<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[7678] Muv-Luv 帝国戦記 ~第1部 完結~  
Name: samurai◆b1983cf3 ID:a78ee948
Date: 2012/01/15 00:56
皆様、初めまして。samuraiと申します。

少し前にこの掲示板にたどり着き、皆様の殊玉の作品を楽しみに読ませて頂いております。

Muv-Luv自体、今年(2009年)になって初めてPC-game、小説、漫画と、一気にはまった口の初心者なのですが。


で、皆様の大作・良作に刺激され、駄文(かなり妄想ですが)を書いてみようかと思った次第です。


妄想・ご都合、かなり含まれております。

また、Muv-Luv主人公・メインキャラにつきましては、皆様が多々、良作を掲載せれておりますので、
天の邪鬼な身としましては、「歴史の端役」を拾い上げていきたいと思っております。

・オリキャラ主人公(と言うか。オリキャラのみ? 一部メインキャラも有るかも)

・ご都合主義

・妄想展開

・解釈・設定独自(一部、公開設定準拠)

・独自戦術機、有

・話の始まりは、1992年 帝国の、大陸での悪戦が始まった頃


皆様のような、素晴らしい文章には及びもつかない駄文ですが、生暖かくお付き合い頂ければ、幸甚です。

宜しくお願い致します。


※4月5日:第2話修正。 ブラゴエスチェンスクハイブ フェイズ4⇒フェイズ2(1992年当時)
※4月5日:第4話修正。 大東亜連合⇒ASEAN諸国(1992年当時)
※4月12日:第5話、誤字修正 第2話修正
※5月5日:第8話修正
※5月10日:第15話修正
※5月13日:第17話修正
※5月16日:第5話修正
※5月24日:設定集修正
※5月31日:国連編 満州3話修正
※6月9日:『国連編』⇒『国連極東編』にタイトル改題  国連極東編 7話UP
※6月10日:国連極東編 最終話UP 誤字修正
※6月14日:国連欧州編 英国UP 誤記述修正
※6月28日:国連欧州編 イベリア半島 『エース』 最終話 誤字修正
※7月4日:国連欧州編 シチリア島3話 一部修正
※7月11日:国連欧州編 シチリア島最終話UP 国連欧州編設定集修正
※7月22日:外伝 海軍戦術機秘話 最終話 修正
※7月27日:国連欧州編 スコットランド1話 誤字修正
※8月9日:設定集(メカニック編)更新
※8月13日:「祥子編」UP 「海軍戦術機秘話」最終話修正。 設定集(メカニック編)修正。
※8月23日:「設定集 陸軍編」UP
※8月28日:祥子編 南満州5話修正
※8月30日:祥子編 南満州6話UP、同4話一部修正
※10月1日:祥子編 南満州番外編~後日談~ その1 誤記載修正
※「神宮寺」(誤)⇒「神宮司」(正) 重大なミスでした! が、登場全話修正はできない為、この場で修正とさせて頂きます。
※10月11日:国連米国編 NY4話、誤字修正
※10月24日:国連欧州編 翠華語り~November~ スペル間違い修正・・・orz
※2月22日:帝国編5話 誤字修正
※4月25日:『血狂いの狙撃兵』、『咲き散る華、残り咲く華(全4話)』移転のため削除
※7月4日:第1部完結。 『帝国編 21話』誤記載修正。



[7678] 北満洲編1話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:a78ee948
Date: 2009/03/31 02:40
1992年5月18日09:12 中華人民共和国 黒竜江省依安 北方10km
日本帝国陸軍 大陸派遣軍第3機甲軍団 第21師団防衛線 第33戦術機甲連隊 第332大隊 第22中隊

≪CPよりウィスキー・スクォードロン(W-Sq・第22中隊)、敵前衛は防衛線前方10kmを進撃中。前衛速度は100km/h。 
本隊は15km地点・60km/h。 前衛接敵時間は6分後、0918。敵本隊接敵時刻は15分後、0927。 前衛は突撃級・要撃級混成が約1000。戦車級他、約4000。本隊は約1万5000。 
尚、重光線級、光線級は確認されず。繰り返す、重光線級、光線級は確認されず。 1分後、師団砲兵旅団による制圧砲撃開始。オーヴァー。≫

CPからの戦域情報が聞こえる。着任した最初も思ったけど、やっぱり綺麗な、落ち着いたいい声だな、宮城雪緒中尉の声は・・・ 美人ってのは、声まで美人だな・・・

『ウィスキー01よりCP、戦域情報を確認した。』
途端に、ウィスキー01、中隊長の渡良瀬大吾大尉の濁声に代わる。あぁ、もう、折角の良い気分が・・・

『ウィスキー01よりオールハンズ。聞いての通りだ、厄介な糞目玉共はハイブでお休み中だ。 前衛は全部喰い尽すぞ。
敵本隊とのタイムラグは9分。制圧砲撃で結構削れるはずだ。 
9分間で残飯を片づけろ!いいなっ!』

『05。01。自分は育ちが良いもンで。早飯は行儀が悪いって田舎の婆様に『02。 05。阿呆』・・・』
『05、貴様の育ちが良いのなら、うちの中隊は皆、紳士・淑女の集まりだ。』
『06。05。一番食い意地の張った奴が、何ほざいてるのよ。』
『うぅ・・・ 小隊長、部下のグラス・ハートになんちゅうつっこみを・・・ それと、水嶋ぁ、オドレに言われとうないわっ!』

05・第2小隊の木伏一平少尉のボケに、すかさず02・第2小隊長の安芸信次中尉と、06・第3中隊の水嶋美弥少尉がツッコミを入れる。
いつも通りの遣り取り。いつも通りの顔・顔・顔・・・ 違うのは、目の前の光景はJIVESとは違う、「実戦」だと言うことだ。
ウィスキー11・第2小隊の新任衛士である周防直衛少尉は、改めてその「現実」を認識し、無意識に喉を鳴らした。 


「死の8分」 新任衛士が直面する、最初の、そして最大の難関。
自分は果して、越えられるのか。BETAと対峙した瞬間、何も出来なくなってしまうのではないだろうか。果たして正気を保ったまま、戦えるだろうか。
一瞬にして様々な想いが脳裏をよぎる。全てがネガティヴ。全てが自信の無さ。操縦スティックを握る両手が微かに震える。


『08。11。直衛君? 緊張しすぎ?大丈夫?』
08・第2小隊3番機・先任の綾森祥子少尉が通信回線から問いかけてきた。
切れ長の一重の瞳と、艶やかなロングヘアをアップに纏めている。 
クールビューティ、といった感であるが、実際は気配りの細やかな、面倒見の良い女性衛士。
着任当初から、気がつけばつい眼で追ってしまう、自分的には実に困った女性。
つまりは「一目惚れ」か・・・ 未だ18歳、まだまだ全てに未熟だった。
もっとも、向こうにとってはどうも「手の掛る弟」並みの認識のようだったが。

『11。08。大丈夫です。ご心配無く。』 何がご心配無く、だ。ご心配だらけだってのに。
でも、だからこそ、虚勢を張ってみせる。いや、張り続けてみせる。せめて・・・

『おぉ!?11。一端にツッパッとるなぁ? せや、08。このデイリ(喧嘩)終わったらな、11の突っ張ったモン、お世話したってや。
なんせ、まだまだ若造にもならん、童貞小僧やしなぁ! お前さんも、えろう可愛いがっとるやろ?』

ぎゃははっ、と木伏少尉が下品な笑い声を(発言もだが)上げる。
(こっ、この人はっ・・・!!)
着任以来、散々玩具にされてきたが、こんな時まで・・・ 同時に、その言葉で余計に綾森少尉を意識してしまう。

『08。05。プライベートですので、お答えできかねます。私も、周防少尉も。』
『あら?祥子。だったら、私が貰っちゃおうっかなぁ? 新任クンの、お・は・つ。』

いきなり06・水嶋少尉が、爆弾発言をする。 流石は、木伏少尉の同期生。厚顔さにおいては中隊のツートップ・・・

『美弥さん?貴女まで何を・・・』

『よーしっ、楽しい与太はそこまでだ。そろそろ砲撃開始。各員、耐衝撃姿勢!』

01よりの指示が飛ぶ。強化装備のヴィジュアル・クロックを見ると0912:45。砲撃開始15秒前。
機体姿勢をニーリング・ポジション(片膝を立てた膝射姿勢)にする。突っ立ったままよりはまし、ではあるが。
ふと、先任たちの馬鹿な与太話を聞いているうちに、先ほどの至って後ろ向きな想いが何処かに行ってしまっていることに気づく。

≪CPよりウィスキーSq。制圧砲撃開始5秒前・4・3・2・1・ファイヤ・ナウ!≫

雷鳴。 師団砲兵旅団の155mm、127mm、105mm砲が、MPMS(Multi‐Purpose MissileSystem)が、一斉に砲弾と誘導弾の豪雨を作り出す。
後方より振動を伴った音の大波が押し寄せてくる。次の瞬間、前方8000mほどの上空に特大の花火が出現した。そして連鎖する。

VT付キャニスター砲弾・焼夷榴弾。小型種は大抵これで掃除できる。
戦車級や闘士級などは無数の灼熱したボール弾や高速で降り注ぐ鋭利な破片に切り刻まれ、焼夷弾の高熱の炎に焼き尽くされる。

各種徹甲弾はその貫通力で、大型種の突撃級・要撃級を特大のミンチに変えていく。
直撃を食らった要撃級の体に特大の穴が開く。同時に衝撃波が体内を巡り、圧力膨張でその体が弾け散った。

装甲殻上面を射貫された突撃級が一瞬、大地に縫い付けられたようにつんのめる。
そこに後続が衝突。続けて飛来する砲弾に纏めて射貫される。

一方的な殺戮劇。何故人類が今現在、これほどの苦戦を強いられているのか、この光景を見る限りは理解に苦しむだろう。
初めて戦場を見る周防直衛少尉も、無意識にそう考えていた。

『光線属種がおらんだけ、今日は楽できるかいな・・・』

不意に05・木伏少尉がつぶやいた。

『全く確認されていないのも、解せないが・・・少なくとも今現在はお休み中らしい。有難い事にな。』

『であれば、少なくとも中隊前面のBETA群には、対処できそうですね。』

02・安芸中尉と08・綾森少尉が同意する。

そうだ、人類の戦略・戦術的優位性を根本から剥ぎ取った元凶、戦場での戦闘行動に著しく制限をかける忌まわしい存在。
それが光線属種。それが今はいない。それだけで、戦局はかなり有利に展開できるはずだ。

≪CPよりウィスキーSq。制圧砲撃終了10秒前。敵前衛残存は約42% 中隊担当戦域のBETA数、約430 接敵まで後20秒≫

『01より各機戦闘態勢・ウェッジ2! 02、03奴らの鼻先50を維持し続けろ!』
『『了解』』

地響きとともに轟音が大きくなる。腹の底から震えが来るのを、周防直衛は自覚した。
何の目的があってこの星に侵攻したのか全く不明。そもそも、意志さえ有るかもわからない。
一方的な破壊と殺戮のための存在意義・BETA。それが―――姿を現した。


「―――――ッ!!」 思わず、息をのむ。
『ウィスキー!アタック・ナウッ!』 01・渡良瀬大尉が攻撃開始を命令する。

『02。05、08強襲前衛(ストライク・バンガード)に出ろっ!11、強襲掃討(ガン・スイープ)!』

『『『了解!』』』

第2小隊(突撃前衛小隊)4機が菱形陣形(ダイヤモンド・フォーメーション)で突進する。
その両翼に第1(右翼迎撃後衛)、第3(左翼迎撃後衛)各小隊が三角陣形(トライアングル・フォーメーション)で続く。
水平噴射移動(サーフェイシング)で異形の軍団に向かう12機のF-4EJ「撃震」。

相対距離がぐんぐん詰まる。 残り、100・・80・・
『射撃開始っ!』 01の裂帛が各機に響く。

「くっ・・・うおおおおぉ・・・!!」
周防直衛は、87式突撃砲のトリガーを、雄叫びとともに引き絞った。
高速で吐き出される36mmHVAP弾が、戦車級・闘士級と言った小型種を弾け飛ばしていく。

「っそおおおぉ!死ねっ!死ねっ!死ねっ!」
無我夢中で、前方に射弾を吐き続ける。瞬く間に、36mm砲弾の残弾数が減っていく。

『05!11! 阿呆っ! 前よう見て撃ったらんかいっ!IFF鵜呑みにすんなや!?』
05が右翼前面の要撃級の上腕を半旋回機動で交わしつつ、120mmAPCBCHE弾を胴体に叩き込む。

『08。11。直衛君、君は強襲掃討よ。前に出すぎちゃ、ダメ。』
08が身近な戦車級を急速反転機動で交わしながら36mmを叩き込む。
同時に左翼の戦車級の一群に120mmキャニスター弾を叩き込み、纏めて吹き飛ばす。

『02。11。 08の言うとおり、貴様の役目は前3機の食いこぼしの掃除と、両翼のサポートだ! 間違っても俺達を誤射する事じゃないぞ?』
02が前面の突撃級の脚節に120mmHESH弾を叩き込む。突撃級は片側の脚を根こそぎ吹き飛ばされ、横転する。


「―――っ!11、了解っ・・・!」

情けない。全く見えていなかった。状況が。気がつけば、喚きながら乱射していただけなんて。 
それに、BETAとの相対距離は40! 前に出すぎだっ!
自分が前に出すぎた結果、02、05、08も前進するしかなかった。特に02は30を割っているっ!!

『01より各機、距離が詰まりすぎた。左側後方へ旋回移動する。距離は<50>だっ!』

『『『了解』』』

暗に中隊長からの叱責が飛ぶ。 悔しさと恥ずかしさと、情けなさでまた、気分が沈みそうになる。

『05。11。なんやったら、代わったろかぁ~? 結構喰い甲斐あんで? んで、俺様が後ろで優し~く、フォローしたるさかい、なっ!?』

水平旋回機動中、またぞろ05が与太を始める。

『08。11。05の与太に付き合ってちゃだめよ?しっかり目を開けて、ね?』

左側方移動のため、一時的にTOPの位置にいる綾森少尉が諭す。
同時に両手の36mmをBETA群に射撃。

『なんでやねんっ!ワイが後ろやったらあかんのかいなっ! それと、えっらい扱い違ゃうやないか?』

右翼2列になった木伏少尉が、納得のいかない顔で抗議する。
突撃級の側面装甲殻に120mmを叩き込みながら。

『新任の指導は、先任の役目です。 それと、木伏少尉が後ろですと、私、非常に貞操の危機を、ひしひしと感じますから・・・』

『ひ、ひどい・・・ワシ、もうあかんわ・・・・って――――――うっぎゃああぁっ!!』

05の右側面に、急速方向転換した要撃級が迫っていた。
そのモース硬度15に匹敵する上腕が振り被られ、正に05の機体を右側面から破壊しようとしていた。

その瞬間、要撃級の体が弾け飛んだ。

『あはは、木伏、今の悲鳴は良かったねぇ?んん?』

06・打撃支援(ラッシュガード)の水嶋少尉が87式支援突撃砲の狙撃で間一髪、要撃級を仕留めたのだった。

『はぁ、はぁ、み、水嶋、サンキューや。助かったわ、ホンマ・・・』

『何時気づくか、見てたんだけどねぇ、与太に夢中で周り見えてないなんて、アンタ、新任クンじゃあるまいし・・・』

『見とったんかいっ!』

『うん。』

『ほなら、さっさと助けぇやっ!』

『え~~?だって、面白そうだしぃ・・・』

『こ・このアマ・・・絶対お○す・・・』

先任の余裕か、変わらず与太を飛ばしつつ、05はBETAの前衛を削り倒していく。
06も的確な支援攻撃で、前衛をサポートし続ける。

(・・・・参った・・・)

そんな姿を、呆れと畏怖と憧憬とが入り混じった感情で見ながら、周防直衛は先程よりはマシな精神状態でBETAを攻撃していた。

変わらず、興奮はしている。喉はカラカラだ。さっきからやけに尿意も覚える。
だけど、少しは周りが見えるようになっている。

02が36mmで小型種を掃射している。だが数が多い。一群が02の機体に肉薄する。
このままでは「取り付かれて」しまう。
突撃砲2門を僅かに左右に振りながら、02に迫る戦車級の一群に向け36mmを浴びせかける。 
「ビシャ」という音が聞こえるかのように、BETAが弾け飛ぶ。

「―――ッ!」 05が突撃級の側面に120mmを打ち込もうとしている。
だが、その左前方から要撃級が迫る。

02は前面の突撃級撃破にかかっている。支援の余裕はない。
08は戦車級の掃討で手が回らない。
支援の第1、第3小隊も、後続の大型種への攻撃で手が一杯だった。

「ちっ!」 
自分の位置からでは、120mmを打ち込んでも頑丈な上腕でブロックされる。
何とか、側面を確保しないと・・・

水平噴射跳躍(ホライゾナルブースト)をかける。一瞬、Gで体がシートに押し付けられる。 

進路上の小型種を120mmキャニスターで掃討。空いたスペースに着地。網膜アイコンの兵装コマンドで、120mmAPCBCHE弾を選択。 
05に迫る要撃級の右側面前方を確保。この間、5秒。
 
ロックオン・120mm発射。要撃級の右側面上体に射孔が空く。 
同時に05が120mmAPFSDS弾で突撃級の前面装甲殻に大穴を開ける。
地響きを立てて倒れる突撃級と要撃級。

『05。11。おおきにっ! 気ぃつけやっ!前方、要撃級3体!』

『10、FOX1!』『12、FOX3!』

10・第1小隊制圧支援(ブラストガード)仁科龍太少尉と、12・第3小隊制圧支援の伊達愛姫(いつき)少尉が支援攻撃を行う。
多弾頭ミサイルの直撃で、3体の要撃級が弾け飛んだ。

『01よりウィスキー各機。戦闘開始より8分、敵前衛はあらかた片付いた。 次の本隊迎撃に備える。各自機体のステータスチェック!』

01・渡良瀬大尉の指示が飛ぶ。

(ステータスチェック・・・機体、異状なし。跳躍ユニット、異状なし。推進剤残量72%。
36mm残弾、右689発、左671発。予備弾倉4本、消費弾倉4本。予備突撃砲2門、弾倉装着済み。近接戦闘短刀2本・・・)

信じられなかった。丁度8分。「死の8分」 越えたのか?本当に?無傷で?

『02。11。丁度8分だったな。良くやった。その調子で次の大波も乗り切って見せろ。』

『05。11。ご褒美に中尉が「良いところ」連れてってくれるって。』

「・・・・は?いいところ・・・?」
良いところって?え?どこだ?

『06。11。初心ねぇ~。おねぇさん、益々狙っちゃおっかなぁ?』

『05。06。あきまへんなぁ。どのぞのアバズレの毒牙に掛かる後輩は見過ごせへんっちゅーか・・・』

『・・・・コロス』『うひっ!?』

『08。05、06。いい加減にして下さい、お二人とも。 11、その調子よ。頑張ってね。』

「11。02、08。了解。有難うございます。」

安芸中尉の発破は心地良かったし、綾森少尉の気遣いは嬉しかった。 
本当は木伏少尉と水嶋少尉の与太も、自分(と、後一人の同期の新任)の緊張を解す為だ。
それには気づいている。 だから木伏・水嶋両少尉の「気遣い」も嬉しかった。
素直に口にするのは、何故かちょっと癪だったが・・・

『あぁ~あ、「お姉さま」のお出ましかぁ。んじゃ、「悪い女」は影でこっそり狙ってよっと。』 

あははっ、と、見た目は爽やかな、その実、全く不穏な発言をする06・水嶋少尉。

あかん、どないしよ、あいつに狙われたら道頓堀(って、どこだ?)に沈められるわ・・・
等とぶつぶつ呟いている05・木伏少尉。

≪CPよりウィスキーSq。現在師団砲兵、及び軍砲兵任務群第3群が制圧射撃中。BETAの進撃速度低下。
接敵予定時刻は10分後、0937。推定個体数、1万3000。≫

『ウィスキー01よりCP。戦域情報確認。 各機、今の内に補給を行え。
コンテナは後方500m。第3小隊から、第1、第2の順だ。』

『02了解。』『03了解。』

01・渡良瀬大尉の補給指示に、02・安芸中尉と、03・第3小隊長の志貴野瑞穂中尉が応答する。


補給に各小隊2分。計6分。再配置に2分。大丈夫だ、余裕は有る。
制圧砲撃には、師団砲兵旅団だけでなく、軍の砲兵任務群も参加したようだ。
となると、最大口径の砲は203mm。数も威力も段違いだ。BETA本隊は結構削れるんじゃないか?

周防直衛少尉は、補給を受けながら、ふとそんなことを考えていた。

師団砲兵旅団の制圧砲撃でさえ、敵前衛を58%も削り取った。 
現在のBETA本体は約1万3千。 軍砲兵任務群も加わった集中豪雨のような面制圧射撃を、いったいどの位のBETAがくぐり抜けられるだろう。 
ひょっとすると、前衛迎撃の時よりマシになるんじゃないか?

淡い期待、或いは甘い願望かも知れない。
だが、未だ初陣の彼には、そういった「妄想」に縋ることでどうにか「戦場の幕間」を耐えていた。


『12。11。終わったよ。次、どうぞ。』

12・第3小隊の同期生、伊達愛姫少尉が回線から現れた。

この戦場に数多いる、初陣の新任少尉達。その中で、同じ中隊に配属された少女。

最も、訓練校は別だった。彼女は仙台第1、周防直衛少尉は各務原と違っていた為、配属先が初対面だったが。

「おう、了解。」 

補給といっても、推進剤を3割程と、予備弾倉2本のみで済む。


『・・・ねぇ、君。随分とお姉様方に人気よね?もう「落とし」ちゃったの?』

いきなり、秘匿回線なんぞ使ってとんでもない事を言いやがった。

「はぁ!?何言ってんの?お前・・・」

『だってさ。祥子さんって、随分世話焼いているようだし。ウチの水嶋少尉も何だかんだで、だし? 
それに、第1小隊の有美さんや、郁美さん、ウチの小隊長だって、「良い子ねぇ」なぁ~んてさっ この「年上殺し」・・・』


・・・・え~、っと・・・「有美さん」ってのは、第1小隊の強襲掃討やっている、村越有美少尉で、確か2期上。
木伏少尉達の同期生だったはず・・・ ショートカットの、活動的な美人、と言うか・・・

「郁美さん」は・・・やっぱり第1小隊の砲撃支援(インパクトガード)をやっている、佐伯郁美少尉で・・・
確か、祥子さんとは同期生で1期上。違った意味でお淑やかと言うか、お嬢様っぽい人で。
ついでにおかっぱ(いや、ボブ、と言うのか?)の美人だったりする。
祥子さんとは仲が良いんだよな、あの人・・・

で、「ウチの小隊長」ってのは、第3小隊長の志貴野瑞穂中尉の事で。
どんな時にも動じない、冷静な人で。怜悧な美人。ついでに一部のコアな連中から人気が高いとか・・・
あ、ついでに水嶋少尉も、中身はともかく見た目は美人だな、うん。
・・・・え~~~っと?つまり・・・??


『11、12。秘匿回線で何お話し中だ?』

不意に、第1小隊の仁科龍太少尉と、第3小隊の藤原賢吾少尉が通信に割込んできた。

『何だ、周防。貴様、同期も「落とそう」ってか?』 

にやりと藤原少尉が笑う。 仁科少尉も、何だか嫌な感じで笑っている。
因みに2人とも、祥子さんや佐伯少尉の同期で、俺達の1期上だ。

「何ですか、その「落とす」ってのはっ! 俺、そんな事してませんって。」

『えぇ~~?でも、皆狙ってるよう「黙れ」だし・・・・』

くっくっ、と仁科少尉が笑いを噛みしめる。何?この人・・・

『ま、男の新任だしな。基地に帰ってからのお楽しみにしておけ。』 

藤原少尉が訳の解らない事をのたまう。

何なんだ、全く・・・ 少しばかりのイラつきとともに、帰投後に嫌な予感がもたげる。

「藤原少尉、その、お楽しみって何『08。11。補給は完了したの?』・・・」

祥子さん、もとい、綾森少尉が少々眉間に皺を寄せている。 あ、ヤバい。

「11。08。推進剤、弾薬、補給完了です。」

『そう。じゃ、ポジションに戻りましょう。後1分しかないわ。・・・・・それと、仁科少尉、藤原少尉。
同性の後任が入ってきて嬉しいのは判るけど、余り変な風に染めないでね?』

『了~~解』『むっ・・・別に変な風になど・・・』

藤原少尉が器用に仁科少尉の「撃震」を引きずっていく。戦術機は確かに人の動きは大抵できるものだと言うが・・・

『直衛君?』

「あ、はい。ポジションに復帰します。」

『ええ』


前衛に戻る08、11を見ながら、12こと私、伊達愛姫少尉は思った。

「やっぱり年下好み?姉さん女房志願なの?綾森少尉って・・・」

周りはBETAの死骸だらけ。きっとすごい悪臭だろう。地獄ね。 
けど、ウィスキー中隊の雰囲気は微妙に微妙だった・・・



[7678] 北満洲編2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:a78ee948
Date: 2009/04/12 14:43
1992年5月19日18:25 中華人民共和国 黒竜江省依安後方10km
日本帝国陸軍 大陸派遣軍第3機甲軍団 第21師団司令部

「前線に光線属種確認! 重光線級48、光線級108!防衛ラインよりの距離、5000!」
「後続のBETA群確認。推定個体数1万9000!」
「第31戦術機甲連隊、N-21-45エリアに進出させろ!正面突破を許すな!」
「第323戦術機甲大隊、迂回突破失敗!光線属種のレーザー照射で身動きできません!」
「!!第321を向かわせろっ!何としても光線属種の殲滅をするんだ!」
「無理ですっ!第321、残存9機ですっ!」「なっ・・・!?」
「N-28-31エリアに要塞級12!光線級60を確認しました!」
「第211機甲連隊より入電。『ワレ、残存車両11』!!」

師団司令部は怒号と悲鳴が飛び交っていた。
状況は絶望の淵に向かって急速に進んでいる。
 
前日までは良かった。光線属種が「何故か」出てこなかった。
そのお陰で、面制圧砲撃の効果は十分以上に発揮出来た。
そして師団航空旅団の3個強襲航空大隊、2個打撃航空大隊による航空打撃支援も相まって、来襲したBETA群をほぼ一掃した。 

近年にない、大勝利だった。

その勝利の美酒も束の間。 本日1011、突如防衛ラインの内側にBETAの一群が大深度地中侵攻を掛けてきたのだ。

深深度用振動検知センサーが無かった訳ではない。 
だが、設置された数は限られていた。 
そして何より、前日の大勝利で気の緩みもあった。 皆の疲労の大きかった。

「・・・第321は、全滅ですな・・・ 第31が前面で頑張ってくれておりますが。 支援部隊の損失が大きい。6割に達しました。
最悪、軍団司令部の指示もありますが、チチハルまで防衛線を下げねばなりません。」

参謀長の言葉に、第21師団長・磯村武久陸軍少将は無言で頷いた。

ここで21師団が突破される事は許されない。
21師団防衛線である依安(イーアン)が突破される事は、満州北部方面軍の左翼が崩壊し、
中央の明水(ミンショイ)、右翼の䋝化(ソイホワ)が崩れるだけに止まらない。


沿海州方面軍の要衝ウラジオストークの「門番」チャムスの後背が危険になり、
またH18・ウランバートル・ハイブに対する、チチハルから始まるモンゴル方面軍最北の拠点・ハイラルが孤立する。


「・・・・第33戦術機甲連隊は、どうなっている・・・?」

残存する残りの戦術機部隊について、磯村少将は確認した。

「はっ、第33は・・・」参謀長がG3(作戦主任参謀)を顧みる。

「第33戦術機甲連隊は、第331が損失25機、残存11機。第332が損失23機、残存13機。
第333が損失28機、残存8機。 臨時に2個中隊と、本部予備の2個小隊に再編終了しました。 
連隊長・川村中佐、331・進藤少佐、332・向原少佐、333・堀越少佐、いずれもKIA。 
指揮官は旧331の相原大尉が先任指揮官、旧332の宮部大尉が後任指揮官です。
予備2個小隊は旧333の木伏、水嶋両少尉が暫定指揮を執っております。」

G3の淡々とした口調と裏腹に、第33戦術機甲連隊「ヘル・セイバーズ」の被った損害は「全滅」と称して間違いなかった。

部隊損耗率70%強。最早1個大隊にも満たない。

BETAは丁度、第33の防衛ライン直後に地中侵攻を掛けたのだった。 
しかも、丁度その時、第33は朝から再開した旅団規模のBETA群と死闘を展開中だった。

背後のBETA出現に咄嗟の対応ができなかった。

連隊長・川村清次郎中佐は即時左右からの迂回退避・再集結を第332、第333大隊に下命。第331を直率とし、退避支援を行った。

その最中、突撃級の衝角攻撃で川村中佐が撃破されたのであった。
同時期、第331大隊長・進藤一衛少佐も部下の退避を援護中、戦車級に取り付かれ、戦死している。

第331が半数以上を失って、ようやく僚友部隊と合流したのが、1053時。
第332大隊長・向原安治少佐が連隊指揮権を継承し、継続戦闘指揮を行ったのが、1108時。

その時、遂に「最悪の」事態が発生した。

深深度横坑から、次々に要塞級が出現。その中に収容していた光線級を吐き出し始めた。

1215時には、重光線級も出現。 第33はその戦闘機動を著しく制限されつつ、防衛戦闘を行った。

1442時、向原少佐戦死。
1522時、後任指揮官・堀越直孝少佐戦死。
1550時、残存戦力は30%に減少。
1600時、21師団司令部は、第33戦術機甲連隊を後方へ移動さす。


「・・・・第322を第31の後詰に当てよう。兎に角、正面戦力に厚みを持たせるより他、無いな・・・」

磯村少将が苦渋に満ちた声色で下命する。 
第332戦術機甲大隊も、1個中隊分の戦力を失っていた。

「第33の残存戦力は如何しましょう?」
 
参謀長は内心の己が無力と絶望感を抑え込み、努力して平静の声を出す。 
高級将校たるもの、ましてや師団参謀長に有るものが、一々うろたえていては、
師団の戦意は雲散霧消する。


「君はどう考える?加納君。」

師団長の問いに、21師団参謀長・加納繁治朗准将は予め考えていた腹案を示す。

「最早2個中隊強の戦力では、正面きっての殴り合いは保たないでしょう。 
N-20-18の丘陵部を迂回突破させ、第323大隊の撤退路を切り拓かせます。
光線属種の照射からは丘陵部が壁となりますし、出口には大型種は比較的少ないとの報告が上がっております。 
N-20-18からN-21-03へ退避路回廊を構築し、第323の撤退を支援させます。」

今の状況では、戦術機1個大隊の戦力確保は最重要であった。
躊躇も、逡巡も許されない。 そんな贅沢は、今大戦では最大級の罪悪であった。

その時、新たな報告が悲鳴と共に飛び込んできた。

「!!中央戦線、中国軍第275師団より全軍通達!本文『ワレ、司令部残余ニテ吶喊ヲ実施ス。サラバ。』以上ですっ!」

「・・・・っ!!」
「明水が陥ちたかっ・・・・!」

磯村少将は、275師団長・劉思芝少将の、穏やかな顔を思い出す。
 
両親を先の世界大戦で失った戦災孤児。努力して士官学校への道を切り開いた苦労人。

親を殺した日本軍の同胞である自分達に対し、憎しみを持って当然であるに関わらず、「遠来の戦友と轡を並べ戦えるは、光栄だ。」と、にこやかに接してくれた人格者。 

台湾へ脱出した妻子が無事である事を、一人密かに喜んでいた優しい夫であり、父親。 

自分が敬愛する僚友。


「閣下!明水が突破された以上、現有戦力での第1防衛線の維持は、最早不可能です!  
残存戦力を纏め、一旦後方のチチハル防衛ラインまで下がるべきであると具申しますっ!」

加納参謀長が目を充血させ、腹の底から苦慮を滲ませ発言する。 
彼も分かっているのだ。 今の事態が、下手をすれば満洲全体を失いかねない事態に直結することを。

満洲を失えば、次は朝鮮半島。その先は―――――日本本土である。

しかしながら、今ここで戦力をすり潰し続けるも又、戦域全体にとって非常にマイナスなファクターである事も。

「・・・現時点をもって、師団は撤退を開始する。軍団司令部、及び中央・左翼各部隊へ通達。 
第31戦術機甲連隊、第322戦術機甲大隊は、可能な限り損失を止め、撤退を開始せよ。 
第33-A、33-B中隊は即時、第323戦術機甲大隊の撤退援護に向かえ。」

「はっ!師団本隊は撤退行動開始。第31、第322は撤退支援・遅延戦闘。第33-A、B中隊は第323の撤退支援戦闘行動。 受領します。」

恐らく、戦術機部隊は殆ど残らないだろうな。 師団長の命令を各部へ通達しつつ、加納繁治朗准将は思った。
 
最悪、自分達も先に逝った第275師団の後を追う事になるやもしれない。
だが、その時はそれでいい。 我々は帝国軍。 日ノ本の光たる皇主陛下、将軍殿下、そして、その全ての民にとっての「醜の御盾」
 
悪戦し、血反吐を吐きながらも、その護剣・その盾として、日ノ本を覆う全ての災厄から守護する「醜き盾」なのだ。

そこには、戦場で朽ち果てる事もまた、彼らに課せられた誓約であった。




1992年5月19日19:05 中華人民共和国 黒竜江省依安北西5km N-20-18エリア
臨編第33-C、-D小隊


『せやかて、何もボロカスにシバキ倒されたワシらを、また引っ張り出してこんでもええんとちゃう?』

『仕方ないでしょ。どこもかしこも戦力不足なんだし。それに撤退回廊維持なら、まだなんとか2個小隊でも対応できるわよ。』

臨時編成2個小隊の指揮官になってしまった、木伏・水嶋両少尉がため息交じりに交信していた。 
二人とも、心底うんざりした様子が伺える。

無理もない。 私、綾森祥子少尉は思った。

あの地獄の戦場で連隊は壊滅した。 光線属種はやはり居たのだ。
こちらの隙を伺うかの如く、巧妙に。

お陰で、9個中隊で編成される連隊が、今や2個中隊プラス私たち2個小隊。 
連隊長・大隊長、そして4名の中隊長が戦死。その中には我らが渡良瀬大尉も含まれていた。

後方への後退命令が出た直後、光線級の直撃を受けて蒸発してしまったのだ。 
口は悪いが、その実、部下思いの、豪快な人だった。

中隊長だけではない。 

私たち第2小隊の安芸信次中尉、第3小隊の志貴野瑞穂中尉の両小隊長。
 
1期先任の村越有美少尉。同期の仁科龍太少尉、藤原賢吾少尉。

そして、親友の佐伯郁美少尉も・・・

郁美は、戦車級に「取り付かれて」しまったのだ。 
彼女の最後の絶叫が、耳から離れない。



『来ちゃダメッ!祥子! 逃げてっ!』 

郁美が取り付かれた時、私は私で、周りのBETAを駆逐するのに精一杯だった。
 
それでも彼女の「撃震」に戦車級が取り付き、装甲を齧るのを見た瞬間、噴射跳躍(ブーストジャンプ)をやってしまっていた。 
光線級が存在する戦場で、だ・・・

『っ!だめだ!08!噴射降下(ブーストダイブ)!!』
 
私の隣で36mmをBETAに叩き込み続けていた直衛君が、切羽詰まった声で叫ぶ。

「くうぅ!」 
跳躍‐降下の急速反転でのGに思わず呻く。 足元には戦車級。 

(あっ・・・ やっちゃった、私・・・)

「死」を直観した私の眼に、今そこにいた戦車級の群が弾け飛ぶ様が見えた。

『無茶ですよぅ!祥子さん!』
 
12・伊達愛姫少尉が支援突撃砲の120mmキャニスターで、着地地点の戦車級を一掃してくれたのだ。

「くっ!」 

なんとか、着地。 でも、郁美の機体との間には、まだ要撃級が2体もいる。 
早くこいつらを倒さないと、郁美がっ・・・!!


『くっ、くそうっ!お前らなんかにっ!お前らなんかにぃぃ!!』
 
普段の郁美からは想像もできない口調。そして、絶望。 
私は焦った。そしてその焦りがまた、危機を呼び込んでしまった。 

「うぅっ!」 
気がつくと、前方に1体、右側方に1体の要撃級に詰め寄られていた。 
回避は間に合いそうにないっ!

『12、FOX2!』
『11。08。右の要撃級は俺がやりますっ!』

愛姫ちゃんの放った多弾頭ミサイルで前方の要撃級が吹き飛び、高速多角水平噴射機動で小型種を振り切った直衛君の「撃震」が、
120mmを右側方の要撃級に叩き込む。

もうすぐ、もうすぐ、郁美を・・・!

『う・・・うわああぁぁぁ!!! くるなぁぁぁ! くるなあぁぁぁ!!』
 
郁美の悲鳴が、響き渡った。
彼女の機体は既に左脚部と右上腕部が全損。跳躍ユニットは脱落していた。


「郁美ぃ!待ってて、もうすぐだからっ!もうすぐ助けるからっ!」

私は前方に湧き出てくる小型種を36mmで掃射しつつ、彼女に向って叫んだ。
でも、一向に距離が詰らない! 四方からBETAが押し寄せているのだ。 
既に友軍は壊滅状態。 BETAは「新しい餌」を求めて次々に群がってくるっ!


『08!祥子さん!駄目だっ!それ以上前に突出したら、孤立するっ!!』

直衛君の声が聞こえる。 何を言っているの?彼は・・・ 
前に行かなきゃ。 前に行かなきゃ。 前に行かなきゃ、郁美が・・・喰われてしまうっ!!


「うるさぁいっ!!どけぇっ!貴様らっ!!どけぇっ!!!」
 
私はすでに半狂乱だったのだろう。
 
直衛君の声も、必死で制止しようとする愛姫ちゃんの声も、まだ生き残っている木伏少尉や、水嶋少尉の制止の声も。  
今の私には、郁美を死なせる「死神の声」だった。

36mmを乱射する。 あっという間に残弾が無くなる。アウト・オブ・アンモ。
近接用長刀に兵装を変更。薙ぎ払うようにBETAに向かっていく。


『05。08。 阿呆!!死ぬ気かっ!戻れっ!戻らんかぁ!!』
 
いつにない、切迫した木伏少尉の声が聞こえる。

『06。12。制圧支援!11は08をバックアップ!!』
 
あぁ、これは水嶋少尉かな・・・?

もうすぐ、もうすぐ、郁美のところに・・・


『来ちゃダメッ!祥子! 逃げてっ!』


郁美の叱責にも似た声が耳朶を打った。

『私の機体はもうダメよっ!動力系も駆動系も、ダウン寸前・・・ 脱出できないっ! 
こっちにきたら、祥子もやられちゃうっ! お願い、逃げてっ!来ないでぇっ!!!』

思わず、体が硬直する。 逃げる?来るな?どうして、郁美!?


『11!08!後退してくださいっ!今なら退路はまだ開いているっ!』
 
直衛君だった。

あぁ、どうして彼は、こんな無茶をするのかなぁ。
自分だって、危ないのに。まだ、初陣終えたばかりの新任なのに。


『祥子さんっ!周防少尉に従ってくださいっ!このままじゃ、二人とも囲まれるっ!』
 
あぁ、これは愛姫ちゃんだ。元気で、愛らしくて、素直で。かわいい後輩。
どうしたの?何を焦っているの?


『07。11。周防少尉・・・ 祥子をお願いね・・・ 
うっ、うわあぁぁぁっ!!! ぎっ、ぎゃぁぁぁぁ・・・・・!!』

あぁ、郁美の声。あれ?どうしたんだろ?郁美の機体、真っ赤な何かが一杯だよ・・・



『05!11! 周防!08の自律制御をお前に渡すっ!(ユー・ハブ・コントロール) 早う戻ってこんかいっ!!』

「11!05!アイ・ハブ・コントロール! 08!高速水平跳躍で後退します!マイナスG体勢!」

俺は08、祥子さんの「撃震」の右腕を持ったまま、急速水平噴射跳躍を行う。
同時に、左右から退路を狭めてきたBETAに対し、36mmを乱射した。

『あ・・あ・・あぁ・・』

佐伯少尉の最後に衝撃を受けた祥子さんは、まだ自失状態だ。戦闘機動は行えない。

「もうすぐっ!もうすぐですから!頑張って下さい、祥子さん!」

くそっ、前方に要撃級。120mmはもう店仕舞だ。36mmでは歯が立たない。どうする?
近接長刀?駄目だ、今は祥子さんの機体を同時に自律制御させている。格闘戦機動は不可能だっ!


『12!11!支援するよっ!!』
 
進路上の要撃級が弾け飛ぶ。後ろから愛姫の120mmを喰らったようだ。 見事。

「11!12!サンキュ!」

かろうじて包囲を突破する。

『05。11。そのままN-16-13まで後退やっ!』

「了解っ!」



師団本部に着いた時、私、08・綾森祥子少尉はやや正気を取り戻していた。
そして、今また、孤立した友軍部隊の撤退支援のために戦場にいる。

親友の佐伯郁美少尉がBETAに喰い殺されたこと。
自分の激情での突出で、隊と、なかんずく、今まで良く面倒を見てきた後任の少尉にまで、自分の救助の為に危険に晒してしまった事。

悔しい、情けない、恥ずかしい、そして、嬉しい・・・ もう、自分でも感情の整理がつかない。

親友の死は、悔しく、悲しかった。彼女の最後の言葉と絶叫は、忘れられないだろう。

彼女は、脱出が不可能と判った時に、親友である私の身が危険に晒される事を拒んだ。

(来ちゃダメッ!祥子! 逃げてっ!) 

そう言い切った彼女。 私はそんな覚悟に相応しい行動ができなかった。 
ただ茫然として、自失していたのだ。

普通だったら、私は死んでいた。BETAとの戦場で、自失など・・・

(もうすぐっ!もうすぐですから!頑張って下さい、祥子さん!) 

BETAの群れの中に単機突っ込んで私を救助した衛士。 
ううん、まだ少年といった方が良い年齢の男の子。

着任当時は、何かにつけ戸惑いがちで。ついつい世話を焼いていた後任少尉。 
そう言えば、何時だったか、郁美にからかわれた。

(祥子、年下もOKなの?) 

意地悪な、それでいて面白そうな、ちょっぴり愛情のある、そんな表情で。 
勿論その時は、むきになって否定したけど。

「はぁ・・・」 溜息が出る。

『どうしたんですか?綾森少尉?』
 
隣の「撃震」の衛士が回線で問いかけてくる。 
えっと、彼は・・・ そうだ、長門。長門圭介少尉。 
直衛君と同期だって言ってた。 

彼も「死の8分」を乗り越え、そして多くのベテラン衛士が乗り越えられなかったあの地獄をも、乗り越えた新任衛士。
 
彼の所属した第321戦術機甲大隊は結局、彼を含め3名しか残らなかったのだ。

「何でもないの。ちょっと、疲れたのよ。」
 
ちょっと、無理して笑顔を作る。 
沈んだ顔をしていると、なおさら悪い想念のスパイラルに陥りそうだったから。

「君は、周防少尉と同期だったのよね?」
 
話題を変えてみる。 
すると彼は、こんな地獄に似つかわしくない程、にかっ、とした笑顔を見せた。

『ははっ、直衛ですか。あいつとは、それ以前、陸軍付属中等学校からの同級生なんですよ。 昔から2人してバカばっかりやってまして。 
4年の進路相談で『衛士訓練校を受験しますっ!』って2人とも言ったら、指導教官が目を丸くしまして。 
その後で『考え直せ。いくらなんでも、お前たちでは無理だ。学力試験は大丈夫でも、訓練校の規則がお前たちを嫌う。』ですよ? 
ひでぇですよ。ホント。』
 
そう言って、愉快そうにカラカラ、と笑う。

思わず私も笑ってしまった。そして想像してみる。 
ヤンチャな男の子二人。教官に怒られても、舌を出して見せるような・・・ 

「ふふふっ・・・」 微笑ましい。


『何話してるんです?綾森少尉?』
 
直衛君だった。 さっきまでは「祥子さん」だったのに。 

本部に帰投して暫くすると、何か顔を赤らめて『無茶は今後、絶対控えて下さい。綾森少尉。』と、きたものだ。 

水嶋少尉が、にやにやしていたのが、ちょっと癪。

『お前の旧悪をな。色々と。』

『何言ってる。お前に引きずられていたんだぞ、俺は。』

言い合いになる二人。 嬉しそうに見ている私。

『どっちもどっちでしょ?全く・・・』 愛姫ちゃんだった。

『綾森少尉。先行隊はN-20-25エリアまで後退。最後尾もN-20-31です。
もうじき、ここまで到達します。 予定時刻は120秒後。最後尾で300秒後です 
水嶋少尉は先行隊に随伴。木伏少尉は最後尾に随伴。
 
私と長門少尉はそのまま先行隊に随伴。 
三瀬少尉と源少尉は、最後尾の木伏少尉に随伴。
綾森少尉と周防少尉は、先行隊・後方隊の中間位置で行動との事です。』

三瀬麻衣子少尉と、源雅人少尉は、長門少尉と同じ第321戦術機甲大隊の生き残りだ。
二人とも、私とは同期生である。

「了解しました。綾森少尉、周防少尉は、先行隊通過、後方隊視認を確認後、先行移動。
両隊の中継任務に当たります。」


しばらくして、先行隊が通過した。

結局、第323戦術機甲大隊は1個中隊分しか残らなかった。
救出に行った第33-A、B中隊も全滅。相原・宮部両大尉も戦死した。

要塞級を防御壁とした光線級が押し寄せてきたのだ。 
正直、よく1個中隊も生き残ったものだと思う。
サポートの私たちでさえ、一時は全滅を覚悟したのだ。
 
ギリギリのところで、渤海湾の米第7艦隊から発進したF-14Aの1個戦隊が、レーザー照射の危険を冒してまで突っ込んできて、
フェニックスをしこたま叩き込んでくれたお陰だった。

その混乱に乗じて、何とか脱出できたのだ。



先行隊の通過が完了した。暫くして、後方隊が視認できた。 

私たちの番だ。

「08。11。出ます。」
 
『11。08。バックスは引き受けます。』

彼の顔が、通信回線で現れる。 
ふふっ、たった2日。たった2日で、自信なさげな、保護欲を刺激していた男の子が、随分逞しい言葉を、表情を、雰囲気を持ったものだ。

私はちょっと嬉しくなる。そして、少しだけ、本当に少しだけ笑みを浮かべる。

「08、直衛君。無茶はだめよ?」 

『・・・・・祥子さん、貴女がそれを言いますか・・・?』

憮然とした、それでいて、ちょっぴり嬉しそうな声。 
私は益々、嬉しくなったのだ。



1992年5月22日 1220 中華人民共和国 黒竜江省依安

その後、第2防衛線も突破され、最終防衛線の大慶付近まで侵攻されるも、
両翼のハルピン、チチハルから抽出された戦力で持って戦線を維持。

その後、西の把蘭屯(ザラントゥン)、東の鉄力(ティエリー)の予備戦力が後方迂回包囲に成功。

BETA群は22日早朝、殲滅された。

確認個体総数12万8800余。 フェイズ2ハイブの推定個体数を大きく上回る数字に、人類は困惑した。


人類側損失:戦術機甲連隊8個全滅。機甲師団5個全滅。
機械化歩兵師団4個全滅。航空旅団6個全滅。

帝国軍第21師団はその戦力の89%を喪失。解隊となった。
残存将兵はそのまま大陸派遣軍各部隊への補充要員として分散再配備される。

木伏一平少尉、水嶋美弥少尉、伊達愛姫少尉。

そして綾森祥子少尉と周防直衛少尉も又、再配属先に赴任していった。

彼らのその後がどうであったかは、戦史は語らない。




[7678] 北満洲編‐幕間その1
Name: samurai◆b1983cf3 ID:e178b4cc
Date: 2009/04/02 03:33
1992年5月27日 1515 中華人民共和国 黒竜江省 依安西方80km 嫩(ネン)江



「レッド03よりCP。W-44-81エリア。残存BETAは確認されず。繰り返す。残存BETAは確認されず。」

≪CPよりレッド03、了解。レッド-Bは引き続きW-44-83エリアまでの哨戒を継続せよ。≫

「レッド03、了解。」

それにしても、酷い有様だ。 俺、帝国陸軍衛士少尉・周防直衛は網膜スクリーンに映る光景を見て、顔をしかめた。
なにしろ・・・

『糞BETAの死骸だらけだな。所々、友軍の残骸もあるが・・・』

レッド04、長門圭介少尉が、同じ印象を受けたのか、そう呟く。

何しろ、付近の荒野、一面BETAの死骸だらけだった。
既に腐敗が始まっており、強烈な悪臭を放ち始めている。

恐らく、後一週間もすれば急速に崩れ、乾燥化が始まるだろうが。
それまでは、まともに息も出来ない程の悪臭なのだ。

18日から始まり、つい5日前に収束した北満洲での、BETAの大規模襲撃の痕だった。

この一連の戦いで、俺たちの所属師団はほぼ壊滅。
中核戦力の戦術機部隊は、戦闘前には3個連隊・324機の定数を充足していたのが、戦闘終結時、残存24機。
実に300機からが失われてしまった。

それだけでなく、基地施設もほぼ全壊。 現在は野営状態だった。

(一番の問題は、それじゃないけどな・・・)

そう思った瞬間、機体ステータスチェックが働き、イエローアラームが点滅する。
今度は、右脚部の膝関節か・・・

「レッド03より、04。右膝が笑い始めた。 RUNはちょい、きつい。 
NOE(匍匐飛行)で行きたいけど。」

僚機の圭介に確認する。

『04より03。構わないけど、俺の機体は、推進剤残量は30%を切った。
帰りの分も考えたら、巡航で20分以上はきついぞ?』

「ああ、俺の機体も同じ様なもんだ。とりあえず、W-44-82まで行こう。10分程度だ。
そこからなら、残りはRUNでも問題無いだろう。」

『了解。リード。』

俺と圭介、2機の「撃震」が跳躍ユニットの出力を定格まで上げて、巡航速度でのNOEを開始する。

今のところ、どの哨戒区域からもBETA発見の報告はない。 NOEでも大丈夫だ、と踏んだ。

『にしても、吹けが悪い。何か咳き込んでる感じだよ。』

「仕方ない。何しろ8日間、まともな整備無しで酷使しているしなぁ・・・ そろそろ、こいつもダメかもな。」

『はぁ・・・ となると、またもや<共食い>か・・・』

そうなのだ。
今現在、俺たち衛士を悩ます一番の問題は、満足な食事がない(毎食C-レーションは飽きた)事や、
寝床も無い(歩兵用の野営テントで寝ている)事ではない。(それも、問題だが)

戦術機の整備が出来ないことだ。

糞BETAは、基地機能をしっかり、すっかりぶち壊し、喰い尽してくれた。
お陰でオーバーホールどころか、簡易整備すらままならない。

野戦整備車両が、後方から出張って来てくれているが、それでも限界がある。
予備パーツも無い。

結果はどうなるかと言うと。

臨終を迎えた機体・気息延々の機体から、使えるパーツを根こそぎ剥ぎ取り、まだ稼働している機体の予備パーツにする。

所謂、「共食い<カニバリズム>整備」を行っている状態だ。
実に、敗戦部隊の末期症状と同じなのである。

『ちくしょ、やっぱり出力系がそろそろダメかな。どうしても、吹き上げが足りない。推進剤の燃費が悪くなっている。』

圭介の機体は、主機の出力系か・・・

「俺のは、駆動系だ。そのうち、機体がフリーズしそうで怖いよ。」

『お前のは、伊達の機体との<ニコイチ>だっけ? 俺のは三瀬少尉の機体とだけど。』

「あぁ。愛姫は結構、機体をぶん回すから。使えるパーツっても、結構疲労が蓄積されていたのかな。」

因みに、<ニコイチ>とは、2機の機体のパーツを寄せ集めて、1機をでっち上げる事だ。

現時点で、機体を「取り上げられた」旧・臨編第33-C,D小隊の衛士は、木伏一平少尉、
源雅人少尉、三瀬麻衣子少尉、伊達愛姫少尉の4名。

そこで、臨時の臨時小隊を、01・水嶋美弥少尉を小隊長に、02・綾森祥子少尉、
03・周防直衛少尉、04・長門圭介少尉で編成。

現在、第3機甲軍団司令本部直属の偵察・哨戒小隊となっている。

今は午後の2直目。後40分少々の哨戒任務に、俺と圭介のエレメントが就いている。



NOE開始から5分。 お互い機体の調子の悪さにヤキモキしているところに、CPから回線通信が入る。

≪CPよりレッド-B。現在地を知らせ。≫

「レッド03よりCP。レッド-B現在地、W-44-82東方10km。巡航NOEで西進中。」
現在地・進路を連絡する。

≪CP了解。レッド-Bは通常哨戒任務を解除。指定ポイントまで進出し、当該区駐留の友軍部隊の指揮下に入れ。 
指定ポイントは、W-45-90。 友軍部隊は<フェンリル> 指揮官コードは<フェンリル01> 以上。≫

「・・・レッド03よりCP。 了解・・・ でも、内容くらい教えて下さいよ、三瀬少尉。」

臨時にCP将校代理をしている、三瀬麻衣子少尉に、些か恨みがましい口調で問いかける。
何せ、本当に機体のステータスは余裕が無いのだ。
これ以上、厄介事は勘弁して欲しい。

≪CPよりレッド03。周防少尉。 民間人の保護と、安全区までの避難護衛よ。≫

「民間人っ!?何で、そんな場所にっ!?」

『指定ポイントは、BETAとの最前線付近ですよ? そんな所に、集落なんかないでしょうに・・・』

圭介も、俺とおなじ疑問を口にする。 
当然だ。 誰が好き好んで、あんな化け物と隣り合わせの土地に住むものか。

≪・・・こっちも知らないわよ。兎に角、司令本部からの正式命令よ。 四の五の言わず、さっさと行きなさい?≫

むっ・・・ 機体を取り上げられたから、少々不機嫌そうだ。 触らぬ神に祟りなし。

「レッド03、了解・・・ はぁ、04、圭介。お仕事、お仕事・・・」

『勤労少年は、大変だぜ・・・』

≪帰ってきたら、王炊事班長が、取っておきの肉団子スープ、作ってくれるって。≫

げっ!あの、野鼠の肉団子!?

「03よりCP。 C-レーションで結構ですっ!!」
『04よりCP。 同じくっ!!』

≪?・・・ 美味しいのに・・・≫

あんた、味覚は本当に日本人かっ!?
俺と圭介は、同時に心の中で突っ込んだのだった・・・




1992年5月27日 1535 W-45-90エリア近郊 


『04より03。あれじゃないのか?』
圭介より通信が入る。

俺は戦域MAPを確認。事前に連絡されていた<フェンリル>の部隊構成と、MAPのフレンドリー・コードを見比べる。

「・・・戦術機が6機。 4機が中国軍の殱撃8型(J-8F・フィンバックB)、2機が韓国軍のF-5EタイガーⅡ。
機械化歩兵部隊が、中国軍の88式歩兵戦闘車1両、80式装甲兵員輸送車が3両の1個小隊。 輸送用の半装軌車が10両・・・
間違いないな。 <フェンリル>だ。」

俺と圭介の「撃震」は、<フェンリル>とのランデブーコースに機体を乗せる。

「こちら、日本帝国軍第3機甲軍団・偵察哨戒小隊・Bエレメント<レッド-B> リードのレッド03です。
<フェンリル>リーダー、応答されたし。」

・・・・・

「? こちら、レッド-B。 <フェンリル>、応答 『こちら、フェンリル01』・・・」

ようやく、返事しやがった・・・ しかも、音声のみ・・・

『フェンリル01より、レッド03。貴エレメントを確認した。 IFFが些か不調でな。申し訳ない。』

IFF不調!? 勘弁しろよ・・・

『レッド-B。済まないが、北西2kmの地点に小規模なオアシスが有る。 
そこまで移動してくれ。 部隊は一旦、そこに集結する。』

「レッド03より、フェンリル01。了解。 集結ポイントまで移動します。」


『何か、先が思いやられそうな予感・・・』
「言うなよ・・・」

圭介のこの手の「予感」は、往々にして的中する。 俺は些か以上に暗澹たる気持ちになってしまった。




1992年5月27日 2010  W-45-90エリア近郊のオアシス


<フェンリル>が、ここに移動したのは理由があった。
「避難民」が、この場所に居座っているからだった。

「厄介事に巻き込んでしまって、申し訳ないな。少尉。」

フェンリル01。中国陸軍の衛士、周蘇紅(チュウ・スゥホン)上尉(上級中尉)が振り返りつつ、苦笑する。

「いえ。民間人保護任務です。厄介事などと・・・」

「ふむ? ・・・・ふむ。 なかなか殊勝な心がけだな? サムライの心がけ、というやつか?」

ずいっ、と、俺の顔を覗き込むように、顔を近づける周上尉。 

うっ、近すぎるって。 
上尉の翡翠のような瞳が、面白そうに光っている。
小柄な人なので(160cm無いだろう。155cm位か)、背伸びして見上げるように俺を見る。

あ、む、胸が当たってますって!上尉! 

小柄なくせに、出るとこは出て、引っ込む所は引っ込んでいるプロポーションだ。
あまり、そう、ひっつかないでくれっ・・・!!

「いっ、いえっ。帝国軍人としての心構えでありますっ!」

実際、帝国軍では入隊当初から「醜の御盾」たる事を、事あるごとに叩き込まれる。
それは、「すべての民」にとっての「盾」でもある。 そこに民族・人種は関係ない。
俺はそう解釈している。


「・・・ま、いい。兎に角、我々<フェンリル>の任務は、このオアシスにいる『避難民』を、後方の安全区まで護送する事だ。
今のところ、付近にBETAは確認されていないが、気は抜けない。
最も、大型種が出てくる『門』は、最低でもここから300kmは北だからな。それは心配無いが。
気をつけるのは『はぐれ』の小型種だ。
戦闘終了後5日経過した。地上に出てきた連中は、大抵はエネルギー切れだと思うが、完全に大丈夫とは言えん。
まぁ、戦術機2個小隊が有れば、大抵は対処可能か・・・」

「はっ。小官もそう考えます。」

「ん・・・ あ、それとな、少尉。」

「はっ。」

「私の隊では、余程でない限り、堅苦しい事は抜きにしている。 
君と、04の衛士も、そのつもりでいてくれ。」

へぇ? 以外だ。 
中国軍って、結構そう言う所は、四角四面だと思っていたんだが。

「以外か?」

人の悪そうな笑みを浮かべて、周上尉が言った。

「い、いえっ! そのような事はっ・・・」

「ふふ・・・ 」

焦るなぁ・・・

と、周上尉は次の瞬間、苦笑とも、自嘲とも、何とも言えない笑みを浮かべて呟いた。

「教条主義者の政治将校が、いないのだ。
せめて、こんな時くらいは、人間味を出しても悪くはなかろう・・・ 」







1992年5月27日 2205  W-45-90エリア近郊のオアシス


「つまりね。避難民って言っているけど、彼等は遊牧民なのよ。」

ブルーバード01・韓国陸軍衛士の、朴貞姫(パク・ジョンヒ)少尉が羊肉の串焼きを頬張りながら言った。
まだ幼さの残る顔立ちの女性衛士だが、19歳。俺や圭介より1年先任である。

「貞姫、はしたないわよ?」

ブルーバード02・やはり韓国陸軍衛士の李珠蘭(リ・ジュラン)少尉が窘める。
こちらは、落ち着いた、お姫様然とした女性衛士だ。
朴少尉とは、同期らしい。

因みに最初、「『イ』少尉」、と言ったら、『イ、じゃなくて、リ、よ。』と訂正された。
何でも、「イ」は南部の発音。「リ」が北部だそうだ。 

で、李少尉は北部のピョンヤンの出身だそうで。
因みに朴少尉は、南部の光州だそうだ。

「遊牧民ですか? 
でも、この辺りは漢族や、ツングース系が住民ですよね? 満州族とか。
漢族は農耕民だし、ツングース系は半分狩猟、半分農耕でしょう? 
遊牧民はいないのでは?」

何気に、歴史・民族誌に詳しい圭介が疑問を挟む。

ふぅ~ん? 遊牧民って、ここらにはいなかったのか?
なら、なんでこんな所に居座っているんだ?


「それは、さ・・・」

ちょっと、言いにくそうに朴少尉が、中国軍衛士達を見る。

その視線に苦笑しつつ、中国軍衛士がこっちを見ながら話し始めた。

「彼等は元々、中国人じゃないの。」

フェンリル02・中国陸軍の趙美鳳(チョウ・メイホウ)少尉だった。

周上尉とは反対に、長身の女性衛士である。 175cmはあろうか。
些か以上に「お転婆」な印象の上官と反対に、落ち着いた感じの女性だ。 
20歳だと言う。

「・・・中国人じゃない?」

どういう事だ?

「彼等はモンゴル族なの。」

「・・・・モンゴル・・・ あっ、ウランバートル・ハイブ・・・」

そうだ。彼らの故郷は既にBETAの勢力圏だった・・・

「ええ、そう。 
故郷を追われて、東へ東へ。そうやって『避難』してきた人たちよ。」

確か、モンゴル政府は国ごと消滅した。
彼等は完全な「流亡の民」か・・・

「成程ね・・・ 故郷には帰れない。
でも、今更『石の家』には、住めない、って事ですか・・・」

圭介曰く、遊牧民は都市定住を「石の家に住む」と言うらしい。

「気持は、解らないではないのだけれど・・・」

うつむき加減に、フェンリル03・中国軍衛士の朱文怜(チュ・ウェンリン)少尉が呟く。
彼女の故郷は、四川省の「重慶」だった。 
今は、ハイブになっている・・・

「でも。それでもやっぱり、安全区へ行くべきよ。
ここに止まっていたら、いつか必ずBETAに喰い殺されるものっ」

そう言うのは、フェンリル04・中国軍衛士の蒋翠華(ジャン・チュイファ)少尉。
彼女も四川省。成都の出身。 家族は今、福建省に避難していると言う。


上海出身の周上尉や、杭州出身の趙少尉と違い、朱少尉と蒋少尉は故郷から逃げ出す時に、親族を幾人か失っていると言う。

「幼馴染や、学校の友達も、半分以上が助からなかったわ・・・」

ぽつり、と蒋少尉が呟く。

朱少尉がその言葉を受けて、呻くように続ける。

「だから、助かる人が、助けられる人が、死んでいくのは、もの凄く、悔しい、悲しい・・・
私も、小翠(シャオチュイ、「翠華」の愛称)も、もうそんな光景、見たくないのよ・・・」


朱少尉と蒋少尉は、俺達と同い年の18歳。
今よりずっと以前の、まだほんの子供の頃に、そんな強烈な体験をしたのか・・・

未だ本土にBETAの襲撃を受けていない、日本人の俺と圭介は、なんとなくかける言葉を失って、無言で羊肉を食い続けた。


「何だ、お前達? 辛気臭い顔をして。 
美鳳、文怜、翠華。 最早我が軍では、希少価値モノの男性衛士が目の前にいるんだぞ?
そんな辛気臭い顔していちゃ、セックスアピールもくそも、ないだろうが?」

あっはっはっ

豪快に笑って、周上尉が輪に加わる。

「ぐっ!」 
「ぐほっ!」

俺と圭介が、思わずむせる。
いったい何を言い出すんだ、この人は・・・

「「「上尉!」」」

3人が顔を赤らめ、叫ぶ。

「どうだ? 周防少尉、長門少尉。 
ウチの隊はこれでも結構、綺麗どころ揃いだと踏んでいるんだが?
何、中日友好の懸け橋だ。3人の中で気に入ったのがいれば、今晩、私は何も見なかった事にするぞ?
この際、国際結婚もいいぞ?」

「上尉、お戯れが過ぎますよっ そんな急に、趙少尉や、朱少尉、蒋少尉に失礼でしょうっ」

何故かうつむき加減の中国女性陣3人を横目で見ながら、俺は思わず強い口調で言ってしまった。
・・・流石に、他国軍とは言え、暫定的に上官に対してまずいか?とも思ったが・・・

「何だ?ウチの娘達では不満か? 
ん? じゃ、朴少尉のようなタイプが好みか? 
李少尉は、ウチの文怜と似たようなタイプだからな・・・」

「「んなっ!?」」

思わず、朴少尉とハモってしまった。
で、二人思わず、顔を見合せ、お互い赤面する・・・


「直衛の好みか・・・
この中じゃ、趙少尉成分と、朱少尉・李少尉成分を足して、割って。プラスアルファ、だな・・・」

おい、そこの。 
下手な事、ぬかすんじゃねぇ!!


「ほほう? 3人も相手にするか・・・ ふむ。豪気、豪気。」

カラカラ、と呵々大笑する周上尉。

「なっ!? ちっ、違いますってっ!!! ・・・・?」

えーと?
趙少尉? 何ですか? その俯き加減の、恨めしそうな表情?
朱少尉? 横目で、ジト眼で見ないでくれ。
李少尉? あの、視線がとっても冷たいです。 ツンドラ気候の如く・・・


「あ、でも。 朴少尉や蒋少尉も有りか?
二人とも、伊達とキャラ被るところがあるしなぁ・・・」

圭介、手前ぇ・・・ も、誰か・・・ 止めてくれ、この馬鹿・・・ 
って、何、愛姫を引き合いに出してるんだよっ! んなんじゃねぇよっ!!


「・・・今度は、否定しないんですね・・・」

ぽつりと呟く、クールビューティ・趙少尉。
はいっ!?

「私は、小翠みたいに、明るくないし、可愛いくないし・・・」

いえいえ。 十分お淑やかな美人さんですよ? 朱少尉。

「高慢とか、アイスドールとか・・・ 私だって、好きで言われている訳じゃありません・・・」

李少尉!? な、泣き出しちゃったよっ!? この人・・・

「「・・・・っぽ・・」」

おーい? 朴少尉? 蒋少尉?


・・・・って、えっ? 皆の椀に入っている、液体は・・・

ぐいっ。 一口飲む。
ぐえっ! 何だっ? この強烈な酒はっ?

「白酒だ、な・・・」
「圭介?」
「中国の蒸留酒。別名『白乾児(バイカール)。 因みに、アルコール度数50度以上。』
「げっ!」

「皆、酔っ払いかよ・・・」




その後、延々と艶っぽい酔態で、愚痴り始めた超少尉、朱少尉、李少尉につかまり。

ぽーっと、顔を赤らめた、朴少尉と蒋少尉の視線に耐えつつ。

俺はある女(ひと)の姿を脳裏に描いていた。
もっとも、その姿は何故か眉間に少し皺をよせて、不機嫌そうだった・・・



隣では、圭介が周上尉と馬鹿話に興じている。

こいつの要領の良さに、ほとほと感心しつつ。
俺が解放されたのは、日付が変わり、皆が沈没した頃だった。



[7678] 北満洲編‐幕間その2
Name: samurai◆b1983cf3 ID:e178b4cc
Date: 2009/04/02 23:49
1992年5月28日 0545  W-45-90エリア近郊のオアシス



昨夜の狂宴から一夜明けた。

(空気が綺麗だな・・・)

周防直衛が、起きぬけに実感した第一印象だった。
この北満洲に赴任して、そろそろ2ヶ月。 ついぞ感じなかった事だ。



(まぁ、今まではBETAとの初陣の事が気になって、一杯一杯だったけどな・・・)

清冽な朝。このままぼんやりするのが惜しくなった俺は、オアシスの周りを「散歩」と洒落込む事にした。

朝日が眩しい。 朝靄が幻想的な光景を作り出している。
空はすっかり、夜がその支配を陽の光に譲っている。

ふと、小さな泉の畔に、子供たちが数人戯れているのを見つけた。

(この子達は、故郷を覚えているのだろうか。 それとも、避難の道すがら、生まれた土地を故郷と思っているのか・・・
それでも、その土地にはもう帰れない・・・)

柄になく感傷的になって、子供達を見ていたら、そのうち一人の女の子が、こちらに気づいたようだ。
しばらく不思議そうにこちらを見ていたが、そのうち恥ずかしそうに微笑んでくれた。

「おはよう。何しているんだい?」

俺は別段、モンゴル語を話せるわけじゃない。
だが、強化装備の自動翻訳機能と、同じく外付けの自動翻訳・音声出力装置のお陰で、この子達にも話は通じる筈だ。
些か、違和感は有るだろうけど。

「?」

あぁ、やっぱり、不思議そうな顔をしている。
それでも、もう一度声をかけてみる。

「おはよう。何をしているんだい? お母さんのお手伝いかな?」

「うん。みずくみ。 あさごはんのおちゃ、つくるの。」
通じたようだ。

「そうか、偉いな。 
名前はなんて言うの? お兄ちゃんは、直衛。 『な・お・え』って言うんだ。」

「なまえ・・・? なまえ・・ 『ウィソ』!」
「ウィソ?」
「うん。 ウィソ!」

そういって、その小さな女の子「ウィソ」はニコッと笑った。

そうしている内に、他の子達もやって来た。
この子達は、いまオアシスにいる氏族の幼少から、10歳前後の子供達のようだった。

男の子が、ユルール、オユントゥルフール。
女の子が、ムンフバヤル、ナランツェツェグ、そして、ウィソ。

ユルールが、ウィソの兄。 ムンフバヤル、オユントゥルフール、ナランツェツェグが姉弟。

今まで旅してきた土地、大きな森のある山を越えて来た事(大興安嶺の事だろう)、草の豊かなこの辺りの事。

皆、楽しそうに、眼を輝かせて話している。
この子達には、未だ世界は氏族の囲まれた世界であり、その眼には未だ絶望は宿していない。
素直で、綺麗な、無垢の瞳だった。

「あれ? 周防少尉? もう起きていたんだ。 おはよう。」

後ろから、蒋翠華少尉が声をかけてきた。 ・・・どうやら、酒は抜けているようだ。

「ああ、おはよう。 蒋少尉。 ちょっと前に目が覚めてさ。」
「で? 今は保父さん?」 
そう言って、くすくす笑う。 そんなに変か?

「ちがうよっ なおえだもん。 すおー、しょーい、じゃないよ?」 
ウィソが「間違い」を訂正している。

「あぁ、そうね。 『なおえ』だったわね。」 
そう言って、蒋少尉はにこりと微笑んで、ウィソの頭を優しく撫でる。

へぇ、こうしてみてると、優しい「お姉さん」だな、彼女は・・・

「ん? 何?」
「いや・・・ 別に?」

一瞬、見とれてた、なんて言えやしない。

その内、この子達の母親だろう女性が、子供達を呼んだ。
あぁ、朝食の準備だったっけ。邪魔してしまったな。

「なおえ、またねっ!」 「お兄ちゃん、またあとでねっ!」 「バイバイ!」
子供達が元気にゲル(天幕)へ走っていく。

「・・・貴方って、結構、人誑しなのねぇ・・・」
「言うに事欠いて、『誑し』かよ。」
「あら、誉めてるのよ?」 くすくす笑いながらじゃ、説得力無いぞ・・・

「朝食の準備できたようよ。 ま、C-レーションだけど?」
「げぇ~・・・・・ 」
・・・もう、食い飽きた・・・



簡単な(簡単すぎる)朝食の後、当日の行動予定のブリーフィング。
その後で、若干の時間が空いた。

偶々だが、機械化歩兵部隊にモンゴル族出身の兵士がいたので、さっきの子供達の名前の由来なんかを聞いてみた。
因みにその兵士は、内蒙古出身で、国籍は中国籍の「中国人」なのだが。

「オユントゥルフール」:知恵の鍵
「ムンフバヤル」:永遠の喜び
「ナランツェツェグ」:ひまわり
「ユルール」:祝福
そして「ウィソ」は、「すずめ」

「ウィソ」確かに、小さいが、軽快に空を飛ぶ、すずめの様な娘だったな。


などと考えていると、圭介がやって来た。
何やら、表情を曇らせている。

「圭介、どうした?朝っぱらから? とうとう、機体がご臨終か?」

「違うよ。 どうやら、避難民の雲行きが怪しい。 
さっき、周上尉と機械化歩兵小隊の小隊長とで、避難民の所へ出発の指示を出しに行ったようだけど・・・」

騒がしい。
天幕の方で、何やら口論しているようだ。

「見に行くか?」
「ん・・・ あ、趙少尉。」

丁度、天幕の方から歩いてきた趙美鳳少尉に声をかけた。

「あら、周防少尉、長門少尉。進発の準備はどうです?」
「準備はOKです。 ・・・向こう、どうしたんです?」
顔を天幕へ向ける。

趙少尉は肩をすくめ、溜息をついた。
「お年寄り達がね。 あ、氏族の長老衆だけど、ここを動かない、って、頑固なの。
昨晩までは、不承不承、南へ行く事に同意していたのに。
今朝になって急によ? ホント、困ったわ・・・」

「ここを動かない!? じゃ、皆ここに止まるんですか? 趙少尉っ!!」

急に後ろから、蒋少尉が割り込んできた。 ・・・びっくりしたぞ?

「小翠・・・ ええ、そうなっちゃわね・・・」
「でもっ!移動しないとっ! ここじゃ、安心して暮らせませんよっ!」
「それは、そうなんだけれど・・・ 上尉も強硬な手段は取りたく無さそうだし。
何とか説得してみる気みたいだけど・・・ 難しいかも。」
「私っ! 行ってきますっ!」
「えっ!? あ、ちょっと? 小翠!?」

あっけにとられている内に、蒋少尉は脱兎の如く、天幕へ走って行った。

「・・・」 俺。
「・・・」 圭介。
「・・・ふぅ・・」 趙少尉。

「・・・周防少尉、長門少尉。申し訳ありませんけど、蒋少尉を連れて来て頂けません?
私は、出発準備を整えないといけませんので・・・」

周上尉が説得に手古摺っている今、副隊長格の趙少尉が準備の指揮を執らねばならない。

「解りました。では周防少尉が。 自分は各機体のステータスチェックを確認します。」

おい、圭介・・・

「助かります。長門少尉。 ・・・周防少尉、蒋少尉をお願いしますね。」
「・・・はっ。」

圭介。 帰還したら、覚えておけよ?



「ですから、長老。この土地も既に危険なのです。 
いつ、BETAの襲撃が有るか解りません。
とても、一族の方々が安心して住むのに、相応しい土地ではないのです。」

周上尉が、些か疲れの見える顔で説得に当たっていた。
機械化歩兵小隊の小隊長は、既に諦め顔だ。
傍らに、何かに耐える表情の蒋少尉が佇んでいた。

「・・・ワシらは、ずっと昔から、こうして生きてきた。
上天の蒼き狼と、白き牝鹿が番ったその昔から。
ワシらは、石の家には暮らせん。 
天と、草原の間こそが、ワシらの揺り籠であり、世界じゃよ、お若いの・・・」

「しかし、今一度。 一族の方々の安全を、ご一考下さい。
もし、BETAに襲撃されたら、あなた方は身を守る術をお持ちでは無い。
それは、良くご存じの筈です。」

「・・・その時は、その時こそは、我ら一族。 敵わぬまでも戦い、滅びよう。
それが、天命というものじゃよ・・・」

何をっ・・・

「何を言っているんですかっ!!」
蒋少尉が激発した。

「蒋少尉! 上官の会話に口を挟むなっ!!」
周上尉が厳しく叱責する。

それでも、今日の彼女を押し留める事には、いかなかったようだ。
「戦うっ!? 滅びる!? 何言っているんですかっ!!
BETAは! そんな感傷が通じる相手じゃないっ!
男も、女もっ! 大人も、子供もっ! 年よりもっ! 赤ん坊もっ!
みんな関係なく、喰い殺しちゃうんですよっ!?
悲鳴を上げてもっ! 泣き叫んでもっ! 奴らには何の関係もないっ!
ただただ、食らい尽すんですよっ!
それをっ・・・・ それをっ!!!」

「蒋少尉! もういいっ! もうやめろっ!」

これ以上は、下手をすれば軍法で裁かれかねない。
俺は蒋少尉の腕をつかみ、引き寄せて止めさせようとした。

それでも、彼女は止まらなかった。 涙声になりながら。

「・・・・明明もっ! 小漣もっ! 小蘭もっ! みんな助からなかったっ!
助けてっ! 死にたくないっ! みんな、みんな、叫んでたのにっ!
みんなっ! BETAに喰い殺されたっ! 
お婆ちゃんもっ! 叔母さんもっ! 従弟の亜嶺もっ! 
美蘭姉さんのお腹には、赤ちゃんがいたっ!
みんなっ! 喰い殺されたっ! 
死にたくなんか、無かったのにっ! 生きたかったのにっ!
なのにっ・・・・ なのにっ・・・・!」

周上尉が目配りをした。
俺は、未だ激しく嗚咽を漏らす蒋少尉を抱きよせ、そのまま天幕から離れた。





天幕を離れ、衛生兵を呼ぶ。 独断だが、鎮静剤の無針注射を頼んだ。

「状況が状況ですので、通常の半分の分量にしたいと思いますが。少尉殿。」

「ああ。それが良いなら、君の専門職掌の範囲内で処置してくれ。
指示は『俺が出した』からな。」

「・・・了解であります。 数分で、落ち着かれると思います。」

「解った。あと、戦術機部隊の朱少尉を呼んできてくれ。
それと、経緯を趙少尉に報告。 俺からだと言ってな。
俺は、天幕の方へ戻る。」

「はっ!」





「・・・・蒋少尉は?」

天幕へ戻った俺に。周上尉が問いかけた。

「鎮静剤の投与を、無断ですが指示しました。 但し、通常の半分の分量です。
直ぐに落ち着くだろうと、衛生兵は話しております。」

「・・・・解った。」

周上尉の表情は、先ほどに比べて、更に険しかった。
交渉は決裂か?

ふと見ると、ウィソやユルール達がいる。
微かに微笑んで、手を振ってやる。

すると、母親の制止を振り切って、こちらに駆け寄ってきた。


「・・・・随分と、曾孫達が懐いておる様じゃ、お若いの。」
長老が目を細めていった。 彼の曾孫だったのか。

「・・・・元気で、素直で、明るい。良い子たちです・・・」
「・・・ふむ。何やら、含む所がおありじゃの? お若いの・・・」

周防少尉。と、周上尉が制止するように呼びかける。
だが、これだけは、言っておきたかった。

「長老。まずは、先ほどの蒋翠華少尉の無礼、同僚として謝罪します。」
「ふむ・・・?」
「ですが、彼女の言も一理ある所、ご理解頂きたい。
あの言葉は、BETAの恐怖を知る者の言葉。
身内を、友人を、愛する者たちを、喰い殺される。
その恐怖と、悲しみと、悔しさと、絶望とを知る者の、心からの言葉なのです。」
「む・・・」

ウィソの頭を撫でてやる。
「・・・この子達に。 
この子達の瞳から、明るさと。素直さと。光を奪って。
恐怖と。悲しみと。悔悟と。絶望を、与えるおつもりですか・・・?」

「・・・・その様な生は、晒させぬ・・・」

っ!!

「では・・・ その生の最後に。 
今まで、世界は光ばかりだと笑っていた、この子達の、短い生の終りに。
底無しの絶望を刻みつけて、終わらせるおつもりですか?」

「・・・・・若造っ!!」

「いかにもっ! 俺は若造ですっ!

・・・・生きてきた時間も、経験も、苦悩も、背負った責任の重さも。
長老、貴方の足元にも及ばない、若造です。
ですが、そんな若造でも、解る。
この子達の瞳の光は、あなた方、一族の大人達にも向けられている。

この子達の瞳に映る世界が光なら、その光は、あなた達でもあるんだ。
あなた達が子供の頃、そうだったのではないのですか?

あなた達は、光である事を捨てて、絶望になると言うのですか?
・・・・であるのなら、この子達の生は、救われない。」

俺は、長老から目を外し、周上尉に向き直る。

「上尉。意見、具申致します。」

「・・・・言ってみろ。」

「避難民全員の移動が不可能な場合。
せめて子供。そして、その親達だけは、無理にでも護送すべきです。」

「・・・・年寄り達は、見捨てるのか?少尉。」

「避難民の安全な護送に、阻害要因が発生した場合。 我々はその要因を速やかに排除すべきであります。」

「・・・・その『排除すべき要因』が、人類でも、か?」

「その『人類』を。 『人類の未来』を守る為、阻害要因の速やかな排除を、具申致します。」

賭け、だった。
俺とて、老人達を。ウィソの曾爺さんを、見殺しになんてしたくない。
ウィソはさっき、長老の袖をしっかり握っていた。
恐らく、曾孫娘に優しい、曾爺さんなのだろう。

だから、長老が残るとなると。 一族は皆残る。 恐らくは、絶対に。

長老。 気づいてくれっ! 
あんたの可愛い曾孫娘に! 蒋少尉が味わった絶望を、味あわせない為にっ! 
あんたが動いてくれっ!




「・・・・・ワシは、愚か者か? 愚か者だったか? お若いのよ・・・?」

「長老。 貴方の決断は、一族の賢き誉となるでしょう・・・」

「・・・この齢にして、若きに諭されるとは、な。 ふふっ・・・」

「自分ではありませんよ、長老。」

「・・・ふむ。 確か、周上尉、と申されたか? 隊長殿のお名は?」

周上尉が背筋を伸ばし、敬礼する。
「はっ! 中華人民共和国陸軍・周蘇紅上尉であります。」

「ふむ・・・ 貴女に感謝を。 
そして、悲しき思いを、強き魂で打ち克つ、あの乙女に感謝を。
わが一族は、南へ行こう。 いま暫くは、石の家に住まおう。
いつか、いつの日か、草原に帰るその時まで。」

「はっ! では、出発の準備も有ります故。
1時間後に出発とさせて頂きます。
宜しいか?」

「ふむ。承知した。」







何とか、なったか・・・・
俺は膝が砕けそうな想いだった。

急に緊張感から解放された為だろう。 情けない。

「・・・蒋少尉といい、周防少尉、貴様といい。
上官を何だと思っておるんだ? ん?」

部隊へ戻る道すがら、周上尉は些か拗ねたような口ぶりで睨みつけてきた。

「はっ! 自分は、理解ある上官の指示の元、説得工作に着手致した所存でありますっ!
然しながら、数々の上官よりの指令の無視については、抗弁の余地は有りませんっ!
厳重なる処分は、覚悟しておりますっ!」

ちょっと、やりすぎたか、な・・・・?

「ふん。理解ある上官? ああ、そうだろう。
私ほど、理解ある上官はおらんぞ?
説得工作? ふん、まぁいい。
上官の指令の無視? 全くだ。全くもって許しがたい。
抗弁の余地はない? 当たり前だ。抗弁なぞさせるものか。」

げっ・・・ ヤバい。非常にヤバい。 暫定的とはいえ、上官だ。
下手すれば、原隊に引き渡された後に待っているのは、強面の野戦憲兵隊、なんて事になりかねない。

知らず知らず、背中に冷たい汗が流れる。

「・・・ふん。厳重なる処分・・・?
貴様はっ!! 私をっ!! 笑い者にする気かっ!!!!」

「っ!!」

腸から震えが来るような、怒号だった。

「隊長の私がっ! 説得しようとして出来なかったっ! あのご老人をっ!
貴様は説得したっ! 
その過程でっ! 上官である私の制止を無視したとしてもだっ!
その貴様をっ! 厳重なる処分っ!? 
あぁ、私はいい笑い者だろうよっ!! これ以上無い、無能者としてなっ!!!」

「っ! 申し訳ありませんっ!」

「謝るなっ! バカ者っ!!!」

くぅ~~~っ! どうすりゃいい!?


「・・・感謝しておるのだ、私は・・・・・」
不意に、周上尉が呟いた。


「情けない事に。 私は貴様の言葉を、その時まで気づかなかった。
部下の蒋少尉の、絶望もな・・・
全く。我ながら度し難い戦術機馬鹿なのだ・・・」

あ、馬鹿って。認めてるんだな・・・・

「何だと?」

「はっ!? い、いえ。 何も申しておりませんっ!」

「ふん? そうか? 
何やら、貴様が私を、馬鹿にしたような声が聞こえたんだが・・・?」

い、ESPかよ・・・


「まぁ、しかし。
全くの処罰無しでは、軍律が保たれん。解るな?」

「はっ・・・」

「では。処分を言い渡す。 周防直衛少尉!」

「はっ!」

「貴様の、今般の上官命令無視。独断専行の所業は軍法に照らし合わせても重罪であるっ。
しかしながら、避難民への勧告・説得工作の成功による、任務完遂に対する功績も又、看過しえぬ処、大である。
以上を鑑み、以下の処分を言い渡す。
1.周防少尉は、今作戦期間中、避難民の安全責任者としての責を与える。
1.同少尉は、今作戦期間中、避難民の安全確保。特に夜間の安全確保を確実にする為、期間中の夜間警戒責任者とする。
1.尚、同少尉と同様の功罪著しい、蒋翠華少尉を補佐として、上記責務を必ずや全うすべしっ!
1.これは、作戦完遂まで永続的に有効命令とするっ!

・・・・・以上だ。

小翠のメンタルケアも、決して疎かにするなよ?
もし、あの娘が立ち直れなかったら。
貴様、ハイブへの単独突入の方が、幸せだと思わせてやるぞ?」


はっはっは。

周上尉は普段の呵々大笑を残して、去って行った。




「・・・・独房入りの方が、マシだったかも・・・」








「お疲れさん。」

部隊へ戻った俺を、圭介が生暖かい目で迎えた。

「なんだよ? その眼は・・・?」

「日中友好、決定?」

「んなっ?」

「国際結婚?」

「・・・おい・・・」

「綾森少尉に、報告っと・・・」

「ちょっと待てやっ! ゴラァッ!!!」



「あの・・・ 周防少尉。」

圭介と、不毛なドツキ合いをしている所へ、蒋翠華少尉がやってきた。

「お、おう。もう、具合はいいのか?」

さっきまでの経緯上、ちょっと顔がまともに見られない。
彼女も、何やら目を合わそうとしない。

なんか、気まずいな・・・


「あ。俺は哨戒計画の詰め。隊長と、趙少尉と、李少尉とでしてくるわ。んじゃ。」

圭介・・・ 逃げやがった。 お前、絶対コロス・・・



「あ、あの。さっきは・・・ 有難う。」

「ん?」

「引き止めてくれて。
それに、鎮静処置・・・ 貴方が指示したって、さっき衛生兵が・・・
私、良く覚えてなくって・・・」


「あ、あぁ。 でも、誰でも、あの状況じゃ、そうするさ。 気にするなよ。」

「ん・・・」

「あ~・・・」

「夜間警戒・・・」

「あ?」

「夜間警戒任務。 作戦期間中、貴方と私の二人で、責任持ってやれって。 さっき、上尉から・・・」

「ああ。俺も言われた。 すっげぇ、怒鳴られた後に。あはは・・・」

「・・・っ! ごめんなさいっ!」

「へっ!?」

「私が原因なのに。 それなのに、貴方が叱責されて。 ごめんなさい・・・」

「あ~・・・ 気を使う事無いぞ? 早いか、遅いかの違いだったし?」

「えっ?」

「いや。 あの後、俺もキレちまった。 
ま、長老は最後折れてくれたけど。
それって、お前のあの言葉が有っての事だし。
俺が上尉に叱責されたのは、自業自得。気にするなよ?」

・・・・あれ? 急に黙りこくったぞ? 俺、何か不味い事言ったか?

「・・・・夜間警戒、頑張るから。 ちゃんと、するから。」

「お、おう。」


そう言って、蒋少尉は背を向け、歩き去ろうとした。

「・・・・」

「あのね。」

「ん?」

「君の事。 本当に好きになったみたい。 私。」









「・・・・・はい?」

歩き去った蒋少尉の言葉が、頭の中でエコーし続けていた・・・



[7678] 北満洲編-幕間その3
Name: samurai◆b1983cf3 ID:e178b4cc
Date: 2009/04/04 02:31
1992年6月5日 1210 黒竜江省 依安臨時キャンプ


「で? 結局、お前はその中国娘から、好きや言われて。 
んで? モノにしたんかいな?」

「・・・してませんて。 
もともと、いきなり告白されて。 正直、頭真っ白け、ですよ。
その後も、ずっと任務中でしたし。 
長春郊外までの護衛任務が終わったら、彼女たちの部隊は、華南に移動しましたし。」

「なんやっ!?勿体ない・・・ 
おい、長門。 その子、べっぴんさんやったんやろっ?」

「ええ。 ちょいと元気の余ってる所は有りましたが。 
活動的な美人、と言うより。 見た目はまだ美少女、でしたね。 蒋翠華少尉は。」

「うわっ!もったいなぁ~・・・ 
おい、周防? お前、まさか<漢汁>不足か!?」

「木伏中尉。 まぁ、周防少尉の理性ある行動、と言う事で・・・」

「はぁ? 源。 お前さんみたいに、黙っとってもオンナが寄ってくるみたいなヤツは、そうそうおらんねんで?
チャンスはモノにせなっ!」


ふぅ、何でこうなったんだ?

俺と圭介が、臨時任務で<フェンリル>に加わり、避難民の護送を完了させて帰還したのが、昨日の夜。

で、今は昼飯時。
皆、タンクトップと作業跨衣姿。 因みに泥だらけ。

俺達の部隊は戦術機部隊。 俺達は衛士。
なのに、肝心の戦術機が1機も無い。

だもので、今は施設工兵科の助っ人要員。 
てっとり早い話が、土木作業員の真似事をしている。

で、俺。 周防直衛帝国陸軍衛士少尉は、上官に昨日までの「経緯」を、根掘り葉掘り聞かれている。

(ってもなぁ・・・ 正直に話して、後で馬鹿見るのは目に見えているしなぁ・・・)

俺は、昨日までの数日間を思い返していた。






<<7日前>>

1992年5月29日 1420 吉林省 通楡(トンユ)近郊。


戦術機数機と、戦闘車両が4両、輸送車両が10両の小集団が、平原を南下していた。
よく見てみると、オープントップの輸送車両に乗っているのは皆、民間人だった。



―――っ! 

いきなり、機体のステータスアラームが喚き始めた。
元々、調子の悪かった右脚部膝関節だ。 

ガクンッ!

次の瞬間、衝撃が走る。 右足がロックした。 バランスが崩れる。
オートバランサーが作動し、辛うじて転倒をまのがれる。

『フェンリル04より、レッド03! 大丈夫っ!?』

『フェンリル01より、レッド03。 どうした? 機体の不調か?』

「レッド03より、フェンリル04。大丈夫だ。
フェンリル01。こちらレッド03。 右足が逝っちまいました。 作動不能。」

『むっ・・・ 他は? 右足だけか?』

「左脚足首部緩衝機構、左肩部回転機構、上方視認モニターが、イエローアラートです。
推進剤残量、10%切りました。」

『・・・・解った。 レッド04。そっちはどうだ?』

『レッド04よりフェンリル01。 左脚部全体がイエロー。 跳躍ユニットは昇天しました。』

『そっちも時間の問題か・・・ 解った。 レッド03、04。 機体を放棄しろ。
貴様らに合わせていては、埒が明かん。
レッド03は、フェンリル04に便乗。 レッド04は、フェンリル03に便乗しろ。』

「レッド03、了解」
『レッド04、了解』

『フェンリル01より、サラマンダー。 機体を2機、爆砕放棄する。 発破のセットを頼む。』

『サラマンダー、了解。』 機械化歩兵部隊の小隊長が答える。

はぁ、とうとう、機体放棄か。 正直、ここまで良く保ったが。
できれば、最後まで保たせたかったな・・・

『レッド03。 こちらフェンリル04。 今から機体を前付けするわ。 コクピット解放して。』

「レッド03。了解した。」

フェンリル04の殱撃8型(J-8F)が前付し、コクピットを解放。 両腕をその下に移動さす。
「落下防止」の為だ。

俺も「撃震」のコクピットを解放。
フレームを伝って、フェンリル04に乗り移る。

コクピットに備え付けの簡易補助シートに着座。ハーネスを取り付ける。

「準備OKだ、蒋少尉。」

「ん。 フェンリル04より01。 レッド03収容完了しました。」

『よし。 レッド04の収容も完了した。 ―――サラマンダー?』

『準備OKです。 起爆タイマーは2分後にセット。』

『よーし。 全隊、出発!』


車両群が動き出す。 戦術機は残った6機が、その周りを円周上に囲んで護衛する。

移動を開始して暫くすると、後方で轟音が2回。
俺達の「激震」の最後だった。


「でも、よくあんな、ガタのきた機体に乗っていたわね? 
日本軍って『兵器に兵士が合わせろ』なんて、言われているって聞くけど。
まさかこれ程だなんて・・・」

蒋少尉が、信じられない、と付け加える。

俺は憮然としつつ、一応抗弁する。

「翠華。 いくらなんでも、それは無い。 そんな話は、半世紀以上昔の話だ。
俺と圭介の機体が、ガタが来ていたのは、18日以降、まともに整備していなかったからだよ。」

実際は、何機も予備機を使い潰したんだけど。

「えっ!? どうして・・・?」

「俺達の元の部隊は、日本軍の第21師団。基地は依安基地だ。」

「あっ・・・ ご、ごめんなさい・・・」

翠華も、日本軍第21師団が壊滅した事。 依安基地が機能停止な程、破壊された事は知っているようだ。 

だけど。

「気にするな・・・ って、翠華。何気に謝りすぎだぞ? 昨日から・・・」

「う、うん・・・ ごめん、直衛  ・・・・あっ!」

「また・・・ はぁ。」

「うぅ・・・」


そうなのだ。 昨日からこの方、翠華は何かあるとやたらと謝る。
元々の印象が、元気の良い女の子、だったのだから、ギャップが大きい。

だもので、なんとなく、会話が続かない。
お互い無言で、ひたすら戦術機の揺れに身を任している。
俺なんか、只の便乗者だから、余計に気まずい。


「18日・・・」

「ん?」

「18日からの戦闘。 直衛も参加したんでしょ?」

翠華が話を振ってきた。 助かった・・・

「あぁ。18日から22日まで。 休み無しだったよ。 
翠華は? <フェンリル> は戦闘参加したんだろう?」

「私達は元々、こっち方面の部隊じゃないの。 偶々、南の大連にいて。 
で、戦略予備として、最後の局面・・・ 長春からの反攻部隊に急遽加わって。
最後の半日だけよ。 戦闘に参加したのって。」

使える戦力は、根こそぎ投入だったんだな・・・

「そうか。 ま、でも俺達防衛線の部隊は、ズタボロだったから。
正直、増援が来てくれた時は、泣けてきたよ。嬉しくってさ。
これで助かったって、思ったな・・・」

「泣いた? 4日間もBETAの大侵攻に耐え抜いた、猛者が?」 クスクスと笑う。

あ、やっと笑った。 ちょい、嬉しい。

「猛者なもんか。 俺はあの戦闘が初陣だったんだぜ?
最初は訳がわからず、上官に怒られるし。
2日目に奇襲を受けて、包囲された時なんかは、怖くてデカイ方まで、漏らしちまった・・・
生き残れたのは、何かの奇跡だよ。 ホント・・・」

「初陣っ!? うそぉ!?」

「ホント。 って、何でそう思うよ?」

「だって・・・ 直衛って結構、戦場の雰囲気に慣れしている感じ、するし。
あ、長門少尉もね。 同い年でも、私や文怜とは、ちょっと違うかなぁ?って・・・」

「違わないって。 そう見えるんなら、きっとまだ麻痺したまんまなんだろうな、感覚が。
・・・って、翠華と朱少尉は? 初陣じゃないんだろ?」

「え? うん。 でも、私達の初陣って、大隊規模のBETAと遣り合った時だったし。
味方は戦術機1個大隊と、機甲部隊も1個大隊いたから。 
あっという間だったよ。 1ヶ月前ね。

2回目の出撃が・・・ 21日の長春からの反攻作戦。
でも到着した時には、ほとんど勝負がついていたし・・・」

やっぱり、凄いよ、直衛って。
翠華はそう、呟いた。

昨日の朝の、出発前のゴタゴタ以降。 何となく、お互い名前で呼び合うようになっていた。

彼女の、『君の事。 本当に好きになったみたい。 私。』 と言う衝撃発言が引き金、かどうかは解らない。

最も翠華自身、意識せず口に出た言葉だったらしく。 言った後、顔を真っ赤にして慌てふためいていたが・・・

兎に角。 その時までは、そんな感じで。
別段、「モノにする」どうこう以前の話だったんだよな・・・







1992年6月5日 1830 黒竜江省 依安臨時キャンプ 仮設炊事給食場


「あら。でもそれじゃ、その娘はやっぱり、周防少尉に好意以上の感情を持っていたってことよ?」

三瀬麻衣子少尉が、晩飯のライスカレーを混ぜながら言った。

「そ、そうなんでしょうか?」

思わず、確認形になってしまう。

「結構ニブイわねぇ~、君わぁ・・・ 折角、祥子の驚く顔が見れる所だったのに。」

「鈍くてスミマセンね? 水嶋中尉・・・ って、どうしてそこで、綾森少尉なんですか・・・」

「ん? だって。 面白いじゃない? 君を挟んで、日中三角関係♪」

く、くそ・・・ 駄目だ。
やっぱりこの人、木伏中尉の同類だ。 水嶋美弥中尉と言う人は・・・
面白けりゃ、基本何でもOKな人だった・・・

「水嶋中尉? 祥子の同期として、言わせて頂きますが・・・
あの子はそっち方面は、至って純情と申しますか。 初心な子なんです。
からかうのも、ほどほどにお願いしますね?」

「OK、OK。 んじゃさ。周防少尉<だけ>なら、いいの?」

「それは、中尉のご自由に、と言う事で。」

「ちょっ! 三瀬少尉っ!?」

プルータスよ、お前もか・・・

にたり、と笑った水嶋中尉(ある種の捕食動物みたいな目だった)

「ほらほらほらっ! きりきり吐けぃ!」

「有る事、無い事、千里を突っ走らないうちに、ね?」

・・・くそう。 先任たちが、性悪の魔女に見えてきた・・・






<<7日~6日前>>

1992年5月29日 2350 吉林省 通楡(トンユ)南東10km。


「・・・・んっ・・・」

仮眠から目が覚めた。 時間は2350 夜間当直交代、10分前。

「ふわぁ・・・ やっぱり、疲れてんなぁ・・・」

こきこき、と、首を鳴らす。

夜空は満天の星空。 日本じゃこんな凄い夜空は見えないぞ。

寝袋から抜け出す。
当直中のフェンリル04の機体まで、眼を覚ます為にゆっくりと歩み寄る。

「翠華。交代5分前だ。 コクピットを開けてくれ。」

『直衛? うん、ちょっとまってて。』

コクピットが解放する。 俺はウインチに摑まり、コクピットフレームを足場にして中に入る。

「外、星空が綺麗だぜ。 でも、夜は冷えるなぁ~・・・」

「まだ5月だしね。 夏でもこの辺は、夜は冷え込むのよ。」

確かに。 緯度的には北海道北部。 稚内とほぼ同じだしな。
日本の、本州の生まれ育ちには、ちょっと涼しすぎる気候だ。


「・・・よし、データリンク、確立。 翠華、お疲れさん。寝てこいよ。」

「・・・・め?」

「うん?」

「ここにいちゃ、だめ?」

うっ! 一瞬、心臓の動悸が止まりかけたぞっ!? 
縋る様な、不安そうな、なんて表情するんだよ・・・

「・・・ここ、って言ったって。 寝れないじゃないか。」

「簡易シート、あるもの。」

「疲れ、とれないぞ? やっぱり、横にならないと・・・」

「・・・・・だめ?」

反則だ。 反則だぞ? 翠華。 その顔と声は・・・

「・・・・しょうがねぇな。 自己責任だぞ? 翠華・・・」

「うんっ!」

ちぇ、嬉しそうな顔して・・・ やっぱり、可愛いや・・・


「・・・空、綺麗だねぇ・・・」

「うん。日本じゃ、お目にかかれないな。」

「そうなの?」

「少なくとも、俺の育ったトコじゃね。」

「直衛の故郷? どこ?」

「生まれは大阪って街。 そこから、博多、横浜、名古屋。 今、実家は東京の東の外れ。」
「・・・つまり、都会っ子?」

「そうだな。 街の灯りが、明る過ぎてさ。 夜空が余り見えない。」

「へぇ。 私は成都の外れの、四川省の田舎町だったから。 夜空は綺麗だったわ。
小さい頃、あんまり星空が凄過ぎて。 怖くなって泣き出しちゃったのよ。」

「あははっ! 意外と女の子っぽい。」

「ひどぉいっ! <女の子>よっ!? 私はっ!」

ぽかぽか、と、翠華が俺の二の腕をたたく。

「ごめん、ごめん。 でもま、俺も田舎の婆様に同じ事言われたな。 
『あんたは小さい頃、星空見て大泣きして、ばあちゃんにしがみついたんだよ。』って。
覚えてないんだけど。 多分、3,4歳の頃の話しかな?」

「お婆さん? お元気なの?」

「ん? 3年前に死んだ。 老衰でさ。 
天寿を全うしたから、満足だったんじゃないかな?」

「・・・そっか。 良いお婆さんだったんだね・・・」

あ、やべ。 翠華の婆様は、確かBETAに・・・

≪お婆ちゃんもっ! 叔母さんもっ! 従弟の亜嶺もっ! 
美蘭姉さんのお腹には、赤ちゃんがいたっ!
みんなっ! 喰い殺されたっ!≫

彼女の慟哭が蘇る・・・

「ご、ごめん・・・ 俺、考え無しで・・・」

「・・・ふふっ 直衛も、何気に謝ってばかりだね?」

「うっ・・・」


「ねぇ?」

「ん?」

「直衛って、<戦う理由> 持ってる?」


戦う理由、か・・・

漠然と、BETAが憎いとか、国を守りたいとか。
訓練校に入る前はそう思っていたな。

訓練期間中は、家族を守りたい、ってもの理由に入った。

でも、最近は・・・ 
と言うか、「あの」激戦の最中、そう言った思いは、全く浮かばなかった。

あの時を振り返れば。
ただただ、中隊の仲間が死んでいくのが、悔しくて、悲しくて、怖くて。
そんな思いが嫌で、嫌で。 必死で戦っていたな。 

これ以上、死なないでくれ、って。
俺がここで下手を打ったら、他の仲間がやられるかも、って思うと、怖かった。
だから必死で戦った。 だから戦い続けられた。

思うに、祥子さんが2日目の最後、佐伯郁美中尉(戦死・1階級特進)がBETAに囲まれた所へ無謀に突っ込んだのも。
同じ思いだったんだろうな。
彼女の場合、同期で、親友同士だったし。


「戦う理由か・・・ 今は、仲間の為、かな。
俺が下手打ったり、怖くなって逃げ出したりしたら、仲間がやられるかも知れない。
そう思うと、もの凄く怖かったよ。
そんなの、絶対嫌だしな・・・」

「うん。 そうだね。 私って、まだ実戦経験は全く不足しているけど。
それでも、そう思う。
周上尉や、趙少尉、文怜が死ぬところ、見たくないし・・・
私が怖がって、震えて、何も出来なくって。 
それで皆が死ぬなんて、絶対に嫌。
そっか・・・ 直衛も同じだったんだ。」

「ん・・・ ま、大なり小なり、皆同じ思いは持っていると思う。
理想論や、大義なんてのを貫いて戦うなんて。俺には、きつ過ぎるな。」

「うん。でね・・・」

「ん?」

「サチコ、って人。直衛の好きな人なんでしょ?」

「なっ!? なんで、祥子さんの事っ・・・・!」

「・・・長門少尉から、聞いたの。 と言うか。聞き出した、かな?
直衛の好きな人って、誰?って・・・」

「・・・・あ、あの阿呆わぁ~~・・・・」

「ふふ。 私が無理やり聞き出したんだから。許してあげて。
凄く、言い辛そうにしていたわ、彼。」

「はぁ~・・・」

「ごめんね?」

「ま、いいよ・・・」

「その人が、BETAに囲まれそうになった時に。 
直衛、単機で突入して救出したんですってね?」

「そんな事まで・・・ 」

「だから。多分、その人が、直衛の <死ぬ理由> だね・・・」

「 <死ぬ理由>?」

「うん。<死ぬ為の理由> <死ねる理由> 
今、正に死ぬ時に、<最後に思い浮かべる存在>・・・
<戦う理由> とは、似ているけど、最後で決定的に違う理由で、存在の事。」

「それって。死を受け入れる為の、理由と言うか、存在、みたいな? と言うより、想い?」

「そうだね。 何も、恋人とか、そんなんじゃなくってもいいの。」

ああ、そう言う意味か。

・・・・そうだな。 どうだろう?
確かにあの時、気が付けば単機で突っ込んでたけど。
明確に、そう意識していた訳じゃ無いだろうな。

でも、改めて言われてみると・・・ どうだろうか・・・?


「私、怖いよ。死ぬのって・・・」

そりゃ、誰でもそうだよ。翠華。
誰だって、死にたくないさ・・・

「でも。もしかしたら。
自分の死を選択しなくちゃいけない時が、来るかもしれないでしょ?
選択するのは、覚悟、だろうけど・・・
でも、怖い。
せめて、何かにしがみ付きたい。 何かの想いに支えて欲しい。
私は、怖がりだから・・・」

俺だってそうさ。 怖いよ。 死ぬのって。

「だから、直衛を好きになった時、私、自分が嬉しかった・・・」

「えっ?」

「好きな人の事、想っていたら・・・ 思い出を、思い出していたら・・・
きっと、嬉しいから・・・ 死ぬ事、紛れるから・・・」

翠華、お前・・・

「私は・・ 私もっ! 死ぬ理由、欲しかったのよっ! 
怖かったっ! 今でも怖いのっ! 気が狂いそうっ!
だからっ・・・ だからっ・・・」


気がついたら、翠華を抱きしめていた。

こいつは・・・ 一生懸命で。 明るく振舞って。
でも、怖がりで、臆病で。 
きっと、一人で震えて、泣いていたんだろうな・・・
決して、皆にはそんな姿を見せないで・・・

俺だから、か・・・ 

「好きになっていいさ。 
俺、お前の想いに、答えられないかもしれない。
でも。 すっげえ勝手な言い分だけど・・・ 
好きになってくれるのは、嬉しいさ・・・」

馬鹿っ! そんな事! お前、何言っているっ!? 
お前は翠華をどう思っているっ?

頭の中で、<もう一人の俺>が喚き立てる。
ああ、奴の言い分は正論さ。

「・・・うっ、うえっ・・・・ ひぃん・・・・」

「俺、忘れないから。 
俺のこと好きになってくれた、一生懸命な、それでいて、怖がりで。
そして・・・ 優しい心の女の子の事、絶対、忘れないから。」

「うっ・・・ うわあぁぁ・・・んっ・・・」

「その女の子の想い・・・ それは、俺の思い出の中に、ずっと在り続けるから。
ずっと、ずっと、覚えているから・・・
だから・・・ だから・・・ 翠華・・・」

「ふっ・・・ふえっ・・・ええぇぇ・・・ん・・・」

「お前も、忘れないでくれ。 俺の事。
こんな、自分勝手な事をほざく、自己中心な最低野郎だけど・・・
俺の事。 お前が俺の事を好きになった、その事。 
忘れないでくれ・・・ 俺も、忘れないから・・・」

「な・・・え・・、なお・・えっ!」

「翠華・・・ ありがとな・・・ ありがとう・・・」

「直衛っ・・・ 直衛ぇぇ!!」

コクピットの中に、翠華の泣き声が響き渡る。


夜空を見上げる。 満天の星々。

あぁ、この星は。 こんなにも美しいのに。

この星で生きる事は。 こんなにも、残酷だったのか・・・







1992年6月5日 2330 黒竜江省 依安臨時キャンプ


性悪な魔女(?)や、厄介な上官から解放されて。
俺はキャンプから夜空を見上げていた。


3日前の夕刻、<フェンリル> は避難民を長春南郊外の難民キャンプまで護送。
任務を終了した。

ウィソやユルールが、「またねっ」と言って手を振っていた、その姿を思い出す。
辛い事の方が多いだろうけど、皆で生き抜いてほしいと思う。


<フェンリル>と、<ブルーバード>とは、2日前に別れた。

<ブルーバード>の朴少尉と、李少尉の二人は配置換えで、朝鮮半島北部の清津基地に配属だそうだ。
半島北東部の要衝だから、張りきっていたな。


<フェンリル>は・・・ 華南戦線に移動していった。
重慶ハイブと対峙する最前線だ。
マンダレー・ハイブからの攻撃もある。

彼女達は、大連から海路、華南戦線の中枢、広州へ向かうと言う。

周上尉とは、握手して別れた。 微笑んでいた。
趙少尉は、体に気を付けてね、と。
朱少尉は、翠華と俺を交互に見やって、小声で「感謝します」と。

俺は何も言えなかった。
ただ、握手を返した。 ただ、頷いた。 ただ、微苦笑した。


翠華とは、結局そのまま別れた。

俺自身、彼女と、どうこうなろうと想っていた訳じゃない。
俺は、まだまだ、臆病で、自分勝手な餓鬼だ。
彼女の想いを知りつつ、結局自分の身勝手を押し付けたんじゃないのか?

俺の中の<奴>がそう呟く。

ああ。そうだろうよ。 そうだろうさ。 
俺は、自分の自分勝手を、翠華に押し付けたんだろう。
<奴>の言い分は、本当さ。

だから。

だから、俺は謝罪もしない。 許しも乞わない。 罵るなら、罵ってくれて構わない。

だから、俺は・・・ ――――――翠華を忘れない。 


(「こんな、狂った世界だけど・・・ 貴方を想えば、私は戦える。
貴方の思い出が有れば、私は恐れない。
貴方が覚えてくれる限り、私は生きていける。
そして・・・
貴方を好きになった事を。 死の瞬間まで、私は嬉しく思うの。」)


さようならっ! 直衛。 ありがとうっ!


そう言って翠華は大連に向かう軍用列車に乗り込んだ。





[7678] 北満洲編3話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:e178b4cc
Date: 2009/04/04 22:33
1992年 6月28日 中華人民共和国黒竜江省 北安(ペイアン)南方15km



2機のF-4EJ「撃震」が匍匐飛行(NOE)で編隊を組み飛行している。

『今~日も飛ぶ飛ぶ 霞ケ浦にゃ でっかい希~望の 雲が湧く~ っと。』

前方を匍匐飛行(NOE)するリード(長機)から、実に怪しげな歌声が聞こえる。
この哨戒が始まってから既に1時間。 実にその8割は「彼」のオンステージだった。
に、しても・・・

「02より01。何歌ってんですか・・・ 真面目に哨戒して下さいよ・・・」

無駄だとは分かっている。 分かってはいるんだけど、言わずにはおかれない。

『んあっ!?何って、何や?知らんのか? 「予科練の歌」ちゅ~曲やで。一応軍歌や。
軍人が軍歌、歌って悪いんかい?』

ああ言えば、こう言う・・・全く・・・

「歌うな、とは申しません。
ですが、今は対BETA哨戒行動中です。ちょっと位は真面目に・・・ 
それに、その歌、海軍さんの歌ですよ。俺達、陸軍ですよ・・・」

『何や、知っとったんかい。 まぁ、ええがな。そんなん、哨戒中ずぅ~っと、気ぃ張ってても持たへんって。 
それにや、この界隈はあっちゃこっちゃの部隊が重複行動しとるさかいな。 
ワシらが見落としても、余所さんが見つけてくれよるわ。 
ワシらの本命は、あくまで北安北方区域やからなぁ。 
ま、それは次の哨戒3直に任せまひょ。』

あくまで能天気な、いや。脳にBETAが湧いているかの如くの我がリードは、そうのたまった。

「はぁ・・・ まぁ、もうどうでいいっすよ・・・ 10秒後、変針点。方位265。」

『よ~そろ~。』

「そのセリフも、海軍さんですよ・・・」


日本帝国大陸派遣 第3機甲軍団所属の哨戒戦術機甲編隊2機は、緩やかな弧を描いて旋回していく。

右手遥かに忌わしきH19・ブラゴエスチェンスク・ハイブがある筈だ。

いつか必ず、一掃してやる。 
エレメント02の衛士は、未だ少年の面影の残る顔を微かに歪め、小さく呟いた。





1992年 6月28日1525 中華人民共和国黒竜江省 依安基地 仮設将校用PX


「それは、災難だったわね。」
 
くすくす、と噛みしめるように笑っているのが、目の前にいる先任女性衛士の綾森祥子少尉。

「あれは、地獄だよぉ~。もういらないよぉ~・・・」
 
前回の犠牲者で、思い出してもうんざりするのか、げんなりした顔は、隣の同期の女性衛士である伊達愛姫少尉。

「私はまだ聞いたことないけど・・・そんなに酷いの?」
 
やや幼さの残る小顔を傾げて見せるのが、斜め前の先任女性衛士の三瀬麻衣子少尉。

場所は再建途上の依安基地の仮設PX兼MH(Post Exchange:売店Mess Holl:食堂)。
以前の5割増しの規模で急造設置された、巨大な「プレハブ」だ。

俺、こと、日本帝国陸軍衛士少尉の周防直衛は、哨戒任務後の遅めの昼食をとっていた。
そこにやってきたのが、すでに哨戒シフトを終了していた3名の同部隊所属の女性衛士達。

彼女たちは機体の調整チェックを終えて、「おやつタイム」だとか。
で、いつの間にか、我がお脳の香ばしきリード(長機)衛士の話題になったのだが。

「別に、下手とかじゃないんですけど。ただその歌ってのが、もう何十年も前の、マイナーだか、マニアックだかの歌ばっかりで。」

「そうそう。突っ込めば、ボケ倒された揚句に、また始まるし。ほっとけばいつまでもエンドレスだし・・・ 延々聞かされちゃうんですよぉ~~・・・グスッ。」

愛姫が泣き真似をしている。う~ん、お前もこの苦労、分かってくれるか、同志よ。

最後に残していた饅頭(まんじゅう、ではない。マントウ、である)を頬張る。 
うん、ウマい。 

愛姫が、俺を、じぃ~~っと、見ている。 

「やらんぞ?」
「ケチ」

まだ何か食うつもりか、この暴食娘。

実際、こいつの胃袋は底無しだ。下手したら、優に2人前を毎食食う。信じられるか?
身長で160cmに満たないのに、だ。 全く・・・

「ま、まぁ、今度、木伏中尉とエレメント組む事があったら、心構えしておくわ。」(祥子さん)

「そうね。耳栓でも持って行こうかしら?」(三瀬少尉)

「それじゃ、指示が聞こえませんよ・・・」(俺)

「あはは。」(愛姫)




先月の地獄のようなBETA襲撃より1ヶ月程経った。 

方面軍は戦力回復に躍起になっているところだった。
何しろ、満洲全域から投入できる戦力を根こそぎ投入しての、近年にない大規模防衛戦だった。
予備戦力は底をついた。

結果、北満洲・南満州の2個方面軍を統合。
新たに「東アジア統合軍 満洲・沿海州方面軍(軍集団)」に再編。

中国軍の戦略予備兵力、韓国軍の即応第2戦力、極東国連軍第28軍団、大東亜連合北方派遣軍団、ソ連軍沿海州第221軍団、等を統括。

我が帝国軍も、壊滅した前の部隊・第21師団の後釜として、九州の第23師団(熊本)を。
戦力半減となった第16師団、第19師団の後釜に、新設の第52師団(金沢)、第54師団(姫路)を。
機動打撃予備として、独立混成機動第108、第112、第116、第119、第120の5個機動旅団を送り込んできた。

俺達、第22中隊の生き残り5名は、独混(独立混成機動旅団)第119の第2戦術機甲大隊(独混は5個戦術機甲大隊と、3個機甲大隊基幹)
その第23中隊(第2大隊第3中隊)の補充要員として再配属になった。

と言っても、この第2大隊自体が、部隊壊滅であぶれた連中の寄せ集めなんだけど・・・

因みに木伏一平、水嶋美弥の両先任衛士は、6月1日付で中尉に進級し、現在は第23中隊の第2、第3小隊長をしている。(ハッキリ言って、不安だ)

ま、これは先月の激戦を戦い抜いた戦功、という部分もあるけど。
それによって士官序列が上がったのだろう。
中尉達の同期では、一番早い組で、4月1日に中尉に進級しているし。

で、結果。 両中尉は張り切っちゃたりしている訳だ。

特に木伏中尉は、3週間の初級指揮幕僚課程が余程苦痛(或いは退屈)だったのか、先日部隊に復帰して以降、頭の中がブーストしっぱなしだった。 

俺は本気でポジション変更を、中隊長に請願しようかと思っているほどだ。

因みに同じ中隊には、先月の激戦の最後で共に戦った、三瀬麻衣子少尉、源雅人少尉、腐れ縁の同期・長門圭介少尉もいる。

「じゃ、私はちょっと失礼するわね。」 

三瀬少尉が席を立つ。

「逢引きですかぁ~?」「えっ!?源君と?」

「・・・・・愛姫ちゃん? 祥子?・・・・」
 
こ、怖い。満面の笑顔に、眼の底が恐ろしいまでに底光りしている。

「ゴメンナサイ」 

声を震わせ、ゴメンナサイする二人。 
う~ん、この手の人は、怒らさないのが生き残るコツだな。気を付けよう。

「・・・ふぅ。単に中隊の当直交代よ。全く・・・」

「あ、あはは・・」
「ご、ごめんね?麻衣子。」

そう言えばそろそろ1600。午後の2直目か。俺、今日は非直だっけ。

じゃぁ、と三瀬少尉はPXを後にする。

「んじゃ、あたしもそろそろ・・・」
 
愛姫も席を立ちあがる。

「また、暴食の旅か?」
「晩御飯、没収!」
「何ぃ!?」

こいつはやるったら、やる。やってのける。特に「食」が絡むと。

「整備班長と、挙動システムの微調整の打ちあわせだよっ!」

「お前、見境なくぶん回すからなぁ。
システムのフィードバックが追い付かないのもさる事ながら、フレームの金属疲労もなぁ・・・」

「あんたがゆうな。」

「突撃前衛に、転職するか?」

「直衛菌に感染するから、ヤダ。」

「てめっ」

はたから見ても騒がしいやり取りをして、愛姫もPXから出ていく。

残った祥子さんを見ると、あれ?何故かじっとこっちを見ている。

「えっと?祥子さんは?この後は?」
 
我ながら、微妙に情けないセリフだ・・・

「・・・えっ?」 
「・・・・はい?」
 
祥子さんの顔にはちょっぴり失望と、半分驚きと、半分(軽い)お怒りの色。
俺の声色は、モロに焦りの色。

「・・・忘れたんだ。そっか、忘れたのね・・・そうなんだ・・・」

「えっ!?えっと!?」

「そっかぁ・・・ 直衛君にとって、私との約束って、その程度だったのね・・・ふぅ・・」

「そのっ!あ、あのですねっ!・・・・・す、すみませんっ!!・・・・ナンダッタデショウ・・・?」

恥も外聞もない。最早埴輪の顔になっている俺。
周りにいた通信科の将校(女性だ)達が聞き耳を立てて笑っている。くっそぉ~・・・

むっ、と眉間に小さく皺をよせて(これ、ヤバいんだ)胸を張りながら腕を組む祥子さん。
あ、結構胸大きいな。全体的なスタイルも良いもんな。
あ、やべ。強化装備姿が脳裏をよぎる。

「? ・・・ちょっと来なさい。」
「ってて、ちょ、ちょっと? さ、祥・・・綾森少尉!?」

耳を掴まれて引きずられていく、情けない俺。その姿を目撃した連中によって、あらぬ噂をまき散らされようとは・・・ 

『23中の周防は、女房の尻に敷かれてるってさ。』

おい、誰が女房だ、誰が・・・ まぁ、その、将来的には、その、何だな・・・




<<状況開始>>

「くっ!」
突如、何もなかった場所からBETAが飛び出してきた。 スリーパー・ドラフトだ。 
距離約800 個体数、大小合わせて・・・1000か。

『01より02! 早く前進しないと! 後ろから要撃級多数!!』 
01が後方500のBETA群に向け、ALMを発射する。

「02より01! 前方800にスリーパー・ドラフト! BETA1000!
駄目だ! 完全に挟撃された!」

迫りくる戦車級に、36mmの雨をお見舞いする。 ひしゃげ飛ぶBETA群。
が、数が減る様子は全くない。
それどころか、徐々に増えていっている気がする。

「もう前進は不可能だ!
前方との距離が有るうちに、全ALMを後ろに叩き込んで退路を確保しましょう!
一旦引きべきだっ!」

バックステップ‐水平跳躍移動で要撃級の側面に出る。120mmを連射。
うまい具合に2体にずれて命中した。

『でもっ!ようやく第3層まできたのにっ!』

01が支援突撃砲で、後方からの要撃級に大穴をあける。

「無駄ですよっ!
このままじゃ、前後から挟まれて終わりだっ!
後退しますよっ!?」

『・・・・くっ!』

「01!?・・・・・お、おわあぁぁぁ!!」

気がつくと、要撃級2体に左右から挟撃されていた。
後ろは01がいる。 
つまりは、逃げ場がない。

「くっそぉぉぉ!!」 

120mmを連射する。 が、上腕に阻まれて有効打を与えられない。
次の瞬間、他の1体に上腕でコクピットをぶち抜かれた・・・

『02!?・・・えっ?・・きっ、きゃあぁぁ!』

<<状況終了>>





1992年 6月28日1715 中華人民共和国黒竜江省 依安基地 シュミレーターデッキ


『仮想戦闘プログラム・ヴォールク08 終了』


「ふぅ・・・」 網膜スクリーンに映し出されたメッセージを見て、息をつく。

やっぱりヴォールク・データは凄まじい。
今日のはステージ08。つまりは上層部10層までの到達を目的としたものだが。

それに難易度はレベルB+。兵站・通信は完全充足状態だったんだけどな・・・ 
結局・第3層でやられてしまった。

ヴォールク連隊は中階層まで到達したんだよな・・・ 情けない。


「よっ、お疲れさん。」

コクピットから出ると、整備大隊の下士官が声をかけてきた。

草場信一郎陸軍軍曹。23歳。独混119整備大隊の基幹要員だ。

「しっかしまぁ、いくらステージ08、レベルB+ってもよ。
たったの2機で突っ込むのは、どうかと思うぜ?」

呆れた顔でステージデータのチェックをしながら、草場軍曹は言った。

確かにそうだ。
本来なら、中隊規模の戦力でようやくどうか、と言ったところだろう。
それをエレメント(2機編成)だけでなんて、まるで・・・

「相方が女性衛士、ってとこがミソだな? 心中の練習か?え?」

「うるせぇなぁ・・・ 先任命令なんだよ。しょうがないだろ・・・」

「ふぅ~ん? 命令? ほぉ~~お?」 

くっそ、明らかに馬鹿にしてやがる・・・

「何だよ?信兄。その口調は・・・」

「いや?何も? ふぅ~~ん、命令ねぇ? 
俺ぁてっきり、お前に春が来たものとばかり・・・」

「・・・信兄・・・」

「ははは、そう睨むな。
ま、エレメントでやったにしちゃ、良いデータ出してたぜ? ホント。」

ふぅ。何言っても無駄か。 ま、ここで再会したのが運のつきか・・・

草場軍曹は、実は単なる士官・下士官の付き合いではない。
横浜にいた頃に実家が近所で、良く面倒を見てもらっていた兄貴分だった。

稼業が町工場で、徴兵された時に真っ先に整備練習生の課程に放り込まれ。
なんだかんだで、今や整備下士官に納まっている。

そうこうしている内に、隣のシュミレーターから01・綾森祥子少尉が出てきた。 
大分疲労しているようだ。

「お疲れ様です。綾森少尉。」

一応、「公」の場だ。俺とて場は弁える。

「お疲れ様。周防少尉。 
付き合わせてごめんなさい、草場軍曹。」

「いえいえ。美人の御指名なら何時如何様にでも。」 

「・・・・ちくってやる・・・」 
「・・・!?」

俺と信兄との間に、眼に見えぬ火花が一瞬飛ぶ。 
が、祥子さんには何の事か解らない、らしい(当然だ)

「あ・・・と。じゃあ、私たちはこれからシュミレートデータチェックするから・・・ 
軍曹、お疲れ様でした。」

「はっ!お疲れ様です。少尉殿!」 

あくまで、あくまで祥子さんの方にだけ向いて、敬礼しやがる。コンチクショウ。

一応、答礼を送ってシュミレーターデッキを出る。
ドレスルームに隣接したベンチに腰掛け、ふぅ、と息をつく。

「ごめんね。わがまま言って付き合わせちゃって。」

祥子さんがパックの栄養ドリンクを両手に持って、俺に渡しながら言った。

「いや。別に気にしてもいませんけど。丁度いい訓練になったし。」

丁度いいかは疑問だが。
でも、ここのところ哨戒任務が多く、戦闘訓練は少々滞りがちだったし。

「でも、いきなりエレメントで、<ヴォールク・データ>は驚きましたけど?」

「あう・・・ ご、ごめんなさい・・・」

「何でまた?」

「え・・・と・・・」

「何で?」

「・・・・二人だけで・・・」

「・・はい?」

「二人だけで出来るのが、今、調整済のデータで、ヴォールクだけだったのよ・・・」

本当は、低難易度の地上走破データとかが良かったんだけど・・・ だと。はぁ・・・
それってつまり、ピクニックだな・・・



PXから引き出されて連行された先が、シュミレータールームだった。

つまりこうだ。

新中隊になってから、幾度か初顔合わせ同士で組んでシュミレーターをしていた。
お互いの技量・癖・意思の疎通なんかの確認の為だ。 

うちの中隊は、旧22中隊の5人組以外では、全員がばらばらの部隊から集結している。
自然、彼ら初対面組と組んでの訓練が多くなった。 

逆に旧22中隊組のメンツとは殆ど組んで訓練していない状況で。

そんな状況で、3日ほど前にPXで祥子さんがムクレていたんだよな。 

普段なら、そんな感情出す人じゃないけど、先月に逝った佐伯郁美中尉(戦死後1階級特進)の事があって、
まだちょっと精神的に不安定なのかもと思い、誘ってみた訳だ。

『じゃ、次のシュミレーター訓練で、ペア組んでやりましょうか。』 って。

いや、本当に軽い気持ちで言ったんだけどさ。
まさかあんなに嬉しそうにするとは・・・

で、本日。 その約束を失念しておりました。ハイ・・・・


「それなのに、忘れてたなんて・・・ 酷いよ・・・」

「はうっ・・・ すっ、すみませんっ! ここんとこ、忙しくて、つい・・・」

「・・・・つい?」

「あうあうあう・・・」





「何をしているんだ? 貴様等・・・・?」 

中隊長だった・・・・






1992年 6月28日1918 中華人民共和国黒竜江省 依安基地 仮設将校用PX


「それは、貴様が悪い。」

まるで地獄の閻魔様が、亡者の罪状を下すかの如く、即答して頂いているのは、我らが中隊長・広江直美大尉である。

一時期、富士教導団にも所属していたとか言う女傑である。見た目も裏切らない。 

女性にしては長身の178cm。剣道は確か四段で、柔道が三段、銃剣術が四段の猛者。
格闘訓練では散々ボコボコにされたしまった。

胸の隆起は、果たして乳房か筋肉か。 
何しろ、強化装備になった時、腹筋が割れていたぞ・・・

「はぁ・・・」 迂闊な答えは命取りだ。取り敢えずは当たらず触らず・・・

「そうですよねぇ。周防少尉って、優しいんだか、優柔不断何だか、ちょっと解りませんよねぇ。」

と、のたまって下さっていやがるのは、第1小隊の和泉紗雪少尉。
因みに1期先任。

「何事も、誠実にね?」
 
何故に苦笑ですか? 柏崎中尉。 
あ、因みにCP将校の柏崎千華子中尉。3期先任。

うんうん、と相槌を打っている人は、ご存じ爆弾トーク魔・第3小隊長・水嶋美弥中尉。
2期先任。

「でも。この鈍感にそんな高度な技を求めても、失敗は目に見えてますよぉ。」

けたけたけた、と、失礼極まるセリフを吐きやがるのが、同期で第3小隊の伊達愛姫少尉。

「うるせぇ!」 

すぱーんっ!と良い音がする。 
ん? 愛姫の頭を叩いたんだが。

「・・・いったぁ~~~! 何すんのよぅ!」 

あ、ちょっと涙目。
いやいや、こいつの泣きの演技はかなりのモノだ。騙されんぞ。

「あ、あの。周防君。いくら同期でも、相手は女の子なんだし・・・」

おろおろと、取り成そうとしているのが、第1小隊の美濃楓少尉。因みに同期生だ。
見た目も性格も、小動物のような可愛らしさと言うか・・・ よく衛士になったなぁ・・

「愛姫との阿吽の呼吸を、他でも実践すれば良いのではないか? 
貴様と愛姫とのやり取りは、まるで長年連れ添った者同士のようにぴったりだが?」

真顔で、恐ろしい事をほざきやがったのは、同じ小隊の神楽緋色少尉。
同期生。因みに女。

んで、結構な家格の武家の出だったりする。 
何で斯衛ではなくて陸軍なのか? 

答えは「双子の姉が、すでに斯衛に在籍している。」からだそうだが・・・

にしたって、確か山吹だろ?こいつの家の家格は。
蒼は論外、赤は別格としてだ。 実質、名家・名門って言ったら、普通は山吹だぞ? 
勿体ない・・・

「そうねぇ・・・ あの娘も奥手なとこあるから。
本当は相手の男性に積極性が有ればいいのだけれど・・・」 

スミマセン、何気に憐れむような表情が厳しいです。三瀬麻衣子少尉。
因みに1期先任。

つまり、今現在俺は、祥子さんを除く中隊の全女性衛士+女性CPに囲まれている訳だ。
何? 羨ましいって? 代わってやる。 全力で代わってやるぞ? 遠慮は要らない。

「ん?何独り言を言っている?周防?」

「は、いえ。なんでもありません。大尉。」

「ふむ。まあいい・・・ 
兎に角だ、私としては部下のバイタルケアも考慮せねばならん。
綾森が不安定気味なのは、データで確認しているし、その原因も把握しているつもりだ。
その不安定要素を取り除く要因が貴様にあるのなら・・・」

「・・・・あるのなら・・・?」

「抱け。」

「・・・はっ?」

「抱け。」

「えっと・・・」

「同衾しろ、と言っている。」

「あ、あの・・・」

「むっ・・・解りにくいか? では・・・・男と女の関係になれ。」

「あうあうあう・・・」



「つ~まぁ~りぃ~、ぶっちゃけSEXしちゃえ、ってことよん。」
「ま、見て見ぬふりするからさ、夜這いかけちゃえっ!」
「あ、祥子さんの部屋のロック解除コード、教えたげよっか?」

水嶋中尉に、和泉少尉に、愛姫だった・・・ こ、こいつら・・・


「まぁ・・・」 

三瀬少尉。そんな、BETAを見るような眼で、見ないでください・・・

「あらあらあら・・・」 

柏崎中尉。和み系の貴女ですが、この場でその顔は厳しいっす。

「え、えと・・・えっ?ええぇっ!?」 

パニック起こすな、美濃少尉。

「くっ・・・! 何と破廉恥漢かっ・・・!」 

今ここに刃物無くて、本当に良かったよ、神楽少尉・・・



「な、何いってるんですかぁっ!!!!!」

怒号と共に、祥子さん登場。 ああ、本気で逃げ出したい・・・

「いや、な。 貴様の不安定な状態を、周防の協力でだな・・・」

「私はもう大丈夫ですっ。中隊長!」

「むっ・・・そうか・・・?」

「でもぉ、やっぱりチャンスが有ればモノにしたいんじゃないのぉ?」
「・・・紗雪、これからず~っと、木伏中尉とエレメント組む?」
「・・・フルフルフル」

「あはは。んじゃ、祥子が喰わないんなら、私が貰っちゃお~っと。」
「水嶋中尉。先週のお相手と、今週のお相手は違うようですが・・・ 相手はご存じで?」
「あ、あはは・・・・は・・・・」

「え、え~~っと・・・・」
「愛姫ちゃん? 配属当初は、素直ないい娘だったわよね?」
「あ、あはっ・・・い、今でも変わりませんよぉ・・はは」

うおっ、すげぇ。並みいる猛者達を一刀のもとに・・・
等と思いつつ、実は俺はこそこそと、匍匐前進で出口に向かっているのだった。

きっ! と、祥子さんが俺の(情けない)姿を捉えた。
うおっ!? ロックオン?

「っ! 周防少尉っ。ちょっとお話があります。宜しい?」
「えっ・・・は、あの・・・」
「宜しいっ?」
「は、はひっ!」

祥子さんに引っ張られて、PXを出ていく俺。
それを見守る女性陣。

「何だ、すっかり姉さん女房してるじゃない・・・・」
あれなら、ま、いいか。 全員心の中で呟いた。



その後俺は。
「優しさと、優柔不断の境界線と。意思の確立の重要性。」
とやらの、祥子さんの見解を。

共用棟の外れ、と言うか、宿舎棟の裏、と言うか。
その場で正座させられて、延々小1時間程、傾聴させられたのだ・・・ はぁ・・・





[7678] 北満洲編4話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:e178b4cc
Date: 2009/04/05 19:23
1992年 7月2日 中華人民共和国黒竜江省 依安基地 戦術機第2ハンガー


「機種変更?」

小隊長の言葉に、俺・周防直衛陸軍衛士少尉は首をかしげた。
別段、機種変更が珍しいわけではない。
現に帝国戦術機部隊では、主力であるF-4EJ「撃震」の他、2割程だが、第2世代機であるF-15J「陽炎」を運用している。

だが、「陽炎」は主に本土防衛軍に集中配備されており、大陸派遣軍、いや、陸軍には滅多に回ってこない代物だ。
現に、陸軍中唯一の「陽炎」運用部隊である、第5師団(広島)でさえ、補充機の確保に苦労している程だ。

独混(独立混成旅団)である我が119旅団に、そんな贅沢品が回ってくるとは思えない。

と、すれば。 「撃震」の最新アップグレード版か?
現在はBlock-208。 本土の技術開発廠とメーカーで、新ヴァージョンを出したのか。
いや、それなら「機種変更」とは言わないな。 ふむ?

「陽炎やないで。撃震でもあらへん。言うたやろ?『機種』変更や。」

いつになく、小隊長・木伏中尉の歯切れが悪い。テンションも低い。
いつもブーストしっぱなしの中尉が・・・ 
俺は何やら嫌な予感がしてきた。

「ま、歴とした第2世代機や。F-16や。」

「F-16!? 何で、帝国が?」

至極当然の疑問を口にした。帝国ではF-16は採用していない。 
「試験研究」名目で2~3機購入したとか、しないとかの、与太の噂話は知っているが・・・

「ん・・ あれや。 そもそもは、F-16っちゅうのは、F-15に比べて安い。お手頃値段や。
ま、F-4よりは高いけどな。
それでも安価で第2世代機を揃えたい国にとっては、美味しい話や。」

「ええ。」

「でな。アメちゃんとしては、世界中のお客さんのご要望に答えなあかん。 
せやけど、生産会社のジェネラル・ダイナックス社が生産ラインをフル稼働しても追っつかんのや。 
本国配備分もあるしなぁ。 
ほんで、窮余の一策や。 
今までアメちゃんの戦術機、自国でライセンス生産した実績のある国に、代行生産契約、持ち掛けよった。
それが3年前や。」

「はぁ・・・」

「日本にも打診があってな。 
けど、そん時戦術機作っとったんは、光菱・富嶽・河崎の3社やけど、断りよった。
まぁ、撃震の生産に、陽炎のライセンス生産と技術の習得、次期主力戦術機の開発。 
盛り沢山やったからなぁ、食いきれんわ。」

そうだろうな。 
現在も難航していると言われる、次期主力戦術機。 それも国産で。
そんな最中に「片手間仕事」は出来る余裕はないな。

「ところがや。どんな時にも、現状ひっくり返したい、ちゅう、2番手、3番手の連中っちゅうのは居るもんでな。 
河西と石河嶋、それと九州航空工業に愛知飛空工業、この4社が是非に、ちゅうて、契約しよった。」

・・・確か、前の大戦の時に飛行艇とか練習機、攻撃機やら哨戒機とか、開発・生産していた会社だよな。 主に海軍系だけど。

「で?その4社が代行生産請け負ったんですか?」

「そや。最も、作った先から発注元に輸出しよったけど。 
まぁ、4社にとっては、大手3社に戦術機のシェア独占されとうなかったんやろな。 
新規開発でける技術ノウハウ、積み重ねる為に、まずはお習字の練習、ちゅーとこやな。」

成程。だけど・・・

「ども、それでどうして、我が軍にF-16が? 生産したら即、輸出でしょう?」

「・・・その4社も曲者でな。 
ちゃっかり、合同でプロジェクトを立ち上げとってな。 
新規開発は無理でも、改造版の生産は出来る位には、なったらしいんや。 
主に、日本や韓国、ASEAN諸国、統一中華好みの、中・近接戦仕様になぁ。 執念やね。」

「はぁ~・・・」

「で、最初は独自売込しよう思ったらしいけど、ジェネラル・ダイナックス社と米議会から『待った』かかってな。 
そらそうや、軒を貸して母屋を取られるようなもんやしな。 
結局、ライセンス料支払うっちゅー事で、手打ちになったそうやけどな。」

が、しかし。それでもまだ納得いかない。

「納得いかんか?」

「納得いきません。 生産の経緯は解りました。 
ですが、配備までの理由が不明です。」

そやな。 と、木伏中尉は呟いた後、煙草に火をつける。 
紫煙を大きく吐き出して・・・

「発注先の一部が手元不如意でなぁ。 帝国に転売して来よった。 
GD社とアメちゃんも、オンドレとこの会社がやらかしよった事やから、おとなしゅう買い取れ、ってな。」

「はぁ!?」

て、手元不如意・・・ で、転売・・・ 何考えてんだ・・・

「ま、そんなこんなで、1.5個師団、14個大隊分の戦術機、お買い上げや。 
けど、本土防衛軍や内地の陸軍部隊で運用するんは、不便やしな。正式採用とちゃうし。」

「・・・・で、大陸派遣軍が、貧乏籤引かされた、と?」

「ま、そう言うこっちゃ。 
それに未だ、ワシらの部隊・・・ ちゅーか、独混5個旅団は、戦術機は大幅に定数割れしとるさかいな。」

「ですね・・・ 中核師団への配備最優先で、俺達の所には、中古品しか回ってきませんし。 
腹立たしいけど。」

「ま、そう言う訳でや。
独混の119と120に、この買い取り機体を最優先で回す事になったらしい。
108、112、116には、119と120の撃震、全部回して。 
目出度く全5個旅団、定数充足や。」

「はぁ・・・ 」

「せやけど、スペック的にはええ機体やで。 
ベースはF-16C/DのBlock40/42やが、主機とアビオニクス系は最新版に強化されとる。
撃震よりずっと軽いよって、機動性も格闘戦能力も、索敵・射撃管制能力も格段に上や。 
まぁ、実質2.5世代機やな。」

「はぁ~~・・・ 
まぁ、そんな高性能機、廻して貰えるなら文句は有りませんが。 
で?名称とかは? あ、正式採用じゃないから、ないのか・・・?」

「いや? 無いと不便やから、取って付けた名称はあんで?」

「取って付けたって・・・ 何て言うんです?」

「92式戦術歩行戦闘機 <F-92J> 『疾風(はやて)』や。」




1992年 7月18日1345 中華人民共和国黒竜江省 依安南西方20km 戦術機演習区域


『それで?どうして木伏中尉は、ご機嫌斜めだったの?』

前を行くエレメントリード・02から回線通信が入る。

「装甲ですよ。 
「疾風」は第2世代機ですから、第1世代機の「撃震」程の重装甲はないでしょう? 
どっちかと言うと、高機動でBETAの攻撃を回避するコンセプトですから。 
そこが、突撃前衛向きじゃないって。 
あの人の頭の中の突撃前衛は、重装騎兵のイメージですから。」

『成程ね。でも、今の世界の主流は、第2世代機の高機動能力追求だし。 
今後出てくる筈の第3世代機では、もっと顕著になると言われているわよね。』

「ええ。米軍を除くと、大抵そうですね。 
まぁ、中尉も嫌っているって訳じゃないと思いますよ。 
今までの戦術機動を見直さないといけないから、そこら辺が面倒なだけじゃないですかね?」

『・・・つまり、駄々っ子?』

「はい。」

『ふふふ・・・』

「ははは・・・」



2機のF-92J「疾風」は先程から演習区の廃墟の一角で、静粛待機索敵(サイレント・サーチ)をかけていた。

相手も2機編成のF-92J「疾風」だ。 
どちらが最初に発見するかで、イニシアティブを握れるかどうかが決まる。

「03より02。音響センサーの絞り込みは?」

『02より03。まだね。ノイズが結構大きいわ・・・ ちょっと、絞りきれない。
これ以上出すと、相手のパッシヴに引っ掛かるし・・・ 』

「と、なると・・・光学と振動センサーが頼り、か・・・」

『作戦に変更は無し。暫くはパッシヴも併用して、ね。』

「了解。」


その後も10分以上、神経のすり減るストーキング合戦が続いた。

こちらの位置を掴ませないよう、相手の位置を探りつつ、細心の注意を払って位置を変え続ける。 
いい加減、集中力が切れそうになる。

いくつかの十字路で、廃墟の壁を背にしてマニピュレータの光学センサを突き出し様子を見る。
裏通りの廃墟を、細心の注意を払いつつ、極力音と振動を出さないように慎重に移動する。

やがて、廃墟の中央部、開けた場所に程近い十字路の手前で、振動センサーが微かな振動をキャッチした。 
同時に音響センサからも、主機の駆動音をキャッチする。


「03より02。音響、振動、アクティヴ。」

『02より03。 こちらも、捉えられたと見ていいわね。 
脅威対象想定位置はA、及びB。 C以下は除去。』

「了解」


さて、どうする? 
このままじっとしていては、ただのカモだ。 
動け。 大胆に。 慎重に。 派手に。 静粛に。


「03より02。 S-50-42から北西、N-55-36へ高速機動で引きつけます。 
たぶん向こうはシザースで来るでしょう。 
S-50-45からN-52-44経由で、N-54-36まで回り込んで下さい。 
タイミングは30秒後。」

『了解。気を付けて。 
懐に入られると、特に04は厄介よ。』

「必死に逃げますよ。 オーヴァー。」

『03の機動開始後、行動開始します。
ランデブー・N-54-36、30sec。 オーヴァー。』


俺は「愛機」の跳躍ユニットに、一気に「火」を入れる。 
F110-GE-129が咆哮を上げ、水平噴射跳躍を開始する。 
途端に戦術MAPに輝点が二つ。高速で追撃してくる。

直線的な軌道ではない。
クロスし、或いは緩やかに弧を描き、こちらの未来位置を潰そうとする機動だ。


「―――――っちぃ!!」

01に頭を押さえかけられる。 
接触予想地点へ欺瞞発煙弾を発射。そのまま突っ込む。

欺瞞煙が発生したその外周ギリギリを、急速旋回機動で移動。 
発煙有効圏外周部域に予め「見繕って」いた側道へ突っ込む。


『っ!01より04! ロスト!確認できるかっ!?』

『04より01! 目標、N-53-39から西の側道を高速移動中! N-53-38へ出ます!』

『よっしゃ! こっちはこのまま、ケツを追う! 04、N-52-38から一気に北上せいっ!』

『了解!』


げっ!オープン回線で話してるよ。 
にしても、やばいっ! このままだと、前後を挟撃されるっ!

次の瞬間、殆ど無意識に真上へ噴射跳躍をかけた。
ビルの残骸の屋上に達した高度で右跳躍ユニットをパワーオフ。 
そのまま機体と頭部ユニットを右へ捻り込む。 
左跳躍ユニットの推力を、腰部スラスターに30%トレード  0.5sec噴射。


「――――――っつ!」 

急激に横Gがかかる。

機体はくるりと綺麗に倒立側転半円を描いて、俺は機体をビルの向こう側へ持っていく事に成功した。 
着地の瞬間、跳躍ユニットをブースト。 水平噴射移動開始。

N-54-39から更に北西へ移動する。 22秒が経過。

N-54-37へ続く通りで、南から突進する04を視認。 牽制射撃。 
即水平噴射跳躍 26秒。

N-54-36から北上。 01と04が合流。 俺は機体を左右に激しく振り、必死で射線を避ける。 

N-55-36 欺瞞発煙弾、最後の1個を「こっそり」投下。 29秒。

炸裂した発煙弾に、01と04が回避機動。 噴射跳躍をかける。 
こちらは水平噴射旋回で、N-55-37へ続く十字路へ急速反転後進。 30秒!

「03、ファイアッ!」
『02、ファイアッ!』

発煙を噴射跳躍で飛び越えようとする最中の01と04。 
その後ろから02が04の動力部に36mmを叩き込む。
俺は丁度、01の3時方向から同様に36mmを射撃。
咄嗟に空中回避機動をかけた01のコクピットに命中する。


『CPよりゲイヴォルグ-B。 01、コクピットに被弾。大破。04、動力部に被弾。大破。 
02、03、ノー・ダメージ。 状況終了です。 
ゲイヴォルグ-B、RTB(リターン・トゥ・ベース)』

『ゲイヴォルグ-B01、了解。ゲイヴォルグ-B、RTB。』




1992年 7月18日1435 中華人民共和国黒竜江省 依安基地 衛士ブリーフィングルーム


「あぁ~~~~っ!! 
納得いかん、納得いかん、納得いかんわいっ!!」

木伏中尉が駄々をこねている。

「でも木伏。あんた、ものの見事にエレメント2機とも同時撃破されてるじゃない? 
納得いかないって、要は駄々こねてるだけでしょ? 全く。 
突撃前衛長が、しっかりしなさいよ。」

第3小隊長・水嶋中尉が、にべも無く扱き下ろす。


「やかましっ。 近接格闘戦やったら、今まで5戦全勝や!」

「そのうち3勝は、神楽が格闘戦で取ったんだけど?」

「阿呆。作戦立てたんはワシや。 
まぁ、確かに神楽の近接格闘戦能力は、小隊随一やけどな・・・」

「そ、そんな事はないかと思いますが。小隊長。」

律儀に答えるなぁ、神楽は。


「でも、今日みたいな中近距離高速機動・射撃戦に持ち込まれたら、1勝4敗よね? 
特にここ最近は、連続して高速機動戦に持ち込まれて4連敗。」

「うっ・・・・」「・・・・・」

思わず呻く木伏中尉と、神楽少尉。

そうなのだ。F-92J「疾風」に機種変換してからの、小隊内実機訓練。
祥子さんと俺のエレメント02は、中尉と神楽のエレメント01に対し、実に5連敗を喫していた。

元々、相手の懐に潜り込んでの近接戦闘が得意な中尉と、剣術(剣道ではなく)を幼少のころから叩き込まれている、武家出身の神楽。 
この二人に、軍に入隊してからの訓練でしか、経験のない俺たち二人では、些か対応しきれなかったのだ。

それでなくとも、「撃震」に比べて、格段に機動性と格闘戦能力の向上した「疾風」だ。 
近接格闘戦をやらしたら、二人とも水を得た魚のように、生き生きと暴れまくられた。

負ける度に、中尉からはブリーフィングでのお小言と、からかいを。 
神楽からは「まだまだ未熟だぞ? 周防。」等とやられる始末。

いい加減、頭に来ていた俺は、同じくお怒り気味だった祥子さん(こちらは、自分への不甲斐無さだ。大人だね・・・)と対策を立てた結果。

「相手の土俵に、わざわざ上る馬鹿はいない。」と結論。

コンビネーション重視の、高速機動・中距離射撃戦に打って出た。

元々、俺は近・中距離機動での射撃戦が得意だったし、祥子さんも格闘戦より射撃戦の方が向いている。
そこで、どちらかが囮で撹乱(それでも死に物狂いだ)、ランデブーポイントに誘い込んで、
射撃戦でケリをつける戦術に切り替えた。

これが図に当たった。

最初の1戦目こそ、俺が最後でドジ踏んで、神楽に後ろから袈裟掛けでやられてしまったけど。

2戦目からはコンビネーションの精度も上がって、本日で実に4連勝。 
あと2勝でイーブンだ。

逆に中尉は、中距離での射撃戦にムラが有る。 

神楽はやはり、射撃戦より長刀や短刀での格闘戦を好む傾向が強い。 
射撃戦では、どちらかと言うと、しっかり狙って撃つタイプだ。 
咄嗟射撃の要求される、近距離遭遇射撃戦では、精度が落ちる。

ま、どっちもどっち、ではあるんだが。


「ふむ。まぁ、何と言うか、予想通りの結果だな。
これでお互い、長所と短所が解っただろう。 
以後は訓練で長所は伸ばし、短所は改めろ。
お互いカバーし合えば、短所はクリアできるだろうしな。」

最後は中隊長・広江大尉の、締めの講評で終わった。




1992年 7月25日 1215 中華人民共和国黒竜江省 依安基地 将校用PX


偶々、中隊の男連中だけで一緒の昼飯となった。

「うん。見た目より頑丈な機体だね。フレームもしっかりしているし。 
急速機動にもしっかり対応する。 主機の出力もパワーバンドも、申し分ない。 
いい機体だと思うよ。」

天津飯を食いながら、源雅人少尉が「疾風」の感想を話してくれた。 

彼は第3小隊で強襲掃討(ガン・スイーパー)のポジシュンだ。 
どちらかと言うと、前衛寄りである。

1期先任だけど、生来の性格なのか、後任の俺達にも結構丁寧な言葉遣いをする人だ。


「同感。それと、アビオニクスが性能向上しているのも助かるな。 
マルチロックオンシステムは、強襲掃討としては有難い。」

こちらは第1小隊の強襲掃討、同期で腐れ縁の長門圭介少尉。

前の小隊じゃ、強襲前衛だったらしいが、結構、視野の広い奴だから、
前衛と後衛の節足点のポジションは、ある意味正解かもしれない。 
指揮官向きかも。
食っているのは、ジャジャ麺。

「まぁ、そやなぁ。 最初は、えっらいひ弱な印象やったけど。 
振り回してもグズつきよらへんし、結構タフや。 
案外掘出しモンやったなぁ。」

これは第2小隊長・木伏中尉。 
当初の不信感はどこへやら。 今じゃすっかりお気に入りのようだ。 
何故か饅頭を5,6個も皿に盛っている。

「中尉のスタンスだと、「撃震」より、「疾風」の方が合いますよ、やっぱり。 
動きの自由度が違う。」

これは俺。 飯は羊肉串と水餃子。

まぁ、そう言う俺も、「撃震」より今は「疾風」に惚れている。 
何と言っても、その挙動制御の自由度というものが、第1世代機とは格段に違うのだ。

昔の航空機で言えば、第1世代機は全体に重装甲防弾を張り巡らした攻撃機。
有名なソ連の大戦中のII-2(シュトルモヴィークの代名詞だ)の印象か。

対して、第2世代機は、大戦機で言えば、制空戦闘機。
帝国陸軍航空隊で言えば、四式戦の印象か。 
名前も同じ『疾風』だしな。

そんな感想を口にしたら、3人とも「そうだな」と、合意。

「やっぱりなぁ、ワシら前衛や、前衛寄りは『戦闘機』のイメージやしなぁ。」

「でも。そうだとすると。迎撃後衛や、打撃・砲撃・制圧支援にとっては、どうなんでしょうね?」

「「「うぅ~~~ん?」」」

解らない、らしい。 最も俺もだが。

その時、見知った顔が目に入った。


「お~い、愛姫! 神楽! 美濃! ちょっとこっち来ないか。」

同期3人娘に声をかける。


「なになに? なんか奢ってくれんの?」

「お前の頭の中は、食欲90%、睡眠欲10%か?」

「なによぉ~~」

まだ手付かずの昼食のトレイを持ったままで、何が「何か奢ってくれるの?」だ。 
伊達愛姫。この暴食娘。

「何事だ? 周防。」
「周防君、どうしたの?」 

神楽と美濃。 普通はこう言う反応だよな・・・

「いや、な。機体が代わってさ、どういう印象受けたか、って話で。 
俺達前衛や、前衛寄りポジションは概ね好評なんだけど。 
後衛はどうかと思ってさ。」

ここでは、神楽は突撃前衛、乃至、強襲前衛だが、愛姫は打撃支援、美濃は制圧支援だ。

「う~~ん? 制圧支援的には、問題無いよ? 
ALMランチャーが少し大型化してるから、制圧能力の低下はないわ。」

と、美濃少尉。

「打撃と砲撃支援的にも、そんなに問題無いかな? 
ただ、機体重量が軽くなってる分、87式支援突撃砲の120mmのリコイルがちょっとだけ、
大きい気はするけど。 ま、感覚誤差範囲ね。」

と、愛姫。


「ほんじゃまぁ、『疾風』は良え機体やって事で。 ごっそさん。」 

「ですね。 午後の整備チェック前に一服しますか? 中尉。」

「お、ええね。」

木伏中尉と、源少尉が席を立つ。 
この二人は大隊でも屈指のモク中だった。

「んじゃ、俺は寝る。今夜は夜直の警急隊(アラート・スクランブル)配置だし。」

圭介も席を立つ。

「おい、待てよ。もう食い終わるからさ。」

「お前、食うの遅すぎ。早飯・早糞は軍隊の基本。」

手をひらひらさせながら、見捨てやがった。


「周防君は、午後の予定は?」

美濃がスープを、ふぅふぅ、と冷ましながら聞いてきた。 猫舌か?

「挙動制御プログラムの調整。 まだ、挙動終末にちょっと違和感が有るんでね。」

「整備の草場軍曹が言ってたよ? 
『あいつの挙動制御パターンは、所々何考えているのか、解らないことろが有る。』ってさ。」

愛姫。 せめて口の中、飲み込んでから話せ。

「ふむ・・ 私も、人の事は言えないのだが。 
周防、貴様の場合、機体の消耗分布が帝国衛士の一般的なパターンとは、少々異なる、とも言ってたな。」

さすが武家の出。 食事の行儀は非常に宜しい神楽。

「・・・軍曹が?」

「うむ。 整備主任の、饗庭中尉も仰ってられたぞ?」

「へぇ?  自分では、解らん・・・ 」

「・・・つまり、人外の変態?」

すぱぁーんっ!

「いったぁ~~っ! ぽんぽん叩くなぁ! バカになったら、どうしてくれるのよっ!」

「心配するな。 お前はこれ以上底は無い・・・ あ、底に穴掘ることもあるか。」

「むかつくぅ~~~っ!!!」

「愛姫ちゃんと、周防君・・・ 仲良いねぇ・・・」
「ふむ。 これが『夫婦漫才』というものか?」

「「そこっ! 天然ボケするなっ!」」






愛姫達との馬鹿騒ぎに付き合ってばかりもいられないので、俺はPXを後にして、ハンガーデッキにやってきた。

見ると、木伏中尉と源少尉がそれぞれ、機付き長(機体付き整備班長)と打ち合わせしている。
他にも、広瀬大尉と和泉少尉の姿も見えた。

俺は自分の機体「119-23B03」と刻印されたF-92J「疾風」に歩み寄る。

機付き長の、児玉修平整備伍長に手を挙げる。

「機付き長、修さん。ネヤス(「お願いします」の造語。元々は海軍のスラング)」

「お。直やん。ちょうどええ。 挙動制御データの解析、終わったとこや。」

大阪出身。草場整備軍曹の下が長い児玉整備伍長とは、公の場以外では「修さん」「直やん」でいつの間にか固定してしまった。

俺からすれば、階級で4階級下の整備下士官でも、軍のキャリアは向こうがずっと上だ。

児玉伍長からすれば、俺は先輩の草場軍曹の弟分。4階級上の上官で士官でも、感覚的には「舎弟分」

で、さっきの呼び方に落ち着いた。

俺としては、腕の良い修さんには、全幅の信頼を寄せている。 
最も、ちょいと変な職人気質の人では有るが・・・


「早速やけど。 ここのログ、見てくれや。
丁度、噴射跳躍から倒立側転終わった直後やな。 ほら、ここ。」

修さんが、ログデータをモニターで指し示す。

「ここで、直に機体姿勢をクラウチング・ポジションにするコマンドと、跳躍ユニットのブーストコマンドが入力されとるやろ?
せやけど、まだ着地前や。 機体姿勢の強制安定イベント・プログラムが効いてるんや。
こんなコマンド入力しても、受け付けへんで?
で、着地した後すぐに、同じコマンド再入力しとる。 2度手間やな?
何考えとったん? 直やん?」


「ん~・・・ 何て言うか・・・ 強制イベント・プログラムって、嫌いなんだよね。」

「はぁ?」

「いや、便利な事は、便利なんだよ? 
でもさ。咄嗟に次の挙動をしたい時に限って、働くからさ。 
機体硬直時間が、すっげぇ、長く感じてイライラするんだよ。」

「で? イラついて、次のコマンド、入力されないの解ってて、八当たり入力しとんの?
それって、アホやで?」

「・・・・そうだよなぁ・・・」

「まぁ、オフセット(入力無効時間)は、多少は設定変更できるさかい。
直やんの機体は最小時間設定に直しといたるわ。
あとは・・・ そうやな。
インターロック・プログラム、いじっとくか・・・」

「インターロック?」

「そうや。 例えばや。
01・『仮想強制イベント』と02・『コマンド入力全般』の2つの認識ポイントを作っといてやな、OR演算させてな。
優先順位を、02 > 01にしとく。
で、実際に強制イベントが働く時に、02入力を認識しとったら、そっちを優先認識さすんや。
02が入力されてへんかったら、01が働いて、実際の強制イベントを実行する。
02を認識した場合、01は自動デリートや。 そやないと、いつまでも実行待機状態になってまうしな。」

「おぉ!? 修さん、すげぇ! 天才!」

「おお、もっと褒めてエエで?
せやけど、これやと通常の挙動制御プログラムより若干、遅れが発生しよる。
論理演算量が増加しよるからな。 機動のタイムラグに違和感は有ると思うで?」

「それでも、機体硬直が発生するより、余程マシ。
修さん、サンキュ。
で、いつ出来る?」

「そうやな・・・ プログラムの変更自体は、組み換え、打ち込み、バグ取りで・・・ 3日やな。
その後、実際に動かして実証運用検証して・・・ まぁ、1週間ってことやな?」

「じゃぁ、それで頼むよ。
俺、これから大隊の戦技報告研修会あるから。
じゃ!」





<<ハンガーデッキ。児玉修平整備伍長>>

「なんや、新しい玩具貰えたガキみたいやな・・・」

「ま。昔からそんなやつだ。」

「お?草場主任。居ったんですか?」

「うん。何やら物騒な魔改造話しが聞こえてさ。」

「魔改造・・・ まぁ、そうとも言うわなぁ・・・」


「しかし、あいつの言う事は、我々衛士が誰しも一度は思う事だ。」

「まぁ、そこを何とかすんのが、衛士の腕っちゅーもんやけどな。」

「ですが。実際には戦闘中の機体硬直には、冷や汗を流した事も多々あります。」

「ねぇ、機付き長? 私の機体も、周防少尉と同じ事、できないかなぁ?」

おわっ。 23中隊の、広江大尉に、木伏中尉、源少尉に、和泉少尉かいな。

ふん、まぁ、衛士やったら、誰でもそう思うわな。

もっとも、今の挙動制御プログラムも長年、コンバット・プルーフされてきた結果では有るんやけど。






<<10年後。2002年8月 帝国軍練馬基地 児玉修平整備科大尉>>

まぁ、そんなこんなで、あの時23中隊の全機に。
その後なし崩し的に、119旅団の全戦術機に、同じ処置する羽目になってもうた。

もっとも。 かく言う俺も、9年後に似たような事考えて、ホンマに別の対応OSまで作ってもうた阿呆が出てくる事になるとは。
あの時点では思いもつかなんだけど、な。

整備科の大尉になっとった俺は、正直腰抜かしかけたわ。
なんちゅうても、あの時の周防少尉と同じ年の、国連軍の訓練生が概念考え出したんやったしなぁ・・・

ほんま、何とかと何とかは、紙一重、やで・・・




[7678] 北満洲編5話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:e178b4cc
Date: 2009/05/16 17:22
1992年8月10日 帝都・京都 中京区烏丸御池 陸軍兵器行政本部 第1合同会議室


『次期主力戦術機開発 包括会議』は紛糾していた。

本題たる、次期主力戦術機開発進捗に至る前の段階で、である。
副題である、77式「撃震」の機体延命対策・能力向上対策が議題に上った事が発端だった。

正式採用されて以来15年。
「撃震」は帝国陸軍主力戦術機として、対BETA大戦における帝国の守護者の重責を担ってきた。
傑作機と言い切れる「撃震」は、第1世代機ではあるが、その優秀性故に、様々にアップデートされ、今なお主力の座に屹立している。

だが、世界の趨勢は最早第2世代機であり、近々第3世代機が送り出されようとしている。
帝国も今尚、難産の最中にある次期主力戦術機を、第3世代機として開発中である。
その中において、如何にアップデート版とは言え「F-4」直系機は最早「時代遅れ」なのだ。

更に近い将来、次期主力戦術機が配備開始されようと。
それは「主力」であるが故に、全部隊への配備は不可能に近い。
どうしても、「ハイ・ローミックス」としなければ、帝国軍戦術機戦力の充実は不可能なのだ。

「ハイ」は次期主力戦術機だとして。
「ロー」は如何にするのか?

「撃震」の新たなアップデートをし続けるのか?
いや、あの機体の発展余裕は、最早限界に達している。
設計思想からして、第2、第3世代機とは全く異なるのだ。
第3世代機との「ミックス」戦略は無理が有る。

現行の第2世代機から選定し、将来的にアップデートし続けるのか?
妥当な考えだ。
しかし、帝国は自国での第2世代機開発の実績が無い。 他国製戦術機の導入か?
限られてくる。

欧州連合(EU)のミラージュ2000、トーネード。
いや、連中は帝国への輸出枠などと言う余裕は全くない。
不足する戦術機を、米国から輸入している程だ。
では、米国のF-15?  ふん。既に陽炎(F-15J)がある。 
しかし、その調達価格の負担は、十分に「主力」並みだ。

F-14? F-18? 馬鹿な。海軍機だ。 帝国の。帝国陸軍のドクトリンには全く相反する。
では、残るは・・・

技術審査部長、有坂政章帝国陸軍少将が、「有る機体」を脳裏に浮かべた時には、会議は怒号の渦と化していた。


「解らない人だなっ! 貴方もっ! 
最早、出自が米国だろうがどこだろうが、そんな事言っていられる時じゃないんだよっ!
前線じゃ、『使える機体』 『死なない機体』 を衛士達は切望しているんだっ!
そんな、命がけの要求を叶えるのが、我々の役目じゃないのかっ!?」
開発試験部の河惣 巽(かわそう たつみ)少佐が、眼を吊り上げ激昂している。

「貴様っ! 『死にたくない』とは、どういう事だっ! 
我が帝国の烈士が、そんな軟弱な弱音を吐いていると貴様は言うのかっ!
そもそも、次期主力戦術機は国産を大前提にしているっ! 
であるならばっ! その国産戦術機との戦場での協同運用面を考慮すればっ!
『補完機』も又、国産でなくては運用上の齟齬が甚だしくなるは、必定っ!
外国製戦術機では、既に設計思想から我が帝国の戦術機運用の枠を逸脱しているっ!」

技術企画部の本城直弼(ほんじょう なおすけ)中佐が、怒鳴り返す。
彼も普段の冷静さを忘れ、既に目が血走っている。

「死にたくないんだよっ! 誰でもっ! 
戦場で、1分1秒でも生き残りたいっ! 
そしてその間に1匹でも多くのBETAを血祭りにあげたいっ!
最前線の衛士の思いは、その1点なんだよっ!
それを叶えるのが、我々の仕事だと言っているんだよっ!
国産がどうの、言っていられるかっ! 
後方のお役人のっ! そんな下らん国粋主義のお陰でくたばってしまうようじゃ、
最前線の衛士は浮かばれないんだよっ!」

「お役人だとっ!? お役人だとっ!! 貴様ぁ!!!」

「お役人を、お役人と言って何の不都合が有るっ!
一度、最前線へ行って、そこで衛士の生の声を聞いてみろっ!!
私とて、無駄に片目と片足を亡くしている訳ではないっ!
多くの部下を失ったのは、確かに私の無能故だっ!
だがっ! その部下達の挺身に見合った戦訓は持ち帰っているっ! その上での見解だっ!!!」

河惣少佐は、興奮の余りうっすらと悔し涙さえ浮かべていた。
だが、彼女のその端正な顔立ちの右目からは、涙が出ていなかった。
疑似生体の精神接続が、上手くいかなかったのだ。 
彼女は衛士の資格を失い、今、ここで衛士達の代弁者たらんとしている。

「・・・・っ!!! 巽っ!!! お前はっ!!!」

本城中佐が絶句する。


そろそろ、潮時か。

有坂少将は、傍らの技術審査2課長・大鳥信彦大佐を見やり、目線で合図する。
大鳥大佐は、それで上官の意図を汲取り、未だ睨み合う二人の佐官を制止する。

「本城中佐、河惣少佐。 二人とも収まれ。
ここは討論の場であって、感情論のぶつけ合いの場では無い・・・
ここに先日、審査部へ届いた報告書が有る。 
なかなかに面白い、だが意義を認めるに吝かでない内容だ。
諸君らの手元資料、乙-08。 その添付資料第4号だ。」

その場にいた全員が、手元の資料を捲る。
激昂していた2人も、そこは若くして戦術機開発の中枢に名を連ねる者。
内心は別として、資料に目を通す。

そして、絶句する。

「・・・大佐、これはっ」
衝撃を受けたような、本城中佐の声。

「成程なっ!」

我が意を得たり、と満面の笑みを浮かべる、河惣少佐。

「大陸派遣軍第3機甲軍団、第119、第120独立混成機動旅団。 
そして、河西、石河嶋、九州航空、愛知飛空4社。
各々の、機体実戦運用検証報告書だ。
ベースはF-16C/D。 だが、既に4社にてかなりの部分まで独自改良が為されており、輸出も行われている。
大陸派遣軍での評価も、上々のようだ。」

「・・・・・」

「我々は、撃震の代役としてのこの機体の評価。 その事実を確認せねばならない。
公平に。 公正に。 客観的に。
そして事実であるならば。 我々に躊躇うと言う贅沢は、最早許されない。」

全員の視線が、大鳥大佐に集中する。
その時、隣の有坂少将が徐に立ち上がった。

有坂少将は、その場の全員を無理矢理にでも納得させるが如き圧力を以て、言いきった。

「包括会議は、この機体の実証評価確認の為、大陸へ調査分科会を派遣する。」





会議終了後、本城中佐は辺りを見渡し、会議室を出ようとする河惣少佐を認め、声をかけた。
彼女は丁度、同じ開発試験部の同僚と一緒であったが、先に退出して貰うよう挨拶し、本城中佐に向き合う。
会議室には彼等二人だけであった。

「何用でしょうか、中佐?」

「・・・・大陸へ。 また、あの場所へ行くのか?」

「それが小官の職掌です故。」

「・・・未だ、お前は囚われているのか? 巽。
あの男に。 あの地獄に。」

「・・・やめて、兄様。
確かにあの地獄は、あの方を私から奪い去った。 復讐心というものが無いとは言わないわ。
でも、そんな動機で派遣を志願したのではありません。
私とて、かつては衛士の末席に名を連ね、戦友たちと地獄を見て来た者です。
その彼らの切望に、微力ではありますが、応じたいだけです。」


本城中佐は、妹の、端正とも言える横顔を見つめた。
無表情だった。
かつて、幼き日の妹は、良く笑う、感情豊かな少女であった。
長じて女性らしい落ち着きを得た後も、根本は変わらなかった。
兄として、自慢できる、愛する妹であった。

であればこそ。 刎頚の友を、妹に逢わせたのだ。
そして彼等は、友の、兄の願いを叶えてくれようとしていた。

だが、時代がそれを許さなかった。

1991年、夏。
帝国軍は大陸派遣の第1陣を送り出す。

そこには、彼の敬愛する友と、愛する妹の姿が有った。
彼等は、衛士であったのだ。

2ヶ月後、悲報が届く。
友の戦死。 妹の負傷・本土後送。

彼の妹は、右目と右足を失っていた。 重傷だった。
疑似生体移植が行われたが、精神接続が上手くいかなかった。
妹は衛士の資格を失った・・・

以来、彼女の顔からは、かつての表情は失われた。
そして、「本城 巽」は、「河惣 巽」となったのだ。 
亡き友、 故・河惣貴次帝国陸軍准将の、妻として。
「亡夫」を弔い続けている。


「・・・・その意気で有れば、何も言うまい。」

本城中佐は背を向け、部屋を立ち去った。




「・・・・本当は、どうなのかしらね? あの方の許に、逝きたいのではないの?
あんな言葉。 それは本心なの・・・・?」

誰もいない室内で一人、河惣 巽少佐は己に呟く。

そんな事。 解らない。 解らない。 解らない・・・
解るのは、私の心が最早、砕け散って戻らない事だけ。

(大陸は・・・、満州は。 あの日の様に、暑い日々なのだろうか・・・)







1992年8月15日 1115 黒竜江省 北安北西部15km 


≪CP、ゲイヴォルグ・マムより、ゲイヴォルグ。 大隊規模のBETA群、戦術エリアH-25-32。距離500。
突撃級の前衛は150km/hで進撃中。 敵本隊は後方800。 60km/hで進撃中。
機甲部隊は左翼に退避完了。 大隊本隊は隣接エリアの掃討にかかりました。
尚、光線級は確認されず。 撃破出来た模様。 繰り返します、光線級は確認されず。
オーヴァー≫


『ゲイヴォルグリーダー(01)より各機! 陣形・鎚壱型(ハンマーヘッド・ワン)! まずは『壁』をぶち抜くっ!』

『『『『了解っ!』』』』

01・広江大尉の指示に、中隊全員が答える。

『B小隊! いくでっ! 
周防! ワシと突撃前衛! 綾森!神楽! お前ら後ろで強襲前衛! ワシらのケツ持ちやっ!』
『『 了解! 』』 「了解!」

言うや否や、02・木伏中尉と08の俺、周防直衛少尉の「疾風」2機が猛然と水平噴射跳躍をかける。

目指すは戦線の突破をかけようとしている、前方500mの突撃級と要撃級。 約100体ほど。小型種はその10倍はいる。

突進してくる突撃級との相対距離が急速に詰まる。 あと100。
右腕の65式近接戦闘短刀を装着する。 あと50。
あと、40、20・・・

『ブレイクっ!』
「了!」

俺と中尉は、同時に左右への短距離水平噴射跳躍(ショートブースト)で、突撃級の突進をかわしつつ、側面を突進。
そしてすり抜けざま、それぞれ左右の突撃級の片側脚部を短刀で寸断していく。

すり抜けると同時に、前方に3体の突撃級。
左2体の間に隙間は無い。 右のヤツとの僅かな隙間に突っ込むっ!

ほんの僅かでも、操縦桿操作をミスれば、BETAとクラッシュ、踏みつぶされてお陀仏だ。
内心の恐怖を押し殺して、ギリギリのタイミングで空間を読み、水平噴射跳躍で突入する。

(――――――っ~~~~!!!)

左右の至近距離に不気味に蠢くBETAを見つつ、短刀をその脚部に刺し込む。

「ぐっ・・・!! おおぉぉ!!」

水平噴射跳躍の推力を利用して、一気に突撃級の片側脚部を『削ぎ落とし』た。
そして、俺と中尉はなんとか突撃級の『壁』を突破し、『進入路』を切り開く事に成功した。

付かず離れず、俺には05・綾森少尉、中尉には11・神楽少尉が続行する。
彼女たちも又、突撃前衛2機の突破口拡張の為、超近接戦闘を行ってきたのだ。

俺達、突撃前衛2機の穿った細い突破口に、彼女達の強襲前衛2機が突っ込む。
片づけ残した突撃級の側面から、脚部に向けて両手に持った2門の突撃砲の36mmをぶち込む。

行動力を奪っただけの突撃級は無視だ。 それは後続の仕事。 俺達はただひたすら「破城鎚」として打ち込むのみっ!


そうして突撃前衛小隊の開けた突入口から、A、C小隊が雪崩れ込む。
突撃級の壁を越えたところで、急速接地旋回で反転。

『A、C小隊! シェフ殿(B小隊)の仕込みは上々! 御馳走は食らい放題だっ! 1匹も残すなっ!』

『『『『 応っ! 』』』』

大尉の嗾けに、皆が答える。
柔らかい「裏腹」を曝す突撃級に、36mm、120mmの集中豪雨を見舞う。
体液と内臓物をまき散らしながら、次々と突撃級が沈黙していく。

その時には既に突撃前衛小隊は、前方の標的に向け突進していた。 要撃級が60体以上いる。 
短刀を収納。 追加装甲裏のガンラックに収めた突撃砲を取り出す。

『05から08! タイミングを間違えないでっ!』
「了解っ!」

要撃級の寸前で、噴射跳躍。 その頭上を飛び越しつつ、上面に120mmをお見舞いする。 
BETAは濁った緑色の体液と、赤黒い内臓物をまき散らし、停止する。

倒れた要撃級の抜けた空間をすり抜けた05・綾森少尉が、120mmキャニスター弾を俺の着地予想地点へ打ち込む。 戦車級の群が弾け飛んだ。

着地。 合流した05と俺の疾風は、水平噴射跳躍で前方へ。 
要塞級の一群は、その得意の平面急速旋回機動で方向を転換し、追撃をかけてくる。

『はっ! ド阿呆! ケツがガラ空きやんけっ!』
『痴れ者っ!!』
 
その背後から01・木伏機と11・神楽機から、36mm、120mmが降り注ぐ。
無防備な後ろを曝した要撃級に、2機は36mmと120mmをたらふくお見舞いする。
たちまち、10体以上が臓物をぶちまけ、地響きを立てて倒れる。


水平噴射旋回。 反転し、そして再突進。
要撃級が上腕を振り上げる! 

