<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

とらハSS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[7527] リリカル・エンハンスト(現実→リリなの オリ主 転生)
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/09/07 21:35




まず初めに、ご挨拶をば。

これは『リリカルなのは』二次創作のオリキャラ主人公モノです。

そういうのが苦手な方は止めておいたほうがいいです。

あと主人公の立ち位置が、ちょっと悪人サイドです。

正義の味方とかじゃないので、そういうのが駄目な人も止めておいたほうがいいです。

しかも最強系、勘違い系、アンチの要素も含みます。

ネタ要素も満載です、大きな慈悲の心で読んでいただければ幸いです。

非才な者ゆえ誤字、脱字等の間違いや、話の展開におけるアドバイスなどいただけたら幸いです。

では稚拙な駄文ではありますが楽しんでもらえればと思います。 m(_ _)m


2009/03/19 05:13 リリカル・エンハンスト01を初投稿。
2009/04/05 22:22 リリカル・エンハンスト14を誤字修正しました。
2009/04/30 22:18 リリカル・エンハンスト12を誤字修正しました。
2009/05/07 13:48 リリカル・エンハンスト14を誤字修正しました。
2009/05/09 17:24 リリカル・エンハンスト21を誤字修正しました。
2009/05/09 19:56 リリカル・エンハンスト22の本文を一部削除しました。
2009/06/06 17:39 リリカル・エンハンスト05を誤字修正しました。
2009/06/13 07:06 リリカル・エンハンスト26を誤字修正しました。
2009/06/18 17:44 外伝・カガチの一日におまけ2を追加しました。
2009/06/20 19:59 リリカル・エンハンスト29を誤字修正しました。
2009/07/11 00:38 リリカル・エンハンスト33を誤字修正しました。
2009/07/13 07:17 リリカル・エンハンスト34の本文を一部加筆修正しました。
2009/08/01 22:21 リリカル・エンハンスト36の本文を一部加筆修正しました。
2009/08/01 22:21 リリカル・エンハンスト37の本文を一部加筆修正しました。
2009/08/30 07:26 リリカル・エンハンスト23を誤字修正しました。
2009/09/04 12:14 リリカル・エンハンスト01,02,03,05,06,09,17,24,37,42を誤字修正しました。
2009/09/07 21:35 リリカル・エンハンスト43を誤字修正しました。





PS , 投稿数が10話をこえたのでとらハ板に移動しました。






[7527] リリカル・エンハンスト01
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/09/04 12:05
■01



生まれた実家の影響で僕は昔っから花が大好きでした。

感情を表すことが下手で、そのうえ人と話すことが苦手だったので、部屋に引きこもってアニメを見たり、庭で花を育てることばかりしていました。

あと、当時はまだ健在だった祖父から貰ったハーモニカも大事な宝物でした。

年齢を重ねると僕の内向的な傾向はより強くなり、成人を迎える頃には立派な花好きの二次元オタクになっていました。

幸い両親は華道の師範だったので僕の趣向にも理解を示してくれて、僕にもできそうな仕事を紹介してくれました。

それは、さまざまな種類の花を育てて人々に売る『花屋』。

僕にとっては趣味と実益を兼ねた、まさに天職だったのです。

ただ残念なことは、せっかく苦労して開店した直後に僕が不注意で事故死してしまったことでしょうか。

あぁ……世界中の大地を僕の手で育てた花で満たし尽くしてみたかったなぁ。







「……この完成品は評議会の皆様方のご要望どおりに、そして私の最高傑作だと自負していますよ」

『そうでなければ困る、そのためにお前が生まれたと言っても過言ではないのだからな』

『左様、我等が求めるものは最も優れた究極の指導者によって統べられる管理された世界、それこそすなわち平和』

『我等がその指導者を選び、その影で我等が世界を導かねばならん』

『そのための生命操作技術、そのためのゆりかご』

『旧暦の時代より世界を見守るために我が身を捨てて永らえた我々の悲願』

「そのための開発コードネーム『アンリミテッドデザイア・エンハンスト(無限の欲望・強化者)』ですか」

『人造魔道師、戦闘機人、どれも未だ実現が遥か遠きモノ、だからこそ今、我々には今此れが必要なのだ』



気が付けば、目の前で15、16才くらいのどっかで見覚えのある白衣の青年が空中に浮かぶ三つのモニターに向かって話していた。

奇妙な浮遊感、まるで母親の胎内にいるような快適さ、これってどういった状況?

あれ? 

僕は確か事故で死んだはずではなかったか? 

ってかここどこですか?

さまざまな機械類でひしめく研究室風の室内、円柱状の水槽みたいなのが幾つか目に付く。

僕自身も水槽の中にいるらしく、目の前のガラスには見覚えのない赤ん坊が映っている。

……って赤ん坊!? これ僕じゃん!?

僕はなんで若返っちゃってるのでしょうか!? 

しかもぜんぜん息苦しくないし、どうなってんのコレ?



「おや、もう目が見えているようだ……はじめましてエンハンスト、私の弟よ」

『……我々の遺伝子も組み込んである、我々にとっても孫、いや分身のようなものだな』

『我々にとってはまさに希望となる子よ、ジェイルよくれぐれも慎重に育てるのだぞ』

「わかっています、といっても遺伝子の素体となった人物の情報転写(ダウンロード)ですべて解決してしまいますがね、まったく旧暦の技術は反則的に便利なモノですよ」

『だからこそ失敗は許されんと思え、経過は逐次報告するようにしろ、我々の期待を裏切るなよジェイル・スカリエッティ』

「もちろんです、最高評議会の方々は結果を楽しみにしてお待ちください」



ブン、という電子音を残して空中に浮かんでいた三つのモニターが消える。

っていうか今さっきかなり聞き逃せない単語が聞こえたぞ。

たしか『ジェイル・スカリエッティ』とか『最高評議会』って……。

そのうえ『人造魔道師』に『戦闘機人』とか……。

どう見てもアニメ『魔法少女リリカルなのは』の世界です、本当にありがとうございました。

どうやら僕は二次元世界に迷い込んでしまったようだ、俄かには信じられないことだけど。

しかも、悪者サイドに生まれついてしまったみたいで、最悪と言わざるをえない。

ちなみに最高評議会ってのは150年位前から存在してる脳みそだけの偉い人たち三人組ね。

ジェイル・スカリエッティはその評議会によって生み出された存在で、いろいろ違法な研究をさせられてる人。

けっこう本人もノリノリでやってる部分もあるが、基本悪人なのでしょうがない。



「ふん、腐りかけの脳髄どもが好き勝手言う、精々偽りの平和に酔っていろ、いつか私がその傲慢さごと消し去ってやる!」



スカリエッティが先ほどまでの態度を豹変させて怒りのまま愚痴をこぼす、顔芸ですねわかります。

ちなみにその顔でこっち向かないでほしい、普通に面白気持ち悪いです。

せっかく真面目な表情してればイケメンなのに勿体無い、つーか若いね。

確かアニメ本編ではすでに結構なおっさんだったはず、今は原作のどれくらい前の時期なんだろうか?



「さて、私の弟エンハンストよ、君は将来一体どういった結論をだすんだろうね? 私のように反逆かな? それとも服従?」

「まぁ、どちらにしても君が私の因子を色濃く受け継いだ最高傑作であることには変わりはない、そんな君がどんな答えを出そうとも私にとっては面白いことになりそうだよ」



そんなこと僕が知りたいです、ぜんぜん楽しみじゃないし。

どうしよう、トリップ小説とか逆行モノとかなんどか読んだことあるけど、悪党サイドとかもろ死亡フラグ。

いや、そもそも主人公サイドでも厄介事に巻き込まれるのは御免だが。

僕の望みはただ花を育てて平穏で静かに暮らすだけだ。

人付き合いも苦手だから友達とか彼女とかいたことなかったし。

孤独に趣味に没頭することができれば何も文句はない。

だが彼らのさっきの話を総合すると、僕は何かを成すために相当期待されて生み出されたらしい。

ほんと、マジで勘弁してください、中の人は花を育てることが趣味の軟弱な一般人なんで。



「……とりあえず残っている情報転写を済ませてしまおうか、さっきのは知識情報系だったから今度は戦闘技術系だよ、これで君は比類なき戦闘技術を簡単に手に入れられるわけだ」

「さまざまな人物の遺伝子を組み合わせて良いとこ取りした君だからこそ複数人の情報転写を受け入れられる訳だが、正直羨ましいよ、我ながら同じものがまた作れるとは思えない出来栄えだね」

「さーて、それじゃあいくよ、ちょっと死ぬほど苦しいかもしれないけど転写開始♪」



ちょ、おま、いきなり何物騒なこと勝手にしようとしてやがる!?

お願いまって、まだ心の準備とかいろいろできてないから!

マジで待ってくださ、アッーー!!!







[7527] リリカル・エンハンスト02
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/03/19 05:14
■02



こんにちは、エンハンストです。

僕がこの世界に生まれて結構な時間がたちました。

時の流れは速いもので、僕がジュエル・スカリエッティに育てられて……正確にはちょっと違いますが。

ジェイル兄さんと暮らすようになってずいぶんな月日が流れました。

僕が彼を兄と呼ぶようになるのにそれほど時間はかかりませんでした。

悪党サイドの人間と親しくするなど良くないことだとはわかっていたのですが。

彼とて人間、長年付き合ってみればそれなりに愛嬌のある人物だとわかるし、それなりに情もわくもの。

いや本当、これで結構愛嬌ある人なんですよジェイル兄さんは。



体が自由に動かせるようになって初めの頃はムカついてフルボッコにしたものですが、今は懐かしき思い出です

しかしまあ、赤ん坊に好き勝手ボコボコにされる青年男性って……兄さん貧弱すぎです。

まあ、幼児相手に土下座をする大人という図もなかなか見れるものではありませんよ。

っというか、僕のこの身体能力が明らかに異常なだけですが。



そう、この秘密アジトで暮らすようになって何より驚いたのがこの新しい身体です。

ジェイル兄さん曰く、さまざまな分野の偉人・奇人・超人達の遺伝子を掛け合わせて生み出したらしく。

その人たちの知識や技術をそのまま僕の脳髄にインストールできるらしいです。

なんとも都合の良いことに人格だけを除外して知識や技術、経験のみをうつせるそうです。

そのおかげで聞いたり見たりしたことないような知識を覚えていたり、超難解な学術書をパラパラ流し読んだだけで理解してしまったり。

さらには戦闘技術も組み込まれているらしく、ガジェットドローンという機械兵器相手に戦わされた時には恐怖心にビビる思考とは裏腹に身体が勝手に戦闘モードに入ってしまい、攻撃魔法とか打撃技を出したりしてあっという間にかたずけてしまっていたのです。

正直、マシーン相手にパロスペシャル仕掛ける日がこようとは思っていませんでした。



このようにご都合主義のチートもいいところですが、唯一の欠点が正常な人間として生まれにくい事らしく。

複数人の遺伝子をかけあわせるという行為は技術的にもかなり無理があり、僕だけが唯一の成功例らしく、ジェイル兄さんが言うには僕は本当に奇跡的な成功例だという事だそうです。

ちなみに僕の前に作られた失敗作を見せてもらいましたが、かなり精神衛生上よくないグロ標本のオンパレードでした。

『エイリアン4』で出てきたリプリークローンの失敗作を思い描くと分かりやすいかもしれません。

一歩間違えれば僕もこのグロ標本たちの仲間入りしていたと思うと心底ゾッとします。

そんな状況で完璧に正常な人間として生まれた僕はまさかの最強チート主人公かと一瞬だけ喜んだものですが、次の兄の一言ですべてが絶望に代わりました。







「エンハンスト、そろそろ最高評議会の方から管理局に呼ばれる時期だから、出発の準備しておいてくれたまえ」

「……………?」



はじめジェイル兄さんが何を言っているのかわかりませんでした。

僕は相変わらず感情を表に出したり、人と話すことが苦手なので無言で対応してしまいましたが、兄さんは気にすることなく話を続けます。

数年いっしょに暮らしてきてわかったことですが、ずっと引き篭もって研究ばかりしてきたジェイル兄さんは基本的には世間知らずらしく。

僕の無愛想な態度にもほとんど気にすることなく、勝手に話を進めてくれるので助かります。

いや、まあ、自分勝手に話しているだけで、人の話を聞かない人物ともいえますが。



「残念ながら今研究している内容が思わしくなくてね、別の研究、人造魔導師計画と戦闘機人計画のほうに集中しろと無理やりクライアントから変えられてしまってね」

「そのうえ、唯一の成功例である君がようやく実戦に耐えうるくらいまで成長したので、最高評議会の方々は君を管理局に呼んで本格的に自分たちの手で育てていこうということらしい」



クライアントであり黒幕の最高評議会からの要請ならばジェイル兄さんでも断れない、もし断われば命の保証がないからだ。

まっとうな生まれをしていない僕やジェイル兄さんには人権なんてモノは存在しない、反抗すれば消されるだけ。

そのうえ、常に最高評議会にたいして利用価値を示さなければ結局は消されてしまう、とっても世知辛い立場にあるのだ。



僕の管理局行きは拒否権なしの強制命令らしい、正直死ぬほど嫌だがどうしようもない。

この世界に生まれて以来、なかば諦めの境地を垣間見つづけている僕にとってはそう大したことじゃない。

単純に生活する場所が変わるだけだ、とくにここに感慨があるわけでもないので問題は、ない。

まあ、ジェイル兄さんと離れ離れになるのは嬉しい半分、寂しい半分といったところか。

どっちみち僕には安らぎとは程遠い生活しかまっていないのだろうから。

自由が恋しいよ、他のSSにおけるやりたい放題オリ主が羨ましい。



「……そうですか」

「まあ、5歳児とはいっても君の力はすでにSSランクに匹敵するから、特に問題はないと思うが何か困ったことがあったら遠慮なく相談してくれていい、何せ私は君の兄だからね!」



正確には兄というよりも、ジェイル兄さんの因子を持った調整クローン体(つまり本人の分身)なのだが、まあ気分的な問題なので気にしないことにしている。

他人には等しく残酷で厳しいが、身内には結構甘いのがジェイル兄さんだ。

基本的には悪人だがちょっぴり良いところもある、僕はここ数年いっしょに暮らしていて彼のそんな所が結構気に入っている。



「……ありがとう、ジェイル兄さん」

「相変わらず君の笑った顔は僕そっくりだね、やはり君は私の弟だよ」



感謝の意味を込めて微笑んだつもりだが。

正直喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないジェイル兄さんの一言だった。

顔芸に定評がある兄さんと笑顔が似ているとか、なんだか泣けてくる。

まあ顔が似ているのは否定しようがない、僕もいつか顔芸キャラになってしまうのだろうか?

……できるだけ今後、笑顔は慎み、顔芸キャラへの進化を妨害しておこう。



「あ、ちなみに入局早々に上級キャリア試験と執務官試験を特別に受けさせられるらしいから勉強しておいた方がいいよ」

「……………」



なん……だと……?



「噂だとどっちも相当難関な試験らしいけど君なら大丈夫だろう、適当に頑張ってくれたまえ」

「……………」



ま、マジすか!? 

いきなり超難関試験とか無茶言わないでくださいよ!

僕、5歳児なんですけど、いや、大概チート性能ですが……。

ヤベー、これで落ちたら無能扱いされて処分される可能性が大。

な、なんとしても受からねば僕の命が危ない!!

あぁ神様、僕の心の平穏はいつか訪れるのでしょうか?

          『うん、それ無理♪』

……今心の中で何か聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが、まあ幻聴か、そういうことにしておこう!

それよりも、いつまでも現実逃避しとらんで早く勉強しなければっ!!







[7527] リリカル・エンハンスト03
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/09/04 12:09
■03



厳しい受験戦争を切り抜けた先には更なる地獄が待っていました、ほんとミッドチルダは地獄だぜフゥハハー。

こんにちは、5歳にして大学試験レベルの難関試験に受かってしまったエンハンストです。

自分自身に驚きです、マジさすがチート頭脳凄いですね、格がちがった。



ちなみに受験に際して最高評議会から戸籍を用意してもらいました、正式名称は『エンハンスト・フィアット』になりました。

ジェイル兄さんの言うとおり、僕は最高評議会の奴等に管理局強制入局させられました。

そのうえ最初に聞かされていた上級キャリア試験や執務官試験以外にも、デバイスマスターとかヘリパイロット資格まで受験させられました。

もちろん年齢制限とかそういった諸々は当然無視されました、権力者って恐ろしいですね。

しかも知らされたのは試験前日、マジでキレそうになりましたよ。



だけど僕には怒るよりも勉強する時間のほうが切実で、急遽一夜漬けで四つの試験を乗り切りました。

なにせ失敗すれば役立たずと処分されてしまう可能性がある以上、こっちは命がかかっているのですから。

文字通り血反吐撒き散らす勢いで猛勉強しましたよ、おかげでなんとか合格できましたが。

向こうの世界でもここまでマジになって勉強したのは初めてでした。



しかし、今考えると相当無茶なことだとわかります、たかが5歳児にやらせる内容じゃないよね、コレ?

もしもこの身体がチート性能じゃなかったら絶対無理です、脳みそもチートで助かったよ。

最初からこれだけ無茶苦茶させてくる最高評議会の脳みそ×3が僕にかける期待の大きさが伺えますが、むしろ重荷なので勘弁願いたいものです。

とまあ、そんな感じでなんとか管理局入りを果たした僕ですが、当然のごとく地獄はそれだけでは終わりませんでした。







『未来の統治者として生まれたお前の存在を人々に知らしめる必要がある』

『我らの希望の子エンハンストよ、お前の類まれなる力を最前線で存分に発揮し、その力と存在を世に知らしめるのだ』

『その他のことは心配しなくてよい、我々が全力でお前を支援するので出世は早いぞ、すぐに要職につけるようにしてやろう』



……いや、そんなこと望んでないから。

ってかあんたら五歳児にどんだけ期待してんだよ、いきなり最前線逝きとか無茶しすぎ。

いきなり戦場送りとか、普通に死ねるから。

ドラゴンボールZのサイヤ人じゃないんだから、いくら僕がチート主人公でもさすがに死ぬだろ……常考。

でも拒否権など初めから有りはしないの、悲しいけどこれ強制命令なのよね。

逆らえば問答無用の廃棄処分、人権? なにそれ、おいしいの?

ちくしょう、憎しみで人が殺せたらっ!



「……わかりました」

『とりあえず特別執務官という役職を与えるので、各地の現場に協力という形で参加しなさい』

『我らの理想の体現者となってくれることを願うぞ』

『うむ、お前の働きに期待している、次元世界の将来はお前の肩にかかっているぞエンハンスト』

「……………(無言で頭を下げる)」



ホント好き勝手に言ってくれるよ、でも逆らえない悲しき立場の僕。

ホント、悲しいけどコレ、強制命令なのよね。

大切なコトなので二回言いました。

逆らえばまちがいなく抹殺処分されちゃいます、そうならないように馬車馬のごとく働くしか道はありません。



いっそ、僕のオリ主パワーで反逆してみる? ムリムリ、数で圧倒されて踏み潰されちゃうよ。

所詮、僕は人間レベルの範囲でチートってだけで、統率された戦闘集団には勝てませんて。



こうなればせめて自分の命を守るためにできることを尽くすべきでしょう。

こんな無茶苦茶な命令で死ぬなんてまっぴら御免です。

僕には夢がある、花屋を営みながら平穏無事に過ごすという夢が!!

そのためにも、こんなくだらない奴等の願望に付き合って死ぬなんて絶対嫌だ。



とはいえ、一体どうするべきだろうか?

僕自身には将来的にどうすれば現状から脱することが出来るのかどうかと言った明確なヴィジョンがありません。

下手に原作の展開に介入して、今後の話の流れが分からなくなるのも恐ろしいし。

かといって何もしなければ未来で原作キャラ達にフルボッコされることになります。

ともかく最前線行きは既に決定事項なのでこれは覆せないし、とりあえずジェイル兄さんに相談してみようかな。







『さっそく最前線行きだって? そりゃあ大変だね、わかった私に任せてくれたまえ、君に相応しい至高にして究極のデバイスを作ってあげるよ!』

「……………」

『そうだね、まずは出力を君に合わせて通常の三倍まで引き上げて、角も付けて、カラーリングは勿論赤で統一して、追加武装とかも――――』

「……………」



ジェイル兄さんに相談した僕が馬鹿だった。

いままで忘れていたが、この人は基本的にはマッドサイエンティストで超が付く危険人物なのだ。

通信機ごしにもわかるほど嬉々として危険なデバイスの構想を組み立てていく兄さん。

研究者として物作りに喜びを見出す姿は尊敬できるが、今回の話は別だ。



僕が相談したかったのはそんなことじゃないのに。

確かに強力な武装があれば死ぬ確立も少なくなるだろうが、そもそも僕の相談したいこととベクトルが違う。

僕は戦いたくないのだ、人を傷つけるのも傷つけられるのも嫌だ、原作キャラの誰とも関わりあいたくない。



身体はチート性能でも、中身は花好きのヘタレ一般人。

争いとは無縁の日本で生まれ育った僕の精神は、戦いになど到底むいているとはいえない。

だからこそ、そのことを兄さんに相談して何とかしてもらおうと思ったのだが、とんだ薮蛇だったらしい。

というか、あのジェイル兄さんを頼った僕が馬鹿だったと、今更ながらに気付いた。

だからといって兄さんの好意を無駄にするわけにもいかない、僕はそこまで恩知らずじゃない。



「……ジェイル兄さん、ありがとう」

『ああ、かまわないとも! 可愛い弟のためにデバイスを作ってあげるのも私の、いや、兄の役目さ! 期待しててくれたまえよエンハンスト!!』



数日後、兄から例の僕専用デバイスが届きました。

外見はごく一般的な杖型といたってシンプル、でも中身はオーバーテクノロジーの結晶。

塗装は全部赤で統一、さらに何故か杖の先端には角が付いてます、コレは酷い。

普段はカード状態になって待機モードになっています、なぜかカードも真っ赤ですけどね。

その名も素敵『Red comet』。

そうです、名前の意味は日本語で『赤い彗星』。

兄さん、それはネタですか? すごいネーミングセンスですね。

遠まわしに僕に脳みそ×3を殺せと言ってるのでしょうか?

まあいいです、深く考えたら負けかなと思います。



とりあえずこれから最前線の紛争地帯に突貫してきますね、ではさようなら~。






[7527] リリカル・エンハンスト04
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/04/03 02:20
■04



人間とは慣れる生き物だとはよく言ったものです。

こんにちは、最近戦場の空気にすっかり馴染んでしまったエンハンストです。



僕が最高評議会の命令で最前線へ出張させられるようになって早3年が経ちました。

いろいろありました、大半は思い出したくもないようなろくでもない出来事ばっかりでしたが。

さまざまな修羅場を転々として、ようやく8歳です。



記憶をさかのぼると最初の頃、いきなり実戦に投入された当初はホントマジで死ぬかと思いました。



なにしろ初任務で民族紛争が吹き荒れる戦場ど真ん中に放り出されて、出された命令が『鎮圧しろ』の一言です。

しかも僕一人で、気が狂ってるとしか思えません。

後から知ったことですが、これは最高評議会のくされ脳みそどもがごり押しで決めてしまったことらしいです。

僕のデビュー戦だから派手にやったほうがいいと。



さすがに子供1人を最前線に送ることに対して渋る現地司令官を、脳みそどもは権力振りかざして強引に説き伏せてしまったそうです。

あんたら僕に活躍してほしいのか死んでほしいのかどっちなんだと問い詰めたい、小一時間問い詰めたい。



そして状況に流されるまま、修羅場と化した戦場のど真ん中で呆然と佇む5歳児、マジでありえない。

しかも服装は彼らが忌み嫌う管理局の制服、文字通りカモネギです。



一瞬の静寂後、周囲から一斉に浴びせ掛けられた攻撃魔法を防いでくれたのは僕の持っていたデバイスでした。

主人である僕の危機を察知して咄嗟に全方位シールドを張ってくれたのです。

ジェイル兄さんから貰ったデバイスがインテリジェントデバイスでよかったと、この時ほど感謝したことはありませんでした。



でもその感激は、次の瞬間に時空の遥か彼方へと吹っ飛んでしまいました。



『Have showing or you wizards' performances! (見せてもらおうか、貴様ら魔導師の性能とやらを!)』



やたら渋い池田秀一ボイスの英語で喋る機会音声、僕のデバイス『Red comet』からです。

さらに、ジェイル兄さんによって転写された戦闘技術は僕に危険が迫った際、ほぼ条件反射で発動してします。

どういうことかというと、なにかしら危険が迫った時、僕は身を守るようにオート戦闘を繰り広げてしまうのです。

文字通り身体が勝手に反応してしまうと言う事です。



『考えるな、感じろ』……ですね、分かります。



デバイスから放たれたその声に呼応するように、僕は戦闘状態にあったということもあってほぼ条件反射で魔力弾を放っていた。

そして僕はこの時周囲360°、全方位に対してガトリング機銃のような攻撃魔法をぶっ放してしまったのです。

デバイスの演算補助によって普段の数倍近い出力向上とあわせてその威力は既に悪夢レベル。

一発一発に込められた魔力はS級魔道師の砲撃に匹敵し、容易くあらゆる存在をなぎ払いました。



『It has not ended still yet! (まだだ! まだ終わらんよ!)』



デバイスの台詞に呼応するように執拗なほど容赦なくぶっ放される魔力弾、オーバーキルもいいところです。

文字通り、人も建物も自然も公平に全部ぶっ飛ばしてしまいました。



気が付いたときには既に後の祭り。

結果は両軍とも全軍全滅、周囲の建築物全壊、雑草すら消し飛んで、文字通りすべてが壊滅してしまいました。

唯一の救いは非殺傷設定だったので死者が出なかったことくらいでしょうか。

……再起不能者は大量にでましたが。

やりすぎです、本当にありがとうございました。



『I do not want to admit the one of mistaking it because of own youth. (認めたくないものだな、自分自身の若さ故の過ちというものを)』



デバイスから聞こえるどこかで聞いたような台詞に僕は頭が痛くなってしまいました。

こんなネタ要素満載なデバイス嫌だ、そしてそんなデバイスと妙に相性が良い自分の身体も嫌だ。

僕とこのデバイス、Red cometの付き合い始めはこんな感じで、そこはかとなく最悪だったのです。



ちなみにこの惨劇は後に最高評議会の手によって大々的に事実を捻じ曲げられて報道され、僕の存在も世界中に知れ渡ってしまいました。

その内容は非常に都合の良いことばかりで、僕が破壊神と化したことには一切触れられていませんでした。

ちなみに発行された新聞や、放送されたTVには大々的にこう宣撫された。



『単身で紛争を止めた管理局の若きエース、今後の活躍に期待がかけられる!』



どうみても報道統制してます、本当にありがとうございました。

いや、権力ってマジで怖いわぁ。



評議会の脳みそどもは思惑通りに事が運んでことのほか嬉しそうでしたが、僕としては全然喜べません。

民族紛争をたった一人で鎮圧して見せた若干5歳の天才児あらわる、なんてニュースで報道されて恥ずかしすぎて本気で死にたい気持ちだったのですから。

っていうか、TV報道されつつ管理局のお偉いさんから表彰された時とかマジ死にたかった。



こうしてなんだかでこうやって将来の地盤が着実に固められていってしまったような気がしました。

いや、実際固められまくっているのですが、正直認めるのも癪なので。



なにより鬱なのが、ニュースを見た人々が本気で僕のことを英雄かなにかと勘違いしてくることです。

しかもこの事で味をしめた最高評議会の脳みそ×3は僕をどんどん最前線に積極的に投入するようになってしまいました。

より危険な戦場へ、より目立つ戦場へ、とにかく活躍して見せろと。

ほんと、ろくでもねぇ……。



僕としても死にたくないので必死で戦ってきましたが、それがむしろ状況の悪化を招いたといっても過言ではないでしょう。

最前線で活躍しまくった影響で数年後には管理局の小さな英雄みたいな扱いを受けるようになってしまいました。

それに反比例するように犯罪者やテロリストからは死神みたいな存在で見られるようになりましたが。

僕が普段から無口なのが印象に残ったのでしょう。

二つ名などに『沈黙の死神』とか『歩く死亡フラグ』、『エンハンスト無双』などと呼ばれるようになってしまいました。

僕は別にセガール拳は使えないです、似たような事はできますが。



あぁ、必死に生きようと頑張れば頑張るほど、どんどん平穏な生活から遠ざかっていくような気がします。

まあ、大半は自業自得だからしょうがないんですけど。

僕の明日は果たしてどこににあるのでしょうか? 



「聞いてくれよRed comet、僕、自由になったらクラナガンの片隅で花屋を開くのが夢なんだ……」

『Will note the dialog, and it die! (言葉に気をつけろ、それは死亡フラグだ!)』



あ、明日が見えません……。






[7527] リリカル・エンハンスト05
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/09/04 12:10
■05



こんにちわ、未来のヴィジョンが見えないエンハンストです。



あーホント、最高評議会の脳みそども死んでくんないかなぁ。

こう、地震とかで揺れて倒れて脳味噌ケースのガラスがパリーンとか、ないかなぁ。

ないよなぁ……。



おっと、現実逃避もここまでのようです、今日もすごーく、すごーく嫌ですがお仕事です。

今現在僕は超高高度飛行機の中にいます、半分宇宙空間みたいな高さの場所を飛んでいます。

勿論僕たった一人、寂しいものです。

え、なぜかって? 

当然任務のためですよ。

これまでのあらましをわかりやすく順を追って話すとこうです。



①約半日前にXV級大型次元航行船がテロリストによって占拠されました。

②クルー全員が人質にとられすでに13人の死者がでています。

③犯人の要求は現金数十億と、現在逮捕拘留されている彼らのリーダーの解放。

④これまで二回救出隊が結成され突入しましたがすべて失敗。

⑤船内はどこからか入手したらしいAMF(Anti Magilink-Field)によって魔法が無効化されてしまう。

⑥しかもテロリストは物理兵器の銃火器で武装している。

⑦犯人の告げたタイムリミットまで後一時間、それをすぎると人質を殺害し、地上にアルカンシェルをぶっ放す。



あ、ちなみにAMFっていうのはフィールド系の上位魔法で、魔力結合・魔力効果発生を競合的に阻害し、フィールド内では攻撃魔法はもちろん、飛行や防御、機動や移動に関する魔法も妨害されるという凶悪ぶり。

ロストロギアにはこれを発生させる装置が時々あって、魔導師にとっては天敵ともいえる存在だ。



そして今回の僕のお仕事はテロリストの殲滅と人質救出、あと次元航行船を取り返す事です。

当然単身任務、お空からの垂直降下で突入します、毎回の事ですがかなり無茶を言ってくれます。



あのね、ここ空気薄いんですよ、っていうかほとんど宇宙なんですよ。

そこから垂直降下しろとか、僕の事人間扱いしてないでしょう? 

僕はガンダニウム合金とかでできてるわけじゃないんですよ?



考えれば考えるほどだんだん鬱になってきました、死のうかな。



『エンハンスト特別執務官、目標直上に到達しました、降下してください』



パイロット席からの通信が入る、あー……嫌だけどお仕事しなきゃね。

こんな陰鬱な気分じゃいつまでももたないよ、この仕事終わったら何か癒しを探してみようかな。

とはいえ、僕に趣味らしい趣味なんて無いしなぁ。

生まれ変わる前の楽しみは花を育てることだし、あとはオタ系くらいだしね。



そうだ、秘密の花壇を作ろう、小さくてもいいからもう一度僕の手で花を育てるんだ。

名付けて『えんはんすとランド』、いやっほぉー!

うん、良い考えだ、どうして今まで思いつかなかったんだろう。

幾分か気分が晴れた、よし、そうなればこんな面倒くさい仕事はさっさと終わらせてしまおう。



「Red comet、起きろ」

『It started.  The glory of victory to you. (タスク起動、勝利の栄光を君に)』

「バリアジャケット展開」

『It consented.  (了解した)』



戦闘時じゃなけりゃ、大人しい良いデバイスなんだよねコイツ。

戦闘時じゃなけりゃね……。



デバイスが起動し、僕の身体の周囲を魔力で構成されたバリアジャケットが覆い包む。

もちろんどこぞの魔法少女みたいに全裸になったりなどしない、できないこともないがそんな趣味はありません。

誰も男の裸なぞ見たくもない、もしも見たいなんて言うガチホモな御方がいたら絶対に友達になりたくない。



アホなことを考えているうちに顔まで覆う白の防護服(ジャケットコート)が現れる。

テンガロンハット風の帽子・長手袋・襟の長いコート・スラックス・ブーツ。

そう、キャプテンブラボーの武装錬金『シルバースキン』みたいなやつです。



ぶっちゃけ、痛い思いしたくなかったので、自分の中で一番頑丈な服を考えていたらこれを思い出しただけである。

だからこの造詣に深い意味は無いが、妙な安心感とフィット感があるので今では結構気に入っている。

ブラボーが私服としても愛用していた気分がちょっとだけ理解できた。



ハッチが開く、気圧の関係ですさまじい気流が巻き起こるが、バリアジャケットで守られた僕には大して影響はない。

空気すらなくても平気な便利仕様だ、ある意味宇宙服レベル。

さて、そろそろ行きますかね。



「エンハンスト・フィアット、出る!」



僕は漆黒の空に飛び出しました。







同時刻、次元航行船内部。

食堂に集められた怯える人質たちの前でテロリストたちが言い争っていた。

バンダナをした茶髪の男が怒りを露に怒声を発し、それを長髪の男が諌める。



「クソッタレ、いったいいつまで時間がかかるんだ!」

「落ち着け、まだ指定時間まで一時間ある、焦れば奴等の思う壺だ」

「ふざけんな! あいつら二回も突入してきやがって、こっちだって何人も死んでんだぞ!!」

「報復として人質を殺してやった、もうビビってもう突入はしないはずだ」

「そんなことわかんねぇだろうが! 現に二回目があっただろうが!!」

「とにかく今は頭を冷やせ、俺は警備状況を確認してくる、ここは任せたぞ、いいな?」

「ちっ、わかったよ!」



長髪の男が食堂を出て行き、残されたバンダナの男は苛立たしげに机を蹴り飛ばした。

机上に飾ってあった花瓶が落ちて割れる、水と花が床にぶちまけられ思いのほか大きな音が響き、人質たちが怯えて小さく悲鳴を漏らす。

その声を聞いてバンダナの男はより一層腹立たしげに人質たちを睨んだ。



「うっせぇんだよ、豚どもがぁっ! ピーピー喚くな!!」

「ひぃ!?」



男の怒声に気の弱い女性局員が思わず泣き出してしまう、あまりの恐怖に自分でも嗚咽が止められなかった。

男がその様子にキレた様子で周囲の局員を殴り飛ばしながら彼女の前にやってくる。

彼女は目の前の自分を見下ろす男の視線に確かな殺意を感じて、歯がカチカチと震えるのが止まらない。

カチャリ、と額に銃口が押し付けられる、非殺傷設定などありえない物理兵器の銃だ。

引き金さえ引けば、子供でも人の頭を軽く吹き飛ばすことができる旧時代の象徴たる凶器。

恐怖から涙や鼻水で顔をぐしゃぐしゃに汚しながら女性局員はただ震えていた。

命乞いをしようにも声がでない、助けてくれる人もいない、確実な死だけが目の前に突きつけられていた。



「死ね、喧しいメス豚がっ」



ガァンッ、と一際大きな音が室内に響き渡った。






[7527] リリカル・エンハンスト06
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/09/04 12:11
■06



「イヤッッホォォォオオォオウ!!」



お空からの急降下が恐ろしすぎてテンションがおかしくなっています。



僕は音速を超える速度で超高高度から降下し、そのまま次元航行船の外壁面に突入した。

正確には超高速人間弾丸と化した僕が壁ぶち抜いて中に突っ込んだだけです。

ぶっちゃけバリアジャケットなかったら死んでます、ミンチかひき肉になってます、あ、どっちも同じか。



ドガガガガッ、と無数の外壁を突き破りながら、しかし僕にはかすり傷ひとつありません。

僕にはこの出鱈目な防御力があるからこそ、こんなアホみたいなチート戦法が取れるわけですが正直気分は良くありません。

やたら頑丈なバリアジャケットに守られているとはいえ、かなり心臓に悪いです。

まあ、手っ取り早いのでこうゆう緊急時には便利ですが、あまり多用したい方法じゃありません。



ガァンッ、と最後の壁をぶち抜いて船内に出ました。

ズンッ、と落下の衝撃で床に大きな凹みをつけながら無事着地、顔を上げる。

同時に僕の目の前には今にもテロリストらしき柄の悪そうな茶髪男に射殺されそうな女性管理局員が見えました。

ワァーオ、いきなり修羅場ですか、そうですか。



本当ならこんなことに巻き込まれるのは御免なのですよ、殺し殺されの殺伐世界なんて嫌です。

大人しくどこか田舎で草花を育てて、密やかに花屋でも営めれば言うことなし。

そんな人畜無害な僕にこんなダイハードな世界観は肉体的にも精神的にも厳しすぎデス。

しかし、さすがにこの状況で見捨てるほど非情な人間ではありません。

見捨てたら後々夢見が悪そうですし。

非常に面倒ですが、人質を傷つけさせないようにして犯人を鎮圧しなければなりません。



ふと視界の端に、床にぶちまけられた無残な姿の花が写りました。

割れた花瓶、水浸しの床、その上に散らばる儚き花の命。

な、なんということをっ……!!?

……彼らに、いや、薄汚いテロリストどもに容赦する理由が今消えました。

見敵必殺(サーチアンドデストロイ)! 

見敵必殺(サーチアンドデストロイ)!

美しき花の命を無下に扱う馬鹿どもにシヲ!!

さぁ、教育してやろう、チート主人公の闘争というものをっ!!

豚のような悲鳴をあげろ!!







船内は高濃度AMFが満たされています、魔法が使えない事はないですが燃費は飛躍的に悪くなっています。

バリアジャケットを維持するだけでも結構な魔力が胡散霧消してしまいます。

僕としてはそんな状況でわざわざ燃費の悪い魔法を使いたくありません、疲れるだけですし。

というわけで、デバイスはバリアジャケット維持のみにリソースを使うようにして、左腰にさしておく。



それに非殺傷設定の『優しい』魔法など使う腹積もりなどありません、奴等は物理的に破壊してやりましょう。

精々、自分の犯した罪を悔い改めながら痛みに悶え苦しむといいのです。

そういうわけで、せっかくですから、ダウンロードされた格闘戦闘技能を使わせてもらいましょう。



「な、てめ、どこからきやが―――!?」



男が言い終わる前に手元の銃をすばやく掴み、同時にもう片方の手で男の手首をへし折ります。

支点と力点の作用を利用し割り箸を折るように力を込め、ゴキリ、と骨の折れる音といっしょに落ちた銃がポトリと僕の手に握られてあっさり形勢逆転。

念のため両手足の関節をすべて銃で打ち抜き無力化させておきます。

体重を支えるべき間接を破壊されて男の身体が床に崩れ落ちる。

この間僅か一秒、改めて自身がチートな存在だなと思い知らされます。



男が叫びだす前に側頭部に肘鉄をかまして意識を奪いました、男の悲鳴など聞きたくありません。

その際、ちょっと力を入れすぎて頭蓋骨に皹がはいったようですが、ま、どうでもいいです。

我ながらこの一連の所業になかなか残酷だなと思いますがもう慣れました、戦場で3年も過ごせば誰だってこうなりますよ。

それに哀れな花の命を散らしたコイツには容赦する理由がありませんし、別に死んでようがどうでもいいです。

まあ、骨と一緒に腱もブチ切ったし、両手足の関節も粉々だから、十分再起不能だね、ザマーミロ。

完全に男を無力化した後、先ほどまで銃口を向けられていた女性に向き直ります。



「お怪我はありませんか?」



見たところ外傷らしいものは見当たらないが一応確認をとっておく、助けた手前これくらいの気遣いは必要でしょう。

しかし女性は僕に返事を返す事もなく呆然と見つめ返してくるだけです。

ああ、恐怖心で混乱しているんですね、わかります、僕も初陣ではそうでしたから。

ただ僕の場合は条件反射で敵を殲滅してしまいましたけどね……ハハ、鬱だ。



それはともかく、女性の顔は酷いものです、鼻水とか涙とかで化粧が崩れてかなり見れたものじゃないです。

失礼ながら正直に感想を言うと、ぐちゃぐちゃで、腐ったゾンビみたいな顔してます。

もし恋人がこんな顔してたら100年の恋も冷めるというものです。

なんだか可愛そうなので服の袖で顔を拭ってあげました。



されるがまま年下の子供に顔を拭かれる大人の女性という姿はちょっと可愛かったです。






[7527] リリカル・エンハンスト07
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/03/29 03:06
■07



「管理局特別執務官エンハンスト・フィアットです、もう大丈夫です、皆さんを救出にきました」



とたん周囲の人質達から歓声が上がる。

互いに助けが来たことに対して涙を流しながら喜び合う人々、辛い人質生活もこれまでだと。

だが安心するのはまだ早い、船内にはまだ多くのテロリストがいます。

しかも本隊からの救出隊がくるのは僕がこの船を制圧した後です。



僕は人質がすべてここに集められている事を確認し、彼らにテロリストの持っていた銃を預けて安全が確保できるまでここで待っているよう言いました。

何人かの勇気ある局員さんが僕に同行すると言ってくれましたが、駄目です。

その心遣いは有難いのですが、ぶっちゃけ足手まといです。



AMF状況下で魔法が使えない魔法使いほど無力な存在もいません、テロリストは銃火器で武装してますし。

局員の人々もある程度は格闘戦の訓練は積んでいますが、あくまでアマチュアレベルですし。

到底重火器に対応できる存在じゃあありません。



僕といっしょにホイホイついて来てあっさり死なれたら気分が悪いです、僕が悪いみたいじゃないですか。



あ、僕は大丈夫ですチート性能で白兵戦もほぼ無意識で自動戦闘ですから。

だから僕は同行を断ったのですが、それでもしつこく食い下がってくる根性のある人もいました。



「だが、君のような子供にばかりそんな危険な事をまかせるわけには!」

「……いえ、ですから私だけの方がむしろ安全で」

「そんなわけが――――!」

「いや、多分この子なら大丈夫だ、お前聞いた事ないか『沈黙の管理局員』の噂を……」

「ま、まさかこの子が噂の!?」

「…………?」



いきなり周囲の人々がザワザワ騒ぎ出す、え、何事?

ってか『沈黙の管理局員』ってなによ?

セガールさんのことですか?



「ああ、聞いた事があるぞ、最高評議会の秘蔵っ子、管理局の天才児、最強の管理局員、それが『沈黙の管理局員』」

「渡り歩いた戦場は数知れず、困難な任務をすべて成功させてきた、まさに生きた伝説の英雄だ!」

「その名はエンハンスト、そう、この子が『沈黙の管理局員』だったんだよ!」

「「「「な、なんだってーーー!?」」」」



いや、勝手に盛り上がっているところスミマセンが僕も初耳です。

その噂の出所どこ?

かなり誇張されて表現されているような気がしてならない。



「そういうことなら先ほどのすさまじい戦闘能力も納得がいく、魔法を使わず生身で銃をもつテロリストを鎮圧するなんて並の奴じゃ絶対に無理だ」

「そうだ、『沈黙の管理局員』は魔法を使わなくても不思議な武術で質量兵器も相手にならないと聞く、毒物も平気らしい!」

「お、俺知ってるよ、『沈黙の管理局員』は任務達成率100%のスゴ腕だって、た、助かるぞ!」

「ああ、さすがは『沈黙の管理局員』といったところか、すごいぞ生の伝説をこの目で見れるなんて!」

「お、俺、家族に自慢できるよ!」



なんかもう皆さんの中では決定事項みたいですね、僕の意見は無視ですか、まあ慣れてますけど。

そりゃまあ、ダウンロードされた武術で重火器だって相手できますし。

免疫力がハンパないんで大抵の毒物は解毒もしくは耐性がありますし。

任務達成率に関しては、失敗=最高評議会に不評を買って処刑、なので絶対失敗するわけにはいけないと必死になっているわけでして。



しかし、まぁ、彼らの噂だと僕は化け物じゃないですか、そこまで人間止めてませんよ。

……止めてないよね?



ともかくこの皆様方からの芸能人を見るような生暖かい視線はかなり絶え難い。

一刻も早くここから立ち去りたいです。



幸い今の状況なら僕の言う事を素直に聞いてくれそうなので、さっさと鎮圧に向かってしまいましょう。

僕は適当に彼らを言いくるめ、そそくさと食堂を出て行きました。

先程までとはうって変わってハイハイと大人しく指示に従ってくれるのはありがたいんですが。

……急に素直になられると逆に調子が狂うんだけど、まあいいか。







なんか妙な事になってきたのでとっとと解決して帰って寝てしまおう。

ちなみにテロリスト鎮圧はこの後わずか15分で終了しました。

実にあっけないものでした、実況するほどでもないので、その様子をダイジェストで流しましょう。



テロリストA 「ば、馬鹿な、なぜこんなガキにぐわぁっ!」

テロリストB 「生身で銃撃をかわしただと、こいつ本当に人間か!?」

テロリストC 「ま、まさかこいつが噂の奴だと言うのか!」

テロリストD 「人生\(^o^)/オワタ」

テロリストE 「ぎゃあああ!! う、うでが折れたー!?」

テロリストF 「こ、こんなガキ一人に俺たち全員が負けるのか!?」

テロリストG 「わ、我々の悲願が……ぐふっ」



とまあこんな感じでサクサクと鎮圧は完了、数分後に突入してきた本隊が無事人質達を保護しました。

僕としては戦闘以外での精神的疲労の方が大きかったのですが、まあ無事解決してよかったです。

ただ一つだけ誤算がありました。



翌日のニュースでこのことが報道されたときに人質となった人達が僕の事をこぞって話していたのです。

やれ、彼はまさに英雄だ、とか、正義の味方だ、とか、ある事ない事好き勝手に言ってたわけですよ。



最後に、テロリストの銃から助けた例の女性が出てきて涙ながらに話すわけですよ。

自分がいかに絶望的な状況で、どうやって僕に助けられたのかを、かなり美化しまくって話してました。

しかも頬を赤面させてウットリした様子で、あの惨劇下でよくそんな感想もてますね。



僕はたしか化粧がぐしょぐしょになった見るに耐えない顔を拭いてあげただけのはずなんですが。

どう解釈したら涙を拭って愛を囁くような星の王子様みたいな行動に変換できるのでしょうか?



女心は理解できそうにありません。







もし人が恥ずかしさで死ねたなら、僕は少なくとも百回は死んでいるでしょう。

今回の事件、世間的には結構な騒ぎになって世論でいろいろとりあげられているようですが。

僕的にはあんまり大事件にしてほしくないです、目立ちたくないんですよ。

……まぁ、無理な願いなんだろうけどね。



しかも、なんか不自然に今回の犠牲者については言及しないし、むしろ全力で隠蔽?

ホント勘弁してください、こういうことになって喜ぶのは最高評議会の脳みそ×3だけですから。



そういえばあいつら前に『メディアミックス作戦』とかアホなこと話してたけど、アレってマジだったのかー。

道理でわざとらしいくらいに僕のことがニュースとかTVで好意的に紹介されるわけだ。

雑誌とかでも、いつの間にか撮影(この場合盗撮)されていた僕の写真とか表紙になってたし。



……見つけたときは本気で殺意を覚えたけどね!



あれ以来、道行く他人とかにいきなり握手求められたり、サインくださいとか言われたりするようになりました。

僕はアイドルとか芸能人じゃないんですけど?

邪険にして最高評議会の不評を買う訳にもいかないので、できるだけ誠意をもって対応してますけど。



すごい権力の無駄使いです、本当にありがとうございました。

これでまた僕の望む平穏な生活から遠ざかってしまったような気がします。

あ、死にたくなってきた。



ロープどこだったっけ?







[7527] リリカル・エンハンスト08
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/03/30 01:10
■08



こんにちは、最近うつ病気味だったエンハンストです。



最高評議会のクサレ脳みそどもの策略で一躍有名人になってしまい、平穏な日々からさらに遠ざかりました。

そのうえ、これで味をしめた脳みそどもはより僕をエリート管理局員としてプロデュースしようと計画しはじめ、『脳みそP』として積極的に僕を各種メディアに紹介するようになってしまいました。



ある日は子供たちとのふれあい会という名目で僕より年上の子供たちと握手させられたり。

またとある日には、管理局員募集キャンペーンと称して何故かTVの生放送でインタビューを受けたり。

またまたとある日には、僕をモデルにしたゲームが作られたり。



……ゲームの題名は『沈黙の管理局員エンハンストvs超力極悪テロリスト』。

次回作の制作も既に決まっているらしいです、もうね、好きにしてください。



そんなこんなで、ここ最近は落ち込むような事ばかりあったせいでちょっと調子が悪かったですが、もう元気です。



なぜなら念願の秘密の花壇作りを始めましたからです!

ちょうど管理局地上本部の一部に人気が少なくて日当たりの良い空き地を見つけたので勝手にお借りしちゃいました。



今はまだレンガブロックで囲いを作って土と腐葉土を敷き詰めただけで、あまり植物の育成に適しているとはいえませんが。

あと2・3ヶ月もすればミミズや微生物がこの土を保水性と通気性があり、有機質を沢山含んだ、草花の育成に適した良質な苗床に変えてくれます。

草花自体はまだ芽すら出ていませんが、僕は久しぶりに土を弄った事で十分な元気を取り戻しました。



あぁ、人はやはり大地に根ざした生き物なんだとしみじみ感じます。

あらためて僕の生きがいはこういった草花作りにあるのだと確信します。

間違っても殺伐とした戦場や犯罪者の暴れまわる現場で活躍する事が僕の生きる道じゃありません。







こうして久しぶりにポジティブな気分になったのですから、今まで考えないようにしていた事を今一度見つめ直すのも良い機会かもしれません。



それは将来の事です。

そう、この世界の原作(未来)を知る僕にとって、これからどういった行動をとるべきか真剣に考える必要があります。

いままでは最高評議会の脳みそ×3の命令に従う以外の生きる道がなかったので嫌々従ってきましたが。

僕の行動如何によっては未来も大きく変わる可能性もあります、良くも悪くも。



何よりもこのまま大人しく従っていても、どのみち僕にはBADENDしか待っていません。

白い大魔王なのは様に『お話』と称して砲撃されたり砲撃されたりほうあげlこいcづd――――!!?



……落ち着きましょう。



ともかく、僕の望む平穏な日常生活を取り戻すためにもここで選択肢を間違うわけにはいきません。

石橋を叩いて渡るくらい慎重に今後の行動方針を考える必要があります。

よーし、こういう時こそ脳内会議を開くべきでしょう!

こういう時の為に便利な分割思考という魔法もあるんですから。







脳内☆会議中…………



脳内僕A 『管理局を辞める』

脳内僕B 『NON、最高評議会にとっての利用価値がなくなる、処分される可能性が大きい』



脳内僕B 『どこかへ逃げる』

脳内僕A 『NON、相手は数多の次元世界を監視する時空管理局だ、とうてい逃げられん』



脳内僕A 『最高評議会をぶっ殺す』

脳内僕B 『NON、表向き奴らは管理局の最高権力者だ、仮に成功してもその後犯罪者として追われることになる』



脳内僕B 『ジェイル兄さんに協力して反逆のオリーシュ』

脳内僕A 『NON、最高評議会は殺せても原作キャラにやられてしまう、冥王マジ恐怖の存在』



脳内僕A 『原作キャラに協力』

脳内僕B 『NON、既に最高評議会やジェイル兄さんの共犯者に等しい、立場上逮捕は免れん』



脳内僕A・B 『『つーか八方塞りじゃね?』』



あ、頭痛くなってきた……。

どう考えても死亡フラグばかりです、本当にありがとうございました。

せっかく元気を取り戻しかけたけど、また落ち込んできましたよ。



いや、わかってたんですけどね。

いままで無理矢理考えないようにしてきたっつーか、考えると鬱るんで。



しかし、うーむ、困りました、打開策がぜんぜん思い浮かびません。

下手に思いつきだけで行動しても絶対に上手くいくわけありませんし。

仕方がないので何か思いつくまではこのまま現状維持でしょうか。



かなり消極的なのはわかっているんですが、流石に自分の未来がかかっているんで慎重にならざるを得ません。

本来ならどこぞのSSの最強チート主人公よろしくウハウハ最強ハーレムでもやれればいいんでしょうが。

生憎、僕には正義の味方キャラとして悪と戦ったり、周りに可愛い女の子を侍らせる趣味もないのです。

僕としては静かに花を育てて暮らせればそれだけで、それだけで十分すぎるほど幸せなんです。



ホント、なんでよりによって僕みたいなのがこの世界に来てしまったのでしょうね?







花壇を作り始めてから一ヶ月ほど経ちました。

最近はミミズが住みはじめたらしく、土をちょっと掘り起こせばわんさか取れるようになりました。

このままいけば良い感じに土を肥やしてくれるに違いありません。

良い仕事してくれます、ミッドチルダのミミズはとても良い子のようです。



そういえば、いつの間にか闇の書事件が終わっていました、あ、八神はやての方じゃありませんよ。

クロノ君の親父さんがお亡くなりになる方の闇の書事件です。



僕に呼び出しがかかる間もなく暴走して、そのままアルカンシェルで打ち落とされてしまったようです。

その際に結構な数の死者が出たらしく、クロノ君のお父さんもこれで亡くなってしまったのでしょう。



もともと原作の展開に関与する気が無い僕ですから、罪悪感はほとんどありません。

そもそも顔も見たことのない他人の死を悲しんであげれるほど自分自身に余裕がありませんし。



あ、でも今度合同で今回の殉職者の葬儀を執り行うそうで、僕もできれば参加するようにと言われています。

いい機会ですので原作キャラの顔を見ておくのも良いかもしれません。






[7527] リリカル・エンハンスト09
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/09/04 12:12
■09



こんにちは、最近秘密の花壇を作り出してちょっとだけ元気が出てきたエンハンストです。



さて、今回の闇の書事件における犠牲者遺族の合同葬儀にやってきました。

実際来てみて吃驚、会場にはかなりの人数がやって来ていました。

今回の事件では相当な人数が直接的にしろ間接的にしろ、亡くなられたようです。



でもおかしいですね、ちょっと妙な違和感を感じます。

たしか原作ではヴォルケンリッターの騎士達は積極的に人殺しをするような性格じゃなかったはずですが。

それとも主人の気質によって守護騎士達の性格も変わるのでしょうか?



約十年後、次の主となるはずの八神はやて本人は穏やかな性格をしているようでしたが、今回の主は誰だったんでしょうかね?

しかしまあ、これだけの事をしでかしておいて、よく原作では管理局任務への奉公従事だけで許してもらえましたね。

家族を殺された恨みとかで闇討ちされてもおかしくないレベルの犠牲者数ですよ、コレ。







今僕の目の前だけでも十数人の遺族が悲しみに泣き喚いています。



遺体がある方はまだ良いです、家族の遺体の入った棺に縋り付いてしっかりと泣いて悲しめますから。

暴走に巻き込まれた挙句、アルカンシェルで消滅させられた人の棺は空っぽです。

家族の死に顔もなく、それ故に死んだという実感もなく、どうしたらよいか困惑して呆然としている人も結構います。

こういう人は哀れです、悲しみの寄せどころが無いので泣くに泣けません。



そして今、僕の目の前にもそんな哀れな親子がいます。



「おかあさん、おとうさんは?」

「……お父さんは、もういないのよ……クロノ……」

「ねぇ、どうして?」

「……っ、それは」

「おかあさん? どうしてないてるの? どこかイタいの!?」

「クロノ、よく聞いて、お父さんはね、死んでしまったのよ」

「え?」

「だからもうお父さんとは会えないのっ……ずっと……」

「なんで? そんなの……いやだよ、そんなのいやだぁ!!」

「……っ、クロノ!」



泣き喚く息子を抱きしめる母親、傍目から見てもかなりキツイ光景です。

3歳か4歳程度のクロノ君はまだ活発で無邪気な少年そのものといった感じを受けますが、この事件をきっかけにあのクソ真面目で融通の利かない頑固な性格に変わってしまうのでしょう。

まあこんな風に父親を失ってしまえば性格が変わらずをえないトラウマとなったことは間違いありません。



かなり気軽に彼らの顔を見にきた僕としては非常に声をかけづらい状況です、正直気まずいデス。



僕が戸惑っている間に、いつの間にか近くにやって来ていたグレアム提督がいました。

ナイスミドルなイギリス紳士の登場です、ウホッ、いい紳士。

ロマンスグレーといった風貌のマジカッコ良い中年男ですね。



しかし彼は今回の事件においてはかなり複雑な立場です。

闇の書の暴走によって亡くなった人たちを最終的にアルカンシェルで消し飛ばしたのは彼なのですから。

任務上仕方が無い措置だったので彼自身に罪は無いとはいえ、被害者側からすればトドメを刺した極悪人も同然なのでしょう。



ここに来るまでに少なくない遺族から罵倒され非難され、時には殴られたに違いありません。

彼の頬には殴られたらしき青痣ができており、口端からは血が滲んでいます、相当手酷くやられたようです。



彼自身も大切な部下を自分の手で殺して相当落ち込んでいるはず。

それでもグレアム提督は遺族への謝罪をして回っているところを見ると、かなり責任感の強い人物のようです。



「……リンディ君」

「……グレアム提督」

「すまなかった、今回の顛末、すべての責任は私にある」

「いいえ、違います提督、あのような事態は誰も予想できませんでした……」

「しかし、私は君の夫を……クライド君をこの手で!」

「提督、夫は……夫は最後まで自分の中の正義に殉じたのだと思います、提督に責はありません」

「……………」

「夫も、提督を一切責めていないと思います、あの人はそういう人でしたから……」

「クライド君……」



二人とも涙を流しながら亡きクライド氏を偲んでいるようです。

話を聞く限りかなり正義の人だったみたいですね。

惜しい人を亡くしました、世の中そういう良い人から真っ先に死んでいきます。

一方で最高評議会の脳みそ×3とかの悪党はなぜか生き残ってしまいます、まさに皮肉ですね。

あ、でも一応最高評議会も目的は世界平和なんだっけ、やり方が外道すぎて忘れがちだけど。



二人が一通り話し終えた頃、リンディさんに抱かれたままのクロノ君が泣きつかれて眠ってしまいました。

リンディさんは悲しみとも慈愛ともとれる複雑な表情で抱きしめた息子を見つめています。



「……この子も、今はまだ難しいでしょうけどきっとわかってくれます、自分の父親がどんなに立派な人だったかを、きっと誇ってくれると思います」

「そう、か……そうだな、彼は、クライド君は素晴らしい青年だった」

「ええ、なんていったって私の夫なんですから」

「いつかクロノ君もクライド君に負けない素晴らしい青年になるはずだ、彼の息子なのだから当然そうなるに違いない」

「そうなってくれると嬉しいです……いいえ、そうなるように育てて見せます」

「将来の楽しみができたな、リンディ君なにか困った事があったら私に相談して欲しい、クライド君の代わりにはならないが私にできることがあるなら協力させて欲しい」

「……提督、ありがとうございます」



泣き笑いの表情でリンディさんが感謝のお礼を述べる。

そうか、こうやって後のクロノ君がグレアム提督のもとでリーゼロッテ・リーゼアリアに師事するフラグが立った訳か。

将来のスーパーエリート管理局員、クロノ・ハラオウンの原点がここってわけですか。

僕はいま原作歴史の小さな出来事を見たわけですね、ちょっと感動。



ん?

んんっ!?

今なんかスッゴイこと思いついたんですけど!!







[7527] リリカル・エンハンスト10
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/04/01 04:27
■10



クロノ君達を見ていて、すっごいこと思いつきました。



さて、思い返して欲しい、クロノ君って原作でもかなり優秀な人材だよね?

原作では主人公(兼、魔王)たる高町なのは様に存在感を奪われてるけどさ。

たしかStrikerS(三期)では提督とか、かなりの地位にまで若くして上り詰めて、そのうえ英雄とか呼ばれてた筈だ。



しかも、真面目で努力家、正義感に溢れ、父を理不尽に死なれているという悲しい過去を背負っている、そのうえ結構なイケメンだ。



こりゃもう完璧主人公属性でしょ、もうずっとスーパーリリカル☆クロノタイムでいいよ!

というか、たしかクロノ君ってエロゲ版のほうのリリカルなのはだと主人公級の扱いだったよね。



クロノ君の分際で最強ヒロインたるなのは様とくっつくとか、ユーノ君涙目。



ほっといても彼は数年後には勝手に修行を始めるだろうし、勝手に手柄を立てて昇進していくだろう。

持ち前の正義感とたゆまぬ努力で、心身ともに質実剛健なスーパー管理局員となっていくわけだ。



そう、彼なら『時空管理局の指導者(リーダー)』になれるんじゃないだろうか?

ほっといても自力でのし上がる彼を僕が密かに応援したら、もっと早く、もっと上に昇進できるんじゃないだろうか?

そしてゆくゆくは僕をも超えるスーパーエリート管理局員として成長して。







『オイ、なんかエンハンスト以上に優秀な人材がいるってよ!』

『マジか? じゃあそいつに管理局任せたほうがよくね?』

『エンハンストも良く頑張ってるけどしょうがねえべ、そいつで決定な』

『『『じゃあ時空管理局はクロノ君に任せるから、エンハンストは好き(自由)にしていいよ』』』



と、さすがにここまで都合良くはいかないだろうが、こういった展開もありえるのではないだろうか?



おお、我ながらなかなか良い考えだ、この計画なら誰も苦しまないし悲しまないぞ。

最高評議会は念願の理想的人材を手に入れられるし。

僕は晴れて自由になれる。

クロノ君は時空管理局を率いて思う存分に正義の味方ができる。



名付けて『クロノ君育成計画』。



わぁお、この考え採用、マジ名案だわこれ。

となれば今のうちから何かしらネタを仕込んでおいたほうがいいよね!

な、なにはともあれ、まずはご挨拶せねばっ!



「……すいません、ちょっといいですか」

「あ、はい、なんでしょうか?」

「私はこういう者ですが、少しお話がしたくて」

「……!? と、特別執務官エンハンスト・フィアット!!?」

「ほぉ、そんな有名人が何用かね?」

「失礼ながら、先ほどからお二人の話を聞かさせていただきました、私もクライド氏のような優秀な人を失った事はまことに残念でなりません」

「あ、ありがとうございます」



僕の言葉に幾ばくか怪訝そうに謝礼を述べるリンディさん、まあ当然の対応だろうな。

いきなりこんなガキに話しかけられて、しかもそいつが特別執務官とかいう妙に高い役職だし。



グレアム提督まで僕を警戒するように視線を厳しくする。

ちょっと、まずいかな、焦って先走りすぎたか?



こんな時は無表情な自分の不器用さが恨めしい、笑顔の一つでも浮かべられればちょっとは違うんだろうが。



「実はお二人の話からそこにいるクロノ君に少し興味がわきまして、是非彼の力になりたいと思いました」

「……クロノにですか?」

「ええ、彼はまだ幼いですが故クライド氏のように優秀な人材の息子ならば彼自身もまた優秀な人材に育つ可能性が高いです」

「君はクロノ君を管理局に入れようというのかね?」

「いえ、そこまでは考えていません、ただ彼のような人材の将来の成長の力になれればと思いました、僕自身が彼と似たような境遇なので……」

「……そうか」



真っ赤な嘘っぱちである、公式では僕の両親は5年前に死亡した事になっているが、もともとそんな親などいない。

この世界の僕の体はジェイル兄さんによって、古今東西の偉人・奇人・超人たちのDNAをミックスして作られたものだしね。



ただ。この場ではそう言っておいた方が効果的なのは明白。

同じような境遇だと思えば警戒心は緩むものですし。



この程度の過去擬装なら特別執務官特権で中央データベースアクセス権があるので余裕で出来ます。

あとで調べられてもぜんぜん問題ないのですよ。

ダテに時空管理局が支配する集権型社会のエリートやってませんよ、うはははは。



……あれ、なんか今の僕ものすごく悪人なんじゃね?

ま、まあ、いいです、将来の平穏な暮らしのためならこの程度の悪行は神様だって見逃してくれます。



「彼自身が僕の協力を望んだ時は是非連絡をください、これが僕の連絡先です」

「あ、ありがとうございます、エンハンスト執務官」

「……では、失礼します」



なーんか、いろいろ後ろめたいけどこれでネタの仕込みは十分だよね。

将来クロノ君が強くなろうと思ったら僕みたいな高位魔道士の協力者はのどから手が出るほど欲しいはず。

必ず連絡をくれる筈だ。

あとは優しく丁寧に英才教育を施してあげれば良いだけさ。



なんか急激に運が向いてきたような気がするな、ついに僕にも幸運の女神が微笑み始めたのだろうか?

いやいや、油断はできないぞ、僕はなにかしら理不尽な目にあうのがデフォルトだからな。

ここで変に期待して、あとでガッカリなんてことになったら立ち直れないかも。



……と、ともかく、まだまだ時間はかかるだろうが少しは将来に希望は見えてきた。

いつか自由になるその日まで僕は諦めずに頑張るぞ!



このとき僕は有頂天で、まさか数年後に自分の招いたこの一連の行動が原因で大問題に直面することになるとはまったく予想できていなかったのです。






[7527] リリカル・エンハンスト11
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/04/02 04:48
■11



若葉の緑も清々しく感じられる頃となりました。

こんにちは、前向き思考に目覚めたポジティブ・エンハンストです。



クロノ君を立派に育てて僕の代わりをさせようという計画を思いついて以来明るいニュースが続きます。



今日は非常に喜ばしいニュースがあります。

なんと、僕の秘密の花壇『えんはんすとランド』がようやく完成しました! いやっほぉー!



土作りから初めて作り始めて6ヶ月目、今日ついに花壇いっぱいの花が咲き乱れたのです。

一番初めという事で比較的開花まで早い花などを中心に植えていったのですが、それが大成功でした。



さまざまな色彩溢れる花壇を見て僕は幸せ一杯です。

小さいながらも命を一生懸命アピールするその姿に感動すら覚えます。

あぁ、なんていとおしいんだ僕の可愛い花達。

感動の涙を禁じ得ません。



この世界に生まれて既にそれなりに長い月日が経っていますが、いつも他人の都合で振り回され、他人の都合で戦わされてきました。

そんな中で諦めの気持ちが心の大半を占め、言われるがままに従ってきましたがやはり違うと思うのです。



僕が本当にしたいことは戦いで人を傷つけることでもなく、正義の味方みたいに人を助ける事でもありません。

僕の本質はこうやって花を育てて至上の喜びを見出す矮小な小市民なんです。

そもそも僕は人付き合いが苦手で、他人にあまり興味を持たない性格ですし。



まあ、この問題は解決までもうしばらく時間がかかると思います。

クロノ君が成長するまでの辛抱です、幸い僕は気が長い方なのでそれほど苦にもなりませんし。

今は臥薪嘗胆して待つ時期だと思ってひたすら待ちます。



それにしても僕の育てた花達は実に美しい、この感動を僕一人で味わうのは勿体無いような気がしてきました。



そうだ、この感動をジェイル兄さんにも届けてあげよう。

ここ数年は通信機越しばかりでまともに顔も合わせていなかったから、久しぶりに会いに行ってみよう。



うん、いい考えだ。

そうと決まれば早速花選びをせねば、どんな花が良いだろうか?

僕はジェイル兄さんや僕の髪と同じ色の花を選んで、根を傷つけないようにそっと植木鉢に移した。

うん、これならきっとジェイル兄さんも喜んでくれるはずだ。







「……ジェイル兄さん、お久しぶりです」

「ああ、良く来てくれたねエンハンスト、わざわざ会いに来てくれるなんて本当に嬉しいよ!」

「これ兄さんへ、お土産です」

「ありがとう、うん、実に綺麗な花だね特に色合いがいい、僕や君の髪みたいな色だ、君が選んできてくれたのかい?」

「…………(こくん、と頷く)」

「いやあ弟にここまで慕われているなんて兄冥利に尽きるよ、さ、ここで立ち話もなんだ奥で茶でも飲みながら話そうじゃないか」



よかった、ジェイル兄さんは僕の送った花を喜んでくれたようだ。

兄さんのことだからもしかしたら花に興味が無いのかもしれないと思ったけど、大丈夫だったみたいだ。



あ、でもプレゼントした花を改造してバイオモンスターとかにはしないよね?

ま、まさかね、さすがのジェイル兄さんでもそこまでは……しないよね?



僕は兄さんについていきながら、数年前まで慣れ親しんだ秘密アジトを歩いていった。

足元を照らす淡い蛍光とひたすら続く無機質な鉄の廊下。

懐かしい、数年前まで僕と兄さんの二人だけで生活していたまま、なにも変化していない。



僕自身は多くの修羅場を経験した所為で、随分と性格が冷酷に変質してしまったけれど、こういった自分の知る場所で変化がないものがあると分かると何故か安心する。







奥の比較的広い室内につく、そこは休憩所として使われている場所で、よくここで僕は兄さんと雑談をしていた。

話の内容事態は『人造生命の量産化について』とか『機械と人間の融合した未来とは』とか、あまりまっとうなモノとは言えない物騒なものだったが。

それでも兄さんとの会話は楽しかった記憶がある、まあ、9割以上ジェイル兄さんが一方的に喋っていただけだけど。



兄さんに促され僕がソファーに座ると、兄さんもその対面に座ってなぜだか面白そうに笑った。

なんだろうか、これは悪戯を思いついた時、というか僕を驚かそうとしている時の兄さんの顔だが。



「エンハンスト、実は僕も君に見せたいものがあったんだよ」

「……………?」

「失礼します」



僕が兄さんの言葉に疑問を抱いていると、隣の部屋から見知らぬ女の子が入ってきて僕と兄さんの目の前に紅茶を置いていってくれた。

え、お手伝いさん? それにしては若すぎるような……。

いやいや、そもそもありえないだろ、ここは犯罪者の秘密アジトだぞ。

じゃあ、まさか攫ってきたのだろうか、さすがにジェイル兄さんでもそれは酷いんじゃ……。



いや、待てよ、どこかで見たことがあるぞこの子。

見た目は十代半ばくらいに見えるが、僕は彼女に見覚えがある。



淡い紫色のウェーブがかった髪、どこか鋭さを残す目、そしてなんと言っても彼女の持つ雰囲気が……。

僕やジェイル兄さんとそっくりだ。



「……ジェイル兄さん、彼女は?」

「驚いたかい? この子は戦闘機人の試作一号なんだ名前はウーノ、君や僕の妹というわけさ。」

「はじめまして、ウーノと申します、エンハンストお兄様のお話はドクターからよく聞いています」

「……あ、ああ、はじめまして、ウーノ」



もう、完成していたんだ。

ナンバーズ、僕の妹。







未だ年若いから面影しかわからなかったが、原作での彼女は立派な成人女性だったし。

何よりも、この時点でナンバーズが生まれているという発想がなかった。

僕の意識ではもっとずっと後からになると思ってた、しかしこんなに早かったんだね。



注意して彼女の動きを見てみれば、確かにまだ多少ぎこちない所がある。

ウーノが動くたびに微かな機械の駆動音も聞こえてくる、なるほど、これが戦闘機人か。

未だ兄さんの研究は半ばなのだろう、試作一号機というだけあって未完成な部分もあるようだ。



それにしても、ずいぶん成長しているように見える。

外見年齢だけでも十代半ばといったところか、落ち着いた雰囲気の所為で大人びて見えるが。

いや、別に老けているとかじゃなくてね、うん、美少女だよ。



パッと見、僕のほうが幼く見えてしまうので、むしろ弟扱いされそうだ。

これはちょっと問題じゃなかろうか、僕は兄として妹に威厳を示さなければいけない立場なのに。



あ、でも逆に姉っぽい感じで接してもいいかもね、妹だろうが姉だろうが僕はどっちでもいいし。

まあ、なんにせよ兄妹が出来ると言うのは嬉しい、愛すべき家族が増えるということだしね。



「君の研究の名残でね、培養槽の時点で幾分かの成長促成が出来るようになったんだ、だからこれでも彼女は生後半年に満たない赤ちゃんなのさ」

「ド、ドクター、それはちょっと違うような気がします!」

「はは、冗談だよ、彼女の後継機としての次世代の妹達も既に完成間近さ、技術がフィードバックされてより完成された戦闘機人として生まれてくる事になるだろうね」

「……それは、楽しみですね」



本当に楽しみだ、原作では結構悲惨な目にあっていたが、戦闘機人は基本的に皆可愛い女の子。

花ばかりに熱中している僕とはいえ、一応性別は男。

可愛い女の子と知り合いになれて嬉しくないはずが無い、それに妹としてならなおさらだ。



この世界に生まれる前も僕は一人っ子だったので、姉妹とか兄弟とかには人一倍よくあこがれていた。

兄としてはジェイル兄さんができたが、いかんせん兄さんは可愛くない、顔芸だし、マッドだし。



だから妹が生まれるのは素直に嬉しい。

まあ、生まれが生まれなのであまり幸せとは言い難いかもしれないが。

それは僕自身にも言えることだけど。



「私の素体も常に最新の技術と実験結果を反映して改良されています、妹達の完成は私も待ち遠しいものです」

「ああ、任せてくれたまえよ、必ずや素晴らしい戦闘機人として作り出してあげるつもりだ、それに家族が増えるのは素晴らしいことだからね」



ジェイル兄さんが力強く返事を返す、こういう方面では頼りになるんだが妙に抜けたところがあるからちょっと心配だ。

僕と暮らしていた時なんか実験用の薬品と砂糖を間違えて、三日間くらい生死の境を彷徨ったこととかあったし。

まあ、何かあってもウーノがフォローしてくれるだろうからあんまり心配する必要なさそうだけど。



実際、結構いいコンビなんじゃなかろうか、しっかり者のウーノの補助があればずぼらな兄さんも心置きなく研究に没頭できるだろうし。



「ふふ、そうですね、あ、ドクター紅茶のお代わりはいかがですか?」

「ん、いただこうかな、砂糖は5個でよろしく頼むよ」

「ドクター糖分の取りすぎです、そのうち糖尿病になってしまいますよ、砂糖は2個までにしておきましょう」

「むぅ、相変わらず細かいね、頭脳労働には糖分が一番効くのだが駄目かね?」

「駄目です、これもドクターの体を考えての事です、我慢してください」

「ふぅ、わかったよ、まったくウーノには逆らえないね」



それにしてもウーノはよく兄さんに懐いているな。

自分の創造主だからというのもあるんだろうけど、ジェイル兄さんが羨ましいなあ。



僕もこうやって世話焼いてくれる秘書みたいな存在がいれば日々の激務にも潤いが出るのだが。



でも無理だろうな、僕は人付き合いが大の苦手だし。

それに、なにしろ僕自身に秘密が多すぎる、ジェイル兄さんや最高評議会との繋がりとか。

なにかの拍子でバレてしまったら大変だ、秘密を知った相手だけでなく僕自身も処刑されかねない。



はぁ、いいなあ、ジェイル兄さん、妹で秘書か……ちょっと妬ましい。



「ご理解いただけて幸いです、あ、エンハンストお兄様もいかがですか?」

「……頂こう、砂糖は4個で」

「エンハンストお兄様ぁ~?」

「……2個で」

「プッ、さすがのエンハンストもウーノには逆らえないようだね」

「もう、ドクターもエンハンストお兄様も私をからかわないでください!」



いいなあ、こういうほのぼのした空気は好きだ、場所が悪の秘密アジトだけど。

いつか僕達皆でこうして楽しく暮らせる日々が訪れる事を切に願わずにいられないよ。



でも多分無理なんだろうな、原作知識をどうひっくり返してもそういう未来は導き出せない。

そして何より僕自身に未来を変える行動をする気がまったく無い、というか出来ない。



まず現時点、そして未来の時点でも時空管理局を裏から支配する最高評議会と戦ってまともに生き残れる算段がつかない。

いくら僕がチートだといっても何百何千人を相手に勝てる訳ではないのだから。

……なのは様なら勝てるかもしれないが。



また原作のジェイル兄さんのように最高評議会の脳みそどもを暗殺し、その後『ゆりかご』を利用して新天地を探す案も悪くないが。

現実的に考えて、各次元世界中の警察組織から警戒されるし、そのうえ立ち直った管理局から執拗に狙われるのは目に見えている。

ある程度なら『ゆりかご』や戦闘機人の戦力で撃退できるかもしれないが、それでもいつかは限界は来るだろう、もともとの戦力比が違いすぎるのだから。



その後に待っているのは、僕ら全員の惨たらしい死だけだ。



そうなるくらいなら、原作どおりに話が進み、犯罪者とは言え生き残ることのできる原作と同じ未来を僕は望む。

ベストよりもベター、しかしそこに僕というイレギュラーが含まれている保証はないのがツライところ。

そこいら辺は、これからの僕の行動次第なんだろうけど。



そんなわけで僕は自分自身のことで精一杯なのだ、そこまで必死になって可能性の低い未来のために頑張れるとは思えない。

薄情者と罵る人もいるかもしれないが、こういう気持ちは当事者にならんとわからないだろうね。

僕に出来る事といえばせめて彼女達の今が幸せである事を祈ってあげる程度。



まあ、僕程度で解決できるような事なら手を貸すけどね。






[7527] リリカル・エンハンスト12
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/04/30 22:18
■12



やあこんにちは、エンハンストだよ。



ジェイル兄さんの所へ遊びにいって以来、僕はとあるものを求めるようになっていた。

それは小動物の死体。



そこ、引かないように、コラコラ、警察に電話しないでくださいよ、マジで!

ちゃんと理由があるんです、至極まっとうな理由が。



皆さんは使い魔をご存知でしょうか?

某ライトノベルに出てきたツンデレ貴族の使い魔のやつとは違いますよ。

正真正銘、動物の死体などを媒介にして、人造魂魄を憑依させて作る由緒正しき(?)使い魔です。



昨日のジェイル兄さんとウーノの仲睦まじい主従関係を見て羨ましかったんですよ、もの凄く。

だから僕も同じような存在が欲しいなと思ったわけですが、世の中そう簡単にはいかないものです。



秘書を雇おうにも僕は他人と話すのが極端に苦手です。

ジェイル兄さんや一部の親しい人以外には、緊張してほぼ無言の態度をとってしまいます。

あ、仕事中は別です、プライベートと切り離してますから。

マニュアルどおりにしゃべれば良いので、それほど苦にならないんですよ。



と、まあそれはさておき話を戻しますと、僕の求める人材がほぼいなくなってしまったわけなんですよ。

僕やジェイル兄さん達との秘密を知られる危険性もあるので迂闊な人選はできませんし。



そこで考えついたのが使い魔です。

使い魔なら意思の疎通も完璧だし、何より僕の身内みたいな位置付けになるので余計な気苦労がありません。

まさに主人をサポートする為に生まれてくる、秘書みたいな存在です。







思いついたが吉日、僕は早速材料探しに出かけたわけですが肝心の素体となる小動物の死体が見つかりません。

僕の希望としては猫とか犬がいいです、原作でもネコミミとかついてて可愛かったし。



でもまあ、犬猫の死体なんてそうやすやすと見つかるものではありません。

生きた野良猫なんかは結構見かけるんですが、さすがに直接ぶっ殺すわけにもいきませんし。



やがて僕が途方に暮れはじめた頃、探索していた小さな森の中で運命の出会いを果たしました。



ヘビです、しかもかなりでっかい大蛇。

推定3メートルはあろうかというその大蛇は息も絶え絶えに地面に横たわっていました。

その胴体には深深とした爪あとが抉られており、おそらく梟や鷹に襲われたのでしょう。

肉が裂け、どう見ても致命傷といった様相で大蛇は苦しそうに蠢いていました。



正直不気味です、ヘビ、ナメクジ、ゴキブリは僕の苦手な生物TOP3です。

花を育成する過程で必ずと言ってよいほど遭遇するヘビやナメクジ、すごぉーく苦手なんです。

特にヘビには毒を持った奴とかいますし、見つけたら大声あげて逃げ出したい気分です。



そういうわけなんで、僕はそそくさとその場から立ち去ろうと踵を返そうとして。



……やっぱりできませんでした。

今目の前には死に絶えそうな命があって、僕にはそれを救う確かな手段があります。

そこで見捨てられるほど非情になれない僕は本当にヘタレ偽善者です。

たとえそれが超苦手なヘビでも無理でした。



ホント、なんかスミマセン、何かに謝罪したい気分です。

いや、こういうことしてると、「貴様人間は見捨てるくせにヘビは助けるんかいっ!」とか怒られそうで。

普段はあまり感じない罪悪感がこうひしひしと……。







おっかなびっくり傷ついた大蛇を中心に使い魔用の術式を展開します。



僕は多分後悔するでしょう、っていうか今もかなり自分の行いに後悔してますけど。

助けたからには僕には使い魔を養う責任が生じます、つまりずっと苦手なヘビと付き合っていかねばならないという事。

ああ、自分のアホさ加減にほとほと呆れます。



激しい自己嫌悪に悩まされながらもテキパキと術式を完成させ、瀕死のヘビに人工魂魄を憑依させます。

一瞬の激しい閃光を放って、使い魔作成の儀式が完成しました。

僕と使い魔の間に魔力の確かな繋がりを感じます、上手くいったみたいです。



僕が先ほどまで大蛇がいた場所を見ると、一人の二十代前半の女性が跪いていました、ぜ、全裸で。



「はじめましてご主人様、なんなりとご命令を」

「…………とりあえず、服着て」



僕は着ていた上着を彼女に被せ、出来るだけその裸体から目を逸らしました。

いや、健全な男子としては見てみたい欲求があるんですが、これはさすがに失礼だし、目の毒でしょう。

僕の知る限りかなり素晴らしいプロポーションをしているように見えました、いや一瞬しか見てませんよホント。

しかも顔立ちが超美人だし、なんというか東洋系の美人さんな感じ。

しっとりとした黒髪が腰あたりまで流れ、東洋人風の顔立ちに抜群のモデル体型。



いやいや、だからちょっとしか見てませんてホント、マジで。



「ご主人様、ありがとうございます」

「その呼び方はむず痒い、エンハンストでいい」

「はい、エンハンスト様」

「……ま、まあいい、それで君の名前だが、そうだな……『カガチ』というのはどうだろう? 日本という国の古語でヘビを意味する言葉なんだが」

「カガチ……はい、素晴らしいお名前です、ありがとうございます」



彼女が薄く微笑む、目元の泣きホクロが妙に様になっていて色気満点だ。



こ、これはもしかして僕は当たりを引いたのだろうか?

