では吸収しきれないのだ。
一度フルオートで試し撃ちした後には腕の筋肉をおかしくし、次の日に右腕を押さえながらモンモランシーの部屋に水の秘薬を買いにいったりもしていた。
そんなわけで…あるのにあまり使えない、実用的なものを好むケティにしては珍しい『装飾品』と化している。
では今、彼女が構えている『銃のようなもの』とは何かというと、『テイザーM-26』通称《テイザーガン》と呼ばれるワイヤーの付いた針を目標に撃ち出し感電させるスタンガンの一種だった。

「これから夕食の仕込みを始めようという忙しい時間帯に、いったいどなたでしょうか?」

「ああ、これは失敬。
 我が名は、《地下水》と申します。」

地下水と名乗った男は、優雅に礼をすると怪訝な表情を浮かべた。
そして銃を指さして訊ねる。

「それは銃ですか?
 メイジでありながら、無粋な…。」

「森の中で火の魔法を使うと、今夜野営をする場所が無くなりますからね。
 己の得意属性ながら、なかなか使いづらいものですよ。」

そう思うなら森の中では無く草原で野営すればいいのかもしれないが、草原だと周囲から丸見えなので、色々な意味で困るのである。
ケティとて、花も恥じらう乙女であるからして、色々と。

「…加勢した方が良い?」

「《地下水》と言えば、わざわざ目標に己の存在を知らせに来るという、不可思議な暗殺者としてそこそこ有名です。
 ですよね?」

シルフィードの問いには答えず、ケティは《地下水》にそう尋ねた。

「おや、私も随分と有名になったものだ。」

「ゲルマニアで散々大暴れしておいて、有名になったも何も無いでしょう。
 名は告げるが顔がコロコロ変わる神出鬼没の暗殺者《地下水》。
 あの下半身ばかりが元気なゲルマニア皇帝が貴方を重用していたという噂は、ゲルマニアのみに留まるものではありませんよ?」

ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の即位には、血生臭い話が耐えない。
もともとゲルマニア皇帝というのは、皇帝の選挙権を持った選帝侯が投票にて選ぶというものであり、アルブレヒト三世自身もライン選帝侯という肩書きを持つ。
ライン選帝侯エッツォーネン伯爵家中でも決して序列が高いわけでは無かった彼が、ライン選帝侯へとのし上がった御家騒動に於いて名を残した数人の暗殺者に《地下水》という二つ名を持つ傭兵メイジが居た。
水系統の使い手だが毒殺などの手段は使わずに、しかもメイジなのに何故かとどめには刃物を使って、次々とエッツォーネン家の有力者たちを屠って行ったと言われている。
メイジであること以外は男なのか女なのか、若者なのか老人なのか、一人なのか複数なのか、まるでわからない…千変万化ともいえる程の定まらない印象で語られる正体不明の暗殺者。
ただ一つ共通しているのは、必ず仕事の前には対象の前に姿を現し、その死を告げる事。

「貴方の何時ものやり方から察するに、今日は死の宣告にやって来たのでしょう?」

「依頼主によっては、それが死の宣告では無い事もあります。」

そう言って、《地下水》はクスリと笑ってみせる。

「暗殺者の印象が強くなり過ぎていますが、私は飽く迄も傭兵ですので。
 依頼とそれに見合った報酬さえいただければ、何でも致します。」

「…では、今回の依頼とは?」

流石に答えはしないだろうと思いつつも、ケティは《地下水》に訊ねる。

「何事も分を弁えよと。」

「…ほう。」

《地下水》の言葉に、ケティの目が楽しげに細められた。

「忠告ありがとうございますとお伝えください。」

「かしこまりました、お伝えしておきます。
 では、また…。」

男は踵を返すと、林の闇の中に消えて行った。

「…というわけで、助けはいらないわけですよ、シルフィード?」

「それを言うまでの間が長過ぎるのね。
 ずーっと威嚇してたこっちの身にもなって欲しいです、きゅいきゅい。」

実はケティの後ろで翼を広げて全力で威嚇していたシルフィードだった。
まだ幼生とは言え、風竜の威嚇とか一般人なら泣きながら逃げていくレベルだが、流石は名の知れた暗殺者だけあるのか欠片も動揺を見せなかった《地下水》。

「これまた、とんでもないのを投入してきましたねぇ…流石はガリアと言うべきか。」

ケティは内心の動揺を表に出さないように表情を取り繕う事は出来たものの、背中に浮かぶ冷や汗だけはどうにもならなかった。

「今回持ってきたアレコレ、さて、どれだけ役に立つものか…。」

そう言って、ゴクリと喉を鳴らす。

「…腹黒娘、シルフィはやっぱりついていくのね。」

「いやだから、シルフィードには従者とか無理でしょうに。」

急にそんな事を言い出したシルフィードに、ケティは先ほどと同じ言葉を返した。

「腹黒娘は、時々そーいくふーが足りなくなるのが玉に瑕です、きゅい。
 きゅいきゅい、要は人でなけりゃいいのね、喋らないのは何時もの事だし。」

「人でない…ああ、あの魔法は人以外にも化けられるのですか?」

ケティは合点がいったという表情になり、ポンと相槌を打った。

「顔しか変えられない不器用な人間の魔法と、韻竜が行使する精霊の力を一緒にしてもらっちゃ困るのね。
 そのくらい、お茶の子さいさいです、きゅい。
 きゅるるるるる…くるるるるるるるるるるるる…。」

歌うように呪文の詠唱を始めたシルフィードの姿が、どんどん縮んで行く。

「にゃー。」

そして一声鳴いた。
猫だった、鳴き声も完璧に猫だった、だが…。

「どうなのね、かんっぺきな変身なのね、きゅいきゅい!」

「何処の世界に羽の生えた青い猫がいるというのですか…。」

いくらファンタジー世界のハルケギニアとはいえ、背に蝙蝠様の翼が生えた猫という生き物は確認されていない。
どう見てもそれは、猫を素体にしたキメラだった。

「青い方が格好良いし、翼が生えていた方が便利なのね!」

誇らしげに胸を張るような仕草をするシルフィード。
青いのは兎に角として、利便性を追求する所はケティに影響されたのだろうか?

「いやまあ、空を飛ぶのが普通な貴方にとっては、その方が便利なのでしょうが。」

とは言え、使い魔をキメラにしたのだと言えば、それは通らないでもない。
使い魔を殺さない範囲での改造を施す主人は、結構存在するからだ。
実際、翼の生えた犬や猫のキメラが使い魔になっているメイジは存在する。

「…ま、良いでしょう。
 この歳で使い魔改造しているとか、ちょっと変な目で見られそうではありますが。」

ケティは軽く溜息を吐いてから、降参といった表情で両手を挙げた。

「…とりあえず、人の言葉は話さないように。」

「合点承知の介なのね、きゅい!」

羽の生えた青色の猫に化けたシルフィードは、嬉しそうに一声鳴いたのだった。





翌日の午後、4頭立ての馬車がアルトーワ伯爵邸前の車回しを通り、ドアの前に止まる。
御者がドアを開き、緑金色の髪を輝かせた少女がロシュシュアール伯爵家の家紋が飾られた馬車から降りて来て、随分と早くやってきた客を出迎えたアルトーワ伯に向かって恭しく礼をした。

「ごきげんよう、アルトーワ伯爵様。
 フランソワーズ・アテナイス・ド・ロシュシュアールと申します。
 此度の当家への御招待、まことに感謝いたしますわ。」

髪の毛の色を水の秘薬で変化させているが、そのスッ惚けた表情は間違いなくケティである。
腕に抱えられているのは、翼の生えた青い猫…シルフィード。

「まさかあのロシュシュアール家からいらして下さる方がいらっしゃるとは、よくぞアルトーワ伯爵領へおいでなされた。
 フランソワーズ嬢、歓迎いたしますぞ。」

アルトーワ伯の感激っぷりを内心ちょっと申し訳なく思いながら、フランソワーズことケティは微笑んだ。

「王女殿下が御行啓あらせられるとは、まこと誉れ高き事。
 羨ましゅうございます。」

ロシュシュアール伯爵家は、中部ガリアに於いてはそれなりの名家である。
何故にトリステインではいち田舎貴族に過ぎないラ・ロッタ男爵家の娘を娶ったのかと言えば、ラ・ロッタ家のネームバリューはむしろガリアに於いての方が高いというのが原因だった。
ガリアは何だかんだで何度か両用艦隊を一方的に殲滅されたわけだからして、ラ・ロッタ家自身の低い自己評価とは裏腹に、それなりに知られているわけである。
ケティ自身もラ・ロッタの名をガリアで出したら、相手の貴族が背筋をただしたという報告をパウルから受け『何故に噂の中の当家領は、そんなガリアの貴族がシャキッとするような恐怖の大魔境と化しているのですか…』と、頭を抱えていたりする。
ラ・ロッタ家領の人達にとっては本当にただの変哲の無い田舎であり、特に怖い場所では無いので、そういう噂を聞くとあまりのギャップに軽いショックすら感じるほどなのだ。

「しかし、翼の生えた青い猫とは…。」

ケティの腕の中にいるシルフィードを見つけ、アルトーワ伯は珍妙なものを見る目つきで見るが、ケティはその視線をわざと無視して嬉しそうに話す。

「おほほ…この子も、翼をとても気に入っておりますのよ。」

「きゅいきゅい!」

どう聞いても猫の鳴き声ではないが、ここまで変だと既に誰もツッコまないレベルである。
シルフィードも嬉しそうなので、アルトーワ伯は『ま、良いか』と、気にしないことにした。

「…時にアルトーワ伯爵様のお耳に入れたき事柄が、一つ御座います。
 実は、早めに参らせていただいたのは、それをお伝えする為ですの。」

ケティは扇子をさっと広げると口元を隠し、目元だけで微笑んでみせる。
いかにも秘密の話があるぞという身振りであった。

「ほう、私の耳に入れたい事、ですかな?」

「はい、今回の御行啓に関しての、宮中に流れる噂に御座います。
 なるべく早くお聞かせした方が宜しいかと思いまして、早めに参らせていただきましたの。
 出来れば、人払いの出来る場所にて…。」

興味津々居聞き返してくるアルトーワ伯に、ケティは意味深な視線を送り続ける。
重大な情報だぞ~と、目で訴えかけているのである。

「わかりました…こちらへ。」

ケティがアルトーワ伯に直接案内された場所は、伯爵の執務室と思しき場所であった。

「こちらであれば、外に声が漏れる事はありませぬ。
 して、御行啓についての噂とは?
 生憎私は宮廷から離れてはや十数年、すっかり宮中の噂には疎くなりましてな。」

「王女殿下から税金の滞納などを叱責されたアルトーワ伯爵家が謀反を起こして、トリステインに庇護を求めようとしているという噂ですわ。」

どういう話なのか、とんとわからないといった表情のアルトーワ伯に、ケティはそう告げた。

「当家がトリステインに寝返るですと!?」

アルトーワ伯は仰天の表情を浮かべた。
そう、ただ謀反を起こすというのでは、訳が分からないのである。
謀反を起こしても、ガリア軍に一瞬で轢き殺されるのは自明の理なのだ。
叛乱を起こした貴族に対して派遣された国軍は、基本的に情けも容赦もしない。
占領するだけではなく徹底的な略奪と破壊を行い、それによって他の貴族への見せしめとするのである。
そうならない為には、隣国の庇護下に入るのが一番手っ取り早い。
そしてアルトーワ伯爵家領はトリステインに接する貴族家領であり、トリステインに庇護を求めるのが常識的なのだ。

「なんと、とんでもない!とんでもない噂だ!
 我がアルトーワ家は、北方ガリアを代々守り続けてきた家であり、王家に杖を向ける事など天地が引っ繰り返ったとしても有得ぬ。
 卿は当家を侮辱なさるか!?」

「落ち着いてくださいアルトーワ伯爵様。
 おかしな噂であるからこそ、誰よりも先回りして卿にお話ししたのです。
 ロシュシュアール伯爵家は、遥か古からこの地を守護するアルトーワ伯爵家のガリアへの篤き忠誠を疑う気など微塵も御座いませんわ。」

瞬間湯沸かし器のように激高したアルトーワ伯を、ケティはゆっくりと低い声で落ち着かせるように話しかけて宥める。

「それは…確かに、そうですな。
 しかし、いったい何処からそのような噂が…。」

「そこまでは私も存じ上げませんわ。
 そもそもガリアとトリステインは古来からの友好国であり、女王陛下も聡明な御方と聞いております。
 そのような申し出には乗らないでしょう。」

他国の叛乱勢力の領土を抱え込むというのは、その国に喧嘩売っているのと一緒である。
ゲルマニアと伝統的に国境紛争を続けているトリステインとしては、ガリアにまで喧嘩を売るわけにはいかない。
もしそんな事をすれば、トリステインはガリアにとってのゲルマニアとの間にある緩衝地帯国家という役割を失い、両国によって攻め滅ぼされる運命しかない。
それはガリアの貴族であっても容易に想像も理解も出来る事であり、もし想像出来ないとしたら余程の莫迦か、切羽詰って気が触れたものだけであろう。

「しかし、これで疑惑は晴れたも同然ですわ。
 王女殿下には、私からも言上させて頂く事にいたします。
 元々、有得ない噂ですもの、きっとわかってくださいますわ。」

「有り難い、助かり申す。」

少々疲れた表情で礼をするアルトーワ伯に、少々申し訳ない気持ちを抱きながらケティは頷く。

「いえいえ、ガリアへの忠誠篤き貴族として、当然の事をするまでですわ。
 ああそうそう、そういえば馬車に荷物を積み込んであるのですけれども、どちらに運べばいいのでしょう?」

「おお、それでは部屋を用意させまする。
 使用人を何人か遣わしますので、お待ちくだされ…。」

ケティはこうしてアルトーワ伯爵邸への潜入に成功した。
ケティの持つ数々の『荷物』とともに。



[7277]  幕間51.5 タバサに関わる色々なもの 5
Name: 灰色◆a97e7866 ID:f46205e0
Date: 2011/09/19 15:05
「あばばばばばばばばば!?」

深夜、アルトーワ伯爵邸に妙な悲鳴が響き渡る。

「おや?」

ケティは、寝ぼけ顔でベッドからムクリと起き上がった。
そしてドアの方に向かい、厚手のゴム手袋を装着してから、とある仕掛けを解除してドアを開ける。

「今晩は。」

ケティが挨拶した方向には、人っぽい形をした何かが蠢いている。

「あばばばば…。」

ナイフを持ち覆面を被った人物が、ピクピクいいながら伸びていた。

「いやー、家庭用蓄電池って、本当に便利ですねぇ。」

どうやらドアノブに、握ると同時に100V電流が流れる細工を施していたらしい。

「何か一箇所だけ妙に硬いものがめり込んで来ると思ったら、そんなものを乗せていたのね。」

翼の生えた青い猫に化けているシルフィードが、ケティの肩に乗って小さな声でそう囁いた。

「そりゃまあ、これ一つでタバサ5人分くらいありますからね。
 重いと思いますよ。」

「なんつうものをシルフィの背中に乗せるのね、この腹黒娘は…。」

シルフィードはジト目でケティを睨んだ。

「しかし…これはいったい、何処の世界の日本から流れてきたのでしょうね?
 100V大容量家庭用蓄電池って、高いでしょうに。」

「無視なのね!?
 しかも、またわけのわからない事をブツブツと。」

何か武器と一緒に世界扉に巻き込まれたものらしいが、ケティとしては大容量蓄電池が家庭で必要になる状況というものが、どういうものか理解できなかった。

「それはそうとして…バインド。」

ケティは紐にバインドの魔法をかけ、倒れている人物をぐるぐる巻きに拘束した。

「随分と呆気無い…とは言え、一人とは限らないのでしたか?」

「何事で御座いますかー!?」

廊下の向こうから複数のランプの光と、駆け寄って来る人影が見える。

「こちらですわー!」

「ミス・ロシュシュアール、いったい如何なさいましたか!?」

人影は、先程の悲鳴を聞きつけてやってきた使用人達であった。

「賊のようですが、気絶させました。
 バインドで縛りつけましたけれども、ナイフを持っているので気を付けて。」

「賊ですと!?」

ケティが指す方向にバインドで縛りつけた人物を見つけ、使用人たちはその人物を囲んだ。

「覆面か、顔を改めさせてもらう。」

使用人の一人で警備担当も兼ねていると思しき体格の良い男が、ぐるぐる巻きにされた人物に近づき覆面を剥ぎ取った。

「不埒な奴め、いったい何も…ピエール!?」

「ピエールだと!?」

使用人たちが見知った人物らしく、動揺した声がケティの耳にも入ってきた。

「…御知り合いでして?」

「あ…ああ、はい。こやつは、うちの使用人のピエールです。
 いつもひょうきんな良い奴なんですが…何故、ミス・ロシュシュアールの部屋にナイフを持って…?」

首を傾げる使用人たちの姿を見て、ケティは首を傾げる。

(ここの使用人…とは言え、何故かナイフを持ってこの部屋にやって来たのは事実なのですよね?
 はて?《地下水》といえばゲルマニアの傭兵で、実は集団であってもこんなド田舎に休眠工作員を仕込むような、そんな国家規模の諜報組織でもやらない程の暇な真似を出来ますか…?)

「それは流石に、物理的に無理ですよねぇ…。」

推理してみたものの思考が行き止まりに到達し、ケティは思わず一言ボソッと漏らす。

「どうかなさいましたか?」

「い、いいえ、何でもありませんわ、おほほ。」

ケティの独り言に気づいた使用人が不思議そうに聞き返してきたのを、ケティは笑って誤魔化した。

「何をしたかったのか知らんが、牢に入れてから話を聞かねばな…よし、そっち持ったな。
 持ち上げるぞ、せーの。」

意識が無いピエールという名前らしい使用人を、体格の良い使用人が二人がかりで持ち上げた。
縛られたピエールの手から、ナイフが外れ落ちる。

「おっ、ナイフが落ちたわ。」

それを、若い女性の使用人が拾い上げた。
そして、不思議そうなものを見る目でナイフを見つめる。

「エジェリー、それを何処かに片付けておいてくれ。」

「………………。」

エジェリーと呼ばれた若い女性の使用人は、ナイフをじっと見詰めている。

(…んー?
 働けど、我が暮らし楽にならざり…と言うわけでも無さそうな雰囲気が。)

ちょっとアホな事を考えつつ、ケティは目を細める。

「エジェリー?」

「…ああ、ごめんなさい。
 かしこまりました。」

エジェリーは曖昧な笑みを浮かべて、その場を立ち去った。
ケティは、その後姿を興味深げに眺める。

「からくりが、いまいちはっきりしませんね…そのピエールさん、これから尋問を?」

「い、いいえ。
 今夜は遅いので、翌朝から。」

目を細めて考え込みながら尋ねてきたケティに、少し怯えた表情で使用人は答える。

「そうですか、では皆様おやすみなさい。」

ケティは部屋に戻り、今度は窓に仕掛けを施し始めた。

「…ドアは良いのね?」

ベッドの上でくるりと丸まった猫型シルフィードが、ケティにそう声をかけた。

「二回同じ罠に引っ掛かってくれれば、そりゃ楽ですが。
 流石にそれは無いかなーと。」

「そもそも、何で一発目はドアにしたのね?」

くぁ…と、欠伸をしながらシルフィードは訊ねる。

「姿形がさっぱりあやふやで分からない暗殺者なのですから、一番楽なルートを通ってやって来るだろうと思いまして。
 ちょっとした賭けでしたが、当たって良かったですよ。」

「さすが腹黒娘、えげつない思考なら暗殺者をも上回るのね。
 御陰様で、シルフィは安心して眠りにつけます、きゅいきゅい。」

ケティの言葉に歯に衣着せぬ辛辣な感想を述べつつ、シルフィードは目を閉じる。

「いつか泣かす…錬金で窓の一部を導線に変えて、ちょちょいのちょいと。
 まさか、今夜中にもう一回という事は無いでしょうが、念入りに、念入りに。」

そして、もう一度眠りについたのだった…が。

「あびゃびゃびゃびゃ!」

「マジですかー…。」

眠ってすぐに窓の外から悲鳴が聞こえて来たかと思うと、先程エジェリーとか呼ばれたメイドが感電して伸びていたのだった。





一方、タバサ達一行はのんびりと行啓の行程を進んでいた。
そして現在タバサは、アルタニャンにて領主の歓待を受ける為に、貴族の館で入浴してから部屋を借りて衣装を直している。

「はいはーい、姫様。
 息を吐いてくださいねー。」

「…ん。思い切りやって。」

コルセットを装着する度に、タバサは思い切り締め付けてくれと注文する。
何故か?周囲と比べてどうしても発育が遅い己の体格が気になるからだ…普段は気にしていないが、こういう時にはどうしても気になる。
お洒落とかにあまり興味が無いとは言え、女性らしい服が自分の体格にはどうにも似合っていないような気がするのだ。
ケティも自分と同じくらいお洒落には無頓着な性格だが、彼女は実に女性らしい曲線のある体格なので、質素な格好をしていようがどうにも女性である。
胸が無い事を矢鱈と気にしているルイズでさえも、己に比べればかなりまし。
ルイズは標準よりも華奢で若干小さめなだけなのに、己の理想とする体格と大幅に違うのが気に入らないという悩みで懊悩煩悶している。
発育が遅くて女性らしい服そのものが自分には似合わないと思っているタバサにとって、それは実に贅沢な悩みに見えていた。
だから、せめて腰の括れくらいはビシッと決めたい。
お洒落にあまり頓着しない彼女の、数少ない拘りのひとつ…いわば、女の子としてのささやかな意地だった。

「うふふ、かしこまりましたわ…そこの貴方、手伝って。」

「あ、はい!かしこまりました。」

メイドの言葉に、傍観していた他のメイドが駆け寄って来て一緒にコルセットを締め付ける。
何とも息苦しい圧迫感と共に、タバサのすとーんとした体型に強制的に括れが出来上がる。

「こ、こんなもので如何でしょう?」

「ん、満足。」

姿見で己の姿を見ると、腰にはきゅっと出来上がった括れ。
時々周囲の人間に《幼女》だの《合法ロリ》だのと言われるが、これならばそんな事は言わせない。
タバサは満足そうな表情になって、頷いた。

「では姫様、御召し物を…。」

「…ん。」

侍女たちによってタバサは華やかに飾り立てられていくのだった…。



カステルモールの祖父であるダルタニャン伯爵は現在病床にある為、寝室から動けない。
その為、宴の前に挨拶をする為にタバサ自らダルタニャン伯爵の部屋へと出向いていた。

「そなたがジャン・ド・バッソ・カステルモール・ダルタニャン伯爵か。」

ダルタニャン伯爵邸にて、タバサは久々に王族っぽい喋り方をする羽目に陥っていた。
久しぶりの長台詞に舌が絡まりそうになりながら、何とか話している。

「は…老齢の身にて、床についたままの無作法、何卒お許し戴きたく。」

ベッドから半身を起こした状態のダルタニャン伯爵が、申し訳なさそうに例を述べる。
アルタニャン領主であるダルタニャン伯爵家は、カステルモールの祖父であるジャンが当主として取り仕切っている。
ジャン自体は老齢であるために、本来ならば彼の息子がダルタニャン伯爵位を継いで取り仕切るべきなのだが、数年前の王家の御家騒動にて不帰の人となっていた。
可愛い孫にはきちんとした青春を過ごして欲しいと考えた為、老体を押して当主の業務をこなしている。

「よい、そなたの孫が王宮にて優秀なる働きが出来るのは、そなたの働きの御蔭だ。
 であれば、床についている程度など無作法に非ず。
 …であるな、カステルモール?」

「…御意。」

つまり、今回の旅行についてきたカステルモールは、じーちゃんには頭が上がらない。
リュティスで人妻の尻追っかけて暮らしている事など、口が裂けても絶対に言えないのだ。
ばれたら、じーちゃんショック死しかねない。

「……親不孝もの~人妻好き~…。」

「ぐぐぐ…。」

とか、現在タバサに付きっ切りなメイドが彼だけに聞こえるようにこっそり囁いている状況に、背中から変な汗が出っぱなしなカステルモールである。

「後で覚えておきなされよ…。」

「おほほ、ナンノコトヤラ?
 私はただの謎の女官ですわ。」

そう言いながら、タバサがきちんと王女の演技が出来ている事を確認して安心した謎のメイドは、大人しくタバサの後ろへと引っ込んで行った。

「姫様、うちの孫を除いた者達を人払いしていただけませなんだか?」

「それは…。」

タバサ自らは飽く迄も身代わりの身、勝手に人払いなど出来る筈もない。
思わず言葉に詰まり、メイドを見る。

「…人払いでございますね、かしこまりました。」

タバサの視線を勝手に解釈したのか、メイドは人払いを了承した。

「良いの?」

「何を仰います?
 姫様はガリア王国王女なれば、臣はその思し召しに従うのみに御座います故。」

「ん。」

それをかなり妙に感じつつも、タバサは頷いた。

「人払いである。
 皆、退出せよ。」

『ははっ。』

メイドの一声で、他の使用人たちは次々と退出して行った。

「それでは、失礼いたしました。
 ごゆるりと。」

ドアが閉まり、部屋の中にいるのはタバサと、ダルタニャン伯爵と、カステルモールのみになった。

「…失礼いたします。」

カステルモールが杖を一振りすると、タバサが顔に微かに感じていた違和感が消失する。
つまりそれは、フェイス・チェンジの魔法が解除された事を意味していた。

「何を…!?」

「お…おおお…矢張りシャルロット様であらせられたか…。」

ダルタニャン伯爵家は表向き、ジョゼフ派の強硬派と思われている。
何故かというと、先代のダルタニャン伯爵公子…つまり、カステルモールの父親が『国王は伝統慣習に従い、長子であるジョゼフ様が相続すべきである』という主張をかなり強硬に主張する人物だったからであり、なおかつ御家騒動時のごたごたの最中にシャルル派の手の者と見られる暗殺者によって暗殺されているからだ。
無き先代伯爵公子の遺志とシャルル派によって暗殺されたという結果が、ダルタニャン家をジョゼフ派であると認識させていた。

「お久しゅう…お久しゅう御座います…。」

「…久し振り、ダルタニャン伯爵。」

だが実際には彼自身がジョゼフとシャルル双方の幼馴染で共通の友人でもあり、彼本人としては伝統に乗っ取る事で相続問題を円満に片付けたがっていただけであった。
彼の父親であるダルタニャン伯爵や息子のカステルモールも、何度かオルレアン大公家に招待されている身であるがゆえに、タバサとも双方面識があったりする。

「どういう事?」

「我がダルタニャン伯爵家は、シャルロット様のお味方という事で御座います。
 シャルル様が弑された時、お二人の仲を何とか修復しようと努力していた父は既に他界していた故に出来ませなんだが、生きていれば必ずやシャルロット様を守ろうとした筈。
 あの時、祖父は悲しみで弱り果て私も身動きが取れませなんだが、今であればお助け出来ます。
 ジョゼフ王もイザベラ様も、あの御家騒動にてすっかり歪んでしまわれた…故にガリアを正常化するには、シャルロット様の存在が欠かせませぬ。
 父は嘆くでしょうが、場合によってはジョゼフ王を弑し奉る事も厭わぬ覚悟に御座いますれば。」

そう言って、カステルモールは両膝をつき杖を両手で頭上に掲げ、タバサに臣下の礼をした。

「始祖ブリミルの名と我が杖に誓いまする。」
 
「私も床から出られぬ身ではありますが、杖に誓いまする。
 ダルタニャン伯爵家は、シャルロット様の味方に御座る。」

ダルタニャン伯爵も、震える両手で杖を頭上に掲げた。

「こんな話をして、大丈夫?」

ダルタニャン伯爵家が隠れシャルル派である事が知られれば、家の存続すら危うい。
タバサはそれを心配してカステルモールに訊ねる。
実際のところ彼はシャルル派では無く『シャルロットたんを愛でる会』という、残念な名前の秘密結社に属するシャルロット派なのだが。

「この部屋の出来事を探れそうな場所には、我が《偏在》を忍ばせてありますが故、抜かりは御座いませぬ。
 それに現在シャルロット様に付きっきりなあの女官も、我が同志に御座います。
 今頃はイザベラ様を宥めすかしている頃でありましょう。」

「…そんな事が出来るの?」

あの矢鱈と癇癪を爆発させるようになってしまった従姉の顔を思い出し、タバサは首を傾げる。

「彼女にしか出来ませぬな。
 故に、お任せ下され。」

カステルモールは、ニヤリと笑ってタバサにウインクして見せた。
勿論彼は、一言も嘘は言っていない。

「それでは、歓迎の宴に向かいましょうぞ。」

そう言いながら、カステルモールは呪文を唱えてタバサに再びイザベラの顔を貼り付ける。

「ダルタニャン伯爵家は、いと可憐なる姫様を心より歓迎いたしまする。」

カステルモールは深々と丁寧にタバサに礼をするのだった。



一方、同時刻に他の部屋で変装を解いたイザベラが、遠見の水晶越しに《地下水》を怒鳴りつけていた。
珍しく、普段の阿婆擦れ王女演技では無く、素で怒っている。

「きーっ!あの子狸を、とっとと怖がらせて追っ払いなさいと言ってるでしょ!?」

「いやしかしですな、あの娘は魔法とは全然違う面妖な術にて私を寄せ付けないのですよ。
 今の所、痺れたり、爆発に巻き込まれたり、天高くすっ飛んだりで、部屋に一歩すら踏み込めません。」

「本当に貴方、ゲルマニアを恐怖の渦に巻き込んだ暗殺者なのかしら…?」

何故かメイド服に身を包んだイザベラが、その報告を聞いて頭を抱える。
元素の凸凹兄弟程ではないが、これでも結構な金を支払っているのだ。

「単純に殺すというのであれば、色々やりようがあるのですが。
 痛めつけるのはいいが、大怪我すら負わせずに追い払えとなりますと勝手が…。」

「部屋に侵入出来ない奴が、何を言っても説得力無いわよ。」

「ですよねー。」

イザベラの言葉に《地下水》は、あっさり同意する。

「そもそも私の特技は対象がある程度以上信用している人物を操れないと、あまり効果が…。
 せめて、誰か彼女の見知った人物を使えませなんだか?」

「ロッテを使うっていうのは、断じて没。」

イザベラとしては、北花壇騎士の任務に他国の貴族の子女を巻き込むのが問題であるが故に穏便に排除したいわけであって、タバサに折角出来た友人との友情を破壊するような真似はしたくない。
とは言え、このままだと埒が明かないので、眉を顰めてむむむと考え込む。

「あー…一つ手はあるわね。
 直接警告も出来るか…取り敢えず平民よりはましでしょうし。」

「どういう手でしょうか?」

おずおずと訊ねる地下水に、イザベラはニヤリと笑う。

「取り敢えず、私達が到着するまでは今まで通り任務を続行して頂戴。
 指示は追って出します。」

「かしこまりました。」

イザベラの言葉に《地下水》は、恭しく礼をするのだった。




「…ね、眠れない。」

ケティはベッドに横たわってグッタリとしている。
理由は《地下水》による間断無き襲撃…とはいえ、全て様々な罠によって防がれていたりするが、引っかかる度に罠を解除して下手人を縛につけなくてはいけない。
元々、眠気に弱いケティにって、眠れないという環境はまさに地獄だった。

「きゅい…腹黒娘、そんな状態で大丈夫か?」

「大丈夫じゃありません、問題なのです。」

ケティは生気の無い、どんよりとした瞳で青い猫シルフィードを見る。

「目が、死んだ魚のようなのね、きゅい。」

「全てが終わったら、本当に死んだように眠ってやる…とはいえ、私の予測が大体当たりのようなのですよ。
 相手は、自分が何されようが死なないと思っていやがります。」

ケティはグッタリした状態で体を横たえると、目を閉じた。

「どういう事?シルフィにはさっぱりです、きゅい。」

「現在、この館の使用人は半分以上が地下牢にブチ込まれていて、なお増えつつあります。
 この町とこの館が《地下水》の隠れ里でもない限り、答えは一つなので…すぅ。」

そしてそのまま眠りにつくケティ。
とにかく、睡眠時間を一秒でも多くとらないとまっすぐ歩く事もままならない彼女である。

「きゅい!答えている途中で寝るとは何事なのね、腹黒娘。
 シルフィも同じようなサイクルで起きたり眠ったりしているのに、全然元気なのに!」

幼生とはいえ竜の体力と、人間の娘の体力を比べる方が無茶って感じもしないでもない。
ちなみに現在この館は、王女を出迎えるどころではないものの、何とか準備は進められている。
使用人が伯爵本人を弁護してくれるはずのロシュシュアール伯爵令嬢を、次々とナイフ持って襲撃しかけては入り口段階で撃退されるという意味不明な事態に際し、アルトーワ伯は体調を崩して病床についてしまったが…。

「刺客は必ず一人、そして必ずナイフを持っている。
 うにゅ…即ち、キーとなるのはナイフれす…すぴー。」

ケティには割と何処でも眠れるという長所があるが、逆にそれはどんな状況だろうが寝てしまうという欠点でもある。
ケティの体は完全に眠気によって侵食され、脳が休養を始める。

「ほ、本当に良いのね…?」

「すぴぴー…。」

ケティは眠り続ける。

「むぎゅ…。」

発泡ウレタンに押し潰された刺客を残して…。



「ちっ…取り逃がしましたか。」

数時間後もぬけの殻となった発泡ウレタンを見て、数時間眠ったので、ちょっぴり元気になったケティが舌を鳴らす。

「当たり前なのね。
 これだけの時間が経てば、誰だって逃げられます、きゅいきゅい。」

「見つけて誰かがしょっぴいてくれれば良かったのですが、ここの使用人には既に余裕がありませんからねぇ…とはいえ、牢に入れておいても無駄なのは、はっきりとわかりました。
 伯爵にその旨を話して、全員釈放して貰いましょうか。」

ケティは姿見の前にある椅子に座り、髪を梳く。
鏡に映る己の顔には多少目の下にくまが出来ているが、軽い化粧で誤魔化せる程度のものであった。

「…ま、こんなもので良いでしょう。」

ケティはアルトーワ伯爵の部屋に向かう事にした。

「当てが外れて、ここが《地下水》の隠れ里か何かだったら、どうするのね?」

ケティの肩に猫型シルフィードが乗り、耳元で囁く。

「より低い可能性の方が当たってしまったのならば、仕方が無いでしょう。
 その場合は運命に身を任せる事にします。」

「行き当たりばったりなのね…。」

ケティの言葉を聞いて、シルフィードが呆れた様な声を上げる。

「万全を期せる環境に無いですしね。
 諦める部分は諦めて、己の予測を信じる事にするのです。
 そもそもそれだと何で一斉に来ないのか、説明が付きませんし。」

「戦いは数だよアニキ…なのね?」

「そういう事です。
 そもそも数が沢山用意出来るのであれば、一番簡単なのは飽和攻撃ですから。
 では、伯爵にお目通りさせていただきましょうか。」

ケティはアルトーワ伯爵の部屋のドアをノックした。

「誰かね?」

「フランソワーズ・アテナイス・ド・ロシュシュアールにございますわ。」

「入ってくだされ。」

その返答を聞いて、ケティはドアを開ける。

「ロシュシュアール嬢、この度は大変申しわけない…。」

「その事でアルトーワ伯爵様にひとつお話したき事が。
 人手不足という事もありますし、今すぐ地下牢に入れている使用人たちを釈放する許可を与えてあげていただけませんか?」

謝るアルトーワ伯の言葉を遮って、ケティはそう言った。

「な、なんですと!?」

「彼らは操られていただけですわ。
 よって、罪を犯してはおりませぬ。」

仰天するアルトーワ伯に、ケティは更に畳み掛ける。

「ここ何日かずっと泳がしておりましたが、彼らが共通して持っていたナイフに何やら小細工がある様子。
 私の事は構いませぬので、どうか職場に復帰させてあげて下さいませ。」

「し、しかし、御行啓がある以上は何か確証が無いと…。」

「問題ありませんわ。
 狙われているのは飽く迄も私であって、姫様では御座いませんもの。」

ケティはニコニコ笑いながら、そう断言する。

「何処の無作法者かは知りませぬが、私に楯突いた報いは思い知らせますわ。
 ですからどうぞ、アルトーワ伯爵様は心安らかにありますよう。」

「ひぃ!?
 承知仕った、使用人は釈放させまする。」

寝不足で気が立っているのか、怒気が籠りはじめたケティの笑顔を見て、心安らかになるどころか逆に心を乱しまくったアルトーワ伯がコクコクと頷く。

「それは良かった、これで不名誉な事態は避けられそうですわね。」

「そ、そうですな…。」

引き攣った表情で、アルトーワ伯は『選択間違ったような気がする…』とか思いながら、同意するのだった。






大型の馬車が何台も連なり、グルノーブルのメインストリートを通り過ぎる。
タバサたち一行は、グルノーブルの町にとうとう到着したのだった。

『ガリア万歳!始祖の血を受け継ぐ王家に永久の栄光あれ!』

市民が我先にとメインストリートに集まり、喝采を上げ始める。

「姫様、お手を振ってあげて下さいませ。
 皆が喜びます。」

「…ん。」

メイドに言われ、そんな群衆を見ながらタバサが手を振る。

「うわー!馬車でかい!
 あれがデコ姫かー。」

「あの手を振ってるちっこい女の子が王女様かな?
 おでこ広いなー。」

特徴があるとすれば、ラ・ロッタ奪還用に大昔に造られた巨大な要塞が近くにあるという事以外、ごく普通の地方都市に過ぎないグルノーブルに王族がやって来るというのは、一大イベントである。

「やっぱしお姫様は美人だなー。
 そして、噂通りデコ広い。」

「デコ姫様ー!」

何故か、おでこの事ばかり語られているが…いるが…。

『デコ姫!デコ姫!デコ姫!』

「…ひどいものを見た。」

満面の笑みでデコ姫コールを始めた群衆を見て、何とか表情を崩さぬように努力しながら手を振るタバサ。
それでも流石に口の端が、軽くひくついている。
いかに憎い仇の娘とは言え、広いおでこの事ばかりツッコまれるのはちょっと可哀想だと、自身もおでこが広いので前髪で覆っているタバサは思った。

「しくしくしくしく。」

一方馬車の隅では、何故かメイドがくずおれて、さめざめと泣いている。

「…もう皆、デコ姫で覚えちゃってるの?ねえそうなの?本名忘れてるの?
 しくしくしくしくしく。」

「…どうしたの?」

泣きながらブツブツ呟いているメイドに、心配して声をかけるタバサ。
何だかんだで世話して貰っているので、心配になったようだ。

「へ!?い、いいえ、この風景を見ていたら故郷の事を思い出して無性に悲しくなってしまって、おほほほほ。」

「?」

誤魔化し笑いを始めたメイドに、タバサは首を傾げる。

「故郷の町が似ているの?」

「は、はい、もう少し大きい町ですが…オルレアンに御座います。」

タバサの問いに答えながら、メイドは懐かしそうに目を細める。

「…本来の姿であらせられた時の姫様も、何度かお見かけいたしましたわ。
 大通りのお菓子屋さんのカトル・カールがお好きでしたでしょう?」

「あの店のカトル・カールが大好きだったのはお母様。
 私も、好きだったけれども。」

このメイドがタバサの味方だとカステルモールから聞いた事を思い出し、タバサは本来自身の領地であるオルレアンの町の話に乗った。
…母の思い出を語る事に、若干の悲しさを感じながら。

「まさか、領民とは思わなかった。」

「オルレアン大公家はオルレアンの民の誇りなれば、本来ドルレアンたるべき御方をお助けするのは当然の事ですわ。」

そう言って、メイドはドンと自分の胸を叩く。

「貴方、名前は?」

「ベリータと申します。」

謎のメイド改めベリータは、そう名乗る。

「…さあ姫様、そろそろアルトーワ伯爵邸ですわ。」

何時の間にやらタバサたちの乗る馬車はグルノーブルの大通りを通り抜け、アルトーワ伯爵邸の前庭へと進入していた。

「綺麗でありそれでいて華美では無く…丁度良く整理された御庭ですわね。」

「ん。庭は領主の領地に対する思いが籠っているもの。
 それ故、丁寧に調和のとれた庭を整備する領主は、領地にも同じように愛情を注ぐ。」

タバサは父親が言っていた事を思い出し、そう呟いた。
プチ・トロワには規模に於いて届かないものの、領主の館としては広く綺麗に整理されているその庭を通り抜け、馬車は車回しへと入って行く。
既に領主には連絡が行っていたらしく、アルトーワ伯と思しき男性とその家臣と思しき者たちが城館の出入り口付近で待っていた。
そして出入り口前に馬車が止まると、一斉に跪く。

「大げさ。」

「…ですわねぇ、どうしたのかしら?」

タバサとベリータは、ともに首を傾げる。
扱いが王女というよりは、王へのそれであるからだ。

「よくぞいらっしゃいました、姫様。
 今回の御行啓、恐悦至極に御座います。」

「んむ、出迎え御苦労であるアルトーワ伯爵。」

跪いたままのアルトーワ伯に、タバサはそう声をかける。
ちなみにタバサの口調だが、お手本となる王族が父親しか居なかった為に、かなり男っぽい喋り方となっている。
普段タバサが接するイザベラの口調が全然参考にならないから、仕方が無いのだが。
とはいえ、タバサ扮するイザベラが父王同様かなり変な人だという悪評は、シャルル派の手によって千里を駆け廻りまくっているのでツッコむ者は居ない。

「しかし、少々大げさではなかろうか?」

「はっ…。」

「何ぞ、あったか?」

タバサのその問いに、アルトーワ伯は顔を上げた。
顔には脂汗が浮いており、顔色も良くない。
ついでに言うと、少々息も荒かった。

「…体調を崩しておるな、立つがよい。」

何でアルタニャンと言い、自分が立ち寄った領地の領主は病気なのかと妙な感想を抱きつつ、タバサはアルトーワ伯にそう促した。

「はっ、それではお言葉に甘えて…うっ。」

アルトーワ伯は立ち上がろうとしたが、体調がかなり悪いらしくよろめく。

「アルトーワ伯、大丈夫ですか?」

そのアルトーワ伯を隣で跪いていた青色の変な猫を肩に乗せた翠金色の髪の貴族が支えた。
タバサはその貴族の顔を見て、少々驚いた表情を浮かべる。
そもそも、あとで連絡してくれると言ったのに、ここまで何の連絡も無かったのだ。
ゴキブリを大事に懐に入れといて、激しく損した気分になったタバサであった。

「!?…大丈夫か、アルトーワ伯?」

「ははっ、この程度何とも御座りませぬ。」

タバサは一瞬ケティの名前を出そうになって引っ込め、アルトーワ伯への労いの言葉に切り替えた。
それから、少し批難の視線を込めてケティを見る。

「そこな娘、久しいな…名は、何であったか?」

「フランソワーズ・アテナイス・ド・ロシュシュアールですわ、姫様。
 悲しいですわ、お忘れになられてしまわれたのですか?」

さり気無くケティの今の偽名を確認するタバサと、それに白々しい芝居で答えるケティ。
お互いちょっと吹き出しそうなのを堪えつつの猿芝居であった。

「フン…ここに来ているにも拘らず、文の一つも寄越さぬ者の名など、長く憶えていられようか?
 (何で連絡をくれなかったの?)」

「申し訳御座いませぬ。
 姫様があまりにも遠くにあらせられましたゆえ、文を届ける手段が栗鼠であった事をすっかり失念しておりました。
 (すいません、距離が遠くて圏外でした…。)」

実は例のゴキブリゴーレムには通信範囲に限界があったらしく、通信しようが無かったようだ。
タバサの冷た~い視線に、ケティは申し訳無さそうに目で謝った。

「きゅいきゅい!」

そして変装したケティの肩の上で、羽の生えた青い変な猫が聞いた事のある鳴き声を上げた。

「変な鳴き声の猫であるな。
 しかし、愛らしい。」

人に化けられるという事は、猫にも化けられるという事なのかと妙に感心しながら、タバサは猫に化けたシルフィードを撫でる。

「くるるるるるるる…。」

「ふふふ、こういうのも悪くは無い。」

タバサは自分の手に頭を擦り付けて甘える仕草をするという、まるっきり猫みたいなシルフィードを見て、目を細める。
竜の状態で頭を擦り付けられると正直な話、鱗がちょっと痛いのだが…この状態であれば、ふわふわもこもこすべすべであった。

「…鱗よりも、こちらの方が手触りが良いな。」

「きゅい!?」

ガーンといった表情で、シルフィードの動きが止まる。

「きゅい!きゅいきゅい!」

「すまぬ、怒るな怒るな。」

タバサが謝りながらシルフィードの喉の下を撫でると、ごろごろ喉を鳴らし始めた。
どう見ても猫…と思いながら、タバサは話を変える。

「まあ、良い…それよりもアルトーワ伯を寝所まで連れて行くがよい。」

「御意。」

『タバサって、長台詞喋れるのですね~』とか思いながら、ケティは一礼するとレビテーションでアルトーワ伯を浮かせる。

「すまぬな、ロシュシュアール嬢…。」

「おとっつぁん、それは言わない約束でしょう?」

「おとっつぁん!?何で!?」

そんなやり取りをしながら、二人は館の奥に引き下がって行った。
髪の色も口調も違うが、あの時々変な言い回しをするさまは間違いなくケティだと、タバサはそんな感想を抱くのだった。




到着当日の晩は、王女一行の休養の為にも軽い歓迎会を行った後に解散となった。
それは確かに王女の為でもあるが、もう一つの理由として今晩は次の日の晩餐会に合わせて、近隣の領地からも貴族が続々と前泊に訪れている最中だからというのもある。
そのため、使用人たちは休む暇無く働き続けている。
そのおかげなのか《地下水》からの攻撃もピタリと止んでいた。

「やれやれ、今晩は流石に《地下水》も、こちらに来られないようですね。」

「今日はゆっくり眠れそうなのね、きゅい。」

罠のセッティングを行いながら、ケティは少し安心した声でそう言った時、ノックの音がした。

「はい、何方?」

「王女殿下の使いの者に御座います。」

ドアの向こうから、そんな声がする。

「シルフィード…。」

「きゅい。」

念の為にとシルフィードに目配せをし、シルフィードも息を吸い始める。
猫形態でも竜のブレスはきちんと吐けるらしい。

「はいはーい、少々お待ちいただけるかしら?」

ケティもドアの罠を解除してからテイザーガンを引き抜く準備をしつつ、ドアノブに手をかける。
ガチャリという音に妙に緊張感を覚えつつ開けると、そこには一人のメイドが立っている。

「王女殿下の女官、ベリータと申します。
 王女殿下がお呼びですわ、ロシュシュアール嬢。」

そのメイドは、子の行幸の最中ずっとケティと一緒にいたメイド、ベリータであった。



[7277]  幕間51.6 タバサに関わる色々なもの 6
Name: 灰色◆a97e7866 ID:f46205e0
Date: 2011/10/01 00:40
時は少々遡り、ここはアルトーワ伯爵の館にある部屋。

「うーん…まさか、あの子狸がトリステインの謎の組織の構成員だったなんてね…。」

メイドのベリータがしかめっ面をして何かの書類らしきものを読んでいる。

「オレンジ…アンリエッタ女王が、王女の時代に作ったのではないかと言われている謎の組織ですな。
 その存在が確認されたのは、アルビオンの罰当たりどもが王家を滅ぼす直前あたりでしたか。
 しかし、オーパーツを自在に使いこなす娘だったとは…。」

何故かその横でカステルモールが肩をすくめている。

「あのお父様の使い魔でもまるでわからない代物を、何であんな風に使えるのかしら…?
 しかも、あの歳で商会の影の経営者で、その商会が今回の戦争を契機に凄まじい勢いで拡大しているとか、本当に何者なのよ?」

本当にね、流石にやり過ぎたかなと作者もおっかなびっくりだよ。

「ところで、その変装は解かないのですかな?」

「ああ、そうね…よいしょっと。」

ベリータは首のチョーカーを外すと、同時に本来の容貌を取り戻した。
黒かった髪と瞳の色も青銀色に戻り、そして彼女は前髪をかきあげて髪留めでビシッと纏める。
釣り目がかったその容貌はタバサに少々似ており、そしてその上にはおでこ、立派なおでこ。
そう、彼女こそがガリアのデコ姫こと、イザベラだったのである。

「ふっふっふ、この私の完璧な変装と演技には、あの勘の鋭いロッテですら流石に気付かないわね。
 あれなんか、天から複数の『うん、知ってた』とかいう声が聞こえて来たような気が…?」

「はっはっは、気のせいですな、気のせい。
 いと麗しき殿下の扮装と猿芝居は完璧デスヨー?」

髭を鏡で直しながら、カステルモールはイザベラをフォローする。

「今、扮装とか猿芝居とか言ったー!?」

「ナンノコトヤラデスナ。」

異常なくらい爽やかな笑顔を浮かべて、カステルモールは誤魔化した。

「まあそんな心底どうでも良い事よりもですな、本当にやられるおつもりか?」

「何か今日は妙に辛口ね、私の繊細なハートがズタズタよカステルモール…。
 それは兎に角…やるに決まっているでしょ、ロッテに折角できた友人との仲を破壊するような真似は出来ないわ。
 それならば、現在ロッテの女官として紛れ込んでいる私がやった方が良い。
 王宮女官の服装は、あの子狸も何回も見ているでしょうから、連れ出すくらいは出来る筈よ。
 脅して北花壇騎士の仕事に首をつっむのを止めさせるか、場合によってはあの子狸と直接話しても良い。」

イザベラはそう言いながら、チョーカーを装着しなおす。
顔はベリータと名乗ったメイドのものとなり、髪の色も烏の濡れ羽色に変化した。
どうやら、同時期にトリステインで開発していたものよりも性能は若干上のようだった。

「…で、《地下水》?」

「ははっ…。」

机の上に置かれたナイフから、声が聞こえてきた。
そう《地下水》は、デルフリンガーと同じインテリジェンス・ウェポンだったのである。

「…貴方を持つと、本当に魔法がまともに使えるようになるわけ?」

「ええ、それが俺の本来の機能ですから。
 持ち手を操る機能が矢鱈強化されているのは、本来の持ち主以外が使用するのを防ぐための防衛機能なんですよ、元々。
 とはいえ、俺を作ったマスターはとうの昔に死んじまっているわけで、もうそんな制約も無く好き勝手させて貰っていたわけですがね。」

随分と大げさな防衛機能だが、奪われても奪った相手の体を逆に奪って手元に自動的に帰って来てくれる武器と考えると、まああながち変な機能とも言えなかった。

「まあそんなわけで俺の本来の能力は、水属性魔法の力の上乗せ。
 魔法の腕がからっきしな方でも、そこそこの使い手になれます。」

「成程ね…。」

昔も自分みたいに魔力がいまいちなメイジが居たのかしらと思いながら、イザベラは《地下水》を手に取った。

「…で、貴方を手に取った人間の制御を奪ったら、どうなるの?」

「えーと…こんな感じですかね。」

地下水がそう言い始めた途端に、イザベラの体がスカートの端をつまみ、ゆっくりとたくし上げ始める。

「ちょ!?な!何す…ねぇ、カステルモール、見てぇン。」

イザベラは抗議の声を上げようとしたが、すぐに口のコントロールも奪われた。
焦りまくるイザベラの表情とは対照的に、どんどんスカートがたくし上げられていく。

「いやはや、やはり人妻で無いと色気が足りませんな…はぁ。」

…が、カステルモールは残念なものを見るような表情を浮かべ、溜息まで吐いたのだった。
それを見て、イザベラの表情がガーンと擬音が響きそうなくらい引きつる。

「そんな事いわないで、見てあげてぇン♪
 いやマジで、可哀想だから。」

「そう言われてもですな、色気の無い小娘のパンツなど見ても楽しくありませぬからなぁ…。」

カステルモールが顔色一つ変えずに言い放つのを見て、イザベラの顔が真っ赤になった。
紛れも無く激怒している。

「このままだと俺がブッ壊されかねないので、形だけでも良いから興奮していただけませんでしょうかね?」

「ふむ…イザベラたんハアハア、ペロペロしたいお…これで良いですかな?」

カステルモールは興味無さそうにイザベラのパンツを見て、そう言った。

「見事に棒読みですな~。」

「人妻どころか、未だに恋人の一人も出来ていない小娘のパンツなんか見てもですなぁ…。」

この変態、まさに歪み無し。

「むがーっ!」

「げふぉ!?」

顔を真っ赤にしたイザベラがカステルモールの顔を思いきり蹴り飛ばし、不意を突かれたカステルモールは後ろ向きに吹き飛んだ。
そのまま数度バウンドして、ピクリとも動かなくなる。

「お、俺の支配を解いた!?
 ぬおっ!な、何をなさいますか!」

「何が何をなさいますだコラー!」

そして、《地下水》の支配を強引に立ち切ったイザベラは、《地下水》を思いきり床に叩きつけ何度も踏みつけ始める。

「砕けろぉ!壊れろぉ!この莫迦ナイフ莫迦ナイフ莫迦ナイフ莫迦ナイフっ!!」

「あひぃ!ちょ、やめて!刃がゆが、歪んじゃうッ!らめぇ!?」

顔を真っ赤にして、涙を浮かべながら踏んづけるイザベラに、悲鳴を上げる《地下水》。
自業自得過ぎて、何も言えん。

「乙女の純情をーっ!」

「だって、あーた!傍目から見ていてもどかしいじゃない!
 乙女の純情とか言っていたら駄目よ~もっと積極的にいかなくちゃ。
 …人妻好きなんだし?」

「わー!やっかましい!莫迦!死ね!」

「ぎにゃー!?」

思いきり顔を蹴り飛ばされて、ぴくぴく痙攣しながら気絶しているカステルモールを尻目に、顔を真っ赤にしたイザベラによる《地下水》への御仕置はしばらく続いたのだった。



「…さて、取り敢えず先程の事は置いておくわね。」

すっかりメイドの出で立ちに戻ったイザベラが、こほんと咳払いをする。

「ふぁい…。」

「すみましぇん…。」

顔に足形の付いたカステルモールと、装飾などが取れて随分とワイルドな姿になった《地下水》が、しおらしい声で返事をする。

「それで…ロッテは眠っている?」

イザベラが本来は王女を交代で警護する役の女官に尋ねた。
彼女らは現在、イザベラに変装しているタバサの警護をしつつ、動向を見守っているのだ。

「はい、『姫様』は熟睡しているようです。」

「…とはいえ、あの子も北花壇騎士。
 しかも今まで命じた仕事は北花壇騎士の悪名に恥じない過酷なものだったにも拘らず、私が最後の最後の切り札としてこっそり用意している助っ人の助けを借りた事が一度も無い。
 あの子を生かす為には仕方が無かったとはいえ、騎士としての能力に関しては今や北花壇騎士屈指よ、気を抜かずに見張っていて。」

「御意。」

女官は一礼するとその場を退出した。

「…これ以上恨まれるのは、勘弁と言ったところですかな?」

「まあ、そういう気持ちがあるのは否定しないけれどもね。
 あの子にとって私は憎き敵の娘とは言え、同時に私はロッテの従姉だもの。
 もしもロッテが介入してきたら、私は子狸とまともにやりあう事が出来ないから、例の調子でやるしかなくなるわ。
 そうなれば、衝突は避け得なくなる。
 私がどうなるにせよ、ロッテがあの子狸と後々気まずい関係になるのは嫌なのよ。」

カステルモールの問いに、イザベラはそう答える。

「捨て身ですな…。」

「そりゃ、ロッテの為ですもの。
 …まあ一応言っておくけれども、ベリータというメイドが死んだら、私は病気で面会謝絶という事にでもしておいて頂戴。」

イザベラは立ち上がり大きく伸びをした。
そして、《地下水》を手に取る。

「…さて、それじゃあ行ってくる。
 ロッテの事、宜しく頼むわよ?」

「御意、ご武運を。」

こうしてイザベラはベリータというメイドに化け、ケティの部屋へと向かったのであった。




さて、とうとう前話の最後に時系列は戻る。

「このような時間に、私を王女殿下がお呼びしていると?」

「はい…何やら内密なる話があると。」

ケティに内密の話をする気であれば、タバサはゴキブリゴーレムを使うだろう。
アルトーワ伯の城館に到着してから、既に眠ったふりをしたタバサとケティは何度か連絡と取り合っていたのだから。

「成る程、かしこまりました。
 それが王女殿下の御意志なれば。
 準備しますので、少々お待ちあれ…。」

「かしこまりました。」

メイドが一礼してドアの前から一歩下がるのを確認して、ケティはドアを閉める。

「…予備カートリッジも、取り敢えず持って行きますか。」

「シルフィも?」

シルフィードはそう訊ねるが、ケティは首を横に振った。

「シルフィードはタバサのそばに行ってあげて下さい。
 その姿なら、この館の通風口に入り込めるでしょう?」

「ちょっとした冒険だったのね!
 面白かったです、きゅいきゅい!」

シルフィードはそう言って、嬉しそうに鳴いた。

「あー…何時の間に?」

「くるるるるるるるる!
 昼間の間にお姉さまに会って来ました。
 抱っこして撫でて貰ったの。
 こういうのも素敵ね、きゅいきゅい!」

少々呆れたような表情を浮かべて訊ねるケティに、シルフィードは元気いっぱいに答える。
とうの昔に試していて、しかもタバサに会って来ていたらしい。

「成程…まあ、道理っちゃ道理なのですね。」

近くに主人が居るという状況に、シルフィードは居ても立ってもいられなかったようだ。
それは使い魔としては、ごく当たり前の行為なので、ケティも即納得した。

「タバサは長旅で疲れてはいませんでしたか?」

「むしろ、ちょっとふっくらしていたのね。」

魔法も全然使わず、ひたすらいつもの調子で食べ続けたら、いくら燃費の悪いタバサとは言え…という事らしい。
タバサがイザベラのせいで、全然方向性の違う危機に陥りはじめていた。
矢張りイザベラは、タバサの敵かも知れない

「そ…そうですか。
 仕方がありませんね、任務が終わったら盗賊団でも襲撃しましょう。」

ケティは混乱して、どこかのドラまた娘みたいな事を言い始めた。
トライアングル級のメイジ二人の攻撃に晒されたら、魔法の使えない平民の盗賊団は瞬時に殲滅されることになるだろう。
本当にやるかは知らないが…。

「きゅい!
 盗賊食べても良い?」

「駄目に決まっているでしょう…。」

いくら盗賊とは言え、自分の目の前で同じ種族である人間を食べられるのはあまり良い気がしない。
ではジャイアントホーネットが領地に侵入してくる異端審問官を餌にしてしまうのはどうかというと…それに関しては気の毒にと思うだけで、まったく抵抗感が無いのを少々不思議に思うケティである。

「ふむ…?
 ひょっとして今、考えてはいけない事を考えてしまったような?」

そんなケティの思考は、シルフィードの更なる一言で妨害された。

「きゅい…ひと口くらいなら、誤食かも知れないのね?」

「駄目なものは駄目なのです。
 まったく…悪知恵ばかりついて。」

ケティは困ったといった表情を浮かべて、額を押さえる。

「シルフィは育ち盛りだから、腹黒娘のやり方を学習しているだけです、きゅい。」

「…いや、私のやり方は風韻竜としては真似しない方が良いような気が。
 タバサの方が良いと思うのですが。」

テイザーガンの予備カートリッジを上着の裏ポケットに仕舞いこみながら、ケティはシルフィードに忠告した。

「お姉さまのやり方は真似できないのね。
 シルフィはあんなに口数少なくはなれません、きゅい。」

「それは見ていればわかります、おしゃべりシルフィード。
 では、タバサのそばにいてあげて下さい。
 私が居なくても、莫迦な事をしないように、良いですね?」

ケティは言い聞かせるように、シルフィードにそう言う。
ガリア貴族に身分を偽装している以上、呼び出しには応ぜねばならない。
…が、かといって、友人とは言え他人の使い魔を自分と一緒に危機に曝すわけにはいかないのだ。

「わかったのね、きゅい!」

シルフィードは返事をすると、部屋の隅にあった通風孔へと滑り込むように入って行った。
ケティとしてはタバサに助けを求める気も無い。
彼女の目的は母の魂の救出と父の仇を取る事であり、ケティがここで助けを求めてしまえば彼女の悲願が道半ばで潰えてしまいかねないからである。

「やれやれ、孤立無援なのですねぇ、これは。
 ひょっとして、今度こそ命の危機ですかね…と。」

呟くようにそう言ってから、ケティはドアを開ける。

「さて、それでは参りましょう。
 案内、宜しくお願いしますね。」

「はい、かしこまりました。
 ロシュシュアール嬢…。」

ケティはこうして、ベリータと名乗るイザベラについて行く事になったのであった。



「…で、いったい何処に行くのでしょうか?」

ケティは何時の間にやら連れて来られた前庭を歩きながら、目の前にいるメイドに尋ねる。
西に赤薔薇、東に白薔薇の咲き誇るその庭で、メイドは振り返った。

「このあたりで良いでしょう。」

「成る程、ここが終着点ですか。」

そう言って、ケティはあたりを見回す。

「伏兵は?」

「居ないわよ。」

ケティの問いに、メイドはナイフを懐から取り出しながらそう言う。

「やれやれ、また貴方ですか《地下水》?」

「いや、今回は『俺』ではありませんよ、お嬢様?」

メイドとは違う中性的な声がしたかと思うと、その周りに氷の刃が形成され始める。

「おやまあ。」

ケティも間の抜けた声とともに呪文を唱え始め、1つの炎が渦巻き状に盾のようなものを形成していく。

「ウインディ・アイシクル!」

「炎の盾よ!」

メイドの放った氷の刃を、ケティの渦巻く炎の壁があらぬ方向へと弾き飛ばした。

「へぇ…いきなりとは卑怯なりとか、言わないのね?」

「勝負に於いて『卑怯・卑劣』は、負け犬の遠吠え。
 敗者が己の間抜けさを糊塗する為の言い訳に過ぎません。
 ですから、成るべくならば使いたくない言葉ですね。」

ケティはそう言ってから呪文を唱え始める。

「あ、あれ?銃じゃないの?」

「屋内で火の魔法を使うわけには、いかないでしょう?」

ケティの周辺に数個の巨大な火球が出現する。
そしてそれらは大きくなり、分裂して増え、また大きくなり…を、繰り返していく。

「系統魔法概論1の1と行きましょうか?
 火の系統は、基本的に破壊に特化した系統です。
 だから、破壊してはいけないものが多過ぎる場所では、非常に使いにくい系統でもあります。
 逆に言うなら、破壊しても大丈夫な場所に於いては、火の系統は他の系統よりも一歩抜きん出た系統なのですよ。
 風系統ではスクウェアクラスでもないと使えない範囲攻撃系魔法も、火の系統であればラインクラスから使用出来ます…まあ要するに、使いようという事でしょうか?」

ケティがそう言う間にも、火球はどんどん分裂して増えていく。
ちょっとした悪夢みたいな風景だった。

「花壇を破壊する…というのは、悲しい事ですね。
 領主にとって花壇とはすなわち、領主の領民への接し方を表現するもの。
 それを破壊するのは、心が痛むのですよ?」

柔らかい光を放つ火球の下で、申し訳無さそうな表情を浮かべるケティ。
余談だがラ・ロッタ家の花壇に於いては、葡萄が収穫される。
花壇というか、花壇(笑)というか、まあぶっちゃけ畑と言った方が良い代物だが、ラ・ロッタ家らしいと言えるだろう。

「わざわざ人気の無い火の系統が得意とする戦場を用意して戴き、ありがとうございます。」

「貴方は銃に拘りがあると思って居たのだけれども?」

メイド…イザベラ的には銃にすりすり頬ずりしたりする、ちょいキモなケティを何度も見ているのである。
ハルケギニアの常識に照らし合わせるとケティのあの手の行為は、あんまし魔法の使えない人だと勘違いされても仕方が無い行いであった。

「立っているものは始祖でも使えが、私のモットーですから。」

「うげ…。」

…が、それがケティという少女の一部に過ぎないというのが判明していないという事は、まだ情報が足りないという事でもある。

「何処の何方か知りませんが、問答無用で襲いかかって来たのですから、問答無用の反撃を受ける事は織り込み済みですよね?」

そう言ったケティの杖が、メイドに化けているイザベラの方を向いた。

「カーペット・ボミング!」

ケティがそう言う間に、何時の間にやら数十個まで増殖していた火球が、一斉にイザベラの方に向かって飛んできた。

「っ!?《地下水》!」

「あらほらさっさー!」

地下水がとっさに水の壁を作って凄まじい数の火球を防ぐが、イザベラよりもむしろその周辺に落下した落下する火球が地面に落ちた途端に爆発した為に、衝撃波で彼女の体が宙を舞う。

「なにくそーっ!」

イザベラは空中で一回転して体勢を立て直し、土煙の中をケティが居た方向に向かって走る。

「覚悟ーっ!」

《地下水》の刃から生じた水が長く伸びて刃を成す。
それは水系統に於けるブレイドであった。

「にょわっ!?」

ケティも慌てて杖から火を伸ばして刃を成し、イザベラのそれを受け止める。
双方ともにブレイドになりきっていなかった為か、ぶつかった刃同士が触れ合ってジューッという音を出しつつ、水蒸気を発した。

「あら、意外と運動神経あるのね?」

「そちらこそ空中で体勢立て直して反撃とかっ!?」

鍔迫り合いながら、にんまり笑うメイドと焦るケティ。

「何処のメイジ殺しですか!?」

「失礼ね、私も一応メイジよ。」

ケティの問いに、イザベラは不満そうに口を尖らせた。

「魔法があまり得意ではないから、体術を磨いたってだけの話よ。」

「…どっかで聞いたような話なのですね。」

ケティはピンク色の娘を思い浮かべながら、イザベラに向かってそう言った。
そしてそのままスッと懐からテイザーガンを取り出そうとする仕草を見せる。

「おおっと、そうはいかないわよ!」

イザベラはそれを見て後ろに跳び、あっという間に間合いを空ける。

「素早い…ですが、それを待っていました!」

ケティは呪文を唱え始める。
途端に渦巻く炎が凄まじい勢いで高速回転を始め、球状に纏まり白い光を発し始めた。

「おほほほほ、ファイヤー・ボール!」

「何その白いファイヤーボール!?
 水の壁!」

イザベラの張った水の壁にファイヤボールが衝突、同時に轟音と共に大爆発を起こした。

「うきゃあああああ!」

「にょわ~!?」

両者とも爆発の衝撃波で、ほぼ正対象の方向に吹き飛ばされる。
二人ともゴロゴロと転がって、薔薇の木に引っかかった。

「痛!痛い!」

「薔薇の棘、棘が刺さる!?」

そして、慌てて薔薇の木から離れる。
直前の状態と比べると、かなりボロボロである。

「な、何?今の何?」

「水蒸気爆発ですか、火傷しなくてよかった…。」

そんな事を言いながら、両者とも杖を構えて起き上がる。
そしてケティは館の方にチラリと視線を送った。

「…音が大き過ぎましたか、家人が起きますね。」

「そうね…。」

イザベラが頷く…と、同時にチョーカーが落ちた。
どうやら爆発の衝撃と、薔薇の木に突っ込んだ事で緩んだらしい。

「あ…。」

「をぅ?」

瞬時にイザベラの変身が解けた。
青銀髪の髪の毛に、釣り目がちの目の中には空色の瞳。
何時もは額をこれでもかと見せつける髪型だが、髪の毛を下していると何となくタバサの面影もある少女の顔があらわになる。

「…イザベラ王女?」

そう言いながら、ケティは動きが止まったイザベラに向かって、無造作にテイザーガンを抜き放った。

「あばばばばっ!?」

テイザーガンから放たれた針状の端子がイザベラに突き刺さり、全身を麻痺させる電流を放つ。
瞬時に感電して全身が麻痺し、瞬時に崩れ落ちるイザベラであった。

「そ、それはいくらなんでも卑怯じゃない…?」

「兎に角勝てれば、それまでの過程なんかどーでも良いのですよ。」

ケティはにっこり笑いながら、呪文を唱え始める。

「そーれ、飛んでけ~。
 ファイヤーワークス。」

ケティの放った魔法はぐんぐんと高度を上げて行き、裏庭上空で分裂すると炸裂して花火となった。
爆発して夜空に大輪を咲かせては分裂して、また炸裂している。

「流石に、様々な色にする余裕はありませんでしたが、これで目くらましにはなるでしょう…バインド。」

地面から紐が形成され、それがイザベラをぐるぐる巻きに拘束した。

「な、なにをするの?」

「…ふむ?
 何しましょうかね?」

そう言いながら、ケティは更に呪文を唱える。

「レビテーション。」

ケティが唱えた発動の言葉と同時に、《地下水》は宙に浮いた。

「貴方、要するに直接握ると相手を支配するタイプのインテリジェンス・ウェポンですね?
 イザベラ王女の事は何故か支配していなかったみたいですが…。」

「そりゃまあ、依頼人ですからねぇ。」

その言葉を聞いて、ケティの視線が一瞬イザベラに移る。

「…成程。それで、もう一度聞きますが、貴方は直接手で握っちゃ駄目なわけですね?
 時々喋る説明書どころではないインテリジェンス・ウェポンがあるとは聞いていましたが…まさか、使い手の体を問答無用で支配してしまうとは。」

「答えたくない…と、言ったら?」

そう言って探りを入れた《地下水》だったが…。

「私、最近金属加工に凝っておりまして…インテリジェンス・ウェポンが、いったいどのくらいの温度で溶け始めるのか、興味がありますね。
 ゆっくりとろ火で加熱してみるのも良いかも知れませんねぇ…ククク。」

「鬼っ!あんた鬼だよ!?」

見た目の少女っぷりに反してケティが凄まじい答えを返してきたので、思わず悲鳴のような声を上げる。

「これが最後の問いになりますが、生きたいですか?」

「命だけは、命だけはお助けくだされ!
 そうです、その通りでございます。」

地下水の言葉に、ケティはにっこりと満足したように頷いた。

「宜しい、では此処に入っていてくださいね。」

「な、何をす…。」

《地下水》は、ケティが取り出した鎖で編まれた袋の中に放り込まれる。

「要するに、手で握らなければ良いのですよね。
 こういうものは発動条件が非常に限定されていますから。
 お土産、ゲットだぜ。」

こうしてゲルマニアを震撼させた《地下水》は、武器マニアのお土産となってしまった。
これから後しばらく『彼』は、武器マニアに収集されるというのがどういう事なのか、散々に思い知る破目になるが、それはまた別の話。

「…さて、イザベラ王女殿下、少々ご同道ねがいま…ええと?」

「友好国の諜報機関の者なら殺しはしない、そんな甘ちょろい事を考えていた時期が、私にもありました…。」

イザベラが、ケティと《地下水》のやり取りを見て白くなっていた。

「ごめんねロッテ、少し覚悟はしていたけれども、お姉ちゃん此処までみたい…しくしく。」

「失敬な、いきなり襲いかかてきたとはいえ友好国なのですから、その王女を害するわけが無いでしょう。」

しくしくと泣き出したイザベラに、ケティは冷めた視線を送る。

「しかし…ロッテ、ねえ?
 それ、シャルロットの愛称ですよね?」

「うっ…き、聞いちゃった?」

指摘に縮こまったイザベラに、ケティはクスリと笑いをもらす。

「まあ良いです…レビテーション。」

イザベラの体が、レビテーションによってふわりと浮かんだ。

「私をどうするの?」

「いやなに、お話しするだけなのです。
 そう、お話ししましょう…じっくりとね、おほほほ。」

後にイザベラは語る。
丁度満月となっていた大きい方の月を背に逆光を浴びて笑うケティの姿は、どう見ても悪役であったと…。



「…と、いう訳よ。」

「ふむん?成程成程。」

1時間ほどゆっくりとかけて、ケティはイザベラからタバサに関するアレコレを聞き出していた。

「愛…なのですねぇ。
 いやまあ、タバサの生き様の一途さ、可憐さは、まさしくその愛に値するものですが。」

「でしょう、でしょう☆
 はい、これ。」

イザベラは顔を輝かせると、ケティに何かを手渡した。
カード上のそれに書かれた文字を読んで、ケティはどんどん怪訝な表情になっていく。

「シャルロットたんを愛でる会…?」

「シャルロット派トリステイン支部長に貴方を任命するわ!」

ケティに全部話して吹っ切れたのか、イザベラは妙なテンションでそう言い切った。

「こんなアホな名称なのですか、シャルロット派…。」

思わず突っ込んでしまうケティを、誰も責められないだろう。

「何時の間にかね、こんなアホな名前に…。」

イザベラは肩を落とす…が、すぐに元に戻った。

「まあ兎に角よ、貴方はトリステインの女王直属の組織の人間なんでしょう?
 であれば、ロッテの政治的重要性は理解出来る筈よ。
 …御父様は叔父様を暗殺してからというもの、どんどん心が壊れて行っているわ。
 妻だろうが使い魔だろうが愛人だろうが部下だろうが、ちょっとした気まぐれで処刑とか正気の沙汰ではないもの。
 シャルル叔父様とダルタニャンの小父様との3人で笑い合っていたあの頃の御父様には、もう2度と戻らない…。
 私は御父様の娘である前にガリアの王族だから、ガリアに対する王家の義務は果たさなければいけないの。」

「つまり、もしもの事が起きそうな場合は、トリステインでタバサを保護せよと?」

ケティの問いに、イザベラは頷く。

「トリステインにも、悪い話では無い筈よ。
 あなたのラ・ロッタにもね…でしょう?」

「ここまで徹底的に狙われるのであれば、名前はばれているのだろうとは思って居ましたが、矢張りばれていましたか。」

苦笑を浮かべながら、ケティは頬を掻く。

「それは流石にね…うちに来ている情報は止めておくけれども、グラン・トロワにも王直属の諜報組織があるから、あまり期待されても困るわよ?
 ロッテと仲がいい上に北花壇騎士の任務にまで着いてくる貴方は、必ずや御父様の目に留まるわ。
 だからこそ止めたかったのだけれども、貴方は私の予想以上にとんでもなかったし、止める意思も無いみたいだし、後の責任は自己責任でやってもらうわ。」

「ええ、それは勿論なのですが…取り敢えずその話は置いておいて、ずーっと悪役でいる気なのですか?」

ケティはイザベラにどうしても訪ねたかった事を訊ねると、イザベラは顔を伏せる。

「全部がぶち壊しになったのだもの、それはもはやどうにもならないわ。
 叔母様がああなってしまっている以上、ロッテの復讐心を鈍らせるわけにもいかないし…ね。」

「そうでしょうか?」

ケティはそう言ってから更に何か言おうとしたが、イザベラに手で制される。

「そういう機会があれば、そうするかもね…それで良いでしょう?」

寂しそうにそう言うイザベラに、ケティはそう言うしかないのだった。

「それじゃ…。」

イザベラはそう言って、首にチョーカーを装着し直した。
途端に、メイドのベリータの容貌に戻る。

「ええ、貴方はベリータというメイドで、謎の暗殺者に一旦精神を操られていたけれども、戻った。」

「王女の命令で雇われた暗殺者が私にかけた精神操作の魔法を何とか解除して、貴方は私を屋敷に連れて行く…で、良いのかしら?」

ケティの語るカバーストーリーに、イザベラがエピソードを追加する。

「飽く迄も自分自身に罪を被せますか?」

「これぞ自業自得って奴よ、

「それでは行きましょう。」

「全てはガリアとトリステインの友好と繁栄の為に。」

この後、ケティ達は屋敷に戻り、事の顛末を説明する事になる。
ちなみに前庭を木端微塵に吹っ飛ばした事がバレて、鬼のような形相を浮かべたアルトーワ伯にケティが館の中を追いまわされる羽目になったのは言うまでもない。
アルトーワ伯はアドレナリンが分泌されまくったのか、すっかり元気になったという…。



数時間後、王女の行啓最終日の宴が開かれた。

「何という事を、まったく、何という事を…。」

仕方が無かったとはいえ、庭を吹き飛ばされたアルトーワ伯が怒り未だに収まらずといった表情で愚痴っている。
ケティは何処かに逃げおおせる事に成功したらしく、この場にはいなかった。
追いかけるアルトーワ伯と使用人にスタン・グレネードを放り投げて『あーばよぅ!とっつぁ~ん!』とか、わけのわからない台詞を吐いて逃げたらしい。
逃げたとはいえ、部屋に謎のガラクタを大量に置いてあるままなので、しばらくしたら戻ってくるだろう。

「…まあ落ち着くのだ、アルトーワ伯。」

友人のしでかした事なのでフォローしなければと思い、タバサはアルトーワ伯に声をかける。

「今回の件は私を守ろうとして、ロシュシュアール嬢が闘ったゆえの被害である。
 いわば私のせいだ、許せ。」

タバサはそう言ってアルトーワ伯に頭を下げ、謝罪の言葉を述べる。

「滅相も無いお言葉に御座いまする!
 あ、頭なら醒め申しましたゆえ、私のような田舎貴族に頭を下げるなどという畏れ多き事は勘弁して下され。」

ガリアに於いて王族が貴族に頭を下げるなど、まあまず無い事である。
その為にアルトーワ伯は仰天して一気に怒りが吹っ飛んだらしく、逆に恐縮し始めた。

「今回の件の弁済につきましては、ヴェルサルテイルが責任を持ってとり行います故、御安心召されよ。」

カステルモールがそう言って、タバサにウインクする。

「…という事である。」

イザベラからOKが出たのだと解釈して、タバサも頷いた。

「まさか、あんな焼畑みたいになっていただなんて…わざと外したのね。」

ベリータに化けているイザベラが、ゴクリと喉を鳴らしながらぼそっとそう呟く。
発動までに若干の時間を要するという欠点はあるが、悪夢みたいな魔法だった。

「彼女はそなたにかけられた嫌疑を解消する為に、私に働きかけたりもしている。
 許してやってはくれまいか?」

「確かに彼女には恩も御座りますれば、仕方ありませぬな…。」

アルトーワ伯は溜息を軽く吐いてから、そう答える。

「アルトーワ伯、そなたに感謝を。」

タバサはそう言って、微笑んだのだった。
ちなみに、それを見たメイドが一人で悶えていたが、色々とヤバいので皆見なかった事にしたという…。





夜中、王女の部屋の通風孔から、人影がモソリと出て来た。

「てってっててて、てってっててて♪」

…小声で変な鼻歌を歌いながら。
ちなみに出で立ちはというと、やけに肌にぴちっとしたデザインの服を着込み顔にはナイト・ヴィジョン・ゴーグルを装着している。
この界隈でこんな姿になる人間は一人しかいなかった。
すなわち、ケティである。

「タバサー、起きていますかー?」

「ん。」

「…シルフィも起きているのね、感謝しなさい腹黒娘。」

タバサはベッドからもそりと起き上がり、青い猫に変化したシルフィードを抱っこして、てくてくとケティの方へと歩いて行く。

「変な格好。」

「スニークミッションと言えばこれですから、仕方がありません。
 段ボールがあれば、完璧なのですが。」

ケティがまたわけのわからない事を言っているが、その点はいつも通りスルーする事にするタバサ。

「帰るの?」

「ええ、一足お先にリュティスに戻ります。
 なので、もう一度シルフィードをお貸し願いたいのですが。」

「ん。」

タバサはケティの言葉に頷くと、シルフィードをグイッと差し出した。

「んぁ…仕方が無いのね、腹黒娘。
 リュティスについたら、たらふく肉が食べたいです、きゅい。」

「はいはい、わかりました。」

そんな要求にケティは頷きながら『くぁ…』と、欠伸をするシルフィードをタバサの手から受け取った。

「さて…今回の旅行はどうでしたか、タバサ?」

「平穏無事。」

「平穏無事、ですか?」

「ん。ケティが、私が倒すべき相手まで倒してしまったような気がする。」

「またまたご冗談を。」

ケティは苦笑を浮かべて、タバサの言葉を否定する。

「こんなに穏やかな任務もそうそう無い。」

「そうですか…まあ、穏やかな日々の方が良いのですよ。」

窓を開け、星空を眺めながらケティが言う。
そして、おもむろに星空目掛けてシルフィードを放り投げた。

「きゅいいいいいいいいっ!」

シルフィードは、空中で変身を解いて、窓の下でホバリング飛行を始める。

「これ、結構疲れるから、とっとと乗るのね腹黒娘。」

「はいはい、それでは行きましょうか?
 ではまた、リュティスで。」

これが数か月前、ケティとイザベラがこっそり邂逅した事件の一部始終である。






そして、話は元の時間軸へと戻る。



[7277] 第五十二話 久しぶりにのんびりまったりと…エロ話なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:f46205e0
Date: 2012/05/29 21:55
果報は寝て待て

寝ます。寝ますが、果報が来ません


果報は寝て待て

時間は過ぎる、されど連絡はまだなし


果報は寝て待て

トリステインがガリアに言い訳するには、色々と屁理屈が必要なのです。それは重々承知なのですがね







母親の身柄を確保しにタバサがガリアに戻った後、1隻の大型船がトリステイン王城に設けられている港に停泊しています。
大型船とはいえレキシントンのように超巨大というわけではありませんが、特徴的なのは船のあちこちから蒸気がもうもうと噴出されているという点でしょうか。

「ゲルマニアの技術は世界一ィ!」

「それの発案は、うちの商会なのですが…。」

そして、その大型船から降りて来たキュルケがいきなり自慢げに言い放ったので、取り敢えずツッコむ事にしました。
船にはためいているのは当家の蜂の家紋と、ツェルプストー家のファスケスと杖が交差した家紋です。
ちなみにこのファスケスというのは、束ねられた棒と斧の意匠であり、ジュリオ・チェザーレの帝国に於いては権威の象徴であったものなのです。
そう言うと何となくわかるかもしれませんが、ツェルプストー家はジュリオ・チェザーレの帝国が現在のゲルマニアを征服した際に、属州総督としてロマリアから派遣された貴族が元になっています。
ツェルプストーの家紋のファスケスは、それを主張しているわけです。

ジュリオ・チェザーレの帝国は、確かに滅びました。
滅びましたが、あまりにも巨体だったが故に属州でも始祖の子孫たる王家が存在するトリステイン・ガリア・アルビオンを除いた地域、つまりゲルマニアが残ってしまったわけです。
属州総督達は崩壊した帝国本国からの難民を受け入れ、その後属州総督同士ですったもんだの戦争を繰り返していました。
ざっと300年ほど続いたその戦争でゲルマニアの国土は荒廃、そこに住まう者達もすっかり疲弊し、どうにもこうにもにっちもさっちもいかない領土の奪い合いに疲れ果てた属領総督達は、選挙によって自分達の頭を決めて取り敢えずそれに従うという形を用意する事で、互いの矛を収めるという事にしたのです。
そして彼らは故地ロマリアの教皇庁の権威を借りて、自分達の頭となるものをかつての故国の頭になぞらえ『皇帝』としました。
それがゲルマニア皇帝…まあアレですよ、300年も誰が強いか腕力で決めようとしたけれども決まらなかったから、皆で選挙して皇帝を決めて恨みっこ無しよというわけですね。
時代の変化とともに属州総督は『辺境伯』という爵位を名乗るようになり、ゲルマニアでは今でも各辺境伯家が主に選帝侯となって皇帝を選挙で選ぶという方式をが続いています…めでたしめでたし。

そんなわけで地球だと由緒ある家として扱われる筈ですし、実際にゲルマニアでは強大なる権威と権力を共に有する大貴族なのですが、始祖の血脈を引き継ぐ王家が6000年も保っているような世界に於いては『成り上がり者』と呼ばれるわけなのですよ、面倒臭いのですね。
うちも取り敢えず6000年以上の血脈を持つ家ですし、モンモランシ家もそれに近い家だったりと、この世界に於ける貴族の血脈の長続きぶりったら、もうね…なのです。
…おっとっと、思考が脱線していますね。

「そんなわけで、フォルヴェルツ号持ってきたわよ。」

そう、そしてとうとうトリステイン初の蒸気機関船となったフォルヴェルツ号が、ちょうどこのタイミングでのお披露目となったわけなのです。
ちなみに蒸気タービンは何回も爆発したので、今回は諦めました…まさか、こんなに再現が難しいとは。
そんなわけで蒸気タービン機関は何とか作れないかと試行錯誤中ではありますが、もう暫くかかるでしょう。
代わりに用意した蒸気機関はレシプロ方式のものでタービンほど効率は良くありませんが、頑丈に作れるのと保守がタービンよりも容易である事が利点となっています。
レシプロ蒸気機関に関しては、コルベール先生の今までの研究…つまり、レシプロ内燃機関の研究がかなり応用されているのだとか。
ちなみにこの蒸気機関、水も火も必要無いという凄まじくチートな蒸気機関だったりします。
蒸気機関の釜にあたる部分が、火石と水石を魔法の触媒で互いに共鳴させ合うことで、大量の蒸気を発生させるという魔法の蒸気発生装置になっているのですよ、実は。
火石と水石の質にもよりますが、この魔法の蒸気発生装置は一度起動させると10年間無交換で作動し続けるとか…出力はかなり小さいですが、原子炉かって感じですね。
まあそんなわけで、ぶっちゃけこの心臓部分が魔法的にどうなっているのか、私も詳しくは説明出来ません。
たぶん、作っている人達も何で水石と火石を共鳴させると凄まじい量の水蒸気が出るのかはわかっていません…はっきり言いましょう、皆が勘で作っています。
そもそも、この世界の船についている浮力発生装置だって、何で風石に魔法の触媒を反応させると浮力が発生するのかわかっていないのですから。
これだからファンタジーは嫌いなのです。

「キュルケ、お疲れ様でした。
 コルベール先生も、御久し振りです。」

「おおミス・ロッタ、久しぶりですな。」

降り立つと同時にキラーンと輝くコルベール先生の頭。
うむ、相変わらず手入れが行き届いていますね。

「お疲れ様ですというか、よくもまあこんな短期間で開発が終わりましたねというか。
 まあ兎に角、とても楽しんでいたという風に伺っておりますが。」

「流石は古代ロマリアからの火の技術を受け継ぎ発展させてきたゲルマニアですな。
 製鉄技術は流石の一言でしたぞ!
 工房が東トリステインに移転すると伺いましたが、職人を皆連れて行くとか?」

をう、既にあちらにも伝わっていましたか。

「ええ、このフォルヴェルツ号の同級を複数隻建艦する為には、ブレーメンの河岸では少々手狭ですからね。
 陛下から海沿いに大規模な造船所を建設せよと、直接の思し召しを戴きました。
 政府からの補助金も出ますし、でっかい研究施設も作りましょう。」

「おお、それは素晴らしい!」

いっそ、このハルケギニア中の研究者を集めて、技術を独占しつつ高める事にしないといけない感じになってきたのですよね。
技術を発展させるにしても、そこにある程度魔法を介在させる製造技術を徐々に魔法のいらないものにしていかないと、この6000年続いてきた世界は木っ端微塵になりかねません。
作動自体に魔法が必要無いものであっても、このハルケギニアに全く魔法無しで作れるものは何一つ存在しませんから。
それを圧倒的なマジョリティである所謂『平民』が理解しなくなると、えらい事になります。
銃は平民でも扱えますが、銃の中枢機構の量産はメイジにしか出来ないのですから。
所謂『市民革命』は、現状に於いてハルケギニアの魔法文明を根本から破壊する一撃となりかねません。
そうしない為には、製造技術を魔法無しでも運用可能な技術へとシフトさせる必要があるのです。
これによって、長く続いてきた世界を破壊してしまうというのは理解していますが、危険に怯んで歩みを止めたら人が人である理由なんてありません。
文明というものは止まったら後は死にゆくのみ、『立ち止まって一旦考えてみよう』というのは、滅びを誘う悪魔の誘惑です。
それに私がやらなくても、いつか誰かがやる事である以上、国益の為に私の意識化である程度コントロールしてしまおうというのもあります。

「この国はそこそこ資源はありますが、国土が小さく人口も少ない。
 技術で上回らないと、量に対抗出来なくなってしまいますからね。」

「ここ数十年の技術発展は、確かに凄まじい物がありますからな。
 遅れると大変な事になるというのは、確かに道理ですな、ふむ。」

コルベール先生はそう言って、ウンウンと頷くのでした。
魔法という人の才能頼みのエネルギーを利用して非常にゆっくりゆっくりと進んできたこの世界の技術も、とうとう産業革命前夜まで来たという事なのですよね。
ハルケギニアは地球での産業革命に必須であった石炭や石油などの化石燃料が殆ど見つからないわけですが、その代わりとして精霊が凝集して形成された『火石・風石・水石・土石』という凄まじくファンタジーな化石燃料のようなものの鉱脈が存在します。
エネルギー源までファンタジーです、すっげーですね、ファンタジー。
何で化石燃料が殆ど見つからないかって、恐らくは数千年ごとに大地が天高くカッ飛んでは落下しているせいなのでしょう。
恐らくは地の底深くに鉱脈が追いやられてしまったのだと思われます。

「…そろそろ、説明過多の地の文ウザいとか言われかねないのですね。」

「…ん?何言っているの、ケティ?」

「いえいえ、何でもありません。」

首を傾げて聞いてきたルイズに、私はニッコリそう答えたのでした。
やれやれ、メタるのも大変なのですよ。
デルフリンガーはサラッとやりますが。




そんなわけで面子が揃い、私達は姫様の執務室へと呼び出されたのでした。

「さて…。」

姫様が執務室にて、跪く私達に声をかけます。
え?何で跪いているのって?命令を受ける際は何時も跪いていますよ。
これが宮廷作法であり、私達は貴族ですからね。

「ジャン・コルベールで良いのかしら?
 それともフランソワ・ミシェル・ル・テリエと、本名で呼ぶべきかしら?」

「ジャン・コルベールとお呼び下さい陛下。
 この名前で呼ばれ続けて10年…こちらで呼ばれる方が慣れてしまっておりますが故。」

まあ、本名だと色々と問題もありますしね。
コルベール先生がそれで良いというのであれば、それで良いのでしょう。

「ではジャン・コルベール、卿の公文書無断処分の罪を女王アンリエッタ・ド・トリステインの名に於いて恩赦とする。
 …別に、私が直々にやらなくても良い程度の恩赦なんだけどね。
 まあ、謁見のついでと言う事で。」

「これで、学院で教師が出来るわけですな…。」

コルベール先生が、ほうっと胸をなで下ろしています。

「とはいえ、アルクマールに建設中の研究所が出来たら、そちらに暫く移って貰うことになりそうだけれども、良いかしら?」

「おおっ、そうでしたな!
 生徒に教育を施すのも素晴らしいが、研究所暮らしもまた魅力的…ううむ。」

コルベール先生が頭を抱えて唸り始めてしまったのでした。
彼は典型的な学者タイプなのに、授業するのもかなり好きな先生ですからねー。
同じ学者莫迦タイプでも、ギトー先生とはそのあたりが違うのですよ。
あの人は自説をうっとりと語っている時以外は、えらく面倒臭そ~に授業をやりますから。
この前ルイズに全力で張った風の障壁をいとも容易く抜かれた上にチョップを食らった(ルイズ曰く、軽くやっただけよ)らしく、それ以来怯えて授業そのものに出てきませんけれども。
何で、よりによって風最強理論の実践相手を、拳で魔法を無効化するルイズにやらせたのですか、ギトー先生…。
今度、美味しいお菓子でも差し入れる事にしましょう。

「次は…と、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー伯爵公女。
 今回の件に関する貴家の申し出、有り難くとツェルプストー辺境伯殿にお伝え願えますか?」

「はい、父に伝えておきますわ。
 トリステインが今、表立ってガリアと揉めるわけには行きませんものね。
 あの子の身分は、我がツェルプストー家が保証する事にいたします。」

今回の件というのは、旧オルレアン大公家の身元の受け入れなのですよ。
ツェルプストー家は代々やたら情に厚いので、いきなり連れていっても問題無いような気はしますし実際原作ではあっさり受け入れたわけですが、ガリア王族を受け入れるのですから事前の根回しはやっておいて損はありません。
面倒な話ですが、それぞれが領地持ち貴族という政治的な性質を持つ家に生まれていますからね。
友情にせよ何にせよ、政治から離れるのは困難…やれやれなのです。

「…で、ケティ?」

「はい、タバサが捕まった場合の連絡手段は複数ルートで確保しています。
 …本当は、何も無いのが一番なのですけれどもね。」

ガリアのデコ姫が何故か原作とは全然別人のノリですしね。
まさか重度の従妹スキーとは…いやまあ、タバサがあれ程愛らしいのですから、無理はないのですが。
あのタバサに冷たく当たるとか、精神病んでいるか美意識かおかしいかのどちらかであると断言します。

「何も無い可能性は?」

「あの派手で用意周到で狡猾なジョゼフ王が、オルレアン大公家の生き残りなどという不安材料を何時までも放って置くと思いますか?」

「まあ、無いわね。
 そもそも魔法の使える使えないなんて、為政者の資質とは何の関係もないものねぇ。
 誰よ、あのズッコケ王を無能とか言い出した莫迦は?
 無能王とか、長閑な渾名をつけて諸国を油断させた罪で斬首よ、斬首…ハァ。」

うんざりした表情で、姫さまがそう言いながら溜息を吐きます。
ズッコケ王も割とのほほんとした渾名だと思うのですが、そこにはツッコまないでおきましょう。
どうせ『私が国で私が法だから良いのよ』とか、サラっと言いやがりますし。

「はっはっは、大貴族は何処も大変だねぇ、我が愛しき蝶モンモランシー?」

「世間一般じゃ私達も割と大きな貴族の部類に入るのだけれども、ルイズの家とかキュルケの家と比べると吹いて飛ぶような領地だしね。
 うちは元侯爵家だけれども…ううっ、お祖父様の莫迦。」

「大貴族爆発しろ。」

見栄張り過ぎで自転車操業状態のグラモン家、先代がやんちゃやらかし過ぎて先祖代々のモンモランシ侯爵家領をボッシュートされたモンモランシ家、代々矢鱈と変態を排出する(輩出とは言わないでしょう)グランドプレ家の三人が、何か言っているのです。
まあ、領民少な過ぎる上に交易も碌に出来ない僻地領主である我がラ・ロッタ家も、本来はあっち側なのですが。

「しかし、タバサがどうにかならないと助けに行けないってのはやりにくいなぁ。」

「そうよね~…ねえケティ、先回りしてちゃちゃっと連れてきちゃ駄目なの?」

才人とルイズが、そう私に尋ねてきたのでした。
単純明快なやり方を好みますからね、二人共。
似たもの主従なのですよ、意外と。

「だ…。」

「駄目に決まっているでしょう。
 廃止されたとはいえ、王族を何の名目も無しに拐ったのがバレたら即戦争よ。
 予備役動員と学徒動員は解除しちゃったし、そろそろ国庫もスッカラカンなの。
 これ以上何かやるなら、戦争税を徴収して戦時国債も発行しなきゃいけなくなるわ。
 ただでさえ、何の為に借りたんだかわからない借金が腹立つくらいあるのに、勘弁して頂戴。」

「…と、言う事なのです。」

姫様に全部言われてしまいましたが、その通り。
旧オルレアン大公家の処刑を防ぐ為の身元確保とか何とか理由をでっち上げられる状況にないと、流石にタバサ達の身元を確保するわけには行きません。
王族とは、すなわち国家の所有物なのですから、明確に国家が『要りません』というサインを出さない限り、勝手に連れ出すのは無理です。
そもそも、その状況であっても限りなく黒に近いグレーなので、かなり拙いのですよ?

「そもそも、ケティが持っている伝手ってそんなに正確なの?」

「それに関しては姫様にも話せませんが、ご安心あれ。
 ガリアも、色々と複雑なのですよ。」

デコ姫と、商会経由で渡りをつけた旧シャルル派と、誰も喋るとは思っていないおしゃべり風韻竜。
主なルートだとこんだけですが、あまり増やすと却って逆に情報が流出しかねませんからね。

「しかし、任務に失敗したら即死刑とは…ね。
 まさかミス・タバサにそのような過酷な裏があったとは。」

「家名を名乗らない時点で、何処かのご落胤か何かだと思っていたけれどもね。
 オルレアン大公家だって聞いた時には、流石に仰天したわよ。
 何とか、助けないとね。」

心配そうにギーシュとモンモランシーがそんな話をしています。
今まで結構色々と一緒にやってきた身ですからね、情も湧くというものでしょう。

「…つまり、颯爽とこのマリコルヌ・ド・グランドプレがミス・タバサを助けに行って、『素敵、抱いて!』的展開になる事も有り得るという事だね。
 フフフフフ、我が世の春が来たァ!」

まあ、夢を見るのは自由ですよね。
徹頭徹尾ただの夢ですが、ええもうどうにもこうにも夢ですが、完全無欠に夢以外の何者でもありませんが。

「夢を馬鹿にするな!
 夢を見るからこそ、人は生きて行けるのだよ!」

「変態の癖に上手いこと言ってんじゃねーよ、なのです。
 炎の矢。」

「ぎゃー!ありがとうございます!ありがとうございます!」

人の心中を読むような輩は、取り敢えず燃やしておきましょう、ええ。
しかし、この常識外れの変態…どうしましょうか?




数日後、ルイズとシエスタが私の部屋にやって来たのでした。
変な本を持って。

「バタフライ伯爵夫人の優雅な一日?」

「シエスタが言うには、今トリスタニアで流行っている本なんだって。」

渡されたのでパラパラ~っと読んでみましたが、エロ小説ですね。
伯爵夫人と使用人やら騎士やらの美青年が一日中組んず解れつアレコレするだけの内容なのです。
…乙女に何つーモノを読ませるのですか。

「いったい、どんだけ性欲を持て余しているのですか、トリスタニア市民は。」

エロ小説が流行るとか、どういう状況なのですか。
しかも恋愛にエロを絡ませるわけじゃなくて、ただただひたすらヤってるだけですよ、コレ。

「きゃーとか言わないわね。」

「赤くなりませんわね。」

頭上から、不満そうな声が…。

「私をキャーキャー言わせたかったのですか?」

『うんうん。』

ルイズとシエスタはコクコクと頷いています。
コヤツら…。

「恥ずかしくないの?」

「恥ずかしくなる前に、ドン引きでしたが…。」

そもそも男性とそういう事になるってのが、いまいちピンと来ないと言うか。
2回ほど押し倒されたのに、未だにピンと来ないのもどーなんだって感じなのですが。

「だだだだだって、命令するのよ。
 命令して、めめめ命令して、な、舐めさせたりとか。」

「そうです、命令された使用人が、使用人ががが…。」

ナルホド、この二人がこの小説に反応しまくっているのはそれですか。
双方ともに自己を投影しているのですね。

「二人共、才人にこんな事をしてみたいとか、されてみたいとかいう願望があるのですか。」

『キャーキャーキャー!』

「もが…。」

顔を真赤にした二人に、私は口を塞がれたのです。

「だだだ、だから何でそんな破廉恥な事を、真顔で言えるのよあんたは!?」

真っ赤になったルイズに、何故か怒られてしまいました。
怒られた原因はわかっていますが、内容はボカしましたし破廉恥な事など言っていないではありませんか。

「そそそそうですわ、破廉恥なのはいけないと思います!」

破廉恥な本読ましておいてそりゃねえぜとっつぁんと言うか、それは中の人的に姫様のネタなのですよ、シエスタ。

「そうは言われても、私は才人にそういう命令をしたいともされたいとも思った事は…もが。」

「だから、そういう破廉恥な事を言わない!?」

『そういう命令』としか言っていないのに、理不尽な…。

「で…ケティ?」

「はい、何ですか?」

ルイズが私の耳元でボソボソ呟きます。
息がくすぐったいのですが…。

「…内容、理解出来るの?
 わたしは何か凄く破廉恥だってのは、辛うじてわかる程度なのだけれども。」

「わかりますよ、概ね。」

そっち関連の知識は、前世の人のですけれども。
こっちは色々と素朴ですし、読めば何やっているのかは概ね予測がつくのです。

「わかるのっ!?」

「そういう知識が欲しいなら、モンモランシーの部屋に行けば置いてありますよ。」

モンモランシーの部屋には水系統魔法医療関係の本に紛れて、房中術系の魔法指南書の本も何冊か置いてありました。
確かに房中術は水系統に属するものですが、一体何を企んでいるのだか。
まあそれはさて置き、房中術の魔法指南書はそっち系のテクニックの指南書でもありますから、読んで理解出来れば私の手の中にあるエロ小説の中身も大体想像出来るようになります。
…何で知っているのかって?
ええそうですよ、読みましたよ、読んじゃ悪いですか?
そういう年頃なのですよっ!

「あんのエロモンモン、まさかそんな本を持っているだなんて…。
 ケティにそんな本見せて!」

まあそんな訳で、ルイズには私の知識の出所がモンモランシーの持っている本だという事にしておきます。
モンモランシーにとってはとんだとばっちりですが、あんな本を持っている方が悪いのですよ、おほほほ。

「…で、それはさて置きコレってどう意味なの?」

「ああ、それですか?
 ゴショゴショゴショ…。」

「え?うわ、何それ、そんな事するの?
 そそそそそんな恥ずかしい事するの?
 わわわたしダメ、そそんなの恥ずかしくて出来ない!
 …で、こ、こっちは?」

「それはですね…ゴショゴショゴショ…。」

「きゃー!きゃー!何それ!何それー!?」

話の内容は、検閲につき削除なのです。



「うは、うはははははははは…。」

エロ小説の中身を私がルイズに親切丁寧にわかりやすく解説するという訳のわからないやり取りが何回か交わされた結果…ルイズは顔を真赤にして変な笑い声を上げながら、床に転がって虚ろな目で体をクネらせています。
純情なルイズには刺激が強過ぎたようです…かく言う私も、おそらく顔が真っ赤ですが。
心を平静に保つにも限度ってもんがあるのですよと言うか、まずい腰に力が入らない…。

「な、何だかわかりませんけれども、『バタフライ伯爵夫人の優雅な一日』で何が起こっているのか全部理解しているとか…年下なのにミス・ロッタ凄いです!」

「いやシエスタ。
 こんな下らない事で、そのような尊敬の眼差しを向けられても。」

と言うか、微妙に馬鹿にされているような気が…。

「女子寮のエロマスターを名乗れますよ!」

「その名称は断固としてお断りします!」

何という嫌な呼び名…。
いろんな意味で乙女としては終わっている呼び名ですよ、それは。

「…で、ミス・ロッタ質問なんですけれども、ここはどういう事なんですか?」

「そこはですね…ゴショゴショゴショ…。」

「だ、駄目です私、サイトさんにそんな事出来ません!」

「やらなくて結構です!」

「あ、次は…。」

ああもう、何で聞かれると思わず説明してしまうのでしょうね、私は。
勿論こちらのやり取りも、検閲につき削除なのですよ。
18禁になっちゃいますからね。



「ふふふ…ふふふふふふふふふふ、良い事聞いちゃった、良い事聞いちゃった。」

ルイズの時と似たようなやり取りが繰り返された結果、シエスタも床に転がって虚ろな目で変な笑い声を上げています。
自分で説明しておきながら、私も完全に腰が抜けてしまいました。
…トリステインのエロ作家、恐るべし。

「…ね、ねえケティ?
 話は思い切り変わるのだけれども、良いかしら?」

「な、何ですか?」

ある程度立ち直ったらしく、ルイズが私に話しかけてきます。
さすがにもう、エロ解説は無理なのですよ?

「さっき、シエスタと話している時に指摘されたんだけれども、ひょっとして使い魔の契約魔法って、使い魔に主人への好意を植えつける効果とかがあるのかしら?」

「…ありますよ。」

あ、このノリで聞かれたから、ついペラッと…。

「あるの!?」

「ナンノコトヤラ。」

コレで誤魔化せれば良いのですが。

「誤魔化さないで!」

無理でした…。

「はいはい…ありますよ。
 使い魔として契約するんですから、行動及び思考を制約する魔法…つまりギアスの類がかかるのは当然なのです。」

「あるんだ…。」

ルイズの呆然とした声…まあ、気持ちはわからなくも無いですが。

「でないと、例えば凶暴な火竜を呼び出したりしたら、四六時中使い魔に怯えて生活しなくてはいけなくなるでしょう?
 使い魔との契約の魔法は使い魔に主人への好意を植えつけ、更に害を為せないように行動を制約します。」

「そ、そうなんだ…じゃあ、サイトがわたしを好きって言ってくれるのは、魔法のせいなのね…。」

ルイズは床に転がったまま、ダンゴ虫みたいに丸まってしまいました。
コレは敢えて言いませんが、才人が怒ったルイズに何の抵抗もせずに殴られるがままなのは、反撃出来ないように魔法によって行動を制約されているからです。
今のルイズが頑丈であるとか無いとかそもそも強いとか…そんなものは通り越して、才人はルイズを殴る事が絶対に出来ませんし、そういう思考すら浮かびません。
それが使い魔ってものなのです。

「じゃあやっぱり、サイトに他に好きな女の子が居ても、魔法で捻じ曲げられちゃうのね。
 例えば本当は、ケティが好きだとしても。」

「…その可能性は低いですが、有り得ます。
 それがどうしたって感じですけれども。」

ンな瑣末な問題で悩まないで貰いたいものです。
気にしたってしょうがないのですから。

「そ、それがどうしたって…。
 魔法で気持ちが捻じ曲げられるなんて、良い事じゃないわ。」

「はぁ…いいですか?
 吊橋効果ってのがありまして。
 男女を二人きりで不安定な吊り橋の上で過ごさせると、恋に落ちる確率が凄まじく高いそうなのですよ。」

「え、ええと、つまりどういう事?」

私の話がよくわからないのか、ルイズは首を傾げます。

「吊橋の上に居るとですね、まず高所という慣れない場所なので心臓の鼓動が上がります。
 そして、心細い中で目の前に居るのは一緒に居る異性だけです。
 ドキドキして、安心します。
 これを、人の心は恋愛感情と勘違いする事があり、実際に恋愛関係になったりします。」

「そ、そんな事で?」

信じられないといった感じの表情で、ルイズが私を見ています。

「そういう攻略法もあるんですね、ふむふむ?」

何メモってますか、シエスタ?

「ええ、そんな事で。
 もちろん、ほとんど錯覚みたいなものですから、相性が上手く合わなくて破局することが多いそうですが。」

「駄目じゃない…。」

「いや、駄目じゃないですよ?
 相性が合えば、そのまま結ばれることだってあります。
 まあそのくらい心ってのは不確かなものですし、そんなしょうもない切っ掛けが元であっても幸福になる人は幸福になります。
 魔法だって一緒ですよ、不自然だって時を経れば自然となります。
 魔法でルイズに好感情を抱くというのは単なる切っ掛けで、才人がルイズに好意を持っているのは、ルイズの事が気に入ったからですよ。」

飽く迄も好感を抱かせるだけであって、主人に対して使い魔を発情させる魔法じゃありませんしね。
高感度が一定以下に下がらないというのはチートっぽいですが、その点に於いて実はルイズも一緒です。
使い魔が主人を心から嫌う事が出来ないのと同じように、主人も使い魔を心から嫌う事は出来ません。
双方向性のギアスですから、どっちもどっちって感じですね。
アカデミーで読んだ本でも、そんな感じの事が書いてありました。

「要するに、恋愛関係はゴチャゴチャ理由とかを探す事自体が不毛で、己の心の感じるままに行動しなさいという事ですよ。
 後は度胸です。」

「おをっ!?」

人に言っておいてなんですが、私はそういうの無茶苦茶苦手ですがね!
いちいちトントンと積み上げていかないと、納得出来ない性質ですから。
でも、ルイズの場合は『ドント・シンク・フィール』的な発想の方が良いかなーと思うわけで。

「そうですよね!恋愛は勢いですよね!」

ええと、シエスタまでなんか元気になっちゃったわけですが。

「いや、勢いだけだと事故を起こしそうな…。」

「むしろ、起こせ事故って感じですよね!」

この娘、何かデンジャラスな事言ってるー!?
しかし、私はいったい何をやっているのでしょうか、ハハ…。





「起きろ~、起きるのね~?」

「んぅ…やかましいですよ、シルフィード。」

シルフィードに揺り起こされた私は、布団を深くかぶり再びゆっくりと目を閉じます。
…ん?シルフィード?シルフィードですか…シルフィード…すぴー。

「きゅい!ああもう!お姉さまが大変なのに、このネボスケ腹黒娘は~!」

「ああ、布団が、布団が…。」

思い切り布団を剥ぎ取られてしまいました…寒いのです。

「布団…布団…。」

「がぶ。」

あれ?なんか、頭が痛い…。

「ぎにゃー!
 人の頭に齧り付くとか、何考えているのですかー!?」

「寝惚ける腹黒娘が悪いのね!
 あと、人間美味しくない!きゅい!」

「何で齧っただけではなく、味見までしているのですかー!?」

「せっかく齧ったんだから、味見くらいはします、きゅい!」

この腹ペコ風竜め、妙な方向でセコくなって…誰ですか、こんな教育施したのは。
それは兎に角として…?

「…随分とタバサそっくりに変身しましたね、シルフィード?」

「きゅいきゅい、お姉さまには双子の妹が居るって、前に聞きました。
 だから、その娘に化けてみたのね。
 これぞ韻竜の知恵です、えへん。」

えへんと胸を張る表情豊かなタバサの姿に化けたシルフィード…ううむ、タバサの表情筋もやれば出来る子なのですね。
まあ確かに、タバサに化ければジョゼットにも化けた事になりますが…。

「そのネタがばれたらガリア王宮が大騒ぎになるから、是非とも止めてくれなさい。
 人の姿になるなら、元々のアレがあるでしょうに。」

「ブーブー!つまらないのね、それは。」

御前は真顔で何言ってやがるのですか、シルフィード。

「タバサの顔で感情豊かな表情を浮かべて語るとか、器用な真似をしないでください。
 そして、駄目なものは駄目です。
 そもそも、何でそんなに余裕なのですか。」

「…空元気でも出してないと、シルフィはシルフィの不甲斐無さで泣きたくなります、きゅい。
 腹黒娘が前に言ったのね。
 辛くても逃げられない時は、自分で自分にハッタリかませって。」

をう、いかにも私が言いそうな台詞。

「…どんな時に口走った言葉なのだか。
 まあ、そういう理由であれば納得なのです。
 で、何が不甲斐無かったのですか?」

「お姉さまを捕まえたエルフがとんでもなかったのね。
 お姉さまの魔法を跳ね返して、シルフィを風の魔法で捕縛するとか無茶苦茶よ、きゅい。」

「そりゃ確かに、出鱈目もいいトコなのですね。」

韻竜という生き物には、それぞれ生まれながらそれぞれが司る精霊の加護があります。
風韻竜のシルフィードには、風の精霊が生まれながらに加護を与えており、通常彼女を風の魔法で害する事は出来ない筈なのです。
逆に言うと、タバサを捕まえたエルフ…ビダーシャルは、幼生とは言え風韻竜から風の精霊の加護を引っ剥がすレベルの精霊への干渉力の持ち主ということです。
私の攻撃は、まあまず通用しないでしょう。
それどころか、私自身の魔法で私が蒸発しかねません。

「今回ばかりは銃器でも解決できませんよね、間違いなく。」

つーか、核兵器食らっても生きていそうなのが怖いです。

「それは兎に角として、前に私に見せてくれた格好の方に変身しなおしてください。」

「きゅい…くるるるるるるるる、きゅるるるるるるるるるるる…。」

精霊が反応して起こる光にシルフィードは包まれ、その光が止んだ時には16~18歳くらいの少女の姿になっていたのでした。
タバサと同じ青銀色の髪にボンキュッボンのダイナマイトボディです。

「じゃ、取り敢えず服でも用意することにしましょうか。」

でないと、魔法学院に裸で歩きまわるガリア王族っぽい少女とかいう学院七不思議が生まれかねませんしね。

「服イヤー!布っきれを体に巻きつけると、風の精霊が嫌がるからシルフィも不快になるのね!
 裸がシルフィのユニフォームです!きゅいきゅい!」

「何処のアパッチ野球軍ですか、貴女は…。」

シルフィードに説教を始めた途端に後ろから妙な気配が…。

「おーいケティ、ルイズがまだ知らせは来ないのか…って…え?裸の女の子?」

「きゅい?」

コレまた狙ったようなタイミングでやってきた才人が、ノックもせずに部屋にやって来たのでした。
フフフ…このラッキースケベ野郎めがー!



[7277] 第五十三話 さあ、作戦を始めよう…なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:f46205e0
Date: 2012/05/18 23:42
人質救出作戦
私達は何時から特殊部隊になったのですか?

人質救出作戦
デルタフォースかSASかGIGNか?そんな屈強になった覚えはないのですが。

人質救出作戦
やったろうじゃありませんか、タバサ可愛いですし!







「乙女の部屋にノックも無しに何度も何度も何度も何度もやってくるたぁ不届き千万!
 ラッキースケベもいいかげんにしなさい、このエロ使い魔。
 さあその魂、極彩と散るが良い!」

「まままままま待て、待て待て!?」

私の杖から出た炎が鳥の形を形成し、コケコッコー!と雄叫びを上げます。

「鳥なのはいいとして、何で鶏!?
 何で学名ガッルス・ガッルス・ドメスティクスの形してるの、その炎!?」

「私が一番イメージしやすい鳥類が、鶏だったからですよ、悪いかー!」

慌てて才人が質問してきたので、思わず返答してしまう私です。
それにしても鶏の学名なんて良く知っていましたね、才人。

「それに結構おっかないんですよ鶏!
 卵を取りに鶏小屋に入ると、私達メイジが呪文の詠唱を終えるよりも先に襲い掛かってきて頭とか突っつくんですよっ!?
 限定された戦場においてはメイジをも凌駕する存在、それが鶏ッ!」

「うわー、俺以外の平民が聞いたらメイジへの幻想がぶっ壊れそうな台詞だー!?」

呪文を唱え終わらないメイジなんて、ただの自作ポエムを語っているだけの痛い人なのですよ。

「まあまあ、ここはシルフィに免じて止めるのね腹黒娘。」

マッパのシルフィードが、そう言いながら私の肩を叩いてきたのでした。

「な、何この裸のおねえさ…げふぅ!?」

あ…シルフィードが気を散らすから、思わず発射してしまったではありませんか。
まあ、現在研究中の見た目だけで威力はからっきしなコケ脅し魔法なのですが。

「取り敢えず才人を気絶させる事には成功しましたか…さてシルフィード、服を着なさい。」

私はニッコリと誠意を込めた笑顔で、シルフィードに『お願い』する事にしました。
時間がありませんしね。

「ハイ、カシコマリマシタ。」

「素晴らしい。素直な者は長生き出来ますよ、シルフィード。」

急にぎこちない表情になってカクカクと頷くシルフィードに、私はもう一度微笑んだのでした。




「きついのね…胸とお尻が。」

「悪かったわね…。」

私の服だと背丈が足りなかったのでジゼル姉さまに服を持って来て貰ったのですが、グラマラスな体型のシルフィードとスレンダーなモデル体型のジゼル姉さまだと一部横幅のサイズが合わなかったようで、パッツンパッツンになってます。
飽く迄も一部が…コレが格差なのですね。

「私だって、ジョゼ姉さまみたいにボンキュッボーンな迫力のある美人になりたかったわよ。」

「ジョゼ姉さまは色々と反則ですからね~。」

ルイズの姉のエレオノールも『あの万能巨乳めが…うぎぎ…巨乳許さん、呪われろ巨乳』と、夜な夜なうなされているとか。
カトレア発ルイズ経由の情報ですが、それにしても遭遇していたのですね、あの二人…。

「それにしてもこの娘誰?
 サイトが黒焦げになってる理由は何となくわかるから、どーでもいいけど。
 どうせ後数分で復活するしねー。」

「復活しますしねー。」

ああ、何だか才人の命がそこはかとなく軽い今日この頃。

「きゅいきゅい、良くぞ聞きました尻尾。」

尻尾って、ジゼル姉さまの事ですか…?
いやまあ確かに、ジゼル姉さまは基本的にポニーテールですが。

「このシルフィこそ何を隠そう、この世界の空の支配者。
 風の精霊を統べる者…。」

「わかりやすく言うと、タバサが乗っていたあの風竜です。」

「そう、あの風竜ことシルフィードなのねっ!
 …きゅい?何か急に身も蓋も無い説明になったような気が。」

シルフィードが首を傾げています。

「気のせいなのです。」

「気のせいならいいのね。」

納得して貰えたようで、結構結構。

「ああ、風韻竜だものね。
 伝説通り人に化けたりとか出来るんだー、すごーい。
 おお、髪もサラサラ。」

ポンと相槌を打ってうんうんと頷きながらシルフィードに触るジゼル姉さま…何故知っていますか?

「きゅい?何で驚かないのね?
 そして何でシルフィが風韻竜だと知ってるのね、尻尾!?」

「えーとね…学院が襲われた時に、『お肉ー!』って叫びながら飛び上がったじゃない?
 あの時に貴女が風韻竜なんだってのを知ったのよ。
 ちなみに姫様も知ってるわよ、貴女の正体。」

このお莫迦竜…知られたのがジゼル姉さまと姫様だけでよかったというか、何と言うか。

「…何故に私にそれを教えてくれませなんだか、ジゼル姉さま?」

「あ~、聞かれなかったし、ケティならどうせ何時も例の如く知ってるかなーと。」

何なのですか、その《何時も例の如く》というのは…。

「事実知ってたし。」

「あー…まあ、結果オーライではありますか。」

情報の秘匿は知る者が少ない事と、知る者が喋らない事で成立しますからね。
おおかた姫様あたりが口止めしてくれたのでしょう。

「でも、ケティが今あっさり教えてくれたって事は、そんなに重要な問題では無かった?」

「重要な問題でしたけど、隠している場合でも無いのですよ。
 ジゼル姉さまは基本的に口が堅いですしね。」

事実として、私がばらすまでシルフィードの事を全く口外していなかったようですし。
流石は私の姉と言いますか、何と言うか。

「その子の事を隠している場合で無くなったという事は…タバサに何かあったのね?」

「ええ、出来れば何時ものメンバーを集めて貰えると有り難いです。」

ジゼル姉さまの使い魔は偵察型ですからね。
人探しにはうってつけなのですよ。

「わかったけど、ケティは?」

「才人がほぼ再生したので、説明をしようかと。」

取り敢えずベッドに寝かせておいた才人ですが、そろそろ起きて貰いましょう。
煤がシーツについてしまったので、洗濯に出さないといけませんし。

「おわ、何度見ても冗談みたいな勢いで再生するわね、サイト。
 了解、じゃあ行って来るね。」

ジゼル姉さまはそう言うと、部屋から駆け出して行ったのでした。

「…さて、才人起きてください。」

焦げた状態からほぼ再生を終えた才人をゆさゆさと揺さぶります。
しかし、ギャグキャラ属性か何かなのでしょうかね、この驚異的な再生能力は。
いやまあ、使い魔になった影響なのでしょうが。

「むー…後ちょっと。」

「駄目です。」

「お願いだよ母さん、あと五分でいいから…。」

誰がオカンか…とは言え、才人が故郷の事を思い出している貴重な時間を奪うというのも…うーむ?

「おーい、起きるのね青いの。」

「うーん…。」

私が迷っている間にシルフィードが揺すりますが、なかなか起きません。
眠りが深いと言うべきか、フッ飛ばしたダメージが大きかったというべきか?

「起きないと齧ります。
 宣言したのね、だから起きるのね。」

「ぐー。」

シルフィードが揺すっても起きない才人に宣言したかと思うと、口をくわっと開け…。

「がぶ。」

「ぎゃー!?」

躊躇無く才人の頭に噛み付いたのでした。

「うぇ~、人間は雄もやっぱり不味いのね…火竜は何でこんなのをわざわざ襲って食べるのか、シルフィには理解出来ません、きゅい。」

「そんな理由で私と才人は齧られたのですか…。」

しかし、風竜の味覚では人は不味いのですか…。
何で竜騎士が使い魔では無い他の風竜に大怪我を負わされる事故はあっても食べられる事故が少ないのか、何となくわかりました。
単純に不味いから、襲っても食べないのですね。

「あててて、女の子に齧られるとか、俺は上条さんか…。」

「おはようございます、才人。」

頭を押さえる才人に、私は声をかけます。

「おはようっていうか、気絶から目覚めたわけだが。」

「ノックせずにドアを開けてはいけないと言ったでしょう?」

私をジト目で見る才人にニッコリ笑顔で返すと、バツが悪そうに眼をそらしました。
悪いというのは認識出来ているようで結構なのです。

「いやまあ、それはそうだけどさ…何も魔法ぶっ放さなくても良いじゃん。」

「え!?拳銃で撃っても良かったのですか?」

「魔法か銃弾かの二択かよ!?」

才人が悲鳴のような抗議の声を上げます。
相変わらず打てば響くようなツッコミで結構結構。

「俺の周りにいる女の子って、どうしてこうも暴力的なのばっかりなんだ…。
 それはそれとして、そこにいるさっきまではマッパだったお姉さんは誰?」

「良くぞ聞きました青いの!」

「青いのって、俺の事か?」

「いっつも青いのね、青いの。」

「いやまあ、確かに何時も青系統の服を着てはいるがな…まあいいか。」

才人はパーカー以外の服を着ている時も、青系統の服を好みますからねー。
青いのって呼ばれても仕方が無いでしょう。

「シルフィは大空の支配者にして風の眷属、風の精霊を統べる者…。」

「要するに、タバサの使い魔のシルフィードです。」

「そう、要するにお姉さまの使い魔シルフィードなのねっ!
 きゅい?また大幅に端折られた様な気が…。」

「気のせいなのです、気のせい。」

「気のせいなら良いのね。」

長い口上を述べても、理解出来なきゃ仕方がありませんからね。
省略省略。

「ああ、あの風竜の…竜って人に化ける事が出来るんだ?
 ルネの飼っていた風竜は、そんなに頭良さそうに見えなかったけど・・・。」

才人は不思議そうに首を傾げます。
ああ、そう言えば才人には韻竜に関する知識がありませんでしたね。

「シルフィードは知性ある竜、韻竜という特別な竜なのですよ。
 詳しい説明は面倒臭いので、バヌトゥの親戚みたいなものだと思ってください。
 まあ、あちらは人の姿がメインですが。」

「そこでチキを出さないあたりに、そこはかとない悪意を感じるな…。
 まあ良いや、大体理解できた。」

いやー、説明がパパっと済むのは実に楽で良いですね。
竜に関する共通語を作ってくれたという点においても、ファイヤーエムブレムは偉大なソフトなのです。

「ところで、何でわざわざ正体をバラしてるんだ?」

「使者としての身元を明かすには使い魔である事を教えるのが一番手っ取り早いって、お姉さまと腹黒娘が前に話し合って決めたもしもの時の為の取り決めなのね。」

ちなみにタバサ無しだと容易に正体がばれるだろうから、バレる前にバラさせて身分の証に使おうと言ったのはタバサです。
流石はシルフィードの主人、自分の使い魔を良くわかっていますね。

「私がシルフィードの身元を保証出来る場合に限るんですけどね。
 私がいるから、シルフィードはタバサに前に言われた通りに正体を明かしているというわけなのです。」

「なるほど、シルフィードがケティの言っていた伝手ってわけか…。
 ちょっと予想外な展開だったけど、伝手が人類じゃないあたりケティらしいっちゃケティらしいか。」

才人は納得して頷いていますが、何かさらっと酷い事言われたような?