「はっ! 誰がっ!」

その寸前、俺は水平噴射跳躍で右に「飛んで」いた。
側面を確保しつつ、並行噴射跳躍移動。 36mmを比較的軟らかい横腹にばらまく。
4体を無力化する。
そして緩やかに弧を描きながら高速移動。 要撃級は無視し、周囲の戦車級を掃討する。

その間、綾森機は逆方向へ並行噴射移動。 2機でBETAの1群を挟み込む機動をとる。
要撃級の足並みが乱れる。

「08より05! スイープッ!」
『08、了解っ!』

俺と綾森機は、水平噴射跳躍による高速円周機動を続けながら、36mmを要撃級に叩き込み続ける。

『10! FOX3!!』

A小隊から、美濃少尉機の制圧支援が降り注ぐ。

『12! 支援するよっ!』

C小隊の伊達少尉が、支援突撃砲のキャニスター弾で、群がり始めた戦車級を掃討する。
どうやら、A、C小隊が突撃級を食い終わったようだ。

『01より各機! 突撃級は喰らい終わった! 各小隊! 残りを喰らい尽せっ! 陣形・鶴翼参(ウイング・スリー)!』

『『『『 了解っ! 』』』』

残る要撃級は30体ほど。 後は小型種だ。
戦車級は集られると厄介だが、相互支援を密にすれば、今の状況では然程の脅威では無い。

『B小隊! 中央の13体、やるでっ! さっさと平らげて、左右にデザート食いに行けやっ!』
『『 了解! 』』 「了解!」


12機の戦術機は、その名の如く疾風のように駆け抜ける。
戦いはすでに終末を迎えようとしていた。

この日、旅団規模のBETA群の波状攻撃は、悉く防衛線手前で停止した。






1992年8月15日 1522 黒竜江省 依安基地 第5会議室 兵器行政本部調査委員会仮設本部


「ほう。なかなか良いデータが取れているな。」

『次期主力戦術機開発 包括会議分科会』から出向という形で、北満洲の地にやって来た河惣 巽帝国陸軍少佐は、
92式戦術機「疾風」(F-92J)の実戦機動・機体負荷/疲労度データを眺めつつ、感心した。

「本土の開発実験団並のデータかもしれんな。」

「誰にモノを言っている、貴様は・・・」

ふんっ、と鼻で笑ったのは、独立混成機動第119旅団第23戦術機甲中隊長・広江直美大尉であった。

「まだ2カ月とは言え、私が扱き抜いた部隊だ。 それに部下達は全員、地獄を潜り抜けてきた連中ばかりだぞ?
新任の連中達でさえ、『5月の狂乱』を、初陣で切り抜けた連中だ。 
あの程度の散発的な襲来で、取り乱して『靖国』に居座るほど、間抜けでは無い。 本土の甘ちゃん連中と一緒くたにするな。」

「くっくっ、相変わらず手厳しいな、貴様は。 
だからこそ、未だ大尉なのだぞ? 本来ならば、大隊長をしていて然るべきだろうに。」

「ふん。 性分だ。」

「全く・・・ だから、富士(教導団)を追い出されるは、昇進は見送られるは・・・ 男には愛想を尽かされるは・・・」

「まて、最初の二つは認めるに吝かでは無いが。 最後のは一体何だっ!」

「・・・自覚していないのか? 呆れたな・・・」

「ふんっ」


(全く、この女は・・・)
苦笑しつつ、河惣少佐は期友を眺める。

(全く、この女は、相変わらず不器用な奴だ。 だが、常に正道を往く。 
常に全力で。 逡巡も、悔悟もしない。 
全く。 私などから見れば、悔しいが真似の出来ない事だな・・・)

「しかし、『鬼夜叉姫』にそこまで扱き抜かれて脱落者が無いとは、流石、と言うべきか。
・・・・広江、貴様の見る限りで、92式の機動特性に最も精通している衛士は?」

「ん・・・ そうだな。 
近接格闘戦で言えば、やはり神楽か。 木伏もかなり良い動きをする。 が、やはり神楽が頭半分抜けている。
近・中距離での高速機動戦では、周防か、長門。 次点で源と綾森、水嶋か。
中距離以上の砲撃戦では、和泉だな。次いで伊達か。
どうした? 聞きたい事が有るなら、呼び出すぞ?」

「いや、今は良い。 が・・・ どうだろう? さっきの中から3名。 
そうだな、近接戦の神楽少尉。 近・中距離機動戦で周防少尉。 砲撃戦で和泉少尉。
この3名。 もしかすると1日か2日、借りたいのだが?」

「糞BETAの、お出かけスケジュール表次第だな?  まぁ、任務に支障の出ない範囲でなら、便利扱いしても構わんぞ?」

「心得た。」







1992年8月15日 2210 黒竜江省 依安基地 士官用宿舎 23中隊C室


「ねぇねぇ、さっきの、本土から来てた技術将校の少佐さぁ。 
なんか大尉と知り合いみたいだったけど。 アンタ達、何か聞いてる?」

2段ベットの上段から、和泉少尉がひょこっと顔を出して聞いてきた。
向こうのベッドの下段に腰掛けていた神楽が、いいえ、と、俺に振るように顔を向ける。

「俺も知りません。」

「・・・何よ。使えない連中ねぇ。」

あんたも御同類でしょうが。 俺と神楽が同時に心の中で、突っ込みを入れる。

「柏崎中尉ぃ~~。何か聞いてます?」

CPの柏崎中尉に振る。 言わば中隊の情報将校。 中隊長の秘書役であるCP将校なら、何か知っているかも、と言う事だろう。

備え付けの、小さな(しかもボロい)ソファに座って読書中だった柏崎中尉が、本から目を逸らさずに答える。

「・・・大尉の士官学校の同期生と言っていたわ。 河惣 巽少佐。
今は陸軍兵器行政本部だけど。 1年前までは戦術機甲部隊の中隊長で、帝国の大陸派遣軍第1陣として戦っていたそうよ。」

へぇ。大尉は士官学校の衛士科課程出身か。 軍本流のエリートじゃないか、それって。

同じ衛士でも、士官学校出身者と、俺達のような衛士訓練校出身者では、実は雲泥の差なのだ。
前者は言わば、将来の軍の中枢を担うべきキャリア組。 将来の将官候補者。
俺達は戦死するか、極めて運良く生き残っても、定年まで現場のノンキャリア組。 
出世と言っても、精々が少佐止まり。 定年3日前に、お義理で中佐進級ってとこか。

「・・・しかし。 少佐は衛士徽章をお付けでは有りませんでしたが?
兵器行政本部勤務とは言え、衛士ならば徽章は付けるでしょう?」

へぇ、神楽。 よく見てるねぇ・・・
気付かなかったな。

「1年ほど前の大規模防衛線で、重傷を負ったんですって。
右眼と右足は、疑似生体だそうよ。 それで、衛士資格を失われたと聞いているわ。」

精神接合が不適格だったのか。 よくある話だな。


「へぇ、そうなんですか。 
・・・でもぉ、美人でしたよねぇ。 ねぇ? 周防?」

「同意します。が、どうして俺に振るんです? 和泉少尉?」

「だって。あんた年上の美人好きだし? あ、でもこの間の中国軍の子は、同い年だったっけ?」

「勝手に確定しないで下さい・・・ 
それと、蒋翠華少尉とは、和泉少尉のご期待するような関係では有りませんから。あしからず。」

「なんだ、そうなの? ・・・やっぱり、本命は祥子?
あ、でもでも。 こうやって美女3人とひとつ屋根の下で寝起きしているんだもの?
何か『間違い』でもあるかもね?」

「・・・周防少尉? 浮気は駄目よ?」
「・・・・柏崎中尉。 和泉少尉のうわ言に、反応しないで下さいよ・・・」

「周防・・・ 貴様・・・?」
「神楽。 頼むから人を、変質者を見るような眼で見るの、止めてくれ・・・」

はぁ・・・

女3人集まると姦しい、と言うが。
その中に男一人放り込まれると、どうなると思う? 兄弟よ。

答えは「オモチャ」だ・・・

仕方がないと言えば、仕方がない。
ここは最前線の戦闘基地だ。 
後方の、気の抜けた安全な基地とは違う。 いくら士官だとて、下っ端の尉官程度に個室なんて、どこぞの夢物語だ。

大体の通り相場で、中尉・少尉は4人1部屋。 大尉、乃至、中隊長職にある古参中尉が、2人1部屋。

男女比なんて、部隊でバラバラだから、男女混在。 シャワーもトイレも男女共有。
いい加減、羞恥心なんてモノ、どこぞに置き忘れているような連中だから、問題無いけどな。

個室なんて、基本的には大隊長・佐官級以上でないと宛がわれない。

であるから。今現在、俺と同じ宿舎の同室の面子は、柏崎千華子中尉、和泉紗雪少尉、神楽緋色少尉の3名。
ウチの中隊は、男の数少ないしなぁ・・・


「何よ、うわ言って。 失礼ねぇ・・・ ん?」

ドアノックの音がする。

どうぞ、と、室員中の最先任・柏崎中尉が声をかける。


「失礼する。 和泉少尉、周防少尉、神楽少尉。 少々話が有るのだが、いいかな?」

顔を出したのは、河惣 巽少佐だった。




1992年8月15日 2245 黒竜江省 依安基地 PX


「機体運用実証試験?」
和泉少尉が小首を傾げる。

試験って? 既に実戦部隊配備されている機体の検証試験? わざわざ?

「何、そう大した事をする訳では無い。 大方のデータは既に取れているのでな。
まぁ、本土の連中の『止め』を刺す為の、ダメ押しのデータ取りの協力をして貰いたいのだ。
そう手間は取らせん。 1日、場合によっては2日で済む。
君等の上官、広江大尉の許可は取ってあるのでな。」

河惣少佐が説明する。

「・・・大尉が許可を出したのでしたら、私達にお断りする理由は有りません。少佐殿」

「ふむ。 和泉少尉、だったか。 すまんな。 周防少尉、神楽少尉、2人も同じと考えて良いかな?」

「「はっ」」

「うん。 では、試験は明後日から始めたい。 君等の機体のオーバーホールは、明日に完了だったな?  
・・・うん。 では、詳しい内容とスケジュールは明日の1900時に渡すようにする。」

「「「はっ」」」

「・・・・・」

「少佐殿?」 訝しげに、和泉少尉が尋ねる。

「ああ。 いや、すまん。
・・・・不躾で済まないが。 君等は前線歴は・・・ 実戦出撃歴は、どの位になる?」

「・・・私は、第2陣ですから、今年の頭からになります。 7ヶ月です。
実戦出撃は8回です。 周防少尉と神楽少尉は・・・」

「自分と、神楽少尉は4月着任です。 4か月になります。
実戦出撃は、自分は4回です。 神楽少尉は・・・」

「私も、実戦出撃は本日の出撃が4回目でした。」

「そうか。 では、君等ももう、そろそろ『中堅』か。」

「「中堅っ!?」」

俺と神楽、思わず二人してハモっていた。
どうしてそうなる? 俺達は今年、衛士訓練校を修了したばかりの新任だぞっ!?

「ああ、任官年数の事では無い。 『実戦衛士』として、だよ。 周防少尉。神楽少尉。
二人とも、『死の8分』は知っているな? うん、当然だな。二人ともそれを搔い潜って生き抜いてきたのだからな。
だが、一般的な衛士の戦闘での損耗率は、25%に上る。 これが初陣衛士の場合、65%にも達するのだ。
だからな、実戦出撃を5回こなせば、中堅。 10回でベテラン。 15回でエース。 20回でトップエース、と言われるんだ。
和泉少尉は8回だから、立派に古参の中堅。 あと2回でベテラン、だな。」

「因みに、ウチの中隊長は実戦出撃22回よ。 トップエースね。」

「「・・・はぁ・・・」」

俺と神楽は、頷くしかない。
今の倍の数の実戦出撃数だけでも、気が遠くなる気持なのに。 22回!? 化け物だ・・・

「しかし。 他の部隊でも、我々と同じ数をこなした衛士は、他にもかなりいるのでは?」

神楽がもっともな疑問を口にする。
そうだ。 この地には、ウチの第119旅団だけでも、5個大隊。独混はほかに4個旅団有るし。
主力師団は3個師団有る。
もっと経験豊富な衛士は居るんじゃないのか?

そんな疑問を口にしたら、えらい状況を教えられた・・・

「周防少尉。 第1陣で大陸に渡った衛士で、今まだこの地にいる者は、10名と居ないのだよ。」

「えっ?」

「派遣の2ヶ月後に、大損害を受けてな。 その後も散発的な攻撃で数を減らして・・・
生き残りの大半は、昨年の末には本土に戻っておる。 私のようにな・・・」

「第2陣もね。 ほら、あの『5月の狂乱』で、私達の前の部隊は、殆どやられちゃったでしょ?
残った部隊も戦力半減で、回復の為に本土に戻ってしまったし。 少数が残っただけよ。
実際、実戦経験者がいる部隊って、先月まではウチの第119と、第120だけだったのよ。
あとはみぃ~~んな、『戦闘処女』 この前や、今日の慌てっぷりから解るでしょ?」

ああ、そう言えば。
俺達、第119と第120以外の部隊は、BETA迎撃の時の動きが鈍かった気がする。
今日なんて、旅団規模の襲撃に、1個師団と2個旅団で迎撃したのに、前衛の部隊が浮足立ってしまって。
結局、予備戦力だったはずの俺達の旅団が、1番前に出されて戦う羽目になったんだよな。

まぁ、確かに言われてみれば、経験不足の様相だったな、あれは。 ははっ、俺も言うようになったね。
ちょっと前までブルッてた、ヒヨコだった俺が。 全く・・・


「まぁ、そう言う訳で、だ。 実戦を搔い潜ったその腕、期待させてもらうよ。」

それじゃ、遅くまで悪かった。

そう言って、河惣少佐はPXを後にした。






「・・・しかし、4回か・・・ ふふん、私と同じ回数だが。 あちらの方が、面構えが良い、か・・・」

何より、未だ心が折れていない。 眼の色が違う。 そこが自分とは大違いだな。

河惣 巽少佐は、自室へ戻る道すがら、先ほどの若い3人の衛士達の顔を思い浮かべていた。

「広江が可愛がるのも、無理はないか・・・」

もっとも、あの 『鬼』 『夜叉姫』 とも言われた同期の友に「可愛がられる」と言う事は、BETAが可愛く見えるほど、扱き抜かれる事なのだが。









―――――同刻。 某将校個室

「くしゅん!!」
「ん? どうした、風邪か?」
「ん・・・・ 大丈夫よ。 ・・・誰か、私の噂でもしているのかも・・・?」
「はは。 だが、この状況を予想してではあるまい? 何せ、あの『夜叉姫』が、あんな可愛い姿態を・・・」
「・・・ あら? じゃ、『夜叉姫』の如く、絞り取ろうかしら?」
「お、おい。 もう無理だよ、直美・・・」
「どうかしら、ね? ・・・ふふふ・・・」
「うっ? うおっ!?」




『我らが中隊長はその朝、何故か特に機嫌が良かった。』(第23中隊当直日誌の覚書より抜粋)





[7678] 北満洲編6話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:e178b4cc
Date: 2009/04/11 02:17
1992年8月16日 1015 黒竜江省 依安基地 戦術機第5ハンガー


「おい! 119-13Aから、31Bまでの全戦術機! フレームの歪チェックかけとけっ!」
「119-41A01とA04! アビオニクスチェック完了!」
「脚周りの油圧チェックっ! 念入りにやっとけよ?」
「おい! そこの新入りっ! 馬鹿! そこはループチェック完了してから接続しろっ!」
「予備パーツ、B011からD023コンテナ、搬入しまぁすっ」
「搬入、まて! おいこらっ!? 誰だ、こんな所にログモニターセット置きっぱなしにしてる奴はっ!!」


ハンガー内は整備大隊の喧騒で溢れ返っている。
だが、それは真剣な熱意と、職務に精勤する者たちの発する喧騒だ。
この旅団は、一概に士気も錬度も高い。 成程、派遣軍の切り札、と言うやつか。

「河惣少佐、これが第119旅団全戦術機の整備記録になります。
一応、要点は纏めて最初に記載させて頂いております。」

整備大隊の戦術機整備主任・饗庭中尉から分厚い書類を渡される。
ふむ。戦車の装甲程は厚みが有るな・・・

「ああ、済まない、饗庭主任。
で、どうだ? 92式の実戦運用評価は。 整備面から見て。」

「流石は、米国製がベース、と言った所でしょうか。
特にベースとなったF-16は、F-20(タイガーシャーク)との競争に勝った機体ですが。
F-20自体、F-5直系の機体です。 F-5系の機体は、整備のし易さ、環境耐性と言った整備運用面での
『武人の蛮用』には、F-4系より優れております。」

「ふむ・・・」

「F-20もその直系で、すぐれた素質の機体だったのですが。
F-16はその面でもライバルに引けを取りません。
92式はそう言う意味でも、整備運用面で戦場での運用に優れた機体ですな。」

「ふむ。では、撃震よりそう言った面では優れる、か。」

「F-4系の機体は、冗長性が有って優れた設計なのですが、整備運用面ではF-5系に軍配が上がります。
それに、言いにくいですが撃震は、如何にも日本的と申しますか、細かい改良が加えられ過ぎております。
整備運用面では、他のF-4系の機体。 ソ連のMiG-21バラライカ、中国軍の殲撃8型(J-8)と比べると、明らかに劣ります。」

「・・・・」

「・・・海外の技術者・整備関係者は、撃震を『F-4モデルのクラシック・カー』と呼んでおります。
斯衛の『瑞鶴』を見たマクダエル社の技術者など、『これは工芸品かっ!?』と絶句したそうです。」

「むぅ・・・」

「また、メーカー色、と言う要素も無視できません。
光菱、富嶽、河崎の3社は、我が国の3大重工メーカーであり、戦術機生産メーカーですが。
いかんせん、軍の要求を全て反映しようとし過ぎるきらいが有ります。
言わば、優等生的、と言いましょうか・・・」

「・・・それで?」

「・・・逆に、今回92式を作った河西、石河嶋、九州航空、愛知飛空の4社は。
重工業シェアでは大手3社に劣りますが、その反面、社風が野武士的と申しますか。
要求値の概略さえ達成すれば、後は自分達が良いと判断した点は、軍の意向など無視してしまいます。
それが却って、性能向上の冗長性や、汎用性、機体の信頼性の向上、等々に繋がる。
前の大戦での航空機開発では、そう言った面が多々ありました。
最も、軍の技術本部や参謀本部の高級将校には、そう言った面が我慢ならないのか、嫌われておりますが・・・」

「・・・・全くだ。 
連中は自分達の言う事がすべて正しい、自分達の意見さえ聞いていれば良い、そんな連中ばかりだからな。
メーカーなど所詮、自分達の丁稚位にしか考えておらん、度し難い大馬鹿者達だ。」

「は・・・」

流石に、陸軍兵器行政本部の少佐の前で言いすぎたか? とも思っていた饗庭中尉は、意外な言葉を聞いたと思った。
何せ、当の兵器行政本部の技術将校で、かつ、高級将校自身が自らを『大馬鹿者』と断じたのだ。
いや、それとも何か裏でもあるのか?

「・・・中尉。 私は今でこそ、兵器行政本部に籍を置く身だが。
昨年まではこの大陸で、衛士としてBETAと戦っていた身だよ。
前線の切望は、理解しているつもりだ。」

「っ! そうでしたか・・・ いや、失礼しました、少佐殿。」

「ん・・・ 兎に角、92式の評価は理解した。 そのポテンシャルもな。
大変に有意義な話だった。 感謝する、中尉。」

「はっ! お役に立てたようで、光栄であります。 少佐殿。」








1992年8月16日 2230 黒竜江省 依安基地 佐官用宿舎


「ふぅ・・・」

河惣 巽少佐は固いベッドに寝転がって、軽く溜息をつく。
これで、後は明日からの機動性実証試験のデータさえ取れれば、すべて終了だった。

約1週間の予定の短期出張だったが、非常に良い、しかも興味深いデータがとれたと思う。
これならば、頑固な連中も、首を横には振れまい。
あの、兄さえも・・・

気を抜いているといつの間にか、うつら、うつらしていたらしい
普段は心の奥底に押し留めていた記憶が蘇る。


(『私がこの大陸で戦うのは、祖国や、そこに住まう民、そして皇主陛下、将軍殿下の御為では有るが・・・ それだけでは無いよ。』)

懐かしさを伴う光景。 あれは誰だったか・・・

(『他に何の為だって? ・・・・仲間の為。 部下達や同僚、上官。 彼らが死なない為。
私の弱さ故に、彼等を死地に立たせたくは無い。
・・・死線を共に潜り抜け、苦楽を共にしてきた仲間だ。 彼らの為に私は戦う。 そして・・・』)

そして? そして、何だったか・・・

(『巽。 君の為に。 何よりも、君の為に。 
私がもし、この命を散らす事が有るのなら。それが君の為で有れば、悔いなどもたぬ。』)

あぁ・・・ 私もそうだった。 私もそう思っていた・・・


(『 巽っ! 来るんじゃないっ! 部隊を纏めてここは引けっ! 君は指揮官だっ!』)

いやっ! ・・・いやだっ!! そんな・・・ 貴方がっ!

(『このままでは大隊は全滅するっ! 私の機体は最早、死に体だっ! 脱出は叶わぬっ!
君は先任中隊長として、指揮権を継承しろっ! 部下達をっ! 仲間を犬死さすなっ!』)

いや・・・ いやよ・・・ そんな、あなたが・・・ 死ぬ、なんて・・・

(『・・・無能な大隊長の尻拭いをさせてしまった。すまない・・・』)
(『本城大尉! 巽! 早くっ! 包囲網が完成してしまったら、大隊は全滅だぞっ!』)
(『・・・広江大尉。 本城大尉を頼む。 最初から最後まで、君には頼みっぱなしになったな。』)
(『・・・・大隊長、河惣中佐。 同期の好ってやつです。 お気遣い無く。 ・・・・では、さらばです。』)
(『うん・・・ 武運を。 君達の武運を祈る。』)
(『・・・はっ! 大隊各機! 大隊指揮権は本城大尉が継承! これより攻囲を突破するっ!』)

いやっ! いやっ! まって! まだ生きてるっ! あの人はまだ生きているのよっ!

(『っ! 巽っ! 貴様っ 腑抜けたかっ! ソード02、04! 中隊長機を引っ張っていけっ!』)

まって・・・ まって・・・ おいていかないで・・・

(『・・・・・ここに果てる臣の不明、御許し下さい。 
・・・友よ、さらば。
・・・・・巽。 君は、生き抜け。 死ぬなよ・・・ 死ぬんじゃないぞっ!!!』)

―――――閃光。衝撃。 あぁ、あれは。 S-11が炸裂した・・・・


(『いやぁ~~~っ!!!!』)






(は――――っ!)

飛び起きると、酷く汗をかいていた。 不快感が増す。

(どうして、今更あんな・・・)

顔を手で覆い、河惣 巽少佐は歯を噛みしめる。

この地に来たからか? 
二度と思い出したくない悪夢。 自失し、指揮官としての責務を放棄してしまった悔悟。 友の叱責。
そう言えば。 あの後、基地に辿り着いた後、広江から顔が膨れ上がるほど、殴打されたな。

(悪夢、か・・・)

確かにそうだ。 しかし、最早その悪夢の中でしか、あの方には会えない。

(私は・・・ 壊れたのか? 壊れてしまったのか・・・?)

涙が頬を伝う。 左眼だけ。 私の右眼は最早涙を流さぬ。

(ふふ・・・ 右眼は壊れた私。 左眼は・・・ 過去に縛られた、愚かな女の私。
何が少佐か・・・ 何が、衛士の代弁者たれ、か・・・)


一体、私は何者なのだ。 河惣 巽少佐の自問に、答えは出なかった。






1992年8月17日 1930 黒竜江省 依安基地 第5会議室 兵器行政本部調査委員会仮設本部


「期待以上だな。 いい腕だ・・・」

今日の「機体運用実証試験」は、予想していた以上に良い数値を得る事が出来た。
神楽少尉の近接格闘機動。 周防少尉の近/中距離高速・高機動。 和泉少尉の中遠距離機動砲撃。
92式に習熟し、実戦で揉まれてきた衛士の動きだけは有る。

明日も引き続き好調なデータが取れれば、言う事は無い。 
実証評価確認としては、ほぼ満点だった。

コーヒーを一口飲む。
今や産地が極々限定されるため(流通も悪くなっている)、少佐の俸給では普通なら手が出せない、高級嗜好品だった。
満洲に出立する前日、義姉がやって来て、渡してくれたのだ。

贈呈品だから、気にしないで。 等と言っていたが。 恐らくは兄が手配したのだろう。
全く。 中佐の俸給でも、馬鹿にならない高級品なのだぞ? 甥や姪の養育費も馬鹿にはならないだろうに。
義姉様の気苦労を、少しは察するべきだ、あの兄は・・・

だが、兄は兎も角、義姉様の気遣いを無下にするのは失礼だったから、有難く頂戴した。
帝都に戻れば、一度顔を見せに行こう。 お土産でも持って。
可愛い甥や姪の顔も見たい。 ああ、あの子達も大きくなっただろうな・・・

取り留めも無い事を考えていたら、人が入って来た事に気づくのが遅れた。

「失礼します。河惣少佐。」

「? ああ、周防少尉か。それに神楽少尉。」

「強化装備側のデータをお持ちしました・・・・」

何を見て・・・ ん? ああ、コーヒーか。

「君達も飲むか?」

「えっ!? い、いえっ! そのような高級品を・・・」

「周防。 折角、少佐がご厚意で仰って下さっているのだ。 無下に断るのはかえって失礼と思うが?」

「ほう。良い事を言う。 では神楽少尉。 少し付き合ってもらおうか。」

「はい。 ・・・周防、何をいつまでも突っ立っているのだ?」

「・・・・はぁ、このお嬢が・・・」

「むっ・・・ 」

ふむ。 中々、仲が良いな、この二人は。 確か同期生同士だったか。
私が新任の頃は・・・ ふふ、いつも広江と角付き合わせていたな。

二人分のコーヒーをドロップして淹れてやる。
神楽は実に優雅に。 周防はおっかなびっくりと、飲み始める。

「っ! 美味い・・・・」

「だろう? コロンビア産だ。」

「ほう・・・ これはなかなか・・・」

「俺、本物のコーヒーって、生まれて初めて飲んだよ・・・ 美味いなぁ、コーヒーモドキが飲めなくなるなぁ・・・」

「・・・周防、そもそもの比較対象が悪すぎると思うが?」

「うるせー。 しょうが無いだろ。庶民にゃ、本物のコーヒーなんて、高嶺の花なんだから。」

ふむ。神楽は確か、家格の有る武家の出だったな。
なら、不思議はないか。

「周防少尉、神楽少尉。 君達の御実家は? 御家族はご健在か?」

「はぁ。 俺の家は、今は東京の東外れに有ります。 
親爺・・・ 父は食品加工会社の研究員です。 合成食材の研究が専門ですが。
母は専業主婦で。 上に兄と姉がおります。
兄は海軍で、主計大尉です。艦隊乗組の。 姉は内務省の職員です。中級職ですが。」

ふむ。平均よりは裕福な中流家庭、と言ったところか。
しっかりしたご両親に育てられた息子、と言った感じだな。 この年若い少尉は。
しかし兄弟で軍人とは。 今の御時世、仕方なき事とは言え、ご両親は心配だろうな。

「私の家は、帝都です。 父は城代省に勤務しております。
母は、将軍家出仕の身ですが。
双子の姉と、弟が斯衛に在籍しております。」

こちらは、生粋の譜代武家か。
煌武院家の譜代家臣衆に、確か神楽家が有ったな。 成程。


「あの・・・ 少佐の御家族は?  あ、いえ、失礼しました。不躾でした。」

「・・・構わんよ? 周防少尉。 初めに聞いたのは私だからな。
私の家も、帝都だが・・・ 両親は既に他界した。
家は兄が継いでいてな。 兄嫁と、甥と姪がいる。 可愛い盛りだ。
ま、そう言う訳で、私は独り者用の官舎住まいさ。」

「そうでしたか。 失礼ですが少佐、先ほど中隊長・・・ 広江大尉から伺ったのですが。
少佐はご結婚為されているのですか?」

「ん? 何故だ? 神楽少尉?」

「いえ、実は。広江大尉が少佐の事をお話しされていた時にですが。
大尉が一度、少佐の事を『本城大尉』を言われまして。 その後すぐに『いや、河惣大尉が』と。
姓が変わられたのならば、ご結婚で、と思いました。 
『河惣』と言う姓は、少佐の御婚約者の方とも、お聞きしましたので。 ご結婚されたのかと。 ・・・・失礼でしたでしょうか?」

「いや、構わんよ・・・」

全く、あの雌狐め・・・ 絶対、ワザとだな・・・

「・・・私の姓が変わったのは、確かに婚姻故だ。 今年の初めにな。
それまでは『本城 巽』と言った。」

「じゃぁ、旦那さんは、今は本土に?」

周防少尉。 君のその素直さは、時に残酷だな・・・

「いや。 私の夫。 河惣貴次帝国陸軍准将は・・・ 満洲にいる。」

「「満洲に? 准将閣下!?」」

・・・・面白いな。リアクションが同じだ。

「ああ。 ここから程近い。 北安から北東に20kmほど行ったところか・・・」

そう、あの場所に、今もあの方は眠っている・・・

「「・・・えっ 」」

「そうだ。私の夫は、故・河惣貴次帝国陸軍准将は・・・昨年10月末に、戦死した。
私もその半月後に負傷後送されてな・・・ 傷が癒えた後、夫の家の籍に入った。
形の上では、義母上の養女だが・・・ 私は、妻のつもりだよ・・・」


「「・・・・・・・・」」

しまった。 未だ年若いこの二人には、どうしていいか困る話だったな。
これが広江なら、手厳しい冗談の叩き合いでも出来るのだが・・・
私も、情けない。 若い連中に気を遣わせるとは。

「ま、昔話だ。
それよりどうだ? 君等、92式に乗ってみて。 なかなか良い機体だと、私は思うのだが?」

「あ、はい。そうですね。 今まで搭乗していた撃震とはやはり違います。
何といっても動きの自由度が・・・」

周防少尉が喰いついてきた。 何のかんの言っても、まだまだこの辺は「少年」だな。
微笑ましいものだ。



「ほう。なかなか、戦術機談義に咲いておるようですな。河惣少佐。」

嫌な奴が入って来た。
高宮 青洲(こうみや せいしゅう)少佐。
今回の私の同僚だが、筋金入りの国粋主義者で、米国嫌い。
参謀本部第1部2課(作戦)課員の参謀将校だが、大本営 兵站総監部参謀も兼ねる。
包括会議のメンバーでもあるが、いつも国粋主義的精神論を振りかざす、大馬鹿者だ。

「「っ!敬礼っ!!」」

周防・神楽両少尉が慌てて敬礼する。
新任の彼等にとって、参謀飾緒を付けた参謀本部の参謀将校など、お目にかかった事も無いだろう。

「ああ、いい。楽にしたまえ。
ふむ。 君達は92式の衛士か?」

「「はっ!」」

「では、さぞや機体に習熟しておるのだろう?」

この男・・・ 一体何を言いたい?

周防・神楽の両少尉は顔を見合わせていたが、周防少尉が応答した。

「はっ。 未だ1ヶ月の搭乗歴ですので、習熟したかと言うには及びません。」

「ふむ。 素直な返事だな? では、1ヶ月経って習熟できないとなると。 92式はそのあたり、難しい機体なのかね?」

っ! この男っ!!

「・・・いえ。習熟度に関しましては、小官の錬度に、より原因が。 中隊の他の先任衛士はより習熟しておられます。
寧ろ、以前の搭乗機であった77式よりは、習熟度は早い、と判断しております。」

「むっ・・・ そうか? ふむ。 なら、衛士の習熟度検証も判断せんとならんか。」

「どういう事です? 高宮少佐。 既にスケジュールは決定しております。
これ以上、詰め込むのは無理ですが?」

私は嫌な予感がした。
この、何を考えているのか解らない参謀将校が、何を切り出すのか。
そして、広江が「可愛がっている」彼女の部下達に、何か類が及びはしないか。


「何、問題は有りませんよ。
機動実証データは十分でしょう。 後は・・・ より実践的なデータの検証でしょうな。
ふむ。 丁度、本土から『陽炎』の1個小隊が運用検証試験でこの地に来ている。
異機種間戦闘訓練、どうでしょう? 双方とも、米国製、ないしは米国製がベースの機体。
なかなか良い結果が得られそうですが?」

くそっ! 『陽炎』は所詮、技術習得の為の機体だ。帝国はこれ以上、あの機体をライセンス生産する予定はない。
次期主力戦術機が正式配備されたら、いずれはお払い箱の機体だ。
もし、その機体に不覚をとったとしたら・・・
そもそも、F-15とF-16は、主力機と補完機の関係だ。
F-16がベースの92式では、陽炎には分が悪い・・・

「試験小隊は、帝都防衛第1連隊から引き抜いてきた熟練衛士でしてな。
丁度良い。 熟練衛士に対し、新任衛士が『最新鋭』戦術機でどこまで対応できるか。
ふむ。機体習熟度を測るバロメーターにはなりますかな?
どうかな? 少尉?」


・・・巫山戯るなっ! 帝都防衛第1連隊だとっ!? 富士教導団を除けば、帝国最精鋭部隊ではないかっ!!
如何に実戦で揉まれたとは言え、まだ4か月の経験しかない新任の彼等にっ・・・!!


その時、とんでもない台詞を、とんでもない奴が、唐突に入って来て言い放った。

「面白いお話ですな、少佐殿。 
いやいや、私としては、最近いい気になって来た、ウチのひよっこ共の鼻を。 
第1連隊に叩き折って貰えれば、良い経験になるでしょうな。」

「広江っ!?」

「ん? 確か、119旅団の広江大尉、だったな? 君の部下かね? 彼等は。」

「はっ。第119独立混成機動旅団、第2大隊、第3中隊長・広江直美大尉で有ります。
先程の少佐のお話。是非ともお願いしたい。」

「広江っ! 貴様、何を勝手な事をっ!」

「折角、これ以上無い上等な相手が『教導』してくれるのだ。
部下の錬度向上を鑑みるに、これ以上の幸運はあるまい?」

「・・・ふむ。君等は同期か。 よし、解った。
では明日。午後の枠で対抗戦とする。 1個小隊編成。 広江大尉、君の方の人員編成は一任しよう。」

「了解です。」


実に、楽しみだ。

そう言って、とことん気に喰わない男が去って行った。



「・・・・・」

「何だ? 巽。その不機嫌そうな顔は? 私と違って、折角の花の顔が台無しだぞ?」

「やかましい、この雌狐。 何を企んでいる? よりによって、第1連隊だぞ?
それを、新任達に当てるなど・・・」

「・・・ふん。貴様、記憶力が落ちたか?
言ったはずだぞ? 『私が扱き抜いた部隊』だと。 当然、新任どももだ。
第1連隊だろうが何だろうが。 本土でぬくぬくしている連中とは違うところを見せてやろう。」

「貴様っ・・・!!」

「周防、神楽。あと、長門と伊達を付ける。 第1連隊だとて、遠慮はするな。
糞BETAと同じだ。 完膚なきまでに、叩き潰してこい。」

「「はいっ!」」

「っ!?」

「それと。もしも。もしも、負けたりしたらな・・・ 特別メニューを振舞ってやるぞ?」

「「・・・・っ!! はっ! 完膚なきまでに、叩き潰してきますっ!!!」」

「よし。」

あっはっは。

私は、呵々大笑する自分の友が、何やらとんでもない化け物に思えて仕方が無かった・・・







1992年8月18日 1130 黒竜江省 依安基地 戦術機第5ハンガー


「で? よりによって、帝都防衛第1連隊 『帝国旗(インペリアル・フラッグ)』 の選抜チームと模擬戦、ってか?
直衛。 お前、BETAにやられる前に、連中にやられんなよ?」

各機の整備班に指示を出しながら、草場信一郎整備軍曹「信兄」がニヤニヤしやがる。

ふん、解ってるさ、俺だって。
何せ向こうは、帝国軍各戦術機部隊から引き抜かれてきた、正真正銘の腕っこき達。
俺達は正式任官して未だ4か月のヒヨっ子衛士。
正にBETAに仔犬が向かって行く様なもんだ。 普通はな。

「せやけど、主任。そんなに悲観する事は無いんちゃいますか?
そら、向こうさんは帝国選りすぐりやけど。
直やん達の戦闘機動は、少なくとも帝国戦術機の機動操作マニュアルにはあらしませんで。
そこが、『教科書』を突き詰めた連中と、『命が元手の博打』張って来た連中の違いやないですか?」

俺の機体「119-23B03」の戦術機動プログラムのチェックをかけていた、児玉修平整備伍長「修さん」が振り返って言う。

俺達が今回の模擬戦に先立って、広江大尉から言われた言葉。

『連中を同胞と思うな。 連中はBETAだ。 貴様らが何時も、喰うか喰われるかの、楽しい≪ダンス≫をしている、な。
まさか貴様ら、≪ダンス≫で相手に良い様に舞わせるつもりは、なかろう?』

ああ、そうだ。 今回俺達は、連中をぶち殺す。 BETA相手なら、そうするべきだ。

「・・・・教科書ってのは、理詰めだろ。 なら、『理の外』を見せてやるさ。
戦場の『現実』をさ。 その程度は、俺達にも解る。」

俺はパイプ椅子に座りながら、整備中の愛機を見上げて呟いた。

ほう? と、信兄が珍しげな視線を投げつける。
修さんは無言で整備に戻っている。

ここは戦場だ。 なら、戦場の掟に従う。 内地の上級参謀が何を考えようが、知った事か。

・・・少なくとも、河惣少佐は、俺達前線の衛士の心情を理解してくれる人だ。
その人が、帝国軍戦術機の軍政分野にいるのなら。
俺達は少しくらい、夢を見させて貰っても良い筈だ。
そして、夢を見る為には、少佐の希望も叶えなくてはならない。 等価交換、ってやつだ。

「・・・ま、自分のやれる事、やるべき事は、やるさ。 
92式の配備が全面的に進めば、少なくとも今より、くたばる衛士は減るかもしれないし。」







≪草場整備軍曹≫

一丁前な台詞を残して、直衛がハンガーを出て行った。
何のかんのと不安だったから、ここに来たんだろうけど。
ま、適度に突き放して正解だったか。 ここで甘やかしてちゃ、あいつの為にはならんしな。

「主任。憎まれ役の兄貴分は、大変ですねぇ・・・」

「修平。お前さんも、余り甘やかすなよ?」

「主任が憎まれ役やらへんかったら、ワシがやってましたわ。」

相変わらず、整備の手を休める事無く、それでも真剣な声で言いやがる。
こいつも何だかんだで、直衛を気にかけているって訳か。

おい、直坊。 ここで負けやがってみろ。
整備大隊特製の、冷却オイル風味のボルシチ。 
BETAの内臓ぶちまけた映像、見せながら喰わしてやるからな・・・





[7678] 北満洲編7話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:e178b4cc
Date: 2009/04/12 03:34
1992年8月18日 1330 黒竜江省 依安基地南西15km 戦術機演習区域


≪CPより各隊。これより異機種間戦闘模擬戦を行う。
使用区域はエリアD101から、F205。 高度制限は100。 搭乗者保護レベル下限はB+までとする。
補給ユニットの使用は無し。 制限時間は1800秒 勝敗はDEAD OR LIVE方式
各隊4機編成。 装備構成は選択自由。 宜しいか?≫

『フラッグ01。了解。』
「ゲイヴォルグD01、了解。」

≪では。 コンバットオープン、マイナス10・・・5、4、3、2、1、レッツ・ダンス!≫

さぁ、いよいよ開幕だ。
腸が震え、喉が鳴る。 これは恐怖だ。 BETAと対峙した時の。
そして、俺はこの恐怖を楽しむ。 楽しんだ後に訪れる、生還の喜びを貪る為に。

『D03よりD01。さて、どうする?』

圭介が回線通信に入って来た。

『相手は曲がりなりにも、帝国の最精鋭達だ。 尋常の手段では打ち勝てぬぞ?』

神楽。

『ワクワクするよねぇ~~。 さぁて、どうやって、おちょくってやろうかしら?』

愛姫。

「・・・俺達は、連中にとってのBETAだ。 その怖さ、思い知らせてやろうぜ?」

知らず、口の端が吊り上る。
圭介も、神楽も、愛姫も。 こいつらみんな、俺と一緒で『キレて』やがった。

『『『――了解っ!』』』


今回、俺と神楽が突撃強襲装備。 圭介が強襲掃討装備。 愛姫が砲撃支援装備。
つまり、俺と神楽は突撃級。 圭介は戦車級を引き連れた要撃級。 愛姫は光線級だ。
さて。

『D04よりD01。 敵前衛2機、遮蔽物を利用しつつ、間を詰めて来たわ。距離800 座標N-22-38 大通りをゆっくり南下中。
後ろに制圧支援装備と、打撃支援装備がフォロー。』

こちらのJ/APG-3AESAはしっかりと向うを捉えている。 だが、『陽炎』は確か1つ前の世代のAPG-63だったな。
あ、くそ。ECMか。 ジャミング影響下の為、レーダーはノイズで真っ白だ。
即座にECCMがアクティブ。 レーダー機能が回復すると同時に、ECMスタート。

「D02、D03。ノイズメーカー、射出。」

『D02、了解』 『D03、了解した』

これで当分は、レーダーと音響センサーは騙せるはずだ。
静粛待機索敵(サイレント・サーチ)。 主機静粛出力でゆっくりと移動する。
脅威対象想定位置を廃墟市街地内に設定。

『D03よりD01。作戦に変更は無いか?』

「D01よりD03。変更無し。」

広域射撃制圧能力に長けた『陽炎』相手に、開けた場所で戦うなんて、馬鹿げている。
主機出力にモノを言わせて、こちらを圧倒する戦術で来られると厄介だ。
ならどうする?

こちらの土俵に乗せてやるまでだ。
92式はF-16直系のCCV機(Control Configured Vehicle:運動能力向上機)だ。

市街戦に持ち込めば、高速・高機動戦闘で向うを圧倒できる。
逆に『陽炎』は旋回性重視の操縦をすれば、静安定性が低下する。
逆もまた然り。静安定性を重視すれば、旋回機動力が低下する。 言ってみれば、疑似突撃級BETAだ。



俺達は廃墟のビル群の陰に。さらにその裏山(と言うより小高い丘)に伏射姿勢待機のD04・愛姫が。 
光学センサーからなら、バックアップまで確認できた。

JTIDS(Joint Tactical Information Distribution System:統合戦術情報伝達システム)で、
各機間の索敵結果情報、俺からの戦術指示情報、及び戦術行動指示情報が、リアルタイムで小隊間を網羅する。

『奴ら、馬鹿か? いきなり姿を捕まえさせるなんて。』

『長門。
彼等は≪誇り高い≫第1連隊だ。 その本分は、武士の果し合いだ。 
遠距離や中距離の射撃戦は、外法と言った処であろうよ。』

圭介の疑問に、神楽が珍しく侮蔑気味に答える。

『馬鹿ねぇ~~。 折角の≪陽炎≫のアドヴァンテージ、あっさり放棄しちゃって。
そんなの、大昔の蒙古軍襲来の時の武士団じゃない。
BETA相手に、名乗り上げるの? アホらしぃ~。
鉄砲相手に刀じゃ敵わないって、「長篠」ではっきりしてるじゃない。400年も前にさぁ。』

「だったら。400年間忘れていた大事を、思い出させてやろうぜ?
今、距離500。 150まで詰まったら、俺とD02は水平噴射跳躍で打撃攻勢(ストライク・ダッシュ)
50まで耐えろよ? 120mmをありったけ、叩き込んで即時反転離脱。
D03は大通り横の川床(日上げってしまっている)を突進。 その直後に噴射跳躍で弾幕射撃。
D04は敵後衛を機動狙撃。 無理に当てなくても良いい。 連中の支援攻撃を邪魔してくれ。
神楽。悪いが今回、切り合いは無しだ。」

『了解だ。 何、射撃も貴様の嫌味に耐えて、修業したのだ。 成果は有るぞ?』

「俺は剣技の修業に付き合わされて、青痣だらけだけど?」

『綾森少尉に玉のお肌、当分見せる予定は無いんだろ? 直衛。 だったら我慢しとけって。』

「・・・・うるせぇ。」

・・・・・・・・・

『距離、200。』

『・・・静かだと思ったら、愛姫。 貴様が一番任務に集中していたとは・・・』

『・・・緋色? どういう意味よ?』

『ぷっ・・』 「くっくっく・・・」

『そこっ! 笑うなっ! 150!』

「よーし。 主機を戦闘出力まで上げろっ!」

『『『了解っ!』』』

・・・距離130。向こうも気づいた。動きが止まる。
もう少し詰めたかったが、これでも十分だ。 そっちが来ないなら、こちらから行ってやる。 派手になぁっ!!

「コンバット・オープン!」

俺とD02・神楽機が主機最大出力で水平噴射跳躍をかける。 F110-GE-129が咆哮を上げる。
前面に92式追加装甲を斜めに傾斜を付けてかざす。 少しは避弾経始にはなるのだ。

一気に距離を詰める。
110 向こうが射撃を開始した。 だが、一瞬の出来事で、照準が甘い。
100 36mmが追加装甲を掠る。 大丈夫、まだ装甲大破判定じゃない。
90  向こうの2番機が120mmをぶっ放した。 神楽の追加装甲が持っていかれる。     向こうも短距離噴射跳躍で位置を変える。
80  短距離噴射跳躍で急速多角移動。 36mmが掠過する。 避弾経始のお陰で、まだぎりぎり持ち堪えている。 
   向こうはどうやら静安定性重視の為、旋回性が悪い。 こちらの機動についていけてない。
70  俺も神楽も、高速で短距離噴射跳躍を多用する。 ここまで距離が詰まると、IFFを律儀に作動させていると、咄嗟射撃は苦しいぜ?

60、50! 

「ファイアッ!!」

120mmを至近で全弾連射。 IFFなど切ってある。 当たるか当たらないかは、弾に聞いてくれっ!!
同時に川床を突進してきた圭介のD03が噴射跳躍。 
両手の2門、背後のガンラックの2門、計4門の突撃砲の36mmを乱射して、弾幕を形成する。

「くっ!」 追加装甲がお釈迦だ! 即座に投げ捨てる。

『バンデット02、キル!』

愛姫が確認した。
相手は、俺か神楽か、どちらかの120mmの直撃を2番機が喰らい、ダウン。

残りはっ!? いたっ! 距離40! こっちに水平噴射跳躍で一気に詰めてくる! 近い!!

俺は即座に短距離後進・逆噴射跳躍をかけ、距離を取ったあと、いきなり今度は前方噴射跳躍をかけた。
マイナスGからプラスGへの急激な変動に、搭乗員保護機能の負荷を越える。

「ぐっ・・・!!」

同時に、圭介が短距離噴射跳躍で多角機動しながら、牽制の乱射を続ける。

相手の機体頭上で、噴射降下。 左跳躍ユニットをパワーオフ。 機体を左に捻り、肩部スラスターに推力をトレードする。
機体は空中で左回りにスピンターンしながら相手の背後上方占位。
相手のデッド6、『後方危険円錐域(ヴァリネラブルコーン)』を支配。 獲った! 
36mmを連射!

「げっ!?」

その瞬間、相手の『陽炎』が信じられない機動をした。
俺に向かって、急速後進噴射跳躍! ぶつかるっ!!

咄嗟に機体を更に左に捻りつつ、肩部右スラスターに推力を30%トレード。
上下に向かい合いながら、俺の『疾風』は旋回下降、相手の『陽炎』は急上昇。
相手を視認すると同時に、咄嗟射撃!

「D01! バンデット01キル!」

墜落危険アラートがさっきから、けたたましく鳴っている!
解ってるよっ! 左右跳躍ユニットと、腰部スラスターを全開!

・・・・間に合わなかった。 次の瞬間、俺の『疾風』は着地に失敗。 
派手に跳躍ユニットを破損してしまった。

≪CPより、フラッグ01、02、キル。 ゲイヴォルグD01、跳躍ユニット大破。≫


俺が≪フラッグ01≫と、ギリギリの格闘戦をしていた最中、神楽が猛然とダッシュをかける。 
今の咄嗟交戦で、神楽機は追加装甲と左腕を持っていかれている。

前方200、敵の打撃支援機。 支援突撃砲の120mmが降り注ぐ。 『陽炎』は言わば射撃制圧に長けた機体だ。
が、神楽は近距離噴射跳躍と、噴射跳躍とを織り交ぜた機動で的を絞らせない。

圭介も最大出力で追随する。

敵が回避機動をとる。 愛姫が機動砲撃をしているのだ。
腰を落ち着けた砲撃支援では無いから、照準は荒い。 
「戦場」なら、気にする程の事も無い「嫌がらせ」だ。 

命中率は悪いのだから、腰を落ちつければ、吶喊する神楽と圭介の内、どちらかは狙撃できただろう。

だが、良くも悪くも「模範」衛士達にとって、「狙撃される」事は、即座に位置を変える事が「常識」だった。
お陰で、2機は本来なら、キルされているだろう状況下で、両方とも生き残っている。

最奥の制圧支援機から、ALMが降り注ぐ。 最早RUNでしか追随できなくなった俺が、120mmでチャフ弾を放つ。 大して引っ掛からない!

2機がALMの雨の中を突進する。圭介の機体も、右腕を突撃砲ごと持っていかれた。

3機目まで、距離40 左右から挟み込むように、短距離噴射跳躍で位置を変える。

距離20

『D03 ファイア!』 『D02、ファイア!』

2機で残り4門の突撃砲から、36mmの集中砲火を一気に浴びせかける。

『バンデット03、キル!』

神楽がコールする。
次の瞬間、勝負が決まった。

『D04! バンデット04、キル!』

ようやく腰を落ち着けた愛姫が、狙撃を成功させ、制圧支援機を撃破したのだ。


≪CPより各隊。 「フラッグ」全機キル。 「ゲイヴォルグD」D01中破。D02中破、D03中破、D04損傷無し。
状況終了。 「フラッグ」「ゲイヴォルグ」、RTB≫

『・・・フラッグ、了解。RTB』

「ゲイヴォルグD、RTB!」






1500時 ブリーフィングルームで、件の参謀将校が苦虫を潰している。
河惣少佐は、さっぱりした表情だ。
広江大尉は、にやにやしている。
「フラッグ」の連中は、憮然としている。

俺は、隊の「指揮官」として、参謀将校の愚問の矢面に晒されていた。

「・・・・・結果は、ゲイヴォルグ、92式の勝利だ。それは間違いない。
だが、あの戦闘機動は何だったのだ?
ギリギリまで存在を隠し、いきなり飛びかかって、突撃砲を乱射。 その後すぐに離脱
まるで通り魔では無いか? 砲撃支援にしても、飛び跳ねながら撃つから、まともに当たらない。
最後の1発だけだ、まともな狙撃支援は。
あんな戦闘機動で、まともな評価など、下しようはないでは無いかっ!」

参謀将校殿、段々興奮してきたな・・・ しょうが無い。

「はっ! あれは『戦闘』であります!少佐殿!」

「戦闘!?」

「はっ! 対BETA戦闘、特に対人探知能力の低い突撃級を撃破する場合、ギリギリまで主機を落とし、
連中の直近、または背後を取った時点で戦闘出力、攻撃開始、といった戦術を行った事例もあります!」

「むっ・・・」

「また、BETAは必ず突撃級が戦闘で突貫を仕掛けてきます。
その背後の要撃級の周りには、無数の戦車級が存在しており、多角機動で回避しつつ射撃を行う事は、『常識』であります!」

「むぅっ・・・」

「更に! 光線級が存在する場合! 戦闘機動は著しく制限され、支援攻撃も輻射警報で中断、
速やかな位置変更を余議される事は、様々な戦闘事例より明らかであります!」

「くっ!」

「よって。小官は『対BETA』戦闘主力兵器たる、戦術機戦闘模擬戦に於いて! 
対BETA戦闘、又はBETAが取りうる戦闘行動を行う様、指示致しました!」

「・・・・解った。もういい!!」

「はっ!」

心の中で舌を出して見せて、席に戻る。
圭介や愛姫、神楽がチラッとこっちを見る。
3人とも、してやったり、と言った表情だ。 勿論、俺もそうだが?


「ふむ。今、いみじくも周防少尉が話したように。戦術機は『対BETA戦闘』の主力兵器だ。
であるなら、その対処機動、BETAの戦闘行動、それを意識しての戦闘機動は、もっともな話だ。
そして、その事を実証した今回の模擬戦は見事、といか言いようがない。
どうかな? 『フラッグ』としては?」

河惣少佐が、ちらりと参謀将校を見やって、「フラッグ」に問いかける。

「今回の模擬戦については、結果が全てを物語っております、少佐殿。
自分達は、近接戦闘、及び、それに先立つ制圧支援。 その手法で挑みました。
対BETA戦に於いて、誤った戦術では無いと考えますし、対戦術機戦闘でも誤判断だとは考えておりません。」

「ん・・」

「・・・しかしながら。 結果はご承知の通り、完敗です。
我々は、状況想定判断を 『訓練通り』 にやり過ぎました。
対して、彼等は実戦から得た経験を基に、柔軟に対応して見せました。」

「ほう。で?」

「また、戦術機の戦闘機動でも大きく違いが有った。
我々は、基本的に水平面機動を主に行いました。 が、彼等は違った。
噴射跳躍、噴射降下。 地形を足場に利用しての多角空間機動。
『陽炎』でも、あそこまでの高機動は実現できませんな。
同じ第2世代機とは言え、機体の設計思想が異なります故。」

「同じ世代機でも、任務・用途が異なるのは、無論だな。」

「それと、戦場での『空間利用』。
成程、確かに光線級は照射のインターバルが12秒。重光線級で24秒。
その間ならば、跳躍空間は『支配』できる。
・・・・我々には、その発想が無かった。」

「では?」

「如何に実戦で揉まれた衛士相手とは言え。 
例えば同じ機体に搭乗していたのなら、あそこまでの醜態は晒さなかった、と言っておきます。」


へぇへぇ、俺達は未だヒヨっ子ですよ。 
確かに、同じ「疾風」同士だったら、あそこまで機動で引っ掻き回すのは、無理だっただろうな。
まぁ、4対6、いや、3対7位で負けていたかも。
機体性能特性に助けられた部分は大きいよな。

「では。結論として、92式戦術歩行戦闘機『疾風』は、現行で77式『撃震』より各検討事項において優れている、と判断する。
宜しいな? 高宮少佐?」

「・・・・宜しいでしょう。」


(「うっわぁ~~、すっごい不承不承!」)
(「仕方有るまい? ああも気嫌いしていた米国製ベースの機体に、ここまでやられてはな。」)
(「まぁ、スカっとしたよ。これで。」)

3人がひそひそ、と。 ま、俺も同感だ。

やがて検討会は解散。 参謀将校はさっさと退出して行っちまいやがった。

「皆、良く頑張ってくれた。
正直、第1連隊の精鋭相手にあそこまでやれるとは、思ってもみなかったよ。」

河惣少佐が正直な感想を言った。 
ま、普通はそうだよな。

「は。今回は奇手が上手く嵌りましたから。」

俺も正直に言う。

「2度目は通じない?」

「今回は相手が全滅ですから、戦訓は持ち帰れません。 だから次も使います。」

「うん。道理だ。」

「言っただろう? 巽。こいつらとて、私が手塩にかけて『扱き抜いて』来た連中だ、とな。」

「・・・・周防少尉、長門少尉、神楽少尉、伊達少尉・・・ 気持は解るが、挫けずに頑張れ、な?」

「「「「・・・・はい・・・・」」」」

「っ!? 貴様ら!!」

広江大尉が憤慨する中、少佐と俺達はお互い顔を見合せて笑った。
正直、後が怖かったけど・・・




その時だった。
『フラッグ』の隊長――大尉だった。が、俺に話しかけてきた。

「君は確か、D01の衛士だったな?」

「はっ。ゲイヴォルグD01、周防直衛少尉で有ります。大尉殿。」

「ん。 私は帝都防衛第1連隊、第1大隊第2中隊長・早坂憲二郎大尉だ。 今日の模擬戦闘、見事だったよ。」

河惣少佐と、広江大尉が面白そうな目で見ている。

「時に。 君が私を撃墜した時の機動だが・・・」

そうか。01、って事は。あの時信じられない機動やらかしたのは、この大尉だったのか。

「何故、機体硬直が発生しなかった? 
私は『後方危険円錐域』を支配されたと直感した瞬間に、あの後進噴射跳躍をかけて、君の攻撃を振り切った。
普通なら、あのまま今度はこちらが上方から、機体硬直の起こった君の機体を、存分に蜂の巣に出来た筈なのだが。」

蜂の巣、かよ。 物騒な言い回しだな。
それに、俺が咄嗟によけなかったら、下手したら両機激突だったぞ? ホント・・・
ま、確かに不思議がるよな。 普通なら、機体硬直が発生してしまう。 俺がやったような機動は無理だ。

「挙動制御プログラムを、少々いじってあります。大尉殿。」

「うん?」

「確かに、本来であれば仰る通り、機体硬直が発生して、自分は撃墜されておりました。
実は少し前に、自分の機体の機付き長と相談し、オフセットの変更と、少々手の込んだインターロック・プログラムを追加しました。」

俺は、大尉に修さんに設定して貰った処置の事を説明した。

「・・・・成程な。 確かにそれならば、機体の挙動制御強制イベントは働かない。
演算量増加で、応答性が遅れると言っても、感覚誤差程度だろう。 機体硬直が発生するより、余程実戦向きか。」

「はい。 ですので、今回自分が大尉を撃墜できたのも、最初からアドヴァンテージが有っての事です。」

「謙遜するな。 過ぎれば嫌味だぞ? 少なくとも、『それ』は君が実戦の中で感じ取り、周りと協力して改善した結果だろう?
それは立派に君の『実力』だ。 その結果、私が撃墜されたのならば、それが私と君との差だよ。」

「はっ! 有難うございます!」

「ま、最後は派手に転倒していたようだがな。 はははっ」

「うっ・・・」

ああ、整備の連中の、恨めしい視線を思い出す。
修さんにはこっぴどく、どやされたしな・・・


「その挙動制御改善プログラム、他の機体も装備しているのか?」

河惣少佐が、広江大尉に興味深そうに聞いてきた。

「ああ。最初はウチの中隊で試験搭載していたが。 先週から大隊全機に搭載している。
大隊長に見つかってしまってなぁ。 面白そうだから、大隊で実績検証する、とな。
良好なら、旅団全機に装備する予定だ。」

「河惣少佐。部外者の立場は重々承知の上で、意見具申、させて頂きたいのですが。」

早坂大尉が、畏まって言う。

「ん。どうぞ、大尉。」

「は、有難うご座います。 今回の評価検証対象に、周防少尉考案の改善プログラムも追加すべき、と小官は判断いたします。」

「・・・どのような判断で、ですか? 早坂大尉。」

少佐と大尉。階級は河惣少佐が上だが。 早坂大尉は30代半ばくらいだろう。
俺達とおなじ、訓練校出身者と思える。
流石に年長者、そしてその道の練達者に対する口調は、上官でも丁寧だった。

「まがりなりにも。小官は戦術機に乗り組んで15年です。 技量と経験も、それなりの自負はあります。
部下達も同様。 2人は10年の衛士歴。 最も少ない者でも、8年です。
普通なら、こちらが「撃震」、向こうが「疾風」であったとしても。 100戦して負ける事は有りませんよ。」

うげっ、そこまで言われるかぁ・・・?
圭介、愛姫、神楽も、心外だっ! とばかりに膨れている。

「・・・それが、負けました。 完敗です。
多少の慢心が無かったかと申せば、嘘になりますが。
それを差し引いても、正式任官4か月の新任が打ち勝つと言う事は、異常です。
我々とて、昨年4ヶ月間とは言え、大陸で実戦を経験しておりますので。」

・・・えっ!? 実戦経験者? よく勝てたな、俺達・・・
他の3人も、眼を剝いている。

「まぁ、そうですな。 ウチのヒヨコ共が勝てたのは、一生分の幸運を使い切った為かもしれん。
それに、機体の基本性能の高さと、改善プログラム。そしてこの2つに対する習熟。これは大きい。」

「広江・・・ 貴様、演習前の壮語は何だったのだ?」

「ただの発破だ。」

「なっ!?」

「「「「 はぁ・・・ 」」」」

こう言う人だよ、ウチの中隊長って・・・
話についていけなくて、首を傾げていた早坂大尉が、気を取り直して話し始める。

「改良の余地は、未だ有るようですが。 少なくともコンバット・プルーフされ続けております。
一からOSを開発する訳では無く、現場の部隊対応で即応できるとなれば。
これは是非、ご一考下さいませんか。」

「・・・解りました。私の権限では、正式決定はできませんが。
資料等一式、本土に持ちかえって、包括会議の議題に乗せてみましょう。 そこまでは保証します。」

「「「「「 有難うございますっ 」」」」」

ん? 俺達と早坂大尉、5人同時にユニゾンしてしまった。
思わずお互い顔を見合せ、笑い合う。

現場を知る、叩き上げって人は。
何時になっても向上する事を忘れないんだな。

俺は早坂大尉を見て、「本土の甘ちゃん」等と広江大尉が言っていた言葉じゃない、本物の『凄味』を感じた。
同時に、大尉の竹を割ったような、きっぱりした人柄も好感が持てた。
広江大尉も、指揮官として凄く信頼できる上官だけど、この早坂大尉も戦場では付いて行ける指揮官なのだろうな。

今はまだまだ、「ヒヨコ」な俺だけど。
生き残ったら、この人達みたいになれれば良いな。

そんな事を考えていた。







≪HQよりALL・STATION! コード991発令! 繰り返す、コード991発令!
デフコン1-B! ALL・STATION、エマージェンシー・スタンバイ!≫

唐突に、エマージェンシーアラートが響き渡った。

「コード991!? BETA分布の最新衛星情報では、奴ら当分侵攻は無い予想だったのではないのか!?」

廊下から、参謀将校の間抜けな悲鳴が聞こえる。 まだ居たのか・・・


「・・・・また、地中侵攻かぁ?」

「そうだな。 センサー設置個所によっては、死角もできるし。」

「うむ。 何分、予算不足でもあるしな・・・」

「金の切れ目が、命の切れ目、っての、ヤダなぁ・・・」

俺に圭介、神楽に愛姫だった。

「貴様ら。 くっちゃべってないで、さっさとハンガーに集合だ!」

「「「「 了解っ! 」」」」

俺達は脱兎の如く、ハンガーへ向かった。







「巽。貴様はHQへ詰めていた方が良いだろう。 状況も把握しやすい。」

「・・・・そうだな。そうさせて貰う。」

「勘違いするなよ? 今の貴様の責務は、ウチの連中が残したデータを無事、本土に持ちかえる事だ。」

「解っている。 あの時のような腑抜けにはならんよ。」

「・・・・ふん。ならば、何も言うまい。」

私の期友はそう言い残すと、自分も戦術機ハンガーへ大急ぎで向かって行った。



「我々も、実戦装備に至急換装。 出撃します。」

「早坂大尉? 何も試験小隊まで。」

「実戦でないと、本当に欲しいデータは取れないものですよ。少佐殿。」

「解りました。 高宮少佐へは、私から連絡しておきましょう。」

「は。 お願いします。」

古強者もまた、ハンガーデッキへ向かった。

その姿を見て、私は頼もしさと、一抹の寂寥を感じていた。







1992年8月18日 1520 黒竜江省 依安基地北方 10km 第2防衛ライン付近


既に、北安の第1防衛ラインは突破された。
と言っても、第1防衛ラインには今回は哨戒部隊のみの配置だった為、BETA襲撃の1報を出した後は、尻に帆をかけて戻ってきているが。

南下してきたBETA群は、中央と西方が旅団規模、東方が2個連隊規模。 さして多数では無い。
厄介な光線級が居るが、それでも各戦区に20~30体ほど。重光線級は確認されていない。

これは、少しは楽な戦いができるかな?
俺、周防直衛少尉は、戦闘前の 『幕間』 を紛らわすために、そんな事を考えていた。


≪CPよりゲイヴォルグ。間もなく面制圧砲撃開始します。 進撃BETA数、約6500 突撃級・要撃級の大型種、約700 光線級は24体を確認。
敵前衛は突撃級300 前進速度150km/h 距離15km  本体は前進速度60km/h 距離20km
接敵予定時時刻、前衛とは1526 本隊とは1540 
正面に第52師団入ります。 両翼、第108、第119旅団。 制圧砲撃は軍砲撃任務群第1群≫


『思ったより、少ないね。』

美濃少尉が意外そうに呟く。

『何? 楓ぇ。 随分と余裕じゃなぁい? 愛しのBEAT君が少ないの、そんなに寂しいんだぁ?』

愛姫が茶化す。

『なっ。そ、そんなんじゃないよ、愛姫ちゃん!』

『ふんふ~ん? ですとろいやークンの、堅~い突っ込みとか? めでゅーむクンの、荒々しい2本攻めとか?
燃えるんだ? 楓チャン?』

水嶋中尉のお下品攻撃・・・  あ。美濃のやつ、顔が真っ赤だ。

『たんくクンの、マメな愛撫とかもねぇ?』

和泉少尉が悪乗りしてくる。

『あ、るくすクン、明る過ぎよぉ 電気、消して、ね?』

愛姫、お前も染まったなぁ・・・

ほかの女性陣は・・・ 大尉以外は、顔を真っ赤にしている。

『あ~あ~、ほんま、ウチの女どもは。 皆してゲテモノ好きやから・・・』

『木伏中尉! 一緒にしないで頂きたい!』
『水嶋中尉! 品が無さ過ぎです! 紗雪に愛姫ちゃんも!!』
『もう、いや・・・』

あ、神楽と祥子さんがキレた。 三瀬少尉、泣かなくても・・・
でも、いつもと違って、顔を真っ赤にして焦っている辺り、可愛いなぁ・・・ 神楽も何やら、新鮮だ。

≪え、え~と。CPよりゲイヴォルグ? 面制圧開始、3分前です。 それと、今の通信、オープン回線ですから。
大隊だけじゃなくって、旅団司令部まで、流れちゃったわ、よ・・・?≫

『『『 ・・・えっ?・・・』』』

CP・柏崎中尉の言葉に、問題発言3人組が絶句する。 自業自得だ。 これであの3人は、「ゲテモノ好き」決定だな。
にしても、中尉? どうして中隊通信系が、旅団本部にまで?

≪ご、ごめんねぇ? 通信系の切替え、忘れてたのぉ。≫

『・・・柏崎。 CPがそれでどうする、全く・・・
ええいっ! 貴様ら! そのピンクのお脳、とっとと戦場モードに切り替えろっ!』

『『『 イエスッ! マムッ! 』』』


『・・・緊張感が盛り下がるな。』

『・・・同意しますよ、源少尉。』

「・・・あの3人でハイブに放り込んだら。 一晩でBETA共、腹上死するんじゃないか?」

『『・・・有り得る。』』

ウチの中隊、男の影が薄いなぁ・・・


≪・・・こほん。 CPより、ゲイヴォルグ。面制圧砲撃開始、10秒前・・・ 5、4、3、2、1、ナウッ!!≫


一斉に、轟音が生まれた。 空気を切り裂く、狂神の雄叫び。 
203mm、155mm、127mm、105mm砲弾、MLRSのロケット弾。
数百門、数百基の火力プラットフォームから弾き出された、死の小道具。
後方から、光線級の迎撃照射が発生する。 だが、数が少ない。 重金属雲が発生する濃度にすら達せず、大半が着弾する。


≪CPよりゲイヴィルグ。面制圧砲撃、威力射撃第2射開始。以降、第5射まで実施。
以後、機甲部隊・第2213機甲中隊と連携せよ。 フレンドリー・コード『ブラックハウンド』
編成は74式3個小隊15両、87式自走高射機関砲1個小隊4両。≫


『ゲイヴォルグリーダー、了解。 ゲイヴォルグ各機、聞いての通りだ。 <お客さん>を上手く客間までお通ししろよ?』

『『『『 了解っ! 』』』』

さぁて。 開幕だ。 どれだけ途中で削れたか解らないけど。
俺達の仕事は、無粋な客はお引き取り願って、「美味しい」客は客間にご案内。
身ぐるみ剥ぎ取るだけだ。 ぼったくりだね。

相変わらず、腸が震える。 喉が引き攣るようだ。 この恐怖は消えないだろうな。
けど、今はその恐怖が待ち遠しい。 さぁ、今日も楽しもうぜっ!!








[7678] 北満洲編8話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:e178b4cc
Date: 2009/05/05 23:46
1992年8月18日 1625 黒竜江省 依安基地北方 6km 独立混成第119旅団司令部


「軍砲撃任務群、面制圧射撃評価、出ました。BETA本隊、45%を撃破。」
「UVA、戦域上空偵察開始。光線属種、確認されず。」
「軍団司令部より入電。 第112、第128、第134航空打撃連隊、全大隊発進しました。」
「第1、第5大隊、接敵しました。 BETA数、約1000  第3、第4大隊、左右より挟撃行動中。 第2大隊、支援位置につきました。」
「第22機甲連隊第1、第2大隊、予定射撃位置につきました。 第3大隊、支援位置です。」


戦況は順調に推移しているな。

旅団本部に「間借り」した河惣 巽少佐は、戦術戦況MAPを眺めながら思った。
恐らく今回の襲撃は、ハイブ内の個体数増加に伴って、「あぶれた」連中の散発的な襲撃なのだろう。
衛星情報と食い違うのは、H18・ウランバートルハイブからの東進BETAを確認し損ねたのと、ハイブ内の状況は相変わらず想定でしかない、と言う事だ。

正面の第52師団戦区に最も集中しているが、師団戦力で有れば、殲滅できる数だ。
左翼の108旅団、そして右翼のこの119旅団前面には、大隊規模のBETA群しかいない。

何分、光線級の数が少なすぎたな、BETA共。

何せ、前衛の突撃級は、面制圧で粗方始末できてしまった。

(・・・第2大隊は、後方で待機か。 広江の事だ、さぞブチブチと文句を言った事だろう。
奴の上官も、ご愁傷様だ。)


幾分、余裕ができた時。
司令部のオペレーターが不審な声を発した。

「? 何、これ・・・ フレンドリーコード・・・ ≪キャピタル≫? こんなコードの部隊って、有ったかしら・・・?」
「どうした?」
「あ、主任管制官。いえ、このコードですが。部隊識別に無いんです。」
「うん? ・・・確かにな。73式装甲車2両に、89式装甲戦闘車6両。 なんだ? 機械化歩兵小隊か?
現在位置、S-44-56。 進行方向・・・ 北!? S-50-58に向かっている!? 馬鹿な! 戦術機部隊の戦闘予定区域だぞ!?
機械化歩兵小隊が出張っても、全滅するだけだ! 一体どこの部隊だ!!」
「・・・っ! 指揮官コード、出ました! ・・えっ!?」
「誰だ!! その大馬鹿は!!」
「は、はい! 指揮官・高宮少佐。 参謀本部第1部所属です!!」
「なっ・・・」


その会話を聞いた瞬間、河惣少佐は沸騰した。
高宮!? あの馬鹿者! 戦場を何だと思っている!

「河惣少佐!」
調査委員会随伴の中尉が、息せききって駆け込んできた。

「どうした?中尉。」

「高宮少佐が・・・」

「ああ、知っている。今、本部でも確認された。全く、あの大馬鹿者が・・・」

「いえ!そうじゃないんです!!」

「? どうした?」

「実戦検証データを取るとか仰って・・・ 今までのライブラリデータの入ったサーバー毎、73式に搭載されてしまわれたんですよ!!」

「・・・!! 馬鹿っ、かっ!!!」

あの馬鹿が、どう死のうとも最早どうだっていい。 だが、衛士達が命がけで集めてくれたデータを、よりによって・・・!!!



「旅団長閣下! 申し訳ございませんが、ひとつお願い事がございます!」

「・・・作戦の足を引っ張る真似は、聞けんぞ? 河惣少佐。」

「いずれは、足を引っ張る事になるやもしれません。その前に対処したいのです。」

「ふん。 言ってみたまえ。」

「<キャピタル>の首根っこを捕まえて、引っ張り戻します。
『あれ』には、今後の帝国戦術機採用に、大きく寄与するデータが詰まっております。
今ここで失われた場合。 長期的に見て、帝国軍、いえ、帝国全体にとっての損失となりかねません。」

「・・・どの位、割けばいい?」

「贅沢を言えば、きりは有りませんが。 機甲1個小隊、随伴の機械化歩兵1個小隊。それと、指揮車両を1両。」

「戦術機部隊は、いらんのか?」

「そこまで引っ張る訳には、まいりません。」

「解った。 持っていけ。 ・・・それと。必ず帰ってこい!」

「はっ!」


全く、あの大馬鹿者は!
帰国したら、必ずや査問委員会に告発してやるぞ。 場合によっては、軍法会議も辞さぬ!








1992年8月18日 1655 黒竜江省 依安基地北方 9km 第2防衛線付近


高宮青洲少佐は、取り乱していた。

周りからは、次々に襲いかかってくるBETA。
機甲部隊と、歩兵部隊が応戦するが、小型種ばかり故に数が多すぎる。
近隣の戦術機部隊に支援要請するも、彼等は大型種を含むBETA群と交戦中だった。

(『はぁ!? 何言ってやがる! こっちの状況を見ろっ! さっさと後ろに下がれっ!』)
(『今更、そんな軽装備部隊で何しに来やがった!! 勝手に足を引っ張るなっ! 馬鹿野郎っ!』)
(『手前ぇの上級部隊に増援依頼しろ! こっちだって手隙じゃねぇんだっ! 頓馬!!』)


くそっ! くそっ! くそっ! どいつもこいつもっ! 覚えていろっ! 
参本(陸軍参謀本部)に戻ったら、貴様ら死ぬまでここに張り付けにしてやるぞっ!

奴が悪いんだ・・・ あの女。 よりによって、米国製の機体など推奨した、あの女。
しかも、あの女が肩入れする機体装備の部隊を、その鼻を叩き潰す為に嗾けた『陽炎』装備の部隊も、模擬戦で醜態を曝した!
何が、帝都防衛第1連隊だ! 役立たずめっ!! 所詮、ノンキャリア共は信用ならんっ!!


何かを考えないと、恐怖で気が狂いそうになる。
彼は幼年学校-士官学校-陸軍大学校と、軍本流を歩いてきたエリートであるが、その実、実戦経験は全くなかった。
陸大受験資格の必須である、中隊長職にあった時でも、実務は先任小隊長や、中隊先任下士官にまかせ、彼自身は陸大受験の勉強をしていた。
典型的なペーパー試験屋。 机上の秀才、であった。

しかし、その肥大で尊大な自意識は有り余っており、今回の自ら望む状況から大きく外れた現状に、我慢ならなかった。
何としても、92式採用は阻止せねばならない。
これ以上、栄えある帝国陸軍の正面装備に、米国製の血を入れる訳にはいかぬ。

帝国は、その英知を以て自らの手で、その護剣を手に入れるのだ。
それが帝国の真の姿。 そして、皇主陛下、将軍殿下もそれをお望みなのだっ! そうに違い無い!

彼はその思い込みに従い、この小部隊を組織した。
92式がBETAに『喰われる』状況を記録できれば、申し分無い。

役立たずである事を証明できれば。 いや、立証できずともよい。 そう言った『状況』さえ、でっち上げれば。
参謀本部や、兵器行政本部に数多くいる『同志達』―――陸大卒の天保銭組、軍内部の陸大卒マフィア―――は、自分に同調するだろう。

そうすれば最早、92式など虫の息同然だ。 後は、あの小憎たらしい女共々、葬り去ってやる・・・
いや、あの女に同調した、あの生意気な小僧どものいる中隊もだ。
生還を期せない作戦をでっち上げて、葬ってやる・・・


そんな暗い情念を燻らせていた彼に、小部隊の護衛指揮官が悲鳴のような報告をした。

「少佐殿! 囲まれました! 89式装甲戦闘車は全滅です! もう無理だ!!」

絶望を滲ませたその声に、思わず恐怖する。
その恐怖を肯定するかのように、73式装甲車の車内から、高宮少佐は裏返った金切り声で応じる。


「ええいっ! 馬鹿者! なんとしても、突破しろ! 
貴様等、この私を何としても、後方まで連れていくのだっ! 
軍務怠慢で軍法会議送りにされたいのかっ!!」

それを聞いた護衛小隊長の顔から、顔色と表情が消えた。

「・・・なら、我々がとる行動は、一つだけですな。
少佐殿。 上級将校の戦死理由の最上位が実は何か、ご存じで・・・?」

「何?」

「有能な怠け者は、司令官に。 有能な働き者は、参謀将校に。 無能な怠け者は、連絡将校に。 そして・・・ 無能な働き者は、銃殺しろ!!」

護衛指揮官が自動拳銃を抜き、高宮少佐に銃口を向ける。
何なのだ!? こいつは? 私を殺す? 陸大出の、参謀本部勤務の、この私を!? 馬鹿なっ!!

「・・・あんたの口車に乗せられた、俺も大馬鹿野郎だったよ。
いくら、この地獄から抜け出したかったとは言え、な。
部下達に、顔向けできねぇ・・・」

「ひっ・・・」

正に引き金が引かれようとするその時。
護衛指揮官の背後が陰った。 彼は思わず振り向き、そして。

「・・・っ! ベーッ・・・ ぎゃあぁぁぁああああああああ!!!!」

闘士級BETAが、指揮官の胴体に喰らいついた。

「げふっ・・・! げっ、げあっはああぁぁぁ・・・・!」

凄まじい断末魔の叫びを残し、絶命する。

「う・・・ うあああ・・・」

ぐちゃ、ぐちゃ、ぎゃり、ぎゃり・・・

BETAが死体を喰らう音が響く。
高宮少佐は、最早何も考えられず、ひたすら蹲っていた。

(助けて・・・ 助けて・・・ 死にたくない・・・ 死にたくない・・・)
心の中で叫ぶ。 だが、彼に応じる声は全く聞こえない。
いつの間にか、BETAの咀嚼音が消えていた。 そして、急に硫黄臭い空気が充満する。

ぎゃりりり・・・

73式装甲車の、決して厚くない装甲が剥がれていく。 BETAが喰いついたのだ。

(あああああ・・・・・)

死ぬのか? 自分は? 馬鹿な。 理不尽だ!

その時、甲高い発射音が聞こえ、付近のBETAが弾け飛んだ。

『高宮少佐! 聞こえるか!? まだ生きているのか!? 応答しろ!』

・・・誰だ? この声は。 聞き覚えが有る。 でも、思い出せない・・・

ぼんやりした意識の中で、74式戦車が発砲するのが見えた。








「高宮少佐! 応答しろ! 高宮! くそっ!!」

先程からの問いかけに、全く応答しない。 くたばったか?
しかし、BETA共は未だ移動していない。 と言う事は。 まだ『餌』がいると言う事だ。
誰かが生き残っている。

河惣 巽少佐はそう判断し、機甲小隊長に回線通信を入れる。

「中尉、申し訳ないが、榴弾で周辺掃除をお願いできないか? 細かい『清掃』は、歩兵部隊に頼むのでな。」

『了解で有ります。少佐殿。 長車より、カク・カク(各車両、の意)、装甲車付近の糞BETAに榴弾2射! 車両には当てるなよ? ッテ―――!』

吹き飛ぶ闘士級。
さて、『あれ』を回収せねば。

機械化歩兵小隊長に通信を入れる。

「少尉。私はこれから、装甲車内の『あるモノ』を回収する。 時間はかからん。 それまで護衛を頼む。」

『了解です。 1分隊つけます。』

指揮車両から出て、急いで装甲車両のハッチを開ける。
中に潜り込んだ。

「・・・・・・」

最初に見たのは、四肢を食い散らかされた乗員たちの戦死体。
そしてその奥に、呆然とへたり込んで失禁している(いや、脱糞もだ)高宮少佐。 

ふん、まだ生きていたか。 悪運の強い奴だ。
サーバーは? あった。
くそ、固定フレームが歪んでいる。 これでは持ち帰る事は無理か。
なら、せめてデータだけでもバックアップを取って、ディスクだけでも持ち帰らないと。

「軍曹。少々予定が変わった。 このままこれを持ち帰るのは無理だ。
中のデータを移す。 作業時間は15分程だ。 貴様、外の小隊長に報告してきてくれるか?」

「はっ! 少佐殿。 直接護衛に1班5名を残します。」

そう言って分隊長の軍曹は、車外に出て行った。

「伍長。済まんが1人、手伝ってくれ。それと、そこで失禁している少佐殿を、指揮車内に。」







ディスク2までバックアップ完了。 あと30% 大体5分か・・・
そう考えた矢先、最悪の報告が飛び込んできた。

『少佐殿! 前方300にBETA! 戦車級と闘士級! 数200以上! こっちに向かってきます!!』

くそっ! 距離300では、数十秒で集られてしまう!

「機甲小隊! 何とか蹴散らせないかっ!?」

『無理ですっ! 奴ら、広範囲に広がって突っ込んできています! 纏めて撃破出来ません!』

『小隊! 咄嗟防御射撃!  ・・・撃て、撃てっ!!』

砲撃音と、重機の射撃音。

頼むっ! 保ってくれっ! あと2分!

装甲車からも12.7mm M2重機関銃の発射音が聞こえる。 あと、1分!

『うわっ! 取り付かれた!! だめだぁ!! ・・・・ぎゃああぁぁぁ!』

『機甲小隊、全滅!』

「っ!!」
 
済まんっ! 機甲小隊に詫びる。 あと、30秒!

『少佐殿! 早く! もう持ちませんっ!!』 『ぎゃああぁぁぁ!!』


「・・・少佐殿、残すは我々のみですな。」

直接護衛に付けられた半個分隊の指揮をとる、三坂伍長が覚悟を決めたように呟いた。

「・・・・データ移設、完了した。  少々、遅かったか・・・ すまぬ。」

「やれるだけ、やりましょうや。 このまま喰い殺されるもの、癪ですよ。」

「うん・・・ そうだな。 私は便乗者だ。伍長、君のやりたいように。 私は従おう。」

「はっ! よしっ! 大江兵長! 操縦やれ! 田舎じゃ鳴らしたんだろ!?
上部銃手は俺がやるっ! 前島一等兵! 前方銃手! 進路上の糞ったれどもを撃ちまくれっ!
加藤二等兵! 佐島二等兵! 給弾手! 弾薬を切らすなっ!
いくぞっ!」

「「「「 応っ! 」」」」

73式の光菱4ZF・2ストロークV型4気筒水冷ディーゼルが唸りを上げ、突進する。
前島一等兵が前方に12.7mmの射弾を送り続ける。 闘士級に穴を開ける。

前方に戦車級。分が悪い。 大江兵長がドリフトを使って急旋回。
私は車内で振り回される。
上部からも、12.7mmの射撃音。

「はっはぁ! こりゃ、ご機嫌だぜぇい!!」

大江兵長が実に楽しげに哄笑している。

「・・・兵長って、ハンドル握ったら、人変わりますね・・・」
「何か言ったかぁ!? 加藤!?」
「いいえっ!」

その時、鈍い音が車体後部から聞こえた。

「畜生! 取り付かれたっ!」

重機の射撃音とともに、三坂伍長の絶望的な声が聞こえる。

「伍長! 振り落としますっ!」

大江兵長が、信じられない程荒っぽい操縦を開始する。
右に、左に。 私は車内で必死に掴まっているしかなかった。

「どうだっ!?」 「まだですっ! まだいますっ!」

佐島二等兵が悲鳴交じりに報告する。

「うわっ!?」 「「「伍長っ!?」」」

いきなり、三坂伍長の姿が消えた。 車外に落ちたのだ。

「伍長!」

「戻るな! 突っ走れ!!」

「っ!! 了解っ!!」

装甲車は三坂伍長を置いて、更に加速する。


「・・・・・へっ! 糞BETA共。 帝国歩兵の戦い様、死に様・・・よぉっく見とけぇ!!」

戦車級に集られた瞬間、三坂伍長は体に巻きつけていた、数発のM67手榴弾を炸裂させた。

(三坂伍長・・・ 貴様の挺身、忘れはせぬっ!!)

その瞬間、体が浮いた。 そして衝撃!





(・・・・・うっ 一体・・・?)

河惣 巽少佐は衝撃の後、暫くの失神状態から漸く回復した。
体が痛む。 しかし何だ? この異臭は? 硫黄、そう、硫黄臭だ。 それに、何かの咀嚼音。

(・・・・っ!!! 硫黄臭! それに、咀嚼音!!)

眼を開ければ、4人の兵士の死体を食い散らかす、闘士級BETAが目に入った。
装甲車は、何かにひっかかり、横転したのだろう。
せめて、死んだ4人がその時に逝ってくれていたのなら、せめてもの慰めだ。
生きながらにBETAに喰い殺される恐怖は、言後に絶する。

(・・・次は、私か。)

気が狂いそうになる。
9か月前の戦闘で負傷した時も、恐怖であったが、あの時は戦術機に乗っていた。
今は? 自動拳銃が1丁だけ。 闘士級相手だけなら、なんとかなるが。 それ以外では豆鉄砲以下だ。

1匹の闘士級が、こちらに気づいた。
貪っていた死体を放り投げ、ゆっくりと近づく。

(うっ・・・ ううっ・・・・)

歯の根が合わない。 腹の底から震えがきた。 拳銃を構えるが、手が震えて照準が合わない。

(来るな・・・ 来るな・・・ 来るなぁ!!!)

心の中で泣き叫ぶ。
畜生、ここまでなのか? 私は、ここで喰い殺されるのか? 

悔しかった。 帝国の新しい護剣たる戦術機。 その実現まで、あと1歩だったのに。
悲しかった。 私の生涯は、何だったのか。 何か一つでも証を残せなかったのか。
怖かった。  目の前の、絶対的な 『死』 に。 生理的嫌悪感を抱きつつ、喰い殺される事実に。

闘士級がその異形の長鼻を向ける。 先端に、禍々しい『歯』が見えた。

「うっ・・・ ううっ・・・」

奴なら、拳銃でも対抗できる。 なのに。 なのに、どうして私は撃たない? どうして撃てない?

(―――――怖い・・・ 怖い・・・ 助けて、あなた・・・)

亡き『夫』の姿に縋りつく。 
しかし、夫の姿は物言わぬ。 彼女を助けてはくれない。

(あなた・・・ あなた・・・ あなたっ!!)

不意に、左足におぞましい感触を覚える。

ひっ! 反射的に足を引き込めようとした、その時。

ぶちっ!!

「ぎゃっ、ぎゃああああああぁぁぁぁ!!!!」

左足を、食い千切られた。








1992年8月18日 1735 黒竜江省 依安基地北方 7km 第2防衛線付近


≪CPよりゲイヴォルグ! 『プリンセス』、エリアS-47-56! 移動していません! 
周囲に小型種BETA、約300! 依然、集まりつつあります!≫

『ゲイヴォルグリーダー、了解。 各機! 主機の出力を上げろ! 最大出力だ!』

『『『 了解! 』』』

『フラッグ01よりゲイヴォルグリーダー。我々が先行しよう。』

『フラッグ?』

『こちらは92式と違って、A/B(アフターバーナー)連続稼働しても、大丈夫な推進剤搭載量が有る。
ここからエリアS-47-56まで、A/B使用で30秒! 先に行っておるぞ!』

言うや否や、早坂大尉をはじめとする、フラッグ小隊の『陽炎』4機は、A/Bの咆哮を上げて突進する。

『はぁ~~、やっぱ、ああ言うとトコは、アメちゃんの機体の面目躍如やなぁ。』

『92式はあくまで、高機動と格闘戦能力重視だしねぇ。載せてる主機の出力は互角なんだけどなぁ。』

『木伏! 水嶋! くっちゃべってないで、こっちも主機を上げるぞ! 40秒で到達しろ!』

『『 イエス! マム! 』』

第119旅団、第23中隊≪ゲイヴォルグ≫の「疾風」12機が一気に主機出力を上げる。

(・・・巽、死んだら承知せんぞ。 私が河惣大隊長に、顔向けできなくなるからな・・・)

ふと、自分の行きつく先は地獄なのに。 どうやって「天国」にいる大隊長に合えばいいのだろう?
そんな間の抜けた事を思い至った自分に、広江直美大尉は思わず苦笑した。







1992年8月18日 1736 黒竜江省 依安基地北方 エリアS-47-56


咀嚼音が聞こえる。 私の左足が、喰われている。

「ぐうぅぅぅっ!!!」

激痛に、気を失う事も出来ない。
出血が止まらない。 この調子だと、喰い殺される以前に、失血死しそうだな。
それにしても、おぞましい。BETAに喰われると言う事は・・・

「はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・」

拳銃を握りなおす。
最早、私の死は確定した。
ならば。 これ以上、私を、私自身の命を、凌辱されてたまるかっ!

銃口をこめかみに当てる。
様々な想いが去来する。

(あなた・・・ 申し訳ありません。 私も、今、そちらに向かいます・・・)

(広江・・・ 結局、貴様には最後まで、面倒かけっぱなしだったな。 
こんな情けない同期を気にかけてくれて、本当に感謝している。
貴様ほど得難い期友は、他にいなかったぞ・・・)

(兄様・・・ できましたなら、この愚妹の志を、汲み取って頂けまいか。
帝国には、92式が・・・ 「疾風」が必要なのです。
それと、義姉様に宜しくお伝えください・・・)

(・・・周防少尉、神楽少尉、和泉少尉。 短い間だったが、感謝する。
長門少尉、伊達少尉。 模擬戦は見事だった。
皆、生き残れよ。 私のような二の舞は、踏むんじゃないぞ・・・)



トリガーにかけた指に力を込める。

(っ!!!)


その最後の瞬間、それが訪れる一瞬前。

目前のBETAが吹き飛んだっ!
一瞬遅れて、『死の羽音』 36mm砲弾の集中飛来音!
そして、F110-GE-129の咆哮!!

外部マイクからだろう、割れた大声が鳴り響いた。

≪河惣! 巽! 生きているか! 厚かましく生きていたら、返事をしろ!!≫

助けに来てくれたのに、『厚かましく』生きているか、とは。
全く、貴様らしいな、広江。

何かがぷっつりと途切れた。 そして、河惣 巽少佐の意識は、暗い闇の底に落ちて行った。








1992年8月25日 1630 遼寧省 遼東半島 大連 国連軍・大連軍病院


開け放った窓から、爽やかな風が吹き込んでくる。

病室のベッドの上で、河惣 巽帝国陸軍少佐は、窓の外の風景をぼんやりと見つめていた。
小高い丘の上、海に面した場所にある病院からは、黄海の海原が良く見えた。

あの時。7日前のあの時。
結局、私は助けられた。
旅団長の判断で急遽、戦術機甲第2大隊から第23中隊を抽出。 第1連隊の試験小隊も加わって、喰い殺される寸前の私を救出した。

群がる小型種BETAの真っ只中に強硬着地し、機体から飛び出してまで、応急処置と車体からの搬出をしてくれたのは、神楽少尉と周防少尉だったそうだ。
その間、同様に強硬着地して、周りのBETAを掃討射撃し続けたのが、和泉少尉、長門少尉と伊達少尉だと言う。

無論、中隊長の広江と、彼女の部下達、それに早坂大尉の≪フラッグ≫の4機も、かなりの無茶をし続けて、救助までの時間を稼いでくれたそうだ。

彼等の挺身に、感謝を。 私の魂にかけて、感謝を・・・

3枚のディスクを見る。
これだけ。 たったこれだけを守る為に。 一対、何十人の将兵の命を散らした事か。

不意に、ドアノックがする。 どうぞ、と声をかける。 入って来たのは・・・



「! 兄様!? どうして、ここへ!?」

何故、兄がここに。 兵器行政本部に居る筈の兄が、どうして?

「・・・妹の見舞いだ。」

「そんなっ! そんな理由だけで、兄様が本土を離れられる訳がないでしょう!」

「見舞いも、理由の一つだぞ? 巽。 綾乃が酷く心配しておってな。
理由を付けて、出張と相成った訳だ。」

綾乃――――義姉様が・・・



「それにしても、一体どういった理由を付けて? 
余程の事でない限り、技術企画部主任参謀の兄様が、大連まで来るなんて。」

「ふぅ・・・ 巽。お前、自分の任務を忘れたか?」

「何を―――っ」

「その結果は、一刻も早く本土に持ち帰らねばならん。
だが、お前は当分療養が必要だ。
 
――――高宮少佐は、戦死したのだしな。
持ち帰る者が居らぬでは、採用申請しようにも、できぬ。」

えっ!? 今、何て・・・? 採用!?

「そうだ。92式の正式採用が決定した。 
お前が逐次、送っていたデータを検証した結果だ。
既に兵器行政本部から、参謀本部、国防省へは話が通った。
後は、今月末の国会で、臨時補正予算が通れば、発注予算の目処も立つ。
その為の資料は、ここにしかないのでな。 私が受け取りに来たのだ。」


思わず、涙が溢れてきた。
相変わらず、右目からは涙は出てこない。 でも、熱い。この眼は、壊れてなんかいなかった。

「巽。お前は、やり遂げた。 何時か言っていたな? 『衛士の切望に、答えたい』と。
お前は、その言葉を。 その一端を、やり遂げたのだ。 衛士達の代弁者としてな。
良くやった。
・・・・あいつも、あの世で喜んでいるだろうよ。 自慢の、妻の事をな。」

「・・・・兄・・・様・・・」



嬉しかった。 ただただ、嬉しかった。 
自分は何者なのか。 そう、ずっと自問し続けてきた。
夫が死んでから。 自分が負傷後送されてから、ずっと。

やっと解った。
私は、広江のような衛士の才は無い。 広江のような指揮官としての才も無い。

ならば。
私は、彼等の寄って立つ幹を育てよう。 彼等が1分1秒でも生き永らえられる、その土台を作り続けよう。

それが。
死ぬな、と言い残した、亡き夫への私の手向け。

それが。
常に真正面から向かい合ってくれた、親友への感謝。

それが。
命を張って私を守り、散っていった彼らへの供養。

それが。
救ってくれた、あの真っ直ぐな瞳の、若き衛士達に贈る事の出来る、私の応え。


――――――もう、迷いはしない。




(さようなら、あなた。 巽は・・・ ようやくあなたに・・・ さようなら、と言えます。)


夏の日の夕暮が、次第に空を染め始めていた。




[7678] 北満洲編9話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:e178b4cc
Date: 2009/04/18 21:28
1992年9月10日 1018 黒竜江省 依安基地 第2大隊 第23中隊長室


「「「「「「 出張!? 」」」」」」

同時にハモッたのは6人。- 和泉少尉、祥子さん、神楽、圭介、愛姫、そして、俺。
午前のブリーフィングが終わり、これから機体の整備点検に立ち会おうか、と思っていた矢先に中隊長から呼び出された。
出頭したら、中隊長と、木伏小隊長、水嶋小隊長まで居た。
何事かと思っていたら、中隊長から出た言葉は「今日の午後から、出張に行け。」だった。

大陸派遣軍に配属になって、早や5か月。 色んな任務や戦闘は経験したが、『出張』は初めてだ。
そりゃ確かに、軍人も組織の人間であって。しかも軍と言う組織は、実に様々な枝の組織に細分化されている。
だもので、確かに『出張』と言う事も無きにしも非ず、なのだが。
ハッキリ言って『衛士』兵科の俺達が出張と言うのは、些か想像出来ないのだ。 一体何の仕事で・・・

「そうだ。 本日1500時より、綾森少尉、和泉少尉、神楽少尉、周防少尉、長門少尉、伊達少尉の6名に、大連までの出張を命じる。」

・・・中隊長。 仕事の中身は? 出張目的は、一体何なんです・・・・?

「・・・目的は? 出張の内容は、どう言ったモノでしょうか?」

一応、この中では最先任の祥子さん(同期でも、和泉少尉より、士官序列が上だった)が、俺達が一番知りたい事を聞いた。

「6人とも。大連が統合軍(日中韓連合軍事組織)の、後方兵站基地である事は知っているな?」

「「「「「「 はい。 」」」」」」

「ん。 で、だ。 同時に、我が大陸派遣軍の、後方兵站本部でもある。
今回はそこに、部隊に新規配備される92式の、受領を行ってきてもらう。
中隊分だけでない。 大隊全機分のだ。
場所は、後方兵站本部の兵器管理廠第2部。 まぁ、向こうで受付けすれば、案内してくれる。
期間は、状態確認・受領で1週間程。 帰隊は17日の2200時だ。」

・・・・腑に落ちない。
大体そんなの、普通は旅団本部の兵器管理部隊と、整備大隊の戦術機整備主任将校とで行うもの、と思ったけどな。
あと、作戦次席参謀が同席するか。

すると、同じ事を思っていたのか(ま、誰でも同じか)、和泉少尉が疑問を唱えた。

「しかし、大尉。 それでしたら普通は兵器管理と整備から派遣するのでは?
よしんば、戦術機部隊から人を出すにしても。 6名は多いのではないでしょうか? 
中隊の半分ですよ・・・・?」

そりゃそうだ。 1個中隊12名。 そのうちの半数が出張で不在。
最前線の戦術機中隊で、普通有り得ない。

すると、それまで黙っていた、2人の小隊長が説明し始めた。

「まぁいいじゃないの、出張。 どうせ、そんなに忙しくなる訳じゃないし。
仕事なんて、分担しても実質2日で終わるわよ。 残りは羽伸ばして来なさいって。」

「まぁ、あれや。 ホンマは明日からローテーションで、ウチの旅団は後方の長春まで下がる。 1週間の休暇配置や。
それ見越して、お前ら6人、大連まで休暇に行ってこい、ちゅうこっちゃ。
なんせ、ウチの中隊で未だ、まともに休暇取ってへんのは、お前らだけやしな。」

そう言えば。 4月に部隊配備になってからこの方、『休暇』と言うものを取った事が無い。 
前線配備部隊に居る為か、「休日」も基本的に無かったな・・・
「待機状態」はあったけど。

5ヶ月間、無休でお仕事、か・・・ 俺の親父の居る民間の会社だったら、労働争議モノだな・・・

「ま、そう言う訳だ。 出張終了後は、部隊はチチハルに移動しているからな。そっちに戻ってこい。
移動に2日。任務に2日。 残り4日は、大連で羽を伸ばしてこい。 良い街だぞ?」


成程。 そう言う訳ならば、遠慮なく。


すると、水嶋中尉が、急に思い出したように言った。

「あ、そうだ、アンタ達。 出張旅費請求は、前払いでしときなさいよ。 食費と宿泊費もね。」

「「「「「「 どうやるんでしたっけ・・・・? 」」」」」」

「・・・・あんたら、ねぇ。 他は兎も角、祥子、あんたまで・・・」

「す、すみません。中尉。 久方ぶりなので、つい失念を・・・」

珍しく祥子さんが焦っている。 しっかし、『他は兎も角』って、何気に酷いですね? 水嶋中尉・・・

「はぁ。 旅団本部主計隊の庶務主任に、出張命令書を持っていきなさい。 そしたら、あっちで一切の処理やってくれるから。」

「「「「「「 はっ! 」」」」」」

俺達は大尉から各々、出張命令書を受領して、中隊長室を退室した。





≪23中隊長室≫

「大連かいな。 今は暑くも無く、寒くも無く。 エエ季節やなぁ。」

「木伏、行った事あるの?」

「ワシは初等学校の3年から6年まで、大連に居ったからのぅ。」

「へぇ? 初耳。」

「親御さんの仕事が、こっちだったのか?」

「そうでんねん。 ワシの親爺は、満鉄(旧・満州鉄道。 現・満洲日華合同鉄道)の技師でして。 今は、本土の鉄道省の方に移ってまっけど。
ま、その縁で、4年程住んでましたんや。

特に5月の頃は『アカシアの大連』っちゅうて、アカシアの白い花が満開で、綺麗でっせ。
夏は星海公園で海水浴。 休みの日は労働公園で、のんびりするんも良えし。
天津街は賑やかやし。 夜になったら、中山公園のライトアップも、綺麗やったなぁ・・・」

「・・・懐かしき、幼い頃の思い出。と言う訳か。 木伏。貴様も行かしてやれれば、良かったのだがな。」

「いえいえ。 思い出は、遠くにあって想うもの。って言いますやろ。
返って今行ったら、想い出も、壊れるかも知れまへんわ。 わはは・・・」

「・・・・・似合わなぁい。 ふふ~ん。」

「なんやと? 全く、情緒の欠片も解さん、無骨女が。」

「あんですってぇ~~~!?」

「なんやとぉ~~~!?」

「・・・・貴様等・・・・」







≪依安基地 1210 PX≫


「ふぅ~ん。それで、みんな出張だったんだ。」
美濃が味噌汁飲みながら。

「うむ。最初は戸惑ったものだが。 まぁ、中隊長が気を廻してくれた、と言う所であろうな。」
神楽が綺麗に魚を平らげる。

「休暇なんて、私、はじめてだよ。 何食べようかなぁ?」
愛姫。 飯二杯目。

「・・・・やっぱり、お前は『食い物』が、最優先任務なんだな。」
俺がお茶を啜り。

「・・・・愛姫から『食欲』をとったら。それは愛姫じゃないぞ? 直衛。」
楊枝を使いながら、圭介。

「直衛! 圭介!」
・・・何故憤慨する? 愛姫よ。

同期5人で昼食中。 何はともあれ、騒がしい。
飯を食い終わったら、出張の用意をして。 依安から連絡の軍用列車に乗って、チチハル経由でハルピンに。
そこで乗り換えて、満鉄で大連まで。

「何時間だ?」

「依安からチチハルが1時間30分。 チチハルで乗り換え30分。 チチハル~ハルビンが2時間。 乗り換えが、連絡待ちで30分。 
ハルピンから大連が12時間。 都合、16時間30分か。 
到着は明日の朝。0730時。」

お、圭介。早い。

「兵站廠での仕事は、明日と明後日で終わりだな?
帰りは、17日の朝、0730時発で・・・ 14時間半。 2130時。 帰隊は2200時だな?」

生真面目だな、神楽。 もう帰りの確認か?

「って事はぁ。 13日から16日まで、遊べる訳よねぇ? さてさて・・・」

「遊べる」じゃなくって、「食い倒れ」られる、じゃないのか? 愛姫。

「お土産、期待してないからねぇ~~?」

「「「「 ・・・・ 」」」」

何だ? その言葉と裏腹の、差し出した手は? 美濃よ?

「・・・・ごっそさん。 さて、支度するか。」

「俺も。 んじゃ、1430時に、衛門前集合な?」

「うん。」 「承知」 「いってらっしゃーい。」









1992年9月10日 2130 満鉄・哈大高速鉄路(ハルビン・大連高速鉄道線) 夜間寝台列車


そもそもは、俺達の部隊が明日、11日からローテーションで1週間、最前線の依安から、後方の長春に移動・休養する事になっていたからだった。

年中無休の、BETAとの大戦争中とはいえ。 前線の部隊を、ずっと貼り付けせたままでは、効率が悪いのだ。
肉体的・精神的疲労は急速に蓄積されて、戦意も士気も落ちる。 
そんな部隊は、戦場では、ちょっとした事で急速に崩壊する。

半世紀前にボロ負け喰らった前世界大戦時の戦訓から、帝国でも部隊のローテーション配置が一般的だった。

これは、前線配備(戦闘任務)、後衛待機(哨戒・訓練)、後方休養(休養、補充)を一定期間で、ローテーションを組んで回る事だ。

戦闘で疲弊した部隊は、後方で補充を受け、同時に休養する。
後衛待機の部隊は、前線配置に就き。
後方休養だった部隊は、1歩前線に近い「後衛基地」で、訓練と哨戒任務に就く。

これを繰り返すのだ。

帝国大陸派遣軍では、常時最前線に1個師団と、3個旅団が配備。
後衛基地には、1個師団と1個旅団。
後方休養は、1個師団と1個旅団。

師団は1ヶ月インターバルで。
旅団は前線3週間。後は1週間ずつ。

因みに、後方休養場所は長春。 後衛基地はチチハル、大慶、ハルピンの3か所だ。

とは言え。4か月前に一度崩壊しかけた我が軍では、ようやく全軍の布陣が完了したばかりだったので、このローテーションも最近ようやく機能し始めた。
俺も、配属後初めての「休養」を、楽しみにしていたものだ。



「なあ、圭介? 大連で休暇って、何する?」

寝そべりながら、圭介に話しかける。  ・・・・我ながら、情けないセリフだ。

ここは夜行寝台車の二等寝台室。 1部屋にベッドが二つ。 一応、洗面台もある。
下っ端とは言え、これでも一応は軍の将校。
旅団の庶務主任が手配してくれたのは、夜行寝台特急の二等車だった。(庶民は普通、三等寝台車を利用する。 二等では、料金が高い!)

俺と圭介。 祥子さんと和泉少尉。 神楽と愛姫が同室。

「・・・・4日間。 折角の休暇を、男二人連れ、なんて不毛な時間は、過したくない。」

なんだよ、そのジト眼は。

「ふん、俺だって。 しかしなぁ、地理不案内だしな・・・」

「俺は、案内してくれる娘でも見繕う。 お前は勝手にどうぞ。」

「薄情者。」

「・・・・綾森少尉でも、誘えば良いじゃないかよ。」

「・・・・和泉少尉と、一緒かもしれんだろ。 同期同士なんだし。」

「・・・・はぁ。」

「何だよ・・・?」

「~~~っ! 何でもねぇ! この鈍感。 もう俺は寝る!」


くそ、さっさと布団かぶっちまいやがった。








1992年9月11日 1400 遼寧省 大連 統合軍大連基地 帝国軍大陸派遣軍 後方兵站本部 兵器管理廠


第1日目は、拍子抜けするほど簡単に仕事が終わった。
0830時、兵器管理廠に出頭。
0900時から、大隊が受領する機体のステータスチェックを、6人で手分けする。
1200時ちょうどに終了。 昼食。
1300時から、確認書類にサインして。
1400時、初日終了。

因みに明日も、ほぼ同じスケジュールだった。

「はぁ~~~・・・・」
「へいわ、ねぇ~~~・・・」
「ひまだなぁ~~~・・・」
「予想外ねぇ~~・・・」
「拍子ぬけ、だな・・・」
「・・・すぅ、・・・すぅ・・・」

皆、やる事が無くなって、ほけー。としている(一人、早やスヤスヤと、寝てるバカがいるが)

事務所棟の裏庭の芝生の上。 午後の太陽が降り注ぐ。 風も気持ちいい。
あ~~・・・ 仕事する気になれんな・・・


「そう言えば、今回の機体。 寒冷地仕様って知らなかったな。」

俺は午前中見た92式を思い出した。
細かい仕様が、今まで使用していた機体と異なるのだ。
主機周りの凍結防止装置とか、機体表面のコーティングとか。

「ま、ね。 今まで使っていた機体は、元々ASEAN軍が発注した機体だったらしいし。
言ってみれば、熱帯仕様よねぇ。
流石に、ビーチで楽しむ水着を着て、真冬の満洲で雪遊びは出来ないでしょ?」

和泉少尉の例えは、笑ってしまうが、的確だった。

「でもま。男の子としては、分厚い防寒着より、ビキニ姿の女性の方がいいよねぇ? 周防少尉?」

「何で、その言い回しで、俺なんですか・・・」

(「何よ。 祥子のビキニ姿と、分厚い防寒服姿。 どっちが良いのよっ!?」)
(「ビキニ姿っす!!」)
(「うんうん。素直で宜しい。」)
(「しかし。ビキニ姿、と言えば。 この中では、神楽と和泉少尉が双璧では? スタイルが。」)
(「圭介っ!?」)
(「ん。君も素直で宜しい。けいすけクン。」)
(「・・・愛姫は、一部愛好者有り、か?」)
(「・・・直衛。間違っても口に出すな。 ここでKIAになりたいか・・・?」)
(「でも。神楽には、流石に私も負けそうよぉ~・・・」)
(「全体的なバランス、いいもんな。あいつ。」)
(「・・・詳しいな? 直衛?」)
(「ひゅー、ひゅー。やるわねぇ? 男の子。 しっかりチェック済?」)
(「言ってたのは、源少尉です。」)
(「・・・・あの、むっつりスケベ。 帰ったら麻衣子に言ってやろ♪」)
(「三瀬少尉と、源少尉。そう言う関係で?」)
(「そうすべく、鋭意努力中よん ♪」)







≪side 愛姫≫

馬鹿3人衆(紗雪さん、ごめんね?)が、何やらひそひそ話に興じている。
どうせ、碌な事じゃないんだから。

ふぁ~~~あ・・・・ 気持ちいい。 ホントにこのまま、眠っちゃいたいよぉ・・・



≪side 緋色≫

何やら3人で話し込んでいる。 実に楽しそうだ。
こう言う時、実は、少しばかり落ち込んでしまう。
私は、周防や長門、和泉少尉の様に、中隊の仲間と腹を割って話すと言う事が、苦手なのだ。
と言うより、どうすれば良いのか、解らぬ。 それに、少々・・・ 羞恥も、その・・・

・・・むぅ。いかん。 折角の休暇を前に、この様な事では・・・



≪side 祥子≫

3人とも、何やら楽しそうね。
・・・紗雪の、さっきの視線がちょっと気になるけど。
でも、気分転換には良かったかな?
私はあまり関わらなかったけど。 先月に戦傷を負われてしまった、河惣少佐の事で、ここに居る皆はちょっと、気落ちしていたから。

・・・そう言えば。 少佐は大連の国連軍病院に入院中だったわね・・・
うん。 お見舞いに行くよう、言ってみよう。
みんな、賛成すると思うわ。







1992年9月11日 1600 遼寧省 大連 老虎灘(ラオフータン)大連国連軍病院


「皆、わざわざ見舞ってくれて、有難う。」

私たち6人が見舞った時。 河惣少佐が、嬉しそうに迎えて下さった。

少佐は先月、92式の実証評価調査で北満洲に赴任し、その際の戦闘(原因を聞いて、中隊の皆が憤激したものだ)が元で、左足を失う重傷を負われた。
今は疑似生体の移植手術も成功し、リハビリ中だと言う。
あと10日もしたら、退院できるそうだ。 

その時、少佐の救出に向かったのが、私達第23中隊≪ゲイヴォルグ≫と、本土の第1連隊の試験小隊≪フラッグ≫だったのだ。

少佐は、私達の中隊長、広江大尉とは士官学校の同期生で、親友だ。
あの時の大尉は、普段のふてぶてしいまでの余裕が消え、必死だった。
その気持ちは、私にはよく解る・・・

「でも、またどうして、皆揃って大連へ?」

そう言いながら、私達に果物を切り分けてくれる。 林檎だった。
今時、天然ものは大陸では入手が難しい高級品なのに。 ・・・でも、美味しそう。

「実は出張中でして。」

紗雪が説明する。
ローテーションで、休養配置ついでの、休暇出張。
なるほど、と呟く少佐。

「ふふ。 広江にしては、なかなか粋な計らいね。 彼女は昔から無頓着な所が有ったけど。
少なくとも、部下の事は、よく面倒を見るタイプだったわ。」

少佐はそう言って微笑む。

何か、印象が変わった。
言葉遣いも、前はかっちりした、軍人口調が印象的な、クールで有能な女性将校。といった印象だったのだけど。

今の少佐は、女性らしい、しっとりした口調と言葉遣いで。
元々が綺麗な人だから、こうやって微笑むと同性の私でさえ、見惚れてしまいそう。

あ。 直衛君が、ぼーっとして見てるっ! 少佐の事! もうっ!

そんなこと思っていたら、少佐と目が会ってしまった。
先程からこっちを見ていたのか、くすり、と笑われてしまった。
・・・・気付かれたかしら?


「で、明後日から休暇なのね。 ん・・・ でも、ごめんなさいね。 私はこの街の事、詳しくないのよ。」

「いえ、ご心配無く。 観光ガイドなんかも有るようですし。 
いざとなったら、ガイドは自分で見つけますよ。」

「女の子の、な。」

長門君に突っ込む、直衛君。
あ、長門君が、余計な事言うなっ! って、眼で威嚇している。
直衛君は、我関せず、で流しちゃってる。

相変わらず、仲が良いなぁ、この二人。

「ふむ? 長門少尉は、なかなか社交家のようね?」

「少佐。 圭介は只の『女誑し』なだけですよぉ」

い、愛姫ちゃん・・・


すぱーんっ!  ・・・・あら、良い音・・・


「いったぁ~~~いっ! 何よぉ! 圭介も、直衛もぉ! 人の頭、ぽんぽん叩くなぁ! 
ホントに馬鹿になったら、どうしてくれるのよぉ!!」

「「お前はこれ以上、馬鹿の底が無い。」」

「むかつくぅ~~~!!」


・・・・どこかで、見た光景よね・・・


「ふぅ・・・ 愛姫、ここは病室だぞ? 余り大声を出すものでは無い。
それと、周防、長門。 如何に同期生同士の間柄とて、愛姫は女だぞ?
貴様達、男子として、その振る舞い。 些か忸怩たるを覚えんのか?」

あ、あら。 先任として、注意しなくちゃいけなかったのに。
にしても。 神楽少尉は相変わらず、生真面目ね・・・

「ふふふ・・・」

「「「「少佐?」」」」

「本当に、仲が良いのね、貴方達は。 模擬戦での息もピッタリだったけど。
確かに普段、これだけお互いにコミュニケーションがとれていたら、納得だわ。」

「・・・・少佐ぁ。 私は被害者ですぅ・・・・」

愛姫ちゃん、涙目だわ。

「しかし。 愛姫も一言多いのは、確かだ。」

「緋色っ!? 裏切り者ぉ!!」

「むっ・・・ 人聞きの悪い。」


はぁ、この子達ってば・・・ 思わずため息をつく。
紗雪は我関せず。 ホント、感心しちゃうわ、貴女のその性格。 ある意味、羨ましいわね・・・

喧々囂々の後任達を、少佐が優しそうな瞳で見ている。
彼等は少佐にとって、この地で知り得た、大切な『何か』なのだろう。
それは多分、紗雪も同じ。

私はちょっと、居心地の悪い疎外感を、ちょっぴり感じた。


「そうそう。 貴方達、14日の夕方以降、時間空いているかしら?」

「すみません。 私、こっちに同じ訓練校出身の同期がいまして。 
予定入れちゃったんです。」

紗雪と同じ訓練校って事は、熊谷訓練校ね。

「自分も、人と会う約束を取り付けるべく、努力中でして。」

長門君、本当に『努力』惜しまないのね。 そう言う事は・・・

「私達、行きたい所ありまして・・・」

愛姫ちゃんと、神楽少尉。 凸凹コンビだけれど、仲は良いものね。

「綾森少尉と、周防少尉は? どうかしら?」

「俺は特に予定は有りません。 
と言うか、これからどうしようか、思案していた所です。」

直衛君。 その・・・ えっと・・・

「綾森少尉は?」

「あ、はい。 あの、私も、特には・・・」

本当は、誘いたいんだけど・・・ って言うか。 誘って欲しかったんだけどなぁ・・・

「そう。 じゃあ、2人とも、1730時に後方兵站司令部に来てくれない?
丁度、国連軍主催の夜会が有るのよ。 1900時からなのだけど。
まぁ、夜会と言うより、パーティーね。 
別段、構えなくていいわ。 軍関係者の、親睦会のようなものだから。
どう言う訳か、私にも前々から招待状が来ていてね。 全く、こっちは入院患者なのにね。」

そう言って、少佐は苦笑する。
夜会? はぁ、そんなの、今時やっているのね・・・

「招待状には、2名とあるのよ。 
でも、生憎こちらには知り合いがいなくて。 それにまだ、退院できないし。
貴方達。 私の代役、お願いできないかしら?」

えっ!? 私達が? 代役? パーティ?

「・・・・あ、あの~~ 少佐?」

恐る恐る、直衛君が手を挙げる。

「? 何?」

「俺達は、少尉ですけど・・・ 少佐が招待されたのでしょう? それなのに、3階級も下の俺達が代役では・・・
主催者に、失礼では無いでしょうか?」

最もね・・・ 階級が全て、じゃないけれど。 それでも少佐の代役が、少尉二人と言うのは。

「大丈夫よ。 むしろ好都合。」

「「はい?」」

「主催者、と言うより、単に『場所貸し』なのよ。 国連軍は。
本当の主催者は、本土の戦術機生産メーカー。 河西、石河嶋、九州航空、愛知飛空の4社なの。
ゲストは、中国軍や韓国軍、ASEAN軍の戦術機行政の担当官達。 まぁ、他にも色々いるけれど。
『主催者』からすれば。 帝国軍の正式採用の基データを提供した実戦部隊の、現役衛士将校が出席する事は、実際の生の声を聞いて貰える訳でしょ?
願ったり、叶ったり、よ。」

なるほど。戦術機の拡販にご協力を、と言う事ね。
少佐がご招待されたのも、92式を推進された実績有っての事でしょうし。

あ、でも。

「夜会と言われましても・・・ 私達、今、礼装一式、持っていませんわ・・・」

「・・・・・」

「「 ・・・・・ 」」

「大丈夫よ。」

「「 はっ!? 」」

「大陸派遣軍の礼装関係一式は、確かここ、大連の後方兵站司令部の、被服局で保管しているもの。」

「「 えっ!? 」」

「・・・知らなかった?」

「「 (こくこく) 」」

「まぁ、無理ないわね。 戦闘部隊、それも戦術機甲部隊ともなれば、そんな事気にする余裕はないでしょうし・・・
軍装一式は、将校は自己負担でしょう? 貴方達も、俸給から月々、差し引かれている筈よ。
で、そうした通常軍装以外は、後方の兵站本部で一括保管するの。 前線に持っていっても、意味が無いし。
だから、貴方達の礼装は、今は大連にある筈よ。 確認しましょうか?」

そう言って少佐は、私達の軍籍番号、所属部隊、氏名を記録して、ちょっと待っててね、と言い残して病室を出て行った。
・・・すっかり調子は良いみたい。
歩いている姿は最近、疑似生体移植手術を受けたとは思えない程、自然だった。


「・・・知らなかったわ。」

「礼装かぁ。そう言えば訓練校卒業時に、採寸した覚えが有るわねぇ。」

「存在を忘れてたわね。」

「俺も、同じく・・・」

「何よ、祥子も周防君も。 
少佐も言っていたでしょ? 軍装の調達代金、月賦で俸給から差し引かれているって。」

「・・・俸給明細なんぞ、見ませんから。」

「最近は、私も・・・」

「まぁ、それはそうねぇ。」

「そんな余裕、有りませんでしたよ。」


はぁ。ま、私も紗雪も、礼装の居場所までは気にしていなかったから、同様ね。

そうしている内に、少佐が戻ってこられた。
やはり、私達の礼装一式、大連に保管してあるとの事。

確認と受け取りが有るので、約束の時間まで早い、1600時に兵站本部に集合、と言う事になった。


でも、夜会かぁ・・・ 憧れない、と言ったら、嘘になるわね・・・








1992年9月12日 1000 遼寧省 大連 統合軍大連基地 帝国軍大陸派遣軍 後方兵站本部 兵器管理廠


「OBL(オペレーション・バイ・ライト)?」

2日目の機体確認作業中、聞き慣れない単語を耳にした。
俺と一緒に、機体のチェックをして回っている、兵器管理廠の技術中尉からだった。

「うん。 周防少尉、君もOBW(オペレーション・バイ・ワイヤ)システムは知っているね。 うん、第2世代機の特徴だからね。
しかし、第3世代機では、OBLシステム搭載が標準化されるようになるだろう。
これによって、より高度な機体制御が可能になる。 帝国も、次期主力戦術機用に研究・開発を進めているんだよ。」

「へぇ・・・ 今まで以上に、高度な機体制御ですか。 凄いな、それって。」

「でな。 今帝国は、OBWのより高精度・高性能化と、OBLの実証試験を行っている。
従来機の能力向上と、第3世代機用のシステム開発だね。
OBLは実は試作型が完成している。 立川(開発試験団・審査戦術機甲隊)で、搭載試験を行っていてね。
結果はなかなか良好だ。
で、今回、実戦での運用実証試験を行う事になった。」

「・・・それって、まさか・・・」

技術中尉は、満面の(でもどこか、斜め上に抜けた感じの)笑みを浮かべた。

「うん、そうだ。 大陸派遣軍でやって貰う事になった。 全面的にね。
OBWの高精度・高性能化対応システムは52師団と54師団、第108、第112、第116旅団の全戦術機に。
OBLは、23師団と、第119、第120旅団の全戦術機に、ね。」

「・・・ウチの旅団、またモルモットですか。」

「ま、そう言うなよ。 実際、立川でも好評だったんだし。
前線の戦闘部隊でコンバット・プルーフされれば、改良も早くなる。
それだけ完成品の進捗も早まる。 君等衛士にとっても、悪い話じゃないだろう?」

「ふう。 ま、そうですね。 役に立つものなら。 何だって歓迎しますよ。」

「うん、うん。 宜しく頼むよ。」









1992年9月12日 2230 遼寧省 大連 統合軍大連基地 帝国軍大陸派遣軍 士官宿舎


「へぇ、OBLシステムか。 面白そうだな。」

今日聞いた話を圭介にしたら、結構乗って来た。 やっぱりこいつも、根っから戦術機乗りだな。

「ああ。 今まで以上に、機体の機動制御が高度化されるそうだし。 面白い戦いが出来そうだな。」

「うん。 それと、直衛。 お前と児玉伍長とで、改修した例のOS実装プログラムな。
実は、あれの話も仕入れて来たんだ。」

「ん? どう言う話だ?」

「実は、正式に富士(教導団)で検証する事になったらしい。
で、向こうでデータ取りして。 アップデート版のOSを年内目途に、全戦術機部隊に展開する予定だってさ。」

「へぇ! そりゃすげぇ!」

「すげぇのは、お前なんだぜ?」

「ん? なんで?」

「はぁ・・・・ 言ってみれば、お前と児玉伍長が開発者みたいなモンだろ?
実は、俺と一緒に回っていた技術少尉が、富士に伝手が有るらしくてよ。
向うでも 『誰だ? こんな事考えた変態は?』 って、評判だとよ。」

「へ、変態・・・・」

ちょっと、ショックだぞ・・・

「ま、誉め言葉だ。 有難く頂戴しておけよ。 『満洲の変態』」

「うっせぇ!!」


コン、コン。

ドアノックの音がした。

「どうぞぉ~」

ドアが開いて、入って来たのは、愛姫と神楽。 
愛姫は、両手につまみと、紙コップ。
神楽は、ウィスキーに、老酒だ。

「おっ!? どこから仕入れた?」
「愛姫、神楽。 グッジョブ!」
「へっへぇ~~! 老酒は、中国軍の主計大尉のおじさんからさ! 食堂で知り合いになってさ!」
「ウィスキーは、先程までのカードの戦利品だ。」

愛姫は、どうせ良く食うから、その線で厨房管理の親玉に、気に入られたんだろう。
神楽は・・・ そう言えば、さっきまで国連軍の連中と、カードをしていたな。
こいつはポーカーフェイス得意だから。 しこたま勝ったのだろう。

俺達は皆、18歳。 本土じゃ、未だ飲酒制限年齢だ。
だけどここは戦地。 しかも北満州は夏でも夜は冷え込む。
で、赴任当初から「準標準・衛士装備」=アルコールを、ちびちび飲りだした。


「楓がいれば、同期みんな、そろい踏みだったのにねぇ」
「うむ。 しかし、楓は1杯で出来上がる。 2杯で呂律が回らぬ。」
「3杯目の途中で、寝ちまうしな。」
「で、直衛が送り狼になったのか・・・」
「「ええっ!?」」
「嘘だっ! 冤罪だぞっ!? あの時は柏崎中尉と、三瀬少尉も一緒に運んだぞっ!」
「・・・ちぇ。」
「・・・圭介・・・」


つまみの乾物、ビーフジャーキー(モドキ)が無くなっていく。
酒の方も、1番強い神楽が、くいくい、飲んでいって。
2番目の圭介も、ピッチが速い。
3番目は俺で、ま、普通には飲む。
一番弱いのは愛姫で、ウィスキーを嘗める様に、ちびちび飲っている。



「れさぁ~~・・・ すおー、あんた・・・ひくっ・・・ さりこ(祥子)さんとは・・・ひぃっく、・・・どこまでぇ? いっらのぉ~~・・・」

「むぅ・・・ 私も・・・ んくっ・・・ 知りたいものらなぁ・・・」

しっかり、すっかり、出来上がってやがる。 この二人・・・

「まぁ~~さぁ~~かぁ~~~、・・・あんらけ、想わせ・・・ひくっ・・・ぶり、しといて・・・ 
手ぇ出さない、なぁんて事っ! ないでしょ~~ねぇっ!!!」

「・・・彼女は・・・ 私達にとっても・・・ひくっ・・・頼りがいのある、ひゅっ・・・先任ら・・・ 
きぃさぁまぁ・・・まさかぁ・・・あそび、では、ひっく・・・なかろぉなぁ・・・?」

勘弁しろ、この酔っ払いども・・・ 絡み酒かよ・・・

「このモノはのぉ、やる時はしっかり 『ヤっちゃう』 男よ・・・・」

ここにも、いやがった。 酔っ払いが・・・

「なになに~~~!? けーすけー! いってみろぉ~~~!!」

「うむ・・・ 長門、 同期の桜で・・・ひっく・・・隠し事は・・・いかんろ。」

「ん・・・ あれはぁ・・・中学のぉ・・・ 3年らったか・・・
実に・・・じつぅ~~~にっ! 艶っぽい、女教師が、赴任してきてなぁ~~~」

・・・おい。やめろ・・・

「「おおっ!?」」

「その姿は・・・ 天女か、傾城か・・・ いやいや、俺も若かった・・・ときめいたものよ・・・」

てめぇ。 俺と同い年じゃねぇのかよ・・・

「・・・で、その中でぇ・・・ もっとも、熱を上げておったのが。 ほれ、そこ。 そこな、小僧であったのよっ!」

「ぎゃはははっ!」 「わはははっ!」

こ、こいつら・・・!!
いかん! これ以上、あの状態の圭介を暴走させたら!!

「その小僧は、遂に意を決しおってなぁ・・・ 
その、天女だか、傾城だかの、美貌の女教師にのぉ・・・ こい『やめんかぁ!!! このボケェ!!!』・・・・ぐぼぉえっ!!!」

圭介のストマックに、渾身の一撃っ!

ふん。 悶絶したか。


「すぴー・・・ すぴー・・・・」 「んん・・・ んふぅ・・・」

・・・酔っ払い娘2人組は、ようやっと沈没か。

よしっ!! このまま放置しとこう。

「ぐぉぉぉ・・・ な・お・えぇ・・・・」

何かの断末魔が聞こえたが。 無視だ。 幻聴に違いない。 きっとそうだ。

さて。 良い子は寝ようか。





[7678] 北満洲編10話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:e178b4cc
Date: 2009/04/18 22:35
1992年9月13日 2130 遼寧省 大連 天津街


「あ、あれ。なにかしら? ほらっ」 
「あら、このアクセサリー、可愛いわね・・・」
「ほらほら! このぬいぐるみ! 可愛いっ!」
「ね、向こうも行ってみましょうよっ」


・・・・因みに、4人が話しているのでは無い。
全て、興奮してはしゃいでいる、祥子さんのセリフだ。

今、夜の9時過ぎ。
場所は天津街の濱江道購物広場。 小さな店(と言うより、屋台に毛が生えたものか)が所狭しと立ち並ぶ、若者の多い場所だ。
今、俺は彼女と二人でこの街をぶらぶらしている。

昨日で「出張」任務も無事終了し、大隊配備分の機体は軍用列車便で、チチハルまで送り出した。
で、今日から4日間の休暇となった訳だ。
で、今朝、宿泊先のホテル(将校クラブ=僭行社(※)の指定宿泊先)で朝食をとりながら、どうしようか思案していた所。

和泉少尉は、元々予定を入れているから、と、さっさと出かけてしまい。
神楽と愛姫も、端っから予定を考えていたとかで、2人で出かけた。(昨夜の酒は、抜けたか・・・)
圭介は、「有言実行」して、現地の中国軍の女性将校(どう見ても年上の中尉殿)が「ガイド」に現れ、同伴出勤。(酒と悶絶から、さっさと回復しやがった)

で、「あぶれた」のが、俺と祥子さんの2人。
・・・けっして、「あぶれ者」同士が一緒に、って訳じゃないぞ? ちゃんと誘ったぞ?

『え~~・・・っと。 良かったら、一緒に観光してもらえませんか?』

・・・・うぅ、なんて芸のない奴なんだ、俺って・・・
ま、まぁ、それでも喜んでくれたから、良いか。

で、2人でロシア街や旧日本人街(昔の風情が残っていた)、アカシア通りを散歩して。
人民広場前で、女性騎馬警察隊の交代式なんかも見て。(「かっこいい!」とか、祥子さんがはしゃいでいた)
西安路で昼食を食べた後、京劇を観た。(元々、東本願寺の寺院跡だとか)
その後、高爾基路の旧家屋街を眺めつつ、夕食に誘った。

初めての街で、二人して四苦八苦しながら道を尋ね。 あるいは迷って右往左往しながらも、楽しかった。

任務でもなければ、基地での待機でもない。
普通に、二人して、はしゃいだ。

俺としては、彼女と二人での休暇になったから、どこ行っても正直嬉しかったけど。
彼女も楽しそうだったから、余計嬉しかったな。
こんなに楽しかったのは、子供の頃以来だ。 本当に久しぶりだ・・・


夕食に海鮮料理を食べて(大連は海鮮料理が美味いんだよ、ホント。中国では珍しく)、その後、天津街に繰り出した。

・・・なんて言うか。
年中お祭りの屋台状態、みたいな場所だった。

それにしても意外だ。 祥子さんって、こう言う場所だと余計にテンション上がるのか?

まぁ、俺もちゃっかり楽しんではいた。

バッタモノのブランド品、如何にも安物っぽい衣服類。 
仕上げの荒いアクセサリーなんかも、こんな空気の中じゃ、それなりに面白く思える。





「街の光が、綺麗ね・・・」

うん。綺麗だ。
夜景の光を受けて見る彼女の横顔は、とても綺麗だった。

ん? どこにいるかって? 
・・・・観覧車だよ。
労働公園の近くにあるんだ。 いいだろ、別に。 
決して、狙ったとか、そんな訳じゃ・・・ 少しは・・・ あるけど・・・


「そうですね。 あの灯り、ひとつひとつが、人の喜怒哀楽、なんでしょうね。」

「まぁ? ふふ・・・ 時々、詩人になるのね、直衛君は。」

微笑む彼女が、眩しかった。

「・・・私ね、今日はドキドキしてたの。すっと。」

「えっ?」

「同じ年頃の男の子と・・・ こんな風に、一緒に遊んで、はしゃいで、食事して。
初めてだったの。」

「・・・・・」

「ふふ・・・ 私、訓練校入隊前までは、学校で典型的な『委員長』タイプだったのね。
もう、堅物というか、融通が気かな過ぎと言うか・・・
当然、男の子と遊んだのって、小さい頃以外無かったの。」

・・・まぁ、帝国は世界中でも指折りの、男女交際に厳しいお国柄だけどな。

「だから、ドキドキしているの。 今も・・・」

窓を向いて。 俺の方を見ないで。 でも、その表情はしっかりガラス越しに見えている訳で。

・・・・チクショウ

「俺も・・・ ドキドキしてますよ。」

「えっ!?」

「俺もです。 女の子と、まともに付き合った事なんか、今まで無いし。」

あー・・・ 恥ずかしい。

「・・・でも。 女の子の友達、多かったって、長門君が・・・」

・・・・圭介。 悶絶・第2弾、決定な?

「どっちかって言うと。 今の俺と愛姫みたいな感じですよ。 一緒に騒いだり、馬鹿やったりするみたいな。
そんな、色気のあるようなモンじゃないです。」

「・・・・じゃ、私は? 私は・・・・ その・・・・」

「ドキドキしてます。 ・・・俺も、祥子さんの事、もっとドキドキしてあげたいですよ。」

「えっ!?」

言うなり、顔を近づける。
一瞬、祥子さんが後ろずさろうとした所を、両手で彼女の肩を掴む。

そのまま、ゆっくり引き寄せる・・・
彼女、両眼がびっくりしたように見開いてる。

あ、右眼の瞼に、小さな黒子。
だんだん、顔が近づく。

彼女が、瞼を閉じた。



「・・・・・・んっ・・・・」



何秒か、何十秒か、それとも一瞬か。
俺達が唇を合わせていたのは。


「・・・・意地悪ね・・・・?」


くそっ! 思いっきり、抱きしめたい! 

・・・・そう思った時には、観覧車が乗り場に着いた後だった。







あれや、これやで、ホテルへ帰る頃には、2300時近くになっていた。

「今日は、凄く楽しかったぁ。 ありがとう、周防君。」

うわっ その笑顔は、反則ですよ。 まともに顔、見れませんって。
道々歩きながら、俺って、顔真っ赤になってるんじゃないか? ってくらい、ヤバかった。心臓が。
「あの」光景、思い出してしまった・・・


「あ、えっと。 いや、誘ったの、俺ですし。 その、俺も楽しかったです。
・・・・思いきって誘って、良かったです。」

「・・・ふふ。 意地悪されちゃったし、ね?」

「あ、いえっ、その・・・」

ああ! くそっ! もっと気の利いたセリフ、言えないのかよっ!

そんな風に焦っていたから、不意に近くに居た人を避け損ねた。


ドンッ


「あ、失礼!」

「・・・・・」

振り向けば、女の子がよろめいている。 帽子が落ちたようだ。

「失礼しました。 よく見ていなくって。 怪我は有りませんでしたか?」

帽子を拾い上げ、謝る。
良く見ると、アジア系じゃない。 
淡い金髪、緑の瞳と白い肌。 年の頃は、15,6歳位か?

「спасибо(スパシーバ)」

ん? ロシア語だ。 ロシア人か。
良く見ると、まだ幼い顔立ちだった。 訂正。13,4歳くらいか。

「スヴェータ!?」

後ろから呼ぶ声が聞こえた。
目の前の女の子より、4,5歳ほど年上の(つまり、俺達と同年輩の)やはりロシア系に見える少女が走り寄ってくる。
よく似た娘だ。 姉妹だろうか。

何事か、ロシア語で話している。 (生憎、俺も祥子さんも、ロシア語は専攻外だ)

暫くして、その少女が向き直り、話しかけてきた。

「申し訳ありませんでした。 どうも、この子が先に、ふらついてしまったようで・・・」

「いえ。 ぶつかってしまったのは、こちらですし。 お怪我は?」

「いえ、大丈夫です。 ええと、Mr・・・?」

「周防。周防直衛です。 ・・・日本人です。」 

そのまま日本式の表記法で答える。 欧露系の人たちには、アジア系の区別はつかない。
次いでに国籍も答えておく。

「日本の方ですか。 Mr.スオウ。 
申し遅れました、私はエリザヴェータ・フョードロブナ・アルテミエフスカヤ。 この子は、妹のスヴェトラーナです。
そちらの方は?」

「サチコ・アヤモリ。 綾森祥子と申します。 エリザヴェータ・フョードロブナ(※)。」

「Miss.アヤモリ。 妹が失礼しました・・・ 申し訳ございません、少々、急いでおりますので、これで・・・」

姉が妹の手を引く。

ん? こっちを見ながら、妹さんの方が動こうとしないな。

「・・・・・楽しい色、嬉しい色・・・暖かい色、いっぱいね・・・」

にこっ、と微笑んで、Пока.(パカー:じゃあね)と言って去って行った。




「?・・・ 楽しい色? 何の事だ?」
「さぁ・・・?」

二人して「「ん?」」と首をひねったが、解らない事は、解らない。

「・・・ホテルへ、戻りましょうか。」

「ええ。」


あ~~・・・・ くそっ 何か、何となく、機を逸した様な気がする・・・






僭行社宿泊施設=ホテル 2315時 ロビー


「じゃ、明日は確か、1600時に兵站司令部、でしたね。」

「ええ。 でも、パーティーとは、ね・・・」

「このご時世ですしねぇ・・・」

何となく、二人して納得がいかないのだ。 
こうしている間にも、戦場ではBETAと命がけで戦っている戦友たちがいる。
今まさに、死なんとしている同胞達がいる。
それなのに、だ。

「・・・でも。 少佐の頼みでしょう? 直衛君は特に、断りきれないでしょうし。
私もこの際、ご相伴する事にするわ。 
じゃぁ、おやすみなさい。」



ふぅ。俺も寝るとするか。







1992年9月14日 2030 遼寧省 大連 某迎賓館


だまされた、だまされた、だまされたぁーーーーっ!!!

私、綾森祥子は、今夕何度目か判らない、心の叫びを上げていた。
今日の1600時。 予定通りに後方兵站本部に出頭した。
ところが、そこに河惣少佐は居らず、女性主計将校(主計大尉だった)が待ち受けていた。

『ああ。君達が、少佐の言っていた作戦要員ね。 私は被服装備局の三枝主計大尉。
付いて来なさい。』

作戦要員? その言葉が非常に引っ掛かったのだが。 私達はあくまで休暇中だった。
まさか、急に何かの作戦に!?
直衛君も、顔色を変えていた。 表情が険しくなる。

『・・・何も、取って食いはしないわよ。 貴様。 男はそっちだ。
貴女はこちら。 付いて来なさい。』

直衛君が、別室に入っていく。

で、私が通された部屋は・・・・

「えっ!?」

色とりどりの、各種ドレスが有った。
化粧台には、様々なコスメが。
言わば、ドレスルーム。

「あ、あの! 大尉殿! 質問が有ります!」

「ん? どうした? ええっと・・・」

「綾森。 綾森祥子少尉であります。」

「ん。 で? どうした? 綾森少尉?」

「・・・小官の礼装は、どこに・・・?」

「? 目の前にあるだろうが?」

「!! ドレスでは有りませんかっ!」

「? おかしいな? 河惣少佐から聞いていないのか? 
貴様は今回、ドレスアップして出席して貰う手筈なのだが・・・?」

「ええっ!?」

聞いていない。 断じて、絶対、天地神明に誓って、聞いていないわよっ!!!

「ま、これも命令だ。 貴様は形の上とは言え、未だ兵站本部へ『出張中』の身だぞ?
現地司令部の命令には、従わねばな?」


(やっぱり、河惣少佐。 貴女も、中隊長の同期だったんですね・・・ )

してやったり、と、ほくそ笑む少佐の顔が浮かんで、私は観念した・・・



そして今、パーティー会場にいます・・・

内々の、懇親会、と。 そう少佐は言っていたのに。
ざっと100人以上居るわ。 
軍人だけじゃなくって、民間人も。 男女比は・・・ 3対1位、かしら?

結局、私はフォーマルなワインレッドのドレスを選んだ。
他に、ベージュのヌーディミディアムドレス。ワインレッドのコサージュミディドレス。、パールホワイトの、フェミニンなミディアムドレス。
色々あったけど。  流石に、恥ずかしい・・・

「ほう。 流石、咲き誇っているな、見事な華が。 そう思わんか? 周防少尉?」

「河惣少佐!?」

入院中じゃなかったんですか!?

当の少佐の装いは・・・ 薄紫の、クロスプリーツドレス。 うわぁ・・・バストの下が、ほんのり透けているわ・・・
でも、凄くお似合いで、綺麗だった。

直衛君は・・・ ずるい。 軍の通常礼装だ。
・・・ あ、顔を赤くして、あっちを向いてる。 ふふ。可愛い。

「ん? どうした?周防少尉?」

「は、はっ!」

「・・・だから。 見事な華だな? と言っているのだが?」

「はっ! あ、あの、はいっ!」

「くっくっく・・・ まぁ、いい。 では。 綾森少尉を借りて行くぞ? 貴様は向こうで、御婦人のお相手をして差し上げろ。」


そう言って少佐は、私を引っ張ってホールの中央へ向かい始めた。
途端に、軍のお偉いさんや、高級官僚、民間企業の役員クラス、その他の民間人に捕まる。
少佐は慣れているのか、堂々としてられるけど。 私はとてもじゃないけど、恥ずかしさが勝ってしまう。

「時に、河惣少佐。いえ、Ms 河惣。 こちらの方は、どなたかな?」

発音からして、中国系だろうと思われる、初老の紳士が少佐に問いかけた。

「これは。失礼しました、Mr.汪。 彼女は一時的に私の『部下』である、綾森祥子少尉です。」

「・・・日本帝国軍衛士少尉、綾森祥子です。 Mr.」

「衛士!? 貴女のような淑女が!」

・・・淑女、って・・・

「それだけではございません。 
彼女はかの『92式』が、最初に配備された部隊に所属し、数々の実戦に参加してきた、歴戦の衛士ですわ。」

周りがざわめき始めた。 どうしたんだろう? 私位の年齢の女性衛士なら、中国軍には珍しくも無いだろうに。

「Miss・・・、いや、綾森少尉。 お聞きしたい事が有るのですが。」

これまた、どこぞの会社の重役、と言った貫禄の中年男性。

「何でしょうか。」

「92式は・・・ あの機体のポテンシャルは、どれ程のものなのかね? 例えば、今、我が国が配備している殲撃8型(J-8)と比べて。」

・・・軍需企業関係者だろうか?

「殲撃8型は、我が国の77式『撃震』と同じ、F-4改良機です。 
戦闘力の観点からすれば、純粋にスペック比較した場合、92式1機で、77式や殲撃8型の1個小隊を上回ります。
2個小隊でようやく有利、と言った所でしょうか。 勿論、原型となったF-16C/Dより大型化、大出力化している他、様々に改修されています。
F-16C/Dと比較した場合でも、1対2までなら、互角に戦えましょう。
私は、77式と92式。 両機でBETAとの戦闘を経験した上での、判断です。」


「それでいて、あの安価か・・・」
「ふむ。これは検討の価値有り、か?」
「聞けば、ASEAN軍でも採用を決定したらしい。」
「帝国での正式採用も決定したな・・・ これでは、遅れれば遅れるほど、配備が難しくなるぞ。」


・・・ここは、パーティー会場? それとも、戦術機検討会議の場なの?


いつの間にか、中国軍の高級将校や、将官級まで集まって来ていた。
河惣少佐が目線で合図する。 興奮し始めた小父様方を尻目に、そっと抜け出した。

「ふぅ。御苦労さま、少尉。 どうやら、上手くいきそうだわ・・・」

『軍人モード』から、『大人の女性モード』に切り替わった河惣少佐が、満足そうに微笑んだ。
でも、上手くいきそうって。 もしかして・・・

「実は、生産メーカーから泣きつかれてしまったのよ。 中国軍への商談が、最後の詰めで、煮詰まっているって。
で、最後の手段に出たって訳。
でも、私一人ではインパクトが少なくって。
若く、可憐で清楚な華。 それでいて、実戦を潜り抜けた歴戦の衛士。 この意外性が欲しかったの。」

・・・などと、ウインクなんてしちゃってくれたり。

少佐? 乙女の羞恥心と引き換えの、この『作戦』
代償は、高くつきますわよ?

「ふふ。 その代り。 これからは自由時間にしていいわよ。 後の面倒は引き受けるわ。
ほら。 彼が御婦人方に捕まって、窮地のようよ。
本当は、騎士が姫君を救うのでしょうけど。 彼は未だ 『騎士見習い』 の様ね。
『主君たる姫君』としては、将来の 『騎士』 候補の窮地を、救っておやりなさい?」


そう言い残して、少佐はドレスを翻し、軽やかに彼女の『戦場』へ戻っていった。








「まぁ。 では少尉は、歴戦の衛士なのですね?」

「まだ年若いご様子ですのに・・・ 御立派ですわ。」

「い、いえ。小官は未だ、任官5か月になったばかりの新任ですし・・・
それに、隊には部隊長始め、優秀な先任衛士が揃っておりますので。
小官の戦績などは、上官の教導に拠る処でして・・・」

「まぁ・・・ お若いのに、先達への敬意も、お忘れでないなんて。 益々、頼もしいですわ。 そう思われません? 奥様。」

「ええ。 本当に。 娘の伴侶となる男性には、少尉のような誠実な方に、是非、と思いますわね。」

「ま。 ほほ。 お嬢様は未だ10歳になられていなかったのでは? 少々、お気が、お早いかと・・・
如何かしら? 少尉。 私の娘は14歳ですの。 あと4年もすれば、娘は18歳。 少尉は22歳。 お似合いと思いません事?」

「は・・・ はっ!?」

「あら・・・ 少尉? 年の差8歳の夫婦など、珍しくございませんわよ?」

「あ、あの・・・」

おい。 誰か。 俺をこの、香水臭い煉獄から、救いだして下さい。 お願いします!!
いっその事、BETAの中に単機突っ込め。と言われる方が、未だ現実的だ。 俺にとって。
少なくともそれなら、戦い様も、脱出の術も分かる。 だけど、こんな状況、生まれて初めてだよっ!!


「周防少尉?」

振り返ると、美しい姫君がいた。  ・・・じゃねえ、祥子さんだった・・・

「あ、綾森少尉っ!」 大げさに敬礼などして見る。

・・・さっきまで俺に「からんで」きてた御婦人たちも、びっくりしているな。
そりゃそうだろ。 ドレスを着こんだ、妙齢の「美女」が、軍人から敬礼されているんだから。

「どうかしたの? ・・・・失礼しました、皆様。 『部下』が何か失礼を?」

・・・「部下」ね・・・  ま、そう言う設定で行きましょ。

「あ、あの? 少尉。 こちらのお嬢様は、あの・・・」

「はっ! 小官の上官、綾森少尉です。 階級は同じ少尉ですが、小官の方が後任ですので、現在は綾森少尉の指揮下にあります。」

「そ、そうですの・・・」

「失礼、Mrs. 部下が、何か失礼でも? 何やら、問い詰めておられたご様子でしたが?」

にっこりと。 この上なく、上等の美女振りなのに。 背後からはBETAと対峙する時のオーラが・・・

「い、いえ。別にそのような・・・ ねぇ?奥様?」
「ええ。本当に・・・ では、私達はこれで・・・ ごきげんよう。少尉」

・・・・あ、逃げて行った。 そりゃそうだ。 俺だって逃げだしたい。
目の前には、見知った姿の般若がいるのだから・・・


「・・・・ちょっとの間に、許嫁が2人も出来て、宜しかったわね? 少尉殿?」

「あ、あの? 綾森少尉?」

「14歳に、10歳の御令嬢ですか。 そうですか。 周防少尉は、少々特殊なご趣味をお持ちのようですね。」

「んなっ!?」

「では、『年増』は、これで消えますので。 ごきげんよう?」

「ちょ、ちょっと待って下さい。」

さっさと離れる祥子さんを追う。
丁度バルコニーの手前で追いついた。
慌てて、声をかける。 ひそひそと。


(「な、何本気にしているんですかっ! そんな趣味、有りませんって!」)
(「あら。そうかしら? 随分、嬉しそうだったわよ?」)
(「冗談じゃないですよっ! こっちだって困っていたんですよっ!?」)
(「その割には、にこにこ、していたけどっ!?」)
(「ひ、引きつっていたんですっ! きっとそうですっ! 本当ですっ!」)
(「でも内心、『将来が楽しみ』とかなんとか、思ってたりしなかった?」)
(「全然っ! 全くっ! これっぽちもっ!」)


全力で否定してみる。 
当然だ。 あらぬ誤解どころか、いらぬ事まで言われた日には。
俺、本気でハイブの真っただ中に、投身自殺するしかなくなるぞ!?

部隊の連中の、嬉しそうな顔が浮かんで、冷や汗が止まらない・・・


「ふふ・・・ 冗談よ。」

「はぁ!?」

「冗談よ、って言ったの。 私が92式の『売込み』のお仕事しているって言うのに。
直衛君は、御婦人方に囲まれて、チヤホヤされているんだもの。
ちょっと、意地悪したくなったの。」

そう言って、くるりと後ろを向く。 ドレスの裾が翻って、あ、可愛い。
じゃなくって!!!

「・・・随分、ヤツ当たりされている気がするんですけど・・・」

「・・・姫君を迎えに来れない、『騎士』に与える罰です。 甘受なさい?」

「うっ・・・」

まだまだ、「騎士 『見習い』 ね」 等と、止めを刺されて、落ち込んでしまう。
くそぉ~~・・・ 『見習い』かぁ・・・ はぁぁ・・・・


手摺に摑まり、落ち込もうとした所に人影が目に入った。
女性。 いや、少女だ。 アジア系じゃない。 明るい金髪。 ヨーロッパ系の幼い顔立ち。

確か・・・

「「 スヴェトラーナ? 」」

あ、ハモった。

その少女はこっちを振り向き、最初は不思議そうな、そして、誰か判って、嬉しそうに笑った。


「ナオエ! サチコ!」








「スヴェトラーナは、どうしてここへ?」

軽食(サンドイッチだ)とオレンジジュースを持ってきてやってから、尋ねてみた。
今、ここには軍関係者、メーカー、官僚・・・ 兎に角、軍需、政府関係者ばかりしか居ない筈だ。
どうして彼女がここに?
祥子さんも同じだったらしく、首を傾げている。

「? リーザといっしょだよ?」

「リーザ?」

リーザって、確か愛称だったよな。 えっと・・・
考えていると、もう一人の少女が姿を現した。

「スヴェータ? そこに居るの?」

「エリザヴェータ・フョードロブナ。」

祥子さんが振り返り、その名前を呼んだ。
ああ、確か、スヴェトラーナのお姉さんだったか。
って事は、彼女が軍関係者? いや、彼女もスヴェトラーナと同じで、ドレス姿だ。
関係者の娘達、と言ったところか?

「Mr.スオウ、Miss.アヤモリ? 貴女方・・・」

彼女も吃驚している。
そして、軍服姿の俺を見て、一瞬表情が硬くなったのが分かった。
もしかして、ソ連軍関係なのだろうか?

そんな表情も一瞬で、直ぐにこやかに話しかけてきた。
暫く、部屋の片隅で歓談する。

彼女達の「両親」が、外交官だと言う事。 
今は大連のソ連総領事館に勤務していると言う事。
両親の赴任に伴い、アラスカのタルキートナから、大連へやって来た事。
厳しい冬の「故郷」や、タルキートナと比べて、大連が心地よい街だとびっくりした事。
リーザ(エリザヴェータの愛称)も、外交官の見習いをしていると言う事。 等々。

姉のリーザが話している間、妹のスヴェータ(スヴェトラーナの愛称)は、興味深そうな笑みで見ているだけだったが。
時折、祥子さんが果物を取ってきてやったりと、世話を焼いていた。
懐いたのか、スヴェータは彼女の横にぴったりと、ひっついて座っている。


その内、一人のロシア系の男性がこちらへやって来た。 年の頃、40代半ば位か。

「お父様」

リーザの言葉で、その男性が彼女達の「父親」だと判る。

「リーザ、スヴェータ。お邪魔して、失礼は無いかな?」

ふん? ソ連の外交官と言う先入観が有ったからか。 意外な程、穏健な印象が些か、意外だった。
いや、剣呑な印象の外交官など、仕事にならないか・・・

「娘達がお邪魔しまして、申し訳ありませんな、少尉。 ああ、失礼。 私はフョードル・アレクセーエモヴィチ・アルテミエフスキィ。 この子達の父親です。
大連の総領事館に勤務しておりましてな。」

「はっ。 日本帝国陸軍衛士少尉、周防直衛であります。」
「同じく。 帝国陸軍衛士少尉、綾森祥子です。」

「ほう・・・ 少尉は衛士ですか。 こちらのお嬢さんまで・・・ いや、失礼。
まさか、こんなお綺麗な方も、衛士殿とは思わなかったものでしたな。」

祥子さんがその言葉に、少し照れながら、苦笑している。
こんな場で、こんな姿は初めて、と言っていたから流石に恥ずかしさもあるのかな。

そう言いながら、彼は娘達に帰り仕度するように言った。

「では、我々はこれで。 娘達と懇意にして頂き、感謝しますよ。 綾森少尉、周防少尉。」

「いえ、何も出来ませず。 では、失礼します。 ガスパージン・アルテミエフスキィ。
リーザ、スヴェータ。 また。」

「また、お話しましょうね。 リーザ、スヴェータ。」

「はい。 サチコ、ナオエ。ごきげんよう。」

「Пока.(またね) ナオエ、サチコ。」


親子3人、会場を後にしてから暫く、俺と祥子さんの2人でぼんやりと庭園を眺めていた。

「幸せそうね・・・」

そうだな、と思う。
今の時代。 親子3人、それも年頃の子供達が揃って親と暮らせるなんて。
俺も祥子さんも、17歳で軍に志願入隊した。 最も、18歳で徴兵だったが。
今のリーザとスヴェータの姿は、とても眩しく見えた。










仲睦まじい親子、それを見守る2人の男女。
一見、何の変哲も無い光景。 
それを見やりながら、1人の女性が呟いた。

「ふん。さて、役者は揃ったか。 で? どうするのだ、脚本家としては?」
傍らのスーツ姿の男に語りかける。

「いえいえ、脚本家などと滅相も無い。 私など、単なる小道具係に過ぎませんよ。
それよりも、偉大なプリマドンナの舞台を観れない言う事は、寂しいものですな。
おお、そう言えば、ABT(アメリカン・バレエ・シアター)でのナターリィ・ロマノヴナの「ラ・バヤデール」が如くの結末は、悲しいものです。」

「ふん。 『神の怒りに触れし寺院の者共、皆死にたり』 貴様の用意した結末は、それか? かの、亡命ソ連人プリンシパルの願望の如く。」

「私的には、『オーロラ姫』が如く。 あぁ、しかし、どうした事だろうな。 かの姫は1人だけであったか。 ふむ。」

「・・・ふん。 『椿姫』でも用意しておけ。」

「おお。何と薄情な結末か。 世はなべて、かくが如し。」


全く、喰えない男だ。

「鎧衣。 私は君とバレエ談義をする為に、此処に居るのか?」

「であれば、光栄至極。」

「ふん。 さっさと君の『仕事』に戻るがいい。 放っておくと、役者が勝手に踊り始めるぞ?」

「おお、これはいけません。 では、これにて。 ラハト『大佐』殿。」

「ああ。出来ればこれ以上、君の顔は見たくないよ。 鎧衣左近。」

おやおや、どうやら振られてしまったようだ。 鎧衣と呼ばれた男は、飄々とした態度のまま、姿を消していった。


ラハト大佐、と呼ばれた女性の背後に、もう1人の女性が近寄る。

「聞いたか? 河惣少佐。 君の国は、どうやら、こちらの提案に乗ったようだ。」

「・・・・小官は、単なる戦術機行政に関わる一軍人です。 国家戦略も、ましてや国家間の謀略も、与り知らぬ事。」

河惣 巽少佐が、顔を強張らせながら呟く。

「ふん。軍と情報機関。 国家の2大暴力だが、往々にして犬猿。 まぁ、貴官がそう言うのも無理はないか。
しかし今回の『取引』は、君の仕事の可否が掛っているのだがな。」

「・・・・判っております。 本国からの指示は理解しておりますので。」

「ならば。 期待させて貰おう。 では、私はこれで失礼するよ。」




1人残された河惣少佐は、その端正な顔を歪ませて悔しげに呟いた。

「くそ・・・ まさか『カナンの魔女』のお出ましとは。 
見て見ぬふりをしろ、か・・・
周防少尉、綾森少尉、許せよ。 私は君等に、そうとしか言えぬ・・・」

亡命対象のソ連総領事館員の家族。
帝国軍人として、そんな対象と知らずに接触する事は、許されるべきでは無い。
本来なら、筋を通して警告すべきだ。

だが今回、彼女の「仕事」の助力の代償に求められたのは、『見て見ぬふりをしろ』だった。
一体、どうした事か・・・

もう一度、河惣少佐は呟いた。

「許せよ・・・ 何か、妙な胸騒ぎがするのだ・・・」








XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX

注1:※僭行社・・・陸軍将校の、将校クラブ。 運営は社団法人。 経費は現役将校が、俸給の一部を毎月積立で賄う。
海軍の「水交社」と、同様の存在。

注2:※ロシア語に「敬称」はありません。 そのような場合は、「名前+父称」で敬意を表します。




[7678] 北満洲編11話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:e178b4cc
Date: 2009/04/19 01:16
1992年9月15日 1130 遼寧省 大連 旧市街地


どうしてこうなったんだっ!?
俺は、今日何度目か忘れた自問を繰り返していた。
場所は、大連の旧市街地。 俺と祥子さん、それにリーザとスヴェータ。彼女達の「両親」の6人。

「直衛君! 右に1人行ったわっ!」
祥子さんの警告。

咄嗟に姿勢を下げ、銃口を向ける。
廃墟の窓口に人影。 1人か。 威嚇射撃を加え、牽制する。 同時に場所を移動。

「駄目ですね。 南側は押えられました。」
コルトM1911のマガジンを交換しつつ、状況を報告する。
彼女はワルサー・モデル・PP(ポリッツァイ・ピストーレ)を構えながら警戒している。

「こうなったら、強引にでも西から突破して、市街地に入り込むしか。
連中も、人出のある場所では流石に、荒事は出来ませんよ。」

帝国でも、娯楽TVでその手の番組が有るが。
ああ言うのは只の作りものだ。 「あの手の」連中は、何より目立つ事を恐れる。
そして直接には手を出さない。 今、襲撃してきている連中にしても、現地雇用の非合法要員(イリーガルズ)だ。
それだけに、黒幣(ヘイパン。犯罪秘密結社)上りがいると、厄介だが。

「・・・それしかない様ね。 先頭は、私が引き受けます。
後ろに、ガスパージン・アルテミエフスキィ。 それから、リーザ、スヴェータ、奥様の順で。
直衛君、殿軍、お願い・・・」

そう言って、祥子さんはワルサーをアルテミエフスキィ氏に渡す。 護身用です、と言って。
その代りに、AKS-74Uクリンコフを手にする。
俺は車の中から、Franchi SPAS12、ルイジ・フランキ社の軍用ショットガンを手にする。
あと、ポーランド製Wz63。最後の近接制圧用だ。

リーザ、スヴェータ、そして母親にも、護身用にPPK(ポリッツァイ・ピストーレ・クルツ)を渡す。 これなら、女性でも何とか撃てる。

「行くわよ・・・ 5、4、3、2、1、GO!」

祥子さんがAKS-74Uの5.56mm NATO弾を吐き出しつつ、前方へ突進する。
俺は最後方から左右のターゲットへ、12番ゲージ弾をお見舞いする。
その間に、護衛対象の4人が祥子さんの居る所まで前進。

さて、次は俺・・・ っとぉ! 至近に7.62mm弾。 くそっ! もう後ろが来やがった。
後方へ1発、お見舞いする。 戦果未確認。 頭を引っ込めさせれば、それで良いのさっ!
前方へダッシュ!



そんなギリギリの攻防をしている最中、1台のワゴンが割って入って来た。
くそっ! 新手か!?

「早く乗れっ! ここは引き受けるっ! さっさとしろっ!」

車内から女性がH&K UMPを乱射しつつ叫ぶ。 車内から飛び出した3人の男たちが、FN FNCを射撃していた。

見事に、無国籍の銃器展覧会だな。 そんな馬鹿な考えが一瞬、脳裏をよぎったが、何はともあれ、車内に乗り来む。
え? 相手の身元? こっちは俺と祥子さん。 向こうは件の女性一人。 場合によっては制圧するさ。

俺達6人を収容した事を確認すると、ワゴンは派手に急発進した。

全く、休暇中だって言うのに、どうしてこんな・・・

「・・・散々な休暇ね・・・」

祥子さんが呟く。 全くだ。 俺はつい30分前の出来事を思い返していた。




≪30分前 大連 旧市街地付近≫

昨日の「埋め合わせ」或いは「汚名返上」の為(ん? 例の『見習い』の件だよ!)、今朝も祥子さんを誘った。

最初は和泉少尉と、どこかへ行く予定立った様だが、 『あ、お邪魔虫はさっさと消えるから。 気にしないでぇ~~』 と、あっさり引いてくれた。

後で何やら、根掘り葉掘り聞かれそうで、一瞬嫌な気がしたが。
それでも、祥子さんも嬉しそうだったから、まぁ、いいか。 と思った。

因みに、後の3人はさっさと外出。 珍しく、3人であちこち回るとか。 
どうでもいいけど、俺、聞いてない。 同期で仲間外れは、ちょっと寂しいぞ。

ま、そんな瑣末はどうだって言い。 俺の今日の目的は『汚名返上』だった。

そう言う訳で、一昨日に引き続き、「デート」であった。
ううむ。 新鮮な言葉だ。 何? その年で、って? 五月蠅い。帝国じゃ「男女7歳にして、席を同じうせず。」の遺風?の残滓が強いのだぞ。
そうそう、学生時代に大っぴらな男女交際は、良く思われないんだよっ!

で、あちこちと、珍しげに2人して散策していた訳だ。
天気も良いし、暑くも寒くも無いし。
俺は麻のシャツとジーンズ、革靴。 祥子さんは淡いブルーのワンピースに、パンプス。
2人とも、一昨日街で買い求めたのだ。 普段着なんて、基地じゃ必要無いし。


暫くして、リーザやスヴェータと出会ったのだ。 彼女の「両親」も一緒に。
車に乗っていたが、驚いた事に、旅行にでも行くのかと思うほど、荷物を持っていた。
挨拶を交わす時、「両親」は、傍目にもそわそわしていた。
訝しげに思っていた、その時だった。 いきなり襲撃されたのは!

訳がわからず、それでも2人とも、訓練通りに体が車の陰に隠れる。
咄嗟に、リーザがドアを開けてくれた。
かなり無理はあったが、2人して後部座席に乗り込む。 と同時に、急発進した。

しかし、ラジエーターかどこか被弾したのだろう。
旧市街地でエンストしてしまったのだ。(民生の車体は、防弾壁になり得ない。簡単に貫通してしまう)

どうするべきか、思案しようとした時、いきなり「父親」アルテミエフスキィ氏が車内からスチェッキン・フル・オートマティック・ピストルを撃ち始めたのだ。
ふと、後部キャビンを見ると・・・・あるわ、あるわ。 自動拳銃から、散弾銃、軍用突撃銃まで。

「正当防衛」の言葉を思い出しながら、とにかく応戦する。
そして射撃しながら、事情を叫びながら聞き出した(射撃音で、大声じゃないと聞きとれない)

相手は、国家保安委員会(KGB)の極東支局、その非合法活動員だと言う事。
自分達は大連から脱出、アメリカへ亡命する予定だったと言う事。
直前に感づかれ、追手を放たれた事。
大連港まで行けば、アメリカ側の「協力者」と合流できる事。
・・・そして、リーザとスヴェータは、実の娘では無く、ダミーである事。

思いがけず、謀略戦に巻き込まれた不運を呪いつつ、兎に角身を守る為に応戦し続けた。






そして今、とあるビルの1室に身を隠している。


大連 旧市街地 雑居ビルの1室 1215時

「はい・・・ はい・・・ 『パッケージ』は確保しました。 『強盗』は排除。 『配達人』を手配しました。 
『配送先』へは、2000時頃の予定です。  ・・・はい。 了解しました。」

U&K UMPをぶっ放していた女性が、無線機で誰かと交信している。

祥子さんは、リーザとスヴェータの様子を見ている。 特にスヴェータが怯えているのだ。

「父親役」だったアルテミエフスキィは、頭を抱えてさっきから無言だ。
彼はどうやら、外交官では無く、KGBの海外派遣要員だったようだ。
「古巣」の恐ろしさを知る故か、こちらもひどく怯えている。

「母親役」の女性は、どう見ても投げやりな表情だった。

リーザは心配そうに、スヴェータに話しかけている。


「暫く、ここに身を隠す。 今動き回るのは危険だからな。」

通信を終えた女性が、こちらを振り返って言った。

「ど、どう言う事だっ!? 君達はラングレー(CIA)の人間じゃないのか!? 
一体いつまで、ここに居るつもりなのだっ!?」

見苦しい。
どうやら、本当に亡命したいのは、このおっさんだけのようだ。

後は、母親役の女性にしろ、リーザとスヴェータにしろ、眼を眩ます為の「道具」だったのだろう。

吐き気がする。

「こちらが用意したスケジュールに、従ってくれれば良い。 君達は米国に亡命できる。 私達は依頼を完遂できる。
何か問題が?」

「依頼? 君達は、一体・・・」

「強いては事を仕損じる。 私の国の言葉だがな。」

っ! もしかして・・・ 

「『ミカドのシノビ』か・・・」 「帝国情報省・・・」

アルテミエフスキィと俺が同時に呟く。


「・・・情報省でも何でもいいわ。 陸軍軍人として、説明をして貰いたいのですけど?」

祥子さんが銃口を向けながら、問いかける。

「物騒ね。 最近の陸軍衛士は、BETAだけじゃなくって、同胞にも銃口を向けるの?」

「情報省のスパイを、同胞とは思いたくないわ。」

「あら。 冷たいわね。 相変わらず、陸軍は頭が固いわねぇ。」

「何っ!」

「怒らないでよ。 ま、いいわ。 そっちの少尉さんも、来なさいな。」

・・・俺達の階級まで、ご存じって訳か。
全く。 確かに正規軍人。特に俺達のような野戦将校は、情報関係者とは関係が良くない。
と言うより、得体が知れない。
にしてもだ・・・

「まず。 私の官姓名は、遠慮させて貰うわ。 正直に名乗ってちゃ、明日には死体で転がっているしね。
そうね。 今は『主任』よ。 配送会社の、ね。」

それが所謂、アンダーカヴァー、と言うやつか。

「彼、アルテミエフスキィはKGB極東地区本部の、対日・対中諜報工作担当監督官。 
インテリジェンス・ハイ・ケース・オフィサー、ね。 それなりの地位の人間。
『妻』役の女性は、彼の元部下で、愛人。
『娘』役2人は・・・ ま、『訳有り』の元軍人、よ。」

軍人? 2人とも? リーザは判る。 年若い年少兵としてなら、中国軍でも彼女くらいの年齢の将兵は居る。
だが、スヴェータは? まだ13,14歳位だぞ?

「・・・随分、年若い『元軍人』ね。」

祥子さんも同意見だったらしい。

「珍しくない。 ソ連じゃ、10歳から軍事訓練を受けるわよ。」

それも、聞いた記憶が有ったな・・・
国土の大半を、BETAに浸食された国家の、総動員体制の凄まじさを、垣間見たような気分だ。

「私達の『会社』は、米国の『大手』の代行で、『荷物』を『配送』する。 途中、『強盗』が出没すれば、これを排除してね。」



結局、亡命騒ぎに巻き込まれたと言う訳か。 俺達は。
リーザ達の元に戻る。
スヴェータは落ち着いたのか、それでも沈んだ表情だった。
どう声をかければ良いのか判らない。 俺も祥子さんも無言だった。

「あの・・・」
リーザが口を開く。

「あの、私達の事・・・」

「ええ。聞いたわ。 元ソ連軍人だそうね。」

祥子さんの声がきつい。
元軍人。 BETAと戦う戦友を置いて、未だ『安全地帯』に逃げ込もうとする。 
亡命が成功すれば、彼女達は暫くは安全。 軽蔑と、羨望。 そんな感情を持った自分への自己嫌悪。
祥子さんの心中は、そんな所だろう。

誰も、人の生き方に対して強制力など持っていない。
彼女達がそう言った決断をしたからには、それなりの事情が有ったのだろう。
俺達の知らない、彼女達の過去が。



「・・・オルタネイティブ。」


ん? 何だ?


「私達・・・ スヴェータと私は・・・ オルタネイティブ・・・」

オルタネイティブ? 確か英語で「代替の」「二者択一の」と言う意味だったな。
一体何の「代わり」だ? それとも、何かの選択肢、か?

「リーザっ!! それ以上しゃべる事は許さんっ!!」

アルテミエフスキィが叫ぶ。 何なんだ、こいつはっ!

「アルテミエフスキィ。あんたは只の亡命希望者だろう? リーザの親でも、上官でもないようだしな。
あんたが、彼女に命令する事は出来ない筈だぞ? それとも、ここはソ連か? アラスカか?」

コルト・カヴァメントM1911の銃口を向ける。
流石に怯んだのか、一瞬口をつぐむ。 しかし。

「ふん。 私の亡命情報には、その2人も含まれている。 その『情報』を詮索する事は、貴様には出来んぞ? 少尉。
貴様の国も、1枚噛んでいるのだからな。 軍人として、国家戦略に齟齬を強いる行為は、戒められているのでは無いのか?」

くそ・・・ チェーカー(ソ連保安機関の蔑称)野郎め・・・


「何をしている? 勝手な真似は許さんぞ? 
兎に角、1900時までここで休息をとる。 出発は1915時。 港には2000時予定だ。
両少尉は、済まないがそれまでは、身柄は拘束させてもらう。
仕事が終われば、解放するよ。 心配するな。」

「主任」はそう言うと、さっさとソファに横になった。
ふん。 鼻を鳴らし、アルテミエフスキィも横になる。


「直衛君。 兎に角、今はどうしようもないわ。 彼女の指示に従いましょう。」

「・・・そうですね。 餅は餅屋、ですか。」

「そうよ。」

お互い苦笑して、横になる。

ちらっと、リーザを見る。 彼女は相変わらず、スヴェータに寄り添っていた。
過去の事情は知らないが、少なくともリーザは本気でスヴェータを心配している。
それだけは、事実だ・・・





突然の銃撃音で目が覚める。 1840時。
周囲を見回す。

「母親」役の女性が倒れている。 頭を撃ち抜かれ、脳漿を巻き散らかしていた。 即死だろう。

「主任」が突撃銃を撃ち返す。 階下で2,3人、彼女の部下だろうか、応戦していた。

アルテミエフスキィは腹部銃創を負っていた。 駄目だ。 腹部の傷跡から、糞を漏らしている。 保って後、20分と言うところか。

祥子さんにリーザとスヴェータを頼み、窓際に近寄る。
AKS-74Uを構え、1連射する。 1人、仕留めるが、2,3人が建物内に侵入したようだ。 くそっ!


「・・・ふふふ、これまで、か・・・」

アルテミエフスキィが苦しそうに声を出す。

「小僧・・・ 貴様、あの娘達の事、知りたかったのでは無いのか?」

「うるさいっ! 今、それどころじゃ無ぇ!」

撃ち返しながら、叫ぶ。 兎に角、後続をこれ以上侵入させるのはまずい。
「主任」達も応戦に苦労する。

「なら・・・ 私の独り言だ・・・
あの二人は、サーシャ・・・ あそこで死んだ、私の『妻』の産んだ娘達だ・・・」

? 妻? 愛人じゃなかったのか?

「正式に結婚はしていない・・・ 党の許可が下りないのは、明白だからな・・・
私はロシア人。 サーシャはグルジア人だ。 党員でもなかった・・・
そして、彼女は・・・ 『有る計画』の下級要員でもあったのだ。」

・・・何の話だ? くそっ! 壁が邪魔で、射弾が阻止される!

「・・・対BETA情報戦・・・ 祖国は68年。 24年前から、その研究をし続けていた。」

対BETA情報戦っ!? そんな事をっ!?

「ESPによる、BETAの思考の読み取り・・・ その能力を得る為に、国中から能力のある男女が選ばれ・・・ その精子と卵子を提供させられた・・・」

なんだ・・・?

「より強力な能力を、人工的に作る為・・・ 人工授精が行われた・・・ 世代を繰り返し、繰り返し、な・・・」

人工授精・・・・  っ!! また来たっ!! 弾切れ! 45連マガジンを交換する。 連射! 
いつの間にか、隣に祥子さんが加わっている。 彼女はH&K G3を連射している。

「だが・・・ 人工子宮だけは、作れなかった・・・ そこで、仮腹が用意された・・・
ロシア人以外から、まだ若い、健康な女たちが・・・ 兵役免除の特権で釣って、な。
サーシャも、その一人だ・・・ そして、17年前にリーザを、13年前にスヴェータを、その子宮で育て、産んだ・・・」

畜生っ! 何て事・・・ なんて話をしやがるっ!!

「私とサーシャは、幼馴染だった・・・ KGBに入ってから、音信は途絶えていたが・・・
『計画』に参画するようになって、再会した。
酷く驚いたよ・・・ ショックだった・・・ まぁ、そんな事はどうでもいいか・・・」

建物直下に3人。 手榴弾をプレゼントする。 爆発、悲鳴。

「窓際っ! 先に警告してくれっ!」
「了解っ!」

主任からクレームが付く。 ふん。 サービスしてやっているのに。
アルテミエフスキィの話が続く。

「・・・スヴェータは・・・『第5世代』では、高い能力が認められた・・・
だが、非常に不安定だったのだ。 そしてリーザは、『第4世代』中、能力は最低・・・
『廃棄処分』が確定していた・・・
私は提案した。 『同腹』ならば、リーザをスヴェータの『安定装置』として使えないか、と・・・
結果は良好だった。 そして・・・ 『あの作戦』に投入されたのだ・・・」

・・・あの作戦?
階下が騒がしい。 どうやら、屋内に侵攻した敵を、いよいよ裁き切れなくなったか?
しかし、外にもまだ居る。

「今年の7月、インド・・・ 数多くの、あの娘達の『姉妹』が投入された・・・
帰ってきたのは、たったの6%だった・・・
2人もその中に居た・・・ だが、最早使い物にはならなかった・・・
スヴェータは、精神に異常が認められた・・・ リーザは、スヴェータの『維持』が困難になったと言う・・・」

もしかして・・・ 7月、あの作戦か? 大失敗に終わった、あの・・・

「早速、改良が・・・ 『第6世代』への移行が、為された・・・
リーザとスヴェータは・・・ 今度こそ、『廃棄処分』になる・・・
その頃、私は・・・ 祖国の『計画』が行き詰った事を知った。 もう無理なのだ。
そして、そんな祖国に嫌気もさした・・・
サーシャは・・・ 11人目を3年前に産んで以来、体を壊した。 当たり前だ。14年間に11人も、産ませられたからな・・・
私は、亡命を決意した。 もう、沢山だった・・・」

・・・・

「リーザとスヴェータは、対BETA探知能力は低下したが・・・ 対人能力で言えば、未だ有効だ・・・
そんな報告をでっち上げ、検証実験と称して、大連にやって来た。
サーシャは強引に、部下として、な・・・
そして、CIAに渡りを付け・・・た・・・」

急にアルテミエフスキィの声が弱々しくなる。 駄目か。 顔が土色だった。

「連絡員・・・からの、指示は・・・ お前達と・・・ 接触しろ、だった・・・
正直・・・訳は解らなかった。
しかし・・・ 他に・・・ 術が、なかった。」

!? 俺達に? どう言う事だ!?

「・・・あと・・・すこ・・し・・・ だった・・・の・・に・・・」

途方に暮れたような眼を開きながら、祖国と、任務と、実際の恋情とに、挟まれ続けた男の亡骸だけが、残った。


「上っ!どうだ!?」

主任が喚く。

「外からの『増援』は、これ以上無いらしい。 『両親』は、くたばった! そっちは!?」

武器庫から、弾倉を6本ほど引っ掴む。 コルトM1911のマガジンも3本。 アーマーベストを着こみ、突っ込む。
祥子さんも同様に、弾倉を4本。 あと、手榴弾を4発。

「だったら! 応援にこい! 手が足りん!!」

「了解!」

部屋の隅で抱き合っているリーザとスヴェータに、動かないように指示して、廊下に出る。
階段を中ほどまで下って、主任と合流する。
どうやら、階段の下半分を挟んでの銃撃戦のようだ。

「反対側は?」

AKS-74Uを撃ちながら聞く。

「回り込まれると厄介だ。 最初に吹き飛ばした。」

主任がH&K UMPを撃ちつつ、叫び返す。

「あと、どの位いるのっ!?」

H&K G3を単射で狙いながら、祥子さんが聞き返す。

「こっちはここの3人と、左手に1人! 2人殺られたわっ! 向こうは多分、あと3人!」

銃撃音が鳴り響く。 それにしても。 よくこの騒ぎで周りが放っておかないな?