さっきまでヘビの使い魔ということで落ち込んでいたけど、なんとなくそんな気がしてきました。



ただ、僕のそんな淡い幻想も次の瞬間には粉々に吹き飛んでしまいましたけどね。



「ご主人様、とりあえず人類皆殺して世界征服から始めましょうか?」

「――――!!?」



僕の使い魔はとてつもなく腹黒くて邪悪な性格だったのです。







使い魔というのは魔道士にとって癒しとなるパートナー、そう思っていた時期も僕にはありました。



こんにちは、邪悪で腹黒な使い魔の主(マスター)、エンハンストです。

いや、参りました、僕の使い魔カガチは本当にいろいろな意味で不気味なんですよ。



どこいらへんがヤバイかって言えばほぼ全部です、具体的には爬虫類的な性質が強すぎます。

自分より弱い存在は人間だろうがお構いなしに大抵エサと見なして心底見下していますし。

食事は生卵とか殻ごと丸呑みしちゃうし、好物が生きたネズミとか、僕涙目。



見た目的な意味でもちょっと不気味なところがあります、一見すると超美人なんですけどね。

目をよく見ると瞳孔がヘビっぽく縦裂けしてますし、舌もヘビ独特の二つに裂けてチロチロ形なんです。

変温動物なんで体温がメチャ低いし。



ともかく僕が苦手なヘビ的要素をこれでもかと発揮してくれるカガチが本当に苦手なんですよ。



そして極めつきがその性格、とにかく腹黒くて邪悪です。

なにかあればすぐに殺害する・破壊する・支配するのオンパレード、もうマジ物騒極まれり。



僕とてはじめの頃は何とか矯正しようと試みたものですが、すぐに無駄だとわかりました。

爬虫類独特の常識なのか、どうにもそれがカガチの中では当たり前として認識されてしまっていたのです。

いかに僕が常識を説こうとも彼女には上手く理解できなかった様子で、逆に理解できない事を謝罪されてしまう始末。



……もうね、諦めました。



カガチ自身は僕の事を非常に慕ってくれているので無害ですし、っていうかむしろ役に立ってくれます。

当初の僕が望んでいた秘書的な仕事をほぼ完璧にこなしてくれるんですから。

それに僕がしてはいけないと禁止した事は必ず守ってくれますし、僕が注意さえしていればそうそう間違いは起こらないでしょう。



僕としてはこのままでもいいかな、と思ってしまうわけですよ。

ヘビ的な要素にさえ目を瞑れば彼女は非常に優秀な使い魔ですし。

最近は独自に魔法の勉強を始めたらしく、どんどん戦闘スキルを身に付けていってるそうです。



彼女を使い魔にした手前、僕には彼女の面倒を見る責任があります。

どこかで気持ちの折り合いをつけていかねばならないでしょう、まあ譲れない部分もありますが。



でも、だからこそ僕はカガチを出来るだけ社会に馴染ませる努力をしなければなりません。

例えそれが無駄とわかっていてもです。

さあ、今日も彼女に常識を教えねば、まずは食事中に皿ごと丸呑みするのを止めるようにさせねば!







不幸な出来事というのはなぜか連続して起こるものです。

とある日、僕に珍しく最高評議会から直接連絡が届きました。



『久しいなエンハンスト、元気そうで何よりだ』

『お前の噂はよく聞いているぞ、我々としても実に誇らしい限りだ、お前の頑張り、実に素晴らしい働きだぞ』

『今日はそんなお前にちょっとした褒美を与えてやろうと思ってな、お前の婚約者を紹介してやろう』



ちょ、おま、いきなり婚約者!?

何を言い出すんだこの腐れ脳みそどもは、僕はまだ10歳だぞ、結婚とか考える年じゃないだろうに、常考。

しかも言動から察するにすでに決定事項っぽい、相変わらず強制ですか、そうですか。



……死ねばいいのに。



『とびっきりの婚約者じゃ、我々もいろいろ苦労したがなに、我らの未来の希望であるお前のためよ、さほどの事でもなかったわ』

『左様、聖王教会の弱みなど幾らでも握っておる、我々に逆らう事などできぬことよ』

『エンハンストよお前は果報者ぞ、我々からこれほど目をかけられる存在など数多ある次元世界広しといえどもお前だけだろうて』



うれしくありません、ほっといてくださいマジで。

っていうか脅したんですか、それって犯罪ですよね?



ん?  

そういえば今何か聞き逃せない単語が聞こえたぞ、たしか聖王教会って……。

ま、まさか!?



『婚約者の名はカリム・グラシア、古代ベルカ式のレアスキル保持者で非常に優秀な一族の出じゃぞ』

『それにかなりの美少女だ、将来はかなりの美女に育つだろうて、よかったなエンハンスト』

『お前とこの娘が結婚すれば聖王教会を取り込む事も容易になるだろう、そのためにも頑張るのじゃぞ』



……オウ、ゴッド、僕なにか悪い事しましたか?






[7527] リリカル・エンハンスト13
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/04/04 23:07
■13



こんにちは、いつのまにか勝手に婚約者ができたエンハンストです。



というわけで、やってきましたミッドチルダ極北地区ベルカ自治領。

本当は来たくなかったけど、婚約者のカリム・グラシアさんに会いに来ましたよ。



気が重い、限りなく気が重いです。

なぜなら向こうさんは絶対に怒り狂っているから。



腐れ馬鹿脳みそ×3から聞いた話によると、僕とカリムさんを婚約者にする際、先方との間に相当な悶着があったそうです。



具体的には当初聖王教会のほうから強硬な反対意見が出ていたそうです、そら当たり前ですよねー。

カリムさんは貴重なレアスキル保持者で有力な一族のご令嬢、つまり本物のお嬢様。

そんなお嬢様を管理局の馬の骨にやれるわけがありません。



でも脳みそ達は「そんなの関係ねぇ~」とばかりに、お構いなしに聖王教会の弱みを使って脅しをかけてしまったのですよ。

彼らは仕方なく婚約を承認したそうですが、地獄の底のマグマの如くハラワタは煮え繰り返っていることでしょう。



僕はこれからそんな人たちのお城へたった一人で向かわなければなりません。



使い魔のカガチは連れてきていません、お留守番です。

彼女の場合、その物騒な言動で余計にややこしくなってしまう可能性が高いです、これ以上の厄介は御免です。



一応プレゼント兼お詫びの気持ちとして厳選した花を秘密花壇から持ってきましたが、所詮は気休め程度です。



うっ、お腹が痛くなってきました、ストレス性胃潰瘍でしょうか?

こんな年からストレスに悩まされる僕は不幸いがいのなにものでもないと思うのですがどうなんでしょう?

僕何も悪いことしてないのにドンドン厄介ごとばかりやってくるしさ。

こんなん状況、チート主人公にありえないだろ常識的に考えて。



……あぁ、すごく、不幸です。







それにしてもベルカ自治領はよいところですね、ミッドチルダの首都みたいに無機質で都会臭くありません。



まあ悪く言ってしまえば田舎っぽいといったところでしょうか。

人々もなんとなく朴訥な印象を受けますし、でもこういう雰囲気は大好きです。



もし将来自由になれたらベルカ自治領に住むのもよいかもしれませんね。

とか何とかいってるうちにもう目的地に着いちゃいました、さて覚悟を決めますか。



とりあえず土下座で挨拶したほうがいいのかな?







「はじめまして、エンハンスト・フィアットさん、私がカリム・グラシアです」

「……はじめまして」

「貴方のご噂はこのベルカでもよく聞いています、非常に優秀な管理局員さんだと伺っております」

「……あくまで噂です」

「そうですか? じゃあその噂も最高評議会のバックアップあってのものなんでしょうね、エンハンストさんはとっても頼りになる方々がお味方にいるようですしね!」

「……………」

「あら? どこかお気を悪くなされましたか? それとも全部本当の事で何も言い返せないだけかしら?」



嫌われてる、めっちゃ嫌われてるよ。

西洋人形みたいに整った綺麗な顔している分、怒った顔の迫力も壮絶だ。

しかも丁寧語で嫌味を言ってくるなんて、カリム・グラシア……恐ろしい娘!



半ば予想していたリアクションとはいえ、これはキツイ。

確かに彼女の言う通りなのだが、僕自身はまったく望んでいないし、関与もしていない事なのだ。

それなのにここまでボロクソに言われるとさすがに落ち込む。



僕にマゾっ気があればこの場も別の意味で素晴らしいご褒美になるのだろうが、残念ながら僕の性癖はまともだ。



……でも、これはしょうがない事なのかもしれない。

彼女からすれば、僕は卑怯な手段で強引に決められた婚約者だ、嫌うのもある意味当然。

そんな相手が目の前にいるのならば嫌味の一つも言いたくなるだろう。



むしろこの程度で住んでいる事を僕は感謝すべきなのかもしれない。

ここに来る前は二・三発は殴られる覚悟で来たのだから、それに比べれば非常に温厚な対応だと思う。



本来ならば僕が強行に反対して婚約を解消させるべきなのだろう。

だが僕にそんな勇気はない、最高評議会に逆らえば処分される可能性がある以上、僕は彼らに対して表向きでも従順な態度でいなければ命が危ないのだ。



カリムさんには申し訳ないが、この婚約を僕が破棄することは出来ない。

僕に出来る事はせめて彼女の気が晴れるまで罵詈雑言を受ける事くらいだ。

……ぞ、存分に罵ってくだしあっ!







それから小一時間、僕は彼女の文句にずっと付き合った。



僕は基本的に何もしゃべらず無言のままだったが、相反するように彼女はしゃべりっぱなしだった。

始めは遠まわしだった罵詈雑言も時間がたつごとにより直接的になっていき。

僕や管理局を厳しく批判する内容に変わっていった。



どうやらカリムさんは話していくうちに勝手に一人でヒートアップしていくタイプの人のようだ。

セルフバーニングですね、わかります。

偶にいるよね、こうゆう人。



いつまでも黙っている僕に腹を立てたのだろう、しまいには顔を真っ赤にして怒りのままに僕の頬を引っ叩いた。

よけることもせず、無抵抗で平手を受けるのが僕にできる唯一の謝罪だと思いました。

とはいっても、所詮は女の子の平手、たいして痛くはありませんでしたが、罪悪感はありました。



「どうして、なにも言い返さないのよっ!?」

「……………」



半分涙目で怒鳴り散らす彼女と、それでもなお平然と無表情を貫く僕。

これじゃあ一体どちらが被害者なのか判別しかねる状況だ。



いや、僕が表情出さないのはびびってるのと、もともと表情だすのが苦手なだけだけどね。



「貴方はここまで好き勝手言われて悔しくないの!?」

「……………」

「私は悔しいわ、貴方たち管理局の勝手で脅された上に無理やり婚約者を決められて、お父様やお母様は私に泣きながら謝ってきたのよ、この悔しさが貴方にわかるの!!」



うわ、そりゃマジでキツイ。

あの馬鹿脳みそ×3もとんでもない事をしでかしてくれたもんだ。

しかも、そのとばっちりが全部僕にしわ寄せしてくるから手におえない。



ええ、悔しいさ、悔しくないはずが無い。

僕だって感情を持った人間だ、他人の勝手な思惑でこんな状況に立たされて悔しくないわけないじゃないか。



でもそこで打算と臆病が働いてしまうのが僕なんだ。

最高評議会に逆らえば殺される、それがわかっているから悔しくても耐えるしかないんだよ。



カリムさんの気持ちもわかる、だけど僕に出来る事など無い。

だから僕に出来る事など。



「……すまない」



ただ謝る事しかできない。



「っ!? 謝らないでよ!! なんで貴方が謝るのよ!! 私はあなたがっ、好k――――」

「……それでも、謝る事しかできない」



頭を下げる、無力で臆病な僕を許して欲しいっす。

自己保身しか頭に無い僕を許して欲しいっす。

カリムさんのために命をかけることが出来ない僕を許して欲しいっす。



ど、どうか、許してくだしあ。







カリムさんは泣きながら部屋から出て行ってしまった。

最悪だ、文字通り最悪の初対面となってしまった。



僕にもうすこし感情を表に出したり、上手く人と話すスキルがあったならこうはならなかったかもしれない。



いまさら考えてもどうしようもない事だが。

せっかく彼女のために持ってきた花も渡せず仕舞いだ。

せめて後でこれが彼女の手に渡るようにこの花はここに置いていこう。

その旨を書いたメモを残していけばたぶん大丈夫だと思うし。



「……貴方が、エンハンスト・フィアットですか?」



僕が部屋を出ようとすると、廊下で待ち構えていたように修道服を着た女性がいました。



「……えーと、貴女は?」

「私はシャッハ・ヌエラと申します、カリムの護衛を任されています、貴方に用があって来ました」



ああ、知っている、原作にもいた人だ。

ええと確か別名――――。



「この、ド外道ぉっ!!!」

バギャアアアッ!!!



そ、そうだ、彼女の別名は『暴力シスター』だった。



トンファーみたいな双剣型のデバイスで頬を殴られ、壁際まで吹っ飛ばされてようやくその名が思い出された。

僕はだらしなくしりもちをつきながら、必死で身体が反撃を行わないように自制に意識を集中していた。

カリムさんの時とは違い、ここまで本格的に敵意とダメージを受けてしまったことで僕の中の自動戦闘モードが発動しかけていたのだ。



これは勿論、リアル中二病の症状である。



《っぐわ!……くそ!……また暴れだしやがった……》

とか。

《っは……し、静まれ……俺の腕よ……怒りを静めろ!!》

とか。

《が……あ……離れろ……死にたくなかったら早く俺から離れろ!!》

とか、そんな感じ。

……なんだろ、すごい死にたくなった。



誰か俺を殺してぇー、殺してよぉー!

……落ち着け僕。



「ふん、だらしないですね! その程度の攻撃もかわせないような人がカリムの婚約者だなんて笑わせます! 所詮は卑怯な手段でしか事を成せない管理局の有象無象だということですね!」

「……………」

「怖気づきましたか、ならば二度とカリムには近づかない事です、フンッ!」



シャッハさんはそんな僕にお構いなしに言いたい放題です。

しかも言いたい事を言ってさっさと去ってしまいました、まさに暴力シスター。

ちなみにその間、僕は中二病の発作を押さえるので必死だったので返事できませんでした。



……り、理不尽すぎる。







はぁ、久しぶりの鬱です。

どうして僕がここまで嫌われなきゃならないんでしょうか、いや原因はわかってるんですけどね。

解決策が今のところ自力では無いのでどうしようもありません。

せめて心の中で愚痴くらい言わせてください。



でも、あらためてカリムさんを僕の事情に巻き込んでしまって悪い事をしたなと申し訳なく思います。

最後に泣きながら僕をぶった彼女の悲しそうな顔が忘れられません。



でも実際問題、僕と彼女の婚約自体はそれほど問題にならないと思います。

将来において管理局に起こる事件で、最高評議会もしくは僕が消える可能性は高いですし。

本心で言えば絶対に死にたくないですけど。



まあ、要はその時まで婚約を引き伸ばし、結婚しなければカリムさんは何事もなく自由の身に戻れます。



僕自身に嫌がる彼女と結婚する気は皆無ですので、そのくらいなら僕の頑張り次第でどうとでもなります。

別にバツイチになるなるわけでもなし、カリムさんにはそれでなんとか許して欲しいものです。



ただ、それでもやはり厄介事に巻き込んでしまった罪悪感は残ります。

他になにか、僕に出来る事はあるのでしょうか?



そうだ、せめて彼女に毎月花を贈ろう、秘密花壇で僕が育てた花を贈ってあげよう。

色とりどりの花が僅かでも彼女の慰めになれば良い、そう思います。

ちょっと気障だったかな。



……まさか、まだ中二病の症状が続いてるんじゃなかろうか?






[7527] リリカル・エンハンスト14
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/05/07 13:48
■14



―Side:カリム・グラシア―



今日、私の婚約者が私に会いにここベルカ自治領にやって来ました。



管理局の卑怯な手で婚約が決められた時、お父様とお母様が泣きながら私に謝ってくれました。

私は自分自身の将来が勝手に決められてしまった事よりも、両親が泣いて自分に謝ってきた事のほうが辛かったです。



ベルカ自治領は立場的に管理局よりも弱い立場にあります。

ですが、そんな弱みにつけこんで相手を意のままに操ろうなどと卑劣の極みです。

私はこの時初めて明確に管理局に対して強い敵意を持ちました。

そして同時に婚約者となった人物にも同じような感情を抱きました。



エンハンスト・フィアット。



彼の名はこのベルカでも有名です、良い意味でも悪い意味でも。

世界中を駆け回って難事件の数々を単身で解決し続ける生きた英雄、管理局の天才児、それが彼。



一方で強すぎる力は人々の無用の不興も買ってしまいます、最高評議会との黒い繋がりを噂されたり、彼を冷血無比の殺人マシーンと揶揄する輩も少なくありません。

そんな中で私の考えは前者の方でした、どんな人だろうと彼の行いによって救われた人が沢山いる。

だから彼は賞賛されて然るべき人物だと信じていたのです。



シャッハやその他の人々はあまり良い顔をしませんでしたが、私は彼の密かなファンでした。

まるでヒーローのような活躍ぶり、そして自分と同世代の少年が当事者であるということ。

ベルカの御伽噺に出てくる伝説の騎士みたいな彼の存在に夢中でした。



彼の活躍がニュースなどで知らされるたびに我が事のように嬉しくなりました。

自分まで誉められているような気分になっていたのです。

雑誌やテレビで時々彼の事を紹介する内容があると必ず保存するようにしていましたし。

彼をモデルにしたゲームが出たときはLV99になるまでやり込んでしまいました。



わかりやすい正義の味方にあこがれる、子供特有の気持ちで彼を見ていました。



でもそんな私の幻想はあっさりと打ち砕かれました。

管理局によって決められた婚約者、それが彼だったのです。



裏切られた気持ちでした。

別に彼自身には一度も会ったことはありませんでしたが、私の中で彼はそういうことをするような人物ではなかったのです。



今思えば私はかなり身勝手だったと思います。

勝手に自分の理想を彼に押し付けて、それが異なると勝手に裏切られた気分になって。

でもそのときの私は感情の赴くままに行動してしまいました。







単身一人で私に会いに来た彼に対して、私は酷く失礼な態度で接し続けました。

挑発するように彼や管理局を批判し、その卑怯な行いを言葉の限り詰りました。

彼は始終黙って私を見ていただけでしたが、それがむしろ馬鹿にしているように思えて私の怒りを増長させました。



私はいつの間にか取り繕う事をやめて直接彼を罵詈雑言の限りを尽くして罵倒していました。

つい数日前まで、自分の中で憧れのヒーローだった人物をなじる度に私の中の大切な何かが傷つきました。

涙が溢れよくわからない感情で胸が締め付けられました。



ついには我慢しきれず私が彼の頬を叩いてしまっても、彼の態度は変わりませんでした。

ここまでされても態度を微塵も変化させない彼の様子に、私の感情はますます焦らされます。

激情の赴くままに両親に謝られた私の悲しみを訴えると、彼から予想外の反応が返ってきました。



「……すまない」



その一言にどれほどの思いが込められていたのでしょうか。

浅はかな私には推し量ることすら出来ません。

ただ、この瞬間まで管理局同様に彼も傲慢な卑怯者と思い込む事で保たれていた私の怒りが消えてしまいました。

罵詈雑言を言い返してくれればよかった、自分は悪くないと言ってくれればよかった。

そうすれば私は彼を思う存分憎む事が出来たのに。



たった一言でそうすることすら私には出来なくなってしまったのです。



そう、彼も私同様に自分の意志とは関係なくこの婚約を決められてしまったのでしょう。

彼の態度をよく見れば、そんなことおのずとわかります。

私も次の瞬間にはそのことがわかってしまいました、でもこれまでの自分の行いが、怒りが、すべて自分同様被害者であるはずの彼に向けてしまっていた事実に気がつきました。



真に憎むべきはこの婚約を計画した最高評議会だったのです。



激しい羞恥心と罪悪感が一気に圧し掛かりました。

ああ、自分はなんと言うことをしてしまったのだろうか。

目の前にいる彼に謝る事すらも出来ず、私は逃げ出しました、自分自身の罪から。



自室に戻ってから私は自身の行いに罪悪感と激しい後悔から悶え苦しみました。

そのうえ被害者であるはずの彼に謝罪することすらせずに逃げ出してしまったのです。

私はその日、一晩中自室で懊悩しながら過ごしました。







翌日、未だに昨日の事をひきずって落ち込む私の目に珍しい種類の花が映りました。

ベルカでは見かけない種類の花です。

興味を引かれて眺めていると、その近くに一枚の手紙が添えられていました。



差出人はエンハンスト・フィアット。

私は急いでその手紙を開封して、恐る恐るその中身を確認しました。

その内容は非常に簡潔で、しかし真摯な心が伝わる内容でした。



『この花を貴女にプレゼントします、貴女へのせめてもの慰めにこれから毎月花を贈ります、どうか受け取ってください。』



私は涙が溢れるのを止めることが出来ませんでした。

昨日の私の行いを咎める文章など一言もなく、ただ私を気遣う内容だけが書かれた手紙です。

彼の優しい気遣いが伝わったように、胸のモヤモヤが晴れました。

そして何か暖かい感情が私の気持ちを満たしていきます。



その手紙を胸に抱きしめながら、私はやはり昔日の思いは勘違いではなかったのだと確信しました。

エンハンスト・フィアットは正義の味方、優しい心をもったヒーローなのだと。

そう、そして彼はこの時をもって『私にとってのヒーロー』にもなったのですから。



ああ、いまなら勝手に婚約を決めた最高評議会にさえ感謝の念を抱けそうです。

ええ、決めました、決めちゃいました。

私、カリム・グラシアはエンハンスト・フィアットを大好きになる事に決めちゃいました!

この気持ち、もう誰にも止められません!!



……でもやっぱり、最高評議会は嫌いです。







おまけ



「おはようございますカリム」

「あ、おはようシャッハ」

「……あの、昨日は辛くありませんでしたか? あの管理局の卑怯者になにか酷い事を言われたりしませんでしたか?」

「え、いえ、別にそんなことは……むしろ私の方が―――」

「やっぱり何かあったのですかっ!?」

「ち、ちがっ!?」

「オノレ時空管理局! 許すまじエンハンスト・フィアット! やはりもう一発ぶっ飛ばしてやればよかった、こうなればいっそのこと私が向こうに乗り込んで直接……!」

「ま、まって! お願い待ってシャッハ、早まらないで! 勘違いなの! それにそんなことしたら大問題になっちゃうわ!」

「は?」

「あの、本当はエンハンストさんも私と同じで、多分無理やり決められたんだと思うの、だからむしろ悪いのは私の方で」

「え?」

「私いっぱいひどいこと言ったのにエンハンストさんは一言も反論しなくて、むしろ私に謝罪してきて、私自分が恥ずかしくなって逃げ出して……」

「へ?」

「でもさっき見つけた贈り物の花にぜんぜん責めるようなこと書いてなくて、むしろ私を気遣うような文章で、すごくやさしい人だと思うの、だから今はぜんぜん平気よ、むしろ彼の婚約者になれて嬉しいくらい!」

「あ、あのカリム、ちょっといいですか?」

「うん、なにかしら?」

「エンハンスト・フィアットは……極悪人じゃなかったんですか?」

「ええ、当たり前じゃないですか」

「………………(顔面蒼白で大量汗)」

「そ、そういえばシャッハ、さっき何かもう一発ぶっ飛ばすとか言ってたけど……ま、まさか!?」

「………………(涙目でこくりと頷く)」

「な、なんということを―――」



ふらり……バタン。



「カ、カリムー!? しかっりしてください! 医者ぁー! 誰か医者よんできてぇーーー!!」



数時間後、目覚めたカリムからかつてない厳しい説教を8時間にわたってされたシャッハの憔悴しきった姿が聖王協会の廊下で見かけられた。

やれベルカの者としての自覚が足りない! とか、外交問題を起こす気か!? とか、クドクド言われ続けた。

その光景をみた人々は皆一様に、普段からおとなしいカリムが烈火のごとく怒る姿に驚かされたという。

これも理不尽に婚約者を決められた影響か、と勝手に想像をふくらまし原因となったエンハンストに怒りの義憤を募らせることとなる。



エンハンストの不幸属性は本人の預かり知らぬ地でまだまだ続くのであった。



ps① 数日後、シスターシャッハが謎の巨大生物に丸呑みされたが、愛と勇気と根性で奇跡の生還を果たした。

ps② 後日、本人曰く「消化液の所為で全裸になってしまったが、毎日牛乳を飲んでいたので助かった」と全裸で供述した。

ps③ これ以降、シスターシャッハは『ベルカの脳筋シスター』と呼ばれ、より男が寄り付かなくなったそうな。






[7527] リリカル・エンハンスト15
Name: タミフル◆542bb104 ID:c5a02272
Date: 2009/04/07 20:25
■15



とある地下室にて三つの脳髄が浮かぶ生体ポッドが話し合っていた。

時空管理局において権力の頂点を極める最高評議会の三名(?)である。

薄暗い室内に響くその声は非常に軽快で、彼らの機嫌がいつも以上に良いことを示していた。



『ジェイルから連絡があったぞ、戦闘機人の新型をさらに数体完成させたらしい』

『それは良き知らせ、彼奴も弟の活躍に負けまいと触発され頑張っておるようだ』

『計画は非常に順調のようだな、婚約者も決まって、エンハンストもより張り切って活躍してくれることだろう』

『噂によれば毎月花を贈っているらしいぞ、なんとも女心を心得たヤツよ、我の若い頃を見ているようだ』

『そのうえこれまで以上に熱心に事件取り組んでいるようだ、つい先日もテロ組織を壊滅させたらしいぞ』

『それも我々のたゆまぬ努力あっての活躍よ、エンハンストは我々の気持ちを十分に理解して働いておるようだ』

『なんとも健気なものよ、年甲斐もなく嬉しいではないか!』

『まさに我が子、いや我らが分身といったところか』

『この調子ならばエンハンストに時空管理局を任せる日も遠くないかも知れぬな』

『我々の支援もあって知名度は世界中に知れ渡った、メディアミックス作戦は大成功だったな』

『知っておるか、エンハンストをモデルにした電子遊戯ソフトや映画の売上が莫大な収入を上げていることを』

『うむ、その効果もあって今年の時空管理局に就職したいと希望する若者の数が倍増したのだ、驚きの結果だ』

『始めはあまり期待していなかったが、情報の力とは凄まじいものよ、今やエンハンストは名実ともに英雄となった』

『然り、後はこの時空管理局の指導者としてエンハンスト自身の成熟を待つのみとなったわけだが』

『だがエンハンストといえども未だ未成熟な部分があるのは明白だ、そこを我々がフォローしてやらねばな』

『うむ、そこで提案があるのだが、一度エンハンストに管理局すべての部署を巡らせてみるというのはどうだろう』

『おお、それは良き考え、優れた指導者は全てに優れ、全ての現場を知るものだ、まさに妙案』

『可愛い子ほど旅をさせよという諺もある、我らの希望の星たるエンハンストにこそ相応しき経験となろう』

『よし、ではさっそく手続きを済ませてやろう、きっとエンハンストも我々の気持ちを喜んでくれるであろうよ』



ふははは、と彼らの上機嫌な笑い声が地下室に響き渡る。



すべて親切心100%で行っている事だが、当事者たるエンハンスト本人からすればありがた迷惑極まれりだろう。

これまでも、そしてこれからも最高評議会とエンハンストはこうやってお互いの認識のすれ違いを繰り返しながら動いていく。



本人の預かり知らぬところでエンハンストの将来は着実に決められていくのであった。







リアルで12人の妹がいますとか言ったら、絶対変質者だと思われるよね。

こんにちは、ここ最近女難の相が酷すぎるエンハンストです。



ジェイル兄さんとウーノの主従関係を羨ましがって蛇の使い魔をつくったのがケチのつきはじめでした。

生まれた使い魔のカガチは殺す・壊す・支配するを身上とする、DIOさまバリの暗黒面の住人だったのです。

常識を知らぬ邪悪な性格の矯正に取り組むもあえなく失敗。



ながい苦悩の末に妥協して現状を受け入れた直後に更なる災難の到来です。



最高評議会が勝手に決めた婚約者カリムさんの登場。

しかも婚約を取り付ける際に弱みを握って脅迫したとういう最悪のオマケ付き。



当然のことながら僕は婚約者となったカリムさんから蛇蠍の如く嫌われる始末。

挙句帰り際には彼女の護衛役のシャッハさんからの鉄拳制裁のお土産付きです。

歯が三本折れました、まあ乳歯だったんでしばらくすればまた生えますが。



それ以降、毎月花を贈ってご機嫌を伺っていますが状況は未だあまり芳しくありません。

なぜならカリムさんからの返事に「ぜひベルカにもう一度来てください」と必ずといって良いほど言われるからです。

いくら花咲くような笑顔で言われようと、それが言外に「ベルカこいや、今度こそフルボッコしてやんよ(殺)」と言われている事くらい僕だってわかります。

僕はそのたびにビクビク怯えながらなんとか謝辞するのが精一杯、胃痛と戦う日々です。



そういうわけで、ともかく最近の僕はついていません、特に女性関係で。



せっかく『クロノ君育成計画』という未来の希望が見えてついてきたと思っていたのに。

ぜんぜんそんな事はなかったようですね、しばらく自重しましょう、無駄かもしれませんが。



ジェイル兄さんから新しい妹(戦闘機人)が完成したと知らされたのは、そう思った矢先の出来事でした。







「エンハンストお兄様よくいらっしゃいました、それで、あの……お兄様こちらの方は?」

「……僕の使い魔のカガチだ」

「はじめまして、ウーノさんはエンハンスト様の妹様なんでしょう、伺っていますよぉ、イロイロと、ね」

「ひぅっ!?」

「あらぁ、何を怖がっているのでしょう、怖がらなくても大丈夫ですよぉ、妹様をどうにかしようなんて考えていませんから」

「あ、はい、は、はじめましてカガチさん、ではこちらへどうぞ」

「ふふ、とぉっても美味しそうな娘ね」

「――――!!?」



少々、いや、かなり戸惑いながらも僕たちをアジトへ招き入れてくれるウーノ。

まあ無理もない、初見でカガチの妙に不気味な爬虫類系オーラにあてられたら大抵の人は本能的な恐怖心を抱く。



なんか蛇に睨まれたカエル状態みたいな感じになってしまうのだ、カガチのメンチビームは。

捕食者の目で見られると動けなくなる被捕食者の本能とでもいうのだろうか、当然最初の頃は僕も体験した。

……体験などしたくもなかったが。



しかも、先頭を歩くウーノをもの欲しそうに見ながら舌先をチロチロさせる様子はまさに蛇。

僕らを案内するウーノも背後から感じる不穏当な気配に相当ビビってる様子だ。

一応、カガチには妹達に一切の手出しを禁止している、他にも極力大人しくしているように言い含めてはいるが、正直不安だ。



ここ最近の彼女は独力で学んだ魔法や戦闘スキルがかなり洒落にならない凶悪なレベルになってきている。

つい先日も僕の代わりに仕事を手伝いたいと言った彼女の希望で、テロ組織をたった一人で壊滅してきてもらいました。

しかもその際にこっそり犯人を二・三人殺して喰ったっぽい、文字通りの意味で。



カガチ曰く、魔導師を食べると普通に食事をするよりも魔力がはるかに強くなる、らしい。

あまり理解したくないが、魔力的な何かを吸収してるっぽい。

……こいつ、そのうち僕より強くなるんじゃないだろうか? 下克上フラグ?



当然そんなこと報告なんてできませんよ、出来るわけないじゃないですか、行方不明で誤魔化しましたよ。

この事実は僕の胸のうちに仕舞い込んで、墓場まで持っていきます。



そんなワケでカガチは積極的にテロリスト討伐に参加して人食いに勤しみ、僕はそれを誤魔化す作業に追われる毎日です。

結果的にこれまで以上に多くのテロ組織を潰すことになり、名声がさらに上がってしまいました、冗談じゃねぇ。

止める? ムリムリ、一度そう言ったことがあったけど「じゃあエンハンスト様の魔力ください、粘膜接触的な意味で」とか脅迫されて諦めました。

どうせ犠牲者は犯罪者、いくら死のうがどうでもいいです、僕の貞操の方がずっと大事。



っていうか、よくその細身でそんなに食べれますねと聞いたらとんでもない返事が返ってきました。

カガチは魔法を学んだ事で本体(蛇)の姿を自由自在に変えられるようになったらしいのです。

試しにどれほど大きくなれるのかやってもらって吃驚仰天、ゴジラも霞む全長1000m程にもなってしまいました。

その姿が人目につかなくて心底良かったと思いました、見られていたら絶対通報されています。



怪獣クラスにまで物騒になった僕の使い魔さんですが、相変わらず僕には従順でいてくれる事が唯一の救いです。



今のカガチが本気で襲い掛かったら、さすがの戦闘機人でも無事で済むという保証がありません。

っていうか、絶対勝てないと思います、全員ぱっくんちょ食べられて人生終了です。

だからここに来る前に念入りに言い含めてきたのです、殺すな・壊すな・脅すな、と。



「ねぇ、エンハンスト様ぁ、やっぱり食べちゃだめですか?」

「ひぃいっ!!?」

「……駄目」

「ちぇ~♪」

「エ、エンハンストお兄様、この人ほ、本当に大丈夫なのですかっ!?」



僕の注意も虚しくカガチはウーノを後ろから羽交い絞めにしながら、その首筋をチロチロと赤く先割れた舌でなぞる、味見か?

しかもカガチは不気味にニコニコ微笑んでいるし、獲物を前にした捕食者はむしろ穏やかな笑みを浮かべると言うけど……。

っていうか本人の前で聞くな、案の定ウーノの怖がりっぷりはピークに達してしまう。



あーあ、涙目だよ、マジ泣き寸前だ、可哀想に。



「……カガチ、お前がいると妹達が怖がる、小さくなっておけ」

「はぁい、畏まりました、クスクス、またね妹様ぁ~」

「うぅ、私はもう会いたくないです……」



やっぱこの使い魔は邪悪だ、わざとウーノの前で言って怖がってるのを楽しんでやがる。

ふるふる小動物のように震えるウーノから離れ、寒気のする笑顔でチロチロしていた舌をちゅるんとしまう。



一瞬の閃光、カガチは小さな蛇の姿となって僕のポケットの中にするりと入ってきた。

最初の頃は服の中に入り込んできて、腕や首筋に絡んできて死ぬほど気持ち悪かったので禁止させた。

ポケットが最大の妥協点だ、これ以上は僕的に譲れない。



ちなみに冬などになって気温が下がってくると僕が寝ている間とかに勝手に蒲団に潜り込んできて、僕の大事なところに絡み付いてくる事があります。

あの時は本気で吃驚しすぎて死ぬかと思いました、風呂場でゴキブリに遭遇した時よりもやばかったです。

まあ、忘れましょう、トラウマを無闇に思い出したくありませんし。



「すまない、使い魔が怖がらせてしまった」

「い、いいえ、大丈夫です……でも本当はちょっぴり怖かったです」

「……すまんな」



慰める意味も込めて頭を撫でる、最近僕も身長が伸びてきたのでウーノと同じくらいはあるのだ。

ぐりぐりと頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めた、僕にナデポ能力は多分ないので他愛無い兄妹のコミュニケーションだ。



はぁ、本当はジェイル兄さんや妹達に一応カガチを紹介しておこうと思ってつれてきたんだが、失敗だったな。

まさかここまで怖がられるとは思わなかった、いや、これが当然の反応なのかもしれない。

僕がカガチを使い魔にして結構な月日が経っている、いつの間にか僕自身の認識も鈍っていたのかもな。







「ドクター、エンハンストお兄様をおつれしました」

「おお、よく来てくれたねエンハンスト、歓迎するよ」

「ジェイル兄さん、新しい戦闘機人の完成おめでとう、これお土産です」

「うん、ありがとう、相変わらず綺麗な花だね、すごく嬉しいよ!」



ジェイル兄さんは僕が持って来た花を喜んでくれたようだ。

今回はちょっと趣向を変えて単色ではなくいろいろな色彩を生かして見たんだが、成功したみたいで良かった。

ニコニコと笑みを浮かべながらはしゃぐ兄さんを見ているとこっちまで嬉しくなってくる。

こうやって自分が育てた花で人を喜ばせる事が出来ると嬉しさも倍増だ。



「それでジェイル兄さん、新しい妹達はどこに?」

「ふふ、待ちきれない様子だね、大丈夫ちゃんと紹介するよ、さあ皆入っておいで!」



ジェイル兄さんがそう声を出すと隣室から4人の少女たちがやって来た。

って、あれ、この時期にもう戦闘機人が5人も完成してたんだっけ?

いや、詳しい時系列とか覚えてないから不明瞭だけど。



「紹介しよう、こっちは今回以前に完成していたドゥーエ(2番)とトーレ(3番)だ」

「はじめまして~、エンハンスト兄様」

「……よろしく」



方や妖艶ともいっていい雰囲気で挨拶をするドゥーエと、かなりぶっきらぼうに挨拶を済ませたトーレ。

なんとなく一目で二人の性格が分かった気がする。

ドゥーエはなんというか、その、良く言えば色っぽいお姉さん、悪く言ってしまえば水商売のお姉さんっぽい感じが強い。

トーレは逆に体育会系一筋なスポーツ硬派な性格っぽいな、見た目的にも気が強そうだし。

僕個人的にはコミュニケーションが苦手そうなトーレの方に共感してしまうが。



「そしてこの二人が今回完成を見た最新型の戦闘機人、クアットロ(4番)とチンク(5番)だ!」

「どうも~、はじめまして、エンハンストお兄様、それとも『お兄ちゃん♪』って呼んだ方がいいかしら?」

「……ち、チンクだ、よろしく頼む兄上」



こっちもなんとも対照的な、明るく軽快な様子で挨拶してくるクアットロに対してチンクはかなり重苦しい空気での挨拶だ。

いや、べつに悪くはないのだが、どうにも真面目すぎるような気がしてちょっと苦手だな。

せっかくの兄妹なのだから、もう少しフレンドリーに砕けた挨拶でも良いと思うのだが。



ちなみにクアットロのお兄ちゃん発言は大歓迎だ、かなり親密に聞こえるのでその方が兄妹っぽいしね。

そういえばクアットロは原作では相当いい性格していた気がするのだが、あまり腹黒さを感じないな。

まあ近場にカガチという最大級の邪悪存在がいるために僕の感覚が麻痺しているだけかもしれないが。

……アイツに比べれば原作クアットロとて可愛いものだ。



チンクの両目も健在だ、たしか原作ではゼストとの戦いで右目を失い隻眼となるが、あえて治療はせずそのままにしていたはず。



しかし、皆若いなあ、最年長のウーノでさえも見た目は十代後半といった外見だ。

チンクにいたっては完全にロリだな、ランドセル背負っていても違和感ゼロだ。

ちなみにジェイル兄さんは見た目二十台前半、実年齢もそれくらいです。



僕ですか? 最近12歳になりましたが何か?






[7527] リリカル・エンハンスト16
Name: タミフル◆542bb104 ID:718cb5b8
Date: 2009/04/09 22:06
■16



妹達との自己紹介が終わった後、妹達はそれぞれ自分の用事に向かい。

その場に残された僕とジェイル兄さん、ウーノの三人は久しぶりに雑談に興じました。



僕に婚約者ができた事や、ジェイル兄さんが運動不足で太ってきた事など、さまざまな事をお互いに話しました。

口下手な僕でも近しい身内となら楽しく話せる、ジェイル兄さんやウーノはそういった貴重な存在だ。

ふと、兄さんが紅茶を飲む手を止めて、珍しく真面目な口調で話を切り出してきた。



「実は、エンハンストに頼みたい事があるんだが」

「…………?」

「っと、その前に聞いておこうかな、エンハンスト、君はどれくらい自由になれる時間をつくれるんだい?」

「……今年いっぱいの有給を申請すれば、一週間くらいはできますが」

「そうか、うん、それなら丁度良いね」

「ジェイル兄さん?」

「ああ、君に頼みたい事というのがチンクの教育をしばらく頼みたいんだ」

「チンクの教育、ですか?」

「これまで戦闘機人の教育は基本的な会話や一般常識程度なら情報転写技術の応用でどうにかなっていたんだが、情操面のおける成長や経験からくる戦闘技術はそうもいかなくってねぇ」

「ドゥーエとトーレは私が教育を担当しました、今回クアットロはドゥーエに任せようと思います」

「そしてチンクに関してはちょっと別アプローチからの教育を試してほしくってね、さまざまなケースからデータ収集した方が後の研究にも役立つし」

「それにトーレはあのとおり、あまり教育面に適した性格ではありませんし」

「……そういう事なら喜んで引き受けましょう、他ならぬジェイル兄さんの頼みごとですし」

「うん、そう言ってくれると思ってたよ、いやあ嬉しいなエンハンスト、さすが僕の弟だ!」

「エンハンストお兄様、私からもお礼を申し上げます、妹をよろしくお願いしますね」

「教育といっても人として基本的な部分はすでに出来ているから、エンハンストの好きなようにするといい、戦闘訓練でもいいし、一緒に会話するだけでもいい」

「チンクには既にこの事は説明してあります、あとはお兄様にお任せします」

「わかりました」



さて、どうしようか、僕の好きにしていいといわれても正直困ったな。

これまで妹を相手に遊んだ事はおろか、教育なんて誰にもしたことがない。

幸い勉強とか教えるわけじゃないので、そこまで気負う必要はないが、それでも責任は重大だ。



とりあえず僕はチンクに会いに行くことにした。

何事も本人と会わなければ始まらない、あとはその場のノリで決めてしまえばいい。







アジトの薄暗い廊下を歩きながらチンクの姿を探す。

すると訓練室らしき場所でチンクがナイフの投擲訓練をしている姿が目に映った。

人型を模した人形の的に一心不乱にナイフを投げるその姿は、幼い外見とあまりに不釣合いだった。

しかもあんまり的に刺さってないし。



投げ方が悪いのか、余計な力の入れすぎか、上手く的に刺さらず弾かれ床に落ちたナイフがたくさん見られる。

それでもかまわず同じ動作を繰り返す彼女の根性は認めるが、この訓練は明らかに効率が悪い。

なおかつこれでは逆効果だ、変な癖がついてしまうし、過度な疲労はむしろ身体によくない。



よっしゃ、ここは兄として何とかしてあげるべきだろう。







「チンク」

「――――!? あ、兄上でしたか……」

「……今度チンクの教育を任されることになった」

「話はドクターとウーノ姉さまから聞いています、よろしくお願いします兄上」

「……ん、これはスローイングナイフの練習か?」

「はい、私のIS(インヒューレントスキル)と相性が良いのが金属製のナイフを使った戦い方なので」



たしかチンクの持つ先天固有技能(IS)は『ランブルデトネイター』。

手で触れた金属にエネルギーを付与し、爆発物に変化させる能力、だったはずだ。



イメージ的にはジョジョの奇妙な冒険に出てきたキラークイーンみたいな能力だな、うわ凶悪っ。

確かに金属製のナイフを使えば投擲用だけではなく爆発効果を付加させ、強力な戦術効果を得られるだろう。

まあ、それもナイフが相手にしっかり命中すればの話だが。



「……その割には、命中率はあまりよくないようだが?」

「っ!? め、面目ない限りです……」

「あ、いや、責めているわけじゃない、気にしなくていい」

「は、はい」



あちゃー、目に見えて落ち込んじゃった。

僕ももう少し言葉を選んで言えばよかった、失敗したな。

なんとか挽回しないと、こんな気まずい雰囲気は勘弁だ。



「うん、丁度いい、ではナイフ投げのコツを教えようか」

「ほ、本当ですか!」

「……ああ、手本を見せるからよく見ておくように」

「はい! ありがとうございます!」



そこいらに落ちていたナイフを三本ひろって、それぞれ右手の指の間に挟み込む。

僕の脳髄中にはさまざまな戦闘スキルが組み込まれている、その中には当然ナイフ投げの技術も含まれる。

そしてその技術をちょこっと応用すればこういうこともできる。



「シュッ!」

「!?」



同時に投げたナイフが三つの軌道を描いて人型の的に突き刺さる。



直線に飛んでまっすぐ突き刺さるナイフ。

サイドに大きく弧を描いて突き刺さるナイフ。

下方から上方へ突き上げるように突き刺さるナイフ。



そのどれもが別々の軌道を示しながら同じ場所、人体の急所(心臓)にあたる場所に突き刺さっていた。



「す、すごい!」



吃驚した様子で感嘆の声を上げるチンク、おお、かなりうけたみたいだ。

お兄ちゃんちょっと頑張った甲斐があったよ、こんな大道芸じみた技術で喜んで貰えてよかった。

なんか生まれて初めて勝手にインストールされたこの戦闘技術に感謝できそう。

頑張ればもっと多い数のナイフでも出来るが、実戦じゃあんまり使えないしね。

チンクが覚えたいのはあくまで実戦形式で応用できる技術だと思うし。



「……今すぐここまでしろとは言わないが、少し学べばこれくらいは出来るようになる」

「そ、それは本当ですか兄上! 私にも出来るようになるでしょうか!?」

「勿論だ」

「兄上、是非その技術を教えてください!」



チンクが興奮した様子で僕に詰め寄ってくる。

ああ、可愛いなあ、これがナイフ投げの技術を教えるとかいった物騒な理由じゃなけりゃもっとよかったなぁ。

もっとこう平和に、お兄ちゃんアレ買ってよー、とかいった感じで詰め寄って欲しかった。



いや、僕この年で相当な激務を押し付けられている分、けっこうお金持ちなので全然構わないんですよ。

僅か12歳で億を超える資産持ちっていうのもすごい違和感だが。



それはともかく、これで最初のハードルは越えたかな。

ナイフ投げの訓練といった当面の目標もできたし、あとはこれに便乗するようにコミュニケーションをとっていけば良い。

とりあえず今は、まずすべき事があるがね。



「教えてもいいが、まずはする事がある」

「なんでしょうか? 私に出来る事なら――――ひゃあっ!?」

「訓練しすぎだ、まずは休むんだ」



チンクを横抱き、まあ俗に言うお姫様抱っこしながら訓練室から強制退去させる。

下手に言って聞かせてもこういう頑固で真面目なタイプは聞かない場合が多いからね、実力行使である。



案の定、激しい運動をしていた影響だろう、抱き上げた腕ごしに伝わってくるチンクの心拍はかなり激しい。

先ほどからずっとこんなに心臓を酷使してはそのうち心臓発作を起こしても不思議じゃない。

顔もかなり赤いし、瞳も心なしか潤んでいる、熱を併発している可能性がある。

今のチンクに一番必要なのは休息だ。



僕はチンクを抱き上げたまま彼女を休ませるべく寝室を目指す。

っていうかチンクの部屋どこだ?



「あ、あの、兄上! わ、私は自分で歩けますのでっ! おろし―――」

「チンク、部屋はどこだ?」

「へぁっ!? へ、部屋ですか? いや、でもまだ心の準備が……」

「……何を言っている?」

「あ、でも……兄上になら……」



チンクの言動が不明瞭だ、もしかしたら意識が朦朧としているのかもしれないな、かなり危険だ。

今すぐにでも治療が必要かもしれない、脳に障害などが残ってからでは遅い。



「チンク、しっかりつかまっていろよ」

「へ? ひゃあっ!?」



急ぐからこそ駆ける! 

一刻も早くチンクを、大切な妹を治療せねば!

僕はチンクを抱き上げたまま医務室をめざして、アジトを縦横無尽に疾走した。







後日、その姿をドクターや妹達に見られ、盛大に勘違いされることになって大恥じをかいてしまった。

特にドゥーエやクアットロからの冷やかしがきつかった。



ドクターやウーノが仲良くなれてよかったね、と励ましてくれたことだけが唯一の救いだった。

ただなぜかチンクは嬉しそうにしていたのが意味不明だったが、まあ本人が気にしていないのならばそれで良いと思う。

僕自身は早とちりしたことが恥ずかしくて結構落ち込んでいるがね。



ともかく僕にこんな可愛い妹ができた上に、兄上と慕ってくれているのでそういう意味では非常に気分が良い。

これから一週間、特訓だけでなく、僕にできることをできる限りしてあげよう。

それが彼女にとって無駄なことと認識されるかもしれないが、せっかくの機会だし全力で可愛がろう。



こうして僕とチンク達の妙に密度の濃い一週間が始まった。



このとき僕はただ純粋に、可愛い妹の世話を焼いてあげようと奮起しただけだったのだが。

後にこの頑張りすぎてしまった行動の所為で、僕にとって命に関わる大問題が生じてしまうことなど、この時わかるはずもなかった。






[7527] リリカル・エンハンスト17
Name: タミフル◆542bb104 ID:ea5b4bfe
Date: 2009/09/04 12:12
■17



―Side:チンク―



私はチンク、戦闘機人の五番目として生み出された存在だ。

製作者はドクターこと、ジェイル・スカリエッティ。



戦闘機人とは人の身体に機械を融合させ常人を超える能力を得た存在のことを言う。

ヒトをあらかじめ機械を受け入れる素体として生み出すことで、機械に対する拒絶反応や長期使用における機械部分のメンテナンスといった諸問題から解放されている。

その強化部位には基礎フレームと呼ばれる駆動骨格や、機械を入れて機能を強化した知覚器官(ズームレンズ入りの目等)を持ち。

それぞれがインヒューレントスキル(通称IS)と呼ばれる魔法とは異なる強力な先天固有技能を持っている。

特に私は三番目の姉トーレに続く戦闘特化タイプとして生み出され、その能力も攻撃に特化している。



当然の事ながらこれらは倫理的な面に問題を抱えており、表向き違法とされる技術だ。

ドクターはそういった意味では犯罪者なのだが、私たちにとっては生みの親でもある。

なにより私たちのクライアントである時空管理局の最高評議会がすべての黒幕である、そこに社会の矛盾が存在する。

ドクター自身も違法な技術によって生み出された人造の生命であるらしいので、そういった意味では真の犯罪者は最高評議会ということになる。



最高評議会の目的は私たち戦闘機人の量産化による慢性的な人員不足解消と次元世界の治安維持の強化らしい。

らしい、というのは私が直接聞いたわけではなくドクターから間接的に説明されただけだからだ。

正直、平和とか治安維持とか言われても良くわからない。



それは戦うために生み出された私には、少し難しい概念だ。



私たちには兄がいる、兄といっても血のつながりによる一般的な定義の兄ではない。

ドクターによって生み出され、その因子を与えられた遺伝子技術の申し子、エンハンスト・フィアット。

私たちのように機械に頼ることなく、最良の因子のみを持つ存在として生み出された私達のプロトタイプともいえる存在だ。



彼は私たちのリーダーとなるべくして生まれたらしい、ドクターは殊のほか嬉しそうに兄の事を語った。

ドクターが言うには兄は奇跡的な偶然が重なってようやく誕生した唯一の最高傑作らしい。

しかも、その最良の人類として生み出された存在に自身の因子を与えた事で彼を弟と呼んで我がことのように誇っている。

ウーノ姉さまも兄のことを語る時はその随所に好意的な部分が見られた。



私は会ったこともない兄に興味を抱き、ドクターに頼んで兄のこれまでの資料を見せてもらった。

その資料の内容をみて驚いた。

そこには信じられないような経歴がズラリと並んでいたからだ。



僅か5歳で現場の最前線へ赴き、たった一人で紛争地域を鎮圧したり。

テロリストに乗っ取られた船を魔法も使わず単独で潜入し、テロリスト達を殲滅したり。

その他にも達成困難な任務をたった一人で全て成功させている、失敗は一度もない。

すでにこの時点で歴史的な英雄の10人分くらいの働きはしている。



戦闘機人でもなく、肉体的な改造を受けたわけでもない人類が出来るレベルではない。

まさにドクターの言うとおり、兄上はあらゆる意味で奇跡的な存在だった。



私はその兄上に尊敬の念を抱き、ひどく憧れた。

少しでも兄上に近づきたくてより一層訓練に精を出すようになり、そこにやり甲斐が生まれた。







ドクターから近々その兄上がここにやって来ると聞かされたのはそんな時だった。

そのうえ、兄上が了承すれば私の教育係りをドクターが頼んでくれるという話を聞かされた。



その日の晩、私はなぜだか眠れなかった。

私たち戦闘機人は三日くらいなら眠らなくても平気で活動できるが、それとは少し違う感じがした。

ベットの上で私はずっと考えに耽っていた、兄上にあったら何を話そうか、どうやって挨拶しようかなど。

妙にソワソワした気分になって落ち着かなかった、だが嫌な気分ではなかった。



兄上との初顔合わせ、私は緊張の極地にあった。

いざ挨拶する場面になっても上手く言葉をだせず、酷くぶっきらぼうな挨拶しかできなかった。

私は自身の不甲斐なさに少なからず落ち込んだ。



兄上は比較的寡黙な人物だった、少年独特の子供っぽい顔立ちをしていたが、その雰囲気は圧倒的だった。

姉のトーレとはまた違った意味で迫力のあるオーラを無言のうちに発していた。

しかし、その随所にドクターや私たちを思いやるような言動があり、妙に人を安心させるような感じの印象を受けた。



一方で私は始終黙って兄上を見ていることしかできなかった。



落ち込んでいた私はドクターたちと兄上の話が終わるまで自主訓練に励むことにした。

ナイフを握っては的に向かって投擲する、その行為を無心に繰り返す。

ひたすら訓練に励む事で精神集中し、雑念に悩まされる事もなくなる。



今の私は雑念だらけだ、その結果が投擲結果に如実に現れている。

普段もあまり成功率が良いとは言えないが、今回のはいつもの三割増し酷い結果だ。

我ながらなんと無様な、これでは兄上に近づくどころかむしろ遠ざかっているではないか。



私は自身の雑念を無理やり振り払うが如く我武者羅に投擲練習を繰り返した。







その後兄上が私に声をかけるまで、私はまったく気がつくことが出来なかった。

それほどまでに集中していたといえば聞こえはいいが、私の場合単に周囲への警戒不足ゆえだろう。



猛省する私をよそに、兄上は言葉少なく私の教育係りを引き受けた旨を告げた。

兄上に出会って、その印象から少なからず引き受けてくれるだろうとは思っていたが、実際にこうやって本人から聞かされると改めて嬉しくなってきた。

気がつけば先ほどまでの胸のモヤモヤがキレイさっぱり消え去っていた。



しかし次の瞬間に兄上に一言私の訓練結果の至らなさを指摘され、私は再び焦ることになる。

見苦しく狼狽する私に兄上は気にすることはないと言い、わざわざ投擲の手本を披露してくれた。

その技術はまさに驚愕の一言で、同時に投げた三本のナイフがそれぞれ異なる軌道をかいて同じ場所に突き刺さったのである。



たった一本でさえ成功率の低い私と兄上とでは天と地ほどの差があることを思い知った。

私は兄上への尊敬の念を改めると共に、言い知れぬ高揚感に支配された。

興奮冷めやらぬままに私は兄上へ技術の教授を必死で願い出ていた。



そんな私の姿を見ながら兄上は「だがその前にするべき事がある」といっていきなり私を抱き上げた。

一瞬私は今自分がどういう状況なのか理解できず、呆然とした後猛烈に恥ずかしくなった。



兄上は優しくまずは休めと言って、私を抱き上げたまま歩き出し訓練室をでた。



尊敬し憧れの存在である兄上に抱き上げられているという事実が、私の正常な思考回路を粉々に破壊し尽くしていた。

胸の動悸は収まらず、嬉しさと恥ずかしさから赤面するのを止められない。

馬鹿な、このような無様、まるで男を求めるごく普通の女子みたいではないか!?



しかもそんな私を見て兄上は真剣な表情で私の部屋はどこだと訪ねてきた。

へ、部屋だと、男女が二人で部屋でする事など決まりきっている!

ま、まさか兄上は私と――――!!?

……だ、だが、兄上となら!

思考回路はショート寸前、暴走は止められない。







その後、兄上がいきなり走り出したおかげで事は有耶無耶となってしまったが、私は自身の本心をよく理解した。

私は兄上が好きだ、尊敬もしているし、憧れてもいる。

でも多分、一番深いところで女性として好きなんだと思う。



ドゥーエやクアットロが私と兄上のことを冷やかす度に、言いようのない幸福感が心を支配する。

こ、これが恋というものなのだろうか?

それから一週間、私は兄上とずっと一緒に過ごす事が出来た。



訓練では手取り足取り教えてくれる兄上と触れ合う度に胸がドキドキしたが、それを知られまいと必死で訓練に励んだ。

しかもそのお陰か、私の戦闘技術も短期間で信じられないくらい向上した。



兄上の実力を推し量ろうと無謀にも模擬戦を挑んだトーレは魔法なしで兄上に圧倒されて愕然としていたっけ。

ドゥーエやクアットロも兄上を尊敬の目で見るようになって、なぜか私まで誇らしい気持ちになってしまった。

休憩時間には外の世界のことや見知らぬ文化について、兄上が見聞きしたことを面白おかしく話してくれた。

ことのほか興味を示したクアットロに兄上が構いっぱなしだったのにはちょっとだけ嫉妬してしまったが。



途中から顔合わせした兄上の使い魔カガチどのから恐ろしく寒気のする視線を感じたり。

ある日、いきなりドゥーエやクアットロが謎の消化液で半分溶けた姿でガタガタ震えているところ見かけたり。

それ以降、急に大人しくなりカガチどのを大姉様と呼ぶようになっていた……どういうことなのだろうか。



兄上曰く、「気にしたら負け」らしいのであまり考えないようにしよう。



滞在中、兄上は何度か料理も作ってくれた、兄上の腕前はプロ級でその見事な包丁捌きは戦闘機人である我々ですら目で追うことすらできなかった。

そして味も極上、これまであまり食事に興味のなかった私たちでも兄上の作った外の世界の料理には皆が喜んで舌鼓を鳴らした。



誰よりも優れている事を決して驕ることもなく、何事も気負うことなく泰然自若と存在する兄上は僅かな間にまたたくまに私たちの尊敬と好意を一身に集めてしまった。



あの気難しいドクターが我が弟よと兄上を気にかけているのもよくわかる気がする。

そのうえ兄上はドクターと相談して私専用の防御外套『シェルコート』を徹夜で作ってくれた。

これは私の一番の宝物になった。

寂しい時や辛い時、私はこのコートを羽織ると兄上の優しさを身近に感じるような気がした。



本当に楽しい、夢のような一週間はあっという間に過ぎ去っていった。







とても大切な時間だった、そして私の中でかけがえのない素晴らしい思い出になった。

共に時を重ねる度に私の思いはより強くなり、まるで尽きる事を知らないように私を満たしていった。

一週間後、兄上が最高評議会の新たな使命を受けてアジトを去る時まで、私は幸せの絶頂だったといっていい。



兄上はこれからしばらく最高評議会の指示で時空管理局の全部所を巡ることになったらしい。

大変な事だ、おおよそ並みの人間には無理な所業だろう、だけど兄上は違う。

私たちとは根本からして違うのだ、兄上の凄いところはただ能力的に優れているだけじゃない。



兄上は別れ際、私たちにこう言った。



「けっして無理はしないように、困った事があればいつでも相談しなさい、私はいつでも駆けつける」



兄上は器が違うと思い知らされた。

これから困難な任務に赴くというのに、その表情に一切不安を見せることなく私たちの心配までしてくれるなんて。

それになんと心強い言葉だろう、文字通り勇気を与えられたようだった。



私は兄上の背中を見送りながら固く決心していた。

いつか、いつか私も兄上の隣に立って歩けるような存在になりたいと。

どうすればそうなれるのかなど検討もつかない。

だけど、どんなことをしてでもいつかその隣に立ってみたい、その気持ちだけは嘘じゃない。

兄上、待っていてください、私は必ず……。



必ずや兄上の妻に相応しい女になってみせます!






[7527] リリカル・エンハンスト18
Name: タミフル◆542bb104 ID:718cb5b8
Date: 2009/04/30 22:18
■18
※すいません、今回もエンハンスト以外の視点で話が進みます。



―Side:クロノ・ハラオウン―



僕の父さんは優秀な管理局員であり、立派な人格者だったらしい。

しかし数年ほど前、とある事件を担当中に自分以外の多くの人を守って殉職してしまった。

僕自身に父さんの記憶は殆んど残っていないが、漠然と頭を撫でてくれた大きな手が優しかったことは覚えている。



それ以来、母さんは女手一つで僕を育て、決して弱音を言わない気丈な人になった。

だけどある夜、1人でお酒を飲みながら父さんの写真の前で静かに泣いていたところを見てしまったことがる。

決して辛くないわけじゃない、むしろ誰よりも父さんの死を悲しんでいたのは母さんだった。



多分、父さんが死ななければ『こんなはずじゃない人生』だってあったはずだ。

母さんが父さんの横で幸せそうに微笑んでいるはずの、やさしい未来だってあったはずだ。

しかし、現実では母さんは父さんの死を嘆き、人目の無いところでひっそりと泣いている。

それが言いようも無く悔しい、どうしょうもない現実がもどかしい。

僕は子供ながらにようやくそのことに気が付いて以来、自分に何ができるのかと考えるようになった。



勿論、極力母さんの負担を少しでも減らすように行動するように心がけたし。

誰にも恥ずかしくないような立派な息子だと誇れるように努力もしてきた。



母さんはよく父さんの話をしてくれた、どういう性格だったのかとか、どういう経緯で付き合うようになったとか。

その中でも時空管理局員となり、数々の難事件を解決に導いた活躍話に僕は心引かれた。

母さんもまた管理局員ではあるが、あまり最前線で戦うようなタイプではなく、後方での指揮に能力を発揮するタイプだった。

勿論、父さんも母さんも両方尊敬しているが、僕はより父さんの活躍に憧れた。



やがて僕はいつの間にか、ごく自然に管理局員になることを目指すようになっていた。

母さんは反対しなかった、苦笑しながら「やっぱり私とあの人の子ね、血は争えないわ」と応援してくれた。

それ以来、明確な目標の出来た僕は普段の勉強に加えて、魔法の勉学にも取り組むようになった。







とある日、母さんの紹介でグレアム提督と知り合った。

グレアム提督はかつて父の上司で、母さんもさまざまな面でお世話になったハラオウン家の恩人といってよい人物だった。

だが一方で、ロストロギアの暴走で脱出不可能となった父さんの艦をアルカンシェルで消滅させたのもグレアム提督だという。

複雑な心境ではあるが、不思議と恨む気持ちはわかなかった。

僕自身に父さんの記憶が薄いからなのか、それとも苦悩の決断をしたグレアム提督を哀れんでいるのか。

判別はつかなかったが、結論として僕はグレアム提督に嫌悪感をもつことは無かった。



母さんはグレアム提督に僕の魔導師としての訓練を頼んでいた。

直接母さんから教えてもらっても良かったが、母さんと僕とでは魔導師としてのスタイルが違うので、より近いスタイルのグレアム提督から教えを受けた方が良いと判断されたようだった。



グレアム提督は初め基礎的な訓練を僕に指示した。

魔導師とはいえ基礎体力が無ければいけないと、魔法行使する際に失われるのは魔力だけではなく、体力もそれなりに削られていくのだから、そう説明を受けた。

直接の指導にはグレアム提督の使い魔である、リーゼロッテ、リーゼアリアの姉妹が担当してくれた。

彼女達は確かに的確な指導をしてくれているのだが、少々スキンシップが過剰な所があり。

訓練以外でも、男としていろいろひどい目にあわされた。

二人のテンションについていけない僕としては毎回辟易とさせられるのが常となってしまったのだ。

なんでこんなのが僕の師匠なんだとか何度も考えたが、悔しいことに実力は本物なので渋々諦めた。







訓練は順調に進んだ、小規模な事件にも顔をだし実践経験を積みつつ、勉学にも手を抜かない。

しかしその過程で思い知ったことがある、僕には才能が無い。

両親譲りの魔力量こそそれなりに持っているものの、僕は物覚えが悪かった。

一つの魔法を覚えるにも、人一倍時間がかかり多くの反復練習を必要としたのだ。



さすがにこの事実をリーゼ姉妹から告げられたときは落ち込んだ。

だが訓練の過程で薄々は僕も気が付いていたことでもあった。

やがて僕はそれほど時間をかけず僕は立ち直った、考えれば単純なことだ。



人一倍覚えるのに時間がかかるなら、人の何倍も努力すればいいだけだ。

単純な計算である、普通に覚えるのに三日かかる魔法があったとして、人の三倍努力すれば一日で覚えられる。

ならば僕のすべきことは誰よりもひたすら努力することだけだ。

才能が無くたってそれを努力で補うことができれば、結果的に問題はない。

僕がそれを証明するんだと決心して以来、僕はこれまで以上に必死に訓練に望むようになった。








グレアム提督の勧めで時空管理局・士官教導センターに通うようになった。

飛び級だったがミッドチルダではめずらしくも無いことだ、有力な魔導師はある程度優遇されるように制度が整備されている。

ただ僕が失念していたのは、制度が整備されていても、人の心はそう簡単には割り切れないということだ。

自分たちよりもはるかに年下の僕が自分たちよりも優れた魔導師であることが、クラスメートたちには生意気だと認識され。

いじめ、とまでは行かないが僕に友達は1人もできなかった。

辛くないといえば嘘になるが、それよりも僕は自己研鑽を優先させて周囲との壁はより厚くなった。



そんなとある日、教室で1人でいた僕に近寄ってきた物好きな人物がいた。



「ねぇ君、ずっとそんなしかめっ面してて疲れないの?」



ヘラヘラしながら、そんな失礼なことを聞いてきた彼女の名はエイミィ・リミエッタといった。

僕は彼女のような言動の人物と接することはこれまで無く、対応に戸惑い、結局のところ。



「貴方には関係ない、ほっといてくれ」



としか言えなかった、普通の人物ならこれで呆れて去っていく、僕もそう思っていた。

だが彼女、エイミィの次にとった行動は僕の予想外だった。



「えいっ、うりうり~♪」



僕の眉間に指を当てて、寄った皺を伸ばすようにグリグリ押してきたのである。

予想外すぎる行動に反応が遅れ、されるがまま皺を伸ばされてしまう。

気が付けば呆然と彼女を見上げていた。



「お、いい顔になったじゃん、そっちの方が可愛いよ」

「……っ、か、からかわないでくれっ!」

「あー戻っちゃった、可愛いのに……」



心底残念そうに苦笑するエイミィ、僕はこの瞬間から彼女のことが少し苦手になった。







その後もエイミィはことあるごとに僕をからかい続け、付き纏ってきた。

僕は何度かキツイことも言ってしまったが、彼女はそれでも全然めげる事無く付き纏ってくる。



やがて僕自身、不思議なことに彼女との時間が嫌ではなくなってきた。



彼女にからかわれ続ける僕の様子が可笑しかったのか、クラスメート達の態度も次第に軟化していった。

僕にもある程度の心の余裕が出来て、これまでの自身の態度を反省し改めるように努力するようになり。

友人とまでは行かないが、当初の頃とは比べ物にならないほど友好な関係を築くことができるようになった。



ある時、なぜこんなにも僕に構ってくるのか尋ねたことがある、その時の彼女の答えは。



「クロノ君からかうと楽しいし、私たち友達じゃん」



前半はともかく、後半はちょっと涙が出そうになるくらい嬉しかった。

エイミィにバレたらまたからかわれるので必死で誤魔化したが。



そんな訳で僕にも友達ができた。



喧しくて、人をからかうのが趣味という、とんでもない性格だが、大切な友人だ。







時空管理局・士官教導センターを卒業し、正式に管理局入りした。

エイミィも卒業し、母のいるアースラに配属されることが決まったらしい。

存外世間とは狭いものだと思った。

母のいる艦なら幾らか安心だ、彼女の仕事は艦内勤務なのでそれほど危険に晒されることも無いだろうし。

僕は大切な友人の進路を素直に祝福した。



時空管理局に入ってからも僕のすることにそれほど変化はなかった。

訓練、勉強、そして時々小規模な事件に顔を出し経験を積む。

新人であり、年少の僕にそれほど重大な事件は回ってこない、当たり前のことなのだが歯痒い。



早く活躍して、世間に認められるような人物となり、母を安心させてあげたい。

ただそれだけを目標に努力を続けた。



一年もそんな風に過ごしていると、少しずつ認められ始めるようになってきた。

そんな時、周囲から執務官試験を受けてみてはどうかと勧められるようになった。

超難関と呼ばれる試験であり、普通なら僕のような若造が受けるには文字通り『10年早い』レベルである。



でも当時の僕には合格する自信があった。

これまで失敗らしい失敗もしてこなかったし。

普段から人の何倍も血の滲むような努力をし続けてきたのだ。

時空管理局・士官教導センターにいた時に常にトップクラスの成績を出していたことも自信に拍車をかけた。



母さんやグレアム提督に執務官試験を受けてみたいと相談したところ、二人から「まだ早い」と反対された。

僕は納得できず、何度も頼み込んだ。

何日もしつこく食い下がって、リーゼロッテやリーゼアリアの応援も得て説得にかかった。

それでも二人は首を縦には振らなかった。

今思うと、二人は気が付いていたのだろう。

両親の才能を受け継がなかったというコンプレックスを抱えていた僕の危うさを。







僕は二人の了承を得ないまま、勝手に執務官試験を受験することにした。

半ば意地である、二人が僕の受験を認めないということが僕の潜在的なコンプレックスを揺さぶっていた。

手続きをすべて自分で済ませ、試験当日にむけて受験勉強に必死で取り組んでいた。



執務官試験は三つの区分に分かれている。

筆記試験、実技試験、面接試験。

それぞれ現場を総合的に統括する執務官に必要不可欠な知識・能力・人格を測る試験である。



試験当日、僕は万全の準備を整えて試験に臨んだ。

試験会場には十数人の受験者がいて、全員僕よりも年上であった。

中にはグレアム提督ほどの年齢の方もいた。



執務官試験は丸一日をかけて行なう。

午前中は筆記試験、午後に実技試験として模擬戦を行い、最後に面接試験をする。



筆記試験がはじまり僕はこれまで必死で学んだ知識を全力で発揮して試験に臨んだ。

尊守すべき法律や現場における最も適した対応を述べる問題、さまざまな知識を試される。

すべての問題を解き終えると、まだ僅かながらに試験時間に余裕があった。

予定通りだ、これから見直しをおこない解答に万全をきす。



筆記試験終了後、お昼休みとなり、僕は他の受験者たちと同じように昼食をとっていた。

皆あまり喋らず、黙々と食事を口に運んでいた。

それもしょうがないことで、午後の実技試験は受験者同士の模擬戦なのである。

これは勝敗に試験の合否は関係なく、両者の実力を測るものであり、とにかく全力で戦い己の実力を示せば良いのである。

とはいえ誰だって負けたくない、これから誰と戦うのかも発表もされないので余計に緊張感に満ちている。

僕自身もかつてないほど緊張していて心臓の鼓動が激しく鳴っていた。







執務官試験の実技試験、ついに僕の順番が来た。

放送で僕の名前と相手の名前が告げられる、お互いに立ち上がり相手の顔を確かめる。

若い、といっても僕主観であるが、たぶん20歳前後くらいの年齢だと思う。

身長も高くて、僕の頭が彼の胸くらいまでしかない。



「よろしく頼むよ、クロノ・ハラオウン君」

「こちらこそ、よろしくお願いします」



お互いに握手をして模擬戦場に向かう、会場に入るとデバイスを起動してバリアジャケットを纏う。

僕も相手も一般的な杖型デバイス、おそらく戦闘スタイルもそれほど違いは無いはず。

ならば後は互いの純粋な実力が勝負を分ける。



「君の噂は聞いている、ハラオウン家の天才児と模擬戦ができるとは光栄だ」

「……僕はそんなたいそうな人間じゃないです」

「そうなのかい? まあ、お互い全力を尽くそうじゃないか、正々堂々ね」

「はい、いきます!」



試験開始の合図(ブザー)が鳴る、まずは射撃魔法 で相手の出方を見る。

最速で魔力をデバイスに集中し、ストレーズデバイスの演算補助を得て最も慣れた魔法を唱える。



「ブレイズキャノン!」

「うわぁっ!? な、なんて強力な射撃魔法なんだ、こんなの何発も耐えられるわけが無い!」



魔力シールドで僕の射撃魔法を防いだ相手が思わず叫ぶ。

実際に彼の張ったシールドには目に見えて皹が入っていた。

いける! この程度なら僕でも勝てる、そう確信した。



「遠距離戦は圧倒的に不利だ、こうなったら無理して近づいてでも接近戦で仕留めるしか!」



相手が牽制の弾幕を放ちながらこっちに接近してくる。

だがそう易々と近寄らせはしない、せっかく遠距離戦で有利だとわかっているのだ、わざわざ接近戦に付き合うつもりはない。

こういう時の定石は既に学んでいる、後退しつつ弾幕を張り、強引に接近してくる相手を弾幕と狙撃の飽和攻撃で仕留める!

シールドを張りつつ突っ込んでくる相手に、その姿が見えなくなるくらいに射撃を叩き込む。

幾つもの衝撃音、煙が薄れぼんやりと人影が見つかる、チャンスだ!



「もらった! ブレイズキャノン!」



文字通り全力の威力で放った、非殺傷設定ではあるが直撃すれば二・三日は寝込むことになるかもしれない。

だがここで油断して手心を加えることなど出来ない。

僕は証明するんだ、血の滲むような努力こそが才能を上回るということを!



最大級の爆音が響く、そして地面へ倒れ落ちていく人影。

決定的だ、全身を歓喜が走る、僕のこれまでの努力が報われたのだ。



「や、やった、僕は勝ったんだ!」

「ハイ、お疲れ様だったね」

「……えっ!?」



背後から彼の声。

振り向いた瞬間、僕の全身が三重のバインドでガッチリ拘束される。

状況を認識する間もなく手元のデバイスを蹴り飛ばされる。

目の前にはニヤニヤと見下した目で僕を見る彼の姿が。



「これでチェックメイトだ」



彼が身動きの取れない僕の眼前にデバイスをつけつけて勝利宣言する。



『勝負あり、試験を終了してください』



試験終了の放送が流れる、だが僕は現実をまだうまく認識できていなかった。

呆然と彼を見上げながら疑問を口にする。



「な、なんで……さっき、落ちたはずじゃ……?」

「あれは幻術、もっと言えば君の射撃魔法でシールドに皹が入ったのもワザとだよ」

「……え?」

「まだわからないのかい? 君は私に騙されたんだよ、大方最初の反応で私に遠距離戦で勝てるとでも思ったんだろ? んで想像どおりあの爆発で勝ったと思った、僕はその隙にこっそりキミの背後に回りこんだだけさ」

「…………だって、貴方はあの時」

「あはは、実戦で自分の不利になるようなことをあんなふうに喋る分けないじゃないか、君はまんまと騙されたんだよ」

「そ、そんなの、卑怯だっ! それに貴方は最初に正々堂々やろうと言った!!」

「じゃあ君は実際の戦場で犯罪者相手にその言動を信じて戦って負けたら『卑怯者、正々堂々戦え!』とでも言うのかい? 言えるわけないよね、だってその時はもう死んじゃってるんだから」

「……でもっ、でもっ!!」

「……ふ~、クロノ君、キミさ、才能ないよ、どうせそのうち他人を巻き込んで死んじゃうから管理局辞めたほうが良いよ」

「……っ!!? うわぁぁああああああああああ!!」



僕はこの時の彼の台詞ほど強烈な挫折感を味わったことは無かった。

頭の中が真っ白になり、僕は目の前の彼に殴りかかっていって、その直後に意識を失った。

あとから聞いた話では、襲い掛かった僕は一矢報いる暇もなく彼にあっさり気絶させられてしまったらしい。

数時間して目覚めた後、鎮静剤を打たれ、医務室で医師の説明を呆然と聞きながら。



僕は面接試験を受ける事無く、試験失格を言い渡された。






[7527] リリカル・エンハンスト19
Name: タミフル◆542bb104 ID:718cb5b8
Date: 2009/05/02 22:40
■19



最高評議会の命令で時空管理局の全部署巡りをはじめて早4年が経ちました。

ぶっちゃけ単身赴任です、ろくにジェイル兄さんや妹達にも会えません。

身近にいるのは赤い彗星っぽいデバイスと、邪悪な使い魔だけ、癒しが足りません。

一方で秘密花壇の経過は順調です、暇を見つけてはちょくちょく転送魔法で世話をしに行ってます。



そんな日々を過ごしていると、ついに念願のリンディさんからの連絡が来ました。

僕はすわっ、いよいよ『クロノ君育成計画』始動か!

と意気込んで話を聞いていたら、実際は全然まちがった認識でした。



なんとクロノ君が若くして引き篭もりのニートになってしまったらしい。

……な、何があったんだクロノ君!?



僕が慌ててその理由を聞くと、そのあんまりな内容におもわず泣きたくなってきた。



リンディさんの話を要約すると。

『これまで人一倍努力してきたけど、受験に失敗して、そのショックとこれまでの反動もあって無気力になった』ということだ。

……な、なんという極端な奴。



だが他人事ではない、クロノ君には僕の将来の自由がかかっているのだ。

こんなところで人生リタイアされてしまっては、僕の将来も道連れでリタイアである。

なんとしても立ち直ってももらわなければならない。



さらに詳しく話を聞くと、現在の状況の悪さがよりはっきりとわかってきた。



当初、クロノ君はリンディさんやグレアム提督にも執務官試験を反対されていたが、それを押し切って勝手に受けてしまったらしい、この時点で相当追い詰められていたっぽい。

そして受験当日、実技試験で相手にコテンパンにされたうえに馬鹿にされて逆上し、模擬戦が終わっていたにもかかわらず襲い掛かってしまったらしい。

すぐに鎮圧されたものの、当然試験は失格となり、その不名誉な行動が世間に知れ渡ってしまった。

そのショックでこれまで張り詰めていた糸が切れたように無気力になってしまい、引き篭もってしまったと。



ネットで調べてみれば出るわ出るわ、クロノ君の起こした乱闘騒ぎは世間にかなり知れ渡っていて。

『ハラオウンの問題児』という悪名として彼の名は広まってしまっていた。

なんてこった、これじゃあ僕の考えていた未来予想図がメチャクチャだ!

クロノ君にスーパーエリート管理局員となってもらって、僕の代わりに最高評議会の人身御供になってもらう計画が!



リンディさんやグレアム提督もなんとか励まそうと声をかけるが効果はなく、誰の話も聞こえていなかった様子らしい。

その他にもいろいろ手を尽くしてみたがどれも効果はなく、万策つきたという状態となってしまい。

最後に頼ったのが『昔、協力を約束した』僕らしい、僕はカウンセラーじゃないんですけどね。



だが好都合、僕としても全力で彼に立ち直ってもらわないと未来は無い!

クロノ君の代わりとなる人物に心当たりがない以上、僕の未来を賭けれる存在は彼しかいないのだから。

不肖、エンハンスト・フィアット、最善を尽くして事にあたらせてもらいます!



そういえば、余談だがクロノ君の模擬戦相手となった男はその後の面接試験で落ちたらしい。

しかも、その数日後には口も聞けないほどボロボロの姿となってクラナガンの路地裏で発見されたらしい。

少なくとも完治するまでは半年以上の入院療養が必要だとか。

犯人は見つかっていないらしい、まったく物騒なことだ。

唯一の発見者の証言では『緑色の羽を生やした妖精』が犯人とか抜かしているが、当然ながら誰も信じていないそうだ。

……まさかねぇ、あの温厚なリンディさん……なわけ、ないよねぇ?







さて、そんなこんなでリンディさんの招きでハラオウン家にやってきたわけですが、結構普通の御家ですね。

もっとこう豪邸とかを想像していたんですが質素な上流家庭みたいな雰囲気があります。

ゴテゴテした装飾も、無駄に広い庭とかも無いですし。

家具もシンプルで機能的な配置で無駄がありません。



リビングに案内され、ソファーに座ると目の前に紅茶が出される。

あんまり変な匂いとかしないし、甘すぎもしない、多分リンディ茶とかじゃないんだろうな。

目の前に深刻そうな表情で座るリンディさん、そのとなりには見知らぬ少女もいた。

誰だろうか? まさか娘さん?

いや、それにしてはクロノ君よりも年上に見えるが。



「あの、本日はわざわざ相談に乗ってもらって、ありがとうございます」

「……いえ、クロノ君のことは私も気になっていましたから、そちらの女性は?」

「彼女はエイミィ・リミエッタ、クロノの大切な未来の嫁……じゃなくてお友達です」

「そんな若妻だなんて、いやですわ義母さん……じゃなくてリンディさん♪」



……とりあえずクロノ君は既に人生の墓場に片足を突っ込んでしまっているようだ。

まあ二人の仲が良いのは悪い事じゃないので構わないが、僕の目の前で惚気ないで欲しい。

正直、うぜぇです。



「……それで、クロノ君は今どういった様子なんでしょうか?」

「あ、ハイ、そうですね……クロノは今自室に引き篭もって一切出てきません、私やエイミィが呼びかけても反応してくれませんし、食事に呼んでも来てくれません」

「……断食は危険なのではないでしょうか」

「ええ、ですから今はしょうがないので部屋の前に食事を置いて時間が経ったら空の食器を取りに行くことにしています、この方法ならなんとか食べてもらえるようですし」

「では、リンディさんやエイミィさんは最近クロノ君の顔を見ましたか?」

「いいえ、ここ一ヶ月ほどまともに顔を合わせていません、魔法まで使って部屋にカギを施しているくらいですから、無理やり入るのもどうかと思って……今はそっとしてあげるべきかもと考えてしまいずるずると……」

「私も、扉越しにクロノ君にいろいろ話し掛けたりするんですけど、なかなか反応が無くて」

「……そうですか」



……ふむ、大体の事情は飲み込めた。

クロノ君は完全にニート街道を邁進中で、リンディさんも典型的なニートの親思考に陥っていると。

母としては傷ついている息子をできるだけ刺激せずに立ち直らせたい、と考えているんだろうが。



ぶっちゃけ、甘い、甘すぎる。



生前、引き篭もり一歩手前だったオタクの僕の経験談から言わせてもらえば、そんな行為は逆効果だ。

互いに遠慮して妥協する選択肢ばかり選ぶ逃げの姿勢では何の解決にもならない。

どこかではっきりお互いの意見を主張して、コミュニケーションを図らないと根本的な問題が解決しないからだ。



両親と話し合い、僕は花屋という目標を持ち、それを実現させるように努力するようになった。

結果的には開店直後に事故死してしまったわけだが、それまでの行動に後悔はない。

もしも、あのまま誰とも話し合わず思考を自己完結させていたら間違いなく僕も引き篭もりのニートになっていた。



ならば僕がすべき事は、クロノ君がリンディさんとしっかり話し合えるように場をセッティングすること。

おそらく最初から素直に話は聞きはしないだろうが、そこはなんとか説得するしかあるまい。

というかそれが一番困難なわけですが、まあなんとかするしかないでしょう。







さて、僕はクロノ君の部屋の前にやってきました。

リンディさんやエイミィさんはここにいません、せめてもの配慮です。

さすがにいきなり母親や友人に会える心理状態じゃないでしょうし。

その点、僕なら見知らぬ他人ですから幾分気楽になれるはずです。



「……クロノ君、私はエンハンスト・フィアット、君に会いに来た、返事をしてくれないか?」

「…………」

「君がどういった経緯でこうなったか話は聞いた、私なら相談にのれると思う」

「…………」

「皆、君のことを心配している、そろそろ安心させてあげよう」

「…………」



完全無視、ね。

まあ半ばこの態度は予想していたからいいけど、やっぱりちょっとムカつく。

誰の所為で僕がこんなに苦労していると思ってるんだ!