「伝手が人類じゃないってあたりが、何か引っかかりますね。」

「人類であろうが無かろうが、話が出来る相手なら気にしないだろ、ケティって?」

「成る程、そういう意味でしたか。」

まあ確かに、話が通じるならエルフだろうが竜族だろうが気にはしませんね。
ジャイアントホーネットの女王と何度も話をしているうちに免疫がついたってのもあるでしょうが、ラ・ロッタ領の人間はそのあたりに無頓着です。

「さて、ジゼル姉さまが皆を呼びに行っている間に、お茶の準備でもしておきますか…。」

棚から蒲公英茶を取り出しつつ、呪文を唱えて竈に点火。
上には冷めかけた湯の入った薬缶を置いてあるので、数分で再沸騰するでしょう。

「モフモフ…。」

「…って、何で棚から出したクッキーをおもむろに食べ始めやがりますか、この竜は。」

お茶の缶と一緒に取り出したクッキーを、シルフィードがモフモフと食らっています。

「とっても甘いのね!」

「そりゃまあ、味付けに甘草で作ったシロップを使っていますからね。」

砂糖はゲルマニア北部で取れるものが主なので高いですし。
甘草に含まれる甘味成分のグリチルリチンは大量摂取すると副作用が出る場合がありますが、適度に使えば砂糖を節約しつつ甘いお菓子を作れます。

「シルフィはリュティスから一切止まらずにここまで飛んで来て、その間に何も食べていなかった事に気づいたの、きゅい。
 思い出したら、どんどんお腹が減ってきたのね。
 お肉、お肉の匂いがする。」

鼻をフンフンと鳴らしながら、シルフィードはとある棚に近づいて行きます。

「竜って、結構鼻も効くのですね。」

「あの棚、何か入ってんの?」

「つまみ用に買ったソーセージやチーズの類が…。」

臭いが外に漏れないように魔法処理された保管用の家具で、前にトリスタニアで買ったものなのですが…。
人にはわからないレベルの臭いは漏れているようですね。

「ヒャッハー!肉だーチーズだー!なのね~!きゅいきゅい!」

「…止めなくても良いのか?」

棚を空けてぶっといサラミソーセージに齧り付くシルフィードを見ながら、才人が恐る恐るたずねてきます。

「まあ、長旅で消耗しているのは事実でしょうし、仕方が無いでしょう。
 ジゼル姉さまたちが来るまでに食堂に連れて行くというのも面倒臭いですし。」

「怒るかと思っていたけど…。」

才人には、私がそんなに怒りっぽい女だと思われているのでしょうか、ちょっとショックです。

「兎に角、皆が来たら説明しつつトリスタニアへ向かいましょう。
 馬車は学院長から徴発します。」

「学院長のでかい馬車を借りるのか…。」

こういう時、ルイズの権限は役に立ちますね。




「はー…この子があの風竜ねぇ…。」

「鳥も美味しいのね!」

王都トリスタニアに向かう馬車の中、マルトーさんにこしらえて貰った鶏の丸焼きを美味しそうに骨ごと噛み砕くシルフィードを見て、ルイズがしみじみとした表情を浮かべて呟きます。

「成る程…先住魔法を使えば、元が竜でも巨乳の女の子になれるのね。」

「着眼点がおかしいです、ルイズ。」

見ていたのはシルフィードそのものでは無く、シルフィードの胸ですかぃ。

「ルイズ、ルイズ、シルフィードが韻竜だったとか、その事に対する感想は何か無いのかね?
 僕ぁこんな身近に伝説の生き物がいた事に感動しているんだが。」

「使い魔が伝説の使い魔だったり自分も伝説の系統だったりで、何処かで生きているんじゃあないかとは言われていた伝説の生き物に遭っても何か今更感があるのよね。」

ああ、ルイズが何だか乾いた事を言っています。

「そもそもギーシュって、そんなに動物好きだった?」

ギーシュがシルフィードにしきりに感心しているのに気づいたルイズが、ギーシュに尋ねます。

「はっはっは!こう見えても僕はね、子供の頃から動物が大好きなのだよ!」

「…女の子もね。
 良かったわねー、珍しい生き物でかつ女の子とか。
 ギーシュの好きなもの倍率ドンよね。」

「ぐっ!?」

隣に座っていたモンモランシーが、キラキラした瞳でシルフィードを見つめるギーシュにきつい視線を向けながらボソッと呟き、それを効いたギーシュが気まずい表情を浮かべました。

「い、嫌だなぁ、我が麗しきモンモランシー。
 確かにシルフィードは今、見目麗しきレディだがね。
 しかし竜は竜だよ、有翼人よりもエルフよりも遠い種族だ。
 レディである限り敬意は払うが、それだけだよ?」

「…その割には、視線が特定部位に集中している気がするけれども?」

「うぐ…。」

…ああ、まあ確かに、ギーシュの視線はシルフィードそのものというよりはシルフィードの胸と尻を行き来していますね。
ほほほ、女の子はそういう所敏感なのですよね、コレが。
ちなみに才人もマリコルヌも似たようなものです…何で、マリコルヌがちゃっかり乗り込んでいるのかわかりませんが。

「ジゼル姉さま、マリコルヌを呼びました?」

「呼んでない呼んでない、変態だし。」

ううむ、どうやって察知したのか謎過ぎます。

「フフフ…僕が本気を出せば、この程度は軽ぁるい軽い。
 そんなわけで踏んで下さい。」

「何がそんなわけなのかわかりませんし、踏むのも勿論嫌です。
 死になさい、変態。」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

何時の間にか風のラインクラスになっているわ、気配は殺せるようになっているわで、着々と変態への進化を重ねるマリコルヌ…どうしてこうなったのでしょう。

「まあ変態は放って置くとして、水精霊騎士団の方は私達が居ない間はどうするの?」

「…私たちがガリアに行っている間の偽装として、オクセンシェルナ軍の新兵教練所に放り込む事になりました。
 表向きはトリステイン軍の水精霊騎士団とオクセンシェルナ軍の友好親善の為ということになっています。
 姫様には手紙で一足先に連絡したので、私たちとすれ違いで王都から来た強制徴募隊が学院の男子寮に突入している筈ですよ。」

「ひでえ…。」

オクセンシェルナのブートキャンプにて、水精霊騎士団員達は泣いたり笑ったり出来なくなるくらい屈強な兵として教練される事でしょう。
南無南無…。 

「しかし、僕らだけでガリアに進入とは…。」

「ギーシュ様、フォルヴェルツ号の隠密行動性能を舐めないで欲しいです。
 キュルケとコルベール先生が乗り込んでトリスタニア上空に待機中ですけど、あまり噂にはなっていないでしょう?」

不安そうに言うギーシュに、自信満々に言ってのけます。
雲そっくりな霧を出す事が出来るので、この世界の人間にとっては船だとは思いもしないのですよ。
…ま、勘の良い竜騎士あたりに発見されれば、それまでなのですけれどもね。






数時間後、私達の馬車は王都トリスタニアのとある屋敷へと到着しました。

「…で、ここは何処?
 どう見ても王城ではないのだけれども。
 というよりも、隣はうちの別邸よね?
 はっきり言って近寄りたくないんだけど…。」

ルイズが少々青い顔になって尋ねて来ます。
ここはトリスタニアでも貴族の屋敷が集まっている区画にある屋敷で、しかも隣はヴァリエール家の別邸。
ちなみにヴァリエール家のトリスタニア別邸は、あの独神エレオノールが住まう魔窟です。
怖いですねー、恐ろしいですねー。

「良くぞいらっしゃいました、ケティ様、皆様。」

「はい、出迎えご苦労です。」

屋敷から出てきたのは、妙に蠱惑的なメイド服を着たメイドさん…まあ、勘の良い人なら、このあたりでなーんと無くわかるかもしれません。

「お待ちでらっしゃいますか?」

「はい、あの御方と主人がお持ちです。
 さあ、こちらへ…。」

私達は促されるまま、屋敷に入っていくのでした。

「なあケティ、あの妙に色っぽいメイド服と、あのメイドさんに何となく見覚えがあるわけだが?」

案の定、才人が思い出したようで私に話しかけてきます。

「才人の予想通りですよ、あの人の隠れ家の1つです。」

「やっぱりそうなのか…つくづく凝りねーな、あの人も。」

才人が溜息を吐いて肩を竦めます。

「まあ、あの人の隠れ家作りも、時にはこうやって役に立つ事もあるのですよ、コレが。」

「ん?ケティとサイトは知ってるの?」

ルイズが不思議そうに尋ねて来ます。
まあ確かに、ルイズ抜きで私と才人だけが知っているというのも妙ではありますね。

「ルイズも何回か会った事はある筈ですよ。
 割と有名な人ですし。」

「まどろっこしいわね。
 その人の屋敷の中なんだし、勿体ぶらないで教えてよ?」

ルイズはよくもまあ、この魔法がものを言う貴族の世界でつい最近まで魔法を使えなかったにも拘らず、こうも真っ直ぐ育ったものだと思います。
何事もド直球、曲がった道も一直線に進むこの性格は、親譲りでしょうか。
一見するとツンデレキャラなのに、実際は凄く素直。
ああ、可愛い…。

「…ケティが何だか私に不埒な笑みを浮かべているのだけれども?」

「タバサに対してもそうだけど、ケティは可愛い物好きだから。
 ああいう表情を浮かべているのは、タバサとかルイズを相手にしている時か、銃を眺めている時だけだな。」

何で私の表情をそこまで把握してやがりますか、才人?

「この屋敷の主人については、もう少しでわかると思うぜ?」

「あんたも折角ご主人様が聞いてあげているんだから、答えなさいよ…。」

「この先に、あの御方と主人が居ります。」

メイドさんはそう言うと、ドアをコンコンとノックしました。

「ご主人様、ケティ様とそのお仲間が到着いたしました。」

「うむ、入ってもらいなさい。」

ドアの向こうからそんな声がして、すっとドアが開きました。

「やあ、久しぶりだね我が義妹。」

「はい、お久し振りです。」

ドアの向こうにいたのは可愛いメイドさんに食事を口に運んでもらっているモット伯と…。

「待っていたわ。」

書類の決裁をしながら、可愛いメイドさんに口に食事を運んでもらっている姫様@仕事中なのでした…。

「モグモグ…こういう使用人の使い方は盲点だったわ。
 そうよね、使用人に食べさせて貰えば、両手で仕事が出来るのよね。」

アンリエッタ・ド・トリステインのワーカホリックレベルが上がった!
アンリエッタは『使用人に食べさせて貰った状態で仕事をする』を、覚えた!

「…姫様に余計な事を教えましたね、モット伯?」

「ち、違う!僕ぁね、姫様を接待しようとしたんだ。
 そしたら、急に姫様がティンと来たらしくて、食べさせて貰いながら仕事を始めちゃって…。」

アルビオン出征の戦費をやりくりするのに帳簿をアレコレやったらしく、予算が減って効率の落ちた部署へのフォローなどでてんてこ舞いらしいのです。
給料が減っても、貴族には『名誉』という名の一時的な脳内麻薬ダバダバ出る褒賞を与える事が出来ます。
わかりやすく言えば、姫様からそれぞれの貴族に功績を評するという内容を感謝の手紙として送るわけですよ。
乱発は出来ませんが、用法用量を守れば一時的な予算不足を乗り切る事は出来ます。
ぶっちゃけた話、姫様のサイン入りの文章は相応の値段で売れますから、本当に一時的にはお金の代わりにもなるわけです。
乱発すると有難味が失せるので、乱発は避けねばなりません。
つまり、次に何かあれば借金しなきゃ駄目って事なのですよ…我が国、自転車操業過ぎなのです。
ギギギ、金満ガリア妬ましい…かんしゃくおこる。

「さて…私がこっそり動かせる精鋭が揃ったわね。」

姫様が私たちを見回して、そんな言葉をまず一言。
全然そんな感じがしませんが、何時の間にやら精鋭です、私達。
才人とルイズが無茶苦茶強いですし、私はタバサと何度かガリアに行っている御蔭でコネがあったり地理に明るかったりしますし、キュルケは強力なトライアングルメイジですし、コルベール先生は本気出すと滅茶苦茶強いですし、ジゼル姉さまは狙撃手ですし、モンモランシーは貴重なヒーラーですし、ギーシュは人当たりが良いので情報収集に持って来いですし、マリコルヌは変態です…最後の要らないですね、変態ですし。
まあ最後はさて置いといて兎に角精鋭なわけですよ、変態が混じってはいますが。

「…成る程、モット伯の隠れ家だったのね。
 よくもまあ、こんな所に隠れ家を用意して見つからないものだわ。」

ルイズが納得した表情でうんうんと頷いています。
それから姫様の方を向いて一言。

「姫様、ここは淫靡なる邪悪の巣です。
 滅ぼして良いですか?滅ぼしていですよね?滅ぼします。」

「ちょっと待ってくれたまえぃ!?」

そう言って拳を光らせ始めたルイズに、モット伯は慌てて制止の声を上げ、更に使用人に声をかけます。

「例のものをもって来たまえ!
 ヴァリエール嬢への贈り物を!」

「はい、かしこまりました。」

間髪入れずにルイズの前に美味しそうなクックベリーパイが差し出されました。

「トリスタニアで一番美味しいと評判高い店の職人に予算無視で作ってもらった最強のクックベリーパイだ。
 もしも…ゲフン、ヴァリエール嬢の為に用意しておいたんだ、食べてくれたまえ。」

ルイズが浮気とかそういう男女の恋愛のもつれ的なものが嫌いなのを知っていたようですね、モット伯。
とは言え、ルイズがいきなり過ぎなような気が。

「こんな賄賂に私が誤魔化されるとでも思っているわけ?
 そもそも私はね、前にケティの一番上のお姉さまに旦那の浮気現場を見つけたら通報するように頼まれたのよ。
 だいたい、こんなに女の人を集め…。」」

「ふむ…ルイズ、口を開けろ。」

ルイズが柳眉を吊り上げて怒ろうとした瞬間、才人が突然ルイズにそう言います。

「ん?何?私今忙しいんだけど?
 あーん…もご…むふー。」


『何?』とか言いつつも素直にルイズが口を開け、そこに才人がクックベリーパイを切って放り込みました。

「あら、コレ美味しい。」

ルイズは幸せそうにクックベリーパイを咀嚼しています。
即堕ちですか…。

「フッ、賄賂完了…。」

「もはやどちらが使い魔でどちらが主人なのやら。
 …と、呆れている暇はありませんね。」

話が脱線しかけました。

「ここはお母様がまだ子供だった頃に謀反を起こしたエスタックだかエスタークだかエスカロップだかいう大公のトリスタニアに於ける別邸だったらしくてね。
 上手い具合に城まで地下道が掘ってあるのよ、コレが。」

姫様が幸せそうにクックベリーパイを頬張るルイズに、急にそんな事を話し始めました。
そんな風邪薬か隠しボスか北海道根室市のローカル料理みたいな名前の人、いましたっけ?

「何か色々あった場所らしくて何十年も買い手がつかなかったみたいだけど、それに目をつけたモット伯が購入して改装したというわけ。」

「訳アリ物件だから安かったし、何よりもあんまり人が寄り付かないというのが良かったわけだよ。
 隠し地下通路は改装中に見つけたというわけさ。
 もっとも、地下通路はまだ未完成だったので、陛下に話した上で土メイジを手配して完成させたのだけれどもね。」

ルイズを刺激しないようにメイド達を手で下がるように合図しながら、モット伯が姫様の話を続けたのでした。

「まあそんなわけで、ここは実は私の脱出ルートの一つなわけ。
 そんなわけで暴れるのは止めてね、ルイズ?」

「ふぁい。」

口の中にクックベリーパイが入ったままです、ルイズ。

「王宮に貴方達を呼ぶと、ガリアの草に察知されかねないしね。
 今回は実の所、前回アルビオンに行って貰った時よりも余程非合法的な活動だから。」

「ガリア王家の人間を誘拐ですからねー。」

なるべくバレ無いように、トリステインの仕業と思われないように動かねばなりません。

「僕らはただ、学友を取り戻したいだけだが、あちらにとっては処刑するとは言え王族か…兄弟で殺しあうどころか、その妻や娘まで手にかけようとは。
 そういう家もあるとは聞くが、我がグラモン家は兄弟仲が良いせいか理解が出来ないね。」

「うちも跡継ぎは私一人だから、いまいち理解出来ないわ。」

ギーシュとモンモランシーはそう言って首を横に振っています。

「我がグランドプレ家は…。」

「貴方の家は代々変態過ぎて、お家騒動以前の状態ではありませんか、マリコルヌ?」

「変態舐めんな!先祖代々家族全員変態だって、お家騒動くらいあるさ!
 メイドに首輪つけられて全裸で引き摺られる事に興奮出来ない当主を我がグランドプレ家当主として不適格だと、四つん這いで奥方に踏みつけられ鞭を振るわれながら反乱を起こした者だっているぞ!」

『うわぁ…。』

マリコルヌ以外の全員ドン引き。
より変態か否かで当主が決まるのですか、グランドプレ家は…?
想像したくないのです…。

「な…モット伯、貴方はこちら側だと思っていたのに!?」

「僕は物凄く女性が好きなだけで、そういう趣味は持ち合わせておらぬよっ!?」

驚愕するマリコルヌに、モット伯が必死で反論していますが…。
それはそれで変態です、モット伯。

「ま、変態談義はそれくらいにして、本題に入りましょうか。
 で、使者殿は?」

「ああ…こちらです。」

私は大きな箱から青い翼の生えた猫の首根っこを掴んで取り出しました。
シルフィードには前にも何度かこの姿になってもらった事があります。
服着るの嫌がりますからね…。

「きゅい?食事中に何するのね?」

シルフィードは箱の中に一緒に入れておいた羊肉を食べていたようで、不満そうに文句を言います。

「貴方が服を長い間着ているのが嫌だと言うからその姿になって貰いましたが…。
 何時まで食べていやがりますか、シルフィード?」

数時間食べっぱなしなのですよ。

「そうは言われても、リュティスから飛んできたら結構消耗するのね…。」

「陛下の御前です、自重なさい。」

「きゅい…仕方がないのね。
 腹黒娘、下ろしなさい。」

「はいはい。」

シルフィードを床に下ろそうとすると、姫様がちょいちょい私を手招きしています。

「ケティ、その子を私の膝に乗せる事を許します。
 許しますというか、撫でたいからこっちに頂戴。」

「この子、正体はタバサの使い魔の風竜ですよ?」

私がそう言っても、姫様は私を手招きし続けます。

「手触りが猫なら、それで良いわ。」

何か姫様の顔が緩いのですが。

「ひょっとして、かなりの猫好きですか…?」

「猫って調度品を落としたり壁を引っ掻いたりするから、王城では飼育禁止なのよね。
 私は別に構わないのだけれども、枢機卿に今にも死にそうな顔で『駄目です、やめて下さい』と言われたら、流石の私もね。」

「いや、枢機卿はいつも今にも死にそうな顔をしているような…。」

「あと数日で死にそうなら何時も通りなのだけれども、あと数秒で死にそうな顔をされたのよ。
 あんな顔されたらね…私もそこまで鬼にはなりきれなかったわ。」

どんな顔なのですか、それは。
ちなみに王城に於いてネズミを捕るのは小型犬の役目なのですよ。
猫ほど効率が良くはありませんが、1つ数万エキューの壺とか割られたら洒落になりませんし。

「ちちちちちちち。」

「だから、中身は竜ですってば…。」

「完全に猫扱いなのね、きゅい。」

姫様がこうも猫好きだったとは…。

「では、どうぞ。」

「ありがとう…うーん、モフモフ…幸せ…。」

姫様はシルフィードを優しく撫で始めたのでした。

「きゅいきゅい、心地良いのね。」

「そう…じゃあ、早速私に報告して頂戴。」

「きゅい!」

シルフィードは心地よさそうな声で鳴いたのでした。





「今回の任務に於いては、身分の証となるものの一切を一時的にこちらで預かります。」

シルフィードの話を聞いた後、姫様はシルフィードを撫でながら私達に一言そう告げました。

「み…身分の証というと、ひょっとして星付きマントもでしょうか?」

ギーシュが恐る恐る挙手して姫様に訪ねます。
星付きマントとは何なのかをわかりやすく言いますと、普段私達貴族が身に着けている星の刻印が入った留め具のついたマントの事です。
この留め具は1つ1つに16桁の数字の刻印が魔法的な処理を加えた上で成されており、この留め具をもって国家に属する貴族の証としています。
メイジでも貴族では無い者は、この留め具を所持できません。
つまり星付きマントとは、貴族と平民を分ける大事な証なのです。
外してしまうと貴族としての国家の庇護が受けられなくなるのですよ。

「勿論よ。
 指輪や杖の家紋入りの飾りは勿論として、星の留め具も預かる事になるわ。」

ギーシュの問いに姫様が短くそう答えると、私と才人を除く皆が緊張でゴクリと喉を鳴らしたのでした。

「星を外す…か、ハハハ。
 任務中だけとはいえ、こりゃまったくとんでも無い事になったなぁ。
 女王陛下御自らにここまでの任務を任されるとは、とてつもない名誉ではあるけれども。
 四男坊で良かったと、これほど強く思った事は無いな。」

ギーシュは震える手でマントの留め具を外します。

「うちは私しか居ないから…もしも私が死んだら、お父様には愛人作ってでも跡継ぎをこさえて貰うしか無いわね。
 これも研究費と生活費と友人とついでに名誉の為、エンヤコラだわ。
 …姫様、一応遺言状を書いておいても良いでしょうか?」

「勿論、許可します。」

新たに借金をこさえた時のような表情で、モンモランシーもマントの留め具を外します。

「孤立無援の地で、貴族の証も立てられないかぁ…最高の放置プレイだよ。
 それを最高の身分の御方に命令されるだなんて、僕は何て幸せものなんだ。
 うわぁ、ゾクゾクするなぁ…出来れば陛下には、これから屠殺する豚に向けるような視線で言って欲しかったけれども。」

紅潮した表情でマントの留め具を外す変態…なのに、何となく覚悟を決めた男の顔なわけですよ。
やりますね変態…もといマリコルヌ。

「まだ貰ったばっかなんだが、これ…。
 まあ、元々無かったし、なんとかなるわな。」

溜息を吐いて、マントを外す才人。
まあ、元々つけていなかったわけですし、まだそれほど重みは感じていませんよね。

「……………。」

ルイズは留め具に手をかけたまま、固まっています。
ルイズにとって貴族というものは物凄く重いものですからね…。

「…ええい、これが無くても心は貴族!
 女は度胸、やったろうじゃないの!」

思い切ったような声とともに、ルイズも留め具を外しました。

「よいしょ。」

私も留め具を外します。

「軽っ!?ケティ軽っ!?」 

「逡巡も後悔もまるで無かったわよ。」

「罵って下さい。」

「さらっと行ったな。」

「もうちょっと躊躇しなさいよ…。」

私が留め具をあんまし気にせずに外したのを見て、方々からツッコミが…。

「ええい、別にこれで永遠に貴族に戻れない訳じゃ無し、要は生きて帰りゃ良いのですよ、生きて帰りゃあ。
 ツェルプストー領に運んで貰いますから、そこに行き着くまでは何としてでも、それこそ死んでも生還しましょう。」

ま、私が作戦立案したわけで、こうするのは予めわかっていたので、遠の昔に覚悟が決まっていただけなんですけどね。
動揺していないふりをするのも指揮官の勤めというわけなのです。
ちなみに、上空に居るキュルケとコルベール先生は既に留め具をツェルプストーに送っていたりします。
私より凄いのはキュルケですよ。
素でさらっと外しましたからね、度胸が半端無いです、彼女。

「よーし、それでは先ずはラグドリアン湖畔のオルレアン大公領まで向かい、そこでシャルル派と渡りをつけます。
 行くぞー!トリステイン万歳(ヴィーヴ・ラ・トリステイン)!」

トリステイン万歳(ヴィーヴ・ラ・トリステイン)!』



[7277] 第五十四話 霧とともに舞い降りるのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:f46205e0
Date: 2012/05/29 21:29
エルフ、それはファンタジーに於ける花形種族
このハルケギニアに於いては、人類を圧倒するとんでもない存在なのです

エルフ、それはファンタジーに於ける花形種族
エルフって、寿命が長くて美しい代わりに胸が不自由な種族の筈なのですが、何なのですかティファニアの反則的なアレは!?

エルフ、それはファンタジーに於ける花形種族
いすゞのトラックだろとか、そんな土建屋のオッチャンのようなギャグは聞き飽きました…








トリスタニア郊外にて、雲に擬態する装置…コルベール先生が言うには《戦場の霧くん28号》という魔法装置を解除したフォルヴェルツ号に私達は乗り込みました。
しかし、戦場の霧くん2号から27号まではどうなったのやら、予算的なアレは…予算は…。

『潜入任務用の変装!?』

「はい。変装ですよ~。」

フォルヴェルツ号には既に色々と道具を乗せておきました。
旧オルレアン大公邸に到着するまでは、それの披露と選択タイムです。

「コルベール先生にはクルーを統括するのにフォルヴェルツ号に居て貰う必要がありますが、キュルケを含めた私達は下に降りて活動するわけです。
 さてルイズ。私たちくらいの男女が、しかもマントは無くても身形の整った私たちが、そこらをそぞろ歩いたら周囲から目立つとは思いませんか?」

「…んー?マント着て、お供とか連れてた方が目立つと思うんだけど?」

ルイズじゃ田舎の大貴族過ぎて、そのあたりがピンと来ませんかね…?

「私たちがそぞろ歩いていたら目立つわね、思い切り。
 メイジだとは思わないかもしれないけれども、大商人の師弟かなんかと勘違いされるわ、たぶん。
 しかも、メイジだと思われない分、わけのわからないチンケなコソドロとかにまで襲撃される可能性があるわね。」

モンモランシーはピンと来たようですね。
彼女の場合はトリスタニアに自作の水の秘薬を売りに行って小遣いを稼いだりしていますから、世間慣れしているのでしょう。

「成る程、確かに今の僕らは杖さえ見せなきゃ身形が良いだけの平民だ。
 小悪党にとってはカモか。」

ギーシュがモンモランシーの言葉を聞いて、ムムムと唸っています。
何がムムムか。

「だから、変装ね。
 成る程成る程。
 はい、サイト、キャッチして~。」

変装用の古着を集めた箪笥を漁りながら、キュルケが納得したように頷きました。

「よっと…で、変装のテーマは何なんだ?
 平民にしちゃ、派手な服が多いけど。」

キュルケから服を放って寄越された才人が、その服の柄を見て首を傾げつつ、そのうちのいくつかをルイズに渡します。

「何コレ、殆ど下着じゃない…。
 東方から来た謎の踊り子でもやれっての?」

眉を顰めたルイズが、水着みたいな衣装を人差し指と親指で摘みながら、首を傾げました。
トリスタニアにも時々来ているのですよね、そういう謎の団体。
歌や踊りを披露して、町から町を渡り歩く旅芸人一座。
物珍しいが、どうせ一月もすれば居なくなるので、あまり詮索もされません。
詮索しても正体は何らかの理由で放浪せざるを得なくなった人達なので、詮索して得るものはまあまず無いという理由もあります。

「ルイズにその踊り子の衣装は無理よ、こっちの歌い手の衣装にしておきなさい。」

「ななななななんですって!?
 き、着て着れない事なんか無いわよ!
 こう見えても、モンモランシーよりは胸あるんだから!」

「ぐはっ…。」

キュルケがルイズをからかった結果、モンモランシーが流れ弾を受けて崩れ落ちました。
ルイズが歌手なら、《フタリの記憶》でも歌わせますかね?
たぶん声的にも問題無いでしょうし…。

「じゃあ僕はこの芸人の格好かな?
 後この人形たちをこっそりゴーレムにして、人形劇なんか良さそうだ。
 脚本は子供の頃によく読んだイーヴァルティの勇者の話を基にしてだね…。」

「リアクション芸の真髄を見せてくれるわ、ククク…。」

ギーシュとマリコルヌは芸人決定みたいですね、予想通り。

「お前ら意外と芸持ちだな…。」

そんなギーシュとマリコルヌを見ていた才人が、感心したように呟いています。

「俺らもなんかやろうぜ相棒。
 そうだ、牛の一刀両断やろうぜ!
 肉と骨が一発で断ち切れ、命の炎が消える瞬間…ああ、楽しそうじゃねえかオイ。
 ケケケケケケケケケ…。」

「それで楽しいのは、たぶんお前だけだろ、妖刀…。」

黙れ妖刀、なのです。

「…で、ケティは何やるの?」

いつの間にか私の近くまで来ていたルイズが尋ねてきました。

「何だと思いますか?」

「ズバリ歌手ね。
 魅惑の妖精亭でも、一回歌って好評だったし…変わった歌ばかりだったけれども。」

まあ、トリスタニアで流行っている歌とかは全然わかりませんしね。
リリー・マルレーン以外は全部演歌でしたし…アップテンポのアニソンとかでも良いっちゃ良いのですが、英語交じりの曲は歌詞の雰囲気をトリステイン語に訳するのが滅茶苦茶面倒臭いので。

「おお、ルイズ御名答。
 素晴らしい、オプーナを買う権利をあげましょう。」

「そんなのいらないわ…で、またエンカとかいうの歌うの?」

「うーん、今回はちょっと別の曲にしようかなとは思っていますが。」

別の曲にしないと、歌が原因でバレる可能性だってありますからね。

「ふーん…あと、奏者はどうするの?
 楽団を用意しようにも、ギーシュがリュート弾くのが上手い以外は特に楽器を奏でられる面子が居ないわ。
 芸人姿のギーシュがリュートをかき鳴らす横で歌ったら、どう見ても漫談か何かよ?
 マリコルヌがタンバリン叩き始めたら、更に倍率ドンね。」

なんといういう嫌なバックバンド…。

「フッフッフ…それに関しては、こんなものを用意してみました。」

「何となく、どこかで見覚えのある魔法人形(アルヴィーー)だけど、これは何…?」

私が取り出した各々が楽器を持った何体もの魔法人形(アルヴィーー)が入った箱を指差し、ルイズが不思議そうに尋ねます。

「これは《自奏楽団》という名の魔法人形(アルヴィーー)でして、血を媒介として自動的に歌い手の曲を演奏してくれる便利な魔法工芸品ですよ。」

「思い出した…《自奏楽団》って、確かアルビオンが先代の陛下と太后殿下が結婚した時に祝いの品として送ってきた超貴重品じゃない!?
 私も子供の頃に一回だけ、動いているのを見た事があるわ。
 何で王城の宝物庫の奥に入っている筈の代物がこんな所に…って、姫様ね、考えるまでも無く姫様ね。」

ルイズがそう言いながら、頭痛そうに額を押さえています。
姫様もあっさり貸してくれる代物では無かったのですがね。

「デルフリンガーではありませんが、道具は使ってこそ道具ですし。
 姫様にお願いしたら『両親の思い出の品を壊したら、幾らケティでも罰を与えるわよ』とか、脅し文句を言いながら快く貸してくれました。」

「流石の姫様でも、流石に貸すのは躊躇うわよね…。」

ルイズが少々煤けていますが、姫様も冗談半分でしたし何かあっても何とかなるでしょう…多分何とかなると思います…まあ、ちょっと覚悟はしておきましょう。

「ああそうだ、ルイズも歌うのであれば、《自奏楽団》に登録しておきましょう。
 死なば諸共…もとい、歌うならばそうした方が良いと思いますよ。
 何せ登録しなければ、あの芸人コンビがバックバンドになるわけですし。」

「ハァ…選択の余地ゼロよね、それ。」

ルイズは深く溜息を吐いたのでした。

「きゅい、シルフィもなんかやるの?」

青猫のままのシルフィードが、私の肩にとまって訪ねて来ます。
ああ、ほっぺにモフモフした毛が、毛が…。

「いや、貴方は作戦が始まるまでは、食っちゃ寝して英気を養ってください。
 貴方が動き回ると色々な意味でじゃ…目立つので。」

「きゅいきゅい、食っちゃ寝は大得意なのね!」

近過ぎてシルフィードの顔がよく見えませんが、たぶんドヤ顔ですモフモフ。

「ケティの顔が半分くらい猫に埋まってる…。」

「なかなか極楽な感触ですよ。」

今なら色々な事を許せてしまいそうですモフモフ。

「どれどれ…おぉう、モフモフ…。」

ルイズが私の肩からシルフィードをヒョイと取り上げ、腕の中に抱っこしています。

「何するのね、ピンク?」

「モフモフで可愛い、モフモフ…。」

そう言うと同時に、ルイズはシルフィードの空にバフンと顔を埋めました。

「もひゅもひゅ…。」

「うひゃひゃひゃひゃ!?腹に顔を埋めて喋るとくすぐったいのね!止めるのね、きゅいきゅい!?」

「もひゅもひゅ…ひやはせ。」

ルイズは《モフモフ…幸せ》とか言っているようです。
ううむ、姫様の時といいルイズといい、猫形態のシルフィードは完全に縫い包み扱いですね。




このフォルヴェルツ号には下向き潜望鏡というものがついています。
何でそんなものがあるかと言えば《戦場の霧くん28号》を使うと雲の中に隠れられるのは良いのですが、当然の如くこちらの視界も濃い霧でほぼゼロになるのですよ、コレが。
だから下向きの視界確保手段として、下向き潜望鏡という変わった装置がついているわけなのです。

「アレがタバサん家か。
 ルイズん家より若干でかいな…。」

潜望鏡を覗き込む才人の表現が毎度の如く物凄くフランクですが、現在私達は旧オルレアン大公邸上空にいます。
さて、どうやって着陸するか…旧オルレアン大公邸は流石大貴族の屋敷というか、船着場として機能する塔があります。 
そこにこのフォルヴェルツ号を係留するのが一番楽なのですが、問題は船着場に係留している姿を見られるのはヤバいという事ですね。

「コルベールせ…何でコルベール先生までコスプレしているのですか…?」

コルベール先生に声をかけたら、そこにはアルビオン空軍の船長服を着込んだコルベール先生がいたのでした。

「この船の操船要員は元アルビオン空軍の人間が大半を占めるからね。
 船員からこうした方が身が引き締まると言われて、つい…あはは。」

「まあ、船員の士気が上がるのであれば、幾らでもそうして頂いて結構ではありますが…船長服を着るなら、もうちょっとキリッとした顔をしていた方が良いのでは?」

「うーん、それはなかなか難しい注文だね、あははは。」

コルベール先生の顔は基本的にへらへらーっとしていて、機械を語りだすと狂気に満ち満ちていますが、キリッとしている時を見た事がありません。
本気で戦っている時とかはキリッとしているのでしょうが、どうにも想像が出来ません。
前回キリッとしていた時は、私気絶していましたし。

「それは兎に角として、どうやって船着場まで降りるつもりなのですか?」

「上手い具合にそろそろ夜だからね。
 夜闇に紛れて入港した後、濃い霧で周辺一帯を覆ってしまうつもりだよ。
 これで見つかる可能性は最低限で済むだろう。」

そんなわけで一時間ほど経った後、私達は無事旧オルレアン大公邸に到着出来ました。
出迎えてくれたのは旧大公家の数少ない遺臣たちと…。

「…なんで、貴女がこんな所まで出張っちゃっているのですかー!?」

「私が来るのが一番有り得ない人選なのは、お父様達にとってもそうだからよ。」

タバサと同じ色の髪に、タバサよりも鋭い目をしたタバサよりも数段グラマラスな肢体の少女。
そして今はフードを被っている上に髪を下ろしていますが、立派なデコの持ち主。
北花壇騎士団長イザベラ・ド・ガリアこと、デコ姫なのです。

「…ここに居てよく無事ですね。」

私は驚いた後に、声を潜めてイザベラの耳元でコショコショと囁きます。

「…大丈夫よ、エポニーヌと名乗っているから。
 ここでは《シャルロットたんを愛でる会》に於ける謎の名誉会長エポニーヌなので、そこんとこヨロシク。」

イザベラも私の耳元に手を添えて囁き返してきました。
何時の間に名誉会長にまで上り詰めたのですか、貴女は…。

「…偽名を名乗っても、顔と髪の色でモロバレな気がするのですが?」
 
「…何故だか、おデコ隠すと誰も気づかないのよね、コレが。
 喜んで良いのやら、悲しんで良いのやら…気付かれたら八裂きなのはわかるのだけれどもね。」

デコだけが判断基準とか、デコ姫パネェのです。
そしてガリア人は、揃いも揃って目が節穴か何かなのですか?

「エポニーヌ様、こちらの方々とはお知り合いなのでありましょうか?」

「ええ。この方々こそが、ロッテ…シャルロット様の救出と亡命の手伝いに来られた方々ですわ。」

『おおっ!?』

恐る恐るシャルル派の貴族と思しき男がイザベラに訪ね、イザベラもそれに力強く頷いて見せます。
…やりますね、デコ姫。
では私達もそれに乗りましょう。

「身分と家名は明かせませぬが、我々はシャルロット公女殿下をお救いに参上しました。」

私がそう良いながら出来うる限りの優雅さを詰め込んで一礼すると…。

「我等は義によりて集った自由なる騎士。」

ギーシュが気障っぽく台詞とポーズを決め。

「殿下を必ずやお救いし、しかるべき安全な地へとおつれいたします事を約束いたしますわ。」

キュルケが豪奢かつ優雅に宣言してポーズをとります。
それを見たモンモランシーとマリコルヌも思い思いの気障ったらしいポーズを決め、それに気付いた才人も腕を組んで指を顎に当てて見せました。
うーん、マンダム。

「おお、これは頼もしい!」

「頼みましたぞ、騎士殿!」

やんややんやと拍手喝采。
アドリブでアピール出来た事が評価されたようですね。
ハルケギニアの貴族社会において、ハッタリはとても大事です。
わかりやすく自分達は凄いんだとアピールしないといけないという、謙虚さによって質実を表現する日本とは真逆の文化なのです。
面倒臭いですが、こればっかりはどうにもなりません。

「それではシャルロット様の消息について、我々が集めた情報を説明させていただきますわ。
 ここではなんですから、下に降りましょう。」

「はい、そうですね。」

下に降りると…そこはとんでもない事になっていました。

「大災害が通り過ぎた後みたいですね…。」

豪華な調度品が粉々だったりひっくり返ったり、何かの彫像がバケツ頭に被っていたりと、兎に角酷い事になっています。

「すげえ、ルイズが大暴れした後みたいだ。」

「ホント、私が大暴れした後みたいねー…ってオイィ!?
 誰が大暴れした後ですってぇ!?」

「ぎにゃああああああぁぁぁぁぁ!?」

才人がボソッと漏らした一言に、ルイズが流れるようなノリツッコミを入れています。
やはりルイズはツッコミですよね、少々過激なツッコミですが。
ああ、人生至る所に凄惨有りなのです。

「…あれ、大丈夫なの?」

イザベラがルイズに折檻と言う名の虐殺行為を加えられている才人を見ながら、私に恐る恐る話しかけてきます。

「アレが、アルビオン軍4万をカムランに於いて一人で壊滅させた大英雄ですよ。
 たかが1人が加える折檻くらいでは死にません。」

「アルビオン軍4万を壊滅させられる大英雄を今壊滅させつつあるあの娘は、いったい何者なんですの…。」

上手い事言いますね、イザベラ。

「まあ、貴方なら想像はつくでしょう?」

「それはまあ、つきますけれども…私に見せても良いんですの?」

ルイズは我がトリステインの虚無の使い手ですからね。
トリステイン最大の隠し手を投入してきたのですから、イザベラがそう思うのも不思議ではありません。

「彼女が来たのはタバサの学友だからというのもありますが、今回の作戦にあの御方がそれだけ乗り気であるという事でもあります。
 万難は廃しますし、必ずや救出して見せますよ。」

「…言っておくけれども、相手はエルフよ?」

イザベラの一言に、場が凍りつきました…まあ、そうですよね。
ちなみに凍りついていないのは才人と私だけなのです。

「ってことはアレかね、これはエルフの仕業なのかい?」

ギーシュが恐る恐るイザベラに訪ねます。

「ここで一部始終を見ていた使用人の供述によれば、これらは全てエルフに攻撃したシャルロット様によるものだそうですわ。
 ここでシャルロット様は、スクウェアクラスの魔法を使用されたようです。」

「恒久的なものかどうかはわかりませんが、彼女は遂にスクウェアクラスに至りましたか。
 エルフの反撃は?」

勿論私は知っていますが、他のメンバーにも教える必要がありますからね。

「シャルロット様の魔法をそのまま弾き返したそうです。
 自らの強力な魔法に巻き込まれて、シャルロット様は倒されたとか。
 エルフ、恐るべし…ですわ。」

「魔法が弾き返される…ですか。」

何処までが弾き返されるのでしょうね?
魔法だけなのか?
それとも、物理現象全体なのか?

「そ、そんなのどう相手をすれば良いの?」

「そうですねぇ…例えば魔法のみ弾き返すなら、魔法で直接攻撃しなければ良いでしょう。
 いっその事、腕力に訴えた方が楽でしょうね。」

モンモランシーの問いに私はそう答えながら、才人とルイズを見ます。
《LVを上げて物理で殴れ》は、どうにもならない相手への基本的対処法なのです。

「…とは言え、タバサは体術も相当なものです。
 彼女を倒したという事実から考えるに、そのエルフは体術もかなりのものであると考えた方が良いという事になりますね。」

「私程度のにわか体術じゃあ難しそうね…。」

ジゼル姉様が傷ついたら、流石の私も冷静ではいられませんので、あんまし出ないで頂きたいのですというか。
危険だからついて来るなとか周囲の手前言えませんでしたが、何で何時の間にかついて来ちゃっているのですかという…。

「エルフは女の子なのカナ?カナ?」

歪みないですね、変態。

「いいえ、背の高い男だったそうですわ。」

「よし、殺そう。」

本当に歪みないですね、変態。

「あの巨乳の子みたいに可愛いエルフならいくらシバかれても大歓迎ウエルカムだけど、男とか論外だよ、ガッカリだよ、ガッカリ過ぎるよ。
 外れ、スカ、急にやる気が萎んだね、僕ぁ。
 そんなわけで踏んで下さい、美しい吊り目のお嬢さん。」

跪いて気障ったらしく変態発言をする変態…変態なのに気障。
流石はトリステイン貴族というか…。

「な、何なの…この人…?」

デコ姫もドン引きですよ、この変態。

「美しいお嬢さんからの気持ち悪いものを見る蔑みの視線…フオオォ!ミナギッテキター!」

「いやー!気持ち悪いー!?」

「ありがとうございますありが…あばばばばばばば!?」

取り敢えずテイザーガンで黙らせましょう、この変態。
マリコルヌはテイザーガンの電極から放たれた電撃で激しく痙攣した後、硬直したまま床に倒れこみました。

「ヒ、ヒクヒクいってるけど、大丈夫?」

「優しいですね、貴方は。
 こんな変態を気遣うだなんて。」

「あ、ありが…ブヒ。」

倒れたついでに私のスカートの中を覗こうとしたので、靴の裏で目隠しをしておきました。
全く…油断も隙も無い…。

「白…あぎゃ!?」

少し見られた…報復として踏み躙っておきましょう。

「しかし、エルフとなると厄介だぜ、相棒。」

「ん?何がだよ?」

デルフリンガーが才人に話しかけています。
マリコルヌを踏み躙りながら、ちょっと聞き耳をたててみましょうか?

「あのチビっ子がこんな大魔法を使って敗れたとなると、エルフの中でもかなりの使い手って事なんだよ。
 跳ね返したって事から考えるに、そいつが使ったのは先住魔法の《反射》ってやつだ。
 こいつは火水風土の精霊全ての力を万遍無く使いこなせる奴じゃないと出来ねえ。」

「あー…その前に、先住魔法とか、精霊の力って何?」

才人はまず根本的な質問をデルフリンガーにしています。
知りませんよね、そりゃ。

「おっとっと、こりゃすまねえ!
 相棒は、まずそこからだよな。」

「おう、まるっきりわからねー!」

才人は己が無知である事を理解して認められるという、とても素晴らしい才能を持っています。
『無知の知を知る』というのは本当に稀有な才能で、ほぼ天賦の才なのですよ、実は。
…認め過ぎていて時々、脳味噌スライムキャラと化しますが。

「先住魔法ってのはだな…おい、そこの青猫。」

「何なのね、変な剣。」

どっちもまともに人の名前呼ばない人外同士が会話始めちゃいました。
ちなみにシルフィードは、才人の頭の上に乗っています。
色が青いうえに羽が生えているので、喋るくらいじゃもはや誰も突っ込まない不思議生物と化しているのです。

「変な剣とは何だ変な剣とは。
 偉大なる魔剣デルフリンガー様と呼びやがれ。」

「喋る剣とか、普通に変なのね。
 だから変な剣でいいのね、きゅいきゅい。」

核心を突きますね、シルフィード。

「相棒…俺って変な剣か?」

「喋る以外はごく普通の剣だな。」

「それは全然慰めにならねえぜ、相棒…。」

才人は言葉を選んだようですが、デルフリンガーには通じなかったようです。

「やっぱり変な剣で良さそうなのね、変な剣。」

「このクソガキめが、ちったぁ年上への敬意って奴をだな…ぐぬぬ。」

イラッとした声でデルフリンガーが唸ります。

「まあいいクソガキ、何か先住魔法使って見せてやれ。」

「きゅい、何で?」

シルフィードが不思議そうに首を傾げます。

「話の流れを読みやがれクソガキ。
 相棒に先住魔法ってのを見てもらおうと思ってな。
 百聞は一見に如かずって奴だ。」

「きゅい、そういう事。
 うーん、悩むのね。
 風を吹かせる位ならメイジでも出来るし…。」

シルフィードは何だかんだで風韻竜ですから、風の精霊の強力な庇護を受けています。
私が使える程度の風系統の魔法よりも、余程強力なものを放てるでしょう。
別に私達メイジを莫迦にしているのではなく、至極当たり前の事を言っているだけなのです。

「きゅい…腹黒娘、シルフィどうすれば良い?」

「変身を解いてみてはどうでしょうか?
 前回変身した時、男子は全員馬車の外に追い出してからやりましたし。」

よく考えれば、あの時に見せておけばよかったのですが、あの時のシルフィードは一度全部服を脱いでスッポンポンになっていましたしね…。

「おお、魔法を解くだけなら楽でいいのね。
 くるるるるるるる…。」

才人の頭から飛び立つと、歌うような鳴き声を…って、拙い!?
これドラゴンの言葉を使った先住魔法ですよ。
人払いしていないのに、何やっとりますかこの子は!?

「あ、ちょ、ま、他の人が!?」

「るるるるるるるるるるる…。」

シルフィードの体が光に包まれると同時にどんどん大きくなり、幼生といえどかなり大きいその体躯を大広間に現してしまいました。

「きゅいきゅい!やっぱり本来の姿が一番なのね!」

「何やっとるのですか貴方はー!?」

私はスカートの中に忍ばせておいたガンホルダーからベレッタM950を取り出し、一発シルフィードに向けて《パン!》と撃ちました。
勿論シルフィードの鱗は幼生でも竜のものですから、ベレッタM950の25ACP弾のような威力の弱い弾など通さずに易々と弾いてしまいます。
…とはいえ、通らなくとも痛いものは痛い。
人間だとエアガンで撃たれたようなものだと思うので、結構痛い筈です。
何で撃つかって?
威力の低い弾とは言え、拳銃弾を弾き返すような鱗のある生き物を殴ったら、こっちの手の方が大ダメージを被ってしまいます。
つまりこの銃は言わば、対シルフィード用のハリセンみたいなものなのです。

「あいたー!?
 何するのね!?」

「何するのねではありません!
 どうするのですかー!?」

私は周囲を指さします。

「ひええええ!
 猫の使い魔が風竜になった!?」

「何なんだ、一体!?」

流石に貴族やその使用人なのでエギンハイム村みたいに風竜を見ただけで一目散に逃げ散ったりはしませんが、あんまりな自体に恐慌状態寸前なのは間違いないのですよ…。

「きゅい…忘れてたのね。」
 
『キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!?』

罰が悪そうにシルフィードが言うと同時に、大広間が恐慌状態になりました。
キメラ化した使い魔なら兎に角、風竜が喋るだなんて思いもしませんからね。

「腹黒娘、何とかして欲しいのね。」

「何とか出来るならしてますよ…。」

出来るわけがないでしょう。
どうするのですか、これ。

「静かになさい!」

その時、大広間に凛とした声が響き渡ります。
途端に喧騒が嘘みたいにピタリと止んだのでした。

「この風竜は、シャルロット様の使い魔であるシルフィードです!
 シャルロット様は伝説の風韻竜を使い魔となされたのですわ!
 我らが誉れとすべきであるのに、それを恐れるなど何たる不敬か!」

流石は王族というか何と言うか、イザベラの大喝によってシャルル・シャルロット派の面々は落ち着きを取り戻したのでした。
シルフィードの存在なんて殆ど知る者がいませんから、少々無茶な論理で喋っていますけれども、今のイザベラには無茶を勢いで押し切れるだけの迫力があります。

「シャルロット様の使い魔!?」

「しかも、伝説の韻竜であるというのか!?」

おお、流れがスパッと正反対に。
ちゃんとしていればカリスマがありますね、彼女。
もしもの時はイザベラが女王でもイケそうなのです。

「きゅい、いかにも伝説の風韻竜とはシルフィの事であるのね!
 お姉…じゃなくて、シャルロット様の使い魔として崇め奉るがよい。
 具体的に言うと肉持ってくるのね、シルフィは牛が食べたいです、きゅいきゅい。」

開き直って、イザベラの話に乗りますかシルフィード。
機転が利くようになって結構なのです。
ついでに何とか好物の牛肉を手に入れようとしていますが…まあ、それが限界ですよね。

「シャルロット様が風韻竜を使い魔とされていたとは!」

「使い魔とはすなわちメイジの格を示すもの。
 風韻竜を召喚なされたという事は、すなわちシャルロット様のメイジとしての稀有な才能を示すものである!」

「まさに王者に相応しい!シャルロット様万歳!」

シャルル派かシャルロット派かは知りませんが、貴族たちが盛り上がります。
…いやまあ、メイジとして優秀なら王として優秀であるや否やといえば、全然関係は無いのですが。
個人として強けりゃ王として優秀なら、三国志の覇王は呂布なのですよ。
とは言え、彼らの盛り上がりにわざわざ水を差すのも面倒ですし、放って置きましょう。

ちなみにタバサは王として優秀であるや否やですが、つつがなく王としての責務はこなせるレベルにあるとは思います。
それ以上は流石にわかりません、やってみないと。
姫様みたいな例もありますしね。

「…話が大幅に逸れちまったが、今のがエルフや韻竜が使う《先住魔法》って奴だ。
 あのクソガキ程度でも、メイジが使うフェイスチェンジの魔法よりも余程高度で強力な魔法が使える。」

「何でだ?
 どっちも魔法だろ?」

才人の物言いは大雑把ではありますが、大雑把だと感じるのは私がメイジという魔法の専門家の端くれだからなのですよね。

「うーん、そうさな…例えばだ、飽く迄も例えばだが。
 相棒と娘っ子の関係に例えてみる。」

「俺とルイズの?」

「わたしと才人の?」

デルフリンガーは才人とルイズに例えますか、さて?

「おう。何度も言うが、言って置くが、例えだからな?
 この話はフィクションであり、実在の人物団体とは一切関係ありませんと前置きしておく。
 例えば相棒があんましやりたくない仕事があったとする。
 しかし娘っ子はその仕事をどうしても相棒にやってもらいたい。
 そういう仕事だとする。」

「そこはかとない不安を感じるけど、前提条件は理解した。
 それで?」

「娘っ子は相棒に仕事をさせる為に二つの方法がある。
 一つ目は娘っ子が直接相棒の手足を動かして、働かせる方法だ。
 この場合、相棒はやる気ゼロだが、働いているように見える。」

「見えるだけじゃねーか…。
 言ってみれば、マリオネットみたいなもんだろ?」

「その表現いただき、その通りだ。
 実際は娘っ子の腕力だけだな。
 相棒は働いているように見えるが、本当は自ら働いているわけじゃない。
 これが、メイジが使っている魔法って奴だ。
 魔力で精霊に干渉し無理矢理動かして、現象を発生させている。」

実際、現象をイメージしながら魔法を使っていますからね、私達メイジは。
魔力で事象に無理矢理干渉する魔法が、私達の魔法なのです。
得意な属性というのは、干渉が得意な属性という事になります。

「では先住魔法とは何か?
 先ほどと同じく相棒はあんましやる気がないわけだが、娘っ子は自らの腕力で直接相棒を動かす以外の方法を使う。
 ご褒美をあげるから、働いてくれと話を持ちかけるんだ。
 相棒はご褒美目当てに自ら働く事になる。
 これが先住魔法。」

「ご褒美?」

「ああ、ご褒美は魔力だな。
 メイジの魔法では魔力は操り人形の操り糸だったが、これを先住魔法ではご褒美に出来るんだ。
 ご褒美にはご飯を食べる権利とか最低限のものから、パイタッチだったりキスだったりと相棒が悶絶して喜びそうなハイクラスのものまで用意してあって、時と場合に応じて先住魔法の使い手は精霊と契約し代償を支払って魔法を使うんだよ。」

「おいおい、俺はいいけどルイズが怒るぞ?」

「ななななな、何でわたしがサイトに胸触らせたりキスさせたりさせなきゃいけないのよ!?」

「ほら。」

ルイズが顔を真っ赤にして、拳を光らせ始めました。
才人は自分が対象では無いので、涼しい顔なのです。

「怒るな!だから、何度も何度も例え話だっつってるだろ!」

「しゃー!」

「ルイズ、どうどう、どうどう…。
 ほらほら、飴ちゃんあげますから期限直して。」

私はそう言いながら、怒り狂うルイズの口の中にミルク味のソフトキャンディを放り込みました。

「んぅ!?
 おぉう、これは美味しい…ころころ。」

「落ち着いたら、もう一個あげます。」

「うん、落ち着く…ころころ。」

さすがはママの味、怒り狂った王蟲みたいなルイズでも落ち着きますね。

「こういう例え以外に、上手い例えが思い浮かばねえんだよ、勘弁してくれ。
 兎に角だ、相棒に操り糸垂らして無理矢理動かすのと、ご褒美があるからとはいえ相棒が自らの意思で動くのと、さてどちらがキチンと動く?」

「自分で動いた方が効率が良いな。」
 
「そういう事。
 メイジの魔法は飽く迄も無理矢理動かしているに過ぎない。
 時々そこの金髪グルグル巻きの娘っ子みたいに、気づかずに先住魔法使っている者もいるけどな。」

デルフリンガーの一言と共に、全員の視線がモンモランシーに集中しました。

「え?ええ?私、先住魔法なんて使っていないわよ!?」

モンモランシーは、慌ててそれを否定します。
ええと、急に私の知らない展開になったのですが?

「いや、使ってるから。
 金髪グルグル娘の家は代々使ってるから。
 じゃないとラグドリアン湖の水の精霊と話なんか出来ないから。
 精霊との契約って、すなわち先住魔法だから。」

「いや、あれはうちの秘伝の魔法で…。」

「それが先住魔法だっつってるの。
 精霊と契約する魔法はすなわち先住魔法なの。
 つーかね、お前さんの血からは微かにエルフの匂いがするんだわ。
 たぶんお前さんの家の初代はエルフだぜ?
 しかも、統領クラスの超強力なエルフだった筈だ。
 あんなにはっきりと意思を表示出来る強力極まりない精霊に、子々孫々に至るまでの強固な契約を結ぶ事が出来たんだからな。」

デルフリンガーが謎の特技を…と、それよりもモンモランシーです。

「い、いや、私耳尖がって無いけど…。」

「6000年も人間に混ざっていれば、そりゃあ姿形は完全に人間になるだろうさ。
 もう既に、血を介さないと精霊との契約が覚束なくなっちまってはいるが、お前さんに先住魔法が使える先祖がいたのは間違いねえよ。
 現にお前さんが精霊と契約出来るんだからな。」

混乱するモンモランシーに、デルフリンガーは更に畳み掛けます。

「まあまあモンモランシー、初代がエルフだろうが良いではありませんか。
 そのおかげで代々ラグドリアン湖の精霊との仲介役を仰せつかってきたのですし。」

「ま、まあ確かにそうではあるのだけれどもね、びっくりしたわ。
 でも、そうなんだ…じゃあ、私がエルフと結婚すれば、モンモランシ家の力は昔並みに戻るという事なのかしら。」

「も、モンモランシぃ!?」

モンモランシーの一言に、ギーシュが悲鳴のような声を上げています。

「戻るでしょうね。
 ですがその選択をエルフの特徴がまだ残っていた頃のモンモランシ家の人間が考えなかった筈が無いのですよ。」

「出来るわけがないわよね、ここまで敵対している状況じゃあ。
 まあ、益体もない話だから、これはこのくらいにしておくわ。
 だから安心して、ギーシュ?」

「あ、うん、僕ぁ信じていたよ、我が麗しき蝶モンモランシー。」

モンモランシーの言葉に、ギーシュはホッと胸を撫で下ろしたのでした。
先祖にエルフがいても、ギーシュの気持ちには些かの変化も無かったようですね。
良かったのです。

「ああ、また話が脱線しちまった…。
 兎に角だ、メイジの魔法は無理矢理精霊を動かす。
 先住魔法は精霊に報酬を支払って自ら動いてもらう。
 だからメイジの魔法に比べても、より少ない魔力でより強力な魔法を使えるんだ。
 あのクソガキでも、変身魔法が使えるわけはここらにある。」

「なるほどな…。」

シルフィードは完全にクソガキで固定ですか、デルフリンガー。
いやまあクソガキというのは、まこともって同感なのですが。

「…で、この館であのチビっ子と戦ったのは、エルフの中でも屈指の使い手ってこった。
 チビっ子相手の時はかなり舐めていたみたいだが、本気にさせたら何が出てくるかわからんぜ?」

「だからどうした。
 相手がどんなに強かろうが、知った事かよ。」

飄々とした表情のまま、才人はそう言い放ちました。

「俺はタバサを助けるって決めた。
 あいつには何度も助けて貰っているし、何より文字を教わっている最中だしな。
 恩はきちんと返さないと、寝起きが悪くならぁ。」

「だから、それはわたしが教えるって言っているのに…。」

ルイズはちょっと不満そうなのです。

「いやだって、お前になにか教わったら、教わっている時間の半分以上俺はぶっ飛ばされて宙を舞っているわけだが…?」

「わたしはお母様にそうやってモノを教わったのよ、文句あんの?」

毎度毎度思いますが、何をやっているのですか烈風カリン様…。

「あちらは放っておいて…エポニーヌ様、タバサとその母君が何処に連れて行かれたのか、ご存知でしょうか?」

ギャーギャーやっている連中は放って置かないと、話が進みません…。

「ええ、さる筋から確たる情報を入手出来ましたわ。
 シャルロット様達が幽閉されているのは、ガリア南部のアーハンブラ城。
 多大なる犠牲を払ってエルフから取り戻した地に建つ、エルフが作りし城。
 そこにお二人は居られます。」

そう言って、イザベラは私にここからアーハンブラ城までの距離と方角を示した書類を渡してくれました。
彼女が直に持ってきた情報とか、頼もし過ぎるのですよ。

「私は…私はこれ以上動く事が出来ませぬ。
 どうかシャルロット様を…ロッテをお助け下さい…お願いです。」

立場は人を雁字搦めにし、呪いのように縛り付けます。
彼女にはタバサ以外にも、色々と守らねばならない人達が居るのでしょう。

「大丈夫、大丈夫です。
 タバサは、シャルロットは必ず救って見せます。
 ご安心なさって下さい。」

私はイザベラを抱きしめると、安心して貰うために耳元でそう囁きました。
己が動く事が、敵にとって一番の計算外であると彼女は言いましたが、それ以上に動きたくて動きたてしょうが無いのでしょう。
彼女にとっては、彼女自身よりも大事な大事な従妹なのですから。

これから向かうはアーハンブラ城。
さて…一応いくつか対策は立てましたが、果たして通じるのやら?



[7277]  幕間54.1 エルフとタバサ、そしてとある物語
Name: 灰色◆a97e7866 ID:b190063f
Date: 2012/08/03 10:27
「ん…。」

タバサはベッドの上で目を覚ました。

「ここは…?」

タバサは起き上がり周囲を見回してみる。
流行からは外れているが、豪奢な家具がしつらえられた部屋の中にタバサはいた。
彼女自身も高級な寝巻きに身を包んでいる。
王族とはすなわち国家の肖像。
王族を見る事で、国家はその格を計られる。
廃止されたとはいえ王族ともなれば、それなりの待遇が必要となるのだ。
そして王族として遇されているという事は、北花壇騎士を解任されたという事でもある。
あの裏の部隊は、王族が所属して良い部隊ではない。

「眼鏡、眼鏡…。」

実はそんなに目が悪いわけではないタバサだが、この境遇になってからずっと一緒にやってきた相棒みたいな眼鏡である。
かけなくてはどうもしっくり来ない為、ベッドの横を探るときちんと置いてあった。
勿論、何か仕掛けを施した痕跡も無い。

「ゴキブリ、ゴキブリ…。」

タバサはケティと別行動をとる時は何時も渡されていたゴキブリゴーレムを探す。
ぶっちゃけ、気持ち悪いから捨てられている可能性が高いが、取り敢えず探してみる。

「あ、あった…。」

ゴキブリゴーレムもきちんと取ってあった。
しかも宝石箱の中に入っている。

「何故…。」

ひょっとして装飾品かなんかと勘違いされたのかしらとか思い、タバサは気が重くなった。
いくら復讐に燃えているとは言え、彼女だって年頃の女の子である。
ケティから預かっているものとは言え、ゴキブリで身を飾っているだなんて思われたくない。
蝶々とかだったら良かったのにとタバサは思ったが、ケティは『それじゃあ強度が』とか言い出すだろうと思い至り、溜息を吐いた。
あの娘は一見可愛いのに、何処か乙女力が足りない…薄笑いを浮かべながら、銃なんかにスリスリしている事があるし。
自身の女らしくない所は取り敢えず棚上げして、タバサはもう一度溜息を吐く。

「目覚めたか?」

そんな声がしたので振り返ると、そこにはのんびりと本を読んでいるエルフが居た。
読んでいる本のカバーには覚えがある。
それも当然で、タバサの愛読書である『イーヴァルティの勇者』だったからだ。
のんびりと本を読んではいるが、それも当然。
タバサの本気中の本気で放った魔法を容易く弾き返すという、とんでもない芸当を難なくやってみせたエルフである。
タバサなどはなっから敵だとすら認識していないのだろう。
視線だけで杖を探すが、当然無かった。
杖が無ければ魔法だけではなく、タバサが得意とする近接戦闘技の長杖術も使えない。
どうにもならない状況だったので、タバサは開き直ってエルフを指差し口を開く。

「耳の長い人。」

「エルフだ。」

「ん。良い反応。」

間髪いれずに訂正を入れてきたエルフに、タバサはわかっているといった風情で頷く。
敵対者は取り敢えずおちょくって反応を見るケティの真似をしてみたタバサだった。
悪い傾向である。

「私はタバサ。」

「シャルロットという名だと聞いているが?」

「それは世を忍ぶ仮の名。
 本当はゴンザレス。」

「最初に名乗った名が、跡形も無くなったんだが…。」

エルフの顔に困惑が浮かぶ。
そんなエルフの顔を茫洋とした表情で眺めるタバサ。
シュールな空気が場を支配し始めていた。

「場を和ませるためのジョーク。
 タバサと呼んで。」

「全く和んでいないような気がするが、それが人間のやり方ならば仕方あるまい。
 あの王も良くわからない事をするしな。」

エルフは異文化交流に於ける齟齬だと勘違いしたらしい。
鷹揚に頷いてみせた。

「私は名を名乗ってみせた。
 今度は貴方の番。」

「ふむ…これは双方共に変わりない礼儀のようだな。
 我はネフテス老評議会議員…いや、今はただのビダーシャルだ。
 サハラのビダーシャルと呼ぶがよい。」

タバサはビダーシャルと名乗るエルフの態度がやけに偉そうなのが若干気になったので、椅子の上に立って胸を張る。
それでも背の低いタバサよりもビダーシャルの背丈はなお大きかったが、視線はある程度対等のものとなった。

「…何をしている?」

「そっちに合わせてみた。」

「視線をか?
 それは痛み入る。
 あのままだと、少々首が痛かったからな。」

遠まわしにチビだと言われて軽くグサッと来たタバサだったが、表情には出さずに言葉を続ける。
実は少し眉の端が上がっているが、ビダーシャルには気づけない変化だった。

「ここは何処?」

「アーハンブラ城だ。」

「ずいぶんあっさり。」

「我が居る。
 そなたは母を置いてはいけぬとも聞いている。
 その上この地はサハラの手前であり、乾燥地帯で身を隠す森すらない。
 故に逃げる事は叶わず、場所をばらしたとて何が出来るわけでもないからな。」

ビダーシャルは自分の力に自信を持っているし、その力は紛れも無く他者を圧倒しているのもタバサには理解出来た。
恐らくは『破壊神』とか呼ばれている烈風カリンでも、対抗は困難ではなかろうか?
タバサはそう予測している。

「母が居るの?」

「ああ、隣の部屋だ。
 今は眠っている。」

ビダーシャルの言葉を聞いてタバサは隣の部屋に向かい、ドアを開けた。

「お母様…。」

そこには蒼銀色の長い髪をした、美しい容貌の女性が眠っている。
謎の水の秘薬によって心を喪ってしまったタバサの母である。

「……………。」

タバサは母の頬に手を伸ばし…母の頬をつつく。

「…それは、蛮人特有の愛情表現なのか?」

「ん、ぷにぷに。」

不思議そうな表情を浮かべるビダーシャルに、タバサはサラッと嘘を吐いた。
タバサなりの愛情表現であって、人類特有のものでは無い、多分。

「そうなのか…。」

「ん。今度あの王にもやってみると良い。
 頬ではなく、首に力強く思い切りやるときっと大層喜ぶ。」

「わかった、感謝する。
 蛮人の風習とは、なかなか変わっているな…。」

そしてあっさり騙されるビダーシャル。
タバサみたいな淡々とした表情の少女が、サラッと嘘を吐くとは思ってもいないようだ。
ビダーシャルに会うなり、いきなり思い切り地獄突きされたジョゼフがどう思うのであろうかと、タバサの口元が軽く緩んだ。

「それで…。」

「何だ?」

タバサは母の頬をつつくのを止めると、立ち上がってビダーシャルの方に振り向いた。

「私達はどうなるの?」

「ふむ…。」

ビダーシャルの表情が殆ど消え、目に憐みが浮かぶ。

「守れと言われている。
 ガリア王家の正統は、もはやそなたとあのおでこの広い娘のみである故にな。
 ただ、そなたには心を喪ってもらう。」

「つまりそれは…。」

タバサは母を見ながらビダーシャルに尋ねる。

「私も母と同じになるという事?」

「その通りだ。」

タバサの問いに、ビダーシャルはゆっくりと頷いた。

「という事は、母をこんな風にした薬も?」

「ああ、そなたら蛮人では、これほど長い間心を停滞させる秘薬は作れぬ。」

「そう…。」

モンモランシーなら何かの偶然でやらかし…もとい、作ってしまうんではないかな~とか思いながら、タバサは頷く。

「羽も生える…。」

「羽?いや、そんなものは生えないが…?」

この前モンモランシーの実験台になった先生が翼生やして《シャギャー!》とか雄叫び上げながら東の空に消え、後にケティが笑顔で『無事発見されて、現在アカデミーで《治療中》です』とか言っていたのを思い出し、思わずそれがタバサの口から漏れ出てしまったようだ。

「何でもない。」

「そうか。」

あの先生、《治療》は終わったのだろうかとか思いながらタバサが首を横に振ると、ビダーシャルは特に問いただす事も無くそのまま鷹揚に頷いた。
ちなみにその先生の名前はギトーとかいう、風最強理論を提唱していた先生だ。
モンモランシーの話によると、彼女が魔力を強化する薬の実験をしていたのを聞きつけてやってきて、まだ準備段階だった薬を思いっきり飲んでしまったらしい。
『私は無罪よ』とか、そんな事をモンモランシーは言っていた。
風系統の得意なタバサには凄く優しい人だったので、良い人を亡くしたなーと心の中で祈ったのを思い出した…死んでないけど。

「何で母がこんな穏やかな表情で眠っているの?」

薬に侵されてからというもの、タバサの母は眠っている間も悪夢にうなされているのだ。
このような安らかな寝顔を見るのは、恐らく母が心を喪う前の事だろう。
だからこそ、タバサも少し心に余裕がある。

「倒れたそなたを見たら半狂乱になって暴れてな。
 心を停滞させている筈だが、それでも何か感じる所があったのであろう。
 母親というのは凄まじいものだな。
 仕方が無いので、眠って貰う事にした。
 今は夢を見る事も無い深い眠りについている。」 

「今は夢なんか見ない方が良い。
 どうせ悪夢にうなされるだけ。」

そう言ってから、タバサは周囲を見回す。

「私の使い魔はどうしたの?」

「あの韻竜なら『ええい、この野郎め!覚えてやがれなのね!』とか、捨て台詞を残して逃げた。」

表情を変えずに裏声でシルフィードの声真似をきっちりやってのけるビダーシャルに、タバサは無表情のまま軽くよろける。
このおじさん変だ、エルフとかそういうレベルじゃなく変な人だと確信した。
後、シルフィードに変な捨て台詞を覚えさせたのは、紛れも無くケティだろうな~とも思ったのだった。

「私は何時、母と一緒の状態になるの?」

「我の渾身の声真似への感想は、いかに…?」

「私は何時、母と一緒の状態になるの?」

「無視か…そうか…。」

全力でスルーする事にしたタバサにビダーシャルは少し肩を落とし、言葉を続ける。

「あの秘薬は我らでも調合が難しい代物でな。
 10日ほどかかる。」

「そう…。」

10日のうちにケティ達が来ないと、自分も母と一緒の状態になってしまう。
とは言え、この状況で逃げるのは無理だろう。
ビダーシャルはちょっと変なおじさんだが、滅茶苦茶強力な魔法を使う耳の尖ったちょっと変なおじさんである。
いくらケティ達でも、このちょっと変なおじさんに勝つのは困難だとタバサは思う。
とはいえ、ケティは部外者には鬼のように冷たいが、身内には物凄く優しい人間である。
来てしまうのだろう、そしてビダーシャルと戦う事になるのだろう。
その時、自分はどうすれば良いのか、覚悟を決めよう。
そうタバサは思った。

「10日は短いようで長い。
 そなたは本を読むのが好きだと聞いたゆえ、そなたの屋敷の書庫から本を持ってきた。
 好きなのを読むがよい…ふむ、バタフライ伯爵婦人の気まぐれな午後?」

「その本は読まない方が…。」

本屋に行ったらベストセラーシリーズという事で積まれてあったので一冊買ってみたのだが、自分には理解不能な表現が多かったのでそっと本棚にしまっておいた物である。
何故にトリスタニアでは本屋の正面にエロ小説のシリーズものが積まれているのだろうと、それだけがひたすら不可解なタバサだった。

「…蛮人。」

「ごめんなさい。」

パラパラと流し読みした後、頬を赤らめて抗議の視線を送るビダーシャルに、タバサは人類の代表として謝る事にした。
変なおじさんの癖に初心だな~、この変なおじさんとか思いながら。

「これはそなたにはまだ早い、没収。」

『バタフライ伯爵婦人の気まぐれな午後』を大事そうに懐に仕舞いながら、ビダーシャルは他の本を手に取る。

「『イーヴァルディの勇者』か。
 これは我も何度か読んだことがあるが、実に興味深い物語だ。」

『イーヴァルディの勇者』とは、このハルケギニアにおいて最もポピュラーな英雄譚だ。
それと同時に最も不可解な英雄譚でもある。
何故か?それはこのイーヴァルディの勇者が始祖ブリミルからの加護を受けた勇者でありながら、メイジでは無いという点にあった。
イーヴァルディの勇者は始祖の加護を得た光る左手を持ち、剣と槍を自在に操って竜を倒し、魔物を倒し、亜人を倒し、時には悪逆非道な領主のメイジさえも倒しているのだ。
この世界に於いて、メイジとは始祖ブリミルからの加護を受け、系統魔法が使えるようになったとされている。
魔法とは始祖の権威と加護の象徴でもあるのだ。
故に始祖ブリミルの血がどれだけ濃いかという点が、王家の正統性として最重要視されている。
だからこそ虚無の系統に目覚めたルイズは、アンリエッタに次の王はお前だという宣告をされてしまった。
そんな世界に於いて『光る左手』という、教会の唱えない始祖の加護が描かれているのだ。

「これと同じような伝承は、我らエルフにもある。
 聖者アヌビスと言ってな、シャイターンを打倒し《大災厄》によって危機に陥った我らが大地を救ったと、そう記されている。
 このイーヴァルディと同じように、我らがアヌビスも同じ聖なる光る左手を持っていたとされているのだ。
 何故エルフと蛮人が非常に似通った伝承を受け継いでいるのか、これは非常に興味深い。」

教会の唱えない始祖の加護など、まさに異端としか言いようが無い代物である。
実際、教会からは何度も異端と認定され、そのたびに焚書の憂き目に遭って来た物語でもある。
しかしそれでも消えていないのは、この物語の主人公がメイジでないという、まさにその点にある。
イーヴァルディの勇者は魔法を使えない主人公であり、つまり平民の物語なのである。
故に平民からの支持が凄まじく、弾圧は平民への過剰な弾圧とまで受け止められ反乱の芽となる。
領主は領主で、たかが物語で領民のガス抜きが出来れば安いものであるから、賢明な領主はそれほど熱心には弾圧や焚書などを行わない。
ラ・ロッタ家とかになると、そもそも教会中枢と仲が悪いので何もしない。
必然的に物語は残り、弾圧の季節が過ぎれば再生産された物語が世間に広がっていって元の木阿弥となる。
それどころか、弾圧の度に色々な解釈が行われた物語が増えていくのだ。
そうして物語が色々と脚色された結果としてイーヴァルディは男であり、女であり、大人であり、子供であるという、千変万化な平民の物語となった。
そして今、トリステインでは才人をイーヴァルディと重ねて見る人も少なくない。

「我らエルフからそなたら蛮人に伝わった物語である…とするのが我らの解釈だが、何分大昔の話だからな。
 今となってはそなたら蛮人よりも長寿命の我らですらわからぬ。」

「これの解釈をしている人を知っている。」

「ほう?」

イーヴァルディの研究は全くと言って良いほどされていなかった。
それが何故かといえば、研究などを行える知識階級がメイジな為、メイジを否定するような研究をしたがるものがいなかった事、弾圧が何度もされた事により再生産や多岐にわたる解釈がなされた為に原典がどれなのか判らなくなってしまったという点などがある。
しかしタバサはケティからこんな話をされていた。

『イーヴァルディは世俗化されたガンダールヴの伝承なのです。
 しかも一人ではなく、数人の虚無とガンダールヴの物語なのですよ。』と。

また、こんな事も言っていた。

『新解釈で増えたものもあります。
 その方が圧倒的に多いのも確かです。
 ですが、いくつかのイーヴァルディには己が何なのであるのか理解出来ていない虚無系統と思しきメイジの姿も見えるのですよ。
 有名な伝説や伝承には、必ずといって良いほどその元になった歴史的な事実が存在します。
 例えばイーヴァルディの中でも名作とされるこの本なのですが・・・。』

それは偶然なのか必然なのか、ビダーシャルがタバサに渡した本と同じ物語であった。

「光る左手は、即ちガンダールヴの証であると。」

「しかしそれでは、我らの聖者アヌビスの伝承はどうなる?
 ガンダールヴはシャイターンの僕の筈だが、アヌビスはそのシャイターンを倒した者とされているのだぞ。
 我らはエルフだし、そなたらの使い魔は主人を害せない筈だ。」

「エルフがガンダールヴになれない、などという法は無い。
 人とエルフが接触しない、などという事も無い。
 現に私達は、こうして話をしている。」

「!?」

「そして、命令すれば使い魔は主人を殺す事が出来るようになる。」

使い魔は主人に対して殺意を抱く事が原則的に出来ない。
出来ないが、主人が自分を殺せと命令した時はその命令が優先され、一時的に主人を殺す事が出来ないという原則が停止するのだ。
勿論、殺すか殺さないかまでを主人が限定する事は出来ない。
殺すか殺さないかは、飽く迄も使い魔の意思による。

「とはいえ、これは飽く迄も解釈のひとつ、あまり深く考えてもしょうがない。」

「…興味深い話ではあったと言っておこう。
 それではしばし休むが良い。
 私は退出するが、逃げようなどとは考えない事だ。
 そなたが母を置いて逃げるとは思えぬがな。」

タバサにそう良い含めると、ビダーシャルは部屋を出て行った。
部屋に残ったのは数冊の本。
『バタフライ伯爵夫人』はビダーシャルが大事そうに持ち去ってしまったので、あるのはいくつかの専門書と『イーヴァルディの勇者』の物語。
タバサは取り敢えず手近にあった『イーヴァルディの勇者』を手に取り、母の眠るベッドに腰掛ける。
ビダーシャルに渡されたその本は何度も読んだ事があり、そして母に読み聞かせて貰った事のある本であった。
そして、声を出して本を読み始める。
かつて、母がそうしてくれたように。

「昔、もうどれだけ昔なのかすらわからぬほどの昔、とある山奥の村に領主の代官がやってきました。
 代官は領主の娘でたいそう美しい容貌の持ち主でしたが、とてもわがままで気まぐれで癇癪持ちでした…。」

タバサが幼い頃は母親に物語を読み聞かせて貰いながら眠りについた記憶を思い出しつつ、本を母に読み聞かせるように読み続ける。
それは数あるイーヴァルディの勇者の伝説の中でも有名な話である。
何故有名かと言えば、この話がイーヴァルディの勇者がその力を目覚めさせるという、ちょっと変わった『目覚め編』と呼ばれる話のひとつだからだ。
この手の解釈がされるイーヴァルディの勇者の物語に於いて、イーヴァルデイは人の名では無く力であり称号である。
ケティはこれらが過去に目覚めずに一生を終えた虚無の使い手とガンダールヴの物語なのではないかと推測していた。

昔、もうどれだけ昔なのかすらわからぬほどの昔…イーヴァルディは何時もここから話が始まる。
山奥の村に何故か代官としてやってきた美しい領主の娘の僕として働く事になった少年が主人公。
彼は娘の我侭と癇癪に振り回されながら毎日を送っていたが、ある時領主の娘の重大な秘密を知ってしまう。
秘密とは彼女が殆ど魔法を使えない事、それが原因で親である領主に疎まれ半ば厄介払いで村の代官として派遣された事。
それを知った彼は領主の娘に彼女が使える数少ない魔法で、秘密を絶対に漏らさない事を誓約させられた。
秘密を共有した事で2人の距離は徐々に近づいていったが、ある日領主の娘に領主からの手紙が届いた。
父からの手紙だと喜びながら領主の娘が封を開けたそれは、とある町の大商人の下へと嫁げという領主からの命令。
《無能で役立たずな御前が我が家の為に出来る事は、商人の下に嫁いで金を持って来る事くらいだ》そんな残酷な言葉と一緒に来た命令。

『魔法もロクに使えず、魔法学院も退学になってしまった。
 その後はあたり構わず周囲に当り散らす、ただの出来損ないな私。
 そんな、今まで御家の為になる事が何一つ出来なかった無能な私には、これしか出来ないもの。
 ありがとう、そしてさようなら…我侭な私に優しくしてくれた貴方の事は忘れないわ、ずっと。』

領主の娘は命令に従い大商人の下へと嫁ごうとしたのだが、その嫁入り行列が竜に襲われてしまう。
嫁入り行列の護衛をしていた少年は、娘を助けようと剣を抜いた時に己の左手が光り輝いている事に気づいた。
光る左手より勇気と力がさながら泉の清き水の如く無限に湧き出てくる。
そう、彼は始祖ブリミルの加護持つイーヴァルディの勇者の血統だったのである。
彼はその力で竜を斬るが、力一歩及ばず竜は領主の娘を連れ去ってしまった。
イーヴァルディの勇者として目覚めた少年は、領主の娘を助けに行こうとするのだが…。

「イーヴァルディはシオメントをはじめとする村の皆に止められました。
 村の皆を苦しめていた領主の娘を助けに、イーヴァルディが竜の洞窟へ向かうと言ったからです。」

タバサがそこまで読んだ時、ふと自分に誰かの視線が向いているのを感じそちらに目を向けた。

「お母様…?」

何時の間にか、タバサの母が目を覚ましてタバサを見ていた。

「すいません、今シャルロットを取ってきます…お母様?」

何時もであれば自分と名前を交換したあの人形が無ければ取り乱す筈のタバサの母だが、何故か取り乱す事無く驚いたような表情でじっとタバサを見つめている。
何かが、エルフの作った水の秘薬を凌駕する何かが、一時的に若干ながら表出しているだけなのだろう。
それはひょっとすると、タバサが幼かった頃の思い出であろうか?
そうかもしれないが、だがしかし誰にもわからない事でもある。
ただひとつわかる事は、タバサが本を読み聞かせるとタバサの母はタバサを認識してくれていると言う事。
希望と言うにはあまりにも淡い光だが、タバサはそれでもその光に縋りたかった。
あまりにも淡い希望だが、それは優しい希望でもあったから。

「シオメントは言いました。
『おお、イーヴァルディよ。
 そなたは何故に竜の住処へと赴くのだ?
 あの娘はお前をあれほど苦しめたではないか?』
 イーヴァルディは答えます。
『わからない。
 でもありがとうと、あの娘は最後に言ってくれたんだ。
 僕の事をずっと忘れないと、言ってくれたんだ。
 だからかもしれない、僕の中にいる何かが僕をぐんぐん引っ張っていくのは。』」



[7277] 第五十五話 悲しいけど、これって潜入任務なのよね!なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:f46205e0
Date: 2012/09/25 20:17
アイドル、それは万人に愛されるべき能力・技能の持ち主
しかしながら、生まれながらのアイドルというのは居るものです

アイドル、それは万人に愛されるべき能力・技能の持ち主
特にルイズと姫様…いやはや、あの二人は別格なのですよ、美貌とカリスマが

アイドル、それは万人に愛されるべき能力・技能の持ち主
アイドルの語源は偶像、王は国家の偶像…彼女らがアイドル性を持っているというのは、血の宿命やも知れません








「…何を読んでいるの、ケティ?」

アーハンブラ近郊まで移動する最中、タバサの家から持ってきた本を読んでいたりする私に、ルイズが声をかけてきました。

「これですか?イーヴァルディの物語です。」

「イーヴァルディ?
 また悪趣味なのを…。」

ルイズは眉をしかめて私にそう言うのでした。

「読まずに言ってますね、ルイズ?」

「え?えーと、うん。
 でもイーヴァルディを読む貴族は悪趣味だっていうのは、昔から言われているじゃない?」

ルイズのいう事は御尤も。
確かに昔から、貴族がイーヴァルディを読むのは属っぽ過ぎて悪趣味だというのは、よく言われる事なのです。

「ルイズ、貴方はわかっていません…。
 ええ、何もわかっていない。
 これは嘆くべき事ですよ、実に嘆かわしい事です。」

「ん?何がよ?」

私の言葉に、ルイズが首を傾げています。

「悪趣味っていうのは、楽しいのですよ☆」

「そういう台詞を可愛らしい笑顔で言わないで頂戴…。」

ルイズは溜息を吐きながら、私をジト目で睨みました。

「おほほ…使用人に聞いたのですが、今は心を狂わされてしまったタバサの母君がかなりのイーヴァルディマニアだったらしいのですよ。
 おかげで、入手の難しいイーヴァルディのお話も揃っているのですよね。」

『これを出版しようと決断した作者の勇気には敬服する』って類いの、しょうもないイーヴァルディ本もいっぱいありましたけどね。
しょうもないものも全部集めてこそのマニアといいますか、タバサの母上のコレクター魂には感服です。
…正気に戻った時にコレクションが荒らされているのを見て、もう一度発狂しそうなのがアレですが。

「た、大公妃ともあろう御方が…。」

「人間ひとつくらい悪趣味があった方が、人としての深みも増すというものですよ。」

ジョゼフ王のように悪趣味だらけになると、ただの変な人になりますが。

「流石、銃マニアは言う事違うわね。」

「放って置いて下さい…。」

しみじみと言うルイズに、私は肩を落とすのでした。
銃もメイジが使う得物としては悪趣味であると言われています。
拳銃、便利なのですけれどもね…。

「まあ兎に角です。
 イーヴァルディは様々な人間が紡いだ物語ですし、物語としての質も裾野が広い分面白いものが沢山あるのですよ。」

「ふーん…。」

まあ、裾野が広い玉石混淆なので、自動的に全く面白くない物語も無数に紡がれているのですが。
そういうのは淘汰されて、面白いものが大体残るのが、こういう時代の良い所です。

「何よりルイズ、貴方も将来的にはイーヴァルディの物語の一つになるのですし。
 そんなに嫌がらなくても。」

「へ?
 何でわたしがイーヴァルディの物語になるのよ?」

首を傾げるルイズに、私は持っていたペンで才人を差す事でやんわりと伝える事にしました。

「才人?」

「ええ、左手が光り剣を自由自在に操る英雄。
 イーヴァルディの題材としてはぴったり当てはまるキャラ持ちなのです。
 そして…。」

私はルイズの方に手を置きました。

「幾つかのイーヴァルディには、魔法の苦手なメイジが相棒として出てきます。
 役に立たないメイジを傍らにおく事で、イーヴァルディの強さを際立たせる演出だという人も居ますが…ルイズならば、これがどういう事か分かるでしょう?」

「昔も、わたしみたいな人が結構居たって事ね…しかも、その人達はわたしみたいに運良く始祖の祈祷書などのマジックアイテムと触れ合う機会が無かった。
 虚無として目覚めていないから、当然魔法は虚無に目覚める前のわたしみたいに爆発したりしていた…何かがひとつ行き違えば私も同じだったと考えると、ぞっとするわね。」

メイジの家に生まれたのに魔法が殆ど使えないと、とことん莫迦にされますからね。
才人を召喚して、自分が虚無の系統だという事が知れるまで、その間故郷の屋敷から学院に来て約一年間超。
彼女はこの学院において、魔法を使えない貴族の子が偏見から被る地獄の真っ只中に居ました。
拾われ子だの父親がメイジじゃない使用人の誰かじゃないかだのと好き勝手言われ、からかわれるのですよ。
貴族にとって一番大事な拠り所である誇りと血統を徹底的に莫迦にされる…これは正直な話、貴族としては堪ったものではないのです。
よくもまあ気を狂わせずに持たせたものだと、その精神力の強さに私は敬服せざるを得ません。

「おまけに召喚した使い魔がいきなり平民じゃあ、予備知識無しの身としては愕然とせざるを得ないし。
 訳が分からなさ過ぎて動転して、思わずそのまんまコルベール先生に言われるがままに契約しちゃったのよね…。」

迷ったら、そのまんま真っ直ぐ突き進む所は、元からなのですね、ルイズ…。

「イーヴァルディの中には幾つか、召喚出来なかった故にヤケクソな感じで使用人などの平民とコントラクト・サーヴァントをやってしまった例なのではないかという描写もいくつかあります。
 彼らもしくは彼女らは、使い魔召喚すら成功しなかったのですよ。
 ルイズみたいに根気よく延々とサモン・サーヴァントを唱え続ける人も、なかなか居なかったのでしょう。」

「あそこで召喚出来ないなら、自裁する気だったしね。
 使い魔召喚すら出来ない者がヴァリエール家の次期当主とか、私自身許せないから。」

ルイズの性格だと、そうなってしまうでしょうね。

「わたしの事は過ぎた事だし、苦労した分だけの見返りもあったから、もう良いとして…成程ね。」

かなり追い込まれた筈なのですが、まあ才人に出会えたり伝説の系統である事がわかったり友達も出来たりでチャラになったのでしょうか?
私なら、半年も耐えられないような境遇なのですが…。

「イーヴァルディはガンダールヴ…で、イーヴァルディってどんな意味なの?
 響きからしてルーンよね、これ。」

「《大力無双なる者》って意味なのです。」
 
「ティファニアを思い出すわね。
 あの巨乳莫迦力娘…凄かったわ、力も胸も。」

ルイズがむーんと唸りながら、何やら回想しているようです。

「大木を毟り取るとか、生まれて初めて見ましたね…。」

「あれは同じ虚無のわたしでも無理だわ…。
 コツがあるとか言っていたけど、どう見ても力任せに毟ってたでしょ、あれ。」

ティファニアってば『えいっ♪』とか、草むしり感覚で木を根本から引き千切っていたのですよ。
お陰様でウエストウッド村を囲む木の城壁は思った以上に早く出来上がったわけなのですが。
アレは怪力とか馬鹿力とか、そんなチャチなものでは断じてありません。
もっと凄まじいものの片鱗を味わったのです…。




「さて、真夜中の降下作戦と洒落込みましょうか?」

ここはアーハンブラ城から10km程離れた場所。
このフォルヴェルツ号は船尾に扉がついており、縦に開く設計になっています。
別に水に浸かる事など無いのに、荷物の出し入れにいちいちクレーンや魔法を使うのは非効率的ですからね。
パカッと開けば馬車2台程度は何とか入ります…狭い船倉に閉じ込められた上に、これから馬車ごと空中に放り出される馬にとっては、堪ったものでは無いかもしれませんが。

「何で降下作戦…。」

「格好良いからです!」

「………………。」

私は胸を張って堂々と言ってのけましたが、周囲は不満顔です。
アレ?私の渾身の冗談が…。

「腕極めるわよ豆狸。」

それどころか、ルイズが真顔で手を鳴らし始める始末…。

「あだだだだだ!?」

言った瞬間には、腕を極めているのがルイズでしたー!

「そして折るわよ?」

「いたたたた、冗談ですから折らないでくださいプリーズ!
 タバサの実家に降下した時と同じですよ、なるべく人目を避けたいのです。
 船の図体だと目立ちますが、丁度良く曇り空なおかげで馬車程度の大きさなら遠くからは殆ど視認出来ません。」

「なるほど、そういう事なら納得だわ。」

ルイズにとっては冗談でしょうし、痛みが後を引かない事から考えても確実に冗談なのでしょうが、激しい冗談なのですよ。

「ルイズ、私は才人ではないのですから、壊れてしまいます。
 あまり激しいツッコミは控えてください…。」

「大丈夫大丈夫、ルイズが壊しても私が治すわ、有料で。
 私は儲かる、ルイズもスッとする、ケティの財布も軽くなる。
 まさにWin-Winの関係ね。」

「私が一方的に敗者(ルーザー)ではありませんかっ!?」

何なのですか、そのモンモランシーが儲かるばかりの関係は。
どういう事なのですか、その残酷な搾取のテーゼは。

「ま…まあ兎に角、降下しましょう。
 夜明けまでにアーハンブラにたどり着いて、一旦休憩の後に町の大広場で簡単な見世物をやります。」

「ひ、昼間にあんな格好してダンスするわけ?
 嫌よ、太陽さんさんと照る中でキュルケと比べられるなんてぜーったいに、嫌!」

踊り子役のモンモランシーが、顔を赤くして首を横に振っています。

「私も嫌だからね!」

ジゼル姉さまも顔を真っ赤にして首を横に振っています。
実は、ジゼル姉さまも踊り子役なのですよね。

「ミス・ツェルプストーは兎に角、何で他二人は揃って貧乳なんだね。
 ケティにやらせれば良いじゃないか、貧乳の女、略して貧女にやらせるのではな…どわぁ!?」

踊り子二人のプロポーションに対して文句を言っていたマリコルヌに、ジゼル姉さまの杖が装着されたモシン・ナガンのレプリカが、問答無用で火を噴きました。
銃弾はマリコルヌの髪の毛数本を吹き飛ばした後、船倉の木材を貫通した後、外側に張られている鉄製の装甲板でカンと乾いた音を立てて止まりました。
え?何で軍艦でもない船に装甲板があるか、ですか?ホホホ…聞いちゃ駄目なのです。

「あちゃー、手が滑ったわ。」

「おおお、思い切り構えて引き金引いて置いて、手が滑ったも何もあるかぁ!」

流石に仰天したのか、マリコルヌが涙目でジゼル姉さまに抗議しています。

「眉間狙ったのに外れたわ…あー、手が滑った手が滑った。
 ククククククク…。」

ジゼル姉さまの笑顔が何時になく怖い!?

「残念ねえ、逆回復薬の実験台にしようと思っていたのに…ほほほほほ。」

モンモランシーも、そう言いつつ懐から水の秘薬を取り出して暗く笑っています。
ええと…逆回復薬の研究は水のトリステインでは御法度なのですが。

「いい事を教えておいてあげるわ、疾病のマリコルヌ。
 貧乳を莫迦にするものは、貧乳に泣くのよ?」

「泣くどころか、僕の後頭部から灰色の脳味噌が極彩色の液体といい感じにブレンドされて飛び散るところだったよ!?
 涙どころじゃないよ、もはや死体だよ!?
 あと僕の通り名は疾病じゃなくて疾風!」

「五月蝿い、三大成人病のマリコルヌ!」

「し、しどい…。」

ううむ、あまりの衝撃に何時もの変態挙動がなりを潜めています。
…良い事ですね、放っておきましょう。

「そもそも、私とキュルケでは身長に差が有り過ぎるのですよ。
 真に遺憾な事ながら、ええ真に遺憾な事ながらっ!
 私がちっちゃ過ぎて、遠くの場所からよく見えません。
 ルイズでも同様なのです。」

「そうそう、背が低い私達は歌い手担当で、背の高い三人は踊り子担当。
 ああ、背が低い事に感謝するのも久し振りだわ!」

「ちっちゃいって良い事ですねっ!」

「ね~。」

私はルイズとニッコリ微笑み合って掌を打合せます。 

「…あー、ちょっと良いかね?」

そんな私達にコルベール先生が遠慮がちに声をかけてきました。

「そろそろ降下した方が良いのではないかね?
 そういう話は移動しながらでも出来るだろうし…。」

『あ…。』

コルベール先生のツッコミは至極もっともなものなのでした。

「それじゃ、扉開けてください。」

私がそう言うと、船員がハンドルをくるくると回し始め、それと同時に扉が開き始めました。
ここは夜の雲の中。
そこで扉を開けるとどうなるかというと、濃い霧がごうっと吹き込んで視界が薄っすらと白く濁ります。
私たちの視点だと霧ですが、これは雲なのでしょう。

「おおう…これから魔法でゆっくり降りるとは言え、怖いものは怖いな。」

才人が少々緊張した声で、そう呟くように言いました。

「まあサイトと馬車は、魔法が無いと地面に落ちてぺしゃんこになっちゃうしね。」

「ジゼル…余計怖くなるような事を言うんじゃねえよ。」

才人が悪戯っ子みたいな笑みを浮かべたジゼル姉さまをジト目で睨んでいます。

「大丈夫大丈夫、ここに居るメイジでギーシュとルイズ以外は風系統がそこそこ得意なのが揃ってるし。」

「ケティが風のライン相当の魔法が使えるのは知ってたけど、他は初耳だ…ぞって、何しやがる!?」

ジゼル姉さまにチョップされた才人は額を押さえて抗議しますが、いやまあ怒りますよね。

「私!私は火と風両方のライン!
 だから二つ名が『熱風』忘れないで。」

「お…おう。」

得意な系統はメイジにとって己のアイデンティティに関わるものなので、割と親しい中でありながら忘れられていたりするとちょっとしたショックを受けます。
才人は才人だから仕方が無いのですが、ジゼル姉さまは矢張り怒りますよね。

「モンモランシーはドット相当の風系統使えるし、キュルケは火以外の系統使いたがらないけど、やっぱりドット相当の風系統は使えるわよ。
 後、ついでのおまけに変態は風系統が主系統だし。」

ジゼル姉さまは嫌そうにマリコルヌと名乗る変態を指差します。

「フッ…女子のパンツを見る為だけに修練を重ね、ついにはラインになった僕の力を見せる時が来たようだ…。」

『死ね変態。』

変態の変態による変態的な変態発言に、私、ジゼル姉さま、ルイズ、キュルケ、モンモランシーの声が思わずハモりました。

「あヒん!?ご褒美五重奏(クインテット)
 ありがとうございます、ありがとうございます!」

「全く持って無敵だね、我が友…とか最近微妙に呼びたくなくなってきたマリコルヌ。」

ギーシュもドン引きなのですよ。

「僕は土系統だから風系統は殆ど使えないし、ルイズは爆発はしなくなったけど得意とは言い難いしね。
 レビテーションは兎に角、フライなら僕もルイズも問題は無いんだが…。」

「前なら拗ねてたトコだけど、今は全く気にならないわっ!」

ちなみにレビテーションとフライの違いはと言うと、自分が浮いて飛行する魔法か、魔法の対象を浮かせる魔法かという違いなのです。
しかしレビテーションの方が難易度は若干上で、ドット相当の風系統魔法が使えないと行使は困難と言われていますし、実際その通りです。
何でかって…?知りません。
これだからファンタジーは嫌なのです。

「取り敢えず、詠唱のタイミングを合わせなきゃね。
 色々と重いもの積んである馬車だから、上手くレビテーションをかけないとゆっくり降下してくれないだろうし。」

キュルケがそう言って、馬車に乗り込みます。

「あり?乗ってかけんの?」

先に馬車に乗っていた才人が、そう言って首を傾げました。

「魔法の複数同時行使は出来ないのに、馬車の外で馬車浮かせたら私達はどうやって降りればいいのよ?」

「飛び降りたら、ただの墜落死体と化すな、確かに。」

キュルケのツッコミに、才人はなるほどと頷きました。
どっかのミッドチルダみたいに、魔法の複数同時行使技術が出来れば良いのですけれどもね。
中々どうして、そう上手くは行かないのですよ。




「はーい、とうちゃ~く。」

数時間後、私達はアーハンブラ城の城下町アーハンブラ市へと到着しました。
星も月も無い夜に降下しただけあって、誰にも見つからなかったようなのです。

「到着つっても、夜中だけどな。
 最前線の城塞都市だから、門も完全に閉まってるけどな。
 つまり、街の中に入れねー!」

才人が頭を抱えながら叫びました。
目の前にはデーンと広がるゴッツイ城門と、その横に緩い曲線を描きながら広がる城壁。
はっきり言いますが、トリスタニアの城壁と城門よりも高くて分厚そうなのです。
エルフに攻撃されても、篭城出来るように設計されているのですね。

「やあ、参ったね。
 街に入れないや、あっはっはっはっは!」

そんな才人の隣で、ギーシュが暢気に笑っています。

「…巨人がやってきて、門蹴っ飛ばせば良いのになぁ。」

マリコルヌ、それやると巨人が進撃してしまうので、駄目です。

「駄目、勝手口にも守衛が居ないわ。」

門の周辺を探ってきたキュルケが、肩をすくめて困った表情を浮かべています。

「警備が厳重なのかそうでないのか、よくわからない体制ね…。」

「警備体制が形骸化しているのでしょう。
 …まあ、守衛なんか置いても、どのみちエルフには対抗出来ませんから。」

警備上の問題と言うべきか、夜警備するのがめんどいからというか、どうにも門は開きそうにありません。

「仕方が無いですね。
 朝まで馬車の中で眠って…ってルイズ、腕振り回して何やってますか?」

「城壁が相手なら、覇王翔吼拳(エクスプロージョン)を使わざるを得ない。」

ルイズはそう言いながら、ヨイショヨイショと屈伸運動をはじめました。
使えるのですか、覇王翔吼拳…って、そうではなく!

「隠密行動です!隠密行動ってのは深く静かに行動する事です!
 城壁ふっ飛ばしたら大騒ぎになるではありませんかっ!」

「ほ、本気にしないでよ。
 今のはジョークよ、キュートでプリティなラブリージョーク!
 いくら私でも、隠密行動中に城門をふっ飛ばしたりはしないわ。
 ええ、決して宿屋のベッドで眠れないのが不満というわけではないわ、ええ、ええ。」

ああ、馬車が男子組と女子組に分かれているせいで、馬車の中で寝るなら抱き枕(サイト)に抱きつけませんからね。
ルイズは最早抱き枕(サイト)無しでは眠れない体になっているようですし。
いやまあ、別に才人でなくても誰か抱きつける対象が居れば良いみたいではあるのですが。

「今夜は取り敢えず、モンモランシーにでも抱きついて眠って下さい。」

「モンモランシーは細過ぎて抱き心地が悪いわ。
 同じ理由でジゼルも却下。」

野郎の体も似たようなものだと思うのですが…。
むしろ、モンモランシーとジゼル姉様の方が柔らかさでは勝つ筈。

「では、キュルケで。」

「キュルケに抱きついて眠るのは嫌。
 却下よ、却下。」

ふっかふかですよ、胸とか!

「そうですか。
 では残念ですが、一人で眠るしか無いのですね…。」

私がクルリと踵を返して立ち去ろうとすると、腕をガッと掴まれたのでした。

「一人、残っているわよね?」

「ナンノコトヤラ。」

ルイズの視線を、私は空々しくかわします。
何故ならば!
季節はもう秋なれど、ガリアのほぼ南端にあるアーハンブラはまだまだ暑いのです。
隣に寝られるくらいなら兎に角、人に抱き着かれると暑くてしょうがありません。
夏に入ってからもタバサの抱き枕にされたことが何度かありますが、いずれも熱くて目が覚めました。
私は基本的に、冷たい布団が好きな人なのですよ。

「抱き枕といえばケティ、ケティといえば抱き枕。」

「そんな話は初めて聞きました。」

抱き枕になっているのはルイズとタバサと姫様とティファニアとシエスタとキュルケであって、私の抱き枕などありません。
モンモランシーのすらも無いのに、ましてや名前付きモブの私に至っては…なのですよ。
だからと言って、抱き枕にされても困りますが。

「ふかふか、丁度良い、暖かい。
 ケティ、わたしと寝る、いい。」

「なんで急にカタコト臭い言葉遣いになるのですか…。」

急に言葉が不自由な感じになったルイズに、思わずツッコミを入れてしまいました。
ルイズをよく見てみると、なんだか目が虚ろなのですが…。

「ああ…ルイズってさ、眠気が限界突破すると喋るのが面倒臭くなるのか、妙にカタコト臭い喋り方になるんだよ。」

「眠い…。」

才人の状況説明…驚愕の事実なのです。
ルイズをよく見ると、目が虚ろで時折目を閉じては開いています。

「そうなのですか…で、どうしましょう?」

「抱きつかせてやってくれ。
 そしたら朝までぐっすり眠るから。」

何と言うか、面白い関係になっていますよね、この二人も。
仕方がありませんね…何かあった時の為に、服は来たまま寝ようと思ったのですが。
抱きつかれたら皺になってしまいますし、脱ぎますか。

「言っておきますが、寝巻きで寝るって意味ですからね?」

「…けてぃ?」

ルイズが首を傾げていますが、それは秘密なのです。




翌日、町の中に入った私達は宿をジゼル姉さまとモンモランシーとルイズに探してもらいつつ、早速カモフラージュとしての芸人活動を始めたのでした。
何故にジゼル姉さまモンモランシーとルイズか?
マントを外して見得リミッターも同時に外れたモンモランシーだけだと死ぬ程みみっちい宿にされそうですし、ルイズだけだと会計不能なレベルの高級宿の最高級な部屋とか借りてしまいそうなのですよね。
だから一緒に行ってもらって、お互いの行き過ぎへのリミッターとしてもらおうというわけなのです。
ジゼル姉さまの役目はその調整役。
同級生の世話は同級生で頑張って下さいというわけなのですよ。

「何でだろー?何でだろー?何でだ何でだろー?」

テントと木の台を組み合わせ即席で拵えた舞台でギーシュが歌いながら『じゃじゃじゃじゃん!』と、激しくリュートをかき鳴らしていますが…リュートってあんなふうに激しく演奏するものでしたか?
そして隣でマリコルヌが気持ち悪い踊りをしています。

「ガリアの王様が良くコケるの何でだろー?」

「何でだろー?」

「デコ姫のデコがあんなに広いの何でだろー?」

「何でだろー?」

しかしネタが矢鱈懐かしいですねっ!?
誰ですかアレ教えたの…って、私じゃないとなると、他には一人しかいませんよね。

「…才人ですか、アレ教えたのは?」

「あいつらが赤と青の道化師の衣装をそれぞれ着ていて、ギーシュがリュート持っていたから思わず教えた。
 ついカッとなってやった、反省はしていない。」

テツ&トモとか、懐かし過ぎるのですよ。
まあ、こっちの世界では初めてのネタでしょうし、こういう辺境の町の人間は娯楽に飢えているから、ドッカンドッカン受けていますが、なんともはや。
しかし、本当にああいう音楽使ったネタは大体何処の文化圏でもウケるのですね。

「しかし、次から次へと御捻りが飛んできているな…。」

「あの2人、あのまま芸人やった方がひと財産築けるのではないでしょうか?」

芸人の扮装はしてみたものの、芸人の収支そのものは良くわからないのでなんともいえませんが。

「ケティは歌うのか?」

「いえ、今は歌いません。
 あの2人の芸が取り敢えずのお披露目。
 この中央広場でこれだけ盛り上がれば、どこかの酒場の主人とかも見ている者が居る筈ですから、出演交渉に行きます。
 ああそうそう、私が今回準備してきた歌は…アデッソ・エ・フォルトゥナ、風のファンタジア、などなどです。」

アデッソ・エ・フォルトゥナとか、真昼間から歌う曲じゃありませんけれどもね、アレ。

「どっかで聞いたことのあるような…。」

「OVA版ロードス島戦記の曲ですよ。
 和製ファンタジーを切り拓いた名作なのです。」

あの世界に生まれ変わっていたら、それはそれで面白かったでしょうね。
マイリー神官になって勇者の資質があるものを見出し、適当に導いてみるとか。
おや、お前ならファラリスだとかいう幻聴が…失礼ですね、私はどちらかというとチャ・ザでしょうチャ・ザ。

「どうりで聞いた事があると思った。
 つー事は、他は奇跡の海と、光のすあしか?
 アレをこんなリアルファンタジー世界で歌うのか…。」

「ふっふっふ~、せっかくファンタジー世界に居るのですから、1回は歌ってみたかったのですよね。」

ロードス島戦記な世界とは少しばかり違いますけど。
違うというか、こちらはどちらかというと古代魔法(カストゥール)王国に近いものがありますけどね。
私達の末路があんな感じになるのは嫌ですが…。

「お…あいつらの出番が終わったみたいだぜ。」

才人がそう言うと同時に、2人がテントの中に入ってきました。

「お疲れ様ですギーシュ様。
 はい、これで汗を拭って下さい。」

「ありがとうケティ。
 いやー、バカウケだったよ、はっはっは!」

タオルを手渡すと汗を拭いながらギーシュは朗らかに笑って見せます。
いやー、何時如何なる時も人生楽しんでいますよね、ギーシュ。

「全身を視線責めされるあの感触…癖になりそうだよ。」

「死になさい、変態。
 後、顔中に浮いた汗が気持ち悪いので、これで拭き取って下さい。」

「酷い!?でも感じちゃうビクンビクン!」

「本当に全身をビクビク震わせるの止めて下さいマリコルヌ、本気で気持ちが悪いので…。」

「ありがとうございます、ありがとうございます!」

ああもう、ノリがいいのだか、本当に変態なのだか…。

「さて、私の出番ですね。」

「あり?歌わないんじゃあ?」

才人が私の言葉に首を傾げています。

「歌いませんけど、これで終わったら何が何だかわからないでしょう?
 取り敢えず酒場で芸を披露して、そこから更に伝を辿って城に潜り込む。
 そして酒宴に使うワインを眠り薬に変えて眠ってもらう。
 それには芸を披露させてくれる酒場を見つけなければいけませんからね。
 だからこの酒場が何件か集まった広場でのデモンストレーションという事なのです。」

「成る程、これは売り込みなのか。」

「そういう事です。
 では、行って来ます。」

私はテントから出て即席演台の上に立ちます。

「アーハンブラの紳士淑女の皆々様、こんにちは!そして御機嫌よう!
 私達はさすらいの旅芸人一座にございます!
 そして私は座長のユーフラジー!
 ぜひお見知りおきの程を!」

テントから出る直前に『拡声』の魔法をかけてあったので、声は広場全体に届くでしょう。
しかしアレですね、何処まで増えるのでしょうか、私の偽名…。

「さてここにお集まりの皆様の中に酒場の店主の方などがいらっしゃりましたら、ご相談!
 現在、我々一座は芸を披露する場を欲しております!
 店に我々一座が芸を披露できる余裕のあるお方がいらっしゃいますれば、何卒我々の芸を商いにご活用戴きたい!
 先ほどの歌を用いた芸の他にも、歌と踊りも用意できまする!
 是非ともご検討あれ、不幸にも何処からもお呼びがかからぬ場合は、同じ場所にて笑と歌と踊り、そして若干の酒と料理を披露してしまう事になりますが故に!」

最後に少しばかりの脅しを入れて、私は深々と礼をしたのでした。
何処が脅しかですって?
こういう辺境の町の人は娯楽に飢えていますからね。
私たちが娯楽と酒と料理を提供してしまうと、そちらに客を持っていかれる可能性があるのです。
現実として、ギーシュとマリコルヌが笑いで客を惹き付けるのに成功しました。
私たちを雇い入れればその客は私たちを雇い入れた酒場のものですが、雇い入れなければ別の酒場に持っていかれるか、それとも私たち自身にもって行かれるか。
…であれば、選択肢は自ずと限られるというわけなのです。

「んでケティ、連中が第三の道を選択したらどーすんの?」

舞台からテントに戻ってきた私に、才人がそう声をかけました。
ちなみに才人がいう第三の道とは、すなわち暴力による私達の排除です。

「才人とルイズに頑張って貰うしかないのですね、その場合は。」

「えらい人頼みな…。」

「おほほほ…。」

折角メイジであるのを隠しているのに、魔法をホイホイ披露したら元も子もありませんからね。
まあジゼル姉さまと私が銃を扱う事も出来ますし、何とかなるでしょう。




そして数時間後、酒場との交渉を終えて芸を披露しているわけですが…。

「娯楽に飢えていたのですねぇ…。」

酒場は町で一番大きな場所にも拘らず満員御礼状態。
席が無くて立呑みしている人まで居るのです。

「AFBLEXOAFQPDNVPHBX!
 AMEZ、AHWSEHAARSNLARXUBFA?」

現在ルイズが舞台で歌っています。
曲名は『私○アイドル』という曲なのです。
え?歌詞がわからない?気のせい、気のせい。
まさかまさか、エニグマ暗号化されている…なんて事は無いのですよ?

「VTBSADMBTUJHWPPDXEO、VXYEEUMUTJNHDOWEBHIL…。」

元々運動神経のえらく良い娘なせいなのか何なのか即興でフリまでつけて、元気全開なのです。
…いや~、流石は水○伊織の持ち歌なだけあって、トリステイン語で歌っても合いますね~。

「ノリノリだな、あいつ。」

「良い意味でも悪い意味でも、注目され慣れていますからね。
 この規模の酒場の客から来る視線なんて平気へいちゃら屁の河童でしょう。」

私は才人の言葉に頷きながら、喉の渇きを潤すのにワインを一口。
いやー、アーハンブラ産の上物ワインは美味しいですね。

「何だかんだで大貴族の跡継ぎ娘ですよ、ルイズは。
 己の魅せ方ってのを判っています。」

「なるほどな…で、ケティも歌うんだろ?
 酒なんか呑んでいて大丈夫なのかぁ?」

ああっ、才人からのじとーっとした視線が、視線ががが。

「これは試飲です。
 呑んだといっても喉を潤す程度ですよ、大丈夫大丈夫。」

「…ワインボトル一本丸ごと開けておいて試飲とか。」

才人のじとーっとした視線の解除は出来ませんでした…。

「そ…そもそもハルケギニア人の体は、日本人ほど酒に弱くありません。
 ワインボトル一本程度、葡萄ジュースと然程変わりはないのです。」

「そこが狡いよなぁ。
 皆、何で酔っても翌日ケロッとしてるんだよ。
 ルイズもケティもギーシュも皆、すげえ酒豪。
 俺だけ弱くて翌朝フラフラしてると、商人スマイルのモンモンが『まいどあり』とか言いながら酔い覚ましの薬を売りに来やがる。
 …酷い搾取だ、改善を要求する。」

ホホホ、弥生時代に突然変異して下戸の遺伝子を日本人全体に拡める原因を作った、下戸アダムだか下戸イブだかを恨みなさい才人。

「それとだな…何でルイズがアイ○スの曲歌ってんだ?
 なんか妙にしっくり来ている気がするんだが…。」

「妙にしっくり来ているなら、それで良いではありませんか、オホホ。」

流石に私が、才人たちの冒険が物語として読まれていた世界からの来訪者の砕けた魂が元に出来た人格だとは言えませんしね。
こればかりは才人にも言えません。
死ぬまで私の胸の内に仕舞っておくしか無いのです。

「それじゃあ最後に『フタリの○憶』、聞いてください…。」

ルイズの可愛らしくも優しい歌声が、酒場に響き始めました。
さて、そろそろ私の出番ですかね?

「ケティ、軍人との接触に成功したわよ。」

舞台袖に居た私に、キュルケが声をかけてきました。

「おお、やりましたね。
 …で、私達の芸への評価は何と?」

「…私達が何をしにきたか忘れていないかしら?」

キュルケが私に訝しげな視線を送ります。

「いやいや、芸の評価が高くないと、呼んで貰えないではありませんか。」

「成る程ね…評価に関してはあんな感じよ。」

キュルケが視線を送った方向を見ると…。

「カリーヌちゃ~ん!」

「ええ歌や…。」

髭に帽子というお決まりな格好の士官達が、ルイズに声援を送ったり歌に聞き惚れていたりしました。
ああちなみにカリーヌはルイズの偽名で、ルイズの母親の名前からとったものなのです。
ルイズ曰く『旅芸人用の偽名に自分の名前使ったとバレたら大変なので、決して口外せぬように』との事ですが、それならカトレアあたりの名前でも良かったのでは?

「ギーシュとマリコルヌの芸も結構ウケていたけど、ここの軍人達はルイズを大層気に入っちゃったみたいね。
 ああいう風に歌っている限りは、10人の男が通りすがったら9人は振り返る美少女であるのは間違いないしね。」

「普段の言動さえなければ、物凄い美少女ですからねえ、あの娘。
 普段の言動さえなければ…。」

慣れるとそれすらも可愛らしいのですが、慣れるまでが結構大変なのですよね。
上級者向け武闘派美少女、それがルイズです。

「…でね、あの士官達の真ん中でルイズの歌で咽び泣いているのが、ここの基地指令のミスコール男爵。」

士官達の集まっている場所の中心近くを見ると、感極まって泣いているおっさんが1人。

「くううぅぅぅぅっ…カリーヌちゃんを見ると、娘を思い出すのぉ、我が娘達は元気かのぉ、エグ…エグ…。」

泣き上戸なのか、それともこんな僻地に単身赴任してきたのが余程寂しかったのか、ミスコール男爵はめっちゃ泣いています。

「隊長、わかります、わかります。
 家族に会えないって寂しいですよな…グス。」

「おお、わかるか、君もわかるか…心の友よ。」

そして泣きながら抱き合うおっさん同士。
うわぁ…気持ちは何となくわからないでもないですが、話しかけたくない酔い方なのです。

「まあでも、あんな感じな御蔭でね。
 ルイズをすっかり気に入ってくれたのよ。
 急に隊ごとこの地に召集され、留め置かれてはや数年っていう部隊みたい。
 他の士官にこっそり聞いたら、反ジョゼフ王気味な中立派なのがバレたんですって。」

「それで左遷ですか…。」

中立派とは言っても単に態度を決めかねている人も居れば、ジョゼフ王は嫌いだが負け組のシャルル派につくのは真っ平御免という人も居て複雑なのですよ。
ガリアは広いな大きいな、中立派も千差万別なのです。

「ええ、兵や士官の士気もガタガタで、ここらで一度ガス抜きになる娯楽が欲しいって言うのもあるみたい。
 私が提案したら逆に『むしろ大歓迎だ、是非とも来てくれ!』って、感謝されちゃったわ。」

「騙すのがちと可哀相になる部隊ですが…まあ、仕方が無いでしょうね。
 デコ姫に処分を何とか有耶無耶にするよう、一筆送っておきますか…モンモランシー、首尾は?」

私は舞台裏でワインを喇叭飲みしながら上物のワインが入った瓶に纏めて魔法をかけているモンモランシーに声をかけました。
彼女は今、昼に街中の酒屋と酒場から買い占めた上物のワインを眠り薬に変えています。
高い酒飲み放題とか、皆喜び勇んで飲みまくってくれる事間違い無しなのです。
実際飲んでみると、かなり美味しいワインですし、これはいけます。

「ひっく、ワインを一日中爆睡する程度の遅効性のポーションにするくらい、モンモランシ家の私にかかればチョロいチョロい。
 うははははは、まっかせなさ~い。」

酔っては居ますが、モンモランシーのポーション量産能力はかなりのものです。
伊達にポーション作りで他の貴族の娘と同じ水準の生活が可能な額の生活費を稼いじゃいません。
『やろうと思えば1日1000本は軽い』とか、流石は『水のトリステイン』で『水のモンモランシ』と呼ばれる家なのです。
何でお酒を飲んでいるかというと、酔っている方が体内を流れる水の精霊が喜ぶからだそうで…って、それって、ひょっとして:先住魔法。
彼女自身もまさかモンモランシ家の秘伝が、先住魔法の一種だとは思っても居なかったようですが。





「何だか、トントン拍子に事が運び過ぎたような気がします…。」

「ケティは心配性ねぇ…。」

宿屋のロビーでボソッと呟いた私に、キュルケがそう声をかけてきました。

「いやしかし、今回は交渉もキュルケに任せっきりで、私はなーんもしていないなと思いまして…。」

「本来は年下なんだから、お姉さんたちに任せて置けば良いのよ。
 …はい、これが今回借りられた部屋よ、部屋割りお願い。」

私の頭をポフポフ叩いて、モンモランシーが私に鍵を渡しました。

「部屋割りだけ…。」

「ま、時にはこんなのも良いでしょ。
 下級生が一番頑張っているってのも、これがなかなか私たちの名誉にかかわる話よ?」

そんなキュルケの声を聞きながら私は渡された鍵を見ます。
3人部屋が2つに2人部屋が1つですか…。

「才人とルイズ、ギーシュ様とモンモランシー、最後に私とキュルケとジゼル姉さまで。」

ササッと部屋割り終了。
何の問題も無い、まさに完璧で幸福な部屋割りです。

「おいィ!?僕が入っていないんだが?」

「ああ、わすれていました、てへぺろ。」

マリコルヌからの抗議に、私は丁重に謝罪しました。
口調が棒読み風なのは、気にしないでください。

「僕の部屋、僕の部屋プリーズ!
 何ならケティとキュルケの部屋に、巨乳部屋に…デュフフ。」

「嫌です。」

「嫌よ。」

私たちは即座に拒否です。
冗談じゃありません、冗談でも冗談じゃありません、はい。

「サラッと私の存在を無視したわね…マリコルヌ。」

ジゼル姉さまが拳を震わせています。

「馬小屋があるではありませんか。
 馬小屋でも魔力は回復する筈ですし、私たちメイジですし、マリコルヌも一応回復魔法使えますし、それでオッケーですし。」

「何の話!?」

迷宮に潜るだけの簡単なお仕事なのです。

「今回僕は頑張ったよ、変な踊り踊ったりとか、それから変な踊り踊ったりとか、更に変な踊り踊ったりとか!」

変な踊りしかしていないではありませんか。

「兎に角ね、僕ぁ待遇改善を要求する!」

困りましたね。
スペース的には一人分あるっちゃあるのですが。

「とは言いましても…モンモランシー、馬小屋以外で泊まれる部屋はありますか?」

「…馬車があるわ。」

モンモランシーに聞けば無いと応える筈と思って聞いてみたらドンピシャでした。

「え?高いけどいちお…もが。」

「無いわ、そして馬車があるわ。」

そしてルイズなら予算度外視で高い部屋を思いつくと思っていましたが、こちらもドンピシャ。
モンモランシーが止めましたが。

「では馬車で。」

「おいィ!?
 今、ルイズが部屋あるとか言おうとしたよね!?」

ちっ…聞いていましたか。

「…ケティ、仕方が無いわ。
 プランBよ。」

モンモランシー、そんなものはありませんよ…?

「仕方がありませんね。
 では部屋割りを改めて…才人とギーシュ様とマリコルヌ、ルイズとモンモランシー、私とキュルケとジゼル姉さまで。」

「異議アリ、モンモランシーじゃ抱き心地が良くないわ。」

挙手しているルイズは無視で。

「では、これで万事解決。」

「モンモランシーじゃ抱き心地が…。」

ルイズがなおも食い下がってきます。

「では、マリコルヌの抱き心地を試しますか?」

そう言いながら視線をマリコルヌに移すと…。

「カモンカモン。
 僕ぁ抱き心地満点だげふぉ…。」

「仕方ない…モンモランシーで我慢する。」

ルイズはにじり寄って来たマリコルヌに蹴りを入れながら、神妙な面持ちで頷いてくれたのでした。
暑いの駄目なのですよ、いや、ホント…。




翌日、アーハンブラ城にやってきた私達は《歓迎!ユーフラジー一座様》と書かれた横断幕の翻るファンキーな城の門の前で、ちょっと微妙な表情になっていました。

「いやー…本当に、騙すのが心苦しくなるような歓迎っぷりだね、これは。」

「夢の世界に行くまでは、せいぜい目一杯楽しんで貰わなきゃだわ。」

ギーシュとモンモランシーが、少々引きつった顔になっています。
私達、即席工作員ですからね。
こういう心からの大歓迎をされると、気も引けるってものなのです。

「いやー!よく来て下さった!
 歓迎しますぞ!」

現れたのはアーハンブラ防衛隊の隊長であるミスコール男爵その人。
今は旅芸人に過ぎない私たちの出迎えに来る様な身分の人じゃありません。

「こ、これはこれはミスコール男爵様。
 わざわざお出迎えとは恐縮の限りでございます。」

平民のフリなんかしなくても、十二分に緊張する状況なのですよ。
どもったのは芝居ではなく、素です。
どんだけ楽しみにされているのですかっ!?

「どうしたのケ…じゃなくてユーフラジー?」

『うおおおおおおおお!』

馬車から降りたルイズが私の所にとてとてとやってくると、城から大歓声が。

「可愛い!本当に可愛い!マジで可愛い!やった!これで勝つる!」

「カリーヌちゃーん!俺だー!結婚してくれー!」

よほど退屈していたのでしょうね…そういう事にしておきましょう。

「あはははははは…。」

引き攣った表情で手を振るルイズを見ながら、私は別に遠慮しなくてもいいかなと思い直します。
うん、滅んだ方が良いかもしれません…。



[7277]  超番外編01 てりやきバーガーが食べたい
Name: 灰色◆a97e7866 ID:f46205e0
Date: 2012/11/04 07:57
警告:物語が色々と片付いた後の時系列にあるお話です。
   でもネタバレはだいたいありません。
   無いというか、ネタバレするほどの厚みも重みもありません。
   そして、未来がこういう形になるという保証もありません。
   どう見ても警告になっていません。本当に有難うございます。




「ここがマックール・ハンバーガーね?」

ルイズが派手な看板を見ながら、店の前で仁王立ち。

「いや、そんな身構えるほどの店じゃねえから…。」

そんなルイズに才人がツッコんでいます。

現在私達が居るのは、日本の東京は秋葉原にあるハンバーガーショップの前。
何で秋葉原かというと、ここにハルケギニアと地球を結ぶ世界扉と在日本トリステイン大使館があるからです。
何でか知りませんが、この秋葉原でしか固定化タイプの世界扉が安定しないのですよね…。
大使館と言っても、ビルの一室を借りただけの簡素なものなのですが、現在私はこちらで駐日全権大使をやらされています。
日本語ペラペラのトリステイン人が、私しかいないという理由で。
日本にしか、しかも秘密裏にしか承認されていないとは言え、超重要ポストに…田舎に戻ってパウル達の手伝いするつもりが、どうしてこうなった。

「才人の言う通り庶民が気軽に来る店ですから、そんな身構えなくても良いですよ、ルイズ。」

「いやでも、派手よこの店、派手派手よ。
 なんかぴかぴか。」

「ピカピカしているのは、この店に限った話では無いではありませんか。」

「それはそうだけど…お祭りみたいに人が多いし、何度来ても色々と凄いわねこの国。」

ルイズは感心した面持ちで街を見回しています。

マックール・ハンバーガー、略してマック。
マックールなので、大阪の人もマック。
略称の東西争いが無さそうで何よりなのです。
私の元居た世界ではマクドナルドで略してマックだったのですが、先祖の名前がドナルドじゃなくてクールだったのでしょうか…?
何となくですが、創業者の先祖に若いころはイケメンだったけど、年取ってから若い後妻迎えたらあっさり浮気されて逃げられた人が居そうな気がします。

まあそれは兎に角として、今日この店にやってきた理由ですが…。

「どうでも良いから、てりやきバーガー食おうぜ!」

才人がどうしてもてりやきバーガーが食べたくなったとかで、私のところに。
虚無で何処ででも世界扉を開けられるルイズが居るのに何で私の所にやって来るかと言えば、大使館でしか円とトリステインのお金の交換が出来ないからです。
日本のハンバーガーショップで銅貨とか使えませんし。

「本当に好きなのですね、てりやきバーガー。」

私は嫌いではありませんが、ベタつくので積極的に食べたいかといわれると否です。

「おう!ところで仕事はいいのか?」

「うちの大使館は8時半始業で17時半終業です。」

保護すべき在外邦人とか居ませんし。
交渉するのも日本政府と日本政府に紹介された企業だけと、まだまだ暇なのです。
大使と言われて私が出てくると侮られるのですが、侮られるおかげで相手が隙だらけになって弱み掴みやすくて仕事が超やりやすいのですよ、ホホホホホホ…。
え?何の企業を紹介して貰っているか、ですか?
それは…秘密です。

「うお、超お役所仕事。」

「お役所ですから~。
 ま、急ぎの用事があるなら携帯に一報貰うようにしてありますし。」

ネットに携帯がある生活は、本当に便利です。
いやー、前世の私は良い生活していたものですよ、ホント。

「んじゃ、並ぼうぜー。」

「行列に並ぶというのも久し振りなのです。」

私たちはカウンターから並ぶ列の最後尾に並びました。
夕飯時なので、それなりの行列は出来ています。
まあマックなので、飽く迄もそれなりではありますが。

「後、才人は席があるかどうか偵察に。
 無ければテイクアウトで大使館まで持って帰ります。」

「うぃーっす。
 んじゃ行って来る。」

晩御飯時も、手軽な夕食を求めに結構人が集まりますしね。
行列が出来ているくらいですから、座る場所が無い可能性は十分にあります。
トレイを持ったまま座る場所が無くてうろつくくらい寂しい事も無いですし。

「久しぶりって、ケティはこういう店に来ないの?」

ルイズが不思議そうに尋ねて来ます。

「日中は大使館にいるか、出先ですからね。
 幸い大使館には業務用の厨房が設置してあるので、私が作っています。」

大使閣下の料理人ならぬ、大使閣下が料理人…まあ、大したものは作れないのですがね。

「へえ、どんなの作ってるの?」

「青椒肉絲とか、酢豚とか、豚ニラ炒めとか、麻婆豆腐とか…。」

「何処の料理よ…。」

「この国の隣の中国っていう国風の料理ですね。」

中国人がいうには日本の中華料理はかなりジャパナイズされているとか。
ちなみに今日の昼ごはんは中華料理ではなくてオムライス。
流行りのフワフワのではない、ケチャップライスを薄焼き卵で包んだもので、他の大使館メンバーの評判も上々でした。
皆、何だかわからないながらも、そこそこ美味しい料理に舌鼓を打ってくれています。
ブリミル教で禁忌の食べ物っていったら人くらいですし、食べられないのはソイレント・グリーンくらいでしょう。
いや、ありませんけどね、ソイレント・グリーン。

「ええと…何で、そんな料理知ってるの?」

「この国には料理の工程を事細かく書き記した料理本というものが存在しまして。
 それを読みながら料理すれば、よほど不器用でもなければ料理が作れちゃうという寸法なのです。」

私がルイズにレシピ本の説明をしている間、周囲から『あの子見て見て、凄い可愛い』とか、『喋ってるのフランス語かな?フランスの芸能人かなんか?可愛い』とか、ルイズを見た人がなんか言っているのが聞こえてきます。
そうでしょう、そうでしょう、ルイズ可愛いですよね。
『隣の子も地味だけど可愛くね?地味だけど』とか、『あの地味な子もちょっと狸っぽいけど可愛いな、地味可愛い、地味だからマネージャー?』とか、私を見ながら地味地味狸とやかましいですねブチ殺しますよ。
才人?才人は一見普通の日本人なので、完全スルーされてますね。
居なくなった時は秋葉原のど真ん中で突如鏡のようなものに吸い込まれ消えた高校生として、大ニュースになったらしいですが。

「才人の国の言葉ペラペラどころか文字も読めるものね。」

「そういう事です。」

いやまあ実際、こっちの世界に来てから覚えた料理ですしね。
…と、こんな感じで待っていたら行列が進み、私たちの番が来ました。

「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ。」

「えーと、てりやきバーガーを一つ。
 ルイズはどうしますか?」

しかしルイズは首を傾げています。

「ええとね、メニューが読めないのだけれども?」

「ですよねー。」

そうでした、ルイズは日本語が読めません。

「サイトと同じもので良いわ。」

「チャレンジャーですね…。」

才人は好きだから頼んだみたいですが、はっきり言って食べづらいですよアレ。

「サイトが食べられるんだから、大丈夫でしょ。
 ケティはどうするの?」

「私はもう決めてあります。」

この前頼んだら意外とイケたアレにしましょう。

「訂正します。
 てりやきバーガーのセット2つと、チキンクリスプのセット1つ。
 飲み物は全部オレンジジュースで。」

才人が帰ってきませんし、取り敢えず飲み物は無難にオレンジジュースで。

「はい、かしこまりました。
 食べていかれますか、それともお持ち帰りされますか?」

「えーと…。」

店の奥を見てみると、才人が出てきて腕で大きく×の字を表示しました。 

「…持ち帰りで。」

ギリギリでしたが、ナイスです才人。
そんなこんなで店から出たわけですが…。

「ハロー、ちょっと良いかな、僕こういう者なんだけど…。」

出た途端にどこかの芸能プロダクションのスカウトに遭遇。
ルイズの美貌は目立ちますからね、運悪く発見されてしまったのでしょう。
何より髪の毛がピンクブロンドで、こっちの世界じゃ滅茶苦茶派手ですし。

「Non.
 Je ne peux pas parler japonais.」
 
すかさず日本語話せないフリで対応です。
私たちはあまり目立つ事は出来ませんし、無視してしまうに限ります。

「いや、キミさっきマックの店員と日本語で話してたでしょ?
 そっちの娘は話せないみたいだけど。」

ちっ…聞いてやがりましたか。

Casse toi(消えろボケ).」

とは言え話すのは嫌なので、にっこりとそう言ってあげました。

「何語?英語じゃないみたいだから、フランス語?」」

英語じゃないからフランス語というのもなんだかなぁですが、大体あってるのが何ともアレですね。
いやま、フランス語じゃなくて、フランス語に死ぬほどそっくりなトリステイン語なのですが。

「そこまで拒絶しないでよ。
 君達ならアイドルになれるかなーって思ってさ。
 ほら知ってるでしょ、アイドルグループのGPU53。」

なんですかそのロシア・ソビエト連邦社会主義共和国内務人民委員部附属国家政治局みたいな名前のアイドルグループは。
いやまあ、ラジオとかで時々聞く名前ではありますが。

「私達は非常に急いでいるのですが?」

このままだとフライドポテトが湿気ってしまうという大惨事が…。

「ふぃ~、ようやく人ごみから抜け出せた…って、どうしたんだ、ケティ?
 誰この人?」

「スカウトなのですよ。
 アイドルのプロダクションらしいですが…。」

ルイズに目をつけるのはわかりますが、ルイズは日本語まるで出来ませんよ。

「何がどうしたのよ?
 こっちの言葉全然わかんないから、何がなにやらさっぱりよ。」

って、トリステイン語で言ってますし。

「アイドルのスカウトだと。」

「アイドルのスカウトって、何?」

才人の説明に首を傾げるルイズ。
いやまあ、わかりませんよね。
トリステインはショービジネスとか全然未発達ですし。

「あー…何ていうかな…ケティ、任せた。」

「アレコレ省いて簡単に申し上げますと、女衒(ぜげん)の類です。」

「つまり、殴って良いという事ね。」

ルイズがポキポキ指を鳴らし始めます…あいやー、簡単に言い過ぎましたか?