「触らぬ神に祟りなし、よっ! それより、手榴弾、持ってきたっ!?」

祥子さんがM67を見せる。

「OK! 合図したら、投げて! 大体、あの窓の下辺りにっ!
・・・03、いいかっ? 『熱いヤツ』をくれてやるっ! 同時に制圧しろっ!」

『了解っ!』

階下のバリケードに陣取った男が応答する。

「いくぞっ! 3、2、1、今っ!」

祥子さんがM67破片手榴弾を投擲する。 咄嗟に、物陰に隠れる。
大音響。 ひと呼吸置いて、4人で突入した。

・・・敵は3人。 全て即死していた。 15mの殺傷圏にうまく嵌ったのだろう。
鋭い破片で切り刻まれていた。

祥子さんが、口に手を当て、顔をしかめる。 自分の投擲した手榴弾が、『人間』を殺したんだ。 
肩に手をやり、抱き寄せる。 


「・・・・人間相手は、初めてか?」

主任が死体を調べながら、問いかけてきた。

「・・・ああ。 BETAとなら、5カ月ばかり、殺り合ってたけどな。」

正直、俺も胃がむかむかする。

「ま、お互い様だ。 それより脱出する。 早々、のんびりしてられん。 タイムリミット、ぎりぎりだ。」

「・・・上の死体はどうする?」

「後で、『専門業者』が処分する。 心配するな。」


主任と、その部下。 俺と祥子さん。 そしてリーザにスヴェータの6人は、止めてあったワゴンに乗り込み、ビルを後にした。








1992年9月15日 1130 遼寧省 大連 大連港付近


ワゴンは、港近くに停車。 そこで様子を窺っていた。
何でも、ピックアップの連中待ちらしい。
主任と部下が車外で警戒。 俺達4人は車内待機。


「・・・・そう言えば、リーザ。」

「えっ・・・?」

「さっき、言いかけてた事。 『オルタネイティブ』 一体、何の事だ?」

「オルタネイティブ? 何の代わり?」

今まで終始無言だったリーザが、ぽつりと呟く。

「・・・『オルタネイティブ』は・・・ 私達は・・・
人類の 『代わりに』 BETAを覗く者・・・ 
人類の 『代わりに』 BETAに問いかける者・・・
人類の 『代わりに』 死すべき者・・・
その選択は 『成功か、死か』 しかない者・・・
・・・人類の 『代わりに』 造られ、死んでいく者・・・
『代わり』 が出来なければ、存在意義の無い 『モノ』 ・・・」

「「 っ!! 」」

思わず、アルテミエフスキィの話を思い出す。
対BETA情報戦。 人工授精。 代理出産。 壊された体。 亡命の決意。

彼女達は、本当に・・・


「駄目よっ!!」

いきなり、祥子さんがリーザに向かって叫んだ。

「オルタネイティブ? 代替え? 二者択一? そんなのって、関係ないわっ!
貴女達は生きているっ! 生きているのよっ! ほらっ! こんなに暖かい。
リーザ、スヴェータ。 貴女達、私の体温を感じる事が出来て?」

祥子さんがそう言って、リーザとスヴェータを抱きしめる。

「・・・うん。 サチコ、あったかいね。」
「はい・・・ 暖かいです。」

「私も、暖かいわ。 貴女達の、温もりが・・・
いいこと? 貴女達は生きているのよ。 今もこうして。 
・・・貴女達の生まれの苦悩は、私には判ってやれないかもしれない。
どんな深い苦悩を持っているかも。 

でもね、リーザ、スヴェータ。

貴女達は今、こうして生きている。 私に温もりを感じさせてくれているわ。
決して、代わりなんかじゃないの。 この温もりは、貴女達の温もりなの。 代わりなんかじゃ無いのよ・・・」

涙ぐんでいる。 
生きて。 生きて。 生きて頂戴。
そう、言っている。

そうだ。 リーザ、スヴェータ。 君達は生きている。 
生きて、笑って、悲しんで、怒って、泣いて・・・ そして、喜ぶべきなんだ。

新しい大地で。 姉妹揃って。 お願いだ。

「・・・・サチコ、あったかい・・・ だいすきだよ、サチコのこころ、あったかい。」

「・・・・姉さまみたい・・・」

「・・・なら。 貴女達の姉として言うわ。 生きなさい。 決して、代わりなんて思っちゃ駄目。
貴女達の生は・・・ 貴女達が主人公よ。 代わりじゃ無い・・・
私は・・・ 私達は・・・ 貴女達が、笑って、喜んで、生きていく事が望みなの・・・」

そうだ。 リーザ、スヴェータ。 君達の生を、俺達は何より望む。

「父親」の、アルテミエフスキィがどう思ったのか知らない。
「産みの母親」の、あの女性がどう思っていたのかも判らない。

この狂った時代に、狂った計画が生み出した君達かもしれない。

でも。 「生きて」いる。 「生きて」いるんだ、君達は。
それは、この時代で、君達や俺達 『人類』 が為すべき、最も崇高な行為なんだ。

だから、お願いだ。 生き抜いてくれ・・・





「ピックアップが来たようだ。
ここで車両を変える。 悪いが君達2人は、ここで待機していてくれ。」

主任が戻ってきて言う。
向うから別の車が来る。
部下の男がハンドシグナルで合図している。


「リーザ、スヴェータ。 ここでお別れ。 でも、いいこと? 貴女達は、貴女達よ。 誰の代わりでもない。
この世界で、リーザ、スヴェータ、生きて。 生き抜いてね。」

祥子さんが別れの言葉をかける。
スヴェータは難しいのか、首を傾げていたが、「サチコの色、キレイ。」と言って微笑んだ。

『色』、と言うのが何なのか、最後まで分からなかったが。

リーザは祥子さんに抱きついて泣いている。
そんな彼女をあやしながら、送り出す。


「「До свидания.(ダ・スヴィダーニャ=また会う時まで)」」

2人とも、そう言って車に乗り込んだ。

これで良いんだ。
彼女達は「オルタネイティブ」なんかじゃ無い。
リーザとスヴェータ。 2人の仲の良い姉妹。 そうして生きていくべきだ。

車が発車する。
ランデブーポイントまで、10分程だそうだ。

車内で、スヴェータが振り返って手を振っている。
リーザも、こちらを見て何か言っている。

俺も、祥子さんも。 小さく手を振った。









そして。 2人の乗った車が。 ――――――爆発した。







「っ! リーザっ! スヴェータぁ!!」
「な・・・・なんて・・・こと・・・」


轟音を残して吹き飛ぶ車体。
炎に包まれる。

俺達はただ茫然と、見ているしか出来なかった。











≪埠頭近辺 2033時≫


目標が、轟音と共に吹き飛んだ。
あれでは、消し炭も残るまい。 高性能軍用爆薬だったのだから。

「良い仕事だった。 鎧衣。 これで貴国は依頼を全て、全うしたな。」

「何。 早い、確実、がモットーですので。」

「ふん。 で? 『小道具』に使ったあの二人、どう処分する気だ?」

「おお、物騒な。 そんな気は有りませんよ。」

「何?」

「所詮、『Need to know』 彼等にとっては、亡命騒ぎに巻き込まれた。 その1点のみですよ。 
まぁ、軍歴に少々、染みを付けさせて貰いましたが。」

「・・・ふん。 甘いものだな?」

「彼等は、有能で優秀な衛士です。 正直、ここで使い潰すより、BETAとの殺戮の場こそが、相応しい。」

「まあ、いい。 貴様が。 帝国がそう言っているのなら。 国連は何も言わんよ。」

「はは。 ご理解頂けたようで。」


(結局は、帝国の戦術機売込が、発端だったのだ)


未だ炎上する炎を見つめながら、ラハト大佐はひとりごちた。

事の経緯はこうだった。

帝国が正式採用した戦術機、F-92J。 F-16をベースにした、優れた性能の戦術機。
だが、本国配備分のみでは、コストダウンにならない。
メーカー、帝国国防省、商工省が輸出枠拡大に乗り出した。
その矢先、米議会とGD社が圧力をかけてきたのだ。

相対的に見て、F-92Jは、F-16を上回るスペックを持つ。
そんな機体が、安価に輸出され続ければ。 拡大輸出されれば。 アメリカの戦術機輸出に大きな影を落とす。

帝国は、密かに国連に打診した。 米議会の牽制を。

国連も、二つ返事で答える訳にはいかない。
米議会と事を構えるには、相応の見返りは必要だった。


≪帝国≫
・何としても、米議会の矛先を逸らし、拡大輸出を実現させたい。

≪アメリカ≫
・日本の拡大輸出には反対。
・現オルタネイティブ3計画の、早期破綻、次期オルタネイティブ計画の自国誘致を画策。

≪ソ連≫
・何としても、オルタネイティブ3計画の実績を挙げたい。


そんな中、米国が密かにオルタネイティブ3の早期破綻を画策して、『スワラージ作戦』を、「唆した」
実行された作戦は、大失敗に終わる。
参加したASEAN軍、インド軍、中東・アフリカ連合軍が大打撃を受ける。

そして、その作戦に投入された、オルタネイティブ3実行部隊は、ボパールハイブに突入するも、さしたる成果を上げる事は出来ず、
生還率6%という、うすら寒い数字のみを残した。
オルタネイティブ3は。 ソ連は、そのベストにあまりに大きな染みを付けたのだった。

そんな時、オルタネイティブ3に参画する人物の、亡命話が浮上した。

米国は飛びついた。 ここで更に、「失敗作」の実例を入手できれば。
確実にソ連を叩く事が出来る。

国連は焦った。
今ここで、オルタネイティブ3が早期瓦解する事は、米国主導のG弾の集中使用に傾く。
それは阻止する必要が有った。

日本は密かに、ソ連と国連に打診した。
亡命阻止を行う。 代わりに、国連常任理事会で米国に、戦術機拡大枠の圧力をかける様に。

ソ連が乗って来た。
このままでは、オルタネイティブ計画は手を離れ、米国の手に移る。
そして、昔はいざ知らず、今では極東の地での非合法工作は、かなり無理が有る。
日本なら、以前ほどではないが、未だに影響力を持っている。
国連で日本支持に回る事は、別段、痛くも痒くもない。

国連は決断した。
汚れ役は日本帝国。
期待する次期オルタネイティブ計画案での、日本支持も視野に入れる。
しかし、その為には、あと数年は必要だった。
今ここで、オルタネイティブ3計画が一気に崩壊する事は、非常に望ましくない。

同時に、米国内のG弾脅威論者にも、意図的に情報をリークした。
彼等も困惑した。 今の時期、そんな厄介な『爆弾』を抱え込むことは、得策では無い。
一気にG弾推進派が勢いづく。
彼等は密かに、次期オルタネイティブ計画・日本案に期待していた。


そして、哀れな生贄の子羊達の運命は決した。


シナリオは、帝国情報省。
輸出枠拡大の暁には、優先輸入権を付与することを条件に、中国には見て見ぬふりを求めた。

「目標」の不審を反らす為、イレギュラーな『小道具』の存在は、良い駒だった。
訓練を受けた正規軍人たちだ。 最終場面までの 『護衛』 にも使えると踏んだのは、正解だった。

これで、帝国、国連、ソ連、米国内G弾脅威派、全てが満足のいく結果となった。


「それにしても、鎧衣。 君は案外あっさりと、部下を使い潰したな。」

確か、あの炎上する車内には、この男の部下もいた筈だ。

「何、『モグラ』(ダブルスパイ)と言うものは、定期的に駆除していきませんと。」

「成程。道理だ。」

「では、そろそろ次の仕事も有りますので。
これで失礼しますよ。 ヴィクトリア・ラハト国連軍 統合情報部 大佐殿。」

「ああ。 鎧衣左近帝国情報省 外事2課 課長補佐殿。」

二人のインテリジェンス・ハイ・ケース・オフィサーは、表面上にこやかに挨拶し、別れた。








1992年9月20日 1200 黒竜江省 チチハル


俺と祥子さんは、今日ようやく、部隊に合流した。

あの後、俺たち2人は騒ぎに駆けつけた憲兵隊(何故か、なんだが)に拘束された。
身元が判明すると、今度は帝国軍後方兵站司令部へ移され、そこで3日間、執拗なまでに査問(と言うより、尋問)を受けた。

司令部の法務官では無い。

あの雰囲気、態度、質問内容。 
あの連中は恐らく、軍の特務憲兵隊、乃至、情報省の外事本部なのだろう。

幸いに、と言うべきか。 拷問の類は受けなかったが、休む間もない尋問には、流石に堪えた。
訓練校の猛訓練を、有難く思った事は初めてだ。 あれが無ければ、肉体的にも、精神的にも、負けていただろう。

俺も祥子さんも、考えは同じだった。

「何も詳しい事は知らない」

リーザとスヴェータは、パーティで知り合った。 ソ連外交官の娘と言っていた。
9月15日、偶々街で再会した。 その時に、トラブルに巻き込まれた。
途中で「逃がし屋」と名乗る連中が一緒だったが、人数が多く、隙を見て脱出は出来なかった。
彼女達の親からは、「亡命する」と聞かされた。
15日の夕刻、再襲撃の最中に、彼女達の両親が死亡した。
知っているのは、それだけだ・・・

最後は朦朧となりながらも、必死に自制した。
18日の夕刻、解放された時には、2人とも、流石にふらふらだった。

ホテルへ戻り(延泊料金は、自腹だった)、死んだように眠った。

翌19日早朝、チチハルに向かう列車に乗り込んだ。 河惣少佐へ挨拶とも思ったが、流石に時間が無かった。

列車の中、俺達は無言だった。

一体、何がどうなったのか。
一体、どうして彼女達が、死なねばならなかったのか。
一体、どこの誰が・・・

解らない事ばかりだった。
だが、それを調べようとは出来なかった。 恐らく、調べようとした矢先、俺達は消されるだろう。
情報省が関わっていた。 それだけで、十分だった。
己の無力さを恨み、不甲斐無さを呪い、事の理不尽さに憤慨し、彼女達の死に落胆した。









1992年9月20日 1200 黒竜江省 チチハル 第119独立混成機甲旅団 駐留地


「二人とも、ご苦労だった。 報告は大連から受けている。
本日は、兎に角休め。」

中隊長室へ報告に出頭した俺達に、広江大尉が発した第一声がそれだった。

「「 ・・・はっ・・・ 」」

「気にするな、とは言わん。 が、気に留めるな。 後4日でまた、最前線だ。
何時までも、切り替えられなければ、貴様等、死ぬぞ。」

「「はっ!」」

よし、さがれ。 そう言って、大尉は背を向けた。








部屋から出ていった部下達の事を思った。
大連にいる巽から、事の報告が来ていた。
彼女も全貌を知っている訳では無い。 寧ろ、ほんの欠片の事情しか知らないだろう。

だが、関係したと思われる人物たちの情報は、正直驚いた。
よくもまぁ、闇に葬られずに、帰ってこれたものだ。

誰かが、仏心を出した、と言う事か・・・

しかし、あの2人。 これで軍歴に染みを付けられたな。
当分、本国帰還は望めそうに無い。

(それまでは、私が出来る限り、見ていてやるしかないか・・・)

窓から空を見上げる。 そろそろ、秋の長雨の季節が近づいていた。








「・・・あの子達の事。 忘れないわ・・・」

途中、祥子さんが呟いた。

「あの子達は、『姉さん』と言ってくれた・・・ 私は、妹達を忘れない。 忘れる事は許されない。
どうして、死ななきゃいけなかったのか・・・ 多分、永遠に判らないでしょうけど。
でも。 あの子達が 『オルタネイティブ』 じゃない、ひとり、ひとりの女の子で。 
私の『妹達』だった事は、私の中で、一生忘れない。」

・・・・そうだな。 俺達は何も出来やしない。
恐らくは、国家謀略の前では。

なら、あの子達の事を、忘れないでいよう。
俺達の事を、「あったかい」と言ってくれた、あの子達の事を。
ずっと、ずっと。


(『До свидания.(ダ・スヴィダーニャ=また会う時まで)』)


あの時の、リーザと、スヴェータの姿を。




[7678] 北満洲編12話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:9456c3d1
Date: 2009/04/24 02:55
1992年12月17日 1550 黒竜江省チチハル北方 50km 北満洲・最終防衛ライン付近


外気温マイナス22度。 晴天。 辺り一面、凍結された銀世界―――――そして、この世の地獄。




『ゲイヴォルグ・リーダーより、B01! B小隊は左翼の穴を塞げっ! BETAの突破を許すな! 機甲部隊の側面が、ガラ空きになる!!』

『B01よりリーダー! 了解! B小隊! お仕事やっ ついて来んかいっ!』

『B02、了解です!』 『B04、了解!』 「B03、了解っ!!」

B小隊長(Bフライト・リーダー)の木伏中尉が、水平噴射跳躍をかけると同時に、続く3機のF-92J「疾風」も追随する。

俺は背後で、連隊規模弱のBETA群を相手取っている、A、C小隊をちらり、と見る。
しかし、仲間の苦戦よりも今は左翼から突破を図る、大隊規模のBETA群への対応が急務だった。
このまま突破されれば、敵主力への集中斉射を加え続けている機甲部隊―――連隊規模の戦車部隊―――の横腹に突っ込まれる。

『B01より各機! 目標、前方1時のBETA群、距離900! 目の前の≪御馳走≫に目ぇ眩みよって、まだこっち向いとれへん!
800で120mmぶっ放せっ! 以後、兵器使用自由!』

『『「 了解! 」』』

幸いに、と言うべきか。 装甲殻の固い突撃級はいない。 要撃級が都合80体程、他は小型種だ。

今回、小隊は全機が強襲前衛装備だ。 兎にも角にも、火力、火力、火力。

兵装選択―――左・突撃砲、120mm 弾種・APCBCHE弾  右・突撃砲、36mmHVAP
目標選択―――左・1時方向、距離860の要撃級  右・2時方向、距離1170の小型種多数
目標補足―――マルチロックオン

『B01、ファイア!』 『B02、オープン・ファイア!』 『B04、射撃開始!』
「B03、ファイア!」

4機の「疾風」から、120mm砲弾が一斉に吐き出される。
ようやく側面から突進してくる『障害』に気づいた要撃級が、素早く水平高速旋回をかける。 が、一瞬早く、その横腹を120mm APCBCHE弾が貫く。 
4体の要撃級が、体液を吐き散らしながら倒れる。

4機の戦術機はフォーメーションを保ったまま、右―――BETAの後方へ高速機動旋回する。 
目前の小型種を36mmと120mmキャニスターで一掃しつつ、更に要撃級の「裏腹」へ36mmを近距離より叩き込む。 8体を無力化する。

ようやく、要撃級の高速旋回が「終わった」 前方に小型種の群、後方に急速接近する要撃級の1群。


『ゲイヴォルグB01より、サンダーヴォルト! お客さんに、ケツ向けさせたで! 仕舞頼むわっ!』

『サンダーヴォルト01より、ゲイヴォルグB01。 了解した! 流れ弾に当たるなよ?』

『下手糞の流れ弾っちゅーんは、予測付かんわいっ!』

『ほざけっ! 長車よりカク・カク! 目標! 前方1800! 要撃級! 斉射3連! ≪人形遣い(戦術機乗り)≫に、戦車兵の意地を見せてやれっ!
――――――――っ射ぇ!!』

協働部隊である90式主力戦車の、120mm滑空砲が咆哮を挙げる。
1個中隊・15両の戦車から吐き出された高速120mm砲弾は、戦術機の突撃砲を上回る高初速でBETAに殺到する。
そして――――3連射全てが、その「柔らかい裏腹」を抉り、射貫し、炸裂した。


『よっしゃ! エエ腕やっ、サンダーヴォルト!』

群がり始めた小型種を、高速水平面機動でかわしつつ、掃射を浴びせかけていた木伏中尉――B01――から、陽気な称賛が響く。

『へっ! 任せなっ! ―――っとぉ! やばい! こっち向き始めやがったっ! 一旦ずらかるぞっ
ゲイヴォルグB! お後は宜しくっ!』

『よっしゃ! 任せときっ! B小隊! 残りの要撃級、24体! 残らず食い尽せっ!
雑魚は、戦車級以外は無視や! いくでっ!』

B01・木伏中尉とB04・神楽少尉のAエレメント(分隊)が一直線に、後ろを向ける要撃級へ突進する。

『B02より、B03! こっちも行くわよっ!』

「B03、了解! フォワード行きます! バックス宜しく!」

Bエレメントの祥子さんと俺も、2機前後して要撃級の群へ突進する。


距離300

4機の急接近に感づいたBETAが、再び高速旋回をかける。
Aエレメントは突進していた機動を、急激に右水平噴射跳躍で方向転換。 そのままBETAの旋回方向と逆回りの高速旋回機動を行う。
そして同時に2機4門の突撃砲から、36mmの斉射を浴びせかける。

その間、Bエレメントはヘッドオンで突進。 俺が距離100で噴射跳躍。 BETAを飛び越しざまに、120mmキャニスターを連射。 2体を仕留めて着地。 
そのまま水平跳躍噴射をかける。
その機動につられて旋回したBETAの裏腹を、祥子さんが36mmで掃射。 そして一気に水平噴射跳躍でBETAの外側をすり抜けながら、短刀で切りつけ、抜き去る。
13体を無力化する。

一連の「疾風」4機の異なる機動に翻弄され、要撃級の群れは動きの統一を失った。

一瞬、密集して本来の動きが止まった要撃級に、木伏機・神楽機が右側面から長刀を着剣して襲いかかる。
戦術機の装甲を、軽く打ち破る前腕で防御する要撃級。 だが2機はその前に短距離噴射跳躍で側面に急速移動、後部胴体を叩き切る。
そして、そのまま更に急速旋回・水平噴射。

その動きに追従して、横腹や裏腹を曝した5体に、祥子さんと俺が、120mmと36mmを浴びせかける。

『残り4体やっ! デザートは仲良う食ってまえっ!』

「食欲の湧かない、デザートだなぁ。」

『B04よりB01! 後方550、小型種多数接近!』

『っ! さっさと4体片づけるでっ! あんだけの数、いっぺんに通したら流石にヤバいわっ!』

「B02了解! B03、右の2体、やるわよっ!」

『B03、確認。了解です。』

俺と祥子さんの2機が、右方向の要撃級2体に突進する。


『B04! いっちゃん左の1体、任す! ワシは中央の奴、片づけるさかいなっ!』

『B04、了解! ―――――っでああぁぁ!!』

応答しながら、要撃級に突進した神楽機が、直前で高速軸回転しながら前腕の打撃を交わし、その勢いを利用して長刀で切り伏せる。

『おっ!? やんなぁ! ――――っとぉ! おりゃあ!』

木伏機が、突進して前腕を繰り出してきた要撃級、その直前でバックステップ―噴射跳躍で交わしつつ、側面上方から36mmの雨を浴びせかけ、要撃級を穴だらけにした。


Aエレメントが2体を倒した時、俺達Bエレメントも2体の要撃級を、高速挟差機動(シザース)で仕留めていた。

『B01より各機! 陣形・水平複弐型(フラット・ダブル・ツー)! ダブル・ライン作れ! 雑魚共、1匹も通すなっ!』

『こちら、ウッドストック! ゲイヴォルグB! 隙間は俺達が持つ!』

機甲部隊なけなしの、近接阻止戦力。 87式自走高射機関砲の中隊だった。 1門当り毎分550発の35mm機関砲弾をばらまく。
12両で24門。 小型種相手の近接阻止火力としては、十分な威力だった。


『頼むでっ! 距離350! 射撃開始!!』
『全車、撃てぇ!!』

8門の突撃砲の36mm砲弾と、24門の高射機関砲の35mm砲弾の、横殴りの集中豪雨が突進する小型種に降り注ぐ。
大型種を遥かに上回るその俊敏性で、射弾を避けようとするが、広くばら撒かれた射界が一気に絡め捕り、なぎ倒していく。


『射撃止め! 射撃止め!』 『シーズファイア!』

両部隊の指揮官から、射撃止め、がかかる。
辺りは、凍結した白銀の雪面の上に、赤黒いBETAの内臓物と、濁った緑の体液がぶち撒けられている。
その、比較的高い温度で雪面を溶かし、陽炎のように湯気がたゆたっていた。


『こっち方面は、何とか止まったなぁ・・・』

木伏中尉が独りごちる。

『ゲイヴォルグリーダーより、ゲイヴォルグB01! そっちはどうだっ!?』

『B01よりリーダー。 何とか阻止しましたで。』

『よしっ じゃあ戻って手伝えっ! 更に増援が増えやがったっ! このままじゃ、洒落にならんっ!』

『っ!! 了解っ! お前等! 超特急で戻んで!』

『『「 了解っ! 」』』



その日の1835時、ようやくの事で統合軍・満洲方面軍は、全面南下侵攻してきた「軍」規模のBETA群を阻止した。

しかしそれは、ここ2ヶ月間続いている、大消耗戦の一幕に過ぎない事は、最早誰の目にも明らかだった。

BETAは―――――本格的な南進を開始したのだ。











1992年12月23日 2200 黒竜江省 チチハル郊外 独混第119旅団 野営陣地


寒い。 全くもって、寒いのだ。 外気温、マイナス31度。 おまけに、今夜は風も強い。

「直衛。 はい、コーヒー。」

愛姫が保温ポットからコーヒーを淹れてくれる。 本当は「コーヒーモドキ」だ。 
味の方は・・・ 『コーヒーの感じがすれば、上出来』と言われるほど、不味い。
だけど、この極寒の中、少しでも体内を温める事が出来る事は、生死に繋がる。

「ん・・・ サンキュ。 愛姫、ウィスキー、入れるか?」

「うん。 ちょっとだけ、頂戴。」

俺は自分のコーヒーモドキのカップに、ウィスキーを少々入れてから、フラスコを渡す。
アルコールには弱めの愛姫は、せいぜいスプーン1杯分位しか入れない。
俺? 俺は・・・

「でも。 圭介もだけど、直衛も。 ウィスキー入りコーヒーじゃなくって、『コーヒー入りウィスキー』だよねぇ・・・」

「そんな事無いだろ。 いくらなんでも・・・ お前も、もう少し入れないと。 温まらないぞ?」

「いいよ。 その前に酔っちゃいそう。」


今、俺と愛姫は、夜間の警急待機(アラート・スクランブル)だ。
と言っても、辛うじて風雪を避けられる、岩山の裾野に設置された野戦陣地。 そこの戦術機仮設ハンガー(露天)脇のテントの中だ。
一応、防寒処置が為されているのだが、この北満洲の真冬は、シベリアのそれに匹敵する極寒だ。
いくら強化装備が耐寒・保温効果に優れ、防寒ジャケットに身を包んでいるにせよ、染み込んでくる寒気には逆らえない。

じゃあ、何故そんな寒さに耐えているのかと言うと。
簡単だ。 俺達の基地―――依安基地は既に無い。

10月の初旬、H19・ブラゴエスチェンスクハイブの個体数急増が観測されて以来、3日とあけずにBETAの波状侵攻に晒され続けた。
方面軍は全力で防戦。 後方で休養や待機していたローテーション外の部隊まで、根こそぎ投入して、だ。
まるで7か月前、着任して間もない頃に発生した「5月の狂乱」を彷彿させる ―――― いや、それ以上の大規模侵攻が続いた。

こっちは堪ったものじゃ無かった。
何せ、消耗に補充が全く追い付かない。
軍は見る見るうちに戦力を消耗させていき、10月中旬には第1防衛線の北安を放棄。
先月の上旬には第2防衛線、つまり、俺達の基地をも放棄せざるを得なくなった。

今は、北満洲での最終防衛線――――チチハル、大慶、ハルビンを死守すべく、1ヶ月近く攻防戦を展開している。
俺達、帝国軍部隊はそんな中、左翼防衛部隊として、ここの所ほぼ連日、BETAと殺りあっている。

3個師団と5個旅団、他に機甲部隊や、機械化装甲歩兵部隊を含め、1個軍規模だった大陸派遣軍が、2ヶ月に及ぶ苦戦で、今や戦力は1/3程に減少してしまった。

戦術機部隊では、やはり、と言うべきか。 「撃震」配備部隊の損耗が目立つ。
52師団と54師団は、戦力の2/3を枯渇。 最終的に52師団に統合された。(54師団長は、混戦時の無能ぶりが問題視され、本国へ送還された)
第112、第116旅団は、俺達の第119と第120旅団に吸収された。
第108旅団は、依安防衛戦で文字通り、司令部要員全員(旅団長も)に至るまで、戦死・全滅した。

俺達の第119旅団も、無傷だった訳じゃ無い。
幸い、第23中隊≪ゲイヴォルグ≫は、機体損傷は有ったけど、戦死・戦傷者は出ていない。
しかし大隊36機中で、2個小隊・8機の戦力が失われた。
旅団5個大隊でも、約1.5個大隊分、42機を失った。

やはり、混戦の最中で、どれだけの機動自由度が有るか、が大きい。
「撃震」は、「疾風」と比べて重装甲だが。 そんなもの、BETA―――突撃級の衝角攻撃や、要撃級の前腕での打撃、戦車級の強靭な顎。
そう言った物理的攻撃の前では、程度問題だ。

結局、如何に回避するか。 俺はこの2ヶ月の間に、その事を嫌と言うほど実感した。
そして、「疾風」の採用と、富士教導団で検証され、アップデートされたOSの搭載。
この2点の有効性を再認識した。――――多くの戦友達の断末魔の悲鳴や、号泣、悲憤を聞きながら。


そんな思いに浸っていた為。 ボーっとしていた俺は、愛姫も何時になく静かなのに、気が付かなかった。


「そう言えばさ。 この間、国連軍の友達に、聞いたんだけどさ。」

愛姫が、カップを両手で抱えて、手を温めながら話し始めた。

「明日。 12月の24日ね。 『クリスマス・イブ』ってお祭りの日なんだって。」

「ん? どんなお祭りなんだ?」

「なんでも、キリスト教のお祝いみたい。 正確には24日の夕方から、25日にかけて。
何をお祝いするのか知らないけど。 明日の夜は、家にモミの木を飾って。 ケーキや御馳走を、家族で囲んで食べるんだって。 あ、あと、プレゼントとか。」


愛姫は、結構物おじしないと言うか、いい意味で馴れ馴れしい処が有って。
帝国軍以外でも、中国軍や韓国軍、国連軍なんかに「友達」が結構居る。
今のネタは、国連軍からだったか・・・

「ジュリオラからか?」

俺の知る、愛姫の友達関係で、国連軍の中では1番親しそうな衛士の名を言ってみる。

「うん。 あ、あの子はキリスト教でも、カトリックだって。 プロテスタントとは、宗派は違うって言ってたよ。」

どう違うのか、俺にはさっぱり判らん。

「小さい頃。 まだイタリアがBETAにやられていなかった頃。 お父さんやお母さん、兄弟姉妹で一緒に祝って、楽しかったって・・・」


・・・イタリア出身のジュリオラ・エッティ少尉か。
彼女は、極東国連軍に所属する、数少ない欧州系の衛士だが、その故郷は既にBETAの勢力圏下になって久しい。
幼い頃の、楽しい、懐かしい想い出。 その想い出を象徴する日、か。


「なら、せめてあと2日は、穏便に済ましてもらうよう、頼むか? 糞BETAに。」

「日本人的には、大晦日と、お正月三ヶ日も、遠慮して貰いたいなぁ。」

「中国や韓国の連中だったら、旧正月も遠慮しろっ、て言うだろうなぁ。」

「いっその事。 この星から出て行っちゃってくれて、いいよ、って。」

「激しく賛成。」


お互いに苦笑し合ったその時。


≪レッドアラート! コード991発生! 繰り返す、コード991発生! 
「コンディションレッド」、アラートスクランブル!! 「コンディションイエロー」、即応発進急げっ!≫


「糞ったれっ!!」

コーヒーカップを投げ捨てると、俺と愛姫は待機所のテントを飛び出し、ハンガーに走り出した。

「コンディションイエロー」 警急待機の俺達の機体は、既にプリフライトチェック済みだった。
キャットウォークを駆け上がり、コクピットに飛び込む。

「コンディションレッド」の2機の「疾風」が、跳躍ユニットの出力を最大にして発進する。


「機体のステータスはオールグリーン! ただ、この気温や! 関節部分の金属疲労には気を付けやっ! 
滅茶苦茶な機動は、あんまりせんといてくれやっ!」

機付き長の修さん―――児玉修平整備伍長―――が怒鳴る。

「修さんっ! そりゃ、BETAに言ってくれって! こっちは向こう次第だよっ!」

喧騒が大きくなるハンガーじゃ、怒鳴らないとお互いに声が聞きとれない。

コクピット収納。 機体ステータス、確認。 データリンク、起動。 兵装ステータス、チェック・・・・

『班長! 推進剤補給ケーブル、排除(パージ)完了!』
『少尉! 外部接続データリンク、チェックOKです!』

機体付きの整備員が最終チェック完了を報告する。 アラート発令から8分。

「よしっ! ゲイヴォルグB03、出るぞっ!」

『直やん、気張ってこいやっ! それと! 絶対帰ってこいよっ!!』
『少尉! ご無事で!』
『ご武運を!』

「ああ!」


≪本部管制より、ゲイヴォルグ・エレメント。 B-2ランウェイより発進せよ。≫

「ゲイヴォルグ・リード。 了解。」

前方で、黄色いジャケットとヘルメットを被った誘導員が、夜間誘導用の発行体を持って、左前方の方向へ指示を出す。

俺は機体の左手で拳を作り、親指を上げてL字を作る。 そしてその掌を裏返して下に向け、左に2回振る。
誘導員はそれに、左の親指を立てて答える。 これでランウェイまで何の障害物も無い。

機体をハンガーからランウェイに進める。

誘導員は発光体で別の誘導員を指し示す。 ここからは誘導役が入れ替わる。
緑色のジャケットとヘルメットの、発進関係要員だ。

兵装要員が数字の書かれたボードを指し示す。 発進時の機体重量だ。
俺は戦術情報システムで、その数字を確認。 同じ値が記されている。
機体の左手で親指を立てる。

管制指揮車両の発進管制将校から合図が入る。 右手でV字を立てている。
スロットルをどこまで開けるのか。 
指2本は、常用定格(ミリタリー)推力―――A/Bを使用しない場合の、最大推力だ。

スロットルをミリタリーまで上げる。 2基のF110-GE-129が咆哮を上げる。 
ブレーキ・オフ。
途端、一気に機体が前方へ引っ張られる。
僅か2秒ほどで、時速300km/hまで加速し、空中へ放り出される。

後方を確認する。 愛姫の機体も発進を完了した。
俺達は編隊(エレメント)を組み、戦術機動航法システム(TMCAN)の指示に従い、NOE高度に保つ。

「ったく。 いっつも思うけど、アラート発進の時だけは、マゾの気分だよなぁ」

『好きなの?』

「アホかっ!!」


やがて回線通信が入る。 旅団の戦闘管制指揮所(CIC)からだった。
網膜スクリーンに、管制官の女性士官(大尉殿だった)が映る。

≪カグヤ・ベース・コントロールより、ゲイヴォルグ・リード、送れ≫

「こちらゲイヴォルグ・リード。 回線状態良好。 送れ。」

≪ゲイヴォルグ・エレメントはブラヴォー・ポイントへ進出。 ストライク・パッケージ(主力攻撃部隊)の前衛戦闘機動哨戒(CMP)を行え。
アルファ・ポイントへは、クレムゾン・エレメントが先行中。
警戒情報はカグヤ・ベース、及び戦域前衛警戒中のシャドー、ハンマーよりリンクする。 確認せよ。≫

「ゲイヴォルグ・エレメントは、ブラボー・ポイントでフォワードCMP。
アルファ・ポイントはクレムゾンがフォワードCMP。
データリンクはカグヤ、及びシャドー、ハンマーからリンク。 これで良いか?」

≪カグヤ・ベースよりゲイヴォルグ。 指示確認を了解。 以降の管制はホワイト・スノウに移行する。≫

「ゲイヴォルグ・リード、了解。」


極寒の夜の闇を裂いて、2機のF-92J「疾風」はNOEで疾空する。
この闇の向こうには、BETAがいる。
思わず、その闇とBETAが同じに感じ、身震いする。

『A04よりB03。 直衛、何か嫌な感じだね?』

A04、愛姫が顔をしかめて問いかけてくる。
俺は内心の不安を押し殺して、平静に答えた。

「A04、愛姫。 BETA相手に≪嫌じゃ無い≫場合なんてないぞ? 寧ろこれが普通だ。
気を抜くな、とは言わないけど。 過度の気にし過ぎは、食欲に悪いぜ?」

『何で食欲なのよっ!』

「何でって・・・ そりゃ、愛姫だし?」

『む・か・つ・くぅ~~~!!』


ふん。 ま、これ位で良いか。 俺と愛姫のエレメントで、深刻な話したって、しようがない。
ぷんぷん、怒っている愛姫を見る。 『嫌な感じ』は、忘れてはいないだろうけど、そればかり考えてはいないようだ。

良し。

「リードよりA04。 ブラヴォー・ポイントまで後、30秒。 ≪ピンを抜け≫ 」

『A04よりリード。 ラジャー!』

さて。 夜間の超過勤務を強いてくれた、大馬鹿野郎どもの面を、拝むとしようか。


≪ホワイト・スノウよりゲイヴォルグ・エレメント。 ブラヴォー・ポイント、AからJエリアまではBETAを感知できず。
KエリアよりCMPを開始せよ。≫

ホワイト・スノウ。 事前連絡のあった戦域管制CPだ。

「ゲイヴォルグ・エレメント、了解。 ブラヴォー・KよりCMP開始。」

機体を左、11時方向へ捻る。 緩やかな弧を描きながら、2機編隊でNOEを続行、索敵を続ける。
センサーは赤外線、音響。 そしてJ/APG-3・AESAアクティブ・フェイズドアレイ・レーダーを同時走査させる。


10分後、レーダーがBETA個体群をキャッチ。 音響センサーも、移動音を捉えた。

「A04、愛姫。 方位2-9-8、 距離8000。 大隊規模か?」

『うん。こっちもキャッチ。 前衛かな? 移動速度、早いよ。 110km/h、突撃級ね。 どうする?』

「報告だけして、無視する。 エレメントだけで、どうこう出来る数じゃ無いしな。 それに、後続がいる筈だ。
こいつらは後続のストライク・パッケージに任す。 俺達は前進して、後続の確認だ。」

『了解。 でも、光線級がいたら、嫌だね。』

「夜間だしな。 高度をNOE最低高度ギリギリまで落とすぞ。 
LANTIRN(Low Altitude Navigation and Targeting Infrared for Night ランターン:夜間低高度 赤外線航法・目標指示システム)セットアップ。
間違っても墜落なんてしたくないな。」

『LANTIRN、セットアップ。』

「よし。 ゲイヴォルグ・リードよりホワイト・スノウ。 エリアR、座標W-44-62で大隊規模BETA群発見。 進路S-S-W・1-9-6 移動速度、110km/h。 突撃級の1群だ。
ゲイヴォルグ・エレメントは迂回北上、後続の有無を確認する。」

≪ゲイヴォルグ・リード。 こちらホワイト・スノウ。 索敵情報を確認した。
ゲイヴォルグは方位3-2-5でエリアTへ。 クレムゾン・エレメントと合流し、索敵続行せよ。
合流後のフライト指揮はゲイヴォルグ・リード。 送れ≫

「ゲイヴォルグ・リードよりホワイト・スノウ。 方位3-2-5、エリアTでクレムゾンとJoint Up 以後の指揮はゲイヴォルグ・リード。 了解。」

『B03、直衛。 エリアTって、結構開けている場所だよ。 ちょっとヤバいね・・・』

「予定を若干変更する。 エリアT手前に小さいけど峡谷部が有る。 そこで合流する。 そこからはNOEを止めて、RUNと跳躍で移動。 
光線級がいたら、あっという間にお陀仏だしな。」

『了解。』

俺達2機の「疾風」は、低高度ギリギリを飛行し続け、エリアTへ向かった。




<<12月23日 2322時 エリアT手前 峡谷部出口付近>>


クレムゾンの2機と合流した後、小隊(フライト)編成を取って、更に索敵移動を再開した。

『03よりリード。 音響、探知せず。 引き続き、広域探知継続。』

03―――クレムゾン1番機の第4大隊所属、時田少尉から報告が入る。

「リードより03、了解。 静粛機動保持で頼む。 02、04?」

『02よりリード。 左翼の振動、検知せず。』
『リード、こちら04。 後方の音響、振動、共にネガティブ。』

02・愛姫と、04・第4大隊所属の永野少尉からも、索敵反応無し、と報告してきた。

「リードより各機。 右翼の振動、検知せず。 ――――どうやら、連中はこの先の様だが・・・」

『でも直衛、それっておかしいよ。 既にBETAの前衛はストライカーと交戦状態に入っているよ。 
なのに、後続の要撃級とかがまだ、出てこないなんて。』

『周防少尉、私もそう思います。 この極東でも、他のアジア戦域や、ヨーロッパ戦線の戦訓でも、
突撃級との間に時間差こそあれ、後続は最大でも10分程度の時間差で続行していました。』

愛姫と、永野少尉が疑問を投げかける。

「・・・・・地中侵攻の可能性は?」

あり得ない話じゃ無い。 俺だって7か月前に散々な目に会っている。

『だとすると、ここには居ない。 少なくとも、前線付近、最悪は前線の直後に出てくる筈だ。』

時田少尉が断言する。
確かに。 こんな離れた地点で地中から出て来ても、意味が無い。
逆に人類側は、十分に準備対応が取れる。

どう言う事だ?
今、交戦しているBETA群は、俺達が発見した群の他に、11群。 全て突撃級が主力で、要撃級が少々。
個々の規模は大隊規模。 総数でこそ、師団規模になるが、出現箇所はそれぞれ離れているし、各々の連携は取れていない。

広範囲に広がっているが、逆に各個撃破出来てしまう・・・・・


(―――――っ!!)

そこまで考えた時、有る可能性に気づいた。 自機の戦術C4ISRシステムから、現在の戦況MAPを呼び出す。

(BETAの群れの位置・・・ 友軍の部隊配備座標・・・ 戦況・・・ 予備戦力配置位置・・・)

気にし過ぎか? いや、でも最悪の場合・・・ どうする? CPに連絡して・・・

『直衛?』 『周防少尉? どうしました?』 『何か、不審な点でもあったか?』

「・・・・・ゲイヴォルグ・リードよりCP。 エリアTより先には、『地上侵攻する』BETAは居ないようだ。」

『『『 っ!? 』』』

≪CP、ホワイト・スノウより、ゲイヴォルグ・リード。 敵状は確認したのか? それと、今の報告の意味を説明せよ。≫

俺は、今現在の索敵結果、そして愛姫達の疑問を、状況説明の補足事項として付け加え、意見具申した。


≪CPよりゲイヴォルグ・リード。 G2(情報参謀)に交信を切り替える。≫

いきなり、G2のお出ましかよ・・・

≪・・・ゲイヴォルグ・リード、G2の大貫少佐だ。 君の意見具申を確認した。
再確認するぞ? 今、そのエリアに、BETA出現の兆候は無いのだな?≫

「はっ! 音響、振動、レーダー、共にネガティブです。 地形は先に開けております。
BETAが存在すれば、必ずどれかに引っ掛かります。」

G2は暫く考え込んだ後、決断した。

≪よし。 ゲイヴォルグは現地点より移動。 方位W-N-W・2-7-5でデルタ・ポイントを目指せ。 そこでCMP。≫

「ゲイヴォルグ・リード、了解。 方位W-N-W・2-7-5、デルタ・ポイントでCMP開始。」

臨時に指揮下にある3機に状況を通達。 跳躍ユニットをミリタリー推力に上げ、デルタへ移動飛行を開始した。







<<12月24日 0025時 デルタ・ポイント>>


ポイントを見渡せる、小高い岩山の頂上付近――――少しばかりの平坦な地形を見つけ、布陣する。
どの方向からBETAが来ても発見できる上、岩山自体を遮蔽物にして、光線級が居た場合の回避を容易にする為だ。

俺が思い至った可能性。 

それは『前衛はすべて囮。 主力は迂回地中侵攻で、友軍前線の側面、乃至、後ろ側面へ奇襲をかけてくる』可能性だった。

そして、現在の戦況から判断すると、最も弱い『横腹』 それが丁度、今、俺達がいるポイントで有った。


『・・・来ると思う?』

愛姫が誰とはなしに、問いかける。

『BETAが今までに、こんな手の込んだ奇襲をかけて来た話は、聞きませんけど・・・』

永野少尉が、不安と緊張を滲ませながら、答える。

『可能性としては、否定できないがな・・・』

時田少尉が、やや顔を強張らせながらも、分析する。

・・・そうだ。 確かに、今までの戦訓では、こんな手の込んだ奇襲を受けた実例は無い。
それこそ、俺の杞憂かもしれない。
しかし、可能性としては否定できない。 今まで実例が無かったから、今後も無い、とは絶対に言い切れない。
だから、G2も俺達をここに投入した。

時間の流れが、やけに遅く感じる。 喉が渇く。 自分でも不安と緊張感が高まるのが判る。
バイタルモニターに目をやれば。 はは、初陣じゃあるまいし・・・


「っ!! 01、振動、アクティブ!!」

『02、確認したっ! 計測推定個体数・・・ 計測不能っ!!』

『03、出現位置、特定した! 座標、S-31-48! 近いぞ、こいつはっ!』

『04より01! 地表がっ・・・!!』

悲鳴のような04の報告の直後、直下の地表が爆発した。


「ゲイヴォルグ・リードよりCP! BETA群出現! S-31-48! 個体数計測不能っ!」

報告と同時に、機体がバランスを崩した。

『きゃあぁぁ!!』 『うっ、ぐおぉぉぉ!!』 『だ、ダメっ!!』

他の3機もバランスを崩し、落下し始める。
岩山の基部にも、BETAが出現しやがったっ! このままじゃ、奴らのど真ん中に!

≪CPよりゲイヴォルグ! どうした!? 状況を報告せよ! ゲイヴォルグ!? 状況を!≫

馬鹿野郎! そんな暇は無ぇ!!

「リードより各機! 咄嗟戦闘!」

言うなり俺は、120mmを落下地点へ叩き込む。 丁度、出てこようとした要撃級を直撃した。
跳躍ユニットを逆噴射して、着地。 そのまま即、水平噴射跳躍で離れる。
愛姫が続行する。 次いで永野少尉が120mmを速射しつつ、着地と同時に水平噴射跳躍。 そして、時田少尉が・・・

『うおおぉぉぉ!!!』

「っ!」 『 信也!! 』

時田少尉が着地した瞬間、要撃級が出現した。 彼の「疾風」は回避機動の間もなく、要撃級と激突、大破する。

『ぐっ・・・ ごほっ・・・』

36mmで周囲を掃射しながら、時田少尉のバイタルをチェックする ―――― 駄目だ、血圧が急激に低下している。 もう、保たない。

『信也! すぐ助けるからっ! 頑張ってっ!』

永野少尉が、時田少尉機に近づこうとする。

「止めろ! 04! 即時離脱だっ!」

永野少尉が一瞬、何を言われているのか解らない、と言った表情を見せ、そして――――

『黙れっ! 貴様ぁ! 戦友を見捨てるのかっ! 貴様の指図は受けないっ!!』

眼に涙を浮かべている。

あぁ、あの時と同じだ・・・

俺は、7か月前に見た光景を思い出す。
あの時の祥子さんと、同じだ。 同じ目だ。 同じ声だった。

そして今、あの時の俺は、居ない。


「04! 永野少尉! 今は俺が指揮官だ! 命令に従え!」

『っ! 何を・・・っ!!』

「時田はもう駄目だ! バイタルは既に血圧ショック状態だっ! 直ぐに心停止する!」

左右から群がって来た戦車級に、水平面機動旋回で36mmを浴びせかける。

「永野少尉! 命令に従え! 命令不服従なら、軍法会議に告発するっ!」

『・・・・バイタル、フラット。』

愛姫が平坦な口調で報告する。

「時田信也少尉を、KIAと認定する! 永野少尉! 離脱しろっ! 
愛姫! フォワード・トップ! 殿軍は俺がやるっ!」

『・・・了解っ! 永野! 呆けるなっ! 行くよっ!!』

愛姫の「疾風」がフルブーストで離脱する。
一瞬の間が有って、永野少尉の「疾風」も、フルブーストをかける。

「くそっ! しつこいっ!」

さっきから執拗に群がってくる戦車級を水平噴射跳躍でかわしつつ、滑走位置に120mmキャニスターを連射して、滑走スペースを作る。
跳躍ユニットをフルブースト。

左右からまた群がり始める。 36mmで掃射しつつ、滑走開始。 あと2秒。

前方に要撃級。 まっすぐ突進してくるっ! 機体の進路を右にずらす。
暖斜面に機体を乗せると同時に、要撃級に120mmを連射。 前腕で防がれるが、構わない。その隙に横を抜ける。

A/Bブースト。 あと1秒

右から襲いかかって来た要撃級の前腕の打撃を、間一髪で交わす。

離陸速度!


俺も辛うじて、戦域離脱に成功した。


『02より01、大丈夫!?』

「01より02。 ああ、機体損傷は無い。 それより2人ともステータスチェックは?」

『02、ノーダメージ。 推進剤残量は45% ま、何とかなるわ。』

『・・・・04、ノーダメージ。 推進剤、40% 』


永野少尉は、やはり蟠りが有るのだろう。 声が固く、冷たい。
敢えて、それを無視する。

「ゲイヴォルグ・リードよりCP。 ゲイヴォルグは当該戦域を急速離脱中。 BETA群、急速増加中。 
進路は・・・ やはり、方位E-S-E・1-1-5! 側面警戒の急を要す!」

≪CP、了解。 ゲイヴォルグ、全機離脱したのか?≫

「ゲイヴォルグ・リードよりCP。 03大破、脱出できず。 時田信也少尉のKIAを確認。」

≪・・・CP、了解。 ゲイヴォルグ、RTB。 一旦補給と機体チェックの後、原隊へ復帰せよ≫

「ゲイヴォルグ・リード、了解。」

機体をRTBコースへ乗せる。
3機となったフライトは、何かに急かされるかの様に、機速を上げた。


(・・・・1人、死なせた・・・)

初めての指揮。 初めての『部下』の戦死。
あの時、あの状況で。 俺の指示は的確だったのか?
周囲への配慮は? 余りに至近での待機では無かったのか?
本当に、時田少尉は手遅れだったのか? 3機掛りだったら、救出出来たのではないか?

様々な疑問が、自責の形で浮かんだ。




[7678] 北満洲編13話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/04/25 22:53
1993年1月15日 1315 北満洲最終防衛線 チチハル北西10km 独立混成第119旅団 野戦陣地


「ふん。 それでお前はこの頃、大人しかったんかいな。」

木伏中尉が、ウィスキーのフラスコを、ちびちび飲りながら面白くなさそうに言う。
「クリスマス・イブ」の大侵攻から、半月以上が経った。
戦線は、あの哨戒に出た夜の、BETAの地中侵攻・側面奇襲の発見が功を奏して、何とか持ち堪えている。
・・・今日も、朝から実戦出撃2回を終えた所だった。

陣地に帰投した俺は木伏中尉に捕まり、四方山話から釣られて、最近の「大人しい」原因を吐かされた、と言う訳だ。

「で? その、時田やったか? やられた第4大隊の奴。 そいつの戦死した原因が、自分に有るんや無いか、ってか?」

「・・・そこまで、自惚れちゃいません、今は。 
あの時の小隊は、4人とも新任のペーペー揃い。 指揮官は、小隊指揮が初めての俺。
確かに、状況認識の甘さが有りました。 もっと、確実な観測ポイントを探すべきでしたよ・・・
ですが、あの時の状況は、俺にとっての限界でした。 経験も、実力も。そして、他の3人も。」

「・・・それで?」

「時田が戦死する事になった、作戦結果に対する指揮官責任は、確かに俺に有ります。 その事からまで、逃げる気は有りません。
ですが、奴が『戦死』した事は、奴の腕も含めて、奴自身の行動結果です。 冷たい言い方をすると。
指揮官だからって、そこまで全て自身が原因だなんて、そこまで俺がどうこう出来たなんて、自惚れちゃいません。
俺に出来る事は、自分の指揮に対する責任の自覚だけです。」

「ふん・・・ 一端な事、ぬかしおって・・・」

「中尉?」

木伏中尉は暫くの間、不機嫌そうに顔をしかめながら、酒に口を付けていたが。
不意に俺に振りかえって、言った。

「そうや。 そいつが死んだ原因は、惨い言い方やけど、そいつ自身の腕の無さや。 極論すればな。
そんな事まで全て、指揮官が『全て自分が原因』やなんて、やってられんわ。

ええか? お前が言うた通り、お前が忘れたらあかんのは、『自分の指揮に対する責任』や。
部隊の任務遂行と、部下を生還さす事。 この二つを両立さす為の、判断責任や。
その結果。 任務の達成・不達成と、部下の生還・未帰還っちゅう、結果責任や。

その途中の、個々の行動責任は、個々人の責任で、その結果は個々人が原因や。
指揮官は、『判断』と『結果』に責任を持つ。 部下個人は、当人の『行動』に責任を持つ。
感情抜きの、冷たい言い方やけどな。」

「・・・・・」

「そやから。 そこまで解っときながら、お前がウジウジ悩んどる様が。 ワシから見たら、『何様やねん、オドレは』 っちゅう事や。」

「ははっ・・・ きっついすね・・・」

「当たり前や。 ここは最前線中の最前線や。 訓練校みたいに、手とり足とり、上げ膳据え膳で甘やかしてくれる、思うとるんか?」

「・・・いや。 済みません。 確かに、甘えていました。 
心のどこかで、事実と現実に、眼を背けたい、逃れたい、って気持ち、有りましたよ・・・」

「で? どうするんや?」

「結果は結果です。 あの時、そう判断したのは俺で、その結果は俺のものです。
そこから目を背けることは、しません。 気持ちで逃れる事も・・・」

「ふん。 ようやっと、そこまで言いよったか。 
そんなら、ここ暫く、隊の連中やきもきさせた罰や。 装備担いで、ランウェイ10周してこんかいっ!!」

「了解っ!」







≪23中隊 詰所 木伏一平≫

(ふん。 一丁前な事、ぬかす様になりよったな。)

ワシはフル装備で、ワンウェイを走っとる部下を見とった。
去年の4月に来よった頃は、何や右も左も判らんで、自信無さ気な奴やったけど。
ここ暫く続いた大喧嘩で、ちょっとはマシな衛士の顔になりよったわ・・・

「木伏。 ご苦労さんねぇ~。」

丁度、詰所におった水嶋が、いちびった口調で、ぬかしよる。

「ふん。 何時までも腑抜けられたら、迷惑やからのぉ。」

「な~んて言っちゃって。 何だかんだで、結構、可愛がってるじゃない? 周防の事。」

「アホ言いなや。 可愛がっとるんは、綾森やろうが。 お前も何だかんだで、えろう面倒見とるんと違ゃうんか。」

「祥子の『あれ』は、紛れも無く『恋心』 私のは『からかい』 
もしかしてアンタ、照れてるっ!? うひゃあ~~!!」

「ど、ド阿呆っ! 何ぬかしよる!」

ホンマ、このアマは・・・

ふん。まぁ、何や。 あいつは上手くいけば、化ける。 ワシはそう思っとる。
今は、長門みたいに余裕もあらへんし、伊達みたいに肩の力も抜けきってへん。
そやけど、現実を直視でけて。 それに向かう度胸が付いたら。

「・・・ま、楽しみなんやけど、な・・・」

「えっ? 何?」

「何でもあらへん。 ほな、当直将校、頼むで。」

「了~~解」


それまでは、しゃーない。 ちょっとは面倒見たろかいな。







≪仮設PX 伊達愛姫≫


外を見ると、直衛がフル装備でランウェイを走っていた。 あの馬鹿、何しでかしたのよ?
さっき、木伏中尉に捕まっていたけど。 何やら、中尉にしては珍しく、シリアスな顔していたっけ。

いつもあんな表情してたら、中尉も 『満洲のお笑い芸人』 なんて、言われなくって済むのにねぇ?
あれで素は、かなりのハンサムなんだし(みんな、知らなかったでしょ?)
女の子にも、モテると思うどなぁ。


「・・・・で? 伊達少尉。 私を誘った理由、聞かせて貰えないの?」

おっと。 永野少尉が不機嫌そうに。 忘れてたわ・・・
私は改めて永野少尉に向き合った席に着く。 手元にはコーヒーモドキ。 しょうがないじゃん? これしか無いんだしさぁ。
で、単刀直入に切り出す。

「聞くけど。 ウチの周防の事、まだ恨んでる?」

「何を言っているの・・・」

「死んだ時田中尉って、貴女とは同じ訓練校よね。 で、『そう言った仲』だったって、42中隊の人から。」

「・・・・そうよ。 悪い?」

「全~然? こんな場所だし。 お互いに支えあえる相手がいるのは、悪い事じゃないでしょ?
あの時、貴女が思わず単機突入しかけた行動は、理解出来なくもないわよ。」

コーヒーを一口すする。(面倒だから、コーヒーったらコーヒーなのっ!) ・・・不味いわ・・・
で、永野少尉を見ると・・・ うわぁ、コワい・・・ 般若よ、般若。

「貴女に、私の気持ちの、何が解るのよ・・・ 貴女に、何が解るのよっ!」

うわっ、一気に注目の的。 周りの視線が、痛いよ・・・

「落ち着きなさいって。 私、『行動は理解出来なくもない』って言ったよ?
アンタの気持なんて、解る訳無いじゃん。 本人じゃ無いのに。
私の中隊にも、以前にアンタと同じ行動、やった人がいるのよね。 ま、その人の場合は、恋人じゃ無くって、親友だったんだけど。」

祥子さぁ~ん。 ネタにして、ごめんなさぁ~~い!


「その人、ものの見事に、BETAの中に孤立しかけちゃってさ。
みんなが『戻れ』って言っているの、耳に入って無かったよ。
あ、その人の親友――私の1期先任の人だけど―――も、その人に『来るなっ!』って、最後まで言っていたわ。」

永野少尉が目を逸らす。 解るよね? 私の言いたい事。

「そんなものかもね。 
心の繋がりの強い者同士だからこそ、相手を危険に晒したくない。 自分の命が、消えようとしている時でさえ。
身の危険を冒しても、相手を助けたい。 心の繋がりの強い者同士だからこそ。 自分の命を、危険に晒してでも。
悪い事じゃ無いと思うよ ――――― 『地方人(一般人の軍隊スラング)』だったら、ね?」

「―――っ!!」

「でも。私達は軍人。 衛士だよ。 人類の期待、人類の希望を託された、ね。
残酷な言い方だけど、泣き喚くのも、懺悔も、全て。 終わってから、存分にしようよ。」

「・・・・・」

「因みに、その孤立しちゃった人を救出したのは、BETAの群れに単機突入した、周防よ。」

「えっ・・・・?」

「後で、臨時指揮官の先任少尉・・・ 今の小隊長に、こっ酷く、どやされてたわ。 
当然よね? 1機損失が、2機、最悪3機損失になっていたかもしれない。 指揮官としては、部下のそんな独断専行は、許す訳にいかないもの。 
救出されたその人も、自分の行動が招いた結果に、もの凄く後悔していたわ。 そして、その人のすぐそばに居たのが、周防よ。 

・・・あいつは。 貴女の、あの時の気持ちを。 あの時、一番良く解っていた。 そして、その行動が招く結果の、貴女の気持も。
それに・・・ あの時のあいつは、『指揮官』だったのよ?

あいつの事、非情だなんて、思わないであげて。 
恨むな、とは言わない。 そこまで、貴女の気持に踏み入る権利は無いもの。
でも、少なくとも、あの時のあいつは。 貴女の気持も判った上で、指揮官として行動しなくちゃいけなかった。
その事だけは、解ってあげてよ。」

一気に言い終わった。 ふぅ・・・ らしくないな、私・・・


「・・・まだ、正直言って、気持ちの整理はつかないわ。 でも・・・
貴女の言葉に、嘘は無いって事は、解った・・・」

「ありがと・・・」

「・・・ねぇ? 聞いていい?」

「何?」

「周防少尉って。 貴女の好きな人?」


一瞬で主機に火が入りました。 F110-GE-129・愛姫ちゃんカスタム、フルブーストです!

「―――ばっ! 馬鹿言わないでよっ! 誰があんなっ!」

「そう? さっきから、凄く真剣で、愛おしそうで、寂しそうな顔していたわよ? 貴女って。」

な、何をおっしゃってるんですか? この人は!?

「私とあいつは! 訓練校修了して、新任配属されて以来の、同期同士なの! 
そりゃ、9か月も同じ部隊で、こんな所で一緒に戦ってたら。
ちょっと位は面倒見てやろうか、って気にはなるわよっ!」

そうよ! そうなのよ! そうに決まっているの!

「ふぅ~~ん? ま、いいでしょ・・・
でも、さっきの言葉だと。 貴女と周防少尉って、去年の4月にこっちに配属になったの?」

「そうよ?」

「・・・凄いのね。 確か、同期で訓練校修了して、直ぐにこっちに配属になった人達って。 今、殆ど生き残っていないじゃない。
確か、配属後半年で、戦死率が70%を越えていたでしょう?」

「あ~~・・・ そう言えば、そうね。 ま、その殆どが、去年の5月に死んじゃったんだけどね・・・」

「確か、『5月の狂乱』よね。 その頃私は、訓練校修了後で、本土の練成部隊に居たけど。 正直、怖くなったわ。」

「ん? って事は。 貴女も同期?」

・・・あれ? なんだかびっくりしたような、呆れたような・・・

「貴女ね・・・ そんな事も確認せずに、今まで話していた訳? もし、私が先任だったら、どうするつもりだったの?」

「ははは・・・ ど、どうしてたんだろうね・・・?」

「はぁ・・・ ま、良いわよ。 改めてだけど。 熊谷訓練校、第18期・前期生出身。永野容子よ。」

「うん。 仙台第1訓練校、第18期・前期生出身。 伊達愛姫。 宜しくね。」

「同じ旅団だしね。 私の中隊には他に、同期が一人居るわ。 後で紹介する。」

「ん。 私のトコは、賑やかだよ。 同期が私含めて5人も居るから。」

「5人も!? 中隊の中核じゃないの・・・ 凄いわね。」

「あ、そうだ。 良いこと思いついた。聞いてよ・・・」


うん。 衛士が死んだ仲間を、いつまでも引きずってちゃね。 
忘れちゃいけない。 その生き様、死に様は、誇らしく語らないと。
でも、引きずって、結局死んじゃったら。 先に逝った先達に、お仕置きされちゃうよ。






≪旅団司令部 作戦会議≫


会議室代わりの大型テントには、旅団長以下、司令部幕僚。 そして各部隊の大隊長クラスが参集していた。

雰囲気が重い。
致し方なかった。 ここ数カ月の戦況推移、部隊の状況、等々を鑑みれば、明るい要素の欠片も見当たらない。

「・・・以上、H18、H19の両ハイブのBETA個体数は依然、増加傾向にあります。
その事から近日中の再侵攻も、予想される状況であります。」

G2(情報参謀)から、聞きたくも無い情報を伝えられる。 
が、彼等指揮官クラスともなると、気分は兎も角、情報は何よりも重要性を増す。
そんな事は、骨の髄まで叩き込まれている連中である。 皆、真剣な表情でその情報を頭の中で整理・検討していた。

G2の次に報告を始めたのは、G4(補給・兵站参謀)であった。

「現在、旅団の各種物資備蓄状況は、以下の通りとなります。
・食糧、医薬品。 108%
・各種燃料。 73%
・弾薬。 69%
・戦術機関連機材  71%
・戦闘車両関連機材  69%
・各種工作機材  72%

当分、籠っていくには何とか凌げますが、大規模侵攻を後2,3回続けられると、消耗が補給を大幅に上回ります。
特に戦闘用各種物資・機材において、顕著な傾向となっております。」

こちらもこちらで、うすら寒い状況だった。
特に、弾薬や戦術機、戦車といった、戦闘部隊関連の兵站が、ギリギリのラインにまで落ち込んでいる。
確かに、これで後2、3回も大規模戦闘が発生すれば――――旅団の戦力は、枯渇する。


「確認したい。」

戦術機甲第5大隊長の、柴田少佐が挙手する。

「どうぞ。5大隊長。」

「今、G4の報告された内容は、理解した。 
では、兵站線、及び兵站計画全般は、どのような状況なのだろうか。
我々としても、無い物強請りをする訳ではないが、やはり万全な状況と、補給もままならない状況とでは、全く戦い方も異なってくる。」

柴田少佐の問いに、他に何人かの部隊長が同意する。


「当初の兵站計画自体は、方面軍の兵站量確保を、確実にできるものでは有りますが・・・
現在は、計画のそこかしこに、齟齬が生じている状況です。」

「と、言うと?」

「原因は、統合兵站計画の大幅な見直しに有ります。
現在、極東・アジア全域に於いて、最優先兵站地域は、東南アジア戦域。 次に華南、華中戦域。
華北・満洲戦域は、優先順位に於いて、最後となっております。」

唸り声が上がる。

「更には、華北と満洲での、分配の取り合い、これも拍車をかけている。
華北戦域は承知の通り、北京をはじめとする、中国の政治の中心地域を含みます。
更には、その「裏庭」となる山東半島や、渤海湾沿岸地域の防衛力強化もまた、中国中央政府が重視している。
何しろ、H18からモンゴル高原、大興安嶺南端を経て、直接の脅威を首都が受けている。
自然、満洲方面より、華北方面への配分に偏ります。」

「・・・・満洲方面とて、抜かれれば、首都を直撃される立地条件なのだぞ。」

「更には、朝鮮半島方面よりの兵站総量は、韓国政府が昨年末に策定した本土防衛要綱により、満州派遣部隊への兵站よりまず、本土防衛を重視する内容となっております。」

沈黙が降りる。

「・・・・帝国も、国防省よりの決定事項として、まずは北九州・西日本の日本海側の防衛力強化を優先する、と。」

「つまりっ! 大陸派遣軍は、満洲で戦力的餓死をせよと! こう言っておるのか!? 二条通り(国防省所在地)の馬鹿共はっ!」

「弾薬も無い! 戦力も無い! そんな状況で、『本土の盾』とも言うべき、大陸防衛を完遂できると思っているのか! 京都の糞ったれ共は!!」

各所から、怒号と罵倒が飛び交う。

まるで、自分の決定事項を罵倒されている気分になったG4は、心の中で、俺だって、京都の連中に、罵声の一つも浴びせてやりたいんだ。
そう愚痴りつつ、報告を続けた。

「以上、これまでの内容と、前線の兵站量確保の問題とを勘案し、最終的には大連の総予備備蓄物資の放出を決定した。
これにより、一時的に防衛線各部隊への兵站は、必要十分な量を確保できるに至る予定だが、反対に総予備備蓄は、40%を切る事になる。
この総予備備蓄を回復させる為には、 現状の兵站計画では最低でも1.5年の時間が必要となる。」


「つまり。 今度戦線が崩壊したら、一気に大連まで戦場となる。 しかも、それさえも確保が非常に難しい。 
そう言う訳ですな? G4。」

戦術機甲第2大隊長・藤田伊与蔵少佐が、静かに尋ねた。
「旅団最精鋭部隊」「派遣軍の火消し役」と言われる、第2大隊を率いる部隊長であるが、藤田少佐は実に物静かな、そして朴訥で誠実な人柄の指揮官だった。

「は・・・ それは・・・」

「G4?」

いきり立つでなく、居丈高でもなく。 真剣に、真摯に問いかけてくる藤田少佐には、流石に曖昧な返答は出来ない。
彼は部下の信頼だけでなく、上官や同僚の信用も厚い人格者である。

「・・・最悪、そう言う結果も、想定しなければならないでしょう。」

ちくしょう。 俺だって、こんな報告なんてしたくは無いんだ。
G4は心の中で毒づきながらも、渋々認めた。


その時、それまで黙って参謀の報告を聞き入っていた、旅団長・松平孝俊准将が口を開いた。

「諸君。 統合的な兵站計画の責は、G4にある訳では無い・・・ その辺で勘弁してやれ。
ついては、現在の重要課題である、兵站に関係する作戦行動について、G3(作戦参謀)から通達させる。 G3?」

「はっ これより諸官には、派遣軍の現状を何とか立て直すべく、立案された計画を達する・・・」


各部隊長達は、その作戦内容を聞き、驚愕すると共に、己の置かれた状況を再認識して、そろそろ俺達も祀られる番か。 そう覚悟した。










≪戦術機甲第2大隊長室≫


作戦会議から戻った藤田少佐を、大隊詰所に使っているテントで、2人の部下が待っていた。
第2中隊長の黒瀬保彦大尉と、第3中隊長の広江直美大尉。
先に口を開いたのは、黒瀬大尉だった。

「では、大隊長。 本気で方面軍はそんな博打をやらかそう、って言うんですね?」

中隊長としては、若手のグループになる黒瀬大尉は、納得し難い思いを露にして問いかけた。

「うん。 既に決定事項だよ、黒瀬君。 
方面軍は、来る1月18日。 3日後に行動を開始する。
我々は迂回機動戦力の一部として、参加する事になる。」

「しかし。 余りにリスクが大きすぎませんか? 如何に過去のデータを分析し尽くした、とは言え。
奴らの行動は、常に我々の予想を覆して来ました。
ここで、万が一失敗したら。 本当に今度は、遼東半島まで一気に下がる事になってしまいますよ。」

「その危険性も、考慮しての事だよ。」

「しかし・・・」


「黒瀬君」

それまで黙って、二人のやり取りを聞いていた広江大尉が、僚友の言葉を遮る。

「黒瀬君。 最早、方面軍司令部での決定事項だ。 今ここで大隊長に喰ってかかっても、決定は覆らない。
我々の為すべき事は、計画の一部である大隊の行動の中で、如何に任務を完遂し、部下達を生還させるか。
その内容を論じるべきじゃないのか?」

「確かにそうですが、広江さん・・・」

「君も、理解している筈だ。 そうだろう? そうであるべきだ。 君は中隊長なのだよ。
であるならば。 我々の為すべき事は何か? 自ずと決定すると言うものだ。」

「・・・失礼しました。 少々、頭に血が上りすぎたようです。」

「うん。 それでこそ、だ。
では、大隊長。 これよりは作戦概要に従い、大隊行動の細部の詰めに入ると言う事で。 宜しいでしょうか?」

「うん。 確かに、黒瀬君の言う通り、博打的な要素は濃い。 であるからこそ、我々は考え得る状況を想定し、対応を確立させねばならない。
それが、部下達に対する責任と言うものだな? 広江君、黒瀬君。」

「「 はっ 」」







詳細の打ち合わせが終わったのは、2100時を既に過ぎた頃だった。
黒瀬大尉は、中隊詰所に戻り、テントには藤田少佐と、広江大尉の2人が残っていた。

「・・・しかし。 黒瀬君には、ああ言いましたが。 私とて内心は同じですよ、大隊長。」

「君にしては、よく激発しなかったものだと、感心しているよ。」

上官の切り返しに、広江大尉は思わず苦笑する。
確かに、以前ならば真っ先に激発したのは、自分だったろう。


「一応、私の方が先任ですから。 黒瀬君は昇進してまだ半年です。 
良い指揮官ですが、まだまだ ≪冷めた芯≫ で対応するには、彼は若いですから。」

「若い、か。 君とて、世間一般には、まだまだ『若い』のだぞ?」

「世間では、ですよ。 戦術機乗りとしては、もう『姥桜』ですよ。 私は。」

「姥桜とは・・・ まだ27だろう? 君は。」

「もう、ですよ。 戦術機に乗って、7年ですから。」

「そんなになるか。 君と知り合ってから。 そう言えば、あの頃は君も、本城・・・ いや、河惣君か。 
君達はまだ、士官学校を卒業したばかりの、新任少尉だったな。」

「ええ。 お陰様で、仏の顔をした鬼達・・・ 藤田大尉や、河惣大尉に、散々絞られましたよ。」

「はは。 懐かしい。」

「私は、今思い出しても、冷や汗が出ますが?」


懐かしい光景が、脳裏に蘇る。
中隊長になったばかりの頃の、自分と期友の河惣。
2人の中隊に新任として配属になった、二人の新米少尉。

河惣の元には、ハキハキ物を言う、真面目だが表情豊かな女性少尉。
自分の元には、血の気の多い、男勝りの女性少尉。 だが、ふとした時に、女性らしさも垣間見せていた。


「・・・そう言えば。 河惣君の怪我はどうだったのだ?」

「9月に見舞った部下の報告では、疑似生体移植は上手くいったようです。
今頃は、烏丸(兵器行政本部)で、元気にやっているでしょう。」

彼女も決して、平静な内心では有るまい。 
期友と、その部下にして、婚約者を見舞った悲劇については、今でも悔やまれる。


(感傷だな・・・)

藤田少佐はそう断じて、内心から過去を追い払う。 過去の感傷では無く、今の現実を考えるべきなのだ。

「作戦内容に、文句の10や20、言ってやりたいのは、僕も同じだ。 できれば、京都の連中だけでなく、北京やソウルの連中にもね。
だが、そんな贅沢を許される身では無いな、お互いに。
であればこそ。 最後まで、見苦しく足掻く手筈だけは、整えたいのさ。」

「同意しますよ。 では、私はこれから、部下達に説明をしなければなりませんので。 失礼します。」

「ああ。 僕も同じく、だ。」


2人の指揮官は敬礼と答礼を交わし、テントを出た。
これから彼等は、部下達に今まで以上に過酷な地獄を這いずり回れ、と命令せねばならなかったからだ。





[7678] 北満洲編14話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/05/06 00:47
1993年1月18日 0845 チチハル北西80km


白銀の荒野を、1群の戦術機の集団が移動している。
それは10個のグループに分かれていた。 1つでおおよそ、40機弱。 
実際には10個大隊が行動している。
帝国軍第119旅団、第120旅団の、全戦術機甲大隊であった。


作戦名『双極作戦』(帝国呼称:『烈号作戦』、国連呼称『チィタデレ』)
北満洲方面のBETA群に一大打撃を加え、戦線を安定化さすと共に、兵站の時間的自由を取り戻す。

作戦自体は実にシンプルである。
現在、戦線はチチハル~大慶間でBETA群が突出する形になっている。 所謂「バルジ(突出部分)」が出来ているのだ。
そしてこのバルジに、H18・H19からのBETAの大多数が集結しつつある。

方面軍は、北部満洲の全兵力を動員し、まず、正面・左右両翼の防衛戦力で可能な限り持久する。
そしてその間に、大外の左右両翼から機動打撃部隊が、両側面からBETA群を突破。
この2つの部隊が手を繋いだ時点で、全周包囲網を完成させ、一気に攻勢をかけ、殲滅する。

参加兵力も、出し惜しみは出来ない。

≪正面戦線担当≫
・中国軍第28軍(楊元威上将=上級大将)
  ・第44軍団(戦術機甲1個師団、機甲1個師団、機械化歩兵装甲2個師団)
  ・第52軍団(戦術機甲1個師団、機械化歩兵装甲1個師団、機甲2個旅団)
  ・第68軍団(戦術機甲2個師団、機甲2個師団、機械化歩兵装甲2個師団)

≪左翼戦線担当≫
・日本帝国大陸派遣軍(上林道永大将)
  ・第12軍団(戦術機甲2個師団)
・国連軍第28軍団(戦術機甲1個師団、機甲1個旅団)
・ASEAN軍北方派遣軍団(戦術機甲1個旅団、機械化歩兵装甲1個師団)
・中国軍第332、第364機甲旅団

≪右翼戦線担当≫
・韓国軍第5軍(朴智惇大将)
  ・第9軍団(戦術機甲1個師団、機械化歩兵装甲2個師団)
  ・第21軍団(戦術機甲2個師団、機甲2個師団)

≪左翼・機動打撃任務部隊≫
指揮官・ヘルマン・オッペルン・フォン・ブロウニコスキー国連軍少将
・帝国軍独立混成第119、第120旅団
・国連軍第31戦術機甲師団
・中国軍第179、第182機甲旅団
・中国軍第271、第283機械化歩兵装甲旅団

≪右翼・機動打撃任務部隊≫
指揮官・ヴァシーリィ・ウラジミロヴィッチ・リジューコフ ソ連軍中将
・ソ連軍第221軍団(戦術機甲2個師団、機械化歩兵装甲1個師団)
・ソ連軍第511、第531機甲旅団

≪砲撃支援部隊≫
指揮官・汪延中国軍砲兵中将
・中国軍8個砲兵旅団
・韓国軍6個砲兵旅団
・帝国軍4個砲兵旅団
・国連軍3個砲兵旅団

≪航空打撃支援部隊≫
・中国軍航空打撃旅団6個
・国連軍航空打撃旅団3個
・ソ連軍航空打撃旅団1個

戦術機甲部隊・13個師団、4個旅団。 機甲部隊5個師団、9個旅団。 機械化歩兵装甲部隊・9個師団、2個旅団。 砲兵部隊・21個旅団  航空打撃部隊10個
参加兵力・53万5000余  戦術機4,912機 機甲戦闘車両2,224両 各種火砲3,080門 MLRS1,080基  攻撃ヘリ782機
総司令官は、正面軍の楊元威上将(=上級大将)が兼務する。

1978年の『パレオロゴス』作戦に、数的には次ぎ、質的には上回る。
軌道爆撃艦隊と軌道降下兵団が加われば、ハイブ攻略作戦と間違うほどの、戦力集中であった。


作戦内容的には、珍しくも、斬新でも無い。
約半世紀前の世界大戦にて、欧州東部戦線(独ソ戦)でドイツ軍のエーリッヒ・フォン・レヴィンスキー=フォン・マンシュタイン元帥が
発案・実施した「城塞(チィタデレ)」作戦と、ほぼ同じである。

国連呼称については、半世紀前の『チィタデレ』は、失敗していることから「縁起が悪い」との声も、無くは無かったが。


作戦発起点は、大慶。 

1月18日 0730時、正面軍にて支援砲撃開始。
BETAが攻撃に『釣られ』、正面突撃を開始した、0755時、左右両翼より支援砲撃開始。
全域で火砲1,020門、MLRS400基を有する第1砲撃任務群が、砲弾と誘導弾の集中豪雨を見舞う。

0830時、左右両翼の機動打撃任務部隊に突撃下命。 合計4個師団相当・1,148機の戦術機が、一斉に突撃する。
0845時、まず、左翼の帝国軍第119旅団戦術機部隊が、接敵した。






『ランサー01より、各グループ(大隊)。 目標BETA群、11時。 約8000 
≪セイバー≫、≪アーチャー≫はヘッドオン。 ≪ランサー≫、≪クルセイダー≫は1時より前方迂回。 ≪ユニコーン≫は10時より後方迂回。≫

『『『『『 了解 』』』』』

旅団最先任戦術機甲指揮官・第1大隊長≪ランサー01≫の香川中佐より、各大隊指揮官へ指示が入る。
これに対し、第2「ユニコーン」、第3「セイバー」、第4「アーチャー」、第5「クルセイダー」各大隊長が応答する。

「セイバー」「アーチャー」の92式「疾風」合計67機が、ヘッドオンで一気にBETA群へ突進。 36mm、120mm、誘導弾の雨を降らせる。
その間、「ランサー」「クルセイダー」の「疾風」66機は、高速NOEで1時方向から弧を描きながら、BETA群の右前方へ接近。
向きを右方向へ変えつつあるBETAにとっての、左前方から突進した。
そして、「ユニコーン」の「疾風」が36機。 BETAの右後方より急速接近。 後方から36mm、120mm、誘導弾を浴びせかける。

合計169機の「疾風」による連携攻撃で、一気に1000体程がなぎ倒される。
後続のBETA群が、第119旅団の左側面から迫った時、第120旅団の「疾風」171機がその側面に突っ込む。

最後に国連軍第31戦術機甲師団のF-15C・261機が、各グループに散開し、1機当たり4発装備の、AGM-65Hマーヴェリック成形炸薬弾頭ミサイルを発射する。
各機1発づつのミサイル発射後は、M88支援速射砲(71口径57mm砲)で支援射撃を開始する。

近接・中距離攻撃の92式「疾風」340機がBETA群を掻き回し、至近射撃でなぎ倒し、長刀で切り伏せる。
迂回した、或いは「疾風」の暴風から逃れたBETA群を、遠距離砲撃支援のF-15C・261機が、M88で次々に速射狙撃してゆく。

今回は「最小戦闘単位」を中隊としていた。
従来、各小隊で突撃前衛、左右迎撃後衛の任務分けをしていたのを、1ランク上げたのだ。
基本的に1つの戦闘集団を大隊とし、従来の中隊の戦闘行動を行う。 戦闘時の連携単位が非常に大きいのだ。

動きは大味になるが、効果は大きかった。
そして、大味が故に取りこぼす分を、国連軍のF-15Cが、しらみ潰しに狙撃制圧していく。


接敵後43分、0928時には、第1派のBETA群・約8000体は殲滅されていた。
損失は、第119旅団が2機、第120旅団が3機。 第31師団は損失無し。


機動打撃任務部隊指揮官・フォン・ブロウニコスキー少将は、30分間の補給・部隊集結・状況確認を指示。

0950時、正面・左翼・右翼で支援面砲撃が終了。 BETA第1派に対する、機甲部隊と航空打撃旅団群の、空陸からの集中打撃戦が開始される。

1010時、左翼機動打撃任務部隊は、更なる戦果拡張を期すべく、機甲部隊の追従を持って、再突撃を開始した。





1993年1月18日 1655 チチハル北方70km


≪CPよりユニコーン01。 BETA群、前方1時。 距離4000 推定個体数約4800 光線級は確認されず。≫

『ユニコーン01(第2大隊長機)より、ソードダンサー(22中隊)、ゲイヴォルグ(23中隊) 前方のBETAをやる。
相方は≪クルセイダー≫(第5大隊)と、≪ランスロット≫(31師団第7大隊)だ。
左右同時挟撃開始。 左からだ。 
食い残しは≪ランスロット≫が平らげてくれる。 行くぞっ!』

大隊長からの号令と同時に、31機の「疾風」が噴射地表面滑走(サーフェイシング)をかける。
戦闘開始から9時間30分が経過した。 そして接敵から約8時間。 8時間で5機の損失。
悪くは無い。 少なくとも、大隊は未だ有効な戦闘力を維持している。

大隊長の藤田少佐は、衛士としての極めて冷めた部分で、冷静に計算していた。
無論、人として情に篤い彼の本質の部分は、5人の戦死した部下に対する哀弔と、悔悟の気分が多分にある。
と同時に、練達の戦術機部隊指揮官としての部分は、全く異なる。
冷めたと言うより、より冷酷なまでの現実直視で、大隊の戦闘力の確認と、その保持を計算していた。

やはり、と言うべきか。 流石、と言うべきか。
未だ、完全な中隊戦力12機を維持しているのは、第3中隊≪ゲイヴォルグ≫だった。
藤田少佐直率の第1中隊≪ユニコーン≫は10機、黒瀬大尉の第2中隊≪ソードダンサー≫が9機を維持している。

故に、突撃前衛『中隊』は、≪ゲイヴォルグ≫に。 迎撃後衛『中隊』を、≪ユニコーン≫と≪ソードダンサー≫に振り分けた。


『ランスロット01より、ユニコーン01、クルセイダー01。 マーヴェリック(AGM-65H)を先に喰らわそう。 本日最後のおもてなしだ。 半分づつ(15機)割り当てる。』

『ユニコーン01より、ランスロット01。 感謝する。』

『ランスロット01、クルセイダー01だ。 美味しく料理してくれ。』

『お安い御用だ。 ―――― よぉし! 紳士淑女のクソッたれ共! BETAに糞でっかいヤツをぶちかませっ!!』

ランスロット――― 30機に減じたF-15Cから、各機最後のAGM-65Hマーヴェリック・ミサイルが発射される。
発射後、全F-15Cはミサイル懸架ラックをパージ。 M88支援速射砲を構える。

30発のマーヴェリックが次々に命中する。 同時に同数の突撃級が停止した。 
外見に派手な見た目は無いが、着弾による動的超高圧により、液体化された装甲殻をメタルジェットが侵撤。 3000m/s~4000m/sの運動エネルギーで体内を破壊する。


『ランスロットより、ユニコーン、クルセイダー! マーヴェリックはこれで打ち止めだ!
後はM88≪ギガ・バーレット≫で取りこぼしを掃除する!』

『ユニコーン01、了解。 距離を保ってくれ。』

『クルセイダー01より、ランスロット01。そっちは近接戦闘に向かない。 くれぐれも鉄火場に踏み込むなよ?』

実際問題として、F-15Cの格闘戦能力は決して悪くない。
だが、帝国軍が使用しているF-92J-B(OSアップデートのBlock-132)「疾風」は、戦闘機動能力に於いて、F-15Cを大きく上回る。

『チャンバラや、スタント・ガンマンの真似事は、そっちに任す。 こっちは制圧力確保してこその機体だしな!』

『ユニコーン01、了解。 ――――ユニコーン各機! 続けっ!』

『クルセイダー01より各機! 次はユニコーンの獲物をこっちから掻っ攫ってやれ! 行くぞっ!』

1時間前の戦闘で、担当戦域のBETAの相当数を、第2≪ユニコーン≫に掻っ攫われた、第5≪クルセイダー≫大隊長機から、発破が掛る。

『ユニコーン、エンゲージオフェンシヴ!』 『クレセイダー! エンゲージオフェンシヴ!』

61機の「疾風」が、左右から高速水平面機動でBETA群に襲いかかった。






≪第23中隊≫


『各機! 陣形・水平傘壱型(フラット・ウェッジ・ワン)! 噴射地表面滑走(サーフェイシング)で高速旋回! 
まともに突っかかるな!? 距離を保って、引っ掻き回せっ!』

『B小隊、了解!』 『C小隊、了解です!』

B小隊のフラット・ラインを頭に、左右後方にA、C小隊が2本のフラット・ラインを作る。
そのラインを維持したまま、右方向への高速旋回機動で射撃開始。 
制圧支援機は、BETA群の中程の大型種に誘導弾を叩き込んでいく。

『ユニコーン01より、ゲイヴォルグ! ガンスリンガー(第5大隊第2中隊)との連携に留意しろ! タイミングを合わせて、突入する!』

『ゲイヴォルグ01よりユニコーン・リーダー、了解! ガンスリンガーと同調します ―――― ガンスリンガー! 聞こえているか!?
ダンスホールへの突入タイミングだ! 合わせろよっ!?』

36mm、120mm、誘導弾が飛び交う。 丁度反対側を高速旋回機動している、ガンスリンガーとの同調タイミングを、広江大尉が確認する。

『ガンスリンガー01より、ゲイヴォルグ01! 広江先輩のタイミングなら、昔から散々叩き込まれてますよっ!』

第52中隊長から応答が入った。

『美綴(みつづり)か! だったら、外したら承知せんぞ!』

『そっちこそ! 無理しないで下さいよ!? もういい年なんだから!』

『ほざけっ! タイミング同調! 行くぞ!』

『『 5、4、3、2、1、アターック!! 』』


左右から同時に2個中隊が、一気に陣形を楔壱型(アローヘッド・ワン)に組み替え、突入する。
その背後から、各々2個中隊が、支援攻撃を行いつつ、突入し、突破口を拡大してゆく。
2つの大隊は、2本の大きな矢となって突進し、BETA群の中央部ですれ違い、そのまま一気に離脱する。 そしてまた、高速旋回機動で射撃開始。

その戦闘機動を繰り返しつつ、統制を失ったBETAを、≪ランスロット≫が片っ端から狙撃していった。








≪第23中隊 周防直衛少尉≫


正直言って、皆、頭のネジがぶっ飛んでるぜ!
目の前の要撃級を垂直軸回転旋回で交わしながら、突撃砲の120mmを打ち込む。
即、噴射地表面滑走を開始する。
途端に戦車級が群がって来たのを、92式追加装甲で「薙ぎ倒す」 5,6体が派手に吹っ飛んだ。
次は目前に要撃級が3体! 交わすスペースは無い! 速度を維持しながら、噴射跳躍で飛び越す。 
戦車級が群がっている着地地点に120mmキャニスターを打ち込み、スペースを確保する。 飛び越した要撃級は、後ろの3機が120mmで始末した。

「糞ったれっ! 楽しいダンスパーティーじゃねぇかよっ!」

弱い後ろを曝している突撃級―――こっちの急機動に旋回が間に合っていない―――を見つけ、突進する。
36mmを乱射、4体を喰った。

「うおおぉぉっ! くたばれっ! この猪がっ!」

『周防、猪は本来、俊敏な動物なのだぞ? そもそも・・・』

「神楽! ウンチクは後にしてくれっ! 2時、要撃級!」

『承知!』

神楽が120mmを速射して、要撃級を屠る。
その間に、木伏中尉と祥子さんの2機が前方の突撃級に36mmと120mmを叩き込み、4体を倒す。

突撃級の死骸が急速に近づく。 噴射跳躍。 着地してそのまま水平噴射跳躍に移る。


『どや!? 周防! 突撃前衛長(ストームバンガード・ワン)の見晴しは! 絶景やろうが!?』

「ええ! もう! 絶景過ぎて、漏らしそうですよっ! ―――しつこいっ!」

左から群がって来た戦車級を、追加装甲の殴打で押し留め、超至近から36mmを打ち込んだ。 3体ほどいた戦車級が、赤黒い霧になって霧散する。

何故、俺が木伏中尉のポジションに居るのかと言うと・・・


(『どや? 一回、絶景っちゅーもんを見せたろか?』)
(『はぁ。 んじゃ、見てみますか』)

と言う、軽いノリで、だ。 信じらんねぇ・・・


『リーダーよりB小隊! 突破速度を上げろ! かったるくて、寝てしまいそうだぞっ!』

『うへっ 了解! こら! 周防! とっとと急がんかぁ! ≪ガンスリンガー≫より遅れたら、オンドレ、晩飯抜きやぞっ!?』

「んな、殺生な! 向こうさんは、本職の突撃前衛長っすよっ!?」

急加速・噴射地表面滑走で速度を上げる。
途端に前方に誘導弾が着弾し、小型種が広域で吹き飛んだ。 ウチの制圧支援だけじゃないな。 第1、第2中隊の制圧支援機からも、同時に攻撃を加えてくれる。

(―――これなら、いけるっ!!)

「推力上げるっ! ミリタリー!」

『『『 了解! 』』』

一瞬、加速Gで体がシートに押し込まれる。 見る見る内に、外縁部のBETAが視界に入る。 突進軸をずらし、後方から右側面に抜ける形で射撃を加えた。
要撃級が体液をまき散らしながら倒れ、小型種が粉々に吹き飛ぶ。
後続の3機や、A、C小隊各機、更には第1、第2中隊からも、36mm、120mm、誘導弾が滅茶苦茶に叩き込まれる。

一気にBETAの群―――ダンスホールを抜ける。 ほぼ同時に、≪ガンスリンガー≫も抜け出したのを、戦術MAPで確認した。

『ガンスリンガーB01より、ゲイヴォルグ≪突撃前衛長見習い≫  なかなか良い突破戦闘だったな』

げっ、≪ガンスリンガー≫のB01。 向う(52中隊)の突撃前衛長がいきなり、オープン回線に割って入って来た。

「お褒めに預かり、恐悦至極。」

内心、冷や冷やした場面もあったが、せめてもの意地だ。 虚勢を張る。

『ははは。 流石は、ゲイヴォルグのB03。 ≪満洲の変態≫だけはある、と言う事か?』

「なあっ!? な、なんで、その名前っ・・・!!」

正直、焦ってドもる俺を尻目に、今度は向こうの中隊長まで割込んで来た。

『有名だぞ? 流石は広江先輩の処で7か月も、図々しく生き残っているだけは有るな。』

「んぐっ・・・!!」


最早、群としての統制など全く失われたBETAに対して、≪ユニコーン≫、≪クルセイダー≫、≪ランスロット≫が、36mm、57mm、120mmの豪雨を浴びせる。
5000弱ほどいたBETAが急速に数を減らして、もう残る処、300も居ない
この戦域での殲滅は確実だ。 おまけに今回も中隊は損失無しだ。

良い事尽くめの中で、俺だけどうして、そんな不名誉な綽名を頂戴せねばならんのだっ!!

『へ・・・、変態・・・・』

あ・・・ 祥子さんが、激しく誤解した顔をしている・・・

「ち、違いますよ? B02! 変な想像、しないで下さい!」

『え!? 違うのっ!?』

「和泉少尉・・・・?」

『だぁーって。 周防って、BETA殺る時さ、後ろ取ってから殺る事、多いじゃなぁい?
だ・か・ら、バックがお好き、みたいな?』

「アンタと一緒にするなぁぁぁぁぁ!!!」




『・・・・ランスロットより、ユニコーン、クルセイダー。 残敵掃討が終了。
しかし・・・ 楽しい連中だな?』

『クルセイダーよりランスロット。 同じに見てくれるなよ?』

『ランスロットより、クルセイダー、了解。――――ユニコーン?』

『・・・あぁ、気にしていない。何せ、≪満洲の変態≫だ・・・』

『『・・・そうだな・・・』』






その日、初日の1月18日は、予定進出地点より10kmも距離を稼げた。
右翼部隊も同様だ。 残り70km弱。 あと1日半も有れば、両翼は包囲網を完成させるだろう。
作戦は順調に推移している。 
中隊も、そして大隊も、久々の胸のすく勝利に沸いていた。

・・・・なのに。 なのに、俺だけが、円周警戒陣地の隅で、泣いていた・・・・






1993年1月18日 2230 正面戦線 中国軍第28軍司令部


司令部内は、現在の戦況、BETAの個体分布の確認、更には衛星情報によるH18・H19の最新情報を取りまとめた結果、明日以降の作戦方針の確認が行われていた。

「では、本日の突破成功はやはり、BETA共の『予定行動』と見て良い、と言う事かな? 上林大将。」

総司令官・楊元威上将が通信回線越しに、左翼戦線担当の上林大将へ確認する。

『は、閣下。 今回の戦況は、昨年5月の状況に類似点が多々見受けられます。
軍団規模を上回る大規模個体群の集中、そして光線級・要塞級の不在。
恐らくは、明日以降が奴等にとっての『本番』となりましょう。』

左翼方面を担当する、帝国軍の上林大将が確信をこめて応答する。

『閣下。 小官も上林大将に同意します。』  『同じく。』  『ここまで順調では、かえって不自然ですな。』

右翼戦線を担当する韓国軍の朴智惇大将、右翼機動突破任務を担当するソ連軍のリジューコフ中将、左翼機動突破任務担当の国連軍・ブロウニコスキー少将等も、同意見だった。


国連軍のブロウニコスキー少将が続ける。

『恐らく、明日の夕刻か明後日の早朝。 左右両翼が『閉じた』時点で、何処かしら複数個所で、地中侵攻が行われるでしょう。』

『ブロウニコスキー少将の意見に同意します。 恐らく戦力的に薄い我々、左右両翼の機動突破任務部隊、そのどちらか、或いは両方のどこか。
可能性でいけば、左右両翼戦線との接点部分。 その付近での地中侵攻、そう考えます。』

リジューコフ中将が地中侵攻想定地点を挙げる。

『・・・確かに。 その時点で、その場所に出てこられては。 
我々、機動突破任務部隊は攻勢重心を、前方に移していますからな。
一気に突破されかねない。』

ブロウニコスキー少将も、BETAの地中突破の危険性を危惧する。


『となると。 機動打撃任務部隊との間に、少なくとも連隊規模の戦術機部隊と、機甲部隊を以って、間隙を塞がねばならん・・・
朴大将。 貴官指揮下の部隊は、余力は有りますかな?』

上林大将が大凡の突破阻止戦力を計算する。

『正直、厳しいものが有りますな・・・ が、何とか抽出せねば、なりますまい。』


『で、あるならば。 我々は明日夕刻、遅くとも明後日早朝までには、方面軍の戦略総予備を全て投入すべきであろう。』

それまで、話を聞いていた楊上将が諸将を見渡し、言いきる。
戦略総予備全てを投入。 もはや、その後の手駒は全くない。 つまり、決戦。

大急ぎで各戦線の部隊配備状況が検討される。

正面戦線―――元より最大戦力を以ってBETAの突破阻止に当たっている。 現在の損耗も、予想範囲内だ。
右翼戦線―――戦力的には、2番目に大きい。 何より、BETAの行動が左翼寄りに推移している現状では、十分な突破阻止戦力を保持している。
左翼戦線―――今日の戦闘では、激しい戦闘が行われたが、光線級の出現が無かったことが幸いし、損耗は予想範囲内で収まっている。

右翼機動突破任務部隊―――こちらも、BETAの重点が左翼に偏った為、明日以降の突破戦力は保持している。
しかし、右翼戦線との「繋ぎ」にまで戦力を回す余力は無い。
左翼機動突破任務部隊―――本日の戦闘で、最も激しい戦闘を行った部隊であった。 損耗はなんとか許容範囲内で有るが、左翼戦線との連携には、心もとない状況である。


「戦略予備を、左翼と左翼突破任務部隊の間に、戦術機部隊を増強旅団規模で配備する。 右翼も同様だ。
戦況次第でもう1個旅団、投入を行うが、これは推移を見てからになる。
付随して、機甲部隊、機械化歩兵装甲部隊の投入も同様に行おう。
両翼の機動突破任務部隊は、明日以降もご苦労だが現有戦力にて、突破に当たって貰いたい。
正直、予備戦力を回す余力は無い。」

『『『『 了解 』』』』

総司令官の決定に、各指揮官が応答する。

明日。 全ては後1日で決する。
果たして、この地を守りきれるのか。 
それとも、今まで数々の局面で苦渋を嘗めさされたように、破れ、敗走するのか。

司令部内は作戦開始以降、最も重苦しい空気に包まれていった。







≪左翼機動突破任務部隊 司令部 1月18日 2315≫


ヘルマン・オッペルン・フォン・ブロウニコスキー少将は、移動司令部車両で指揮下の各部隊からの報告を確認していた。
大隊・連隊・旅団の各級指揮官が連絡してきた。

『―――どうにかなります。 損害は無視できず、辛い戦闘ですが、大丈夫です。』

そして、各指揮官の報告には共通項が有った。

『BETAはどこにおいても、不意を突かれておりません。 明らかに攻撃を予期している節が有ります。』

不吉な言葉だった。 しかし、左翼機動突破任務部隊の全戦線に於いて、部下達は確信を持っていた。


『BETA共を殲滅してやる』



「先頭部隊だが、どこまで突入した?」

作戦主任参謀のフォン・エルファーフェルト中佐に尋ねた。

「予定進出点より、東へ10km程です、閣下。 旧依安基地北方の近くに、日本帝国軍第119旅団がおります。」

「BETAの動きについて、UAVの報告は?」

「突撃級、要撃級を含む大規模BETA群が、東方の明水地区北方より、依安-チチハル中間方面へ移動中であります。 明朝には到達するものと想定されます。」

ブロウニコスキー少将は地図に身をかがめ、各級指揮官たちが見抜いた事を再確認した。
左翼機動突破任務部隊を深く進出させて、左翼戦線を側面から援護しつつ、右翼と手を結ぶ計画が、上手くいっていないのだ。

ソ連軍で構成される、右翼の機動突破任務部隊は、東方から突出しつつある大規模BETA群を捕捉できず、それが左翼の戦闘に介入する事を阻止できない。

計画の修正が必要だった。

「がむしゃらに、戦術機甲、機甲戦力をもって突破するのは、上策では無いな。 組織的な突破口を開いて行く。」

自らの策を指示する。

「まず突き抜け、新手によって絶えず攻撃を強化する。 間隔があいたら機甲部隊を進出させ、開けた空間で敵側面と背面に対し圧力を加える。」

「―――エルベ河。 マクデブルグ前面と同じですな、まさに。」

参謀の言葉に、ふと母国での凄惨な退却戦の記憶がよぎる。

「いや―――、今回は、失敗は無い。 いや、2度は許されない。」

そう。 かつて欧州では、幾多の過誤があった。 その結果、我々は母国を失った。
今、極東のこの地で。 かつてと同じ過誤は、許されないのだ。





[7678] 北満洲編15話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/05/10 04:08
1993年1月19日 0800 依安北東5km 


明けて19日の朝が明け染める頃、左翼機動突破任務部隊は、東方から突出してきた大規模BETA群に対し、
19個大隊を有する戦術機甲部隊のうち、12個大隊を陣地から出撃させ、その右側面へ投入した。

普通なら、これ程の戦力が有れば勝敗を決する事が出来る。 
兎に角、北方から南西へ、北安~依安~チチハルの間でBETA群は幅20km、深さ10kmに渡って崩れているのだ。
この間隙に強力な戦術機部隊、そして機甲部隊を投入すれば、突き崩せる筈であった。

だが今回、普通の物差しでは戦況は計れなかった。
BETA群の「突出部」は、1月18日夜の時点で破れていなかった。 なお左右両翼で70km弱程の縦深で健在だったのだ。

左翼任務部隊は、それでも右翼との邂逅を目指して突撃した。






≪1月19日 1630 第119旅団第2大隊≫


突破によって穴が開いていた戦線が、戦術機部隊の重複投入によって拡大する。 そしてその広がった戦線の空間に、ダメ押しの戦力投入が為される。

『ユニコーン01より、ソードダンサー、ゲイヴォルグ。 左翼11時のBETA群、大隊規模、約800  機甲部隊と協同で叩く。
ソードダンサーはヘッドオン。 ゲイヴォルグ、右翼支援。 ユニコーンは左翼から行く。 大型種の数は少ない、時間をとるなよ? 』

『『 了解 』』

2人の中隊長が即応する。
まずはソードダンサー(22中隊)がヘッドオンでBETA群へ突入する。
突撃前衛小隊が36mm、120mmを打ち込みつつ、直前で各機が噴射跳躍。 その機動に呼応して旋回した要撃級を、左右から迎撃後衛2個小隊が挟撃して掃射する。
右翼からは急迫するゲイヴォルグ(23中隊)が、側面より射弾を集中さす。
こちらは鶴複弐型(ウイング・ダブル・ツー)陣形で全体の戦域を押し上げる。
ユニコーン(21中隊)は左翼から、小型種への掃射を開始し始めた。 同時にようやくの事で旋回を開始し始めた突撃級の裏腹へ、射弾を送る。

『ソードダンサー、あと10秒引きつけろッ! ゲイヴォルグ、そのまま右翼前面に展開。 連中を北東へ引っ張りだせ!
≪暴嵐(バォラン)≫、準備は宜しいか?』

『こちら≪暴嵐(バォラン)≫、良い塩梅だ。 撃ちごろの体勢だよ、≪ユニコーン≫ 
大隊長車より各車! BETAどもは全部ケツを曝している! 人民解放軍機甲部隊の名において、外すなよ!?
斉射2連―――――撃てっ!!』

1個大隊の中国陸軍、88式戦車(ZTZ-88A)の51口径105mmライフル砲が火を噴く。
無防備な後背を曝す突撃級・要撃級に、高初速の105mm砲弾が降り注いだ。 たちまちの内に、大型種がその数を減らす。
そして機甲部隊の存在に感づいたBETAの1群が急速旋回を行い、向かってきた。

『暴嵐より≪ユニコーン≫! お客さんの接待は任す。 我々は右後方の131高地(標高131m)へ移動して支援砲撃を続行する!』

『ユニコーン01より≪暴嵐≫、了解。 幸い大型種は粗方片付いた。 残りの小型種はこちらの掃射と、そちらの支援砲撃でカタが付く。』


戦闘は既に決していた。 戦術機3個中隊の機動に引きずられ、統制を失ったBETA群は機甲部隊の一斉砲撃でその突進力を喪失した。
後に残った少数の大型種と、数だけは未だ多い小型種は、戦術機部隊の機動掃射に引きちぎられ、戦車砲の斉射で吹き飛ばされる。


『暴嵐より≪ユニコーン≫、順調だな? この調子でいけば、あと1時間しないうちに右翼と―――』

言い終わらないうちに、先行偵察を兼ねて前進していた機甲第2中隊長車より、緊迫した声の報告が入る。

『暴嵐02より大隊長! 地中振動をキャッチ!!』






≪第23中隊 5分前≫


戦術機1個大隊と、機甲1個大隊による集中攻撃が功を奏し、大隊規模のBETA群はほぼ掃討が完了した。


「あらかた、片付いたな・・・ まぁ、光線級が出てこなければ、こんなものか。」

『直衛~、余裕じゃない? 一端の衛士に見えるよ?』

愛姫が独り言を聞きつけやがった。 油断ならん奴・・・


「見える、じゃねぇ。 衛士だよ、俺は。 ・・・まぁ、一端かどうかは、置いておいて、だな。」

最後の一言が、我ながら情けない・・・


『去年の春ごろに比べれば、周防も伊達も、他の新任達も、一端になって来たわねぇ~。』

おぉ? 水嶋中尉のお墨付きか?

『ふん。 どこが一端かいな。 ようやっと、ケツに付いた卵の殻とれて、飛べるようになったばっかしや無いか。』
『木伏ぇ~~、あんた、いつになく辛口ねぇ? もしかして、部下の成長で突撃前衛長のポジション、取られそうで焦ってる?』
『アホかい。 昨日みたいに騒いどるようじゃ、まだまだ、任せられんわい。』
『ま、そりゃそーだ。 周防~、アンタ、もう少し、クソ度胸付けなさいってさぁ!』

ぐぐぐ・・・ 言いたい放題、言ってくれる。
けど俺だって、去年から少しは成長している、よなぁ・・・?


『大丈夫よ。 君達はちゃんと成長しているわよ。 去年の春頃から見れば、別人みたいね。』
『そうそう。 もう新任、なんて言われる時期は、とっくに過ぎているわよ、5人とも。』
『私達の1年前と比べたら、逞しいものよぉ?』

祥子さんに、三瀬少尉、和泉少尉がフォローを入れてくれる。
うぅ、何だかんだで、1期先任達は気を使ってくれる。 それに何時までも甘えていちゃ、いけないんだけどな。
・・・・でも、正直、和泉少尉のフォローは意外だったな。 いつも弄られているイメージが強いからか・・・


『えへへ。 逞しいって。 愛姫ちゃん、緋色ちゃん。』

美濃が童顔を嬉しそうに綻ばしている。 ますます幼く見えるぞ。

『う~~ん・・・ でもなんか、表現が、イヤ。』

愛姫は複雑そうな・・・?

『何故だ、愛姫? 先任から評価してもらったのに。 嬉しくないのか?』

神楽も不思議そうだ。

『だってさ・・・ なんか、こう・・・ マッチョ? みたいなイメージがさ。』

『・・・・お前最近、腹筋、割れて来てる・・・』

『あんですってぇ!?』

圭介の呟きに、即座に反応する愛姫。 
あぁ、そう言えばそうだな・・・ でも・・・

「でも、衛士なんだし、それは普通なんじゃないのか? 寧ろ大尉みたいなのが、特別・・・『私が、どうかしたか? 周防?』・・・いえっ!何も!」

いきなり広江大尉が割って入って来た。 さっきまで大隊長と通信していたから、油断した・・・


『楽しい戯言はそれまでだ。 各機、全周警戒。 新任ども、外縁部を警戒しろ。 気を抜くなよ? CP、柏崎、戦域情報頼む。』

≪CP・ゲイヴォルグ・マムよりゲイヴォルグ01。 戦線は邂逅予定地点まであと10kmを切りました!
東方にBETA群、約2000。 距離4000 これを捌けば、包囲網は完成です!!≫

CP将校の柏崎中尉の声も、心なしか興奮している。 そりゃそうだ。 もう一息で今次大戦始まって以来の、とも言える大規模作戦が事実上、完成しようとしているんだしな!


『よぉし。 中隊、指示が有るまで警戒を続行。 今日中にケリをつけるぞっ!!』

『『『 了解!! 』』』


戦術複合センサーをチェックする。
音紋チェック。 確かに東方にBETAの移動音をキャッチしている。 音源は・・・南へ移動中。 微速だ。
レーダーも同様にBETA群を捉えている。 
震動は・・・ 震動・・・ ―――― えっ!?


「・・・ッ!! B03、震動センサ、地中移動震動をキャッチ!!」
『C04! 震動センサ、ネガティヴですっ!』
『B04、同じく震動キャッチ!』
『え、A04! 震動センサ、捕えました!』
『C03、地中侵攻震動捕捉。 推定個体数、計測不能!!』

俺(B03)、愛姫(C04)、神楽(B04)、美濃(A04)、圭介(C03)各機の振動センサが、同時にBETAの地中侵攻震動をキャッチした。
くそっ! さっきまではそんな兆候・・・ ええぇい! そんなこたぁ、どうでもいい! 場所は!? 出現時間は!? 余裕は有るのかっ!?
JTIDS(統合戦術情報伝達システム)が各機の索敵情報をリアルタイムでデータリンク。 全索敵情報からの平均推定値を瞬時に演算する。

(震動波による指定個体数・・・ 予測掘削上昇角度・・・ 掘削速度・・・ )

「予測出現位置・・・ 東方5000 座標N-89-48! 推定個体数、算出不能! 直ぐだっ!来ますっ!!」

最後に予測出現位置を報告した俺の声のすぐあと。 東の大地が―――― 一気に弾け飛んだ。


『ゲイヴォルグ・リーダーよりユニコーン01! BETAの地中侵攻です! 座標、N-89-48! 規模・・・数万!!』
『クソッたれ! B小隊! 陣形・楔型(アローヘッド)!』
『C小隊! 左翼! 菱型(ダイヤモンド)! B小隊を援護するよ!』
『A小隊、 右翼で菱形陣形! 俺がトップにつく!』

広江大尉が大隊長へ報告すると同時に、木伏中尉、水嶋中尉、そしてA小隊のNo.2・源少尉の指示が飛ぶ。


途端にオープン回線で藤田大隊長から、切迫した声で指示が入った。

『ユニコーン01よりゲイヴォルグ! 一度、後方4000の丘陵部の陰まで引けっ!  ≪セイバー≫、≪アーチャー≫と合流するぞ!』

『ゲイヴォルグよりユニコーン! 何が有ったのですか!? ここで引いてはっ!!』

そうだ。 ここで引いては、却ってBETAの行動範囲が広がってしまう。 一気に叩きに行くべきなのに!!


『ユニコーン01よりゲイヴォルグ、ソードダンサー! 後方40km、我々任務部隊と左翼戦線の中間地点にも地中侵攻だ! 
個体数約2万! 右翼も同様! このままでは挟撃されて孤立する!』

『『『『「 !!! 」』』』』

BETAの大群の中での孤立!!  それは去年の5月に、嫌と言うほど味わった恐怖だ。
あの時は所属連隊の殆どがやられた。 いや、師団そのものが壊滅した。 思わず、背筋を嫌な汗が流れるのが解る。


『ゲイヴォルグ、了解しました! ―――――≪暴嵐≫! 聞いての通りだ! 貴隊はそのまま西南方面から抜けろ! 少しは起伏があるっ!』

『こちら≪暴嵐≫! 了解したっ! ケツに帆を掛けてトンズラする!』


『中隊各機! 後方警戒しつつ、全速後退! 光線級が未だ確認されていない! 奴等のとっておきだ、見落とすなよ!?』

―――――了解ッ! 中隊の全員が応答したその時。


≪CPよりゲイヴォルグ! 中隊正面戦域に重光線級、光線級多数確認!! 距離6000! 照射危険範囲です! 即時退避を!≫


柏崎中尉の切迫した声と同時に、コクピット内に鳴り響く照射警報音。 戦術MAPには少なくとも、100体以上の光線属種を確認!

広江大尉が切羽詰まった表情で指示を飛ばす。

『全機、緊急回避ッ! 急げッ!!』

「うっ、うおおぉぉぉ!!」

広江大尉の指示と同時に、重光線級・光線級の照射が複数。 途端に機体が強制乱数回避モードに突入する。


「くそったれっ・・・! やられてたまるかっ!!」

振り回され、急激に襲いかかってくる横Gに耐えながら、乱数回避モードのファースト・シークエンスが終了した時点で、水平噴射跳躍を入力。 
イベント・プログラムが効いて、機体は高G水平噴射跳躍で一気に離脱する。


『各機! 光線属種の照射タイムラグは最低12秒だ! 急げ!!』

中隊の12機全機が一斉に、跳躍ユニットをA/Bまで放り込む。 後10秒。


『高度を気にしている暇は無いっ! 目標地点まで4000! ぶっ飛ばせっ!!』

殆ど速度0から一気に400km/hまで、2秒で急加速。 高Gで眼球が押しつぶされそうだ! 後8秒。


速度600km/h超過。 稼いだ距離は500m強。  後6秒。


ガツンッ、と衝撃がきた。 A/Bまで放り込んだ為、ミリタリーからのタイムラグが無い。
速度900km/h  距離1000  後・・・4秒


そのまま突進する。 高度200m 距離1500 後・・・2秒!


全機が一気に噴射降下。 高度を急速に下げる。 引き上げのタイミングを間違えたら、光線級にやられる前に、地表に激突してお陀仏だっ! 
ここは「疾風」の高機動能力に賭けるしかないかっ!  後1秒!


『各機! 引き起こせぇ!!』
『ぐおぉぉぉぉ!!』
『ううぅぅぅ!!!』
『ひっ、いいぃぃぃ!!!』


12機の「疾風」が高度200mから、速度900km/h超過で引き起こしをかける。
地表スレスレを噴射地表面滑走(サーフェイシング)に移ったと同時に、わずか数10m上の空間を光線級のレーザーが数10本貫いて行く。


『全機! 高G噴射跳躍! 高度は200m以上取るなっ! 次の12秒を生かせっ!!』

「くおおぉぉ・・・・っ!」 『ぬうぅぅぅ!!』 『つうああぁぁぁ!!』

スティックを引いた途端に、高Gがかかる。 搭乗員保護機能が付いて、これだ。
目の前に小高い起伏が目に入った。 距離50m! 咄嗟に上昇角を大きくとる。 

「くあぁぁ・・・!!」

ぎりぎり、起伏を超す。 高度150m 速度が700km/h程に落ちている。 距離は2400  後、10秒


『こっ、これっ! きっつい・・・よおっ!!』

――――っ! い、愛姫、かっ!?
速度900km/h  距離2900  後8秒


『美濃っ・・・! 意識を保てっ・・・!!』
『うっ・・・ あっ・・・』

長門・・・少尉? 美濃・・・ヤバいのかっ!?  距離3400  隠れられる丘陵部まで、後・・・距離600  残り時間・・・後6秒!


『全機っ・・・ 速度、落とせ、500! 噴射降下、用意っ!!』

跳躍ユニットに逆噴射を50%で1秒。 強烈なマイナスG! 気持悪りぃ!!  距離3800  後4秒!


『急速降下! ダイブッ! ダイブッ!』

一気に地表が迫る。 引き起こしっ!

「おおおぉぉぉ!!」 『くっそおおぉぉぉ!!』 『つああぁぁぁ!!』

雪面が掘り返され、猛烈な勢いの氷雪を発生させる。 僚機が起こした氷雪とまざさって、後方視界が見えないっ! 
距離4000! 後3秒!


中隊長機が機体を強引に左に持って行く! 各機がコンマ1~2秒のタイムラグで続行する。 最後尾の俺と神楽が方向転換した。 後1秒! 距離は後、180!


「おおおぉぉぉ!!」 
『いやああぁぁぁ!!』


光線級のレーザーの様な光点を、一瞬見たような気がした。 同時に俺と神楽の機体は、丘陵部の陰に滑り込むことに成功した。
同時に全力逆噴射。 速度を一気に落とす。 危うく祥子さんの機体・B02に接触しそうになりながらも、ギリギリで停止する。



「はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・」
『うえっ・・・ うっ・・・ はっ・・・』
『ひっ・・・ ひっ・・・ ひっ・・・』
『・・・くっ・・はっ・・・ ぜ、・・・全機、ぶ、無事・・・か?』

皆、息も絶え絶えだ。

『び・・・ B小隊・・・ 4機、ステータス・グリーン、確認、ですわ・・・』
『ひゅう・・・ はぁ・・・ C・・・小隊・・・ 全機、無事、です・・・』
『了解、した・・・ A小隊、全機ステータス・グリーン、確認した・・・・。 ゲイヴォルグより、ユニコーン・・・ 中隊全機、退避、しました・・・』

『ユニコーンよりゲイヴォルグッ! 全機無事なんだなっ!? よくやった! 後2分で第3砲撃任務群の面制圧砲撃が始まる。 
重金属雲発生と同時に座標N-79-36まで引けっ! ≪セイバー≫、≪アーチャー≫との邂逅地点だ!
そこからなら丘陵部が連続している。 光線級との盾になる!』

『ゲイヴォルグ了解。 大隊長、損失は!? ユニコーンとソードダンサーは?』

『・・・・ユニコーンは3機喰われた。 ソードダンサーは・・・5機損失。 黒瀬君もやられた・・・』


―――― なんだって・・・!? それじゃ、第1中隊(ユニコーン)は残存7機。 
第2中隊(ソードダンサー)は・・・残存4機!? 1個小隊しか残らなかったのかっ!? しかも、中隊長戦死!?


『ソードダンサーの残存4機は、ユニコーンに臨時編入した。 現在の大隊戦力は23機だ。』

『ゲイヴォルグ・リーダー、了解・・・ 黒瀬君は・・・ 惜しい。 全く、惜しいです。 
もう少し生き延びれば・・・ 本当に良い指揮官になっていたものを・・・』

『広江君、今は言うな・・・ 第2大隊、移動開始用意。』


≪CPより『ユニコーン』 第3砲撃任務群、面制圧砲撃開始20秒前・・・ 10秒前・・・ 5、4、3、2、砲撃、開始っ!!≫


大隊CPよりの報告と同時に、後方より重低音が連続して響く。 特急列車の通過音を橋の下で聞くような、猛烈な飛来音。 そして、反対側から音も無く殺到するレーザーが多数。


≪CPより『ユニコーン』 BETAの砲撃阻止、開始。 ・・・・・阻止率、72% ・・・重金属雲発生! 繰り返す! 重金属雲発生! ≫


『ユニコーン01より全機。 重金属雲濃度が規定値に達すると同時に、移動開始する。
跳躍ユニットは使用するな。 推進剤残量が心もとない。 RUN(歩行移動)でいくぞ。』

『『『『 了解 』』』』




・・・・それから5分後。 重金属雲濃度が規定値に達し、大隊は邂逅地点へ移動を開始した。


(・・・・あと、10km。 あと10kmだったんだ。 そこまで突破出来れば、右翼と邂逅出来たのにっ!!)

――――痛っ! 
気が付けば俺は、下唇を噛み破っていた。 血が出ている。

・・・悔しかったんだ。 俺達は死に物狂いで戦った。 俺達帝国軍だけじゃない。 国連軍だって、韓国軍や、中国軍・・・ それに、ソ連軍も。
普段は「お国事情」で、同じ戦場に出て共に戦う事は余りない部隊同士が。
共に協同して。 お互い死に物狂いで戦った。 お互いの背中を預けて。 それなのに。 

おまけに、俺達は退避行動で精一杯だった。 協同した中国軍の『暴嵐』機甲大隊は・・・ ほぼ、壊滅した。
共に戦った戦友を。 俺達は見捨てる形で退避しなければならなかったんだ。 畜生!!



『・・・・直衛君。 まだ、戦いは終わっていないわ。 まだ、巻き返せる。 きっと、私達は巻き返せる。
だから・・・ 悔しさは、抑えなさい。 ≪暴嵐≫の事も。 まだ、私達は負けていないっ・・・』

祥子さんが秘匿回線で話しかけてきた。
・・・・そうだ。 まだ、戦いは終わっていない。 状況は不利になり始めているが、まだ負けていない。


俺達は巻き返す。 必ず、巻き返す。 


「そうですね・・・ すみません。 俺、また短絡的に・・・」

『ふふ・・・ でも、少しは抑えが利くようになったかな? 以前は、口に出していたものね。 大丈夫よ。 私が見ていてあげる。』

「・・・えっ?」

『見ていてあげるわ、私が・・・ 』

そう言って、祥子さんは唐突に秘匿回線を切る。


(・・・『見ていてあげる』、か・・・)

くそっ ガキだな、俺は・・・
――――本当は。 本当は、俺が彼女を見ていてやりたいのに。 彼女を見守っていてやりたいのに。
しっかりしているようで、実は脆い所が有って。 気丈なようで、実は繊細で。



(『だから。 多分、その人が、直衛の <死ぬ理由> だね・・・』)



何時だったか。 あれは確か、去年の6月頃か。  翠華・・・ 中国軍の蒋翠華少尉が、俺に言った言葉を思い出す。


(翠華・・・ 俺は祥子さんを、<死ぬ理由> にはしないよ・・・ 
俺は必ず生きる。 生き抜いてやる。 生き汚くとも、生き抜いて、この戦場を伝えたいと思うんだ。 そう思い始めたんだよ・・・ 
そして・・・ 彼女も生き抜いて欲しい。 その為に、俺は自分だけじゃなくて、彼女を見守る強さを。 俺は掴み取りたいんだ・・・)


『おい、直衛・・・ 』

圭介が秘匿回線を使ってきた。

「・・・なんだよ、今度はお前か?」

『今度は? ・・・ははん。』

「何だよ?」

『綾森少尉に、慰めて貰ってた、か?』

「ばっ、馬鹿やろっ! 変な事ぬかすなっ!」

全く。 こいつは昔から、やたらと感が良い奴だった・・・

『ま、いいけどよ。 それより、次は仇討ちだぜ?』

「仇討?」

何を言い出すんだ? 他の中隊の連中の事か? それなら、言われるまでも・・・ あっ!

『第1中隊の矢代。 第2中隊の宮前。 さっきの光線級の攻撃で、やられちまったってさ・・・ あいつら、9か月も生き抜いていながら・・・ 畜生っ!!』

今まで生き残っていた同期の名だ。 それも俺達と同じ、旧第21師団の生き残り組。
訓練校は違ったが、去年の6月以降、同じ大隊に再配属になって以来、良く一緒に連んだ連中だった。
にしても・・・圭介がこんなに感情を露にする所は、久しぶりに見た。

「圭介。 矢代と宮前がやられたのは、俺も悔しい。 だけど。 だけど、熱くなるなよ? 頭の芯は『冷たく保て』 じゃないと、お前、奴等にぶん殴られるぜ? あの世でよ?」

『・・・俺が、やられるってか?』

「ああ。 今のお前じゃな。 らしくないぜ? 
『相手が買う気の無い喧嘩も、高値で売り付ける。 売ってきた喧嘩は、値切り倒して叩きつける』 
それが信条じゃないかよ? 俺達ってさ。」

昔。 軍付属中学時代に、二人して馬鹿やっていた頃、いきがって考えた謳い文句だ。
お陰で色々と、あちこちから目を付けたれたっけな。

「矢代と宮前の落とし前は。 糞BETA共に、精々高値で売り付けようぜ? 相棒。」

『・・・・へっ。 いつもは突っ走るお前に、諌められるとはね。 
いいぜ。 乗った。 あいつらの落とし前、100倍返しだ。 気合い入れて行けよ?』

「お前こそ、な!」



そうだ。 俺達はまだ負けちゃいない。 BETA共に落とし前を付けさす『牙』も、失っちゃいない。


(戦いは、これからだっ!!)


俺達は邂逅地点へ急いだ。 より大きな『牙』となる為に。 












≪1月19日 1645 左翼機動突破任務部隊 司令部≫


「BETA地中侵攻、3カ所を確認。 うち2か所が左翼戦線です!」
「座標N-89-48、第119旅団東方前面、及び座標N-62-31、第283機械化歩兵装甲旅団西南方面。 BETA個体数、推定各3万!」
「左翼戦線より、臨編増強戦術機甲旅団 ≪ノーザン・ブル≫ 展開完了。続いて中国軍第332機甲旅団、展開完了しました。」
「第119、第120戦術機甲旅団、退避戦闘行動入りました。 光線級の照射により、被害拡大中!」
「航空打撃旅団群、退避完了! 損耗率35%!」
「第1、第2砲撃任務群、制圧砲撃開始! 第3砲撃任務群、制圧砲撃開始5分前!」
「右翼戦線より入電! 右翼機動突破任務部隊、退避行動開始。 損耗率27%!」


次々に報告が入ってくる。 状況は悪い。 想定した最悪の部類だった。
しかし、全く想定していなかったのとは違う。 かろうじて予測想定に「引っ掛かった」のだ。


「最悪の想定では有りますが・・・ なんとか、戦線崩壊は回避出来るかと。」

作戦主任参謀のエルファーフェルト中佐が、沈痛な表情で報告する。
今のところ、任務部隊は迅速な状況対応によって、BETAの奇襲をなんとか防いでいる。
戦線全域でも同様。 右翼方面も何とか凌げそうだった。
しかし、損害はやはり目に見えて拡大している。 そして、最早今の損耗では、左右両翼の突破合流は非常に困難だ。
つまり「チィタデレ」は半世紀前同様、寸での処で突破力を失ったのだ。


司令分の報告が継続する。

「BETA群、対砲撃迎撃開始! レーザー照射による迎撃率、70%を超えました! 砲撃任務群、ALM、AL砲弾発射に切り替えます!」

ブロウニコスキー少将は、戦況MAPを確認する。 もうじき、ALM発射になる。 BETAの迎撃で重金属雲が発生するとなるとすると・・・

「第119、第120旅団へ通達。 重金属雲規定数値発生と同時に、N-89-48のBETA群へ迂回突撃。 第179機甲旅団を随伴させる。
右翼のリジューコフ中将へ通達しろ。 できれば右翼との挟撃の形にしたい。
第31師団から戦術機2個連隊と第182機甲旅団をN-62-31へ回せ。 ≪ノーザン・ブル≫とで挟撃させろ。
第271機械化歩兵装甲旅団と31師団の残り1個戦術機連隊は、総予備だ。」


まだなんとかなる。 まだ想定の内だ。 最悪だが、それなりの対処は策定している。
まだ、何とかなる筈だった。


後方から重低音の発射音と、甲高い飛翔音が重複して鳴り響いた。 3個の砲撃任務群がALMとAL砲弾の全力集中射撃を再開したのだ。






≪1月19日 1710 独立混成第119旅団 移動指揮車両≫


任務部隊司令部よりの指令は、重金属雲発生と同時に、北東部の丘陵部を迂回しての側面突撃命令だった。
確かに、標高で100m程は有る丘陵部を利用すれば、BETA群の後方側面、つまり光線級の懐に飛び込める。
だが、それは同時にBETA群の後方への移動で有り、下手をすれば数万のBETA群の真っただ中に、孤立する恐れも有ると言う事だった。


「現在の旅団残存兵力は? それと、隣り(第120旅団)も確認したい。」

旅団長・松平孝俊准将がG2(旅団情報参謀)に確認する。

「はっ。 戦術機部隊は、第1大隊・20機、第2・23機、第3・22機、第4・19機、第5・21機。 合計105機。
機甲部隊は第1大隊は24輌、第2が22輌。 第3は損耗が激しく、残存9輌。 第3を解隊し、第1、第2に編入します。 合計55輌。
機械化歩兵装甲部隊は、4個中隊が残っております。 自走砲部隊は、1個中隊・11輌。
第120旅団も、似たような状況です。
主力の戦術機は、残存102機。 機甲部隊51輌。 自走砲10輌。 機械化歩兵装甲部隊が3個中隊です。」

「・・・合わせて、戦術機207機、機甲部隊の戦車が106輌。 自走砲が21輌、歩兵が7個中隊、か・・・」


昨日の作戦開始時点で、2個旅団合わせて、戦術機10個大隊340機。 戦車は6個大隊212輌、自走砲6個中隊68輌、機械化歩兵装甲部隊4個大隊(12個中隊)を数えていたのだ。

それが今では、戦術機は4割近くが失われ、機甲部隊も半数を失った。
今の戦力は、辛うじて旅団定数を2割程度、上回る程でしかない。


「しかし、本部予備より第179機甲旅団が加わります。
機甲部隊戦力は戦車が108輌と、自走対空砲が24輌、自走砲22輌。 機械化歩兵装甲部隊も、1個大隊あります。
戦術機部隊の増強は、現時点で見込めませんが、右翼との協同によっては、未だ突破の可能性は十分あります。」

G3(旅団作戦参謀)が戦域MAPから視線を外し、自らを鼓舞するかのように言う。


(そうだな。 まだ我々は負けたわけでは無い。 用兵の如何によって、劣勢を挽回した例は幾らでもあるのだからな。)

松平准将が内心で独りごちた時、通信が入った。 任務部隊系通信。 恐らく任務部隊指揮官からだろう。

「閣下。 任務部隊司令部から秘匿通信です。」

旅団通信隊指揮官が、秘匿回線ブースを指し示す。


「119旅団、松平です。」

『マツダイラ君か? ブロウニコスキーだ。 そちらの状況は?』

「決して良いとは言えませんが。 絶望するには、まだまだ早い、と言ったところですな?」

『それは頼もしい。 うん、指揮官たるもの、どんな時にも見栄は必要だな?』

思わず苦笑する。 任務部隊司令部でも、こちらの状況は把握している筈だ。 改まって指揮官自らが確認するまでも無い。
つまりは、そう言う事か。 ――――覚悟を決めろ。

『前頭葉を母親の胎内に置き忘れた連中に許された最後の見栄こそが、名誉と義務なのだよ。』

「ほう? けだし、名言ですな? 誰の言葉ですかな?」

『くくく・・・ 私の母だよ。』

「それはそれは。 ははっ!」

我等の指揮官殿は、マザーコンプレックスの資質でも有ったか。 いや、男にとって、全ての女性はそのようなものか。


『・・・君の第119は、アイガ君の第120、李文龍大佐の第179機甲と共に、再び地獄に飛び込んでもらう。
後方の番犬、ケルベロス共は、31師団と≪ノーザン・ブル≫とで始末する。 掃除が済み次第、全力で君等を追い掛ける。
後方の戦況次第になるが、場合によっては予備の戦術機1個連隊、宛がえる。 どうだ?』

「宜しいですな。 全くもって、宜しいですな。 前方は孤軍奮闘、後方は力戦敢闘。 我等は人類の盾で有り、剣で有るのですから。」

『では、参ろうか? 地獄の饗宴へ。』

「ヤー・ヴォール、ヘル・コマンダンテ」





[7678] 北満洲編16話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/05/10 03:42
1993年1月19日 2240 依安東南東20km 


――――地獄って所は、こんな場所なのかな。

麻痺した頭の片隅でそんな事を考えながら、俺は無意識に機体を操作していた。
正面と左右から要撃級が迫る。 右への短距離噴射地表面滑走(ショート・サーフェイシング)と同時に、垂直軸反転とで、右から迫る要撃級の側面に出る。
突撃砲の120mmを至近から撃ち込む。 これで120mmは弾切れ。 そのままサーフェイシングを続けながら、36mmを射軸をずらしながら連射。 3体を無力化する。
同時に36mmもアウト・オブ・アンモ。 いよいよ、後は格闘戦で切りあうしかないか。

息つく間も無く、突撃級が突進してくる。  200m・・・ 100m・・・ 50mを切ったところで、短距離水平噴射跳躍。 
左腕部に保持した74式長刀を脚部に突き刺し、そのまますり抜ける。
突撃級は片脚全てを持って行かれて倒れ込む。 斃した訳じゃないが、無力化は出来る。 動けない奴は只のゴミと同じだ。 無視すれば良い。

夕刻、1830から始まった再突撃。 それから4時間以上が経った。
何km突破したのか、解らない。 あと何km、BETA共が屯っているのか、解らない。
疲労は極限まできている。 朝から少なくとも、都合10時間近く戦闘をしているのだ。
小隊長の声も聞こえない。 中隊長の声を聞いたのは、どれだけ前だったか?


「ふっ・・・ ふっ・・・ ふっ・・・」

自分が荒い息をしている事に、今気付いた。
ふと、傍に「疾風」の残骸が目に付いた。 どこの部隊だろうな? 急にどうでも良くなった。 
とりあえず、くたばった奴に突撃砲は無用だ、と気が付き、傍に落ちている突撃砲を調べる。
120mm、残弾4発。 36mm、残弾380発。 俺のより遥かにマシだ。 手土産、ありがとさん。
ついでに腰部兵装ラックも調べる。 120mm弾倉2本、36mm弾倉3本。 これで、今少し生き延びられるか・・・

戦術センサーが音紋と振動を捉える。 近い。 距離500 この丘の向うか。 推定個体数、約300
丘を無造作に上る。 天辺付近で停止。 マニピュレータ―から、補助光学センサーを伸ばして「覗き見」する。
ふん。 丘の反対側に、要撃級が9体と、戦車級が100前後。 あとは小物か。 光線級は居ないな、よし。

無造作に要撃級に狙いを付け、120mmを連射する。 
1発目――後ろから、見事に背面に命中。
2発目――こっちに気付いて旋回中の奴の後部胴体に命中。 体液をまき散らしやがった。
3発目――旋回を終わった胴体上部に命中。 ははっ! 汚ったねぇ蔵物、まき散らしやがって。
4発目――前腕に防がれる。 まぁ、しょうがないか。 3体殺ったから、良しとするか。

当然、こっちに突っ込んで来やがった。 高低差、約80 距離で・・・ 500程か
網膜スクリーンで120mm弾倉を選択、弾倉を交換する。  ・・・完了、約5秒。
距離は200を切った。 要撃級が先頭、6体いる。 残り100で水平噴射跳躍。 大丈夫、光線級は確認されていない。 

もしいたら? そんときゃ、俺が死ぬまでだ。

傾斜を利用して、BETAの上方に飛び出る。 無防備な上方から120mmを連射して、3体に命中。 斃したかは確認できない。 
36mmの連射に切り替えて、着地地点付近の戦車級を薙ぎ倒す。 36mm、残弾87発
着地。 要撃級の裏を取る。 垂直軸旋回で急速反転し、2体の要撃級に後ろから36mmを残らず叩き込む。 
10秒経たずに撃ちつくす。 首のような後部胴体が弾け飛んだ。

同時に噴射跳躍し、残り1体を飛び越す。 飛び越しざまに、120mmを2発。 
1発は胴体中央部に、1発は前腕の付け根に着弾し、最後の要撃級が動きを止めた。

元居た丘の上に戻る。 最後に残した120mmキャニスター弾を、残った小型種に叩き込む。 纏めて20体ほどが霧散する。

36mm弾倉交換。 残りは戦車級が30体ほど、他の小物が150くらいか。
36mmを射軸をずらしながら、連射し続ける。 個体識別なんか不要な程、纏めて霧散していく小型級BETA共。
――――36mmが弾切れした。 目前に戦車級が4体。 弾倉交換の暇は無いな。 左腕部に持った長刀を横薙ぎにする。 
2体を叩き切ったところで、長刀の切っ先が折れた。 即座に逆噴射跳躍で距離を稼ぐ。 
長刀をパージして、36mm弾倉交換。 これで残りの予備弾倉は120mmと36mmが1本ずつ。

36mmを短く2連射。 残りの戦車級も吹き飛んだ。


「ぜっ・・・ ぜっ・・・ぜっ・・・ 」

息が荒い。 腹が攀じれる様に引き攣る。 体中が重い。 喉が渇いた。 それより―――部隊は、どこに居るんだよっ!?

俺は単機で部隊から、はぐれていたのだった。


「畜生・・・ 単独斥候なんか、志願しなきゃ良かった・・・」

己の浅はかさを恨む。 側面のBETA群に気付かなかった俺が馬鹿だったのだけど。 奇襲を受けて、中隊との間を分断されたのが、1時間前。
なんとか合流しようとしたけれど、次から次へとBETAが湧き出てこられて。 回避機動と防御戦闘をし続けている間に、次第と中隊との距離が開いて行ってしまった。
何とか、BETAの密度の薄い場所を探しつつ移動する間に、完全に中隊をロストしてしまったのが、40分ほど前。
戦域はあちこちでALMとAL弾が撃ち込まれ、それを光線級が迎撃し―――重金属雲が広範囲に立ち込めている。 
通信が効かない。 レーダーもさっきからノイズばかり。 たまに拾ったら、クラッターを拾いやがる。

以来、中隊を探して単機で戦場をうろついている。 完全に迷子だ。

幸いにも? あちこちにBETA共の死骸の他、友軍戦術機の残骸がある。 推進剤は無理だが、突撃砲や弾倉、長刀は程度の良い奴を拾いながら凌いでいる。
最初から残っているのは、膝部の短刀2本だけだった。


「――-!? おい、助かったぜ・・・!」

何の奇跡か。 補給コンテナが1台。 前方200 無傷のようだ。 周りを警戒しつつ、近寄って調べる。 大丈夫、無傷だ。 それに手つかずとは。

120mm弾倉1本と36mm弾倉5本を取り出し、腰部兵装ラックに収める。
ついで、87式突撃砲を2門取り出す。 1門を左腕部に持ち、1門を右背部ウェポンラックに装着する。 最後に74式長刀を1振、左背部ウェポンラックに装着。
少々変則的だ。 突撃前衛装備じゃ無く、強襲前衛と強襲掃討の中間装備みたいになってしまった。
まぁ気分の問題だ。 突撃砲が3門有れば、弾幕形成には十分だし。 長刀が有れば短刀だけより近接格闘戦でも戦いやすい。 俺はこれが気に入っている。

盾は邪魔なだけだ。

最後に主機燃料と、推進剤を補充して完了する。 機体の疲労は少々心配だったが、とにかくこれで俺の「疾風」は牙を取り戻し、腹もふくれた。 
迷った子犬から、狼に変わった。 後は狩りをしながら、群に戻るだけだ。




静粛索敵をかけつつ、慎重に移動する。

「さて・・・と。 現在位置は。 N-76-51 随分南東寄りに流されたな・・・ 付近に友軍は、無し。 丁度、戦域間の間隙地点なのか?」

相変わらず重金属雲が晴れない。 腹に響く重低音がひっきりなしに鳴り響いている。 どこかの戦域への支援砲撃だろう。
辺りを見渡す。 BETAの死骸が無数。 戦術機は・・・ F-15C(イーグル)に、92式(F-92J/疾風)、F-5E(タイガーⅡ)もある。
あっちは見慣れないな・・・ あぁ、確かソ連の新型機。 Su-27ジュラーブリクか。 
中国軍の殲撃8型もあるな。 お? 殲撃9型(F-92C 92式の中国輸出モデル)もある。

『複合戦区』か・・・

夕方から始まった再突撃は同時に、正面・左右両戦線でも、戦線の押し上げを図ったから。 各方面で突破部隊が編成されたのだろう。
じゃなければ、右翼機動突破任務のソ連のSu-27や、左翼機動突破任務の帝国軍の92式、国連軍のF-15C以外に、F-5Eや殲撃8型/9型が、こんな所に居る訳が無い。


(ここまで来て、力尽きたか・・・ あんた等の続きは、俺が引き取るよ。)


5分ほど南へ移動した時、音紋と振動が同時にキャッチした。 咄嗟に大岩の陰に隠れる。

(っ! BETAか!? ・・・いや、このパターンは違う。 これは・・・ 戦術機?)

次第に音と振動が大きくなる。 間違いない、戦術機だ。 2機。 しかし、なんだ? こいつ等。 全く静粛警戒していない。
あと数十mのところで、隠れていた大岩から機体を出して、相手の前に出る。


『きゃ、きゃああぁぁぁ!!』

げぇ! いきなり突撃砲を向けやがったっ!

『サーシャ! 撃つなっ! よく見て、日本軍機よっ!!』

後方の奴が警告勧告する。

『はぁ・・・ はぁ・・・ お、驚かさないで・・・』

見ると、Su-27と殲撃9型のエレメントだ。 ソ連軍と中国軍? はぐれ者同士か?


「・・・こんな戦域のど真ん中で。 たったの2機で静粛警戒もせずに堂々とのさばっている馬鹿に。 それも味方誤射しかけた大馬鹿に、言われたくないな。」

突撃砲を向けたSu-27の衛士に、嫌味たっぷりに言ってやる。 寸での処で味方誤射されそうになったんだ。 その位甘受して貰う。

『うっ・・・ そ、それは・・・ 悪かったわ。 こっちのミスよ・・・』

ほう? 意外に素直に引き下がったな?

「で? ソ連軍と中国軍のエレメントか? 珍しいのかどうか知らんが、こんな所で何を?」

『・・・原隊を探しているのよ。 そっちこそ、 日本軍が単機で、どうしてこんな所にいるの?』

「迷子だ。」

『・・・・はぁ!?』

「迷子だ。 原隊とはぐれた。」

『そっ・・・ そっちだって、同じじゃないっ! 何よ! 偉そうに!!』

「・・・味方誤射・・・」

『・・・・っ! ううぅぅ~~!』

ふん、何度でも言ってやる。 
その時、それまで黙っていた殲撃9型の衛士が訝しげな声で尋ねてきた。

『まさか・・・ その声って・・・ 直衛? 直衛なの!?』

は? 誰だ? 俺、中国軍に名前で呼ばれるほど親しい奴は・・・

「・・・誰だ?」

『やっぱりっ! 直衛よっ!  私! 私よっ! 翠華、蒋翠華よっ!』

「・・・・翠華? 翠華なのかっ!?」

『そうよ! ああ! やっぱり直衛だった!!』

データリンクが確立する。 同時に、嬉し泣きのような表情をした蒋翠華少尉の顔が、スクリーンに飛び込んできた。





1993年1月19日 2320 依安東南東15km


中華人民共和国陸軍・蒋翠華少尉。
去年の6月、ちょっとした任務で一緒に行動した。 ただそれだけだ。 公式には。
だが・・・

「へぇ? じゃ、彼が翠華の好きな人なの?」
「ええ、そうよ。 サーシャ。」

どうしてこんな戦場で、俺は身の置き場の無い思いをしなきゃならんのだ?

3機をトライアングルに配置し、索敵死角を無くしている。 機体姿をニーリング・ポジションにして、機外へ出た。
強化装備とのリンクは切っていないから、索敵情報はリアルタイムで確認できる。 BETAが接近すれば、即座に機内に搭乗できる。
そこで、翠華と、サーシャと呼ばれるソ連軍衛士と顔を合わせたのだが。

そうだった。 俺って、彼女に「好きだ」と言われていたんだよ。 忘れた訳じゃないけど、いきなりの再会じゃ、心の準備ってやつが出来ないぞ? ホントに・・・

「見た感じ、同年齢くらい?」

「私と同じ年よ。 サーシャ、貴女の2歳年上。 ね? 直衛。」

「あぁ・・・ そうだな。 って言うか、翠華。 なんでまた満洲に? 華南戦線じゃなかったのか?」

そうだよ。 確か半年前に華南戦線に移動していった筈だ。 彼女と、彼女の部隊は。
向うは今、結構大変になっている筈だから、戦力の抽出なんて余裕、無いだろうに。


「新型の慣熟訓練を受けていたのよ、青島で。 去年の11月から。 でも、満洲方面が怪しくなってきたから、部隊丸ごと、そのまま満洲方面軍に編入されたの。」

「ふぅん? 新型って、あれか? 殲撃9型?」

「そうよ。 直衛とは同じ機体ね。」

まぁ、そうだ。 疾風(92式)の中国輸出モデルが、殲撃9型だしな。 ちょっと、いじってあるのか。 頭部のラウンドモニターに装甲付いているし。


「F-92シリーズって、米国のF-16の盗作じゃない。」

ふふん、と、サーシャと呼ばれたソ連軍衛士が鼻で笑いやがる。

「Su-27か。 所詮、米国のF-14の技術をお情けでグラナン社から貰って、でっち上げた機体だよな? 偉そうな事言えるのかよ?」

こっちが何も知らないとでも思っているのかよ。
すげぇ顔で睨んでいるけど、無視だ、無視。

「あ、あの、サーシャ? 直衛も。 こんな所で、そんな、いがみ合わないで・・・」

翠華があたふたしている。 うん、新鮮だ。


「で? あんた、誰だ? 俺は日本帝国陸軍・衛士少尉 周防直衛。 第119独立混成機動旅団。」

「・・・アナスタシア・アレクサンドロヴナ・ダーシュコヴァ。 ソヴィエト連邦陸軍少尉。 第221軍団、第272戦術機甲師団。」

第221軍団。 右翼機動突破任務部隊か! 

「第221がここに居るって事は。 右翼もかなりの所まで、突破してきているって事か。 原隊とはぐれたって、どの辺でだ?」

「・・・言う必要が?」

「友軍戦線の状況把握だ。 それ以上の意味は無い。 それ以下もな。 それとも、ソ連軍じゃ協同する友軍にさえ、鉄のカーテンを敷くのか?」

「っ!! ・・・座標・N-62-88よ。 明水の北西38km地点。」

「俺がはぐれた地点と近いな。 距離で20km弱か。 予備戦力が投入出来てたなら、突破できそうな距離だ。」

予備戦力か。 そんなもの、一体何処にあるんだ。 左翼で最後の予備戦力が投入されたのは、2時間以上前だ。
国連軍第31師団の残存1個連隊のF-15C(60機程度だった)が投入されて。 まぁ、お陰で一気に30kmほど戦線を押し上げれたんだけど。
その後に重光線級・光線級の掃討に手間を取られて。 大隊は23機で再突撃を開始して、その時点で2機を失っていた。


「・・・ま、我々も同じ様なものね。 師団とは言え、実質1個半連隊ほど。 150機位だった。 アリゲートル(MiG-27)が100機程で、ジュラーブリク(Su-27)が50機程度よ。」

サーシャ。 ダーシュコヴァ少尉がソ連軍の状況を、ぽつりと話す。 
そうだろうな。 右翼部隊も、左翼同様に過酷な突破任務を継続してきたのだ。

「私は、正面戦線の第68軍。 その第108戦術機甲師団だったけど。 戦略予備だったから、何とか定数は維持していた。
突破任務部隊が編成されて、一気に中央戦域を突破しようとしたのだけど。 連隊は、私がはぐれた時点で、70機位に減っていたわ。 N-51-67で。」

翠華の部隊もかなりの無理をしてきたんだな。 最南端の中央戦区から、こんな北まで突破するとは。

状況は・・・ 兎に角、混戦状態である事。 左右両翼は意外と接近している事。 中央からもかなりの戦力が、楔を打ち込んできている事。
決して、暗い状況ばかりじゃない。 もしかしたら、包囲が完成すると共に、中央突破も完成する可能性だってある。 そうなれば、一気に殲滅出来る筈だ。
なら、俺達のすべき事は。

「お互い、一刻も早く原隊に復帰する事だな。」
「ええ。」
「そうね。」

よし。 まずは意思統一。 次に―――

「状況を纏めると。 ここから最も近い距離に居るのは、左翼突破任務部隊だと思う。
再突撃前のブリーフィング情報だが、右翼との邂逅予定地点は、ここから北北東に15km。 ダーシュコヴァ少尉、間違い無いな?」

「ええ。 私が受けた情報でも、その辺りで左翼と合流する予定だったわ。」

よし。 左右両翼の戦術構想は合致している。
後は・・・

「翠華。 中国軍・・・ 正面戦線の突破は、どこまで?」

「こちらも同じよ。 その辺りまで出来れば北上しつつ機動突破。 戦線自体も押し上げて来ているから、左右どちらかの砲撃任務部隊の支援砲撃は受けられるはず、って情報だったわ。」

「それはどうかな・・・」 「難しいかも・・・」

両翼の支援状況を知っている俺とダーシュコヴァ少尉が、同時に呟く。
そろそろ、砲撃部隊の備蓄砲弾量やALM量も、怪しくなってきている筈だ。


「よし。 じゃ、これからの行動予定だが。 北、乃至、北北西へ移動する。 かなりの確率で、左翼任務部隊のどれかに行き当たる可能性は高い。
南の方向は、未だBETAの密度は高いと想定されるしな。 危険だ。」

「異議無しよ、直衛。」
「それしかなさそうだ。 スオウ少尉。」

「それと出発前に補給する。 ここからRUNで5分ほど北に補給コンテナが有る。 日本軍のものだけど、弾薬と燃料は君達の機体でも使える。 まずは、腹ごしらえしてからだな。」

翠華とサーシャが、幾分ほっとした表情を見せる。 彼女達の機体も、燃料や弾薬はギリギリだったのだろう。



補給コンテナで燃料、推進剤、弾薬を補給して、方位3-4-5から、3-5-0を目指して前進を始めた。
翠華はWS-16C改(82式戦術突撃砲)2門と、ALMランチャー2基装備の制圧支援崩れ。 サーシャはWS-16C・4門の強襲掃討装備。

俺がトップにつき、サーシャが中間警戒、翠華が後方支援の簡易縦型陣形を取った。
噴射跳躍は極力行わない。 次に何時補給できるか分らないし、どこに光線級が潜んでいるかも判らない状況では、迂闊に飛んだり跳ねたりは出来ない話だ。
RUN(主脚歩行)で静粛索敵をかけながら、ゆっくりと遮蔽物を利用して移動する。


『直衛。 あれからもずっと、満洲に居たの?』

翠華が秘匿回線を使って話しかけてきた。 まぁ、極々プライベートな話になりそうだし、いいか。
複合センサーと補助光学センサーを見比べながら、答える。

「ああ。 ずっとここさ。 1週間ほど、出張で大連に行った事は有ったけど。 うちの部隊は、北満洲に張り付きだからな。 
翠華は? 華南戦線だっただろ? 他の3人は、元気かい? 確か、周蘇紅上尉に、趙美鳳少尉と、朱文怜少尉、だったよな?」

『・・・よく、半年前にちょっとだけ会った、それも他国軍の≪女性≫衛士の名前、覚えているわね?』

「翠華・・・ 言いがかりだ。 元戦友だ。 忘れたら失礼だろ?」

『むうぅぅ~~~・・・・』

何とか言いごまかす。 ま、まぁ、他の3人とも、ベクトルは違うけど、かなりの美人だったから、覚えていた訳で・・・ 翠華も美人だけど。
って言うか。 それって焼もちか? 翠華?


『周大尉も、趙中尉も。 文怜も元気よ。 3人とも私と同じ大隊に居るわ。』

ふぅん、そうか。 無事なら何より。 って? 大尉? 中尉? 

「昇進したのか?」

『ええ。 今は周大尉が中隊長で、趙中尉は私と文怜の隊の小隊長よ。 9月に半期遅れの新任が入ってきたし、私も先任少尉になっちゃった。』

「そりゃ、凄い。 俺なんか未だ、部隊では一番下っ端だよ。」

『華南は、人員の損耗が大陸の戦線では一番激しいから・・・ 満洲も似たようなものだけど。
それを考えると、直衛の後任が入ってこないって言うのも、変な話ね?』

「まぁ、俺の中隊は去年の6月に編成されて以来、1人の戦死者も出していないから。 戦闘出撃自体は嫌ってほど、こなしてきたけどな。」

考えてみれば、凄い事だ。 今回のような大規模作戦じゃなくても、出撃の度に未帰還機は、他の部隊では必ずと言っていい程出ていた。
俺にしたところで、今の中隊になってからの戦闘出撃回数が20回を超した。 確か、23回出撃だ。 合計で24回だからな。
23回。 大小合わせてそれだけの戦闘を繰り広げながら、中隊は未だ1人の戦死者も、負傷者も出していない。 
後方に位置していたからじゃない。 むしろその逆だ。 いつも俺達の第23中隊は最前面展開を指定される。 大隊の先鋒部隊だった。 
常に真っ先にBETA群に突進し、最後に離脱し続けていた。

俺達の≪ゲイヴォルグ≫中隊が、別名≪不死身≫中隊、と囁かれている所以だ。


『20回以上戦闘出撃して、1人も戦死者無しっ!? それも、先鋒部隊でっ!? ・・・信じられないわ・・・』

うん。 今気付いたけど、俺も信じられない気分になってきた。
なにせ、15回の戦闘出撃をこなせば「エース」 20回で「トップエース」と言われるのだった。

んじゃ、俺達の中隊は?

最高出撃数は、広江大尉の46回か。 正真正銘の化け物だな、あの人は。
次が木伏中尉と、水嶋中尉の33,4回だったな。 あの二人も、立派に化け物の仲間入りだ。
で、先任少尉達が続く。 祥子さんに、源少尉、三瀬少尉、和泉少尉が27,8回のはず。
一番少ないのが、俺達同期組。 俺と圭介、愛姫が24回で、神楽と美濃が23回。

うえっ!? 全員20回以上じゃねぇかよっ!?
ここ3ヶ月程で稼いだ出撃回数だけど・・・


『ぜ、全員、20回以上の実戦出撃経験者? それに、何?・・・・46回!? ば、化け物の集まりなの!? 直衛の中隊って・・・!』

翠華が絶句する。 俺も絶句したい。

『わ、私の中隊も、かなりの歴戦部隊って言われるけど・・・ それでも、中隊長の周大尉でさえ、21回よ・・・
趙中尉や、もう一人の小隊長でも、13,4回だし。 私はようやく、実戦出撃を10回こなした所よ・・・』

うん。 平均的な『歴戦部隊』って、そんな所だよな? どうして俺達の部隊って、こんなに回数多いんだろう? よっぽどBETAに好かれているのか?
その時、サーシャが通信に割込んで来た。

『二人とも。 何時まで秘匿回線使っているのよ? 愛の語らいにしても、長すぎないこと?』

違う。 激しく誤解しているぞ? ダーシュコヴァ少尉よ。

翠華が顔を赤らめる。 いや、そんな誤解を招く表情、しないでくれ・・・
苦し紛れの説明(言い訳)をする。 最後まで疑わしい表情をサーシャは崩さなかったが。


『ああ、日本軍の≪不死身中隊≫の事? 知っているわよ。 こっちじゃ有名だしね。 そう、貴方、あの中隊だったの・・・』

「別段、特別でも無いぞ? 俺達だって、BETAと殺り合う時は怖いしな。 ヤバい場面だって、10回どころじゃきかない。
悲鳴も上げるし、弱音を吐きそうにもなる。 普通の部隊だぞ?」

『それでも、全員生き抜いているのは、凄い事よ。 皆、最後まで諦めないのでしょうね。』

「当然だろ?」

何を言っているのだ? BETAとではなくとも、諦めたら勝負は負けだ。

(『負けたくなければ、見苦しくとも最後まで足掻け。 諦めてご立派に死ぬより、足掻いて生き抜く事の方が、何十倍も勇気が要るのだ。』)

広江大尉の口癖だった。 同時に、俺達の中隊の『鉄則』だ。
そう言うと、翠華もサーシャも、似たような表情をする。 サーシャがぽつりと言った。

『その、最後まで足掻く、と言う事が。 とても難しいわ。 BETAと対峙する恐怖と、死の恐怖に負けて、諦めてしまう事がどれほど多いか。』

『そうよ、直衛。 衛士と言っても、誰も彼も、直衛達のような強い心を持っている訳じゃないわ。 寧ろ、少数派よ、貴方達のような衛士は・・・』

何とはなしに、センサー情報を見つつ、2人の声を聞いている。
出会った場所から大方5kmほど北上出来た。 予定地域まであと10kmほど。 何もなければ、そろそろ『戦場音楽』が聞こえてくる筈だ・・・・ ん? これは・・・


「・・・じゃ、2人とも、その時はあっさりと死ぬのか? 俺は嫌だね。 やりたい事、伝えたい事、他にも色々、山ほどあるんだ。
それをやり尽くすまで、俺はくたばらないよ。 くたばってたまるか。 生き汚くとも、見苦しくとも、生き抜いてやるぞ?
ま、2人がそうじゃないって言うのなら、勝手に死ねよ。 俺は止めない。」

『な、直衛っ!?』
『ッ! スオウ少尉!!』

「戦場で死にたがっている奴を全て助けられるほど、俺は無敵でも万能でも無いさ。 正直、いざって時は自分の事で精一杯だろうから。
その時は、翠華もサーシャも、遠慮なく死んでくれ。 俺に遠慮はいらないぞ?」

『ち、ちがっ・・・! 直衛、そんなんじゃ・・・!』
『~~~~~ッ!!』

「違わないだろ? 翠華。 極論すれば、そう言う事だ。 サーシャ? 何も言えないか?
・・・ふん、 中国軍も、ソ連軍も。 随分と甘い連中ばかりみたいだな?」

そんなこっちゃ、ユーラシアから叩き出されるのも、時間の問題か?
そう言った瞬間。

『直衛っ! 馬鹿にしないでっ!!』
『それ以上の侮辱は、許さないわよっ! スオウ!!』

「馬鹿にするな? 侮辱は許さん? どの口でほざくよ? 今しがたまでの弱気は、どこへ行った?」

せせら笑ってやる。

『直衛・・・ 許さないわよ。 それ以上は・・・ッ!』
『いくらトップエースとは言え・・・ 共に戦場に出ている衛士達をも、侮辱する気なのっ!?』

ふん。 まだ怒る位の気概は残っていたか。 だったら・・・

「だったら、証明して見せろよっ!? 方位3-5-8から0-0-5! 距離600、約1000! BETA共だっ!!」

『『 !! 』』

一瞬、翠華とサーシャの顔が厳しくなる。 ふん、衛士の顔に戻ったな。

「光線級が20体ほど居やがる・・・ 翠華、ALMありったけぶっ放せ。 迎撃照射を確認したと同時に、俺がヘッドオンで突っ込む! サーシャ、後衛支援頼むぞ!」

『『 了解! 』』

「便宜的に、俺が01、サーシャが02、翠華が03でコールする。 よぉし・・・ 攻撃開始!」

『03! FOX01!!』

翠華の殲撃9型のALMランチャーが白煙を噴き上げる。 左右両方で20発を発射した。
発射後1秒、 光線級が気付いたようだ。 一斉に振り向く。
発射後2秒、 迎撃照射が始まった。 数発が爆発する。

「01! エンゲージオフェンシヴ!」

言うなり俺はヘッドオンで水平噴射跳躍。 跳躍ユニットを一気にA/Bまで叩き込む。

発射後3秒、 ALMは1/3程に撃ち減らされている。 BETA群まで距離500弱。
発射後4秒、 再び翠華がALMを発射する。 20発。 良い具合だ。 さっきの照射で光線級は、あと10秒程は照射が不可能だ。 距離400を切った。
距離300、 ALMが20発以上飛び越していく。 光線級の迎撃照射は無い。
距離200、 前面に突撃級が20体に、要撃級が30体ほど。 構わず突っ込む。
距離100、 ALMが着弾する。 光線級が纏めて吹き飛んだのが見えた。 10数体ほど。

よし。

突撃級が加速する。 一気に相対距離が無くなる。 衝突直前で噴射跳躍、そして120mmを後方の要撃級に撃ち込む。
突撃級を飛び越し、着地する寸前で左右の肩部と腰部バーニア、それぞれに左右で逆方向の推力をトレードし、垂直軸旋回しながら着地する。
突撃級のケツを取って、36mmを連射する。 柔らかい裏腹に砲弾が刻み込まれて、6体を無力化する。
反転し、今度は要撃級へ突進する。 サーシャのSu-27と、翠華の殲撃9型の2機が、倒れた突撃級の間から噴射地表面滑走(サーフェイシング)で追随してくる。
サーシャが左右の突撃砲の120mmを放ち、俺の周囲の小型種を掃討している。

『03! FOX01!』

翠華がALMを放つ。 10発。 残弾数10発。
10発のALMは、俺が突進する要撃級に次々に命中する。 何体かはその硬い前腕で防御したようだが、確実に6体が倒れている。 よし、大穴が開いた!

「01より02! 要撃級の穴に突っ込む! 連中が反転したら、ケツから叩き込め! 
03! 最後のALMを光線級に撃ち込め! 迎撃照射のタイミングで俺が突っ込む!」

『02、了解!』
『03了解! FOX01! 全弾発射!!』

全弾発射と同時に、翠華の殲撃9型からALMランチャーが自動パージされた。
残った10発のALMが飛翔音を残し、飛び越えていく。 残った6体程の光線級がそれを認識し、照準を合わせるのが見えた。
同時に噴射地表面滑走(サーフェイシング)で要撃級の穴に突っ込む。

「おおおぉぉぉ!」

左から急速旋回で1体の要撃級が迫ってきた。 120mmを放つ。 前腕でブロックされる が、それで良い。 その僅かな瞬間、奴が動きを止めた瞬間で稼いだ時間で、一気に穴を抜けた。


『01! 援護するわよ!』
『直衛! そのまま!!』

20数体の要撃級が一斉に急速旋回して俺を追撃に入った。 その動作を確認して、サーシャと翠華が36mmの雨をお見舞いする。

同時に光線級が迎撃照射を開始する。 射線上にダブったのか、6本のレーザーに7発が迎撃される。
だが残りの3発は迎撃照射を搔い潜り、着弾した。 光線級が3体と小型種が数10体、吹き飛ぶ。
俺が突入したのは正にこの瞬間だった。

「ふっ!!」

両手2門の突撃砲、その36mmを左右に乱射する。 同時に垂直軸旋回。 360度全周接地旋回射撃で残った光線級3体と、小型種を200体以上霧散させる。
翠華とサーシャは、わずかの時間で要撃級を20体以上無力化していた。 その頃になって、ようやく旋回能力の低い突撃級が向かって来ていた。 14,5体いる。

「02、03! 突撃級を噴射跳躍でやり過せっ! 光線級は片付いた、レーザー照射の心配は無いっ!」

『『 了解! 』』

殲撃9型とSu-27が一気に水平噴射跳躍をかけて、突撃級に迫る。 衝突直前で、噴射跳躍をかけ、飛び越しざまに120mmAPFSDS弾を叩き込み、2体を倒す。 
そのまま着地して垂直軸旋回。 36mmと120mmを背後から叩き込む。

『いやあぁぁぁ!!』
『はあぁぁぁ!』

あっという間に、残ってい突撃級を無力化していく。 

(全く・・・ あの弱気は何だったんだよ・・・)

俺は思わず苦笑してしまった。 かなり酷い言い方をしたが、別段本心じゃないぞ?
あんな心理状態で、今の状況に叩き込まれたら。 万が一の時には、大抵は命を落とす。 そうやって死んでいった連中を、今まで散々見てきた。
誤解されて憎まれても、恨まれても良いさ。 少なくとも、俺への怒りで2人は戦場に立つ気概を直ぐに取り戻した。 あれじゃ、そうそう死にはしない。

そんな事を考えていたら、戦車級に詰め寄られていた。

「ッ! おっとぉ! ヤバいヤバい。」
噴射跳躍をかけて飛び越しざまに120mmキャニスターを叩き込む。 戦車級と他、纏めて数10体が霧散した。

既に厄介な光線級は排除したし、大型種も要撃級は始末した。 突撃級も・・・

『直衛! 突撃級の掃討、完了したわ!』
『そっちはどうなのっ!?』

仕事が早いな。

「今、雑魚の相手をしているよ。 戦車級はあと100体ほどいるが、他は闘士級が500ほど残っている! まずは、戦車級だ!」

『了解! すぐ行くわ!』
『下手を打って、集られないでよっ!?』

殲撃9型とSu-27が突進してくるのが見えた。 翠華はALMランチャーはパージしたが、まだ突撃砲が2門残っている。 サーシャは突撃砲が4門。
戦車級含めて600体の小型種「だけ」を掃討するのには十分な火力だ。

俺は高機動旋回で36mmを掃射し続け。
翠華は周囲を把握し、時折120mmキャニスターで纏めて吹き飛ばす。
サーシャは36mを射撃しつつ、群がってきた戦車級をモーターブレードで轢断した



――――5分後。 俺達はBETAの掃討を終了した。
光線級と大型種を含めて、1000体のBETAを、たったの3機で、だ。


『はぁ・・・ はぁ・・・ し、信じられない・・・』

翠華が荒い息で呟く。

『うそ・・・でしょう? たったの・・・ 3機で、1000体も・・・』

サーシャも現実が信じられないようだ。

「嘘じゃないし、信じていいさ。 実際に俺達はBETA共を倒したんだ。 他に誰か、いたっけか?」

周りはBETAの死骸だらけ。 俺は戦術複合センサーの情報と、光学センサーの倍率を上げて、周辺警戒中だった。


『ず・・・ 随分、余裕なのね、スオウ少尉は・・・』
『直衛・・・ 今までも、こんな戦いを?』

「いつも、って訳じゃないさ。 でも、大規模侵攻なんかじゃ、中隊前面で連隊規模のBETAを、相手取らなきゃならない事だって有ったし。
小隊で大隊規模のBETAと殺り合った事も有るよ。 機甲部隊と協同で、だけどね。
今日は光線級がいたから、骨が折れたけど。 まぁ、ALMランチャーが有った事と、翠華の制圧支援特性が高かった事。 それと近距離で奇襲が出来た事が大きいな。
俺も突撃した時に、サーシャの後衛支援が受けられたのは、有難かったし。」

『そ、そんな事は・・・』
『い、いや、こっちはついて行くのに必死だったから・・・』

照れくさいのか、2人とも、しどろもどろだ。 でも、ホント、良いコンビネーションだったぜ?


「で、どうだ? たった3機の戦術機。 BETAは1000体。 それでも諦めずに、足掻いて戦えば、勝てただろう?」

『あっ・・・・!!』
『・・・結構、性格悪いのね・・・』

「何とでも言ってくれ。 兎に角、俺は死ぬのはゴメンだ。 足掻いて、足掻いて、足掻き抜いて、生き残ってやる。 
他の連中にも、言い続けてやるさ。 『潔い良い死に様なんて、臆病者のする事だ』ってな。」

『スオウ少尉、貴方って・・・』

「何?」

『頑固なのよね、直衛って・・・』
『うん、そうね。 それに、意地っぱり。』

――――うるせぇよ。 

それでも、2人は解ってくれたと思う。 衛士だけじゃない。 全ての将兵。 いや、軍人だけじゃない。 俺達人類は。 最後まで足掻き抜いて、生き抜かなきゃならない。
それが、このBETA大戦が始まってから死んでいった、数十億もの人々に対する、生き残っている俺達が為すべき、鎮魂であり、託された希望なんだ。

「ま、ご大層な言い方をすれば、そう言う事。 俺はそう思っている。」

『キザねぇ・・・』 サーシャが。
『ロマンチストね・・・』 翠華が。

『『 えっ? 』』

そして翠華とサーシャ、二人して顔を見合わせる。

『・・・惚れた弱み? 翠華?』
『な、何よっ! いいじゃない!』


あ、やばい・・・ 戦闘前の1シーンに巻き戻りそうだ。

「ま、まぁ、2人とも? そろそろ出発しないとな? 早く原隊探し出して復帰しないと。 何時までもこんな所、フラフラしてたらヤバいぞ?」

強引に話を持って行こうとしたその時。


『そうだな。 私としても、迷子の部下の捜索などと言う情けない事は、これ以上1秒たりとも、したくは無いぞ? 周防。』


血の気が引くのが解った。 その声は穏やかだが、俺には地獄の閻魔以上の恐ろしさだった。


『さっさと隊に復帰しろ。 これ以上手間を掛けたらどうなるか・・・ 解っているな?』

「マムッ!! イエスッ!! マムッ!!」

『さて、そちらは・・・ 中国軍の蒋翠華少尉に、ソ連軍のアナスタシア・ダーシュコヴァ少尉。 
ふむ。 では、諸君ら両名、原隊復帰までウチの中隊で預かろう。 宜しくな?』

――――鬼より怖い 『夜叉姫』

我らが中隊長、広江直美大尉が、通信回線からにんまりと笑っていた・・・




1993年1月20日 0245 依安東南3km 俺は5時間振りに、中隊へ復帰できた。






[7678] 北満洲編17話―地獄の幕間
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/05/13 19:48
1993年1月20日 0520 依安東方18km 左右両翼邂逅地点


『左翼の残存兵力は、どの位残った? フォン・ブロウニコスキー少将。』

疲労の色も濃いリジューコフ中将が、通信回線から問いかける。

「第31師団は、戦術機5個大隊と機甲1個大隊、機械化歩兵装甲2個大隊。
第119旅団は戦術機3個大隊と1個機甲大隊。 第120旅団が戦術機2個大隊と2個機甲中隊。
機甲部隊では、第179旅団は比較的戦力を残しておりますが、第182は残存2個中隊。
第271機械化歩兵装甲旅団は全滅。 第283機械化歩兵装甲旅団は2個大隊のみ。
・・・実に不味い指揮を、してしまいましたよ。」

『こちらも、似たようなものさ。
戦術機甲1個師団と、機甲1個旅団をすり潰した。 機械化歩兵装甲師団は、1個連隊を残すのみだ。 部下を半数、死なせたよ・・・』

「残存合計が、戦術機甲2個師団と機甲1個師団強。 機械化歩兵装甲は1個師団弱。
左右両翼合計で損耗率50%強ですか・・・ 『全滅』 判定ですな。
陸軍大学校どころか、士官学校でさえ落第しそうだ。 ≪パレオロゴス≫ で戦死した父や兄に、叱責されます」

『・・・私はヴォロシーロフ(ソ連軍参謀本部大学校)を出て、フルンゼ(ソ連陸軍大学校)で教鞭を執っていたのだが。
ふん。 当時の教え子達と比べると。 教えた側の程度の、何と低い事か!
ミンスクで散った ≪ヴォールク≫ の連中も、前任連隊長の不甲斐無さに、呆れ果てていよう』


2人の左右両翼の機動突破任務部隊指揮官が、自嘲し合う。
しかし、彼等を責められようか? 2つの任務部隊は2日間に渡ってBETAの縦深を突き崩し、突進し、突き破ったのだ。
その間、予想よりも大規模な地中侵攻をも退けて、だ。 自前の戦力のみで、それを達成した。


50年前。 1943年、ホト上級大将の第4装甲軍と、モーデル上級大将の第9軍は、クルスクでソ連軍のバルジ(突出部)を食い破れなかった。
50年後。 1993年、フォン・ブロウニコスキー少将の左翼機動任務部隊と、リジューコフ中将の右翼機動任務部隊は、満洲でBETAのバルジ(突出部)を食い破った。

偉大な戦果だった。

だが、50年前と異なるのは、相手がソ連軍とは違い、BETAだったと言う事だ。 BETAは動揺などしない。
兵員133万余、火砲2万門余、戦車・自走砲3300両余を投入した1943年のソ連軍でさえ、包囲が完成していたら、動揺し、崩れていたかもしれない。
だが、BETAにはそれが無いのだ。 連中には凡そ地球上の生命体、少なくとも哺乳類生物に見られる 『心理』 が見受けられない。
今、全周包囲が完成した状況でさえ、連中は正面戦線へ向けて南下し、左右両戦線へ向けて突進している。

全てを食い破らんが為に。


『今ここで、指を咥えて眺めている訳にも、な』

リジューコフが忌々しげに吐き捨てる。
つい先刻、正面のBETA群が一斉に南下。 目前の敵が居なくなったのだ。

「正面と左右両戦線の前面に敷設した、BETA用の対大型、対小型地雷は約78万6000 既に削ったBETAは、全体測定推定数の65%に達しました。
それでも連中の突破にかかれば、2日が限度。 そろそろ正面・左右の3方面が直接打撃戦に移行します。
最も分厚い正面戦線ならば、まともにぶつかっても2日は持たすでしょうが。
比較的支援戦力の薄い、左右両翼戦線に攻勢重心が移ると・・・ 駄目です。 1日が限界でしょう。」

ブロウニコスキーが、各戦線の戦力から対BETA継戦時間を弾き出す。

『正面戦線とて、そうまで楽観はできまい? この2日間、見境無く支援砲撃を継続し続けたのだ。
砲撃任務群の弾薬備蓄も、40%を割ったと言う。 正味、支援砲撃は後1日が限界だ。
砲自体も、砲身命数が尽きて取り換え、等と言う生易しい状況ではなさそうだ。』

リジューコフの認識は、更に厳しかった。

暫く、2人の間に沈黙が降りる。
そして、ブロウニコスキーがその沈黙を破った。

「で、あるならば。 我々のすべき事は、只一つのみ。」

リジューコフが応じる。

『ああ、そうだ、君。 かの ≪バラクラヴァの600騎≫ の如く。 かの ≪英国重騎兵旅団の突撃(Charge of the Heavy Brigade)≫ の如く』

「ロシア騎兵の大軍ならぬ、BETAの大軍を打ち破る突撃を」

2人の指揮官は、140年前の再現の為に、早急に準備を始めねばならなかった。



リジューコフ中将との通信を終わり、指揮下の全部隊へ命令を下達したフォン・ブロウニコスキー少将は、先ほどの会話を反芻しつつ、問いかける。

(英国重騎兵旅団か! 誰もが。 機動打撃部隊の指揮官ならば、誰もが羨む勝利を、か!
だが、我々が。 かの重騎兵旅団たりえると、一体誰が保証する? 
下手をすれば、同じバラクラヴァで壊滅した、≪英国軽騎兵旅団の突撃(Charge of the Light Brigade)≫ に、なるやもしれんのだぞ?)

自身でも自覚している、自悪趣味が顔を覗かせる。

(ふん。 どうせならば俺は。 ≪チャージ・アンド・チャージ≫ の、ゼネラル・カクタの方が好みだな。 海軍軍人であった祖父から、良く聞かされたものだ)

―――そう言えば。 俺の指揮下にも日本軍が居たな。 陸と海の違いはあるが。 彼等はどう思うだろう?







1993年1月20日 0630 依安東南東20km 日本帝国陸軍・第119独立混成機動旅団司令部


旅団の突撃準備は完了した。 
後は、北方戦線司令部(左右両任務部隊が、臨時に再編)よりの突撃命令を待つばかりだった。
既に、南部の正面戦線、東部の左翼戦線では、一部で地雷原と面制圧砲撃を搔い潜ったBETA群との、直接打撃戦が開始されている。 
西部の右翼戦線も時間の問題だった。

「旅団長。 突破先鋒部隊、藤田少佐、出ました。」

通信隊指揮官より、先鋒部隊の指揮を執る、藤田伊与蔵少佐との通信回線が確立した報告が入る。

「藤田君。 準備はいいようだね。」

(―――俺は。 今更何を言っている。 そうなるよう命令した張本人だろうが)

旅団長・松平准将が自虐する。

『はっ! 閣下。 突撃先鋒2個大隊。 全て準備完了です。 後は突撃下達を待つのみ。』

「うん。 君達の直下に、第3大隊を展開させている。 状況の変化による支援要請は、遠慮なくしたまえ。
・・・とは言っても、それで旅団の全戦術機甲戦力だが。」

40%に上る戦術機戦力を消耗した。 機甲部隊も1/3しか残っていない。 最早、1個連隊規模にまで減少した『かつての旅団』だった。


『閣下。 小官は軍人として。 いえ、日本人として。 『国の為に、為すべき事を為す』のみです。』

「たとえ国家が、『民の為に、為すべき事を為す』を、せずとも、か?」

『それこそ、軍人としては愚問ですな。 小官は士官学校入校の折、衛門の前で『それ』を捨ててきました』

「・・・ならば。 言う事は1つだ。 いずれ、靖国で会おう。 文句はその時に、ゆっくり聞く事にするよ」

『気の利いた苦情でも、考えておきましょう。 では』

スクリーンの向うから、藤田少佐が見事な敬礼を送る。

「うん。 では」

背筋を伸ばし、精一杯の答礼を返す。 生きて再び、会いまみえる事は、困難かもしれない。
回線が切断される。 スクリーンには無機質な画面だけが残った。


(国の為に、為すべき事を、か・・・  彩峰閣下。 貴方も罪作りな人だ。 若く、純粋な連中ほど、貴方のその言葉に感化される。
戦場ではその言葉が。 どれ程有為の若者を、死に急がせる事か!)