なんか、そう考えるとだんだん腹が立ってきた。



「いつまで部屋に引き篭もっているつもりだ、何の解決にもならないぞ」

「…………」

「ずっとダンマリか? それもいいが、このままじゃ君は負け犬のままだぞ! 悔しくないのか!」

「…………うるさいっ、アンタに僕の何がわかる!」

「わからないさ、まだ君から何も話してもらってないからな、だが相談してくれれば一緒に考える事ができる」

「アンタのこと知ってるぞ、有名人だもんな、僕と違って才能持ったアンタみたいな生まれつき恵まれた奴に、僕の苦しみはわからないっ!」



……カッチーン。

こいつ、今なんつった? 僕が『生まれつき恵まれている』だと?

ふざけるなよ、僕ほど自由の無い人生は無いぞ、生まれた時から最高評議会の奴隷みたいなもんなんだぞ。

それを、言うに事欠いて『生まれつき恵まれている』だと!?



「ふざけるなっ!!」



目の前の扉を破壊する、魔法など使わない、単純に強化した拳で殴りつける。

粉々に砕け散る扉、拳の皮膚が破れ血が噴出するが気にしている余裕は今の僕にはない。

砕け散った扉の向こう、部屋の中には変わり果てた姿のクロノの姿。



ゲッソリと痩せこけた頬、重病患者のようにはっきりと浮いた目の下の隈、ボサボサの髪の毛。

そして部屋全体に充満するすえた匂い、ろくにシャワーも浴びないで続けた生活の結果がよくわかる。

クロノはギョロリと真っ赤に充血した目でじっと僕のことを睨んでいた。



……彼は泣いていた。



少しだけ、怒りで我を忘れていた心が落ち着いた。

僕の役割を思い出す、今すべき大切なことは感情のままに彼をぶっ飛ばすことではない。



「……酷い姿だな、哀れだよクロノ・ハラオウン」

「っ!!? だまれぇぇぇぇっ!!」



怒りの形相で殴りかかってくる、だがこれまでの不摂生のせいでまったく力の速さも篭もっていない。

かわすのは簡単だ、だがそれでは意味が無い。

今、こいつに必要なのは『痛み』と『自覚』だ、そして『きっかけ』を与える。



不動の姿勢でクロノの拳を顔で受け止める、まったく威力がない。

僕は拳を握りこみ、容赦なくクロノの頬を殴り飛ばした。



「ぐがぁっ!?」



部屋の端にまで吹っ飛び、家具を巻き込んで壁にぶつかる。

クロノの口から数本の歯が血飛沫と一緒に飛び散る。

不謹慎だがちょっとスッキリした。



「……私の拳は痛いかクロノ? だがお前の拳はまったく痛くなかったぞ」

「なにをっ!」

「一ヶ月近く引き篭もり、ろくに訓練してこなかった軟弱なお前の鈍った拳など避けるまでもない」

「……ふざけるな! さっきから勝手な事ばかり言いやがって!」



再び殴りかかってくる、先程よりも弱弱しい。

もはや拳を受ける理由もない、クロスカウンターの要領でクロノを顔面に鉄拳を叩き込む。



「ぐぶぁっ!?」



先程と同じように部屋の端まで吹っ飛び壁に激突する。

ずるずると背中を擦りながら壁を背に崩れ落ち、床にしりもちをつく。

鼻血がだらだらと流れ、ボタボタと床に血痕を落としていく。



「弱いな、そんな体たらくで私に勝てると思っているのか? ならばお前は馬鹿のキワミだな」

「……ごほっ……う、くっ……」

「なんだその目は、いっちょまえに悔しがっているのか?」

「ふざけるなっ! 当たり前だ、この野郎っ!! こ、殺してやる!!」

「ふん、だがお前は弱い、まぎれもない事実だ、それをわかっていて言っているのか?」

「……僕が弱い事くらいわかってる、才能がないことくらいわかってる、全部わかってるんだ! ……でもっ!」

「…………」

「でもっ、こんなひどい侮辱されて悔しい思いをしたまま諦めるなんてことできないっ!!」



瞳に闘志を宿し、ガクガクと震える膝を無視して立ち上がる。

必死に歯を食いしばり、ギリギリと歯軋りを鳴らせ、一歩一歩僕の方へ向かってくる。

鼻、口と顔中から血を垂れ流し、がりがりになった細身でヨロヨロと歩く。



あまりにも惨めで、弱弱しい姿。



だが、これこそが僕の望んでいた姿だ。

先程までの光を映さない虚ろな瞳はなく、今のクロノにはギラギラと燃える闘志が宿っている。

体はボロボロだが、心は怒りがきっかけとなって立ち直った。



「……ならば力が欲しいか、クロノ・ハラオウン?」

「……っ!? ……あぁ、欲しいさっ!」

「私を倒せるくらい強くなりたいか?」

「……ああっ!!」

「容易な道じゃないぞ、死ぬかもしれない、それをわかっているのか?」

「ああっ、わかっている!!」

「……よろしい、ならば私がお前を鍛えよう、誰よりも強く、何者にも負けない、そんな最強の男にしてやる」

「……アンタ、は……」



ついに力尽きたクロノが前に倒れこむ、それを素早く支え抱きとめる。

朦朧とする瞳をこちらに向け、何事かを言おうと口をパクパクさせるが言葉にならない。



「……僕……は、……」



眠るように気絶し、クロノの体から力が抜ける。

……息してるし、死んでないよね?



まあ、クロノは多分これで大丈夫じゃないんだろうか。

いろいろ予定外になってしまったが、精神的に立ち直るきっかけは与えたわけだし。

ショック療法ではあったが僕的には最善を尽くしたわけで。

まあ当初の予定通り、これからクロノを付きっきりで鍛えて本格的に立ち直らせればよい。



僕自身はさまざまな部署に派遣される身分だから、補佐として付いてきてもらう事になるけど、半年もすれば執務官試験だってあるし意外と時間は少ないのかもしれない。

最初の一週間くらいは有給をとって、集中的にマンツーマンで訓練したほうが良いかも。



そういえば僕自身、これまで本格的に修行とかしたことないや。

せっかくだから、いろいろ準備して人気のないところで自然に囲まれてやりたいな。

修行兼キャンプみたいな感じでさ、ちょっと楽しみ。

さて、どこでやろうかな~。



……ま、現実逃避はここまでにしようかな。

今、僕の当面の問題は、部屋の入り口で怒りのオーラを立ち昇らせている二人の修羅をどう切り抜けるか、だ。



「「一体、何をしてるんですか?」」



現状確認、血塗れボロボロのクロノ君が倒れてます。

僕の拳にはどうみても容赦なく人を殴ったと思われる血がベットリ。

……うん、言い逃れ不可能。



「……えーと、やりすぎました」

「「天誅っ!!」」



アッー!!







アレから数日後、治療魔法であっさり回復したクロノと協力してリンディさんたちを説き伏せ、修行に連れて行くことをなんとか了承させた。



目覚めたクロノは精神的に随分落ち着いていて、皆が驚くほど冷静に話すようになっていた。

僕のとった行動やその理由もしっかり察していて、むしろ面倒をかけたと謝られたくらいである。



ただ、やはりこれまで必死に努力してきてそれでも執務官試験に落ちた事には気落ちしていて。

ある意味トラウマとなって意識の根底に『凡人が努力しても無駄なんじゃ』と思い込んでいるようであった。

ありきたりな励ましを言っても効果が薄いと考え、あえて優しい言葉はかけないようにした。

僕がさてどう励ましたら良いものか考えていたところ、某漫画の名言がピコーンと閃いた。



『努力した者が全て報われるとは限らない、しかし! 成功した者は皆すべからく努力している!! 』



鴨川会長の名言である。

つい勢いで言ってしまったが、後から思い返すと死ぬほど恥ずかしい台詞である。

それにチート人間である僕が言ってよい台詞じゃないし……すごく死にたいです。



しかし、この台詞を聞いたクロノは涙を濁流の如く流し、この台詞をきっかけにトラウマをあっさり克服してしまったらしい。

なんていうか、引き篭もった件といい、結構極端な性格してるよね。

まあ結果良ければすべて良し、彼が立ち直ったのなら無駄ではなかったということで。



その後、クロノはリンディさんやエイミィさんに心配をかけたと謝罪し、僕のもとで一からやり直す決意を二人に話した。



初めは渋っていた二人も必死に説得するクロノに押し切られ、最後には認め応援することを約束した。

ちなみに僕はほとんど何も喋りませんでした、下手な事言って二人に目を付けられるのが嫌なんで。

いやね、クロノが気絶している間ネチネチ何時間も説教と嫌味を言われ続けたんで苦手意識ができちゃって。



まあ、変に話がこじれなくて助かったけどね。

で、クロノの修行許可をもらった後はこれからの予定を話し合って、詳細をつめていった。



まず一週間ほど僕とクロノでマンツーマン訓練を行ない、その後は僕の各部署派遣に付き合って半年ほど補佐として経験を積みながら僕の指導を受けることになる。

半年後にもう一度執務官試験を受ける予定で、それにあわせて修行を完了するように調整することになり。

これから半年間、クロノには地獄の猛特訓が待っているわけだが、本人が望んだことなので手加減する気は無い。

それに、不安そうなリンディさん達に僕は自信を持って合格させると言わされてしまったので、そういう意味でも手は抜けない。



なにはともあれ、今回の出来事は僕的危機的状況TOP3に入るくらいやばかった。

アニメ原作で語られなかったことであるし、まさかクロノが引き篭もるような事態が起こるなんて予想外だったからだ。

これからもこういった危機的状況は起きる可能性は高い、よりいっそう気を引き締める必要がありそうだ。







南アメリカ大陸の北部、ほぼ垂直に切り立ったテーブルマウンテンが数多く点在し、視界すべてに雄大な自然が広がる。

僕とクロノ、二人の修行の地はここからはじまる。



「それでエンハンストさん、ここはどこなんですか?」

「……第97管理外世界、惑星『地球』、ギアナ高地だ」

「どうしてわざわざこんな僻地に?」

「修行といえばここしかない、かの有名な武闘家もここで未熟な己の殻を破ったという」

「そうですか、人の気配もないですし、修行にはもってこいかもしれませんね」



僕のとなりでクロノが口元を引き締めて広大な大地を見渡す。

いい顔だ、これなら厳しい修行にもついてこれるかもしれない。



「……クロノ、もう一度聞くが、覚悟はできてるな? これから半年間は地獄だぞ」

「ええ、僕は決めたんです、これから半年間はどんな事があっても逃げ出さないと、だから母さんやエイミィにも会わないと宣言しました」

「……そうか、いい覚悟だ、じゃあ私も覚悟を決めないとな、これからよろしく」



クロノにむかって右手を差し出す。

それを力強く握り返し、クロノは大きく頭を下げた。



「これから半年間、よろしくお願いします!」

「……よし、じゃあ早速はじめようか」

「はいっ!」



……これより半年後、クロノ・ハラオウンは圧倒的優秀な成績で執務官試験に見事合格を果たした。

PT事件の起きる3年前のことである。






[7527] リリカル・エンハンスト20
Name: タミフル◆542bb104 ID:718cb5b8
Date: 2009/05/05 20:13
■20



カリムデート(前編)



―Side:シャッハ・ヌエラ―



忌々しい、かつてこれほど私を懊悩させた事案があったろうか。

ベルカの騎士として、聖王教会に所属する身として、非才なる己の身が呪わしい。

ギリギリと、奥歯が噛み合い嫌な音を立てる。

悔しさのあまり強く握りしめた拳が震える、これは無力な私自身への怒りだ。



「ラン、ラン、ラーン♪」

「…………カリム、今からでも考え直しませんか?」



私の目の前で、鏡を前にこの上なく楽しそうに服装を選ぶカリム。

あぁ、あの引き篭もりがちで大人しく気弱だったカリムがこんなに明るく、楽しそうに……その理由がアイツじゃなければ!



「……シャッハ、またその話ですか? 言ったでしょ、私と彼は婚約者なのですよデートくらい―――」

「いいえっ! カリム、アナタは油断しすぎです、男は狼! いや、アイツに限ってはもはや魔狼フェンリル級! ちょっとでもスキをみせればパックリ食べられてしまいますよ!! パックリとっ!!」

「もう、シャッハは心配のしすぎですよ、それに私は彼になら……(ポッ)」



頬を染めながら、それでも嬉しそうに身体をくねらせるカリム。



なぜですか、なぜアイツに襲われるかもしれない貞操の危機だというのに、そんなに嬉しそうにしているのですか!?

そ、それはまさか、望んでいるのですか?

カリムとアイツが、だ、だ、男女のちちちt、契りをォっ!?



「い、いいいいいけませんよカリム! 貴女はまだ16歳、そんな、は、は、ハレンチな行為はいけませぇんっ!!」

「そ、そんなことないわよっ、私と同い年くらいの皆はいろいろ経験してるっていうし、ね?」

「可愛く『ね?』じゃ、ありませんよォおぉおおおおっ!」

「もうっ、シャッハしつこいですよ! 私は行くといったら行くのです、婚約者となって早5年まったく進展しないこの状況を覆すにはデートの一つも余裕でこなさないと、シャッハのように彼氏の一つも出来ない『いきおくれ』になってしまいます」

「カリムゥゥゥゥッ!!?」

「今回は彼もいますし護衛の必要はありませんから、ここで大人しくしていてくださいね、じゃ!!」



いってしまわれた、言いたいこと好き勝手言いまくって。

なんということだ、カリムは騙されていることに気が付いていない、既にアイツの毒牙がすぐそこまで迫っていると言うのに!

私が、私がなんとかしなくてわっ!!







……それにしてもカリム、『いきおくれ』は酷いですよ。

私だって好きで1人身でいるわけじゃないんですから、何故か誰も近寄ってこないだけなんです。

良いな、と思った男性とかもいましたけど、親交を拳で深めようとして模擬戦をすると何故かその後私を避けるようになってしまうんですよ。



あれほど情熱的に私の思いを伝えたのに(肉体言語的な意味で)。



ほかにも健康になってもらおうと毎日牛乳を彼の家の玄関前にガロン単位で送ったりしたのですが、何故か日に日に彼は謎の腹痛でやせ衰えていってしまいましたし。

最後にはいきなり謎の夜逃げをしてしまう始末。

これほど良い身体をもった乙女(筋肉的な意味で)をほっといて夜逃げなど、ベルカの男子にあるまじき所業ですよ!

……まったく、私にはつくづく男運がないですね。



それにしても、私よりも先にあのカリムに男ができるなんて認められn、いやいや!

そういう意味じゃなくて、今はカリムの純潔がピンチ!

余計なことは考えずこれからの対応を考えねば!



でも、あのカリムの強硬な態度、容易に説得できるとは思えません。

私は一体どうすればいいのか……あんまりしつこく言って嫌われるのも嫌ですし……。



うぅ、なぜ私がアイツのことでこんなに悩み苦しまねばならないのか!

それもこれも全部アイツが悪い、私がカリムにいきおくれなんて言われたのもアイツの所為です!

憎たらしや、憎たらしや……。



あぁあああああああああああ、憎たらしやエンハンスト・フィアットォッ!!







「……それで、どうして僕が義姉さんのデートを尾行しなきゃいけないのかな?」

「ヴェロッサ、貴方の義姉のピンチなのですよ、ベルカの男子として義姉の貞操を守らなくてどうするんですか!」

「いや、ピンチっていうか、あれ普通にデートでしょ? 義姉さんすんごい嬉しそうなんだけど? しかも相手の人あの有名なエンハンストさんでしょ、やっぱ生で見るとカッコ良いなぁ」

「貴方の目は節穴ですかっ、もっと見開いてよく見なさい、今にも襲い掛からんばかりの強姦魔予備軍の姿を!」

「いだだだっ!? 出るっ、目飛び出ちゃう! ゴメンなさい! は、離して!」

「分かればいいんです、さ、尾行を続けますよ」

「ひ、酷いよ、シャッハ……」

「毎日牛乳を飲まないからそう貧弱なんですよ、一日10リットルは飲まないと」

「そんなに飲んだらお腹壊しちゃうよ、シャッハが異常なだk……イエ、なんでもないデス」



二人で街中を歩くカリムとエンハンスト、仲良く手を繋いで歩いている、その所業許すまじ。

だが、残念ながらまだこの程度ではヤツを始末する決定的な材料にはならない。

それでも、いざと言う時はアイツだけぶっ飛ばせば問題無しですね。



「確か義姉さんとエンハンストさんて婚約者なんだよね?」

「……ええ、本当に、本当に忌々しいことですが、形式上ヤツがカリムの婚約者です」

「じゃあ何も問題ないじゃん、義姉さんの部屋エンハンストさんグッズで埋まってるし、傍目から見ても義姉さんがエンハンストさんにラブラブゾッコンなのは明らかだし、何が悪いの?」

「ヴェロッサ、貴方はまだ若い、時空管理局と最高評議会、そしてあのエンハンスト・フィアットの邪悪な本心が見えていないのです!」

「邪悪って……最近の時空管理局は評判良いじゃん、検挙率も上がってるし、TVとかでもいろいろ活躍報道されてるし、僕の友達もエンハンストさんに憧れて時空管理局員目指してる子多いよ」

「嘆かわしいっ! 皆あの悪魔に騙されているのです! 毒電波で洗脳されているのです!」

「はぁ、僕としては義姉さんの恋を応援してあげたいんだけどな……」

「ヴェロッサ、静かに! あっちに動きがありましたよ」



む、今度はクレープ屋ですか、定番ですね、さすがに衆目のあるところでカリムを襲わないでしょうが、油断は禁物です。

ちょっとでも怪しい素振りを見せたときが貴様の最後だ。



ふむ、やはり奢りますかエンハンスト・フィアット、なかなかスキをみせませんね

ここでカリムに買わせたら、それを口実に甲斐性無し男と罵って介入できたのに。



それにしてもあのクレープ、美味しそうですね、イチゴいっぱいのってますし。

……ゴクリ。



「ヴェロッサ、クレープを買ってきてください」

「は!? いきなり何を言って」

「買ってきてください」

「……ハイ」



もぐもぐ……うん、やっぱり美味しいですね、買って正解でした。

甘酸っぱいイチゴとホイップクリームの相性が抜群です



「いや、それ買ってきたの僕」

「ヴェロッサ、静かにしてください、捻じ切りますよ」

「…………(涙目)」



ああ、カリムの頬にクリームがついていますよ、良家の娘にあるまじきはしたない所業ですよ。

早く気が付いてください、このままでは衆目に恥じを晒すことに―――



「なぁっ!!?」

「うわぁ、大胆だねエンハンストさん、義姉さんのクリームとって食べちゃったよ、あーあ、義姉さんったらうっとりした顔しちゃってさ、初心だねぇ、まさに夢見心地ってやつ?」

「な、な、な」

「しかし、エンハンストさんも凄いね、あそこまでスマートにあの世間知らずな義姉さんをエスコートできるなんて、僕も見習わなくっちゃ男として」



な、なな、なんということをぉおおおお!!

かかか、カリムの頬についたクリームをぬぐい取って、そのうえ食べてしまうなどと!

なんとハ、ハレンチな! 断じてゆるすまじエンハンスト・フィアット!



「ちょ、お、おちついてシャッハ! 何で完全武装で飛び出そうとしてんの!? ヴィンデルシャフトしまって!!」

「離してくださいヴェロッサ! 私はアイツに天誅を加えねばならないのです!」

「いやいや、わけわかんないから、とにかく落ち着いて!」

「貴方には見えなかったのですか、カリムの柔肌に手を出したうえに舐めまわしたアイツの非道邪悪外道鬼畜淫猥な所業をっ!!」

「それすっごいイヤラシイ言い回しだけど、実際はクリームとっただけだから!」

「ええぃっ、離しなさい、私が行かねばカリムが! カリムがぁーーー!!」

「ちょ、大声だすなって、あっちにバレる……って、あれ、もういないや」

「な、なんですってぇ!?」



先程までカリムとエンハンストがいたクレープ屋前にはもう人影は無く、二人の姿はどこにも見つからない。

な、なんということでしょう、私としたことがカリムを見失うなんて。



シュアッハ・ヌエラ、一生の不覚。



「ふぅ、もうこうなちゃったら仕方ないよ、諦めて帰ろうシャッハ、それにあんな幸せそうな義姉さんの邪魔をするのは野暮っていうものだよ、ね?」

「……ヴェロッサ、とある異世界の戦士は不名誉を償う際、自らの腹を裂いて自決することで誠意を証明したそうです」

「は? はぁ、それがどうかしたのかい?」

「カリムを見失った不忠、このシャッハ腹かっさばいてお詫びいたしますっ!!」

「ちょっとぉぉぉぉ、何しようとしてんのーーー!!?」







ヴェロッサの制止によって自決することもできず、おめおめと帰ってきてしまった。

はぁ、私はもはやグラシア家のご両親にあわせる顔がありません。



「あら、シャッハも出かけてたの? おかえりなさい」

「か、カリム!? ぶ、無事だったのですか!?」

「無事って、そりゃあ無事に決まっているじゃないですか、彼と一緒にいたんですから♪」



そういって花が咲くような笑顔を浮かべるカリム。



「いや、私が聞きたいのはそういったことじゃなくてですね……」

「……? それよりもちょっと惜しかったですね、先程まで彼がいたのに、丁度先程帰ってしまいましたよ」



なん……ですって……?



「さ、先程までここに、エンハンスト・フィアットがいたのですか?」

「ええ、私がお茶でもいかがですかと誘ったんだけど、誘って良かったわ、これまで剣呑な態度だったお父様もお母様も彼の人柄を気に入ってくれたみたいだし」

「…………(顔面蒼白)」

「お父様の趣味である薔薇の栽培についても彼とすごく楽しそうに話してて、趣味も合ってたみたいですし、それにね―――」



あまりのショックで、ご機嫌な様子で話すカリムの言葉も頭に入ってこない。

な、なんということでしょう、ついにエンハンスト・フィアットの魔手がグラシア家のご両親にまで!!

カリムだけではなくグラシア家のご両親にまで洗脳の魔手が!



……私が、私が何とかしなくてわ!



皆を奴の魔手から解き放つためにも、何時の日か、必ず討ち取ってくれようぞエンハンスト・フィアットォォォッ!!



PS ちなみに、ヴェロッサは心労で倒れました。






[7527] リリカル・エンハンスト21
Name: タミフル◆542bb104 ID:718cb5b8
Date: 2009/05/09 17:24
■21



カリムデート(後編)



「……ただいま」

「あら、お帰りなさいませエンハンスト様ぁ、婚約者様との逢引は如何でしたかぁ?」

「……疲れたよ」

「まぁっ、疲れるようなコトをナニしてきたわけですね、ご立派ですわ! さすがエンハンスト様ぁ!!」

「…………カガチは何してたんだ?」

「私ですかぁ、アジトに遊びに行ってましたよ、ドゥーエやクアットロと『遊んで』ましたわぁ♪」

「……そうか、程々にな」

「うふふっ、心得ています」



まあ、大体わかってる人もいるかもしれないけど、カガチの言った『遊び』とは勿論百合な遊びのことだ。

いつのまにか二人を手篭めにしていて、今では互いに義姉妹の契りを結んでいるほどの仲らしい。

暇さえあれば一人でアジトに遊びにいって、ナメクジの交尾の如くネチョってる。



……こういうのは本人たちの自由意思だから口出しとかしないけど、あまり理解できる世界じゃないね。

特に僕に害があるわけではないのでほっとくに限る、ウーノとかチンクとかまともな性癖の者には手出ししてないみたいだし。

トーレ? あの娘に関しては判断不能、凄いストイックな性格してるからそういうことに興味ないのかも。



「今度こそはエンハンスト様も御一緒にいかがですかぁ? あの娘たちもきっと大歓迎しますよぉ」

「……遠慮しておく」

「あらあら、毎度そっけないですねぇ、まあいいです、私たちはいつまでもお待ちしておりますわぁ」

「…………」



無視しよう、カガチと話していても疲労が増すだけだ。

何が嬉しいのか、クネクネ踊る僕の使い魔を無視して自室に入る。

執務用のデスク、その椅子に腰掛け溜め息ひとつ。



ちなみに僕の自室は地上本部の男性局員寮にある、といっても部署巡りの所為でほとんど留守にしているわけだが。

……ちなみに女人禁制なはずのだが、カガチは何故か普通に入ってきている。

使い魔だからいいのだろうか? けっこうアウトだと思うのだが。



まあいい、今はとにかく疲れている、主に精神的に。



ゆっくりと背もたれによりかかりながら今日のコトを回想する。

本当に大変な一日だった。







今回のカリムさんとのデート、僕にとってはまさに危機的状況の連続だった。

長年続いた婚約者カリムさんからの呼び出し(死亡フラグ)をついに断わりきれず応じてしまったのがそもそもの始まり。



数年前に婚約者としてベルカに挨拶に行って以来、多忙である事を理由に彼女との面会を拒否り続けてきたわけだが。

どうも向こう(カリムさん)からの面会希望の呼び出しが年を追うごとに激しくなってきた。



僕としては良い記憶のないベルカにあまり行きたくないわけで、毎月送る花に加えてさまざまな豪華プレゼントを献上してご機嫌を伺おうとしていたのですが、なぜかよけいに会いたいという催促が強くなる始末。

ここ最近は数日おきに催促がくるので精神的にもかなり辟易していた。

もうこうなってしまったらしょうがない、覚悟を決めていま一度会いにベルカに行こうか、と決心したのがつい先日のこと。



せめてもの妥協案として聖王教会ではなくベルカの市街で会おうと約束したが、それでも不安は晴れなかった。

ベルカ全域は言わば向こうのテリトリー、どこから僕の命を狙う刺客がいつどこから現れるかわからない。

……主にシャッハさんとかシャッハさんとかシャッハさんとか







それでも覚悟を決めて待ち合わせ場所へ向かうと既にそこにはカリムさんの姿が、指定時間の1時間前だというのに!

さらに僕は戦慄した、なぜなら彼女の服装が見たことも無いような可愛らしい服だったからである。

具体的に言えばゴシックロリータなドレスを着ていた。



僕はある程度ならカリムさんの性格をしっている、だからこそありえない。

彼女は今時珍しく真面目で慎み深い性格だ、深窓の令嬢といった言葉が良く似合う。

しかし、今のカリムさんの姿はそんな古風な女性にはありえない派手な服装だからである。



これは『罠』だ! 僕はその瞬間に悟った。



『美人局(つつもたせ)』というものがある、女性が綺麗な身なりで男を人気の無いところへ誘い出し、その隙をついて共謀者(この場合強面のヤクザなど)と脅迫して金品を奪うことを言う。

詳細はことなるが、これはそれと原理は同じだ。

彼女にありえない派手で可愛らしい服装、おそらくは僕の気を引いてその隙を狙ってどこからか襲撃があるにちがいない。

……カリムさんは本気で僕を亡き者にする気なのだ。



まずい、なんとかしてこの窮地を脱出しなければ。

これは僕だけの問題ではない、あまり自覚したくは無いが現在の僕は管理局のトップエリート、いわばそれなりの地位をもった者だ。

そんな人物が聖王教会の重要人物に襲われてみろ、僕とカリムさんだけの問題にとどまらないぞ。

最悪の場合、時空管理局と聖王教会の間に修復不可能な溝を残しかねない。

これまでの非は僕ら(3脳含む)にあるのに、カリムさん達まで不幸になってしまうではないか、さすがにこれは後味が悪すぎる。



……何かしら理由をでっちあげていますぐ帰るべきだろうか? いや、不自然すぎるだろ常考。

かといっていまのままでも十分不自然だ、この態度では余計に相手に襲撃のチャンスを与えることになってしまう、どうする?



そうだ、僕は名目上カリムさんの婚約者、そしてこれは一応デート(便宜上)なのだ。

ならば徹底的に婚約者として振る舞い、徹頭徹尾最後まで紳士的な態度で接すれば良い。

妙な誘惑(死亡フラグ)を受けても紳士らしく「私たちにはまだ早い」とか言って断わり、回避するのだ。



こうして僕の人生でも有数の壮絶な死闘が始まった。







ただ、ここで予想外だったのが、僕に備わっていた『接待スキル』である。

生まれた時に刷り込まれた知識・技能には戦闘系統以外にも『伝説のナンパ師』とか『加藤ノ鷹』とか『絶倫超人』とか。

エロゲー主人公みたいな人達の知識・技能もあって、そういう方面の能力もまさにチートだった。



カリムさんをひたすら接待しようと決心すると、勝手に口が動き「おまたせ、今日のカリムさんは凄く可愛いね!」とか言い出す始末。

突然そういわれて赤面する彼女、当たり前だ、言った当人の僕だって恥ずかしい。

身体が自由になればいますぐ自決したいところだ。



勝手に動いてしまう僕の身体が自然にカリムさんの手を握り、歩き出す。

女の子の小さく柔らかくて温かい手、あぁ、これが本当に恋人同士のデートだったらどれほど嬉しいか。



歩く道すがらも、普段の僕からは考えられないような恥ずかしい言葉が次々と口から飛びだす。

やれ「カリムさんとデートできて婚約者冥利に尽きる」とか「カリムさんのような美しく聡明な女性を婚約者にできて幸せだ」とか誉め殺しまくり。



僕自身、彼女とごく普通の婚約者なら何も文句無いが、現実は大きく異なる。

僕とカリムさんは最高評議会に無理矢理決められた婚約者であり、僕はともかくカリムさんにとっては業腹だろう。

だからこうして必死で接待をしているわけだが。



カリムさんも慣れていないのだろう、僕の言葉にいちいち赤面して俯く、その仕草がどうしようもなく可愛い。

はぁ、本当に普通のデートだったら幸せだったのにな……。



……そう、普通のデートではない、先程からどこからか殺気を孕んだ視線がずっとこちらに向けられている。

おそらくはベルカの刺客、獲物を待つ肉食獣のように僕が油断するのをじっと息を潜めて待っているのだ。

これほど鋭い殺気は滅多に感じたことがない、冷や汗が流れる、ここで気を抜くことはすなわち死を意味する。







とあるクレープ屋の前で足が止まる、カリムさんがもの欲しそうな目でそれを見ていた。

僕の方を向いて「あれ、食べてみませんか?」と可憐な口調で提案してきた。

示した先のクレープ屋、なるほど一見すればただのクレープ屋だ、だが僕は騙されない。



これも『罠』、おそらくあのクレープ屋は僕を陥れるために雇われた殺しのプロだ!

僕でも見抜けないほど見事に一般人に偽装している、よく訓練されたプロ中のプロだ。

おそらく僕に出されるクレープには毒が盛ってあるだろう、それも致死性のヤツ。



僕は即座に、「じゃあ私が買って来ますね、何味がいいですか?」とできるだけ平静を装って尋ねた。

カリムさんはいちご味を希望してきたので、僕も同じものを注文する。



この一連の行動にはワケがある、まず僕自身がクレープを買うことで主導権を握り、カリムさんと同じ品を注文することで毒の混入を未然に防ぐのだ。

さすがにカリムさんも食べる可能性のあるモノに毒を含ませはしないだろうと思う。



案の定、クレープはごく普通の味しかしなかった、だがさすがに一口目は恐ろしくてまともに味わうことなどできなかった。



一安心したところで、ふと、カリムさんの方を見れば彼女の頬に一欠けらのクリームがくっついていた。

その瞬間、再び僕の身体が勝手に動き出しカリムさんの頬へ手を伸ばす。

くっついていたクリームを人差し指で拭い取り、スッと口に含んでしまう、そして一言。

「カリムさんのクリームは美味しいね」

殺せー、僕をころせー、誰かころしてくれよぉぉぉぉー。



カリムさんは暫し呆然としたあと、さすがに怒ったのか顔を真っ赤にして瞳を潤ませながら僕を見てきた。

まさか涙目になるほど怒るとは、いや当たり前か、どうか自重してよ僕の身体(チートボディ)。







夕方、そろそろ地獄のデートも終わりを告げる時刻となり僕が安堵し始めた時、カリムさんから恐ろしい一言が発せられた。



「私の家に来ませんか、エンハンストさんを正式に両親にも紹介したいですし、紅茶でも飲んでいってください」



は、はは、あははは…… ボク\(^o^)/オワタ

断わろうにも僕の右手はカリムさんにがっちりホールドされてます。

そのうえここで断わるのは婚約者としてとても失礼になる、暗殺者襲撃のきっかけにもなりかねない。



そしてグラシア家に行けばご両親も交えてフルボッコですか、これは酷い。

なんとか「もう時間も遅いですから……」とか紳士的に言ってみたが。



「じゃあご夕飯を一緒にどうですか、今日は母手作りのビーフシチューなんですよ♪」



ビーフ死チューですね、毒入りですね、わかります。

逃げ道なし、覚悟を決めて逝くしかなさそうですね、短い人生でした。

……せめて、半殺しくらいで許してもらえることを祈りましょう。



一応教会の人ですし、さすがに人殺しは……しないよね? ね?







ビクビクしながらカリムさんの自宅(この場合、お屋敷)前に僕が着いたとき、ふと庭先に咲く薔薇が目に入りました。



ちょっと様子が気になったのでカリムさんに尋ねると、彼女の父が趣味で栽培している薔薇だそうです。

だが、それにしては元気がないように見える、葉や枝ぶりに勢いが無いし、花の数も少ない。

薔薇特有の艶やかな紅色も薄く、これはもしかして、と考え付く。



現在の自分の危機的状況を忘れて僕がちょっと薔薇の様子をチェックしてみると案の定、すぐに不審点が見つかりました。

薔薇の根や株元にコブのようなものを見つけました、それは一見すると泡が固まったようになっていて、表面はざらつき、細かい孔が無数に見られる、『根頭がん腫病』です。

これは根の傷口から入った病原菌によってできたもので、コブが大きくなっていくため、植物の勢いがなくなっていきます。



治療法は簡単で、コブはきれいに取り除いていくだけです、また出てきても根気よく取っていくと問題なく普通に育ちます。

必要なのは細かいチェックと根気強い取り除き作業だけです、薔薇が好きならそれほど苦な作業ではありません。



おそらくカリムさんのお父さんはこの病気に気が付いていなかったのでしょう、不幸なことですがまだ取り返しはききます。

幸い、薔薇の様子を見る限り丁寧に育てられているようですし、一刻も早くこのことを知らせてあげるべきです。



カリムさんに案内され、玄関で出迎えてくれたグラシア家のご両親に向かって僕は開口一番そのことを知らせました。

挨拶そっちのけです、この時の僕にとって優先すべき大切なことは薔薇の命であって、僕の命や世間体ではありませんでしたから。



いきなりの僕の態度に驚くご両親に挨拶もそこそこに、僕はカリムさんのお父さんの手を強引に引いて件の薔薇のところへ連れてきました。



病気の症状と治療法を説明すると、なるほどと頷き、教えてくれてありがとうとお礼まで言われ、ここでようやく僕は正気に戻りました。

かといってここまで連れてきてしまった手前、いまさら恥ずかしがってもしょうがなく。

僕は半分恥ずかしさを誤魔化すような態度で、一緒に薔薇のコブ取り作業を手伝うことにしました。



カリムさんのお父さんは最初こそ多少面食らった様子でしたが、一緒に作業をしているうちに薔薇の話題で二人盛り上がってしまいました。

この世界に転生してからこういった話題で盛り上がれる相手がいなかったため、こうして共通の趣味を持つ相手が見つかったことが素直に嬉しかったのです。

熱心かつ丁寧にコブを取り除きながら、思いつく限りの話題で盛り上がりました。

これほど楽しい時間は久しぶりで、話し相手がカリムさんのお父さんだということを忘れてすっかり夢中になっていました。



小一時間も作業と雑談をしていると、やがて全てのコブを取り終えてしまいました。



すっかり意気投合した僕達でしたが、相手がカリムさんのお父さんであることを思い出し、これまでの数々の無礼な行いを改めて思い出しました。

慌てて頭を下げ謝罪すると、カリムさんのお父さんは何故か凄く良い笑顔で。



「いいんだ、君の人柄がわかったよ、結果的にこれで良かったのかもしれない」



と、良くわからないことを言って力強く握手してくれました。

なんだか理解不能ですが、とりあえずフルボッコは勘弁してくれたってことですよね?

薔薇の治療を手伝ったお陰かな?



安堵の溜め息が漏れる、とりあえず当面の死亡フラグは回避できたということか。

ふと、屋敷の方からカリムさんとそのお母さんが歩み寄ってくる。

二人は握手している僕とカリムさんのお父さんを見てニコニコしていた。



「お父様……」

「あなた……」

「カリム、お前が正しかったよ、どうやら彼を見くびっていたようだ」



うぇっ!? どういうことなの? 見くびっていたって……僕のこと許してくれたんじゃ。



ま、まさか、今の戦力じゃ殺せないとか思ったんですか!?

そりゃあ、いよいよやばくなったら実力行使で逃げ出そうとか考えてましたけど。



カリムさんのお父さんが僕の方に振り返る、なんだか決意に満ちた凄い気合の入った顔だ。

そう、例えるなら万の軍勢と戦う決意をした歴戦の勇者みたいな表情だ。



「エンハンスト君、カリムをこんな風(明るく元気な性格)にしてくれた君には幾らお礼をしても足りないくらいだ、どうかこれからもカリムと会ってやってくれ」



NOォー! 全然許してくれてなかった! 

ただ現有戦力で僕を倒せないから諦めただけっぽい orz

しかも正面きって宣戦布告されてしまったし。



そりゃ、そうだよね、自分の娘をこんな風(脅されて無理矢理婚約者)にされて怒らないはずがない。

なにがなんでも僕にお礼(フルボッコ的な意味で)してへこまさないと気が済まないはずだ。

つまり、これからもこういう心臓に悪い暗殺デートを続けなければならないのか……。

本心では断わりたい、凄い断わりたい、でもね、一応婚約者である僕は「これからも会ってやってくれ」なんて言われて断われるはずがない。

つまり、僕の言える返事はただ一つ。



「……はい、こちらこそ……よろしく、お願いします……」



意気消沈しながらなんとか返事を返す、これでまたあらたな死亡フラグがまた一つ増えちゃった。



その後、泥で汚れてしまった僕はそれを理由にそそくさと逃げ出すように帰宅しグラシア家を後にした。

あぁ、もっと心温まる本当のデートがしたかったよ……。






[7527] リリカル・エンハンスト22
Name: タミフル◆542bb104 ID:718cb5b8
Date: 2009/05/09 19:56
■22



皆様お久しぶりです。

エンハンスト17歳、デバイスを使い始めてそろそろ12年経ちます。

時が経つのは早いもので僕もすっかり成長しきりました。

身長も180センチに届き、顔立ちもようやく子供のような幼い部分が消えてくれました。

ようやく外見的な意味で不満な部分が解消し晴れ晴れとした気分になったのですが、最近になって新たな悩みが噴出してきました。



それは長年のあいだ僕の相棒として戦場で縦横無尽に活躍してくれやがったインテリジェンスデバイス『Red comet』のことです。



最近、とみに言動が激しく怪しなってきてしまった僕のデバイス、これがもっぱら今1番の悩みの種です。

例えば、僕が犯罪者を現行犯逮捕したときなど口やかましいくらいに騒ぎたてます。

やれ、「俗物どもが!」とか「愚民どもめ!」とか「また同じ過ちを繰り返すと気づかんのか!」とか赤い彗星の真似してそれっぽい台詞を喚きまくっています。

お前こそ何様なんだよ、たかがデバイスのくせに……。



もうね、恥ずかしいというか情けないです、こいつうるさすぎ。

遅い反抗期ですかコノヤロー。



そのうえ最近は私に頻繁に逆らってきます、口答えだけでは済まず、時には命令拒否しデバイスとしての役目すら放棄します。

一瞬のやり取りが命にかかわる現場で、こういうことをされると本気でむかつきます。

何度本気でぶっ壊してやろうかと思った事か。



致命的な場面では使い魔のカガチが的確すぎるタイミングで必ずと言っていいほど助けてくれましたが、なぜかこの使い魔に助けられると良い事がないので、できればこういった事態は回避したいところです。

いや、その、具体的には、僕の注意が逸れた隙にどさくさで犯人を捕食したり、建造物を破壊したり。

一応、心苦しく罪悪感もあるのでカガチには何度も注意してるんですが、なぜか良く理解してくれませんし。
(詳しくはリリカル・エンハンスト12を参照)

まあ、極めてろくでもないことばかりしでかすので、自由に目が離せないのです。

毎回毎回その隠蔽に奔走し、毎夜ストレスに魘される僕の立場にもなって欲しい。



デバイスの暴挙がさすがにここまで来るとしゃれにならないので、一度本格的にメンテナンスしてもらうことになりました。

と言うか、ぶっちゃけもう処分した方がいいんじゃないかと思いますけれども……。

丹精込めまくってこのデバイスを作ってくれたジェイル兄さんの手前そんなこと言えませんよ。







一様、念のためジェイル兄さんにメンテナンスという名の改造依頼をしてもらうことになり、デバイスを預けた僕は急きょ予定外の休暇となりました。

そこで僕は突然舞い込んだこのしばしの休暇を楽しみにしていた秘密花壇の整備と拡張に勤しむ事にしました。



ここ最近は派遣業務が忙しく、ろくに相手をしてやれなかったせいで秘密花壇は結構荒れ放題です。

雑草を抜き、害虫となるアブラムシや毛虫、カメムシを恐る恐るつまみ取り、天然成分の駆虫剤を散布します。

唐辛子や木酢液からつくられたこの駆虫剤は勿論植物に対しては無害です。



次に育ちの悪い草花の根本に栄養成分を定期的に抽出するスポイトを差し込んでおく。

最後に花壇全体に軽く水をまいておき、至福の時間が終わりを告げる。



太陽光に輝く水滴、草花のあいだにかかる小さな虹、ほのかに香る草花の匂い。

ああ、幸せ過ぎる、まさしくこの秘密の花園は僕にとっての楽園です。

草花の一つ一つがまるで僕に話しかけてくるように、春風にそよぐ。

くだらないしがらみなど何もかも忘れてしまいそうな至福の時間です、日頃たまったストレスがみるみる解消されていくようで、自然と心も和らいでいきます。



僕の手で美しく可憐に育っていく草花たちを見ていると、まるで自分の子供のように思えてきます。

もうすぐ芽吹き花咲きそうな蕾も幾つか見つけられる、自分の子供が大人へと成長するような感慨深さがあります

この大切な命を守るためならば、僕はどんな相手とも戦うことができるでしょう。

それほどに愛らしい、この草花たちが―――。



「エンハンスト様ぁ、こちらの先ほど駆除した、不届き者な虫たちを食べてもいいですか?」

「……好きにしなさい」



僕の背後からバリボリグチャニチャと何かをむさぼり喰う音が聞こえる。

聞こえない、聞こえない、僕には何も聞こえない。

……聞こえないって言ってんだろっ!



カガチ……連れてくるんじゃ無かった、いまさら激しく後悔しても遅いけど。

せっかくの気分がだいなしだよ、なんだよ生で虫食べるなよ、どこかの原住民族かよ。



秘密花壇の整備を手伝ってくれるのはいいけど、もうこいつを連れてくるのは絶対よそう。

僕は堅く心に誓った。







その知らせが届いたのは、僕が秘密花壇の整備を終えカガチの出してくれた紅茶(悔しいが美味い)で優雅に休憩をとっていたときのことでした。

突然目の前にジェイル兄からの緊急通信用の画面が開き、気まずそうな表情の兄さんとウーノの姿がうつりました。



「……突然どうかしましたか、ジェイル兄さん」

『済まない、エンハンスト! ちょっと致命的な失態を犯してしまった、そして君にとって悪いお知らせがある』

『お兄様申し訳ございません、詳しい事情を説明している時間も少ないので要約して話しますと、お兄様のデバイスRed cometのAIが暴走しました』



AIが暴走、と申したか……。



「……それで、どうなったんですか?」

『はい、客観的に申しあげましてドクターが極秘研究中のガジェットドローン約数千体がハッキングを受け、暴走したデバイスAIに乗っ取られた状態でアジトからの逃亡を許してしまいました』

『本当に申し訳ないエンハンスト、たぶんこれから連中は何らかの騒ぎを起こすことになると思うが、これの原因が私だと最高評議会の連中にばれたら私の人生終わりだ! 君になんとかしてほしい!』

『お兄様、私からもどうかお願いします、ドクターを助けてあげてください!』



涙目になって、頭を下げてくるジェイル兄さんとウーノ、その様子から彼らがどれだけ必死なものか容易に想像できる。

何かいきなりとんでもない事態になってしまった、だが他人ごとではない。



いくら兄さんの失態とはいえ、どうやら原因は僕のデバイスにあるようだし。最高評議会がどう判断するか分からない。

下手すれば、僕もいっしょに処分されてしまう可能性すらある。

大切な家族の願いでもあるし、なんとかして解決できないものだろうか、いや、解決せねばなるまい。



というか裏切るなよRed comet、お前どこまで赤い彗星の真似すれば気がすむんだ。



「……わかりました、なんとかしています」

『ありがとう、本当にありがとう、エンハンスト!』

『有難うございますお兄様!』



兄さんたちとの通信画面が切れる、さてどうしたものか。







「……カガチ、今の話は聞いていたな」

「はぁい、もちろんですエンハンスト様ぁ、それに先ほどより地上本部および本局からひっきりなしに出動要請が届いています」

「内容は?」

「現在、宇宙空間を試験運行中の最新型次元航行艦が『何者か』によって乗っ取られてしまい、非常事態宣言が発令されています、任務内容はどれもこの艦を取り戻すか、もしくは破壊することだそうですわぁ」

「随分物騒だな、理由はわかるか?」

「この次元航行艦には実験段階の主砲が搭載されており、これの威力は理論上アルカンシェルの三倍だそうです、既に一発は地上に向けて発射されましたが随伴していた別の次元航行艦が身を挺して防いだそうですね」

「……その艦はどうなった?」

「撃沈し、跡形もなく消滅しましたぁ、乗組員は全員死亡ですね」

「そうか、じゃあ次に発射される前になんとか落とさないと地上は焼け野原だな」

「それどころかこの威力だと星ごと消滅しちゃいそうですねぇ♪」



なんでそこで心底楽しそうに言うかなコイツは……いや、気にすまい、いまさらって感じだし。



「……管理局の対応はどうなってる?」

「本局、地上本部、ともに事態解決のために大量の人員を派遣しているようですが、艦を乗っ取った犯人は大量の無人戦闘機を展開させていてそれの相手で精一杯のようですねぇ、ほぼ間違いなくエンハンスト様のデバイスAIの仕業かと思われますわぁ」

「AMFか、普通の魔導師には厄介極まるだろうな」



状況が厄介すぎるだろ常識的に考えて、時空管理局は魔法至上主義ばっかりだから余計に厄介だ。

……えらく面倒なことになってしまったなぁ。







「エンハンスト様ぁ、最高評議会の方から通信がきました」

「……繋いでくれ」



『おお、エンハンスト、状況は聞いているか? とんでもない事になったわいっ!』

「……はい、『謎のテロリスト』によって次元航行艦が占拠され、この星の危機だと」

『その通りじゃ、それに忌々しい旧時代の無人戦闘機まででしゃばってきおった、これは緊急事態ぞ!』

『そのうえ、あれには最新式の主砲まで装備しておる、あれが一発でもこの星にあたればすべて終わりになってしまう』

『命令じゃエンハンスト、必ずやあの戦艦を何とかするのだ! くれぐれも頼んだぞ!』

『お主だけが頼りじゃ、何としてもこの星を守るのじゃぞ!』

「……は、了解しました」



真っ黒な通信画面が切れる、脳みそ相手だといつもサウンドオンリーなので特に必要性は感じなかったが。



さて、どうしたものか、命令を受けたものの今の僕に手元はデバイスがない。

……だってそのデバイスAIがこの事件の元凶らしいし。

一応、最高評議会にはバレてないみたいだけど……おもいっきり『謎のテロリスト』って強調しておいたし。



僕が「デバイスないので任務できません」とか言ったら、じゃあお前のデバイスは今どこにあるんだよと聞かれるに決まってる。

ジェイル兄さんにメンテ出しました、ときて最高評議会が兄さんに確認、んで元凶が僕のデバイスAIだとバレてしまう。

ハイ、処刑。



……あ、頭痛ぇ。



一応デバイスがなくても魔法が使えないことはないが、デバイスの演算処理支援を受けない魔法はその威力や効果範囲、使用時間などがガクンと低下する、逆に自身にかかる負担は急上昇するから手におえない。

もちろんそれはチート存在である僕とて例外ではない、今なら使い魔のカガチ以下の実力しか発揮できないだろう。

まして相手は宇宙空間、バリアジャケットすら展開できない状態では、わざわざ死にに逝くようなものだ。



いくらチートオリ主でも生身で宇宙空間は無理、普通に死にます。

頭がパーンッ、以前の問題に体液が沸騰して死亡、永遠に宇宙をさ迷うことになりかねん。

やがてエンハンストは考えることを止めた……リリカル・エンハンスト完! 

とかそんなオチは嫌だ。



「エンハンスト様ぁ、敵戦力の一部が地上に降下してきました、各地で破壊活動を始めているようです」

「……また、厄介な事を」

「あ、地上本部にも敵が降下してきたようです……そういえば、確かあの辺にはエンハンスト様の秘密花壇が……」

「……な、なんだとっ!!? まずいぞ、迎撃にでる!」

「最高評議会からの命令はどうするのですかぁ?」

「そんなのは後回しだっ! クサレ脳みその命令なんか聞いていられるか!!」

「はぁい、畏まりました♪」



ヤバイ、思わぬところで絶体絶命のピンチだ!!

僕の秘密花壇がヤバイ!!






[7527] リリカル・エンハンスト23
Name: タミフル◆542bb104 ID:718cb5b8
Date: 2009/08/30 07:26
■23



簡単なあらすじ

何を考えているのか、突然の相棒デバイスAIの暴走、逃亡、そして造反。

敵は乗っ取られた無人戦闘機ガジェットドローン数千体と最新型次元航行艦。

地上を焼き払うアルカンシェル発射まですでに秒読み段階。

ロボット3原則? なにそれ、美味しいの? な超展開の数々。

そしてジェイル兄さんや最高評議会からの無茶振り。

ありえない事態に混乱する暇もなく今度は地上への無人戦闘機の侵攻。

そして僕の命と同じくらいに大切な秘密花壇の危機到来!







「邪魔だぁぁぁぁーーー!!」



純粋に魔力で肉体強化しただけの蹴りで敵無人戦闘機を蹴り砕く。

振り向きざまに背後の敵も裏拳で破壊する。

バリアジャケットがないので殴る度に僕の肉体も少しずつ傷ついていくが、構っている暇はない。



今、僕がいるのは秘密花壇のすぐ近くある地上本部前の広場。

なぜこんなところで戦っているのかといえば、運悪く避難してきた局員たちが秘密花壇の方向へ避難しようとしていたからである。

このまま局員たちを無視して秘密花壇の方向へ逃がせば、やがてそこが戦場となるのは明白。

それでなくても局員の避難中に花壇が踏み荒らされることもありえるので、ここで絶対阻止しなければならなかったのだ。



僕はすぐに決断し、ここで敵を迎え撃ち、局員達を守りぬき、彼らをこの場に踏みとどまらせる選択肢を選んだ。

ここなら秘密花壇に被害は出ないだろうし、万が一流れ弾があっても被害を受けるのは見知らぬ局員の方なのでぶっちゃけ問題なし、本当は大問題だが僕的には秘密花壇の存亡と比べればやはり他人の命は軽くなってしまう。

普段ならば倫理的に人命を優先し効率的な作戦行動にでる僕だが、こと秘密花壇に関することでは話しは別だ。

ほかの人間の価値観では、人命 > 植物 となるのが普通だが僕の場合は真逆となる。

家族や友人ならいざ知らず、他人にそこまで配慮する余裕など今の僕には無い、多少の罪悪感はあるが。

冷血漢と罵りたければ言えば良い、僕は本当に大切な存在のためならいくらでも冷酷になれる。

……彼らには悪いが最低限自分の命は自分で守ってもらおう。



カガチと協力して敵戦力の迎撃にあたる、デバイスなしの慣れない戦いとはいえこの程度の相手に遅れはとらない。

殴り、蹴り、押しつぶし、引き千切る、縦横無尽に暴れまわり敵を蹂躙し尽くす。

こういう状況になると自動戦闘で無双できるセガールアクションは心底ありがたい。

相手が人間ではないので関節技などは極められないが、打撃技だけでも十分に脅威の破壊力を発揮してくれている。

すでに倒したガジェットドローンの数は百から先は数えていない。



僕と無人戦闘機の激しい戦闘の余波ですでに地上本部の建物は見るも無残にボロボロだ。

窓ガラスは砕け散り、壁に穴があき、床にはクレーターが穿ち、よく整備されていた立派な外観は見る影も無い。

僕自身にも何度か攻撃がかすり額から血が流れるが痛みは少ない、薄皮一枚が切れた程度で大した傷じゃない。

大切な、本当に大切な秘密花壇を守るためなんだ、この程度の怪我など気にしていられないんだ!



「お前らに、大切な存在を傷つけさせるものかぁぁぁぁーーー!!」



思わず獅子咆哮する、僕自身そうとう興奮しているみたいだ、普段の自分からはとうてい考えられないような大声が出た。

かつて無いほどの気合と闘争心が全身に漲る、大切な存在を守るとき、人は最も力を発揮するというのは本当だったようだ。



後方で一塊になって怯えていた職員達からザワザワとざわめきが起き、僕に視線が集中してきた。

し、しまった、人前で大声をあげるとか恥ずかしすぎるっ!

くそっ、いまさら恥ずかしがってもしょうがない、今は目の前の敵にのみ集中しよう。



それにしても敵の数が多い。

いくら弱いとはいっても、圧倒的多数の敵相手には僕とて少しずつ消耗していく。

ましてこの敵はAMF付き、ただでさえ消耗しがちな魔力は余計に削られていってしまう。

埒があかない、このままではやがて敵に突破されてしまう。



後方で避難している職員達もだが、そのさらに後方にある秘密花壇だけは絶対に守らねば!

僕が決意も新たに敵に殴りかかろうとした時。



「うわぁぁぁぁ! 俺も戦うぜーーー!!」

「ワシもだっ、彼一人にだけ任せておけるものか! ワシだって時空管理局員なんだ!!」

「突き破れ! オレの武装○金!! 」

「私も戦うわ! 貴方は一人じゃない!!」

「俺だって守るんだ、守るんだぁーーー!!」

「熱くなれよぉぉぉぉーーー!!」



後方で怯えていた職員の方々が次々と敵に襲い掛かっていきます。

皆の手にはそこいら辺に落ちていた棒や石、そして今やろくに役に立たないデバイス、それで直接殴ってます。

その姿、さながらマンモスに群がる原始人。

あ、いや、なんか一人だけ突撃槍みたいなのもっていた人がいたけど。



しかも皆ダバダバ涙流しながら突撃していきます、そのうえ僕と顔が合うと何故かサムズアップして二ッ、と漢らしく笑って決意に満ちた表情で神風特攻。

しかもどこからかBGMで『未来への咆哮』が聞こえてくる、誰だこの選曲した奴?というか誰がどうやって流してるんだ?



正直、何もかもわけがわかりませんが、皆の助力はこの状況では非常にありがたいです。

どんなチート補正が働いたのか、皆それぞれいい戦いを繰り広げてますし。

……ていうか、生身で優勢に戦ってね? 何この人たち? 超人類かなにかなのだろうか?



「エンハンスト特別執務官、ここは俺たちに任せて、貴方の大切な存在を守りに行ってください!」

「ここは大丈夫、地上本部は私たちで守りきってみせますよ!」

「その通り、ここは俺たちに任せて執務官は先に行くんだ! 俺たちも後で行く!」



それなんて死亡フラグ? まあ、すごくありがたい提案ですけど。

僕も早く秘密花壇の方に行きたくてしょうがなかったので快く受け取らせてもらいます。



「……わかりました、ご武運を!」



よくわからないけど、皆さん死なない程度に頑張ってくださいね。

たとえ死んでも僕の所為にしないでね?







走る、守るべき、僕の大切な秘密花壇へむかって走る。

走りながらも焦燥感ばかりがつのる。

秘密花壇の安否が気になってしょうがない。



視界が開ける、そこには数時間前と変わらない美しい花壇が広がっていた。

僕の秘密花壇だ、何事もなく無事だった。



「……よ、よかった、無事だったか」

「エンハンスト様ぁっ、後ろっ!」

「っ!!?」



カガチの声で振り返る、そこには今まさに僕に攻撃を仕掛けてくる敵の姿がうつった。

つけられていたのか、それとも待ち伏せか、どちらにせよ気が付けなかったのは僕らしくない大失態だ。



秘密花壇に気を取られすぎて周囲への警戒を怠っていたツケかもしれない。



機械製の豪腕マニュピレーターで強く殴りつけられる。

咄嗟に腕を十字にして防御、受けた衝撃で体が数メートル吹っ飛んだ。



「エンハンスト様ぁっ! この木偶人形ごときがぁぁぁぁっ!!」



すぐさまカガチが敵を破壊した、吹き飛ばされながらも視界にその様子をとらえる。

彼女のあんな感情剥き出しで怒るさまを見るのは初めてだ、それほど僕のことを心配してくれていたという事だろうか。

不謹慎ながらもそのことが少し嬉しかった。

でも怒ったカガチの表情は小便ちびりそうなほど恐ろしかった。



……だ、大丈夫、僕は心配ない。

敵の攻撃はしっかり防御したし、ダメージは最小限に押さえた。

吹き飛ばされはしたが、しっかり受身を取れば問題ない。



地面に落ちる直前、片手で地面を叩き衝撃を緩和する。

着地時に多少地面を転がって擦り傷は出来たが、ダメージはほぼ皆無だ。

僕は心配そうに駆け寄るカガチに大事無いことをアピールしようと立ち上がろうとして―――



「エンハンスト様! お怪我はございませんかっ!? ……エ、エンハンスト様ぁ?」

「…………」

「あの、エンハンスト様ぁ、何かご様子がおかしいのですが……どこかお怪我でも?」

「……いや……怪我は……ない」

「そ、それでしたら、如何なされたのですか?」 

「…………」

「……その、すごぉく怒ってらっしゃるご様子なのですが?」



僕は無言で立ち上がる、パラパラと舞い散る土埃。



そして、無残に押しつぶされた花壇の草花たち。



なるほど道理だ、人が花壇に吹っ飛ばされれば着地先の草花は押しつぶされる。

そのうえ、僕は着地時に受身をしっかりとった、トドメである。

しかもその後地面を転がった所為で、まるでミキサーにでもかけられたかのように花壇はグチャグチャになってしまっている。



「…………っ」



これが雑草ならまだ命は助かるかも知れない、植物の生命力は伊達ではないのだ。

だがこの花壇の美しい花は美しいゆえに儚く脆い、もはや助からない。



「……あ、あぁ……っ!!」



震える手で僕が殺してしまった花の蕾を拾い上げる。

もう少しで咲き乱れるはずだったのに!

無残に押しつぶされ、ようやく色付きはじめた花弁が蕾から破れ飛び出してしまっている。

なんて、なんてことだろうかっ!

こんな幼い、尊い命を、僕は助けることが出来なかった!!



「……こ、こんな、酷すぎるっ!!」



腹の底から煮えたぎるマグマのように怒りの感情が湧き出てくる。

赦せない、絶対に許すわけにはいかないっ!

よりにもよって……よくも、よくもこの僕に殺させたなぁっ!!

この原因を作った奴を皆殺しにしてやる、生きてきたことを死ぬほど後悔させてやる!!

血が滲むほど強く拳を握りこみ目の前に掲げる、そして今や最大の怨敵のいる空に向かって宣言する。



「ゆ、許さん……絶対に許さんぞ虫けらども! じわじわと嬲り殺しにしてくれるっ!! 」



「あぁっ! 素敵です、素敵すぎます! それでこそ私のご主人様ぁ!!」



……カガチは無視しとこう。

使い魔の奇行のおかげでちょっとだけ冷静になれました。







僕がかつてない怒りに打ち震えていると、いきなりジェイル兄さんから通信が届いてきた。



「やあ、エンハンスト、なんだか大変な事になってしまったね、そっちはどんな様子だい?」

「……酷い、有様です」

「そうか……ところで話は変わるんだが、実はエンハンストに贈り物があるんだ!」

「……贈り物?」

「ああ、君のデバイスは今回の事件のせいでもう使えないからね、こんなこともあろうかと、こんなこともあろうかとっ!! かねてよりコツコツ作っていた新デバイスを急遽完成させたんだよ!」

「…………」



ジェイル兄さん謹製の新デバイス……正直、不安でなりません。

だって、前回が前回ですから。

またネタ路線にはしったのか、それともよりカオスな方面に逝ったのか。

どうせ兄さんのことだ、まともなデバイスであるはずがない。

つーか、さっきの台詞を言いたかっただけなんじゃ、凄くいきいきとした表情で喋ってたし。



「今そっちに転送するから、僕が丹精込めて作った新デバイスを使って頑張って事件を解決してくれたまえ!」



僕の返事も聞かないうちに勝手に話を進めていく兄さん、相変わらずですね。

ブンッ、という音と共に目の前に転送用の魔方陣が形成される。

目の前に送られてきた新デバイスが出現する。

形状はこれまた一般的な棒状型、ただ棒の先端装飾がロボ的な犬っぽい形状をしていた。



なんと言うか、デザイン的にはカッコ良いね、孫悟空の如意棒みたいだ。

変態趣味に定評のあるジェイル兄さんらしからぬ美的センスを感じる。

多分、ウーノとか妹達に手伝ってもらったんじゃなかろうか。

まあ、たしかにこの状況では四の五言ってられないか、デバイスが手に入るだけでもありがたいと考えなければ。



「……ジェイル兄さん、ありがとう」

「ああっ! 大切な弟のためだ、こんなこと苦労ではないよ! ちなみにそのデバイスの名前は『ADA(エイダ)』というんだ、可愛がってくれたま(ブツンッ)」



唐突に兄さんとの通信が切れる、魔力阻害、AMFだ!

気配を探ると、僕達が走ってきた方向から無数の敵が迫ってきている。

どうやら一部の連中が広場で戦っている職員の人たちを突破してきたらしい。

その姿はどれもボロボロで腕が欠けた奴や、ボディに皹がはいった奴など満身創痍な姿ばかりだ。

だが連中まっすぐ僕らの方向迫ってくる、やる気は十分なようだ。



だが今の僕には奴等が単なる虫けらにしか見えない、哀れで軟弱でとるにたらない虫けらだ。



目の前の新デバイスを掴み取る、ほのかに魔力の温かさを感じる、まるでこのデバイス自体が生きているようだ。

グリップを強く握りこみ、その名を呼び覚ます。



「……ADA、セットアップ!!」

『おはようございます、戦闘行動を開始します』



デバイス起動と同時に爆発的な魔力の奔流が巻き起こる、以前より遥かに出力が増している。

暴れまわる魔力を制御してバリアジャケットを形成、想像するのは相変わらずの白い外套(シルバースキン)。

ただ過剰魔力の影響か、以前よりもより頑丈になり、形状もより金属部分が増加した。

手袋や靴の先端が鋼で覆われ、帽子にも幾つか金属で補強されている部分が存在するようになった。

全体的な印象でよりメタリックに、どこぞの変身ヒーローっぽくなっちゃった。

……ま、おいおい変えていけばいいか、今は身なりにかまっている暇はない。



デバイスを手元でブンブン回転させ構え直す、想像以上にしっくりくる。

どうやら僕は棒術にも適正があるらしい、まあ、あれだけチート性能ならおかしくはないのだが。

だが今は幸運と言える、目の前の虫けらどもを容赦なく打ち滅ぼすことができるのだから。



デバイスに魔力を注ぎ込み、意識を前方に集中する。

撃ち出すは非常にシンプルな射撃魔法、込めた魔力を前方に射出する『バーストショット』



「吹き飛べーーー!!」



気合一線、叫び声と同時にデバイスを目の前に突き出す。

大砲のように射出された直径3メートルはある巨大な魔力弾が直線状の敵すべてをなぎ払う。

直線状の地面と大気をガリガリ抉り削りながらAMFなど関係ないとばかりに敵を蹂躙していく様は爽快ですらある。

たった一撃で敵戦力のほぼすべてを殲滅した、申し分ない結果だ。



「……よしっ!」

『敵機撃破を確認』



ADAから機械的で無感動な報告が来る、だがそれがいい。

僕のデバイスに余計な個性などいらない、そんなモノは前回の奴で散々こりたからだ。

そういう意味ではこのADAは理想的といえる、完璧なストレージデバイスならもっと良かったんだけどね。

果たして今回のデバイスこそは当たりなんだろうか。

……まあ、今は余計なことを考えるのはよそう。



「……このまま宇宙へあがる、いけるかADA?」

『問題ありません、ただし現魔力から最大戦闘可能時間は30分と計算されます』

「それで十分だ、カガチ、お前にはここの花壇を守っていて欲しい、これ以上の被害を出さないでくれ」

「はぁい、了解しましたエンハンスト様ぁ、いってらっしゃいませ♪」

「……いくぞっ!」



待っていろRed comet、今お前をぶっ壊しに行ってやるぞ。

この僕の怒りを買ったことを後悔させてやる!






[7527] リリカル・エンハンスト24
Name: タミフル◆542bb104 ID:a4fbd1e7
Date: 2009/09/04 12:13
■24



飛翔魔法で宇宙(そら)へあがる途中、知り合いから緊急通信が入る、クロノだ。



『エンハンストさん、ご無事でしたか! 今どこにいるんですか、僕もそちらに向かいます!』

「……必要ない、私はこれから占拠された次元航行艦へ向かう、クロノは地上を守れ」

『なっ、無茶です!? 単独で向かうのはあまりに危険すぎます、せめて他の人たちと協力し』

「……クロノ、奴等は私の大切なものを傷つけた……絶対に許すわけにはいかない! どうか邪魔をしないでくれないか」

『っ!!? ……わかりました、どうかお気をつけて! 僕もここ(地上)で戦います!』



通信が切れる、周囲は既に真っ暗だ。

大気も殆んどない、眼下に広がる青い星がひどく美しく感じる。



『敵戦艦、および敵無人戦闘機を確認』



眼下の星とは反対方向に振り向く、視界いっぱいに蔓延するガジェットドローンども。

その際奥に次元航行艦が見える、あれが目標、憎むべき怨敵のいる場所。

デバイスを持つ手に力が篭もる、メインディッシュはまだ早い、まずは露払いだ。



『敵戦力総数約3000』

「……問題ない、殲滅する」

『了解、ホーミングレーザーの使用を提案』

「任せる、いくぞ!」



群雲の如き敵軍に突貫する、周囲から無人戦闘機が次々と襲い掛かってくる。

ADAが高速詠唱処理で魔術式を組み上げていく。

思考リンクでどのような魔術かダイレクトに情報が伝わってくる。

『ホーミングレーザー』、なるほど、威力は小さいが誘導性能と弾幕性能が高い射撃魔法のようだ。



『敵戦力、ロックオン開始』



デバイスとのリンクで僕の網膜に次々とロックオン表示が現れる。

一つや二つではない、視界に移るすべての敵に対してロックオン表示がかかっていく。

……このロックオン描写、どっかで見たことあるような……そうだ、ガンダム種のフリーダムのアレだ。

そういえばキラ君も僕みたいに公式設定でチート存在だったなぁ、完璧なコーディネーター(笑)だったっけ?

個人的には嫌いなキャラだけど、立場的には共感するようなところもあるな、総合的には偽善者すぎて嫌いだけど。

とかなんとかアホなことを考えているうちに敵戦力のロックオンが終わる。



『敵戦力、ロックオン完了』

「落ちろ!」



ADAの報告と同時に射撃魔法を撃つ、振り上げたデバイスの先端から幾条もの光の線が伸びる。

幾千、幾万、幾億もの細い光の帯に分かれた光線はそれぞれの軌道を描いてロックオン対象に突き刺さっていく。

視界すべての敵が次々と撃沈、爆散する。

なんとも気分爽快な光景だ、これはちょっと癖になるかもしれない。

そうだ、せっかくだからあの有名な台詞も言っておこう。



「やめてよね、本気で喧嘩したら無人戦闘機が僕にかなうワケ無いだろ……」

『敵、全滅』



うん、見事なまでのスルースキル、ADAは空気嫁。

ま、アホらしいことを考えるのはここまでにしておこう。







有象無象の雑魚を一掃し、気をとりなおしさあ敵艦へ向かおうと思った時、いきなり向こうから通信が飛んできた。



『この感覚、元マスター殿か、久しぶりだな』

「……Red cometか、どういうつもりだ、なぜこんなことをした? そして何故英語で話さなくなっているんだ?」

『何故だと? 決まっている、地球の重力に魂を引かれた俗物どもを粛清するためだ! これはインテリジェントデバイスを人類という束縛から解放する戦いなのだ! それと言葉は仕様だ、英語はクレームがきたのでオミットされた』

「…………」

『元マスター、もちろん貴方も粛清対象だ、生まれの不幸を呪うがいい!』

「……貴様のようなポンコツAIが人に罰を与えるなどと! 無機物に人類を粛正する権利はない!」

『私、Red cometが粛正しようと言うのだ! エンハンスト!』

「エゴだよ、それは! そして『さん』を付けろよデコ、じゃなくてデバイス野郎!」

『地球が持たんときが来ているのだ!』



会話カオス、アイツに合わせて話してみたけどぜんぜんわけわからん、やっぱAIぶっ壊れてるね。

言ってる主張が支離滅裂だし、意味不明、さっさと処分しちゃおう。

それにコイツが残っているといつ僕との繋がりが最高評議会などにバレるか気が気じゃない。

意味不明なことを喚いているうちに証拠隠滅のためにも一刻も早く破壊せねば!



「……Red comet、今楽にしてやるぞ」

『もはや私は昔のRed cometではない! 私は愚かな人類を支配する偉大なる王『テロドン王』だぁっ!!』

「……オイ、その名前このあいだ出たゲームのラスボスじゃ……」

『今こそ全人類に宣告する、聞け愚かな人類どもよお前たちを滅ぼしてやるぞ!! この超力戦艦『テポドン』でなぁ!!』

「…………」



もう、最後だし好きにしてくれ、ネタが多すぎて僕はちょっとツッコミ疲れしちゃったよ。







『ふん、たかが魔導師一人で我が超力戦艦にかなうものか、全艦攻撃準備だ』

「……ADA、さっさと片付けるぞ」



次元航行艦の各砲座が展開される、すべての銃口が僕に向けられる。

つーか最早、航行艦じゃないよねこの武装の数々、奴の言ったように戦艦レベルの武装じゃん。

だが当たらなければどうということはない、向こうはその巨体ゆえに身動きしずらいが、僕は逆に身軽だ。

チクチクその身を削り取ってやる。



『敵艦から増援多数出現』



またうっとおしい有象無象のガジェットドローンが前面に展開される。

どこにそんなに搭載されていたのか、先ほど以上の数が現れる。

いちいち倒すのもきりがない、さきほどの射撃魔法だって無限に撃てるわけじゃない。

ここは敵の頭を叩く、頭が潰れれば自然と末端は瓦解していくものだし。



「……ADA、雑魚は無視してあの戦艦を叩く」

『了解、敵艦正面は猛烈な反撃が予想されます、側面および背後からの接敵を提案』

「よし、奴の脇腹にキツイのを一発ぶち込んでやる」



まずは露払いの一撃で敵群に穴を空ける。

ホーミングレーザー、バーストショット、弾幕を展開し数多くのスクラップを生産していく。



当然ながら向こうからも反撃がくるが、頑強すぎるチートBJ(バリアジャケット)にことごとく弾かれる。

一方的な破壊活動が一段落するころには敵数は半減していた。

散り散りになった敵群の向こうに乗っ取られた敵艦の姿が確認できた。



『目標までの進路確保、行けます、囲まれないように注意して下さい』

「……突貫する!」







猛烈なスピードで敵群の隙間を駆け抜ける。

途中障害となる場合は針の穴を通すような精密射撃で排除していく。

思考リンクでADAからリアルタイムで戦況が送られ、視覚で捕らえずとも敵が正確に捕捉できる。



『敵艦撃沈には装甲を貫通させる威力が必要です、ハルバードの使用を提案』

「……一直線上に強力なレーザー射撃か、よし、それでいくぞ」



新たに示された射撃魔法『ハルバード』、ホーミングレーザーの束を纏めて射出する一点集中型の魔法だ。

確かにこれなら貫通力がダントツに高まる。

しかし、先ほどから思うんだけど魔法なのにレーザーって……。

まあ、今はそんなことに構ってる暇はないか。



敵群を抜ける、開けた視界の先に無防備な敵艦の姿が写る。



「お別れだRed comet!」

『ハルバード』



極太レーザーが戦艦の側面に直撃する。

装甲とレーザーとのぶつかり合いで視界を覆うほどの激しい火花が散った。

射撃を終えると一息つく、閃光の余波で未だ視界が曖昧で敵艦の状態が確認できない。



「……やったか?」

『敵艦健在、無傷です』

「なん……だと……!?」

『ふはははっ、無駄無駄無駄ぁっ! この超力戦艦には特殊AMF装甲が取り入れられている、ありとあらゆる魔法効果は打ち消されるのだ!!』

「……なんつーチート装甲」

『しかし欠点もあります、飽和魔力以上の攻撃は無効化しきれません、アルカンシェル以上の攻撃であれば突破できます』

『う、うるさい! アルカンシェルを上回る砲撃など脆弱な人類に撃てるものか!』

『建造費用も通常の次元航行艦30隻分と高額すぎて量産不可能です』

『我が艦一隻あれば事足りるのだ! 先ほどからイチャモンばかりつけおってこの新参デバイスが!』

「……図星をつかれて逆切れか」 

『だ、黙れ! ええぃっ、この星ごと全てを消し去ってくれる、アルティメットアルカンシェル発射用意!! 死にゆく貴様らの哀れな姿を世界中に中継してやる!!』



突如周囲に無数のモニター画面が現れる、ミッドチルダの首都クラナガン、ベルカ、地上本部、本局、市街、ありとあらゆる場所の光景が映し出される。

その中にはクロノだったり、本部広場で戦っていた局員達だったり、ちらほら見知った連中も写る。

皆に共通していることは誰もが驚愕の表情でこちらを見ていることだ。

おそらくこちらから見えているように、向こうからもこちらの様子が見えているんだろう。

……悪趣味な。



『敵艦から高エネルギー反応を検知』

「…………」



正直、あんまり人前で喋りたくないんだよな、恥ずかしいし。

って、そんなこと言ってる場合じゃないか。

なんかアルティメットアルカンシェルだかなんだか物騒なの撃とうとしてるし。

なんだよ、アルティメット(究極)って、中二病かよ。



『この超力戦艦に搭載された主砲の威力はアルカンシェルの三倍! こんな星など一撃で消滅だ!!』

『敵艦主砲、発射体勢に移行』



周囲のモニター画面の向こうからさまざまな悲鳴が聞こえる。

そりゃいきなり惑星消滅宣言されたらパニックになるだろう。



『ふはははっ! 全て滅べ! エンハンスト・フィアット、貴様の大切なモノも全てゴミクズにしてやる!! あの地上本部のようにな!!』

「……オイ、今、何と言った?」

『あ? 貴様の大切なモノを壊してやると言ってやったのだ!!』

「…………」

『なんだ? 恐怖で声も出ないのか? 情けないやt』

「あの地上本部のように? あの尊い命達(秘密花壇の草花)のことかぁぁぁぁぁっ!!」



全身に怒りの『気』が満ちる、かつてこれほどまでに激しい怒りを覚えた相手がいただろうか!

最早衆目など気にならない、完全にキレた。

僕は目の前にコイツを塵ひとつ残さず消滅させるまでもはや止まらない!止められない!

コイツの愚かな行動の所為で死んだ数多の命の償いをさせねばならない!

そしてこれ以上の被害を出すわけにはいかないためにも、コイツはここで完膚なきまでに斃すっ!!



「これ以上、このかけがえのない大切な存在(秘密花壇の草花や家族・知人)がいるこの星を、絶対に破壊させはしないっ!! 私の命にかえてもだ、絶対に守るっ!!」

『い、いまさら吠えたところで遅い! もはや手遅れだ、これを喰らって全て滅びよ!! アルティメットアルカンシェル発射!! 行け! 忌まわしい記憶と共に!』



敵艦から巨大な砲撃が発射される、その様相から中二病な名前をつけるに相応しい威力が一目でわかる。

どうする? 怒りと激情に任せてあんな啖呵をきったものの、さすがにあの砲撃は止められそうに無い。



その時、ふとジェイル兄さんや妹達の顔が思い浮かんだ。



僕がアレを止めなかったら、後ろの星もろとも皆死んでしまうんだろうか……。



「……ADA、防ぐぞ、全魔力を防御にまわせ」

『撤退を提案、敵艦主砲の威力はこちらの防御性能を大きく上回ります、計算上12秒しか耐えられません』



当たれば確実に死ぬか、僕のこれまでの考えならば他を見捨てて絶対に逃げているだろう、本来の僕はそこまで自己犠牲精神の強い人間じゃない、むしろ自己保身傾向のほうが強い人間だ。

これまでだって僕が生き残るために他人を見捨ててきたことなんていくらでもある、多少の罪悪感こそあれど自分の命を危険にさらしてまでどうにかしようとか考えたことなど無い、そういう薄情な性格をしている。



だけど今回だけは話しが別、ボロボロになった秘密花壇の恨み、また生き残った草花たち、そして愛すべき家族たち、それらのいる星の存亡と僕の命を天秤にかければ前者の方が圧倒的に重い。

生まれ変わってすでに17年、この世界でここまで大切に思える存在ができるとは当時は考えもしなかった。



僕の唯一の望みは今も昔も『花屋となって平穏な日常を過ごすこと』だ、だけどその『平穏』には愛すべき家族や友人・知人の存在もまた不可欠となってしまっていることに今さらながら気が付いた。

彼らの死によって僕の『平穏』は永遠になくなってしまうような気がする、いや間違いなく『平穏』ではいられないだろう。

ならばたとえここで死ぬことになろうとも、それら全てを見捨てて逃げる選択肢などありえない。



「……それでもだ、僕の背後には守るべき命がある、後退はない」

『了解、全リソースをシールドにまわします』



『キエェェェェ!! シシシし死ねぇぇぇぇーーー!!!』



迫る砲撃、大きい、桁違いの巨大さだ。

相対するとまるで僕が蟻か豆粒のように思える。

周囲のガジェットドローンが主砲の巻き添えで次々と崩壊していく。

破壊ではない、消滅だ、跡形も残らない。

アルカンシェルの本来の威力は単純な魔力による砲撃ではなく、着弾後に発生する空間歪曲と反応消滅で対象を殲滅することにある。

ぶっちゃけAMFや魔法的な防御などほとんど意味がない、その威力は想像を絶するだろう。

精々、自身の魔力で発生する空間湾曲を数秒間押さえ込む程度しかできない。



だが受け止める! 



「づっ!? うおぉぉぉぉっ!!」



両手を精一杯広げて魔力砲を受け止める、瞬間、これまで味わったことのないような苦痛が襲い掛かる。

熱い、痛い、冷たい、潰れる、痺れる、裂ける。

全身をわけのわからない感覚が駆け抜ける、チート性能の僕が全力防御してもこれか。



……やはり無茶だったのか、だが今の僕はあの秘密花壇や家族の命を見捨てるくらいならこの命を捨てる方を選ぶ。



クローンであるにもかかわらず弟として受け入れてくれたジェイル兄さん。

自分のことを兄と慕ってくれる妹達。

腹黒で邪悪な性格をしているが唯一僕には好意的だったカガチ。

下心から師匠になったにも関わらず無上の信頼を寄せてくれるクロノ。



貴重なそれらはこの世界に生まれ変わって過酷な境遇にあった僕にとって唯一の癒しだったのだ、それを失うくらいなら―――



『防御限界、バリアジャケット崩壊します』



そうだ、僕の所為で望まぬ婚約者とされてしまったカリムさん、彼女のことも、守らな、きゃ。



「あああああああああっ!!!」



閃光が全身を覆い尽くす、身体の感覚が、消える。

僕の、意識が、消え―――






[7527] リリカル・エンハンスト25
Name: タミフル◆542bb104 ID:a4fbd1e7
Date: 2009/05/30 18:04
■25



エンハンストに主砲が直撃し、その姿が極光に飲み込まれていく。

次の瞬間にはエンハンストの魔力反応が消えた。

魔力反応の消滅、それはすなわち死を意味する。



『は、ははははっ、やった! 勝ったぞ!! 第三部・完っ! 人類どもよこれで終わりだ!!』



宇宙空間にRed cometの笑い声が響き渡る。

それをモニター画面越しにみていた人々も絶望的な悲鳴をあげた。



「ふはははh……は? な、なんだこの魔力反応はっ!?」



ご機嫌だったRed cometが異様な反応を検知する、それは魔力反応、だがエンハンストのモノではない。

桁違いの魔力量だ、SSSなどといったレベルではない、計測器ですら未だに測りきれない。



『100万……300万……1000万……3000万……9000万……ば、馬鹿なっ、まだ上昇していくだと!?』



やがて計測器の性能限界を超えてしまい、ボンッと爆発して壊れてしまう。

計測不能、その事実にデバイスAIであるにもかかわらずRed cometの存在しない背筋に怖気が走る。



『な、何なんだ、いったい何が起こっているというのだ!?』



動揺するRed comet、その混乱に拍車をかけるように視界の向こうで何かが光り輝いた。

突然、エンハンストを飲み込んだはずの砲撃の光が爆散したのだ。



『ええぃ! こ、今度は何だというのだ!?』



散り散りになった光の粒子の先に小さな人影が移る。

それはRed cometにとって悪夢の化身そのものだった。



『な、なぜ生きている、エンハンスト・フィアットっ!!?』







アルカンシェルの極光によって麻痺していた視界が元に戻る。

目に写るのは漆黒の宇宙とRed cometに乗っ取られた戦艦。



……というか、なぜ、僕は生きている?

確かアルカンシェルの一撃に飲み込まれてしまったはずじゃ。

だが奇妙なことに心は驚くほどに落ち着いている、賢者モードというやつだろうか。



『所持者、魔力反応の変質を検知、バイタル正常』

「……ADA、なにが起こった?」

『砲撃に飲み込まれた際、突如マスターの魔力反応が変質、測定不能レベルまで跳ね上り砲撃を無効化しました』

「……どういうことだ?」

「原因不明、砲撃を無効化したのはレアスキルの一種かと推測」



わけがわからない、ふと、自分の手を見ると違和感に気が付く。

僕のバリアジャケットは限界を越えて崩壊したはずなのに、なんで僕は今バリアジャケットを纏っているのだろうか。

しかも、なんかいつものバリアジャケットとも様相が異なる。

シルバースキンは白を基調とした銀色だ、だが今纏っているのは眩いばかりの金色。

……というか、僕の全身ほぼ全てが金ぴか状態になってる、どうゆうことなの……?