「ルイズ、この国では基本的に暴力沙汰はNGなので、やめて下さい。」

「ちぇ~。」

「拗ねない拗ねない。
 こういう件で拗ねても可愛くありませ…いや、可愛いですけど。
 兎に角、駄目なものは駄目です…才人。」

私がそう言うと、才人が私たちとスカウトの前にぐっと割り込んできます。
男ですし、ハルケギニアに居る間に何だかんだで鍛えられたので、武器無しでもちょっとやそっとでやられはしません。
随分と心強くなったものです。

「お兄さんお兄さん、この2人に声かけるのはよした方がいいぜ。」

「何だよあんた、この子達の関係者?」

才人はスカウトにそう言うと、肩をポンポンと叩きます。

「ああ、そんなモン。
 で、もう一度言うけど、この2人には声をかけるのはよした方がいい。
 俺の心からの忠告。」

才人はそう言いながら凄んで見せます。
才人なりの『交渉』の仕方がわかってきたようで、何よりなのです。
いち領主たるもの交渉ごとの一つや二つ、当たり前に出来なくては始まりませんからね。

「あ、あんたには関係無いだろ。」

「あんたの問いに、さっきそんなモンって応えただろ?
 関係あるから関係者って言うんだよ。
 名刺は貰っといてあげるからさ、気が向いたら電話するかもってことで、ここは引いてくれない?」

この言い方なら、スカウトのメンツも立ちますが、さて?

「う…わ、わかったよ。
 これが俺の名刺。」

「こりゃどうも。
 じゃあもう行って良いよな?
 このままじゃあてりやきバーガーのバンズがしけっちまう。
 そうなったらアンタへの、俺の怒りが頂天に達するってもんだ。
 そういう不幸な事は避けたいだろ。」

スカウトが差し出した名刺を才人は受け取ってから、笑顔でそう言い歩き出します。

「ルイズ、ケティ、行こうぜ。」

「はい。
 じゃあ行きましょうか、ルイズ。」

「う、うん。」

そんなこんなでマックでてりやきバーガーとチキンクリスプを手に入れた私達は、大使館に戻ったのでした。

「おお…久々だぜてりやきバーガー。
 日本に帰ってきた気がする。」

「故郷の味と言うには、ちとアメリカンですけどね…。」

てりやきバーガーは日本だけのメニューらしいですけど、ハンバーガー自体がアメリカンな食べ物ですし。
さて、ポテトはどうなっているでしょう?

「やっぱりポテトがしけってるー!」

「そっちのが大事なのか、ケティには。」

てりやきバーガーの包みを開けながら、呆れたような口調で才人が私に言います。
しけっている方が好きという人も居ますが、私はポテトはサクサクこんがり揚げたて派。

「値段的に大した事が無いとはいえ、揚げたてが食べたいのは人情というものですよっ!」

「椅子から立ち上がって語るほどのものでもないと思うけど、モグモグ。」

てりやきバーガーを少しずつ齧りながら、ルイズもそう言います。

「ああ、わかっていない…我が同志は何処へ。」

「モグモグ…そういうオーバーアクションなところは、やっぱしケティもトリステイン貴族なんだなと安心する一瞬ね。」

ヨヨヨとよろけた私に、ルイズの情け容赦無い言葉が突き刺さります。
いやまあ、トリステイン貴族はいちいちオーバーアクションな気はしますが。

「…で、そのポテト要らないなら貰うけど、良いか?」

「いや、しけったポテトは油をひかない中華鍋で煎ってあげれば、表面の水分が飛んでおおむねカリカリに戻ります。」

私のポテトを奪おうとした才人の手からポテトを取り返し、厨房へ行って中華鍋を取り出します。
そして中華鍋に火をかけ、ポテトを投入して強火でササッと煎り、お皿に盛りました。

「おお、確かにカリッとしている方が美味しいわね!」

「確かにこっちのが美味いよな。」

「私が食べる前に食べるとか酷い!?」

中華鍋を片付けている最中に、ルイズと才人がカリカリと食べ始めています。

「ええい、没収!」

私はそう言いながら、ルイズと才人のポテトを取り上げました。

「何すんだ(すんのよ)!?」

「そんなに煎ったポテトが良いなら、こっちも煎っちゃいます!」

私は二人がまだあまり手を付けていなかったポテトを取り上げ、中華鍋に投入しました。

「はい出来上がり!」

そして、出来上がったポテトをお皿の上に更に盛ります。
ついでにソース代わりにマヨネーズとケチャップを半々で混ぜて小皿に盛ってみたり。

「これは?」

「ポテト用の特製ソースです。」

結構イケるのですよね、このソース。

「へー…どれどれ?」

才人が試しにとばかり、ポテトを1つ摘んでソースにつけて食べます。

「ケチャップの酸味がマヨネーズでまろやかになっていて、結構イケるなこれ。」

「そうでしょう、そうでしょう。」

ちなみにこのケチャップマヨソース、唐揚げとかにも使えます。
え?知ってる?そんな莫迦な…。

「…で、そのチキンクリスプいらないならくれ。」

「ポテトに時間かけちゃいましたけど、食べないとは一言も言ってませんよ。」

才人の言葉にそう返しながら、私はチキンクリスプの包みを開けます。

「喰ったこと無いけど、どういう食い物なんだ、それ?」

「チキンパティと言う名の大きなチキンナゲットとレタスをマスタード入りのマヨネーズと一緒にバンズで挟んだものです。
 シンプルながらもサクサクカリカリモフモフの食感とスパイシーな味を味わえます。」

100円で美味しいというのが良い、ジャンクフードは安物に限ります。
うーん、カリカリした食感とモフモフのバンズの絶妙なズレっぷりがたまりません。

「うう、てりやき2つにしてくれるように言っておけば良かったぜ…腹に足りそうにねえ。」

「取り敢えずポテト食べてから考えましょうか。
 ほんとうに足りないなら、冷蔵庫に入っているもので何か軽く一品作りますから。」

しかし、救国の英雄と王位継承権第1位と大使が集まって、もそもそジャンクフード食べているとか、他人には見せられない感じなのですね。

「しかしこれ…。」

口にテリヤキソースをつけたルイズが、ボソリとつぶやきます。

「…姫様が喜びそうね。」

「いや、別に姫様は手軽に食べられると仕事が捗るからジャンクフードを好んでいるだけで、ジャンクフードそのものが大好きというわけでは…。」

普通に美味しい料理の方が好きだと思いますよ、ええ。

「そういや姫様はこっちの世界に来た事が無いんだっけ?」

「一度来て欲しいものですが、何時になる事やら。」

立憲君主制という政体も一度見てみたいと言っていましたし、そのうち来るのでしょうが。
とは言え、現在のこの国は総理がコロコロ入れ替わりますし、それを利点と思うかどうか…この国の官僚システムは欲しがるでしょうけれども。
まだまだ小さい国だから、議会が要らないっちゃ要らないのですけれどもね、実際。

「才人の生まれたこの国は、色々と美味しい物いっぱいなのにね~。」

「一度、長期休暇を取って貰うことにしないと駄目ですね。
 最近じゃ太った鶏とか呼ばれるようになったマザリーニ殿のダイエットも兼ねて。」

アレじゃあ逆に健康に良くないですし、1ヶ月くらい姫様にも休暇をとってもらって、その間に激務で痩せてもらいましょう。
姫様は一度、人間ドックで徹底的に体の調子を調べて貰う必要もありそうですし。
問題は、あのワーカホリック娘をどうやって机から引き剥がすか、ですが。

「やれやれ、問題の種は尽きず、なのです。」

チキンクリスプを食べつつ、私は深い溜息を吐いたのでした。



[7277]  超番外編02 豆チョコ戦車、それは愛
Name: 灰色◆a97e7866 ID:4bc9ce2d
Date: 2013/02/16 19:53
「ハッピーヴァレンタイン。」

そう言って、ケティは才人にチョコを手渡した。

「お…おう。」

そのチョコを才人はじーっと見る。
可愛い包装とかは一切されていない、パッケージむき出しのそれを。

「きなチョコ黒大豆?」

「ええ、北海道土産なのです。
 ハッピーヴァレンタイン。」

「いや…今日、節分の筈なんだが…。」

そう今日は2月3日、宮中行事の追儺の儀式が習俗化して出来た節分の行事がある日。
鬼は外で福は内。
決して恋人たちの愛の日でも、しっと団の活動が一番活発化する日でもない。

「チョコでコーティングされていますが中身大豆ですから、食べる用の豆にもなります。
 節分用にもヴァレンタイン用にも使えるとか、まさに2月専用お菓子。
 素晴らしいですね、きなチョコ黒大豆。」

「面倒臭がって一緒に渡すなあああぁぁっ!
 しかも今サラッと北海道土産とか言わなかったか?」

才人の問いに、ケティは目を逸らす。

「正確には北海道物産展で買ってきたものなのですけれどもね。」

「物産展で買ったチョコをヴァレンタイン用に渡すなよ。
 ロマンってもんがあるだろ、こういうのには。
 だいたい今年は、チョコだって手に入るのに。」

才人はジトーッとした視線をケティに送った。

「でも美味しいわよ、このきなチョコ何たら。」

才人とケティがやり取りしている間に、チョコのパッケージを開けてポリポリと食べていた。

「おま、人が貰ったもんを勝手に…。」

「サイトのものはわたしのもの、わたしのものはわたしのもの。
 ポリポリ…独特の香ばしさとチョコの甘さが素敵だわ。
 しかしアレね、サイトの国のお菓子はいちいち甘くて美味しくて腹立つわね。
 トリステインじゃ砂糖が貴重品だから甘草煮詰めてシロップ作ったりしてるのに、こっちじゃ砂糖どばーだもの。
 全く腹立つわ…ポリポリ…腹立つけど美味しいわ。」

「ジャイアニズムなんて、いつの間に覚えた…。
 …ま、いいか、くれ。」

才人が手を出すと、ルイズはパッケージを傾けて数粒のチョコを掌の上に落とした。

「おお…確かに香ばしさと甘さのバランスが絶妙だな。」

「美味しいという事で、これで全部解決で…あいたっ!?」

ケティが言い切らないうちに、才人のチョップがケティの頭に決まる。

「美味しいけど、男のロマンには届かないんだな、これが。」

「なのですかー…まあ、そうですよね。」

頭を押さえて、ケティは頷いた。

「ま、冗談なのです。
 ヴァレンタインにはキチンとチョコ作ります。」

「トリステインのヴァレンタインを冗談みたいなお祭りにした張本人の冗談とか、洒落にならねえな。」

「い…いや、まあ、何と言いますか、アレはしょうがないのですよ、国威発揚の為とか、まあ、色々と…。」

トリステインのヴァレンタインデーなのだが、妙な方向に進化していた。
何が妙かって、トリステインのヴァレンタインが近づいた今のトリスタニアを見れば嫌でもわかる。
まず市内のあちこちに戦車…チャリオットではなくタンクの方のハリボテが飾られている。

「だいたい、祝いの言葉に使われてる『オブイェークト』って何だよ?」

「ロシア語で《物体》という意味ですね。
 トリステイン語だと《オブジェ》なのです。」

「それが何でヴァレンタインの祝いの言葉になってんの?」

「いや、戦車教の祈りの言葉ですし、ぴったりかなとあいたたたたたたたた!?」

才人はケティのこめかみをグリグリし始めた。
もちろん、痛みでケティは悶絶する。

「これから伝統行事になりそうなモンで遊ぶなあああああぁっ!」

「ちょっとした茶目っ気ではありませんかあああぁぁぁぁっ!?」

虎街道における戦いで、水精霊騎士団は3輌のヴァレンタイン歩兵戦車をロマリアからケティが脅…もとい譲られ、即席の戦車部隊を編成してヨルムンガンドと呼ばれるゴーレムなんだかガーゴイルなんだかよくわからない巨大な像相手に戦った。
才人達も別に戦っていたのだが、ギーシュ達が乗っていた3輌のヴァレンタイン歩兵戦車も英雄と讃えられており、同じヴァレンタインつながりで戦車の活躍を讃えつつ愛を語る日という、実に変則的な祝祭日と化しつつあった。
戦勝を讃える事で、国威発揚を兼ねているとケティが言っているが、絶対に遊んでいる。
白状してるし。

「ヴァレンタインを鉄と油と硝煙の香りで満たすなっ!」

「でもヴァレンタインですし!
 8300輌も生産された、大英帝国の軍馬ですしっ!」

「全然関係ねええええええっ!」

才人は頭を抱えた。
ケティは時々こういうとんでもない茶目っ気を出すことがある。
主に兵器関連で。
ガンマニアなだけじゃなく、兵器関連全般でダメな人のようだ。

「先ず戦車がありますし、蒲公英茶で味付けしたお菓子を意中の男性に渡しますし、愛を語りますし、戦車もありますし、万々歳でしょう?」

「戦車が要らねえ、まず戦車が要らねえ。
 愛を語る日に鉄と油と硝煙要らない、OK?」

才人はケティに噛みしめるように伝える。
一見優秀だけど、武器関連になると途端にボケだす狸娘に伝える。

「そうはいっても、匙はすでに投げられてしまいましたし。」

「賽じゃなくて匙かよ、誰が匙投げたんだよ。」

「姫様が、もう勝手になさい…と。」

国の中枢が、いざって時に止められる筈の人が、盛大に諦めていた。

「アカン…。」

「まあ、戦車くらい何とかなるわよ。
 合わなかったら、そこだけ廃れて無くなるのが伝統ってもんでしょ。」
 
才人も諦めかけたが、ルイズは案外気にしていなかったようだ。

「戦車だけが残るという可能性は…。」

「愛を語る日に鉄と油と硝煙なんか残んないわよ、数年で廃れて消えるわよ、そんなの。」

ルイズはハンと鼻を鳴らして、ケティの言葉を一蹴した。
庶民にとって重要なのは愛や恋であって、鉄と油と硝煙ではない。
どう考えても相性が悪い。
故にルイズの言うことは至極ご尤もである。

「仕方がありませんね…戦車の日は別に作るように、姫様に進言しましょう。」

『要らない要らない。』

才人とルイズの声がハモったのだった。

「まあそれはそれとしてだ…。
 今日は節分なんだから、節分らしいことしようぜ。」

「…節分らしい事と言いますと?」

才人の提案に、ケティは首を傾げて尋ねる。

「恵方巻きだ。」

「ああ、海苔業界の陰謀に乗るのですか。
 それもアリですね…。」

ケティはうーんと唸った後、頷いた。

「そんなわけで、買って来たぜ!」

才人がどーんと置いたのは、何個かの太巻きだった。

「これ、何?」

「太巻きって言って、寿司の一種。」

ルイズの問いに、才人が答える。

「日本の風習でな、これを恵方っていって縁起の良い方向に向かって食べきるんだ。」

「こんな量を…タバサじゃあるまいし、食べきれるわけないでしょ。」

太巻きはフルサイズのものであり、女の子が食うにはちと長すぎる代物であった。

「…試してみる、あむ。」

不意に、どこからともなく小さな手が伸びて、太巻きをひょいっと持ち去る。

『!?』

一同が手が伸びてきた方向に振り替えると、蒼銀色の髪の背の低い少女…つまり、タバサがいた。

「ごちそうさま。」

「…っていうか、既に食べてる!?」

ほんの数秒前なのに、タバサの口にはすでに太巻きが無かった。

「お寿司、美味しい。」

タバサは才人の方を向くと、ビシっとサムズ・アップ。
表情は何となくドヤ顔に見える。

「タバサ、お前サムズ・アップ好きな…。」

「ん、便利。
 シャルにも教えた。」

シャルことタバサの双子の姉妹であるジョゼットという名も持つ少女は、現在シャルロットの名ごと王位を押し付けられ、夫になったジュリオと共に政務を行なっているらしい。
シャルにはイザベラと同じくロッテと呼ばれているらしい。
シャルとロッテでシャルロット…双子の姉妹で一つの名前を分け合った感がある。

「あー…あのお前とは対照的に、やたらくっちゃべる子な…ジェスチャー要らねえだろ、アレは。」

「口と顔に加えて動作も煩くなったという点については否めない。」

無表情なまま言うタバサの姿は、少々煤けている。

「まさかシルフィードよりも喧しい生き物が、この世にいるとは思わなかった。」

「きゅい…。
 喧しいとか酷いのね、お姉さま。」

タバサの肩に乗る青い猫…シルフィードが落ち込んでいた。

「腹黒娘、微笑ましいものを見るような年寄り染みた目つきでこっちを見ていないで、風を統べる者であり大空の王である風韻竜のシルフィの名誉を挽回するような知恵を出しなさい。」

「喧しいのです、お喋り竜。
 それ以上巫山戯た事を言うと、ロリコン火竜に追いかけられて情けない鳴き声で助けを求めてきた時の話をじっくりとしますよ?」

シルフィードのいつも通りのでかい態度に、ケティは笑顔で毒を吐く。

「きゅい!?
 静かにするから、その話は是非とも止めてくれなさいなのね。」

シルフィードにとってはとても恥ずかしい話らしく、そう言って翼を広げると大使館の冷蔵庫の上に置かれた猫用ベッドに逃げ込んだ。

「では、話を戻しましょう。」

『……………。』

にっこりとアルカイックスマイルを浮かべるケティに、3人はコクコクと頷く。
腕力では3人ともケティを圧倒的に凌駕しているが、迫力的に逆らうのは無理だった、色々と。

「…で、恵方巻きでしたよね。」

「お…おう。
 実家の近所のお寿司屋さんに頼んで用意して貰ったんだけど、食えないか?」

当たり前だが、太巻きは先程と同じくフルサイズのままそこにある。

「タバサが食べられるのは当たり前として…さて、私達ができますかどうか?
 こちらでは魔法もあまり大っぴらには使えないので、人並みにしかお腹が空かないのですよね。」

「こっちでも魔法は使えるのに魔法が無いとか、変な世界だわね。」

ケティの言葉に、ルイズが同意する。
この大使館がある秋葉原なら魔法使ってもあんまし気にされないような気もしないでもないが、たぶんそんな事は無い上に日本政府からも使わないようにお願いされている関係から自重しているトリステイン大使館員の面々である。
まあそれはそれとして、大量のカロリーを消費する(といっても、消費カロリー的に等価とは言い難いのだが)魔法を使わないでいるケティにとって、この状況は実に《運動不足》な状況だった。

「ものは試し。」

「ふむ…そう言われれば、そうかもしれませんね。」

タバサが太巻きをケティに差し出したので、ケティはそれを受け取った。

「どれどれ…ええと、今年の恵方はこちらですか…もが。」

ケティは小さな口を目一杯開いて、太巻きを口に入れた。

「もぐ…もが…。」

最初は黙々と食べていたものの徐々に頬が紅潮し眉がしかめられ、苦しげな表情に変わっていく。
矢張り、女性の胃袋にフルサイズの太巻き一本は辛いようだ。

「…それは兎に角として、何で太巻き食べてるケティに妙な視線送ってるのよアンタはっ!」

少々頬を赤らめてその姿を見ていた才人の足を、ルイズが思い切り踏んづけた。

「ギャース!何すんだよ!?
 俺じゃなかったら、足が二度と使い物にならなくなってんぞ!?」

「喧しい!変態!変態!変態!」

「もが…むぐ!?むぐぐ…!?」

才人を凄まじい勢いで踏みつけ始めた光景を見て慌てたのか、ケティの喉に太巻きが詰まったようだ。

「むぐぐぐ!?」

「変態!変態!変態!」

「ギャース!?」

「…………。」

喉を押さえてもがくケティ、才人を執拗に踏みつけるルイズ、そしてそれを傍観するタバサ。
凄くシュールな光景であった。

「水。」

「もがっ!」

タバサがとてとてと水道まで行き蛇口を捻って水をコップに入れケティの元へと持ってきたので、ケティはそれをひったくるような勢いで受け取ったというか奪い取った。

「んく…んく…んく…ぷはぁ…幾多の危険を乗り越えてきた私が、危うくしょうもない死因で死ぬところでした。」

「命の恩人。」

タバサが胸を張っている。
たぶん、効果音を次に出来るなら『ドヤァ…』とか、書いてあるだろう。

「ありがとうございます…今度、セロリとパセリとゴーヤのサラダ青汁仕立てを用意しましょう。」

「それは…至高の味。」

タバサはケティの言葉を聞くと、満足そうに頷いて中空を眺める…味を想像してうっとりしているようだ。
常人だったら名前を聞いただけで悶絶するくらい苦そうなサラダだが、タバサにとっては至高の味らしい。
まったくもって不思議な味覚の持ち主だが、それでいて常人と同じ味覚も持ち合わせているのが、なお不思議である。
一番謎なのは、喰ったものが何処に入っているのかわからない点だが。

「ところで…。」

ケティが足元を見ると、大使館の床に血の花が咲いている。
一見すると惨殺死体だが、才人である。

「おお才人よ、死んでしまうとは情けない…。」

「死んでねえよ…ガク。」

久々のフル折檻に再生が追いつかなかったのか、才人は気絶したのだった。







「ふーん…。」

数日後、ルイズは大使館に届いたベルギーの高級チョコレートを目の前にして、腕を組んでいる。
隣には微妙にイラッと来る口のマークの入った段ボール。
通販で買ったもののようだ…銀座とかに行けば買えるのに。

「これがこの世界のトリステイン相当の国で作られたチョコレート…。
 前に食べたポッキーよりも、更に高級な雰囲気ね。」

「ゴディバとポッキーを比べたら、流石にポッキーが可哀想なのですよ。
 材料もかける手間暇も段違いな代物なのですから。」

そこは世界的にも名の知られたブランド。
材料工程味付け香りつけ…あらゆる面で最高に気を配って作られた品である故に、相応の美味しさがある。
ブランド名の由来がイングランド人である事以外に、特に味への心配も無い。

「そうなの?」

「そうです…そもそもルイズなら、高級品は見慣れているでしょうに。」

『金が無い=権勢が弱っている』という解釈をされてしまうため、貴族は気楽に質素な生活も出来ないのだ。
ラ・ヴァリエール公爵家なら本当に金持ちな貴族なので何とかなるが、グラモン伯爵家みたいに中途半端にでかい貴族だと借金で首が回らなくなる一歩手前とか、よくある話である。

「確かにトリステインのものなら見分けが付くのだけれども…こっちのは、どれもだいたい高級品に見えるのよね。
 普通のと高級品の差が、あっちよりも小さいのよ。
 ケティが言ってた『サイトの国は国まるごと貴族のようなもの』って意味が、来てようやくはっきり理解出来たわ…。
 差はあれど、世界の水準から言えば一定以上の生活が国単位で出来ている。
 階級が無いのじゃあ無い、貧富の差が無いのじゃあ無い…それら全部まるごと他国に押し付ける事で成立している…まさしく、貴族の国ね。」

ルイズがそう言いながら、眉間を揉む。
才人と暮らしているうちにかなり緩和したものの、身分がはっきりと分かれている社会で生まれ育ったルイズには、理解し難いのは確かなようだ。

「国という範囲内を見る限りは、不平等を感じづらいわけなのです。
 妬ましい隣人なら奪いたくもなりますが、妬ましい遠い他国の事なら憧れるだけで大抵終わります。
 言葉も通じない隣国なんて、別世界ですからね…よく出来た社会でしょう?」

「豊かな国と貧しい国に分ければ、国内で感じる貧富の差は最小化するわね、確かに。
 しかも、貧しい国は豊かな国に逆らえない、その力もない。
 故に逆転も起こりにくい。
 こんな悪辣な制度、誰が考えたの?この国?」

久々に元々優秀な頭脳をフル回転させつつ、ルイズはケティに尋ねる。

「この国に勝利した国々ですよ。
 この国はその流れに上手く乗っただけなのです。」

「負けた国なのに、よくやるわね。」

ルイズは信じられないといった表情で、頭を振った。

「それだけ政治家も官僚も優秀な国…ということなのですよ。
 私腹を肥やすのも程々に、国を運営してくれているのですから。」

「うちの国にも言えるけど、程々にじゃなくて、私腹を肥やすのを止めてくれれば万々歳なんだけどねー…。」

紅茶を飲みながら平然と私腹を肥やすとか言い出すケティに、目を細めて愚痴るルイズ。

「そもそも、貴方私腹肥やしていないじゃない。」

「肥やしてますよー?
 うちの商会が現在どれだけトリステイン王政府と癒着しているのか、知ったらびっくりしますよー。」

ルイズの質問に、紅茶を飲みながら答えるケティ。

「例えばオルニエール男爵領に専売権がある、どこから来たのかわからない香辛料やら砂糖やらの流通だって、うちがやってますしね~。」

「よく考えたら、これも癒着なのね…はぁ。」

トリステインでは香辛料が非常に高価である。
砂糖も、香辛料ほどではないが、高価である。
そして、日本はそれのどちらもが安価で手に入るのだ。
オルニエール男爵領は、それをパウル商会を通して販売することによって、莫大な権益をあげていた。
勿論、儲けはオルニエール男爵領が自発的に支払う名誉税とパウル商会に課せられた市民税という形でトリステインに流れ、その金でトリステインはさまざまな政策を行うわけである。

「ところでこれ、食べていいの?」

「食べた事の無いものを送るわけにはいかないでしょう?」

実はケティも食べた事が無かったりする。
そもそもケティは料理やお菓子を作ることはあるが、あまりお菓子を食べないのだ。
実は、お菓子とか後で食べるたぐいのものは、作ったら満足してしまう性質の娘である。

「それもそうね…ぱく。」

ルイズはそう言うと、チョコレートを口に放り込んだ。

「はぅん、甘い…ポッキーやチロルチョコより複雑な風味があって美味し~い。
 こっちのお菓子は、本当に美味し過ぎて困るわ…。」

ルイズのチョコの判断基準は、ポッキーやチロルチョコらしい。

「…美味しいけど、これをサイトにあげるとか勿体無くない?
 あいつ、絶対こんな繊細な味わい理解できないわよ。
 チロルチョコを代わりに入れといても一緒だわ、わかんないわ、たぶん。」

「その意見には頷きたくなる所なのですが、ああ見えてそこそこ繊細な舌は持っている筈ですよ。
 才人のお母上、料理上手だったではありませんか。」

平賀家に訪問した際、ルイズとケティは才人の母にハンバーグを御馳走になっている。

「あー…確かに、あのハンバーグは美味しかったわ。」

隠し味にチーズを練りこんだハンバーグで非常に美味しかったのを思い出し、ルイズの口から少し涎が垂れた。

「でも、それとサイトの舌に何の関係が?」

「美味しい物を食べて育つ事は、味覚を鍛えます。
 才人が何を食べても、学食や私が出す料理以外で基本的に反応が変わらないように見えたのは…。」

ケティが少々苦笑いを浮かべて口ごもる。
そう、サイトはトリステインでは、あまり出された料理を美味いといって食べることがなかった。
どことなく和食の味付けがあるマルトーが作る学食の料理と、ハンバーグやサンドウィッチなどのケティの料理は例外的に喜んで食べていたが。

「要するに、サイトにはトリステインの伝統的な料理はあまり口に合わなかった…と。
 まあ、これだけたくさん調味料があって、何食べても美味しい国から来たんじゃあ、しょうがないわよね。」

「醤油や香辛料に慣れていた才人の舌は、塩と香草の組み合わせで作られた料理では若干物足りなさを感じたのでしょうね。」

ケティが料理を覚えたのも、そのあたりが理由だったりする。 
彼女としては、普通に美味しいものを試行錯誤して作っただけだったのだが、両親は『この子には料理の才能もある』と、大喜びだったとか。
タルブでシエスタの曽祖父が起こした食の革命は、熟練した調理師が必要なために、拡散速度が遅かったというのもある。

「ま、サイトの舌がどうあれ、これだけ美味しければ大丈夫よね。
 …で、ケティは何を渡すの?」

ゴディバはルイズが渡すチョコなのだ。
何故かといえば、ルイズがチョコ作るとか言い出したためである。
ルイズは控えめな言い方をしても死ぬほど不器用な女の子、チョコを作ったが最後、どのような大惨事が起こるかわからない。
セーター編むと不気味なヒトデのオブジェをこしらえてしまう彼女が作ったチョコを見て、才人が無神経なことを言って、そして惨事へ…という何時ものパターンは避けたかった。
その点ゴディバなら安心である。最後までチョコたっぷりだし。

「あー…私ですか?」

そう言って、ケティは包みを開けた。

「この三方六の三本入りで。」

ルイズに見せたそれは、薪みたいな形のお菓子だった。
チョコでコーティングしたバウムクーヘンの一種だが、ルイズは勿論そんなお菓子は知らない。

「…どこのお菓子?」

「この前のきなチョコと同じとこのです。」

「北海道土産ね?」

「北海道土産ですね。」

ケティがそう言った途端、ルイズはそれを取り上げた。

「没収。」

「では、こちらのロイズのチョコレートポテチで。」

「それも北海道土産ね?」

「北海道土産ですね。」

「没収。」

それもルイズに取り上げられた。

「横暴なっ!?
 ロイズコンフェクトのチョコレートは、贈答用にも使われるくらい高級なもので…。」

かけてあるチョコレートは高級でも、ポテチはポテチ。
こっちはあんまし贈答用にはならない。
むしろ、先ほどの三方六のほうが、北海道では贈答用の代名詞である。

「北海道物産展で仕入れてきたものを渡す方が、横暴よ!
 私は手作りよりも絶対にこっちの方が美味しいからゴディバにするけど、ケティは手作りなさい。」

そんなわけで、ケティはチョコを手作りする事になってしまったわけだが…。



「さて…ここに、チョコレートがあります…。」

湯煎する為に沸かされた鍋のお湯が、湯気を上げている。

「おおー…。」

それを興味深げに見るルイズ。

「…ちょっと聞きたいのだけれども、このチョコレートは北海道土産?」

「北海道土産ですね。
 六花亭のホワイトチョコレートなのです。
 例によって、北海道物産展で買ってきました。」

完全無欠に北海道土産だった。

「北海道物産展でどんだけ買い込んでるのよ!?」

「まあまあ落ち着いて、今回は材料ですし。」

怒り出すルイズを、ケティはなだめる。
材料といっても溶かして固める作業なので、ほぼ北海道土産である。

「それに、日本で始めてホワイトチョコレートを作ったのが、この六花亭というお店でして。
 やはり、ホワイトチョコレートならば、ここかなぁと。」

「そうなんだ。」

ほほーと感心するルイズだが、ケティの説明は実は何が何でも北海道土産を使ってやろうという妙な意地から来たものであり、実は理由は後付けに過ぎない。

「では先ず、このチョコレートを、細かく刻みます。
 これによってチョコレートに熱が伝わりやすくなり、作業の効率が上がります。」

ケティはそう言って、キッチンペーパーの上に乗ったチョコを細かく刻み始める。

「はい、やりたい!」

「駄目です。」

ルイズが勢いよく手を挙げたが、ケティは即却下した。

「な、何でよぅ?
 自慢じゃないけど砕くとか、破壊するとか、そういうのは得意よ、私。」

不満げに反論するルイズだが、本当に自慢にならない。

「細かく刻むのであって、砕くのでも破壊するのでもないですから。」

「ぐぬぬ…楽しそうだから、やってみたいわ。」

にっこりと答えるケティに、ルイズはそう伝える。

「…まあ、このくらいならまだ何とかリカバリーは利きますか。
 では、やってみてください。」

「ふっふっふ、任せときなさい。
 虎街道の破壊神と言わしめた私の力、見せたげるわ。」

ケティに包丁を手渡されたルイズは、自信満々に不安にしかならない言葉を言い放った。

「ちょんわー!」

変な掛け声と同時に、ルイズは思い切り包丁を振り下ろす。
彼女が手に持つ包丁が、虚無の魔力で光り輝いていた。

「ちょ…ま!?」

慌ててケティが止めようとするが、間に合う筈も無く…。

「…あれ?」

光が収まった後、そこには綺麗に細かく分割されたチョコの姿が。

「フッ…わたしにかかれば、こんなものよ?
 いつもいつも台所ごとチョコを砕くような真似を、このルイズ様がするわけ無いでしょ…フフフ。」

「まさか、力加減が出来るとは…いつの間に偽者に?」

ケティは即偽者と断定した。
力加減が出来るルイズとか、そんなものはケティの頭の中にはいないようだ。

「失礼ね!私だって全力で力加減すれば、このくらい容易いわよ。」

「全力で力加減って…包丁が異常に光り輝いていたのって、ひょっとして…。」

ケティがルイズの顔をよく見てみると、顔が少々青い。

「破壊力を無理やり抑えたのよ。
 まさか、魔力を制御するのがこんなに疲れる事だとは思わなかったわ。」

「ち、力技過ぎますよ、それは…。」

不器用だが魔力は兎に角いっぱいあるという、ルイズらしい実にアメリカンな力技だった。

「…器用なことやって疲れたし、成功して満足だったから、後はお願い。」

「はいはい…。」

ルイズはそう言って、椅子に座って安静に。
その間にケティは、黙々とチョコを刻んでいった。

「それでは次はこの刻んだチョコをボールにザラザラーっと入れます。
 そして、予め沸かしていたお湯にボールを入れて、湯銭開始です。
 お湯の温度は50℃くらいが最適だといわれています。」

「何で直接火をかけないの?」

ルイズはムクリと起き上がって、チョコの湯銭を始めたケティに声をかける。

「風味が逃げてしまうとか、チョコが滑らかに溶けてくれないとか、気泡が入ってしまうとか、そもそも焦げるとか、そういう理由があるからなのですよ。
 ゆっくり丁寧に愛情を込めて溶かしていけば良い…と、本に書いてありました。」

実はケティの傍らにはバレンタイン用のチョコの作り方の冊子が置いてあった。
チョコの販促用に、スーパーで無料配布していたものらしい。
ケティにとってもチョコ作りは初めてなので、この手の冊子は欠かせないのだ。

「手間がかかるものなのね…。」

「美味しいものを作ろうとすれば、手間はそれなりにかかってしまいますよ。
 …ま、溶かして固める作業なわけですが、それでもこれだけ面倒とは。」

ゆっくりゆっくりと、へらを使いながらケティはチョコを溶かしていく。
大使館の中にチョコレートの甘い香りが充満していた。

「おおー…なんともお腹が減る匂いだわ。」

「確かに…と、これでチョコが溶けましたね。
 では次に、水の入ったボウルにこのチョコを溶かしたボウルを入れて、チョコを冷やします。」

そう言って、ケティはボウルをお湯から取り出して、別のボウルに入れる。

「このまま固めるの?」

「幾らなんでも豪快過ぎますよ、それは…。
 これはテンパリングといって、出来上がったチョコに光沢を与えるための作業らしいです。」

「あら、そのまま固めちゃ駄目なのね。」

「私も、そのまま固めれば良いのかと思っていましたよ。
 このまま冷やしてしまうと、チョコ菓子特有の光沢が出ないのだとか。
 思っていた以上にややこしいのです。」

ケティはそう言いながら、ヘラでかき混ぜチョコを冷やす。

「これは…私がやったら大惨事だわ。
 ゴディバで正解ね、うん。」

延々とチョコを練り続けるケティを見て、ルイズがほっと胸を撫で下ろしていた。
何度か大失敗して、彼女も流石に自分がえらく手先の不器用な人間である事は理解しているのだ。
まあそもそも自分は貴族という主に消費を行うための身分であって職人ではない…と、自分を慰めているルイズであった。

「…温度は、これでよしと。
 では今度は、もう一度軽く温めます。」

「また温めるの!?」

「ええ、ややこしいですねー。」

日本の女の子は、こんな面倒臭い作業をやってるのかと思うと、ケティは妙に感心してしまった。

「いやはや…恋心というものは偉大ですね。」

「随分とおばさんくさい発言をするわね…。」

「まだ10代後半の乙女になんという事を言うのですか、ルイズ。」

ヘラでビシっとルイズを指して抗議するケティ。
ホワイトチョコレートが、数滴ルイズの顔にかかった。

「Oh…やっちまいました。」

おかげでルイズは、色々と事故っちまったヴィジュアルである。
え?エロくないかって?エロくないよ、ただのチョコだよ、ホワイトチョコレート。

「何するのよ全くもう…おお、美味しいわねこのチョコ。」

当のルイズは全く気付いていない。
万事問題無しである。

「後はコレを型に流し込んで完成ですね。」

「なんか凄くいっぱいあるけど、コレ全部サイトにあげるの?」

星やらハートやら、様々な形の型を取り上げて興味深げに見るルイズ。

「いえ、大使館の皆の分が主ですよ。」

「…ひとつ言っておくけど、わたしに遠慮しなくてもいいんだからね?」

ルイズがチョコの型から視線を外し、ケティの方を見てからそう告げた。

「…さて、何の事やら。
 私が本気なら、権謀術数張り巡らしてでも奪いますよ。
 トリステインの腹黒狸娘だの何だのと、内外問わず散々言われているのは伊達ではありませんよ?」

「ふーん…他の事ならいくらでも強気にも冷酷にもなれる癖に、どうしてわたし達の事になるとこんなにも甘いのかしらね?
 あら、これは馬車?可愛いわね。」」

ケティから視線を外し、ルイズは再び型の観察に戻った。

「貴族ならば、恋愛関係がままならない事なんてザラでしょう。
 …気にしたってしょうがないのですよ、それは。」

「だぁっ!まどろっこしい!面倒くさい!
 貴族っぽく遠回しに言うの、物凄く面倒臭い!
 前略!あの駄メイドの押せ押せな部分をちったぁ見習いなさい!」

型をブン投げて、ルイズはケティをびしっと指差す。。

「うっ…いや、しかし、ルイズ。
 恋愛系のアレコレは苦手でして…。」

「そういえば、ギーシュの時も静か~にフェードアウトして行っていたわね?
 遠慮してるんじゃあなくて、本当に苦手なのね…ううむ。」

もじもじと赤面しながらチョコを型に丁寧に流し込むケティを眺めつつ、ルイズは感慨深げに唸る。

「元々、感情のみに基づいて動くというのは、私の最も苦手とするところです。
 まあ、そのうち縁談が転がり込んでくるでしょう、ええ。」

「エレ姉さまはそう良いながら結婚適齢期を大幅に通り過ぎたのよ。
 …なんか今、マリコルヌに『見つけた!僕の女王様!ぶってください!』とか、熱烈に求婚されているらしいけど。」

ドSのエレオノールと超ドMのマリコルヌ。
似合いっちゃ似合いのカップルではある。
エレオノールはものすごく嫌がっているらしいが、嫌がれば嫌がるほど、罵倒すれば罵倒するほど、マリコルヌの愛は熱烈に深まるのであった…南無。

「それの何処に求婚のニュアンスが含まれているのか、理解し難いのですが…かの独神でも何とかなったのですから、私もいつか何とかなりますよ、たぶん。
 それともアレですか、私が才人の浮気相手とかになっても良いと?」

「う…うーん、それは困るけど。
 いやでも浮気で止まるなら良いのかしら?
 いやいやいや、よくないよくない…。
 でもこの子の場合、放って置くととんでもない男に嫁ぎそうだし…。」

ルイズは混乱している。

「何でうちの国、一夫多妻制じゃないのかしら…頭痛いわ。」

「混乱極まってますね、ルイズ。」

「恋愛関係の駆け引き能力だけ何故かゼロな貴方が悪いんでしょ!
 貴方がしょうもない男に口説き落とされて言いなりとか、恐ろしくて寒気しかしないわ。」

ケティはどうやら、ルイズに恋愛関連では欠片も信頼されていないようだ。
惚れっぽくて一途だが、一定以上踏み込んでは行かない性格のケティ。
逆に踏み込んでいくタイプの男に惚れたら、たぶん呆気無く落ちる。
それが例えしょうもない男でも…である。
今のところケティの目がしっかりしているので、何とかなってはいるが…ケテイは時々凄いドジやらかす事があるのだ。

「その点で、サイトは良いのよね、ボンヤリしてるし。
 ぼんやりしてる割に、考えるトコは考えてるし。
 あいつならケティを利用するとか、絶対考えないわ。
 いやでもあげないけど…何か、最近姫様までサイトの事を狙ってる気がするけど、あげないわよ。」

「わかってます、わかってます。」

ケティはコクコクと頷く。

「不安だわ…この子~。」

ルイズにめっちゃ心配されるケティであった。

「浮気は駄目だけど、暫くは才人に惚れてなさい!
 浮気は駄目だけど、ぜーったいに、駄目だけどっ!」

「言いたいことは理解出来ますが、そんな無茶苦茶な…。」

ルイズの言葉に苦笑いを浮かべるケティであった。




次の日、2月14日ヴァレンタインズデー来たる。

「はい、才人。
 ハッピーヴァレンタイン。」

ケティは少々頬を染めて、才人にチョコの入った妙に大きな包みを渡した。

「…また、何かネタを仕込んでるな?」

才人が訝しげな表情を浮かべて、ケティを見る。
前回ネタを仕込んだせいで、ケティの信用は地に落ちていた。

「ひ、酷い、私のありったけの気持ちを込めたのに、よよよ…。」

「…………………。」

わざとらしく泣き崩れるケティを。ルイズも冷めた目で見ている。

「いやまあ嘘泣きですよ、コンチキショー。
 でも、ありったけの気持ちは事実なので、開けてみてください。」

「どれどれ…。」

ケティの言葉を聞いて、才人はごそごそと袋の中をあさる。

「おお、これは手作りチョコ。」

そこにあったのはハート形の手作りチョコ。

「てい。」

横から出てきたルイズが、即真っ二つに割った。

「ハート形禁止。」

「…やると思っていましたよ。
 そんなわけで、予備も入っていますのでご安心を。」

「お、おう。
 準備万端だな…。」

「抜かり無いのが私なのです。
 ほかにも色々と入っていますよ。」

ケティに促されて袋の中を漁ると…。

「ロイズ…?」

ロイズコンフェクトの高級チョコ詰め合わせが出てきた。

「ええ、北海道土産です。」

ケティの言葉に悪い予感がした才人は、袋の中を漁る。

「やっぱしあったか、きなチョコ黒大豆。」

「美味しいですし。
 私のイチオシです。」

冗談でやっているだけではなく、ケティ的にも気に入ったお菓子らしい。

「六花亭のストロベリーチョコもあります。
 ミルクチョコよりも、ホワイトチョコをかけたものの方がおすすめです。」

「お前は北海道の回し者かァ!?」

ドヤ顔のケティに才人はツッコむ。

「チョコレートは北海道!北海道をよろしく!」

「本当に回し者かよ!?」

ケティがボケ倒したので、才人は更にツッコんだ。

「…と、まあ冗談はこのくらいにして、本体は手作りチョコですよ。
 後はおまけだと思ってください…。」

ケティはもじもじと照れる。

「照れ隠しにボケるのやめなさいよ。」

ルイズはジト目でケティを見ている。

「…そもそも、何でルイズが監視しているのか、詳しく。」

「サイトが浮気しないか監視…というのは単なる建前で、ケティの可愛いトコ見てみたい。」

ルイズは相変わらず正直だった。

「複雑極まりない状況ですね、それは。」

「ケティはわたしの嫁だし、しょうがないわ。」

何か、妙な言葉を覚え始めたルイズである。

「日本語勉強中だけど、良い言い回しよね、これ。」

「トリステイン語に取り込むのはやめなさい…。」

日本語を勉強しているらしいが、かなり脱線しているようだ。

「兎に角です…そこの割れたの、せっかくだから食べてみてください。」

「私のゴディバも食べなさい。」

ケティが差し出す手作り風チョコと、ルイズの差し出すゴディバのチョコ。
才人爆発しろといった風情である。
そんなヴァレンタインズデー。
トリステイン大使館は平和であった。



[7277]  幕間55.1 タバサの願う事
Name: 灰色◆a97e7866 ID:b190063f
Date: 2013/04/24 19:03
「心を喪わせる薬だが、明日出来る。」

タバサと母がいる部屋にやってきたビダーシャルは、そう一言告げた。

「ん、そう。」

タバサはコクリと頷く。

「自分が自分で無くなるというのに、反応が薄いな…。」

「毎日告げに来ていれば、驚く気も失せる。」

具体的な日付がわかってからは、毎日秘薬の出来る日を告げに来るのがビダーシャルの日課になっていた。

「確かにそうだが、そなたの教えてくれた挨拶をした時のあの王の方が、よほど驚いていたぞ。
 御蔭で、余計な仕事が増えたではないか。」

「ん、仕事があるのはいい事。」

困った表情を浮かべるビダーシャルに、淡々とそう返事をするタバサ。
ビダーシャルは本当にジョゼフ王に地獄突きをぶちかましてしまったらしい。
ひとしきりのた打ち回ってぐったりしているジョゼフに何でこのような事をしたのかと訪ねられたので、タバサに教えられたと告げた所、薬が出来る日をタバサに毎日告げる仕事がビダーシャルに追加の仕事として与えられたのだ。
実に陰気な嫌がらせだが、まあ誰だって怒る。
ジョゼフ王はめっちゃ良い笑顔だったらしいが。

「とある施設に『労働は君を自由にする』という標語があると、私の友人が言っていた。
 働いていれば自由になる日は来る。」

「自由が減ったような気がするのだが…?」

「気にしてはいけない。
 ちなみに…。」

「ちなみに?」

「その施設で働いた人のうち150万人は過酷な労働の結果、死んで現世から自由になったらしい。」

「何それ怖い。」

淡々と恐ろしい話をするタバサに、ビダーシャルは身を震わせた。

「何故に、仕事とは言え脅かしに来た我が怯えねばならぬのだ…。」

「そういう運命?」

「どういう運命なのだ、それは…。」

それは例えば、すっかりイイ性格になってしまったタバサにおちょくられるという運命…。

「それはそれとして、旅芸人の一座が来るらしい。
 ここの隊長が言うには、リュティスでも見た事のない斬新な笑いや歌を提供してくれる一座だそうだ。」

「そう。」

妙な事をする集団と聞いて、タバサは真っ先に水精霊騎士団トップの面々の顔が浮かんだ。
特に、何処から入手したのか知らないが、パンティを頭に被って『フオオオオオォォォォォォッ!』とか叫ぶマリコルヌの姿が。
その直後に真っ赤な顔をしたケティに、下着ごと派手に燃やされていた事も。
その一連の事態の衝撃に、流石のタバサも少々表情が崩れたのを思い出す。
ひょっとして、ケティ達が芸人に扮してやって来たのだろうか、タバサはそう思った。

「我は蛮人の芸には興味は無い。
 しかし…しかしだ。
 そなたが望むのであれば、この部屋から出て見物する事を許可するが?
 もちろん、我の監視はつくが。」

「興味無い。」

タバサはビダーシャルの提案を断った。
外に出れば救出しやすくなるという考え方も出来ないわけではないが、今回は少数による救出作戦であろう事は間違いない。
外の見物会場は人が、しかもそれなりの訓練を受けたガリアの兵士がいっぱいである以上、少数による救出は早急に露見する可能性が高く危険と言える。
その点、タバサが閉じ込められている塔の近辺は侵入できる場所が一か所しかなく、警備もそれほど多くない。
まあ『それほど多くない』のうちの一人がビダーシャルなので、当然とも言えるが。
それでも催し物があれば、見張りの数は減るかもしれない。

「しかし、蛮人にとっては楽しそうな催しではないか?」

「見ての通り、騒がしいのは嫌い。」

実際タバサは騒がしいのが苦手な部類に入るので、ビダーシャルの再度の提案も断った。

「あー…しかしだな、音楽と踊りだ。
 楽しそうとか、そう思わないのか?」

「………見たいの?」

矢鱈としつこく食い下がるビダーシャルに、タバサは小首を傾げて尋ねる。

「…蛮人の音楽や踊りに興味はない。」

「本当に?」

タバサはビダーシャルをじーーーーっと見つめる。

「我はエルフだ。
 蛮人の文化になど興味を持つものか。」

表情を変えずにビダーシャルはそう言い放つが、ビダーシャルに負けず劣らず表情のバリエーションの少ないタバサには、ビダーシャルが焦っているのが何となくわかった。

「バタフライ伯爵夫人。」

なので、タバサは更に追い込みをかけてみる事にした。
『バタフライ伯爵夫人』は何処に持っていったんだろうという、純粋な興味もある。

「…アレなら適当な置き場所を思いつかなかったので、ここの隊長室の本棚にそっと置いてきた。」

ミスコール男爵、完全にとばっちりである。
喜んでいるかもしれないが。

「そう…ちなみにバタフライ婦人シリーズなら、他にもまだある。」

そう言いながら、タバサは部屋の棚から『バタフライ婦人の優雅な昼下がり』と『バタフライ婦人の華麗なる日々』を取り出した。

「…まだあったのか。」

「ん。ベストセラー。」

ちなみにタバサも試しに読んでみたが、破廉恥な表現が満載なのは何となくわかるものの、何が何やらさっぱりであった。
エロも奥が深いのだなという感想を得たタバサは、何とか逃げられればキュルケかケティに聞いてみようと思っている。
あの二人なら、何だかんだで知っているだろう。
モンモランシーも知っていそうだけど、知識と引き換えにお金取られそうだから脳内で却下したタバサである。

「この本は、そなたにはまだ早い、ぼ…。」

本を取り上げようとしたビダーシャルの手を、タバサはひょいとかわした。

「それは、まだ、そなたには、早い!」

必死に本を奪おうとするビダーシャルと、それをひょいひょいとかわすタバサ。
二人の攻防は暫く続いたが、軍配はちんまい体格のタバサに上がった。

「はぁ、はぁ…そ、それを寄越すのだ。」

先住魔法を使えば簡単に奪う事も出来るだろうが、流石にエロ本を先住魔法を使ってまで奪うというのは色々とアホっぽいと思ったのか、ビダーシャルは最後まで自分の手で奪おうとしていた。

「息を乱しながら女の子ににじり寄る…変質者?」

とはいえ、額に汗かき息を乱しながらエロ本を奪おうとする姿も、やっぱりアホっぽかったのは言うまでも無い。

「本当に動揺しないな、そなたは。」

「命だけは、命だけはお助け下され。」

タバサは命乞いを始めた…無表情で。

「抑揚の無い口調で命乞いをされても…とりあえず、その本は没収。」

「ん。」

タバサが本を差し出したので、ビダーシャルはそれを受け取った。

「急に素直になったな。」

「飽きた。」

タバサも、本当にイイ性格になったものである。

「本当に見に行かなくても良いのだな?」

「貴方が下手な大道芸より面白かったから、それで良い。」

「それはそれで酷い話だな…まあ良い。
 それでは、また明日来る。」

そう言うと、ビダーシャルは立ち去って行った。
後日談だが、ミスコール男爵の本棚にてバタフライ男爵夫人シリーズが謎の増殖を遂げたらしい。
フシギダナー。



「てってっててて♪てってっててて♪」

ビダーシャルが立ち去ってから数分の後、不意に通気口から変な鼻歌が聞こえ始めた。

「こちらシルフィ、通風口を通って目的地に到達した。
 これからどうすれば良い、大佐…なのね、きゅい。」

ガタッと通風口の蓋が外れ、青色の猫が謎のセリフを呟く。
そう、シルフィードである。

「きゅい。」

通風孔から出たシルフィードは、埃を体から落とす為に体をぶるぶると震わせた後、しゅたっと右前足を上げる。

「ん、久しぶり。」

「数日の筈なのに、何だか半年以上潜伏していたような気がするのね。」

「メタ禁止。」

「官憲横暴、きゅい。
 るるるるるるるる…。」

シルフィードは歌うように竜の言葉で先住魔法の呪文を唱え…人に姿を変えた。

「お姉さま、また髪梳くのサボってるのね。
 ぼさぼさなのね、鳥の巣よ、鳥の巣。」

そう言いながら、シルフィードは鏡台の棚を開けるとゴソゴソ漁り始める。
どうやら櫛を探しているようだ。
勿論服なんか着ていないので、マッパだが。

「どうせ、使用人と変なエルフしか来ない。」

「駄目です、女の子は髪の毛大事と腹黒娘からの言伝なのね。
 竜の鱗と一緒で、髪は女の命です、きゅい。」

素っ裸のシルフィードに言われたくないなーとか思いながらも、タバサはシルフィードに軽々ひょいと持ち上げられる。
重くて硬くて長い鈍器紛いの杖を振り回す彼女だが、体重は見た目通りに軽いのだ。
そして一方シルフィードは変化の身とはいえ竜であり、両者のパワー差は歴然だった。

「じゃあ、髪の毛を梳くのね。
 ピンクのわけの分からない指導を受けつつ、ウンモセイジンとかいう金髪グルグル娘で練習したからバッチリ、きゅい。」

「ウンモセイジン…?」

ひょっとしてモンモランシーの事だろうかとか、ルイズのわけの分からない指導で大丈夫だったのかとか、そういう身だしなみ関係はキュルケに指導して貰った方が良かったのではなかろうかとか、シルフィードのパワーであの引っかかりそうな縦ロールの髪梳かれてモンモランシー禿げてないだろうかとか、こういう奇怪な人事をやるのはケティだろうなとか、サイトはきちんとガリア語の復習分をこなしているだろうかとか、ギーシュのアホ面とか、マリコルヌの事は考えるのやめようだとか、能弁ではないタバサだが思考は意外と長文である。
口数の少ない人間というのは、結構考えすぎて喋れない人が多いものだ。

「ケティたちは、元気?」

「きゅい、元気なのね。
 腹黒娘なんて『囚われのお姫様を助けに行くとか、何かイーヴァルディの勇者みたいですね私達。タバサお姫様ですし』とか言ってたのね。
 腹黒娘、時々凄く子供っぽいの、きゅいきゅい。」

タバサの髪を梳き始めたシルフィードのその言葉を聞いて、彼女はぼんやり考える。
イーヴァルディの勇者といえば、一番多いのは囚われの姫を助けに行く話。
彼女が今母に読み聞かせている話も典型例であり、確かに言われてみれば自分も姫と呼ばれる立場ではある。
あのメンバーの中でイーヴァルディといえば誰か…ケティはまっさきに論外。
あの娘は悪い魔女か狂言回しの類であり、勇者ではない。
キュルケは勇敢ではあるが、勇者というよりは色気担当である。
ルイズは曲がった道も一直線に進む、人と言うよりは人の形をした竜巻みたいな生き物。
モンモランシーは背景でとんでもないことやってる村人A…マッドだ。
男子勢のギーシュは村人Aの引き起こした爆発に巻き込まれ、薔薇の花を口に咥えて飛んでいく村人B…不幸だ、そして莫迦である。
マリコルヌは押しも押されもせぬ変態、兎に角変態、大変態。
最後に残ったのは才人だが…。

「不本意。」

タバサは微かに眉をひそめて一言そう呟く。
そう、彼女にとってまこと不本意な話ながら、才人が一番イーヴァルディっぽかった。
魔法は使えないが、ありとあらゆる武器を使いこなし、メイジならざる身でメイジを含む4万の敵軍を一人で潰乱に追い込んでみせたのだ。
その功績はまさに英雄、新しいイーヴァルディの勇者に相応しい。

それはタバサにとって、非常に困る話だった。
彼女には数少ないが、『夢』があるのだ。
一つは勿論母を正気に戻す事、そしてもう一つは…イーヴァルディのような偉大な英雄に、勇者に仕える事。
己の認める勇者に、身も心もその他己の全てを捧げ仕える事。
それはシュヴァリエとして、女として、イーヴァルディの物語を愛するものとして、おそらくは最高の幸福。

大公女の身であるタバサだが、既にオルレアン大公家はほぼ取り潰し状態である。
実のところ貴族として身を立てる気も特に無いのだが、シュヴァリエである以上はまともな主に仕えたいという願望は確かにあるのだ。
ぶっちゃけた話、流石に平民では彼女がいくら仕えたくても仕えられない。
そもそも、才人には既にルイズがいる。
そしてケティも何となく、才人の事が好きそうである…。

「不本意。」

タバサはもう一度そう呟くと、微かに溜め息を吐いた。
ちなみに才人には、彼女が文字を教えている。
ケティから字を教えてやってくれと頼まれた為に渋々始めたものだったが、才人の飲み込みが早いのとルーンによる文字習得の過程が面白くて最近は結構楽しみにしてるのだ。

そして才人も、タバサの長杖術の鍛錬に付き合っていた。
長杖術というのは彼女が使っている重くて長い杖を用いた近接戦闘術なのだが、最近はワルドが使う剣のような形の短杖を用いた短杖術が主流になった為、すっかり廃れてしまっていた。
彼女が知っていたのは、現在も使っている水に沈む珍しい木を削って作られた長杖を自分の杖に選んだ際、杖を上手に取り回すために両親に頼んで長杖術の使い手を探して貰い、教えてもらったからである。
まさか特殊部隊に入れられて、その技術をここまで活かす事になる羽目になるとは、教わった時には思ってもいなかったわけだが…。
まあそんな訳で使い手の滅多に居ない技術な為に正規の鍛錬が困難だったのだが、才人のガンダールヴ能力は使う者の居なくなった昔の古い杖を入手して手渡せば、それを再現することが出来るのだ。
御蔭で彼女は長杖術に更に磨きをかけることが出来ていた。
もっとも彼女がガリアに戻って捕まった為に、現在授業も鍛錬も休止中だが。

「はい、これで終わったのね。」

シルフィードの言葉を聞いて黙考から復帰したタバサが鏡を覗くと、そこには先程までボンバー状態だった髪が見事に撫でつけられた己の姿があった。
ガリア王家の特徴である蒼銀色の髪が、若さを誇るように見事なキューティクルで蝋燭の光を反射している。
タバサが自分でやっても、こうはいかない。
そもそも、この境遇になってからあまり自分の容姿に気を配っていないのと、癖の強い髪の毛の物は羨むであろう見事なまでの直毛のせいで、ショートカットな彼女の髪の毛は、重力に逆らうように見事に真っ直ぐ伸びるのだ。
重力に負ける程度に伸ばしてはいるが、それでも若い元気な髪は重力に逆らい見事にもっさりボンバーな感じに…わかりやすく言うと髪の毛が中途半端に持ち上がるので頭がデカく見え、元々小さく華奢な彼女をより幼く見せるのである。
実際、キュルケと知り合うまでは『何だあの幼女は』とか、『何で幼女が学院に』とか、『タバサたんハアハアハア…』とか言われていたのだ。
学院では見るに見かねた自称愛と美の伝道師であるキュルケや、キュルケに頼まれたケティが髪を軽く湿らせながら梳かして、綺麗に撫で付けていた。
ちなみにルイズもやりたいと立候補したが、才人がそっと手渡したセーターという名のヒトデ型クリーチャーを見て、『ルイズがタバサの髪を勝手に梳かそうと画策した時点で、ヴァリエールからツェルプストーへの宣戦布告と見做す』と絶対禁止を告げられてしまっている。
モンモランシーは髪を梳かすというより髪を溶かそうとしたので、激怒した2人の火メイジに半日以上執拗に追い掛け回され『水属性の発展に犠牲はつきものなのよおおおぉぉぉう!』とか悲鳴を上げながら逃げ回り、帰ってきたときにはあちこち焦げていたという…。

「…奇跡?」

「きゅい!?練習したって言ったでしょ。
 失礼なのね、お姉さま。」

首をかしげたタバサにシルフィードはプンスカと怒って見せるが、マッパなせいで迫力ゼロだった。
むしろわけがわからない。

「シルフィの仕事はお姉さまが閉じ込められている部屋を正確に割り出すことだったけど、これで戻れば終わり。
 もうひとつは…お姉さま、ゴキブリ持ってる?あの脂の乗った美味しそうなゴキブリ。」

「気色の悪いゴキブリなら、持っている。」

タバサはそういうと、化粧台の中から宝箱を取り出して、その中からゴキブリガーゴイルを摘み上げた。

「ん。」

「きゅい、これこれ、これよ。
 しかし何度見ても見事な造形、シルフィ思わず涎が垂れそうなのね。」

所変われば人変わる。
ガリア人やガリアに近い南トリステインの人間は蛙を好んで食べるが、その他の地方のトリステイン人やゲルマニア人、ロマリア人、そしてアルビオン人は基本的に食べない。
ケティが市場で仕入れてきた大量の蛙を捌いて骨を全部とってそれとわからない姿にしてから衣を着けカラッと揚げて、『カラアゲ』とかいう料理として才人に食べさせていたのをタバサは思い出したが…基本的に才人も蛙は食べない筈だ。
才人に何の肉かと尋ねられたケティが『肉です』とだけ、凄く楽しそうに笑顔で答えていたので、ほぼ間違いないだろうと思っている。
タバサは勿論ガリア人として蛙は平気なのでご相伴に預かったが、非常に美味であったので告げ口はしていない。
他にもアルビオン人は馬を食べないとか、ゲルマニア人は温かい料理をあまり食べない風習があるとか、ロマリア男の主食は女とかいわれているとか…。
最後のは全然別の話のような気がするが、まあそんな感じで同じハルケギニアの人間でも食習慣に差異はあるのだ。

ましてや異種族、しかも竜。
味覚や好みの差異というものはあるものだと考えて、タバサはシルフィードの食べ物への好悪について今はもう気にしないようにしている。
とは言え、仕事中に2メイル近くある巨大毒ムカデに遭遇した際、素早く襲い掛かり毒の牙がある頭を噛み砕いてそのまま踊り食いした時には、流石に暫くドン引きだったが…。

「シルフィが先行してここに来たから、まだ話は出来ないけど、もう少ししたら腹黒娘とも連絡できるようになるわ。
 お姉さまと離れるのは嫌だけど、場所の報告をしなくちゃいけないのでシルフィは一旦腹黒娘たちと再合流するのね。
 くるるるるるるるる、きゅるるるるるるるるるるるる…。」

シルフィードは来た時と同じように竜の言葉で歌うように呪文を唱えると、人の体がどんどん縮んで背中に蝙蝠みたいな翼が生えている青い猫となった。
竜の姿ではどうにも行き来しづらい空間を、人の姿とは違い面倒な服を着ずに移動出来るので気に入ったようだ。
風の精霊が常に体表面を覆っているのが普通な彼女にとって、服というのは中で風が淀むから嫌だ…ということらしい。

「それじゃあお姉さま、また後で。」

「ん、気をつけて。」

タバサの言葉にシルフィードは頷き、通風口の中へと消えていった。

「…………………。」

シルフィードによれば、そろそろケティ達が来るらしい。
とは言え、ここにはビダーシャルというエルフがいる。
彼女らが殺されたり拘束されたりする可能性は高いだろうとタバサは思っていた。

信じている・信じていない…といった話ではない。
タバサ自身も己の全身全霊で立ち向かってみたが、それでも手も足も出なかった。
北花壇騎士として、それなりに戦えるという自負はあるのだ。
実際、親衛隊所属であったジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドという男と戦い、勝っていた。
なのにその自分が刺し違える覚悟で挑んだにも拘らず、刺し違えるどころか赤子の手を捻る様に一蹴されてしまったのだ。
あれはもう、複数人で勝負を挑めば何とかなるとか、友情と勇気が勝利をもたらすとか、そういう次元の強さではない。
そういう相手だったのだ。

「皆…。」

心を押し潰されそうになるほどの心配…それでもタバサは賭けてみたい。
これは、母と己があの男から解放される最後のチャンスなのだ。

ケティは言っていた。
『友情とは無償の愛ですが、タバサは王族で、ここはトリステインで、貴方の身柄というものには価値があります。
 ならば貴族としてトリステインの利益を考える立場でもある私は、打算と利益で動く事もあるのです。
 ですからタバサ、この件に於いては貴方も私達を打算と利益に基づいて利用しなさい。
 母君を救い出す機会は、これが恐らく最初で最後なのですよ。』
タバサは知っている。
ケティは要するに『自分達を利用して母親を助ける機会を作れ』と言っていたのだ。
もちろん彼女の事だから、自分の身柄を将来的な政治の駒として利用する算段も朧げにはあるのだろうが、彼女はそれすら隠す事無く伝えてくれたのである。
純粋な友情ゆえに助けるなどと彼女が言っていたならば、タバサ自身もケティを信用できなかっただろう。
お互いに王族・貴族であるから、個人的な友情だけでは動けないのは当たり前。
だからこそタバサは、『お互いを利用しあおう』と正直かつ露悪趣味的な事を告げる友を信用できたのだ。

今、彼女達は、タバサの友人達は、ここに向かっている。
かつてイーヴァルディの勇者と言う名の少年が、『ありがとう』と言ってくれた少女の為に竜の元に向かったように。
そんな事を思いながら、彼女は手元にあったイーヴァルディの勇者の物語の本を開き、栞を挿していた所から読むのを再開する。

「イーヴァルディは竜のいる洞窟にとうとう辿り着きました。
 暗く奥深く、竜の顎のようにぽっかりと開いたその洞窟に、彼についてきてくれた仲間達も怯え始めます。

 『引き返そう。やはり竜は強過ぎる、そして恐ろし過ぎる。
  眠っている間であれば大丈夫だと確かに私は言ったが、目を覚ましたら一巻の終わりだ。
  君は竜の恐ろしさを知らない。
  一太刀浴びせたと言うが、本来あれは人が太刀打ちできる類の生き物ではないのだ。』

 『僕だって怖いさ。あれが火を噴いて周囲を薙ぎ払い、人を食い千切り、咆哮のみで魂を砕こうとするのを間近で見て聞いたのだもの。』
  
 仲間の言葉に、イーヴァルディはそう答えました。

 『知っているならば、正直になれば良いだろう。
  誰も…そう、あの娘すらも君を責める事は出来ない。
  敵はあの竜なのだから。』

 『でも恐怖に負けたら、僕はあの子を守れない。 
  あの子を守れないならば、僕は僕で無くなってしまう。
  竜の顎なんかよりも、竜の咆哮なんかよりも、竜の炎なんかよりも、あの子を守れない事、僕が僕で無くなってしまう事のほうが、僕にはその何倍も怖いのさ。
  僕は臆病なんだよ、だから絶対に引けないんだ。』

 そう言って、イーヴァルディは竜の洞窟に足を踏み入れます。
 松明を掲げ、闇に向かって、震えながら、それでも躊躇う事無く一歩一歩進みます。
 彼の後に続く者は居ませんでしたが、彼は振り向かず、恨み言を言うことも無く、一人で進んでいったのでした。」

タバサは静かに、眠る母に語り聞かせるように、物語を読み続けるのだった。



[7277] 第五十六話 なるべくなら戦わずに勝ちたいものなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:6c1ad598
Date: 2013/05/26 19:58
道化師、それは笑いを提供する技能の職業
ギーシュとマリコルヌの道化っぷりは凄いのです、アレは本職でも難しい才能の類でしょう

道化師、それは笑いを提供する技能の職業
まあ、私も道化といえば道化でしょうか?ブラックな笑いな感じもしますが

道化師、それは笑いを提供する技能の職業
まあ何にせよ、生きている間に何度笑ったかは大事ですよ、生きている間に笑わなきゃ損なのです









「な…何故このようなことに。」

「は、謀ったわねツェルプストー!?」

私とルイズは信頼していたものに裏切られた悲しみと恐怖に慄きながら、親友だった筈のキュルケを見ます。

「だって…ねえ?」

キュルケが困ったような顔でジゼル姉さまとモンモランシーを見ました。

「私たちは皆、貴族で仲間じゃない?
 平民のなりしているけれども。」

「なのに貴方たち二人だけ素肌を曝さないというのは、不公平よ。」

ジゼル姉さまとモンモランシーは、私達にそう告げたのでした。
そう…キュルケが結んできた契約の中には、歌担当の私たちも踊り子の衣装を着ることという条項があったのです。
しかも非常に拙い事に、私たちが着られるサイズの踊り子の衣装というのは存在するのです。

「私達みたいな低身長の踊り子とか、どこに需要がっ!?」

「そうよそうよ!」

私たちの抗議の声に、キュルケはフッと笑い…。

「世の中には、そういうのが好みな人は結構居るのよ?
 二人とも、小柄ながらスタイルは良いわけだし。」

「キュルケに言われても、嫌味にしか聞こえないのですが。」

「そうよそうよ!」

ルイズもルイズで、交渉を私に丸投げしていませんか…?

「そうは言っても…。」

キュルケはジゼル姉様とモンモランシーに視線を向けました。

「ねえ?」

「ねえ?とか言われても、返答に困るのですが。」

ジゼル姉さまもモンモランシーも、スラっと背の高いスレンダー体型ですからね。
手も足も凄く細くて、とても健康的な色気があり、スタイルは良いのですよ。

「まあ言いづらいだろうから言うけど、貴方達のほうが揺れるのよ、色々と。」

『ガーン!』

ジゼル姉さまとモンモランシーは、抱き合って白くなってしまいました…南無南無。

「ゆゆ、揺れるったって、私みたいな貧弱なのが微かに揺れても楽しくないでしょ?」

そんなルイズの一言に…。

「ルイズ、良い事を教えてあげる…。」

「わ、わわ、何!?」

ルイズの右腕をジゼル姉さまが掴みます。

「世の中にはね、微かにすら揺るがぬものがあるのよ!」

「な、何するのよう!?」

ルイズの左腕をモンモランシーが掴み、二人はルイズを持ち上げ揺すり始めました。

『ほーらほーら、揺れろ揺れろー!』

「うにゃあああああ!?」

二人とも、結構腕力ありますからね。
ジゼル姉さまは何だかんだで小銃を撃つだけの腕力と体力がありますし、モンモランシーは山に分け入って薬草の採集等を行うので、こちらも結構体力があります。
…まあ、今持ち上げられて揺すられているルイズが、一番体力も腕力もあるのですけれども。

「うわー、きちんと揺れてる!腹立つ!
 これで胸が小さいとかいうコンプレックスですってよ、モンモランシー!?」

「許されざる暴挙だわ、これは有罪だわね。」

「うにゃ!?そんな…にゃ!?こと言ったって…にゃ!?ちい姉さまみたいに…にゃ!?なりたいのよ…にゃ!?」

揺すられながらも、ルイズは二人に言い返しています。

「にゃ!?ええい!いい加減にしなさい!」

元々気の短いルイズが、とうとう切れました。
持ち上げられた勢いに、自分の脚力をプラスして二人の腕を振り払うと、天井の柱に足を引っ掛けてぶらーんとぶら下がったのです…スカートがひっくり返ってパンツ見えていますが、良いのでしょうか?

「きしゃー!」

『きしゃー!』

地上の貧乳勢と天井の桃色蝙蝠が、互いを威嚇し合っています…ハァ。

「いい加減にしなさい。
 トリステインに戻ったら、いくらでも争って構いませんから。
 三人とも、ここはきちんと仕事をしましょう。」

『へーい。』

まあ、本番前の緊張ほぐしでしょうしね。
私が一喝しただけで、すぐに解散となります。

「そんなわけで、ケティも脱ぎ脱ぎしましょうねー♪」

キュルケはニヤリと笑いながら、契約書の条文を指さします。
そこには女性団員は全員踊り子の衣装で…という条文。

「くっ…まさか貴方にこのような奸計を用いられようとは。」

「こういう不公平感に気づいて是正するのは、この面子だと私の役目かなぁ…ってね。」

確かに、キュルケ達だけ肌も露わな姿で踊る…というのは、不公平なのかもしれません…ね。
いや、確かに私がこうも嫌な事を考えても、明らかに不公平でした。
ここはキュルケに助けられたのですね。

「わかったって顔ね?」

「ええ、ありがとうございます。キュルケ。」

キュルケみたいに視界広めの人間は、近くに居ると本当に助かります。
そもそも私は本来集団を引っ張っていくタイプではなく、トップに助言などをして判断を促すタイプの人間だと思っています。
だからこそ、パウルに商会を任せて私は裏方に徹していたりするわけですし。

「…まあ、それはそれ、これはこれ。
 はい、衣装。」

「あう…はい。」

私は溜息を吐いて、キュルケから水着みたいな踊り子の衣装を受け取ったのでした。
ううむ、まさか本当にこれを着る事になるとは…。



「じゃーん!」

着替えが終わった私達は、男子勢の前に引き摺り出されたのでした。

『おおー。』

何と言いますが、男子どもの視線が…胸に。

「あ、あまり凝視しないように…。」

普段からあまり肌を出す装束が得意ではないので、こうも色々と丸出しになると、戸惑ってしまいます。

「み、見ないで…。」

いつもは堂々としているルイズも、恥ずかしがって腕で何とか肌を隠そうとしています。
いやー、ルイズほどの美少女ともなると、恥ずかしがっている姿もまた格別。
自分も同じ境遇にあるという事実を見つめなおすと、あまり楽しくはないのが実に残念なのです。

「うむ、ルイズもケティも、流石だな。」

何が流石なのですか、才人。

「ほー…ケティは知っていたが、ルイズも着痩せするタイプなのだね。
 このギーシュ・ド・グラモンともあろうものが、よもや見逃していたとは…。」

「見逃していなければ、手を出していたとでも言いたげね?」

「ブチ殺すわよ、この女たらし。」

モンモランシーとジゼル姉さまの物凄く冷たい声。
いや実際、ギーシュのこの女癖の悪さはどうにかしないと命に係わると思うのですよね。
まあ、グラモン家自体《女に刺されて死ぬは本望!我らは華麗に生きる者なり!》が家訓であり、基本的に美形ばっかという凄い家系なのですが。
再来年度にギーシュの妹が入学してくるそうなのですが、どうしてやりましょうか、ケケケ…。

「おお、僕の美しき蝶モンモランシー。
 こ、これは言葉のアヤ、というものであってだね。
 僕がルイズに手を出すなんて有り得ないよ!」

「…そう言えば、わたしがからかわれていた頃に、慰める風体で声かけてきた事があったわよね、ギーシュ?」

ギーシュがモンモランシーに弁解しようとしますが、ルイズからトドメの一言が。

「そ、そそそそそんな事があったかなぁ?
 僕ぁとんと記憶に無いよ。」

「まあ、肩に手をかけてきた時点で投げ飛ばしたし、あの時頭でも打っていれば記憶が無いかもしれないわね。
 あ、そういえば最近力づくで、ああいう人の力を利用する技術を使っていない気がするわ…駄目ね、虚無に頼り過ぎだわ。
 もっと、こう、力だけじゃなくて受け流す技術も磨かないと、より大きな力が来た時に受け止められない。」

爆弾発言をしたのち、ルイズは全く方向性の違う事を呟きながら考え始めてしまいました。
いや貴方、体術じゃなくて、いや体術も大事ですが、その前にメイジ…最近ちょっとかなりマジで自信ありませんけど、メイジですよね?
銃使っている私が言うのもなんなのですが。

「ギーシュ?」

「う、美しい蝶に声をかけるのは、男の義務なのだよ?」

微笑みながらギーシュにゆっくりと近づくモンモランシーに、ギーシュは顔を青くしながら弁明のようなものをしています。
弁明になっていませんが。

「ギルティ。」

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

モンモランシーはにっこりとそう断罪すると、瞬時に憤怒の表情に変わりギーシュの向こう脛を蹴り飛ばします。
勿論ギーシュは人類には発音不可能そうな悲鳴を声を押し殺しながら上げ、その場に転がったのでした。

『南無南無。』

「な…何で友たる僕を見捨てたのかね?」

もがくギーシュに静かに祈りを捧げる才人とマリコルヌに、ギーシュは息も絶え絶えに抗議しています。

「ルイズに手ェ出したら、そりゃ助けるわけがねえだろ。」

「君の女癖の悪さは、僕も内心忸怩たるものがあったからね。
 トリステインの紳士たるもの、目に付く限りの女性に片っ端から声をかけるというのは褒められたものではないよ、ギーシュ。
 そういうのはロマリア人の優男の所業だ。」

えーと…マリコルヌがまともな事を言っているという、異常事態が発生しているわけですが。

「く、狂ったのかね、マリコルヌ!?」

「ケティに頭蹴られ過ぎたか?
 こいつはヤバい、メディーック!メディーック!」

ギーシュと才人は混乱状態に陥りました。
わかります、わかります。
まともな事を言うマリコルヌなんて、マリコルヌじゃありません。
居るとすれば、たぶんアリユノレスとかいう名前の別人です。

「ハッ!さてはマリコルヌの偽者!?」

「ケティは完全にわかった上でやっているだろう!?」

事態を更に煽ろうとした私に、マリコルヌは涙目でツッコミを入れてきました。

「僕だって極々稀に、まともな事を言う時だってあるのだよ!
 四六時中変態発言だけを繰り返していたら、それは変態じゃなくてただの頭のおかしな人だろうっ!?」

「ただの頭のおかしな人だと思っていましたよ。」

『うんうん。』

マリコルヌの言葉に対する私の返答に、才人とギーシュは深く頷きます。

「失敬だな君たちは。
 変態と頭のおかしな人の間には、深くて暗い河があるのだよ…。
 頭のおかしな人はすべてが狂っているが、変態は性的嗜好だけが狂っているのだ。
 性的嗜好以外は紳士たれが、グランドプレ家の人間の矜持だからね。」

「性的思考の狂いも止めて欲しいのですがね、出来ればぽっちゃり体系も。」

マリコルヌは痩せたらかなり美形であろう目鼻立ちをしています。
モテないことを結構気にしていますけど、痩せたらモテますよ、この変態。
まあ、美形のド変態とか残念度が更に増し増しにしかならないので、変態やるならぽっちゃりさんのままの方が良いとは思いますが。

「重ね重ね酷いッ!ありがとうございます!
 まあそれは兎に角として、そろそろ本番なのだから、あまりはしゃがないようにしたまえよ?」

「何で、こういう時に一番はしゃぎそうなお前が一番冷静なんだよ?」

到って常識的に忠告するマリコルヌに、首を傾げて才人が尋ねます。
才人が尋ねなければほかの誰かが尋ねていたでしょう。
そのくらい妙な状況なのです。

「そのような裸同然の装束に、僕は興味が無いのでね。
 本来隠れているべき場所が何の苦労も無しに見られるとか、楽しくもなんとも無いのだよ。
 隠れた場所を暴く楽しみとか、偶然のチラリズムとか、そういうのでなければ燃えないだろう!?」

「しらねーよ。」

マリコルヌに同意を求められた才人は、あっさりとそれを却下。
才人は到ってノーマルですからね、たぶん。




「アーハンブラ駐留部隊の皆様、今宵はお招きいただきありがとうございます。
 許可をして頂いたミスコール男爵様に無上の感謝を。」

「おー、あの娘が座長なのか…胸でかいな。」

私が挨拶していると、何処からともなくそんな声が…ぐぬぬ、恥ずかしい。
とは言え恥らったら負けなので、ここは精神力を総動員して恥ずかしがらずに笑顔で挨拶を続けます。
笑顔笑顔、笑顔は得意なのですよ。

「土下座すればやらせてくれそうだよな、あの娘。」

ブチ殺しますよ…顔が引き攣りますが、笑顔笑顔。

「我らユーフラジー一座、今宵は精一杯の歌と踊りと笑いを披露させて頂きまする。
 今宵はミスコール男爵様による振る舞い酒もございます。
 存分にお楽しみなさいませ!」

『おおおおおおっ!』

軍に於ける貴族の振る舞いの一つとして、『部下に奢らなければならない』という風習があります。
地位に人は付いて行きはしますが、地位だけだとなかなか上手くついて来てくれません。
では地位の他に何が必要であるかといえば、普段の言動立ち居振る舞いなどの人柄による人望…まあつまり義理人情のしがらみが必要なわけです。
ただ、人柄というのは中々上手く理解して貰えません。
しかも隊長という地位になると、立場の違いでどんな仕事をしているのか理解して貰えないのです。

人間というのは、理解出来なければどんなに頑張っていようが自分よりも働いていないと考えてしまいがちな生き物です。
更に《生まれが貴族だったからって、威張りくさりやがって》とか思ってしまうと、いざって時に一緒に戦う気が起きなくなります。
故に、人望を得られやすいというのは、それだけで部隊の性能を向上させるひとつの才能となります…が、才能というものが万人が概ね普遍的に持つ能力ではないのは御存知の通りで、才能に欠ける者、才能が無い者は別の手段によってそれを代替せねばなりません。
それはつまり、地位の高い貴族の方から歩み寄る努力をしているのだと、態度と行動で示すこと。

具体的に何をすべきかといえば、簡単な方法はご飯を一緒に食べる、そして呑む、更に話す。
呑みニケーションってやつなのですね。
一緒に同じような御飯を食べれば、兵は《あの貴族も俺も食うもんは同じだ》みたいに思う事でちょっとした親近感が湧きますし、お酒によって警戒心も若干溶けます。
話す事でお互いの事を、ある程度知る事も出来ます。

そうする事で奢ってくれた事への感謝の念とかと一緒に、貴族側から歩み寄ろうとしているという意思を感じ取ってくれるわけなのです。
そんなわけで、ちょっとでも《この貴族は俺達の事を部下として大事にしてくれている》と思ってくれたなら御の字だと思って、貴族は部下に定期的か不定期に、貴族の懐具合にもよりますが任期につき最低一回程度は奢ります。
時には、こんな風に大規模に。

「それでは先ず、前座の芸人二人による音楽芸から始めますので、少々お待ちを…。」

私はそう言ってから舞台袖に引っ込み、ギーシュたちに声をかけます。

「二人共準備は出来ましたか?」

「バッチリだよ、任せておきたまえ!」

「客席をドッカンドッカンわかせてやるさ。」

そう言って二人は舞台に飛び出して行き、『なんでだろ~なんでだろ~』と歌い始めたのでした。
マリコルヌが言ったとおり、奇妙な調子の歌とマリコルヌの奇怪な踊りが合わさった結果、客席は大爆笑。
娯楽に飢えていたある兵士は酒を口から吹き出し、またある兵士は食べかけのつまみを正面の兵士に吹きかけてしまうなど、付随的な被害を引き起こしつつ大盛況に進んでいます。

「何であいつら、こういう時は水を得た魚のようなんだ…?」

「さあ…?」

才人の疑念はよーくわかります。
私も何がなにやら、わけがわからないのですよ。
何であんなにあの二人が芸人向けの才能と性格持ちなのかさっぱりですが、役に立っているので不問なのです。

「…で、モンモランシー。」

「うん、大丈夫よ。
 水の精霊たちは静かなのも好きだけど、楽しいのも好きだから。
 ラグドリアン湖の水の精霊よりもわかりにくいけれども、元気に働いていてくれているみたい。
 ざっと30分といった所ね。」

効果が出るまでに30分ですか。

「個体差は?」

「今回のは水の秘薬による眠りというよりは、秘薬を媒介した広域魔法による眠りなの。
 全員に浸透し切るまでにざっと30分で、発動の為の呪文を唱えれば一斉に、皆揃って夢の世界へご招待♪
 一人ずつ気を失うよりも、全員一緒の方が発覚しにくいでしょう?」

このような具合にモンモランシーって、効果を絞って真面目に薬を作れば非常に優秀なのですよ。
さすがは『水のモンモランシ家』の次期当主といいますか。
実際、売り物にするような秘薬や香水等では、学内外を問わず評判も非常に高いですしね。
ただ彼女が『実験』で作った各種の怪しい秘薬は、その予想もつかない効果で学内外を問わず多大な被害を出していますけれども。
やっている事はまるっきりマッドサイエンティストながら、普段の言動は常識的で知的でかつ親しみやすいという…そこが更に何とも困った感じではあります。
まあ私自身も、全くもって人の事は言えないのですけれどもね。

まあそんな感じでざっと30分。
私が歌い、ルイズが歌い、そしてそのままキュルケたちと一緒に踊らされるという微妙な体験をしつつ、何とか30分。
才人までギーシュのかき鳴らすリュートに合わせ『情熱の律動』を歌うというか唸るというかやらされました。
そして舞台で激しく踊り終わったモンモランシーが一言。

「皆さん、どうも有り難う…。」

そう言った途端に、一斉に眠りに落ちました。
これがどうも呪文の発動条件だったようで、酒を手に持つ者も、立ち上がって一緒に踊り出していた者も、肩を組んで笑っていたものも、一斉に力を失い倒れ付したのです。

「…一丁上がり。」

「み、水系統恐るべし…。」

アーハンブラの警備部隊、完全沈黙。
水系統は戦場向きではない系統であるとよく言われますが、逆に言えば戦場で無い場合…つまり直接殴りあったりしない場合に於いては、こんな感じで他の系統には困難な芸当をやってのけてしまいます。
先住魔法と複合させているとはいえ、いやはや凄いものです。

「…で、この後はどうするの?」

「使い魔と主人の絆に任せます。」

私の言葉に、一同の頭上にはてなマークが…あれ~?

「踊り疲れて脳味噌がちょっと茹っているから、比喩的表現やめて。」

「まあつまり、シルフィードに先行偵察させていたのですよ。」

そう言いながら、私は物陰にひっそりと隠れていた青い猫の姿のシルフィードを持ち上げました。

「きゅい、そういう事なのね。」

ぶらーんと持ち上げられながら、シルフィードは胸を張るような仕草をします。
しかし、どう見ても持ち上げられて伸びた猫でしかありません。

「相変わらず生意気な猫ね…ぷにぷに。」

「くすぐったい、きゅいきゅい!
 あとシルフィは竜!最近猫の姿ばかりだけど、真の姿は風の申し子、大空の支配者である風韻竜なのね。」

問答無用でシルフィードの肉球をプニり始めたルイズに、シルフィードが怒って反論しています。
でもシルフィード最近猫ですよね、大体。
人の姿にも殆どなりませんし。

「…そういえば、竜だったな。
 ついこないだ元の姿に戻ったのに、すっかり忘れてた。」

と、才人。忘れないであげて下さい。

「猫の印象がすっかり染み着いていたよ。」

ギーシュまで忘れていましたか。

「忘れてたわ~、すっかり忘れてたわ~。」

まあ、マリコルヌは変態ですしね。

「むしろその猫の姿が正体で良いわよね。」

ジゼル姉さまは、むしろ猫の方が良いのですか。

「もう猫で良いんじゃあ無いかしら?」

キュルケも賛成みたいですね。

「うん、可愛いから猫で良いわよ。」

モンモランシーも笑顔で賛成。
女性陣は猫で良いようなのです。

「はいはい!私も猫に一票!」

そしてルイズの追撃の一票。

「皆の意見としては、猫という事になりましたね…。」

「ふぎゃー!酷いのね!」

私の結論に、怒って尻尾と毛を逆立てて《フーッ!》と唸りだすシルフィード。
うーん、モフモフ度上昇なのです。

「…と、戯れはこのくらいにして、仕事と行きましょう。
 シルフィード、タバサの居場所は見つけたのですよね?」

「急に真面目に戻られると、感情の行き場所に困るのね…。」

ですよねー。
でも、時間が潤沢にあるわけではありませんからね、ビダーシャルも居るでしょうし。

「この仕事が終わってからならば、幾らでも時間はありますから、後にしなさい。」

「きゅい、わかったのね。
 こっちよ、着いて来て。」

シルフィードはテクテクと歩いて、こちらを先導。
私たちはシルフィードの後についていきます。

「あの塔か…。」

「流石エルフが建てた城というか、これまた随分と高い塔だねぇ。
 しかも、あの先端はちょっとした家みたいだ。」

才人とギーシュの感想が聞こえてきます。
この城にはいくつかの塔がありますが、その中で一番高い塔に向かっているようです。

「やっぱり塔か…厄介ね。」

「ええ、塔というのは、構造上逃亡阻止にはうってつけですからね。
 メイジも杖を取り上げれば、ただの人なのです。
 逆に言うと、タバサは現状杖を破壊されているか取り上げられている筈。」

キュルケの言葉に頷きつつ、塔の構造と予想されるタバサの現状説明を皆にします。
あの長杖はとても立派なものですし、何より珍しいので取り戻したい所ですが、多分リュティスの何処かに仕舞われているでしょう。
タバサを取り戻したら、同じような長杖を一本拵えなければいけませんかね、これは。

「そういえば杖を取り上げられたタバサって、どのくらいの実力なのかしら?」

「前に銃士隊の訓練に付き合って貰った事あるんだけどね。
 あの子、杖無しでも体術使えるわよ、しかもかなりの腕前。
 同じく素手の銃士だったけど、あの小さい体格を生かして素早く動きまわって翻弄してから投げ飛ばしていたもの。」

ジゼル姉さまがキュルケの問いに答えています。
流石我が姉というか、我が家の血筋には質問に必ず答えたくなる性質か何かがあるのでしょうか。

「ジゼル姉さま、何時の間にタバサとそのような訓練を?」

「才人とタバサがお互いに長杖でかなり激しく練習しているのを見たからね。
 銃士隊にも何か取り入れられないかなと思って、一緒に練習しないかって誘ってみたのよ。
 そしたら、魔法無しでも強い事強い事。
 銃士隊のお姉さま方をアッと言う間に倒しちゃうし、私も抵抗の甲斐無くスッテーンと転かされたわ。
 しかもあのアニエス殿と魔法無しの接近戦で、互角以上とか凄まじいわよね。」

元親衛隊のワルドを、杖であっという間に転けさせたらしいですしね。
ガンダールヴである才人ともかなり良い勝負しますし、何と言うか死ぬ気で努力する天才は怖いな…と。
私みたいな鍍金の才の人間としては、特にそう思います。

「開放すれば一応戦力には出来るって事か。
 良く考えたら、杖で無くても長物である程度は代用できるよな…と。」

そう言いながら、才人は通りがけに放置してあったハルバードを手に取りました。
廃棄する予定のものだったのか、あちこち錆びていて正直ばっちいのですが、ソレ。

「ちょっと重いかな…でもまあ、無いよりはマシだな。
 これを土産にするか。」

「レディ相手に、随分と無粋な土産だね?
 やれやれ仕方が無い、僕が少し優雅にしてあげよう。」

ギーシュは軽く溜め息を吐いた後に呪文を唱え、ハルバードに魔法をかけました。

「おお、なんという事でしょう。
 あんなに錆びていた鉄の部分から錆が取れるどころか、ピカピカと金属の光沢を放つ姿に…って、オイィ!?
 ピカピカの青銅になってるじゃねえか。」

「表面だけだから安心したまえ。
 僕の錬金だと、基本的に金属は青銅にしかならないからね。
 表面を薄く青銅に変えた上で、ピカピカに均したのだよ。
 自慢じゃないが、こういう器用さの必要な小細工は得意なんだ。」

つまりギーシュは、ハルバードを魔法で青銅の鍍金を施した状態にしたという事なのですね。
杖を青銅の薔薇にしたり、あと戦乙女とギーシュが呼んでいるゴーレムも、実は無駄に細かい薔薇のレリーフが入っていますからね。
それに比べれば、今の程度であれば軽いものなのでしょう。

「出来れば僕の手がかかったものでかつレディが使うのであれば、薔薇か蝶ののレリーフなども施したいところだが、まだタバサが使うと限ったわけでもないしね。」

「使うならやるのか?」

「勿論さ。レディが使う道具であれば、それは例え武器であろうが優雅優美であるべきだ。
 実は、ケティの拳銃にも装飾を施したくて仕方が無い。
 あんな艶の無い黒色なんて、無粋の極みだよ。」

装飾拳銃とか、本気で勘弁してください…。
拳銃は無骨な物体であるからこそ美しいのですよ。

「成程…で、だ。」

才人の歩みが止まりました。

「俺の目が確かなら、塔の入り口に立ってるあのオッサンな、耳が長い。」

「わたしも確認、確かに耳長いわね。
 テファよりも耳長いわ、胸は大きくないけど。」

才人とルイズの前衛組二人が、塔の入り口に立っている人影を見て、そう教えてくれました。
今は夜で月明かりの下とはいえ、視界は十分とは言い難いのですが。
私にはまだ人影だという事くらいしかわからないのに、目が良いですね二人共。

「巨乳のオッサンとか、そこの変態よりもキモい生き物がそうそう居てたまるか」

「僕もそれなりの巨乳だよ…フッ。」

その情報は要りませんでしたよ、マリコルヌ。

「で、どうするケティ?
 攻撃してみるか?」

「そういうのもアリと言えばアリではありますが、取り敢えず…さり気なく通り過ぎるという事で。」

こちらが攻撃出来る距離という事は、あちらも攻撃できる距離という事ですからね。
あちらも恐らくは、私達が何者か考えている筈なのです。

「なんでよ?」

ルイズが首を傾げて尋ねてきました。
私は、飛び道具をあんまし使わないルイズが聞いてきた事の方が、若干不思議なのですが。

「タバサの屋敷で使用人がした証言を忘れたのですか?
 タバサと戦ったエルフは、タバサの魔法をそっくりそのまま、タバサにぶつけたと言っていたでしょう。」

「おお。」

ルイズが納得したといった表情で、ポンと一回相槌を打ったのでした。

「遠くから撃って撃ち返されたら面倒よね、確かに。
 やっぱり、真正面から近づいて右ストレート…。」

「やめなさい。」

思わず持っていた扇でツッコミ入れてしまいましたよ。
気づいたまでは良かったものの、そこから先がグラップラー。
どうしてこうなりましたかね、ルイズ。

「わぷ…じゃ、じゃあどうしろって言うのよう?」

「友好的に接しましょう、異文化交流って奴です。
 相手は圧倒的にこちらより自分が強い…と思っていますし、言葉が通じないわけでもない。
 であれば、まずは話しましょうという事です。」

私がいつもと同じように笑顔で言ったのに、ルイズの表情は訝しげ。
私の瞳の奥を探るような視線を送ってきます。
疑い深くなりましたねぇ、重畳重畳。

「その顔は、騙そうとしている顔ね?」

「上手く行く可能性は低いですけれどもね。
 まあ、調子くらいは狂わせられるでしょう。」

ビダーシャルがそんなチョロいオッサンだったなら、タバサは既に脱走している筈ですしね。
あの子も何だかんだでイイ性格ですし…私のせいじゃありませんよ、多分、きっと。

「あ、どうもお疲れ様です。」

私は、塔の入り口の前に立っていたビダーシャル(暫定)に、そう話しかけました。

「そなたたちは誰だ?」

「まいど~、旅芸人一座です。」

無表情で尋ねてくるビダーシャル(暫定)に、私はそう返答しました。
いやまあだってビキニみたいな衣装着てますし、どう見ても格好的に旅芸人ですしね。

「そなたらが旅芸人か、しかしどういう事だ?
 そなたらは今、ここの守備隊に芸を披露している筈。」

「ああ、その件なら終わりました。
 皆さん楽しんでくださいましたよ。」

ここまで嘘は一切無しです。
やっぱり人と話す時は本当の事を話さなくてはいけませんね。

「…そうか、で、仕事が終わったそなたらが、何故ここに?」

「ここにも人が居ると聞きまして。」

聞いたのはシルフィードからですけれどもね。

「ここは立ち入り禁止だ。」

「そんな事言わず通してくれませんか?」

私はそう言いましたが、ビダーシャル(暫定)は無表情に首を振ります。

「我はここにいる者を刑の執行まで守れと言われていてな、そういうわけにはいかん。」

「…つまり、通りたければ貴方を倒さねば駄目だ…と、そういう事ですか?」

私が杖を抜くと同時に、後ろでも剣を抜く音が。
恐らく才人達も剣や杖を抜いたのでしょう。

「ほう、我を倒す気か?」

「倒すかどうかは兎に角として、そこを通る気ではありますね。」

ビダーシャル(暫定)の言葉に、私は笑顔のまま答えました。
武器を抜いてはいますが、まだ交渉中ですからね。

「炎の矢。」

取り敢えず、あんまり熱くないけど見た目だけ立派な炎の矢。
通称見かけ倒し君1号をビダーシャルに向かって撃ってみます。

「無駄だ。」

案の定《反射》を使っているのか、炎の矢がそのまま跳ね返ってきました。

「マリコルヌの盾!」

なので、レビテーションでマリコルヌを引っ掛けて私の前まで持ってきて、すかさずガード。
あ、『マリコルヌの盾』っていうのが発動ワードなのです。
本当に何でも良いのですよね、魔法を発動させる最後の一言は。

「アバーッ!?」

ああ勿論、マリコルヌはちょっぴり焦げました。
本当にちょっとだけですよ、髪がボンバーになっただけです。

「味方を盾にするとは…なんと外道な。」

「大丈夫です、マリコルヌですし。」

私の所業に何故か恐れおののくビダーシャル(暫定)に向けて返答します。
何でこんな事に吃驚しているのでしょうか…?

「ご心配なさらず、マリコルヌですから。」

「マリコルヌだしね。」

絶対的な信頼と安心のマリコルヌの盾。
金髪が煤けてボンバーになっていますが、流石です。

「お…女の子に物みたいに扱われるとは、僕ぁなんという幸せ者なんだ…フヒヒヒヒ。」

「こんな感じで喜んでいますし、むしろキモいですがどうぞお構いなく。」

「蛮人の風習というものが、本気で分からなくなってきた…。」

何やらカルチャーショックを受けたらしく、ビダーシャル(暫定)が頭を抱えています。
いやー、こっちのことを何も知らない人に、出鱈目を吹き込みまくる異文化交流は楽しいですね!

「ああ、そういえばお名前を聞いていませんでしたね?
 私の名はファンティーヌ。貴殿のお名前は?」

「我はネフテスのビダーシャル。」

私の名乗りに、ビダーシャルが答えます。
やれやれ、多分そうだろうと思ってはいましたが、これでようやく(暫定)が外せましたよ。

「おめでとう、おめでとう。」

「何故祝われるのか、蛮人の思考は不可解だ…。」

祝いの言葉と拍手を送る私に、ビダーシャルは怪訝な表情を向けます。
まあ当たり前ですが、これでビダーシャルの人類への常識が、また一つ書き換えられたでしょう。

「また偽名だ…。」

「また偽名だわ…。」

後ろからボソッとそんな声が。
もうアレです、百の偽名を持つ女とでも呼んでください。

「…と、名乗りあっておいてなんですが、こちらが攻撃したのに何故反撃して来ないのですか?」

「蛮人と違って、我らは殺し合いを好まぬ。」

私達だって無暗矢鱈と殺し合いを仕掛けてくるのは、一部の変な人だけなのですがね。
白…何でしたっけ?ああ、白い謎の液体のメンヌヴィルとか。

「つまり、そちらからは一切攻撃をしないと?」

「攻撃するまでも無いからな。」

そうでしょうね、タバサの魔法を弾き返してしまったとなると、普通の魔法では対処不能と言って差し支えないでしょうし。

「本当ですか?そんな事言って、こちらが背を見せでもすれば攻撃したり移動を邪魔したりしてくるのでは?」

「くどいな、こちらからは一切攻撃しないし、移動を邪魔することも無い。」

「エルフとしての誇りにかけて?」

「無論だ。」

「そうですか。」

言質は取れましたね。

「では皆さん、塔に登りましょう。」

『えっ!?』

私以外の全員が、びっくりした声を上げました。

「戦わないの?」

「ビダーシャル殿から、こちらから攻撃を仕掛けない限り、一切何もしないという言質は取れましたし。」

不思議そうに尋ねるルイズに、私はそう説明しました。

「えっ?」

ビダーシャルが吃驚した声を上げていますけど、言いましたしね。
ええもう、言っちゃいましたしね、私が誘導したんですけど。

「えっ?あ、いや…。」

「攻撃しなければ何もしないと本人がエルフの誇りにかけて断言してくれたわけですし、一体何処に戦う意味があると?」

「おお、そう言われればそうだわ。
 戦うかと思っていたけど、何もしてこないならわざわざ戦う必要は無いわね。」

ルイズも納得といった感じでうんうん頷いています。

「あ、ちょ、ええ?戦わないのか?
 この展開だったら当然戦うと思うであろう?ちょ、ちょっと、ねえ、ちょっと!?」

ビダーシャルが焦っていますけど、無視で。

「なんか焦ってるぞ、あのエルフのオッサン。」

「いやいや、まさか、私達を蛮人と呼ぶ高貴なるエルフ様が、約束を違えるなんて事はしない筈ですよ。
 強い相手がわざわざ反撃以外の一切をしないと断言してくれたわけですし、ご厚意に甘えさせて頂きましょう。」

才人の言葉にも、わざとビダーシャルに聞こえるようにそう返答しておきました。

「ぐぬぬ…ば、蛮人め。」

何がぐぬぬですか、何が。

「じゃ、行きましょうか?」

「お、おう…。」

そんなわけで私達は突っ立ったままのビダーシャルの隣をすり抜け、扉を開けて階段を上り始めたのでした。

「待て…。」

ビダーシャルが待って欲しそうにしていますが…ああん?聞こえんなぁ?なのですよ。




そんなわけでビダーシャルを華麗にスルーした私達は、最上階の部屋の前に居ます。

「鍵がかかっているわね。」
 アンロック。」

ドアの前に来た私達でしたが、キュルケが問答無用で鍵を開けてしまいました。
呪文を唱えるスピードも超高速詠唱の域。
こやつ、手馴れておる…なのです。

「まったく躊躇いなく即鍵を開けるという所が、普段の行いを示している感じよね、キュルケ?」

「うふふふふ、私の歩む先に鍵などという無粋なものは不要なのよ、ルイズ。」

皮肉っぽく声をかけてきたルイズにも、余裕の笑みでキュルケが答えていますが…今回役立ったとはいえ、正直あまり褒められたものではありませんからね、キュルケ?

「きゅい、良いからさっさとドアを開けるのね。」

鞄の中からそんな声が…そういや、私の鞄の中に入っていたのでしたね、シルフィード。

「お姉さま!お姉さま!シルフィが来ましたのよ!
 ほら、さっさと開けるのね!」

「はいはい…。」

ドアを開けると、そこにはタバサがちょこーんと立っていたのでした。

「待ちましたか?」

「ぎりぎり。」

いつも通りの表情の乏しい顔ですが、安心した様子が伺えます。

「きゅいきゅい、お姉さまが無事でよかったのね。」

「ん、シルフィードも頑張った。」

喜びの声を上げてタバサの肩に飛び乗るシルフィードを、タバサはそっと撫でています。

「エルフは?」

「スルーして来ました。」

「スルー?」

私の言葉にタバサは首を傾げます。

「あー、わかりやすく言うとだ。
 ケティにエルフが騙された。」

「ん、納得。」

才人の言葉に、タバサは納得行ったという表情でコクリと頷きます。
何か酷くありませんか、皆?

「納得しないで下さいよ!?」

「ケティなら、さもありなん。」

タバサはニヤッと口の端を歪ませて、刻々と頷いています。
いやー、本当に良い性格になったものです…私のせいだけではありませんよね。
少なくとも数割はこの娘の素です、間違いありません。

「騙してなんかいませんよ、誘導して言質を取っただけです。
 嘘だって吐いてはいませんよ、本当の事を幾つか省いただけで。」

後は、変な会話と行動で、事前に軽く相手の脳を混乱させたりもしましたが、断じて騙してはいません。
相手が勝手に引っかかっただけなのです…ソレを騙したという?ナンノコトヤラ。 

「最初に炎の矢飛ばして相手の動きを探ったら、戦うと思うわよね。
 誰だってそう思うわ、私だってそう思ったもの。
 私を含めて火の系統は、戦うのが好きな人が多い筈なのだけれどもね。」

キュルケがそう言いながら、呆れたような視線を私に送ってきます。
最低限の威力に絞っていたとはいえ、攻撃は攻撃ですからね。
しかしまあ、『反射』の魔法というのは本当に面倒臭そうで何というか、困ります。

「わざわざ自分よりも圧倒的に強い相手と、負けるの覚悟で戦う必要などありませんしね。
 昔の偉人も言っています。
 常勝の戦力を用いて戦い得る勝利よりも、策を用いて戦わずに得る勝利の方が実入りが大きい…と。
 ましてや今回は常勝などとても望めない状況だったわけですし、尚更というわけなのです。」

こんな応用の効く教えを考えついちゃうのですから、いや全くもって孫子は偉大ですよねぇ…。

「まあ今回は、相手がこちらの知識に疎いエルフで助かったといった感じでしたけれどもね。
 妙におちょくりやすい性格の人だというのもありましたが。」

「あの人、可哀想に。ひょっとして、うちの遠いご先祖様もケティの先祖みたいなのに騙されて、ラグドリアン湖の守護をするようになったのかしらね?
 案外、ケティのご先祖様だったりして。」

なかなか酷い事を言いますね、モンモランシー。

「酷い事言わないでよモンモランシー、ケティは当家でもかなりの変わり者なんだから。
 うちは基本的に皆、田舎者だし。
 貴方の先祖を6000年前に騙したりはしていない筈よ、たぶん。
 ケティが物凄い先祖帰りとかじゃあなければね。」

ジゼル姉さまの弁護が、全く弁護になっていません。
うちの初代が私と似たような転生者だったりしたら、目も当てられないですね…。

「では帰りましょ…。」

「帰らせはせんぞ。」

そう言って、ビダーシャルが部屋に入って来たのでした。
ああ、怒っていますよね。
さて、どうしましょうか?



[7277] 第五十七話 取り敢えずは逃げるのみなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:528ed989
Date: 2013/06/24 01:13
約束、それは人と人が結ぶ契約の一種
契約を結ぶ際には、成るべく齟齬が無いようにしたいものです

約束、それは人と人が結ぶ契約の一種
エルフを騙した?心外ですね、私は聞き返さなかったから教えなかっただけなのですよ

約束、それは人と人が結ぶ契約の一種
ビダーシャルは何か怒っています。わけが分からないよ、なのです









「誇り高きエルフともあろうものが、蛮人呼ばわりしている我々との約束を率先して破ると?」

「我は攻撃してこない限りは、こちらから攻撃しないと言っただけだが?」

むう…屁理屈に屁理屈で対抗してきましたか、ビダーシャル。

「移動を邪魔しない、とも言いましたよね?」

「魔法で移動を邪魔しないと言ったのだ、アレは。
 先程は衝撃で気が動転して、すっかり失念していたが。」

「《魔法で》とは特に言及していなかったではありませんか、今更そういう付け足しは困りますね。」

恐らくそういう意味で言っていたのはこちらも承知してはいましたが、現場でそう言ってはいませんでしたしね。

「兎に角、そういう事なのだ。」

「強引な…。」

「詐術に引っ掛けて置いて、強引も何もないだろう、この悪魔め。」

事前に色々とやって緩ませたとは言え、あんな詐術に引っかかる人に悪魔呼ばわりされたくないのです。
というか、ここって本来ルイズ達が悪魔呼ばわりされる場面ではありませんでしたか?
これ以上怒らせるのも怖いので、言いませんけれどもね。

「お褒めに預かり光栄の至り…で、どうするのですか?」

折角、悪魔呼ばわりされたわけですし《悪魔で良いよ、悪魔らしいやり方で話を聞いてもらうから》とか返したい所ですが、生憎この身は《管理局の白い悪魔》では無いので、パワーで殴り合おうとしたらブチ殺されてしまいますしね。

「何がだ?」

「攻撃してくるのでしょうか?と、聞いています。」

私の問いかけに首を傾げるビダーシャルに、私は問い直しました。

「我から攻撃する事は無い。
 エルフとしての誇りにかけて、蛮人との約束をこちらから一方的かつ完全に破るなど有り得ぬ。」

自分の方が圧倒的に強いからこその尊大な態度、まあ実際エルフの中でもかなり強いらしいですしね、ビダーシャル。
強さに裏打ちされた自信という奴でしょうか?
まあ自信があるなら、その自信の元に触れなきゃ良いだけの話なのですが。
特に、手加減してくれるのであれば、尚更。

「では、どうするのでしょうか?」

「こうする。
 これで、我に攻撃しない限り帰れぬな?」

そう言って、ビダーシャルはドアを閉めるとそのままドアに寄り掛かったのでした。
ここは塔の最上階ですが、貴人用の牢でもある為か窓は嵌め殺し式で、開け放つ事が出来ません。
そしてドアにビダーシャルが居るのであれば、確かに脱出は不可能です。

「ああそうそう、タバサタバサ。」

「何?」

タバサが小首をかしげています。
数日ぶりに見ますが、実にキュート。

「いきなり無視か!?」

ビダーシャルが何か抗議していますが、思い出してしまったのでしょうがありません。

「ケティ、オッサンが何か抗議してるぞ?」

「あちらから仕掛けてくる事は無いのですから、放って置きましょう。」

才人にビダーシャルへの対応を聞かれたので、そう答えておきました。
しかしさっきからなんですが、ビダーシャルを完全に耳尖っただけのオッサン扱いしてますね、才人。

「鬼ね、ケティは鬼だわ。」

「ほほほほほ…話が通じる相手というのは実に良いですね、ルイズ。」

本来なら、もっと緊張していてもいい筈のシチュエーションなのですが、そんな幻想は私がブッ壊します。
どうせあっちから仕掛けてきませんしね、仕方がありませんよね。そもそもあちらの言い出した事ですし。

「とは言え、あまり待たせるのも酷ですか…ギーシュ様、ハルバードを。」

「お、おお、よ、ようやくこれを手放せる時が来たのだね。」

ハルバードを持ちながらえっちらおっちら階段を上ってきたギーシュでしたが、完全に息が切れているのです。
…いけませんね、帰ったら銃士隊のブートキャンプに1月ほどブチ込みましょう。
訓練教官であるミシェルを筆頭にして美人の女性もいっぱい居ますし、ギーシュにとってはパラダイスだと思います。
たぶん…きっと、恐らくは、泣いたり笑ったりできなくなる程度には、パラダイス。

「これは?」

ギーシュから受け取ったハルバードをひゅんひゅんと振り回しながら、タバサは私に訪ねて来ます。
しかし私やルイズよりも遥かに華奢なのに、しかもルイズと違って虚無による肉体強化が起きているわけでもないのに、何処から出るのでしょうかこのパワー。
やはり燃費がアメ車よりも悪いのと、何か関係しているのでしょうか…?

「杖が見つかりませんので、取り敢えず体術だけでも使えるようにその辺からパクって来ました。
 ガリアの公有財産ですが、まあタバサが使うのであれば構わないでしょう?」

「ここに侵入してきた時点で、何をいわんや?」

私の言葉に少々口元を緩めたタバサは、ハルバードをさらに何度か振り回して重さを確かめています。
そして、コクリと頷きました。

「ん、重さの違いは覚えた。」

「持ってきて何ですけれども、杖とは勝手が違う感じもしますが。
 鉄木の長杖とハルバードでは、使い方がかなり変わってきますよね?」

「叩いて潰すのは同じだから、何とかする。」

魔法は何処に行ったのでしょう…まあ、現在タバサは魔法が使えませんが。

「まあ、タバサがそう言うのだからいいのでしょうね…っと。
 さて、ビダーシャル殿、本当にそこを動か無いのですね?」

「無論だ。」

「そうですか。」

言質は取れましたね、また。
少々余裕過ぎるのが気にはかかりますが、私は才人の方を向きます。

「才人、窓を破壊してください。」

「おう。」

ドアにビダーシャルが居るのであれば、確かに脱出は不可能…なので、窓を壊して窓から脱出してしまえば良いわけですね。
魔法さえ使えれば軟降下するのは問題無く可能ですし、無理でもシルフィードが居ますから。

「おいデル公、出番だぜ?」

「おおお!久しぶりの出番!
 HA!HA!HA!皆さんお待ちかねだったろう!
 喋る魔剣、インテリジェンスソードの…。」

才人がデルフリンガーを鞘から抜き放とうとした途端に喧しく話し始めたせいなのか、再び鞘に仕舞ってしまいました。

「五月蠅いんだけど?」

「五月蠅くても仕方がないでしょう、五月蠅くても鈍器ですし。」

私がそう言うと才人は溜息を吐きながら、再び鞘からデルフリンガーを抜き放ちました。

「このデルフリンガー様に向かって、鈍器たぁなんだ、鈍器たぁ!?
 俺は鈍器でもなければ安売りの殿堂でもないわ!」

「ガラス割るのに鋭さはいりませんし。
 今必要なのは重さと硬さなのですよ、鈍器。」

「相変わらずひでぇ!?
 俺は鈍器じゃあ無くて剣なんだから、俺に人を斬らせろ!
 取り敢えずあのエルフで良いから、先っぽだけ!先っぽだけでいいから!」

デルフリンガーは何やら意味不明な文句を言っていますが、気にしない気にしない。

「おーし、じゃあ割るぞー!」

「あ、いや、ちょっと待て、そのガラスはたぶ…。」

才人はデルフリンガーが何かを言っているのを無視して思い切り振りかぶってガラスを殴りつけましたが…。
ぽふんという音がして、ガラスも割れませんでした。

「あり?」

「たぶん割れないぞって言おうとしたんだがな。
 先住魔法で耐衝撃強化されてる。
 ちょっとやそっとでは壊れないぞ、人の腕力で破壊するのは無理だ。」

デルフリンガーの一言に、ビダーシャルの余裕な態度の理由がわかりました。
成程それなら確かに、あそこにいれば出られない…という話になりますね。

「そういう事ですか。」

「そういう事だ。」

ビダーシャルは表情の変化が乏しいエルフですが、これは見てもわかります。
間違いなくドヤ顔…ウザい。

「Produisez chaleur, tourbillon, tourbillon et tourbillon, reculez le pouvoir et fortifiez le pouvoir...」

私は取り敢えず呪文を唱え始めました。
杖の先に小さな炎が生じたかと思うと、渦巻き光と熱と音を出し始めます。

「攻撃する気か?」

何か心なしか、嬉しそうな声のビダーシャルなのです。
先ほどスルーされたのが、そんなに腹に据えかねましたかね?

「ちょっとケティ、さっきは弱い炎の矢だったから良いけど、その魔法跳ね返されたら死ぬわよ!?」

「そうですね。これを食らったら、蒸発しますね。」

慌てて声をかけてくるルイズに、私はニッコリとそう返しました。

「なんか手があるの?」

「まあ、いくつか。
 …先程も言いましたけれども、自分よりも強い相手と戦うなんて、ただのエネルギーと勇気の無駄です。」

モンモランシーの問いに、後半ボソッと返答しておきました。

「…なんか企んでいるというわけ?」

「…一応は。」

それを近くで聞いていたキュルケにもそう答えておきます。

「支援は?」

「必要ならお願いします、ジゼル姉さま。」

取り敢えず、これに関しては誰も知らない方が効果は大きいでしょうし。

「手伝う事はないかね?」

「取り敢えず、ギーシュ様はタバサの母君の荷造りを。」

「任せ給え。今まで何度かした冒険の旅で、荷物整理は得意になったのだよ。」

私の指示を聞いて、ギーシュはタバサと一緒に荷造りを始めたのでした。

「僕はどうすれば?」

「そうですね、取り敢えずマリコルヌは今回も盾になって下さい。」

「快感感じる暇も無く死ぬよね、それ!?」

「…ナンノコトヤラ?」

快感を感じる暇があれば死んでも良いのですか、マリコルヌ?
いやまあ、死ぬような選択肢は取りませんけれどもね。
私も一緒に消し炭になっちゃうでしょうし。

「いやー、眩しいですね。」

「眩しいな。」

火球はどんどんエネルギーを上昇させ、それとともに眩しくなり、ビダーシャルは目を細めています。

「こんなんどうでしょう?」

火球は滅茶苦茶眩しく輝きだしました。
薄暗かった部屋の中は、太陽の照る日中よりも更に明るく照らされています。

「くっ…目眩ましのつもりか!?」

「いいえ。」

私は火球を消すと同時に、ビダーシャルの頭に向けて本を投げつけてみました。

「無駄だ。」

本は急に放物線を描いていた弾道を変えて、私の方に飛んで来ます。

「あいた~っ!?」

そしてそのまま私の頭に直撃。
成程ビダーシャルの頭を狙うと、そのまま投げた人間の頭に向かって飛んでくるのですね。

「いたたたたた…ん~、じゃあ、これは?」

私はビダーシャルの足元にその本を放ってみます。

「…何のつもりだ?」

今度はビダーシャルの足元に、普通に本が落ちました。
私の足元に戻ってくるとか、そういう事はありません。

「成程成程…元気ですかー!」

今度はビダーシャルに向けて拡声の呪文で大音量で声かけしてみます。

「うるさい!何だいきなり!?」

「なるほどな~と。」

音も素通りですか。
まあ、そういう概念はこっちにはありませんしね。

「ケティ、ビダーシャルで何を遊んでいるの?」

「ビダーシャルが使っている魔法、面白いではありませんか?
 どうせ何もして来ないならば、少々知的欲求を満たそうかなと。
 それから…。」

モンモランシーにそう言いながら、私はMAXコーヒー250ml缶くらいの大きさの物体からピンを外し、そっと優しくビダーシャルの方に転がしたのでした。

「何だ?」

ビダーシャルがそう言った瞬間、私はビダーシャルの真逆の方を向いて目蓋を強く閉じ耳を押さえます。
それでも聞こえる《パァン!》という破裂音と目蓋越しでも飛び込んでくる凄まじい光が、室内を一瞬満たしたのでした。

「それから、これが効くかな?と、ちょっと試してみました。」

「え?何て言ってるか聞こえない。
 い、今の何なのよ?」

私に釣られて同じ向きに顔を向けたせいかモンモランシーの目は眩まなかったようですが、大音量のせいで耳が一時的に聞こえづらくなっているようです。

「さて、ビダーシャルは…。」

ビダーシャルの方を見ると、丁度意識を失って倒れつつあります。

「おお、矢張り効きましたか。」

ビダーシャルは意識を失って前のめりになり、そのまま顔からグシャアと倒れ伏したのでした。
まあ、アレに初めて出くわしたら、そりゃ気絶しますよね。

「い、痛そうだわね。
 今は耳が凄く聞こえ難いから、後で何があったのか聞くわよ。」

「ええ、後で答えます。
 その前に…。」

私は仲間達の方を見ます。

「目がー!目がぁー!」

「あわわわわ、眩んじゃって何も見えないわ。」

ルイズと才人はまともに見てしまったらしく、完全にムスカ状態なのです。

『アイエエエエ!バクハツ!バクハツナンデ!?』

ギーシュとマリコルヌは狂乱染みたアトモスフィアになっていますし。

「ケティの事だから、何かやらかすだろうと警戒しておいて良かったわ。」

「いつも通りケティをよく見て、咄嗟に同じ事しておいて良かったわね。」

キュルケとジゼル姉さまはギリギリ回避したようですね。
二人とも、私の事をわかっているようなのです。

「びっくりした。」

タバサは母君を抱きしめていたようです。
《敵を騙すには味方ごと》がセオリーとは言え、大丈夫だったでしょうか?



「はーい、ゆっくり嚥下してねー♪」

「ゴボゴボゴボガババババ…。」

数分後、皆の感覚は戻りましたが爆心地に居たビダーシャルは気絶したままなので、トドメにモンモランシーが睡眠効果のある水の秘薬を口から流し込んでいます。
一応こんなんでも偉い人らしいですし、殺しては拙いですからね。

「ガバガバガバゴボボボ…。」

何かすっごい流し込んでいますが、エルフの場合は精霊への働きかける力自体が強くてモンモランシーの使う水の精霊の力を使った秘薬が利きにくいらしいのですよね。

「…飲み過ぎで死ぬような?」

「大丈夫よエルフだから、頑丈だから。」

…エルフって、頑丈な生き物なのでしょうか?

「そうですか。
 後で王家に好きなだけ請求出来るからタガが外れている…とか、そういうわけではないのですね?」

「て、適正量よ?
 ぐっすり眠るだけなのは間違いないわ。」

一瞬モンモランシーの目が泳ぎましたが、水メイジである彼女がそう言うのだから、まあ大丈夫なのでしょう、多分、きっと、恐らくは。

「うー…まだなんか目がチカチカするわ。
 一体なんだったの、あれ?」

ルイズが眉間を押さえながら、私に訪ねて来ます。
どうやら虚無によって彼女を守る障壁も、全く効果が無かったようですね。

「M84閃光発音筒(スタングレネード)という才人の世界の非致死性兵器ですよ。
 至近距離に居る人間に猛烈な音と光で見当識障害を発生させ、気絶に追い込みます。
 相手を傷つけずに無力化したい時に使用する武器というわけなのです。」

これ、殆ど見つからないので、実は先程使ったのが最初で最後という…。
しかも、他の武器とセットで見つかったらしい物なので、恐らくは世界扉が武器と認識していないのでしょうね。

「傷つけずに相手を気絶させる武器か…そういう発想もあるのだね。」

ギーシュが感心したようにうんうんと頷いています。

「サイトの世界の武器って、変わったのがあるのね。
 相手を傷つけない武器だなんて。」

ジゼル姉さまも、びっくりしているようですね。
だからこそ、対ビダーシャル用の最後の切り札にとって置いたわけなのですが。
魔法って万能の技術みたいな響きですが、実は結構融通の利かないトコがありまして。

「先程私がビダーシャルにしていた事の種明かしをしますと、光と音が不快極まりない域の場合、先住魔法はどういう反応を示すかというのを調べていたわけなのですよ。
 後、ビダーシャルに向けて物を投げた場合、何処ならば近くに落とせるのかというのも。」

「あの謎の行動は、その為の準備だっだというわけかね?」

「ええ、何せあちらからは何もしてこないと宣言してくれているわけですから、その場で下調べし放題でした★」

『うわぁ…。』

ギーシュの質問ににこやかに答えると、皆がドン引きした声を上げます。

「え?何でそんな皆《うわひでぇ》みたいな表情を浮かべるのですかっ!?」

「正面から戦ってあげようよ…。」

「え?エルフと正面から戦いたかったのですか!?」

才人の言葉に、私はびっくりして聞き返してしまいました。

「いやだって、強いったって…アレだろ?」

「ZZZZZZZzzzzzzzzz…。」

才人が指差した先には、モンモランシーの薬で気絶から熟睡モードへと移行したビダーシャル…。

「普通に戦っても、勝てたんじゃね?」

「あのですね…。」

私は溜息を吐いてから、言葉を続けます。

「私は彼が片手を縛るくらいのハンデのつもりで言った言葉にどんどん言質を追加して、両手両足縛って目隠ししてドラム缶に入れてコンクリ流し込んで海に捨てるくらいのハンデにしたからこんなんなのであって、正面から戦ったら全滅なのですよ、全滅。」

見下して来ている相手の強固なプライドと認識に付け込んだとも言います。
何せ攻撃を跳ね返すだけという、こちらを舐めきった対応ですから。
…まあ、普通はエルフに吃驚して、攻撃を仕掛けるのかもしれませんが。
舐めきっている相手から言質を取っておくと、相手は自分自身の言葉とプライドにより自縄自縛状態になって、非常に面白い事になるのですよね。

「ムムム…。」

「何がムムムですか、何が。」

まあ、本来ならばここでルイズたちがビダーシャル倒せちゃうのですけれどもね。
別に私が倒せるなら、倒しちゃっても構わないでしょう。
倒したというか、騙しただけですが。

「まあ、何時までもここでのんびりしているわけにもいきません。
 脱出しましょう。」

…と、思っていた時期が私にもありました。




ここはガリアの城塞都市アーハンブラ。
前にも書きましたがガリアは非常に官僚機構がしっかりと構築されており、軍も公的組織である以上は同様なのです。
そして、アーハンブラの守備隊は人員の殆どを慰安の為にアーハンブラ城へと集めたわけですが、それはすなわち守備隊が全員居なくなったのとはイコールではなかったわけで。
ついでに言えば、足りなくなった人員分を補うためにとった処置が早めの閉門だったようで…。

「門は開けられない。」

「そこを何とか。」

ズバリ!町から出られません!