士官学校の1期先輩であり、その高潔な人格にも素直に敬意を抱いている。
しかし、松平孝俊准将はこの時ほど、敬愛する先達を恨んだことは無かった。









1993年1月20日 0635 依安東南東20km 日本帝国陸軍・第119独立混成機動旅団 突破先鋒部隊


『旅団長の申し様。 些か以上に、縁起でも有りません』

秘匿回線スクリーンに写される、些か以上に憮然とする部下の表情を見て、突破先鋒部隊指揮官・藤田伊与蔵少佐は思わず苦笑する。

変わらないな、こう言う所は。 7年前、僕の中隊に着任したばかりの頃の、新任少尉の頃から、全く変わらない。
そうだ。 彼女は昔からそうだった。 何事にせよ、前向き。 不器用なまでに愚直な努力家。 
今や派遣軍、いや、帝国陸軍全衛士の中でも、3指に入るとさえ言われる彼女も。 新任当時は訓練の厳しさに反吐を吐き、ぶっ倒れ、悔し涙さえ浮かべていたものだ。
その度に自分は叱責し、時には殴り、訓練にも一切の容赦はしなかった。 実施部隊は、士官学校や訓練校のような温室では無い。 そう言って。

それでも彼女は。 食いしばった歯が、折れそうな位の熱意で努力した。
その努力の向うに、何物かが必ず待っていると、確信するかのように。

今回もそうだ。 最初から「敗北」の2文字を認めていない。
そんな暇が有ったなら。 足掻いて、足掻いて、足掻き切って、何物かを掴め。 そう、瞳が語っている。
そう言う女性だった。 広江直美と言う女性は。


―――何時の頃からか。
その瞳に映る自分の姿を、嬉しく思うようになったのは。
その瞳を宿す彼女を、愛おしく思うようになったのは。


決して、美人の類では無い。 とは言え、不美人でも無い。 十人並み、と世間では言われるだろうか。
女性としては、上背が有り過ぎる。 鍛え上げた体は、並の新兵なら震え上がる程だ。
だが、そんな外見をも補って余りある魅力を、彼女はその内面に宿している。 付き合いが長ければ長いほど、人は惹きつけられるだろう。


近頃は夜毎、肌を合わすようになった。
最中の彼女の恥態に身惚れ、その体臭に酔った。
戦場と言う、異常な日常に生きる者同士の、生存本能が為す事かも知れない。 お互いを貪り合う、その姿は。


(そう言えば。 僕は未だ、自らの胸の内を、彼女に言っていなかったな)

思わず苦笑する。
死んだ期友の河惣には、散々諭されたものだ。 それに、本城の奴にも。

(『藤田。 貴様、朴念仁も大概にしろよ?』) 本城が些か怒ったような、そして呆れたような顔で言っていた。
(『藤田。 巽も心配している。 広江君は、得難い女性だぞ』) 婚約者から相談でもされたのか。 河惣が酒を酌み交わしながら、神妙な顔で言っていた。


(ああ。 そうだな、本城。 僕は些か以上に救い難い、朴念仁だったのかもな。
河惣。 さぞ、焼きもきと、させた事だったな。 貴様の『奥方』にも、心配をかけた)


今となっては、遅いかも知れない。 未だ、間に合うかもしれない。
いや、そう考える事こそ、朴念仁たる所以か?


『大隊長? どうかしましたか?』

暫く想いに浸っていたか。 広江君が少々、心配そうに聞いてくる。

「・・・いや? 何でも無い。 少々、場違いな事を考えていたものでね。 自分に呆れるとは、この事だ」

『はぁ・・・?』

「さて。 そろそろ時間も差し迫っている。 最後の確認だ。 我々は先鋒として、南下するBETAを追撃する。 その後背から痛撃を浴びせる為に。
君の中隊には、済まないが今回も先鋒部隊をして貰う。 頼む」

『いつもと同じですよ。 私も、私の部下達も。 自分が大隊の切っ先である事を承知しております。
見事、叩き切ってご覧にいれましょう』

「うん。 頼もしいな。 それでこその ≪ゲイヴォルグ≫  かの、ケルトの大英雄の魔槍。 見事、BETAを撃ち抜いてくれるか」

『お任せを。 では』

「うん。 また、あとでな」

一瞬、嬉しそうな表情で敬礼してくる。
僕も、同じ想いで答礼する。

秘匿回線が切れた。


「・・・また、あとで、か。 直美、その時は。 その時こそ、言おう。 君に」

全く。 朴念仁の上に、自信も無かったとは。 今更に気付かされる。 全く、僕と言う男は。







≪第23中隊長 広江直美大尉≫


(・・・何やら、何時もと違ったようだけど・・・?)

大隊長の藤田少佐との通信を終えた。 しかし、何か違和感が残る。

(まぁ、悪い感じの違和感では無いのだけど・・・ ええいっ! らしくないっ! ウジウジ悩むなっ!)

この大乱痴気騒ぎの終宴も近い。 最後まで気を抜くな。 自分と、そして部下に対して為すべき事を為せ!


(そして、終わったら。 今度こそ、あの人に伝えよう)

巽からは、昔から散々、小言を言われていたしな。 
待っていろよ? 巽。 直に、あッと言わせてやるぞ?


『大尉! B小隊、出撃準備完了でっせ!』
『C小隊、いつでも御指名OKですよん』
『A小隊、5機共、準備完了です』

木伏と水嶋、それに源か。

よし。

「≪ゲイヴォルグ≫ 各機! 間もなく突撃命令が下る! いいか!? 特大のダンスパーティだっ! 最後まで踊りきって見せろっ!!」

『『『『 マムッ! イエスッ! マムッ! 』』』』







≪第23中隊 第2小隊 綾森祥子少尉≫


私の機嫌は、とっても悪かった。
こんな大攻勢を目前にして、と言うのに。

秘匿回線に映る『彼』は、さっきから必死に弁明している。 いいえ? あれは『言い訳』よね? そうよ。 きっとそう。

スクリーンの端をちらりと見る。 数時間前、臨時に中隊に加わったソ連軍と中国軍の女性衛士。
アナスタシア・ダーシュコヴァ少尉と、蒋翠華少尉。 数時間、行方不明になっていた『彼』が「連れてきた」女性衛士達。

(どうしてこうも、『訳有り』の女性に縁が有るのよっ!)

ダーシュコヴァ少尉はいいの。 聞けば、突破戦闘中に原隊とはぐれてしまったとか。
さぞ、心細かった事でしょうね。 さっき判明したのだけど、彼女の所属中隊は、彼女を除き全滅だった。
心理的な影響も大きい。 ここは直ぐに大隊なりに返すのが良いのだけれど。 生憎と、北方戦線もそんな余裕が無くって。
一先ずは「群れ」のなかで匿ってあげるしかない。


(・・・・もう一人の彼女も、似たり寄ったりなのだけど・・・)

幸いにも? 蒋翠華少尉の中隊は無事だった。 中央戦区から一路北上して突破を掛けた戦術機甲連隊戦闘団(諸兵科増強連隊)は、ここから10km南で壊滅していた。
でも彼女の所属中隊は、その戦力の大半を維持して、北へ突破して見せたのだ。

だけど、場所が悪いわ。 「こちら側」ではなく、ソ連軍(右翼)寄りに突破したのだもの。
結局、このドタバタの状況では、蒋少尉も直ぐには原隊へ戻れず、またダーシュコヴァ少尉が単機になってしまう事から、臨時でエレメントを組み、A小隊へ編入されたのだ。


(・・・・いいのよ。 判っているのよ。 彼女も、大変だったのだって。 それに、彼女に当たるのは筋違いだって・・・)

ああ、イライラする・・・
いつもなら、聞こえると嬉しい『彼』の声さえ、煩わしさを覚える。

『・・・ですから! 翠華・・・ いや、蒋翠華少尉とは、実際何もなかったんですって! 
本当です! 中尉達や、和泉少尉が、有る事無い事・・・ いやっ! 無い事ばっか、吹聴しているんですよっ!』

「・・・『翠華』? ふぅ~~ん? 周防少尉は、さぞ蒋翠華少尉と、お親しい様ね? お互い名前で呼び合う仲ですものね?」

私なんか。 「祥子さん」だ。 二人の時でも! 「さん」だもの!
あ、でも。 私だって「直衛君」だったわ・・・  えっと・・・ 「なおえ」 「な・お・え」 「直衛」・・・・ ひゃあ! は、恥ずかしいっ!


『い、いや! その、何と言うか・・・ ほ、ほら! 他国人同士、微妙なニュアンスとか! 有るじゃないですか!
だもんで、ここはお互い、名前の方が呼びやすいと言うか・・・」

「・・・・私『だけ』、知らなかったのよね? 蒋少尉が、周防少尉に『告白』した事。 悲しいわ・・・」

そうなのよ。 私だけが! 知らなかったのよっ! ああ!もう! 
・・・判ってるわよ。 判ってるのよ。 ただ私が嫉妬しているって事は。
でも・・・ くやしいじゃないっ!? 解ってよっ!


『いや・・・ 別に、祥子さんに言うような事じゃないし』

「・・・なんですって・・・?」

自分の声に驚いちゃった。 すっごい、醜い声。 ああ、もう。 イヤになってきた・・・
なのに、彼ったら。 逆に平静になって。


『俺と翠華とは・・・ 本当に、何もなかった訳で。 確かに俺、彼女から告白されました。 それは事実です。
でも、それって色恋沙汰とか、そんなんじゃなくって。 あ、彼女は真剣に俺の事、好いてくれているみたいだけど』

・・・ちょっと、直衛君。 正直その一言、キツイわよ?
そんな私の悶々とした気持など、お構いなく続けてくる。


『衛士として、と言うか。 人として、と言うか。 彼女にとって、俺を好きでいる事は、戦う為には絶対に必要で。
俺は衛士として、人として。 彼女のその想いを尊重すべきで・・・』

(・・・・・・)

『彼女は、翠華は言っていました。 ≪戦う理由≫ の他に。 どうしても、≪死ぬ理由≫≪死ねる理由≫ が欲しかったって。
いつもBETAとの戦いの中で、死の恐怖に怯えていた彼女が。 戦う為に、そして想像するのは俺も嫌ですけど、≪死の間際≫ の時の為に。
その≪想い≫ が欲しかったって』

・・・貴方達・・・

『そして、あいつは言っていました。 
≪こんな、狂った世界だけど・・・ 貴方を想えば、私は戦える。
貴方の思い出が有れば、私は恐れない。
貴方が覚えてくれる限り、私は生きていける。
そして・・・ 貴方を好きになった事を。 
死の瞬間まで、私は嬉しく思うの≫ って。
俺、そんなあいつの想いを、忘れる事は出来ません。 忘れちゃ、いけないんです・・・』


・・・ふぅ。 参ったわ・・・

「もう・・・ いいわ」

『えっ?』

「もう、いい。 あぁ、もう。 自分が嫌になってしまうわ・・・」

『祥子さん?』

直衛君が、びっくりしたような、戸惑ったような顔で見ている。
あぁ、もう。 そんな顔しないで。 お願いよ。 貴方にそんな顔させた自分に、腹が立ってくるじゃない。


「私の邪推。 ごめんなさいね。 直衛君と蒋少尉を、二人して変に勘ぐっちゃったわ」

もう、これ以上、何か言わないでね? 何か言われたら・・・ 私、きっと歯止めが効かなくなっちゃうから。


『すみません。 変に思わしちまって・・・ でも、これだけは言っておきますよ?』

「・・・何?」

『俺の好きな人は。 俺が好きな人は、貴女だけですから。 祥子さん』

「・・・・えっ?」

『俺が戦う理由。 色々有るけれど。 その最初は、貴女だから。 
俺は必ず生きる。 生き抜いてやる。 生き汚くとも、生き抜いて、この戦場を伝えたい。 
そして。 祥子さん、貴女にも生き抜いて欲しい。 その為に、俺は自分だけじゃなくて、貴女を見守る強さを―――― 俺は掴み取りたいんです』


―――― 以上! 報告終わりっ!

そう言って、直衛君は一方的に秘匿回線を切ってしまった。


・・・・うわっ! うわっ! うわぁ!!
い、いまの・・・ こ、告白、よねっ!? そうよねっ!? 私の思い込みじゃ、ないわよねっ!?

うん、そうよっ! 私、告白されたんだ・・・ 好きな人に!
・・・好きな人!? ・・・うん、そう。 私は彼が好き。 いつも見ていたかった。 いつも傍に居たかった。 隣に並んで居たかった。

(彼も、同じだった・・・)

嬉しさがこみ上げてくる。

誰かが言っていたわ。 出撃前の告白って、縁起が悪いって。


(それが、どうしたのよっ!)

私は戦える。 戦ってみせる。 生き抜いてみせるっ! そして――――彼を見守ってみせる!












『HQより北方戦線、各級部隊へ通達。 これよりBETA追撃戦に移行する』

1993年1月20日 0645  最後の地獄の大釜が、開こうとしていた。






[7678] 北満洲編18話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/05/16 03:31
1993年1月20日 0645 北方戦線


≪HQより北方戦線、各級部隊へ通達。 これよりBETA追撃戦に移行する≫


HQから全部隊へ通達が流れた。 いよいよ、最終局面だ。 大成功となるか。 壮大な敗北となるか。


『神のみぞ、知る。 とか言うんだっけ?』

圭介がおどけたように肩をすくませ、呟く。

「生憎、俺は神様にも仏様にも、知り合いは居ないしな。 知らん奴に下駄預ける気にゃ、なれんなぁ」

俺もおどけて調子を合せる。

『神様でも、仏様でも。 どっちでもいいよぉ。 お腹空いた・・・』

愛姫が情けない声を出す。 この暴食娘。

『あ、でもでも。 要撃級って、蟹みたいに見えるよね?』

美濃・・・ その比喩は、何と言うか・・・

『美味くないと思うが・・・?』

それより、どう料理する気だ? 神楽。


そろそろ突撃命令が出る。 その前の、いつもの遣り取りだ。 
以前は木伏中尉や水嶋中尉が馬鹿を言い合っていたが。 最近、その役目は俺達同期組が、いつの間にか引き継いでいた。
初陣の頃からは、想像もつかない事だな。 あの頃は只びびって、震えていたっけな。

先任達から、色事の神様や浮気の神様は、知り合いだろう、とか。 要撃級1匹で何人前だ、とか。 
蟹味噌ならぬ、BETA味噌は不味そうだ、とか。 色々突っ込みが入る。

どこの部隊でも同じだろう。 戦闘突入前の、この光景は。

無駄に固くならない様に。 少しでも余裕を持つ為に。 何より、生き残る為に。


≪CPよりゲイヴォルグ。 突撃開始1分前。 BETA最後部との距離、75km。 方位1-9-3 NOE速度は巡航(400km/h)を維持。 接敵は13分30秒後。
光線級は未確認。 高度は戦域規定高度(200m)を厳守せよ。≫

CP・柏崎中尉から戦域情報が入る。

即座に広江大尉から指示が飛ぶ。

『各機、聞いての通りだ。 与太の続きは帰還してからだ。 主機、戦闘出力。 跳躍ユニット、火を入れろ!』

『『『 了解 』』』


≪CPよりゲイヴォルグ。 突撃開始10秒前・・・ 5秒前、4、3、2、1、ゼロッ!≫

『中隊! 出撃するッ! 続けッ!』

『『『 応! 』』』

12機の92式「疾風」に、1機の殲撃9型、1機のSu-27ジュラーブリク。
変則編成の14機から成る中隊が、NOEを開始する。


『目標は座標、N-58-39 正面戦線に突っかかっているBETA群の最後尾だ! 50km圏までは高度を200m以上、上げるなよ? 重光線級の的だ。 
50km手前で高度を100m以下に落とす。 35km手前からは地表面噴射滑走だ』

重光線級は高度500m以下の飛翔体補足能力が、比較的低い。 
体高が20m程だから、知覚出来る「水平線」距離は約16km。 高度200mなら、約48km手前までは気付かれない。
光線級は体高3m程。 知覚する「水平線距離」は約6.2km 高度100mなら約35km地点までは、知覚範囲外だ。

光線級が居るからって、全ての空域が「支配」される訳じゃない。 どうしてかって? そりゃ、地球は「丸い」からさ。 誤解され易いけどな。

って訳で。 BETAに突撃する場合、少なくとも20km付近までは、逆に比較的安全なのだ。
光線属種が地平線外を知覚認識出来ないし、連中には『砲撃』能力が無い。 レーザーってやつは、曲射しないからな。


あっという間に、50km圏が近づく。
高度を100m以下に落とす。 うわ、この高度じゃ、感覚的に地表スレスレだわ。


『うひょお! このスリル! 堪らんのぉ!!』

先頭から、能天気な歓声が聞こえる。 全く、ウチの小隊長は相変わらず、脳みそがブースト状態だ。

『そんな変態、アンタだけよ。 木伏。 ったく、B小隊はアンタと言い、周防と言い・・・』

「水嶋中尉。 どうして自分が、木伏中尉と同列・・・『やかましッ!』・・・」

『・・・自覚ないの? 満洲の ≪お笑い芸人≫ と ≪変態≫ コンビ・・・』

「んなぁ!?」 『何やとッ!? 水嶋ぁ!』

『・・・コホンッ 地表面噴射滑走開始、10秒前です。 それと、水嶋中尉・・・?』

祥子さんの声が冷たい・・・

『うわッ! 恋女房が怒った。 はいはい・・・ C小隊! 高度下げるよ! 地表面噴射滑走開始!』

『水嶋! 後で覚えとれッ!? B小隊! 地べた這うでぇ!!』

『少しは真面目にできんのか・・・ A小隊、地表面噴射滑走だ』

広江大尉の嘆息を最後に、全機が地表面噴射滑走に入る。
速度300km/h  BEAT群まであと・・・

≪CPよりゲイヴォルグ。 BETA群との距離、7000  前面の敵個体数、約6000 旅団規模です。 
光線属種、確認されました! 重光線級が12体、光線級が36体! 最後尾付近です!≫

厄介だな。 遮蔽物になる地形が殆ど無い。 このままじゃ、少なくとも16km地点から照射危険範囲だ。

≪第3砲撃任務群の支援砲撃開始、1分前! 重砲3個大隊、MLRS 2個大隊です! 砲撃管制は『グングニール』!≫


1個砲兵旅団と言ったところか。 第3任務群の1/3を割いている。 203mmが54門。 MLRSは36基。 定数残っているかな?
残っていたとしても、残弾不足で制圧砲撃密度が薄ければ、効果は無い。 ちょっと心配になる。

≪制圧砲撃開始、10秒前・・・ 5秒前、4、3、2、1、開始!≫

途端に、腹に響く重低音と、甲高い飛翔音が聞こえてきた。
直ぐに前方にいた光線属種が、一斉に上空を見上げる。 ほんの数秒で迎撃照射を開始し始めた。
合計48本のレーザーが上空に延びる。 高高度で光球が発生する。 ・・・やっぱりな。

『ゲイヴォルグ・リーダーより、グングニール。 砲撃第1射、全弾迎撃された』

広江大尉から、淡々とした報告が為される。

≪グングニールより、ゲイヴォルグ・リーダー。 了解。 ・・・只今、第2射を発射。 着弾は15秒後≫

再度、重低音と甲高い飛翔音が発生する。 15秒後、砲撃管制から通信が入る。

≪グングニールより、ゲイヴォルグ。 第3射発射。 これより第4斉射に入る≫

15秒毎に54発の203mm砲弾が叩き込まれ、36発のMLRSが発射される。

第1射、全弾迎撃された。
第2射、18発が着弾した。 重光線級が6体、光線級が12体吹き飛ぶ。 重光線級は、まだお休み中だ。
第3射、32発が着弾する。 重光線級は残りすべて。 光線級が16体吹き飛んだ。 これで迎撃密度が、大幅に低下した。
第4射、70発以上が着弾する。 


『1分で済んだねぇ・・・』

美濃が、のほほんとした口調で。

『50体も、いなかったしねぇ』

愛姫が当然、と言わんばかりに。

『重光線級の数が少な過ぎたな、BETA共』

神楽が、せせら笑う。

『うちの女ども、怖いな・・・』

圭介がぼつり、と呟き。

『・・・女か?』

俺が突っ込んだ時。

『『『 後でシバく(よ/ぞ) 』』』

3人揃って、ユニゾンされた。


『・・・日本軍って、いつもこんな感じなの? なんだか、緊張感が盛り下がっていくわ・・・』

サーシャが呆れている。

『シバく・・・ シバく・・・ 直衛が・・・ 直衛を・・・』

翠華がアブナイ目をしている・・・ 俺はそんな趣味、無いからな?


『ダーシュコヴァ少尉。 珍妙な連中は、どこにだって居る。 全て同じにするな。
蒋少尉。 現実に帰ってこい。 個人の趣味はとやかく言わんが、せめて帰還してから楽しめ。 いいな? 周防?』

『『『 大尉!? 』』』

翠華と、俺と・・・ 祥子さんが絶句する。

『『『『 珍妙・・・ 』』』』

美濃と愛姫、神楽に圭介が、酷く傷ついた顔をしている。
けど、一番酷い言われようは、俺なんだぜ・・・

『・・・さっすが、満洲の変態』
『そこまで、極めよったか・・・』
『・・・やるね?』

水嶋中尉と木伏中尉、和泉少尉が、追い打ちをかけて下さりやがる。

『・・・・・周防少尉?』

三瀬少尉の視線が冷たい・・・

『ま、まぁ。 それも愛情表現だよ、周防。 な?』

そんな、変な理解は要りません。 源少尉。


≪あ、え~~と。CPよりゲイヴォルグ。 そろそろ、お仕事の時間かとぉ~・・・
それと。 ごめんね? 周防少尉?≫

CPの柏崎中尉。 嫌な予感がする・・・

「柏崎中尉! 何です!? 何で俺に『ごめんね?』なんですかっ!? ねぇ!? 中尉!」

≪あ、あはは・・・ ま、また、通信系の切り替え、忘れちゃったの・・・ あ、でも! 今度は大隊系通信だけだから! 安心して!≫

も・・・ いやだよ、この人・・・ 皆、目が点になっているぞ・・・


『あ~~・・・。 各機、仕事するぞ・・・?』

『『『『 了解・・・ 』』』』

何時になく、中隊のテンションが低かったのだけは、確かだった・・・










1993年1月20日 1130 正面戦線


「戦線正面のBETA群、約1万6000 第1砲撃任務群、制圧砲撃第12クール開始しました」
「戦線左翼、第68軍団。 第232戦術機甲師団を展開完了。 続いて第331機甲師団、展開します」
「光線属種、当戦線全域で108体確認! 重光線級38体、光線級70体です!」
「左翼戦線より入電。 戦線戦域BETA群、残存8000! うち光線属種66体を確認! 第3砲撃任務群、斉射開始しました!」
「右翼より入電。 BETA数7000 光線級は58体! 第2砲撃任務群、制圧砲撃11クール開始!」
「北方戦線より入電。 BETA後背よりの突撃、現状にて良好。 反転せるBETA、約4000! 光線級は存在せずッ!」

オペレーターが次々に報告を読み上げる。
2日半に渡った作戦だが、ようやくの事で明るい芽が見え始めた。

「残存BETAは、全戦線で約3万5000か・・・ あと、20%そこそこ、だな」

総司令官(兼正面戦線指揮官)の楊元威上将(上級大将)が呟く。
疲労の色は濃いが、どこかホッとした表情だった。
隣の参謀長も、同様の表情で答える。

「はい、閣下。 このまま面制圧砲撃と、機甲部隊による直接打撃戦を展開すれば。
間をすり抜ける個体は、戦術機部隊で対応可能です。 
光線級は厄介ですが、あと暫く全戦線で斉射を続ければ。 200体もいませんから、全力10斉射、多くとも20斉射で光線級は殲滅出来ましょう」


苦しい戦いではあった。
左右の機動突破戦力は、実に60%の損耗を出した。
正面戦線も全力防戦の結果、戦術機甲1個師団と、機甲1個師団をすり潰した。 残りの部隊も、損耗は平均35%に達している。
左右両戦線も似たようなものだった。 特に、途中でBETAの攻勢重心が左翼に振れた時期が有った為、左翼戦線での損耗が酷い。
戦術機甲1個師団半と、機甲2個旅団が消えた。

支援の要の砲撃任務群は、残弾量が30%を切った。

19日の地中侵攻が痛かった。 ある程度予想したとはいえ、その結果は凄まじかった。 光線級が1000体以上も出現したのだ。

これを何とか押し留める為に、予定を無視して無茶苦茶な制圧砲撃戦を、敢行せざるを得なくなったのだ。
結果として、超広域に重金属雲が発生。 部隊間の通信など、全く通じない状況が続いた。
各部隊は戦況不明のまま、大隊で、中隊で、小隊で判断し、戦ったのだ。
光線級の数を減らす間、他のBETA種への砲撃は不可能だった。 この為、あちらこちらで突破されかかったが、何とか凌ぎ切った。
あろうことか、撃墜されるのを端から覚悟で、全航空打撃部隊(攻撃ヘリ部隊)まで投入したのだ。
お陰で、砲撃支援の代役は務め切ったが、攻撃ヘリは戦力の80%を喪失した。

だが、それもここまでだ。 今まで散っていった無数の将兵たちの挺身が、今、報われようとしている。


「よし。 参謀長、今更ながらだが、各戦線に注意勧告。 『最後まで気を抜くな』 それと、付け加えろ。 『祝杯は、後で死ぬほど浴びさせてやる』 とな」

「はっ!」

参謀長の声にも、自信が戻ってきたようだった。

ふむ。 長かったが、ようやく・・・ ようやく、死んでいった部下達に謝る事が出来そうだ。
負けていたら、自分には己の指揮の不甲斐無さを、謝罪する資格さえも無いだろう・・・


楊上将が、通信参謀へ指示を出している参謀長の後姿を見ながら、ふとそう思っていた、その時。



「――――――ッ!! 地中侵攻震動、確認ッ!! 座標、N-30-51!! 計測個体数・・・ 計測不能ッ!!!」

オペレーターが絶望の金切り声を上げた。


「な・・・ なん、だ、と・・・」

―――― 楊上将は目前が真っ暗になる様を、自覚した。










1993年1月20日 1205 北方戦線 帝国軍第119旅団第2大隊第3中隊


『何が、どうなっているのよッ!!』

ヒステリックに喚きながら、愛姫が支援突撃砲をぶっ放す。

『知るかッ! BETAに聞きやがれッ!』

圭介が目を吊り上げて、4門の突撃砲を乱射しつつ、要塞級に迫る。

『長門! 無茶しすぎだぞッ!』

神楽が群がる戦車級を片っぱしから掃射する。


ほんの30分前までは、勝利は目前に見えた。
BETAは各戦線で潰され、数を急速に減らしていたのだ。 事実、総司令部でさえ、そう判断していたんだ。

それが。

またしても、突然の地中侵攻だ。 正面戦線寄り、中央部よりやや南下した場所に。
しかも数万。 それも、今度こそ要塞級のお出ましだった。 当然、腹の中には光線級を詰め込んで。
各戦線は、一気に押し戻された。 各所で恐慌が発生し、悲鳴が通信回線に飛び交う。
奴等に。 BETA共に。 またしても、一杯喰わされたのだ。 くそッ!!


目前に1体、要塞級が迫る。 こいつらの動きは鈍いが、質の悪い事に光線級の盾になる習性が有る。 
兎に角、この「壁」を何とかしないと、光線級に辿り着けない。

「くっそおぉぉ!」

要塞級の50m前方で噴射跳躍する。 高度は60m以上は無理か。

『直衛! 危ない!』
『直衛! 無茶しないでッ!』

祥子さんが牽制の36mmを乱射し、翠華が支援突撃砲の120mmを撃ちこむ。
その隙に要塞級の頭部に迫った俺は、そのユーモラスにも見える頭部に、120mmを連射でお見舞いする。
頭部を弾けさせて要塞級が1体、地響きを立てて倒れ込む。 勢いはそのままに着地。
すかさず、全速で地表面噴射滑走。 すぐ右横の要塞級の下に潜り込む。 途端に触手が襲いかかってきた! こいつにやられたら、瞬殺される!

『『 直衛ッ!! 』』

祥子さんと翠華の悲鳴が聞こえる。 

触手との激突直前に、右垂直軸回転と全力後進噴射を掛ける。 同時に120mmの残弾3発を照準無しで上方へ連射!
ギリギリで触手をかわして、要塞級の下腹に120mmを全弾叩き込んだ。 弾けた腹から、体液と臓物が飛び出る。
機体は要塞級の脚の間から、接触無しにすり抜けた。 デカブツ2体目、撃破。 同時に圭介も、2体撃破。

120mm弾倉を交換する。


『馬鹿ッ! 死ぬ気なのッ!?』
『正気ッ!? もう止めてッ!』

2人とも、まるで半狂乱だ。

「死ぬ気は無ぇよッ! 2人とも! 支援は頼むぜッ!」

目前の要撃級はあと、8体。 俺が5体始末した。 圭介が4体。
奴等、1匹残らず、地獄送りだッ!!


「圭介! まだ生きてるかッ!?」

『残念ながらなッ! そっちこそ、死んだと思ったぞッ!』

「うるせぇ! 正面! 要塞級残り8体! 行くぞッ!」

『おうよッ! 愛姫! 神楽! 支援頼む!』

2機が水平噴射跳躍に移る。 目指すは、正面の要塞級。


『この馬鹿共ッ!!』
『付き合いきれないッ!!』

神楽と愛姫が罵倒する。


はッ! しょうがねぇだろッ! もう、キレちまったんだからよ! 俺も! 圭介も!
久々に、コンビ復活だッ!!


『蒋少尉! 左前方、戦車級の群! 誘導弾で掃討しなさい! 神楽! 右翼の要撃級に牽制射撃! 愛姫ちゃん! 手を止めないで!』

『『『 りょ、了解!! 』』』

祥子さんの指示に、3人が応答する。

『13! FOX01!』
翠華が誘導弾を発射する。

『止まれッ!!』
神楽が突撃砲を4門で、要撃級に阻止弾幕を張る。

『・・・そこ!!』 『いやぁ!!』
祥子さんと愛姫が、俺達に突進しかけた要撃級を狙撃する。


「圭介ぇ! いくぞっ! 腹ぁ決めろッ!!」

『言われんでもなぁ!!』


要塞級の周りには、戦車級が多数、いや、無数。 それに要撃級も20体ばかりいる。
正気じゃねぇな、ホント!

1体の要塞級が迫る。 同時に左右から要撃級。

「!!」 『ッ!!』

俺と圭介は同時に、要塞級の左右から噴射跳躍をかけた。 マルチロックオン。 側面を飛び越す時に、120mmを撃ちこむ。同時に要撃級の上方から、36mmを乱射する。

着地地点に、120mmキャニスターが撃ち込まれる。 戦車級がまとめて吹き飛んだ。 誰かの支援だ。


「あと7体!! 手前ぇらまとめて、くたばりやがれぇ!!」

『仇は討つぜぇ!!』


2人とも、つい先ほどまでの光景を思い出して、突進した。
確かに俺達は、狂っていたのかもしれなかった。







≪25分前 北方戦線 1140 第23中隊≫


「それ」は、唐突に発生した。

『・・・!? この震動・・・ 地中侵攻か!?』

最初に気付いたのは、広江大尉だった。
次の瞬間、中隊の周りの大地が爆発した。

『ベッ! BETA・・・!! きゃああぁぁ!!』
『サーシャ!!』

サーシャのSu-27が、地上へ突撃したBETAと接触する。

「くっそおぉぉ!!」 『おああああ!』

俺と圭介が咄嗟に、出現地点へ120mmを6発全弾、お見舞いする。
その隙に、三瀬少尉と源少尉が、サーシャの機体を抱きかかえて離脱した。

『サーシャ!? ねぇ!サーシャ!』

翠華が懸命に問いかける。

『蒋少尉! 落ち着け! バイタルはまだ無事だ! 各機! 突破する、北だ! 陣形・楔壱型(アロー・ヘッド・ワン)!』

『『『 了解!! 』』』

陣形を再編し、突破をかけたその時―――


『こ・・・ 光線級やんけッ! 正面ッ!』

木伏中尉の絶句が聞こえた。
照射警報! 強制乱数回避!!

「うわッ!」 『つうぅぅ!』 『きゃああ!』

陣形があっという間に乱れる。
そして――― 「よっ 要塞級確認ッ!」
最悪だ!!
その瞬間。

『くっそぉ!!』

回避機動がほんの僅かに遅れた、和泉少尉が・・・ 要塞級の触手の一撃を喰らった。

『『 紗雪ぃ!! 』』 『くッ!!』

祥子さんと、三瀬少尉が絶叫する。 源少尉の絶句が聞こえた。
和泉少尉は・・・ 機体中破。 右腕部と跳躍ユニットが脱落している。

『弾幕張れ! BETAを近づけるなッ!』 『はあっ!!』

広江大尉が怒鳴る。 同時に神楽が長刀で、和泉機に止めを刺そうとする要撃級に肉薄し、叩き切った。

サーシャを抱えていた三瀬少尉機が、和泉少尉機に寄って保持する。 そのまま噴射跳躍。

『和泉とダーシュコヴァの両機は、自律制御モード・R!(自動帰還モード) RTBポイントは私が設定する! 源! 三瀬! 貴様等、2機で直援に付け! 
各機! 馬鹿者! 止まるなッ! 振り向くなッ! 全速離脱! この間合いでは光線級はもう、撃ってはこないッ!!』

広江大尉の怒号が聞こえる。
跳躍ユニットをA/Bに放り込む。 水平噴射跳躍。 BETAの群れの中を、全速で突っ切る。 要撃級に120mmを撃ち込み、36mmで戦車級を薙ぎ払う。 

群れの外れ。 光線級の盾になる丘陵まで、あと1500m

その時。 左側から新たなレーザーが上空を擦過する。

「!! 光線級! 10時方向!」

『高度落とせッ! 20!』

高度20で、A/B全開かよッ! 正気じゃねぇ!! 『音速雷撃隊』じゃ、ねぇってのッ!!




『くきゃあぁ!!!』

『『 楓ぇ!! 』』 『『 美濃!! 』』

低空飛行が徒になった。 美濃の機体が、パスしようとした要撃級の真上で、振り上げた前腕と接触した!
そのままバランスを崩して、滑り込むように墜落する。

「美濃!」 『楓!』

俺と愛姫が、思わず逆噴射をかけていた。

『!! 周防! 伊達! 何をしているッ! 止まるなッ!』

大尉が怒鳴っている。

「大尉! 美濃はまだ生きていますッ!」 『救出しますッ!』

『馬鹿者ッ! 周りを見ろッ!』

「ッ!?」

美濃の周りには、BETAが四方から集り始めていた。


『愛姫ちゃん・・・ 周防君・・・ 逃げて・・・』

「美濃!?」 『楓!』

『駄目だよ・・・ 止まっちゃ。 大尉の命令だよ・・・
私は、大丈夫・・・ ちゃんと、死ぬから。 死ねるから・・・ 心配しないで』

息苦しそうだ。 

『周防! おんどれ! 何さらしとんのやっ!』

『伊達! 洒落にならないよッ! 早く戻りなッ!』

木伏中尉・・・ 水嶋中尉・・・

『私、大丈夫だからぁ・・・ 早く。 早く、戻ってよぉ・・・』

美濃・・・ 泣き声になってる。


「くっそぉぉ!!  愛姫! 離脱だッ!!」 『りょ、了解ッ!!』

俺と愛姫が機体を再度、全力噴射跳躍に持って行く。
遠ざかる美濃の機体。 次第にBETAの輪が縮まってゆく。 距離は800を超した。


『愛姫ちゃん・・・ 日本に帰れたら・・・ お願いあるの。 私の家族に、伝えて。 ね?
お父さん、お母さんに・・・ 弟と、妹に・・・
お父さん、お母さん、楓、ちゃんと戦ったよ、って。 
弟と、妹に・・・ お姉ちゃん、あんた達、守る為に、ちゃんと戦ったよ、って』

『うん・・・ うん・・・』

愛姫が顔をくしゃくしゃにしている・・・
BETAの先頭が、もう美濃機のすぐそこまで、近づいている。

『ありがと、ね。 みんな・・・ ありがとう・・・』

「美濃・・・」 『か、楓!』 『畜生・・・』

俺も、神楽も、圭介も。 離脱する機体から、何も言えないでいた。
もう、美濃の機体が見えない。 集り始めたBETAしか見えない。

『怖いよ、お父さん・・・ 助けて、お母さん・・・ お姉ちゃん、死にたくないよ・・・ あんた達に、会いたいよ・・・』

『楓・・・ 楓・・・ 楓・・・』

愛姫が名前を繰り返す。


不意に。 美濃の絶叫が耳を打った。

『うわあぁぁぁ!!! お前らなんかぁぁ!!! お前らなんかああぁぁぁ!!!!』

S-11の光球が発生する。 次の瞬間、「それ」は周囲に拡散し、BETAを飲み込んでいった。









1993年1月20日 1250 正面戦線司令部


「地中侵攻したBETAの個体数、約3万2000! 要塞級、重光線級、多数確認!」
「第232戦術機甲師団、損耗45%!  第331機甲師団、損耗50%超しました!」
「右翼戦線より、至急! 救援要請!」
「左翼戦線より、『突破阻止、不可能』ですッ!」
「北方戦線より入電! 『残存兵力、35%』」
「第2砲撃任務群・第2砲撃任務隊、BETAの直接攻撃に晒されていますッ!」

オペレーターの悲鳴が途切れなく続く。
悪夢だった。 いや、夢で有ればどれほど良かった事か。 これは現実なのだ。

「閣下・・・!」

参謀長が蒼白な顔で呼びかけてくる。
しかし、楊上将にはどこか遠い世界の声のようだった。

(何故だ・・・ 何故、奴等は、こうも我々の意図を逆手に取る?
戦術面では寧ろ、組し易いと言うのに。 何故、戦略に於いては、こうも予測がつかんのだッ!!)

「閣下! 早急に対策をッ! 引くにせよ、押すにせよ、時間が有りませんッ!」

(何を言っているのだ? この男は・・・ 引く? 何処へ? 押す? どこに戦力が?)

何も考えられなかった。 今まで培ってきた軍歴の中での経験。 それが全く無意味に思えてならなかった。


その時、G3(作戦主任参謀)が小走りに参謀長へ近づき、耳打ちする。 途端に、参謀長の表情が強張る。

「・・・? どうした、参謀長?」

「至急の面会です ・・・軍政治委員同志と、汪延砲兵中将、それと・・・」

「それと?」

「劉延士砲兵少将が・・・」

「ッ!!」

軍政治委員の奴は、この状況だ。 何だかんだと言いがかりを付け、さっさと逃げ出す算段だろう。
ついでに、この状況の全責任を俺に押し付ける、か。 ふん、これで銃殺は確定だな。
しかし、汪延砲兵中将は・・・ そうか。確か、副司令官の劉延士砲兵少将は・・・


「同志閣下。 ご多忙の中、失礼致します」

軍政治委員がわざとらしい挨拶で切りだす。

「構わんよ。 同志政治委員。 それに、同志中将に、同志少将も。 一体、何事かね?」

「ほう? いや、流石は歴戦の楊同志上将。 この状況でも、落ち着いておられる」

「・・・本題に入ってくれまいか? 時間が惜しい」

わざとらしく、政治委員が肩をすくめる。

「いえ、何。 微力ながら、戦況の挽回に、ご助力申し上げよう、と思いまして。 こちらの劉延士同志砲兵少将に同行願った次第」

つまり、上官の汪中将は、只の付けたしか。

劉少将が徐に口を開く。

「同志閣下。 小官の所属は、陸軍砲兵軍団ではございません」

「何?」

思わず、劉少将を見直す。 砲兵軍団では無い? まさか、この男・・・
汪中将を見る。 済まなさそうに、視線を外された。 そうか。 やはり、そうなのか。

「小官の所属は、『第2砲兵部隊』であります」


くそッ! やっぱりッ! 
第2砲兵部隊。 祖国の戦略ミサイル部隊!!
まさか、ここで核を使う気なのか!? 馬鹿な!!

「・・・・核を、使うのか・・・?」

絞り出すように声を出す。 核を使えば。 確かにこの局面で、BETAを殲滅出来る。
しかし、我が軍以外にも、協同している各国軍をも、巻き込んでしまう。 それは絶対に拙い!

「いいえ。 核の使用は国際戦略上、下策です。 まずは、撹乱の為にサーモバリック弾頭ALMを叩き込みます。 重金属雲と蒸気雲爆発を発生させます。
すかさず、第2射でS-11弾頭弾ALMを斉射。 止めを刺します。」

「馬鹿なッ・・・!! 戦術核よりも質が悪いッ!!」

「核とS-11では、S-11の方が国際社会の『受け』は宜しいでしょう」

「しかし・・・ッ!」

軍政治委員が手で劉少将を下がらせ、引き継ぐ。

「同志閣下。 これは決定事項なのですよ」

「何!?」

「党軍事委員会は、既に決定したのです。 つまりは、主席閣下が承認なさった事項。 同志閣下は、実行なさるのみです」

楊上将は、全身の力が抜けていくのを自覚した。

駄目だ。 俺にはこの事態を収束させる術は無い。 その能力も無い。 そして、共に戦った、挺身の限りを尽くしてくれた、各国将兵に対して。 
裏切りを以って幕を引け、と。 そう、党が言ってきているのだ。 終わりだ。 俺は、終わったのだ。

「では。 同志閣下。 御承認頂けましたかな?」

楊上将が、力無く頷く。
その姿を見やり、軍政治委員は満足げに頷くと、劉少将へ命令した。

「同志少将。 では、全て手筈通りに」


楊上将を顧みる。
――――終わったな、この男は。 所詮、現場でしか物の見えない奴だ。
祖国の大局的な対応、と言うやつを。 全く理解していない。

後は、国連や日本、韓国、ASEANに対する人身御供にしか使えない、抜け殻の様な総司令官を見やった。
――――どうせ、こいつは早晩、銃殺されて終わりだ。








[7678] 北満洲編19話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/05/16 03:59
≪1月20日 2230 大慶 臨時仮設基地≫


皆、泥人形のようにへたり込んでいる。

美濃が、戦死した。
中隊結成以来、最初の戦死者だった。

その直後。 脱出したと思った直後に、またも側面奇襲を受けた。
皆、内心動揺しながらも、歴戦を証明して崩壊せずに、防御戦闘を展開していたのだが。
祥子さんが一瞬、意識を飛ばした隙に要撃級に詰め寄られた。

(『阿呆かぁ! 綾森ぃ! 目ぇ覚まさんかいッ!』)

至近に居た木伏中尉が、咄嗟に120mmを乱射した。 が、相撃ちの形となった。
要撃級は吹き飛んだが、中尉の機体も上部ブロックを根こそぎ持っていかれた。

(『木伏!! くそッ! 周防! 神楽! 木伏を抱えろッ! 綾森! 腑抜けるなッ!』)
(『蒋少尉! ランチャー!』) (『了解!』)

咄嗟に俺と神楽が、中尉の機体を抱えて離脱する。 翠華が誘導弾を発射して支援した。

(『源! 三瀬! 和泉とダーシュコヴァ少尉を連れて全速で引けッ! 木伏は・・・うおッ!?』)
(『『『 大尉! 』』』)

大尉の機体も、乱戦でBETAと接触する。

(『・・・大尉! 水嶋中尉! 2機で木伏中尉を!』)
(『綾森!?』)
(『先任指揮をとります! 大尉も、水嶋中尉も! 機体ステータスはイエローかレッドです! 退避を!』)
(『くっ!?』)
(『先ほどの不覚は、取りません! 大丈夫です! 早く!!』)
(『・・・頼むぞ、綾森! 水嶋! 急げ!』)
(『了解! 祥子! ヒヨコ達! 死ぬんじゃないよッ!』)


その後だった。 俺と圭介がすっかり「キレて」しまったのは。
結局、俺達は要塞級を殲滅出来なかった。 いや、連中は全滅した。 止めを刺したのが、俺たちじゃ無かっただけの話だ。

総司令部が戦線全域にわたって、サーモバリック弾頭弾と、S-11弾頭弾の大規模集中使用を行ったのだ。
最後の禁じ手。 BETAを拡散させない為に、退避勧告が為されたのは発射の10秒前。

俺達のように、外縁部に居た部隊はかろうじて退避できた。 しかし、少なからぬ数の部隊が、爆発の巻き添えを喰って壊滅した。


(・・・・・)

臨時野戦病院の、大型テントを見る。

サーシャと、木伏中尉は重傷だった。 が、一命は取り留めた。
四肢の切断も無かったから、完治すれば衛士として復帰できるだろうとの事だ。

1名戦死。 2名重傷。 そして2名軽傷。 大尉と、信じられない事に、和泉少尉は軽傷で済んだ。


(くそ・・・・)

自分の内心で荒れ狂う「何か」を、抑えきれなくなってきた。
自分に割り振られたテントに戻る。 そこには先客がいた。

「直衛・・・」

祥子さんだった。

「・・・何です?」

我ながら、ぞっとするような声だ。 駄目だ、「何か」が、更に大きくなる。
驚きの表情をしつつ、祥子さんが尋ねてくる。

「中尉・・・ 木伏中尉は? サーシャは? それに、紗雪も・・・」

「・・・2人とも、重傷だけど。 命は取り留めたよ。 疑似生体の世話にも、ならなくて済む。 
和泉少尉は、軽症で済んだ。 ピンピンしている、表面上は」

「そう・・・」

木伏中尉とサーシャは、未だ意識は戻っていないが。 和泉少尉は、中破した当初は衝撃で失神していたが。 
今は軽傷故に、ピンピンしている。
相変わらずの、軽い口調で。 しかし、キレが無い。
 
当然だ。 戦死した美濃は、和泉少尉とは同じ小隊だった。 結構、妹のように可愛がっていたのだ。 美濃も、和泉少尉に懐いていた。
その美濃が戦死したのだ。 


「・・・紗雪も、ショックが大きいでしょうね・・・」

震えている。 そうだ、震えている。 彼女は。 畜生! どうにも、どうにも、ならないのかっ!?

「どうした・・・?」

「怖いのよ・・・ 怖いの。 今頃になって・・・」

「・・・・」

「何度も。 もう何度も、実戦を潜り抜けて来ているのに。 何度も、戦友の死ぬところを見て来ているのに・・・
紗雪の被弾した光景と・・・ 楓ちゃんの最後、忘れられなくて・・・」

くそッ! 俺の中の___が、喚き立てる。

「怖い・・・ 怖いの・・・ッ」

頭の中で____が、喚き立てるッ!  くそッ! くそッ! くそッ! うるさい! うるさい! うるさい!

何かが、弾けそうだッ!!


強引に彼女を抱き寄せた。 そのまま唇を奪う。 
彼女が一瞬、抵抗しようとしたが、力で抑え込んだ。

「・・・・! ・・・・ッ!! ~~~~ッ!!!」

構わない。 もう、構わない。 構うものか。 遠慮はしない。 
俺の。 俺の女にする。

「ぅ~・・・ はっ・・・ ~~~!」

彼女が上目使いに、俺を睨みつける。 息が荒い。 目が怒っている? いや。 目が、濡れている。


それから、彼女を抱いた。 強引に。 無理矢理に、押し倒した。
ただ、がむしゃらに、体を求めた。

―――もう無理、もう勘弁して

それでも、抱いた。 止まらなかった。

―――直衛! 直衛! 

俺の名を呼び続ける。 彼女の体を貪った。

―――駄目! 私! もう、駄目!

彼女が狂った。 俺も狂った。
狂いながら、泣いた。 俺も、彼女も。
 
―――怖い。 生きたい。 

そして。 生を貪り続けた。 一晩中、狂い続け、泣き続けた。




「・・・生きているよね? 私達。 生きているのよね・・・?」

明け方近く。 腕の中で祥子がポツリと呟いた。

――――ああ、そうだ。 
そうだよ。 俺達は、生きている・・・


「ねえ・・・ 彼女。 翠華さんの事・・・」

「・・・・ん?」

「今、どうしているかな、って・・・」

そうだ。 翠華・・・ 本当は、臆病で、怖がりで。 そして、一生懸命で、一途で。
くそっ! 何で、俺なんだ!? 俺に何が出来る!? 何をしてやれる!? あの娘に!!

「直衛・・・ 良く聞いて。 今しか、言わないから・・・」

「何だ・・・?」

真剣な表情の祥子。 怒っているような、悲しんでいるような、そして、とても優しく包み込むような眼で。


「彼女を・・・ 翠華を――――抱きなさい。 今すぐ」








≪1月21日 0430 大慶 臨時仮設基地 将校用テント群≫


祥子にテントを追い出された。
びっくりした顔の俺に、さっさと行ってらっしゃい!! なんてケツを叩いて、追い出すとは。
一体、何がなんやら。

(・・・・結局、惚れた男の方が、負けか?)

判っている。 彼女の「気遣い」だ。 基本的に、人を憎めないのだ、彼女は。
そして、俺から話を聞いた翠華の事も。


(にしても。 いきなり他の女を『抱きなさい』は無いだろ・・・)

そんな事を考えながら、テント群を探す。 確か、翠華のテントは・・・
いきなり、目前のテントが開かれた。 出てきたのは・・・

「圭介。 それに・・・」

――――愛姫

そうか。 うん。 そうか。


「・・・よお。 綾森少尉は?」

圭介が些かぶっきら棒に聞いてくる。 照れてやがる、こいつ。

「俺のテントの中だ。 まだ寝てる。 起しちゃ、可哀そうだしな」

適当に嘘をつく。 本当の事なんて、言えるか。

「そうか・・・ で? これから何処へ?」

「・・・翠華のテント」

「直衛の鬼畜・・・」

うるさいよ? 愛姫。
すっかり、吹っ切れた顔しやがって。 ・・・良かったよ。 本当に、良かった。

「鬼畜で結構だ。 圭介、ちょっと付き合え」

「ん、ああ・・・ 愛姫、お前、まだ寝てろよ。 時間は有るからな」

「うん。 おやすみ、圭介」




暫く2人無言で歩く。
ややあって、圭介が口を開いた。

「やっと。 『祥子さん』 から 『祥子』になったか?」

言うに事欠いて、いきなりそれか? 全く・・・

「ああ。 なぁ、圭介」

「ん?」

「愛姫はあれでいて、結構、繊細な所が有るぞ」

「判ってる」

「・・・愚問だったな、お前にこの手の話は。 で? これから?」

「・・・緋色のテント」

「圭介の鬼畜・・・」

「うるせぇよ」

顔を見合せ、笑い合う。 
そうか、圭介。 そうか。
うん。 お前なら。


「じゃ。 確か、翠華のテントはこっちだから」

「緋色のは、向こうだ。 じゃあな」







「翠華?」

テントの前で声をかける。 反応が無い。 構わず、テントを開け、中を見る。

――――いた。

膝を抱え込んで、座り込んでいる。 顔を膝の間に埋めて。

「・・・何よ?」

声が震えている。
そうか。 こいつ、いつもこんな風に、震えていたのか。

「入るぞ」

「入らないで」

「遅い。 入ったよ」

翠華が顔を上げる。 怒っているのでは無いな。 何か、悔しそうな、悲しそうな、淋しそうな。
隣に座る。 

「直衛、強引過ぎ。 女の子のテントだよ?」

「ああ。 翠華のテントだ」

「・・・私は、女の子じゃないの?」

「・・・俺が抱く『女』のテントだ」

「ッ!!」

翠華が睨みつける。 怒り、悲しみ、諦め、驚き、依存、そして、喜び。


(・・・さっきと、同じだな)

馬鹿な事を。 祥子は祥子。 翠華は翠華だ。 同じなものか。 



「綾森少尉は・・・ 彼女、抱いたのでしょう?」

「ああ」

「それで。 私も抱くの?」

「ああ。 お前も抱く」

「どうして?」

縋る様な。 何かを、何かだけを信じたいような、そんな目だ。 そんな目の色だ。

「お前が。 俺の女だから。 俺の女にするからだ」

「私。 ひとりが良い。 誰かにとっての、ひとりが良いの」

「悪かったな、俺で。 ひとりは、無理だ」

「・・・嫌だ。 嫌だッ 嫌だッ!!」

翠華が俺の胸に飛び込んでくる。 俺の胸を何度も叩く。 
ごめんな? 翠華。 俺は。 俺にとって祥子は。 「生きる理由」なんだ。 
彼女にとっても俺は、やっぱり「生きる理由」なんだ。 これは、どうしようもない。

でも。 それでもやっぱり。 俺は、お前に生きて欲しい。 生き抜いて欲しい。
「死ぬ理由」じゃなくって。 「生きる理由」を持って欲しい。

俺がそうなれるかどうか、正直、俺には判らない。
でも、お前が言っていた、俺の思い出。 
独り善がりかもしれないけど。 お前と居る限りは、それを作ってやる。 それを俺に作ってくれ。

「・・・抱くよ。 翠華。 お前が、なんて言おうとも」

抱き寄せる。 泣き濡れた翠華の目。 覗き込みながら、唇を奪う。
脱力して、されるがままの彼女を―――俺は、抱いた。


「直衛・・・ 直衛・・・ 直衛・・・」

翠華の声。 翠華の髪。 翠華の温もり。
俺の。 俺だけの。
せめて、その時まで・・・ 彼女が、俺を離れる、せめてその時まで・・・




「・・・直衛は、酷いね。」

翠華がぽつりと呟く。

「私。 どこまでも追いかけるよ? 祥子がいても。 直衛を追いかけるよ? 覚悟してね?」

「・・・怖いな」

「誰がそうさせたのよ。 この鬼畜・・・ それに、浮気者・・・」

「その鬼畜を、好きな女は誰だ?」

「私と祥子。 あ~~あ。 ホント、私達って、男運、悪いんじゃないかしら?」

「翠華・・・ 当人を前にして、それを言うか?」

思わず苦笑する。
大丈夫だ。 彼女の笑顔が戻っている。 大丈夫だ。


「当分は私の部隊も満洲だし。 さて、ゆっくり祥子から『略奪』する段取りでも、考えよっと」


・・・・なぁ? 本当にこれで良かったのか? もう既に胃が痛いぞ・・・


「あ、安心して? 私と祥子、結構気が合いそうだから。 修羅場は、場所を弁えるし」

・・・そんな気遣いは、いらないよ・・・

ニンマリする翠華を見て、思い出す。

(こいつって。 ホント、ポジティブだったよな・・・)


身から出た錆、ってのは、こう言う事か・・・?









1993年1月21日 0630 大慶 臨時仮設基地 将校テント群


目が覚めた。 寒さに思わず震える。
傍らで眠る男の寝顔を見つめる。

もう7年だ。 彼の顔を見続けて。
最初は本当に鬼だと思った。 巽と二人。 幾度、悔し泣きした事か。
顔に手を触れてみる。 そのまま、頬へ、そして、唇へ。

「ん・・・ 直美・・・? 起きていたのか・・・」

「おはよう。 もう朝よ」

今は別の意味で、鳴かしてくれる。 本当に、憎らしい。

「どうした?」

「なんでも。 そろそろ起きるわ」

支度を始めようとする私の手を掴んで、抱き寄せる。

「・・・どうしたの?」

そのまま、為されるがままにする。 心地良い。

「一度しか言わない。 聞いてくれ」

真剣な声。 目を瞑り、その声だけを聞く。 

「愛している、君を。 直美、君を愛している」

ええ。 私も。

「・・・結婚して欲しい。 僕に、これからずっと、君を見続けさせてくれ。 見守り続けさせてくれ」

「・・・部下が、混乱するわね。 大隊長と、中隊長が同姓では」

ちょっと、意地悪してあげる。 待たせた罰よ。

「・・・・・」

「? どうしたの?」

「その・・・ 返事をまだ、聞かせて貰っていないのだが・・・」

思わず絶句する。 ・・・そうよ、筋金入りの朴念仁だったわ。 嬉しさで、忘れていた・・・

「・・・ええ、イエス、よ。 イエス。 嬉しいわね。 やっと、貴方の妻になれる・・・」












1993年2月19日 長春 統合軍第2軍病院 将校用病室


≪源 雅人少尉≫

「はぁ~~~ ほんなら、あれか? ワシらの中隊長は、事もあろうに、大隊長の嫁サンになる、と?
かぁ~~~~ッ!! やっとれんぞ? 戦闘指揮中に、いちゃいちゃされた日にゃ!!」

木伏中尉が大げさに嘆息する。
作戦完了から、1ヶ月程が経った。
所用で隊を離れていた僕は、丁度良い機会なので木伏中尉を見舞っていた。
最初は、「何でワシの見舞客は、男ばっかりやねん・・・」と、落ち込んでいたが。
ふぅん? 女性の見舞客は、いなかったのかな? おかしいな。 水嶋中尉は先週、見舞ったはずだけど。


「流石に、それは無いでしょう。
それより、夫婦揃って同じ大隊は、あり得ないでしょうから。 どちらかが異動となるのでは?」

僕は思わず、肩をすくめる。

「ま、そんなトコやろな。 可能性としては、大隊長やな。 そろそろ中佐進級やろうし。 本土のどっか、ってとこか。
大尉もそろそろ、少佐進級の時期やろ? そしたら、大隊長や。 う~~~ん、中隊長、交代かもな・・・」

「でしょうね・・・」

「・・・それより。 中隊はどないや? ワシもえらいドジ、踏んでもうたさかいな。
水嶋や、お前に負担掛けとる。 スマンな」

こう言う所は、やはり木伏中尉だな。 この人はこれでいて、周りを実によく気にかけてくれる人だ。
普段の浅薄な態度に隠された、指揮官としての資質だと、僕は思う。


「一番心配だったのは、和泉と伊達ですが・・・ 和泉は大丈夫。 彼女はあれでいて、しっかり者です。 僕達同期も、見ていますし。
伊達は・・・ 長門が「なんとか」しました。 ついでに、神楽も、ですけど」

ちょっとばかり、バラしてやる。 いいよな? 長門君。

「何やとぉ!? あのエロガキ! 2人も「なんとか」してもうたかッ! そうか、そうかッ!! ははっ、流石やッ!」

「ついでに言いますと。 綾森と、中国軍の蒋翠華少尉の2人は、周防が」

さて、このサイコロはどう出る?

「なぁ~ん~や~とぉ~!?」

・・・あ、地雷だったな。 ゴメン、周防君・・・

「くそ・・・ なんで、あの小僧が・・・ 綾森は手遅れなんやけど・・・ あの中国娘、結構ええ感じの娘やったのに・・・」

・・・聞かなかった事にしておこう、うん。

「まぁ、あと1ヶ月程。 ゆっくりと養生して下さい。 完治して戻ってきてもらわないと」

「はぁ~~~・・・ 入院生活は、退屈やで、ホンマ・・・」

「中隊の者にも、見舞いに行くよう言っておきます。 『女性客』のお見舞いですよ」

「・・・代わり映えせんのぉ・・・」

贅沢ですよ? 中尉。

窓の外を見る。 まだ外は雪景色だけど。 それでも、1歩づつ春に近付いている。

(人類にとっての春は、いつ見れるのかな・・・)

それまで、生き抜きたい。 そう思うのは、贅沢な事だろうか。






1993年2月20日 大慶 戦没者慰霊碑前


≪伊達 愛姫少尉≫

中隊が揃って献花する。

大尉が、柏崎中尉が、水嶋中尉が、源少尉が、綾森少尉が、三瀬少尉が、和泉少尉が、周防少尉が、長門少尉が、神楽少尉が、そして私、伊達少尉が。

水嶋中尉が、号令をかける。

「美濃 楓中尉(戦死後1階級特進)の英霊に対し。 中隊、敬礼ッ!!」

ザッ

11人が一斉に敬礼をする。
皆、それぞれの想いで。

「直れッ! 解散!」


慰霊碑を見上げる。

「・・・楓は、同期で一番、皆に気を使ってくれたな」 緋色・・・
「時々、あたふたしていたけどな。 ・・・それでも、同期の潤滑剤だったな」 圭介・・・
「怖がりで、泣き虫で。 最初は大丈夫か、って思ったけど。 一番、衛士の自分を理解していた奴だったな・・・」 直衛・・・

「そうだよ。 楓は凄い子だったんだよ。 私達同期の中で、一番凄かったよ? だってさ、あの時・・・」

あ、ヤバい。 泣きそう・・・

「そうだなッ! 本当に、度胸のある奴だよッ! 衛士として、なんかおいてけぼり食った気分だな」
「直衛。 それを言うなら、私も同じだ。 楓のあの覚悟・・・ 私はまだまだ、未熟だ」
「はっ! これから下手な事したら、空の上から『美濃中尉殿』に、どやされるぜ?」

「中尉殿だしねぇ~~・・・」
「上官だもんなぁ・・・」
「・・・少尉に焦る、中尉殿・・・」
「言えてるぅ~~~!!」


・・・楓、見てる? みんな、元気だよ。 生きてるよ。
いつか。 本土に帰還したら。 楓の家に、報告に行くよ。 絶対に。
楓のお父さん、お母さんに。 貴方達のお嬢さんは、皆の支えでした、って。 皆、楓が大好きでした、って。 楓は、凄かったです、って。 貴方達を、お守りする為に。

弟さんや、妹さんに、ちゃんと伝えるね。
君達のお姉ちゃんは、凄い人だったよ、って。 立派な人だったよ、って。 皆が大好きだったよ、って。 君達を守ったよ、って。

だから。 安心して。 そして、見ていて。 私達を。


「空が青いなぁ! おぉ~~い、楓! そっちはどうだぁ!? 絶景かぁ!?」
「あまり、甘いものばっかり、喰うなよぉ? 楓!」
「楓! お前に教わった刺繍、何とか私一人で完成させるからなッ! 出来たら見せる!」

思いっきり、叫びたいッ!!

「楓! ありがとねぇ! ありがとッ! 楓!!」


本当に空が青い。 流れる雲が、掴めそうだ。

さぁ! 戻ろう。 仲間が居る場所へ。









1993年2月5日 満洲方面軍は、H18、H19より集結せる、BETAの大規模群の殲滅に成功した、と発表する。

殲滅したBETA、約19万2200余
方面軍の損失、戦死約10万8900 戦傷18万2300 S-11による友軍誤爆は、18%に上った。


1993年2月10日 1715 戦闘詳細報告を纏めたのち、方面軍総司令官・楊元威上将は、執務室内でこめかみを撃ち抜き、拳銃自決を果たした。


1993年3月10日 中国、韓国、日本の3カ国は、華北・満洲両方面の戦力立て直しを発表する。


1993年4月1日 日本帝国は、大陸派遣第3陣を決定した。









[7678] ちょっとだけ番外編(バカップル編)
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/05/17 03:25
1993年4月2日 遼東半島 旅順軍港


「お~・・・ あれは旅大級駆逐艦か。 艦番号は110、『大連』だな。 隣は108、『西寧』か。
向うは・・・ 江滬II型フリゲート。艦番号544って事は? あ、北洋艦隊は 『四平』 だな。
台湾海軍の富陽級(ギアリング級)駆逐艦。 DD-924 『開陽』、DD-927 『雲陽』 もいるな。
あっちには韓国海軍の・・・ 忠北級駆逐艦。 DD-912 『光州』、DD-922 『江原』 か。 蔚山級フリゲートのFFK-953 『忠南』、FFK-956 『慶北』 もいる」

「・・・・・ねぇ・・・」

「お? おい! 帝国海軍も、ご入港中だぜ!? 第2艦隊だ。 第10戦隊の重巡 『妙高』 『那智』 『足柄』 『羽黒』 
おお? 3水戦の軽巡 『五十鈴』 に 『阿武隈』、 向こうは駆逐隊か。 ひょう! 流石、最新鋭ばっかりだぜ! 『陽炎級』 と 『夕雲級』だぞ!?」

「直衛・・・ ねぇ、ちょっと・・・」

「おいおいおい! 航空戦隊もいるじゃねぇの! 4航戦だぜ!? 戦術機母艦 『天龍』 に 『神龍』! 『雲龍』型の3、4番艦だぜ! 
知ってるか? あのクラスは改『飛龍』型で、1隻で戦術機を60機、搭載可能なんだぜ?」

「こら・・・ 少しは・・・」

「因みに搭載機は、F-4EJⅡ改 ≪翔鶴≫だけどな。 斯衛の ≪瑞鶴≫ と似た名前だけど、コンセプトは180度違う機体だけどさ!」

「直衛ぇ~~~!!!」

「・・・・あぁ? どうした? 祥子?」

「どうした? じゃ、ないでしょう・・・ 私達の仕事、忘れているの?」

「・・・・あ」


全く・・・ まさか、彼がここまで軍艦好きだったとは・・・
確か、お兄様が海軍大尉だとか言っていたから。 その影響かしら?
それにしても!

「周防少尉? 私達は『任務』で、ここに来ているのよ? 物見湯山じゃありませんッ!」

「はッ! 失礼しましたッ! 綾森中尉殿ッ!」

傍らで高機動車の運転手・兼・案内役をしてくれている、海軍の二等兵曹と上等水兵が、何とも言えない表情で、笑いを堪えている。
はぁ、溜息が出るわ・・・


私こと、綾森祥子陸軍衛士中尉(4月1日進級)と、周防直衛陸軍衛士少尉は今、大陸側で、北アジア最大級の軍港・旅順軍港に居る。

どうして陸軍の私達が、統合軍海軍の軍港(中国北洋艦隊の母港でもある)・旅順に居るかと言うと。
単純に、大陸派遣第3陣の先遣隊(1個戦術機甲連隊+アルファ)の、受け入れ連絡将校に任命された、と言う事だ。

こんな仕事、派遣軍司令部の将校にやらせればいいのに。 何も、前線部隊の野戦将校にわざわざ・・・
最初、私も直衛も、同じ愚痴を言っていたのだけれど。 大隊長の広江少佐(4月1日進級)から説明されて、諦めた。
何と、先方の『御指名』だったのだ。 先遣隊と一緒に着任する、新任の派遣軍『作戦参謀』・河惣 巽少佐の・・・

で。 今、先遣隊を搭載した戦術機母艦 『大鷹』 『雲鷹』 『沖鷹』 『神鷹』 『天鷹』 と、輸送艦8隻の着岸を見守っているところなのだ。
5隻の戦術機母艦が、入港してきた向きと反対に回頭しながら、着岸しつつある。


「・・・・ねぇ? どうして1個連隊運ぶのに、5隻なの? 確か今、『雲龍』型って、60機搭載って、言ってたわよね?
連隊は108機だから、2隻あれば搭載できるんじゃないの?」

流石に海軍、しかも下士官兵に聞こえると、些か不格好なので、小声で聞いてみる。

「・・・『雲竜』型と、『大鷹』型、大きさを比較してみろよ。 全然違うだろ?」

直衛も小声で答える。 うん。確かに、全然違うわね。 片や、如何にも『黒金の艦』といった趣だけれど。
片や、何だか無理やり軍艦にされた輸送船、みたいな・・・


「へぇ? 良い観察眼だね。 正解。 『大鷹』型は、戦時標準輸送船の船体を流用した、改造母艦なんだ。
小さいから、搭載機数は24機。 『雲竜』型の半分以下さ。 2個中隊分だね。 もっぱら、戦術機輸送に使用されているよ」

そうだったのね。 それにしても・・・


「失礼します。 綾森中尉、周防少尉。 間もなく接岸完了。 乗艦予定時刻、1130 宜しくありますか?」

海軍二等兵曹が確認してくる。

「判った。 宜しいです、二等兵曹」

「・・・はっ」

あら? 何か変な事言ったかしら? 二等兵曹が少し苦笑気味の表情をしている。
その時、直衛が横から口を挟んできた。

「≪兵曹≫、連隊本部は、『大鷹』だな?」

「はっ! 少尉」

「よし。 しかし、別にランチ(運用艇)でも良かったのだぞ? 君は艇長もしているのだろう?」

「・・・タラップは使えませんよ?」

「スインギングビーム(係船桁)でも大丈夫さ。 陸軍でも、訓練校じゃ、似たような事をする」

「ほお、そうでありますか。 ・・・・いや、周防少尉は陸軍なのに、何気に海軍にお詳しいですね」


私もそう思う。 さっき、直衛が口を出したのは、多分、『二等兵曹、じゃなく。 単に兵曹、と言えば良い』と、私に教える為だろう。
後は・・・ ランチ? スインギングビーム? 何の事かしら・・・?


「単に俺の実兄が、海軍の主計大尉というだけさ。 従兄弟たちの中にも、海軍さんがいる。 叔父貴も、海軍中佐でね。
陸軍は俺と、2歳上の従姉だけだ。 後は実は、海軍なんだよ」

「そうでありますか。 いや、それならば・・・ はは、実は、変だな、とは思っておりまして」

「矢鱈と海軍に詳しい、変な陸軍のヒヨっ子少尉だ、と?」

「あ、いや。 失礼しましたッ!」

「構わんよ、別に」


2人して、ニヤニヤしている。 残った上等水兵も、似たような表情。 何なのよ・・・
私って、仲間外れ? ちょっと、不機嫌!!








≪1305 戦術機母艦『大鷹』 士官室(連隊本部)≫


「ご苦労だったな、綾森中尉、周防少尉。 何、連絡将校だと言っても、特別何か仕事がある訳じゃない。 体裁さ。
実務はこちらの本部と、大連の後方本部とでやる。 君達は、今日・明日と、ゆっくりしていけば良い」

艦内での昼食時。 私と直衛は、河惣少佐からそう言われて、些か気が抜けた。
乗艦してから、連隊本部、及び護送戦隊司令部へ出頭。 諸々、挨拶やら、格納庫内の戦術機の状態確認やらで、昼食が遅れた。

本来なら、私達の様な尉官クラス(中・少尉)は、専用の区画(第1士官次室と言う名を、直衛から教えられた)で食事するのだそうだけど。
生憎ともう、時間が過ぎていたらしく。 そこで河惣少佐が手配して下さって、士官室(上級士官公室)で食事する事になった。


「判りました・・・ が、少佐?」

「ん? なんだ? 中尉」

「去年のような『作戦』は、もう無いですよね?」

「また、ドレスアップしたいのか? ふむ。 周防少尉に見せたいなら、なんとかでっち上げるが・・・?」

「ちっ、違いますっ!」

何を言うのよっ、あんな恥ずかしい真似。 もう、こりごりよ・・・ はぁ・・・

溜め息交じりに、ナイフで肉を切り分ける。 それにしても海軍って、贅沢よね。
お昼から、フルコース並の昼食だものっ! それに、水兵の給仕付きよ!? 信じられないっ!
思わず陸軍の、私達の日常と比べてみて、余りの落差に唖然としたわ・・・


「豪勢な食事だろ? ま、中身は同じ合成食材だけど」

横から直衛が聞いてくる。 彼は特に、驚いていないようだけど・・・

「・・・知っていたの?」

「中学の時。 兄貴の乗艦が入港した時、乗せて貰った。 その時にね。 ガンルームだったけど、これと遜色無かったな。 海軍って、艦隊はこんなものさ」

ああ、お兄様の・・・ って? ガンルーム?

「ガンルームって、1次室・・・ 第1士官次室の事。 英国海軍から取り入れた名前だけどね。 もう、4年ほど前か。 兄貴もまだ、主計中尉の頃だったな」

「これが、艦隊司令部の昼食になると、軍楽隊の生演奏が付くぞ?」

「・・・・えっ?」

河惣少佐の言葉に絶句する。 直衛に『嘘でしょう?』と、視線で問いかけると。

「本当だよ」

「か・・・ 海軍って・・・ 一体、何なの?」







≪1415 旅順軍港 埠頭付近≫


結局、する事が無くなってしまったので、私は艦を降りて埠頭を眺めていた。
別に、これと言って特別な風景じゃなかったけど。 何となく、居心地が悪かったのだ。
直衛は意外と、海軍の空気に馴染んでいた。 海軍士官のお兄様や、親戚に海軍が多い、と言う環境かしら?


(・・・でもっ! 上官で、恋人の私をほったらかしにするのは、どうなのっ!?)

今頃、ガンルームで談笑しているであろう、部下にして恋人の顔を思い浮かべて、ムカムカする。

第一、私は3日後から3週間、本土に戻って初級指揮幕僚課程のカリキュラムを受講しないといけない。
中尉に進級して、小隊長として部隊指揮するのに必要な、必修教育課程。
私の他に、源君と、麻衣子に紗雪の4人がそうだ。


(3週間! 3週間も会えないのよっ! 今回の出張だって、本当は大隊長と、木伏中尉が気を使ってくれたと言うのにっ!)

以前の大隊長。 藤田中佐が進級と同時に、派遣軍司令部参謀に転出した。 代わって、やはり進級した広江直美少佐が、第2大隊長となった。
第3中隊長は空席のまま、木伏中尉が中隊長代理をしている。 同時に第1小隊に移ったので、暫定的に私が第2小隊長なのだ。


(・・・良い度胸よね? 恋人ほったらかしにして。 それに3週間、羽も伸ばす気なのね? 翠華・・・ 蒋翠華少尉と!)


翠華自身は、良い子なのよ! 素直で、裏表がなくって。 ま、まぁ、少々行動的過ぎるきらいはあるけど・・・
それに、あの時。 彼女を『抱きなさい』って言ったのは、私だし・・・ べ、別にっ! 浮気を公認した訳じゃないのよ!?
・・・ああ、もう! どうしてこんな事、うじうじと考えなくちゃいけないのよっ! 直衛の馬鹿ぁ!!


そんな、スパイラルダウン思考をしていたから、近くに来ていた人の気配に、全く気付かなかった。


「君、どうかしたか? ん? 陸軍さんが、どうしてここに?」

見ると、若い(と言っても、私より7,8歳位年上に見える)海軍大尉殿だった。

「あ、失礼しました。 大尉殿。 いえ、別段、何でもありません。 少々、港を見ていましただけで・・・」

「ん・・・? ああ、派遣軍か? 君は」

「はい。 連絡将校として参りました」

「そうか。 しかし、まぁ。 ここで、ぼーっとしていても、何も無いぞ? それにまだまだ、内地と比べて気温も低い。 そこの詰め所で、茶の1杯でも出そう」

「はっ 有難うございます」

一人で悶々としているより、気が紛れるかもね。

「うん。 おう、そうだ、君の名前は?」

「帝国陸軍衛士中尉・綾森祥子であります。 大尉殿」

大尉が一瞬、驚いたような顔をした。 何故?

「綾森中尉。 海軍では『殿』は不要だ。 普通に『大尉』でいい。 それと、海軍では『たいい』では無くて、『だいい』と言う。 できればそう言ってくれ」

「はい」

「うん。 ああ、自己紹介が遅れた、済まんな。 私は、帝国海軍主計大尉・周防直武(なおたけ)だ」


―――――えっ? えっ!? ええぇぇ~~~!?







≪1500 旅順軍港 帝国海軍主計事務所≫


帝国海軍主計大尉・軽巡洋艦 『阿武隈』 主計長・周防直武。 

間違いなく、私の恋人・周防直衛少尉の、お兄様だった。
お聞きしたところ、27歳。 奥様と2人のお子様が、横須賀にお住まいとか。


「ははは。 いや、弟の上官の方でしたか。 失礼した」

そう言って周防大尉(正確には、主計大尉)が笑う。 その笑顔なんか、彼にそっくりだった。 流石、兄弟ね・・・
事務所の応接セット(と言っても、備え付けのテーブルと椅子だけど)の上には、綺麗に切った羊羹とお茶。

「いえ。 周防少尉からは、御家族に海軍将校の方がいらっしゃる、とは伺っておりましたが。 こちらこそ、失礼しました。 周防大尉」

「まぁ、弟は筆不精に輪をかけて、自分の事には無頓着なやつでしてね。 私の事も、碌には話していないでしょう」

「あ、ええ。まぁ・・・」

何だか変な感じね。 兄弟だから、似ているのは当然だけど。
周防大尉は、年齢とか、階級相応の落ち着きのある感じの方で。 直衛があと、7、8年もすれば、こんな感じになるのかしら?
それは、不快じゃない、楽しみな未来の想像だった。


色々と四方山話を聞かせて頂いた。 
直衛の小さい頃の話。 やんちゃだった小学生の頃。でも、意外と甘えん坊で、お姉様には良く懐いていた事。

丁度、名古屋に御実家が移り住んで、長門少尉と知り合った中学の頃。

海軍兵学校を受験しようとして、風邪をひいて身体検査で不合格になった時に、悔し泣きしていた事。

自分では内緒にしているようで、しっかり周りにバレている、初恋と失恋の事(ちょっと、聞き逃せないわね)

いつの間にか、時間が過ぎていた事に気付かない程、楽しい時間だった。



「・・・時に、綾森中尉。 お聞きしたいのだが・・・」

「はい?」

急に真剣な表情で、大尉が聞いてくる。 

「あれは・・・ 弟は。 戦地で、しっかりとやっているだろうか? 部隊の皆に、ご迷惑をお掛けしていないだろうか? それに・・・」


それに? 大尉は次の言葉を飲み込んだ。 ああ。 そうね。 いくら身内でも。 帝国軍人である以上、公私はつけないと、と言う事ね・・・


「・・・ご心配無く、大尉。 周防少尉は、今や我が中隊の中核戦力で、優れた衛士です。
戦場においても、為すべき事を立派に心得て戦っております。 小隊長として、私は彼を右腕と頼んでおりますよ」

「そうですか・・・」

「それに、彼は非常に運の強い衛士です。 無論、勇気と蛮勇の違いも、しっかり心得ていますから・・・
大丈夫、彼は生き残る衛士です」

「・・・・・感謝する」


帝国海軍軍人として、私情を挟んだ事を聞いてしまった、と言う悔悟と。
兄として、肉親への情愛から、弟の近況を確認できた安堵。

大尉の表情は、そんな色々なものが混ざり合った表情だった。


「・・・弟が、あの筆不精者が、家族に便りを寄こしたのは、この1年で2回しかありませんでね」

「・・・たったの2回!?」

全く。 何しているのよ。  次からは、もっと便りを出すよう、きつく言っておかないと・・・

「1度目は、去年の4月中頃か。 部隊配備になったばかりで、緊張するが、頑張る。 と言った事を、ね」

ああ、あの頃。 懐かしいわ。 ふふ、初々しい新任少尉だったわね・・・

「・・・次が、今年の2月だった。 丁度、大陸派遣軍が満洲で 『大戦果』 の発表をした直後だな」

「・・・・・」

「両親や、姉には・・・ ああ、私と直衛の姉でね。 私の2歳上で、直衛とは丁度、10歳違いで。 昔から年の離れた弟を、可愛がっていた。
親や姉への便りは、とりたてて、変わらない内容だったそうだ。 満洲の冬は寒い、とか。 元気にしている、とかね。
だが、私宛の手紙には・・・」

「・・・・」

「もし、自分が戦死しても。 両親や姉さんが悲しまないように、兄さんから宜しく言って欲しい、と。
戦う理由を持って、戦っている、と。 衛士の覚悟も、ちゃんと持っている、と」

「ッ・・・・!」

「同じ軍人として、今まで戦ってきた兄さんを尊敬する、と。 
甥っ子達や姪っ子達が―――ああ、私と姉の子供達だが、大きくなって戦場に出なくていいように戦う、と。
――――まるで、遺書だ。 馬鹿者が・・・」

楓ちゃんが戦死した、すぐ後の事だ・・・ 直衛、貴方・・・


「海軍と陸軍の違いはあれ、私も帝国軍人だ。 満洲の実情は、良く承知している・・・
あの 『大戦果』 が、発表通りのような、生易しいものでは無いと言う事も。 
寧ろ、地獄と言う表現が、生温く思えるほどの現状だと言う事も」

・・・だから? 同じ軍人のお兄様には、自分の本音を判って欲しかったのね・・・?


「・・・そんな事を書いて寄こした弟だが。 最後に、本当に最後に一文だけ。 兄を安堵させた事を、書いていましてね」

「・・・それは、何と?」

「生きる理由を見つけた、と」

生きる理由!?

「生きる理由を見つけた。 自分はその為に戦って、生き抜く、と。 そして・・・」

「そして?」

「最後に。 君の名が、書かれてあったよ。 綾森祥子中尉。 自分の生きる理由の女性だ、と」

ッ! ・・・直衛 ・・・直衛  直衛!!

「昔から、意地っぱりで、なかなかに頑固な弟だが・・・ 一度言った事は、不器用でも、不格好でも、やり通す子だった。
そんな弟が、あんな風に言っていた。 ・・・綾森さん、これは帝国海軍軍人としてではなく、一人の、弟に甘い兄として、だ。
あれを、直衛を、お願いする・・・」

「た・・・ 大尉・・・」

涙が止まらない。
生きる理由、そう言ってくれたのだ。 私が、彼の生きる理由、と。
それでいい。 それだけで十分よ。 それだけあれば、私は・・・


「・・・ご安心ください」








≪1610 旅順軍港 帝国海軍主計事務所前≫


「すっかり引き止めてしまって、済まなかったね」

周防大尉が済まなさそうに仰る。

「いえ、こちらこそ。 楽しい時間でしたわ」

「そう言ってくれると、助かる」

穏やかな笑みを浮かべる。 その顔は、表情は、とても彼にそっくりだった。

「しかし、何だな?」

「はい?」

大尉が急に、人の悪い笑みを浮かべた。 何だろうか・・・

「近い将来、そうなったとして。 綾森中尉、君は私の『義妹』になる訳だ」

「ッ!!」

あ、あ、あ・・・ た、大尉。 急に、何てこと仰るんですかッ!
顔が熱い。 私ッ! 今、どんな顔してるのッ!?


そんな私を見て、大尉が愉快そうに笑う。 もうッ! こう言う所も、兄弟そっくりねッ!!


「はは、済まない。 からかっているんじゃ、ないんだ。 正直、我が弟ながら、女性を見る目のある奴だったのだな、と感心しているのだよ」

「大尉・・・」

ああ、もう。 顔の火照りが収まらないわ・・・

その時だった。


「あッ! 綾森中尉! 探しましたよ! 全く、どこに行っていたんですか? 軍港で迷子になったかと・・・」

直衛・・・ いくらなんでも、この年で迷子だなんて、言わないでよ・・・


「直衛」

「・・・・え? あ、兄貴!? どうしてここに!? って言うか、どうして兄貴と中尉が!?」

直衛がすごく吃驚している。 お兄様が旅順に居る事、知らなかったのかしら・・・

「俺の乗艦は、『阿武隈』だぞ? そこの主計長だ。 入港した艦の主計長が、主計事務所にいて、どこか変か?」

「い、いや、そうじゃないけど・・・ でも、なんで・・・?」

「偶々、お会いしたのよ。 で、色々とお話を聞かせて頂いたの。 誰かさんは、『上官』の事は、すっかり忘れていたみたいだし?」

ちょっと意地悪するわよ? ほったらかした罰ね?

「い、いや。 別にほったらかした訳では・・・ と、言いますか、中尉。 一体、兄と何のお話を・・・」

ふふ。 焦ってる、焦ってる。
周防大尉も、悪乗りしてくる。

「ん、まぁ、お前の旧悪をな。 何せ上官殿だ。 部下の把握には、情報も必要だ」

「あ・・・ 兄貴ぃ~~~・・・・」

「では、私はこれで失礼する。 艦隊の主計会議も有るのでね。 直衛、明日か明後日でも、時間が有れば一杯付き合え」


そう言って、周防大尉は見事な敬礼を残して、艦の方へ歩いて行った。





「あ・・・ あのさ? ウチの兄貴、何か変な事、言ってた・・・?」

あらあら。 よっぽど、過去の悪さがバレるのが怖い様ね? でも安心して? いざと言う時にしか、カマかけたりしないから。
何せ、大事な、大事な、アドヴァンテージだもの?

「いいえ? 別に?」

「・・・本当に?」

「・・・ふふ。 教えてあげない」

「~~~! 祥子、勘弁してくれ・・・」


駄目よ。 教えない。 大尉から伺った、あの言葉は。
ずっと、ずっと。 私の中で、大切に、大切に守ってゆくの。


「ほら、行くわよ。 特に仕事がないからって、ブラブラしてたら、海軍に対して面子が立たないでしょ!」

「・・・誰が、フラフラと姿消してたんだよ・・・」


直衛が何やら、ぶつぶつ言っているけど。 いいわ、聞き逃してあげる。

『大鷹』に向かう。 岸壁に居るのは、河惣少佐ね。 どうせ、少佐とも楽しくお話していたのでしょうね。
全く。 ようやく判ったわ。 年上の女性に弱い訳。 お姉様も、甘やかし過ぎたと言う訳ね?


「ほらっ! ダラダラしないっ!」

「マムッ! イエスッ! マムッ!」




2人して、艦に向かう。 西の空の夕焼けが綺麗だった。
夕陽を浴びた、彼の笑み。 私の大好きな笑み。 ずっと、ずっと、見ていたい。







[7678] 北満洲編20話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/05/19 23:48
1993年5月3日 1900 黒竜江省 ハルビン 中華料理店「麗月楼」


「え~、それでは! 只今より! 新生・第2大隊所属、衛士訓練校・第18期A(前期卒)、B(後期卒)、合同同期会を開宴しまぁす!
なお、司会・幹事は不肖・ワタクシ、第23中隊の伊達愛姫が、させていただきまぁす!!」

「挨拶はもういい!」 「さっさと飲ませろぉ!」 「おなか減ったぁ!」

愛姫の挨拶に、皆からブーイング?の嵐。

「ええい! この ≪胃袋級BETA≫ 共めッ! それではっ! かんぱ~~いッ!」
「乾杯!」 「乾~杯!」 「かんぱ~い!」


皆思い思いに、料理に手を伸ばし、酒を注いで飲み干す。
雑談に華が咲く。 お互いの訓練校の話。 今までの出来事。 あれや、これや。
お互い同じ少尉同士。 同期や、半年違いの先任・後任。 同じ大隊。 同じ地獄を覗いて、生還した仲間達。

「小姐! 料理追加!」 「こっち、紹興酒、頂戴!」 「そんなのジュースだろ! 老酒追加!」

皆、普段の粗食?の憂さを晴らさんかのように、ハイペースで料理を、酒を注文する。


「あらあら。 えらく豪気ねぇ、みんな。 でも、ツケは無しよ?」

料理を運んできた、女主人が呆れている。

「だぁ~いじょ~ぶ! 何しろ皆、俸給の使い道、無かったからね!」
「去年の年末賞与も、丸々残ってるもんなぁ・・・」
「まぁ、基地じゃ使い道無いし」

少尉の俸給(※1)・月俸850円 戦地加俸・月額380円 部隊加俸・月額125円 衛士加俸・月額720円 合計月額2,075円也(注:旧円)

師範学校卒の、小学校教師の初任給が、月額720円
高専卒会社員の初任給が月額680円 大卒会社員の初任給で880円 
帝大卒のエリート会社員(財閥系)初任給が1050円
庶民の一般家庭の平均月収が、1500円程の、このご時世。

俺達、20歳前の衛士訓練校卒の若造少尉としては、結構な高給取りだ。

でも、昨年秋頃からのBETAの波状大侵攻と、今年1月の『双極』作戦(『列』号、又は『チィタデレ』作戦)と、立て続いた結果。
俸給なんて使っている暇なんか無かったのだ。 多くの者は使うまでも無く、死んでいった。


「だからぁ~~! ここで俸給、ぜぇ~~~んぶ! 使っちゃうぞぉ!!」
「愛姫ぃ、それは無理なんじゃなぁい?」
「・・・いや、伊達なら・・・」

皆、かなり酔いも回って来たようだ。


皆判っているのだ。 これは、久々の同期生同士の集まりで、慰霊の宴なのだと。
多くの仲間が死んだ。 同期生も、多くが戦死した。 だけど、俺達は生きている。

だから

これからも生き抜くために。 死んでいった連中を、語り続ける為に。 

こうやって、刹那でもいい。 前を向いて騒ぐ。 死神に舌を出して、出し抜いてやるために。



「ところでさ。 皆、中隊の方は何とかなりそう?」

愛姫が顔を真っ赤にしている。 こいつは、酒が弱いくせに、飲みたがるからな・・・

「23中隊は、実戦経験者が比較的多い。他の中隊よりは錬度の向上は早かろう。
寧ろ、21と22中隊の方が問題では無いか? どうだ、周防、長門?」

酒豪で、顔色も全く変わらない緋色が、豪快に酒を飲み干して話を振ってくる。

「そうだな。 ウチの21中隊は広江少佐の直率中隊だし、実戦経験者7名だからな。
新任共も、少佐の扱きに耐え抜けば、結構早いうちに戦力になるんじゃないか? なぁ? 古村?」

21中隊に転出した圭介が、ビール瓶をラッパ飲みで同じ中隊の同期・古村 杏子(こむらきょうこ)少尉に問いかける。

「耐えれば、ね・・・ 正直、私も少佐の扱きには、悲鳴上げそうよ」

古村が、思い出してうんざりした顔をする。 

「大丈夫だろ。 年末年始の乱痴気騒ぎに比べれば・・・ 直衛、お前の所の22中隊は?」


老酒をちびちび飲りながら、考える。 ウチの中隊ねぇ・・・

「どうだろうな。 正直、ウチの22中隊が、一番戦力的に低いだろうな・・・」

判っていた事だ。 何せ、大隊の3個中隊のなかで、実戦経験者が最も少ないのが、俺が新たに配属された22中隊だ。

「やるしかないじゃない。 新任達の戦力を上げるしか、生き残る道は無いんでしょう?」

横から同じ中隊の同期・永野 蓉子(ながの ようこ)少尉が口を挟む。 こちらも酒で顔が真っ赤だ。
永野とは去年の12月、大侵攻を確認した哨戒任務で一緒に行動した。
そう言えば。 こいつは、あの時に同期の恋人を、死なせていたんだよな・・・

「そうそう。 おい、周防。 俺達の訓練方針 ≪スパルタ≫ を決定したの、貴様だぞ?」

新たに23中隊に転属してきた同期・久賀 直人(くが なおと)少尉だ。
ま、そうなんだが。

「・・・方針は変えない。 大隊長や、中隊長から変更指示が出ない限りな。
猛訓練で恨まれる方が、実戦で死なれるより、万倍もマシだしな」

同期達が、頷く。
俺、圭介、愛姫、緋色の旧23中隊組に、同期の永野、古村、久賀の3人が、新たに第2大隊に編入された。


「でも、周防さん。 限界も有りますよ。 俺らはある程度、自分で把握していますけど・・・」

23中隊の佐野 慎吾(さの しんご)少尉だ。 同じ18期でも、入校も卒業も半年遅れのB(後期)卒。

「変に我慢し続けて、壊れたりしたら、大変ですよぉ~・・・」

21中隊の18期B卒、伊崎 真澄(いざき ますみ)少尉も、グラスを目の前で振りながら、嘆息する。
う~ん。 そうなんだよな。 こいつらの言う事も、確かなんだよなぁ。
その時、緋色が淡々と口を開いた。

「いや。 寧ろ限界を見て貰う。 でないと、実際の戦場でどこまで戦えるか、判らん」

「・・・・後任達が、潰れても良い、と・・・?」

緋色の断言に、冷ややかな声が応じる。 俺の22中隊のB卒、間宮 怜(まみや れい)少尉だった。
緋色の目が据わっている。

「そうは言っておらぬ。 しかしな、間宮。 貴様も見てきた筈だ。 戦場で気力と体力が尽きて、BETAに喰い殺された戦友達を。
諦めてしまって、生を放棄してしまった戦友達を。 貴様、後任達を、あのような目に合せても良いと言うのか?」

「そんな事は言っていないッ! 私は・・・ッ!」

「ま、まあまあまあ! 二人とも!」 「落ち着いて、怜。 落ち着いて!」  「・・・神楽さんも、間宮も、酔っ払い・・・」

23中隊のB卒、守山 和彦(もりやま かずひこ)少尉に、相原 優子(あいはら ゆうこ)少尉。 21中隊のB卒、有馬 奈緒(ありま なお)少尉が仲裁?に入る。


「まぁ、緋色の言う事も、間宮の言う事も、判る。 その辺の匙加減だよな? 難しいのは」

「薬と一緒ね。 適量なら効果が有るけど、少量だと効果が出ないし。 過剰だと劇薬にもなるわ」

圭介と永野が、酒を飲みながら顔をしかめる。


その時。 先ほどから敢然と、目の前の大皿に戦いを挑み続けていた愛姫が、長箸を振り回しながら喋り始めた。

「ん・・・ ほんなの・・・ 気にひひゃ、らめらめ。 ろうせ、むひゃなら、らいちょうらちが、ほめにふぁいるよ」

おい、愛姫・・・

「伊達~~・・・ せめて口の中、飲み込んでから喋れよ・・・」

久賀が呆れている。

「愛姫さぁん、お行儀悪いよ・・・」 「うん・・・」

伊崎と相原も。

「はぁ・・・ こやつは、全く・・・」 「・・・・・・」

剣呑だった緋色と間宮も、毒気を抜かれているな・・・


「んぐっ・・・ 兎に角! うだうだ考えない! あたし達の訓練方針は、決定しているんだから!
修正が必要なら、隊長達から何か言ってくるって! その為に俸給貰っているんだもん!
そうでしょ!? 大隊最先任少尉!?」

「・・・・御尤も・・・・」

愛姫の迫力に押されて、俺も何も言えない。


「おいおいおい~~、情けない声出すなよぉ 『最先任少尉』殿?」 久賀が。
「そうそう。 しゃっきりしなさいよぉ? 『最先任少尉』?」 古村が。
「そんな事では、後任が不安がるぞ? 『最先任少尉』殿」 緋色が。
「しっかりしてよね? 『最先任少尉』なんだから・・・」 永野が。

「お・・・ お前ら、ここぞとばかりに・・・ おい! 圭介! 何とか言ってやってくれよッ!」

「差し出がましい口は、挟めないであります。 『大隊最先任少尉』殿」

「んぐっ・・・」

「わはははっ」 「くくくく・・・」 「あはは!」 「ふふ・・・」

畜生。 B卒の後任達も、遊んでやがる・・・
はぁ、しょうがねぇな・・・


「よぉしっ! 皆! 色々考える所は有るだろうけど! 兎に角! 俺達の仕事は、実戦を知らない新任達を、1分1秒でも長く生かす事だっ!
俺達の経験した地獄を、連中に伝える事だっ! 手を抜くなっ! 恨まれても良い! 
だけど、厳しさと無理を違えるなよ?」

「「「「「「 おう!! 」」」」」」

「んじゃ! 新生第2大隊の勝利に!」

「「「「「「 勝利に! 」」」」」」


カシャーン!!

グラスと杯を合わせる音が響いた。






≪2130 ハルビン基地近辺≫


店を出たのが、30分前。 ここまで普通なら、10分そこそこなのだが・・・


「うう~~~・・・・・」

間宮がベンチで延びている。 完全に、酔っ払いだ。
どうしてこんな事に。 途中までは意識もしっかりしていたんだけどなぁ・・・

「周防。 はい、お水」 「おう。 サンキュ」

永野が近くにあった露店で、ミネラルウォーターのペットボトルを買ってきてくれた。

「どう?」

「ダメ。 ダウンしてる。 おい、間宮。 目ぇ覚ませ。 兎に角、水飲めよ」

ペットボトルを間宮の口に持って行く。

「いらなぁ~い・・・ きもちわるいぃ~・・・」

「いらない、じゃねぇよ。 ほれ、口開けろ。 飲め」

「ん・・・ うぐ・・・ んぐ・・・」

「ちょ、ちょっと・・・ あんまり無理には・・・」

「血ゲロ吐くより、マシだろ? ほら、間宮! もっと飲めって・・・」

もう無理やり、水を飲ます。 こいつは、何考えて飲んでるんだよ。
後方休養地じゃないんだ。 後に残るような飲み方、するんじゃねぇよ、全く・・・

「よぉ~し、飲んだな? んじゃ、吐けっ!」

背後から間宮の口に、無理やり指を突っ込む。 同時に片手で、胃の辺りを押し上げる。

「げぇっ! うええぇぇぇ!」 「ちょ、ちょっと! 周防!」

盛大に吐き出す間宮。 それを見て慌てる永野。
しょうがないじゃないか。 このまま胃に残していたら、こいつ絶対、寝ゲロだぞ?
下手すりゃ、そのまま気管に詰まることだって有るんだ。


「はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・」

すっかり吐き切った間宮の口元を、永野が水で洗い流してやっている。
俺と言えば、追加でペットボトルを数本買い求めて、吐いた物を排水溝に流していた。

「兎に角、私は隊に連絡入れてくるわ。 2200までには戻れるでしょうけど、事情話して当直交代しないと」

「え? 間宮って、今日は夜間当直だったか?」

「ええ。 私が明日だから。 今日は私が代わりに入るわ。 間宮に言っておいて。 あと、時間無いから私は先に行くけど。 彼女、お願いね」

「了解」

永野が腕に嵌めた軍用時計で時間を気にしながら、走り去っていく。

さて、どうしたものかね? こいつはまだ、動けそうにないし。
他の中隊の連中は、当直以外は裏切って飲みに行きやがったし。 当然、全員が外泊届け出しているんだよな。
俺も、永野もだけど。 無駄になってしまった・・・


「・・・・済みません。 迷惑かけまして・・・」

間宮がぽつりと呟いた。

「お? 現世に帰還したか? で? 気分はどうだ?」

余った水を飲みながら、間宮の顔を覗き込む。 うん、顔色は随分マシだな。

「さっきより・・・ かなり・・・ マシです」

そう言って、起き上がろうとする。 途端に、腰が砕けてへたり込んだ。
膝も笑っているし。 駄目だ、こりゃ・・・

「しゃあねぇ。 おい、俺におぶされ」

ベンチに座らせてから、間宮の前に後ろ向きで膝を突く。

「えっ!? いっ、いえ! 大丈夫ですからっ!」

「・・・・何が大丈夫なもんか。 お前、満足に立てもしない癖に。 いいから、ほら!」

「し、しかし・・・」

「ええい! 先任命令だ! さっさとしろっ!」


不承不承? 俺におんぶされた間宮を背負って、基地への帰路を歩き始めた。
時々、ふらっとする。 くそ、俺も結構、酒が入っているからなぁ。 女の子でも、やっぱきついわ、こう言う時は。


「・・・さっきの話・・・」 「あん?」

さっきの? って、いつの話だ?
あ、ダメだ。 アルコールで頭の中、整理付かないな・・・

「神楽さんと、話してた事です・・・」

ああ、あの件ね。 姿はギャグだけど、愛姫が上手く纏めた。 それがどうかしたのか?

「自分は・・・ やはり、遣り過ぎは良くない、と考えます・・・」

それが、こいつの考えか。 そう言えば、同じ事を言おうとしていたな。

「肉体的にも、精神的にも・・・ 人間には限界があります。 それを無視するなんて・・・」

「確か、お前の同期でいたんだよな? 訓練中に自殺した奴」

「はい・・・」

未だにそう言う事が起こる。 いや、こんな情勢だからこそ、か。
訓練が、訓練生の能力を向上させる為じゃ無く。 教官(士官)や教員・助教(下士官)の個人的恣意で、無茶苦茶に扱かれるって訳だ。
大昔にも有ったそうだ。 そして、BETAとの戦争が始まって、世の中がそれ一色に染まって来た頃から、また始まりだした。

無論、有能で優秀な教官・教員はそんな事はしない。 だけど、そういった人は少数だ。
寧ろ、無能で、無能故に実施部隊で行き場がなくて、教官や教員配置になる場合もある。
そんな馬鹿に当たったら、悲惨だ。 俺も経験が有る。

「でもな、間宮。 緋色の奴は、そんな事は言っていなかったろ? それに、俺も言ったはずだ。 『厳しさと無理を違えるな』って。
道理に沿って厳しくする事と。 道理を無視する事は、別モノだぞ?」

ふぅ、重い・・・ 何て言ったら、殴られるな。 やめておこう。

「それが・・・ 周防さんの方針ですか・・・?」

「俺だけじゃない。 他の同期の連中も同じだ。 あいつら皆、お前と同じような経験しているしな。 俺もだけど。
俺達の前期でも、自殺者が出た。 教員で、大馬鹿な奴がいてな。 全く、何度殺してやろうかって、思った事か・・・」

当時を思い出して、猛烈に腹が立ってきた。 そう言えば。 風の噂ではあの教員、あの後に派遣軍の軽歩兵部隊に転属になったとか。
恐らく、生きてはいないな。 戦場では真っ先に『後ろ弾』喰らうクチだわ。

「じゃ・・・ 信じて、いいん、ですね・・・ もう、あんな、思い、しない、って・・・」

「・・・おう。 戦場で背中預ける仲間だ。 そんな事は絶対にしない・・・ って、おい。 間宮?」

何時の間にか、すー、すー、寝息立てて眠っている。 
良い度胸じゃねぇか。 先任に背負わせておいて。 自分はスヤスヤと、おやすみとは。

何か、良い香りがする。 こいつの香りか? 洗髪料とかは、皆同じなのにな。
そう言えば。 祥子も翠華も。 2人とも別の、良い香りがしていたっけな。

(ヤバい、ヤバい)

そう考えて、慌てて思考を変える。 全く。 間宮は同じ中隊の後任だぞ? 全く・・・
やがて、衛門が見えてきた。 ふぅ、ここまでくれば。 後は新任達の誰かを捕まえて、部屋に放り込むか。
あと少しの辛抱! ちょっとだけ笑い始めた脚に活を入れて、間宮を背負ったまま、衛門をくぐり抜けた。





≪2230 第22中隊 管理事務室≫


「ま、ご苦労だったな」

中隊長・美綴 綾(みつづり あや)大尉が、コーヒー(モドキだ)を淹れてくれる。
以前、119旅団の52中隊(第5大隊第2中隊)で、中隊長をしていた人だ。
第5大隊は殆ど戦力損耗で解隊。 こっちに移って来た。 広江少佐の後輩だと言う。 本土帰還予定だった大尉を、少佐が一本釣りしてきたらしい。
前に一緒に戦った事が有る。 確か、部隊コードは≪ガンスリンガー≫  今の俺達、22中隊の部隊コードでも有る。


宿舎棟で新任(犠牲者)を見つけ、間宮を押し付けた後。 中隊長に捕まり、管理事務室でコーヒーを飲んでいる訳だが。
今いるのは、中隊長と、当直将校の永野少尉、そして俺・周防少尉の3人。

「しかし、何だ? そんなに荒れたのか? 同期会」

コーヒーを飲みながら、美綴大尉が、俺と永野に問いかけてくる。
思わず、永野と顔を見合せ、苦笑する。

「いえ。 そんな訳じゃないですよ。 ・・・まあ、間宮も日頃、思う所が有った、と言う事ですよ」

そんなに、訓練内容に不満が有ったのか? だったら、同じ中隊なんだから、早く俺に意見すれば良かったのに。
それとも、そんなに無理強いするタイプに思われていたのかな? ちょっと、ショックだ。


「まぁ、大隊長の方針だからな。 新任配属の時期に、小隊長達が3週間も不在。 残っているのは、23中隊の先任小隊長2人だけだったしな。
だから訓練は、21中隊と22中隊は、残った先任少尉達が合議の上で、方針を決定する。 各中隊長はそれを確認の上で承認する、と言うやつは」


そうなのだ。 それが、大隊長・広江少佐の決定した方針だった。
今期卒業で、新配属の新任少尉達が着任したのが、4月10日。
そしてその時には、21、22中隊の新小隊長で有る、4人の中尉達――― 21中隊の源雅人中尉、三瀬麻衣子中尉。 22中隊の綾森祥子中尉、和泉紗雪中尉。
この4人は既に4月5日から、本土での初級指揮幕僚課程のカリキュラム受講の為、3週間不在だったのだ。

だもので。 21中隊の圭介と古村、22中隊の俺と永野、23中隊の愛姫と緋色、久賀の7人で協議して、方針を決定した。
無論、半期後任組の6人にも、意見を聞いて、だ。
因みに23中隊は、木伏中尉も水嶋中尉も居たから、2人にも意見を伺った。


(それで、合意したんだけどな・・・)

何か、後任が遠慮するような強引な所が有ったのだろうか? これと言って、思い浮かばないんだけどな・・・

「周防、そんなに思いこむな。 確かに貴様は、大隊の最先任少尉だ。 だからと言って、責任を全て背負いこむ必要は無い。
その為に、各小隊長がいて、私が居るんだ。 貴様は、大隊長や中隊長達が承認した方針を守って訓練をしている。 それの何処がいけないのだ?」

中隊長が、些か呆れたような口調で諭す。

「それに、間宮にしても。 口にしないと、周防もそうだが、他の先任も、判らないな? 
そう言うコミュニケーションは、遠慮は駄目なんだと、後で私から言っておく」

間宮の直属上官である美綴大尉が、フォローしてくれる。
・・・そう言えばこの人。 広江少佐の士官学校後輩って言っていたけど。 少佐とは違った意味で、サバサバした、気さくな人だ。 いい意味で。
悪い意味では? そんな無謀な発言、俺的にはちょっとコワい・・・

「・・・周防も。 頑張るのは良いけど、もっと肩の力、抜きなさいよ。 所詮、私達なんて、未だ2年目少尉なんだしね」

御尤もです、永野少尉。
はぁ~~、全く、俺は・・・


「ちょ~~~っとばかし、過剰過ぎましたかね?」

「何だ? ああ、『大隊最先任少尉』か?」

そう、それ。 何で俺が!? って、最初は絶叫しかけましたともさ。
少なくとも、訓練校卒業時の士官序列では、俺より永野と古村の方が、先任だったんだよなぁ。
だもんで、俺はてっきり永野が『大隊最先任少尉』だとばかり、思っていたんだけど。
中隊分けのブリーフィングの時に、大隊長から、『周防、因みに貴様が、大隊最先任少尉だ。責任重大だぞ?』なんて言われて。

慌てて人事に確認したら、本当だった。 何時の間にやら、2人を飛び越していたんだよな。


「まぁ、それも。 広江少佐が貴様を評価されていると言う事だ。 その期待、裏切るなよ? 裏切ったら・・・ 私は怖いから、擁護せんからな?」

「ちょ! 中隊長! よりによって、自分可愛さに部下を売りますかっ!?」

「当然だ。 私とて、あの人は怖い」

隊長が、胸張って言う事ですか・・・

「私も、怖いなぁ~~・・・」

おい、永野・・・

「命あっての、ものだね。 と言う言葉通りだぞ。 周防」

結局、大尉・・・ 部下を売るんですね・・・?

そんなこんなで、3人で馬鹿話に雪崩れ込んでしまった。
なんて言うか。 新しい中隊は。 中隊長以下、変に肩張らない空気が有るんだよな。
前の旧23中隊もそうだったけど、今回はその筆頭がここには居ないが、和泉中尉だ。



中隊長の、美綴 綾大尉
第2小隊長が、綾森 祥子中尉
第3小隊長が、和泉 紗雪中尉

第1小隊先任は、間宮 怜少尉
第2小隊先任が、俺・周防 直衛少尉
第3小隊先任が、永野 蓉子少尉

あとは、新規配属の新任少尉達が6名。


まぁ、良い雰囲気の隊だと思う。 うん。
第2大隊 第22中隊。 俺の新しい仲間達だった。









≪2330 ハルビン基地 帝国軍エリア・将校居住区≫


「そんな事が有ったの?」

髪を下した祥子が振り返って、尋ねてくる。
いつも、軍装の時は後ろで纏めているし。強化装備の時はアップにしているから、なかなかに新鮮だ。

「・・・ん。 まぁ、ね」

煙草を取り出し、火を点ける。 娑婆の煙草とは違う。 軍で最前線用に支給される、非習慣性のヤツだ。
軍に入って覚えたもの。 BETAとの戦い方。 酒の飲み方。 煙草の吸い方。 女性との付き合い方。
何だか、代わり映えのない青春してるね、俺って・・・

一服吸い、紫煙を吐き出す。 煙を眼で追い掛けながら、先程までの事を思い返していた。


――――死なない為の術を身につけさす為に。 ギリギリまで追い込んでも止む無し、とする緋色。

――――限界は人それぞれなのだから、一線を引くべきだ、とする間宮。


確かに、死なない為の術。 生を掴み取る為の術を身につける事は、重要だ。 甘っちょろい事じゃ、身に付かない。
だけど。 確かに限界なんて、人それぞれだ。 自分は大丈夫と思っても、他人には限界を超している事だって有る。

(どっちも正解で、どっちも間違い、か・・・)

難しいな。


そんな事を考え込んでいた為か―――

「こら。 禁煙だって言ったでしょ? 自分の部屋で吸って」

祥子が俺の口から煙草を取り上げ、灰皿(にした、何かの容器のなれの果て)に押し付ける。 煙草嫌いだからなぁ、彼女。
くそっ 我慢するしかないか。 最近、俺に部屋に来たがらないしな。

(直衛の部屋。 最近、煙草臭いわよ)

そう言って、眉間に皺を寄せていたな。

ハルビン基地に移って、変わった事の一つがこれ。 俺のような下っ端将校でさえ、狭いながらも個室が与えられるのだ。 以前の依安基地は、4人1部屋だった。
基地がとにかく広い。 日本帝国軍だけじゃなく、中国軍、韓国軍、国連軍が同居して、まだ若干の余剰があった。
『基地群』、と言った方が良いかもしれない。


で、俺の居る所はと言うと。 祥子の部屋。
造りは同じ、下級将校用の個室なのにな。 雰囲気が明るい。 俺の部屋なんか、殺風景極まりないって言うのに。


「なぁ? 祥子はどう思う? 先任としてでも良いし。 小隊長としてでも良いけど」

椅子に腰かけた祥子が、小首を傾げて考えている。 その拍子に、長い髪が揺れる。
癖のない、綺麗な髪で。 俺は好きだった。

「正解は無いでしょうね。 間違いでもないのでしょうけど・・・」

やっぱり、ね。

「・・・結局。 それぞれで血反吐を吐いてでも、自分で納得できるものを捕まえるしか、ないよな」

「そうよ。 そうだけど。 それよりも・・・」

「? それよりも?」

何だ?
うわっ 急に祥子が、圧し掛かって来た。 俺、ベッドに寝転がっていたんだよね・・・

「一か月振りに、2人きりなのに。 誰かさんは、全然嬉しくなさそう・・・?」

見上げる先に、ちょっと不安そうで、不満そうで。 ちょっとだけ拗ねた祥子の顔。
・・・あははっ! か、可愛いっ!


「部下も可哀そうだね。 先任が色々と心配してやっているのに。 小隊長は・・・」

「何よっ! 意地悪ねっ!?」

彼女の頬に手をやって。 そのまま抱き寄せて。

・・・後は、解るよな?








[7678] 北満洲編21話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/05/20 00:32

ハルビンは、北満洲最大の都市である。 同時に、統合軍の大規模な基地が存在する『要塞都市』でもある。
対BETA戦における、北満洲の最重要拠点だった。

1年前に比べて、当時の第1、第2防衛線すら失った人類にとって。 ここを守り通す事が、ユーラシア北東部における戦況を左右する。

満洲方面軍が今年1月の大損失で、兵力の50%を失った結果。 まず中国が反応した。
それまで、北京軍管区を中心として、華北に集中させていた精鋭軍団のいくつかを、満洲に投入した。
同時に戦略予備部隊で、損失の穴を埋めていた。 集中された兵力は、従前の規模を上回っていた。

最も、これには訳が有る。

『双極』作戦における最終局面での、S-11弾頭弾の集中投入。 共同各国軍への通知さえ無しに行われた、殲滅戦。
これにより、多くの自国軍の損害を出した日本、韓国両政府が激怒した。
国連とソ連もまた、その損害に見合った圧力を、国連臨時総会・国連常任理事会の場で、中国にかけたのだ。

これにより、満洲防衛戦力の過半を、中国は負担せざるを得なくなった。 それに伴う費用も。


日韓両国も、対岸の火事では無くなった。

満洲と地続きの韓国政府は、昨年末に策定した本土防衛要綱の見直しを、急遽発表。
その姿勢を『防御』防衛から、『攻勢防御』防衛へと転換すると、大統領自らが表明。 派遣戦力の増大を行った。

日本も、ようやくの事で『大陸防衛』こそが、帝国『本土防衛』の要で有る事を、帝国議会の一部勢力が主張し始めた。
最もこれには、西日本の防衛力強化を最優先したい国防省。 
常に国防省・国防軍との、予算の奪い合いをしている城内省・斯衛軍。
そして、これ以上大陸での日本の影響力が増大することを望まない、米国の意を受けた議会の一部勢力。
更には、国粋復古主義とも言える、古い体質をそのままに。 今以上の大陸での権益拡大を望む、一部財閥系と結びついた支配層。
若く純粋であるが故に、大陸の救援をと。 より一層の派兵を望む、軍若手・中堅将校団。 
彼等に付かず離れず、更には政財界との密着も見え隠れする、軍上層部。


様々な思惑が入り乱れ、遅々として進まなかったが。 ここにきてようやく、増加派兵6個師団、支援独立旅団9個の投入を、3月10日に閣議決定。
(1993年当時の日本の全師団(戦術機甲、機甲、機械化歩兵、軽歩兵の各師団)数は、56個師団だった)

3月15日、政威大将軍裁可。 3月25日、皇主(皇帝)御名勅裁。

4月1日、正式発表。 先遣隊先発。


ハルビン、大慶、チチハルを新たな主防衛線として、北東アジアの対BETA防衛線が再構築された。










1993年5月12日 1630 ハルビン基地・南東部演習区域SE-022


「反応が遅いッ! B03! いちいち狙って撃つなッ! 『撃った場所に的が来る』様に機動しろッ!」

『は、はいッ!』

3機の92式「疾風」が演習区域の荒野を疾走する。 いや、2機と1機に分かれて、猛烈な勢いで高機動戦を展開していた。

≪B02≫とマーキングされた「疾風」が、地表面噴射滑走から、一気に噴射跳躍をかける。
その機動につられた≪B04≫が、同時に噴射跳躍。 もう1機の≪B03≫が、≪B02≫の着地予想地点へ突撃砲の砲口を向ける。

しかし、≪B02≫は跳躍の途中で跳躍ユニットをカット。 その推力を肩部と腰部スラスターに一気にトレードし、中空で急速横転降下をかける。
一瞬、≪B02≫を見失った≪B04≫を無視し、すかさず噴射降下でパワーダイブをかけた≪B02≫が、動きの止まった≪B03≫に急迫する。

『~~~ッ!!』

「・・・遅い」

≪B02≫がパワーダイブで着地寸前、逆噴射と垂直軸旋回で被弾面積を最小にさせつつ、≪何もない≫空間へ向けて36mmを撃ち込む。

『きッ、きゃあぁぁ!』

だがその弾幕は、圧力をかけてくる相手から、後方へ距離を取ろうとして噴射後進した≪B03≫を絡め取っていた。


『ひッ!』

噴射跳躍の頂点が過ぎ、自由落下状態だった≪B04≫の衛士が、その情景を目撃し、息を飲む。

「お前は! 何を悠長に跳んでいるんだッ!」

その落下予測地点へ向け、120mmを纏めて放つ。 着地までに3発の120mmが、≪B04≫の機体に着弾する。

『うッ! くぅぅぅ!!』

衝撃に思わず苦悶する、≪B04≫の衛士。


≪CPよりB02、B03、B04。 状況、B03・管制部大破。 キル。 B04・動力部、管制部大破。 キル。 B02・ノーダメージ。 状況終了。 RTB≫

『・・・B03、了解です』 『び、B04、了解しました』

「B02、了解。 ・・・お前ら! 何、チンタラしてやがるッ! 帰路に追撃戦演習を加えて欲しいのかッ!? フォーメーション・デルタ! 急げッ!」

『ひッ!』 『す、すみませんッ!』


再び、3機が三角形を描く陣形を作り、NOEで基地へと向かって行った。


(演習開始から、8時間超過。 今日は吐いた回数が、2人とも2回か・・・ 被撃墜は5回と6回。 まぁ、合格かな?)

≪B02≫の機体を駆る衛士・周防直衛少尉は、左右後方でやや、ふらつきながらも追従してくる2機を見やって、内心で呟いた。

基地のランウェイが見えてきた。 今日の訓練はこれで終了だった。 他の2機の衛士は、さぞホッとしている事だろう。 だが―――

「お前ら。 確実に定点着地決めろよ? ちょっとでもズレた着地しやがったら・・・ 判っているだろうな?」

『ッ! り、了解!』 『は、はいッ!』


2人共、泣きそうな顔で応答していた。






≪ハルビン基地 1755 第2大隊・衛士ブリーフィングルーム 周防直衛少尉≫


「・・・と、言う訳だ。 2人とも、俺が昨日教えた事、もう忘れたのか? その耳は、飾り物か? その頭の中は豆腐か、おが屑か? ああ!?」

「い、いえ!」 「お、覚えています!」

「だったら何故、やらないッ!!」

俺が雷を落とすと、2人が、びくっ、と肩を震わせる。

訓練終了後の、デブリーフィングを行っていた。
教官役の俺が、新任の2人を相手に、今日の演習内容のチェックをしているのだ。
・・・しかし。 面白い位に、正直に反応するな? こいつら・・・


「まず、美園! お前、あれほど機動を止めるな、って何度も言っただろうが! 突撃前衛が止まっててどうする! 突撃級相手に、押し相撲でもする気か!?」

「い、いえ!」

「それから! いちいち、じっくり照準して射撃する暇は、前衛には無いぞ? これも言ったな!? 
なのに何だ? 今日の『あれ』は!? 俺が跳んでから、一体何秒時間が有った? お前はそのアドヴァンテージを、ボケーっと無駄にしていただけだッ!!」

「ッ・・・!!」

悔しそうに、唇を噛んでいる。 お~お~、おまけに俺を睨みつけているよ。 よっぽど悔しかったか。 
よしよし。 突撃前衛なんだ、これ位の負けん気の強さでないとな。

さて、お次は・・・


「仁科? お前はこの満洲に、遊覧飛行でも、楽しみに来たのかな? 誠に良い御身分だ」

わざと、にっこりと笑顔を作って言ってやる。

「い、いえ! 違いますッ!」

「ほお~ぉ? 俺はてっきり、物見湯山の遊覧観光旅行かと、思っていたぞ?」

「ち、違いますッ・・・!!」

こちらもこちらで、必死になって抗弁しようとしている。 ま、そんな隙は、あげないけどね。

「・・・だったら! 目標をロストした後でチンタラ、チンタラ、自由落下なんぞやってんじゃねぇ!! 
言っただろうが! 接近戦の最中に要撃級なんかの高速旋回機動で、BETAを一瞬ロストした時の対処法を! 
いちいち眼で追うんじゃねえッ! 兎に角動けッ! 死にたいのかッ! この馬鹿ッ!!!」

「くッ・・・!!」

おお? こっちもなかなか・・・ 初めて怒鳴りつけた時は、本気で大泣きされて、逆に焦ったもんなぁ。
うん、こいつも伸びて来ているよ。 よしよし。


「今日は演習時間を延長して、8時間通しでやったが。 感想は? 美園? 仁科?」

「・・・正直、死んだ方がマシ、って気分です・・・」
「もう、死にそうです・・・」

・・・ふぅ、眼が死んでるよ? こいつら。 まぁ、無理もないか。 初めての長時間実機演習だったしな。
俺も去年、これを初めてやらされた時は、本気で死ぬかと思った・・・
だもので、去年言われた経験のある「恒例の台詞」を言ってあげよう。

「そうか。 死んだ方がマシ、か。 じゃ、喜べ。 明日も、明後日も、同じ内容だ。
よし、本日の講評これで終わり! 解散!」


絶望したような表情で、2人の新任がブリーフィングルームを出て行く。
入れ替わりに、見知った顔が入って来た。

「直衛。 えらく可愛がっているな? あいつらの顔、まるで去年のお前だ」

そう言って、圭介がにやにやと笑う。

「まぁ、ウチの安芸も、似たようなものだが・・・ 流石に、内心やり難いものが有るな」

苦笑しつつ、緋色が俺の前に座る。

3中隊の突撃前衛(ストームバンガード)小隊No.2、三人衆。 大隊の新任達が、影で名付けた『鬼サディスト』達だ。
全く失礼な命名だ。 こんなに後任の事を思いやっている先任に対して、なんて命名だ。
ってな事をこの前、メシ時に言ったら。 他の同期連中に呆れられた。

『嬉々として、鬼教官の役を演じている奴等が、何を言うか』だと。

ふん、自分達だって、ここぞとばかりに、楽しんで演じているじゃねぇか。
基本的に優等生の永野や、本来穏やかな古村でさえ、夜叉か、鬼女か、って感じだぞ?
久賀は持ち上げて叩き落とすし。 愛姫なんか、始終笑顔で、鬼のような訓練内容を告げて、実施する。


「ま・・・ ね。 この『特訓』も、じきに終わりだ。 新任達が『生きていた方がマシ』って、言えるようになったらな」

「経験上、あと1週間ぐらいか・・・」

「いや、長門。 思ったより錬度の向上が早いぞ? それに意気地もある。 4、5日もあれば、達成できるのではないか? どう思う、周防?」

「う~~ん、そうだな・・・ 各A、C小隊の進捗確認しないと、正確な事言えないけど。 全体的に優秀だよな、今年の新任連中。 
最短で4日。 まあ、6日も有れば、いけるんじゃないかな?」


そうだな。 と、俺の感想に圭介も緋色も同意する。

こっちだって、好きで扱いている訳じゃないんだけどね。
実際問題。 大規模防衛線なんかじゃ、1日10時間以上の連続戦闘(補給はするぜ?)はあり得る訳で。
俺達も去年の5月や、今年の1月には、それ以上の過酷な戦闘をやらざるを得なかった。

そんな時、『死んだ方がマシ』だなんて思ってたら。 一瞬で戦死だ。
訓練校を卒業したばかりのあいつらを、そうそう、九段の桜にはしてやれない。

・・・最も。 偉そうに言っているけど。 俺だって去年、それを実感したのは『5月の狂乱』が終結してからだけどね。
扱きまくってくれた当時の先任、木伏中尉と水嶋中尉を、どれほど恨んだ事か。


「・・・・ま、あいつらが判ってくれる事を、祈ろうや」
「そうだな。 実感するしか、無いもんな」
「心苦しいが、新任達の為では有るのだからな・・・」


「俺達が『鬼』をやる代わりに。 B卒の連中が『仏』をやってくれてるさ」

役割分担は、ちゃんとしている。 俺達が扱いて。 半期後任達が、しっかりフォローしてやる。
丁度去年、2期先任に扱かれまくった俺達を、1期先任がフォローしてくれたように。
じゃないと、新任が潰れてしまう。


「さて。 そろそろ晩飯か。 流石に腹が減ったよ。 あいつ等、いくら振り回しても、結構、くっ付いて来るんだもんなぁ・・・」

「22中隊の二人が案外、一番負けん気強かったな」

「直衛の高速機動に、曲がりなりにも付いて行くのだ。 楽しみじゃないか?」


そんな感想を言い合いながら、3人でPXへ向かって部屋を出た。











≪ハルビン基地 1805 PX≫


≪綾森祥子中尉≫

「鬼よッ! 鬼ッ! 血の通ってない、冷血の悪魔よッ! 絶対にぃぃ!!」

夕食時のPX。 反対側のテーブルから、悲鳴のような声が聞こえる。
・・・はぁ。 あの娘。 実は、私の部下なのよね。

「・・・も、死んだ・・・ いっそ、殺して・・・」

こっちはこっちで、テーブルに突っ伏しているわ・・・
この娘も、私の部下・・・ って事は。 直衛、貴方、どこまでやったのよ?

今行っている『特訓期間』は、大隊長の命令だけど。 基本的に先任少尉達が、新任少尉達を教導する、とされている。
だもので、私達小隊長は、行き過ぎが無いかを確認するだけだ。 今のところ、喚き散らす元気が有るのだから、大丈夫でしょう。

でもまぁ。 何しろ昨年、『あの広江大尉』の扱きを耐えきった、ある意味で猛者達が、今の大隊の中核なのだ。
新任少尉達も、災難だったわね? よっぽどBETAとの戦いの方が、楽に思えるわよ? 状況限定で、ですけど・・・


「周防少尉って・・・ 最初は優しそうだったけど。 本当は鬼よね・・・」
「何時、怒鳴り声落とされるか、わかんない・・・」

「長門少尉だって。 にこにこ笑って、平気で鬼のような訓練開始するよ・・・」
「鬼だよ、悪魔だよ、羅刹だよ、あの人・・・」

「神楽少尉は、一瞬でも気が抜けないのよぉ~~・・・」


あらら・・・ 各中隊の、B(第2)小隊の新任の面々ね。
直衛の怒鳴り声か・・・ 聞いた事無いから、新鮮かも。
長門君は・・・ 目に浮かぶわ、嬉々として扱きまくっている様が。
神楽は・・・ 彼女は普段通りにしているのでしょうけど。 やっぱりあの雰囲気は、新任には厳しいわねぇ・・・

なんて考えていたら。 部下に見つかってしまった。


「あ! 小隊長! 綾森中尉! 聞いて下さい!!」

私の部下。 第22中隊第2(B)小隊の新任・美園 杏(みその あん)少尉が、突撃級並の突進でやってくる。

「美園、騒がしいわよ? 落ち着きなさい」

「好きで、騒いでいる訳じゃありません・・・」

げんなりした顔で言うのは、やはり部下の仁科 葉月(にしな はづき)少尉だ。
ふぅ・・・


「で? 何を聞けばいいのかしら?」

大体、予想はつくけど、ね・・・
美園が憤懣やるかたない、と言った表情で話し始める。

「・・・訓練の事です! 確かに、私達は訓練校卒業したばかりの新任でっ 腕もまだまだ未熟ですっ! 
今日の訓練でも! 昨日、周防少尉から受けたレクチャーを失念しましたッ!
その失敗に、叱責されるのは、当然だと思いますッ こちらのミスですからッ!
でも! それでも、少しでも先任達に近づこうと、この1か月、必死にやってきました!
でもッ・・・!」

「でも?」

言葉に詰まった美園の後を継いで、仁科が喋り出す。

「周防少尉も、長門少尉も・・・ 神楽少尉も、他の教導の先任達も。 兎に角、口に出す事は、否定する事ばかりです。
私達のやっている事、やって来た事、やろうとしている事・・・
何がいけないのか、何が悪いのか・・・ 何をすればいいのか・・・ もう・・・」

かなり、参って来ているわね・・・

「甘えとか、楽したいとか。 そんなんじゃ、決してありません! 私達だって、訓練校でそう言う事は、叩き込まれています!
でも! 見えないんです、出口が! 一体、何を、どうすればッ 先任達が期待する結果を出せるのかッ!
私達だって、答えたいんですッ 答え・・・たいんですッ・・・」

あらら・・・ 泣き出しちゃったわ。 
ふぅ。 私にも経験が有る事ね。 勿論、去年の直衛達も。 最も、去年の新任達は、『神経がワイヤーロープか』って、木伏中尉が言った程だったけど・・・


「・・・ひとつ、言っておくわ」

手に持ったお茶を置いて、彼女達を見据える。
ああ、もう。 折角の食事なのにな・・・

2人とも目を真っ赤にして。 鼻を啜りながら、私を見る。 うん。 良い目よ、2人とも。 目の色、死んでいないわ。

「私達の戦う相手は、何?」

「・・・BETAです」

美園が、訝しげに答える。

「そうね、BETAよ。 そしてBETAは、私達・・・ いえ、地球の生命体の『常識』は通用しない。
常に圧倒的な物量と、予測不可能な行動で向かってくる。 じゃあ、それに対処するためには? それと戦う為には? どうするの?」

「そ、それは・・・」

流石にそうそう、この答えは出ないわね。 案の定、仁科が口ごもっているわね。

「・・・すみません、小隊長。 判りません・・・」

美園が、途方に暮れている。

ここで言っていいかな? 良いわよね、直衛? 本来なら、貴方達が言っておくべき事よ?

「答えは・・・ 無いの」

「「 ・・・え? 」」

見事に、同じ表情するわねぇ 本当に、気が合っているわね、貴女達。

「だって・・・ BETAの考えなんて、解らないもの。 そうでしょ?」

「で、ですが、小隊長・・・ じゃ、じゃ、どうやって戦えば・・・」

「諦めない事。 最後まで、足掻き続ける事。 どんな事が有っても、戦い続ける事」

ちょっと、判り難いかしら? でも、私だって、『どうやって戦えばいいか』なんて答え、持ってないわよ?
だから。 これだけは、言ってあげる。 教えてあげる。

「先任達も。 具体的に、どう言う事をやれ、とは言っていないのよ。
貴女達のやっている事、やって来た事、やろうとしている事。 それは実は、先任達にとって、どうでもいい事。
その行動に、貴女達が責任さえ自覚すれば。 彼らだって、その場その場の『最良』は、判らないわ」

頭の中が、混乱している様ね。 じゃ、最後のダメ押しね?

「貴女達。 さっき、『死んだ方がマシ』とか、騒いでいたわね?」

「あ・・・ はい。 つい・・・」

「その言葉が出る限り、先任達の態度は、変わらないわ」

「「 えっ? 」」

「私からのヒントは、これでお終い。 さ、食事が終わったのなら、もう早く休みなさい。
取れる時に休むのも、衛士の仕事よ?」




唖然とする新任達を置いて、PXを出る。 途端に、苦虫を潰したような顔に捕まった。

「・・・中尉殿? あまり、種明かしは、遠慮してくれませんかね?」

「・・・何よ、この言葉足らず。 折角、フォローしてあげたのに」

直衛だった。 近くに長門少尉と、神楽少尉も居る。 食事に行く途中だったのかしら?


「はぁ・・・ まぁ、直に判ると踏んでいたんですよ」

「ヒントぐらい、教えてあげたら?」

「俺。去年ヒントは教えて貰ってませんよ?」

あらら、拗ねちゃった。
でも。 私、教えてなかったかしら?
ちょっと剝れた直衛の髪をいじる。 そして―――

「あの娘達が、『生きていた方が、よほど良い』って、そう、言わせたいんでしょ?」

「当然です」

ああ、もう。 そんなに拗ねないでよ。


判る? 美園、仁科。 私達は、貴女達に。 『生きたい』って、どんな時にも思えるように。
生き抜く為に、どんな時でも足掻き続けるように、なって欲しいのよ。
ただ、それだけよ・・・








1993年5月17日 1600 ハルビン基地・南東部演習区域SE-022


既に演習開始から、8時間近い。 流石にこうも連日じゃ、クタクタだ。
おまけに俺は常に単機。 相手は常に2機。 
あ~も~! いい加減、ぶっ倒れそう。


「くそっ! しつこい!」

美園機の牽制に上手く合わせて、仁科機が突っ込んでくる。
短距離噴射跳躍のフェイントで交わして、逆に美園機に肉薄し、36mmを短く2連射。
あ、かわしやがったなっ! 
げっ! 仁科機が垂直軸反転でこっちに急速接近している。 かなり無理な姿勢制御をやらかしたか。 バランスが崩れかけだ。

『今度こそぉぉぉ!!!』

美園機が片手で36mmの弾幕を張りながら、片手に長刀を構えて突っ込んでくる!
咄嗟に逆噴射跳躍で美園機から距離をとる。 同時に仁科機に牽制射撃。
くそっ! 美園機を振り切れないっ! こいつ! 全く機動が止まらないじゃないかっ!
前方から美園機・・・ えっ!? 

『いやあぁぁ!!』

仁科機が背後? シザース!? 何時の間に! 後進噴射跳躍をかける。
今度は仁科機が、同時に噴射跳躍で急接近してくる。 ちっ、バランスが崩れるのを覚悟で、カウンター気味に長刀を振り下ろす。
が、仁科機は直前で跳躍ユニットの推力をカット、軸回転機動に変えやがった! 長刀が空振りして、完全にバランスを崩す。

「くっそ!」

『もらったぁ!』 『そこぉ!』

同時に両機から36mmが吐き出される。 俺の機体はその弾幕にまともに突っ込み、見るも無残にペイントだらけにされた。


≪CPより、B02、B03、B04。 状況、B02『完全破壊』 B03、B04、小破。 状況終了。 RTB!≫


『やっ・・・ やったぁぁぁ!!』
『勝った! 勝ったよ!!』

2人が騒ぎまくっている。

「・・・お前ら、1回勝った位で、大騒ぎするなよ・・・」

『でも! 初めて勝ったんですよ!』
『そうですよっ! 後任の成長を、素直に喜んでくださいよっ!』

「へいへい・・・ んじゃ、帰るぞ? B02、RTB、了解」

『B03! 了解!』
『B04! 了解です! やったぁぁ!』



今日はあいつら、1回も吐かなかった。 どれだけぶん回しても、歯をくいしばって、食らいついてきた。 
被撃墜が、3回づつしか取れなかった。 5日前は、倍は取っていたのに。 それと・・・ どんな状況でも、諦めなかった。
だもんで、とうとう後任に初黒星となってしまった・・・ ま、嬉しいんだけどね。


『周防少尉? 何ニヤケているんですか?』
『・・・ちょっと、不気味です・・・』

「・・・美園、純粋に『後任の成長』を、喜んでやっているんだぞ?
それと仁科。 お前、基地についたら、腕立て伏せ200回の刑な?」

『非道ですよ! 杏だけ、贔屓ですよっ! それって!』

仁科が剝れている。 

こいつら、判ったようだな?


「おい、美園、仁科。 まだ、『死んだ方がマシ』か?」

最後の試験だ。 応えろよ? 2人とも・・・

『い~えっ! 生き残って、また周防少尉に悔し顔、させてみせますっ!』
『そうそう! 生き残って、今度はコテンパンにしちゃいますっ!』

あ、あのな、お前ら・・・ これでも俺、25回以上の実戦出撃経験者なんだぞ?
ピヨピヨのヒヨっ子のお前達に。 次は早々、やられないっての・・・

「ふん、生意気言いやがって。 そうだ。 どんな時でも諦めるな。 足掻いて、足掻いて、足掻き抜いて、生き抜け。 いいな?」

『『 はいっ! 』』


へっ 良い顔してるよ、2人とも。

それにしても。 はぁ・・・ やっと終わった。 疲れたぁ~・・・


『周防少尉! ふらついてますよ!』
『定点着地、失敗したら・・・ 判ってますよねぇ?』

「だぁ! 生意気なっ! 見てろっ!」


ここで、ドジ踏む訳にいかないな。 普段の倍、集中してランウェイを見据える。
新任達は、最初の段階を超した。 色々と気を揉ませやがったけど、皆、無事に。

次は・・・ いや、今はやめておこう。 その時は、全力で戦え。 今の言葉を胸にして、な。






[7678] 北満洲編22話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/05/24 02:21
1993年6月1日 1310 黒竜江省 チチハル基地 帝国陸軍第14戦術機甲師団(第119、第120独立混成機動旅団を統合)
第141戦術機甲連隊 第2大隊長執務室


「・・・暴動鎮圧、ですか?」

第22中隊長・美綴綾大尉が、訝しげに聞き返す。

「暴動になるかもしれない事態の、予防対応だ」

苦虫を潰したような表情の、第2大隊長・広江直美少佐が答える。
先程、大隊長の広江少佐は、防衛線近隣の難民キャンプへの出動を命じ、その理由を『暴動を唆す馬鹿共への見せつけだ』、と答えた。

しかし。 よりによって、出撃先が難民キャンプとは。


「難民解放戦線(RLF)・・・」

宇賀神勇吾(うがじん ゆうご)大尉が呟く。
第23中隊長。 訓練校出身の「叩上げ」 実績と風格を併せ持つ、鋼のような長身。
広江少佐とは同年で、少佐の新任少尉時代には、同じ小隊の先任少尉として、彼女を扱き、鍛え、そして指導した人物だった。

「そうだ。忌々しいことにな」


―――「難民解放戦線」(Refugees Liberation Front:RLF)

BETAとの大戦以来、国土を失った多くの国で。 その故郷を失い、生き延びる土地を目指して、多くの難民が発生した。
その数は、現在(1993年時点)で3億人を超す。
多くは、風雨や、灼熱の日差し、凍える寒気をも、ろくに遮れぬ難民キャンプのバラックに住む。 
まともに生計を立てる手段は無く、滞り、不足が恒常化している僅かな食糧配給で、辛うじて生命を繋いでいる。
衛生環境は極度に劣悪で、力尽きた者が日々数十人、数百人の単位で死んでゆく。

日々の僅かな糧を得る為に、大人は子供達からその食料を奪い去り。
子供達―――少年達は何の罪悪感も持たず、人を殺して食料を奪い。 少女達は食料の為にその体を開く。
中には、そうと悟りながらも。 軍や政府へ、幼い我が子を売る親達も居る。 
売られた子供達を待っているのは――――人体実験の『被験体』と言う名の、モルモットとしての死だ。

そこを出る方法は2つ。 死ぬか、軍に永久服役で志願するか―――待っているのは、BETAとの最前線だ。

最前線同様。 いや、それ以上に醜い、人類の『種としての裏面を、背負わされた死』が蔓延する。 そんな場所だった。

「難民解放戦線:RLF」は、そんな難民の権利向上を謳って旗揚げされた。
今や各国政財界にも、ある種の影響力を有し。 特に「人道派」を自任するマスメディアへの影響力が強い。



「出動場所は、ハルビン東南東38km 阿城郊外の難民キャンプ ≪第1138難民収容所≫ だ
全部隊を連れていく訳にはゆかん。 各中隊、4名選抜しろ。 1個中隊を特別編成する」

「・・・我々だけで?」

美綴大尉が、些か以上に承服しがたい表情で確認する。

「ハルビンからは、他に中国軍と、国連軍が各戦術機甲1個中隊を抽出する。 
他に機械化歩兵装甲1個大隊と、軽歩兵2個大隊。 1個重火力大隊、1個軽機甲大隊を派遣する。
総指揮は、国連軍のグエン・ヴァン・ディン中佐が執る。
既に阿城駐留の、2個軽歩兵大隊と、2個重火器中隊。 それに1個自走高射中隊が展開中だ。
・・・美綴。 不満が有るなら言え。 奥歯にモノの詰まった言い様は止めろ」

広江少佐が、冷やかに美綴大尉を見やって言う。
対照的に、美綴大尉が怒気を滲ませ発言する。

「・・・我々は。 ≪人類の盾≫であり、≪人類の剣≫であります。 その我々が、人類へ銃口を向ける、と?」

「RLFへ、だ」

「同じ事。 RLFへ向ける銃口の先には。 多くの難民がその前方と背後に居ります」

「・・・ふぅ。 ならば。 美綴、貴様はここで居残りでもしていろ。 代わりに貴様の部下は、私が持ってゆく」

「少佐ッ!!」

その時だった。 それまで黙って、2人の遣り取りを聞いていた宇賀神大尉が。
黙って美綴大尉の前へ立ち――――その体格に見合った、強烈な拳の一撃を、美綴大尉の顔面に叩き込んだ。


「があッ――――!!」

美綴大尉は、思わず壁際まで吹き飛ばされ、鈍い音をたてて壁に激突する。

「美綴、貴様。 部下の生死に責任を取れないならば。 今すぐ、戦術機を降りろ。
後方へ下がって、徴兵事務所で書類仕事でもしておけ」

「―――ッ! 宇賀神さんッ! 貴方までッ・・・・!!」

鼻血と、中を切ったのだろう。口からも血を滲ませ、美綴大尉が宇賀神大尉を睨みつける。

「勘違いするな。 これは≪師団命令≫だ。 いや。 遡れば、方面軍司令部命令だ。 
・・・大隊長個人の判断だと、考えたか? 貴様は、新任のヒヨっ子少尉か? 
大尉で、中隊長になってもまだ、感情で文句を垂れる奴が居るとはな。 呆れ果てたものだ」

「ぐッ・・・・!!」

「・・・大隊長。 第22中隊の選抜隊は、小官が預かりましょう。 
少なくとも、この腑抜けが指揮するよりも、任務の達成と、生還の可能性は上がります」

広江少佐は、暫く無言で―――そして、美綴大尉に問うた。

「―――美綴?」

「・・・任務は、果します。 必要ならば、RLFと、それに同調し、騒動を起こす難民への発砲も。
部下への命令も。 その責も。 全ては自分のものです。―――― 宇賀神大尉、貴官のものでは無いッ!!」

そう言って立ち上がった美綴大尉が。 敬礼し、荒だたしく部屋を出る。 部下へ説明する為に。 部下を選ぶために。 指揮官としての責を果たす為に。



「・・・済まないな、宇賀神さん。 アンタには、嫌な役を押し付ける」

美綴大尉の姿を見送った視線のまま、広江少佐が宇賀神大尉へ語りかける。
そんな上官の姿を見つつ、宇賀神大尉が表情を変えずに応じた。

「美綴大尉は、戦術機部隊指揮官としては優秀です。 が、人として善人ですな。 無論、彼女にとって、人としては喜ばしい事ですが。
しかし・・・良かったのですか? 美綴大尉には、留守部隊の指揮官をして貰う予定だったのでは?」

「あいつも、そろそろ・・・ 指揮官として、衛士として、一皮むけて欲しいのだよ。 戦術機乗りとしてだけでは無く。 
『衛士』と言う者は。 『人類を衛る士(もものふ)』だと。 新任当時、私は教わったよ。 当時の、鬼のような先任にな」

「人類を衛る為には。 時として、人類に刃を向ける事を躊躇ってはならない。 それが、人類を衛る事になるのならば。
―――懐かしい台詞ですな。 我ながら」

2人して、顔を見合す。
宇賀神大尉は、穏やかに微苦笑し。 広江少佐は昔を思いやっていた。


「1985年6月。 今でも忘れんよ。 忘れられない。 私が、最初に戦術機で銃口を向け、発砲した相手。 それが―――大陸からの、無力な難民だった事は」

後悔、憤怒、無常、悲哀、嫌悪、諦観。 あれから、どれ程の想いを切り捨ててきただろうか。
大陸からの難民を収容した、北九州の難民キャンプで暴動が発生した。
暴徒は数万、いや、最終的に十数万にも達し、警察力での事態収拾は不可能となった。
帝国政府は鎮圧に対し、内務省と外務省の猛反対―――内国治安維持の面子と、国際社会に対する面子故に―――を抑え込み、軍の師団戦力を投入した。

若き日の広江直美少尉は、鎮圧部隊に所属しており。 その性格故に、中隊長にまで喰ってかかり―――先任の宇賀神少尉に、気絶するまで殴られた。
お陰で『傷害被害者』として、上官反抗は有耶無耶にされた。
反対に宇賀神少尉は暴行罪を問われ、任務終了後に2週間の営倉入りとなったが―――進級が遅いのは、このせいでもある。


「気絶した私に、水をぶっかけて叩き起こしたアンタが、言った言葉だった。 それは。
宇賀神さん。 私は、あいつに。 美綴に、それを教えるのが、遅かったか? 今からでは、理解して貰えないだろうか?」

「・・・学ぶに遅い、と言う事は。 人間、いくつになっても遅いと言う事は、有りませんな。 
私から言わせて頂ければ、少佐。 そんな事をほざくこと自体、私の鍛え方が足りなかったか、と思わざるを得ませんな」

「よしてくれ。 今更あのような地獄の日々は、送りたくない。 情けない事だがな」

広江少佐が苦笑する。 彼女の夫、藤田中佐も鬼中隊長であったが。 直接的に扱き抜かれたのは。 今、目の前に立つ部下にして、かつての先任将校だった。


「期待しましょう。 少なくとも、美綴大尉は少佐をして、そう言わしめる人物なのですから」

「私の眼が、節穴だったとしたら?」

「その時は。 私が2人共々、介錯の労をとりましょう」

「・・・恐ろしい事を言う部下だ」

「無論、追い腹は切らして貰いますが?」

「却下する」

そうそう、楽をさせてやるものか。
広江少佐がそう言い放ち、宇賀神大尉が苦笑する。

大隊の副隊長格であり。 大隊長の右腕であり。 かつて前大隊長―――現大隊長の夫―――の副隊長をも、かつて任じてきた。
それ故に、第2大隊へ転属してきた宇賀神大尉にとって。 大隊全隊を、一歩引いて見渡し、纏め上げる助言を為す事は。
それが、前大隊長から託された事で有った。


「・・・憎まれ役は、先任将校の特権ですからな」

そんな特権、誰が特権などと思うものか。 
広江少佐の呆れ声を聞きながらも、宇賀神大尉は穏やかに微苦笑し続けていた。








≪1330 第22中隊ブリーフィングルーム≫


中隊長の説明と、命令を受ける俺達22中隊の面々は、些か戸惑っていた。
何故かって? それは、美綴大尉の顔面が腫れ上がって、青痣まで付いていた事にだ。
任官したての新任少尉や、配属早々の新兵ならいざ知らず。
中隊長級の大尉が、殴られて顔を腫らしているなど、まずあり得ない。

(『なぁ、永野。 中隊長、どうしたんだ?』)
(『私に聞かれても、判らないわよ。 って、静かにしなさいよ、周防』)
(『しかし。 大尉が殴られるなんて・・・ 大隊長でしょうか?』)
(『有り得るぞ? 間宮。 あの人は鬼だからな・・・』)

等と小声でひそひそ話をしていると。 中隊長に見つかった。

「・・・何だ? 先任共。 そんなに私の顔が珍しいのか? ん?」

やべっ! 顔が引きつっているっ!

「「「 いえっ! 何もありませんっ! 」」」


(『うわっ! すごいユニゾン!』)
(『息が会ってるね・・・』)
(『これくらいに、ならなきゃいけないのかな?』)
(『ちょっと、違う気がする・・・』)

後ろで新任達が、好き放題言ってやがる。 お前ら、そのうち聞こえるぞ? 中隊長に・・・


「貴様等! 静かにしろッ! ここは訓練校では無いぞッ!」

和泉中尉が叱責する。
・・・俺は正直、この時ほど驚いた事は無かった。 何せ、「あの」和泉中尉が正論で叱責したのだ。
まぁ、おかしくは無いんだ。 何せ中尉は小隊長だ。 指揮官だ。 部下や後任の不手際を叱責して当然で、叱責する責任がある。
しかしなぁ・・・


「周防少尉、永野少尉、間宮少尉! 貴様達は中隊の先任だろう! なんだ? そのだらけ具合はッ! 
3人とも、この後でランウェイをフル装備で走ってこい!
美園! 仁科! 天羽! 柚木! 江上! 真咲! 新任共6名も同じくだ!」

今度は、綾森中尉が雷を落とす。 うへっ。

「「「「「「「「「 了解! 」」」」」」」」」

先任・後任の9名の少尉達が、一斉に唱和した。


「・・・そこまでにしておけ、和泉、綾森。
では、選抜隊4名は、私と周防、永野、間宮の先任少尉3名。 計4名とする。
綾森と和泉は私の留守中、中隊を頼む。 新任達の練成は急務だからな。 小隊長は残って貰わねばならん。
周防、永野、間宮。 貴様達3名は只今より通常シフトを解除。 全体ブリーフィングは本日2000だ。 出撃は明朝0530 現地到着予定は0630
機体はトレーラーに搭載する。 阿城駐屯地で搭乗後、難民キャンプへ向かう。 いいな?」

「「「「「 はっ! 」」」」」

「新任共は、中隊長が留守だと言って、気を抜くな? 鬼の先任が居らずとも、それ以上の鬼が2人、残っているからな?」

中隊長の脅しに、新任達が顔を強張らせる。
今まで俺達先任が「鬼」な分、2人の小隊長は幾分優しい「鬼」だったが。
覚えておけよ? 怖いぞ?


「では、説明は以上とする。 尚、本日の課業は半休課業とする」

「敬礼ッ!  直レッ!  解散ッ!」

綾森中尉の号令で、皆が解散した。





≪1510 ハルビン基地S-01・PX≫


午後の半休課業が終了し、俺達22中隊の少尉連中9人はPXに溜まっていた。


「しっかし。 久々に走らされたな」

「アンタのせいだからね」

俺のぼやきに、永野が反応する。
優等生のこいつにとっちゃ、叱責されて罰直で走らされるなんて、得難い経験だろう。

「周防さんにとっては、日常なのでしょうけど・・・」

間宮が何気に、失礼な事をほざきやがる。 
俺とてそうそう、罰直喰らっている訳じゃないぞ?

新任達は・・・ 

「あう~~・・・」
「つ、つかれた・・・」
「誰のせいですか・・・」
「巻き込まれた・・・」
「恨みますよ?」
「・・・・・ふにゅ」

「何だ? あれ位でへばったのか? 情けないぞ、お前達」

情けない。 たったの3周で。 って言っても、1周7kmあるが。
永野が、この体力馬鹿、とか何とかぬかしている。 ふん。衛士は体力あってなんぼ、だぜ?


「おう、周防。 見てたぞ。 何かやらかしたか? 22中隊は?」
「どうせ、発端はこいつだ」

久賀と圭介だ。 
うるさい。 どうして俺が『発端』なんだ。

「うるさい。 で? お前等は何している?」
「ちょっと言ってあげてよ、周防に。 で、そちらも同じくなの? 長門、久賀」

根に持つな? 永野・・・

「お前と一緒。 半休課業だよ」

ああ、そっか。 21と23も、選抜するんだっけな。 そう言えば、誰が行くんだろう?
21は、大隊長は当然として。 23の宇賀神大尉も行くのかな。 いや、それは無いか。 大隊の中隊長以上が、全員留守は流石に拙いだろう。


「21中隊は、少佐に三瀬中尉、俺と有馬だ。 留守中のまとめは、源中尉と古村がやるよ」
「23中隊は、木伏中尉に俺と伊達、佐野の4人。 中隊長と水嶋中尉が留守をまとめる。 22中隊は?」

「美綴大尉に、俺と永野に、間宮。 小隊長達が留守役。 
んじゃ、宇賀神大尉が、大隊の留守役だな」

「流石に。 各中隊とも、隊長クラスと先任を選んできたか。 新任は、ちょっと選べないしな」

まぁな。
圭介の感想に、俺と久賀が同意する。


「新任達に、いきなりこんな嫌な任務は、させてやりたくないわね。 まぁ、こっちも気が滅入るけど」

「そうですね。 いくらRLF絡みでも、難民を威嚇するなんて・・・」

永野も、間宮も、全く気乗りしないらしい。 当然か。
その時、今まで黙って話を聞いていた、と言うより、バテていた新任が聞いてきた。

「あ、あのぉ~・・・ 今回の任務って、『難民保護』ですよね? どうして『難民に威嚇』なんですか?」
「RLFだけ、排除すればいいんじゃ・・・?」

ウチのC小隊の新任、江上 聡子(えがみ さとこ)少尉と、真咲 櫻(まさき さくら)少尉が疑問を口にする。

「江上。 RLFって、何を目的にしているか知っている?」

永野が逆に質問する。 
問い返された江上が、焦りながらも何とか答えようとする。

「えっ、えっと。 確か、世界中の難民の救済。 難民の地位と、生活環境の向上。 確か、そんな事、でしたっけ・・・」

「そうね。 じゃ、真咲。 RLFはその構成員を、どこから供給しているの?」

「あ、はい。 ・・・難民の中からです」

「正解。 じゃ、今回。 暴動が起きそうな雰囲気の中で、RLFが活動していたとして。 その中に難民出身者は? 
キャンプの難民たちは、RLFと私達、どちらにシンパシーを感じるかしら? 簡単に言えば、どちらを『身内』と思うかしら?」


凄いな、永野。 まるで学校の先生か、訓練校の座学教官みたいだぞ。
合点がいったのだろう。 江上や真咲が答えるより早く、今度はA小隊の新任、天羽 都(あもう みやこ)少尉が答える。

「・・・RLFに、よりシンパシーを感じます。 彼等にとって、同じ境遇の難民出身で。 自分達の現状を代弁してくれる存在ですから」

続けて、同じA小隊の柚木 祐美(ゆずき ゆみ)少尉が、やっと判ったようで、場違いに明るい声を出す。

「あ、そっかぁ! 都ちゃん、頭いいねぇ! じゃ、私達って、ワルモノ?」

「・・・柚木。 あと1週追加だ」

間宮が頭を押さえて唸って言う。
どうしてですかぁ~~! なんて悲鳴が聞こえるが。 とりあえずは無視。
それより。

「美園、仁科。 お前ら、咄嗟に理解しなかったな・・・?」

美園と仁科が、顔を引きつらせる。

「あ、あはは・・・ な、何と言いましょうか」
「こ、後任は、先任を見て育つ、とかなんとか・・・」

「2週追加」

「周防少尉の、鬼~~~!!」
「先任、横暴~~~!!」

うるさい。


「・・・ここの中隊、1番賑やかかもな」 「ああ。 なんせ、先任が奴だしな」 「・・・言わないでよ」








1993年6月2日 0730 黒竜江省 阿城近郊 ≪第1138難民収容所≫ 周辺フェンス付近


『ゲイヴォルグ・リーダーより各機。 警戒配置に就け。 各機間隔は100m 回線は中隊系オープンチャンネル』

広江少佐から指示が出て、俺達第2大隊選抜中隊12機が、100mの等間隔で監視警戒ポイントに就く
収容所の東側面だ。 各機の間には、軽歩兵小隊が1個と、重火器分隊が1個ずつ配備されている。
反対側の西側面には、中国軍戦術機部隊、正面には国連軍戦術機部隊が展開。 俺達と同様の支援部隊と共に配置に就いた。

機体から収容所のフェンスまで、距離にして50m程。 フェンスの向こうの難民の顔がはっきり見える。
戸惑う顔。 恐怖を浮かべる顔。 無関心の顔。
しかし、最も多いのは、憎悪の顔。 期待を寄せる喜びの顔など、見る事は出来なかった。


「しかし・・・ 予想していたとは言え。 こうまであからさまに、敵意を向けられるのは、気持ちいい事じゃないな」

俺の呟きに、ゲイヴォルグB04・間宮少尉が続ける。

『まるで、BETAと戦っている時の、私達のような感じです』

『間宮、言い得て妙ね・・・ そんな感心、したくは無いけど。 彼等にとっては、私達・・・ いえ、戦術機を含む軍事力こそが、自分達を抑圧する象徴に映るのでしょうね』

永野も、何か喋っていないと、居心地が悪い、いや、不安なのだろう。 オープンチャンネルだから、不要不急の通信は基本的に制限なのだが。

しかし、抑圧か。 確かに、そう言われても仕方がない。 それほどに、難民たちの姿は哀れだった。
ボロボロの衣服。 粗末極まる、所狭しと乱立する掘立小屋。 食糧事情の劣悪さを物語る、明らかに栄養失調と判る、痩せ細った、しかし腹部だけは膨らんだ子供達。

見ていられなくなった。 不意に、去年を思い出す。 
去年の5月。 中国軍の周蘇紅大尉の指揮下に入って、モンゴル人遊牧民一族を難民キャンプまで護送した。 翠華と出会った時の事だ。
あの時。 彼等はBETAの勢力圏に近くとも、先祖代々の暮らしの中で、人として生き、死んでいく事を望んだ。 BETAに殺されようとも。
俺達は、難民キャンプへ行く事を強く勧め、説得した。 BETAに一族が食い殺される事を防ぐ為。

今になってみれば、果たしてその選択が良かったのか。 自信が無くなってくる。
あの時出会った、小さな子供達。 ウィソやユルール、他の一族の子供達。 あの子達もまた、この様に飢えと劣悪な環境に晒されているのだろうか・・・
だとしたら、俺は・・・


『周防少尉? どうしました?』
『周防? 急に押し黙って。 ど、どうしたのよ? なんだか、怖いわよ、今の表情』

「・・・何でもない。 ただの自己嫌悪だ・・・」

『『 自己嫌悪・・・? 』』

簡単に、かいつまんで、去年の事を永野と間宮に話してやる。 2人とも、やけに神妙に聞いていたが・・・

『それは、周防の責任じゃないでしょ。 任務なんだし、第一、避難民の生命と安全の保障は、何より最優先よ』
『・・・収容所の環境の悪さまでは、周防さんの責任では無いですよ』

違う。 そうじゃないんだ。 そんな事は俺も判っている。 そうじゃなくて。
そんな後ろめたさを感じて。 それを自分の中で納得さす事が出来無くて。 何かこじ付けが欲しくて。 
そしてお前達の言葉で、自分をごまかす理由の糊塗をする、そんな自分に。 自己嫌悪しているんだ。


『B01より、02、03、04 おしゃべりは一旦中止しろ。 大隊長から状況説明が入る』

美綴大尉から、軽く叱責が入る。 大尉も、落ち着かないようだ。
監視部隊司令部に出張っていた広江少佐が、通信スクリーンに現れる。 憮然とした表情だった。

『各員に状況を説明する。 現在、収容所の3カ所のエリアのうち、今我々が包囲している東エリア以外の2エリアについては、後方の安全地帯への撤収開始を確認した。
行動開始は、1時間後、0845。 2か所のエリアの難民の数は3万人。 ハルビンから、輸送コマンドが急遽編成、急行中だ。 軽歩兵1個大隊が護衛に就く。
問題は、RLFの連中が立て籠もっている、目の前だが・・・』

実に、忌々しそうに少佐が見つめる。 全くだ。 連中、何を考えている?

『RLFの実行戦力自体は、少数だ。 推定で1個中隊ほど。 しかし、連中は難民の海の中に紛れて特定が非常に困難だ。
このエリアの難民の数は、約5000人 比較的健康状態の悪い者が多い。 医療キャンプへの移送対象者達だ。 よって、下手に強硬手段には出る事は不可能だ』

当然だ。 俺達が、病人の難民に対して発砲なんて出来るものじゃない。
俺達の銃口は、BETAに向けるものだ。 同胞に対してでは無い。

それに、更に忌々しい存在が居る。 米国TVの取材クルーが、何を血迷ったか、こんな前線付近まで出張って来ている。
あの国の多面性、その中の2大表裏のひとつ。 偽善性の体現者達だ。
恐らく、俺達統合軍が発砲すれば最後。 徹底的にネガティブキャンペーンを張る事だろう。
あの国のメディアは、その裏に様々な、信じ難い様な勢力とも繋がっている。


少佐の説明が続く。

『現在、監視部隊司令官のヴァンデグリフト国連軍准将と、李斉明・国連難民支援部極東統括次長補が、説得に当っているが。 
望みは薄いかもしれん。 最悪の事態は、覚悟しておけ・・・』

全員が息をのむ。 最悪の事態―――難民への発砲と、強制制圧。 これだけは、やりたくない・・・


『・・・ホンマ、貧乏クジやで。 中隊長に、大見栄切らん方が良かったかいな?』
『カッコつけすぎですよ、中尉は』

木伏中尉と、佐野少尉が掛け合いを始めるが。 ノリが悪い。

『なんや、なんや! お前ら、ノリ悪いのぉ? 周防! 伊達! この辺で突っ込んで、ボケるんがお前らやろ! 長門、いつものふてぶてしさ、どないした? ああ?』

「いや。 べつに俺達、中尉のノリ突っ込みの相方じゃないですし」
『ひっじょ~~に、心外でぇすっ!』

俺と愛姫が、即答する。

『・・・? そうか? 周防と伊達は、木伏の≪その道≫の弟子のようなものだとばかり、今まで思っていたのだが・・・?』

『『 だ、大隊長・・・ ひ、酷い・・・ 』』

あちこちで、忍び笑いが聞こえる。 ふぅ。 少しは雰囲気が変わったか? 
良いんだけどね、誤解されても。 今雰囲気さえ変われば・・・

『・・・納得いかない・・・』

愛姫は全く、承服しかねているようだった。


≪CPよりゲイヴォルグ。 難民キャンプに一部動きが有ります。 警戒を要す≫

CPから連絡が入る。 今回随伴するCP将校は、第22中隊の芦屋川 雅(あしやがわ みやび)中尉。 1期先任の人だ。

『こちらゲイヴォルグ・リーダー、芦屋川。 具体的な動きは判るか?』

≪CPよりリーダー。 詳細は不明。 ですが、先ほど判明した情報としまして、RLFが持ち込んだ火器類の中に、対装甲兵器類の存在が確認されました。
各戦術機甲部隊に対し、至近距離よりのRPG等の攻撃に対する警戒が発令。 お気を付けて下さい≫

『リーダー、了解した。 各機、脅威目標設定を一部変更する。 対人モード、レベル2Bに上げろ』

『『『 了解 』』』

くそっ! 対人でレベル2Bか。 あと一つ上げたら、完全に対人殲滅モードじゃねぇかよ・・・
本当に、人類相手に、発砲するのか!? 出来るのか!? 無力な難民相手に!


『直衛。 相手は武装したテロリストだ。 いいか?』

圭介が緊張した表情で問いかけてくる。 お前だって、俺を出汁にしているんだろうが・・・

「その周りには、無力の難民が多数いるぜ? 圭介、お前って、そんなにすごい精密射撃、出来たか?」

『・・・喧嘩売ってんのか? てめぇ・・・』

『おい、よせや、周防、長門。 喧嘩相手、履き違えんなよ。 そん時は・・・ しょうがねぇ』

『久賀?』 「どう言う事だよ?」

『俺が、九州出身だって知ってるな? 8年前、同じ事が起こった。 北九州の難民キャンプ・・・ 俺の故郷の近くでよ』

久賀の故郷? ああ、確か北九州だったな。 こいつは訓練校が大分だったし。
8年前と言うと、1985年か。 俺達はまだ、初等学校だな。

『ものすごい数の、大暴動になってよ。 警察じゃ、埒があかなかった。 結局、軍が出動して制圧したよ。
数千人規模で死者が出たんだ。 戦術機や、機甲部隊まで動員したからな。
俺は、そん時。 家の中で、ホッとしたよ』

『・・・ホッとしたって?』

圭介の声が、厳しい。

『誤解すんな、長門。 俺だって、無力な難民が死ねばいいなんて、あの時も思っていやしない。
でもよ。 暴徒の被害にあった地区じゃ、焼き打ちにあったり、殺されたりした人達が大勢出た。
俺の家は、そのすぐ近くでよ。 ≪撃震≫や戦車が向かって行く姿が、すげぇ頼もしかった。 子供心にもな』

『・・・・』 「・・・・・で?」

『今回は、周りの状況は同じとは言え無ぇけどよ。 それでも、人を助けるのによ。 
場合によっては、人を撃たなきゃ、助けられないって事は、有ると思うんだ。 俺は。
少なくとも家の中で、家族みんなで不安になっていた俺は、そう思ったし、今でもそう思っている』

「・・・ちぇ。 経験者の言葉ってやつか。 結構、重いね」 『久賀には、似合わねぇ』

『やかましっ!』







≪美綴綾大尉≫

『・・・人を助けるのによ。 -場合によっては、人を撃たなきゃ、助けられないって事は、有ると思うんだ。 俺は』

この声は。 23中隊の久賀少尉か・・・
あの時か。 私は未だ、士官学校の予科だったな。

人を助ける為に。 人を撃たねばならない。 そうでないと、助けられない場合もある、か・・・
参ったな。 大尉の私が。 中隊長の私が、未だ自分の中で見出せていなかった答えを。
先任とは言え、未だ2年目少尉の言葉で、諭されるとは。 彼は、幼い頃にその思いに至ったのか。

そう言えば。 あの時は広江少佐の『初陣』でもあったのだな。 本城・・・ いや、河惣先輩もか。 あの人達は、どんな思いでトリガーを引いたのか。

ここを切り抜ければ。 私にもその答えは、出るのだろうか。 答えが見つかるのだろうか。







[7678] 北満洲編23話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/05/24 04:25
1993年6月2日 1150 黒竜江省 阿城近郊 ≪第1138難民収容所≫ 監視部隊司令部


「難民避難、第3陣、車両乗り込み完了しました」
「輸送コマンド司令部より、第1陣、ハルビン駅の輸送列車搭乗完了」
「第4陣、準備よし」
「第5陣、第6陣、誘導場所へ移動終了。待機します」
「残り難民数、2万1000」


「2時間で、9000人。 夕刻までには、完了しそうですな・・・」

国連難民支援部の、李斉明・極東統括次長補が疲れた顔で呟く。
傍らの監視部隊司令官・ヴァンデグリフト准将は相変わらず、難しい表情だった。

「2つのエリアに関しては、ですがな」

「准将・・・ やはり、RLFは?」

「全く、聞く耳を持ちませんな。 まぁ、我々も過去、連中に対して徹底した制圧を加えております。
お互い、相手の言葉が只の戯言に聞こえる事には、違い無い・・・」

李統括次長補が、その言葉を暗澹たる気持ちで聞いていたその時、オペレーターが近著した声で報告した。


「ハルビン防衛司令部管制より緊急電! 第1防衛ライン東側付近でコード991発生! 
現在、国連軍第22戦術機甲師団、中国軍第112機甲師団が防戦中!」

「日本軍第10戦術機甲師団、増援出撃しました。 
韓国軍第5戦術機甲師団、国連軍第88機甲旅団、国連軍第221航空打撃旅団、出撃しました」

「BETAの規模、師団規模です」


「むっ!」

李統括次長補が緊張の声をあげる。 ヴァンデグリフト准将が、それを制して答える。

「次長補、慌てられますな。 既に戦術機甲1個師団と、機甲1個師団が対応中です。
増援の戦術機甲2個師団と、1個機甲旅団、1個航空打撃旅団も直ぐに展開可能だ。
打撃機甲軍団の戦力であれば、余程大量の光線級が存在しない限り、対応可能です」

そして、未だ光線級の存在は確認されていない。 間引き攻撃が間に合ったのか。
いずれにせよ、想定範囲内の状況だ。


「しかし。 こちらとしても、対策は取らねばなりません。 厄介なメディアもおりますし」

「そうですな。 メディアについては、私の部下の広報官に対応させておりますが。
して。 どう言った対策を?」

「戦術機甲部隊を、2つに分けます。 本隊を避難民の間接護衛に。 支隊をRLFの監視と、キャンプの直接護衛に。
間接護衛は、ここからハルビンまでの避難ルートの警戒に当てます」

「浸透してくるBETAも、皆無では無いでしょうからな。 判りました。 よしなに」











≪ゲイヴォルグ選抜隊 周防直衛≫


『直接護衛に、3機残す。 周防少尉、長門少尉、久賀少尉。 3名は残れ。 他は私と避難ルートの警戒だ。 小物が浸透してこないとも限らん。
美綴、4機で第2区の警戒に当たれ。 私は5機で隣接の3区に当たる』

『了解しました。 では、自分と木伏、永野、間宮で2区を』

『頼む。 三瀬、伊達、有馬、佐野。 行くぞ』

『『『『 了解 』』』』


地表面噴射滑走で9機の「疾風」が去ってゆく。
その姿を見ながら、圭介と久賀に通信を入れる。

「さて・・・ 居残り組は、さっさと集合しましょうか」

『国連から3機と、中国軍が3機だっけ?』

『ああ。 そこのB-223付近に居る、あれじゃないか?』

確かに久賀の言う場所に、国連カラーのF-15Cが3機と、中国軍の殲撃9型が3機いる。
まずは、顔合わせか。
集合地点へ近づき、通信回線を入れる。

「日本帝国陸軍 第14戦術機甲師団第141戦術機甲連隊。 周防直衛少尉以下3名。 直接護衛隊に合流します」

網膜スクリーンに、国連軍の中尉が現れた。

『了解した、周防少尉。 私はディン・シェン・ミン国連軍中尉だ。 暫定的に、直接護衛隊の指揮を執る。 宜しく頼む。
他は、部下のギュゼル・サファ・クムフィール少尉と、ファビオ・レッジェーリ少尉だ』

隊長がベトナム系の女性衛士。 他の2人はトルコ系の女性衛士に、男がイタリア系か。

『向うは中国軍から来てもらった。 中国陸軍の・・・』

『お久しぶりね、周防少尉。長門少尉』

はっ!?

「え? 趙中尉? 趙美鳳中尉ですか? それに、朱文怜少尉も・・・」

趙美鳳中尉に、朱文怜少尉って事は。 もしかして・・・

『な・お・え~。 やっぱり私達って、縁が有るのよ。 祥子よりも、私の方が ♪』

翠華・・・ 今、その話題をするか?


『なんだ、知り合いか? だったら、手間が省けるが・・・』

『おいおい。 それよりもよ。 聞いてたら、何か? 女2人を口説いているのか? 周防、だっけ?』

ラテン野郎が、目ざとく聞きつけてやがった。

『・・・違ぇよ・・・』
『違うわよ! 私は直衛のオ・ン・ナ。 ん? 違った。 直衛は私のオ・ト・コ、なの』

・・・翠華!

『ほぉ~~・・・』 『あら・・・』 『ふぅ・・・』

『んじゃぁよ。 さっき言ってた、サチコ、だっけ? 女の名前だろ? その彼女は何なんだい?』

しつこいぞ。 パスタ野郎。

『直衛の、恋人』

『『『『 おおっ!? 』』』』

け、圭介・・・

『ついでに、上官の小隊長』

『『『『 おおおっ!? 』』』』

く、久賀・・・!


『ほう・・・ で? どちらが正妻で、どちらが妾なのだ?』

「ディ、ディン中尉・・・ 真面目な顔で聞きますかっ!?」

『ん? 何故だ? 私の父も正妻の他に、何人かの妾を持っていたぞ? 私も、妾腹だが?』

ベトナム・阮王朝、恐るべし・・・ これで普通の感覚なのか? 
いやいや。 日本だって、武家連中の中には当然のように、側室や妾を持っている連中だって居る。
ディン中尉は、貴族階層出身なのかもしれないな。

『かっ! かはははっ! 日本人ってのはよぉ! 真面目一辺倒だとばかり、思っていたけどよ? なかなか、男もいるじゃねぇかっ!? ええ、おい!』

『・・・ファビオ。 貴方の≪男≫の基準は、それですか?』

うわっ! クムフィール少尉の声の、冷たい事。

『おいおい。 人生は ≪マンジョーレ≫ ≪カンツォーレ≫ ≪アモーレ≫ だぜっ!?
美味い食事! 楽しい歌と音楽! そして情熱的な恋! これが人生のすべてだぜっ! 
周防は少なくとも、≪アモーレ≫の実践者だぜ!? なぁ! 兄弟!!』

お前に≪兄弟≫なんて、言われる覚えはない・・・

『まぁ、いい。 よし、では布陣を確認する。 国連軍3機と、日本軍3機は第1、第2エリアと、第3エリアの境界に布陣。
趙中尉。 中国軍3機は、左後方の丘の上で、周辺警戒をお願いしたい。 宜しいか?』

『了解ですわ、ディン中尉』

中国軍の3機が離れていく。 翠華がまたぞろ、何か問題発言しやしないか、気が気でなかったが、どうやら無事で済みそうだ・・・

『周防少尉・・・』

朱少尉が、回線を繋げてきた。 何だ?

「な、なに・・・?」

『ふっ、不潔ですっ!!』

顔を真っ赤にして、一方的に言った後。 唐突に回線を切断した・・・
ふ、不潔、って・・・


『朱少尉って、如何にも純情と言うか。 真面目と言うか』 圭介が。
『まだ、経験皆無だろうな、あれは』 久賀が。
『どうだぁ? いっそ、彼女もモノにしちゃえよ?』 軟派パスタ野郎が。
-
したり顔で、解説してんじゃねぇ、こいつら・・・


『・・・では、エレメントと布陣を決めるぞ。
3機づつだし、どうしても1組は違う機種でのエレメントになる。 
ならいっそ、ヴァイパー・ゼロ(F-92J「疾風」の非公式呼称)と、イーグル(F-15C)の組み合わせを3組にする。
私と久賀少尉。 長門少尉とクムフィール少尉。 周防少尉とレッジェーリ少尉の組とする。
ヴァイパー・ゼロの機動戦能力と、イーグルの戦域制圧能力を組み合わせる。いいか?』

『『『『『 了解 』』』』』

『部隊名称は≪ガルーダ≫ 私が01だ。 周防・02、長門・03、久賀・04、クムフィール・05、レッジェーリ・06 
因みに中国軍は≪香蘭(シャンラン)≫ 趙中尉が01、蒋少尉が02、朱少尉が03だ。
02、いくら恋人でも、作戦行動中の甘ったるいストベリートークは、控えてくれよ?』

「・・・しませんって・・・」








≪1510 監視部隊司令部≫


「難民退避、2万4000 残り6000名です」
「RLF制圧中の第3エリアの難民数、最終確認完了。5089名です」
「第9陣、準備完了まで20分」
「第11陣用輸送車両、入ります」


「何とか、なりそうですな。 第1、第2エリアは」

李次官補がほっと息をつく。 これで、3万人の難民はなんとか無事に、後方の安全区へ避難できそうだ。
問題は、第3エリアで『人間の盾』にされている、5089名だが・・・

「RLFからの回答は、未だ有りません。 連中、やはり計画的では無かったようだ。
恐らく、実行部隊がヘッドハントの最中に、何らかで暴発したんでしょう。 他の人員はキャンプ内の≪協力者≫でしょうな」

何らの声明も無く、ただひたすら睨み合っている。
本当なら、強引にでも制圧するところだが。 米国のTV取材クルーが目ざわりなのだ。
国連司令部からも、彼等の前で強硬手段はとるな、との通達が来ている。
下手を打って、米国内でネガティブキャンペーンを張られたら、非常に厄介だ。

「まぁ、BETAの掃討も順調のようですし。
連中も孤立したら、どうしようもない事は判っている筈です。 直に墜ちますよ。 神経戦と言うやつです」

「次長補は、軍歴の御経験が?」

「・・・カシュガルに降着ユニットが落ちた頃、新兵でしてね。 大学では心理学を専攻していたが。 徴兵で引っ張られました。
最も、BETA相手には何の役にも立たなかったが」


ふむ。となると、案外次長補は、あの凄惨な撤退戦の経験者かもしれんな。
ヴァンデグリフト准将が、ふとそう考えた時。 司令部オペレーターが凶報をもたらした。

「ハルビン防衛司令部管制より緊急電! BETAの一部をロスト! 防衛線内に侵入の可能性大! 想定エリア、N-33-78近辺です!」
「進入が想定されるBETAの規模、旅団規模相当。 大型種は約500 小型種約5000」
「日本帝国軍第14戦術機甲師団、側面警戒に入りました。 索敵1個中隊、行動中。 続いて中国軍第301機械化歩兵装甲師団、第117機甲師団、展開開始」


「・・・なんとかなる。 3個師団を投入すれば。 避難ルート警戒に、2個中隊強の戦術機甲部隊も展開しております」

「私は、スタッフの避難を指示しましょう。 部下の中には、文官も多い。 戦場では役に立てそうにありませんからな」

「お願いします」

李次長補が司令部を退出すると同時に、次の報告が入った。

「ロストしたBETA群の一部を発見しました! 座標N-22-81! キャンプよりの距離、1万! 近いです! 数、約2000! 時速60km/h 到達時間は6分後!」

「ッ! 間接護衛隊、呼び戻せ。 戦術機甲1個大隊であれば、十分対処可能だ」

「間接護衛隊指揮官・グエン・ヴァン・ディン中佐より入電! N-23-77、N-24-70の2か所でBETA群発見! 交戦中です! 2か所とも、大隊規模!」

「くそッ! 重火力大隊、自走高射大隊で砲列を形成しろ! 直接護衛隊・ディン中尉に指令! ≪絶対死守≫! 全滅しても、守り切れッ!
間接護衛隊には、2個重火力中隊を送れ。 避難民の列の側面に、軽歩兵大隊の展開を急がせろッ
盾になるんだッ! 急げッ!」


距離1万!? そんな至近に近づけるまで、どうして探知できなかった!?