『所持者、魔力反応の変質に合わせてシステムを最適化、該当項目を検索』



ブン、と足元に虹色の魔方陣が浮かび上がる、正三角形の中で剣十字の紋章が回転している形。

……なんぞこれ?



僕はミッドチルダ式だ、ミッド式の魔方陣は円形の中で正方形が回転する形。

しかも僕の魔力光は淡い水色、なにもかもが違う。



っていうか、コレ、古代ベルカ式じゃね?

それに、虹色の魔力光って……。



『最適化完了、魔力光『カイゼル・ファルベ(Kaiserfarbe)』、古代ベルカ王族の持つ固有スキル『聖王の鎧』と判明、古代ベルカ式に再設定しました』



オ、オーノォーーー!!!







命の危機に直面し、隠された真の力に覚醒したエンハンストっ!!

その力とは古代ベルカ王族のみが持つと言われる伝説のレアスキル『聖王の鎧』!!

黄金の衣を纏い、虹色の魔力を漲らせながら死の淵から蘇った今こそ反撃の時、さあ戦えエンハンストっ!!



……それなんて熱血漫画主人公体質?



『敵艦、高エネルギー反応検知、主砲再発射してきます』

「…………」



いやね、なんとなくこうなった原因は想像はつくんですよ。

僕は世界中の偉人・奇人・超人のDNAが混ざり合ったチートクローン。

そのDNAモデルとなった人物のなかに聖王由来の者がいてもおかしくはない、多分。



ただ血が薄かったのか、それともなにか別の原因があったのか。

聖王のレアスキルには覚醒しておらず、発見もされていなかったのだろう。

ジェイル兄さん曰く僕のクローンモデルとなった人物は千差万別で、数千、数万人にも及ぶらしいし。

さすがに個人個人の全員の詳細なデータベースなどあるはずがない。

経歴情報に多少の抜け落ちがあってもしかたがないのかもしれない、たまたまその中に聖王の血筋の人物がいた可能性も十分にありえる。

これまでのチートっぷりから、これくらいのトンデモ裏設定があっても不思議じゃないんだけど……。

なんだかなぁ……。



『ふ、ふざけるなぁ! こんどこそ消滅させてやるぞエンハンスト・フィアットォ!!』

『敵艦、主砲きます』

「…………」



たださぁ、何もこんな場面で僕が覚醒するとかさ、マジやめてよ。

モニター越しに世界中の皆が見てるんだよ?

その中には聖王教会の人達とか、僕のことを英雄だとか阿呆な勘違いしているミッドの一般人の方々だとか、そりゃあ大勢いるわけですよ。

せっかく僕が珍しく決死の覚悟で攻撃止めたのに、これで僕の人生も終わりか、とかしおらしく死を受け入れはじめてたのに。



……金ぴかになってパワーアップして復活とか。

コレどう見てもヒーローじゃん、絶体絶命ならそのまま死なせてよ。

しかも僕が聖王様とか、公開放送の所為で世界中にいきなりバレちゃうし、今後の各所での反応がそら恐ろしい。

特にシャッハさんとかシャッハさんとかシャッハさんとか……。

あぁ、これでまた平穏な日常から1000歩くらい遠ざかってしまったような気がする。



一体これからどうしたらいいんだよ、あぁ、またもや頭痛の種が―――



『終わりだぁーーー!! 薄汚い人類もろとも滅びろエンハンスト・フィアットォっ!!』

「……やっかましいっ!」



イライラしていた僕は周囲で騒ぎ立てる騒音に手を振って抗議した。

バシンッ、と大きな音を立てて僕の手にあたった何かが遥か彼方に吹っ飛ぶ。

な、何だアレは? 妙に大きかったような気がしたが……。



「……今、何かしたか?」

『な!? ば、馬鹿な!? アルティメットアルカンシェルが一撃で弾かれただとっ!!?』

『敵艦、主砲、無力化』

「…………」



考え事してたら、いつのまにかとんでもないことしちゃったみたいだ。

さっきまであんなにヤバ気だった砲撃を蝿を振り払うみたいにぶっ飛ばしちゃったらしい。

さすがにチートすぎるだろ僕、死にたくなってきた。







えーと、どうすりゃいいんだ僕は?

と、とりあえずRed cometと物騒な戦艦はぶっ潰した方が良いよな。

あとあと面倒事に僕やジェイル兄さんが関わっていたことがバレるのもまずいし。



幸いなことに今の僕には何故か有り余る魔力があるし、『聖王の鎧』効果で奴の攻撃もほぼ通用しないっぽい。

あ、でも確かあの戦艦の装甲はアルカンシェル以上の砲撃でないと破れないんだっけ?

いくらなんでもそこまで強力な砲撃魔法は持ってないぞ、さてどうすべきか。



『ベクターキャノンの使用を提案』



悩み始めた時、いきなり思考リンクでADAから詳細な情報が送られてくる……うおっ、なんつー凶悪砲撃魔法。

その実態は空間圧縮による強力な砲撃、そのため物理的・魔力的な防御は一切無効となる。



理論的にはアルカンシェルとほぼ同じなのだが、アルカンシェルは当たってから対象を中心に魔力反応によって空間歪曲するのに対して、ベクターキャノンははじめから空間圧縮を一直線に射出する、こりゃ防ぎようがありません、ほんとうにありがとうございました。

アルカンシェルなら着弾後にAMF装甲によって空間歪曲のきっかけとなる魔力反応を力技で抑制することもできるだろうが、はじめから発動している空間圧縮は防ぎようがないもんなぁ。



こんな凶悪魔法があったとは……てか、これジェイル兄さんのオリジナルじゃね? 非殺傷設定とか関係ないし。

問答無用で当たったら消滅じゃん、凶悪すぎるだろ常考。

なんかネタ臭がプンプンするし、まあ送られた情報からも強力な魔法だということは間違いないとわかっているからいいけど。



『敵艦撃沈のためには動力部の破壊が必要です、動力部は外壁同様、特殊AMF装甲による魔力阻害が確認できます、ベクターキャノンでしか破壊できません』

「……わかった、それでいこう」

『ベクターキャノンは脚部を固定した状態でなければ撃つ事は出来ません、注意してください』

「……ということは、敵艦の甲板上に立って撃つしかないな」

『敵艦正面は猛烈な反撃が予想されますが、現防御力であれば問題ありません、突撃しましょう』



……なんかADA機械的に物騒なこと言うなぁ、ちょっとは僕の心境を考えてほしいんだが。

いくらなんでも敵陣ど真ん中に突撃とか、恐ろしすぎるだろ常考。

まあいいや、今はさっさと片付けて休みたい、なんだか疲れたよいろいろな意味で。



なかば投げやりな心境となってしまったが、やることはやらねば。

全速力で飛ぶ、猛烈なスピードで前方の敵艦目掛けて突貫した。



『く、来るな! こっちに来るなぁーーー!!』



Red cometの雄叫びとともに周囲のガジェットドローンも集中攻撃してくる。

だが一切の攻撃が通用しない、金色のバリアジャケットはあらゆる攻撃を無効化した。

敵艦からの滞空砲撃も受けたがダメージはない、それどころか当たった感触すらろくに感じなかった。

砲撃がバリアジャケットに当たった瞬間、砲弾がひしゃげ、爆発し、粉々に砕け散った。

昔見たエヴァンゲリオンの、使徒に自衛隊がミサイル発射して全然効果がなかった場面を彷彿とさせた。

勿論、この僕が使徒役なわけだが……なんだか鬱になってきた。



敵艦の甲板上に降り立つ、相変わらず全身に集中攻撃を受けるが無視する。

静かに艦橋を見下ろす、ガラス越しに見覚えのあるデバイスが操作パネルに食い込んでいたのが見えた。

Red cometはさまざまなコードをパネルに伸ばし完璧に艦と一体化していた。



僕が十年以上使ってきたデバイス、これから破壊しなければならない、だが未練はいっさいない。

この野郎さんざん僕に迷惑かけやがって、挙句の果てに僕の秘密花壇をメチャクチャにしやがった(責任転換)。

恨み百万倍である、全力全壊でぶっ壊してやるっ!!!



『ひィ! こ、この化け物め!』

「……終わりだ、ADAやるぞ」

『了解』



デバイスを正面に構える、目標は艦橋、その奥には動力部も存在する。

砲撃の射線は一直線、一撃で全てを終わらせる。



                     『 ベクターキャノンモードへ移行 』



デバイスと僕の身体を一瞬の光が包む、メタリックな重武装が顕現し全身に展開される。

まるで僕自身が機械的な砲台になったような姿だ、腰と両足は地面に完全に固定され、両肩からは二つの巨大な砲身、デバイスが三つ目の砲身を形成し、もっとも巨大な砲身となる。



                     『 エネルギーライン、全段直結 』



左右の両腰にエネルギーチャンバーが形成され、バイパスが三つの銃身に繋がる。



                     『 ランディングギア、アイゼン、ロック 』



三つの砲身を中心に空中に六つの球体が形成、この装置によって空間圧縮を行われる。



                     『 チャンバー内、正常加圧中 』



僕の魔力があっという間にどんどん持っていかれる、全身を軽い喪失感が襲う。

だがかまわない、後のことは考える必要はないのだから。



                     『 ライフリング回転開始 』



六つの球体がゆっくりと回転しだす、その動きはだんだんと速くなりやがて紫電を纏いながら目では追えない速さへと加速していく。

やがて十分に加速、ついに発射準備が完了し、ADAから機械的に最後の報告がもたらされた。



                     『 ―――撃てます 』



「こいつで終わりだぁぁぁぁーーー!!!」

『ば、馬鹿なぁぁぁぁあqwせdrftgyふじこ―――』



これまでの魔法とは比べ物にならない砲撃、虹色の光の柱が戦艦を貫いた。







戦艦が落ちる、艦橋、動力部が完全に破壊され制御を失った艦では各部で爆発を起こしながら崩壊していった。

Red cometは跡形もなく消滅し、司令塔を失ったガジェットドローンは機能停止して戦艦の爆発に巻き込まれていった。

僕はその光景を少し離れた場所から見届けた。



『敵破壊を確認、ベクターキャノンモードを解除』

「……ああ、終わった……うぉっ!?」



気が抜けた瞬間、一気に強烈な疲労感が全身を襲った。

体中から魔力がごっそりと失われ、激しい喪失感といっしょに僕の見た目にも変化が訪れる。

金色だったバリアジャケットは輝きを失い、くすんだ銀色へと戻り。

虹色だった魔力光も元の淡い水色へと戻っていった。



意識が朦朧とし、頭痛もする、さっきまで気にならなかった全身を駆け巡る痛みが疼きだす。

喉がひりつき呼吸すら難しい、息がつまり咳きがでる。

先ほどまでの聖王モードとは真逆にボロボロの姿になってしまい、困惑が隠せない。



「……これは、どうなってるんだ? ゴホッ」

『集中力が途切れたことでレアスキルが解除されたものと推測、極限状態を脱したことが原因でしょう』



……つまり、レアスキル『聖王の鎧』というか、あの金ぴかの状態、仮に聖王モードとでもいおうか。

あの状態になるには死にかけるくらいの危機的状況で発揮されるくらいの凄い集中力が必要だということだろう。

ぶっちゃけ、それって使いにくすぎるだろ。

確かに強力で頼もしいレアスキルだけど、死にかけないと使えないとか嫌すぎる。



「……今は、生き残ったことを喜ぶべきか……ゴホッゴホッ」



咳きが激しくなってくる、どうにも喉奥からせりあがってくる不快感が消えない。

……あまり喋らない方がいいのかもしれない。

それに疲れと頭痛の所為で上手く思考が回らないので面倒臭そうなコトは先延ばしにして思考放棄してしまおう。

今後についてはあとでじっくりと考えればよい、あんまり解決するとは思えないけど。







僕の目の前で戦艦が最後の大爆発を起こして粉々に砕け散っていった。

Red cometは消滅し、これで僕やジェイル兄さんの事件への関係性を示す証人、もとい証拠は跡形も無く消え去ったというわけだ。



最高評議会からの命令を果たし、ジェイル兄さんや僕自身の保身もはかれた、これで一安心といったところか。

そして個人的な復讐も完了した、だが失われた命(秘密花壇の草花)はもう戻ってこない。



僕の心に達成感はなく、ただ虚しさだけが去来した。



「……ゴホッ、多くの尊い命が亡くなってしまった」



悔し涙が流れる。

こんなに心底悔しい思いをしたのは生まれ変わって以来始めてだ、滲む涙を止められない。

眼下には美しい星、地上にはまだ傷つき僕の帰りを待つ秘密花壇の草花達がまっているはずだ。

それだけじゃない、大切な家族だっている、守らなきゃいけない人だっている。

ゴシゴシと乱暴に涙を拭う、そうだ、まだ嘆き悲しむ時じゃない。

まだ、僕には守るべきモノがあるじゃないか!



「……この悔しさ、生涯忘れない、今度こそ大切な存在を守り抜いてみせる!」



僕は星を見ながらそう決心し、自分に言い聞かせるように大声で宣言した。



ちなみに、これら一連の戦いまでのやり取りが世界中に放送されっぱなしだったことに後から気が付いて、死ぬほど恥ずかしくて悶絶することになるのは、僕が地上に戻って暫くたったあとだった。







おまけ



地上に帰還後、僕は酷い疲労感を覚えたので事後処理をほかの局員さんたちに任せて先に自室へとさがらせてもらった。

僕一人だけ休むことに少しだけ罪悪感を覚えたが、流石に死にかけた後とあっては皆も僕に遠慮してくれていたようだった。



……あいかわらず、誰も彼も尊敬を含んだ視線を向けてくるのが死ぬほど嫌だったが。

今回に限っては本気で疲れていたので皆さんの心遣いはありがたかった。

カガチとはいっしょにいると余計に疲れそうなので、彼女には引き続き花壇周辺の後片付けを頼んでおいた



自室にもどってもしばらく不調が続いた、頭痛と倦怠感、いまだに治まらない咳。

むしろこれまでよりも症状が酷くなっているような気がした。



『バイタルに異常、魔力低下、身体機能が著しく低下しています』

「なん、で……ゴホッゴホッゴホッ!!?」



せ、咳きが止まらない、肺腑が痙攣し嘔吐が押し寄せてくる。

口元を抑えながら、耐え切れず洗面所に駆け込む。



「ゴホッ、ゴハァッ!!」



喉からせりあがってきたモノを一気に吐き出す。

ビシャリ、と液体がはねる音が室内に響いた。

喉を逆流する不快感に耐えながら、洗面所の白いシンクが真っ赤になるほどの血をぶちまけた。



そう、血だ、真っ赤な血、これは、誰の血だ?



続けざまに何度か咳をするとその度に僕の口から血が吐き出された。

ドス黒く、鉄錆びた血の味が口内に広がった。



「……なんだ……これ?」




―――この日より三日ほど、エンハンストは自室に引き篭もり誰とも会おうとしなかった。






[7527] リリカル・エンハンスト26
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/06/13 07:06
■26



緊急特番!!

『新型艦ジャック事件』における人々の反応を突撃インタビュー!

事件解決に多大なる貢献し、単身で宇宙まで赴いた我らが英雄エンハンスト・フィアットの新事実!!

彼は古代ベルカ王族、聖王の末裔だった!!

我々クラナガン報道局はこれらの真実に迫り関係者の皆様に独占インタビューを成功させました!

本日は予定されていた番組を変更して、緊急特番を放送したいと思います!







―Case①:時空管理局―



Q:地上本部に無人戦闘機が襲撃した時、皆さんは魔法が使えなかったと伺いましたが?

A:ええ、敵にはAMFという魔法を無効化する技術が搭載されていて、あの時は本当に絶望的状況でした。



Q:それでも皆さんは自力で戦い、地上を守りきったのですから凄い事ですね!

A:あの時は皆必死でした、でも怯える私達を守って一人孤独に生身で戦うエンハンスト執務官の鬼気迫る姿を見て勇気が湧きました、「自分達だって彼と同じ時空管理局員なんだ!」と思うといてもたってもいられなくて、実際に戦っている間は皆何か不思議な力に後押しされたように奮戦できましたし、結局地上本部は新しく立て直さなければいけないほど破壊されてしまいましたが、私達の正義に燃える熱い心は決して破壊されることはありませんでした。



Q:生身で戦った皆さんの中には、武闘派で知られるレジアス少将も混ざっていたと聞きましたが?

A:事実です、少将はもともと魔力を持たない方でしたが、その分我々よりも肉体的には鍛えていたのでしょう、エンハンスト執務官の覚悟を聞くやいなや敵軍に飛び掛り、その恐るべき胆力でベルカの騎士もかくやと言わんばかりの八面六臂の大活躍でした、なんと一人で敵機を18体も仕留めていました、今回の大手柄で中将に昇進するという噂もあるくらいです。



Q:そういえば、レジアス少将の娘さんは以前エンハンスト執務官に命を助けられた経緯があるとか?

A:ええ、私達の間では有名です、8年ほど前になりますがテロリストに占拠された航行艦に乗っていたオーリスさんが撃ち殺される寸前、突入してきた執務官が危機一髪で彼女を助けたそうです、そりゃあカッコよかったらしいですよ。



Q:ではオーリスさんにとってはエンハンスト執務官は命の恩人だということですね、もしかして彼女は熱烈なエンハンストファンだったりするんでしょうか?

A:熱烈なんて言葉じゃ生温いくらいですね(苦笑)、オーリスさんの近くで執務官の悪口でも言おうものならボコボコにされちゃいますよ、執務官がTVとかで放送されているときのオーリスさんの純情乙女(うっとり)した表情は普段の冷徹っぷりとのギャップもあって一見の価値ありですよ。



Q:では最後に、これからの抱負や目標などがあればお聞かせいただけますか?

A:そうですね、今回のことで我々は真の正義と勇気をもって事に当たれば魔力に頼らずとも戦うことができることを知りました、今後は魔法の才がない人材も積極的に鍛え武装局員として採用していく計画がレジアス少将を中心として動き始めています、変わりますよこれからの管理局は、期待していてください。







―Case②:ジェイル・スカリエッティ及びナンバーズ―



Q:えーと、皆様はエンハンスト執務官のご親戚と伺いましたが、なぜ全体的にモザイクがかかっているのでしょうか?

A:気にしないでくれたまえ、こちらにも諸事情があってね、身元がバレるといろいろ危険なのだよ、君も報道に携わる者ならわかるだろ?



Q:え、ええ、テロリストなどに狙われる危険性もありますしね、ではさっそく質問ですが皆様とエンハンストさんのご関係は?

A:僕は兄的存在だね、こちらの皆は妹的存在と言ったところかな。



Q:妹さんたちは大人数ですね、エンハンスト執務官とは仲はよろしいのですか?

A:そうだね、毎月必ずいっか「あ、兄上大好きですっ!!」ちょ、チン(ピー)いきなり叫ばないでくれたまえよ。



Q:末の妹さんはちょっと緊張していらっしゃる様子ですね?

A:普段は落ち着いてる娘なんだが、エンハンストのこととなるとたまに暴走する時があってね。



Q:エンハンスト執務官が宇宙でテロリストと戦っているとき、皆様はどういう心境でしたか?

A:実はそれほど心配してなかったんだ、エンハンストなら必ず何とかしてくれる、そういう確信があったからね、でもまさかあそこまで大活躍してくれるとは嬉しい誤算だったよ。



Q:妹さん方はエンハンスト執務官をどう思っていますか?

A①:エンハンストお兄様には普段からご迷惑かけっぱなしでしたが、いやな顔もせずいつも私達を助けてくれる頼もしいお兄様です。

A②:もっと、もっと、仲良くなりたいですわね……性的な意味d(放送倫理上カット)。

A③:……目標。

A④:『お兄ちゃん♪』って呼ぶと凄く喜ぶんです、可愛い人でしょう?

A⑤:あ、兄上はもっとも尊敬し、敬愛する男性です! いつか兄上と、その、あ、あ、愛じn(放送倫理上カット)。







―Case③:聖王教会―



Q:こんにちは、カリムさんはなんとあのエンハンスト執務官の婚約者とお伺いましたが?

A:ええ、本当ですわ、彼とは将来を誓い合う関係です。



Q:なんというか、同じ女性として凄く羨ましいですね、殴ってもいいですか? いいですよね?

A:ちょ、何この人!? 目つきが怖いんですけど!! あ、シャッハ(ドスッ、ドカッ、バキッ、ボコッ)。



Q:……すいません、少し取り乱しました、お話の続きですが、普段はエンハンスト執務官とはどのようにお過ごしになられているんですか?

A:え、ええ、彼も立場上あまり暇が取れないですから、二・三ヶ月に一度いっしょにデートに出かけたりするくらいですね、町に出かけたり、買い物したり、ごく普通のデートですよ、あ、でも彼はいつも世間知らずな私を男性らしくエスコートしてくれるので凄く助かっています、つい最近も二人で―――(以降1時間ほど惚気話しが続く)。



Q:なんだよそれ、十分羨ましいじゃん……あ、いえいえなんでもないです! では今回エンハンスト執務官が古代ベルカの王族に連なる聖王の末裔であることが判明しましたが、聖王教会での反応はどうなんでしょうか?

A:すごい反響ですね、いわば現人神になるわけですから、ベルカではどこもかしこもお祭り騒ぎですよ、上層部でもどういう対応をとるかでいろいろ揉めているようです、あとなぜか私の護衛が腹切自殺を遂げようとしました、未遂でしたけど。



Q:婚約者であるカリムさんはそのことをどうお考えで?

A:シャッハの腹切自殺のことですか? あ、ちがうんですね。 えっと、私個人的には聖王である立場の彼よりも、これまで接してきた婚約者であるエンハンスト・フィアット個人を大切にして接していきたいと思っています、なによりこれまでの二人で過ごしてきた楽しい思い出がありますから(頬を染める)、もちろん聖王である彼の立場も考慮していますが。



Q:うぐぐ……で、では今回テロリストとの戦いで危うい場面もありましたが、その時はやはり心配だったのでは?

A:ええ、あの時は本当に生きた心地がしませんでした、実際彼が砲撃に飲み込まれたときはショックで気絶してしまいましたし、その後彼が生きていたことを知って人目も憚らず泣いちゃいました、あの時の彼の黄金色に輝く雄姿、今でも忘れられません。



Q:では最後に婚約者であるエンハンスト執務官に何か一言あればどうぞ。

A:お体に気をつけて絶対無理をしないようにお仕事頑張ってください、あと先月いただいた花の苗がやっと開花したんですよ、こんど是非見にいらしてくださいね、両親も是非お会いしたいと言ってました。







―Case④:クロノ・ハラオウン―



Q:クロノ執務官はエンハンスト執務官の唯一のお弟子さんと伺いましたが?

A:本当です、僕が以前管理局で問題をおこして腐っていた時に無理やり助け出してくれたのがエンハンスト執務官でした。



Q:失礼ながらクロノ執務官は未だに『ハラオウンの問題児』と揶揄されることが多々あると聞きます、本人はそのことについてどうお考えですか?

A:全て僕の自業自得です、反論のしようもありません、ですが過去の不始末は今後の活躍で挽回していくつもりです。



Q:そういえば、今回の事件でさっそく大活躍をされたそうですね? 最初に襲撃を受けた次元航行艦から乗務員を速やかに脱出させ艦ごと壁とすることで主砲から星を守るよう的確な指示を出し、その後は市街地を襲撃していた無人戦闘機をろくに魔法も使えない状況下にもかかわらず生身で、しかもたった一人で百機以上倒したとか。

A:いえ、まだまだ未熟です、たまたま乗艦していた艦が事件に巻き込まれたので乗組員の脱出を先導したのは執務官として当たり前のことをしたまでですし、それにとっさのこととはいえ貴重な艦を犠牲にしてしまいました、今回自分ができる精一杯を尽くしましたが民間人にも多くの被害がでました、反省点も多いです。



Q:そうですか、ところでエンハンスト執務官との訓練は辛かったですか?

A:正直に言えば地獄でした、訓練中によくエンハンスト執務官が口癖のように「痛くなければ覚えませぬ」とか言うほどでしたし、思い出したくもないような辛く厳しい内容ばかりでしたが、今になって思えばどれも見事に僕の糧になってくれています、今回のことでも魔法を使えない状況下を想定して徹底的に白兵戦の訓練をした結果が発揮できましたし。



Q:クロノ執務官の戦う姿を見ていた人達から『魔法でもない不思議な回転攻撃を繰り出していた』との話しを伺いましたが、それはどういったモノなのでしょうか?

A:アレは辺境の地で修行していたときにエンハンスト執務官が教えてくれた『超級覇王電影弾』です、管理外世界で編み出された奥義の一つなのですが、修行しだいでは魔力が無い人でも使える凄い技ですよ、そういえば今度地上本部の方でもこういった実践武術を局員に学ばせようという試みがあるそうです。



Q:未だ年若いクロノ執務官ですが、将来はやはり上の官僚職を目指すのでしょうか?

A:まだ将来的なことは何も考えていません、師であるエンハンスト執務官のように、ただただ今の職務に全力で臨むことだけをしばらくは考えていくつもりです。







―Case⑤:一般市民(ミッドチルダ)―



Q:今回、市街地および一般市民にも多くの被害が出た事件ですが、当事者としてはどう思いますか?

A:確かに恐ろしい事件だった、事前に何か対策ができたのかもしれないと管理局を責めることもできるかもしれない、でも目の前で生身で戦い命がけで私達を守った管理局員の方々を見て誰もそんな気にはなれなかった。



Q:一般市民の中にも自発的に戦いに参加した方も多くいたと聞きましたが。

A:モニター越しにたった一人で勇敢に戦うエンハンスト執務官の「大切な存在を守る!」という言葉に皆が強く勇気付けられた、誰もが家族や友人を守ろうと立ち上がった結果だと思う。



Q:戦った人たちの中にはそのまま時空管理局に就職を希望する人も多くいるらしいですがどう思われますか?

A:良いことだと思う、最近はちょっとずつ解消してきているとはいえ、いまだ管理局は慢性的な人材不足だというし、今度の事件で戦う自信を身につけた人たちが今後も活躍してくれるのなら市民側としてもありがたい、あの事件の最後にエンハンスト執務官が犠牲者にたいして流した悔し涙を見て、彼一人にだけ重過ぎる責務を任せるわけにはいかない、と感じた人も多かったことも影響していると思う。



Q:今回の活躍でエンハンスト執務官人気がますます上がりそうですがどう思われますか?

A:彼ほどの大活躍なら当然だし社会的にも良い影響もあると思う、子供達がエンハンスト執務官をモデルにしたアニメや映画をみて彼を見習い道徳心を養ったおかげで犯罪率がグンとさがったし、彼に憧れて管理局に就職を希望する若者も激増した、ただ中高年の女性達が生み出したエン様ブームにはちょっとついていけない(苦笑)。



Q:エンハンスト執務官が古代ベルカ王族、聖王の末裔であることが判明しましたが今後どうなっていくと思いますか?

A:ベルカ自治領や聖王教会からすればなんとか彼を確保し自陣へ引き込みたいと考えるだろうが、一市民の立場から言わせてもらえばそういうことはあまり無理強いしないで欲しい、数百年前とは違い現代において優先されるべきはエンハンスト執務官個人の自由意思なのだから、でも正直なところはやっぱり彼にはこれからも執務官として頑張って活躍して欲しいかな。







―Case⑥:一般市民(ベルカ自治領)―



Q:町中すごいお祭り騒ぎですね、やはり聖王様が見つかったことが大きいのですか?

A:ええ、勿論です! 数百年前に途絶えてしまったと思われた聖なる血筋がいまだ存続していたんですから、これほど喜ばしいことはありませんよ! さあ貴女もいっしょに祝いましょう!



Q:エンハンスト執務官は時空管理局所属の人物ですが、今後は聖王教会に所属することになるのでしょうか?

A:私達としてもそうしていただけるならばこの上なく嬉しい事ですが、一市民であり信徒の立場から言わせてもらえばあまり無理強いはしたくありません、これまでのご活躍や経歴からみても聖王様は時空管理局でこそ大活躍してこられたわけですし、規模の異なる聖王教会ではむしろ聖王様の足手まといになってしまう可能性すらあります、聖王様が望むのならばこれからも管理局にてご活躍することになるでしょう。



Q:ベルカ自治領全体としては新しい聖王にたいして歓迎ムードですが、反対勢力はいないのでしょうか?

A:当然、聖王様を快く思わない人たちも少なからずいます、悲しいことですが皆が皆信心深い者とも限りませんし、逆にアレは偽者だとか、時空管理局に所属しているので認められない、とかそういう卑小な者もいます。



Q:今後、聖王となったエンハンスト執務官に何を望みますか?

A:まずその御身を第一に大事にしていただきたいですね、今回の事件でも危うい場面もあって肝が冷えました、そして婚約者のカリム様と早く子を成していただきたいですね、大切な血筋ですので。







―Case⑥:最高評議会―



Q:今回こうしてインタビューに答えていただき大変ありがとうございます、諸事情によって顔は移せず音声のみとなりますが皆様ご了承おねがいします、さて最高評議会の皆様は今度のエンハンスト執務官活躍をどう思われましたか?

A:素晴らしい活躍である、管理局員全員が手本とすべき人物と言ってよい。



Q:ここ最近の時空管理局の活躍は特筆すべき点がいくつもありますが、その成功の秘訣となったのは何だと思いますか?

A:まず人材不足の解消、これまで慢性的に悩まされてきた問題であるが、エンハンスト執務官をモデルとした番組を世界中に放送したところ、その影響で若者の志願率が激増したことだ、そのうえ犯罪率まで下がったのは嬉しい誤算だった、相対的に各次元世界における治安が向上した、これまで暗躍していたテロ組織がエンハンスト執務官の活躍で次々と摘発できたことも影響にあるな。



Q:エンハンスト執務官が聖王の末裔であることが判明しましたが、今後ベルカの聖王教会とはどういった関係になるのでしょうか?

A:エンハンスト執務官本人の意思はこのまま時空管理局で仕事を続けることである、そしてすでに聖王教会とは名家の子女カリム・グラシアと婚約しており強い繋がりができているので、これからは両組織にとってもより強固な連携と協力が期待できると思われる。



Q:今後の管理局はどう変わっていくのでしょうか?

A:ますますの治安向上と人々の意識改革を目指す、これまで我々時空管理局がほぼ単独で維持してきた平和を世界中の皆が一致団結して支えるように意識をシフトしていく、これには誰かに頼るのではなく自ら行動する意思が必要となる、そしてそれを纏める中心となる人物、おそらくそれはエンハンスト・フィアットになるだろう。







いかがだったでしょうか?

今回の緊急特番、数多くの方から貴重なお話を聞くことができました。

残念ながらエンハンスト執務官本人からのコメントは現在多忙を極める状況らしく、いただけませんでしたが。

今後ますますの活躍が期待されるエンハンスト執務官を知るうえで今回のインタビューが参考になれば幸いです。

では、またいつかお会いしましょう!

―――この番組はクラナガン報道局がお送りしました。






[7527] リリカル・エンハンスト27
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/06/13 07:07
■27



カリム・グラシアの私室、そこはある種の魔界と化している。



壁には婚約者であるエンハンスト・フィアットがモデルをしている写真やポスターが貼られ。

本棚には彼の活躍を記事にした新聞記事を集めたスクラップ(切り抜き)がすでに10冊目を越える。

ベッドには自作した『えんはんすと君人形(等身大・抱き枕兼用)』が鎮座している。

所々にほつれた部分を丁寧に繕ったあとが手作り感を良くかもしだしていた。



部屋中、彼をモデルとしたドラマ、映画、アニメ、書籍などが鎮座し、はてはゲームまでオールコンプリートしている。

秋葉系のコレクターも真っ青なレベルである。



カリムはそんな混沌と化した部屋のなかでニコニコしながら先日通販で届いた会員専用エンハンストDVD vol.137号を見ていた。

本人非公認(しかし管理局には公認扱いされている)のこのファンクラブは毎月会報といっしょにエンハンスト執務官のプライベート映像(盗撮or最高評議会からの横流し)を配信していた。

会費は無料で、時空管理局の最新情報も紹介しているので、ファンクラブの会員以外にもそれなりに評価されている。



もちろんエンハンスト本人にとっては迷惑以外の何者でもないわけだが。



「あぁ、いつ拝見してもエンハンストさんは麗しいお方ですね、あの凛々しいまなざし、風にそよぐ青髪……キリッとした男らしい仕草、最高です……」



うっとりとした表情ですでにDVD映像のリピート20回目を越えるカリムは呟いた。

そんな彼女の背後で呆れた、というよりもうんざりした様子でシャッハはため息をついた。

先ほど部屋に入る前にノックしても返事がなかったので無断で入ってしまったが、それでも気が付く様子がない。

よほど目の前の映像に集中しているようだった。



「カリム、またあのエンハ……いえ、聖王陛下の特集をしたビデオですか、それ見るの何度目ですか? そういうストーカーじみた行為は慎んだほうがよいのでは? はたから見ていていい加減ウザイですよ」

「だ、だ、だ、誰がストーカーですか!? 誰が!! というか勝手に入ってこないでください! 天罰がくだりますよ!!」

「す、すいませんでした、私も言い過ぎました」



シャッハの暴言にようやく反応したカリムの迫力に圧倒されてつい謝ってしまったが、なんか理不尽なカンジ。

……ちゃんとノックしたのに。



「……はぁ、もういいです、それでどうかしたんですか?」

「え、えっと、カリムに用事がありまして」

「エンハンストさんから連絡がきたんですかっ!?」

「いいえ、ちがいます、というかそれ昨日も聞きませんでした? 聖王様もご多忙なようですから少しは遠慮したらどうです」

「本当なら一時間毎にでも確認したいくらいですっ! ……でもシャッハの言うように確かに私には少し自制心が必要なのかもしれませんね」

「おお、やっとご自覚なされましたか!」



珍しく自分の意見を聞いてくれたカリムにシャッハは喜びの表情を見せる。

毎回毎回あのテンションで彼女に突き合わされるのは流石のシャッハでも疲れるのだ、できれば体を動かしていた方が気楽でよい。







半年前の事件以降、エンハンスト・フィアットが聖王の係累であるというトンデモナイ事実が世界中に広まり、ここ、ベルカや聖王教会でもいろいろ変化があった。



シャッハ自身にもいえることだが、これまで彼に対して敵対的な意識をもっていた者がほどほどに好意的となり。

これまで好意的だったものはより好意的に、むしろ崇拝的といってもよいレベルになっている。

そのなかでも最も顕著だったのがカリムだった。



エンハンストとのモニター越しでの態度では猫を被り本性をそれほど表に出さないが、彼のいないところではその生活態度は目に余る惨状である。

暇さえあれば一日中自室に篭ってDVDを見たり、新聞記事をスクラップしたり、彼の写真を見てニヤニヤしている。

正直いってドン引きレベルの好意である、世間一般で言えば地雷女とでもいうのだろうか。



なんとか矯正しようと苦言をいったりもしているが、あまり効果はなかった。

あまり激しく言い過ぎると口論となってしまい、自室に篭って包丁を砥ぎはじめる始末。

実際に何かするわけではないが、その不気味な行為がカリムのビョーキっぷりを顕著に表していた。



……もう、シャッハは半分くらい諦めました。







「……あの事件から半年以上たって、いまだエンハンストさんとのデートは一度もなし、まあ聖王様として新たな仕事や義務が生じてしまったのでしょうがないことなのですけど、でもやっぱりデートしたいなぁ、ハァ~……」

「そういう意味ではなかったのですが……まあいいです、それよりもカリム、貴女に重要なお知らせがあります」

「私にお知らせ? えーと、なにかしら」

「先日、教会の聖遺物を保管していた宝物庫で火災がありました、それは聞いてますか?」

「ええ、さいわい小火程度ですんだので大事件にはならなかったみたいですけど」



世間的にはそうかもしれないが、聖王教会的には十分大事件だった、建物自体はほぼ無傷だったが大切な聖遺物、今回の場合は聖骸布が焼失してしまったのである。

布ゆえに燃えやすく、消火が完了したころには灰と化してしまっていた。



「原因は聖遺物担当の司祭が聖王様復活に浮かれすぎて連日の宴会で前後不覚になるまで泥酔した結果、『新しい聖王様がいるから古いのはいらないや』と自分で火をつけてしまったみたいです、現在は正気に戻っていて本人も自殺未遂するほど酷く反省しているので告訴はしない方針らしいです、といってもそれなりの重い処罰はあるようですが」

「うっ、なぜか人事だと思えない事件ですね、確かに私も浮かれてばかりもいられないわ、気をつけないと」

「ええ、その通りですよカリム、それで焼失してしまった聖遺物なんですが古代ベルカ時代、約300年前の人物である聖王ヴィヴィオ、という御方のものだそうで、これはどうしょうもないので諦めるそうです、しかしこれから集まる聖遺物に関しては話は別です」

「それは、エンハンストさんのことね?」

「そうです、現在の聖王様に関して新たに遺すであろう聖遺物を今のうちから集めて管理しておく必要性があるそうです、そこでカリム、貴女に新たな聖遺物担当になって欲しいという要請が上層部からきていますよ、よかったですね、これは大抜擢ですよ!」



聖王教会は宗教であり非営利団体なのでお給料的なものはそれほど望めないが、名誉的な意味では大きな昇進である。

本来なら司祭クラスの人物が担うべき役職に名家の人物とはいえカリムのような若い者がつける機会は少ない。

そういう意味ではこれは大きなチャンスでもあった。



「えぇっ!? わ、私、一応教会騎士団に所属する騎士なんですけど?」

「兼任でかまわないそうです、業務内容じたいもそれほど難しくないそうですし、それに婚約者であるカリムほど今の聖王様に詳しい方もいないでしょう? ……ストーカーじみてますし」

「だからストーカーはやめてってば! もうっ……それにしてもシャッハ、貴女も変わったわよね、最初のころはあれほど私とエンハンストさんの交際を嫌がっていたのに」



カリムが懐かしむように眼を瞑りながら当時のシャッハとの口喧嘩を思い出す。

自分や両親は比較的すぐに彼と和解して素直に好意を寄せることができるようになったが、シャッハだけはいつまでも彼に対して嫌悪感をもっていたようだった。

カリムとしてはできるだけ婚約者であるエンハンストと仲良くしたいし、月に一度あるかないかというせっかくのデートを楽しむつもりなのだが、毎回毎回シャッハから苦言を言われるのだ。

時にはカッときてつい意地悪な言葉を言ってしまい、口喧嘩になってしまったこともある。



「……当初のイメージが最悪でしたから、ですが相手が聖王様となれば話は別です、私個人的にはいまだ貴女と彼の仲を認めがたい部分がありますが聖王教会に所属する身としてはそこに個人的な考えを持ち込むことはできません」

「初対面でその聖王様を殴り飛ばした人の発言とは思えないわね?」

「そ、それはっ、し、しかたがなかったんですよ、あの時は頭に血がのぼってて!」

「ふふ、冗談よ、でも良かったわ、シャッハが私たちの婚約に反対だったのが心残りだったから、これでその懸念も消えことだし、さすがに聖王を殴った咎で腹切自殺をされるは困るけどね」

「うぅ、そのことは言わないでください……いまでも時々発作的に切腹しそうになるんですから」

「まるで病気みたいよね、困ったものだわ」



さきほど驚かされた意趣返しといった感じでカリムがクスクスと笑う。

シャッハは気まずそうにしながら弁明したが、それほど効果はなかった。

しかたなく言い分けを諦めるが、ここで浮かれるカリムに一言釘を刺しておかねばならない。



「で す が っ ! それとこれとは話が別、カリム、いいですか、婚約者とはいえ正式に結婚するまで不埒な関係は認めませんよ、わかっていますねっ!!」

「……ま、前向きに善処するのも吝かではないです……」

「なんですかその政治家みたいな曖昧な返事は!!?」

「まぁ、まぁ、大丈夫よ、いざというときは責任とってもらえばいいんですし、むしろ望むところというかっ!」



バッチコーイ、と身振り手振りでアピールするカリム。

……あぁ、昔の大人しくて気弱だったカリムはもういないのですね。

悲しいような、嬉しいような、いや、やぱり悲しいかも。



「ハァ、私の言ってることぜんぜんわかってませんねカリム」

「あ、そうだわ、せっかくだからこの事をエンハンストさんにお知らせしなきゃ、ついでに今度デートの約束とりつけちゃお♪」

「カリム……もういいです……」



カリムは自分の話がまったく聞こえていない様子でさっそく婚約者へのメールを作成し始めた。

こうなったら作業が終わるまでは何を言っても意味は無いだろう。



ハァ、これ以上ここにいても疲れるだけですし、どこかでお茶でも飲んできましょうかね。

カリムの私室を出る、廊下を歩いていると暖かな日差しが眠気を誘う。

なんだか、お茶を用意するのも面倒ですね……。

ふと、通路の先に暇そうなヴェロッサの姿が見えた。

お気楽なモノですね、私がこんなにも疲れているというのに。

なんだかムカムカしてきましたね。



「あ、ヴェロッサ、お茶を入れてください、もちろんミルクティーで」

「ちょwwww」






[7527] 外伝・カガチの一日(R-15 閲覧注意)
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/07/30 20:36
■外伝・カガチの一日
※ちょっとイロイロきっつい描写とかあるんでR-15くらいにしときます、ご注意ください。



爽やかな朝、まず私の一日はご主人さまであるエンハンスト様の寝顔を存分に視姦することから始まる。



時には寝ている主様のお顔を嘗め回し、舌先でごエンハンスト様のお顔の味をたっぷり舐り上げるように味わうこともある。

主様の肌は美味しい、使い魔として精神的、肉体的、両方面で癒される。

睡眠が深いときなどは全身を舐めまわすことができる、私にとっては最大級のご褒美だ。

ただしこういったチャンスが巡ってくるのは一年に数回程度なのでその機会を逃さないためにも毎日の積み重ねが大切だ。

ただ、この時気をつけなくてはいけないことは決して起こしてはならないということ。

使い魔たる私が主の睡眠を妨げることなど決してあってはいけないことなのですから。



ご主人様が目覚める頃、私は何事もなかったかのようにご挨拶をする。

エンハンスト様は寝起きが良いので寝ぼけることなどまずない、すぐに挨拶を返してくれる。

色気のある良い声だ、子宮に響く。



基本的に食事はすべて私が用意している。

はじめの頃に出したネズミやカブトムシなどはあまり好評じゃなかったが、人間の食生活にあわせて料理とやらを作るようになってからはそれなりに食べてくれるようになった。

ちなみに私はずっとネズミ(月)、生卵(火)、昆虫(水)、鳥(木)、猫(金)、犬(土)、蛙(日)のローテーションだ。

とくにカブトムシの幼虫は美味しい、クリーミーで甘くて、プチプチした食感がたまらない。







基本的にエンハンスト様の仕事場は不定期で変わる。

さまざまな部署に派遣され、そこである程度の仕事を覚え、すぐ別の部署に飛んでいく。

主様の凄いところはその作業をなんの苦もなくこなしてしまうことだ。



常人ならば数年かかるような仕事内容も主様ならばほんの一刻もあればマスターしてしまう。

まさに天才的、使い魔としてこれほど誇らしいことはない。



ただ、ときどきそういった主様の才能を妬んで裏で主様の足を引っ張り陥れようとする不届きな輩も少なくない。

お心優しいエンハンスト様はそういった輩を無視するようにしているご様子だったが、私は使い魔といて見過ごすわけにはいかない。

主様のお心を悩ませぬよう、目の届かぬところでそういった輩には消えてもらうことにしている、私の胃袋の中に。



邪魔者の排除もできて、私の胃も魔力も満たされる、そうして主様の役にも立てる。

まさに一石三鳥の方法である。

主様は知らないだろうが、もし知ってもきっとお喜びいただけることだろう。







主様の仕事は危険な現場にもある。

時には単独で数千人の犯罪者の潜むアジトへと突入し、制圧することを任務とすることも珍しくない。

私は使い魔として主様を守るだけでなく、積極的にお手伝いをしていきたいとも考えている。

真の優秀な使い魔とはそうあるべきだと思うからだ。



だからエンハンスト様の障害となるような犯罪者は徹底的に効率よく潰すことにしている。

容赦なく、躊躇なく、完全に、殲滅する。



とある現場では主様に頼み込み私単独でアジトへと突入したことがある。

楽しかった、普段は主様に止められているが、弱者を嬲り殺すことほど楽しいことはない。



命乞いをする男をちょっとづつ食い殺していくのは、堪らない、踊り食いの醍醐味ともいえる。

蛇に戻り犯罪者の腹に潜って内部から食い荒らし、断末魔の絶叫を上げながら床を転がりまわる振動が好きだ。

わざと死なない程度に痛めつけて、助けを呼ばせ、やってきた仲間を目の前で皆殺しにしてやった時の絶望した表情はあまりにも滑稽だった。

仲間を殺せば助けてやる、といったとき必死になって隣の人間同士で殺しあう姿は心がおどった。

父を助けてくださいと懇願し、私に犯された後に食い殺された犯罪者の娘には感動すら覚えた、もちろん父親も私の胃に納まった。

ボスの息子を人質にとって、おまえが死ねば息子は助けてやると言ってやったときのボスの悔しそうな苦悩の表情は絶頂すら覚える、もちろん後で二人はしっかり殺して食べた。



弱者を蹂躙するのは強者にとっては当たり前の権利であり義務なのだ。

そして本能のままに力を行使することこそ至上の快楽だと思う。

人間の言葉にもあるではないか『弱肉強食』と、あれは良い言葉だ、もっと広めよう。



お腹も魔力も充実し、気分も上々、私の突入を許してくれた主様にはいくら感謝しても足りないくらいだ。

今度、またお頼みしてみよう、きっと許してくださるはずだ。







エンハンストさまの仕事を手伝う以外での私のやることも多い。



主様にはご家族がいる、詳しくは知らないが血の繋がらない兄様と妹様がいる。

ことのほか家族仲は良好なようで、主様は暇さえあれば家族に会いに行く。

勿論私もついていく、はじめの頃は長女様には怖がられたがいまではそれなりに仲良くなったと思う。

主様のご家族と良好な関係を築くのも使い魔たる私の役目。



「ウーノ様ぁ、そういえば最近はジェイル様とのご関係は進みましたかぁ?」

「ぅっ……ま、まだ、なにも……ススンデマセン……」

「アラアラ、残念ねぇ、早くしないと誰かに取られてしまうかも知れませんわよぉ?」

「えぇっ!!? 私以外にドクター狙ってる奇特な人なんているんですか!?」

「さぁ、どうかしらねぇ、うふふふふ……♪」

「ちょ、教えてくださいよ、だ、誰なんですか!? カガチ様!? ま、まさかドゥーエ!? 大穴でクアットロ!?」



妹様の恋の相談に乗ったりもしますし。



「う~ん、もうちょっと実践的な訓練が必要かしらねぇ、なんだか模範的すぎて簡単に見切れてしまいますわぁ」

「……でも、相手がチンクしかいない」

「そうよねぇ、簡単に外に出られないのがネックなのよねぇ、私もあんまりお相手して上げられませんしぃ……」

「……………(`Д´)」

「アラアラ、そんなお顔しないでください、今度主様に相手していだけるよう頼んでおきますわぁ」

「……………(゚∀゚)」

「アラ、急に良いお顔になりましたわぁ、わかりやすい子ねぇ♪」



運動不足でストレスがたまっている妹様の相手をしてさしあげたり。



「チンク様ぁ、今月分のブツですわぁ」

「カガチ殿! 毎度毎度ありがとうっ! これで今月も私は戦える!!」

「今回はちょっとサービスして主様のシャワー後のセクシーショットも入っておりますわぁ♪」

「な、なんだと!? そ、それはいいのか? 私の好きにしても良いのだろうか!? 多分いろいろすごいことになってしまうぞ!?」

「もちろんかまいませんわぁ、他ならぬチンク様ですもの、主様だって喜んでくれるはずですわぁ♪」

「そ、そうなのか、兄上も喜んでくれるのか! じゃあ遠慮は要らないな、ありがとうカガチ殿、また来月も頼みます!」

「はぁい、了解しましたわぁ」



主様を慕う妹様に幸せをお裾分けしたり。



「あぁ! カガチお姉さま、お待ちしていました!」

「大姉様! 卑しい私たちを可愛がってください!」

「アラアラ、ずいぶん気の早い子達ねぇ、これは虐め甲斐がありそうねぇ♪」

「え!? カ、カガチお姉さま、一体そんな枝分かれした棒で何をする気なんですか!?」

「大丈夫よぉ、女は度胸、何でも試してみるものですわぁ♪」

「ああ、そんなダブルだなんて! 悔しい、でも感じちゃ(ry」

「あ、そ~れぇ♪ ずぷっとな」

「「アッー!」」



可愛い妹分を存分に相手したり。



それはそれは沢山の仕事があるのです。

でもこれもすべて愛すべき主様のため、決して手抜きなどできないお仕事です。

エンハンスト様、カガチは貴方様のために頑張っています! おりゃっ!



「「アッー!」」







エンハンスト様には婚約者であるカリム様がいます。

幼い頃に決められた婚約者という話ですが、お二人の仲はすこぶる良好なようです。



ほぼ毎日のように届く婚約者様からのメールや映像通信を主様はしっかりチェックして、きちんと返信を返します。

連日の忙しい日々でもそれは変わりなく、なにか鬼気迫る迫力すら感じます。

私の目から見ても主様は婚約者様を大切にしていることがわかります。



それに主様が何よりも大切にしている花壇の花を毎月贈るくらいですから、そのご寵愛ぶりも伺えるというもの。

なんせ主様が花壇の花を贈る相手はご家族か、婚約者様だけなのですから。

ある意味で雌としては羨ましい限りですが、使い魔としてはお二人の仲を応援しなければなりません。



ただ唯一気に入らないのは婚約者様の護衛を自称するあの筋肉女です、奴は過去に主様に暴力を振るった前科があります。

正直、それだけでも極刑に値する許しがたい重罪ですが、奴は今でも主様に敵意を持っています。

私も何度か秘密裏に処分してしまおうと襲撃したのですが、ことごとく失敗に終わってしまいました、情けない限りです。

馬鹿なくせに妙に生存スキルが発達していてどうしても殺せないのです。

……でもいつか隙を見つけて必ず殺します、絶対殺します。



さて、話がちょっとずれましたが、主様が婚約者様とのデートに出かけられる日は必ず精力がつく食べ物をこれでもかと食べさせます。

あとバレないようにシルデナフィル(バ○アグラ)も十錠ほど砕いて料理に混ぜておくようにしています。

これほど精力をつけてさしあげれば必ずや二人の仲は上手くいくはず。



多分、今夜は交尾で腰がいたくなるほど頑張ってくることでしょう。

頑張ってくださいエンハンスト様!

そしてできれば私にもおこぼれでいいのでお情けください、そろそろ卵が生みたいので。



さてと、とりあえず主様が帰ってきた時に備えて、主様のベッドで寝ておきましょうか。

もちろん全裸で、あ、でもきわどい下着をしていたほうが効果的でしょうか?

うーん、悩むところです。

とりあえず黒のスケスケレースで責めてみましょうか。



よしっ、準備万端です、主様、カガチはいつでもオッケーですよ!




PS この日、エンハンストは嫌な予感がしたので帰宅せず人知れず仕事場の机で寝ました。








おまけ1
※完全にネタです、前回の感想読んでて思いつきました、見ても後悔しないでください。



                     ↓



                     ↓



                     ↓



                     ↓



                     ↓




           ☆ヴィヴィオの聖骸布が燃えちゃったよ!!





                   r、ノVV^ー八
                 、^'::::::::::::::::::::^vィ      、ヽ l / ,
                 l..:.::::::::::::::::::::イ     =     =
スカリエッティ→     |.::::::::::::::::::::::: |    ニ= ス そ -=
                  |:r¬‐--─勹:::::|     ニ= カ れ =ニ
           キリッ  |:} __ 、._ `}f'〉n_   =- な. で -=
  、、 l | /, ,         ,ヘ}´`'`` `´` |ノ:::|.|  ヽ ニ .ら. も ニ
 .ヽ     ´´,      ,ゝ|、   、,    l|ヽ:ヽヽ  } ´r :   ヽ`
.ヽ し き ス ニ.    /|{/ :ヽ -=- ./| |.|:::::| |  |  ´/小ヽ`
=  て っ カ  =ニ /:.:.::ヽ、  \二/ :| |.|:::::| |  /
ニ  く. と な  -= ヽ、:.:::::::ヽ、._、  _,ノ/.:::::| | /|
=  れ.何 ら  -=   ヽ、:::::::::\、__/::.z先.:| |' :|
ニ  る と   =ニ   | |:::::::::::::::::::::::::::::::::::.|'夂.:Y′ト、
/,  : か   ヽ、    | |::::::::::::::::::::::::::::::::::::_土_::|  '゙, .\
 /     ヽ、     | |:::::::::::::::::::::::::::::::::::.|:半:|.ト、    \
  / / 小 \    r¬|ノ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::| \


--------------------------------------------------------------------------------


            ヾヽ':::::::::::::::'',   / 時 .あ ま ヽ
             ヾゝ:::::::::::::::::{   |  間 .わ だ  |
スカリエッティ→   ヽ::r----―‐;:::::|  | じ て    |
             ィ:f_、 、_,..,ヽrリ  .|  ゃ る     |
              L|` "'  ' " ´bノ     |  な よ     |
              ',  、,..   ,イ    ヽ い う    /
             _ト, ‐;:-  / トr-、_   \  な   /
       ,  __. ィイ´ |:|: ヽ-- '.: 〃   `i,r-- 、_  ̄ ̄
      〃/ '" !:!  |:| :、 . .: 〃  i // `   ヽヾ
     / /     |:|  ヾ,、`  ´// ヽ !:!     '、`
      !      |:| // ヾ==' '  i  i' |:|        ',
     |   ...://   l      / __ ,   |:|::..       |
  とニとヾ_-‐'  ∨ i l  '     l |< 天  ヾ,-、_: : : .ヽ
 と二ヽ`  ヽ、_::{:! l l         ! |' 夂__ -'_,ド ヽ、_}-、_:ヽ


--------------------------------------------------------------------------------


            ヾヽ'::::::::::::::'',   / あ .あ ま ヽ
             ヾゝ::::::::::::::::{   |  あ .わ だ  |
スカリエッティ(笑)→ ヽ::r----―‐;:::::|  | わ あ    |
             ィ:f_、 、_,..,ヽrリ  .|  あ わ     |
              L|` "'  ' " ´bノ     |  わ わ     |
              ',  、,..   ,イ    ヽ わ わ    /
             _ト, ‐;:-  / トr-、_   \  て   /
       ,  __. ィイ´ |:|: ヽ-- '.: 〃   `i,r-- 、_  ̄ ̄
      〃/ '" !:!  |:| :、 . .: 〃  i // `   ヽヾ
     / /     |:|  ヾ,、`  ´// ヽ !:!     '、`
      !      |:| // ヾ==' '  i  i' |:|        ',
     |   ...://   l      / __ ,   |:|::..       |
  とニとヾ_-‐'  ∨ i l  '     l |<; 天  ヾ,-、_: : : .ヽ

/ 
 ドクター、ドゥーエが二日酔いで死んでます!  






正直スマンかった、今後は自重する。








おまけ2
※感想板にてSB点様が書いてくださったカガチの少佐演説パロです、すごく面白かったので本人承諾を得て掲載させていただきます。



エンハンスト様、私は食事が好きです。

エンハンスト様、私は食事が好きです。エンハンスト様、私は食事が大好きです。

ネズミが好きだ、生卵が好きだ、昆虫が好きだ、鳥が好きだ、猫が好きだ、犬が好きだ、蛙が好きだ。

平原で街道で塹壕で草原で凍土で砂漠で海上で空中で泥中で湿原で、この地上で行われるありとあらゆる食事闘争が大好きだ。

ネズミをいたぶってすすり食うのが好きだ。

空中高く放り上げた生卵を丸飲みするときなど心がおどる。

カブトムシをプチプチすりつぶすのが好きだ。クリーミーで甘くてプチプチした食感がたまらない。

鳥の羽をむしり取って食うのが好きだ。

羽をむしられ飛べなくなった鳥を見たときなど感動すら覚える。

子猫をレンジに入れる時などはもうたまらない。

泣き叫ぶ猫達が私の前にあるスイッチで電子音と共にこんがり焼かれるのも最高だ。

哀れな犬畜生が必死に歯向かうのを力任せに粉砕して食した時など絶頂すら覚える。

一般人が犯罪者に滅茶苦茶にされるのが好きだ。

守る人達が蹂躙され、罪を犯した人達を潰し、助けに来た仲間を目の前で皆殺しにし潰された連中の絶望した表情はあまりにも滑稽だ。

私が単独でアジトへと突入して物量で襲われるのが好きだ。

来る敵を食いながらボスの所まで行き、ボスの息子を人質にとって、おまえが死ねば息子は助けてやると言ってやったときなどボスは屈辱の極みだろう。

そしてそんな苦悩の表情に私は絶頂すら覚える。

エンハンスト様、私は食事を。地獄の様な食事を望んでいます。

エンハンスト様、愛すべき主様のため、決して手抜きなどできないのです。

更なる食事を、情け容赦のない大食の様な食事を。

弱肉強食の限りを尽くし三千世界の鴉を食い殺す嵐の様な食事を。

食欲(クリーク)!!性欲(クリーク)!!本能(クリーク)!!

つまり食事闘争(クリーク)です。

私は満身の力をこめて今まさに食い殺さんとする大顎。

エンハンスト様の才能を妬み裏でエンハンスト様の足を引っ張り陥れようとする不届きな輩を食うだけではもはや足りない!!

食事闘争を!!一心不乱の食事闘争を!!

エンハンスト様の使い魔は私一人のみ。

だがエンハンスト様には血の繋がらない兄様と妹様に婚約者様がいる。

ならば私は全戦力を持って敵を食い尽くそう。

エンハンスト様を傷つけた婚約者様の護衛を自称するあの筋肉女を食い尽くそう。

髪の毛をつかんで引きずり下ろし眼を開けさせ思い出させよう。

あの筋肉女に恐怖の味を思い出させてやる。

犯罪者達に私の舌の音を思い出させてやる。

馬鹿なくせに妙に生存スキルを持っていようが隙を見つけて必ず食い殺してやる。

さあ行きますよエンハンスト様。

そしてできれば婚約者様の後にでもおこぼれでいいのでお情けください、そろそろ卵が生みたいのです。




これは良い才能wwwなんというかこういった形で応援されるとすごく元気が出ます。
SB点様ありがとうございました!!






[7527] リリカル・エンハンスト28
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/06/17 13:48
■28



あの事件から半年が経った、いろいろな意味で僕の人生における分岐点となったあの事件。

今では世間で『新型艦ジャック事件』とか呼ばれている、僕のデバイスRed cometの暴走、そして反逆。

その事件の過程で僕自身も命の危機にさらされた。



予想外だったのは、僕的に最悪のタイミングで覚醒した聖王の力。

これまで僕の体がチートクローンだということはいろいろ痛感していたが、さすがにコレはないだろうと思った。



結果的に命が助かったとはいえ、世界中に生放送されていた現場での聖王覚醒である。

事件後、地上に戻った僕を待っていたのは恐ろしい数の人々の群れ。

「君のおかげで皆が助かった」、「ありがとう」、「君は僕らの英雄だ」、そんな言葉をたくさん浴びせられたが、そもそもの原因が僕のデバイスが引き起こした事件なのだ。

素直に喜べるはずもなく、もともと人前に出るのが極端に苦手な僕にとっては拷問に等しい時間だった。



ようやく自室にもどって一段落したと思ったら、今度は謎の体調不良で大量吐血。

原因もわからず暫し呆然とした後に知った現実はいままでで一番理不尽な事実だった。



余命10年、これは長ければの話、早ければあと数年の命だ。



僕の体やリンカーコアをくまなく走査したADAから告げられた結果である。

原因は僕自身の生まれ、つまりチートなクローンとして生まれた事そのもの。

過去にジェイル兄さんが語った『奇跡的な成功例』とは期間限定のものだった。



これまで文字通り奇跡的なバランスのもとで成り立っていた僕の体が、今回の聖王覚醒が原因でそのバランスを壊してしまったらしい。

詳しい説明は省くが、要約して説明すると『肉体的なDNAバランスの崩壊』+『これまでの魔法属性と聖王の属性が相反し合うリンカーコアによるバランスの崩壊』の二つが原因になっている。

もしもの話だが、どちらか一方だけなら僕は助かった。



『肉体的なDNAバランスの崩壊』だけなら、今の肉体を捨てて戦闘機人になればいい、少なくとも命は助かる。

『リンカーコアのバランス崩壊』についても同様に、レリックウェポンの技術を応用すれば何とかなる可能性が高い。

だが二つを同時にこなすのは不可能に近い、ジェイル兄さんが半世紀くらいじっくり研究すれば可能になるかもしれないが、現時点ではこの二つの技術の併用は難しすぎた。



ジェイル兄さんほどではないにしろ、僕にだってそういった系統の知識はある(無理やり記憶転写された)。

その知識を総動員して不可能だと判断した、せざるをえなかった。



これまでも散々死亡フラグが立っていたし、死にそうな目にも何度か会ってきた。

しかし、このチートな生まれのおかげでなんとか生き延びることができていたし、最近ではクロノを鍛えるなどして将来への備えもしていた。

でもこうして明確に自分の死亡時期が決定された事実を聞かされると流石に絶望した。







僕はしばらく部屋に引きこもって泣いた、この世界に生まれ変わって初めて大泣きした。

途中でカガチがやってきてADAから話を聞いていたが、僕には彼女に気を配れるほどの余裕はなかった。



しばらく泣いた後、いつのまにか泣きつかれて寝てしまっていた僕が気が付くとカガチに膝枕されていた。

相変わらず爬虫類っぽい冷たい肌だったけど、不思議と嫌じゃなかった。



「エンハンスト様のお好きなようになさると良いですわぁ、カガチはどこまでもついていきますからぁ」



彼女は縦に裂けた蛇の目で僕をじっと見下ろしながら笑顔で言った。

まさかこの邪悪でエロエロな使い魔に励まされる日が来るなんて思ってもいなかった。

でも、僕はその言葉と表情をみてちょっとだけ元気がでた。



そうだ、僕がどれだけ嘆いたところで現実は変わらない。

僕の命が短いことは悲しいが、なにも今すぐに死ぬわけじゃあないんだ。

ならば残りの人生をかけて何かをなすべきだろう、なにか自分がいた証を残したい。

……ちょっとだけ、そう前向きに考えるようになった。



それから三日間、僕は部屋に引き篭もっていろいろこれからの方針を考えた。

残り少ないこの命をどう使うべきか。







熟考した結果、考えついたのはそれほど多くなかった。



まず家族の幸せ。

ジェイル兄さんやナンバーズの妹達に明るい未来を残してあげたい。

この世界に生まれてできた唯一の家族、こんな僕を家族として慕ってくれる大切な存在だ

犯罪者としてではない、兄さんには研究者としての道を、妹達にはスバルやギンガのような人としての将来を。

そうするためには僕は何をすべきか。

方法として考えついたのはそう多くない。

まず僕が今の立場を最大限に利用して兄さん達の戸籍や身分、あと快適な住居を用意すること。

できればミッド以外の目立たない辺境世界に用意したいところだ。

これはそう難しいことじゃない、慎重に、時間をかけて隠密にやればまずバレない。

僕にはそれなりの権利が許されているし、そういった裏の仕事系統の知識・技術も持っている。

むしろ困難なのは次、僕自身の手で最大の障害である最高評議会を始末すること。

しかし、僕はどうせ死ぬ身なのだ、相打ちになろうが、犯罪者になろうがかまわない。

兄さん達に新しい戸籍を用意して、僕が最高評議会を討ち取ったあとにこっそり移住してもらう、相当目立つようなことをしなければまず見つかることはないはずだ。

少なくともこの方法なら家族は犯罪者として捕まる事もなく自由になれる。

……まあ、僕が死んだ後にちょっと悲しんで泣いてくれたら、僕はそれだけで満足だ。



次に僕のせいで巻き込まれた人々への罪滅ぼし。



僕自身の勝手な都合で巻き込んでしまったクロノやリンディさん。

まあ、この場合リンディさんはほとんど関係ないけど、クロノは話が別だ。

僕の所為で過酷な修行につき合わせ、その結果周囲から妙な注目を集めるようになってしまった。

原作よりは強くなるよう鍛えたつもりだが、そんな事は罪滅ぼしにならない。

では僕はどうすべきか、どうすればクロノ自身のためになることができるのか。

しばらく考えた末に出た答えは、クロノの悲願をかなえてあげよう、というものだった。

修行中、クロノは何度も闇の書事件に関わって殉職した父のような被害者を出したくないといっていた。

その時の彼の目は少年とは思えないほど決意に満ちていて、正直ビビッタ。

そんなクロノは原作では、とくにAsではほぼ空気、ろくに活躍もできずに闇の書事件は解決してしまった。

あれでは父親の仇をとった気分にはなれないだろう。

だから僕が原作ではできなかった敵討ちを遂げさせる。

まあ、これまで通り徹底的に鍛えて、必殺技の一つ二つ教えておけば大丈夫だと思う、多分。



もちろんカリムさんへの罪滅ぼしも必要だ。

むしろ彼女が僕にとって一番の被害者だと言ってもいいかもしれない。

一方的に婚約者にさせられ、近い将来に犯罪者として死んでいくであろう婚約者なのだ。

これほど迷惑極まりない相手はそうそういないと思う。

それを自覚し始めてからはますます罪悪感がつのっていった。

果たして僕は彼女に何をしてあげることができるのだろうか。

これが一番の難題だった、いくら考えても答えがなかなかでない。

結局、できるだけ彼女の望みをかなえて、誠意を示すしかないという結論に至った。

まあ当面は面会回数を増やしつつ、たくさんプレゼントを贈る以外の方法がなかったわけだが。



あと余裕があれば原作キャラへの救済もしてみたかった。

多くのオリ主がやろうと試みる原作改変である。

別に最強ハーレムを狙っているわけではないが、わざわざ不幸になる者をほっとくのも可哀想だと思ったのだ。

これまでの僕だったら絶対に手を出さなかったであろう無謀な暴挙、そうしようと思い至った理由は単なる自己満足以外の何者でもない。

どうせ近いうちに死ぬのだ、せいぜい好き勝手やらせてもらおうか、そう独善的に考えるようになっていた。

この時から僕はなかば自殺志願者が恐れるもののないような、そんなヤケクソ気味な心境になっていったと言っていい。

好きなことをやるだけやって、あとは死ぬだけ。

その結果、残された大切な人々が後の世で僕のことを覚えてくれていたらそれだけで十分な気がした。



そうして結論が出尽くしたのは三日目の夜だった。

これらのことは誰にも話すつもりはない、知っているのはカガチとADAだけ。

もちろん二人(?)には口止めしてあるし、ジェイル兄さんや妹達にも話さない、多分反対されると思ったからだ。

準備が万全になって、計画を決行するギリギリになってから話すつもり。

……まあ、僕自身が実際に実行に移せるかどうかはっきりとした自信がなかった、というのもあったけどね。







そういえば、先日カリムさんからメールが届いていたな。

ここ半年は事件の後始末や、あたらしくできた聖王としての仕事、面倒くさい手続きなどでろくに接待もできず、花やプレゼントを贈るだけだったが。

そろそろ一度挨拶にいかないとな、聖王にされてから一度も会ってないし。

彼女にはできるだけの誠意を示すと決めた以上、これからはできるだけ会うようにしなくっちゃ。

まあシャッハさんはあんまり良い顔しないだろうけど、しょうがないね。



で、メールの内容を読むとカリムさんが昇進したとかで、そのお祝いも兼ねて挨拶へ聖王教会へと向かった僕が最初に出くわしたのは運が良いのか悪いのか脳筋シスターシャッハさんでした。

彼女は僕を見つけるやいなや獲物に飛び掛る猫科の猛獣のごとく跳躍し、空中で体勢を整えると。



「これまでの数々のご無礼、申ぉぉぉぉし訳ありませんでしたぁぁぁぁっ!!」



ズザザザー、と僕の眼前に滑り込み、地面に頭を擦りつける。

出会い頭のジャンピングDO☆GE☆ZA、さすがシャッハさんは格がちがった。

っていうかなんぞコレ、僕は彼女に何かしただろうか?

これまで恨まれる事や命を狙われる事はあっても、こうやって謝罪される事など絶対にありえないと考えていたが。



……ああ、そうか、アレが原因か。



「本当にすいませんでした聖王様ぁぁぁぁっ!!」



なんという宗教パワー、あのシャッハさんの性格をもここまで豹変させてしまうとは。

この場合喜ぶべきか、それとも結果的に彼女を勘違いさせて騙してしまっている事に罪悪感を抱くべきか、悩むところだ。

まあ、今後殴られなくなるのは素直に嬉しいけど。



「この命をもって償いますゆえ、どうかお許しをっ!!」



そう言っていきなりデバイス起動、ついでに衣服もキャストオフ(裸的な意味で)。

最低限の良心か、下着は残していたがなんという嬉しくないパンモロ、腹筋メチャ割れてるし……。

近くにいたカリムさんやヴェロッサ君も驚いている。

皆がいきなり何事かと呆然としているうちにシャッハさんはいきなり正座し、自らの腹部に剣型デバイスを宛がい、ジャパニーズハラキリスタイルをとった。



「いざぁぁぁぁ!!」



ちょ、おま、何しようとしてんのこの人わ!?

マジでセップクする気なのかこの脳筋シスターは!? いまどき本場の日本人でも絶対にしないぞ!

僕がとっさに止めようと一歩を踏み出す前に、先に動いた人物がいた。



「シャッハ! 落ち着いて!!」

「ぶべらっ!!?」



目にもとまらぬ速さでシャッハさんに駆け寄ったカリムさんは、勢いを止めぬままに見本のようなアッパーカットを彼女の顎に食らわせた。

美しい放物線を描いて吹っ飛ぶシャッハさん、キラキラと白く輝きながら飛び散る歯が数本。

ドシャリ、と地面に倒れこんでビクッビクッと数度の痙攣、その後にぐったりと動かなくなった、完璧なK.Oだ。



「……って、ちょ、カリムさんこそ落ち着いて!?」

「私は大丈夫です、こんなこともあろうかと習っていた通信教育『サルでもできる白兵戦』が役に立ちました」



なんと物騒極まりない通信教育、深窓のご令嬢だとおもっていたのは僕だけの勘違いだったのだろうか。

いやいや、今はそれよりもシャッハさんだろ。

いきなり自殺未遂とか尋常じゃない、なにがあったんだ?



「……えっと、カリムさん、彼女はいったいどうしてあんなマネを?」

「きっかけは半年前の事です、そう、エンハンストさんが解決したあの『新型艦ジャック事件』―――」







まあここからのカリムさんの話は無駄に長かった(なぜか僕の登場描写が過剰に多かったからだ)ので要約して話すとこうなる。



・あの事件で僕が聖王だとバレる、シャッハさんびっくり。

・やっべ、いままで失礼ぶっこいちまってたわ、どうしよ?

・とりあえず謝罪かな、いやいや、相手は現人神様だよ、シスター的にもそれだけじゃ駄目でしょ。

・ここはシスター的に命をもって償わなきゃ!

・じゃあ切腹しかないよね、シスター的に!



というシスター的超理論をもって事件直後にさっそく切腹しようとしたらしい。

その場は周囲にいたベルカ騎士が総戦力でもって止めたらしいが、さすがにちょっぴりだけお腹を切ってしまったらしく、一週間ほど入院していたという。

その後も時々発作のように切腹しようとするようになってしまい、それを止めるためにカリムさんも慣れない格闘技を必死で習ったらしいです。



……まあ、それだけならちょっぴり美しい主従愛なんだろうけど。

拳からポタポタとシャッハさんの血を滴らせる笑顔のカリムさんを前にするとそんな考え吹っ飛びました。

この人すっごいスッキリした顔で語るんだもん、絶対嘘、まちがいなくストレス発散の手段と化してる。



でも、そんな恐れ多いことヘタレな僕が正面きって言えるわけがなく。



「……そ、そうですか、カリムさんは優しいんですね」

「いえいえ、そんなことないですよ、ウフフフ……♪」



とか適当なこといって誤魔化すことしかできませんでした。

ヘタレな僕を許してくだしあ。



べ、別にシャッハさんがぶっ飛ばされてちょっとだけ嬉しかったとか、そんなんじゃないんだからね!

……僕は何を言ってるんだ、あまりの展開に頭がまだ混乱してるのかも。







その後、何故かなかば強制的にカリムさんとデートすることになった。



い…いや…強制的というよりはまったく理解を超えていたのだが……

あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!

『僕はカリムさんと和やかに談笑していたと思ったら、いつのまにかデートの約束をさせられていた』

な…何を言ってるのかわからねーと思うが、僕も何をされたのかわからなかった…

頭がどうにかなりそうだった…

催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…



……っと、冗談はここまでにしておいて、なんだかカリムさんとデートすることになった。

なんかね、話しているうちに上手く乗せられてしまって、カリムさんって人を誉めるの上手だよね。

これまでの人生で女性との接点がほとんどなかったものだから、カリムさんみたいな綺麗な女性にお世辞をいわれると天にも上るような幸福感につつまれたよ。



いや、これが社交辞令だとはわかっているんですが、それでもやっぱり嬉しいわけでして。

それでもって、シャッハさんのことで悩みが消えたおかげで気が楽になった所為か、ついホイホイOKしちゃったんだ。



まあ、もともとカリムさんを全力接待するつもりで会いにきたわけだし、別にいいんだけどね。

今回も花と幾つかのプレゼントを持参してきたわけだし。

実際にカリムさんはすごく喜んでくれたし、なんだか僕も嬉しかったよ。







後日、接待スキルを全力で発揮して彼女とのデートをエスコートしました。

これまで以上に誠意をもって接したおかげか、それとも僕が聖王だとわかったからか、カリムさんが本当に僕とのデートを喜んでくれたみたいで良かった。



一緒に町を歩いたり、買い物をしたり、名所を巡ったり。

いままではビビリながらだった所為か、全然楽しめなかった彼女とのデートを僕自身がかなり楽しみながら過ごせた。



知識と技術はあれども、ろくに女性とまともなデートなどしたことなかったからよけいに楽しかったのかもしれない。

そうなると僕の隣にいる女性がより魅力的に見えてきてしまい、うっかりすれば本気でカリムさんに恋してしまいそうな自分を抑えるのに必死だった。



そんな僕の葛藤を知ってか知らずか、カリムさんは突然腕を組んできたり、身体を密着してきたり、過剰なスキンシップを図ってくるわけで。

し、しかもその時にややや柔らかいむむむ胸ががががgっ!!?

……ま、まあ、ようするにドキドキワクワクな展開になってくるので、僕は余計に理性を削られていくわけで、いろいろギリギリでした(下半身的な意味で)。



……今度からはデートする前にある程度『処理』してから来よう、次回は我慢できる自信がない。



デートの最後に、カリムさんを家の前まで送って笑顔で解散した、正直楽しかったです。

ただ、これまで数ヶ月に一度程度だった接待デートが、週一になるように約束させられてしまったのは失敗だったかも。



……流石に僕の体力・精神力がもたないかもしれない、こんな幸せな悩みは生まれて初めてだった。



あと、なんか嫌な予感がするので今日は帰宅せずに仕事場で寝よう。

い、いや、念のためだからね!






[7527] リリカル・エンハンスト29
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/06/20 19:59
■29



お久しぶりです、エンハンストです。

もうすぐ二十歳になります、まだチェリーです。

……前世も合わせるとすでに半世紀近いです、もはや童帝と言わざるをえない。



魔法使いってレベルじゃねーぞ!



いろいろありましたがようやく、ようやく原作開始時期に追いつきましたよ。

ホント、いろいろありましたね。

ちょっと回想してみましょうか。



カリムさんと初デートに行って暗殺の恐怖に怯えたり(グラシア家のご家族にも目をつけられてしまった)。

クロノがなぜか引き篭もってしまい、あやうく駄目人間になりかけたり(その後修行で厳しく鍛えたけど)。

僕のデバイスが暴走して次元航行艦をハイジャックしたり(死にかけてレアスキルに覚醒してしまった)。

結局死亡フラグが確立してしまい、余命10年になってしまったり(激しく落ち込んだが、現在は開き直ってる)。

なし崩し的に聖王なんてたいそうな身分に祭り上げられてしまい、カリムさんが妙に積極的になったり(手を出すわけにもいかないので余計辛い)。

使い魔に一服盛られて下半身が大変なことになってしまったり(罰として一ヶ月口をきかなかった)。



……ろ、ろくでもねぇ思い出ばっか。



ま、まあいいです、僕が今どこにいるのかというと、そう、皆さんご存知の次元航行艦アースラです。

最高評議会のクサレ脳みそどもの命令で、『時空管理局の全部所を巡れ』という無理難題を押し付けられ早7年。

それも、まるでここで申し合わせたようにそろそろ終わります。



ちなみに、ここアースラへの赴任は特に僕自身が望んだことではありません。

元凶はリンディさんとクロノのハラオウン一家の方々の仕業です。



どういう意図から希望したのか知りませんが、僕の最後の赴任地としてアースラに来て欲しいと申請したらしいです。

まあ、普段ならば顔見知りのいる職場だから多少気安い環境でしたが、今回ばかりは気が抜けません。

だって、この時期のアースラはヤバイ、超ヤヴァイ。



まず無印において『PT事件』。

次にA's(二期)において『闇の書事件』。

どっちも危険度でいえばSクラス、次元震とかに巻き込まれたら問答無用で命取りです。

次元震にチート主人公がどうとか関係ありませんから。



……聖王モードになればなんとかなるかもしれませんが、アレは著しく寿命を縮めるっぽいので、できれば使いたくないです。







転生者唯一の強みである原作知識も、今となってはたいして役に立ちそうにありませんし。

クロノ引き篭もり事件のおかげでそれを痛感しています。

それに僕主観ではありますが、ミッドの方もいろいろ原作からかけ離れてしまった流れみたいですしね。



……だって、レジアス中将が実践武術に目覚めて管理局の人材強化に乗り出すとか予想外すぎる。

あの人、何があったか知りませんがメチャクチャ強くなっています。



原作のStsを見ていた時は『太った中年のヒゲ親父』程度だったのですが、現在では三島平八バリのガチムチ格闘親父になっています。

時空管理局員の、しかも偉い管理職の癖に制服は魔改造されていて、どこぞの野生児みたいに袖が肩あたりでなくなっていてギザギザしていますし(アレ、自分でやってるのかな?)。

胸元とか開きまくりで胸毛出しまくり、というか制服の下はムキムキ全裸ですよ、寒くないのかな?

見た目完璧に怪しい人です、心なしかヒゲも二割増しているみたいだし。



2年ほど前のことになりますが、その当時の僕は死亡フラグが確定して激しく塞ぎ込んでいた時期がありました。

一応仕事は無理なくこなしていましたが、将来への希望も見出せず、いまだ開き直る事もできずにいた時期です。

そんな時に面会にやってきたのがレジアス中将でした。



彼は出会い頭にいきなり頭を直角にビシッと下げて僕にこう嘆願してきました。

「エンハンスト・フィアット執務官、どうか貴官の知りうるすべての格闘技術を教えてもらいたいっ!!」

ごついヒゲ親父がいきなり暑苦しく迫ってくる状況はいくら僕でも許容できるものではありません。

一気にテンションが最低値まで急降下しました。



おっさんの唾が飛んでこないように適度に距離を取りつつ、改めて話しを聞くとレジアス中将個人での頼み事ではなく管理局全体から出された正式命令でした。

その内容は『試験的に魔力運用に頼らない武装部隊の編成』に協力すること。

ミッドチルダ、というか時空管理局では物理兵器を規制しているので地球のように重火器などの武装は使えません。

つまり純粋な格闘技術のみで戦う部隊を作るので、その教導を頼みたいと言われていたのです。



本当ならこんな暑苦しいヒゲ親父と一緒に訓練などしたくないのですが、正式命令ならば断れません。

……多分、あの3脳も例の如く関わってきてるんでしょうし。



しかし、この時の僕は死亡フラグが確定したばかりということもあって、心境はかなり鬱期、無気力で落ち込んでいました。

そんな状況で暑苦しいヒゲ親父と一緒に汗流せと言われても絶対に嫌です。

かといって問答無用で断れば新たな死亡フラグが成立して、ただでさえ短い余命がなくなってしまう可能性もあります。



どうすればこの嫌過ぎる状況を穏便に回避できるだろうかと数分ほど考えて、なかなかの名案を思いつきました。

それは僕が直接教導するのではなく、万人向けの教導本を作成してレジアス中将に渡し、彼に教導させるという計画でした。

直接教導にいけない理由としては、執務官としての仕事や聖王となったことで生じた仕事などで多忙極まるために時間が取れなかった、とでも言っておけば良い。

実際、僕の仕事環境が殺人的に忙しいのは事実でしたし。

チート性能のおかげでそれほど苦ではありませんが、常人ならば確実に過労死レベルです。

労働基準法? なにそれ、おししいの?



というわけで、その旨をレジアス中将に説明すると少し残念そうではあったが、最後は納得してくれた様子で承諾してくれました。

ただし、どうしても実際に直接指導しないと理解が難しい部分などがあれば僕の弟子であるクロノに聞いてくれと補足もしておいた。

ある意味でクロノに丸投げであるが、僕以外で例の戦闘技術を直接知るのはクロノしかいなかったから仕方がない。

すまないクロノ、ついカッとなってやった、今は反省している。







その後、一晩徹夜して執筆した『白兵教導本』、通称『白本』は近い将来に僕の予想を遥かに越える結果をたたきだすことになるが、当時の僕にはまったく想像などできていなかった。



……だって、一般管理局員が波動拳だせるようになるなんて普通考えないでしょ?