「…という事で、門番が強情でして。」

私たちはいったん門から少し遠ざかり、馬車の陰で会議を始めたのでした。
時間はそろそろ夜中。
タバサとその母君には、馬車の中に入って貰っています。

「取り敢えず…門、吹っ飛ばす?」

「…それは、最終手段ですね。
 ここはエルフと人の境界であり、この町はそれ自体が要塞です。
 警備隊はアレですが、ここの平和は力の均衡で成り立っています。
 門を破壊してしまうと、要塞としての能力が大きく下がってしまうので、その均衡が崩れかねません。」

ルイズの提案に私はそう返答します。
というか、取り敢えずで門を吹き飛ばそうとしないでください。

「面倒臭いわね…。」

「一時の手間をかけるのを面倒臭がったせいで、より面倒臭い事になるよりはましなのですよ。」

とは言え、早いトコ脱出しないと、一網打尽にされてしまうのです。

「袖の下は?」

「賄賂を渡そうとしてみましたが、やんわりと拒否されてしまいました。
 ガリア軍も、これでいて結構連度は高いようですね。」

ジゼル姉さまの問いに答えた後、私は溜息を吐きました。

「…実力で排除するしかないわね。
 魔法使うといろいろと問題になりそうだから、魔法は無しで…と。」

そう言いながら、ジゼル姉さまが荷物をゴソゴソと探っています。

「あ、あったあった。
 いやー、やっぱり強行突破するならこれよね。」

そう言いながらジゼル姉さまが取り出したのは、AK47。
通称カラシニコフ自動小銃という奴なのです。
いざって時の為に、1丁持って来ていたのですが…何故それがあるのを知っているのでしょうか?

「さてと…まあ、通してくれないなら、通るのを妨害出来なくするだけよね?」

ジゼル姉さま、そんなめっちゃ良い笑顔で、銃剣を装着しなくても…。

「ジゼルって、やっぱりケティの姉なのね~。」

ルイズが、何か感慨深げにうんうんと頷いています。
何か、嫌な姉妹の絆の確かめ方なのですが。

「でも、それしかないならそうするべきね。」

「なるべく殺したくは無いから、俺とルイズで先行な。
 ジゼルは後を着いて来てくれ。」

才人はそう言いながら剣を抜き放ちます。

「いよおおおおおし、斬るんだな、斬るんだろ、斬らせろ!」

「黙れ妖刀。今回はなるべく殺さずがテーマなんだ。
 ソフトタッチに、程よく死なない程度に、後遺症が残らないように、適度に傷つけるぞ。」

そういう才人の横に、いつの間にかタバサがやってきていたのでした。

「手伝う。」

「え?いや、お前の母親は?」

「薬で眠っている。
 今はキュルケとモンモランシーとギーシュに見て貰っている。」

タバサはそう言って、ハルバードを握り締めました。

「しかし、その髪はガリアでは目立ちますよ。
 ほぼ間違いなく、貴族だとばれます。」

「大丈夫…。」

そう言うとタバサは眼鏡を外してから消し炭の入ったバケツをひっくり返して頭からかぶったのでした。

「これで髪が何色かわからない。」

「髪どころではありませんが…。」

全身灰まみれなのです。

「…私もやった方が良いのかしら?」

「ルイズの髪も目立ちますが、やらなくて良いです。」

ルイズも気合入っていますね…。

「さて、行くか。
 マリコルヌ、御者は任せた。
 門が開いたら一気に強行突破をかけろ。」

「任せたまえ。」

マリコルヌは馬車の御者台の上からサムズアップしたのでした。

「ケティは…取り敢えず馬車の護衛頼む。」

「荒事向きじゃあ、ありませんからね。
 皆さんの御武運をお祈りいたします。」

そんな訳で馬車の中は私、キュルケ、モンモランシー、ギーシュ、マリコルヌ、タバサの母上の5人。
取り敢えず私は、箱からデグチャレフ式軽機関銃こと、RPDを箱から取り出し…取りだ…取り…。

「ふんぬぬぬぬぬぬぬっ!
 床においてある7.4kgの物体ってのは、結構重いですねっ!?」

積み込んだ時と同じように、レビテーション使いましょうか。
そんな事を思った私に、ギーシュが声をかけてくれたのでした。

「お、手伝うよ。
 モンモランシー…は、いつの間にか居ないから、キュルケ、タバサの母上を頼む。」

「わかったわ、任せて。」

ギーシュの助けを借りてRPDを箱から取り出し、二脚銃架(バイポッド)を展開してから弾倉(マガジン)を取り付けて馬車の後部に設置したのでした。
ああ、ちなみにこの馬車、幌馬車なのです。

「しかし、こんなものを持ち込んでいたのだね…。」

RPDを見ながら、ギーシュがそう話しかけて来ました。

「タバサ救出の為に、出血大サービスってところですね。
 今回は、あんまり大っぴらに魔法を使うわけにも行きませんでしたし。」

「…で、この銃はどんな武器なのかね?」

私はRPDのチェックをしつつ、ギーシュの質問に答えます。

「軽機関銃と言いまして、大量の弾丸をバラ撒きます。
 これ1丁で、マスケット隊が十数人居るのと同じ状態を作り出せるのです。」

「…それは平民から見ると、魔法とあまり変わりないのではないかね?」

「出るのは弾丸ですし、魔法ではないと思うでしょう、たぶん。」

《発展した科学は魔法と変わりない》とは言いますが、確かに1丁でマスケット隊十数人分は魔法の域だとは思います。
問題は、これが魔法では無いという事で…。

「門が開く!」

妙な施策に入ろうとしていた私に対して、御者台に座っていたマリコルヌが一言そう叫びます。

「全力で飛ばしなさい!」

了解(D'accord)!それっ!」

私の指示と同時に、マリコルヌが馬車の手綱を勢い良く動かし、馬車は急激に加速を始めました。
いやー、どうせ王家払いだからと、良い馬用意しておいてよかったのですよ。

「ヒーハー!」

マリコルヌが気勢を上げながら馬車を操り、馬車はどんどん進んでいきます。
銃を構えている私には馬車の袰の後ろからしか光景が見えないので、暗い通りがどんどん後退していっているようにしか見えませんが。

「お待たせ!」

門まで馬車が到着したようで、皆が馬車に乗り込んできます。

「…って、なにそれ!?」

才人がびっくりしています。
いきなり見知らぬ銃が置いてあったら、そりゃびっくりしますか…。

「分隊支援火器です。
 詳しく知りたければ後でいくらでも説明しますので、早く座って下さい!」

「お、おう…。
 しかし今回はいったい何丁、銃を持ち込んでんだ?」

慌てて馬車に乗り込む才人に、私はニッコリ笑居ます。

「流石に銃はこれで打ち止めですよ!
 それよりも早く!」

大火力の武器とかは重くて嵩張るので、これ以上はとてもとても。
通常の手榴弾とかなら、無くても魔法を使えばいいですしね。
私やキュルケは、自身が迫撃砲みたいなものですし。

「ん。」

最後にタバサが乗り込んできて、コックリ頷きました。

「マリコルヌ!」

了解(D'accord)!」

馬車は再び走り出します。

「城門破りだーっ!」

そんな声が聞こえ、鐘がカンカンと打ち鳴らされています。
…まあ主力は尽く眠っているので、そんなに追手は多くはないでしょうが。

「…忠誠心、ありますねえ。」

「あー…必要最低限の人員だけ、しかも暫く目が冷めない程度に眠らせただけに抑えたんだが…拙かったか?」

才人はそう言いながら、布切れとモンモランシーが薬を入れるのに使っている硝子瓶をヒラヒラと見せてくれます。

「わたしは殴れば気絶するって言ったんだけどね、サイトがスマートにスマートに済ませるためだって…。」

ルイズもそう言って、布をヒラヒラと見せてくれました。
それに続いて、タバサとジゼル姉さまもヒラヒラ。

「さり気なく気を回してくれましたね…上出来です。
 しかし、何時そんな事を思いついたのですか?」

「昔、あっちの世界に居た頃に、そんな感じで眠らせながら軍事施設に侵入するゲームをやったのを、とっさに思い出したんだ。
 てなわけで、さっきからケティの後ろでニッコニコ笑いながら請求書ヒラヒラさせているそこの赤貧貴族に、後でお金払ってやってくれ。」

「まいどー。」

一体いくらになったのでしょうね。
姫様のポケットマネーから、すぐに出せる額であれば良いのですが。
…そろそろうちからも、姫様にこっそり寄付しましょうか。
いい加減、姫さまの個人的な財布もカツカツでしょうし。

「騎兵だ!」

私がもの思いに耽っている間に、敵が追いついてきたようですね。
数騎の騎兵…と言っても、単なる馬に乗った兵なのでしょうが、それでも馬車なんかよりは遥かに早いわけで、どんどん近づいてきています。

「威嚇といきますか。」

私はそう言いながら、RPDの照準を敵に合わせて撃ちます。
バババババババババッという音がして、かなりの反動とともに弾が発射されました。
ちなみにこれ、馬車の床に寝そべりながら撃っているから、私でも反動を吸収できているのであって、普通に撃ったらひっくり返りますね、間違いなく。

「おー、慌ててる慌ててる。」

「こっちもびっくりしたわ。」

ルイズがRPDの轟音に吃驚したのか、ひっくり返っています。

「あ、でも追手の馬が止まってる…当てた?」

「当たっていたら、あんなんでは済みませんよ。」

そんなに狙っていないというか当てないように撃ったので、凄まじい量の弾が自分達の近くを超音速で掠めていったのに気づいたのでしょう。
馬がびっくりして止まってしまったようなのです。

「しかしまあ、そんな良いもんをまだ隠していたとは。」

「弾が今ジゼル姉様が持っているAK47と弾種が一緒なので、念の為に持ってきたのですよ。
 教会からの横流し品は、東側の武器が圧倒的に多いのですよね。
 おそらくこちらに飛ばされてくる絶対量の関係だとは思うのですが。
 旧東側は人海戦術を得意としていたのと、冷戦後も小銭稼ぎに紛争地帯に武器を売りまくっていますからね。」

とは言え、RPDは弾倉の構造にちょっと問題があって、後継品のRPKより数は少ないはずなのですが。

「で、これからどうするの?」

「迎えを呼ぶのですが…ジゼル姉さま、私のカバンに妙に銃身のぶっとい拳銃があるので、出して才人に渡してください。」

「ああ、あれね。
 はい、サイト。」

ジゼル姉さまはそう言うと、それをあっという間に見つけ出して才人に手渡しました。
ジゼル姉さまが何で私の鞄の中をきっちり把握しているのかは後でみっちり聞くとして…。

「何だこれ?
 ああ、信号弾を撃つ拳銃ね。」

才人は手に握った事で、それの性能がどういうものであるか把握出来たようです。
LP42信号拳銃、ドイツ製の信号拳銃なのです。
呼んで名の如し、信号弾を撃つ為の拳銃です。

「銃はさっきので打ち止めって言っていたのに、まだあるじゃねえか。」

「それは信号弾を撃つ拳銃で、弾もそれに装填されている1発と予備2発の合計3発だけですから。
 武器じゃあないので、省きました。」

照明弾ですから至近距離で当てれば火傷を負わせることくらいは出来るかもですが、こんなもんを頼りにされても困りますし。

「ま、ガンダールヴのルーンもギリギリ武器だと認識している程度だしな。
 で…これを、俺に撃てというわけね。」

「ええ、夜の時間帯なら10リーグ以上先からでも視認が可能です。
 これを打ち上げて、フォルヴェルツ号のコルベール先生に私達が脱出した事を知らせる手筈になっています。
 そのあと指定場所にて私達を回収後、一気にゲルマニア国境を突破してツェルプストーに入る予定なのです。」

幾らなんでも、こんな夜に照明弾ぶっ放した場所に、追われている状態でそのまま居るわけにはいきません。

「了解。じゃ、目眩まし代わりにも、いっちょ派手にぶっ放しますか。」

才人がそう言ってから御者台に行き、真上に向けて信号拳銃を撃ったのでした。

「おー、物凄く明るいのだね。」

「でもこれ、魔法で出来なくない?
 さっき、凄く明るい魔法を即席で作っていたでしょ?」

そんな質問をキュルケがしてきます。

「光らせるだけなら出来ますけれども…あの高度まで打ち上げるのは、飛翔速度とか到達高度とか、いくつか処理を追加しなければいけないので少々難しいと思いますよ。
 いくら私でもそんな魔法を即席でというのは、ちょっときついです。」

「あ、そうか。
 というか、即席で無ければ出来るのね。
 普通はアカデミーとか、市井の研究者とか、そういう人が苦労して編み出しているのに。
 お蔭で先生が犠牲になっているでしょ、主にギトー先生が、だけれども。」

ギトー先生は『兎に角風が最強の系統だ』で、私は『そんなモン工夫次第でどうにでもなる』ですから、発想が真っ向から対立するというか、何とか覆そうと粘って何度か火達磨になっているのですよね。
例えば正面に鍛錬に鍛錬を重ねて作った強力な風の障壁を発生させたので、先生の背後にファイヤボールを形成して背中から撃ったり、まあ色々と。
今のところ、《工夫でどうにかなる》の26戦26勝です、ぶい。
そう言えば、この前モンモランシーの薬を飲んで翅が生えて東の空に飛び去っていましたが、あの後帰って来たのでしょうかね…?

「ギトー先生は、人間が創意工夫する生き物であるという発想を捨て去って仁王立ちで障壁張るだけの生き物と化していますから、仕方がありません。
 まあそれは兎に角として…私自身は既存の魔法を改良しているだけで、そんな極端な改変は加えていないつもりなのですが。」

「本物の天才ってのは怖いわね…貴方が現れてからというもの、私の魔法に関する自信は一気に萎んだわ。
 魔法って、魔力と制御だけじゃあないのよね。」

まあ私には、ある程度の科学知識というアドバンテージがありますからね。
魔法を作り出す際に、このある程度の科学知識というのがとても役に立っているのは間違いないのです。
これがもっと理系知識に詳しい人の転生だったら、いったいどんな魔法を作り出していた事やら。

「しかし、照明弾魔法ですか…ちょっと考えてみますかね?」

「やっぱり作れるんだ…。」

そのあとは所定の場所にて、フォルヴェルツ号は私達を難無く回収。
一路、ゲルマニアはツェルプストー辺境伯領に向かう事になったのでした。
ツェルプストー辺境伯の館と言えば、ジュリオ・チェザーレ帝国時代の要塞に色々と付け足し改造しながら作られたと聞きます。
さて、どんな場所なのやら?



[7277]  幕間57.1 門を開放するまで / ガリアの変な面々
Name: 灰色◆a97e7866 ID:528ed989
Date: 2013/06/24 20:22
時はケティが馬車の中で軽機関銃を引っ張り出すちょっと前に遡る。

「突入して門を開ける際に見張りの兵士を気絶させなきゃいけないんだが、強くぶん殴ると死ぬ可能性がある。」

「え?死ぬの!?」

才人の一言に、ルイズが吃驚した声を上げた。

「おお、我がご主人様よ。世の中の人間は俺やマリコルヌみたいに頑丈じゃないんだ。
 ガンダールヴである俺は兎に角として、マリコルヌが何故頑丈なのかは、それどころか喜んですらいるのは、どういう原理なのかさっぱりわからないが…それ以外の人は結構簡単に死ぬ、マジで。」

今回のタバサ奪回作戦はタバサの母国で行うわけであるし、何よりもトリステインとガリアは敵対している国ではない為、犠牲者は出来うる限り出さないという事になっている。

「そうなの!?」

「フッ…俺の存在は、ルイズの常識を捻じ曲げてしまったのかもしれないな…。」

本気で吃驚しているルイズに、才人はホロリと涙を流しつつ、少々煤けた表情でそう言う。
本来ルイズはそこそこ常識はある筈なのだが、暴力関連は麻痺しているようだ。

「まあ、普通なら百回は死んでるわよね、サイトは。」

「ん。」

ジゼルの言葉に、タバサはコクコクと何度も強く頷く。

「サイトは、吸血鬼(ヴァンピール)よりもしぶとい。」

「そ…そうだったのね。
 一つ勉強になったわ。」

ルイズは納得したように頷いてから、はたと動きを止める。

「…まさか吸血鬼(ヴァンピール)と戦った事があるの?」

「ん。ケティが倒した。」

ルイズの問いに、タバサはそう言ってコックリと頷く。

「何でタバサと戦った吸血鬼を、ケティが倒しているのよ…?」

「私の任務に、勝手についてくる。」

タバサはそう言うと、軽く煤けた。

「やり方が容赦無い。」

「容赦無いんだ…。」

「ん…。」

ルイズとタバサは視線を幌馬車に向けた。

『はぁ…。』

そして二人で溜め息を吐く。

「二人共、まだまだね。」

そして、そんな二人を見て、ジゼルは胸を張って自慢げに言った。

「何で優越感に浸ってんだ?」

「ま、あの子に付いて行くと、だいたい振り回されるからね。
 私は慣れっこというわけ。」

才人の質問に、ジゼルはドヤ顔で答える。

「そうか…で、そろそろ本題に戻ってもいいか?」

『は~い。』

才人の言葉に、残り三人が返事をする。

「俺やルイズがいくら優しく殴っても、人は殴られると死ぬ可能性がある。
 タバサの持ってるより凶暴になった鈍器で気絶するほど殴られたらやっぱし同じだし、ジゼルの持ってるAK-47とかになると、完全に論外。
 撃っても死ぬし、刺しても死ぬ。」

「ストックで殴るって手もあるわよ?」

「やっぱし殴るんだから、似たようなことになるだろ。
 まあ兎に角だ、あまり怪我をさせたくはない。
 甘いかもしれんが…ケティ曰く、《まだ友好国》だしな。」

ケティが言葉に含みを持たせる時は大体なんか知っているというのを、才人も経験則で学習しつつあった。
とは言え、どうせ碌でも無い話なので、精神衛生上よろしく無さそうで聞いていない。

「じゃあ、どうするわけ?」

ルイズが不思議そうに首を傾げる。

「こういう時はアレだ。クスリに頼るに限る。」

「なんか不穏な雰囲気の篭った薬の言い方ね?」

ジゼルは怪訝な表情を浮かべた

「何か、秘密にしていた事をばらす時のケティみたい。」

「ケティのバラす秘密ほどヤバいもんじゃないよ。
 ヘイ!モンモン、カモン!」

才人がそう言って指をぱちんと鳴らすと、モンモランシーがテクテクとやってきた。

「モンモン言うな!前振りが長過ぎて、馬車に戻ろうかと思ったわよ。
 ギーシュがタバサの母上を口説きにかからないうちに戻りたいんだけど。」

「いくら美人とはいえ、意識が混濁している女性まで口説くのか、あいつは…。」

ギーシュの気合の入り過ぎた女ったらしっぷりに、才人は感心の声を上げた。

「莫迦だな。」

「莫迦ね。」

「莫迦よね。」

「莫迦。」

「同感ね、莫迦だわ。」

皆の心が一つにまとまった瞬間である。

「へーくち!」

そしてギーシュは馬車の中で、大きく一回くしゃみをした。

「おっと、これはすいませんミズ・オルレアン。
 ふふふ…この美しき薔薇たる僕の事を、何処かの可憐な蝶が噂にでもしたかな?」

「…………。」

タバサの母の茫洋とした表情が、何となく呆れた顔のように見えたのは、たぶん気のせいだ。

「…莫迦ね。」

それを馬車の中で色々と準備している最中に目撃してしまったキュルケも、一言呟いた。
そんなしょうもない一幕はこのくらいにして、話は元の場所に戻る。

「ギーシュが莫迦なのは、生来からの特性で仕方が無いとしてだ。
 そんな些細かつどうにもならん事よりも、今回の任務で敵を無力化するのにモンモンの力を借りる。」

「モンモン言うな!で、どんな薬が欲しいの?」

モンモランシーはそう言いながら、マントをばさぁっと広げる。
内側にはびっしりと薬の入った硝子瓶が、マント内側に沢山あるポケットに入っていて重そうだが…どうやら何らかの魔法的処理が施されているらしく、重くはないようだ。

「ううむ、魔法って便利だよなぁ…。」

才人はその光景に、思わず唸った。

「え?なに?私の顔に虫でもついてる?」

不思議そうに自分を見る才人に、モンモランシーは首を傾げる。

「いや、ちょっと感心しただけだ。
 で、欲しいのは即効性の吸引型睡眠薬なんだが、あるか?」

「勿論、睡眠効果のある水の秘薬は水系統のメイジの初歩中の初歩だもの。
 遅効性から即効性まで、時間に応じて取り揃えてあるわよ…ま、流石に殆どは部屋においてきたけど。」

そう言いながら、モンモランシーはマントの中にあった硝子瓶を一つ取り出す。

「即効性で吸引型といえばこれね。
 布か何かに染み込ませて、背後からこれで口と鼻を押さえてやれば、1秒程度で睡眠というか気絶するわ。
 お代は王宮に請求で、良いわね?」

そしてモンモランシーは、才人にその硝子瓶を手渡した。
受け取った才人は、それの中身を確認する。
モンモランシーが香水などを入れるのにも使用するその硝子瓶の中の液体は、無色透明のようだった。

「ああ、効果は実証済み?」

「ええ、ギーシュで。」

ギーシュがすんごく不憫な感じだった。
さすがに不憫過ぎて、皆がホロリと涙を流す。

「モンモランシー、恋人で薬の実験は、流石に可哀想だと思うの。」

ルイズは思わず、モンモランシーにそう言った。

「恋人を四六時中ぶん殴っているよりは、遥かに健全だと思うのだけれども?」

「殴ってない時もあるわよ!
 あ、あああああああ、あと、ここ、こここいびと、とか、ここここ恋人とか!
 違うもん!サイトはわたしの使い魔だもん!
 ふわ!?ふわっ!?何するのよ!?」

「ああもう、可愛いわね。」

顔を真赤にして抗議するルイズの頭を、モンモランシーはポフポフと撫でる。

「まあ、それはそれとして、その薬を布に染み込ませる時は《湿らせる》程度でね。
 直接呑んでしまったら、たぶん死ぬから。」

「あうー、あうー。」

「諒解、吸引しただけで気絶するなら、強い薬だろうしな。」

なんかあうあう言っているルイズに対して、《昔よりははるかにましになったとはいえ、俺はやっぱし使い魔かぁ》とか思いつつ、才人はモンモランシーの言葉に頷いた。

「わかってないわねー、お互いに。」

「ん。」

しみじみとそんな事を呟いたジゼルに、タバサがコックリと頷く。

「発展途上って感じよね、羨ましいわ。
 それじゃ、頑張ってね。」

モンモランシーはそう言うと、手を振りながら馬車に戻っていった。

「じゃあ、取り敢えず突入する組み合わせは俺とタバサ、ルイズとジゼルという組み合わせで行くぞ。」

「諒解。」

「ん。」

「あれ?わたしとサイトが一緒じゃあないの?」

才人の言葉に、ルイズが首を傾げる。

「ルイズ…俺とお前は取り敢えず接近戦では、普通の兵隊程度ならほぼ無敵だ。
 タバサも普段ならかなり強いけど、今は杖の契約をのんびりやってる状況に無いから魔法が使えない。
 ジゼルも本分は遠距離射撃であって、接近戦は得意っていうわけじゃあない。
 それなら、俺とルイズをバラして、タバサとジゼルをそれぞれの補佐につけた方が、効率的に動ける…違うか?」

「おお…なんか戦闘のプロっぽいわね、サイト。」

ルイズが感心したように頷く。

「あんがと…兎に角そういうわけだ。
 門番たちに密かに忍び寄って気絶させ、門を操作する施設を一時的に占拠。
 開門して馬車を通し、そのまま馬車に乗って脱出する。
 至ってシンプルな作戦だな…質問は?」

才人のその言葉に、タバサが手を挙げる。

「見つかって気絶させられなかった場合は?」

「タバサにはあんましこんな事は言いたくないが、敵を傷つけないようにする事を基本方針にしているとはいえ、飽く迄も俺達の身の安全が最優先だよ。
 つまりそういう事だ。」

他に手段がなかった場合は、殺す事も覚悟してくれという意味を匂わせて、才人はそう言った。
彼が殺人も滅多に起きない国で生まれた人間であるのに、その辺りがかなり麻痺してきているのは、おそらくルーンによる精神調整の影響である。
ガンダールヴであり戦士として戦う以上は、その辺りを調整しないと変になってしまう可能性すらあるのだ。
才人が平和な国で生まれた感受性豊かな少年であるが故に、このある種のマインドコントロールは、この少年のまだ未熟な精神を守り救っていた。

「ん。仕方ない。」

タバサとしても母の身柄が最優先であり、その為に手を汚す覚悟は出来ている。
元々は恵まれた環境で生まれ育った思春期の少女であるのに、その境遇は過酷であった。

「良し、じゃあ、そーっと行くぞ、そーっと。
 …わかってんだろうな、デル公?」

そう言いながら、才人はそーっとデルフリンガーを鞘から抜き放つ。

「…わーってるよ、相棒。
 ここで煩くしたら、あの腹黒い娘っ子に溶鉱炉か何かに叩きこまれっちまう。
 そういうこったろ?」

「よーくわかっているようで何よりだぜ、相棒。」

そう答えたものの、才人はケティがそこまでおっかない人間だとは思っていない。
実際、身内と思っている人間には優しいのだ、彼女は。
そして割と親しげに話しをする所から見ても、ケティはデルフリンガーも《身内》として扱っているようにみえる。
ならば彼女は最大限の優しさを見せるだろうと才人は判断していた…取り敢えず、溶鉱炉に叩き込む寸前くらいで止めてくれるだろうと。

「よし、じゃあ、まずあの門番はわたしが倒すわね。」

そう言って、ルイズはとてとてと門番の方に向かって歩き出した。

「ちょっと待て、睡眠薬は…。」

「それは中に入ってから。
 慣れてる方法思い出したから、まずそれで行くわ。」

そう言って才人の差し出した布切れを断ると、ルイズは歩いて行った。

「こんばんわ、良い月ね。」

門番の前に立つと、ルイズはそう言って可愛らしい笑顔を浮かべる。

「誰かと思ったら、先ほどの旅芸人の娘か…何よ…う…だ…?」

ルイズの右手が握りこぶしの形になった後に腕ごと一瞬消え失せ、次の瞬間に門番がドサリと崩れ落ちた。

「ふう…一丁上がり。
 忘れてたけど殴って気絶させる方が、実は慣れてるのよね、わたし。」

ルイズはそう言って、微かに光る拳をぷらぷらさせる。
夏季休暇中に働いた《魅惑の妖精亭》にて、ルイズはこの目にも止まらないパンチで一瞬で相手の意識を刈り取るというテクニックを会得していた。
何で男を誘惑して貢がせるべき店で、こんな技を会得してしまったのだろうか、本当に。

「久々に思い出して使ってみたけど、まだ問題ないわね。」

「そういや、そんな技持ってたな。」

門番を居眠りしているかのように壁に立てかけつつ、才人はルイズに声をかける。

「…って事は、これいらない?」

「うーん、一応貰っとく。」

ルイズは才人が差し出した布切れを、受け取った。

「他の門番は?」

「人少ないせいか、まだこっちには気づいていないみたい。」

ジゼルがあたりの様子を伺いつつ、そう言う。
何でジゼルが着いて来たかといえば、やはりバグベアの使い魔がいる御蔭だろう。
今、ジゼルの使い魔は、上空から闇に紛れて門を見張っている。

「よし…じゃあ、突入だ。」

才人の背後にタバサ、ルイズの背後にジゼルがそれぞれサポートに付き、門番の詰所へと侵入する。

「操作する場所は、下じゃあ無いのか。」

「面倒臭いわね。」

そこには上に登る階段があった。
4人はソロリソロリと階段を登っていく。

「…いた。」

階段を上ると兵士が一人いるのを、才人が確認した。

「いっちょ行くか。」

「ん。」

才人は暗がりから素早く兵士に駆け寄る。
そして、背後に回りこんで、布で口と鼻を塞いだ。

「ん?何…モガ…モ…ガ…。」

程なく兵士の体からガクッと力が抜けた。
気絶したようだ。

「ここが2階ね。」

2階はいくつかの部屋がある構造になっていた。

「二手に分かれて開閉装置を探そう。
 チームは先ほど言った通りで。」

『諒解。』

才人の言葉に、他の三人は頷く。

「一つ目の部屋は…。」

タバサがそっとドアを開け、才人がその隙間から中を覗き込む。
中には…武装した兵士が5人。

「…あららー。」

そう言いながら、才人はタバサに手を開いてみせる。
5人居るというのを、タバサも察した。
そして、そっとドアを閉める。

「どうする?」

そして、タバサは才人に尋ねる。

「侵入がバレた場合、ここを塞がれるのは困るな…何とか気絶させよう。」

「ん。」

タバサは再びドアをそっと開ける。
今度は人一人が滑り込める程度に。

「……………………。」

そこに才人は無言で滑り込んだ。

「な、何だお前…もが!?」

「……………………。」

才人はまず正面に居た兵士に、問答無用で布切れを押し付ける。
その間にタバサは自身もドアの隙間から滑り込み、そっとドアを閉めた。
そして一人目は、意識を失ってドサリと崩れ落ちた。

「く、癖も…もが!?」

「がァッ!?」

叫ぼうとした兵士に才人は布を押し付け、同時にもう一人をデルフリンガーの剣の腹の部分で足を払う。

「……………………。」

「うわ!」

「な…もが!?」

タバサも素早く駆け寄りハルバードで一人の兵士を引っ掛けて転倒させると、もう一人の兵士に飛び乗って顔に布切れを押し付けた。
そして最後に2人は転倒させた兵士2人にそれぞれ布を押し付けて気絶させる。

「取り敢えず、つつがなくいっちょ上がり…だな。」

「ん。」

5人の気絶した兵士を見ながら、二人は満足層に頷いた。
剣の腹とはいえ金属の塊で足を払ったり、ハルバードで引っ掛けたりしたので多少怪我をしたかもだが、命に別条はないだろう。

「悲鳴、短く抑えはしたが…聞かれたと思うか?」

「分からない。けれども、慎重に行けば問題ない。」

二人は再びドアをそっと開けた。
廊下に人影はなく、ルイズ達も今のところ上手くやっているようだった。

「…次の部屋か。」

今回もタバサはドアをそっと開ける。

「何者だ。」

ドアの動きに気づかれたしまったらしく、部屋の中から声がした。
タバサは一気にドアの隙間を広げ、才人は問答無用でその隙間に入り込む。
タバサも同じく滑りこんで、そっとドアを閉めた。
ドアさえ閉じておけば、多少の声は外に漏れないためだ。

「曲者だよ。」

才人は中に居た人物に一瞬で近づき、デルフリンガーを首に押し当てる。
何故そうしたのかといえば、身なりが立派だったためだ。
彼はおそらく兵士ではなく士官であり、この門の責任者だろうと考えたのだ。

「門の開閉装置は何処だ?」

「答えると思うか?」

才人の問いに、男はそう言って笑った。

「無駄死にしたくなきゃ教えてくれ。
 俺は後におわす御方を逃さなきゃいけないもんでな。」

才人はそう言って、タバサを見せる。
士官であればほぼ間違い無く貴族であり、貴族であればシャルロット・エレーヌ・ドルレアン大公女の事はある程度把握している可能性があると考えたからだ。

「シャルロット様を…そうか。
 まあ、明日死ぬも明後日追手に見つかって殺されるも、一緒ではあるか。」

士官はそう言って、フッと笑う。

「とは言え、その一日は貴重だな…この鍵をくれてやるから、一番奥の部屋に行け。」

そして、ポケットから鍵を取り出して差し出した。

「どういうことだ…?」

「俺はあのジョゼフ王の為に、シャルロット殿下を弑し奉る為に幽閉しておくなどというクソみたいな任務でも、ガリア軍人である以上は全うしようとは思っていた。
 だが、俺が死ぬか気絶してしまっては軍人としてそれを守る事は出来んなぁ…という事だ。
 それは…そうだな、手間を省いてやっただけだな。」

そう言って、士官はニヤリと笑う。
そして、タバサの方を向いた。

「シャルロット殿下、今の貴方には絶対に味方であってくれる者は少ないかも知れませぬ。
 ですが、小官のように決して敵ではないものが、少なからずこの国には居るという事を知っておいて頂きたい。」

「ん。そなたの取り計らいに感謝を。」

タバサは士官の言葉に、コクリと頷いた。

「じゃあ気絶してくれ。」

「ありがとう、貴公が誰だかは知らないが、シャルロット殿下を頼む…。」

士官はそう言って、息を吸い込み気絶した。

「…ああ、タバサは俺が守るよ。
 味方、探せば意外と居るもんだな、タバサ。」

「ん…。」

気絶した士官を見ながら、タバサは静かに頷く。
その後、4人は合流し奥の部屋にて門の開閉装置を稼働させた後に脱出。
その後の顛末は、本編のとおりである。









今度は、本編の数日後。
ジョゼフはくいっと紐を引いた。

「あひゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁ…!?」

ミョズニトニルンこと高凪千秋は、自分の足元に突如開いた穴に落下して、とっさにレビテーションの効果がある魔道具で難を逃れる。
何度も落とされるので、彼女も学習しているのだ。

「な、ななななななななん、なんばしよっとですかァ~!?
 何で私が落とされるんですか、陛下ァ!」

「ハハハハハハハハハ。なに、ビダーシャルが失敗したのでな。」

涙目で抗議する千秋に、快活な笑い声と共にジョゼフが答える。

「ビダーシャルさんが失敗したなら、ビダーシャルさんを落としてくださいっス!
 私今回何も悪い事していませんよ!
 急に気まぐれかつこんなギャグみたいな方法で殺されたりしたら、全国4千万の千秋ちゃんファンが泣きますよ、マジで!
 陛下は黙って立っていれば美中年なんですからこう、気まぐれに殺すにしても私を優しく抱きしめるフリしてグッサリとか、殺すにしてももう少し格好良く…。」

「落ちるのは、そなたの仕事だ。」

千秋の抗議を無視して、ジョゼフは無慈悲にそう告げた。

「え?初耳。これ仕事っ!?
 給料のうちなんスか、これ!?」

「ハハハハハ。そうだぞ、ミョズニトニルンよ。
 …しかし、そうだな。お望みとあらばバッサリ行くか。」

そう良いながらジョゼフが呪文を唱えると、白く光る魔法の刃が杖に形成された。

「そーれいくぞー!」

「アイエエエエ!違う、ちがうっス!
 何かやっぱりギャグめいたアトモスフィアじゃないですかーやだー!」

めっちゃ良い笑顔で魔法の刃をぶんぶん振り回して千秋に切りかかるジョゼフと、必死の形相でそれから逃げ回る千秋。
何となくだが、ジョゼフの顔が普段にない精気を放っている。楽しいのかもしれない。

「ハハハハハハハハ…はうっ!?」

ジョゼフは右足に左足を引っ掛けて、そのまま顔から凄まじい勢いで床に顔を叩き付ける形でこけ、動かなくなった。
ガリアのズッコケ王の面目躍如である。

「た、助かった…。
 へ、陛下、大丈夫ですか?」

「………………………。」

「おーい、陛下ー…?」

「………………………。」

へんじがない、ただのしかばねのようだ。

「へ、陛下あああぁぁぁぁぁぁ!?」

無反応なジョゼフの姿に慌てて、千秋がジョゼフの元へと駆け寄った。
ジョゼフが死んでしまったら、千秋はこの世界で孤立無援の存在と化してしまう。
おまけにミョズニトニルンとしての能力も失われるのだから、生きていける自信がない。
ジョゼフに殺されるのも一大事だが、ジョゼフが死んでしまうのも、彼女にとっては一大事なのだ。

「ハハハハハハハハハハ!」

しかし駆け寄った千秋の前で、ジョゼフがガバッと立ち上がり、笑顔とともに斬りかかってきた。
まあブレイドが解除されていない時点で気絶すらしていないのだが、気が動転していて気づかなかったようだ。

「ぎにゃー!?
 騙すとは卑怯なり!汚い、さすが忍者汚い!」

「ハハハハハハハハハ!相変わらず何を言っているのか良くわからないが、取り敢えず褒め言葉として受け取っておこう!」

「褒めてないっス!」

二人はそんな感じで、再び追いかけっこを始めようとしていたのだが…。

「それくらいにしていただけないであろうか?」

そんな声で、二人の動きは止まった。

「あ、騙されエルフ。」

「ぐっ…。」

千秋の言葉がグサッと刺さったらしく、声の主はよろめいた。
もちろん声の主は、ビダーシャルである。

「いやいや、ビダーシャルさん。落ち込まなくても良いですよ。
 あいつ鬼ですよね~。」

千秋はビダーシャルに慰めの言葉をかける。
落ち込むような事を言った本人が慰めるというのもアレだが。

「まさか最初にした約束で、我の選択肢の殆どが封じられるとは…。」

「まあ良い、これもまた一興よ。
 こちらは飽く迄も力を借りている身なのだしな。」

あの後、アーハンブラは大騒ぎとなった。
何せ、幽閉していた貴人を奪われた上に、主力の殆どが騙され熟睡状態だったからである。
隊長のミスコール男爵以下、全員の処刑という話まで上がったが、イザベラの《エルフにどうにも出来なかった相手が、守備隊の戦力でどうにか出来たとは思わない》という言葉により、処分無しという形になった。
ただし現行の守備隊は後任が来たら即解散という事になったが…そもそもアーハンブラにいるのがみんな嫌になっていたので、むしろご褒美っぽい話だった。

「そうですそうです。私だってあの豆狸相手には、既に二度も失敗してますしね。
 あっはっはっはっは!」

「ハハハハハハハハハ!」

ジョゼフは紐をクイッと引っ張った。

「あひゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁ…!?」

床がパカッと開いて、少々気を抜いていた千秋がストーンと落ちていく。

「びびび、ビダーシャルさんをフォローしていたのに、急に落とさないでください陛下!」

「お前は任務失敗をもう少し気に病むが良い。」

ジョゼフは紐をクイッと引っ張った。

「アバーッ!?」

金タライが落ちてきて、よじ登ってきた千秋の頭に《ガイン!》という音とともに直撃する。

「タライ!?タライナンデ!あひゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁ…!?」

衝撃で再び千秋は落とし穴に落下していった。

「それで、あの母娘を取り返してくれば良いのか?」

「いや…捨て置くがよい。」

ビダーシャルの問いに、ジョゼフは首を横に振る。

「例の計画も進んでいるしな、いずれトリステインは奴らの安住の地ではなくなるであろうよ。
 なあ、ミョズニトニルン?」

「う…ううう…うっス。ビダーシャル殿の協力の御蔭で、例の計画は順調に進んでいます。」

落とし穴から這い上がりながら、頭にでっかいタンコブを作った千秋が言う。

「進んでいるんですけど…強くしたらどうにか出来るんでしょうか、特にあの娘。
 何か、妙な方法で無力化されそうな気が…。」

「大丈夫だ、アレは喋らない。」

千秋の不安そうな言葉に、ビダーシャルはそう言って胸を張った。

「いや確かにビダーシャル殿は、舌先三寸で丸め込まれましたけどね…。」

「ぐっ…それを言うな。」

ビダーシャルの心の傷は深いようだ。

「…まあ、いいです。ここは私の得意技で行きます。
 それにビダーシャル殿の魔法が合わされば最強に見える!」

「見えるだけなのか。」

「実質強いです、実質!たぶん!!きっと!!!そうだと良いな!!!!」

どんどん千秋の言葉は勢いづくが、言葉の内容から自信が消え失せて行っていた。

「ハハハハハ。」

ジョゼフがくいっと紐を引いた。

「あひゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁ…!?」

そしてまた、千秋は穴に落ちたのだった。

「私が穴に落ちるのがオチとか、そんな安直な!?」

君はそう言うキャラだから、仕方無い、仕方無い。



[7277]  突発座談会 そんな名の罰ゲェム
Name: 灰色◆a97e7866 ID:528ed989
Date: 2013/06/30 00:31
座談会後書き、それは痛いSSの証とか酷い呼ばわりをされているもの
一昔前は座談会方式の後書きって結構流行っていたんで、あんまし責めないでやってください

座談会後書き、それはキャラと作家が話しあうという、ある意味公開処刑の場
とうとう書いちまったぜ…きっかけがきっかけとはいえ、書いちまったぜ…

座談会後書き、それは禁断のメタ空間
メタは冷めるから読みたくないという方は、ここで踵を返してお帰りください































警告はしたぜ?覚悟はいいか?
私は出来てない!

































ケティ「ファイヤーボール。」

灰色「ギャース!?」

むくり。

灰色「ふうやれやれ、どうやら致命傷で済んだぜ。
   どうも、灰色です。
   ツイッターで《よ~しパパ、20RTされたら座談会方式の後書き風SS書いちゃうぞー》とか書いたら、本当に20RTを超えてしまいましたよ('A`)?」

ケティ「ぼんじゅーる。作者莫迦ですねー、ケティです。
    で、何でそんな事を書いちゃったのですか?」

灰色「それは聞くも涙、騙るも涙の物語…。」

ケティ「騙るのですか。」

灰色「とあるSS作家さんとお話していた時に、ふと思いつきました。
   そして、思わず呟いちゃいました。
   思わずやってしまった、軽率だった、今は反省している。」

ケティ「騙ってもいないし、むしろ身も蓋も無いではありませんかっ!?」

灰色「イイヨイイヨー、ナイスツッコミ。
   座談会っぽくっていいねえ、おぢさんスレイヤーズ世代だから、実はこんなのに憧れてたのよ(*´ω`*)」

ケティ「では、わざと煽ったと?」

灰色「うんにゃ、せいぜいいっても15RTくらいで止まると思っていたから、正直予想外。
   某襟裳の魔王にとどめを刺されたっぽい…おのれ…おのれ…。」

ケティ「莫迦ですねー、もっかい言いますが、莫迦ですねー。
    後、これ完全に内輪ネタですね、読者置いてけぼりなのですよ。」

灰色「それはまあ、元々が内輪ネタ企画だからしょうがあるめえよ(´・ω・`)」

ケティ「で、座談会あとがき的なSSだと聞きましたが、一体何を書くのですか?」

灰色「(*´ω`*)テヘッ」

ケティ「ネタがないと…?」

灰色「あるわけがなかろう(´・ω・`)」

ケティ「炎の矢。」

灰色「ギャース!?」

むくり。

灰色「作者権限で即生き返ります。灰色です。」

ケティ「死になさい。」

灰色「嫌です、死ぬまでは生きていたいでござる。」

ケティ「じゃあ、何か書きなさい、何か。」

灰色「そうさなぁ…じゃあ、10巻相当分の更新が異様に遅かった件について。」

ケティ「確かに亀の如き歩みでしたが、いったい何が?」

灰色「ゼロの使い魔の最新刊が出るのを待っていました。」

ケティ「あー…。」

灰色「そうそう、ヤマグチノボル先生が最新刊を出すのを待っていました。
   どうも次あたりで設定のどんでん返しが起きそうな感じがしたので、それが気になって気になって気になって気になって、完全に筆がストップ。
   正直スマンカッタ。」

ケティ「という事は、一気に終わったのは…。」

灰色「ぶっちゃけ、先生が亡くなった事で踏ん切りがついたって感じだね。
   《トリニティ・ブラッド》みたいに、プロットが出版されてくれれば有り難いけど、取り敢えず今はそういうもんは存在しないものとして書き続けることにしました。
   しかし、亡くなるの早過ぎですよ、先生…嫁さん、キュルケの声優さんですっげー美人なのに。」

ケティ「先生の嫁さんは関係ないでしょう。」

灰色「美人の嫁さんの為にも、何とか生き延びて欲しかったって事よ。
   勿論ゼロ魔の使い魔も回復して書いて欲しかった。
   疾風の騎士姫の続きも読みたかったし。」

ケティ「あー…そう言えば、【時の迷子編】の舞台になるのはあの時代でしたね。」

灰色「物語が本格的に走り始めたばかりだったから、伏線ばら撒くだけばら撒いた形で停まってたからね。
   恐らくサンドリオンが後のヴァリエール公で、ナルシスがグラモン伯で、バッカスがグランドプレ伯なのは良いとして、それ以外の顛末はほとんど謎。
   ノワールの謎も不明のままならダルシニとアミアスもどーなったのかわからない。
   時の迷子編書くならダルタニャン物語全集買って、そこら辺再構築してプロットっぽいもん一回用意した方が良いかなと思っている。
   ノワールのモデルは《冬の淑女(ミレディ)》だろうし。」

ケティ「まあ、書くにしても当分先ですね。」

灰色「そうだね…大隆起にしても、私の解釈で書かなきゃいけないし、こりゃ大変だ('A`)」

ケティ「エタりそうですね(にっこり)」

灰色「エタらせないよ!何年かかろうが、私が死なない限りは完結まで書くつもりだから。」

ケティ「決意は立派ですね、決意は。
    ああそうそう質問なのですが、何で旧ソ連の武器ばかり出すのですか?」

灰色「ソ連の武器素敵やん(*´ω`*)
   《武人の蛮用に耐えるものを作るべし》っていう哲学が徹底されていて大好き。」

ケティ「デグチャレフさんも好きですよね?PTRD1941もRPDもデグチャレフ設計局の銃器ですし。」

灰色「別にワシリー・アレクセイエヴィチ・デグチャレフさんが特に好きってわけでもないんだけど、何か重なっちゃったねぃ。
   デザインが私の心の琴線に触れるのかねぇ、謎。
   取り敢えずPTRD1941はシンプル・イズ・ベストを突き詰めた作りの対物狙撃銃なので、物凄くお気に入りな武器なのは間違い無く。
   あと、ゴーレムふっ飛ばすのジャベリンじゃなくて、RPG29にしたかった。
   スネークをチョロっと出す小ネタ入れたから無理だったけど。」

ケティ「私の武器が、私のモーゼルが亡くなった原因は?」

灰色「学生時代モデルガン買ったくらい大好きな銃だったんだけどね。
   ちなみに、モーゼルじゃなくてマウザーだよねっていうツッコミは無用。
   そんな銃なんだけど、ケティには重過ぎるし射撃時の反動がでか過ぎるという、根本的な難点に突き当たったのだ。
   よく考えたら、軽機関銃持ち上げるのに必死な娘さんが扱えるような銃じゃあ無いのよね、アレは。」

ケティ「そ、そうだったのですか…でも、あれ?家にはエアガンもモデルガンも一切無いはずでは?」

灰色「うん、今はない。
   売っちゃったからね。」

ケティ「またどうして?」

灰色「私は基本的に買った事に満足する人間なんで、長期間保管するのが苦手なのだ。
   後単純に、アパートが単身者用なので、狭い。
   だから堪能したら売って、きちんと保管出来る人が買ってくれることを祈る。
   ケティをコレクターっぽくしたけど、私はコレクターじゃないのだな、これが。」

ケティ「おおう…。」

灰色「後、何度か言っているけど、私はガンマニアじゃあない。
   ガンマニアだったのは弟で、暇潰しに弟の持ってる本読んでたら、ある程度覚えたってだけだから。
   軍艦とか戦車とか戦闘機とか、そっちの方が好き。」

ケティ「でも弟さんが持ってた本って、基本的に西側の拳銃とか自動小銃とかサブマシンガンのエアガンやモデルガンが載ってるカタログ…。」

灰色「ハッハッハ、ナンノコトヤラ。
   話を戻すけど、ケティの持っている拳銃がベレッタM950になったのは、そういう事情があったからです。
   ちなみにM950BS、セイフティが付いているタイプよ。」

ケティ「死ぬほどどうでも良い小ネタをありがとうございます。
    ドラゴンの鱗は貫通出来ない25ACP弾というネタは…?」

灰色「シルフィードがドラゴンであるという印象を強くつけてみたかったから、通らない事にした。
   象だって生半可な弾丸じゃあビクともしないしね、ましてやドラゴン。
   やっぱドラゴンは強くないとイカンよね(*´ω`*)」

ケティ「ゴキブリ好物にされたり、人形態ほとんど取ることが無くなったり、シルフィードも色々と大変ですね…。」

ルイズ「覇王翔吼拳!」

灰色「ギャース!」

むくり。

灰色「僕は死にましぇん。何故ならば、非破壊型オブジェクト設定だから。灰色です。
   おや、誰かと思えばアニメ版の壁紙でしょっちゅう水着を着せられているルイズ。」

ルイズ「そんなしょっちゅう水着着てたかしら…?
    それよりもわたし、聞きたいことがあって来たんだけど。」

灰色「ほいほい、何?」

ルイズ「何で私、こんなに脳筋キャラになったの?」

灰色「才人を殴る蹴るさせていたら、その特徴が書いているうちに何となく異常に拡張されて、そのまま何となく。」

ルイズ「何となくが多い!…じゃなくて、そんな理由なの?」

灰色「結果としてすげー強くなったんだから、それでいいやん(*´ω`*)?
   ちなみに紆余曲折の結果、最終的なモデルにしたのは、ダイの大冒険の《竜の騎士》だったり。
   謎の防御フィールドの元が、竜闘気という意味で。
   だからエクスプロージョンも実は覇王翔吼拳と言うよりは、ドルオーラになってしまうのだろうか。」

ルイズ「か、完全に人外ね。
    これって、ティファニアとかもそうなの?」

灰色「うい、テファもそうだけど、彼女は怪力特化型。」

ルイズ「それなんだけど…何で怪力?」

灰色「フッ…テファの巨乳が私に囁いたのさ、《彼女を怪力にせよ》とね。」

ルイズ「わけがわからないわ。」

灰色「え?巨乳キャラって、怪力にしたくなるでしょ?」

ルイズ「したくならないわよ。」

灰色「(´・ω・`)ショボーン」

ルイズ「そんな顔しても、駄目。
    ジョゼフと教皇も、そういう力を持っているのね?」

灰色「持ってるよ、まだ秘密だけど。」

ルイズ「あとサイトの事なんだけど…デルフリンガーが、何であんな事に?」

灰色「剣らしくて良いでしょ?」

ルイズ「ただの血に飢えた妖刀でしょ!?
    インテリジェンスソードと言うよりも、呪いのアイテムになってるわよ。
    装備外そうとしたら呪いの曲が流れて外せないでしょアレ。」

灰色「剣として使って欲しい気持ちを述べているだけなんだけどなぁ…。」

ルイズ「あとサイトの能力拡張が地味よね。
    元の能力に加えて、異常なくらい死に難くなっただけ。」

灰色「ほぼ不死身の存在を地味と申したか…。
   ガンダールヴの能力って、どんな武器でも扱える能力なんで、出す武器次第で幾らでも強く出来るのよ。
   虎街道の戦いに《自主規制》出すつもりだし。」

ルイズ「ヨルムンガンドが可哀想な事になりそうなんだけど…。」

灰色「ルイズが強過ぎるから、才人を武器で能力拡張。
   パワーインフレ怖いです(^q^)
   ヨルムンガンドも、たぶん強くなってる、たぶん。」

ルイズ「あとは…わたしがケティを嫁にする方法。
    わたしがサイトを旦那にして、ケティを嫁にすれば、万事解決よね。」

灰色「キマシタワァ…でも、ありません。
   現実は非情である。」

ルイズ「残念だわ…実に残念だわ…。
    でもまあ、疑問が解けたし帰るわね。
    ケティも、また後で。」

灰色「(*´ω`*)ノシ」

ケティ「はい、また後で~。」

灰色「…ルイズは可愛いなぁ、何であんな可愛い子に扇情的な水着着せるのかわからん。
   何であんな可愛い子に滅茶苦茶なパワーを授けたのか、そっちの方が謎な気もするけど。
   それは置いておいて…可愛い娘さんには、そんなセックスアピールの強い方法じゃあ無くて、もっとこう、可愛さを強調する方法が…。」

ケティ「えーと、作者さん、作者さん?」

灰色「何、ケティ?」

ケティ「そろそろ予定の容量に達します。
    具体的に言うと、10KBが近づいて来ました。」

灰色「おおう、書く事無いかと思ってたけど、書き始めてみると結構あったねえ。」

ケティ「あとタバサとか、モンモランシーの事とかも書ければ良かったのですが。」

灰色「その辺の事情は、まあ、おいおいSSの中で書いていけると良いかなと。
   ああそうそう次の話の冒頭で、ツェルプストー家とゲルマニアの事についてある程度書き込んでみただよ。
   あんな説明くさい文章、果たして読まれるのかは謎だけど。」

ケティ「設定いじるの好きですからね、貴方。」

灰色「話の設定作るのが、元々大好きだからね。
   設定作っただけで満足して書かなかっったオリジナル作品が、今までいくつあった事か(遠い目)。」

ケティ「戦略シミュレーションゲームも、そういう方向で好きですしね。
    話が遅れるので、本当に程々にするように。」

灰色「スイマセン…。
   おっと、そろそろ時間が来たようだ。
   なんだかとりとめのない語りになってしまったけれども、座談会方式のあとがき風味、いかがだったでしょうか?」

ケティ「作者がとうとうやらかしてしまった感じですが、どうか見捨てないであげてくださいね。」

灰色「それでは、ここまでのお相手は私、灰色と。」

ケティ「ケティ・ド・ラ・ロッタでした。
    さよならー。」



[7277] 第五十八話 人生初のゲルマニアなのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:528ed989
Date: 2013/08/31 19:16
ゲルマニア帝国、広大にして強大な国家
その割に皇帝の王権は他の国に比べると弱く、貴族は割と好き勝手に色々とやっています

ゲルマニア帝国、広大にして強大な国家
王権が弱いのは始祖ブリミルの血統が無いため、故に貴族の結束が緩く貴族同士の戦争が絶えません

ゲルマニア帝国、広大にして強大な国家
とは言え、いつも戦争やっているだけあって軍隊自体はすんごく強いのですよ、これが









ツェルプストー辺境伯領は西はトリステイン南部に接し、東は未開の大森林地帯に接する東西に長い貴族領です。
そしてそのルーツはジュリオ・チェザーレという、かつてハルケギニアを一代で征服し大帝国を築いた皇帝が、新たに開拓した属州に派遣した属州総督(レクトル・プロウィンキアエ)となっております。
つまり、キュルケの先祖は実はロマリア人なのです…まあ、既に数十世代前の話になりますが。
そしてキュルケは一般的にツェルプストー家と名乗っていますが、正式にはアンハルト=ツェルプストー家と言いまして、ツェルプストーは領地名でアンハルトが家名なのですよ、実は。
ただアンハルト家は一番大きなキュルケのアンハルト=ツェルプストー家を筆頭として伯爵やら男爵やらがゾロゾロいる家系なので、それだけだと何処のアンハルト家の人なのかがわかりません。
なのでツェルプストー辺境伯領のアンハルト家(アンハルト=ツェルプストー)と名乗り、アンハルトは略してツェルプストー家と呼称しているわけなのです。
ちなみにアンハルトというのはゲルマニア語で《停止》という意味…ゲルマニア人の家名につけるセンスは、よくわかりません。

「しかしまあ…聞きしに勝る下品な城館ね、ツェルプストー?
 古典ロマリア風とロマリア風とトリステイン風とガリア風とがごちゃごちゃ!統一感の欠片も見えないわ。」

「この実用的に配置された美が理解出来ないの?可哀想ね、ヴァリエール。」

額を突き合わせて、ギリギリとやりあうルイズとキュルケなのです。

『貴公の首は、柱に吊るされるのがお似合いだ!』

声をハモらせるなんて、この二人は本当に仲が良いですね~。
ゲルマニアはジュリオ・チェザーレの帝国が崩壊して以来、数百年延々と戦国時代でした。
故に城館の構造は、基本的に戦争が起きた時の実用性重視で建てられています。
そしてゲルマニア人は、流行りものが大好きなのです。
更に戦時の実用におけるバランスは考えますが、デザイン的なトータルバランスというのをあんまし考慮しません。
そんなゲルマニア人が、城館を実用的な配置で建て増しした時の流行に合わせて増築しますと…まあ、何というかシュールな形になります。
ゲルマニア人はそれを《実用性の伴う美である》と言い張りますが、やっぱりデザイン的なトータルバランスも大事ですよね。
傍から見る分には、これはこれで面白いのですが、実家がこんなんなのは私も嫌です。

「全部、同じ感じに見えるけどな…。」

「全く違う文化圏から来たら、そうなりますよね。」

才人がわからないのは、しょうがありません。
アメリカ人が和風と中華風を一緒くたにしているのと似たようなものです。
慣れれば差異はわかるようにはなるのですが、才人の滞在期間でそれを会得するのは無理でしょう。

「…ケティはわかんの?」

才人がボソッと耳元で聞いてきます。

「こっちで15年も暮らせば、嫌でもわかるようになりますよ…。」

なのでこちらも、耳元でこっそり教えてあげたのでした。

「二人で内緒の会話?
 なになに?私にも教えなさい。」

そんな私たちの間に、ルイズがずずいと入り込んできます。

「えーと、才人が、この城館の様式をこっそり教えて欲しいと…。」

「サイトがそんな事言うわけ無いでしょ。
 そんなコト気にするような性格じゃあないもの。
 家とでかい家と城の区別しかしないでしょ、こいつ。」

…己の使い魔の事をよく理解していますね、ルイズ。
しかし、まだまだ甘いのです。

「才人だってシュヴァリエにして救国の英雄という事になっているわけですし、貴族としての嗜みを多少は学ぶ気になっているのですよ。」

「そうそう、俺だって勉強してんの。」

私の言い訳に、才人も合わせてくれます。
バレないに越した事は無い事情ですしね。

「わ、わたしに聞けば良いじゃない?」

「いやだって、ルイズ殴るし。」

「う…。」

その点は否定出来ないのか、ルイズが少々怯んだ表情になります。

「俺だって、殴られたら痛いんだよ。」

『ええっ!?』

才人の言葉を聞いた一同の声が、驚愕の響きでハモったのでした。
私も当然の事ながら、《わざと》びっくりした声を上げています。
ここはボケなきゃいけません。
ボケとツッコミとノリの良さはトリステイン貴族の嗜みなのです…嘘ですが。

「そこで驚くなよ!?」

「いや、だって、ねえ?」

才人の抗議の声に、モンモランシーがギーシュに視線を送ります。

「ここはボケるべきところだろう?」

「何時ボケるのか?今でしょ!」

平然と答えるギーシュに、同意するのは良いとして何故かドヤ顔のマリコルヌ…嘘の筈なのですが、嘘じゃ無かったような気がしてきました。

「あれだけ殴られてもルイズと険悪な関係にならないところが、サイトの凄い所よね。
 てっきり殴られると快感でも感じるようになっているものとばかり思っていたわ。」

ジゼル姉さまは何やら感心したようで、うんうん頷いています。

「そういうサラッと酷い事言う所は流石、ケティの姉だな…。」

「えへん。」

私そんなにサラッと酷い事言って…いますね。
でもジゼル姉さま、そんな事で胸を張らないでください。

「つか…タバサも何気に驚いていなかったか?」

そう、先ほどタバサまでもが割と大きい声を出していました。
ちなみにタバサの母君は、まだフォルヴェルツ号の中で眠ったままなのです。

「気のせい。」

「いや、気のせいじゃ無かったよな?」

「気のせい。」

「いや、でも…。」

「気のせい。」

そのまま押し切る気ですね、タバサ。

「きゅーい、きゅーい…。」

ちなみにシルフィードは、そんなタバサの頭の上で寝ています。
完全に青い猫なのですよ、この風韻竜。

「ケティ、お父様が会いたいって言ってるんだけど…会う?」

わいわいやっていた私たちの所に、親に会いに行っていたキュルケが戻ってきたなり、そう言ったのでした。

「辺境伯閣下が?」

「ええケティ、貴方には特に一度、是非にと会いたがっていたもの。」

クリスティアン・アウグスト・フォン・アンハルト=ツェルプストー辺境伯。
キュルケの父親であり、フォルヴェルツ号建造計画における出資者なのです。
フォルヴェルツ号以外は研究施設もろとも東トリステインに移しちゃいましたからねぇ…お金は全て返しましたが、ひょっとして恨まれていますか?

「…当家ね、お母様が数年前に亡くなって後添えがまだなのよね。」

「キュルケに義母様呼ばわりされるのは、真っ平御免なのですが。
 コルベール先生を婿養子にして貴方が家を継ぐのですから、貴方が頑張れば良いだけの話でしょう?」

アンハルト=ツェルプストー家は意外な事に、凄く意外な事に、キュルケの実家である事を差し引いても貴族の家として非常に意外な事に、キュルケしか生まれていないのですよね、これが。
ツェルプストーの家訓通りなら、キュルケに兄弟の1ダースや2ダースいても不思議ではないのですが…。

「ジャンが未だにウンと頷かないのよね…。
 私の手練手管で何とか振り向かせようと頑張ってはいるのだけれども。」

「おおう…キュルケの色気でも未だに落ちないとは、やりますねコルベール先生。」

不能…ではありませんよね、ハゲは絶倫とも言いますし。
教師と研究者が楽しくて、結婚してツェルプストーに引っ越すのが嫌なのでしょう。
あの人は割と人格者ではあるのですが、研究者としては理性と道徳がぶっ飛ぶタイプですからね…その点は、モンモランシーと似ています。

「コルベール先生は教師やるのも好きですし、研究も好きですからねぇ…。」

「お父様が職務をこなせなくなるまでは、そのままで良いと言っているのだけれどもね。
 ツェルプストー家程の家格ならば、そういうわけにも行かないって、頑固なのよ。」

そう言って、キュルケは深く溜め息を吐きます。

「あー…要するに、フラレそうだと。
 いやはや、キュルケの手練手管を持ってしても本気の恋はままならぬも…もがもが!?」

「まだよ!まだこれからよ!」

「もがもが。」

口を思い切り塞がれて、喋れなくなってしまいました。

「…何か良い考えはないかしら?」

「もが…取り敢えず、卒業してからが本番だと思います。
 コルベール先生は教師をやるのも大好きなので、基本的に教師失格な事は出来ないのですよ。」

私としては優秀な技術者であるコルベール先生を、出来る限りトリステインから出したくはないのですが。
何せ、色々な基幹技術握っているのはコルベール先生ですし、あの人が技術者を辞められる筈も無いので。

「そこを何とか乗り越えて、こう…。」

「そうなると私にはもう、モンモランシーに依頼するくらいしか思いつかないと言いますか。」

キュルケに迫られまくって耐えているものを、よりノウハウの少ない私がどうにか出来るわけが無いではありませんか。
私ゃドラえもんではないのですよ。

「薬に頼るのは、ツェルプストーの矜持に係わるわ。」

「非効率的な発想ですけれども、実にキュルケらしいですね。
 謹厳実直な人が多いと言われるゲルマニア人の中では、かなり変わっているのでは?」

己の熱情の赴くままに行動するのが、ツェルプストーの家風ですからね。
物凄くロマリア的ではあるのですが、古代ロマリア人って今と違って謹厳実直な人が多かったと聞くのですが。
丁度、今のゲルマニアみたいな感じだったのでしょうか?
なのに古代ロマリアから続くキュルケの家は現代のロマリアみたいな家風…ううむ、謎なのです。

「貴方は貴方で、格調と名誉を重んじるトリステイン人なのに、常に効率を考え過ぎな所があるけれどもね。」

「一人くらいそういうトリステイン貴族が居ても良いでしょう。
 それに私だって、格調と名誉を軽んじているわけではありませんよ?」

私としては個人的には格調や名誉より効率優先なのですが、対外的にそれが大事なのも同時に理解していますからね。
面倒でもそれが有効ならば、利用する方が効率が良いですし…まあ結局、効率上そう判断しているだけとも言います。

「その話はこのくらいにして、辺境伯閣下には直接会っての挨拶も出来ずに心苦しく思っていましたから、是非ともお会いしたいです。
 ルイズも近くて遠いお隣の親戚として一回会っておいた方が良いと思いますし…皆で行きましょうか?」

…というか、ですね。
アンハルト=ツェルプストー辺境伯家の当主と1対1とか、正直怖いのですよ。
キュルケのお父上って性豪としても有名で、正妻は数年前に亡くなったものの、他にも何人もお妾さんを囲っている方なのですよね。
その上、同じ女好きでもモット伯と違って、恐妻家ではないという…。
それどころか、趣味が略奪愛とかそういう傾向という噂も…。
私の恐怖が何となくわかっていただけたでしょうか?
そう、これから会うのは性的に非常に怖いオッサンなので、二人っきりとか絶対に勘弁なのです。
不用意に会ったら、だぶるぴーすとかになっちゃいますよ、だぶるぴーすとかに。

「あら残念、ケティをお義母様と呼べるかと思ったのに。」

「じ、冗談きついですね、キュルケは。
 お…おほほほほほほほ…。」

何か残念そうな表情を浮かべるキュルケの態度は、社交上の冗談という事にしておきましょう…。




「お父様、ケティたちを連れてきましたわ。
 さあ、遠慮なく入って。」

キュルケに連れられて、ツェルプストー家の城館内にある謁見の間に私達は通されたのでした。
謁見の間という事は、この会見は儀式的意味合いもあるということなのでしょう。

「良くぞ無事に参られた。」

おそらくこの方がクリスティアン・アウグスト・フォン・アンハルト=ツェルプストー辺境伯。
燃えるような赤髪に、背が高くガッチリした体型に、浅黒い肌…うん、これは間違いなくキュルケのお父上なのですね。
ちなみに座っているのは玉座ではなく、その下に用意された円卓の椅子。
これはおそらく、目下に見るつもりは無いという意思表示なのでしょうが…その配慮に遠慮なく乗ってしまうのも無作法なのです。
いちいち用意してあるものに目を配らないといけないのが面倒臭いといえば面倒臭いですが、逆に言うとしっかりと周辺を確認すればヒントを置いてくれているのと一緒なので、慣れれば楽だったりします。

「はじめまして、ケティ・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢で御座います。
 アンハルト=ツェルプストー辺境伯閣下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。」

取り敢えず、相手は辺境伯であり私は一介の男爵令嬢に過ぎないので、腰を低くし一礼。

「ラ・ロッタ男爵令嬢、私はあまり儀式ぶったのが得意では無くてな。
 楽にして貰って良い、勿論、後ろの方々もだ。
 改めて、ようこそツェルプストー辺境伯領へ、貴公らを歓迎する。」

「ありがとうございます…と、言う事で、楽にして良いですよ、皆。」

そう言いながら私が振り返ると、皆がほっとした表情をしています。

「では、先ずこちらがルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢です。
 こちらの家とは因縁浅からぬ仲ですが…。」

「御機嫌よう、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールにございます。」

ルイズは優雅かつ可憐に一礼して見せたのでした。
流石は大貴族といいますか、お母上が余程おっかなかったのでしょうといいますか、一連の動きに一分のブレも隙も無い見事な挨拶。
森の中を歩く時に、大木を薙ぎ倒しながら進む人物と一緒だとは思えません。
いつもこのくらい御淑やかだったら、色々と楽なのですが…。

「おお、そなたがヴァリエールのご息女か。
 よく御出でになられた、歓迎しますぞ。」

「ありがとうございます、辺境伯閣下。
 此の度はわたしの学友の母君を保護していただけると伺い、大変感謝しております。」

因縁浅からぬ仲の家同士とは言え、初対面の人物への礼儀は忘れないあたり、やはりルイズもきちんと貴族なのです。
いきなり喧嘩売ったりしたら、ヴァリエールの家名にまで傷がつきますからね。

「おお、何かスゲエお嬢様みたいだぞ、ルイズ。」

「いや実際、スゲエお嬢様でしょう、ルイズは。」

ツェルプストー辺境伯と優雅に言葉を交わしているルイズを見てぼそっとつぶやいた才人に、私はそうツッコミを入れたのでした。

「ルイズの実家行ったでしょう、凄かったでしょう?
 お嬢様なのですよ、実際。」

「鉄扉蹴り飛ばして砕くようなのがお嬢様かぁ、お嬢様のイメージが砕けるなぁ…あだっ!?」

ボヤいていた才人の脳天に、思い切りチョップが入ったのでした。
もちろん、その主はピンク色の藻類…もとい、ルイズです。

「誰が何時、鉄扉蹴り飛ばして砕いたってのよ!」

「え?砕けないか?」

「いや…どうだろ、砕けるような気はするけど…。」

出来るのですか。貴方はどうなっちゃっているのですか、ルイズ?
つ、次行きましょう、次!

「そ…それでは次は、こちらのギーシュ・ド・グラモン伯爵公子。
 あのグラモン元帥の四男です。」

「お初にお目にかかり光栄の至り、ギーシュ・ド・グラモンにございます、辺境伯閣下。」

ギーシュもそれなりに優雅に一礼。
私みたいな田舎貴族と違って、社交界にも子供の頃からデビューしている人達は一味違います。

「グラモン元帥の御子息か、何度かお会いした事があるが、ただひたすらきらきらしく派手な方であった。」

「そうでいらっしゃいましたか!父を評してただひたすらきらきらしく派手とは、なんと言うこの上なき賛辞!父もたいそう喜ぶ事でしょう!」

えーと、遠まわしどころか直に莫迦にされているような気がするのですが、それで良いのですかギーシュ?それが正解なのですかグラモン家!?
そしてそれを知っているとはツェルプストー辺境伯、恐ろしい子ッ!?
ええい、次です次っ!モンモランシーならば、いつもは常識人ですし大丈夫でしょう。

「次にこちらが、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ伯爵令嬢。
 かの《水のモンモランシ》の本家の御息女です。」

「御機嫌よう、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシでございますわ、辺境伯閣下。
 …で、早速なんですけど、こんな秘薬が御座いますの。お近づきにどうぞ。」

モンモランシーは挨拶もそこそこに、辺境伯に丸薬を手渡したのでした。

「ふむ…これは?」

「辺境伯閣下の健康の為にと思いまして、強壮剤を。
 少々の疲れであれば、それを飲んで数分でたちどころに回復いたします。」

何で商売モードに入っているのですか、モンモランシー!?
そして何なのですか、その商品内容は。
辺境伯閣下の趣味をリサーチしてきた、そのぴったりな商品内容はっ!

「ほほう…試したのかね?」

「はい、おはずかしながら…効果は覿面で御座いましたわ。」

何ノリノリになっていやがりますか、このエロ辺境伯は!?
そして、恥じらいながらも効果の程を説明するんじゃありませんよモンモランシー!
あああああ、何か嫌な汗が出て来ました…良い予感がまるでしないのです。

「それはそれは…早速、今晩試してみよう。」

「はい、お気に入り頂けたならば、トリステイン魔法学院のモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ宛に…え?」

辺境伯閣下に腕を捕まれて、びっくりしているモンモランシー。
ほら、早速試す気になっているではありませんか、モンモランシーで。

「あら、モンモランシーがお義母様になってしまうのかしら?
 ま、それもありよね。」

「えええええええええ!?そそそ、それは困りますわ辺境伯閣下!」

キュルケの言葉に、モンモランシーが真っ赤になって何度も首を横に振っています。

「ちょちょ、ちょっと待っていただきたい辺境伯閣下!」

ギーシュも慌てて乱入。
キュルケは面白がりつつも、私にそろそろ止めてやれと視線で送ってきています。
…仕方がありません、キュルケのフォローを期待して流れをぶった切りましょう。

「辺境伯閣下、モンモランシ伯爵令嬢が無礼を働き大変申し訳ありませんが、お戯れも程々にしていただけないでしょうか?
 彼女には既に、そこのグラモン伯爵公子という婚約者がおりますので…。」

「うむ!?」

まだ婚約はしていませんが、嘘も方便。
どーせ結婚するでしょうし、これで押し切っちゃいましょう。
私が笑顔で話しかけているのに、辺境伯が何かビビッた表情になっていますが押し切りましょう。

「お父様、アマーリエが先程、最近お父様の寵愛が薄れているようで悲しいと言っておりましたわよ?
 これは愛するものを遍く暖めるツェルプストーの愛に反するのではないでしょうか?」

「なんと、そうであったか!
 ふむ…それはアマーリエにすまない事をした。」

これで一瞬にして判断が翻ってしまうのですから、凄いですねツェルプストーの愛。
イスラム教の一夫多妻制並みに平等な愛情を要求されるのですか。

「それでは、今夜はアマーリエの元に行くとしよう。
 フロイライン・モンモランシ…この薬は本当に効くのかね?」

「は、はは、はい!そ、それはもちろんで御座います!
 モンモランシの家名に賭けて、効果を保障いたしますわ!」

そんなえっちい薬に、超名門の家名を賭けないで下さいモンモランシー。
まあ何にせよ、だぶるぴーすな事態にならなくて一安心ですが。

「そそ、それで、効果の程にお気に入りなされましたら、私宛に是非とも注文の手紙を!
 何時いかなる場合でも、最高品質の秘薬をお送りいたしますので!」

「うむ、わかった。心に留めておこう。」

「ああ、ありがとう御座います、辺境伯閣下!」

取り敢えずモンモランシーの商魂逞しさだけは、見習わなくてはいけませんね…。

「さて、次は…変態ですので、パス。
 ではその次…。」

「うおおおおおおい!その放置っぷりはどういうことだい!?
 実にご馳走様と言わざるを得ないよ、ありがとう!本当に有難う御座います!」

金髪のぽっちゃりさんが、土下座する振りして私のスカートの下に入り込もうとしたので、問答無用で蹴り飛ばして頭を踏みつけます。
もちろん体重をかけつつ、グリッと踏み躙るのも忘れずに。

「…という具合に変態な、マリコルヌ・ド・グランドプレ伯爵公子。
 ま、これ以上の説明は要らないですよね。」

「ぐふ…無様な姿でお初にお目にかかります。マリコルヌ・ド・グランドプレに御座います…げぼぁ…。」

踏みつけられたままで恍惚の表情を浮かべつつ、何かジタバタしながらマリコルヌが挨拶をしています。
足を外すとパンツ見られてしまいますし、どうすれば良いのでしょうね、コレ?

「これが、かのグランドプレ家か。始めて見たが、なんという清々しいまでの変態っぷり!
 しかもこの、どんな女性であろうともたちどころに女王様にしてしまうこのテクニック!
 流石は次期当主候補と言われるマリコルヌ・ド・グランドプレ伯爵公子である、天晴れ!」

ええと、頭の螺子ブッ壊れやがりましたか、この辺境伯?
しかも何ですかこの、マリコルヌの事は噂で聞き知っていた的な台詞は?
御前は何を言っているのですかと突っ込み入れたいですが、辺境伯ともあろう御方に気安く突っ込むわけにも行かず…ううむ、ジレンマが。

「お褒めに預かり光栄の至り…しかし、乙女に冷たくあしらわれつつ踏みつけられるこの立場は、渡しませぬよ?」

「ぐぬぬ…なんと羨ましい。」

何がぐぬぬですか、何が。
しかもあんたも変態かー!?

「シャイイイイイン!スパアアアアアアアアアアアアァァァァクゥ!」

『ギニャアアアアアアアアアアア!?』

私がとうとう我慢の限界に来て発した火と風の複合魔法、雷撃と熱波がマリコルヌともども辺境伯を打ちのめしたのでした。
新魔法のお披露目がこんなくだらない場とか、トホホなのですよ。


たいむごーずばい。


「次は…我が姉、ジゼル・ド・ラ・ロッタ男爵令嬢に御座います。
 一見おっとこまえですが、根は基本的に乙女です。」

「誰が男前よ、誰が。
 お初にお目にかかります辺境伯閣下、ジゼル・ド・ラ・ロッタで御座います。」

ジゼル姉さまが、少し焦げた辺境伯に、優雅に礼をします。

「ふぅ…甘美なるひと時。」

何で焦げながら賢者モードになっていますかね、この辺境伯?

「おっと、済まぬ。
 ケティ様の姉であらせられるか。」

そして何で、私の呼び方が様付けに…。

「は、はい、私は田舎者故にあまり華のある話は出来ませんが、この城館の構造には感動いたしました。
 こんな見事な星形城館、初めて見ましたもの。」

「ほほう、この城館が星形城館であることに気づきなされたか!」

おおう、ジゼル姉さまは城館を褒めるのですか。

「はい、上空から見た限りでは見事な左右対称の五角形星形城郭を基本に、半月堡と角堡を組み合わせ魔法や銃弾の射線が効果的に集中するように作られているのが見えました。
 武と美を兼ね揃えた、素晴らしい城館だと思います。」

ううむ、この世界では最新技術である星形要塞をしっかりと理解しているとは、ジゼル姉さま凄いのです。
銃士隊の座学か何かで勉強したのでしょうかね?
私も上空から見ましたが、このツェルプストー城館はたっぷりと金をかけて作られたであろう事がわかる見事な星形要塞構造なのです。
星形要塞として有名な函館の五稜郭よりも、かなり大規模で立派なものです。
星形要塞の最大の特徴は、攻勢側の火砲に耐えつつ、守備側の火砲の威力を最大化するように作られた構造にあります。
航空戦力を用いずにこの城館を攻略するのは、困難極まりないでしょうね。

「君はとても良く勉強しているようだ。
 ふむ…後で、この城館を大改装した時の設計図を幾つか見せてあげよう。」

「わあ、本当ですか?ありが…。」

「いえいえいえ、それはツェルプストー家の機密ではありませんか。
 そのようなものをトリステイン人の我々が見せて貰うわけには行きません。」

ジゼル姉さまの言葉を、途中で思い切りぶった切ることにしました。
要塞の設計図なんて代物は、本来他国人どころか同国人にだって、それどころか同族にだって秘するべきものです。
気安くホイホイ見せて貰えるようなものではありません。

「え?だ、だって、辺境伯閣下が…。」

「ジゼル姉さま、当家の城館の構造図を把握しているのは誰と誰でしょう?」

「勿論それは、お父様とお母様…あっ。」

それに気づいて顔を真赤にするジゼル姉様と、急に口笛を吹き始める辺境伯。
やっぱりだぶるぴーす的なアレですか。ゆ、油断ならない…ッ!?
アーハンブラにて陥ったのとは全く別種の危機に私たちは今襲われています。
何と言いますか、下半身的な危機に。

「あら?ジゼルをお義母様とお呼びするのも楽しいかなと思ったのだけれども?」

キュルケはやはり気づいていましたか。
そして、何で止めなかったかといえば、私が止めるのがわかっているからなのですね。
私で遊んでいますね、キュルケ…。

「申し訳ありませんが、当家は今のところツェルプストー辺境伯家と縁組する予定は御座いません。」

「そうか…同じ火系統の家系同士であるし、良い縁組ではないかなと思っていたんだが。」

それはそんな気がしますが、だぶるぴーす的展開は駄目なのです。
ジゼル姉さまって、好きな人が居るらしいのですよね。
あー…男装した私じゃありませんよ、私以外の誰からしいのです。
誰なのでしょうね?ギーシュのわけはありませんし、才人にそういう視線を向けている感じもありませんし。
マリコルヌという展開は…想像したくないので脳内却下です。
本当に、誰なのやら?
兎に角、好きな人が居る以上は、その人とくっつけてあげたいではありませんか。
結婚云々は、さておくとしても。

「さて次は…あれ?才人?」

「サイトなら、俺は平民~とか言いながら、逃げて行ったわよ。
 自己紹介とか、苦手なんですって!」

才人が居ないのでキョロキョロしていると、ルイズにそう言われたのでした。

「おにょれ、あの偽平民…。
 逃げてしまったようですが、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガというものが居りまして…彼に関してはご存知でしょう?」

「おお、あの黒髪の少年が4万殺しのヒラガーなのかね!?」

ゲルマニア訛りだと、平賀はヒラガーと発音されるのですね。
何か全長999m、全幅8500mの横向きに進む宇宙戦艦作りそうな感じなのです。

「はあ…ええっと、まあ、そんなに殺してはいませんが、そのヒラガーで間違いありません。」

「しかし、あの軍勢を独りで瓦解させたのであろう?
 是非とも、その時の武勇伝を聞かせて欲しかったのだが…。」

ああ、あれ以降、才人が良く聞かれる話ですね。

「それでしたら私も隣で散々聞いた上に短いので、話せます。」

「ほほう…では聞かせてくれ。」

「ひとつ言っておくと、才人は吟遊詩人でもなければ己の武を誇るタイプでもありません。
 彼があの場所で経験した事柄は《敵を切りながら前進していたら、派手な服装をしている上級指揮官の群れに出くわしたので、全員切ったら敵が逃げ散った》という事だけだそうでして。」

才人が言うには《まるで人間を斬っている気がしなかった》のだそうです。
土の人形か、はたまたポリゴンで出来たゲームの敵キャラを斬ってるみたいだったとか、そんな事を言っていました。
禁忌を犯させる為に、あのガンダールヴのルーンは才人の心に細工をしているようなのです。
勿論それは、才人の心を守る為の処置なのですが。

「それだけか…強敵との邂逅などは?」

「一切無かったそうです。
 皆等しく案山子か土くれの人形か、総じてただの的に過ぎなかったと。」

勿論、集団対個ですから才人は傷を負っていたらしいのです。
デルフリンガーの言う事には、才人は実際一度完全に死んだらしいですし。
ですがそれまでの間は、あっという間に傷が塞がり、しかも痛みを感じ難い体質になって、更に心には勇気だけが湧き出で一切の怯懦の入る余地も無い。
ガンダールヴのルーンが極限まで発動した結果、生まれた人に死を与える為だけに作られた機械(キリングマシーン)
才人はそんな状態になっていたのだと、デルフリンガーから聞かされています。

「強過ぎるではないか…それは。」

「強過ぎでもしない限り、あの数を瓦解させるのは無理でしょう。」

実際、無茶苦茶です。
流石は伝説の使い魔といった所ですが、彼自身は飽く迄も日本で生まれ育った普通の少年なのですよ…。

「…才人の話はこれくらいにして、最後の紹介をさせて戴いても宜しいでしょうか?」

「あ…ああ、頼む。」

最後は勿論、タバサです。

「最後に、こちらにおわす御方がシャルロット・エレーヌ・ドルレアン大公爵令嬢にあらせられます。」

「はじめまして辺境伯閣下、シャルロット・エレーヌ・ドルレアンと申します。」

タバサが本格的に挨拶するのは初めて見ましたが…ううむ、流石はガリア王家というか、ルイズに負けず劣らぬ優雅な挨拶。
今度タバサに、私の挨拶も矯正して貰いましょう。
多分、私が一番下手だったでしょうし。

「大公爵令嬢、そのような華奢な体で、よくぞ困難を乗り越えてここまでいらして下された。
 ここで母君ともども、ゆるりとされるが良かろう。」

「はい、ありがとうございます、辺境伯閣下。」

タバサは物凄く華奢なので、体が弱いと勘違いされる事が多いのですよね。
イヤホント、あの体の何処にあれだけ食べ物が入って、何処からあれだけの筋力を叩き出しているのやら…。

「ですが、私はここで友と一休みした後に、トリステインに戻ろうと思っています。」

「なんと、母君を残されてか?」

タバサが謝辞を述べた後に続けた言葉に、辺境伯がびっくりしています。

「え?タバサって、わたし達と一緒にトリステインに戻るの?」

ルイズが早速タバサに尋ねています。

「ん、お母様の身柄は確保できたから、次は心を奪還する術を探す。」

「うーん、そうか、それもそうね。
 おし、私も手伝うわ!」

タバサの言葉を聞いたルイズは、そう言いながらガッツポーズを作りました。

「ガリアの王様殴ればいいんでしょ、何とか成るわよ!」

そうなような、何となく違うような、果てしなく違うような。
ひとつ言えることは、どうしてそうなった。

「えっ!?ええと…。」

「私の方に心配そうな視線を向けられても困ります、タバサ。
 私もルイズの言動には、果てしない不安を感じています。
 こんなんが次期国王でいいのかとか、そんな事を。」

「なんでよう!」

ルイズがなんでその言葉で安心できると思ったのか、後で小一時間くらい問い詰めてみましょうか…。

「まあ兎に角、タバサがその気ならば、私たちは協力を惜しまないという事です。」

「そうそう、私の秘薬の知識が必要なら幾らでも貸してあげるから…出世払いでね。」

モンモランシーは、欲望丸出しですね。

「レディが、しかも姫君が困っているのに、それを見逃したとあってはグラモン家の名折れだからね。
 勿論、僕も手を貸すよ!」

ギーシュは何が出来るのかわかりませんが、兎に角凄い自信なのです。

「取り敢えず踏んづけてください、その小さな足で!」

「ん。」

タバサは躊躇なく、這いつくばったマリコルヌの頭を踏みつけたのでした。
素直なのは良いですが、やらなくて良いですから、そういう事は…。

「ありがとうございます、ありがとうございます!何処までも誠心誠意!忠誠込めてお仕えいたします!」

そして毎度毎度の事ながらわけがわかりません、この変態は。

「才人は…まあ、タバサが困っているなら手助けしてくれるでしょうね。
 何と言っても底抜けのお人好しですから。」

「ん。サイトは、イーヴァルディだから。」

「え、ええ確かに、才人はイーヴァルディになるでしょうね。」

むう…才人が何だか何時の間にやら、タバサに全幅の信頼を得ている感が。
ええと、タバサにとってイーヴァルディって凄いフラグなのでしょうか、ひょっとして?

「辺境伯閣下、シャルロット公女殿下の申し出ですが、受けて頂けるでしょうか?」

「ふむ?公女と大公妃をお預かりするという話であったが…。」

タバサと母上がセットであればこそというか、政治的価値は主にタバサにありますしね。
こう言っちゃなんですが、タバサの母上はガリア王家ではない上に心身喪失状態で、政治的価値は殆ど無いのです。
無いのですが…まあ、価値を生み出す事は可能です。

「辺境伯閣下、シャルロット殿下はガリア王となられる御方です。」

ズバッと確定した形で、言い切ってしまいます。
そして私は辺境伯の目を正面からじっと見据えました。

「ほう…このゲルマニアまで落ち伸びて来なければならなかった小さな殿下が、かね?」

私の言葉に、表情を固くした辺境伯が睨み返してきます。

「はい、ガリアは今後間違い無く軍事的に動きます。
 そうなれば、ガリアを分断させる為にシャルロット殿下を利用させて頂きます。」

タバサの前で、こういう真っ黒な事を言うの正直死ぬ程嫌なのです。
とは言え、どう言い繕おうがタバサを今後利用する路線は変わりません。
無能王だ何だと言われていますが、ここ数年のガリアの国力は上がりこそすれ下がってはいないのですよ。
まともに戦っても勝てるかもしれませんが、それは同時にゲルマニアとガリアに挟まれていて、かつどちらの国の領土でも無い《丁度通りやすい道路》となっているトリステインが、焼け野原になってしまう事を指します。
故にトリステインの国土になるべく被害を出さずに勝つ為には、ガリアを一時的に機能不全にする必要があるのです。

「君は《友》すら利用するのかね?」

「この身は貴族です。
 貴族は平時に於いては国を育て、戦時に於いては国を守るべきもの。
 それによって日々の糧を得ているのですから、それらは《しなくてはいけない事》です。
 その最も《しなくてはいけない事》こそが至上であり、他はその次となります。
 《地位の対価は血で贖え》と、私は貴族に説きました。
 ならばそれを説いた張本人として、例え支払うべき対価が《友情》であったとしても、《肉親》であったとしても、私が貴族で在り続ける限りは《それ》を何時か己の血で贖う覚悟をして差し出してみせましょう。」

本当に出来るかどうかは、その時になってみないと己でも確証は持てませんが。
それでも、今この時は間違い無く本気でそう言っていますよ、私は。

「王座なんて野暮。欲しくない。
 でも戦争が防げないのであれば、それが最短の道。
 あの男を止める為に已むを得ないというのであれば、その選択を躊躇う気はない。
 ケティに私を利用させるなんて選択をさせる気はない。
 私は私を利用する。」

タバサは私を庇うようにそう言って、手をギュっと握ってくれました。
どうしましょう、感動して何か泣きそうなのです。

「成程、公女殿下と男爵令嬢の覚悟の程は理解した…して、確証は?」

はい、言われると思っていましたよそれ。

「それに関してはこちらの書類を…ここ数年のリュティスの物流に関するざっとした情報を示したものです。」

「そ、そんなものを作れるのか!?」

この時代の物流量って、正確に把握するの大変ですからね。
何せ、商会ごとに単位あたりの量が違いますし。

「ざっとした情報であれば、まあ何とかなるものです。
 多くなっているのか少なくなっているのかくらいは、調べ上げればわかるものですよ。
 そして、ここを見ていただければわかりますが、この数ヶ月で小麦粉、干し肉、火薬、木材といった物資が急激にリュティスに集中し始めています。
 別にリュティスの人口が急激に増えたわけでもないのに、流入量だけがひたすら増えています。
 また、こちらをご覧ください。」

私はもうひとつの書類を辺境伯に手渡しました。

「これは、ガリアの大型ドックを持つ造船所の稼働率を示したものですが…去年辺りから新造艦が続々と出来上がっており、空軍が大幅増強中です。
 ただでさえ強大なガリアの両用艦隊が、更に強大になりつつあります。
 銃や火砲も各鍛冶場にて急激に量産中であり、陸軍も間違い無く増強されています。
 これらはアルビオンの革命に対応するためという大義名分の元に行われていましたが、これが今も続いているのです。
 アルビオンの革命騒ぎは疾うの昔に終わったというのに…です。」

「ムウ…これが本当ならば…。」

私の説明を聞いて、辺境伯は緊張した面持ちで唸るように一言、そう言ったのでした。
これだけの情報を渡せば、誰だって戦争の準備であると気づきます。

「はい、ガリアは何処かと戦争をする準備をしているという事です。
 では何処と?ということなのですが、ガリアはかなり前からエルフと何らかの協定を結んでいるようなのです。
 その証がシャルロット殿下の母上を狂わせた水の秘薬…あれは、間違いなくエルフの手によるもの。
 そうでしたね、モンモランシー?」

私はそう言って、モンモランシーに話を振りました。
ここに戻ってくるまでに、モンモランシーにタバサの母上がどういう状態で心を狂わされているのか調べて貰ったのですよね。

「あ、はい。シャルロット殿下の母君から血を取らせていただいて、そこから強い水の精霊の力を検出いたしました。
 水の精霊の何らかの働きによって、心を狂わせているようです。
 しかもその方法はとても高度なもので、このハルキゲニアのどの水メイジであっても解除不可能である事くらいしかわかりませんでした。
 どのような水の秘薬であっても、同じ水メイジならば時間をかければその効果を解くことができます。
 これはどの水メイジに聞いても10人が10人、胸を張ってそう答えるでしょう。
 しかしコレは、それが出来ないのです。
 そしてエルフが作ったとされる秘薬の類は、同じく効果が解けない事が過去の資料や伝承で知られています。
 故に、シャルロット殿下の母君の心を狂わせたのは、エルフの秘薬であると断定してほぼ間違いないと考えます。」

「そしてそれをジョゼフ王が使ったこと、更にシャルロット殿下救出の際にエルフが出現して妨害した事などから考えるに、ガリアはエルフと協定を結んでいる事はほぼ間違いないと言えます。
 恐らく、相互不可侵の協定程度は結ばれているのではないかと、そう考えられます。
 アルビオンでもなければエルフ相手でもない…ではガリアの戦力は何処に差し向けられるのか、ということなのです。」

ハルケギニアの国で、ガリアがあらん限りの大兵力を用意して戦わねばならない国などありません。
ただし、複数の国を同時に相手にする場合は、話が別となります。

「トリステインと、ゲルマニアが相手…と言いたいのか?」

「恐らく、ロマリアも。」

辺境伯の言葉に、私はそう補足を入れました。

「…ジュリオ・チェザーレにでもなるつもりか、あの無能王は?
 征服したとしても、叛乱が頻発して収める事など出来ぬぞ。」

「意図はわかりませんが、能力的にはそれを目指しているという風に見えます。」

まあこれらは私が知っている知識から逆算して、情報を調べあげさせた結果なのですが。
ちなみに、ジョゼフ王は全然後先考えていません。
これから行われるであろうガリア軍への動員体制をずっと続けたら、さしもの大国ガリアでも数年で財政が完全に干上がってしまうでしょう。
まあ数年持つのが、既にとんでもないのですが。

「分かった…この件は皇帝閣下にもお伝え申し上げる。
 正直な話この情報だけでも、公女殿下の母君の身をお預かりするには十分な対価だ。」

辺境伯はそう言うと、額を抑えて座り込んでしまいました。

「ありがとうございます、辺境伯閣下。」

「うむ、兎に角今日から数日間は、皆疲れをとるためにここで休んで行かれるが宜しい。」

これでゲルマニアとタバサの母君の身柄の安全は何とかなりましたかね…。
私は大きく溜息を吐いて、胸を撫で下ろしたのでした。



[7277]  幕間58.1 時の迷子マリー
Name: 灰色◆a97e7866 ID:528ed989
Date: 2013/08/31 10:24
「美味しかったわ、ありがとう。
 久々にまともな食事にありついたって感じね。」

トリステイン女王アンリエッタは、そう言って満足そうに頷いた。
ここはトリステイン南部にあるラ・ヴァリエール公爵の城館である。
彼女はルイズ達の出迎えの為に、お忍びでこの地までやってきていた。

「ま、まともな食事に久々に、でありますか?」

ピエール・ロラン・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵は、久々のちょっとした休暇にご満悦なアンリエッタの言葉に、ぎょっとして声をかける。
それはそうだろう。女王ともあろうものが《まともな食事にありついたのが久しぶり》などと言えば、誰だって驚く。

「ええ、最近食べたものと言えば、サンドウィッチでしょ、それからサンドウィッチでしょ、そしてサンドウィッチ。
 後はお菓子を包んだガレットくらいかしら?」

アンリエッタは左手で食べながら、右手で仕事が出来る料理しか食べていなかったようだ。
このワーカホリックなジャンクフード女王をまともな食生活に戻そうと、家臣達が強制的に休暇を取らせた事を誰が責められようか。
マザリーニ枢機卿以下全員の心は《若いからまだ何とかなっているが、陛下に長期休暇を取らせないといい加減拙い》で一つだった。
表向きは戦勝パレードで軍艦を貸してくれた事に対するお礼を述べにという公務だし、ルイズ達をこっそり出迎えて貴族に復帰させるという裏の公務もあるのだが、裏の裏の事情としてはアンリエッタに長期休暇を取らせる事が第一だった。

「サンドウィッチで、誰のせいだか大体わかりました。
 ・・・マリーの仕業か。」

ヴァリエール公爵は、そう言って眉間を押さえ溜め息を吐く。

「マリーが作ってくれたのを食べた事があるが、サンドウィッチは確かに美味しいし、仕事をしながらでも食べられるからなぁ・・・。」

「サンドウィッチという名前で、特定余裕だったわ。」

カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人も、ヴァリエール公爵に続いて大きく溜め息を吐いた。

「・・・そういえばあの娘、過去に行って昔の卿達に合った事があるのだったわね。」

「はい、色々な冒険をしたものです。
 マリーは私が魔法衛士隊に入隊した時には、既に会計士として堂々と入隊済みでした。
 しかも会計士なのに、普通に私達衛士と一緒に活動していましたし・・・。」

カリーヌは、アンリエッタにそう言いながらふと気づいたような表情になる。

「・・・そう言えばマリーって何時頃、魔法衛士隊に入ったのかしら?」

「君と出会う前日だよ、カリン。
 ヴィヴィアン隊長代理が連れてきたんだ。
 そうアレは、妙に霧の濃い朝だった・・・。」

ヴァリエール公爵は、そう言って感慨深げに瞼を閉じる。
思い出そうと思えば、今もはっきりと思い出せる。その光景に思いを馳せつつ。





「ど~も~♪」

ヴァリエール公爵がまだ若く、とある理由でサンドリオンと名乗っていた頃に、その子狸みたいな少女は現れた。
あまり背は高くないが、顔立ちを見るに17~18歳くらいで、あと胸が結構御立派である・・・じっと胸を見るのも失礼なので、サンドリオンは視線を少女の顔に戻した。

「ええとヴィヴィアン殿、このレディは?」

魔法衛士隊の事実上の事務所と化しているジェーヴル男爵邸の執務室に登庁したサンドリオンは、魔法衛士隊隊長代理であるヴィヴィアン・ド・ジェーヴル男爵公女に、そのにこやかに手を振る狸娘の説明を求める

「お、サンドリオン、朝からきちんと登庁とは結構な事だな?
 この娘は新しく雇った会計係だ。
 父の代わりに様々な調整を行った上に会計までやっていたのでは、私は何時か過労で死んでしまうのではないかと思っていたからな。
 住居の紹介と不正に手を染めない程度の給金をくれれば喜んで働くと、酒場で雑談ついでに売り込んできたから拾ってきた。
 ゲルマニア人でな、名前は・・・。」

「マリア・アントニア・フォン・エステルライヒと申します。
 灰被り(サンドリオン)殿でしたか?宜しくお願いいたします。」

そう言うと、少女は優雅に一礼をしてみせる。
ゲルマニア人だというのにガリア式のとても優雅な礼だったために、サンドリオンは一瞬びっくりし、同時に見惚れてしまった。

「え?あ、ああ、よろしく頼むミス・エステルライヒ。」

幼い頃に見た聖女の絵程ではないが中々に美しい娘であり、とある事件以降生涯不犯を誓ったサンドリオンでも少々ドキッとするような仕草だったのだ。

「ああ、マリーで結構なのですよ。
 エステルライヒとか、トリステインの方々には少々呼び難い発音でしょうし。」

「それは有難いな。正直な話、君たちの言葉を我々が発音しようとすると、舌がもつれそうになる。
 それはそうと、実に優雅な礼だった。教師が良かったのだろうね、一瞬見惚れてしまったよ。」

サンドリオンがそう褒めると、マリーは誇らしげな笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます。この礼は、ガリアの友人から教えて貰ったものなのですよ。
 教えは厳しかったですが褒めて戴ける程なら、必死に何度も訓練した甲斐があったというものです。」

この時マリーは《見惚れるとか、ヴァリエール公爵がまかり間違えて私とくっついて、私がルイズの母とかになったら、とんでもないタイムパラドクスが起こっちゃいますね・・・》とか、内心少々怯えていた。
まあわかっていると思うが、このマリーがケティである。ケティではあるが、ややこしいのでこの時代の表記はマリーとする。

「おはよう諸君!今日も元気に・・・お仕えさせて下さいいいいいいぃぃぃぃぃっ!?」

「誰の親だか一瞬で判明したわあああああぁぁぁっ!」

サンドリオンとマリーが話している間に、いかつい巨漢が執務室に入ってきたなり這いつくばってマリーの足に縋り付くが、マリーも慣れた仕草でそれを素早く振り払って巨漢の頭を踏みつけた。
勿論、最後にグリっと踏み躙るのを忘れない。

「ウッはアアアァァァァ!踏みつけるだけでなく、踏み躙っていただいた!
 ありがとうございます!これで俺はあと10年戦える!」

「変態!変態!変態!」

「ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!
 踏み躙りながらなじって戴ける!この至高の幸せ!ああ始祖ブリミルよ、感謝致します!」

一瞬で執務室内の空気が面妖なものへと変化していた。
ついでに言うと、こんな状況で感謝されてもブリミルも困るだろう。

「・・・あの、この変態は何者ですか?」

「何か、すっごくあしらい慣れてなかったか?
 あと、親がどうとか・・・。」

巨漢の名を尋ねるマリーに、一部始終を見ていたサンドリオンがおずおずと質問を返した。

「気のせいです。」

「いやでも・・・。」

「気のせいです。エントでもドリアードでも良いですが、気のせいなのです。」

マリーが物凄く迫力のある笑顔で言外に聞くなと言ってきたので、サンドリオンは質問を諦めた。

「・・・で、この変態の名前は?」

「バッカス。見ての通り、高貴なる美少女に誠心誠意仕える事が至上の人生課題でね。
 貴族の美少女に出会うと、所構わず仕えようとする奇怪な習性がある。」

「本当に奇怪な習性ですね・・・。」

マリーはそう言って、額を抑えた。

「やあやあ、これは素敵なお嬢さん!
 バッカスを踏んづけつつ、何の御用かね?」

そんな声がしたので、マリーはその方向に振り向く。

「うお、眩しっ!?」

それを直視してしまったマリーは、思わず変な声を上げてしまう。

「眩しいとはまさに僕の為にある言葉!
 美しいお嬢さんのお褒めに預かり光栄の至り!
 ああ、今日は朝から本当に良い日だ。」

バッカスが開け放ったままになっていた扉から入ってきた男は、歩くミラーボールみたいな男だった。
彼が着ているそれは何というか、常軌を逸した《服のようなもの》なのだ。
スパンコールが編み込まれたギンギラギンのマントに、同じく紫のスパンコールとラメが施されたシャツ。
そして赤のスパンコールが施されたズボン。
それが執務室に入ってきた爽やかな朝の太陽光を目一杯反射して部屋中に白と紫と赤の光を反射させている。
歩くミラーボールというか、マツケンサンバというか、兎に角眩し過ぎてひたすら目が眩み、顔もまともに見られない。
《ただひたすらきらきらしく派手》としか、言い様のない状態である。
マリー・・・ケティは、そういう形容をされた人物評を聞いた事があった。そして大いに納得したのだった。
ギーシュはアレでも、一族内では地味な方だったのだなと。

「こ、この異常に眩しい御方は?」

「こ・・・こいつは、ナルシス。
 こういう方向性のお洒落に命すら賭けているアレな男だ。」

カーテンを閉めてナルシスに当たる日射量を減らしつつ、サンドリオンはそう言う。
サンドリオンも、やはり眩しかったようだ。

「ど、どうもはじめまして、ナルシス殿。」

「お初にお目にかかる、愛と美の伝道師にして騎士のナルシスと申します。
 このような美しい御嬢さんにお目にかかれて光栄の至り。
 この後予定が無いのであれば、お茶でもいかがかね?」

薄暗くなった部屋の中で、それでもキラキラと輝きつつ、ナルシスは気障っぽく一礼した。
そして、ナルシスに当たる光の量が下がった為に、ようやくマリーはナルシスの容貌を確認出来たのだった。
輝くような金髪と非常に整った容貌、更に化粧までする事で怪しい美しさを醸し出している・・・のだが、服が煌びやか過ぎて全然目立っていなかった。

「あー・・・何というか、色々と残念な男、略して色男といった感じなのですね。」

「初対面から酷いな君は!?
 僕のこの美を理解しないとは!」

マリーの一言に、ナルシスはかなりショックを受けたようだ。
よろよろとよろめいて、壁に手をついた。

「すいません、どう見ても私の趣味には合わない格好なもので。」

「ふ・・・ふふふ、地味なゲルマニア人には、僕の美的センスはわからないか。」

地味なゲルマニア人とか言われても、マリーはゲルマニア人では無いし、そもそも自身が一見地味なキャラである事をあまり気にしていない。
むしろ地味な事を利用して、隠密行動とかをしようとするタイプの人間である。故にダメージゼロであった。

「はい、すいません。何分田舎者でして。」

「い、田舎者では仕方が無いね。」

「はい、仕方がありません。
 ナルシス殿の服装が眩し過ぎて不快なのは、私が垢抜けない田舎者故なのです。」

「ならば良し、はっはっはっはっは!」

能天気に笑い始めるナルシスと、のほほんと微笑むマリーを見て、サンドリオンは《ああ、我が友ナルシスよ。君は今、完全に彼女の玩具になっているぞ》と思いつつ、心の中でひっそりと泣く。

「彼女は暫く私の家に住み込みで働いて貰う事になっている。
 後からやってきた二人にも話しておくと、彼女は魔法衛士隊の会計係だ。
 算術の腕は私も確認したが、かなりのものだった。」

「しかし、いきなり雇った人物に、隊の財布を預けるんですか?」

魔法衛士隊きっての実力者にして問題児の3人が揃ったのを確認してマリーに関する説明を再開したヴィヴィアンに、サンドリオンは当初から感じていたそんな疑問をぶつける。

「まさか!いくら私でもそんな事はせんよ。
 信頼出来ると判断するまでは、隊の金は今まで通り私が管理する。
 彼女が先ずするのは、帳簿上の数字の管理だけだ。」

「それを聞いて安心しました。
 ヴィヴィアン殿は時々直感でとんでもない決定をするか・・・ら。
 ああ、いや、失礼・・・ゲフンゲフン。」

サンドリオンは時折とんでもなく気紛れな人事を行うヴィヴィアンの行動について話をしようとしたが、言い始めた途端に彼女の目が攻撃的に細められていったので、途中で咳払いして無かったことにした。
傾いている魔法衛士隊を何とか束ねる女傑という事もあり、彼女は中々おっかないのである。



そしてその夜、仕事が終わった後に3人は、同じく仕事が終わったのか大きく背伸びをしているマリーを見つけて声をかけた。

「マリー殿!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

声をかけたが、返事がない。

「マリー殿!マリー殿!」

「ほへ?あ、ああ、サンドリオン殿達でしたか。」

何度か呼ぶと、マリーはようやく自分の事だと気づいたのか振り返り、笑顔を浮かべる。

「何の用なのですか?」

「マリー殿は会計とはいえ我が隊の新入りだから、我々で歓迎会をしようと思ってね。」

《歓迎会⇒だぶるぴーす展開》などという不埒な思考が一瞬マリーの脳内を過ぎったが、いやいや流石にこの三人はそんな事はしないと思い直して首を思い切り何度も横に振る。

「あ、駄目か・・・。」

首を思い切り横に振ったのを思い切り拒絶されたと勘違いして、3人は肩を落とした。

「ま、まあ、僕たち3人とも男だしな、警戒するよな、年頃の娘としては。」

「仕方が無い、男3人で寂しく呑みに行くか・・・。」

「え?あ、いや、違いますっ!
 ちょっと考え事をしていたのですよ。」

マリーは気を落として背を丸くしている3人を慌てて引き留める。

「新入りをいきなり歓迎してくれるとか、こっちからお願いしたいくらいなのです!」

「おお!それは良かった!」

バッカスはそう言うと、満面の笑みを浮かべる。
そして徐ろに乗馬鞭をマリーに手渡す。

「俺は椅子になるんで、存分にお座りください。
 そして座り心地が悪ければ、出来の悪い椅子にお仕置きを!」

「絶対に座りません。」

バッカスの満面の笑みと変態発言を、マリーは笑顔で拒否したのだった。



「では・・・マリーの仲間入りを祝して・・・。」

『かんぱーい!』

4人は《洞窟の松明亭》という酒場にて、ささやかな歓迎会を開いていた。

「あらサンドリオン、今日は奮発してるわねー。」

酒場の給仕娘が、親しげな様子でサンドリオンに話しかけてくる。
歓迎会を咄嗟に開くくらいなので、そこそこ通い慣れた店らしい。

「ああティルデ、今日は彼女の歓迎会でね。
 彼女はマリア・アントニア・フォン・エステルライヒ、君と同じくゲルマニア人だ。」

「あはははは!ゲルマニア人たって、私はゲルマニア語苦手だけどね!
 お父ちゃんがゲルマニアから来たってだけで、私は生まれも育ちもこのトリスタニアだし。」

サンドリオンの返答に、ティルデと呼ばれた娘が快活な笑顔で応じた。
歳は16歳くらいで顔はなかなか可愛らしい、看板娘といった感じの少女である。
先ほどティルデが言った通り、この店の店主はゲルマニア人であり、ゲルマニアの郷土料理がメニューに並ぶ。
そのせいか、客にもゲルマニア人が結構多い。
勿論、トリステイン人の客も、サンドリオン達のように結構来るのだが。

「こんにちはミス・エステルライヒ。
 今後ともご贔屓に。」

「こんにちはティルデ。そんな畏まらなくても、マリーで良いですよ。」

初対面の貴族という事で丁寧に挨拶してきたティルデに、マリーはにこやかにそう告げた。

「あら、ありがとうマリー!ゲルマニア語って発音しづらくて。
 それにしてもマリーはゲルマニア人なのに、物凄くトリステイン語の発音が良いのね。」

「ありがとう、知り合いのトリステイン人から教わったのですよ。」

教わるも何も、めっちゃネイティブなのだが、マリーは笑顔でさらっと嘘を吐く。

【それじゃあゲルマニア語は?】

【そりゃもうゲルマニア人ですから、普通に喋れますけれども・・・?】

咄嗟にゲルマニア語で話しかけてきたティルデに、マリーも流暢なゲルマニア語で返す。

「んー・・・訛りから察するに、ゲルマニアのかなり南の方の人と見た。」

「ええ、我が故郷エステルライヒは、ゲルマニア南部にあります。」

「やった!大当たり!」

カバーストーリーはマリーが昔作ったものの一つで、余程南部ゲルマニアに詳しくないと見ぬくのは難しいだろう。
・・・とはいえ、時代が《新し過ぎる》のが、少々の不安材料ではあったが。

「な・・・何でゲルマニア語まで駆使した高度な探りあいになっているんだ・・・?」

サンドリオンが、不思議そうにマリーに尋ねてきた。

「それはもう何と言いますか・・・ゲルマニアの乙女の嗜みですかね?」

「そうね、生まれ当てはゲルマニア女の嗜み・・・ま、お母ちゃんがよくやっているのを真似てみただけだけど。」

「妙な風習だな・・・。」

2人の言葉に、サンドリオンは呆れた声でそう言った。

「・・・おかしい。僕のように美しい男がこの老け顔の男と一緒に寂しく酒を飲んでいるのに、何故サンドリオンが女に挟まれて楽しそうにキャッキャウフフと会話しているのか・・・。」?」

マリーとティルデとサンドリオンが話す一方で、ナルシスが首を傾げていた。
その服は相も変わらず店の蝋燭の光をあちこちに乱反射して、酒場をムード歌謡ショーみたいな空間に変えていた。

「うーん・・・そうですねえ。」

「うおっ!?マリー、いつの間に?」

ナルシスが考え込んでいる間に、マリーがあちらから抜けてきたようだ。
今はサンドリオンとティルデが、何かを話している状況である。

「やっぱり、その美的センスのボタンを数個掛け違えたような、ぶっちゃけ有り得な~い・・・な服が悪いような気がするのですが?」

「ま~だ言うのかねマリー、このゲルマニアの田舎者!」

その言葉に、店のあちこちから冷たい視線が突き刺さる。
先程も書いた通り、この店はトリスタニアのゲルマニア人が、故郷の味を食いに来る店なのだ。

「はいはい、田舎者ですよ~。」

「君には誇りというものが無いのかね?
 僕は罵倒したのだがね・・・。」

「田舎者である事に、特に負い目や引け目を感じていないので。
 田舎者と言われても、それは私にとって事実の指摘に過ぎないのですよ・・・あ、この酢キャベツ美味しい。」

そしてゲルマニアはその土地の大半が、凄く田舎である。
何せ、元々はハルケギニアでは無かった地域であり、征服され開拓されてハルケギニアになった土地なのだ。
故に、しょっちゅう田舎者呼ばわりされるのが、ゲルマニア人だったりする。
ちなみに彼女はゲルマニア出身ではないがド田舎生まれであり、そんなド田舎な故郷を愛している。
故に田舎者呼ばわりされても怒らない・・・謎の大魔境呼ばわりされると、少々落ち込むが。

「マリー殿の言う通りだな。お前の美的センスはおかしいぞ、ナルシス。」

「君はマリーがそう言っているから、追随しているだけだろう?」

「全くもってその通りだが、それがどうかしたか?」

「常々思っていた事だが、君は発想や発言が全く揺るがないね・・・。」

全く気にしないマリーと脊椎反射的にマリーに追随するバッカスの言動に、ナルシスは負けたというように突っ伏した。

「・・・それはそれとして、不犯の誓いをしているサンドリオンが一番女の子にモテるというのは、気に食わないわけだが。」

「それには俺も同意する。」

ナルシスの言葉に、バッカスも頷いている。

「おいおい、俺は別にモテているわけじゃあないぞ、アレはだな・・・。」

「サンドリオン殿は無害だから、女性に安全な生き物として扱われているのですよね?」
 
ティルデと話し終えたサンドリオンが弁明するのを遮って、マリーが説明する。

「ちょっと遺憾な話だが、その通りだ。
 不犯の誓いをしているからと言って、男としての私はまた別なんだが。」

「サンドリオン殿はモテるのに、不犯の誓いがあるから手を出せない。
 サンドリオン殿と親しくしている女性は、男女のやり取りをしても最終的に手を出してこないから、安心してやり取りだけが出来る。
 ・・・ま、もっとも、そういうやり取りをしているうちに、何とかサンドリオン殿を落としたくなる女性も居るのではないかとは思いますが。
 例えば、ヴィヴィアン殿が時折色仕掛けじみた事をしてくるとか・・・そういう素振りはありませんか?」

のんびりとコップでタルブ産のワインを飲みつつ、マリーはサンドリオンに微笑みかけた。

「ぶほっ!?げほ・・・げほっ・・・!」」

サンドリオンはそれを聞いて動揺し、軽くワインを噴いてしまった。
ヴィヴィアンの彼に対する態度には、少々心当たりがあったのである。

『あるのか!?』

「い、いやいや、アレはたぶん俺をからかっているんだと思うぞ、うん。」

ヴィヴィアンがサンドリオンに色仕掛けっぽい事をしてくる時は、大抵サンドリオンを何か油断させようと画策している時だった。
それ以上の揺さぶりは一切無い・・・とサンドリオンは思っているので、彼はマリーの指摘を否定した。

「あらあら~・・・結論としては、サンドリオン殿はやっぱりモテるという事になりますね。
 しかもモテるのに、恐らく意識的無意識的に係わらず、片っ端からフッているという・・・。」

「なんかより酷い分析になっているんだが!?」

納得いかないという表情を浮かべて、サンドリオンがマリーに抗議する。

「酷い男だな、女の敵だな、サンドリオン。」

「サンドリオンに、僕も女にモテる秘訣とかを学びたいものだよ。」

しかし、バッカスとナルシスはマリーの側についてしまった。
そんな薄情な親友に、サンドリオンは更に抗議の声を上げる。

「お前は十分女にモテるだろうナルシス!
 あとバッカスは、マリーの言う事に追随しているだけだな?」

「モテる事に限度は要らないのさ、何せ僕は美の探究者だからね。」

ナルシスは気障っぽくポーズをとりながら、迷う事無くそう告げる。
勿論、動くたびに服が光を乱反射して眩しい。

「勿論その通りだ!俺は全ての高貴な美少女の下僕だからな!
 わっはっはっはっは!」

バッカスはそう言って笑う。その様は豪快だが、言っている事はまるっきり変態だった。



「おほほほほ、これで上がりですね・・・。」

「んごぁっ・・・!?」

1時間程が経った頃、店に来ていたゲルマニア人に誘われてカード博打を始めた4人。
最初の頃はマリーたちが優勢だったが、途中からゲルマニア人が優勢・・・になったのも束の間、マリーが『倍プッシュルールにしましょう』と言い出した途端に、凄まじい勢いでゲルマニア人達が負けていた。

「さて次も、倍プッシュで行きましょう。
 次勝てば、20万エキューになりますね。」

マリーはニタリと、悪魔も泣きながら逃げ出しそうな笑顔で、ゲルマニア人たちを誘う。

「お・・・おいおいマリー・・・これはもう払える金額では無いぞ?」

「そろそろ解放してあげようではないかね?

「大丈夫なのです。町中の金融業者から借りれば、私達に払う事だけは出来ますよ。
 まあもっとも、その後どうなるかは知りませんが。」

ゲルマニア人たちの負け金額は膨らみに膨らみ、既に裕福な大貴族の総資産をもとっくに越していて、どう考えても野良メイジな彼らに支払える額ではない。
そんな返せる筈の無い金額を町中の金融業者からかき集めたと知れたら、彼らは金貸しによって集って八つ裂きにされるだろう。

「そうそう、マリー殿の言う通り。
 というわけで・・・町中の金融業者から借りてでも払えやゴルアァァァ!」

「ややこしくなるから追随するな、バッカスゥゥゥゥゥッ!」

バッカスは考えるのを既に放棄していたが、まあこれは放置である。

「ま・・・待てや姉ちゃん。あんた・・・イカサマやってるだろ!?」

「・・・イカサマだと証明する方法が、一体何処に?」

実は、最初にイカサマを仕掛けたのはゲルマニア人たちだったりする。
彼らは細工を施したカードで最初はサンドリオン達を乗せ、乗った所で一気に引っ繰り返して根こそぎふんだくろうとしたのである・・・結果は、マリー達に再逆転されてコテンパンにされているが。

「例えば・・・。」

マリーはそう言うと短い呪文を呟く。

「エア・カッター。」

その言葉と同時に放たれた風の刃が、ゲルマニア人たちの上着の裾を切り裂く。
それと同時に、細工されたカードがはらはらと舞い降りた。

「な、何しやがる!?」

「貴方たちがイカサマを仕掛けてきた・・・という証拠であれば、このように存在しますが?」

その様子を見て、店中の客の視線がゲルマニア人たちに突き刺さった。
何せ、今までもこの店で彼らにカード博打で負けた者が結構居たのである。
イカサマをやったとすれば一回では無い・・・つまり、他の客も騙されたと考えるのが普通である。

「なっ・・・こ、これは罠だ!
 だって先程まで出せなかった・・・ハッ!?」

「何で喋ってやがる!?」

「バカかお前・・・っ!?」

「あはー・・・語るに落ちる。ご苦労様でした♪」

マリーはそう言って、優雅に一礼した。
そして、サンドリオン達3人の方を向く。

「さて、ここに魔法衛士隊の正規隊員が3人います。
 そしてここに、イカサマ賭博をした犯罪者が3人います・・・つまり、逮捕ー!」

『合点承知!』

マリーの号令にサンドリオン達は杖を抜くと、素早くブレイドを唱えて構えた。

「魔法衛士隊にイカサマ賭博を仕掛けるとは、随分と舐めた真似をしてくれたな?」

「御上にも慈悲はあるのだ・・・神妙にお縄につき給えよ?」

「細かい理由はどうでも良い!マリー殿が犯罪者だと言うなら、お前らは犯罪者だ!御用だ!」

3人三様に宣言し、ゲルマニア人達に迫って行く。

「ぐっ・・・逃げろっ!」

ゲルマニア人達は、店から一目散に逃げ出した。
そんな彼らの道を塞ごうとした者が居たが・・・。

「店の被害を最小限に収めたいので、逃がしてあげて下さい!」

というマリーの声に、中断した。

「追いかけますよ!ティルデ、請求は魔法衛士隊宛でジェーヴル男爵邸まで持って来てください!
 箒も借りますよ!」

「わかったわ!」

逃げるゲルマニア人達を追いかけ、4人はそれを追いかけている。

「フライ!」

マリーは女性でかつ足があまり早くないので、箒で飛んで追いかける事にした。

「無駄な抵抗はやめなさーい!ただちに逃げるのを止め、地面にうつぶせになって両手を頭の後ろで組みなさーい!」

「わ、わけのわからん事を!」

「くそっ!あいつら魔法衛士隊だったのか!?」

魔法衛士隊は王都トリスタニアの治安維持も任務の一つとなっている。
王の警護任務をユニコーン隊に分捕られた為に、別に仕事が無いと何もしない部隊になってしまうからだ。

「はい、これまでなのです。」

細い路地を逃げまわるゲルマニア人達だったが、そんな彼らの目の前に一人の少女がふわりと箒で降り立った。
少々茶色がかった前髪パッツンな長い髪の毛に、ちょっとタレ目がちで眠そうな顔の狸っぽい少女・・・つまりマリーである。

「グッ・・・よくも、よくもやってくれたな。
 同胞のくせにトリステイン人の男と仲良くしやがって!
 一体あいつらの誰の上で腰振ってるんだか知らねえが、この恥知らずめが!」

「今日、初めて会ったばかりの職場の同僚とそんな関係になる程、私は貞操観念に欠けてはいません。
 まあそれは兎に角として・・・なのです。
 こんな種明かしをしてみましょう・・・ぱらぱらー。」

マリーはそう言うと同時に、袖からカードを出してばら撒く。
そして言葉を続けた。

「このカード、《洞窟の松明亭》に行く前に、暇潰し用に1セット買い求めたものです。
 これは今、このトリスタニアで一番売れているデザインのカードなのですよね。
 だから、複数同じカードを用意して、イカサマ用の小細工するのも容易かった・・・でしょう?
 お陰様で、私も小細工し返すのが楽でした。」

「こ・・・このアマ・・・。」

「すいません、ハッタリとイカサマは私の得意分野でして。」

そう言いながらマリーが杖を振ると、彼女の頭上に大きな火球が姿を現した。

「い、何時呪文をを唱えた!?」

「ああ・・・すいません、時間稼ぎも得意分野なのを忘れていたのです。」

日も沈み、薄暗い細い通りで、火球の光に照らされながら、少女はにこにこと微笑む。

「魔法を使っていながら、メイジは魔法が何であるかをまるで理解していません。
 その気になれば、呪文なんて定型通りに唱えなくても魔法は使えるというのに・・・嘆かわしい事だと思いませんか?」

「な、何を言っているんだ、お前は?」

魔法を使う際に呪文は不可欠であり、これをきちんと唱えられなければ魔法もまたきちんと発動しない・・・という事になっている。
何せ、教会の伝えるブリミルの聖書でも、そう書かれている常識なのだ。
悪党でも知っている常識の類を・・・それをこのマリーは今サラッと否定したのだった。

「何の為にどうして、呪文を唱えねばならないのか?
 それがわからないのであれば、それはそれで結構。
 その間、私はこうやってズルが出来ます・・・ファイアーボール!」

飛来する火球を避けようと3人は思い思いに逃げようとしたが。

「炸裂!」

マリーの言葉に反応して、火球は白い光を放つと同時に炸裂する。

『う、うわあああああぁぁぁぁっ!?』

ゲルマニア人達は、悲鳴を上げながら熱波と爆風に吹き飛ばされたのだった。



「な、なんだぁ!?」

「一体なんだね、今の爆発は!?」

ゲルマニア人達を追っていた3人は、突如大爆発した路地裏に仰天した。
何せ、マリーが先行して向かっていたのである・・・そして魔法衛士隊には、最近不幸が絶えない。
ジェーヴル隊長が病に倒れ、隊員が決闘に敗れたり何かの戦いに敗れて死亡し、闇討ちされてけが人や死者を出し、ある隊員などは右足に左足を引っ掛けてこけて頭打って死亡したりと、本当に不幸続きなのだ。

「と、とにかく現場に向かうぞ!」

『おう!』

サンドリオンの言葉に頷き、慌ててその路地裏に向かった3人だったが・・・。

「捕まえちゃいました☆」

『待てい。』

そこには髪の毛がアフロになったゲルマニア人3人が伸びていた。
服はボロボロになり所々煤けているが、命に別状はなさそうだ。

「ええと、先程の大爆発は・・・マリーが?」

「久々の荒事だったので、ちょっと奮発してみました。」

ペロッと舌を出してマリーは照れるが、煙燻り人が倒れる裏路地では逆に怖い。
ゲルマニア人も髪の毛がボンバーな感じになって、服がボロボロな以外は問題無さそうなのも不思議である。

「先程までの魔法を見て、僕ぁてっきりマリーは風のラインかなぁと思っていたんだが。」

「そうですね、風の系統はラインなのです。」

恐る恐る聞き返すナルシスに、マリーはそうぼかして答える。

「あー・・・マリー殿、火の系統は?
 ちなみに俺は、火のトライアングルなんだが。」

「火の系統はスクウェアですよ。」

直球で尋ねたバッカスに、マリーはニッコリと微笑んだまま驚きの答えを返してきた。

『な、なんだってー!』

3人は驚きの声を上げた。
数ある系統の中でも特に広範囲攻撃が得意な属性である火の系統。
風の系統のように器用な攻撃は苦手だが、火の系統というだけあって兎に角火力がピカ一なのだ。
そのスクウェアといえば、街の一区画を纏めて灰燼へと帰す事が出来るだの何だのと言われている。

「んなっ・・・何でそんなとんでもないメイジが、うちで会計士なんかやっているんだよ!?」

「そうは言っても、このトリステインでは女性は軍務に就けないではありませんか。
 幸い会計の経験がありましたし、日々の糧を得るには最適かなと。」

びっくりして尋ねるサンドリオンに、マリーはのほほんと返答する。

「ゲルマニアに戻れば、軍務に就けるではないかね?」

「私、基本的に荒事向きじゃあ無いのですよ。
 軍人なんてまっぴら御免です。」

ナルシスの問いに、路地裏ふっ飛ばした娘がワケの分からない返答をした。

『嘘つけえええぇぇぇぇぇぇっ!』

3人の若者のツッコミが、トリスタニアの路地裏に響き渡る。
カリンが魔法衛士隊へと来る前日に入隊した会計士マリーの1日目は、そんな感じに終わったのであった。





「・・・とまあ、こんな事があったのだよ。」

「ヴィーヴィーが何か疲れた顔をしていたのは、そのせいだったのね…。」

カリーヌは、懐かしそうに一部始終を語ったヴァリエール公の話を聞いて、呆れ顔で額を抑えた。
自分よりも遥かに上手くやってはいるが、どう聞いてもツッコミどころ満載だったからだ。

「私も出会ってから結構振り回されたけれども、貴方達も苦労していたのね、ピエール。」

カリーヌも結構色々な目に遭わされたらしい、ご愁傷さまであった。

「全く・・・過去で散々貴方達を振り回したのに、お母様には何で全然干渉してくれなかったのよ、あの娘は。」

「それは・・・仕方がないと言いますか。」

カリーヌはアンリエッタの言葉に、苦笑を浮かべる。

「マリアンヌ様は、私が性別を偽るために恋人のフリをしてくれていたマリーの事が大嫌いでしたから・・・。」

「ああ・・・そう言えば昔、お母様が初恋の人を性悪で狸みたいなゲルマニア人に取られただの何だの言っていたわね。
 あれって、ケティの事だったの・・・そういう点で、干渉はされていたわけね。」

アンリエッタはそう言いながら、溜め息を吐いた。

「狸みたいって時点で、ケティと気づくべきだったわね。
 まあ・・・それは置いておいて、シャルロット殿下を乗せたフォルヴェルツ号が数日中にこの館に来ます。」

「我が館の港にて彼らを下ろし、陛下が乗って来られたアステール号にて王都までこっそり連れ帰るわけですな。」

ヴァリエール公はそう言って頷いた。

「ええ・・・その間は、こちらの館でのんびりさせて貰う事にするわ。
 忠臣達の思惑に乗って仕事を休んで、マザリーニ枢機卿にダイエットさせてあげなきゃね。」

アンリエッタは思考が鈍るからと呑むのを止めていた食後のワインを久々に楽しみつつ、楽しそうに笑うのだった。



[7277] 第五十九話 秘密にし続けるのは無理なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:528ed989
Date: 2013/10/09 09:11
伝説は、遠くにありて思うもの
虚無の系統なんて、地球で例えればUFOやUMAみたいなものなのです

伝説は、遠くにありて思うもの
己が、家族が、その渦中に置かれるだなんて誰も想定していません

伝説は、遠くにありて思うもの
では、伝説が現実になったら。己は、そして家族はどうするのでしょう?