「司令官、拙い事が判明しました」

首席参謀が駆け寄ってくる。 何事か、通信用紙を握りしめている。

「何がだ? 首席参謀。 拙い事とは?」

「キャンプ前面のセンサー群が、敷設されておりません。 いえ、敷設されていたのを、撤去されてしまっております」

「何だと・・・?」

馬鹿なっ! 一体何者だ! そんな間抜けはっ!

「・・・センサー群の広範囲敷設の為に、キャンプの面積を大幅に削っています。 その為、過剰な人口密集となったのですが・・・」

「だから、より安全な後方に、広大なキャンプを新設した。 そこに移転する為に」

「はい。 しかし、難民にはその理由は知らされておりませんでした。
結果、短期間ですが疫病の蔓延も重なり、死者の数も多く。 RLFにそこをつけ込まれました」

「やつらが、掘り返した、と? 軍管理区域だぞ? 連中は忍び込めん」

国連軍・各国軍と、RLFは言わば第2の天敵同士だ。 あり得ない。

「マスコミです。 ≪軍の横暴。 衰弱死する難民たち≫ 先ほど、連中のテントに『調査』に入った際、見つけたキャプションです。
どうやら、プレスカードを渡す代わりに、特ダネを掘り起こさせたらしいです」


いくら、第1防衛線では無いとは言え。 最前線に近いこの場所で。 そんな取材を許可するとはっ! 誰だ? その大馬鹿は!?
プレスも、プレスだ。 結果的に、自らの命も危険に晒していやがる。 

「≪ガルーダ≫より入電! ≪我、接敵≫ 戦術機甲部隊、交戦状態入りました!」









≪1525 難民キャンプ防衛線付近 『ガルーダ』隊≫


『05より01! 発砲許可を! BETA群、距離1000! 1分で到達します!』

『03より01! キャンプの避難民がまだ残っている! 今発砲したら、彼等を巻き添えにするっ!』

クムフィール少尉と圭介が、必死の形相で具申する。

完全に裏を突かれた。 発見したのが5分前。 大急ぎで展開しようとしたのだが、機体の周りにパニックになった群衆が集まりだし、身動きが取れなくなったのだ。
今回は支援砲撃部隊(間接砲撃部隊・重砲隊)が居ない。 直接打撃戦しか出来ない。 それも足枷だった。

逃げまとう難民達を、踏みつぶしそうになるのを、なんとか堪えて移動したものの。 移動経路が大きく逸れた形になり、今はBETAとの間に難民キャンプを挟む形になってしまった。
そしてキャンプには、未だ1000人近い難民が取り残されている。

噴射跳躍もままならない。 今それをしたら、噴射後流で至近に居る難民を焼き殺してしまう。
前方には、空きスペースが無い。 難民の住居―――バラックが密集している。

『ガルーダより、香蘭(シャンラン)。 大型種は確認できるか? こちらからでは、些か視界が悪い』

こちらは斜面の底になっているため、向こう側が視認できない。
高台に陣取る ≪香蘭≫ 中国軍の3機に対して、ディン中尉が確認する。

『香蘭より、ガルーダ。 いいえ、確認できず。 戦車級は比較的数が居るわ。約400 他は、闘士級ね』

続けさまに、3機の殲撃9型が突撃砲の120mmキャニスター弾を発射する。
少しでも距離が有るうちに、BETAの数を減らす為だ。
残り、20秒。 振動センサーと音紋センサーは既にBETA群を捉えている。

難民が押しあい、へし合い、逃げてくる。 俺達だけじゃない。 同時展開した重火力大隊の方へも、流れている。 これでは迎撃出来ない・・・!


『・・・ガルーダ01より各機。 BETA視認まで20秒。 視認後、全力射撃開始』

「ッ!」 『中尉ッ・・・!』

俺と圭介が絶句する。

『周防・・・ 長門。 命令だ』

久賀が青ざめた顔で回線を接続してくる。

『胸クソ悪ぃけどよ? やんなきゃ、後ろの数千人が死んじまうわな? BETAに喰われてよ・・・ クソッ! ナポリと同じ光景、見たくなかったぜッ!』
『イスタンブールも、同じよ・・・』

レッジェーリ、クムフィール・・・ そうか。 こいつら、国を失っている。 同じ様な経験をしてきているのか。

『残り10秒・・・ 5、4、3、2、1、ゼロッ!』

BETAの津波が、稜線上から現れた。

「おおおおお!!」 『くたばれッ!!』 『くそおお!』 『死になッ!』

36mmで薙ぎ払い、120mmキャニスターで纏めて吹き飛ばす。
あっという間にBETAがキャンプ内に侵入した。 一旦射撃が止まる。 部隊までの距離、800

戦車級が避難民に喰らいつき、胴体を真っ二つに食い千切る。 
頭部を齧り取られる女性。 
闘士級の長鼻に、両足を引き千切られる子供。
数匹に集られ、悲鳴を残してBETAの群れの中に消える男性。
生きる事を諦めたか、座り込んだまま、一気に食い殺される老人。

獲物を前にして、BETA群の動きが鈍る。

『ガルーダ01より、ガルーダ、香蘭全機。 ・・・目標! 前方のBETA群! 全力射撃、再開しろッ!!』

くそおおおおっ!

36mmのトリガーを引く。 くそっ! 指が離れねぇ!!

『くっ・・・!』 『ちく・・・しょうっ!!』 『許して・・・』 『地獄で、文句聞いてやるからよ・・・』

俺も、圭介も、久賀も、クムフィールも、レッジェーリも・・・ これ以上の苦痛は無かった。
俺達の射弾は、BETAを吹き飛ばすと同時に―――避難民をも、バラバラに吹き飛ばしていた。
ディン中尉は・・・ 無言で、歯を食いしばって、射撃していた。 涙を流しながら。

上方から砲撃の飛来音が聞こえる。 ≪香蘭≫の3機もまた、避難民ごと、BETAを吹き飛ばしていた。
スクリーンの端に、青ざめ、顔を引きつらせた趙中尉が射撃を続けている。 
顔をくしゃくしゃにして泣きながら射撃する朱少尉が居る。
そして―――泣きながら、その憤怒を如何すればいいか判らない表情の翠華。 蒋翠華少尉もまた、BETAに射弾を送り続けていた。 避難民を吹き飛ばしながら。



『射撃止め! 射撃止め!』

どれ位時間が経ったのだろう。 ディン中尉から射撃止め、の命令が入った。
36mmの残弾はまだ余っている。 そう長い時間では無かったようだ。 でも、俺には。 俺達には、永劫のように感じた時間だった。

見ると、小型種ばかりのBETA群は殲滅されていた。 支援の重火力部隊からの射撃もあったようだ。
しかし。 直近でBETAの死骸は、機体のほんの10mほど前まで居た。
ギリギリでの阻止だった。

そして。 その死骸の中に―――人の、いや、かつて人だったものの残骸が、混じっていた。

『・・・うっ』 『うえっ・・・』

クムフィール少尉と、朱少尉が顔をしかめる。

『ギュゼル。 吐くのは後にしろ』 『文怜。 貴女も』

ディン中尉と、趙中尉が部下を窘める。 自分達だって、吐きたいだろうに・・・


『ガルーダよりHQ。 BETAの阻止に成功。 繰り返す。 BETAの阻止に成功。 侵入BETA群は全て殲滅した』

≪HQ、了解した。 ガルーダは引き続き周辺警戒に当たれ≫

『ガルーダ、了解・・・ HQ、本隊はどうなった?』

≪HQよりガルーダ。 2か所でBETAと接敵、交戦したが、これも殲滅阻止に成功した。 損失は2機だけだ≫

『ガルーダ、了解。 01より各機! 聞いての通りだ! エレメントで周辺警戒続行! ≪香蘭≫は3機編成でキャンプから避難路までの誘導ルートを警戒』

「02、了解」 『03、了解・・・』 『04、了解です』 『05・・・ りょ、了解』 『06、了解、了解』
『香蘭、了解したわ』



その時だった。
1台の高機動車両が乗り付けてきた。 降りてきたのは・・・ 民間人?

『見たわよッ! 民間人の虐殺をッ! 何の罪もない、無力な難民を、重火器で虐殺しまくる様をッ!
告発してやる! 全世界に、知らしめてやるわッ! ≪マンチュリアの虐殺部隊≫ をねッ!!』

後で司令部で聞かされた。 従軍取材中の、米国のTVクルー。 目の前で喚いているのは、その女性レポーターだった。


『・・・ついでに、殺してやろうか? この女・・・』
表情の失せた圭介が呟く。

『36mm喰らったら、人体なんかバラバラだしな』
久賀が面倒臭そうに吐き捨てる。

「どうせ、死体の残骸は、ここに捨てておけば、見分けつかないしな」
俺も頭が麻痺している。

『いいアイデアだけど・・・ タイムリミットだな。 国連の広報官の奴。 今頃泡喰って来やがった』
レッジェーリが忌々しそうに言う。

『広報官って、一応軍人でしょ? 彼も戦死して貰う?』
お前が一番ヤバいよ、クムフィール。

まぁ、そうもいかないか。 皆、そう言って、喚き散らす目前の女を無視して、周辺警戒を継続した。







1993年6月12日 2030 ハルビン基地 未決収監所


面会に来た愛姫と永野から、美綴大尉が戦死した事を聞いた。
避難民の列に集ろうとしたBETAを、誤射を恐れて一瞬、トリガーを引くのを躊躇したらしい。
その隙に、難民の列に突入された。 

その後、大尉は火器を捨てて、短刀のみで掃討し続けたと言う。 難民への誤射を避ける為に。 そして、戦車級に集られた。
永野と間宮が、周辺掃討をして、木伏中尉が救出した時には既に、大尉は半身を齧られて、半死半生だったと言う。

そして、収容先の野戦病院で息を引き取ったそうだ。 


「大尉はね・・・ 難民への誤射の可能性がある限り、射撃許可を出さなかったわ・・・」

永野が呟く。

「≪我々は人類の盾で有り、護剣だ。 難民への誤射は絶対に許容しない≫って。 
お陰で、あちこち集られて。 跳躍ユニットなんか、残骸しか残らなかったけどね。 私も、間宮も。 木伏中尉も。 ・・・大尉も」

そうか。 大尉。 それが、貴女の出した答えだったんですか。
羨ましいよ・・・ 貴女は、衛士として死ねたんだ。


「盾と、護剣、か・・・ じゃ、俺はその正反対だな。 難民を、何百人と殺した。 彼らにとっちゃ、俺はBETAだな・・・」

「直衛・・・」 「周防、貴方・・・」


俺の居る場所は、隊の管理事務室でもなければ、PXでも、自室でも、祥子の部屋でもない。
基地へ帰還後、俺達 ≪ガルーダ≫ の6人と、≪香蘭≫の3人を待ち構えていたのは、各国と国連の憲兵隊だった。

即時拘束されて放り込まれたのが、ここ。 未決収監所だ。

罪名は『民間人虐殺容疑』

大隊長、中隊長、小隊長達は、面会を許可されなかった。
帰還後、祥子とは顔も合わせていない。

(・・・その方がいいか。 順当に考えて、階級剥奪後に銃殺、ってのが、妥当だろうしな・・・)

衛士を目指して、訓練校に入校して2年と数か月。 思えば短い軍人生活だったな。
戦死は覚悟していたが。 戦争犯罪人で銃殺ってのは、予定外の幕引きだ・・・

急に可笑しくなってきた。 もう、どうでもいいや・・・
笑いが止まらない。 驚いた表情の愛姫や永野。 その顔も、急に可笑しくなってきた。

「なっ、直衛!?」 「周防!? ど、どうしたのよっ!」

「・・・・お前ら。 もうここに来るな。 いいな? 他の連中にも言っておけ。
痛くない腹を、憲兵隊に嗅ぎまわれるぞ・・・」

「「ッ・・・・・!!」」

「・・・愛姫」

「何・・・?」

この伝言。どうしようか? 結局、彼女を苦しめるだけだろうか? 


「直衛・・・ 祥子さんに、伝える事、無いの・・・?」

くそっ! 伝えたい言葉なら、山ほどあるっ! 伝えたい。会いたい。会って話したい。 会って抱きしめたい。 祥子を!


「ねぇ・・・ 無いのっ!? 本当に、本当に無いのっ!? 直衛ッ!!」

・・・やっぱり、良い奴だな、お前は。 
圭介の他に、同期で1番の親友って、誰だ? って聞かれたら。
躊躇なく、お前の名を言うよ。 愛姫。


「・・・・・無ぇよ・・・」


看守兵に両脇を抱えられる。 そして扉の向うへ。
最後に振りかえり、言った。


「生きろよ・・・ お前等」


扉が、閉まった。




[7678] 北満洲編最終話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/05/24 03:36
≪1993年8月12日 日本帝国陸軍・大陸派遣軍 大連軍事法廷判決文章≫

1.1993年6月2日における、阿城難民キャンプ『第1138難民収容所』における戦闘での、民間人多数死亡の件に関して。
1-1.状況:当時、防衛線内へのBETA侵入に際し、難民密集地帯での戦闘行動が極めて制限された状況であった。

(中略)
(1-2~1-4省略)

1-5.戦闘状況背景:BETA発見時、難民キャンプまで約6分の距離であり、約5000人の難民を避難さす事は不可能であった。
また、その事態はRLF(難民解放戦線:Refugees Liberation Front)の工作により、故意的に作り出された側面が強い。
また当時、キャンプに残留していた難民は、RLFにより拘束されるか、或いは自発的に協力していたと判断される。
この状況により、部隊移動が不可能で有った事。 また、当地地形上の制約から、直接視認での打撃戦闘が、難民キャンプ内に達した後で無いと不可能であった事がある。

1-6.指揮状況:当時、指揮権は国連軍中尉・ディン・シェン・ミンに有った。 
同指揮官は、当地における『絶対死守』命令を、国連軍監視部隊司令部(指揮官:ヴァンデグリフト国連軍准将)より正式受領していた。

1-7.戦況:当時、該当戦域を突破された後に、残存6000余名の避難民、及び国連軍監視部隊司令部、その他民間人までの間には、防衛力を有した戦闘部隊が皆無であった。
従って『絶対死守』命令は妥当であり、あらゆる手法でその任を果たす必要が有った事を、当法廷は確認した。

2.判決
2-1.判決主文:被疑者。 帝国陸軍衛士少尉・周防直衛。 帝国陸軍衛士少尉・長門圭介。 帝国陸軍衛士少尉・久賀直人の判決について。
前文、第1段の内容に基づき、告発容疑に対する罪状はこれを認めず。


1993年8月12日 
署名:帝国陸軍軍事法廷判事・帝国陸軍中将・本間晴明
副署:帝国陸軍査問委員会主席調査官・帝国陸軍法務大佐・高間新三郎










1993年8月13日 1230 大連


2ヶ月振りに、監獄から出所した。 もう夏だった。 日差しが強い。
俺と圭介、そして久賀の3人。 未決囚収監所から、晴れて解放された訳だが・・・


「・・・出向、ですか」

「そうだ・・・ 君達3名。 本日付で、国連軍にな。 済まない」

派遣軍参謀の藤田中佐が、深々と頭を下げた。
周りが驚いている。 そりゃそうだ。 参謀中佐が、一介の少尉連中に頭を下げるなんて。


「私の力が足りなかった・・・ なんとか、君等の原隊復帰を、実現しようとしたのだが」

京都の連中。 大方国防省か、武家筋に近い連中から、圧力が相当かかったのだろう。
収監されていた間、妙に気の良い下士官の看守に当って。 こっそりと色々教えて貰った。
ああ言う連中は、軍の裏表を知り尽くした古狸だ。 情報はダダ漏れだものな。

米国のメディアクルーに関しては、その後になって、RLFとのつながりが確認されたそうだ。
結局、その線で国連が米国政府・米議会に裏で情報を流し。 米国政府・連邦捜査局がメディアに圧力をかけたそうだ。

もっぱら、噂の域だが。
しかし、あの事件の報道はなされていないそうだ。 帝国でも、米国でも。
まぁ、国連が関わっているからか。

しかし、事実は事実であって。 京都の古い連中からは、帝国の恥晒し、とまで言われているそうだ。
勝手に言っていろ。 馬鹿共が。

そんな中では、原隊復帰は夢物語だ。 軍としては、不名誉除隊に出来ない以上、どこかほとぼりが冷めるまで、放り出すしかない。
国連軍なら、一方の当事者だし、都合がいいと判断したか。


「いえ、中佐。 今までのご助力、誠に感謝いたします」

嘘では無かった。
藤田中佐は、俺達3人の弁護を、軍事法廷で繰り広げてくれた。
中佐の武勲、人望も、今回の判決には大きな影響が有った事は、言うまでもない。
これ以上、ご迷惑をお掛けする事は出来ない。


俺達はこれから、取りあえず大連の国連軍司令部に出頭する。
それから後、どこの戦場に飛ばされるかは、神のみぞ知る、だ。
恐らく、どこかの激戦地で戦死してくれればいい、と言う算段だろう。


大隊は今、ハルビンか。 

中隊長が代わって、皆しっかりやっているだろうか。
和泉中尉は、あれで結構まとめ役が合っている人だから。 新中隊長をしっかり補佐している事だろう。 頼みますよ、中尉。
永野は、先任としてしっかり纏めてくれている事だろう。 もっとも、苦労性かもしれないから、大変かな? すまんな、永野、全て押しつけちまって。
間宮も、永野を補佐してくれている筈だ。 あいつはしっかり者だから。 でも間宮。 ちゃんと言う事は言えよ? そしたら皆、判ってくれるから。

新任達は、初陣で『死の8分』を乗り切ったと言う。 良かった。 本当に良かった。
俺は居てやれなかったけど。 小隊の2人。 美園も、仁科も、しっかりやれよ。 大変な時に、先任として居てやれずに、ごめんな。
A小隊の天羽と柚木。 C小隊の江上に真咲。 お前達もな。 永野と間宮は、頼れる先任だから。

愛姫。 思えばお前とは、新任で初配属以来の縁だったな。
今、明かせばさ。 お前の明るさには、俺、本当に助けられたよ。
戦場では何度も助けられた。 最高の支援砲撃の名手だな、お前。
親友だよ。 本当に、親友って、胸張って自慢できるよ、お前を。 ありがとう。

緋色。 同じ小隊で切磋琢磨したな。
近接格闘戦では、とうとう、お前を出し抜け無かったよ。 でも、高速機動戦では俺の連勝だから、おあいこか?
戦友。 ありがとう。 お前とまた、背中合わせで戦いたかったよ。

木伏中尉。 甘ったれな新米の俺を、ここまで面倒見て下さいまして、有難うございます。
俺にとって、広江少佐と、木伏中尉は、尊敬する上官でした。
俺、中尉の様な頼れる上官を、目指してたんですよ。 知ってました? ・・・本当に、有難うございました。

水嶋中尉。 相変わらず、木伏中尉とのコンビは、最高ですよ。
貴女がいれば、大隊のフォローは心配無いですね。
でも、一言言っておきますけど。 時には正直にならないと、気持ちは伝わりませんよ。
木伏中尉も、結構鈍感だから。 
どうか、生き抜いて下さい。

源中尉、三瀬中尉。 1期先任のあなた方には、本当にお世話になりました。
源中尉には、色々と相談にも乗って貰いました。
三瀬中尉には、彼女との事にも・・・
2人とも、頑張ってください。 そして、お互い意地になるの、そろそろ止めにした方がいいですよ。 皆、知っていますから。

柏崎中尉。 的確なCP指示。 何度も助けられました。
余りお礼が出来ませんでしたけど、これからも皆を見守ってやって下さい。 お願いします。

広江少佐。 済みません、不出来な部下で。 少佐の下で戦えた事、誇りに思います。
少佐の部下だったからこそ、今まで生きて戦えました。 ・・・正直、扱きは鬼ですけど。
これからも、少佐に教導頂いた事、忘れずに戦っていきます。 
それと、ご主人には今回、本当に助けて頂きました。 どうかご健勝で。


そして・・・ 

ごめんな、祥子。 君の人生に、こんな思いをさせてしまって。
辛かったか? 苦しかったか? 悲しかったか? 本当に、ごめん。 謝っても、謝りきれない事を、君にしてしまった。
そして。 ありがとう。 こんな俺を、受け入れてくれて。
愛している。 愛しているよ、君を。 本当は伝えたかった。 伝えたかったんだ。 君を、ずっと、愛している。


そんな、色々な思いがよぎる。
戦場で1年と少し。 でも、本当に生死を共にして戦った、戦友達。 そして、その中で見つけた『生きる理由』の、愛する女性。


振り返らない。 振り返ってはいけない。



「では。 我々はこれで失礼します」

「ん・・・ 達者でな。 いいか? 死ぬなよ? 絶対に、生きて、生きて帰ってこい。
前任大隊長としての、命令だ・・・」

「「「 ・・・はい! 」」」

俺と圭介、久賀。 3人が敬礼する。
藤田中佐が答礼を返してくれて・・・ その場を離れた。





部屋を出て、建物の玄関まで行くと、意外な人物に奇襲された。


「「「 だっ、大隊長!? 」」」

広江少佐だった。 どうして、ハルビンに居る少佐が、ここに?


「ふん。 方面軍司令部での会議のついでに、不出来な元部下の馬鹿面でも拝もうか、と思ってな」

やれやれ、この人には敵わない・・・

「・・・3年だ。 3年、生き抜け。 貴様達が何とか復帰できるよう、私も足掻き抜くからな・・・」

「少佐・・・」

ヤバい。 目が熱くなる。

「・・・馬鹿者ッ!! めそめそするなっ! 貴様等は歴戦の衛士だろうがッ!!」

「「「 はいっ!! 」」」

久々に、少佐に雷を落とされた。 ははっ、変な気分だ。 凄く、嬉しい。


「巽もな。 あいつの実家は、代々の軍人の家系だ。 要職に就く親戚筋も多い。
あいつも、なんとか目処が立つのは、3年だろうと言っている。 あいつも、助力してくれる」

河惣少佐が、か・・・?
有難うございます・・・ 少佐。


「だから。 絶対に生きて帰って来い。 周防、長門、久賀。 もし、くたばっててみろ、その時は・・・」

「そ、その時は・・・?」

「地獄まで行って、ドツキ回してやる」

木伏中尉のような台詞だ。 思わず笑みがこぼれる。

「ふん。 笑っていられるなら、上々だ。 ・・・行って来い。 
貴様達は、私が鍛え抜いた部下だ。 胸を張って、送り出せる」

「「「 はっ! 」」」

「その前に、周防。 貴様はもう一人、叱責を受ける相手がいるぞ? 覚悟しておけ。 ・・・表で待っている」







建物を出た俺の肩を、圭介が叩く。 振り返ると、久賀が笑って、視線であっちだ、と合図する。
その先には・・・


「・・・・祥子・・・・」

思わず。 無意識に歩み寄る。
会いたかった。 会うのが怖かった。 ・・・・世界で一番、会いたかったひと。
傍によって、そして・・・


――――ぱぁぁんっ!


思いっきり、頬を叩かれた。

「・・・・ってぇ~~・・・」

「馬鹿・・・ 馬鹿ッ・・・ 大馬鹿ッ! 直衛のッ! 大馬鹿者ッ!!」

泣いている。 綺麗な、俺の好きな瞳に、一杯涙を溢れさせて。
そして、俺を見上げて。 

抱き寄せた。 抱きしめた。 思いっきり。
離したくない。 このひとを。 この女を。 祥子を。 ―――離したくない。


「ごめんな・・・ 辛い思い、させて。 ごめんな、祥子・・・」

「・・・馬鹿 ・・・ばか ・・・・ばかぁ・・・」

「うん。 俺、馬鹿だな。 祥子の事、結局、判ってやれなくって・・・」

「・・・うっ ・・・うっ」


ああ。 結局、俺は。 彼女を忘れられない。 収監中、一度も祥子の手紙に返事を書かなかったのは。
今にして思えば、彼女を思って、俺を諦めて欲しかったんじゃ無く。
俺が怖かったんだ。 彼女を忘れられない事が。 祥子に、もう会えないと思う事が。
返事を出してしまえば、そうなってしまいそうで、怖かったんだ。 俺は。


「心配かけて、ごめんな。 これからも、かけてしまうけど・・・
でも、手紙は書くよ。 いつでも、どこにいても。 祥子に、俺の事を伝える。 俺の気持、伝えるから」

「ん・・・ ん・・・」

「絶対、生きて帰る。 君の許に。 生きて、今度こそ、ずっと君の傍にいる為に。
だから・・・ 君も。 君も、生き抜いて欲しい。 俺の為に」

祥子が顔をあげる。 笑顔だった。
涙でくしゃくしゃになっていたが、その笑顔は、今までで一番、美しかった。 そう思えた。


「ええ。 私は生き抜く。 きっと。
私は、直衛。 あなたの『生きる理由』になるわ。 そして、お願い。 貴方は私の『生きる理由』なのよ・・・ 忘れないで」

抱きしめて、口づけする。

忘れるものか。 絶対に。 忘れるものか。

俺達は、お互いの『生きる理由』なんだ。


「・・・忘れない。 祥子、俺は忘れない。 君も忘れないでくれ」

「ええ。 忘れるものですか・・・」


顔を見せ合い、笑い合う。
ああ。 今、本当に幸せだった。

これから待つのが、どんな地獄の戦場でも。

祥子の、この笑顔が有れば。 この笑顔を憶えていれば。 俺は戦い抜く。 俺は生き抜いて見せる事が出来る。


「愛している。 世界で、誰よりも。 君を愛している。 祥子・・・」

「私も。 直衛。 貴方を愛している。 すっと。 ずっと。 愛しているわ」


ふと見ると。 圭介と久賀がうんざりした顔をしている。
残念だったな。 お前達も、早く見つけろ。 本当に、生きたい理由を。 そんなひとを。


1993年8月の夏  俺にとって、人生で最良の夏となった。








[7678] 設定集(~1993年8月)
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/05/24 23:57
(1992年4月~1993年8月)

日本帝国陸軍

第14戦術機甲師団 第141戦術機甲連隊

第2大隊

第2中隊(ガンスリンガー中隊)
・周防 直衛(すおう なおえ)
日本帝国陸軍衛士少尉 1974年生まれ 19歳 
帝国陸軍 各務原衛士訓練校第18期前期卒(1992年3月)
第2大隊第2中隊第2小隊 ポジション:突撃前衛/強襲前衛 ガンスリンガー05(B02)
一応、主人公。性格は結構素直? 恋人は1歳年上の上官・綾森祥子中尉 並み以上には、男前。 実兄が帝国海軍主計大尉。
1993年6月、戦闘中の民間人虐殺容疑で拘束。 同年8月軍事法廷で無罪。 同日、国連軍出向。

・綾森 祥子(あやもり さちこ)
日本帝国陸軍衛士中尉 1973年生まれ 20歳 
帝国陸軍 東京衛士訓練校第17期前期卒(1991年3月)
第2大隊第2中隊第2小隊長 ポジション:突撃前衛長 ガンスリンガー02(B01)
主人公の1歳年上の恋人で上官 切れ長の一重の瞳と、艶やかなロングヘアの「クールビューティ」
実は気配りも細やかで、面倒見の良い女性。 

・和泉 紗雪(いずみ さゆき)
日本帝国陸軍衛士中尉 1973年生まれ 20歳 
帝国陸軍 熊谷衛士訓練校第17期前期卒(1991年3月)
第2大隊第2中隊第3小隊長 ポジション:左翼迎撃後衛 ガンスリンガー03(C01)
主人公の1期先任の衛士。 水嶋中尉と同じく、面白ければ全て良し、の困った人。
広い視野と的確な砲撃支援は定評が有る。 同期の源・三瀬両中尉を、くっつけようと画策中?

・美綴 綾(みつづり あや)
日本帝国陸軍衛士大尉 1967年生まれ 26歳 
帝国陸軍 士官学校第95期 衛士科卒(1987年3月)
第2大隊第2中隊長・兼・第1小隊長 ポジション:迎撃後衛(右翼) ガンスリンガー01(A01)
1993年6月2日、北部満洲にて戦死。(戦死後1階級特進 少佐)

・永野 蓉子(ながの ようこ)
日本帝国陸軍衛士少尉 1974年生まれ 19歳 
帝国陸軍 大分衛士訓練校第18期前期卒(1992年3月)
第2大隊第2中隊第3小隊 ポジション:打撃支援/砲撃支援 ガンスリンガー06(C02)

・間宮 怜(まみや れい)
日本帝国陸軍衛士少尉 1974年生まれ 19歳 
帝国陸軍 熊谷衛士訓練校第18期後期卒(1992年9月)
第2大隊第2中隊第1小隊 ポジション:強襲掃討 ガンスリンガー04(A02)

・美園 杏(みその あん)
日本帝国陸軍衛士少尉 1975年生まれ 18歳 
帝国陸軍 東京衛士訓練校第19期前期卒(1993年3月)
第2大隊第2中隊第2小隊 ポジション:強襲前衛/強襲掃討 ガンスリンガー08(B03)

・仁科 葉月(にしな はづき)
日本帝国陸軍衛士少尉 1975年生まれ 18歳 
帝国陸軍 東京衛士訓練校第19期前期卒(1993年3月)
第2大隊第2中隊第2小隊 ポジション:強襲前衛/強襲掃討 ガンスリンガー11(B04)


第1中隊(ゲイヴォルグ中隊)
・広江 直美(ひろえ なおみ)
日本帝国陸軍衛士少佐 1965年生まれ 28歳 
帝国陸軍 士官学校第93期 衛士科卒(1985年3月)
第2大隊長・兼・第1中隊長 ゲイヴォルグ01
主人公の部隊の大隊長。 実戦出撃40回以上を誇る、帝国陸軍で3指に入る凄腕のウルトラエース。
大陸派遣第1陣からの生き残り。 一時期、富士教導団にも所属していた女傑。
見た目も裏切らない。女性にしては長身の178cm。 剣道四段、柔道三段、銃剣術四段の猛者。
男勝りで「夜叉姫」の異名が。 今年3月入籍(軍では旧姓のまま) 夫は藤田 伊与蔵中佐

・長門 圭介(ながと けいすけ)
日本帝国陸軍衛士少尉 1974年生まれ 19歳 
帝国陸軍 各務原衛士訓練校第18期前期卒(1992年3月)
第2大隊第1中隊第3小隊 ポジション:突撃前衛/強襲前衛 ゲイヴォルグ05(B02)
主人公と同期生で、陸軍付属中等学校時代からの悪友。 結構要領が良い。
中学・訓練校時代は2人コンビで、規則破りの常習犯だった模様。
歴史・民族誌に何気に詳しい。 主人公と同じくらいには、男前?
1993年6月、戦闘中の民間人虐殺容疑で拘束。 同年8月軍事法廷で無罪。同日、国連軍出向。

・源 雅人(みなもと まさと)
日本帝国陸軍衛士中尉 1973年生まれ 20歳 
帝国陸軍 大分衛士訓練校第17期前期卒(1991年3月)
第2大隊第1中隊第2小隊長 ポジション:突撃前衛長 ゲイヴォルグ02(B01)
主人公の1期先任の衛士。 生来の性格か、後任にも丁寧な口調で話す。
黙っていても女性が寄ってくる程のハンサム(木伏中尉・談)

・三瀬 麻衣子(みつせ まいこ)
日本帝国陸軍衛士中尉 1973年生まれ 20歳 
帝国陸軍 東京衛士訓練校第17期前期卒(1991年3月)
第2大隊第1中隊第3小隊長 ポジション:左翼迎撃後衛 ゲイヴォルグ03(C01)
主人公の1期先任の衛士。 やや幼さの残る小顔の美人。 中隊の常識派(時々、裏切る)
綾森中尉と仲が良い。

・古村 杏子(こむら きょうこ)
日本帝国陸軍衛士少尉 1974年生まれ 19歳 
帝国陸軍 東京衛士訓練校第18期前期卒(1992年3月)
第2大隊第2中隊第1小隊 ポジション:打撃支援/砲撃支援 ゲイヴォルグ06(A02)

・有馬 奈緒(ありま なお)
日本帝国陸軍衛士少尉 1974年生まれ 19歳 
帝国陸軍 東京衛士訓練校第18期後期卒(1992年9月)
第2大隊第2中隊第3小隊 ポジション:打撃支援/砲撃支援 ゲイヴォルグ06(C02)


第3中隊(ライトニング中隊)
・伊達 愛姫(だて いつき)
日本帝国陸軍衛士少尉 1974年生まれ 19歳 
帝国陸軍 仙台第1衛士訓練校第18期前期卒(1992年3月)
第2大隊第3中隊第3小隊 ポジション:打撃支援/砲撃支援 ライトニング06(C02)
主人公の同期生。 明るいムードメーカー。先任の女性衛士には、可愛がられている。
実は、大隊一の大食漢。「暴食娘」(主人公:談) 黙っていれば、美少女? よく主人公に頭をはたかれている。 口癖は「むかつくぅ~~!!」

・木伏 一平(きぶせ いっぺい)
日本帝国陸軍衛士中尉 1972年生まれ 21歳 
帝国陸軍 大津衛士訓練校第16期前期卒(1990年3月)
第2大隊第3中隊第2小隊長 ポジション:突撃前衛長 ライトニング02(B01)
常に頭がブースト状態。ボケと突っこみを、こな良く愛する大阪人。
実は近接戦闘の名手で、部下の掌握も上手。ムードメーカー。

・水嶋美弥(みずしま みや)
日本帝国陸軍衛士中尉 1972年生まれ 21歳
帝国陸軍 仙台第2衛士訓練校第16期前期卒(1990年3月)
第2大隊第3中隊第3小隊長 ポジション:左翼迎撃後衛 ライトニング03(C01)
木伏の同期生。面白ければ、基本的に何でもOKの困った方。爆弾トーク魔。
黙っていれば、それなりに美女。 戦闘では視野が広く、冷静。的確な支援を行う。

・神楽 緋色(かぐら ひいろ)
日本帝国陸軍衛士少尉 1974年生まれ 19歳 
帝国陸軍 大津衛士訓練校第18期前期卒(1992年3月)
第2大隊第3中隊第2小隊 ポジション:突撃前衛/強襲前衛 ライトニング05(B02)
主人公の同期生。実家は譜代の武家(山吹)で、煌武院家の譜代家臣筋。双子の姉と1歳年下の弟が斯衛に在籍。
中隊一、融通の利かない生真面目な性格。 近接格闘戦では、中隊一の腕前。
凛々しさのある美少女。

・宇賀神 勇吾(うがじん ゆうご)
日本帝国陸軍衛士大尉 1965年生まれ 28歳 
帝国陸軍 熊谷衛士訓練校第9期前期卒(1983年3月)
第2大隊第3中隊長・兼・第1小隊長 ポジション:左翼迎撃後衛 ライトニング01(A01)
歴戦の衛士。 広江少佐の新任少尉時代の、同じ小隊の先任少尉だった。

・久賀 直人(くが なおと)
日本帝国陸軍衛士少尉 1974年生まれ 19歳 
帝国陸軍 熊谷衛士訓練校第18期前期卒(1992年3月)
第2大隊第3中隊第1小隊 ポジション:強襲掃討 ライトニング04(A02)
1993年6月、戦闘中の民間人虐殺容疑で拘束。 同年8月軍事法廷で無罪。同日、国連軍出向。

・相原 優子(あいはら ゆうこ)
日本帝国陸軍衛士少尉 1974年生まれ 19歳 
帝国陸軍 熊谷衛士訓練校第18期後期卒(1992年9月)
第2大隊第3中隊第1小隊 ポジション:砲撃支援/打撃支援 ライトニング07(A03)

・佐野 慎吾(さの しんご)
日本帝国陸軍衛士少尉 1974年生まれ 19歳 
帝国陸軍 熊谷衛士訓練校第18期後期卒(1992年9月)
第2大隊第3中隊第2小隊 ポジション:強襲前衛/強襲掃討 ライトニング08(B03)

・守山 和彦(もりやま かずひこ)
日本帝国陸軍衛士少尉 1974年生まれ 19歳 
帝国陸軍 熊谷衛士訓練校第18期後期卒(1992年9月)
第2大隊第3中隊第3小隊 ポジション:砲撃支援/打撃支援 ライトニング09(C03)


第2大隊直属
・柏崎 千華子(かしわざき ちかこ)
日本帝国陸軍中尉 1971年生まれ 22歳 
帝国陸軍 所沢管制官訓練校第16期卒(1990年3月)
第2大隊主任CP将校 ゲイヴォルグ・マム。
大隊のCP将校で、「大隊長の秘書」(和泉中尉・談) 和み系の美女。 管制官としてはとても優秀だが、時々信じられないお茶目をする(水嶋中尉・談)
読書が趣味。

・美濃 楓(みの かえで)
日本帝国陸軍衛士少尉(1992年当時) 1974年生まれ 18歳 
帝国陸軍 熊谷衛士訓練校第18期前期卒(1992年3月)
第119独立混成機動旅団第2大隊第3中隊第1小隊 
主人公の同期生。小柄で童顔、小動物系の可愛らしい性格と容姿。 
1993年1月20日 北部満洲にて戦死(双極作戦) 享年18歳 戦死後1階級特進・中尉



大陸派遣軍司令部
・藤田 伊与蔵(ふじた いよぞう)
日本帝国陸軍衛士中佐 1960年生まれ 33歳 
帝国陸軍 士官学校第88期 衛士科卒(1980年3月)
大陸派遣軍司令部 作戦参謀
歴戦、かつ、練達の戦術機部隊指揮官だった。 物静かで朴訥、誠実な人柄。 かつて新任少尉だった頃の、広江少尉の直属中隊長。
今の夫人は、広江(旧姓)直美少佐

・河惣 巽(かわそう たつみ) ※旧姓:本城 巽(ほんじょう たつみ)
日本帝国陸軍少佐 1965年生まれ 28歳 
帝国陸軍 士官学校第93期 衛士科卒(1985年3月)
大陸派遣軍 作戦参謀  代々の陸軍軍人一家に生まれる。
広江大尉の士官学校同期生で、親友。(卒業成績2番で恩賜の金時計組 実は陸大も恩賜)
「花の顔(広江大尉・談)」の美女。 ドレス姿も似合う。 
大陸派遣第1陣で衛士(中隊長)として出陣するも、2ヶ月後に負傷・本国後送。 その際の重傷で、右足と右眼が疑似生体(1年後の「事件」で、左足も疑似生体となる)
当時の戦死した大隊長が婚約者だった。 今は「亡夫」の籍に入っている。
1年半ぶりに、前線勤務となる。



中華人民共和国陸軍

・蒋 翠華(ジャン・チュイファ)
中華人民共和国陸軍少尉 1974年生まれ 19歳
出身:四川省 成都近郊
1992年5月、≪フェンリル≫隊の1員として周防、長門両少尉と共に、避難民護衛の任にあたった。
ちょっと元気の余っている、活動的な美人。 任務行動中に、周防少尉に好意を告白した。
今は「男と女の関係」
1993年6月、戦闘中の民間人虐殺容疑で拘束。 同年8月軍事法廷で無罪。同日、国連軍出向。

・周 蘇紅(チュウ・スゥホン)
中華人民共和国陸軍大尉 1969年生まれ 24歳
出身:上海
小柄だが、ダイナマイトボディの困った女性。 蒋 翠華少尉の上官(中隊長)

・趙 美鳳(チョウ・メイホウ)
中華人民共和国陸軍衛士中尉 1972年生まれ 21歳
出身:杭州
長身の女性衛士(175cm) 落ち着いた感じの美人。 蒋 翠華少尉の上官(小隊長)
1993年6月、戦闘中の民間人虐殺容疑で拘束。 同年8月軍事法廷で無罪。同日、国連軍出向。

・朱 文怜(チュ・ウェンリン)
中華人民共和国陸軍衛士少尉 1974年生まれ 19歳
出身:四川省 重慶
蒋 翠華少尉の同期生。 お淑やかな美人さん(周防少尉・談) 酒が入ると、泣き上戸?
1993年6月、戦闘中の民間人虐殺容疑で拘束。 同年8月軍事法廷で無罪。同日、国連軍出向。



[7678] 国連極東編 満州1話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/09 02:02
1993年8月13日 1530 大連・極東国連軍第21軍団司令部


「周防直衛少尉、本日付をもって極東国連軍に着任いたしました」
「長門圭介少尉、本日付をもって極東国連軍に着任いたしました」
「久賀直人少尉、本日付をもって極東国連軍に着任いたしました」

大連の国連軍司令部。 その人事部第1課へ出頭したのは、指定時刻の30分前だった。
帝国軍の第2種軍装(夏季軍装)から、真新しい国連軍のC型軍装(C2型・夏季軍装)に着替え、大慌てで着任した。
なにせ、「釈放」と同時に、「出向」「同日着任指定」だ。 着任が遅れたら、この戦時下だ。確実に「敵前逃亡罪」が適用される。
今度こそ文句なしの、銃殺刑コースだ。 冗談じゃ無く、命がけで着替えた。 全く、 別れを惜しむ暇もない・・・


目の前には、銀縁眼鏡の中佐が座って、書類と俺達を見比べている。 陰気臭そうなおっさんだ。

「ふむ・・・ 私は人事1課の王 海大中佐だ。1課長補佐。 周防少尉、長門少尉、久賀少尉。 君達3名の着任を認める。
ついては、配属先なのだが・・・ とりあえず、仮配属先になる。 正式の配属地は未だ未定なのでな。
所で、君等。 語学は大丈夫だな? 国連軍の標準言語は、英語だが・・・ ふむ、大丈夫のようだな。
では、まず君等の身柄引き受け先の指揮官を紹介する・・・ 大尉、入りたまえ」

何か、中佐の迷惑そうな表情が気に障るが(実際、迷惑だろう)。
同時に部屋の横の扉があいて、1人の士官が入室した。
ちらっと横目で見る。 階級章は大尉。 アジア圏では珍しく、欧州系の士官だった。

3人で敬礼する。

大尉が答礼し、口を開き始めた。

「私はヴァルター・クラウス・フォン・アルトマイエル国連軍大尉。 諸君の上官、と言う事になる。 
部隊は独立第882戦術機甲中隊。 現在は大連基地の居候だ。 じき、本隊に追随する事になるが、それまでは大連基地をベースとする。
諸君に言いたい事は、ただ一言。 『戦え』 以上だ」

「「「 はっ 」」」

ドイツ系と思しき姓の、若い大尉が簡単に訓示する。
「戦え」か。 今までだって、戦ってきた。 これからだって、戦い続ける。 今の時代、それは俺達の義務で、権利だ。


「後は頼んだぞ。 アルトマイエル大尉。 4人とも、退出して結構だ」

「では、失礼します。 中佐」
「「「 失礼しますっ 」」」




陰気臭いおっさん(俺の中では確定済みだ)の部屋から退出し、司令部ビルを出る。
1台の高機動車が玄関に止まっていた。 1人の女性士官が立って敬礼している。 見ると中尉だ。 慌てて敬礼する。

「隊長。 新任の受け取りは、お済みですのようですね」

やはり欧州系の・・・ いや、何と言うか。 もの凄い美人の女性中尉殿が、大尉に微笑みかけている。
軽いウェーブの入った、プラチナブロンドの長い髪と、明るいグリーンの瞳。 肌なんて、それこそ『白磁』って言うのか?
あ、いや。 俺の中では、『美人』って、祥子だけど・・・ でも、もしかしたら上を行くかも、この人・・・


「ああ。 折角釣り上げた新戦力だ。 大いに期待させて貰うさ」

3人とも、思わず大尉と中尉の会話を、呆けた表情で見ていた。
何せ、この大尉―――アルトマイエル大尉も、映画俳優みたいな整った顔立ちだし。
もしかして、今度の部隊は『広報部隊』なのか!?

「ん? どうした、君達。 呆けた顔をしているが?」
「あら? 体調でも悪くて? 今まで拘留されていたからかしら?」

はっ、と気付く。

「「「 いっ、いえっ! 大丈夫でありますッ!! 」」」

こんな時にも、ユニゾンしなくていいじゃないかよ・・・

コロコロ、と、中尉殿が上品な笑い声を立てる。
大尉が不思議そうに見ていたが、特に詮索される事は無かった。

「では、乗りたまえ。 これから基地に向かう。 
ああ、二コール。 済まないが、運転を頼む。 彼等は北部常駐だったから、この辺りの地理にはまだ詳しくないようでな」

了解しました。 そう言って中尉殿が運転席に乗り込む。
5人乗ったところで、高機動車が発進した。 市街地を比較的ゆっくりと、安全運転で進む。


「改めて、自己紹介だ。 私はヴァルター・クラウス・フォン・アルトマイエル。 国連軍大尉。 独立第882戦術機甲中隊指揮官。
彼女は私の直率小隊で、二コール・ド・オベール中尉」

「二コール・ド・オベールです。 宜しくね。 周防少尉、長門少尉、久賀少尉」

「「「 はッ! 中尉殿! 」」」

「ああ、それと。 我が隊では必要以上に畏まる事は無い。 人目が有る場合を除いてな。
まあ、常識の範囲内で敬意を表してくれればいい。  何か質問はあるかな?」

3人で顔を見合わせる。
一瞬の視線の攻防戦の結果。 他の2人の共同攻撃に負けた俺が、口火を開く。


「大尉。 先ほどの部隊名ですが。 『独立第882戦術機甲中隊』と言う事ですが、上級部隊から一時的に離れて行動中の中隊、と考えて良いのでしょうか」

まず、最初の疑問を口にする。 帝国軍じゃ、『独立戦術機甲大隊』はあったが、中隊規模では無かった。
戦力的に小さすぎ、運用面で無駄なだけだからだ。

「うん。 まぁ、中隊名は便宜上だ。 何か名称が無いと、組織上、色々とやり難い事も多いしね。
人員も、つい先週までは小隊分しか居なかったし」

「「「 ・・・は? 」」」

さっきから何度目のユニゾンだ・・・?

「元々、私達は極東国連軍所属では無いの。 ちゅっと訳有りでね、このアジア戦域にまで、スカウトに来ていたのよ」

スカウト!? 何やら、オベール中尉が、訳の判らない事を言い出した。
そもそも、軍内で戦力の『スカウト』なんてやるのか? 国連軍は・・・?

「普通はこんな事、しないのだけれど・・・ 私達の中隊長は、ちょっと頑固だから・・・」

そう言って、オベール中尉がクスクスと笑う。 大尉と言えば。 少々不貞腐れた顔だ。


(『なぁ、直衛。 この雰囲気、何なんだ?』)
(『俺が知るか』)
(『一番近い雰囲気は、周防。 貴様と綾森中尉の雰囲気だぞ?』)


五月蠅い。 俺はもっと、場を考えていたぞ。 多分・・・
さっきの中尉の言葉で、更に疑問が生じたのだろう。 今度は圭介が言い出した。

「と、言う事は。 部隊の所属は極東国連軍以外。 欧州国連軍ですか?」

うえッ! 次の戦場は、欧州かよ!? 極東アジア以上の『地獄』って言われる場所かぁ・・・

「どうして、そう考える? 長門少尉」

「・・・大尉も、中尉も。 失礼ながら、西欧系のご出身とお見受けします。
それに先程、中尉は『アジア戦域までスカウトに来た』と。 
と言う事は、通常はアジア・極東以外の戦域が主戦場かと」

久賀が引き継いで話し始める。

「他の戦域は、中東戦域とシベリア、欧州ですが。 シベリアはソ連軍が未だ踏み止まっております。 
それにあの方面の国連軍は、実質米軍です。
中東戦域ですと、国連軍は主に中近東諸国軍・トルコ軍出身者で構成されます」

で、俺がダメ押し。

「最後に。 先ほど大尉は、『じき本隊に追随する』と。
我々はこの極東戦域で1年以上、戦って参りましたが。 少なくとも極東国連軍で『独立戦術機甲中隊』は、ついぞお目にかかった事がありません。
であれば。 今、長門、久賀両少尉の言った事を加え、欧州国連軍の所属部隊、その一中隊ではないかと」

これで、どうだ?


「ふむ。 少なくとも、馬鹿ではなさそうだ。 いや、良かった」

むっ! 馬鹿とは何だ、馬鹿とは・・・

「・・・はぁ。 ヴァルター。 貴方、またそういう物言いを。
ごめんなさいね、3人とも。 いつもこうなのよ。 困ったわ、本当に」

「しかしな、二コール。 私はこれでも褒めているのだぞ? 軍人は得てして、上意下達の思考になりがちだ。
上官の話の端々から、何かしらの推測をして、自分なりの解答を出す。 この習慣は、大切だぞ?」

「であれば。 今少し、表現にお気を付け下さいな。 3人とも、気を悪くしますよ?」

むぅ。 そう唸って、大尉が黙り込んでしまった。
何と言うか、この二人・・・ 

(『まるで、夫婦?』)
(『みなまで言うなよ・・・』)
(『周防は、人の事言えん』)

さっきから、なんか、俺の事ダシにしやがるな? 圭介、久賀。


正直、この雰囲気・・・ 国連軍て、こんなに『緩かった』か・・・?
戸惑いながらも、新しい基地、『国連軍大連第3駐屯基地』の衛門が見えてきた。







8月13日 1630 大連第3駐屯基地 独立第882戦術機甲中隊 ブリーフィングルーム


新しい部隊。 新しい仲間。
正直、子供の頃、学校のクラス替えの時の気分に似ていた。 比較対象自体、ちょっと違う気もしたが。

で、最初の印象は。

(・・・勘弁してくれ)

さっきから、俺はウンザリしていた。 何故かって? そりゃあ・・・


「いようっ! 良かったな、3人とも! お互いてっきり、銃殺刑だとばっか思っていたぜッ!
いや、生きてて本当に良かった、良かったッ!」

なんで、パスタ野郎がここに・・・

「・・・ファビオ。 そのくらいにしなさいよ。 
でも、私達だって、下手をすれば銃殺刑だったところよね・・・ ディン中尉に、申し訳が立たないわ」

ギュゼルだった。 

ファビオ・レッジェーリ少尉に、ギュゼル・サファ・クムフィール少尉。
2か月前。 俺達とは同じ悪夢を体験した者同士。

「・・・ああ、そうだな、クムフィール少尉。 俺達は、ディン中尉に生かされた。 生かしてもらった」
「そのせいで、中尉は・・・」
「・・・先週だったか、確か・・・」


6月の『民間人虐殺事件』


その容疑者として俺達は拘留されたのだが。
統合軍合同軍事法廷で、当時の指揮官だった国連軍のディン・シェン・ミン中尉は。

『本告発に対する全ての責任は、指揮官として命令を下した小官にあり、部下達は上官命令に従ったまで。
戦場における、上官命令の拒否こそ、敵前逃亡罪にも通ずる重罪であって、彼等はその罪を犯しておりません。
また、次席指揮官であった趙美鳳中尉に関しても、当時の先任指揮権は小官に有り、趙中尉が小官の命令に反する事はまた、戦場での上官反抗罪に通じます。
趙中尉をして、その罪を犯しておらぬ事は明白であり、何等の罪状も無い事は、明白であります。
よって、全ての部下に対する、本法廷での無罪を、小官は確信するものであります』

そう言い切り、全責任を負った。 そして8月7日、階級剥奪・銃殺刑を宣告され、同日夕刻、刑が執行された。 確か、まだ21歳だった筈だ。

衛士として戦い、そして戦いの中で散っていくのであれば。 少なくとも納得は出来る。
しかし、戦争犯罪人としての名を着て、全ての名誉を剥奪されての、銃殺刑。
俺達も、失意と絶望の中で覚悟したその処遇を。 中尉は一身に被って、俺達を生かしてくれた。

俺はあの頃。 自分の境遇だけを考え、それに直面する恐怖と闘う他、余裕が無かった。
同じく収監された圭介や、久賀の事を思い浮かべる余裕さえ、無かったのだ。
失意と、恐怖と、絶望と。 そしてそれが全てに対しての諦観に変わった後でさえ。

なのに、俺達と2歳しか違わなかった中尉は。 
全責任を自らが負い、部下だった俺達に対する弁護さえ、行ったのだ。

その結果が、自身の不名誉な死だけだと、判っていてさえ。



不意に、レッジェーリが喚き出した。

「・・・・判っているよッ! そんな事ぐらい、判ってるッ! 
クソッ! でもよッ 出来そこないの、馬鹿な俺達をかばって死んでいった中尉によッ!
いつまでもクヨクヨ、メソメソしててよッ! 結局そんな調子でBETA共に喰われてみろ!? それこそ中尉は『犬死』だぜ!?」

「喚くな! 言われんでも、中尉の死を無駄死にさす真似はせんっ!」

気が付けば、俺は怒鳴り返してた。

「はんっ! どうだか! 大方、監獄の中でビビッてそんな事、考えても居なかっただろうよッ!」

―――ッ! この野郎ッ!!

がッ!

無意識に、ぶん殴っていた。

「ああ! そうだよ! それがどうした! 俺はビビッていたよ! 考えもつかなかったさ! 
でもなぁ! 今はそうじゃねぇ! これからもそんな調子じゃ、本当に中尉は無駄死にだ! そのぐらい、くそったれの俺でも判る!」

がつんッ!

ぶん殴られた。

「だったら! ウダウダすんじゃねぇ! 前見ろやッ! 前をッ!」

ぼくッ!

ぶん殴った。

「手前ぇに言われんでもなぁ! こちとら、中尉の死に様も! 『衛士の覚悟』に加えてんだ! 加えなきゃいけねぇんだよ! 手前ぇに言われんでもなぁ!」

がんッ!

また、ぶん殴られた。

「だったらよぉ! 前見ろや! 前見て生きろや! 中尉は犯罪人で死んだんじゃねぇ! 戦死したんだ! 戦死だったんだ!」

ぼくッ!

ぶん殴った。

「おお! そうだ! 戦死だよ! 戦死したんだよ! 中尉は! だったら、笑って語ってやれや! 泣き喚いてんじゃねぇ!」

ばきッ!

今度は同時。 思わず、2人してぶっ倒れた。

「・・・・んだよ。 判ってんじゃねぇか・・・ ちぇ。 殴られ損だぁ、全く・・・」

レッジェーリが仰向けで呟く。

「はっ・・・ はっ、すっきりした・・・ お前さんの言う通りだよな。 済まなかったよ・・・」

ホント、言いがかり付けたようなものだ。 カッコわりぃ・・・

「・・・で? どうよ、ほかのお二人さんは?」

起き上がりざまに、レッジェーリが圭介と久賀を見やる。

「熱血馬鹿2人には、付き合いきれないが。 趣旨には同意するよ」
「同じく。 あ、今後も、熱血馬鹿の役は全権委任する」

こ、こいつらなぁ・・・

「・・・おい。 周防。 お前って、実は友達少ないか?」
「・・・うるせえ。 そう言うお前はどうなんだよ」


「・・・男って、馬鹿なの? 全く・・・ 
ふぅ。 私も、判ったわ。 もう、後は見ない。 もっと前を見るわ。 
そうしないと、中尉に顔向けできないわよね」

ギュゼルも、何とか折り合いを付けたようだ。


その時。 それまで黙って事の成り行きを見ていた大尉が。

「ふむ。 歓迎のパフォーマンスが終わったところで。 
周防、レッジェーリ。 2人とも後でランウェイ2周して来い。 それと便所掃除、1週間。
さて。 他の者も紹介しよう・・・」

「ス、スルーかよ・・・」
「・・・こんな人だ・・・」





隊員紹介後、俺とレッジェーリは揃ってランウェイの周りを走っていた。
何だか俺って。 こんなことばっかりしている気がする。


「おい・・・」

不意にレッジェーリが話しかけてきた。

「・・・なんだ?」

「ファビオだ」

「んあ?」

「俺の名だ。 ファビオだ」

顔は前を向いたまま。 声だけ、厳かな声だった。

「直衛、だ。 ナ・オ・エ。 俺の名だ」

「よろしくな・・・ 直衛」

「こっちこそな、ファビオ。 『パスタ野郎』は、返上してやるよ」

「ふん。 『二股野郎』って、言われんようにな」


あ~あ。 顔中腫らして、何やってんだろうね、俺達は。









1993年8月14日 1000 大連第3駐屯基地 独立第882戦術機甲中隊 ブリーフィングルーム


そもそも、『戦術機甲中隊』等と言っているが。 人員は中隊定数も居ない。

ヴァルター・クラウス・フォン・アルトマイエル大尉
二コール・ド・オベール中尉
ファビオ・レッジェーリ少尉
ギュゼル・サファ・クムフィール少尉

そして俺達3人
周防直衛少尉
長門圭介少尉
久賀直人少尉

他に
ヴェロニカ・リッピ少尉
ヴァン・ミン・メイ少尉

この9人だ。
欧州から来たのは、アルトマイエル大尉とオベール中尉、リッピ少尉にファビオの4人。
ギュゼルは元々、極東国連軍所属だ。 難民としてキャンプに入る前に、親族が住んでいた極東までやって来たと言う。 
で、例の事件以来、原隊復帰もままならず、浮いていた所をスカウトされたとか。
ヴァン少尉は、どう経緯かは知らないけど、スカウトされた口だ。 こちらも、極東国連軍所属だった。

元々は、大尉たち4人は極東国連軍主催で開始された、戦技・戦術研究会に欧州から参加していたのだと言う。
これは、各戦域軍の得た戦訓を共有する事を目的に、年1回開催されるそうだ。 場所は持ち回りで。


「まぁ、正式編成では無い。 とりあえずはこの人員で進める。 各小隊は変則だが3機編成だ。
第1小隊を私が直率する。 他は長門少尉とリッピ少尉。
第3小隊はオベール中尉が纏めてくれ。 久賀少尉、ヴァン少尉。君達が第3だ。
第2小隊はクムフィール少尉、周防少尉、レッジェーリ少尉。 同一階級だが、先任順でクムフィール少尉を小隊長とする。
乗機はすでにハンガーに揃っている。 F-15Cだ。 本来なら、我々居候には廻ってこないような代物だ。 壊すなよ?」


F-15Cか。 帝国じゃ、『陽炎』として一部採用されているが。 未だ乗った事が無い。
この極東戦域じゃ、少数を帝国が保有している以外は、国連軍しか使用していない機体だ。
近接機動は兎も角、パワーはかなり有りそうだし、面白そうだ。 実は前々から搭乗したいと思っていた。


「ここにいるメンツでは、全員が初搭乗の機体だ。 午前中は整備に機体の特性とか、主機のパワー特性、癖などを確認しておけ。
午後の1番から、実機慣熟訓練に入る。 最初だからな、無理はしない。 兎に角、機動特性を確かめる。 いいな」

「「「「「「「 はっ 」」」」」」」

「敬礼ッ! 直れ 解散ッ!」


さて。 新しい「愛機」とのご対面と行こうか。









≪大連第3駐屯基地 1210 PX≫


国連軍のメシは、基本的にバイキング形式だ。 といっても、そんなに種類がある訳じゃない。
それに、帝国軍も半分はそうだったが、国連軍は100%合成食材だ。 味の方は・・・ 何とも言えない味だ・・・
しかしまぁ、食わなきゃ生きていけない訳で。 食う事も俺達にとっては仕事の内だ。
と言う訳で。 昼飯を食っている。

「しかし、イーグル(F-15C)か。 戦場では何度も見たけど、動きが兎に角パワフルだったな」

圭介が思い出したように、言いだす。
確かに、国連軍と共闘した時にはお目にかかる機体だから、知らない事は無いけど。 
機動力云々より、大出力にモノを言わせての一撃離脱とか。 ハードポイントが多くて、兎に角、中・遠距離からの砲撃戦とか。
そんなイメージの強い戦術機だった。

「日本にも、確か有ったろ? 乗った事無いのか?」

ファビオが何とかのパスタ(何か知らない)を食いながら言う。 やっぱりイタリア人は、パスタが米みたいなもんなのか?

「確かに一部配備されてるけど。 あれは本土防衛軍の、それもエリート部隊用だ。
ヤクザな、大陸派遣軍には回ってこない」

久賀が皮肉交じりに言う。
確かに。 帝都防衛第1師団や、各地の重要拠点防衛部隊に、少数配備されているだけだ。

「日本軍は、去年の秋頃からヴァイパー・ゼロ(F-92J「疾風」)を集中配備し始めたのでしょう?
今、大陸の日本軍は4割近くがヴァイパーじゃない。 残りはF-4E・・・ F-4EJ(撃震)のようだけど。
3人ともヴァイパーだったわよね?」

ギュゼルは良く見ているな。
確かにそうだけど。 「疾風」は大陸派遣軍最優先配備だから、国内にはまだ2割ほどしか配備されていない。 大半は未だ「撃震」だ。

「まぁ、言うとおり帝国軍は「疾風」と「撃震」がポピュラーでね。 F-15・・・ 日本じゃ「陽炎」ってネーミングだけど。 その機体は少ないんだよ」

「俺も、周防も、長門も。 「撃震」から「疾風」に乗り換えた口だから」

「俺と直衛は、去年の6月からずっと、「疾風」だったから。 ファビオとギュゼルは、何に乗っていた? 確かこの前は、F-15Cだったな?」

そうだ。 確かに6月のあの時、2人はイーグルに搭乗していた。
でも、極東国連軍のギュゼルは兎も角。 元々欧州国連軍のファビオがイーグルにはそうそう登場する機会は無いよな? 向うは欧州系の機体が多いし。


「俺はアン時が初めて。 ヨーロッパじゃトーネードに乗っていたよ」

「私はF-4Eに乗っていたわ。 イーグルも余っている訳じゃないもの」

「となると。さっき『壊すな』っていった隊長の言葉。現実味が有るなぁ・・・」

久賀が肩をすくめながら、おどけて言う。 確かに、そうそう居候に壊されちゃ堪らん機体だ。

「ま。 兎に角昼からの慣熟訓練だ。 訓練校出たてのヒヨ子じゃあるまいし。 いちいち機種転換で壊してたんじゃ、ウィングマーク没収もんだぜ」

俺の言葉に皆頷く。 何だかんだ言っても。 皆やはり早く乗ってみたいのだ。 何せ、最強級の第2世代機だしな。
いつしか、食事のペースも速くなって。 皆、何かに急かされる様にハンガーへ向かって行った。







≪大連郊外 旅順地区北部演習場 1340≫


3機のF-15C「イーグル」の編隊が、プラッツ&ウィットニーF100-PW-220Eの轟音を残し、上空をフライパスしていく。
三角形を描くデルタ・フォーメーションで高度を一気に落とした後、急速旋回からスパイラル・ダイブに入ってピンポイントで着地。
そのまま一気に噴射地表面滑走に移る。
小高い丘陵部が続く地形を、時折噴射跳躍をかけながらも、演習規定速度ギリギリで複雑な、そして小刻みな機動をかけつつ、突進していく。


『チェイサーよりブラヴォー01! ご機嫌だな! 今、ポイントR05通過。 コンマ・マイナス0.11! 余りはしゃぎすぎて、壊すなよ!?』

「ブラヴォー01よりチェイサー。 問題無い。 くそBETAの群れの中を突っ切るのに比べりゃ、ハイキングだな」

チェイサーの軽口に思わず合わせてしまう。
もっとも、そんなセリフが出てしまうほど、気分は高揚していた。

『はっ! そりゃそうだ。 んじゃ、次行ってみるか? エリアD4 アップダウンコースで制限高度は50! 設定タイムラグはプラスマイナス0.85!』

「OK 02、03?」

『02だ。何時でもいいぜ』
『03。 さっさと攻めようぜ』

OK、OK。 2人ともしっかり『イッて』やがるな。

「ブラヴォーよりチェイサー。 タイムアタック開始する。 タイムチェック頼む」

『ラジャ!』

カウントダウン・・・ 5、4、3、2、1、ゼロッ

主機を戦闘最大推力まで一気に上げて、3機のイーグルが丘陵の谷間へと突っこんでいった。




≪演習指揮車両≫


轟音を残して、ブラヴォー隊が次のアタックエリアへ突入していった。
その様を見つつ、アルトマイエル大尉が傍らで各種データの取り纏めをしている、オベール中尉に問いかける。

「二コール。 今、派手にはしゃいでいるのは、JIA(日本帝国陸軍)からの3人組だったね。 どんなものかな?」

複数のモニターの数値をチェックし、必要なデータを別起動したプログラムで体系化させていたオベール中尉が、モニターから視線を外し、指揮官を見上げる。

「そうね・・・ 流石に3人とも、1年以上実戦の中で揉まれてきただけあって、適応性は高いわね。
最初こそ、あの機体のパワーに戸惑ったようだけど。 ものの10分もしないうちに、子供のようにはしゃいで振り回し始めたわ」

その、如何にもやんちゃな少年達を見るような表現に、アルトマイエル大尉が苦笑する。
実際には、オベール中尉と彼ら3人は、3歳しか年が変わらないのだが。

(まぁ、女性にとって3歳も違えば、男など皆子供も同じか・・・)

自身の扱われ方を振り返り、更に苦笑する。
二コール・ド・オベールと言う女性は、精神年齢の高さ、と言うより、大人の女性なのだが。
如何せん男性全般の精神年齢を、低く見る傾向もある事は確かなのだ。

「機体には慣れてきたと言う事か。 機動制御はどうだ? 今は高速機動制御のアタックコースだったな」

「そこは、アジア・・・ と言うより、日本軍出身の衛士、と言うべきかしら。
姿勢制御用スラスターや、主機の推力偏向(スラストベクター)なども、勿論有効に使っていますけれど。
特徴的なのは、機体の各種パーツ・・・ 頭部や腕部、脚部。 そう言った部位を意図的に『振る』事で、最大限に慣性モーメントを活用した機動をしているわ」

「ほう・・・?」

「現時点での推進剤残量は、欧州や米国の衛士が同じアタックをかけた場合と比較して、平均で11%も多いのよ。
無駄に大推力にモノを言わすのでは無く、あらゆる省力化を念頭に置いた機動ね」

確かに、3機とも見た目は派手な高速機動を繰り広げているが。 
良く見ると、単に主機やスラスター推力に任せた機動と異なり、要所要所が非常に滑らかな動きをしている。

(成程。 アジア諸国軍の特徴は、ハイブ突入時の戦闘を第1に置いた機体運用・設計だったな)

アルトマイエル大尉は、欧州と常に比較参照されるアジア諸国の戦術機運用を思い出した。
それは、より近接戦闘を重視した戦術思想であり、そしてハイブ内という、補給の確保が非常に困難な場所で、如何に長時間の戦闘を行うか。
それを追求した戦術機運用思想だった。 中でも日本は、それが顕著に表れていると言われる。
その日本軍で訓練を受け、戦ってきた衛士の戦闘機動がどのようなものなのか。 今回初めて目の当たりにしているのだ。

(欧州には、欧州の戦場で長年培ってきた戦術機運用思想が有る・・・
しかし。 だからと言って、それが絶対と言う訳では無い。 現に未だBETAを押し返せない現状が、現実の限界かもしれん)

ならば。 自分の目にも印象的なあの機動を繰り広げる3人の日本人衛士達は。
彼らの戦術機機動思想は。 今後、欧州での戦場で新たな扉の一つを開ける事になるかもしれない。
いや、そこまで大それたことでは無いかも知れない。 しかし、確実に新しい風にはなってくれそうだ。

(それも、BETAと言う暴風の前になぎ倒されなければ、の話だが・・・)


『チェイサーよりブラヴォー01! エリアD4、アタック終了! コンマ・マイナス0.14! おいおい! お前等化け物かよッ!?』

チェイサーを務める、レッジェーリ少尉の呆れた声が聞こえる。
確か、エリアD4の制限タイムロスは、プラスマイナス0.85  それを初回からいきなり0.71も短縮とは・・・

『ブラヴォー01よりチェイサー! このくらい、光線級の居る戦場で命がけのトンズラに比べりゃ、ピクニックだって!』

この声は、ブラヴォー01、周防少尉か。
確かに光線級の存在する戦場では、あらゆる機動が制限される。 確か、日本軍は積極的な高速機動退避を旨としていたな。 そう言う事か。


「本当に、掘り出し物でしたわね。 ヴァルター、貴方の頑固さも、時には良い結果を生み出すことね」

「・・・ならば。 現地司令部の嫌味と色眼鏡に耐えて、彼らをスカウトしてきた殊勲者には、少しばかりの褒美もあって良いのではないか。 
僕はそう思うのだが?」

「今はお仕事中よ? 私の部隊長は、公私の使い分けは出来るお方だと、思っているのですけど?」


やれやれ。 昔から変わらないな。 オベール家のお嬢様は・・・


『よぉ~し! じゃ次、いくかぁ!?』
『何でも来いッ!』

何時の間にやら、本当に少年のお遊びの様相になってきた。
きりの良い所で止めさせないと、後で整備の責任者から何と嫌味を言われるか。
連中が整備班から袋叩きにされるのは、知った事では無いが。 自分まで巻き添えになる事は、御免蒙りたい。


「二コール。 あの腕白坊主どもを、きりの良い所で引きずり降ろしておいてくれないか。
私は次の隊で出るからね」

「了解」

柔らかな、しかし面白そうな表情の笑みで、オベール中尉が敬礼する。
お気に入りの何かを見つけた時の、アルトマイエル家の腕白坊主が昔から見せる顔を、見つけたからだ。

ライン河を挟み、フランス側のストラスブールに有ったド・オベール男爵家と、対岸ドイツ側の小さな町、ケール郊外のフォン・アルトマイエル男爵家。
両家の元気なお姫様と、腕白な若様は。 今、極東の地で次の戦場の為に暫し刃を休ませる、衛士となっていた。







[7678] 国連極東編 番外編・満州夜話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/09 02:03
≪PXにて≫


「えっ!? オベール中尉って、貴族のお姫様なのか!?」

驚いた。 そんな人が、国連軍で衛士とは。

「珍しいんじゃないか? ヨーロッパの貴族の家系じゃ、衛士になる者は大抵、自国の軍に居るだろう?
ドイツとか、有名な部隊が有るじゃないか。 英国もそうだし」

「日本で言えば。 有力武家のお姫様が、斯衛軍じゃなく、国連軍に入る様なものか」

久賀の例えに、俺と圭介が同時にハモった。

「「 あ、有りえねぇ・・・ 」」


「あら? 確か大尉も貴族出身でしょう? 『フォン』の称号をお持ちだし」

ギュゼルが口を挟む。

「いや、『フォン』の称号持ちだからって、貴族って訳じゃないだろ? ユンカーなのか、それとも昔の騎士階層なのか。
で? どっちなんだ? ファビオ」

圭介に振られたファビオが、夜食を食いながら答える。 しかし、こいつは本当に良く食う。 まるであの、愛姫に匹敵するな・・・

「ん・・・ 確か、男爵家の若様だよ。 大尉は。 ライン河はさんで、フランスとドイツで、お向さん同士だったんだと。 領地が」

なんか住む世界が違う。 あほらしくなって来た・・・


「日本にだって、貴族は居るでしょう? 確か、『ブケ』だったかしら?」

「武家に、公家だよ」

「「 ?? 」」

ファビオとギュゼルが首を傾げる。 まぁ、似たような音だし、外国人には判りづらいか。


「つまり。 『ショーグン』の家来のサムライと。 『エンペラー』の家来の昔からの貴族。
それの中の上流の家が、今の日本の貴族階層さ」

簡単に説明してやる。 
武家と言っても、爵位持ちは元大名家や有力武家の家系だし。 公家も位階が上の堂上家の家系だけだ。
それ以外は今や皆、庶民。 

「斯衛で言えば、『山吹(黄)』以上だな。 『白』の家は爵位は無いし」

・・・まぁ、「白」の家は、正確には「士族」だけど。


「コノエ? ああ、ジャパニーズ・インペリアル・ガーズね。 確か、身分毎で戦術機の色が違うのよね?」

ギュゼルは斯衛の色分けを知っていたようだ。

「ブルー、レッド、イエロー、ホワイト、ブラック・・・ どう言う基準なの?」

まぁ、教えてやっても別に差し支えないか。

「蒼は、所謂『五摂家』  『将軍』を輩出できる、最高級の家格で、爵位は公爵家。
赤は、五摂家の分家筋が主で、爵位は侯爵家か、伯爵家。 山吹(黄)は、その他の元大名家や、大身武家の出身で、子爵家か男爵家。
白はそれより小さい、元領地持ちの武家の家系だよ。 因みに黒は、一般庶民。 ま、そんなところかな」

うん。間違えでは無い。 随分大まかな説明だけど。


「あん? 確か、ほかにパープルも有ったんじゃ無かったか? あれは?」

「・・・紫は、将軍家専用色。 他の者は一切使用不許可」

「「 はぁ~~・・・ 」」

ファビオとギュゼルには、些か理解しづらいかも知れないな。
なんて思っていたら。 圭介が突然話を振ってきた。


「でもよ、直衛。 お前の家も、元々武家じゃなかったっけ?」

「そうなのか? 周防。 初耳だぞ?」

「えっ!? じゃ、直衛も貴族?」

「にっ、にあわねぇ・・・」

最後の。 うるせぇぞ、ファビオ。 ・・・はぁ、この話題か。


「違うよ・・・ 俺の家、確かに昔は武士だったけどさ。 斯衛の連中の家から見たら、地べたに居るような身分の低い、貧乏武士の家さ」

「どの位の貧乏武士?」

圭介、引っ張るなよ・・・

「禄高30俵3人扶持・・・ って言っても、わかんねぇか。
1人扶持は大人1人が、1年で食う米の量だ。 大体5俵、米俵5個だな。 
つまり、ウチの家は年間で45俵の給料を貰っていた下級武士。 領地なんか持って無いの」

言ってみれば、国家公務員と同じだ。


「もっと具体的に」

久賀まで喰いつきやがった・・・

「はぁ・・・ 具体的に? ん~~・・・ 先祖代々の家宝じゃなくって、先祖代々の借金借用書なら山積み、って位の貧乏」

「うわっ・・・」 「ひ、ひさん・・・」 「まぁ・・・」 「死んでも嫌だな・・・」

おい。 言えと言っておきながら、お前等なぁ。


「斯衛の白以上だけだぞ。 それなりに贅沢な暮しできた武家ってのは。
それ以外の下級武士なんて、先祖代々の借金地獄に苦しんでいたんだから」

今はBETA地獄か。 はぁ、先祖代々、地獄に苦しむのかねぇ?

「・・・どうして、そんなに貧乏になっていたの?」

ギュゼルが疑問に思うらしい。 まぁ、外国の貴族や騎士階級とは、ちょっと違うからな・・・

「考えてみな? 大方300年近く、給料が上がらなかったんだぜ? 物価は300年間上がり続けたのによ?
そりゃ、貧乏にもなるわな? 生きていけねぇよ、ホント」

これは本当の話。 武士は幕府時代の300年間弱、基本的に給料は据え置きだったのだ。 信じられるか?

「どうして・・・?」

「将軍家が、武士の力を削ぎたかったから。 自分達が倒されたら、本末転倒だし」

「はん・・・ それでか? 直衛。 お前、かなりの武家体制批判家だしな?」

「平気で将軍家や五摂家の事、クソミソに貶すわ、扱き下ろすわ。 斯衛の事は、無能呼ばわりだし」

事実を言っているだけだし。 無能じゃなくて、無用と言ったし。

「直衛って・・・ もしかして、日本の反体制派?」

はぁ!? 何言ってんの? ギュゼル・・・

「・・・違うよ、全く。 俺のは単なる、先祖代々の反五摂家意識。 
俺の家は、元々朝廷に仕える下級武士の家だったの。 『公家侍』ってやつ。
大本を辿れば、主君は天子様(皇帝) 言わば将軍家や五摂家は、歴史的な仇敵なの。 朝廷にとっては」

俺はだから、皇主(皇帝)陛下が統帥される、日本帝国軍人にはなろうと考えたけど。
まかり間違っても、五摂家や他の有力武家の我欲と我儘で、でっち上げられた斯衛なんかには、間違っても入りたくない(入らせて貰えないけど)

ま、行ってみれば単なる我儘だ。





そんなこんなで、時間も過ぎてお開きになった。


部屋に戻る俺を、圭介が追いかけて呼び止めた。

「おい、直衛。 ここじゃ構わない。 俺も久賀も、馬鹿みたいな将軍家崇拝者じゃないしな。 別に何も言わん。
でもよ、帝国の連中が居る前では、自重しろ。 軍部にも、斯衛とツーカーの連中も居る。 武家出身の連中も多い。 
広江少佐が言っていた3年。 下手したら生き抜いても、3年経っても戻れなくなるぞ?」

何時になく真剣な表情の圭介が諭す。
判ってるよ・・・

「お前、生きて綾森中尉と会うんだろ? 彼女の所に帰るんだろ? だったら。 頼むから、自重してくれ。
俺はそんな馬鹿げた事で、親友を失いたくない。 頼む」

「・・・判った。 今後は、時と場所を弁える。 お前にも要らぬ心配はさせないよ。
俺だって、3年生き抜いて、祥子に会いたい。 彼女の許に帰りたい。
済まなかったな。 圭介」

「お前のフォローは昔からだし。 気にすんな。 ってか、気にするならもっと以前にやれ、全く・・・」

そう言って圭介が苦笑する。
じゃぁな。 そう言って、別れた。



「はっ・・・ 一体、何をイラついているんだか・・・」

最近、とみにそう言った発言が増えていたのは自覚している。
元々そう言う意識は有ったけど、口に出して言うほどじゃなかった。

結局、怖いのか、俺は。
怖いから、何かに当って気を紛らわしていた訳か。
それが、圭介や久賀を心配させていたのか。

「何やってんだか・・・」

全く。 器が小さいとはこの事だ。 命がけの戦場で。 戦い以外の事で、何を親友や戦友に心配かけているんだか。

「済まん、圭介、久賀」

ひとり謝る。

ふと、窓から夜空を見る。
北の方角は、向うか・・・

「・・・正直言うと、怖いよ。 祥子。 3年は、怖いよ」


でも、怖くても乗り越えなきゃ、彼女に会えない。 彼女の許に帰れない。
だったら、怖くても前に進んで、乗り越えるしかない。

「やり抜くしかないんだ・・・」

あの時の、祥子の笑顔を思い出す。
あの笑顔を再び見る為に。 生きて会う為に。 

「・・・・よしっ!」

改めて、気合いを入れなおす―――






[7678] 国連極東編 満州2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/09 02:03
1993年9月4日 1315 国連軍大連第3駐屯基地 第882独立戦術機甲中隊


「・・・この様に。 現在、華北、内蒙古、北部満洲にて、極めて大規模なBETAの同時3方向侵攻、と言う重大な局面が生じています」

オベール中尉のブリーフィングが続く。 
アルトマイエル大尉はその横で、眼を閉じ、腕組みして座っている。 表情は険しい。
他に連中は、俺を含めて極めて緊張した表情だ。 曲がりなりにも、多くの戦場を戦い抜いた衛士達でさえ、今の状況には戦慄を覚える。


現状を要約すれば、こうなる。

8月26日 H14重慶ハイブの個体群増加を監視衛星が捉えた。 F群とG群。
8月27日 以前から観測されていた、H17マンダレーハイブの増加個体群(E群)が、北東・雲南方面へ移動。 
8月29日 マンダレーE群は、H14重慶ハイブに合流。 同時に重慶ハイブの個体数増加が一層顕著になる。
8月31日 重慶ハイブのF群、G群が押し出される形で東進を開始。 
      同日、H18ウランバートルハイブ、H19ブラゴエスチェンスクハイブにおいても、個体数の増加を確認。
9月2日 重慶ハイブのF群、G群は、華中方面軍の第1防衛線手前、湖北省・武漢の西20kmで突如北上開始。 
      同時に重慶ハイブへ到着していたマンダレーE群が、東進を開始。
      ここに至り、北京政府は行政府移転開始。
9月3日 重慶F群、G群、山東省・済南防衛線南20kmに接近。
      ウランバートルハイブの増加個体群(B群)南下開始。
      北京政府、河北省・塘古より海路脱出。 上海へ移動。
9月4日 河北省・石家荘~山東省・済南の華北方面軍南部戦線が、重慶F群、G群に突破される。
      その後、F群は北東へ進路を変え、河北省・天津、山海関方面へ突進の姿勢を見せ。 G群は山西省・太原から北上し、大同方面へ突進する。
      そしてこの日、ウランバートルB群が内蒙古・フフホト~河北省・張家口の、華北方面軍北部戦線で交戦。
      北満洲では、H19ブラゴヴエスチェンスクの増加個体群(C群)が南下を開始した。


華北戦線は、最早立て直せない。 南北からBETA群の挟撃を受け、じわじわと満洲方面へ後退中だった。
天津も、無理だろう。 その後の山海関を突破されれば、その先は東北平原。 つまり遼東の地、南満洲だ。

満洲方面軍も、南部への戦力抽出が出来ない状況だ。 まずは、H19からのC群を殲滅しなければ、背後から撃破されてしまう。
華中方面軍は、その後に東進を始めたマンダレーE群と激戦の最中だった。 戦力を華北に送る余裕は、こちらも無い。


BETA推定個体数。 重慶F群・5万8000、G群・3万2000  ウランバートルB群・3万8000  ブラゴエスチェンスクC群・4万1000
総計、16万9000
他に華中のマンダレーE群、4万6000

極東戦線全域が、パニック状態に陥っていた。


「現在、満洲南部戦域で稼働状態の戦力は、中国軍が戦術機甲2個師団、機甲3個師団を主力とする第31打撃機甲軍団。 元々は華北の虎の子部隊です。
韓国軍は戦術機甲1個師団、機甲1個師団を中核とする、第7機甲軍団。 日本軍は1個戦術機甲師団(第9戦術機甲師団)と、2個機甲旅団が瀋陽に駐留中。
国連軍は第37戦術機甲師団と第41戦術機甲師団、他に3個機甲旅団を主力とする第17打撃機甲軍団が急速展開を行っている最中です」

戦術機甲師団6個、機甲師団6個半相当か。 華北方面軍の残存戦力を期待値込みで換算しても。
精々、戦術機甲8個師団、機甲8個師団程度か。 駄目だ。 戦力が足りない。

今年1月の『双極作戦』では、戦術機甲15個師団相当、機甲8個師団相当を投入して、そしてS-11弾頭弾の集中使用を行ってようやく、約19万のBETA群を殲滅出来た。
戦術機甲戦力が半数にしかならない今回、少なくとも2方向からの、約17万にも達するBETA群に対する防御戦闘としては、余りに戦力が無さ過ぎるのだ。

オベール中尉の説明が続く。

「今回、陸上戦力の不足を補う意味で、渤海湾、及び黄海に展開中の統合軍海軍部隊。
つまり、日本帝国海軍北支派遣艦隊、中国海軍北洋艦隊、韓国海軍西海艦隊による、沿岸周辺域への大規模艦砲射撃と、母艦戦術機戦力による支援攻撃を実施します。
統合艦隊の渤海湾展開完了は、明日。 9月5日 0950予定」


それまで黙っていたアルトマイエル大尉が口を開く。

「・・・海上からの支援は、どの程度になる?」

確かに、気になる所だろう。 上手くいけば、山海関辺りの隘路で、相当数のBETAを殲滅出来るかも知れない。

「はい。 日本海軍北支派遣艦隊は、第6戦隊の戦艦『加賀』『土佐』、第7戦隊の戦艦『薩摩』『安芸』、第8戦隊の戦艦『長門』『陸奥』
この6隻を主力とする水上打撃戦任務部隊。 16インチ砲48門、Mk41 mod2 VLSを1隻当り90セル搭載。
そして、第3航戦の戦術機母艦『雲龍』『翔龍』、第4航戦の『天龍』『神龍』、第5航戦の『瑞龍』『仙龍』、この6隻の戦術機母艦戦力から成る、母艦戦術機甲任務部隊が中心です。
戦術機戦力は360機。 機体はF-4EJⅡ改 ≪翔鶴≫ F-4EJの艦載機型です」

戦術機戦力は1個師団強相当。 砲撃制圧力は・・・ 昔の陸軍軍人曰く 『戦艦1隻の砲力は、陸軍7個師団の攻撃力に相当する』

今現在は総合火力や、技術力の向上でそこまで極端ではないが。
それでも戦艦の全力砲撃力は、陸軍師団3個師団相当、とも言われる。
それが6隻、18個師団相当の攻撃力。


「中国北洋艦隊は、駆逐艦とフリゲート艦が主力で24隻。 韓国西海艦隊もほぼ同様の戦力で、22隻。
この両艦隊は、主に艦対地ミサイルの発射ベースとなります。
日本艦隊の巡洋艦、駆逐艦戦力も協同しますので、巡洋艦、駆逐艦戦力は合計で78隻。 艦隊合計で90隻。
統合艦隊司令長官は、日本海軍の有賀幸平中将。 母艦任務群司令官は柳本隆作中将です」

「ふん・・・ 流石は、破れても未だ世界第3位の大海軍。 日本帝国海軍の面目躍如の布陣だな。
欧州ではこれ程の海上支援は受けられん。 局所展開能力は、或いは英国本国艦隊(グランドフリート)を上回るな」

「あら。 あちらも中々のものですけれど? 最も、母艦戦術機甲戦力では、アメリカ・日本には及びませんけれど・・・」

オベール中尉も欧州での戦歴から、日本の海軍力の評価は良い様だった。


アルトマイエル大尉が立ち上がり、最終指示を出す。

「我が『中隊』も、防衛線の一角を担う事となった。 担当戦域は阜新。 瀋陽の西120km地点だ。
この防衛線の主戦力は、日本軍の第9戦術機甲師団。 まぁ、我々は遊撃・索敵部隊と言ったところだな。 
BETAを見つけたら、精々派手に鈴を鳴らせば良い」

第9戦術機甲か・・・ 今年4月からの第3次派兵戦力。 確か満洲に到着したのは、先月の中頃では無かったか?
BETAとの戦闘経験の全くない、所謂『戦闘処女』部隊だ。 少々、不安が残るな・・・


「中隊の移動は、明日0500 各員、それまでに機体のトータルチェックを行え。
本日2000に最終ブリーフィングを行う。 以上だ」

「敬礼ッ!   直レ    解散ッ!」

オベール中尉の号令で敬礼。 大尉の答礼で解散となった。







≪1630 国連軍大連第3駐屯基地 戦術機ハンガー≫


整備班と機体のステータスチェックを行っていると、圭介がやって来た。 他にも1人。

「直衛、チェックはまだ掛かるか?」

「いや? あと5分くらいだ。 何だ? 何か話しか?」

「別段、取りたててと言う訳じゃない。 こっちが終わったんでな。 じゃあ、PXでも行ってるわ」

「おう。 後で俺も行く」

んじゃ、な。 圭介がそう言ってハンガーを出て行く。 一緒に居るのは、確か・・・ リッピだったな。 ヴェロニカ・リッピ少尉。
ああ、圭介と同じ第1小隊だったな。


「少尉殿。 OSの設定変更、完了です。 ・・・しかし。 良く考えますな、こんな事」

「こうして欲しい、って言ったのは俺だけどね。 実際に組み替えたのは、以前の部隊で機付き長をしてくれていた整備班長さ」

何をしているかと言えば。
以前、23中隊時代に「疾風」に施したOSのプログラム設定を、「イーグル」にもしてみよう、と言う事になった。
偶々、ブリーフィングで話が出て、説明したんだが。 特に大尉が喰いついて来て。
『中隊全機に対して、OSの設定変更を行う!』 と宣言したのだ。
結果として俺が整備の連中に内容を説明し、プログラムの変更を今まで手伝っていたと言う訳だ。

「まぁ、有効性が確認できれば。 国連軍全体でも運用されるんじゃないですかね? 現に日本軍では標準運用なんでしょう?」

「ああ。 今は全戦術機に改良版が搭載されているよ。 演算量増大によるタイムラグも、新型のCPUが開発されれば、解消できるんじゃないかな?」

今開発が進んでいる、第3世代機用のヤツも、そのうち第2世代機に搭載されるだろう。
そうすれば、今まで以上に機動性の幅が広がる。

「ん・・・ これで良し。 オール・チェック。 ご苦労様です、少尉殿」

「ああ。 ご苦労さん、軍曹。 皆、理解が早くて助かったよ」

「ははっ こと戦術機に関しては、我々は少尉の倍以上の年月、いじってきてますからね」

「ま、専門家に任せておけば、問題無いよな?」

「そう言うこってす」

整備の、特に古参に対して、ぞんざいな態度をとる衛士は居ない。 そんな馬鹿者は、とっくにBETAに喰われて死んでいる。
別に阿るんじゃ無く、素直にその専門技術には、驚嘆する。

「じゃ、俺はこれで上がるよ。 ご苦労様」

「はっ! 失礼します」













≪1730 国連軍大連第3駐屯基地 PX≫


最近思うのだが。 俺は特に『食』に関して、純然たる日本人、と言う訳ではなさそうだ。
派遣軍の中には、米の飯や味噌汁、漬物。 そう言った『和食』が恋しくて、そして肉食中心の(そればかりの)戦場食にうんざりしている奴も少なくない。

反面、どんな食事も美味しく食える奴も居る。 代表的なのが、同期の伊達愛姫少尉だった。
おれも実は、そんなに食事が苦痛では無い。
この1年、色々と国際色豊かな食事には、楽しみで美味かった。

まぁ、それにしても国連軍の、この食事の内容には、一言言いたいが。
量は多い。 栄養価も無論、きちんと計算されて過不足が無い。 が、それだけだ。
不味い、と言うより。 兎に角、微妙。 献立考えた責任者、出てこい。 全く。


「そんなの。 全く贅沢よ、貴方達。 欧州や地中海、中東戦域じゃ、これでも上等なのよ?」

ヴェロニカ。 ヴェロニカ・リッピ少尉が呆れて言う。
食のこだわりに関しちゃ、欧州ではフランス人と双璧の、イタリア人の言葉じゃないな・・・

でもまぁ、そうかも知れない。
欧州は今年の7月、北欧戦線が崩壊して、全ユーラシア域を失った。
残るは英国とアイルランド、アイスランドと、地中海の島々だけだ。
農業生産が全滅した結果、100%合成食材に頼るより方法が無い。 味もそうだが、一々献立も変えるなんて余裕もない。
朝・昼・晩。 3食毎日同じメニュー、なんて事も珍しくはないそうだ。


「まぁ、メシに関しては、どうとも言えないとして。 どうなんだ? 今回、保ちそうかい?」

ファビオが些か、自信なさげに聞いてくる。 ヴェロニカも同じだ。

「私は・・・ 大丈夫って、言いきる自信が無い。 『スワラージ』作戦は同じくらいの規模だったけど、完敗だったし・・・」

ヴァン・ミン・メイ少尉が暗い表情で呟く。 彼女は昨年の『スワラージ』作戦に東南アジア国連軍として参加したと言う。
結果は・・・ 無残な完敗だった。

「私も、メイと同じ。 こんな大規模作戦、正直初めてなの。 ずっと華北に居たから、北満洲の大規模作戦には参加していなかったし・・・」

ギュゼルも不安げに言う。

「私とファビオも。 シチリアのメッシーナ戦線や、モロッコのジブラルタル戦線で戦ったけど。
こんな大規模侵攻の防衛戦は、初めてよ・・・」

ヴェロニカが、ファビオと顔を見合せて呟く。

と言う事は・・・


「少なくとも。 この中で大規模防衛線を経験しているのは、お前さん達3人だけなんだ。
どうなんだ? いけそうか? それとも、ヤバそうなのか?」


俺と圭介、久賀がお互い顔を見合す。

ここで大丈夫だ、なんて無責任に言う事は簡単だが。 そんな事、戦闘が始まれば、すぐに吹き飛んでしまう。
だけど、不必要に不安がらせるのもマイナスだ。 萎縮して戦場でやられては、元も子もない。


暫く考えて、言葉を選んで話し始める。

「正直、今の陸上戦力だけじゃ、無理だ。 2日も保たない」

最初の一言だけで、4人の顔色が変わる。

「今回の要点は、海上からの支援戦力だ。 艦載戦術機が360  これは1個師団戦力に相当する。
海軍機は戦域制圧支援が主任務だから、BETA群との接近戦闘には入らないだろうけど。 反面、打撃支援としては陸軍機より遥かに攻撃力が高い。
それに、戦艦戦力だ・・・」

ひとまず、言葉を切る。 

「戦艦の艦砲射撃。 これは俺も初めてだけど。 いいか? 陸軍の砲兵部隊で最大級の重砲が203mmだ。
だけど、海軍じゃこのレベルの砲は、重巡洋艦の主砲に過ぎない。 155mmなんか、軽巡洋艦の主砲だし、127mmは駆逐艦の主砲だ。
海軍じゃ、この位は『中・小口径砲』なんだ。 陸軍の重砲が、だぞ?」

俺の言いたい事が、なんとなく判って来たのだろう。 4人とも、顔つきが変わって来た。

「対して。 戦艦の主砲は今現在、最も小さい主砲で、英国のキング・ジョージⅤ級の14インチ(356mm)砲
次が、他の英国戦艦や、イタリアのヴィットリオ・ヴェネト級、フランスのリシュリュー級の15インチ(381mm)砲
今回派遣された日本の6戦艦や、英国のライオン級、米国のアイオワ級なんかは、16インチ(406mm)砲だ。 陸軍重砲の2倍の巨砲群だよ。
この艦砲射撃の威力と、VLSを始めとする艦対地攻撃力。 今回は全艦隊で90隻だ。 正直、陸軍の1個軍以上の攻撃力が見込めると、判断しているんだ」

「直衛はな。 実の兄さんが海軍大尉でね。 親類にも海軍軍人が居るから、その辺はかなり詳しい」

「別名、『陸軍≪海上≫少尉』って言うんだけどね」

こら、久賀。 最後の一言、多いぞ。


「少なくとも。 天津から北上してくる重慶のF群には、かなり打撃を加える事は出来るだろう。
BETAの最終進路が解らないけど、沿岸部に集まってくれば。 他のG群やウランバートルB群も叩けると思う」

「そうなったら、こっちの仕事はF、G、B群の残敵掃討と、ブラゴエスチェンスクC群に対する、統合軍北満洲方面戦線への増援、ってとこだな」

「ま、楽観はできないが、悲観するにはまだまだ早い、って事さ。 去年の5月も、今年の1月も。 俺達はなんとか切り抜けた。
今回が前以上に悪いとは、思わない」

俺と圭介、久賀が話を締める。 
4人とも、何とか最悪の心理状態は脱したようだ。


「いよぉ~し! んじゃ、さっさとクソBETA共を殲滅して回るとするかぁ!」

ファビオがさっきとは打って変わって、陽気な声で言いきる。

「はぁ・・・ ファビオ。 貴方ってホント、現金ねぇ・・・」

ヴェロニカが呆れている。

「イタリアの人って、みんなこんな感じなの?」

ギュゼルが溢した言葉に、ヴェロニカが噛みつく。

「ちょっと、ギュゼル? 撤回して頂戴。 あんな≪ナポリ者≫と同じに見ないで。 
私はミラノっ子よ。 北部出身なの。 能天気な南部者と同じにしないで!」

ヴェロニカの迫力に、ギュゼルがたじろんでいる。

「ひでぇなぁ、ヴェロニカ。 同じイタリア人同士、仲良くやろうぜぇ?」

「うるさいッ! アンタはパスタ食べて、カンツォーネ歌って、女の子のお尻追っかけてればいいのよッ!」

ガァーー!! と、ヴェロニカが吼えている。

「それが人生だッ! なぁ!? 兄弟ッ!」

阿呆、俺に振るな。

「・・・何? 直衛も同類?」
「いや。 全力で否定する」
「つれねぇなぁ、直衛! 正妻候補と妾候補、両手に花の≪漢≫がよぉ?」

「「「 ・・・さいってぇ~・・・ 」」」

ヴェロニカ、ギュゼル、メイ。 女3人、ハモリやがった。


「さぁて。 確かブリーフィングは2000だったよな? 俺はそれまで、ひと眠りしてくる」

圭介が我関せずと席を立つ。

「俺はTVでも観てくる」

久賀がサロンへ向かう。

「ちょっと、直衛? さっきのファビオの話。 どう言う事?」
「確か、翠華って恋人とか言ってなかったかしら?」
「・・・不潔だよ、直衛・・・」

女3人の共同攻撃、どうやって交わしたものか!
本気で冷や汗が止まらない。

「部隊の融和も大事だよなぁ! ちゃあ~んと、説明しとけよぉ? 兄弟! チャオ!」

馬鹿パスタ野郎! 命名復活だ! このボケ!


「あら? 何を騒いでいるの、貴女達・・・?」

オベール中尉が小首を傾げてご登場だ。 ヤバい、本気でヤバいッ!!

「あッ! 中尉! 中尉も聞いて下さい! 直衛ってば、二股かけているそうなんですッ!」
「それも、以前の上官と、他国軍の女性衛士を・・・」
「女の敵ッ!」

怖い。 本当に怖い。 何がって? この馬鹿3人の話を聞いた瞬間、オベール中尉の雰囲気が180度変わった事がだよッ!!

「・・・詳しく、説明して頂けるかしら? 周防少尉・・・?」

ああ。 その美貌に相応しい、綺麗な笑みなのに。 俺にとっては、まるで地獄の閻魔に微笑まれているようだ。

例えれば。 浮気が発覚して、祥子と翠華に包囲されているような・・・ しないよ? そんな事。 絶対。 恐らく。 多分・・・








≪1900 PX≫


1時間以上、女性陣4人に問い詰められ。 洗いざらい白状させられ。 
ようやく解放された後の、魂の抜け殻と化していた俺は、PXのテーブルに突っ伏していた。


「ご苦労だったな、周防」

不意に声をかけられ、誰かと思えば、アルトマイエル大尉だった。 両手にコーヒーカップを抱えている。
1つを受けとり、飲む。 相変わらず不味い『コーヒーモドキ』だが、フラフラ彷徨っていた魂が、ようやくご帰還してくれたようだ。


「・・・見られてたんですか?」

「うん」

「・・・どの辺から?」

「戦況を説明している辺りから」

・・・! 最初っからかよ!

「部下の苦戦に、上官の支援は無し、でしょうか・・・?」

「こと、男女の関係に関しては。 自学自習も、また良しだ」

こーゆートコ、あっさりしているなぁ・・・


「試しにお聞きしますが。 大尉ならあの状況では、どうやって対処を?」

「私なら。 そもそも2人の女性を同時に愛そうなどと、大それた事はしない」

いや、本命は1人なんですけど・・・


「では、今一人は遊びかね? それも感心しないぞ?」

「いや、遊びじゃないです。 少なくとも、彼女は大切な女性だし」

翠華の事ね。


「愛する女性と、大切な女性。 君の中での区別がどうなっているのか、私には与り知らぬ事だが。
せめて誠実である事は、忘れない方が良かろうな。 人は情実の前では、時としてあらゆる事を無視させるものだ」

何か、経験談っぽい気もするけど。

「・・・ご忠告、痛み入ります・・・」


大尉は苦笑して、コーヒーを一気に飲み干した後、席を立ちあがった。

「私はブリーフィング前の確認をしてくるが・・・ 周防、先ほどの戦況説明な。
あれは・・・ わざとだな?」

「・・・判りましたか」

「私の戦歴を、君達少尉連中と同じに考えるな」

大尉はそう言って歩き去る。
ふと、出口で足を止めて振り返り、俺に声をかける。

「その気遣い。 誠に有難いぞ」




見えなくなった大尉の姿を思い出し、コーヒーを飲みながら頭の中で反芻する。

(・・・気遣い、か)

本当は、これ以上本当の事を言ってしまうと。 あの4人は戦う前に戦意喪失してしまうと考えたのだ。 俺も、圭介も、久賀も。
あの時俺達は、意識的に光線級の事に触れなかった。
もし連中が大挙して出現すれば。 例え重装甲を誇る戦艦群であっても、その主砲射程内まで海岸線に近づけば、確実にレーザー照射を受ける。
戦場が内陸に進めば進むほど。

そうなっては、支援砲撃もままならなくなるだろう。 こっちにとっては非常に苦しい。
支援砲撃が薄い状況での、大規模BETA群への突撃がどれ程厳しいか。
この1月の戦いで身に染みている。 光線級が出てきた時の悲惨さは、忘れない。 それで俺達は美濃を。 同期の美濃 楓を喪った。


でもそんな事。 少なくとも今言うべきじゃ無いだろう。
少なくともそう考えた。 俺達は。 いずれ地獄は嫌でも直面する。
その時のフォローをこそ、すべきなのだ。 今、要らぬ不安を与えるべきじゃない。

見れば、1935 あと25分でブリーフィングだ。


(そろそろ行くか・・・)

色々あって、何ともすっきりしない気分で、俺はPXを出た。








≪2005 国連軍大連第3駐屯基地 第882独立戦術機甲中隊ブリーフィングルーム≫


いきなり、アルトマイエル大尉が口火を切った。 凶報だ。

「天津南部の、中国軍第363軍団が壊滅した。 30分前だ。 これで今夜中には、天津市街はBETAの餌場となった。
市民の推定被害者数は約27万人。 脱出できなかったのだ。 余りに展開が急速に過ぎた」

防衛線の崩壊と、大量の市民がBETAに喰い殺された。
大尉の状況説明が続く。

「この事態を受け、満洲方面軍南部戦線司令部は、華北方面軍残存戦力を一斉に南満州へ退避させた。
これにより、思った以上に戦力が上乗せされた。 戦術機甲4個師団、機甲4個師団。 他に砲撃任務部隊が8個旅団、機械化歩兵装甲師団5個
・・・まぁ、殆ど戦わず、市民を見捨てて退却したのだ。 傷は少ない」


苦々しげな声で大尉が話を切る。
欧州でも散々報告された状況だ。 大尉もかつて似たような経験をしたのだろう。
横に立つオベール中尉も、怒りを抑えるような表情だった。

俺達も同じ気分だった。 天津の27万人だけじゃない。
中国政府が放棄した旧首都の北京には、未だ500万人近い市民が残留していた筈だ。
防衛線が一気に錦州―――南満州まで東に移った事で、それ以西の都市。 唐山の200万人、承徳の65万人、秦皇島の55万人も。
大きな都市だけで850万人 周辺地域を含めると、1000万人近い市民が、BETAの前に無力なまま、取り残された。 いや、切り捨てられた。


「統合軍総司令部は、何と・・・?」

圭介が絞る様な声で聞く。

「・・・ 『南満州、特に遼東半島と、錦州回廊死守の為には、止むを得ない処置』との仰せだな」

大尉も、この愚行には怒り心頭のようだった。


「各国政府は? 中国政府、韓国政府・・・ 日本政府の反応は?」

俺は戦況もさることながら、今後の各国間の関係も心配だった。
1月に中国が事前通知なしに集中使用した、S-11弾頭弾の件で、日本・韓国政府と、中国政府の間がギクシャクしている。
極東戦域での共闘関係にヒビが入る事は、最終的に俺の祖国にも、非常にマイナスだ。
今回、この決定を直接下したのは、方面軍南部戦線司令部だが。 

「・・・今のところ、現地司令部の決定を追認する方向のようだな」


「政府が、国民を切り捨てるのですか・・・」

ギュゼルが歯ぎしりして、言い捨てる。 彼女もまた、国を失った際には過酷な体験をしてきているのだ。



「兎に角。 今は今後の反攻作戦に全力を注ぐしかない。 1分1秒でも早く作戦が達成されれば。
それだけ多くの市民を救う事が出来る・・・」

大尉自身、自らに言い聞かせるような口調だった。 BETAが防衛線に到達する頃には。
放棄された地域の民間人はほぼ、全滅した後だろう・・・

「我々は、当初の予定を繰り上げ、明日0130、当基地を進発する。 阜新到着予定は明日0330 直ちに警戒態勢に入る。
各人、身の回りの整理はそれまでにしておけ。 以上だ」

「敬礼ッ!」


アルトマイエル大尉と、オベール中尉が退出する。


「・・・クソッ! クニでも、こんな大規模な犠牲を前提の作戦は、無かったぜ!」

ファビオが吐き捨てる。

皆、押し黙ったままだ。 事前想定の、余りの犠牲者数の多さに、頭が麻痺してしまっている。

重苦しい空気だけが、立ち込めていた。









[7678] 国連極東編 満州3話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/09 02:03
1993年9月6日 0750 大連 満洲方面軍南部防衛線 防衛司令部


最終的に南部防衛線戦力は、華北方面軍北部戦線戦力を早期に合流させた事と相まって、かなりの拡充を見た。
今年1月の『双極作戦』参加兵力に、ほぼ匹敵する陣容を整えつつあったのだ。

その陣容は、以下の通りとなる(カッコ内は今年1月の『双極作戦』参加兵力)

・戦術機甲部隊 10個師団 (13個師団+4個旅団 ※1個師団は2個旅団相当の戦力)
・機甲部隊 8個師団+5個旅団 (5個師団+9個旅団)
・機械化歩兵部隊 9個師団 (9個師団+2個旅団)
・軽歩兵部隊 5個師団 (無し)
・砲兵部隊 20個旅団 (21個旅団)
・航空打撃部隊 4個航空団 (10個航空団)

戦術機甲戦力こそ、70%に及ばないが、その他の打撃・支援戦力は同等に近い。
その他に、渤海湾に展開した統合海軍第3任務艦隊(統合海軍渤海艦隊を改称)が存在する。

正規戦術機母艦6隻、戦艦6隻、打撃巡洋艦(重巡洋艦)6隻、ミサイル巡洋艦(軽巡洋艦)6隻、駆逐艦・フリゲート艦66隻。
艦載戦術機は360機(約1個師団相当)

主に艦載戦術機による、海上からの戦域制圧・打撃支援と。 水上打撃部隊による、戦域面制圧支援を担当する。


司令部管制オペレーターの報告が、次々と入ってくる。

「第1防衛線、錦州=朝陽ラインに布陣完了。 戦術機甲2個師(師団)、機甲2個師。機械化歩兵2個師」

「南部第2防衛線、営口=盤錦ラインに布陣。戦術機甲2個師、機甲3個師、機械化歩兵2個師」

「北部第2防衛線、阜新=台安ライン布陣完了。戦術機甲2個師、機甲3個師、機械化歩兵1個師」

「最終防衛線、瀋陽=鞍山=瓦房店ライン布陣完了。 戦術機甲3個師、機甲4個旅(旅団)、機械化歩兵3個師」

「戦略予備部隊、普蘭店に待機。戦術機甲1個師、機甲1個旅、機械化歩兵1個師」

「軽歩兵部隊、第2防衛線後方に展開完了。 砲撃任務部隊3個群、展開完了です」

「航空打撃部隊。 第221打撃航空団、営口。 第271打撃航空団、阜新。 第331打撃航空団、第351打撃航空団、盤錦に展開完了しました」


各防衛線の展開が完了した。 後はBETAの動向だが・・・

「本日、0700時点の索敵情報では、重慶F群は秦皇島に。 重慶G群とウランバートルB群は承徳に。 各々確認されております」

南部戦線司令部参謀長・何欽少将が、スクリーンに表示された戦略MAPで説明する。

「両個体群が、各々の位置に到達して、既に38時間近く。 統計値上ではそろそろ『食餌』が終わる頃かと。
推定行動開始予想時刻は、後30分前後。 秦皇島から第1防衛線まで、約180km 承徳からは約260km
前衛の突撃級は、南部のF群で1時間30分後。 北部のG群・C群で2時間後の到達予想。 敵BETA主力は、南部が2時間20分後。 北部が3時間15分後」

「海軍の展開は、どうなっている?」

南部第2防衛線司令官、李根・韓国陸軍中将が年相応の端正な表情で、確認する。 今は無き、李王朝の末裔である。

「第32任務部隊(母艦戦術機部隊。柳本隆作中将)は、遼東湾上のバトル・ステーションに展開を完了しました。
戦術機母艦6隻、ミサイル巡洋艦6隻、3個駆逐隊(12隻)の24隻。
第1次攻撃隊は、第1防衛線へのBETA接触想定30分前、0850発艦出撃予定。 以降、午前中で第5次攻撃隊までを出撃予定です。

砲撃戦主力の第31任務部隊(水上打撃戦部隊。有賀幸平中将直率)は現在、興城沖35kmを遊弋中。BETA群を砲撃制圧範囲内に補足と同時に、制圧砲撃を開始予定。
戦艦6隻、打撃巡洋艦6隻、2個駆逐隊(8隻)の20隻です。

第33任務部隊(中国北洋艦隊)24隻と、第34任務部隊(韓国西海艦隊)22隻も、近海を遊弋しております」


「海軍は、予定通り全力支援を行ってくれましょう。
東南アジア戦域での、支援作戦の実績も豊富な、有賀中将と、柳本中将でしたら・・・」

北部第2防衛線司令官、樋口誠一郎帝国陸軍中将が静かに答える。

「樋口中将は、両提督と面識が?」

最終防衛線司令官でもある、南部防衛総司令官の賀英秦中国軍大将が、樋口中将を見やる。 
この大防衛戦前に、最大の、とも言ってよい支援部隊の主力指揮官。 その人柄・能力を把握しておきたいのだろう。

「直接の面識は、ございません。 が、当代きっての名提督とも言われる、我が国のGF(連合艦隊)長官の、切り札と言われるほどの両提督です。
悪戦であれ、苦戦であれ。 友軍を最後まで支援し続ける事を。 最後まで足掻き抜いてでも、やり抜いてくれる。 そう確信しております」

相変わらず、禅僧のような物静かな表情では有ったが。 その確信は、周囲の僚将達を納得させるに十分では有った。


「・・・十分な海上支援が得られるのであらば。 存分に暴れてご覧にいれましょう」

まだ若い、韓国軍の将官―――韓国陸軍・第5戦術機甲師団長・白慶燁少将が、静かに、しかし闘志を込めて言いきる。
この場での。 いや、世界中を見ても、最年少の将官。 今年35歳。


司令部にて、各級指揮官がその覚悟を固めた時。 哨戒部隊からの第1報が飛び込んできた。

「国連軍第882独立戦術機甲中隊より入電! 0815、承徳のBETA群、移動開始! 前衛は突撃級を主力とす。 約7000!」
「中国軍第779哨戒戦術機甲中隊より入電! 0816、秦皇島のBETA群が動きました! 突撃級、約6000!」


「来たかッ!」

賀大将がその報に立ち上がる。 そして周りの諸将を見渡し。

「諸君。 今回我々は、大きな過誤を犯したかもしれない。 1000万の同胞を切り捨てるというな。
であればこそ。 その過誤の上塗りは、最早許されぬ。 この防衛線の後ろに控える、数千万、数億の同胞を守る為に。
今後はお互い、忙しくなろう。 よって、今言っておく―――――頼む。 ここを死に所と思ってくれたまえ。 ここで死んでくれ。 以上だ」

「元より、その所存」

樋口中将が、穏やかな表情で答える。

「今更後へは、引けませぬな」

李中将が微笑を浮かべ。

「悪戦、苦戦。 望むところです」

第1防衛線司令官、グエン・ヴァン・フェン国連軍中将が、ふてぶてしい笑みを浮かべる。


「寄りにも寄って。 もの好きの集まったものだ」

賀大将は微苦笑した後、歴戦の将軍の顔を取り戻した。

「0817 これより南満洲防衛作戦。 『九-六作戦』を発動する。 各級指揮官、奮戦せよ」

「「「「 はっ 」」」」









≪約45分前 9月6日 0730 錦州西方 第1防衛線 第882独立戦術機甲中隊≫


9機のF-15Cが、3つのデルタ・フォーメーションを組み、NOEで東に進んでいる。
国連カラー。 俺達の隊、第882独立戦術機甲中隊だった。

昨日の深夜、阜新へ到着した第882中隊で有ったが。 
何せ、中隊定数にも満たない戦力。 そして、北部第2防衛線の主力は帝国軍とあって、中隊の扱いには困ったのだろう。
独立行動の哨戒・遊撃中隊に指定された。 要は『邪魔しない範囲で、好きにウロウロしていろ』と言う事だ。

古巣の余りの仕打ちに、俺達帝国出身組3人はむかっ腹を立てたものだが。
他の連中はさほど気にも留めていない。 こんな事は茶飯事、と言う事か。

そして、我が中隊長のアルトマイエル大尉は。 実は殊のほか、天邪鬼でも有ると言う事が解った。
存外にされた事を逆手に取って、第1防衛線より前方に展開、索敵を行う『前衛哨戒・遊撃中隊』の名前を捥ぎ取って来た。
それも、第1、第2防衛線全域で有効な。 つまり、この範囲で『好きなように』動き回れる、と言う事だ。

だからと言って。 いきなり第1防衛線の遙か前方。 BETAの屯している、承徳への強行偵察はなかろうに・・・


『グラム01よりグラム各機。 間もなく承徳のBETA感知圏に入る。 NOE中止!』

全機が逆噴射をかけ、フォーメーションをそのままに着地する。

『グラムB、先行しろ。 地表面噴射滑走はいいが、噴射跳躍は控えろ。 グラムCは、Bの左翼後方300mを維持。 Aは右翼後方300m 』

「グラムB、了解。 ファビオ、ギュゼル。 左右を固めてくれ。 俺がフォワードを張る」

『B03、了解ぃ!』 『B01、了解です』

ファビオの陽気な声と、ギュゼルの落ち着いた声が聞こえる。 大丈夫そうだな。 一昨日のように、不必要に不安がってはいない。

本来なら、B02の俺では無く。 B01(突撃前衛長・小隊長)のギュゼルがトップを張るべきであろうが。
彼女は未だ、ここまでの大規模作戦の経験が無い。 無論、今まで10回以上の実戦出撃を経験しているが、中・小規模戦闘が主だった。
ファビオにしても、地中海戦線ではメッシーナとジブラルタルの戦歴が有るが。 これも今回のような大規模作戦じゃない。

そんな事もあって、出撃前にギュゼル本人から、トップを張ってくれるように言われたのだ。

(『私は、貴方程の大規模作戦の経験が無い。 実戦で判断を誤ってしまう危険を冒すより、経験のある貴方に、作戦中は01のポジションをして貰いたいの』)


無論、彼女はただ後ろに下がるだけじゃない。 俺の右翼をがっちり固めてくれている。 左翼はファビオだ。
独断で決めるわけにもいかず、アルトマイエル大尉と、オベール中尉にも相談したところ。意外なほどあっさりと承認された。

大尉曰く 『有効利用できるものは、何だって使うべき』だそうだ。
俺は、有効利用できる『もの』なのね・・・
まぁ、評価されたと考える事にしたのだけど。


静粛索敵(サイレント・サーチ)をかけつつ、慎重に前進する。
華北や満州は、地平線が連なると思われがちだが。 実際には200~400m級の山々が連なる。 
モンゴル高原から緩やかに下って来る『斜面』の終点だ。

小高い山間の谷間を、ゆっくりと前進し。 斜面を登り、稜線から光学センサーで反対側を『覗き見る』
トップの俺が索敵中は、左右後方のファビオとギュゼルの機は、側方警戒で震動と音紋センサーを作動させている。
今のところ、BETAの動きは無い。 しかし、そろそろ承徳を視認できる距離だ。 気をつけないと、出会い頭どころか、奇襲を喰らう危険性がある。


「ファビオ、ギュゼル。 前方200の稜線・・・ 295高地。 あそこから承徳が視認できる筈だ。
複合センサーの感度を上げろ。 範囲は多少狭くなっても良い。
B02よりリーダー。 295高地より視認索敵(インサイト・サーチ)開始します」

『リーダーよりB02、了解だ。 A小隊は右翼後方の289高地、C小隊は左翼の279高地でバックアップ態勢に入る。 C01?』

『C01、了解です。 B小隊、気を付けて』


3機のイーグルが、谷底から噴射跳躍で稜線の頂上付近まで上がる。
機体をニーリング・ポジションにして、わずかながら『顔を出す』

――――いたッ!

市街を食い尽すかの様な、BETAの大群。 しかも、食餌の時間が終わったのだろう。 突撃級の一部が方向転換―――こちらに向かいつつある。

「B02よりリーダー。 BETA視認(インサイト) 重慶のG群と、ウランバートルのB群です。 一部は行動を開始しつつ有り」

赤、白、黒、灰・・・ 胸糞の悪くなる情景だ。 しかもそれが、地球の生命体共通の大災厄―――BETAなのだ。

『リーダー、了解。 光線属種は確認できるか?』

「ネガティブ。 確認できず。 複合センサーの個体識別も、ネガティブです」

辺り一面を覆い尽くしている。 情報では2群。 約7万  正直、『BETAが8割、陸地が2割』だな、これは。

そんな事を考えている内に、前衛の突撃級の動きが活発になって来た。
悪夢のような大津波が。 ゆっくりと、しかし確実に。 こっちに向かってくる。 死の代名詞として。


『うッ・・・ うわ・・・!』 『ひッ・・・・!』

ファビオとギュゼルが息を飲む。 無理もない。 こんな大規模なBETAの大群なぞ、一生にそうそう、お目にはかかれない。
何故って? 大抵は戦死しちまうからだよ。 こんな、地表自体が。 大瀑布の如くの大音響を立てて押し寄せる、大津波のような、BETAの突進ッ!!

「B02よりリーダー! BETA群、移動開始。 先頭は突撃級の群です。 約・・・7000」

『リーダーよりB02、了解。 これより離脱する』

「B02、了解。 ・・・ ファビオ、ギュゼル。 正気を戻せ。 あんな大群となんか、遊ばないから安心しろ」

『な、直衛?』 『あ、遊ぶって・・・』

「中隊定数も居ないんだ。 索敵に徹するのさ。 つかず、離れず。 派手などつき合いは、防衛線の師団に任そう。
9機で突っ込んでも、蚊に刺された像みたいなもんだ。 それ以下かな? 行くぞッ!」

『『 りょ、了解! 』』

3個小隊、9機のF-15Cイーグルが、3個のデルタ・フォーメーションを組み直し、高度350でNOEを開始。 東方へ一旦進路をとる。

『リーダーより各機。 ポイント・ゼブラ、座標N-25-44で進路方位3-5-0 北へ20km行ってから、方位2-5-8へ転針。 BETAに張り付く』

『C01より小隊各機。 高度350以上は上げない。 よくて?』 『『 了解 』』

「B02より小隊。 先行する。 巡航速度維持」 『『 了解! 』』

大尉が戦線司令部へBETA発見の報を入れている。

1993年9月6日 0815  またもや、大乱痴気騒ぎだ。 畜生!








≪渤海湾 バトル・ステーションB 0900 第32任務部隊 第32-1任務隊 戦術機母艦『雲龍』≫


第1次攻撃隊のF-4EJⅡ改『翔鶴』12機が、発進を開始した。
JBR(ジェット・ブラスト・リフレクター)が立つ。 カタパルトにロックされた『翔鶴』が、主機を常用定格推力(ミリタリー)まで放り込む。
スチームカタパルトが一気に機体を加速させ、中空へと放り出す。


「司令官。 発艦完了は0915 空中集合の後、第1防衛線前面に対する、打撃支援を実施します」

『雲竜』艦長、高柳完治大佐の報告に、柳本中将が頷く。
艦橋から外を見ると、僚艦の『翔龍』 32-2任務隊の『天龍』『神龍』 32-3任務隊の『瑞龍』『仙龍』からも、逐次12機づつ発艦を始めている。

第1次攻撃隊、72機。 全機が専用パイロン4基に、各3発のAGM-65・マーヴェリック空対地ミサイルを装備。 両腕の武装は、M88-57mm支援速射砲を持つ。
マーヴェリックを全弾発射した後に、M88での長距離砲撃を行い、一気に離脱する。 海軍戦術機部隊の戦域制圧法だった。


「・・・うむ。 彼なら、良く部隊を最良の結果へと、導いてくれよう。
我々は待つのみ、だね。 高柳君」

「はい。 しかし、『是非、総隊長として出撃させてくれ』と迫られた時は。 いや、参りましたな」

「旗艦の飛行長自らが出撃など、前代未聞だしな。 しかし、衛士連中の士気は上がった。 流石、と言うべきか」

上空を、大編隊を組みフライパスしていく72機の『翔鶴』

高柳艦長はその姿を見つめ、呟いた。

「頼むぞ、ブチよ・・・」








≪渤海湾上空200m 帝国海軍第32任務部隊・第1次攻撃隊 指揮官機≫


そろそろ、的が見えてきそうやな。 さっきから回線通信で陸さんが、大騒ぎしとる。
まぁ、待ちって。 もうすぐ、このブチさんが参上したるよって。

『総隊長。 間もなくBETA認識圏。 高度50に下げます』

操縦衛士の坂江大尉が、網膜スクリーンに現れて報告する。

「あいよ。 了解」

WCO(兵器管制衛士)席から、第1次攻撃隊隊長・兼・任務部隊攻撃総隊長の、淵田三津夫中佐が、関西弁丸出しで答える。
『スマート』がウリの海軍士官の中では、異色の存在だった。

「後ろは大丈夫かいな? ちゃんとついて来よるかいな? 
橋口!(少佐 翔龍隊長) 阿部!(大尉 天龍隊長) 楠見!(少佐 神龍隊長) 岡島!(大尉 瑞龍隊長) 兼子!(大尉 仙龍隊長)
迷子になってへんなッ!? なっとったら、ワヤやでッ!」

途端に部下から通信が入る。

「大丈夫ですよ。 よしんば、位置を失ったとしても。 総隊長の騒がしさで、どこに居るか判りますから」

次席指揮官の橋口僑子少佐だった。

72機の『翔鶴』は全機、見事な錬度を表す、編隊を組んでの超低空突撃を開始する。
ほんの少しでも操作を誤れば、海面に激突する高度だった。 しかし、彼ら海軍衛士にとって、これこそが真骨頂。 

『ジェット後流が、海面を叩く高度での、高速低空突撃』

そして一気にその破壊力をBETAに叩きつけるのだ。

「よっしゃ! ええでッ!  ほれ! 目標、前方2000の突撃級と要撃級! 獲物はたんまり有るさかいなッ! たらふく喰らい尽せやッ!」

『『『『『 応ッ!! 』』』』』


『こちらFAC(前線航空管制)‐009、フェニックス01、突入進路そのまま。 
エリア・F(フォックストロット)のBETA群、突撃級と要撃級の混成。 掃除を願う』

第1防衛線に張り付いているFACから、淵田中佐へ目標指示が入る。
第1防衛線の一角へ、執拗に波状突撃をかける突撃級を中心としたBETA群を視認する。

(ふん。 あれかいな。 確かに、あっこが破られたら、防衛線の側面に大穴空きよるな・・・)

状況を咄嗟に確認する。 

「こちらフェニックス01。 FAC-009、了解や。 しこたまマーヴェリックばら撒いたるさかい、頭ぁ低くしときや。 危ないで」

『FAC-009、ラジャ。 頼みます、総隊長!』


「坂江、高度20! フェニックス01より各機! 目標、聞いての通りや! 突入法第2法! ええかッ? 防衛線突破させるなやッ!?」

『『『『『 了解 』』』』』 各隊長が唱和する。

72機の『翔鶴』は一気に高度を下げ、そして速度を上げる。 海面上を抜け、陸地へ。 高度をそのままに、BETA群の側面へ突進した。

残り500 編隊が6つに分かれる。
残り400 高度を一気に300まで上昇さす。
残り300 各機が一斉に逆噴射制動をかけ、発射体制に入る。


「よっしゃぁ! ぶっ放したれッ!!」

各機がそれぞれ12発のAGM-65・マーヴェリック空対地ミサイルを発射する。
864発のマーヴェリック・ミサイルがBETAに殺到する。

その硬い装甲殻をも射貫される突撃級。
前腕での防御が間に合わず、炸裂と同時に体内を破裂さす要撃級。
爆発に巻き込まれ、高々と吹き飛ばされる戦車級と闘士級。

72機の『翔鶴』はそれぞれの編隊を維持しながら、BETA上空をフライパス。 その際にM88支援速射砲の、高速57mm砲弾を上空からばら撒く。
突撃級でさえ、3、4発で動かなくなる。 要撃級や小型種BETAが、次々と打ち倒されていく。

一撃離脱でBETAの居る戦場を、戦域制圧させた第1次攻撃隊は、進入経路と逆方向に全速で退避していく。


「こちら、フェニックス01! 防衛線、どないでっかな!?」

『こちら第1防衛線管制。 フェニックス01、完璧な仕事ぶりだ。 感謝する』

第1防衛線の戦域管制から通信が入る。

「礼には及ばんよ。 あと、午前中に残り4派を繰り出すよってな。 午後も同じや。 
それでも足らん時は、『ビッグ・ウィング』にコールしなはれ。
大特急で荷物届けたるさかいな。 ほな、気張りやッ!」

『ああ! 貴官達も!』


第1次攻撃隊は、完全な奇襲の形を取れた。 突撃級をはじめとする、BETA撃破1,089体。

(上手くいけば。 今日で1万は削れるか、ワシらだけで・・・)

当然、そんな甘い事は無いというのは、淵田中佐も認識している。
事に、光線属種が出現すると、海軍戦術機部隊の損害が増える。
が、しかし。

(それでも。 やらなあかんわな。 陸さん連中が、死に物狂いで戦っとるんや)

母艦からのビーコンを捉えた。 


出撃から約1時間20分後。 無事に母艦へ帰還した淵田中佐は、全機帰還と言う望外な結果に喜びつつ、次の出撃以降の厳しさを感じていた。








≪9月6日 1518 第1防衛線 第882独立戦術機甲中隊≫


強行哨戒隊だの、遊撃隊だの、好きにしろ。 そう言われていた俺達の中隊は。 今やコンバット・レスキュー・スクォードロン(戦闘救出中隊)と化していた。


≪こちらHQ-CP018『マーリン』  ≪グラム≫ 聞こえますか!? エリア・H(ホテル)022でCR(コンバットレスキュー)要請あり! 急行願います!!≫

こんな具合だ。

『こちら、グラム・リーダー。 ≪マーリン≫ 現在地からでは、およそ5分で到達可能だ。 レスキュー対象は?』

≪マーリンより、グラム・リーダー。 海軍戦術機が跳躍ユニットを全損。 H022で身動きがとれません。
付近にBETA群が集結中。 『ビック・ウィング』管制より救出依頼が出ています。
協同に1個機甲小隊、1個機械化歩兵中隊が急行中。 大型種は確認されていません。 小型種の数が多いです。
現地での管制は、ハンマー08。 機甲小隊はゴッズ08、機械化歩兵がレイズ12≫

『グラム・リーダー了解。 急行する。
―――各機、聞いての通りだ! CR! 何としてでも救出するッ! グラムB! 飛ばせッ!』

「B02、了解! グラムB、ファビオ! ギュゼル! かっ飛ぶぞッ!」

『『 了解! 』』


A/Bに放り込む。
プラッツ&ウィットニーF100-PW-220Eの轟音と震動が伝わる。
一気に噴射跳躍をかけ、そのまま規定高度で高速NOEへ移行する。
暫くしないうちに、ハンマー08から通信回線が入った。

≪ハンマー08より、≪グラム≫! CR要請応答、感謝する!≫

どうやら、海軍のFACが臨時兼務しているようだ。

『グラム・リーダーより、ハンマー08、状況は?』

アルトマイエル大尉が、FACへ状況確認を入れる。 協同部隊の情報も欲しい。

≪ハンマー08より ≪グラム≫  ターゲットはダウンした『翔鶴』の衛士2名。 1名は負傷している。
ゴッズ08、レイズ12は軽井沢より松本へ向かっている。 ≪グラム≫ はその側面からクソッたれなBETAに一撃かましてくれ。
突入経路は、軽井沢―小諸―松本―軽井沢だ。 いいか?≫

どう言う理由かは俺も良く知らないが。 帝国軍はこの手の場合、目標を『松本市』に見立てるのが常だ。
つまり、救出目標に対して、東―東南―目標の経路で突入し、そのまま東へ抜ける。 そう指示してきている。

帝国流の目標指示に不慣れな大尉に、俺から補足を入れる。


『グラム・リーダー、了解。 ターゲットよりE-ES-ターゲット・オン-E、だな?』

≪そうだ、グラム。 早くお願いする! もうそこまでBETAが来ていやがる!≫

回線からは、重機の射撃音まで聞こえる。 と言う事は。 FACまで戦闘参加している状況なのだ!


暫くして、目標を視認。 墜落した『翔鶴』が1機。 その周辺に、分隊規模の歩兵・・・ 違う、脱出した衛士と、前線航空管制班が孤立している。

「B02よりリーダー! タリホー! 1時! BETA群、11時、300!」

『リーダー! 確認した! ゴッズ08、レイズ12! 梅雨払いはグラムがやるッ! 荷物の確保は頼むぞッ!』

『ゴッズ08! 東の丘陵から阻止砲撃、開始しますッ!』
『レイズ12! グラム突入と同時に、レスキュー開始するッ!』

機甲小隊と、機械化歩兵小隊の指揮官から応答が入る。 よしッ!


「グラムB! 突入しますッ! 01! 03! 続けッ!」

『 おうッ! 』 『 了解! 』

NOEから逆噴射制動をかけ、高度を一気に落とし。 着地と同時に地表面噴射滑走に入る。
地形が起伏に富み、上空からでは死角ができる。 地道に潰すしかない。

斜面を利用して、谷底のBETA―――小型種―――に、逆落としをかける。 2門の36mmで、砲口をずらしながら掃射する。
そのまま、反対側の斜面へ高速滑走。 肩部スラスターの推力を利用して、急速垂直軸反転でまた、逆落としに掛る。
後の2機。 ファビオとギュゼルも続行する。 
120mmキャニスター弾で、ファビオが戦車級BEATの群をまとめて吹き飛ばす。 ギュゼルが撃ち漏らした小型種を、36mmで掃射する。

稜線上から、機甲小隊が120mmでキャニスターを撃ち続ける。 機械化歩兵中隊の装甲戦闘車がハルダウンして、36mm砲弾を撒き散らす。

3機が通過した後を、更にA、C小隊の6機が拡大掃射を行い、瞬く間に300近い小型種を掃討した。


『グラムリーダーよりゴッズ、レイズ。 周辺掃除は粗方片付いた。 未だ小物がうろついているかもしれん。 警戒してくれ』

『ゴッズ08、了解』

『レイズ12了解。 あと、ターゲットは無事に確保。 1人は重傷だが・・・ 大丈夫、ウチのドクの診立てじゃ、命に別条は無いとの事だ』

良かった。 1人でも衛士を救助できれば。 それだけBETA共をぶちのめせる。
俺達グラムが殿軍となり、ゴッズが先頭。 間にレイズを挟んで後退を始める。


その時、救助された海軍の衛士が通信回線に入って来た。

『グラムリーダー。 ウンディーネ10、宮部雪子帝国海軍少尉です。 救出・・・ 有難うございますッ!』

見ると、俺より若そうな(と言っても、1歳位か?) 女性衛士だった。 まだ少女と言った方が良い位に、幼けなさが残っている。
生身でBETAの襲撃を受けた恐怖が、抜けきらないのだろう。 涙を流して、震えている。

『あ、相棒の貴子も・・・ 間中少尉も、無事に救助されて・・・ ほ、本当に・・・ ありがとう・・・ございますッ!!』

涙で顔をくしゃくしゃにして、感謝している。
大尉がそんな海軍少尉の姿を見て、不意に表情を崩した。 柔らかい笑みだ。

『宮部少尉。 それはお互い様だ。 我々も今朝からずっと、海軍の制圧攻撃に助けられてきた。
戦場では陸軍も海軍も無い。 共に戦う戦友同士だ。 戦友なら、何が何でも助けだす。
無事に母艦まで届けてやるぞ。 安心したまえ』

『はいッ・・・ はいッ・・・』

何度も、何度も、涙でくしゃくしゃにした顔に泣き笑いを浮かべて。 その海軍少尉は通信を切った。


『・・・相変わらずですわね』

オベール中尉が通信に入って来た。 何故か、表情がしらじらしい。

『何がだね?』

大尉の顔は・・・ うん。 何か、見覚えがある。 デ・ジャ・ビュ、というやつか?

『お相手が見目麗しい乙女ですと、本当にご親身ですこと』

・・・これって。 中尉、妬いているのか?

『中尉。 言いがかりは止めて貰いたいな。 友軍士官の謝意に応じていただけだ。 君こそ変な邪推はみっともないぞ?』

『・・・なんですってッ!?』

暫く大尉と中尉の痴話喧嘩が続いていたが。 どうしよう? 言うべきか? そっとしておくべきか?
・・・やっぱり、言うべきだろうな。


「あ、あの。 大尉。 オベール中尉も」

『何だ?』 『何です? 周防少尉』

うッ 中尉、そんな、柳眉立てて睨まなくても。

「回線・・・ オープンのままですが?」

『何ッ!?』 『・・・えぇ!?』

あちこちで、忍び笑いが聞こえる。 アルトマイエル大尉は不貞腐れた表情になり、オベール中尉は真っ赤になって俯いている。


『おい、直衛』

圭介が秘匿回線を繋げてきた。 ん? 何で、久賀にも繋いでいるんだ?

『何だ?』

『大尉と、中尉な』

『うん?』

『近い将来の、お前達見るようだな・・・』

『なぁ!?』

『激しく同意』

久賀がちゃっかり合わせて来やがった。


『こちらレイズ12 まぁ何はともあれ、救出無事成功だ。 楽しい痴話喧嘩は、後でゆっくり楽しんでくれ』
『ゴッズ08よりグラム。 あまりお熱いと、BETA共も、のぼせ上りますぜ』

友軍部隊にまでからかわれて、益々大尉は不機嫌そうになり、中尉は首まで真っ赤になって、あたふたしている。

大尉たちには申し訳ないが、正直、ホッとした瞬間だった。












≪9月6日 2250 第1防衛線 国連軍第37戦術機甲師団≫


流石に、南部からの5万(戦域制圧攻撃と艦砲射撃で、1万近くを削れた)と、北部からの6万(各種支援で1万近く削った) 合計11万もの大群、支え切れるものでは無いな。

師団司令部で、師団長の朴栄世少将は思った。 今日1日で、疲労の色が極度に濃い。
僚友部隊である、第41戦術機甲師団と共に、今日1日何とか支えたが。 戦力は30%近くにまで落ち込んでいた。 実質は連隊規模だ。

「師団長。 戦線司令部より通達。 第1防衛線を放棄。 第41師団は南部第2防衛線へ。 第37師団は北部防衛戦へ退避、合流せよ、との事です」

防衛線放棄か。 いたし方有るまい。 このままでは、ズルズルと戦力をすり潰して終わりだ。


朝から始まったBETAとの防衛戦。 当初は順調だった。
海上の母艦任務部隊から飛来する海軍戦術機部隊が、大量のマーヴェリックをばら撒いてBETA群のいる地域を制圧する。
その後に後方から戦艦部隊の艦砲制圧砲撃が続き、BETA群は急速に数を減らしていった。

異変は午後になって表れた。
やはり、と言うべきか。 光線級が現れたのだ。 

これに、海軍戦術機部隊が制圧攻撃を邪魔された。 突撃予定地点まで侵入できず、途中でマーヴェリックを発射する。
しかしその大半が、光線級のレーザー照射で迎撃される。 その間に、突撃級や要撃級の接近を許す。

混戦になる前に、レーザー照射の危険を無視して、海岸線近くまで侵入してきた戦艦部隊による艦砲射撃が行われる。
大口径砲の直撃で、大地が震え、BETAが吹き飛ばされる。 しかし、残った光線級からの集中照射を受け、さしもの重装甲も融解する。

戦艦部隊の支援に、巡洋艦・駆逐艦部隊が、誘導弾の集中豪雨を撒き散らした。
瞬間、飽和攻撃状態が成功し、光線級を含む大量のBETAが吹き飛ぶ。
しかし、連中は後から後から、湧いて出てきた。

再開される光線級のレーザー照射。 繰り返される艦砲射撃。 その隙をついて低空突入する海軍戦術機部隊。 そして、この混乱に乗じて突撃する陸軍戦術機。

正に、血みどろの乱戦で有った。 陸も、空も、海も。


良く支え切ったと思うが、ここいら辺が潮時か。

「よし。 後退する。 撤退路には気をつけろよ? 道中はBETAへのプレゼント―――対BETA用地雷―――で足の踏み場もないからな」

朴少将が部隊の撤収を指示する。


(しかし。 もう少し粘りたかった。 できれば、日付が変わるまでは・・・)


第1防衛線は、破られた。
しかしそれは事前の予想範囲内で有った為、全戦線に動揺は無く。 統合軍は防衛作戦をプランA・フェイズ2に移行させた。










≪9月6日 2310 第3任務艦隊 旗艦・戦艦『加賀』≫


情報参謀が艦隊の現状報告を行っていた。

「第32任務部隊は、10次に渡る戦域制圧・支援攻撃を敢行。 BETAを相当数、撃ち減らす事ができました。
然しながら損失も無視できません。 未帰還69機。 機体損傷が激しく、投棄した機体が9機。 損失は78機。
明日以降の使用可能機体数は、282機。 損耗率、21.7%です」

唸り声が聞こえる。 敵前強襲突撃が信条の海軍戦術機甲部隊であるが。 1日での損失が80機近いとは。
あと2日もすれば、母艦戦力は喪失したも同然だった。

「第31任務部隊は、『土佐』小破。 『薩摩』中破、『安芸』小破。 『長門』小破、『陸奥』中破。 旗艦は小破。
いずれも機関に損傷は無く、砲戦力も健在ですが・・・ 中破の2隻は、舷側装甲が溶解しております」

明日、同じ場所にレーザー照射を受ければ、この2隻は真っ先に渤海湾に沈む。

「第33、第34任務部隊も。 危険水域まで突っ込み、ミサイル攻撃を敢行。 
両部隊で9隻が沈みました。
我が第31任務部隊も、軽巡1、駆逐艦4が沈んでおります」

陸もそうだが、海もかなり厳しくなって来た。 今夜中に補給艦隊からの補給は終了する。
燃料弾薬は大丈夫だが・・・


「明日も、引き続き陸軍部隊への支援攻撃を継続する。
何としても、ここでBETAを阻止せねばならないのだ」

有賀中将は、内心の苦渋を押しつぶして宣言した。 それは、明日以降も部下達を地獄へ送り続け。 そして死なす事になるのだ。


(が、やらねばなるまいよ。 なぁ、柳本さん。 お互い、ここで尻尾を巻く真似だけはできまい)

今でこそ、指揮下に居るが。 
かつて新米少尉の頃には、色々と指導して貰った1期先任の少尉。 
いや、海軍兵学校の4号生徒(1年生)時代には、最上級生の1号生徒(4年生)の鉄拳制裁に参っていたのを。
色々と励ましてくれた、かつての3号生徒(2年生)、先任士官に対し、心の中で呟いた。






[7678] 国連極東編 満州4話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/09 02:03
1993年9月7日 0527 阜新 第2防衛線 第882独立戦術機甲中隊


≪周防直衛≫

東の空が白々と明けた。 朝日が立ち上り、周りの草原を金色に照らす。
夜露が蒸発し、薄く霧になっている。 その霧もまた、朝日に照らされ、幻想的な情景を作り出している。

ちょっと前に目が覚め、野営テントから出て周りの景色を見ていた。
本当に美しい。 そう思える景色。 世界中で見られる朝焼けの風景。

(いや。 人類側の世界で、だったな)

BETAに浸食された土地では、自然は壊滅する。 こんな美しい光景は、見る事は出来ない。
ふと、以前の記憶が蘇る。 1年以上前の事。 翠華と初めて会った頃。 
彼女の慟哭を知った夜。 あの夜、見上げた夜空も美しかった。 
そして思ったものだ。

≪あぁ、この星は。 こんなにも美しいのに≫
≪この星で生きる事は。 こんなにも、残酷だったのか≫

残酷さは、思い知らされてきた。 俺には、その一つ一つを覆す力は無い。
 
だけど。 

それに向き合う勇気を持つ事は、出来る筈だ。 
それに挫けず、諦めず、足掻き続ける事は、出来る筈だ。
その事を伝えてゆく事は、出来る筈だ。


(だから、戦う。 戦って、生き抜いてみせる)


今日もまた、血みどろの激戦になるだろう。

これは、儀式だ。 俺が、戦場に立ち向かう為の。 
そして、俺自身に向き合う為の。






≪0955 渤海・遼東湾 遼河河口付近 第31任務部隊 旗艦・戦艦『加賀』≫


「第2防衛線前のBETA群、補足! 約5万! 距離、25,000!」
「防衛線管制より、照射危険域内に光線級多数!」
「主砲射撃指揮所、砲術長より、≪主砲発射準備よし≫ 」
「7戦隊、8戦隊より ≪砲撃準備完了≫ 」

遼河河口付近の近海を、6隻の戦艦群が遊弋している。
その主砲は全て、陸地―――BETA群へ指向されていた。

「参謀長。 7戦隊の『薩摩』と、8戦隊の『陸奥』は、大丈夫かね?」

有賀中将が、損傷の比較的大きい2戦艦について、参謀長に尋ねた。

「溶解した舷側装甲については、ここでは何とも。 
しかし、それ以外の部分は、昨夜来、工作艦『明石』、『対馬』の2隻が横付けして、徹夜作業で処置を行いました。
応急対応ですが、戦闘力は維持しております」

「そうか・・・」

やはり、装甲が一部とはいえ溶解してしまった事は、痛いな。
戦艦とBETA、それも光線級との殴り合いは、結局のところ、根比べだ。
光線級ならば、内部装甲でも何とか保たせるが。 重光線級の大出力レーザー照射にかかっては。 一気に艦内部を破壊されてしまう。

(しかし。 それでもタフネスさが、戦艦の特徴だ)

艦全てが蒸発してしまわない限り。 戦艦の頑丈さは、瞬時に沈没まで至る事は無い。
徐々に嬲り殺しにされる状態である事は確かだが、こちらもそれまでの間、奴等をまとめて葬り去る事は出来る。


(今考えても、仕方ない事だ)

我々は、海軍軍人。 乗っているフネは、戦う為に生を受けた艦だ。 
ならば。 その宿命に従おうじゃないか。


想いに耽っていたその時。 見張り長(旧来よりの役職名)がBETA発見の報を告げる。

「BETA視認! 距離21,500! 約5万!」

『ホチ(砲術長)よりCIC(戦闘情報指揮所)。 第1射、発射します』

主砲射撃指揮所の砲術長の言葉が終わった瞬間、前部第1主砲塔から、40.6cm砲が火を噴いた。
第7戦隊の『安芸』 第8戦隊の『長門』も同様だった。

『弾着、5秒、4、3、2、1、だんちゃーくッ!』

第2防衛線の前面中程に、赤、青、黄の3色の砂柱が上がる。 各々、6戦隊、7戦隊、8戦隊の、砲撃認識用染料が主砲弾に込められている。
直後に巨大な爆煙が発生する。 同時に衝撃波で周囲のBETAが、大型種、小型種の区別なく吹き飛ばされる光景が見えた。


「艦隊戦なら、初弾挟差、と言ったところですな」

「陸上への砲撃なのだ。 外したら、もう一度砲術学校の、少尉の普通科学生からやり直しだよ」

参謀長の感想に、有賀中将が苦笑交じりに答える。

「よし。 参謀長、統制砲撃戦でいく。 統制艦は『加賀』、『安芸』、『長門』
初手から斉射でいく。 各戦隊の砲撃時間誤差は10秒。 いいな?」

「はッ! 各戦隊、通達済みです」

「良し・・・ では、砲撃開始ッ!」


司令官の号令と同時に、まず6戦隊の2戦艦・『加賀』、『土佐』がその巨砲から火を吐く。
10秒後、7戦隊の『安芸』、『薩摩』が。 更にその10秒後、8戦隊の『長門』、『陸奥』が。
8戦隊の砲撃終了後、再度6戦隊が砲撃を開始する。 31任務部隊はこれを繰り返していた。

BETA。 光線級の阻止レーザー照射を喰らわない為にだ。

一度レーザー照射を行った後、再度の照射まで。 光線級で12秒。 重光線級で36秒のインターバルが有る。
そして、6隻の戦艦の主砲発射速度は、20秒―――1分間に3回の砲撃が可能―――だった。
全艦が一斉に砲撃しては、第2射までに光線級の12秒のインターバルが終了する。
そして戦艦の主砲弾は、光線級のレーザー照射程度では、1度では阻止できない。
何体かの光線級が、連続照射をし続けてようやく、迎撃無効化出来るのだ。

光線級が発射するレーザー直径に比較して、総重量1トンを超す巨弾である、戦艦の主砲弾が巨大だからだ。
光線級のレーザーは、砲弾に穴を穿つ事は出来ても、蒸発さす事は出来ない。 単体での迎撃照射なら、砲弾を無力化する前に着弾してしまう。
砲弾はそれ自体、高速で飛来する質量兵器でも有るのだ。
重光線級のレーザーであれば、その大出力・大直径で単体での迎撃も可能だが、個体の数が少ない。 インターバル時間も長い。

それ故に。 戦艦の対BETA艦砲射撃は全艦一斉射撃では無く、光線級の照射インターバルより短い時間間隔での、交互射撃を基本とする。




砲撃開始から30分が経過した。
10秒毎に16発ずつ撃ち込まれる406mmの巨弾と、巡洋艦、駆逐艦から撃ち込まれる203mm、155mm、127mm砲弾、そして無数の誘導弾。
第1射こそ、殆ど迎撃阻止されたが、砲撃回数を追うごとに、阻止される数が減っていき、反対に着弾によってなぎ倒されるBETAが急増する。


「防衛線管制より、緊急電! ≪光線級、重光線級多数、海岸線へ移動しつつあり。 照射警戒を要す≫ 」


「ッ!!」

(遂に来たか)

有賀中将は、その報告に覚悟を決める時が来た事を悟った。
BETAは、大規模な破壊力を見せる我々を、第1に破壊する対象と認識したようだ。
これから、戦艦群と光線級BETAとの、根比べが始まる。

(舷側装甲の欠損した2隻には、きつい戦になるが・・・ 我慢してもらう他、無いな)

砲撃戦力の1/3をここで外す事は痛い。 しかし、実際問題として、装甲防御力が最も低下しているのがあの2隻で有る事も、確かなのだ。

(西口君、山内君・・・ 済まん、堪えてくれ)

『薩摩』艦長・西口正雄大佐、『陸奥』艦長・山内次平大佐へ、祈るように内心で呟く。


「海岸線付近に光線級、重光線級、多数確認!」
「総員、対レーザー防御!」


有賀中将が、決定を下す。

「目標を変更。 海岸線の光線属種。 最後の1体まで、殲滅せよッ!」








≪1020 南部第2防衛線 国連軍第882独立戦術機甲中隊≫


「海岸線への突入?」

中隊管理テントの中でアルトマイエル大尉の指示を聞き、思わず聞き返してしまった。
つい先ほど、海岸線では友軍戦艦部隊と、光線級との壮絶な殴り合いが開始され始めたのだ。
そんな中に、のこのこ入って行ったらどうなるか。 味方の戦艦と、光線級。 両方から袋叩きにされるのがオチだ。
戦艦の砲撃に精密射撃など望めないし。 BETAは陸上では、戦術機を第1の敵と認識する。


「ど真ん中に突っ込むような真似はせん。 まだ死にたくはないからな。
海岸線から内陸に入ったエリアの、艦砲射撃が対応できていない場所に陣取っている光線級の掃除だ」

簡単に言いますね? 大尉。 そこまで行く苦労ってものが、有るでしょうに・・・
そう心の中で毒づいた時、オベール中尉の補足説明が入った。

「ルートはエリア・T(タンゴ)015から、一気に西へ。 丁度、南部と北部の境界になっていて、BETAの密度が1番薄いの。
エリア・D(デルタ)221まで進出して、一気に南下すれば、丁度裏をかく形になるわ。
参加する部隊は我々の他、国連軍の1個小隊と韓国軍の1個小隊。 国連軍小隊は1機欠だから、臨時に各小隊に編入します。
中隊を4個小隊編成にして、突破力を大きくするのよ」

4個小隊編成。 極東や東南アジアでは見られないが。 欧州や地中海方面では、重戦術機甲部隊で見受けられる編成だ。
突撃前衛小隊の後ろに、強襲支援小隊を置く。 または強襲前衛編成にする。

いずれにせよ、我が中隊もここにきてようやく、BETAとの『ドツキ合い』にエントリーする訳か。


「臨時編入する部隊の衛士は、既に来て貰っている。 ・・・入ってくれたまえ」

大尉の声に、テントの中に入って来た衛士達を見て・・・ 逃げ出したくなった。
神様、仏様。 俺、そんなに不信心でしょうか・・・?


「国連極東軍所属、趙美鳳中尉です。 こちらは部下の蒋翠華少尉に、朱文怜少尉」

「韓国陸軍所属、李珠蘭中尉です」 「同じく、朴貞姫中尉」 「孫安達少尉!」「呉栄信少尉であります!」


韓国軍の、男の少尉2人は勿論知らなかったが。 他は見知っている顔が5人も居るとは・・・

圭介が、俺と彼女達を交互に見比べて、吹きだす寸前で身悶えている。
そんな様子を見て、オベール中尉が不思議そうに問いかける。

「長門少尉? どうしました? 具合でも・・・」

「いッ、いえッ! ・・・なッ、何でもッ! ありませんッ!!」

何でも無いって顔か、全く。 


「あら? 貴方達・・・」 

「え? 確か、日本軍の・・・ 周防少尉と、長門少尉? え? どうして国連軍・・・」

李中尉と、朴中尉(進級したのか)が、驚いた顔をしている。


「お久しぶりね、李中尉、朴中尉」

趙中尉が二人に話しかける。

「貴女達まで!? 出向なの?」

朴中尉が驚き顔だ。

「・・・まぁ、そうね。 その辺は、おいおい、ね。 事情は私達も、彼等も同じなのだけど」

そんな会話を聞きながら、恐る恐る、翠華を盗み見る。 何やら、お澄し顔だが・・・


アルトマイエル大尉が、そんな回りをスルーしながら、説明を続ける。

「知り合いか? まぁ、良い。その方が都合も良いな。
では、編入編成だが。 趙中尉はB小隊。 小隊長をしてくれ。 蒋少尉はA小隊。 制圧支援だ。 朱少尉、C小隊。 同じく制圧支援」

「「「 はッ! 」」」

「李中尉。 君が小隊長だったな。 D小隊とする。 強襲前衛小隊だ」

「 はッ! 」

編入小隊先と、韓国軍小隊のポジションが決まる。
趙中尉が、大尉に確認を入れる。

「大尉。 小官は以前までの部隊では、迎撃後衛におりました。 強襲掃討のポジションの経験は有りますが、もっぱら打撃支援でした。
今回、突撃前衛長との事ですが。 寧ろ今まで本職でやって来たメンバーを、そのまま突撃前衛に配し、小官は強襲掃討、若しくは強襲前衛でバックアップをと考えます」

「了解した」

あっさり大尉が承認する。

「中尉であれば。 小隊長教育の中で自分と部下の特性を、常に考える事を叩き込まれている。
その結果の意見具申なら、承認するに異論は無いよ」

そう言う事か。
単に1階級違うだけでは無い。 中尉になったら、小隊長教育、つまり指揮官教育を叩き込まれる。 これは国連も、各国軍も同じだ。

大尉の話が続く。

「機体は、国連軍の3人は同じF-15Cだったな。 問題無い。 韓国軍の4機は・・・ うん、F-92K(92式 韓国輸出仕様)か。
“コリアン・ヴァイパー” よし、強襲前衛には、或いはうってつけだ。
他に質問は無いか? ・・・無いな、よし。 作戦開始は1030 各員、直ちに搭乗開始ッ!」

「「「「「「 了解! 」」」」」」


乗機に向かう途中、背後に気配を感じ振り向いた。 翠華だった。
何やら、真剣な表情をしている。

「翠華・・・?」

やおら、彼女は俺の顔を見上げた(182cmの俺と、160cm無い彼女とでは、そうなる)

「祥子と約束したから・・・」

「えっ?」

祥子と約束? 翠華が? 何を?

「国連軍に居る間は、私が直衛を護る。 祥子に代わって。 今まで、祥子が支えて護って来たから」

「・・・・・」

「護って、直衛を祥子の許に帰すの。 それからよ。 私と祥子の勝負は・・・」

言うだけ言って、翠華はさっさと自分の乗機に向かって行った。


「話だけ聞いていれば、どんな娘かと思いましたけれど。 良い娘ですね、彼女は」

うをッ! オベール中尉! 背後からいきなり、話しかけんで下さいッ!

「成程。“大切な女性”か。 周防、君がどう言う決断をするか、私には与り知らぬが。
少なくとも君の“愛する女性”も合わせて、得難い女性達であるな。
ああ、心配するな。 何も非難しているのでは無い。 結果がどうであれ、彼女達は君を愛しこそすれ、恨む事は無かろうよ」

アルトマイエル大尉が、妙に納得顔で解説している。

でもですね、大尉。 実の所、俺には重いんですよ。 彼女達の愛情がじゃない。 彼女達の存在がじゃない。
そんな彼女達に向かい合う、今の俺自身の奥底の、あやふやと言うべき部分が。
俺自身の中に立脚できていない部分を認識する事が。 重いんですよ。


自然に暗い顔をしてしまったのだろうか。 大尉がそんな俺を見て、続ける。

「何を悩む? 何を想う? ふん、君は未だ20歳にもならぬ小僧っ子だ。 解れと言うのが、無理な話だ。
その答えは、未だ遥か彼方だろうよ。 今は、さっきもあの娘が言ったように、生き残れ。
生き残って、彼女達の前に立て。 何かを解り得るのは、何かを確たる事に出来るのは、恐らくそれからであろうよ」

そう言って、大尉も乗機へ向かった。


「貴方が誠実である限り。 彼女達は貴方を非難しないわ。

“愛されないという事は不運であり、愛さないという事は不幸である”

確か、アルベール・カミュだったかしら? あの小説家の。
貴方は、貴方の心に、想いに、誠実で有り続けなさい」

・・・オベール中尉の言葉は、今の俺には、まるで禅問答だ。


頭をガシガシ、と、ひっ掻く。
はぁ、くそッ! 出撃前にこんなんじゃ、それこそ祥子との約束を果たせない。
さっきの翠華の宣言も、果たせない。

―――ぱしッ

一発気合いを入れる。

「・・・らしくない事、うだうだ考えるな。 戦え、戦い抜け、生き抜け。
全ては・・・ そっからだ」


よしッ 今は戦場に集中する。 戦って、生き抜く為に。 それが、彼女達の為でもある筈だから。










≪遼東湾 遼河河口 1055 第31任務部隊 旗艦『加賀』≫


「第22斉射、開始しました!」
「右舷後部、上甲板付近にレーザー照射! 直撃です!」
「右舷対空砲群、全滅!」
「機関管制室より、≪機関損傷無し 全力発揮可能≫ です!」
「7戦隊より入電! 『薩摩』機関部被弾! 出し得る速力、18ノット!」
「8戦隊『陸奥』、第4主砲塔全壊! 機関部被弾、速力16ノットに落ちます!」
「後部艦橋より 『土佐』にレーザー照射! 第2主砲塔、全壊!」


「艦隊速力、15ノット(27.8km/h)」

有賀中将が命ずる。 15ノット。 陸上から見れば、静止目標にも等しい。

「宜しいのですか?」

『加賀』艦長・岡田次朗大佐が問いかける。

「・・・構わん。 どうせ30ノット出たところで、連中から見れば静止目標も同じだからな。
ところで、第32任務部隊はどうなっている? 損耗の度合いは?」

司令官の問いに、参謀長が答える。 声が硬かった。

「現在、第3次攻撃隊までを実施。 第4次攻撃隊が発艦中です。
第1次は出撃72機、帰還52機、損失20機  第2次が出撃72機、帰還56機、損失16機  第3次が出撃70機、帰還53機、損失17機。
現在まで、第4次を除けば、出撃可能機数は161機。 損失は53機。 第4次も条件は変わりません。 想定で損失は42%に達すると、報告が有りました」

呻き声があちらこちらで聞こえる。 損失42% 最早、明日は無い。 今日中に母艦戦術機甲戦力は、潰えるだろう。


「光線級のダメージは? どの位の損害を与えたろうか?」

最大の要因が、それだ。 戦術機部隊が戦域制圧突撃をかけようにも。 突撃進路上に光線級が溢れ返っている。
この為、まずは光線級の排除の為に、マーヴェリックを費やすしかないのだ。
そして、被弾率も急激に上昇していた。 後背にある小高い連山。 主砲の射程圏ギリギリを外している、BETAの『安全圏』
そこの稜線上に、光線級が陣取っている。 海上から突撃侵攻する海軍戦術機部隊は、この光線級の一群に狙い撃ちされるのだ。

(あと3000 あと3000m、突っ込めれば)

忌々しい光線級を、『安全圏』から駆逐できるものを。
しかし、3000m突っ込めば、確実に座礁する。 急激に水深が上がり、暗礁も多い水域だった。

主砲射撃の衝撃が伝わる。 未だ6隻とも健在であって、砲撃を繰り広げている。
しかし、『土佐』、『陸奥』は、主砲塔を1基全壊され、攻撃力が1/4減少していた。
『陸奥』、『薩摩』は機関部にも損傷を受け、這うような速力しか発揮出来ない。
他の艦も大なり小なり、満身創痍だった。



「8戦隊、『陸奥』、レーザー被弾! 後部艦橋、倒壊しました!」

「何ッ!?」

司令部要員が外部モニターを見る。 最後尾を続航していた『陸奥』にレーザー照射が集中した。
その為、後部艦橋―――予備指揮所で有り、後方への戦闘指揮所―――が倒壊。 健在だった第3主砲塔に、のしかかっている。
第3主砲塔は―――全壊だった。 2本の砲身が、それぞれ明後日の方向を向いている。


「8戦隊司令部に通達。 『艦の保全に最善を尽くせ』と。 『陸奥』は一旦下げよう」

「了解しました・・・」

司令官の苦しい声に、参謀長が苦渋の声で答える。

有賀中将は、満身創痍の『陸奥』をモニターに見て、見が引き裂かれるような思いだった。
かつて、世界の『ビッグ7』と謳われた、海上の覇者。
就役後70年近くの年月を、度重なる改修を受けてなお、帝国の海の守りとして存在し続けた『帝国の戦姫』

その誇り高き戦姫が、満身創痍になって戦列を離れていく。
かつては自分も乗艦し、勤務した経験のある、思い出深い艦だった。

(悔しかろう、『陸奥』よ。 その無念、他の『姉妹』がとってくれよう)


その時だった。 何気なくモニターを見ていた司令部の要員が、訝しげな声を上げた。

「何だ? 一体『陸奥』は、どっちに向かって避退しているのだ? ・・・おい、まさかッ!!」

CIC内の全員が、そのモニターを見て驚愕する。

「馬鹿なッ! そっちは海岸線だぞッ!?」
「おい! このままじゃ、座礁危険水域に・・・!!」
「誰かッ! おい、通信! 『陸奥』に緊急回線繋げッ! 最優先だッ!」

怒号が飛び交う。 そんな中、『陸奥』から短い通信文が入電した。


『我、靖国二向ッテ、退避シツツアリ サラバ』


後部から黒煙を噴き上げ、ゆっくりした足取りで、『陸奥』が座礁危険水域を航行する。
誰もが固唾を飲んだ。

最早、『陸奥』は助からない。 しかし、その今際の際の願いは、どうか叶えてやってくれ。
彼女に。 『帝国の戦姫』に。 せめて戦場で散る名誉を、与えてやってくれ。


『陸奥』がゆっくりと座標する。
海岸線からの距離、100m足らず。 今、彼女は。

散りゆく事を覚悟した『帝国の戦姫』は。 光線級の『安全圏』を、その主砲射程内に捉えたのだった。









≪1130 遼東湾上空 高度50m 第32任務部隊 第4次攻撃隊≫


68機の『翔鶴』が、高速で低空突撃を敢行していた。
目指すは、海岸線付近の光線級の群。 今は戦艦群との打撃戦に気を取られ、こちらには向いていない。

そして―――あの、忌々しい彼方の稜線上の光線級も。 今は海岸線付近に座礁各座した『陸奥』と、遠距離打撃戦を展開中だ。


(くそッ! 『陸奥』があのような姿を、曝さねばならないとはッ!)

第4次攻撃隊隊長・千早孝美少佐は、『翔鶴』のコクピット内で歯ぎしりした。
かつて、少尉候補生時代に乗艦した事があった。 海軍軍人として、青春の全てを送った時代の、始まりの艦だった。
その艦が、最後を迎えようとしている。

(なら、その手向けだ。 せめて海岸線の光線級は、全て制圧してくれるぞッ!)


横眼で『陸奥』をみつつ、戦術MAPを確認する。
現在、戦艦群との交戦中の光線級群。 稜線上の光線級の射線。 各座した『陸奥』
ならば、最適の突入コースは・・・

「山田! 安部! 小川! 伊吹! 長嶺! 各中隊、進路3-0-5! N-28-33で進路3-4-5に転針、光線級の裏を取る!
稜線上の光線級は、『陸奥』が相手取ってくれている! いいか! 彼女の挺身を無にするなッ! 何が何でも、海岸線を一掃するぞッ!」

「「「「「 了解!! 」」」」」

山田昌美大尉、安部良子大尉、小川恵子大尉、伊吹翔子大尉、長嶺公子大尉。
5人の部下の中隊長達も、まなじりを決して応答する。

「高度20に下げろッ! ≪セイレーン01≫ よりFAC! これより制圧突入を開始する!」

『FAC-015より、≪セイレーン≫! 突入進路確認した! 『陸奥』はもう、いくらも保たない! 突入するなら今しかないッ 頼むッ!!』

「セイレーン01より全機! 突入! 突入! 突入!」


68機の『翔鶴』が、海軍戦術機特有の低空高速機動で、水面ギリギリを突進していく。
帝国陸軍衛士をして、『正気の沙汰では無い』と言わしめる、超低空突撃だった。


不意に、『陸奥』の姿が目に入った。 満身創痍のその姿が。 そして・・・


「ッ――――――!!!!」


度重なるレーザー打撃に耐えきれなくなった『陸奥』が。 凄まじい轟音を立てて爆発した。 弾火薬庫が誘爆、轟沈したのだ。

『む・・・陸奥が・・・』

誰の声だったか。

「全機ッ! 気を抜くなッ! 稜線上の光線級! 来るぞッ!!」

そうだ。 最早、瀕死になってもなお、盾になってくれた『帝国の戦姫』はいない。
忌々しい光線級は、早速他の獲物を物色し始めるだろう。 私達の攻撃隊は、その格好の獲物になる。

(頼むッ! 頼みますッ 数多の英霊達よッ 先達よッ! いま暫し、あなた方の加護を! 私達の上にッ!!)

絶望感が押し寄せる。 恐らくあと数秒で、あの稜線から光の帯が発するだろう。
それは自分達にとって、黄泉路を照らす死の光だった。


『ッ! 光線級、レーザー照射確認!』

山田昌美大尉の、悲鳴のような声が耳をうつ。 同時に、多数のレーザー光を確認した。

『きゃあぁぁ!!』『くうう!!』『だっ、ダメッ!』

部下の悲鳴が通信回線内を充満する。

陸軍戦術機と違い、海軍戦術機は低空突撃時には、対レーザー強制乱数回避機能を働かさない。
ひたすら、撃墜されても我慢して、突入し、攻撃地点を目指すのだ。


『第3中隊! 3機撃墜されました!』 『第2中隊、2機被弾!』

被害が拡大する。 

「隊長機より全機! 我慢だ! 耐え抜け! 海軍戦術機乗りの! 海軍衛士の誇りと誉をもって突撃しろッ!!」

レーザーが暫し止む。 12秒のインターバルだ。

「全機! あと5秒で変針点!」

あと少し。 あと少し耐えて。 お願いッ!

レーザー照射が再開される。 またしても損害が増えていった。


『第2中隊長機、被弾! 戦死ッ!!』 『第4中隊長機! レーザー直撃! 戦死ですッ!!』

(ッ―――!! 山田! 小川!)

第2中隊長の山田昌美大尉、第4中隊長の小川恵子大尉。 2人の『翔鶴』がレーザーに絡め捕られた。

自分の右腕だった山田大尉。 気さくで、豪快な性格で。 来月には挙式をあげる予定だった。
昇進したばかりの小川大尉。 新任少尉の頃から、手塩にかけて育ててきた、期待の若手だった。


「くそッ! 誰でもいいッ! あの! あそこの光線級をッ! 何とかしてくれッ!
死ぬならせめて、連中に一矢報いてから、死なせてくれッ!!」

全身が沸騰する様だった。 
悔しい、悔しい、悔しい。 私は。 私達は。 このまま何も出来ずに果てるのか!? そうなのか!?

その時、唐突にオープン回線が繋がった。


『遅れて申し訳ない。 これより稜線上の光線級を排除する。
海軍攻撃隊は、海岸線への突入のみ、専念頂きたい』

「誰だッ!?」

『国連軍。 第882独立戦術機甲中隊。 ヴァルター・クラウス・フォン・アルトマイエル大尉。
戦場遅延の不明。 叱責は後ほど、少佐。 今は、己が為す事を為しましょう』








[7678] 国連極東編 満州5話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/09 02:04
1993年9月7日 1100 第2防衛線西南西 国連軍第882独立戦術機甲中隊


16機の戦術機が、高度100m前後を高速NOEで航過する。 左右は迫りくる山肌。 下は―――BETAの群。

第2防衛線から発した第882中隊は、比較的BETAの密度の薄いエリアを進んできたお陰で、これまでの所は損失機無しでいた。
しかし、目標地点に近づくほどに、光線級の目を逸らす必要がある。 発見されてレーザー照射を喰らう事は、本末転倒だ。
その答えが今行っている、山々の間、比較的低い谷間を縫うように、NOEで突き抜ける事であった。

谷底の標高が50mから100m 低い連山の連なりが、標高200m前後。 谷間の「空間」は高さが100mから150m。 平均すれば、120m程しか無い。


『くッ! きついなッ これってッ!』

「ファビオ、ふらつくな。 ≪トンネル≫から外れたら、一発でアウトだぞ」

『判ってるッ!』

上下は100m程の余裕はあるが、それでも場所によってはオーバーハングもある。 それより厳しいのは、横幅が無い事だ。
稜線間で100m前後。 設定された『安全飛行空間』の横幅は、40m強。 戦術機のサイズを考えると、幾分余裕は有るように思える。
しかしその空間を、速度500km/hオーバーで『飛行』するとなると、話は別だった。
まして、谷底には突撃級・要撃級を含むBETAの群れが、長蛇の列をなしている。


『むうぅぅ』 『くッ』 『おわわわわ!』

鋭角旋回時には強烈な横Gに晒され、絶えず微妙で繊細な操作を要求される。
焦って高度を取り過ぎると、このエリアでは即、光線級に認識・捕捉されてしまう。
と言って、高度を下げ過ぎると、振り上げられた要撃級の前腕に接触・墜落する。

正に『 綱渡り≪タイトロープ≫ 』だった。
右に、左に。 地形を必死になぞって、飛び続けていく。






≪周防直衛≫

(全く。 大尉も突拍子もない事、思いつくな)

操縦スティックを微調整で動かしながら、ふとそんな思いがよぎった。
まぁ、以前の上官。 広江少佐でもやりそうな事だが。

今、中隊は16機が1列でNOEを行っている。 こんな狭い空間、2機以上が編隊を組む余裕が無い。 そしてその先頭が、俺だった。
大尉の御指名を預かってトップを飛んでいる理由は・・・ あれだろうな。 
今までの戦歴を前に話した時に、1月の戦闘で低空高速NOEで光線級から逃げ回った、あの事を話したからだろう。
似たような状況の経験者だから、先頭をやれ、と言ったところか。
現に、同じ経験者の圭介は最後尾―――殿軍を指名されている。


『直衛。 もう少し、旋回半径をゆったり取ってやってくれ。 結構厳しそうだ』

最後尾で中隊全隊を見ている圭介から、リクエストが入る。

「了解。 けど、速度は余り落とせないぞ?」

次の旋回点が目に入る。 跳躍ユニットの角度を微調整。 
さっきより心もち、旋回開始を早めに。 旋回角度を大きめにとって旋回する。

『そこは、各自頑張ってもらうしか無いな。 駄目ならBETAの腹の中に収まるだけだ。
―――生きながらか、墜落死体でかは、別としてな』

後続の15機も次々に旋回に入って行く。 ―――今、最後尾の圭介が旋回完了した。

「そこまでこっちも責任は取れないしな。 ま、運が悪かったと諦めて貰うか」

後ろをスクリーンで確認する。 

流石に大尉や、オベール中尉、趙中尉。 それに李中尉と朴中尉はキャリアの差か。 危な気なく飛ばしている。
他の少尉連中。 ファビオにギュゼル、ミン・メイとヴェロニカは、かなりおっかなびっくりだ。
一番危なさそうなのは、韓国軍の孫少尉と呉少尉の2機。
意外な気がしたのが、翠華と朱少尉の2機だった。 かなり確実な飛行機動をしている。 
あの2人も、考えれば少尉の中では、俺達に次ぐ位の実戦経験がある。


(下手すれば、2、3機は墜ちるか?)

落ちればそれは即、死を意味した。 今回は墜落した場合の救出は行わない。 事前のブリーフィングで確認された事だ。 そんな暇も余裕もない。

急角度の旋回地点が迫る。 
主機出力を絞り、推力偏向(スラストベクター)を使い、機体の『振り』も利用した慣性モーメントも付けて、最小限のロスで旋回に入る。

「右旋回、60R。 接触に注意!」

後続へ警告し、速度を落とす。 と言っても、400km/hは出ている。


『うッ うわああぁぁ!』

急に後方から悲鳴が聞こえた。 誰かドジを踏んだか!?

「圭介!?」

『D03! 韓国軍の3番機が接触した! 墜落!』

韓国の3番機。 確か、孫少尉か・・・


『ぐうぅぅう・・・ ああ、うわああ・・・ お、置いて行かないでくれぇ! 助けてッ
・・・うわあぁぁ! ベッ、BETAがぁ!』

『くうッ!』

エレメントを組んでいる朴中尉から、呻き声が漏れる。
射撃音。 恐らくは破損しただろう機体で、何とか逃げ出そうと突撃砲を乱射しているようだった。


『ひッ! ひいい! 来るなぁ! 来ないでくれよぉ!! たッ、助けてッ 誰かッ!
ちゅ、中尉ぃぃ!! た、助けてッ! 助けて下さいッ 中尉! 朴中尉ぃぃぃ!!!』

『・・・・ッ! 孫・・・!!』

朴中尉の顔が苦渋に歪んでいる。 部下を、エレメントを。 見殺しにしなければならないのだ。


「・・・D02、ふらついている。 接触に注意」

意識して、事務的に警告する。 

『くッ! 了解!  『うぎゃああああ!』 ・・・!!』

もう悲鳴しか聞こえない。 機体はとっくに後方に見えなくなっている。
孫少尉の断末魔の悲鳴を最後に、沈黙が降りた。


(・・・運が悪かったな、お前。 今度が有るかは知らんが。 もし生まれ変われたら、もう少し運の良い人間に、産んでもらいな)


「トップよりバック。 編隊の状態は?」

圭介に確認する。

『バックよりトップ。 抜けた穴は塞がった。 続航、継続中』

2人とも、今しがたの状況など見なかったような口調だった。
いきなり、怒気を含んだ声が回線に割って入ってくる。

『あなた達・・・ さっきの事、見ていて良くそんな、平静な会話が出来るわね・・・!』

ヴェロニカだ。

『おい、よせって、ヴェロニカ!』

ファビオが慌てて止めに入る。

『何よ、ファビオ! 貴方も何も思わないの!? きっと私達が死んでも、この2人同じ調子よ! まるで、マッキナ(機械)!!』

「ずいぶん余裕だな、ヴェロニカ。 じゃあ、もう少し急いで良いか? 正直、このままじゃ、目標到達が予定より遅れそうだ」

旋回角度を急角度にとって、旋回する。 速度も維持したままだ。


『くうぅぅぅ!! ・・・い、いい性格してるわねッ!? 意趣返しなのッ!?』

「冗談じゃない・・・ そんな贅沢、やっている余裕は無い。 それと言っておく。 駄目なら上昇するか、一気に地表に激突しろ。
一瞬で蒸発するか、あっという間に爆死できる。 生きながらBETAに喰い殺されるより、ずっと良い。
それと、仲間を巻き込むな。 注意事項は以上だ。 いいな?」

『『『『 !!! 』』』』

皆の声を飲む気配がした。 スクリーン上の何人かは、嫌悪の表情も浮かべている。


『皆、無駄口はそれまでだ。 周防、あとどれ位か判るか? 時間的距離で良い』

アルトマイエル大尉が、軽く叱責する。

「約5分」

『了解した。 ・・・仕方が無いから、皆に言っておく。 今、トップは誰だ? バックは誰だ?』

『『『『・・・・・』』』』

『トップは周防だ。 真っ先に≪トンネル≫に飛び込み、真っ先にBETAに飛び込む。 真っ先に≪死≫に飛び込むのが、彼だ。
バックは長門だ。 最後方で常に、冷静に確認する。 常に殿軍を務める。 BETAの反撃が有った時、真っ先に死ぬ役は彼だ。
皆、彼ら2人に≪守られて≫いる事を、忘れてはいないだろうな?』

『『『『 ッ!! 』』』』

『判ったら、そのクソッたれの口を閉じろッ!! 馬鹿共ッ!!』


そんな罵声を耳にしながら、操縦に専念する。 瞬時に変わって行く地形情報。 高度と速度を維持。 谷底のBETAに注意し、攻撃範囲を常に予測しコースを決める。
後続の編隊との距離。 最後尾の圭介からの修正情報。 俺の役目は、編隊を完全に目標まで誘導するナビゲーターだ。

(正直。 お前の言うような贅沢なんて、楽しんでいる余裕は無いよ。 ヴェロニカ)

全神経を集中しての綱渡りだ。 少なくとも俺の軌道をトレースすれば、途中でトラブル無く光線級の群に到着する。
そうするのが俺の役割なのに。 1機失った。 ついてこれない機動をした、これは俺の機動ミスだ。

更に集中して機体を操る。 以前の乗機、「疾風」と違い、F-15Cは機動性がいささか大味だった。

(あと少し・・・ あと3分・・・)

長く感じられる。 途方もなく、長い。

稜線まであと時間的に2分を切った。 旋回して、稜線の背後に出るコースに侵入する。
地形が標高を増し、開けた地形に出た。 その瞬間――――BETA!!



