約束、それは人と人が結ぶ契約の一種
契約を結ぶ際には、成るべく齟齬が無いようにしたいものです
約束、それは人と人が結ぶ契約の一種
エルフを騙した?心外ですね、私は聞き返さなかったから教えなかっただけなのですよ
約束、それは人と人が結ぶ契約の一種
ビダーシャルは何か怒っています。わけが分からないよ、なのです
「誇り高きエルフともあろうものが、蛮人呼ばわりしている我々との約束を率先して破ると?」
「我は攻撃してこない限りは、こちらから攻撃しないと言っただけだが?」
むう…屁理屈に屁理屈で対抗してきましたか、ビダーシャル。
「移動を邪魔しない、とも言いましたよね?」
「魔法で移動を邪魔しないと言ったのだ、アレは。
先程は衝撃で気が動転して、すっかり失念していたが。」
「《魔法で》とは特に言及していなかったではありませんか、今更そういう付け足しは困りますね。」
恐らくそういう意味で言っていたのはこちらも承知してはいましたが、現場でそう言ってはいませんでしたしね。
「兎に角、そういう事なのだ。」
「強引な…。」
「詐術に引っ掛けて置いて、強引も何もないだろう、この悪魔め。」
事前に色々とやって緩ませたとは言え、あんな詐術に引っかかる人に悪魔呼ばわりされたくないのです。
というか、ここって本来ルイズ達が悪魔呼ばわりされる場面ではありませんでしたか?
これ以上怒らせるのも怖いので、言いませんけれどもね。
「お褒めに預かり光栄の至り…で、どうするのですか?」
折角、悪魔呼ばわりされたわけですし《悪魔で良いよ、悪魔らしいやり方で話を聞いてもらうから》とか返したい所ですが、生憎この身は《管理局の白い悪魔》では無いので、パワーで殴り合おうとしたらブチ殺されてしまいますしね。
「何がだ?」
「攻撃してくるのでしょうか?と、聞いています。」
私の問いかけに首を傾げるビダーシャルに、私は問い直しました。
「我から攻撃する事は無い。
エルフとしての誇りにかけて、蛮人との約束をこちらから一方的かつ完全に破るなど有り得ぬ。」
自分の方が圧倒的に強いからこその尊大な態度、まあ実際エルフの中でもかなり強いらしいですしね、ビダーシャル。
強さに裏打ちされた自信という奴でしょうか?
まあ自信があるなら、その自信の元に触れなきゃ良いだけの話なのですが。
特に、手加減してくれるのであれば、尚更。
「では、どうするのでしょうか?」
「こうする。
これで、我に攻撃しない限り帰れぬな?」
そう言って、ビダーシャルはドアを閉めるとそのままドアに寄り掛かったのでした。
ここは塔の最上階ですが、貴人用の牢でもある為か窓は嵌め殺し式で、開け放つ事が出来ません。
そしてドアにビダーシャルが居るのであれば、確かに脱出は不可能です。
「ああそうそう、タバサタバサ。」
「何?」
タバサが小首をかしげています。
数日ぶりに見ますが、実にキュート。
「いきなり無視か!?」
ビダーシャルが何か抗議していますが、思い出してしまったのでしょうがありません。
「ケティ、オッサンが何か抗議してるぞ?」
「あちらから仕掛けてくる事は無いのですから、放って置きましょう。」
才人にビダーシャルへの対応を聞かれたので、そう答えておきました。
しかしさっきからなんですが、ビダーシャルを完全に耳尖っただけのオッサン扱いしてますね、才人。
「鬼ね、ケティは鬼だわ。」
「ほほほほほ…話が通じる相手というのは実に良いですね、ルイズ。」
本来なら、もっと緊張していてもいい筈のシチュエーションなのですが、そんな幻想は私がブッ壊します。
どうせあっちから仕掛けてきませんしね、仕方がありませんよね。そもそもあちらの言い出した事ですし。
「とは言え、あまり待たせるのも酷ですか…ギーシュ様、ハルバードを。」
「お、おお、よ、ようやくこれを手放せる時が来たのだね。」
ハルバードを持ちながらえっちらおっちら階段を上ってきたギーシュでしたが、完全に息が切れているのです。
…いけませんね、帰ったら銃士隊のブートキャンプに1月ほどブチ込みましょう。
訓練教官であるミシェルを筆頭にして美人の女性もいっぱい居ますし、ギーシュにとってはパラダイスだと思います。
たぶん…きっと、恐らくは、泣いたり笑ったりできなくなる程度には、パラダイス。
「これは?」
ギーシュから受け取ったハルバードをひゅんひゅんと振り回しながら、タバサは私に訪ねて来ます。
しかし私やルイズよりも遥かに華奢なのに、しかもルイズと違って虚無による肉体強化が起きているわけでもないのに、何処から出るのでしょうかこのパワー。
やはり燃費がアメ車よりも悪いのと、何か関係しているのでしょうか…?