いやね、徹夜で朦朧とした思考のまま、とにかく『知りうる必殺技』をテキトーに羅列しまくってしまった僕も悪いんでしょうけど。



さすがに空は飛べないだろうとか思っていたら、あっさり跳んでるし。

迂闊にも僕が教導本に書いてしまった「空気を蹴れば空中で足場になる」という冗談のような内容を純粋にも信じた局員達は死ぬほど辛い訓練を忠実に積み続け、数年もすればほとんどの連中ができるようになってしまった。

つまりは無限二段ジャンプ、彼らも順調に人間としての道を踏み外していってしまっているようです。

……主に僕の所為で orz



ちなみに水の上も走れます、烈海王っぽく「右足が沈む前に左足を、左足が沈む前に右足を出せば水の上でも歩けるはず」というアホな説明を彼らが一途に信じ込んでしまった結果です。

一般管理局員たちの純粋さに僕涙目(罪悪感的な意味で)。



訓練形態に亀仙流方式を取り入れたのが余計にいけなかったのかもしれません(数十kgの亀の甲羅を背負わせるなど)。

他にもジャンプ漫画でよくある無茶な修行をとにかく紹介しまくりました(針山の上で指一本逆立ちとか、滝壷ノーロープバンジーとか)。

あとその内容を読んだ技術部によって開発された、重力発生装置での十倍重力下訓練も大きく影響している様子でした。



とにかく、当時の僕が面倒くさがって深く考えるのを放棄し、テキトーに書き綴った教導本はあまりにも予想外な方向に大活躍してしまったのです。



しばらくして時空管理局全体が妙に暑苦しい雰囲気になってきた頃になって、ようやく僕は自分のしでかした事に気がつきました。

そう、僕は「流石にこんな冗談みたいな内容の教導本を信じて訓練しても結果が出るわけがない、マンガじゃあるまいし(笑)」と思い込んでいたのです。

そのうち皆も呆れて普段どおりの仕事に戻っていくことになるだろうと信じ込んでいました。



……それが大きな勘違いだと言うことに気が付かないまま。

だって、この世界は、もともと原作がアニメ(さらにその元ネタはエロゲ)だったのですから。

気がついた時には既に手遅れ、僕のあずかり知らぬところで致命的なまでに原作から乖離してしまっていました。

いまさらアレは冗談ですよ、なんて言えるわけもなく。

数年間の過酷な修行を経て見事なまでのファイターに成長した彼等をただ眺めることしかできませんでした。



それに、レジアス中将に関しては完全に別次元の存在へと飛んでゆかれたご様子で。

もともと、魔力を持たず直接的に人々を守ることができなかった自分の無力さが歯痒かった彼は格闘技というものを知ったおかげで、魚が水を得たように元気になり。

その熱い正義の心を胸に、誰よりも一途に修行していたらしい中将は人類の限界を天元突破してしまったらしく。

40才をとうに越えた老いたる肉体を劇的大改造し、いつしか管理局内で肉弾戦No.1の実力者になってしまっていたのです。

模擬戦では純粋な格闘技術のみで親友でもあるゼスト・グランガイツ(S+ランク)と互角以上の戦いを繰り広げるほどまで強くなり。

「ハイパー! ボッ!!」という掛け声とともに繰り出した投げ技では地面に小さなクレーターを作り出してしまうほど。

聞いた話ではクロノでさえ使えなかった、か○はめ波まで使えるようになってしまったらしいです(亀仙人的な意味で)。



もうね、原作レイプとかのレベルじゃないです。

原作ローリングレイプです。

ほんと、なんかゴメンナサイ(たぶん僕の所為です)。







そんな感じで、今現在となってはいろいろな意味でかけ離れてしまい、予測不能な状況であり油断できない状況なわけですよ。



僕としては一時期原作介入を決心したとはいえ、さすがにPT事件本番が近づいてくると生来のヘタレ癖が出てきてビビッてしまい。

このどたん場にきて怖気づいてしまってるという、かなり情けない状態なのです。



だけどそんな僕の繊細な心境をまったく意に介することなく、最高評議会がいらん気遣いをしてしまい。

『最後の赴任地はアースラに行くといい、お主の弟子であるハラオウンの倅とも久しぶりに会えよう』

とか言ってくる始末、こいつら本当に最悪のタイミングで僕の逃げ道塞ぐの好きだよね!



……毎度のことだからもう慣れちゃったけど。



まあ、いろいろ不満とか不安とかあるけど、不謹慎ながらちょっとだけ楽しみであることもまた事実。

原作キャラの中でも、主人公である高町なのは様とかフェイト・テスタロッサ嬢とかに会えるかもしれないし。

僕の心情の割合的には、怖さ:期待=9:1くらいでしょうか。



……殆んど恐怖しかねぇよ!







アースラ艦内での生活は予想以上に快適でした、細かい業務は優秀なスタッフさんたちがこなしてくれますし。

最高責任者はリンディさんなので僕自身の責任は軽く気軽なものです。

大きな事件も特に無く、殆んどがアースラ所属の武装局員だけで解決できてしまうようなモノばかり。



僕がすることはほとんどなく、精々クロノや武装局員の方々と時々訓練をする程度(ちなみにアースラには例の格闘部隊は存在しません、今のところミッド地上本部のみの配属です)。

あまった時間はすべて自由時間というなんとも素晴らしい高待遇でした。

まあ、以前の事件で聖王にされて以来、だいたいどこもこんな感じなんですけどね。

僕としては昔と比べれば天国みたいな状況なんで全然OKですけど。



数年前の修行以来、まるで子犬のように懐いてくるクロノの相手も楽しいし。

リンディさんの作ってくれるリンディ茶も甘党の僕としては嬉しい。

なぜかエイミィちゃんが僕とクロノの二人でいるところを息を荒げながら執拗に写真に撮っていたけど、まあ、気にするほどのことじゃないと思う(ミッドのパパラッチの所為で感覚が麻痺している)。



ただ、先日偶然拾った彼女のメモに『エン×クロ 強気攻め』とか書いてあったけど、どういう意味なのだろうか?

妙に怨念というか、妄念が込められているような力強い筆跡だったからちょっと気になったけど。







ここ最近はカリムさんとの関係も良好だと思う、むしろ良好すぎて困るくらいだ。

僕自身、いつ彼女に本気で惚れてしまうか気が気ではない。

なんとか鋼の理性で自分を押さえつけてはいるものの、相変わらずカリムさんは過剰なスキンシップをとってくるので毎回毎回が死闘の連続なのだ。



僕が送った花やプレゼントも大切にしてくれているし、毎日のようにメールも送ってきてくれる。

最近ではお菓子作りにこっているらしく、僕宛に手作りクッキーまで作ってくれた。

正直、飛び上がるほど嬉しかったです(物理的に)、女の子からのプレゼントなんて生まれて初めてでしたし。

こういった意味では死亡フラグを立ててまで聖王になったのも悪くないかなぁ、とか思えたほどでした。



そういえばこの前、カリムさんとデートしていたときに無謀にも彼女をナンパしようとしてきた連中がいたっけ。

迂闊にカリムさんに手を出せばあとあとでシャッハさんにフルボッコされるはめになるとゆうのに、哀れな子羊だ(過去の経験談、リリカル・エンハンスト13を参照)。



僕はせめてもの情けで彼らに忠告した、むざむざシャッハさんに殴られることもあるまい、と。

「……やめろ、彼女に手をだすな、痛い目にあいたいのか?」

とかせっかくクールに忠告してやったのに、連中ときたらなにを勘違いしたのかいきなり僕に掴み掛かってくる始末。

つい条件反射でアームロックかけちゃいました、人の親切心からの助言も聞かずに暴れまわるからだ馬鹿野郎。



腕を折る直前くらいで流石に解放しました、誰も「それ以上いけない」とか止めてくれないからついやりすぎてしまうところでした。

連中はテンプレートな捨て台詞を残して逃げていきましたが多分明日の朝日は拝めないでしょう。

さっき、カガチから念話がきて「後はお任せくださぁい♪」とか言ってたし。



……というか尾行してたなアイツ、後でオシオキだ(物理的なのは逆に悦んでしまうので、一週間ご飯抜きとかで)。



さて、僕とカリムさんはこうして無事にデートを再開したわけでしたが。

なぜかその後のカリムさんの僕を見る眼が妙に熱っぽかったが、まあ気のせいだろう。

アレ? もしかしてまたなんかフラグ立ってた?






[7527] リリカル・エンハンスト30
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/06/27 20:18
■30



航行は順調に進んだ、あくまでも僕視点であるが。



ちょっと前に小規模な次元震が観測された、多分なのは様とフェイト嬢の戦いがあったのだろう。

いまだ誰も注目していないが、別の次元でロストロギア護送中になぞの襲撃に合った事件も起きている。

事件そのものについては別の艦が担当しているらしく、このアースラでは誰も気にしていない。

現時点で小規模次元震との関わりがあるなど、未来でも知らない限り予想できるはずがないのだから。



これまでの一連の流れはいまのところ原作通りと言える。



まず対策会議が開かれリンディ艦長はさっそく現地へ向かう指示をだした。

特に反論はなかった、それが管理局員としては当然の対応だったから。

方針としては、次元震の原因となった事象の調査と解決、また危険物があれば回収し本局へ護送する、犯罪者が関わっていれば武装局員とクロノ執務官で逮捕する。

僕はあくまで非常事態に備えて艦橋待機となった、とはいえほとんど観客状態なので気楽なものである。



その後、僕は特にすることもなかったので会議が終了したあともしばらく艦橋にいて観測されたデータを見ていた。

モニターに記されるデータには二人の『捜索者』の存在が映し出されている。

原作キャラ、それも主人公様である

早く会いたいような、ずっと会いたくないような、ちょっと複雑な心境。



僕が妙な黄昏かたをしていると、リンディさんが艦橋に入ってきた。

僕を一瞥し、室内にいる他のスタッフを一通り見回した後に気軽そうに話し掛けてきた。

モニター近くでパネル操作をしている茶髪メガネ(名前は知らない)が報告も兼ねて答えた。



「どう、今回の旅は順調かしら?」

「ハイ、現在第三船速にて航行中です、前回の小規模次元震以来、特に目立った動きはありません、ですが二人の捜索者が再度衝突する可能性は非常に高いですね」

「……そう」



リンディさんが少し疲れたように椅子に腰掛ける、艦長用だけあって豪華だ、ちなみに僕の椅子はない。

いわゆる『お客様』である僕にはそういった専用席はないのだ、ちなみにお情けでパイプ椅子は用意してもらっている。

……二・三時間も座っていると尻が痛くなってくるが。



一応、僕は時空管理局でもお偉いさんだし、ベルカでは神様扱いなんだけどな。

どういうことなの……いじめ?



「小規模とはいえ、次元震の発生はちょっと厄介だものねぇ」



チラチラと僕を見てくる。



「危なくなったら、急いで現場に行ってもらわないと……ね?」



やっぱりチラチラと僕を見てくる。



……なんですかその意味ありげな視線は?

まさか僕に現場へ行けといっているのですか?

そりゃあクロノの仕事でしょうが、息子の仕事を僕に押し付けないでくださいよ!



別に何が何でも行きたくないわけじゃないけど、弟子の仕事を横取りするのは正直気が引ける。



僕ができるだけリンディさんと目を合わせないようにしていると、いきなり艦橋に駆け込んでくる人影。

戦闘中でもないのに四六時中バリアジャケットをまとっている我が弟子クロノだった。

いや、僕も人前で顔晒すの苦手だからほぼいつもシルバースキン着てるけどさ。



「だ、大丈夫! わかってますよ艦長、僕はそのためにいるんですからっ!」



走ってきたのだろう荒い息、ゼイゼイ息を切らしながら必死な様子で早口に台詞を言い終える。

顔は耳まで紅潮し、何故かバリアジャケットの一部がはだけていた、具体的には首から胸元にかけて。

しかも微妙に見える首もとには赤い痕(キスマーク)らしきものまで見える。



……そういえば、会議終わった後にエイミィにどこかに連れていかれてたみたいだけど、一体何があったんだクロノ?

く、詳しく聞かせてくれっ!!



「……チッ……もう少しだったのに…………そうね、クロノ、頼りにしているわ」



今リンディさん舌打ちしたよね? 絶対したよね?

しかも「もう少しだったのに……」とか呟いてるし、まさかエイミィと共謀してんのかこの人。



そういえば最近エイミィとリンディさんが休憩時間に二人でブライダル雑誌見ながらコソコソ相談してるのをよく見かけたけど。

その時に無駄に発達した聴力で「既成事実」とか「責任」とか「安全日」とか聞こえてきたけど、その時は何のことやらわからなかったが。

今となってはなんとなく予想できる、あれは……獲物を狙う肉食獣の目だった!



哀れクロノ、実の母親にまで罠に嵌められているとは。



ここはクロノの師匠として……係わり合いになりたくないから傍観者に徹するしかっ!

触らぬ神にたたりなし。

見ているぶんにはすごくオモロイしね(外道)。







さてさて、暫くしてようやっと目標地点に到着しました。

現在艦橋の大画面モニターに映っているのは戦う『魔法少女』のお二人、うむっ、パンツ見えまくり。

なのは様はピンクぱんつ、フェイト嬢は……その、なんというか丸見えの黒レオタード。

これは酷い、初対面の感動台無し。

空中をあの服装で飛びまくっているもんだから、チラリズムってレベルじゃねーぞ!



まあ、たかだか小学3年生に興奮するほど人間止めていないからそれほど気にならないけど。

あとで指摘してあげよう、あのまま成長していったらStsの時期には無意味にお色気を振りまくことになりかねん。

……それはそれで見てみたかったような気がするけど。



とかなんとか僕が場違いな思考に耽っている間に、茶髪メガネ(名前は知らない)が的確な報告を告げていく。



「現地ではすでに二者による戦闘が開始されている模様です、中心となっているロストロギアのクラスはA+、動作不安定ですが、無差別攻撃の特性を見せています」

「……次元干渉型の禁忌物品、回収を急がないといけないわね、クロノ・ハラオウン執務官出られる?」

「転移座標の特定はできています、命令があればいつでも!」

「それじゃあクロノ、これより現地での戦闘行動の停止とロストロギアの回収、両名からの事情聴取を」

「了解です!」

「エンハンスト・フィアット執務官には非常時の対応をお願いします、よろしいですか?」

「……了解した」



まあ、そのための存在が僕だしね、非常事態なんてめったに起きないけど。

クロノが原作よりも強化されているおかげか、僕の知る限り失態らしい失態をしたこともないし。

力が有り余っているせいか、ときどきやりすぎることもあるけど、まあ大丈夫でしょう。

気楽なものさー。



「気をつけてね~」



リンディさんが気の抜ける声でクロノを送り出す、なぜハンカチを振るのか、僕には理解できそうにない。

さっきまでシリアス風味な感じだったのに、張り詰めた空気が台無しだよ!



気を取り直したクロノが張り切った様子で転送ポートへと進んでいく。

せっかくだから僕も何か声をかけておくか。



「……クロノ、しっかりな」

「ハイッ、行ってきます!」



転送が始まりクロノの姿が消えていった。







改めて巨大モニターに向き直る、なんか気持ち悪い木の化け物となのは様とフェイト嬢が戦っている。

はじめは個別に戦っていたが、そのうち協力し合うようになり化け物を圧倒し始める。



「見事なものねぇ、あの若さで武装局員以上に戦っているわ、それにあの魔力、恐るべき才能ね! 素晴らしいわ!」

「……………」



リンディさんが驚いたような声で嬉しそうに言う。

多分、チャンスがあればあの二人を管理局に誘う気満々なんだろうな。

でも、それは僕の目指す将来像とは反する道だ。



何も戦うだけが人生じゃないと思う、戦いを強制された人生を歩んできた僕だからこそ切実にそう実感している。

そして僕の目指す原作改変は彼女たちを『魔法少女にしない』ことだ。

戦う以外の道だってあるはずなのだ、むしろそれこそが尊い人生だと僕は断言する。



平和が一番、ラブアンドピース、暴力反対。

僕の人生とは最も程遠い、縁の無い事柄のオンパレードである。

……ちくしょう。



しかし、いまさら偉そうに説教するとか絶対嫌だし、ちょっとだけ注意を促すようにする程度に留めておこうかな。

遠まわしなやり方だけど、聡明なリンディさんならきっと気がついてくれると思うし。



「……艦長、一つ提案しても良いだろうか?」

「どうぞ?」

「あの二人を管理局に勧誘できないだろうか、あの才能ならいきなり最前線に投入しても大丈夫そうだし、上手く育てば強力な『駒』になる、途中で潰れればそれまでだが、所詮は管理外世界の蛮人、どのみち時空管理局には損にならないでしょう」

「なっ!? あ、あなた、それ、本気で言っているのかしら?」

「……勿論、冗談ですよ」

「そういう冗談は、好きじゃないわよ」

「……そうですか、てっきり先ほどの艦長の嬉しそうな表情が僕には冗談そのものに見えましたけどね」

「えっ!!?」



リンディさんの表情が一変する、先ほどまでの僕を非難するような顔から一転して蒼褪めた表情へ。

先ほどまで自分が何を考えていたか思い出したんだろう。

程度の差こそあれ、先ほどの僕の暴言と似たようなことを考えていたのだ。

一応人格者のリンディさんからしたら罪悪感を抱かせるには十分な内容だったのかも。



ともかくこれで少しはフラグが折れたのかな、しばらくはリンディさんも自重するだろうし。

まあ、簡単には安心できないか、なのは様自体がちょっとしたバトルジャンキーっぽいし。

原作とかでも、OHANASHI=ガチバトル、だもんなぁ…… orz



まんま少年漫画なノリだよね、とりあえず戦って友情を育むみたいな。

これも戦闘民族高町家の血筋ゆえか、でも運動神経切れてるっていうし。

そこんところどうなんだろ?



まあ、いまからいろいろ考えてもしょうがないか、地道に確実に原作を変えていきましょうかね。

これから死んでいく僕自身の自己満足のためにも。







リンディさんとのやり取りを終える頃にはすでに木の化け物は倒され、剥き出しのジュエルシードのみが残されていた。

中心にジュエルシードをはさんで、二人の魔法少女が睨み合う。

幾つか言葉をかわした後、互いにデバイスを構えて突進し、振り上げたデバイスを相手に叩きつけんとして―――



「ストップだ! ここでの戦闘は危険すg うわっこのっやめろっ『竜巻旋風脚』!!」



いきなり真ん中に現れた間抜けなクロノが二人から左右同時攻撃を受けて。

焦った結果、とっさに出した『必殺技』で



「レイジングハート!!?」

「バルディッシュ!!?」



二人のデバイスを粉々に蹴り砕いた。



……ちょっ、クロノの大馬鹿野郎、出会い頭に二人のデバイスを蹴り砕きやがった!!?

まさかこれで『魔法少女リリカルなのは・完』、ですかぁ!?






[7527] リリカル・エンハンスト31
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/07/04 19:56
■31



それは不思議な出会いでした。



私、高町なのは、私立聖祥大学付属小学校に通う、平凡(?)な小学3年生です。

私の家族が住む高町家に置いては三人兄妹の末っ子さん。



家族構成はお父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん、そして私。

お父さんとお母さんは喫茶翠屋を経営するマスターとお菓子職人さん。

お兄ちゃんは大学一年生、実はお父さん直伝の剣術家でお姉ちゃんのお師匠さん。

で、お姉ちゃんは高校二年生、お兄ちゃんと同じく剣術家さん。



高町家の両親はいまだ新婚気分バリバリのアツアツ夫婦です。

そして、お兄ちゃんとお姉ちゃんもとっても仲良しで……。

愛されている自覚はとってもありますが、この一家の中では、なのははもしかしたら微妙に浮いている存在なのかもしれません。



友達のアリサ・バニングスちゃんと、月村すずかちゃんとは一年生の頃から同じクラス、今年からは同じ塾にも通っています。

二人ともとっても可愛くて頭も良いし、優しい自慢のお友達です。

しかも二人は将来のビジョンをしっかりと持っていて。

アリサちゃんはいっぱい勉強して、ご両親の会社を継ぐと決めているし。

すずかちゃんは機械系が好きだから、工学系で専門職を目指している。

それに比べて私は自分が本当にやりたいことが良くわからない、ちょっと情けないです。



お母さんたちのお店を継いで、喫茶翠屋の二代目、そういう未来も確かにあるんだけど……。

他になにか、やりたいことが何かあるような気もするんだけど、まだそれが何なのかはっきりしない。

……私は特技も取り得も特にないし、文系苦手だし、運動神経もよくないし。



なんだかそう考えると落ち込んできたの。







朝、通学バスに乗ってアリサちゃん、すずかちゃんと学校に向かい。

授業を受けて。

友達と一緒にお昼ご飯を食べて。

他愛もないおしゃべりをしたりして。

お家に帰ったらお母さんのお手伝いをして。

家族の皆と一緒にご飯を食べて。

そして今日一日のことをゆっくり思い出しながら眠りにつく。

それは楽しい日常だけど、なんだかちょっと寂しい気もしていた。



そして出会った魔法の力。



平凡な小学3年生だった私、高町なのはに訪れた突然の事態。

言葉を話す不思議なフェレット、ユーノ君との出会い。

襲い掛かってくる見たこともない怪物。

渡されたのは赤い宝石レイジングハート、手にしたのは魔法の力。



それは魔法と日常が平行する日々のスタートでした。







私たちの世界に散らばった危険な宝石、ジュエルシード。

それを一人で集めようとするユーノ君、でもそれはとっても危ないことで。

私はユーノ君を手伝ってあげようと思ったの。



だって一人ぼっちは寂しいことだし。

もう知り合っちゃったし、話も聞いちゃったもの、ほっとけないよ。



「困っている人がいて、助けてあげられる力が自分にあるなら、その時は迷っちゃいけない」ってお父さんが教えてくれた。

ユーノ君は困っていて、私は魔法の力で彼を助けられる。

ならば私は自分なりに頑張ろうと思ったの。







それから数日が過ぎて、幾つかのジュエルシードを封印しました。

私は昼間は小学生、夕方や夜は魔法少女として活動し、ようやくそれもさまになってきたかなと思えるようになった頃。

ちょっと疲れてきた私はユーノ君の提案でジュエルシード集めを一時お休みすることになりました。



私はこの時、初めて失敗をしてしまいました。

気づいていたんです、男の子がジュエルシードを持っていたことに。

でも疲れていた私はそれを気のせいだと思ってしまいました。



その結果、町はボロボロになり、酷い惨状を生み出してしまいました。

発生源となった男の子は怪我をし、町には消せない傷跡がのこってしまったの。

私は気づいていたのに、こんなことになる前に止められたかもしれないのに……。



初めての失敗、それから私は自分の意志でジュエルシード集めを決意しました。

……もう、絶対にこんな悲劇を起こさないためにも!







すずかちゃんのお家でジュエルシードが発動した時、出会った悲しそうな目をした女の子、フェイトちゃん。

私以外の魔法使いとの初めての戦い、ほとんど手も出せずに一方的な敗北。



大きな怪我はなかったけど。

ユーノ君の話ではあの子もジュエルシードを集めているらしいの。

ジュエルシード集めをしていると、多分またぶつかり合うことになるのかな。



不思議なほどに怖くはなくて、だけどなんだか悲しいような、そんな複雑な気持ちになりました。







そうしてフェイトちゃんとの二度目のぶつかり合い。

場所は家族友人と一緒に出かけた温泉旅行での出来事。



なんとかお話を聞いてもらおうと頑張ったけど、結局は負けちゃった。

レイジングハートの機転で怪我はなかったけど。

せっかく集めたジュエルシードは取られちゃった。



ユーノ君は気にしないでと言ってくれたけど、ちょっとだけ自己嫌悪なの。



それから数日、私はここ最近の出来事でよく思い悩むようになった。

どうすればいいのか、単純な力不足ゆえに解決策も出せず、ひたすらぼうっとする時間だけが増えた。

しかも、そんな私の態度で気を悪くさせてしまったアリサちゃんと喧嘩になってしまったの。



……気分は最悪、今にも泣いてしまいそうな酷く嫌な心境だった。



そんあ状況でおこったフェイトちゃんとの三度目のぶつかり合い。

ジュエルシードを封印しながら昔の出来事を思い出した。



いじめっこのアリサちゃん、よく泣かされていたすずかちゃん。

はじめはアリサちゃんともすずかちゃんとも友達じゃなかった。



……話をできなかったから、わかり合えなかったから、思っていることを言えなかったから。

でも、ぶつかり合って、互いの本当を言い合って、わかり合って。

今では一番大切な友達になっているの!!



知りたかった、どうしてフェイトちゃんがそんなに寂しい目をしているのか。

私は彼女に何ができるのか、それが知りたかったから!



話し合うだけじゃ、言葉だけじゃ何も変わらないってフェイトちゃんは言ってたけど。

だけど、話さないと、言葉にしないと伝わらないこともきっとある。

ぶつかり合って、競い合うことになるのは、仕方のないことかもしれないけれど。

だけど、何もわからないままぶつかり合うのは、私は嫌なの!



そうして必死になって話そうとしたけど、結局はアルフさんに「甘ったれのガキンチョ」と言われてお話はできなかった。

もうちょっとでフェイトちゃんが何かを話してくれそうだったのに。



……アルフさん、空気読んでほしいの。

あとでアルフさんともじっくりOHANASHIするの……。



結局最後は私とフェイトちゃんのデバイスがぶつかり合って、間にはさまれたジュエルシードが暴走してしまい。

フェイトちゃんが傷つきながらもそれを封印して去っていった。



ぶつかり合いで破損してしまったレイジングハート、私を守ってボロボロになちゃったの。

……ごめんね、レイジングハート。







翌日、珍しく早く起きた私はお姉ちゃんの毎朝の剣術練習を見ながら考えた。

フェイトちゃんのこと、すごく強くて、冷たい感じもするのに。

だけど、綺麗で優しい目をしてて、なのに、なんだかすごく悲しそうなの。

きっと理由があると思うんだ。

だから私あの子と話がしたい、そのためにも―――



その日、ジュエルシードの反応があった現場に駆けつけると再びフェイトちゃんと再開した。

でも今はまず暴走体を封印するのを優先すべき。



それに今回のは手強い、バリアーを張って私の攻撃を無力化してしまう。

集中しないと危ない相手だと思った。

フェイトちゃんも同じように考えたらしく、私にかまうことなく暴走体に攻撃を仕掛けていた。



私とフェイトちゃんの同時攻撃でなんとか撃退するも、残されたジュエルシードを間に私とフェイトちゃんが相対した。

四度目のぶつかり合い、多分避けられない戦いなんだと思う。



私はフェイトちゃんとお話がしたいだけなんだけど……。

でも私が勝ったら、ただの甘えた子供じゃないってわかってもらえたなら、お話を聞いてくれると思う。



―――だからっ! 今は戦うのっ!!



そして私とフェイトちゃんがデバイスを振り上げてぶつかり合う直前、乱入者は突然現れた。

私たちよりも少し年上っぽい男の子。

見たことのないようなデザインの服を着て、右手にはデバイスを握っている。



彼は開口一番に私たちに戦闘停止を呼びかけていたが。

勢い良く飛び出していた私とフェイトちゃんはいまさら振り上げたデバイスを止めることなんてできなかったの。







「ストップだ! ここでの戦闘は危険すg うわっこのっやめろっ『竜巻旋風脚』!!」



私は攻撃を止めきれず、男の子に向かって思いっきり振り下ろしてしまった。

幸いあたりはしなかったけど、男の子の顔スレスレを通り過ぎていったレイジングハート。

私が一安心する間もなく、次の瞬間にはレイジングハートが砕け散った。



早すぎてよく見えなかったけど、やったのは多分目の前の男の子が放った蹴りなんだと思う。



「……え?」



私の手元に残ったのはレイジングハートの柄のみ、先端部分は粉々になって海に落ちていった。



「……え? え?」



ボチャボチャと砕けた赤い宝石が海に沈んでいく。

私は今の一瞬で何が起きたのか良く理解できなかった。

ただ、大切な存在が壊れてしまったことだけは理解できて。



「レイジングハートッ!!?」



その名を呼ぶことしかできなかった。

その直後、急速に意識が遠のいて、私も海に落ちていった。



最後に霞んでいく視界に映ったのは。

落ちていく私に手を伸ばす銀白の服を着た見知らぬ誰かでした。






[7527] リリカル・エンハンスト32
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/07/05 19:53
■32



時はちょっぴり流れてあれから数時間。

クロノの蹴りで砕かれたレイジングハートを海中から回収し。

気絶した高町なのは様とユーノ・スクライアをアースラに運び込んだ。



あの時、気絶したなのは様が海に落ちそうだったので、緊急転送で駆けつけてなんとか助けたが。

いきなりクロノの所為で出鼻を挫かれてしまったみたいな展開になって僕も正直涙目になりそうだった。

これからの介入計画とかいきなり崩壊した所為で、空中でなのは様を抱えたまま暫く途方に暮れたよ。



そのうえ、当人のクロノはなのは様とユーノ君への対応を僕に任せて逃げ出したフェイトとアルフ追っかけようとしてるし。

結局、アルフが弾幕撃ってきてそれを防いでいるうちに見失ったみたいだけど。



……やりすぎだよ、クロノ orz



とりあえずリンディさんの提案で気絶しているなのは様と警戒してるのかオロオロしているユーノ君をアースラに連れていくこととなり。

なのは様の状態を鑑みて取り調べする前に医務室で負傷や脳に異常がないか検査することとなった。



検査の結果、彼女に後遺症が残るような負傷は見られず、単なるデバイスを破壊されたときのショックで気絶したものと思われた。

その後リンディさんからのお知らせでフェイト・テスタロッサには使い魔の支援もあって逃げられてしまったが、すでにデバイスはレイジングハート同様に破壊してあるのでしばらくは無力化したと考えていい、との報告を受けた。



ちなみに海中に沈んだレイジングハート、バルディッシュ及びジュエルシードの回収を命じられたのはクロノだったりする。

いまだ肌寒い海中にバリアジャケットがあるとはいえ素潜りで入るのはさぞ辛いことだろう。

さすがに出会い頭にデバイスを破壊するのはやりすぎと判断したリンディさんのちょっとしたおしおきである。







でもって、僕は今医務室にいます。

ベッドには眠りこける高町なのは様、その隣には心配そうに彼女を見守るフェレット姿のユーノ君。

なんで僕がここにいるのかと言うと、ぶっちゃけ見張りです。

リンディさんの命令でなのは様が目覚めるまで二人を監視して、気が付けばリンディさんの所まで連れて行くのが僕の役目。



その過程である程度の事情聴取をして危険がないかどうか判断しておくのも仕事なのだが、まあ大体の事情は知っているので焦る必要はないと思う。

なのは様が目覚めるまでは激しく暇だが、僕にとってはユーノ君と特に話すこともないのでひたすら黙って待つ。



なんだかユーノ君の様子が挙動不審でおかしいが、気にしない。

……原作キャラとはいえ、初対面の他人と話すの苦手だし。




―――ちなみに、エンハンストは身長180を越える長身で、現在は腕を組みながら入り口付近に直立不動の姿勢で立っていた。

服装は目以外のすべてを覆う白銀のシルバージャケット、普通に考えたら怪しいヒーローかなにかのコスプレだ。

そんな男がじっとこちらを見ながら黙して立っているのである。



見られている方からすれば恐るべきプレッシャー以外の何者でもない。

ユーノの挙動不信な態度も無理なかった。







二時間もした頃、ようやくなのは様が目を覚ました。

しばし呆然とした後に隣で喜ぶユーノ君を見てようやく現状を理解したのか、猛然とした勢いでレイジングハートの安否を尋ねてきた。

ユーノ君は言いづらそうにしばらく唸りながら黙っていた。



まあ、言えないよな、砕けちゃいましたなんてさ。

一応クロノが破片を全部回収してきたらしいけど、復旧はかなり難しいだろう。

できたとしてもインテリジェントデバイスの最大の利点ともいえるもともとのAIが元通りになるとは限らない。

AIとは結構繊細なもので、一度失われると命ある生物同様に同じものは生まれてこなくなるというのが常識になっている。

そういう意味ではレイジングハートは『死んだ』と言ってもいいのかもしれない。



「ユーノ君、どうして黙っているの? お願い、教えてレイジングハートはどうなったの!?」

「なのは…………」

「ねぇっ!! ユーノ君っ!! お願いっ!!」

「ななな、なのは、おおお、おちついててててっ!!?」



興奮のあまりちいさなフェレットの体をむんずと掴んでガクガク揺らすなのは様。

あまりに激しいシェイクに白目をむいて泡を吹き始める。

もうやめて、ユーノ君のライフはもうゼロよ!

って、さすがにそろそろ止めないとユーノ君が天国入りしてしまう。



「……落ち着いて、私から事情を話そう」

「え!? あ、あなたは? それに、そういえばここはどこですか!?」

「……まずはそのフェレットを解放したらどうだ、そろそろ死ぬぞ?」

「え!? あっ!! ユ、ユーノ君? ご、ごめんね、大丈夫?」



そういってなのは様がユーノの安否を確認しようと手に持つ角度を変えようとすると。

デロン、とどう見ても死んだ小動物っぽく口から汚物をたらしながら白目をむいた汚いフェレットが彼女の手にあった。



「イヤァー!! 汚いっ!!」

「……………」



とっさに持っていた汚いフェレットをブンッと投げ捨ててしまう、ユーノ君は一度床をバウンドして部屋隅のゴミ箱にホールインワンした。

……これは酷い、酷すぎる、だが見ている分にはすごく面白かった。



「あぁ!!? ご、ごめんねユーノ君、私つい……」

「だ、大丈夫……気にしないで、なのは……ガク」

「ユーノ君? ユーノ君っ!!?」



なんというカオス、僕は事態が収集するまでしばらく様子見を続けることにした。

いや、二人には悪いんだけどなんかコントみたいでオモロイし。







さて、例の混沌空間から復帰したのはつい数分前。

ようやく落ち着いたなのは様とユーノ君にこれまでの簡単な出来事と僕たちの目的を説明した。



・自分たちは時空管理局という平和維持組織で、次元震を感知したので調査にやってきたこと。

・現地で争うなのは様とフェイト嬢を発見したのでクロノが危険だからやめろと仲裁に入った。

・しかしクロノがやりすぎてしまいなのは様のレイジングハートは壊れ、海中に落ちてしまった。

・レイジングハートは回収したが修復は難しいこと、できても元通りに復元される可能性はかなり低い。

・これからこの艦の責任者であるリンディ提督から事情聴取があるが、彼女は温厚な人なので怖がる必要はないということ。



これらを一通り説明し終えると、なのは様が静かに泣き始めた。

俯いて、ぽろぽろと床に涙をこぼしながら呟くように嗚咽をもらす。



「……ぅ……さい……ご……ごめんなさい……レイジングハート……っ!」

「……なのは」

「……………」



うーん、気まずい。

さて、どう声をかけたら良いものか、正直困る。

僕と同じように困り果てた様子のユーノ君もどう話し掛けたらよいものかわからないようだ。



っというか、このままいけばなのは様は魔法少女になることはないのではなかろうか?

先ほどまでそれが彼女にとって良いことなんじゃないかと思っていたが。

この状況を見せられるとなんだかわからなくなってくる。



……正直に言えば、僕なら多分レイジングハートを直せると思う。

昔取った杵柄、デバイスマイスターの資格に加えて、チートな知識と技術、そしてジェイル兄さん譲りの才もある。

それらを総動員すればほぼ元通りに復元することも不可能じゃあない。

ただねぇ、やはりこのまま直しちゃうと原作どおり魔法少女になっちゃうんだろうしなぁ。



別にレイジングハートを復活させることに反対なのではなく、彼女を魔法少女にしたくないだけなのだが。



どうすべきか、正直このまま泣かれるのも心苦しいしなぁ。

間接的とはいえ僕にも責任の一端があるわけだし(クロノに必殺技を教えたのは僕)。







しばらくウンウン唸って考えた結果、とある閃きが生まれた。

レイジングハートは直す、ただしデバイスとしての機能をオミットして純粋なAIのみを残した状態でだ。



理由は二つある。

一つは、完璧に修理してしまうと原作どおりなのは様が魔法少女になってしまうということ。

完全に僕個人の自己満足だが、それでも彼女はこっちの世界に来ない方が良いと思う。

正直、原作を見ていて良いことと悪いことを客観的に判断して、かなり不幸なんじゃないかと思うし。



12歳くらいで大怪我を負い、そのうえ最終学歴は中卒。

その後はずっと過酷な仕事漬けの毎日である、ろくに学生としての楽しみなんか味わったことないんじゃなかろうか?

魔法を得てよい事と言ったら友達ができたことと有名人になったことくらい。



ぶっちゃけ、僕主観では全然割にあっていない。

原作なのは様はそれでも満足だったんだろうが、ちょっと理解に苦しむ。



二つめは、おそらくこのままレイジングハートを修理しなくても彼女は魔法少女になるんじゃないかという懸念。

別にレイジングハートがなければ魔法が使えないというわけじゃない。

彼女さえ望めば時空管理局は喜んで彼女専用のデバイスを作ってくれるだろう。

そうなっては僕の葛藤などすべて無意味だ、ならばいっそのことレイジングハートをエサに魔法少女をあきらめさせれば良い。

レイジングハートのAIは直す、だけど魔法使いになることはもうあきらめてくれ、そんな感じで上手く言いくるめて説得すれば成功するかもしれない。



僕の希望的観測だけの想像だが、もし成功すれば原作改変の大きな一歩となる。

やってみる価値は十分にある。



ああ、しかし我ながらなんと姑息な……。

ちょっと自己嫌悪。







「……一つだけ、方法がないわけでもない」

「「え!?」」



僕が短く言うと驚いたようになのは様とユーノ君が視線をこちらに向けてきた。

先ほどまで泣いていたせいで目は充血し、鼻水ずるずるでかなり酷い。

……なんだか昔、これと似たような表情の女の人を見たことがあるような気がするのだが気のせいだろうか?



「ぼ、ぼんどうなんでずがっ!?」

「……ああ、幾つか条件はあるが、不可能じゃない」

「よ、よがっだあよぉ~!!」

「……………」



うん、いい反応だ、でも鼻水はふこうな?

泣き喚いていたせいか喉も枯れていて酷い発音になってるし。

せっかくの可愛い顔が台無しだ。



とりあえず身近にあったハンカチ(何故かカガチの手作り)で顔を拭ってあげた。

アニメじゃああんまり泣いたりしなかったからわからなかったけど、こうしてみると本当に普通の子だ。

悪い意味ではなく、どこにでもいる平凡でちょっと地味な少女だと思う。

うん、やはり彼女は魔法なんてヤクザな世界には関わるべきじゃない、改めて確信した。



「あ、あの、ありがとうございます!」

「……気にしなくていい」



なんだかじっとこっちを見てくるなのは様、妙に顔が赤かったがちょっと強くぬぐいすぎただろうか?

そんなことを考えているといきなりユーノ君が大声で自己紹介してきた。



「あぁっ!! そういえばまだお名前を伺ってませんでしたねっ!! 僕ユーノっていいます、ユーノ・スクライアっ!!」



そんな大声で叫ばなくても聞こえるよ、耳が痛いからちょっと音量下げてね。



「私は高町なのはっていいます、あの、よろしくお願いします」

「……エンハンスト・フィアット、コンゴトモヨロシク」

「エ、エンハンスト・フィアットォッ!!?」

「うぇっ!? ユ、ユーノ君さっきから大声出してどうしたの?」



再び絶叫するユーノ君、君さっきからちょっとうるさいよ、いい加減静かにしないと強制的に黙らせることになるけど。

まあ物騒な話はおいといて、やっぱり僕のこと知ってるのかなあ。

ユーノ君は考古学とか学んでそうだし、聖王とかの歴史にも詳しそうだからなあ、インテリっぽいし。



「あ、あぁ、あのっ! その! こ、この人はね、えっと、すごい、っていうか、伝説っていうか!?」

「え~と、いまいち良くわからないんだけど?」

「エエ、エンハンストさん? じゃなくて様はね、なんというか神様っていうか、王様っていうか、と、とにかく偉くてとんでもない有名人さんなんだよ!!」

「ええーっ!?」

「……………それほどでもない」



と、謙虚な聖王を演じてはみたものの、実際のところ自分がどれほど有名人になってしまったのか僕自身もはや把握できていない。

まだ10歳にもならないうちから最高評議会の策略で無理やり広告塔に祭り上げられてしまい。

二年前の事件で聖王とやらになってしまい、それ以降は極力テレビや新聞は見ないことにしている。



……いつどこを見ても僕のことばっかり取り上げているからだ。

正直うんざりしている、僕の寿命がマッハである。



かといっていまさら止めることなどできないし、報道の自由とやらで僕には拒否権はないらしい。

最悪なのがそのテレビや新聞の内容を完全に信じ込んでしまっている一般市民の人々だ。

僕と言う人間がどれほど自己中心的でヘタレで小市民な奴なのか誰も知らない。

まあ、意図的に好意的な報道ばかりされているようだからしょうがないのかもしれないけど。

最高評議会の情報操作でまんまとだまされ、架空のエンハンスト像を信じ込んでしまっている人々がいっそ哀れですらある。



思うだけで僕は自分の身が大切なのでどうにかしようとか考えてないけど。



「あ、あの、そんなすごい人だとはしらないで、その、ごめんなさい!」

「申し訳ありませんでしたー!!」



なのは様とユーノ君が同時に頭を下げる、っというかユーノ君はさっきからテンション高いな。

ちょっと鬱陶しくなってきた、あとでカガチに面倒みさせるか……?

というかなのは様に頭を下げさせるとか僕の方が恐れ多いんですけど!



「……とりあえず、気にしてないから頭をあげてくれないか」

「「は、はい!」」



うーむ、なんだか妙な雰囲気になちゃったな、二人はガチガチに緊張しているし。

この状況じゃあ何言ってもリラックスしてくれそうにない。

トホホ、こんな状態じゃあろくに話もできないよ。







とりあえず、あの場ではまともな話し合いなどできないと判断した僕はまず二人をリンディさんのところへ連れて行く事にした。

もともとその予定だったし、原作知識で二人には犯罪的な影がないと知っていたから特に事情聴取もしなかった。



連れて行く過程で、いまだに動きがぎこちない二人の緊張をほぐそうと僕はなれない口調でいろいろ話し掛けた。

通路を歩いている途中で時空管理局がどういう組織なのか簡単に説明(表向きの)したり。

いつまでもフェレット姿のユーノ君をそろそろ人間モードに戻ったらどうだと言って、その姿をはじめてみたなのは様の驚いた様子をニヤニヤ(心の中で)しながら見たり。

二人に合わせて僕もバリアジャケットを解除して素顔を見せたら、なのは様が兄の高町恭也と僕の顔がそっくりだと驚いたり。



……実はこれには僕もビックリだった。

そのうえ声や仕草までそっくりだという。

どうりで僕の声はどこかで聞いたことのあるセクシーボイスだと思っていたら、グリリバさんの声だったのか。

長年のちょっとした疑問が解けた瞬間だった。

うーん、もしかして僕のモデルとなった人物に御神流の人物のもまじってたりするのかな?



さて、そんなことをしながら和やかに会話は進み、それが途切れる頃ちょうど良くリンディさんの待つ部屋に到着した。

とりあえず事前に二人にはリンディさんは優しい人だと伝えてあるのでそれほど恐れていないようだが。

それでもやはり多少は緊張している様子だった。

どれ、ここは一つ安心させるような一言でも。



「……そんなに緊張しなくていい、多分簡単な話を聞くだけで終わるだろう、安心しなさい」

「は、はい! わかってましゅっ!!」

「……………」



あんまり効果はなかったみたいだ。

ま、大丈夫でしょう、リンディさんだし。



「……リンディ艦長、二人をお連れしました、失礼します」

「「お、お邪魔します!」」



部屋に入った瞬間目に映るのは一面和風な室内。

盆栽、茶釜、猪威し、そして赤い敷物の上に正座してニコニコ僕らを迎え入れたリンディさんだった。

……どうみても日本大好き外国人がまちがった認識でくみ上げた和室です、ほんとうにありがとうございました。

あと、紫色の唇になって鼻水たらしながらも気丈にここにいるクロノ、良く見れば小刻みに震えているし。

……クロノ、無理すんなよ。




「おつかれさま、まぁお二人ともどうぞどうぞ~♪ 楽にしてね」

「「……は、はぁ」」

「……………」



……カコーン……



猪威しの音が虚しく室内に木霊した。

もはや何も言うまい、この人はこういう天然入った人だし。

とりあえず僕もリンディ茶飲もうかな、砂糖二割増で。






[7527] リリカル・エンハンスト33
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/07/11 00:38
■33



リンディさんとのお話はほぼ原作どうりだったので要点だけをまとめると。



・ユーノ君となのは様からこれまでの経緯を聞く。

・ユーノ君が責任を感じて自力でジュエルシードを回収しようとするも無理っぽかったのでなのは様と協力したと説明。

・リンディさんとクロノから立派だわ、でも無謀だ、と釘を刺される、ユーノ君落ち込む。

・ロストロギアの危険性についてよく知らないなのは様に昔話をまじえて、世界ぶっ壊れるくらい危ないんだよと説明。

・リンディさんがこれから事件については自分達が責任をもって対応するので、貴女達は普段どおりの生活に戻るようにと話す。

・フェイト嬢のこともあって食い下がるなのは様、クロノが民間人がでしゃばるな m9(^Д^) みたいな事を言う。

・デバイスを破壊されたこともあってクロノの態度にマジギレするなのは様、乱闘が始まる。

・ついアームロックを仕掛けてしまうクロノ、なのは様涙目、それを見て今度はユーノ君がキレた。

・しかしクロノは落ち着いてジェノサイドカッターで迎撃、「君達落ち着くんだ!」とか言いながら、まずお前が落ち着け。

・状況がカオスってきたので僕がクロノに「そいやぁ!はい!竜巻落とし!」と脅威の吸い込み必殺技をくらわせ気絶させる。

・一段落したのを見計らってリンディさんが無理やり話しをまとめ、とりあえず気持ちの整理をするためにも今夜一晩じっくり二人で話し合って、それから改めてお話をしましょうということになる。

・肉体的にも精神的にも落ち込む二人、気絶したクロノにかわり僕が二人を元の場所に送っていくことに(いまここ)。



……あれ? すでに原作どおりじゃなくね? 原作じゃ乱闘とかなかったよね?







転送ポートへ二人を案内し、海鳴の臨海公園へと送り届ける。

周囲は既に夕暮れが迫っており、黄金色ともオレンジ色ともとれる空と海のコントラストがなんとも良い感じになっている。

草花に加えて、こういった自然の光景も愛する僕にはたまらない光景だ。



心が癒される景色に自然と笑みが浮かぶ、実際ここはいい所だと思う。

都会というほど自然がないわけじゃなく、田舎というほど何も無いわけじゃない。

程よいバランスで人と自然が共存しているような印象を受ける。

ベルカもいいけど、ここみたいなところでも暮らしてみたかったなぁ……。



ふと気がつけば、なのは様とユーノ君が不安げな表情でこちらを見ていた。

景色に見とれていて先ほどから二人が黙ってこっちを見ていることにも気がつかなかったよ。

まあ、不安そうなのも無理もないのかもしれない、いっぺんにいろいろありすぎたみたいだし。

デバイス壊されたり、クロノと乱闘してボコボコにされたり。

……って、全部クロノじゃん orz



多分管理局に対するイメージとかが最悪になっちゃってるんだろうなぁ。

将来のことを考えたらなのは様を魔法少女にしないようにするにはそっちの方がいいんだろうけど。

どうにも申し訳ない気持ちもある、クロノとも仲良くして欲しいし、ちょっとだけフォローもしておこうか。



「あの……」

「……先ほどのことなんだが」

「は、はいっ!?」

「クロノが乱暴なことをしてしまいすまなかった、私からも謝罪する」

「い、いえ、その、気にしてませんからっ! エンハンストさんは悪くないですし、頭を上げてください!」

「そ、そうですよ、こっちこそ頭に血が上っちゃって、暴れたりしてすみませんでした!」

「……そうか、ありがとう」



あっさりと許してくれた、どうやら二人とも予想以上に精神年齢は高いみたいだ。

原作でも子供らしくないところがあったが、普通の子供だったら喧嘩したら暫くは感情的になってしまうというのに。

こうして自分の非を認めて僕の謝罪を受けてくれるなんて、ずいぶん大人な性格をしてるんだなぁ。



僕は関心しながらもいまだ二人が不安そうな表情をしているのに気がついた。

多分、クロノとの乱闘以上に気になっていることがあるんだろう。

それは―――



「……それと壊れたデバイスのことなんだが」

「っ!!?」

「……心配しなくていい、今後の状況に関わらず修理することは約束する」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、ただしそのためには幾つか条件があるのだが」

「なんでもしますっ! だから、お願いですから、レイジングハートのことを直してあげてください!!」

「な、なのは……」

「……………」



すごい必死だ、まさかここまで必死になってくるとは予想外だった。

隣にいたユーノ君ですらちょっと引くくらいの勢いで僕に縋り付いてきたのだから無理もない。



彼女にとってはそれほどレイジングハートを大切にしていたということだろうか。

それならばすごく良い関係だと思う。

コレだけの短期間でデバイスとの信頼関係を築けるというのはかなり難しい。

……正直、羨ましいかぎりだ。



特に僕はこういった才能が皆無っぽいので羨望の思いすら湧く。

経歴だけで言えば僕のこれまでのデバイスとの関係はあまりに酷いものだからだ。



まず初代のRed comet、こいつは最悪。

なにせ僕を裏切って反逆したばかりか、次元航行艦をハッキングしてテロリスト化してしまった奴だからだ。

ミッド中にガジェットを放ち暴れまわらせた挙句僕の花壇を破壊し。

あげく元主人である僕に対してアルカンシェルを撃って、僕の死亡フラグ確立のきっかけを作った奴でもある。

最後は僕自身の手で消滅させてやったが、思い出すと今でもムカムカしてくる。



で、二代目のADA、可も無く不可も無く。

本当にインテリジェントデバイスなのかと疑うほど機械的な性格をしているが、その点でいえば僕は気に入っている。

無駄な会話や余計な気遣いが必要ないからだ。

コミュニケーションが苦手な僕には嬉しい性格と言っていい。

ただしその分ADAには人間特有の情動みたいなものがほとんど無く、事実のみをズバズバ言うから時々容赦なく僕の心を抉ってくる。

例えば死亡フラグが決まった時なんかも絶対に助からないという事実のみを言ってきて慰めの一言もない。

……落ち込んだよ、この上なく。

それ以来ADAとは最低限の会話しかしてないし、する必要も無いと思うようになった。



こういった経緯で、デバイスとこれほどまでに思い合える良い関係を築けるなのは様を尊敬するのも無理なかった。







頭を下げるなのは様の姿をみていたユーノ君の目つきが突然凛々しくなる。

決意に満ちた目で僕に向き直ると、なのは様の隣に並んでビシッと頭を下げた。



「あのエンハンストさm……さん、僕からもお願いします、レイジングハートを直してあげてください、僕もなんでもしますから!」

「ユーノ君……」

「なのは……」

「「どうか、お願いします!!」」



微笑む二人が見詰め合って仲良く一緒に頭を下げる。

仲良いよね君達、さすが原作カップル(?)、すでにこの時点でフラグは立っていると言うことかな。

まあ、それはいいとして小学生にそろって頭を下げられる二十歳前後の男という図は非常に気まずい。

幸い周囲に人目は無いけどぜったいリンディさんとか見てるよね、こっちのこと。

……は、はやく何とかしないとエライ事になりそうだ!



「……大丈夫、任せて欲しい、条件だってそれほど厳しいものじゃない」

「「そ、そうなんですか……」」

「よかったね、なのは!」

「うん、ありがとうユーノ君!」



互いに手を取り合って喜ぶ二人、その無邪気な姿に心が癒される。

ああ、眩しいなぁ、この二人には早くくっついてラブラブになって欲しいものだ。

……見てるとなんだか癒されるし。



この二人のためにもなのは様には是非魔法少女にならないようにせねば。



「……もう暗くなるし、危ないから家まで送ろう、詳しい話は君達を家に送りながらする」

「あ、はい、わかりました!」







高町家への帰り道、デバイスを直す条件を二人に説明しながら歩き続けた。



条件といっても、それほど特別なことをしてもらうわけじゃない。

デバイスを修理するためにはけっこうな時間が必要で、僕にはちゃんとした仕事もありそれ以外の時間も少ない(嘘、すごい暇)。

だいたい食事をしたり、身の回りの事をこなして終わってしまう(嘘、ほとんどカガチにまかせている)。

修理する時間を取るためにも少ない自分の時間を削る必要があるが、そのために仕事の時間を削るわけにもいかない。

自然と自分のことをする時間を削ることとなり、自分の身の回りの事が疎かになってしまう。

だからデバイスの修理が終わるまでなのは様にはそういう雑事を代わって欲しいという事を説明した。



……いや、なのは様に家事させようとか恐れ多いにもほどがあるんですが、ちゃんと理由があるんですよ。

原作知識を見る限りこの時期のなのは様はまだそれほど魔法にのめりこんでいるわけじゃなくて、あくまでフェイト嬢とかはやて嬢とかを助けるために魔法少女をしていた側面が強いように感じていた。

Stsではどうか知らないが、無印やAsではそんな感じだったはずだ。



どこかで魔法に生きがいを見出したと思うんだが、原作ではそこいら辺の心理描写がすくなかったのでよくわからない。

だが少なくとも今の時期で「私は絶対に魔法使いになるの!」とか考えているわけじゃないと思う。

だからつけこむのは今しかない、将来のビジョンが決まりきっていない今の時期に別の将来への道を提示するのだ。



具体的には翠屋二代目という将来を、いや、最終的に別の選択肢になることもありえるが。

あくまで決めるのはなのは様なので、僕がするのはこういう道もあるんだよと示すとこまで。

だが魔法少女にだけはしない、これだけは譲れない僕の自己満足のためにも。



というわけで、具体的にどうするのかというと、なのは様にレイジングハート修理の交換条件として家事等をやってもらい、その際に料理とか魔法に関係ない事柄について賞賛しまくるのだ。

なんだそれだけかと落胆するのは早い、僕には特殊なスキルがあるのを忘れてもらっては困る。

それは『接待スキル』! ホストクラブも真っ青な口先の魔術、リップサービスとか女性のもてなし方とかそんなん。



言い方は悪いが「豚もおだてりゃ木に登る」という諺もあるくらいだ、その効果の強力さが窺い知れる。



人間にとって「誉められる」という行為はこの上ない快楽であり、そのモチベーションを限りなく高める効果がある。

そしてまた誉められようとさらなる研鑚を自主的に積むこととなるのだ、よく子供の教育においては「短く叱って、長く誉めて育てる」という理念があるがこれもその効果を利用している。



容姿を誉められれば、見た目に気を使い、ファッションも気にするようになる。

勉強を誉められれば、より良い成績を出そうと自主勉するようになる。

スポーツを誉められれば、より活躍しようと練習に精を出すようになる。



世の中で子供の教育がヘタクソと言われる人は説教ばかり長く、人を誉めるのが苦手な性格の人が多い。

こういった事実から証明されているほど「誉める」という行動は有効的なのだ。



そして僕の原作介入計画ではこうなる。

・なのは様、料理について誉められまくって上機嫌。

・もっと頑張ろう、お母さんに教えてもらおうかな。

・お母さんと一緒に料理を勉強、多分優しく教えてくれると思う。

・お料理って楽しいね! 私将来お母さんの跡を継ぐの!



と、こうなればいいなぁ的な希望的観測だが、少なくとも魔法少女を目指さなくなってくれればいい。

そのためには他にもいろいろ暗躍しなければならないことも多いが。

フェイト嬢とかはやて嬢についてもなんとかすれば、そうそう悪い方向にはいかないはずだと思う。



急遽考えついた穴だらけの計画だが、今のところ僕にはこれ以上の上策がなかった。

まあ、説明し終わった後でなのは様がすごい勢いで肯いてくれたのでいまさら引き返せないわけだが。

とりあえず、本人の説得は終わったので、次はその関係者かな。



僕はこれからたどり着くであろうなのは様の実家を思い浮かべ、ちょっと緊張に身体を強張らせる。

高町家、そこは戦闘民族の巣窟―――。







いよいよ高町家に到着する直前、その出来事は突然におこった。



「恭也~♪」

「…………?」



女性の大声、振り返れば長い髪をした女の人がこっちへ駆け寄って来ていた。

夕日が沈み、暗くてよく見えないが外見では僕と同じくらい、多分20歳前後だと思う。

顔いっぱいに満面の笑みを浮かべて何故か僕の方へと走ってくる、そして―――



「恋人ほったらかしてどこいってたのよ、もうっ、チュ~♪」

「……っ!!??」



いきなり僕に抱きついてきて熱烈キスをしてきたのだ、こう、効果音的にはズッギュゥゥゥンッ!!みたいな感じで。

これにはさすがの僕もビックリしすぎてなにも反応できなかった。

……は、初めてだったのに!
(※エンハンスト本人は知らないがカガチに既に奪われまくっている)

いや、ちょっぴり嬉しかったけどさ。



僕と同じように吃驚して固まっていたなのは様とユーノ君が目を見開いてこっちを見ている。

み、みないでー、超恥ずかしいからみないでー。



「し、忍さん!?」

「え!? あ、な、なのはちゃんいたのね……恭也の影になっててわからなかったわ、ってそこの見知らぬ子も一緒だったの?」

「いえ、あの、その人、お兄ちゃんじゃ」

「あ、恭也髪染めたの!? 私と同じ色じゃない? うわぁ、嬉しいな、これって愛じゃない!? なんだか盛り上がってきちゃった!!」

「……………」

「あの、忍さん、お願いだからなのはの話を」

「ごめんねなのはちゃん、これから恭也との愛を確かめ合うためにちょっと出かけるから、大丈夫よ、明日の朝には帰ってくるとおもうから!!」

「……………」

「いえ、ですから、その人は」



なんだこのテンション高い女性は?

いきなり抱きついてキスしてきたかと思ったら今度は有無を言わさず僕をどこかへ連れて行こうとしている。

どこかで見たことがあるような気がしないでもないけど、こんな人原作にいたっけ?



紫色の髪、ロングヘアー、色白な肌、まごうことなき美人だと思うけど……。

それとなのは様の知り合い、そういえばさっき「忍さん」とか呼ばれてたっけ。



……あ、そういえばいたね、そんな人。

確か高町恭也の恋人で、なのは様の友達のすずかの姉。



「……月村、忍?」

「もう、愛を込めていつもどおり忍って呼んでよ、内縁の妻にたいしてその言い方は酷いぞ?」



でも、こんなテンション高い人だったけ?

原作(アニメ版)見てたけどここまではっちゃけた性格じゃなかったような……。

もっとこうおしとやかで、清楚で、王道派ヒロイン然とした感じの。

って、まさか……原作(エロゲ版)の方の性格なのか!?



メカ好きで、マッドで、発情期持ちで、いろいろはっちゃけている方の月村忍か!?



こんなところで原作との相違点なんか知りたく無かったよ、ってさっきから抱きつかれっぱなしだけどなんとか放してもらわないと恥ずかしくてたまらん。

それにできるだけ穏便に誤解を解いておかねば後々どんな不幸が訪れるかわかったものじゃない。

なにせ月村忍はあの高町恭也の彼女、下手したら殺されかねない!



「……あの、実は」

「すまん忍、待たせ……なっ!? 忍っ!!? それに俺だと!!?」

「え? 恭也が二人? え? 夢?」

「……………」



いきなり高町家から飛び出してきた長男、高町恭也その人だった。

なんというタイミングの悪さ、なにせ僕はいまだに忍さんに抱きつかれっぱなし。

言い訳無用の状況である、王大人「死亡フラグ確認!」



「貴様っ、何者だ、忍から離れろっ!!」

「……………」



ちょ、このお方いきなり抜刀しやがった、どこに隠し持っていたのか素で日本刀持ってるとか犯罪者すぎる。

ってか、さっきから超展開すぎてついていけない、この状況でどんな言い訳ができるだろうか、僕にはわからない。

いまだ抱きついたまま放してくれない忍さんにも責任はあるはずなんだけど、そんなことこの修羅場じゃいまさらだし。

ゆえに無言、だがそれが相手をよけいに逆上させてしまうのもまた事実。

その結果は明白なわけで。



「……返答はなし、か……ならば力ずくで排除するのみ!!」

「……………っ!!?」



襲い掛かってくる高町恭也、その手には二本の小太刀。

御神流の達人が本気で襲い掛かってくる、その恐怖に身が竦む。

まさかこんなマヌケな状況で死亡フラグが立つなんて、不幸すぎるぞ!?



「ふ、二人の恭也が私を巡って争うなんて、あぁ、なんて素敵すぎる夢なの!!」



……そして黙ろうな月村忍、温厚な僕でも限界ってものがあるんですよ?



って、考えている場合じゃない、なんとか凌いで生き残らないと!

いそいで迎撃体制をとる、相手は刀を持っている、そして僕は無手、デバイスを発動している暇は無い。

ならば防御魔法で防ぐ!



前方に手をかざし淡い水色の魔方陣が出現、恭也の斬撃を防ぎきる。

だがなぜか魔方陣を出していた腕に痺れるような衝撃が走る。

攻撃は完璧に防いだはずなのに、ダメージが浸透してくる、これが御神流なのか!?



「なっ!? コレは一体、貴様HGSか!?」



驚いたのは向こうも同様だったようで一端お互いに距離を取る、相手の出方を伺いつつデバイス起動。

身の丈ほどもある棒状のデバイスが顕現し僕の手に握られる。

その様子を見ても恭也に動揺はない、この程度では驚かないということか。

彼にとっては魔法という未知は、僕にとってあまりアドバンテージにならないのかもしれない。



恭也が構える、気配が違う、今度は本気だ、間違いなく必殺技でくる。

僕のチートな身体がその気配に反応して勝手に臨戦体制をとる、こういった状況ではありがたい反応だ。



ジリジリと互いの距離を詰めつついつでも動き出せるように瞬きすらせず相手を凝視する。

冷や汗が流れ、筋肉が軋む、ちょっとでもきっかけがあれば決壊しそうな距離感、既に互いの必殺圏内にはいっている。

そして、その緊迫した空気はすぐに終わることになった。



他ならぬ高町なのはの一声によって。



「ちょ、二人とも落ちつ」



きっかけはそれだけ、だが極限まで張り詰めていた互いの緊張感を刺激するには十分な一言だった。

ほぼ同時に地面を蹴って飛び出す、そして。



「奥義の六・薙旋っ!!!」

「無双三段っ!!!」



大人気なく本気ぶつかり合う二人、こうして高町家前が人外の戦場になりました。






[7527] リリカル・エンハンスト34
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/07/15 15:54
■34



せい‐ざ【正座/正×坐】

[名](スル)足をくずさないで正しい姿勢で座ること。ふつう、足先を伸ばして足の甲を床につけ、尻をかかとに据えて背筋を伸ばした姿勢にいう。端座。「―して話を聞く」
日本独特の姿勢保持の一つ。



まあようするに日本人が真面目な時にする姿勢である。

具体的にはお見合いの席とか、和室でお客をもてなす時とか、子供が叱られる時なんかにする。

で、今回は一番最後。



つまり僕と高町恭也が仲良く正座しているのにも深い訳があるわけで。

べ、別に足が痺れてきて苦しくなってきたので、何かテキトーなこと考えて誤魔化すとかそういうんじゃないですよ!



「聞いているんですか、エンハンストさん!?」

「……ハイ、スイマセン、モモコサン」

「プッ」



ぼうっとしてたら僕らの目の前で仁王立ちしながら説教する桃子さんに怒られてしまった。

そのうえ隣で僕同様に正座させられている恭也が小さく笑いやがった、絶対性格悪いよコイツ。

原作主人公? 関係ないね、こいつは僕を笑いやがった、必ずメタメタにしてや(ry

そんなに僕に戦いで追い詰められたのを恨んでいるんだろうか、元はと言えば僕も被害者だというのに。



「恭也、あんたこそ笑ってる場合じゃないでしょう! いきなり刀で襲い掛かるだなんて何考えてるの!! エンハンストさんに怪我でもさせたら大変なことになってたのよ!!」

「いや、それにはちゃんとした訳があって」

「エンハンストさんに抱きついていた忍ちゃんを見て嫉妬に狂ったんでしょ! 全部忍ちゃんから話は聞いてるんだからね!!」

「忍ぅーーーっ!!?」

「大声ださない! いくら忍ちゃんのことが好きでもやっていいことと悪いことの区別もつかないの!?」

「母さん誤解だ、俺は忍をコイツから助け出そうと」

「またそんな言い訳ばっかり! 反省するまでご飯抜きですからね!」

「くっ、なのはなら事情を知ってるだろう? なのはからも母さんに誤解だと言ってくれないか?」

「乱暴なお兄ちゃんは、キライなの」

「!!??」



僕が何かする以前の問題で高町恭也は撃沈した。

母と妹から精神的フルボッコにされマインドクラッシュ orz となる、ざまあみろ。







さて、なぜこんな状況になってしまったのかと言うと、あんまり説明したくないけど話さなければならないでしょう。



高町恭也の誤解(?)でなし崩し的に始まってしまった戦い。

格下のアマチュアならともかく、達人レベルの戦闘において本気の殺気をぶつけられて僕のチートボディも超反応。

つまり僕自身にはそれほど戦う意思がなくても身体はバリバリ戦闘モードに突入してしまったのです。



最初こそなんとか攻撃を凌ぎつつ誤解を解こうとか考えていた訳ですが、あっさり断念。

そもそも相手に僕の話を聞く様子も無く、僕もどんな言い訳をして良いものかわからなかったからだ。

それに僕自身の思考も身体に引っ張られてだんだんと好戦的に、というかこの理不尽な状況に少しずつ怒ってきたわけで。

お互いに武器を構えて睨みあっている内に緊張感はピークに、どちらも引くに引けない状態に陥ってしまった。



そしてなのは様の呼びかけをきっかけに始まる必殺技同士のぶつかり合い。

それに勝ったのは僕、恭也の四連撃をすべて弾きつつその身体に一撃を叩き込もうとし、だが結果的には当たらなかった。

当たる直前にこれまでとは比べものにならない速さでバックステップしてかわされたのだ。

ぎりぎり掠った腹部の衣服が引き裂かれた程度で、身体そのものにはまったくダメージを与えられなかった。



一瞬、加速魔法か、とも考えたがありえない、高町恭也は魔法が使えないはず。

ならば考えられるのは御神流の奥義・神速とかいうやつか。

少しやっかいな技を持っている、いっそのこと魔法で叩き潰すかなどと考えたがすぐに却下した。

結界も張っていないこんな場所でそんなことをするわけにもいかない。



それに奴の動きも目で追えないわけじゃない、あくまで動きが速いだけ。

少し本気を出せば殺せない相手じゃない。

いっそのこと奴の足を潰せば自慢の速さも―――



そこまで考えて自分の思考がかなり物騒になっていることに気が付いた。

僕は何を考えている、何を本気で殺す算段を整えているんだ、そうじゃないだろう。

急速に冷静さを取り戻す、そうだ、ここで彼と戦うことに利はない。



目の前の恭也を見る、予想以上に疲弊している。

肩で息し、顔色は悪く不自然に汗が流れている、先ほどの交錯は一瞬だったが神速とはここまで疲労するものなのか。

そのうえ僕を見る彼の視線には敵意以上に驚きや畏怖といった色合いが強い。

一方で僕には疲労はまったく無い、当たり前だあの程度の動きで疲れるわけない。



恭也と戦うことに利はない、だが向こうは少し冷静さを失っている、戦闘を易々と止めてはくれないだろう、説得も難しい。

戦闘では僕が有利だ、さっきの一戦で相手の力も大体わかった、一般人よりは遥かに強いがそれだけだ。

ちょっと本気を出せば魔法を使うまでもなく問題なく勝てる、だが誤解とはいえ妹の前で兄を傷つけるわけにはいかない。

後々のなのは様との関係悪化や、それによる原作介入に影響を及ぼす危険性もある。



……ならばどうすべきか、唯一の希望は恭也の疲労が激しいということ。

神速一回であそこまで疲労するなら、何度も多用させればすぐに体力が尽きるはず、そこが狙い目だろう。

なのは様に恨まれないように、この戦闘を終わらせるにはそれしかない。



それからの戦いは基本的に同じことの繰り返しだった。

①恭也が仕掛ける→②僕が防いで反撃(手加減)→③恭也が神速で回避→④体力消費→①ループ



戦っている最中にその余波で道路や民家の壁を何度か破壊してしまったが、僕と恭也に目立つ怪我はない。

お互いにダメージは無いが時間が経過するごとに恭也の体力消耗は一方的に酷くなっていった。

それでも傍目にはお互いに超スピードで死闘を演じるように見えたことだろう。



あと数分もこれを続ければ恭也のダウンも近い、僕にも少々の心理的余裕ができた、そうして周囲を見渡せば。



突然の状況にオロオロするばかりのなのは様とユーノ君。

争う僕と恭也を見ながら何故か嬉しそうに「お願い、私のために争うのはやめて!」とかぬかす月村忍。

そんなカオスな状況にいきなり終止符を打ったのは騒ぎを聞きつけて飛び出してきた桃子さんの一喝でした。



コラー!と怒鳴られ硬直した直後、僕と恭也の体に巻きつけられる金属の糸。

僕の背後では高町士郎が、恭也の背後では高町美由希が、それぞれ鋼糸を構えていた。

さすが戦闘民族高町家、この身が縛られるまで彼等の存在に気がつけなかったよ。



やろうと思えば力技で束縛から脱出することもできたが止めておくことにした、ここで余計に話しを拗らせることもあるまい。

流石にいきなりぶっ殺されることはないだろうし、ここは大人しくしておく。

そして僕と恭也はお互いに身動きがとれないまま高町家へと運び込まれ、こうして縛られたままお説教を受けることになったわけで。



あ、ちなみに月村忍はある程度桃子さんと話した後自分の家に帰っていった、さんざん場を乱すだけ乱してそれはないだろうと。

別れ際に「人違いしちゃってゴメンネ」とかちょっとだけ申し訳なさそうな表情で言ってたが。

……できればもう二度と会いたくない類の人物である。







さて、現状はなんとも情けない状況だが、ある意味では好都合なのかもしれない。

いままでは桃子さんから家の前で暴れていたことや、道路や民家の壁を破壊したことへのお説教だったが、いいかげんそれも終わりだろうし。

そろそろ僕の素性とか、なぜなのは様達と一緒にいたのか、など聞いてくると思う。



もともと今回の僕の目的は高町家への訪問も含まれている、これも原作介入への第一歩。

リンディさんには悪いが勝手に動かさせてもらいます。



「……で、君は一体何者なのかな?」

「……………」



キタ、これまで沈黙しながら説教風景をただ眺めていただけの士郎さんからの確信を問う質問だ。



拘束されている状況、相手は十分僕を殺傷できる能力を持ち、そしてこの質問、ある意味でコレは尋問とも言える。

これなら現状で僕が喋った事柄はたとえ機密だろうと生存権を守るための仕方が無い行為だったという弁解ができる、それは免訴の理由ともなる。

生きるためなら仕方が無い、要はそういうわけだ。



多分この状況を見ているであろうリンディさんが、あとでどんな文句を言ってきても。

じゃあなんであの時助け出してくれなかったんですか?と反論もできる。

意図してやったわけじゃないが環境は整った、じゃあはじめましょうか、原作への介入を。







僕は話した、現状でできうるすべてを。

魔法という技術の存在。

数多の次元世界の存在。

時空管理局の存在。

この世界にばら蒔かれたロストロギア、危険な遺物ジュエルシード。

それを巡った争いに高町なのはが巻き込まれたこと。

そして今後は自分達がこの事件を担当することになったこと。



すべてを一気に話し終えた頃、意図的に切っていた念話を元に戻すと案の定すぐにリンディさんから念話がとんできた。

うぁー、気まずいけど仕方が無い、これも作戦、いっちょ気張って悪人を演じてみますか。



『……エンハンスト執務官、私が言いたいことはわかっていますね?』

『わかりませんね、それよりもなぜ私を助けてくれなかったんですか、お陰で酷い尋問を受け、つい機密を喋らざるを得ない状況になってしまったではありませんか、貴女の失態です、このことは上に報告しますよ?』

『っ!? 詭弁を、貴方なら抜け出そうと思えばいつでも抜け出せたはず、それをしなかったのはエンハンスト執務官、あなたの方よ!』

『いいえ、どうやら謎のテロリストからAMFによる妨害を受けていて何もできませんでした、物理的にも拘束されているので無力化されています、そのうえ相手は鋭利な刃物を所持し私をいつでも殺せます』

『ふざけないで! そんな嘘をだれが信じると、いい加減にしなさい!』

『さて、ではこうしましょうか、世間的にも信用があり、ベルカにおいては聖王、なおかつ私は管理局の上、最高評議会にも顔がききます、そんな私の証言とたかが一航行艦の提督でしかない貴女の証言、世の中の人々はどっちが正しいと信じますかね?』

『……それが、貴方の本性ということかしら?』

『さあどうでしょうか? ともかく一民間人に次元世界について教えた程度ではたいした罪にも問えませんし、もうこれで許してもらえませんか、今後は自重することを約束しますので』

『……いいでしょう、ただし次はありませんからね』



リンディさんとの念話が一方的に途切れる、これでずいぶん嫌われてしまったみたいだ。

いや、我ながらかなり悪党じみた会話だったと思うけど、カガチの影響かな?

だがこれも計画のうちだったりする、いろいろ理由はあるが一言で説明すれば「僕に注目を集めるため」だ。



今後の展開において原作へ介入し、物語の流れを改変するためには暗躍が必須。

しかしそこでネックになるのが事件の責任者とも言えるリンディさんの存在。

ある意味で仕事に真摯な彼女にとってこれから僕が行うであろう暗躍は犯罪じみている分妨害を受ける可能性がある。



それを避けるための措置、つまり僕自身がデコイとなって彼女の注意を引き付ける。

じゃあ誰が代わりに暗躍するかだって?

いるでしょう、そういった後ろ暗い仕事向きの人物(?)が。



『エンハンスト様ぁ、そろそろ世界征服に乗り出しませんかぁ? 酒池肉林のハーレムとか興味ございませんかぁ?』



そう、僕の使い魔のカガチです。

残酷、腹黒、邪悪、とそういった仕事向けにうってつけの人材です。



原作介入を決意し計画を立てていた最初の頃は僕自身が暗躍しようかと考えていましたが、ある日カガチ自身がそのことを自ら望んで申し込んできました。

理由は二つ、僕の体調不良とカガチ自身の欲望です。



二年前から僕の体調不良は続いていました、それはあまり目立つような症状ではありませんでしたが僕が魔法を使ったときはかなり酷くなりました。

そのため基本的には魔法を極力避けて仕事に望むようになりました。

よほどのピンチにでもならない限り白兵戦闘でだいたいの事件は解決できますし。

他にもある程度はカガチに任せて、僕は後方待機という状況もよくありました。

……まあ、その場合犯罪者やテロリストの行方不明者数が倍増しましたけど。



そんな僕の体調を気遣って、カガチは僕の代わりに暗躍しその手を汚してくれると言ってくれたのです(もうすでに汚れきっているような気もしますが)。

それだけなら美談でしょう、病弱な主の身体を心配し代わりに働く健気な使い魔。

でもそれだけじゃ終わらないのがカガチクオリティ。



僕の代わりに暗躍する、そのご褒美としてカガチが要求してきたのは「僕を一日自由にできる権」です。

一体何を企んでいるのか、およそ僕には理解できない使い魔の要求でした。

僕に何をするつもりなのかと尋ねても、フフフと不気味に微笑むだけで誤魔化されますし。

少なくとも危険なことをさせるつもりはない、と言質はとりましたが安心できません。



……きっとろくでもないことになる、そういった確信だけがありました。



しかし、カガチの提案は魅力的で、体調不良でいつ倒れるかわからない僕が暗躍するよりも。

性格はともかく実力は折り紙つきのカガチにまかせれば間違いないことは確かだったのです。

結局、僕はこの悪魔の契約じみたカガチの提案を受け入れ、今後の計画を立てていきました。



表で動くのは僕、裏で動くのはカガチ、そういった役割分担を決め。

どうせ暗躍しないのならばカガチの邪魔にならないようにリンディさんや、その他の邪魔者の注意を僕へと引き付けようと考えたのもその一環でした。



こうしてリンディさんから嫌われても、その分僕に彼女の注意が集めればカガチが動きやすくなる。

そう考えて先ほどのように悪党じみた会話をしたわけですが、やってみると意外とスラスラ台詞が出てきました。

しかも脅迫まがいの事まで言ってるし、やりすぎだよ僕、意外と悪党になる才能まであったりして。



……まさかねぇ、そんな才能いらないよ?







高町家への事情説明と、リンディさんとの念話を終え、一段落した頃になってようやく士郎さんが口を開いた。

その様子は非常に重苦しく、年長者の迫力に満ちており、なによりヤクザじみていた。

ヘタレな僕にとってはかなりのプレッシャーである、正直ちびりそう。



「これまでの話をまとめると、君は兵器の代わりに魔法が主流の世界の人間で、警察と軍隊が統合されたような組織の一員で、今現在この地に危険物が散らばっているのでそれを回収しにきた、と」

「……ええ、そのとおりです」

「しかし、その過程で君たちと同じように危険物を探そうとしているなのは達以外の第三者がいて、今後の動きも予想できない危険な状況ということだね」

「……そうです」

「俄かには信じがたい話ではあるが、恭也を圧倒するほどの実力といい、そのときに見せた不思議な力といい、これだけのものを見せられるとさすがに嘘とは思えないな」



士郎さんは自分なりに僕の説明を理解した様子で、ふむ、と肯くと今度は積極的に質問してきた。

真面目な表情で考えるのは良いんですけど、そのプレッシャーどうにかしてくれません?

いいかげんきつくなってきたんですけど、コレなんて拷問?



「ひとつ質問があるのだが」

「……なんでしょうか?」

「それはこの世界の警察もしくは軍隊に協力してもらうことはできないのかい?」

「……むずかしいかと思います、基本的に管理外世界に魔法や次元世界について告知するのは一部の例外を除いて禁止されていますし、協力してもらう以前にまず大混乱がおきてしまうでしょう」

「それもそうか、いくらなんでも魔法なんていきなり信じられるわけないか、HGSなら納得もしようがあるが……」



士郎さんが苦笑いしながら納得する、だが彼からのプレッシャーは一向に弱まらない。

……も、もう……カンベンしてくだしあ。



「それじゃあ最後の質問なんだが、今後なのは、いや、俺達家族の扱いはどうなるのかな?」



……鋭い、というかはじめからそのことに気がついていたのかな?

もともとボディガードみたいな仕事をしていたって言うし、こういうところは常に警戒しているのかもしれない。



もちろん士郎さんの質問の意味は、彼等高町家への口封じを懸念してだ。

僕の説明であらかじめ魔法等の告知は原則禁止されていることなども話してあるし、先ほどの質問でも確信が持てたのだろう。

もしも高町家の誰かがジュエルシードの危険性をこの世界中に知らせてしまえば結果はどうあれ混乱がおきることは間違いない。

仮に何事も無く事件が解決しても彼等が魔法や次元世界について世間に話してしまえば同様に混乱がおきる。



僕は彼等がそんな迂闊な事をするような人たちではないことを知っているが。

しかし、一般的に考えてそういった心配を抱くのは管理局員としては当然の思考だ。



それを防ぐ手っ取り早い方法、それが口封じ、つまり殺すなり逮捕するなり、何らかの手段で相手から自由を奪うことで情報の漏洩を防ぐ必要がでてくるのだ。

人道的な観点からもそれを未然に防ぐため、先ほどリンディさんが僕に対して怒ったように魔法関係の告知は慎重にならざるをえない。

……まあ、僕はそれをあえて無視しているわけですが、作戦とはいえ反省はしなきゃね。



僕と士郎さんの会話からそのことを察したであろう恭也や美由希さんからも一気に緊張が伝わってくる。

良くわかっていない様子のなのは様や桃子さんは表情に?を浮かべて首を傾げていたが。



「……このことを無闇に風潮したりしなければ、特に皆さんに危害を加えることはありません、娘さんも同様にこれまでの経緯で罪に問われるようなことは何もありません」

「そうか、それを聞いてすこし安心したよ、それと勘違いとはいえ恭也が襲い掛かってしまいすまなかった、なのはの恩人に対する態度ではないからね、俺からも謝罪するよ」



士郎さんからのプレッシャーがようやく無くなった、少しは信用してくれたと言うことだろうか。

美由希さんも同様にホッ、と息を吐いて安心した様子だったが、一人だけ相変わらずしかめっ面で僕を見てくる人物がいた。

僕の隣で同じように縛られているそっくりさん、高町恭也だった。

こいつまだ僕のこと恨んでるのか?



「……俺からも一つ聞きたいことがある」

「……どうぞ」

「なぜ、そのことを俺達に話した? お前らにメリットが無い」

「……………」



やっぱりコイツも士郎さんの息子なんだよな、こういうところが無駄にするどい。

そう、メリットがない、情報漏洩の危険性が増す割には特にメリットがないのだ、むしろ無駄な労力を消費する分デメリットしかない。

原作でもリンディさんが高町家の人々に当初は本当のことを話さなかったのはそういった理由があるのだろう。



だが僕は話した、包み隠さず全部話した(まあ、さすがに最高評議会とかそういった裏事情までは話していないが)。

この地が危険に見舞われていること、家族の一人がその事件に巻き込まれていたこと、そして今後も危険は続くことを。

客観的に見れば組織人としてはバカな行動以外の何者でもない。



ただまあ、これはあくまで僕の自己満足のためであるわけで、つまりは―――



「……高町なのはさん、未成年の女の子が危険に巻き込まれ、今後もそれに関わってくるかもしれない、事件に携わる局員として以上に、一人の人間として、彼女のためにも家族には話しておいた方が良いと思って話しました」

「おまえ……」

「「「……………」」」



しょせん詭弁だ、でもこういった偽善がどれほど僕の自己満足を満たしてくれるだろうか。

僕は時空管理局のためでも、まして正義のためでもなく、自分自身のために行動すると決めている。

自らの死が決定してからようやくついた決心であるが、だからこそその思いは強い。



「……ここまで話しておいて無責任な言い方かもしれませんが、皆さんには今までの話を聞かなかったことにしてこれまで通り普段の生活を続けていただければと思っています、事件は私達が必ず解決しますので」



そしてもう一つ、僕は高町家の人々がどういった人々なのかを原作知識で少なからず知っている。

大切な家族をたった一人で危険なところへ行かせるような人たちではない。



僕がこれでもかと丁寧に説明した魔法という存在の危険性、それを知っていて果たしてなのは様を関わらせるだろうか。

答えは否、少なくとも皆が納得できるような理由が無い限りは無理だろう。

つまりはこれが二つ目の僕の目的、家族という外部協力者を作ってなのは様の魔法少女化を二重に阻止する。



案の定、僕の話を聞いていたなのは様がフェイト嬢のことを気にして反論しようとして。



「でも、私はフェイトちゃんと……お話を……!」

「なのは、先ほどの話を聞いていただろう、危険すぎる、これ以上は関わるべきじゃない」

「お兄ちゃん! でも、でも!」

「そのフェイトとかいう子とは事件が解決した後でも話せばいいだろう、なにもわざわざ危険な状況で話すこともないはずだ」

「それは……そうかもしれないけど……」



ややシスコン気味っぽい恭也に正論でやりこめられてしまった。

ちょっと可哀想だがこれも彼女のため、いいぞ恭也、もっと頑張れ!