「邪魔だよッ! 手前ぇら!」

目の前で要撃級が2体、突進してくる。 AMWS-21の120mmを1体に向け発射するが、前腕でブロックされる。 
狙いはそこだった。ブロックの為に空いた他の空間に、今度は間髪入れずに36mmをたらふく喰らわす。
比較的軟らかな胴体本体を、36mmで蜂の巣にされた要撃級が、体液を撒き散らしながら倒れる。

「直衛! 右!」
「ラジャ!」

その隙に接近したもう1体の前腕攻撃を、横噴射滑走(スライド・ステップ)で交わす。

「やッ!!」

こっちに向かってきた要撃級の、無防備な側面にギュゼルが120mmを叩き込む。 射貫孔から内臓物をはみ出して、要撃級が倒れた。

後続の各機も、次々に戦闘に入る。
幸い、BETA群は小規模で100体程しか居なかった。 ものの数分で掃討する。

出撃してから1時間が経っていた。
比較的BETAの密度が薄い経路を辿ってきたとは言え。 流石にこの大侵攻とあって、進路上には通常の師団規模侵攻並みには、BETAの数が居たのだ。
それでも、NOEを使って『遊ばない』ようにして大急ぎで進撃したのだが・・・


『光線級の数が、異常だな。 今回は』

『普段の5~6倍は居るんじゃないか?』

圭介と久賀が、疑問を口にする。

そうだ。 普段なら、大型種よりも群れの中の比率が少ない筈の、光線級と重光線級の数が。
今回は恐らく同比率程度には居るようなのだ。 この予想に戦慄した。
突撃級・要撃級の突撃打撃力と、光線属種の遠距離制圧力。 これが同レベルとすると、戦場でのこちらの動きが、全く抑え込まれてしまう。


『グラム・リーダーより各機。 無駄話は後にしろ。 ・・・最も、光線級に関しては、その為に海軍力による殲滅攻撃を期待するのだ。
時間を少々取り過ぎた。 いいか!? その、光線級を殲滅出来る攻撃力を保持する為に。 前方稜線上の光線級の群を、速やかに掃除する!』

『『『『 了解! 』』』』

『よし、では早速 ・・・!?』

大尉の声が終わる直前。 彼方の海岸線で凄まじい轟音が鳴り響いた。 見ると、それは・・・


「・・・爆沈した。 『陸奥』が・・・」

俺は自分でも知らず知らずに、皺枯れた様な声を出していた。

先程から海岸ギリギリの地点に座礁し、『固定砲台』として光線級との壮絶な打ち合いを展開していた戦艦『陸奥』が、大爆発を起こしたのだ。
恐らくレーザーが弾火薬庫を直撃、装薬が一気に誘爆したのだろう。 数千mにも達する爆煙を噴き上げての、壮絶な最期だった。


『中隊! 急げ! 1秒でも早く、目標を殲滅するぞッ! 第4次攻撃隊が、格好の的にされる!』

中隊長・アルトマイエル大尉の声に、はっとする。 海上を、編隊を組んで超低空で突撃してくる、70機前後の『翔鶴』の編隊―――第4次攻撃隊が視認できたからだ。
海軍機は、低空突撃態勢に入ったら最後、強制乱数回避機能を切っている。
僚機が撃墜されようが、どうしようが、ひたすら編隊を維持して目標まで突進する。


(まずいッ! このままじゃ!)


『グラムB! 吶喊しろ! グラムD、グラムBに続けッ! A、C! M88をありったけ放てッ! ここからでもいいッ!』

『グラムB了解! 行きますッ! B02、トップ!』

「了解!」

趙中尉の御指名で、俺はプラッツ&ウィットニーF100-PW-220EをA/Bに放り込み、一気に稜線まで加速する。
隣にはファビオのF-15Cが同様に、全力跳躍をかけていた。


「ファビオ! 片っぱしから片付ける! 攻撃隊に照射させる暇、与えるな!!」

『おう! ビビるなよ!』

「お前こそッ!!」

2機の背後には、趙中尉がファビオのバックアップに。 ギュゼルが俺のバックアップに、それぞれ全力追随していた。


あれか! あの稜線! 
くそッ すぐに全部ミンチにしてやる! 『陸奥』の仇だッ!

光線級が屯する地点を視認した時、悲痛な叫び声が通信回線を駆け抜けた。


『くそッ! 誰でもいいッ! あの! あそこの光線級をッ! 何とかしてくれッ!
死ぬならせめて、連中に一矢報いてから、死なせてくれッ!!』


咄嗟にフレンドリーコードを見る。 第4次攻撃隊の隊長だ。 千早孝美少佐。
確か以前、兄貴に聞いた事がある。 女性衛士ながら、海軍で母艦戦術機甲部隊の将来を背負って立つ逸材の一人、と。

そんな女傑をして、絶望的な言葉を出させるほど、向こうは切迫している!!

稜線が目前に迫った。 一々目標を選んで射撃する間など無い!

「目標視認! フルオートでぶっ放すッ!」

『『『 了解ッ!! 』』』

何体かの光線級がこちらに気づく。 その瞬間、小隊の4機は各々両腕に保持した2門のAMWS-21から36mmを乱射する。
十数体の光線級が36mm砲弾の雨を喰らって、体を破裂させて倒れる。 そのまま光線級の死骸を踏みつぶすように、稜線上へ着地した。


『遠慮はいりませんッ! 殲滅しなさいッ!』

趙中尉の檄が飛ぶ。

『 応! 』 『 ラジャ! 』 『 了解! 』

俺、ファビオ、ギュゼルが着地から即時主脚移動と噴射跳躍を使って、光線級の群の中に踊り込む。 こうなれば奴等は、同志討ちを恐れてレーザー照射はしない。

重光線級の間際まで急速接近する。 対峙した瞬間、奴の照射粘膜が保護膜に覆われた。 そんな所、誰が狙うかよ!

「こっちさッ!」

36mmを胴体部に叩き込む。 重光線級が糸の切れた人形のように倒れ込んだ。 
まだ息の根を止めてはいないが、気にせず周囲の光線級の群に狙いを付けて120mmキャニスターを叩き込む。 倒れた重光線級は、そのまま無視だ。

あれだけ傷を負わせれば。 奴はもう、レーザー照射が出来ない。 損傷による活動維持に膨大なエネルギーを喰うのだろう。
今までの戦訓で、損傷した光線級・重光線級がレーザー照射を再開した例は無い。 そのままエネルギー切れで、くたばるのが通り相場だ。

「的が多いと、照準も楽だなぁ! 無駄撃ちしないよッ!」

AMWS-21をばら撒く。 片方で120mmを放ち、片方で36mmを連射する。 その間、機動と速度は緩めない。 
斜面を一気に地表面噴射滑走で駆け下りながら、左右を乱射し、また噴射跳躍で稜線まで駆け上がる。

「にしてはッ! 撃ち漏らし多いわよッ 直衛!」

ギュゼルが俺の後ろで36mmを放ちながら、噴射跳躍の速度を利用して、片手で保持した長刀を薙いで、光線級をまとめて切り捨てる。




『遅れて申し訳ない。 これより稜線上の光線級を排除する。
海軍攻撃隊は、海岸線への突入のみ、専念頂きたい』

『誰だッ!?』

『国連軍。 第882独立戦術機甲中隊。 ヴァルター・クラウス・フォン・アルトマイエル大尉。
戦場遅延の不明。 叱責は後ほど、少佐。 今は、己が為す事を為しましょう』



36mmで光線級を掃射しつつ、アルトマイエル大尉と、千早少佐の通信が聞こえる。
そうだ。 今は只、己が為す事を、為すのみ!

大尉が最終指令を出す。

『グラム・リーダーよりグラム各機。 ――――殲滅せよ!』







≪第4次攻撃隊 千早孝美少佐≫


ギリギリで。 本当にギリギリのタイミングで、国連軍の戦術機部隊が稜線上に突入してくれた。 途端に、レーザー照射が止む。 
≪グラム≫と言ったか、かの部隊は。 ≪グラム≫がレーザー照射の危険を無視して稜線まで接近し、突入してくれたお陰だ。 感謝する!


「セイレーン01より攻撃隊全機! 稜線上の光線級は国連軍が殲滅してくれる! いいか! 突入制圧にのみ、専念しろッ! もう忌々しいレーザー照射は無いッ!」

『『『 了解! 』』』

7機減って、61機になった攻撃隊が、海上から陸地上空に突撃する。 高度20m 感覚的には殆ど地表スレスレに感じる。
変針点。 急速旋回を終えると、前方に戦艦群と打撃戦を行っている光線級の群を視認する。

「セイレーン01より、≪ポセイドン≫、攻撃ポイントまであと10秒」

『ッ! セイレーン! 了解した! 主砲斉射、一時止め! 主砲斉射、一時止め! ≪セイレーン≫ がアタックを開始する!!』

爆発音が止まる。 辺り一面、爆煙とクレーターのような大穴。 そしえBETAの死骸。 いや、死骸『だった』撒き散らかれたモノ。
一瞬無意識にその情景を見るが、訓練された習慣で、目標に対する集中を切らしてはいない。

5秒  「上昇!」 61機が一斉に高度を取る。
3秒  「スタンバイ!」 高度300で全機一斉に逆噴射制動。 攻撃態勢をとる。 
1秒  「ロックオン!」 全てのマーヴェリックに、目標振り分け。 完了。

「撃ぇ――――!!」


白煙を残し、一気に全弾発射される732発の、AGM-65・マーヴェリック空対地ミサイル。
そして『翔鶴』全機がその後を追うように、全力NOEでBETAの群へ突撃する。

次々に命中するマーヴェリック・ミサイル。 絶妙のタイミングで、光線級のインターバルを狙い撃ちしたのだ。 阻止されたマーヴェリックは1発も無い。
全弾が光線級・重光線級に着弾し、吹き飛ばす。

フライパスの際に、M88‐57mm支援速射砲をばら撒く。 毎分120発の発射速度を有する57mm砲弾が、生き残った光線級BETAの頭上に降り注ぎ、打ち倒す。

一気に全速で海上へ出る。 そのまま低空へ高度を落とす。

「セイレーン01よりポセイドン! 戦域制圧成功! 光線属種は粗方片付いた!」

『ポセイドン了解! これより斉射を再開する! セイレーン! 千早少佐! お見事でした!』


ふと、あの稜線上を見る。

(ちッ! 拙いな。 向こうのBETA、下から這い上がってくる数が多い! あのままでは・・・)

小高い連山の麓から、1000体以上のBETAが這い上がって来ている。 小型種ばかりとは言え、あの数は無視できない。
あのままでは、足場の悪い稜線上だ、直に身動きが取れなくなる。


指揮下各機のステータスをチェックする。 皆、似たようなものだが・・・

(M88の残弾が多いのは・・・ よし)

千早少佐は、瞬時に次の行動を決定した。

「安部! 伊吹! 貴様達は先に母艦へ帰還しろッ! 長嶺! ちょっとだけ寄り道だ! 稜線下の雑魚共に、残りの57mm全弾、プレゼントしてやるぞ!」

『了解!』

スクリーンの向うの長嶺大尉が、嬉しそうに破顔する。

『隊長! 私達も行きますよ!』 『長嶺だけ美味しい所持っていかすのは、癪ですねッ!』

安部大尉と、伊吹大尉が異論を唱える。

全く、こいつらは。 苦笑しながら、千早少佐は部下を強引に引き下がらせる。

「伊吹。 山田の後、次席は貴様だ。 その貴様が遊んでどうする。 山田と小川の隊も込みで、部下を母艦へ引っ張って行け。
安部。 残弾数を確認しろ。 ったく、隊長と言い、その部下と言い。 トリガーハッピーも程々にしておけ」

安部大尉が不承不承、伊吹大尉が首をすくめ 『『了解』』 と唱和する。
母艦へ向かって反転した部下達の『翔鶴』を見送った後、長嶺大尉の中隊と共に、反対方向―――稜線へ向けて機体を加速させた。


「接近戦は、彼等に任す。 こっちは、一撃離脱の支援狙撃をやるぞ」

『このままじゃ、あの国連軍部隊。 麓からの戦車級に集られますしね』

「そう言う事だ。 受けた借りは、きっちり返す。―――行くぞッ!」







≪第882独立戦術機甲中隊≫


『くっそぉ! とうとう、戦車級まで集まって来やがったぜッ!』

ファビオが悪態をつく。
光線級は乱戦では殆ど『無力』と言っていい存在だが。 いかんせん数が多い。 
今、麓から這い上がってくる小型種―――戦車級まで居る―――がこっちに合流すれば。

(ちょいと、楽しからざる状況だな・・・)

即座に周りを見渡す。
A小隊―――稜線上、一番高い辺りで、光線級の排除を続けている。
C小隊―――隣に居る。 制圧支援機が1機に、打撃支援機が1機。 制圧力に不足は無い。
D小隊―――駄目だ。一番離れている。 西側の光線級の1群に対応中だ。

となると。

「B02よりB01。 意見具申」

『B01。 何か?』

「グラムBはこのまま一気に降下し、上がってくる小型種の掃討。 支援はグラムC。 光線級はその間、AとDで対応できる筈です。
戦車級まで居る。 あのままここまで上がってこられちゃ、流石に拙いですよ」

戦力を2分する事になるが、今ここには俺達の中隊しか居ない。 
なら、この状況に対応するには―――兎に角、麓から這い上がってくる雑魚を、押し留めなきゃならない。

『・・・それしか無いわね。 B01より、リーダー・・・』

趙中尉が大尉に俺の案を打診する。 大尉の回答は『やれ。 殲滅しろ』


『グラムBより、グラムC! Bはこのまま逆落としをかけます! 周囲のBETAを広域制圧願いますッ!』

『グラムCよりB! 了解! 逆落とし前にランチャーで掃討かけますッ! C04! 朱少尉!』

『了解! C04、FOX01!』

C04、制圧支援装備の朱少尉のF-15Cから、多数の誘導弾が発射される。
同時に、俺達B小隊が斜面の上から逆落としをかける。

「おおおお!」

みるみる迫ってくるBETA群。 36mmを左右に連射開始と同時に、誘導弾が広域に着弾する。

『っらあああ!』 『えええぃ!』 『やあああああ!』

小隊の3機。 ファビオ、趙中尉、ギュゼルも同様に、突撃砲を乱射しながら機体を噴射降下させた。
着地地点の小型種BETAが赤黒い霧状になって吹き飛ばされる。

4機が同時に着地。 等間隔で間を置き、緩い傾斜の下から駆け上がってくるBETA―――主に戦車級―――に、射撃を開始する。

120mをまとめて連射。 群の中に大穴をあけて、残った個体を36mmを横に薙ぐように射線を振って一気に薙ぎ倒す。

『くそうッ! 数が多いぜ! こいつ等!』 
『ファビオ! 無駄に振り回さないでッ! キャニスター弾で大穴をあけるのよッ!』
『そんなもん! とっくに弾切れですよッ!』
『ッ! この馬鹿ッ! 退きなさい――― えぇいッ!』

趙中尉の120mm支援で、ファビオの前面に集って来ていたBETA群に大穴が空く。

『残りは自分で掃除しなさいッ!』
『サンキュ! お礼に今度、デートでも・・・』
『結構よッ!』

ははっ 結構いいコンビだ、あの2人。 趙中尉には、異論あるかも知れないけど。

意識の片隅でそんな事を思いながら、突撃砲を撃ち続ける。 前面の群は粗方掃除したが。 まだ向かってくる群があと、7、8群いる。
上方から、ランチャーから発射された誘導弾の白煙が降り注ぐ。 着弾―炸裂。 

『C04よりグラムB! ランチャーはあと1斉射分だけですッ!』

『C01よりグラムB! 支援突撃砲の残弾が怪しいわッ! あの群全てに対応は無理よッ!』

C04の朱少尉、C01のオベール中尉から、残弾僅少の報告が入る。
C小隊の誘導弾と、支援突撃砲からの120mmキャニスター弾支援で、なんとか凌いできたが。 そろそろ残弾が限界らしい。
ここに来るまでの戦闘でも消費している。 光線級の始末も、AとCだけでは今少し時間がかかる。
どうするか―――



『セイレーン01より、グラム! 頭を低くしていろッ! 上から纏めて掃除するッ!』

セイレーン? 第4次攻撃隊だと!?

思わず上空を見上げた途端、空から57mmの暴風雨が降り注いだ!

「げっ!」 『おわッ!』 『ッ!』 『さッ 退りなさいッ!』

20機前後の『翔鶴』が、横一列の陣形――フラット・ライン――を2本作り、M88-57mm支援速射砲を下方に固定して、連続射撃しながらフライパスする。
毎分120発の発射速度の57mmHVAP弾が火力制圧面を形成して、範囲内のBETAを根こそぎミンチに変えていく。

『もう一度、反転して一航過する! ―――すまんが、これで看板だッ 行くぞッ!』

編隊を組んだまま反転し、さっきと同じように57mmを叩きつけた『翔鶴』が離脱した後は・・・ こちらに向かっていたBETAは殆ど、制圧されていた。


「すっげ・・・」 『根こそぎじゃねぇか・・・』 『す、すごい、わね・・・』 『ふあ・・・』

4人とも声が出ない。 欧州戦域で行われている密集・集団戦に通じる、海軍戦術機の制圧戦術に、しばし呆然としていた。


『グラム・リーダーよりセイレーン01。 救援、感謝する!』

声の出ない部下達に代わって、アルトマイエル大尉がセイレーン――千早少佐――に謝意を示す―――光線級への攻撃の手を緩めずに。

『セイレーン01よりグラム・リーダー。 己が為す事を為したまでだ。 稜線への突入、誠に感謝する。
お陰で―――戦友達の仇が取れた』

『グラム・リーダーより、セイレーン。 我々にとっても、戦友。 互いに思いは同じですよ。 見事な制圧攻撃でした』

『ふッ! 機会が有らば一度、艦へ招待したいなッ! 艦隊こぞって、歓迎するぞッ!』

『機会有らば、是非。 ではッ!』

『ああ!』


『翔鶴』が海上へNOEで飛び去って行く。 
俺達は―――

『グラム各機! あとは糞目玉の光線級だけだ! 喰い放題だぞッ 根こそぎ平らげろッ!』

AとD小隊が縦横に駆け回って、光線級を薙ぎ倒している。 
連中は乱戦に持ち込まれて、照射が出来ない。 何せ、飛行接近する≪セイレーン≫さえ、認識出来ない程だ。


「これ以上、美味しい所をAとDに独占させるかッ!」

『苦労した分、代価は貰わなきゃなッ!』

俺とファビオが噴射跳躍をかけ、一気に稜線付近まで跳び上がる。
C小隊も反転し、光線級に飛びかかって行った。

『ちょっと! まだ下にも10数体残っているわよッ!』

『ギュゼル。 仕方ありません。 私達で対応できます。 片づけてから、上へ行きましょう』

『・・・了解です、趙中尉。 直衛、ファビオ。 この貸し、高いわよッ!!』




それから5分後、稜線上の光線級の制圧が完了した。

『・・・ごっつい、光景だな・・・』

ファビオが絶句する。 気持ちは判る。 俺だって同じ心境だ。

戦線の後方。 丁度BETAを挟んで、防衛線の反対側になるこの位置。
南を向けば、海岸線と、海上が見える。 今尚、残った戦艦群が巨砲の轟音を発しながら、制圧砲撃をかけている。
その後方からは、重巡以下の艦から、VSL発射の白煙が無数に立ち上る。
着弾した陸地には―――吹き飛ぶBETA群。 
東に目を向ければ、第2次防衛線部隊が、重砲群とMRLSから砲弾と誘導弾の嵐を降らせている。


『でもな・・・ 俺達、ここからどうやって、防衛線に帰還すりゃいいんだ・・・?』

C小隊の久賀が、呆れた口調で呟く。
東を向けば。 そこはBETAの大海になっていた。 あそこを突破するなど、単なる自殺志願者だ。

西は問題外。 北も同じだ。 となると、残るは・・・


『リーダーより各機。 南に向かう。 今しがた、防衛司令部管制より通達が有った。
海上で、日本海軍に拾ってもらう。 
推進剤の補充が済み次第、発艦して遼東半島に入り、鞍山まで戻るぞ。 
阜新は最前線になっているから、戻ってきても機体の整備もままならんそうだ』


推進剤残量を見る。 誠に心もとない。 これでは、海岸線から艦隊まで、ギリギリだ。

『推進剤も殆ど無い。 海岸線までは主脚走行で行くぞ。 途中の小型種は、戦車級以外は無視しろ。
大型種が居た場合は―――祈れ。 行くぞッ!』

『『『『 了解!! 』』』』

全員、殆どヤケクソで応答する。
苦労して、艦隊と攻撃隊の支援をやって。 帰りは鬼が出るか、蛇が出るか、かよッ!

『全く。 ≪通りゃんせ≫ じゃねぇぞ・・・』

久賀がぼやく。

『まだその方がマシだ。 少なくとも ≪行きは良い良い≫ だしな』

圭介がウンザリと言い返す。

全くだ。 こっちは ≪行きも、帰りも怖い≫ BETAの敵中突破行とはな。
でも、何としてでも海岸線まで出なきゃ、明日どころか、今夜の夜空さえ拝めない。

推進剤、残弾ともに僅少。 中隊は、肉食獣の徘徊する大地を、怯えながら移動する小動物の如く、慎重に移動を始めた。










[7678] 国連極東編 番外編 艦上にて―――或いは、『直衛君、弄られる』
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/09 02:04
≪1993年9月7日 1840 戦術機母艦『仙龍』飛行甲板 周防直衛≫


稜線上への攻撃終了後。 俺達の中隊はまるで泥棒か何かのように、周りを慎重に警戒しながら海岸線を目指した。
推進剤僅少。 残弾無しが3,4機。 他も1、2斉射で弾切れ。 そんな状況だった。

途中で何度かヤバい場面もあった。 BETA群の最後尾に認識されかかった時には、咄嗟に各機が周りのBETAの死骸に密着して、注意を逸らした。

衛士は喰い殺されていたが、主機とシステムは奇跡的に生き残っていた機体(中国軍の殲撃8型だった)を、自律制御操作させて。
背後から突進してくる突撃級の群に飛び込ませ、S-11を遠隔起爆させて凌ぎもした。

形振り構っていられなかった。

それでも結局、BETAとの戦闘は避けられず。 このままでは、海岸線到達前に包囲される状況となった結果。
致し方なく噴射跳躍とNOEを解除。 海岸線でのランデブーポイントを防衛線から離れた、比較的安全と判断される南西部に変更。
そこで艦隊が派遣した救難ヘリ部隊に、ピックアップして貰う事になった。 当然、機体は全機を放棄してだ。

辛うじて残弾に余裕の有った俺と、ヴェロニカ、ミン・メイ、それに朴中尉の4機が殿軍を務め、オベール中尉が先頭を進んだ。
その途中で2度、大型種との戦闘が発生して、俺とミン・メイが機体を中破させてしまった。
幸い2人とも無傷で脱出できたが、BETAとの戦闘中の戦域に、強化外骨格「FP(Feedback Protector)」で逃げ出す時は。
初陣以来、久々に恐怖で漏らしそうになった。(ミン・メイは漏らした)


何とかBETAに殺られずに、海岸線に行きつく事が出来た中隊は。
救難ヘリ部隊に救出され、NOEで脱出。 日本海軍の戦術機母艦『仙龍』に収容された。


機体を降りた途端、母艦の乗組員からもみくちゃにされた。 俺達の中隊が、稜線への突入部隊と知れ渡っていたのだろう。
だけど。 本当にその称賛が相応しいのは、大打撃を受けながらも、砲撃戦を行い続けた戦艦群とその乗組員で有り。
そして損耗を無視してまで戦域制圧攻撃を敢行し続けた、母艦戦術機甲部隊だ。


結局、『陸奥』爆沈の少し後。 損傷の大きかった『薩摩』も遼東湾に沈んだ。
こちらは、最後まで主砲を発射しながらの最後だったそうだ。

砲術科要員も、機関科要員も(主砲射撃には、機関の健在が大前提だ) そして他の乗組員も。
沈みゆく艦から脱出せず、最後まで砲撃を続け。 最後は片舷に空いた大穴から流れ込む大量の海水の為、急激にバランスを崩して横転、沈没したのだそうだ。



夕食を済ませた後、何をするでなく甲板に出た俺は。 そんな事を、海原を見ながら考え込んでいた。
戦場から離れている為、陸地は見えない。 今も防衛線では、凄惨な防御戦闘を繰り広げているだろう。
ふと、見知った艦が見えた。 『阿武隈』だ。 ああ、兄貴もこの戦場に居たのか・・・


「どうした? 少尉。 体調でも悪いか?」

背後から声をかけてきたのは、海軍の女性衛士。 階級章は大尉だった。 敬礼する。 

「ああ、いちいち良いよ。 海軍では敬礼は朝に1回だけだ。 艦内ではね。
君は、国連軍の。 『グラム』中隊だな?」

「はッ 第882独立戦術機甲中隊。 国連軍少尉、周防直衛であります」

「・・・その、『あります』口調も、海軍ではしなくて良いよ。 本当に、陸さんは堅苦しいなぁ」

そういって、その女性大尉は苦笑する。 見た感じ、かなりサバけていそうな感じの人だ。


「いや、今日は本当に助かった。 『グラム』中隊の支援がなければ、私も今こうして、ここに居る事が出来たか、判らないよな?
・・・・あ、しまった。 自己紹介がまだだったね。 私は海軍大尉、長嶺公子。 第4次で、第6中隊を率いていた。
皆に代わって、礼を言わせて欲しいな」

「いえ、こちらこそ。 最後の場面で、『セイレーン』には、支援砲撃で助けられました」

「ああ、あれか。 まぁ、役に立てたのなら、嬉しいね、お互いに。 所で、君・・・」

「は、何か?」

「さっきから、あの艦・・・ 『阿武隈』を見ているようだけど、何か珍しいのか?
あの艦は海軍じゃ、標準の8000トン級軽巡なんだけどな?」

目ざといな、この人。

「いえ、取りたてて。 ただ、身内が乗り組んでいますので」

「身内?」

「兄が。 主計長で」

長嶺大尉が、驚いた顔をしている。 そんなに驚く事かな?


「何!? すると、君は・・・ 周防の弟さんか!? そう言えば、同じ『周防』だな。 いや、参った」

「大尉は、兄をご存じで・・・?」

「君の兄さんは、私のコレス(コレスポンド:同期生)だよ。 私は海兵(海軍兵学校)で、彼は海経(海軍経理学校)と、学校は違うけどね。
少尉候補生時代の練習艦隊と、最初に配属された艦で同じだったよ。 いやはや・・・」

大尉は呆れたような、嬉しいような、そんな顔をしている。

「で? 周防の弟くん。 君は何を黄昏ているんだ?」

「別に黄昏ていませんよ。 ちょいと呆けていただけです」

「呆けて?」

長嶺大尉が、面白そうな顔をしている。


「今回も、大勢死にましたからね。 これからも大勢死ぬでしょう。 
ま、戦場で殺し合っている時でなきゃ、多少はそんな物思いに耽っても、罰は当たらないんじゃないかと」

「まだ若いのに。 随分達観しているな?」

達観ねぇ?

「そうでしょうか?」

「うん。 私の隊の若い連中は未だ興奮しているか、実戦を思い返して震えているよ?」

ああ、判る。 俺もそうだった。 
戦っている時は無我夢中なんだけどな。 戦い終わって帰還して。 しばらくは興奮が続くけど、やがて戦場を思い出して、無性に怖くなってくる。

「自分も、去年の初陣の時はそうでした。 誰でも同じでしょう」

「去年が初陣かい? 何時頃だった?」

「92年の5月。 当時は帝国軍の第21師団に所属していました」

あれは酷かった。 初陣であの戦いは無いだろッ! って、何度思い返した事か。

「何!? もしかして北満洲の『5月の狂乱』か!? それに、21師団の生き残りなのか?」

「ご存じで?」

「ああ・・・ あれは海軍でも結構、話に上ったからね。 もしかしたら、遼東半島まで戦域支援か、ってね。
じゃ、君は最初から国連軍志願入隊じゃなくって、陸軍からの出向?」

あ、出来ればその話題は、触れたくないな。 正直言ってキツい。

「ええ、まあ。 詳しくは話せませんが、今年の8月から」

「それまでは、ずっと・・・?」

「北満洲常駐でした。 21師団、119旅団、最後が14師団。 1年半ちょっとですが」

「じゃぁ、『イヴの悪夢』や、『双極作戦』・・・」

「両方とも、参戦しました」


長嶺大尉が、手を額に当てて嘆息する。

「参った・・・ 正直、実戦歴じゃ、私より君の方が遥かに上だろうな。 実戦出撃、何回目だ?」

ええと・・・?

「今日で・・・ 28回です」

「2年目少尉で、28回? 化け物か? 君は・・・」

酷い言われようだな。

「帝国からの出向組の、他の2人。 長門も同じ回数ですし、久賀は確か23回ですよ」

その言葉に、大尉が思わず目を剥く。 暫く無言で、そしてやおらポケットから煙草を取り出して、火をつける。


「・・・吸うかい?」

「頂きます」

1本頂く。 お? 『誉』か。 海軍御用達の。

暫く2人で、無言で煙草を吸っていた。 そろそろ、日が没しかけている。 洋上を夕陽が赤く照らしている。


「私はさ・・・ 実際のところ、ここまでの大規模戦闘は、初めてでね。
東南アジアで、支援戦闘の経験は有ったけど。 参ったよ、さっきから震えて仕方が無い」

そう言って、大尉がぎこちなく笑う。 見ると、煙草を持つ手が震えていた。

「情けないね、指揮官がさ。 部下に『死んでこい』って命令する立場でさ。 
自室に居て、思い出すと震えて来てね。 情けなくなって、甲板に出てきたんだ・・・」

「・・・誰でも、同じですよ。 大尉。 普段、どんなに豪胆だって言われている者でも。
普段、どんなに訓練で優秀な者でも。 結局は、経験でしょう。 指揮官だからって、それは変わらないと思いますよ」

「そうかい・・・?」

「失礼を承知で言わせて頂きますと。 寧ろ、今『怖い』って感じている大尉は。 次の戦いでは、今日よりずっと指揮官としての判断が出来ると思いますよ。
BETAとの戦いの怖さが・・・ あの、問答無用の恐怖を経験して、戦って、生還した大尉なら」

ちょっと、生意気な物言いかな? でも、大尉は真面目な表情で聞いているから、いいか。

「陸軍でも同じでした。 ぱっと見、全く冴えない、頼りなさげに見える部隊長でも。
経験のある人は、BETAとの戦場でどうやって戦って、どうやって生き抜いて、どうやって部下を生還さすか。 それを知っていました。 
そんな指揮官の部隊は、しぶとい。 生還率も高いから、部下の衛士も戦い慣れする者の比率が大きい。 直に、ベテランになって行った」

例えば。 冴えないという表現は当て嵌まらないが、広江少佐は実戦を『知っている』指揮官だった。

「反対に、どんなに豪胆で、どんなに勇敢で優秀な指揮官でも。 BETAとの実戦を知らない指揮官は、自身だけじゃなくて、部隊をも壊滅させていた。
大尉は、今までの実戦経験に次いで、今日は『怖さ』を知る事になりましたよね。 でしたら、次の戦場でどうやってその『怖さ』と対峙して、それを退けるか。 
多分、本能的にやるのでしょうね。 自分の知る数少ない指揮官達も、そうでしたよ」

「・・・・・・」

「怖いって、良いじゃないですか? 生きている証拠ですよ、それも。 生きて、怖いから、それを越える為に足掻いて。 そして次の生を掴む。
皆、そうなんじゃないでしょうかね?」


一気に言いきった。 
煙草の火が根元まできている。 舷側から海に放り込む。

「こら。 舷側からの投げ捨ては、厳禁だぞ?」

「済みません。 以後、注意します」

もう1本、勧められる。 嫌いじゃないから、遠慮なく頂く。
ライターを借りて、火をつける。 一口吸いこんで、ゆっくり紫煙を吐き出した。

ふと、祥子もこれくらい、喫煙に理解が有ればな、なんて思う。


「星の数より、メンコの数、か。 陸軍流に言えば。 階級より、実戦経験の差か。
まさか、コレスの実弟に諭されるとはねぇ・・・」

「これでも陸軍内じゃ、実戦経験の多い部類でしたから。 ペーペーの少尉でも」

「自慢かい? まぁ、いいよ。 お陰で、結構気が楽になった。 そうか、怖くていいのか・・・
いや、有難うな、周防少尉。 後で君の兄さんにも、話しておくよ。 弟さんが元気でやっていたってね」

そう言う大尉の笑顔は、さっきの強張りが解けて、最初の印象通りのスカッとした笑顔だった。


「ああ、ところでな」

ふと、長嶺大尉が振り返り、話しかけてきた。

「何です?」

「流石の歴戦でも。 怖い時は漏らしたかい?」

なんでその話題なんだ?

「はぁ・・・ 流石に、初陣の時には」

「どっち?」

「はっ!?」

「大と小、どっちだった?」

何やら、真剣な顔だな・・・

「・・・・両方ですが?」

「そっか。 うん。 そっか。 歴戦でも、漏らすか」

どうして、何故、そんな納得顔なのですか? 大尉。


「・・・大尉、もしかして・・・」

漏らしましたね・・・?

「言わん。 絶対言わん。 死んでも言わん。 誰であろうと、言わないよ」

「自分は、正直に言いましたが?」

「女に、そんな恥をかかせるのかい? 君という男は」

「戦場に男女の区別は、無いと教えられましたが?」

「ああ、酷いな、酷い。 周防、君の兄さんに、何と言おうか。 何と言うべきかな?
私に、『貴様の弟さんは、女の切なる願いも察しない、薄情者だったぞ』なんて。 私は言いたくないなぁ・・・」


わざとらしく嘆息している。

まぁ良いよ、それで。 大尉の機が紛れたんなら。 

「はいはい。 判りました。 淑女に恥はかかせません」

「ん。 判れば良いよ。 ま、いい男だな、君は。 どうだ? 私の部下でも、同年代で良い娘達がいるぞ?
海軍と陸軍・・・ あ、今は国連軍か。 違いはあっても。 その方が燃えるんじゃないか?」

・・・何やら、以前も同じことを言われたな。 中国軍の周大尉に。

「いえ、気遣いだけで」

「何だ? 女に興味無いのかッ!?」

「何でそうなりますかッ! 自分には、もう決めた女性がいますッ!」

「1人が2人でも、構わんだろう?」

本気で言ってますか!?

「2人が3人になったら、流石に拙いんですよッ!」

「なんだ。 今は2人同時進行中か・・・ ちッ、流石に体の自由が利かないか、それだと・・・」

俺、今、何て言った・・・?
何か、自分的に、破滅的に拙い事を口走った気がする・・・


「相手は誰だい? 陸軍? それとも、国連軍? あ、もしかして中国軍とか、韓国軍かい? 
それとも、軍人じゃないとか? ベタな所で、幼馴染とか、昔の同級生とか」

「黙秘権を行使します」

これは、軍命令じゃ無い。 絶対に、軍命令じゃ無い。 そう信じるッ!
しかし。 なんでこの手の話に、喰いつきが良いんだろうか、女性ってのは。

「何だ、つれないなぁ。 折角、兄さんに報告してやろうと思ったのに。
まぁいいさ。 弟さんが元気で、2人の女性にアタック中とだけでも、伝えておいて・・」

「結構ですッ! 止めてくださいッ! 後生ですからッ!」

そんな報告、兄貴にされたら。
回り回って、姉貴の耳に入って、親父やお袋に知られて。 冗談じゃ無いッ!

「な、何も・・・ 涙目にならなくても、良いじゃないか!? まるで、私が苛めているようだ・・・」

苛めですよ、大尉!

「お願いですから・・・ 勘弁して下さい、大尉・・・」

「ま、まあ。 そこまで言うなら・・・ でもな、美味しいネタなのにな・・・」

「大尉ッ!!!」

「はいはい、わかったよ。 言わないから」


嗚呼。 さっきまでのシリアスさは、どこに行ってしまったのだ。
お陰で、俺自身抱えていた感傷も、どこかに吹き飛んでしまった。

そして時折、思い出したようににやける大尉は、楽しそうに艦内に戻って行った。




時刻は1900 すっかり夜の帳が落ちていた。 彼方の空は、赤々と燃えている。 支援砲撃の業火だ。

明日も、あの下へ赴く事になる。 あの下で、BETAと戦う。

そろそろ、艦内に戻るか。 長嶺大尉にへこまされ、艦内出入り口の水密扉に向かう。
途端に、今度は朴貞姫中尉と出くわす。 何なんだろうな? 皆して今日は・・・


「ああ、中尉も外を見に出てきたんです・・・か・・・?」

泣いている。 いや、泣いていた、か。 目を真っ赤に腫らして、涙の跡も判るほどに。

「ん・・・ 周防か・・・ 嫌な所を見られたなぁ・・・」

少し顔を紅潮させて背を向ける。 腕が顔の辺りに上がっているのは、涙を拭いているのだろう。

「笑う? 中尉にもなって。 1人戦死したからって、一々泣いているのよ、私は・・・」

自嘲気味だ。 戦死した孫安達少尉の事か。 朴中尉のエレメントで、部下だったな。

「笑いませんよ。 人の死を悼む事は、当然だし。 その方法は人それぞれだ。
中尉が彼の死に、涙を流すのなら。 それが中尉のやり方なんでしょう。 俺がどうこう言う事じゃ無い」

俺だって、仲間の戦死に悔し泣きした事なんか、いくらでもある。
もう何か月も前になってしまったけど、美濃が戦死した時は、帰還してから悔し泣きした。
それを笑うやつは、ぶん殴る。 そして、今の中尉を笑うやつも。
 

「あいつは・・・ 孫は。 私が初めて率いた小隊の部下だったのよ。
でも。 既に2人、死なせちゃっててね。 生き残ってたのは、私と孫だけだった。
同じように、珠蘭(李珠蘭中尉)も、小隊の半数を失っていたわ。 今回は、定数割れして浮いていた私達が、国連軍に協力って形で出されたんだけどね」

李中尉の方が先任だったから、取りあえず小隊長をしていたそうだ。 呉栄信少尉は、李中尉の部下の生き残りだ。


「結局。 私だけだな、生き残ってしまったのは・・・ 部下を全員、死なせちゃったよ」

無意識にポケットをまさぐって、煙草を取り出す。 「光」を1本。 咥えて火を点ける。
紫煙を吐き出す。 途端に中尉に奪われた。

「・・・むッ! ごほっ、ごほっ! けほっ! まっずぅ~~・・・ 良くこんな煙、吸っているわね? 貴方達、スモーカーって人種は・・・」

だったら、人の吸いさし奪ってまで、無理して吸いなさんな。 仕方なく、もう1本取り出して火をつける。

「無理に吸い込まないで。 吹かすだけにしておいた方が良いですよ」

「生意気ね。 年下の癖に。 はぁ・・・」

中尉はプカプカ、煙を口に入れては吐いている。


「さっきの話ですけど」

「んん?」

「1人だけ生き残ったって」

「・・・・・」

「悪い事ですかね? 俺はそうは思いませんよ」

「・・・指揮官だけが、生き残って?」

「だったら。 次に編成された部下達には。 少しでも生き残れるように、叩き込めばいいじゃないですか。
所詮、人が出来る事なんて限られていますよ。 戦場で部下全員を助けて回れる指揮官なんて、いやしませんし」

一瞬。 中尉が睨みつけたが、直に視線を落とした。

「俺の前の隊の中隊長・・・ いや、最後は大隊長になっていましたが。 帝国の第1次派遣からの生き残りの猛者で、戦場を『知っている』指揮官でしたけど。
それでも1人、死なせました。 2人重傷です。 勿論苦悩は有ったでしょうし、俺達の知らない苦労は多かったと思います。
でも、決して後ろを見なかった。 そんな暇があったら、前に進め。 そんな人だった。そんな隊長を見て来て、俺達部下も感化されました」

まぁ、あの人は『特別印』ではあるけどな。

「過去にも大勢、部下を死なせたそうです。 その度に悔悟に襲われたでしょうけど。 それでも諦めずに、足掻いて、足掻いて。
とうとう、1年近くで20回以上実戦出撃して、その間1度も部下を死なせることなく、戦果を上げる隊の指揮官に成りおおせた。
あの人だって、最初は新米指揮官だった筈だ。 でも、だったひとつ。 諦めなかった」

そうだ。 あの人は諦めない。

「泣いたと思いますよ。 悔しかったと思いますよ。 俺は正式な部隊指揮なんかした事は無いですから、中尉の苦悩は判りませんけど・・・」

去年の12月に、永野達や愛姫の指揮をした時は、あれは除外だな。


「言ってくれるわね、この。 はぁ、これじゃ、どっちが上官か判らないじゃ無い。
ま、いいわ。 私も。 貴方のその隊長さんにとまでは、いかないかもしれないけど。
頑張って足掻いてみるかぁ・・・」

「そうそう。 その意気」

「な、ま、い、き!!」

お互い笑い合う。 

しかし。 さっきの長嶺大尉と言い、今の朴中尉と言い。 気性のさっぱりした人柄で助かった。


「そう言えば。 さっき日本海軍の大尉さんと、話して無かった?」

その話題が出たので、簡単に話す。
途端に、中尉が睨みつけてきた。

「アンタ。 どうしてそう、オンナの弱気な場面に出くわすかなぁ? 去年の蒋翠華少尉の時だって、そうでしょ!?
今回は私とさっきの大尉殿。 そんな時に親身にされたら、クラっときちゃうよッ!」

なんで怒られるんだ? と言うか。どうして中尉が翠華との事を?

「彼女に聞いたよ」

あっさり。 この調子じゃ、翠華。 趙中尉や朱少尉、李少尉にも話しているな・・・ はぁ。


「・・・で? 中尉は『クラっと』きましたか?」

もう、半ば自棄。

「冗談言わないでよ。 これでも、夫のいる身なんですからね」

はぁ!?

「ちゅ、中尉! ご結婚されていたんですか!?」

「そうよ。 人妻よ。 ひ、と、づ、ま!」

ふふん! と。 何故か胸を張って、偉ぶっているよ。
はぁ。 そうですか。 お見それしました。

「で? 本命はどっちなの? 前の上官だって言う、日本美人? それとも、翠華? どっち? ねぇ!?」

・・・貴女もですか。 勘弁して下さいよ。

「黙秘権行使です」

「何よ、意気地無いわね。 どうせなら、2人とも女房にしますッ くらい言いなさいよ!」

「日本は一夫一妻制です」

「中国は今年、一夫多妻制、認めたわよ?」

「俺、日本人です。 日本国籍ですよ?」

「帰化すれば? 中国に」

「馬鹿言わんで下さい」

ああ。 この調子だと。 これからもこの手の話は、付いて回るんだろうなぁ・・・
いや、判っているよ。 自業自得だって。 でも、翠華は『大切な女性』だし。

俺。 本当に、どうするつもり何だろう・・・


「悩め、悩め、若者。 それも青春さ! でもね。 恋愛の先輩として一言、言わせて貰うと。
男と女の関係なんて。 正解は無いんじゃ無い? 結局、それぞれだしね。 お互い幸せなら、それが本人たちにとっての『正解』なんだよ。 きっと」

「はぁ。 『人妻』の言葉は重い、って事ですか?」

「ふふん」






朴中尉が艦内に入ってからも、暫く甲板に居た。

やれやれ。 なんて1日だ。

凄惨な戦場かと思いきや。 今度はシリアスな悩み事相談。 一転して、散々弄られる。

阿呆らしくもなってきたので、艦内に戻る。

「直衛?」

・・・今度は翠華か?

「よう・・・」

「何してたの?」

「黄昏てた。 ついでに、いじけてた」

「? いいけど。 もう休みなさいよ。 明日は早いし」

そうだな。 それに、明日も戦争だ。 せめて、しっかり休むか。

「判った。 じゃ、翠華もな」

そういって、歩き去ろうとすると。 翠華に呼び止められた。

「なに?」

いきなり翠華が抱きついて来て。 俺の首に両手を回して、キスをした。

「おやすみ」

そう言って。 彼女はさっさと艦内に戻って行った。



「・・・・おやすみ」

ちょっとだけ、気分が回復した。
祥子を愛しているけど。 翠華も、俺の女だ。 この場合、『大切な女性』だ。 いいよな?














「・・・・・見た? ギュゼル」
「ええ、しっかりと。 ヴェロニカ」
「やっぱり、二股なんだぁ・・・」
「そう前から言っているわよ? ミン・メイ」
「文怜、親友でしょ? 何とか説得しなさいよ」
「無茶言わないで? ギュゼル。 恋は盲目、よ・・・」








「・・・あの娘達。 何を・・・?」
「二コール、どうしました?」
「ああ、美鳳。 ほら、あそこ・・・」
「文怜? ギュゼルにヴェロニカ、ミン・メイも・・・?」
「何を見ているのかしら?」
「さあ・・・?」









「中尉2人に見られなかっただけ、命拾いだな」
「確かこの前は、洗いざらい白状させられたんだったな?」
「おお。 悪いが、笑ったよ」
「ファビオ。 お前が言う?」
「圭介に直人。 見捨てただろ? お前達」

「「「 ま、当分は楽しめそうだ 」」」







[7678] 国連極東編 満州6話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/09 02:04
1993年9月8日 1150 鞍山 最終防衛線 第882独立戦術機甲中隊


「「「「「「 機体が無い!? 」」」」」」」

皆、一斉に悲鳴とも、恨みがましいとも聞こえる声を上げた。
鞍山の国連軍基地。 その戦術機ハンガーだ。

「・・・何せ、今まで配備されていたF-15Cにしても。 本来は極東国連軍の配備機体だ。
我々は、今現在この地で戦っているが・・・ 本来、居候だ。 本当の所属は、欧州国連軍だしな。
極東軍としてはこれ以上、欧州軍のヤクザな独立中隊に回す戦術機は無い、という所だ。
それなら、自分達の予備機にする、とな・・・」

アルトマイエル大尉も、些か弱った声を出している。 何せ、無理を通して分捕ったF-15Cを12機全部、損失してしまったのだ。
他に、趙中尉達のF-15C・3機を含めると、実に15機。 中隊が1日で失う機体とするには、些か多い。

昨日、日本海軍の母艦に収容された俺達の中隊は、日が変わって今日の0830、普蘭店から遼東半島へ上陸。 陸路この鞍山の基地へ辿り着いた。
そこでいきなり、お役御免に等しい宣告を受けたのだ。


「では、我々は、どうするのですか? まさか、歩兵でもやれと?」

圭介の質問に、女性陣が一斉に顔をしかめる。 
男女の区別が無い、と言われる最前線でもやはり、男女比率の大きい部隊は有る訳で。 

直接戦闘兵科では、歩兵(機械化歩兵装甲部隊、軽歩兵部隊)と戦闘工兵は、男の比率が大きい。
逆に、砲兵、機甲部隊、攻撃ヘリ部隊は、女性の比率が大きい部隊だった。
因みに戦術機甲部隊は、半々の男女比率だ。

「衛士を、慣れない歩兵戦闘で、すり潰すような真似はせんよ」

そうは言うが、しかしこれと言って策は無い。 大尉も実に困っているようだ。

「最悪。 余剰のあるF-4系の練習機に武装してでも、出撃するしかないか・・・」

練習機と言えども、元はF-4。 今なお、息の長い活躍をしている機体だ。 武装すれば確かに、戦場で戦える。
俺だって、初陣のあと暫くは、F-4の国産機、『撃震』に搭乗していた。

然しながら、第2世代機のF-16C/Dの発展型である「疾風」や、第2世代機最強級のF-15C「イーグル」に乗ってきた時間の方が長い身にとって。
F-4系に乗り直すのは、些か・・・

「何だ? 周防、不満か? F-4とて、正当な戦術機だ。 寧ろ、第1世代機を十全に乗りこなせて初めて、1人前の衛士なのだぞ」

「いえ、そう言う訳では無いのですが。 しかしF-4となると、今までの戦術機動や、中隊内のコンビネーションも、一部考え直しませんと・・・」

「ううむ・・・」

大尉も、頭の痛い所のようだ。 第1世代機と第2世代機とでは、戦い方も大きく変わる。
当然、中隊の戦術も変わる訳であって。 まぁ、そうも言っていられないのも、戦場な訳であって・・・


「なら、その問題。 私が解決してやろうか?」

不意にハンガーの外から声がした。 見ると、帝国軍の軍服に、参謀飾緒を吊るしている。 階級は少佐だ。 誰だ・・・と?

「「河惣少佐!?」」

俺と圭介が同時にハモった。 派遣軍作戦参謀の、河惣巽少佐だったのだ。

少佐と大尉が、同時に俺達を振り返る。

「・・・失礼ですが、少佐殿?」

「ああ、済まない、フォン・アルトマイエル大尉。 私は日本帝国陸軍少佐・河惣巽だ。 帝国大陸派遣軍の作戦参謀をしている。
今は臨時で南方戦線司令部の作戦参謀だ。 こっちに来ていた時に、この騒ぎでな。 急遽、統合軍に『徴兵』されてね」

つまり、人手不足の南方戦線司令部に泣きつかれて、作戦参謀を臨時でやっていたのか。

「こちらの事は、お判りのようですな?」

自分の名まで知っている河惣少佐に、大尉が探りを入れた。 何が目的だ?と。

「警戒しないで良いよ、大尉。 偶々、そっちの周防少尉と長門少尉は、私の旧知でな。 命の恩人でも有る。
彼らの以前の上官は、私の親友で、朋友だ。 私の方でも、どこか体を持て余している戦術機部隊を物色していてね。 それも、腕の立つ。
君の部隊なら、うってつけと判断した訳だ。 『ヴィントシュトース(Windstoß 突風)』ヴァルターならね」

ヴィントシュトース? どうやら、大尉の異名のようだが。 初耳だな。
しかし、当の大尉は顔をしかめている。

「・・・昔の話です」

「なら、『ブービ(赤ん坊)』の方が良かったかな?」

河惣少佐が、意地の悪そうな笑みを浮かべる。 大尉が更に顔をしかめると同時に、オベール中尉が噴き出した。

「・・・・中尉」

「ん・・・コホン。 失礼しました、大尉」

「まぁ、お遊びはここまでとして。 ついて来てくれ。 その眼で見てから、判断してもらって結構だ」

河総少佐がそう言って、隣接するハンガーへ入って行く。
途中でトレーラーの大群が目に入った、が・・・

「おい、周防、長門。 あれ・・・」

「ああ。 何で?」

「何でだろうな・・・?」

帝国軍の、86式特大型運搬車(戦術機用トレーラー)だった。 帝国の輸送部隊が、どうしてここに?


「こっちだ。 入ってくれ」

86式を横目に、ハンガーに入る。 そこには40機近い戦術機が有った。 1個大隊分強 機種は・・・


「「「 F-16!? 」」」

ファビオに、ギュゼルとヴェロニカが、まず疑問形で機種名を言う。

「違うわ。 F-92シリーズよ。 でも・・・」

「はい。 日本軍採用のF-92Jでも、中国軍用の殲撃9型(F-92C)とも、違う・・・」

趙中尉と翠華も、判らない。

「韓国軍の“コリアン・ヴァイパー”(F-92K)とも、形状が少し違うわ」 「ええ、そうね・・・」

朴中尉と李中尉も、戸惑っている。


「周防、長門、久賀。 何だ? この機体は・・・?」

アルトマイエル大尉が聞いてくるけど。 俺達も初見の機体だった。
確かに「疾風」、F-92系の機体だ。 でも、全体のフォルムが所々異なる。

背面や腰部のスラスターの数が、1基ずつ多い。 肩部の装甲ブロックは、推力偏向(スラストベクター)付きのスラスターが付いている。
全体に、上半身部の占める割合が大きい。 「疾風」はこれ程、上下比率が極端じゃ無い。


「新型・・・ じゃないな。 そんな話、聞こえてこなかった」

機体を見上げながら、圭介が呟く。

「ああ。 今、光菱が中心で開発中の、第3世代機じゃない。 明らかに『疾風』の系列の機体だ」

久賀も同意する。

「どう思う、直衛?」

圭介に話を振られて、考える。
実はさっきから気になっていた。 スラスターの増設や、肩部のスラスター。 それに、上半身への過剰な重量シフト。 これって・・・

「まさか・・・ 第3世代機研究用の・・・ 実証試験機ですか?」

「「「「「 !? 」」」」」

だとしたら。 帝国にとっては、機密中の機密だぞ!?


「流石。 正解だ」

少佐があっさり言い放つ。

「いいんですか!? そんな、機密の塊じゃないですか!」
「参謀本部が、許可を出したんですか!?」
「それよりも! 国防省がそんな許可、出す筈が!」

俺達、帝国出身組の驚きを目に、少佐が楽しそうに笑う。

「ははは。 いや、安心した。 国連軍に出向になっても、腐っては居ないようだな。 流石は、帝国の烈士だ。
いや、すまん。 茶化したのでは無いんだ。 実際の所、確かに第3世代技術研究用の実証試験機だ。
しかし、この機体は『保険』でな。 持ち出し制限は『本命』に比べて、格段に緩い。 実際問題、参謀本部も、国防省も、『好きにしろ』といった具合でな。
で、またもやメーカー達が『好きにした』のだよ。 全く、押しつけられるこっちの身にも、なって欲しいものだ・・・」

少佐が大げさに嘆息する。

「・・・どう言う事だ?」

大尉が小声で聞いてくる。

「元々、F-92シリーズは、イレギュラーな機体でして・・・」

俺が、F-92「疾風」採用までの経緯を、かいつまんで説明する。 なにせ、当時はその『現場当事者』だったのだから。


「つまり。 日本帝国本国としては、最初から余り当てにしていない機体、と言う事ですか。
本命は、本流のメーカーが開発中。 傍流のメーカー連中がでっち上げた機体の、実証試験機であれば、何をしようが問題視しない、と?」

俺の説明を聞いた大尉が、河惣少佐に確認する。

「・・・元々、採用される可能性が、極端に低い機体だ。 
メーカーにしても、次期主力戦術機を狙うと言うより、現行機体の性能向上処置のデータ取り用。 そんな位置づけの機体だ。 準第3世代機として、な。
まぁ、採用の経緯もあって、その縁で私に運用が一任されている。
しかし、今の状況ではな。 本当なら北部に運んで、伝手のある大隊で運用試験をして貰おうと、考えていたのだが・・・」

古巣の、第2大隊の事だろうな。
しかし今の状況では、確かに運べないな、北部までは。

「別に、運用するのが帝国軍でなければならない理由は無い。 流石に、中国軍や韓国軍に頼む訳にはいかんが・・・」

「南部にも、日本軍がいますが?」

「大尉。 第9戦術機甲師団は、現在第2防衛線で激戦の真っただ中だ。 そんな所に、おいそれと運べるか?」

「確かに」

どうやら、2人の間に了解が取れたようだ。

「約半数。 16機預ける。 予備機に4機で20機。 壊しても良いが、データはしっかり取って帰ってくれよ?」

「1機多いのですが? 今、中隊の衛士は15名です」

「1人こっちから付ける。 ・・・おい! 神楽! 神楽少尉!」

河惣少佐が、信じられない名前を口にした。 あいつがここに居る筈が・・・
やがて、1人の女性衛士が姿を見せた。 それは・・・

「「「 かっ、神楽ッ!? 」」」

俺に圭介、久賀。 またもや3人同時。 何とかならんかな?
しかし、その女性衛士は俺達を見て、不思議そうに首を傾げている。

「・・・? 失礼ですが。 貴官達とは、初対面の筈。 どなたかと、間違われておられるのでは?」

「・・・失礼した。 確かに初対面だ、貴官とは。 神楽斯衛少尉。 
自分は、周防直衛国連軍少尉。 こちらは、長門圭介国連軍少尉に、久賀直人国連軍少尉。
貴官の妹御、神楽緋色帝国陸軍少尉とは、長らく戦友だった」

緋色が言っていた。 自分には、双子の姉が斯衛に在籍していると。 その衛士はその『双子の姉』のようだ。

「ご丁寧に、痛み入ります。 ・・・そうですか、貴官達が。 妹の便りの中で、存じ上げております。 大層、信頼に足る戦友達だと。
私は、神楽 緋紗(ひさ)。 帝国斯衛軍少尉。 見知りおきを」

今更ながらに気付いた。 強化装備は斯衛のものだ。 色は山吹(黄)
少佐が話を繋ぐ。

「君等には、もう紹介は良いな? 見ての通り、帝国斯衛軍の衛士だ。 国防省・城代省技術交流研究部会の一環で、今回こっちに来ていた。
アルトマイエル大尉。 彼女は、実戦経験は無いが、足手纏いにはなるまい。 その辺の事は、そっちの3人にでも聞いてくれ。
彼女の双子の妹とは、前に同じ部隊で1年以上、共に戦ってきた連中だ。
神楽少尉。 一時的にだが、アルトマイエル国連軍大尉の指揮下に入れ。 いいな?」

「はッ!」

「宜しいでしょう。 頭数は、多いに越した事は無いですからな。 では、神楽少尉。 君のポジションは・・・」

「原隊では、突撃前衛を仰せつかっておりました」

大尉が決定する前に、あっさり要求を言う。 この辺り、斯衛だな。 俺的には、ちょっとばかり受け付けない。

「突撃前衛は、足りている。 D小隊。 強襲前衛小隊だ。 ポジションは・・・ 李中尉?」

「強襲掃討を、大尉。 いいな? 神楽少尉」

「はッ! 中尉殿!」

意外にあっさりと受け入れたな。 ちょっとばかり、ホッとして。 安心した。
ま、妹の緋色も。 生真面目な所は有ったけど、結構周りに溶け込んでいた。 その姉だ。 正反対な性格、って事は無いだろう。 多分・・・


「では、早速搭乗して貰うか。 この機体、名称はF-92M-2(Mod-2)だ。 ま、『疾風』でも、『ヴァイパー』でも、好きに呼んでくれて良い。
因みに、OBL(オペレーションバイライト)と、新型CPUを搭載させている。 『疾風』とは、実は別モノと言っていい機体だ。 気をつけろ?」









≪1255 北部第2防衛線 日本帝国軍第9戦術機甲師団≫


「戦況は、何とか想定内で推移しております。 損耗率は17%。 
第1防衛線の国連軍・第37戦術機甲師団―――実質は連隊規模―――を指揮下に収めて居ったのが、有効打になっております」

国連軍のF-15C、1個連隊。 戦域支援砲撃戦には、うってつけだ。 お陰で師団は未だ、本来の師団定数の戦力を維持している。
師団主力は、92式「疾風」 これにF-15Cを1個連隊と、少数の77式「撃震」 何とかして見せる。

師団長・有坂幸平帝国軍少将は、戦況MAPを見つつ、内心で思った。
第2防衛線は、我々以外に華北軍から合流した、中国軍第189戦術機甲師団も居る。
第1防衛線を吸収した第2防衛線戦力は、北部と南部で、戦術機甲師団5個、機甲師団7個を主力とする。

これに、2隻を失ったとは言え、未だ有力な砲撃支援能力を有する海軍戦艦部隊。 そして巡洋艦以下の誘導弾(VLS)支援も、戦力として見込める。
流石に、母艦戦術機甲部隊は、戦力の40%を喪失し、今後の支援を見込めるかは、怪しい限りだったが。

現在、防衛作戦はプランA・フェイズ3に移行した。
第2防衛線の北部と南部、この境界を一部、わざと突破させた。 BETAはこの『突破口』から、東北平原に雪崩れ込んでいる。

全てを『流し込んだ』後に、東を最終防衛線が、北と西を第2防衛線が包み込み、南を艦隊からの全力砲撃・誘導弾攻撃で一気に勝負をかける。

現在、北部でブラゴエスチェンスクC群のBETA、4万1000に対応している北方戦線司令部からは、既に7割近くを殲滅成功したとの報告が入っている。
戦略予備の1個戦術機甲師団を南部へ回す、との連絡も入ったばかりだった。

(この調子なら。 なんとかプランAで勝負をつける事が出来る。 ・・・できれば、プランBは実施したくないしな)

今戦線は、阜新寄りに、中国軍第189戦術機甲師団が。 瀋陽よりの新民に第9戦術機甲師団が布陣している。
遼河を挟んだ対岸には、最終防衛線の韓国軍第5戦術機甲師団が布陣している。


「司令部より通達! 『プランA・フェイズ4準備段階に移行』!」
「第91戦術機甲連隊、前進開始します!」
「第229機甲師団より、『支援砲撃位置、確保』です!」
「国連軍第371戦術機甲連隊(旧第37師団再編)、支援攻撃位置につきました!」


「よし。 参謀長。 師団全部隊に連絡・・・『待って下さいッ!! ・・・地中振動捕捉!』 ・・・何ぃ!?」


不意に、司令部にまで震動が伝わる。

「BETA! 地中侵攻です!」
「馬鹿なッ! 一対何百キロ、ハイブから離れているとッ・・・!」
「事実だッ! 全部隊に緊急! BETAの地中侵攻警戒! 急げ!!」
「予測出現地点・・・ 出ました! エリアB7R! 第93連隊の後背です! 師団規模!」


拙いッ! 93連隊は、最も錬度の低い新規編成部隊だ。 第1世代機の『撃震』配備数が最も多い部隊でも有る。

「予備の92連隊を至急、増援に回せ! 93が突破されたら、最終防衛線との間を、食い破られるぞ!」
「北方戦線からの増援はどうだ!?」
「きゅ、急行中です!」
「急がせろ! 北から挟撃して殲滅する!」


(ここが我慢のしどころだ。 頼む、耐えてくれよ、93連隊!)

有坂師団長は、日頃思い出しもしなかった神や仏に、思わず願わないでいられなかった。









≪1325 第882独立戦術機甲中隊≫


いきなりの出撃命令。 場所は瀋陽の西、遼河の対岸、新民。
師団規模のBETAが、第9師団後背に地中侵攻をかけてきた。 お陰で直撃を喰らった第93連隊が壊滅状態。
ここを抜かれたら、防衛線の裏に出られてしまう。 何もない、無防備な地域に。

≪CPよりグラム、状況を確認します。
戦域は新民。 BETAは旅団規模、約6000 光線属種の存在を確認。 要塞級も10体ほどいます。
現在、第9師団が全力防戦中。 グラム中隊は、エリアD9G、座標NE-39-41へ急行願います。
93連隊残余の1個中隊が配備されていますが、司令部はここを突破される可能性が高いと判断。 協同して突破阻止を。
中隊名は ≪ブレード≫ 配備機は77式『撃震』8機 ≫

1個中隊で8機? 1小隊壊滅か?

『グラム・リーダー了解。 グラム各機、聞いての通りだ。 D9GまでNOEで飛ばす。
高度制限は50! 5分だ。 5分で到達しろ!』

『『『 了解 』』』

16機のF-92M-2が、FJ111-IHI-132を戦闘出力まで上げて、低空高速NOEを始める。
FJ111-IHI-132はF110-GE-132の発展改良・推力向上型として、石河嶋重工がこれまでのノウハウを注ぎ込んで新規開発した戦術機用主機だった。
以前の「疾風」やF-15Cとで比較すると、22%もの推力向上が図られている。 その分、加速Gが凄い!

『うわッ!』 『な、なに!? この機体!』 『くぅ!』

少佐の『別モノと言っていい機体』と言う言葉が解った。 「疾風」に乗り慣れていた俺達3人でさえ、いきなりの加速には面喰った程だ。
F-92系に乗った経験の無い者たちは、かなり驚いている。

しかし。 じゃじゃ馬っぽいが、その実しっかり反応する。 トルクも十二分に太いようだし、パワーバンドも広い所は、やはりF-92系だ。
慣れれば、これ程戦場で頼りになる機体は無いと思う。


『確かに、凄いパワーに出力帯の幅も広いですが・・・ 何やら、癖が無さ過ぎると言うか。 特徴が無さ過ぎの感がします』

神楽少尉が感想を漏らす。 斯衛の『瑞鶴』と比べたら、そうなんだろうな。

「癖が無い。 結構じゃないか。 戦場で使うのは『武人の蛮用』に耐える機体だ。 一芸に秀でた『工芸品』じゃない。
どんな状況の戦場でも、一定以上の性能を引き出せる『軍馬』だ。 ご丁寧な馬場で飼い馴らされた『競走馬』じゃ無理だ」

彼女の感想に、思わず口を挟んでしまう。

『周防少尉。 今の発言は、斯衛が戦場では役立たずだ、と言われているのですか?』

網膜スクリーンに、かなりムッとした表情の、神楽少尉が映し出される。

「そうは言っていない。 使用条件の違いだ。 俺たち国連軍や、帝国国防軍は、あらゆる条件の戦場での運用を、前提にした機体が必要だ。
斯衛は日本国内での、警護対象を守りきる条件での運用を、前提にした機体が必要だ。
その違いだ。 『疾風』、いや、F-92系は前者の機体なんだ」

神楽少尉が押し黙る。 納得したとは言えないのだろうが、言いたい事は判ったようだった。
まして、F-92系は輸出も前提にした機体だ。 日本国内での運用だけを前提にした開発では、対応できない。

発進して、そろそろ25分近い。 戦術MAPの広域索敵モード表示は、BETAの赤で埋まっていた。
遠景に、BETAと激戦を繰り広げる砲火が視認できた。


『リーダーより各機。 そろそろ目標地点だ。 周辺警戒を厳に・・・ 『撤退だ! 中隊長! この数じゃ、保たない!』 ・・・! 始まっていたか!』

オープン通信回線に、ブレード中隊と思しき通信が入って来た。 どうやら、苦戦で、しかも撤退が必要な状況らしい、くそっ

どこだ!? 戦術MAPを精密走査モードに切り替える。 ―――いた。

「B02、タリホー! ワン・オクロック!(敵発見、1時方向)」

報告と同時に、更に高度を下げ地表面噴射滑走に移る。 光線級、それも重光線級を視認したからだった。  機体を少しだけ、右に振る。


『リーダー確認。 各機! 陣形・アローヘッド・ワン(楔壱型)! B02に続け! 突撃!』

『『『『 了解!! 』』』』

50~60m程の起伏を盾にして、高速滑走で急接近する。


『うわあぁぁ! 寄るな! 来るな! た、助けてッ うぎゃあああ!』
『このッ! くそっ くそっ くそっ!』
『畜生! 小さいのが邪魔で、攻撃がッ! うわぁ!』

『中隊! あ、焦るなっ! 半円防御陣形!』


≪ブレード≫ 中隊の苦戦が通信で聞こえる。 しかし・・・ 何だ? こいつら。 まるで初陣の新米の集まりじゃないか。
いくら『撃震』配備部隊だからと言って、ここまで短期間で刺し込まれるのは、不自然だぞ・・・

そんな思いを頭の片隅で思いつつ、起伏から出た瞬間、120mmを重光線級に照準する。 同時にそいつが既に、照射態勢に入っている事を瞬時に確認した。

(まずい!)

咄嗟に120mmHESH弾を発射する。 弾頭が重光線級に命中して炸裂するのと、レーザーが照射されるのと、どちらが早かったのか。
やや上向きの角度で照射されたレーザーが、『撃震』の1機を襲う。

『中隊長! 神宮司、危ないッ! ・・・うわあぁ!』
『あ、新井!?』

≪ブレード≫ 隊の悲鳴が聞こえる。 同時に中隊全機が、光線級の群に乱入する。

『リーダーよりグラム各機! ここを抑える! グラムD! 光線級を殲滅しろ! AとCは広域制圧支援! 
グラムB! ≪ブレード≫ 前面の要撃級と戦車級を始末しろ! この場を死守する!』

『グラムB、了解! 小隊、続きなさい!』
『グラムC、Aとの共同制圧、了解!』
『グラムD了解! 光線級を殲滅するわよ! 続け!』

各小隊が散開する。
グラムB、俺達B小隊が、前方の≪ブレード≫中隊に迫っている要撃級の1群に急迫する。
『撃震』の残存、3機。 うち1機は先程のレーザー照射を掠ったようだ。 中破している。
他の2機も、機体を損傷していた。

要撃級がこちらに気づく。 急速旋回で正対し、突撃してきた。 
攻撃範囲ギリギリで噴射跳躍。 要撃級を飛び越しざまに、真上から36mmを連射で叩きこむ。 そのまま噴射滑走して≪ブレード≫の3機まで近づく。

残った要撃級は、旋回する個体にはエレメントのギュゼルが120mmを背後から浴びせかけ。
そのまま突撃した個体には、俺が背後から120mmと36mmを浴びせかけて始末する。 6体を葬った。
趙中尉とファビオのエレメントも、5体を無力化していた。

小隊が合流し、残った小型種―――ほとんど戦車級―――の群に、120mmキャニスターを撃ち込み、36mmで掃射する。

『こちら≪グラムB≫ 国連軍の趙美鳳中尉! ≪ブレード≫! 聞こえますかッ!? 応答を!』

突撃砲を撃ちながら、趙中尉が呼びかける。 が、なかなか応答が無い。

『!? ≪ブレード≫! 指揮官は!? 誰が指揮を!? ≪ブレード≫!』

俺が大急ぎで、フレンドリーコードを検索する。

≪ブレード≫中隊。 あった。 帝国軍第9戦術機甲師団。 第93戦術機甲連隊本部付中隊。 中隊長・・・ なに!? 中隊長は、神宮司まりも『少尉』だと!?
全員、19期前期卒・・・ こいつら全員、今年の新任じゃないか! 無茶苦茶だ!!


「小隊長! コード転送! 駄目です、こいつら全員、新任です! 指揮権を獲って下さい!」

『何ですって!?』

趙中尉も驚愕している。 当然だ。 戦場初体験の第9師団で、それも今年卒業の、初陣の新任達だけで、部隊戦闘なんか出来るものか!
何を考えていやがる! 第93連隊の馬鹿共は!!

『どうでもいけど! 早くしてくれ! また要撃級が来やがった! 20体!』
『後続で戦車級80体強! どうしますか、中尉! 腑抜けた新任3機のお守りをしながらでは、厳しいですよ!』

ファビオとギュゼルが、後続のBETA情報を告げる。

『くっ!』

『中尉! ブレード02のバイタル悪化! 心拍数が低下します!』

「まずいです。 ブレード・リーダーも血圧低下。 このままでは・・・」

2人の衛士の状態がまずい。 このままでは死ぬ。

『グラムB01より小隊! B02とB04は、≪ブレード≫を後方のB-119収容基地へ! 収容次第、戦線に復帰! 
B03! それまで何とか、ここを保たせますよ! 覚悟なさい!』

「B02、了解!」
『B04、了解です!』
『B03、了解。 早く戻って来てくれよぉ~~?』

最後にファビオがおどけて応答する。 俺もわざとらしく、不敵な笑いで答える。


「ギュゼル。 噴射跳躍は駄目だ。 地表面噴射滑走から、低G加速でNOEに入ろう」

『ええ。 高Gは負担が大きすぎるわね・・・ ≪ブレード06≫ 貴方は一人で大丈夫ですね? ・・・宜しいです。 では続航して下さい。
直衛、リーダー機をお願い。 私は02機を保持するわ』

「了解。 ≪ブレード・リーダー≫これから地表面噴射滑走からNOEに入る。 いいか?」

『あ・・・ ああ・・・・』

駄目だ。 負傷もそうだが、心理的な打撃で、半ば心神喪失状態か。
仕方ない。 自律制御を奪わせて貰う。

「ギュゼル。 帝国軍の自律制御の、接続コードを送る・・・ 完了。 そっちは頼む」

『OK 流石は、古巣ね。 勝手知ったる、ってやつよね』

全くだな。 普通なら国連軍が、帝国軍の自律制御・強制接続コードなんて知らない。

「いくぞッ!」

地表面噴射滑走から、低空低速NOEへ。 逸る気持ちを抑えて、B-119へと向かった。





暫くして、リーダー機の衛士が正気を取り戻した。

『あ・・・ う・・・ こ、ここは!?』

「正気に返ったか。 今、低空NOEでB-119に向かっている。 悪いが自律制御はこっちでやっているぞ。 ああ、君の隊の他の2機も居る。
今のところ、何とか無事だ。 1人は早く野戦病院に放り込まなきゃならないが」

『何を・・・ 返して! 引き返して! まだ! まだ戦場に部下が! 仲間が!』

錯乱したか?

「落ち着け。 ≪ブレード≫は、ここに居る3機だけだ。 後はやられた。 俺達は国連軍の≪グラム≫中隊。 君達の支援に来た。
3機ともボロボロだ。 戦闘続行は無理だ。 一旦下がるんだ」

なるだけ、ゆっくりと。 簡潔に判り易く、説明する。
戦場のショックでこうなったら、長ったらしい会話は、理解出来無くなってしまうからだ。

『やられた・・・? もう、いない・・・? みんな・・・ みんな・・・』

拙い。 心理ショックから、失神状態に移行しそうだ。 血圧も低下気味になって来た。


「神宮司! 答えろ! 姓名! 階級! 所属! 卒業期! 言え! 神宮司!!」

何かを話し続けささないと。 このまま失神から低血圧症を起こして、死ぬ。

『う・・・ あ・・・?』

「答えろ! 神宮司! 俺は18期前期の、周防少尉だ! 神宮司!!」

『あ・・・ じ、神宮司、まりも・・・少尉。 第93連隊・・・ 19期、前期・・・練馬分校・・・』

練馬? 東京衛士訓練校の、練馬分校か。

「声が小さい! 貴様それでも衛士か! もう一度言え!」

『じ、神宮司、まりも少尉  第93連隊・・・ 19期前期、練馬分校・・・!』

「まだまだ! よくそれで卒業できたな!? 貴様の出身校は、腑抜けの集まりかッ!?」

『ッ! 神宮司、まりも少尉! 第93連隊! 19期前期、練馬分校!』

「娑婆じゃないんだ! なんだ、そのお嬢様みたいな声は! それが衛士の声か!」

『くっ! 神宮司まりも少尉!! 第93連隊!! 19期前期!! 練馬分校!! 私は、私達は、衛士だ!!!』




10分後。 何とか無事に≪ブレード≫の3機をB-119に収容させた。
隊長の神宮司は結局失神したが、彼女と6番機の衛士(名前は知らない)は、傷自体は命に別条は無さそうだった。
しかし、レーザー照射を喰らった2番機の衛士(新井、と言う名だった)は、体の半身を焼かれていた。 重度の火傷だ。 助かるかどうかは、正直判らない。

3人を野戦病院に引き渡した俺とギュゼルは、今度こそ全速NOEでふっ飛ばしていた。
何より、小隊の半数を抽出して戦っている趙中尉とファビオが心配だった。

『まぁ、趙中尉はベテランなのだし。 それに他の小隊も同じ戦場に居るわ。 何とかなると思う。
ファビオはあれで、要領が良いし』

「と言うか。 要領だけで伸し上がって来ているな、あいつって」

『ぷっ・・・ し、失礼よ? ファビオに・・・ でも、本当にそうね』

ギュゼル、自分で窘めておいて、笑うかい? 説得力無いよ。


「もうすぐ、戦域に突入する。 全周警戒。 特にレーザー照射に注意する事!」

『了解!』

2機のF-92M-2が、低空を轟音を残して、フライパスしていった。










≪1418 最終防衛線 北方 韓国軍第5戦術機甲師団≫


事態は最悪だった。
北西の日本軍第9師団の背後に現れたBETA群の奇襲によって、日本軍の1個連隊(実際は2個大隊半)が壊滅。
両部隊との間に間隙が生じ、そこからBETAが侵入。 第5師団の裏に回り込まれかけている。

師団は前線を南東に一時後退させ、戦線の再構築を図ったが、いかんせん差し込まれ過ぎた。
今は338高地を中心に、防御陣を敷き、日本軍の第9師団第91連隊と、国連軍の1個中隊が、その前面の谷間で阻止戦闘を行っている。

彼等は実に健闘している。 しかし、BETAの数が多い。 完全な阻止は不可能だ。


第5戦術機甲師団長・白慶燁 韓国陸軍少将は、周囲の戦場と、そして彼を見つめる部下達に向かい、静かに口を開いた。

「諸君。 2日も補給がないのに、よく今まで頑張ってくれた。 感謝の言葉もない。
だが、もう我々が下がる場所は無い。

ここが破られれば、BETAは東北平原を、満洲を蹂躙し、そして祖国へ雪崩れ込むだろう。 祖国は滅び、我々には万死が待っている。
この地と、祖国を滅ぼしてはならない気持ちは、皆同じである。

そして見てみろ。 我々と共に戦う信義を果たし、海峡を渡って来た日本軍が。 世界中から馳せ参じた国連軍が。 我々を信じ、あんな谷底で戦っているではないか。
彼らを見捨てて、自分だけ助かろうなどという事は、大韓の士(もののふ)なら、とても恥ずかしくて出来ないことだ。

―――よし、488高地の陣地を奪回するぞ。 俺が先頭だ。 もしも、俺が気後れを見せたら、後ろから撃ってくれ。
すぐに突撃支援砲撃が始まる。 最終砲弾と共に突撃だッ!!」



こうして。 1993年9月8日 1425  BETA大戦史上でも稀有な、師団長自らを先頭に立てた師団突撃が、韓国軍第5戦術機甲師団によって敢行された。







[7678] 国連極東編 満州7話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/09 02:04
1993年9月8日 1520 南方戦線 北部第2防衛線 新民付近


帝国軍第9戦術機甲師団・第91戦術機甲連隊の92式「疾風」32機。77式「撃震」61機。 そして国連軍第882独立戦術機甲中隊の「F-92M-2」16機。 
計109機の戦術機甲部隊が、丘陵部でのBETA阻止戦闘を続けていた。

新民後背から地中侵攻をBETAにかけられた結果、その直前に布陣していた第93戦術機甲連隊が、完全な奇襲を受けほぼ壊滅。 
東方に布陣する韓国軍第5戦術機甲師団との間に、間隙が生じようとしていた。

この穴が空いてしまえば。 戦線北部に侵入してきている、ウランバートルB群に突破される危険性が高い。
新民から北東の法庫(ファークー)、そして長春まで、遮る部隊が居ない。 ブラゴエスチェンスクC群と対峙している北方戦線が、無防備な後背を突かれてしまう。
更には、東北東に針路を取られてしまえば、鉄嶺(ティエリン)から瀋陽――最終防衛線の要――へ、回り込まれてしまう。

そうなれば、全満洲を失う事になる。







『グラム・リーダーよりグラムC! 右翼の小型種を制圧しろ! グラムB、右の掃除終了と同時に、突撃。 前面の要撃級を始末する!
グラムD! Bの喰い残しを全て平らげろ! グラムAは左翼の群れの阻止攻撃に入る! A04、制圧射撃! 行くぞ!』

『グラムC、了解! C04!』 
『C04、FOX01!』
『A04、FOX01!』

大尉の指示、オベール中尉の命令と同時に、朱少尉機と翠華機から、左右へ向けてランチャーから誘導弾が発射される。

数10発の小型誘導弾が着弾する。 左右から押し寄せ、行動の邪魔になっていた小型種BETAが、纏めて吹き飛んだ。


『グラムB! 吶喊します! 近接戦闘!』

趙中尉の声と同時に、俺達小隊の3機も跳躍ユニットを吹かして、水平面噴射跳躍に入った。

『グラムD! Bに続行する! 続け!』

全機が強襲掃討装備の、D小隊が続行する。
突撃前衛小隊のB小隊は、全機が強襲前衛装備だった。

距離200、要撃級が100体以上、固まっている。 小型種は10倍以上。 中隊前面でこれだ。 担当戦区全体では、この10倍は居る。 師団規模のBETA群だ。


「ほらっ! こっちだっ!」

要撃級の間際で、急速横噴射滑走-垂直軸旋回-横噴射滑走で、BETA群の中に割込む。
同時に、左右2門の突撃砲の36mmをばら撒いて、噴射跳躍。 群から飛び出る。

「あと頼む!」
『任せてッ!』

俺の機の機動につられて、旋回を開始した要撃級の横腹に、エレメントを組むギュゼル機が120mmを叩き込み続け、反対側へ横噴射滑走で抜ける。

『周防! ギュゼル! そのまま!』

左右へ向きの割れた要撃級の群へ、趙中尉機が噴射跳躍で飛び越しながら、36mmを下へ掃射。 
着地して、そのまま地表面噴射滑走に入る。 そして中尉を追った個体を、殿軍のファビオが、120mmを撃ち込み始末する。

『掃除終わりぃ!』


4機が合流し、更に前方のBETA群へ。 数体の要撃級が群れている。 小型種もかなりの数だ。
4機合計で8門の突撃砲から、36mmの弾幕射撃を見舞う。

小型種は容易に吹き飛ぶが、要撃級は前腕でブロックする。 その瞬間、空いた空間に120mmを撃ち込み。無力化する。


『グラムB! そのまま突進! こっちで穴を拡げます!』

グラムDの李中尉が、小隊に指示を出して左右のBETA群に掃射をかけ続ける。
B小隊の開けた穴を、後続のD小隊が拡大していく。

『A04、FOX02!』 
『C04、FOX03!』
『A03! グラムB、前方左翼! キャニスターで均します!』
『C03! 狙撃支援! グラムD、突入待て!』

そこにAとC小隊が突入し、前方へ制圧支援攻撃をかける。

誘導弾が前面に着弾する。 左翼の混成BETA群に、キャニスターの散弾が降り注いだ。
右翼からBとDの間に割って入ろうとしていた要撃級が、120mmを側面から喰らって、中身をぶちまける。

中隊の全力攻撃で、大型種の要撃級がなんとか片付いた。


『リーダーより全小隊! このまま突破戦闘! 488高地まで抜くぞッ!!』

『『『 了解! 』』』

大尉の檄が飛ぶ。 何としても、488高地を奪回しない事には。 あそこは周辺で最も標高が有る。 今そこに、光線級に居座られている。
あそこを奪回しない限り、友軍はレーザー照射をどこに居ても受けてしまう。


『でもよッ! 正直、厳しいぜッ!!』

ファビオが2門の突撃砲を、タイムラグをかけながら射撃して、要撃級を屠る。

『そうは言っても! やらなきゃ、じり貧でしょ! ええい! しつこいわよッ!』

集って来た戦車級の群に、ギュゼルが120mmキャニスターを叩き込む。

『各機! 残弾に注意しなさい! 補給はこの先、見込めないのよッ!』

趙中尉が左腕に持った長刀で、要撃級の攻撃を垂直軸旋回で交わしながら、遠心力で叩き切る。

「実際の所! 支援砲撃が無いと、持ちませんよ! 弾薬も、機体も!」

36mmで牽制して、空いた空間に120mmを叩き込み、要撃級を1体始末した。
予備弾倉は、36mmが3本に、120mmは1本のみ。 目測でも、488高地までは、あと3km以上ある。
その間は、BETAの群、群、群!

『あと300押し上げて! 左から223機甲(連隊)が、側面支援砲撃を行うわ!』

『『『 了解!! 』』』


中隊が陣形をダブル・ウイング・ツー(鶴翼複列弐型)に組み替え、BETA群をジリジリと押し上げる。

300と少し押し上げた所で、左翼に埋伏待機(アンブッシュ)していた、第223機甲連隊の90式戦車89両が見えた。

『こちら≪ノーザン・ブル≫! 今、BETAが横っ腹を曝した! これより支援砲撃開始するッ!』

『こちらグラム! てっとり早く料理してくれ! 戦線の保持が、なかなかにホネだッ!』

『了解! 長車より、カク、カク! 目標、前方2000! 大型種を狙えッ! HESHでいく! 
―――――撃ッ!!』

89門の44口径120mm滑腔砲――ラインメタル社の傑作滑腔砲が、火を噴く。
3連射の間に、柔らかい横腹や、脚部接合部に直撃を喰らった大型種が、300体近く吹き飛ぶ。 
その間に中隊各機が120mmキャニスターを撃ち込み、周囲の小型種を掃討した。

『グラムより、≪ノーザン・ブル≫! 支援砲撃、感謝する! 
手筈通り、次はエリアK9D、座標NW-88-76! 北よりの迂回ルートで行けば、BETAに邪魔はされない筈だ!』

『了解! 支援砲撃の出前なら、いつでも承るぜッ!』

223機甲が急速配置転換の為、発進していく。




『クレイモアより、グラム! そちらはどんな状況か!?』

協同している、第91連隊本部から通信が入った。

『グラムより、クレイモア。 現在、エリアK7C 座標NW-92-70 488高地まであと、2500程だ』

『了解! こっちはそちらの北西1.5kmを中心に展開中! このまま押し上げ・・・ いや、ちょっと待ってくれ・・・』

ん? 何だ?

『クレイモア? どうした? 不測事態か?』

≪CPよりグラム! 至急、100m後退して下さい! 広域面制圧支援砲撃の範囲内ですッ!!≫

『何ッ!? くそッ 全機! 緊急後退! 100下がれッ!』

『『『『『 りょ、了解!! 』』』』』

なんてこった! キル・ゾーンだなんて! 味方の砲撃で吹き飛ばされるのは、御免だッ!
大慌てで、後進噴射跳躍をかける。 出力が向上している分、パワーが凄いが、こう言う時は考えものだ、逆Gがきつい! 気持ち悪いッ!!


100mの距離を跳んで着地するのと同時に、甲高い飛翔音が連続して聞こえてきた。
同時に広範囲に砲弾と誘導弾が着弾する。 上空にはレーザーの光線帯が無数に(実際は、数10本なのだが)見えるから、何割かは迎撃阻止されている筈だが。

≪CPよりグラム! 重金属雲発生! 重金属雲発生! 間もなく第2斉射、着弾! 砲撃任務群、第4斉射開始!≫


『やっと、砲撃支援の態勢、整ったようね・・・』

ギュゼルがほっとした声を出す。

第2防衛線の再構築、新民付近でのBETA地中侵攻と。 
その度に陣地変更を余儀なくされた北部第2防衛線の砲撃支援任務群が、ようやく砲撃支援体制を完了させたのだ。

『これで、艦砲射撃の支援が受けられる南部ほどじゃないけど、かなり助かるね』
『本当なら、もっと早く展開して然るべきよッ!』
『仕方ないわ。 何せ、陣地転換する先から、移動しなきゃいけなかったのよ?』
『・・・もう、砲撃支援は無いかと思ったわ・・・ よかった・・・』

ミン・メイ、ヴェロニカ、翠華、文怜も、内心でヒヤヒヤしていたのだろう。

『・・・・凄まじいものですね、大陸の砲撃支援と言うものは・・・』

神楽斯衛少尉が、厳しい表情に、幾分驚きの色で砲撃の様子を見て、呟いている。

「日本国内じゃ、これ程大規模な実弾演習なんか、出来ないからなぁ」
『場所が無い。 弾も無い。 ついでに予算も無い』
『実弾演習でも、装薬半分でやるしなぁ・・・』

俺が呟き、圭介がぼやき、久賀が嘆息する。

殆ど全ての帝国陸軍軍人は、大陸に派遣されるとまず、その凄まじい大規模支援砲撃に度胆を抜かれる。
何せ、国内の演習で年間に使用する砲弾数を、こちらでは場合によっては、半日の支援砲撃で消耗する程だからだ。
1会戦で砲の砲身命数が尽きるなんて、良く聞く話だった。


『緋紗は初めてなの? 砲撃支援見るの』

翠華が神楽少尉に回線で話しかける。

『ええ。 私は斯衛ですので、ずっと国内での警護任務でした』

『コノエ? ああ、ジャパニーズ・インペリアル・ガーズね。 凄いわね、エリートじゃないの?』
『インペリアル・ガーズかぁ。 英国のロイヤル・ガーズと同じなの?』
『じゃあ、緋紗も≪サムライ≫なの? でも、≪ちょんまげ≫じゃないね?』

ヴェロニカ。 斯衛=エリートとは、厳密に違うぞ。 日本の身分制度の問題だ。
ギュゼル。 まぁ、当たらずとも遠からず、だよ。
ミン・メイ。 100年以上も前の話だ、それって。

『ヴェロニカ。 別段、そう言う訳では有りません。 
ギュゼル。 そうですね、似たような組織です。 規模は、我々の方が大きいですが。 
ミン・メイ。 侍は、100年以上前に身分制度としては、廃されました』


『・・・流石、あの神楽の『姉上』だな。 生真面目な所なんか・・・』
『あいつを、もっと淑やかにした感じだな?』
「・・・圭介。 緋色に言ったら、殺されるぞ?」

しかし。 俺も同じ思考とはね・・・


『そろそろ、砲撃が終了する。 同時に突撃を再開するぞ。 ランデブー・ポイントに先回りしている223機甲が孤立すると拙い』

少尉連中の無駄話を聞き流していた大尉が、次の指示を出す。
同時に各小隊長が、小隊各機のステータスチェックを行う。 ―――準備完了。


『よし。 ―――今、第15斉射着弾。 1分後に、最後の第21斉射が来る。 その着弾と同時に―――』
『クレイモアより、グラム! 援軍だ! うしろを見ろッ!』

唐突に、91連隊本部から通信が入る。 ―――うしろ?
後方視認モニターを作動さす。 そこに映った光景は・・・


『な、何だぁ!?』
『第5師団? 韓国軍の・・・ 後方で、戦線の再構築をしていたのでは?』
『ちゅ、中尉! あれ! 先頭のF-92K! ≪王虎≫のマーキングに、No.00!』

ファビオ、趙中尉、ギュゼルが呆気にとられている。
韓国軍第5戦術機甲師団が、全部隊総出で突進しているのだ! しかも、その先頭のF-92Kは・・・!

「李中尉、朴中尉・・・ 『王虎』のNo.00って・・・ まさか・・・」

李珠蘭中尉と、朴貞姫中尉に、恐る恐る、尋ねる。
有って良いのか? そんな事・・・

『パ、白将軍・・・』
『師団長閣下自ら、戦術機にッ!?』

間違いない。 先頭を切っているのは、韓国陸軍・第5戦術機甲師団長・白慶燁少将、その人だ!



『そこに居る部隊! 国連軍か!? 指揮官は!?』

唐突に通信回線が、がなり始めた。

『国連軍第882独立戦術機甲中隊。 フォン・アルトマイエル大尉です。 閣下』

大尉が平然と答える。 驚いていないのか? あの人は?

『うん? 882・・・ 成程! 欧州国連軍の『ヴァルター・デア・ヴィントシュトース』かッ! 貴公、共に行くか?』

『無論。 『王虎』の露払い、努めさせて頂きましょう』

『宜しい。 大変に宜しい。 では参ろうか? 『突風(ヴィントシュトース)』 
見事、BETAに大穴を空けられよ! 
全部隊! 『突風』に続けッ!』

回線からあちこちの部隊の唱和が聞こえる。 何やら皆、アドレナリンが異常分泌している感じだ。
かく言う俺達も。 周りに出現した大部隊の突進に『中てられ』て、いつの間にか興奮していた。

こうして、俺達『グラム』と、第5戦術機甲師団『王虎』が、一斉に最終着弾直後の戦域に突入する。


『こちら第91戦術機甲連隊『クレイモア』! 『王虎』! 『グラム』! 側面突撃はお任せあれ!』
『第22機甲師団『バスタード』だ! 側面支援砲撃は引き受ける! 派手に吶喊しろ!』

ここにも、大馬鹿達の集団がいた。

『有朋自遠方来、不亦楽乎(友有り、遠来より来る、また楽しからずや)』

そう言って、スクリーンの白師団長が微笑する。
何やら用法が違う気もするが・・・ まぁいい。 気分の問題だ。

『グラム・リーダーより、各機! 陣形・アローヘッド・ワン(楔壱型)! 周防! 先陣は貴様だ!』

『了解ッ!!』

大尉の御指名に従い、FJ111-IHI-132を一気にA/Bまで放り込む。 そのまま全速地表面噴射滑走。 真後ろに趙中尉。 右後方がギュゼル、左後方がファビオ。

『直衛! 骨は拾ってやっからよッ! 気張れやッ!』
『ファビオ! 貴方、縁起でもないッ!』
「ファビオ! お前こそドジ踏むなよ!? ギュゼル! こいつがドジ踏んだら、盛大に笑ってやろうぜッ!」
『三人とも! お喋りはおしまいよッ! 周防少尉! 速度は落とさない! 良いわね!?』

「了解!」


『グラム』中隊がアローヘッド・ワンで突進する。
その背後から、第5師団の51連隊が続行していた。 両翼の52、53連隊も突撃を開始する。

前方にBETAの大群。 制圧砲撃でかなり削ったと言え、元々が規格外れの数だ。 そうそう、楽なんか出来ないか。

『グラム』の前方。 丁度、光線級の屯する辺りに、支援砲撃が降り注ぐ。 砲撃任務部隊が、対砲迫戦を開始したのだ。
同時にレーザー照射が始まる。 これで当分、こちらが目を付けられる事は無い。

背後から誘導弾の集中豪雨。 1機、2機じゃなかった。 1個師団に一体、何機の制圧支援機がいる?
無数の誘導弾で前方のBETAが纏めて吹き飛ばされる。 その間隙に飛び込み、36mmを、120mmを構わず速射する。
俺の後ろから続く3機がその間隙を拡げ、背後のD小隊は1機当たり4門の突撃砲を、派手に撃ち込んでくる。

辺りは殆ど傾斜も無い、平坦な地形だ。 その中で唯一、488高地が聳え立っている。
気分はまるで、明治の歩兵だ。 あそこは俺達にとっての、203高地だな!!


『あと1500! 第21機甲! 側面支援射撃を頼む! 第91戦術機甲! 21の射撃後、側面吶喊開始!』

白少将の要請と言う名の命令が飛ぶ。
正直、ここまで1000m。 このBETAの密集度での突破戦闘は厳しい! 
最初の勢いが削がれて、俺も、小隊も、前と左右からの密集攻撃への対処で手が回らなくなってきた。
それどころか、周辺のBETA群まで集まってきやがった!

『21機甲、了解! 主隊自らの誘致導入です、完璧に潰します!』
『91戦術機甲、了解! 糞BETA共! 主攻はこっちだッ! 貴様等のゴミ以下の脳みそに、叩き込め!』

左翼2時方向に布陣していた21機甲師団、253両の90式戦車から、120mm滑腔砲が一斉に火を噴く。 効力射、6連射。 

『91戦術機甲『クレイモア』! 吶喊する! 全機、容赦するな! 叩き潰せッ!』

それまで、遅滞防御戦闘に終始させられてきた、91連隊の「疾風」27機と「撃震」54機が、右翼2時方向から一斉に吶喊する。 
既に1個中隊分の戦力を失っていたが、戦意は存分に増していたようだ。

BETA群の横腹に喰らいついた91連隊の各機が、縦横に掻き回す。
「疾風」が、機動力を駆使して要撃級を翻弄する。 その間隙に「撃震」が小隊単位で突入し、破城鎚の如く群れの内部を削ってゆく。

思わぬ側面攻撃にさらされたBETA群の一部が、方向転換を試みていた。 その為に、新たな間隙が生じた。 その隙を見逃す馬鹿は、衛士じゃない!

「B02よりグラム・リーダー! 右翼の間隙に突っ込みます! 続行!」
『グラム・リーダー了解した! 各機、続けッ!』

側面を曝した要撃級の一群に、120mmを纏めて撃ち込む。 左の突撃砲はこれで弾切れだ。
予備弾倉は36mmと120mmが1本ずつ。
左突撃砲をパージして、網膜スクリーンの兵装選択表示で背部左長刀を選択する。 兵装ラックが跳ね跳び、長刀がラックからパージ。 左腕で保持する。

水平面噴射跳躍をかける。 一気に要撃級に接近すると同時に、こちらに数体が向かってきた。
多角短噴射跳躍に切り替え、サイドを取った要撃級の横腹に36mmを叩き込む。同時に後進噴射跳躍。 左腕は後ろへ長刀を伸ばしたまま、背後の要撃級に迫る。

同時にギュゼルが、36mmを同じ要撃級に叩き込むが、前腕でブロックされる。 それでいい。 そっちはけん制だ。 
俺は跳躍の勢いそのままに、背後の要撃級の、ガラ空きの胴体部分にぶつけるように長刀を突き刺し、直後にその胴体を足場に噴射跳躍。 
着地と同時に、2機とも噴射滑走を再開する。 

「残弾が寂しいなッ! あと1本ずつだ!」

兵装情報スクリーンを見る。 36mmが残弾合計2036発 120mmは7発 

『バックアップするから! 弾倉交換を!』

「頼む!」

スクリーンの選択指示で『弾倉交換』を選択する。 サブアームが伸びて、突撃砲を保持。 36mmと120mm弾倉を交換する―――完了。

「弾倉交換、完了! 最後の1本だ。 これが終わったら、いよいよ切り合いだ!」

『あまり、好きじゃないわッ!』

あと、500m 側面の91連隊との合流地点まで、100m


『王虎よりグラム! 53連隊を左翼から突入させた! 21機甲の支援砲撃付きだ、助攻には十分だ! 
こちらは主隊で拡張突破を続行する! あと500だ、いける。 必ずな!』

白将軍から、全体戦況が入る。
左翼側面からも、掻き回すか! これなら、正面のBETA密度がかなり削がれる! いける! 絶対に!


『グラム・リーダー了解!  ところで、砲撃支援任務群『ルシファーズ・ハンマー』 ひとつ願い事が有るが?』

『ルシファーズ・ハンマーよりグラム・リーダー。 BETAの中に突っ込めって以外なら、承るが?』

『そこまで要求しない。 ついては、突撃破砕射撃をかけて欲しいのだ。 座標を転送する』

『突撃破砕射撃? 今になって、どうして? ―――ッ! 待てッ グラム! この座標! そっちが巻き込まれるぞッ!?』

何やら、嫌な予感がする。 要撃級の前腕をサイドステップで交わし、長刀を打ち下げる。

『問題無い、ルシファーズ・ハンマー。 1斉射毎に砲撃座標を100上げていってくれ。
それで丁度、こちらの突破速度に合致する』

『正気か!?』 

そうだ! 正気じゃ無い! 右から迫る戦車級の群に、120mmキャニスターを撃ち込む。 キャニスターは弾切れだ。

『正気さ。 欧州でもやってのけた事が有る。 あとは、君達の手腕次第だ、こちらの腹は決まっている』

『・・・判った! こうなったら、こっちも意地を見せてやるさ! 
間接砲撃での精密射撃なんざ、砲撃教範にも載って無いな!! 覚悟決めろよッ!?』

決まって無い! 真正面の要撃級の正中線にそって、長刀を振り下ろす。


『おい、直衛・・・』

ファンビオが死人のような顔で、通信を繋いでくる。

『俺達だよな? 先頭は・・・』

「・・・諦めて、腹括れよ、ファビオ」



『ルシファーズ・ハンマー、第1斉射・・・ 開始!』

背後で射撃音がする。 すぐに切り裂くような飛来音に代わり、そして・・・

「ッ~~~~!!」
『どわぁぁ!!』
『勘弁してよッ!』
『くぅ! こ、これは!』

感覚的には直ぐ直近に、着弾しているように感じる。

『グラムB! ビビるなッ! 破壊有効圏はギリギリ外している! 突っ込め!』

大尉が悪魔に見えてきた。

「くそッ! どうなっても知らんッ! 中尉! ファビオ! ギュゼル! 最後の地獄だ、突っ込む!」

『『『 了解!! 』』』

4人とも殆ど自棄気味で突入する。 目前で次々に吹き飛ぶBETAの群。 その中に、爆煙が収まらないうちに突っ込む戦術機。

488高地まで、100を切った。 だんだん、傾斜がきつくなってくる。


『グラム・リーダーより、ルシファーズ・ハンマー。 次で最後・・・『グラムB02よりルシファーズ・ハンマー! あと2斉射要請!』 ・・・周防!?』

『ルシファーズ・ハンマーよりグラム。 どっちだ!? 早く!』

「大尉! あと2斉射! お願いします! てっぺんの光線級のど真ん中に!」

斜面から落ちてくるように接近する要撃級を、横噴射跳躍で回避。 すれ違いざまに、頭部のように見える胴体を、長刀で薙ぎ払う。

『危険だ! それこそ巻き込まれるぞ!』

「大丈夫です! 次の斉射までに、要撃級を排除! 最後の斉射着弾直後に、一気に噴射跳躍でケリをつけますッ!」

『・・・趙中尉!?』

『02の判断を支持します。 こうなったら、もう最後までやってしまいましょう』

『・・・君は、もっと理知的だと思っていたが』

『指揮官に感化されました。 責任は取って頂きますわよ?』

『副官とも、吟味する・・・』

甲斐性無し~! あちこちから非難の声が上がる。


『黙れッ! くそッ ルシファーズ・ハンマー! いま暫く、馬鹿共の宴に付き合って貰いたい! 斉射間隔は20秒!  
リーダーより各機! 次の斉射後。20秒が勝負だ! その間で残りの要撃級を平らげろ!』

『『『 了解! 』』』


『ルシファーズ・ハンマーより、グラム! 突撃破砕射撃、斉射開始! ―――次は20秒後だ!』


飛来音が高まる。 やがて―――着弾!

「ッ――――! よしッ! 吶喊する!」

『おう!』 『了解!』 『ええい!もう!』


15秒 エレメントで要撃級を2体無力化。 中尉達も1体を屠った。
10秒 跳躍予定地点の要撃級3体。 120mmの集中射撃で始末する。 これで120mmは4機とも弾切れ。
5秒  再び飛来音。 機体を耐衝撃姿勢にして、待ち構える。
3秒、2秒、1秒、着弾!

「うっく!」
『むうぅぅぅ!』
『うあっ!』
『ひぃ!』

直ぐ上に見える頂上付近に着弾する。 過半が迎撃阻止されているが、それでも有効半径ギリギリで身構える身としては、凄まじい衝撃だ。

―――着弾から5秒

「吶喊する! インターバルは、あと7秒だ!」

俺は叫ぶやいなや、噴射跳躍をかける。 同時に他の3機も噴射跳躍に移行する。




「これで終わりだ! 糞BETAッ!!」








[7678] 国連極東編 満州最終話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/10 07:33
1993年10月12日 1125 遼寧省 鉄嶺~四平間 幹線路


秋の長雨の季節になっていた。

お世辞にも、状態が良いとは言えない満洲の道路事情。 
北から撤退してくる部隊は、泥濘にはまり込んだ車両が続出で、往生している。
俺達戦術機部隊は、そんな車両を「抜き出す」仕事と、周辺警戒にここのところずっと就いていた。

どんよりと曇った空が、地平線の彼方まで続いている。 昼なお暗く、遠くで雷鳴が響いていた。


『なぁ、俺達、勝ったんだよな?』

ファビオが通信回線で話しかけてきた。 
スクリーンにファビオの機体が映っている。  F-4Eをベースにした、練習機用のTF-4E。それに武装を施している。
かく言う俺も、同じ機体だ。

1か月前乗っていた「F-92M-2」は、今頃帝国本土だろう。 戦場での『実証試験』も上々で、メーカーの連中もさぞ、喜んでいるだろうな、ふん。
もともと、イレギュラーで搭乗していたのだ。 試験が終われば、お役御免か。 
仕方が無いので、中隊は余剰のTF-4Eに搭乗している。


「勝ったよ。 ああ、確かに勝ったさ」

1か月前の、あの戦い。 3つのハイブから溢れ返ったBETAの大侵攻。 確かに、支え切った。
陸軍部隊も、海軍部隊も、ボロボロになるまで奮戦して、BETAの殲滅に成功した。
確かに、成功したのだ。


『海軍なんてよ。 戦艦2隻沈没に、母艦戦術機部隊なんか、損失70%だぜ? 巡洋艦や駆逐艦なんかも、結構沈んだんだろ?
俺達陸軍部隊だって、損失60%近いんだぜ? そんなになってまで、戦って、勝ったんだろ? なのに・・・』

なのに。 

どうして北部満洲から、撤退しなきゃいけないんだ?
どうして中部満洲まで、放棄しなきゃいけないんだ?
どうして勝った側が、後退しなきゃいけないんだ?

ファビオの無言の部分には、そんな声が含まれている。


「戦力を、すり潰し過ぎたな・・・ もう、満洲全域をカヴァーするだけの兵力が無いよ。
華北もBETAの勢力圏になったし、そっち方面への防衛に重点置かなきゃ。 一気に朝鮮半島まで突っ込まれてしまうよ」

雨が酷くなってきた。 凄い豪雨だ。 視界が50mも利かない。

―――そうだ。 戦力を失い過ぎた。

あの戦闘は、あれから2日後、9月10日まで継続した。

最後は戦略予備を北部第2防衛線に投入し、北方戦線からの増援の戦術機甲1個師団も投入して、北からBETA群を圧迫した。
そして9月9日には、南部に集まったBETA群に対し、海上から戦艦群が、砲身命数が超過する程の凄まじい艦砲射撃を集中して。
更に随伴の巡洋艦、駆逐艦、フリゲート艦も、BETA群を誘導弾の射程内に入れる為、ギリギリまで突入して、艦砲と誘導弾の豪雨を見舞った。
西と東からも、陸軍砲兵部隊が全力制圧砲撃を敢行。 重砲の88%が、砲身命数超過で何らかの故障を生じさせた程だった。
最後は、戦術機甲部隊と機甲部隊が突入して、進入してきたBETA群を殲滅した。


しかしその代償として、戦力消耗は最早、満洲全域を守りきる事が、不可能な状態になる程のレベルに落ち込んだ。

その結果を踏まえ、統合軍作戦会議(日中韓・3カ国統合幕僚会議)は、北部・中部満洲の放棄を決定。
新たな防衛ラインを、遼東半島の付け根・営口から始まり、鞍山-瀋陽に至る西部防衛ラインと、瀋陽から、撫順―遼源―牡丹河に至る、北部防衛ラインに設定した。
遼東半島、朝鮮半島国境線、そして沿海州の玄関口・ウラジオストークに至るラインを、極東の『絶対防衛線』としたのだ。


(ここを破られたら。 今度こそ帝国本土が、戦域に入ってしまうな。 朝鮮半島の防衛線は、数年しか持たないだろう・・・)

中国の華北軍管区は、壊滅状態だ。 かろうじて、満洲軍管区戦力は60%を維持しているが。 
それだけでは、ウランバートルハイブと、ブラゴエスチェンスクハイブのBETA群の圧力に抗しきれない。
更には今回、前例が出来たように。 重慶ハイブのような遠方のハイブからの『遠征』も、今後もあり得る。
極東戦域での要監視ハイブは、これまでのH18・ウランバートル、H19・ブラゴエスチェンスク以外に、H16・重慶ハイブ、そしてH14・敦煌ハイブも加わった。

とてもではないが、現有戦力での北部、中部満洲防衛は、絵空事に等しい状態になっている。


韓国軍も、最早形り振り構っていられなくなっている。 今月上旬に、国家総動員令が発令され、韓国の徴兵年齢は今月から、男女ともに15歳に引き下げられた。

帝国も近い将来、そうなって行くのだろうか。

嫌な考えばかり、頭をよぎる。




ファビオが、遠くを見る目つきで話し続ける。

『国に居た時の事さ。 イタリアが陥落したのは6年前、87年だけど。 俺、その時14歳でさ。
その前の年、86年から徴兵年齢が15歳に下がって。 俺は5人兄弟の4番目でな。 上に兄貴が2人に、2歳上の姉さんがいて。 下は4歳下の妹でね』

ファビオが身の上話をするのは、初めてだな・・・

『兄貴達はもう、衛士になっていて。 ・・・2人とも、戦死していたんだ、その頃には。 親父は職業軍人で、78年の『パレオロゴス』で、ミンスクの北で死んじまってた。
5歳の時だから、あんまり記憶が無いんだわ、親父の。 お袋も心労がたたって、俺が10歳の時に死んじまったし』

・・・・・・

『まぁ、そんなんで、家の事は姉さんに任せっきりでな。 でも、歌の上手い人でね。 将来は声楽なんか、勉強したかったようだ。
そんな姉さんにさ。 86年に召集令状が届いた・・・ 泣いていたよ、一晩中。 こっそりとね。
で、翌朝、徴兵事務所に出頭して行ったよ。 『ファビオ。 お兄ちゃんなんだから、しっかりね』って言ってさ。 15歳の誕生日の、10日前だった』

スクリーンのファビオは、涙を流しながらも、声は平静だった。

『その翌年さ、イタリアが駄目になったのは。 俺の故郷はナポリでな。 俺と妹は、ナポリ港から出る難民船に紛れ込んで、なんとか脱出した。
ポルトガルのリスボンに着いて、そこからまた、イギリスのリヴァプールに着いてからだよ。
難民キャンプに入って、そこでイタリア軍の・・・ 姉さんがいた部隊が、ナポリの防衛戦で全滅したって聞かされたのは・・・』

「・・・だからか? 国連軍に志願したのは」

『ああ。 欧州連合軍って手も有ったけどよ。 国籍も何も、証明できるもの持って無くてな。
俺が国連軍に入れば。 少なくとも妹は、国連の施設に入る事が出来るんだ。 あの糞忌々しいキャンプから出る事が出来る。
妹は、頭が良くってよ。 去年の9月に飛び級で、大学に入学したんだ。 大学生は、徴兵猶予だしな』

「自慢の妹さんか・・・」

『おうよ。 だから、俺は・・・ 俺は絶対に、あと3年は死ねない。 死んじまったら、妹が大学に居られなくなる。
俺が国連軍に居るから、奨学金が降りているんだよ。 大学を追い出されたら、妹は徴兵される。 姉さんとの約束が、守れねぇんだよ・・・』


それが。 それが、お前の『戦う理由』か。 ファビオ。
いつも陽気で。 飄々として。 周りを笑わせて。 女の子を追いかけて。

でも、そうだよな。 俺達、本当の心の中では、誰だって『理由』を持っているよな。
けど、それを周りに知らせるかは別問題だよな。 場合によっては、周りが気を遣いすぎる。
生死のかかった戦場で、咄嗟に吹っ切れなくなる。


『前に、お前のさ。 好きだって言ってた恋人の事。 根掘り葉掘り聞いて、済まなかったな』

「ん?」

『色々とよ。 圭介や直人から聞いてな。 お前が自分で言うまで、聞いちゃいけない事だったよ。 わりぃな・・・』

その調子じゃ、圭介に久賀のやつ。 かなり詳細に話しやがったな。

「構わないよ。 今、お前だって話してくれた。 それとな・・・」

『あん?』

「あと3年なんて、言わせねぇぞ。 10年でも20年でも、100年でも、死なせねぇからな? 同じ隊に居る限りよ?」

『・・・流石に、100年はねぇだろ、馬鹿。 ま、お互い様だな』

「おう」

それっきり、黙りこくってしまった。


撤退中の部隊は長蛇の列だ。 今日中に通過が完了するだろうか。
気が付けば、1200を少し回った。 そろそろ当直交代だ。

『直衛、ファビオ。 お疲れ。 交替するわ』
『二人とも、ご苦労様。 テントに食事が有るわ』

ギュゼルと趙中尉が交代に来た。

『了解。 交代、お願いします』 
『この天気。 コクピットの中に居ても、寒々としてくるぜ・・・』









野外簡易ハンガーで機体から降りて、テントに向かう。
途中で帝国軍の部隊が休息していた。


(どこの部隊かな・・・)

何気に見ていたら、見知った顔が居たのに驚いた。

「間宮!?」

「えっ!? 周防さん!?」

なんと。 14師団か。 それも、古巣の第2大隊。

「なんだよ、知り合いか?」

ファビオが横から聞いてくる。

「あ、ああ。 俺の古巣だ。 間宮、こっちは俺の今の隊の同僚で、ファビオ・レッジェーリ少尉。 イタリア出身だ。
ファビオ、彼女は間宮怜少尉。 俺が前居た中隊で一緒だった。 俺が先任で、彼女が後任だったんだ」

2人にお互いを紹介する。

「帝国陸軍、間宮怜少尉です。 周防さんには、以前にお世話になった者です」
「国連軍のファビオ・レッジェーリ少尉だ。 今の隊で、直衛の世話をしているよ」

ファビオ。 敬礼とシェイクハンド、一緒にするな。 それと、そのウインクに軟派な笑みもだ。 間宮が引いているだろ?
それに。 前言撤回しろ。 俺はお前の世話になんてなっていない。


「は、はぁ・・・ それは、どうも・・・」

明らかに引いているな、間宮。 まぁ、仕方ない。 
帝国の年頃の女性が、こんなラテンのノリには、慣れていない事は事実だしな。


「いやいや。 それにしても何だな? 直衛。 
お前さんの知り合いの女性ってのは、どうしてこうも魅力的な女性が多いんだ? 
そう思わないかい? Bella Donna(ベッラ・ドンナ:綺麗なお嬢さん)?
Lei è una bella donna veramente attraente(君は実に魅力的な美人だ)」


「す・・・ 周防さんッ!」

シェイクハンドどころか。 何時の間にやら手の甲にキスまでして、口説き始めたファビオに。 間宮が涙目で俺に助けを求めて来ている。

何せ、ファビオは俺より、任官は半年先任になるものなぁ。 間宮より1年先任だ。 そうそう無碍に出来ないか。
そのくせ、こいつは面倒臭がって、中尉進級の昇進試験をさぼっているんだ。

「あ、あの! レッジェーリ少尉! その、手を・・・ いい加減、手を離してもらえませんかッ!?」

「 ≪恋愛が与えうる最大の幸福は、愛する人の手をはじめて握ることである≫――― スタンダール。  僕は今、幸福を求めたいんだ、Una donna adorata(愛しい人よ)」


「おい、ファビオ。 もうその辺にしておいてくれないか? 日本の女性は、ラテンの恋愛観に必ずしも合致しないんだぞ?」

そろそろ、助け舟を出すか。

「 ≪どんなに愛しているかを話すことができるのは、すこしも愛してないからである≫――― ペトラルカ。 いい加減、化けの皮が剥がれるぞ?」

まったく、こいつは。
ファビオが苦笑して、ようやく間宮の手を離す。 間宮と言えば、顔を真っ赤にして、涙目になって俺の後ろに隠れてしまった。

「やれやれ。 嫌われてしまったかな?」

「場所と相手を考えろ。 間宮、大丈夫だから。 挨拶みたいなものさ、こいつが女性を口説くのは・・・」

嘆息する俺を、間宮が何やら不審げに見上げる。

「? どうした?」

「周防さんも・・・ 少しの間に、欧州かぶれしたんですね・・・」

おい、誤解だ。 大体、助けてやったのに何だ? その言い草は・・・

「あ! 先任! お久しぶりです! 元気でした?」
「あ! ホントだ。 先任、どうしてここに?」

美園と仁科か。 懐かしいな、4ヶ月振りか。


「おお!? Bella Ragazza(ベッラ・レガッツァ:美少女)!」

「に、逃げなさいッ! 美園! 仁科! 早くッ!!」

「「 えッ? ええッ!? 」」

「やめんか! この阿呆!!」










「お前達も、元気そうだな。 どうだ? しっかりやってるか? 何か困った事とか、無かったか?」

あのあと、ファビオをドツキ回して追い払った後。 間宮は輸送部隊(元々、その護衛任務だそうだ)との打ち合わせをしに行った。
で、俺はまだだった昼食(と言っても、不味い野戦食だ)を食べがてら、久しぶりに会った後任達と、テントの中で話し込んでいた。

着任当初は扱きまくった後輩だけど。 実際は可愛いものだ。 
この二人の初陣の時に俺は収監中で、一緒に居てやれなかった。 それは結構、負い目にはなっている。


「「 ・・・・・ 」」

「ん? どうしたんだ? そんな面喰った顔して?」

「せっ・・・ 先任がッ! ねえ! 葉月! 先任がおかしくなった!?」
「うそ・・・ 先任が、私達に気遣いの言葉・・・? あの鬼の先任が?」

・・・俺って、そんなに怖かったのかぁ・・・ ちょっと、へこむよ。
思わず、味もそっけもない、薄っぺらなスープに顔を写す。 はぁ。


「ねぇ? どうしよう? 衛生兵、呼ぶ?」
「それよりも・・・ 杏! 急いで軍医呼んでっ!」

「・・・・お前らぁ・・・ いい加減、下手な芝居、止めいッ!!」

「うひゃ!」「ばれたぁ!」

全く。 なにがばれた、だ。


「ま、兎も角。 元気そうで良かったよ。 実際、お前達の事は、結構気になっていたんだ」

食事を食いながら話す。 しかし、不味いなぁ、相変わらず。

「そうなんですか?」

美園がちょっと驚いたような顔をする。

「当たり前だ。 俺は先任だったのに、お前達の初陣の時に、傍に居てやれなかった。 
俺の初陣の時は、先任達が居てくれた。 なのにな・・・」

「「 ・・・・ 」」

「本当に、済まなかった。 初陣の、あの恐怖がどんなものか。 骨身に染みている筈の俺が、ドジ踏んで牢屋の中だものな。
独房の中で何度も、謝ったよ。 それで済む話じゃないけどな。
愛姫・・・ 伊達少尉から、お前達が無事に『死の8分』を乗り越えた事を聞いた時は、正直、嬉し涙が出ちまった・・・」

本当にあの時は、嬉しかった。 絶望感しか無かったあの頃に、唯一ホッとした時だった。


「へ・・・ へへん! じゃ、先任がいなくっても、初陣を切り抜けた私達って。 ひょっとして先任より、腕前は上?」
「そうそう! 何たって、先任不在でも頑張ってるしね!」

・・・・・

「だ、だいたい! 肝心な時に居ないんだもん! 先任って、結構、抜けてますよ!」
「あ、あはは・・・ そ、そうだよ、ね!」

「おい・・・」

「だ、だから! もう、心配なんて、して貰わなくっても・・・」
「・・・ふぐっ」


「済まなかったな・・・ 本当に」

泣くなよ。 いや、泣いても良いか。 戦場でどうしたら良いか。 お前達は、手探りで探してきたんだもんな。

「だ、だいたい・・・ 怖かったんですよッ! 怖かったんですよぉ・・・」
「どうしようか・・・って。 死んじゃったら、どうしよう、って・・・」

そうだな。 そんな不安のフォローさえ、してやれなかったな。

「ほ、他の先任達もいたけど・・・ 小隊長も、気にかけてくれたけど・・・ 先任、居ないんだもんッ! 居て欲しかった時にッ! 居ないんだもんッ!」

「扱かれて・・・ 怒られて。 怖かった時も有ったけど・・・ 居て欲しかったです・・・」


こいつらの、この感情は。 甘受しなきゃいけないな。
こいつ等ももう、何回か戦場を経験した衛士になった。 今更、そんなフォローはもう要らないかもしれない。 そんな段階は、超したかもしれない。

でも、最初の段階は。 衛士としての、覚悟の最初を教えるのには。
俺が居て。 小隊長の祥子が居て。 そうやって教えてやらなきゃ、いけなかったのかもな。

「済まなかったな。 頼りにならない、先任だったな、俺は」

2人とも。 顔をくしゃくしゃにして泣いている。
それは、今の2人じゃ無い。 初陣をまじかに控えて、未知の恐怖に戸惑う新米衛士だ。
今、目の前に居るのは、4か月前の2人だった。 先任に教わり損ねた新米達が、2人の中に、取り残されていたんだ。

「だから。 今から叩き込んでやる。 『鬼の先任』、最後の教導だ。 覚悟しろよ?」

「「 はいッ!! 」」

俺は。 4か月前の2人に向かって言った。










「所で。 ちょっと聞きたい事が有るんだけどな」

『教導』と言う名の、宥めも終わって。
何とか普通に四方山話をできるようになってから。
前から引っ掛かっていた事を、聞いてみる事にした。

「美園、仁科。 2人とも出身校は、どこだった?」

出身校? 2人は顔を見合せ、そして俺に振り返って言った。

「私は、練馬です」
「私は、東京本校です」

ふむ。 美園が東京衛士訓練校の練馬分校。 仁科は本校の方か。

「じゃ、美園。 お前の同期で、『神宮司』ってやつ、知っているか? 女で」

「神宮司? ・・・神宮司まりも、ですか?」

確か、そんな名だったな。

「そう。 その北海道名産」

「め、名産って・・・ あはは! 確かに、同じ名前ですけど! ええ、知ってますよ。 同期だし。
同じ訓練大隊でしたよ。 中隊は違ったから、合同授業や、合同訓練でしか、一緒にはなりませんでしたけど。 訓練生隊舎も、階が別だったし。
でも彼女、成績良かったんですよ。 何せ東京校じゃ、本校・分校合わせて次席卒業でしたから」

「あ、私も知ってる。 あの神宮司だよね。 すっごい、負けん気の強い。
でも、どうして先任が、神宮司を知っているんですか?」

う~ん、どう話そうか。

「実はさ。 先月の南部防衛戦の時。 彼女、第9師団で参戦しててな」

「へえ!?」 「知らなかったなぁ・・・」

「偶々、俺の居る中隊と協同する事になったんだが・・・
こっちが戦域に到着する寸前で、BETAの奇襲を喰らってな。 彼女の中隊が壊滅した。 生き残ったのは、その神宮司と他2人だけだった」

2人とも、何とも言えない表情だ。 確かに、同期の惨状を聞かされたら、心配だろう。

「神宮司とあと1人は、負傷はしたけど、命に別条は無しだ。 疑似生体の世話になる事も無かったろう。
けど、あと1人。 彼女の『部下』の新井ってのが、光線級のレーザーが機体を掠めてな。 重度の火傷を負った。
助かったかは、確認していないが・・・」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ、先任! 『部下』って!? 神宮司も私達と同じ、19期ですよ?」
「部下なんて・・・ 少なくとも、中尉に進級して、小隊長になってからじゃないですか?」

最もだ。

「彼女の部隊は・・・ 全員、同期生同士だったよ。
どうしてそんな編成がとられたかは知らない。 多分、充当配属の新任達を、各中隊に割り振る前に、あの大侵攻が発生したんだろう。
取り敢えず新任達で纏めて、先任者の神宮司が『臨時指揮官』になっていたんだと思うが。
にしても、そのまま戦場に出していい編成じゃ無かったな。 完全に戦場に。 BETAに呑まれていた」

あの部隊を出すのなら。 機甲部隊の1個小隊の方が、遥かに阻止戦力になった。

「確か、神宮司って・・・ 卒業後の配属先、練成部隊だったよね? 内地の留守師団」
「うん。 本隊が大陸派遣で。 その留守部隊の、確か大隊本部付だったね」

一応、次席卒業には何とか形のなる配置か、大隊本部付将校って名目は。
じゃ、戦場を知る先任の教導なんかは、受けた事は無かったんだろうな。

「それで、いきなり初陣かぁ。 きついよね・・・」
「まだ、私達の方が、実は恵まれていたかも。 何だかんだで、扱かれまくったし」

「そうだぞ? 感謝しろ」

「「 鬼に言われたくないです! 」」

なんだよ。 鬼、鬼、って。 愛の鞭だ、愛の鞭。


「で、どうしてそんな事を?」

「ん。 さっき間宮に聞いたけど。 お前達、部隊再編で一度、内地に帰還するんだろう?
会えるかどうか判らんが、一応気にかけておいてやれ。 今は厳しいかも知れないけど、戦場を知っている同期の思いやりってのは、結構助けになるもんだ」

甘やかすとか、そんなものじゃなくってな。 あの戦場を知っている者が、自分を気にかけてくれている。
それが少しは、浮上するきっかけになる事もあるんだ。 同期なら、尚の事。

「判りました。 神宮司がどこに居るのか、同期の伝手で当ってみますよ」
「他人事じゃ無いし。 それに、同期の新井の事も心配ですし」

美園も、仁科も。 他の戦死した同期生の事には、一言も触れなかったな。
それは、後で同期同士で讃えてやれ。 それが判っているようで、安心した。

「じゃあな。 俺はちょっと休むよ。 ここの所ずっと2直制で、今日も0400からずっと、警戒任務だったんでね」

中隊は、四平に第1小隊が、鉄嶺に第3小隊が。 そしてその中間に俺達第2小隊が警戒任務に就いている。
120kmの間を、3個小隊だけだ。 各小隊の受け持ち区画は、実に40km。 それだけ戦力が消耗している証左だ。

「はい。 ご苦労様でした」
「お疲れ様です」

2人とも敬礼して、テントから出て行こうとする。
ふと、美園が人の悪い笑顔で振り返った。 仁科はにやにやしている。

「時に、先任。 綾森中尉は今、輸送司令本部に居ますよ? ほら、その先の大型テントがそうです」

「まさか、会って行かないなんて事、無いですよねぇ?」

こ、こいつら・・・ 矢張り、知ってやがったか・・・

「にひひ。 どうせ今日はもう、『上がり』なんでしょう?」

「中尉のテント、あっちの外れですから。 あ、大丈夫! 『見猿、言わ猿、聞か猿』
間宮先任にも、ちゃ~んと、話通しておきますって!」

全く。 こう言う所は、変に成長して欲しく無かったなぁ。 
誰の影響だ? 水嶋中尉か? 和泉中尉か? 案外、愛姫って線も捨てきれない。


「ふん。 当然だ。 お前等も悔しかったら、さっさと男を落として見せろよ?」

「・・・何だか。 自信満々で、悔しいなぁ」
「もっと、あたふたするかと思いましたよ・・・」

「良い言葉を教えてやる。 
『愛する人と共に過ごした数時間、数日もしくは数年を経験しない人は、幸福とは如何なるものであるかを知らない』
19世紀フランスの作家、スタンダールの言葉だ。 戦うだけが、衛士じゃないぞ?」

「ふえぇ!」
「うっわ~~・・・ 先任、別人・・・?」

当たり前だ。 何とでも言え。
国連軍に移ってからこの方。 会話の中に兎に角やたらと、引用句や諧謔が多いんだよ、連中は。
お陰で結構、覚えてしまったよ、俺も。

でも、実の所。 戦い方が上手いだけじゃ、衛士として、いや、人として片手落ちだぞ?
喜びも、楽しさも、悲しみも、苦しみも、悩みも、絶望も。 そして、愛する事も。
色んなことを経験して、強くなっていくんだ。 ま、俺もまだまだ、その途上だけどな。

「そう言う訳だ。 気遣いは、嬉しく貰っておくぞ? じゃあな」












雨が降りしきる中。 輸送司令部前の大木の下で、俺はさっきから突っ立っている。
彼女は中で仕事中らしい。

間宮や、美園、仁科の話によれば。
第2大隊は、本隊は既に鉄嶺に移動したとの事。 気付かなかった。 非直の間に通過したのかな?
で、1個小隊が後発の撤収部隊の護衛で、付き添っているそうだ。

第2大隊は現在人員の消耗――美綴大尉の他に、23中隊の守山和彦少尉、22中隊では新任の柚木祐美少尉が戦死、俺の国連へ『所払い』――の結果。都合1個小隊分を消耗した。

特に、美綴大尉の(いや、戦死して少佐だ)中隊長戦死は響いたようだ。
結局、22中隊を解体して、21と23を1個小隊増やした。 4個小隊編成だ。 帝国じゃ珍しい。
間宮が俺の後釜に入ってくれて、小隊を再編したそうだ。

その第21中隊第4小隊が、今は輸送部隊の護衛任務に就ている。
本部に入って2時間。 会議と調整。 そろそろ終わるかな?



テントから出てくる数人の姿が見えた。
その中で、一際真っ直ぐな、長い髪を持つ女性士官。 主計将校と二言三言、言葉を交わしてその場を離れる。

雨を避けるように、こちらに向かって走ってくる。 やがて、木の下の人影に気づいたようだ。


「やあ」

軽く手を上げて、微笑む。

彼女はちょっと驚いた表情をして直ぐ、呆れたような、それでいて嬉しいような、俺の好きな笑顔を見せて言った。

「・・・お帰りなさい」












「・・・これから、どうするの? どこへいくの?」

小さな野戦テントの中。 祥子が聞いてきた。
もうすっかり、周りは夜中だ。 雨はまだ降り続いていて、雨音がテントを打つ。

抱きしめて、彼女の香りを楽しむ。

「ん・・・ 欧州。 『本隊』がイギリスのグロースターに駐留中らしい。 ロンドンのずっと西、セヴァーン川の河口の町だって聞いた」

シェラフの中で、2人抱き合って横になっている。 未だ上気している祥子の顔が、艶めかしい。

「じゃあ、ドーヴァー戦線?」

「いいや。 部隊は独立打撃大隊だ。 欧州の即時展開打撃部隊、オール・TSF・ドクトリンの一環で編成された遊撃機動部隊だから。
多分、戦場は地中海だろうって、隊の連中は言っているよ。 シチリア島か、クレタ島かキプロス島か。
サルデーニャ島、コルシカ島・・・ イベリア戦線も行くかもね。 ジブラルタル防衛線だ。
祥子はこの後、内地に?」

額を付け合い、髪を撫でる。 祥子が両手で俺の顔を挟みこむ。

「ええ。 大隊の消耗は、それ程ではないの。 でも、師団自体は・・・ 北では、ずっと最前線だったから」

「危ないな。 心配だよ」

軽く鼻先に口づけする。
祥子がくすぐったそうに、竦める。

「それは、私の台詞よ。 聞いたわ、貴方の小隊長の趙中尉に。 彼女、呆れていたわよ?
全く。 これは少佐へ報告ものね?」

「よ、よしてくれ。 勘弁してくれよ。 欧州まで『ドツキに』来られちゃ、敵わない」

―――じゃあ、今回は執行猶予にしておいてあげる。 

祥子のそんな物騒な言葉を聞きながら、ふと、再会した時の事を思い出した。

「さっきさ・・・」

「ん・・・ なに?」

「さっき。 『お帰りなさい』って、言ってくれただろ? 実際、また2ヶ月だけど、随分長い間、会っていなかった気がした。
それから、嬉しかった。 帰る場所があるって・・・」

俺の頭を抱きかかえ。 髪をゆっくり、繊細に掻き回す祥子の声が聞こえる。

「私は、貴方の『生きる理由』 『帰ってくる場所』よ。 
例えどんなに短くても、どんなに長くても。 そんなに近くに居ても、どんなに遠く離れておいても。
そして貴方は私の『生きる理由』 貴方がいる限り、私は生きるの。
・・・ふふ なぁんだ。 だったら私達、死なないわね」

「そうだな。 俺達、そうだな」

そうだ。 俺達は互いの為に生きる、戦う、生き抜く。 
運命やら、宿命やらに邪魔はさせない。 BETA共など、もっての外だ・・・・
















1993年10月15日 1100 大連港 軍用埠頭 輸送艦『D-119』


出港直前の埠頭を、甲板から眺めていた。
俺達、国連軍第882独立戦術機甲中隊は、本日付をもって満洲を離れる。
この後、一旦日本へ行き、国連軍基地(元は米軍基地だった、厚木基地)に少しの間居候し、
日本航空宇宙軍の成田基地からHSST(再突入型駆逐艦)に搭乗し、一気に英国へ移る。
移動終了は今月末予定だ。 来月から俺は、欧州の戦場に居る。


市街地が見える。 滞在したのは僅かだったが、俺にとっては色んな意味で思い出のある街だった。
ふと、東に眼をやる。 見える筈もないが、あの先には―――瀋陽、長春、ハルビン、大慶、チチハル、そして最初の任地、依安がある。
俺がこの1年半以上の時間を、命がけで突っ走った大地―――満洲。

様々な想いが胸の内を去来する。 知らず、手摺に頭をつけて俯いていた。

「・・・嫌いだ、お前なんか・・・」

知らずに呟きが漏れる。

「嫌いだ、お前なんか。 ・・・思い出したくもない」

色んな感情がこみ上げて来て、それを抑えるのに、顔が変な感じに強張るのが判る。
出向合図が聞こえる。 艦がゆっくりと岸壁を離れ、沖あいに出てゆく。

暫く、航跡が作り出す波間と、遠ざかる大連の街並み、そして、遥かな大地を思い見ていた。


全滅した21師団。 戦死した最初の仲間達。 心底恐怖を味わった、初陣の戦い。

翠華と出会った事。 彼女の慟哭を聞いた夜。

92式に舞い上がった事。 河惣少佐。 片足を喰い千切られた。

あの街で出会った、2人の少女。 俺と祥子が、生きて、生き抜いて欲しいと願った、そして目前で爆死させられた、リーザとスヴェータ。

『イブの悪夢』 そして『双極作戦』 衛士の覚悟を示して戦死した、俺の同期、美濃楓中尉。

祥子を自分のものにした、あの夜。 翠華を抱いた、朝靄の明け方。

目の前で、俺の射撃でバラバラに吹き飛んだ避難民たち。
 
軍法会議。 ひとり刑死していった、ディン・シェン・ミン元中尉。 祥子と引き離された、国連軍への出向。

1か月前の大侵攻防衛戦。 


そして今日、俺はこの地を離れる。


「けど・・・ ここには色んな事があるんだ。 悲しみ、苦しみ、痛み、悔しさ・・・ 嬉しかった事、楽しかった事、それに・・・ 愛した事。
お前は、俺の・・・ 俺の心の、具現だな――――満洲」


遥かな彼方、あの場所は、あの大地には。
今もあの雄叫びが、悲哀が、悔悟が。 そして歓喜が、愛した証が―――確かに、有ったんだ。



また、戻ってくる、この場所へ。


そんな確信を抱いて、俺は遠ざかる遥けき大地を、見通していた。









[7678] けっこう番外編(かなりバカップル編)
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/12 23:53
1993年10月20日 0830 帝国陸軍調布駐屯地 第14戦術機甲師団 第141戦術機甲連隊 士官官舎


≪彼女の視点≫

「荷物は・・・ ん、OK。 あと忘れものは・・・ 無いわね、うん」

私服に着替えて、荷物も確認。 お化粧もしっかりチェックした。 早起きして、お弁当も作った。 準備OK!

時間は0830 今から官舎を出れば、0900の私鉄の電車に間に合うわね。 調布から国鉄の乗り換え駅まで、20分。 
0930に国鉄に乗り換えて、川崎まで45分 東海道本線に乗り換えて、待ち合わせの平塚が1125 熱海に着くのが、1225
熱海で乗り換えて、沼津着が1254 そこから車を借りて、韮山、修善寺、天城湯ヶ島。 土肥峠を越えて、西伊豆まで。


(ふふふ・・・)

楽しい。 すごく、楽しい! ワクワクする。 こんなの、本当に久しぶり。

最後に戸締りを確認して、官舎を出る。 なんだか、足取りも軽いな。

とん、とん、とん。 

階段を軽い足取りで降りる。
外は快晴! 暑くも無く、寒くも無く。 丁度良い、爽やかな秋晴れの1日!

「ん、ん~~~~!!」

大きく伸びをする。 さ、行きましょうか!


「あれぇ? 小隊長。 お出かけですか?」
「あ、おはようございます。 中尉 ・・・どこか、旅行ですか? その荷物」

あわわわ・・・ 美園に、仁科。 いきなり部下達に見つかってしまった。

「お、おはよう。 え、ええ、ちょっと、昔のお友達と、ね・・・」

何を焦っているのよ! ふ、普通にしていればいいのよ! 別に、やましい所なんか、ないんだからね・・・!

「ふぅ~~ん・・・ あ、何か良い匂いがするぅ!」
「お弁当ですかぁ?」

「え、ええ。 ちょっと、気分だそうと、ね。 あ、大したものじゃないのよっ! ホント、お友達と軽く食べる程度でッ!」

だ、だから! 落ち着きなさいよっ 私!


「へぇ・・・ じゃ、楽しんできて下さいね! 周防少尉と!!」
「いっぱい、甘えてくればいいですよっ! 周防少尉に!!」

「なっ・・・! なっ・・・! なっ・・・!!」

み、美園! 仁科! ・・・あ、あああ、貴女たち・・・!!!

多分・・・ 私って今、顔が真っ赤だと思う。 だってほら、耳や首筋まで熱いもの・・・!

「・・・はぁ。 やっぱり、和泉中尉の言ってた事、本当だったね。 葉月・・・」
「だね、杏。 皆知っているのにね。 中尉ってばやっぱり、奥手と言うか、純情と言うか・・・」

み、皆知ってるって・・・ う、うそ!?

「その中尉を、こんなにしちゃった周防少尉って・・・」
「・・・けだもの?」

「「 あはは! 」」

あああああ、貴女たちぃ~~~・・・!!!

「・・・ひ、人の恋人を・・・ ケダモノ扱い、やめてくれないかしら?」

「あ。 青筋、立ってる・・・」
「うん。 あ、湯気も・・・」

ううううぅぅぅ~~~!!!

「休暇が終わったら、覚悟なさい? 美園、仁科・・・?」

そう言って、さっさと衛門に向かう。 背後から、上官横暴! とか。 無理しちゃってる! とか。 色々聞こえてくれけど。 無視よ、無視!

―――でも。

ちょっぴり思う。 私は基本的に面白みのない人間だ。
そんな私が、例え部下のからかいのネタにされているとしても。 
こうやって、他愛無い会話を出来るのも。
全ては、彼のおかげかな? 


ちょっぴり、気分がまた軽くなった。
いいわ、美園、仁科。 今回は大目に見てあげる。 今日の私は、機嫌が良いのよ!








≪彼の視点≫

定刻通りに、列車がホームに入って来た。
確か、待ち合わせの車両は前から3両目・・・ 居た。 窓から手を振る彼女がいる。

「おはよう!」

笑顔で出迎えてくれる。

「おはよ。 ん、似合うね、その服」

隣に座りざま、彼女の姿を見てちょっと感動。 凄く新鮮だ。 祥子の私服姿。 
ベージュ色のタイトワンピースに、ワインレッドのハーフコートとショートブーツ。

「そう? ふふ、嬉しい」

嬉しそうだなぁ・・・

ふと、自分の格好を顧みる。
ごくごく普通の、黒デニムのシャツに、濃い色のブルージーンズ。 
ダークブラウンの革靴に、実は兄貴のお下がり(奪い取った)の、ブラウンの革のハーフコート。

・・・もうちょっと、気を使うべきだったか?

「貴方も。 すっきりしてて、素敵ね」

・・・これは、気を使ってくれたんだろうか? それとも?
少なくとも、祥子は嬉しそうにニコニコしている。 うん、いいんじゃないか? 男がそんな、形に気を遣いすぎるべきじゃ無いッ! 
・・・と、思うけど。 どうかな?


列車が出発する。 1125
もう少しで、メシ時だなぁ。 などと考えてたら・・・

―――ぐぅぅぅ~・・・

途端に、腹の虫が鳴り始めた。 うう、実は、腹ぺこなんだよ・・・ 朝飯、食ってないんだよ・・・

「・・・そんなに、お腹空いているの?」

祥子がちょっと驚いている。

「・・・うん、朝食抜きだったから」

「えっ!? どうして・・・?」

「単に、寝過した・・・」

何せ、昨日から22日まで休暇なんだ。 そして、祥子が今日から23日まで休暇が取れた。
そこで、俺が欧州に行く前に、2人して1泊2日で温泉旅行と、あいなった訳。

このご時世。 小旅行だって、結構な贅沢だ。 でも、こんな時でないと、と言う所もある。
場所は伊豆にした。 有名な東伊豆じゃ無くって、余り名の知れていない西伊豆の温泉。

ここは夕方になると、夕日に照らされた富士山が、駿河湾越しに眺められる。 それは絶景なんだ。
昔、子供の頃に家族で行った事があった。 子供心にも、凄く感動して。 で、祥子にも見せたいと思って選んだんだ。

そんな事で、我ながら情けなくも昨夜から興奮気味で。 実は寝付けなかった・・・ って、何歳だよ、俺って・・・

そんな事を話したら。 可笑しそうにコロコロと祥子が笑った。

「ふふふ・・・ じゃ、しょうがないから、早めのお昼にしましょ?」

「それは有難いけど・・・ けど、駅弁も何も買ってないよ?」

そしたら。 祥子がやおら、バックの中をごそごそと。 取り出したのは・・・

「はい。 お弁当」

て、手作り・・・・! うおおぉぉ・・・・!! か、感激・・・・!!
中身も、美味そうだ。 早速、一口・・・

「どう・・・かしら?」

「・・・うっ・・・」

「・・・う?」

「・・・美味い!」

もう、これ全部食うぞ。 俺のだからな。 俺に作ってくれたんだからな、祥子が!
片っぱしから、ぱくぱく食べていく。 ああ、幸せって、こんな味?

横で祥子が、嬉しそうにニコニコして、お茶を注いでくれる。
あ、そうだ。 彼女の分も残しておかないと・・・ でも、美味いよッ!

「遠慮しないで。 どんどん食べてね」

ああ。 可愛いなぁ、くそう。












1430 伊豆 湯ヶ島 『浄蓮の滝』付近


すたすたすた―――

参った。 彼女、かなり怒っている?

「ちょっと! 祥子」

すたすたすた―――

「お~い、祥子さん?」

すたすたすた―――

「だからぁ! なんだか、ともかく、ごめんなさい!」

すたすた―――ぴたっ

あ、止まった。

「・・・・・」

やっと、こっちを振り向いた。

「とにかくごめんなさい。 悪かったです。 反省してます。 ごめんなさい」

ひたすら謝って、頭を下げる。 何でかって? さぁ? 俺にも良く判らん・・・
兎に角、急に不機嫌になって、すたすた先に歩きだしたんだよな。

身に覚えはないが・・・ 過去の『実績』から言えば、十中八九、俺が原因。 
だもので、ここは、ゴメンナサイの一手に尽きる。


「・・・ごめんなさい、の意味は?」

「はい?」

「ごめんなさい、の理由!」

「・・・・判りません。 ごめんなさい・・・」

冷や汗が出てきた。 祥子の口端が、ぴくぴくと吊り上っているよ・・・ こ、怖い・・・
と、思いきや。 急に拗ねたような表情になった。

「・・・他の女の人、見てた・・・」

「・・・はい?」

「さっき・・・ 直衛、他の女の人を見てた。 年上の、優しそうな、綺麗な女性だったもの・・・」

他の女の人・・・? あ、さっきの、親子連れ!?
ちょっと待てっ! それは、思わず微笑ましかったから! 
母親が丁度、俺の姉ぐらいの年の人で! 小さなお嬢ちゃんが、姪っ子と同じくらいだったから!
思わず、姉貴の事を連想してただけだって!! 濡れ衣だっ!!


「・・・そうなの?」

「そうなの! はぁ・・・ 急に不機嫌になるから。 俺、また自分が何かやらかしたかと・・・ 
そっかぁ・・・ 俺って、そんなに信用無いのね、そっかぁ・・・」

「あ・・・ ご、ごめんなさい。 そんな事は・・・」

「いいよ、いいよ。 祥子って俺の事、そんな風に考えていたんだ。 俺、結構ショックだよ・・・」

「ち、ちがっ・・・ ご、ごめんなさい! そうじゃないの!」

「はぁ~・・・ 俺。 そんなに普段から素行悪い? 捨てられる? 秒読み開始? カウントダウン?」

「~~~~~ッ だからっ、ごめんなさい! そんな、私の、思い違い・・・ 思い込み間違いなんだからっ」

(・・・・・ぷっ)

「・・・・え?」

「ぷっ・・・ くはははっ あはははははっ!」

駄目だ。 堪え切れない。
あまりに慌てる様が可愛すぎて。 笑いが・・・っ!

「あっ・・・ あっ・・・ あっ・・・ ひ、ひどいっ! わざとねっ!? わざとでしょ!」

顔を真っ赤にして、憤慨している。
怒ったような、ホッとしたような、悔しいような。

「お返し。 俺ばっかり、謝るのはなぁ 誰かさんにも、分け与えたいしなぁ」

もうちょっと、からかってみる。

「ううぅぅぅ~~~・・・・」

あらら・・・ だんだん、涙目になって来た。 ・・・そろそろ、潮時かな?

「他の女の人なんか、追いかけないって。 目の前に祥子居るのに。 だろ?」

「・・・・知らないッ!」

ぷいっ と。 首筋まで真っ赤にして、明後日の方向いてしまった。
怒ったり、拗ねたり、あたふたしたり、照れて怒ったり。 お姫様は難しゅうございますなぁ・・・
ま、それが可愛いんだけど。
















1640 西伊豆 海岸線


「綺麗・・・!」

祥子が絶句している。

夕陽が駿河湾の水面を黄金色に照らし、その先には薄紅色に染まった薄雲を、紗の様に纏った富士が赤々と照らされ、聳え立っている。

本当に、絶景だと思う。


「本当に・・・ 綺麗・・・」

感極まったのか、祥子が両手で口を覆い、涙を流している。
ただ単に、この景色に感動しただけじゃ無いだろう。

俺は1年半。 彼女は1年9ヶ月。 日本を離れ、大陸で戦い続けた。
何度も、もう駄目だと思った事が有った。 何度も、絶望に喰い殺されそうになった事が有った。
それでも、戦った。 戦って、生き抜いてきた。

幾度、故国を想った事か。 幾夜、故郷の夢を見た事か。

そして今。 生還し、故国に帰り。 そのまほろばの麗しきを、愛する人と共に。 


「祥子・・・」

感極まって、今はただ泣き続ける祥子の肩に手をやり、抱き寄せる。
俺も。 目じりの涙を自覚していた。
そして、2人寄りあって、暫くその麗しさを、見続けていた。












1930 西伊豆 某温泉宿


こじんまりとした温泉宿。
でも露天風呂からは駿河湾が見え、久しぶりにゆったりとした気分に浸れた。
温泉で大陸の垢を流し落とし。 こざっぱりして、ふたり部屋に戻れば。
女将さんが料理を用意してくれていた。

「どうでしたか、ウチの温泉は? まぁ、小さいですけど、そんじょそこいらの温泉より、ずっと自慢できるって、思ってるんですよ」

温和そうで、温顔な、40代半ば位の女性だ。
如何にも、日本のお袋さん。そんな印象を受ける。


「ええ。 本当に良いお湯でしたわ。 すっかり、気持ち良くなりました」
「そうですよ。 それにあの絶景。 また来たいですよ」

「それはそれは。 宜しゅうございました。 ささ、お食事のご用意もできましたよ。 たんと召し上がってくださいな」

見れば。 駿河湾の、海の幸。 背後の伊豆の山々の、山の幸。 

「・・・こんな豪勢な夕食。 何年振りかしら・・・」
「少なくとも。 大陸に居た時には、お目にかかれなかったな・・・」

嬉しくなってくる。 俺も祥子も、食には余り抵抗は無い方だけど。
やっぱり、生まれ育った故国の味が一番だ。
早速、頂く事にする。

「おいしい~~!」
「美味い・・・ この、刺身の新鮮な事! これ、山菜? 美味いなぁ!」

俺達二人の、気持ち良い程の食べっぷりに。 それまで目を細めていた女将さんがふと、小首を傾げる。

「失礼ですが・・・ 今、『大陸に居た』と仰いましたか?」

「? ええ、そうです」

「お仕事で?」

お仕事、ねぇ。 ま、そう言われれば、そうなんだけど。

「私達は、陸軍の者でして・・・ 私も、彼も。 衛士として1年半ほど、派遣されていたので」
「つい先週、やっと帰国しました」

俺は直ぐに、また国を出るけど。

「・・・そうですか。 そうでしたか。 ご苦労様でした。 本当に、ご苦労様でした・・・」

そう言って、おかみさんが涙ぐんだ。

「あ、あの?」
「女将さん? どうしたんです?」

俺も祥子も、急な事で吃驚した。

「・・・いえいえ、失礼しました。 ちょっと、倅達を思い出しまして・・・ 
ささ、お箸が止まってしまっては。 どうぞ、温かいうちに召し上がってくださいな・・・」








2130 某温泉宿 客間


障子窓の外に、夜の駿河湾が見える。 そこかしこに、漁火が映える。
籐の椅子に座って、煙草を吹かす。 紫煙嫌いの祥子に遠慮して、窓を開けて、半ば外に向かって。


さっきの事を思い出していた。 女将さんのあの涙。

『・・・私には、息子が3人いましてね・・・』

食事が終ってから、客間から共用の居間でお茶を頂いていた時。 
ふと先程の事を問いかけた所、女将さんがそう、ぽつりと話し始めた。

『主人を漁の最中の事故で亡くしてから、自宅をこの宿に変えて。 なんとか、女手一つで、息子3人育ててまいりました。
3人とも、親の贔屓眼でなくても、素直で、親思いの息子たちでしてね・・・』

何か、遠くの大切なものを見るような。 優しい、そして、寂しい眼で。

『このご時世です。 3人とも、御国の求めに応じて、軍に入って。 そして、出征していきました・・・
今は、この家に帰ってきております・・・』

そう言って。 女将さんが欄間に飾られた写真を見上げる。
6人。 老人に老女は、この家の祖父母の方だろう。 壮年の男性は、恐らくは亡くなったご主人か。
そして、あとの3つは。

―――『長男・隆一朗 1991年 11月戦死 23歳』
―――『二男・健二朗 1992年 5月戦死 21歳』
―――『三男・英三郎 1993年 1月戦死 19歳 最後の息子』

声が出なかった。
 
満洲。 大陸派遣軍。
 
俺達と同じ時期。 同じ戦場を戦った、数多の戦友達。
そして散って行った、数多の戦友達。

―――女将さんの息子さん達も、そうだったのだ。


『このご時世です。 息子、娘を出征させた母親なんて、ごまんと居ります。
ましてや、御国を護る為のいくさですから。
息子たちも、名誉の、戦死を・・・』

何も言えなかった。 俺達が戦う戦場の、その銃後の陰で。
一体、幾人の母親達が、こうやって悲しみを堪えていた事か・・・

『でも・・・ それでも、生きて帰って欲しかった。 
名誉なんて要りやしません。 
息子が、息子たちが、五体満足で帰って来てくれさえすれば。
私は、それだけで良かったんです。 それだけで良かったのに・・・』






「・・・寒くない? 直衛」

祥子がお茶を淹れてくれる。 濃くて、熱い。 ちょっと肌寒くなってきていたので、丁度良い。

傍らに座りこむ。 俺の片膝にもたれ掛って、頭を乗せて。

「私達の親も・・・ あんな風に、思っているのでしょうね・・・」

少し声が掠れている。 祥子は、見た目は生真面目そうで、理知的な印象だけど。
その実、涙もろくて、純な所が多分にあって。 そして、母性的な所も多分にあって。
ああ言う所を見た後だ。 感情的に揺れているんだろう。

彼女の頭に手をやり、なでる。 艶やかな長い、綺麗な髪だ。

「・・・子を心配しない親は、いないと思うよ。 
実際、俺達の親は子供を・・・ 娘を、息子を、戦地に出しているんだから」

お袋、心配しただろうな。 俺だけじゃ無く、兄貴も海軍軍人だし。

「だから・・・ 俺達はそんな心配を、かけちゃいけないんだと思う。
戦場で戦う事は。 衛士・・・ 軍人だから、仕方ないよ。 
だけど、帰郷して、戦場の残滓を見せるのは・・・ 俺はかえって親不孝だと思う。
それだけは、しちゃいけないと思う・・・」

椅子を降り、祥子の横に座って、抱き寄せる。
祥子が手を回して、抱きついてきた。

暫く二人、そのままで・・・


「生きる理由、増えた・・・?」
「ああ、そうだね・・・」

祥子を愛する事は。 彼女の生まれ育ってきた『背景』も、同時に愛する事で。
その中には当然、彼女を愛し、慈しんで育ててきた人達も居る訳だ。

「私も・・・ 増えたわ。 いつか・・・ いつか、会って欲しい。 ね? 直衛・・・」
「うん。 俺も・・・ 会わせたい。 祥子に」


二人して、ずっと漁火の海を見つめ続けていた。

(・・・弱々しく見えるけど。 あれは生きる光だ。 生きる為の光。 消えない光。 俺達もこの世界で、弱々しくても、あの漁火のように・・・)









1993年10月24日 千葉県 帝国航空宇宙軍 成田宇宙港基地 英バトル級HSST・Ⅰ型7番艦『トラファルガー』


打ち上げ発射も、もう直ぐ。
俺達第882独立戦術機甲中隊の面々は、些か緊張の面持ちだった。
何せHSSTなど、今回が初めて。 初の宇宙空間だ。

耐Gシートに半ば以上固定された俺は、昨日の事を思い出していた。
休暇が終わり、集合場所の成田基地へ向かう時。 家の最寄り駅のホームに祥子がいた。

『今日、基地へ向かうって聞いたから・・・ 明日、出発でしょ? ・・・だから』

だから。 見送りに。 
彼女は休暇最後の日だった。 家族と一緒の時間より、俺を見送りに来てくれた。

その後、特に何か話す出なく。 ずっとお互い言葉少なく、列車に乗り続けた。
駅を降りて、基地へ続く道を歩く。 祥子は俺の1歩後ろを歩いていた。

『じゃあ、俺。 行くよ』

成田基地の衛門前で、彼女を振り返った。
懸命に、何かを堪える表情の祥子。 不意に、衝動に堪え切れなくなって、抱き寄せて口づけした。

衛門の衛兵が一瞬、びっくりしていたが。 流石に士官殿には、どうこうは言えないようだ。

『・・・いってらっしゃい』

祥子が、眼に涙を浮かべながらも、笑って送ってくれた。

『いってきます・・・ 帰ってくるよ。 必ず』

『うん・・・』

踵を返して。 振り返らず、衛門をくぐった。 
振り返らずとも良かった。 彼女は俺を見続けてくれている。 それが判っていたから。









『・・・10 ・・・5、4、3、2、1、テイク・オフ!』

軽くGがかかる。 音は思ったより静かだった。

20数分後。 低周回軌道に乗ったHSSTは一路、英国本土降下ポイントへ向かう。
小さな耐熱・耐G・抗放射線・強化窓から、日本列島が見える。 俺の故郷の弧状列島。
更には、朝鮮半島。 そして、中国大陸。

(戻ってくるさ。 必ず・・・)

そう、呟いて。 そして―――やがて、見えなくなっていった。



















≪番外の番外≫


HSST『トラファルガー』の艦内。
俺は、妙に納得のいかない光景を見ていた。

目の前で、何人かの女性士官同士が、おしゃべりに興じている。
それ自体は珍しくも何でも無い。 女性の社会進出が盛んなこのご時世。 軍も4割近くが女性将兵だ。

だが・・・

「何で、ここにいるの? 翠華・・・ 趙中尉に、朱少尉も・・・ 極東軍だろ? 3人とも」

そうだ、どうしてこの3人が居るんだ?

「なんでって・・・ う、嬉しくないのっ!? 直衛!? 私がいちゃ、邪魔なの!?」

よよよ、と泣き崩れるように・・・ 翠華。 そのアクション、ちょっとわざとらしいかな?

「・・・で? どうして?」

「転属よ」

はい?

「だから。 私達3人、極東軍から、欧州軍に転属になったの。 これからも一緒ね、直衛!」

・・・転属? 聞いてないぞ?
大尉を見る。  ・・・そこで、視線を外さんで下さい。

「大尉・・・?」

「優秀な人材だもの、3人とも。 極東軍で居心地が悪そうだったから。 じゃ、いっそ欧州軍へ来れば?って。 誘ってみたの」

代わりにオベール中尉が答えてくれる。 が、何ですか? その軽いノリは?

「案外すんなりと、転属が決まったわ。 本当に良かったわ。 ねぇ? 美鳳?」
「ええ。 色々と骨を折ってくれて、有難う。 二コール」

などと。 中尉殿、おふたり。 お互いにっこりと。

すんなりすぎるでしょ? 話が出て、一体何日で決定した人事です? 普通はそんな超特急では決まりませんよ?

「彼女達は、極東軍総司令部付だったから。 ちょっと、ツボさえ押さえれば・・・」
「勉強になったわ、二コール。 ああやれば、いいのね・・・」

聞かなかった事にしよう。 きっと、今頃誰か高級将校が、胃薬のお世話になっている気がする。


「いずれにせよ。 直衛は胃痛と離れる事は無いか」
「BETAが先か。 胃潰瘍が先か」
「2人くらいじゃ、どうってことないさっ! な、兄弟!」

黙れ。 馬鹿3人衆。


「・・・さいってぇ~」
「懲りない男だったのね、直衛って・・・」
「体力、余ってるんですねぇ~・・・」
「ミン・メイ・・・ 微妙に卑猥よ。 でも、卑猥は彼ね・・・」

やかましい。 (恐らくは)未経験4人娘。


「・・・頑張れ。 最早、それしか言葉を思いつかん・・・」

た、大尉!?


「大丈夫よ、直衛。 私が(他の女から)守ってあげるから」

翠華。 何気に邪悪な笑み、止めてくれ・・・



日本を出発して数十分。 俺は早くも、望郷の念に苛まれる事となった・・・












[7678] 国連欧州編 英国
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/14 10:27
1994年5月10日 1445 UK(連合王国) ウェールズ、カンブリア山脈西方 アベリストウィス


轟音を立てて、4機の戦術機編隊がダイヤモンド・フォーメーションを組んで、フライパスする。
先頭の一番機が、微かに機体を振ったように見えた瞬間、編隊は綺麗に急速噴射降下姿勢から、
スパイラル・ダウン(螺旋旋回噴射降下)に移り、地表面でサーフェイシング(地表面噴射滑走)に移る。


≪CPよりブルー1。 チェックポイント・マイナス0.39 ステージクリア。 次のステージ・14へお願いします。
オーダーは±0.25  途中で範囲制限戦域有り。 オーヴァー≫

『ブルー1よりCP、ステージクリア・マイナス0.39 ネクスト・ステージ・14 オーダー±0.25 LBF(リミテッド・バトル・フィールド)  ラジャ』


4機の編隊は、更に噴射跳躍から中高度飛行へ移行して、カンブリア山脈山中へ姿を消していった。


カーディガン湾を望むウェールズの小さな田舎町、アベリストウィス。 その町はずれに、場違いなほど広大な敷地を有する軍施設が出来たのは、93年の2月頃であった。
その、大きくはあるが味もそっけもない管制棟から、エリザベス・マッキンタイア博士は、先ほどの戦術機の機動と、飛び去って行く力強い飛翔を見つめ、眼を細めていた。

(これで、なんとか場を繋げられる・・・ いえ、将来的にも、補完機として十二分なキャパシティを有する機体になった)

何とか無事に、自分の職責を果たせそうだ。 安堵の気分で、彼方の空を見つめていた。

「如何ですかな、マッキンタイア博士。 部下達の機動は?」

背後から声をかけてきたのは、北欧系の軍人。 国連軍のC型軍装を着ている。 年は30前後か。 明らかに北欧系と判る顔立ち。

「見事ですわ、ユーティライネン少佐。 あの機体のポテンシャルを、見事に引き出している機動ですわね。
どなたが搭乗指揮を? かの『ヴィントシュトース』? それとも、『若き獅子』 ウェスター卿ですか?」

「いえ。 ヴァルターでも無ければ、ロバートでも有りません。
実は、今年の4月に中尉に進級した若い指揮官連中が、教育講習で鈍った勘を取り戻したい、そう殊勝な事を申し出ましてね。
2日で全ステージクリアの条件付きで、昨日から乗せています」

―――2日で、全ステージクリア!?

馬鹿な。 1日で行う試験ステージは、全15ステージ中、3ステージしか行わない。
それも、腕利きの試験衛士が搭乗してさえ、ステージクリアには2、3トライが必要だ。

2日で15ステージクリアとなると、1ステージ1トライでクリアしなければならない。
如何に腕利きと言えど、機体もさることながら、衛士の肉体にかかる疲労度も馬鹿にはならない。
疲労は判断力を低下させる。 ひいては、試験結果にも大きく影響するのは、『試験屋』としては常識だった。


「・・・随分と、腕利きの衛士達のようですわね? 各国から、教導団クラスでも、引き抜きをかけられたのですか?」

そう言えば。
昨年の夏に『ヴィントシュトース』 フォン・アルトマイエル大尉は、極東まで国連軍恒例の戦技・戦術研究会に出席したと言っていた。
あの場なら、各戦域のエースクラスの衛士や、各国の教導団との交流もある。 その線だろうか?


「教導団では有りませんよ。 まだ、中尉1年目の若い衛士達です。
最も、実戦経験は恐ろしいほど、積んでおりますがね。 年の割には・・・」

若手の有望株、と言ったところね。
そう言えば、4機とも機動に全く無駄が無かった。
特に、4番機以外の3機は、欧州の戦術機乗りの機動とは、やや異なる印象の挙動制御をしている。
見た目もそうだし、モニターに映し出される機体の各種応力・疲労度推移パターンからも、それが伺えた。

「中尉の1年目・・・ 未だ、20歳そこそこの若者なのでは? そんな若い衛士が、あれほどの機動を?」

「ヴァルターのお墨付きです。 私も、彼らと飛んでみて、納得しました。
『天の才』と言う言葉で片付けるには、安直に過ぎますな。 
元々、才も有ったでしょうが、数々の実戦で叩き込まれ、積み上げ、磨きこまれた経験が有って初めて、開花したのでしょう。
今や、ヴァルターもロバートも、私も。 10回に4回は、確実に獲られてしまいますよ」

―――嘘でしょう!?

マッキンタイア博士は、嬉しそうにほほ笑むユーティライネン少佐の、その言葉に思わず声が出かかった。

北欧戦線でその勇名を轟かせ、『93年まで北欧を保たせた衛士の一人』とさえ謳われた、ウルトラエースのエイノ・ラウリ・ユーティライネン少佐。
若いが、その果断な戦いぶりと、戦況把握能力で欧州トップエースの一人に数えられる、ヴァルター・クラウス・フォン・アルトマイエル大尉。
バトル・オブ・ブリテンで一歩も引かず、全軍後退の瀬戸際から戦況を引き戻し、『若き獅子』の名を女王陛下より下賜された、ロバート・ウェスター大尉。

この部隊の上級指揮官達は、全欧州の戦術機甲部隊を率いる将軍達ならば、何としても指揮下に欲しい、垂涎の、卓越した衛士達だ。
その彼らに対して、勝率40%をマークするなど。 そんな優秀な衛士であれば、とうの昔にその名が聞こえて来ていい筈だ。


「・・・一体、どこの誰なのです? あの衛士達は?」

「ふむ。 百聞は一見にしかず。 そろそろ、全ステージが終了する頃でしょう。
戻り次第、博士のラボに伺わせましょう。 現場の衛士の生の声も、聞いてみる事は無駄にはならんでしょうから」









≪1550 アベリストウィス開発基地 戦術機A-6ハンガー≫


「・・・うおおおぉぉ・・・ や、やっと終わった・・・」

も、もう、体力も気力も限界だ。
繊細な集中力が、常に要求される試験飛行を2日間に渡って、全試験ステージ・15ステージ完遂。
誰がこんな事やるかよ、普通・・・

コクピットから出て来て、リフトを降りた瞬間。 俺は床にへたり込んでしまった。 

「周防中尉。 お疲れなのは判りますが、飛行後整備の邪魔です。 ヘタるなら向こうでお願いします」

無情な言葉を、無感情な声でほざくのは、機体の主任整備班長、クララ・ウェーラー整備軍曹。
短い赤毛に、そばかすの残った童顔。 味気無い銀縁眼鏡。 愛想の無い表情。 
十人並み以上と言えなくはない。 美人の端っこには、引っ掛かっている。
全く、これで少しは愛想良くしてりゃ、衛士連中から『アイス・ドール』なんて言われずに済むのに。

「アイス・ドールで結構です。 少なくとも、女癖の悪い中尉や、レッジェーリ中尉からは、身を守れますから」

・・・声に出してたか? いや、それよりも。

「どうして俺が、女癖が悪いなんて事に? いつも女の尻を追いかけている、ファビオなら兎も角」

「自覚が無いのですか・・・? クムフィール中尉や、リッピ中尉から聞かされていますが?」

「・・・因みに、何と?」

「二股男」

・・・あの2人・・・ いつか、犯(ピー)てやる・・・

「・・・ケダモノですね・・・」

「はいっ!?」

無表情な『アイス・ドール』は。 あくまで無表情なまま、部下に指示を出して機体の整備に取り掛かった。


(はぁ・・・ どうせヘタばるなら。 サロン(下級士官公室)か、自室で寝転がるか・・・)

とにかく足に力を入れて立ち上がる。
ハンガー奥の連絡通路からドレスルームに向かう途中、同じく精根尽き果てた他の3人が、よろよろと立ちあがって来た。

「まったく・・・ 鬼だな、大隊長も」
「極東の女帝と、いい勝負だよ・・・」
「・・・死んだ」

圭介も、久賀も、ファビオも。 かなり堪えたようだ。
特にファビオは、ここまでのハードな扱きは受ける機会が少なかったのか。 半死人のような顔だ。

「ファビオ。 今晩の晩飯は、また『ワラジ・ステーキ』だそうだ」

「・・・うぷっ 直衛ぇ~~・・・ 手前ぇ、ワザと言ってるな?」

あの特大ステーキを想像すると、胃の辺りがむかむかしてくる。

「本当だって。 なぁ? 圭介、久賀」

「食いたくもないが、他に食うものも無い。 仕方が無いなぁ・・・」

「イギリスって、世界一食いものの不味い国だって、良く言われるけど。 あれ、本当だったな・・・」

量も多いが、味も不味い。 しかも工夫が無い。
軍隊の食事に、料理の楽しみを求めちゃいけない。 所詮、将兵の為の『燃料』だ。
しかし、それでも、少しは考慮して欲しい。 こうも毎食毎食、レパートリィの少なさに悩まされるとは、思いもしなかった。

ちなみに先程の『ワラジ・ステーキ』は、俺達3人が初めてこっちに着任した夜、晩飯に出てきたステーキの大きさに吃驚して。
思わず、『草鞋か? これは!?』と、叫んだ事がネームングの由来だった。


「最初は、フィッシュ&チップスも、珍しかったけど・・・」

久賀が、溜息をつく。

「いつもいつも、白身魚と芋ばかり食えるか・・・」

圭介も、うんざりしている。

「あんなジャンク! ビールで流しこまなきゃ、食えるかぁ!」

俺が吼え。

「ありゃ、料理への冒涜だぜ・・・」

ファビオが呆れる。



そんな愚痴を言い合いながら、ドレスルームに入ろうとした時、横合いから声をかけられた。
見ると、基地開発管理部所属の、エリカ・マイネリーテ技術中尉だった。

リトアニア出身。 当年とって23歳。 身長推定168cm 推定サイズは上から90(F)-59-84 体重は未公開。 プラチナブロンドの麗しき『マドンナ』

「4人とも、ご苦労様でした。 お疲れの所、申し訳ないのですが・・・ 博士が、ラボまでご足労願いたいと」

博士? マッキンタイア博士か?

「我々に、ですか?」

「はい。 是非、現場の衛士の声もお聞きしたいと。 宜しいでしょうか? 周防中尉」

「はぁ。 それでしたら、着替えが終わり次第・・・ な?」

他の3人に同意を求める。

「まぁ、お呼びでしたら、参りますが」
「現場の声、と言う事でしたら」
「お礼は今度、デートで・・・『『『 阿呆、周りに殺されたいのか!? 』』』 ・・・いや、何でも無いです・・・」

ファビオ、何て命知らずな事を。 よりによって、基地中の憧れの的の『マドンナ』をナンパとは。 他の連中に、闇打ちされるぞ?

くすくす笑う笑顔も麗しい『マドンナ』が、博士のラボまで案内役をしてくれる。
途中、何度も野郎連中の憧憬の眼差しと、やっかみの視線を受けながら。

(ふん。 度胸無しめ。 そんなに憧れるんなら、アタックの一つでもしやがれ)

心の中で、毒づく。
ん? 俺? 俺は良いの。 俺はちゃんと待ってくれている女性がいるから。
まぁ、確かに美人だけど。 何と言うか、大人の女性の色香、全開の魅力の人だけど。
俺には関係無い。 絶対関係無い。 そうでないと、本当にヤバいのよ・・・


―――コン、コン、コン

博士の部屋を、マイネリーテ中尉がノックする。

『どうぞ』

中から、意外に若い声が返ってきた。

ドアが開かれ、中に入る。

(・・・うわぁ~~・・・)

想像通り、と言うか、想像の上を行く。 辺り一面に散らかった図面の束、計算書、覚書、etc、etc・・・

「呼び立てて、済みません。 ちょっと、試験結果の生の声を聞きたかったので」

マッキンタイア博士が、そう言ってソファを勧める。
見た目、30代前半くらいに見える白人女性。 しかし、確か年は39歳だったな。
その若さで、今回の計画の開発主任責任者とは。 軍での委託階級は、准将相当官(軍属)
本来なら、俺達新米中尉など、直立不動でお言葉を待たねばならない身だった。

「楽にして下さい。 准将相当官なんて・・・ 実際、私はただの技術者ですから・・・」

研究者、と言わず、技術者。
英国人は、技術に対する執着が高いと聞くが。

暫くしてドアが開き、マイネリーテ中尉がお茶(紅茶だ)を持ってきてくれた。
一口飲む。 美味い。 恐らく、合成パックものではなく、秘蔵の本物の茶葉だろう。

「それで、正味の所を聞きたいのですが・・・ 今までのIDS-4/GR.4と比較して。どうでしょうか? 今回のIDSⅡ-5B/GRⅡ.5Bは・・・?」

お互い顔を見合せ、無言の攻防の結果。 俺が1番手となった。 どうでもいいけど、最近こういう場合、他の3人が共闘しやがる。

「主機、アビオニクスは問題有りません。 IDS-4B/GR.4Bから43%、IDS-5/GR.5からでも35%も出力がアップしています。
アビオニクスも、兵装管制システムを含め、格段に性能が向上していますし」

「元々が、小型で推力重量比が大きく、燃料消費率が少ないのが特徴です。 継戦時間が長く、それでいて今までの低出力を、改善出来ているのですから」

圭介が付け加える。

「レーダー探知・捜索システムはADV-F.4と共有のCSP (Capability Sustainment Programme)で開発されたものですから、従来のSEAD任務の負担も、大幅に軽減されます」

久賀の言葉に皆、頷く。 従来はIDSだと、きつかったSEAD任務―――光線級BETA制圧任務も、ADF-F.4の肩代わり無しに従事できるだろう。

「ただ。 一つ付け加えるならば。 主機の出力向上に、機体のフレーム剛性がやや、ついて行ってないって事ですか。
全開機動の時などは、一瞬機体の捻じれを感じる気がします。 テンポも半瞬、遅れるみたいな」

ファビオの言う事は、今日も感じた。
元々が、第3世代機搭載研究用に開発された主機をベースにした新型だ。
出力は大幅に向上したが、機体のフレーム設計が追い付いていない感じがする。
挙動制御プログラムも、今のところリミッターを設定して運用しているのだ。


「その問題点は、開発プロジェクトでも懸案事項として、認識しています。
近々、フレームの改設計を行った機体でテストを行いますわ。 剛性値は18%増しですが、重量は9%の増加で済みました。 これならば・・・」

「前回、馬鹿にされたスーパーホーネット(F/A-18E/F)や、ジュラーブリク(Su-27)、ラーストチカ(MiG-29)との異機種間戦闘演習(ダフト)でも。
一泡吹かせてやりますよ」

「連中の鼻っ柱、へし折ってやります」
「特に、あの米海軍の試験衛士の野郎・・・」
「直人、ありゃ、お前のミスだぜ?」

4人とも、2ヵ月前の各国軍の集まった新鋭機・改良機同士での、異機種間演習を思い出して、腸が煮えくりかえっていた。
俺達は、米海軍のF/A-18E/F、ソ連軍のSu-27、東欧州社会主義同盟軍のMiG-29、はてはイスラエルとの共同開発に成功した、中国(統一中華戦線)軍の殲撃10型(J-10)にまで。

異機種間演習で連戦連敗。 実に12連敗。 12全敗。

各国の衛士から、散々馬鹿にされた眼で見られたものだった。

揚句には、部隊長からも戦闘機動の些細なミスまで、事細やかに指摘されまくり。
半月後、中尉進級と同時に受講した、初級指揮幕僚課程を受けに行くまで、さながら新任少尉並み以上の、扱きを受けまくる羽目になったのだ。


「ふっふっふ・・・ 博士~~・・・ やってやりますよ・・・」

「あの連中・・・ 生きてクニに帰れると思うなよぉ・・・」

「あのクソヤンキー・・・ アイリッシュ海の藻屑にしてやる・・・」

「だからぁ・・・ 演習なんだってばよ・・・ お前等、判ってんの?」

俺達の鬼気迫る? 表情を見て。 流石に博士も顔を引きつらせる。


「ま、まあ、次回の演習までには、新型のテストも、チェックの洗い出しも終わるから・・・
万全の状態で出させてあげるわ・・・」

「「「「 はっ! 有難うございますッ!! 」」」」

・・・何だかんだで、ファビオも悔しかったんじゃないかよ。

いずれにせよ。 新型か、楽しみだな。












≪2130 アベリストウィス開発基地 下級士官サロン≫


「じゃ、新型が来るのが来週? で、次の総合演習が半月後だから。 評価終了で、生産開始して、配備され始めるのは・・・7月の初めね?」

ギュゼルが読んでいた雑誌から、目を離して聞いてきた。

「ああ。 最も、先行量産型はそれより早い。 来月早々には、配備される予定だってさ」

ソファで寝転がって読んでいた本を置いて答える。 最近ようやく、英語が違和感なく頭の中に入るようになった。
それまで、無意識に頭の中で『翻訳』して、話していたからなぁ・・・

「どうなの、直衛、新型は。 今までのIDS-4Bや-5と比較して?」

俺の傍で椅子に座って、何やらクロスワード・パズルをしていたらしい翠華が、降参したのか本を放り出して聞く。

「別モノだな。 主機も、アビオニクスも、機体の挙動制御も。 あれは、完成すれば準第3世代機に匹敵するんじゃないか?
少なくとも、F-92シリーズ初期型より、性能は上だ」

「F-92Jや、92K、92Cよりも?」

「ああ。 最も、昨年末から配備開始し始めたって言う、F/A-92E/Fシリーズ(『疾風弐型』 『経国』)は、実験機でもかなりのポテンシャルだったから。
もしかしたら、いい勝負かも」

「ああ、去年の9月に、南満州で搭乗したあの機体ね? 正式配備になったの?」

ギュゼルが、興味深そうにする。 自分も搭乗して戦った機体だ。 関心あるのだろう。

「うん。 手紙に書いてあったよ。 今年の2月に日本は第3世代機、94式『不知火』を実戦配備し始めたけど。
もっぱら国内の、西部方面軍管区優先らしい。 派遣軍には、F/A-92E/F『疾風弐型』が集中配備だってさ」

祥子の手紙に書いてあった。
彼女は。 第14師団は、戦力回復と練成の為に、半年ばかり日本本土に駐留して。 先月、大陸に再派遣された。
今は『極東絶対防衛線』の南部戦域、瀋陽要塞都市防衛の任に着いている。

「祥子、元気にしているそうよ?」

翠華が笑顔で話す。 俺も知らなかったけど、この二人。 何時の間にやら、手紙の遣り取りをしているそうだ。

―――『私達、友人同士だもん』 翠華の談だ。

最も、ギュゼルやヴェロニカに言わせれば。

―――『貴方の浮気防止に、2人が共闘しているのよ』 だ、そうだが。

いずれにせよ。 2人の仲が良いのは、俺的には嬉しい事なんだ。 その後の修羅場は怖いけど・・・



で、俺達が今話している『新型』戦術機。 
これは実は、『新設計機体』ではなく。 『再生機体』と言った方が良い。

その名を、『トーネードⅡ IDS-5B/GR.5B』 と言う。




『トーネード』

元は、76年から欧州諸国で輸出配備が始まった、ノースロック社のF-5E「タイガーⅡ」だ。
この内、英国配備機体がF-5E-E、ドイツ向けがF-5E-G、イタリア向けがF-5E-I。
そしてこの機体を、ライセンス生産したのが、77年から配備の始まった「トーネードIDS-1A/GR.1A」だった。(IDSは、ドイツ、イタリア呼称。 GRは英国呼称)

傑作戦術機のF-5系なだけあって、今もなお世界中で、息の長い活躍をしている。 
欧州ではどこの国でも、主力戦術機の座を占めていた事のある機体だった(アジアのF-4、欧州のF-5、と言われていた)

そして、その後もアップデートを繰り返し、IDS-2、-3、と性能向上型を送り出してきた。
しかし、そんなトーネードもIDS-4/GR.4シリーズになる頃には、第2世代機のF-15C、F-16C/Dに完全に主力の座を引き渡した。

ここで、一つ問題が発生する。
現在、欧州連合軍内では、次期第3世代戦術機 『ユーロファイター』 の開発が急がれているが、どうやっても後2、3年後の配備は不可能な状況だった。
そして、当初共同開発に加わり、その後離脱したフランスが推し進める第3世代機も、予想では4年かそこら、先になりそうだった。

英国が改良配備したトーネードADV-F.4は、第2世代機の性能を有するが、これは『局地防衛戦術機』思想で設計され、特に継戦時間が短い事が、ネックだった。

欧州連合軍、特に主力を為す英、独、伊の3国軍は、早急に十二分な性能を有する第2世代機、できれば2.5世代機の開発・配備を迫られていた。
F-15C、F-16C/Dに依存する事は、合衆国に絞首刑台の命綱を握られるようなモノだったからだ。
(この辺り、帝国と事情が似ている)


米国・ノースロック社。 この会社が、今回の開発の引き金を引いた。
主導したのでは無い。 寧ろこの会社は、経営不振が極まって、身売り寸前だったのだ。
(現に今年、グラナン社との『合併(実質吸収)』で、『ノースロック・グラナン社』となった)

過去、F-5系の最終発展型、F-5G(F-20 『タイガーシャーク』 )で、F-16との採用競争に敗れ。
過去にF-16との競争に敗れた事のあるYF-17も、海軍の正式戦術機採用に当たっては、海軍機の開発実績が無い事を理由とされて。
折角開発したYF-17の海軍機への変更開発権を、マクダエル・ドグラム社(現・ボーニング社)に獲られてしまった。

極めつけは、米陸軍次期第3世代戦術機競争で、起死回生を狙ったYF-23が、やはりボーニング社のYF-22に敗れ去った。

実に、採用競争で3戦全敗。 実に、悲運の名門だった。
そして会社の屋台骨が傾いた(安価な第1世代機の販売収益だけでは、埋めきれない損失だ)
末期のノースロック社は、それまで死蔵していた過去の戦術機のパテントを一式、海外のメーカーに売却する事を持ちかけていた。

実際に売れたのは、YF-17のパテントを日本の河西・石河嶋が共同購入。
F-5G(F-20)のパテントを、英・BAC社、独・MBB社、伊・フィアッティ社が、3社共同で購入した。

流石に、YF-23のパテントは、米議会から『待った!』が、かかったが・・・



トーネードの共同開発企業群。
機体、システム分野での、英・BAC社、独・MBB社、伊・フィアッティ社。
主機・跳躍ユニット分野での、英・R&R社、独・MTUアエロエンジン社、伊・フィアッティ社

この5社は、購入したF-5G(F-20)を徹底的に研究した。
何と言っても、F-16との採用競争では、実際的な現場での評価は、F-20の方が高かった位なのだ。
それはかの、ノースロック社の顧問をしていた『音速男』、チャック・エーガー氏と、試験衛士として著名な、ダグラス・コーネル氏の2人が惚れこんだ程だったのだ。

そして欧州の企業群はまず、第2世代機として十分な性能の『トーネードIDS-5A/GR.5A』を92年に開発した。

しかし、問題が無い訳でも無かった。 最大の問題は、主機のRB199-Mk105の出力が低い事だった。

RBB199シリーズは、小型でありながら推力重量比が大きく、燃費も非常に良好。 それがウリのエンジンだった。
しかしながら、昨今の第2世代機用主機と比較して、やや非力な面が否めない。
ましてや、第3世代機用主機(予定)と比較すると、その出力は70%に達しない。

主機開発担当企業が目を付けたのが、米・GEアビケーティング社の開発した、F404エンジンだった。
このエンジン。 実はF/A-18C/D 『レガシーホーネット』 に搭載されている主機だ。
この改良型、F414が、F/A-18E/F 『スーパーホーネット』 に搭載されている。

RBB199シリーズの低燃費技術の供与を条件に、GEアビケーティング社からは、F414の技術提携を受ける事になったのだ。

この結果、開発された主機がRBB205-Mk104。
ドライ状態で推力57.4KN、A/B状態で92.5KNは、本家のF414には僅かに及ばぬモノの、『ユーロファイター』用に開発中のEJ200sとは、ほぼ同等の推力値を得た。

そして当初、英国単独で行っていて、後にドイツとイタリア、オランダも参加するようになった、MLUP(Mid-Life Update Programme) 
そして、CSP (Capability Sustainment Programme)と。 
度重なる性能向上プロジェクトでその性能を上げてゆき、今年の4月初旬、『トーネードⅡIDS-5B/GR.5B』として、生まれ変わった。

次回の総合演習では、この『トーネードⅡ』が、初見参するのだ。





「楽しみねぇ・・・ どんな機体になったのか、ワクワクするわ」

ギュゼルが嬉しそうに、顔を上気させる。

「ギュゼルって、意外と戦術機フェチなのよね・・・」

翠華が結構、失礼な事を・・・

「ちょっと、翠華? 失礼なこと、言わないでくれる? 何が 『戦術機フェチ』 よッ!?」

「でもさ。 機体の前で結構、独り言を言っているよな、ギュゼルって。 『貴方って、頼もしいわね』とか何とか」

「あ、そうそう。 あれは流石に引くわ~・・・ ヴェロニカなんて、本気で軍医に診察させろって、言っているもの」

「なっ・・・! なっ・・・! なぁっ・・・!?」

ギュゼル、顔が真っ赤だぞ?