「・・・昔ね、お母様がとある親友にこう言われたらしいわ。」

フォルヴェルツ号の甲板に立ち、遥か彼方からやってくるそれを見ながら、ルイズはポツポツと喋り始めました。

「な、何でしょうか?」

「賞で罰を取り消してはいけない。信賞必罰の原理原則は堅く守らなくてはいけないって。
 お母様はその言葉を凄く大事にしていてね。
 悪い事をしてそれを挽回する行為をしたとしても、悪い事に応じた罰は必ず下して、然る後に挽回に対するご褒美をくれるのよね。」

そう話すルイズはいつもと違い真っ青で、しかも大量の冷や汗をかいています。
わかりやすく言うと、かなり怯えているのです。
このように怯えを表に出すルイズというのは、今まで見た事が無いのですが・・・。

「良い話ですね。」

「ケティは同意すると思ったわ、これをお母様に言ったのってマリー・・・つまり過去に行った未来のケティらしいし。
 でもねケティ。お母様はわたしのお母様なの、繊細にして大雑把なの、手加減一発岩をも砕くの、細かい融通とか凄く苦手なの。
 そういう細かい気配りとか融通は、お父様が己の胃袋を犠牲にしながら全部やってたの。
 そんな人に信賞必罰をきっちりさせろとか言うとね・・・。」

ルイズの視界には稲妻光り豪雨を降らせる積乱雲と、その下で轟々と回転する大竜巻・・・ゲリラ豪雨トルネードとでも言えばいいのでしょうか?。
風のスクウェアで水のトライアングルという、伝説の英雄に匹敵する大メイジが作り出した天災級の魔法が広がっています。
竜巻に稲妻に豪雨って、ちょっとした要塞でも壊滅してしまうのではなかろうかという気がするわけなのですが・・・アレを一人で出来てしまうあたり、本当に『人型の天災』と言われただけはあるのですよ、烈風カリーヌ。

「あの有様なのよ、責任取ってよケティ。」

「日照りの地域で積乱雲だけ呼び出したら、きっと大喜びされるでしょうね・・・。」

風と水を操る事で、本来の風系統の特徴である《器用な事が出来るけど、広範囲攻撃が苦手》というのを完全に克服してしまっています。
現役の頃は《戦場で出会ったら天災に遭遇したと思って諦めろ》とか言われていたらしいですが、まさか行使する魔法そのものが天災とは・・・。

「あばばばばばばばば・・・。」

「はわわわわわわわわ・・・。」

「アイエエエエエエエ・・・。」

モンモランシー、ギーシュ、マリコルヌの三人は、既に戦意喪失状態なのです。

「け、ケティ、どうする?逃げる?」

「逃げろったって何処に逃げろというのですか、ジゼル姉さま?」

迫り来る巨大積乱雲を眺めつつ、私は言葉を続けます。

「フォルヴェルツ号の速度で、アレから逃げるのは無理です。」

「・・・じゃあ、どーすんだ?」

私達の話を聞いていた才人が、私に尋ねて来ました。

「運命に身を任せましょう。
 もうど~にでもな~れ☆」

正直な話、あんな天災に手の打ちようなんか無いのです。

「うわー!ケティが豪快に匙投げたー!?」

「もうだめだ!おしまいだー!」

私が諦めた途端に総崩れとか、どうなっているのですか・・・。

「ええい、うろたえるなぁ!出来る事はあります!私たちはフォルヴェルツ号より退艦!」

「おおっ!そこから反撃か!?」

私がそれっぽい事を言った途端に、皆の士気が持ち直しました。
ううむ・・・あまり良い傾向ではありませんよね、コレ。

「・・・この船を守るの?」

「・・・高いですからね。」

何だかんだで一番荒事慣れしているタバサにはわかったみたいです。
あとコルベール先生も、安心したように胸を撫で下ろしています・・・現物、まだこれだけですからね。

「箒用意!」

『了解!』

タバサ以外の全員が、甲板においてあった箒を持って並びました。
最近すっかり皆に忘れられて遺失魔法と化しつつある箒を使った飛翔魔法《フライ》を使って空を飛ぶわけなのです。
レビテーションの浮力は《フライ》より上ですが、スピードが遅いですからね。
ちなみにタバサも、箒を持っていないだけで並んでいますからね。
タバサが持っているのは、杖の契約を目出度く終え、かつゴージャスな細工の施されたハルバード・・・タバサが言うには《取り敢えず代え》だそうです。
打撃力が思いっきり向上したような気がするのは、私だけでしょうか・・・タバサも私もルイズも皆メイジなのに、物理攻撃力ばかりが上昇するというのはどうなのでしょう?

「では、ルイズは私の後ろに、才人はタバサの後ろで。」

「へーい、頼むぜタバサ。」

「ん。」

昔と違ってルイズもフライ使えるようになっているはず・・・なのですが、《フライ》を行使する際に加減が上手く行かないようでして。
前に《フライ》を使ったら「ふんぎゃー!?」とか叫びながら物凄い勢いで天高く上昇して行って、帰ってきた時には「空が黒くて・・・昼なのに星が・・・星が・・・息が・・・目が飛び出るかと・・・」とか、虚ろな顔でぶつぶつ呟いていました。
何処まで行ったのか知りませんが、魔力が無駄に大出力ですからね、ルイズ。

「うう・・・何で《フライ》だけは、相変わらず失敗するのよう。」

箒に跨った私の腰にギュッと抱き着きながら、ルイズが愚痴っています。

「行使自体は成功していますけど、コントロールに完全に失敗していますからね。」

「それって、失敗じゃないの?」

ルイズの疑問に私が説明をしたら、ルイズの不思議そうな声が背後から返ってきました。

「広義の失敗ではありますが、ルイズの場合はそもそも箒が爆発していたわけですし。
 行使が出来るようになったのであれば、後はコントロールするだけなのです。」

「・・・そういうもの?」

「そういうものです・・・では行きます、《フライ》!」

発動ワードとともに私達の全身が軽くなり、フワリと浮き上がりました。、
・・・箒で飛ぶ魔法と間違われている事が多いですが、箒だけが浮いたらお尻に箒の柄が食い込んで痛くて、魔法として使用できないのです。
故に普通の《フライ》は箒を発動の中心として、乗った人ごと浮く魔法になっています。

「《フライ》」

「おお、浮いた!」

タバサはハルバードに跨って、才人と一緒に飛び上がりました。
ちなみにタバサみたいに長杖を使う人は、箒が必要ありません。
何故ならコレ、元々は長杖で飛ぶ為の魔法で、現在一般的に使われている《フライ》は箒を杖の代替物として魔法を発動させているという経緯があります。
だから実は箒じゃなくて、そこら辺の角材で飛んでも良いのです。
ですが、箒は元々人が握りやすい大きさに柄が拵えてあり、かつ平民でも作れる大量生産可能な品である為に数が揃え易いので使い易くて、掃除に使うので生活空間に普通に置いてあるという特徴があります。
なので、皆だいたい箒を使っているというわけなのです。ビバ・工場制手工業(マニュファクチュア)

「《フライ》」

ジゼル姉さまは銃を構えた姿勢で、サーフボードに乗るみたいに箒の上に立っています。
ジゼル姉さまは《フライ》で飛びながら銃を撃って狩りなどをしていたので、《フライ》を矢鱈と器用に行使出来るのですよね。
なにげに、トリステインで一番器用にフライを扱えるのではないでしょうか?

『《フライ》』

他の人は、私と同じく極普通の《フライ》。可も無く不可も無く、普通なのは良い事なのです。
皆が皆面白い事が出来るわけじゃあありませんからね・・・一応コモンとはいえ風属性なせいか、ギーシュが一番下手だったりするのは内緒です。



私達はフォルヴェルツ号から発艦し、積乱雲とその発生源の元へと近づいていきます。

「カリーヌ殿!カリーヌ殿!お鎮まり下さい!」

「カリンと呼んでって言ってるでしょ、マリー!」

私の呼びかけに、そんな返答が来たのでした。

「いや、しかしですねカリン。貴方をその呼び方をしていたのは飽く迄も未来の私なのですが?」

「それ以上ごちゃごちゃ言うなら、お仕置きレベルをもう一段回引き上げるわよ?」

カリーヌがそう言うと同時に、積乱雲が更にもうもうと大きくなり、雷がスパークし、竜巻も更に更に大きくなります。
うーむ・・・対峙した敵軍が烈風カリンの進行方向にそって消し飛ばされていったというのは、誇張でも何でもないのでしょうか、ひょっとして。

「その上があるのですか!?」

「何言っているのよ、貴方だって魔法衛士隊では似たような大規模破壊を何度もやらかしてたでしょ?」

周囲の視線が私に集中します。

「過去の世界でわたしのお母様と一緒に、一体何やらかしたのよケティ・・・?」

そんなルイズの妙に冷静なツッコミが、私の背後から聞こえてきます。

「み、未来の私の事を言われても、何が何やらさっぱりですよ、カリン!?」

「きーっ、騎士ではない謎の会計係が魔法衛士隊員として戦闘した記録を残す訳にはいかないとかで、大規模破壊は貴方がやったのも含めて何時も何時も全部私のせいになっていたのに!」

ちょ、烈風カリンの伝説の一部は、私なのですか!?
己の事ながら、本当に何をはっちゃけやらかしているのですか、未来の私!?

「あ~・・・何か凄くケティがやりそうな手口だな。」

「ん。私の任務でも、全部私がやった事にされた。」

ああっ、何か私が既に色々とやらかしているかの如く。

「タバサの任務に関しては、あのデコにも話は通していましたけどね、実は・・・。」

「デコ?」

タバサの問いかえしに、唇に人差し指を添えてニッコリほほ笑んでみます。

「秘密、タバサにとっては愉快ならざる真実かもしれませんが・・・聞きたいですか?」

流石にデコと言われたら、この件に鈍いタバサでも気づいちゃいますよね?
まあ、もう北花壇騎士団の仕事をする必要もないので、タバサが気づいても別に構わないのですが。
イザベラは不本意かもしれませんが、事前にこっそりバラしておけば、急に心を入れ替えて働きますとか無茶なこと言い出さなくても済みますしね。

「ん・・・。」

「・・・では、後で貴方をこっそり応援していた者達の話をしましょう。
 貴方が実は一人ぼっちでなかった事を、もう知っても良い筈ですから。」

まあそれよりも、それよりもなのです。

「な・・・何にせよ、この災害を何とかしない事にはどうにもなんないわね。」

私の腰にしがみついているルイズが、余程母が怖いのか物凄い勢いで震えています。

「ワレワレハ、ウチュウジンダ~。」

とか、出来ちゃうくらい私にも振動が伝わっているのです。

「アホな事をしていないで、打開策を教えてくれよケティ?」

「わかりました。とても度胸の要る行為ですから、皆さん覚悟してくださいね。
 これより全速力で、あの竜巻の中に突っ込みます!」

私はそう言うと同時に、急加速して竜巻に突撃を開始しました。

「ま、待て、それで何になるって・・・ああもう、タバサ!」

「ん。」

しかしタバサは動きません・・・私のやる事をガッツリ理解してくれたようですね。
そう、この件に関しては、実のところ私とルイズだけで十分なのです。

「ななななな、何をしてるのよケティ!?」

「要するにアレは罰なのですから、率先して飛び込めば早く終わるでしょう?
 嫌な事は、とっとと終わらせてしまうに限るのです。」

「あれー!?お母様を倒すとか、エルフみたいに口先で騙すとか、そういう事じゃないのー!?」

「殺意は無いでしょう。死なないならどうとでもなります。」

半殺しの目に遭わされる可能性大ですが、まあ仕方がありません。

「お母様のやる事なら、だいたい何時もちょっと間違えて死にかねないわよ!?」

「大丈夫大丈夫、死んだらルイズに王位押し付けたい姫様の野望が砕け散るくらいですし。」

「じょ、冗談じゃない!こんな所に居られないわ!
 わたしは逃げさせて貰うわよ!」

貴方はミステリー小説で2番目か3番目に死ぬ人ですか、ルイズ?

「はっはっは、何処に逃げようというのですか~?」

「うぐ・・・。」

そう、ここは箒の上で、上空数百メイルの空の上。
流石のルイズも落下したらただでは済まない気がします・・・人型の落下痕から、ギャグみたいに無事な姿で這い出してくる可能性もあるのが怖いですが。

「そーれ、いっきますよー☆」

「ぎにゃああああああぁぁぁぁぁぁ!」

「ちょ!?何やってるの!?」

全速力で私とルイズを乗せた箒が竜巻の中に突っ込みます。
なんか最後に、カリンの滅茶苦茶焦った声がしましたが、無視で。

「うひゃあああああああああっ!?」

「あばばばばばばばばば・・・。」

強烈な風に浚われて、箒ごと呆気無く吹き飛ばされる私たち。
猛烈な雨と風に翻弄され、箒に必死に捕まる以外に成す術もありません。
大自然の前には無力ですと言いますか、これ無理・・・あひゃああああああああぁぁぁぁ!

「きゃーっ!や、やめやめやめーっ!!」

そんな声がした後に、風と雨が唐突に止みました。

「う・・・うごごごごご・・・こ、これはきつい・・・。」

「ふにゃにゃ・・・目が・・・目が回るわ・・・。」

私はズブ濡れでグチャグチャになりながらも、何とか箒の体勢を立て直します。
し・・・死ぬかと思いましたが、何とか賭けには勝ったようですね。
魔力による風と水の精霊の拘束が解けたお陰か、空はすっかり快晴。良い天気なのです。

「ななな、ななななななな何で自分から竜巻に突撃するのよう、マリー!?」

「ほ・・・ほほほほほほほ。」

昔の魔法衛士隊の隊長の格好をしてグリフォンに跨った人物が、マスクを外しながら動揺を隠せない様子で私達に声をかけてきました。
取り敢えず、余裕っぽく笑っておきます・・・ああ、しかし、目が、目が回るのです。

「る、ルイズ・・・大丈夫?」

「ふにゃ・・・だ、大丈夫です、お母様。」

フラフラになっているのか、弱々しいルイズの声が背後から聞こえてきます。
いくら物理的にも魔法的にも異常に頑丈になったとはいえ、三半規管までは強化されていないようなのです・・・成程成程。

「矢張り母子の情は覆せませんよね。
 自ら魔法を制御して娘を折檻するならば兎に角、自分の制御に無い状況ならば止めるだろうと思いましたが、思った通りでした。」

「ぐぬぬ、謀ったわねマリー・・・。
 久しぶりだけど、貴方はこういう(はかりごと)が得意だったものね・・・。」

「ほほほほほ・・・。」

未来の私がどんなんなのかさっぱりですが、基本的な性格は変わっていないのでしょう。
ま、たかだか数年で人格が大幅に変容していたら、いったい何が起こったのかという話になりますが。

「お、お母様もケティにおちょくられた経験が?」

「私だけじゃなく、ピエールもよ!」

「お父様もっ!?
 ああ、ひょっとしてヴァリエール家は、ケティにおちょくられる運命の元に生まれたの!?
 ひょっとして、私の子供もケティにおちょくられるのかしら!?」

親子代々私におちょくられ続けるとか、とんだ名門ですねー。
あと私、そんなにしょっちゅう人をおちょくっていたでしょうか・・・?

「ちい姉様をおちょくったりしたら、許さないんだからねっ!」

「私に病弱で柔和な女性をおちょくる趣味はありませんよっ!」

私だって、おちょくる人は選ぶのですよ。
そんな儚げな人をおちょくったりしたら、私が完全に悪者ではありませんか。
私は悪者呼ばわりされても一向に構いませんが、自ら進んで積極的に悪者になる気は無いのですよ。

「コホン・・・で、魔法を自ら解除した上で、その対象である娘と和気藹々とおしゃべりしているという事は、『お仕置き』は終わりという事で良いですか?」

「うーん・・・。」

カリンは首を捻って考え込んでいます。

「罰は罰として、きちんと罰すべきよね、マリー?」

「陛下の命令という形で許可を貰ってる案件に、罰も何も無いのですよ、カリン。」

カリンの顔はどこかで見たような胡散臭い笑顔。
具体的に言うと、鏡でよく見ます・・・つまり、私がよく浮かべる類の笑顔なのです。

「ああ、成程・・・そういう事ですか。」

ですよね、ここまで迎えに来たという事は、事情も知っていますよね。
原作展開と違って、許可無き国境破りでは無い事も当然知っているわけで。
知っていれば流石に怒らないですよね、でないと任務になりませんし。

謀り(たばかり)ましたね、カリン。
 貴方は娘を折檻する融通ゼロな母親であるかのように装い、私達を驚かせようとした・・・違いますか?」

「うははははは!とうとうやったわ、マリーを騙せた!
 マリーに何度も何度も何度も何度も何度も騙され続けて、やっと一矢報いれたのよ!」

烈風カリン、満面の笑みでガッツポーズなのです。
しかし過去に行った未来の私は、烈風カリンなんていうとんでもないメイジを何度騙していたのですか。
・・・まあ何と言いますか、この言動を見るに、カリンの素の性格はルイズにかなり似ているようですね。

「だから、ルイズごと竜巻に突っ込んだ時に驚いていたのですね。」

「流石に親子の情を利用されるとは思いもしなかったわ。
 酷いわよ、あれは。」

カリンはぷんすか怒り始めました。
いやまあ、確かに親子の情を利用するというのは最低な気はします、しますが・・・。

「雷鳴と竜巻と積乱雲引き連れてやって来るメイジの方が、余程酷いような気がするのですが。
 都市攻撃魔法でしょう、今のは?」

「でもあれ、貴方が教えてくれた魔法の理論で組み立てた呪文よ?」

目の前が軽く暗くなりました・・・未来の私は、烈風カリンに何を教えちゃっているのですか。

「積乱雲を起点に竜巻と稲妻を作り出す《スーパーセル》。
 少ない魔力で今までよりも効率良く大規模な魔法を行使する技術なんて考えた事も無かったから、実際にマリーの言う通りに魔法を組み立てて行使した後に起こったあれこれには、何度もびっくりさせられたものよ。
 それまでは小規模な竜巻しか起こせなかったのに、マリーの言う通りに魔法を行使したら要塞を破壊できる竜巻が作れちゃったのだもの。」

いやまあ、ある程度科学的に魔法を組み立てた方が、より少ない魔力で強力なものを行使できるというのに気づいたのは私ですが。
確かに私なのですが、それにしたってとんでもない威力なのですよ。
元の出力が桁違いだからこそ、出来る魔法なのでしょう。
ゲルマニアでは《烈風カリンに出会ったら天災か何かだと思って諦めろ》と、恐れられるを通り越して諦められているらしいですが、本当に天災を作り出していたのですね。

「あー、ケティ・・・うちの国の要塞、何度かカリン様に木っ端微塵に破壊されてるんだけど。
 あれ、貴方の入れ知恵のせいだったのね。」

ああっ、私に話しかけてきたキュルケの顔がなんか怖い!?

「フッ・・・技術への飽くなき探究心が戦争にて花開くとは、かくも残酷な事なのですね。」

「格好つけても、誤魔化されないわよー?
 私もいくつか強力な魔法を教えて貰ったから、まあ良いのだけれどもね・・・やっぱり、媚薬でも嗅がせてお父様の部屋に放り込もうかしら?」

だぶるぴーす展開再び!?
いやいやいやいや・・・冗談ですよね、うん。



カリン様に先導され、私たちはヴァリエールの城館へと到着したのでした。
トリステインでもラ・ヴァリエール公爵領の周辺はガリアの影響を強く受けており、その関係で城館もガリア様式のものになっています。

「お帰りなさい、皆。
 よくぞ無事に帰りました。」

我らが主君、喪服の女王。別名《トリステインの黒狐》とか、単純に《黒女王》とか。
貴族社会だけではなく、庶民にもその真っ黒さが伝わりつつあるアンリエッタ女王陛下・・・つまり、姫様が我々を自ら出迎えてくれたのでした。
ちなみにやる事は割と真っ黒ですが、為政者としては割と真っ当なので、臣民からの支持は相変わらず高いのです。

「はい、姫様。我ら一同、一人も欠けること無く友を連れ帰る事に成功いたしました。」

私達は全員跪き頭を垂れて礼をしつつ、そう報告したのでした。
昔はこういう時には才人が取り残されて一人戸惑っていましたが、今はぎこちないながらもきちんと礼が出来ています。
こちらの社会に、彼も馴染んできているということでしょう。

「シャルロット・エレーヌ・ドルレアン大公公女でありますね?
 卿には一度会った事があります。
 あの時は別の名を名乗っていましたが、今でも?」

「はい陛下、今はタバサと名乗っております。
 陛下もどうか、そうお呼び下さりますよう。」

うーむ、矢張りタバサの礼は綺麗ですね。
今度、時間があったら特訓して貰いましょう。
綺麗な礼は、見るものを圧倒する効果がありますから、身につけておいて間違いはありません。

「さて、皆、そろそろ面をお上げになって・・・と言うか、顔見知りしか居ない場所でずっと臣下の礼とか面倒臭いから立ってよーし。」

姫様はそう言うと、パンパンと手を叩いたのでした。

「お、センキュー、姫様。
 いやー、慣れない体勢だから息が詰まっちまった。」

「ご苦労様、今回も活躍したみたいね、サイト。
 ケティから一足先にザッとした報告書を貰ったわ。」

姫様が才人の背中をポンポンと叩きながら労っています。
んー?姫様も才人も根は砕けた所がありますけど、こんなに親しげでしたか?

「オレが戦ったところって、そんなにありませんでしたけどね。
 ケティがエルフを舌先三寸で倒したし。
 いや~、思い返すもあのエルフは可哀想だった・・・。」

「《百戦百勝は戦争において最善の手ではない。戦わずして敵に勝つのが、最善の手である》・・・って奴ね。
 ケティに書かせた《戦略の覚書》に書いてあったわ、うんうん。」

姫様は何か納得いったという表情でうんうんと頷いていますが・・・。
わかる人はわかると思いますが、はい、その通り。

「あは~・・・。」

「ケティが何だか気まずそうに笑ってるわ・・・。」

このくだりは、孫子の兵法の謀攻篇からパクリましたよ。
凄いですよね、紀元前の中国人。そして無茶言いますよね、姫様。
軍人でも何でもない私に戦略論書かせるとか・・・前世の私がそっち系の知識聞き齧っていなければ、到底書ける代物ではありませんでした・・・。
ま、要約すると《通信は迅速かつ正確に》とか、《平時から情報工作を怠るべからず》とか、《攻めるつもりなら事前の政治工作は入念に》とか、《後方に物理的・政治的な打撃を与えた方が前線が弱って楽》とか、《強力な軍の運用には強靭な補給線が必要》とか、そういう基本的な事を書きました。

「あれ書かせる時に、渋ったものねえ・・・私以外が読むの禁止されたし。」

読む人が読めば、戦略爆撃を思いついてしまいますからね、あれ。
飛行機はありませんが、船が空を飛ぶ世界ですから。やろうと思えば航空戦力の砲爆撃による戦略拠点潰しという、戦略爆撃の概念が出来上がってしまいます。
・・・まあ、もうアルビオンで一度やってしまったわけですが、特務艦隊の活躍は今のところガリアやゲルマニアなどには漏れていないようなのです。
長年国境線を左右させる規模の戦争しかしておらず、双方ともに傷つき過ぎる前に手打ちする為、戦争は基本的に《決戦》的な発想で行われているのが幸いしているようなのです。
対アルビオン戦のような国力を賭けた全面戦争は、今までは例外中の例外でしたから。
・・・まあ、アレが全面戦争だったのは、悲しいかな我が国とアルビオンだけだったという話もありますが。

「あれはかなり急いで書いたものですし。
 他人に見せるのは勘弁してください・・・。」

「ド・ポワチエ卿に見せたら、《女性の軍務禁止に例外措置を用意しろ》って言われたわよ?
 アルビオン戦の時にも思った事だけれども、貴方軍人も出来るのね。」

すげー、私じゃなくて過去の天才軍人達やっぱりすげーのです。
私は完全にカンニング済みですからね。
しかも理論だけ聞き齧った状態で実践を伴わないわけですし、比べるべくもありません。
そんなんでも現役の軍高官に注目されてしまうのですから・・・って。

「何でド・ポワチエ卿に見せているのですかーッ!?」

サラッと流しそうになりましたが、本職に読まれてるー!?

「そんな事を言ってもね、ケティ?私は軍人じゃないから戦略とかについてはからっきしなのよ。
 私が貴方の書いたものの中身がどうであるのか評価するには、一人くらい口の堅い高級将校に見せる必要があるわ。
 その点、ド・ポワチエ卿は信用できるのよね、自他ともに認める非積極的で保身的な人間だもの。
 彼なら、秘密を漏らせば己の身に何が起きるのかしっかりと理解して、秘密を墓まで持っていける。」

「ぐぬぬ・・・。」

私の知る限りでも、ド・ポワチエ卿は非積極的で保身的な人間なのです。
その上、アルビオン戦までの彼は高級軍人としても敢闘精神に欠けると言われて決して高い評価ではなかったのですが、非積極的な戦いをさせたら一級品という物凄くわかりにくい名将であることが発覚しました。
優秀な怠け者な上に、飽く迄も怠け者を貫きつつ勝つという、本当に訳の分からない人なのです。
ド・ポワチエ卿って、原作ではこんな人ではなかった記憶があるのですが、一体何がどう食い違ってしまったのやら。

「さて・・・雑談は取り敢えず後にしましょうか。
 シャルロット王女の身柄を確保する任務、大儀だったわね。
 シャルロット殿下・・・いえ、タバサ。貴方の使い魔を抱っこさせて貰っても良いかしら?」

「ん、こんな青い猫でよければ。」

「こんなのとか猫呼ばわりとか、酷いのねお姉さま!
 シルフィは誇り高き風の王、大空の主たる風竜・・・。」

タバサはひょいっと青い猫の姿をしているシルフィードを持ち上げて、姫様に手渡します。

「ん、どうぞ。」

「んー・・・モフモフだわ。」

姫様はシルフィードを抱っこしつつ、シルフィードの背中や喉を丁寧に撫で始めたのでした。

「ごろごろごろごろごろ・・・。」

ただの猫ではありませんか、どう見ても。

「もふもふ・・・話がまた逸れてしまったわ。
 まずは皆に星を返します。あと、家紋の入った品々もね。」

姫様がそう言って左手を上げるとヴァリエール家の女官がやってきて、私達に星の飾りが入った留め具を返してくれました。
それを受け取った途端、才人とタバサ以外の全員が、思わずホッと溜息を漏らします。
私も深く溜め息を吐いてしまいましたよ・・・これが無いと、貴族としての扱いを公式に受けるのは困難になってしまいますからね。
これで私達は、野良メイジから貴族への子弟へと正式に復帰したことになります。

「・・・何で、ヴァリエール家から女官を借りているのですか、姫様?」

「ホホホホホ・・・ちょっとしたお茶目の結果という奴ね。詳しくは後で話すわ。
 それとこれは、細やかなご褒美。」

そう言いながら、姫様は女官からバッヂを受け取って私達に見せます。
困難な任務をこなした者に送られる百合十字杖章という勲章に似たデザインですが、百合十字杖章の百合はトリステインの国章にして国の花である白百合なのです。
一方で、そのバッヂの百合は黒色・・・恐らく黒曜石を加工して嵌め込んだのであろうデザインになっています。
つまり、よく似ていますが別の意味を持った勲章ということになります。


「それは・・・百合十字杖章でございますか?」

「ええ百合十字杖章よ、特別製のね。」

ギーシュが尋ねると、姫様はにっこり笑って頷きます。

「これはあまりおおっぴらに出来ない特殊な作戦に関わった者に出す為に作った百合十字杖章。
 表には出せないけれども、トリステインの為に戦った者に渡す勲章よ。
 安直だけど、黒百合十字杖章という名前。貴方達が初めての叙勲者になるわ。」

「そ、それは誠に光栄にございます!
 初めて作られた勲章の最初の受勲者が僕達とは・・・ぶ、武門の誉れだ!僕ぁ、僕ぁ今、猛烈に感動している!」

ギーシュは感動しきりだおしで、感極まったのか泣き出してしまいました。
でもアレですよね。勲章の性質上、どんな任務で貰ったのかは話す事が出来ませんよね、これ。
黒百合十字杖章はアンタッチャブルな任務の証であり、決してその任務が何であったのかは明かされない・・・とか書くと、格好良いでしょうか?
あとついでに言うと、黒百合って生乾きの雑巾みたいな頭の痛くなる臭気がするのですよね。
どうでも良い話ですが、群生地に行くと綺麗なのに、とてつもなく臭いという稀有な光景に遭遇出来ます。
ま、黒百合の臭いって知らない人が多いですし、黙っておきましょう。臭いは兎に角として、花は綺麗ですから。

「こんなに喜んで貰えるだなんて、勲章を作った甲斐もあるというものだわ。
 ではギーシュ・ド・グラモン、貴方にこの勲章の一番最初という栄誉を授けましょう。」

「え、ええっ、ぼ、僕なんかが・・・。」

挙動不審気味に、ギーシュが私達にキョロキョロとした視線を送ってきました。
初めて作られた勲章の初めての叙勲者・・・ギーシュなりたそうです、めっちゃなりたそうなのです。
その微笑ましい姿に私達一同皆揃って《ええんやで・・・》といった感じの笑顔を浮かべてしまいました。

「ギーシュ様は今回リュートをかき鳴らしましたし、笑いに新風を引き起こしました。
 あと、タバサの新しい杖をでっち上げたりもしました。
 勲章を与えるに足る立派な活躍なのです。」

「ふむ・・・よく考えたら、僕ぁ武門の生まれなのに今回含めて全く戦っていないような気がするのだけれども、これはひょっとして気のせいかね?」

ギーシュ・・・とうとうソレに気づいてしまいましたか。
風や火の系統がいっぱい居るので、土の系統が主系統であるギーシュは、基本的に後方要員なのですよね。

「ギーシュ、貴方はアルビオンに出兵したじゃない?
 あの空飛ぶ島で散々戦ったでしょ?」

「ん?おお!これは一本取られたね!あっはっはっはっは!
 我が可憐なる蝶、モンモランシー。その通りだ、僕はきちんと戦っていたよ!」

朗らかに笑いながら、ギーシュはそう言って満足そうに相槌を打ったのでした。
ちなみにそのシーンは、諸般の事情により省略されていたりしますが、気にしてはいけません。

「ではギーシュ・ド・グラモン伯爵公子。貴卿の栄誉を讃え、ここに黒百合十字杖章を授与します。」

「は、ははーっ!光栄の至りに御座います!
 くううぅ~っ、初めて作られた勲章を陛下の御手ずから一番最初に賜る・・・この上無き名誉にございます。」

「そう言ってくれると、授与した私自身も嬉しいわ。ありがとうグラモン伯爵公子。
 では、着けてあげるから胸を張りなさい。」

「は、はいっ!」

姫様は勲章を箱から取り出して、ギーシュの胸に取り付け始めました。
おー・・・姫様の頭を見下ろすギーシュの顔が赤くなっているのです。そして鼻がヒクヒクしています・・・あれはたぶん匂いを嗅いでいるのですね。
姫様、あんな性格なのに無駄に色気がありますし、無駄に凄く美人ですし、何より無駄に良い匂いがしますからね。
私は女だからさっぱりですが、何かフェロモンとかも出ているかもしれません。
原作でもそうでしたが、本気で迫ればあの鈍い鈍いとても鈍い才人ですら堕ちかけます。男を狂わせる魔性の花なのですよ、姫様は。
まあ国家統合の権威としては、見てくれが良いに限るといえばそうなのですが、色気が有り過ぎるのが難なのですよね、色気が。
子作りするには良いのでしょうが、当の本人が現在は恋愛よりも仕事というワーカホリックな人ですし・・・ままならないものですよ、ええ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

おおう、モンモランシーがデレデレしているギーシュを鬼の表情でミテマスヨー。
あれはアレですね、今夜あたり一服盛られるかもですね、ギーシュ。

「さて、次はサイトゥ・ヒリガル・・・で、発音は合っていたかしらケティ?」

「才人・平賀です、姫様。」

「サイ・・・サ・・・発音しにくいわ、どうやって発音してるのよ、貴方は・・・?」

「どうやって発音しているのかと言われましても、慣れですとしか。」

実は私も恐らくトリステイン語訛りになっていると思うのですが、前世の記憶の御蔭で姫様たちよりはマシなのです。

「いや、俺の名前がこっちの人には発音しにくいのは身に染みてわかってますんで、サイトーでもサイ・サイシーでも、好きに呼んでください。」

才人の名前を呼んでいると認識されれば、自動翻訳されますしね。
コントラクト・サーヴァントって、便利な呪文なのですよ。

「そう、ではサイト・シュヴァリエ・ヒラガ。貴卿の栄誉を讃え、ここに黒百合十字杖章を授与します。」

「まあ、今回は大した事はしちゃあいません。
 今回一番戦ったのはたぶん、ケティの舌です。
 最初は尊大だった耳の長いオッサンが、どんどん焦り顔になって行きましたからね・・・。
 ところでエルフって、本当に強いんですか?」

才人の持つエルフのイメージが、ただの騙された可哀想な人になっちゃってますね・・・。
このままでは拙いので、あとでエルフに関する集中講座でもやりましょうか。

「強い筈よ。トリステインとガリアとアルビオンとゲルマニアが出せる限りの戦力を出して、数十万の軍を編成して聖地奪還に挑んだにも拘らず、歯が立たなかったのですもの。
 他にも要因はあるとは思うけれども、やはり実力の差というのが一番大きいと思うわ。
 だからこそ、ケティは舌先三寸でその力の殆ど全てを使えなくした・・・その代わり戦って倒すという選択肢も完全に捨てたのだけれども。」

「はい、その通りなのです。」

《攻撃しなければ一切攻撃しない》という言質を取った以上、こちらから攻撃するという選択肢もまた存在しないという事になります。
それ故に、どちらも相手を傷つけられないという、しょうもない硬直状態となったのです。 
ビダーシャルが要らん知恵を働かせたお陰で、虎の子のスタングレネードが・・・ううっ、ジワリジワリと大事なコレクションを失った悲しみが私の心を痛めます。
この恨み・・・何時か晴らす。

「じゃあ、勲章つけるわね・・・。」

才人も姫様の色香に惑わされているらしく、顔が真っ赤なのです。

「うぎぎぎぎぎ・・・。」

そして例によって、ルイズが激怒しています。
うっすらとオーラの如く魔力がルイズの体表面を覆い、ピンクの髪の毛が光りながらユラユラと揺らめいていて・・・何か微妙にキモいです、それ。
さようなら才人。貴方は良い友人でしたが、姫様の色気が悪いのですよ・・・完全にとばっちりですね~。

たいむごーずばい。

打撃音や何かがひしゃげる音が響きつつも、勲章の授与式は終わりを迎えようとしています。
最後は私の番なのです。

「さて、勲章の授与はこれで終わり・・・っと。」

一番最後、私に勲章を付けてくれた後に、姫様はひと仕事終えた顔で額を拭いました。
・・・まるで、血祭にあげられた才人を見ないようにしているかのように。

「あがが・・・死ぬ、死ぬから、ホント死ぬから、俺でも!」

「ひひひ姫様にデレデレするなんて、不敬、不敬だわ!」

ルイズのハイパワーで何度殴られようがあっという間に人の形に戻る才人・・・見つめなくても良い現実が、そこにはあるのです。



その晩、私と姫様は、ヴァリエール家の面々と才人が集まった部屋にやってきたのでした。
なんで私が姫様と一緒かといえば、正式な王室付き女官がお忍び故に実は私とルイズしか居ないからであり、かつルイズは実家に帰還中なので、姫様の世話は私の役目という事になるからなのです。
女王ともなると、使用人の身分にも格が必要になります。最低限、男爵以上の家格が必要になるのですよ。
私だけでは心許無いので、モンモランシーも報酬で釣って手伝って貰っています。モンモランシ家なら家格は余りあるほど十分ですし、なにより彼女は伯爵令嬢です。
ちなみに姫様がなぜ完全に一人かといいますと・・・なんでもヴァリエール家の所有する商船に一人で乗って、こっそりここまで来たのだとか。
今頃マザリーニ枢機卿は胃を押さえているでしょうね。せっかく《太った鶏》にまでなったのに、《鶏の骨》に逆戻りしているのではないでしょうか?
まあ、急激に太ると体に良くないですし、ダイエットだと思ってもう少し我慢してもらうとしましょう。

「それでは、ケティより予めある程度までは聞いていた事だとは思うけれども、王家としても正式にルイズの秘密をヴァリエール家に明かす事にします。」

椅子に座った姫様は、そう言ってラ・ヴァリエール公爵とカリン、そしてエレオノールとカトレアに視線を向けるのでした。

「はい、陛下。妻よりある程度は聞かされております。故に覚悟は出来ております。」

「うちのおちびの秘密って・・・お父様、一体何ですの?」

ヴァリエール公爵とカリンはわかっているようですが、エレオノールには話していなかったらしく、彼女は首を傾げています。

「ルイズの秘密・・・私も聞いておりませんわ。」

カトレアにもやはり話していなかったようで、彼女も首を傾げているのです。
ちなみにカトレアはふんわりと柔らかい表情を常に浮かべている、ふんわり系お姉ちゃんキャラなのです。
あと非常にボンキュッボンとグラマラスな体型でして・・・ルイズが憧れる気持ちもわかりますが、こうなるのはたぶん無理じゃないのかな~・・・とか思ってしまいます。
父親からの遺伝が多めに発現しているのでしょうね、これは。カリンはスラっとしてますし。スラっと。

「おちび・・・ぷぷ~っ。」

「フンッ!」

「ぐはぁ・・・ッ!?」

ルイズの肘打ちに、力無く崩れ落ちる才人。
雉も鳴かずば撃たれまいに・・・何をやっているのですか、貴方は。

「おちびとか、酷いですわエレ姉様・・・。」

「おちびはおちびよ、おちびルイズ?」

美人なのに性格が苛烈過ぎて彼氏の一人もまともに出来ない永遠の独身が、なんか言ってやがりますね~。
え?私が怒ってる?私は笑顔ですよ、笑顔。

「エレ、静かに。」

「は、はい、お母様!」

そんなエレオノールも、カリンの短くもドスの効いた一声でビシっと固まってしまったのでした。
流石は伝説の英雄。私と話す時には少女のような仕草さえ見せてくれますが、〆る時はビシっと締めるのですね。

「2人は初めて聞くのね・・・サイト、契約のルーンを2人に見せてあげて。」

「うっす。」

才人は姫様の言葉に頷くと、左手の甲に刻まれたガンダールヴのルーンをよく見える位置に持ってきたのでした。

「エレオノール殿は、確かルーンが読めたわよね?」

「あ、はい・・・《魔法を使う妖精(ガンダールヴ)》と書いてあるのがわかります。
 って・・・が、ガンダールヴぅっ!?」

エレオノールはそう叫んでガタッと立ち上がり、才人に歩み寄ると左手を掴んでルーンを凝視します。
アカデミーでは虚無の系統に関する知識は基礎教養に入るらしく、ガンダールヴという文字を読めば、だいたい事情はわかってしまうのですよね。

「ま、ままままま間違いないわ、が、ガガガガンダールヴって、ガンダールヴって書いてある!」

非常に動揺というか、ほぼ錯乱の域に入った表情で、エレオノールは才人にキスでもするのではないのかといった勢いで詰め寄ります。

「ルイズの使用人!このルーンは本物なの?貴方、使い魔なの?ガンダールヴなのっ!?」

「え、ええ、そうです。」

エレオノールの剣幕に気圧されるように、才人はコクコクと頷いています。

「ああ成程・・・成程ね、陛下が仰っていた秘密というのは、つまりそういう事で。
 ルイズがまともな魔法が使えなかったのも、つまりそういう事で・・・なんて事、なんて事なの。
 アカデミーで確かに勉強はしたけれども、まさか、こんな。
 我がラ・ヴァリエール家も確かに王家に連なる家だけれども、まさか王家直系ではなく当家から生まれるだなんて。
 いいえ、当家だけで急にこのような事態が起きるとは考えにくいわ。
 そうだわ、ド・マイヤールの家系を調べてみる必要があるわね。きっと王家のご落胤か何かか・・・。」

「え、ええとエレ姉さま、どういう事なのかしら?
 アカデミーに行っていない私には、全くわかりませんわ。」

少し困ったような表情を浮かべながらもカトレアはおっとりとした口調で、ぶつぶつ呟きながら考え始めたエレオノールに尋ねています。

「あっ、御免なさい。衝撃があまりにも強くて思わず考えこんでしまったわ。
 カトレア。貴方は体が弱いから・・・あまりびっくりしないで聞いていてね?」

「は、はい、あまりびっくりしないようにいたしますわ・・・それで、ルイズに一体どのような秘密が?」

カトレアの問いにエレオノールは頷き、そして姫様の方を向いて口を開いたのでした。

「いと貴き陛下にあらせられましては、ご機嫌麗しゅう。
 早速ですが、お伺い申し上げます。
 此度の秘密の内容は、ルイズの系統に関する話で御座いますね?」

「ええ、そうよ。」

エレオノールの問いに、姫様はゆっくりと頷きます。

「では続けてお伺い申し上げます。
 その系統とは、伝説にのみ語り継がれる系統・・・つまり、虚無で有りますや否や?」

「虚無!?」

カトレアはそれを聞いて息を呑んでいます。
流石のふんわり系お姉ちゃんでも、妹が虚無の系統だという事にショックは隠しきれませんか。
まあそうですよね、気持ちはなんとなくわかります。なにせ目の前で庭の池からネッシーが出てくるような話ですし。

「ええそうよ、エレオノール殿。
 卿の予想の通り、ルイズの系統は虚無です。」

姫様はルイズの姉2人に向けて、はっきりとそう言い切ったのでした。
そして言葉を続けます。

「つまり、トリステインの正統はルイズにあるという事になりますわ。」



[7277]  超番外編03 This Is Halloween
Name: 灰色◆a97e7866 ID:528ed989
Date: 2013/11/01 21:59
「ケティ、何作ってんの?」

10月30日。南瓜の臭いが充満している駐日トリステイン大使館のキッチンで、何やら黄色いものを一心不乱に捏ねているケティに、才人は声をかけた。

「・・・よいしょ、よいしょ・・・・・・。」

ケティはイヤホンを装着して何かを聞いていて、才人を認識していない。
そして装着しているイヤホンから、メタル系と思しき激しい音楽が漏れ流れてくる。
才人の質問など全く聞こえていないのも当然と言える。
あと、リズミカルに黄色い物体を捏ねているせいなのか、体格に比して大きいと言って良い胸が微妙に揺れている。

「ほほう・・・これは絶景かな。」

鼻の下を伸ばしたまま1分ほどその光景を眺めた後、才人は正気に戻る。

「はっ・・・違う違う、俺はこんな事をしに来たんじゃない。
 おーいケティ、おーい!」

「・・・よいしょ、よいしょ・・・・・・。」

大きめの声で声をかけてみたが、矢張り反応しない。
そして相変わらず、ケティのけしからん部位が美味しそうに揺れている。

「このまま後ろから羽交い絞めにして、あの揺れるけしからん物体を揉みしだいてやろうか・・・?」

それをやれば、流石のケティも気づくだろうが、才人は2度死ぬ事になるだろう。
一度目は勿論ケティに、二度目はケティから話を聞いたルイズによって。
意外と嫌がらないかもしれないが、可能性は飽く迄も可能性であり確定された未来ではない。
そして才人の考える限り、ブチ殺される可能性のほうが圧倒的に高かった。
ラブコメアドベンチャーゲームならばバッドエンド直行、面白酷い死を約束された選択肢である。

「どう考えてもブチ殺されるから、やめておこう・・・。
 さて、そうするとなると、どうすりゃ良いかな?」

次善の策としては、イヤホンをケティの耳から引っこ抜くという手があるのに才人は気づいた。
最初に思いつきそうなものだが、料理中の女性というのは一生懸命に料理を作っている為に普段よりも隙が多く、そこがまた魅力的に見えるものだから真っ先にエロい選択肢を思いついても仕方ない。
更に胸が揺れているのだから、仕方無いったら仕方が無い・・・気がする。

「おーい、ケティ。俺の声が聞こえていないようなら、イヤホン引っこ抜くぞ~?」

「・・・よいしょ、よいしょ・・・・・・。」

全く聞こえていないようなので、才人はイヤホンを引っこ抜いた。

「ケティ!」

「うひゃあああああああぁぁ!?」

集中していて存在を全く知らなかった相手から急にイヤホンを奪われて声をかけられたケティは、普段の冷静な姿をかなぐり捨てて絶叫する。
そのまま両手を万歳の状態にし、縦に2回転クルクルと回った後、左足に右足を引っ掛けて転倒した。

「あ・・・あいたたたた・・・さ、才人・・・?」

「あっはっはっはっはっは!
 ケティもなかなか可愛い悲鳴を上げるもんだ、新発見だな!」

「ファイヤーアロー。」

「ギャース!?」

ケティのしていた指輪から炎の矢が現れて、才人に突き刺さった。
炎に包まれて才人はのた打ち回り、終いにはぐったりして動かなくなる。

「今度私に声をかける時には、もっと穏当にして下さいね?」

「ふぁい・・・。」

猛烈な勢いで再生しながら、才人は返事した。

「コホン・・・それで、私に何の用ですか?」

「いや、何作ってるのかなーって。
 大使館中に南瓜の甘い匂いが充満してるぜ?」

才人はケティが捏ねていた黄色い塊を指差す。

「これですか?南瓜団子ですが。」

「何それ?」

「えっ?」

「えっ?」

ケティと才人の間に沈黙の時間が生まれた。

「嫌ですね~。南瓜団子ですよ、南瓜団子。子供の頃おやつにして食べた事あるでしょう?」

「無いし、初めて聞いたんだが・・・。」

「えっ?」

「えっ?」

再びケティと才人の間に沈黙の時間が生まれた。
そしてケティは震えながら手を挙げて才人に再度質問する。

「ほ、本当に?」

「うん、知らない。」

才人はこっくりと頷いた。

「なして知らないのさ、こんな美味いもんなのに・・・。」

ケティの言葉は、何故か微妙に訛っていた。

「北海道弁・・・?」

「ま、知らないものは仕方がありませんね。
 今作っているのは南瓜団子と言いまして。
 南瓜を蒸かして砕き、片栗粉と砂糖を混ぜて団子状にしたものなのですよ。」

才人の呟きには答えず、ケティは作っていたものを説明し始める。

「そして捏ねる時にリズムがあった方が楽なので、マリリン・マンソンの《Antichrist Superstar》を聞きながら捏ねていました。
 このアルバムには《This Is Halloween》という曲がありまして・・・。」

「激しいの聞いてんなー・・・で、北海道弁は?」

「ナンノコトヤラ?」

才人の追求にケティは笑顔でとぼける。

「才人、この世には知らなくても良い事がある・・・違いますか?」

「アッハイ。」

ケティの笑顔に気圧されて、才人はコクコクと頷いた。

「で・・・南瓜団子はわかったんだけどさ、なんで南瓜団子を作ってんだ?」

「明日はハロウィンで、うちでも一応細やかながらハロウィンを祝おうという話になったのですが・・・。」

そう言って、ケティはオレンジ色の南瓜を刳り抜いて作られるジャック・オー・ランタンの陶器製の置物を見る。

「南瓜のランタンを飾るケルト民族のお盆に当たる行事が元になったお祭りという事しか知らないのですよね。
 しかもこのお祭りが盛んなアメリカでは、ただの仮装してパーティーやる催しになってしまっているようなのです。」

「もぐもぐ・・・。」

「きゅいきゅい・・・。」

説明しているケティの背後では、何時の間にかやって来ていたタバサとシルフィードが、蒸かした南瓜を頬張っている。

「この野菜、ただ蒸かしただけなのに無茶苦茶甘いのね・・・きゅい。」

「ん、衝撃を禁じ得ない・・・これはハルケギニアで流行る。」

一人と一匹は、その甘い野菜に驚愕しつつ、ガツガツ食い漁っていた。
ハルケギニアに於いては、果物以外の甘い物というのは滅多に庶民の口には入らない。
庶民どころか貴族でも、そんなに食べられるものではない。
しかも今、一人と一匹が食べている野菜は、ちょっとしたお菓子よりも甘いのである。

「フフフ、それは南瓜という野菜でして。
 来年の春にトリステインに持ち込む予定の野菜なのです。
 甘い美味い育てやすい栄養満点と、イイトコ尽くしの野菜ですよ。
 あと、南瓜団子の材料が無くなるので、そのくらいでやめて下さい。」

「ん・・・しかもお腹に溜まる。
 これは庶民にも貴族にも受ける。
 シャルに伝えておくから、ガリアにも種を。」

口の周りをオレンジ色にしたタバサが、コクリと頷いて食べるのをやめた。
シルフィードもそれに続いてやめる。
ちなみに地球に於けるシルフィードの姿は人間形態が主となっている。
そうでないと喋れないからだ。

「分かりました、グラン・トロワにも種と栽培法を送りましょう。
 ・・・ま、非常に育てやすい野菜なので、そんなに苦労はしないと思いますけれども。」

「ん、感謝する。
 じゃ、また。」

裏のガリア大使と化しているタバサは、ケティに感謝の言葉を送った。
そしてテクテクと歩いて、シルフィードとともに台所から去っていった・・・ちゃっかり南瓜を一欠片持って。

「・・・で、話は戻りますけれども、私はパンプキンパイというものが作れません。
 いやまあ、作ろうと思えば作れるのでしょうが、ぶっちゃけ面倒臭いので知ってる料理で代用しようかなと思いまして。」

「それが南瓜団子か。」

「ええ、才人が知らないというのを、此処で知れて良かったです。」

ケティは安心したように溜め息を吐いた。

「明日はそれを、さも知っているというノリで食べて下さいね。」

「あー、はいはいわかりましたよ。懐かしいなーこれー。」

才人は棒読み調でうんうんと頷く、勿論セリフには全く感情が篭っていない。
そもそも才人は嘘を吐くのが物凄く苦手なタイプの人間であり・・・このままだと色々と不都合が起きそうな感じだった。

「・・・本当は一日冷蔵庫で寝かせたほうが良いのですが、ちょっと今何個か焼きますから食べてください。」

「え?食わせてくれんの?」

ケティは冷蔵庫からラップに覆われた黄色いスプレー缶くらいの太さの棒状の物体を取り出し、ラップを外して平べったい形に切り分けて、フライパンで焼き始める。

「ほー、これが南瓜団子?」

「ええ、日本人なら誰でも子供の頃に食べた事がある・・・と、私の記憶ではそうなっていたのですが、勘違いだったようですね。
 時々誤謬が混ざっているのですよ、恐らく前世の私の勘違いの類だとは思うのですが。」

フライパンで焼かれる南瓜団子から香ばしくて甘い香りが立ち上り、才人の鼻と胃袋を刺激する。

「これは確かに美味そうな香りがする。」

「でしょう?もう少しで焼き上がるので、待っていて下さいね。」

2人がそうやって焼き上がるのを待っていると、キッチンのドアがバタンと開いて、ピンク色のモサッとした毛虫のような物体が現れた。

「美味しそうな、美味しそうな匂いがするわ・・・。」

「あ、やべ・・・そうだったっけか。」

ピンク色の塊はフラフラとケティに近づいてくる。
そしてとうとう力尽きたようにケティに抱きついた。

「ケティおやつ・・・おやつを頂戴・・・何か急にエネルギーが切れちゃって・・・体が重いの。
 サイトにケティの執務机から何かお菓子をかっぱらって来いって頼んだのに、あいつ何時まで経っても帰って来ないし・・・。」

「何で私の机からお菓子をかっぱらおうとしているのですか、ルイズ?」

自分の背中に力尽きたように抱きつくルイズに、ケティは呆れたような声色で話しかける。

「だって、この前サイトと一緒に食べた《よいとまけ》とかいう、ジャム塗りたくった上に更に砂糖をかけてある、あのロールケーキの妙な甘さが忘れられなくて・・・。」

「一切れ食べただけで虫歯になりそうなお菓子ですし、疲れている時には効きそうですよね、アレ。
 この前買ってきた分は、私が食べる前に何処かに消えちゃいましたけど。」

ケティの執務机の横には冷蔵庫があり、中には麦茶とかユン○ルとかブラックコーヒーの1リットルボトルとかが詰まっているが、時々ケーキとかお菓子も入っている。
そして時々入っているお菓子は、これまた時々持ち主が食べる前に消えていた。
その前後にはピンクのもっさりした生き物が目撃されたり、蒼銀色の小さい生き物が目撃されたりしているという情報アリ。

「見た事がないお菓子だったけど、アレはいったい何処の店で買ったんだ?」

「ああ、あれは北海道物産展で・・・。」

「また北海道物産展かよ!
 北海道物産展好き過ぎだろケティ!?」

そんなやりとりをしているうちに、南瓜団子が焼き上がる。

「はい、才人もルイズも座って下さい。今、取り分けますから。」

ケティが用意した2つの皿には、茶色く焦げ目のついた黄色い南瓜団子が同じ数だけ並べられた。

「おおお、美味そう。」

「わ、わたしは今、生まれてからこれまで数度しか味わった事の無いレベルの飢餓感に襲われているわ。」

「はい、では召し上がれ。」

ケティがそう言うと・・・。

「いただきます!」

「始祖ブリミルよ、この糧に感謝致します!」

2人は焼きあがった南瓜団子を頬張り始めた。

「うーん南瓜の風味と甘さがたまんね~。」

「このお菓子も甘い!こっちの食べ物は美味し過ぎるわ。
 こっちの世界の人間は、もっと節制の気持ちを身につけるべきよ・・・もぐもぐ。」

南瓜団子の香ばしさと甘さを、才人とルイズは存分に味わっている。

「ルイズルイズ、こんなのはどうでしょう?」

ケティはルイズの南瓜団子に、蜂蜜をたら~っとかける。

「美味しい!南瓜と蜂蜜の味が美味しい!」

「そうでしょう、そうでしょう。
 何せ産地が特別ですからね。」

ケティは美味しそうに南瓜団子を頬張るルイズを見て、ニコニコと微笑んでいる。

「あ~・・・ケティ、この蜂蜜はひょっとして、北海道物産展で?」

「いいえ、違いますよ。」

才人が恐る恐る尋ねるが、ケティはその問に対して首を横に振った。

「嫌ですね才人、私が何でもかんでも北海道物産展で調達するわけがないでしょう。」

「だ、だよなー。特別とか言うから、ちょっと疑っちゃったぜ。」

ケティの答えに、才人はホッと胸を撫で下ろす。

「それはネット通販で、北海道は十勝の上士幌町にある養蜂場から取り寄せたクローバーの蜂蜜なのです。」

「結局北海道かよっ!」

駐日トリステイン大使館のキッチンに、才人のツッコミが響き渡るのだった。

「南瓜団子美味しい!」

そしてルイズは幸せそうだった。







翌日、10月31日ハロウィン当日。

『ハッピーハロウィーン!』

駐日トリステイン大使館では、ちょっとした仮装パーティーが開かれていた。
まあ仮装パーティーと言っても大使館があるのは秋葉原なので、衣装の調達先がコスプレショップになった結果、カオスな事になっているが。
何せ、ファンタジーな世界からやって来た住人が、ファンタジーな世界の服装をしているのである。
服装のノリが一周してしまっていた・・・とは言えである。

「フッフッフッフッフ、この鎧は良いね、実に良い!
 銀色でピカピカしていて、まさに僕にぴったり!」

ピカピカ光る白銀の鎧に身を包んだギーシュがご満悦である。
彼の一族は兎に角派手なのが大好きという、成金趣味とかそういうものを超越した派手好き一族なので、この白銀の鎧を見るなり飛びついたのだ。

「あっはっはっはっは!僕ぁ明日からこの格好で生きたいな!
 いつぞやのように傭兵団とか作って!」

「やめなさい!」

そんなギーシュの頭をスパーンとひっぱたいたのは、宇宙服と言うかロボットを操縦しそうな服を着込んだモンモランシー。
元々はグラマラスなキャラのコスプレらしく、胸の部分が少々だぶついてはいるものの、それ以外は持ち前の身長とスタイルでカバーしている。

「おー、盛り上がってんなぁ。」

そんな騒動をのんびり見ているのは、旧日本陸軍っぽい制服に身を包んだ才人。
体が無駄なく鍛えられているので、妙に軍服が似合っている。

「盛り上がってるわねぇ・・・。」

えらくでかい全身鎧が力無くそれに同意する。
ちなみに中の人はルイズで、喋るたびに声が内部で反響しているので籠もった感じになっていた。

「わたし、何でこんな格好にしたのかしら・・・暑い・・・周りが見難い・・・。」

ルイズはぐったりしている。

「ミス・ヴァリエール、大丈夫ですか?」

そんなルイズに心配そうに声をかけるのは、黄色の縁のメガネを掛け緑色のジャージの上を着て下は制服のスカートというえらく活動的な格好のシエスタである。

「大丈夫よシエスタ・・・選んだのだもの、根性で乗り切るわ。」

「もう駄目だと思ったら声をかけて下さいね、人を呼んで何とかしますので。」

「わかったわ、そうする。」

どうやって操っているのか知らないが、ルイズの入った全身鎧はコクリと頷くのだった。

「きゅい・・・お姉さま、大丈夫?」

「ん・・・。」

白いシスターのような格好をしたシルフィードが、古代中国の官服のような服に身を包んだタバサを気遣っている。
タバサの格好が、あからさまに暑そうだからだ。

「暑い・・・。」

この面々の服装は、いずれもケティがおだてて宥めすかして着せた服だったりする。
ケティ的には色々と思惑があったようだが、2名ほど迷惑を被っている感じがする。
そして一方ケティはと言うと・・・。

「ぬぅ・・・私は何を着れば良いのやら?」

仮装に着る服を決めかね、更衣室で唸っていた。

「元々モブですからね、私は・・・。」

色々と着てみるが、どうにも主役級キャラの服がしっくり来ないのだ。

「ケティ、ケティどうしたの?」

そんなケティの所に、Yシャツミニスカートの姿の上に青いマントを身に纏ったアンリエッタが現れた。

「服が・・・似合う服がないのです。」

「似合う似合わないで言ったら、ルイズとかどうするのよ?
 鎧よ、しかも自分よりも遥かに大きな全身鎧。」

「いやまあ、それを言われるとそうなのですが。」

ハ○太にしてあげれば良かったかなぁとか思いつつ、ケティは頷く。

「大使である貴方が居ないと、パーティーを始められないでしょ。
 何でも良いからさっさと着なさい、これは命令よ!」

「わ、分かりました・・・。」

ちなみにケティはというと、その後も迷いに迷った挙句、髪型をあんましいじらなくても良いという事で白いセーラー服姿に5連装の魚雷発射管を満載した姿になったという・・・。

「す、スー○ー北上様だよ~。」

とか、言わされたとか、言わされなかったとか・・・。



[7277] 第六十話 私は見守っていますよ。見守るだけですが、なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:528ed989
Date: 2013/11/04 23:47
故郷は、遠くにありて思うもの
我が故郷ラ・ロッタは今頃、農作業の真っ最中でしょう

故郷は、遠くにありて思うもの
勘違いしている人が多いですが、当家領に君臨するジャイアント・ホーネットはスズメバチなので蜂蜜は取れません

故郷は、遠くにありて思うもの
そうそう話は変わりますが、才人は故郷が恋しくなる時は無いのでしょうか?









姫様の言葉を聞いて絶句したルイズの姉二人に代わり、ヴァリエール公は戸惑いの色を視線に混ぜつつ、姫様に向かって口を開きました。

「カリーヌ・・・妻からも聞きましたが、俄かには信じられない話です。
 拳で魔法を砕くなど、前代未聞の話であります故に・・・。」

ヴァリエール公の言葉に、私と姫様が思わず視線を合わせます。

『・・・・・・・・・・・・(デスヨネー)』

たぶん私達の心の声はハモっている筈なのです。
ヴァリエール公の気持ちはよ~っく分かります、わかりますとも!
ディスペルと身体強化の二つの効果によって、ルイズは大抵の魔法を拳で破壊出来てしまいます。
おまけに物理攻撃も殆ど通りません。
何なのですか、この可愛いチート生命体は。可愛いから良いですけど、良いですけど!
これだからファンタジーは嫌なのです。

「そこはそれ、論より証拠と申しますか・・・ルイズ~。
 はい、ファイヤーボール。」

「わーい、パンチ!」

私の放ったファイヤーボールを、ルイズはものの見事に砕いてしまいました。
うーむ、何度見てもデタラメなのです。
魔法も地球人の視点で見れば、十分デタラメではあるのですが。

「・・・というわけでして。」

「私の知ってる虚無と違う・・・。」

エレオノールが呆然とした表情で呟いています。
わかりますわかります。私もそんな感じになったものです。

「始祖ブリミルの時代から数えて早6000年。その間に変化している伝承もあるでしょう。
 それよりも問題は・・・。」

ここで私は言葉を切って、姫様に繋げます。
何せここからは、私よりも姫様が話すべき領域ですから。

「虚無の血統がルイズにあるという事がわかった以上は、ルイズが王位継承権第1位という事になります。」

ルイズに問答無用で王様譲りますとは、姫様も流石に言いません。
より優位な血統が王座をひっくり返した前例ができてしまったら、後々の世に禍根を残しますしね。
そもそもが彼女は、鉄の悪魔を叩いて砕く!キャシャーンがやらねば誰かやる・・・ではなく、鉄の扉を殴って砕ける破壊力の持ち主なので、無理やりやらせたらどっかのサントハイムのお姫様みたいに壁砕いて脱走しかねませんからね。
王様が逃げたら一大事ですし、何より壁の修繕代も馬鹿になりません。

「この件に関しては、ルイズにも事前に告げてあります。
 ま、私としてはルイズに王位を譲って、隠居というのもアリなのだけれどもね。」

姫様はそう言って、茶目っ気たっぷりな笑顔になりルイズを見ます。

「ぜええええぇぇぇぇぇぇぇったいに!お断りですわ!」

冗談じゃないといった表情で、ルイズは全力で首を横に振り始めました。
髪の毛がわさわさと浮き上がって、まるでピンク色の綿菓子みたいなのです。

「成程、虚無の系統に目覚めたルイズには、王権の継承者たる資格があるのは間違いないですな。
 《王家とは始祖の血が一番濃い血統であるべき》というのは、道理であります。
 しかしその上で、陛下にひとつお聞きしたい。
 我が娘の力を、虚無の力を陛下の意思にて《利用》されるおつもりか?」

「私の意思にて《利用》とは、いかなる意味でかしら?」

姫様の目が細くなり、それでも相変わらず口に浮かぶのは微笑み。
怖いです、物凄く怖い笑い方してますよ姫様。
え?私も似たようなもの?いやいや、今の姫様の微笑みのようなものに比べれば・・・。

「例えば私がルイズを、ルイズの虚無の力をまるで矢弾の如く使い潰す意思があるのかと・・・そういう意味かしら?」

「はい。まこと恐れ多い事でありますが、私はそれを危惧しております。
 娘がまるで道具の如く擦り潰されるなどという事態は、一人の親として看過できませぬ。」

ヴァリエール公はこの迫力の姫様に少しも動じること無く、それどころか平然と質問しています。
流石は歴戦の勇士にして国内最大の貴族と言いますか。流石なのです。

「御返答の如何によっては、王家に杖を向ける覚悟に御座います。」

「ホホホホホ、ヴァリエール公も矢張り人の親であったと言うべきかしら?
 親の情愛はまこと深きものね。そしてまこと罪深きものだわ。」

姫様はどう見ても目が全然笑っていませんが、口だけで器用に笑っています。
うーん、これはかなりキレていますね、姫様。

「はわわわわわ。」

怖いですね、恐ろしいですね、ルイズのお姉さん2人が抱き合って涙目になっていますね。

「あわわわわわわ。」

「姫様こえぇ、アルビオン軍よりもよっぽどこえぇ。」

ルイズと才人もですが。

「フフ・・・ヴァリエール公、《私は一体誰なのかしら?》
 卿が私に対してどういう認識を持っているのか、それが知りたいわ?」

「・・・トリステインの女王、アンリエッタ・ド・トリスティン陛下に御座います。」

姫様の怒気に押され始めたのか、ヴァリエール公は少し言い淀んでからそう答えました。

「よろしい・・・それならば、です。
 《王》という立場は、私が私の信条や思いや友情に関係なく、それが必要とあらば外道の選択を強いられる立場である事も承知している筈ですわよね?
 貴族の中の貴族であり、私と同じように必要であるなら外道の選択を強いられる大貴族の卿ならば。
 卿がピエール・ロラン・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵ならば!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

姫様の怒気に、ヴァリエール公は瞑目して黙ります。
ラ・ヴァリエールくらい大きい領地を持つ貴族ともなれば、世間的に汚いと言われることの1つや2つは避けられない選択と化しますからね。
《貴族は汚い》とか《貴族は腐っている》だの言われますし、まあ実際に駄目な方向に堕ちてしまう人が居るのも確かなのですが、社会に汚い事や腐っている事が少なからずある以上は、支配者層として否が応でも関わらばならない時もあるのです。
そして、汚い事や腐っている事を世間的に正しいと言われる手段のみを用いてきちんと是正できるかというと、残念ながらそんな事はまるで無いわけでして。

「ヴァリエール公爵。貴方の娘を時と場合によらず矢弾のように使い潰すような事は決して無いという保証を、私は女王として致しかねますわ。
 同時にこう宣言も致しましょう。私は私自身ですらも、時と場合によっては我が国の為に使い潰す所存であると!
 そしてルイズは虚無の力を持つ私の最強の駒であり、同時に掛け替えの無い私の代えであり、そして何より竹馬の友であり無二の親友であると!」

つまり姫様が何を言いたいかを訳しますと『最後にして最強の手段であるルイズを使い潰すような展開になる前に、まず自分を使い潰してから玉座ごと押し付けるので安心してね。だってルイズは幼馴染で親友だし~』という事なのです。
ちなみに口調がバカっポイのは私の訳のせいであって、姫様は非常に貴族らしい演技ったらしく修飾に満ちた口調でヴァリエール公に話しかけているので、そこはお忘れなく。
貴族らしく修飾しているだけで、中身は結局アレなのですが・・・身も蓋も無い言葉が修飾の結果として、ある人には感動の名言に聞こえる事もあるわけでして。

「ひ、姫様、わたしの事をそんなに思っていて下さるだなんて・・・グスッ・・・エグ・・・ズル・・・ゴシゴシ。」

「ぎゃあああああ!俺の一張羅で鼻拭くんじゃねえ!?
 ほらここにハンカチあるから・・・はいチーンしろ、チーン。」

「うん、有難うサイト・・・チーン。」

虚無の守護者というより保護者と化してますね、才人。
なんかルイズは感動して泣いていますが、コレ姫様が死ぬような事になったらルイズが次の女王として死ぬまで馬車馬のように働けっていう宣言でもありますからね?
折角の感動に水を指すのもアレだし、何よりソレ聞いたら即座にルイズが窓を突き破ってダッシュで逃げ出しそうなので、言いませんけれども。
ちなみに私はそんな事態になったら《こんな所に居られるか、オレは逃げるぞ!》とか言いながら逃げます。
ええ、わかってますよ。お約束通り逃げられませんし、死にますよね。

「勿論、卿が貴族であると同時に一人の親でもあるという事も理解できます。
 我が母も、国王としては全く全然からっきし駄目、色気意外に特に取り柄無いからゲルマニアの色惚け皇帝の元に政略結婚で嫁いで貰おうかなー・・・とか、時々思ってしまう程の駄目母です。
 それでも母親として己の知見内で、いつも精一杯私を気遣ってはくれています。
 ですから親というのは立場も理性も飛び越えて、子供の事を心配してしまうものだと、私も理解しております。
 もう一度言いますが、ルイズは私にとってとても大切な人間です。
 政治的に、そして何より友として。
 だからこそ私は、美辞麗句で誤魔化さずにルイズの立場と私の覚悟を卿に話したのですわ、ヴァリエール公。」

ルイズと才人のコントに姫様はクスリと笑って怒気を収め、静かにヴァリエール公を見ます。
やりますね、まるっきり天然で場の雰囲気を変える為のきっかけになってくれました。
あと、姫様からのマリアンヌ様への評価が、色気と親としてのもの意外全部落第点扱いですね。

「陛下、陛下はとてつもなく困難な綱渡りをされようとしていらっしゃる。
 個人に於ける政治と友情の両立は、それはそれは苦労しますぞ。
 私とて、魔法衛士隊の頃からつるんできた仲間であり親友でもある者たちと、何度か対立し疎遠になりかけた事すらありまする。」

「もっともですわ。永遠不変の友情などありませんし、ましてや王侯貴族ともなれば政治的・経済的利害が友情への大いなる試練となる事も多いでしょう。
 しかし卿らはそれを乗り越えたし、過去に飛ばされたケティとつるんで女である事を完全に隠し通していたカリーヌ殿とも結ばれましたわ。
 私もきっと乗り越えます、皆で協力しながら。
 ですからヴァリエール公には、何か困難があった際に先達として助言をお願いするかもしれません。」

娘がただ利用されて使い潰されるというのは、流石に貴族としても親としても看過出来ない事でしょう。
ですが姫様は、そういう事は姫様が女王であるうちは決して無いという事を、話の流れの上でヴァリエール公に保証した形になります。

それはそれとして・・・カリンの性別隠しに私が協力してるって、いったい未来の私は何やらかしているのでしょうね。
自分が制御不能な動きをしているというのが、とても怖いのですが・・・いくら聞いても絶対に教えてくれないのですよね。
カリンに言われた未来の私からの伝言としては《何時までも、あると思うな親とカンペ》だそうで・・・。

「あと私は私に諫言して下さる方を、枢機卿やルイズやケティ以外にも募集しております。
 私が道を誤りそうだと思った時には、今回のように遠慮無く言ってくださいな、お待ちしておりますわ。」

「はっ、かしこまりました。」

ヴァリエール公は姫様の言葉に深々と礼をしたのでした。

「・・・さてルイズ、ヴァリエール公の許可も出た事だし、これを公式行事では着用するように。」

姫様はそう言うと、鞄の中から何やら折り畳まれた布を取り出しました。

「はい、ルイズ。」

「え、ええと、はい・・・どれどれ・・・。」

ルイズがその布を展開して確認を始めると、それはマントでした。
とても良い布で出来ているのが人目でわかる黒のマントで、紫の裏地には白百合の刺繍。
白百合、つまり王家の紋章が入ったマントなのです。
ちなみにこれは、王位継承権を持ち尚且つ王族である人間しか着用を許されていません。

「おおおお、王家のマントぉ!?」

「そうよ。ヴァリエール公にも無事に伝える事が出来たし、そろそろ貴方が虚無の系統であり次の王である事をやんわりとこっそり公表します。」

ムンクの《絶叫》みたいな表情を浮かべて、ルイズは悲鳴みたいな声を上げましたが、姫様は気にせず言葉を続けます。

「これからはこの国を背負って立つ人間として、私の公務を手伝って貰うから★」

「ひいいいいいいいいっ!?」

今度こそルイズは、絶望の悲鳴を上げます。
本来であれば大臣が分担して片付けるべき仕事を、現在姫様は自分でやっていますからね。
国のコントロール権限を王に取り戻す為に一時的にやっている措置ではありますけれども、物凄い仕事量になります。
前に手伝わされた時には、書類に埋もれて死ぬかと思いました・・・。

「いやー、大変そうですねー、頑張って下さいねー・・・じゃ、部外者の私はこれで~・・・。」

「まてぃ小狸。」

私はルイズの光る手にがっちりと肩を掴まれてしまいました。
ルイズは私より軽い筈なのに、私がもがいても全くピクリとも揺らぎません。
自分がこれからとんでもない目に遭う予感・・・なんといいますか、屈強な汚いオッサンに捕まったような心境なのです。

「もしも私が国王になるなんて事態になった時は、ケティが宰相だからね?」

「ひいいいいいいいいっ!?」

なんという死刑宣告、ルイズは私に死ねとおっしゃいますか。

「ルイズが国王にならなくても、どっちみち枢機卿の次の次くらいには間違いなくケティに宰相やってもらうから。」

「ひいいいいいいいいっ!?」

姫様からの死刑宣告!?

「ああ、マリーなら安心だな。
 陛下と私の娘をよろしく頼むよ。」

「そうね、魔法衛士隊の時もマリーに任せておけば、事務系や関係各所とのアレコレは大体解決していたものね。」

何か未来の私的にもお墨付きがついたー!?

「まあそのなんだ・・・頑張れ。」

「はぅ・・・。」

哀れみの表情を浮かべつつ、才人が私の肩をポンと叩いたのでした。




少々時が過ぎ、ヴァリエール公爵邸にある練習場に私は居ります。
何をやっているかと申しますと。

「ぐっ・・・こ・・・こ奴不死身か・・・ッ!?」

肩で息をしているヴァリエール公と。

「え、えーと、何かすんません。俺って極めて不死身に近い体なもんで・・・。」

服こそ破れていますが、無傷でケロリと突っ立っている才人と。

「おーい、オレを抜いてるって事は、ピンクの娘っ子の親父さんを斬って良いって事だよな。
 さあ斬らせろ、ほら斬らせろ、パパっと斬らせろ!」

黙れ妖刀という、そんな展開なのです。
え?わかりにくいですか?ええと、何が起こったかと言いますとですね・・・。
何でも前回才人がヴァリエール邸に来た時に、ルイズをボートの中で押し倒してキスしながら胸触っているのをヴァリエール公に見つかったのだとか。
『ウチの跡取り娘に何しとんじゃワレェ!?ボケコラ死ねやあぁ!!』と、激怒したヴァリエール公に追い掛け回された挙句、這う這うの体で脱出したらしいのですが・・・そりゃ怒りますよね。
跡取り娘とか関係無く、年頃とは言えまだ子供だと思っていた娘が男に押し倒されているのを見た父親の反応など、どのような身分でも大して変わりは無いでしょう。
まあつまりアレです《ぶち殺す》と。

「ぜえ・・・ぜえ・・・さ、流石は4万殺しのヒリガールと言うべきかね?」

ヴァリエール公としては才人をブチ転がしたかったようなのですが・・・ほら、才人は不死身に極めて近い体ですし。
しかもルイズの折檻のせいか、それがどんどんスピードアップしていますし。
ヴァリエール公の魔法で才人は宙を舞い、叩きつけられ、切り刻まれましたが無傷なのです。
一瞬傷はつくのですが、数秒後には元に戻っているのですよね、これが。
才人に怪我をさせるには、回復を上回る速度で傷をつけなければいけません。
で、それが出来るのは数の暴力と言う名のマンパワーか、ルイズなのです。

「・・・改めて考えると、数の暴力と言う名のマンパワーと同等のダメージを与えられるって、凄まじいですね。」

思わずボソッと呟いてしまいましたよ。
いやホント、どういう事なのですか・・・。
ちなみにルイズは今、姫様やカトレアと一緒にお茶会中なのです。
一番上の姉のエレオノールはと言いますと、モンモランシーの薬学知識に興味を示し、一緒にああでもないこうでもないと議論しています。
・・・で、彼女をエレオノールに取られたギーシュと、元々彼女なんかいないマリコルヌは晩餐までの暇つぶしにと近くの池に釣りに。
ジゼル姉さまはラ・ヴァリエールには大型鳥類が多いと聞いて《ひと狩り行って来るわ!》とか言いながら、モシン・ナガン担ぎ《鳥食べ放題》の言葉でシルフィードを説得して乗って出かけてしまいました。
勿論タバサも納得済みというか、タバサも《鳥食べ放題》の言葉に釣られてしまったので一緒なのです。
晩餐には何かでっかい鳥の料理が出て、風韻竜とその主人がひたすら食べ続ける光景を目にする事になるでしょう。

「色々と雰囲気が盛り上がってしまった結果とはいえ、あのような所でルイズを押し倒したのは間違いでした。
 申し訳ないっす。」

「そういう問題ではないっ!
 あのような所だろうが、このような所だろうが、ダメなものはダメだ!」

頭を下げる才人に、ヴァリエール公はビシっと一喝。
はい、そういう問題ではありませんね、間違いなく。
ああそうそう、ちなみに私がここに居る理由ですが・・・何か面白そうなイベントに出くわしたので、のんびり見物してるだけなのです。
え?何か企んでるだろって?企んでいませんよ。
そもそも私は虚無の曜日はずーっと寝ているのが習慣だったのに、暫く休む暇もありませんでしたしね。
ホントにのんびりゆったり、見物しています。

「あの娘はうちの跡取り娘なのだ!
 きちんとした家柄の者か、さもなくば誰もが認めるような功績を成し遂げた大人物でなければ嫁にはやれん!
 あと、婚前交渉禁止!」

「うぐ・・・。」

才人はヴァリエール公の剣幕に押されて黙り込みます。
でも《誰もが認めるような功績を成し遂げた大人物》と言うなら、既に才人はクリアしちゃってますね。
つまりヴァリエール公は才人をルイズの相手として認めていますし、それ故の《婚前交渉禁止》という・・・面白いから、教えてあげませんけれども。
意地悪ですか?ええ、私は意地悪なのですよ。

「さてヴァリエール公爵閣下。才人も反省しているようですし、そのくらいにしてあげてくださいな。」

「ぬう・・・これ以上やっても無駄だろうし、仕方があるまい。」

ヴァリエール公は不承不承といった感じで頷き、言葉を続けます。

「しかしマリー、君に笑顔で《ヴァリエール公爵閣下》とか畏まった調子で呼ばれると、何度か君に脅された時の記憶が蘇って怖いのだが・・・。」

う、う~む、何で未来の私はラ・ヴァリエールの公爵を脅したりしたのでしょう?
しかも何度もとか・・・考えると考えただけ頭の中がややこしくなります。

「公爵閣下、貴方もですか・・・して、私は貴方の事を何と呼べば?
 ピエールとかロランと呼ぶのは勘弁して下さいね、愛人と勘違いされかねないので。」

「まさか若い頃の渾名で呼ばれるわけにも行かないからな・・・取り敢えずはヴァリエール公で構わんよ。
 公爵閣下とか呼ばないでくれ、魂が縮み上がる・・・怖いから。」

敬称つけたら、何でそんな猛烈に怖がられるのですか。
ヴァリエール公に何やらかしたのですか、私は。

「承知いたしました。今後はそう呼ばせていただきます。
 しかし才人も才人です。
 ルイズへの普段の扱いはまるっきり女の子というより被保護者の子供みたいな扱いなのに、何でいきなり手を出しているのですか?
 何で被保護者に急に欲情しちゃったのですか?子供に欲情する危ないロリコンなのですか貴方は?」

「ロリコンって、ルイズは俺よりいっこ下なだけだっつうの!?」

才人は慌てたような表情を浮かべて反論してきます。

「そりゃま、俺は最近ルイズの普段の扱いに慣れてきてるさ。
 あいつ基本的に根っこの部分で人に傅かれる生活が身に染み付いてるから、俺が隣でサポートする事で本来の力を発揮出来るんだよ。
 流石に恥ずかしいから、着替えとかは自分でやって貰うけどさ。
 最近はルイズも俺に頼りきってくれて、なんか嬉しいし。」

恐らくはルイズも、才人に頼るのが楽しくてしょうがない状態でしょうね。
《コントラクト・サーヴァント》の魔法の補助もあり、どんどんお互いがお互いを信頼し、そして依存しあう関係が進展しているということなのです。
そしてやがて、離れたくても絶対に離れられない。離れると心が壊れるほどの関係まで昇華するのでしょう。
実際、通常の使い魔と主の関係でも、仲が良いと使い魔を失った主人が心のバランスを崩してしまう事は時々ありますしね。
私とスブティルはまだそういう関係には程遠いですし、正直ちょっと羨ましいかなと、そう思います。

「まあそんな俺だけど、こう見えてルイズの事はきちんと女の子として好きだぜ?」

「そ・・・そうですか。」

才人の言葉が心にグサっと刺さるのを感じつつ、表情を変えずに静かに頷きます。

「殴って良いですか?」

「何で!?」

表情を変えずにいたのに、心の声がつい外に。
ええいこの野暮天の唐変木といいますか、いやまあ気づいて貰っても困るのですが。

「恋人の居ない私へのあてつけですか~?
 ナチュラルにいちゃつきやがりますね~。
 憎いね、このこの~・・・ブチ殺しますよ?」

「え?いや、聞かれたから答えたのに、何この理不尽な反応!?」

それはそうとして・・・私の心の声とは裏腹に、私の上っ面だけがどんどん滑ってエスカレートしていくのですが、どうしましょうか。
魔法なんか唱えちゃってますし。ああ、これは・・・。

「問答無用、ファイヤーボール。」

「うわぁっ!?何か見覚えのある白いファイヤーボールがっ!?」

私の放ったファイヤーボールを才人は慌てて避けます。
先程まで才人が居た場所にファイヤーボールが着弾すると同時に、練習場の床が瞬時に気化して爆発しました。
帰化した床が室温で冷却され、白い灰となって降りかかります。
前にも何度か使った事ありますが、このファイヤーボールは威力はありますけど真っ直ぐしか飛ばない上にスピードも大した事がありません。
今、才人はデルフリンガーを抜いているので、ガンダールヴ発動中。

「のわああああぁぁぁっ!
 ケティ、ちょ、待て!そんな本気過ぎる一撃を喰らったら、流石に復活出来るかどうか保証し難いぞ!?」

「ドーモ、サイト=サン。火メイジです。
 リア充死すべし、慈悲は無い。」

才人の顔色が、さーっと青くなっていきます。
私の表情がハイな状態になっている事に気づいたようです。
あと隣を見ると、ヴァリエール公まで青くなっています。
・・・これは、ヴァリエール公の行き場の無い怒気を逸らすのにも使えそうですね。
宜しい、それではちょっと調子に乗ってやり過ぎましょう。

「うはははははははは!ファイヤーボール!」

「アイエエエエエ!ファイヤーボールナンデ!?
 待てケティ!このままだとこの練習場自体がぶっ壊れ・・・アバーッ!」

次々と溶けながら抉れる練習室の床、壁、天井。灰塗れになりながら逃げ惑う才人。

「で、デル公、アレ吸収出来るか!?」

「吸収出来るとは思うが、その前に熱で融けちまう気がする!すんげーそんな気がする!
 だから、俺様でアレを吸収しようとか考えるのは絶対にやめて、俺様まだ死にたくない!」

混沌の空間が広がります・・・後、室温がどんどん上昇して、暑いのです。
そろそろ、ヴァリエール公が何か動いてくれないとサウナになってしまいそうですが・・・はて。

「うは、うははははははは!」

「ま、マリー、か、彼は口が滑っただけさ。
 どうどう、落ち着け、落ち着き給え!」

私はヴァリエール公に、とうとう後ろから羽交い絞めにされてしまいます。
同時に制御を失ったファイヤーボールが、壁にぶつかって壁を蒸発させました。

「うはははは・・・な、何をしますかヴェリエール公!?」

「実は冷静な癖に、ふざけながら暴走するのをやめんか!
 君がカリーヌと組んで、彼女を煽りつつ色々とやっていた頃を思い出して、私の胃が、胃が・・・っ!」

何だかよくわかりませんが、ヴァリエール公は胃薬枠キャラだったのですね。
まあそれはそうとして、良いきっかけをどうもありがとうございますと、心の中で謝辞を述べておきましょう。

「仕方がありませんね・・・。」

私はそう一言言うと、杖を仕舞いました。
動揺を誤魔化す為の暴走でしたし、その動揺も収まりましたしね。
ヴァリエール公には心理的にも施設的にも大いに負担をかけてしまいましたし、後で金銭的に弁償するとしましょう・・・。

「私としては、娘を傷物にされかかった相手だし、溜飲は下がった形だが・・・彼は大丈夫かね?」

「うが、うがががががが・・・。」

ヴァリエール公が顔を向けた先には、直撃こそしなかったものの灰塗れになった才人が力尽きて伸びています。

「すいません才人、生きていますかー?」

「おう・・・まあ、ルイズに殴られるよりは楽だったぜ・・・ガク。」

才人はそう言うと、完全に力尽きたのか眠ってしまいました。

「ううむ・・・しかし、これは見事な灰被り(サンドリヨン)。」

才人は灰で完全に真っ白家に染まっています。
燃え尽きちまったぜ・・・真っ白によ・・・って感じなのです。

「うん、呼んだかいマリー?」

「へ?」

呼んでも居ないのに返事をしてきたヴァリエール公に、私は首を傾げます。

「いいえ、呼んでいませんが?」

「え?あ、ああ・・・そうか、今のは偶然か。」

私の言葉に、ヴァリエール公は何だか懐かしそうな、残念そうな視線を私に送ってきたのでした。
はて、一体何だったのやら?

「しかし、これは流石に人を呼んで修繕しないといかんな・・・ヒリガル卿の事は、マリーにお任せしても良いかね?」

「あ、はい。すいませんヴァリエール卿、調子に乗って練習場を破壊してしまいまして・・・。」

「いや、ハハハ。この程度ならカリーヌがしょっちゅう壊しているから大丈夫だよ。
 私の娘たちも・・・そしてド・ワルドの倅も、カリーヌに折檻された時に、よくこの中で木の葉のように舞っていたものだ。」

ヴァリエール公は懐かしそうに目を細めますが、それは果たして懐かしそうにして良いものなのでしょうか?
それはそれでいかがなものかと思うわけですが、流石はヴァリエール家といいますか。
根っからの金持ち貴族家は、このくらい何の痛痒も感じないのでしょうか・・・。

「では、お願いするよ。」

「はい、お任せ下さい。」

ヴァリエール公が去った後、練習場には私と灰塗れで気絶している才人のみが残りました。

「ううむ、ヴァリエール公の怒気を逃がす為でもあったとはいえ、やり過ぎましたか・・・?」

私はレビテーションで才人を浮かせながら、少々自己嫌悪に陥っています。
ヴァリエール公は私が実は冷静で、実際はふざけているだけだと思っているようでしたが、私だって年頃の娘なわけで・・・それはもう、動揺の一つや2つするわけでありまして。
ヴァリエール公の知る将来の私は内心の動揺をも抑えられるようになるのかもしれませんが、今取り繕う事が出来るのは外面だけなのです。

「さて、取り敢えず外に出ましたが・・・。」

そろそろ夕方が近くなってきては居ますが、太陽はまだ大地を暖かく照らしています。
わかりやすく言うとポカポカなのです。

「取り敢えず気が付くまでは、見張っていてあげましょうかね?」

とはいえ、このままではあまりにも汚い。
灰で真っ白ですからね・・・いやまあ、汚いも何も私のせいなのですが。

「そうとなれば、善は急げです・・・そぉい!」

取り敢えず、私は才人をレビテーションで天高く放り投げました。

「ウインド・ハンマー!」

風の槌・・・ただし、柔らかくアレンジしたもので才人を思い切り下から吹き上げ、一気に体表面や服についた灰を払い落とします。
バフンという音がして落下する才人の体はもう一度盛り上がり、大量の灰が風とともに上空に舞い散ります。
そして才人は一回転してひっくり返りました。

「もういっちょウインド・ハンマー!」

こうしてめでたく反対側からも灰が概ね取り払われ、才人は宙を舞っています。

「レビテーション。」

そして最後にレビテーションでふんわりと受け止め・・・処置終了。
ゆっくりと降下してきた才人は、真っ白な状態から多少煤けた程度になっていました。
・・・とはいえ、これからちょっとした晩餐ですし、その前に目を覚ましてお風呂にでも入って貰わないといけませんね。

「よいしょ・・・早く目を覚まして下さいね?」

綺麗に整備された芝の上に座り、私は才人の頭を太腿の上に乗せます。
そのまま頭を太腿に乗せると髪が刺さってくすぐったいのと何より太腿じかは恥ずかしいので、スカート越しです。
人の頭って結構重いので痺れてしまう可能性はありますが、枕無しで眠るのは辛いですしね。

「ねーんねーんころーりーよー、おこーろーりよー♪」

膝車ついでに子守唄なんか歌ってみたりして。
子供を寝かしつける時のように、頭を軽くポンポンとリズミカルに撫でてみたりします。

「ぼーうやーはー、よいーこーだー、ねんーねーしーなー♪
 ・・・うーん、矢張りざっと灰を払っただけでは完全には取れませんね。」

才人の頭に手を乗せると、若干ながら灰が巻き上がります。
ああ、スカートが白く・・・仕方がありませんね、出血大サービス。
服に灰がつかないように、スカートをよけて才人の頭を直接太腿の上に載せます。

「や、やっぱりチクチクと・・・えい。」

才人の体をレビテーションで少し持ち上げて此処向きで寝る形に変え、太腿に頬を乗せました。

「くすぐったくない・・・これで・・・良くないけど、まあ、よし。」

おおう、才人の頬のぷにゅっとした感触と温もりが、私の太腿に直接ダイレクトで・・・。
な、何か凄くエロ恥ずかしい事をしているような気がしますが、スルーです、スルー。
落ち着け~、落ち着くのです。KOOLになれ私。

「ふ、ふひひ・・・。」

とはいえ、無防備な相手に変な事をしているような、この背徳的な感じはちょっとだけ楽しいといいますか。
変態の気持ちがちょっとわかってしまうような、しまわないような?
ちょっとだけですよ、飽く迄もちょっとだけ、ちょっとだけ楽しいというだけの・・・。

「何やってるの、マリー?」

「あひゃあああああああああああぁぁぁっ!?」

何者かが背後に接近している事にすら気づかなかった私は、突如かけられた声に思わず絶叫します。
口から飛び出そうになった心臓を押さえつつ、恐る恐る振り向くと・・・。

「貴方がそんな大声で驚くって珍し・・・ほほう。」

カリンが動揺を隠しきれない私と、眠っている才人を見ながらニヤニヤしています。
うーむ、何というか《良いモノ見つけちゃった》的な表情なのです。

「確か貴方は鉄の規律がモットーなマンティコア隊の元隊長ではありませんでしたか、カリン?
 規律と厳しさを型に入れて焼き固めたと言われた、あの・・・。」

「プライベートでもそんな生き方してたら、幾らなんでも息が詰まって早死にしちゃうわよ。
 仕事とプライベートはきっちりと分けて、人生に緩急をつけるべしってね。
 大体、貴方は・・・まあ、未来の貴方とは言え、わたしのよく知る友人だしね。」

そう言いながらカリンは、目を楽しそうに細めて私を見ます。

「しかしまさか、うちの娘と男を取り合う関係だったとは思わなかったわ。」

「え?ええええ?い、いや、違いますよ?
 何を言っているのですか、チガイマスヨ?」

うがー、私完全にカリンに弄ばれています。
同様に完全に付け込まれちゃっていますが、しかしこの種の動揺は収める術が、術がありません。

「しかも、好きな男が寝こけているのを良い事に、太腿で頬の感触を楽しむとは・・・なかなかの変態ね。」

「がーん!?」

変態認定されてしまいました。

「いいいいい、いや違います。これはスカートに灰が付くので、やむなく拭けば何とかなる肌でという対策でして。」

「ふひひとか笑ってたじゃない?」

聞かれてたー!?

「い、いやだって、それは思った以上にくすぐったい感触だったので、思わず笑い声が!」

「・・・マリー、やっぱり元々こっち方面は初心な性格だったのね。」

納得いったように、カリンはうんうんと頷いています。
完全に掌の上で転がされてますね、私。
そりゃ三人も娘産んだ女性と、彼氏無し=年齢の私では踏んだ場数が違いますし、仕方が無いのかもしれませんが。
ええい、未来に行ったらまだ初心なカリンを散々おちょくり倒してやるから覚悟していなさい、ギギギ・・・。

「何時もの貴方なら、策謀巡らせて奪ってしまいそうなものだけれども・・・。」

「何故かよく言われますが、男女関係に策謀を巡らせるとか、そんな事出来ませんよ。」

男女間の心の機微という不安定なものに策を巡らせるとか、出来る人には感心してしまいますよ。
ハニートラップとかも、たぶん駄目です。私が逆に引っかかります。

「初心ねぇ・・・。」

「まだ16ですから、そりゃ初心ですよ・・・。」

恋愛関係の策謀とかなら、間違いなくキュルケの方が得意です。

「う・・・んん・・・。」

才人の瞼がぴくぴく動いています。私たちの会話で脳味噌が覚醒に入ってしまったでしょうか?

「お、うちの婿殿候補が目を覚ましそうね?
 それじゃマリー、後はよろしく。」

カリンは手をヒラヒラさせながら立ち去ってしまいました。

「んあ・・・むにゃ。
 なんか柔らかいな・・・。」

「おはようございます、才人。
 ひゃ・・・あんまり、動かないで・・・。」

恥ずかしさを押し殺しつつ、平静を装って才人に声をかけます。
ううむ、才人の顔が動いて、太腿に才人の頬がむにむにと・・・自分でやる分にはうへへで済みますが、自分の意思が絡まないと何か変な感じが・・・。

「んぅ・・・何かすべすべして、温かくてやわっこい・・・。」

「ひゃああ!ちょ、才人、手で触らないでください!?」

太腿を手でさわさわと擦られて、変な声が出ます。
寝惚けている上にこの状態にしたのは私なので、怒るに怒れません。

「ほへ・・・ん?おわぁっ!?
 ごっ、ごめんケティ!?」

状況に気づいた才人が、慌てて飛び起きそのまま流れるように綺麗な土下座の体勢に。

「ご、ごめん寝惚けていた!
 命だけは、命だけはお助け下され!」

貴方は于禁将軍ですか、才人。
今の姿を絵に描いて、後で見せますよ?

「いいえ、別に怒っていませんが。」

「へ?あれ?良いの?」

才人がポカーンとしていますが、いつものラッキースケベじゃありませんしね。
半分以上、私の自業自得ですし。

「コホン・・・寝惚けていたから、しょうがありませんよ。
 それよりも、目は覚めたようですね。」

「え?お、おう。」

首を傾げながら才人が立ち上がります。
アレですか、そんなに折檻されないのが不思議ですか。

「では才人、服を用意して貰うので、お風呂に入ってきてください。
 日が暮れれば晩餐ですが、灰で汚れた状態で出るのは失礼に当たりますし。」

「ん?うお、何だ真っ白!
 そういやとんでもない魔法だったな、あれ。
 酷い目に遭ったぞ。」

才人はそう言って、私をジト目で睨みます。

「ほほほほほ・・・。」

私はとりあえず、笑ってごまかす事にしたのでした。

「まったく・・・そういやさ、夢を見たんだ。」

「夢ですか?」

「うん・・・地球に居た頃の夢。
 子供の頃、母さんに子守唄を歌ってもらった時の事を思い出したんだ。
 ほら、《ねんねんころりよおころりよ》ってやつ。」

ああ、先程さわりの部分だけ歌った子守歌ですか。
うっすらと意識が残っていたのでしょうか?

「何でだろうな、聞いた途端に一気にさ・・・あっちに居た頃の色んな事がフラッシュバックしてさ。
 すごく懐かしい夢だった・・・うぐっ・・・グス・・・あ、あれ、何で涙が・・・。」

恐らくは、コントラクト・サーヴァントの使い魔の帰巣本能とかを抑える部分が、才人の望郷の念を抑えていたのでしょうね。
記憶というのはその人の人格の基礎ですから、完全に思い出せなくする事も忘れさせる事もNG・・・ただ、思い出し難くする事しか出来ないのです。
そして思い出すきっかけがあれば、一気に思い出してしまうというわけなのでしょう。

「望郷の念が湧けば寂しくなるのは、誰だって当然だと思いますよ。
 才人はまだ17歳ですし、両親を恋しがるのも当然でしょう・・・ふむ。
 まだ時間はありますし、ちょっと頭の灰を払ってそこに座りなさい。」

「グス・・・何するんだ・・・?」

才人は涙ぐみつつも、素直に頭の灰を払いながら座ります。
私も才人の隣に座り、そのまま才人の頭をグイッと倒して再び膝枕の状態にしました。

「・・・何で膝枕?」

「まあ・・・まだ1時間くらいは大丈夫でしょう。」

才人の頭をぽふぽふと撫でますが、今払ったので灰が粗方無くなったのか、もう飛びません。
これなら大丈夫ですね。

「いやなに、才人の母親代わりでもしようかなー・・・と、思いまして。」

「え?だって、ケティ俺より一応年下じゃん・・・。」

「日本語の子守歌なんて、こっちでは滅多に聞く事も出来ないでしょう?
 ま、良いですから。ジャイアンリサイタルかなんかだと諦めて、目を閉じてのんびり聞いてください。」

「ジャイアンリサイタルって、おい・・・。」

「つべこべ言わずに、黙って聞きやがれという事なのですよ。」

もう一年以上、才人は日本を離れています。
使い魔になったせいではありますが、日本よりも圧倒的に不便な世界でよく頑張っているものですよ。

「ねーんねーんころーりーよー、おこーろーりよー♪
 ぼーうやーはー、よいーこーだー、ねんーねーしーなー♪」

「ちょ・・・恥ずかしいって・・・。」

才人は体を動かしますが、強い抵抗はありません。
矢張り故郷の歌を聴くと、望郷の念が増すものなのでしょうか?

「ぼーうやーの、おもーりーはー、どこへいーいったー♪
 あのーやーまー、こーえてー、さとへいーいったー♪」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

諦めたのか、才人は体の力を抜いて私の子守歌を聞き始めました。

「グス・・・母さん・・・。」

「さーとのー、みやーげーにー、なにーもーろーたー♪
 でーんでんーだいーこーにー、しょーのふーえー♪」

才人は泣いています。久々に戻ってきた望郷の念に押し流されるかのように。
私に出来るのは、精々このように子守歌などを聞かせてあげる事くらいなのです。
才人の望郷の念が募った時にはまた歌ってあげよう・・・そう思いながら、私は子守歌や童謡を歌い続けるのでした。



[7277]  幕間60.1 鬼の居ぬ間に鬼が居る
Name: 灰色◆a97e7866 ID:528ed989
Date: 2013/12/19 22:26
ケティ達がトリステインに帰還して一週間と数日が過ぎ、トリステイン魔法学院の施設を間借りした水精霊騎士団の本部では・・・。

「酒だぁ~!」

『ヒャッハァ~!』

授業と訓練を終えた団員達が、夜な夜な宴会を繰り広げていた。

「かぁ~っ!訓練が終わった後の酒は美味ぇ~!」

授業はやってるし訓練もこなしているが、それらをそこそこに切り上げての宴会である。
正直言って規律はグダグダ。
どうしてこんな事になっているかと言えば・・・。

「鬼のラ・ロッタ団長代行が居ぬ間の命の洗濯・・・ってかぁ!」

順番を追って話そう。
先ず、ケティの肩書が帰ってからたったの1日で、副団長補佐代理心得から団長代行というものになった。
かなりの出世だが、これには色々と理由がある。
ケティ自身は副団長補佐代理心得という肩書を非常に気に入っていたらしいが、長過ぎて呼びにくいからという理由で、主にルイズが舌噛むし呼び難いから変えてくれと暴れたという理由で、無理矢理変更するという事に相成ったのだ。

「代行殿が居ない、すなわち・・・フリーダム!」

『フリーダム!フリーダム!フリーダム!』

しかも何かいつの間にか《代行殿》なんていう、更に縮めた呼び方まで定着しつつある。
吸血鬼の軍団でも率いていそうな呼び名になってしまったが、長いからね、面倒臭いよね、仕方ないね。

『ヒャッハァ~!』

現在ケティはアンリエッタがロマリアに視察の旅に出るという事で、その準備で連日王城に出かけている。
ケティもロマリアについて行く事になっているので、おそらく学院にはしばらく帰って来られないだろう。
そんなわけでケティが現在居ない。
団長のギーシュは何か派手ならそっちの方が喜ぶし、副団長の才人は基本的に団の運営には興味が無い。
同じく副団長のルイズは、今日も才人とシエスタに丁寧に手入れをして貰ってピカピカのふわふわで授業に参加したり、塀の上を散歩したり、ジャンプで屋根の上に飛び乗ったり、そのままそこで丸まって昼寝したりしている。
マリコルヌは平団員な上に変態なので期待するだけ無駄だし、モンモランシーとジゼルに至っては団員ですらないので我関せずである。
キュルケとタバサは外国人なので、勿論ノータッチ。
早い話、水精霊騎士団は何だかんだで組織運営と事務仕事が出来るケティが居ないと、日常の運営がままならない組織になっていた。
団員が全員上級貴族で学生という能天気な環境なので、締める人が居ないと組織が締まらないのが泣き所な水精霊騎士団。
もう何というかアレである、アレ。
《実質取り仕切っているケティが団長で良くね?》という、そんな空気と《代行や代理であれば、騎士団に於ける肩書は性別を問わず設定して良い》という本来は騎士団長が倒れた時などの非常措置に使われる法律が相まって、ラ・ロッタ団長代行が爆誕したのだった。
まあそんなわけで書類上のギーシュは意識不明の重体という事になっていて、査察の時にはモンモランシーが薬で気絶させる手筈になっていたりする。
意識偽装とか、酷い話である。

「・・・さて、次の書類・・・と。」

とはいえ真面目なレイナールだけは、淡々とケティに言われた書類仕事をこなしていた。
レイナール君偉い。ひょっとするとジゼル向けの点数稼ぎかもしれないが、偉い。
だが恐らく、いくら頑張ってもケティの好感度しか上がらないだろう。しかも恋愛面では無い好感度だけ。

「あっはっは!あの可愛いケティを鬼だなんて、君達は酷いなぁ!」

《意識の高い学生》ならぬ《意識不明の学生》と化したギーシュが、盛り上がる団員達の言動を聞いてかんらかんらと笑う。

「グラモン団長、俺たちは団長が帰って来るまで、ラ・ロッタ団長代行がこっそり根回ししていた銃士隊のブートキャンプにブチ込まれていたんですよ?」

「そうです!あの泣いたり笑ったり出来なくなるほどの訓練・・・地獄だった。」

「でも銃士隊のお姉さま方、皆スタイル良かったなぁ・・・ぐへへ。」

水精霊騎士団員たちは、地獄の特訓を思い出して涙して・・・ちょっと頬を赤らめた。
そりゃもう、きちんと鍛えている人たちなので間違いなくスタイルは良い。
たぶん腹筋が6つに割れている。

「微妙に楽しかったような感じを受けるがね・・・。」

少々呆れたような表情で、ギーシュはワインを飲む。

「まあ兎に角です、地獄のような訓練の後には休養も必要って奴ですよ。
 秘密任務ですしグラモン団長がラ・ロッタ団長代行にブチ殺されかねないので聞きませんが、団長も過酷な任務の心の垢を落としましょう!
 ほら飲んで飲んで。」

「僕が聞かれたら一瞬で任務の内容を漏らすという、その確信めいた信頼感に泣けてくるよ!」

ヤケクソ気味に、ギーシュは更にワインをグイッと飲む。

「漏らしませんか?」

「むさ苦しい男相手なんぞに、誰が秘密を話すものかね。
 むしろ聞き出そうとしようものならば、このワインボトルでしこたま殴るだろうさ、常識的に考えてもね。」

真顔でそう話すが、女相手なら話は別らしい。
実にわかりやすかった、これぞギーシュである。

「おーいギーシュ・・・おわ、酒くさ・・・。」

そんな騎士団の事務所に、才人がやってきた。

「おおサイト、よく来たね。
 じゃあ早速、駆けつけの一杯。」

ギーシュはそう言って、木のコップにワインをダバダバと注ぐ。
野郎がベロンベロンに酔っぱらうようなむさ苦しい場に、ワイングラスなどという上品な器は無いのだ。
正確に言うとグラス自体はある。あるのだが・・・。
以前酒盛りをしてグラスを大量に割ってしまった時に「騎士団には国から決まった額の予算が支給されていますが、逆に言うとそれ以上出ません。もしも割と高価なグラス類をこれ以上不用意に沢山割ったりしたら、貴方達の頭をこの石と同じように割りますからね?」と、ルイズに石を握り潰させながらケティがにこやか宣言し、それに皆震えて涙目で抱き合いながら何度も頷いて以降は誰も使っていない。
《愛とか友情などというものはすぐに壊れるが、恐怖は長続きする。byスターリン》といった感じである。

「んぐんぐ・・・カーッ、うめえ!
 ルイズん家のワインも美味いなぁ。」

ちなみにラベルに書いてあるのは《ラ・ヴァリエール》。まあつまり、ヴァリエール公爵家の荘園で作られたワインである。
先日ルイズの実家に行った時、一行が乗った帰りの船便にたっぷりと載せてあったのだ。
これはルイズ達への褒美の副賞であり、アンリエッタの王都への極秘帰還を誤魔化す工作でもあった。
表向きはパウル商会が買って、水精霊騎士団に寄贈した事になっているこの大量のワイン・・・団員たちに飲み放題という事で開放してあったので、非常に好評である。

「・・・で、君はいつもの愚痴を言いに来たのかね?」

「おう。団長の権限で、姫様にガリアとの開戦を進言してくれ。
 俺はどうしても、タバサとタバサの母さんに酷い事をしたガリアのジョゼフ王が許せねえ。」

滅茶苦茶過激な言葉が、才人の口から出た。

「団長としては、副団長の意見には反対である。
 なんたって僕ぁ意識不明の団長であってだね、進言に出向く事なんか出来ないさ。」

「そこは、ケティが《適当な藪水メイジに金握らせて、時々意識が戻る謎の病気になったという診断書を書かせておいたから大丈夫》って言っていただろうに。」

「あっはっはっはっは!ケティも良い事考えるよねぇ!」

良い事どころか滅茶苦茶酷い扱いなのだが、当人が欠片も気にしていないどころかむしろ満足しているので、まあ良いのだろう。

「まあそれはそれとしてだ、何度か説明したがトリステインには現在金が足らない。
 一部とは言えこの小さな我が国内を戦場にしてしまった上に、寄せ集めとは言え10万もの兵員を動員したのだからね。
 そして借金も返しきっていない。借金は怖いよ、借金は平民も貴族も関係無く追い詰めるものだからね。」

「どうせ、ケティの受け売りだろ?」

「当たり前だろう。本来こんなのは会計士の領分だよ。本来僕達貴族は、あまり考えなくて良い事の筈なのだ。
 それではいけないと、トップがある程度数字を把握している事が大事だと、ケティには言われてはいるがね。
 とは言え、僕にだって戦争に金がかかるのはわかる。
 戦争には食い物が要る。そして食い物を運ぶ輸送隊が要る。兵員に払う給料だって要る。おまけに武器や弾薬も消費分を調達する必要がある。
 これらがきちんと維持されないと、僕ら貴族やそれに従う兵隊はまともに戦う事が出来ない。
 まあ僕ら貴族はある程度までならば誇りや名誉で戦えるかもしれないが、平民出身の兵士にまでそれを強いるのは酷というものだからね。」

「それも、ケティの受け売りだろ?」

「勿論だとも。こんな事を僕が自力で考えつけるわけが無いではないかね。」

「ハァ・・・。」

えへんと胸を張るギーシュに、才人は大きく溜息を吐いた。

「全部受け売りかよ・・・。」

「そうは言うがな、我が友よ。確かに僕はかなり能天気であまり深く物事を考えない性質だ、それは認める。
 しかしだね。これは僕の頭が悪いというよりは、彼女が特殊なだけだぞ、絶対に。
 こんなのは本来、ある程度経験を経た軍人や政治家が思いつく類の事柄だよ。
 僕らのような若輩者の貴族や、まして16歳の少女がポンと思いつけるものじゃあない。」

ギーシュの言葉をケティが聞いたとしたら、照れるフリをして内心冷や汗をかく事だろう。
元々ギーシュはあまり深く物事を考えない性質というだけで、別に莫迦ではない。
深く考えようと意識すれば、ちゃんと出来る子なのだ。逆に言うと、意識しなければ出来ないのだが。

「まあ、それは確かにな。ケティが言うには、実家の書庫の御蔭らしいけど。
 何でも、ハルケギニアに始祖が降誕して現在の3王国が出来上がった頃からの書物が、教会や時の権力者からの焚書などの憂き目に遭わずに比較的良い状態で残っているらしいな。」

これはケティが才人に言い含めたカバーストーリーでもあるのだが、実は概ね事実だったりもする。
ラ・ロッタ家の書庫にはガリアやロマリアの大図書館にすらない貴重な古文書の類が、きちんと《固定化》のかかった状態で保管されているのだ。
それは教会から焚書指定の出ている本であったり、既に外では資料が失われた過去の戦記であったり、単なるマナー本であったりと様々。
そしてその中には、異世界から武器と一緒に飛ばされてきた書物の類もある・・・という事にしていた。

「古代の智者の智慧を借りていると常日頃彼女は言っているが、僕ぁ彼女の資質によるものがかなり大きいと思っているのだがね。
 彼女は僕らとは、物事を見る視点とかが全く違う気がするんだ。
 遥か天空から俯瞰的に物事を眺めているというかだね・・・まあ、これに関しては姫様も似たような感じなんだが。
 その点で彼女は、ある意味君よりも遠い世界の人間に見える事がある。」

「そういう事を目の前で言うなよ、泣くぞケティ。」

「泣くかね?怒るような気がするが・・・。」

「いや、ケティは仲間だと思っている人間には割と無防備なとこが結構あるから、そういう時に繋がりが遠くなるような事を言われると間違いなく泣く。
 とは言え、百科事典みたいな奴だからなぁ。そういう知識を根っこに敷くと、色々と視点が変わってしまうのかもな。
 まあこの話はこのくらいにして、話を戻そうぜ。」

こんな感じで実は才人も、ケティの正体が露見しないようにこっそりフォローしていてくれたりもする。

「うむ、そうしよう。
 話を戻すが受け売りでも、これを覚えているのといないのとでは戦争に対する見方がガラッと変わる。
 杖を振り銃を撃つだけでは戦争には勝てないという事を、予備知識として知っておけたというのは貴重だよ。
 知識は道具と同じで持っているだけでは役に立たないが、持っていなくては使いようが無いからね。
 しかし道具と違うのは、頭の中に沢山詰め込んでおく事が出来るという点だよ。
 ああ、これも勿論受け売りだがね、はっはっはっはっは!」

「お前も微妙に凄い奴だな、ギーシュ。」

才人は饒舌に難しい事を話すギーシュに、素直に感心していた。
ギーシュは確かに単純なのだが、単純明快に物事を素直に吸収して行く所がある。
そういう所は王者の気質というか、リーダー向きな気がする才人だった。

「しかし彼女が男であったならば、ひとかどの将軍になったであろうになぁ、残念なことだ。」

「それ言ったら、ケティ絶対に嫌がるからやめとけよ。
 姫様に将来宰相にするからと言われた時に、顔引き攣らせて泣きそうになっていただろ。」

「彼女はあれだけ腹黒・・・もとい、権謀術数に長けておきながら、立身出世とかの欲望が全く無いからねぇ。
 不思議なものだ、ああいうのは本来出世欲の強い人間とかにこそ備わっているものだと思うのだが。」

「そこは確かに、不思議だよな。」

まあ不思議なのも当然というか、彼女の権謀術数は半ば趣味である。
腹黒というか、露悪趣味というか、偽悪者というか。
そして好きこそ物の上手なれで、下手の横好きにならなかったが故というか。
かくして狸娘は、狸娘なのだ。

「シャルロット王女の件は、女王陛下がより良いようになさってくださるだろうさ。
 陛下がわざわざ救出作戦にあそこまで協力してくださり、救出したシャルロット王女に歓迎すると仰られたのだから、何か考えていらっしゃられるのだろう。
 僕ら軍人は、高度に政治的な事柄には首を突っ込まない方が良いのさ。」

そう言いながら、ギーシュは空になった才人のコップにダバダバとワインを注ぐ。

「まあ、取り敢えず呑みたまえ。
 身動きが取れぬ憂さは、取り敢えず酒で流すのが一番さ。」

「おう。」

才人はコップに満たされたワインを、グイッと飲んだ。
飲み干しはしない。才人は飽く迄も体そのものは普通の日本人であり、日本人の平均として酒にはあまり強くないのだ。
そして酒は武器ではないので、才人の肝臓にガンダールヴのルーンが働きかけて酒を異常に早く分解してくれるとかそういう効能も無い。
つまりこの騎士団の中で、才人は一番酒に弱かったりする。

「かくして、僕たちはとある城に現れたエルフを撃退したのさ!
 僕は見ていただけだがね!」

「凄いですわ、マリコルヌさま。
 女の後ろに隠れて見ていただけなんて、クズ過ぎます!」

「はっはっはっはっは!」

「見事に何もしていませんでしたのね、この役立たずの穀潰し!」

「んほぉ!良いよ良いよ、もっと罵ってくれ!」

才人とギーシュの耳に、ふとそんな色んな意味でとんでもない会話が入ってきた。
会話の方向を見ると、マリコルヌが数人の貴族の少女に囲まれて罵られている。
勿論マリコルヌは、凄く悦んでいた。
貴族の少女たちにもマリコルヌの性癖は有名らしく、彼を罵る事で才人達の武勇伝を聞き出すのに成功したらしい。

「ふむ・・・これはどうすべきだと思うかね、我が友よ?」

「見ての通り、あいつにはありとあらゆる女の攻撃は効かないからな・・・ギーシュがやるか?」

「いや、僕ぁ意識不明の団長だからね。
 君に任せる事にしたいのだが、お願いできるかね?」

ギーシュのその言葉に才人は無言で頷き、すっと立ち上がる。

「何なら踏んでく・・・ぶべらっ!?」

才人は顔を紅潮させているマリコルヌにすたすたと歩み寄ると、無言で飛び膝蹴りを鳩尾に叩き込んだ。
そして、そのままグリッと顔を踏みつける。

「・・・これで良いのか?」

「い、良いわけがあるか!?
 僕には男に踏みつけられて悦ぶ趣味は無い!」

「ほう、そうか。」

才人は更にマリコルヌの顔を踏み躙った。

「ギャース!」

「まあつまりアレだ。いい加減にしておけよ?
 前回のアレは《秘密の任務》だから、バラすと洒落にならんぞ?
 俺やギーシュでも庇い切れない。」

才人は殺気を込めてマリコルヌを睨みつけた。

「だ、大丈夫だよ。地名とかは完全にボカしておいたから。」

「本当か?」

マリコルヌの弁明に、才人は少女達の方に振り返って訊ねる。

「は、はい。何処なのか誰なのかは知りませんわ。」

「んー・・・ならいいか?」

才人が足を離すと、マリコルヌは素早く立ち上がった。
鳩尾に飛び膝蹴り食らった上に顔を思い切り踏まれたのに、まるで無傷である。

「俺が言うのもなんだが、出鱈目な回復力だなマリコルヌ。」

「フフフ。先程から乙女達に散々寄って集ってなじられた僕にとって、そのくらいのダメージならば瞬時に回復出来るだけのエネルギーが充填しているのだよ。」

謎のエネルギーがマリコルヌに充填されたらしい。たぶん《変態力》とか、そんな感じのが。

「あんまし調子に乗ってると、ケティに消されるぞマリコルヌ?」

「あのケティに《貴方には失望しました・・・心底ね》と、ゴミを見るような視線を浴びせられながら殺されるとか、最高の死に方だろう。
 常識的に考えて。」

マリコルヌ的には問題ない展開らしい。
そしてたぶん死なない。変態力がリミットブレイクして、華麗に復活するだろう。

「お前の常識はおかしい・・・で、君達。
 俺達の秘密を聞き出してどうする気?」

少女達の方に振り返り、才人はそう尋ねた。

「秘密を聞きだしたいわけではありませんわ、サイト様。
 私達は、飽く迄もサイト様の活躍を聞きたかったのですから。」

そう言ったのは、前にうどんを作っていたケティの級友であるクロエ・ド・エノー。
少女達の中に彼女が居たのだ。

「迷惑・・・でしたでしょうか?」

「そ、そうそう。だから僕は地名とかは全部伏せているよ。
 僕が説明しているのに、女の子たちはサイトばかりを褒める。
 その主役になれない疎外感がまた快感でね・・・。」

クロエの言葉に、マリコルヌが少々弁明染みた補足を加え始めた。

「誰を助けに行ったのか、とか。何処に行ったのか、とかは全部伏せた。
 その上で更に僕が罵られるように、若干改変して伝えたのさ。」

「罵られるように・・・。」

「そこ大事、超大事。」

考えれば考える程、この目の前のぽっちゃりさんを理解出来ないどころかSAN値が下がりそうなので、才人はマリコルヌについて考えるのを止めた。
そして、クロエの方に振り返る。

「んー・・・で、クロエ。ケティは何て?」

「な、何でケティが?」

クロエは少し頬を引き攣らせて問い返す。

「ケティのテストだろ、これ?」

才人はクロエにそう言ってニヤリと笑って見せた。

「うっ・・・流石はサイト様、鋭いですわね。」

「ケティとかルイズには、よく鈍いって言われているけどな、俺。」

才人はそう言って苦笑する。

「ケティが自分1人で出かけるのに、何も仕掛けてこない気がしなかったんだよ。
 それに情報の漏洩とか、気にしそうだしな。」

「うーむ、良くわかってますわね・・・ちょっとジェラシー。
 では正解という事で、こちらをどうぞ。」

クロエはそう言って、袋をサッと取り出した。
袋からは焼き菓子特有の甘い香りがする。

「これは?」

「貝殻の器で焼いたケーキですわ、ケティに教わりましたの。」

才人が袋を覗き込むと、そこにはマドレーヌっぽいお菓子があった。

「実は・・・このお菓子の作り方を教わる代わりに、水精霊騎士団の方々を女子がおだてに行って変な事を喋らないか調べる・・・という工作をしてくれと頼まれましたの。」

クロエはそう言って、袋を覗き込む姿勢になっているせいで自分に凄く近づいている才人の頭を見ながら頬を染めた。





さて、ケティとクロエにどういうやり取りがあったのかと言えば、時は数日前に遡る。

「わ、おいしい!」

クロエはそのお菓子を口にすると、驚きの声を上げた。
そのお菓子は丁度手に持って食べられる程度の大きさで、二枚貝のような形をしていた。

「それに1つがあまり大きくないのが素敵かも。」

「最近、お菓子も料理もさっぱり作らずに、陰謀練ったり裏工作したりと生臭い事ばかりでしたからね。
 いい加減女の子っぽい事がしたくなったので、作ってみたのですよ。」

ケティ自身も《最近の私、黒い事ばっかやり過ぎじゃね?》みたいな気持ちはあったらしい。

「そんだけで新しいお菓子発明しちゃうんだから大したものね・・・モグモグ。」

ケティの級友であるジェラルディン・ド・パヴィエールも、美味しそうにお菓子を食べている。

「貝の器で焼いたカトル・カールのようなものですから、別に目新しいと言うほどでもありませんよ。」

ケティが作ったのは、マドレーヌのような小さいケーキである。
まあぶっちゃけた話、マドレーヌパクった御菓子だったりするのだが。

「そもそもが才人の国のお菓子の話を、聞き齧って作ったものだったりしますしね。」

ケティはそう言うと、蒲公英茶を啜った。

「その話、詳しく。」

「やっぱり食いつきますか、クロエ。」

クロエ・ド・エノーは、才人に憧れている。
ギーシュと才人が決闘したあの日の雄姿が、目に焼き付いて離れないのだ。
あの日。何故か血塗れで顔真っ青のギーシュが杖を振り、複数のゴーレムで才人を翻弄し追い詰めた。
それは時々ある事だ。そして確定された運命だ。
平民はいくら頑張っても、ドットメイジにすら手も足も出ないのだ。
いずれは少々傾きかけたエノー伯爵家の為に、誰とも知れない男を婿に迎えねばならない自分と同じく、その運命は変えられないのだ。
そうクロエは思っていた。
しかし・・・才人は剣を握った途端に、全てをひっくり返して見せた。
剣を握り運命に抗い、そして逆転して見せた。その姿はクロエの心に強く響いたのだ。
彼を見ていたくなったのだ。
それは恋かもしれないが、今は憧れである。
そしてそれは、たぶん、ずっと・・・。

「余裕だよね、ケティは。」

「うーん、余裕というわけでは無いのですけれどもね。
 私はひょっとすると、女としては何物にもなれないのかもしれません。」

クロエの言葉に、ケティはちょっと困ったような苦笑を浮かべると、首を傾げた。

「何か寂しい事言ってるわよね、ケティ?」

「残念ながら、私はそれが寂しい事なのではないかと分かりつつも、ちっとも寂しい実感が湧かないのですよ。
 困ったものですね、これは・・・とまあ、その話はこれくらいにしまして。」

ケティの苦笑が、いつも通りの何を考えているのだかちょっとわからない笑顔になる。

「クロエ、教える代わりにちょっとしたお使いを引き受けてくれませんか?
 いえいえ、大した事ではありません・・・。」

クロエはこの時、ケティってやっぱり黒い事考えている時が一番キラキラしてるわね・・・とか、そんな事を考えていたのだった。





「・・・と、こんな感じでケティに頼まれたのですわ。」

「成程、それでマドレーヌか。」

才人はそう言いながら、紙袋の中に入っていたマドレーヌもどきを掴んでひと口齧った。

「うん、こりゃうめえ。」

「まだまだありますわ。」

久々に食べるマドレーヌの味に笑顔を浮かべる才人に、クロエは更にお菓子を勧める。

「あーっ、クロエばっかりずるい。」

「私もこんな薄汚い豚を相手にするのでは無くて、サイト様に何か差し上げたいわ!」

「ぶひいぃぃ!ありがとうございます!最高です、僕の女王様!踏んで!踏み躙って!」

クロエ以外の女生徒達が、不満げな声を上げる。
何せ才人は4万もの軍を一人で撃退したことになっているトリステインきっての大英雄。
その勇名は、全盛期の烈風カリンと比べても遜色無いものである。
そして女王陛下の覚え目出度く、いずれはトリステインの歴史において初めて男爵位を賜る平民となるのではないかという話まである。
まだ結婚相手の決まっていない貴族の娘にとっては、稀代の英雄の妻としての名誉と男爵夫人の地位が一気に手に入る超優良物件なのだ。
才人の隣にはルイズが居たりするけど、そんなの関係ねえのである。
貴族の娘にとっては夫がどの地位にあるかでその後の生活が決まる故に、優良物件には人が集中する。
数が極めて少ない上にそれぞれの枠はたったの一つ。ある意味就活よりも過酷かもしれない。
・・・あと、最後に何か変なのが混ざっているが、ただの変態だから気にしない気にしない。
一応、グランドプレ伯爵家の嫡男だから、優良物件なんだけどね、変態だけど。

「私も、私もクッキーを焼いてきましたの!」

「私・・・ええと、ええと、私はこの飴ちゃんあげますわ!」

「へ?あ、ああ、うん、どうも。」

才人の手の上にドサドサと御菓子が積み上げられていく。
お近づきになる為には、この機会は逃さない手は無いのである。

「おお、凄いね我が友サイトよ。
 君がそれだけモテるとは、我が友として誇らしいよ。」

ギーシュはそう言いながら、嬉しそうにうんうんと頷いている。

「いや・・・こういう女の子にモテるのって、お前の役目じゃね?
 もともと女たらしだよな、ギーシュ?」

「ふっ・・・女の子に何度も何度も声をかけては、モンモランシーに何度も何度もフラれて幾つか学んだ事があるのだよ。
 結局、僕はモンモランシーが居ればそれだけで良いのだ。
 僕はモンモランシーがどの女の子よりも好きなのだ。
 そして浮気は絶対に・・・絶対に・・・うーん・・・そう、絶対に目の届かない所で用法容量を守って正しくやればよいのだとね。
 そもそもだよ。こんな狭い学院内で女の子に次から次へと声をかけたら、どう隠してもたちどころにバレるではないかね。
 それに気付かずに我が可憐なる蝶であるモンモランシーを悲しませるとは、何と浅はかな事であったか!我が身を恥じ入る他は無い・・・。」

ギーシュは大袈裟によろめいた。
それを見た才人も頭が痛くなって、大きくよろめいた。

「ギーシュお前ソレ、いま思いついただろ。
 あとあの日、俺が香水の瓶を拾う前に、そこに気付けば良かったのにな・・・。」

「はっはっはっは、これはしたり!
 あれはあれで、君と僕とが出会い親友となる為の偉大なる試練だったのだよ。」

ギーシュは背中を才人のバンバン叩きながら、快活に笑って見せる。
お莫迦で尊大で女たらしだが、御人好しで暢気で常に前向きなのがギーシュの良い所だ。

「ま、あのお蔭で、俺はガンダールヴだって事に気が付けたしな。
 そう考えるとギーシュ、お前は俺の恩人でもあるのかもな。」

「ふっ・・・感謝したまえよ。」

「おう。」

気取ってポーズを決めるギーシュに、才人は苦笑しながら頷く。
・・・と、その時、ドアが開いた。

「失礼します・・・あ、サイトさん。」

「お、シエスタ。」

開いたドアの外に居たのはシエスタと、学院のメイド達だった。

「サイトさん、丁度良かったです。」

「どうしたんだ?」

才人の問いに、シエスタは口を開く。

「この事務所を見て、どう思います?」

「どう思うって・・・。」

才人は事務所を見回してみる。
団員たちはワインを飲んでビンをあちこちにとっ散らかし、食いカスが床に落ちている。
そしてマリコルヌは床に四つん這いになって、女生徒の椅子になっている。
事務所の奥ではレイナールが淡々と事務仕事をこなしているが、仕損じの書類が整然と床に置かれて積み上がっていた。
現在この事務所内には貴族しか居ない。しかも皆領地持ちの上級貴族の子弟たちである。
彼らにゴミを片付けるとか整理整頓するとかいう概念は無いのだ。
何故ならば、それらは彼らにとって全て使用人がやる仕事だからである。

「・・・ばっちいな。」

才人は一言、そう呟いた。
まあつまり、以上のありさまというわけだ。

「そうでしょう?なのに、皆酔っぱらっているせいで、私達メイドが片付けようと近づくと胸とかお尻とか触ってくるらしいんですよ。
 私は現在サイトさん付きなので、本来ここの担当では無いんですけど・・・。」

そう言って、シエスタは額を抑える。
思春期の少年も酔っぱらってタガが外れたら、やる事は酔っぱらったオッサンと一緒らしい。
まあ襲い掛かったりしない分だけ、生まれが上品だからと言えるかもしれない。

「・・・サイトさん付きである私なら、酔っぱらった団員を説得出来るかも知れないという事で、連れて来られちゃいました。」

シエスタも才人の威を借りるのは出来得る限り避けたいのだが、同僚たちに懇願されたとあっては断りきれなかったらしい。
《英雄というのは利用されるものだ》と、ケティやアンリエッタから言われた才人だったが、まさかこんな形で利用されるとは思っても居なかったので、ちょっと呆気にとられている。

「出過ぎた真似なのは重々承知しております。
 ですがこのままでは、私達は騎士団事務所の掃除が出来ません。」
 
「私達は酒場の給仕をする娘では無いんです。
 触られたりするのは、完全に給料の範囲外なんですっ!」

『そうですそうです!』

「お、おう・・・。」

ドアから出て来た才人は、詰め寄って来るメイドたちに引き攣った顔で応じる。
訴えてくる理由もよくわかるし、兎に角凄い迫力なのだ。
怒っているルイズやケティ程ではないが、怒っているメイドたちも十分に怖かった。

「流石は我が友サイト、メイド達にもモテるねぇ。
 あっはっはっはっはっは!」

「これがモテているように見えるとか、すげえポジティブシンキングだなギーシュ・・・。」

隣のギーシュは、メイド達の迫力に全く気付いていないようだが。

「仕方ない・・・俺の言う事を聞くかはわからないけど・・・。」

そう言いながら、才人は酔っぱらっている仲間たちの居る事務所へと戻って行った。

「おーい、みんな!ちょっと聞いてくれ!」

「んぁ?」

「お、何ですか、サイト副団長?」

事務所内に戻った才人が声をかけると、酔っぱらいながら談笑していた団員達が、一人残らず一斉に才人の方を見る。
ちなみに水精霊騎士団結成時に、才人がメイジでは無いのにシュヴァリエで副団長である事に対して不満を表明した者たち全員と決闘して一人残らず叩き伏せた結果として、全員の《説得》に成功し敬意を得ていた。
何せ皆が騎士団に参加する程度には自分の腕に自信があり、そして何より血気盛んな少年達である。
《俺より弱い奴には従わねえ!》の気概を持つ彼らが、ぐうの音が出ないくらい強い相手に叩きのめされた時、そこに生まれるのは敬意だったのだ。
何より才人は《いつでも再挑戦は受ける》とまで宣言していて、実に男らしかった。
そのため才人に《くぅ~アニキ!ついて行きますぜ、地獄の果てまで!》的な忠誠心まで持っている者すらいるのだ。
まあつまり才人が普段特に何も言わないだけの話で、騎士団内に於ける才人の影響は非常に大きい。

「メイドさん達からの嘆願が来ている。
 お触り禁止だそうだ。」

『え~!?』

才人がそう言うと、団員達から不満の声が上がった。

「酒ときたら女じゃないですか!そんな殺生な!」

「サイト副団長には専用の可愛い巨乳のメイドさんが居るのに!」

「俺たちは何もメイドさんを食っちまおうってわけじゃないんです!ただちょっと景気付けに触りたいだけなんです!」

「横暴だ、断固抗議する!」

幾ら人望と影響があっても、駄目なモンは駄目らしかった。

「いやしかしだな。学院のメイドさんは普通のメイドさんであって、エッチい仕事は契約外なんだぞ?
 そういう事がしたいなら、王都に行けば幾らでもあるだろうに。」

「ひっく・・・サイト副団長。
 俺たちは貴族だけど、やっぱり学生なんですよ。」

「そーですそーです!あの有名な《魅惑の妖精亭》とか行きたいけど、あんなトコに何度も通えるほど俺達は豊かじゃあない!」

学生の小遣いで、何度もは無理でもあの手の店に行ける程だという時点でかなりのものだが、まあそれでもきついものはきついのである。
ちなみに才人は《魅惑の妖精亭》で、常連になれる程度の給料は貰っている。
シュヴァリエとしての給料に加えて《英雄》の肩書で発生する手当は伊達ではないのだ。
そんな所に行ったらルイズが怖いし、そもそもルイズは誰かを抱き枕にしないと眠れないので、遅く帰るとか無理なのである。

「よしわかった・・・こうしよう。
 今度その《魅惑の妖精亭》で、パーティーをやる!
 もちろん、店の女の子フル出動で借り切ってだ!」

「ヒューっ!太っ腹!」

「流石はサイトのアニキ!話が分かる!」

才人の言葉に、団員達は歓声を上げた。

「そうだろう、そうだろう。
 その代り、メイドへのセクハラ禁止!
 もしも、それでもやらかした莫迦が居たら、やめる。
 だからお互いを監視して、莫迦な真似をしようとしたら止めさせるんだ。良いな?」

『うっス!』

団員達は、目をギラギラさせながら頷いた。

「・・・だ、大丈夫なのかい、我が友サイト?」

才人の言葉を聞いていたギーシュが、青い顔でこっそりと聞いてきた。

「あの店を借り切るとなると、物凄い額になるのではないかね?」

「あの店には多少顔が利くから、ある程度は料金には融通が利く・・・後は、そうだな。
 足りなかったら、その分はケティから借金するさ。」

ケティならにっこり笑って《トイチです》とか言いながら貸してくれる事だろう。
たぶん本当に利子をかけたりはしない。たぶん、きっと。

「しかしだね。絶対に毎回は使えないぞ、その方法。」

「大丈夫。一回だけで全て事足りるのさ。」

そう言って、才人はニヤリと笑う。

「考えてもみろよ?あのケティが、この手の行為について報告を受けて、黙って笑って見逃すと思うか?」

「ふむ・・・?」

才人の言葉を聞いて、ギーシュは宙に目を泳がせ少々考え込む。
ギーシュの脳裏に浮かんだのは、笑顔の大魔王と化した狸っぽい少女の姿だった。
そもそもケティは、セクハラの類が大嫌いで《断罪の業火》などという、もう一つの通り名まで持つ少女ある。
苛烈な罰則を伴う禁止と、その代償として何らかの楽しみを用意する事だろう。

「あっはっは、まあまず無いね。彼女であれば、何か対策を考えるだろう。
 成程、一度限りの出費であれば、これで十分に抑えられるというわけか。」

「そういう事。俺達であいつらを抑えきれないというのは、実に困った事態ではあるんだが。
 まあ・・・俺達みたいな青少年の欲望は、禁止だけじゃ止められないからな。」

年頃の青少年にとって、規則なんてのは破ってナンボな所がある。
しかも止めると更に燃え上がり、抜け道を求めて暴走しかねない危うさも・・・正直な話、止めるだけで止まるものではないのだ。

「・・・さて、シエスタ。
 取り敢えずこれで、メイドへのお触りは収まると思う。」

「サイトさん。こ、こんなで大丈夫なんですか?」

シエスタは心配そうに才人を見る。

「ああ、取り敢えず《魅惑の妖精亭》に連れて行くまでは、これで収まる筈だよ。
 だから・・・シエスタからも、スカロンとジェシカへの口添えを頼む。」

「あ、はい。スカロン叔父さんとジェシカには、私からも手紙を送っておきますね。」

シエスタはコクコクと頷いた。
そして、ドアの外で遠巻きに見守っていたメイド達の方に歩いて行く。

「皆、サイトさんのお蔭で解決したわよ!」

シエスタがそう言うと、メイド達がどっとドアから事務所内に雪崩れ込んできた。

「ありがとうございます。これでやっと掃除が出来ます・・・。」

「助かりました、この御恩は忘れませんわ!」

メイド達は安心した笑顔を浮かべて、口々に感謝の言葉を述べる。
実はこの学院では、事情がどうあれ担当区画の状態が一定期間悪化すると、職務怠慢という事でメイド達の給料査定に響くシステムになっている。
メイドもなかなか大変なのだ。



才人と、たまたま隣にいるだけのギーシュはメイドたちに囲まれている。
そんな光景を遠眼鏡で見ながら、ブチ切れている人が居た。

「ぐぎぎぎぎぎ・・・。」

ルイズ・・・ではなく、モンモランシーである。

「ギーシュの奴、メイドに囲まれてヘラヘラしてぇ・・・っ!」

ギーシュはメイドに囲まれなくてもいつも大体ヘラヘラしている感があるが、恋人が浮気の常習犯であるモンモランシーには、そうは見えないらしい。

「モンモランシー、貴方ね。ちょっと落ち着きなさいよ?」

そんなモンモランシーをルイズが宥めている。
普段ならモンモランシーと同様に大噴火しているような気がするルイズだが、近くに冷静でない人間がいる為に却って冷静になっているらしい。

「ギギギギギ・・・また浮気して!絶対に許さないんだから!」

「わたし、人を宥めるのって凄く苦手なんだけど・・・。」

才人の隣にたまたま居て突っ立って笑っているだけなのに、いつの間にか風前の灯火な命になっているギーシュの明日はどっちだ!?
以降次話を待て!