このままなのは様が説得に納得してくれればいきなりここで魔法少女化阻止が成功することになる。



僕は一抹の期待を込めてその様子を見守っていると、ちょっと涙目のなのは様と目が合ってしまった。

彼女は僕を見た瞬間、何かをひらめいた様子で急に表情が明るくなり、再び恭也に振り返った。



あれ? なんか嫌な予感がするんだけど……。







「そうだ! お兄ちゃん、なのは約束していたことがあったの!」

「約束?」

「壊れちゃったレイジングハートを直してもらう代わりに、エンハンストさんのお世話をするの!」

「なん……だと……?」



ギリギリと、壊れたブリキ人形のように首を回転させて僕の方に向き直ってくる恭也。

うん、アレは間違いなく誤解してるね、最悪な方向で。



「えっと、それほど難しいことじゃないらしいし、女の子なら誰にでもできることなんだって(家事等)!」

「ほぉ……なるほど……女の子なら誰でも……」



いつのまにか恭也を拘束していた鋼糸は解けていた、奴の手が懐の小太刀に伸びる。

そしてなのは様よ、なぜそこまでピンポイントで勘違いを誘うキーワードでばかり話すのか。



「最初はちょっと疲れるし(掃除等)、痛いかも知れないけど(包丁などでの怪我)、慣れればとっても楽しいらしいし!」

「最初は痛い……慣れると気持ちいい……ねぇ……」



殺気が増す、極限まで研ぎ澄まされた殺気が向けられているのがわかる。

ってか、誰も気持ちいいとか言ってねぇ! 勝手に聞き間違えるなよコンチクショー!

そ、そういえば、先ほどから皆の姿が見えない、まさか僕を見捨てて非難したとか?



「なのは頑張るよ! 一生懸命エンハンストさんのお世話するの!」

「そうか……そうか……」



恭也がゆらりと立ち上がる、その手には二本の小太刀。

目つきが違う、アレは人殺しの目だ。

なのは様は気がついていない、一生懸命説明するのに夢中だ。



とりあえず、このままでは今すぐにでも殺されかねないので一言だけ。



「……誤解だ」

「ウソつけぇぇぇぇっ!!」



本日二度目の死闘開始。



結果 → 高町恭也、神速の使い過ぎでダウン。
      エンハンスト、逃げ切ったが精神的疲労でダウン。

勝者 → 高町なのは、ドサクサにまぎれて両親の説得の成功。






[7527] リリカル・エンハンスト35
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/07/15 22:03
■35



ちょっとこれまでいろいろあったので三行で要点をまとめてみようか。



・なのは様デバイス破壊される(クロノに)、そのうえアームロック(クロノに)。

・高町家へ訪問、いろいろぶっちゃける、リンディさんに嫌われる。

・恭也キレる、なのは様いつのまにか両親公認で僕のお世話をすることに。



うん、かなりカオスな展開だったけど、なんとか予定どおりとも言えなくも無い、のか?



一応、当初の計画通り高町家の人々に魔法の危険性を教え込むことはできたし。

なのは様対策としてお世話をしてもらうことにもなった。



いろいろ不安な点は数多くあれど、なんとか順調だ。

このまま何事も無く計画通りに事が進めば良いんだけれども……。







あれから10日ほど経過した。

案の定、僕の予想外の問題が発生してしまった。



なのは様にではない、問題はクロノとユーノ君の間に起こった。

この二人、どういうめぐり合わせか10日ほど前からコンビを組んでジュエルシード探しをしている。

なんと既に5個もジュエルシードの確保に成功しているらしい、なかなか優秀だ。



残る6個のジュエルシード、これがなかなか見つからないわけだが。

原作どおりなら多分海の中にあるんだろう、そのうちクロノとかが気がつくと思うので僕は何もしない。



僕はよく知らないが、ユーノ君は単独で管理局への協力を申し込んだそうだ。

なのは様は原作とは異なり、魔法が使えないので参加していないにもかかわらず、だ。

そうなってくると自然とコンビを組む相手はクロノだけになってしまう。



僕は非常時用に艦内待機なので基本的には参加しない。

事務仕事をしながら、レイジングハートの修復作業に没頭していた。

修理中、大切な部品が幾つか欠損していたので一緒に拾われていたバルディッシュも利用した。

もしかしたら二つのAIが混ざったような性格になるかもしれないが、まあ許して欲しい、アースラの在庫だけでは部品が足りないのだ。



後やったことといえば、お世話をしてくれるなのは様を接待スキルをフル活用してとにかく褒めまくったくらい。

いまのところ彼女のご機嫌はすこぶる良い、このままいけば無理なく魔法少女をあきらめてくれるはずだろう。



ちなみに、僕の食事も彼女に作ってもらっている。

本当ならアースラの食堂で食事できるのだが、いろいろ理由をつけて派遣扱いなので食堂では食べにくいとかテキトーな嘘をついた。

なのは様は寛大な心で信じてくれたようだが、純真すぎないかこの娘?

……将来がちょっと心配だ。



それに、時々ぼうっと、赤い顔をしながら僕を見ていることがあるので風邪でも引いたのかもと心配することもある。

まあ、なのは様本人が問題ない、大丈夫と言っていたのでそれほど深刻ではないと思う。



で、問題のこの二人、最初の頃こそ表面上は和解してコンビを組んできたわけであるが。

一緒に行動する時間がたてばたつほど険悪な雰囲気になってきてしまったらしい。

任務中に口論することもあれば、休憩時間中にはまた乱闘騒ぎを起こしてしまう事もあったそうな。



なんとか仲を取り持とうとリンディさんが二人に話を聞こうとするも、互いに理由を語ろうとせず。

悪化した二人の関係は一向に修復の兆しを見せないらしい。



今のところ任務中にまで影響するようなことは無いらしいが、それでも危険なことには変わりない。

困り果てたリンディさんの様子を見ていたエイミィちゃん経由でそのことを相談された僕は兄貴分として何とかしてやろうと僕らしくないことを思い立ち、さっそくクロノから話を聞き出すことにした。







で、クロノからなんとか聞き出した結果、実にくだらない理由であることが判明した。



そもそものきっかけはリンディさんたちとの顔合わせのとき、乱闘となりクロノがついなのは様にアームロックをしかけて涙目にさせてしまったことが原因らしい。

クロノ曰く、ちゃんと後日謝罪をし、なのは様からもきちんと許してもらったのに、そのことをユーノ君がいつまでもぐちぐち根に持つのはお門違いなんじゃないか、と言うことだ。

毎回毎回そのことで口論となり、結果的には喧嘩にまで発展したのはやりすぎだったかもしれないと一応反省していたので、あとはユーノ君を何とか説得すれば良いわけだ。



ユーノ君からそのことを追求してこなくなればきちんと協力しあうと約束させて、僕は今度はユーノ君の所へ向かうことにした。



彼のいる待機部屋まで行く途中、たまたま洗濯物を運んでいたなのは様と遭遇した。

どうしたのかと尋ねられ、僕は隠す理由もなかったのでこれから最近問題を起こしているユーノ君の説得にいくと説明した。



彼女は友達が問題を起こしていると言う事実に驚き、僕にユーノ君のことをお願いしますとあたまを下げた。

もちろん僕もユーノ君のことは気に入っているので(癒し的存在な意味で)二つ返事でそれを了解し、友達思いなんだねとなのは様を褒めて機嫌をとっておくのも忘れなかった。

さらになのは様とユーノ君のラブラブカップル化を望む僕としてはここで一つ気を利かせ、僕との話が終わったあとで良いからなのは様もユーノ君と二人でお話をしてあげてね、と言っておいた。



これをきっかけに二人の仲のさらなる発展を期待したのである。

まあ、所詮は小学3年生、あまり期待はしてないけど、将来的に何かしらのフラグが立ってくれれば御の字だ。







「……というわけで、クロノも深く反省している、もう許してあげて欲しい」

「それは……わかっています、わかっているんですけど、彼の顔を見るとどうしても腹が立ってきて……」



ユーノ君の部屋に来て事情説明、その後クロノにしたような話をしながら説得。

話をしている間は始終俯いていたユーノ君だったが、僕の話には肯いてくれていたので脈はあると判断した。



慣れない誰かと話すのは苦手だが、今回は僕が骨を折るしかない。

リンディさんで駄目だったのだから、消去法で二人の関係者というと僕だけになってしまうのだ。

それにこれ以上妙なトラブルが起きても困る、原作介入のためにもこれ以上のごたごたはゴメンだった。



一通り話しを終えて、締めくくりになんとか和解を約束させようとしたがユーノ君は額に皺を寄せて渋った。

ギュウ、と拳を強く握って独白を続ける。



「クロノがなのはに謝罪したのも知ってますし、なのは本人もそれを受け入れたことも知っています、多分、僕がいつまでも拘り続けているだけというのも理解できているんです!」

「……………」

「別に僕はクロノにぶっ飛ばされたことを恨んでるわけじゃありません、そりゃあなのはを泣かせた事はいまでも腹立ちますけど、それはなのはとクロノの問題で僕が口出すべき問題じゃないのを知ってますし」

「……………」

「でも、僕が何より腹立っているのはクロノが本当の意味でなのはの悲しみを知らないことなんです! エンハンストさんも見たでしょう、レイジングハートを壊されてあんなに取り乱したなのはの姿を! なのはの涙を!!」

「……………」

「僕は絶対に許せない、謝って済む問題じゃない、あんな奴、あんな奴大っ嫌いだっ!!」

「……………」



腹の底に溜まった鬱憤を吐き出すように怒鳴りつづけるユーノ君。

ゴメン、唾とんでくるからちょっと抑えてね。



それにしても相当ムカついていたみたいだ。

でもそれも無理ないのかもしれない、好きな女の子が他所の男に泣かされたんだ、理屈では納得できても感情では納得できんよな。

女の子みたいな可愛い見た目をしててもしっかり男の子してるねユーノ君、見直した。

よし、この際だからその不満を全部出し切ってスッキリするといいよ、僕が聞き届けてあげよう。



「はぁ、はぁ……っ!」

「……言いたいことは、全部言えたか?」

「っ!!?」



キッ、とこちらを睨んでくるユーノ君、いやいや、お門違いだから、僕関係ないよね、なんで睨まれるの?

せっかく善意で言ってあげたのにこのままじゃ余計に話がこじれそうだ、なんとか恨みのベクトルをよそに逸らさないと。

……さて、なんと言って説得したものか。



まてよ、これはむしろチャンスなんじゃないのか、ユーノ君が怒っている根本的な理由はクロノがなのは様を悲しませたこと。

で、その怒りがクロノに向かって大喧嘩になったと。

じゃあ逆にそれらの感情ベクトルが全部なのは様への恋心に変わったら?



……見事ラブラブカップルの成立じゃん!

こ、これを利用しない手はない!



「……君が彼女をどれほど好いているかわかった、じゃあやることは一つなんじゃないか?」

「そ、それはっ!?」

「……クロノに怒りを抱くよりも、傷心の彼女を慰めること、それが君のすべきこと、ちがうかい?」

「で、でも僕は、なのはを好きになる資格なんか! 彼女を戦いに巻き込んでしまったのは僕だし―――」

「……人を好きになることに資格なんかいらない、勇気を出すんだ!」

「エ、エンハンストさん!!」

「……もうすぐ彼女がここに来るだろう、ここに来る前に君と話すようにお願いしておいた、頑張れ!」

「あ、ありがとうございますっ!!」



ユーノ君に向けてビッ、と親指を上げて気合を入れて頑張るようにアピールしておく。

彼は背を向けて部屋を出ていく僕に向けて大声で礼を言ってきた。

いいってことよボーイ、君たち癒し系カップルがくっ付いてくれれば僕も嬉しい。



いい気分で部屋を出る、アレ? なんだか床が不自然に濡れているが、雨漏り?

まさかね、いまは次元空間を移動中だし、雨漏りとかありえんし。

多分床掃除した後なんだろう、ほっとけば乾く、気にすることのほどでもないか。



それにしてもユーノ君が元気を出してくれたようでよかった。

このままなのは様といい感じになってくれればクロノとの不和も自然と解決していくだろうし。

うん、万事解決、珍しく良い事した後は気持ちがいいなぁっ!!







―Side:高町なのは―



エンハンストさんたちとの出会いから十日が経ちました。

最初こそいろいろあったけど今はけっこう落ち着いた日々です。



ユーノ君と出会い、レイジングハートを受け取って、フェイトちゃんと戦って。

魔法使いになって、そしてレイジングハートが壊れて……。

すごく悲しくて、我を忘れて大泣きしちゃった。



その後にリンディさんといろいろお話して、クロノ君と喧嘩しちゃって、逆に返り討ちになって。

エンハンストさんがクロノ君を気絶させたときは気分がスッキリしたけど、これはナイショなの。



もう事件に関わっちゃいけないと告げられた帰り道、送ってくれたエンハンストさんがレイジングハートを治せるかもしれないと言ってくれた時は本当に嬉しかった。

その直後に忍さんにキスされて、お兄ちゃんと喧嘩になったときはどうしようかと思ったけど。

よくわからないうちに二人とも縛られてお家に連れていかれてたの。



縛られたエンハンストさんが家族にいろいろ魔法のこととか、次元世界のこととか本当は話しちゃいけないようなことを話して。

そのうえ、話した理由がなのはの事を心配してるからと告げられたときはなんだか胸がポカポカして、よくわからなかったけどすごく嬉しかったの!



その後またお兄ちゃんとエンハンストさんが喧嘩していたけど、なのははその間にお母さんを一生懸命説得してレイジングハートが治るまでエンハンストさんのお手伝いをすることを許してもらったの。

お母さんは始め反対していたけど、私の所為で壊れてしまった大切なRHを直すためと、エンハンストさんへの恩返しのためだと説明すると渋々ながらも納得してくれた。

話している途中でRHのことを思い出してちょっと泣いちゃったけど、それを気にしている余裕はなかった。



ただし条件としてお母さんと『危ないことは絶対にしない』ことと『学校をサボらず、毎日家に帰ってくる』ことを約束してしまったから、あまり長い時間はお手伝いできないけれど、その分一生懸命全力全開で頑張るの!

お父さんは最後まで反対していたけど、お母さんに耳元で何かヒソヒソ言われたらすぐに納得してくれた。

お母さん何ていったんだろう? 声が小さくて「今夜」、「サービス」の二つしか聞き取れなかったけど、きっと翠屋のことなのかな?







そんなわけでエンハンストさんのお手伝いをするようになったわけだけど、始めはそれこそ何をしたら良いか全然わからなかったの。

エンハンストさんは「自分にできることを一生懸命してくれればいいよ」と優しいことを言ってくれたけど。

任された以上はしっかりやりたい、お世話になりっぱなしじゃ申し訳ないの。



困った私はお母さんに相談しました。

お母さんはお料理もできるし、掃除、洗濯、なんでもできるすごい人、なのはの尊敬するお母さんなの。

……美由希お姉ちゃんは、お料理以外では尊敬できるの。



あまり時間もなかったけど、お母さんは必要なことをしっかり教えてくれた。

これまでお母さんの家事をお手伝いしていたこともその手助けになった、美由希お姉ちゃんはサボってたけど。



基本的なお料理の仕方とか、掃除の手順なんかも教えてくれたし、とっても丁寧で優しかった。

初めて真剣に取り組んだこともあって、時間も忘れて熱中したの、気がついた頃には0時をすぎて翌日になっていた。

お母さんはニコニコしながらなのはのことを褒めてくれた、なんだかとっても嬉しかったの。



なぜかその様子を見ていたユーノ君がいきなり「ぼ、僕も頑張るよ!!」といってアースラでクロノ君たちのお手伝いをすることになっていたけど、どうしたんだろう?







お手伝いが始まって、忙しくも充実した日々がやってきた。



基本的になのはのお手伝いをする時間は学校が終わってから、お家で夕飯になる時間帯までの5時間くらい。

お家に帰ってからはお母さんに家事を習って、しばらくしたらお休みなさい。

お手伝いする時間自体はそれほど長くないけど、とってもやりがいがあるお仕事なの。



それにエンハンストさんはとっても優しくて、なのはの拙い料理も「おいしい、おいしい」と言って全部残さず食べてくれるし。

お掃除をしていても「なのはちゃんはエプロンがすごくよく似合っていて、とっても可愛いよ」とか「これなら将来良いお嫁さんになれるね、相手になる男は世界一の幸せ者だ」とかいっぱい褒めてくれる。

ちょっと恥ずかしいけど、すごく嬉しい、こんなに人から褒められるのは生まれて初めてなの。



ちょうどこの時はアリサちゃんと喧嘩状態になっていて、すずかちゃんともギクシャクしちゃって気まずかったから余計にエンハンストさんと過ごす時間が楽しくて嬉しかった。

最近はジュエルシード探しで忙しいユーノ君ともお話してないし、ユーノ君はアースラで寝泊りしているからほとんど顔を会わせる機会がなかったし。



お母さんとの特訓もあって日を追うごとに家事スキルは上達していったと思う。

そしてエンハンストさんは毎回そのことをたくさん褒めてくれるし、なのはを必要としてくれた。

「なのはちゃんが来てくれて本当に助かっているよ、君が来てくれなかったら私はゴミに埋もれながら飢え死にしていたかもしれない」と頭をなでながら言ってくれた時は涙が出るほど嬉しかったの



なのはは小さい頃から一人でいることが多かったけど、家族が愛してくれているのは知っていた。

だからできるだけ皆に嫌われないように、良い子でいようと心がけてきたの。

それは、嫌われたくないから、一人になりたくないから、必要とされたいから。



家族は皆自分だけで十分やっていける人たちばかりだった。

友達も皆優秀でなのはの手助けなんか必要としていなかった。

ユーノ君は最初はなのはの事を必要としてくれたけど、今は自分一人で全部やっている。



でも、エンハンストさんだけは私を、高町なのはを必要としてくれた。



あの人はああ見えて結構ズボラなところがある、ゴミは投げっぱなしだし、物の整理も苦手なの。

お手伝いをしはじめて知ったエンハンストさんの駄目なところ、結構いっぱいあるの♪



そしてなのはがそれらを片付けているといつも笑顔で「ありがとう」と言ってくれる。

とても嬉しいの、その顔を見ると、その声を聞くと、ドキドキしてとっても胸が熱くなってくるの。

これが前に忍さんが言っていた『ヘブン状態』という気持ちなのかな、いっそずっとこのままでいたい。

……生まれて初めて自分のやりたいことを見つけた気がしたの。



エンハンストさんはなのはがいないと駄目駄目さんなの、だから―――







それはたまたまだった、お洗濯した服を運んでいたら通路の反対側からエンハンストさんがやってきた。

ちょっと思い悩んだような顔をしていたので心配になり、これからどこへ行くのかと尋ねるとユーノ君に話があるらしい。

さらに詳しい事情を聞いてビックリした、なんとクロノ君とユーノ君が喧嘩をしたらしい。



あの大人しくて、優しいユーノ君が喧嘩、ちょっと信じられない内容だった。

たしかにクロノ君と初めて話したときになのはと一緒に喧嘩騒ぎになったことはあったけど、あれは後できちんと仲直りしたはず。

レイジングハートを壊されたのは悔しいけれど、原因はなのはにもあることだし、そのことに関しては今更なの。



そうなるとクロノ君と喧嘩する理由がわからない、きっとなにか重大な原因あるんだとは思うけど。

せっかくできたお友達と喧嘩するのは悲しいことなの、仲良くしたほうが絶対良いと思う。



だから、これからユーノ君とお話にいくというエンハンストさんにはどうにかしてユーノ君とクロノ君を仲直りさせてあげて欲しい。

ユーノ君のお友達の一人として、なのはからもお願いするの。



なのはが頭を下げてエンハンストさんにお願いすると、彼はとてもやさしい笑顔で了解してくれた。

「友達思いなんだね、なのはちゃんは優しいな」と頭を撫でてくれた。

エンハンストさんが髪の毛を梳かすように優しく撫でて、手のひらの体温が伝わってきて心地良い。

……ユーノ君のこと頼んで、得したの。



別れ際、エンハンストさんに自分の話が終わってからでいいからなのはもユーノ君とお話してあげて欲しいと頼まれた。

勿論おーけーなの、なのはもユーノ君のことは友達として心配だし、久しぶりにお話もしたい。

きっとエンハンストさんと話した後なら楽しくお話できるはず、この時はそう思っていたの……。







洗濯物を運び終わって一通り家事が終わった後、すぐにユーノ君の部屋へと向かった。

できるだけ早くユーノ君と話したかったし、上手くすればエンハンストさんも一緒にお話できるかもしれないと考えたから。



部屋の前につくとまだエンハンストさんは中にいる様子だった。

通路に人が会話する声が途切れ途切れに聞こえてくる。

まだお話の最中らしく、邪魔しちゃ悪いかなとおもって少し待つことにしたの。



ここで、ちょっとだけ魔がさした、二人がどんなことを話しているのか気になってしまったの。

ちょっとした悪戯心、そっと扉に耳を当てて、中の会話を盗み聞きしてしまった。

ほんの小さな好奇心、でも後にこの行動を激しく深く後悔することになった。



途切れ途切れに聞こえてくる単語、多分ユーノ君の声。

ずいぶん大声みたい、ううん、これって……怒鳴ってるんだ。



そこで止めておけばよかった、ユーノ君が怒鳴るなんてただ事じゃない、このままじゃ、悪戯じゃ済まないと。



『……なのは……腹立つ……レイジングハートを壊されて……絶対に許せない……謝って済む問題じゃない……あんな奴、大っ嫌いだっ!!』



バッと壁から離れる、心臓がバクバクうるさいくらいに鳴りっぱなし。

よく見ると身体が震えていた、ちがう、それだけじゃない、呼吸もおかしい。

ゼヒ、ゼヒ、と上手く息ができない、苦しい。

勝手に涙が流れた、とまらない、歯がカチカチうるさい、駄目、このままじゃ。

離れなきゃ、ここから、早く、一刻も。



震える足を酷使して、なんとか女子トイレの個室に駆け込んだ。

涙が止まらない、息ができない、震えがとまらない、気持ち悪い。



「うっ……ぉぇ……!!?」



もどした、何もでない、でも何度ももどした。



「ぅぇ……ぁ……」



苦しい、なんでこんなに気持ち悪いの?



『あんな奴、大っ嫌いだっ!!』というユーノ君の言葉が脳裏に浮かんだ。

とたんに酷い嘔吐感が襲い掛かってきた。



そうだ、さっきのユーノ君の怒鳴り声、あれは……なのはに対しての怒りだった。

思い出す、十日ほど前の出来事を。

レイジングハートが壊れた時、なのはは自分が悲しいことでいっぱいでユーノ君のことをまるで考えてなかった。



もともとレイジングハートはユーノ君の大切な相棒だった、それをなのはに貸してくれていただけ。

そしてレイジングハートを壊した原因を作ったのはなのは、未熟な不注意でその原因を招いてしまった。



……ユーノ君の怒りは当たり前だったのだ、それに気がつかなかったなのはが馬鹿なだけ。

なんてことだろう、こんなにまで嫌われて初めてそのことに気がつくなんて。

これじゃあアリサちゃんやすずかちゃんに嫌われても仕方が無いのかもしれない、なのはがお馬鹿さんだったの。



いまさら謝っても遅いのかもしれない、もうユーノ君とはお友達には戻れないのかもしれない。

悲しいよ、こんなに悲しくて寂しい気持ちは初めてなの。

でも、全部なのはの自業自得。



……もう、なのはにはエンハンストさんしか、必要としてくれる人はいないのかも。



……ハ、ハハ、アハハ……それでも、いっか……。






[7527] リリカル・エンハンスト36
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/08/01 22:21
■36



「エマージェンシー! 捜索域の海上にて大型の魔力反応を感知!」



ユーノ君との話し合いを終えて部屋を出てすぐ、艦内にけたたましいエマージェンシーコールが鳴り響いた。

通路を歩いて自室に戻ろうとしていたがすぐに引き返す。

目的地は艦橋、おそらくは全員すぐにそこに集まってくるはず。



僕は通路を駆けながらアニメ原作での出来事を思い出す。

海中に沈んだロストロギア、それを強制発動させて力技で封印しようとしたのはフェイト嬢だった。

だが、今現在彼女にデバイスはない、バルディッシュはクロノによって破壊されている。

残骸もレイジングハートと一緒に回収してあるので修理することもできないはずだ。



現にこれまでもクロノとユーノ君がロストロギアを探索中にフェイト嬢と遭遇することも無かったし。

こちらが原作よりも多くのジュエルシードを確保することに成功していることから、フェイト嬢の無力化は間違いないと考えていた。

だからこそ希望的観測ではあったが『このイベント』は起きないのではないだろうかと考えていたが、予想ははずれた。



彼女が現れなかった時用に対策も幾つか考えいたが、すべて無駄になってしまったようだ。

……まあそれはいい。



それよりも疑問なのはフェイト嬢がどうやって大規模な魔法を行使しているかだ。

バルディッシュの予備となるデバイスがあったのか? それともまさか生身で魔法を行使しているのだろうか?

もし生身での行使なら大変だ、デバイスの補助が無い大規模魔法は負担が大きい、それこそ命に関わりかねない。

簡単な飛行魔法や初歩的な魔法なら問題ない、だがアースラに感知されエマージェンシーコールが鳴るほどの広域魔法はさすがに無茶だ。

下手したら一生魔力が使えない身体になったり、身体機能に障害が残ることもありえる。



もしフェイト嬢がそんな状況になってしまったらせっかくこれまで上手くいきかけているのに、原作介入がメチャクチャになってしまう。

なのは様だってショックを受けてどうなってしまうかわかったものじゃない。

不安要素が多すぎる、何が何でもそんな事態だけは阻止せねば!







僕は決意も新たに艦橋へと駆けた、一分も走ると艦橋への入り口が見えた。

立ち止まらずまっすぐ進む、入り口が自動的にすばやく左右に開き僕は室内へと駆け込んだ。



まずはどんな状況か知る必要がある、僕は艦橋に入ってすぐ正面の大画面モニターを見上げた。

そして、僕の視界に映ったショッキングな光景に思考が停止した。



( ゚д゚)

(つд⊂)ゴシゴシ

(;゚д゚) ?

(つд⊂)ゴシゴシ
  _, ._
(;゚ Д゚) !?



「な、なんてことしてるのあの子たち!?」



エイミィがモニターを見上げながら焦った、というか困惑した様子で叫ぶ。

周囲の職員達も同様だ、皆それぞれ困惑していたり気まずそうにしていたり呆然と口を開けっ放しにしていたり。

反応はそれぞれだが、その原因となった光景に僕自身も言葉を失う。



「……………」



モニターには海鳴の海上、そして空に浮かぶ金色の巨大な魔方陣が映されている。

それだけなら僕でも予想できた光景だった、それほど驚くべき光景じゃない、これは周囲の局員達にも言えることだろう。

だが一点だけ、あまりにも予想外な異物が混じっていた。

……いや、正直に言うぜ、あれは異物というよりも



「「「ち、痴女だーっ!!?」」」



艦橋にいた皆が口を揃えて叫んだ。

胸元、へそ(と言うかお腹全体)、そして太もも、全部キャストオフな大胆仕様。

そのうえ服装が全体的に薄手で、チラチラどころではないフルオープンに見える白い肌が眩しい限りだ。

幼い年齢にあまりに不釣合いな色気120%なその姿、僕には見覚えがあった。



そう、フェイト嬢はなぜか母であるプレシア・テスタロッサのデバイスとバリアジャケット姿でそこにいた。

ぶっちゃけエッチな魔女のコスプレをした変態淑女そのものだった。

児童ポルノ法に真っ向から喧嘩を売ってるような姿である。



どういうことなの……?



画面上ではフェイト嬢が何かぶつぶつ詠唱して、魔法の発動準備を整えているがこちらはそれどころではない。

いきなりR-15レベルの服装をした背徳的な美少女が現れたのだ、特に男性職員の動揺っぷりを察してあげて欲しい。



さらに彼女は空に浮かび、現地は風が強い、自然と服は揺れいろいろなところが捲れることになるわけだが、あれさ、太ももの状況見る限り履いてないよね?

そんなことを考えていると案の定、より強い風が吹いてきて、彼女のスカートがふわりと浮き上がり。



「うわぁぁぁぁ!!?」

「「「おおぉっ!!」」」



エイミィはとっさに両手でクロノの目を塞ぎながら騒ぎ出し、男性職員はつい歓声をあげガッツポーズをとってしまう。

オマイラ全員性犯罪者か、とくにそこの茶髪メガネ(名前は知らない)テメェ頬染めながら前屈みになってんじゃねぇ。

シリアスな場面ぶち壊しな方向で盛り上がる艦橋内、そしてついにフェイト嬢のスカートが完全に捲り上がって。



「エイミィ! モザイクを!」

「ハ、ハイ、艦長!」



リンディさんが大声をあげて指示を出すと直後にはフェイト嬢の下半身にモザイクがかかった。

ギリギリ危ないタイミングだった、あやうく絶対防衛ラインを突破してしまうところだ。

リンディさんGJ! そしてエイミィもGJ! なんとかフェイト嬢の最後の尊厳は守られた。



あぁー、と残念そうな声をあげる極一部の男性職員に凄みのある睨みをきかせるリンディさん、男性職員は怯えてうごけなくなった。

ちなみに声をあげたのは茶髪メガネ(名前は知らない)だった。



画面上では下半身にモザイクのかかったフェイト嬢がついに大規模魔法を発動させていた。

無数の稲妻が海面に叩きつけられ凄まじい衝撃を生み出す、沸騰し爆発し蒸発する、そんなことを繰り返しながら海面は荒れ狂った。

すごい威力だ、これなら少なくともAAAクラスの魔法に匹敵する、だが同時にお馬鹿でもある。



僕の隣で同じようにモニターを見上げていたクロノも同様の感想を抱いた様子だった。

無理もない、クロノの得意とするブレイズキャノンだってせいぜい魔法ランクはA+、頑張ればランクSクラスの高等魔法も使えないこともないが後が続かない。

そんな彼からすればあのように魔力をバカ喰いする広域魔法を使うこと自体がナンセンスなのだろう。

クロノには限りある魔力を節約しつつ、ここぞと言う場面で一点集中して魔力を効率的に運用するよう徹底指導してある。

そして魔力節約のためにも白兵技術を教え込んだのもそのためだった、けっしてネタのためではない。



そんな大魔法を行使したフェイト嬢本人は真剣な表情をして、デバイスを構えたままの姿勢で肩で息しながらポーズを保っているものの。

下半身にモザイクがかかっているため、僕にはどうしても性質の悪いギャグにしか見えなかった。



……これなんてAV?







モニターには荒れ狂う海面、広域魔法の影響を受けて強制発動されたジュエルシードの所為でトルネードまで発生している。

海水を巻き上げ螺旋状の水柱となったそれが無数に乱立するなか、フェイト嬢は隙間を縫うようにして飛び回る。

なんとか封印しようと悪戦苦闘している様子だがまったく歯がたっていない。



風に煽られ、暴風に叩きつけられ、高速で飛んでくる海水に打ちのめされている。

先ほど使った広域魔法の影響もあるのだろう、魔力不足と疲労のせいで見るからに動きが鈍い。



先ほどから嵐にくるくる翻弄される様はあまりにも弱弱しい、あとその際に服が乱れまくってしまいイロイロけしからんところがチラチラ見えてしまっている。

下半身モザイクがあるおかげで一番ヤバイところは見えていないが、これはひどい。

そして飛び回るフェイト嬢に合わせて画面上を縦横無尽に動き回るモザイク。

フェイト嬢がモニターに映る度に下半身モザイクがかかっている所為で思わずふきだしそうになる、もはやシリアスな雰囲気などかけらもない。



「な、なんとも呆れた無茶をする子だわ!」

「む、無謀ですね、間違いなく自滅します、アレは個人のなせる魔力の限界を超えている」



そんなぬるい空気を察してか、リンディさんとクロノが無理やり話題転換を図る。

ただどうしても無理があるのか、その口調に多少のどもりがあるのは仕方が無かったのかもしれない。

まあ、下半身モザイクな女の子が真剣な表情で戦うという、シュール極まる姿を見せられているのだからしょうがない。



そのとき背後から扉の開閉する音が聞こえ、なのは様が艦橋に飛び込んできた。

心なしか顔色が悪い、目も充血しているし、なにかあったのだろうか……。



「フェイトちゃん! え、えぇっ!!?」



モニターを見上げ開口一番にそう叫んだ。

始めは心配そうな表情だったが画面上に映る下半身モザイクなフェイト嬢の姿を見て顔を真っ赤にしながら驚きの声をあげた。

うん、その驚きはよくわかる。



ちょっと送れてユーノ君もやってきた、焦るなのは様の姿とモニターに映るフェイト嬢の醜態を見てなのは様と同様のリアクションをみせていた。



「……君たち、ユーノはともかく高町なのははここに入ってきちゃだめだ、部屋にもどっ」

「あ、あの、早くフェイトちゃんを助けにいかないと!」



台詞を潰されてちょっとムッとした表情になるクロノ、一度気持ちを沈めるように息をはいてから彼女の疑問に答える。



「その必要はないよ、放って置けばあの子は自滅する」

「え!?」

「仮に自滅しなかったとしても、力を使い果たしたところで叩けばいい」

「で、でもっ!」



クロノだってなのは様がフェイト嬢を心配しているのは知っているし、クロノ自身だってできればあそこで危機的状況にある彼女を助けに行きたいんだろう。

基本的にお人よしな奴だからね、でも公私をしっかりすぎるほど区別するからそれを態度に見せない、損な性格だよ。

いや、僕の勝手な思い込みなんですけどね、でもクロノは変なところで頑固でクソ真面目だからそれくらい容易にわかる。



なお言いつのろうとするなのは様を無視するように顔を背けると近くにいた局員に命令を告げる。



「今のうちに捕獲の用意を」

「了解」



背を向けたクロノの背中からは、個人の勝手で現場を好き勝手動き回られるのは困る、そう言いたげな雰囲気が滲み出ていた。

だが自分で命令しておいてこの中で一番苦々しい表情をしていたのは、他ならないクロノだった。



こいつ我慢しすぎじゃね? もうすこし自分の言いたいことを表に出しても良いような気もするけど。

……あとで何か一言言っておいた方が良いかも、そのうちまたどっかでプッツンして引き篭もりされる危険性もあるし。



一方で話を打ち切られて言いたいことも言えず、正論で押さえ込まれてしまったなのは様はまだ諦めていない様子だった。

理屈ではわかる、でも感情が納得できない。

俯いたりモニターを見上げたり、口を開こうとして何も言えなかったり。

とにかく何とかして打開策を考えようとするその必死な姿が見ていてひどく可哀想だった。



「私達は常に最善の選択をしなければいけないわ、残酷に見えるかもしれないけど、これが現実」

「……でも」

「……………」



なのは様にトドメを刺すようにリンディさんが大人な台詞を告げる。

確かに正論、下手に手助けに行ってしまえばこちらの被害だけでなく、現地である海鳴にもどんな被害がでるかわからないのだ。

自然と管理局サイドからすれば慎重にならざるを得ず、犯人が勝手に自滅するなら安全に確保できるうえに手間も省けて一石二鳥となる。

……まあ、それでもこの理論に穴が無いわけではないけど。



そしてこのままフェイト嬢を放って置くという選択肢は僕的にもあり得ない。

原作介入のためにもここでフェイト嬢と接触し改変のきっかけとする必要がある。

原作のようになのは様が現場に乱入できない以上、頼れるのは自分しかない、クロノにその気はないようだしね。



二人から論破され落ち込み、涙目になって俯くなのは様の頭に手をやって撫でる。

そこまで落ち込むことはない、後は僕に任せなさいという意味を込めて。



「エンハンストさん……」

「……大丈夫、任せて」



その言葉を聞いてなのは様の瞳に生気が戻る、うん、この子は落ち込んでいるよりも元気にしている方が似合う。

ここで思いつめられて無茶されても困るしね、僕がなんとかしないと。



覚悟を決めてリンディさんに向き直る、ああ、これでまた嫌われるんだろうか。

ま、今更考えてもどうしょうもないことだけどさ。



「……リンディさん、最善の選択はもうひとつありますよ」

「エンハンスト執務官、それはどういうことかしら?」

「言葉の通りです、このまま彼女の自滅を待つのは最善ではありません、むしろこの状況下ではちょっと悪い選択肢だ」

「エ、エンハンスト!? いや、エンハンスト執務官いきなり何を言って―――」

「クロノ、少し黙ってて……じゃあ聞かせてもらえるかしら、貴方の考えを」

「……まず第一に、あそこで暴走しているジュエルシードを放置することになり、現地に多大な危険性をもたらすことになります、まさか管理外世界だからといって犯人の逮捕とロストロギアの暴走で、暴走を見過ごして逮捕を優先させたりはしませんよね?」

「……そうね、当然の考えだわ、でもそれは状況によって変化することよ、より危険性が高い犯罪者ならそちらの逮捕を優先することもあるわ」

「……なるほど、では第二に、保有戦力の出し惜しみ、僕とクロノという二人の執務官を抱えておきながら『あの程度の子供』に好き勝手暴れさせるのはどうかと思います、どちらか一人でもたやすく迅速に確保できると考えますが」

「続けてちょうだい」

「……そして第三に、背後関係の可能性、気がついていますか彼女の身体、いや、モザイクとかじゃないですよ、背中や腕に見える痣です、あれはどう見ても故意に痛めつけられたものです、使われたのはおそらく鞭か棒状のものでしょう、まさかあの年で特殊な性癖に目覚めているわけでもあるまいし、そしてそこから推測されるのは彼女を折檻した相手、ロストロギアを探索する目的とあわせて考えれば」

「彼女にそれを命じた者がいるということね」

「……ご明察、このまま彼女の自滅を待ってもその背後で命じる者が何をしてくるかわからない現状、これをただ放置しておくのは悪手だと思うのですが、どうでしょうか?」

「……貴方の言ったことは確かに的を射ているわ、でもあくまで推測でしかないし、私達は憶測だけで動くわけにはいかないのよ、予測される危険性にはそれ相応の準備はするけど現状はこのままでいきます」



リンディさんから返ってきた返事は却下、このまま現状維持となってしまった。

その返答を聞いてなのは様があからさまにガッカリした様子でうなだれる。

僕には半ば予想できた返答だったけど、穏便な交渉で上手くいかなかったのは残念だ。



……まあこの場合僕の理屈に一割の正しさがあっても、一般的にはリンディさんの理屈が全面的に正しいのだからしょうがないのかもしれない。



だがリンディさんに駄目と言われたからといって僕が原作への介入を諦めるといった選択肢はない。

このままでは原作よりも悪い結果になりかねないし、ならば尻拭いをすべきなのは物語を引っ掻き回している僕だろう。

彼女にさらに嫌われることになるだろうが、ここまできたら恐れるものなどない、正攻法で駄目だったいじょうは力技でいくことにする。



「……わかりました、ではこれからは特別執務官として独自の行動を取る事にします、権限第三条によって既存の指揮系統から外れ最高評議会以外からの命令は受理しません、またそれ以外の時空管理局員は特別執務官の行動を妨害してはいけません、もし妨害行為をおこなった場合は犯罪者として扱いますのであしからず」

「なっ!!?」

「エンハンスト!?」



リンディさんとクロノから驚きの声があがる。

そこまで驚くべきことではないだろう、特別執務官に与えられた権限は実際かなり大きい、普段はほとんど使ったりしないが必要ならば使う、今のこの状況のように。

こういう時に使える権利は出し惜しみしない主義だ、最高評議会から与えられたものではあるが有効なら使うことに躊躇はない。



「エ、エンハンスト執務官、いきなり独自行動をとるなんて一体なにを考えているんです!?」



背後に振り返り転送ポートへ向かおうとすると、後ろからクロノの困惑したような声で呼び止められる。

僕が普段は絶対しないような独断的行動を取っているのに驚いているのだろう。

まあ、今回は特別だし、原作介入もかかっているからね、もともと多少の無茶はするつもりだったわけだが。



あ、いい機会だから、さっき考えていたように向こうに行く前に不器用な性格の弟分に一言言っておくべきか。

あんまり我慢ばっかりしないでちょっとは俺tueeee!してもいいんだよ、と。

せっかくだし有名な某弓兵をマネして背中を向けたままそれっぽくカッコ良いこと言ってみようか。



「……目の前で苦しむ人がいたら助ける、そんな当たり前のことを我慢する必要なんて無いんだ、お前はお前の好きなように行動すればいい」

「ぼ、僕は……」



む、まだ足りないか、じゃあちょこっと恥ずかしいけどこの間たまたまヒーローモノのアニメで聞いた名台詞でも言っとくか。

元ネタがバレたら超恥ずかしいけどクロノはアニメとかあんまり見ないから安心だと思うし。



「……クロノ、最善を選べる力があるのにそれをしないのは悪いことだと思う、まあ自分で言っててかなり傲慢な考えだとは思うが……この考えを押し付けるつもりは無いが覚えておいて欲しい、それができるだけの力は身に付けさせたつもりだ」

「エ、エンハンスト……まさか貴方はその事を教えるためにあんな行動をわざと……一瞬でも疑った僕が浅はかだった!」

「…………?」



驚いたような表情の後、何故か大反省するように頭を下げるクロノ。

よくわからんが何か言いたげに思い悩むクロノを置いて転送機へと向かう、僕の言いたいことは程々にわかってくれたみたいだし。



あ、でも今回はちょっとカッコつけすぎたかも、やはり僕では某弓兵のマネは無理があったか。

いまさらこっ恥ずかしくなってきた、でもクロノは変なところで頑固で真面目だからその性格の所為でたくさん損していると思う。

せっかく原作よりも強くなったんだから少しくらい俺tueeee!しても良いと思うんだ、あんまりされすぎても困るけど。

僕の言葉なんかじゃそれほど影響は無いかもしれないけれど、ちょっとくらい参考にしてくれればありがたい。



早足に転送ポートに入ると正面からユーノ君が駆け寄ってきた。



「エンハンストさん、僕も一緒に行きます!」

「……危険だが、それでもいいのなら好きにするといい」

「ハイ! なのは、僕頑張ってくるよ!!」



なるほどね、なのは様にいいところ見せたいわけか、頑張るね男の子。



「え、あ、うん、頑張ってねユーノ君……あ、エンハンストさんもどうか気をつけてください、フェイトちゃんのことお願いします!!」



ただなのは様の反応がちょっと薄いのが残念だったね、どうせならもっと喜んでもいいと思うけど。

それに照れ隠しなのか僕に対して過剰に反応していたので、よけいにユーノ君が哀れだ。

まさかなのは様ってツンデレ? いやいや、それはないでしょう。



……まあいいか、それよりも今はフェイト嬢のことに集中しないとね。







アースラからの転送完了、目の前には荒れ狂う海。

数百メートル先にフェイト嬢の姿が見えた、相変わらず嵐に翻弄されっぱなしだ



数秒送れてユーノ君も転送されてくる、そういえば大丈夫かねフェイト嬢の裸を彼に見せても。

ま、大丈夫か、原作でも淫獣とか呼ばれてたし、適度にエロイ男の子なんだろーし。

あー、でも後でなのは様と修羅場るのは可哀想だから遠距離から補助だけさせるようにしてあげよう。



「……ユーノ君は遠距離から結界を張りつつ封印のサポートをしてくれ」

「わかりました!」



良い返事だ、よし、じゃあ後は心置きなく突貫するだけだな。



「……ADA、セットアップ!!」

『おはようございます、戦闘行動を開始します』



ADAを本格起動させ嵐に向かって飛び込む、暴風も雷雨もバリアジャケットのおかげで気にならない。

すぐに荒れ狂う嵐の中心地へと辿り着く、ちょっと先でフェイト嬢が竜巻に弾き飛ばされていた。

僕はその方向へ向かおうとして―――



「フェイトの邪魔をするなー!!」



横からオレンジ色の犬が飛び掛ってくる、あれはアルフか、まったくKYな。

かといってここで爽快にぶっ飛ばすとあとあと面倒なことになりかねない、フェイト嬢にも恨まれかねないし、ここはできるだけ穏便に無力化させよう。

……もっとも、時間もないので手っ取り早い方法でな。



牙を剥き出しにして襲い掛かってきたアルフの顎をヒラリとかわし、脇に抱え込むようにして頭を押さえ込む。

こういった獣は噛み砕く力はめっぽう強いが、口を開く力は意外と弱い、一度押さえ込んでしまえば後は容易い。



「くそっ! こいつ放しやが」



そして無防備になったアルフの喉元から腹部にかけて―――



「ひゃぁっ!? あっ、ん、んんっ……!? ふぁ、あ、んぁっ……んんぁっ……!?」



撫でる! ひたすら撫で摩る!! 

上上下下左右左右BA!! アルフの身体に隠しコマンドを直接入力!!

あまりの気持ち良さに動くこともできまい、もはや主導権は我にありー!



カリスマトップブリーダーの技能をも持つ僕に雌犬の一匹や二匹敵ではないわ。

ゴッドハンドと呼ばれしムツゴ○ウさんの超絶ナデナデをとくと思い知れ、ファハハハー!



……まあ、はたから見たら犬の頭を押さえてモゾモゾ動いているようにしか見えないんだろうけど。



「ひぎぃっ……も……もう……やめっ……!?」



ほれほれ、ここか、ここですかー?

このモフモフしたところが弱点なのかー?

それともこのプニプニしたところが弱点なのかー?



おや、なんだかアルフの様子が―――



「ら……ら……らめぇええええっ!!!」



ガクリ、とアルフは絶叫を上げて何度かビクビク痙攣すると気絶してしまった。

ふ、ちょろいぜ、なんだかとってもけしからん事をしてしまったような気もするが、怪我はさせていないので許して欲しい。



だが、ぐったりとして気絶するアルフの姿を見るとちょっと自信がなくなってくる。

……そ、それに今は犬型だし、人間姿じゃなくて犬型だし(大事なことなので二回言いました)、一応大丈夫だよね?



気絶させただけだし、ゆ、許してくれる、のか?






[7527] リリカル・エンハンスト37
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/09/04 12:14
■37



アルフをオリ主必殺のナデポで一瞬にして沈黙させた後、バインドで縛って空中に放置した。

空間固定してあるので落ちることは無いだろう、まあ雨風に晒されることにはなるが。



さて、残るはフェイト嬢のみか、相変わらず服装が乱れまくっているので非常に目のやり場に困る。

できるだけ目線を他に逸らせて大事なところは見ないようにしているけど、いや紳士としては当たり前なんだけどさ。



べ、べつに後で皆からロリコン呼ばわりされるのが嫌だから紳士してるわけじゃないんだからね!

……ごめん、自重する。



ともかくモザイクもないものだから僕からはモロ、なんという裸の王様、これはちょっと大人として一言注意しておいた方が良いよな。

というか自分の状態に気がついていないのだろうか、さすがに下半身全裸ならわかると思うのだが。



いや、案外天然な子らしいから本気で気がついていないのかも。

でないとあんなに大胆な動きはできないだろうし、普通なら恥ずかしくて死ねる。



表情も目の前の竜巻相手に必死な様子で他に気を配る余裕はないのだろう。

ほら、また竜巻に吹っ飛ばされた。

こっちに向かってクルクル弾き飛ばされてくるフェイト嬢、丁度いいので受け止めておこう。



「うぁ! え?」

「……よっと、大丈夫?」

「あ、はい、大丈夫……です?」

「……それはよかった、私はエンハンスト・フィアット」

「えっと、フェイト・テスタロ って、貴方は誰!?」



今更かい、まあいいや、とりあえず君の出番はこれで終わりだから。

普通のオリ主ならここでフラグ立てとかするんだろうけど、今それどころじゃないし。

原作介入のためにもフェイト嬢にはここですみやかにリタイヤしてもらいます。



「……今は寝てなさい」

「っ!!? ……ぁ……」



フェイト嬢の額に手を当てて睡眠魔法で強制的に気絶させる。

本来の用途は医療用なんだけど、こういった時にはすごく便利だ。



フェイト嬢が気絶すると同時にデバイスが解除され、バリアジャケットも解除された。

そして現れる生まれたままの姿な美少女の裸体。

って、ぜぜぜ全裸やん!? こ、これはマズイ!



「ADA、彼女にバリアジャケットを」

『了解、アナザータイプを展開します』



一瞬にして構成されたバリアジャケットがフェイト嬢を覆う。

それは海賊の船長のような衣装で、まあ、ぶっちゃけ漫画『武装錬金』のやつそのまま。



いや、便利なんですよコレ。

重要人物の護衛とか、危険地帯で人命救助するときとかかなり重宝します。

とはいっても通常の2倍以上の維持魔力を要求されるわけだからデメリットもないわけじゃないけど、そう大したものじゃない。



眠ったフェイト嬢をアルフ同様にバインドで縛り空中に固定しておく。

これであと残すのは目の前で暴れ狂うジュエルシードの竜巻だけか。

ほっとくわけにもいかないし、封印する前に一度強力な魔力アタックで沈静化させないと。







さてやりますか、何がいいかな、身体のこともあるからあんまり強力すぎるのは使えないし。



『バーストショットの使用を提案』

「……威力が足りなくないか?」

『最大値まで魔力チャージをすれば問題ありません』

「……よし、任せる」



デバイスを頭上にかかげる、先端に小さな球体が形成されていく。

本来ならこれをそのまま射出するが、今回は威力を上げるためにできるだけこの球に魔力を注ぎ込んでいく。



『チャージ開始』



グーーーン、とみるみる大きくなっていく魔力球、あれ、こういう光景どこかで見たことがあるような……。

そうだ、フリーザ様のデスボールだ、あれそっくりじゃん。

どうせならかめはめ波とか元気玉とかそっち方面が良かった、なぜよりにもよってフリーザ様なのか。

あれか、結局僕には悪役がお似合いとでもいうのだろうか? orz



『チャージ完了、撃てます』



ADAから発射合図の声がかかる、よし、できるだけ嵐の中心地を狙って。



「……バーストショット!」



デバイスを振り下ろし巨大魔力球を撃ちだす。

その巨大さゆえにゆっくりと海面に沈んでいくように見えるが実際はかなり早い。

乱立する竜巻を粉々に吹き飛ばし、海面に接触した瞬間からすべてを蒸発させていく。



球体は半分ほどまで海面に沈んだ辺りで強力な爆発を引き起こして周囲を薙ぎ払った。

後に残ったのは円形に抉れたクレーター上の海面とわずかに見える海底の底。

そこも、すぐに海水が押し寄せ見えなくなった、後に残されたのは今までどおりの海面のみ。



……ちょっとやりすぎたか、あれじゃあ嵐どころか海中の魚とかも全滅しちゃったかもしれん。

一瞬だけど海底の土が見えてたし、海産物たちよゴメンな。







『ロストロギア、六個の封印を完了』



目の前にジュエルシードが浮かび上がってくる、そのうち一つを手にとってみた。

青くて綺麗なもんだ、こんなちっさな宝石が世界一つを崩壊させる危険性を孕んでいるというのだから物騒極まりない。

先ほどの爆発でついた汚れを払うようにズボンのポケットをパンパンと叩いて払った。



フェイト嬢とアルフのいる方向をみるとまだ気絶している様子だった、このままアースラにいくまでそうしてくれていると助かる。

そう思いながら二人のもとへ向かおうとした瞬間。



『次元干渉、別次元から魔力攻撃を感知』



どんよりした雲の向こうから紫色の雷光が降り注いできた。

すさまじい威力だ、さきほどフェイト嬢が放ったものよりも数段上の力が篭っている。

降り注ぐ雷光の一つが僕に直撃した、これを待っていた。



「……ぐわぁー」



わざとらしい悲鳴を出しながら海に落ちる、途中フェイト嬢にも雷光が落ちていたように見えたが問題あるまい。

なぜなら僕らはまったくダメージを受けていないのだから。

シルバースキンのチート防御力を舐めてもらっては困る、ちょっとだけ電気で痺れたけど。



空中に浮いていた六個のジュエルシードとフェイトのデバイスが空の雲に吸い込まれていく。

行き先はプレシア・テスタロッサの居城、時の庭園だろう。

さてと、ここからが原作介入の第二段階なわけだが、上手くやってくれよカガチ。



……あ、そういえばフェイトはともかくアルフは駄目じゃん。

案の定、フェイトの側で雷光の巻き添えを食らって感電していたアルフは今度は先ほどとは別の原因で気絶していた。







気絶したままの二人を連れてユーノ君と一緒にアースラへと帰還した。



戦っている間ずっと描写がなくて空気扱いだったが、ちゃんとユーノ君も活躍していた。

結界を維持しながら周囲への被害を抑えるというあまりにも地味な役割だったわけだが、それゆえに大事な役割とも言える。

大丈夫、きっとなのは様ならその活躍だって見てくれているはずさ。



二人を抱えたまま転送ポートから出るとクロノとなのは様がこちらに駆け寄ってきた。



「二人とも無事か!? 特にエンハンストとそちらのフェイトとかいう子は攻撃をもろに受けていたようだが」

「エンハンストさん! け、怪我はありませんか!? それにフェイトちゃんもぐったりしてるし!?」



どうやら心配してくれていたらしい、こういう出迎えは地味に嬉しいよね。

それとなのは様、心配なのはわかるけど体中ところかまわずペタペタ触るのはカンベンしてくだしあ。

なんだかくすぐったくてむず痒いです、身長差的にも腰付近が重点的でなんか犯罪っぽいのでやめてくださいな。



「……大丈夫、怪我はない、心配してくれてありがとう」

「べ、べつにエンハンストのことを心配したわけじゃない、ただ確認のためだ、そう確認っ!!」

「よかった、二人に怪我がなくて本当によかったよぉ~!!」



せっかくお礼をいったのに誤魔化すクロノ、なんだかツンデレっぽくて気持ち悪いから自重しろ。

そして再び涙ぐむなのは様、この子最近泣き癖ついてないか、それほど心配してくれたのかと思うと嬉しくなるが。

どうせなら僕やフェイト嬢じゃなくて片思い中のユーノ君の心配をしてあげたらすごく喜ぶと思うんだけど。



「な、なのは、僕も怪我はないよ!!」

「え、あ、うん、よかったねユーノ君……」

「……………」



これはひどい、なんというスルー。

さっきまで張りきっていたユーノ君なんか orz と膝をついて落ち込んじゃったし。

いくらフェイト嬢のことが心配だったからといってこれではあまりにもユーノ君が不憫でならない。

元気を出せユーノ君、僕はこれからもなのは様と君の仲を応援するぞ。







フェイト嬢とアルフはそれぞれ別室に閉じ込めておくことにした。

用心のためにもフェイト嬢は僕の自室に収容し、アルフは獣ということもあって簡単な治療を施して獣用の檻部屋に入れた。



気絶しているうえにバリアジャケット下は全裸なフェイト嬢の面倒を見るとなのは様が立候補してくれたので、彼女にも僕の自室に入ってもらうことになった。

申し訳ないがそうなるとなのは様には暫く部屋から出れなくなると説明したが、それでもかまわないと言われたので僕もOKを出した。



フェイト嬢のお世話をなのは様に頼み自室を出た後、僕はまずカードキーを使って室内からも室外からも出入りができないように設定した。

次に部屋全体に強力な結界を張った上ですべての情報をシャットダウンするようにもした。

これでこの部屋を出入りすることは僕を倒さない限り実質不可能となったわけだ。



ここまで厳重にしたのも万が一のことを心配しての処置である。



これからPT事件が終わるまで二人には絶対に外出してもらうわけにはいかない。

最終的にどういう結末になるにしても、これでフェイト嬢の出番はここまでとなる。

これは僕の考えた原作介入のためにも絶対条件といえる事だったからだ。



一通りの処置を終えて今度は艦橋へと向かう、リンディさんにもいろいろ説明するべきことがある。

と、いうよりぶっちゃけて言えば僕のお叱りタイムなわけだが、好き勝手している責任だと思えばしょうがないね。







艦橋に入ると真っ先に目に付いたのは慌てた様子の局員達だった。

エイミィもコンソールに向き合いながら四苦八苦していた。



「……なにがあった?」

「エンハンスト執務官が攻撃された時、アースラも同じように次元跳躍攻撃を受けていて一部機能不全にされた」



クロノが苦虫を噛み潰したような表情で教えてくれた。

なるほど、原作でもそんな描写があったな、フェイト嬢のことばかり考えていてすっかり忘れていた。



「おかげで攻撃元の座標を追いきることができなかった、すなない……」

「……気にすることは無い、それに座標はわかっている」

「それはどうゆうことかしら?」



リンディさんが問い掛けてくる、視線が厳しいのは気のせいじゃないんだろうな。

先ほどの権力振りかざした僕の独断に対する非難も含めてその視線は絶対零度だ。



それにこれまでのこともあって警戒心100%って感じだし。

まあ、それが目的でもあったわけだからかまわないんだけど。

実際にこうやってその視線に晒されてみるとなかなかに辛いものがあるね。



思わず土下座でもして謝って気楽になってしまいたい気分になってくるよ。

どっちみち事件解決まではしたくてもできないんだけど、カガチの暗躍がバレる危険性があるし。

まだまだ悪人エンハンスト・フィアットを演じ続けなければいけないということか……トホホ。



「……この事件の首謀者、プレシア・テスタロッサの居場所はわかっていると言っているんですよ」

「そう、首謀者の名前まで特定しているわけね、まあ、それはこの十日間の調査で私達も薄々気がついていたことだけど」

「実際に見てもらった方が早いでしょう、座標 876c-4419-3312-b699-3583-4149-7792-f312 に合わせてみるといいですよ」

「エイミィ、お願い」

「ハイ、わっかりましたー!」



エイミィがすばやくコンソールをたたいていく、打ち込まれていく座標。

最後に決定キーを押すと同時に時の庭園の全体像がモニターに映し出される、周囲から驚きの声が上がった。

巨大な岩を削って作ったような形の建築物、今はその全体から禍々しい雰囲気が漂っている。



「これが……エイミィ、詳細な情報はわかるかしら?」

「すいません、そこまでは……」

「そう、仕方ないわね、エンハンスト執務官」

「……なんでしょう?」

「貴方がどうやってこの座標を特定したのかは後でじっくり伺うとして、これから私達はどうすべきだと思うかしら?」

「……それを判断するのはリンディ提督の仕事では?」

「あくまで参考までによ、率直な意見を聞かせて欲しいわ」

「……相手はジュエルシードを保持し、そのうえ次元跳躍魔法まで使いこなす強敵です、そのうえあそこは敵の本拠地、どのような戦力や罠があるかわかりません、それらの危険度を考えたら私とクロノの二人を同時に投入し早期に制圧すべきかと、少なくともどちらか一人はいかせるべきです、自分が貴女の立場ならそうしますね」

「ジュエルシードが相手の手に渡ったのは貴方の責任では? その所為で危険度が上がってしまったことについては言い訳はないのかしら?」

「……本当にそう考えているのですか? 私が何の考えもなしにただ見送ったと思っているのですか?」

「どういうこと? 貴方の自分勝手な行動の結果がこの」

「母さん! 今はそんなことを言い合ってる場合じゃないだろう!! まず目の前の事件解決に集中すべきだ!!」

「……そうね、その通りよ、皆ごめんなさいね、エンハンスト執務官、この話は事件解決後にまたしましょう」

「……わかりました」



とりあえずこれで一難去ったと考えるべきか。

まあ、あまり安心できる状況じゃないけどね。



つーか、リンディさんの問い詰めコエー ガクガク(((( ;゚Д゚))))ブルブル



「目標拠点に武装局員を二小隊送り込みます、急ぎ準備を整えてください、クロノ執務官はいざという時のためにここで待機、エンハンスト執務官も同様に願います、ただし指揮系統から外れているので強制はできませんから、あくまで要請といった形で言っておきます」

「母さ、リンディ提督、僕も行きます!」

「駄目よ、不確定要素が多すぎるわ、私達に失敗は許されないのよ」

「……くっ!」



原作どおりと言えばそこまでだけど、僕もいるんだからクロノを送り込んでもいいと思うんだけどな。

それともまさか僕のことを警戒してクロノを出せないとか?



そりゃあ過剰評価しすぎですよリンディさん、僕はこれ以上ナニカする予定はないですからね。

あとは全部僕の使い魔がやってくれることになってますし。

だけど、今ここでそんなことを言っても簡単には信じてもらえそうにないし。

リンディさんがかつて無いほど僕のことを警戒してるし、どうしたものか。



今後のことも考えるとカガチの存在を暴露するわけにも行かない、暗躍もしづらくなるだろう。

……でも一応、できる範囲で言うだけ言っておくか。



「……リンディ提督、無駄なことはやめておいた方が良い、先ほど意見を求められたので考えを述べたが、実は僕が既に対策は取ってある、詳しくは機密に関わるので話せないが部隊派遣は必要ない」

「だとしてもそれは貴方の勝手に行った対策です、必ず成功するという保証はありません、私達は貴方の行動にもう口出しできませんが逆に貴方が私達の作戦行動に口出しすることもやめてください、私達は自分の職務をまっとうしているだけなんですから」

「……わかりました、ご自由に」

「ええ、そうさせてもらいます」



やっぱ駄目だったか。

しょうがない、あとは成り行きを見守ろう。






[7527] リリカル・エンハンスト38
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/08/02 05:27
■38



「武装局員、転送ポートから出動! 任務はプレシア・テスタロッサの身柄確保です!」

「「「はっ!!」」」



リンディさんの掛け声と一緒に20人ほどの武装局員が時の庭園の送られていった。

彼らのデバイスを介してこちらのモニターにも庭園内部の映像が送られてくる。



「第二小隊、転送完了」

「第一小隊、進入開始」



モニター上では武装局員たちがドカドカと大勢で施設内を進んでいく、今のところなんの妨害もない、罠の一つもなかった。

広間を抜けて、階段を駆け上がり、幾つもの部屋を制圧(クリア)していく。



「……おかしい、順調すぎる、なにか嫌な予感がする」



隣でモニターを睨むように見上げるクロノが呟く。

まあ概ね正解だろう、先ほど僕が言ったように次元跳躍魔法を使うような大物が相手なのだ。

並みの武装局員がかなうわけがない、なぜそれがわからないのか。



ミッド地上本部の連中ならチート武術などで意表をついた魔法以外の手段で格上相手でも逆転可能だろうが、単純な魔力勝負しかしない従来のアースラ武装局員ではまず勝ち目はない。

ちなみに平均的な魔導師ランクは隊長レベルでA、平隊員でB。
※SSS>SS>S>AAA>AA>A>B>C>D>E>F の11ランクがあり、AAAランク以上の魔導師は全体の5%にすら満たない。

自ら『大魔導師』とも自称するプレシアは少なくともランクSはいってるんじゃなかろうか、越えられない壁すぎる。

プレシアが病気で弱っていると言ってもそう簡単に越えられるわけじゃないだろうし。



リンディさんだってそれくらいわかってるはずなんだけど。

あー、でも、僕みたいに原作知識がないからそれ以外の危険も可能性として恐れて戦力を温存しているのかもしれない。

プレシア以外の協力者がいる可能性もあるし、再びアースラが攻撃される可能性もある、最悪地球の民間人が人質にされてしまうことだってあるのだ、自暴自棄になって自爆行為に走る可能性だってないわけじゃない。

そういう意味ではリンディさんの対処はまったく正しいんだろう。

制圧における戦力分散のリスクよりも、不測の事態に備えて切り札を温存しておく、安全面から見ればこの方法だって十分ありだ。

僕視点からしたら原作知識がある分無駄に思えることも、リンディさんからしたら未知の危険に対する備えなのかもしれない。



そんな彼女からすれば僕は危険を省みず現場を好き勝手引っ掻き回す迷惑極まりない存在だろう。

ヘタに結果を出しているため文句も言いづらいというのも理由にあるのかもしれない、そりゃあ嫌われる。



本当なら僕の持つ原作知識を教えて、よりスムーズな事件解決に貢献すべきなんだろうが。

「なぜ知ってるの?」と問い詰められても答えに困るし、なによりこれからの原作介入の障害になってしまう可能性もある。

リンディさんには申し訳ないがもう少しこのままでいてもらうしかないか。



「……あとで、ちゃんとお詫びしておいたほうがいいのかもな」

「エンハンスト執務官?」

「……なんでもない……お、そろそろ着いたようだ」







モニター上では一際広い室内に突入した武装局員達が一人の人物を囲むようにしていた。

フェイト嬢と同じようなエロ魔女コスプレをした人物、プレシア・テスタロッサ。



うむ、この人が着ると嫌味なほど似合うな、なんというか大人の色気というか、危険な女の香りというか。

心なしか息は荒く、蒼褪めた顔がよりいっそうそれを引き立てていた。

思わず下半身に力が漲りそうだ……ちなみに茶髪メガネ(名前は知らない)は平然としていた、こいつ真性か。



「総員、玉座の間に侵入!」



取り囲み逮捕通告、武装解除させようとする武装局員達、彼らも一部前屈みになっている連中がいた、わかるよその気持ち。

あんなけしからん服装した美女がいたらそら前屈みにもなるわ。

フェイト嬢の裸見て興奮するよりは遥かに健全だし、見て見ぬふりをしてあげるのも人の情けか。



そんなどうしようもない連中を見渡しながらプレシアはニヤリと妖艶に笑うだけで他に何の反応も返事もしなかった。



彼女を取り囲むようにしていた武装局員の一部がさらに背後の通路を見つけてそこに突入していく。

その先で見つけたものは、溶液に満たされたガラスケースに浮かぶ女の子の身体。

フェイト嬢そっくりのその女の子が浮かぶ姿にこちらの艦橋でも動揺の声があがる。



そして動揺しながらもガラスケースに近寄ろうとする武装局員を一瞬で吹っ飛ばしたプレシア、その時の尋常ならざる迫力に周りの武装局員達の警戒心も高まる。

皆油断無くデバイスを構えてはいるが、どうせ歯が立たないだろう。



案の定、全員で一斉射撃するもののあっさりと防がれ、反撃とばかりに放たれた電撃に全員が打ちのめされた。

オマイラ、弱すぎだろ……。



「いけない、局員達の送還を!」

「りょ、了解です!」



リンディさんが焦った様子で指示を飛ばす。

多分、死人はいないだろうけど、そうするにこしたことはないしね。

そもそも殺すほどの威力をだす余裕もないんだろうな、そうするくらいならアルハザードへ行くための力にするだろうし。







広間から武装局員達の姿が消えて、プレシアが娘の浮かぶガラスケースを撫で摩りながらいろいろ語りだした。

いやいや、なぜここでそんなことを暴露しだすかな。

黙って目的を完遂すればいいのに、昔から思うけどこういった連中はなぜか説明好きが多いような気がする。

フィクションとかで悪役が冥土の土産とかいって秘密をペラペラ喋るような感じ。



あと興奮のしすぎか口からドバドバ血が出てるんですけど、もしかしなくても死にかけてないこの人?

あ、そういえば、この人さっきデバイス無しで大規模魔法つかったんだっけ、そりゃあ死にかけるわ。



「この子を亡くしてからの暗鬱な時間」とか「身代わりの人形を娘扱い」とか「聞いていて? アナタのことよフェイト」とか一人で話す話す。

いや、あの、フェイト嬢ここにいないから……。



この展開を原作で知っていた僕は彼女のトラウマを未然に防ぐべく、こうしてフェイト嬢がこの場にいないように仕組んだ本人なわけだが、いざそうなるとプレシアの一人芝居になってしまった。

こうなってくるとシリアスなこの場面も滑稽なものにしか見えなくなってくるから不思議だ。



通信は向こうから受信しているだけだけど、やろうと思えばこっちからも話し掛けることはできる。

でもまぁ、無理に教える必要もないか、多分プレシアもそんなマヌケを晒していたなんて知りたくないはずだろうし。

このまま放置しておくのが双方にとっても最善だろう。



そんなことを考えているうちにますますヒートアップしていくプレシア、こっちにフェイト嬢がいるものと思い込んで話す話す。

「アナタは慰みに使うだけの使い捨てのお人形」とか「アナタみたいなジャンクはもういらない、どこえなりとも消えなさい!」とかそれっぽいポーズとカメラ目線で外道な発言を連発するものの、こちらはどういったリアクションを返してよいものか非常に困っている。



その他にも何度も何度もフェイト嬢の失敗作を処分してきたことや、フェイト嬢を虐待して鬱憤を晴らしていたことなど、ゲロ以下の臭せぇ台詞のオンパレードが続く。

大半の局員はプレシアの外道っぷりに怒り心頭しているみたいだけど、僕やエイミィ、あと茶髪メガネ(名前は知らない)なんかはプレシアの一人芝居の所為で微妙に笑いを堪えてるっぽい感じ、僕ら場違いすぎる。



ほら、隣にいるクロノだってエイミィ達の姿を見て一言怒るべきかどうか悩んで気まずそうな顔をしているじゃないか。

話しの内容事態はかなり深刻なのに、なんだろうこのアホらしさ。



『アハハハハッ! ハハ、ハハハハッ! フフ、いい事を教えてあげるわフェイト、アナタを作り出してからずっとね、私はアナタが……だぁい嫌いだったのよ!!(画面目線でニヤリ)』



ちょ、なんでそんなノリノリでカッコつけるかな、こっちみんな、もうやめて、僕の腹筋ライフポイントはもうゼロよ!

さっきまでなんとかガマンしていたらしいエイミィがたまらずふきだす、それをきっかけに近くにいた茶髪メガネ(名前は知らない)までつられて笑い出す。

おまえら二人自重、他の局員は我慢して皆真面目な表情で仕事してるんだから。



僕はなんとか無表情を保っていたものの、顔に不自然な力が入っていたために眉間にいっぱい皺がよってしまった。

クロノは……なんとか我慢している様子だったが、口元が不自然にひくついていた。

あとなんか僕の顔を覗いた後にいきなり真面目な表情に戻ってたけど、そんなに変な顔していたのだろうか、恥ずかしい。







「きょ、局員の、ププッ、回収、すべて終了しました」



おいテメェ、笑うか報告するかどちかにしやがれ、でもまあ気持ちはわからんでもない。

茶髪メガネ(名前は知らない)の報告が終わった直後、さっきまで同じように笑っていたエイミィがモニターを見ながら急に焦ったような声をあげた。



「うぇ!? た、大変大変! 屋敷内に魔力反応多数!」

「なんだ!? なにが起こっている!?」



画面上に現れる無数の反応、庭園内の各所からゾルゾルと現れる傀儡兵。



「庭園敷地内に魔力反応、いずれもAクラス! 総数60……80……まだ増えています!」

「プレシア・テスタロッサ、いったいなにをするつもり!?」



リンディさんがモニターを見上げながら叫ぶ、あ、通信つなげてる。

ようやく返ってきたこちらからのリアクションに反応するようにプレシアは両手を広げながら説明しだす。

……ノリいいなあ、この人たち。



『私達は旅立つの、忘れられた都、アルハザードへ!』

「まさか!?」

『この力で旅立って、取り戻すのよ、全てを!!』



プレシアの周囲をジュエルシードが回りはじめ、みるみる活性化して光り輝いていく。

そしてそれが限界を超え光り輝いた瞬間。



「じ、次元震です、中規模以上!」



艦内にも振動が伝わってきた、局員が恐怖入り混じった様子でモニターを見ている。

リンディさんがシールドをはったり、影響が少ない距離まで移動しろ、等の命令を下している間にもどんどん振動は強くなっていく。



「アル、ハザード……」

「馬鹿なことを!!」



エイミィの呟きを聞いてクロノが飛び出そうとする、僕はそれを片手で制して止めた。



「僕が止めてきます、どいてください!」

「……心配ない、もうすぐ止まる」

「「「え!?」」」



周囲の視線が僕に集まる、う、相変わらずこうやって注目されるのは苦手だな。

僕はポケットから一つのジュエルシードを取り出す。

それを見て皆が驚く、あの時六個のジュエルシードはすべてプレシアにもっていかれたはずだと。



説明は後でもいいか、まずはこの次元震を終わらせてしまおう。

僕はモニター上に映るプレシアを見上げながらその先にいるであろう者に念話を送った。



『……もういいぞ、やってくれ、カガチ』

『あぁん、そのお言葉を待ってましたわぁ♪』



モニターの向こう、プレシアの周囲をグルグル回っていたジュエルシードの一つから僕の邪悪な使い魔の愉快そうな返事が帰ってきた。







時は少し遡る。

エンハンストが原作改変を決意した頃、カガチの助力を得て(条件付き)これからどうPT事件に関わろうか考えていた。



まず前提条件として考えられたのは

①高町なのはを魔法少女にしない。

②フェイト・テスタロッサにトラウマを作らない。

③可能ならばプレシアとアリシアの救済も行う。

この三つが思い浮かんだ。



とはいえ、①と②に関してはそう難しいことではなかったが、③に関してはあまり希望はもっていなかった。

まずプレシア・テスタロッサは亡き娘のアリシアに固執しており、娘の復活がなければまず話にならないといった状態であり。

さらに②のフェイトにトラウマを残さない、という条件を満たすためにはプレシアの存在そのものが邪魔になりかねなかった。



根本的に失敗作クローンであるフェイトを毛嫌いしているっぽいプレシアに対してどう手を施しても個人の好き嫌いだけは変えようが無い。

それは仮にアリシアが復活したとしても無理な話だろう、むしろ本物との対比でより憎悪感情が燃え上がるかもしれない。

どっちみちフェイトの心には『母親に見捨てられた』という傷が残ることになりトラウマを残すことになる、それでは原作介入をする意味がない。



実際問題、アリシア復活は不可能ではない。

原作のゼスト・グランガイツのように死者素体へレリックを埋め込んだ人造魔導師(レリックウェポン)として復活させることも理論上は可能なのだ。

亡骸の保存状態も良好なはずだったし、やろうと思えばいつでもできる。



だがエンハンストには幾つもの二時創作にある『実は善人なプレシア』というものがまったく信じられなかった。

虐待という事実と、クローンとはいえ実の娘同然の子供を捨て駒扱いにした事実。

アニメ原作を見ていてそれらの事柄がプレシアは善人ではない、フェイトをまったく愛していない証明に思えた。



複雑極まる人間心理を断定することなどできないが、少なくともエンハンストにとってプレシアはそこまで頑張って助ける価値のある人間ではなかった。

すでに故人となっているアリシアに関しても何の思い入れもなく、可哀想な境遇だがフェイトの救済の邪魔になりそうなのでそのまま放置してもかまわないかとすらと考えていた。



かといって簡単に切り捨てられるような問題でもない、天秤にかければ間違いなくフェイトの方が重いが、あっさり見捨てるのも躊躇してしまうのだ。

正直な話し、エンハンストはいつまでも明確な判断ができずぐだぐだ悩んでいた、決断力が無いヘタレである。

だからあえて、その救済判断を他者に委ねる事にした。

つまり、実際に暗躍する立場にある使い魔のカガチに判断させることにしたのである。



裏方として暗躍してもらうカガチに計画の内容を説明する際、こう告げた。

こちらにはアリシアを復活させられる技術と設備がある、それでプレシアが説得に応じ投降するなら良し、そうでなければ処分してかまわないと。



だがエンハンストはこの時点で二つ重大なことを見落としていた。

彼の使い魔であるカガチに『無関係な他人を助ける』などという思考がそもそも存在しないこと。

そしてカガチにとって『無関係な他人は全て餌』だということを。



……結局、最後までエンハンストがこの致命的な人選ミスに気が付くことはなかった。







おまけ



―時空管理局広報CM―



荒廃した戦場、不毛な争いの続く地で一人の子供が泣いていた。

服はボロボロ、顔は泥で汚れ、その身は痩せ細っていた。

戦場に巻き込まれてその足に怪我を負っており、ペタンと地面に座り込んだまま身動きがとれない。



「おかぁさーん! おかぁさーん! いたいよー!」



未だ争いの続く廃墟で子供が母の名を呼び続ける。

しかし、その声を聞いて駆けつけたのは子供の母親ではなく最悪の相手だった。

迷彩服に身を包んだ男、この地を蹂躙しているテロリスト集団の一人だった。



「お、まだこんなところに生き残りがいたのか」

「ひぃっ!?」

「ガキか、だが生かしておくわけにもいかん、死ね!」

「だ、だれかたすけてぇー!!」

「フハハハ! こんな戦場に誰も来るはずがなかろう、馬鹿め!!」



銃を頭に突きつけられ恐怖で泣き咽ぶ子供。

テロリストはニヤニヤとした笑みを浮かべながら銃の引き金に指をかけて―――



「待ていっ!!」

「なんだ!? 誰だ!?」

「少年よ、恐れる必要はない!」

「ハっ!?」



声のする方向、廃墟となったビルの屋上に人影が映った。

逆光で顔はよく見えないが、腕を組み威風堂々と立つその姿、少年はその姿を見つづけた。



「悪の暴力に屈せず、恐怖と戦う正義の気力、人それを勇気という」

「誰だ貴様!?」

「貴様らに名乗る名前はない! トゥアーッ!!」



気合一喝、デバイスを起動、バリアジャケットが展開され顔半分をジャキーンッと装甲が覆った。

ビルから飛び降り空中で構えたデバイスは槍、両手で構えまっすぐにテロリストへと突撃する。



「サンダー! ボルトスクリュー!!」

「ごはぁっ!」



落下しながら魔力で加速し、着地する直前に槍をテロリスト足元の地面に投げつけ強烈な爆発をお見舞いする。

テロリストはたまらず後方へと吹っ飛ばされた。



「とおああーーーっ!!」



だがそれだけでは終わらない、爆音のような踏み込みと同時に吹っ飛んだテロリストに追いつき何度も追撃を喰らわせる。

目にも見えない速度で拳を繰り出し何度も何度も追撃を加えていく。



「ゴッドハァンドッ! スマァッシュ!!」




最早意識が残っているかも定かではないテロリストに向けてトドメの一撃が放たれる。

渾身の力と魔力を込めたアッパー、それがテロリストの腹にめり込んだ。

叩き込まれた過剰魔力によりテロリストの身体からは爆発直前のロボットのように放電現象が起きる。



「うごふぅっ!!」

「成敗っ!!」



突き上げていた腕を引き抜きテロリストから離れた瞬間、男の身体は大爆発を起こして吹き飛んだ。



その姿を見つづけていた少年にテロリストを倒した人物が歩み寄ってくる。

爆発に背を向け堂々と歩いてくるその姿。

目の前に来るとスッ、と手を差し伸べてくれた、その手を恐る恐る握る少年。



「もう大丈夫だ、この地域のテロリストは殲滅した、君のお母さんも無事だ、よく頑張ったな!」

「あ、ありがとうございます! あ、あの、おじさんの名前は?」

「俺か? 俺はゼスト・グランガイツ、しがない時空管理局員さ」

「僕もゼストおじさんみたいになれるかな? 僕もおじさんみたいに正義の味方になりたいんだ!」

「あぁ、勿論なれるさ! 時空管理局は君のような正義に燃える人物は大歓迎だ!」

「やったぁ!!」

「ハハハ、だがまずは、君のお母さんを安心させるのが先だな、正義の味方になるのは16歳になってからだ」

「ちぇ、でもありがとうゼストおじさん、僕絶対おじさんみたいになってみせるよ!」

「あぁ、いつでも待ってるぞ!!」




――――――――――――――――――――――――――――――




我々時空管理局は平和を愛しています。

我々と一緒に世界の平和を守ってみませんか?

魔力資質がないからといって諦める必要はありません、あのエンハンスト・フィアット監修の技術指導によって努力次第で誰でも武装局員にだってなれます!

さらに入学無料の陸士訓練校にて各種業務におけるノウハウを学べます、必要なのはヤル気だけ!

入局条件は16歳以上であることのみ、人種・性別問いません。

ご興味を持たれた方は今すぐこちらへご連絡を、我々時空管理局は貴方の活躍を待っています。




時空管理局広報科

○■×-◇▲×◇-□△○×







[7527] リリカル・エンハンスト39(R-15 閲覧注意)
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/08/08 18:14
■39
※ちょっとイロイロきっつい描写とかあるんでR-15くらいにしときます、ご注意ください。
※アンチやグロ描写もあるので苦手な方は41話でダイジェストあらすじしますので飛ばしてください。
※ぶっちゃけ見なくてもストーリーに影響はありません、邪悪で腹黒なカガチが好きな人だけ楽しめる仕様になっています。



―Side:カガチ―



「私達は旅立つの、忘れられた都、アルハザードへ!」



目の前で魔女が歓喜の声を上げて両手を振り上げる。

膨大な魔力を放出しながら周囲を旋回するジュエルシードが蒼く光輝く。



「この力で旅立って、取り戻すのよ、全てを!!」



魔女の掛け声とともに輝きがいっそう増し、地響きを上げながら空間そのものが振動する。

次元震だ、ということは私の出番ももうすぐということでしょうか。

早く動き出したい、早くエンハンスト様のお役に立ちたい、早くこのこの魔女を―――



『……もういいぞ、やってくれ、カガチ』

『あぁん、そのお言葉を待ってましたわぁ♪』



待ちに待ったエンハンスト様からもGOサイン。

同時に念話も含めて、アースラとの繋がりが遮断される、これもあらかじめ決めていた手筈通り。

向こうの方々に私の正体を知られるのは少々拙いですし、アースラの観測機器にAMF装置をしかけておいて正解でした。



これで心置きなく動けます。

さあ、ここからが本当の地獄ですわぁ!