「わっ! 私はっ! 機体を信頼しているからっ! だから、自然に信頼の言葉も出てくるのよっ!」

「俺達だって、信頼しているさ。 なぁ?」

「ええ。 でも、あそこまではねぇ・・・」

「うううぅぅぅ~・・・ 直衛! 翠華! あたなたち、こんな時に限ってぇ!!!」

うわっ! ギュゼルが爆発した! さっさと退散するに限る。

「じゃ、俺もう休むわ。 試験は無いけど、明日も訓練は有るし」
「わ、私も! 直衛! 行こ!」

良い感じでキレているギュゼルを尻目に、翠華と2人、サロンをあたふたと退散した。









1994年6月10日 1000 イングランド グロースターシャー州 グロースター 国連欧州軍・グロースター基地 第88独立戦術機甲大隊


新型が搬入されてきた。

待ちに待った、『トーネードⅡIDS-5B/GR.5B』だった。 総勢60機
我が大隊は、1個中隊が4個小隊編成の、所謂 『重戦術機甲大隊』 定数は48機。 予備機が12機(25%)
国連カラーの『ラズーリ』(地中海の蒼)で塗装されている。


(俺の、新しい剣・・・  欧州での、新しい戦場での、愛機・・・)


開発試験の後半以降からずっと、携わってきた。
F-92系の時もそうだったが、どう言う訳かこの手の縁が、俺には多い。
しかしそれだけに、この機体の秘めたポテンシャルが、頼もしく、嬉しかった。


(よろしくな・・・ 相棒)


この機体で俺は、欧州の戦場を駆け抜けていく。 駆け抜いてやるのだ。













[7678] 国連欧州編 イベリア半島1話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/17 23:46
「・・・たい・・・ちょう・・ わ、わたし、は・・・ やっぱ、り、たいちょ・・みたい・・ なれ、ま、せん・・・ すお・・・ ちゅ・・・い・・・」


―――目の前で。 若い、未だ少女の面影を残す女性衛士が、息を引き取った。














1994年6月25日 1930 地中海 イベリア半島 シエラ・ネバタ山脈 グラナダ近郊


陽がようやく没しかけている。 陰影が濃い、灌木ばかりが目につく山岳地帯を、国連カラーを施した4機の『トーネードⅡ』が、ゆっくりと静粛索敵移動を続けている。
2機1組のエレメントを組み、前衛・後衛で前方と後背を確認しながらの移動だ。


『本当に不法居留民なんて、居るんでしょうか? こんな、BETA勢力圏の中に』

『不思議よね。 イベリア半島が陥落したのは、87年・・・ 7年も前なのに』

3、4番機の衛士が腑に落ちない声色で話し合っている。
このイベリア半島から、旧スペイン・ポルトガル領から、難民脱出支援の為に残留していた、欧州各国政府が『移転』したのが、87年。
以降、間引き作戦の拠点確保と、主に最南部のアンダルシアでの軍事拠点維持以外では、公式に人類はこの半島に存在しない。

『03、04。 お喋りしていないで、しっかり索敵しなさい。 気を抜くと、どこからでも湧き出てくるわよ、連中は』

『『 は、はいっ! 』』

2番機の衛士が後任の2人を叱責する。
その間、指揮官機である1番機の衛士は無言のままだ。
時折、機体を止めて光学センサーを伸ばし、あちらこちらを捜索している。


『02より、01。 どう?』

「・・・ネガティブ。 今のところ、痕跡すら無い。 元々、この辺りの山岳民だとしたら。 痕跡を消すことくらい、造作も無いだろうけどね」

指揮官機の衛士が、まだ若い顔に苦々しげな表情を浮かべ、呟くように言う。
そして、指揮下の3機に静粛索敵の続行と、索敵範囲を東へ移す事を告げ、移動を始めた。


『隊長・・・ もし、不法居留民がいたら。 どうするんですか・・・?』

3番機の衛士が、スクリーン上で困惑した顔を見せる。
4番機の衛士も、似たような表情だ。

『貴女達、今更何を・・・「ギュゼル」・・・?』

2番機の衛士が、後任を叱責しようとした時、指揮官から制止の声が割り込んだ。

「居たとしたらか? 任務を遂行するまでだ。 本隊へ連絡し、移送部隊が到着するまで、周囲を確保する。
無論、不法居留民が他所へ移動しないように監視しつつ。 それ以外の何が有る?」

指揮官が、相変わらず視線は光学センサーやレーダー、震動・音紋センサーを忙しく見比べながら、部下の問いに明確に答える。

『でも! 居たとしたら、その居留民達だって、危険だと判ってて、やっぱり故郷を離れられなくて。
それでも今まで、生き抜いてきたんですよ? それを・・・ 強制移送ですか?』

「説得に応じなければ、そうなる」

『でも・・・ キャンプに行ったって・・・ 仕事なんて無いし、配給も滞りがちだし・・・』

『そ、そうですよ・・・』

3、4番機の衛士が、指揮官の答えに、控え目に反論しようとした時。

『ベルクール、ミラン、黙りなさい! 戦場で指揮官の方針に異を唱えるの?
それが許されるのは、作戦決定前までよ。 貴女達、戦場での上官抗命罪で、軍法会議送りにされたいの?』

2番機の衛士が、咄嗟に叱責する。

「ギュゼル、その辺で良い。 リュシエンヌ、アリッサ。 俺達は軍人であり、衛士であり、士官だ。 違うか?」

『い、いえ』 『違いません』

「なら、その本務は何だ?」

『人類の守護』 『BETAから人類を護る事』

「・・・うん。 大義的には、そうだ。 それならば、今の俺達の本務は?」

『不法居留民の保護・・・ですか?』

リュシエンヌ、と呼ばれた若いフランス系の女性衛士が、恐る恐る答える。

「それは結果だ。 本務はな・・・ 『人類の数の確保』だ」

『ッ!!』 『そんな、まるでモノみたいにッ!!』

部下の2人は、上官の言い様に不快感を覚え、思わず反発する。
しかし、指揮官はそんな2人を見ながらも、表情を変えない。


『リュシエンヌ・ベルクール少尉! アリッサ・ミラン少尉! 貴女たち、もう一度、訓練校からやり直す!? 今までどんな教育を受けてきたの!』

『し、しかし、クムフィール中尉!』
『中尉も、この任務には不満だと、前に・・・』

『不満と、不服従を混同するなッ! 貴様達は指揮官では無い! 作戦内容の要否を判断するのは指揮官だ!
貴様達は、命令された内容を如何に十全にこなすか、それだけだ! その程度も判らずに、良く卒業出来た!
いいか? 私が隊長に進言する事は只一つ! 『この甘ちゃん共を、訓練校へ返品しましょう』 だ! 解ったか!』

『『 はっ・・・はいっ! 』』

クムフィール中尉、と呼ばれた女性衛士の怒気に呑まれて、2人の少尉衛士が思わず肯定の返事をする。


その時、指揮官が新任の少尉2人に話しかけた。

「2人とも。 極論だが、今は1人でも多くの人類の数が必要な事は、認識しているな?」

『は、はい!』 『判っているつもりです・・・ 判っています!』

「ん・・・ その為には、これも極論だが、今回のような事は、これからも無数に発生する。
確かに、嫌な仕事だ。 けどな、これも俺達の 『任務』 だ。 人類を護る、と言う大義的な目的の中に含まれている。
衛士なら。 そして士官であるなら―――それを厭うな。 率先して任務に当たれ。 下士官兵を動揺さすな。 士官ならば、そうすべきでは無い」

『・・・・』 『それは・・・』

「文句が有るなら、それを言える位の経験を積んでからにしろ。 最低でも、俺やクムフィール中尉程度にはな。
それまでは・・・ そのクソッたれの口を閉じて、任務に集中しろ! ヒヨコ共!!」

『『 イッ イエス、サー!! 』』








俺と新任達の遣り取りと入れ替わりに、秘匿回線が入る。


『直衛。 似合わない役、ご苦労様』

可笑しそうに笑っている。

「・・・ギュゼルこそ。 『鬼先任』なんて柄じゃないだろ? お互い様さ」

『まぁ、小隊長の貴方に、小隊先任の私が。 あそこで揃って、甘い顔出来ないものね・・・』

「そりゃ、そうだ。 何時までも、甘えていられる順番じゃ無いしな、俺達も」

『そうねぇ・・・ なんたって、貴方やファビオが小隊長ですものねぇ・・・ あら、世も末かも?』

「代わってやろうか?」

『結構よ。 貴方って、部下にするには結構、使い辛いかも』

「どう言う意味だよ。 ま、ギュゼルは頼りになる補佐役だけどな?」

『何も出ないわよ?』

そう言い合って、お互い笑いかけたその時。


「待て! ・・・そこの小路、右手の灌木の陰」

『小路? あそこ? どうかしたの? 変哲もない小路よ?』

「・・・7年も人が入らなきゃ、あんな小路は直ぐにも無くなる。 それが残っていると言う事は。
―――普段から、往来が有るって事だ」

『野生動物じゃなくて?』

「野生動物が残っているか、甚だ疑問だな。 その場合はもっと、踏み固められた道は細い。 獣道ってのは、そんなものだ。 ―――機外確認する」

『判った。 ―――リュシエンヌ! アリッサ! 隊長が機外に出るわ、周辺警戒! 複合センサーは範囲が狭くなっても良いから、最大感度で!』

『了解!』 『判りました!』


3人の声を聞きながら、機体をニーリング・ポジションにしてコクピットを解放する。
ワイヤ・リフトで降下して地面に降りた。 念の為、武装を確認する。 

と言っても、BETA相手には気休めにもならない自動拳銃だ。 FN社のM1935、ブローニングHP。
古臭いとか、良く言われる。 何せ、1935年にリリースされた銃だ。 今や骨董品。
衛士達はベレッタM92か、大型の銃ならコルト・ガヴァメントを持つ連中が多い。
古い設計の銃なら、寧ろ小型で携帯性の良いドイツの古い銃、ワルサーPPKやモーゼルHScを愛用する者もいる。

俺がM1935を使っているのは、さして理由が有る訳じゃ無い。
強いて言えば、偶々グリップが握りやすかった事と、9mmパラで13発と言う装弾数の多さか。
ま、衛士にとって自動拳銃など、「最後の自決用」とも言われているから。
9mmパラなら、.45ACP程では無いが、それでも確実に脳みそを吹き飛ばせるか、といった程度の考えだ。

ヘッドセットのリンクを確認する ―――大丈夫だ。


「ギュゼル。 最大でも10分で戻る。 それまで頼む」

『了解。 各機、隊長機を中心に、100mの距離でトライアングル』

『『 了解! 』』


ゆっくりと、周囲を警戒しながら斜面を登る。 目的の灌木脇―――有った、小路だ。 明らかに歩き踏み固められた跡だ。

更に注意しながら、小路に入って行く。 辺りは未だ陽があるが、そろそろ6月の地中海沿岸とて、薄暗くなってきている。
途中で、乾燥した獣の排泄物を見つけた。 そして、微かな轍の跡。 確信した、この先に不法居留民がいる。

「ギュゼル、機に戻る。 異常は?」

『無し。 ―――どうだった?』

「ビンゴ。 しかし、この先の何処に居るかは判らない。 それにそろそろ陽も落ちる。
チェック・ポイントは3km南だ。 いったん戻って・・・」

「―――動くなッ!!」

不意に背後から警告を受ける。
 
くそ、ドジったな。 こんな任務、本来なら軽歩兵部隊の随伴付きでやるものだ。
白兵戦闘のプロの彼等なら、こんなドジは踏まないか。 
いくら人手不足とは言え、戦術機甲部隊にさせるから、こうなる・・・

「動くなッ! 銃を置いて、両手を上げろ!」

念の為、銃を地面に置き、両手を挙げる。

『隊長! 威嚇許可を!』

ギュゼルから回線通信が入る。

「却下する。 まだ 『攻撃』 を受けていない。 引き続き、周辺警戒」

『・・・了解』

通信会話の間に、地面に置かれた銃を持っていかれる。 どうやら気配では、相手は2人か。

「試しに、言っておきたいが・・・ 我々は君達の『敵』じゃない。 対岸への『避難』を忠告に来たのだ。
誰か、代表者の所まで案内して貰えないだろうか?」

「・・・・・」

「私の銃は、君達に預けている。 部下達は、私の命令が無ければ、危害を加える事は絶対にしない。 
誓って言う。 我々は君達の『敵』では無い」

「・・・長の所ね。 いいわ、ついてらっしゃい」

「マリア!」

「お黙り、ビアンコ。 私の言う事、聞けないって言うの?」

「・・・判ったよ」

どうやら、マリア、と呼ばれる女の方が、リーダーシップを取っているようだ。

「そのまま、こっちを向いて。 変な事したら、即、ズドン、だからねッ!」

ようやく許可が出たので、振り返る。 振り返って―――驚いた。

「何よ? 吃驚したような顔して。 アンタ、そんなに女が珍しいの?」

女、と言うより。 正真正銘、少女だった。 まだ13、4歳位か。
男の方も。 これまた12歳か13歳位の男の子だった。 つまり・・・


「いや。 若いのに、しっかりしているものだ、と思ってね」











1994年6月25日 2130 シエラ・ネバタ山脈 ムラセン山山麓の谷間


ギュゼルに俺の機体を自律制御させて、この谷間の外れに駐機させた。
今は、40人くらいの小さなコロニーの中心部―――長の家で、俺を含む4人が説得に当たっている。

「まず、自己紹介をさせて頂きたい。 小官は国連軍中尉、周防直衛。 後の3人は部下達です。
右から、ギュゼル・サファ・クムフィール中尉、リュシエンヌ・ベルクール少尉、アリッサ・ミラン少尉。
4名とも、国連欧州軍の所属です」

「・・・ディエゴ・ベサレスだ。 ここの、一応は長をしている。
にしても、随分と若い隊長さんだな。 いくつだ?」

「今月で、丁度20歳ですよ」

「はっ! こりゃ、驚いた! こんな若造が、隊長さんか!?」

ベサレス氏の物言いに、ギュゼルが思わず身を乗り出そうとするが、抑えた。

「生憎と、『こんな若造』が隊長を張らなければならない程、『外の世界』は、人材が逼迫しておりまして」

「・・・言うな? 若造。 つまり、俺達がのうのうと暮らしていると?」

「失礼。 そう言う訳では有りません。 
寧ろ、よくもまぁ、こんな所でBETAに喰い殺されずに、生き残っていたものだと。
些か、呆れ果てております」

暫くお互いに笑いながら睨み合う。
最初に折れたのは、長のベサレス氏だった。

「俺達だって、好き好んで居座っているんじゃねぇ。
一応は故郷だしな。 年寄り連中は土地を離れたがらねぇ。 それに、難民キャンプの噂は以前に耳にしたぜ。
でもよ。 確かに、アンタの言う通りさ。 こんな所、いつまでも住んじゃいられねぇ・・・」

「では。 『対岸』への避難、受け入れて頂けますね?」

「途中の安全は?」

「軽歩兵部隊の護衛付きで、輸送部隊を待機させています。 我々も、間接護衛を。
戦術機1個小隊。 小型種BETAなら、200~300程度は、問題にしません」

大規模な『群』から離れて行動している小型種BETAの群なら、1群でその程度だ。

「一応、皆にも話はしてある。 何人か、不満を垂れている奴は居るが・・・
何、家族の為だ。 我慢して貰うさ」

「ちょっと! 親父! アタシは、納得してないよッ!!」

唐突に、叫び越えと共に家の中に入って来たのは。
『マリア』と呼ばれた少女―――あの、俺に銃を突き付けていた、元気な少女だった。











1994年6月25日 2250 シエラ・ネバタ山脈 ムラセン山山麓の谷間


満天の星空だった。
機体の脇に仮設で作った野戦テント(ポンチョを拡げただけだ)から這い出して、付近を『散歩』していた。

この辺りはアンダルシア防衛線に近い為か、未だBETAの浸食に晒され切っていないようだ。
谷間の川と付近の緑も、昼には清涼感と心地良い木陰を。 夜には自然の甘い香りを。 昔から変わらぬ恵みを、もたらしてくれていた。

(この自然も。 防衛線次第であっという間に、喰い尽されるか・・・)

何度も満洲で見てきた。
それまでの緑の沃野だった草原が、BETAに浸食され。 次に『戦場』として来てみれば、一面の荒野に成り果てていた、なんて事は。


ふと。 外れの川筋に人影を認めた。 2人いる。
一人は、幾分小柄だ。 話し声が聞こえる。 邪魔にならないように、傍の木立に寄りかかって、なんとなく会話を聞いていた。


「・・・ふぅ~ん。じゃ、リュシエンヌの故郷は、もうBETAの腹の中かぁ」

「そうね・・・ 随分前だから、サンテティエンヌが陥ちたのはね。
それに、リヨンハイブとは50km位しか離れていないの。 もう、あの街は何もないでしょうね・・・」

「だ、だったらさ! ここで暮らせばいいじゃん! ここはまだ、水も緑も有るしさ!」

「・・・マリア? 私は軍人よ。 それに貴女達に、ここから避難して貰う為の説得に来たのに。 住めないわよ」

「え~~~? だってさ。 アタシら、ずっとここで暮らしてきたんだよ? BETAなんて、騙すのなんか簡単だよ! 
見つかった事無いし。 ここを離れるの、アタシ、嫌だよ・・・」

「拗ねないで、マリア。 でも、本当に危ないのよ。 アンダルシア次第で、ここにもBETAの大群が何時、雪崩れ込んでくるか・・・
それに、お祖母さんや、病気がちのお母さんも。 安全な場所で暮らした方がいいわ。 ね? そう思わない?」

「そりゃあ、お祖母ちゃんも母さんも。 もっとお医者さんとかいる町の方が、良いかもしれないけどさぁ・・・」

「海の見える町まで、私達が護ってあげるわ。 そこから、海を渡って・・・ 対岸の町に行けば。 そこでまた、皆で暮らせるわ」

「へぇ! 海かぁ! アタシ、海なんて見た事無いよッ! へぇ、海かぁ・・・」

「直に見れるわ。 そうね、今度は、海の見える町にも、住めるかもしれないわね」

「・・・うん! 判った! 親父に、謝ってくるよ・・・ 我がまま言って、ゴメンって。
ありがとね、リュシエンヌ!」

「ふふ、どういたしまして・・・」


マリアが、元気よく走り出し―――不意に立ち止まって、リュシエンヌを振り返った。


「・・・護って、くれるよね?」

「ええ、必ず」

その言葉に、嬉しそうに破顔して。 マリアは家に帰って行った。










リュシエンヌがこちらに向かって歩いてくる。

「―――ッ! た、隊長!? いらしたんですか!?」

流石に、驚くわな。 夜、こんな場所で他に人がいれば。

「散歩がてらな。―――スマン、何となく、聞こえてしまった」

「あ、いえ。 別に、困る事じゃないですから・・・」

やはり、先程の遣り取りを聞かれた事が気恥ずかしいのか。 顔をそむけながらだ。
不意に、昔―――と言っても、2年くらい前の事だ―――の事が思い出された。

「ま、突っ立ってないで、座れよ。 まだ寝ないのなら」

「あ、はい」

俺の座る小岩の傍の草地に、リュシエンヌが腰を降ろした。
さて。 俺は何を話すつもりなのかな?
唐突に出た言葉だったから、なかなか次の言葉が出ずに、気が付けば煙草を咥えている。

「・・・隊長って、結構スモーカーですね?」

「そうか・・・?」

「はい。 気が付けば、吸われています」

そうかな? そんなに吸っている気はしないんだが・・・
ふと、思い返すと。
以前は2日で1箱だったが。 今は1日に1箱だ。 はは、成程な、確かに。 以前の2倍になってやがる。

それでも火をつける。 大きく吸い込んで、ゆっくりと紫煙を吐く。 美味いな。


「・・・何か、お話が?」

「ん・・・ まぁ、何だ。 良くやった。 あの子を説き伏せたのは、殊勲賞だ。
これで、父親のベサレス氏も動きやすくなった」

「別に。 そんなつもりでは」

計算づくでやったと思われるのが、心外なのだろう。 やや不満な顔と声だ。

「別に、お前が計算づくで、あの子に接したんじゃない事は、判っている。 ま、聞けよ。 俺にも2年ほど前、似たような経験が有る。 満洲でな。
まだ少尉任官後、2ヶ月くらいの頃だった。 今のお前と同じくらいさ。 ウチの1小隊の蒋中尉や、1中隊の朱中尉、3中隊の趙中尉と一緒にな。
―――92年の5月。 あの頃は、俺はまだ日本帝国軍に在籍していてな・・・」



1992年5月の末、北満洲でモンゴル族の一族を、南部後方の安全区へ避難さす為の任務。
その時の事を話した。

先祖代々の伝統を守りたかった長老衆。
長老衆へ心情的に傾きながらも、子供達の行く末を不安に思っていた親達。
未だ汚れの無い瞳の、無邪気な子供達。

文怜の悔悟の言葉。 そして、翠華の悲痛。


「あの時とは逆だが。 純粋で、世の中の暴虐を知らない分、マリアは手古摺ると思っていたんだが。
案外、正攻法で良かったのかもな。 根は素直な子のようだ」

「ええ。 良い子です。 優しい子ですよ」

「だもんで、お前の殊勲だ、リュシエンヌ。 素のまま当たった事が、良かったんだな」

「何か、私の精神年齢が低い。 そう、言外に言われている気がします・・・」

「気の回しすぎだ。 俺は正直に褒めているんだぞ?」

「じゃ、素直に受け取っておきます。
・・・隊長に褒められたの、初めてです・・・」

ん? そうだったか? そんなに、怒っていたっけ?

「アリッサと二人でよく話してました。 運が悪かったね、って」

「運が悪い?」

「はい。 大隊の中でも、隊長と、3中隊の長門中尉は、鬼小隊長で有名ですから。 1中隊の久賀中尉も、かなりですけど。
私達、着任して2ヶ月間。 隊長からの叱責と、怒鳴り声ばかりが記憶にあって・・・」

あちゃ、やっちまったか? 去年、帝国軍に居た頃。 当時の新任連中にも『鬼』って言われて怖がられたしなぁ・・・

「そ、そうか。 いや、気が付かなかった。 けど、何もお前達を憎んでの事じゃ、ないんだけどな・・・」

「ええ。 訓練で叱責されたり、罵倒されたり。 怖かったし、悔しかったですけど。
同じ事を隊長も、クムフィール中尉もやって、こなしていますから。 私達が未熟なんだなぁって、思い知らされてきました」

「そう思えるんなら、伸びるよ。 お前は。 アリッサも」

「そうでしょうか?」

「ああ。 俺もそうだったよ」

「一番、釈然としない理由を聞かされました」

「お前な・・・」

笑いながら軽口を叩くその姿に、少しホッとする。
小さな、本当に小さな1歩だが。 それでも、それは前進だ。
煙草をもう1本取り出して、火をつける。 少しピッチが速いか? でもまあ、興が乗ればこんなもんだ。


「ひとつ、聞いて良いですか?」

「ん? 何だ?」

「隊長は、いざって言う時・・・ 人を、撃てますか?」

「・・・藪から棒だな。 場合によるな」

「例えば。 目の前の100人を殺さなきゃ、後ろの1万人が助からない。 そんな時は・・・?」

「撃つ」

「躊躇なしですね・・・ その100人が、今まさに、BETAに襲われていたとしたら?」

「BETAごと、撃つ」

―――実際、俺はそうした。 人間をBETAの餌にして。 BETAごと、纏めて吹き飛ばした。


「どうして、そんな事を聞く?」

隊に配属されてから2が月ばかり。 こうして個別にゆっくり話す機会が、余り無かった。
それでも、俺の持つリュシエンヌの印象とは、今夜はやはり違う。
もっと、小気味よい位に切り込んでくる印象だったんだが。

「・・・私の父は、フランス陸軍の衛士でした。 戦死しましたけど。
ブルゴーニュの戦場で、逃げまとう民間人を護ろうとして、死にました。
BETAに襲われている人達を撃てなくて。 結局、自分も、部下も、守ろうとした民間人も、BETAにやられて死にました」

リュシエンヌの声は、どこか台本を読んでいるかの様な、無機質な声だった。

「母は、ル・アーブルまで避難する最中に、ルーアンで死にました。 母の乗った避難トラックが、BETAに襲われて。
フランス軍はBETAを殲滅する為に、BETAごと、母を撃ち殺しました。 でないと、BETAにみんなやられていたから。
―――そのお陰で、私と妹は助かりました」

もう、感情の欠片も感じない。

「・・・どっちが、正しくて。 どっちが、間違いなのですか? 教えて下さい、隊長・・・」


―――正しい。 同胞を、最後まで守ろうとした事か。 より多くの同胞を護る為、目の前の同胞を見殺した事か。

―――間違い。 理想と感情に囚われ、多くの命と自らの命を失う事か。 同胞を護ると言う大義名分の下で、同胞を見殺す事か。


「どう捉えるかによる。 どう言う結果を求めるかによる。 
自分が出来る事をやった結果、どうなるかを認める事が出来るかによる。
―――俺がその場に居たと仮定したら。 リュシエンヌ、君のお母さんを、BETAごと撃ち殺している」

「・・・・・」

「俺は、そんな状況下で。 どんな状況下でも、全てを叶える事が出来るなんて、思ってはいない。 俺には、そんな能力は無い。
だとしたら。 俺は、俺が出来る事をやるだけだ。 その結果、何かを切り捨てる事は有る」

「・・・・・ッ」

「――-つまりお前は。 感情と後ろめたさに、苛まれているのか」

「ッ!?」

「母親が『殺された』怒りと、その結果自分が助かった『後ろめたさ』 そして、そうしなかった父親への、感情的な依存。
しかし、その父親の行為の結果は、衛士として認められない。 ―――そんなところか?」

「・・・・くっ!」

「言っておく。 今、俺が『出来ない』と判断している事は。 お前には逆立ちしたって、足元にも近寄れない」

「それはッ! そうですが・・・ッ!」

ようやく、感情の色が現れた。

「言っただろ、今はどうやって命令された事を確実に実行するか、出来るか、それだけに集中しろと。
今のお前には、経験なんてものは無いに等しい。 その答えは、経験を得てから考えろ。
そして、それを考える事は指揮官の役割だ。 今は俺の役割だ。 結果も、責任も、俺のものだ。 お前のものじゃ無い」

最後にひとつ、付け加える。

「・・・多分、正解なんて有りはしない。 世の中にはな。
得られる事は精々、『最悪の中の最善』 それ位なんだろうな」

「・・・私は。 少なくとも、今の私は。 隊長の様になれません。 隊長のように考えられません。 ―――切り捨てられませんッ!」

―――つまりは。 それが今のお前の限界か、リュシエンヌ。
いや。 限界を作っているのは、俺の方か? まだ先に進めるのか? 道を閉ざしているのは、俺か? 

それとも―――リュシエンヌ、お前が今立っている道は。 
或る者にとっては、行き止まりになった道であり。 
或る者にとっては、死の奈落に繋がった道だ。
それを―――道を、拓いて行けると考えるのか?


「・・・どうなろうとするか。 どう考えようとするか。 人それぞれだ。 お前は、お前の答えを見つけろ。
―――ひとつだけ、言っておく。 俺も、お前も。 出来る事なんて、たかが知れているんだよ」


承服しがたい表情のリュシエンヌを背に、機体に戻る為、立ち上がり歩き始める。
恐らく。 彼女は例えどんな経験豊富な衛士の言葉を聞いたとしても。 今その答えを得る事は不可能だ。 俺が教えられる事は、それだけだ。


―――正解なんて。 間違いなんて。 俺こそ、教えて欲しいさ・・・















歩き去る隊長の背中を見ながら、自然に呟きが出てしまう。


「・・・隊長に褒められたの、初めてです。 凄く、嬉しいです―――抱いて欲しい、って言ったら。 困りますか?」








[7678] 国連欧州編 イベリア半島2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/18 00:38
1994年6月26日 0345 シエラ・ネバタ山脈 ムラセン山山麓の谷間


当直交代の直前。 それは唐突にやって来た。

≪CPよりグラムB BETA警戒状態2A発令! 現在、マドリードのBETAのうち、3群が移動を開始。
主群は南西方面、タホ河沿いにエストレマドゥーラ地方へ侵入を図る模様。 最終予想地点は、リスボンの予想≫

―――リスボン。 半島に確保している数少ない、重要港湾拠点だ。

≪他2群のうち、大型種を含む1群は南南東、カスティーリャ・ラ・マンチャ地方から。シエラ・モレナ山脈方面へ移動中。
過去のデータから、コルドバからセビーリャ経由で、へレス・デ・ラ・フロンテラか、カディスを目指すと予想されます。
最後の1群は、小型種のみで構成されます。 南へカスティーリャ・ラ・マンチャ地方から、ハエン、グラナダ方面へ移動中。
最終予想地はモトリル、乃至、マラガ。
中央、西部、両戦線は第1級警戒態勢に移行。 グラムBは、グラナダ防衛ポイントにて、遅滞防御戦闘。 大隊本隊到着まで、死守指令です≫


―――最悪のタイミングだな。

「グラムBよりCP。 了解。 因みに小型種の数は? 推定で良い」

≪CPよりグラムB。 BETA数は推定1500 突撃級、要撃級、光線級は確認されず≫

「グラムB、戦域情報確認した。 これより防衛ポイントにて、遅滞防御戦闘準備行動を開始する」

≪CP了解。 ・・・グラムB、周防中尉。 中隊主力到達は45分後です。 BETA到達は・・・15分後。 堪えて下さい≫

「了解・・・ ここを抜かれたら。 ジブラルタルが丸裸になるからな」

通信を切り、部下に緊急集合と戦域情報、行動指示を出す。

「5分で居留民を山の上に避難させる。 10分後に防衛ポイントに布陣。 15分後、接敵だ。
俺が今から長に話す。 お前達は主機を上げろ」

『『『 了解! 』』』

「ギュゼル。 悪いが、俺の機体を自律制御で『暖めて』おいてくれないか?」

『了解』

「よし、かかれ!」

一斉に3人が機体に張り付く。
俺は大急ぎで長の家に飛び込んだ。


「何の騒ぎだ? 周防中尉。 いきなり、この騒音・・・」

「BETAが来ます」

「何ぃ!?」

「正確には、この村の西、グラナダの跡地です。 しかし、距離にして10数kmしか離れていない。
BETAの識別可能圏内です。 確か、山麓に避難場所が有ると言われましたね? 大至急向かってください。
手荷物も持っていく暇は無い。 我々は5分後に、グラナダの防衛ポイントに布陣せねばなりません。
接敵は10分後。 急いで!」


長の顔が、青白い色から、真っ赤に急変する。

「くそっ! おおい! 皆、外に出ろ! 出るんだ! 大急ぎで『神の祠』に行くぞ!」

「親父! どうしたのさっ!」

「マリア! 小さい子供達をまとめろ! BETAが来る! 『神の祠』まで大急ぎだ! 軍人さん達が、ぶちのめしてくれるとよ! 早くするんだ!」

「う、うん。 わかった!」


居留民達が、次々と家々から出てきた。
マリアが大急ぎで、泣いてむずがる小さな子供達をあやしながら、山麓へ続く山道を登って行く。

「ベサレスさん。 念の為に、これを」

「何だ? これは?」

「単眼網膜投影式の、小型通信機です。 今回、スクリーンは使えませんが、音声ならば」

「・・・判った。 頼む、皆を・・・ 護ってくれ」

「任務を、果たします」



敬礼し、機体へ急いで戻る。

『小隊長。 プラス250秒です』

ギュゼルから通信が入る。 およそ4分を費やした。 主機は『暖まって』いる。

「Bリードより各機。 防衛ポイントへ向かう」

『『『 了解! 』』』

4機の『トーネードⅡ』が、青白い陽炎を発して、跳躍ユニットの出力を上げる。
次の瞬間、一気に噴射跳躍で中空に舞い上がった。









グラナダ跡地 防衛ポイント 0358 


未だ暗い視界に、ぼんやりと黒い大波が彼方の大地からやってくる。
戦域MAP上はすでに、BETAの赤で埋め尽くされた。 おおよそ、1500

『くっ・・・』 『なんて、数・・・!』

リュシエンヌと、アリッサか。
無理も無い。 2人とも初陣では無いが、これまでは精々、中隊や大隊での、大隊規模のBETA群の迎撃任務しか経験が無い。
今回は以前の1.5倍の数のBETA。 しかも、小隊の4機のみ。


「リードより03、04、徒に不安がるな。 落ち着いてよく見ろ。 連中は大半が闘士級だ。 戦術機の相手じゃ無い。
厄介な戦車級は、精々が300程度だ。 キャニスターを精々派手に撃ち込んでやれ。 それで大半はカタがつく・・・ 02、何かあるか?」

『02より01、意見具申』

「言え」

『距離を取りましょう。 小型種ばかりです。 馬鹿正直に、近接戦に付き合う事も無いでしょう』

こう言う時。 ギュゼルは意識的に『部下』の立場を強調した行動をとる。
それによって、俺に対してではなく、新任の2人に『教えて』いるのだ。

「よし。 各エレメントの距離を300に保て。 BETAとの距離、100は開けろ。
連中相手に、切り合いは不要だ。 せいぜい優雅に、ダンスのステップでも踏んで差し上げるぞ」

『『『 了解! 』』』

「距離500で射撃開始。 800・・・ 700・・・ 600・・・ 撃てッ!」

WS-16C突撃砲から、36mm砲弾がシャワーのように射出される。
4機が射線をずらしつつ、掃射する。 射線を避けて固まったところへ、120mmキャニスターを連射して、纏めて吹き飛ばす。
地表面噴射滑走を使用しながら、BETAとの距離を一定に置いて射撃を続ける。
大型種や光線級が不在の戦場では、厄介な戦車級と言えど、戦術機に集る前に霧散してしまう。

有視界では確認しづらいが、戦域情報MAPでは、交戦開始後約10分で、1300体程を削っていた。 
残りは200体弱。 散らばっているので纏めては無理だが、数分で殲滅できる数だ。

(よし。 これなら本隊到着まで大丈夫・・・)

≪CPよりグラムB! 近接エリアで大規模な地中侵攻震動波を確認! コード991警戒!≫

―――何っ!?

途端に、複合センサーの震動波が、明らかにBETA地中侵攻の波を捉えた。 出現予想地点は―――

「各機! 800後退! 地中侵攻、来るぞッ!」

『了解!』 『『 りょ、了解! 』』

ギュゼルの落ち着いた声と。 リュシエンヌとアリッサの、驚愕と困惑の声が重なる。
後進噴射跳躍をかけ、一気に距離を取る。 後方の坂の上に陣取ったその瞬間。 地面が破裂した。

「グラムBよりCP! コード991! グラナダ防衛ポイント南東2km! 推定個体数、2000! 要撃級を確認、300!」

≪CPよりグラムB、了解! 本隊到着まであと、17分! なんとか堪えて下さい!≫

「グラムB、了解・・・ って言ったって。 了解するしか無いか、なぁ? CP?」

≪判っていらっしゃるなら、お仕事して下さい≫

「見返りでも、欲しいものだ」

≪蒋中尉に恨まれるので、ご遠慮します。 オーヴァー≫


「やれやれ・・・ 失敗したか。 
ギュゼル、エレメントB、左から頼む。 俺のエレメントAは右手から掻き回す」

『了解。 ま、基地に帰ってから、再トライしたら? 
アリッサ、行くわよ。 ついて来なさいッ!』

『了解!』

「よし、リュシエンヌ、右手から掻き回す。 高速迂回して 『待って下さい! 隊長、BETA群が谷間方向に!』 ・・・何っ!?」

戦術情報MAPを確認する。
地中から飛び出したBETAの中の1群が、方向を東南東―――谷間の村の方向へ移動を開始している。 このままでは・・・

『隊長! 救助を! 居留民達が、BETAにッ!』

『た、隊長・・・』

リュシエンヌの切迫した声と、アリッサの戸惑いの声。
ここで谷間へ向かわなければ、確実に居留民は全滅する。 しかし・・・

「行動に変更無し。 このポイントで遅滞迎撃戦闘を続行、本隊の到着を待つ」

『隊長ッ!!』 『そんな・・・』

『リュシエンヌ! アリッサ! 馬鹿! 状況を確認しなさいッ! 今ここを抜かれたら、海岸線まで防衛部隊は居ないのよ!?
地中海に出られたら・・・ ジブラルタルは丸裸よ! 対岸のモロッコまで、光線級の射程圏内になるわ!
それだけじゃ無い! そのままコルタ・デル・ソル(太陽海岸)を西に向かわれたら! ジブラルタル戦線が崩壊よ! 判っているの!?』

ギュゼルが激しく叱責する。
そうだ。 ここを何としても、守り通さなければならない。 抜かれたら―――アフリカの数億の人類が、直接・間接的にBETAの脅威に晒される。

「命令に変更は無い。 本隊到着までここを死守する。 言った筈だ、『人類の数の確保』が本務だとな。
ここで数10人を救って、数億人を危険にさらす事は出来ない。
これが―――俺達の任務だ」

1年前の記憶が蘇る。 思い出したくもない。 忘れてはならない。 あの光景。

「予定通り。 前方の要撃級から始末する! 光線級は居ないようだ、各機、空間の有効利用を行え! 
水平面機動は、余り使うなよ! よし、続・・・『リュシエンヌ! どこ行くのよッ!?』 ・・・馬鹿野郎!!」

咄嗟に制止に入ろうとした瞬間、要撃級の突撃が始まった。

「くそっ!」

水平噴射跳躍で交わして、側面に120mmを撃ち込む。


「リュシエンヌ! 何をしている、戻れッ!」

『隊長! 居留民の護衛に向かいますッ! 単機で何とかしますッ!』

リュシエンヌの『トーネードⅡ』が、跳躍ユニットを全開で飛び上がって行く。

『あの子を! あの子に、約束したんですッ! 護ってあげるって! だから・・・ だからッ!!』

『馬鹿! リュシエンヌ! 命令無視に、上官抗命罪よ!? 今なら間に合う、戻りなさいッ! 戻って! リュシエンヌ!!』

リュシエンヌの叫びに、ギュゼルが悲痛な声で制止する。
しかし、リュシエンヌの『トーネードⅡ』はそんな声が聞こえないかの様に、A/Bまで吹かして姿を消した。

『小隊長・・・! 直衛! どうするのッ!?』

両手で持った突撃砲を、左右の小型種BETAに撃ち込みながら、ギュゼルが叫ぶ。

『ど、どうなっちゃうんですか!? リュシエンヌは!?』

アリッサがギュゼルをバックアップしながら、120mmを後ろを向けた要撃級に撃ち込んで無力化した。

俺の左右から迫って来た要撃級をバックステップで交わし、急速に前方から迫ってくる戦車級の群に、120mmキャニスターを2連射で叩き込んで始末する。

「・・・陣形を、デルタに変える。 トップは俺が張る。 ギュゼル、ライトバック。 アリッサ、レフトバック」

『ッ!! 了解・・・』
『そ、そんな! リュシエンヌが一人に!』

「早くしろ、アリッサ! ・・・リュシエンヌは『切る』 生き残ればそれで良し。 駄目なら・・・ BETAの腹の中だ」

『隊長ッ!!』

『アリッサ! 死にたいの!? 早くフォーメーションを組みなさいッ!』 『は、はいッ!』

3機でデルタ・フォーメーションに組み直し、BETAと対峙する。

残り、10分














『リュシエンヌ! 何をしている、戻れッ!』

隊長の声が鳴り響く。 ああ、凄く怒ってる。 私、何しているんだろう。

「あの子を! あの子に、約束したんですッ! 護ってあげるって! だから・・・ だからッ!!」

そうだ、私は、あの子に―――マリアに、約束した。 『護ってあげる』って。
それが、私の誓い。 衛士としての。 
馬鹿かも知れない。 うん、きっと馬鹿だ、私は。


『馬鹿! リュシエンヌ! 命令無視に、上官抗命罪よ!? 今なら間に合う、戻りなさいッ! 戻って! リュシエンヌ!!』

クムフィール中尉―――ギュゼル姉さんの声が切迫している。
配属以来、何かにつれ隊長に叱責されて、落ち込みがちの私とアリッサを励ましてくれた。 まるで姉のような女性。

ごめんなさい。 みんな。 私には出来なかった。
ごめんなさい。 ギュゼル姉さん。 クムフィール中尉。 戻れないの・・・
ごめんなさい。 アリッサ。 折角仲良くなれたのに。 もう、ダメみたいね・・・
―――そして
ごめんなさい。 周防隊長。 私、馬鹿でしたか? 馬鹿でしたよね。 ごめんなさい―――抱いて欲しかったな・・・


「くそおおぉぉぉ!!! どけぇ! BETAあぁぁ!!!」














『直衛! 本隊は!?』

噴射跳躍と、多角噴射滑走で群れを交わした俺を、一斉に追撃してきた要撃級の後背へ120mmを叩き込みながら、ギュゼルが叫ぶ。

『弾薬、残り少ないです!』

36mmを左右に乱射して戦車級を掃討しながら、アリッサが悲鳴を上げる。

「今確認した! あと1分! 堪えろッ!」

『了解!』 『うううぅぅぅ~~!!』

正直。 3機だけでこの数を支えているのは、奇跡だ。
既にアリッサの機体は、左右の跳躍ユニットがやられて、噴射滑走しか出来ない。 前面には出せない状況だ。
ギュゼルも俺も、機体のあちこちを集られて齧られている。 幸い俺の機体は、推進系は無傷なので前衛をワン・トップでやっている。
ギュゼルは右の跳躍ユニットを、要撃級の1撃で破壊されていた。


『グラム・リーダーよりグラムB! 聞こえるか? まだ生きているか!?』

「生きているか? は、無いでしょう? 中隊長。 孤軍奮闘の部下に対して・・・」

『貴様がそう簡単に、くたばるタマでは無い事は、重々承知している。 憎まれっ子、未だ憚っていたか!』

「お陰様で。 しかし1機、恐らく失いました」

『何?』

手短に、経緯を説明しながらも、BETAを屠って行く。 中隊の他の3個小隊が合流して、一気に形勢が逆転した。


『周防。 馬鹿者、貴様のミスだ。 指揮官としての、貴様のミスだぞ?』

「はい、大尉」

『他の2機は・・・ 無理か。 レッジェーリ! 第3小隊で周防と追従しろ! 居留民の状態の確認だ!
ここは片付ける。 あと5分で大隊主力も到達する。 急げ!』

『了解!』

『了解ぃ! 直衛、付いてきな! 3小隊、いくぜッ!』

『『『 了解! 』』』

ファビオの陽気な声に、3小隊が唱和する。 この隊は、隊長に似たか。 皆、ノリが良い。

「急ぐぞ、ファビオ!」

『おう! お前さんの可愛い部下を死なすのは、気が引けるからなッ!』

こう言う時は、こいつのノリは感謝して良いのか悪いのか。

味方が来た安堵感と、部下の生死の焦燥感、そして任務を『放棄』せざるを得なかった悔悟で、頭の中が上手く纏まらなかった。

















「はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・」

駄目だ。 多分、折れた肋骨が何本か、肺に刺さっている。 さっき、血を吐いた。
要撃級の1撃を管制ブロックにまともに喰らった。 咄嗟に後進噴射をかけたけれど、ギリギリ間に合わなかった。
最も、相撃ちで120mmを叩き込んでやったけど・・・

機体は、もう動かない。 推進系が全てダウンした。 右上腕部のコントロールが利く位だ。

目の前で、中年の男性がBETAに喰われている。 向こうでは、小さな女の子の悲鳴が聞こえていたけど・・・
ああ、ダメ。 死んでいる。 貪り食われている。


「うっ・・・ うあっ・・・」

何とか制御の利く右腕を操作し、36mmを発射する。
少女の死体と一緒に、10数体のBETAが吹き飛んだ。

向うでは、マリアが倒れている。 違う、マリア『たっだ』死体だ。 上半身が無くなっている。 戦車級に生きながら喰い殺された。


(『助けてッ! リュシエンヌ! 母さんが! お祖母ちゃんが・・・ 父さんが! 食べられちゃったよッ!!』)

隊長が、長に渡した通信機。 そこから聞こえてきたマリアの悲鳴。
それを聞いた時。 私の理性は蒸発した。

約束を守れなかった。
皆の願いを無視してしまった。
隊長の制止を振り切ってしまった。

その結果は? 目の前の、殺戮劇だ!!


「ちく・・・しょう・・・ さわるな・・・ マリアに、さわるなぁ!!」

また36mmを連射する。 マリアの死体を喰らおうとした闘士級を、粉々に吹き飛ばした。
戦車級が集り始める。 どうやら、私の機体が未だ稼働している事に、気付いたようだった。

(これで。 これで、終わり・・・ 不思議、ね・・・ 怖くないな・・・)

不思議だった。 多分、死ぬ時は物凄い恐怖感に苛まれながら、死ぬのだろうと思っていた。

(聖母≪マリア≫様の、ご加護かな・・・ ふふ、あの子も、マリア様、だったしね・・・)

これから死のうとしている人間が。 何て間の抜けた事を。

(隊長・・・ 隊長が、国連軍に居る理由、聞いたんです、私・・・)

極東の地で。 多数の避難民を護る為に。 BETAと一緒に、他の避難民に発砲せざるを得なかったと。
そして、軍法会議にかけられて。 そして国連軍に追いやられた事も。

(それでも・・・ やっぱり、隊長は・・・ 自分を、変えなかったのですね・・・)

BETAと戦い抜いて、人類を護る衛士としての覚悟。 それを変える事が無かった。
そうだ、最初からそうだった。 あの人は。 その為に、同胞の血で手を汚そうとも。 

今だってそう。 あそこでBETAの侵入を許せば。 本当に、アフリカが危ないよ・・・


(・・・私って、本当に馬鹿だ・・・)

そんな隊長に、迷惑ばかりかけて。 挙句の果てに、死んじゃうなんて・・・

戦車級が機体を齧り始めた。

―――ギャリ、ギャリ、ギャリ

嫌な音だ。 もう直ぐ、私を喰えると思っているのか・・・

(・・・そんな事、させない・・・)

朦朧とした意識の中で、操縦桿を操作する。
戦車級がコクピットを食い破って、その硫黄臭い呼気を吐き出しながら、私に迫ったその時。

「くそおおぉぉぉ!!」

36mmの発射音と、私の悲鳴。 どちらが先だったか・・・


「ぎゃああああぁぁぁ!!!!」














居留民の避難場所は、地獄だった。
バラバラに食い散らかされた、人間の死体。 
バラバラになった、BETAの死骸。


『ぎゃああああぁぁぁ!!!!』

その時、36mmの射撃音と同時に、悲鳴が聞こえた。

「ッ! リュシエンヌ!?」

リュシエンヌの声だ。 
周りをサーチするまでもなく、100m程先の大破した『トーネードⅡ』が、自機に集った戦車級を、超至近射撃で『削ぎ落として』いた。


『・・・直衛。 ここいらのBETAは、もう居ないな。
単機で、300体近く倒している。 新任が、良く頑張ったよ・・・』

リュシエンヌの機体に近寄る。 機体は完全に破損している。 管制ブロックはへしゃげて、装甲は食い破られていて ―――中から、鮮血が流れていた。

ファビオに周辺警戒を依頼し、機体のコクピットを解放して外に出る。


「・・・リュシエンヌ?」

大破したコクピットに上り、声をかける。
リュシエンヌ―――俺の部下の衛士。 未だ少女の面影を残す彼女は、両足を食い千切られていた。

「・・・ぜっ ・・・ぜっ 」

もう、虫の息だ。 大腿部の動脈が喰い千切られている。 失血死寸前だった。
近寄って、体を抱え起こす。

「リュシエンヌ? 俺だ、周防だ・・・ 判るか?」

「・・・ぜぇ ・・・はっ た、たい・・・ちょ・・・?」

「ああ。そうだ。 ここは防ぎ切った。 お前が防いだ」

「わ・・・ わたし・・・ ご、めんなさ・・い・・」

「お前はやった。 衛士として防いだ。 命令違反は有った。 
しかしな、これもまた、衛士の戦いだ。 お前は戦い抜いた。 お前の、父親と同じように」

もう目が見えないのか。 微かに手を上げて、俺を探している。
その手を握ってやる。

「わ・・・たし・・・ がんば・・・ た、けど・・・ ダメ。 たいちょ・・・ みたい・・・ なれな、かった・・・」

俺みたい? 何を言う。 俺みたいなんかになるな。

「・・・たい・・・ちょう・・ わ、わたし、は・・・ やっぱ、り、たいちょ・・みたい・・ なれ、ま、せん・・・ すお・・・ ちゅ・・い・・・」

「おい! リュシエンヌ! 俺みたい? 何がだ!? おい!」

「・・・だい、て・・・ ほし、かっ・・・ な・・・」


―――目の前で。 若い、未だ少女の面影を残す女性衛士が、息を引き取った。















1994年6月29日 1400 モロッコ テトゥアン


ジブラルタル戦線の後背地、モロッコのテトゥアン基地。
第88独立戦術機甲大隊は、この基地をジブラルタルでの拠点としていた。


―――戦没者碑

故国を失った将兵にとって、いずれ自分も入る『墓』

小隊の3人。 ギュゼル・サファ・クムフィール中尉、アリッサ・ミラン少尉。 そして俺、周防直衛中尉。
3人でここに来ていたのは、戦死したリュシエンヌ・ベルクール少尉の『慰霊』の為だ。
いずれ、正式に戦死認定処理が終了すれば、中尉に特進叙任される。


「あの娘。 隊長の事、好きだったみたいです・・・」

アリッサがぽつりと言う。

「そうね。 何となく、判った。 翠華に遠慮していたのか知らないけど。 
直衛、貴方は気付いていなかったでしょう?」

ギュゼルの声は、批難4割、思いやり6割と言ったところか。

「・・・情けない事にね」

「翠華は、『気にせず、アタックして抱いて貰いなさい!』って、よく言っていたわ」

「でも。 リュシエンヌって、不器用なとこ、あったから・・・」

「・・・抱いても。 俺はあいつの気持ちに応えてやる事は、出来なかったよ」

現に、翠華ひとり、幸せにしてやれ無さそうな俺が。

「そんな事。 悩んだって仕方無いじゃ無い。 抱いて、抱かれて。 その後どうなるかなんて」

「・・・ギュゼル。 何気に凄い事言うな。 以前の君とは、思えないぞ?」

「衛士だからね。 生きている内に、何かを抱え込んで。 何も出来ないで死ぬのなんて、まっぴら」

何か、吹っ切れた感じがするが・・・ 吹っ切れすぎだろ? 全く・・・


お前。 俺みたいになれなかった、そう言ったな? リュシエンヌ。 
何だよ、それって。 ―――寧ろ、逆なのさ。


あの時。 俺は居留民を護る事より、後方の安全を優先した。 命令を無視したお前を、切り捨てた。 
指揮官として、そうせざるを得なかった。 あの判断を過ちとは思わない。
お前を止める事が出来なかった事は、俺のミスだけどな。

・・・正直。 正直言うとな、リュシエンヌ。 俺はお前に嫉妬したよ。
馬鹿な行動だ。 馬鹿な判断だ。 軍人として、衛士として、やっちゃいけない事だ、お前のした事は。

でもな。 そんなお前に、俺は嫉妬したよ。 いや、羨望かな? あそこまで突っ切れたお前に、心の片隅で。


だから、本音を言うとな。 そんなお前を、散々怒鳴り散らして、散々叱って、散々扱いた後に。



(抱かれたいって。 好きだって。 お前、死んでから言うな、馬鹿 ―――抱いてやりたかったよ。 いや、抱きたかったよ。 リュシエンヌ)












[7678] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 1話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/20 23:34
『知ってるか? エースってやつは、単に実戦出撃回数が多いだけじゃ、エースって呼ぶに値しねぇ。 そんなもん、この世に幾らでもいらぁ』

『エースはよ、3つに分けられるんだ。 強さを求める奴。 プライドに生きる奴。 戦況を読める奴。 この3つだ』

『大なり小なり、その3つは持っているもんだ、エースって呼ばれる連中は。 スタンスの違いさ。 表面に出てくる形はよ』

『部隊のストームバンガード・ワンはよ。 単に部隊の中で戦闘力No.1ってだけじゃ、ダメなんだ。 部隊のエースでなきゃよ』

『戦況が不利になると、部下は指揮官を見る。 指揮官はストームバンガード・ワンを見る。 そして、ストームバンガード・ワンは―――』

『―――黙って、ブチ破るのさ。 不利な戦況ってやつをよ。 それが真のストームバンガード・ワン―――突撃前衛長―――エース、ってやつだ』



―――『彼』は。 確かにエースだった。

『ダンディライオン』―――アンダルシアの猛き獅子。











1994年7月18日 1220 イベリア半島 アンダルシア防衛線 コルドバ防衛基地 北北東65km ビリャヌエバ・デ・コルドバ


『イ~~~ッ、ヤッハアァァ!!!』

陽気な雄叫びをあげて、スペイン軍のF-16C 『ファイティング・ファルコン』 がBETA群の只中に斬り込んでいく。

右手に近接戦闘用の『クレイモア』 左手にAMWS-21突撃砲。
クレイモアを縦横に振い、突撃級の節足部、要撃級の側面部を叩き斬り、無力化すると同時に、突撃砲の36mmをシャワーのようにばら撒き、小型種を掃討する。
その間、機動は一切止まっていない。
地表面噴射滑走、短距離水平噴射跳躍。 時に緩やかに、流れるように。 時に短く、鋭く、素早く。
常にBETA群の動きの1歩、2歩先を読み、確実に相手の動きを潰してゆく。 同時にそれは、後続する僚機の突入路確保でも有った。

『無駄、無駄、無駄ぁ! そんな馬鹿みてぇな動きじゃ、俺は捕まえられんぜぇ!!』

要撃級2体の、左右からの前腕同時攻撃を。 水平地表滑走と垂直軸旋回とで、回避と同時に旋回力を利用して斬り伏せる。 同時に水平噴射跳躍。

『おおいッ! 国連軍さんよッ! さっさと付いてこねぇか! チンタラしてっと、俺が全部喰っちまうぜ!』


「・・・くそっ! なんだ、あの親爺は! あれが、おっさんの動きかよッ!?」

信じらんねぇ! 戦術機の高速・高機動戦闘はかなりの体力を消耗する。 
若い、20代前半の衛士でさえ、立て続けに発生する戦闘で、それをし続ければ、体力を簡単に消耗する。

「あのおっさん、30代半ばだろう!? ったく、信じらんねぇ・・・!!」

『本当、体力馬鹿ね。 呆れるわ・・・』

俺のぼやきに、ギュゼルも同意する。

『はっはぁ! 小僧、おっさんにゃ、おっさんの戦い方が有るってもんさ! お嬢ちゃん、どうだ、今夜にでも1戦? おじさん、頑張っちゃうぜぇ!?』

『結構ですッ!!』

『はっはっは! そりゃ、残念だ! 何せ、あんた等ントコは、美人揃いだしなぁ!』

そんな軽口を叩きながら、F-16Cは噴射跳躍で上方から120mmを要撃級に叩き込み、着地と同時にクレイモアを隣の要撃級の胴体へ、自由落下速度を利して突き入れた。
そのまま噴射跳躍に移った後には、倒され、行動不能になって、のたうち回る2体の要撃級。


『隊長。 美人でない部下で申し訳ありませんが、報告です。 そろそろBETA群の輪を抜けます。 前方に光線級確認。 個体数60』

『ノエル、僻むんじゃ無ぇよ! お前ぇは良い女だぜぇ?』

『・・・国連軍のグラムBも、右翼より突破まじかです』

『おお!? 何だかんだで、俺様の突破速度とタメ張るかよ? やるなぁ、小僧! いい腕だ!
よぉし! んじゃ、お次はどっちの隊があの糞目玉共を多くぶち殺すか! いこうじゃねぇか!!』

全開おっさんのF-16Cが突破速度を上げる。


「ちぃ! ここまで舐められてたまるかッ! グラムB! フィーメーション・ダイアモンド! 一点突破をかける! 行くぞ!!」

『『『 了解! 』』』

4機のトーネードⅡが素早く菱形の陣形に組み直し、最大出力の水平噴射跳躍をかける。
俺を先頭にした高速突破フォーメーション。 急速にBETA群が迫る。

「邪魔だ!」

36mmで牽制射撃を行い、前腕を下げさすと同時に、120mmを要撃級の胴体上部に叩き込む。 推力を主機脚部スラスターにトレードオフ。 
同時に右腰部スラスターも使って、半身の姿勢で右手に保持した突撃砲の36mmで前方の小型種を掃射。
左の長刀ですれ違いざまに、後続する要撃級の胴体側面を叩き斬る。

「グラムB! 直にBETA群の輪を抜ける! 光線級は目の前だ! 遠慮するな! 全部喰ってやれ!」

『了解!』 『判りました!』 『やってやります!』

部下からも、興奮した声が返ってくる。

『はははっ! 楽しいなぁ、おい! 国連軍にも、遊べる相手がいるとは、思わなかったぜぇ!? 周防中尉よぉ!』

「あんたこそ! ここまでネジのぶっ飛んだのが、居るとはね! アンディオン中尉!」

『うだうだと! 思い込んでも体に悪ぃや! 人生、単純明快の方がいいさっ! そら、出やがった! 光線級だぜ!!』

「会いたかったぜぇ! この糞目玉共! ここで会ったが、運の尽きだ! くたばりなぁ!!」


スペイン軍と、国連軍。 両軍の突撃前衛小隊がBETA群の環囲を打ち破り、その輪の外側に集まっていた光線級の群に突進する。
この2個小隊の後方には、各々の中隊主力が続行して、突撃前衛小隊の開けた突入路を拡大させていた。


『これで、終いだぁ!!』 「各機! 叩き潰せ!!」





その日、7月18日 1355 マドリードに集まっていたBETA群から弾き出され、コルドバ方面へ南下侵入した師団規模のBETA群の襲来は。
スペイン軍アンダルシア軍団、及び、国連欧州軍ジブラルタル方面軍第18軍団によって、ビリャヌエバ・デ・コルドバ付近の阻止戦闘で潰えた。







1994年7月21日 2015 イベリア半島 アンダルシア防衛線 港湾拠点 カディス基地(通称『カディス要塞』)


3日前のBETAの南下侵攻の後始末も終わり、部隊は南部の港湾拠点・カディス基地へ帰還していた。
俺達の部隊、第88独立戦術機甲大隊は、緊急即応展開軍団所属で有り、各地の戦場へ『可及的速やかに即応』して展開する。 各拠点に張付きの防衛軍団とは対を為す。
命令1本で、昨日は東、今日は南、明日は北へと。 それこそ駒ネズミのように飛び回る反面、戦場を離れれば、比較的後方の拠点待機になる。

「考えれば。 これは、その小さな役得だよなぁ・・・」

「ヴィノ・デ・ヘレス」=へレスのワイン、ポピュラーな名で言えば、「シェリー」のグラスを傾けながら、思わず呟いた。
基地の酒保群。 その中の通称『BAR(バル)』と呼ばれる「南欧風飲み屋」然とした場所が有る。 主に尉官級の士官連中が屯する場所だった。

最前線の基地にこんな施設など無い。 
無論、酒類位は士官なら入手できるが、精々食事時に少々嗜む程度。 あとは自室で「こっそり」飲む位か。

「そうねぇ。 昨日まで詰めていたセビーリャは、いわば最前線直後の『防衛要塞基地』だし。 こんな場所は無いわよね」

「直衛~、人生、潤いは必要だぜぇ? 何もかも、BETAとの殺し合いが全てじゃ、悲しいぜ」

ギュゼルとファビオも、ワイングラスを傾けながら、タパス(総菜)を摘んでいる。
途端に、横でカクテルを飲んでいた2人から、突っ込みが入る。

「ファビオ、アンタは潤いすぎ。 少しは枯らした方が良いかもね?」

「あ、この間の通信隊の下士官の娘とか? 主計隊の美人未亡人とか?」

「―――ぶほぉっ!!!」

「―――汚ったねぇなぁ! おい!!」

ヴェロニカの皮肉に、翠華が実例でツッコミを入れた途端、ファビオが噴き出した―――どうでもいいけど、俺に吹きかけるなっ!!
くそっ、 こいつの真正面に座ったのが悪かった・・・


「あ~あ。 ほら、直衛。 ちょっとこっち向いて・・・」

隣の翠華が、ナプキンで拭いてくれる。

今いるメンツは、中隊の中尉連中ばかり。 
特に狙った訳じゃ無いが、各自が事務処理やら何やらしていたら、少尉連中はさっさと飯を食い終わって、『出撃』した後だった。

―――中隊長と、オベール中尉? 野暮は言いなさんな。


「にしても、あれよねぇ・・・ どうしてウチの中隊の小隊長達は、こうも女癖の悪いのが揃ったのかしら?」

言うに事欠いて、女癖が悪い、かよ。 その風評の元は、確かお前だったな? ヴェロニカ!

「ヴェロニカ。 ファビオは兎も角、直衛は心外そうよ?」

ヴェロニカのジト眼に、ギュゼルが可笑しそうに笑って茶々を入れる。

「心外? ふん。 母国には年上の、結構に尽くしてくれそうな、美人の恋人が居て。 こっちでは翠華が『現地妻』で尽くしちゃってさッ
そんな『二股男』が、心外だなんて、よく言うわよ!
直衛、アンタ知ってる? 翠華って、元気な美人ってことで、結構な人気者だってこと。 この娘を狙っているヤツも、かなりいるのよ!?」

「そんな・・・ 美人だなんて ♪」

翠華が両手を頬にあてて、きゃ、ってな感じで。
どうでもいいけど、酔ってる? 翠華?

「だ、そうよ。 どうするの? 直衛?」

ギュゼルが面白そうに振ってくる。 いや、火に油を注いでいるか。

「誰にも、やらん」

「―――言い切ったな、きっぱり・・・」
「ファビオも、あれ位言いきったら?」
「・・・ぽっ」

「あ~~! もぉ~~! そこの天然3人! うるさいわよっ!!
直衛、アンタも良い度胸よね? 堂々と二股宣言!?」

今夜はやけに絡むな? ヴェロニカも・・・
こいつも、良い感じで酔っているか?


「・・・ヴェロニカ。 そんなテンパってキレるほどに、独り寝が寂しいのか?」

「んなっ!?」

「言っちまったぜ・・・」
「あらら・・・」
「硬直しているわね、ヴェロニカ・・・」

「何だ。 だったら早く言ってくれれば。 俺でも、ファビオでも。 1晩、2晩くらいなら、彼女達も大目に見てくれるさ。 衛士同志のメンタルケアだ。
なぁ? ファビオ?  ・・・あ、大尉はやめておけよ? オベール中尉に、戦場で後ろから撃たれかねない、うん」

オベール中尉はあれで、何だかんだでアルトマイエル大尉「しか」目に入っていない。 元々、深窓のお姫様だしな。 うん。

「誰が、あんたや、ファビオに、抱かれたい、なんて、言ったのよッ・・・!?」

「・・・直衛? 後で、ちょっと良いかしら・・・?」

ヴェロニカのブチ切れる寸前の形相も凄いが。
・・・翠華、その絶対零度の凍えそうな笑み。 まるで祥子とウリ二つで、とても怖いんだけどな・・・


「・・・直衛。 俺は『愛の求道者』にはなりたくても、『不実の愚者』で、死にたくねぇ・・・」

「馬鹿な男・・・」

ヴェロニカに締めあげられ。 翠華に引っ掻き回され。 
散々な目に有っている俺の耳に、外野二人の声が虚しく残った・・・







「いよぉ! 騒がしいと思ったら。 『グラム』の美人さん、総出でお揃いかい? ・・・ん? 美人の小隊長さんが、いねぇな?」

入口から陽気な声が降って来た。 

「あ・・・ アンディオン中尉」

「オベール中尉は、中隊長と、ですよ」

ギュゼルとファビオが気付き、席を立って挨拶する。
同じ中尉とは言え、向こうさんはもう10年以上も『中尉稼業』をしている大先輩だ。
俺を締めあげていたヴェロニカと翠華も、ようやく手を離してくれた。

「あ~、いやいや、んな片っ苦しいマネ、すんなって。 同じ中尉だ。 同じ戦場に居るモン同士だぜ?
しかし、そっか。 あの2人。 怪しいと睨んでいたが、やはりなぁ・・・
おう、一緒のテーブル、いいか? ・・・こっちも、あと1人居るがよ?」

「あ、どうぞ。 遠慮なさらないで」
「いいですわよ。 現地軍の方とも、親睦深めないといけませんし」
「人数は多い方が楽しいですよ」

ギュゼル、ヴェロニカ、翠華の賛同で決定。 俺達は、発言権無しなのね・・・

「んあ? なんだ、小僧ども。 居たのか?」

「・・・いたんですよ」
「・・・絶対、ワザと言ったな」

「んだ? 男がこそこそと言いやがって。 ま、いいわ。 お前等はこの場の『壁紙』だ。 心の広い俺様は、気にしねぇ。
お~い! こっちだ、こっち!」

更に入って来たスペイン軍の士官が1人。 確か、アンディオン中尉の部下だ。 年上と思しき女性士官。

「ま、紹介は1杯飲った後だ。 おい、親爺! セルベッサ(ビール)! ワインもな! 
ああ、あとメシだ、メシ! トルティージャ(スペイン風オムレツ)に、カジョス(もつ煮込み)、ハモン・セラーノ(生ハム)もな!」





俺達5人に、スペイン軍の2人。 都合7人の騒がしくなったテーブルの面々。
俺達については、俺とファビオ、翠華にギュゼルと、ヴェロニカ。

スペイン軍は、後で入って来た俺達より年上の女性衛士が、ノエリア・エラス中尉。 28歳。 確か「ノエル」と呼ばれていたか。 愛称か何か?
濃いブラウンの髪に、黒い瞳、褐色に近い肌。 強化装備姿で見たプロポーションなど、生唾ものだ。 
大人の女性の色香全開のラテン系美女。 ・・・正直言って堪らんとは、ウチの中隊の野郎連中の統一見解だ。(中隊長は、ノー・コメントだった)

そして、「騒がしいおっさん」こと、レオン・ガルシア・アンディオン中尉。 36歳。
2m近い長身の巨軀。 癖のある黒髪に、黒い瞳、褐色の肌。 ある種の肉食獣を彷彿とさせる、凄みのある笑みを張りつかせて、馬鹿な事を口走る「陽気なおっさん」


彼等は、イベリア半島からジブラルタル海峡を挟んだ、対岸のタンジェ、テトゥアン、シャウエン、ホセイマ、ナドール。
この5県から構成される、スペインの 『飛び地領』 リーフ州に司令部を置く、スペイン共和国軍アンダルシア・ジブラルタル方面軍。
その緊急即応部隊、第188戦術機甲旅団所属の衛士達である。

スペイン軍の中でも、最精鋭で知られた部隊だ。 俺も、先日の戦闘でその実力を知った。
特にこのおっさんが居る中隊―――『エスパーダ中隊』は、常に旅団の先陣を切る。
まるで、満洲に居た頃に所属していた『ゲイヴォルグ中隊』に似ている。

「おっさん」こと、レオン・ガルシア・アンディオン中尉は、今年で中尉11年目だそうだ。
その補佐役のノエリア・エラス中尉は、8年目。

しかし。 なんでまた、こんなに長く中尉を? 2人とも、衛士としてはかなり優秀な人材だ。
エラス中尉は少なくとも大尉で中隊長。 昇進が早ければ少佐で大隊長をしていても、不思議では無い。
おっさんも、年齢と実績から行けば、中佐で大隊長か、変則縮小規模の連隊長をしていても、おかしくない。
2人とも、それ位凄腕で優秀な衛士だった。

些か酒も回っていたので、皆でそんな疑問を口にしたところ。


「ははは! 俺も一度は大尉になっていたんだがなぁ。 余りに馬鹿な上官に我慢できなくってよっ! ぶん殴っちまった!
したら、あの軟弱野郎。 顎の骨が砕けちまってよっ! で、1階級降格を喰らってな。 8年前よ。 それ以来、階級はピクリとも動きやしねぇ」

「・・・おっさんは良いとして。 なんでエラス中尉まで?」
「・・・俺が知るかよ」

ファビオと俺の『壁紙』コンビが隅っこで、ひそひそ話をしていると、聞こえたのか当のエラス中尉が、こっちに向かって話し始めた。

「・・・私も、思う所が有ったの。 
良い機会だから、隊長に便乗して、思いっきり頬を叩いてやったの。 こう、背筋をピンと伸ばして。 中尉の1年目だったわ。
そうしたら私もその後、昇進には音沙汰なし、ね」

悪戯っぽく笑う。 意外だ。 エラス中尉は、何と言うかこう、もっと謹厳な性格かと思った。

「ああ、あの大隊長の野郎。 ノエルの体、露骨に狙ってやがったしなぁ」

さっきからセルベッサ(ビール)をぐいぐい飲りながら、おっさんが思い出したように言う。

「そうね。 モーションかけるならまだしも。 何度か犯されそうになったわ」

「「「 ええっ!? 犯されたぁ!? 」」」

エラス中尉の告白に、ウチの娘さん3人がハモる。 いや、「犯されそうになった」と言った訳で。 「犯された」とは言ってないぞ?
・・・いや、完全に酔ってるわ、この3人。

急にエラス中尉が、クスクス笑い始めた。

「・・・その時の、隊長の捨て台詞ね。 『俺の女に手を出すんじゃねぇ!』 ―――あの言葉と引き換えの昇進差置きなら、別に構わないわ」

なんと・・・ おい、おっさん。 いい歳して、赤面してんじゃないぞ?

「ふわぁ~~・・・」
「アンディオン中尉! カッコイイ!」
「うっ、羨ましいな・・・」

今の順番は。 ギュゼルに翠華に、ヴェロニカだ。 翠華とヴェロニカの順番が、逆じゃないぞ?

「・・・・・」
「何だ? ファビオ。 どうして俺を見る・・・?」
「いや・・・ あれがお前の、将来の姿か・・・」
「おい!?」

―――冗談じゃ無い。

しかし・・・ 正直、翠華にモーションかける野郎は多い事は確かだ。 その都度、追い払っているが。 時として殴り合いになった事も有った。
祥子は・・・ こっちも心配だ。 最も、「あの」広江少佐の直属の部下に、そんな無法を仕掛けられる馬鹿が派遣軍に居るとは、考えられないが。


「女の幸せ、ってやつよね。 ねえ、そう思うでしょ? 蒋中尉?」

「え? あ、はいっ! そうですよねっ!!」

何で。 何で俺と翠華を見ながら、そのセリフを!? エラス中尉!?
傍でニヤニヤしているギュゼルとヴェロニカを見た時。 一瞬、殺意を覚えた事は確かだ・・・









「ところでよ、周防。 お前さん、『ストームバンガード・ワン』ってな、どう言う事か考えてるか?」

時刻は2330 とっくに就寝時間は過ぎている。 本来ならバルも店仕舞だが・・・
他の連中はとっくに宿舎に帰ったが、俺一人、おっさんにつかまって酒の相手をさせられていた。

「どう考えてるかぁ~・・・? ん~・・・ 部隊の、切り込み隊長?」

ビールを飲む。 いい加減、視界が揺らぐなぁ・・・ 何杯目だ?

「それも間違いじゃねぇけどよ・・・ んじゃ、『エース』ってのはよ? どんな連中だ?」

「エース? ・・・一般的に言やぁ、実戦出撃、20回以上の衛士だろ?」

「けっ! んなもん、掃いて捨てるほどいらぁな・・・ 
知ってるか? 『エース』ってやつは、単に実戦出撃回数が多いだけじゃ、『エース』って呼ぶに値しねぇ。 そんなもん、この世に幾らでもいらぁ
いいか? 『エース』ってのはよ。 常に状況を打破できる連中の事だ。 不利な戦況でも、そいつが居れば何とかしてくれる。 何とかしてみせる。
そんな、一握りの、選ばれた衛士の事だ・・・」

おっさんも、大分酒が回って来たか。 けどな、そんな凄い奴、滅多にお目にかかれないぜ?

「だから、『エース』なんだよっ! そんなにほいほい、居てたまるか・・・
でよ。 少なくとも『ストームバンガード・ワン』は。 突撃前衛長は。 『エース』か、『エース』たらんと目指している奴でなきゃ、いけないのさ」

ふ~ん・・・

「エースはよ、3つに分けられるんだ。 強さを求める奴。 プライドに生きる奴。 戦況を読める奴。 この3つだ。
大なり小なり、その3つは持っているもんだ、エースって呼ばれる連中は。 スタンスの違いさ。 表面に出てくる形はよ」

3つ、ねぇ・・・

「部隊のストームバンガード・ワンはよ。 単に部隊の中で戦闘力No.1ってだけじゃ、ダメなんだ。 部隊の『エース』でなきゃよ」

ま、その意見にゃ、賛成だ・・・

「戦況が不利になると、部下は指揮官を見る。 指揮官はストームバンガード・ワンを見る。 そして、ストームバンガード・ワンは―――」

・・・ストームバンガード・ワンは?

「―――黙って。 ブチ破るのさ。 不利な戦況ってやつをよ。
それが真のストームバンガード・ワン―――突撃前衛長―――『エース』ってやつだ」

成・・・程・・・

「・・・何だ? 潰れちまいやがったか? ま、いいやな。 周防・・・ お前ぇもこの先、衛士やって行くんならよ。 覚えておけや・・・」





遠ざかる意識の片隅で。

『ダンディライオン』―――アンダルシアの猛き獅子。 レオン・ガルシア・アンディオン中尉の声が、聞こえた・・・










[7678] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/21 13:54
1994年7月22日 0930 イベリア半島 アンダルシア防衛線 カディス基地


―――2日酔いだ。 頭が痛い。

基地のランウェイの周囲をランニングしながら、襲いかかる頭痛と吐き気に悩まされていた。
丁度午前の訓練中。 今は基礎体力の維持・強化目的のトレーニング中―――長距離走をしている。

「小隊長! 早く、早く! このままじゃ、ウチの小隊、また最後ですよ!!」

「これ以上、追加の走り込みは、勘弁して下さい・・・」

「次は直衛、アンタが責任取って走りなさいよ・・・ッ!」

焦って急かすのは、アリッサ・ミラン少尉。
些か怒っているのが、ギュゼル・サファ・クムフィール中尉。
情けない声を出しているのが、新配属になったフローレス・フェルミン・ナダル少尉。 女みたいな名と顔立ちだが、歴とした男だ。 18歳。
リーフ州のナドール県。 港町のメリリャ出身。 人種的にはスペイン―――ラテン系では無く、ベルベル人だ。


「ぜっ・・・ はっ・・・ おえっ!」

「うわぁ~~! 吐くなぁ! 吐いたら体力全部出ちゃう!!」
「飲みなさいっ! 全部飲み込みなさいっ! 吐くもの全部!!」
「しょ、小隊長・・・! 勘弁して下さい!!」

お、鬼だ、お前等・・・!

結局。 何とか吐きはしなかったが、やはり今回もウチの小隊が最下位。
判ってるよ。 足を引っ張ったのは、俺ですってば。 罰として、更に追加の走り込みを俺一人、命じられた。
―――はぁ。







1994年7月22日 1330 カディス基地 第88独立戦術機甲大隊 第882中隊事務室

「エースか。 まぁ、定義は人それぞれだろうが。 少なくとも、アンディオン中尉の意見にも、一理あるな」

アルトマイエル大尉が書類から目を上げて、考え込むように言う。

昼過ぎ。 午前中の最悪な状態での訓練が終わり、午後は機体の整備作業。 各隊長達は中隊事務室で各々書類仕事に追われていた。
機体消耗品の申請と補充―――整備との調整が必要だ。
訓練計画の立案―――中隊長と、他の小隊長との調整が必要。 最終的には、大隊長の承認も。
人事評価―――これも頭が痛い。

分担してやっているが、未だに慣れない。
ふと、気分転換に昨日の話をしてみたところ。 皆喰いついてきた。


「まぁ、さっき言った1つは、有って然るべきかもしれんがよ。 『強さ』や『プライド』って、どうよ?」

ファビオは些か、納得しきれないようだ。

「何を以って、強さと言うのかしら? 単純に、衛士としての技量? それなら、教導団に行けば、技量優秀な人材は居るわね。
倒したBETAの数? 踏んだ実戦の数? どこの戦域にも、ベテランは居るわ。
それに、プライド・・・?」

オベール中尉も、ファビオと同意見か。

「BETA相手に、プライドもクソも無い気がしますが・・・
寧ろプライドに振り回されるより、恥も外聞もなくとも、不細工でも足掻いて戦う方を、俺は選びますね」

実は、俺も同意見なんだ。
昨晩は、しこたま酔っぱらっていたので、何となく聞いていたけど。
今思い返すと、3つの内の2つは、どうにも釈然としない。


釈然としない俺達3人を見ていた大尉が、やや講義調に話し始める。

「別に、眼に見える形の『強さ』や、一般的に言われる『プライド』と、一括りに考える必要は無かろうさ。
私の意見は、寧ろ精神的な要素を言っているのだと考える」

「「「 精神的な要素? 」」」

大尉の言葉に、小首を傾げる中尉3人。

「戦況を見極める。 これは全てに於いて重要な事だ。 何もエースに限った事では無い。 寧ろ、指揮官にとってより重要な事だ。
先天的な資質として備える者も居るだろうが、寧ろ経験で培われた技量としての比重の方が大きかろう」

うん。 確かに。 いくら資質が有っても。 経験が不足していたら、戦場の虚実が何処にあるのか。 それを見極める事は難しい。

「強さにしても、プライドにしても。 これは不利な状況を打ち破る。 絶望を希望へと変える。
それをやり抜くと自身で確信する、精神的な強さ。 そしてそれを行う者としての自負。 そして覚悟。 そう言うべきだろうな。
その為には、どんな形でもいい。 不器用でも、無様な見かけでもいい。 見苦しく足掻いても良い。 諦めが悪くても良い。
―――どんな状況でも、それを成し遂げようとする意志の強さ。 そしてそれを為さんとする覚悟と自負。
それこそが、『強さ』と、『プライド』だと、私は考えるがな」


成程な。 これまで散々、前の部隊長―――広江少佐の姿を見ながら、感じていた事と一致する。
南満洲での防衛戦で、アルトマイエル大尉が見せた指揮官としての姿や、帝国海軍の母艦戦術機部隊の指揮官達が見せた姿にも、それは確かに有った。

そしてそれは―――俺が目指す、目指そうと足掻いている、遥かな高みでも有る。

そう言う事か?


「しかし。 現実の話として。 そこまでの衛士、私は終ぞ出会った事は無い。
いや、それに近い人物は居る。 我が大隊長もそうであるし、ウェスター大尉なども、それに近い。
バトル・オブ・ブリテンでも、幾人か称賛に値する衛士達は居た。 しかしな・・・」

大尉が、難しい顔で言い淀む。
俺が、頭の中に浮かんだ言葉を言う。

「言ってみれば、1つの理想。 衛士としての終達点」

「そうだ、周防。 であればこそ。 皆、その高みを目指す。 私とて、同じ事だ」

ああ。 やはりな。 大尉も同じだったか。 と言うより。 大尉をしてそう言わせる高み。 
俺は何時になったら、その頂を垣間見る事が出来るだろうか? いや、未だ麓にさえ居ないのかもしれない。


「気の長い話だぜ~・・・ でもですよ? 誰しも得手、不得手は有る訳で。 そんな、突き詰めた究極、誰しも目指せるモンじゃないでしょう?」

「そうよね。 実際問題、『自身が打破する』よりも、『打破できる者を見極る』事に傾く場合も有るでしょうし。
寧ろ、そう言った資質の者を見極めて、その者のその能力と強さを、十全に発揮できる状況を整える事。 それが指揮官では有りませんか?
ならば。 エースとは、指揮官以外の者の高みでしょうか?」

ファビオとオベール中尉の意見は、概ね方向性としては同じか。
つまり、切れの良い名刀か。 それを使いこなす名人・達人か。
双方は対で驚くべき力を発揮するが。 同時に双方は同じでは無い。

でもな・・・

「でも。 オベール中尉やファビオの言う事も。 『エース』じゃないのかな?」

「えっ?」
「んだぁ?」

「名刀は、それ自身では只の刃物だ。 使うべき者がいなければ、只の飾り物に過ぎない。
名人は、彼一人では只の人だ。 手にする名刀が無ければな。
つまり。 名刀と名手が邂逅して初めて、その凄さが発揮できる。 だから・・・」

「部下を見極めた指揮官と、凄腕の突撃前衛長。いえ、そう限定する事は無いでしょうけど。
この組み合わせこそが『エース』 そう言いたい訳ね? 周防中尉は」

そうだ。 先程から何かモヤモヤしていた思考。 今言った事は、一つの形だ。


「ならば。 精々、精進する事だな、周防。 2日酔いで、部下に迷惑をかけている場合では無いぞ?」

うえっ そう来ましたか・・・
オベール中尉には笑われ。 ファビオには呆れられる。 ああ、もう。 2度とあのおっさんの深酒には、付き合わん!







1994年7月22日 1430 カディス基地 スペイン軍戦術機ハンガー


「全くよっ! あのヒヨコ大尉殿、何考えていやがるんだよっ!!」

ハンガーに野太い罵声が響き渡る。 もっとも、周りの整備兵たちにとっては、慣れたものか気にする者はいない。

「なぁ~にが、『そのような戦闘方針は、戦術論に合致しない』だ! 
戦場が全て教科書通りに動くとでも、思っていやがるのかっ!? あのボンボンは!!」

罵声を飛ばしながら、機体のステータスチェックを行っている。 機付きの整備兵達は、イアヘッドを付けていても、顔をしかめている。

「大体よぉ! BETAにそんな、教科書通りの戦い方で勝てるんならよぉ! 今頃半島を取り戻しているぜっ!!」

最後の言葉には、賛同するのか、整備兵も無言で頷く。


「・・・レオン。 いい加減、その口を閉じて頂戴。 響き渡って、うるさいわよ?」

「ノエル、お前も腹立たないか!? あのヒヨっ子大尉。 士官学校出の、まともに最前線で戦った経験のない野郎がよっ!
こっちは、20年近い経験上から言っているんだ! その経験上で、BETAにゃ教科書の内容なんか、通用しねぇって骨身に染みているんだよ!
それを、あの馬鹿が・・・・ッ!!」

「それについては、私も同意するわ。 でも、そろそろ口を閉じなさいな。 『親爺さん』が怒鳴りこんでくるわよ?」

ハンガーの主とも言える、整備指揮官の古参中尉の呼び名を出された途端、それまでの罵声が嘘のように止まる。

「は、ははは・・・ そりゃ、拙いなぁ。 うん、拙い・・・」

「何が拙いんじゃ? この小僧がっ!」

不意に、後ろから怒声を浴びけかけられ、背筋を伸ばす。

「あ、はは・・・ いや、何。 ちょっとした気分転換っすよ、親爺さん」

エンリケ・アルバレス中尉。 このハンガーの整備主任。 55歳。
本来なら、数年前に定年になっている年齢だが。 予備役編入、即日召集で未だ軍に居る。
アンディオン中尉が新任少尉だった頃からの付き合い。 当時は整備の下士官で、戦術機のイロハを教えて貰った恩人だった。

「ふん。 その性格、何とかしたらどうなんだ? だから未だに『万年中尉』だ。 付き合わされるノエリアが不憫だわ」

「別に、付き合ってもらう事は・・・ 『何じゃと?』 ・・・いえ、何でもありませんです」

「親爺さん。 レオンのこの性格は、もう諦めていますわ。 死んだって直りませんし」

にこやかに笑いながら、エラス中尉が話しかける。
アルバレス中尉は、そんなエラス中尉をみて嘆息する。

「ああ、ノエリア。 お前は良い娘だが。 唯一、この小僧に惚れた事だけは、儂を悲しませとるよ。
お前の死んだ父さん、母さんに、なんて詫びれば良いのやら・・・」

そんなアルバレス中尉を、エラス中尉が親愛の眼で見る。
20年前。 事故で他界した両親の親友であったこの人が、以来親代わりに育ててくれた。
今や、実の父親のように思っている。

「お義父さん。 レオンはそんな人じゃないですよ。 
確かにだらしなくて、無節操で、無分別な所が有るけれど・・・ あら? 良い所が無いわね?」

「「 ノエリア・・・ 」」







「ところで、何を大騒ぎしていたんじゃ? あれか? 『図演』か?」

図演―――図上演習。 2個以上の対抗勢力を含んだ軍事作戦を、実戦を想定したデータや原則、確率などを踏まえて行う。
実施部隊では、作戦計画立案の為に行う。 昔と違い、現代ではコンピュータなどの電子機器、ソフトウェアの支援で行っている。
その起源は遥かローマ時代や古代中国にまで遡るとする説もあるが、一般的には1824年にプロセイン陸軍のフォン・ライスヴィッツが原型を構築した。

「ん? ああ。 ウチのボンボン大尉殿がな。 何でもかんでも、教科書通りだ。 
こっちがちょいとばかし、奇策を使ったら、『そんな行動は認められない』とくる。
流石に・・・ 今度ばかりは、年貢の納め時かもなぁ・・・」

「何を言っとる。 そんな状況下でも、何とかしてみせる。 何とかしようと足掻く。 
それが出来るのは、お前さんだけじゃ。 それをしようと足掻くのは、お前さんだけじゃ。
その覚悟が有ってこその、高みだろうて」

「・・・そうなんだけどよ」

―――流石のこの男も、「あれ」には参ったか?

何せ、今度の中隊長は、士官学校を優秀な成績で卒業して以来、まともに実戦を経験せずに出世してきた、典型的な秀才軍事官僚だ。

―――こいつとは、水と油だな。

そう思った時。 エラス中尉が言った。

「私も、方向性は違えど。 目指す高みは同じよ。 どうせなら、中隊長抜きでやるしかないでしょ? 
ディエゴ―――第3小隊長―――も、考えは同じはずよ。
中隊は、レオン。 貴方を顧みるわ。 どんな時でも」








1994年7月28日 カディス基地 中央指揮所


「見ての通り。 H11・ブダペストハイブから弾き出されたA群は。 その後H12・リヨンハイブ方面へ移動。
この結果、H12周辺が一時的な飽和状態となり、リヨンハイブのD群は北上。 ブルゴーニュ、シャンパーニュを越え、ピカルディーに到達が予想されます」

「・・・ドーヴァー基地群が、またぞろ騒がしくなるな」

「ドーヴァーは、向こうで何とかしてもらうしか無いな・・・ で? こちらには?」

「はい。 リヨンハイブのE群、2万程がペレネーを超した事を確認しました。 2日前です。 現在はアルカラ・デ・エナレス付近。
これに従って、以前よりマドリード周辺に集まっていたG群が押し出されております。 指定個体数、約1万7000
E群からの流入も含め、約2万2000。 師団規模以上、軍団規模以下のBETA群です」

「軍団規模か・・・ 今の手持ちでは、予備戦力まで投入せねばならんかな?」

「海軍の戦術機部隊は? 母艦任務群は、どうするつもりなのかによりましょう」

「それより。 その2万2000、1群なのか? 複数に分かれているのか?」

「3群に分かれております。 1群はリスボン、2群はバレンシア。 3群はカディスが目標と推定されます」

「2群は放っておく。 バレアレス所属の偵察戦術機甲部隊に、動向を探らせておけ。 既にバレンシアは陥て久しい。
リスボン方面には、第21戦術機甲師団を送ろう。 向こうの第35戦術機甲師団と協同すれば、抑えられるはずだ」

「となると。 こちらはセビーリャの第15戦術機甲師団、そしてカディスの第19戦術機甲師団、第188戦術機甲旅団、それに、国連軍の第88戦術機甲大隊ですか」

「何とかなろうよ。 2群は・・・ 推定で8000。 大型旅団規模だ。 この戦力が有れば、潰せる。
いざとなれば、テトゥアンの国連軍第28戦術機甲師団も、急速展開できるさ」

「会敵地点はどこに設定を? やはりコルドバでしょうか?」

「ふむ・・・ もう少し北の方がいいか。 先だってと同じ、ビリャヌエバ・デ・コルドバ。 ここで殲滅する」











1994年7月28日 1200 カディス基地 


基地全部隊に、レッド・アラートが発令された。
今回もビリャヌエバ・デ・コルドバ。 スペイン軍の戦術機甲1個師団に、1個旅団。
そして俺達、第88戦術機甲大隊。 カディス駐留の全戦術機甲部隊が総出での出撃だった。

「おう、周防。 お前さんも、出撃か?」

アンディオン中尉だ。 相変わらず、不敵な笑みだ。 それ以上に、昨夜の酒などどこ吹く風。 欧州系人種の肝臓の強さには脱帽するよ、本当・・・

「ええ。 ウチは緊急即応部隊ですから。 まず真っ先に、前線展開ですよ」

「ま、そりゃウチも同じだ。 まずは俺達の第188旅団と、そっちの第88大隊でBETAを通せんぼする。
その後で本命の師団がやって来て、叩き潰す。 ま、どれだけ時間を稼げるかだな」

「そういうことでしょ。 それじゃ、急ぎますんで」

「おう。 また戦場でな!」

それぞれのハンガーに向かう。
大隊の戦術機ハンガー脇のブリーフィングルームに到着した時、既に小隊長以上の指揮官はあらかた集合していた。

「ん。 来たか、周防。 あと、まだなのは・・・」

「1中隊のヴィーターゼン中尉は、先ほどテトゥアンから到着しました。 おっつけ参りましょう。
3中隊の趙中尉は、戦術情報管制センターへ。 最終情報の確認を。 これも直に」

大隊長のユーティライネン少佐の問いかけに、実質大隊副官役のミレーヌ・リュシコヴァ中尉が答える。
ウクライナ出身の22歳。 BETAのユーラシア西進後、西欧に逃れた人々の内、ソヴィエト支配を嫌った旧『自治共和国』と言う名の国内植民地出身者の多くが、
亡命難民の形で避難先の国軍や、国連軍に志願入隊していた。 リュシコヴァ中尉もその一人だった。


「遅れて、申し訳ありません」
「最新戦域情報、確認しました」

1中隊のヴィーターゼン中尉と、3中隊の趙中尉が到着し、大隊の指揮官級衛士が全員揃った。
趙中尉が戦域情報データを、大隊長とリュシコヴァ中尉に渡す。

「ん。 ご苦労。 では、状況を説明する。 リュシコヴァ中尉」

「はっ では、現在の状況を説明します。
2日前、ピレネーを超したリヨンハイブE群がマドリード近辺に到達。 
これにより、以前よりマドリード周辺に集まっていたG群が3群にわかれて移動を開始しました」

G群。 確か、1万7000から1万8000程だったか。 いや、E群からの流入は無いのか?

「総数は、E群からの流入を合わせ、2万2000。 1群はリスボン方面、個体数7000。 2群はバレンシア方面、個体数6500。 3群がカディス方面で個体数8500と推定されます。
このうち2群は当面、動向を探る以上の対応は致しません。
1群は、第35戦術機甲師団が現在、旧ポルトガル領のポンテ・デ・ソルからエヴォラの間で、防衛線を構築中。 第21戦術機甲師団が増援で急行しています。
3群には、第188戦術機甲旅団と、我が大隊が緊急即応で当ります。 会敵予定地点はビリャヌエバ・デ・コルドバ。
セビーリャの第15戦術機甲師団、カディスの第19戦術機甲師団も、出撃準備を急ピッチで行っております。 これが防衛主力となります。
更に、テトゥアンの国連軍第28戦術機甲師団に、対岸への緊急移動命令が出ました」

西部は2個戦術機甲師団主力。 南部が2個戦術機甲師団に、緊急即応1個旅団と1個大隊。
戦略予備の28師団は、危なくなった戦場へ投入か。

「現在、1220 出撃予定時刻、1240 ビリャヌエバ・デ・コルドバまでは約250kmだ。 布陣完了予定1400 BETAの移動速度から推定した会敵予定時刻は、1430 
まずは188旅団の5個大隊、そして我々。 合計6個大隊で戦線を維持する。 主力2個師団の到達は2時間後。 抜かるなよ?」

「イエス、サー!」

「よし。 第88独立戦術機甲大隊、出撃する! かかれ!」













1994年7月28日 1410 ビリャヌエバ・デ・コルドバ 第88独立戦術機甲大隊


―――予定では、そろそろか。

網膜スクリーンのクロック表示を見る。 1410 BETAは、あれで意外と時間に几帳面だ。 予定会敵時刻を大幅に狂わす事は無いだろう。
あと20分そこそこで、8500程のBETA群が到達する。 監視衛星からの情報では、大型種はそのうち約900。
突撃級が400、要撃級が500程。 光線級は未確認、どうせ、どこかに居るんだろうが・・・

『よう、直衛。 聞いたぞ、何か昨夜、面白い話してたって?』

圭介が通信回線で話しかけてきた。 

「ん? ああ、まあな・・・」

『何だよ? 歯切れの悪い。 まぁ、俺はそんなの、変に意識はしてないけどな』

お前なら、そうだろうよ。 それでいて、無意識のうちに同じ事をやっているんだ。 こいつは。
大隊の再編成で、圭介は第3大隊の第2(B)小隊長になった。 こいつにとっては、久々の(初陣以来の)突撃前衛小隊。 それも小隊長だ。
今まで強襲前衛向きかと思っていたが。 どうしてどうして、俺以上に突撃前衛向きかも知れない。
そう言えば、第1中隊になった久賀は第3(C)小隊長で強襲前衛をしている。 あいつも元々は突撃前衛向きだが、あそこの中隊には・・・

『何よ? なんか面白い話でも有るの?』

第1中隊の突撃前衛長・ユルヴァーナ・シェールソン中尉だ。 3期上のノルウェー人。 
何でも先祖は、10世紀から11世紀にかけて、ブリテン島を征服したノルマン人(ヴァイキング)の豪族だとか。
見た目美人だが、豪快な性格でついた綽名が『姐御』 小隊の部下からは『姐さん』と呼ばれる姐御肌。 3人いる大隊の突撃前衛長の最先任。

昨晩の事を、簡単に話す。

『はん。 アタシに言わせりゃ、そんなの常識さ。 今現在、出来る、出来てないは別としてね。
今更、蘊蓄垂れられる事じゃあ無い。 アタシのご先祖達は、故郷で食って行けなくなって海に出た。 
そのままじゃ、飢え死にするだけだったからね。 もっとも、交易目的も有ったそうだけどさ』

ヴァイキングの歴史か?

『未知の土地でさ。 何としても生きていかなきゃならない。 こっちは元々人数で負けてる。 土地の人間の方が多いのは当り前さ。
でも、それでも何とかしなきゃ、生きていけなかった。 何とかして目の前の状況を打破するしか無かった。 皆がそうだ。
アタシのご先祖達はさ、皆が皆、エースだったんさ。 意識する、しないは別としてね。
今更、蘊蓄垂れられてもねぇ・・・』

流石は姐御。 言う事が豪快。

『だからさ。 今更そんな事で感心してるようじゃ・・・ 
周防、長門。 あんたら2人とも、ストームバンガード・ワンだろ!? しっかりキンタマ付いてんのかよ? シャキッとしな! シャキッと!!』

「へいへい。 ちゃんと付いてますって」

『縮じこまって無いだろねッ!?』

『確認します?』

『良い度胸だよ、長門。 んじゃ、今晩来な?』

『・・・遠慮します』

『情けないねぇ! 周防、アンタはどうだい?』

「ふるふるふる・・・」

『擬音で否定するなっ! ったく。 翠華も甘やかしすぎだねぇ!』


突撃前衛長3人の与太話に、大隊の皆も笑いを堪えている。

≪CPよりイルマリネン。 BETA群、接敵予定5分前。 後方より制圧砲撃開始≫

後方に布陣する砲撃部隊から、203mm、155mm、MLRSが飛来する。 前方に着弾。

『イルマリネン01より各スコードロン。 手筈通りだ。 フォーメーション・ウイング・ダブル・スリー(鶴翼参型)
2時間支える。 戦域縦進は30km。 コルドバまでは下がれんぞ、いいな?』

『グラム了解。 コルドバまで下がる? そんなみっともない事は、無しですな』

『ランスロット了解。 30km有れば、機動防御には十分でしょう』

ユーティライネン少佐の指示に、アルトマイエル大尉とウェスター大尉が答える。


『では、始めようか。 黄昏の時代にも、陽は沈み、また陽は登る』

『しかりて、いつかは黄昏の時代は沈み』

『陽が登る時代が来る』

『そうだ。 我々はそれを確信している。 その為に戦う用意が有る。 その為に汚泥を啜る覚悟も有る。 ―――宜しい。 大隊、戦闘開始!』


BETA群が急接近する。

第88戦術機甲大隊、48機はその只中に突っ込んで行く。


















[7678] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 3話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/26 00:07
1994年7月28日 1510 ビリャヌエバ・デ・コルドバ 第88独立戦術機甲大隊


『イルマリネン01よりグラム。 大隊はこれよりバイレンへ移動、東より突進してくる2群に対応する。 グラム、先陣を任す』

『グラムよりイルマリネン、了解。 ダンス・パートナーは?』

『第188から1個大隊。 第3、『カラトラバ』だ。 それとコルドバ駐留の第331警備戦術機甲大隊『アルカンタラ』が即応する。
2群の先陣、約1200。 ラ・カロリーナを通過した。 バイレンまで80km地点だ。 急ぐぞ!』

『了解。 ―――グラム・リーダーより各フライト、聞いての通りだ。 全速NOE! 6分で布陣する!』

『『『 了解! 』』』

まず、第2小隊の4機が一気に噴射跳躍で中空へ舞い上がり、アンダルシアの大地に砂塵を巻き上げる。
そして、そのまま高速NOEで南東へ飛び去り、残る3個小隊も次々に追従していく。


1時間前に遡る。 偵察衛星が周回捜索した情報を解析した結果、バレンシア方面へ向かっていた2群・約6500のBETAが、中間地点のアラルコン湖の手前で進路を南西に変更。
グアダルキビル川の上流域に到達しようとしている。 このままバイレンを抜かれれば、対応が難しくなる状況だった。
 
そのまま南へ、コスタ・デル・ソル(太陽海岸)を目指すのか。 南下の途中、グラナダから西進して防衛線の裏に出るのか。 
予備戦力の運用選択肢が不明になる。 何としてもバイレンで持ちこたえなければ、BETAに主導権を握られっぱなしとなってしまう。

防衛司令部はビリャヌエバ・デ・コルドバに布陣させていた合計6個大隊のうち、第188旅団から1個大隊(第3大隊『カラトラバ』)と第88独立戦術機甲大隊『イルマリネン』を急遽抽出。
これにコルドバ駐留の第331警備戦術機甲大隊『アルカンタラ』(F-5EタイガーⅡ/36機)を併せた3個大隊で、バイレン防衛の先陣に充てた。


約5分後、戦域規定高度(500)で高速NOEを続ける第2小隊から、BETA発見の報が入った。

『グラムBよりグラム・リーダー。 バイレン視認。 BETA群視認。 先頭集団に光線級確認されず。 突撃級主体です』

『グラム・リーダー了解。 フォーメーション・ウイング・ツー(鶴翼弐型)! 突破阻止戦闘!』

16機のトーネードⅡがフライト(小隊)に分かれて、小高い丘陵部に布陣する。 前方より突撃級の群。 灰色と赤黒い不気味な津波が地響きを立てて迫ってくる。

『A04、FOX01!』 『D04、FOX01』

たちどころにA、D小隊の制圧支援機から、多数の誘導弾が発射される。

『A02、A03! 右翼の要撃級を叩け!』
『D02とD03、左翼の要撃級に砲撃集中してっ!』

『『『『 了解! 』』』』

打撃支援機と砲撃支援機が、装備するMk-57中隊支援砲を速射する。 
高初速の57mm砲弾は120発/分の発射速度で射出され、瞬く間に左右両翼から接近する要撃級・戦車級BETAを制圧していく。

「グラムB! 中央の突撃級を止める! 機動を止めるな! 無力化すれば良い! いくぞ!」

『『『 了解! 』』』

突撃前衛小隊がトライアングル・フォーメーションで突っ込んで行く。 
先頭のB01が高速噴射滑走で突撃級と衝突ギリギリまで急接近し、直後に短距離横噴射跳躍で交わすと同時に、噴射滑走で突撃級の側面に突っ込み、
マウザーBK-57リヴォルヴァーカノンの57mm砲弾を叩き込む。

その直後を続行していたB02が左右をAMWS-21突撃砲の36mmで掃射しつつ、戦車級を含めた小型種の接近を許さない。
B02の直後をB03とB04が並列で進出、それぞれAMWS-21突撃砲で120mm砲弾を左右の突撃級の側面に叩き込み、仕留めて行った。

そして突撃前衛小隊の後方に陣取った強襲前衛小隊が、戦域滞空高度ギリギリを保ち、前方の要撃級に、兵装ラックに装備した2門の支援突撃砲の支援砲撃で120mm砲弾を見舞う。 
Mk-57程の狙撃精度は無いが、この距離では外し様がない。

『グラム・リーダーより各機、後詰めの第19戦術機甲師団到達は45分後だ! それまで持ち堪えて見せろっ!』

両翼の第881中隊(イルマリネン)、第883中隊(ランスロット)も同様に、戦線の維持を目的としたウイング・フォーメーション(鶴翼陣形)をとり、阻止戦闘を開始し始めた。








BETA群右翼と中央の一部に対し、第88大隊『イルマリネン』が阻止戦闘を開始したと同時に、戦線左翼及び中央では、第188-3大隊『カラトラバ』も阻止戦闘に入った。

平坦な地形の右手に隆起した小高い丘に陣取った、左右両翼迎撃後衛小隊の誘導弾制圧支援と、MK-57中隊支援砲の一斉射撃で開けた大穴に、
平坦な地形を噴射滑走してきた突撃前衛小隊のF-16Cが、スパイクシールドをかざして突進する。

咄嗟に前腕でブロックをかけようとする要撃級へ、36mmの牽制射撃でブロックを下げさせた所へ、スパイクシールドの戦突を突き立てる。
要撃級が体液と内臓物を撒き散らして停止した時には、既に次の獲物へ陣形を維持したまま突進していた。
その後には、突撃砲4門を装備し、36mmと120mmを左右に撃ち広げ突破口を拡大する強襲前衛小隊が続き、
左右の後衛小隊はMk-57の射弾と誘導弾を、前方と左右の脅威目標に撃ち込み続ける。

『 ≪騎士団長≫より『カラトラバ』各隊! 右翼との連携を保てよ! が、遅れる事は罷りならんっ! ここはスペイン―――アンダルシア! 我等が大地! 我等が≪レコンキスタ≫だ! 』

『『『 おおっ!! 』』』

スペイン史上初の中世戦闘騎士団の名を継ぐ部隊は、さながら数百年前の騎士の突撃が如く、BETAへ痛撃を与え続けた。









1520 バイレン 第882戦術機甲中隊≪グラム≫


目前の要撃級の前腕の1撃を、サイドステップで交わしながらBK-57の57mmを叩き込む。 
同時に襲ってきた右手の要撃級を、後衛のギュゼルが間髪入れずに36mmで、全身蜂の巣にして動きを止める。

『直衛! 新しいオモチャ、具合が良さそうね!?』

「ああ! 意外に使える。 支援砲と同口径だから、突撃前衛にはどうかと思ったんだが! 発射速度が格段に高い分、制圧力は十分だ!」

また1匹、要撃級が迫る。 網膜スクリーンの兵装アイコンから、BK-57のセレクターをチェック。 発射速度モードをLOモード(毎分600発)に切換える。

レクチュアルを収束させ、1秒間の精測射撃。 57mm砲弾が前腕付け根部分に見事着弾し、要撃級の片腕を吹き飛ばす。
即座にMIモード(毎分800発)に切換え更に1秒間射撃。 13,4発の57mmAPCBCHE弾を喰らい、要撃級が体内を炸裂させて倒れた。

―――BK-57リヴォルヴァーカノン。 近接制圧砲。

ドイツのマウザー社が、自社で開発・製造している傑作航空機用機関砲、BK-27機関砲(口径27mm)をベースに、戦術機用近接制圧火器として新たに開発した。
砲口径57mmは、Mk-57中隊支援砲と同じだが、BK-57は全長4.65m、砲弾重量568g、全体総重量385kgと。
戦術機用近接制圧火器としては手頃なサイズ、重量に納まっている。
これでいて、砲口初速は1085m/sec、 発射速度はセレクター機能付きで、1200発/分(HI)-800発/分(MI)-600発/分(LO)の切換えが可能。
要撃級や戦車級の制圧は元より、突撃級に対しても正面節足部なら十分に射貫可能。 正面装甲殻でも、先ほど3秒間の1点集中・精測射撃でなんとかブチ破った。

「問題は、撃ちっぱなしじゃ保って1分20秒! 最短で40秒で弾切れって事か!」


極力長時間(3秒以上)の連射を避け、1、2秒間隔の短時間射撃で片付ける。
装弾方式は800発入りの大型弾倉。 但し、予備弾倉は戦術機の予備弾倉ブロックが、3本で片方が埋まる。
今回の兵装はBK-57リヴォルヴァーカノンを1門と、AMWS-21突撃砲とクレイモアを背部兵装ラックに1基づつ。


「先行量産型がたまたま回って来たから、面白そうだと思ったんだけどな! 気にいった!
アリッサ! フローラ! 間を詰めろ! ギュゼルとの間隔を開け過ぎるな! 戦車級に潜り込まれるぞっ!」

『了解です! フローラ! ボヤボヤしないでよっ!』

『小隊長! 僕は『フローレス』です! 女じゃありませんっ 男ですよっ!』

アリッサとフローラが間隔を詰め、36mmの掃射で周囲に集まってくる戦車級への掃討を続ける。

『あんたなんて、フローラで十分よっ!』

『ひっ、ひどいよっ! アリッサ! 君まで・・・ッ!!』

『はいはい、お喋り、そこまでっ! 小隊長! 後続との間隔、開きます!』

ギュゼルが後方に位置する第3小隊―――ファビオの指揮する強襲前衛小隊との間隔がやや開いて来ていると警告する。
後方スクリーンに目をやれば、ファビオの小隊―――グラムCとの間隔が、確かにやや開きかけていた。
拙い―――このまま開いてしまうと小型種、特に戦車級に捻じ込まれると厄介だ。


「グラムBよりグラムC! 続行、どうか!?」

『こちらグラムC! もうちょい、抑えてくれると助かる! 意外に小さい奴等がチョコマカしててな! 掃除がホネだ!』

「グラムB了解。 グラム・リーダーへ。 現地点での戦線確保に移行しますか!?」

中隊長―――アルトマイエル大尉へ、戦線形成地点の確認を取る。

『グラム・リーダーよりグラムB、グラムC。 あと200進めたい! 左翼の『ランスロット』との側面が開いてしまう。 『カラトラバ』の進出が意外に早い!』

戦線左翼―――第3(第883)中隊、『ランスロット』の左翼に展開している、スペイン軍『カラトラバ』大隊の進出が確かに早い。
このまま俺達が戦線形成をしてしまうと、『カラトラバ』の右翼側面がガラ空きになってしまう―――危険だ。

「グラムB了解。 グラムA、D! 前方制圧、願います。 ファビオ、そう言う訳だ。 お掃除、精を出してくれよ?」

『コンチクショウ! 後始末ばっかり押しつけやがって! 後で1杯、奢れよなッ!!』

「1杯でも2杯でも! 行くぞ! グラムB、突破戦闘! アローヘッド・ツー!」

『『『 了解! 』』』

俺とアリッサのトップ&バック。 フローラとギュゼルのトップ&バック。 2つのエレメントで突破をかける。


「フローラ! 目前に集中しろよ! 左右はバックでギュゼルがサポートしてくれるっ! ギュゼル、坊やのお守、頼むぞ?」

『隊長・・・ッ! 僕はフローレス・・・!』

『フローラ? 泣いてないで、早く行きなさいっ! 後ろは気にしなくて良いからっ!!』

情けない表情のフローラが、それでも歯をくいしばって突進をかける。

―――ふん。 ぺーぺーの内は『フローラ』で十分だ。 悔しかったら、早く『フローレス』と呼んで貰えるよう、一皮剝けて見せろ。

最初の部下は、俺のミスで死なせてしまった。 もう、同じ間違いは許されない。
だから―――徹底的にやるぞ? フローラ、アリッサ。

「アリッサ! 後衛支援、気を抜くなよ? 俺の手を煩わせやがったら・・・ 判っているな?」

『ひっ! わ、判ってますよぉ!!』

『フローラ? あなたも、男の子の意地、見せなさいよ? 後からよぉく、見ておいてあげるから』

『うっ! ・・・はいっ!!』

――よし、これ位で良いか。

「前方の要撃級の群! 潰すぞっ!」

『『『 おお! 』』』


主機を定格最大推力まで持っていく。 みるみる距離が詰まる。

―――よし! 2エレメントでシザース!

その時。

≪CPよりイルマリネン! 地中侵攻振動波形を確認! 出現予想地点、エリアE9D、座標SE-14-66!≫

「なっ、に!?」

畜生! またか!!






1994年7月28日 1525 バイレン 第88独立戦術機甲大隊


≪CPよりイルマリネン! 地中侵攻振動波形を確認! 出現予想地点、エリアE9D、座標SE-14-66!≫


「やはり来たか・・・ しかし、悪いタイミングだ!」

ユーティライネン少佐が思わず吐き捨てる。

第188旅団の『カラトラバ』大隊は中央と左翼のBETA群にかかりっきりだ。 第331『アルカンタラ』大隊は支援砲撃と、取りこぼしの掃討に余念がない。
第88『イルマリネン』も、右翼を抑え、中央の第2陣のフォローで手が回らない。

どうする? 新たなBETAの群構成次第では、戦線の再構築が必要になる。 しかし、そんな暇が有るのか? 主力の第19戦術機甲師団到着まで、あと35分!


≪BETAの地中侵攻個体群、出ますっ!≫

―――!!

CPの警告と同時に、前方2kmほどの地面が炸裂する。


『なっ・・・! くそぉ!』 『おいおいおい・・・ 冗談よせや・・・』 『この期に及んで・・・ 要塞級だと!?』

ユーティライネン少佐は、部下達の声を聞きつつ、最悪の事態を確信した。

―――今度こそ最悪だ。 地中侵攻から這い出てきたBETA群は60体近い要塞級―――当然、光線級をその腹に含んでいるだろう。
しかし連中。 一体どこの個体群だ―――そう考えた瞬間、答えに行きあたった。
マドリード―――連中は3群が押し出される前から、こちらに向かっていたのだ。 目標は恐らく、コスタ・デル・ソル。 地中海。

(まるで―――まるで、一級品の戦術用兵ではないか!)

BETAに戦術無し――― 一般に言われるこの言葉。 あれは、本当に正しいのだろうか?











≪スペイン軍第188戦術機甲旅団 第3大隊第2中隊『エスパーダ』≫


『てっ、撤退・・・ い、いやっ! 一時後退して、体勢を立て直すっ!』

―――阿呆っ! 中隊長、いやさ、ボンボン大尉、いや、もうあれは只の馬鹿。 の、耳障りな金切り声が響きやがる。

後退? んな事、出来るわきゃねぇだろうがッ! ここで引いてみろ、糞BETA共のいい様に掻き回されて終わりだ!
クソッ チキン野郎、早くも尻尾見せやがった。 奴がどうなろうと関係無ぇが、仮にも『中隊指揮官』のあの醜態はマズイ。 士気に関わる。

「エスパーダ2よりエスパーダ1。 後退命令は出ていませんぜ? ≪団長≫の指示無しじゃ、拙いですぜ?」

―――ここはひとつ、やんわりと・・・

『エ、エスパーダ2! き、君は戦況が見えないのか!? あ、あれを見ろ! 最早、戦線の維持は不可能だ! 後続の師団主力が来るまで、コルドバまで退いて・・・』

「阿呆ですかい!? アンタは!!」

いや、阿呆なんて範疇、超しているわ、コイツは。
阿呆でも、戦う気力と性根が有ればまだしも。 この馬鹿は逃げ出したいだけだ。

「ここで引いて、どうするんですかい? BETAを戦線の裏までご案内でもすると? それとも、コスタ・デル・ソルで海水浴の手助けでも?
ジブラルタル自体が、崩壊ですぜ? アンタ、ここで助かっても・・・ 生きて帰りゃ、逮捕されて、敵前逃亡罪で銃殺だ。 そっちをお望みで?」

『ひっ・・・』

―――情けねぇなぁ、おい? 最近の士官学校卒業生ってなぁ、まさかこんな連中が幅を利かせてるのかい?


『エスパーダ3よりエスパーダ2』

―――秘匿回線? 誰だ?―――ああ、エスパーダ3、ディエゴか。

「エスパーダ3、ディエゴ。 なんだ? 俺ぁ、男とひそひそ話する趣味は無ぇぜ?」

『―――真面目な話だ、レオン。 いや、アンディオン中尉。 俺は・・・ アンタに、中隊指揮権を継承して貰おうと考えている』

「―――素面で言う話じゃねぇぞ? ディエゴ・パディーリャ中尉。 判ってんのか、お前ぇ・・・」

『その為の覚悟も、用意も有る。 俺の小隊は皆、因果を含めている。 第1小隊は―――リカルドも、ホアンも、レオノーラも承知した。
第4小隊のキュカ―――キュカ・アギラール中尉―――も同意だ。
後は―――アンタだけだ。 ≪ダンディライオン≫ レオン・ガルシア・アンディオン中尉』

―――けっ! そうかい、そうかい! 全く! 寄りによってよっ こんな時によっ! ったく!!


『エスパーダ6よりエスパーダ2! そろそろ、3から話が入ったでしょう?』

「・・・ノエル。 お前も共犯かよ?」

『中隊が生き残る為よ。 そして、今この状況を打開する為。 『イルマリネン』は精鋭だけど、彼らだけでは無理。
そして『カラトラバ』には、あんな指揮官は必要無いのよ』

――― チクショウ・・・ あの、ボンボン大尉。 相変わらず、狼狽して震えていやがる。 やっぱ、ダメだ、ありゃ・・・

「・・・どうするよ? あからさまは拙い。 『咄嗟に置いてけぼり』か?」

『それしか無い。 『部下との連携が全く出来ていなかった』 あざといが、あの中隊長が連携訓練など眼中になく、昇進試験のお勉強に励んでいた事は、周知だ。
大隊長も、深くは追求せんだろう。 旅団の参謀部もな』

「よし・・・ 判った。 俺が指示する。 
―――エスパーダ2よりエスパーダ1。 急な後退はBETAにつけ込まれますぜ。 一度突っかかって、押してからでねぇと」

『エスパーダ2!? よ、よし、そうだな! そうだ! 中隊、一度BETAを押し返すぞ! 突撃体形!』

―――根は、お人好しなのかもしれんが。 戦場じゃ大罪なんだよ、中隊長。 アンタの無能と堕弱は・・・

中隊長が急に生気を取り戻し―――いや、生へ執着しているだけだ―――指示を出す。

『エスパーダ! 突撃! 突撃! 突撃!』


16機のF-16Cがスパイクシールドをかざして、再度突撃に入った。
迫りくる突撃級、そして要撃級の群。 そして激突する直前。

(―――くそっ! 出来るなら、やりたくなかったぜ!!)

「エスパーダ! スライド・ライト(右噴射滑走)!」

15機のF-16Cが、見えない糸に繋がれたような機動で、一斉に右方向へ地表面噴射滑走を開始する―――唯一、中隊長機のみを残して。

『・・・なっ! き、貴様等・・・ッ!? う、うわあぁぁぁ・・・!!!』

ただ1機、取り残された中隊長機はそのまま、突撃級の群れの中に消えて行った。


『・・・ッ! エスパーダ2より、≪騎士団長≫ エスパーダ1戦死・・・ 繰り返す、エスパーダ1戦死!』

『何? こちら ≪騎士団長≫ レオン、確かに『戦死』なんだな?』

―――クソッ やっぱり、感付きやがったか。 あいつは昔っから、俺のやる事には妙に感が鋭かったしな。

『ああ、戦死だ。 それとも何か? ファドリケ。 俺が虚偽報告でも?』

『馬鹿野郎・・・ 一体、何年の付き合いだ? レオン。
―――よし。 『エスパーダ1』 アルフォンソ・バレーラ大尉をKIAと認定・・・
レオン・ガルシア・アンディオン中尉、中隊指揮をとれ! ―――レオン、頼むぞ』

「20年来のダチを、失望はさせんよ。 ファドリケ・クリスティアン少佐」










1994年7月28日 1530 バイレン 第88独立戦術機甲大隊


『カラトラバ』の1個中隊が、BETAに突きかかるかと思いきや。 にわかに方向転換をかけた。

(? 何だったのだ、今の意図は?)

目前の戦闘指揮を続けながら、ユーティライネン少佐は隣接する部隊の行動を、不審げに感じていた。


『 ≪カラトラバ≫より、≪イルマリネン≫、≪アルカンタラ≫ 』

≪カラトラバ≫大隊指揮官から通信回線が入る。

「こちら、≪イルマリネン≫  ≪カラトラバ≫、何か?」

『 ≪アルカンタラ≫だ。 ≪カラトラバ≫、手短に頼む!』

手短に。 そう、手短に頼む。 こちらも、目前のBETAを抑え込むのに手が一杯なのだ!

『要塞級が出てきた。 何としても始末せねばならん。 どのみち、腹には光線属種を孕んでいるだろうしな?』

『当然だな』 「同意する」

『そこで提案だ。 突撃級はこのまま突破させる』

「何!?」 『・・・正気か?』

『ああ。 最も、その直後を ≪アルカンタラ≫ 君達が張り付いてくれ。 Mk-57の速射でケツから始末して貰いたい』

成程。 突撃級は急な方向転換が非常に苦手だ。 背後に付きさえすれば最後、小型種より組し易い。 そして、その為には・・・


『 ≪イルマリネン≫、 君達と、我々 ≪カラトラバ≫ は、突撃級と要撃級の間を分断する』

やはりな。 しかし、それだけではなかろう? 君の手の内は?
―――問題は、要塞級。 そして連中が抱え込んでいる筈の、光線属種なのだ。

「――-前方は2個中隊で、か?」

『理解が早くて、助かる。 流石は『スオミ(フィンランドの古名)の至宝』だな?』

「世辞はいい。 で?」
 
『ここは合計4個中隊、64機有ればなんとか出来よう。
そして各選抜1個中隊、計2個中隊31機で、要塞級の『壁』を突き破る。
こちらは『エスパーダ』を出す。 指揮官は『ダンディライオン』 どうだ?』

「ならば私が、と言いたい所だが。 ・・・無理だろうな」

『当然だ。 私とて、我慢するのだ。 部下を信頼してこそ、使いきれるものだ。 そうだろう?』

「では、『グラム』を」

『ほう? 『ヴィントシュトース』か、よかろう。  『猛き獅子』 と 『突風』に、アンダルシアの大地を駆け貫いて貰う』










1994年7月28日 1535 バイレン 第88独立戦術機甲大隊第2(第882)中隊


『―――作戦は以上だ。 各小隊長、何かあるか!?』

大尉から『説明』のあった内容には、些か、いや、それ以上に呆れた。
たったの2個中隊で、60体に近い要塞級と、恐らくは250~300体近くになる光線級の相手をするとは。
他にも小型種とは言え、2000近いBETAが居る。 自殺行為と言う言葉を超越しているな。

『・・・はぁ。 やらなきゃどうせ、くたばるだけですよ。 ああ! くそっ!』

『レッジェーリ中尉。 ならば、行動して死んだ方が、マシなのではないこと?』

『縁起でもない事、言わんで下さいよ。 オベール中尉。 で? 直衛、お前は?』

ファビオの嘆きと、オベール中尉の突き抜けた感想に苦笑しつつ、内心の『あれ』を隠しながら答えた。

「俺? 俺はストームバンガード・ワン―――突撃前衛長だ。 吶喊命令が出たら、一も二も無く、突撃するさ。 
バックアップは宜しく頼むぜ?  大尉、オベール中尉。 側面支援、願います」

『・・・何だか。 あっという間に、頼もしくなったわね』

「そいつはどうも。 オベール中尉の側面支援は、精々当てにさせて頂きますから」

『ふふ、了解したわ』

『はぁ・・・ 結局。 俺ってば、お前の猪突猛進に付き合わされる訳ね? ま、いいけどさ。
―――精々、派手にぶちかませやっ!』

中指を突き立てる、ファビオの些か下品なゼスチャー交じりの激励? に、俺も些か以上に下品なゼスチャーで答える。
オベール中尉が顔を顰めるが。 ま、我慢して貰おう。


『よし。 中隊、突撃用意! フォーメーション・アローヘッド・ワン(楔壱型)!
今回は『エスパーダ』と協働だ! コンビネーションに注意しろ!』

『『『 了解! 』』』

同時に、『エスパーダ』から通信回線が繋がる。

『こちら、エスパーダ1。 アンディオン中尉だ! こっちの準備は上々! グラム、そっちはどうだい!?』

―――おっさん!? どうしておっさんが? 中隊長戦死か?

『ちょいと、『不幸な出来事』でな。 中隊長戦死だ。 今は俺が預かっている。 で、どうよ?』

『こちらグラム。 我々も準備完了。 何時でもいいぞ』

『いよ~しっ! んじゃ、行くかよっ!? 
・・・っと、そうそう。 今回俺はストームバンガード・ワンだからよっ! 細かい打ち合わせは、第1小隊のノエルと頼むわ!』

・・・中隊長が、突撃前衛かよ? ま、まぁ、おっさんらしいか・・・

『ふむ。 エラス中尉だったな? 宜しく頼む』

『はっ! 大尉殿!』

『いよぉ~~しっ! んじゃ、行くとするかぁ!! 『エスパーダ』! 続けぇ!!』

『グラム! 吶喊! 周防、ブチ破れッ!!』


―――おおよっ!!


増援師団到着まで、あと25分。












[7678] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 4話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/28 03:55
1994年7月28日 1540 バイレン 


目前の要塞級に、噴射跳躍で急接近してすれ違いざま、57mmを10発ほど頭部に叩き込む。
要塞級は頭部を破裂させ、そのまま地響きを上げ、周囲の小型種を巻き込んで倒れた。

そのまま一気に噴射降下をかけ、着地と同時に噴射滑走。


『直衛! あまり無茶な機動しないでッ! フォローが追い付かないッ!』

ギュゼルの悲鳴じみた警告の声が聞こえる。
今は俺がワン・トップ、ギュゼルがその後衛。 アリッサとフローラが直後で支援のアロー・ワン(楔特壱型)で要塞級の群に突っ込んでいる。
トップ&バックを組むギュゼルが、少し対応が遅れ気味だ。

「アリッサ! フローラ! もっと詰めろ! お前達の側面掃討が間延びしたら、ギュゼルの手間が増える!」

最後尾2機の、左右への掃討タイミングがズレている。 結果として、ギュゼルとの間に小型種が入り込み、彼女が自分でその掃射をも、しなくてはならなくなっていた。

『りょ、了解!』 『は、はいっ!』

―――答えだけは、良いんだがな。

「次だっ! 前方に2体! 周囲に戦車級が結構固まっている! 左のやつから殺る。 ギュゼル、アリッサ、キャニスターで中間の戦車級を始末してくれ!」

『了解! アリッサ、手前を片づけて! 奥は私が!』

『はいっ! 中尉!』

ギュゼルとアリッサが、120mmキャニスターで2体の要塞級の間に居る戦車級を、纏めて吹き飛ばす。

『小隊長! 左側面、小型種群れてきます! ―――りゃあぁ!  よしっ、今ですっ!』

「おう! いいぞっ、フローラ!」

フローラが丁度いいタイミングで、左から集って来た小型種を36mmでなぎ倒した。 これで一時的に、要塞級周辺の小型種の密度がかなり薄くなる。

全力噴射滑走をかける。
真正面から突撃。 要塞級の触手の動きをギリギリまで見極める。

―――まだだ・・・まだまだ ・・・よしっ、今っ!

触手が大きく動き、その先端が恐ろしい速度で繰り出されたその瞬間。 右の主機出力を抑え込み、主機出力のアンバランスを作り出す。
機体は左主機の出力につられ、瞬間的に右方向へスピンを開始する。

「―――くっ!」

機体上半身を左に振り、スピンによるコントロールアウトを必死に制御する。
即座に右主機の出力を上げ、左右の出力を整合させ、同時に左脚部スラスターを吹かす。
ギリギリのタイミングで、触手が機体の左側面をすり抜けていった。 そのまま全力噴射滑走で触手の真横をすり抜け、要塞級の腹の下に潜り込む。

「これでもッ・・・ 喰らえッ!!」

BK-57の57mm砲弾を真下から叩き込む。 柔らかい下腹を、57mmHESH弾で破裂させられた要撃級の体液と内臓物がブチ撒かれた。
その時には既に、水平面横噴射跳躍で多脚部の隙間を抜け、もう1体の要塞級の側面から噴射跳躍に移っていた。

「こいつでっ・・・ 6体目!!」

57mmを要塞級の胴体上部に叩き込む。 赤黒く毒々しい体液をまき散らしながら、もう1体の要塞級も無力化した。
着地と同時に、後続の3機が間隔を詰め、周囲の小型種へ36mmと120mmで掃射をかける。

『直衛! 残りあと40体位よ! 北西に固まっているわ!』

「俺達で6体。 おっさんのところで7体。 他で7,8体は片付けたか・・・」

『ま、まだ40体も残っているんですかッ・・・!?』

『だ、大丈夫かな・・・?』

「アリッサ、フローラ! 『まだ』40体も、じゃない。 『もう』40体しか、だ!」

『『 隊長!? 』』

「ネガティブな思考を戦場でするなっ! 自分に負けるぞ! 
戦場じゃ、BETAに喰い殺されるんじゃ無い! 自分の、諦めて折れた心に、喰い殺されるんだ! 覚えておけっ!!」

『『 は、はいっ! 』』


『はっはあ! 良い事言うじゃねぇかッ 小僧! そうさ、その通りだっ! 戦場じゃ、諦めたらそれで負けだっ!
次の1秒を諦めちまった奴に、生き残るチャンスは無ぇ! 諦めなかった奴だけが、次の1秒を手に入れるのさっ!
その1秒を使って、また次の1秒を手に入れる! 生き残る奴は、そう言う奴だ!!』

おっさん―――『エスパーダ』中隊長にして、ストームバンガード・ワン。 レオン・ガルシア・アンディオン中尉が吼える。

(そうだ。 諦めるな。 足掻ききれ。 無様でも。 そして戦い抜き、生き残れ―――それが、全てだ!)

その先に在る、確かに在る何物かを掴み取る為にっ!


「ギュゼル! アリッサ! フローラ! ダイヤモンド・フォーメーション。 バックはギュゼル、頼む」

『了解。 アリッサ、フローラ! 隊長機から目を離しちゃ駄目よ!? しっかり付いて行きなさい!』

『はいっ!』 『了解です!』

『直衛ぇ!! まだ生きてっかぁ! 後方掃除は完了だ! 次、いつでも良いぜぇ!』

ファビオの強襲前衛小隊が追い付く。
これでかなり遣り易くなった。 小隊4機で要塞級始末に専念できる。

「ファビオ! 助かる! これから向うの群の始末に向かう。 支援頼む! AとDは!?」

『左右の小型種の掃討中だ! すぐに来る! どうする? 揃うまで待つか?』

―――どうする? 北西方向の要塞級中心のBETA群。 前方に位置する10体程は、未だ光線属種を『出して』いない。 
このままかかれば、腹の中に入れたまま一気に殲滅は可能だ。
しかし、後続の2群。 10体程が北西の奥に、20体程が北北西の奥に居る。 こいつらはその場に止まって、光線属種を吐き出しかけている。

「このまま揃うのを待っていたら。 北北西の方向の光線級の的になる。 そいつは勘弁だな。
一気に北西方向の10体と、その奥の10体を捕捉する。 ―――『エスパーダ』?」

『おう。 小僧、その意見にゃ賛成だ。 お前さん達で、手前の10体を掻き回してくれや。 俺達はそれを盾に、奥の10体に肉薄する。
『エスパーダ』と『グラム』の後続部隊も、同じ経路で続行さすしかねぇな』

「よし。 あと15分。 最悪、殲滅出来なくても足止め出来ていれば、師団主力到達で一気に形勢を逆転可能だ。
グラムB、北西の要塞級群に突っ込む! グラムC、支援頼む!」

『おう。 進路上のチンマイのは、こっちで片付けてやる! グラムCよりエスパーダC! 左翼方向の掃除は頼むぜ?』

『こちらエスパーダC、 パディーリャだ。 承知した』


『よぉし! 無事帰還したら、とっておきのワインを出してやるっ! 突っ込むぞ!』

おっさん、いや、アンディオン中尉が、正に獲物を目の前にした獅子のような、凄みの笑みを浮かべる。
グラムBとエスパーダBを両翼先頭に、その直後をグラムCとエスパーダCが固める。
戦域MAPで確認すると、グラムとエスパーダの残り各2小隊も、掃討を終了して全速で続行しつつある。
あと少し。 あの要塞級の群に突っ込めば。 右手前方の光線級はレーザー照射できない。 チェックメイト寸前だ!

その時。

『エスパーダ! グラム! 要撃級の取りこぼしが出た! 200程そっちへ行ったぞ!』

『カラトラバ』の大隊長、確かクリスティアン少佐だったか。 彼の切羽詰まった声が耳を打った。

『くそっ! ファドリケ! 下手打ちやがって!!』

『済まん、正直、手が回りきらん! 『イルマリネン』も圧力を抑えるのに手が一杯だ! レオン! なんとか出来んか!?』

『 ≪アルカンタラ≫ はっ!? 連中はどうした!?』

『突撃級の掃除がまだだっ! 数が居る、それに連中、円周態勢を取った!』

『はぁ!? BETAがかっ!?』

「ッ! 中隊長!」

アルトマイエル大尉の代わりに、大隊長のユーティライネン少佐がスクリーンに現れる。

『すまぬ、グラム。 戦域全体に手が回らない状況だ。 取りこぼした要撃級、200弱。 他に小型種が1000程。
そちらの南南西方向から北上を開始している。 今のままでは、左後背から突っ込まれる!』

まずい、まずい、まずい―――!!

このまま要塞級に突入するか? その前に要撃級の1群に捕捉される。
要撃級の排除を優先するか? その間に、要塞級に乱入されそうな位置関係だ。

そうなったら―――駄目だ。 2個中隊の戦力程度では、15分も持ち堪えられない。
何より、光線級と要塞級を含むBETA群を素通りさせてしまう。 
ここでロストしたら・・・ 再発見に時間がかかれば。 戦線の構築が後手に回る。

『エスパーダ・リーダーだ。 ノエル、ディエゴ、キュカ、戦力は残っているか?』

『第1小隊、4機』
『ディエゴだ。 3機残った』
『第4小隊、キュカよ。 こっちも3機』

『よし。 お前ら3小隊、ここに残れ。 要撃級の足止めを頼む。 ―――周防』

―――ああ、判ったよ。

「中隊長。 アルトマイエル大尉。 グラムBがエスパーダBとで、要塞級に吶喊をかけます。
AとC、Dの3小隊で、エスパーダと協働で要撃級の押えをお願いします」

『・・・押さえて見せる。 そちらは・・・ 頼むぞ? 手前と奥の40体、そして光線級。 なんとしても、師団到着までここに足止めせねばならん。
支援は出来ない。 残る3個小隊・・・ 6個小隊全力でも、怪しいのだ。 何かあっても、助けは出せん、いいな?』

「要撃級が来ないだけ、マシです。 ―――グラムB! これよりエスパーダBと共に吶喊をかける! 目標、前方の要塞級、及び光線級。
光線級は、BETAの群れの中に居る限りレーザー照射はしてこない! 面倒極まるが、BETAの群れの中から出るなよ? 常に群れの中で機動しろ!」

『グラムB02、了解。 ま、毎度のことね?』

『グ、グラムB03、了解ですっ!』
『アリッサ、声が裏返っているよ・・・ 『何ですってぇ!!』 ・・・グラムB04、了解です!』

ギュゼルは・・・ いい。 俺と同じだ。 内心の恐怖を抑える術を知っている。
アリッサとフローラ・・・ 軽口に口喧嘩が出来れば、上々だ。


「エスパーダ、何時でもいいぞ」

『よぉし・・・ んじゃ、行くかよ? 俺達だけの、舞台へよ! エスパーダB! 吶喊だぁ!!』

「グラムB! 突撃開始する!!」

グラムB、4機のトーネードⅡ。 エスパーダB、3機のF-16C。 7機の戦術機。 
7機だけの戦術機での、40体に上る要塞級と200体に上る光線級、そして小型種を含む数百体のBETA群への吶喊。

『距離は連中のアドヴァンテージになる! 一気に詰めるぞ! 手前はグラムに任す! 奥の10体に俺達が取りかかったら、北北西の20体へ再突入しろ!
北西は俺達『エスパーダ』が! 北北西は『グラム』が! いいな!!』

「了解した! おっさん、北西の2群、距離が少々ある! タイミングを外すなよ? 移動中にレーザー照射をまともに受けるぞ!」

『何年衛士やってると思ってやがる、この小僧っ子! 手前ぇこそ、突撃タイミング外すんじゃ無ぇぞ!! ―――よしっ! 今だッ!!』








グラムのB小隊が北西前方の要塞級を含む1群に突入する。
小隊長機を先頭にしたダイヤモンド・フォーメーションを維持しながら、群の中を噴射滑走と水平面短噴射跳躍で多角機動を行い、
36mm、57mm、120mmを吐き出し、要塞級、戦車級、闘士級に浴びせかける。

「ギュゼル! アリッサ! フローラ! 着剣! 集ってくる小型種は、払い除けろっ!」

『『『 了解! 』』』

背部兵装ラックに装備した近接戦用長剣「クレイモア」をラックが跳ね上げ、パージする。
それを各機が片腕に保持。 片方で銃砲撃を続けながら、片方で小型種を薙ぎ払い接近を阻止する。

「57mm、アウト・オブ・アンモ(弾切れ)! 各機、残弾数!」

小隊長機が弾切れのBK-57近接制圧砲を放棄し、背部兵装ラックのAMWS-21を取り出す。

『B02、36mmが350、予備2本 120mmは4発で終わり』
『B03、36mmは125発、120mmが3発。 予備は36mmが1本です!』
『B04、36mmが200発、120mmは2発。 予備は36mmが1本だけです! 120mm無し!』

残弾が心もとない。 特に120mmが不足している。

「こっちの予備は36mmが2本と、120mmが1本。 小型種はクレイモアかナイフで殺れ! 120mmは要塞級にだけ使うんだ!
36mmも使用制限! 北北西の要塞級に取り付く前に残弾がゼロになるぞっ!」

『『『 了解! 』』』

変わらず、短く、鋭く、止まらぬ機動でBETA群を掻き回す。 この群を無理に殲滅する必要は無い。 
彼等の目標は右手前方、北西部に固まっている要塞級を含む群だ。


『エスパーダ・リーダーよりグラムB! 待たせたな、今取り付いた!』

僚隊が奥のBETA群に取り付いたようだった。 
これからここを突破し、更に右奥のBETA群へ再突入する事になる。

「グラム、了解。 これから北北西BETA群へ再突入する! こっちの群が追いかけてこないように、陽動は頼む!」

『判った! レーザー照射受けないようになっ! 突入進路の決定、ミスるんじゃねぇぞ!』

「その程度には、こっちも経験は積んでいるさ。 特に光線級との追いかけっこに関してはな」


言うや否や、グラムの4機が水平面噴射跳躍をかけ、地表ギリギリを前方のBETA群に向け突進する。
丁度、後方の今まで交戦していたBETA群と、前方のBETA群を1直線に結んだ見えない糸の上をなぞるかの様に。
これでは光線級は、仲間への攻撃の可能性から、レーザー照射が出来なくなる。


目指すBETA群まで600・・・ 500・・・ 400・・・


『クソっ! 駄目です、中尉! こいつ等、陽動に引っ掛からない!』
『前方の1群、南下開始しますっ!』

―――ッ!

戦術MAPには、エスパーダが取り付いたBETA群が動いていない。
何とか陽動をかけ、前方の1群と纏めようとするエスパーダ隊だが、一向に陽動に引っ掛からないのだ。
このままでは10体の要塞級と、50体程の光線級を含む小型種群に突破される。


『要塞級は兎も角。 光線級を自由にするのは、頂けねぇな・・・
レベロ、イサベル。 何とか2機で引っ掻き回せ。 無理に攻撃するな、群の中を機動し続けろ。
―――向うは俺がやる』

『中尉!?』 『そんな! 単機でなんて!』

どうやら、2機と1機に分かれる決定を下したエスパーダ隊の指揮官機が、BETA群の中から離脱し、前方の1群へ単機で突進する。

『ここは止めなきゃ、何の為に今まで命張って来たんだよっ!?
お前等こそ気をつけろよ? たったの2機なんだからよっ!
―――グラム! そっちはどうだっ!?』

「こちらグラム! 今取り付いた! おっさ・・・ いや、アンディオン中尉! 無茶は止めろ! 単機じゃ無理だ!
こっちは部下の3機に任す、俺が着くまで突入待てっ!」

『馬鹿野郎!! そっちは倍の20体いるんだぞ! 小僧! 手前ぇ、部下を死地に置いてけぼりにする気かっ!? それでも指揮官かっ!!』

単機でBETA群に突入したエスパーダ隊の指揮官機が、あっという間に要塞級に囲まれる様が、戦術MAPで確認できた。

「くっ・・・!!」

『・・・部下を置いてけぼりにしちゃ、ダメだ。 部下への責任を放棄しちゃ、ダメだ。
こっちの20体はエスパーダの獲物だ、こっちで責任持って遊んでやる。
―――お前は、お前の責任を果たせ』

『こちらエスパーダB02。 グラムBリード、余所様の御馳走、横取りは無しですぜ』

『エスパーダB03です。 グラムBリード、エスパーダは結構、排他的なんですよ。 余所様はどこか別の場所で、御馳走見繕ってくださいな』

もう1群を、2機で相手取っているエスパーダの2番機、3番機の衛士達からも、遠まわしに『自分の役割を果たせ』 そう言ってきた。

『隊長・・・ 向こうは、エスパーダを信じましょう』

グラムの2番機―――B02からも、制止の言葉が出る。

「・・・グラムBリードより、エスパーダ・リーダー。 責任を果たす。 そっちは何としても、阻止してくれ。
―――俺達はあんた等ほど、大喰らいの大食漢は、居ないからな!?」

『はっは! そんな小食じゃ、大きくならないぜ? 小僧っ子!
―――周防中尉、そちらは頼む』

「了解した―――アンディオン中尉」

2人の指揮官が通信を切った。 彼等は指揮官だった。 部下を統率、指揮する立場だった。
残り僅かな時間。 援軍到着までの僅かな時間。 何としてもここで支える為に。 お互いが支える事を信じて。 


「『 支えろ! 何としても!! 』」














1994年7月28日 1605 バイレン


状況は混迷を深めていた。

『19師団の到達が遅れるだとっ!?』

第88独立戦術機甲大隊長、ユーティライネン少佐は思わず耳を疑った。
第19戦術機甲師団の到着を前提に、今までギリギリの防衛戦、いや、足止めを行ってきたのだ。 それが、今になって・・・

≪ビリャヌエバ・デ・コルドバの戦線が破られそうになっています! リスボンへ向かった筈のBETA群の一部が合流した模様!≫

―――またもや、BETAの不可解な行動に引きずりまわされるか!!

CPの報告に、思わず歯ぎしりする。

『で、19師団の行動は!?』

≪第19戦術機甲師団の3個戦術機甲連隊の内、第191、192戦術機甲連隊はビリャヌエバ・デ・コルドバへ急行中!
セビーリャの第15戦術機甲師団が、先陣の第188戦術機甲旅団と阻止戦闘を展開中です!
残った第193戦術機甲連隊が、バイレンへ向け急行中です! 到着予定時刻、1620!≫

1個戦術機甲連隊の増援は有難い。 第193はF-16Cを定数一杯揃えた、第1線級部隊だ。
しかし、あと15分! 保つのか? 特に最前方では要塞級と光線級相手に、2個小隊で何とか足止めしている状況だ。
残弾とて、もう満足には残っていまい・・・

『 ≪イルマリネン≫より、≪カラトラバ≫、≪アルカンタラ≫。 どうか?』

『こちら≪アルカンタラ≫。 随分楽しい状況になったじゃないか!? 突撃級の連中、ほとほと手を焼いている!
こいつら何時の間に、こんなにお利口になった!?』

『 ≪カラトラバ≫だ。 ≪アルカンタラ≫、BETAとて何度も痛い目を見れば、少しは学習しようさ、本能でな。
≪イルマリネン≫、こっちは少々、手古摺っている。 これ以上、前方へ要撃級を逃す訳にもいかん。 そちらは?』

『似たようなものだ。 前方の2個中隊を信じるしかあるまい。 ―――情けない話だっ!!』

『・・・≪カラトラバ≫、≪イルマリネン≫、提案だ』

『何だ?』 『聞こう』

『 ≪アルカンタラ≫の1個中隊を前面に出す。 ここは2個中隊で足止めは出来そうだ。 ―――いや、足止めする。 必ずしてみせる。
打撃支援1個中隊。 何としても出すぞ?』

『・・・頼む』 『感謝する。 ≪アルカンタラ≫』

『我々は元々、コルドバ駐留だ・・・ ここは我々の戦場だ。 我々の護る大地だ。 これ以上、君達に無理はさせられんよ。
―――聞いての通りだ! 『ランツァ』中隊、行けっ!』

『了解!!』

第331警備戦術機甲大隊の第2中隊―――『ランツァ』のF-5E・11機が全速噴射滑走で離脱していく。
その姿を見ながら、第331大隊指揮官が目前の突撃級を見つつ、呟く。

『・・・さて。 これからが本番だな』

―――2個中隊で阻止可能な数では、無かったのだ。







[7678] 国連欧州編 イベリア半島 『エース』 最終話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/06/28 10:30
1994年7月28日 1610 バイレン


『隊長! 増援はまだですかっ!?』

『もう、残弾が有りませんっ!!』

アリッサとフローラの悲鳴が聞こえる。 俺も、既に突撃砲は残弾無し。 とうにパージして、今はクレイモアとナイフでの近接格闘戦に移行していた。
目の前の戦車級を、右のクレイモアで薙ぎ払う。 咄嗟にバックステップで距離を取り、要塞級の触手の1撃をギリギリで交わした。

『直衛・・・! 増援の状況はどうなっているのっ!? 本隊は!?』

ギュゼルも、余裕が無くなっている。 もう10分以上、要塞級と戦車級の混成BETA群を相手に、格闘戦を続けているのだ。
群れの中から飛び出す訳にはいかない。 光線級のレーザー照射を浴びてしまう。 この事も、かなりのストレスになっていた。

「第193連隊の到達は10分後! 何とか耐えるんだ! 無理に攻撃するな、動きまわれ!
要塞級の攻撃圏内には、不用意に入り込むな! 当面は戦車級の排除に専念する!」

2体の要塞級が目前に迫る。 咄嗟に噴射滑走で2体の間に突っ込む。 要塞級が俺の機体に目をつけ、その隙に他の3機が右に迂回移動を開始する。
触手が2本、同時に迫ったその瞬間、右噴射滑走で要塞級の多脚部の隙に潜り込み、そのまま反対側へ突き抜ける。
抜けた先の戦車級を、噴射滑走の勢いをそのままに、クレイモアを横殴りに振り回して5,6体を始末した。
後続の3機が迂回して合流する。

『うわっ! 集られたっ! くそぉ!!』

「フローラ! 左右を払い除けろ! アリッサ!」

『了解です! フローラ、そのまま! 今、後ろの奴を削ぎ落すからっ!!』

フローラの機体、右の跳躍ユニットに背後から戦車級が取り付いた。 アリッサが咄嗟に、ナイフで削ぎ落とす。

『アリッサ、あ、有難う・・・ 助かったよ・・・』

『しっかりしなさいよっ! アンタがドジ踏んだら・・・』

「2人共、連帯責任で扱くぞ」 

『『・・・小隊長~・・・ 勘弁して下さいよぉ・・・』』


成程、まだ嘆く元気はあるか。 結構。 まだいける。

部下の嘆きを耳に、緩やかな角度の噴射滑走移動で要塞級の周りを移動する。 無理な突入は出来ない。
相変わらず小型種の数は多い。 途中で噴射滑走を中断して、クレイモアで薙ぎ払い、ナイフで切り倒す。
俺の横にはギュゼルが位置し、後方にアリッサとフローラが続く。 新米2人に、移動しながらの近接格闘戦は、今のこの状況ではまだ無理だ。

『全くッ・・・! 私、苦手なのよねッ! こう言うのッ!』

「ぼやくな、ギュゼル・・・ 新米2人に、これ以上の無理はさせられんさ。 
グラムBよりエスパーダ! そちらはどうか? まだ無事か!?」

『こちらエスパーダB02! 必死に追いかけっこしています! 何とか生きていますよ!!』

「ああ、それは何より。 もう少し気張ってくれよ。 ―――エスパーダ・リーダー?」

―――どうした? 真っ先にあの大声が聞こえると思ったんだが・・・

『・・・エスパーダ・リーダーだ。 跳躍ユニット、左右全損。 主機出力は60%しか上がらん。 ちょいと、戦車級に齧られ過ぎたな・・・』

―――くそ。 

「・・・グラムBリードより、エスパーダ・リーダー。 くたばるのは10分待ってくれ。 それまでは、這ってでも引きつけてくれ」

『ちょっ・・・! グラム・リード!!』
『なんて言う事を・・・!!』

『うるせぇよ、レベロ、イサベル。 周防の言う通りだぜ。 ここの責任は俺様だ。 逆だったら、俺も同じ事を言いうぜ? ―――なぁ、周防中尉?』

「―――ああ。 そうだな、アンディオン中尉。 
レベロ・アコスタ少尉、イサベル・バヤリ少尉。 アンディオン中尉を信じろ。 ≪ダンディライオン≫ をな」

陽気で、不敵で、ふてぶてしい。 どんな時も豪快に笑い飛ばして死地を切り抜ける、アンダルシアの獅子。

『へっ! そこまで持ち上げられたんじゃなっ! んじゃ、一丁、気張ってみっか!?
―――糞BETA共! 手前ぇら糞虫共が、獅子を喰えると思っていやがんのかぁ!!』





戦術MAPに表示されるアンディオン中尉の居る場所は、既にBETAの赤で埋まっていた。
最初から単機で突入したのだが、当初に比べて戦術機を示す青のマーカーの動きが鈍い。

「―――ッ!!」

戦術MAPに気を取られた隙に、5,6体の戦車級に詰め寄られた。
咄嗟に逆噴射をかけ、着地と同時にクレイモアを横殴りに払う。 左のナイフで左9時方向から向かってきた戦車級を、そのまま地面に突き刺して始末する。

『・・・直衛、そろそろ、主機も限界よ。 ビンゴ・フュエルが近い・・・』

ギュゼルの声も、スクリーンに映った顔も、絶望の色が濃かった。

「ああ・・・ 最悪の場合は勘弁な、ギュゼル。 殿軍は俺がやるから」

増援は未だ来ない。 しかし、俺達の機体はそう限界が近い。 なによりも、ビンゴ・フュエルぎりぎりだった。
なにしろこの2時間以上、無補給で戦闘を続けてきたのだ。

『1人で美味しい場面、持っていかないでよ。 ・・・あの2人は、何とかして本隊へ合流させてあげたいけれど・・・』

小隊の機体ステータスを再確認する。
アリッサとフローラの燃料消費がやはり大きい。 このままでは、BETAの群れの中で身動きがとれずに、喰い殺される事になる。

どうする? 今ならまだ間に合う。 ここで2機を一旦後方へ下げるか? 
増援の到着予定まで、あと5分。 しかし、あの2機は今の機動を続けると、あと2、3分しか保たない。 増援も、5分で来る保証は無い。

「よし・・・ アリッサとフローラは下げる。 ゆっくりと、主脚走行で良い、迂回路を使って、本隊まで戻らせる」

『判ったわ。 ―――アリッサ、フローラ。 あなた達、一旦下がりなさい。 ここは隊長と私で維持します』

『そんな! 2機でなんて、無理ですよっ!』
『隊長! 中尉! 僕はまだやれます!』

―――必死な顔だな。 まるで、親犬に逸れまいとする仔犬のようだ。 何て言ったら、怒るかな? この2人・・・
いや、純粋に上官を助けようとしているんだ。 少なくとも、戦場で怖がって逃げだそうとする態度じゃない。 それは純粋に嬉しいが・・・

「はっきり言う。 このまま、お前達の面倒を見ながらでは、戦えない。 自機のフュエル・ステータスを確認しろ」

『えっ? ・・・あっ!』 『い、いつの間に・・・』

「噴射跳躍は使うな。 噴射滑走もだ。 多少時間がかかっても良い、主脚走行で行け。
ルートは今転送した。 これなら、BETA群を盾にできる。 レーザー照射の危険性はかなり低い」

『『た、隊長・・・!』』

「同じ事を言わすな、命令だ。 本隊に戻り、中隊長に状況を報告しろ。 それまでがお前達の任務だ、いいな?」

『さあ、アリッサ、フローラ。 命令は達せられたわ、早く行動を開始しなさい!』

「ギュゼル、君もだ。 君も行け、小隊先任として」

『・・・怒らせたいの? 直衛・・・ 馬鹿を言わないでっ!!』

「ギュゼル・サファ・クムフィール中尉、命令だ。 2機を引きつれて本隊に合流しろ。 新米達の機体も、もう限界だ。
それにギュゼル、君の機体ステータスも把握している。 右腕はもう動かないな? 左も関節部がイエローだ。 それでどうやって戦う? 
・・・君等の、今までの奮戦に感謝する。 本当に良くやってくれた」

スクリーンには、悔しさで顔を歪めているギュゼルが映っている。

―――少なくとも。 ギュゼル、君が残れば小隊の再編は容易だ。 ここで中尉2人とも死ぬ事は無い。 ここで死ぬのは、指揮官の特権だ。

『・・・了解しましたッ! クムフィール中尉他2機! 只今を以って本隊へ合流移動を開始しますッ!!
―――最悪の場合って、この事だったの!? 恨むわよッ! 直衛ッ!!』










3機のトーネードⅡが後方へ下がって行く。

「さて。 どうケリを付けようか・・・?」

コクピットの中に自分の独り言が響く。
機体のステータス―――右腕関節部、イエロー。 左腕、レッド。 左右両脚部、イエロー。 推進剤残量、5% 主機フュエル残量、10% 
残弾―――勿論無し。 クレイモアは先程真ん中から折れた。 残る武装は、ナイフ2本のみ。

笑いたくなるほど、何も無い。―――いや、まだ戦える。 機体はまだ動く。 ナイフもまだ有る。 それに―――俺はまだ、死んじゃいないッ!!
まだ俺の牙は失われちゃいない。 まだ俺の心は折れちゃいない。 まだ俺は―――戦えるッ!

『エスパーダ・リーダーだ。 グラムBリード、まだ生きているか?』

アンディオン中尉だ。 彼もまだ生きていたか。

「何とか。 そちらは?」

『さっき1機帰した。 イサベルをな。 レベロがやられた。 単機じゃ無理だからな。 お陰で、こっちも満員御礼だ』

「・・・こっちは3機とも、帰しましたよ。 ビンゴ・フュエルで喰い殺させる訳にもいきませんので」

そろそろ、中間地点までは到達したか。
1匹、戦車級が跳びかかって来た。 咄嗟にナイフで切り裂いて始末する。

『そうか・・・ そりゃ、仕方ないな。 しっかし、増援部隊の野郎、どこで道草食っていやがるんだか・・・』

「結構、踏ん張ったんですがね。 ま、今回は残念な結果、そう言う事ですかね?」

『くくく・・・ 今回は? 次回も有るって?』

「そう思っていますよ。 そう思って戦います。 今までも、今も、これからも」

『・・・そうさ。 その通りさ。 そうでなきゃよッ!! 気に入った! お前さん、気に入ったぜッ、周防!』

「んじゃ、ひと暴れしますか? いずれ増援が来るでしょうけど、連中に獲物をやるのは業腹だ。 あれは、『俺達』の獲物だ」

アンディオン中尉。 ≪ダンディライオン≫が不敵な顔で笑う。 まるで、空腹の極限で上等の獲物を見つけたライオンの如く。

『お前ぇさんも、十分にクレイジーな野郎だなぁ・・・ 
それに、冷静に俺様に向かってくたばれっ、て言うかと思えば。 妙に部下に甘い所も有る。
ええ? ≪クレイジー・デビル≫ よ?』

「・・・なんだよ、その呼び名は」

くそ、随分と集まってきたな。 戦術MAPはもう真っ赤だ。

『お前さんの本質さ。 クレイジーな程に、諦めが悪く足掻き続ける。
時として酷薄さを見せたと思ったら、妙に甘い所も見せるその両極性。
デビルってやつは、堕天使だ。 その本質は、悪であり、その前は善だ。 その両極性がデビルだ。 
どうだ? この呼び名は?』

「・・・随分、分不相応な、大仰な呼び名だと思うよ。 でもま、呉れるのなら貰っておく」

向こうも、もう満足な機動は出来無さそうだ。
しかし、まだ諦めていないな、あのおっさんも。

左右から戦車級。 左を切り裂く間に、右の上腕部に取り付かれた。 ナイフを反転させ、突き刺す。 
痙攣じみた動きの後、戦車級の動きが止まった。

「はぁ・・・ はぁ・・・ しっかし、きつい事に変わりはないな」

『まだ、くたばるなよ? 俺達がくたばらない限り、ここのBETAは移動しない』

「判ってるさ。 でも、そろそろビンゴ・フュエルなんだよ。 さて、どうしてやろうか・・・」

正面から要塞級が4体迫ってくる。 流石に、主脚走行であの触手を4本も避けるのは、ホネだな・・・
正直、打つ手を思いつかない。 だけど、不思議だ。 こう言う時って、過去を走馬灯のように思い出すって聞いた事が有るけど。
今考えているのは、どうやって目前の要塞級を葬ってやろうか、その事だけだ。

―――祥子の事も、翠華の事も、思い浮かばなかったな、そう言えば。
なんだ―――俺って、まだ死なないな、うん。

思わず自分の内心に苦笑する。 いや、笑いたくなる。 デビル? そうかもな、別の意味で。
そう思ったその時。 1体の要塞級が触手を繰り出してきた。

「―――くそっ! 動け! 動け! 動け!」

必死に機体を操作する。 
触手の未来位置を予測して。 最短で交わす機動を計算して。 ―――失敗した。

「ぐああああ!!!」

『おい!? 周防! どうした? やられたか!?』

アンディオン中尉。 ≪ダンディライオン≫の声が聞こえる。
ああ、くそ! 衝撃で頭がふらふらする。 ―――左腕を根こそぎ持っていかれた。

「くっ! 動け! 動けよっ、相棒! まだだ、まだBETAを殺れる! まだ死んじゃいないっ!!」

何とか機体を起き上がらせたその瞬間、また触手が繰り出されてきた。
咄嗟に最後の推進剤を使って、噴射跳躍をかける。 要塞級の頭部にぶつかりそうな機動で、右腕に保持したナイフをその頭部に突き立てる。
―――そして、そのまま落下してしまった。

「っつああ!! くそっ! まだだっ! まだ戦える!」

『周防! 楽しいなぁ、おい! 俺達の独断場だぜ!!』

「観客が居ないのが、残念!」


はっ! 正直、我ながら本当にクレイジーだ! 残ったナイフはあと1本! これで本当に打ち止め!

『―――って、ヤバい! 光線級が移動を始めやがった!!』

何!? 戦術MAPを確認する。 要塞級の後方に居たBETA群が、右方向から迂回を始めている。 畜生!!

「ダンディライオン! 今から光線級の排除を行う! 連中ならナイフでも何とかなる!
そっちは任す―――ッ! うわあああ!!」

『おい、どうした!? 周防! おい、≪クレイジー・デビル≫!!』


―――畜生・・・ 機体が動かない。 どうやら、背後に要塞級の触手が接触したか。 直撃じゃ無かったようだ。

目前に戦車級が集まって来た。 要塞級も再び動き出す。 くそっ。 未だ戦う気は十分なんだがな―――剣は全て、失ってしまった。
いや―――最後の一手は、まだ残しているが。


「悪い、祥子・・・ ここが墓場のようだ。 
翠華。 良い男、見つけろ。 ・・・有難うな」


戦車級と要塞級。 ふん、俺一人殺るのに、随分大仰な事だ。


『馬鹿野郎! 諦めるんじゃねぇ! 手前ぇ、諦めやがったら、死んでも許さねぇぞ!?』

―――おいおい、ダンディライオン。 この状況見て、モノ言ってくれよ・・・
それにアンタの機体も、既にへたばっているぞ。

『死ぬ間際まで。 いや、死んでも諦めんなよっ!! それが、俺達を信頼して送り出した、仲間への礼儀だ!!
俺達なら何とかしてくれるって、信頼してくれた仲間への礼儀だ!! それを無にするんじゃねぇ!!
―――例え、例え死ぬ事になっても! 最後まで心を! 折るんじゃねぇぞ!!』

―――そうか。 そう言う事か。

『エース』 そう呼ばれる者達の在り方。 戦果でも、技量でもない。 
どんな時にも真っ直ぐ、敢然と、死にさえ立ち向かう、その姿。 その絶対的な存在感。
それ故に。 仲間は鼓舞され、奮戦する。

―――どんな時にも、その姿を顧みる。
―――どんな戦況でも、その姿は屹立する。
―――どんな危地にも、その姿は立ち塞がる。

『エース』 その者は、戦果多数でも、技量優秀でも、そうは言わぬ。
『エース』 その者は、『導く者』なのだ。


―――ああ、俺はなりたい。 俺は目指したい。 その頂を。


BETAが迫る。 現実問題、それは叶わぬ夢かもしれない。 いや、夢だろう、今の状況では。
S-11の起爆スイッチ、そのブロックガードのロックを解除する。 コクピットに起爆警報アラームが響き渡る。
網膜スクリーンには『S-11 Detonation Warning』の警報ダイアログが表示される。

―――まだだ。 まだ早い・・・ 光線級が、真横を通った時。 それがタイミングだ・・・

戦車級が取り付きやがった。 機体を齧る嫌な音が聞こえる。
だが、もう直ぐだ。 もう直ぐ、貴様等まとめて、吹き飛ばしてやる。 冥途の道連れがBETA共じゃ、味気無いが。 我慢するか。

思わず、笑みが浮かぶ。 恐怖は無論あるが、それよりもどうやってBETA共を、光線級を巻き込んで吹き飛ばしてやるか。
それを考えると、思わず心が躍りやがるッ!

―――よし、もう直ぐ。 もう直ぐだ・・・


そのタイミングが近づいたその時。
目前の要塞級が弾け飛んだ。 一瞬遅れて、砲弾の高速飛来音!




『エスパーダ・リーダー! グラムBリード! 生きているかッ!? 
第331大隊第2中隊、≪ランツァ≫だっ! 支援に来た! ―――野郎どもに女郎ども! 2人を死なすなッ! いいかっ!!』

『『『『『 了解!! 』』』』』

目前のBETAが弾け飛ぶ。 その脇をF-5E「タイガーⅡ」が疾走していった。 Mk-57中隊支援砲を装備してる。

―――確か第331は・・・ 突撃級の阻止戦闘を、行っていたんじゃ無かったか?

妙に白けた気分で、そんな事を考えていた。


『・・・よう、≪クレイジー・デビル≫。 さっきの事は、お互い墓の中まで、持ち込むって事でよ・・・』

「ああ・・・ 同意するよ、≪ダンディライオン≫。 思い出すだけで、こっ恥ずかしくなる・・・」


ふと、未だ生きているスクリーンを見ると。 新たな戦術機部隊が急速接近してきている。
F-16Cと・・・ トーネードⅡだ。 双方とも、大隊規模。 本隊の御到着だ。


『レオン! 生きているな!? 返事をしろ! レオン!』
『レオン! 貴方、死んでたら承知しないから! 地獄まで叩きのめしに行くわよッ!?』

『生きているよ、ファドリケ。 喚くなよ・・・ それにノエル。 なんで地獄なんだよ。 俺様だって、出来れば天国には行きてぇや・・・』

ダンディライオン。 レオン・ガルシア・アンディオン中尉のそのボヤキは、妙に俺の笑いのツボを突いた。
コクピットの中で大笑いする。 駄目だ、止まらない・・・!


『周防中尉! 生きているか?』
『周防! まさか貴様、この程度でくたばる事は、許さんぞっ!』

ユーティライネン少佐に、アルトマイエル大尉か。

「・・・くくくっ は、はい、生きています、大隊長・・・ くはっ! ま、まさか。 くたばりや、しませんって、大尉・・・!」

駄目だ、笑いが止まらなくて、苦しいッ!!

『・・・お~~い、心配して駆けつけてみりゃ、大笑いかよ? ずいぶん余裕な奴だぜ、ホント・・・』
『ファビオ、言ったでしょ!? 直衛がこんな事で死にますかって! 
・・・ふん! こんな男、戦場で献身な戦死なんて。 そんな上等な死に方、する奴じゃないわよっ!!』

「はぁはぁ・・・ ファ、ファビオ、よう、お前も無事だったようだな・・・
ヴェロニカ。 お前、いつかお仕置きしてやるぞ?」

『なっ、なによっ!』


『直衛! 直衛!! 直衛!!! 無事!? 大丈夫!? 生きてる!? ねぇ、直衛!!』

『翠華、落ち着けよ。 泣くなって。 そこに転がっている、ボロボロのトーネードⅡの残骸。 
やっこさん、生きているようだぜ? しぶといね、まるでゴキブリ並みだな』

『ああ、くそ、生きていたか。 
周防がくたばったら、葬式である事無い事、心にも無い弔辞を言ってやるつもりだったんだけどなぁ・・・』

『ちょっと! 圭介! 直人! 冗談でも承知しないわよッ!?』

『はいはい・・・』 『くわばら、くわばら・・・』

翠華が取り乱している。 ミン・メイがなんとか宥めているが。

『・・・心配するな、翠華。 大丈夫だよ。 俺はまだ生きている。 心配掛けて済まん』

『・・・よかったぁ・・・ グスッ・・・ よかったぁ・・・』

『・・・それと。 おい、圭介、久賀・・・』

『何だ?』 『ん?』

『決めた。 絶対に手前ぇらより、後に死んでやる。 お前等が先にくたばったら、大笑いしてやるからなっ! 覚悟しとけ! 畜生めっ!!』

くそ。 圭介と久賀が大笑いしてやがる。 覚えておけ?
でもまぁ、こんな風に言い合える連中の方が、助かる。

周りは既に、掃討戦の最終段階に入っていた。
気が付けば、見慣れない戦術機部隊もいる。 ―――ああ、第193連隊か。 ようやくご到着したんだな。

大きく息をつく。 ―――ああ、本当に、疲れた・・・















1994年8月20日 北アフリカ モロッコ・スペイン自治州・リーフ州 テトゥアン基地医療エリア


「・・・うん。 完治したな。 腕の方は大丈夫だ」

軍医の診断結果は、良好のようだった。

「しかし、その右頬の傷痕。 疑似生体皮膚を移植すれば、完全に消せるが。 いいのか? 周防中尉」

「ええ。 大した傷痕でもありませんし。 疑似生体皮膚移植でまた、入院期間が延びるのは勘弁ですよ」

鏡に映る自分の顔を見る。
右頬、丁度こめかみの辺りから口の横辺りまで、薄くだが傷跡が残っている。
7月28日。 あの戦闘の後に救助された俺とアンディオン中尉は、そのままテトゥアンに移送された。 2人とも負傷していたからだ。

アンディオン中尉は、右足骨折と、左わき腹の肋骨2本の骨折、他打撲多数。
俺は、左腕の骨の単純骨折に、右顔面側部裂傷。 他に打撲多数。

今の医療技術じゃ、全治2週間コースか。 2人して、丁度いい休みだ、とばかりに惰眠を貪っていたが・・・ 3日で飽きた。
それからは、看護婦(いや、正確には看護科の女性下士官)の品定めをしたり。
見舞客の数を競って賭けをしたり。
兎に角、退屈だったのだ。

部隊の連中も、見舞いに来てくれた。

大隊長は、元々口数の少ない人だが。 一言「よくやった」 そう言ってくれた。
アルトマイエル大尉は、こっそりウィスキーを差し入れた後で、「私は、間違った選択をしなかったな」 そう言った。 これは嬉しかった。

オベール中尉と趙中尉は、2人連れ立って来てくれた。
おっさんが非常に羨ましがっていた。 何せ、部隊の2大美女だしな。 いっぺんに華が咲いたような感じだったなぁ・・・
しかし、何気に仲が良い。 この2人は。

ファビオが、ヴェロニカにミン・メイ、それに第3、第4小隊の連中を引きつれてやって来た時は。 
余りの騒がしさに、婦長(看護科の女性少佐殿)に、大変叱られたものだ。 全く。 

圭介に久賀が、翠華を連れてやって来た。
圭介は一言、「生存確認さ」と言って帰って行った。
久賀は、「お姫様の従者さ、今日は」そう言って、翠華を部屋に通すと、あっさり帰りやがった。
おっさんが気を利かして、「1時間、出てくるわ」 そう言って部屋を出て言った。 多分、喫煙エリアで与太でも飛ばしに行ったのだろう。
翠華はずっと、半泣きでグスついていた。 俺と言えば。 翠華をずっと、抱きしめてやっていた。 おっさんが帰ってくるまで。
(おかげでその後、散々冷やかされた)

最後に。 第2小隊の部下達―――ギュゼルとアリッサ、フローラも来てくれた。
アリッサは俺の顔を見るなり、ボロボロ泣きだした。 全く、手のかかる奴だ。 普段は呆れるくらい、元気なのにな。
フローラは、泣きだしたアリッサを見てオロオロするわ、俺の顔を見て、ホッとした表情をするわ。 もう少し、ヤンチャでも良いと思うんだけどね。
手の掛る妹と、弟みたいな気分だ。

ギュゼルは―――最初、えらく睨まれた。 兎に角、凄く怒っている事は判った。
まぁ、心当たりは有る。

「―――いや、済まん。 あんな形にした事は、謝る。 でも、最初からそのつもりだった」

「・・・だったら。 今度からは、最初から言って頂戴。 
私、凄く落ち込んだわ。 隊長にそんなに、信頼されていなかったのかって」

いや。 信頼しているよ。 信頼しているからこそ、後を託したかったんだ。

「・・・確かに、配慮が不足していた。 君には、要らぬ不安をさせてしまった、申し訳ない。
だけど、言っておくよ。 俺が部隊指揮を安心して行えるのは。 ギュゼル、君のサポートが有るからなんだ。
寧ろ、俺は君の信頼に応えれられているかどうか。 いつも自問している」

いずれ、彼女も小隊の指揮を執る日が来るだろう。
何時までも中尉の小隊先任を、部下にしていられるような幸運は続かない。
その為には。 俺は早く、本当に指揮官として、一人立ちしなければならない。

「はぁ・・・ いいわ。 今回は不問にしてあげる。 
でも、今度こんな事したら・・・ 指揮権、交替してやるんだから。 いいわね!?」

「了解」








ギュゼル達が帰った後。 病室でおっさんと二人、何する訳でなく、ベッドからボーっと外を見ていた。

「よう・・・ お前さん、判ったかい?」

「・・・ん?」

「あの時の事さ」

「・・・『エース』ってな、険しい道のりだねぇ・・・ まるで、茨の道だ」

「かははっ! だからこそよっ! だからこそ、目指す甲斐もあろうってもんだぜ?」

「そうだな。 これではっきりした。 俺は、目指してやるさ、その道の天辺をさ」

今はまだ、遥か彼方の頂上だ。 だけど、目指したい。 登りつめたい。



「はははっ、そうかい、そうかい! 判ったか! 
だからよ。 俺は、戦場に居続けるのよ。 皆と共になぁ!!」





―――レオン・ガルシア・アンディオン。 彼は確かに『エース』だった。

『ダンディライオン』―――アンダルシアの猛き獅子。




「上ってこいや、『クレイジー・デビル』 待っているぜ?」











[7678] 国連欧州編 シチリア島1話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/07/01 00:59
1994年8月14日 英国(連合王国) リヴァプール BAe本社開発部 戦術機ハンガー


眩いライトに照り返されるハンガー内で、5人の男女が真新しい機体を見上げている。
思う事は様々であろうが、その事をおくびにも出さない程度には、離れしている者達だった。

「・・・ようやく、形になりましたな」

痩身の、如何にも英国紳士然としたスーツ姿の中年男性―――英国系だ―――が、思わず言葉を漏らす。

「80年から実に14年・・・ 途中の『不幸な行き違い』が無ければ、今少し早く実現していたモノを・・」

この場の最年長である初老の紳士も、つい愚痴じみた言葉になる。


「しかし、ダービー伯、オーウェン卿。 今こうして形となったのです。 新たな欧州の刃として」

傍らの、如何にも研究者然とした40代位の男性が、2人に話しかける。

「む・・・ そうですな、Dr.ダーリング」

「ふむ。 いや、失敬。 年をとると、どうにも堪え性がな・・・」

英国紳士―――ECTSF計画常任委員・欧州連合大議会議員、準男爵アーサー・ダグラス・オーウェン卿。
初老の紳士―――英国国防省・国防政策局長・英国陸軍大将、第21代ダービー伯爵オーガスタス・スミス=スタンリー

苦笑する二人に、表情を変えぬ頑固さを持って戦術機を見上げるのは、BAe社開発部長兼ユーロファイタス社常任理事、ステファン・アレクサンダー・ダーリング博士。

いずれも、ECTSF計画開始より携わってきた。 内心の感情を露にする事を、死んでも厭う英国紳士ながら、その思いはひとしおであろう。


「後は。 どうやって他国・・・ 特にドイツとイタリアを引き戻すか、ですな」

オーウェン卿が表情を曇らせて思案する。
実際問題、英国単独では技術面でも資金面でも、些か以上に困難では有ったのだ。

「・・・スポンサーと言う側面ならば。 スペインも戻したい所だ。 それと、関心を寄せていたオーストリアもな」

ダービー伯爵の声も、答えが不明瞭な色を滲ませる。

技術面でのドイツとイタリアの再度の参加は大きい。 それに開発資金面でのスペインとオーストリア。
将来、正式採用となった暁には、これらの国々が抱える、海外生産拠点でのフル稼働を計算に入れれば。
十分に早期の部隊配備は実現可能、と計算している。


「その手法は、我が社と英国政府・・・ いえ、英国国防省国防政策局との合意がありましょう、伯爵。
その為に、彼女にご足労頂いております」

ダーリング博士が、奥に控える女性将校に眼で合図する。
ダービー伯爵とオーウェン卿の前に出てきたのは、30代後半と思しき、国連軍の軍服を身に纏った女性将校―――大佐だった。

「ふむ・・・ 技術実証機運用部隊の設立は、我々が推し進めていたものだが。
その『舞台』について、君が講釈を行うと言うのだね? ―――ヴィクトリア・ラハト国連軍大佐?」

「はっ、閣下。 どうぞ、『プリマ』達には思う様に舞って頂きますよう。 雑事は我々が。
まずは、ドイツ、そしてイタリア。 この両国へのアピールが肝要かと」

「・・・シチリア島か。
あの島は。 古き昔より、何かと絵になる舞台ではあるな」

「第2次ポエニ戦争。 紀元前3世紀後半のシラクサでは、かのアルキメデスの発明した『兵器』が、ローマ帝国を翻弄いたしました。
今次BETA大戦のシチリアは、欧州の騎士達の新しき刃が、BETA共を滅しましょう」

「ふむ・・・ 承知した。 よしなに、な。 ―――オーウェン卿?」

「後は、騎士達に刃を戦わせてみては如何かと。 ダービー伯」

「全然、同意する」







ハンガーを出て行く3人の英国紳士の後姿を見ながら、ラハト大佐は先程から一言も発しない、最後の一人に向って呟いた。

「・・・帝国も、随分と商売上手になったものだな?」

「いえ何、世界中のお歴々が鎬を削る世知辛い世の中。 我々のような無い無い尽くしの貧乏人は、隙有らば、お零れを頂戴するより外には・・・」

「ふん。 F-92の時もそうだ。 抜け目無く立ち回り、利を得る。 
随分と外貨を獲得したのだろう? 中国に韓国、台湾。 そしてASEAN諸国。 ああ、中南米や中東諸国の一部にまで、売り込んでいたな」

「いえいえ。 ご本家や、『死の商人』の先達の欧州諸国に比べれば・・・」

「そして今回だ。 世界初の実戦配備第3世代機の開発ノウハウ。 随分と気前良いではないか? 先行投資か?
聞けば、ユーロファイタスのみならず。 サーグやダッスオーにまでばら撒いたらしいな?
米国メーカー共が、歯ぎしりして悔しがっていたぞ? 先に唾を付けられたとな?」

「おやおや。 まさか大佐まで、そんな与太を信じられるとは。 我々など、作ってはみたものの、果たして有用なのやら、どうなのやら。
ついては、先達の教えを請いたいと、藁にもすがる思いですなぁ・・・」

―――この狸め。

押しても引いても、掴みどころがない。 最も、情報組織の人間である以上、簡単に素を曝すなど、愚者以外の何物でもないが。
いや、そもそも、素の自分など無いのが、我々諜報の世界に生きる者だ。 自分でさえ、どれが本当で、どれが演技なのか判らない。 それでこその、諜報担当官。

「まぁ、いい。 舞台はこちらが―――国連軍統合情報部が整える」

「いや、豪気ですなぁ。 欧州軍のお歴々が、さぞ煩い事でしょうに」

「ふん。 あの戦馬鹿共など。 そちらは精々、盗み見に精を出すが良い。 その為の要員は手配済みなのだろう?」

「今頃は、風光明媚なシチリア島でゆっくり、命の洗濯をしている事でしょう」

「間違って、BETA共に命の代償を支払わんよう、注意しておけ」

「くわばら、くわばら」


ふと。 『雑事』に駆り出される部隊を思い出し、ラハト大佐は男に向かって切り出した。

「掃除部隊は、第86、第87、第88独立戦術機甲大隊から、選抜3個中隊だが。
第88には、奴が居るな?」

「―――大連の後始末を、シチリア島で、ですかな?」

「そんな姑息は使わんよ。 が、保証もせん」

「まぁ、その時は。 彼の悪運もそれまで。 そう言う事でしょう」

実際の話。 2年近く前の『仕事』で使った『小道具』など、どうでも良い。
それに、BETAとの戦いで死ぬのならば。 寧ろ感謝されるべきではないか?