「杖が見つかりませんので、取り敢えず体術だけでも使えるようにその辺からパクって来ました。
ガリアの公有財産ですが、まあタバサが使うのであれば構わないでしょう?」
「ここに侵入してきた時点で、何をいわんや?」
私の言葉に少々口元を緩めたタバサは、ハルバードをさらに何度か振り回して重さを確かめています。
そして、コクリと頷きました。
「ん、重さの違いは覚えた。」
「持ってきて何ですけれども、杖とは勝手が違う感じもしますが。
鉄木の長杖とハルバードでは、使い方がかなり変わってきますよね?」
「叩いて潰すのは同じだから、何とかする。」
魔法は何処に行ったのでしょう…まあ、現在タバサは魔法が使えませんが。
「まあ、タバサがそう言うのだからいいのでしょうね…っと。
さて、ビダーシャル殿、本当にそこを動か無いのですね?」
「無論だ。」
「そうですか。」
言質は取れましたね、また。
少々余裕過ぎるのが気にはかかりますが、私は才人の方を向きます。
「才人、窓を破壊してください。」
「おう。」
ドアにビダーシャルが居るのであれば、確かに脱出は不可能…なので、窓を壊して窓から脱出してしまえば良いわけですね。
魔法さえ使えれば軟降下するのは問題無く可能ですし、無理でもシルフィードが居ますから。
「おいデル公、出番だぜ?」
「おおお!久しぶりの出番!
HA!HA!HA!皆さんお待ちかねだったろう!
喋る魔剣、インテリジェンスソードの…。」
才人がデルフリンガーを鞘から抜き放とうとした途端に喧しく話し始めたせいなのか、再び鞘に仕舞ってしまいました。
「五月蠅いんだけど?」
「五月蠅くても仕方がないでしょう、五月蠅くても鈍器ですし。」
私がそう言うと才人は溜息を吐きながら、再び鞘からデルフリンガーを抜き放ちました。
「このデルフリンガー様に向かって、鈍器たぁなんだ、鈍器たぁ!?
俺は鈍器でもなければ安売りの殿堂でもないわ!」
「ガラス割るのに鋭さはいりませんし。
今必要なのは重さと硬さなのですよ、鈍器。」
「相変わらずひでぇ!?
俺は鈍器じゃあ無くて剣なんだから、俺に人を斬らせろ!
取り敢えずあのエルフで良いから、先っぽだけ!先っぽだけでいいから!」
デルフリンガーは何やら意味不明な文句を言っていますが、気にしない気にしない。
「おーし、じゃあ割るぞー!」
「あ、いや、ちょっと待て、そのガラスはたぶ…。」
才人はデルフリンガーが何かを言っているのを無視して思い切り振りかぶってガラスを殴りつけましたが…。
ぽふんという音がして、ガラスも割れませんでした。
「あり?」
「たぶん割れないぞって言おうとしたんだがな。
先住魔法で耐衝撃強化されてる。
ちょっとやそっとでは壊れないぞ、人の腕力で破壊するのは無理だ。」
デルフリンガーの一言に、ビダーシャルの余裕な態度の理由がわかりました。
成程それなら確かに、あそこにいれば出られない…という話になりますね。
「そういう事ですか。」
「そういう事だ。」
ビダーシャルは表情の変化が乏しいエルフですが、これは見てもわかります。
間違いなくドヤ顔…ウザい。
「Produisez chaleur, tourbillon, tourbillon et tourbillon, reculez le pouvoir et fortifiez le pouvoir...」
私は取り敢えず呪文を唱え始めました。
杖の先に小さな炎が生じたかと思うと、渦巻き光と熱と音を出し始めます。
「攻撃する気か?」
何か心なしか、嬉しそうな声のビダーシャルなのです。
先ほどスルーされたのが、そんなに腹に据えかねましたかね?