[7277]  幕間60.2 ケティの居ない学園アレコレ
Name: 灰色◆a97e7866 ID:528ed989
Date: 2014/01/26 23:42
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの朝は、そんなに早くない。

「むにゃ・・・。」

そんなに早くないというか、あまり早くても困るのだ。
早起きされると困るのは誰かと言えば、それは当然使用人である。
主人が毎日早く起きているならば、当然のごとく使用人は主人の用事を手助けする為に、それよりも予め早く起きていなければならない。
主人が朝日の前に起きて来て夕日の前に寝てしまう人ならあまり問題は無いかもしれないが、3時間くらいしか寝ない主人だったりすると、もう使用人にとってそこはまともに睡眠時間が取れないブラック職場と化す。
勿論主人がそんな人の場合は交代要員やら、長い労働時間を慰撫する為の手当てが必要になる。
賃金も無しに働く使用人など、このハルケギニアには基本的に居ない。
使用人の忠誠とは、賃金によって維持されるものなのだ。
もちろん例外はいるが、そういう者たちは普段から主人に賃金以外の何かを受け取り、それを忠誠の糧としているが故の行為である。

「んむ・・・んむふふふふ。」

ルイズは今日も、寝惚けつつ抱き枕の匂いを嗅ぐ。
何せこの抱き枕、結構良い匂いがするのだ。
石鹸の香油の匂いと、若干の汗の香り。今のルイズが一番安心する香り。

「んむ~・・・ふがふが。」

ぶっちゃけた話、抱き枕というのは才人で、抱き枕の香りというのは才人の香りである。
才人は日本人の風習として毎日風呂に入り、全身をピカピカに洗い上げる。
その為、毎日洗いたての香りがするのだ。普通の抱き枕だとこうは行かない。
そのうえ適度に鍛え上げられた才人の体は、堅過ぎず柔らか過ぎず適度な感触で抱き心地が良い。
寝惚けた頭でルイズは、その抱き枕に顔を埋めふがふがと匂いを嗅いでいるのだ。

「ふがふが・・・はっ!?」

そして我に返る。
男に抱きついて更に匂いを嗅ぐだとか、大貴族ヴァリエール家の息女たる己のやる事ではない。
じゃあ才人を抱き枕にするのは良いのかよという疑問もあるが、ルイズ的には《それはそれ、これはこれ》な話らしい。
毎朝やらかしては、寝惚け頭がある程度醒めた時点で我に返っているルイズである。

「顔、洗って来よ・・・。」

目を覚ますついでに赤くなった顔を冷ますなら、冷たい井戸水が一番である。
ルイズはガバッと起き上がり、そのまま女子寮の井戸へと向かう為に部屋を出て行く。
そしてバタン・・・とドアが閉まり、静寂がやってくる。

「ふう・・・やれやれ。」

ルイズが出て行ったのを見計らって、才人が起き上がった。
その表情はまさに明鏡止水。悟りを開いたが如しである。
才人だって年頃の男子なれば、劣情の1つや2つや3ダース程度は浮かぶものだが、今はそれに耐えている。
抱き枕にされるようになったのは、才人の記憶が確かならばアルビオンで一回死んで返ってきた時から。
初めて抱きつかれた時は《オッケーなのか?これオッケー?オッケーだよな!?》とか思ったものだが、安心しきった表情を浮かべて眠りについたルイズを見て、《これは俺を心配しているんだ》と気づき、それ以来ずっと耐えている。
もしも手を出したら・・・いつぞやみたいにボコボコにされて、鎖で繋がれる未来が待っているに違いないと思ったというのもある。
そして耐えているうちに、次第にその環境に体が順応して、割と普通に眠れるようになってしまった。
勿論、起きている間は乙女の良い香りと柔らかい感触の刺激から生じる劣情に、グッと耐えねばならないわけだが。

「さてと・・・準備準備。」

才人はベッドから出ると、ルイズの箪笥を開けて制服一式を取り出す。
ブラウス、スカート、オーバーニーソックス、マント。それらに妙な皺や解れなどが無いかどうかチェックし、綺麗に畳みなおしてベッドの上に置く。

「うむ・・・完璧だ。我ながら惚れ惚れするぜ。」

最初は何でこんな事を俺がやらなければいけないんだと思っていたが、ルイズが実はかなり身なりに大雑把なのに気付いて、それ以来きちんと用意する事にした。
正確に言うとルイズも自身である程度までは出来るのだが、元々大貴族の娘でそういう身なりを整えるのは全部使用人にやって貰っていた為なのか、もしくはセーター作ったら謎のヒトデ型クリーチャーを作ってしまう程不器用だからなのか、どうしても上手くいかないのである。
それでも外を歩いても大丈夫な程度には何とかでっちあげる事には成功していたのだが、矢張り貴族の目はそういう身なりに敏感であり、そこもルイズが莫迦にされていた理由の一つだったりする。
才人はそれに気付いたので、以来ルイズの着替えを手伝ったりまではしないものの、着替える前の服の細かい管理をやっていた。
可愛い自称ご主人様には、成るべく可愛くしていて貰いたいが故である。
そして更に、今は頼りになる助っ人も出来た。

「おはようございま~す・・・。
 あ、サイトさん、おはようございます!」

そろーっとドアを開けて入って来たシエスタが、才人の姿を確認すると元気に挨拶をする。

「ああ、おはようシエスタ。」

助っ人ことシエスタに、才人はのんびりと挨拶を返した。
才人は事前に服のチェックをするなどのサポートは出来るが、ルイズの服を着替えさせる事は流石に出来ない。
そしてこれは才人を抱き枕にしているルイズ的にも何故かアウトらしく、着替えの手伝いをしろとは言ってこない。
抱きつくのは良いが、服を脱がされるのは駄目らしい。乙女心は複雑である。
まあそこで必要になるのが女手であり、手近で声をかけられるのはシエスタであった。
それに今はシュヴァリエである才人専属にして唯一の使用人となったという事もあり、手伝って貰うのも割と気安い。

「ミス・ヴァリエールは、いつも通り井戸ですか?」

「ああ、いつも寝惚けた頭をスッキリさせに行くからな。
 ・・・でも時々、寝惚け過ぎて井戸の縁に登った挙句、落ちるけど。」

ちなみに最初に井戸に落ちた時は、脱出する為に井戸を消し飛ばしてから歩いて出て来た為に大騒ぎになった。
そしてしこたま怒られた・・・何故か才人が。更に才人は使い魔なのに何故か《監督不行届》という理由で。
世間的にはルイズが才人を使い魔として世話しているのではなく、使い魔である才人がルイズを世話して日々の生活を監督している事になっているらしい。
大体あっているとは言え何となく釈然としない才人だが、まあそういう事になっているなら仕方が無いと諦めた。
その為ルイズには『脱出する為にいちいち井戸を破壊するな、何故か俺が監督不行届で怒られるから』と堅く言い聞かせており、その為か最近は井戸の壁面を三角飛びで登ってくるようになったらしい。
何で井戸に落ちたのかわかるかと言えば、当然井戸に落ちるとズブ濡れになるからである。

「・・・ただいま。」

水も滴る良い女と化した、ズブ濡れのルイズが帰って来た。
ボケる余地があれば外さない。しかも天然。それがルイズである。

「また落ちたわ。
 ここの井戸危ないわね、井戸の縁に登ったら落ちるだなんて。
 いつか誰かが私みたいに落ちるわ。安全対策が必要だわね。」

「また落ちたのか。
 あと、お前以外の人間は意味も無く寝惚けた状態で井戸の縁に立ったりしないから安心しろ。
 それで、井戸は・・・。」

濡れて体の線がくっきりと浮かび上がるルイズを、あまり見ないようにしながら才人は尋ねる。
何せルイズは身長低目な割に、意外とでかい。ケティ程ではないが、でかい。
何処がとは言わないが、彼女が物凄く気にしていてかつ贅沢な願いを抱いている箇所である。
普段は制服とマントの下だが、薄着でしかもズブ濡れだとはっきりとわかるのだ。
つくづく思春期の少年には、刺激のきつい環境である。

「破壊していないわ。
 今回は垂直跳びで脱出したもの。」

既に三角飛びも必要無いようだ。

「まあ大変!すぐにお拭きいたしますわ!」

シエスタはズブ濡れのルイズに駆け寄ると、木綿の布でルイズを拭きはじめた。
ちなみにこの世界にはまだタオル織りの技術も機械も無いので、和手拭みたいな感じの布である。

「シエスタ、着替えは万事抜かりなく用意しておいたから、ルイズの着替えは任せた。」

「はい、それじゃあサイトさんは、いつも通り部屋から出ていてくださいね。」

「おう。」

こんな感じで、ルイズと才人の朝は始まるのである。




さて、食事も済みルイズ達が講義を受けている最中、才人は暇である。
貴族の身分になったのでルイズ達と一緒に講義に出席する事も許されてはいるが、何せカリキュラムはメイジ用である。
魔法が使えない才人にとって、正直何も出来ないので死ぬほど暇な代物だった。
そもそも貴族の子弟は基礎学科は全て実家で親や家庭教師から教わるものなので、いきなり応用から始まる。
そう、基礎がわからないのだ。文字すらわからない。
これでは講義を受けても無駄でしかない・・・なので、才人はとある所に来ていた。

「おはようタバサ。」

図書館にやって来た才人は、のんびりと読書をしていたタバサに声をかける。

「ん。おはよう、サイト。
 それじゃ、始める。」

「きゅい。」

頭の上に翼の生えた青い猫を乗せたタバサは、自分が読んでいた本を栞の所まで戻した。
何を始めるかというと、才人はタバサに文字を教わっているのだ。

「おう、今日もお手柔らかに頼むぜ。」

何故、才人がタバサに文字を教わっているのか?
遡る事数か月前、場所は同じく図書館にて、才人は頭を抱えていた。
彼がハルケギニアの文字を覚えるには、色々と問題があったのだ。

「文字を覚えようと思って図書館まで来たのは良いが・・・。
 良く考えたらだ。辞書も無いのに、どうやって文字覚えるんだよ?」

トリステインの言葉は何故か中世後期のフランス語そっくりなのだが、才人はそもそもフランス語なんて《ボンジュール》くらいしか知らない。
そして知らないと、才人の脳内で勝手に日本語に翻訳されてしまう。
才人の日本語も相手が日本語を知っている者でない限りは、勝手にトリステイン語に脳内で翻訳されてしまうのだ。
そして文字というのは、言語の発音を記号で表記する技術である。

「そもそも日本語にしか聞こえないのに、単語も文法も覚えられるわけがねえ・・・。」

元々英語の授業とか大嫌いな才人だったが、こっちの世界で使われている文字が読めないと色々と不便でならないから結構やる気だったのだ。
しかし折角やる気なのに、ゲートをくぐった際にかかったと思しき翻訳魔法が高性能過ぎて、文字を覚えるとっかかりすら掴めなくなる有様だった。
何とも皮肉な状況に、才人は陥っていた。

「ケティに教わるか・・・。」

ケティは日本語を話す事が出来る。
つまり翻訳魔法の範囲外に飛び出す事が出来る上に、日本語とトリステイン語の両方の言葉が話せる。
なのでどういう綴りでどういう言葉なのかを教わる事が出来るというわけだ。

「コココココココココ・・・。」

頭を抱える才人の背後から、謎の変な笑い声が聞こえてきた。

「その言葉を待っていましたよォ、才人。」

振り向いた才人の視線の先には、胡散臭い笑みを浮かべる狸っぽい少女の姿。

「何処の秦の怪鳥だお前は・・・で、教えてくれるのかケティ?」

「勿論です。才人がやる気になるのを待っていました。
 放って置けば、文字がさっぱりわからない事の不便さに気付いて、やる気を出してくれると思っていたのです。」

狸っぽい少女ことケティはそう言って、ニッコリと微笑んだ。
そんなケティに、才人はジト目になって問い返す。

「あー・・・ケティ。俺がやる気になる前に教えようという気にはならなかったのか?」

「やる気になる前に中途半端に教えたら中途半端に満足して、習得度も中途半端になる可能性がありましたから。
 文字に対する飢餓感が限界を超すのを待っていたのですよ。
 勉強というものは対象への知的欲求に対する飢餓感が強ければ強い程、早く深く憶えられるというのが私の経験則なのです。
 逆に、憶える気がさっぱり無い物を教えても、大して憶えられません。」

ケティはそう言ってから、にんまりと笑った。

「・・・まあ、文字情報を当たり前のように受け取って暮らしていた人間が、急にそれから遮断された環境に放り込まれた場合、どのくらいまで耐えられるのかという学術的興味もありましたが?」

「実はそっちが本音かっ!?」

「ほほほほほほ・・・。」

才人のツッコミをケティは笑顔で受け流した。

「宜しい。私が教えましょう・・・と、言いたい所ですがネ。」

語尾が弱々しくなると同時に、ケティの表情が煤けた。

「王城から召喚命令が来ていまして、そっちの仕事で手が離せません。
 これから先に必要な事ではあるのですけれども・・・ネ。」

この時トリステインは軍の装備やら編成やらを近代化している真っ最中。
そして無煙火薬のコルダイトを取り扱えるのはパウル商会しかないというか、パウル商会の工房でしか同じものを作れない。
射程・威力共にガリアのものを凌駕するダルグレン砲もどきの技術は軍伝いに大砲を製造している各工房へと流しているが、肝心要の火薬をパウル商会は握っているという寸法である。
正直な話、ケティとしては自分が引っ張り出した全ての技術を独占してコントロールしたいのだが、それはパウル商会の規模的に無理。
その為に行われている苦肉の策だったりもする。
まあそんなこんなで、実はケティもパウル商会も死ぬほど忙しい。
表向きは空賊化した旧アルビオン空軍艦艇への対処だが、内実は軍拡著しいガリアへの準備である。

「うげ。じゃあ、俺に教えられる人いないじゃん・・・。」

「大丈夫ですよ。才人の翻訳魔法が私の思っている通りのものなら、私が代役を頼んだ人物でも何とかなります。」

ケティはそう言ってから、図書館の片隅で黙々と本を読んでいるタバサの所に歩いて行く。

「そんなわけでタバサ、お願いします。」

「ん。お願いされた。」

タバサはこっくりと深く頷いたのだった。
ちなみに対価は、食堂のハシバミ草サラダを特盛にする事。
友情は見返りを求めないが、タダより恐ろしいものもまた無いのである。
そんな感じで始まったタバサの文字講座は、タバサがガリアで幽閉された期間中に一度中断されたものの、現在は再開していた。

「そういやタバサ、授業には出なくて良いのか?」

「その為にケティが、王城で色々とやってくれている。
 実は・・・。」

ちなみに現在ケティがやっているのは、タバサの身分について教皇の身分保障を得る事だったりする。
大国であるガリアに対して、トリステイン単独ではあまりにも不利である。
そこで先ずはゲルマニアに行った際に、選帝侯であるツェルプストー辺境伯の支持を得る事により、いざという時にゲルマニアが動く《可能性》を作った。
とは言え、ゲルマニアでは力の後ろ盾があっても権威が足らない。
そこで権威という事に関しては有り余っているロマリア教皇の支持を取り付ける事にしたのだ。
表からはマザリーニ枢機卿伝手にロマリア教皇領の有力者であるピエトロ・ジュリアーノ司教枢機卿という重力に勝て無さそうな人に渡りをつけ、裏からはジュリオ・チェザーレ助祭枢機卿こと珍獣ジュリオに手を回して教皇の面会とタバサへの身分保障の内諾を取り付けられるところまで話が行っていた。

「誰が珍獣か!?」

「急に怒鳴るなど、一体何があったジュリオ?」

「え?あ、ああ、申し訳ありません猊下。
 何やら僕を不当に貶める気配が・・・。」

なかなか鋭い奴である。
まあそれはさて置き、ケティはトリステイン女王アンリエッタとロマリア教皇エイジス32世の公式会談を開き、教会の権威でタバサの身柄をトリステインが確保している事に対してガリアに有無を言わせない状況を作ろうとしているのだ。
勿論これにはかなりの金がかかったし、何よりトリステインがロマリア教皇に大きな借りを作る事になるが、やらないとタバサを口実に戦争が起きてしまいかねない。
束の間の平和をちょっとでも長引かせる為のコストであると、割り切るしかないだろう。

「・・・という具合。」

「内容はわかったけど、タバサって今喋ったか?」

納得しつつ納得いかない表情を浮かべる才人。

「ん。長く喋ったから、世界の法則がちょっと乱れた。」

「そうか、世界の法則が乱れたんなら仕方が無いな。」

才人は納得する事にした。
納得しないともっと怖い事になりそうだったから。

「そんなわけで、今の私は宙ぶらりん。
 学籍復帰していないから、暇。」

「そういう事なのね。
 お姉さまは今、暫定無国籍なので暇です、きゅい。」

タバサの言葉を肯定するように、青い猫と化したシルフィードがコクコクと頷いた。
ちなみにシルフィードは最近すっかり猫の姿である。
何故かと言えば、服を着なくて良いのと話せるを両立出来る形態だからだ。
何せ犬猫の使い魔には人語を話せる者がそれなりに居るので、シルフィードが話してもそんなに違和感は無い。
問題があるとすれば、学院の皆の認識が《タバサの使い魔は風竜》から、《タバサの使い魔は時々風竜っぽい姿に変身する事のある喋る猫》になってしまった事だろうか。
餌も大きな牛肉から魚に代わり、散歩していると生徒から猫じゃらしでじゃらされる。
そして猫じゃらしにじゃれる猫(風竜)・・・もはやすっかり猫扱いのシルフィードである。

「暇だから、貴方の勉強には付き合える。」

タバサはそう言いながら、才人の語学勉強用に用意した本をすっと開いた。

「今日は文字の練習もする。
 それと・・・貴方の祖国の話、今日も教えて。」

「うーん、そんなに俺の公民の教科書のうろ覚えが面白い?」

「貴方の祖国の制度の話とか、とても興味深い。」

そして今日もタバサの知識欲を満たしつつ、才人の語学授業が行われるのだった。






・・・そして、時系列は前話の最後まで進む。

「あがが!?」

「何があががよ。」

水精霊騎士団の本部出入り口を臨める場所にて、キレるモンモランシーをルイズが宥めているつもりだが全く宥めていないという状況が発生していた。
具体的に言うと、ルイズは騎士団へと突撃をかまそうとしたモンモランシーの腕を取り、頭を下げさせて足を引っ掛け、卍固めをしている。

「そもそもわたしは怒る方であって、冷静に宥めるとかはケティとかモンモランシーの役割じゃない?
 なのに何でモンモランシーがキレて、それをわたしが宥めているのよ。」

「コレの何処が宥めているのよ!
 痛い痛い、何か首が痛い!?腕も胴も!?息がちょっと苦しい!?」

それほどガッチリと固めているわけでは無いが、抜けられない程度には固められている。
虚無の魔力で腕力が増強されているルイズ相手では、腕力で強制解除というのも無理。
そしてそんなに体が柔らかいわけでは無いモンモランシーにとっては、これが結構痛かった。
どうでも良い話だが、ルイズは猫並みに関節の柔軟性が高いので、ストレッチ系の技があんまし効かない上にするっと抜ける。

「うーん、どうすれば良いのかしら?
 本当に、これ以上どうやって宥めたら良いかわからないわ。
 ぶん殴って気絶させれば良いかしらね?」

「この上で殴るの!?
 あと何度も言うけど、これは絶対に宥めてないから!」

モンモランシーは、悲鳴のような声を上げた。

「大体ね。あの程度にいちいち怒ってたら、これから身が持たないわよ。」

「あいたたた!な、何で私達の中で一番怒りっぽい貴方がそんなに冷静なのよ!?」

ギリギリと腕と頭を極められつつ、モンモランシーが問い返す。

「だってサイトは既に英雄扱いだから、あの手のには慣れっこだもの、わたし。
 いちいちあの手の女を排除していたら、その代りに殴られるサイトの精神に重大な傷が残りかねないわ。
 勿論、わたしがあいつの目の前にいる場合は、舐められないようにガツンと行くけどね。
 軽い浮気はしても本気にはならないと信じて、遠くから監視しつつ泳がせる度量も、女には大事なのよ?」

「言っている事は良くわからないけど、兎に角凄い自信ね!
 もう落ち着いたから、そろそろ解放して!」

モンモランシーの懇願を受けて、ルイズは卍固めを解いた。

「フンガー!」

途端にダッシュでギーシュに向かってモンモランシーが走り出したが・・・。

「ああもう・・・落ち着きなさいって、言ってるでしょ!」

「ムガー!!?」

ルイズは走るモンモランシーの背中に飛びつくとキックで膝カックンをしつつ、ふくらはぎの膝近くを踏んづけ膝まづいた状態にしてから、仰向けになるように上半身を素早く引き寄せ両膝を背中に押し付けて、顎を両手で持ち後ろに引き倒して固定した。

「ムガ!?ムガガガガガガガガガ!!!!?」

モンモランシーは何が何やらわからないうちに呼吸困難になり、自分の背骨がミシミシ音を立てるのを聞く羽目になった。
これはカベルナリアというメキシカンプロレス(ルチャリブレ)発祥の技だが、何でルイズがこんな技を知っているのかは謎である。
ちなみにこの技、滅茶苦茶痛いし苦しいが、腕をちょっとしか動かせない上に顎を極められるので唸るくらいしか出来ないという悶絶不可避の技なので、素人は決してやらないように。

「落ち着いた?」

「これ以上はっちゃけたら、次は貴方に背骨折られて殺されそうな気がして、恐怖で落ち着いたわ・・・。」

カベルナリアで呼吸を阻害され落ちる寸前までいってから解放されたモンモランシーは、窒息しかけて頬を紅潮させつつも疲れた表情を浮かべる。
どうやら、本当に落ち着いたようだ。

「さっきも言ったけど、こういうのってルイズが真っ先に飛び掛かっていく事案じゃない。」 

「あいつの目の前にわたしが居たら、そりゃやるわよ?
 そうで無いなら、やらないの。
 《暴力は将来の行動への抑止の為に、抑止したい相手に分かりやすく使うべし》って、ケティの本にも書いてあったし。
 ある程度殿方を泳がせる余裕と度量も大事よ。」

「ケティの本って、政治とか思想関係の本じゃない・・・?」

モンモランシーは首を傾げた。
ケティは男女関係の本なんか出していないし、そもそも男女関係に関しては物凄く奥手なので書くわけがない。
あの娘に関しては出し抜くとか抜かれるとか、その点を全く心配しなくて良いレベルと言って良い。
謀略だったら鼻歌交じりにやってのけるのに、世の中ままならないものねとモンモランシーは思った。

「政治も恋も、結局は人心を制御する術がモノを言うのよ。
 あと政治関係の人心制御術は殿方に効くわよ、たぶん。
 だって政治は普通、殿方がやるものだもの。
 ケティとか姫様とか見てると、そのあたりの認識がぐらつくけど。」

「時々思うけど、意外と頭良いわよねルイズ。」

ルイズの話を聞いたモンモランシーは、感心したようにそう言った。

「何故か皆が悉く忘れているけど、私座学でずっとトップだったでしょ!
 昔の私の数少ない取り柄で、誇りの拠り所だったのに!」

モンモランシーの言葉と態度に、ルイズが顔を真っ赤にして地団太踏みながら抗議する。

「あー・・・普段の行動の脳筋っぷりですっかり忘れていたけど、そうだったわね。
 うんうんあったあった、そういう死に設定。」

「むきー!」

ルイズ的には結構頭にくる事態らしく金切声を上げて腕を振り上げるが、モンモランシーを殴ったりはしない。
口での侮辱には口で返すのがルイズの本来の流儀である。才人は良くも悪くもルイズの特別なのだ。
とは言え・・・とは言えである。
ルイズは座学は出来るし頭も回るが、いざ口を開くとフィーリングで喋る人間な上にあまり人を罵倒するような環境に無かった為か、罵倒表現のボキャブラリーが貧弱だった。
自分に対して性的狼藉をはたらこうとした才人を散々《犬》呼ばわりしたことがあるが、実のところあの時も犬以外の罵倒表現が特に浮かばなかった結果だったりする。
才人を犬呼ばわりした時のルイズの動きはこうである。
《こ・・・この・・・(特に罵倒表現が思い浮かばない)犬!そ・・・そそそそそう、犬・・・犬よ犬ええっと・・・(追加の何かを言おうとしたが特に思い浮かばない)ええっと・・・このバカ犬!》
こんな感じで、この時はバカと犬しか浮かばなかった。
そんなルイズがモンモランシーを罵倒しようとすると・・・。

「ばーか!ばーか!守銭奴ー!縦巻きー!金髪ー!背が高いー!」

結果として、この有様である。莫迦と守銭奴呼ばわり以外は、特徴の羅列しか出来ていない。
モンモランシーの特徴に胸が貧しいというのもあるが、ルイズ的にはそれを言うと自分にもダメージが来るので言えなかった。

「水の秘薬の実験が趣味ー!」

口喧嘩の際には優雅に苛烈に罵倒しあうのが普通のトリステイン貴族相手にこんなでは、もちろん幼児だって泣かせられない。

「ほほほほほほ・・・。」

当然の如くモンモランシーは、そんな小動物染みたルイズを微笑ましく見守っていた。
全然効いていないどころか、半泣きのルイズの頭をポンポンと撫でている。
勝敗は、誰の目にも明らかであった。

「あ、ルイズにモンモランシー、ここに居たのね。」

そんなグダグダな二人に声をかけて来たのは、キュルケだった。
キュルケは最近暇である。
何故かというと、コルベールへの攻勢が尽く頓挫して戦線が完全に膠着化している上に、最近タバサが構ってくれない。
構ってくれないというか才人の近くによく居るのを見かけるようになったので、《あの子にもついに春が来たのね・・・》とか早合点し気を回している現状である。
タバサとしては才人が自分が仕えるべき勇者(イーヴァルティ)であるのか見極めたいのと、才人の話してくれる知識が下手な本より面白いのでくっついているだけなのだが・・・今の所は。

「あら、どうしたのキュルケ?」

半泣きのルイズの頭を撫でながら、モンモランシーがキュルケに尋ねる。

「あら、楽しそうねモンモランシー?」

「楽しいわね。貴方がどうしてルイズをおちょくるのか、ちょっとわかった気分だわ。」

キュルケもルイズの頭をぽふぽふと撫ではじめた。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

モンモランシーとキュルケが、暫く無言でルイズの頭を撫で続ける。
何か凄く楽しそうである。

「ええい!鬱陶しいからやめなさい!」

暫くなされるがままだったルイズだが、正気に戻ったのか二人の手を振り払った。

「で、何しに来たのよキュルケ?」

「実家に頼んでおいたものが届いたのよ。」

キュルケはそう言って、ニッコリと微笑む。
その笑みをルイズとモンモランシーは良く知っていた。
何せそれはケティがろくでもない事を考えている時に浮かべる笑みにそっくりなのである。

「何か悪い予感がするから、聞かないでおくわ・・・。」

「ルイズに同じく、ろくでもない事が起きそうな予感がするわ・・・。」

ルイズとモンモランシーは、きっと想像した以上にろくでもない出来事が自分達を待っている気がしたので断る事にした。
ケティと付き合っていると、そういう感覚が無駄に磨かれる。

「そ、そんなつれない事言わないでよ!?
 別に取って食うわけじゃないんだから。」

「仕方が無いわね・・・何が届いたの?」

ルイズにとってキュルケは何だかんだで不本意ながら親友の一人であるからして、あまり邪険にするのも忍びない。
そんなわけで、聞くだけ聞いてみる事にした。

「ほら、うちの晩餐会で貴方達の体のサイズをしっかり測ったじゃない?」

「んぁ?ああ、ドレスが無いから仕立て直して貰った時のアレね。」

思い出すかのように中空に視線を漂わせるルイズ。
実はツェルプストーの城館に居た時に、歓待の晩餐会が開かれていた。
その際にルイズ達は城館にあったキュルケのお古のドレスを仕立て直して貰って晩餐会に出席していたのだ。
お蔭で女性陣は物凄く派手なドレスを着る羽目になったのは言うまでもない。
胸を強調したデザインのドレスを着せられたケティは、危うく精神的死を迎える所だったとまで語っている。

「あの時にちょっと気づいたことがあって、うちの御用仕立て屋に頼んで色々と仕立てて貰ったのよ。
 貴方達の装いに関する事ならって、御父様も喜んでお金を出して下さったわ。
 うちからの細やかなプレゼントってとこね。」

「服を仕立ててくれたの!?
 助かるわ、うちは御用仕立て屋を用意するお金も無いし・・・。」

キュルケの言葉に、モンモランシーは素直に喜ぶ。
モンモランシーは胸以外はスタイルが良い部類に入るので、割とどんな服も似合うのがちょっとした自慢である。

「ええ、服も仕立てたわ。」

「キュルケがこんなに良い奴ぶるとか、何か引っかかるわね・・・。」

ルイズ的にはあの女好きでモット伯の上位種みたいなツェルプストー辺境伯が、喜んで金を出したという点が特に引っかかっている。
良い予感がまるでしなかったが、モンモランシーはタダで服が手に入ると聞いて喜んでいるので、それ以上突っ込めない。
何よりギーシュの件を忘れてくれている事だし、黙っている事にした。
キュルケの事だからろくでもない案件だろうが、ケティの持ってくるろくでもない案件に比べれば、ちょっとした悪戯みたいなものだし・・・と。
ルイズはキュルケを舐めていた。
キュルケはケティとはまた別方面で、特にケティが得意では無い方面で、割とえげつない人物であったという事を忘れていた。

『何よこれー!?』

取り敢えず着てから叫ぶというお約束を、ルイズとモンモランシーはやる事になったのだ。
ちなみにルイズとモンモランシーは今、キュルケの部屋でスッケスケで際どい下着を着ている。

「ななななな、何なのよこの破廉恥な下着は!?」

「破廉恥?違う違う(Nein Nein)《オトナの下着》よ。
 だって貴方たち、地味なのしか持って居なかったじゃない。
 お父様にそれを伝えたら《うむうむ。清楚なのも良いが、女は矢張り色気だな》って、ポンとお金出してくれたわ。」

ルイズの悪い予感は、カチンと音を立ててピースが嵌った。
そう、あのツェルプストー辺境伯が、純粋な善意でポンと金を出すわけが無いのである。

「何て・・・何てしょうも無い理由で、こんな物を・・・。」

ルイズは額を押さえる。

「しょうも無くなんて無いわよ、ルイズ。
 貴方本当に、そういう所はお子様よね・・・。
 だから、サイトと毎晩一緒に眠っているのに、一切手を出されないのよ?」

「な、ななな、何でそれを知っているのよ!?
 そ、そそそ、それにね。手を出された事ならあるのよ、これでも!」

ルイズは慌てながらも、胸を張ってそう返した。
そう、手を出された事ならあるのだ。最初の頃に一回きり。
その時はブッ飛ばして首輪つけて廊下に叩き出したわけだが・・・。

「へー、ふーん、ほーぉ?
 初耳初耳!・・・で、何処まで行ったの?」

「む・・・胸を・・・さわ・・・触られ・・・。」

取り敢えずハッタリ効かせてみたルイズを、モンモランシーが問い詰める。

「貴方、体格の割にはそこそこあるものね・・・ケティ程じゃないけど。」

「私もせめて、あのくらいは欲しいわ・・・なむなむ。」

ちょっと神様に祈ってみるルイズ。

「まあ良いわ・・・で、胸を触られてどうしたの?」

ルイズとモンモランシーが始めた胸談義を遮って、キュルケが尋ねる。
キュルケは胸的な意味で持てる者なので、胸の小ささで悩む者の気持ちはあんましわからない。
しかも巨乳である事を積極的に利用するタイプなので、胸が大きい事で悩んだ事も無いのである。
己にあるものを最大限に活かし、どうやって目的を達成するかが彼女にとって一番大事な事である。

「む・・・胸を触られて・・・揉まれて・・・ええと・・・ブッ飛ばしたわ。」

『はぁ・・・。』

ルイズの言葉を聞いて、キュルケとモンモランシーは肩を落とす。

「はい、解散。」

「所詮ルイズはルイズね~・・・期待して損したわ。」

「な、何よう!乙女の純潔は安くないのよう!
 いきなり襲って手に入れようだなんて、そんなの許されにことだわ!」

心底残念そうな二人に、ルイズは腕を振り上げて抗議する。

「・・・それで、以降は?」

「改心したみたいよ。それ以降、何も無いわ!
 かくして私達は、お互いに節度を持った信頼関係を築けたのよ。」

『はぁ・・・。』

きっぱりと宣言したルイズに、キュルケとモンモランシーは溜息を吐いた。

「貴方それ、女として扱って貰っていないんじゃあないの?」

「がーん!?」

キュルケの一言にルイズはショックを受けたが、いやいやそんなわけがないと首を振る。

「だだだ、大丈夫よ!この前もキスしたし!」

「キスして、それから?」

「御父様に見つかって、二人で脱兎の如く逃げたわ!
 勿論、手を繋いで!」

「それからは?」

「な・・・何もないわよ。何なの?何か文句あんの?」

キュルケとモンモランシーは顔を見合わせた。

「ねえモンモランシー、サイトって不能なの?」

「直近では確認していないからわからないけど、前に健康チェックでサイトの体内の水の精霊の流れを調べた時には、そういう兆候は無かったわよ?」

モンモランシーはそう言ってから、ふと気づいたようにキュルケに話しかける。

「私はギーシュしかわからないのだけれども・・・殿方って、そういうのを抑えられるものなのかしら?」

「そう言えば、昔サイトを試しに一度誘惑した時には、何とか耐えていたわ。
 普通の殿方はちょっと難しいかもしれないけれども、サイトには出来るのかもね?」

「そうよ、サイトはやれば出来る子なの!」

二人のやり取りに安心したのか、ルイズがうんうんと頷く。
主人と使い魔としての絆と、お互いを大切にする愛が合わさって最強に見えるわ・・・とか、ルイズは思っていた。

「いや、それにしても毎晩一緒で耐えられるってのは、あんまり無いと思う。」

「そうよね。」

しかしキュルケとモンモランシーは、首を横に振る。
そう、常識的に考えて、何日も女に抱きつかれながら一緒のベッドに居て何もしないなんてのは、この2人にとって《有り得無くね?》という事態だったのだ。

「やっぱり貴方、女として扱って貰っていないんじゃないの?」

「がーん・・・がーん・・・。」

ルイズはショックで真っ白になった。
煤けるどころか、燃え尽きた感がある。

「だからこその色気よ・・・ルイズ?」

「だから・・・こそ?」

キュルケの甘い囁きによって、ルイズは再起動した。

「ええ。殿方を再びその気にさせるには、何か斬新な感動を呼び起こす必要があるわ。
 普段の清楚な出で立ちとはちょっと違う貴方をサイトに見せて、貴方という存在が女であると見直させてあげたくはなくて?」

「お・・・おおう・・・。」

救いの神よと言った感じで、ルイズは震える手をキュルケに伸ばす。

「フフフ・・・貴方を妖艶にコーディネイトしてあげるわ、この私がね。」

思い切り吹き出しそうになるのを堪えながら、キュルケは慈母の表情を浮かべてルイズを見るのであった。

「うわぁ・・・まあ、新鮮さは確かにスパイスになりそうだし、私も乗っておきますか。」

ケティは居ない。キュルケはルイズで遊ぼうとしている。モンモランシーは止める気ナッシング。

「う・・・うーん。学院で妙な事が起きていなければ良いのですが・・・。」

不意に襲った寒気に、王城のケティは身を震わせる。
そんなケティにアンリエッタが声をかけた。

「取り敢えず手続きは終わったし、そんなに心配なら一度学院に戻って身支度しなおしてきなさいな。
 出発は三日後だしね。」

「わかりました。一度帰りますね。」

そんなわけで、ケティは久々に学院に帰れることになったのだった。

「帰りますよ、スブティル!
 何か面白酷い事になっていそうな予感がします!」

皆がすっかり忘れていたであろうケティの使い魔、飛竜のスブティルに乗って彼女は飛び立つ。
ケティはルイズを救えるのか、それとも崖から突き落とすのか?
次話を待て・・・待ってくださいプリーズ。



[7277] 第六十一話 久々の学院なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:528ed989
Date: 2014/05/05 07:25
魔法学院、男爵以上の貴族の子弟が入学を許されている教育機関
教育機関ですが、貴族の子弟が社会に出る前のモラトリアム期間であるという捉え方が一般だったりします

魔法学院、男爵以上の貴族の子弟が入学を許されている教育機関
トリステインに1校、ガリアに7校、ゲルマニアに5校存在します

魔法学院、男爵以上の貴族の子弟が入学を許されている教育機関
ちなみに成績優秀な者には、アカデミーへの推薦枠が存在します。軍人や官僚以外での貴族としての栄達の道は、ここになります。







「ふはははははははは!別に星の屑作戦成就の為ではありませんが、私は帰って来たーっ!」

「しゃぎゃ!」

 トリステイン魔法学院のヴェストリの広場に着陸したスブティルの背の上から降り立った私は、取り敢えずそう叫んでみました。
 いやまあ、定期的に学院には帰っていたのですけれどもね。
 何せスブティルのお蔭で、移動には数十分しかかかりませんし。
 持つべきモノは高速飛翔できる使い魔なのです。シルフィードよりは遅いですが、それでも時速300km近く出ますからね。
 ちなみにワイバーンは食物連鎖では風竜の下位に存在するらしく、シルフィードが時折『大空の覇者たる風韻竜にワイバーンを献上しやがれなのね、腹黒娘』とか要求してきますが、勿論あげませんよ。
 スブティルは私の可愛い使い魔ですしね。
 シルフィードが言うには美味らしいですが、何せゴキブリが好物とか言い出す生き物の味覚なので、信用できません。

「あら、お帰りなさいミス・ロッタ。
 陛下のお手伝い、色々と大変みたいね。」

「あ、ただ今戻りました、ミセス・シュヴルーズ。
 国家に忠義を尽くすのは貴族の基本ですから、陛下に求められれば応えるのは当然の義務というものなのです。」

 たまたまヴェストリの広場を通りかかったシュヴルーズ先生に挨拶します。
 誰も居ない広場で何やっているのでしょうね、私は・・・。
 今は夕暮れ、逢魔が時。別にビアガーデンがあるわけでもなし、夕方のヴェストリの広場は基本的にがらんどうなのです。
 だからこそ、着陸するのに最適だったわけなのですが。

「良い心がけですが、あまり無理し過ぎてはいけませんよ?
 貴方はまだ学生。本分は学業なのですからね。」

「は~い、心得ておきま~す。」

 先生の立場としては、そう言うのは当然ですよね。
 この地味で私的にちょっと親近感を感じる《赤土》シュヴルーズ先生ですが、実は土のスクウェアだったりします。
 特技はマジックアイテムの作成で、例えば学院内の食堂にさも普通の人形みたいに飾ってあるのに、夜中に急に立ち上がって激しく踊り出すホラーな魔法人形(アルヴィー)は彼女が作った物なのです。
 他にも高速走行出来るようになるけど曲がれない魔法の靴とか、埃を探して自動的に掃ってくれるけど埃だらけの屋根裏に行ったっきり帰って来ない魔法のハタキとか、切れ味は凄まじいがそこらへん飛んでる羽虫でも何でも良いから何か斬り殺さないと鞘に仕舞えない面倒臭い魔剣とか・・・。
 ああ、いえいえ、まともなマジックアイテムも作っているらしいですよ?そういうのは政府が買い取るので、学院では見た事がありませんけれども。
 試しに王城でシュヴルーズ先生の成功したマジックアイテムを見せて貰った事があります。
 《13歳以下の子供を呼び寄せ魅了する笛》という、絶対にロリコンに渡してはいけないマジックアイテムでした。
 何でもシュヴルーズ先生が自分の子供を呼ぶ為に作ったものの、吹くと無差別に13歳以下の子供を呼び寄せてしまったのだとか・・・あれ?まともだったのでしょうか?

「そういえばシュヴルーズ先生は、今何かマジックアイテムを作成していますか?」

「私ね、最近胴回りが気になってきたから痩せようと思って、履くとダンスを始める靴を作ったのだけれどもね、ハァ・・・。」

 私の質問に、シュヴルーズ先生はそう言って溜息を吐きました。

「うっかり動作を止める為の呪文を入れ忘れていて、旦那が帰ってくるまでの半日間踊り続けたのよ。
 脱げば止まるのだけれども、強制的に体が踊り出すから脱げないのよね。
 ゆったりと踊るようにしておいたから良かったけど、激しく踊るようにしたら死んでいたわねぇ。」

「死んでいたわねぇ・・・って、そんなのんびりと言って良いものなのでしょうか?
 まあ何にせよ、無事で何よりでした。」

「ありがとう。それでは御機嫌よう。」

 ちなみにシュヴルーズ先生はゴーレム作成には全く自信が無いらしく、作ったのを見た事がありません。
 やろうと思えばフーケのゴーレムとがっぷり4つで取っ組み合いが出来るのを作れると思うのですが・・・魔法で造形する才能が無いらしく、一目見れば異世界の邪神だろうが一瞬で気が触れそうな形状をしたゴーレムのようなものが出来るのだとか。
 見た事のある人の目撃談によると、どう見ても歩くわけの無い物体が名状し難き奇怪な音を発しつつ痙攣しながら物凄いスピードで移動していたそうです。
 分かり辛いですか?私も何言っているのだかさっぱりなのですが、わかった事にしてください。
 アレですアレ、俗に《画伯》と呼び称されるとってもユニークな絵を描く人達の魔法造形版だと思って貰うとわかりやすいのです。
 何でこの学院の教師陣は《基礎能力は高いのに運用が残念な人》ばっかりなんでしょうね。
 風で真っ向防御しようとするギトー先生とは、また別次元の偏った才能の運用法と言いますか。
 あるいは《メイジとしての能力は高いが、色々と残念な人》が、変な事をしないように隔離しているのか・・・。

「はい、御機嫌よう・・・。
 さてと取り敢えずタバサを探しに・・・あり、タバサ?」

「おかえり。」

 今回のロマリア行きはタバサの身元保証に関する事プラスαですし、大まかな事の成り行きをタバサに報告しようと思っていたのですが、タバサから見つけてくれたなら話が早いですね。

「ああタバサ、丁度良かった。貴方にはな・・・。」

「その話は後で聞く。
 それよりも、キュルケがルイズとモンモランシーで遊んでいる。」

 私の言葉を遮ってタバサがそう言ったのでした。
 普段のタバサはキュルケがルイズやモンモランシーをおちょくっていようが気に留めません。
 そんな彼女が敢えて《キュルケがルイズとモンモランシーで遊んでいる》と言ったという事は、結構な非常事態である事を指します。

「えーと・・・何がありましたか?」

「ルイズとモンモランシーにお色気路線を勧めている。
 すっけすけ。」

 私はその言葉に、思わずよろめいてしまいました。
 美人顔で胸以外はスタイルの良いモンモランシーは兎に角として・・・何処からどう見ても《可愛らしい》という言葉の似合う童顔なルイズにお色気路線を勧めても、ズッコケた方向に行く予感しかしません。
 あの娘は自分のキャラと違う属性を手に入れようとすると、途端に物凄く残念な感じになりますし。

「すっけすけ・・・。」

「ん。傍目から見ている分には滑稽。」

 タバサの顔は一見無表情に見えますが、口の端がちょっと引き攣っています。
 タバサ的には多分大爆笑の域なのです。
 それと何か辛辣な感じに聞こえますが、端的に言うときつく聞こえるのは仕方がありません。

「でもおそらく、キュルケの次の獲物は私とケティ。」

「それは危険ですね・・・。」

「ん。」

 例えルイズとモンモランシーが面白おかしい事になっても、更にタバサが犠牲になっても、キュルケの事だから外部にその面白おかしい様がバレる事は絶対にありませんし、それであれば正直な話ど~でも良いのです。
 流石に私もそこまで彼女らを完璧に守る義理はありませんし・・・ですが、私が対象となるとなれば話は別。
 彼女らの評判に実害が無い事と、私自身の精神に実害が及ぶか否かはまた別の話ですからね。
 私は私の心の平穏無事が、一番大切なのです。

「阻止しましょう、断固。」

「ん!」

 ・・・と、こんな感じで私達2人はキュルケの部屋に入ったわけですが。

「うふ~ん。」

「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・。」

 う・・・うーん、これは・・・。
 ドアの向こうに居たのは、物凄く似合わないセクシーポーズを決めているルイズでした。
 似合いません。全く、全然、似合いません。どのくらい似合わないかと言いますと、《こんな哀れな生き物は初めて見た》っていう感想なのです。

「・・・タバサ、見なかった事にして帰りましょうか?」

「・・・ん。」

 私達はくるりと背を向けて帰る事にしました。
 というかですね・・・こんな所に居られるか、私は帰る!

「ぐぉら待てぃ!」

「ひぃ!?」

 ダッシュで部屋から脱出しようとした私の肩が、物凄い力で引き止められました。
 ちなみに引き止められなかったタバサは、しゅたたっと逃げて行きます。

「タバサ!待って!助けて!?」

 私の助けを求める声に、タバサは立ち止まりこちらを振り返ります。

「ドンマイ大丈夫。死なないから、頑張って。」

そしてサムズアップすると、ドアを開けて部屋を出て行ってしまいました。

「薄情者おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 生き延びる才能、それもまた王者の才能。
 王は任期を全うするまでは死んでも殺されても捕まってもいけません。
 そしてタバサは生き残る才能に関してはピカイチなのです・・・って、そんな事を思っている場合ではありません。

「何で逃げるのよう?」

 スッケスケの下着を身に着け、妙にしなっとした仕草でルイズが不服そうに尋ねてきます。
 だ・・・駄目です、平常心を、平常心を保つのです私。
 でないと笑い過ぎで腹筋が破壊される事になりますよ。

「ふむ・・・人は何故逃げるのか?
 勿論それは、目の前の怪異を回避する為なのですよ。」

「言うに事欠いて、わたしをいきなり怪異扱い?」

 無駄にキュルケっぽい化粧をし、無駄にキュルケっぽい衣装を身に纏って、無駄にキュルケっぽい仕草をしている残念な生き物を怪異と呼ばずして何と言うのでしょう?
 たぶん人類はそれを他に端的な言葉として記す術を持っていません。

「笑い転げて腹筋が破壊され動かなくなっている有様のキュルケとモンモランシーが貴方の背後に見えますが・・・ああしたのは貴方でしょうルイズ?
 怪異ではありませんか。モンモランシーは兎に角、感情制御の上手なキュルケを姿のみで戦闘不能に追いやったのですから。」

「失敬よね!わたしはキュルケに習った通りに化粧して衣装を着て色っぽい仕草をしただけなのに、頑張って練習して見せたらあの通りよ。」

 ルイズは気だるげにふぁさぁっと髪をかき上げて、溜息を吐いて見せます。
 しかし本当に徹底的に似合いませんね、ルイズに色っぽい仕草。
 矢張り彼女は、自然体にしているのが一番可愛いのです。

「残念なお知らせをしますがルイズ、貴方はキュルケでは無いので、キュルケっぽい仕草が全然似合いません。」

「がーん。」

 ルイズがショックを受けたように固まります。

「もう一つ残念なお知らせをしますがルイズ、貴方はキュルケでは無いので、キュルケっぽいお色気たっぷり系下着も全然似合いません。」

「がーん、がーん。」

 ルイズが固まったまま、白くなりました。

「最後に残念な結論を申し上げますとルイズ、貴方はキュルケとは正反対の属性の持ち主なので、キュルケっぽい事をすると魅力が相殺しあってゼロになります。
 つまり今の貴方は魅力ゼロのルイズ。むしろ珍奇さが上回ってマイナスになり、お笑い界の新星として爆誕しそうな勢いなのです。」

「がーん、がーん、がーん、魅力ゼロどころかマイナスで、お笑い界の新星・・・。」

 白くなったルイズが、サラサラと風化していきます。
 いやまあ、これは単なる比喩表現で、実際のルイズはショックで力尽きて床に倒れ伏したのですが。

「モ、モンモランシーは結構似合ってたのに・・・どぼじて、どぼじてなの。」

 床に倒れ伏したまま、ルイズはしくしくと泣きはじめました。
 頑張った結果がこれでは、泣きたくもなりますよね。
 全く報われない努力くらい、虚しいものもありませんし。

「え~とですね。モンモランシーの容姿はどちらかと言うと美人の類に入るので、お色気路線もイケるのです。
 未来は兎に角として今のルイズはお色気路線があまり似合わない、可愛い路線特化型の容姿なのですよ。
 例えば貴方とは正反対のお色気路線特化型であるキュルケが、ピンクのフリフリがいっぱい着いた露出の少ない服を着て《きゃは☆》とかやっているのを想像してみてください。」

「う~ん・・・想像しただけで、絶望的に似合っていないわね。
 無理し過ぎね、目に毒だから死んだ方が良いわ。」

私も想像してみましたが、絶望的に似合っていないのには同意なのです。

「わ・・・私を勝手に想像に出して遊ばないでよ。」

「実際にルイズにこんな扮装させて、散々遊んだ人が言っても説得力が無いのです。」

「ですよね~・・・ガク。」

キュルケが最後の力を振り絞って抗議してきましたが、力尽きたようなのです。

「というわけで、モンモランシー?」

「何よ?」

 私の呼びかけに応えて、モンモランシーがむくりと起き上がりました。
 モンモランシーは何だかんだで水メイジですからね、多少のダメージなら体内の水の精霊の働きで放って置くと再生します。
 水のスクウェアでも更に神業の域ともなると、ダメージ再生どころか欠損した四肢の代わりに亜人の腕をちょん切って加工してくっつけられるのだとか。
 しかも多少のリハビリは要りますが、きちんと動くそうです。
 それどころか以前、ミノタウロスの体に自分の脳を移植するという信じられない事をやってのけたメイジと会った事があります。
 残念ながらミノタウロスの脳をきちんと除去せずに自分の脳を移植した為に、人格が半ばミノタウロスに乗っ取られていましたけれども。
 まあそんなこんなで戦いには向かないと言われる系統ですが、戦い以外の面で色々とチートくさい系統でもあるのですよね、水系統。

「後始末、お願いしますね。」

「何で私が?」

「ああそうそう、うちの商会で水の秘薬の取扱い数を増やす予定があるのですが・・・。」

「お任せ下され!そして是非御贔屓に!」

 そんなエグい系統の水メイジとは思えない守銭奴っぷりで、テキパキと後片付けを始めるモンモランシー。
 持つべき者は友なのです。




「さて・・・と。」

 取り敢えずルイズを元の制服姿に戻し、私の部屋まで連れてきたわけですが。

「タバサー?」

 取り敢えず呼んでみます。

「ん。」

 そうすると何処からともなく声が。
 流石は元・北花壇騎士と言いますか、神出鬼没なのです。

「やはりいましたか・・・って、才人?」

「おう。」

 たぶんドアの方だろうと思って振り向いたら、そこに立っていたのは才人。
 むう、才人の気配もわかりませんでした。

「ええと、タバサは・・・?」

「上だ。」

才人が指差し示した先を辿って見てみると、そこには・・・。

「にんにん。」

「・・・何をやっているのですか、タバサ?」

 逆様になって、天井に立っているかの如くぶら下がっているタバサが居ました。
 逆様になりながらも、マントやスカートは一切ひっくり返ってはいません。
 風系統の魔法で何かやっているようですが、どうやっているのやら?

「文字の授業の見返りにサイトに教えて貰った、ニンジャ。
 私がやっていた仕事に何となく似ている。にんにん。」

「あー、成程成程。忍者ですか。」

 確かに北花壇騎士団は、忍者っぽい組織ではありますよね。
 しかし《にんにん》って、忍者ハットリ君ですか貴方は・・・というか、才人の忍者に関する知識って物凄く適当?

「・・・ところでその恰好、辛くありませんか?」

「頭に血が上る・・・。」

 母親をジョゼフ王の手の届かない所に移動させたお蔭か、最近ちょっぴり御茶目なタバサです。
 時間はかかるけど安全なルートで、デコ姫の所に近況報告書を送ってあげるとしましょうか。きっと彼女も喜ぶでしょう。

「それで・・・。」

 タバサは天井からシュタッと飛び降りてきました。
 流石はタバサというか、物凄く運動神経が良いです。
 私なら頭から落ちるのみなのですよ。

「私に関する話?」

「はい。この国に関わる話なので、私の部屋が良いかなと。」

 私はそう言いながら、姫様から借りているとある魔法具を取り出します。

「何それ?」

 ようやく正気に戻ったらしいルイズが、訝しげに訊ねてきました。

「盗聴防止です。」

 私はルイズの問いにそう答えながら、装置に魔力を通します。
 同時に、今まで外から聞こえていた音が一切遮断されたのでした。

「外の音が、聞こえない?」

「ええ、部屋の内側に薄い真空の膜を作り出して音を遮断する魔法具なのですよ。
 家具などが壁に触れている部分から音は伝わりますけど、それ以外の場所からは伝わらないので、可能な限り静かになります。」

 実はこれ、本来はお湯を保温するための魔法具だったりします。
 わかりやすく言うと、魔法版魔法瓶です・・・え?わかりにくい?

「はい、ケティ質問!」

「何でしょうかルイズ?」

 ルイズが元気に挙手して質問してきたので、思わず許可してしまいました。

「何で真空の膜で音が遮断されるのか、さっぱりだわ!」

「ザックリ言うと、音というのは空気の振動だからです。
 故に空気の無い空間である真空を作れば、音を遮断出来るのですよ。」

 私の説明に、才人以外の全員が首を傾げます。
 ま、全員と言ってもルイズとタバサですが。

「はい。」

「何でしょうかタバサ?」

 タバサが静かに挙手して質問してきたので、流れ上許可してしまいます。
 ま、ちょっとくらいの寄り道は良いでしょう。

「空気は空の気と言うくらいだから、何も無いのではないの?」

「ふむ・・・?成程。」

 風のトライアングルメイジであるタバサですら、風と言うものが何なのか理解していないわけですよ。
 風と言うものが、無の空間から発生する類のものだという認識なわけです。
 まあ、私も燃える物が無い空間から火を作り出している身なので、こんな事言うのもアレなのですが。

「いいえ、空気は停止した状態の風なのです。」

 科学的に正確に言えば停止していませんが、そこら辺のアレコレはツッコミ無用なのです。
 ザックリと、わかりやすく。OK?

「そして停止した空気をこのように動かしますと・・・風となります。」

 私が杖を振ると同時に、そよ風が部屋をぐるっと巡りました。
 忘れている人も多いかもですが、私は火のトライアングルで風のラインですよーと。風系統も使えますからねーと、自己主張しておきます。

「つまり風系統と言うのは、空気と一般的に呼ばれているものを動かす事で、様々な現象を起こしているわけなのです。」

「聞いた事が無い。謎の知識。」

 大体の事象が最終的に魔法で何とか出来てしまう世界に於いては、科学の発達度合いは当然のように鈍ります。
 おまけに魔法の過度な発達まで教会による規制を受けているわけですから、こんな基礎的な知識ですら謎の知識となります。

「才人の世界の知識ですよ。ね?」

 私はそう言いながら、才人に合わせてくれという願いを込めて目配せしてみます。
 届け、この願い。

「お・・・おう。」

 才人はちょっとぎこちないながらも頷いてくれます。
 良かった良かった。頷いてくれないと別の手を考えなければならないところでした。
 ・・・才人が何かビビッているのが、少々腑に落ちませんが。

「ふーん・・・ケティばっかり、サイトの世界の知識を教えて貰ってずるくない?
 わたし、ご主人様なのに相変わらず何も教えて貰ってないわ!」

「何度も言うけど、きちんと聞いてくれないと答えようがねえよ。
 ケティは質問の仕方が的確なんだよ、質問に擬音使わないし。」

 不満そうに文句を言うルイズの頭をぽふぽふと撫でながら、才人が優しく説明しています。

「うぅ、納得いかないわ・・・。」

 ルイスは基本的に、直感で物事を捉えてしまう天才タイプです。
 きちんと教えると、要点をズバズバッと勘みたいな何かで捉えて覚えていきます。
 故に質問と説明が擬音だらけなのですが、これはもう持って生まれた適正なので仕方がありません。

「だって、タバサにだってサイトの知識を教えているんでしょ?
 あの子、長台詞を喋ると宇宙の法則が乱れるくらい喋らない娘なのに。」

「タバサは聞きたいものをズバッと端的に聞いて来るからな。
 忍者だって、裏工作とかする仕事の人っていたのかって聞かれたから答えたわけだし。な?」

「ん。聞いた。」

 タバサはコックリと頷きました。

「おし、じゃあ聞くわ、教えなさい。」

「何をだよ。」

「何かをよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 おおルイズ、それはざっくりし過ぎ以外の何物でもありませんよ・・・。
 才人が何と答えたらいいのかわからなくて、完全に固まっています。
 助け舟を出しましょう。

「コホン・・・まあその話はこのくらいにして、主題に戻りませんか?」

「ん。それが良い。」

 いたたれない気分になったのか、タバサまで援護射撃してきます。

「わかったわ・・・で、主題っていうのは、タバサの話?」

「はい。タバサの話なのです。」

 恐らくルイズ本人も何を聞いたらいいのかよくわからなかったのでしょう、話題転換に乗ってきました。
 ルイズの一番良い所は、根が素直な所ですね。捻くれなくて良かったです、本当に。

「表と裏の外交ルートを使って働きかけ、タバサの身元を教皇猊下に保証していただく事になりました。」

「ロマリアに行くとは聞いていたけれども、教皇猊下!?
 また凄い人を引っ張り出してきたわね。」

 ルイズの目が真ん丸に見開かれています。
 まあ驚きますよね。
 教皇は、このハルケギニアの教会全てを束ねる長。
 そしてそのロマリア教皇が直接治めるのが、雑多な都市国家によって分割統治されているロマリア半島のほぼ中央で土地も豊かという一等地に位置し、教皇を頂点にした貴族を用いない統治機構を持つ神政国家ロマリアです。
 まあ貴族が居ないとは言っても、神政国家と言えどやっぱり国家なので官僚機構は必要で、その為に枢機卿という《貴族のようなもの》が存在しますけれどもね。
 司教枢機卿、司祭枢機卿、助祭枢機卿という位階が存在し、司教枢機卿が一番偉くて助祭枢機卿が一番下っ端という構図になっています。
 まあ同じ位階の枢機卿同士でも、管轄する部署やら何やらで上下関係があるらしいですが、ここはややこし過ぎるので取り敢えずパスします。
 ああそうそう、枢機卿と言えばマザリーニ枢機卿が我が国に居ますが、彼は伯爵相当の司祭枢機卿なのです。
 我が国の宰相ですが枢機卿でもあるので、ロマリアから給料の一部が出ていたりもします。

 さて教皇の話に戻ります。
 教皇という地位は血筋に依って立たない地位ではありますが、ガリアや我らがトリステインやゲルマニアの王達と比しても権威的に上位にある存在であり、そして各国内に遍く存在する教会に号令を下せる権力を持ちますので、権力的にも強大な存在です。
 なのでロマリア教皇に身元保証して貰えば、ガリア王ジョゼフとてタバサにおいそれと手出しする事は出来なくなります。
 何せそれはロマリア教皇の顔に泥を塗る行為であり、権力者にとってはすなわち国内の教会全てを敵に回す行為だからなのです。

「びっくりした。」

 タバサも珍しく驚いた時の顔になっています。
 とは言っても、軽く目が見開かれている程度ですが。

「驚く事はありませんよ。
 何せガリアの王族ですから、生半可な身元保証人では権威が足りません。
 なので表ルートではマザリーニ枢機卿の伝手でピエトロ・ジュリアーノ司教枢機卿という御方に手を貸していただき、裏ルートとして私がたまたまトリステイン王城へ表敬訪問に来ていたジュリオにお願いして働きかけました。
 彼はああ見えて一応、助祭枢機卿ですから。」

 それにしても、何で私と会うと嫌そうな顔をするんでしょうねジュリオ?
 女性である私が折角笑顔でお願いしているのに、《わかったから!猊下には僕からも死ぬ気で働きかけるから!》と泣きながら言うとか、女誑しの風上にも置けないですよね。
 何かあったかと言えば、とても些細な事・・・我が国でジュリオと関係を持った貴族の奥方様やお嬢様のリストを、ずらっと見せただけなのですけれども。
 《何で全部把握してるの!?》とか、《何で隣室に彼女達が皆集まってるの!?》とかね、五月蠅いのですよ。
 私はただリストに書いてあった人物を集めて、隣の部屋に美味しい食事とお菓子とお茶を用意して、普段まともなご飯を食べていない姫様に公式の場という逃げられない状況を作って食事をとらせるついでに貴族の御婦人方が集まる場をセッティングして、楽しく食事会&お茶会をして貰っただけなのですが、ジュリオは真っ青になって油汗ダラダラ垂らしていて、とても面白かったのです。
 まあ言う事を聞かないなら、姫様に退場して貰った上で簀巻きにして隣室の獅子の群れに放り込み、八つ裂きの刑に処する気でしたが。

「ケティが物凄く楽しそうだわ。
 ジュリオが心配ね・・・。」

「きっと、恐ろしい目に遭った。」

 楽しかったと思いますよ?
 何だかよくわからないけれども女王陛下と優雅に食事しつつ懇談出来る名誉に与れた御婦人方と、あと久々にまともな食事にありつけた姫様は。

「ジュリオがかなり悲惨な目に遭ったのは、何となくわかった。
 まあそんな些末な事はどうでも良いとして、これで取り敢えずタバサの身の安全は保証出来るわけだよな?」

「はい。船で行くので然程時間はかかりませんが、一週間は間違いなく帰って来られないので宜しく頼みますね。
 私が見ていないのを良い事に、これ以上毎日お酒飲んでくだ巻いているようならば、私にも考えというものがある・・・と、団員には伝えておいてください。」

「ゲッ、ばれてたのか・・・。」

 才人がギョッとしていますが、私が知らないわけがないでしょう。
 レイナールが毎日日報を送ってくれていますし、他にもルートはあります。

「それで、タバサは連れて行くのか?」

「いいえ。トリステインからロマリアに行く時には、どうしてもガリア上空を通過せねばならない場所がありますので、それは無理です。
 なので教皇猊下には、我々がトリステインに戻った後にタバサの身元保証人として名乗り出て貰う形になりますね。」

 ふむ、ちょっと良い事を思いつきました。

「そうそうタバサ、運動不足解消がてらに水精霊騎士団での個人戦闘の訓練に付き合ってあげて貰えませんか?」

「私が?」

 水精霊騎士団がダレているのは、私が見ていないからというのもあるかもしれませんが、毎日の訓練がマンネリ化しているという事でもあるのでしょう。
 なるべく多く強い相手と訓練させれば良いのですが、うちの騎士団に於いて強い相手というのは才人とルイズだけで後はドングリの背比べです。
 しかも才人は手加減出来ますが、ルイズは手加減一発岩をも砕くというか・・・正直な話、魔法を全て届く前に無効化して、高速移動しながら一方的にぶん殴ってくる相手への対処とかメイジには無理なので訓練相手として不適当ですし。
 まず魔法を全部無効化された時点で、打つ手の殆どが無くなってしまいますからね。
 絶望的状況を経験する訓練というのであれば有効かもしれませんが、それ以外でルイズが団員の訓練に付き合うのは無理でしょう。

「はい、技量の高い訓練相手が不足しておりますので、どうでしょう?」

「ん、わかった。手加減は?」

 でもタバサであれば、メイジとしてはかなり強いですが常識の範囲内の相手になります。
 それにタバサの技量の維持にも、いい効果が出るでしょう。
 タバサもどこかで自主トレしているのでしょうが、矢張り対人戦闘は生身の人間相手にやるのが一番良いでしょうし。

「相手の技量に合わせてお願いします。
 敢闘精神が足りない場合は、治癒魔法で完治させられる程度に本気になっても良いです。
 毎日お酒を飲んで騒げるくらい元気が残っているようですしね。」

「わかった。キュルケも参加させて良い?」

「どうぞどうぞ。」

 よし、これで水精霊騎士団がブッたるんでる件も何とかなりそうですね。
 タバサは言わずもがな、キュルケもゲルマニア貴族式教育の結果なのか何なのか知りませんが、本職の軍人顔負けの技量の持ち主です。
 ちなみに何だかんだで戦闘訓練を受けていない私は、試合形式で接近戦だとギーシュより弱いと思います。
 試合形式じゃなかったら?孫子曰く《おおよそ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ》ですよ、ほほほほほほ・・・。

 私の戦闘力を底上げしているものはと言えば、それはもう銃です。
 銃は戦闘力底上げには持って来いの武器なのですよ。
 ガン=カタを極めた者は無敵になるとか言われていますしね。いやまあ、当然出来ませんけどガン=カタ。
 ああそうですクラリックガンさえ手に入れば、才人がガン=カタ使えるようになるかもですね・・・頑張って探してみましょう。
 おっと、思考が物凄い脱線を起こしています・・・修正修正。

「タバサは無理として、俺はどうすれば良い?
 ついて行った方が良いか?」

「いいえ。姫様は銃士隊と親衛隊の警護でロマリアに行きます。
 いま才人を警護につけると、ガリアをあからさまに警戒していると判断され、逆に藪蛇になりかねませんので。」

 噂が噂を読んで、才人は今や4万のアルビオン軍を無傷で蹂躙したとかいう噂まで広まっています。
 平民のフリをしているが実は強力なメイジだとか、正体はエルフだとか、事実と全く異なる噂まで。
 まあ才人の正体に関する嘘を流したのは、私なのですけれどもね、おほほほほ!
 ついでに言いますと、才人の肖像画とされて世間で出回っているものも、本人によく似ていると思われるものは、商会を通じてなるべく回収していたりします。
 何でこんな変な努力をしているかと言えば、ズバリ暗殺抑止なのですよ。
 しっかり調べれば才人の風体はわかってしまいますが、逆に言うと才人の風体を探っている相手は才人に良からぬ事を企んでいる輩の可能性があるわけでして。
 虚実入り混じったカオスな噂が、才人の防犯センサー代わりになるというわけです。
 そしてそんな噂をいっぱい持っている才人が、ごく一部とはいえガリア上空を公式に通過するというのは、ガリア政府を大いに刺激します。
 何たって、この前殴りこんで行ってタバサとその母君をかっぱらって来たばかりですし。
 ちなみに私は才人程大物では無いので、行っても大勢に影響無しです。嗚呼、モブキャラって素晴らしい!
 ・・・まあ、前に誘拐されそうになったりしているので、警戒しなくて良いかと言えば、全くそんな事は無いわけなのですが。

「・・・面倒臭い立場になっちまったなぁ、俺も。」

「流れとは言え、英雄になってしまった以上は、仕方がありませんよ。
 ルイズが虚無の使い手である事を国内外から隠す為でもありますし、御主人様の為だと思って我慢してください。」

 才人が思いきり目立つと、ルイズはその陰に隠れて扱いが小さくなります。
 何せ水精霊騎士団でも、騎士団長であるギーシュよりも才人の方が圧倒的に有名で人気があったりします。
 ギーシュが常人なら妬む所ですが、才人の実力を生で味わった経験がある上にあの能天気な性格なので、そういう事は全くありませんが。
 むしろ《あっはっはっはっは!才人の上司なお蔭で僕も分不相応に目立っているから、これで十分!それでも不満になったなら、父上みたいにスパンコールの軍服でも着るさ、アレは目立つからね!》とか、喜んでいますし。
 それはそうとグラモン元帥、スパンコールの軍服なのですか・・・。

 話を戻しますが、ルイズが虚無の使い手というのは、なるべくギリギリまで秘匿しておくに限ります。
 何せ我が国内には、急に甘い汁を吸えなくなって不満を感じている貴族が、まだまだ沢山居ますので。
 秘密結社ごっこをしている変な勢力に、虚無の使い手であるルイズをエア神輿にされても困ります。
 結構居るのですよね。
 何も言っていないのに特定の影響力を持つ人の気持ちを独自解釈して、本人不在なのに勝手に祀り上げて、勝手に盛り上がって、揚句勝手に吹き上がる人たちって。
 あの手の《行動する役立たず》からルイズを守るのも、姫様に頼まれている私の仕事です。

「サイトが無理なら、わたしだけでもついて行くわ!」

「駄目です。こう言っちゃなんですが、ルイズは姫様の予備でもあります。
 2人が同時にトリステインを離れるなど、言語道断ですよ。」

「何でよ、わたしは目立っていないのに。」

 駄目でーす。めっちゃ駄目なのでーす。言語道断の言葉通り、才人以上に姫様と一緒に行動させ難いのがルイズです。
 何せルイズと姫様を同時に失ったら、トリステインには木端みたいな継承権保持者しかいないので、継承権問題が拗れまくって大混乱になります。
 まあ・・・私達が乗る軍艦が消し飛んでも、ルイズだけはアホみたいに無事な可能性の方が高いっちゃ高いのですが。

「ルイズを目立たせないのは、継承権のゴタゴタとか、そういうルイズがやりたくないであろう面倒事を引き起こさせないための措置ですよ。
 逆に言うと、姫様に万が一の事があった時は即座に目立って貰わなくてはいけません。」

「その、わたしの運命がわたしの関知出来ない遠い何処かで勝手に動いてしまうのが怖いって言ってるのよ!」

「ふむ、確かにそれは物凄く嫌ですね・・・でも、駄目なものは駄目ですよ、ルイズ。
 その運命が貴方に訪れるとするならば、それは貴方が地位の対価を血で購う時が来たという事なのですから。」

 うーむ、単にルイズを説得しているだけなのに、何か死亡フラグの立っているが如きセリフですね私。
 アレですか、私と姫様はロマリアで華と散りますか?
 いやまあ、死亡フラグ的台詞を述べた程度でいちいち死んでいたら、身が持ちませんけれども。
 いっその事、故郷で待っている幼馴染の婚約者に子供が生まれたばかりだから、花束持って迎えに行くくらいの死亡フラグ重ねがけしますか?
 私には故郷に幼馴染の婚約者居ませんし、子供が生まれたって寝取られてるじゃねーかとかいう感がありますが。

「うー・・・わかったわ。絶対に死んだりしないでね。」

「ロマリアに行って帰ってくるだけの旅路にそこまで心配しないでください。
 ガリアはまだ準備中ですから、そうそう軽挙妄動は出来るものではありませんよ。」

 実のところ、これ以上ガリアを刺激さえしなければ危険は少ない旅路です。
 フラグじゃありませんよ?いやマジで。



[7277] 第六十二話  ロマリアの光と影なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:528ed989
Date: 2014/09/09 18:12
 聖都ロマリア。
 かつての大帝国の首都であり、今はロマリア教皇庁を核とした神権国家ロマリア教皇国の首都であり、今もロマリア半島きっての大都市です。
 最盛期よりは縮小し、都市としての規模はガリアの首都リュティスよりも下ですが、それでもハルケギニア全土に影響を及ぼす教会の総本山なだけあってヒト・モノ・カネが集積しているため、人口は約28万人にものぼります。
 我が国の王都トリスタニアを遥かに凌ぐ規模の都市なのです。
 まあ、我が国がハルケギニアの主要国の中で、一番小規模なだけという説もありますが。

「ようこそいらっしゃいました、アンリエッタ国王陛下。」

「出迎え、感謝します。」

 トリステイン国王御座艦になった大型戦列艦デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェンから降りた私達は、緋色の僧衣を身に纏った集団に出迎えられる事になりました。
 彼らの格好は、トリステイン王宮に於いては姫様の近くでよく目にすることが出来ます。わかりやすく言うと、マザリーニ枢機卿が着ている僧衣と同じなのです。
 そう、彼らが枢機卿・・・この国に於いて貴族相当の階級にある聖職官僚です。

「お久しぶりで御座いますな、陛下。」

「ピッコロミーニ外務長官も、壮健なようで何よりですわ。」

 ちなみに出迎えてくれたのはエネア・ピッコロミーニ司教枢機卿。
 アルビオン戦後処理会合の際、ロマリアの全権大使としてハヴィランド宮殿にいらっしゃっていた方で、外務長官という外交関係の長なのです。
 国王相手ともなると、出迎えはこのレベルの方がいらっしゃいます・・・ちなみに私は侍女の格好で姫様の後ろをついて行っています。
 フフフフフ・・・この身はモブ故に、完璧に背景に紛れ込んでいる筈です。

「おや・・・ラ・アロドゥラ殿もいらっしゃったのですな。
 歓迎いたしますぞ。」

 ファッ!?何かバレてる!?
 ラ・アロドゥラというのは、ロマリア語で雲雀(ひばり)。つまり私のペンネームであるル・アルーエットの事です。
 かなりびっくりしましたよ。やれやれ、表情を変えずに済んでいたでしょうかね、私?

「おや。ピッコロミーニ外務長官は、私の事を御存知だったのですね?」

「ええ、ジュリオがそちらで度々お世話になっております故に。」

 ジュリオから伝わった・・・つまり彼は私がル・アルーエットだという事を知っていたわけですか。
 彼とは実名しか教えていない筈なのですが、いったい何処から漏れたのやら?
 あのペンネームと私が繋がっている事を知っている人は、そんなに多くはありません。
 姫様がジュリオの毒牙に引っかかる・・・うーん、無いですね。となると女王付侍女か銃士隊から?
 私にはあの珍獣の何が良いのかサッパリですが、女性には何故か異様にモテますからねジュリオ。
 しかしロマリア上層部に顔を知られてしまっていますか、私?
 これは迂闊でした。知っていれば、念入りに変装したのですが。

「成程、ジュリオ・チェザーレ殿からでしたか。表には名も顔もあまり出さぬようにしておりましたので、少々驚きました。」

「かのラ・アロドゥラ殿がジュリオより年下の少女であったという事を知った時は、大いに驚愕したものです。
 きっと始祖の恩寵の賜物に違いないと、教皇猊下も仰っておられました。」

 ジュリオの伝手なら、そりゃもう教皇には知られてしまっていますよね~。
 あの珍獣めが、こういう仕返しできましたか!
 ああもう。何で私の書いた本が、ここまでハルケギニア全土に広まってしまったのでしょうね?
 恐らくは政治哲学的な本が、数千年間新しいものが出ていなかったせいなのでしょうけれども。
 それよりも何よりも、勝手に翻訳して写本作って勝手に売られているという現状が何よりも気に食わないと言いますか。
 つまり印税寄越せ、印税!

「教皇猊下までそのような事を仰られるとは、恐悦至極に御座いますわ。
 本名はケティ・ド・ラ・ロッタと申します。
 ラ・アロドゥラはペンネームですので、今後私の事はケティとお呼びくださいピッコロミーニ外務長官。」

 私はそう言って、姫様の後ろにスッと下がりました。
 奥義、女王陛下シールド!

「ケティには私の補佐をして貰っておりますの。
 至らぬ所の多々ある私にとって、とても頼りになる臣下ですわ。」

「それは羨ましい事でありますな。
 私もケティ殿と政治哲学について語りたいものです。」

 この出迎えは姫様の為に行っているものなので、私がスッと引っ込んでしまえば、ピッコロミーニ外務長官は姫様と話さなくては非礼になります。
 そもそも今、私の格好は侍女です。ざっと見ると、マントをつけてはいるもののメイドっぽいエプロンドレスです。
 そんな人物に外務長官が話しかけているという事自体が、ちょっと変なのですよ。

「ケティは無理難題と思えるような仕事でも、突拍子も無い手段で解決しますの。
 頼りになりますし、とても面白いですわよ。」

 無理難題なのはわかった上で無茶振りしていたのですね、姫様。
 そして突拍子も無い手段なのは、相手が突拍子も無いからであって、私のせいでは無いのですよ、たぶん。
 いやまあ、半ばわかっていた事ではありますし、それは別に良いのですが。

「羨ましい限りに御座います。
 うちのジュリオも、全く歯が立ちませなんだ。」

「ホホホホホ、この娘はうちの秘蔵っ子ですもの。
 将来、枢機卿位を賜りに伺わせて戴くやも知れませんわ。」

 我が国に限らずガリアやゲルマニア、そして今は亡きアルビオンに於いて宰相は、代々宰相になる際に枢機卿の位をロマリアから賜る事が多かったりします。
 宰相位の給料節約という意味もあったりしますが、結構な確率で宰相の権威の底上げが主目的なのです。
 まあ我が国のマザリーニ宰相ことジュリオ・マザリーニ司教枢機卿のように、ロマリアから赴任してきて重臣に納まった人も居りますけれどもね。
 若い頃に我が国にやって来て、そこで政治の師匠みたいな人に出会い。その人の影響で、トリステインに生涯の忠誠を誓い骨を埋める事にしたのだとか。
 私を時々物凄く懐かしそうな視線で見る事がありますが、アレはいったい何なのやら・・・?



 出迎えが終わった後、私達は予め貸し切っておいた貴族用の宿に移動しました。
 ロマリアはブリミル教団の中枢であり、各国の王侯貴族が訪れる都市です。
 そして今回はトリステイン国王の公式訪問の為に取った宿ですから、そりゃもう滅茶苦茶高級な所なのですよ。
 泊まる客の格に合わせてあるため、内装はトリステイン王宮と大差ありません。
 勿論こういう所を貸し切ると物凄いお金がかかりますが、こういうのは《我が国はこういう高い宿を借りても問題の無い財力があります》というパフォーマンスの場なのでしょうがありません。
 姫様自身は別に安い宿でも寝れれば良いって感じの拘らない人なのですが、下手に安い宿などを借りたら、それだけで他国からの信頼と尊敬を失い舐められますからね。
 面子をきちんと気にしていれば尊敬され、尊敬は信頼に繋がり、信頼は外交を有利にします。
 そして逆の事をすれば、当然真逆の効果が発生します。舐められたら時には《実力行使》という、非常に面倒臭い真似までしなければなりません。
 それを防ぐための出費と考えれば、安いものと言えるのですよね。
 リスペクト大事、マジ大事。
 やっている事がヤクザかマフィアみたいですが、国家間の交渉なんて格式や儀礼などの一皮を剥いてしまえば、ヤクザやマフィアの行うそれと大して変わりはしないのですよ。

「あ~・・・数日ぶりに揺れないベッドに寝れるのね。」

 数日間の慣れない船旅に流石に疲れたのか、侍女が寝巻に着替えさせ終えると同時に姫様はベッドへと倒れ込んだのでした。
 姫様はあまり・・・いや、全然休まない人間なので、眠りが非常に大事だったりします。
 流石に眠り慣れていないベッドで、しかも揺れていてでは辛かったのでしょう。
 私?私はほら、何だかんだで旅慣れていますから、全然平気です。

「ケティ、疲れたわ。
 癒されたいから、何件かあんまり考えなくて良さそうな書類を持ってきて~。」

「おおう・・・仕事中毒極まれりなのですね、姫様。」

 原作の姫様のノリを知る身としては、どうしてこうなったと言わざるを得ません。
 原作では恋愛に使う情熱を、仕事に全振りしてますよね姫様。
 まあ仕方が無いので、決済が簡単であんまし悩まなくて良いような仕事の書類を渡します。

「心を落ち着けるには、いつもやっている事の中で特に簡単な事をする方が良いのよ。
 ああこれこれ。あまり考えなくて良いわ~、癒される~。
 あ、机こっちに持ってきて。」

 寝巻きのまま、ベッドの際に座って執務を始める姫様・・・ううむ、処置無し。

「ケティもやってみない?」

「私は仕事中毒ではないので、お断りします。
 ああそうそう。うちの商会の事務所がこちらにもあるので、行ってこようと思うのですが、宜しいでしょうか?」

 実は今、ロマリアにはパウロ達がやって来ています。
 やって来ていますと言うか、定期的にハルケギニア中を巡回している彼らに早めにロマリアに来て貰って、ちょっと調べ物をして貰っていた訳なのですが。
 何を調べてもらっていたかといえば、やっぱりロマリアといえばロマリアが収集しているオーパーツ。
 その横流しルートを探って貰っていました。
 大抵は《珍しくて高性能だけど数回使ったら終わりな代物》として出回っていますが、運用法や製造法がわかればこちらでも運用出来てしまう代物も時々ありますしね。
 横流しルートを調べて、出来得る限り回収というのが一番良いのです。

「わかったわ。ただし、銃士隊の護衛をつけるわよ?
 もうロマリア側には、完全に顔が割れているみたいだし。」

「ああ、それにつきましては心配ご無用と申しましょうか。」

 私はそう言いながら、バッグから取り出したサークレットを装着します。

「でゅわっ!」

「あら、顔と髪の色が変わった・・・変装用サークレットを持って来ていたのね。」

 顔の部分に幻惑の魔法をかけて別の容貌にしてしまうマジックアイテムで、しかもこれは髪の色も変えてしまいまう最新型の優れもの。
 ちなみに顔のモデルになったのは、アカデミーが募集して身元調査の末に選定されたごく普通のトリスタニアの町娘であり、しかも本人とは違う髪の色に設定した為、概ねこの世には居ない筈の人物になっています。
 しかも水の秘薬と水系統の魔法による処理で、容貌のサンプル取得時の記憶を別の全く違う記憶を刷り込む事によって錯覚させてもいるのです。
 わかりやすく言うと、容貌からどんなに辿っても、トリステイン人である事までしか辿れません。
 ちなみに今の私は、ちょっと派手目な顔の金髪の少女になっている筈です。

「はい。では姫様、行ってまいります。」

 私はそう言って一礼すると、姫様の部屋から退出したのでした。




 さて、ロマリア市は大都市です。そして、私は土地勘が皆無なのです。
 つまり不用意に出歩くと、まず間違いなく迷子になるわけなのですが・・・このハルケギニアの都市には公共交通網があります。
 勿論、自動車はありません。馬車と人力車がその公共交通を担っています。
 そう。一体誰が持ち込んだのか知りませんが、人力車があるのですよね。
 馬車だと馬と馬車の維持費がかかりますが、人力車は人力車の維持費だけで済んで安価な為、平民でも然程負担無く運用出来ますから、何時の間にやら瞬く間に普及していたのだとか。
 この人力車と市内の定期ルートを周回している大型乗合馬車が、大都市ロマリアの交通網を維持しているのです。

「エゼドラ広場まで行けますか?」

 私は宿の前に停まっていた人力車の車夫にそう声をかけました。

「勿論でさ、お嬢様。今日は観光で?」

「ええ、そのようなものです。」

 こういう高級な宿の前で待つ事を許されている人力車の車夫というのは、宿の信頼にも関わるので宿ごとにギルドがあり、それによって信頼性を担保しています。
 勿論高級宿付なのでそこらの人力車よりも値は張りますが、変な所に連れ去られたりはしないという安心感がありますね。
 人力車自体も高級品で、サスペンションが効いているのか乗り心地は良いです・・・おや、何だか眠気が・・・あぅ・・・意識・・・が・・・スヤァ・・・・・・。

「おや、寝てらっしゃる・・・。
 お嬢様、着きましたぜ!」

「はっ・・・!?」

 車夫の声で、はっと目が覚めます。慌てて周囲を見渡せば、そこは大きな広場。
 流石に長旅で私も疲れていたようで、思わず居眠りをしてしまいました。
 おおう、大口開けて寝こけていたっぽいですね。よだれが・・・ジュル。
 昔から眠気には、殆ど抗えない私です。眠気が来た時に座っていたり寝転んでいると、ほぼ一瞬で眠りについてしまうのですよね。
 ある種の特技ではあるかもしれませんが、起きているか否かを選択出来ないのがちょっと困りものです。

「ではこちらが御代です。」

「これはちょっと多いですぜ、お嬢様。
 銀貨は5枚で結構でさ。」

 私が渡したのは、銀貨7枚。まあ確かに、人力車の代金としては高いです。

「銀貨2枚は口止め料なのです・・・私が大口開けて居眠りしていた事への。」

「そんな事をしなくても、お客の秘密は守るんですがね・・・まあ、貰っておきやしょう。
 お嬢様の秘密は、絶対に喋りやせん。」

 車夫はそう言いながら、銀貨を財布にしまいます。
 ここはロマリアで、人力車ギルドはロマリア教皇国政府公認の組織。
 まあつまり車夫も、ギルドを介したロマリアの諜報網の一部な可能性は高いのですよね。
 効くかどうかは未知数ですが、口止めしておいて損はありません。

「それでは毎度あり、機会があればまたお使いください。」

 車夫はそう言うと、人力車を引いて立ち去ってしまいました。

「さてと。手紙の内容だと、この辺りにお店が・・・。」

 エゼドラ広場にいくつかある商店の看板を眺めます。
 うちは万取扱いな商会なので、取り敢えず当家の家紋でもある雀蜂を意匠とした看板を用意したのですが・・・はて、何処でしょう?

「あ、あったあった。」

 円形の広場をぐるっと回りながらぶらぶらと歩いていると、蜂の意匠の看板と、その下に《パウル商会》の文字が。

「たのもーう!」

「ようこそパウル商会へ。
 メイジのお嬢様、本日の御用件は何でしょう?」

 私の挨拶にも動じずに恐らく現地雇用と思しき店員が出迎えてくれました。
 何で恐らく現地雇用とわかるかと言えば、見た事が無い顔だからです。
 ちなみにパウル商会の初期メンバーは基本的にラ・ロッタ領や周辺領の領民の子弟であり、その教育には多かれ少なかれ私が関わっていたりします。
 なので、名前を忘れても顔を忘れる事はまず無いのですよね。
 そして初期メンバーでもない現地雇用の身で、早くもこれ程の応対が出来るという事は、この人結構出来ますね。

「パウルとキアラが居ると聞いて来ました。
 ル・アルーエットが来たと、取り次いでいただけますか?」

「ル・アルーエット・・・ケティ様?しかし、肖像画とまるで違うような・・・?」

 おおう、訝しげな視線。
 見かけが全然違いますから、仕方が無いと言えば仕方がありませんが。
 しかし、私がル・アルーエットだと知っていますか。
 となると、パウルにはかなり信頼されているのかもしれませんね。

「では、これをパウルに渡してください。
 これで私とわかる筈なので。」

 ここで変装をパッと解くわけにはいかないのですよね。
 目の前の人が、味方とは限りません。
 今ロマリアでパウル商会が色々とやっているのはロマリアとしても把握済みでしょうし、アジトだからこそ確認がきちんと取れるまで気を抜くのはNGなのです。
 信頼に甘えたままでは、いつか関係が破綻しますしね。

「これは・・・ナイフですか?」

「ええ、ちょっと特殊なナイフですが、これを渡せば私の身分の証明となるでしょう。」

 私からナイフを受け取った店員は、私から数歩離れてナイフを引き抜くと、何やら確認しています。
 ちなみに数歩離れるというのは、ただちに刺せない位置まで移動する事で、こちらに害意が無い事を表明しています。
 まあそのナイフは、ただちに刺せない位置まで移動しても、あまり意味は無かったりしますが。

「変わっているナイフですけど、特に家紋などは無いようですが・・・。」

「その変わっているという部分が大事なのですよ。
 まあ、兎に角見せてみてください。」

 多分、この世界にはその特殊性も含めて、恐らくは一丁しか無いナイフですからね。
 パウルが《林檎の皮が剥きたくなった時とか、命を狙われた時に使えそうっス》とか言いながら調達してきたものですし、何よりもあんなものを好んで持ち歩いているメイジなんて、まあそうそう居ないのですよ。
 ちなみにどういう代物かと言いますと、QSB-91という中国製のガンナイフなのです。

「かしこまりました。少々お待ちください。」

 店員はナイフを持って、バックヤードに入って行ったのでした。

「ぼっちゃあああああああああん!」

 そして数分しないうちに、バックヤードからパウルが飛び出してきました。
 そして、目の前に変装した私しかいないので、きょろきょろと周囲を見回しています。
 面白いので、ちょっと眺めています。

「あ、あれ?ケティ坊ちゃんは何処!?」

「慌てない慌てない。私はここですよ、パウル。」

 私はサークレットを取り外したのでした。
 周囲から見ると、いきなり私の容貌が凄く地味になった筈なのです。

「うお、マジックアイテムで変装していたんスか。
 ああよかった。この髪の手ざわりは、何時ものケティ坊ちゃんっスね。」

 パウルはそう言いながら、私の頭をぽふぽふと撫でます。
 何だか子供扱いされているような、妙な気分なのです。
 まあ幼児の頃からパウルには頭を度々撫でられてきたから、別に良いのですけれどもね。
 実際、私よりも3歳くらい年上ですし、親愛の証でしょうから。
 そんなわけでナデポとか無いですよ、残念でしたね!
 ・・・って、いったい誰に言っているのですか、私は。

「ええ、どうもロマリアには顔も名前も割れているようでして。
 パウルも気を付けてくださいね。」

「了解っス・・・ジュリオ・チェザーレ枢機卿っスか?」

 パウルは頷きながら、私の顔がロマリアに割れた大本を考えていたようです。
 ちなみに私とパウルは定期的に手紙でお互いに動向を知らせ合っているので、お互いが何をしていたのかは大雑把に知っています。

「そうなりますね。まあ、向こうも隠してはいませんでしたが。」

「隠すまでも無く、公式に会っていますもんねぇ。」

 ル・アルーエットの件まで漏れていたのは流石に予想外でしたが、私の名前と顔がロマリアに漏れるのは仕方がありませんよね。

「ええ・・・ところで、この店員さんはどなたですかパウル?」

 パウルの後からキアラと一緒にゆっくりと出て来た先程の店員さんを見ながら、私はパウルに尋ねたのでした。

「あり?イアコポ、まだ自己紹介していなかったんスか?」

「すいませんパウル殿。こちらのお嬢様がケティ様であるかどうかの確認を取る事を最優先にしておりましたので。
 お初にお目にかかります、ケティお嬢様。イアコポ・フォスカリと申します。」

 イアコポと名乗った店員さんは、そう言って一礼します。
 その姿はきちんと子供の頃から、上流家庭としての教育を受けた者特有の優雅さがあり・・・要するに、かなりお金持ちで且つ成金では無い家の生まれという事になります。
 ついでに言うと、今一礼した際に杖とそれを収めるホルダーが、上着の下からチラリと見えました。
 それなりに良い所の生まれで、しかもメイジという事になり・・・つまり、貴族なのです。
 そしてフォスカリという家名には、記憶があります。

「イアコポ・フォスカリ殿・・・ヴェネッシア共和国頭領(ドゥーチェ)フランチェスコ・フォスカリ様の御親族の方ですか?」

 ヴェネッシア共和国はこのロマリアの北東にある都市国家で、この世界では物凄く珍しい民主主義国家です。
 元首単独では侵せない独自の憲法を持ち、頭領(ドゥーチェ)と呼ばれる終身独裁権を持つトップと小評議会という内閣のような組織が行政権を仕切り、大評議会と呼ばれる立法府があり、10人委員会という組織が司法権を握っていて、三権分立が確立しています。
 そして、それらは小評議会を除くと全て自由な選挙によって選出されているのです。
 わかりやすく言うと、下手な地球の国よりも近代的な政治システムの下で国家運営しているという、都市国家ながら恐るべき国なのですよ。
 ・・・選挙の時に立候補者が演説しながら聴衆に酒や食事や記念品を振舞ったりするゴリゴリの金権選挙だったりもしますが、これもまだ社会福祉の概念が確立していないこの世界においては、ある意味選挙を口実とした再分配の一環と言えなくもありません。
 民主的で自由な商売が出来る国でもあり、ロマリア半島の貿易の要衝であるが故の豊かさもあって、ヴェネッシアはロマリアの次にロマリア半島で栄えている都市でもあります。
 まあ都市国家という小さな行政単位である事と、貿易の要衝という豊かさが、この超近代的な政治システムを支える根幹でもあったりもしますが。

「おお、父を御存知とは!
 ヴェネッシア共和国頭領(ドゥーチェ)であるフランチェスコ・フォスカリは、私の父であります。」

「えええっ!?」

 遠縁の親戚か何かかと思ったら、どストライクで息子だったー!?
 何?何なのですか?何でうちの商会はヴェネッシア頭領の息子を店員として雇っているのですかっ!?

「パ、パパパパパ、パウル!?」

「あっはっはっはっは!ケティ坊ちゃんが驚愕で表情崩すの見るの、久し振りっスねぇ!
 本当っスよ。俺も初めて聞いた時は仰天したっス。」

 震える声で問い返す私に、パウルは笑いながら答えてくれました。

「なんでもヴェネッシア共和国では、例え頭領の息子だろうが然るべきポストに就いていない限りは、平民と同じ扱いなんだそうっス。」

「ええ、その通りです。
 ヴェネッシアは商人の国。貴族も商いが上手くなければ尊敬を得られぬ国故に、その子息は商いの修行に出るのが慣わしで御座いまして。
 この商会に入ったのも、トリステインで現在破竹の勢いで伸長中のこの商会にて勉強する為であります。
 ですから、どうか御気になさらずに。」

 うーむ、ヴェネッシア人と聞いたら、急に胡散臭く見えてきましたよ。
 私が言うのもなんですがね。

「ふむ・・・うちの商会のやり方で、何か参考になった事はありましたか?」

「ええ、例えばこの商会で使われている独特の数字や計算の際に使う記号は、ヴェネッシアで使われているもの・・・いや、このハルケギニア全土で使われているものよりも、遥かに簡潔で使い勝手が良いですね。」

 ハルケギニアの数字は基本的にローマ数字と似たようなもので、大きな数を表記するのにはあまり向いていません。
 面倒臭いので、うちの商会では初めからアラビア数字を使っています。
 計算時の記号も《+-×÷=》等、地球の数学記号をそのまんま使用しています。
 何せ、地球の人類が数世紀かけて集積した知識の成果ですから、使わない手が無いと言いますか。

「ここでは取り扱っていませんが、本国で我らが商会が取り扱っている新式大砲、新式銃、火の秘薬コルダイト、畑で作物がより元気に大きく育つ土の秘薬・・・。
 どれもとてつもない品々であると聞きます。トリステインだけで消費されるのは、実に勿体無い。」

「まあ、あのあたりはトリステインでの需要を満たす量を生産するので精一杯ですからね。
 《わざと輸出していない》訳では、無いのですよ?」

 とか強がっていますけれども、実際に新式銃と新式大砲、そしてコルダイトに関しては、トリステインの正規軍にすらまだ全然行き渡っていないので、本当にわざと輸出していないわけでは無かったりしますが。
 まあ、行き渡っても質の優勢を手放す気は更々無いので、どのみち輸出はしませんけれども。
 ちなみに土の秘薬というのは尿素の事です。錬金とウィッチクラフトの組み合わせで、土のドットメイジでも割と簡単に窒素固定が出来るのですよね。
 ・・・いずれこれが、火薬の製造にも使えるのが明らかになるでしょうが、まあ仕方がありません。
 窒素固定技術は沢山の人を殺しますが、それを遥かに上回る沢山の人を生かしますから。

「パウルにも聞いたかもしれませんが、うちは本国以外では武器以外での斬新な商品や、従来通りの食料品をはじめとした物資を提供する商会です。
 まだこのロマリアに支店を開いたばかりですが、いずれヴェネッシアの商会とも本格的に取引する事になるでしょう。
 その時は、期待していますよ。」

「はっ、お任せを。」

 ふむ、これでこの話は終わりですね。

「さて・・・ではキアラ。例の件ですけど、報告が聞きたいのですが。」

「はい!ケティ坊ちゃん。例の件に関しては、調査は大体済みました。」

 さっきからイアコポの後ろで報告書と思しき紙の束を抱えてうずうずしていたキアラに声をかけると、素早く返事がきました。
 ちなみにキアラの報告というのは、私がここに来た元々の目的の事です。

「それは重畳・・・ふむ。イアコポ殿。」

「今はいち店員の身にて、イアコポで構いませぬ。」

「ではイアコポ、引き続き応対を頼みますよ。
 キアラ、パウロ、報告は奥でお願いします。」

 ここから先は、商会のちょっとだけ裏っぽい顔になりますからね。
 新参者のイアコポは加えられません。
 まあそれ以前に、この支店自体は大して大きくないですし、まだ来る客も少ないので実は表に居るのがイアコポだけだったりします。
 つまりイアコポまで来てしまったら、カウンターに誰も居ません。
 幾ら来客はまだ少ないとはいえ、誰も居なかったらお客さん大困惑なのですよ。




「さて・・・と。」

 この支店の奥の方にある商会長室に入った私達は、応接用の椅子にそれぞれ腰かけました。

「それではまずオーパーツ・・・の前に、以前から開発を進めていた新商品に何とか生産の目途が付きましたので、ご報告いたします。
 まずは亜麻による紙の生産が、東トリステインに建設した工場に於いてもうすぐ本格的に始まります。
 ケティ坊ちゃんが仰られた通り、製造工程には一切魔法が関与していない技術として完結させました。」

「大変結構なのです。」

 トリステインのみならず、このハルケギニアには羊皮紙等の動物の皮を加工した獣皮紙はあるのですが、植物で作ったいわゆる紙と呼ばれるものがありませんでした。
 地球では中国にあった唐が、アッバース朝イスラム帝国と戦争した時の捕虜から製紙技術が伝わり、それが更に十字軍によって略奪品と共に欧州に伝わったわけですが・・・イスラム帝国的な位置にあるエルフの諸部族国家に欧州的な位置にあるハルケギニアの軍隊が勝ったためしが無いので、全く伝わっていないのですよね、これが。
 まあつまり、全ての書類が獣皮紙によって賄われているわけです。
 そして家畜というのは、それなりに生産コストのかかる代物であり、ハルケギニアに於いて紙は常に不足しているのですよね。

「これで、東トリステインの治安回復に一役買えれば善いのですが。
 姫様からも、そういう話で補助金ふんだくりましたし。」

「あんまりやり過ぎると、恨まれて首と胴が泣き別れするっスよ、ケティ坊ちゃん・・・。」

 一方、東トリステインはゲルマニアから返還して貰ったばかりの土地で且つ治安が悪い為に、トリステイン本国や独立を維持出来たクルデンホルフ公国やゲルマニアに近い地域を除くと碌な産業がありません。
 碌な産業が無いと食い詰め者が現れ、食い詰めものは犯罪を犯し、治安は悪化するという負のスパイラルが発生します。
 なので、かねてから研究はしていた紙の製造を行う工場を作ってみたというわけなのです。
 原料は亜麻で、これを薬品などで漂白したり叩いて繊維を柔らかくしたりして、紙として加工します。
 今は亜麻から直接加工していますが、将来的にこの方法だと原材料が不足するので、亜麻から作られた服が駄目になって廃棄された布ゴミなどを回収し加工して紙にする予定なのです。
 上手くいけば東トリステインは紙の製造で潤う事になるでしょうし、そうすれば食い詰め者が減って、治安もある程度は回復するでしょう。

「やっていることがまるっきり権力と癒着した政商なのは確かですが、事業を上手く回して結果を出せれば地域は色々な意味で豊かになります。
 お金が集まれば、いずれは銀行だって作れますし、そうすれば経済活動はさらに活発になってトリステインは豊かになるでしょう。」

 まあ富の量は一定なので、トリステイン以外が豊かでなくなりますが、それはおのおの他国の自助努力に任せるしかありません。
 私の手を伸ばせる範囲は、トリステイン一国が精々。高望みをすると、全てを救えなくなります。
 愛じゃ世界は救えませんし、お金だってモノが無限でない以上、世界を救える力にはなり得ません。
 何ものも世界は救えません。救えるのは、自分の手が届く範囲だけなのです。

「ではオーパーツについて、何か良いものは手に入りましたか?」

「めっちゃ楽しそうな笑顔になったっすね、ケティ坊ちゃん・・・。」

 そりゃもう、趣味9割実益1割ですからね、この事業に関しては。

「まずですが、毎度お馴染みのAK-47が2丁手に入りました。
 ただし弾薬は、弾倉に入っていたものしかありません。」

 流石は世界で最も普及した自動小銃と言いますか、既に50~60丁程度はあります。
 弾薬もある程度はありますが、1~2丁なら兎に角、ある銃を使って一斉に撃ったらあっという間に底をつく程度ですけれどもね。
 弾の無い自動小銃なんて、ただの鈍器でしかありません。

「後は・・・たぶん、PTRD1941と同じタイプの銃です。」

キアラがそう言いながら、床に置かれたでっかい箱を開けたのでした。

「おおう・・・ダネルNTW-20ではありませんか。
 無理してロマリアに拠点を構えただけの成果は出ましたね。」

 南アフリカ共和国で造られた、20mm機関砲弾を使用する対物狙撃銃です。
 家の壁程度なら、まるで障子紙みたいに貫通して目標を粉砕します。
 撃ち貫いたりしません。粉砕します。文字通り、木端微塵に。
 対物ライフルなので本当は直接人に撃っちゃいけない事になってはいますが、南アフリカ軍はこれで反政府ゲリラを情け容赦なく遠距離から狙撃したのだとか。
 恐ろしいですね~、怖いですね~。

「ただ、弾薬が20発程度しかありませんでした。」

「ううむ。ままならないものですね。」

 薬莢の複製は出来る事は出来るのですが、非常に手間がかかります。
 まず薬莢の原材料となる金属の板がまだ上手く作れませんし、プレス機も高性能なのはまだまだ作れません。
 モシン・ナガン用7.62×54mmロシア弾の薬莢は専用として四苦八苦してでっち上げた今のプレス機でも一応製造可能ですが、それ以外はまだまだといったのが現状だったりします。
 20mm機関砲弾用の薬莢とか、土メイジに金属の塊を加工して作って貰わないといけません。トホホな状態なのです。

「まあ良し、グッドです。
 これは良いものですから、本国に移送してください。
 ・・・で、横流ししている連中は、誰かわかりましたか?」

「複数人数の枢機卿と・・・ケティ坊ちゃんにとっては、因縁深い方々が関わっているようです。」

 何故に私がオーパーツの横流しルートを探っているかと言えば、ハルケギニアへの過度な技術流出を防ぐという思惑があったりします。
 単体ではあまり武器と認識されないのか、弾薬が殆ど無い故に何とかなっていますが、何せ武器の技術ばかりです。
 工夫すれば決して弾薬が作れないわけでは無い事もわかりましたし、長期的に世界のパワーバランスを崩す要因になりかねません。
 ですから、流通の根元を叩き斬ります。
 正確に言うと、私の下に出来得る限りの量が流れ込むように調整します。
 私は状態の良い銃を整備して並べて飾れて楽しいし、世界のパワーバランスへのこれ以上の影響も抑えられるわけなのです。
 まさに損する者無し。Win-Winですね!
 え?違う?そういう事にしておいてください。

「それで、私と因縁深い者たちとは?」

「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド卿です。」

 おーう・・・物凄く懐かしいけど、全く聞きたくない名前なのですね。
 そしてこの頃には既にロマリアに居たのですか、あの髭帽子。

「・・・という事は、《土くれのフーケ》こと、マチルダ・オブ・サウスゴータ殿も一緒ですね。」

「はい。彼らが横流しに加担してから、流れるオーパーツの量と質と種類が一気に増しています。
 恩恵に与っている我々が言う事では無いのかもしれませんけれども、これは危険であると言えます。」

ワルドのメイジとしての腕もさる事ながら、恐らくはマチルダがフーケとして使っていた盗品横流しルートも駆使しているのでしょうね。
目的は生活費と活動資金、あとティファニアとウエストウッド村への仕送りといったところですか。

「うーん・・・難しいですが、交渉次第といった所ですね。
 ワルドは恐らく彼を尻に敷いているっぽいマチルダを説得出来れば、どうとでもなるでしょう。
 女癖の悪い男は愛情深き恐妻によって、その性癖に終止符を打たれるものですから。」

「可哀想っスね、ワルド卿・・・。」

 何だか同情したような声色で、パウルが呟いています。
 パウルもあれで結構モテるみたいですし、何か感じるものがあったのでしょうか。
 思い返せば、私と出会ってから踏んだり蹴ったりでしたね、ワルド。
 最初は気障なルイズの婚約者として登場したのに、いきなり置いて行かれたり、疲労困憊で肝心な場面で起きなかったり、酔い潰された状態で私達に攻撃を仕掛けようとして尽く失敗したりエトセトラ、エトセトラ・・・。
 まあ私も殺されそうになったり、ファーストキス奪われたりしたので、おあいこですね。うんうん。
 ちなみに私の中の乙女の部分は、ワルドをファラリスの雄牛にでも放り込めと言っていますが、取り敢えずそんなロマンチックな部分は置いておきましょう。

「ワルド卿が見るも哀れで可哀想な生き物か否かは、この際どうでも良いのです。
 オーパーツの横流しをしている枢機卿達と直接お近づきになるのは避けたいですし、マチルダ殿と話が付けばそれが最善。
 接触は出来ますか、パウル?」

「勿論っス。ご要望とあらば、枢機卿とも。」

 パウルを商会長に据えているのは、何と言ってもその交渉力の高さ故。
 時と場所と人に合わせて交渉し、信用を勝ち取るのがとても上手です。
 ですから私が居る時以外の総責任者としての権限を持たせたのですよね。

「完璧ですね、パウル。」

「ふふん、俺に惚れても良いんスよ?」

「お断りです。」

 私に対しては、何故かきちんと信用を勝ち取れない感じですが。
 そもそもパウルは、隣にいるキアラの気持ちに気付いてあげるべきなのですよ。

「それで枢機卿に関してですが、どうやら私はロマリアにチェックされているみたいですし、直接会うのは避けましょう。
 私を切っ掛けに見つけられて、せっかくのルートを潰されかねません。」

「了解。では早速いって来るっスよ」

 パウルはそう言うと、会長室を素早く出て行ったのでした。





 そして1時間ほどが経過しました。

「・・・久し振りね、ミス・ロッタ。
 誰かと思ったら、貴方だったのね。」

 久々に会った緑色のロングヘア美女に、思い切り睨みつけられてしまいました。
 そりゃまあ、警戒しますよね。
 隠れ家があっさり見つけられて、近所の貴族用宿に来るように謎の呼び出しの手紙とか貰ったら。

「はい、本当にお久しぶりですね。
 マチルダ殿とお呼びしても?」

「ええ、それで良いわ。」

 警戒を解き、交渉を進めるにはまず笑顔。
 スマイルはとっても大事・・・なのですが、何か胡散臭いものを見るような目でマチルダはこっちを睨んでいます。

「それではマチルダ殿、お話を始めましょうか?」

 私がニッコリと微笑みかけたのに、マチルダは更に訝しげな表情になります。

「君の裏がわかっているから、笑顔が胡散臭いのだよ。」

 実はマチルダの隣に座っていたけど、私に無視されていたワルドがボソッと呟いたのでした。
 うっさいわー!