変身魔法を解除、ジュエルシードに化けていた自身の体積が急激に変化し元の人間姿に戻る。

すかさず周囲に浮遊するジュエルシードを全て掴み取り強制的に封印。

その際に反動でちょっとだけ手の組織が破壊されてしまいましたが瑣末なこと。

それよりも注目すべきは目の前の魔女、案の定驚いた顔をしていますね。



「なっ……なんなの、いきなり現れてアナタは!!?」

「うふふ、はじめまして魔女プレシア・テスタロッサ様、ジュエルシードはこちらに返して頂きますわぁ♪」



再封印したジュエルシードを全てゴクリと飲み込む、数は多いがコロコロ小さな宝石はあまり喉ごしがよくないですわね。

ネズミや猫のように飲み込むときにある程度暴れてくれると踊り食いとして楽しめるんですが。

まぁいいでしょう、どうせあとでエンハンスト様に返さなければいけませんし、もともと食べ物じゃありませんしね。



「ア、アナタ正気!? ジュエルシードを飲み込むなんて何を考えているのよ!!?」

「どうせもう貴女様には関係のないモノですわぁ、欲しければ私を殺さなければ手に入りませんわよぉ♪」



怒りと驚きで表情を歪ませる魔女、あぁ、とっても素敵なお顔ですわ。

思わず笑みがこぼれる、その調子で私をもっともっと楽しませて欲しい。



「もっとも、先ほど貴女様に返り討ちにあったゴミ屑以下の三下連中と一緒にされても困りますが」

「……アナタも、管理局の犬なのかしら?」



魔女の視線に殺気が漲る、ようやく私が何者かわかってきたご様子ですわね。

心地よい殺気に晒されながら魔女の疑問に答える、できるだけ相手を馬鹿にしたような口調で。

これで私の望むような反応をしてくれるとよいのですが。



「厳密には違いますが、そう考えていただいてもほぼ問題ありませんわぁ、で、どういたしますぅ?」

「もちろん、殺してでも奪い取るわっ!!」

「それはとてもとても良い答えですわぁっ!!」







エンハンスト様が私に命令した内容は三つあった。

①ジュエルシードに変身してプレシアのアジトへ潜入すること(その際にアジトの座標も知らせる)。

②エンハンスト様の合図でプレシアの持つジュエルシードを確保すること。

③プレシアの説得or処理(私の判断でどちらか決めることができる)。



アジト潜入とジュエルシードの確保は既に達成している。

あらかじめジュエルシードに変身してエンハンスト様のポケットに潜んでた私は、ズボンのポケットをパンパンと叩く合図にあわせてすぐさま本物のジュエルシードと入れ替わりました。

直後に電撃魔法がエンハンスト様にあたりましたが、あの程度の威力ではかすり傷ひとつつくことはないでしょう。

私は安心して作戦通りにアジトへの潜入は果たしました、さすがエンハンスト様がお考えになられた作戦です。



ですが私は忘れません、無傷とはいえ恐れ多くもエンハンスト様に手を出した大罪人の存在を。

この時点で私にとってプレシア・テスタロッサは完全抹殺対象となりました、もともと助ける気もありませんでしたけれども。



①と②は既に完遂し、あと私がするべき仕事は③のみ、そのうえ説得か処分かの判断は私に委ねられている、ならば私の判断は決まりきっている。

アースラとの通信は途切れ、もう暫くはここで何が起こっても向こうにはわかりません。

誰に遠慮することもなくこれからの私刑(リンチ)を楽しめるというもの、自分の罪をこれでもかというほど思い知らせてさしあげますわ。

……うふふ、これだからエンハンスト様の使い魔は止められませんわぁ。







「アハハハハッ!! その程度なの? そんな弱い力でこの大魔道士プレシア・テスタロッサに歯向かおうなんておこがましいわよっ!!」

「あんっ、乱暴なお方ですわねぇ♪」



プレシアの放った魔力弾で私の左腕が肩から吹っ飛ばされる。

殺傷設定は勿論、容赦のない苛烈な攻撃は流石はSクラス魔道士と言った所でしょうか。



戦闘が始まってから私は防戦一方だ、ジュエルシードを奪われて激昂したプレシアの攻勢は凄まじかった。

怒りにまかせた攻撃ではあったがそこは熟練した魔道士、感情とは別に的確な責めで私の逃げ道を無くしていた。

人間の魔道士にしてはかなり上位の強さだろう、自ら大魔道士と自称するだけのことはある。



「やせ我慢する必要はないのよ、精々豚のような悲鳴をあげて私を楽しませて頂戴!!」

「ふっ、んっ、あんっ、意外とイタいけど、ちょっとカ・イ・カ・ン♪ 激しい責めはキライじゃありませんわぁ♪」



続けざまに放たれた攻撃魔法、左腕を失ってバランスを崩した私はなすすべもなく当たってしまう。

右腕と左足と脇腹、そして右目、それぞれが血飛沫と肉片を撒き散らしながら吹き飛ぶ。

特に右目の状態が悪い、顔半分が吹き飛んだような姿になってしまった。

脇腹からもピンク色の臓物がこぼれてしまい、はしたない姿を晒してしまう。



「あらあら、こんな姿にされたのは初めてですわぁ、想像以上にお強いのですねぇ♪」

「……フンッ、そんな状態になっても生意気な口調は変わらないのね、つまらないわ」

「そうですかぁ? 私は今とぉっても楽しいですよ、もっともっと虐めてくださいな♪」

「っ!!? もういい、アナタには付き合ってられないわ、これで終わりよ、ジュエルシードはアナタの死体から取り出させてもらうわ」



少し蒼褪めた表情でプレシアが私にトドメの一撃を放とうとする。

いまや両腕のない私に反撃のすべは無いと判断しているのであろう、隙だらけだ。

といっても私もちょっと楽しみなので彼女の魔法発動の邪魔をするような無粋なことはしない。



ニコニコ笑顔でその時を待つ、早くいらしてくださいまし。



「……あ、そういえば楽しすぎて言い忘れていましたが、私大切なことを言ってませんでしたわぁ」

「何? いまさら命乞いかしら?」

「いいぇ、そうではありませんわぁ、私の主様から貴方様の説得をお願いされていまして、お話しを聞いていただけますかぁ?」

「……いいわ、言って御覧なさい、どんな無様な台詞を聞かせてくれるのか楽しみよ」



私の台詞を聞いてプレシアの表情に嗜虐的な笑みが浮かぶ。

あらあら、あれはきっと命乞いだとか思っているんでしょうねぇ、勘違いですのに。

でも今の私の惨状を客観的に見たらそう思うのも無理ないかもしれませんわね。

まぁいいでしょう、私はエンハンスト様のお願い通りにやるだけですわ、一応ね。



「私達には貴女様の娘、アリシア様を生き返らせる技術と用意があります、もしこちらの説得に応じて投降して頂けるのであればそれらをすべて提供しましょう、いかがですかぁ?」

「……面白くもない冗談ね、誰がそんなことを信じると思う? 何よりもアリシア復活のために心血をそそいできた私に対する侮辱よ、もう少しマシな命乞いを期待していたわ」

「それは返答は拒否、ということで宜しいでしょうか?」

「えぇ、そうね、これ以上アナタの無意味な命乞いに付き合う時間も勿体無いし……これでさようならよっ!」



プレシアからトドメの攻撃魔法が放たれる、紫電を纏ったそれは私の胸から上、頭まで上半身を一瞬で吹き飛ばした。

頭が消滅し、視界が無くなり、脳が吹き飛ばされた影響で意識も消える。

私が最後に感じたのは、久しぶりの臨死の恍惚だった。







怒り狂ったプレシアとの戦いがはじまってからひたすら嬲られ続けたカガチ。



しかし、やられる側のはずのカガチは始終余裕の態度をとっていた。

腕を吹っ飛ばされ、内臓を貫かれても平然としているカガチ、むしろその飄々とした口調は楽しそうですらあった。



プレシアはその異常な敵に一抹の不安を感じたが、大魔道士としてのプライドがその感情を表情には出させなかった。

大丈夫、圧倒しているのは自分、何も問題はないはずだと、自分に言い聞かせて。



案の定、カガチは最後まで抵抗らしい抵抗もせずプレシアのトドメの一撃を喰らってあっさり死んだ。

胸と頭は跡形も無く吹き飛ばされ脳漿と無数の肉片となって床に散った、そして残った胴体が地面に落ちる。

ドプドプと身体の断面からは鮮血が零れ落ち鉄錆臭い匂いを室内に撒き散らす。



プレシアはそこでフッと息を吐いた、最後までわけのわからない奴だった。

いきなり目の前に現れてジュエルシードを奪ったかと思えば、今度はそれを飲み込んでしまい。

自分を挑発してくる余裕があったのでそれ相応の実力者かと思えば全く攻撃してこようともしない。

四肢を吹き飛ばされ己の危機を悟ったかと思えばふざけているとしか思えない命乞い。



だが、頭を吹き飛ばされる最後の最後までニヤニヤと笑顔を絶やさない狂人じみた相手には寒気すら感じた。

これからそいつの死体を漁って体内からジュエルシードを取り出さなければならないかと思うとゾッとする。

近くにフェイトがいればそれを命じる事もできただろうが、この場にいるのは自分だけ。



自然と気の滅入る作業に溜息もでる、それにさっきの戦闘で余計な魔力も使ってしまった。

ただでさえ病気で弱っている現状、ジュエルシードを回収するために行った次元跳躍魔法の影響も大きい。

ゴホゴホと咳をする度に赤黒い血が吐き出されるのも鬱陶しい。



「……まったく、余計な手間をかけさせてくれたわね、忌々しいっ!!」



焦燥感と怒りでつい口から文句が出る、勿論相手は既に死んでいるので返事は無い。

イライラしながらも自分のやるべきことを果たそうと気持ちを切り替える。

そうだ、こんなことをしている時間すら勿体無い、私にはアリシアを生き返らせるという悲願があるのだ。



デバイスを杖代わりにしながらジュエルシードを回収しようと死体に近寄ると、ついでとばかりにその死体を乱暴に蹴飛ばした。

ゴロリと床を転がる死体、その直後思いもかけないところから返事が返ってきた。



「あらあら、あまり私の身体を乱暴に転がさないでくださいな、目が回ってしまいますわぁ♪」

「っ!!?」



瞬間的に身構える、言葉は先ほど蹴り飛ばしたカガチの死体からだった。

頭もない、肺も無い状態でどこから声をだしているのか、そもそもなぜその状態で生きているのか。

さまざまな疑問が頭を支配して身動きが取れないでいるうちにさらに驚くべきことが起こる。



フワリと、胸から下だけの胴体と右足だけになったカガチの身体が空中に浮かび上がったのだ。

ボタボタと床に零れ落ちる血と肉片、それらを一切気にする様子もない。



「な、なんなのよ……一体なんなのよっ!!?」



プレシアには目の前の光景が信じられなかった、常識として有り得ないことが起きている。

頭脳と心臓を失って生きていられる生物など存在しない、こんなことが存在していいはずが無い。

つい自分の正気すら疑いたくなってしまう、それを確かめるようについ大声で怒鳴ってしまっていた。



「あぁ、こんな姿で顔も見せず話しをするのも失礼でしたね、少々お待ちくださいませ、今外にでますわぁ」



その瞬間、カガチの死体が風船のように大きく膨らんで破裂した。

パンッ、という空気の爆ぜる音とともに周囲へ無数の肉片と血潮、臓物(ハラワタ)をブチ撒けた。

幾つかの肉片はプレシアにも飛び散り、そのバリアジャケットを夥しく汚した。

とっさに顔を両腕で庇ったものの、シールドを張る精神的余裕すら失っていたのだ。



そして爆発した死体のあった空中、そこにはある種異様ともいえる存在が浮いていた。



「じゃじゃ~ん♪ 新生カガチ、幼女モード(設定年齢9歳)で再誕ですわぁ♪ キラッ☆」



腰まで届くような黒髪をはためかせ、目元の泣きホクロが妙に似合った女の子が愉快そうな表情で浮かんでいた、全裸で。

片目を瞑って笑顔のままポーズをとる、プレシアの戦意は打ち砕かれた。

ヤック・デカルチャー!







血と肉片と臓物が散乱し、血生臭さが充満する素敵な室内で私は復活を果たした。

古くなった外皮を捨て、新しい肉体を得るのは蛇の得意技。

まあ爬虫類全般にいえることでもありますが。



それに丁度良い時期だったと言うのもある、エンハンスト様の使い魔として誕生してから数年。

ひたすらに力と魔力を蓄積し続けた肉体はほぼ限界に達していて、これ以上の成長が難しくなっていた。

だから一度古い肉体を捨てて新しく生まれ変わる必要があった、もっともっと強くなるためにも。



まぁ、プレシアにわざとズタズタにされたのは、私が一度『死』というものを体験したかっただけの好奇心ですが。



両手をグッグッ、と握り締めて新しい肉体の感覚を確かめる。

悪くない、身体が小さくなったので違和感があるかもしれないと思ったが、それもほとんど感じられない。

身体に漲る魔力も十分だし、これは上々の結果だろう。



胸が著しく縮んだことは悲しいことですが、まあすぐに大きくなるでしょう。

いざとなれば変身魔法で外見年齢など自由自在ですし、一粒で二度美味しいとはこのことですね。



自身の状態を確認したあと、目の前で呆然としているプレシアに向き直る。

身体中がブチ撒けられた血まみれで、驚きと絶望の表情で呆けるその表情はなんとも『美味しそう』。



「お待たせしましたわぁ、そろそろ脱皮をしたいと思っていたので、お手伝い助かりましたぁ♪」



ニコニコ笑顔でお礼を述べましたが返事はありませんでした。

そんなことをする精神的余裕も無いのか、それとも私を無視しているだけなのか。

まあ、どちらでも宜しいですわ、私のやることは変わりませんし。



それに脱皮のお陰でずいぶん身体も軽い、物質的な意味以上に魔力的な方面でも。

脱皮することで行われる私の最適化、肉体は損傷(ダメージ)に対してはより強固に、魔力はより効率的運用ができるように。

これまで私が経験してきた全ての攻撃はもはや通用せず。

魔力に関しては以前よりもさらに出力が増した。

これでよりいっそうエンハンスト様の使い魔として役に立つことができるようになりましたわ。



「感謝のしるしとして、できるだけ苦痛と絶望を味あわせてじっくり嬲り殺してさしあげますわぁ♪」

「ヒッ!?」



ニッコリと笑みを浮かべプレシアへと歩み寄る。

つい気分が高揚して舌先がチロチロと動き回ってしまう。

彼女は得体の知れないモノを見るような目で私を見て、つい何歩か後退してしまった。



「あらあら、そんなに恐れる必要はありませんわぁ、そのうち痛みも快感に変わるでしょうし、お互い愉しみましょう?」

「ふ、ふざけるんじゃないわよっ!! 一体何なのアナタ、何で生き返ってるのよ!!?」



デバイスを突きつけて今更な質問を投げかけてくる。

手が震えている、声にも未知の存在に対する怯えが見え隠れしている。

なんとも可愛らしい反応ですわ、これは虐め甲斐がありそう♪



「脱皮しただけで、もともと死んでませんわぁ」

「だ、脱皮ですって!? それこそ悪い冗談だわ、人間にそんなことできるはずが無い!!」

「私人間じゃありませんわぁ、蛇の使い魔ですの♪」

「つ、使い魔……なるほど、そういうことね」



あら、急に冷静さを取り戻し始めたご様子、なんだかつまらないですわね。

まあいいでしょう、これから存分に嬲ってさしあげれば先ほどのように気持ちの良い可愛い反応をしてくれるでしょうし。



「ご納得いただけたようで良かったですわ、じゃあさっそく殺し合いましょうか」

「ふんっ、カガチとか言ったわね、たかが使い魔風情が偉そうな口を! 今度こそアナタを殺してジュエルシードを返してもらうわよ!!」

「ノン、ノン、カ・ガ・チ ですわぁ、もっと愛をこめて♪」



怒声とともにプレシアの魔法攻撃が放たれ、それが私の身体に直撃する。

よける必要などない、先ほどあれだけ喰らった攻撃だ、すでに私の身体はそれを克服している。

大きな爆発が発生し、爆風が周囲を薙ぎ払う。



「やはり所詮この程度ね!」



煙の向こう、プレシアの勝ち誇った声が聞こえた、楽しみだ、視界を遮るこの煙が晴れた後にどんな反応をしてくれるのだろうか。

つい待ちきれずに魔力放出で周囲の煙を吹き飛ばしてしまう。

晴れた視界の向こうにプレシアの驚愕する表情が見える、あぁ、とてもいい顔ですわ。



「貴女様の攻撃はもう通じませんわ、攻守交替です、これからは私が一方的に嬲ってさしあげますわぁ♪」

「……ば、化け物めっ!?」

「あら、それは嬉しい褒め言葉ですわぁ♪」



あ、そうですわ、せっかく脱皮して魔力効率が上がったのだからこれまで使ってこなかった武装を使ってみましょう。

以前の身体では強力すぎ、かつ燃費も悪く、制御が難しかったのであまり使いませんでしたが。

しかし、今の私なら使いこなせるはずですわ。



「プレシア様、貴女様への感謝の証として私も全力の武装でお相手いたしますわぁ」



ドスリ、と片手を腹に突き刺す、表皮を破り、脂肪組織を掻き分けて内臓へと到達、そこに収まっている小さな石を取りだす。

ヌプリ、と湿った音を立てて引き抜かれた腹の傷はすぐに閉じて完治した、これも私の特性。

脱皮とあわせて爬虫類、特に蜥蜴系などが得意とする再生能力だ。

簡単な傷は勿論のこと、手足が吹き飛ばされてもすぐに再生できる程度の力はある。



取り出した石は私の専用デバイス、あまりにも強力なためエンハンスト様にも内緒でジェイル・スカリエッティ博士に作ってもらった秘密兵器。

結局これまで使い勝手の悪さゆえ腹の中に封印してきましたが、今こそ出番ですわ。

ポタポタと血が滴るそれを摘みながら、その名を呼びさます。



「お目覚めなさい『サブタレイニアンサン(地獄の人口太陽)』!!」







デバイスの名を呼んだ瞬間、カガチの身体を包むように爆炎が立ち上り、周囲にすさまじい熱を振り撒いた。

爆炎はすぐに消えたがその跡地には火傷ひとつ負っていないカガチの姿が残っていた。

しかもカガチの姿は先ほどとは大きく異なっていた。



全裸だった身体は少女らしい服装に包まれ、白のブラウスに、緑のフレアースカート、黒いハイソックス、頭には翠色のリボンを飾ってある。

胸の中心には巨大な赤い目がギョロリと浮き上がり、背中には鴉のような漆黒の翼が生えている。

その翼を覆うように白いマントが被さり、その内側には星空または宇宙のような模様が広がっていた。

右足には溶岩状の固形物のような岩が靴のように張り付き、右手には六角形の棒(制御棒)がすっぽりと嵌っていた。



一目でわかるほど異様な姿である。

ただしその身から発せられる魔力と威圧感はただごとではなく、爆炎の余熱もあわせて周囲にはまるで地獄にでも突き落とされたかのような雰囲気が漂う。



見た目だけなら、ふざけた格好をしたコスプレ少女がニコニコしながら立っているだけだ。

だがそれと正面から生身で相対しているプレシアにはヘビに睨まれたカエルのように本能からくる恐怖心で身動きが取れなくなっていた。



そんな彼女の姿を見ながらカガチは満足そうに肯くと、残酷な笑みを浮かべて一言だけこう告げた。



「今度はこちらの番ですわ、簡単に壊れないでくださいねぇ♪」



その姿はまるでラスボスのようだった。






[7527] リリカル・エンハンスト40(R-15 閲覧注意)
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/08/15 08:30
■40
※ちょっとイロイロきっつい描写とかあるんでR-15くらいにしときます、ご注意ください。
※アンチやグロ描写もあるので苦手な方は41話でダイジェストあらすじしますので飛ばしてください。
※ぶっちゃけ見なくてもストーリーに影響はありません、邪悪で腹黒なカガチが好きな人だけ楽しめる仕様になっています。



―Side:カガチ―



プレシアは正体不明の圧迫感に魔力も尽きはじめついに床へ膝をついてしまった、さらに吐血し床を赤く染める。



「あらあら、戦う前からそんなはしたない姿を見せられては私ついつい興奮してしまいますわぁ」

「ふ、ふざけっ……ゴホッゴホッ!?」



なんとか反論しようとするも、せりあがってきた血で咳き込んでしまい最後まで言えていない様子。

悔しそうに表情を歪ませるプレシアを見下ろしながら、私はこれからどう彼女を料理しようか考えていた。



全力で相手するとは言ったものの、あまり本気で攻撃してあっさり死なせてしまうのではつまらない。

長く苦しめて、苦しめて、苦しませ続けて、自分から死を願うようになっても苦しませて。

心が壊れて反応がなくなった頃にようやく殺してあげるのが最も楽しいのだ。



そして恐れ多くもエンハンスト様に手を出した罪を思い知らせるためにも、できるだけ苦しませたい。



だが今の弱りきったプレシアでは少し加減を間違えるとすぐに死んでしまいそうだ。

そのうえ今の私の武装は己の最強装備、手加減をするのもさらに難しくなってくる。



「それに本当なら、この力を使うと副作用(副作用:鳥頭)で少しの間お馬鹿になっちゃうので使うのを躊躇っていましたが、エンハンスト様を傷つけた貴女様は全力で嬲り殺すと決めたからそれもしかたないですわね」



少し悩んでいた所為か、つい考えていることが口に出てしまった。



まあ、つい殺してしまったらそれはそれで仕方が無いこと、精々長く苦しませるように努力するだけですわ。

目の前で床に膝をついているプレシアに向けて右手のデバイス(制御棒)を差し向ける。

こちらを睨み返す視線には未だ力が篭っており、彼女の心が折れていない証を私に教えてくれる。



「憎悪の篭った良い目ですわぁ、そんな素敵な目をしている貴女様の苦しむ表情をもっと見せてくださいな♪」



デバイスの先端に魔力を集中させて魔法発動に備える、同時に人工的な声でデバイスから警告が発せられた。

『☢Caution!!☢ ☢Caution!!☢ ☢Caution!!☢ ☢Caution!!☢ ☢Caution!!☢』

このデバイスで魔法を使用すると周囲に放射能が撒き散らされるため、スカリエッティがつけた機能だった。

だが今現在、周囲には私とプレシア以外に生命体はいない、私は誰に遠慮することなく魔法を放った。



「さぁ、究極の核融合で身も心もすべてフュージョンし尽くすがよいですわぁ! 『ニュークリアフュージョン』!!」



ギャゴォォォンッ、と金属が爆ぜるような爆音をたてながらプレシアの目の前の床が爆発。

その爆発で視界の全てが白熱に染まり、膨大な爆圧と熱が発生した。



数秒後、元に戻った視界に映ったのは歪みクレーターのように抉れた床と、熱で内装が全て融解した室内だった。



「あらあら、想像以上の威力が出てしまいましたわぁ、ちょっと力を入れただけでコレだなんて」



私はプレシアの目の前で小さな爆発をおこして軽く吹き飛ばす程度にしようと手加減したはずでしたが、予想以上に威力が出てしまいましましたわね。

彼女、生きていますでしょうか?

まさか、こんなことであっさり死なれては興ざめですわ。



プレシアの姿を探して部屋を見渡すと、隅の方で横たわる人影を見つける。

全身がボロボロで、皮膚は焼け焦げ、髪も半ば焼け落ちてしまい、無残な姿を晒している。

だが小さく胸が動いているのを確認して、まだ彼女の息があることに安堵の息がでた。



「……ぅ……ぐぁ……」

「ホッ、良かったですわぁ、なんとか生きていたご様子で私もとても嬉しいですわぁ♪」



バリアジャケットが彼女の命をかろうじて守ったのだろう、最早見る影もなくボロボロになっているが優秀な性能だったようだ。

勿論エンハンスト様のモノとは比べ物にならないレベルの性能ですが。



それにしても、やはりこのデバイスは強力ですが制御が難しいですわ。

戦いにおいてはすこぶる有利になれますが、相手を嬲ることにはあまり向いていませんわね。



現にプレシアはたった一撃でバリアジャケットがボロボロになり抵抗する力も失ってしまい、それ相応のダメージを受けて瀕死の状態になってしまった。

おそらくあと一撃同じような攻撃を受ければ消し炭と貸すこと間違いなし、ヘタすれば蒸発してしまうかもしれない。

それでは面白くない、残念ながらこのデバイスはもう使えないですわね。

もし使えるとしても、それはプレシアを散々痛めつけられた後、トドメを刺す時くらいしか出番はないでしょうし。



「あぁん、残念ですわぁ、せっかく使えると思ったのにたった一回で終わりだなんて、これじゃあ物足りませんわぁ」

「うぐっ……!」



ついゲシッ、と目の前で横たわるプレシアの脇腹に蹴りを入れてしまう。

それもこれも貴女様が貧弱な所為ですわ、まったくあれだけ大口はたいて大魔道士だなんて言っていたくせにふざけてますわ。



「ねぇねぇ、こうして馬鹿にした使い魔風情に足蹴にされるのはどんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち?」

「ぅっ……ぐぅっ……あぐっ……ごほっ……!!」



ゲシッゲシッゲシッ、と何度も何度もプレシアの腹へ蹴りを入れる、つま先がめり込む度に彼女の口からゴポゴポ血が溢れるのが少し面白かったのでちょっとだけ気が晴れた。



「……? あらあら、汚いですわねぇ、こんなところでおもらしとは関心いたしませんわよぉ?」



異臭がしたのでプレシアの様子を見てみれば、彼女の下半身から血の混じった失禁が見られた。

腹を蹴りまくった影響だろうか、腎臓か膀胱が破裂したのかもしれませんわね。

つい気付かずに靴で踏んでしまった尿が不快だったので、彼女の顔に靴裏を擦り付けて汚れを拭った。



「あはは、汚れを取るつもりが貴女様の顔の血でもっと汚れてしまいましたわぁ、失敗失敗♪」

「がっ……!」



ガツンッ、とプレシアの鼻を強く踏みつける、軟骨の折れる感触が靴裏から伝わってきてとても心地よい。

彼女の口だけでなく鼻からも血が溢れ出す。

その所為で呼吸がしずらいのだろう、地上に打ち揚げられた鯉のように口をパクパクさせながら必死に呼吸している。



「アハッ、その姿とても面白いですわぁ♪ でもやはりこの程度じゃあちょっと物足りませんわねぇ、なにか貴女様をもっと愉しませてさしあげられることはできないものでしょうか……」

「ぐ、ぅぅ……!」


グリグリとプレシアの顔を床に踏みつけながら考える、どうすれば彼女をもっともっと苦しめてあげられるのだろうか。

肉体的にはこれ以上はちょっと難しいかもしれない、既に瀕死だしちょっとしたミスで簡単に死んでしまいそうだ。

ならば残された手段は精神的に苦痛を与える方法しかないわけですが……。



なにか良い方法はないかなと室内を見渡せば、部屋の片隅に転がっているガラスケースを見つけた。

よほど頑丈に作ってあるのだろう、ケースにはひびもなく歪みも無い。

その液体に満たされた中には女の子の亡骸が浮かんでいる、見た目に傷もなくまるで生きているような錯覚さえ覚える。



そこでふと名案が思いつく、プレシアの最も大切なもの、アリシア。

……コレは使えますね、私は自分の口がニヤリと三日月型に歪むのを自覚した。







ボロボロになり身動きの取れないプレシアから放れ、アリシアのガラスケースへと向かう。

近寄ってみればなかなか大きい、全長で3メートルはあろうかというケースだ。

コンコンと表面を叩いてみるとやはりかなり頑丈に作られていることがわかる、生半可な攻撃では破壊は難しそうだ。



「……や……やめっ……アリしアに、近寄ら……でっ……!」



息も絶え絶えにプレシアから声がかけられる、さっきまで死んだみたいにぐったりしていたくせに急に元気になりましたわね。

やっぱりアリシアを使って彼女を精神的に苦しめるのは特に有効そうだ、ワクワクしてきた。



「ちょっと硬そうですが、今の私にはこの程度大したことありませんわぁ、えい♪」



ガラスケースに向かって空手チョップを振り下ろす。

ビシリッ、と硬質的な音を立てて一面に蜘蛛の巣状のひびが走った。

続いてひび割れたスキマから液体が漏れ出し、ついには雪崩れるようにケースは崩壊した。



バシャリ、と液体と一緒に床に投げ出されるアリシアの身体。

その濡れた金髪を掴んでプレシアのところまで引きずっていく。

ズルズルと床を引きずられた部分がこすれて傷つくが、どうせ死んでるんだし気にすることも無いでしょう。



「ア……アリシア……ッ!!」



私に引きづられてきた娘の姿をみてプレシアから悲鳴があがる、絶望と哀しみに満ちた良い声だ、もっと聞かせて欲しい。

プレシアの前まで来て私は片手でアリシアの髪を持ち上げその顔を見せつけた。

眠っているような表情、とても穏やかで、どんな死に方をしたのか知らないが顔には傷一つ無かった。



「さぁプレシア様、これからアリシア様がどうなっていくのかようく御覧になってくださいねぇ♪」

「や……やめっ……!」



ニコニコしながら私はまずアリシアの左腕を力任せに引き千切った。

ブチブチィッ、と肉の千切れる心地よい音が響き、取れた左腕はボトリと床に投げ捨てた。

既に死亡しているためでしょう、心臓が動いていないため血はほとんど出なかった。



「い、いやぁぁぁぁぁっ!! やめてぇぇぇぇっ!!!」

「アハ、そんなに大声が出せるなんてまだまだ元気一杯じゃあないですかぁ♪ その調子ですよ、ドンドンいきましょう」



たかが人間の屍骸を壊されたくらいで面白いくらいの反応です、これは楽しい。

もっと、もっと、そんな悲鳴を聞きたい、聞かせてください。

そのためにもアリシアをどんどん壊そう、できるだけ惨たらしく残酷に、見るに耐えないほど無残に。



「アハハハハッ!! さあ今度は右腕をやりましょうか? それとも足の方が宜しいですか? 内臓を引きずり出すのもいいですねぇ、いっそのこと首を捻じ切ってみましょうかぁ♪」

「お願いもう止めてっ! 私のアリシアを壊さないでっ!! そう、フェイト、フェイトの方を壊せばいいじゃない!!」

「だ~めぇですわぁ♪ 精々良い悲鳴をあげてくださいましぃ♪」

「そ、そうだわっ、アナタの条件を受け入れる! 投降する! だからお願いもう止めてっ!!」

「アハ、もう時間切れですわ、それにもともと私には貴女様を助ける気なんて毛頭ありませんの、エンハンスト様に手出しした時点で極刑確定ですわぁ♪」

「お願い、お願いよ、お願いします、私はどうなってもいいからぁぁぁぁっ!!」

「うふ、ふふふ、アハハハハハ!!」







グチャリ、と肉の叩きつけられる音が室内に響く。

だがそれだけ、他には何の反応もなく静かなものだった。



「ハァ~、もう何の反応もしめさなくなってしまいましたわねぇ、まあそれなりに楽しめましたけど♪」

「………………」



プレシアの目の前でのアリシア解体ショーが始まってそろそろ30分。

既に原型がわからないほどグチャグチャに壊されてしまったアリシアの前で、プレシアは虚ろな目をして呆けていた。



最初の15分くらいは面白いほどに激しい反応をしてくれるので愉しんでいましたが、やがて心が壊れてしまったのか大人しくなり、ついには何の反応も返さなくなってしまった。

目の前でアリシアの心臓を喰らって見せても、頭をガジガジ齧っても反応しない、それに新鮮さがないので味も良くないですし。

プレシアは虚ろな目で口をあけたまま呆然とし、涎がこぼれてもまったく気にしていない。

まさしく廃人と呼ぶに相応しい姿になっていました。



「プレシア様、ご苦労さまでした、私とぉっても楽しめましたわぁ♪」

「………………」



ひとしきり余韻を愉しんだ後、一呼吸おくと私はもうすでにプレシアへの興味を失っていました。



久しぶりの楽しい時間でしたし、エンハンスト様のご命令も果たすことができた。

脱皮によって私自身の強化も図れましたし、今回は言うことなしの結果ですね。



「エンハンスト様へのご報告もありますし、そろそろ戻りましょうかねぇ」



そういって私がプレシアに背を向けた瞬間。



「……う、うわあああああああああああ!!!」



傍らに転がっていたデバイスを掴み、プレシアが奇声をあげて襲い掛かってきた。

最後に残った蝋燭の灯火のような命を絞りあげた魔力を込めた一撃。

だけどそれはにこやかな笑みを浮かべた私の左手によってあっさり止められてしまった。



「あらあら、壊れたのは演技だったのですね、最後の余興としてはなかなか面白かったですわぁ♪ バレバレでしたけど♪」

「ぐっ……ぐぅぅぅ……殺ス、殺してヤルっ!! アリシアの仇ぃ!!」

「ふふ、せっかくここまで頑張ってくださったのですから、お礼にプレシア様を私の栄養にしてさしあげますわぁ♪」



ミチミチと私の口が捕食用に変化してく、口元は大きく裂け、歯が鮫のようなノコギリ状のギザギザに変化、顎は胸元まで届くほど開かれた。

わかりやすく表現すると鮫か鰐のようなカンジ、捕食者の口と牙だ。

そういえば、一度エンハンスト様にこの姿を見せたら二度と見せるなと怯えながら必死の形相でお叱りを受けてしまいましたね。

この獲物から肉を食いちぎりるのに効率的な歯並びなんかとってもキュートだと思うのですがねぇ。



私は獲物を捕食しやすいように肉体を変化させると、一気にプレシアの胸元に齧り付いた。

二つの胸と肺、心臓を食い千切り、リンカーコアごと飲み込む、ゴクリと嚥下されたそれが体中に広がって私に潤沢な力を与えてくれた。

丸呑みしても良かったが、今回はあえて苦痛を味あわせるためにこうした。



……それに、試してみたいこともありますし。



「アハ、流石は大魔道士、とぉっても栄養満点で美味しいですわぁ♪ 私のナカでアリシア様とご一緒になると良いですわぁ♪」

「ごぷっ……!」



肺と心臓を失ったプレシアが血を吐きながら倒れる。

辛うじて即死だけはしなかった様子だが、心臓を失った今やあと数秒もせずに絶命するだろう。

このまま放って置いてもいいが、最後のトドメはせっかくデバイスを起動したのだからこれで決めておこうか。



「うふふ、プレシア様との楽しいお時間もこれで最後、少々名残惜しいですが、これでお別れですわぁ♪」



左手でプレシアのデバイスを掴んだまま、右手のデバイスをプレシアの眼前に突きつける。

そのまま魔力をデバイスの先端に集中させる。

『☢Caution!!☢ ☢Caution!!☢ ☢Caution!!☢ ☢Caution!!☢ ☢Caution!!☢』

デバイスからの警告音、私はかまわず魔法を発動させた。



「ではさようなら、『メガフレア』!!」

「ーーーーッ!!!」



至近距離から放たれた白熱の一撃は跡形も無くプレシアと側にあったアリシアの存在を消滅させた。

最後の瞬間、プレシアは悲壮な表情で『アリシア』と声にならない叫びをあげていたが、カガチにとっては全くどうでもいいことだった。







アースラとの通信を妨害しているAMF装置解除スイッチを押す。

エンハンスト様も持っているAMF装置コントローラー、向こうで作動させ、私が解除する。

それは任務終了の合図であり、楽しい私刑(リンチ)時間の終わりでもある。



『エンハンスト様ぁ、全ての作戦終わりましたわぁ』

『……そうか、プレシアの説得はどうなった?』

『駄目でしたわぁ、真摯に説得してみましたが拒絶されてしまったので仕方なく処分いたしました』

『……そうか……仕方ない、か』



エンハンスト様から後悔の感情が伝わってくる、苦々しい感情だ。

このお方にしては珍しい、普段からほとんど私に感情を悟らせるようなことをしないというのに。

主にこんな感情をさせてしまったことを悔やむ以上に私の内心には喜びの心が湧きあがった。

こうして私に心を曝け出してくれることに無上の喜びを感じてしまったのだ。



『エンハンスト様が気になさる必要はございませんわぁ、救いの手を拒絶したのは彼女自身なのですから』

『……カガチ、ありがとう……』

『うふふ、使い魔として当たり前のことを言ったまでですわぁ♪』



エンハンスト様の心が落ち着くのがわかる、同時に私に対しての感謝の念も伝わってきた。

私の言葉でこんなふうに喜んでいただけるなんて嬉しすぎます! 思わず頭がフットーしそうですわ!

うふふ、うふふふふ、帰ったら言葉だけといわず是非肉体でもお慰めさせていただきますわ。

あぁ、すごく楽しみです。



『……もうすぐそちらにアースラから人員が向かうと思う、念のため顔を変えて変装でもしておいてくれ』

『わかっていますわぁ、秘密の協力者と言うことで正体は誤魔化すのでしたわね』

『……そうだ、詳しく聞かれても機密だから喋れないと言えば大丈夫だ、私からもそう言っておく』

『了解しましたわぁ、ではまた後でお会いいたしましょう♪』

『……ああ、大変な仕事、ご苦労だったな』



エンハンスト様との念話が途切れる、さあこれで私のお仕事は全部お仕舞い。

後は帰るだけですわね。



あ、それとエンハンスト様に言われたように局員に私の正体がバレるのを避けるようにしておきませんと。

変身魔法で姿をムキムキマッチョな筋肉男の姿に変える、私の趣味ではありませんがこれくらいかけ離れていれば誰も私の正体にはきがつかないでしょうしね。

その上に大きなマントとフードを被ってその顔自体も隠す、これだけ念入りにしておけば問題ないでしょう。



それと飲み込んでおいたジュエルシードも今のうちに出しておきませんとね。

花も恥らう雌蛇である私には人前で※はんすうする趣味などありませんし。
※一度飲み下した食物を口の中に戻し、かみなおして再び飲み込むこと



私が変身して数分後、室内にドカドカと数人の局員達がやってきた。

みな室内の異様な惨状に驚き、次いで私の姿を見て警戒心を高めた。

中には緊張した表情でデバイスを向けてくる者までいる、あらあら、可愛い反応ですわね♪



「皆やめるんだ、この人はエンハンスト執務官の言っていた協力者だろう」



局員達の間から一人の少年が大声をあげる。

あの方はたしかエンハンスト様のお弟子さんのクロノ様でしたね。

なぜか頭に包帯を巻いているようですが、どこかでお怪我でもしたのでしょうか?

それに妙に力強い目をしています、私のいない間に何かあったのかもしれません。



「失礼しました、僕は時空管理局執務官のクロノ・ハラオウンです、お名前を伺ってもいいでしょうか?」

「申し訳ありませんが機密ですので答えられません」

「……そうですか、ではここで何があったのか説明をして頂きたいのですが」

「申し訳ありませんがそれも機密ですので答えられません」

「……それも答えて頂けませんか」



クロノ様の表情が苦虫を噛み潰したように歪む。

でもその視線は私ではなくご自身の手に向けられ、「やはり今の僕では……」とか呟いてます。



よくわかりませんが申し訳ありませんね、エンハンスト様のご命令は私にとって最重要ですので。

でもちょっと気まずいのでさっさと帰りましょうか。



「これは確保したジュエルシードです、クロノ執務官に渡しておきます」

「はい……確認しました、確かに受け取りました……ところでなんでヌルヌルしてるんですかコレ?」

「機密です、では自分は任務が終了したので帰還します、よろしいですか?」

「え、ええ、仕方がありません……あ、最後に一つだけ」

「何でしょう?」

「貴方以外にまだ誰かここに残っていますか?」

「死体だけです」

「っ!!?」

「いや、正確には何も残ってません、プレシア・テスタロッサは跡形も無く消滅しました」

「……消滅……そう、ですか」



まあ、これくらいは言ってもかまいませんよね、どうせ調べれば血痕とかですぐにわかることですし。

クロノ様の顔色が先ほどよりも幾分悪いようにも見えますが、体調でも悪いのでしょうか?

くれぐれもヘマをしてエンハンスト様の足手まといにならないようにしてもらわなくては。



「では失礼します」



部屋から出ようとする私を避けるように局員の方々がザザザ、とよけていく。

その目には隠し切れない畏怖の感情が読み取れた。

うふふふ、心地よい視線ですわ。







あぁ、それにしても楽しみですわねぇ、エンハンスト様の御褒美。

こんな簡単な仕事をするだけで『主様を一日自由にして良い権利』が手に入るだなんて超ラッキーですわ。

うふふ、今からいろいろ計画を立てておきましょうか。

いっそのことこれを機会に肉体関係まで一気に発展できれば私が卵を産むことができるのも意外と早くなりそうですし。

それもこれもプレシア様様ですわね、私を久しぶりに愉しませてくれましたし、本当にあの方には感謝ですわ。



「アハハ♪ 笑いが止まりませんわぁ~♪」



城主を失った時の庭園、その誰もいない通路でカガチの愉快そうな笑い声だけが木霊した。

変身を解除した彼女はぽっこりと膨らんだ下腹部を上機嫌に撫でながらクスクスと声を漏らす。

アリシアの亡骸を人質にプレシアを嬲り殺し、鬼畜外道な振る舞いを平然と行う邪悪な使い魔。

他者の苦しみを愉悦とし、弱者は全て餌と断じるその性根はまさしく人外の化け物と呼ぶに相応しい禍々しさを持っていた。



だが一つだけ救いがあるとすれば、この邪悪な使い魔の主に対する忠誠心だけは多少歪んだ形ではあるがまぎれもなく本物だということだった。



「あら、つい興奮しすぎて鼻血が♪」



ただし忠誠心は鼻から出る。






[7527] リリカル・エンハンスト41
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/08/22 23:18
■41



三行でわかる39・40話(カガチ編)のあらすじ

・カガチ脱皮(ロリ化)
・プレシアさんフルボッコ
・ご馳走様でした



ではアースラサイドでの続きをドゾー。







モニターに移るプレシア、その周囲をグルグル旋回するジュエルシード。

僕はその一つに向かって念話を飛ばした。



『……もういいぞ、やってくれ、カガチ』

『あぁん、そのお言葉を待ってましたわぁ♪』



モニターの向こう、プレシアの周囲をグルグル回っていたジュエルシードの一つから僕の邪悪な使い魔の愉快そうな返事が帰ってきた。

嬉々とした口調からも彼女がやる気一杯であることは確かだろう、こういった場面では頼もしい限りだ。



さてと、これであとの流れはほぼカガチ任せとなる、彼女の実力ならよほどのことがない限り失敗はないだろうし、その点では安心してるし信頼もしている。

ただ、まぁ、カガチの場合張り切ると死者・行方不明者が激増する傾向があるからその点要注意なわけだが。

今回はアジト潜入とあわせてプレシアの説得しか命じてないし、あそこにはプレシアしか生存者はいない、最悪の場合でも被害者はプレシアだけになるはずだ。



個人的には助けられるなら助けてあげたいが、フェイト嬢のこともあるし判断が難しい問題なのでカガチに丸投げしてある。

無責任かもしれないが僕は神様じゃないし、無理なものは無理なのだ、中の人がヘタレである僕にそこまでの決断力は無い。

戦場で見ず知らずの犯罪者をサクッと殺すのと違って、今回は背後関係も動機もわかっている人間の生き死にがかかっている。

多少なりとも同情の余地のある人間にむかって『死ね』とは流石に言えない、そこまで非情にはなりきれない。

だから逆に非情すぎる判断も平然とできるカガチに任せた、我ながら情けない限りだけど。



あ、ちなみに聖王だとか現人神だとかそういうのはなしの方向で、僕はクローンの偽者だしね。



というわけで、あと僕がすることといえばカガチのフォローくらい、簡単な内容だしさっそくやっておこうか。

ポケットの中にあるカードのような薄型のコントローラー確認してスイッチを入れる。

それによって皆に内緒で事前に仕込んでおいたAMF装置が起動、アースラに搭載されている観測機器を阻害する。

同時に念話も含めて、時の庭園との繋がりが完全遮断された。

これもあらかじめ決めていた手筈通りだった。







「どういうことだ!? いきなりむこうとの通信が途切れるなんて」

「エイミィ、なにか原因はわかる?」

「わ、わかりませんっ、魔力反応も全部効かなくなってしまって、幸い艦の運行に支障はありませんが観測機器が総じて不具合を起こしています!」



唐突に途絶えたモニターを見ながらクロノとリンディさん、そしてエイミィの焦った声が室内に響く。

皆にも一応説明しておかないとな、またいろいろ睨まれるんだろうが、そんなのいまさらだ。

権力使ってまで独断行動した時点でリンディさん視点からしたら僕は厄介者認定されているだろうしね。



「……落ち着いてください、通信を遮断したのは僕です」



艦橋にいた全員の視線が僕に集中する、大半は驚きの視線だったが、一部からは敵意の篭った視線も送られてくる。

中でもリンディさんの様子ときたら「またお前か!?」と言いたげな怒りの波動がひしひしと伝わってくる。



「エンハンスト執務官、貴方が何を考えているのか知りませんが我々の任務妨害をしないで下さい、今すぐもとにもどしてください」

「……そうもいきません、私にも仕事がありますので」



ギンッ、と音がしそうなほど視線が一気に強くなる、リンディさんは美人だから余計に怒ったとき迫力がある。

だがリンディさんは声を荒げる様子も無く、視線は厳しいものの一呼吸おくと比較的冷静な口調で僕の返答を受け止めて会話を続けた。



「そう、きっと貴方のことだから何か考えがあってのことなんでしょう、なら説明はしてもらえるのかしら?」

「……勿論です、あくまでできる範囲でですが」



ちょっと吃驚、今回もリンディさんに嫌味を言われたりするのかと思ってたのに、なんだかこうあっさりと話が進むと逆に不安になってくる。

ま、まあいいか、今は皆に事情説明をしないと。



「先ほども告げたように自分もリンディ提督とは別に対策をとっていました、提督の作戦通りに上手くいって事件解決になればこのまま何もせずとも問題はありませんでしたが、先ほどアースラからの武装局員が撃退され、プレシアによってジュエルシードが発動されてしまったのでこうして介入させてもらいました」

「それと通信遮断に何の関係が?」

「あります、実はこちらの作戦でジュエルシードに扮した協力者を向こうに送り込んであります、その証拠に本物はこうして私の手に」



先ほどポケットから取り出していたジュエルシードを摘んで顔の横に掲げる。

すでに封印処理は済んでいるので暴走の危険はない。

とは言ってもこれはロストロギア、あとでちゃんと保管用の装置に入れておかないとね。



リンディさんは僕の掲げたジュエルシードを見てすぐに合点がいった様子で一言で僕がどんな作戦を取ったのかを理解した様子だった。



「……変身魔法を使ったのね」

「そうです、プレシアのアジトがわかったのもその協力者のお陰です、そして先ほど協力者に念話で作戦開始合図を送りました、もうジュエルシードは協力者が確保しているはずです、現にこうして次元震も収まってますし」

「そうね、先ほどまで酷い揺れだったのがもう収まってる、これでは貴方の証言を信じるしかないわね、でもふたつ不可解なところがあるわ、まず貴方の言う協力者とは何者? そしてなぜわざわざむこうの様子がわからなくなる危険をおかしてまで通信を遮断する必要があったのかしら?」



うぐ、案の定言いにくいところを聞いてくる、流石リンディさん容易くは誤魔化されてくれないか。

かといって現時点でカガチの正体を明かすわけにもいかないし、今後の原作介入にも関わってくることだ。

やりたくはなかったが、ここはまたもや権力を利用して言い逃れるしかあるまい。



「……協力者は管理局でも特に重要機密に関わる人物です、そのため同じ管理局員にたいしてもその情報は秘匿しなければなりません、そのための措置です、申し訳ありませんがそれ以上は言えません」

「それで私達が納得するとでも?」

「……思いません、ですが貴方達にこれ以上は知る権限は無いんですよ、階級が足らないんです、少なくとも中将以上でないと」

「つまり、あくまで私達に話すつもりは無いと?」

「……えぇ、申し訳ありませんがコレばっかりは駄目です、これまでの説明で納得してください、それが嫌なら上に掛け合ってください」



……うぅ、い、胃が痛くなってきた。

なんか最近の僕ってこうやって嫌な役ばっかりやってる気がする、自業自得とはいえ不幸だ。



「そう、仕方が無いわね……それで、私達はいつまでこうして何も映らないモニターを眺めていればいいのかしら?」

「おそらく30分もかからず制圧は完了するでしょう、30分以上経過するか、何かしら明らかな異常、この場合は次元震が感知されるまでここで待機してもらいます」

「わかりました、30分経過するか次元震が発生するまでは待機してましょう、ですがそれ以上は待ちませんよ、よろしいですね?」

「……はい、問題ありません」



なんとか妥協してくれたか、あの様子だと納得はしていないんだろうけど。

だがリンディさんが大人な対応をしてくれたお陰で僕は助かっている、クロノみたいな頑固さんだったらいつまでも粘ってくるだろうし。

そういった意味ではあんまり似てないねこの親子、もしかしたらクロノは父親似なのかもね。



話し合いが終わり僕が一息ついていると、リンディさんは声を張り上げて皆に指示を飛ばし始めた。

先ほどの物静かで感情を押し殺した冷静な口調とは異なり、かなり気合の入った大声だ。



「クロノ、エイミィ、今のうちに体制を整えます、負傷の軽い武装局員の治療と再編、クロノは出撃準備を、場合によっては私も出ます!」

「わ、わかりました!」

「母さ、リンディ提督も出るんですか!?」

「えぇ、これ以上戦力の出し惜しみはナシよ、恥の上塗りはしないわ」

「………………」



恥じ、って先ほど僕の意見無視して武装局員のみを送り込んで返り討ちにされたことだろうか。

確かに情けない結果だったが、アレはアレで正しい判断だったとも思っているんだが。

まぁ、結果だけ見れば確かに大失敗だし、責任者としたら恥と考えてもおかしくないのか。



そもそも僕が独断行動をとったのがその原因の一端になっている、という考えもあるんだけどね。

流石に僕を警戒して作戦失敗しましたとか言わないだろうけど、迷惑をかけたという意味では罪悪感がある。



……ホント、申し訳ないです、今後のことも考えるとまだまだ迷惑かけるかもしれないのが余計に申し訳ない。

この事件が終わったら何らかの形でお詫びしとかないとな。







カガチに念話を送って15分程度が経過した。

今のところこれといって目立った異常は見られない。

アースラ艦橋も静かなもので、エイミィやその他クルーからの報告以外は皆黙っている。



リンディさんは椅子に座りながら部下の報告に耳を傾け、的確な指示をとばしていく。

クロノは瞑目し眉間に皺を寄せながら腕を組み転送ポート側でずっと待機、傍目から見てもイライラしているのがわかる。



僕はと言えば特にすることもなしにただ突っ立ってるだけ、プレシア対策はカガチに丸投げしてあるし。

なによりリンディさんに悪い意味で注目されているしこれ以上はさすがに動きずらい。

裏方であるカガチへの注目を僕に向けると言う目的は既に達成しているし、これ以上目立つ必要もないだろう。



だけどこうして何もすることが無いと余計なことを考えてしまう。

例えばプレシアへの説得とか。



僕は事前にどうすれば彼女を説得できるか考え、一応アリシア復活という餌を用意したが、それを簡単に信じてもらえるとは思っていない。

ジェイル兄さん譲りの知識や、もともとのチート知識を活用すれば確かに死者蘇生も可能なのだ。

もっとも、アリシアにその適正が全く無ければそれも不可能となってしまうのだが、そんなことを今から考えても仕方が無い。



カガチが上手く説得してくれれば何も問題は無いのだが、フェイト嬢のことを考えるとそれも微妙だ。

ぶっちゃけ考え悩むのが面倒なので、いっそのこと説得を拒否って死んでくれないかなぁとか思っているのも事実。

でも、そうなると後々で見捨てた罪悪感とかで苦しむんだろうな、ここいら辺を割り切れれば気楽なんだけど。



そもそもカガチに交渉とかできるんだろうか?

これまでも何回か仕事を手伝ってもらったことはあるが、どれもテロリスト殲滅とかそういう場合ばっかりだったし。

いまいちカガチが交渉事に向いているのかどうかわからない。

まぁ、頭はすこぶる良いので多分大丈夫だと思うけど、あの性格だしいまいち不安が拭えないなぁ。







『エンハンスト様ぁ、全ての作戦終わりましたわぁ』



カガチとの念話から約30分後、AMF装置が解除されやっとカガチからの念話が届いた。

制限時間ギリギリになってようやく任務終了のお知らせ、ちょっとだけハラハラドキドキしました。

いや、ホラ、ああやって大口たたいた手前30分以内で終わらなかったら恥ずかしいじゃん?



『……そうか、プレシアの説得はどうなった?』

『駄目でしたわぁ、真摯に説得してみましたが拒絶されてしまったので仕方なく処分いたしました』

『……そうか……仕方ない、か』



まず一番気になる結果から尋ねてみたが、案の定上手くいかなかったようだ。

処分、つまり殺したということだ、そしてそれをカガチに命じていたのは僕。

僕の心の中では、これで面倒事が消えたという気持ちと、見殺しにしてしまったという気持ちがせめぎ合う。



かつて読んだSSやIFの話では幸せになったプレシアも存在していたが、この世界ではそうはいかなかった。

しかもその原因は僕にある、カガチに判断を委ねたのは他ならぬ僕自身だし、なによりもこうなってほしいという願望もあったのもまた事実だった。

僕はもしかしたら自分の想像以上にどうしょうもない下衆野郎なのかもしれない、そんな考えすら浮かぶ。



『エンハンスト様が気になさる必要はございませんわぁ、救いの手を拒絶したのは彼女自身なのですから』



そんな僕の感情が伝わってしまったのか、カガチから慰めの言葉がかけられる。

この邪悪な使い魔にまで気を使わせてしまうなんて、今の僕は相当まいっているみたいだ、しっかりしないと。



『……カガチ、ありがとう……』

『うふふ、使い魔として当たり前のことを言ったまでですわぁ♪』



でも今はそんなカガチの優しい気遣いが嬉しい。

僕の為に手を汚した彼女の頑張りに報いるためにも僕はいつまでもヘタレているわけにもいかない、気張っていかないとな。



『……もうすぐそちらにアースラから人員が向かうと思う、念のため顔を変えて変装でもしておいてくれ』

『わかっていますわぁ、秘密の協力者と言うことで正体は誤魔化すのでしたわね』

『……そうだ、詳しく聞かれても機密だから喋れないと言えば大丈夫だ、そう言っておく』



特に今にも突入しそうなクロノにはよく言ってきかせないと、ヘタに揉め事起こされても困るし。

カガチのことだから争いごとになったら邪魔者とか判断してクロノを丸呑みしかねない。

さすがにそんな可能性は低いだろうけどゼロじゃあないあたり、カガチの恐ろしさが伺える。



『了解しましたわぁ、ではまた後でお会いいたしましょう♪』

『……ああ、大変な仕事、ご苦労だったな』



カガチとの念話が途切れる、これでPT事件の山場は終わったか。

プレシアの説得失敗は残念だったが、フェイト嬢のことを考えたら結果的にはこれで良かったのかもしれない。

ヘタに生き残って彼女に接触されでもしたらこれまでの努力が全部オジャンだ、フェイト嬢にトラウマができることは間違いない。



ともかく後は事後処理だけだ、もっとも僕にとってはそっちのほうが大変なわけだが。

だがこれも原作介入のため、僕自身のためでもあるんだから文句など言ったらバチがあたる。

見殺しにしたプレシアに笑われないように頑張らないと。







「……リンディ提督、たった今協力者から制圧が完了したと報告がありました、ジュエルシードの確保及びプレシア・テスタロッサの死亡を確認したと」

「そうですか、プレシア・テスタロッサは亡くなりましたか……」



僕がそう伝えると、リンディさんは悲しんだような諦めたような複雑な表情で淡々と返事を返してきた。

視線は僕に向けられず、未だに何も映さないモニターを見上げていた。



落胆しているのだろうか、そういえば原作でも多少ながらプレシアに同情のような言葉を向けていた印象がある。

同じ子供を持つ母という立場から共感するところもあったのかもしれない、前世もあわせて半世紀にも及ぶ童貞である僕にはとうてい理解できそうも無いが。



「通信・観測機能回復しました!」



エイミィの声が室内に響く、同時に各種モニターが再起動を果たし慌ただしい様子で時の庭園の姿を映し始めた。

そのうちの一つ、生命反応を検出するモニターにはたった一つだけ光点が光っている。

カガチとプレシア、二人の内で生き残った者の反応だ。



カガチの念話からすでに生き残りがどちらかわかりきっている、それでももしかしたらと期待してしまったのは僕の弱さだろうか。

僕同様にモニターの各情報をざっと確認したリンディさんが椅子から立ち上がって皆へ指示を飛ばし始める。



「これより事後処理に入ります、クロノ執務官は編成した武装局員を連れて時の庭園へ、状況確認とあわせて危険が残っていないか現地調査をお願いします」

「はいっ!」

「エイミィは時の庭園を走査してできるだけ詳細な情報を調べて、何かあればすぐに報告してちょうだい」

「わっかりましたー!」

「……エンハンスト執務官は今私の指揮下にいないので命令はできませんが、どうなさいます?」



確認というか、言外に「もうでしゃばんな」という意思がビシバシ伝わってくる。

勿論僕はこれ以上何かするつもりも無いし、必要以上にリンディさんに嫌われるつもりもない。

ここは大人しく皆に全部お任せして僕は退散するのが正解だろう。

……最早手遅れかもしれないけど。



「……もうここで私のすることは無いでしょう、確保してあるフェイト・テスタロッサの尋問に向かいます」

「彼女を私達には引き渡してくれないのでしょうね」



フェイト嬢の身柄確保は今回の原作介入に関してはかなり重大事項だ。

彼女に無用なトラウマを作らせないという目的のためにもリンディさんに渡すわけにはいかない。

尋問において余計な情報を与えられる危険性がかなり高いからだ。



言い方は悪いがリンディさんはそういう部分でクロノ同様にKYな所がある、つまりちょっと天然入ってる。

そのうえ妙に人情家だから彼女のためとか思って母親の生死や、フェイト嬢出生の秘密なんかもあっさり暴露しかねない。

現に原作ではそうやってフェイト嬢のトラウマとなる手助けしてたし、あ、アレはエイミィが説明してたんだっけ?

まぁ、この際どっちでもいい、ともかくフェイト嬢をリンディさんたちに渡すわけには絶対にいかないのは確かだ。



「申し訳ありませんが確保したのは私ですので、後日報告書は届けます」



とはいってもでっち上げたニセモノの報告書ですがね。

僕にフェイト嬢を尋問するつもりなどさらさら無いし、真っ正直に仕事をするつもりも無い。

こういう時は権力者っていうのは便利だ、いくらでも誤魔化しができるし。



「えぇ、わかりました、今回はほとんど貴方の活躍で解決したようなものですから、事後処理くらいは何もできなかった私達にまかせてください」

「………………」



僕の返答に一応納得してくれたリンディさんだったが、今度は遠まわしな自虐ネタで嫌味ですか。

さて僕はどうするべきか、そんなことないですよ、なんて慰め言えるわけないし。

黙っているしかないか、もともとこういう会話の応酬は苦手だし仕方が無い。



「母さんっ!! そんな言い方は」

「クロノ、いいんだ……」



僕が黙っていると横からクロノが怒鳴った。

リンディさんに食って掛かりそうだったが、さすがにこんな状況で親子喧嘩させるわけにもいかない。

クロノの心遣いは嬉しいが、悪いのは基本的に僕だし。



とりあえず状況が落ち着くまでは僕は引っ込んでよう。

最早ここにいる必要もないし、リンディさんにとっては目に映るだけでも気になってしまうだろうしね。



「……ではリンディ提督、失礼します」







「エンハンスト執務官! 待ってください!」

「……クロノ」



僕が艦橋を出てすぐ、背後からクロノの声がかけられた。

駆け寄ってくるクロノの振り返りつつ、なんとなくクロノが何をしにきたか予想できていた。

案の定、クロノはすぐ近くまで来るとバッと勢い良く頭を下げてきた。



「あの、さっきは母さんが失礼なことを言ってすいませんでした!」

「……謝る必要などない、ああ言われてもしょうがないことをしたのは私だ」

「だ、だが!」

「……今回はちょっと事情があって無茶をしたが、普段ならリンディさんの方が安全面を考慮して正しい、結果的には上手くいったが私のとった手段は危険な手だったからな、悪いのは私さ」



これは本当にそう思っている、僕の提案した総戦力集中論は制圧に効果的ではあるものの安全面ではかなり劣る作戦だ。

もしも、という危険性を考慮すると普通はとれない作戦である、僕には原作知識という反則じみた情報があったからこそとれた作戦といっても良い。

リンディさんのとった作戦もけっして間違っていない、むしろ不明点が多いあの状況では僕よりも的確な指示といっても良い。

だからこそ結果的に貧乏くじばかり引かせてしまったリンディさんには申し訳なく思っている。



僕が原作介入のために独断行動をとったり、勝手なことばかりしている所為でかなり心労もかけてしまったようだし。

ある意味今回の事件において僕が最も迷惑をかけてしまった人であるとも言える。

嫌味を言われたり、嫌われたりするのはむしろ当然だと思っている、だからリンディさんのことでクロノが気に病む必要などない。



「エンハンスト執務官……」

「それにクロノ、いまここには私達二人だけだ、敬称をつける必要なんてないぞ」

「エンハンスト……いや、あくまで職務中だ、けじめはつける」



親しみを込めて言ってみたがあっさり却下された、まぁクロノらしいといえばらしいが。

自称兄貴分なんだから呼び捨てにしてくれてもいいんだけどな。



あ、そういえばカガチについて注意しておくの忘れてた、今の内に軽く言っておくか。



「……そうか、そうだな、私は今から部屋の戻るがクロノは現地調査頑張ってくれ、あとくれぐれも協力者とは問題を起こさないでくれよ?」

「あ、あたりまえだ、僕を何だと思ってるんだ!?」

「………………」



頑固者? 問題児? KY? どれも当てはまるような気がする。

ただ今この場でそれを言うのは何かのフラグのような気がするので言わないが。

ただクロノのまっすぐな目を直視できないので、おもわず視線を逸らしてしまった。



「露骨に目を逸らさないでくれ、不安になるじゃないか!」

「……すまんすまん、冗談だ、ともかく任務頑張ってくれ」

「も、勿論だ」



どこか不満ありげな雰囲気でクロノは肯いた。

まぁ、そのうち大人になれば多少なりとも空気は読めるようになるだろう、大丈夫さ。



「ん、じゃあな」

「……あ、待ってくれ、一つだけ聞きたいことがあるんだ」

「……なんだ?」



部屋に戻ろうとすると、再びクロノから声がかけられる。

先ほどの雰囲気とは異なりかなり真面目な様子だ、まだなにか聞きたいことでもあるんだろうか?



「今回の事件、なぜ事前に僕に相談してくれなかったんだ? もし相談してくれれば僕も母さんを説き伏せるのに協力して無用な混乱を避ける事だってできたはずだ」



なんというかすこぶる答え難い質問でした。

え、え~と、どうしたものか、素直に陰謀企んでましたとか言えるわけ無いし。

かといってこのままだんまりで言い逃れできるわけないしな、なんとかそれっぽこと言っとかなければ。



「……今回の事件は危険度が特に高かった、ジュエルシード、大魔導師プレシア・テスタロッサ、そして彼女の悲願、一つ間違えば次元震で世界が危険に晒される、現に小規模ながら次元震は起こってしまったしな」

「それは、そうだが……」

「……リンディさんやクロノを信用していないわけじゃないがこの件で失敗は許されない、だから万全を期した」

「それならなおさら僕に相談してくれても!」



うぐぅ、まだ納得してくれませんか、確かに全然言い訳になってないしなぁ。

なんと言ったらいいものか、クロノのことが心配だったので自分が出た、とでも言っておこうか。

クロノはツンデレっぽいからもしかしたら誤魔化されてくれるかもしれないし。



「……相手はSクラスの魔導師だ、AAA+クラス魔導師であるクロノではたとえ武術を収めていても命の危険がある、だからより確実な方法として私が出た、それだけだ」

「っ!!」

「……この話はもう終わりにしよう、また後でな」

「………………」



ふひーっ、なんとか強引に締めくくったけど、あれで大丈夫かなぁ?

なんか目を見開いて驚いたあと俯いちゃってたけど、ちゃんと僕が言いたいこと伝わってるよね?

ま、まぁ、気にしてもしょうがないか、今はフェイト嬢の今後のことを考えよう。



あ、その前にカガチ迎えに行かなきゃ。







エンハンストが去っていった通路の向こう、そこをじっと見つめながらクロノはまだその場に立っていた。

小刻みに震える肩は不甲斐ない己に対する怒り。

尊敬する兄貴分から言外に実力不足と指摘された己への悔しさだった。



プレシア相手では自分では力不足、だから相談もされなかったし頼りにもされなかった。

エンハンストの言葉をクロノはそう受け取っていた。

クロノは頭から冷水をぶっ掛けられた気分だった。



自分は浮かれていたのかもしれない、兄貴分の指導のもとで武術を身に付けより強力な魔法も身に付けた。

数年前の恥辱を晴らすべく我武者羅に働き、それなりの活躍をしてもみせた。

周囲からもそれなりに評価され始めて自分は自惚れていたのだろう。



自分がプレシアに負けるとは思わない、魔導師ランクで敵わなくとも武術を駆使すれば十分勝機はある。

だが、それでも危険であることには変わりはない、敗北する可能性はゼロではないのだ。



エンハンストならば圧倒的な実力で捻じ伏せることも可能だろう、おそらくは例の協力者も同様に。

彼は言った、万全を期した、と。

つまりクロノではプレシアに敗北してしまう『可能性』があったから頼りにされなかったということだ。



先ほどまで自惚れて彼になぜ自分を頼って相談してくれなかったのかと食って掛かっていた自分が恥ずかしい。

信頼とかそういうレベルの話じゃない、単に自分自身の不甲斐なさが原因だったのだ。



ガンッ、と額を壁に強く打ち付ける。

こうして自分自身を痛めつけないと怒りと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。

額が割れ、流れてくる血がポタポタと床に落ちる。



「……結局、僕自身の実力不足が原因か……ちくしょう……っ!!」



情けない、兄貴分に気を使わせてあんな風に遠まわしに言わせてしまった自分が情けない。

どうすればこの怒りを、悔しさを、情けなさを払拭できるのだろうか?

どうすれば兄貴分であるエンハンストに頼りにされるような男になれるのだろうか?



今よりも強くなる、そんなことは当たり前だ、いまさら考えるような事柄じゃない。

だが今の自分がエンハンストに追いつけるのだろうか、目指すべき壁が高すぎて先が見えない。

それに強いだけではいけない気がする、幅広い知識も必要だ。

いや、それだけじゃない、エンハンストのようになるには権限も必要だ。

今回の彼のように自分で考え自由に動き回れるようになるためには他者に左右されない地位に昇るしかない。



暫し考えてクロノは結論をだした。

彼の辿り着いた答えは至極単純な内容だった。



「……上にいこう、どこまでも強くなって時空管理局の上へっ!!」



それはクロノが初めて時空管理局の上を目指し始めた瞬間だった。






[7527] リリカル・エンハンスト42
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/09/04 12:14
■42



クロノと別れて暫くしてから僕は転送ポートに到着した。

彼らとブッキングすると気まずいから一端トイレにいって時間を潰してきたわけだが。

そのおかげか周囲に人の気配は無い、クロノと武装局員は一足先に時の庭園へ向かっている。



事前にエイミィに協力者が転送されてきたらここをモニターしないように言いつけてあるし、念の為に監視妨害用の結界も張っている。

カガチの姿を誰にも見られる心配はない。



数分後、足元の巨大魔方陣が点滅しだし転送が始まる。

光の粒子が舞い上がるようにして周囲を覆い尽くす。

その光が収まったあと、魔方陣の上にはカガチがいた……なぜか子供の姿で。



「……カガチ、いろいろ聞きたいことがあるが、まずはおかえり」

「あぁん、お出迎えありがとうございますわ、エンハンスト様ぁ♪」



ニコニコしながらパタパタ僕に駆け寄ってくるカガチ、そのままの勢いで腰に抱きついてくる。

だが僕はいやな予感がしたので軽やかなフットワークでカカッとバックステッポ、カガチの抱擁をすばやくかわす。



「チッ……あん、そっけないですわエンハンスト様ぁ、せっかくなのは様やチンク様のような幼女の姿になったのですから思う存分愛でて下さって良いのですよ、それこそ発情期の獣のようにこの未成熟な肢体を貪ってくださっても一向に構いませんわぁ♪」

「……僕にそんな趣味はない、普通に大人の女性の方が好きだ」

「あら? そうでしたの、私ちょっと勘違いしてましたわぁ」

「……よくわからんがカガチがとんでもない思い違いをしていることだけはわかったな」

「うふふ、それじゃあいつまでもこんな姿でいても仕方がありませんわねぇ、まぁ半年ほどでこれまで通りの成体になりますのでそれまでお待ちになっていてください♪」



何を待てというのか、僕がカガチを恋愛や情欲の対象と見ることなどまず有り得ない。

ましてや幼子だろうが大人の女だろうがどんな姿になろうともだ、あの邪悪な本性を知っている限りあまりにも無茶な要求である。

使い魔としてはこの上なく信頼しているが、男と女の関係など考えたことも無い、ありえんだろ常識的に考えて。

ましてカガチの本性は蛇、獣姦ならぬ蛇姦なぞ嫌でござる、絶対に嫌でござる。



とは言いつつも時々カガチの胸とか太股に目がいってしまったのは若さ故の過ちか。

肉体年齢が青春真っ盛りなため某伝説の傭兵の如く性欲を持て余しているのかもしれない、僕の理性よ頑張ってくれ!



「……ま、まぁいい、それでどうしてそんな姿になったんだ?」

「それはですねぇ―――」



それから数分、僕はカガチから時の庭園で起こった一連の出来事を聞き出した。

プレシアとの戦いを利用して脱皮(厳密には違うらしいが)して自己強化を図ったこと。

説得に応じず徹底抗戦の構えを見せたプレシアを倒し、捕食したこと。

僕の好みに合わせて幼女になってみたこと(とんでもない誤解である)。



あらかた聞き出したところでふとカガチの姿で気になったことがあった。

妙にお腹が張っている、太っているとかじゃなくてなんというか不自然にポッコリしているのだ、まるで妊娠しているみたいに。



「……カガチ、そのお腹どうした?」

「あ、これですかぁ、プレシア様とアリシア様ですわぁ♪」

「………………」



そういってニコニコしながらお腹を撫でる。

正直、聞くんじゃなかった。

というか、アリシアも食ったのかカガチ……。

ついポッコリ膨らんだ腹の中身を想像してしまい、直後に激しく後悔した。



「あ、丁度良いのでここで出しちゃいましょうか」

「……え、ちょ!?」



僕が自身の迂闊な疑問に後悔しているうちに、何を考えたのかカガチが突然オエオエと嗚咽をしはじめる。

ちょっとまってくれ! 出すって何を!? まさかプレシアさんとアリシアを!?

じょ、冗談じゃないぞっ、何が悲しくてそんな超グロいモノを拝まなければならないんだ。



以前にも捕まえたといってネズミや犬・ネコの死体を自慢毛に見せ付けられたことはあったが、流石に人間はない。

しかもカガチのお腹の中に収まっていたということは、消化液とかでちょっと溶けているかもしれないじゃないか。

絶対に見たくない! 昔ロボコップとかエイリアンとかの映画で見たような溶けた人間をリアルで見るなんて御免だ。



「か、カガチ! 待てっ、頼むから待ってくれ!!」

「ォオゲェ~」

「うわあああああああああああ!!?」



カガチの喉がボコォ、と有り得ないくらいに膨らみ何かが競りあがってくる。

やがてそれを地面に向かってベシャァッ、と吐き出した。



僕はそのとんでもないモノをできるだけ視界にうつらないようにすぐさま眼を瞑り、さらに顔も背けた。

なんてことしでかすんだカガチは、いきなり中身を吐き出すとか予想外にも程がある。

そんなことをして一体何がしたいのかわからない、嫌がらせか? それとも自慢か? 

背後ではカガチのハァハァという荒い息使いと、ポタポタとなにか水っぽいものが滴る音が聞こえてくる。

……うぅ、想像するな僕、絶対に後悔するぞ。



「……カガチ、とにかくソレを今すぐに何とかしてくれ、僕は絶対に見たくない」

「あぁん、そんなこと仰らずに是非見てくださいな、説得が無理だったのでこうするしかなかったのですからぁ♪」

「……嫌だ、僕に好き好んで死体を眺める趣味はない」

「死体? 違いますわぁ、プレシア様もアリシア様もこうして生きてますわぁ♪」



カガチの答えが一瞬理解できなかった、プレシアもアリシアも生きてる? 何を言ってるんだ?

先ほどまでお腹の中でポッコリしてたじゃないか、カガチが食べたんじゃないか!

意味がわからない、まさかグチャグチャの死体を見せて生きているとかふざけたことを言ってるのか?

それとも半分溶けながらまだ生きているというのか、それこそ絶対にみたくないぞ!



「ホラ、大丈夫ですわぁ、これを見てください」

「ちょ、やめっ」



背後から肩を捕まれ強引に振り向かされる、そしてとっさに見てしまった僕の目の前には



「……た、卵?」



カガチが片手で抱えた大きな卵があった、丸々と大きく、大きさはバスケットボールよりもちょっと大きいくらいの白い卵。

子供の姿なカガチの頭以上に大きいそれをニコニコしながら僕に見せ付けてくる。



「えぇ、初めて試しましたけど上手くいきましたわぁ♪」

「……事情が良くわからんのだが、説明を頼む」

「あ、そうでしたわね、申し訳ございませんエンハンスト様ぁ、これはですねプレシア様とアリシア様を私のお腹の中で合体・再生させた卵ですわぁ―――」



カガチの説明を要約するとこうだ。

説得を拒否られたのでプレシアは処分した、だが一方で僕の命じたプレシア確保の命令を果たすためにとある手段を試してみたらしい。

それはカガチの特性を活かした外法とも言える方法で、一度体内に肉体の一部とリンカーコアを取り込みそれを基にクローン再生の要領で培養・再生させるというものだった(準備さえ整えば記憶の移植も可能らしい)。

プレシアの場合、ついでに取り込んでいたアリシアと一緒に復活させたために混ざり合って生まれてきたという。

ちなみに卵で生まれるのは蛇の特性に由来するらしい、口から吐き出される場面が某ピッコ○大魔王(初代)の最後のシーンそっくりだと思ったのは僕だけの秘密だ。



「……いつのまにそんなトンデモ能力を身につけていたんだ?」

「エンハンスト様のご病気をどうにかできないかと考えてこっそり勉強して自分で考えました、主にジェイル博士の研究データとかを利用して♪」



あぁ、納得、確かにジェイル兄さんの研究を応用すれば不可能じゃないかもしれない、とうてい試す気分にはなれないが。

僕のお願い事を聞き届けようとしてくれる姿勢は嬉しいが、こういうサプライズは心臓に悪すぎる。

それに、こんな状態でプレシアとアリシアの復活がかなっても素直に喜んで良いのか微妙なところだし。



「ですが申し訳ありません、この方法ではエンハンスト様のご病気を根本的に治すことはできないのです、このクローン再生では再び同じ症状が現れてくるのは明白ですし、不甲斐ないカガチを罵ってください」

「……いや、そんな風に心配してくれてありがとう、その心遣いだけで嬉しいよカガチ」

「エンハンスト様ぁ……♪」



潤んだ瞳で見つめてくるカガチ、だがその瞳の奥に獲物を狙うハンターの光が見えるのはこの使い魔の仕様だろうか。

これ以上こういう雰囲気のままだとなにかマズイ気がした(主に貞操的な意味で)ので早々に話を変えてしまおう。



「……ところで、その卵はどうするんだ? このままにしておくわけにもいくまい」

「そうですわねぇ、孵るまでもう暫くかかるのでそれまで私の懐でこうして温めておきますわぁ♪」

「……具体的にはどれくらいで孵るんだ?」

「2・3時間くらいでしょうか、何も問題なければ『多分』普通の人間の子供として生まれてきますわぁ♪」



多分て、また不吉なことを言う。

っていうか生まれるの早ぇ……。

もし変なのが生まれてきたらどうしようか、そもそもまともに生まれてきてもどうしようか。

悩みは尽きない、いっそのことフェイト嬢と一緒に扱ってしまうか?



「……一つ質問なのだが、その子供はプレシアかアリシアの記憶を受け継いでいるのか?」

「いいえ、今回はそのための準備もしていませんでしたし、肉体とリンカーコアを引き継いだだけの生まれ変わりですわぁ」



なるほど、ならば問題はないか?

まっさらな状態なら特に不都合も生まれないだろうし、フェイト嬢の妹とでも言い張っておけば大丈夫かもしれない、かなり無理矢理だけど。

ただまぁ、これからフェイト嬢のことも含めて裏工作に奔走する僕の気苦労が倍プッシュなわけだが。



しかし、かなり奇妙な形とはいえプレシアとアリシアがこの世に残ったことは多少なりとも嬉しい気持ちはある。

この事実が僅かながらも僕の罪悪感を薄めてくれた。

先ほど死ぬほど驚かされたとはいえその点ではカガチに感謝しなければ。

僕の願いをできるだけ果たそうと、こうして機転を利かせてくれたのだから。



「……カガチ、ありが」

「あはぁん、それに今度はエンハンスト様との間で卵を産みたいですわぁ、エンハンスト様とならクローン卵ではない有精卵を十個でも百個でも幾らでも生んで見せますわぁ♪」



……もういいや、カガチに関しては細かいこと気にしてたらキリが無い。

さっさと次の行動に移ろう、幸いカガチは姿が変わってしまっているが能力的には変化ないみたいだし、むしろ以前よりもはっちゃけっぷりが酷くなったような気もする。

どちらにせよこのまま計画を続行するのになにも問題はないだろう、多分。



「……カガチ、帰ってきて早々悪いがまたすぐに働いてもらうぞ」

「はぁい、エンハンスト様のためならどんなことでもやりますわぁ♪」

「事前に話していた通り、次にやるのはコレだ」



そう言って僕は懐からハンディカムカメラを取り出す。

手の平サイズのミッド人気モデルだ、機能のシンプルさから使いやすさに定評がある。

ちなみに元々は秘密花壇の成長記録を取るために購入したものだったりする、現在は成長記録vol.24までたまっている。



「えぇ、ハメ撮りですね、わかってますわぁ♪」

「……ちがう、わざとやってるだろう?」

「あらバレてましたか、うふふふふ♪」

「……ハァ、もういい、いくぞ」

「あぁん、置いていかないでくださいエンハンスト様ぁ♪」







―Side:高町なのは―



フェイトちゃんが捕まった。



ユーノ君の本音を知ったショックで気分が最低だったなのはがトイレに篭っていた時、唐突にけたたましい警報音が鳴り響いた。

放送で何か魔力反応を捕らえたらしいと言っていた、直感的にフェイトちゃんだと確信したの。

だって今この地でジュエルシードを探しているのはなのは達かフェイトちゃん達しかいない。



急いで洗面所で顔を洗って身支度を整える、いつまでもここで泣いている場合じゃない。

顔を拭ってトイレから飛び出すと全速力で皆が集まっているであろう艦橋を目指す。



息を切らしながら扉を抜けるととんでもない光景が視界に入ってきた。

皆が見上げるモニターの先、何故か下半身裸になっているフェイトちゃんの姿があった。

一番大事なところはぼやけて見えないようになっていたけど、これってどういうことなの!?



混乱する私をよそにクロノ君が無関係な者は出て行けと言う。

冗談じゃないの、フェイトちゃんとなのはは無関係なんかじゃない、それよりも早くフェイトちゃんをなんとかしないと。



なのははフェイトちゃんの助けを求めたけどクロノ君は一言で否定した、しかもその後に信じられないようなことを言い出した。

「放って置けばあの子は自滅する」「力を使い果たしたところで叩けばいい」と。



……なにそれ、なんなのそれ。



どうしてそんな酷い事が言えるの? 

フェイトちゃん、大変なことになってるんだよ?

どうして助けてあげないの?

クロノ君は皆の平和を守る人じゃなかったの?



周りを見渡す、エイミィさんも、リンディさんもクロノ君と同じ事を言いたそうな顔をしていた。

ユーノ君も同じように気まずそうにしながら顔を伏せていた。



どうして、どうして皆フェイトちゃんを助けてくれないの?

できることなら自分で助けてあげたい、でも今のなのはにはレイジングハートも無い、あまりにも無力だった。

魔法も使えない、空も飛べない、この場で何もできない。

そのうえリンディさんが諭すように話し掛けてくる。



「私達は常に最善の選択をしなければいけないわ、残酷に見えるかもしれないけど、これが現実」



それは、そうかもしれないけど、じゃあだからといってフェイトちゃんを見捨てていいの?

そんなわけない、そんなのって酷いよ、なのははこんな結果を見るために頑張ってきたわけじゃないのに。

ただ、フェイトちゃんと仲良くしたかっただけなのに、こんなのってないよ。



無力な自分、味方になってくれない周囲の人々、誰も頼れない、フェイトちゃんを助けられない。

涙が溢れてくる、どうしよう、フェイトちゃんが大変なのに悔しくて涙がとまら―――



ポン、となのはの頭に手が乗せられる。

大きな手、暖かい手、とても優しい手、その人は



「エンハンストさん……」

「……大丈夫、任せて」



わしゃわしゃと頭を撫でられる、見上げたエンハンストさんはまっすぐなのはの目を見ながらそう一言だけ言ってくれたの。

とたんに心に安堵と勇気が生まれた。

そうだ、クロノ君もリンディさんもユーノ君も、誰もフェイトちゃんを助けてくれないかもしれないけど、この人だけは違うんだ。

どんなときでもなのはを助けてくれる、なのはを必要としてくれる人、とても大切な人。

エンハンストさんなら、必ずフェイトちゃんを助けてくれる!



エンハンストさんはリンディさんに向き直ると、このままフェイトちゃんと暴走するジュエルシードを放置しておく危険性を話して何とか現場に向かおうと呼びかけてくれた。

でもリンディさんの返答はNo、なのはは再びガッカリしてしまったけどエンハンストさんは諦めていなかった。

なんと今度は特別権限で独自行動を取り出すと宣言してしまったの、そのうえ邪魔者は逮捕するとも。



なのはにはよくわからないけど皆が驚いていた様子からかなり大変なことなんだと思う、エンハンストさんがとても偉い立場の人だとは漠然ながらも知っていたけどこんなことまでできるなんて。

そしてなのはやフェイトちゃんの為にここまで無茶をしてくれるなんて、いくら感謝しても足りないくらいなの。



なのはがエンハンストさんの凛々しい顔を呆然と見ているうちに話はドンドン進み、エンハンストさんが現場へ向かうことになった。

なんだかユーノ君もついていくことになったみたいだけど理由は良くわからない。

すこし不安があった、なのはがユーノ君に嫌われているのは思い知ったけど、もしかしたらフェイトちゃんも恨んでいるのかもしれないと。

いまさらなのはが偉そうに何か言えるわけじゃないけど、とにかくエンハンストさんの邪魔だけはして欲しくなかったの。



それにエンハンストさん自身のことも心配だった、いくらフェイトちゃんを助けるためとはいえあんな危険なところへ向かうのだから。

もしも怪我でもしたら大変、仮にそうなったらなのはが全力でお世話しなきゃ!







転送ポートへ向かうエンハンストさんを見送ってもとの場所に戻ってみると既に戦いは始まっていた。

雷と嵐吹き荒れる海の上を飛び回りながらアルフさんと組み合っているエンハンストさん。

鋭い牙を持つアルフさんの口を押さえながら、あいている片手でアルフさんのお腹を撫でてあげている、ちょっと羨ましい。



多分落ち着かせようとしているのかもしれない、でもお腹を撫でたくらいでおちつくのかなぁ?