「ちょっとケティ、さっきは弱い炎の矢だったから良いけど、その魔法跳ね返されたら死ぬわよ!?」
「そうですね。これを食らったら、蒸発しますね。」
慌てて声をかけてくるルイズに、私はニッコリとそう返しました。
「なんか手があるの?」
「まあ、いくつか。
…先程も言いましたけれども、自分よりも強い相手と戦うなんて、ただのエネルギーと勇気の無駄です。」
モンモランシーの問いに、後半ボソッと返答しておきました。
「…なんか企んでいるというわけ?」
「…一応は。」
それを近くで聞いていたキュルケにもそう答えておきます。
「支援は?」
「必要ならお願いします、ジゼル姉さま。」
取り敢えず、これに関しては誰も知らない方が効果は大きいでしょうし。
「手伝う事はないかね?」
「取り敢えず、ギーシュ様はタバサの母君の荷造りを。」
「任せ給え。今まで何度かした冒険の旅で、荷物整理は得意になったのだよ。」
私の指示を聞いて、ギーシュはタバサと一緒に荷造りを始めたのでした。
「僕はどうすれば?」
「そうですね、取り敢えずマリコルヌは今回も盾になって下さい。」
「快感感じる暇も無く死ぬよね、それ!?」
「…ナンノコトヤラ?」
快感を感じる暇があれば死んでも良いのですか、マリコルヌ?
いやまあ、死ぬような選択肢は取りませんけれどもね。
私も一緒に消し炭になっちゃうでしょうし。
「いやー、眩しいですね。」
「眩しいな。」
火球はどんどんエネルギーを上昇させ、それとともに眩しくなり、ビダーシャルは目を細めています。
「こんなんどうでしょう?」
火球は滅茶苦茶眩しく輝きだしました。
薄暗かった部屋の中は、太陽の照る日中よりも更に明るく照らされています。
「くっ…目眩ましのつもりか!?」
「いいえ。」
私は火球を消すと同時に、ビダーシャルの頭に向けて本を投げつけてみました。
「無駄だ。」
本は急に放物線を描いていた弾道を変えて、私の方に飛んで来ます。
「あいた~っ!?」
そしてそのまま私の頭に直撃。
成程ビダーシャルの頭を狙うと、そのまま投げた人間の頭に向かって飛んでくるのですね。
「いたたたたた…ん~、じゃあ、これは?」
私はビダーシャルの足元にその本を放ってみます。
「…何のつもりだ?」
今度はビダーシャルの足元に、普通に本が落ちました。
私の足元に戻ってくるとか、そういう事はありません。
「成程成程…元気ですかー!」
今度はビダーシャルに向けて拡声の呪文で大音量で声かけしてみます。
「うるさい!何だいきなり!?」
「なるほどな~と。」
音も素通りですか。
まあ、そういう概念はこっちにはありませんしね。
「ケティ、ビダーシャルで何を遊んでいるの?」
「ビダーシャルが使っている魔法、面白いではありませんか?
