プロローグ~とある一人の冒険者の末路。~
「見てろよ!必ず活躍してこの名を世界各地に響き渡らせてやるからな!」
そう叫び自ら生まれ育った村を出ていくのは一人の青年だ。
彼は今年で二十になる何処にでもいるような平凡な青年。
顔も十人並み、体形も標準、特別凄い技能がある訳でもなく、頭がいい訳でもない。
本当に何処にでもいる平凡な青年だ。
彼が今……村から旅立つのは、大声で青年自身が叫んだ通り、冒険者として名をはせる為だ。
彼に何か目標とするものがあった訳でもなく、何か理由がある訳でもない。
ただ何となくその場の勢いでそう言って旅に出てしまっただけの、本当に何処にでもいるような馬鹿で平凡な青年だ。
この物語はそんな彼の活躍する冒険譚……。
その始まりであった。
…………何て事がある訳がない。
そんな青年がどうやったら活躍できるというのだろうか。
運よくお姫様を助けたり、モンスター達から街を護るために立ちはだかったり等、そんな夢みたいなことがあるのは本や吟遊詩人の創作による歌の中だけだ。
案の定この青年も何一つまともに名を馳せる様な事件に遭遇する事もなく、平平凡凡と月日が流れ、旅に出てから六十年がたっていた。
未だ彼の名が少しでも広まっている場所はない。
無名の冒険者……それは、駆け出しに与えあれる情けない称号。
彼は未だにその称号を胸に旅を続けていた……八十歳という高齢になっても……。
「はふぅはふぅ……。流石にこの年になると歩いての旅もきついものがあるのぅ。」
青年は老人へと変わり、剣は杖えと変わった。
彼は杖をつきながら苦しそうに息をつぎはぎし、一歩ずつ歩いていく。
別段何かクエストがあった訳でも、モンスターを倒しに行くわけでもない。
ただ街から街への移動の最中。
それも普通の冒険者であれば半日ほどで着けるような距離を、彼はかれこれ既に三日ほどかけて歩いていた。
「もう少しじゃのぅ。そろそろ一度休憩とするか。……よっこいしょっと……ふぅ……。」
彼はちょうど日陰になるような大きめの木の根元に腰をおろしため息をつく。
そのため息は疲れによるものだ。
……ただ、彼は先ほど休憩してから一時間とたたずにこうして休憩をとっている。
高々一時間……ただ、此処までの高齢の老人にとってはかなりの難解な道程だったのだ。
額に浮かぶ汗をぬぐい、買いだめしておいた水で喉をうるおす。
「はふぅ……蘇るのぅ。この調子でいけば明日には隣町につかえるかのぅ。」
独り言を洩らすのはすでに彼の癖だ。
今までパーティーを組んだことすらない彼は、今まで只管一人で冒険を続けていた。
これだけ聞くと凄いように聞こえるだろう。
だが彼の冒険の中身を聞いたものはただひたすら呆れるだけだ。
彼が今まで旅をしたのは彼が生まれ育った村から近くの街とその更に隣町までの間だけである。
勿論その道程は綺麗に街道が整備され、モンスターだって滅多に出ないような道となっている。
彼は生まれ育った村に意地を張って帰る事をしなかったものの、まともに強いモンスターと戦う勇気もなく、こうして村近くの街と歩いて半日程度の街の間を往復する事でモンスターを少しだけ倒し日銭を稼いでいた。
どんなモンスターであろうと倒せば少しの金になる。
この街道に出るモンスターはスライムとムームーだけだ。
スライムは薄い水色というか緑色というかそんな感じの半透明のゼリーみたいなモンスター。
ムームーとは体長が大きくても三十センチくらいのもこもこした毛皮に包まれた犬みたいなモンスター。
共に危険度は最低レベル。
小さな子供ですら木の棒をもってすれば倒せるような雑魚モンスターだ。
そんなモンスターでも、倒し、そのモンスター達が落とす毛皮や粘液を売ればそこそこのお金になり、その日の宿代位は稼げるのでそうしてこの六十年間生きていたのだ。
ある意味……凄いと思うが、誰一人として真似したいとは思えない凄さだろう。
むしろ馬鹿としか言いようがない。
……馬鹿という言葉すら彼にはもったいないように聞こえるが……我慢しよう。
さて、そんな彼は今、隣町の新しく出来たクエストセンターというところに向かっている最中だった。
クエストセンター……最近できたばかりの新しい冒険者支援システムだ。
そこでは簡単な低賃金の依頼から、高難度の高い賃金の依頼までさまざまなものを取り扱っている。
今までクエストはその街の住人から直接請け負わなければいけなかったのだが、そのセンターができたおかげでそこに集中して依頼が来るようになり、冒険者達も依頼者側も共に今まで以上にやりやすくなったのだ。
そんな話を聞いた彼は自分でも出来るような簡単なクエストをやり、日銭を稼いで生きていこうとしたため、こうして無理をしながら旅を続けているというわけだ。
「zzz………zzz………。」
休憩している間に余りの日差しの気持ちよさに眠りに落ちてしまったようだ。
愚かな事此処に極まれり。
いくら整備されモンスターが少なく、出てくる奴もスライムやムームーのように最低クラスの最弱モンスターであろうと、子供以下の体力と力しかなくなった老人にとっては下手をすれば死んでも可笑しくないモンスターであるという事をすっかり忘れてしまっているのだろう。
期待通り、そんな彼の元にスライムとムームーが数匹おどおどと近づいてくる。
彼等も自分達がどれだけ弱いのかを理解しているらしく、めったに人に近づいてはこないし、人を見かければ逃げるようになっている。
にもかかわらず近づいてくるというのはよっぽど彼が弱そうに見えたからだろう。
「ぴぃぴぃぴぃ?ぴぴ!」
「むーむーむー……むー!」
スライムとムームー達はお互い見やりながら何か話し合い、何か決めたようにお互いうなづいた。
次の瞬間まずスライムが彼の顔と手足に張りついた。
これで彼は息をすることはおろか、身動き一つ取れない状態だ。
その次にムームーが全力で彼の腹に突っ込む。
ドム……というどこか鈍い音を響かせながらの突進。
正直小さな子供でも少し吹っ飛ばされて擦り傷を負う程度の衝撃だが、息をできなくなっている上、その子供よりも非力な状態の老人にはかなりのダメージとなる。
ムームーはその突進を何度も繰り返し、スライムは苦しそうに慌てる老人の手によってはがされないように、必死に顔と手足に張り付いていた。
そして二分後……老人はとうとう力尽きこの世からも旅立ってしまった……。
これに喜んだのはスライムたちとムームーだ。
彼等は最初、その事実が信じられないように茫然とし、間違いなく自分達が初めて人を倒したと認識した瞬間物凄く喜んだ。
飛び跳ね、踊り、陽気に叫びながらその結果を喜んだ。
そんなモンスター達をしり目に、彼は何一つ成すことなく、自分自身寝ている間にこの世から旅立ってしまったのであった。
延々と六十年間スライムとムームーを借り続けた彼にはお似合いの最後かもしれないと……思ってくれる知人一人いない彼は、寂しく生涯を閉じ、彼としての物語を語り終えたのであった。