[7277]  タバサの冒険編 タバサとケティとついでに吸血鬼01
Name: 灰色◆a97e7866 ID:17f6a49d
Date: 2014/08/06 19:03
「そくた~つ・・・。」

 気色の悪い声が外から聞こえたかと思うと、《ガシャアアァァン!》という派手な破壊音とともにケティの部屋の窓が突き破られ、何かの物体が放り込まれた。

「にゃああああ!?な、何事!?」

 突如響いた破壊音に、眠りについていたケティは咄嗟にベッドから飛び起き窓の反対側に転げ落ち身を隠す。
 そして粉々に砕けたガラス窓の方をそーっと覗き込んだ。

「・・・ああ、ガリアのフクロウ便のような何かなのですね。」

 トリステインにはフクロウ便という、どう考えても猛禽類の中で一番長距離飛行の苦手なフクロウを用いた宅配便がある。
 だがこれはフクロウ便とは違うのだ。フクロウ便よりもずっと早い。殆ど一瞬で届くらしい。
 ただし、必ず窓を破壊して荷物を放り込んでくるので、滅茶苦茶心臓に悪い。
 何せ窓が無い所でも窓が破壊されるくらいである。意味不明で怖い。
 【1回毎に寿命が100日縮むような気がする】と言われ、《恐怖便》と呼ばれる知る人ぞ知る宅配便らしい。
 毎回毎回窓を破壊されるのでヤメレと言っているのだが、嫌がらせなのか何なのか、 ガリアのデコ姫ことイザベラがケティに何か連絡したい事がある時は、結構な頻度でこれを使うのだ。
 ちなみにガリアの裏に関わる者しか使えないらしく、ケティにはここに荷物を頼むすべは無い。

「まったく、あのデコッパチは毎度毎度・・・。」

 届いたものは新聞・・・では無く、焼き菓子であった。
 手紙の封蝋に押されている印璽は、北花壇騎士団のものでもガリア王家のものでもない。
 月を象ってデザインし、イザベラとのやり取り用にケティがこっそり裏ルートで送った物である。
 何故に月か?これはケティがタバサを影から見守っているイザベラのイメージを象徴してデザインした…という風にイザベラが解釈したので、そういう事になっている。
 決して、ケティがこの世界では何故月が光っているのか解明されていないというのをすっかり失念していて、おちょくるつもりでデコと月を太陽光の反射にかけて送ったら素直に感謝されて気まずくなったとか、そんな事は無いのだ、決して。
 悪戯が不発に終わるどころか感謝された時って、気まずいよね。

「どれどれ・・・うーむ、相変わらずクッキーの焼き加減が絶妙なのですね、あのデコッパチ。」

 ケティは袋から取り出した少し変わった形の焼き菓子を取り出して軽く齧る。
 そうすると、中から紙片が現れた。
 フォーチュン・クッキーと呼ばれる、ちょっとした占い等で使われる焼き菓子である。
 日本がルーツでアメリカ生まれ、作っているのは中国人という変わり種であり本来この世界には無い筈なのだが、シエスタの曽祖父が似たような着想でこちらで作って広めたらしい。

「さて・・・と。人の部屋のガラス叩き割ってまで、何を伝えたかったのでしょうねと。」

 ケティはそう言いながら、その紙片を引っ張る。
 そうするとそれはするすると伸び、大きな一枚の紙となった。
 どうやら、魔法で圧縮された手紙だったようだ。

「どれどれ?」

《貴方と私の間で修飾した前置きを書く必要なんて無いわね。
 さて、早速だけれども、貴方にお願いがあります。お願いだけれども、これは貴方にとっても大事な話よ。
 領主が負い切れないと持ち込んで来た依頼があります。それがとても危険なものなのに、どうしてもロッテに任せるようにと御父様から・・・。
 ああ・・・吸血鬼が出たというの。吸血鬼よ、あの神出鬼没の強力な亜人!何という事かしら!
 西百合騎士団の花壇騎士が行ったけれども、返り討ちに遭ってしまったわ。
 お願い、ロッテに力を貸してあげて。貴方なら吸血鬼撃退法の一つや二つは知っているでしょう、ル・アルーエット?
 例え知らなくても貴方なら、何か奇天烈極まりない方法で、ロッテが吸血鬼を退治する手助けが出来る筈だわ。
 ロッテの件でそちら側で頼れるのは貴方だけなの。どうかよろしくお願いするわね。
 追伸:この焼き菓子を任務前にロッテに食べさせてあげようと思うのだけれども、味はどうかしら?》

「うーむ、吸血鬼ですか・・・。」

 クッキーを齧りながらケティは唸った。
 吸血鬼は亜人の中でも、エルフに次いで恐れられる種族である。
 そして吸血鬼には地球にも様々な伝承がある。
 一番良く知られるスタンダードなタイプは、ブラム・ストーカーの小説で有名になったもの。
 すなわち太陽が苦手で、ニンニクも苦手で、十字架もダメであり、流水ぶっかけられると焼け爛れ、鏡に映れないという、弱点だらけの化け物である。
 怪力だったり、壁歩きが出来たり、霧や蝙蝠や狼やネズミに変化できるという長所もあるが。

 ちなみに吸血鬼伝承は東アジアにもあり、その吸血鬼は背後から背中を斧で叩き割って殺した相手の血を啜るらしい。
 ただの血が好きなサイコ野郎な気もする。
 東南アジアでは夜な夜な首がスポンと抜けて飛んで行って人に噛みつくという生首妖怪である。

 まあそれらはさて置いて、このハルケギニアの吸血鬼はどうかと言えば、これはスタンダードタイプ。
 ただし鏡に映らなかったり十字架が駄目という事は特に無いし、流水も大丈夫であるらしい。
 つまり太陽光に弱く、鼻がとても良いのでニンニクなどの刺激臭が駄目な者が多く、筋骨隆々な男に銀の棍棒で力いっぱい頭部をぶん殴られると死ぬ。
 え?最後のは、つまりただの物理じゃね?うん、そうだね。

 蛇足な部分を抜けばつまり、太陽光が直撃すると燃え上がって死ぬという弱点がある。
 頑丈でかつ再生能力は高いが、その耐久力と再生能力を上回る打撃を与えれば普通に死ぬ。
 弱点は少なめだが不死身の化け物では無く、飽く迄も幻惑などの原住魔法に長じる強力な亜人に過ぎないのだ。
 そして血を吸った相手を、片っ端から吸血鬼にする事も出来ない。屍人鬼と呼ばれる太陽の下でも動ける下僕を、一体作れるだけである。
 《過ぎない》とか《だけである》とか言っても、これだけで十分に怖いが。

「・・・さてと、それでは何か策を練りますかね・・・と。
 タバサは一体何処でしょね~?」

 ケティはそう呟いて立ち上がると、皿に手紙を置いて何も言わずに杖を振る。
 手紙は白い強烈な光を発して、一瞬で白い灰と化した。
 それから彼女は、部屋に置いてある大きな姿見に向かって歩いて行ったのだった。






「・・・シルフィード、居る?」

「はいなのね、お姉さま!きゅいきゅい!」

 真夜中、使い魔用の厩舎にそっと入って来たタバサは、シルフィードにそっと声をかけた。
 タバサは警戒していた。何時も何だかんだ理由をつけてケティが任務について来るからだ。
 タバサの任務は、非常に危険なものが多い。
 なのにケティが、かなりの確率で目ざとく見つけてついて来るのだ。
 確かにケティの戦闘力は自己評価がいまいちな彼女自身が言う程低くはないが、タバサが倒せない相手ではない。
 弱くは無いが、卓越した強さを持つわけでは無い。
 本を沢山持っている事から仲良くなり、今やキュルケと並ぶ友人だが、だからこそタバサは自分の任務に彼女を巻き込みたくなかった。
 彼女自身が進んで巻き込まれに来るので、どうにもならないのだが。

「腹黒娘も居るのね!」

「はぁい☆」

 案の定、ケティがシルフィードの裏から現れた。
 タバサの任務には、このトリステイン魔法学園の人物を観察し、目立つ人間は監視して動向を調べるというものもあるのだが、彼女の部屋は彼女自身が監視されたくない時には監視も進入も出来ない。
 音を増幅して盗聴する魔法を使っても、何も聞こえない。
 そのくせ、タバサの動向はケティに筒抜けになっている感がある。
 謎過ぎて、ちょっと怖い。

「ケティ、今回は危険過ぎる。」

「危険・・・ですか?いったい何がでしょう?」

 ケティは笑顔という名の無表情で、ニコニコとタバサに問い返す。
 自分の表情を悟らせない事にはちょっとした自信のあるタバサだが、ケティの笑顔もまた読みにくいと思っている。
 読みにくいのだが、彼女は友人の前では結構な確率で表情が素であり、読みにくい笑顔を浮かべているという事は、何かを隠しているというのがわかったりもする。
 そしてタバサの今の問いに対して、そういう表情を浮かべたという事は・・・。

「その顔は、私の任務の内容が何か知ってる。」

「ご名答なのです。」

 ケティは笑顔のまま、そう頷いた。
 底知れない所はあるが、決して悪意は無い。
 そして騙す気は無いが、真実を告げる気も無い。
 タバサにもそれはわかるが、尋ねずにはいられない。
 ガリア王宮にいる自分に好意的な誰かが、いったい誰なのかという事を。

「誰かは言えない?」

「情報というものは、知るべき時に知らないと、呪いの如く不幸を呼ぶものがあります。
 野放図に、その時の知識や感情では理解出来ない情報を与えられても、人はまともな判断が出来ません。
 私はタバサを親友だと思っています。そして親友を不幸にしたくはありません。
 ですから、まだ知るべきでないものは知らせません。
 ただまあ、貴方の支援者の一人であるとだけ告げておきますね。」

 ケティは傲慢とも取られかねない言葉で、タバサの問いを拒否した。
 しかし実際、この時のタバサに真実を受け入れる余裕は無かったであろう事は間違いない。

「貴方は第三者。」

「ああ、それに関しては貴方に色々と謝らなくてまいけません。
 もう貴方の支援者とは何度も接触していますし、既にいくつかの伝手も作ってしまったのです☆」

 ケティはそう言って御茶目に照れながら、《てへぺろっ☆》といった感じに舌を出す。
 しかしそれは一瞬で、次の瞬間には表情の印象が曖昧で物凄くわかりにくいアルカイックスマイルになっていた。

「・・・タバサ、貴方が納得しやすい理由をお伝えしますと、これも私の仕事の一つなのですよ。
 ガリア国内に於ける伝手の構築。これを貴方の人脈を利用する事で行っています。
 ああ、御安心下さい。彼らはタバサの身を案じる愛国者ですから、決して間諜などにはなりませんよ。
 ただ主流派から離れていても有力な貴族ですので、正攻法用のルートとして使えます。
 裏は別の方法で、伝手を構築しておりますので。」

「私を利用したの?」

 目を細めるタバサに、ケティはニッコリと微笑む。

「ええ、貴方の身にガリアで何かあった時に、貴方を救う方法は多いに限りますしね。
 勿論、トリステインの為であったり、うちの商会の為であったりもしますが。
 目的の為にも、手段はなるべく多く用意しておくに限るのです。」

 言ってる事が、もう完全に言い逃れの余地無く真っ黒である。
 だがタバサは知っている。
 真っ黒故に、このケティという少女は大人の権謀術数を掻い潜って力を発揮出来るのだと。
 そしてこの陰謀が趣味で露悪的な少女が、真っ黒な代わりに矢鱈と家族や友人を大事にする事も。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 そう、これはケティなりの好意であり、誠意なのである。
 タバサはいつも通りの表情に乏しい顔のまま軽く俯き、ちょっとだけ眉間に寄った皺を揉む。
 そしてこの自分とは、ちょっと違う方向に壊れている少女に感謝した。

「わかった。いつか話す?」

「勿論その時が来たら、委細漏らさずキッチリとお話し致します。」

 タバサの問いに、ケティは作り物では無い笑顔で頷く。

「ん。楽しみにしておく。」

「はい、楽しみにしておいてください。
 うひひひ、想像するだけで面白おかしい事になりそうなのですよ。」

 今度は意地悪そうな笑みを浮かべているケティ。
 本当に、笑顔のバリエーションの多い少女である。

「きゅい!何やら難しい話は終わったの?」

 先程から続いていた話からは完全に取り残されていたシルフィードが、2人に確認する。

「はい、終わりましたよ。」

「じゃあ腹黒娘、何でも良いから食べ物を寄越しなさい。
 シルフィあんまりにも暇過ぎて、何かお腹が減って来たのね。」

 そして唐突に飯を要求してきた。
 風韻竜の幼生であるシルフィードは、今が成長期故に食べ盛り。
 まあ韻竜は数千年生きるので、食べ盛りも数百年続くが。

「貴方が食べるような量を、そうホイホイ用意出来るわけが無いのですよ・・・。
 道中、何処かに寄って調達しましょう。」

「きゅい!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ。」

 友人に完全に餌付けされている己の使い魔を諦観を込めた視線で見つめつつ、タバサはゆっくりと溜息を吐いたのだった。





 ガリアの首都リュティスより500リーグほど南東に下った山間に、サビエラという名の村がある。
 本来は外界とあまり接触が無く、こじんまりとしているものの長閑な農村なのだが、 ここが2か月前から吸血鬼の被害に怯えている。
 最初の犠牲者は12歳の少女。森の入り口付近で全身の血を吸い尽くされてミイラ化した姿という、大変痛ましい姿となり果てていた。
 吸血鬼の仕業だとすぐに気付いた村人たちは領主に報告した後に民間伝承に於ける吸血鬼除けのまじないを施すなど色々と対策を講じたものの、何の効果ももたらさなかった。
 そしてついに西百合騎士団よりガリア正騎士の最高峰たる花壇騎士の一人で、強力な火メイジであり将来の団長候補と目されていたローラン・ド・ラ・パラティーヌが鳴り物入りで派遣されたものの、先週杖を抜く間も無くあっさりミイラ化して発見された。
 正攻法ならば吸血鬼程度には決して負ける事の無い強力な騎士だっただけに、西百合騎士団は大きく動揺。しかも西百合騎士団長のガヌロンはショックで倒れて寝込んでいる。そんなわけで西百合騎士団からは人員は出せない。
 ならば東薔薇騎士団か、南金魚草騎士団から出そうかという話になったが、あっさりやられた花壇騎士ローランは騎士としての実力だけなら各騎士団の団長クラスであり、《こりゃもしかして次に出しても駄目かもわからんね》と、人員を出し渋って行こうとしない。
 正確に言うと、行こうと立候補した・・・例えば『私がローランの仇を取りましょう』とか名乗り出ようとした東薔薇騎士団長のバッソ・カステルモールなどは、察した団員達に寄って集って押さえつけられて猿轡をかまされ簀巻きにされて、団長室に力無く横たわっている。
 幾ら花壇騎士だって杖も抜かずにあっさり死にたくは無いし、各花壇騎士団としても有能な騎士を訳も分からない手段で殺されたくはないのだ。
 その話を聞いたジョゼフが《正攻法ならば負ける事の無い強力な騎士があっさりやられるのであれば、正攻法では無いのが得意な花壇騎士を派遣すれば良いのではないか?ならば、可愛い我が姪御殿を遣わそうではないか、ハハハハハハ!》とか、その場の思いつきで言い出して、イザベラが頭を抱えたのは言うまでもない。
 ちなみに《よっ!陛下流石っス!にくいよこの美中年!》とか、太鼓持ちしていたミョズニトニルンには、イザベラ自ら大きく振りかぶって、事前に彼女に頼まれていたアルヴィーを力いっぱい投げつけておいた。

「まあそんなわけで、事態は意外とシリアスなのです。
 相手は吸血鬼で、正攻法を用いて来ない以上は、何か策を練らないといけません。」

「ん。」

「あぐあぐあぐ、きゅいきゅいきゅい♪」

 サビエラ村からひと山離れた場所にある都市で、シルフィードが樽いっぱいの魚をガツガツと食らっている合間に、ケティとタバサは作戦会議っぽいものを始めていた。

「策はある?」

「吸血鬼は太陽光に弱いですから。
 弱点があるならば、そこを最大限かつ正攻法で攻めるのが良いかなと。
 搦め手は楽しいですが、面倒臭いですし。」

 ケティはそう言うと、愉しげに目を細める。
 彼女が腹黒いだの何だの言われる原因の一つが、時折浮かべるこの悪人っぽい表情である。

「悪そうな表情。」

「そりゃあもう、悪巧みしていますからね★
 ときにタバサ。命令書に添付されていた報告書では《吸血鬼は森に潜伏している可能性が高い》とありますが、この点についてどう思います?」

「森に居るのだとしたら、間抜け。」

 ケティの問いに、タバサはそう言って首を横に振った。

「吸血鬼の最大の利点を殺している。
 そんな間抜けには、花壇騎士は殺せない。」

「そう。そうなのですよね。
 吸血鬼最大の利点は、人の中に紛れ込めるという事。
 彼らは幻惑の中でも、特に魅了の先住魔法を得意としますしね。
 過去の記録では魅了で相手を誑かして、その家族に入り込んでいた・・・という話も聞きます。
 そんな彼らが、最大の強みを活かせない森に、果たして潜伏するのでしょうかという疑問です。」

 そう。そこが決定的に《おかしい》点だ。
 人の群れに紛れ込み、人の群れに寄生して生存するのが吸血鬼という種族のやり方である。
 多少美形だが、一見人と全く変わりない容貌を持つ彼らにとっては、それが一番効率的な狩りの仕方なのだ。
 そんな彼らが《人の群れに紛れずに森に潜伏する》などという選択をするのか?
可能性はゼロではない。ゼロではないが・・・。

「可能性は低い。
 誰かが欺瞞情報を流して、情報操作している。」

「はい。恐らくは、そう言う事です。
 そしてその欺瞞情報を流して、誰が得をするのか?
 それは吸血鬼自身なのですよね。」

 《吸血鬼は森に居る》という大前提が間違いならば、吸血鬼はセオリー通り村に紛れているという事になる。
 ただその場合はその場合で、容疑者を絞り込まなければならない。
 ちなみに吸血鬼の退治法には《村ごと焼き払って皆殺しヒャッハー》というのもあるが、タバサもケティもそんな虐殺をやる気はないし、領民は領主の財産でもあるので勝手に殺したら訴訟ものである。
 故に、吸血鬼を発見して退治するという方法で行くしかない。

「怪しい相手となると、この報告書には《怪しい老婆とその息子が、吸血鬼事件の直前に《療養》と称してやって来て、村外れの家に滞在している》とありますが・・・どう思います?」

「あからさま過ぎる。
 怪しまれたら、人里に紛れ込む意味が無い。」

 勿論、何事も合理的に動くわけでは無いだろうが、かといって非合理的に動き回っている吸血鬼に、エリートの花壇騎士の中でも特に有望視されていた者が杖も抜かずにあっさりと倒されるわけがない。
 つまりあっさりやられた花壇騎士ローランは、いくつかのヒントを残してくれている。

「あるいは、このあからさまに怪しい親子がやってきたからこそ、吸血鬼が狩りを開始した可能性があるのですよね。」

「囮の可能性は高い。」

 ケティの言葉に、タバサはコクリと頷いて同意する。
 この親子は十中八九、村の耳目を集めて吸血鬼が自身をカムフラージュする為の囮にされている。

「状況は何となく予測出来ましたね。
 さて、どうやって炙り出しましょうか?
 フフフ・・・フフフフフフフフフ・・・・・・。」

「ケティ、また悪い顔。」

「悪巧みしていますから、当然なのです。」

 巻き込みたくなかったのに完全に巻き込んでいる上に、巻き込まれている筈の当の本人はすっかり思考を楽しんでいる。
 自分をかなりマイペースな性格だと自覚しているタバサから見ても、この普段は世話好きな友人が、一旦暴走を始めると滅茶苦茶マイペースなキャラだというのがよくわかった。
 多分、巻き込まれているのは、実は彼女ではなく自分・・・それに気付いたタバサは、そっと額を押さえて瞑目する。

「きゅいきゅい!満腹満腹、幸せなのね!」

 そんな二人の横で、魚を完全に平らげたシルフィードは満足そうに鳴いたのだった。






 サビエラ村は、一見長閑な朝を迎えていた。
 朝日は燦々と輝き、清流は静かに音を立てながらキラキラと流れる。
 しかし、そんな村で朝の日課を始めた村人達の表情はすこぶる暗い。
 まあ仕方が無い。何せこの村では、僅か2ヶ月の間に9人もの人が亡くなっている。
 しかも領主の派遣した傭兵メイジは殺され、次に王都から派遣された無敵と名高い花壇騎士すらもあっけなくやられた。
 《もう駄目だ。御終いだ》と、何処かの戦闘民族の王子みたいな絶望感が村を覆い尽くしていた。

「王都からまた花壇騎士様が派遣されてくると聞いたが・・・。」

「またあっさりやられるんじゃないかのう・・・。」

 村中このような、葬儀の真最中の如き雰囲気である。
 絶望感に打ちひしがれた村人たちは、体を重そうに引き摺りながら今日もいつも通りの日課を始める。
 そうして、今日も長閑な村に重苦しい一日が始まる筈だったのだが・・・。

「はーっはっはっはっはっはっはっはっは!」

「きゅい!きゅいいいいいいいい!」

 そんな彼らの頭上に、朗らかかつ高めの声の笑い声と、何かの鳴き声、そして羽ばたく音が聞こえてきた。

「はっはっはっはっはっはっはっは!」

 その莫迦みたいな笑い声と羽ばたきの音に、村人達は視線を向けた。

「な・・・何だありゃあ・・・?」

 視線の先にはゆっくりと降下してくる風竜に乗った二人の人影。片方は矢鱈と朗らかな笑い声をあげている。
 花壇騎士を待っていたら、何か物凄く変なのが来た。村人達の第一印象は、そんな感じであった。

「あーっはっはっはっは!サビエラ村の諸君、ボンジュール☆」

 派手な帽子にマントと騎士然とした格好の栗色の髪の少年が風竜から身軽に飛び降り、 呆然とした表情の村人達に気障ったらしく挨拶した。
 どう見ても10代前半であり、男にしては線が細い体形で背も低く、顔も女みたいである。
 とても朗らかに頼りがいのある人間を演出しようとしているように見えるが、線が細いせいで全然似合っておらず頼り無さそうな雰囲気しかない。
 とは言え、貴族は男でも女みたいな顔の者が居ると村人は聞き知って居たので、その容貌には特に疑問は抱かなかった。

「ひ・・・ひょっとして、もしかして、王都から来なすった花壇騎士様?」

「いかにも!花壇騎士にして《微風》のユルティーム・ド・フォーシュルヴァンが王命により参上仕った。
 前任者は不覚を取ったが、花壇騎士に三度は無いと杖に誓おう。
 安心して僕に任せたまえ、はーっはっはっはっはっは!」

 朗らかに笑う、莫迦っぽくて半人前っぽい自称花壇騎士の少年。
 しかも二つ名が《微風》とか、どう聞いても弱そうである。
 ああ、ひょっとして、いやひょっとしなくてもワシら見捨てられたんじゃろうか?という、何ともいえない感じの空気が村人たちを覆う。

「・・・大丈夫だ。ガリア王国は貴族との契約を守り見捨てない。
 ファンティーヌ、杖を。」

 ユルティームと名乗った少年はそう言うと、右手を広げた。
そこに先程まで彼の後ろに座っていた蒼銀色の髪の少女が、いつのまにか彼の後ろに来ていて杖を手渡す。

「突風よ来たれ。」

 それを受け取った少年がそう言って杖を振るうと同時に、村を猛烈な風が吹き抜けた。

「うおおおっ!?」

「物凄い風だ!」

「そして貴族を見捨てないという事は、その根であり葉である領民をも見捨てないという事だ。
 それがガリア正騎士の、そして花壇騎士の存在意義なのだ。故に大丈夫だ。安心したまえ。」

 ユルティームはそう言って、頼もしげに見えなくもない笑顔を浮かべ胸を張って見せた。
 先程まで頼り無さそうに見えたその姿は、急に頼り気のある雰囲気を纏い始め・・・ていたが。

「はーっはっはっはっはっは!」

 その後に彼が上げた莫迦みたいな朗らかな笑い声で、あえなく雲散霧消してしまった。
 その雰囲気に気付いたユルティームは、訝しげな表情を浮かべると、隣の少女に尋ねる。

「ふむ・・・村の皆さんの僕への信頼が、どうも半信半疑な域にに思えるのだが。
 ファンティーヌ、これはいったいどうした事かね?」

「ユルティーム坊ちゃまが、莫迦みたいな笑い方を止めれば良い。」

 ファンティーヌと呼ばれた。少女というよりは幼い雰囲気の漂うメイド服の少女が、言葉少なに容赦のないツッコミを入れた。

「ファンティーヌ、何という事を言うのかね?
 僕のこの逞しい笑い声は、きっと村の皆さんにも安心感を与えている筈だよ。」

「どう聞いても声が高い。
 お世辞でも逞しいとは言えない。
 笑い方も莫迦みたい。
 安心はしない。
 気が抜ける。」

「うぐぅっ!?」

 次々と繰り出される言葉の暴力に、ユルティームは胸を押さえて蹲った。

「情け容赦ないねファンティーヌ。
 僕のガラスのハートは木端微塵だよ。」

「大丈夫、放って置けばすぐ戻る。」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。』

 唐突に始まった寸劇に完全に置いてけぼりを喰らっている村人一同。
 まあわかっていると思うが、ユルティームと名乗っているのは男装したケティで、ファンティーヌと名乗っているのはタバサである。

「きゅ~い!」

 ちなみにシルフィードは、ユルティームことケティの騎乗する普通の風竜のふりをしている。
 何でこんなアホな茶番をやらかしたのか?
 ケティの基本は《強敵には侮られた方が良い》である。
 元々戦うのが好きというわけでは無いし、敵は弱いに限るし、弱くないなら考えて準備して弱体化させるのが彼女のやり方だ。
 そして吸血鬼は何だかんだ言って強力な亜人である故に、侮って舐めてかかって貰った方が良い。
 村人にも侮られた感があるが、そこは《花壇騎士》の偽の肩書でカバーするつもりのようだ。
 まあタバサは花壇騎士なので、完全に嘘は吐いていないと言い張る事も出来る。

「は・・・はっはっはっはっは!
 取り敢えず茶番はこのくらいにして、本件に関する説明を関係者から直接伺いたいな。
 村人の方、村長はどちらか?」

 ケティは朗らかに笑いながら何か自分を指差してひそひそ話している村人に声をかける。
 ちなみに彼女がユルティームとして行っている奇行のせいか、村人は若干警戒を解いていた。

「へ、へえ。村長の家は、あの段々畑になっている丘の上でごぜえます。」

 村人が指差した先には、丘の上に建つ他の家よりもかなり大きな家があった。

「でかいな・・・。」

 村長の家には鐘楼も設置されており、教会と一体化している。
 山奥の寒村で、司祭が派遣されてこないのだろう。
 村長の家が教会を兼ねているようだった。

「あと、歩かねばならないのが面倒臭そうだな、主にシルフィードが。」

「きゅい、きゅい!」

 シルフィードはコクコクと頷いている。
 風竜は元々地べたを歩き回るのが、あまり好きではない。
 兎に角空を飛んでいるのが好きな生き物であり、風韻竜の成体ともなると数百年飛びっぱなしのも居るのだとか。

「じゃあ、乗る。」

 ファンティーヌという名の従者役をしているタバサは、サッとシルフィードに乗り込む。

「シルフィード、飛んで。」

「きゅいいいいい!」

 シルフィードはタバサの指示を受けて、翼を大きく羽ばたき離陸して村長の館へと飛んでいく。

「待ってくれ給えよおおおおおぉぉぉぉぉぉ・・・!」

 現在ユルティームという若干頭の緩い騎士の演技をしているケティを置き去りにして。

「・・・なあ、あの貴族様、何日もつと思う?」

 シルフィードを追いかけて必死には駆けて行く男装のケティを見ながら、村人は隣にいたもう一人に声をかける。

「2日持てば良い方だろうな。」

「しかし、風竜に乗っちゃいるが、女みたいな顔した子供の花壇騎士様とあんな小さな娘かよ・・・。
 リュティスのお偉いさん達は、いったい何を考えているんだ?」

『はぁ・・・。』

 村人たちは顔を見合わせると、深々と溜息を吐いたのだった。





 村長の家の前までやって来たケティ達は、扉の前に立っている。
 ちなみにケティは全速力で走ってきて息も絶え絶えで倒れたので、タバサが水を与えて息が整うまで介抱していた。
 今回の設定は《花壇騎士ユルティームと、ちょっと主人への敬意が足りない従者ファンティーヌ》となっている。
 逆でも良かったのだが、ケティがタバサに『ちょっと莫迦っぽい少年騎士出来ます?』と聞いたら、無言で首を横に振った為にこうなった。
 ちなみにケティがこのユルティームのモデルにしたのは、ギーシュである。

「たのもー!」

 ケティがノックするとゆっくりとドアが開き、中から一人の老人が現れた。
 白い髭を顎にたくわえた、人の善さそうな人物である。

「どなたですかな・・・?」

「花壇騎士にして《微風》のユルティーム・ド・フォーシュルヴァンである。
 ここが村長の家と聞いたが、そなたが村長か?」

 ケティとしてはもうちょっと柔らかく声をかけたい所だが、貴族が平民にいきなり優しく声をかけると却って警戒されかねない。
 目上の者が特に面識があるわけでもない目下の者に優しく声をかけるのは、何か魂胆が あっての事と邪推されることが多いのだ。

「はい。ワシが村長でございます。」

「事情が聞きたいのと、任務終了までの拠点を確保したいのだが。その許可を貰いに来た。」

 そう言うケティ達の姿を見て、村長は怪訝な表情を一瞬浮かべる。
 派手な騎士の格好をした少年と、その従者らしき少女・・・この前に来た騎士と比べて、見かけ的にも頼りなさ過ぎた。

「はい。拠点であれば我が家をお使い下され。
 ここは非常時の避難場所でもあります故に、部屋は沢山御座います。」

「避難場所・・・ああ、この村が山の谷間にあるからか。
 村長の家が高台にあり、こんなに大きいのは、いざという時の避難の為なのだね。」

 上空から見たサビエラ村は、谷間を流れる小川の畔に出来た村だった。
 そういう地形にある村は、大雨の際に洪水に見舞われる場合が多いのだ。

「一目見ただけでお分かりになられるとは・・・。
 はい、その通りでございます。」

「ふふん、僕にかかれば、この程度、かぁ~るい、かる・・・あだっ!?」

 ケティはタバサのでかい杖で後頭部を殴られた。
 ちなみに事前の打ち合わせで、ケティは何か賢そうな事を言う度に間抜けな事やって、場合によってはタバサがツッコミいれて静止するという手筈になっていた。
 こうする事で、一瞬上がった評価は下がり、相手からあまり持ち上げられずに済む。
 そうすれば吸血鬼の警戒度も、あまり上がらないという寸法だ。

「主がご無礼をいたしました。」

「君が主に無礼ではないかね、ファンティーヌ?」

「それと、拠点として館の一部を貸して頂ける事に、主に代わりまして感謝を。」

「おぉ~い、聞いているかねファンティーヌ?ファンティーヌ?」

 抗議するケティの事はさらっと無視して、タバサは村長に対して優雅に礼を述べる。

「あ・・・あの・・・。」

 村長は、そんなケティをちらちらと見ながら、タバサに目で語りかける。
 曰く《使用人なのに、そんな事しても良いの?》と。

「ユルティーム坊ちゃま。黙ってて。」

「ハイ、ワカリマシタ。」

 タバサのひと睨みで、ケティはびっくりして黙ったフリをする・・・実はタバサの睨みに結構ビビったのは秘密である。

「それでは村長。今回の件の次第を説明を。」

「は、はい。あれは2ヶ月前の事で御座いました・・・。」

 村長の語った事は、報告書に書いてある事ほぼそのままであった。
 わかりやすく言うと、特に何も新情報は無い。
 とはいえ、新情報は無いという事が判ったのも、ひとつの収穫ではある。
 そして、恐らく村人達が唯一現在進行形で調べていて、報告書よりも情報収集が進んでいるであろう事柄について、タバサは切り出した。

「吸血鬼の下僕たる屍人鬼について、何か分かった事は?」

「はい。吸血鬼は村の人間のうち、警戒心の緩んだ者を見計らって一人一人血を吸っていきました。
 これは村の事情をよく知る者が、手引きしている可能性が高いと考えております。
 ただ、村の人間が自ら進んで吸血鬼に従っているとは考え難いので、その裏切り者が・・・。」

「屍人鬼であると?」

「はい、そうなりますのう。」

 タバサの問いに、村長はコクリと頷いた。

「ワシらとて、吸血鬼に黙ってやられたままでいるつもりはありませぬので、その取り掛かりとして屍人鬼を探してはおるのです。
 伝承によれば、屍人鬼の体には必ず吸血鬼に血を吸われた跡があると言います。
 それで村人を一人一人調べてみたのですが・・・ワシらが血を吸われているのは、吸血鬼のみに非ずという事に気付いた次第でありましてな。」

「と、言うと?」

「こんな山奥で野良仕事をしますと、虫に刺されたり蛭に噛まれたりしますでの。
 しかも蛭の噛み跡と、遺体に残った吸血鬼の噛み跡がそっくりでしてな。
 特にここらの山蛭は人の首筋を狙うのが好きでしてのう。
 首に噛み跡がある者だけで、7人もおりましたわい・・・。」

 村長が語ったのは、吸血鬼の噛み跡とここらにうじゃうじゃ生息する蛭の噛み跡の見分けがつかないという、とても頭の痛くなるものであった。

「うはぁ・・・これは弱ったなぁ。」

 これでは屍人鬼と一般人の判別が、非常に困難になる。
 何せ屍人鬼は、吸血鬼と違って太陽の下でも動き回る事が出来るのだ。
 噛み跡で判別出来ないとなると、見分けようがない。
 ケティは額を押さえて嘆いてみせた。

「この村は新しくやって来た占い師の親子を除けば皆顔見知り。
 ですから吸血鬼は、おそらく森に居ります。」

「なるほどなるほど。森にいるという推測は、そこから来ているのだね。」

 ケティはそんな事を言いながら仰々しく頷いていたのだが、ふと何者かの視線に気づいた。
 視線に気づいたというか、こちらを覗き込む者と目が合ったのだ。

「ふむん・・・?
 ドアの隙間から誰か覗き込んでいるようだが、いったい誰だね?」

 その目が合った者から視線を外さずに、ケティは問いかける。

「覗き見とは関心しないな。出て来たまえ!」

「ひっ!?」

 ケティの呼びかけに怯えたのか、その何者かは逃げようとする。

「ファンティーヌ、捕らえるのだよ。」

「ん。」

 タバサは短く頷くと杖をドアの隙間に突っ込んで、逃げようとした誰かを引っ掛けた。

「きゃあっ!?」

 誰かは、あっさりと杖に引っ掛けられて動きを止める。

「バインド。」

「キャ、な、何!?」

 そしてケティが呪文をかけた縄によって、あっさりと捕縛された。

「よい手並みだったよ、ファンティーヌ。」

「恐縮です。」

 ケティたちが捕らえた相手を確認してみると・・・。

「ふむ。これは失礼をしたかな?」

 そこには幼いといって良い年齢の少女が、全身を縄でぐるぐる巻きにされて転がっていたのだった。



[7277]  タバサの冒険編 タバサとケティとついでに吸血鬼02
Name: 灰色◆a97e7866 ID:528ed989
Date: 2014/10/31 22:51
「・・・これはこれは、このように小さな可愛いレディを捕縛してしまうとはね。」

床に転がった幼い少女を興味深そうに見ながら、現在ユルティームと名乗っているケティは頬を掻いた。

「ユルティーム坊ちゃま、このように小さな少女を捕縛するなんて変態臭い。」

ファンテーヌと現在名乗っているタバサが、そんなケティの言葉に素早くツッコミを入れた。

「転かしたのは君だろうファンテーヌ!?」

「私は途中で影が小さいのに気付いたから、柔らかく床に転がした。
 小さな少女を乱暴に捕縛したのはユルティーム坊ちゃま。」

実際、タバサは転がす寸前に人影が小さい事に気付いていたのは事実である。
ケティがそれに気付かずに、容赦無くバインドをかけた事も。

「へんたい。」

「ああ負けだ、僕の負けだよファンティーヌ。
 何時もの事だ。僕はどうせ口で君に敵いやしないのだ。
 よく出来た従者を持って、僕ぁ果報者だよ!」

ユルティームとファンティーヌの凸凹コンビっぷりをノリノリで演じるタバサ。
彼女はどうも自分の役にある程度染まる所があるっぽいという事に気づき、ケティは内心でこういうのも新鮮だなと思いつつ、大袈裟に嘆いて見せながら降参した。
タバサの新しい部分を新発見といった感じである。

「コホン・・・で、村長。この少女は家人かね?」

「へ?あ、はい。この娘はエルザと申しまして、ワシの家族に御座います。」

ケティの問いに、村長はコクコクと頷く。

「では、バインドを解除する。」

ケティがそう言って杖を一度振ると、エルザという少女をぐるぐる巻きにしていた縄はするすると解けてケティの手の中に納まった。

「すまないね、小さなレディ・・・エルザと言ったかね?
 仕事とはいえ、問答無用で捕縛した無礼を許したまえ。」

そう言いながら、ケティは村長に十数枚の銀貨を手渡す。

「村長。これで行商が来た時に、エルザに菓子でも買ってやると良い。」

「へえ、こんなに・・・ありがとうございます。」

銀貨十数枚は、明らかに菓子を買うには多過ぎる額である。
それはエルザの事だけではなく、これから泊めて貰う事への謝礼も兼ねていた。
この村は、それでなくても山奥の寒村であり、更に吸血鬼の被害を受けている。
財政は間違いなく芳しくは無い筈だった。

「それで村長、貴殿にはもう一つお願いしたい事がある。
 念の為に服を脱いで、全身を見せて貰えないかね?
 万が一の可能性を排除しておきたいのだ。」

「ワシが屍人鬼だと疑っておいでですか。」

村長は驚いたようにケティを見た。
まさか、そこまで徹底してやるとは思っていなかったのだろう。

「飽く迄も万が一であるよ、村長。
 前任者が杖を抜く暇も無く殺された以上、かけなくても良い疑念は早めに晴らしておきたいのだ。」

ケティはそう言いながら、エルザの方を向く。

「エルザ、君も服を脱ぎたまえ。」

「へんたい。」

ケティの一言に、タバサは即座にツッコミを入れた。
ここは絶対ツッコミ待ちだ、そう判断したのだ。
何せ事前にケティには自分が持ち上がった雰囲気があったら、落としてくれと言われている。

「ち、ちち違うよファンテーヌぅ!?
 僕ぁそのようなやましい気持ちで言ったのではなくてだね!」

「エルザ。あの変態はさて置いて、隣の部屋で服を脱いで確認させてほしい。」

「そうそう、そう言おうとしたのだよファンティーヌ・・・って、頼むから僕に弁解の機会を与える事無く、隣の部屋に消えようとするのはやめたまえ!
 待ちたまえ、僕の名誉を挽回する為にも、待つのだファンティーヌ!?ファンティーヌぅ!?」

タバサはケティの言葉を無視しつつ、エルザの手を引いて隣の部屋へと消えた。
このタバサ、ノリノリである。

「・・・村長。言っておくが、違うからな?
 僕には年端もいかぬ少女の裸を見て楽しむような、特殊な趣味や性癖は無いのだ。」

「も、勿論でございますとも。」

村長は頷きながら目を逸らす。
恐れられるより侮られろ作戦は上手く行っているが、ケティの心中には寒風が吹きすさんでいる。
タバサのナイス演技ではある。しかし芝居とはいえ、ちょっと泣きたかった。

「コホン・・・では村長、検めさせていただきたい。」

「こんな老いぼれの裸でよければ、存分に御検分下され。」

村長は、そう言うと服を脱ぎ始めた。
服を着ている間はふっくらとしたお年寄りに見えたのだが、実はこの村長かなりの固太りだったようだ。
地位もあってか、村の平均値よりも栄養が良いせいかも知れないが、全身ムッキムキである。

「ううむ・・・これはまた随分とガッチリとした体だな。」

パンツ一丁になった村長の体を確認しながら、ケティは感心した顔でそんな感想を述べる。
ちなみに本心としては男の裸を見るとか正直勘弁して欲しい所だが、今更タバサとキャストを入れ替えるわけにもいかない。

「日頃から農作業で鍛えているのと、元々猟師もしておりましてな。
 弓の腕なら、まだまだ若い者には負けませぬわい。」

「成程、猟師をしているから動物性蛋白質を多めに摂る事も出来るというわけか・・・。」

「パンツも脱いだ方が良いですかの?」

「・・・いいや結構だ、脱がなくて良い。
 見たくないし、何より尻や股間に噛み付いて血を吸う吸血鬼という例は文献にも無いからな。」

ケティ的にも爺さんの象さんビローンとかは見たくない。
一応これでも、彼女は年頃の乙女なのだ。
今は何とか平静を保っているが、あんまり変なものは見たくない。見たくないのだ。

「検めさせていただいた。
 ご苦労であったね。服を着たまえ。」

「疑いは晴れましたかの?
 では騎士様、宜しくお願い致します。」

ケティがOKを出すと、村長は頷いて服を着始めた。
それから少しして、隣の部屋のドアが開く。

「ユルティーム坊ちゃま。」

タバサがエルザの手を引いて現れた。

「ファンテーヌ、エルザは大丈夫だったかね?」

「ん、問題ない。」

タバサもエルザを素っ裸にして検分したが、問題は無かったようだ。

「噛み跡どころか、虫刺されひとつ無い。
 ただ、怯えられた。」

「・・・怯えられた?
 こう言っては何だが、第一印象でファンテーヌに怯えるというのは少々妙だね。」

タバサは体が年齢に比してかなり小さい方だし、全体的に見た目が幼い。
少々表情の変化が乏しいが、第一印象ではそれほど怯えられる要因にはならないだろう。

「主人が変態だから怯えられた?」

「そのネタをまだ引っ張るのかい、ファンテーヌ!?
 流石の僕も、いい加減泣いて良いかなと思うのだけれども。」

「ああ、それは恐らく違います。
 実はエルザは両親をメイジに殺されておるのです。」

着々とタバサによって変態を印象付けられるのにケティが抗議していると、村長が口を開いて一言そう言った。

「ほほう、両親をメイジに?
 親子にしては随分と歳が離れているなとは思っていたが、孫であったのか。」

「ああ。いいえ、違います。エルザとワシには血の繋がりはありませぬ。
 一年程前、うちの前で倒れておったのです。
 村では見ぬ子でありましたので事情を聴いた所、両親をメイジに殺されて、ここまで必死に逃げて来たのだとか。
 恐らくは親が行商人だったのでしょうな・・・盗賊化した傭兵メイジか何かに襲われたのでありましょう。」

そう言いながら、村長は落ち着かせるようにエルザの頭を撫でる。

「何と、それは・・・災難であったね。」

「国と領主の不備でもある。申し訳ない。」

ケティとタバサは、そう言って頭を下げた。
メイジは国または領主の管轄であり、その責任は彼らが負うものだ。
ガリア王国の不備をトリステイン貴族であるケティが謝るのも変だが、今のケティはタバサの代わりにガリア花壇騎士ユルティーム・ド・フォーシュルヴァンと名乗っている。
故にタバサの分も謝罪したのだ。今のタバサはただの従者を名乗っているから、その代わりとして。

「いいえ。森には亜人や妖魔や魔物も多い。虎や熊などの獰猛な猛獣も居ります。
 危険は他にもいっぱいありますのじゃ。それがたまたまメイジだっただけに過ぎませぬ。
 こんな辺鄙な田舎は嫌だと村を飛び出して、軍で立身出世しようとした息子はとうの昔に戦死。
 そして連れ合いもだいぶ前に死んでしまったワシには、養うべき家族も居なかった。
 それでエルザを引き取って育てる事にしたのです。」

「成程、そのような経緯があったのか・・・良い話ではないかね。」

思った以上にヘビーな村長の身の上話を聞かされつつ、ケティは納得したようにうんうんと頷いた。

「両親が殺されたのがショックだったのか、あの子は引き取ってからこれまで一度も笑いませぬ。
 それにあの子は体も弱いから、外で遊ばせる事も出来ませぬので友達も居ない・・・ワシは、エルザの笑った所が見たいのですがのう。
 ・・・この吸血鬼騒ぎを早く終わらせていただいて、あの子の心が安らかに癒えて欲しいものじゃ。」

「まあそこは、この僕に任せたまえ。
 すっきりと解決して見せるよ、はっはっはっはっは!」

ケティの莫迦っぽい笑い声が、村長の家の中に響き渡る。

「ほ・・・本当に大丈夫なんじゃろうかのう?」

村長は、不安そうにボソッと呟いたのだった。




「さて・・・と。」

ケティ達は自分達用に宛がわれた部屋に入った。一旦荷物を置く為と、状況整理の為である。
部屋は領主かまたはその代官が来た時の為のものらしく、置いてある家具などは村長の家にあった他の物よりも高級そうな雰囲気を放っている。

「一休み一休み?」

ケティは変わった形のランプを取り出し、それに魔法で火をつけた。
まだ日は落ちていないし、窓からも太陽の光が差し込んでいるのにである。

「それは、何?」

「僕の部屋の中を時折探れなくなるのは、不思議だと思っていなかったかね?」

ケティがそう言ったあたりで、外から聞こえて来ていた鳥の鳴き声などの環境音がピタリと聞こえなくなった。

「これがその秘密なのですよ。《静寂のランプ》という名前のマジックアイテムです。
 一定以下の広さの空間で使った場合に、その中と外の空間の音を完全に遮断します。
 明かりが照らしている空間も、外からは闇に閉じます。
 つまり外からは一切見えないし、聞こえないというわけなのです。」

そしてケティの口調が、静寂と共に元通りになった。
更に何となく頭悪そうな良いトコのボンボン風だった表情も、表情豊かなのに考えている事が掴み難いいつもの顔に切り替わる。
 
「くはぁ~。矢張り自然体が一番ですね。
 ギーシュ様の真似みたいな事をずっと続けるというのは、流石に疲れます。」

「お疲れ様。」

帽子を脱いで背伸びをしたり首を回すケティに、タバサは労いの言葉をかける。
ちなみに帽子を脱ぐと、帽子で隠しているケティ本来の女の子っぽい髪形とかが露わになり、どう見ても男装している女の子にしか見えなくなる。
それ故につばの広い帽子をわざわざ被って、髪の大部分を隠して男っぽく見せているのだ・・・村人に女みたいな顔の男と言われている感じ、ちょっとした切っ掛けでバレそうだが。

「有難う御座います、タバサ。
 取り敢えず、報告書の内容は村長の話とほぼ同じであるという事で確認が取れましたね。」

「ただグールについては、容易に確認が取れないというのも分かった。」

2人はその事を改めて確認し、肩を落とす。そのあたりはパパッと調べ上げるつもりだったのだ。
まさか蛭が血を吸った痕と吸血鬼が血を吸った痕がそっくりなどという、面白不愉快な事態になっているとは流石に思っていなかった。

「ま、グールを探し出す方法はおいおい考えるとして、取り敢えず・・・事件の現場に当たりましょうか?
 現場には、必ず何かしらのヒントが落ちているものですから。」

ケティはタバサにウインクしてそう言うと、帽子を被りなおす。
そして、2人は捜査を開始した。

「・・・きゅい、暇なのね。」

一方のシルフィードは、めっちゃ暇である。何せ普通の風竜の真似をしていなければならない。
魔法学院では、暇な時には他の使い魔と遊んだりも出来る・・・特にキュルケの使い魔のフレイムは小柄で鈍重ながらも頑丈な為、幼くまだ力加減の苦手なシルフィードのパワーについて来られる数少ない相手なのだ。
まあフレイムと遊びに行く時は咥えて飛んで行くので、どう見ても捕えられたサラマンダーが風竜に巣に持ち帰られて食われる図になっているのだが。

「くるるるるる・・・風は停滞せず流転するもの。
 風の主たる風韻竜のシルフィに、待っているなどという自重を期待するのが間違いです、きゅい。」

シルフィードに落ち着きが無いのは、単に幼生体だからとシルフィード自体に落ち着きが無いのが原因であって、風韻竜だからどうこうという事は一切無い。
ちなみに現在シルフィードは風竜の言葉で喋っている為、傍目には何か鳴いているようにしか見えないので、幾らでもきゅいきゅい喋って大丈夫である。

「風よ、我が身に纏う風の精よ。我が血族と汝らの、古よりの誓約によりて我請い願う。
 我が姿を我の願う姿に変えたまえ。風の誓約に記された応分の魔力を、我はそなたらに捧げよう・・・。」

そして普段は《くるるるるるきゅるるるるるる・・・》とか表現されている竜の言葉による呪文も、こんな感じに翻訳されるのである。
こんな感じで、きちんと呪文は唱えているのだ。
決して、決して作者が、面倒臭いから適当に済ませていたなどという事は無い。無いのだ。
漸く先住魔法のテンプレ出来た・・・とか、そんな事はどうでも良い。
シルフィードの体は光を放つとみるみる縮んでいき、青くて羽の生えた猫になった。

「きゅい。」

シルフィードが最近よくやるようになった、コンパクトサイズ化の完了である。
何せ風竜の図体では、でか過ぎて部屋の中に入って行く事が出来ない。
人の生活空間では人型が最適だが、シルフィードは服とかいう変な布が自慢の鱗の上に引っ付く感触が好きではない。
だがしかし人という生き物は、服を着ないで外を出歩く事は許されないらしい。
前にマリコルヌが全裸で歩いているのを見た事があるからタバサに抗議してみたが、《あれは変態だから》と一言で切り捨てられた。
流石のシルフィードも、人間に変態扱いされるのは困る。
仕方が無いのでケティの助言で猫になってみたら、これがすこぶる快適だった。
服を着なくて良いし、翼は生えているので飛べるし、人の生活空間に入って行っても狭くないどころかむしろ広い。

「待っててね、お姉さま。
 シルフィもお手伝いに行きます。きゅいきゅい。」

シルフィードはパタパタと翼をはためかせて、飛び立った。



話はケティ達に戻る。

「ふむ・・・どうにも抗えぬ眠気に、襲われたというのかね?」

ケティ達は現在、被害者の家を巡って調査の真っ最中だった。

「はい。吸血鬼は若い娘の血を好むというので、うちの娘がそんな目に遭わないように毎晩交代で寝ずの番をしていたんでごぜえますが。
 明るくて器量良しに育ってくれて、そろそろ何処かへ嫁に出そうかという話をしていた矢先に・・・っ!」

被害者の親である男性は、涙を拭う。
この男性を含めても、証言は大体共通している。どの家も扉は固く締め、鍵もしっかりかけてあった。

その上、娘の部屋には更に追加措置として窓に板を打ち付け、扉には鍵をかけて吸血鬼除けの呪い飾りを飾っていたとのことである。
それにも拘らず、吸血鬼はそれらを一切破壊する事無く、被害者の部屋へと侵入して血を吸い尽くして殺してしまう。

「眠ってしまったというのは疲労か或いは先住魔法によるものであるとして、状況は密室・・・か。」

被害者の部屋に入れて貰ったケティは、内部を調べながらそう一言呟いた。

「知っているかねファンティーヌ?」

「内容を聞かれる前に尋ねられてもわからない。」

「そりゃそうだ。
 こりゃ一本取られたね、はっはっはっはっは!」

「・・・それで?」

かんらかんらと笑い始めたケティに、タバサは訊ね返す。

「うむ。被害者はここで殺された。そしてここは密室だ。
 相手は吸血鬼である以上、目的は殺人では無く吸血であり、被害者の死はその結果でしかない。
 故に吸血鬼は確実に部屋へと侵入し、そして脱出する必要がある。
 だというのにファンティーヌ、何故彼女らは密室で殺されているのだろうね?
 密室であるという事は、すなわち侵入も脱出も出来ないというのに。」

「密室では無かったから。」

そしてケティから発された問いに、タバサはバッサリと答えた。

「そう、その通り。密室である以上、侵入も脱出も出来ない。
 逆に言えば、侵入され脱出されている以上、そこは密室ではない。
 つまり吸血鬼にとって、村人がこれならば問題無いと思って用意した密室は、密室では無かったわけだよ。
 では、この状況をいかにすれば、密室は密室たり得なくなるのか・・・だ。」

ケティ達は密室が密室たり得なくなる状況を丁寧に調べる。
前述のとおり窓には板が打ち付けてあるし、当日はドアに鍵もかけてあった。
床や壁に何か変な仕掛けが無いか調べてみたが、それらしきものは見つからない。
ただ、進入路と思しきものは見つけた。

「ほう、これは・・・。」

それは各部屋に備えてある暖炉用の煙突だった。
この村は山間部にある為、冬はとても寒い。その為、部屋ごとに暖炉が備え付けてあるのだ。
ただしあまり大きいものではないし、煙突も小さいが。

「まいったな。確かにここからならば出入り出来るかも知れないが、あまりにも狭いぞ。」

煙突を覗き込んで、ケティは眉をしかめる。
少なくとも、大人だとかなり小柄だろうが通れるような広さではないのだ。

「行ってみる。」

小柄と言えば、やはりタバサである。
なのでタバサはマントを脱ぎ、躊躇無く煙突に頭を突っ込んだ。

「何時もの事ながら、思い切りがいいねファンティーヌ・・・で、どうかね?」

「不可能ではないかもしれない。けど、困難極まりない。」

煙突から顔をズボッと抜いて、灰と煤だらけになったタバサがそう告げる。

「かなりの確率で、私でも途中で詰まる。」

「ううむ、成程・・・。」

その情報が何を指し示すかと言えば、もしもここを通って来たと仮定するのであれば、吸血鬼はタバサより小柄であるという事だろう。
タバサは年齢が10代半ばにも拘らず、10歳前後と勘違いされる事があるくらい小柄だ。
そのタバサより小柄だとすれば、相手は滅茶苦茶体が小さいという事になる。
それはつまり、年齢1桁の子供並みの大きさという事だ。

「他の可能性も考慮すべきかなぁ・・・?」

「例えば?」

タバサより小さい大人というのは、居ないと考えてしまっていい。
という事は、可能性はいくつかに絞られるわけである。

「そうだね・・・吸血鬼は先住魔法を使える。
 という事は、もしや吸血鬼は先住魔法による変身が出来るのやも・・・。」

「それは無いのね、きゅい。」

ケティが推論を述べようとした所で、そんな声が暖炉の方から聞こえた。
ケティ達が慌てて暖炉の方に振り返ると、そこには翼の生えた青い色の小さな猫がいた。
煤まみれだが、ドヤ顔でちょこんと座っている。
勿論、その正体はタバサの使い魔にして風韻竜の幼生シルフィードである。

『シルフィード!?』

「きゅい。」

ケティ達の驚いた声に、シルフィードは応じて鳴いた。

「精霊の力の話をする時に、その専門家であるこのシルフィを置き去りにするというのは良くないのね、きゅいきゅい。」

「あー・・・そういやそうだね。
 しかし、その姿になる時に誰かに見られていたりしないだろうね?」

風竜は珍しいとはいえ竜騎士などが飼っている生き物だが、先住魔法を行使できる風韻竜となると、これは完全に伝説の生き物である。
吸血鬼なんかよりもよほどレアだし、吸血鬼も警戒する事だろう。

「その点は抜かりないのね。
 誰にも見られていないから、大丈夫。
 まさかこの姿がシルフィだとは思わない・・・あいた!?」

シルフィードはタバサに杖で叩かれた。

「ばれたら大変。自重。」

「あいたたた・・・きゅいきゅい、ごめんなさい。」

叩かれた頭を前足で押さえながら、シルフィードは謝る。
猫の体格だったので、いつもよりもかなりそっと叩かれたが、痛いものは痛かった。

「ファンティーヌ、そのくらいで良いだろう・・・ところでシルフィード、吸血鬼は変身出来ないのは確かなのかね?」

「そうよ。シルフィがホイホイ使っているから簡単に見えるだろうけど、本来変身の魔法はエルフでも使える者が限られる魔法なのね。
 エルフでも魔力の強い者か、または韻竜みたいに精霊にとことん気に入られている生き物でないと無理よ、きゅい。
 つまりシルフィは凄いんです、崇めなさい。きゅいきゅい。」

そう説明して、シルフィードは翼を広げて厳かに胸を張った・・・が、本来の姿なら割と厳かなのかも知れないそのポーズでも、今は青い猫なので可愛いだけである。
取り敢えずタバサはシルフィードを抱き上げて喉を撫ではじめた。

「きゅい、シルフィは猫では無いのね。
 やめなさ・・・やめ・・・ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・ブヒュ・・・ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・・・・。」

シルフィードは目を細めて体を弛緩させ、喉を鳴らし始めた。
完全に誰がどう見ても猫である。

「しかし、そうなるとだが。
 吸血鬼は、この煙突を通る事が出来る体格という事なのか・・・?」

ケティは煤けたタバサと彼女に抱えられて喉を鳴らしているシルフィードを見て、通れる大きさを何となく推定すると額を押さえた。



「部屋の検分は終わった。御協力感謝する。」

部屋の捜査を終えたケティ達は、被害者の親にしてこの家の主である老夫婦に謝意を伝える。
普段ならば軽く頭を下げるケティだが、この姿ではむしろ胸を張ってそう告げた。
普通の貴族は、平民に頭を下げる事は無いのだ。

「お疲れ様でございました。それで、何か見つかりましたでしょうか?」

「有益な情報は幾つか見つかったよ。
 お蔭で吸血鬼がどういう姿をしているのか、ある程度の推測は出来たね。
 これは僅かばかりだが、貴方達への見舞い金だ。取っておきたまえ。」

ケティはそう言って、老夫婦に銀貨を数枚手渡した。
何せ今のケティは警戒されるよりも舐められろ作戦の最中なので、村人を協力的にさせる短期的な手段はズバリ金しかない。
今まで出向いた被害者の家族にも同様に銀貨を手渡したので、そこから村人に《あの騎士様は協力すれば金をくれる》という情報は広がるだろう。
信頼は金で買えなくても、短期的ならば協力させる動機は金で買えるのである。

「あ、ありがとうございます。」

「構わんよ・・・で、外に見えるあの大きな荷車は何かね?」

礼を言う老夫婦の後ろにある窓から、荷物を満載した荷車が馬に牽かれて移動していく。
上から布を被せてあるが、その隙間から見えるのは、家財道具と思しき品々だった。

「あれはこの村から、麓の町に避難する者達で御座います。」

「何と・・・領主殿の許可は出ているのか?」

領民は文字通り貴族の財産でもあり、貴族は彼らの安全を保障する代わりに居住の自由を制限している場合が多い。
生年月日は教会の台帳に記載されているので、調べれば誰が居なくなったのかはわかる。
そして勝手に脱走すれば、下手を打つと牢に入れられるという場合もあるのだ。

「領主様からも、若い娘のいる世帯は麓の町への避難が許可されておりましてな。
 本来であれば、わしらも数日後には避難する予定だったのですが・・・。」

「・・・間に合いませんでしたねぇ。」

掛け替えの無い一人娘を喪った老夫婦は、そう言って力無く肩を落とすのだった。




「早い所何とかしないと、この村から若い娘が居なくなってしまいそうだね、これは。」

「そうなると、被害が麓の町に出る可能性もある。」

老夫婦の家から出たケティ達一行は、次の目的地を目指して歩きはじめていた。

「まあそうなった場合、僕らも干物みたいになって死んでしまっているだろうが・・・それも含めて、これ以上の被害拡大は防ぎたいものだね。」

「ん。私もここで果てるつもりは無い。」

そんな事を話していると、次の目的地の方角が何やら騒がしい事に気付いた。
ちなみに次の目的地は、村外れに住む老婆とその息子の家だ。
正直な話、あからさまに怪し過ぎて逆に怪しくないので、今日の探索には入れていなかった場所である。
しかし村人に会う度にここを推されるので、安心させる為にも今日の探索の最後に行ってみようという事になったのだった。

「まだ然程暗くも無いのに松明か。物騒かも知れないね、これは。」

「ん。早く行った方が良い。」

時刻は既に夕方も遅く、日は落ちかけてはいるが、まだ夜では無い。
いわゆる逢魔が時という奴ではあるが、松明を点けるにはまだ若干ながら明るい時間だった。

「やあやあ、これは賑やかなものだ!
 松明を持って大挙して集まって、いったいどんなお祭りかね?」

老婆とその息子が住んでいると思しき粗末な小屋を松明や農具を持って取り囲む村人たちに近づくと、ケティは出来得る限り明るい調子で彼らにそう声をかけた。
話しかける際には先ず相手の調子を崩すのが、ケティのやり口である。

「へ!?い、いや、これは祭りじゃありませんぜ、貴族様?」

自分達よりも数段上等な生地で拵えられた服を着て帽子を被った少年と、その傍らにひっそりと影のように立つ使用人の格好をした少女。
少年は短杖を、少女は長杖を持っているのでメイジとわかる。
そしてメイジの少年少女というと、朝に派手な登場をしたおかげか、村の人間には既にある程度知れ渡っているらしい。

「ほう、それにしては賑やかだ。
 いったいどういう集まりなのかね?」

「へ、へえ、実は・・・。」

ケティに尋ねられた村人が答えようとした時、他の村人が小屋に向かって怒鳴った。

「出てこい吸血鬼め!」

「とっとと出てこい!わかってんだぞ!」

そんな感じで、粗末な小屋を取り囲んだ村人たちは口々に喚いている。

「ほう、吸血鬼だって?」

「へ、へい・・・すすすすいません。」

思わず若干巣に戻ったケティが《こっちの捜査差し置いて、何でてめえらで勝手にやってんだ?調子こいてんのか?喧嘩売ってんのか?あ?》という意思を込めて笑みを浮かべると、村人は顔を真っ青にしてガタガタ怯えはじめた。
笑顔とは本来攻撃的なものだが、だからと言って攻撃全開で笑みを浮かべてはいけない。ダメ、ゼッタイ。

「誰が吸血鬼だ!失礼な事を言うんじゃねえよ!」

村人の声に耐えかねたのか、粗末な小屋から年齢は40くらいの屈強な体躯の大男が出てきて怒鳴り返した。
事前情報と照らし合わせれば、彼がアレキサンドルかとケティは思った。

「アレキサンドル!お前たちが一番怪しいんだよ、この余所者が!!
 早く吸血鬼を出せ!」

「吸血鬼なんか居ねえよ!」

「居るだろうが、昼間なのにベッドから出て来ねえ婆が!」

「うちのおっかあは、夜もベッドから出て来ねえよ!
 寝たきりだっつっただろ!どこの世界に寝たきりの吸血鬼が居るんだよ!」

「そりゃそうだ。」

村人とアレキサンドルのやり取りに、ケティはコクコクと頷く。
同時にアレキサンドルだというのを名前で確認した。

「良いから連れて来い!俺達が確かめてやらぁ!」

「弱って寝たきりになっている病人を連れて来いとか、お前らは鬼か!?」

村人側としては何人も村の娘が殺されて、精神的に限界なのはよくわかる。
わかるがしかし、病人相手に無茶苦茶言っているのも確かだった。

「もういい!連れて来ないなら、こっちで行って確かめる!」

「うちのおっかあに何をする気だ!
 乱暴しようってんなら、こっちもただじゃおかねえぞ!」

「何だとアレキサンドル、やろうってのか!?」

「お前ら、いい加減にしやがれ!」

家の前でアレキサンドルと村人が、もみ合いを始めた。
アレキサンドルは屈強な体格で見ただけで力持ちなのがわかるが、村人は数人がかりなので、徐々に押し込まれていく。

「はい、そこまで!
 待ちたまえよ、諸君!」

アレキサンドルが押し切られそうになっているタイミングで、ケティは村人の間に割って入った。
タバサもアレキサンドルを牽制している。

「何だこの女みたいな顔した派手な餓鬼は!?」

「僕は花壇騎士。《微風》のユルティーム・ド・フォーシュルヴァンである!」

ケティはそう言って、杖を見せた。

「騎士様だぁ・・・?こんなに背が低くて、顔も女みたいな餓鬼が?」

「お、おい・・・よせよ・・・。」

村人の一人がすっかりキレているのか、明らかに貴族とわかるケティ達に喧嘩を吹っかけてきた。
あからさまに貴族への侮辱であり、無礼打ちされかねない暴挙である。
周囲の村人は、その光景に青くなってその村人を諌める。

「あっはっはっはっはっは!そこまではっきり言われると、流石の僕もちょっぴり傷つくではないかね。
 その通り。背が低くて顔も女みたいな餓鬼で悪いが、騎士だよ。」

ケティが杖を振る。

「・・・・・・!?」

ざわっと風がざわつき、その直後に村人は突如口をパクパクさせ、首を押さえて声を出さずにもがき始めた。
ケティがいつも通り喋りながら呪文を構成し、村人の口の周りの空気が移動しないようにしたのである。

「僕は確かに女顔だ。それは仕方が無い故に、その手の侮辱は気にしない。
 だが、全ての貴族がそうではない。僕はむしろ少数派と言えるだろう。
 貴族に舐めた口をきくというのがどういう事か、それがどんなに危険な事か、身を持って学びたまえよ?
 頭に血が上っているとは言え、その行為は君に死をもたらしかねない。とても危険だ。」

ケティがもう一度杖を振る。

「ぶはぁッ!?」

そうすると魔法が解除され、村人は呼吸を再開できた。
驚きで村人はストンとその場に座り込む。

「僕ら貴族は、舐められては立ち行かない難儀な稼業だ。
 誇りと面子を何よりも重んじなくてはならないし、それを侵す者には制裁を加える事も躊躇えないのだ。
 僕らに君達を傷つけさせないでくれ。僕らは君達を傷つける為では無く、救いに来たのだからね。」

ちなみにこれは、かつてギーシュが決闘で才人にしようとした行為でもある。
あの場合はギーシュも悪かったわけだし結局才人が勝ったが、本来平民がメイジに喧嘩を売るというのは、とても危険な行為なのだ。
ギーシュにしても、侮辱された腹いせもあるが警告の意味が多分にあった。
誤算があったとすれば、才人がガンダールヴだったという点と、絶対に諦めなかったという点くらいである。

「頭は冷えたかね?」

「へ・・・へい。すいませんでした騎士様。」

このような警告は普段のケティならばしないのだが、いつもみたいに笑顔で脅せない上に今は男装である。
なので相手へのダメージを最低限に抑えた上で、魔法で軽く脅す事にしたのだった。
これであれば、インパクトの割に相手は数分と経たずに調子も元に戻る。

「よし。双方ともに落ち着いたな。」

「ユルティーム坊ちゃま、えらそう・・・。」

うんうんと頷いているケティに、タバサがすかさずツッコミを入れる。

「そうだ、その通りだ、僕ぁ偉いのだ。はっはっはっは!」

ケティはそう言って、朗らかに笑うのだった。




「まあつまり、双方の言い分を聞くとだ。
 君達はここに住むお婆さんが吸血鬼なのではないかと疑っていると?」

冷静になった村人たちとアレキサンドルの話を聞いて、ケティはウンウンと頷いている。

「へ、へい。ここの婆が吸血鬼に間違いないとふんでおりやす。」

「よそ者だからって、無茶苦茶言うんじゃねえよ!」

アレキサンドルが、村人の言い分に激昂した。

「お婆さんが吸血鬼であるか否かを判断するのは僕だ。君達では無いのだ。」

「ユルティーム坊ちゃまは領主による王政府への依頼で、この仕事を行っている。
 貴方達の判断は王政府により派遣された私達に対する越権行為であり、それは依頼主である領主の面子を潰す行為。」

タバサが長台詞を喋っている。
世界の法則が乱れかねない事態である。

「その通りだ。領主の面子を潰すという事が、すなわちどういう事であるかは・・・わかるね?」

領主の機嫌を損ねたら、当然ながらその領民たちにとって良い事は何一つ無い。
税が上がる可能性があるし、最悪誰か捕まるかもしれないので、村人たちは青ざめる。
完全に脅しだが、パニックに陥り始めている村人の暴走を抑制するには、このくらいは必要だと2人は判断した。

「へ・・・へい。」

「よろしい。では話を再開するが、アレキサンドル。
 君はこの状態の村人に病床の母上を会わせるのは危険だと判断したという事だね?」

「へい。今、うちのおっかあは病気で調子が悪い。
 しかも、あんないきり立った状態で合わせたら、どんな乱暴を働かれるかわからねえです。
 だから何としても帰って貰おうと思ったんでさ。」

アレキサンドルは、そう言って頷いた。

「成程・・・では、僕達が同伴すれば、会っても良いかね?」

「おっかあの身の安全は・・・?」

「はっはっはっはっは!花壇騎士ユルティーム・ド・フォーシュルヴァンの名に懸けて、傷1つつけさせない事を誓おうではないかね。」

ケティは、そう言って胸を張って見せる。
正直な所、サラシでがっちり締め付けてあるので少々胸が苦しい。

「おお、騎士様!ここに居られたのですか!」

その時、唐突にそんな声が聞こえる。
声の主は、実は結構マッチョな爺さんこと、村長だった。

「ああ、村長か。何かあったかね?
 僕達は村の住人の一部がこの家のお婆さんを吸血鬼扱いしていたから、少々冷静になって戴いていた所だよ。
 松明を持ってこの家を囲んでいたから、いったい何事かと思ったよ、はっはっはっはっは!」

「仲裁をしていただきましたか。有難う御座います。」

村長はケティ達に頭を下げてから、村人達に振り返る。

「お前たち、いったい何をやっておるのじゃ!
 騒ぎが起きていると聞いて飛んで来てみれば、マゼンダ婆さんを吸血鬼だと決めつけて、世話をしているアレキサンドルを屍人鬼扱いとは!」

「集団の人間関係を疑心暗鬼状態に持って行くのは、吸血鬼の常套手段。」

村長の言葉に続けて、タバサがそう告げる。

「お互いに疑いあった方が、その分だけ自分への疑いが薄まるから。」

「・・・という事だそうじゃ。
 わしらはすっかりと、吸血鬼の術中に嵌っておるようじゃな。」

「すいやせん・・・でも、アレキサンドルの首には、吸血鬼の噛み跡みたいなのがあるんでさ。」

村人がそう言うと、アレキサンドルは呆れたように鼻を鳴らす。

「だから、これは蛭に食われた痕だって言ってんだろ!」

アレキサンドルは首筋を指差しながら、そう弁明する。

「ふむ・・・ちょっと見せてくれないか?」

「へい。どうぞ。」

アレキサンドルは、特に抵抗する事も無くケティ達に首筋の傷を見せる。
痕跡は2つあるが治りかけなのか、蛭の吸い痕どころか蚊か何かに刺された痕にしか見えない。

「虫刺されの痕と見分けがつかないな。
 ファンティーヌはどう思う?」

「わからない。
 ただアレキサンドルは、屍人鬼にしては堂々としている。」

タバサのその一言に、ケティも《まあもっとも、私が屍人鬼でも堂々と誤魔化そうとするでしょうけれどもね》とか思いつつ頷いた。
まあつまりタバサもケティも、さも疑っていないような話をしているが、実の所と言えば判断は保留である。

「信じて貰えたみたいですな。助かるぜ騎士様。」

「さて次は君の母上だね、アレキサンドル。
 母上の無実を証明する為だ。会わせてくれるね?」

村人よりも立場が上になっているケティ達に認めて貰ったと思い込んだことで、アレキサンドルの機嫌は良くなっている。
つまり彼の母親であるマゼンダに穏便に接触するには、このタイミングしかない。
なので、ケティはさらっと頼み込んだ。

「・・・そういう事なら、仕方がありやせんね。」

「御協力、感謝するよ。」

ケティの思惑通り、アレキサンドルはあっさりと頷いてくれた。
先程までは頑なに突っぱねていたのが嘘みたいだが、それもこれも村人が押し一辺倒で迫っていたお蔭である。
完全に村人は利用された形だが、彼らとて当初の目的は達成出来るのだから、これで良い筈だ、たぶん。

「おっかあ、入るぞ。」

小屋の奥には土間があり、その更に奥にはベッドがある。
そしてそこには、誰かが寝ているのが見えた。

「あそこに寝ているのが、君の母上かね?」

「ああそうだ。」

ケティの問いに、アレキサンドルが頷く。

「では、うちのファンティーヌに少々身を検めさせて貰っても良いかね?」

「なっ!?」

「なに、そちらにとっても悪い事では無いさ。
 身を検めれば身の潔白を証明できるし、何よりもファンティーヌはこう見えて水メイジだ。」

一瞬顔を顰めたアレキサンドルだったが、続いてケティの発した言葉に目を丸くする。
水メイジにも色々とあるが、得意な系統の関係から大抵はそれなりの医術の心得がある。
そして治癒の魔法で、治せないにしても症状の緩和などが出来たりもする。
わかりやすく言うと、タダでこの村では望むべくも無い医者に診せてやると言っているのだ。

「ありがてえ!是非ともお願いしやす!」

アレキサンドルは、頭を下げて頼み込んで来た。
タバサは得意な系統は風系統だが、水系統も出来るので当然使える魔法に応じた訓練は受けていたりする。
なのでモンモランシー程では無いにせよ、診察のような事は出来るのだ。

「水メイジ様、最近おっかあはどんどん弱って来てるんだ。
 診てやってください、お願いします!」

「ん。任せて。」

頼み込むアレキサンドルに、タバサはコックリと頷いたのだった。



[7277]  タバサの冒険編 タバサとケティとついでに吸血鬼03
Name: 灰色◆a97e7866 ID:b190063f
Date: 2015/02/24 20:03
「吸血鬼では無かった。」

 アレキサンドルの家から出た後に、タバサはケティにそう告げた。

「寝込んでいた原因は、老衰による食欲の極端な減退。
 お腹に治癒の魔法をかけてみたけれども、あまり効果が無い。
 血を吸うどころか、恐らく今年中に食べられなくなって亡くなる筈。」

「成程、それは吸血鬼ではありえないね。
 吸血鬼は別に人間と同じ食事を摂れないわけでは無い。
 まあもっとも、全く美味しくないらしいが。」

 タバサは診察と魔法で簡単な治療を施しつつ、吸血鬼かどうかを見極めたらしい。

「さて、吸血鬼の当ては無しと。
 あっはっはっはっは、困ったね。
 このままでは、この村の問題を解決出来ない。」

「まだ初日だから、しょうがない。
 あと、困っているように見えないから、そういう時は笑わない方が良い。」

 タバサはケティを慰めつつツッコミを入れた。

「忠告感謝するよ、ファンティーヌ。
 話を戻すが村のこの状況だと、時間は僕らに味方しないだろうね。
 さて、取り敢えず出来る事は・・・。」

「村の娘の安全確保。」

「そうだね。先ずそこからだ。」

 タバサの言葉に、ケティはうんうんと頷く。

「どうすれば安全を確保出来ると思う?」

「それならば僕に良い考えがある。」

 ケティが良い笑顔でそう一言告げた。
 絶対何か良からぬ事を企んでいると、タバサは思ったのだった。





 ケティが行ったのは、この村の若い娘を全員村長の屋敷の広い部屋に集めるという事だった。
 村長に依頼した上での花壇騎士からの《要請》という事で、村の娘は程無く全員集合した。

「やあやあ、お嬢様がた。お集まり頂き感謝の極み。
 僕は花壇騎士ユルティーム・ド・フォーシュルヴァン。
 こっちは従者のファンティーヌだ。
 今日よりは僕達2人が、君達の身の安全を守らせていただく事になった。」

 ケティはそう言いながら、優雅に一礼。
 タバサも静かに一礼した。

「き、騎士様達に守って戴けるんですか?」

 村娘が恐る恐るといった感じに、挙手してケティに尋ねてくる。

「その通りだ。安心したまえよ。
 君達は今日から、眠る時は一つの部屋に集まって眠って戴く。
 これで当面の問題は、ある程度先延ばしに出来る筈だからね。」

 ケティはそう言って胸を張るが、村娘達の視線は何となく疑わしげである。
 まあ仕方が無い。
 何せ彼女らの目の前に居る騎士様は、男にしてはかなり背が低くて華奢で顔は整っているが凛々しさは無く、何処からどう見ても可愛い女顔である。
 もう何というか、その姿には頼もしさの欠片も無かった。
 何人かは「可愛いショタ騎士・・・ぐぇへへへへへ・・・・・・」とか笑っていて、ケティの心胆を寒からしめていたが。

「で、でも。1つの部屋に集めたら、一網打尽にされるような・・・・・・。」

 先程とは違う村娘が、ケティにそう質問してきた。

「ふむ・・・ではお嬢さん?
 君は自分の好物が普段食べる量の十数倍あったら、どうするかね?
 しかもそれが、保管しておけるものであるのならば、どうかね?
 全部、食べるのかね?」

「保管しておけるのであれば、食べる分だけしか食べませんけど。」

 ケティの質問に、村娘はそう返答する。
 その答えを聞いて、ケティも大きく頷いた。

「そうだね。僕だってそうするし、たぶん誰だってそうする。
 さて話は変わるが、今まで集めた情報によれば吸血鬼はね。
 今の所、狙った相手以外には、一切手を出さずに行動しているように見える。
 家人の監視の目を潜り抜け、何処からともなく侵入し、血を吸い尽くして殺しているのだよ。
 眠りの魔法で家人を眠らせている場合もあるが、かなりの確率でこっそり進入してこっそり仕留めるという方法にこだわっている。
 それは何故か、わかるかね?」

「ええと・・・魔法をなるべく使いたくない?」

素晴らしい(C’est excellent)!」

 問いかけられた村娘が答えると、ケティはそれを大袈裟に褒め称えた。

「賢き者は正しき選択をし、幸いを招くものだよ。
 そう。吸血鬼は、なるべく先住魔法を使いたくないのだ。
 回数制限があるのか?はたまたヒースクリフのように眠りの魔法が苦手なのか?
 それはわからないが、目撃者を最小限度に抑えようとしているのがわかる。」

 タバサ以下全員が《ヒースクリフって誰だ?》と首を傾げつつも、ケティの説明に耳を傾ける。

「もしもここのお嬢様がたが集まっている部屋に現れた場合、今までにない数の相手を一気に眠らさねばならない。
 それが出来ないのであれば、全員の血を吸ってしまうしかない。
 だが、吸血鬼は一人なのだよ。そしてその吸血鬼は、数週間に一度の頻度でしか血を吸っていないのだ。
 つまり相手は我々に比べて食い溜めが出来るが、一度に食える量には限度はある・・・という事になる。」

「つ、つまり・・・私達が集まっていると、吸血鬼は物凄くやりにくいという事?」

 村娘が軽く挙手して、ケティに質問してきた。

「その通り。あの恐ろしい吸血鬼であっても、限度はあるという事なのだ。
 一気にここに居る15人ものお嬢様がたの血を吸うなどという事は出来ない。
 いかに吸血鬼と言えど、それは流石に食べ過ぎにしても度が過ぎた事になるだろうからね。
 これで吸血鬼は迂闊には動けんよ、はっはっはっはっは!」

 ケティは朗らかに笑い始めるが、その笑いを遮るようにタバサが言葉を続ける。

「ユルティーム坊ちゃんは詰めが甘いから、私が補足。
 今回が選んだ部屋には、吸血鬼はドアから招かれない限りは入れない。
 確実に安全とまでは言い難い。でも、これでかなり安全にはなる。」

「入れないって、そんなのどうやって保証するのよ!?」

 タバサの言葉を村娘の一人が問い詰める。
 彼女がメイジだろうが、お構い無しのようだった。
 そう、お構いなしなのだ。構っていられないくらい怖いのだ。
 命の危険が迫る身としては、居ても立っても居られないくらいの恐怖なのだろう。

「詳しくは言えない。ただ幾つか仕掛けをさせて貰った。」

「どんなよ?」

「秘密。吸血鬼が何処から聞いているのか、わからないから言えない。
 ただ一つ言える事は、たかが吸血鬼如きが、この罠を突破出来るわけが無い。」

 タバサは周囲にはっきりと聞こえる声で、そう言って口を閉じた。
 勿論『吸血鬼』が聞いているのを見越した上だし、言い回しでわかると思うが挑発でもある。
 何せ自信満々で言っているメイジ二人は、娘たちを集めた部屋の外なのだ。
 これでターゲットは、より狙いやすいタバサとケティになる筈である。

「・・・さて、餌と竿は用意した。あとは釣り糸を垂らすのみですね。」

 ケティは小さな声で、そっとそう独り言を漏らすのだった。





 そして数時間後・・・・・・。

「あばばばばばばばばばばば!?」

 深夜にのんびりと眠っていたケティ達の居る部屋の煙突から、妙な悲鳴が聞こえてきた。
 煙突の中は狭く音が反響しやすいので、大音量ではっきりと聞こえてくる。

「かかった?」

「あの安っぽい挑発に引っ掛かっちゃったみたいなのですね。」

 ケティ達が仕掛けたのは、以前他の場所でも使った電撃が流れる罠である。
 何せ電撃罠は生きとし生けるものになら大体効く。その上、この世界なら大体初見である。
 なので罠だとすらもわからずに触って、見事に引っかかるのだ。

「これで戦いは回避?」

「まあ多分、きっと、恐らくは。
 どちらにせよ何事も愛と平和(Amour et Paix)にて解決が一番ですよ。」

「胡散臭い。」

 タバサの放った容赦のない無い一言に、ケティはうぐっと胸を押さえる。

「ぐはっ!?容赦ありませんね貴方は。
 私は何事においても平和的にかつ、こちらが有利に物事を解決する事を第一にしている生粋の平和主義者だというのに。
 それはさておき、吸血鬼は誰でしょねー・・・っと。」

 ドスンと落ちてきた煤塗れの物体を、ケティは覗き込んだ。

「ふむ・・・予想通りといいますか。
 この大きさの《通路》を通れる体格で、かつこの村へ比較的最近やって来た者となると、まあ・・・彼女しか居りませんよね。」

「きゅう~・・・。」

 煤塗れの物体は、村長の養女であるエルザだった。
 将来はたいそう美人になるであろう可愛らしい容姿の幼女だが、ケティ達は現場の状況証拠から恐らく彼女が下手人であると判断していたのだ。
 吸血鬼が小柄な体格の子供の姿である事がわかってしまえば、小さな村でかつ騒ぎで何世帯もが逃げている状況で、絞込みは難しくなかったのだ。
 子供でもかなり小柄でないと通れない煙突と、1年ほど前に村長に拾われたという《余所者》である点が合致した子供は、村でエルザただ一人であった。

「さて・・・と。あったあった。
 貴方の出番ですよ《地下水》。」

 ケティはそう言いながら、以前鹵獲したマジックアイテムにして己の柄を握った者の体を乗っ取る知性ある短剣(インテリジェントナイフ)の《地下水》を取り出す。
 体を乗っ取られる危険性があるので、柄は握らずに鞘を握っている。
 何せこの《地下水》、裏の世界では名の知れた暗殺者でもあり、決して油断は出来ない相手なのである。
 ・・・まあ色々とあった結果、ケティには基本的に逆らわないようになってはいるが。

「お、御主人。俺の出番ですか?」

「ええ、貴方の一番得意な仕様の出番です。
 吸血鬼相手ですが、出来ますよね?」

 ケティはそう言いながら、電撃で気絶して動けないエルザの手に《地下水》を握らせた。

「勿論ですよ。俺を握った者は、例え強い力を持つエルフであろうが逆らえやしません。
 俺は元々《そういう用途》で作られたわけですしね。
 魔法はただの付録でしかないというのをお見せしましょう。」

「上出来です。」

 エルザの声と《地下水》自身が放つ声が重なり、それを聞いたケティは満足そうに頷いた。

「では《地下水》、体の自由は奪ったままでエルザの意識を戻してください。」

「御意・・・・・・な、何!?何がどうなってるのこれ!?
 何?何で?体が動かない!?」

「おはようございます、エルザ。
 ご機嫌如何ですか?」

 いきなり全身が痺れて気を失い、気がついたら獲物にする筈だった者達に見下ろされているという己の境遇に混乱しているエルザに、ケティはにっこりと微笑んだ。

「・・・やっぱり女だったのね、貴方。」

「おや、気づかれていましたか?」

「乙女の血は私の好物よ。
 そんな美味しそうな匂いをプンプンさせておいて、気づかないわけが無いじゃない。」

 ケティを見ながら、苦々しく言葉を吐くエルザ。
 今のケティは纏めていた髪の毛を下ろし、薄着にして胸を押さえていたさらしも外しているので、どう見ても少女である。

「それは残念。こう見えて男装には、それなりに自身があったのですけれどもね~。」

「もう少しで、干乾びた死体に変えてあげたのに!」

「おお、怖い怖い。」

 エルザは牙を剥いて威嚇するが、残念ながらケティを怖がらせる事は出来なかったようだ。

「それで、どうする?」

 タバサは、そうケティに声をかけた。

「殺す?」

「そうですね。それが一番後腐れが無いのですが・・・はて?」

 そう言って、ケティはエルザを見下ろす。
 その顔は笑顔なのに、目が全く笑っていない。その事にエルザは気が付いた。
 笑っていないどころか、それは生き物に向ける視線では無かった。
 これから処遇を決めるのはただの物であるという、そういう感情の籠らない視線であった。
 何の躊躇いも無く、一片の慈悲すらかけられずに、自分はこれからただ殺されるのだ。
 それにエルザは気付いてしまった。

「貴方、ここで死にますか?」

「い、嫌・・・嫌よ・・・。」

 エルザはガタガタ震えはじめる。
 彼女の両親を殺したのはメイジであるとエルザは村長に告げたが、これは嘘ではない。
 彼女の両親は実際にメイジの騎士達によって発見され、そして道端の虫ケラを踏み潰すが如く討伐されたのだ。

「吸血鬼が血を吸って何が悪いのよ!
 私達は人間の血を吸わないと生きてはいけないの!
 貴方達が野菜を食べるように、木の実を食べるように、家畜を食べるように、食べなきゃ死んでしまうように!
 私達は人間の血を吸わないと死んでしまうの!
 それが悪いと言うの?それは殺される程の罪だというの!?」

 エルザは自分が常々から思っていた疑問を、ケティにぶつけた。
 それは彼女が生きて行く為の言い訳でもあったから、言わずにいられなかったのだ。

「そうですね、生きる為の糧を得る。
 必要な事ですね、それは罪ではないでしょう。
 別に構わないのではないでしょうか。」

「えっ?」

 そしてそれをケティはあっさりと肯定され、エルザは呆然とする。
 今までこれを問いかけた者は、恐慌の中でそれを否定したからだ。
 立場が真逆とは言え、それをあっさりと肯定する者が居るなど思ってもいなかった。

「でもですね。家畜とて殺される時は必死に抵抗します。準備を怠れば、こちらが殺されます。
 同様に人の血を生きる糧とするのであれば、人の反撃を受けるは必至というわけなのです。
 それにですね。悪く無くても、罪が無くても、生き残る為で無くても、糧を得る為で無くても。
 それ自体に何の意味も意義も無くても、死ぬ時は死ぬし、殺される時は殺されるのですよね、これが。」

 ケティがそう言うと同時に、彼女の杖から赤い魔力の光が放たれる。
 それがブレイドという、使い手によっては鉄扉をも切り裂く強力な魔法だという事をエルザは知っていた。
 何故ならば彼女の両親も、ブレイドによって彼女の目の前で斬り捨てられたからだ。
 別の地方で吸血鬼討伐の任に就いていた、眉目秀麗なる花壇騎士ローラン・ド・ラ・パラティーヌによって。

「貴方がこれから死ぬ理由は、先ず第1に逃げなかったから。
 第2に花壇騎士を殺害してヴェルサルテイルのメンツを潰したから。
 第3に今迄と同じ方法が何時までも通用すると思っていたから。」

 ケティはひのふのみと指を1つずつ立てながら、エルザに説明する。

「そして最後に何より運が悪かったからなのですよ。
 そう、運。たまたま私が来たから、タバサが来たから、シルフィードが居たから、通りすがりに死ぬだけ。
 ただそれだけ。別に吸血鬼でなくとも訪れる。よくある不運な死なのです。残念でしたね。」

「い・・・いや・・・いや・・・・・・。」

 疑問であり生きる意味であった事をあっさりと肯定され、その上で自分が無意味に死ぬ事をエルザは悟った。
 だがそれでも彼女は死にたくなかった。
 村人の命を奪い、花壇騎士の命を奪った己が身だが、それでも死にたくはなかった。

「助けて・・・嫌・・・死にたくない・・・何でもするから・・・・・・。」

「うん?今、何でもするって言いましたか?」

 涙を流し必死で命乞いをしたエルザに、悪魔が微笑んだのだった。






 数日後、ユルティーム・ド・フォーシュルヴァンの姿で、ケティは村長の家に村人を集めて告げた。

「吸血鬼だがね、何とか退治出来たよ。」

 数日間、ケティ達は引き続きタバサと漫才染みた会話をしつつ、吸血鬼を警戒するフリをしていた。
 《この村を襲っていた吸血鬼は無害化出来ましたけど事情は話せません》では誰も納得しない。
 だから川口浩探検隊のようなノリで慎重に吸血鬼を探すフリをしつつ、時々吸血鬼の襲撃に遭った風の芝居もしつつ、ちょっとシルフィードでひとっ飛びして適当な吸血鬼候補を見つけて持って来たのである。

「して、吸血鬼は・・・・・・?」

「これだよ。」

 ケティがレビテーションで異臭のする袋を持って来た。
 焦げた肉の臭いが漂ってくるそれに、村長たちは顔を顰める。

「まさか、これが・・・?」

「激しい戦いの結果として、ちょっとばかり焦げてしまったがね。
 私が戦った時は吸血鬼だったよ。」

 袋を広げるとそこにあったのは、辛うじて人の形をした消し炭だった。

「牙は・・・牙はあるか?」

 ここは狩猟なども良くやる村で、村人は死体など見慣れている。
 とは言え流石に消し炭になりかけた人型の死体は初めてだったが、村人達は慎重にそれの頭を調べた。

「駄目だ、歯も物凄い温度で焼かれちまって、すっかり炭だ!」

「いやぁ、吸血鬼は強敵だったね。
 ちょっとばかり手加減を誤ってしまったよ、はっはっはっはっは!」

 ケティはそう言って、能天気に笑う。

「ファンティーヌ様、本当に吸血鬼は倒したんですかい!?」

 ちなみにだがタバサは、ここ数日は毎日のように探索に出ていたケティとは違い、この村で様々な手伝いなどもしていた。
 表向きは村を吸血鬼に襲われないように監視する為であるが、勿論彼らを脅かす吸血鬼などもう居ない。
 なので魔法で村の仕事を手伝うなどして、村人の信頼を集めていたのだ。
 寡黙ながらもメイジなのに偉ぶったりはせず、しかも村の様々な仕事を手伝ってくれる人。
 今やすっかりファンティーヌことタバサは、村人達に信頼されていた。
 勿論この行いも、今日のこの瞬間の為ではあったが、タバサはタバサなりに精いっぱい手伝ったと思っている。

「ん。私もユルティーム坊ちゃんが吸血鬼を倒すのを見た。間違いない。」

 そんな寡黙で信頼出来る人が頷いたので、村人達も納得したのだった。

『ファンティーヌ様がそう言うなら、間違い無いか・・・。』

「はっはっはっはっは!ファンティーヌの良さを皆に分かって貰えて僕ぁ嬉しい限りだよ。
 ちょっとで良いから、僕にもその信頼の眼差しを向けてくれると更に有り難いな!」

 何か損な役回り請け負っちゃったなーとか思いつつ、ケティは快活に笑って見せる。

「しかし花壇騎士様、貴方は確か風の系統ではありませんでしたか?
 二つ名が確か《微風》と・・・。」

「僕が何時、風の系統だと言ったのかね?」

 そう言いながらケティが杖を振ると、上空に巨大な火球が形成された。

「自己紹介の時に言い忘れたが、僕は火のトライアングルだ。
 憶えておきたまえ。」

「いやでも二つ名が・・・。」

「そりゃ君、僕は火の方が得意なのだから風の方は微妙という事だよ。
 火に比べると微妙な風。略して《微風》のユルティーム・ド・フォーシュルヴァンである。
 ちょっとした引っ掛けのある面白い二つ名だろう?」

 それを聞いていた村人達が《詐欺だ・・・》とかいう気持ちでいっぱいになったのは、言うまでも無い。

「まあ兎に角だ。僕の華麗な活躍によって、吸血鬼はこの通り消し炭となった。
 安心したまえ、この村は救われたのだ。はっはっはっはっはっはっはっは!」

 村始まって以来最大の危機をこんなアホボンが解決したのかと思うと、ちょっと暗澹たる気分になる村人たちである。
 アレキサンドルはあれ以降、疑いが晴れたのが良い切っ掛けになったのか、矢鱈と快活に村人と接するようになって行った事で『あいつ話してみれば良い奴じゃねえか』と村人のそれなりの数と仲直りしていた。
 そして村娘を一か所に集めたのが大正解だったのか、このアホボン花壇騎士が来て以降は犠牲者が一人も出ていない。
 むしろ従者のファンティーヌが害獣駆除の手伝いとかもしてくれたので、以前よりもやりやすくなったくらいであった。
 そんなこんなで大過無く吸血鬼退治は終了してしまったのである。
 村人達は思った『この花壇騎士は実は有能だったのだ。見た感じアホだけど、アホだけど』と。

「それとだが、もう一つ知らせがある。
 エルザの両親の身元が判明した。」

「な、何ですと!?
 それは本当で御座いますか?」

 村長が仰天した声を上げた。

「このような幼い時から、これほど麗しい容姿の娘というのは、そうそう居ない。
 それに両親がメイジに問答無用で襲われ殺害されるというのも、珍しいと言えば珍しい。
 なので悪いとは思ったが、無断でエルザの身元を調べさせていただいた。
 貴族の関係者である可能性が高かったのでね。」

 ケティは胸を張り、少々口調を変えつつ眉1つ動かす事無く告げた。
 騙されているとは言え、エルザを大事に保護してきた村長の気持ちを思うと頭を下げたい所ではあったが、貴族というのはそうそう頭を下げてはいけないものなのだ。

「そういう事で御座いましたか・・・して、結果は・・・?」

「貴族の醜聞故に何処の家門かは話せぬが、とある大貴族の跡取り息子が、使用人の娘と身分違いの恋に落ちて出奔してね。
 まあそれだけならば二人は幸せに暮らしましたとさで終わったのであろうけど、生憎彼には兄弟が無く、そして当主には数人の兄弟が居たのだ。
 そして当主が亡くなった・・・それならそれで兄弟の誰かが継げば目出度し目出度しだったのだが、跡目争いで生き残った者が猜疑心の強い男でね。
 自分の兄弟を皆殺しにした後、跡取り息子が帰って来やしないか心配になったらしい。
 刺客を差し向け、跡取り息子だった男は妻と娘を引き攣れて逃げ惑い、この村の近くの森で最期を遂げたというわけだ。」

 ケティはそんな話をしながら、紋章が刻印された指輪を取り出した。
 ちなみにその指輪は豪華なものに見えはするが、ケティが誰かの身分を騙る時用にでっち上げておいた紛い物である。
 紋章の形を覚えていても、恐らく何処にも辿りつけはしない。

「男女と見られる白骨死体と、その近くに指輪があった。
 これから辿って、先程話した案件に辿り着いたというわけだよ。」

「そういう事だったとは・・・。
 して、エルザはどうなるのですかな?」

 村長の問いに、ケティは顔を顰めてみせる。

「それなのだが・・・ふむ。この話はこの場では相応しく無いな。
 村の皆、集まって戴いてご苦労であった。
 先程話したように、吸血鬼は僕が完全に消し炭にした。
 この後の話は村長とエルザの話になる。解散したまえ。」

「へ、へえ・・・。」

 村人達がゾロゾロと帰って行くのを見ながら、ケティは数日前のエルザが『何でもする』と言った時の事を思い出していた。





「助けて・・・嫌・・・死にたくない・・・何でもするから・・・・・・。」

 恐怖で引き攣った表情で、エルザは泣きながら命乞いをする。

「うん?今、何でもするって言いましたか?」

 ケティはそんなエルザに、ニッコリと微笑みかけた。

「物わかりの良い子は大好きですよ。
 やはり何事も、話し合いで解決するのが一番なのです。」

「話し合い?」

 ケティの言葉に、タバサは首を傾げる。
 そりゃそうだろう。誰がどう見ても、脅迫の現行犯である。

「タバサ、話し合いの極意を知っていますか?」

「極意?何?」

 ケティの言葉に、悪い予感がしつつもタバサは聞き返す。
 タバサにとってこの友人は、頼もしいが時々発想が怖い。

「それは『相手がどうしてもこちらと話し合いたい気分になった時に話し合う』なのですよ。」

「人、それを脅迫という。」

 泣いて命乞いをする相手に交換条件を持ちかける。
 どう見てもそれは話し合いでは無く、脅迫というべきものだった。

「うーん、見解と認識の相違ですね。
 元々問答無用でこちらを殺しに来ていたのですから、こうやって殺し殺されるわけでは無い状況で話し合いが出来るようになっただけ上等というものですよ。
 それとも、真っ向から殺しあった方が良かったですか?」

「確かに、そこに異論は無い。」

 確かに争う手間が省けたのだから、これはこれで良いのかもしれないなと考えるタバサ。
 まあ殺し殺される関係から、吸血鬼の側が一方的に殺される関係になっただけなのだが、そこは深く考えなくても良いかとも思った。
 自分一人で対応していた場合は、間違いなく殺していただろうから。

「でしょう?平和主義とはかくあれかし、ですよ。」

 それは流石に世の平和主義者が泣くんではなかろうかとタバサは思ったが、ケティの真っ黒ボケ倒しが止まらなさそうなので言わないでおいた。

「さてと、貴方はエルザ・・・で、良いですか?
 それともそれは偽名?」

「いいえ、本名よ。」

 今の茶番というには少々どす黒いもので少し気がほぐれたのか、ケティの問いにエルザはしっかりとした口調で返答した。

「そっちこそ、その丁寧な口調が本来のものなの?」

「自分でもよく分かりませんが、たぶんそうなのです。」

 ケティとしても、時々自分が何処まで演技していて何処からが自分なのか若干わからなくなる時もある・・・が、そこも纏めて全部自分であると考えていた。
 人は場面や立場で変わるものだから、それらで変わる自分は全てが自分であり、偽りの自分など存在せず、逆に本当の自分なんてものも無いのだと、そう思っている。

「まあそんな些細な事は置いておいて、死にたくないのであれば私と契約して貰います。」

「契約って・・・使い魔にでもなれというの?」

 エルザは首を傾げる。
 メイジが使う使い魔契約の魔法《コントラクト・サーヴァント》は、呼び出した動物や幻獣に対して行うものであって、吸血鬼のような亜人に行う魔法ではないからだ。

「それでも良い気はしますが、コントラクト・サーヴァントが馴染むまでに、私は物言わぬ死体と化すでしょうね。
 まあそんなわけで、虎の子を用意してみました。」

 そう言いながらケティは、恐ろしさすら感じる程の綺麗な青い宝石の嵌め込まれた指輪を取り出した。

「これは《告発されし者の指輪(アキューズド・リング)》という、素敵な魔法の指輪なのですよ。
 刻印されている文字や付与されている魔法の強力さから見るに、エルフが作ったマジックアイテムなのでしょうね。
 ちなみにエルフの文字で《これを以って汝、告発されし者の死の運命を猶予する》と刻印されています。
 エルフの世界では、貴人などに対しては特別に死刑に対しての執行猶予が発生する場合があるらしく、この指輪を身に着け様々な条件を誓約する事で釈放されるらしいのですよね。」

 そしてその指輪を、体を動かせないエルザの指に嵌める。

「ちなみにですが、死刑を猶予する代わりとして、この指輪は誓約によって結ばれた契約を破った者に、死よりも惨たらしい罰を与えます。」

「し、死よりも惨たらしい罰?」

 今すぐ死なない代わりに、とんでもない契約をしなくてはならなくなった事に気付き、エルザは青ざめつつも尋ねた。

「ええ、契約が破られかけている場合、若しくは契約をかけた者に危害を与えようとした場合、まず警告としてこの青い宝石が赤く変わっていきます。
 それでも契約を破り続けた場合、全身が徐々に引き裂け、最終的に砕け散ります。
 しかも間違いなく致命傷なのに死には至らず、発狂する事も出来ず、全身を隈なく覆い尽くす激痛にのたうちまわる事すら出来ないまま蹂躙されます。
 それから暫く経った後に、その砕け散った体から新たな体が再生されます。
 見るも醜い姿のヒキガエルとなって、本来の寿命で死ぬその日まで、一生を過ごす運命になります。
 寿命の長いエルフだと、死刑以上の地獄でしょうね、これは。」

「そ、そんな・・・嘘よ・・・。
 そこまで強力な魔法のアイテムが、そんなに出回っている筈が・・・。」

「ところがどっこい・・・嘘じゃあありません。
 現実・・・これが現実なのです。」

 ケティの表情は笑顔だが、それには有無を言わせぬ迫力があった。

「私が貴方に求める誓約は2つ。以後私とタバサの出す指示には一切逆らわない事。
 タバサを決して害さない事。
 簡単でしょう?
 さてエルザ、最後の選択機会を貴方にあげましょう。
 前言撤回して死を選ぶというのであれば、この場でそうして差し上げます。
 どうしますか?」

 ケティの問いに、エルザは考える。
 どうしても死にたくはない。いつか死ぬその日まで、生きてはいたい。
 しかし、この交換条件はあまりにも厳しく、単純明快にして変則的だった。、
 そしてエルザは口を開く。

「そ、それでも私は生きていたい。」

 まだ生まれて然程も生きていない。
 死にたくないからこそ、逃げて逃げてこの村まで逃げて、村長に取り入ったのだ。
 だからエルザは、契約を承諾した。

「わかりました。それでは《告発されし者》よ、汝に誓約を求める。
 1つ。私、ケティ・ド・ラ・ロッタとシャルロット・エレーヌ・ドルレアンの命令に逆らわぬよう。
 2つ。シャルロット・エレーヌ・ドルレアンことタバサの命を害さぬように。
 誓約を以って契約は結ばれる。応や否や?」

「誓います。」

 エルザがそう言って頷くと同時に指輪の内側が棘のように伸び、指輪を嵌められていたエルザの指に突き刺さった。
 植物の根のようにズブズブと入り込んで行くが、しかし血も出ず痛みも無い。

「これで契約は結ばれました。
 《地下水》も、ご苦労様でした。」

「やれやれ、今回は縄代わりとは。
 もうちょっと俺向きの仕事もあると思うんですがね?」

 少々不満そうに、今までエルザの体の自由を奪っていた知性ある短剣(インテリジェントナイフ)の《地下水》が愚痴る。
 エルザの口で。

「吸血鬼は怪力な上に、先住魔法だって使えます。
 それらを全て封じるならば、貴方の力が一番なのですよ。
 《地下水》。少々目的外でも、道具として使われる事に喜びを見出しませんか?」

「いやしかしですな。他人の体を乗っ取って色々と小細工するのが俺の・・・。」

「な、なにこれ、何で私の口が勝手に動くの?」

 まだ動かない己の体という状況に、勝手に喋る自分の口という状況も加わって、エルザは混乱している。

「・・・存在意義というものでしょう?」

「それよりも、何この短剣!?
 口の自由を取り戻したかと思ったら、今の続きを喋り出したわ、怖い!」

 エルザが口の自由を取り戻すとともに、自分で喋りはじめた《地下水》に怯えるエルザ。
 得体の知れないものに自分の体を勝手に操られていたのがわかれば、それはもう怖いし怯える。

「その短剣は《地下水》。知性ある短剣にして、ケティの裏の下僕その壱。」
 特技はこの通り、人の体を乗っ取る事。」

「下僕とは恐れ多い。俺はただのコレクションですよ。
 まあそれは兎に角として、今度使う時は何か戦う任務が良いですね。
 短剣と言えど、矢張り命のやり取りあってこそです。」

「デルフリンガーみたいな事を言いますね。
 わかりました。考えておきましょう。」

《地下水》はエルザの体を勝手に動かし、ケティが渡した鞘に自分を納める。

「お願いします。
 それではおやすみなさい、御主人。」

 エルザの体で優雅に一礼した後、《地下水》は自分をケティに手渡した。

「あ・・・か、体が自由になった。」

 体の自由が戻ったのをを確認するように、エルザは手を握ったり開いたりさせている。

「それで、私はこれからどうなるの?」

「取り敢えず貴方は、私の友人の《とある御方》に引き渡します。
 吸血鬼には便利な能力がいくつもありますからね。
 これからは人間に追われる事無く血が吸える環境になると保証しましょう。」

 エルザの問いに、ケティはそう言ってにっこりと笑った。
 その笑顔を横目で見ながらタバサは、トリステインの黒女王に引き渡して何か黒い事やらせるんだろうなーとか思ったが、ガリア政府に引き渡す義理は特に無いしそんな命令も受けていないので放って置く事にした。
 プチ・トロワからの命令は飽く迄も吸血鬼の無力化であり、要するに殺せって事だろうが、明確に殺せとも言われていないのだ。
 このエルザは何人もの村人を殺した吸血鬼だが、こうして村に危害を加えられなくなったわけだし、任務は達成したと考えているタバサである。

「特に、一人とは言え誰かを操れる能力は便利ですよね。
 色々と活躍していただけそうなのです。
 《あの御方》も、喜ばれるでしょう。
 ・・・ああそうそう、貴方が操っていた相手は誰ですか?
 村長かアレキサンデルだとは思っていますが。」

「アレキサンデルよ。最近この村にやって来て、御誂え向き(おあつらえむき)な怪しさだったから、血を与えて操る事にしたの。
 案の定、村人はあっちに目が向いて、私を警戒する事が無かったわ。
 なのに貴方達はまるで私が吸血鬼だというのがわかっていたみたいに解決してしまったわ、どうして?」

 この件は時間をかけてエルザがゆっくりと行ってきた計画で、前任の花壇騎士も自分が吸血鬼だとは最後まで気付かぬままに死んだ。
 それなのにケティ達は、朝にやって来て夜中には解決してしまったのである。
 エルザ的には問い質したくもなるだろう。

「ああそれは・・・貴方も罠に引っかかった事でお判りでしょうけど、侵入経路がわかったからなのですよ。
 あんな小さくて狭い進入経路、タバサでも通れません。」

 そう言いながらケティは煙突を指差し、タバサはコックリと頷きながら言葉を続ける。

「ん。侵入者の体格は、必然的に私より小さいという事になる。
 つまりそれは、かなり小柄な子供という事。」

「体格を変化させた可能性というのもありましたが、吸血鬼には体格を変化させるような魔法は使えないという情報がありましてね。
 タバサより小柄な体格で、外から入って来た存在というと、ざっと調べても貴方だけでした。
 ま、そんなわけで大体特定は終わり、娘達が襲われないように対策も打ち、安っぽい挑発をしてから寝たわけですが・・・まさか1日で捕まるとはね。」

 罠は仕掛けておいたものの、流石に1日目で侵入して来てくれるとは思っていなかったケティである。
 釣り糸を垂らしたら即大物が連れてしまった感じで、実は彼女的にも少々予想外の出来事だったのだ。

「そ、それは貴方が莫迦っぽそうだったから、つい・・・。」

「あー・・・引っ掛かっちゃいましたか。」

 恥ずかしそうに呟くエルザに、合点がいったようにケティは頷く。
 幾ら慎重にやっていたとは言え、エルザは見た目通り子供である。
 村人も見抜けなかった莫迦っぽいボンボンの真似を、子供に見抜けというのは無理があった。

「幾らモデルが居るとは言え、上手な物真似だった。
 正直、感心した。」

 前にアルトーワ伯の所に行った時もそうだったが、ケティは何かになり切るのが非常に上手いなとタバサは感心していた。
 それと同時に、あまりにも変わってしまうその有様に、今のケティは彼女の《本当》なのだろうか?とも思ってしまう。

「それは重畳、ギーシュ様もこれで浮かばれる事でしょう。」

「ギーシュを勝手に殺してはいけない。」

 こういう風にさらっと毒のある冗談を言う姿を見ると、何時ものケティだと安心してしまうタバサである。

「さてと、我々は貴方をこの村から連れ出さなければいけないわけですが、その為には理由付けが必要になります。
 なので貴方がこの村に入り込む為に作った嘘を、利用させて貰う事にしますね。
 とは言え、準備には一週間程度は必要・・・取り敢えずアレキサンドルに対して、今までよりも積極的に周囲と関わるように操って下さい。」

「な、何でアレキサンドル?」

 工作とアレキサンドルの繋がりが、エルザにはよく分からないので質問してみる。

「そりゃもう決まっているでしょう。
 貴方が村を離れる時に、アレキサンドルの支配を解いて元に戻すからですよ。
 彼の母親もそう長くありませんし、村から孤立する状態に追いやっておいて、あのまま放って置いたら流石に可哀想でしょう?
 貴方が操ってあんなに孤立させたんですから、貴方が操ってある程度関係改善させなさいという事です。」

「え、いやでも、あそこまで孤立した状態から、仲直りさせるのは・・・。」

 エルザとしても、操って疑心暗鬼を生み出すというのは良くやって来たが、操って仲直りさせるというのはやった事が無かった。
 やっても意味が無いから、やらなかったわけだが。

「やりなさい。罵られても笑顔でニコニコ友好的に根気強く接していけば、何れ誰か何人かは折れます。
 貴方がやるわけでは無く、アレキサンドルにやらせるんですから、上手く操って何とかしなさい。
 でなけりゃ指示に従えなかったという事で、貴方の体はバラバラに弾け飛びますよ?
 ほら貴方が愚図るから、指輪が青から紫色に・・・。」

「ひいいぃぃぃぃ!?わかりました!決死の覚悟であたらせていただきます!」

 《告発されし者の指輪(アキューズド・リング)》の宝石の鮮やかな青が、警告色の赤色に変わる過程でゆっくりと紫色に変貌しつつルのを見て、エルザは顔面蒼白になってコクコクと頷いた。

「はあはあ、青に戻った。宝石が青い!私生きてる!素晴らしい!
 よーしエルザ、頑張ってアレキサンドルを仲直りさせちゃうぞ!友達百人出来るかな!?
 ではご主人様、早速アレキサンドルを再調整して朗らか爽やか愛され系好青年にしてきますね、じゃ!」

 急にハイテンションになったエルザはそう言ってドアを開けると、風のように駆け抜けて行った。

「なんか、やけくそ?」

「・・・まあ任務失敗しても爆発四散するだけですし、精々頑張って貰いましょう。」

 コホンと1つ咳払いをして、ケティは気を取り直す。
 ちょっと薬が効き過ぎたかもなーとか、内心思っていた。





 こんな事があってから一週間が過ぎ、そして元の時間軸に戻る。
 人払いをした為に村長の家からはすっかり村人が立ち去り、今はケティとタバサ、エルザと村長の計4人しかいない。
 ちなみにシルフィードは、ご褒美に羊と豚をそれぞれ一頭ずつ食べた後、馬小屋で爆睡中である。
 寝る子は育つのだ。

「エルザだが、我々が引き取らせていただく。
 村長には悪いが、ここもいずれエルザの叔父に感づかれる可能性が高いのでね。
 そうなったら、この村は更なる危機と悲劇に見舞われかねない。
 それは村長としては、望ましからざる事だろう?」

「それは・・・はい。仕方が無いのですなぁ・・・して、エルザはどうなるのでしょうか?」

 村長は心底寂しそうに同意した。
 彼にとってエルザはとても大事な存在だが、それ以上に領主からこの村の管理を命ぜられたこの村の村長なのである。
 村とエルザを天秤にかけた場合、村を取らねばならない立場であった。

「御家騒動や親の犯罪などで顔も名も世に出せなくなった貴族の子弟を入れる修道院がある。
 そこでは新しい名を与えられ、俗世との繋がりを断ち切って、神と始祖に祈る穏やかな生活を送る事が出来る。
 あそこならば、たとえこの国の大貴族であろうが手は出せぬからね。安心したまえ。
 一生殺される事に怯えながら暮らすよりも、遥かに良い暮らしが出来る筈だよ。」

「おお、それならば。それは良う御座いました。」

 村長は嬉しそうに、涙を流してうんうんと頷く。
 エルザの身が安泰と聞いて、本当に嬉しいのだろう。
 それは仮初で、幻惑魔法などによって作られた愛情ではあったが、村長にとってそれは真実なのである。
 ならばそのままにして置いた方が、お互いに幸せというものである。

「急な話だが、事態は一刻を要する。
 これから夜になってしまうが、すぐさま出発する事とする。」

 明日の朝って手もあるのだが、それだとエルザが太陽光で塵になってしまう。
 今は黄昏時。急いでいる事にして、すぐさま出発してしまうのが一番良いのだ。

「そ、それは急な話ですな。」

「花壇騎士としては、当主からの依頼でも無い限りは貴族家内の紛争には介入出来ぬのだ。
 もしも今、彼らがやって来てエルザの引き渡しを求められた場合に、僕は彼女を引き渡すしかなくなる。
 緊急措置故に、容赦願いたい。」

 そう言って、ケティは頭を下げた。

「き、貴族のお方がワシのような者に頭を・・・恐れ多い事でございます。
 それ程の事であれば、納得せざるをえますまい。」

「理解、感謝する。
 エルザ、荷物を纏めてきたまえ。」

「はい、騎士様。お爺さん・・・短い間でしたが、お世話になりました。」

 エルザは村長に、ぺこりと頭を下げた。

「良いんじゃ良いんじゃ。ワシも一時ながら、久々に家族が居る温もりを思い出せた。ありがとうよ。」

 村長はエルザに歩み寄り、ぎゅっと抱きしめる。

「達者に暮らすんじゃぞ?」

「はい。お爺さんもお達者で。」

 エルザも村長をぎゅっと抱き返す。
 騙した者と騙されている者。奪った者と奪われた者。
 だが、一緒に過ごした月日は、お互いにそれなりの絆を作っていたのかもしれない。



 こうして、ケティ達一行はサビエラ村から飛び去った。
 その姿を見送る者は、村長ただ一人。
 彼はエルザを乗せてシルフィードが飛び去った空を、ずっと見つめ続けるのだった。
 ずっと、ずっと・・・・・・。



[7277] 第六十三話  武器、治療。そして教皇あらわる。なのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:f376cc99
Date: 2016/01/03 00:15
聖なる都ロマリアの主、教皇
ハルケギニアの宗教勢力を束ねる大ボスであるが故に、各国の王すら凌ぐほどの最大級の権威を有します

聖なる都ロマリアの主、教皇
本当に宗教は面倒臭いですよね。宗教とは精神の阿片であるとはよく言ったものですね。織田信長公を見習って、権力振りかざす坊主は火にくべるべきなのです

聖なる都ロマリアの主、教皇
教皇とかどうでも良いですから、銃を。私に銃をくださいプリーズ









「さて、では先ず始めに・・・ワルド卿?」

 私はとあるものをカバンから取り出し、ワルドに見せます。

「・・・何だ、その書類は?」

「貴方が欲しているものですよ。
 貴方のお母様が残した論文を基に行った、所謂《大隆起》に関する追加調査の資料なのです。
 これは貴方が、トリステインを乗っ取ってでもやりたかった調査ですよね?」

 こっちでエイジス32世との会見の際に大隆起の話に触れるかもしれないという事で、アカデミーに調べて貰っていた大隆起の資料を持ってきておいて大正解でした。

「大隆起を知っているのか、君は・・・。」

「国内の反乱分子を取り締まる為の調査として、貴方が具体的に何をしようとしていたのかを調べる必要がありましたから。
 徹底的に調べ上げさせて頂きましたよ、勿論。」

 最初からあたりが付いているものを調べたので、あっという間に見つかったのですよね。
 十数年前に停まった研究でしたので、現在アカデミーに依頼して研究を再開しています。
 ちなみにこの研究の担当者は、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢。
 何事にも一切妥協せず、とことん厳しく突き詰めていく性格は、恋愛や結婚には向いていないものの研究者としては一級品。
 現在も、物凄い勢いで研究を続けているようなのです。

「・・・それで、君の感想は?」

「大隆起に関して、ですか?」

「その通りだ。
 君は大隆起に関して、どのような感想を持ったのかね?
 莫迦莫迦しいと、思わなかったか?」

 ちなみにですが、ワルドはこの件について何度か関係各所に掛け合って、全て無視されていたという事が判明しています。
 まあ当時の国王はマリアンヌ様ですし、国政が停滞し汚職が蔓延っていた暗黒の時代だったのです。
 そりゃあもう金にならない話なんか、全く相手にもされなかったでしょうね。
 故に彼の情熱は猛烈に空回り。
 このままだと彼の母親が発狂しながら警告してくれたにも拘らず何の手立ても打てずに世界が滅ぶ、何とかしないといけないとレコン・キスタと手を結んだ・・・って感じらしいのですよね。
 姫様に王が代替わりして、猛烈に働いているお蔭で全てが正常に回り始めたので、もうちょっと待てば良かったのにという気もしなくもないです。
 ですがワルドがレコン・キスタと手を組んでトリステイン侵攻を企てなかった場合、姫様は未だに王では無かったでしょうし、マリアンヌ様が王のままだったでしょう。
 何というか、ちょっとタイミングがずれてしまったというか、間が悪いと言いますか、こういう運命だったのかなと言いますか。
 ・・・万事ままならないものですよね、人の世というものは。

「このままだとこのハルケギニアは、深深度にある風石の鉱脈がふとした切っ掛けで励起する事で、地が裂けバラバラに砕けながら空に浮く事になるでしょうね。
 そしてその後に、風石の影響の弱い所から順々に落下して、更なる被害を引き起こす事になるでしょう。
 この世に地獄が顕現する事になります。とんでもない事なのです。
 よくもまあ、ほぼ孤立無援の状態で調べ上げたものですね、貴方のお母様は。」

「・・・非現実的だとは思わなかったのかね?」

「狂人の戯言であれば最高なのですけれどもね。
 実は今回ロマリアに来た理由の一つが、まさにそのお話でして。
 この件はロマリアも予め知っていた話なようなのですよね、これが。」

 私はそう言いながら、出された香草茶で舌を潤します。
 最近、ロマリアの僧衣貴族社会では香草茶に甘草のシロップと蜂蜜を割ったものをドバっと入れて飲むのが流行っているらしく、滅茶苦茶甘ったるい味が口中に広がりました。
 ・・・うーん、これは甘い。私はほんのり甘い程度のお茶が好きなのですが。

「予め、知っていた・・・?」

「ええ、何せこのハルケギニアの古い情報諸々を、全て握っているのがこのロマリア。
 過去に起こった大隆起に関しても、当然知っているという事なのでしょう。」

 呆気にとられた表情のワルドを見つつ、私はお茶をもう一度口に含みます。
 うーん、なんと言いますか口に合わないのです。ロマリアにも蒲公英茶を広めねばなりませんね。
 新しく広まったものの新しい飲み方には、すぐに手は出ないものですから。

「それにですね。エイジス32世猊下が教皇になるまでは、教会は大隆起に関しての情報を隠す方向に動いていました。
 貴方のお母様の研究は周囲に全く相手にされなかったどころか、容赦無くアカデミーの研究予算が打ち切られたようなのですが、その原因のかなりの部分はこれなのです。
 個人で研究しているうちは良かったのでしょうけれども、纏めた研究を発表した事で、異端審問官に目をつけられたのでしょうね。
 彼らの仕事は、異端者を磔刑にする事だけではありません。ロマリアが知らせたくない事を知らせないようにするのが、彼らの任務の本質なのですよ。」

 ラ・ロッタに何度も何度も異端審問官が侵入を試みては蜂の餌になっているのも、これが原因だったりします。
 焚書指定の様々な書物は、彼らにとって『知らせたくない事柄』な為に、彼らはある種の使命感を持ってラ・ロッタ領に挑み、そして蜂の餌になるわけなのです。

「まあつまり・・・ワルド卿は計らずもこの事業で、母君の敵に一矢報いていたという事になりますね。」

「・・・・・・・・・・・・。」

 ワルドは無言で天井を見てから、私の方に向き直りました。
 そして、私の目をじっと見つめます。

「君がこれらの情報を知ったのは、何時かね?」

「姫様・・・いえ、陛下がトリステインを粗方掌握してからですね。
 それ以降は陛下子飼いの配下として、こき使われる毎日なのです。」

「本当に?」

ワルドが『君は最初から知っていたのではないか?』みたいな視線を送ってきますが、肩をすくめつつ笑顔で流します。

「本当にも何も。片田舎の深い森の奥に住んでいる貴族の娘が、大隆起に関する情報を知っていたら、それこそ不思議というものですよ。」

「僕がトリステインに残している伝手から探った情報によれば、母上の論文を入手して調べ陛下に伝えたのは君だと聞いているがね。
 アカデミーの資料室から母上の論文のみを偶然見つけて持ち去った・・・などとは、まさか言うまいね?」

 わかってはいましたが、ワルドの伝手が王城の中にまだ残っているのですね。
 しかし、ここで明かしてしまいましたか。たかだか私ごときを脅す為だけに、その手札を。うーむ、不器用な。
 ・・・まあ、腹芸が上手いならば当時のワルドの地位があれば、私今パッと思いつく限りでも色々と根回しは出来ましたし、そうであれば裏切らずに中に居ましたよね、うん。

「なんだかんだで、根っからの武官なのですね・・・。」

「急になんだね?」

 首を傾げるワルドの横で、マチルダが『あちゃー・・・』といった感じの表情で額を押さえています。
 彼女には私が思わず漏らした呟きの意味が分かっているみたいですね。

「いえ、ものの考え方は今でも武人のままなのだなと、そう思っただけなのですよ。まあ、それはさておき話を戻します。
 私が大隆起の件でそのものズバリを引き当てた件ですが、それっぽい文献が教会の介入を受けない我が家の書庫には残っていた・・・と言えば満足でしょうか?
 当家の書庫には、おそらくハルケギニア最古の聖典・・・の、複製品の、そのまたごく一部と思しき写本がありまして。」

「そこに大隆起の事が書いてあった・・・と?」

「ええ。信じようが信じまいが構いませんが、私にとってはそれが真実なのです。
 今の聖典には書かれていない箇所ですので気になって調べてもらった結果・・・ワルド卿の母君の文献に辿り着いて、さらに精査してみた結果として判明したわけでして。
 ちなみに見つけたのは、貴方が土下座してルイズへと婚約者変更を申し込んだせいで、あれだけの家格にも拘らず婚期を完全に逃した貴方の幼馴染にして元婚約者のエレオノール殿です。」

 私の一言で、マチルダのワルドに対する視線がすうっと冷たくなりました。
 婚約者の変更を頼み込むって物凄く失礼な事といいますか、『うわこいつサイテー!』とか思われても仕方が無い行いですから。
 変更してくれって頼まれた方の娘の面子丸潰れですからね。

「ちなみにその必死で頼み込んで変更して貰った次の婚約者のルイズを、騙して丸め込もうとした事にカリーヌ様がとてつもなく激怒しておりますので、反逆云々を置いておいてもトリステインには二度と戻らない事をお勧めします。」

「・・・もしもだが、カリーヌ様に僕が生きている事がバレたらどうなると思うかね?」

 真っ青な顔になり、取り敢えず聞いてみるといった調子でワルドがそーっと尋ねてきました。
 ワルドはカリーヌ様の超スパルタ教育で幼少期から鍛えられたのもあり、親衛隊長まで上り詰めたわけでして。
 まあつまり、カリーヌ様が全力で暴れるとどれだけ怖いのか、身に染みて知っている人という事でもあるのです。

「約束破りに規則破りに法律破りと、カリーヌ様が大嫌いな事を全部やっておいて、更に娘を2人も裏切って恥をかかせた。
 貴方が思っている『確実に起こるであろう事』以外の結果があると思いますか?」

「生きているのがバレた時点で、僕の死は確約されるというわけだな。」

 私にはカリーヌ様に生まれたての仔山羊みたいに怯えながら必死に立ち向かうも、アホみたいな勢いの竜巻に巻き込まれて遍在ごと木端微塵に粉砕され、あっさり秒殺されるワルドしか想像できません。
 ワルドも同じのようで、全身が凍えているかのように震え、顔が死人のように青いのです。

「今更聞くのもなんですが、何故に裏切ったのですか・・・?
 こう言っては何ですけど、ルイズの懐柔に成功していたとしても確実に殺されますよ?」

「今更言うのもなんだが、僕自身も何故にここまでの危険を冒してまで裏切ったのか、わからなくなってきた。
 今になって思い返すと、思いつめ過ぎて錯乱していたとしか思えんよ・・・。」

 なんか本当に哀れになってきましたね、この序盤中ボスキャラ・・・。

「えーと・・・そんなに強いの、そのカリーヌ様って?
 ジャン、貴方は王国の親衛隊長だったのに、そんなに怯えるだなんて。」

 ガタガタ震えるワルドを心配そうに見ながら、マチルダが尋ねてきました。

「カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール・ド・ラ・ヴァリエール公爵夫人。
 二つ名は『烈風』と言えば、わかるでしょうか?」

「れ、烈風って、まさか烈風カリン?
 人型の激甚なる天災とか呼ばれていて、1人で要塞を軍団ごと木端微塵にした事があって、以降は戦場に現れるだけで敵兵の士気が完全崩壊したとかいう・・・。」

 うーむ、相変わらず全盛期の烈風カリン伝説は恐ろしいのですね。
 なんですかそのゴジラはっていう戦果ですが、以前その話をした時に私の方をカリーヌ様が見て懐かしそうにしたのがとても不穏なのです。
 本当に裏で何をしていたのですか、過去に行った未来の私は。
 過去なのに未来の自分なので、今の私では一切コントロール出来ない所がとても怖いのですが。
 言っても好き勝手にやるような気しかしませんが、好き勝手やらないでください、過去に居る未来の私!

「ええ、トリステインで烈風の二つ名を名乗れるのは、これから暫くは彼女だけでしょうね。」

「ああああ貴方ね、何であんな正真正銘の軍神に喧嘩売っているのよ?」

「おおおおおお落ち着けマチルダ落ち着くのだだだだ。」

 私が言った途端に、取り乱したマチルダがワルドをガックンガックン揺さぶりはじめました。

「おち、落ち着けるわけないでしょ、烈風よ、烈風カリンよ!?
 あの『悪い子にしていると烈風カリンが吹き飛ばしに来るわよ』と言っただけで、子供が泣いて『ごめんなさい!いい子にしますから!』って謝りだす烈風カリンよ!?」

 外国ではそんな《なまはげ》みたいな扱いになっているのですか、カリーヌ様・・・。

「あーマチルダ殿、マチルダ殿。そんなに焦らなくても大丈夫なのですよ、私を裏切ったりしない限りは教えませんから。
 ワルド卿の居場所も、貴方の居場所もね。」

「私の居場所・・・って、私が何かしたかしら?」

 ワルドを揺さぶるのをやめて、マチルダが首を傾げているので、教えてあげましょう。

「ええ、烈風カリンの娘を自作のゴーレムで殺そうとしたではありませんか。
 ピンク色のふわっふわの髪のそれはそれは可愛らしいルイズという極めつけの美少女が居たでしょう?彼女が烈風カリンの娘なのですよ。
 親が子供を傷つけられそうになった時にどういう反応を起こすか、少し考えれば何となくわかりますよね?」

「ぎにゃああああああああぁぁぁ!?がく。」

 マチルダが頭を抱えて悲鳴を上げてから気絶しました。
 ああ、何だか非常に面白い会談になってまいりましたね。

「ほほほ、常識人をからかうと愉しいのです。
 まあそれはそれとして、商談に戻りましょう。」

「ええと、マチルダは・・・?」

「起こさないであげてください。死ぬほど疲れていたようですし。」

 上手い具合に、交渉が上手そうな方が気絶してくれました。
 行き当たりばったりでただの面白半分でしたが、便乗して脅かしてみて良かったのです。

「さてと。ではワルド卿、今回は何か持って来てらっしゃいますか?」

「あ、ああ。最初だから珍しいものが良いのではないかと思ってね、これを持って来たのだが。」

そう言いながら、ワルドは一丁の銃を差し出してきました。

「今まで見た事が無い形のものだから、珍しいかと思ってね。」

「わお、アグラム2000。確かに珍しいと言えば珍しい。」

 それはアグラム2000という、クロアチア製の短機関銃でした。
 クロアチア共和国で開発製造されてユーゴスラビア紛争で使われた銃であり、紛争終結後には大量に欧州に流れて犯罪組織で使われているとか何とか。
 元々は法執行機関用に開発された治安維持目的の銃だったのに、実際には元隣人に向けて発砲されたという、悲しい経緯を持つ銃なのです。

「ではこれは取り敢えず100エキューで。」

「いや、いくらなんでも安過ぎやしないかね?」

 1エキューは金貨一枚。日本円で考えると、だいたい1万円くらいだと思ってください。
 100万円ですよ、よく考えなくても破格なのですよ。

「いやしかし前に聞いた話では、君はトリスタニアの闇市で2000エキューもの大金を払って銃を買ったと聞いたぞ?」

「よく知っていますねって、本人から聞いたのですね?
 まったく口の軽い・・・彼には沈黙こそが長生きする秘訣だと、今度伝える事にしましょう。」

 2000万円もポンと貰ったら、気が大きくなりますよね、そりゃ。
 だからと言って大きな取引の話をホイホイ漏らしたら、いつか消されますよ?
 具体的に言うと私によって、物理的に。

「あの銃は、特別中の特別だからこそ、あの金額でも即買いしたのですよ。
 そのアグラム2000という銃はベレッタM12の亜種であり、珍しくて良い銃ではありますが性能面で特筆するほど尖っている面はありません。
 その手の銃ならば、形は違えど沢山持っているので自動的に価値は下がります。
 例えば同じ9パラを使うものなら、そこに置いてあるVz.68とかですね。」

「ぐぬぬ。しかし流石に、期待していた額よりも安過ぎるのだ。
 それで売ったら、僕はマチルダに滅茶苦茶怒られる。」

 尻に敷かれていますね、ワルド。
 あと何がぐぬぬだ。

「うーん・・・では、今回は最初の取引という事もありますし、特別に110エキュー出しましょう。」

「うぐ・・・流石にそれぽっちでは・・・。」

 うーむ、ワルドの顔が真っ青なのですよ。
 これはアレですね。高く売れると思って凄まじい額で仕入れて、外して大コケした人の顔ですね。
 ふむん?恩を着せる良いチャンスと見るべきか、それとも?