どうせ何もして来ないならば、少々知的欲求を満たそうかなと。
それから…。」
モンモランシーにそう言いながら、私はMAXコーヒー250ml缶くらいの大きさの物体からピンを外し、そっと優しくビダーシャルの方に転がしたのでした。
「何だ?」
ビダーシャルがそう言った瞬間、私はビダーシャルの真逆の方を向いて目蓋を強く閉じ耳を押さえます。
それでも聞こえる《パァン!》という破裂音と目蓋越しでも飛び込んでくる凄まじい光が、室内を一瞬満たしたのでした。
「それから、これが効くかな?と、ちょっと試してみました。」
「え?何て言ってるか聞こえない。
い、今の何なのよ?」
私に釣られて同じ向きに顔を向けたせいかモンモランシーの目は眩まなかったようですが、大音量のせいで耳が一時的に聞こえづらくなっているようです。
「さて、ビダーシャルは…。」
ビダーシャルの方を見ると、丁度意識を失って倒れつつあります。
「おお、矢張り効きましたか。」
ビダーシャルは意識を失って前のめりになり、そのまま顔からグシャアと倒れ伏したのでした。
まあ、アレに初めて出くわしたら、そりゃ気絶しますよね。
「い、痛そうだわね。
今は耳が凄く聞こえ難いから、後で何があったのか聞くわよ。」
「ええ、後で答えます。
その前に…。」
私は仲間達の方を見ます。
「目がー!目がぁー!」
「あわわわわ、眩んじゃって何も見えないわ。」
ルイズと才人はまともに見てしまったらしく、完全にムスカ状態なのです。
『アイエエエエ!バクハツ!バクハツナンデ!?』
ギーシュとマリコルヌは狂乱染みたアトモスフィアになっていますし。
「ケティの事だから、何かやらかすだろうと警戒しておいて良かったわ。」
「いつも通りケティをよく見て、咄嗟に同じ事しておいて良かったわね。」
キュルケとジゼル姉さまはギリギリ回避したようですね。
二人とも、私の事をわかっているようなのです。
「びっくりした。」
タバサは母君を抱きしめていたようです。
《敵を騙すには味方ごと》がセオリーとは言え、大丈夫だったでしょうか?
「はーい、ゆっくり嚥下してねー♪」
「ゴボゴボゴボガババババ…。」
数分後、皆の感覚は戻りましたが爆心地に居たビダーシャルは気絶したままなので、トドメにモンモランシーが睡眠効果のある水の秘薬を口から流し込んでいます。
一応こんなんでも偉い人らしいですし、殺しては拙いですからね。
「ガバガバガバゴボボボ…。」
何かすっごい流し込んでいますが、エルフの場合は精霊への働きかける力自体が強くてモンモランシーの使う水の精霊の力を使った秘薬が利きにくいらしいのですよね。
「…飲み過ぎで死ぬような?」
「大丈夫よエルフだから、頑丈だから。」
…エルフって、頑丈な生き物なのでしょうか?
「そうですか。
後で王家に好きなだけ請求出来るからタガが外れている…とか、そういうわけではないのですね?」
「て、適正量よ?
ぐっすり眠るだけなのは間違いないわ。」
一瞬モンモランシーの目が泳ぎましたが、水メイジである彼女がそう言うのだから、まあ大丈夫なのでしょう、多分、きっと、恐らくは。
「うー…まだなんか目がチカチカするわ。
一体なんだったの、あれ?」
ルイズが眉間を押さえながら、私に訪ねて来ます。
どうやら虚無によって彼女を守る障壁も、全く効果が無かったようですね。
「M84閃光発音筒という才人の世界の非致死性兵器ですよ。
至近距離に居る人間に猛烈な音と光で見当識障害を発生させ、気絶に追い込みます。
相手を傷つけずに無力化したい時に使用する武器というわけなのです。」
これ、殆ど見つからないので、実は先程使ったのが最初で最後という…。
しかも、他の武器とセットで見つかったらしい物なので、恐らくは世界扉が武器と認識していないのでしょうね。
「傷つけずに相手を気絶させる武器か…そういう発想もあるのだね。」
ギーシュが感心したようにうんうんと頷いています。
「サイトの世界の武器って、変わったのがあるのね。
相手を傷つけない武器だなんて。」
ジゼル姉さまも、びっくりしているようですね。
だからこそ、対ビダーシャル用の最後の切り札にとって置いたわけなのですが。
魔法って万能の技術みたいな響きですが、実は結構融通の利かないトコがありまして。