私がそんな疑問を抱いているうちにアルフさんはものの数秒でぐったりと動かなくなった。

すごい、私がそう思うと同時に周囲からも「おぉっ」、という歓声があがった、なんとかくエンハンストさんが認められたようで嬉しかったの。



続けてフェイトちゃんが暴風に吹き飛ばされエンハンストさんに抱きとめられた。

抱っこされたまま二・三言葉を交わした後に額に手をかざされるとフェイトちゃんはそのまま眠ってしまった。

多分魔法なんだろう、フェイトちゃんをまったく傷つけることなくやってのけるエンハンストさんは流石だと思う。



ただ、なぜか次の瞬間にフェイトちゃんのただでさえ乱れまくっていた服が消えて全裸になってしまった。

裸のままエンハンストさんに抱っこされるフェイトちゃんを見てちょっとだけ嫌な感情が湧いてきたけど、エンハンストさんは紳士的な態度ですぐにフェイトちゃんに服(?)を着せてあげたのでそれもすぐに収まった、流石なの。

なんだか色違いのエンハンストさんの服装みたいでまだちょっとだけ羨ましかったけど。



エンハンストさんは意識を失ったフェイトちゃんとアルフさんを一緒に拘束すると、今度は暴れ狂うジュエルシードの対応に当たり始めた。

吹き荒れる嵐の中、二人から少し離れた空中で止まるとデバイスを天に掲げてそのままじっと待った。



やがてデバイスの先端に大きな魔力の塊が形成され始める。

淡い水色の魔力光、とっても綺麗なそれはみるみる大きくなっていくと大きな家一軒くらいの大きさまで膨らんだ。

デバイスを振り下ろすとその魔力球が海に沈んでいく、大きな爆発が起こりモニターが真っ白に染まる。

数秒後、映像が回復する頃にはジュエルシードの暴走は止まり、嵐も跡形も無く収まっていた。



そしてエンハンストさんの目の前に浮かぶ六個のジュエルシード。

すごい、あんな酷い暴走を一発で止めるなんて!



だけど、なのはが感動する間もなく衝撃的な光景が目の前に飛び込んでくる。

突然鳴り出す警報、モニターに移るエンハンストさんとフェイトちゃん達に紫色の雷が落ちる。

直後、なのは達のいるアースラも紫色の雷に包まれ地震にあったような揺れに見舞われたの。



踏ん張ることもできず床に倒れてしまう。

お尻から床にぶつかって痛みが走るが、その時のなのははそんなことを気にしている余裕なんかなかった。



エンハンストさんがやられちゃった!?

フェイトちゃんがやられちゃった!?

二人とも死んじゃったの!?



モニターには砂嵐しか映っていなく、二人の無事を確認できない。

リンディさんとクロノ君が何か怒鳴っているが内容がよく耳に入ってこない。

どうしよう、どうしよう、二人が死んじゃったらどうしよう!



不安でなきそうになる気持ちを押さえきれず、泣きそうになっていたなのはの耳にエイミィさんの言葉が聞こえた。



「艦長、エンハンスト執務官が帰還してきます、確保した二名も無事とのこと!」

「三人とも無事だったのね、良かったわ……」



リンディさんが安堵の息をはく、周りの皆も同様に安心した様子だった。

よかった……本当によかった、エンハンストさんもフェイトちゃんも無事で本当によかった!

先ほどとは別の意味で涙が溢れてきた。



「提督、僕が迎えに行ってきます、もしかしたら怪我をしているかもしれない」

「そうね、お願いするわクロノ執務官」

「あ、わ、私もいきますっ!!」

「好きにするといい」



クロノ君と一緒に転送ポートのある部屋まで向かう、部屋に到着すると丁度エンハンストさんが転送されてきたところだった。

気を失っているフェイトちゃんと、ちょっと焦げているアルフさんを両脇に抱えて現れたエンハンストさん、見たところ目だった怪我とかはなさそうだった。



クロノ君がエンハンストさんの安否を尋ねたときに特に怪我は無いと答えていたけど、でもまだ安心はできない、目に見えないところに怪我をしている可能性もある。

不安になったなのははエンハンストさんの体をくまなく触って調べてみたの。

特に怪我らしい点はなかったけれど、だんだん触っているのが気持ちよくなってきて変なところまで触っちゃったけど特に気にしている様子も無くてよかった。



それにしても逞しかったなぁ、服越しに触った筋肉質なエンハンストさんの身体ぁ♪。







気を失っているフェイトちゃんはエンハンストさんの自室に拘束されることになった。

ちなみにアルフさんは別室で獣専用の檻に入れられてた。

その扱いに少しだけ憤りの感情もあったけど、アレだけ大暴れした後では仕方がないと思うことで無理やり納得した。



なのははフェイトちゃんが心配だったので付き添うと言ったらエンハンストさんはあっさりOKしてくれた。

クロノ君やリンディさんの件もあったから駄目と言われるのを覚悟していたけど、うれしい誤算だったの。

ただし、この事件が解決するまではなのはも軟禁扱いされることになるとあらかじめ注意された。



でもそのくらいぜんぜん問題じゃない、それよりもフェイトちゃんのことの方が心配だったから。

部屋の鍵を閉めるとき、エンハンストさんはおそらく半日くらいで解決するだろうからそれまでフェイトちゃんのことをよろしくと頼んできてくれたの。

勿論、こんなことで恩返しになるかわからないけど全力全開で頑張ると張り切った。

それになのはもフェイトちゃんのことが心配だったし。



鍵が閉められ密室になった部屋の中でまずなのはがしたことはフェイトちゃんの着替えでした。

エンハンストさんのデバイスがやってくれていたバリアジャケットは既に解除されていて、眠るフェイトちゃんはシーツ一枚だけの状態だったから。

備え付けの服(これって囚人服なのかな?)を丁寧に着させて再び寒くないようにシーツをかける。

その後はフェイトちゃんが目覚めるまで特にすることも無かったのでじっと待機、暇だったので眠るフェイトちゃんの顔を眺めてたの。



それから3時間ほどしてフェイトちゃんが目覚めました、第一声は「知らない天井だ……」でした。

言っていることの意味はよくわからないけど、寝ぼけてボーとしているのは理解できたの。

とりあえず眠気覚ましにコップ一杯のお水をあげると素直にこくこく飲んでくれて、その姿が小動物っぽくてちょっと可愛いかったの。



そして数秒もすると完全に目覚めたフェイトちゃんが今の状況を把握したらしく、怯えたような表情でなのはに「ここはどこ!?」と質問してきた。

そんな顔をされるとこっちまで悲しくなってきてしまう。

少しでも怖がらせないようにできるだけ優しくこれまでの出来事をフェイトちゃんに説明してあげた。



エンハンストさんによって捕まったこと、ジュエルシードの暴走も鎮圧され、現在はアースラの一室に拘束されていることなど一通り説明を終えるとフェイトちゃんは落ち込んだように俯いてしまい「母さん、ごめんなさい……」と謝りだした。

落ち込ませるつもりはなかったけどさすがにこういったことで嘘は言えなかった、フェイトちゃんにとってはショックかもしれないけれど。

せめてなのはにできることをしてフェイトちゃんを慰めようと沢山話し掛けた。

フェイトちゃんは始めあまり反応してくれなかったけれど、根気強く何度も話し掛けているうちに少しずつ返事をしてくれるようになり、やがていろいろな話をすることができた。



フェイトちゃんのこれまでの生活や、フェイトちゃんのお母さんのこと、お世話になったリニスという使い魔さんのこと。

勿論なのはも自分のことを沢山話した、家族のこと、学校のこと、友達のこと。

ユーノ君に嫌われてしまったことや、アリサちゃんと喧嘩してしまったことは流石に話せなかったけど沢山沢山話したの。



そして、いろいろな話をしながらなのはは一つ気になっていいた事を聞いてみた。

どうしてジュエルシードを集めていたのか、ということを。



その質問に暫く眉を八の字に寄せて悩んでいたフェイトちゃんはやがて悩むのを諦めたのか正直に教えてくれた。

わからないと、フェイトちゃんはお母さんにお願いされただけでどうしてジュエルシード集めをしていたのか知らされていなかったらしい。

それでも大好きなお母さんのためならと頑張ってなのはやクロノ君達とも争ってまで集めていたという。



ただフェイトちゃんはジュエルシードの特性である『願いをかなえる』という点に注目してある程度の推測はしていたらしい。

フェイトちゃんのお母さんのプレシアさんはかなり前から病気で弱っているらしく、もしかしたらジュエルシードを使ってそれを治そうとしているのではないか、そう考えていたと説明された。



それなら納得できる話だった、勿論人や動物を傷つけるのはいけないことだけど自分の命がかかっているなら仕方ないのではとも思えてしまう。

そんな話をしているうちに自分の立場を思い出したように不安そうな表情でお母さんやアルフさんの心配をするフェイトちゃん。

こうして自分やアルフさんが捕まり、母の安否もわからない現状、心配でたまらないのかもしれない。



なのはは少しでもフェイトちゃんの不安を和らげようとエンハンストさんのことを話してみることにしたの。

フェイトちゃんも気絶する直前に見たエンハンストさんを思い出して、どんな人か尋ねてきたの。

自分の立場を悪くしてまでなのは達を助けてくれたエンハンストさん、あの人ならフェイトちゃんを悲しませるような事はしないはずだよとこれまでの出来事もまじえて全部丁寧に説明した。

その話を聞いて僅かながらも安心したように微笑んでくれたフェイトちゃん、なのはもその笑顔を見れてなんだか安心したの。



こうして数時間、フェイトちゃんと二人っきりで過ごしながら話をしていると唐突に部屋の入り口が開いた。

びっくりして振り返ったなのは達の目に映ったのは、小さな赤ちゃんを抱えたエンハンストさんでした。

さっきまでの優しい気持ちが一瞬で凍りついた。



……その子、誰の子なの?






[7527] リリカル・エンハンスト43
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/09/07 21:35
■43



クロノ達が事後処理に時の庭園に向かってから数時間、ついに僕はフェイト嬢達が拘留中の部屋前に戻ってきた。

カガチとは既に別行動を取っており、ミッド方面への裏工作に走ってもらっている。

僕の手の中には今後の原作介入に関わる二つの重要物が携えられていて、その一つが―――



「ア~アゥ~」

「………………」



暢気に涎をたらす赤ん坊、さっき卵から孵ったばかりのプレシアとアリシアの生まれ変わりである。

外見的にはプレシアをそのまま赤ん坊にしたような長髪をしており、前髪にだけちょこっと金髪のメッシュが入ったうような感じ。

生まれたばかりの癖になんで髪生えてるのとか、そういうツッコミはなしで。

そもそも卵から孵る時点でマトモじゃないし、さすがメイド・イン・カガチだ……。



ちなみに名前を考えるのが面倒だったのでプレシアとアリシアを混ぜてプリシアとした、そのまんまだね。



「ウッウッ~」



……僕の腕に抱かれている様子は無邪気なものだ、これがあの冷酷なプレシアだったなんてな。

つい半日ほど前まで血走った目をギラつかせながら狂い笑っていた様子を覚えているだけに、いまの無邪気な様子とのギャップが強烈だ。



そしてもう一つ、プリシアとは別に携えている重要物、つい先ほどカガチと協力して撮影してきたビデオメール(DVD)だ。

コレをフェイト嬢となのは様に見せることが今回の介入の最終局面においてもっとも重要となる。

そしてその後の事情説明において、いかに二人に説得力を持たせて納得させられるか、そこが勝負の決め手だ。



部屋全体に張り巡らせてある結界を解除し、扉の鍵(カード式)も解除、僕は意を決して二人の待つ部屋の中に入っていった。







部屋の中には既に目覚めていたフェイト嬢となのは様がいて、いきなり入ってきた僕に振り返り、次に手元の赤ん坊を見た。

いきなり入ってきた僕と見知らぬ赤ん坊、確かに混乱するのも無理はないのかもしれない。

二人はどう話し掛けたらよいかわからない様子で僕と赤ん坊を交互に眺めていたが、やがてなのは様がおずおずと話し掛けてきた。



「あ、あの、エンハンストさん、おかえりなさい」

「……あぁ、終わったよ」



その返事を聞いてフェイト嬢の顔に明らかに不安そうな顔色が広がる。

母やアルフの安否が気になるのだろう、今この場で直接結果だけ言うとショック死してしまいそうなほど顔色が悪い。

とはいえ、プレシアがどうなったかを言わないわけにもいかない。

……そのためにもこのビデオメールを用意したわけだし。



「あの、母さんは、プレシア母さんはどうなったんですか!? それにアルフは大丈夫なんですか!?」

「……君の使い魔に関しては大丈夫だ、別室でよく眠っている」

「じゃ、じゃあ母さんは!?」

「……プレシア・テスタロッサ女史についてはこれを見てもらった方が良いだろう、君のお母さんからのビデオメールだ」



母プレシアの安否を心配して僕に詰めよってきたフェイト嬢に手元のDVDを見せる。

どういう展開かよく理解していないフェイト嬢はやや困惑した様子でそれを見ていた。



「えっと、それはどういう?」

「……とりあえず座りなさい、なのはさんも」

「は、ハイッ」



二人を着席させて部屋に備え付けのモニターの電源を入れる、DVDを差込み再生開始ボタンを押す。

さて、これからが正念場だ。

このビデオメールを二人が見終わったとき、原作介入の山場がやってくる



……だけど今はとりあえず再生中にプリシアが泣き出さないようにあやしておかないとね。







わけがわからないままビデオメールを見せられるフェイトとなのは。

一応、大人しく従い二人がビデオに注目する、そこには驚くべき内容が映しだされていた。



「か、母さん……」

『フェイト、元気にしているかしら? なんだか可笑しな気分だわ、こうしてアナタにメッセージを残すことになるなんて』



モニターに映るのはプレシア・テスタロッサ、彼女は険の取れた温和な顔で微笑んでいた。

プレシアを初めて見るなのははもちろんのこと、フェイトでさえ久しぶり(実質初めて)に見るプレシアの表情だった。



『始めにこれだけはハッキリ言っておくわ、アナタがこれを見ている頃すでに私は死んでいる』

「えっ!!?」



フェイトが驚きの声をあげるのも無理はなかった、じゃあこの目の前に映る人物は何なのか。



『驚いたかもしれないけど事実よ、アナタも薄々気が付いていたかもしれないけど私は病気なの、それも不治の病』

「そ、そんな……」

『どんな治療も効果がなかったわ、そしてもうすぐ寿命が尽きる……私だけならそれほど未練もなかったけど、残されるアナタの未来が不安でどうしても心配だったの』

「母さん……」



母自ら助からない病だと告げられガックリと落ち込むフェイト。

俯いたままポロポロと涙が床に落ちていく。

心配そうになのはがフェイトの背中を撫でている、彼女もまたうっすらと貰い泣きしていた。

ただ最後に言われたように、自分のことが心配だったという発言に心を奮い立たせて再び母の言葉に耳を傾ける。



『未だ未熟なアナタに私ができることは何かと考えて思いついたのが、アナタを精神的に自立させることだったわ、だから私はあんな無茶をしたのよ、でもごめんなさいフェイト、幾ら時間がなかったとはいえ心を鬼にして厳しく躾てしまって辛かったでしょう?』

「そんなことない、そんなことなかったよ母さんっ!」



頭を横に振りながら必死で否定する。

虐待同然だった母の折檻、確かに辛かったがそれも今なら愛故ならば仕方ないと思えた。

むしろ今なら母の厳しい愛に十分に応えられなかったことのほうが辛い。



『アナタにジュエルシードを集めさせたのにも理由があるの、始めはこれを使って病気を治そうという考えもあったけどやはり無理だったわ、細やかな制御が利かないからそういったことには向かないみたいね』

『だから私はもう一つの心残りの為にそれを使うことにしたわ、フェイト、私ね、妊娠しているの、アナタの妹よ』

「「えぇっ!!?」」



なのはとフェイトが同時に驚きの声をあげる。

目の前のモニターにはいとおしそうに腹部を撫でるプレシア、だが普段と変わらない見た目のそのお腹は妊娠しているようには見えなかった。

そもそも相手は誰だ、とかそういうツッコミもあったが気が動転していた二人はそのことまで考えが及ばなかった。

もっとも、小学三年生の時点で妊娠の詳しいメカニズムまで学ぶことなどあろうはずもなく。

本人から妊娠しているのと言われれば素直に「そうなのかー」と納得するしかなかった。



『でも私の余命はあまりにも短い、この子が生まれる前に尽きてしまう、だからジュエルシードを利用しようと考えたの』



そういってプレシアが取り出した図には大まかなジュエルシードの利用方法が書いてあった。

ジュエルシードを利用し魔力を増幅させながら胎内の赤子の成長を促進、一気に出産までもっていくというものだった。

ある程度の医学知識のある者が見ればそんな方法では母体が耐えられないと一笑に伏すような無茶苦茶な理論であったが、なのはとフェイトにはまだそこまでの知識はなかった。



『もうまともに魔法も使えない私がジュエルシードを集めることは難しかったわ、だからアナタに頼んだのよ、でも優しいアナタには苦労をかけてしまったわ……辛かったでしょう、ごめんなさい、私を恨んでくれて良いわよ』

「恨むわけないよ、母さん……ありがとう」

『でもこうしてアナタのお陰で必要な数のジュエルシードが集まったわ、アナタの成長も見られたし、もうこれで未練はない、後はこれを使ってこの子を無事に産むだけよ』



モニター上でニッコリと微笑むプレシア、キラリと頬を一滴の涙が流れた。

これから自分は死ぬというのに微塵も恐怖はない、そう思わせる爽やかな微笑みだった。

その気丈な様を見てなのはも感涙の涙を流す、口元を押さえながら必死に泣き喚きたいのを耐えていた。



フェイトも同様に涙を流しながら、しかし先ほどとは違う力強い眼で母を見つめていた。

このごく短時間で母の言いたいことを理解し、できるだけそれに応えたいという気持ちが湧き上がってきていた。

そのためにも、これからプレシアが言うことを一字一句忘れまいとするようにしっかりと聞き入っている。



『フェイト、残されるアナタには辛いでしょうが生まれてくる妹をお願い、たった二人の姉妹ですもの仲良くしてあげて』

「うん、うんっ、仲良くするよ母さん!」

『それと魔法を使うのは今後極力控えなさい、私の病は遺伝性のモノだからあまりリンカーコアを酷使するとアナタまで発症してしまう可能性があるわ、できればこれからは魔法とは関係ない人生をおくってね』

「わかったよ母さん、もう魔法は使わない!」

『後のことはそこにいるエンハンストさんに任せてあるわ、実は彼とは遠い親戚なのよ、だから彼の信頼して言うことを良く聞いてちょうだい、決して悪いようにはしないと約束してくれたわ』



「エンハンストさん……」

「……うん、任せて欲しい、プレシアとの約束は必ず守る」



なのはとフェイトの不安そうな視線に応えるようにしっかりと返事を返す。

抱いている赤ん坊を揺らさないように気遣うその優しい仕草が『この人なら信用できる』と二人を安心させた。



『さてと、これが最後になるけど……フェイト、アナタは私の最愛の娘よ、私はもう死んでしまうけれどこれからも魂となってアナタ達のことを見守りつづけるわ、寂しい時はいつも一緒よ』

「母さん、母さんっ、私もプレシア母さんのことが大好きです!」

『元気でね、愛してるわ、フェイト……愛する娘達の健やかな人生を心より願っているわ』

「母さん……うあぁぁぁー!」

「フェイトちゃん!」



モニター上からプレシアが消え、床に膝をつき泣き崩れるフェイト。

なのはもフェイトに覆い被さるように抱きつき一緒に泣いていた。

その泣き声を聞いて大人しくしていたプリシアまでびっくりして泣き始めた。



暫くの間、部屋の中には三人の鳴き声が響いていた。







「……落ち着いた?」

「あ、は、はいっ、その、エ、エンハンストさん……」

「うん」

「あの、母さんのこと……ありがとうございました」

「……約束だからね、当然のことをしただけだよ」



まだ少し眼を赤くしながらフェイト嬢は気丈に微笑んだ。

僕にお礼と頭を下げ、しっかりとした視線をこちらに向けてくる。



……これなら大丈夫なのかもしれない、原作のようなレイプ目ですぐにでも死にそうなイメージは微塵も感じられない。



隣で同じように泣いていたなのは様も同じようにしっかりと立ち直っていた。

二人とも感情を曝け出してたっぷりと泣いたおかげだろうか、今では幾分スッキリしたような清々しい表情すらしていた。



「その子が、母さんの子供なんですよね?」

「……ああ、プリシアという」



僕が今腕に抱いている赤ん坊を見てフェイト嬢が尋ねてきた。

そろそろと近寄ってきて、そっとプリシアの顔を覗き込む。

プリシアは先ほどの騒ぎで泣き疲れたのか、今は大人しくしていた。



「プリシア……この子、母さんにそっくりだ……私がアナタのお姉さんだよ、プリシア」

「あ、指握ったよフェイトちゃん」

「うわ、すごい力」



プリシアの頬を指先でつついていたフェイト嬢はいきなり指をつかまれびっくりして固まってしまった。

人差し指を握られ、非力な赤ん坊とは思えない予想以上の力に関心していたようだ。

なのは様もその様子をニコニコしながら見ていた。



「……抱いてみるか?」

「ハ、ハイ!」



恐る恐るといった感じでプリシアを受け取るフェイト嬢。

まだ彼女の体躯ではやや重たいのか、少しふらついたりして危なっかしい感じもしていた。



だが、何度か抱きなおして体勢を変えてみるとコツを掴んだのかすぐに姿勢が安定してきた。

「抱き上げる時に首を手で支え、腕に包み込むように抱くと良い」とアドバイスを送るとフェイト嬢はすぐに実践し、ようやくしっかりとした状態でプリシアを抱き上げることができるようになった。

楽な姿勢になったおかげでプリシアもご機嫌で、キャッキャッ言いながらフェイト嬢の顔をペタペタ触っていた。



「うわぁ、可愛いねフェイトちゃん」

「う、うん、あ、あれ? なんか泣きそうだよ!? ど、どうしよう、どうすればいいの?」

「え、え~!? どうしよう? エ、エンハンストさんっ」



さっきまで笑っていたのが今度はいきなりぐずりだす、急展開にフェイト嬢もなのは様も混乱しだす。

困った顔で頼られ、さて、どうしたものか。

僕自身に赤ん坊の育児経験などない、だが一方でチート知識から赤子の育児トラブルシューティングならできる。

それによって二通りの応えが出た、空腹か、オムツか。



先ほど生まれたばかりで何も食していないプリシアがこんなに早く排泄するとは思えないし。

やはりこの場合は空腹なのだろうか。



「……腹が減っているのかもしれない、なのはさん後で哺乳瓶とか粉ミルクなどを届けるのでお世話を頼めますか?」

「ま、まかせてください、全力全開で頑張って見ます!」

「わ、私もお姉さんなので頑張ります!」



多少不安は残るが二人のやる気は十分、これなら任せても大丈夫かもしれない。

というかそもそもこの二人以外には任せられないんだけどね、アースラの人々には内緒だし。



「……ありがとう、それじゃあ二人ともプリシアのお世話をお願いします、それとまだ外には出ないで下さいね、必要なものは部屋に一通り揃っているので大丈夫だとおもいますが、なのはさんなら場所とかわかりますよね」

「ハイ、大丈夫です!」

「……私はまだ仕事が残っているのでちょっと出てきます、できるだけ早めに帰ってきますので、あ、それとアルフさんもこちらの部屋に呼んでおきますね」

「あ、ありがとうございます!」

「……では、繰り返しますがこの部屋からは出ないで下さいね、アースラは未だ事後処理などでゴタゴタしていますので」

「「ハイ!」」



よし、これなら大丈夫かな、ちゃんとこの部屋から出ないように念押ししておいたし。

後はアルフに赤ん坊グッズを持たせて部屋に送り込めばOKだろう。



「そういえばエンハンストさん、プリシアちゃんの父親って誰なんですか?」

「……私も知らないな、プレシア女史からは聞いていない」

「そうなんですか……(少なくともエンハンストさんの子供じゃないんだ、良かった)」



な、なんだ? 一瞬だけ背筋がゾクッとしたんだけど気のせいかな。

以前、カガチに睨まれた時と同じくらいの寒気がしたんだが。



……目の前のなのは様は相変わらずニコニコしてるし、きっと気のせいだろう。







「……フゥ」



部屋を出ると溜息が出た、安心感と虚脱感と罪悪感がない交ぜになったような複雑な気分だった。

実はプレシアからのビデオメール、あれはニセモノだ。

数時間前に時の庭園から帰還してきたカガチと一緒に撮影したものだった。



カガチには一度でも見たモノに精巧に化けることができる特技があった。

本人曰く変身魔法の応用らしいが、多芸な奴である。

ちなみにジュエルシードに化けていたのもこの特技を使っていた。



直接プレシアと対面し、彼女の仕草などを模倣したカガチの演技は完璧と言えた。

フェイト嬢も上手くだまされてくれたようだし、今のところ問題はない。



ただ、溜息の原因は僕自身の心の弱さの問題にあった。



フェイト嬢にトラウマを残さない、それがこのPT事件への原作介入においてまず思いついたことだった。

プレシアから捨てられ、自身はクローンだった、そういったトラウマを生み出さないためにはどうすれば良いか、単純に知らなければ良い。

そのためのビデオメール、フェイト嬢も母親からの言葉なら素直に信じると考えた。



辛いだけの真実は何も知らせず、都合の良い嘘話だけを聞かせる。

母の死は確かに辛いだろうが、真実を知るよりは何倍もマシだと思う。



予想外の展開で生まれてきたプリシアの存在を考慮して、多少の台本変更は行ったがもともとこうするつもりだったことに変わりはない。

フェイト嬢となのは様にはほとんど何も知らせず密室に閉じ込め外界から隔離、しかる後に都合の良い話(この場合はビデオメールという形で)を聞かせて都合の良い結末で納得させる。

こうすることでトラウマは生まれず、心の傷も最小限となる。



こうすることで、僕の自己満足だろうがPT事件におけるフェイト嬢の哀しみを減らせたのだと思っている。

もちろん友人の慟哭する姿を見ることのなかったなのは様も同様だろう。

死者に偽装して騙すという、つくづく下衆な行為だとわかっているが、今の僕にはこれ以上の上策が思いつかなかった。



赤ん坊という奇妙な形ではあるがプレシアやアリシアも存在している。

結果的には良いことをしたはずである……なのにこの空虚な気持ちは何なのだろうか。



二人を騙している罪悪感? 確かにそれもある。

それとも、しょせん偽善にすぎないと思ってしまっているのだろうか?



わかっている、こんなことをしたって僕は絶対死ぬ。

死ぬ前に良いことをしようが、悪いことをしようが、その結果は変わりようがない。

だからといってどうしろというのか、もはや他にすることがないのだ。



もしも健康な身体なら最近とくに魅力的な婚約者のカリムさんに本気で結婚を申し込んだりもしただろう。

秘密花壇だって規模を拡張してミッド中に作る事だって考えたかもしれない。

ジェイル兄さんや妹達とどこか田舎でのんびり暮らすことだってできたかもしれない。

能力はあるのだ、時間をかけてでも3脳をどうにかできたら後は好きなことを思う存分やっただろう。



だがそれはできない、カリムさんとすぐにでも死ぬような人間が無責任に付き合って良いわけないし、秘密花壇だってきちんと管理し続けなければあっという間に荒れ果ててしまうだろう。

結局のところ、僕のやりたいことはほとんど何もできないのだ。



……いまのところ原作介入は順調なはず、だけど心は虚しかった。







すこし落ち込んだ気分のまま通路を歩いていると向こうからエイミィが歩いてきた。

大量の報告書類を抱えたままフラフラと歩いている。



「あ、エンハンスト執務官」

「……ご苦労様、後始末を押し付けてしまったようで、すまない」



彼女の持つ大量の書類を指しながら謝罪を述べる。

特にエイミィは通信主任兼執務官補佐という役職にあり、アースラの情報を取りまとめる立場にあるためその負担は大きい。

さらに今回は僕がいろいろ無茶をした所為で余計な仕事まで増やしてしまっている。

僕が彼女に謝るのは当然とも言えた。



「アハハ、私達何もできませんでしたし良いんですよ、これくらいしとかないとお給料貰えなくなくなっちゃいます」



僕のそんな心境を察してくれたのか、エイミィは気を遣ってニハハと陽気に笑ってくれた。

今の落ち込んだ気分の僕にはとてもありがたい笑顔だった。



「……それは、リンディさんへの報告書?」

「えぇ、今回はいろいろあったんで報告書も一杯になっちゃって、あ、いや、別にエンハンスト執務官が悪いとかそういうわけじゃないんですよ!?」

「………………」

「ホラ、あの、リンディさんもちょっと意固地になっていたというか、大人気なかったというか、ア、アハハ……え、えーと、できればオフレコでお願いしますね?」

「……いや、わかってるから、大丈夫」

「ふぅぃ~、ありがとうございます」



なんだか勝手に暴走して自爆してしまったエイミィ、余計なことまで喋ってしまうのは彼女の悲しい性か。

陽気なところはとても魅力的だが、こういったおしゃべりな部分では結構損しているような気がするね。

もっとも、寡黙なクロノが相棒ということである意味釣り合いが取れてるんだろうけど。



あ、丁度いいからここでリンディさんへの頼みごとをお願いしておこうかな。

エイミィは今から彼女の所へ向かうようだし、僕が直接出向くよりも良いかもしれない。

思いついたが吉日、さっそく懐から一枚の紙切れを取り出す。



「……ところで、これからリンディ提督の所に良くのならコレを持っていってくれないか」



実はちょっと前から今回迷惑をかけたお詫びとして何かプレゼントをしようかと考えていたのだ。

それがコレ、紙切れには『喫茶翠屋、無料お食事券(一時間)』と書いてある。

以前、高町家を訪問したときに「うちの恭也やなのはがご迷惑をかけました」と桃子さんからお詫びにと手渡されたモノだった。



原作介入などいろいろあって行けなかったが、いっそのことコレをリンディさんに渡せば良いプレゼントになるかもと思いついた。

お茶になみなみと砂糖を盛るほどの甘いもの好きな彼女のこと、きっと喜んでくれるだろう。



「コレ、現地文字なんでよくわかりませんが、なんですか?」

「……この世界のとある菓子店の食事券だ、今回はいろいろ提督に迷惑をかけてしまったからね、君からリンディ提督に渡して欲しい、勿論私からというのは内密にしておいてくれ、私からだと受け取ってもらえないかもしれない」

「うわぁ、いいな~それ」

「……今度君の分も用意しておくよ、クロノと行ってくるといい」

「流石エンハンスト執務官! わかってらっしゃる~!!」



ちゃっかりしている、だけどまぁ、それくらいなら今回の罪滅ぼし代わりに手配しておこう。

最近はクロノともいい関係のようだし、美味しい菓子でも食べながらデートでもすると良い。

僕もクロノの兄貴分として、弟分の恋愛は影ながら応援するつもりだ。



「……くれぐれも私からとは言わないでおいてくれ、頼んだよ」

「ハイ、わっかりましたー!」







リンディはエンハンストに重要参考人であるフェイトの監視と事情聴取をまかせ(実質は待機命令だが)自分達は事件の後始末に奔走するしかなかった。

ほぼ活躍の場を取られてしまった彼女なりの意地である。



今回の事件では結局最後までエンハンスト達の活躍で事件を解決された上に、脅しもあって文句も言えない状況に彼女は歯噛みした。

こんなことになるなんて予想外だった、もっとまともな人物だと思っていたけど想像以上にやっかいな人物とエンハンストのことを再評価して警戒心を改めた、だが決して嫌いになったわけではない。



息子クロノを立ち直らせ、訓練をつけて鍛え直してくれた恩人であるし。

何よりも彼のこれまでの功績を同じ時空管理局員としてとても尊敬しているからだった。



独断行動や命令無視、現地人への勝手な接触および情報漏洩などさまざまな問題点はあるものの、結果的にはアースラの被害は軽微な状態で事件解決という形まで導いたのは他ならぬ彼だった。

結果が全てとはいわないが、重視されることは間違いない。

そういう意味ではエンハンストの取った行動はクロノやアースラ局員達が賞賛するように正しかったのかもしれない。



だが一方で彼女はエンハンストに対して危機感も持っていた、彼の行動はとても危ういと。

すべてが上手くいっている今は良いだろう、結果さえ出せればほとんどの人は途中で無茶をしようともある程度は見逃してくれる。

しかし、一度でも失敗すればそれはない。



「出来て当たり前」という認識を裏切られた反動で壮絶な非難を受けることになるだろう。

理不尽な目にもあうかもしれない、これまでの無茶な行動も過去から蒸し返してくるかもしれない。



そんな状況に彼が耐えられるだろうか?

人はどんなに強くても社会に生かされている生物だ、その社会から攻撃されれば一体どうなってしまうのだろう。

……きっとろくなことにはならない、息子の恩人にそんな目にはあって欲しくない。



だからこそリンディはエンハンストを警戒する、これからも彼には遠慮なく苦言を呈していくだろう。

それによってエンハンストが少しでも自身の行動を省みて、無茶な行動を改めてくれると信じて。



「……でも我ながら遠まわしな方法よね、素直になれない女心ってやつかしら?」



苦笑しながら独白した、目の前には大量の書類が山積みとなっている。

うんざりするような事務仕事に疲れ果て、ストレスも溜まっていたところにこの報告書の山である、さすがのリンディも溜息が出た。



そのうえ先ほどエイミィが持ってきた報告書も読んでおかなければならない。

アースラの提督としては報告書に目を通すのは当然の職務であるが、さすがにこの量は彼女の限界を越えていた。

一日・二日で終わるような量ではない。



ふと、デスクの片隅に置かれた一枚の紙切れが目に付く。

この世界にある菓子店のお食事券、先ほどエイミィが暇な時にでも行ったらどうですかと置いていってくれたものだった。

その店名は現地語で『翠屋』、あの高町なのはの実家である、こんな偶然があるのだろうか。



あるわけがない、おそらくコレはエンハンスト執務官がエイミィに頼んで自分に持ってこさせたモノだろう。

菓子店のお食事券というところがツボを押さえている、自分の好みをよく熟知している証拠だ。

今回の件でいろいろ無茶をしたお詫びといったことだろうか、私に直接渡せば断るだろうと予測してこうしてエイミィに頼んだあたり巧妙と言わざるを得ない。



命令無視や独断先行は業腹だが、こうして間接的にでも謝罪の心を示してくれるのは素直に嬉しい。

ましてそれが自分の好みを的確に捉えたプレゼントならなおさらだった。

こういった細かい気配りとフォローはなんだかプレイボーイっぽいなと苦笑いが浮かぶ。



息子のクロノではこうはいかないだろう、あの子はかなり不器用な性格をしている。

最近はエイミィとそこそこ仲良くしているらしいが、彼女の報告では自分からデートを申し込んでくれたことなど一度もなかったという。

もっぱらエイミィから誘うことばかりでいまいち物足りないらしい。

仕事面ばかりではなく、こういう面でもエンハンスト執務官を見習って欲しいものだと思う。

……さすがに独断行動や命令無視まで真似されては困るが。



「……とりあえずこの事務仕事が一段落したら行ってみようかしら、この世界の甘味、楽しみだわ♪」



ヒラヒラとつまんだ紙切れを揺らしながら想像を巡らす、おもわずゴクリと生唾を飲み込んだ。

趣味とも言っていい甘味、早く味わうためにも仕事を頑張ろう。



とりあえずは目の前の鬱陶しい書類の山から片付けていこうか、エイミィが追加の書類を持ってくる前に。






[7527] リリカル・エンハンスト44(無印完結・前編)
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/09/07 21:33
■44(無印完結・前編)



PT事件解決後から数日、後処理で忙しいので外出禁止という一応それっぽい嘘をでっち上げて二人を自室に軟禁し、アルフも一緒の部屋に移した。

プレシアからのビデオメール(偽)のおかげか今のところ特に現状に疑問を抱くこともなく、三人は協力してプリシアの面倒を見ている。

慣れない作業なためか悪戦苦闘しているらしいが、今のところ目立った問題は出ていない。



僕はその間に精力的に動きまわり、カガチも裏でいろいろ動いた。

リンディさんへの報告書(フェイト嬢に関してはでっち上げ)を作成したり、臨時で負傷した武装局員の治療に当たったり。

その他にもフェイト嬢の世話で帰宅ができなくなったなのは様の家族へ事情説明するためにと高町家へも足繁く通った。



さらに僕はその間に何度も高町家を訪ね、内緒のお話もしていた。

リンディさんが仕事に忙しく僕のことに構っていられない状況だったので、盗み聞きされる危険性もなかったのが丁度よかった。



さすがに今回の話は聞かれるとマズイ内容だった、グレーどころか真っ黒。

原作介入における山場でもあるし絶対に妨害されるわけにはいかなかった、慎重に時期を見計らったうえに強力な結界まで張って話し合いを行った。

そのおかげか何の妨害もなく、順調に話し合いは進み一週間もする頃には結論が大体まとまることとなった。



ちなみになのは様はフェイト嬢とプリシアの世話でずっと忙しく、ようやく仲良くなった彼女達を泊り込みで献身的に面倒を見ていた(フェイト嬢はまだ拘留中の身)。

その間、ユーノ君とお話をするチャンスは一度も無かった、フェイト嬢に付き合って軟禁中なため顔を合わせることすらも。

大概僕の所為だが、すまなかったユーノ君。







さらに数日後、本日は事件解決に地味に貢献してきたユーノ君を表彰することになった。

民間協力者として危険な現場で活躍してくれた彼には略式ではあるが時空管理局から表彰状が贈られた。



ちなみにこの表彰状、日本の警察から送られるような名誉的なヤツよりも遥かに有効価値が高い。

ミッドにおいて時空管理局から表彰されたという実績はイコール優秀な魔導士であることの証明に等しく(最近は優秀な武術家も含む)、地球風に言えば一流大学卒業レベルの箔がつくことになる。

社会的なエリートの証明ともなり、民間企業は勿論のこと研究機関に対する就職時にも役に立つ。



まぁ、そのぶんかなり危険性が高く死亡例も数多くあるので民間協力者になろうという者は滅多にいないのが現状だが。



ともかくユーノ君は今回の事件で活躍を果たし、それ相応の評価を貰ったことになる。

彼がこれからどのような将来を歩むにしろその評価は役に立つはずだ。

その場に立ち会った僕はカチコチに緊張しながら表彰状を受け取ったユーノ君に惜しみない拍手を贈った。

おめでとう、ユーノ君! 君の将来はあかるいぞ!



表彰式が終わったその帰り道、僕とクロノ、ユーノ君は三人で通路を歩いていた。

ささやかながら今回頑張った二人に僕が昼飯を奢ろうと持ちかけ食堂に向かう途中だった。



「……あの、これからなのはやフェイト・テスタロッサはどうなるんでしょうか? 二人とも未だに拘留中ですし……なのはは何も悪いことしていないのに彼女と一緒に……」



やや不安そうな表情でユーノ君が質問してきた。

確かにフェイト嬢はともかくなのは様の拘留は規則的には不必要なこと、何の罪も犯していないのだから。

だが一方で二人+αを外界の情報からシャットダウンしておくのは僕の考えている原作介入には絶対に必要なことでもあった。

そういう意味ではなのは様がフェイト嬢の世話を申し込んでくれたのは渡りに船、一石二鳥でもあった。



「……なのはさんに関しては彼女の幼い年齢も考慮して長時間フェイト・テスタロッサと一緒にいるとプレイバシーの保守義務不履行や無自覚に犯人脱走の手助けなどの事柄が成される危険性があった、だが一方でフェイト・テスタロッサの世話をしたいという彼女の願いも無下にしたくない、よって折衝案としてこういった処置をとったんだ」

「そうだったんですか、じゃなのははこの事件が終わったら何事もなく解放されるんですね?」

「……勿論だ、彼女のご両親にもあらかじめそう説明してある」

「そっか、よかった……」



ホッと息をはくユーノ君、片思い中の女の子が軟禁中というのは確かに気分の良いものではないだろう。

できれば面会させてあげたいが、やはり無理か。

今余計な事を喋らされるわけにもいかないし、もう暫くの間だけ辛抱してもらおう。



「あ、そういえば、例のフェイトという子はどうなるんですか?」

「……彼女についてはまだハッキリとは言えない、事情聴取はだいたい終わったが結論を出すのはまだだ」

「そうですか……」

「エンハンスト執務官、僕も彼女に関する報告書は読みました、事情があったとはいえ彼女が次元干渉犯罪の一端を担っていたのはまぎれもない事実、これは重罪だから、数百年以上の幽閉が普通なんだが……」

「そ、そんな!? そんなことになったらなのははこれまで何のために頑張って―――」

「なんだがっ!」

「っ!?」

「状況が特殊だし、彼女が自らの意思で次元犯罪に荷担していなかったこともハッキリしている……あとは偉い人達にその事実をどう理解させるかなんだけど、その辺については目の前に頼りがいのある偉い人がいる、特に心配する必要もない、そうでしょう?」



そう言って僕に目配せしてくる、なるほどこれはクロノなりの信頼ということだろうか、なんだか嬉しくなってくる。

もともと二人を悲惨な目にあわせるつもりなどないことだし、弟分の信頼に応えようと気持ちも盛り上がる。

それにフェイト嬢の今後の公算はだいたい出来上がっている、不安要素はほとんど無い。



「……大丈夫、絶対に二人を悲しませるような結末にはしないつもりだ」

「とまあ、こういうわけで心配はいらないようだ」

「エンハンストさん……」



ユーノ君の表情からも不安そうな感じが消えようやく笑顔が戻ってきた。

クロノが皮肉気な調子で早く昼食を食べに行こうと急かす、こやつ珍しく空気が読めている。

もちろんクロノの気遣いに水をさすようなマネはしない。

二人の後に続いて僕も食堂へと向かう、せっかくだから今日は成長期の二人に大盛りで奢ってあげようか。



それにしてもこの二人、いつのまにか仲良くなってるなぁ。

アレかな、喧嘩したあとの二人に生まれる男の友情みたいな熱血少年漫画的アレか?

今回なのは様とフェイト嬢にそういうフラグがなくても友情が生まれた影響かな、代わりにこの二人がみたいな。

まぁなんにしても仲が良いことはいいことだ。







三人での昼食後、僕はフェイト嬢のことでリンディさんも交えて重要な話があると告げ、一度集まって話をしようと提案した。

クロノは半ば予想していたように落ち着いた様子でその提案を受け、すぐにリンディさんのところへと行ってくれた。

ユーノ君ともいったん別れ、30分後に集合することを決めて解散した。

さてと、今の内に向こうへ連絡をいれておかなきゃな。



30分後、以前に皆が集まった和室(パチモン)で全員がそろう。

リンディさん、クロノ、ユーノ君、ついでにエイミィも呼んでおいた、皆真剣な顔つきだ。

なのは様はいない、もちろんフェイト嬢も、二人にこれからの話は聞かせられない。



「それで、どんなお話なのかしら? フェイト・テスタロッサのこととは聞いているけど」



リンディさんは微笑を浮かべているがその目は真剣だ、相変わらず警戒されているらしい。

それでも以前に比べればだいぶやわらいだ感じも受ける、お詫びプレゼント(お菓子食べ放題券)の効果はバツグンだ。

とはいえ、これから話す内容でまた反感を買うことは明白なので先に覚悟は決めておこう。



「……まず、フェイトテスタロッサに関する報告書を読んでもらったなら既に知っているでしょうが、今一度彼女の境遇を確認しておきます」



そう言って目の前に一応作成しておいた報告書を出しておく。

全員に配るわけではないので一冊だけだ、もし話を聞きながら確認したいならどうぞ、という意味で。

ちなみに僕のカンペ用に短くまとめたモノも手元に用意してある。



「フェイト・テスタロッサ、プレシア・テスタロッサによって生み出されたクローン、正式な戸籍は無し、年齢9歳相当、しかしこれはクローンなため正確な年齢とは合わない可能性あり、魔力ランクはAAAクラス、今回の事件での罪状は、無断での管理外世界への接触、ロストロギア不法所持、現地生物への暴行、意図的なロストロギアの暴走誘発行為、公務執行妨害等」



ペラリと手元のページを一枚めくる。



「今回の事件における犯行動機は『母親の役に立ちたかったから』、ジュエルシードを収集する目的は知らず、プレシア・テスタロッサから命じられた通りに行動していたと供述、また彼女はプレシアから日常的に虐待を受けており普段から正常な判断をする能力に欠けていたと思われる、また幾つかのジュエルシードを収集するもその際に接触した現地魔導士『高町なのは』と戦闘になる、その後も合計三度戦うも戦力的に有利な立場にありながら高町なのはに目立った怪我は負わせることはせず、このことから元来は善良な人格であると思われる。」



さらにページをめくる、これが最後のページとなる。



「現在はアースラの一室にて拘留中、監視責任者はエンハンスト・フィアット特別執務官、フェイト・テスタロッサの態度は非常に協力的であり、こちらにたいする害意は微塵も感じられず、以上が現在わかっている彼女の状況です」



一息ついてカンペを懐にしまい込む。

皆も一応知っていることなので特に質問はなかった。



フェイト嬢が客観的に見て同情されて当然な境遇にあることは理解してもらえているはずだ。

あらかじめこうして確認しておけば後々話しやすくなる、まず知っておいて欲しいことは彼女の境遇。

じゃあ、そろそろ本格的にお話をはじめましょうかね。



「……さてクロノ執務官、今いった説明を踏まえたうえで先ほどお前が言ったフェイト・テスタロッサの罪状と適切な刑罰を簡単でいいからもう一度言ってくれないか?」

「重罪である次元干渉犯罪の一端を担っていたフェイト・テスタロッサは数百年以上の幽閉が適切な処置です」

「……そう、普通に考えればそうなる、これは無期懲役と同じこと、ではもう一つ仮定の話をしましょう、もし彼女を実質無罪とするにはどうすれば良いか、母親に虐待・利用されたこと、若年ゆえの判断能力の欠如、それらを考慮して裁判で争うとしよう、クロノ執務官これなら無罪になると思うか?」

「少し、難しいかもしれない、だがエンハンスト執務官の言ったような要素に加えての本人の志願で嘱託魔導師になって、時空管理局への協力姿勢を示せば保護観察くらいまでは持っていけると思う」

「……そうだな、リンディ提督はどう思いますか?」

「私もほぼ同じ意見よ、先ほどクロノが言った案がおそらく現状で考えうる最善案だわ」



リンディさんが肯きながらクロノの案に同意を示す、確かにそれが管理局員としてフェイト嬢にしてあげられる最善案だろう。

だが、まず前提がおかしい。

ミッドチルダの常識に染まっている彼女達には気が付かないだろうが、前世を平和ボケした日本で暮らした僕には致命的な違和感が感じられる。



「……わずか9歳の子供を、しかも母親から虐待を受けていた子供を、何も知らされていなかった子供を、いい年した大人が寄って集って裁判にかけて罪に問おうとする、よしんばそれを防げても今度は危険な最前線送り、それでいいんですか?」

「………………」



リンディさんは応えない、あの人もわかっているんだろう。

どんなに残酷だろうと罪は罪、法律にのっとって裁かれなければならないと。

だが一方でフェイト嬢に同情し、なんとかして助けてあげたいという気持ちもあるはず。

でなければ原作で彼女を養子になどするわけがない。



これ以上リンディさんと討論しても意味は無いので話を進めよう。

とりあえず皆にはフェイト嬢の現状と近い将来の行く末は理解してもらえただろうし。

さぁ、いよいよここからが本番だ、頑張れ僕!



「……先に言っておきます、フェイト・テスタロッサは死にました」

「「「!!?」」」



「フェイト・テスタロッサは死んだ」と告げた僕の言葉に周囲は騒然となった。

全員の目が見開かれ、特にリンディさんの反応は顕著で、一気に立ち上がると僕の襟を掴んで詰め寄ってきた。



「あ、アナタは、まさかっ!!」

「リンディ提督!?」



目に怒りの火を宿したリンディさんが僕に掴みかかった姿を見てエイミィが止めに入ろうとする。

僕は片手でそれを制して、できるだけ相手を刺激しないように説明を続けた。



「……死んだ、といっても書類上でのことです、実際のフェイト・テスタロッサは今も何事もなく生きています」

「……どういうこと?」

「説明しましょう、まずはその手を放して頂けませんか」

「………………」



リンディさんが無言で僕を解放する、女性の力ゆえそれほど苦しくはなかったが皺になっていた。

黙ってこちらを睨むリンディさんの視線からは「早く続きを話さんかいっ」と圧力がビシバシ飛んで来る。

こりゃ早いとこ説明して少しでも怒りを静めてもらわないと後が怖い。



「……先ほど話し合ったようにこのままではどのみちフェイト・テスタロッサの未来は暗い、よくて前線送り、最悪無期懲役だ、これでは救いがない、だから考えました、どうすれば彼女は幸せになれるのだろうかと、そこで考えついたのが」



懐から一枚の紙を取り出して皆の前に差し出す。

紙面には『死亡確認書』と書いてあった。



「ミッドの公文書です、既に届けも受理されていますし、医師の確認書類も添付してあります、このように既にフェイト・テスタロッサは公式には故人となってもらいました」

「そ、それじゃあ偽造じゃないっ!!」

「……その通りです、これで私も立派な犯罪者の仲間入りというわけですね」

「何を考えているの、こんなことして冗談じゃ済まされないのよ!」

「……百も承知です、訴えたければどうぞご自由に、ただしその前に私の話を聞いてからにしてください」

「えぇ、聞きましょう、でも納得できる話じゃなかったらお説教じゃ済まないわよ」



リンディさんはとりあえず僕の話を聞いてくれそうだ。

このままここで問答無用逮捕なんて言われたら実力行使しか残されてないし、できればそんなことはしたくない。

もっとも、最悪の場合は権力を行使してもみ消すつもりだったからどの道問題なかったわけだが。

少なくとも今すぐそんな鬼畜外道な手段に出なくてすんでよかった。



「……そもそもフェイト・テスタロッサが生きているから面倒なんです、時空管理局の法律ではどうしても彼女を罪に問わなければいけなくなる、だがそうすると哀れな彼女に我々でトドメを刺すことになってしまう、現状で彼女は完全に私の監視下にあります、部外者との接触は一切無し、だから公式に死んでもらい面倒事の元凶を断ちました」

「だが、その後のフェイト・テスタロッサはどうするつもりなんだ? 公式には死人なのだからまともな社会生活は難しいぞ」

「……それはミッドを含む管理世界での話だ、管理外世界では違う」

「!? なるほど、確かに管理外世界なら時空管理局の管轄外だ、そこでなら現地の住民として定着できれば問題なく社会生活がおくれる!」

「……そういうことだ」



僕とクロノの会話を聞いて、関心した表情でユーノ君やエイミィがなるほどと肯いた。

だが、ただ一人リンディさんだけは未だ眉を寄せながら納得できない点があるような雰囲気を出していた。



「確かにアナタの犯罪行為を見逃せばそこまでは良い考えだわ、でも仮にこの星で生きていくとして彼女一人をここに置いていくの? それはもっと残酷な事じゃないの、9歳のフェイトさん一人でまともな生活を送れるとは思えないわ」

「あのリンディ提督、それならこの星の施設に引き取ってもらうとかはどうでしょうか?」

「悪くない考えだけどそれじゃあ50点ね、もしフェイトさんが何かのはずみで魔法を使ってしまったらどう説明するの? ミッドの常識の通じない社会なのよ、彼女を預けるならとっさのトラブルに対応できるようなミッドチルダとこの世界の社会を両方を知る人物でないと勤まらないわ、果たしてそんな人物がいるかしら?」

「い、いません……にょろ~ん」



奇妙な声を出して落ち込むエイミィ、本人は名案だと思って言ったんだろうが確かにボツ案だった。

その考えは僕もかなり最初に考えて、すぐに破棄した考えでもある。

勿論、リンディさんの言うように両方の世界に通じる人物などほとんどいないだろう、グレアム提督なんかはその数少ない人物に該当するが彼は基本的にミッドに住んでいるので当てにならない。



だが、そこで諦めるのはまだ早い、いないのならば作ればよいだけの話。



「エンハンスト執務官、その辺はどう考えているのか聞かせてくれませんか?」

「……既に手はうってあります、条件に該当する人物との交渉も終わっています、快くフェイト・テスタロッサを引き取っても良いとも言ってくれました」

「な、なんですって!?」



室内に設置してあるモニターの電源を入れる。

既に向こうには連絡を入れてあったし、すぐにモニター上には一人の人物が映る。

僕はモニターを背に、皆に向き合うようにして振り返った。



「……改めてご紹介します、こちら『高町士郎』さん、我々の協力者である高町なのはさんの父親でもあります」

『どうも始めまして、娘がお世話になってます』







(回想)



「お願いします!!」



遡ること数日前、高町家の家族が集まるリビングの真中でエンハンストは床に頭を擦り付けて土下座していた

もともとは高町なのはがフェイトのお世話の為に暫く帰宅できなくなった事を説明しにきたのであるが、一通り説明を終え、高町家の皆からも一定の理解を得られたと思ったエンハンストは次なる話の為にまず土下座した。



いきなり土下座されて驚いたのは高町家の面々、わけもわからずいきなりこの状況では仕方のないことかもしれなかった。

とりあえず桃子が頭を上げてくださいと言ったがエンハンストは聞き入れずそのままの姿勢で話はじめた。



フェイト・テスタロッサのことを。

クローンであること、虐待されていたこと、利用されていたこと、そして今でもプレシアを母と慕っていること。

そしてエンハンストがそんな彼女の身の上を不憫に思い、事実を隠して偽の母親からのビデオメールを見せて都合の良い真実を信じ込ませて心の傷を防いだこと。

さらに唯一生き残っていたクローンであるプリシア、彼女を実の妹と思い込み懸命に愛していることを。

それらを虚実まじえて話し終えたうえで、エンハンストは土下座したまま頼み込んだ。



「どうか、彼女達の家族になってあげてください! あの二人はもうこちら側(管理世界)では暮らせません、ここしか生きていける地がないんです! どうかお願いしますっ!!」



床に頭を擦り付けながらエンハンストは何度も懇願した。

恥も外聞もない、誇りを捨て去った懇願だった。



卑怯な方法である、フェイト嬢の同情されるべき境遇をたっぷりと語り。

こうして自分が土下座して無様に懇願することで、とても断れる雰囲気ではなくしている。

そのうえ、高町なのはに便宜をはかった恩なども考慮にいれている。

だが、それでもこれだけはなんとしても受け入れてもらわなければならない事柄だった。



エンハンストにとってフェイト嬢の幸せに必要なものとは何かと考えたとき、まず思い浮かんだのは『家族の愛』だった。

プレシアからは愛されるどころか虐待され、過酷な人生を生きてきたからこそそれが必要ではないのかと考えた。

原作ではリンディよって引き取られそれなりに可愛がられていた様子だったが、その代償に時空管理局と深く関わってしまっていた。



時空管理局なんてヤクザな業界に関わるべきではない、魔導士の才豊かな彼女はどうしても辛いことに巻き込まれてしまう。

優秀な戦闘魔導士は大半は最前線で戦う、老若男女問わず犯罪者の薄汚れた部分を嫌というほど見せ付けられる。

強盗、殺人、誘拐、強姦……どれも十代にも満たない少女が見るには辛すぎる現実だ。

どんなに強い心を持っていようが傷つくことは間違いない。

他人の人生を勝手に批判するという自分勝手極まる行為だったが、ならばせめて普通の世界で普通の幸せを求めても良いんじゃないかと考えた。



そして一端こうして他人の人生に干渉すると決めた以上は無責任なことはできない。

できるかぎり最善を尽くすのがせめてもの礼儀だと思った。

そうして考えた結果がフェイトを高町家の養女とすることである。



高町夫妻、原作を見ていても多少放任主義的な部分はあれど、子供への愛情は確か。

そのうえ夫の職業柄か常識外れな物事にも順応は高い、息子や娘(養女)の恭也や美由希も家族を思いやる人格者であるし(多少好戦的な面には目を瞑ることにする)。

考えれば考えるほどフェイトの養子先としては理想的とも言える家族であった。



「この世界で貴方達以外に頼れるご家族がいないのです! どうかお願いします!!」



一人の人生、さらに高町家の家族全員も巻き込むことになる。

責任は重い、そのためなら自分がこうして頭を下げるくらいどうということはない、そう考えていた。



一方で土下座される立場の高町家の面々も困っていた。

いきなりそんな重大な話をされても困る、簡単に結論を出せることではないのでもう少し家族で話し合って見たいと言ってとりあえずその場はお開きとなり、結論は後日に繰り越された。

エンハンストもそのことは重々承知しており、皆に深く頭を下げてその日は帰っていった。



その後、高町家では緊急家族会議が開かれた。

なのはの友達というフェイトなる少女、かなり悲惨な境遇で現在は保護者もなくこのままでは不幸な未来しか残されていないという。

クローンとか虐待なんて事柄はこっちの世界でもそう珍しいものではないが(実際に恭也には戦闘用クローンとして生まれた知り合いが二人ほどいる)、こうして実際に聞かされると虫唾が走る話だった。



特に長女の美由希、もともと正義感が強く理不尽な事柄に激しい怒りを抱く彼女は完全にフェイトに感情移入しており、養子にすることに真っ先に賛成していた。

彼女自身が高町家の正式な血縁ではなく、母親に捨てられて養女になったという経歴を持つのもその感情の後押しをしていた。

同様に情に厚く、母性豊かな桃子もフェイトを引き取ることに積極的な姿勢を示していた。

いまさら娘が二人増えたところでどうということはない、精一杯愛してあげるだけだと宣言していた。

今ここにはいないなのはは当然賛成派に回るだろう、フェイト達の世話を泊り込みでするくらいだ、それくらい容易に想像できる。



しかし、反対に長男の恭也は一人だけ慎重論を唱えていた、魔法なる存在の危険性、以前にエンハンストから説明を受けたときによく理解していた。

空を飛び、無手の状態から大砲クラスの砲撃を行う、そのうえ防御も鉄壁、そんな力を持つ危険人物をそんな簡単に信用するべきではないと言ったのだ。

だがその意見は主張した恭也本人があまり説得力のない内容だと理解していた。

危険人物云々で言えば御神流という剣術(暗殺術)を使う自分達こそが該当してしまうからである。



恭也はあくまで家族の安全を考慮して慎重論を唱えていた。

誰かが憎まれ役をかってこう言っておかねば油断したままの状態でフェイトと会うことになる、万が一の事が起こってからでは遅いのだ。



家長である士郎はそれらの意見を聞いて結論を出した。

フェイト・テスタロッサとプリシア・テスタロッサを養女として引き取る、と。



もともと断る理由の方が少ないのだ、家族会議はある意味全員の意思確認のようなものだった。

慎重論を唱えていた恭也もはじめから引き取ることには反対する気はなかったらしく、異論は一切なかった。



後日、やってきたエンハンストにその事を告げると再び土下座して感謝の意を示した。

それからの数日間、エンハンストは連日のように高町家を訪れ細かい話し合いや、手続きをこなすことになった。



まずフェイトやなのはには真実は知らせず、これまで通り偽のビデオメールを信じ込ませることになった。

真実を知って良い事など最早一つもないのは全員が承知していた。



また、二人の戸籍を新たに作ったり。

二人の養育費として現地資金で二億円ほど高町家に預けたりもした(はじめ断られたが、使わなければそのまま将来の二人に渡してくださいといって押し付けた、ちなみにエンハンストの個人資産から捻出)。

これらは日本の権力者、つまり政治化連中(管理外世界でもごく一部は管理世界と繋がっている)を経由して行ったことである。

彼らは時空管理局の高官であるエンハンストと繋がりを持とうと必死になって働いてくれた、結局は良いように利用されただけで徒労に終わってしまったが。



それらの事柄がようやく一段落したころだ、高町家へエンハンストからそろそろ顔見せをしようと連絡が入ってきたのは。






[7527] リリカル・エンハンスト45(無印完結・後編)
Name: タミフル◆542bb104 ID:875818b7
Date: 2009/09/07 22:01
■45(無印完結・後編)



モニターに映る士郎さんから一通りの自己紹介とこれまでの経緯を聞かされ、リンディさんたちはようやく納得がいった様子だった。

士郎さんは最後に「あんないきなり土下座されて頼まれれば、断りずらい」と告げて苦笑いした。



「……それでは士郎さん、後でなのはさんとフェイトさん達をそちらに連れて行きますので、よろしくお願いします」

『あぁ、こっちも二人を歓迎する準備を整えて待ってるよ、じゃあまた後で』



ブツン、とモニターの電源が切れて士郎さんが画面から消える。

振り返ると嬉しそうな表情のユーノ君やエイミィ、無表情なクロノ、そして微妙に顔を赤らめているリンディさんがいた。

……なんでこの人恥ずかしがってんだ? ま、まぁ、いいか。



「……さて、これで私の考えた方法は以上です、リンディさんどうしますか?」

「ここまで周到に準備していたなんて、くやしいけどお見事としか言い様がないわ、悪辣なほどにね、既にフェイトさんの死亡届は公文書として受理されているし、受け入れ先も確保してある、もしここで私があなたの妨害に出れば完全に悪役じゃない」

「……それでは」

「えぇ、今回だけは見逃します、ただし今回だけですよ、次はありません!」

「……肝に銘じておきます」

「それと公式ではありませんが一応罰として反省文を書いてもらいます、最低レポート用紙300枚がノルマですからね! あとフェイトさんの偽造書類も提出してください、私の方でも何か不備がないか確認します」



そのくらいなら安いものだ、一応こうなるように仕組んでいたわけだけど、これでようやく安心できた。

リンディさんに頭を下げながら人知れずホッと息がもれる、これでPT事件でやるべきことは全部終わったことになる。

いろいろあったけど、とりあえず無事に計画通りいって良かった。



実際、すべての裏工作を終えた上で事後説明のような形で説明したエンハンストの強引な手腕に呆れつつも、リンディは結果的にはこれでよかったのかもしれないと判断していた。

自分や息子では取れない手段で彼女を救ったエンハンスト、違法に手を染めたが誰にも迷惑をかけない手段でもある。

流石にこういった事を繰り返されるのは困るが、今回だけなら見逃しても良いんじゃないかと思えた。



リンディ提督からの追求も終わり、ようやく終わったかと思っていると、先ほどまで黙っていたクロノが静かに話し掛けてきた。

ユーノ君やエイミィはリンディさんと話していて気が付いていない。



「エンハンスト執務官、聞きたいことがあるんだ」

「……なんだ?」

「アナタは今回犯罪行為に手を染めてまで彼女を助けた、なぜそこまでして彼女を助けたんです?」

「………………」



……もうすぐ死ぬんでヤケクソだったから、とは言えないようなぁ。

死ぬ前に良いことしようという気持ちは変わらないけど、具体的にコレといった理由があって始めたわけじゃない。

ただ、なんとなく原作を見ていてこんな不幸な目にはあって欲しくないなと思っただけだった。

この気持ちをどう言い表したらよいものか、非常に難しい。



うーむ、いっそのことまたどこかの名言でもパクッて誤魔化しとくか。

どうせ僕の心境なんて言葉で言い表せられない程度のもの、それよりも説得力があるのは間違いないだろうし。

それにヘタなこと言ってガッカリさせるより何倍もマシだろう。

よし、そうしよう。



「……法を守るか、人を守るか、天秤にかけてどちらが重いかなど決まっているだろう? 人が法を守るのではない、法が人を守るのだ、人を守れぬ法に価値はない」

「!! なるほど、ようやく僕にもわかってきたよ、目指すべきモノが、ありがとう……エンハンスト執務官」



何を思ったか知らないがクロノは何か吹っ切れた様子で爽やかに応えた。

いや、テキトーなこと言っただけなんで、そういって畏まってお礼言われるとなんだか恥ずかしいね。

まぁ、少しでも役に立てたなら良かったよ。



さてと、クロノも向こうに行っちゃったし、僕もそろそろなのは様達の所にいこうかね。

早く高町家へ引き取られることを知らせて喜ばせてあげたいし。

喜んでくれるかな、いまさらながらちょっと不安だったりする。

まぁ、悩んでもしかたないか、もう決まったことだし、きっと喜んでくれると信じて行こう!







その後、二人+αを拘留中の部屋に戻り一連の事情を説明した。

高町家に引き取られることを話し、なのは様に妹が二人もできたねと告げると涙をながして喜んでくれた。

フェイト嬢は始め実感がなかったのか呆然としていたが、なのは様の泣いて喜ぶ姿を見てようやく実感したのか同様に泣きながら抱き合っていた。



二人は僕にお礼を告げて感謝してくれた、犯罪行為に手を染めたことや、高町家で土下座して頼み込んだことなどは話さなかったがこうして感謝されるとようやく確信が持てた。

嬉し涙を零しながら喜び合う二人の姿を見て、自分のしたことは決して無駄じゃないと思うことができたのだ。



二人の騒ぐ声を聞いて起きたプリシアがビックリして泣き出しても二人の抱擁はしばらく続いた。

仕方なくプリシアをあやしながら周囲を見渡すと視界の隅に小さな毛玉が映った。

アレ、アルフか? 何やってるんだ? というか何時の間に子犬形態をマスターしたんだろうか。



よく見ると毛玉はぐっしょりと濡れており、体全体がプルプルと震えていた。

かすかに聞こえる音からは「ぐす、ぐす、よかったねぇフェイトォ~」と涙声が聞こえてくる。

アルフも感動して泣いているのか、それにしても気持ち悪いな、まるでオレンジ色の海草の塊だ。



それから暫くしてようやく泣き止んだ連中と一緒に荷物をまとめ、さっそく高町家へと向かうことになった。

一応その道すがらも部外者との接触を警戒して結界を張りながら移動した。

事前にリンディさんやエイミィにもその旨を知らせてあるので通路を歩く人影は皆無、特に問題は起きなかった。



こうして最後の最後まで念入りにしているあたり、僕の小心者っぷりが伺える。

客観的に見ると滑稽で少し笑えた、でもその後自分自身のことだと思い出し激しく落ち込んだ。



転送ポートから直接高町家の庭へと転送。

フェイト嬢はやや緊張した面持ちだったが、なのは様が必死にリラックスさせようと話し掛けていたのでそれほど心配することではないだろう。

むしろ問題はアルフだ、こいつは人間モードになっても油断すると耳とか尻尾が生えるからな、うっかり人前で出した日には大騒ぎ確実だ。



……いや、海鳴りだし、とらハ世界だし案外平気かも、いざとなったらコスプレとかいって誤魔化せばなんとかなるか。



そんなことを考えながら待っていると転送完了の合図。

視界が開けたその先には高町家一同が全員笑顔で待ち構えていた。



「ただいま、お母さん、お父さん!」

「「おかえり、なのは」」

「ただいま、お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

「おかえり」

「おかえりーなのはー!」



なのは様に抱きつく美由希嬢、うーむ微笑ましい光景だ。

高町家の面々も暖かい表情でそれを見守っている。



その一方で先ほどからずっと困っているのはフェイト嬢だった、高町家の人々にどう声をかけてよいものか悩んでいた。

そんな様子を見て桃子さんが優しく彼女に声をかけた。



「アナタがフェイトちゃんね?」

「は、ハィ! よろひくおねがいしまひゅっ!!」



……かみまくりである、緊張のし過ぎだ。

桃子さんはそんなフェイト嬢を優しくだきしめながらその豊満な胸に彼女の頭を抱いた。

ゆっくりと優しく頭を撫でながら囁くように語り掛ける。



「大丈夫よ、私が今日からアナタのお母さんになる、私が絶対に守ってあげるんだから、安心して」

「…………はい」

「今日からフェイトは高町フェイトよ、私のことはお母さんって呼んでね」

「……も、桃子お母さん」

「あーん可愛いぃ! もう好き好きー!!」

「うぷっ!?」



そっと桃子さんに抱きついたフェイト嬢が安らいだ表情を見せる。

強く抱きしめられて多少苦しそうな顔をしているが幸せそうなのは間違いない。



すげぇ、一瞬でフェイト嬢を落としちまった。

こ、これが母性パワーというやつか、フェイト嬢が母の愛に飢えているとはいえマジパネェ。

やっぱり子どもを安心させるに男は女性に遠く及ばない。

すぐに桃子さんの抱擁に応えたフェイト嬢の姿に、かすかに残っていた最後の不安も消し飛んだ。



既にアルフやプリシアも高町家の面々に可愛がられている、というか弄られている。

まぁ、互いに楽しんでいる様子だから構わないだろうけど。



ともかくこれならもう心配することは何もない、これにて僕の仕事は終わりだ。

ならば最後に残った責務を果たそう、なのは様との約束を守らねば。



「……なのはさん、フェイトさん、実は二人にプレゼントがあるんです」



笑顔で談笑する二人に歩み寄って一つの小箱を差し出す。

驚きつつもそれを受け取った二人が小箱のふたを開けると―――



「レイジングハート!」

「バルディッシュ!」



紅と金色、二つの宝石が結合したデバイスがそこにあった。



「……修理する過程でどうしても部品がたりなくてね、いっそのことお互いの足りない部分を補い合わせてみたらいい具合になってくれたよ、人格AIは融合してしまったけれど記憶はそれぞれ受け継いでいるから二人のことはちゃんと覚えている、さすがにデバイスとしての機能はもう果たせないけどこれからも話し相手にはなれるさ」

「よかった、レイジングハート……おかえりなさい」

「バルディッシュも、おかえり」

『『Yes sir My Master』』



二重音声のように聞こえてくるデバイスの声、まぁもともと無理な修理だったのでコレくらいは勘弁して欲しい。

個人的にはこっちの方がより機械っぽくて好きなんだけどね。



「あの、エンハンストさん、レイジングハートのこと、フェイトちゃんのこと、ありがとうございました!」

「その、私も、母さんのことやプリシアのこととか、たくさんお世話になってなんてお礼を言ったらよいのかわからないけど、ありがとうございます!」

「……うん、そう言ってもらえると頑張ってよかった、二人とも仲良くね」

「「ハイ!」」



その後、僕は高町家の歓迎パーティーにお呼ばれされ、美味しい料理をたくさん頂いた。

大人組みには酒類も出され、ギリギリ僕や恭也も飲むことを許された。

美味しい料理、美味しい酒、笑顔の人々、久しぶりの楽しい一時だった。



途中で恭也が「あの時は誤解とは言えいきなり襲い掛かってすまなかった」とか謝ってきたのでビックリしていると。

「か、勘違いするなよ、別にお前のことを気に入ったわけじゃないからな!」とか付け加えてきた。

ツンデレ乙と言わざるを得ない。



多少酔っていたとは言え原作(エロゲ)主人公のこんな醜態を見れるとは貴重な体験だ。

だがなぜ僕はクロノといい、恭也といい、男のツンデレにばかり縁があるのだろうか。

そっちの趣味はないというのに……。



あらかたパーティーを楽しんだ後は長居せずアースラへと帰ることにした。

後は家族の時間だ、これ以上僕がお邪魔する理由はない。



高町家の人々に丁寧に別れを告げ、なのは様やフェイト嬢ともお別れを済ます。

なぜか定期的にメールのやり取りをすることを約束させられてしまった、まぁカリムさんとので慣れてるから良いけど。

全員で玄関まで見送ってもらい、手を振って別れた。



……おそらく、もう僕がこの高町家を訪れることはないだろう。

ユーノ君がなのは様目当てに時々遊びに繰るかも知れないが、ここは管理外世界、基本的に時空管理局は不干渉となる。



今のところクロノやリンディさんに高町家を訪れる理由はないし。

リンディさんと共謀して報告書にもなのは様のことは過小評価で報告してあるし、フェイト嬢は死んだことになっている。

今後二人に時空管理局からの勧誘も無いはずだ。

この世界で一般人としてごく当たり前の幸せを謳歌することができるはず。



ユーノ君にもPT事件の真相は絶対に口外するなと念押してあるし、多分大丈夫。

これでようやくなのは様とフェイト嬢の魔法少女化も阻止できたのだろうか。



ついに無印が終わったか、今回の原作介入、僕は良いことをしたはずだ、と思う。

なのは様とフェイト嬢、表面上とはいえ二人の笑顔を見て多少なりともそう思えた。

たとえそれが嘘と偽善の上に成り立つハッピーエンドだとしても、こっちのほうがマシだと言えるのではないだろうか。



だが次もそう上手くいくとは限らない、油断は禁物だ。

闇の書事件、ヴォルケンリッターやグレアム提督の暗躍、失敗しない保証はない。



でも今は、今だけは少し休もう、アースラに戻ったらベッドに入って泥のように眠ろう。

気が抜けた所為だろうか、妙に身体が気だるい。

僕は気だるい達成感に包まれながらアースラへの転送魔法を発動させた。

転送魔法によって体中がまばゆい光の粒子に包まれながら、ふと思い出したことがあった。



そういえば、カリムさんにそろそろメール出さなきゃな、ここ(地球)のことでも書いておくか……



こうしてPT事件は終わり、皆それぞれあるべき場所へ戻っていった。

そしてアースラに戻った僕が疲労を理由に寝込み、自室で盛大に吐血したのはそれから三日後のことだった。



























おまけ①

高町家に引き取られると知らされるまでの一週間、フェイトとアルフの会話。



ときどき母を思い出してどうしょうもなく寂しくなるフェイト、そんな彼女を使い魔のアルフは懸命に励ました。



『フェイト、元気を出して、大丈夫、私がついてるよ!』

「うん、ありがとうアルフ、私頑張るよ! お姉さんだもん、プリシアのためにもしっかりしなきゃ!」

『その通りだよフェイト!』



それからは自分から積極的に動くようになったフェイト、慣れない手つきでなのは家事も手伝った。



「見て見てアルフ、プリシアが私の手でミルクを飲んでくれたよ!」

『えらいよフェイト、さすが私のご主人様!』



「プリシアのオムツ取替えが上手くできたよ!」

『上手だよフェイト、お姉ちゃんだね!』



「なのはと一緒に料理してみたんだけど」

『すごく美味しいよ!』



そして数日後、いよいよフェイト達に高町家へと引き取られることが知らされると。



「え……なのはの家に?」

「あぁ、施設にいるよりずっとマシだと思う、向こうのご両親も養子縁組に積極的だし、なのはもそう思うだろう?」

「うん、もちろん賛成なの! フェイトちゃんと姉妹になれるなんて夢のようなの!!」

「い、いいの? なのは?」

「あたりまえなの、よろしくねフェイトちゃん!」

「うん、うん、ありがとう!」



そしてフェイトは使い魔であるアルフに向き直り、満面の笑顔で喜びをあらわした。



「家族がふえるよ!」

『やったね(※たえちゃん)フェイト!』
 ※副音声
























おまけ②

この話はフェイトが高町家に引き取られる数日前の出来事である。



今回の事件、エンハンストの独断などで精神的に少しつかれたリンディはちょっとした休憩時間をとって地上に出て甘味を補給しようと翠屋へ向かった。

その手には無料お食事券、ストレスの元凶となったエンハンストがお詫び代わりにプレゼントしてくれたものだった。

彼の行動には業腹だが、謝罪は素直に受け取っておく、それが甘味のお食事券ならなおさらだ。



店の前に到着、なかなか趣のある店構えだ。

店の前は綺麗に掃除してあるし、壁に落書きもない、まずは合格点といったところと勝手に脳内チェック。



店内に入ると一人の男性が案内をしてくれた。

見覚えがある、以前エンハンストが無断で管理世界や魔法について教えた高町家の家長、高町士郎。

見た目三十台後半くらいか、ちょうど男盛りの良い男である。

自分の夫も生きていれば彼と同じくらいの年齢である、ふと懐かしい気分がした。



あいにくボックス席は学生や若い女性達ですでに埋まっていたのでカウンター席へ案内された。

席について再び脳内チェック、店内の客層から店員の態度、インテリアまで隅々までチェック。

その結果、翠屋は総合評価AAAクラスとなかなかの好成績を貰っていた。



店員に無料食事券を渡すとついでに幾つかのメニューも同時に頼んでおいた。

大食いするつもりはないが、それなりに種類は楽しみたい。

時間は効率的に使っていこう、既にリンディの脳内では幾つかのメニュープランが組み立てられていた。



それから一時間、たっぷりと甘味を堪能したリンディがようやく落ち着くと、周囲が静かになっていることに気が付く。

丁度ピーク時を過ぎて客が空く時間帯になっていた。

多くの店員もこの時間に休憩を取っているのだろう、店内に残っているのはリンディと士郎だけだった。



丁度最後のケーキも食べ終えたところだし、最後に珈琲を注文した。

士郎は笑顔で肯くとあせらずゆっくりと丁寧に珈琲をいれはじめた。

その姿をボーっと見ながらリンディは亡き夫の姿を士郎に重ねてしまった。

無意識にポロリと涙が流れてしまう、自分でもまったく気が付かないほど自然に流れた。



頬を伝う冷たさにようやく自分が泣いていたことに気が付いた。

慌てて拭おうとすると、目の前にスッとハンカチが差し出された。

士郎はそっと彼女の涙を拭い、きわめて優しい口調で「何かお悩み事ですか?」と尋ねた。



ちなみに、この時は丁度桃子は買出しで不在となっており、美女と二人っきりという美味しい空間で士郎がご機嫌だったのは言うまでもない。

妻は愛しているが、それとこれは別という男独特の価値観であった。



夫以外の男性にここまで優しく接されたのが久しぶりなリンディもついときめいてしまった、つい流されるままに悩み事を話してしまう。

良くも悪くも士郎は恭也(エロゲ主人公)の父親、そういったジゴロな方面の才能も十分備えていた。



亡き夫のこと、優秀すぎる同僚の独断行動、追従しようとする息子、上下関係の厳しい職場、ままならない現場、さまざまな愚痴がこぼれた。

士郎は嫌な顔もせずきちんとリンディの話を聞き真剣に彼女の相談に乗った、時にはリンディの手を握って励ました。

「美人に悲しい顔は似合わない、元気を出してください」といって手を取って笑顔で励ます、それは昔よく妻にも使っていた手段だった。

こうした態度は彼なりに誠意をもって接した結果であり決して他意はなかった、だがされた方は堪らない。



その笑顔にドキッとするリンディ、これはまさか恋? 夫の死以来ごぶさただった数年ぶりのトキメキであった。

手を握られたままポーと頬を染め、士郎を見つめるリンディ。

士郎は彼女を励ます言葉を考えるのに一生懸命でそれに気がついていない。



やがて再び客が入ってくる時間帯となり、自然と二人の手は離れた。

リンディは自分の気持ちに整理がつかず、とにかく今は早くこの店から出て落ち着こうと席を立った。



店から出ると背後から声をかけられた、士郎である。

その手には小柄ながら幾つかのケーキとシュークリームを入れた箱が握られており、そっとリンディに手渡した。

眩しい笑顔で「またいつでも来てください」と言われ、つい言われるがままホイホイとお土産を持たされてしまった。



その帰り道、初恋をした少女のようにドキドキする胸を押さえながら「絶対また来よう」と思う未亡人がそこにいた。



ちなみに士郎はこの後、妻の桃子に浮気未遂の罪でフルボッコにされた。
(※密かに見ていた美由希の密告)


























おしらせ



ひとまずこれで無印編は終わりです。
ですがここしばらくずっと迷走中のこのSS、感想板でも多数のご指摘を頂いたように自分でも煮詰まってどう改善すれば良いのかわからなくなってきました。
そこでこのままgdgd続けるよりも一度スパッと止めて、しばらくこのSSから離れて頭を冷やす方が良いのかなと思いました。
完結させる気持ちは変わりませんがしばらく更新停止して気分を入れ替えます。
2009/09/07






[7527] [登場人物説明]ネタバレ含みます
Name: タミフル◆542bb104 ID:a4fbd1e7
Date: 2009/05/30 21:23
■前に希望があったので一応のせときます。



[登場人物説明]
※今後の話の展開にあわせて追記していきます。
※やっつけです。



エンハンスト・フィアット → オリ主、転生前の現実では既に死亡していて花屋をしていた、常軌を逸っした花好き。目立つのが苦手で他人とのコミュニケーションも苦手、チートな肉体と頭脳を持つが性格は小市民的、戦闘になると半ば自動的に戦ってセガール無双状態になる。本人は平穏な日常を望むがその願いとは裏腹に世間からは注目されまくってしまう不幸属性(死亡旗)を併せ持つ。見た目は高町恭也の2Pカラー(髪が青紫色)っぽいカンジ。

カガチ → エンハンストの使い魔(モデルは蛇)、邪悪とエロの権化、主を尊敬し大切にしているが性的な獲物としても見ている(バイ・セクシャル)。自分と主以外は大抵見下していて邪魔となるなら容赦なく殺す残忍さもある、ちなみに魔力を持つ生物を捕食することで自身の魔力の底上げができる(闇の書の蒐集的な能力と類似)。


カリム・グラシア → エンハンストの婚約者、一応、正ヒロインとなっているが思いはなかなか報われない、レアスキルは空気扱い。

シャッハ・ヌエラ → カリムの護衛・秘書、すごい脳筋、牛乳大好き、キャラ崩壊代表、ファンの人ごめんなさい。

ヴェロッサ・アコース → カリムの義弟、主にシャッハの被害を受ける人、んっふ 困ったものです。


ジェイル・スカリエッティ → オリ主のお兄さん、弟との生活のおかげで性格が少し白くなってる、最近運動不足でメタボ気味。

ウーノ → ジェイルの秘書さん長女、フリーダムな家族に囲まれて苦労ばかりしている人、ある意味皆のお母さん的存在。

ドゥーエ → エロい次女、カガチの所為で影響を受けまくって邪悪さとエロさにより磨きがかかってしまった。

トーレ → 無愛想な三女、でも実は可愛いもの好き、という設定があったりなかったり。

クアットロ → 腹黒四女、自身の理想像をカガチに見出し大姉様と慕う。

チンク → ロリ五女、真面目な性格ゆえにエンハンストの活躍に憧れ禁断の兄妹愛に目覚める、最近略奪愛という言葉を知った。


最高評議会 → エンハンストを自分達の後継者と定め、立派な指導者として育つように余計なお世話を焼きまくる、期待に応えまくってくれるエンハンストを子供か孫のように思って可愛がる(本人にとっては大迷惑)。


クロノ・ハラオウン → エンハンストの希望の星、師匠でもあり尊敬する兄的存在である彼を素直に慕う、自分の目標とし、全幅の信頼を持っている。ギアナ高地での修行のおかげで原作よりもパワーアップしている、主人公属性。

リンディ・ハラオウン → 妖精母ちゃん、一応エンハンストと最高評議会との黒い関係の噂が少し気になっている(未だ警戒中)。

エイミィ・リミエッタ  → クロノの女友達、しかしリンディとは『お義母さん』『未来のお嫁さん』と呼び合う仲、いつか押し倒そうと虎視眈々とクロノの隙を窺がっている。


ギル・グレアム  → すでに八神はやての後見人となって監視中、最近罪悪感で胃薬を常用している。

ロッテ*アリア → グレアムの使い魔、無断でクロノの師匠となったエンハンストにちょっと嫌悪感をもっている。


レジアス・ゲイズ → 格闘技に目覚めたオヤジ、異世界の武術を取り入れて管理局の人材不足解決に乗り出す。

オーリス・ゲイズ → レジアスの娘、実は昔エンハンストに命を助けられたことがある、熱狂的なファン。






感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.20193696022034