「・・・いったいこれの入手にいくらかけたのですか?
 正直に言っていただければ、少々考えなくもありません。」

「ぐっ・・・500エキューだ。」

 おぅふ。いくらなんでもお金かけ過ぎなのですよ、それは。
 私ならば30~50エキュー程度の範囲で買う代物です。

「マチルダ殿は盗品を捌くのに慣れている筈ですが、何故にそんな無謀な真似を。」

「最近君の所の商会が銃を集めていて、珍しい銃は特に高く売れるという話を聞いたので、マチルダに内緒でこっそり買ったのだよ・・・。」

 ああ、典型的なやらかしパターン・・・。
 しかも500エキューも使い込むとか、ぶち殺されますよ本気で。

「あー・・・うん。わかりました。500エキューで買いましょう。」

「ほ、本当かね?」

 ワルドがホッとした顔で私を見ます。

「本当です。信頼の証としましょう。」

 私もニコリと微笑み返します。

「言っておきますが、私の信頼は裏切ったら物凄く高くつきますからね?」

「あー、警告しておきます。
 ケティ様は裏切りに関しては本当に厳しい御方ですので、裏切らないようにした方が良いっスよ?」

 私の言葉にパウルが続きます。

「特に裏の仕事で弁解のしようもないような裏切り行為をした場合には、蜂の餌になると思った方が良いっス。」

「わかった。肝に銘じておくよ。」

 まあワルドも莫迦じゃあありませんし、裏切る事にメリットが無ければ裏切りはしないでしょう。

「ワルド卿。オーパーツの取り扱いに関しては、うちで見分け方を勉強しませんか?」

「良いのか?」

「構わないというか、仕入れ時にこういう大失敗を起こされても庇い切れませんから。覚えておいてください。
 どうせ当商会における基準は、他の商会の基準には成り得ませんしね。」

 整備して弾を用意してきちんと動作出来るようにするウチの商会と違って、一般的には使い切りマジックアイテムみたいな認識ですしね、オーパーツ。
 なので買い取り価格が全然違います。
 先程のアグラム2000にしても、うちが買い取り始める前までの相場だと精々数エキューって所でしょうね。

「それでは、よろしく頼む。
 こういう失態は何度もしたくないしな。」

「わかりました。パウル、適当な人員を見繕っておいて下さい。」

「かしこまりました。」

 さて、これで仕入れ先がいきなり倒産とか言う事にはならずに済みそうですね。
 あとはもう一つ。私たちとワルドのわだかまりの原因解消を提案しましょうか。

「後は、その才人に斬られた腕ですけれども、良い水メイジを紹介しましょうか?」

「いや、そうは言っても、もうこの腕は欠損して無いのだが?」

 ワルドは戸惑ったように私を見ます。
 まあそうですよね、ハルケギニアの水系統魔法は傷を癒し、力の強い者によっては切り落とされた四肢さえも繋げてしまいますが・・・それは飽く迄も、切り落とされてから然程時を置いていない場合に限りますから。
 いかに強力な水系統魔法と言えど、失った四肢を生やす事までは出来ません。

「無いものは他から持ってくれば良いのですよ。
 私の知り合いに、亜人と人の体を問題無く繋ぐ事が出来る秘法を持った水メイジが居ります。」

 見た目がかなり変わってますけど、まだそれは言いません。
 言ってどうにかなるようなものではありませんし。

「亜人の体を自分に繋ぐ?」

「ええ、ゴブリンやオーク辺りであれば、何処からも文句は出ないでしょうし。
 どうですか?その動かない義手よりは、遥かにマシになると思うのですが。」

「・・・大丈夫なのか、それは?」

 訝しげな視線を私に向けるワルド・・・まあ、なかなか信じられるものではありませんよね。

「その水メイジ自身が試しているのです。
 最初期に若干の不具合が発生したものの、今は改善されているので問題ありません。」

「不具合?」

「ええ、ミノタウロスの体に自分の脳を移植した所、ミノタウロスの脳の除去が不十分だったようで、危うく意識をミノタウロスに乗っ取られかけました。」

「なにその水メイジ、こわい。」

 ワルドが眉をしかめて怯えているのです。
 わかりますわかります。いきなり脳移植はロック過ぎますよね。
 私も最初に聞いた時には、かなり引きました。水メイジこわい。

「自分の脳を亜人に移植するとか、いったい何をどうトチ狂えばそんな行為に及ぶのかね!?」

「死に至る病に体を侵されていたのですよ。もう、それしか手段が無かったそうです。
 自分の命がかかっていれば、そりゃあトチ狂いもするのですよ。」

 そういや、あの時にはモンモランシーを呼んで、ミノタウロスの脳の完全除去と再移植をやって貰ったのでしたね。
 ちなみにモンモランシーは水系統の秘術を教えて貰えるという事で、大喜びで参加してくれたのですよ。
 喜々としてブレイドでミノタウロスの頭を開いているのを見た時には、流石の私も若干引きました。
 彼とはマッド水メイジ同士で共鳴しあっていましたし、ある意味ギーシュのライバルと言えるかもしれません。

「成程、そういう事情ならば理解出来なくもないな。
 という事は、彼は今、ミノタウロスの見かけと、そういうわけかね?」

「あー・・・えーと、今は確かトロルの中に居る筈ですよ?」

 ある意味、着ぐるみキャラと言えなくもないですね、うん。
 見た目が超リアルなトロルの着ぐるみとか、誰が得するのかと言えば、誰も得しませんけれども。

「何で体を取り換えているのかね!?」

 ワルドが仰天しています。
 うん、びっくりしますよね。私はもう慣れました。

「折角編み出した秘法ですし、命を繋ぐ事が出来たので、これぞ始祖ブリミルの恩寵に相違無いと秘術の精度を高める事にしたそうです。
 地道な実験と検証こそが、水系統魔法を更に高度にすると言っていました。」

 彼は色々な亜人の体に合わせて調整しつつ、自ら己の秘術を試しています。
 彼としては自分と同じように死病に体を侵された人を救いたいとかそういう動機らしいですが、そこまでして生き残りたいと思う人がどれだけ居るのか、少々疑問ですね。
 まあそれよりも・・・彼は移植する体をミノタウロスやオークやトロルなどの大型亜人に限定していますけれども、原理的には人間の体に脳を移植する事も可能なのですよね。
 水系統は矢張り、最高におっかない系統であると断言できます。

「まあそんなわけで、四肢を移植する程度ならば脳移植よりもかなり難易度が低いので、何の問題もなく可能と聞いていますが・・・どうなさいます?」

「では、紹介していただきたい。
 義手はなんだかんだで不便でね。」

 そう言って、ワルドは才人に切断された際に用意したと思しき、動かない義手を私に見せました。
 木製の彫刻品で、欠損部を目立たないように誤魔化しているだけの代物。間違いなく不便なのです。

「動かない義手よりは、亜人のものでも動く手の方が、間違いなく便利だろう。」

「わかりました。紹介状を用意しますね。
 水メイジですがラルカス殿と言いまして、見た目はコロコロ変わりますし、どれも凶悪ですが、とても良い方ですよ。」

 先の戦争で四肢に欠損を抱える貴族は少なくありません。
 ラルカスの秘術中の秘術である脳移植は公開しなくとも、四肢移植でも助かるものは沢山居るでしょう。
 共同研究者であるモンモランシーの御家赤貧脱出計画も捗りそうなのです。



「・・・さてとパウル、これでロマリアに於けるオーパーツの調達ルートが増えましたね。」

 帰り道の馬車の中で、私はパウルにそう話しかけました。

「何事も無く終わって良かったっスよ。ワルド卿にも、それなりに恩は売れましたっスね。」

「ええ、彼とは色々とわだかまりも有りますけれども、敵対しなくて良いならば、それに限ります。
 利で繋がり恩を売り、敵対しづらい状況に持って行く事が重要なのですよ。」

 事あるごとにワルド達に敵対されるのも、いい加減にして欲しいですしね。
 衝突せずに済む道があるのであれば、それを選択するのには躊躇しません。平和が一番なのです。

「そして万が一、敵対した際には叩き潰す為の布石も打っておくって事っスね。
 ラルカス様の秘術って、確かラルカス様とモンモランシー嬢しか作れない水の秘薬を定期的に摂取しないと、繋いだ箇所が腐るんスよね?」

「ほほほほ・・・ずっと仲良くいられると良いですね?
 ラルカス殿とモンモランシー、その双方ともに私の知人で有り友人で有り、私の大事な取引相手ですから。」

 まあつまり私を裏切った場合には、ワルドは秘薬が手に入れられなくなって折角移植した腕を再び喪うわけなのです。
 おまけに接合した腕が腐れば、発生した毒素が体内でどんな悪事をしでかすのやら?

「ケティ坊ちゃんが、一度敵対した相手に無条件に優しくする訳が無いんスよね。」

「出来得る限りの範囲で、優しくしているではありませんか。
 まあワルド卿も、薄々察しているとは思いますよ?
 それでもきちんと動く手が欲しいだろうと思って持ち掛けた話でしたが、予想通りに受けて貰えて大変結構でした。」

 逆に言えば、ワルドは短期的にはこちらを裏切る予定は無いという事ですし、それを確認出来ただけでも大変有意義であったと思います。
 何だかんだで私の介入が原因で、私の記憶とは食い違ってきてしまっていますしね。
 今の所は結果を極端に変えずに決着させてはいますが、何時まで持つのやら、冷や冷やするのですよ。

「この後はどうなさるんスか?」

「ロマリアで前からしたかった事が一つあります。それに関して、イアコポのコネが使いたいですね。
 ヴェネッシアの商売にもなりますし。」

 ロマリア全土を商圏に収めているヴェネッシア共和国の人間であれば、今まで数を用意出来なかったとあるものの調達が出来るかもしれません。



 そんなわけで、商会の支社に戻ってイアコポを呼び出して貰いました。
 パウルは店番。イアコポと面談しているのは、私とキアラなのです。

「早速ですがイアコポ。カンパニア公国の関係者に伝手はありませんか?」

「カンパニア公国でございますか。フム?」

 イアコポはそういうと首を傾げます。
 ちなみにカンパニア公国というのは、ロマリア半島南部にある小国の一つで、大きな火山が領内にあります。
 ロマリアではそこそこ裕福な国なのです。

「伝手は一応、ございます。
 しかし、何をされるおつもりで?」

「火石が欲しいのですよ。」

 イアコポの問いに、私はそう答えたのでした。
 火石は火の精霊が集まって結晶化したという、摩訶不思議な物体です。
 火系統の魔法を使う際に身に着けておくと、魔法の威力が若干上がったりします。
 後、何時も暖かいので、懐炉の代わりにもなります。
 そして何よりも、新型動力船の動力源となっている魔法の蒸気発生装置こと、コルベール式精霊反応炉で蒸気を作り出す際の触媒となっているのです。

「火石で御座いますか。魔法の道具か何かを御造りになられるのでしょうか?」

「貴方の立場では、今の所触れられないレベルの案件に関する事柄なのです。
 ・・・まあ、魔法の道具と言えば魔法の道具になりますね。」

 あまり不用意に踏み込んだら死ぬぞと警告しつつ、私はイアコポの質問に頷きます。
 彼もヴェネッシア貴族の子ですから、情報には一定以上の立場にないと命が危うくなるものがある事くらいは、当然承知しているでしょう。

「しかし、トリステインにも火石の産出地である火竜山が有った筈・・・おっと、これ以上は控えます。」

「良い心がけです。」

イアコポが黙ったので、私はにっこりと笑って頷きました。
うんうん、流石はきちんと基礎教育が終わっている商人の子ですね。
踏み込めるギリギリまで踏み込めるというのは、楽で助かります。

「ではイアコポ、坊ちゃんの指示を元に詳細を詰めるとしましょう。」

「は、はいキアラさん。喜んで!」

 私との話が終わって、キアラがイアコポに話しかけた途端に声のトーンが変わりました。
 ええい、やはり私みたいなとぼけた顔の娘よりも絶世の美少女か、美少女なのですか。
 ちなみに私もその意見には、大いに頷かざるを得ないのですよ。
 キアラ綺麗ですしね、そりゃあ声も弾むというものですよ、うん。



「・・・と、いう事がありまして。」

「ふーん。」

 トリステイン王国一行が泊まっている宿に戻った私は、戻り次第姫様に報告中。
 ほうれんそうは大事と言いますか、今回の案件はトリステインの軍事にも関わりますからね。
 特に火石は。

「ワルドって、こんな所に居たのね。
 てっきりゲルマニアにでも逃げているのだと思っていたわ。」

「土くれのフーケの伝手を使って、オーパーツ横流しをしていたようです。
 最近うちの商会が複数ルートを使って買い付けていますから、割のいい仕事であると認識されていたようですね。
 何せスクウェアの風メイジでありますが故に、隠密行動はお手の物ですから。」

 調べた限りですが、オーパーツ保管庫は宝物を収めた倉庫などと比べると、それほど管理が厳重では無いようなのですよね。
 理由は幾つかあるでしょうけれども、恐らく最大のものは《科学的な原理が良く分からないから再現出来なかった》でしょうね。
 何せ、一見すると魔法並みの威力ですから、解析を行ったメイジは皆魔法方面から解析した筈なのです。
 実際、オーパーツを偶然入手したオスマン学院長も、魔法方面からの解析を行ったのでしょう。
 それ故に破壊の杖が何なのか、サッパリわからなかったみたいですし、この予測で外れてはいない筈。
 ハルケギニアの道具で高度なものは、基本的に何らかの魔法的作動機構を持っています。それが一切無い・・・なんて事自体が、想像の外にある事柄という訳なのです。
 ですからオーパーツは、そこそこ強力ながらも使い切りのマジックアイテム程度なので、極端に警戒するようなものではないと思われているのでしょう。
 ロマリアの宝物庫にはトリステインのそれを上回る高性能な魔法の道具が満載でしょうし、そちらの管理を重視しているのでしょうね。

「一応、我が国の指名手配犯なのだけれどもね。
 しかも、国家反逆罪と大逆罪という、どんなに軽く見積もっても死刑という案件の。」

「姫様を裏切って我が国に危害を加えた訳で、我が国にとっては既に不倶戴天の敵ですよね。
 ほほほほほ、これはついうっかり。」

 いやまあ、覚えてはいましたけれどもね。
 立ってる者は神でも始祖ブリミルでもコキ使え、まして祖国で死刑確定の男ならというわけで。

「ま、ここはロマリアだしね。臨時の公館としているこの宿屋にやって来ない限りは、トリステインの法は及ばない・・・ですものね。
 貴方が何とかなると思っているなら、何とかするんでしょう?勿論、何かあった時の対処も含めて。」

「はい。餌で釣って首輪と鎖は用意しておきました。」

「つまり、引き千切って逃げる事は可能というわけね。」

「はい、残念ながら当面はそうなるかと思われるのです。」

 本当は《告発されし者の指輪(アキューズド・リング)》でも使えれば良いのでしょうけれども、あれは当人が承諾しないと契約が成立しませんからね。

「我が国に侵入してきた場合に、貴方の話をされると拙いかもよ?」

「その場合は、然るべき処理をいたしますので。」

 大逆罪と国家反逆罪持ちと関わりがあると知れたら、最悪処刑も止むを得ずとなってしまいますし、それは流石に私も困ってしまいますので、対処を考えてはいます。
 どういう処理をするかは、いくつかのパターンを用意した上で高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するって感じですね。
 え?どういう処理かって?ほほほほほ、それを聞くのは野暮なのですよ。

「ああ、そうそうケティ。教皇猊下との面会日時が決まったわよ。」

「そうですか、頑張ってくださいね?」

 そんなやんごとない人と関わり合う気にはなりません。
 ジュリオ伝いでこちらのアレコレは伝わっているようですし、それで良いですよね。
 という事で、この話はここま・・・・・・。

「・・・何の為に貴方を連れて来たと思っているのかしら?」

「いえ、ですが、もう既に根回しは終わっている案件ですし、他の方々を差し置いて私が教皇猊下への拝謁を賜わるというのは・・・・・・。」

 姫様が若干声を低くして私にそう問いかけますけど、教皇猊下に拝謁するというのは単に会うというだけではなく、とても名誉な事なのですよ。
 それで無くても最近『姫様に取り入って甘い汁を吸っている、とぼけた顔の子狸が居る』とか、その通りで返す言葉も無い陰口とかを叩かれていて風当たりが強いかなーって気がして来ているのに、更に目立ちたくないのですよ。
 だいたい何ですか《とぼけた顔の子狸》って、欠片も緊張感の無い綽名は。《生意気な小娘》とか、もっと簡単で適当な呼び方があるではありませんか。
 そんなに人を狸呼ばわりして、いったい何が楽しいというのですか、まったくもう。

 ・・・まあそんな事はさて置きです。今回の随行員は私のみではありません。
 なんちゃら伯爵だのなんだのと、偉そうな顔してて実際偉い小父様がたが何人か来ています。
 彼らだって、教皇猊下への拝謁の名誉を賜れるのであれば、賜りたい筈なのですよ。

「遠慮しているのではなくて、単に面倒なだけでしょう?」

「ホホホ、ナンノコトヤラ?」

 まあ本音としては、面倒臭いのでそういう栄誉はオッサンの面々に譲りたいってだけですけれどもね、はい。
 姫様には始めっからバレてますね。
 話に深く関わってくるけど、いまいち影が薄いのに、しっかり話に関わってくるとかいう面倒臭い人と遭うとか・・・ねえ?
 ジュリオを挫いて置けば割と何とかなるっちゃなる人ですし、ジュリオだけで良いかなーとか思っていたりなんかします。

「むさ苦しい面々との会談は、別にセットするから。
 貴方は気を使う事無く私について来れば良いのよ。」

「姫様の慈悲に満ちたお心遣い。祝着至極に存じ奉りますわ。」

 知ってましたか?姫様からは逃げられないのです。




 そして数日後、私は姫様と一緒に教皇庁に連れて来られてしまいました。
 トリステインの王城よりもでかい白亜の大宮殿の前まで来てしまったのですよ。
 
「・・・本当に嫌そうね?」

「うーん、顔には出していないつもりですが。」

いつもニコニコ笑顔。表情の読め無さには定評のある私ですが、姫様にはわかってしまうのですかね?

「いつもよりも、若干朗らかよ?」

「ふむ・・・成程、そういう見分け方がありましたか。」

 修行が足りませんね、私も。

「アンリエッタ女王陛下、よくぞいらっしゃいました。
 教皇猊下もお会いになるのを楽しみにしていらっしゃいます。始祖の祝福あれ。」

 宮殿の前で待っていると、中から緋色と白の僧衣を身にまとった一団。つまり枢機卿の集団がぞろっと出てきました。
 そしてその中から、最初の日に会ったピッコロミーニ枢機卿が出てきて、挨拶代わりに祝福してくれます。

「感謝します。」

 姫様が感謝の言葉を述べて、儀式は終わりです。

「おお、ル・アルーエット殿もいらっしゃられたか!
 教皇猊下もお喜びなられる事でありましょう。始祖の祝福あれ。」

「感謝します。」

 姫様の陰にそーっと隠れてモブのフリをしていた私もあっさり見つけられて、祝福されてしまいました。
 私のオンギョウ=ジツを見破るとは、やりますねピッコロミーニ枢機卿。
 教皇庁内部を案内されて暫く歩くと、奥に神話がレリーフされた大きな扉が・・・この先が謁見の間ですか。

「ようこそいらっしゃいました、アンリエッタ女王陛下。」

 そこには紫地に金糸で刺繍をされた豪華な衣装に身を纏った人が立っていました。
 この人が教皇の聖エイジス32世猊下ですか。
 全体的にほっそりしていて、表情は柔和そのもの。何よりもかなりの美男子です。
 美男子を見てもああだこうだ文句つける私ですが、今回だけははっきりと言いますけど、非の打ち所の無い美男子なのです。
 いやー、見ているだけで目の保養になりますね、これは。
 黙って見ていたいのです。飽く迄も黙って、静かに、置物のように。

「そして、ル・アルーエット殿。
 お会いしたかったですよ、貴方にも。」

 黙って見させていて欲しいのですよ、お願いですから・・・・・・。



[7277] 第六十四話 教皇との面倒臭い話なのです
Name: 灰色◆194f4e9a ID:2a81b430
Date: 2017/03/19 01:19
教皇、それはロマリアの最高責任者にして、このハルケギニアで最大の権威者
国王よりも権威が大きいので、時折露骨に内政干渉してきたりします。面倒なのです

教皇、それは宗教国家ロマリアの指導者にして、ハルケギニアで最も広範囲に権力を発揮する権力者
場合によっては国王の権力すらをも凌駕します。はっきり言って邪魔以外の何物でもありません

教皇、それは光輝ある聖都ロマリアの主。偉大なる神と始祖の代理人
あー、焼きたい。ロマリアごと焼きたい。焼き払ってしまいたい








あー見られてます見られてます。教皇猊下ともあろう者が、私のようなモブの中のモブとでも言うべき私をにこやかーに見ているのです。
そんなににこやかに見るのであれば目も笑っていて欲しいものですが、それは儚き望みなのでしょうか?
ものすんごい美形に微笑みかけられているのに、寒気しかしないのですよ。

「お初にお目にかかります、聖エイジス32世猊下。
 トリステイン国王アンリエッタ・ド・トリステインですわ」

おおう、姫様が挨拶をした。私も続かねば。

「お初にお目にかかります、聖エイジス32世猊下。
 ケティ・ド・ラ・ロッタと申します」

私も出来得る限り優雅にを心掛けて挨拶。
ちなみにですが、この旅の前準備としてタバサにルイズにモンモランシーという名家出身の3人に、マナー関係をガッツリ仕込みなおして貰っていたりします。
何せ元々ド田舎男爵家の末娘であり、前世の記憶にだって宮廷マナーなんてものは無いので、私としては正直お手上げだったのですよね。
その点、タバサは大公女でルイズは公女、モンモランシーは伯爵令嬢ながらこの国開闢以来ずっと中央に関わってきた名家なので、幼少時から宮廷マナー教育はばっちり仕込まれています。
彼女らは単なる無口・魔法(物理)・マッド水メイジでは無く、最強クラスのマナー講師軍団でもあるのですよ。
普段は全然、そうは見えませんけどね。

「ロマリア教皇の聖エイジス32世です。アンリエッタ女王、ラ・ロッタ嬢。
 お二人に逢えた事を始祖に感謝いたします。お二人に始祖の祝福あれ」

『感謝いたします』

ロマリア教皇からの祝福ですよ。何かご利益が有れば良いのですが・・・ジュリオをおちょくったり異端審問官を蜂の餌にしたりと、ロマリアに対しては色々とやらかしていますからね。
まるで御利益が得られる予感が無いのですよ、どうしましょう。
いやまあ、気にしているか気にしていないかと言われると、全く気にしていないのですけれども。

「…それでは少々失礼ですが、早速本題に入りたいと思います。宜しいでしょうか?」

「シャルロット・エレーヌ・ドルレアン大公女殿下の身分保障の件ですね」

姫様の言葉に、聖エイジス32世は少し驚いた顔をしてから、ゆっくりと頷きました。
実はあまり長ったらしく挨拶やらのやり取りをしているとついでにされそうな気がしたので、姫様と事前に打ち合わせをして真っ先にこの件について話す事にしていたのですよ。
何か色々ありましたけれども、今回の訪問はタバサの身分保障こそがメインですからね。
銃やら何やらのルート確保とかは、ほんのついでなのですよ。ワルドはついでのおまけ。良い響きなのです。

「ええ、我が国は殿下の身柄を確保しておりまして、現在トリステイン魔法学院に偽の名と偽の身分で在学中ですわ。
 彼女の身分保障は、此処のケティがゲルマニアでも取り付ける事に成功いたしましたの。
 勿論、我が国も身分保障をいたしております。
 ですが、我が国はガリアに比して余りにも小国であり、ゲルマニアには権威が足りませぬ」

「成程。トリステイン、ゲルマニア、そして我らがロマリアの保証を得る事で、彼女に対する不当なる生命への侵害行為を出来得る限り防がれると、そういう事ですね?」

「はい。もしもの時の為に」

此方に出向く前に、予めジュリオにガリアがエルフと不可侵協定を結んだであろう事と、大規模な軍事的挑戦に打って出るであろう事に関する情報の一部を渡してあります。
ジュリオは教皇子飼いの部下でもありますから、彼から直接教皇の下に資料は届いたでしょう。
ちなみにですがロマリアは、教義上反エルフ思想の総本山でもあるのですよね。

「ロマリアとしましては、始祖の血脈たるガリア王家の血を引く御方の身分保障を行う事に、何の支障もございません。
 ただ…御存じの通り、ロマリアは信徒による尊い寄付によって成り立っている国でもありまして、この案件が漏れた場合はガリアからの寄付を止められる可能性もあります」

わかったから保障金払えという訳ですか。
この銭ゲバ坊主どもと責める気は全くありません。教皇が身に纏っている豪奢な法衣にせよ、この教皇庁の建物にせよ、人や物に威厳を持たせて権威付けするにはそれなりのコストが必要になります。
ボロは着てても心は錦とは言いますが、みすぼらしい格好の人になど誰一人として敬意は抱かないのですよね。心の錦など、パッと見ただけでは誰にもわからないのです。
故に質素清貧を旨とする聖職者と言えど、崇め敬う始祖の権威を損なわない為に、わかりやすくて目に見える錦を纏ってみせるしかありません。
そうでは無くて、単なる守銭奴な場合も多分にありますけれども、それは言わぬが花。

「わかりました。喜んで寄付させていただきましょう」

良いでしょう、払いましょう。光輝なる永遠の聖都ロマリアに栄光あれ。
え?払うのはトリステインじゃあないのって?今のトリステインの財政状況だと、ジュリオが伝えてくれた額の大金を咄嗟には用意出来なかったので殆ど全額をパウル商会から無利子で一時的に貸したんですよ、トリステインに。
この話をトリステインでした時にパウルの顔が若干引き攣ってましたけど、タバサを助ける為のお金に利子を付けられるほど私は真っ黒では無いのですよ。
でも予算が確保出来次第返してくれないと、うちの商会が遠からず資金焦げ付いて潰れますから絶対返してくださいね、姫様……。

「それはとても喜ばしい事です。始祖の祝福あれ」

こうしてかつてうちの商会の回転資金だったお金は、ロマリアに渡ったのでした。
そのお金が帰って来ないと、最悪の場合には私の身柄を何処かの富豪か大貴族に売り払わなければならなくなります。
繰り返しますが、絶対に返してくださいね!


「さて、それでは此方からもお話をさせていただきます」

椅子に落ち着いた上で、香草茶の香りを楽しんでいると聖エイジス32世はそう語りかけてきました。

「アンリエッタ女王。陛下は先の戦役について、いかなるお考えをお持ちであったのか・・・というのを先ずお聞かせ願いたかったのですが、宜しいですか?」

「レコン・キスタを名乗る反徒どもとの戦の事ですね。
 とても悲しい戦でありました。
 多くの臣民たちを失い、私の親愛なる伯父や従兄も殺され、なのに得られたものは元々の領土であった東トリステインのみ。
 本当に、哀しい戦でありましたわ……」

聖エイジス32世の問いに、姫様はそう言って目を伏せます。
あの一連の戦役によって、トリステインは様々なものを失いました。
姫様が言った人命もそうですが、トリステインの財政もかなり拙い域まで悪化しています。
チュレンヌの一件以降に不正蓄財していた貴族達を一人ずつ呼び出して、不正蓄財の殆どを国庫に返納させる代わりに『国家の財政危機に対して私財をなげうった功労者』という名目で勲章を与えて表向きの体面を保つというやり方をさせて貰っていますが、それでもまだまだ足りません。
一時的とはいえ、うちからお金を借りないといけない程度にはカツカツなのです。
東トリステインを取り返しましたが、きちんと金を生む土地にするにはまだまだ数年は必要になるでしょう。
戦争というものは、本当に金ばかりかかって実りの少ないものなのです。

え?不正蓄財をしていた貴族が、チュレンヌの事が有ったとは言えど、すんなり返してくれたのが不思議?

いや~、実は私は前にガリアのとある山村で友好的な吸血鬼と知り合いまして。
エルザというのですが、彼女と仲良くお話させていただいた結果として意気投合したのですよ。
そこで彼女には、トリステインの情報管轄部門で働いて貰う事になりました。
それでですね、吸血鬼というのは『説得』が、とても得意な種族なのですよね。
何だかんだで返納を断っている方の所には直接お伺いし、お願いしても断られるようであれば伴って行ったエルザに説得を代わって貰っているのですが、彼女の説得の後には皆が笑顔で不正蓄財分を全額返納してくれます。
やはり人と人というものは、話せば分かり合えるものなのですね。
ちなみにですが勲章は、トリスタニアの一流銀細工職人に拵えさせたという、なかなかの品なのです。
とても綺麗なので、国家への忠誠の証として家宝にでもすれば良いと思います。はい。

そんな事を考えている間にも、姫様と教皇の話は続いているのですよね。
さて、聞き耳聞き耳……。

「もう二度と、あのような実り無き不毛な戦は繰り返してはならないと、そう考えておりますわ」

「なるほど…どうやら私は、陛下と友人になれそうですね」

姫様が実りのある不毛では無い戦なら幾らでもバンバンやるよーと言ったら、教皇はその言葉にいたく感動したのか深く深く頷いています。
中々アグレッシヴな教皇なのですね。

「私もあの戦争には、大変深く心を痛めておりました。
 聖地奪還を唱えておきながら、やった事と言えば始祖の血脈たる高貴な血を断ってしまい、あの白き美しきアルビオンは沿岸の港という港を悉く破壊し尽くされ、麦畑は焼き払われ、国力も治安も血の底に落ちてかつての栄光見る影も無し。
 教会との見解とは到底相いれない、無意味で無益な戦争でありました」

港湾施設を片っ端から破壊したのも、刈り取り寸前の麦畑にナパーム投下して焼き払ったのも、更に言うと貴族や商人の蔵を砲撃して片っ端から食料備蓄を焼き払ったのも、全て我が国の特務艦隊ですけどね。
ちなみにですが人的被害は極力出ないように徹底させました。何といっても、死んだ人間は食料を消費してくれませんから。
御蔭でアルビオンは今、貴族にすら餓死者が出るくらいガタガタであり、統治者としてやってきたゲルマニア人とは滅茶苦茶揉めてるとかなんとか。
うちがばら撒いたヘイトをゲルマニアが一身に背負ってくれているようなものですが、貰うといったのはあちらなので頑張ってくださいねとしか言いようがありません。

「我らがロマリアが義勇軍の派遣を決定したのも、一刻も早く無益な戦争を終わらせなければならないと、そう考えたからです」

「無益な戦争など、続けても何も良い事が有りませんものね」

ロマリア的にも、聖地奪還を掲げる連中が実質やっているのがハルケギニア征服では面目丸潰れですし、これ以上無益な事も無かったでしょうね。
あとなんでしょうか、何となく妙な予感がするのですが、この二人の無益な戦争という言葉の認識が食い違っているような?そうでも無いような?

「陛下のおっしゃる通りです。無益な戦争など行うべきではない。
 私は常々悩んでおりました。そして心の中の神に問いかけておりました。
 神と始祖ブリミルの敬虔なるしもべである筈の我々が、何故にお互い憎しみ合いいがみ合って、挙句の果てに殺しあわねばならないのか…と」

「私は政治を取り仕切るようになってから日の浅い身なので、此処はケティに聞いてみましょう」

え?私はこうやって椅子の片隅で、お茶を飲みながら二人の話をのんびり聞いてるだけかと思っていましたよ。
国家元首同士の会談に何故か同席している時点で完全に場違いなのに、更に喋れと?

「おお、ル・アルーエット殿の知恵もお借り出来るのであれば有り難いですね」

「というわけで、ケティ、貴方の思う所を述べなさい」

無茶振りが来ちゃいましたよ、どうするのですかこれ。
まあいいですけど。

「戦が起こる理由は、そうですね…様々な理由はあるのでしょうが、結局の所それは欲望に帰結するでしょう」

「欲望ですか…始祖も欲望を戒めてはいますが、同時に認めてもいますね。
 『汝、己の欲望を否定するなかれ、欲望とは生きる事そのものであり、全ての根源である。されど溺れるなかれ、過ぎたる欲望は己の魂をも食らい尽くし終着に至らせる地獄の顎でもある』
 我々聖職者が妻帯を制限し、週に一度の精進の日を設けているのは、自制の在り方を忘れず世に示し続ける為でもあります」

始祖ブリミルの教えという奴ですね。
問題は大半の坊主が自制どころか自重出来ていない点ですが、まあそれは言わぬが花というものでしょう。
世の中、何処だって理想と現実の間には、深くて暗い大河が横たわっているものなのです。

「はい。始祖のおっしゃる通りかと思われます。
 そして欲と一言で言えど、この欲にも色々とございます。
 ただ領土が欲しいという権勢欲の場合もありますし、戦争の恐怖を出来得る限り遠くに追いやりたいという欲の場合もあるでしょう。
 そして、飢えたる者を救いたいという欲で戦争を起こす者も居るでしょうし、レコン・キスタのように宗教的情熱から至る欲で起きるものもあります。
 これらは全て、ある者には正しき欲であるかも知れませんが、ある者には過ぎたる欲でもあるのです。
 正しき欲であるか?それとも過ぎたる欲であるのか?当人の視点だけだと判別が付きにくいのが欲というもの。
 更に言えば外部からの観測者の視点すら、本当に正しきものであるのか、ハッキリとしないのも欲というもの。
 まこと、難しき事ですね。
 ですから人が生きる限り、生きたいと願う限り、その欲が存在する限り、人が人である限りにおいては、戦争は無くならないものと思われるのです」

こういう哲学的な話は苦手なのでしたくないのですが、聞かれたんだからしょうがないとばかりに、思いつく限りをエイヤッと言ってしまいました。
宗教というものは哲学でもあります。そしてここはロマリアであり、目の前に居るのは教皇です。
つまり哲学のプロの中でもトップに君臨している人に中途半端な話をしてしまっているわけで、いやなんというか、なかなか恥ずかしいものです。

「ル・アルーエット、貴方でもやはり戦争は無くせないと考えてらっしゃるのですね」

「はい。外交政策によって数十年程度の平和を勝ち取る事は可能でしょうが、炎の時代がやって来る事を永遠に避ける知恵を愚かな私は持ち得ません。
 猊下のように日々克己し自制の心を持ち続ける事が出来れば長き平和を維持出来るかもしれませんが、万人が聖者聖人の類となるのは不可能であります故に」

ニコニコと微笑みつつ私の心の中を見透かそうとしてくる教皇の瞳に、内心で冷や汗を流しながらも何とか平然とした表情で返答できたと思います。
うーん…実に怖い。流石はこのロマリアのトップなだけあるのですよ。

「……ほう?数十年程度の平和であれば、勝ち取れる方法があると?」

「教皇猊下も史書で御覧になられた事が有る筈なのです。
 共通の敵を設定し、ロマリアがその音頭をうまく取る事が出来れば…ですが、争いを止めて力を蓄える時間と、その共通の敵と戦っている期間と、そしてその後の傷を癒す為の期間にだけ、このハルケギニアから全面的に戦争は消えています。
 女王陛下も史書で読まれた事はございますよね?」

これから教皇が話したい事へのショートカットはしました。あまりグダグダ話が続いても困りますしね。
あとそろそろ面倒臭くなってきたので、姫様にバトンタッチしましょう。
私は本来、こんなトップ中のトップが会談する場にいるような人物では無いですし。
私のような単なるモブを、あまり出しゃばらせないでいただきたいものですね。

「聖戦……しかも、戦争が暫く止まったほどのものとなると、嘘か本当かはわからないけれども虚無の後継者が現れて聖地奪還を指揮した大聖戦と呼ばれた戦争ね。
 確か、その時に現れた虚無の後継者は、我がトリステインの王太子だったピエール王子。
 水色の服を好んだ事から水色の王太子と呼ばれ、虚無の使い魔を従え戦えば無敵、戦を指揮すれば戦線連勝という戦の天才。
 彼のお陰で勝利しつつ多大なる犠牲を出しながらも、聖地の近くまで迫る事が出来たとかいう……確かに、その前後には完全に戦争が起こらなくなったという話は残っていますわよね」

姫様は、そう言いながら教皇猊下の方を向きました。

「まさか、大聖戦を再び起こされると?
 聖地奪還は結局失敗しましたわよね。
 エルフの統領との激烈な戦いの末ピエール王子は打ち倒され、連合軍は総崩れになって殆どが生きて帰って来なかったと、史書にはありましたわ。
 確かに、戦争は暫く起こらなくなりましたわよね。何せ戦争を出来る貴族の数が、大聖戦前に比べると激減してしまったのですもの。
 大聖戦の前には力を溜めるための平和が、大聖戦の最中とその後には力尽きたが故の長い平和が、それぞれ訪れましたわ。
 ですがそのような平和が訪れるくらいなら、戦争が頻繁に耐えない世界の方が、失われる命は遥かに少なく済むでしょう。そのような戦争には協力いたしかねますわよ?」

「…確かに戦いによる勝利のみでは、歴史に残る大聖戦と同じように、いずれ押し返されるでしょう。
 どんな英雄とて力尽きれば打倒されてしまうのは、歴史にも明らかです。
 それは現代に復活した虚無の後継者たる貴方の友人とて同じ事」

ちなみにですがピエール王子は大怪我を負いつつも何とか生きて帰っては来れたのですが、敗戦の責任をとって継承権を放棄し修道院に入り、そこで死ぬまで一生隠遁したのだとか。
前半生では英雄と呼ばれ、後半生で隠遁を余儀なくされた彼は、後世に隠者ピエールという名で伝わっています。
まあ何といいますか、ルイズに彼と同じ人生は絶対に辿らせたくありませんね…というか、やはりルイズの事を教皇はご存じだったようで。
才人がどう見ても伝説に残るガンダールヴやイーヴァルディそのものですし、そこから逆に考えて行けば、そういう結論にたどり着きますよね。

「表向きは大聖戦再びという形で、話をまとめて行くつもりではありますが…今回は武力のみを用いて聖地を奪還するという方法で行くつもりはありません。
 例えエルフとの戦でも人同士の戦と同じように行えば、限定的ながら聖地が手に入るのではないかと、そう考えております」

「人同士の戦と同じように行う…ですか?」

姫様は首を傾げています。人同士の戦と同じように行うと言われても、なかなか想像し辛いでしょうね。

「すなわち、武力衝突は可能な限り最低限度に抑えつつ、交渉で聖地の一部と、そこまでの通行の自由を確保して貰うという事です。
 勿論、交渉を有利に進めるには、数度の勝利は必要になるやもしれませんが。
 そして聖地が手に入ったあかつきには、私は聖地巡礼を行っている貴族領へ侵攻したものを教皇と我らがロマリアの名において破門とするという教皇勅書を出そうと思っております」

「成程、聖地巡礼に行く人の後背を安堵する事で聖地巡礼へと促し、かつ不届きものが出ないように権威で押さえつけるというわけですわね」

何で今やらないのとか、聖地巡礼に限らず勅書出して防げるならやればいいじゃんと思うかもしれませんが、聖地を奪還したロマリア教皇という肩書と今の単なるロマリア教皇では、功績とそれによる権威が段違いになるのですよ。
教会の権威が高まるという事は、すなわち破門という行為の意味も大きくなるという事なのです。
恐らく破門された貴族は、周辺の貴族からかなり白い目で見られるでしょうし、場合によってはそれを大義名分として攻め滅ぼされる危険性すら出てきます。

「はい。暫くの間は聖地巡礼に行くという流行が出来上がり、国と国の間や貴族と貴族の間で起こる戦争が可能な限り抑制されることになってくれるのではないかと、そういう構想です」

「確かに実現すれば素晴らしい事かと思われますが、実現するでしょうか?」

姫様の言葉に、教皇は深く頷きました。

「まず聖地を取り戻せるのかどうかの方が、遥かに困難な事と言えましょう。
 それが成せるのであれば、せめて私の在位の間だけでも平和な時代を確保出来るやもしれません」

「断言はされないのですね」

「自信はありますが、現時点でそれを断言するというのは不誠実でありましょう?
 不誠実は悪徳でありますが故に」

まあ、今から成功した後の事に対して確証をもって話したら、完全に詐欺ですよね。
外交官とかならば兎に角、教皇という道徳を説く宗教の大親分がやらかしたらいけませんよね。
まあこの教皇、言ってる内容が殆ど嘘八百なわけですけれども。
嘘は嘘とバレなければ、それまでは真実ですからね。真実とは常に流動的で、かつ幾つもあるものなのです。

「ただこれらを実現する為には、いくつかの障害があります。
 その中でも最大の障害は……やはり、ガリア。
 貴国からいただいた情報と、我らが独自に調べ上げた情報を総合すると、ほぼ間違いなくかの国はハルケギニア全ての国を巻き込んだ大戦争を起こすつもりであると判断いたしました。
 かの大国が戦争を始めてハルケギニア全土が疲弊してしまえば、大聖戦を起こす計画自体が破綻いたしかねません。
 ただ、我らロマリアが率先してガリアと戦争するわけにも行きません。
 故に、ガリアの迎撃と戦争の早期終結を目指し、貴国を基点に我らがロマリアとゲルマニアを含めた三国同盟を提案いたします」

「我が国を基点に?」

「貴国には、裏で動き回るのが、我らより得意な者が居るでしょう?
 呑んでいただけるのであれば、シャルロット大公女殿下に関する寄付に関してはいただかなくても結構です」

ええい教皇、こっち見んな、なのです。これは、トリステインの財政状況を見切っていますね。
更に言うと、私が貸したお金が焦げ付いたら、私の身柄がえらい事になるのも知っていますね。
そしてそもそもとして、同盟はこちらからも呼び掛けるつもりだった話であり、懐も痛まなければ願ったり叶ったりという。
つまり、断るべき理由が特に見つからないどころか、得する感じしかありません。
……やはり宗教勢力というのは、おっかないのですよ。

「……わかりました。同盟はお受けいたしましょう。
 同盟の条件に関しては、後ほど使者を送って詰めさせていただきますわね」

「ありがとうございます。
 ……では、こちらも虚無について、お伝えいたしましょう。
 我らがロマリアが秘中の秘としてきた、偉大なる始祖ブリミルの系統たる虚無についての事柄です」

ちょっと待てぃ。どう考えても、私みたいな木っ端貴族が聞いてはいけない類の話ではありませんか。
こんな所にはいられません。私は部屋を出させていただきますよ!

「……あー、それは単なる貴族である私が聞いて良さそうなものでは無いので、下がらせていただきますね」

「どうせ貴方の事ですから、後で女王陛下から直接聞き出すのでしょう?」

「ホホホホホ……」

はっはっは、バレテーラ。
……まあ、分かりますよね。というか全部知ってるんですけどね。
始祖ブリミルが虚無の力を解除する為のマジックアイテムを4つ用意する事で、わざと四人以上虚無の系統魔法を使える人が出ないようにしている事とか。聖地のアレとか。
虚無については、研究してあの虚無発現アイテムに頼らずとも使える状態を作り出さなければいけないのですよね。
虚無の担い手は、その力を失うと普通のメイジに戻る……つまり、系統魔法を阻害し、発言するべき魔法を虚無に変化させているナニカがあるわけでして。
ヴァリャーグ人とかいうのと戦っていて切羽詰まっている状況の始祖ブリミルが見つけられたのですから、きちんと人員と予算を整えた上で研究すれば、虚無の系統と呼ばれる魔法の源は見つかる筈なのですよ。

「かつて始祖ブリミルは虚無の力を四つに分け、それぞれを秘宝とその鍵となる指輪に込めました。
 トリステインが虚無を目覚めさせたという事は、これについてはご存知ですね?」

「ええ、その点については恐らくそうなのであろうという報告を、このケティから受けておりますわ。
 猊下からお伺いさせていただいた御蔭で、それが真実であるとの確証が得られました」

姫様の言葉に私は無言でコクリと頷きますが、内心冷や汗ダラダラです。
姫様。お願いですから、こういう場で私をあまり持ち上げないでいただけないでしょうか?
ロマリアという国は目的の為には手段をあまり選んでくれませんし、この教皇は目的の為なら手段は選ばないタイプの人ですし、何よりロマリアという国は多少の醜聞ならばハルケギニア全土に拡がっている教会の影響力を使って揉み消してしまえます。
ぶっちゃけるとですよ。私みたいな男爵家の末娘とかいう木っ端貴族の1人や2人、殺したところでロマリアの影響下にあるトリスタニア大司教やトリステインの何処かに居るであろう異端審問官が、背教者だの異端者なんだのって事にしてしまえばどうにでもなるので、命の危険を感じるという訳なのですよ。
くわばらくわばら。

「始祖の秘宝とその鍵である指輪はそれぞれ4セットずつ。
 ただし虚無の資質を持つ者は、血統的に言っても潜在的にはそれよりももっと多い…しかしそれを開放する為の手段は恐らく1セットにつき1人であるため、虚無の力を行使出来る者は最大4人しか生まれないであろう。
 故に虚無の担い手が死んだ場合にのみ、虚無の資質を持つ者はその秘宝と鍵を使う事によって、新たな虚無の担い手となる事が出来ると思われる……で、良かったかしら、ケティ?」

「はい、全ては飽く迄も予測ですが」

「ほ、ほほう……予測でそこまで到達されるとは、素晴らしいですね。
 始祖は力を担うべきものも4つに分けたと、ロマリアの伝承にはあります。
 しかし、虚無の資質を持つ者が、秘宝の数より多い事まで予測されましたか……」

秘中の秘を全部言われて、教皇の声が上ずってるー!?何ですかこれ、私殺されますか?
ええい、とっとと逃げておくべきでした!
こんな事だったら予め知っているからと言って、報告書につらつらサービスで書き込まなきゃ良かったのですよ。

「その通りです。虚無の担い手は、それぞれ4人ずつ。
 虚無の使い魔もガンダールヴ、ヴィンダールヴ、ミョズニトニルン。そして記す事すら憚られし使い魔の計4体。
 始祖は《4の秘宝、4の指輪、4の使い魔、4の担い手。4つの4が揃いし集いし時、我の虚無は目覚めん》と仰ったと、そう伝わっております。
 …さて、このような強力な力を始祖は何故用意されたか?
 勿論ですが、ハルケギニアにおける戦争の為などでは断じてありません」

「…エルフと戦う為、ですわね。
 その場合、何故に虚無の担い手が4人しか居ないのかが、いまいちハッキリしませんけれども」

ですよねー。戦いは数だよ兄貴という奴で、それなら破壊力の大きな虚無のメイジを量産できるようにしておいた方が、エルフと戦う上でも絶対に良いのですよね。
ただまあ、破壊力の大きなメイジがポコポコ居たら、それはそれで別の問題が発生するのですけれども。

「それは、虚無の担い手と使い魔を実際アルビオンの戦場に投入した貴国ならば、容易く理解出来る筈です。
 虚無の系統は、信じ難い程に大いなる破壊を引き起こします。つまり人同士の争いに用いるには、余りにも強大無比に過ぎるのですよ。
 故に始祖は、ハルケギニアの民が虚無という強大極まりない力によって自ら破滅しないように、4人という数に限定なさったのでしょう」

「確かに、虚無の系統が他の系統魔法と同じ頻度で使われていたならば、ハルケギニアは今頃草木一本のこらぬ焦土と化しているでしょう。
 偉大なる始祖の始祖の先見の明に感謝したした方が良さそうですわね」

そう、破壊力が強い虚無の魔法をバカスカ撃てたら、戦争がダイナミックになり過ぎてハルケギニアがズタズタのボロボロになってしまいます。
まともに国家が運営できる気がしませんけれども、その場合はその場合で、何らかの自制的な是正措置が行われるでしょうね。もしくは自制出来ずに滅ぶか。
……というよりもひょっとして、虚無の魔法が生まれた再初期段階では似たような事が起きていたかもしれませんね。
いざという時の為にという名目で、実質的には封印していたとか?うーむ?
まあ、どんな力も使う人次第ですし、私は例え虚無を復活させても封印したりはしません。
メイジという存在が、破滅的な力ですら自滅の恐怖と英知による自制が出来ないような愚者の集団なら、いっそ滅んでしまえば良いのですよ。




さて、ロマリアでグダグダああだこうだ会談した後、トリステインに帰ってきたわけですが。
あの後、教皇にティファニアの居場所も知ってるなら、お前んトコで保護しとけやと暗に言われたので、ちゃちゃっとアルビオンまで出かけて拾って来なければいけないわけですが……私が居ない間に問題が発生していました。

「お帰りケティ、お疲れ様だったわね。
 早速だけど、わたしエクスプロージョンが使えなくなったわ」

「はい?」

帰ってくるなり労いの言葉もそこそこに、いきなりルイズにそう言われたのでした。
魔力が足りなくなったなら、あまり良く考えないで怒るのが一番ですよ、ルイズ?



[7277] 第六十五話 私の弱点などどうでも良いのです
Name: 灰色◆a97e7866 ID:c1600365
Date: 2017/05/26 20:55
前回のあらすじ:教皇と適当に雑談して帰ってきたら、ルイズが魔法を使えなくなっていたでござるの巻。

 いやー、何と言いましょうか?
 はるばるロマリアから帰ってきたら、ルイズが魔法を使えなくなっていたわけなのですよ。
 何でも才人がタバサに浮気していたので頭に来て、エクスプロージョンをぶっ放そうとしたらタバサが守るように回り込んできたのを見たら切なくなって、以降エクスプロージョンが出ないだとか便秘だとかなんとか。
 ちなみにですがルイズは現在魔法は使えません……が、聞いた限りでは暴力は健在のようなのです。
暴力が健在ならば別に問題無い気もしなくも無い?いやいや、遠距離攻撃手段が使えなくなるのは拙いでしょう。
 遠距離も近距離も、どっちも行けるのがルイズの強みですし。

「…と、言う訳で、よ。
 ケティ、何とかして」

「…その前にですが、何故に人の着替えの最中に、しかも私が服を完全に脱いだまさにその瞬間のタイミングを見計らったかのように、ノックもせずに踏み込んで来るのですか?」

 今の私の状況を詳しく説明しますと、ようやく学院に帰って来て旅の疲れを落とそうと思い、ひとっ風呂浴びようと思ったら大浴場が掃除中だったので、お湯を貰ってきて着替えついでに体を拭こうとしていた所だったのです。
 単純明快に説明しますと、全裸です。
 鍵をかけたつもりだったのですが、ぼーっとしていたのか掛け忘れたようでドアがバーンを開け放たれて現在この状況。

「四万人ほど撃退した英雄さん。指の隙間から目が見えてますよ、目が」

「アッハイ」

 嫁入り前の娘の裸を、そうジロジロと見るものでは無いですよ。才人。
 にっこり微笑みかけてあげると、顔を青くして完全に覆いました。

「切羽詰まっていて、そこら辺をサラッと忘れていたわ。
 後、サイトにドアを開けさせたのが最大の誤りだったわね……」

 暫く被害に遭わなかったので忘れていましたが、因果に干渉してラッキースケベを引き起こすラブコメ主人公体質ですからね、才人は……。
 大浴場が今日に限って掃除中なのも、私が鍵を何故か掛け忘れていたのも、ルイズが入室前の声掛けを忘れたのも、全てはラブコメ時空の成せる業……という事にしておけば何か気分が楽になりますね。
 事態は全く好転しませんけれども。

「…で、二人とも。ハイクを詠め。カイシャクしてやります」

 やはり《気を抜かない。誰も信じない。レーザーガンを手放さない》の三原則は大事なのです。
 杖を肌身離さず持っていて正解でした。

「フィンガー・フレア・ボムズ!」

『アバーッ!?』

 発動ワードこそ物騒ですが、単なる普通の炎の矢を五発纏めただけのもの二人にぶっ放しておきました。
 普通の人なら死にますけど、この二人の場合は大丈夫なので。



「…気を取り直して。ケティ、どうにかならないかしら?」

 ちょっとだけ煤けたルイズが、焦げて気絶したまま徐々に再生しつつある才人の横で、腕を組んで仁王立ちしています。
 ルイズは魔法が使えなくなったとか言っていましたけど、やはり暴力と同様に対魔法障壁は健在なのですね。煤しか届いていません。

「ルイズ、人にはそれぞれ得手不得手というものがありまして。
 火メイジである私は、破壊したり騙したり焼き尽くしたり誤魔化したり蹂躙したり交渉したりするのは得意中の得意ですが、そういう心と体の癒しは専門外なのですよ?」

 そういうのはアレです。『貴方の心と体を守ります』とか言ってくれるマシュマロマンみたいな物体にでも頼んでください。
 私は話し相手をキリキリ舞いさせるのは得意ですが、癒すのは苦手なのです。

「騙したり誤魔化したり交渉したりする部分は、火メイジとか特に関係無いと思うわ。
 それはそれとして、それなら誰に頼めばいいのよう?」

「そういうのは矢張り、水メイジでしょう?」

 水メイジは心と体に癒しを与える魔法が使えるのが最大の特徴なメイジですからね。
 心と体を操る魔法を使えるとも言いますけれども。

「私がよく知っている水メイジってモンモランシーと、モット伯と、そして姫様だけれども……ケティ、この三人に私を癒せると思っているの?
 モンモランシーに変な薬を貰ったら何か腕とか角がにょきにょきと生えてきそうだし、モット伯は家じゅうの薬瓶を全部ひっくり返しても絶対に媚薬しか持って無いでしょ。
 姫様は意外とまともな薬を考えてくれそうだけど、姫様が久々に薬を鼻歌交じりに作っている間に代わりに執務を代行させられるのは私なのよ。
 ひょっとすると魔力は回復するかもしれないけど、それは精神の死を意味するわ。却下」

 提案は却下されてしまいました。

「いや、ああ見えてモンモランシーだって、時々まともな新薬も開発していますからね?
 この前、コルベール先生に毛生え薬を作って提供していたではありませんか
 コルベール先生、ふっさふさになりましたよ?」

「アレは髪じゃなくて、コルベール先生の頭皮を苗床にして髪の毛みたいな細さの海藻が生えてくる薬だったじゃない。
 何処の世界に刈り取ってオリーブオイルと岩塩混ぜたドレッシングをかけたら、意外と美味しく頂ける茶褐色の髪の毛が有るのよ。
 他人の頭を海藻畑にする時点で、まともな新薬では無いわ」

 モンモランシーは私人としてはとても常識人なのですが、こと専門分野に関してはとってもマッドネスですからね。
 ちなみにですが、何で食べられるようにしたのかと問うたら、「どうせ生えて来るなら、食べられるようにした方が一挙両得じゃない?」とか、胸張って言っていました。胸無いのに。
 赤貧貴族なのが、変な所で発揮されているのです。自重せよモンモランシー。

「あー、死ぬかと思った。ケティおかえり」

「はい、ただいま才人。そして浮気者死すべし、慈悲は無い」

「アバーッ!?」

 ルイズが魔法を撃てなくてかなり消沈しているようなので、挨拶代わりに炎の矢で焼いておきました。
 今度は軽めです。若干熱いかもしれませんが、焦げません。
 復活するたびに気絶させていてもキリがありませんし。

「ルイズが意気消沈しているようなので、これはルイズの分ですね」

「ケティ、よくやったわ。これはこれで若干モヤッとするけど」

 乙女心は複雑なのですね、ルイズ。

「へ、平和な日々が終わった……それはそれとして、ルイズが魔法使えなくなってる件だけど、何か改善する方法は無いか?」

「エクスプロージョンが撃てないだけで、虚無の身体強化自体はまだ残っているのですよね……」

 ルイズだけではなく、才人にまで頼まれてしまっては流石に無碍にも出来ません。
 でも、ルイズが再び魔法を使えるようになった切っ掛けって、どんなのでしたっけ?
 正直、あまり覚えていないのですけれども。

「デルフが言うには、エクスプロージョンを撃てる程の魔力が無くなっているんじゃあないかって事だったけど」

「寝て回復しないのですか?」

 私達メイジの魔力は、寝るとだいたい回復します。
 回復しきらなかった場合は、数日寝れば回復するのですよね。
 ただ今回は数日寝た程度では回復しない……つまり、何か大きく魔力を回復させる方法が必要という事なのでしょう。

「うー……サイトの言う事なら聞くのね、ケティは」

 才人から話を聞きつつ考えていると、ルイズの恨めしげな声が。
 いやまあ確かに、才人の言う事を聞き入れて考え始めたように見えますが、そんな嫉妬の籠った視線を向けられても困りますよ、ルイズ。

「才人の言う事なら聞いたのでは無く、ルイズと才人の両人に頼まれたからこそ、考えてみるだけ考える事にしたのですよ。
 才人のみに聞かれただけだとたぶん面倒臭がったでしょうし、ルイズに聞かれただけでもやはり面倒臭がってモンモランシーにブン投げていたでしょうね。
 ルイズに尋ねられ、才人に尋ねられたからこそなのです」

 魔力というのは、強くて純粋な思考。つまり、喜怒哀楽に反応して増える……と思っていたのですけれどもね。
 ルイズは恐らく現在、悲しみという強い感情に支配されているにもかかわらず、魔力があまり回復していないようなのですが…はて、一体どういうことなのやら?

「では、とりあえずモンモランシーに相談してみましょうか」

「え?モンモランシーの薬は嫌よ。絶対に嫌よ。
 魔力回復するとしても、目が3つになったり口から怪光線吐けるようになるでしょ絶対。嫌よ」

 ルイズ、胸の前で腕を×の字に交差させて絶対拒否の姿勢なのですよ。
 モンモランシーはマッドですから理解出来なくもありませんけれども、何とも不憫なような気もします。腕は確かですし。マッドですが。

「うーん…薬を貰うかどうかは置いておいて、こういう話はモンモランシーにも聞いて貰った方が良いと思うのですよね。
 普段はアホな薬ばかり作っている印象がありますけど、ああ見えて高性能な癒しの効果がある魔法薬も作っていますし、アホな薬ばかり作っていますけど、魔法による外科手術も何件もこなしていますし、アホな薬ばかり作っていますけど、一流の水メイジとして認められるに足るだけの実績は既に残していますから。
 まあ、折角最近は魔法薬を作る人間としてトリスタニア市内でも名が売れてきて、家の借金返す時にかなりの足しになりそうなお金を儲けているのに、そのお金を元手にアホな薬を作ってますけど」

 言ってるうちに、実験がてらにアホな薬渡されそうで不安になって来ましたね。
 モンモランシーに相談するのやめて、別の水メイジにでも聞いてみた方が良いでしょうか……?

「まあ、ダメ元でモンモンに聞きに行ってみようぜ?
 ひょっとしたら良い解決方法が見つかるかもしれないし、駄目だったらモンモンの親父さんを紹介して貰えば良いじゃん」

「なるほど、確かにその手がありましたね」

 モンモランシーには信用が無くても、モンモランシーの父親であれば、ルイズも否や無しでしょう。
 何せモンモランシーの父君ことアンリ・ド・モンモランシー伯爵と言えばトリステインのみならず、ハルケギニア全土に名を知られた名医ですしね。
 名医にならざるを得なかった原因が、父親が作ったアホみたいな額の借金で死ぬ程働く羽目になったせいらしいですが、まあ何と言いますか……大いなる困難は、時として人を成長させる事もあるのですね。

「…というわけで、駄目なら父君を紹介して貰うという方向でどうでしょうか、ルイズ?」

「むぅ……サイトも時には良い事言うじゃない?」

というわけで、モンモランシーに相談しに行く事になったわけですが。

「かくかくしかじかというわけでして、何とかなりませんかね?」

「まるまるうまうま。あー…うん。魔力の回復と感情の関係ね。
 確か、前にアカデミーの図書館で読んだ論文に、そんなのがあったわ。
 面白かったから、アカデミー所属の写本屋に写本して貰ったのを取ってあるのよ。
 系統ごとの感情と魔力の相関についての論文なのだけれども……って、よく考えたら虚無の系統の実験結果なんて無いわよアレ。
 ルイズに応用可能なのかしら?いやでも、サンプルが無い以上はアレに頼ってみるしかないか」

 そう言いながら、モンモランシーは戸棚をごそごそと漁り始めました。
 あ、ちなみにですが、一応モンモランシーは恋人もいる独身女性貴族ですので、才人は入室禁止を言い渡され、不貞腐れてモンモランシーの部屋の前で寝てます。
 ルイズに鍛えられたプロの使い魔である俺にとって、石の床程度で眠りを妨げる事など出来ぬとか言ってましたけど、余り自慢にはなりませんからね、それ。

「どこだったかな~?あ、あったあった。コレね」

 そう言いながら、モンモランシーはそこそこの厚さの紙束を取り出しました。

「これね。ズバリ『魔力の回復と感情の関係についての研究』という論文よ。
 メイジごとに得意な属性、能力クラスなどで分類して、細かく分析しているわ。
 執筆者はね、まことに驚くべき事にアンリ・ド・モンモランシー86世。つまり私のお父様なのよ」

 どう、驚いた?驚いたでしょ?とか言いたげにモンモランシーがあまりパッとしない胸を張っていますが、モンモランシー家にアンリが多過ぎなのにむしろびっくりしたのですが。
 86世って何ですか?秋名山の峠でも走るのですか?安易にアンリってつけ過ぎでしょう、モンモランシー家!
 いやまあ、うちのお父様もクールティル27世だか28世だかなので、程度の差こそあれ人の事はあんまり言えなかったりはしますが。
 うちもモンモランシー家も、トリステイン始まって以来6000年も続いていますしね。
 ここまで長いと、流石に名前も何度も被るってものですよ、ええ。
 ちなみに姫様も歴代でそれほど多くは無い女王ですけど、アンリエッタ3世と呼ばれるでしょうね、後の世では。

「実はね。得意な属性ごとに魔力の増加と減少には傾向があるのよ。
 例えば、火とか風のメイジは怒りみたいな攻撃的な意思に反応して魔力が高まるのは割と有名よね。
 でもそれらは飽く迄も経験則であって、きちんと計測された事が無かったのよ。
 そこで若き日のお父様は、そのあたりが実際の所はどうなっているのかを調べていたみたいなのよね」

 モンモランシーがそう言いながら、私にその論文の写しを渡してくれました。

「詳しい所は後でじっくり読んで貰うとして…ざっと概要だけ。
 まず、魔力は特定の感情の高まりで回復する場合がある。
 でも逆にね、特定の感情の高まりによって減る場合があるのよ」

「おお、それは初めて聞きました…減るのですか?」

聞きに来てなんですが、初耳なのですよ、それは。

「減るのよ。属性によって、魔力が増えたり減ったりするらしいわ。
 一番わかりやすいのは、ケティ。貴方の属性である火よ。
 火の属性が主属性であるメイジは、怒りなどの激情で大きく魔力が回復するの。
 その代わり、嘆きや悲しみに心が大きく満たされると、魔力が減った上に魔法の威力まで下がり終いには使える魔法のランクすら落ちて行く……お父様のレポートにはそう書いてあるわ」

「うーん……つまり、例えばケティが物凄く落ち込むと、場合によっては私みたいに魔法が使えなくなるという事?」

 モンモランシーもルイズも、何故に私を例えに使うのですか。

「そう、その通りよ。
 ケティが精神的に地面にめり込むくらい落ち込めば、魔力の量が一気に減少した上に、一時的に能力がドットくらいまで落ちる可能性があるわね」

 ルイズの魔力を回復させる為の相談をしに来たのに、例え話で私の魔力を枯渇させる方法が判明してしまったわけですが。
 一体どうなっているのでしょうか、これは……?
 だいたいですね。滅茶苦茶落ち込んだら魔法使う使わない云々以前に、戦う気力も湧かないと思いますよ、ええ。

「……で、ケティの魔力をすっからかんにして倒す方法が見つかったのは良いとして」

 何で私を倒すという方向に話が動いているのですか。
 そんな復活した魔王を倒すような方法を使わずとも、何処からどう見ても何処に出しても恥ずかしくないくらいのモブキャラなので、普通に正攻法で倒せますよ、私は。

「わたしの魔力は、どうやったら回復するのかしら?」

「この薬を」

「却下よ」

 モンモランシーが怪しい笑顔で取り出した薬を、ルイズは即時に拒否しました。
 しかし何といいますか……ルイズのメンタル、かなり回復していませんか?
 元通りな感じがするのですが、何でこれで魔力が回復しないのでしょうか……?

「大丈夫、大丈夫よルイズ。私を信用して。
 この薬を飲んだとしても、背中から変な翼が生えてきたりはしないわ」

「その代わり、変な腕が生えて来るんでしょ?
 姫様は腕が一本増えた分だけ仕事が捗るとか言って喜びそうだけど、わたしは嫌よ」

「ルイズ、私を信じて」

 キラキラした瞳でルイズを見つめていますけど、生えて来ないとは保証しないのですね、モンモランシー。
 保証出来ない事は、いっさい言質を取らせない。会話をする上で、とても大事なのです。

「あー…モンモランシー、本当に何も生えて来ないのですか?」

「ええ、そういうのはギトー先生が何度か協力してくれたお陰で、すっかり解消したわよ。
 魔法医学を発展させる礎となった、ギトー先生の献身と犠牲をあと数年は忘れないわ」

 何か良い話にしようとしていますが、ギトー先生に魔力と余計なパーツが増える薬をどんどん飲ませた罪は重いような気もしますよ?
 まあ色々といわくつきなモンモランシーの薬を飲んだ人が一番悪いのですが。

「……で、変なものは何も生えて来ないのはわかりましたけれども、魔力が回復する以外の副作用はきっちり有るのですよね?」

「貴方のような、勘の良い友人は持ちたくないわ。
 何事にも福あらば禍有りなのよね。
 属性ごとに特定の強い感情で魔力が回復したり減ったりするのであれば、回復する強い感情のみを増幅する薬を作れば良いと思ったのよ。
 つまり例えばケティみたいに火の系統を得意とするメイジの魔力を回復させる薬を作る場合は、怒りとか殺意のみを増幅させれば良いわけよね」

 良いわけよねではありませんよ、モンモランシー。
 大問題ではありませんか、それ?

「だからね、属性ごとに魔力を生み出すけど、なるべく純粋な感情でかつ害が無さそうな形に調整して魔力回復薬を作ってみたのよ。
 火の回復薬は誰かを攻撃したい意思を高め、風の回復薬は誰かの為に戦いたい意思を高め、土の回復薬は誰かを守りたい意思を高め、水の回復薬は誰かを癒したい意思を高めるようになっているわ。
 ちなみにだけど、この意思の有無が属性の強化とかなり関係が深いみたいなのよ。
 つまり例えば、土メイジなのに率先して目立ちたがるギーシュは、属性と性格が根本的に全然合って無いのよね……」

「性格が原因なのですか、ギーシュがドットなのは……」

 今明かされるギーシュがあれだけ器用に魔法を使えるくらい陰でこっそり鍛錬を欠かさないにも拘らず、魔力がドットクラスな理由。
 グラモン家の家風と、メイジとしての属性があっていないのですか。
 改善の余地も無さそうというか、地味になるくらいなら派手でもドットである事を選ぶでしょうし。

「ケティも使ってみる?」

「いいえ、私は遠慮しておきます。
 というよりも火の回復薬が、完全に駄目な子ではありませんか」

 飲んだら血に飢えた狂戦士と化すとか、ちょっと洒落になっていません。
 他の回復薬は割とまともなのに、どうしてこうなったのか……。

「う~ん……キュルケ見てる限り、恋愛でも魔力が高まるみたいだから、そっち方面の感情が高まる方が良いかしら?
 それなら、前に作った媚薬をちょちょいといじって……」

「やめるのです……」

 どうしましょう。マッド水メイジが『魔力が回復する代わりに発情する薬』という、エロゲみたいな薬を思いついてしまいました。

「とは言っても、思わず体が熱くなるような純粋な感情って奴が必要みたいなのよね。
 後、確認されてるのは恥ずかしいという感情なんだけど……魔力が回復する代わりに猛烈に恥ずかしくなる薬とか、どう考えても使いどころが無さそうだからやめたわ」

激怒、発情、羞恥……日常では確かに良くある感情ではありますけど、強めるとろくな事にならなそうな感情ばかりですね。

「……で?」

 私達がギャースカやっていると、ルイズは薬の瓶を眺めながらぼそりと呟きました。

「わたしはいったい、どれを飲めば良いのかしら?」

「え?飲むのですか?」

 最初の方で拒否してたから、てっきり飲まないものだと思っていましたよ。
 ルイズは頑固ですし。

「飲もうかなと思ったのだけれども、問題は私の属性に効く薬が有るのか…という事よ」

「あー…やっぱりそれが問題よね。
 ルイズは虚無だけど属性は遺伝する場合が多いから、親の得意な属性で試してみるとか、どうかしら?」

「ルイズの親の属性というと……確かヴァリエール公は水と土の属性で、カリンは風特化でしたね……」

 モンモランシーの言葉に頷きながら、それっぽく推察してみせます。
 ルイズの属性が実は風だというのは知っていますけど、此処で言うわけにもいかないのが何とももどかしいのです。

「エレ姉さまはお父様と同じく水と土で、ちい姉さまは土だから…わたしも水か土で試して見た方が良いかしら?」

「もしくは母君と同じく、風か…ですね」

 たぶん風ですよーたぶんー。言えませんけどー。

「ルイズが水か土…なんか性格的に全然合って無いっぽいけど、試してみる?」

「性格的に全然合っていないとか言われると若干腹立つけど、先ずは水で試してみるわね」

 ルイズはモンモランシーから渡された薬瓶を受け取って、グビグビと喇叭飲みしています。
 実に豪快というか、確かにどう見ても水や土の属性が得意そうでは無いのです。

「おお。何だか、力が漲ってきた…ような気がするわ」

 ルイズって水属性もひょっとして持っていたのですかね。
 だとするとアレです。風と水が得意となると、タバサとかぶりますね。全然似合っていませんね。

「エクスプロージョン!」

「ぎゃああああああ!?私の鍋ェ!?」

 ルイズが杖を振ると、モンモランシーの部屋にあった調剤用の鍋が爆発しました。
 鍋が吹っ飛んだのにショックを受けたのか、モンモランシーが悲鳴を上げています。
 そういやプロ用の調剤鍋って、様々な魔法の付与を施しているかなり高級な品だったような記憶が。
 いや私、火メイジなので秘薬とか作れませんからサッパリですけど。

「おー…魔力が復活したわ。すごい。モンモランシーの薬なのに、ちゃんと効いてる」

 おー、となるとルイズには水メイジの適性もあるという事ですね。似合っていませんが。
 ん?何かルイズがもじもじし始めたような……?

「い、癒したい…なんだか…すごく癒したくなってきたわ!
 傷ついた人を癒したい!癒したい、癒したい、癒したい、癒したい」

「はい?」

 おー、何だかルイズの様子が変なのです。
 いつものモンモランシーの薬っぽい展開になっていましたね、これ。

「ケティ、怪我してない!?」

「いえ、見ての通り無傷ですよ。
 怪我するような事は一切していませんし。
 強いて言えば、ルイズが鍋をふっ飛ばした際に待った埃で少々鼻がむず痒い程度なのです」

「ハンカチで鼻でもかんでなさい!」

「はい」

 癒やすも何も無いですよね、この状況は。

「モンモランシー、怪我していないかしら!?」

「鍋と一緒に私の心が砕け散ったわ!私の鍋、私の鍋を返して!?アレ高かったんだから!」

「わ、わたしの貯金から弁償するわ!」

 ルイズ、多分貴方の貯金が根こそぎ吹っ飛びますよ、あの鍋。
 モンモランシ家の人間が使っていたという事は、そんじょそこらの質の鍋じゃあないでしょうし。
 幾ら貧乏性でも、調剤鍋だけは絶対にケチらないのがモンモランシ家とか言われてるくらいですよ。
 たぶんですが、ちょっとした館が建つくらいの額の鍋な筈なのです。
 まあそんな額でも根こそぎとは言え何とかなってしまう時点で、ヴァリエール家からどんだけお小遣貰っているのか窺い知れるというものなのですが。

 ……え?何でルイズのお小遣とへそくりの額を知っているのか、ですか?
 それは、秘密なのです。

「癒やしたいのに、癒せるような怪我を負った人が居ないわ!」

「そもそも、傷を癒やす魔法なんか使えませんよね、ルイズ?」

「なせばなるわ!」

 ならないと思います。

「そうだ、サイトなら怪我してるわね、さっきケティに燃やされていたし!」

 ルイズはそう言うと、思い切り部屋のドアを開け放ちました。

「サイト、居る!?」

「ぎょべ!?」

 潰れた両生類みたいな音がしたかと思ったら、才人が壁に叩き付けられていました。
 おそらくはドアに寄りかかって寝ていたのでしょうね……。

「おお、丁度良く怪我してるわね!よくやったわ、治療してあげる!」

「は?は?」

 いきなり壁に叩きつけられて混乱中の才人を、ルイズが勢いよくお姫様抱っこします。
 わー、これはこれは面白い構図なのですよ。才人には災難ですが。

「治療するわ!」

「はい?いったい何が起こって…あ~れ~!?」

 ルイズは才人を抱えたまま物凄い勢いで走り去ってしまいました。
 その後、包帯でミイラみたいになった才人が部屋で発見され、モンモランシーの薬は『効き目は有ったけど、これはアウト』とルイズからの審判が下され、採用を見送られたのでした。

 モンモランシーの父上ですか?
 結論から申し上げますと、若い頃にモンモランシーと同じ研究をやって同じような薬を作って同じような結論に至っていたようなのです。
 分かり易く言うと、マッドの父は年相応に落ち着いたマッドでしたが、それでも無理でした。
 副作用少なめの魔力回復薬を作る道は、まだまだ長そうです。
 よく考えなくてもアルビオンに行ってティファニア拾ってこなければいけませんし、悠長に数日かけているわけにもいかないのですよね。

「次行ってみましょう!」

「次って何よ?」

 私の言葉に、ルイズが首を傾げています。

「ちょいとアルビオンまで出かけましてね。ティファニアをね、拾ってくるのですよ」

「いやケティ、そんな散歩がてらに猫か犬を拾ってくるみたいな……」

 私の言葉に、才人まで首を傾げているのです。

「ボリボリ……唐突……ボリボリ……」

 タバサはパウル商会で戦闘用糧食として開発したので、取り敢えず試供用に持って来た堅パンをバリボリ喰らっているのです。

「タバサ。それ、美味しいですか?」

「美味。歯ごたえが最高」

「マジですか」

「マジ」

 保存性を優先して非情な程に堅く焼いてある為、恐ろしく硬い焼き菓子なのですが……。
 本当にやんごとなき身分のお姫様ですか貴方。

「うお、何だこれ堅い!?」

 才人の方が苦戦しているではありませんか。
 ほっそりした顎なのに、一体どうなっているのですかタバサの顎は。

「そんな事より、説明……ボリボリ」

「あーはいはい、わかりました」

 食べ物に関する事で、タバサの理不尽さを追求しても無駄ですよね、知ってます。

「治安が最悪になっているアルビオンの虚無の使い手を、直ちに確保せよとの王命なのです。後ついでに……」

 姫様のサインとトリステイン国王の印が押してある命令書を才人に手渡してから、私はもう一つの文書を取り出しました。

「ん?この紋章はロマリアの印璽よね……って、この紋章は教皇勅書じゃない!?
 しかもこことここの紋章から察するに、金印を用いた最高クラスの教皇勅令よね。
 授業以外で初めて見たわよ、そんなの」

 おー、流石ルイズ。座学トップは伊達では無いのが、久し振りに発揮されましたね。
 これもロマリア土産と言いますか、これから行くのはすっかり修羅の国とかしたアルビオンですからね。

「姫様からの王命と、ほぼ同じような内容のロマリア教皇勅令ですよ。
 各地の教会に向けて便宜を図るようにという内容も書かれているので、これが有ればかなり安全にアルビオンに行けます。
 現在アルビオンで最も安全な街のフリーパスは、ロマリアが持っておりますので」

 現在、シティ・オブ・サウスゴーダと、その港であるポート・オブ・サウスゴーダが属するサウスゴーダ領だけは、ロマリアが治める神政領なのです。
 ゲルマニアはアルビオンの占領統治に失敗しつつありますが、ロマリアはこの領地に集中的に教会の資産と資源を投下する事で治安を取り戻しており、それによってサウスゴーダ領には治安が悪化する他の地域から逃げてきた者が大量に流入して来ている為、現在はアルビオンで最も栄えている都市となっています。

「王命と、教皇勅令……」

「凄いのか?」

 軽く固まっているタバサに、才人がのんびり尋ねています。

「ん。凄い。逆らったら即破門。
 たぶん、ケティは痛くも痒くも無い」

「それ、凄く無くないか……?」

 まあ私は生まれた時から破門されてるようなもんですしね……って、その説明だと才人が混乱しますよ、タバサ。
 そもそも何で私を引き合いに出すのですかというか、才人を混乱させて楽しもうとしてませんか、タバサ?

「ケティは痛くも痒くも無くても、各地にある教会にとっては即死に繋がる大問題だわ。
 僧侶たちにとってはそれが必要な事なら、煮えたぎる油にだって飛び込む程の絶対命令よ、これ」

「ほげー、何それ凄い」

 ルイズの説明に、納得したかのように才人が頷いています。
 ……ひょっとしてタバサ、才人とルイズがギクシャクしている原因を作ったのを若干気に病んでたりしますか?
 それで、助け舟を出しました?
 こういう相談事がある時以外、あまり口を利かなくなていますしね、二人とも。

「まあそういう訳でして、ちょっくらアルビオンまで行ってきますけど、一緒に来ますか?」

「いやこれ水精霊騎士団に対して、メンバーを選抜して行ってこいって命令に読めるんだが
 つまり要するに、いつものメンバーでいつもの秘密工作活動みたいなのをやって来いってこったろ?」

 姫様の命令書を読み終えた才人からツッコまれました。
 何時の間にやらこちらの文字もすいすい読めるようになっていたのですね。
 タバサの教え方も良かったのでしょうけれども、げに恐ろしきは使い魔契約魔法の翻訳機能……。

「話が早いですね。その通りなのです。
 まあもっとも、今回の任務はティファニアを連れて帰って来るだけという、いたって単純で難易度の低い任務ですけれども」

「噂に聞いた限りでは、戦争の影響がある上にゲルマニアの統治が失敗したせいで治安が最悪状態なんだろ、アルビオン?
 十分過ぎるくらい危険な場所だと思うけど」

「そうよ。いざとなればモンモランシーの魔力回復薬飲むわよ。
 どうせ副作用はサイトが包帯の塊になるくらいだし」

 アレは見事なミイラでした。
 ルイズの魔力は未だに自然回復が起きていないか、起きていても非常に鈍い状況が続いています。
 何でしょうか、便秘みたいなものなのでしょうか。気分的にスッとするような事がないと元に戻らないという事なのでしょうか……?

「で、何で行くの?」

「コルベール式魔石反応蒸気釜搭載型の新型艦が公試航海を行うので、ついでにアルビオンまで運んで貰う事になっています。
 今回は試作品では無く、制式の最新型。トリステイン空軍の蒸気フリゲート艦リベラシオンです」

 軍の制式と言っても、元々作っていた軍艦に魔石反応式蒸気窯と蒸気レシプロ機関を乗っけただけな感のある代物ですけれども。
 万事、ハッタリというのは言ったもの勝ちなのです。

では、いざアルビオン!



[7277] 第六十六話 3度目のアルビオンなのです
Name: 灰色◆194f4e9a ID:dbff1692
Date: 2020/07/16 00:30
前回のあらすじ:色々やったけどルイズの魔力はあまり回復しませんでした。しませんでした。しませんでした。



「これが最新鋭の蒸気フリゲート艦……?」

ルイズが胡乱げな表情でその船を眺めています。

「どう見てもそこらへんの商船だね」

マリコルヌがルイズに同意するように頷きました。
ここはラ・ロシェールにある軍用の船着き場で、私たちは手配された船の前に居る訳なのですが。

「ほほほほほ……」

そう。フリゲート艦では無くて船なのですよね、これが。

「その予定だったのですけれどもね、ちょっと別のテストを挟み込まれちゃいまして☆」

茶目っ気たっぷりにテヘペロっとやってみましたが、周囲の胡乱げな視線が止まりません。
こんな付け焼刃な可愛い仕草では駄目ですか。誤魔化されませんか。そうですか。
一応、私自身の見立てでは可愛い仕草が似合いそうな見た目の範囲に居るとは思っているのですが、中身が向いていないのですよ、決定的に……。

「この今にも空中分解しそうなボロ船に乗って、いつまで精神が耐えきれるかのテストか?」

才人の視線が冷たい。でも私は負けません。

「ボロ船とは失敬な、こう見えてもこのヴァンジャンス号は割と最近新造された船なのです。
 見た目に反して快速ですし、内装も割と快適ですよ?
 ……任務の為に、ちょっとボロッちく見えますが、見た目だけです」

私達が乗る筈だった最新鋭フリゲート艦はちょっとした理由で先行してアルビオンに向かってしまったそうで、私達には別の船があてがわれる事になったのですが、それがこのどう見てもこのラ・ロシェールでよく見かけるボロい中型貨物船にしか見えない仮装空域警戒艦ヴァンジャンス号。
いやまあこう見えてもトリステイン空軍所属のれっきとした軍艦ではあるのですが……仮装でわざとやってるとは言え、見た目ボロッちいものはボロッちいですね、はい。

「任務?」

「ええ、はい。うちで開発した新兵器の実験と空賊退治を一気に両方やってしまおうというのが、このヴァンジャンス号の任務なのですよ」

「空賊退治……って、アルビオンの船はこの前の戦争で根こそぎ破壊されて、造船所もことごとく破壊されたせいでまともな船を作るのもおぼつかない状況だった筈じゃなかった?」

「そうそう、そのせいで空賊も船の修理が出来なくなって根こそぎ全滅したとか聞いたけど?」

ルイズが首を傾げ、才人が訝しげな目で私を見ます。
いやまあ、確かにアルビオンの空賊は、一掃できたのですけれどもね。

「ああそれはですね……」

「はっはっは、ケティ。
 たまには僕にも解説させてくれたまえよ?」

私が解説を始めようとしたところで、ギーシュが割り込んできたのでした。

「僕も水精霊騎士団の団長として、常に情報収集は欠かさないようにしているからね。
 とは言えケティほど詳細では無いかもしれないから、何か足りない所が有ったら補足してくれると助かるが、お願いできるかね?」

「ふむ……楽なのは、私も歓迎するところですね。
 ではギーシュ、お願い出来ますか?」

「まかせたまえ!」

ギーシュは胸を張って妙に偉そうに語り始めました。

「先ずアルビオン空賊だが、これは君達が知る通りにガリアとトリステインの空軍による空賊狩りによって壊滅したのは間違いない。
 彼らは船を破壊された上に、アルビオン本国ではまともに船の修理も出来なくなった状態で、更に空軍の取り締まりによって乗る船も無くなって事実上無力化された」

「おー、ギーシュのくせに生意気ね」

「辛辣だね、我が麗しき花モンモランシー!?
 僕はこれでも座学の成績は悪くないんだがね」

モンモランシーの辛辣な一言によろめきつつも、ギーシュが健気に言い返しています。
彼はそれなりに座学を頑張っており、確かに座学は悪く無いのですよね。
いつも言動が莫迦っぽいですけど、更に言えば座学を頑張っている理由は目立つ為だったりしますけど、成績は悪く有りません。
常に300人中20位以内のトップグループではあるのです。

「確かに上位ではあるけど、私より下じゃない、いつも」

「ぐはぁ!?」

モンモランシーは2位から5位くらいまでの間なのですけれども。

「更に言うと、わたしは常に1位よ」

「がはぁ!?」

とは言え、ギーシュ達の学年では『まっすぐ行ってぶっ飛ばす。正面からぶっ飛ばす』キャラなので、どう見ても頭良さそうに思えないルイズが座学では常に不動の1位。
トップクラスと言えど、間には深くて暗い河があるのです……。
……私ですか?座学は1位から50位の間をうろうろしています。
色々やらされながら成績キープしているのですから、誉めてください。

「いちいち刺さるマウント取りはやめたまえよ……?
 まあ兎に角だね、アルビオンの造船能力は無力化されたが、別にアルビオン人だけが空賊になるわけではないというわけなのだ」

「ギーシュの言い回しが回りくどいから結論を予測すると、つまり我が国やガリアやゲルマニアの商船の中でガラが悪い連中が、アルビオン空賊が居なくなった隙間に入り込んで空賊化したという事ね?」

「その通りだけど、僕のキメ台詞を奪わないで貰えるかな、ルイズ!?」

ルイズ、まさに容赦無しなのです。

「彼らが空賊化した理由は、アルビオンが混乱で貧しくなったことが原因だよ。
 アルビオンでは貴族が激減し、残った者も戦後の賠償金で財の大半を失い、まとまった金を払える者が居なくなってしまった。
 おまけに畑は焼き払われ、都市は大規模集積所を失い、陸路は破壊され、風石鉱山も爆撃でまともに機能している所は殆ど無い。
 民間も殆ど死んだようなものだ。だから物は無いし、金を払ってくれもしない。
 経済が死んでいるアルビオンとの交易路は、麻痺と混乱の極みにあると言っても良い。
 故にかなりの数の交易商人達は飯が食えなくなり、空賊稼業に身をやつしたわけだね。
 ……まあそんなわけで、アルビオン航路は不届き者が跳梁跋扈する無法の空と化しているのだよ」

私の方をチラチラと見ながらギーシュが続きを話していますが、誰かのせいと言いたいのでしょうね。
その通り、私のせいなのです。
トリステインの被害を最小限にとどめる為に、アルビオンに徹底的な戦略的破壊を行った結果が現状です。
世闇で霧に隠れて移動したため、更にアルビオンが内乱状態である事に付け込み、分断工作も含めてやった為に何がどうしてこうなったのかは闇の中に葬られるでしょうが……私のせいなのは間違いありません。
アルビオンに上陸すれば、私は更におぞましいものを見る事になるかもしれませんね。

「やり過ぎました。次があるとすれば、もっと上手くやります」

微笑む私の顔を見て、皆が痛々しい表情で此方を見るのは何故でしょうか?
理解、したくありませんね。

「私のやらかした悪事はさておき、問題は空賊です。
 原因が誰のせいであれ、理由が何であれ、跋扈している空賊には慈悲をかけずに滅ぼす必要があります。
 あるのですが……」

「連中もさるものでね。取り締まりの船が来ると空賊では無く無害な交易商人が如く振舞うのだ。
 何せ、大半は元々交易商人だからね、区別がつかない。
 だから取り締まる側も、無害な交易商人が如く振舞うことにしたのだよ」

ギーシュはそう言いながら、ヴァンジャンス号を見ます。
それはどう見てもボロい中型交易船なのでした。

「したのだが……流石にボロくないかね?」

「ですから見た目だけですよ、中に入ればわかるのです」

完璧なカモフラージュなのです。完璧過ぎて、何だか私も疑わしく思えてきました。
本当に、ほぼ新造なのですよね?


船に近づくと、どう見ても交易商人な見た目のおじさんが、ニコニコしながら下りて来ました。
んん~?ますます持って、自信が無くなって来たのですが~?本当に軍艦ですかこれ~?

「皆様、お初にお目にかかります。ジャン・ド・ゴゾンと申します
 この度は英雄とその御仲間をアルビオンまでお連れするという大変名誉な任務を頂き、感謝しております」

そう言って敬礼した途端、どう見ても交易商人だったそのおじさんが途端に軍人の雰囲気を醸し出し始めました。
おお良かった!たぶんきっと軍人ですね、恐らく!
雰囲気だけ軍人で、見た目がどう見ても交易商人のおじさんなのですよ。実に見事な変装だと思います。

「こちらこそお初にお目にかかります。女王付き女官のケティ・ド・ラ・ロッタと申します。
 アルビオンまで仲間ともども、よろしくお願い致します」

優雅にカーテシー。ふっふっふ、ルイズに仕込まれた上級貴族仕草ですよ。
ド田舎の貴族では親や兄弟伝手でしか礼儀作法を学べず、なかなか伯爵以上であれば普通に雇える家庭教師とかを雇える機会がありませんからね。
持つべきものは友なのですよ。
例え『ケティが慣れない事をさせられて目を白黒させながら混乱している様を見るのは、意外と楽しいわね!』とか言っていたとしてもなのです。おのれ。

「はい。短い上に優雅な船旅とはいかないでしょうが、出来得る限り安全にお届けいたします」

そんな挨拶をしながら、私達はヴァンジャンス号に乗り込みました。
甲板に上がっても軍艦に見えません。どう見ても商船なのです。
なのですが……。

「何だこのデカいロケット花火は?」

才人は気付いたようです。

「見ての通り、デカいロケット花火なのです」

「嘘吐けコラ!?」

才人に頬をむにーっと掴まれました。女子の顔になんて事をするのでしょう。
まあ、自業自得なのですが。

「さて何を企んでいるのか、吐こうか?」

「あいたたた……原理的には火の秘薬を燃焼させて飛んで行くという、デカいロケット花火そのものですよ。
 普通のロケット花火と違う所は、着発信管を搭載していて当たった所で大爆発する事で船を破壊出来るように出来ている所くらいです」

「見た目から想像はしていたけど、いきなりロケット弾を作ったのかよ」

才人はびっくりしていますが、実のところロケット兵器自体は地球でも14世紀頃から存在するものであり、別に不思議では無いのです。

「これって、ジャンが作ったヘビ君シリーズに似ているわね?
 ひょっとしてパクった?」

キュルケが何やら失礼な事を言っていますが、決してパクッてなどはいません。

「似てはいますが、あちらの推進剤はディテクトマジックで追尾する際に推力を加減させる用途で火の魔石と火の秘薬を混合しているという高価な代物ですし、方向転換用の翼もガーゴイル技術を応用したものと、あちこちに魔法を多用した為に1発で金貨が袋単位で消し飛ぶ代物です」

「ゲッ、そんな高価な代物をバカスカ撃ってたのか、俺……」
 
才人が驚いていますが、1発でそれなりの規模の邸宅が買える値段なのですよね、空飛ぶヘビ君。
研究費は学院から出ていたとはいえ、凄まじい物を作ったものだと思います。

「対してこちらは推進剤は普通のものとは配合が若干異なるとは言え火の秘薬のみですし、方向転換用の翼など無く真っ直ぐ飛んで行くだけですが、1発たったの50スゥなのですよ。
 兎に角安い!コストの差が圧倒的!
 なので断じてヘビ君のパクリなどではありません。性能的には段違いにこちらの方が下なのです」

「ま、まさか性能の低さを自信満々に語られるとは思わなかったわ」

キュルケがちょっと引いていますが、コルベール先生のヘビ君シリーズは高過ぎてトリステインの財政力で大量に配備するのは無理なのです。
トリステインというか、たぶんガリアでも干上がります。そのくらい、滅茶苦茶高い代物です。
いっぽう今回のロケット弾は同じ部品をひたすら作らせ続ける事で未熟な職人でもある程度の部品精度を保ちつつ大量に作れるようにし、そうやって調達した各部品を工場にて組み立てるという工場制手工業で大量生産出来るように設計されています。
大量生産出来るから、値段をかなり安く抑えられているのですよ。
どんと来い、産業革命。

「その代わり大量に用意出来ます。要はある程度真っ直ぐ飛んで、当たれば良いのですよ」

最初はペットボトルロケットみたいに尾羽で回転させて直進性を高めようとしたのですけれども、これが冶金技術やら生産工程の単純化やら色々問題が有って中々上手く行かず……仕方なくロケット花火みたいに棒を取り付ける事によって直進性を上げる方式に変更した暫定版だったりはするのですが。

「てか、大砲で良かったんじゃね?」

「信管の性能的に、大砲だと発射時の衝撃で炸裂してしまうのですよ。
 なので加速が大砲よりはゆっくりな為に、信管への衝撃が緩やかなロケットを採用したのです。
 更に言えば噴出孔はノズル形状を採用したので効率よく推進力を得て飛翔させる事が可能で、なんと最大射程は現状10リーグとアルビオンに持ち込まれたどっかのガリアで作られた新型砲の2.5倍!
 遠距離から一方的に大ダメージを与えられるのが売りなのです」

まだまだ信管の性能が不安定なので、飛んでる最中に炸裂してしまうものが時折あるとか報告書に上がってきていたりはしますし、長射程だときちんと狙ってもたまにしか当たらないのが玉に瑕だったりしますけれどもね……。

「…ガリア製なの、いつバレてた?」

「ほぼ最初から、バレてましたね」

タバサの問いに、私はにっこりと答えます。
まあ私が何故知っているか問えば転生前の知識のお陰ではあるのですが、言わぬが花なのです。

「つまりケティは、また趣味と実益兼ねてコッソリ変なものを作って実験していたわけね?」

ルイズの指摘が情け容赦無いのです。
趣味と実益を兼ねていたのはその通りなので、ぐうの音も出ませんけれども。

「こっそりとは失敬な。火の秘薬の調合に関しては、モンモランシーにも多大な協力を得ていますよ」

「パウル商会のお仕事が、あんなに儲かるとは思わなかったわ。
 例の媚薬をもう一丁お替りできそうな勢いでお金が貯まったのよ、凄いでしょ?」

「お……お金が貯まったのを喜ぶのは構わないが、媚薬はやめたまえよ麗しきモンモランシー?」

私も大ダメージを喰らったアレは、是非ともやめて下さいモンモランシー。

「船を出港するぞー!」

ワイワイやっていたら時間が来てしまったのか、出航の合図が聞こえてきました。
船員が甲板上を慌ただしく動き回り始めているので、大量の荷物を持った私達はハッキリ言って邪魔以外の何物でもありません。

「おっと、早いところ船室に荷物を置いてきた方が良さそうですね」

「こちらです。ご案内します」

船員の人によって私達女性陣だけ専用の部屋をあてがわれる事になったのでした。
それほど大きい船とも言い難いので、大雑把でも専用の部屋があるだけ贅沢とも言えます。

「ハンモックで寝るのも、久し振りね」

キュルケが楽しそうにハンモックを見ています。
狭い船室の中にハンモックが4つ……淑女の部屋としてはかなり狭いし暗いですが、この船は私達以外は全員男性であり万が一でも間違いとかが起きてはいけないので、妥当な措置と言えるでしょう。
アルビオンに着いたら、宿の個室でゆっくり寝たいものです。



「起きろ、ケティ!海賊だ」

「我が眠りを妨げるものは、永久に呪われるがよい……」

才人にいきなり揺り起こされた私は、目覚めるなり呪いの言葉を吐きました。
眠りは最高の娯楽なので、妨げてはいけません。妨げた者は呪われるべきなのです。
ちなみにですが、才人は久々にあのおっぱい……もとい、ティファニア達に会えるのが嬉しいのかテンションが上がってしまい、眠れなかったようなのです。

「そんな殺意に満ち満ちた目で見るなよ……空賊が現れたんだよ、艦長が呼んでる」

「今、何時ですか?」

「朝の5時だよ」

「……不埒者には死を。
 では才人は皆を起こしてください。私は呼ばれているので艦長に会いに行きます」

「おう、わかった」

こんな朝早くモーニングコールしてくるとは許し難し。
普段よりも殺意増量でハンモックからのっそりと降りたのでした。

「ご苦労様ですゴゾン艦長」

「朝早くからすみませんな、ミス・ロッタ」

甲板に上ると操舵輪の近くにゴゾン艦長が立っていたので、挨拶を交わします。
相変わらず、どう見ても交易船の船長さんなのですが、雰囲気はとても鋭くなっています。

「おあつらえ向きの目標が見つかったようです。現在、こちらを交易船と勘違いして追跡中。
 見ますか?」

ゴゾン艦長がそういって遠眼鏡を手渡してきたので、小さく点みたいに見える影を覗いてみました。
レンズと魔法の組み合わせで、点みたいだった影があっという間に判別可能な大きさまで拡大されます。

「……あれは、旧アルビオン空軍のコルベットですか。
 残っていたのですね、未だに」

「あれは恐らく『王家の海賊』号。空賊化した旧アルビオン空軍残党の中でも凶悪な奴ですな。
 船長はウォルター・ケネディという名の元副艦長で、戦後我が国に投降しようとした前艦長を殺害してそのまま空賊船の船長になったという情報が集まっています」

「何故に前艦長を殺害したのかの情報は入っていますか?」

私の問いに、ゴゾン艦長は苦笑を浮かべた。

「アルビオン王国再興の為だそうです。空賊行為はその為の資金集めだと、酒場で言っていたという情報が集まっています」

「え、ええと……アルビオン王家直系は既に滅びましたし、アルビオン王家の血が一番濃いのは、うちの姫様ですけれども?」

ティファニアも居ますけど彼女はエルフの血が濃過ぎて表に出せませんし、そもそも誰も知らない筈なのでアルビオン王家再興の旗印にするのは不可能な筈なのですが。

「ケネディ家は代々騎士を輩出している家らしく、数十代前に王家の御落胤が興した家なのだという伝承があったようでして」

「まさかと思いますが、そのケネディとやらはアルビオン王になるつもりなのですか?
 そのような怪し過ぎる伝承で、人がついて来るとでも?」

「そのようですな。口が上手い奴なようで、部下にはケネディが国王になるのだと信じ込んでいる奴までおり、船員の多数から国王陛下と呼ばれているのだとか」

何なのですか、その痛々しい連中は。

「頭が痛い……とっとと沈めましょう」

「それが良いと小官も思いますな。
 トルピーユを使用する為の練度もかなり上がって来ましたし、女王陛下に良い報告が出来るでしょう」

トルピーユというのが、ロケット弾の名前になっています。
フランス語の魚雷。この世界だと海上船舶があまり発展し無さそうなので、名称をパクる事にしたのですよ。

「全発射機にトルピーユ装填」

「全発射機にトルピーユ装填急げ!」

「諒解!安全ピン外し忘れるんじゃねえぞ!」

艦長の命令を隣に立っていた副長が復唱すると同時に、船員が慌ただしく装填作業に入りました。

「ふわぁ……何?戦闘になるの?」

「こんな朝早くから、節操のない空賊ねぇ」

「眠い」

ルイズとキュルケとタバサが、眠そうに目を擦りながら甲板に上がっていきました。

「モンモランシーはどうしたのですか?」

「ん、髪を巻いてる」

ああ、そういえばかなりセットが面倒な髪型でしたね、モンモランシー。

「戦闘かね?」

「僕たちの出番だね!」

意気込んでギーシュとマリコルヌが出てきましたが、たぶん出番は無いのです。

「距離測定、射角調整、完了しました」

「観測射撃開始せよ」

「1番、観測射撃開始、撃てーい!」

1番発射機から凄まじい煙が上がり、轟音と共に白煙を噴き出し加速しながら4発のトルピーユが飛んでいきます。

「おおおーう、感動的ですねー」

「感動的ですねーって、始めて見たのか?」

「ええ、設計段階までは参加していたのですけれども、射場が遠かったもので」

射程が長くて危険なので、東トリステインの島にある実験場で発射試験をやって報告書は貰っていたのですが、飛んでいるのを見たのは私も初めてでした。
ちなみに観測射撃段階で当るわけも無く、トルピーユは空賊船の近くを掠めて落ちて行きました。

「外れました!」

あれ、落ちたらそこで爆発するのでしょうね。下に人が居ませんように。

「第2射開始」

「射角修正、2番第2射放て!」

「次は当てるぞ!」

今度は2番発射機からトルピーユが飛んでいき、今度は更に近くを掠めて行きます。
うーん、惜しいのです。

「外れました!海賊船、回頭を始めています」

何かよくわからないものが、猛烈に煙を噴き出しながら轟音響かせて飛んでくるのに驚いたのか、空賊船は反転を始ました。
まあ怯みますよね、見た事の無い武器ですから当たったらどうなるのかわかりませんし。

「腹を見せたな。第3射開始」

「射角修正、3番第3射放て!」

「いい加減に当たりやがれ!」

3番発射機は割と私達に近かった為に猛烈な轟音が鳴り響き、煙が私達にも若干噴きかかります。
黒色火薬の焼ける臭いがし、目がちょっと痛くなりました。喉にも良く無さそうなのです。
4発のトルピーユは煙を噴きながら飛んで行き、回頭中だった海賊船の横腹に2発突き刺さり……それと同時に信管が作動して、大爆発を起こしたのでした。

「うわぁ、たった2発でコルベットが真っ二つになったぁ!?」

マリコルヌが驚いた声で叫びました。
大砲の弾ではここまでのダメージを一気に出すのは、なかなか難しいですしね。
ビックリすると思います。

「とんでもないものが出来たんだね。こりゃ戦争の歴史が変わるかもしれない」

当たり所が悪かったのか船内の火薬まで誘爆したようで、コルベットは更にもう一度大爆発を起こして真っ二つに折れ、そのまま墜落して行きます。
人がバラバラと落ちて行くのも見えて正直あまり気持ちの良い光景では無いのですが、威力の程は確認出来たので良しとしましょう。

「こういう具合に、最近ではかなり命中精度も上がってきております」

「お見事です、艦長。姫さ……もとい、女王陛下もお喜びになられる事でしょう。
 運用法をレポートに纏めて軍務省へ提出してください」

「諒解致しました」

トリステイン軍は兎に角数が足りないので、質を上げていくしか無いわけですが……さて、いつか追いつかれた時にどうなってしまうのですかね、これは?



その後、私達は海賊船を数隻撃沈しつつ、サウスゴーダ港まで辿り付く事に成功したのでした。

「うーん、何とか着いたぁ!
 ようやく普通のベッドで眠れるぞう」

船から降りて、ギーシュが伸びをしています。
2日程度ですが、ハンモックで眠るのは辛いですしね。気持ちはよくわかります。

「しかし何というか……」

「街全体が荒んでいるな」

港のあちこちにボロボロの服を着ている人が蹲っていて、微妙に異臭が漂ってきます。
覚悟はしていましたが、これは……。

「この町はロマリアから物資が入って来るので、まだマシな方ですぞ。
 戦争の影響で、アルビオン全体が極端な物資不足に陥っております」

下船中に、ゴゾン艦長がそう教えてくれました。
私が予備的作戦として提案した戦略的破壊作戦が、アルビオン南部に飢餓の春を引き起こしました。
冬の間には既に飢餓が拡がって暴動が起こりゲルマニア軍が鎮圧していたらしいですが、既に暴動は起きていません。
力によって鎮圧されたというわけでもありません。
飢えた者は時に暴動を起こしますが、飢え過ぎた者は暴動を起こす気力すら無くなるのです。
そしてここは空中の島アルビオン。如何に食料を求めて脱出しようとしても、逃げ場所は無いのです。

「今を生きている人達には何の慰めにもならないと思いますが、そろそろトリステインからも救援物資を出す事になっています。
 ガリアも交渉の結果、かなりの量の支援食糧を送る事が出来るでしょう」

恐らく、気休め程度にしかなりませんが。
元々の食料生産量にあまり余裕が無いので、飢饉が起きても支援し難いのです。
もしも才人が帰って来なくて、戦争が長期化した場合に備えた戦略的破壊でしたが、今となってはやり過ぎの類でしょう。

「一生、背負って生きていくしかないでしょうね」

仕方がありません。私の器で仁の道は無理なのです。
貴族として生きる以上は、屍を踏みつけながら生きていく道しか無いのでしょうね。




このようなかなり気分が落ち込む案件もありましたが、私たちはウエストウッド村に到着したのでした。
村というか、ちょっとした砦なのですが。

「ウエストウッド村か。何か10年ぶりに来たような気がするね!」

「本当ね、何だか10年ぶりに来たような気がするわ」

ギーシュとモンモランシーがうんうんと頷いています。

「おーい、ニノン!久しぶり!何か10年ぶりくらいにあったような気がするな!
 テファは元気か?」

「誰かと思ったらサイトだ。本当に10年ぶりくらいな気がするね!
 アルビオンは色々と大変だけど、この村もテファも元気だよ。待ってて、いま扉を開けるから」

ウエストウッド村でティファニアの補佐みたいな事をやっているニノン・リシェが、才人の顔を見て笑顔で見張り台から降りていきました。
確かに、よく分かりませんが……10年ぶりに来たような気がするのです。不思議ですね。不思議。

「跳ね橋が開くよー、危ないから離れててね」

ニノンの声と同時に、丸太で出来た跳ね橋が下りてきます。
そして下りた跳ね橋の先には、ティファニアの姿もありました。

「久しぶりね、サイト。そして皆も元気そうで良かった。
 こういうの、お帰りなさいって言うのかしら?」

ティファニアは、そう言って微笑んだのでした。



[7277] 第六十七話 知っていても話せないのです
Name: 灰色◆194f4e9a ID:dbff1692
Date: 2020/07/16 00:52
「よっ、テファ。元気だったか?」

「…うん。サイトも元気そうで良かった。体は大丈夫?」

「もちろん、この通り元気だぜ!」

「………………」

才人とティファニアが長い間離れ離れになっていた幼馴染みたいな空気を醸し出し、ルイズが何かイラッとした表情を浮かべています。
それでも舌打ちとかしないのは、流石公爵令嬢なのです。

「…久し振りね、テファ」

「ルイズも久し振り。元気だった?」

ルイズのちょっとイラッとした表情に少し困った表情を浮かべながら、ティファニアは跳ね橋用のロープを引っ張り始めました……って、まさか。

「勿論よ、最近魔力が回復しなくてちょっと困っているけど、健康なのが取り得ですもの。
 テファも……相変わらず、凄いパワーね」

屈強な男性でもビクともしなさそうな跳ね橋のロープを、ティファニアは糸でも巻き取るかのように引っ張り上げて行きます。
重力とは、重力とは一体……うごごごご。
破壊力のルイズに腕力のティファニア。いったい虚無って何なのでしょうね?
少し、遠い目になってしまうのですよ。

「あら、この娘が胸のおかしいエルフね?」

「ひうっ!?」

才人とティファニアが会話している所に、キュルケがずいっと入って行きました。
見た目にかなり迫力のあるキュルケがいきなり入り込んできたので、人見知り傾向の強いティファニアが委縮しているのです。

「大丈夫、私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。
 ちょっと耳が尖ってるだけな程度、私は気にしないわ。
 そっちよりも、こっちの方が遥かに凄いと思うの」

「ひうっ、ひうっ」

キュルケはティファニアの胸をツンツンと突いています。

「これが本物だという事実の方が凄いわよ、うんうん。
 尖った耳なんてサハラに行けば幾らでも居るだろうけれども、きっとこんな胸には会えないわ」

「ひうっ、ひうっ」

「キュルケ、そのくらいにしておきましょう……?」

驚き過ぎて身動き出来なくなっているティファニアを庇う為に、取り敢えず間に入りましょう。

「おお、こっちはこっちで別の趣があるわね?」

「人の胸を勝手に突かないで欲しいのですが?」

ティファニアを庇ったら、今度は私の胸が餌食になったのです。
私は杖で軽くキュルケの手の甲を叩きました。

「だって、あんなに大きかったら気になるじゃない?
 私より胸が大きい人は、お父様の妾にも居ないのよ」

「初対面でいきなり胸を突くのは駄目でしょう。
 気持ちはわからなくも無いですが、駄目なものは駄目なのです」

ツェルプストー辺境伯の妾にも居ないとなると、確かにかなり珍しくはあるでしょうが。

「それは確かに。ごめんなさいね、ティファニア。好奇心に負けちゃったわ」

「ひう……わかっていただければ結構です。
 でも、本当に私のこの耳が怖くないんですか?」

「先程も言ったけれども、たかだか耳が尖っている程度で驚いたりしないわよ。
 この前、この子を助けに行った時に妨害してきたエルフの方が、よほど怖かったしね」

キュルケは隣に立っていたタバサの肩を掴んで、ティファニアの前に連れてきました。

「ん。一瞬で返り討ちになった」

「まあケティが、そのエルフを倒しちゃったけどね」

「ん。えげつなかった」

それだけ聞くと、滅茶苦茶強そうに聞こえますね、私。
概ね言いくるめただけなのですが。

「え、エルフを倒したの?」

ティファニアが怯えながら《プルプル、私悪いエルフじゃないよ?》みたいな目で見つめてきますが、別に私はエルフスレイヤーでも無ければエルフを脱がす空手家でも無いのです。

「眠らせただけですし、最後の仕上げをやったのは私では無くモンモランシーなのです。
 つまり、エルフを倒したのはモンモランシーですね」

「ひうっ!?」

「まさか薬を飲ませただけでエルフを倒した事になるとは思わなかったわ……。
 あと怯えなくても良いから。こと戦闘力という意味で、私はこのメンバーの中で一番弱いから。
 なんてったって回復役だし」

これで回復が有料で無ければ最高の回復役なのですが……。
まあ御家再興の為ですから、仕方が無いのです。

「私はシャルロット・エレーヌ・ドルレアン。略してタバサ」

「ひう、何処をどう略したのかわからないわ」

タバサのボケに、ティファニアが反応しきれずに混乱しているのです。
タバサは無表情ですが、さては結構楽しんでますね?

「ティファニア。タバサは真顔でボケるタイプなので分かり難いかもしれませんが、それはジョークなのです」

「そ、そうなの?」

「ん。小粋なガリアン・ジョーク」

タバサが真顔でサムズアップしていますが、たぶんガリア風の冗談でも無いと思います。
個人的に遊んでいるだけなのです。

「よろしく」

「はい。ティファニアです、よろしく」

タバサとティファニアは握手を交わしたのでした。

「これで取り敢えず、全員の自己紹介が済みましたね」

「きゅい。腹黒娘、シルフィの事を忘れていない?」

タバサの回りを静かに歩いていた青い猫が、不意にそんな事を言い始めました。

「猫のふりをし続けるの飽きてきたのね」

そしてそう言った途端に、猫の身体が肥大化して風竜へと変化したのでした。
あー…そう言えば、暫く猫の振りをして静かにいてと頼んでいたのですよ。
すっかり忘れていました。おほほほほ……。

「ひ、ひう…ひう……」

いきなり現れた風竜に見下ろされて、ティファニアが完全に固まっているのです。
目の前に不意に羆が出て来たようなものですし、そりゃ固まりますよね。心臓に良くないのです。

「ふ、風竜が、喋ってる……韻龍様?」

「半分と言えど流石はエルフの娘。竜に対する礼儀が出来ているのね。
 そうよ、シルフィは韻竜。初めまして、イルククゥなのね。
 またの名をシルフィードとも言います。シルフィ様と呼びなさい」

「え?あ、はい。お初にお目にかかります、シルフィ様」

なんかシルフィードが調子に乗っているのです。
でもあまり調子に乗っていると、拙いと思いますよ?

「きゅい、きゅい。崇め奉るがよ……あいたぁ!?お姉さま、なにをするのね?」

「調子に乗らない」

案の定、タバサに杖でポカリと叩かれてしまうのでした。
いやまあポカリというよりはゴスッて感じで、人間だったら頭蓋骨陥没して死んでそうな勢いではあるのですが。
何せ竜なので、ちょっと痛い程度で済んでしまいます。

「シルフィで良い」

「え?はい。でも……お姉さま?え?」

ティファニアがタバサとシルフィードを交互に見比べています

「シルフィードは私の使い魔」

「きゅい。シルフィはお姉さまの使い魔です、えへん!」

シルフィードが誇らしげに胸を張って……いや、胸は張っていませんね、長めの首を反らせているのです。

「使い魔……ええっ!?幼生とは言え、韻竜を使い魔にしたの?」

「ん」

ティファニアの問いに、タバサはコックリと頷きました。
そんなタバサにシルフィードが頭を擦り付けるので、タバサの小さな身体が大きく揺れています。

「きゅい、お姉さまは凄いのです。えへん、えへん。
 お姉さまが言うなら仕方が無いのね。シルフィと呼ぶことを許します。きゅい」

「うん。よろしくね、シルフィ」

「きゅい!」

シルフィードは大きく頷くと、再びすすすっと縮んで猫になったのです。
そしてタバサの肩に飛び乗り、そのまま襟巻みたいに首に巻きつきました。
何か暑そうな気もしますが、元が韻竜だからひんやりしているかもしれません。

「テファ、何かお客様が来たってニノンから聞いたんだけど……って、あんた達何で!?」

ティファニアの家からやって来た緑色の髪の眼鏡をした知的な雰囲気の大人の女性が、私達を見て固まっています。
恐らく居るだろうなーと思ってはいましたが、土くれのフーケことマチルダ・オブ・サウスゴーダなのです。

「えっ、フー……もが」

「これはマチルダ殿ではありませんか、奇遇ですね?」

フーケの名を呼びそうになった才人の口を咄嗟に塞ぎ、穏やかに声を掛けます。
こんな所で裏の名前で彼女を呼ぶわけにはいきませんからね。

「ロマリアでは大変有意義な取引をさせていただき、ありがとうございます」

「ケティ殿もご健勝なようで何よりでございます。
 この前はお先に失礼させていただいて申し訳ございませんでした。ですがお陰様で、久々にぐっすりと眠る事が出来ましたの。
 ジャンも良い取引が出来たと両手を揉みながら喜んでおりましたわ」

マチルダの言っている事を翻訳すると、『この前は気絶して済まなかった。あとワルドの手を治す手配をしてくれてありがとう』みたいな感じなのです。
何の亜人の手を着けたのかはわかりませんが、ワルドの両手は元通り動くようになったようですね。
多少不格好でも、きちんと動く手が有るのと無いのでは大きく違いますからね。取り敢えず良かった良かった。

「……えーとケティ、何でフーケとそんなに親しくなっているんだ?」

才人がコソコソと私の耳元で囁いています。
何で口を塞がれたのかを理解してくれたようで、良かったのです。
ティファニアにマチルダの危険な稼業について知らせる必要も無いですしね。

「昨日の敵は、今日の友……とまでは行きませんが、利益でつながる事はできるのです」
 
「またなんか腹黒い事をやって、丸め込んだのは理解した」

「ほほほ……手段はどうあれ、平和裏に片付けばそれが一番なのですよ」

暴力沙汰なんて、怪我するばかりで得る事はありません。無いに限りますから、全力で回避なのです。

「えーと、マチルダ姉さん。ひょっとしてサイト達と知り合いなの?」

「えっ?うーん……そう。そうよ。前に仕事で何回かね」

ティファニアの問いに、マチルダは少々引き攣った表情で頷きながら、こっちに目配せしています。
『なんかフォローしろ、なんか良い具合に』みたいな奴ですね、アレは……。

「ええ、実はつい最近まで商売敵だったのですよ」

「ええっ!?」

ティファニアがびっくりしていますが、商売敵どころか命の取り合いをやるガチの敵同士だったのですけれどもね。
言わぬが花なのです。

「実は前に商売で何度か衝突しまして、つい先日ロマリアで和解したのです。
 なので『今はお友達』なのですよ、安心してください」

「今はお友達って部分が妙に引っ掛かるけど、そういう事だから安心して頂戴」

そう言いながら、私とマチルダは肩を組みました。

『ほら、こんなに仲良し!』

「まあ、本当だわ!」

仲良き事は美しき哉。ティファニアが喜んでいます。仲を良く見せるには、肩を組むのが一番なのです。
マチルダの方が私よりも背が高いので、肩の関節が痛いですが。
痛いというか、わざとやっていませんかマチルダ?ちょっと待って腕が何か極まって……あいたたたた!?

「仲良し。ね?」

「そうですね……機会が有れば、今度何かお返しします」

ティファニアの前で揉める訳にはいかないので、笑顔、笑顔……。
機会が有ったら、コブラツイストでもかけてやりましょう。

「ところでフー……もとい、マチルダ。何でこの村に居るんだ?
 ここは見ての通り隠れ里みたいな場所だし、普通の人には見つけられないと思うんだが」

「この場所を元々知っていたのが、私だから」

そう言いながら、マチルダはティファニアの家を指差します。

「あそこは、元々は私の隠れ家だったのよ」

「うん。私はマチルダ姉さんに、ここで匿って貰っているの」

ティファニアはそう言って、笑顔でマチルダの言う事を肯定したのでした。

「私が今生きているのは、マチルダ姉さんが館の中から救い出してくれた御蔭なのよ」

「そういう事。まあ、立ち話もなんだから座って話さない?
 長旅で疲れているでしょ、貴方達」

「それはそうだな」

才人が首肯し、私達はその提案に同意したのでした。
ティファニアの家には前も泊まった事が有りますが、元々は村長みたいな人の家だったらしく割と広めで頑丈に出来ているのが特徴なのです。
徴税官などを迎え入れる為にも、応接スペースが広めにとられてもいます。
この忘れられた村に果たして徴税官が来ていたのか、今となっては謎なのですが。

「おっ、ようやく連れて来てくれた。遅いよマディ姉さん、折角淹れたお茶が冷めちゃうよ」

「ごめんニノン。彼らは私の知り合いだったの。それで、思わず話が盛り上がっちゃってね」

ニノンにはマディ姉さんと呼ばれているようですね、マチルダ。
彼女がこれだけ懐いているという事は、やはりこの村には一切害を及ぼすような事はしていないのでしょう。

「はい、お茶。いまトリステインで流行ってるらしいタンポポ茶だよ。凄く甘い良い香りがするんだ。
 マディ姉さんが買ってきてくれたの、皆もどうぞ」

「おっ、ありがとなニノン。ん~、良い匂いだ」

才人はニノンからタンポポ茶を受け取って匂いを嗅いでいます。
元々コーヒーの代用品という事もあり、結構甘い良い香りがするのですよね。

「ちなみにだけど、トリステインでタンポポ茶を流行らせたのが、このケティ」

「ほほほ、お買い上げ有難う御座います」

いきなりバラされたので、取り敢えず笑って誤魔化すのです。

「ゲッ…あんたの所で作ってたの……?」

マチルダが買ってくるんじゃ無かったみたいな顔をしていますが、マチルダだからって毒入れたりはしませんよ。いちいち見分けるの無理ですし。

「ええ、手広くやらせて貰っています」

食料から始まり機械や兵器と、思えば結構大きくなったものです。
…まあ、私は最初に商売のやり方をある程度教えただけであり、その後は専らアイデア出しだけなので、実質的にはパウルがどんどん商会を大きくしている訳なのですが。

「へー、良い事聞いちゃった!タンポポ茶って、どう作るの?」

「作るだけならそこまで難しいものでは無いので、後で作り方を教えましょう」

「作るだけなら?」

ニノンは首を傾げています。

「売られているものと同等のを作るとなると、更に幾手間か要るという事ですよ」

「まあ、それは仕方ないね」

私の説明に、ニノンは納得したようにうなずくのでした。
生産現場では味と香りがもっと良くなるように、色々と工夫しているらしいのですよ。
ちなみにそこまでは私も知りません。知らなければ教えようも無く、故に機密はバッチリなのです。

「それで、私がここを知っている理由だけれども、ケティは知っている筈よ」

マチルダの言葉に、皆の視線が一斉に私に集まります。
何で知ってるのという顔ですが、仕方が無いでしょう。

「…知ってはいますが、全部では無いのです。
 マチルダ・オブ・サウスゴーダという名と、この地域がサウスゴーダ領というあたりで察せるとは思いますが」

「ああ、成程。つまり、ここの元領主の娘なの、貴方。
 …という事は、ここは戦時に緊急避難する為の隠れ里ね?」

私の言葉でルイズがポンと相槌を打って、マチルダに聞き返しました。

「まあ、そこまで材料揃えばわかるか。
 ええ、その通り。このウエストウッドは元々はモード大公にとっては家臣同然の存在だったサウスゴーダ侯爵家の狩猟地であり、この集落は戦争が起きた際に領主の家族が退避する為に作られた隠れ里よ。
 だからこの里の事は、サウスゴーダ侯爵家の直系親族を除くと限られた使用人以外殆ど誰も知らなかったし、テファをここに匿う事も出来たのよ。
 幸か不幸か、知っている親族も使用人も、全員死んだから私だけが知る場所になってしまったしね」

マチルダはそう言いながらタンポポ茶を飲み、焼き菓子を齧っています。
一族と秘密を知る中枢部の使用人も全滅という事は、見方によってはタバサよりもきつい境遇という事になるのですが……ティファニアまで抱え込んで、良く今までやって来れたものです。

「侯爵くらいの貴族なら狩猟地の1つや2つは持っているものだし、一時避難用の隠れ里も用意しているわよね。うちにも何個か有るから、すぐに分かったわ」

「隠れ里は必須だよね。僕は4人兄弟の末っ子だから知らないけど」

ルイズの言葉にうんうんと頷きつつも、ギーシュの話からは貴族の家の世知辛さが滲み出て来るのです。
次男あたりは長男のスペア的扱いなので知らされたりもしますけれども、4男にもなると家が分かれるのが決定なので、教えられる事は無いのです。

トリステインの継承法は男子優先の長子相続制なので、成人後の他の男子は軍人になるなどして身を立てつつ娘しか居ない家の婿養子を狙ったりする必要があります。
女子は相手が居なければ親が人脈駆使して何とか嫁入り先を見つけ出してくれるので、このあたりは男子よりも選択の余地が無い代わりに確実性が高かったりします。
どちらも一長一短ですが、現実なんてそういう世知辛いものなのです。

「僕は長男だから知ってるよ。長男なのに彼女も許嫁も居ないけどな、グギギギギギギ……
 何故だ、何故僕はモテないんだ。ちょっとぽっちゃりしているけど、よく考えたら伯爵家の長男なんだぞ」

たぶん変態だからだと思いますよ、マリコルヌ。

「私はもちろん、後継ぎだから知ってるわ」

「同じく」

マリコルヌはああ見えてグランドプレ家の長男なので、知らされているようです。
一人娘のモンモランシーは言わずもがな。
長女のキュルケも知っているようです。確かアンハルツ=ツェルプストー家は男女を問わない完全長子相続制なので、長女のキュルケが後継ぎなのでしょうね。

「僕だけ仲間外れかね!?」

ギーシュがちょっと悲壮な表情で叫びます。

「良いなー!継承権上位は良いなー!僕も隠れ里欲しい!」

そして、我関せず一人黙々と焼き菓子をむさぼっているタバサと、その向こう側にいる私の方を向きました。

「タバサ、ケティ。君達だけだよ、私の心を分かってくれるのは!」

「うちは取り潰されたので、隠れ里を維持する資金力が無いだけ。
 ボロボロだけど、一応ある」

大公家ですからね。そりゃありますよね、タバサの家は。

「うちは領地そのものが隠れ里みたいなものですから……」

ラ・ロッタ男爵領はジャイアント・ホーネットに阻まれて侵入出来ないのに、隠れ里を用意する意味が無いのですよ。
領地自体が隠れ里みたいなものですからね、はっはっは。
そもそもとして一般的に男爵クラスだと領地が然程広く無いので、狩猟地を持っている家の方が少なくなりますし、無くても割と普通ではありますが。

「僕だけ、僕だけ仲間外れだなんて…うわーん!みんな嫌いだー!」

そう言いながら、ギーシュは家を飛び出していきました。
仲間外れになったのが嫌だったようです……でも必要無いだけで、うちにも無いのですけれどもね。

「…追いかけないのですか?」

「大丈夫、すぐ帰って来るわ」

一応、モンモランシーに声をかけたら、物凄く冷静な表情で何事も無いかの用にお茶を飲んでいました。
こうして見ると、髪型も相まって歴史ある家の深窓の令嬢って感じの雰囲気すら漂うですのよね。
普段の守銭奴っぷりをもう少し抑えれば周囲も引かないのに、勿体無い。勿体無い。

「誰か追いかけて来てくれたまえよ、寂しいだろう!?」

「ほらね?」

「なるほどー」

3分ほどでギーシュが泣きながら戻ってきました。
慣れたものです。モンモランシー、流石の貫禄なのです。

「話は終わった?とにかくそういうわけで、最初はテファを連れて来たの。
 その次が、トリステインで親が死んで、親戚にも見捨てられ餓死しかけてたニノン。
 そんな感じで外の仕事のついでに子供達を拾ってここに連れてきたら、こんな感じになった。
 特にアルビオン内戦が始まって以降、急速にここに連れて来る孤児が増えたわ。
 私は外の商売で得た利益を基にして、ここの支援をやってたのよ」

「なるほど。ここの畑の作物や家畜は、そうやって調達していたのですね」

「そういう事」

流石にマチルダ一1人では持って来られる食料等に限界が出て来てしまったらしく、ティファニアやニノンを中心に据えて指導体制を構築し、集子供たちに調達してきた作物の種や鶏を育てさせる事で、ある程度の食料を自給して貰っていたようです。

「私の事情は話したわ。それで貴方達が、このウエストウッドに来た理由は何?
 理由はだいたいわかるけど、答えて貰えるかしら?」

「私が答えても構いませんが、実は私よりも適任の人が居まして……ルイズ、お願いします」

たかだか男爵家の人間が全部やってしまうと少々まずい話なので、ルイズに振りました。
何せ、王家に関わる話ですから。

「姫様…アンリエッタ女王が、治安悪化中のアルビオンからアルビオン王家最後の生き残りとその関係者を保護せよと私達に勅命を下したのよ。
 つまりテファ、貴方とこの村の子供たちをトリステインまで避難させる為に来たの」

「えっ?私達を保護しに来たの?」

ティファニアが驚いています。まあいきなりこんな事を言われたら驚きますよね。

「ええ、そうよ。アルビオンの治安は悪化しているし、このままだとこの村の防御力では対処出来ない相手が、いつか来てしまうでしょ?
 ニノン、違う?」

「…うん。前に来た山賊団みたいなのよりはもっと弱い流民の集団みたいのだけど、食料を狙って入って来ようとした事が何度かあるよ」

「げっ、大丈夫だったのか?」

ルイズの問いに答えたニノンの言葉に、才人がびっくりして聞き返しました。
命の恩人たちが知らぬ間に襲撃されたとあっては、心穏やかではいられませんよね。

「うん。城壁に阻まれて四苦八苦している所に、私の魔法とかボウガンで射かけたらびっくりして逃げて行ったよ。
 ただ、このままだと確かに拙いと思う」

食料不足で治安が悪化していますしね。村の防御力を上げておいて正解でした。

「テファはどう思う?」

「私は……」

才人の問いに、ティファニアはマチルダの方を困ったような表情で見ているのです。
匿って貰っている手前、言い出し難いという所でしょうか?

「私は、テファもトリステインに避難すべきだと思うわ。ここはもう危険よ」

そんなティファニアの背中を押すように、マチルダはそう告げます。

「私はお父様から、テファの安全を最優先に守るように遺言されているのよ。
 そしてこのウエストウッドはそろそろ危ない。どうしようかとは思っていたのよね」

「マチルダ姉さん!?」

まさか促されるとは思っていなかったらしく、ティファニアはびっくりした顔でマチルダを見ています。

「ルイズ。ヴァリエール公女である貴方がそう言うという事は、トリステインはテファの身柄については完全に保証するという事で間違いないのね?」

「ええ、ヴァリエール公爵家とトリステイン王家の名において、始祖ブリミルに誓うわ。
 アルビオン王家最後の生き残りですもの。誓わなくても保護しないわけにはいかないわよ。
 そうよね、ケティ?」

おっと、私に話が回ってきました。

「はい。先の内戦でアルビオン王家の血統が、うちの姫様とティファニアに残るのみになってしまっています。
 なので、ここからアルビオン王家の血筋を復活させる必要があります。
 始祖からエトルリア王家が引き継いだ火の系統が途絶えて千数百年。
 アルビオンの風の系統まで絶えるのは、由々しき事態なのです」

どうやって生き残っていたのか知りませんけど、教皇エイジス32世がエトルリアの火の系統から出た虚無の持ち主だったりしますが、こんな所で話すわけにも行きませんね。
妻帯出来なければ子供も作れない教皇が最後のエトルリアの火の系統とか笑えないので、いつか適当なタイミングで教皇の座から引き摺り下ろして還俗させましょう……。

「故に姫様は、貴方の身柄を全力で守ります。
 トリスタニアの貴族地区に丁度良い大きさの空き家があるので、そこでウエストウッドの皆で暮らして貰うつもりです。
 杖との契約の儀式でメイジとそうで無い子供を選別し、それぞれに適切な教育を施すつもりです」

メイジの子供には魔法の教育を施し、そうで無い子供にもメイジの子供と同等レベルの読み書き計算などの基礎知識や、礼儀作法を教育する予定なのです。
そうすれば彼らは食うに困らないだけの技能を身に着ける事が出来るでしょう。
ティファニアの家で使用人として働くという選択肢だって出て来ます。

「ですからティファニア。心配する事は何も無いと、私も保障いたします。
 ですから、トリステインへ一緒に来ていただけないでしょうか?」

「はい。そういう事であれば安心です」

ティファニアは少し寂しそうに部屋をぐるりと見まわしてから、頷きます。

「私もトリステインに来ます」

こうして、ウエストウッドの住人丸ごとトリステインに引っ越すのが決定したのでした。


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