「先程私がビダーシャルにしていた事の種明かしをしますと、光と音が不快極まりない域の場合、先住魔法はどういう反応を示すかというのを調べていたわけなのですよ。
後、ビダーシャルに向けて物を投げた場合、何処ならば近くに落とせるのかというのも。」
「あの謎の行動は、その為の準備だっだというわけかね?」
「ええ、何せあちらからは何もしてこないと宣言してくれているわけですから、その場で下調べし放題でした★」
『うわぁ…。』
ギーシュの質問ににこやかに答えると、皆がドン引きした声を上げます。
「え?何でそんな皆《うわひでぇ》みたいな表情を浮かべるのですかっ!?」
「正面から戦ってあげようよ…。」
「え?エルフと正面から戦いたかったのですか!?」
才人の言葉に、私はびっくりして聞き返してしまいました。
「いやだって、強いったって…アレだろ?」
「ZZZZZZZzzzzzzzzz…。」
才人が指差した先には、モンモランシーの薬で気絶から熟睡モードへと移行したビダーシャル…。
「普通に戦っても、勝てたんじゃね?」
「あのですね…。」
私は溜息を吐いてから、言葉を続けます。
「私は彼が片手を縛るくらいのハンデのつもりで言った言葉にどんどん言質を追加して、両手両足縛って目隠ししてドラム缶に入れてコンクリ流し込んで海に捨てるくらいのハンデにしたからこんなんなのであって、正面から戦ったら全滅なのですよ、全滅。」
見下して来ている相手の強固なプライドと認識に付け込んだとも言います。
何せ攻撃を跳ね返すだけという、こちらを舐めきった対応ですから。
…まあ、普通はエルフに吃驚して、攻撃を仕掛けるのかもしれませんが。
舐めきっている相手から言質を取っておくと、相手は自分自身の言葉とプライドにより自縄自縛状態になって、非常に面白い事になるのですよね。
「ムムム…。」
「何がムムムですか、何が。」
まあ、本来ならばここでルイズたちがビダーシャル倒せちゃうのですけれどもね。
別に私が倒せるなら、倒しちゃっても構わないでしょう。
倒したというか、騙しただけですが。
「まあ、何時までもここでのんびりしているわけにもいきません。
脱出しましょう。」
…と、思っていた時期が私にもありました。
ここはガリアの城塞都市アーハンブラ。
前にも書きましたがガリアは非常に官僚機構がしっかりと構築されており、軍も公的組織である以上は同様なのです。
そして、アーハンブラの守備隊は人員の殆どを慰安の為にアーハンブラ城へと集めたわけですが、それはすなわち守備隊が全員居なくなったのとはイコールではなかったわけで。
ついでに言えば、足りなくなった人員分を補うためにとった処置が早めの閉門だったようで…。
「門は開けられない。」
「そこを何とか。」
ズバリ!町から出られません!
「…という事で、門番が強情でして。」
私たちはいったん門から少し遠ざかり、馬車の陰で会議を始めたのでした。
時間はそろそろ夜中。
タバサとその母君には、馬車の中に入って貰っています。
「取り敢えず…門、吹っ飛ばす?」
「…それは、最終手段ですね。
ここはエルフと人の境界であり、この町はそれ自体が要塞です。
警備隊はアレですが、ここの平和は力の均衡で成り立っています。
門を破壊してしまうと、要塞としての能力が大きく下がってしまうので、その均衡が崩れかねません。」
ルイズの提案に私はそう返答します。
というか、取り敢えずで門を吹き飛ばそうとしないでください。
「面倒臭いわね…。」
「一時の手間をかけるのを面倒臭がったせいで、より面倒臭い事になるよりはましなのですよ。」
とは言え、早いトコ脱出しないと、一網打尽にされてしまうのです。
「袖の下は?」
「賄賂を渡そうとしてみましたが、やんわりと拒否されてしまいました。
ガリア軍も、これでいて結構連度は高いようですね。」
ジゼル姉さまの問いに答えた後、私は溜息を吐きました。
「…実力で排除するしかないわね。
魔法使うといろいろと問題になりそうだから、魔法は無しで…と。」
そう言いながら、ジゼル姉さまが荷物をゴソゴソと探っています。
「あ、あったあった。
いやー、やっぱり強行突破するならこれよね。」
そう言いながらジゼル姉さまが取り出したのは、AK47。
通称カラシニコフ自動小銃という奴なのです。
いざって時の為に、1丁持って来ていたのですが…何故それがあるのを知っているのでしょうか?
「さてと…まあ、通してくれないなら、通るのを妨害出来なくするだけよね?」
ジゼル姉さま、そんなめっちゃ良い笑顔で、銃剣を装着しなくても…。
「ジゼルって、やっぱりケティの姉なのね~。」
ルイズが、何か感慨深げにうんうんと頷いています。
何か、嫌な姉妹の絆の確かめ方なのですが。
「でも、それしかないならそうするべきね。」
「なるべく殺したくは無いから、俺とルイズで先行な。
ジゼルは後を着いて来てくれ。」
才人はそう言いながら剣を抜き放ちます。
「いよおおおおおし、斬るんだな、斬るんだろ、斬らせろ!」
「黙れ妖刀。今回はなるべく殺さずがテーマなんだ。
ソフトタッチに、程よく死なない程度に、後遺症が残らないように、適度に傷つけるぞ。」
そういう才人の横に、いつの間にかタバサがやってきていたのでした。
「手伝う。」
「え?いや、お前の母親は?」
「薬で眠っている。
今はキュルケとモンモランシーとギーシュに見て貰っている。」
タバサはそう言って、ハルバードを握り締めました。
「しかし、その髪はガリアでは目立ちますよ。
ほぼ間違いなく、貴族だとばれます。」
「大丈夫…。」
そう言うとタバサは眼鏡を外してから消し炭の入ったバケツをひっくり返して頭からかぶったのでした。
「これで髪が何色かわからない。」
「髪どころではありませんが…。」
全身灰まみれなのです。
「…私もやった方が良いのかしら?」
「ルイズの髪も目立ちますが、やらなくて良いです。」
ルイズも気合入っていますね…。
「さて、行くか。
マリコルヌ、御者は任せた。
門が開いたら一気に強行突破をかけろ。」
「任せたまえ。」
マリコルヌは馬車の御者台の上からサムズアップしたのでした。
「ケティは…取り敢えず馬車の護衛頼む。」
「荒事向きじゃあ、ありませんからね。
皆さんの御武運をお祈りいたします。」
そんな訳で馬車の中は私、キュルケ、モンモランシー、ギーシュ、マリコルヌ、タバサの母上の5人。
取り敢えず私は、箱からデグチャレフ式軽機関銃こと、RPDを箱から取り出し…取りだ…取り…。
「ふんぬぬぬぬぬぬぬっ!
床においてある7.4kgの物体ってのは、結構重いですねっ!?」
積み込んだ時と同じように、レビテーション使いましょうか。
そんな事を思った私に、ギーシュが声をかけてくれたのでした。
「お、手伝うよ。
モンモランシー…は、いつの間にか居ないから、キュルケ、タバサの母上を頼む。」
「わかったわ、任せて。」
ギーシュの助けを借りてRPDを箱から取り出し、二脚銃架を展開してから弾倉を取り付けて馬車の後部に設置したのでした。
ああ、ちなみにこの馬車、幌馬車なのです。
「しかし、こんなものを持ち込んでいたのだね…。」
RPDを見ながら、ギーシュがそう話しかけて来ました。
「タバサ救出の為に、出血大サービスってところですね。
今回は、あんまり大っぴらに魔法を使うわけにも行きませんでしたし。」
「…で、この銃はどんな武器なのかね?」
私はRPDのチェックをしつつ、ギーシュの質問に答えます。
「軽機関銃と言いまして、大量の弾丸をバラ撒きます。
これ1丁で、マスケット隊が十数人居るのと同じ状態を作り出せるのです。」
「…それは平民から見ると、魔法とあまり変わりないのではないかね?」
「出るのは弾丸ですし、魔法ではないと思うでしょう、たぶん。」
《発展した科学は魔法と変わりない》とは言いますが、確かに1丁でマスケット隊十数人分は魔法の域だとは思います。
問題は、これが魔法では無いという事で…。
「門が開く!」
妙な施策に入ろうとしていた私に対して、御者台に座っていたマリコルヌが一言そう叫びます。
「全力で飛ばしなさい!」
「了解!それっ!」
私の指示と同時に、マリコルヌが馬車の手綱を勢い良く動かし、馬車は急激に加速を始めました。
いやー、どうせ王家払いだからと、良い馬用意しておいてよかったのですよ。
「ヒーハー!」
マリコルヌが気勢を上げながら馬車を操り、馬車はどんどん進んでいきます。
銃を構えている私には馬車の袰の後ろからしか光景が見えないので、暗い通りがどんどん後退していっているようにしか見えませんが。
「お待たせ!」
門まで馬車が到着したようで、皆が馬車に乗り込んできます。
「…って、なにそれ!?」
才人がびっくりしています。
いきなり見知らぬ銃が置いてあったら、そりゃびっくりしますか…。
「分隊支援火器です。
詳しく知りたければ後でいくらでも説明しますので、早く座って下さい!」
「お、おう…。
しかし今回はいったい何丁、銃を持ち込んでんだ?」
慌てて馬車に乗り込む才人に、私はニッコリ笑居ます。
「流石に銃はこれで打ち止めですよ!
それよりも早く!」
大火力の武器とかは重くて嵩張るので、これ以上はとてもとても。
通常の手榴弾とかなら、無くても魔法を使えばいいですしね。
私やキュルケは、自身が迫撃砲みたいなものですし。
「ん。」
最後にタバサが乗り込んできて、コックリ頷きました。
「マリコルヌ!」
「了解!」
馬車は再び走り出します。
「城門破りだーっ!」
そんな声が聞こえ、鐘がカンカンと打ち鳴らされています。
…まあ主力は尽く眠っているので、そんなに追手は多くはないでしょうが。
「…忠誠心、ありますねえ。」
「あー…必要最低限の人員だけ、しかも暫く目が冷めない程度に眠らせただけに抑えたんだが…拙かったか?」
才人はそう言いながら、布切れとモンモランシーが薬を入れるのに使っている硝子瓶をヒラヒラと見せてくれます。
「わたしは殴れば気絶するって言ったんだけどね、サイトがスマートにスマートに済ませるためだって…。」
ルイズもそう言って、布をヒラヒラと見せてくれました。
それに続いて、タバサとジゼル姉さまもヒラヒラ。
「さり気なく気を回してくれましたね…上出来です。
しかし、何時そんな事を思いついたのですか?」
「昔、あっちの世界に居た頃に、そんな感じで眠らせながら軍事施設に侵入するゲームをやったのを、とっさに思い出したんだ。
てなわけで、さっきからケティの後ろでニッコニコ笑いながら請求書ヒラヒラさせているそこの赤貧貴族に、後でお金払ってやってくれ。」
「まいどー。」
一体いくらになったのでしょうね。
姫様のポケットマネーから、すぐに出せる額であれば良いのですが。
…そろそろうちからも、姫様にこっそり寄付しましょうか。
いい加減、姫さまの個人的な財布もカツカツでしょうし。
「騎兵だ!」
私がもの思いに耽っている間に、敵が追いついてきたようですね。
数騎の騎兵…と言っても、単なる馬に乗った兵なのでしょうが、それでも馬車なんかよりは遥かに早いわけで、どんどん近づいてきています。
「威嚇といきますか。」
私はそう言いながら、RPDの照準を敵に合わせて撃ちます。
バババババババババッという音がして、かなりの反動とともに弾が発射されました。
ちなみにこれ、馬車の床に寝そべりながら撃っているから、私でも反動を吸収できているのであって、普通に撃ったらひっくり返りますね、間違いなく。
「おー、慌ててる慌ててる。」
「こっちもびっくりしたわ。」
ルイズがRPDの轟音に吃驚したのか、ひっくり返っています。
「あ、でも追手の馬が止まってる…当てた?」
「当たっていたら、あんなんでは済みませんよ。」
そんなに狙っていないというか当てないように撃ったので、凄まじい量の弾が自分達の近くを超音速で掠めていったのに気づいたのでしょう。
馬がびっくりして止まってしまったようなのです。
「しかしまあ、そんな良いもんをまだ隠していたとは。」
「弾が今ジゼル姉様が持っているAK47と弾種が一緒なので、念の為に持ってきたのですよ。
教会からの横流し品は、東側の武器が圧倒的に多いのですよね。
おそらくこちらに飛ばされてくる絶対量の関係だとは思うのですが。
旧東側は人海戦術を得意としていたのと、冷戦後も小銭稼ぎに紛争地帯に武器を売りまくっていますからね。」
とは言え、RPDは弾倉の構造にちょっと問題があって、後継品のRPKより数は少ないはずなのですが。
「で、これからどうするの?」
「迎えを呼ぶのですが…ジゼル姉さま、私のカバンに妙に銃身のぶっとい拳銃があるので、出して才人に渡してください。」
「ああ、あれね。
はい、サイト。」
ジゼル姉さまはそう言うと、それをあっという間に見つけ出して才人に手渡しました。
ジゼル姉さまが何で私の鞄の中をきっちり把握しているのかは後でみっちり聞くとして…。
「何だこれ?
ああ、信号弾を撃つ拳銃ね。」
才人は手に握った事で、それの性能がどういうものであるか把握出来たようです。
LP42信号拳銃、ドイツ製の信号拳銃なのです。
呼んで名の如し、信号弾を撃つ為の拳銃です。
「銃はさっきので打ち止めって言っていたのに、まだあるじゃねえか。」
「それは信号弾を撃つ拳銃で、弾もそれに装填されている1発と予備2発の合計3発だけですから。
武器じゃあないので、省きました。」
照明弾ですから至近距離で当てれば火傷を負わせることくらいは出来るかもですが、こんなもんを頼りにされても困りますし。
「ま、ガンダールヴのルーンもギリギリ武器だと認識している程度だしな。
で…これを、俺に撃てというわけね。」
「ええ、夜の時間帯なら10リーグ以上先からでも視認が可能です。
これを打ち上げて、フォルヴェルツ号のコルベール先生に私達が脱出した事を知らせる手筈になっています。
そのあと指定場所にて私達を回収後、一気にゲルマニア国境を突破してツェルプストーに入る予定なのです。」
幾らなんでも、こんな夜に照明弾ぶっ放した場所に、追われている状態でそのまま居るわけにはいきません。
「了解。じゃ、目眩まし代わりにも、いっちょ派手にぶっ放しますか。」
才人がそう言ってから御者台に行き、真上に向けて信号拳銃を撃ったのでした。
「おー、物凄く明るいのだね。」
「でもこれ、魔法で出来なくない?
さっき、凄く明るい魔法を即席で作っていたでしょ?」
そんな質問をキュルケがしてきます。
「光らせるだけなら出来ますけれども…あの高度まで打ち上げるのは、飛翔速度とか到達高度とか、いくつか処理を追加しなければいけないので少々難しいと思いますよ。
いくら私でもそんな魔法を即席でというのは、ちょっときついです。」
「あ、そうか。
というか、即席で無ければ出来るのね。
普通はアカデミーとか、市井の研究者とか、そういう人が苦労して編み出しているのに。
お蔭で先生が犠牲になっているでしょ、主にギトー先生が、だけれども。」
ギトー先生は『兎に角風が最強の系統だ』で、私は『そんなモン工夫次第でどうにでもなる』ですから、発想が真っ向から対立するというか、何とか覆そうと粘って何度か火達磨になっているのですよね。
例えば正面に鍛錬に鍛錬を重ねて作った強力な風の障壁を発生させたので、先生の背後にファイヤボールを形成して背中から撃ったり、まあ色々と。
今のところ、《工夫でどうにかなる》の26戦26勝です、ぶい。
そう言えば、この前モンモランシーの薬を飲んで翅が生えて東の空に飛び去っていましたが、あの後帰って来たのでしょうかね…?
「ギトー先生は、人間が創意工夫する生き物であるという発想を捨て去って仁王立ちで障壁張るだけの生き物と化していますから、仕方がありません。
まあそれは兎に角として…私自身は既存の魔法を改良しているだけで、そんな極端な改変は加えていないつもりなのですが。」
「本物の天才ってのは怖いわね…貴方が現れてからというもの、私の魔法に関する自信は一気に萎んだわ。
魔法って、魔力と制御だけじゃあないのよね。」
まあ私には、ある程度の科学知識というアドバンテージがありますからね。
魔法を作り出す際に、このある程度の科学知識というのがとても役に立っているのは間違いないのです。
これがもっと理系知識に詳しい人の転生だったら、いったいどんな魔法を作り出していた事やら。
「しかし、照明弾魔法ですか…ちょっと考えてみますかね?」
「やっぱり作れるんだ…。」
そのあとは所定の場所にて、フォルヴェルツ号は私達を難無く回収。
一路、ゲルマニアはツェルプストー辺境伯領に向かう事になったのでした。
ツェルプストー辺境伯の館と言えば、ジュリオ・チェザーレ帝国時代の要塞に色々と付け足し改造しながら作られたと聞きます。
さて、どんな場所なのやら?