「ふん・・・ 私にしたところで、只の一中尉の事など、どうでも良い。
『あの時のこと』を、口外せぬ限りな」

「まぁ、大丈夫でしょう。 尋問に当たった部下の報告では、どうやらその辺りは弁えている様子でしたな。
今回は。 純粋に衛士としての腕前を、存分に堪能させて貰いましょう。 ―――『クレイジー・デビル』には」

男の、一向に変えぬ飄々とした表情に、ラハト大佐も取り敢えず内心の鉾を収める。
口外せぬのならば、良い。 但し、心得違いをした場合は―――戦場は実に都合の良い場所だ。


「おお。 ところで、つい先日良い店を見つけまして。 大佐にもご紹介をと」

「ん? なんだ、気色悪い。 ―――どんな店だ?」

「いやいや。 これが実に美味いプディングの店でしてな。
羊の心臓のミンチに、オート麦、ハーブ、玉ねぎなどを羊の胃袋に詰めて茹でたものでして・・・」

「ッ!! 待てッ、待てッ! それは最早、料理とは言わんッ!」

「はて? スコッチ・ウィスキーとの取り合わせが、実に微妙な・・・」

「微妙ッ!? き、貴様の味覚は一体どうなっているッ!? それは―――ハギスだろうがッ!!」


しばしば、英国外交政策のえげつなさの比喩にも引き出される料理。
しかし、ヴィクトリア・ラハト大佐にとっては、英国料理を『実感』した原因でも有ったのだが・・・

いつしか相手のペースに巻き込まれ、話をうやむやにされた事に気付く。

(くそ。 相変わらず、喰えない奴だな―――鎧衣)











1994年 9月7日 1315 シチリア島 アグリジェント基地


「ったく! 忌々しいね!!」

さっきから何度聞いたか、その言葉。
プラチナブロンドの髪にアッシュブルーの瞳、北欧の『ヴァルキュリア』にして『姐御』―――ユルヴァーナ・シェールソン中尉が、何度目かの愚痴を吐いた。

「ユルヴァ。 いい加減大人しくしたら? 見た目に鬱陶しいわ」

火に油を注ぐのは、黒髪に日焼けした肌、黒い瞳のラテン系の『黒姫』―――アイダ・ヴィアンカ・ヴァレンティ中尉。

「何でよ!? アイダ! アンタ、頭に来ないのっ? アタシら只の後始末役か、掃除役じゃないさ!
そんなんでわざわざ、テトゥアンから呼び寄せたんかよ!? 冗談じゃないよッ!!」

とは言っても。 ただでさえ、狭く暑苦しい仮設指揮所で、うろうろと怒鳴り散らしながらやられると。 流石に鬱陶しい。

「周防。 貴方からも言っておやりなさいな。 『鬱陶しい』って」

「周防! なんだよ? アンタ、腹立たしくないのかいッ!?」

お願いだ。 お願いだから、俺に矛先を向けないでくれ。
いい加減、イライラしていたが。 でも、ここで俺まで暴発する訳にも・・・

「腹立たしいのは判りますけど、決定事項ですし。
それに今回、我々は『支援部隊』として呼ばれていますからね。 任務が地味なのは、仕方有りません。
怒るだけ、エネルギーの浪費ですよ。 シェールソン中尉」

「いい子ぶるなぁ!!」

「聞き分けないわねぇ・・・」

「それと。 したり顔で注釈つけるのなら。 少しはこっちを手伝ってもらえませんかね? ヴァレンティ中尉。 派遣隊次席指揮官なら」

さっきから俺一人で格闘している書類の山を指して、やんわり抗議する。

「先任指揮官になる為の練習、そう思いなさいな。 折角、書類仕事の練習させてあげているのに・・・」

嘘をつけ、嘘を! 最初から、自分でやる気が無かったくせに! 
昼一番で俺を捕まえて。 書類を押し付けた後は、のんびりと冷たいドリンクなんか飲んでいる人が!

「あ、アタシもパス! アンタやりなよ? 後任の仕事な?」

こっちは問答無用で、理不尽な台詞をのたまうし。 って言うか。 アンタは派遣隊指揮官でしょうが! シェールソン中尉!!

実際の所。 この中では3人とも階級は同じ中尉。 職制も同じ小隊長同士だが。
シェールソン中尉は2年先任、ヴァレンティ中尉は1年先任。 俺は1年目中尉の最後任。
自然と書類仕事や、面倒臭い折衝事のお鉢が回ってくる。
お陰さまで、アグリジェント基地に派遣されて2週間。 すっかり基地の裏方―――庶務や主計、整備に通信隊、そう言った部署とは顔馴染みになったが。


で、どうして『姐御』が憤慨しているかと言うと。
先程、基地司令から通達された、俺達派遣隊―――通称『イルマリネン分遣隊』―――の、当面の任務内容だ。

当面の俺達の仕事は、カラブリア半島先端のレッジョ・ディ・カラブリア仮設基地に陣取っての、半島中部地域までのBETA掃除だ。
イオニア海に面したカタンザーロから、真西に半島を突っ切った先に有る、ティレニア海に面したラメツィアまで約30km
このラインから南へ侵入するBETAを逐次駆逐する事。 但し、司令部の『オーダー』に従って、一定数のBETAは『突破さす』事だ。

当然、1個中隊分―――12機の戦術機だけでは支えきれないから、同様の『仕事』に就いている部隊があと2個中隊、いることは居る。

では何故、そんな面倒な事をするかと言うと―――舞台環境を整える為だ。
主役のダンサーが華麗に観客の前で舞う為に、俺達脇役が舞台条件を裏で整える。 
さしずめ、『戦場』と言う舞台で言うと、あちらはプリンシパルのプリマ・バレエ・ダンサー。 こっちは群舞を踊る引き立て役の、コール・ド・バレエか。

―――主役の『プリマ部隊』 その名をユーロファイタス国連派遣部隊・レインダンス中隊『レイン・ダンサーズ』
ECTSF技術実証機、ESFP(Experimental Surface Fighter Program)機の欧州各国へのアピールを目的とした、技術実証機運用部隊。 つまりは『実戦広報部隊』

無論、部隊の衛士達は、欧州連合軍―――と言うより、英国軍肝いりの、選抜された精鋭だが。 
しかし、プリマに『万が一』が有ってはならない。 これが国連欧州軍と、欧州連合軍、双方の上層部の見解だった。

結果。 国連欧州軍の各独立戦術機甲大隊(80番台部隊)から、選抜で3個中隊分の戦力が『下働き』に出される事となった。
80番台部隊は、出身国が単独で欧州連合に参加できない程の弱小国出身者か、亡命難民出身者か、元の国の軍に『訳有り』で居られなくなった者が多く所属する。
―――言わば、『外人部隊』 口の悪い連中からは『掃溜め』などとも。(最も、面と向かって言う奴はいない。 再起不能になるまで締められるのは、誰しも御免だろう)

下働きさすにも、消耗さすにも、さして惜しくは無い。 そう言ったところか。

(当然、主役が危なくなったら。 代わりに死ねって事か)

あ、段々腹が立ってきたな、俺も。 姐御の事は言えんか・・・


「失礼します。 周防中尉、いらっしゃいますか?」

ひょっこり、指揮所に顔を出したのは、基地の支援任務群・武器管理隊のアルフォンソ・ラティオ少尉。 イタリア軍の将校だ。 俺より2、3歳、年上の筈。

「ああ、ここだよ。 どうした? アルフォンソ」

「頼まれていた戦術機兵装の、確認をお願いしたいのですが。 丁度つい先頃、入港しましたよ」

ああ、アグリジェント港には今日の午前中に、補給船団が入港する予定だったな。 
そして支援任務群に、部隊の兵装の補充を申請していた事を思い出した。

「判った、今行くよ。 ―――と、言う訳ですので。 2人とも、自分の隊の分はお願いしますね」

「何よっ!? わざわざ、除けてたのっ!?」

「・・・芸の細かい男の子は、嫌がられるわよ? 周防」

―――もう、何とでも言ってくれ。

少々、と言う以上に指揮官の自覚を持って欲しい、2人の先任の愚痴を背に、指揮所を出る。
ラティオ少尉の運転する高機動車に乗り込み、埠頭の管理倉庫を目指す。

9月のシチリア島。
気温は30度を少し下回る位か。 晴天が続き、湿度は低く、カラッとしている。 実に過ごしやすい。

「・・・大変ですね、中尉。 いつもこう言った交渉事、やっていませんか?」

運転しながら、笑っていいのか、呆れていいのか。 そんな微妙な表情でラティオ少尉が話しかける。

「正直、得意と言う訳じゃないんだけどさ。 俺がやらなきゃ、部隊が腹ぺこで動かなくなっちまうよ。 はぁ・・・」

「ははっ! 確かに、主計将校向きじゃ、ないかもしれませんねぇ、中尉は。
でも、結構良くやってられますよ。 実際、野戦将校の中には主計―――いや、兵站業務を軽視する人も少なくないですよ」

「それは只の馬鹿。 ついでに、頼めばほいっと、補給が来ると思っているのも、大馬鹿。
兵站―――ロディスティックってのは、突き詰めれば国家規模の生産・流通管理計画なんだし。
現地部隊の補給業務は、人体で言ってみれば、毛細血管程度なんだしね」

ん? ラティオ少尉が、感心したような表情だ・・・

「へぇ~~・・・ 良く理解していますよね? 普通、訓練校じゃそこまでの兵站教育はしませんよ? いや、士官学校でもそうだ。
今、中尉が話した内容―――そう言う認識は、主計将校の上級幕僚課程での教育内容ですよ?」

「その割には、少尉は理解しているね?」

「自分は、大学で経営工学を専攻していました。 生産流通管理は、卒業論文のテーマでしたし」

ああ、成程。 確か彼は、大学卒で軍に入隊した、幹部主計将校だったな。

「僕も、別段大した理由じゃない。 受け売りさ、兄のね」

「お兄さんの?」

「うん。 兄が、日本帝国海軍の主計大尉でね。 確か、上級幕僚課程の一環で、帝国大学の経済学部に聴講生として参加していた筈だ。
その兄と以前飲んだ時に、やたらと愚痴られてね。 兵站を理解しない大馬鹿が多くて困るって・・・」

いや、本当に。 あの時の兄貴には、参った。
陸軍に比べると、まだしもアカデミックと言われる海軍でも、内実は似た様なものなのかな?
国連軍に出向になって、外から古巣を見るに。 やはり帝国軍はこの『兵站』を軽視しがちな所は、今も昔も変わらない気がする。
昔の事は、話でしか知らないが。 少なくとも国連軍や、欧州各国軍と比較すると。 やはり兵站軽視の傾向が有る。
ましてや、世界中どんな場所にさえ『アメリカ』を造る米軍など、最早別世界の存在だ。

そんな感想を話すと、ラティオ少尉が微妙な顔をする。

「いや。 欧州連合軍も、誉められたモノではありませんよ?
実際、海外展開能力―――兵站を含めて―――を有しているのは、英国だけです。
ドイツは、潜在能力は有りますが、経験が乏しい。 戦闘能力は、頼もしいですが。
フランスは、未だ海外県なんかを有していますが、何を考えているのやら・・・
スペインや、我がイタリアは・・・ 推して知るべし、です。
実際、今行っている補給船団。 この兵站計画だって、主導しているのは英国と国連軍―――合衆国軍の兵站部署の合作ですし」

「兵站が上手くいって、負けた戦は有るが。 兵站が上手くいかなくて、勝った戦は無い、か。
アメリカの頭が高くなる訳だ。 もっとも、あの企画力・調査力と計画能力、実行能力は驚嘆に値するけどね」

「だからでしょう。 『パクス・アメリカーナ』 腹の立つ言葉ですが、真実でも有ります」


そろそろ、埠頭が見えてきた。
岸壁には横付けされた船団が多数。 クレーンで大量の物資を吐き出している。

確かにこの光景。 
いつ、どこで、誰が、何を、どの位必要としているか。
それを正確に把握し、生産計画に組み込み(当然、輸出入にも、国家予算にも関わる)、
実際に大量生産を行い(品質管理も行った上で)、流通計画を十全に組上げ、実際に輸送し、補給する。
政府と、各産業界、そして軍部。 それを底辺で支える市民層。
米国が背後に居れば、少なくとも兵站に関しての心配は激減する。 BETAとの正面戦闘―――戦略、戦術両面―――に専念できる。

逆にその庇護を失えば?
駄目だ。 米国以外の国は、保たない。
単独で、ここまでの兵站を為し得る国家は、あの国以外にはこの地球上には存在しない。

「・・・本音を言えば、アメリカと言う国は虫が好かない。 けど、アメリカと決別して成り立てる国が無い事も、事実だな」

「ええ。 理想論は現実逃避か、愚者の戯言ですよ、今の時代。
気に喰わなくとも、どうしようとも。 生き延びなきゃならないんですから、人類は。
その為なら、例え嫌な相手でも。 靴の底だって舐めてやりますよ。 ―――ぶん殴るのは、全てが終わってからだ」

高機動車両が、岸壁脇の倉庫の一つの前で停車する。
ただただ、馬鹿でっかいだけの、味気無い建物だ。 だが、この中の物資は俺達が戦う上で、何物にも代えがたい価値が有る。

「こちらです。 1個中隊分の戦術機の兵装装備と、機体の補充部品一式です。 ―――おおいっ! マルコ! 僕だ、アルフォンソだ!
頼んでいたヤツ、届いたんだろう?」

倉庫の中で、クリップボードと現物を確認しながら、部下に指示を出していた主計将校―――主計少尉だった―――が、振り向く。

「ああ、アルフォンソ。 ああ、確かに届いたよ。 第88大隊分遣隊。 こっちがそうだ。
ああ、中尉もご一緒でしたか。 じゃ、手間が省ける。 確認お願いします」

マルコ―――マルコ・エンツィオ主計少尉から渡された書類の束に目をやる。
一応、表紙には物資の概略が纏めてあるが。 やはり確実に一つ一つ確認する必要がある。

なんやかんやで、確認作業が終了したのは1時間後だった。
さして空調の効いていない倉庫内の事なので、かなり汗をかく。
倉庫脇の主計事務所で受領書にサインをし、輸送隊に搭載指示を出して仕事が完了。

「ご苦労様です」

マルコがレモネードを持ってきてくれた。 一口飲んで、息をつく。 この地中海の残暑の中では、実に美味い。

「1430か・・・ 中途半端な時間だな。 訓練しようにも、今からだとなぁ・・・」

「あれ? 訓練するんですか?」

アルフォンソが、おかしなことを言う、そんな表情で首を傾げる。

「ん? なんで? 変かな?」

「いえ・・・ さっき、シェールソン中尉と、ヴァレンティ中尉が。 2人連れ立って『ビーチ』の方まで・・・ 水着姿でしたよ?」

「・・・はぁ!?」

あ、あの2人・・・!!

「ああ、そう言えば。 昼過ぎかな? 他に何人か・・・ 
確か、パブロヴナ少尉に、リューネベルク少尉とオナスィ少尉・・・ ああ、グエルフィ少尉も居たかな?
彼女達も、『ビーチ』の方に行っていましたよ? 今日は休業日じゃなかったんですか?」

『ビーチ』と言うのは、文字通り砂浜だが。 軍港に程近い所に、ちょっとした砂浜が有って。
休業日には皆、よくここまで泳ぎにくる。
それ自体は別に良い。 そこまでどうこう言わないし、俺だって1,2度足を運んで、のんびりした事が有る。

―――っが! 断じて、本日は休業日では無いっ!!

確かに、訓練入れてはいない。 が、各自が機体の整備や、自主訓練を行う半課業日に指定していた筈だ。 羽目を外す日では、断じてないっ!!

「・・・そうか。 うん、良い事を教えてくれた。 感謝するよ、ラティオ少尉、エンツィオ少尉。 ―――俺はこれで失礼するっ!!」

―――あンの、はっちゃけ娘どもめぇ!! しかも! よりによって、中尉2人も一緒とはっ!! 断じて、許すまじっ!!









「・・・何か。 周防中尉、血相変えて出て行ったけど?」

「・・・見なかった事にしよう、アルフォンソ。 
でもどうせ、シェールソン中尉にヴァレンティ中尉が相手じゃ・・・ 口では勝てないよ、周防中尉・・・」

「そうだね。 ああ、マルコ。 君が前に言っていた書籍、手に入ったよ・・・」










[7678] 国連欧州編 シチリア島2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/07/01 01:28
1994年 9月7日 1440 シチリア島 アグリジェント基地郊外 『ビーチ』


目前に、見事な花々が咲き誇っている。
ビキニ有り、ハイレグカット有り、オードソックスなセパレートにワンピース有り。 Vフロントまで有る。
色も、赤、黒、黄色に白と、淡いブルー・・・

「・・・いや、絶景だよな?」
「で、でも、ばれたら後が怖いよ?」
「なんだ? シャルル。 お子様か? お前は」
「アスカル。 君もムスリムらしくないな? いいのか?」
「エドゥアルト。 アッラーは覗き見するな、とは言ってないぞ? それとも、イエス・キリストがそう言っているのか?」
「・・・いや。 主はそんな事は、仰ってられないな」
「そろそろ、止めようよ~・・・ 見つかったら、大変だってば!」
「シャルル、うるさいぞ?」 「シャルル、これも訓練だ。 静粛索敵のな」


「・・・ほほう? 貴様等が、それほど訓練熱心とは。 ついぞ知らなかったな。 
帰ったら、直属小隊長達によぉく、報告しておこうか?」


「「「 ・・・す、周防中尉・・・ 」」」

「アスカル・アブドゥッラー少尉、エドゥアルト・シュナイダー少尉、シャルル・フレッソン少尉。
今日の課業内容は、確か昨日に伝達した筈だが・・・?」

「はっ! いや、その・・・!」

最年長のアブドゥッラー少尉が、口ごもる。
他の2人も、途端に直立不動だ。

「静粛索敵訓練か? 成程。 では、今からBETAに『見つかった』後の、遅滞戦闘訓練に変更してやろうか?」

目前の花々を指さす―――何の事は無い、さぼってビーチでのんびりしている、ウチの分遣隊のはっちゃけ娘達だ。

で、残った部隊の男どもが、出歯亀に及んだと。 全く・・・

「ばらす」の一言で、3人とも顔が蒼白になる。
同じ少尉連中はまだしも、2人の中尉―――特に、姐御にバレた日には―――想像したくない。

「―――3人とも。 さっさと戻れ。 完全装備で、ランウェイ5周だ。 急げよ・・・ッ?」

その言葉で、3人が絶望的な顔になる。
何せ、この気温―――30度近い―――で、完全装備の長距離走。 3人とも、今晩の飯をまともに食えるかな?
俺だって、暑くて今はインナーランニングシャツに、ハーフ・トラウザー ―――標準BDUなんか、やってられない。

とぼとぼと、情けない後ろ姿で帰って行く出歯亀どもに苦笑しながら、もう一つの仕事に取り掛かる。

(―――全く、柄じゃないって。 どうして俺が、当直将校じみた事をやっているんだか・・・)

思わず苦笑する。 さっき帰って行った連中。 以前なら、確実に俺もあの中に居たのに。

ビーチに近づくと、はっちゃけ娘の1人が俺に気付いた。

「きゃあぁぁ~~!! 覗き見! 出歯亀ぇ~~! ・・・って、なんだ。 周防中尉じゃないですか」

・・・良い度胸だ。 感心してやる。 ウルスラ・リューネベルク少尉よ?

「えっ? ちゅ、中尉・・・!?」
「きゃ、きゃあ!」
「あら? ご鑑賞ですか? 周防中尉」

何気に焦る、ロベルタ・グエルフィ少尉。 
恥ずかしいのか急にうずくまる、アグニ・オナスィ少尉。 
ふてぶてしく、その豊かな胸をわざと突き出す、ソーフィア・パブロヴナ少尉。

「誰が、覗き見だ・・・ そいつらは、基地で完全装備の上、ランウェイを走らせる。
それより、今日は休業日では無い筈だが? それとも、俺の記憶違いか?」

因みに言っておこう。
ウルスラが赤のビキニ。
ソーフィアは黒のハイレグカット。
ロベルタとアグニは、黄色と白のワンピースだ。

「え~~っと・・・ いえ、何と言いますか・・・ 
そう! ソーフィアが! クニじゃ、海水浴なんてした事無いって言いますので! 何せ、ロシア原産なものですから!」

「・・・ウルスラ。 急に私を、売らないでくれる? 言い出したのは、貴女じゃないの」

「うん。 そうよね・・・」

「私なんか、無理やり引っ張られて・・・」

「事実は事実よ、ソーフィア。 それと。お黙り、アグニ。 嬉しそうについて来たでしょ、貴女も。
ロベルタ? 『目指せ、脱・平凡な優等生』計画は、どうしたのよっ!?」

―――頭が、痛くなってきた・・・

「・・・お前達4人。 即刻基地に戻れ。 完全装備でランウェイ2周。 その後、シュミレーター訓練で絞ってやる。 ―――急げッ!!」

「「「「 りょ、了解ですッ!! 」」」」

あたふたと、身の回りの物を持って戻って行く、はっちゃけ娘4人を見送って。 
本日最大にして、最難関の仕事に取り掛かる。

「・・・で? お2人とも。 何か、言う事は・・・?」

「いやぁ~ねぇ。 まるで昔、学校に居た風紀委員兼、クラス委員長みたいよ?」

褐色の肌に、白いハイレグカットの大胆な水着が、殺人的な魅力(色気か?)を出しているヴァレンティ中尉が、そうのたまい。

「ああ、同感。 なぁ、周防? アタシら衛士は、オンとオフはちゃんと切り替えないとね? いつもいつも、扱いてばかりじゃ、身が保たないよ?」

北欧系特有の、雪のような色白の肌に黒のVフロント(何ちゅう格好ですかっ!!)の、最早これが軍人かと疑いたくなる格好の。
しかし推定サイズ93のF、のバストを。 たわわに揺らせるシェールソン中尉が、したり顔で言う。

あ、ダメだ。 頭の中で、何かがキレた音がする・・・

「・・・ちゃんと、休業日は設定してありますッ! 2人がやれ、休みが少ないだのッ! 本当は休暇なのにだのッ!
散々、課業設定にチャチャ入れてたじゃないですかッ!
大体、この前の休業日は、一昨日ですよッ!? 何考えてんですくわぁ!! 2人ともぉ!!!」










2030 アグリジェント基地 下級将校サロン


「ふぅ~~ん? それで、彼女達・・・ って、アスカルやエドゥアルトにシャルルも、へたばっていた訳なの?」

オレンジジュースをちびちび飲みながら、ミン・メイが話しかけてくる。
横に座っている、イサラ・ヴェルマーク少尉も同じく小首を傾げている。

今回の派遣要員。 実は完全に「ごちゃ混ぜ」なのだ。
俺にしたところで、小隊の部下は誰も居ない。 無論、シェールソン中尉も、ヴァレンティ中尉も同じだ。

『全小隊から、1名ずつ選出する』

大隊長が言い放った瞬間、大隊は下克上の状態になった。
何せ、休暇目前だったのだ。 誰しも、生贄に選ばれる貧乏籤は引きたくない。

他薦ばかりが飛び交う怒号と混乱の中。 まず、各小隊長(ユーティライネン少佐も含む)から3名、選出する事になった。
カードゲームで行われた『生贄選出杯』
見事、不幸な敗者となったのは、俺とシェールソン中尉に、ヴァレンティ中尉。

他の中尉と少尉連中の選出もカードだったらしいが。 選ばれた不幸な生贄は、ご承知の通りだ。

ところで、この、今回の派遣要員の中ではもっとも「良い子」の、この目の前の2人は。 
今日は真面目にも機体の調整をやって、その後は軽くランニングとストレッチをしていたそうで。
ああ、ユーティライネン少佐と、アルトマイエル大尉が羨ましい。
ミン・メイは大尉直属小隊の、イサラは少佐直属小隊の所属なのだ。 

まぁ、俺の所の2人、アリッサとフローラも。 素行は悪くないんだが。
しかし今日のような場合。 アリッサなら絶対にビーチへ行くだろうし。
フローラは強引に拉致されて、覗き見していただろうな。


「お陰様で・・・ 付き合った俺も、もうヘトヘト・・・ 上の2人は、1人は知能犯で手を抜く天才だし、1人は体力馬鹿だし・・・」

ヴァレンティ中尉と、シェールソン中尉の事だ。

ヴァレンティ中尉は、実に見事に手を抜く天才だ。 最も、これはある意味、指揮官の才能の一つだけど。
シェールソン中尉―――姐御の体力馬鹿ぶりには、相変わらず感心するしか無い。

「でも、律儀ですね、周防中尉も。 結局、皆と同じメニューを発破かけながらも、していたでしょう?」

綺麗に切りそろえたミディアムロングのストレートヘア。 物静かで落ち着いた印象の、「お嬢様」―――ヴェルマーク少尉が笑いながら言う。

「あ~・・・ 何かね、習慣って言うか。 日本軍に居た頃からの。 
先任になって、新任を扱いていた時も。 なんか、自分だけ楽してると、落ち着かないというか。
結局、自分も同じ事、やっちゃうんだよなぁ・・・」

ビールを飲む。 しかし、何だな。 やっぱり生温いビールってのは、美味くないなぁ。
やっぱり、キンキンに冷えたヤツを、こう、きゅーっと・・・

「いつも、アリッサやフローレスが言っていますよ? 『中尉にぎゃふんって言わせたいけど、向こうが同じ内容を楽々こなすから、敵わない』って。
・・・でも。 それって、良い目標なのだと思います」

「あ~・・・ イサラ。 真面目に言われると、何だかこっちが気恥ずかしいな・・・」

「駄目ですか・・・?」

「いや、そうじゃないけど・・・」

ああ、困った。 

「以前は、直衛が怒られていたんでしょう? 彼らみたいに。 急に慣れない事言われて、恥ずかしいのよ、イサラ」

「・・・そうなの?」

「ミン・メイ。 みなまで言うな・・・」







2230 アグリジェント基地 ハンガー脇


―――ふぅ。

思わずため息が漏れる。
今回の『派遣』 無事に終わらす事が出来るかな?
今の所は、平穏無事だ。 アグリジェントは、シチリア島の南西部沿岸に位置する。
イタリア半島からは完全に死角になるし、メッシーナ海峡は丁度、島の反対側だ。

だから。 シチリア島とカラブリア半島先端部を、絶対防衛線にしているイタリア軍の精鋭軍、COMFOD-1(第1軍団)が布陣している。
フォルゴーレ強襲戦術機甲師団に、フリウーリ航空急襲師団、ポッツオーロ・デル・フリウーリ機械化師団、アリエテ機械化師団。
国連軍も、ここには第22戦術機甲師団(チュニジア軍より派遣)と、第39機械化師団(アルジェリア軍より派遣)を置いている。

この島をBETAに喰われるとどうなるか。 地図を見れば一目瞭然だ―――地中海が二分されてしまう。
なにせ、シチリア海峡をはさんで対岸のチュニジアまで200km足らず。 海峡を航行する船舶は、光線属種の格好の的になってしまう。
西地中海(欧州)と、東地中海(中東)の連絡網が分断される訳だ。 そうなったら、はるばる南アフリカの喜望峰を回らないと、海上交通網は無い。

スエズ正面の戦闘が激化している現状では、幅の狭い紅海を航行する事は出来ない(アラビア半島から、光線級に狙い撃ちされる)
大西洋に面したギニア湾のナイジェリアか。 インド洋に面したソマリアか。
何にせよ、はるばるサハラ砂漠を越えるか、ナイル川の源流を下るか。 兵站路確保が困難を極める事になってしまう。

この島の防衛は、単に地中海の島嶼戦の一つでは無い。
地中海からアフリカ大陸に至る、人類の『生存圏』を確保する為の、文字通りの『絶対防衛線』なのだ。


だから。 今日の隊の連中の行動に、イラついたのかもしれない。 我ながら、余裕がない事は自覚している。
シェールソン中尉の言うとおり、オンとオフはしっかり切り替えないと。 衛士だって普通の人間だ。 ちょっとばかり、専門的な訓練を受けているだけだ。
四六時中、気張っていたら。 まず、精神が保たない・・・

「・・・判っているんだけどな・・・」

またも、溜息が出る。

「どうしたの? 溜息なんかついちゃって」

―――ヴァレンティ中尉か。

振り返ると、やはりアイダ・ヴィアンカ・ヴァレンティ中尉が居た。

タンクトップにハーフ・トラウザー姿。 嫌でも胸のあたりが強調されて―――いや、堪らん。

「・・・貴方、ホント、女好きね? ファビオといい勝負だわ」

「・・・非常に、心外ではありますが。 で? アイダ、貴女はまた、こんな時間にどうしたんです?」

「酔い覚まし。 ユルヴァに付き合ってね。 まったく、あの底なしの酒豪は・・・」

ああ、確かにユルヴァ―――シェールソン中尉は、酒豪と言うより底無しだ。 酒量というなら、BETAといい勝負だ。

「・・・判ってるわよ、私も、ユルヴァも。 この島の重要性はね。 私は、対岸のカラブリア州の出身だし」

―――ああ、そうだったな。

「でもね。 私達が四六時中、気張っていてもね。 下の連中が、萎縮するわ。 それは戦場ではマイナスにしかならない。
半島の戦場は、時に地獄よ。 少尉連中はまだ、そこまでの戦場を経験していないしね。
北欧の地獄を経験したユルヴァ、半島の撤退戦と間引きを経験した私、満洲の大消耗戦を経験した貴方。 ―――3人が認識していれば、いいんじゃない?
何も、戦う前から委縮させることは無いでしょ? ま、貴方が一生懸命、サポートに徹している事は、私もユルヴァも評価しているし。
誰か1人は、そうやって憎まれ役が必要なのよ。 飴と鞭ね」

「―――言う事は判りましたよ。 ま、俺もちょっとばかり、焦っていましたけど。
がっ! 今日みたいな事は、勘弁して下さいよ・・・ 流石にこれ以上、鬼だの悪魔だの、言われたくありませんよ・・・」

「あははっ! 気にしているの!? そんなの、気にしない、気にしない!
貴方が鬼や悪魔に見えるほど、戦場じゃ、BETAが可愛く見えるんだから。 連中にとっては」

もう・・・ どうにでも、して下さい・・・

「それにね。 貴方の小隊、実際に訓練成績は良いでしょう? しっかりオンとオフが出来ている証拠よ。
ま、半分はギュゼルのお蔭なのかもしれないけど?」

「言ってくれますね。 じゃ、帰還したらアイダ、また貴方の小隊を、対抗戦でボコボコにしてあげますよ」

「うわっ! 根性悪っ! ・・・ま、そう言う事だから。 しばらくはこの調子でいくわ。 ユルヴァも、そのつもりだって」

「・・・了解。 んじゃ、俺はそろそろ引き上げます。 アイダも、早く休んだ方がいいですよ?」

「そうね、そうするわ。 ・・・あ、サロンには近づかない方がいいわよ? 
今、ユルヴァに捕まったら、明日は完全に2日酔いよ」

うわっ! 大トラ状態かよ・・・

「了解です。 それじゃ」

「ん。 おやすみ~」




昼の灼熱を、夜気が冷やして。 ほのかに甘い空気が漂う。 海風が心地よい。 官能的な、地中海の夜だ。

さて。 今回はできれば、普通に任務をやり終えて。 平穏無事に帰隊したいものだ。


(毎度、毎度。 大事は勘弁してほしいよ・・・)

宗教に関しては、全くの不信心者である俺は。 居るのか居ないのかわからぬ、神様だか仏様だかに、内心で愚痴っていた。











[7678] 国連欧州編 シチリア島3話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/07/05 00:59
1994年9月9日 1830 マルタ島 バレッタ軍港 英国海軍地中海艦隊(Mediterranean Fleet) 支援戦術機母艦(CVS)「インヴィンシブル」


「艦長、出港用意完了。 出港5分前です」

副長の報告に、「インヴィンシブル」艦長、アーサー・レイモンド・スチュアート英海軍大佐が、無言で頷く。
ふと、ある事を思い出して副長に確認する。

「ナンバー・ワン(副長)、例の『お客さん』はどうしているかね?」

「至って大人しくしています。 まぁ、彼等にしても。 初めての母艦運用です、正直なところ戸惑いも有りましょう」

「ふむ・・・ 君はどう思う? あの戦術機。 母艦運用の可能性は?」

「無用でしょうね。 あれは正しく『陸軍戦術機』ですよ、艦長」

衛士上がりの副長―――トヴィアス・ディグレイ英海軍中佐が即答する。

「海軍戦術機に求められる事は、強襲戦域制圧能力です。 
BETA前面への海岸線上陸作戦、その支援が海軍戦術機の存在理由と、小官は考えております」

「ふむ・・・ アメリカ海軍や、日本海軍と同様かね?」

確かに、両国海軍共に、戦術機に対する位置づけはそうあるのだが。 
しかし―――アメリカはどうだろうか? 近年はその傾向に疑問符が付く。

「F/A-18、それも最新のE/Fタイプは、どちらかと言うと近接戦能力を高めた、砲撃支援タイプのようだが?」

「アメリカの場合。 戦術機による戦域制圧能力を突き詰める必要性は、必ずしもありません。
豊富な戦艦群の大口径艦砲射撃、巡洋艦群による艦対地ミサイルの飽和攻撃。 面制圧はそれで賄えましょう。
戦術機は寧ろ、より海兵隊的な運用に傾倒しつつあります」

「ふむ ――― つまりは、上陸後の支配戦域拡大の為。 つまりは、地上で正面切ってBETAと遣り合う為。 成程、それが為の近接戦能力か」

それ以外にも、目的は有ろうが―――それは、口には出さない方がいいな。
スチュアート大佐が内心を封じ込めた時、見張り員長のChief Petty Officer (CPO 上等兵曹に相当)から報告が入る。


『見張所より艦橋。 『アーク・ロイヤル』 『イーグル』 出港。 続いて『ヴァンガード』 『アンソン』 『ハウ』 出ます』

地中海艦隊H部隊所属の戦術機母艦『アーク・ロイヤル』(4万3300トン、246m、搭載戦術機60機)と、『イーグル』(3万6800トン、245m、搭載戦術機60機)
そして戦艦『ヴァンガード』(5万4500トン、16インチ砲連装4基)、『アンソン』 『ハウ』(改キング・ジョージⅤ級。4万6700トン、15インチ砲3連装2基、連装2基)
H部隊の主力艦が出港する。

沖合には既に、協同作戦をとるべく終結しているイタリア海軍、そして数少ない主力艦をジブラルタル経由で回航してきた、ドイツ高海艦隊が終結している。

イタリアは、軽戦術機母艦『アンドレア・ドリア』(戦術機36機)と、『ジュゼッペ・ガリバルディ』(戦術機24機)
そして戦艦『ヴィットリオ・ヴェネト』 『リットリオ』を中心とした主力艦隊。

ドイツは戦術機母艦こそ派遣していないが、戦艦『グナイゼナウ』、重巡『アドミラル・ヒッパー』、そして軽巡『ニュルンベルク』 『エムデン』
この4隻を中心とした、制圧支援艦隊を派遣している。

これよりH部隊はティレニア海に面したベルヴェデーレ・マリッティモ沖に、独伊合同艦隊は半島を挟んで反対側の、タラント湾のロッサーノ沖に展開。
BETA間引きの、第1防衛線支援に入る事となる。


「宜しい。 スロウ・アヘッド・ポート(左舷微速前進)」

ゆっくりと、艦が岸壁から離岸する。
そして、徐々に湾口へむかって前進してゆく。

「ミジップ(舵中央)・・・ ハーフ・アヘッド・ツー(両舷半速前進)・・・
しかし。 貴重な残存艦艇と、少なからぬ陸軍部隊を投入しての、デモンストレーションか・・・
果たして、それ程の価値が有るものか・・・」

「少なくとも、我が国防省はそう考えているようですね。 最も、第一海軍卿(First Sea Lord 軍令部総長に相当)は、ご不満のようですが?」

「当然だろう・・・ いきなり頭越しに、H部隊の投入を決定されたのだ。 しかも、裏では国連軍統合情報部(UN-JID)が動いているとか、どうとか」

スチュアート大佐も、ディグレイ中佐も、苦々しい表情になる。
今回の作戦。 第一海軍卿のサー・ベンジャミン・バサースト海軍元帥も、海軍母艦部隊・戦術機部隊を統括する第五海軍卿も与り知らぬ内に。
いきなり国防省より決定事項として通達されたのだ。
しかし、そもそも国防省は国家国防政策の策定機関であり、軍令部や艦隊司令部の上位組織では有るが、作戦の策定組織では無い。

そして、噂が見え隠れするUN-JID。 海軍としては、些か以上に不愉快な決定で有った。


「・・・仕方有るまい。 既に決定したのだ。 海軍は政治に韜晦すべきでは無い」

「詰まる所、完全な『政治的作戦』であると」

「当然だろう。 『ユーロファイタス国連派遣部隊』? 忌々しいが、ものは良いようだな」

そして、その『忌々しい』部隊は、自分の指揮する艦を根城に活動する。
スチュアート大佐にとって、僚友たちが忌々しげに仰ぎ見るであろう部隊が、自分の艦と混同されそうになる事が、心底忌々しかったのだ。


作戦海域到達は、約11時間後。 作戦開始は13時間後の翌9月10日、0930
カラブリア半島へ侵入を開始し始める模様のBETA群に対し、まずは艦砲射撃とVSLによる飽和攻撃。
そして母艦戦術機による戦域制圧攻撃の後、陸上部隊による『選抜間引き』を実施する。
最終的には、シチリア島対岸のパルミ南方から、シチリア島のメッシーナ北部までの間で『舞台』を開演する予定だ。

「まぁ、一番忌々しく感じているのは。 引き立て役に指定された陸軍部隊だろうが・・・」

夕闇が迫る海原を見つめつつ、スチュアート大佐は誰ともなく呟いた。











1994年9月10日 0730 レッジョ・ディ・カラブリア


「「「「「「 部隊を分ける!? 」」」」」」

ブリーフィング・ルームに集合した各指揮官が、一斉に驚きと疑問の混ざった声を上げる。
ここに居るのは、国連軍第86、第87、第88独立戦術機甲大隊から選抜された、3個中隊の小隊長以上の指揮官達が集合していた。

「そうだ。 ラメツィア~カタンザーロ間の約30km 3個中隊で10kmずつを警戒するよりも、9個小隊で各々3.3kmずつを警戒する。
余計な『取りこぼし』が有ってはならないのだ」

作戦参謀のルシオ・マルキーニ国連軍少佐が、したり顔で説明する。

「しかし、少佐。 各防衛線が1個小隊では。 BETAの圧力に対するのに、心もとないのでは?」

派遣部隊の指揮官中、最先任である第87大隊のルドルフ・シュテルファー大尉が疑問を呈する。
スイス出身の24歳。 大尉の中では、若手に入る。

「問題は無い。 海上より英艦隊と、独伊合同艦隊が間引き砲撃を実施後、パオラ=コゼンツァ、そしてサン・ジョバンニ・イン・フィオーレ=チーロ・マリナ間で、
イタリア軍第3戦術機甲師団 『トリデンティナ』 の2個戦術機甲連隊が、BETAの主力を『間引く』
諸君らは、『トリデンティナ』の取りこぼしをより正確に、『オーダー』通りに削っていけばよい。 
なに、歴戦の諸君にとっては、児戯に等しい仕事であろう」


―――ちっ、事務屋が・・・


あちこちで、小さく舌打ちする者が居た。
実際問題として、艦砲射撃と1個師団の戦力で、どこまでBETAを削ぎ落せるか。 来襲する数にも寄るのだ。 

もし、連中が師団規模以上の数で押し寄せてきたら?
もし、地中侵攻をかけてきたら?
もし、光線級を出してきたら?

―――司令部は、本当に検討したのか?

疑わしい。 
何より、この眼の前の少佐。 どうやら実戦部隊上がりではなさそうなのだ。
言葉の端々から、どうにも嫌な匂い―――情報関係者の感じがする。 
これまで、情報部の間抜けな情報分析の為に、何度死にそうな目に有った事か。


「よし。 それでは作戦を発動する。 防衛線展開は0830 作戦開始は0930
以降は統合HQの指示に従いたまえ。 コードネームは『テルモピュレイ』 以上だ」


マルキーニ少佐が退出した後、ブリーフィング・ルームは罵声の嵐に包まれた。
―――『テルモピュレイ』!? あの馬鹿野郎! 俺達を、全滅したスパルタ兵にするつもりかっ!?








「周防、ちょっと」

姐御―――シェールソン中尉から呼び止められた。 ヴァレンティ中尉もいる。

「何です? 姐御」

珍しく、姐御が真剣な表情をしている。 「黒姫」―――ヴァレンティ中尉もだ。

「いざって時は―――あの馬鹿少佐の指示は、無視するよ」

いきなり切り出してきたな。 まぁ、予想はしていたが。
姐御の言葉を継いで、ヴァレンティ中尉が続ける。

「1個小隊だけで、BETAと対峙して防衛線を支えるなんて無理よ。 
『イルマリネン』は、なるべく連携を取った方が良いわ」

「それが道理でしょうね。 で? 他はどうすると言っているんですか?」

「第86は確認したよ。 向こうの先任―――マクガイヤー中尉も同意見だった。
でも、第87はまだなんだ。
あんた、何か聞いてないかい? 確か向こうのカシュガリ中尉とは、あんた結構話してたろ?」

確かに、第87のユスーフ・カシュガリ中尉とは、補給などの面で結構融通をつけあったりして面識が有った。
寡黙で、朴訥なウイグル人。 だが、結構、気持ちの良い好漢だ。

「ユスーフは特に何も。 あまり喋らないですしね。 しかし、向こうのシュテルファー大尉は若手ですが実戦派の実力者です。
流石に、馬鹿正直にHQの言いつけを守って、窮地に飛び込む真似はしないでしょう」

「だと良いのだけど。 周防、貴方、念の為に向うに渡り付けておいてくれる?
最悪、レッジョに展開している第5アルピーニ戦術機甲連隊の分遣隊に、私の知り合いがいるの。 何とか話を付けてみる」

「ヴァレンティ中尉。 余りヤバい橋は渡らないで下さいよ?」

「命がかかっているのだもの。 多少の無理は承知よ」

「2人とも、頼むよ。 アタシは、第86の連中と話を詰めておくからさ」


―――全く。 今回こそは、無事に済ませたいと願っていたんだがな。

どうやら、一波瀾ぐらいは有りそうだ。 くそっ。














0900 ラメツィア海岸線より7km地点 第88戦術機甲大隊「イルマリネン」分遣隊第3小隊


「・・・と言う訳だ。 どうかな? ユスーフ。 君の所のシュテルファー大尉、何か言っていたかい?」

布陣が終了した後、隣に位置する第87の第3小隊―――ユスーフ・カシュガリ中尉に秘匿回線通信を入れて、探りを入れる。
この辺りはまだ起伏が残っており、約6km離れて布陣するユスーフの第87-3小隊は見えない。 まぁ、向こうからも俺の第88-3小隊は目視出来ないが。

『・・・いや、大尉は何も。 しかし、君達の意見には同意する』

「じゃ、君から意見具申の形で出して貰えないか? 俺の名を出しても良いし、ウチの先任、シェールソン中尉の名を出しても良い」

『判った。 進展が有れば、連絡を入れる』

「頼む。 事務屋の作戦で上手くいった試しは無い」

『んっ』

通信が切れる。 
・・・いや、しかし何だな。 相変わらず、言葉少な目と言うか。 無駄な言葉を出さない奴だ。 ウチのファビオの真逆を行くな。

正直、今の30kmの防衛線を、3個中隊―――1個大隊分、36機の戦術機(全てトーネードⅡ)で支えるのはホネだ。
後方のレッジョ・ディ・カラブリアには国連派遣のイタリア海軍第521戦術機甲大隊(トーネードADV-F.5)が駐留し、
防衛線後方のヴィーボ・ヴァレンティアとタウリアノヴァに、イタリア軍第5戦術機甲師団 『ジュリア』 指揮下の、
第5アルピーニ戦術機甲連隊(F-16C)が1個中隊ずつ分遣隊を置いているが。

レッジョの部隊は、そんな前には出てこれない。 
彼等はシチリア島のメッシーナへの、BETA渡海を阻止する、最後の防衛線だ。
第5アルピーニの2個中隊も、阻止戦力と言うより、初期即応戦力である。 言わば本隊が出てくるまでの時間稼ぎ。

(―――その割に。 今回『ジュリア』は、シチリア島に居残ったままだな?)

いずれにせよ、もし俺達が抜かれたら。 あとはお寒い限りの戦力しか残っていない。
せめて、COMFOD-1から1個師団、出して然るべきだろうに。
海軍戦術機部隊? 英国海軍は兎も角、独伊合同艦隊の母艦戦術機は英国艦隊の半分だ。 2個大隊弱と言ったところか。
合計でも180機、2個連隊弱。 地上部隊が2個連隊と2個大隊分。 大体、2個師団分の戦術機戦力か。

(軍団規模のBETAに来られたら・・・ 抜かれるぞ?)

シチリア島にはCOMFOD-1の4個師団と、国連軍2個師団の計6個師団がいる。
例え上陸を喰らっても、この戦力なら押し返せると踏んだ訳か。 
「舞台」の主役たちも、母艦からの運用と聞く。 ヤバくなったら、おウチにお帰り。 か!


知らずに顔に出ていたか、通信回線を入れてきた『部下』が怪訝な顔をする。

『どうしました、中尉?』

―――ん? エドゥアルトか。

「いや、何でも無い。 それよりどうだ? 緊張は無いか? 他の2人は?」

何しろ、今回初めて小隊を組む 『借りてきた』 隊員だ。 
エドゥアルトにソーフィア、ウルスラ。 この3人を各々の小隊に無事に帰す事が、最大の仕事だ。
最もこの3人は、少尉の中では経験を積んでいる部類に入るから、そう心配は無いだろうが。

『大丈夫ですよ。 中尉達のように大規模侵攻戦の経験は有りませんが、まぁ、それなりの経験は積んでいますから。
ソーフィアも、ウルスラも。 あ、あの2人は相変わらず、男の品定めに熱中していますよ』

呆れた口調で、エドゥアルトが苦笑する。
そして、とんでもない事を言い始める。

『今夜あたり、ソーフィアかウルスラが、中尉の所へ夜這いに行くかもしれませんよ。 中尉、気を付けた方が良いですよ』

―――むぅ。 流石に今晩は無いだろう。 何せレッジョに来てからは、姐御や「黒姫」と同室なんだし。

国連軍に出向して、色々とカルチャーショックは有ったが。 中でも最大の驚きが『前線での、自由性交渉』だった。
帝国軍でも、最前線では「黙認」はされている。(明文化されてはいない)
しかし。 国連軍の場合、歴として軍行動規範文に「明記」されているのには驚いた。

戦場で「死」と直面する為に、「子孫を残す」行為に対する衝動が大きくなるのか。
将兵同士の男女関係は非常にオープンなのだ。 実はこれは、欧州連合軍も変わらない。
極東でも、統合軍(日中韓連合軍)などはかなりオープンだったが。 いや、それ以上だ。

お陰で何度、夜這いをかけられた事か。(翠華に、引っかき傷を付けられる原因だ)
しかも、何も全てが「恋愛感情」が有っての事では無い。 「一夜の相手」といった程度の場合が多いのだ。
誰もかれもと言う訳じゃないが。 それでもベテランになる程、その傾向が強い。

―――俺は夜這いをかけてはいないぞ?(その度に、翠華の所に逃げ込む羽目になるが)

まぁ、我ながら、どうしようもなく我慢しきれなくて。 「そういった関係」をした相手は、1人や2人や3人・・・ いるけどね。 大隊以外で。
俺も相手も、その場限りの割り切りだけど(大体、彼女達にも夫や恋人が居る)


「夜這いかけるなら、せめてアグリジェントに帰還してからにして欲しいな。 
それと、翠華に殴られる覚悟は、しておいて貰わんと」

『ははっ! 蒋中尉、あれでいて結構ヤキモチ焼きですしねぇ! いやぁ、彼女、可愛いなぁ・・・』

「・・・お前も、俺に殴られるか?」

『贅沢ですねぇ、中尉は』

―――ぬかせ。










ベルヴェデーレ・マリッティモ沖 1230 英海軍H部隊


『ヴァンガード』の16インチ砲と、『アンソン』 『ハウ』の15インチ砲が吼える。
『タイガー』 『ブレイク』(タイガー級軽巡。9550トン)、『フィジー』 『ジャマイカ』(フィジー級軽巡。8525トン)の4隻から、VSLが発射される。

突撃級が装甲殻を射貫され、つんのめるように停止する。
要撃級の一団が、纏めて吹き飛ばされていた。
小型種は個体識別が出来ず、纏めて赤黒く霧散している。

ベルヴェデーレ・マリッティモ沿岸部を通過する、旅団規模BETA群に降り注ぐ主砲弾と艦対地ミサイルの飽和攻撃で、BETAはその数を大きく削られていた。

「経過は良好のようですな」

参謀長のカニンガム大佐が、CICの戦況MAPを見つつ、呟く。
H部隊司令官、サー・トーマス・マクライト少将は、その呟きに同意するように無言で頷いた後。 航空参謀(戦術機参謀)に問いかける。

「どうかね? ファントムの出番は? ロシュフォード君」

「はっ、今の所、陸上のイタリア軍第3戦術機甲師団からの支援要請はございません。
出現BETA群の規模も、最大でも旅団規模。 『舞台』までの順送りでは、順調に『間引いて』送り出せております」

「つまり、結論は?」

「お茶の時間までは、暫く無聊をかこって貰いましょう」

如何にも英国的な言い回しだが。 状況が安定している証左でもある。
であれば。 H部隊の方針は決定した。

「当面はこの海域にて遊弋し、BETA群への打撃を続行する。 戦術機部隊の投入は、状況の変化を見極めた上で、行う。
通信参謀、『向こう側』の独伊合同艦隊へも、通達をしておいてくれたまえ」

主砲の斉射による轟音と震動が伝わってくる。
作戦開始から2時間半。 既に主砲弾の4割を消費している。 この調子では、1500頃には補給を受けに下がらねばならない。

「参謀長。 『アンソン』 『ハウ』、それに『フィジー』 『ジャマイカ』は、攻撃を一旦中断させる。 再開は1500
それまでは、『ヴァンガード』 と 『タイガー』 『ブレイク』主体で行おう」

「イタリア人に、いつまでも昼食後のおしゃべりを与える訳には、参りませんな。 判りました」

これで『ヴァンガード』 『タイガー』 『ブレイク』グループと、『アンソン』 『ハウ』 『フィジー』 『ジャマイカ』グループで、途切れ無く支援する事が出来る。
参謀長の良い様は、些か英国的諧謔の掛った言い方であったが。









1535 ラメツィア海岸線より8km 第88-3戦術機甲小隊

≪トロンボーン(HQ-CP)よりブラウン(87-1小隊)、グリーン(87-3小隊)、パープル(88-3小隊)、大隊規模のBETA群、エリアD6Rより南下。 中隊規模まで削れ≫

『ブラウン・リーダー了解』
『グリーン了解した』
「パープル・リーダー、了解」

HQよりBETA群の「間引き」オーダーが入った。 丁度、隣のグリーン小隊(第87大隊の第2小隊)前面から、大隊規模。

『こちら、ブラウン・リーダーだ。 パープル、両翼から締めあげたい』

「パープル、了解。 グリーン、30秒待ってくれ」

『こちらグリーン・リーダー。 ブラウン、パープル、了解した』

各隊が一斉に行動を開始する。
我がパープル小隊(何てネーミングだ)も、4機が跳躍ユニットを吹かしてNOEを開始、BETA群の側面へ移動する。

「ソーフィア、ついてこい。 ウルスラ、掃討は任す。 エドゥアルト! 支援砲撃は1000から開始だ。 行くぞっ!」

『『『 了解! 』』』

元の所属のポジションから、俺とソーフィアが突撃前衛、ウルスラは強襲掃討、エドゥアルトが砲撃支援に就いている。

BETA群に対し、グリーンが正面から受け止め、その隙にブラウンは右翼から、パープルが左翼から突入し、削り落とす。
20秒後、目指すBETA群を視認する。 光線級はいない。 突撃級、要撃級が200体ほど。 他は小型種で都合1000体程だ。

「エドゥアルト、側面から要撃級を削れ。 50体ほどまで削りたい。 突撃級と合わせて100体程だ。
ソーフィア、奥の小型種を削るそ。 全部殺ってもいい。 ウルスラ、喰い残しは残すな、全部平らげろ」

『『 了解! 』』 『了解~・・・ 隊長、私ってそんなに、育ち悪く見えますぅ?』

「例えだ、例え! ったく・・・ 行くぞっ、かかれっ!!」

『『『 Ja!! 』』』

―――どうでも良いけど。 ソーフィア、何でお前までドイツ語なんだ?


途端にエドゥアルトのMk-57が、57mm速射支援砲弾を吐き出す。
射弾が要撃級の1群に吸い込まれ、瞬く間に10体以上が無力化された。
急速にBETA群が接近する。 高度100、そのままNOEを維持しつつ、BK-57を発射。 LOモードでも毎分600発の勢いだ。

俺とソーフィアが、BK-57を乱射しながらフライパスした後を、ウルスラが両手と、
両背部兵装ラックから前面展開させた、突撃砲の36mmをばら撒きながら続行する。

右翼からブラウン小隊が同様の上空攻撃をかけつつ、クロスした後に待機していたグリーン小隊が、
地表面噴射滑走で突撃級の隙間を縫いながら、弱い側面や無防備な後方に120mmと36mmを叩き込む。

最初の一航過で200体は削れた。 この調子であと3回ほど繰り返せば、オーダーは達成する。

「パープルより、ブラウン、グリーン。 再攻撃開始する」

『ブラウン了解。 次はもう少し前を攻撃しよう』
『グリーンよりブラウン、パープル。 小型種が前面に出始めている。 出来れば掃除してくれると有難いのですが』

「『 了解 』」


―――5分後、BETA群は200体程に削られ、南下して行った。

『ブラウン・リーダーよりトロンボーン。 オーダーは達成した。 BETA群、約200。 ヴィーボ・ヴァレンティア方面へ南下』

≪トロンボーン了解。 早速で悪いが、次のオーダーだ。 ブラウンとグリーンはエリアD8Tでアンバーと合流して、大隊規模BETA群を削ってくれ。
パープルはエリアC7D。 ホワイトとブラックが持て余し気味だ。 こっちは2個大隊規模。 協同して2個中隊規模まで削って貰いたい≫

『ブラウン・リーダー了解』 『グリーン・リーダー、了解した』

「パープル・リーダー、了解―――ホワイト、ブラック。 状況知らせ」

『こちらホワイトッ! さっさと戻ってきなッ! 洒落になン無いんだからねッ!!』
『ブラック・リーダーよりパープル。 私の珠のお肌に傷がついたら、貴方責任取りなさいよッ!?』

―――なんて言いがかりだ。 しかし、2個小隊でBETA群2個大隊規模は確かにきつい。

「パープル・リーダー了解! 5分待って下さいよッ!」

『早くッ、早くッ!』 『あ~! もう、待てないからねッ!!』

兎に角、急いだ方が良いな。

「パープル各機! 飛ばすぞ、A/Bに放り込めっ!」

『『『 了解!! 』』』



4機のトーネードⅡが、2基のRBB205-Mk104のアフターバーナーの焔を揺らめかせ、一気に次の戦場へ加速して行った。






[7678] 国連欧州編 シチリア島4話 ~幕間~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/07/05 22:09
1994年9月10日 2200 シチリア島 タオルミーナ


簡易大型野戦テントの中に、20数人の男女が忙しく動いている。
見ると、いずれも欧州では珍しい、極東アジア系の顔立ちだった。

1人の男が、テントをくぐる。 野戦服では無い、サファリシャツにハーフ・トラウザーとブッシュハット。 どう見ても、戦場付近に居る姿では無かった。


「おやおや。 皆さん、遅くまでご苦労様ですなぁ」

見かけと同様、飄々とした、或いは人を喰ったような口ぶり。 しかしそれに一々反応する者はいない。

「ああ、貴方か。 ま、そうだろうさ。 何せ欧州の第3世代戦術機、そのECTSF技術実証機のデモンストレーションを真近で見れた訳だからね。
まぁ、私らより彼等の方が、興奮しているが」

そう言ってテントの奥を指したのは、30代前の女性である。 彼女もまた、サファリシャツを着用している―――いや、テント内の全員がそうだった。

「そうでしょうねぇ・・・ 何せ、欧州は陸軍大国ですから。 寧ろ海軍に関しては、我が国は既に追い抜いておりますからなぁ」

全てでは無いが、事実でも有る。
技術実証機運用部隊の「デモンストレーション」を盗み見している彼等にとって、今日の成果は所属する組織の違いで、その印象の大小が大きく違ったのだ。

「まあ、私達は私達で、有用な情報を得てはいるさ。 何せ特等席での戦場観察だ、今度ばかりは情報省様々だね」

「おお、美人にそう言って頂けますと、骨を折った甲斐も有るというものです。
いやはや、欧州と言う所はこれでいてなかなか、腹芸の細かい土地柄でしてね。
私のような小心者には、本当に気が休まる暇も無く・・・」

「なら、全ての日本人にとって同じ事でしょうね―――鎧衣さん」

「おお、それは激しく誤解ですよ、千早孝美少佐。 
帝国海軍戦術機部隊の華である貴女に、そのような誤解を・・・ これも、私の不詳と致すところでしょうか」

―――ふんっ、白々しい男ねっ!

帝国海軍・千早孝美少佐は、目の前で大げさに嘆いて見せる男に内心で毒づいた。
第一、情報省の人間が、人並みの神経な筈がないでしょう!? 彼等は神経がワイヤーロープか、そもそも根本から抜け落ちているか、どちらかなのだからっ!


その時、2人の男が新たにテントに入って来た。

「いやぁ、ホンマ、ええモン見せてもろうたなぁ。 鎧衣さん、おおきになぁ!」

「そうですな。 我々としても、非常に有意義なデータが収集できた。 
本国配備のままでは、コンバット・プルーフされませんしね」

「ああ、これは淵田中佐に荒蒔少佐。 それは宜しい事で。 『舞台』は明日も開演するそうですので、存分に楽しんでいって下さい。
―――では、私は少々野暮用がありますので、ちょっと失礼します」


鎧衣―――と、呼ばれた男を見送った後。 3人の男女は軍人の顔に戻って話し始めた。

「やっぱり、欧州連合はあの機体、陸軍向けにするんやろうなぁ」

淵田三津夫海軍中佐が、お茶を啜りながら呟く。

「海軍戦術機にしては、格闘戦能力に寄り過ぎている機体設計でしたね。 制圧火力の保有キャパシティも少ないですし」

上官の独り言に、千早孝美海軍少佐が律儀に答え。

「まぁ、欧州の場合。 ハイブは殆ど全てが、海軍戦術機の作戦行動範囲外の、内陸に位置しますからね。 海軍戦術機は現行のF-4Eでも十分と判断したのでしょう」

陸軍から見た印象を、荒蒔義嗣陸軍少佐が答える。


―――日本帝国国防省派遣、技術実証機視察団。

情報省が「骨折り」をして、内密に国連統合情報部(UN-JID)に橋渡しと仲介をし、実現した「盗み見集団」(命名は、淵田中佐だった)
今このテントに居る者たちは、全てが帝国陸海軍の軍人。 戦術機乗りの衛士に、技術廠の戦術機関係の技術士官、そして戦術機行政担当将校達だった。


「なぁ、荒蒔君。 あの機体は陸サンから見て、どないなもんかね? 海軍から見れば、今、千早君が言うた通りなんやけど」

淵田中佐が、相変わらずの関西弁丸出しで質問する。 
その海軍士官らしからぬ、ある意味親しみを感じつつ、荒蒔少佐は考えを纏めながら発言する。

「陸軍の観点から見れば、見るべき所が多い。 これは確かです。
殊に、その設計余裕。 94式は優秀な機体ですが、軍の過大要求をメーカー側で全て飲み込もうとした結果、全く発展余裕の無い機体になってしまった。
―――少なくとも、帝国の技術力では、早急な改善は不可能な程に」

事実だった。
開発を担当した河崎、光菱、富嶽3社は、陸軍の要求スケジュールと仕様を満足させはしたが。 
反面、余りに突き詰めた機体設計は、将来的な発展余裕を奪っていた。

「もし。 94式に発展の余地を与えるとすれば。 外国の技術―――特に主機周りや跳躍ユニット、そしてアビオニクス。
この主要部分の技術は、不可欠でしょう」

「でもな。 そうは言うけど、ほら、あれ、あの機体。 F/A-92E/Fやったか、『疾風弐式』か。 あの機体、主機も跳躍ユニットも、94式より大出力なんやろ?
確か、石河嶋が開発したエンジンやったよな? 実戦でのコンバット・プルーフもできとるんやし。 それ、使えへんのか?」

「基が、米国製のパワープラントですから・・・」

―――それで、十分だろう。

荒蒔少佐の疲れた表情に、淵田中佐も千早少佐も、気の毒そうな、納得のいかなさそうな表情を浮かべる。

「・・・それを仰るなら、荒蒔さん。 そもそも戦術機自体、米国の発祥ですわ」

「千早さん、根が深いのですよ。 陸軍の国粋主義は・・・ それに、『連中』も絡み合っているとなると・・・」

『連中』の言葉に、淵田中佐も、千早少佐も眉を顰める。 海軍は何より『連中嫌い』が多い。


「アンタのトコの上司は、どない言うとるんや? なんやったら、帰国してからでも、ワシの方からそれとなく、話しつけよか?」

「いえ、ご心配無く。 巌谷中佐も、私と同意見の方ですから」

陸軍技術廠・第壱開発局・第壱部副部長の巌谷榮二陸軍中佐は、斯衛出身の陸軍将校にあって、その見識の広さには定評のある人物だった。

「・・・それに、近接格闘戦のみ希求した設計でない所も、希望が持てます。 94式はあのような中距離砲撃戦仕様には出来ませんが。 
あの機体から、やり様によっては改修出来た場合のバリエーションに、もっと幅をもたせられる可能性も確認できました」


―――それには、今の機体を全面的に弄り倒すか。 それとも、それこそ外国の技術導入するしか、あらへんねやけどなぁ・・・

無理をして笑みを浮かべる荒蒔少佐を、些か気の毒に思いながら。 淵田中佐は海軍の検討項目をチェックし始めた。

―――ま、ワシらも人の事は言われへんか。 未だに海軍戦術機に近接格闘戦能力を第一に付与せよ、なんぞ。 訳の判らん事抜かしよる馬鹿者も、おるさかいな・・・


対岸のカラブリア半島では、未だに間引き攻撃が断続的に継続されている。

―――欧州のBETAは、元気者やなぁ・・・

些か場違いな感想を抱きつつ、淵田中佐は検討事項の整理に没頭し始めた。












2230 レッジョ・ディ・カラブリア仮設基地


「全く・・・ 散々な目にあったよ」

姐御―――シェールソン中尉が大きく嘆息する。

「貴方がもう少し早く、来てくれていればねぇ・・・」

恨みがましい眼は、ヴァレンティ中尉―――黒姫だ。

「勘弁して下さいよ。 こっちだって遊んでいた訳じゃないんだ。 あれでも、A/B全開でふっ飛ばしてきたんですから。
お陰で後半戦は推進剤不足で。 噴射跳躍制限、かけなきゃいけなくなったんですよ?」

俺も思わず、2人に愚痴交じりに反論する。

仮設基地の下級将校用の居住区。 中尉・少尉は3人、4人で1部屋だ。
今日の戦闘。 一つ一つは、特に大事にはならなかった。 精々が大隊規模。 下手をすると中隊規模のBETA群を『間引く』
海上を遊弋する艦隊と、前面に展開したイタリア軍第3戦術機甲師団『トリデンティナ』が、実に効率よく『削って』順送りしてくれたお陰だ。

しかし反面、細かい群に分かれられた為に、向こうが終われば、次はあっち、その次はこっちと。
それこそ、息つく暇も無く駆け回らねばならなかった。

姐御と「黒姫」がムクれているのは、そうした中で偶々、2個大隊規模のBETA群を、ホワイト、ブラックの2個小隊で相手取らねばならない状況が発生したからだ。
衛士の損失は出なかったが、姐御のホワイトは2機、黒姫のブラックで1機、完全に主機・跳躍ユニット周りがオシャカになった機体が出た。

明日以降は予備機で出撃するが、その予備機自体があと1機しか残っていない。
初日の損害にしてみれば、これは些か大きい。


「ロベルタとアグニ、それにイサラは大丈夫なんですか? 精神的に・・・」

気になる事を質問する。 機体はなんとか帰還出来ても。 衛士の精神状態はどうなのか。
ロベルタとアグニ、そしてイサラは戦車級に集られた。 あの恐怖とショックは、初めての場合は少々深刻なストレスにもなりかねない。

「今は落ち着いているけど。 いざとなったら、明日は後催眠暗示と薬物投与を行うよ。
・・・出来れば、やりたくないけどねぇ・・・」

「イサラも、戦車級に集られたのは初めてなのよね。 ちょっと、不安と言えば不安よ」

2人の小隊長も、心配顔だった。

「でね。 周防、アンタにお願いが有るんだけどさぁ・・・」

「お断りします」

「何でよッ!?」

「抱けって言うんでしょッ!? ロベルタかアグニを」

「何だ、判ってンじゃない。 なら話が早いわ」

―――あのなぁ・・・

「あの2人、処女でしょうが! 勘弁して下さいよ・・・ それに、俺の体は一つです」

「判った! 抱かなくていいっ! でも、抱きしめてやりな。 特にロベルタ。 あの娘の方が酷い状況なんだ」

「はぁ・・・ 後々のフォローは、頼みます。 じゃ、行ってきます・・・」

「イサラは、私が慰めておくわよ」

「黒姫」―――ヴァレンティ中尉が後ろから声をかける。


―――できれば、ロベルタもそうして欲しいんだけどな。


まぁ、俺の指揮下のパープルの3人は、少尉のなかでも先任だから。 それになりに経験も実績も積んでいる。これは心配無い。
ブラックのアスカル、それにミン・メイも同様だ。 ホワイトのシャルルは結構、安定している。

しかし問題は、ホワイトのロベルタとアグニ、そしてブラックのイサラ。 今日、戦車級に機体を齧られた3人。
この3人の精神状態が最も懸念される。 

と言う訳で。 

イサラは隊長の黒姫―――アイダが。
アグニも隊長の姐御―――ユルヴァが。
ロベルタは―――俺が。

それぞれ「担当」する事になった。

アイダはそれこそ、男も女もOKの人だし。
アグニは子供っぽい面が有る分、姐御は適任だ。
残るは・・・俺がロベルタの担当しか選択肢が無い。

どこでするのかって? ―――そこいらの繁みを覗いてみな。










「ロベルタ・・・ 居るか?」

ホワイトの部屋を覗く―――居た。 同じ部屋のシャルルが、心配そうな顔でこっちを振り向く。

「あ・・・ 周防中尉。 えっと・・・ 彼女、さっきから何だか・・・」

「シャルル、こっちに・・・」

シャルルを部屋の外に呼び出す。

「な、何でしょう?」

「いいか? 俺は今から『カウンセリング』をする。 お前、今晩は俺の部屋へ行け。 
―――狭っ苦しいが、我慢してくれ。 いいな?」

「は、はい。 って、狭いって?」

「3人用に6人詰め込むからさ―――ほら、行った、行った」

未だ要領を得ないシャルルを強引に追い出して、部屋の中に入る。
ロベルタがベッドに座り込んで、膝を抱えて震えている。 どこかで見た気がする光景だ。

(―――ああ、そうか。 確か、翠華もこんな風に、震えていたな)

「―――ロベルタ? 隣、座るぞ?」

横に腰を落とす。 震えている彼女の横顔を見る。
セミショートの真っ直ぐなライトブラウンの髪、色白の肌、真面目な性格を印象付ける、アンダーリムタイプの眼鏡。
さっきから唇が小刻みに戦慄いている。

「す・・・ すおう・・・中尉?」

顔色が真っ青だ。 目の焦点も怪しい。 ―――こりゃ、重症だな・・・

「怖かったか?」

それだけ尋ねる。 こくん、と。 頷くだけで、言葉が出ないようだ。

「だろうな。 あれは、誰でも怖い。 俺だって、未だに怖いよ。 いっそ、大声で泣き喚きたくなるな・・・」

まだ、顔は伏せたままか。

「だから、ロベルタ。 お前が怖がった事も。 今、震えている事も。 誰も、責やしない。 そうなって当然なんだから」

ロベルタの肩が、ぴくっ、と動いた。

「お前は良くやったよ。 怖くても、奴等を自力で排除しただろう? 損傷した機体を、なんとか自力で帰還もさせた。 良く頑張ったよ。
―――そして、周りを巻き込まなかった。 お前は頑張ったよ」

ロベルタが顔を上げる。 唇は戦慄いたままだが。 目には涙が溢れて来ている。
―――良し。 もう少し。 もう少し、感情を表に出すんだ、ロベルタ。


「お前の責任じゃない。 お前が集られる状況を作った、俺達指揮官の責任だ。
お前は、お前の責任を果たした。 自分の行動結果に対する責任をな・・・」

顔がくしゃくしゃになっている。 そうして、涙を流している。

「だから・・・ 怖かったって。 今も怖いって。 そう言って良いんだ。 
そう言って泣いても良いんだ。 自分の中に溜め込む必要は無いんだ、ロベルタ」

「・・・うっ! ・・・ふっ、ひくっ・・・!」

「怖かったって、俺達に泣き喚いても良いんだ。 そんな思いをさせたのは、俺達だから。
ロベルタ、泣きたかったら、泣けばいいんだ。 言いたい事は、言って良いんだ。
―――俺が、許してやるから。 俺が、聞いてやるから」

「うわあっ・・・! うわああぁぁ!!!」

ロベルタが大声を張り上げ、泣き始めた。
―――そっと、頭に手をやり、引き寄せる。 途端に、俺にしがみ付いてくる。

「こっ・・・! 怖かった! 怖かったのっ! ひくっ・・・! も、もうっ! 死んじゃうんじゃ、ないかってぇ!! ・・・怖かったのぉ!!」

うん。 そうだな、怖かったな。 判るよ、ロベルタ。 本当に、怖いものな。

「でっ、でもっ! ・・・み、みんなっ がんばって、るのにっ! ・・・ひっく! わ、わたしだけっ! わたしだけぇ!!」

「うん・・・ 頑張ったな。 怖いのに、良く頑張ったな。 良くやった」

「怖かった・・・ 怖いよっ! ふえぇぇ・・・!! こわいよぉ・・・」

「今は、俺が居る・・・ 戦場じゃ、ちゃんと仲間が居てくれる・・・ ちゃんと、ロベルタの事、見ているよ。 見ててくれているよ」

―――こわいよ、こわいよ、こわいよ。
―――大丈夫。 ちゃんと傍に居る。 皆も、ちゃんと傍に居る。 ロベルタ、君の事をちゃんと見ている。


2時間近く、抱締めてやっていただろうか。
その間、ロベルタは怖い、怖いと。 泣き叫んでいたが。 その内に泣き声も収まり、怖いと言う言葉も、出なくなってきた。

―――落ち着いてきたかな?

鼻をすする音は聞こえる。 でも、さっきまで感じていた震えは、収まっている。

「ロベルタ・・・ 皆の所に帰還したら、自慢してやれ。 お前の小隊長のファビオにも、自慢してやれ。
私はこんなに、頑張ったんだって」

くすん、くすん、と。 まだ少し泣いてはいるが、俺の言葉に頷いてもいる。

「それにな。 怖いって事を知っている奴は・・・ それを知って、生き延びた奴はな。 強くなれる。
怖いって事がどう言う事か、知った奴は。 生き延びようと懸命になれる。 
―――お前は、一生懸命に、生き延びようとする事が出来るんだ」

「・・・ちゅう、い・・・」

頭を引きよせ、耳元で呟く。

「だから。 お前は強くなれる。 怖いって、判ったものな? 皆そうさ。 俺も、怖いってどんなものか、知っている。 お前と一緒さ」

「いっしょ・・・? わたし、中尉と、いっしょ?」

「うん。 俺も怖くて泣いた。 怖くて喚いた。 怖くて震えた。 ―――ロベルタ、お前と一緒。
だから―――お前も、俺と一緒だよ」

「・・・怖くて、いい? 震えて、いい?」

「ん・・・ いいんだ。 それで、いい」

また、しがみ付いてきた。
でも。 今度は震えていない。 何かを確かめるように。 何かを納得さすかの様に。




それから暫く、そのままだったが。
ようやく、ロベルタが顔を上げた。

「あ~あ・・・ 涙でぐしゃぐしゃだな。 ・・・っと、済まん。 拭くモノが無いな・・・」

「・・・いいです、このままで」

そう言って、眼鏡を外して、手の甲で涙の痕を拭っている。

「中尉・・・ ありがとう、ございます・・・」

「落ち着いたか?」

「はい・・・ 少し」

少しかよ? でもま、そう言ったロベルタの顔には笑みが有った。
―――これなら、大丈夫かな?

「―――大丈夫か?」

顔を覗き込んで、確かめる。

「―――いいですか?」

「―――ん?」

「今晩だけで良いです。 ―――このままで、いいですか?」

つまり――― 一晩中、こうやって抱締めておいてくれ、と。

「・・・いいよ。 こうか?」

「・・・蒋中尉には、内緒にしますから」

「できれば、そうして欲しい・・・」

「怖いとか?」

「本気で、怖い・・・」

ぷっ! ロベルタが噴き出す。
そのうち、笑いが広がっていく。

「ほっ・・・ 本当にっ 周防中尉って、蒋中尉に弱いんですねっ・・・」

「・・・悪いか?」

「い、いいえっ! ・・・くくくっ」

―――そんなに、笑う事かぁ?

釈然としない。 いつの間にか、笑いだしたロベルタを抱締めながら。 本当に、釈然としなかった。









1994年9月11日 0520 レッジョ・ディ・カラブリア仮設基地


起床時間の直前に、そっと部屋を出た。
ロベルタは未だ、眠っている。 起さない方が良いだろう。 もう少しだけ、寝かしておいてやろう。

「ふあ~・・・ぁ・・・」

大きく伸びをする。 朝焼けが綺麗だ。 とても地獄のような、BETAとの滅ぼし合いが続いているとは思えない程に。
ふと、人の気配に気づく。

「やっ、周防。 ご苦労さん」
「その顔じゃ、上手くいったみたいね」

ユルヴァとアイダ。 はん、2人とも。 

「その顔じゃ、そっちも上手くいったようで」

「ま、ね。 宥めすかすのに、えらく気を使ったよ」
「イサラは、素直な子だから」

―――ふぅ、良かった。 正直、後催眠暗示や薬物投与は、指揮官としてやりたくないしな。

「んで? どうだったのよ?」
「そうそう。 あの堅物のロベルタを。 どうやって落としたのよ?」

人聞きの悪い。

「落としたって・・・ 別に、そんな事してやいませんよ。 普通に、カウンセリングしただけですって」

「普通に?」
「はい」

「貴方が?」
「はい」

「「・・・嘘っ!?」」

「・・・人を、何だと思っているんですか?」

「「・・・ケダモノ?」」

―――くっ! こ、この、人の苦労を何だと・・・!!

「あ~あ、残念。 折角、翠華に美味しい土産話、出来るかと期待したのにな」
「全くだよ。 周防、あんた最近、溜まって無いのかい?」

―――けたけたけた。

笑いながら部屋に向かう先任2人。 


(―――そうだよ。 そうだったよ。 翠華を唆して楽しむ筆頭は、アンタ達だって事、忘れてたよっ!!)

少佐と大尉達を除く、9人の小隊長達。
オベール中尉と趙中尉は、そもそもが真面目で、理性派の筆頭だ(ついでに美人の筆頭だ)
圭介、久賀、ファビオの馬鹿3人衆は、俺で遊んでも、翠華では遊ばない。
もう一人の小隊長、ケン・ヴィーターゼン中尉は、生真面目なドイツ人の見本のような奴だ。

忘れてた。 ユルヴァーナ・シェールソンと、アイダ・ヴィアンカ・ヴァレンティ。
この2人こそが、今の俺の『天敵』だと言う事をっ!!



「~~~~ッ! ユルヴァ! アイダ! 覚えてろよぉ!!」












[7678] 国連欧州編 シチリア島5話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/07/10 02:30
1994年9月11日 1155 ラメツィア海岸線より6km 第88大隊派遣戦術機甲中隊


陽光がきつい。 
最早、荒野しか残っていない大地。 太陽の陽に照らされ続け、白っぽい砂埃を上げて視界を遮る。

「ブラック! そっちにBETA群抜けた! 600!」

『こちらホワイト! ブラック、パープル! 前面にBETA群、大隊規模! チクショウ、また波状攻撃だよっ!!』

『こちらブラック! ホワイト、パープル、手伝って! 手が回らないわっ!』

『くそっ! 前線はどうなったんだいっ!?』

「さっきの確認情報じゃ、第3戦術機甲(「トリデンティナ」)の第8アルピーニ戦術機甲連隊が半壊! 東部戦区のサン・ジョバンニ・イン・フィオーレを抜かれた!
第3アルピーニ戦術機甲連隊がパオラとコゼンツァの間で戦線を支えているけど、正直ヤバい!」

『増援はっ!?』

『第5アルピーニ戦術機甲連隊の2個中隊! ヴィーボ・ヴァレンティアから、こっちとカタンザーロに北上中!
カタンザーロにはレッド、ブルー、イエロー(第86大隊分遣中隊)が移動開始!
第8アルピーニ戦術機甲連隊の残存兵力も、カタンザーロに後退中よっ!』

「戦線に前後差が出来る! コゼンツァの戦線が東から横腹を突かれますっ! 第3アルピーニが拙いっ!」

今日の朝から始まったBETA群の再侵攻。
1000頃までは、昨日と同じだった。 精々大隊規模のBETA群が、時間を空けて五月雨式に来襲してきた。
その状況が変わったのが、1030頃。
全体規模が旅団規模以上に変化し、同時に多方面への同時波状侵攻になったのだ。
これに、最前線のイタリア軍第3戦術機甲師団が、対応しきれなくなった。

そしてつい先頃、東部戦区でサン・ジョバンニ・イン・フィオーレを突破された。
守備していた第8アルピーニ戦術機甲連隊は、戦力の半数を失ったのだ。


≪トロンボーンより各防衛小隊! 第3アルピーニ戦術機甲連隊がコゼンツァから後退、ラメツィアまで退がる!
各小隊は現地点を死守せよ! 繰り返す、現地点を死守せよ!≫

阿呆な内容の通信だ。 目の前にいたら、思わず殺しているかもしれない。

『―――こちら、ブラウン・リーダー、シュテルファー大尉だ。 トロンボーン、防衛小隊は、第87と第88はラメツィアへ。
第86はカタンザーロへ移動する。 中隊編成で戦闘を続行する』

≪トロンボーンより、ブラウン・リーダー! 作戦予定に変更は無いっ! 各小隊、所定防衛線を死守せよっ! 勝手に計画を乱すなッ≫

『ブラウンよりトロンボーン! 最早防衛戦は、最前線が崩壊した! 二次防衛線が小隊単位で守っていても、意味が無いっ!
これより中隊編成に直す―――第86、第88! 宜しいか!?』

『こちら第86、マクガイヤー中尉です。 シュテルファー大尉、了解しました。
第86はカタンザーロ防衛線へ急行中です』

『こちら第88、シェールソン中尉です! 第88分遣中隊、ラメツィア海岸線より6km地点で防御戦闘中!』

第86も、第87も。 当初の危惧が的中した途端、手筈通りの行動を開始した。
この辺りは流石、各地の戦場をたらい回しにされる、80番台ナンバーの各独立戦術機甲大隊の面目躍如だ。

≪トロンボーンより防衛小隊! 命令だ! 各所定地点を死守せよっ!≫

―――こいつは、あの馬鹿少佐か。

『ブラウン・リーダーよりトロンボーン。 ―――くそったれ! 繰り返す、くそったれっ! アウト!』


「―――うはっ! 大尉、男前っ!」

『やるねぇ~!』

『見習なさいよぉ? 周防!』

「はいはい・・・ って、ホワイト! そっち、要撃級!」

『ちぃ! 任せなッ!』

次から次へと、中隊規模、大隊規模のBETA群が途切れ無く襲いかかってくる。
唯一の救いは、未だに光線級が出現していない事だけ。

しかも、シチリア本島のCMFOD-1が動く気配がない。
最前線ではイタリア軍の第3戦術機甲師団が半壊したと言うのに。 
分遣隊を派遣している第5戦術機甲師団も、シチリア島メッシーナ南方の、カターニアに居座ったままのようだ。

『イタリア軍は何やっているんだいっ! 国連軍だって、シチリアに展開させた2個師団が居るってのにっ!』

ホワイト小隊が、BK-57とMk-57の集中射撃で要撃級の群を一気に屠る。
しかしその後からまた、要撃級と戦車級の混成の群が、幾重にも湧き出てくる。 ―――駄目だ。 ここでは、こんな地形では、この部隊規模では、支えきれない。

『ブラックよりホワイト、パープル! こんな平坦な地形じゃ、押し止められないわ! 後方の丘陵部、あそこの斜面を利用しようっ!』

「パープル、賛成だ!」

『ホワイトだ、それしか無いね!』

各機が一気に後進噴射跳躍で、後方の丘陵部まで跳躍移動。 斜面の稜線を利用して兎に角、上方からの射角を確保する。

『Mk-57支援砲装備機! 兎に角、突撃級を狙い撃てっ! 節足部だ、奴等の足を止めなっ!
得物がBK-57の連中は要撃級! 上から57mmお見舞いしなっ! 他は小型種だよっ!
ブラック! パープル! 他には!?』

「補給コンテナッ! 兎に角、補給が欲しい! 各隊1機、後ろの集積地から分捕って来いっ!」

『イサラ! アグニと・・・ ウルスラ! 貴女達3人、取って来なさいっ! ウルスラ、先任に任すわっ!』

『了解、任されましたぁ! イサラ、アグニ! いっくよ!!』

『『 了解! 』』

3機が後方3kmの補給集積地へ向かい、NOEでふっ飛んで行く。
前方には、次第に数を増すBETA群。 彼方から西方へ、東方へ。 中隊規模から大隊規模まで。 
様々な規模の、いくつもの群に分かれて、波のように次々に押し寄せてくる。

Mk-57装備の3機が、いち早く速射を開始する。 一撃でとはいかないが、それでも2,3発で突撃級の節足部を吹き飛ばし、次々に行動不能にしていく。

『BETAのこんな来襲の仕方、聞いたことあるかい? 2人とも・・・』

『私は、見た事も、聞いた事も無い。 旅団規模とか、師団規模とか。 兎に角、物量で一気に、って言うのが通り相場だわ。
今までのイタリア半島の戦訓じゃ、無かったはずよ。 ―――周防?』

「似たような形は、92年の10月から12月まで北満洲であった。 旅団規模のBETA群が、3日と空けずに来襲してきた。
お陰で極東方面の戦力が徐々にすり減っていって。 結局は93年1月の大博打に繋がった」

当時を思い出して、思わず身震いする。 あの時は、個々のBETA群を殲滅する事は十分可能だった。
しかし、損傷機の修理が間に合わず、補充も十分ではなく、予備機も徐々に減っていって。 最終的に戦線維持が困難な状況になるまで追いつめられた。
その結果が――― 一か八かの大博打、『双極作戦』だった。

要撃級が接近してきた。 こちらは標高にして100m程の優位が有る。 
上からの撃ち下ろしで、57mm砲弾を要撃級の胴体後部を狙い、叩き込む。 この位置関係では、要撃級の前腕ブロックは役に立たない。
―――3機が射線を横薙ぎにしての1連射で、少なくとも60体は始末した。 赤黒い体液を撒き散らして要撃級が倒れていく。

『・・・有り得るよ。 聞いた事、あるだろ? 連中。 学習能力も、各ハイブ間の連絡も有るらしいって事』

「各ハイブ間って言うより、ピラミッド型の情報伝達系だろ? 
まぁ、あれから2年近く経つ。 十分に情報は伝達しているか」

『こんな時に、補習教育の座学は無いでしょ! ああ、もう! うろちょろしないでよっ!』

残った3機が、突撃砲の36mmの掃射と、120mmキャニスターで小型種を掃討していく。

『ってことはっ! 連中、こっちを時間かけてでも、じわじわ嬲り殺しにする気だねっ!』

Mk-57が最後の突撃級を撃破し、目標を要撃級に切り替えた。 高初速砲弾が比較的軟らかい胴体部分に命中し、一気に貫通する。
胴体を射貫された要撃級が、内外の差圧変化により、内臓物を盛大にはみ出して倒れる。

「嬲り殺しか、瞬殺か知らないけどっ! 増援はっ!? 母艦戦術機部隊まで来ないって、どう言う事だ!!」











1230 メッシーナ 国連軍前進司令部


「部隊を出せないとはっ! どう言う事なのですか!? 閣下!」

通信ブースで、ヴィクトリア・ラハト大佐は思わず叫んでいた。

『どう言う事も何も。 我々は『シチリアの絶対防衛』が任務なのだよ、大佐。
パルミ=ロクリ以北は元より守備範囲外だ。 今の欧州連合軍に、防衛圏外に打って出る余力が有ると思っているのかね?』

COMFOD-1―――第1軍団長のイタリア軍中将が、わざとらしく嘆息する。
思わずその顔に、罵声を浴びけかけたくなるが。 相手は3階級も上位の、しかも将官だった。 無理な話だ。

「ではっ! せめて第5戦術機甲師団を! カターニアからならば、緊急展開にも時間は要しませんっ!」

『・・・ああ、そうだ。 実はCOMALP(緊急即応軍)から言付が有った。 『トリデンティナ(第3戦術機甲師団)の貸しは、国連本部に叩きつけてやるぞ』、だそうだ。
戦術機甲1個連隊。 丸々、無駄にすり潰されればな。 大佐、君はこの貸付返済の充ては、あるのかね?』

無意識に歯ぎしりする。 握りしめたこぶしは白くなり、爪が喰い込み、鮮血が滲み出ていた。

「・・・結構です。 イタリア陸軍の、これ以上のご協力が無くとも・・・ 『ああ、そうだ。もうひとつ』 ・・・!?」

『我が海軍よりの言付も有ったな。 『勝手に踊っていろ。 これ以上の勝手に、付き合う義理は無い』 ドイツ海軍も同じだそうだ。
―――そう言えば。 英海軍の母艦戦術機甲部隊は、お茶の時間なのかな? 姿も見えぬ』

「――ッ! 判りましたッ! 貴重なお時間を費やしてしまい、失礼しましたッ!!」

一方的に回線を切る。 将官相手に流石に拙い行為だが、どうにも我慢がならなかった。

(―――くそっ! 日和見共めっ!)








「・・・やれやれ。 案外、堪え性が無いな、あの女は」

「 ≪カナンの魔女≫ ご大層な二つ名ですが。 
所詮は謀略戦でのみ、のし上って来た女。 本格的な戦場では、何の役にも立ちはしません」

軍団長の嘆息に、参謀長が蔑みの笑みを浮かべる。

「で? 海軍との連絡は付いたかな?」

「はっ イタリア=ドイツ合同艦隊司令官のジュリアーノ少将、英海軍H部隊司令官のマクライト少将。 いずれも同意を頂けました」

「国連軍は?」

「チュニジア軍(国連第22戦術機甲師団)、アルジェリア軍(国連第39機械化師団)。 共に『売女の指図で損害を出す事は断る』と」

「彼等ムスリムにとって。 ある意味、BETA並に憎悪するユダヤ女の指図など。 アッラーへの冒涜も甚だしい、そう言う事だな?」

「海軍の第521戦術機甲大隊が、しきりに出撃許可を求めておりますが?」

「作戦会議中だ」

「了解しました」








1520 ヴィーボ・ヴァレンティア


周りはBETAの死骸の山だった。 多分、外は酷い悪臭だろう。 午後の陽に照らされたBETAの死骸は、ブチ蒔かれた内臓物から湯気を立てている。
小型種の死骸など、原型をとどめない、赤黒いタールのようになって地面に染み込んでいた。

しつこく来襲するBETA群を何とか撃破し、ひと息つく。

状況が変化してから約7時間。 戦線はラメツィアから更に後方へ30kmほど下がった、ヴィーボ・ヴァレンティアまで後退していた。
1400を少し回った頃、恐れていた光線級が出現した。 しかも、重光線級まで。
この為、海岸線近くまで侵入していた艦砲射撃任務部隊が一時、沖合のレーザー照射範囲外へ避退。
地上部隊は有力な支援砲撃力を失った。

見渡す限り、BETAに浸食された起伏の少ない地形。 あっという間に、前線部隊がレーザー照射を受け、かなりの数の戦力が蒸発した。
その結果、戦線の維持が困難となり、あとはズルズルと後退し続け、ヴィーボ・ヴァレンティア付近まで下がってきていた。

今の所は、再開された海上からの艦砲射撃とAL誘導弾の支援攻撃の下で、なんとか戦線を紙一重で支えている状況だった。


「パープル・リーダーより各機、 ステータス・レポート」

『パープル2、機体はOKです。 残弾、57mm弾倉2本! 推進剤残量59%!』
『パープル3、オールグリーン! 残弾、36mm弾倉3本、120mm弾倉1本。 推進剤55%』
『パープル4、何とか無事です。 残弾、57mm弾倉1本。 推進剤58%。 中隊支援砲、そろそろカンバンですよ』

「よし。 パープル4、エドゥアルトから補給に入れ。 ソーフィア、ウルスラ、俺の順だ。
またそろそろ、湧いて来るぞ! 複合センサー、感度上げろ。 捜査範囲は各機60度。 前面に死角を作るな」

『『『 了解! 』』』

エドゥアルトのトーネードⅡが補給に入る。
今は丘陵の反対斜面を光線級に対しての盾にして、何とか防いでいる。 
1km東北東の丘陵部には、ホワイトが。 西の丘陵にはブラックが。
更に東に隣接する小高い丘には、第87分遣中隊が。 それぞれ陣取っている。

『全く・・・ 戦術機で歩兵の真似するなんて、思ってもみなかったわ』

『しょうがないじゃない、ウルスラ。 盾の後ろに隠れなきゃ、レーザーであっという間に蒸発よ? 第3アルピーニ連隊の二の舞は御免だわ』

第3アルピーニ連隊は、1時間前のレーザー照射攻撃で、保有する戦術機の約4割を失っていた。

『隊長。 その第3アルピーニは?』

ウルスラが聞いて来る。

「2個中隊が北西の海岸線寄りに。 1個大隊が北東に布陣完了した。 この戦区の戦力は2個大隊強だ」

『うわっ! 寒ぅ~・・・』

全くだ。 おまけに東部戦区も似たような戦力しか残っていない。
後方は相変わらずダンマリ。 HQも状況把握が出来ていないのか、意味不明な戯言しか言ってこない。

『・・・捨てられましたね、私達』

『ソーフィア。 ハッキリ言わないでよ。 ・・・メゲるじゃない』

『事実でしょう? ウルスラ。 こんな状況なのに、艦隊は艦砲射撃だけ。 母艦戦術機部隊、いつ姿を見たっけ!?
それに、シチリア本島のCOMFOD-1も、国連軍の2個師団も全く動かないっ!
レッジョの第521戦術機甲大隊すらよっ!!』

『パルミの防衛線まで下がれば増援が来るぜ、ソーフィア、ウルスラ。 ねぇ? 中尉?』

「・・・エドゥアルト、黙れ」

『黙ってられますかっ! 俺達は捨て石にされたんだっ! ここで死ねってね!!
中尉! アンタだって判っている筈だっ! だったら、さっさと下がっちまえばいいんだよっ!!』

『ちょ! エドゥアルト!』 
『ウルスラ、エドゥアルトの言う通りよ』
『ソーフィア!!』

「・・・で? パルミまで下がるか? 泣き喚いて? 判っている筈だ、エドゥアルト、ソーフィア。
今、背中見せたら。 一気に突っ込まれて死ぬぞ?」

『・・・っち!』
『逃げて死ぬのも、ここで死ぬのも、似た様なものだわ・・・』


遅滞防御戦闘をしながら、ここまで何とか下がって来た。
それを放棄したら。 何割かは防衛線に逃げ込めるが。 大半は後ろから、BETAに追い打ちをかけられて殺られる。

そして、ここで防御戦闘を続ける限り。 じわじわと嬲り殺しになるのも、事実だ。

―――八方塞りだな。

流石に、先任少尉ばかりで固めた我が小隊も。 焦燥感で耐えきれなくなって来たか。
無理も無い。 俺だって、指揮官の責務なんてモノにしがみ付いて、何とか抑えている様なものだ。
本音を言えば、エドゥアルトやソーフィアと全く同じだ。

その時、複合センサーに感が有った。 同時に彼方に砂埃が立ち、猛然とこちらに向かってくる。


「―――!! 無駄口は後回しだ! 前方2000 BETA群、約2000! 2個大隊規模だ! 
パープルよりホワイト! ブラック! BETA群、パープル前面、距離2000!」

『ホワイト、確認した! 側面から支援砲撃をかけるっ! パープル、持ちこたえなよっ!?
―――第3アルピーニ! 支援を乞う!』

『こちらブラック! ALMランチャーが手に入ったわ! 1機分だけだけど、無いよりマシねっ! ―――ブラック3!』

『ブラック3、FOX01!』

AL誘導弾が10数発、白煙を上げて発射される。 一気にBETA群の上方に達し着弾。
要撃級数体と、小型種が数10体、纏めて吹き飛ばされる。

≪CPより88分遣隊! 艦隊よりのALM支援攻撃開始! 着弾10秒後!≫

海上の英艦隊からのALM支援が始まった。 戦術機部隊のお出ましが、相変わらず無い事は大いに不満だが。
まだ支援してくれるだけでも、助かっている。

丁度10秒後、数百発のALMが着弾する。 
途中で後方に位置する光線級のレーザー迎撃で2割程は落とされただろうが、それでも大威力だ。 BETAが一気に激減する。


「よしっ! 防御攻撃開始! 突撃級から止めろ!」









1535 シチリア島 タオルミーナ


「・・・ホンマに、捨て石にする気ぃ、みたいやな」

「防衛線に引き込んで、四方から殲滅。 道理では有りますが、その時間を稼ぐ為に、友軍を端から見捨てるとは・・・」

「元々、国連と英国国防省、いや、英国陸軍。 そしてユーロファイタスとの密約での作戦行動です。 イタリア軍にせよ、英国海軍、ドイツ海軍にせよ。 
まともに付き合って余分な損害を出す必要は無い、と言う所ですな」

システムリンクされた、戦術MAPを眺めつつ。 帝国陸海軍の熟練指揮官達が呻く。
前線部隊は四分五裂の状態だ。 辛うじて大隊以下か、中隊規模前後の部隊が、5か所ほどの点を結んで戦線を維持している。

「あの少数の戦力が、未だBETAの波に飲み込まれてへん事自体、奇跡やな」

「孤軍奮闘、力戦敢闘。 国連軍や他国軍ながら、称賛に値しますわ」

「だからこそ、悲劇だ」










1540 ヴィーボ・ヴァレンティア南方15km


元はなだらかな、緑の丘陵地帯だったその場所は。 今や限りなく平坦な、茶色の土が丸出しの荒野になっている。

要撃級の1群に差し込まれた。 戦車級もかなりの数が集まっている。
皆、集中力の持続に困難を覚え始めていたのだ。 疲労が蓄積され、精神的な重圧も大きい。 ふとした瞬間に、意識が飛びそうになる。

もう、中隊単位での戦闘は無理だった。 BETAの数が多い、来襲間隔が全くない。 小隊単位で対応するのが精一般だった。

『うわああぁぁ!!』

『っ!! ホワイト4、ダウン! シャルルが殺られましたっ!』

『ロベルタ! 穴を埋めなっ! アグニ! ぼさっとしてんじゃないよっ! 殺られるよっ!』

『 了解! 』 『 は、はいっ! 』

くそ、ホワイトが1機失ったか。 シャルルの機体が、要撃級の前腕をまともに喰らった。 管制ユニットは見るも無残だ。 ―――即死だ、あれじゃ。
10分前には、ブラックのイサラの機体がレーザー照射の直撃を喰らった。 あっという間の蒸発だった。

『隊長! 右! 要撃級20体!』

「エドゥアルト! 残弾はっ!?」

『まだ半分有りますっ! ―――喰らえッ!!』

Mk-57中隊支援砲が咆哮を上げ、要撃級を纏めて葬っていく。
その隙に、俺とソーフィアの2機が噴射滑走で側面迂回し、BK-57をBETA群の群に叩き込む。
ロベルタが4門の突撃砲の36mmを一斉に放ち、周りの戦車級を薙ぎ倒していった。

「よし、隠れろ! インターバルが終わる!」

『『『 了解! 』』』

僅かな起伏の陰に回ると同時に、レーザーが水平照射されてきた。 機体をしゃがませ、辛うじて回避する。

―――中隊残存、10機。

『周防! 87中隊は!?』

ユルヴァがしわがれた声で聞いて来る。

「東5km地点! さっき確認した、残存9機!」

『合流するっ!?』

『アイダ! その前に前方のお客さんに、お引き取り願うんだよっ! じゃないと、動けやしないよっ!』

俺もユルヴァも、アイダも。 ここ数時間の戦闘指揮で声を張り上げ続けた結果、まともに声も出なくなってきた。
レーザー照射が終わる。 よし、これで12秒稼げる。

「パープル! 出るぞっ!」

『いっそがしいなぁ! もうっ!』

『全くよっ! 何だってこんな、疲れ知らずなのよ、連中はっ!』

『超過勤務手当が良いんだろ! くそっ! 逃げ出せやしない!!』

「くっちゃべってねぇで! エドゥアルト! 左の突撃級止めろ、厄介だ! ウルスラ、掃除当番! ソーフィア、右から行け! 正面から俺が行く!」

『了解、了解、っと! そりゃあ!!』

エドゥアルトが左翼から突進してくる突撃級の脚を次々に撃ち抜き、動きを止める。
ウルスラが退避の間に集まって来た小型種を、突撃砲を乱射して掃討している。

『隊長! タイミング! 私のちょっと後!』

「OK!」

『行きますよっ!―――喰らえっ!!』

ソーフィアが要撃級の側面に57mmを撃ち込む。 
要撃級が咄嗟に急速水平面旋回を開始して、ソーフィアの機体を追撃し始めたその側面へ、BK-57の57mm砲弾を左右にずらしながら速射する。

「そっちには行かせんっ!」

纏めて10数体を吹き飛ばす。

『隊長! BETA群が割れたよっ!』

ウルスラの声に、BETA群が左右に割れた事を確認―――即ち、レーザー照射が来る。

「隠れろっ!」

『『 了解! 』』 『こればっかりぃ!!』


全速で元の起伏の陰に隠れる。 ―――その時。

『っくうぅぅ!!』

『隊長!』 『シェールソン中尉!!』

―――ッ!? ユルヴァ!?
要撃級の一撃を喰らったのかっ!? ユルヴァのトーネードⅡが損傷してダウンしている!
拙い! 他の2機も動きが止まった!

『馬鹿、行けッ! アタシに適うなッ!』

『で、でもっ!』

『早く行けッ・・・! わああぁぁ!!!』 『・・・ひッ!!』 『きゃああ!!』

レーザー照射が開始された。 一瞬の間に多数の光帯が発生する。
ユルヴァとアグニの機体が、レーザー照射の直撃を受けて、瞬時に爆散した。
ロベルタの機体は・・・ レーザーが擦過したか。 動作不能状態でダウンしている。

『周防!』

「アイダ、駄目だ! 近寄れない! まだレーザー照射が続いているっ!!」

駄目だ! くそ、早く終われっ!!

『がはっ!』

不意に苦しげな声が聞こえた。 ロベルタの声だ。
ロベルタの機体は管制ユニットに、要撃級の一撃を受けて吹き飛ばされていた。

―――レーザー照射が止む。

『畜生! ロベルタぁ!』

咄嗟に真近に位置していたエドゥアルトの機体が、ロベルタ機に接近―――Mk-57の57mm砲弾を要撃級に叩き込みつつ―――損傷した機体を保持して、辛うじて退避した。
そしてまた、レーザー照射。
このままでは、ここで釘付けになって全滅する。

『周防! 駄目よ! ホワイトが全滅したわ! 7機じゃ、保たないっ!』

「アイダ?」

『あと10km! 10km後退するっ! パルミ前面まで! もう、どうしようもないわっ!』

―――くそっ! 確かにこの戦力じゃ、大波の前の砂上の楼閣にもならない!

「判った! 俺が殿軍・・・ 『私がやるっ!』 ・・・アイダ!? 無理だ! その機体じゃ!!」

『だからよっ! ・・・片肺じゃ、NOEも速度が上がらない。 12秒で照射危険範囲外まで到達できない。 ―――それに、私の方が貴方より先任。
周防! 貴方は一刻も早く後方へ! 皆を連れてっ!』

「いや・・・ しかしッ・・・!」

『―――早くしろっ! 馬鹿野郎っ!! 貴様、それでも指揮官かぁ!!』

「くそっ! 了解っ! 戻れよっ!? アイダ!! ―――各機! インターバルが始まったら・・・ 今だっ! A/Bに放り込めぇ!!」

4機のトーネードⅡが跳躍ユニットのA/Bを盛大に吹かしながら、危険低空高度ギリギリを飛び去って行く。
ロベルタの機体は、俺とエドゥアルトの機体で保持して何とか、追随していけた。

『あんたたち! もうちょっと、付き合ってよねっ!!』

アイダのトーネードⅡが、4門の突撃砲を乱射しながらBETAの群に突っ込んで行く姿が、スクリーン越しに見えた。










1625 カラブリア半島先端部付近 パルミ前面5km 


パルミ前面まで辛うじて脱出した後、艦隊からの大規模艦砲射撃とALM支援攻撃が再開された。
流石に防衛線真近にもなると、支援にも熱が入るのか。

『ぜっ・・・ ぜっ・・・』

半壊した機体のコクピットから、苦悶の喘ぎが聞こえる。

「・・・アイダ、開けるぞ」

アイダのトーネードⅡ、その外部コクピット・エジェクト・スイッチを起動する。
レーザーで溶解した部分が引っ掛かるかと思ったが、少しだけ動きが鈍いだけで、通常通り開放された。

―――アイダの姿が現れた。

見るも無残だ。 右半身を焼かれている。 強化装備はすっかり溶けてしまっていた。
艶やかな浅黒い肌は、赤黒い火傷と出血で覆われている。 特に右半身は―――乳房が無い。
ラテン系そのものの、陽光のような笑みを浮かべていた美貌も。 綺麗に波打っていた艶やかな黒髪も。
髪は全て削げ落ち、顔面は右半分が骨まで露出している―――焼かれてドス黒く。

「ぜっ・・・ ひゅ・・・」

もう、喋る事も出来ない状態だった。 


アイダは辛うじて、BETA群の只中から―――光線級に狙われつつも―――ここまで辿り着いた。
途中から、先に布陣した俺達6機も支援攻撃を行ったが。 いかんせん、火力が薄すぎた。 距離が遠すぎた。
あと少しと言う所で。 機体の右半分にレーザー照射を受け、そのまま墜落するように、ここまで突っ込んできたのだ。
その衝撃で、骨折も生じた。―――折れたアバラ骨が、皮膚を突き破っている。 恐らく、肺も破れているようだ。 

―――野戦病院まで、保たない。 精々、保って5分・・・

今までの戦場での経験から、そう判断できた。
衛士装備のモルヒネも、化膿止めの無針注射も、抗生物質投与薬も。 何の役にも立たない状態だ。

「止め・・・ 欲しいか?」

耳元で囁く。 手を握ってやる。

「欲しかったら・・・ 手を握ってくれ」

弱々しい、とても彼女とは思えない程、弱々しい、しかし、はっきりと。―――手が、握られた。

思わず、一瞬目を瞑る。
そして、何時も持っている、M1935・ブローニングHPを確かめる。 初弾は装填済みだ。
ゆっくり、彼女の顔に近づく。―――こめかみに、銃口を当てる。

「―――アイダ、有難う。 皆、無事だ」

「・・・ひゅう ・・・ひゅ」

「貴女は―――我々の指揮官だ。 忘れません、ヴァレンティ中尉」


――――ドキュゥゥゥ・・・・・









「安らかに、してやったか?」

機体から降りた俺を待っていたのは、第87のユスーフ・カシュガリ中尉だった。

「―――ああ。 安らかだ」

最後に―――最後は、苦しませたくなかった。 これ以上、苦しんで欲しくなかった。

「周防―――将校の、戦士の作法だ。 誉ある勇者を、徒に苦しませるべきでは無い。
君の行動を、私は支持する」

「―――ああ」

彼女の魂に、平安を。―――しかし、何なのだ。 この虚脱感は。

列線に戻る。

「ユスーフ、そちらは?」

「5機。 シュテルファー大尉は今しがた、息を引き取った。 ―――カタンザーロに向かった第86は・・・ 全滅だ」

第8戦術機甲連隊の残存も、第3戦術機甲連隊の残存も。 残すところ1個中隊強といったところか。

我々、2部隊合わせて11機。 他に2個中隊ほど、28機。 合わせて39機の防衛線。
相対するBETAは、相変わらず波状攻撃を繰り返してくる。

先程、HQより連絡が有った。
シチリア本島に展開するCOMFOD-1。 そこからフォルゴーレ強襲戦術機甲師団とアリエテ機械化師団。
そしてカターニアに展開する第5戦術機甲師団『ジュリア』の3個師団が、カラブリア半島へ緊急展開を開始する。
英国艦隊は戦艦群が海岸線へ接近中で、母艦部隊は戦術機の全力発進準備中だった。
独伊合同艦隊は、半島を回ってイオニア海からメッシーナ海峡へ入りつつある。

イタリア、イギリス、ドイツ各国陸海軍の全力阻止攻撃開始まで、あと15分。 その間の最後の時間を稼げ、と。

「一番、ビンゴ・フュエルに近いのは―――君の所の4番機だったな、ユスーフ」

「そうだ。 運ばせるのか?」

「ああ。 今ならまだ、助かるかもしれん。 だが、このままここに置いておくと―――確実に死ぬ。 ロベルタは」

地面に横たわらせたロベルタを見る。 
ありったけの応急キットから集めた包帯で、簡易な処置を施しただけ。 
その包帯も、赤黒く染みている。 あの様子では、包帯を取ろうとすると、肉まで剥離しそうだ。
モルヒネと化膿止め、そして抗生物質投与剤。 戦場で何とか処置できる事は、その程度だ。

彼女も、中~重度の火傷と、左足の骨折。 そして打撲。 あの火傷は、放置しておくとその内にショック状態を引き起こして、死ぬ。


「判った。 部下の機体に彼女を乗せて―――メッシーナまで退避させよう」

「恩に着る」

「何。 こちらも、部下を生きて帰せる方便が出来た」


前方を見る。 まだその姿は見えないが、しかし―――

「搭乗しよう。 あと5分でBETAがやって来る」

相変わらず、胸の内の虚脱感を覚える。 しかし、今はそんな贅沢に身を浸せる余裕は無い。

「我々10機と、他に28機。 合わせて38機で10分。 果して凌ぎ切れるか」

「凌ぎ切ろう。 ここで退いたら。 先に逝った者達に、顔向けが出来なくなる」

「んっ 最早、我々の意地の問題だな。 捨て石にするならしろ。 しかし、我々は最後まで潰されはせん」

ユスーフと別れる。 手筈では、彼の部隊がまず、支援砲撃を行い。 俺の部隊が乱れたBETA群への突入を担当する。
その後は―――ただ、ただ。 力戦有るのみだ。 くそっ!


列線に戻って、集まっている生き残った『部下』達を見る。

エドゥアルト・シュナイダー少尉
ソーフィア・イリーニチナ・パブロヴナ少尉
ウルスラ・リューネベルク少尉
アスカル・カリム・アルドゥッラー少尉
ヴァン・ミン・メイ少尉

「・・・結局。 生き残ったのは先任少尉達と―――俺か。 
運が無いな、お前達。 折角ここまで来たのに。―――またまた、地獄巡り確定だ」

「何、俺なんて。 故郷のミュンヘンの方が地獄でしたよ。 それに比べりゃ」
―――エドゥアルト。 何だかんだ言っても、最後までやり抜いてくれたな。

「私も。 地獄のロシアで生まれて。 地獄の難民キャンプで育って。 地獄の戦場で暮らしていますよ」
―――ソーフィア。 君もだ。

「みぃんな、地獄育ちかぁ。 いやぁ、品が無いわねぇ」
―――ウルスラ。 ムードメーカーとサポートに徹してくれた。

「その筆頭が、お前だ。 ウルスラ」
―――アスカル。 度胸がある。 的確な支援砲撃、次も頼む。

「マンダレーや満洲と変わらないよ、直衛・・・ 周防中尉」
―――ミン・メイ そうだな。 あの南満州に比べればな。 それに君は、マンダレーハイブも知っている。

―――頼もしいな。 うん、頼もしい。 だったら―――最早、軍人としての義務でも、名誉でも無い。 そんな、強制力や束縛有るものでは無い。
俺達をして、人を個人として動かすもの。 何と言うかは、人それぞれだが。
俺は、お前たちに動かされる。 お前たちは、俺に動かされるのか。―――個人の意思として。


「だったら―――もう少し、地獄巡りを楽しんでいってくれ。 搭乗開始だ」

「「「「「「 おうっ!! 」」」」」」












[7678] 国連欧州編 シチリア島最終話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/07/11 23:15
1994年9月11日 1715 シチリア島北方海域 H部隊戦術機母艦「アーク・ロイヤル」


第2次攻撃隊の、F-4MファントムFGR.2の発艦が続く。

ジェット・ブラスト・リフレクター(JBR)が立ち、カタパルトにロックされたファントムが、主機である2基のR&R・RB-168-25RスペイMk.203を、ミリタリー推力まで上げる。
発艦管制士官の合図に、ブレーキロックを解除。 スチームカタパルトが一気に機体を加速させ、ファントムは空へと飛び立っていく。

H部隊司令官、サー・トーマス・マクライト少将は艦橋からその姿を見つめ、次いでカラブリア半島の方向を見据えた。

「艦砲射撃は、開始したかね?」

「はっ! 『1635、砲撃開始』 先ほど、連絡がございました。 それと、イタリア海軍の『アンドレア・ドリア』と、『ジュゼッペ・ガリバルディ』も、艦載戦術機の全力出撃を開始したとの報告が。
イタリア、ドイツの戦艦群も艦砲射撃を開始しました」

「ふむ・・・ では、改めて『舞台』は我々が、演出して差し上げよう」

「はい。 国連情報部など。 下手に手を出すから、大火傷のようですな」








1720 カラブリア半島 パルミ北方3km フォルゴーレ強襲戦術機甲師団


「師団司令部より通達。 第9戦術機甲連隊、北上せよ。 圧力をかけてBETAを押し上げよ。 
第183戦術機甲連隊、第186戦術機甲連隊、右翼より進出開始せよ」

「第185戦術機甲連隊、アリエテ機械化師団・第32機械化歩兵装甲連隊との連携をとれ。 
第187戦術機甲連隊はアリエテ師団・第3ベルサリエーリ連隊と協同し、海岸線の阻止防衛線を構築せよ」

「艦砲射撃、第7斉射開始。 砲撃任務群、準備完了」

師団司令部内には、ようやくの事で回って来た出番に、全員が闘志を漲らせていた。


「閣下。 軍団司令部より入電。 『プリマの保護は、十全と為せ』 以上です」

「ん・・・ 承知したと伝えろ。 最初から、我々に頭を下げていれば良かったものを。
下手な芝居を打つから、このざまだ」

「国連軍の残存、11機との連絡が入りました。 
何とか無事にメッシーナ海峡を越えて、北岸のバッティに辿り着いた機体が10機。 
負傷した衛士を後送した機体が、メッシーナに1機との報告が」

「やれやれ。 36機が、1/3も残らなかったか。 第3戦術機甲師団も、殆どが壊滅してしまった。
国連め、この代償は大きいぞ・・・?」

師団長がぼやいた時、新たな報告が入る。

「ユーロファイタス国連派遣部隊、所定位置に着きました!」

「よし――― では、存分に舞って貰うとするか」











1725 シチリア島 バッティ仮設避難基地


10機のトーネードⅡが舞い降りていた。
どの機体も、大なり小なり損傷している。 中には跳躍ユニットが片肺の機体も有った。


「・・・い、生きてるの?」

「そうみたいだな・・・」

「もう、こんなのって、ゴメンよ・・・」

10人の衛士達は皆、息も絶え絶えの状態だ。

「みんな・・・ 無事か? 異常は無いか?」

「無し」「不思議と」「大丈夫ですぅ」「異状なし」「平気よ・・・」

「周防。 こちらも、皆無事だ。 何とかな」

「ユスーフ、それは何より・・・ で、ここはどこだ?」

「バッティ仮設避難基地・・・ 只の原っぱだな」


向うから、1台の高機動車が走ってくる。 
やがて戦術機の傍に停車し、1人の佐官が降り立った。

「諸君・・・ 困難な任務、よくぞ遂行してくれた。 それでこそ、我が国連軍の精鋭たちだ」

―――『トロンボーン』 マルキーニの糞野郎・・・

誰かが吐き捨てた。
2人の中尉が前に出る。

「マルキーニ少佐。 第88戦術機甲大隊分遣中隊。 残存6機。 生還7名、内1名重傷。以上!」
「第87戦術機甲大隊分遣中隊。 残存5機。うち1機はメッシーナ基地であります!」

「う、うむ。 ご苦労だった、周防中尉、カシュガリ中尉。
残念ながら、多くの歴戦の勇士が失われた。 しかし今回の作戦は、今後の欧州情勢を鑑みて、非常に有意義であり・・・ 『失礼、少佐』 ・・・ん? なっ!?」

いきなり東洋系の中尉が、滔々と演説を始めた少佐を殴り倒した。

「がはっ! き、貴様っ! 上官に暴行だとっ!? ぐ、軍法会議だっ! ・・・何っ!?」

口の端から血を流して喚く少佐に、今一人の中央アジア系と思しき中尉がまた、拳を叩き込んだ。

「ぐぅ・・・」

そのまま倒れ込み、動かない。 どうやら、失神したようだった。

「お見事」

「君は詰めが甘い」

―――これで、軍法会議かな?
―――営倉入りは、確実だろう。

2人の中尉を、後ろから見つめていた部下達が、盛大に溜息を吐く。


―――どうせなら、自分達の分も残しておいて欲しかったな・・・










1994年9月13日 モロッコ カサブランカ


埠頭に独り、ラハト大佐は佇んでいた。

2日前の『作戦』 その詳細報告をなした後、次の任地を指定された。
これから、この地からの船旅でその場所へ移る。

国連軍統合情報部大佐、ヴィクトリア・ラハト―――そのアンダーカヴァーを有する彼女は、『表向きの上官』への報告を思い返していた。

―――実に滑稽なほど、うろたえおって・・・

所詮、今の寄り合い所帯の国連など、あの程度か。
そして『実際』の自己を思い出す。

『白頭鷲』

彼女が忠誠を誓った対象は。 実のところ様々な『頭』が、その支配をめぐって喰らい合うヒュドラではあるが。
数ある『頭』の欲する事はただ一つ。 ―――支配せよ。

無論、それは彼女が『モサド』(イスラエル諜報特務局)在籍時からの、本来の所属する組織、『カンパニー』とて、同様であった。


「―――そろそろ、出てきてはどうか? 大の男のストーカーなど、気色が悪いぞ?」

「おやおや。 流石は『ラハト大佐』 お見事ですなぁ」

「ちっ・・・ IMI(Imperial Ministry of Information 帝国情報省)も、馬鹿では無いという事か?」

「いえいえ。 我々とて、『カンパニー』とは末長いお付き合いを、してゆきたいモノでして・・・」

「ふん・・・?」

「いや、流石の手腕。 欧州連合と国連欧州軍間の、潜在的な不調和音の醸成。 
これで国連軍内部の、自国軍の影響力増大の下拵えは万全、と言う処ですかな。
それに新戦術機の、欧州独占配備の芽を摘んで尚、泣きつかれた国内企業群への、将来的な『収益』の確保。
あとは・・・おっと、これ以上は言わぬが華」

「・・・消されるには、十分と思うが?」

「まさか、まさか。 私程度、SIS(英情報局)やMAD(独軍事防諜局)、DGSE(仏対外治安総局)などのお歴々に比べれば。
おお、そうそう。 ドネルケバブ(トルコのロースト料理)と言うものは。 羊の肉で焼くのが実に美味いもので」

「・・・?」

「羊と言うのは、実のところ、生後1歳にならない雄の子羊を料理するのが、これまた美味いそうですなぁ。 
いや、幼子を食するとはまた、心痛む事ではありますが・・・」

「・・・何を言いたい?」

「おお、失礼。 そう言えば『大佐』には、10歳そこそこの息子さんが、おありとか? 
いや、私も息子・・・いや、娘のような息子・・・ん? いやいや、息子のような娘、うん、これで良い筈だ。 
兎も角、子を持つ親としては、これまたなんとも・・・」

「・・・貴様?」

「お友達の中では、シュバト・アル=ムハバラート・アル=アスカリッヤ(シリア軍事諜報部)、ムハバラート・アル=アンマ(ヨルダン総合諜報局)あたりは。
今もしきりに、貴女に求愛しておりますな。 いやはや、両国ともに、アラビア半島では散々『魔女』に、出汁にされましたからなぁ・・・」

「・・・貴様ッ!」

「いやいや、ご安心を。 私とて、お子さんが報復対象にされるとか。 その母親共々、砂漠のど真ん中で裸に剝かれて、全身の生皮を剥がされて殺される、などと。
そのような事は望みませんよ。 その後には、BETAの食餌になる事もまた」

―――くそっ! 日本はその無宗教性故か。 ムスリム共とも、比較的友好な関係にあった筈だ。 そう言う事か? くそっ!

「・・・何が望みだ?」

「いえ何。 今後とも『末長いお付き合いを』 如何でしょう?」

――― つまりは、モグラ(ダブルスパイ)になれと? でなくば、ムスリム共に身柄を引き渡す、と言うのか。 私の息子共々っ!!

流石に、冷や汗が出る。 過去に自身が行ってきた『秘密作戦』故に。 
ムスリム共は、自分を嬲り殺せるのなら、この男に最大限の配慮も為そう。


「なに、これまで通りのお付き合いを。 『ヴィクトリア・ラハト大佐』 そうそう、国連監察局の『目』は、潰しておきましたので。 ご安心を」


―――くそっ! またしてもっ! これで完全に『疑惑』を持たれた。
つまり、私は国連情報をも、この男に渡さねばならない。


「鎧衣・・・ この、悪魔め・・・」









1994年9月から11月まで。 地中海方面各所にて、『ユーロファイタス国連派遣部隊』による一連の『デモンストレーション』、その第1期行動が実施された。









1994年9月15日 1300 モロッコ・リーフ自治州 テトゥアン国連軍基地


「・・・シェールソン中尉と、ヴァレンティ中尉は戦死か。
それに、オナスィ少尉、フレッソン少尉、ヴェルマーク少尉も。
グエルフィ少尉は、一命は取り留めたが。 衛士復帰は、不可能だそうだ。
半数を失うとはな・・・」

「申し訳ありません、大隊長。 責任は、残存最上位者の自分に・・・」

「いや、君の責では無い、周防中尉。 詳細は確認した。 
あの状況で、君も、死んだシェールソンも、ヴァレンティも。
君達は良く部隊を指揮した。 過失は無い」

「少佐・・・」

「過失は、統合情報部にこそ有る。 私は第1緊急即応展開軍団司令部に対し、情報部の責任を追及する旨、上申した」

―――上官暴行罪は、それでうやむやか・・・

「周防、抱え込むな。 貴様の責では無い。 大隊長のお言葉、理解しろ」
「その通り。 君は健闘した。 奮闘した。 誰にも、責める理由は無い」

「アルトマイエル大尉・・・ ウェスター大尉・・・」

畜生。 悔しい。 こんなに悔しいなんて―――こんなに、無力さが虚しいなんて。

「今日はゆっくり休め。 ご苦労だった」

「―――はっ! 失礼しますっ!」












「大丈夫だろうか? 彼は。 正直、死人の目だった」

「大丈夫・・・ そう、信じたいですが。 今までも、耐え抜いてきた男です」

「しかし。 まだ若い。 それに少々、心配では有りますよ、ヴァルター。 
もしかしたら、『壊れかけて』きたのかも知れない」

「ヴァルター。 周防の履歴を改めて確認した。 
日本軍時代から約2年半。 ごく短期間の後方休養を除けば、その殆どの軍歴が最前線での張付きだ。
ヴァルター、ロバート。 君等にも経験が有るだろう。 私も有った。 周防は、そろそろ・・・」

「どれ程豪胆でも、どれ程勇敢で優秀でも。 戦場で知らず、神経をすり減らす。 そして、ある日いきなり―――壊れる。 駄目になる。
ええ、エイノ。 身に覚えがありますよ。 君もそうだろう、ロバート」








大隊長室を出て、サロンに向かう途中。 ファビオと、ケン・ヴィーターゼン中尉に呼び止められた。

「ご苦労だったな、直衛・・・」

ファビオの声が、震えている。

「ん・・・ すまんな、2人とも。 君等の部下を、連れ帰れなかった・・・」

戦死したシャルル・フレッソン少尉はケンの。 そして重傷を負い、復帰不可能となったロベルタ・グエルフィ少尉はファビオの。 それぞれ直属の部下だった。

「君が謝る事では無い、周防。 彼等は精一杯戦ったのだろう? その結果の戦死ならば・・・ 寧ろ、よくぞ半分連れ帰ったな」

「ケン・・・ ああ、君の所のシャルルも。 精一杯戦った。 皆が知っている」

「そうか・・・ そうか。 ・・・感謝する、周防中尉」

ケンが何度も頷いて。 そして踵を返して、その場を去って行った。


「・・・ファビオ」

「ロベルタってよ。 頑固で、生真面目で、融通効かなくってよ。 全く、どうして俺の部下にこんな優等生が、なんてよ」

「ん・・・」

「それでも、一生懸命だったよ。 訓練でも、何でも、真面目に取り組んでてよ。 
ま、同郷って事もあってな。 なんとか、無事に生き抜いて欲しいって、思っていたんだよ・・・」

「ファビオ・・・」

「・・・どうして。 どうして、連れ帰ってくれなかったッ! お前なら、何とか出来ただろッ!? どうしてッ!
チクショウ・・・ 俺の手の届かない所じゃ、何も出来やしねぇ・・・ 部下を、初めての部下を・・・ 何も、してやれねぇなんて・・・」

「済まん・・・ ファビオ、済まん・・・」

こんなに。 こんなに無力だなんて。 こんなに悔しいなんて。 こんなに虚しいなんて。
何が「デビル」だ。 何が「エース」だ。 お前なんて、戦場の巨大さに振り回される、ちっぽけな存在じゃないか・・・




「・・・悪かった。 済まん、今言った事、忘れてくれ。
お前だって、地獄で精一杯戦ったんだ。 それをあんな・・・ 本当に、済まない。 直衛」

「ファビオ・・・」

「殴って気が済むなら、そうしてくれ・・・ そうされて当然の、最低の言葉を吐いちまった。 ・・・自分が許せねぇよ」

「いや・・・ そう思うのなら。 残った部下達を、生き残らせろよ。
ロベルタは本当によく戦った。 お前に自慢してやれって。 そう言ってやったんだ。
だから・・・ 彼女の分も、残った部下達を、生き残らせろよ」

「そうか・・・ ホント、済まなかった。 ・・・有難うな」

歩き去っていくファビオの後姿が、やけに小さく見えた。







自室の前に人影があった。

「・・・翠華?」

「直衛・・・ お疲れ様。 大変だったね・・・」

「ん・・・」

彼女の顔も、まともに見られない。 見る気にさえなれない。 それ程、虚脱感が苦しい。

「あ、あの、直衛? 大丈夫?」

「・・・そう見えるか?」

「ッ!! ご、ごめんなさい・・・」

駄目だ、これ以上一緒に居ると・・・ 翠華にでさえ、何を口走るか判らない・・・

「すまん、疲れているんだ。 眠りたい・・・」

「う、うん。 あの、直衛。 気休めじゃない、そうじゃないのだけど・・・ 
何か、話してね? 私に・・・ 何か、話して。 何でも良いから」

「・・・気が向いたら・・・」

―――パタンッ

ドアを閉め、鍵をロックする。 ―――今は、誰とも会いたくない。 誰とも話したくない。

「―――ぐっ!」

慌てて洗面台へ走り寄る。

「・・・げえぇ! ・・・ぐえっ、ええぇっ!」

あっさり、吐いてしまった。
急に力が抜けて、そのままへたり込む。 壁に寄りかかる。 息苦しい。 吐いた反吐を拭う事すら、鬱陶しい。

「はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・」

脳裏に浮かぶ光景。
無限に迫りくるBETA。
レーザーの直撃で爆散したユルヴァの機体と、彼女の声。
無残な、醜い重傷の体のアイダ。 
アイダを撃ち殺した、俺。

「・・・ぶっ! げえぇ!!」


―――ドン、ドン、ドン!!

ドアを叩く音が聞こえる。

『・・・ッ! 直衛ッ!? どうしたのっ!? 今の何!? ねぇ、直衛! 開けてっ! 開けてったら! 直衛!!』



―――ああ、うるさい。 だれだよ・・・











1994年9月16日 1000 モロッコ・リーフ自治州 テトゥアン国連軍基地 


「軍医長より連絡がありました。 『戦場疲労症の初期状態に近い』と」

アルトマイエル大尉が報告する。

「 『どれ程正常で、意志の強い人間でも。 身体的・精神的な限界に達して、精神活動が解体する境界域が有る』 確か、指揮幕僚課程の座学で学んだな」

「危険だ。 彼自身も、彼が指揮する事になる小隊も。
それに、エイノ、ヴァルター。 周防だけでは有りません。 中尉の中では、長門と久賀も、周防と同じ軍歴を辿っています。
今は兆候がはっきりしませんが・・・」

ユーティライネン少佐の呟きに、ウェスター大尉が他の懸念要因を指摘する。

「ロバート。 はっきりしてからでは遅い。 長門も、久賀も。 一時に比べて精彩が落ちている。 歴とした兆候だ。
―――痛いな。 死んだ2人の他に、3人。 小隊長を奪われるのは・・・」

「エイノ。 彼等の後釜には。 今現在、小隊長職に就いていない中尉を充てるしかありません。 どうでしょう? ヴァルター」

「ミレーヌ・リュシコヴァ中尉、朱文怜中尉、蒋翠華中尉、ヴェロニカ・リッピ中尉、ギュゼル・サファ・クムフィール中尉、オードリー・シェル中尉。
―――この6名。 
それに、半月後に半期遅れで中尉に進級する者が5人います。
補充を受ければ。 戦力の回復は、十分に可能です。 小隊指揮官もまた然り」

「・・・前線から下げるしか、方法は無いな。
今のままでは、彼等はともかく、彼等に指揮された部隊は、遠からず壊滅する」

「では?」

「転属させよう。 次の作戦が始まる前に。 始まってからでは―――無駄に戦力を潰す訳にもいかん」




部下達が退出した後も。 ユーティライネン少佐はデスクに座ったままだったが、不意に独り言ちた。

「―――ふむ。 甘くなったものだ、私も」

北欧戦線。 最早、後に下がる場所とて無い、極北の戦場。
疲労し、消耗して死んでいく部下たち。 同僚。 上官。
麻痺した感覚。 磨り潰され、使い捨てられていった者達。

或いは。 場所さえ異なれば、彼らは生き残れただろうか。

「甘くなったものだ―――私も」











1994年9月20日 1500 モロッコ・リーフ自治州 テトゥアン国連軍基地
第88独立戦術機甲大隊 第2中隊長室


「転属!?」

中隊長室に呼ばれた俺に待っていたのは。 思いもよらぬ『転属命令』だった。

「そうだ、周防。 ―――はっきり言う。 今の君は、部隊指揮は無理だ。 自覚は、しているな?」

「・・・はっ・・・、しかし・・・」

「私は。 部下の小隊長がこのまま『壊れて』死ぬ事は望まない。 そして、その指揮下の小隊の壊滅もまた同じだ。
―――幸い。 軍医長の見立ては、未だ初期状態らしい。 暫くは第一線から下がれ」

「・・・ッ」

俺は・・・ 最早、用無しか? 無用なのか?

「何も、この先ずっとと言う訳ではないぞ? 前線では、腕の良い衛士は常に不足している。
云わば『リハビリ』だ。 ―――そうそう、楽が出来るかは、保証せんがな」

「・・・大尉?」

「つまりは。 さっさとコンディションを元に戻して、戻って来い。 何時でも、便利使いしてやるぞ?」

―――はは、キツイな。 相変わらず。

「・・・暫く、留守にします」

「貴様の後釜は、クムフィール中尉を充てる。 十分、責を負えるだろう」

「・・・はっ」








中隊長室を出た俺を待っていたのは、ギュゼルにファビオ。
暫く3人無言で廊下を歩く。 ふと、ギュゼルがぽつりと話し始めた。

「・・・さっき。 中隊長に呼ばれたの。 直衛、貴方の後任をするようにって・・・」

「済まん、ギュゼル。 押し付けるな・・・」

「馬鹿。 いちいち、そんなこと気にしないでよ。 それより、しっかりね」

「ん・・・」

後ろめたさと、焦燥感、そして虚脱感。 そして―――安堵感を覚えた事に、思わず自己嫌悪する。

「ま、暫くのんびりして来いや。 あ、そうそう。 第2と第3、入れ替わるってよ」

「えっ?」

「つまりよ。 俺の方がギュゼルより、突撃前衛特性が高いってよ。 だもんで、俺の小隊が第2で突撃前衛。 ギュゼルの小隊が、第3で強襲前衛。
参ったぜ、お前の真似は、死んでも出来やしねぇしな?」

「ファビオ。 何も、直衛の模倣をする必要はないでしょ? 貴方は貴方なのだし」

「って訳でよ。 日本の侍の戦い方じゃなくって、イタリアの騎士の戦いってやつを。 糞BETA共にお見舞いする訳さ」

そう言って。 片目を瞑って不敵な笑みを浮かべる。
・・・ファビオ流の気遣いか。 そう言えば、お前には隊に配備された最初の夜にも、教えられたよな。
―――ありがとう。

「・・・騎士でも。 ドン・ファンじゃないでしょうね・・・」

「はは・・・ 有り得るな」

「おいっ!? お前らなぁ!!」


3人で笑いあった。

―――久しぶりの気がした。 決してそうでは無いのに。 本当に、久しぶりに笑った気がした。


「ん? ・・・おっと。 ギュゼル。俺たちはそろそろ、お暇しようぜ? 姫様のお出ましだ」

「あら。 そうね。 じゃ、直衛。―――戻って来なさいよ。 じゃないと、ポジション無くなるわよ?」

「何だったら、俺たちの『部下』にでもなるかぁ?」

―――馬鹿、それは遠慮する。


ファビオとギュゼルが歩き去ったその先に。 翠華が佇んでいた。

「翠華」

無言で、俯いている。 傍に近寄っても、彼女の視線は俯いたままだ。

「翠華」

「・・・バカ」

馬鹿、か。 ・・・確かにな。

「バカ、馬鹿。 何もかも、独りで溜めこんで。 何も、話してくれないで。 揚句に、こんなに苦しんで・・・
―――私って、何なのよぉ!!!」

―――翠華。

「話してくれなきゃ、解らないっ! 何も言ってくれなきゃ、解らないっ! 私って、何なの!? 直衛の、何なのっ!?
どうして、言ってくれないの!? 話してくれないのっ!? ―――こんなに、こんなに苦しいっ! 苦しいんだって!」

―――済まない。

「私ってッ・・・! 私って、直衛の・・・ なんなのよぉ・・・ うっ、うっ・・・」

彼女を、不安にさせたくなかった。 要らぬ心配をさせたくなかった。
でも、それが―――彼女を不安にさせ、心配させてしまった。

―――また、同じ事を。

祥子の時と同じ。 また、同じ事を繰り返してしまった。
そして揚句が、この様だ・・・


「・・・祥子には、知らせない。 知らせられる訳、無いじゃない・・・ 彼女、心配性だから」

「翠華・・・」

「私が責められるのはいい。 身近にいながら、何をしていたの、って。 謗られてもいい。
でも、彼女に不安を与えることは、駄目。 直衛も心配するし、負担になるわ・・・」

祥子は・・・ 言わないだろうな。 お前に、そんな事は。 俺をひっぱたく位は、十分するだろうけど。


「・・・ひとつだけ、約束して。 もう、こんな事はしないで。 直衛、貴方は・・・ 貴方は、強い。
でも。 強いけど、人なのよ。 普通の、人なの。 そして人は―――誰も、独りでは、立ち続ける事は出来ないわ」

(・・・・・・)

「どんなに強く見える人でも。 どんなに強靭な人でも。 必ず、支えになる何かが有るのよ。 支えになる人が居るのよ。
祥子は、貴方の支えだわ。  私は・・・なりたいの。 直衛、なりたいのよ・・・」 

「・・・翠華」

翠華を抱きしめる。
柔らかい彼女の肢体。 甘い香り。 
―――ああ。 彼女の支えになりたかった。
『死ぬ理由』なんて、得て欲しくなかった。 『生きる理由』を得て欲しかった。
俺がなれるなんて、解らなかった。 でもせめて、支えになりたかった。

でも結局。 支えられていたのは、俺だったのか。 俺がそれに気づかず、支えを外してしまっていたのか。

何時もそうだ。 何かを失って。 何かをしくじって。 初めてそれに気づく。
俺を支えてくれていた人の想いを。 俺を思ってくれていた人の想いを。


「うっ・・・ ぐっ・・・ ご、ごめ・・・ ごめ、ん・・・ ううっ・・・」

気がつけば、翠華に抱きついて泣いていた。 涙が止まらなかった。 どうしても、我慢が出来なかった。

「苦しいって、つらいって。 そう言って、いいのよ、直衛・・・ 私に。 祥子に」










周防が部屋を出るのと相前後して、ニコールが入ってきた。

「責任を感じる? ヴァルター?」

「まさか。 そこまで、責任を負えるものでは無い。 そこまで自惚れてはいないよ、ニコール」

不意に、後ろから抱きついてくる。 いや、包み込むように。

「・・・優しい、嘘つきさん。 貴方は、彼を気にかけていたわ。 誰よりも、成長する姿を喜んでいた。
最初から? いいえ、そうでは無いわね。 でも、彼を信頼していたわ。 彼がいたから、貴方は指揮に専念できたのよ?」

「・・・言い返せないところは、少し悔しいな」

言い返せるものですか。 そう言って、彼女が微笑む。

「気付いて欲しいわ、彼にも」

「ん?」

「男が、女を包み護るのなら。 女は、男を支え護るのよ」

―――そうだな。

ニコールの手を握る。
人は。 決して独りでは、成り立てないものなのだ。 










1994年9月25日 0900 モロッコ・リーフ自治州 テトゥアン国連軍基地


出立の日。 部隊の仲間が見送りに来てくれた。

「元気でやれよ? あと、さっさと戻ってこいよ。 じゃねぇと、本当に俺の『部下』って事になりかねないぜぇ?」

「その時は、実力で奪い返す」

はははっ! ファビオが大笑いする。


「留守中は、私が扱いておくから。 帰ってきてから、だらけ具合を確認して頂戴」

「「 えっ!? ク、クムフィール中尉!? 」」

「安心して、任せるよ。 ギュゼル。 ・・・アリッサ、フローラ。 しっかりな」

「はいっ! 隊長が帰ってきた時には、ビックリさせてやりますよっ!」

「アリッサ、今はクムフィール中尉が隊長だよ・・・ 『アンタって、細かい男ねっ!?』 ・・・はあ。 
それと周防中尉、次は絶対に『フローレス』って、呼ばせてみせますっ!」

「ははっ、その意気だ。 2人とも。 精々、吃驚させてくれ」

「「はいっ!」」


「ふぅ・・・ 流石に、やかましい連中が減ると。 ちょっとばかり・・・ 静かになるわね?」

「素直じゃないね? ヴェロニカ。 寂しいって、言えばいいのに・・・」

「ちょっと!? ミン・メイ! 私はねぇ!!」

「はいはい・・・ じゃ、ね。 元気でね。 みんな、いつでも待ってるよ」

「ああ、ミン・メイ。 戻ってくるよ。 ヴェロニカ、暫く寂しいだろうけど、我慢してくれ」

「~~~っ! 私はッ! 別にッ!」


「しっかりね、周防中尉」

「また、戻ってきて下さいね」

「ええ、趙中尉、朱中尉。 お世話になりました。 ・・・また、早いうちにお世話になるよう、頑張ります」


そろそろ、時間だ。

「・・・翠華、あの子、どうしても見送りにはいかないって・・・ 言い出したら、強情なんだから」

朱中尉が、溜息をつく。

「大丈夫ですよ。 ・・・また、戻ってきます。 そしたら、また会えますから」


皆に別れの言葉を告げて、衛門を出る。

―――圭介と久賀が居た。

「よう。 名残は惜しんだか?」
「随分、長かったな」

「お前らと違って。 俺は情が篤いんでね。 名残を惜しんでくれる人が多いのさ」

「ぬかせ。 ―――って、お前、今度は何処に?  俺は北アイルランドのベルファスト。
久賀は何と、アイスランドのレイキャビクだ」

何と、圭介の転任地は北アイルランドのベルファスト郊外にある、国連軍衛士訓練校。 そこの戦術機課程の教官職を拝命していた。

久賀はアイスランドの国連欧州軍技術廠・試験運用実証団。 早い話が、試験・開発衛士をする事になった。

「圭介、教官って。 実用課程の指導教官?」

「ああ。 基礎課程から上がってきた卵たちを、扱きまくる役」

「サドの長門には、うってつけだな」

基礎課程が、主に下士官の指導教員の元。 軍人としての『基礎』を叩き込まれるのに対し。
戦術機実用課程は、将校の衛士教官がこれでもか、とばかりに戦術機のイロハを叩き込む。


「でも、久賀が開発部隊ねぇ・・・」

「寧ろ、壊れて問題個所が判明する事に、期待されたんじゃないか?」

「うるせぇ」

欧州軍の開発試験部隊は、レイキャビークとスペイン領カナリア諸島のラス・パルマス。
いずれかを行ったり来たり、と聞いたことが有る。
ま、結構慎重かと思えば、思いっきり戦闘機動で振り回す事のある久賀には、合っているのかもな。


「で? 直衛。 お前は?」

「ん・・・ 実は、よく判らない」

「はぁ!?」 「なんで?」

「辞令書には、『欧州軍総司令部・副官部に出頭』 これしかないんだよ。
どんな仕事をするのか、何も判らない」

ゼスチャーで「お手上げ」と。


「・・・こいつが、副官なんて出来る訳もないし」

「明日にでもBETAを滅ぼす方が、確率的に高いな」

―――うるさい。

「でも正直。 不安だよなぁ・・・」









窓の外に、彼の姿が見える。
思わず、涙が出そうになる。

―――いけない。 我慢するはずでしょ!?

うん。 我慢する。 我慢できる。


「行ったわね」

「オベール中尉・・・?」

ふと、彼女が私の両肩に手を置く。

「終わりじゃないのよ? これは、始まりなの。 翠華、貴女と。 彼と。 そして、極東にいる彼女にとってもね?」

「うっ・・・ うぅ・・・」

「我慢することは無いわ。 貴女、立派に送り出したじゃない、ね? 翠華・・・」

「ふっ・・・ ひっく・・・ ふぅ・・・うっく・・・」




視界がぼやける。 イヤだ。 彼の姿が、ぼやけてしまう。 見ていたいのに。 ちゃんと、最後まで見ていたいのに。



「ひっく・・・ うっ・・・ うっ・・・くぅ・・・」












[7678] 国連欧州編・設定集(1994年~)
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/07/11 23:25
国連欧州軍 第1緊急即応展開軍団、第88独立戦術機甲大隊(1993年11月~ 駐留地:イングランド・グロースターシャー州・グロースター基地)


・第88独立戦術機甲大隊 指揮官級以上(1994年6月)

大隊長 エイノ・ラウリ・ユーティライネン少佐
第1中隊長 エイノ・ラウリ・ユーティライネン少佐(兼務)
 第1小隊長 エイノ・ラウリ・ユーティライネン少佐
 第2小隊長 ユルヴァーナ・シェールソン中尉
 第3小隊長 久賀 直人中尉
 第4小隊長 ケン・ヴィーターゼン中尉

第2中隊長 ヴァルター・クラウス・フォン・アルトマイエル大尉
 第1小隊長 ヴァルター・クラウス・フォン・アルトマイエル大尉
 第2小隊長 周防 直衛中尉
 第3小隊長 ファビオ・レッジェーリ中尉
 第4小隊長 ニコール・ド・オベール中尉

第3中隊長 ロバート・ウェスター大尉
 第1小隊長 ロバート・ウェスター大尉
 第2小隊長 長門 圭介中尉
 第3小隊長 アイダ・ヴィアンカ・ヴァレンティ中尉
 第4小隊長 趙 美鳳中尉



・第88独立戦術機甲大隊(イルマリネン)総員

・大隊長
エイノ・ラウリ・ユーティライネン少佐

・第1中隊(イルマリネン)
・・第1小隊
エイノ・ラウリ・ユーティライネン少佐
出身:フィンランド 30歳
第1中隊長・兼・第1小隊長  イルマリネン01(A01) 右翼迎撃後衛

ミレーヌ・リュシコヴァ中尉
出身:ウクライナ 22歳
第1中隊第1小隊 イルマリネン05(A02) 打撃支援

ウィレム・ヴァン・デンハールト少尉
出身:オランダ 20歳
第1中隊第1小隊 イルマリネン09(A03) 砲撃支援

イサラ・ヴェルマーク少尉(1994年9月11日戦死 カラブリア半島)
出身:ベルギー 18歳
第1中隊第1小隊 イルマリネン13(A04) 制圧支援

・・第2小隊
ユルヴァーナ・シェールソン中尉(1994年9月11日戦死 カラブリア半島)
出身:ノルウェー 23歳
第1中隊第2小隊長 イルマリネン02(B01) 突撃前衛長

クルト・レープナー少尉
出身:ドイツ 20歳
第1中隊第2小隊 イルマリネン06(B02) 強襲前衛

ミルコ・サルジェク少尉
出身:クロアチア 19歳
第1中隊第2小隊 イルマリネン10(B03) 強襲前衛

アンブローシア・ハート少尉
出身:アメリカ 19歳
第1中隊第2小隊 イルマリネン14(B04) 突撃前衛

・・第3小隊
久賀 直人中尉(1994年9月25日 転属)
出身:日本 20歳
第1中隊第3小隊長 イルマリネン03(C01) 強襲掃討

ヴィクトリア・スターリング少尉
出身:スコットランド 20歳
第1中隊第3小隊 イルマリネン07(C02) 強襲掃討

ウルスラ・リューネベルク少尉
出身:オーストリア 19歳
第1中隊第3小隊 イルマリネン11(C03) 強襲支援

マリア・デ・パデリア少尉
出身:スペイン 18歳
第1中隊第3小隊 イルマリネン15(C04) 強襲支援

・・第4小隊
ケン・ヴィーターゼン中尉
出身:ドイツ 21歳
第1中隊第4小隊長 イルマリネン04(D01) 左翼迎撃後衛

朱 文怜中尉
出身:中国 20歳
第1中隊第4小隊 イルマリネン08(D02) 砲撃支援

クラウディア・ルッキーニ少尉
出身:イタリア 19歳
第1中隊第4小隊 イルマリネン12(D03) 打撃支援

シャルル・フレッソン少尉(1994年9月11日戦死 カラブリア半島)
出身:フランス 18歳
第1中隊第4小隊 イルマリネン16(D04) 制圧支援


・第2中隊(グラム)
・・第1小隊
ヴァルター・クラウス・フォン・アルトマイエル大尉
出身:ドイツ 26歳
第2中隊長・兼・第1小隊長 グラム01(A01) 右翼迎撃後衛

蒋 翠華中尉
出身:中国 20歳
第2中隊第1小隊 グラム05(A02) 打撃支援

ヴェロニカ・リッピ中尉
出身:イタリア 20歳
第2中隊第1小隊 グラム09(A03) 砲撃支援

ヴァン・ミン・メイ少尉
出身:ベトナム 19歳
第2中隊第1小隊 グラム13(A04) 制圧支援


・・第2小隊
周防直衛中尉(1994年9月25日 転属)
出身:日本 20歳
第2中隊第2小隊長 グラム02(B01) 突撃前衛長

ギュゼル・サファ・クムフィール中尉
出身:トルコ 21歳
第2中隊第2小隊 グラム06(B03) 強襲前衛

リュシエンヌ・ベルクール少尉(1994年6月26日戦死 イベリア半島)
出身:フランス 19歳
第2中隊第2小隊 グラム10(B02) 突撃前衛

フローレス・フェルミン・ナダル少尉
出身:モロッコ(リーフ自治州) 18歳
第2中隊第2小隊 グラム10(B02) 突撃前衛

アリッサ・ミラン少尉
出身:イタリア 19歳
第2中隊第2小隊 グラム14(B04) 強襲前衛


・・第3小隊
ファビオ・レッジェーリ中尉
出身:イタリア 21歳
第2中隊第3小隊長 グラム03(C01) 強襲掃討

テルシオ・セルバ少尉
出身:ポルトガル 20歳
第2中隊第3小隊 グラム07(C02) 強襲掃討

ユーリア・アストラール少尉
出身:スペイン 20歳
第2中隊第3小隊 グラム11(C03) 強襲支援

ロベルタ・グエルフィ少尉(1994年9月11日 戦傷。 離脱)
出身:イタリア 19歳
第2中隊第3小隊 グラム15(C04) 強襲支援

・・第4小隊
ニコール・ド・オベール中尉
出身:フランス 23歳
第2中隊第4小隊長 グラム04(D01) 左翼迎撃後衛

アスカル・カリム・アルドゥッラー少尉
出身:トルコ 20歳
第2中隊第4小隊 グラム08(D02) 打撃支援

ウジェール・カスパール・パストゥール少尉
出身:フランス 19歳
第2中隊第4小隊 グラム12(D03) 砲撃支援

パトリツィア・ドーリア少尉
出身:イタリア 18歳
第2中隊第4小隊 グラム16(D04) 制圧支援


・第3中隊(ランスロット)
・・第1小隊
ロバート・ウェスター大尉
出身:イングランド 25歳
第3中隊長・兼・第1小隊長 ランスロット01(A01) 右翼迎撃後衛

オードリー・シェル中尉
出身:北アイルランド 21歳
第3中隊第1小隊 ランスロット05(A02) 打撃支援

アグニ・オナスィ少尉(1994年9月11日戦死 カラブリア半島)
出身:ギリシャ 20歳
第3中隊第1小隊 ランスロット09(A03) 砲撃支援

リュシオン・ティエリ少尉
出身:フランス 18歳
第3中隊第1小隊 ランスロット13(A04) 制圧支援

・・第2小隊
長門圭介中尉(1994年9月25日 転属)
出身:日本 20歳
第3中隊第2小隊長 ランスロット02(B01) 突撃前衛長

ソーフィア・イリーニチナ・パブロヴナ少尉
出身:ロシア 20歳
第3中隊第2小隊 ランスロット06(B02) 突撃前衛

マリエンヌ・デュフォー少尉
出身:フランス 19歳
第3中隊第2小隊 ランスロット10(B03) 強襲前衛

ウォーレン・コールドマン少尉
出身:イングランド 19歳
第3中隊第2小隊 ランスロット14(B04) 強襲前衛

・・第3小隊
アイダ・ヴィアンカ・ヴァレンティ中尉(1994年9月11日戦死 カラブリア半島)
出身:イタリア 22歳
第3中隊第3小隊長 ランスロット03(C01) 強襲掃討

クリストフ・ウラム少尉 
出身:ポーランド 20歳
第3中隊第3小隊 ランスロット07(C02) 強襲掃討

クーエン・ラースロー少尉
出身:ハンガリー 20歳
第3中隊第3小隊 ランスロット11(C03) 強襲支援

カレル・シュタミッツ少尉
出身:チェコ=スロヴァキア 19歳
第3中隊第3小隊 ランスロット15(C04) 強襲支援


・・第4小隊
趙 美鳳中尉
出身:中国 22歳
第3中隊第4小隊長 ランスロット04(D01) 左翼迎撃後衛

マリー・クレール・ベルモ少尉
出身:フランス 20歳
第3中隊第4小隊 ランスロット08(D02) 打撃支援

エドゥアルト・シュナイダー少尉
出身:ドイツ 19歳
第3中隊第4小隊 ランスロット12(D03) 砲撃支援

アヴドゥル・ラミト少尉
出身:トルコ 18歳
第3中隊第4小隊 ランスロット16(D04) 制圧支援










[7678] 外伝 海軍戦術機秘話~序~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/07/13 02:52
1994年7月某日 夜 横須賀 料亭「小松」


「・・・わっからん奴だなぁ、貴様もっ! 大体、海軍の戦術機にそんな、極端な格闘戦性能なんか、必要あるかっ!」

「解って無いのは、貴様の方でしょう! それじゃ、只のミサイルキャリアーよっ!
第一、戦場が必ずしも戦域制圧任務だけとは、限らないっ!」

―――またか。

言い争いを始めた2人を、残りの者が些かうんざりと、そして呆れたような、半分以上諦めた表情で眺める。
ある者は酒杯を手に取り、隣の者と乾杯しつつ飲み干し。
ある者は中断した雑談を再開する。
皆判っているのだ。 この2人の仲が悪いわけでも、また、己が専門の職制の将来を憂えている事も。
些細な立場の違いから、今こうして口論してはいるが。 実際、この2人は海兵(海軍兵学校)以来の親友同士であるという事も。


「はんっ! そんな状況、極々限定された状況じゃないかっ! 大体、母艦戦術機甲部隊の投入場面じゃ無いさっ!」

「貴様っ! 私達の任務を軽視する気っ!?」

―――流石に、そろそろ拙いか?

皆がそう思い始めた時。

「長嶺、白根。 貴様ら、大概にしておけよ。 大体、今夜は戦術機論議に集まった訳ではあるまい?
久々のクラス会(同期会)だ。 思う処はあるだろうけど、次の機会にしよう」

「むぅ・・・」

「まぁ、宮野。 貴様がそう言うのなら・・・」

宮野慶次郎少佐の一声に、それまで言い争っていた二人、長嶺公子少佐と、白根斐乃少佐が、気まずそうに矛を収める。
熱血タイプの長嶺少佐とは違い、常日頃冷静で柔和な白根少佐が、ここまで激する事は珍しいのだが。

しかしながら、クラスで屈指の人格者でもある宮野少佐に諭されれば、流石にこれ以上我を忘れるのも、気恥ずかしい事だ。

今夜、この横須賀の海軍御用達の料亭「小松」では。 
横須賀鎮守府所属艦、乃至、横須賀入港中の艦に乗り組む、海兵111期のささやかなクラス会が開かれていた。

帝国海軍兵学校 第111期。 1983年入校。 1987年卒業。 海軍機関学校第92期、海軍経理学校第72期と同期(コレスポンド)に当たる。
階級は、最古参の大尉から、1年目の少佐まで。 
部隊において、大型艦の科長や飛行隊長、分隊長。 中型艦の副長。 小型艦の艦長。 海軍の中核を担う世代であった。


「・・・今更愚痴っても、しょうがないのは判っているのよ。 でもね、何時までも『翔鶴』(F-4EJⅡ)じゃね。
所詮、第1世代機の改修機。 速度も、パワーも、攻撃力も。 何もかも、不足しているのよ・・・
新型が有れば。 山田だって、遼東半島でむざむざ死にはしなかった・・・」

山田昌美少佐。 戦死した時は大尉だった。 彼らの期友で、昨年9月の『九-六作戦』支援時に、遼東湾上空で戦死している。

「おい、何も戦術機の性能が全てでは無かろう? 山田の事は残念だ。 だが、あの時は光線属種の出現位置が、全くツイていなかった。
それは貴様も、攻撃隊指揮官だった千早さん(千早孝美少佐。海兵108期)も認識しとるだろう。
俺は『安芸』(戦艦)の高射長だったから、高射指揮所からは良く見えたが。 あのBETAの位置では、戦術機部隊の損害が増えても致し方あるまい」

岩佐直春少佐が、長嶺少佐の盃に酒を注ぎつつ、苦言する。

「岩佐ぁ~・・・ 貴様ぁ・・・ そうだけどさぁ・・・」

「それに、もうじき㊄計画の実施検討会も詰めを迎える。 その為に、技術実証機視察団が来月にも欧州へ派遣されるのでしょう?
海軍からは、淵田さん(淵田三津夫中佐。海兵97期)と、千早さんか。 
欧州の第3世代機。 次の海軍次期戦術機計画(NTSF:Naval Tactical Surface Fighter)、加速するのじゃないかしら?」

横合いから、徳河照子少佐が口を挟む。 
元々、幕府の主宰者たる武家の棟梁家だったが、大政奉還の際に現在の五摂家によって、元枢府から弾き出された徳河公爵家の孫娘だ。
その様な背景の家系の出身故か。 第一級の武家の出とはいえ、斯衛とは非常に折り合いが悪い。


―――㊄計画。

正式名を『照和六八年度 海軍第一五次拡張計画』

今次BETA大戦に於いて、大陸の戦火が日増しに激化するに及び、陸海軍ともに更なる軍拡計画を策定。
昨年度、1993年度政府臨時補正予算に、ねじ込む形で成立した。
その中には、旧式化が憂慮されていた、海軍戦術機開発計画『NTSF計画』も含まれていた。


「うん。 淵田さんと千早さんは、来週早々にも渡欧する様ね。 他にも、陸軍やメーカーの人間も一緒だそうだけど」

「白根、貴様も志願したのだろう? 撥ねられたか?」

宮野少佐が、面白そうに酒杯を仰ぎながら聞いてくる。

「宮野。 貴様も意地が悪くなったのじゃない? ええ、ええ。 撥ねられましたとも。 小福田さん(小福田巳継少佐 海兵105期)にねっ!
『飛行隊長が抜けては、部隊指揮はどうするんだい?』 って。 そう言われては、何も言えないわよ」

「ま、精々楽しみにするわよ。 世界の情勢は最早第3世代機。 帝国海軍としても、何時までも第1世代機で、甘んじる訳にもいかないでしょうし?」

長嶺少佐の言葉に、皆『全くだ』とばかりに頷く。
ここにいる5人中、戦艦乗りの岩佐少佐と、潜水母艦乗りの徳河少佐を除く3人が、戦術機乗りだったのだ。









≪同刻 「小松」別室≫


「・・・何やら、若い者が賑やかだね」

「ああ・・・ そう言えば、柳本君(第3航空艦隊司令長官)のところの若いのが。
あと数人、少佐連中がメーターを上げて(※『気焔を上げる』の海軍隠語)おりましたな」

「次期戦術機か。 あれも、愁眉ですな」

3人の提督―――海軍大将が2人に、海軍中将が1人―――酒杯を交わしている。
いずれも長年、海の名将、勇将として名を馳せてきた古強者の雰囲気を醸し出している。


「ところで、小澤君。 ㊄計画、海軍側の調整はついたのかい?」

禿頭の海軍大将が、大柄な一方の大将に酒を酌みながら聞く。
その割に、自身は酒を飲んでいない。 酒杯に茶を入れて、ちびちびと飲んでいるのだ。
―――この御仁、全くの下戸である。 酒は一滴も飲めない。


「・・・正直、難航しておりますな。 高橋さん(高橋望海軍大将。海兵83期。軍事参議官)や、南雲さん(南雲忠次海軍大将。海兵83期。軍事参議官)が元気だ。
クラスの大河内(大河内伝蔵海軍中将。海兵84期)、高須(高須二三郎海軍中将・海兵84期)なんかも、色々とやっとります」

聯合艦隊(GF)司令長官・小澤治郎海軍大将が、所謂『大艦巨砲主義者=艦隊派』の名を挙げて嘆息する。

「これについては、井上さん(井上茂美海軍大将 海兵84期。 軍令部総長)も、苦慮されていますよ。
何せ、裏には宮様(賀陽宮紀仁親王・海軍元帥)がいる。 そして、それの裏で、こそこそしている五摂家がいる」

苦々しげに答えるのは、第1航空艦隊(1AF)司令長官の、山口右近海軍中将(海兵87期)。
海軍部内に於いて、最初期から戦術機甲戦力の充実を唱え続けてきた『母艦派』に属する。

「まぁ、そっちは私の方から何とか手を回すよ。 
正直、御隠居した宮様や、海軍とは折り合いの悪い五摂家にまで口を出されるのは、些か以上に業腹だしね」

統合軍令本部長・高野五十六海軍大将が迫力のある笑みで答える。


「米内さん(米内光孝国防大臣)や、堀(堀貞吉海軍大将 日中韓統合軍・帝国代表部代表)も。 
こちらの支持に動いてくれる確約は取った。 後は、小煩い『艦隊派』の根源を、黙らせるしかないね」

「ま、五摂家と言っても。 裏で絵図を描いているのは、斑鳩に崇司。
九條は代替わりしたばかりの小娘ですし、斉御司は余り海軍、いや、国防軍には関わらない。 
煌武院の分家筋が、煩いと言えば、煩いですがね」

「煌武院の分家筋? 山口君、どこの家だ?」

「月詠の隠居と、御剣の二男筋の家ですよ。 どうも、政威大将軍とやらは自分の身内をすら、抑制出来ない程に腑抜けたらしいですな。
斑鳩と崇司、この2家と共に、耄碌した宮様を担ぎ出してきている」

「・・・失われた、海軍への影響力を再び、かい?」

「小澤さん。 元々、五摂家に海軍への影響力なんて、ありゃしない。
元々でさえ、自分たちの持ち分は少なかったんだ。 今更、ちょっかい出さないで欲しいですよ」

山口中将の言い様は正しかった。
全ては130年近く昔に遡る。



1867年の大政奉還。 その直後の元枢府設置。
 
この当時、1870年代までの帝国の「軍事力」は、陸上戦力は五摂家の私兵(旧藩兵)を中核とする「鎮台軍」であった。

そして、旧幕府当時に各藩が所有した「近代艦艇」は。 全て「奉上」という形で、兵部省(後に陸・海軍省に分化)が一括して管理した。
この艦艇群は、寧ろ非主流派の大名家が保有する艦が多く、その乗員も非主流派武家の出身者が大半を占めた。

その後、1880年代に入り、各地で群発する士族反乱では、「鎮台軍」のみでは足らず。 平民層からの常集が常となった。
そして海軍に至っては、「第一次海軍近代化計画」を策定する。

これは旧幕臣であり、幕府海軍の生みの親で、そして新生帝国海軍の長老でもあった、勝芳舟翁(勝義安伯爵 参議兼海軍卿)が、強力に推し進めたものであった。
この結果、艦艇の近代化と並行し、摂家の影響力を除く―――五摂家筋の人員整理を強行した。

この為に、国家予算を掌握していた五摂家からの報復として、艦艇改修・調達予算の大幅削減という憂き目をみるが。

ここで出てきたのが、皇主(皇帝)家であった。

既に1000年以上昔に、現実政治の実権を武家に握られていたとはいえ。
上代(古代)より連綿と続くその神秘性は、高々300年程度の歴史しか持たぬ、五摂家の及ぶ所では無かった。
(それに、五摂家にしてもその出自は、初代は流浪の野武士か、地方の小地主=武装農民の長程度だ)


皇主(皇帝)家、及びその藩屛である公家衆(公家貴族)は、五摂家及び武家貴族に対する反発から。
皇室予算の大幅削減と、公家貴族への下賜金の削減。 そして宮内省を含む官吏の俸級(給料)削減。
この3本柱でもって、浮いた予算を海軍へ与えたのだ。

これにより、海軍の艦艇近代化は成し得た。
(この結果が、1895年の日清戦争に於ける、常備艦隊(後の聯合艦隊)大勝利の遠因になる。
また、宮内省の一部局であった城内局の独立と、城内省への昇格の原因の1つでもある)

そして、海軍はその成立から心情的に傾いていた、皇室への尊崇を高めると共に、皇室もまた、海軍への無形の支持を明確にした。
(皇室筋の宮家が軍歴に入る場合、その多くは海軍軍人となる通例は、この時に出来た)


決定的だったのは1905年の日露戦争。

陸軍は変わらず五摂家が支配する『準私兵』集団だった(部隊編成権を掌握していた)
緒戦期こそ快進撃を続けたものの。 中部満洲の一大会戦(奉天会戦)で、ロシア帝国軍に散々に打ち破られた。(戦死者数が、日清戦争の数倍に上った)
幸い、ロシア国内情勢(革命の火種が各所で上がっていた)の為、勝利はしたが、撤退したロシア軍に『助けられた』陸軍=五摂家の威信は、地に落ちた。

そして反対に『日本海海戦』で聯合艦隊が、ジノヴィード・ニコラエヴィチ・ロジェストヴェンスキー中将率いる、ロシア・バルチック艦隊を撃破した。

この陸軍、海軍の戦果の差と。 

翌々年に皇主(皇帝)が出した『万民輔弼勅令』―――平民の、広範囲な自由を保障した、『四民平等』の宣旨
これによって、国民の支持は海軍=皇室に寄った。


「摂家は元々、海軍とは相容れない存在だ。 しかしどうして、今更・・・」

「予算でしょう。 先の第一五次計画では、随分と斯衛に回す分を毟り取りましたしね。
お陰で連中、『瑞鶴』に代わる次期戦術機開発を数年、先延ばしせざるを得なくなった」

山本大将の疑問に、小澤GF長官が答える。

「動いているのは、寧ろ城内省と斯衛軍かい? 
いやいや。 連中だって、海軍を向こう回しの喧嘩は、無駄だと判っているはずだよ?」

「・・・こちらの戦術機開発に付いてきているメーカー。 河西に石河嶋、九州航空に愛知飛空。
このどれか、あるいは複数社。 自分たちの懐に抱きこもうという腹なのでは?
実際、この4社には頻繁に、城内省の担当官が連絡を取りたがっている節があります」

「・・・声をかけていたのは、富嶽と遠田じゃないのかね?」

「富嶽は94式の後始末で忙しいでしょうし。 遠田はあれでなかなか、権威には屈しない社風ですから。
ま、あわよくば、と言ったところでしょうが。 それにしても、ちょっかいを入れられるのは、勘弁ですな」

山口1AF長官が、苦々しげに答える。


「判った。 摂家筋のちょっかいは、僕が何とかしよう。
なに、情報省にはその為に飼い馴らしている者が居る。 ちょっとばかり、キツイお灸をしてやれば、公爵様方は音を上げるよ」


小澤大将と、山口中将が思わず顔を見合わせる。

―――この人は。 ギャンブラーなんだが、実際は下手だからな・・・


(後で、米内さん(国防相)か井上さん(軍令部総長)辺りに、話しておかないと拙いな・・)

山口中将は、頼りにはなるが、反面付き合いにくい大先輩達の顔を思い浮かべ、嘆息した。








1994年8月上旬。 
斑鳩家当主が急な代替わりを発表した。 そして崇司家もまた、城内省政務次官職を辞職する旨の発表が有った。

その翌々日には、隠居していた有力武家の一家、月詠家の先代が急死している。












1994年8月10日 シチリア島 タオルミーナ


「おお! 地獄や、地獄やって聞いとったさかい。 どんなトコやと思ったら。
こりゃ、風光明媚なトコロやないか? なぁ、千早君よ」

「ええ。 正直、未だここまで自然が残っているとは・・・ この自然も、欧州連合軍の奮戦の証ですわね」

「せやな。 ほな、まぁ。 折角の特等席の見物や。 精々、楽しませて貰うで」

「予定では一ヶ月後位に、なりそうとのことですよ」

「んじゃ、それまではバカンスやな・・・」






[7678] 外伝 海軍戦術機秘話 1話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/07/17 03:06
1994年8月16日 1535 南満州 遼寧省 瀋陽南西50km 帝国軍第14師団 第141戦術機甲連隊 第2大隊


朝から断続的に続いていたBETAの侵攻も。 ようやくの事で収拾の目処が立ってきた。

『ゲイヴォルグ・リーダーよりライトニング! ガンスリンガー! 戦線を押し上げるっ!
ウイング・スリー(鶴翼参型)! 宇賀神、ライトニングは右翼! 木伏、ガンスリンガーは左翼だ!』

『ライトニング、了解』
『ガンスリンガー、了解ですわっ!』

ゲイヴォルグ・リーダー、第2大隊長の広江直美少佐の指示に、第3中隊長(ライトニング)の宇賀神勇吾大尉、第2中隊長(ガンスリンガー)の木伏一平中尉が応答する。

≪CPよりゲイヴォルグ。 BETA残存、東10km地点。 個体数約1500 光線級は確認されません。
突撃級が少数と、要撃級100を確認。 残りは小型種です。 移動速度、約60km/h
エリアD9S、SWS-58-76からW-62-77経由で、北面からの側方打撃が可能です≫

大隊CP将校の柏崎千華子大尉が、戦況の状況説明と、戦術攻撃進路の指示を行う。

BETA群は西南西から一旦遼河を越え、そこから北上してH18・ウランバートルハイブまで戻る算段だろう。
その前に、渡河ポイント直前で捕捉できる。 1500程の小型種主体の群れならば、大隊戦力であれば、然程の手間は掛らない筈だ。

36機のF/A-92E「疾風弐型」が主機出力を上げ、地表面噴射滑走で進路を北西に取り疾走する。
そこから緩やかに迂回して、BETA群の右翼後背から一気に殲滅戦を仕掛ける手筈だった。

石河嶋重工が送り出したモンスター・パワーユニット、FJ111-IHI-132Bが咆哮を上げる。
ドライ状態で出力73.5KN、A/Bで130.5KNは、今現在、F/A-18E/FのGE-F414と並び、世界最強出力を誇る。
欧州第3世代機用主機のEJ200sでさえ、ドライで60.5KN、A/Bで108.5KNだ。
日本の第3世代機、94式「不知火」の主機である『誉二四型 NK9K-S』でも、ドライ58.5KN、A/Bで105.4KNなのだ。


『うはっ! 相変わらず、この加速と言い、パワーと言い。 暴走列車やな!』

第2中隊長の木伏中尉が、破顔しながら嬉しそうに叫ぶ。
実際、初期型のF-92Jとは『まるで別物』とまで言わしめたパワーユニットなのだ。

『・・・中隊長。 ご機嫌なのは宜しいですけど。 そろそろBETA群を捕捉します。 陣形指示を』

『ドォーって行って! ガァーってシバいて! バァーって引き上げやっ!』

『・・・ガンスリンガー02より中隊各機。 フォーメーション・アローヘッド・ワン(楔壱型)
突撃前衛が穴を開ける。 第1、第3は左右の突破口拡張戦闘。 第1、第3中隊との連携を忘れずにっ!』

『『『『『 了解!! 』』』』』

中隊長の意味不明な指示を、第2小隊長が日本語に翻訳して伝える。

『03より02。 祥子ぉ~・・・ アンタも苦労するわねぇ・・・』

『02より03。 沙雪ッ! 貴女もなに、暢気にしているのよッ!?』

『え? だって。 ≪中隊長語≫の翻訳は、祥子が一番上手だし・・・ね?』

『・・・何が、ね? よっ! 全くっ!! どいつもこいつもっ!!!』


そんな指揮官達の交信を無言で聞きつつ、部下達が嘆息する。

『ねぇ、杏。 また小隊長の機嫌が悪くなるよぉ~・・・』
『勘弁して欲しいよねぇ。 中隊長も、和泉中尉も。 判ってて、からかうんだもん・・・』
『美園、仁科。 おしゃべりはそれまで。 センサーにBETA群、感有り』
『おっとぉ・・・ でも、間宮中尉。 中尉だってボヤいていたじゃないですか』
『そうそう。 『早く周防中尉が帰って来てくれないとっ! 私は胃潰瘍で戦病死してしまいそうっ!』 って。 ・・・笑えたけど、真実ですよねぇ』
『美園・・・』
『うひゃぁ!?』
『杏。 みなまで、言いなさんな・・・』


暢気な会話をしつつも、派遣軍中の精鋭部隊と言われるだけあって、瞬く間に突撃陣形を整える。
そして、BETA群への突入寸前―――

≪CPよりゲイヴォルグ! 突入、待てっ! 南方より海軍機による戦域制圧攻撃開始ッ!≫

『何ッ!?』

大隊長が思わず南方を見やったその先に。 
多数のマーヴェリックミサイルを発射した直後の海軍戦術機部隊―――F-4EJⅡ『翔鶴』の編隊、約1個大隊(戦闘飛行隊)が視認出来た。

1機当たり12発のAGM-65・マーヴェリック空対地ミサイルの一斉射撃。 都合、432発がこちらに向かってくるっ!

『くそっ! 全速後退っ! 爆発に巻き込まれるぞ!!』

『海軍は何をっ!』 『あ、アホかっ!!』

大隊全機が、一斉に後進跳躍をかけて退避する。
その直後にマーヴェリックが全段着弾した。

『―――ッ!? 何だ、この威力はっ!?』

『これがマーヴェリックかいなっ!?』

海軍機の発射した空対地ミサイルの威力が、従来とは全く異なる事に気づく。


『セイレーン01より陸軍部隊! 済まなかった、連絡不備が生じたようだ! 被害は無いかっ!?』

海軍戦術機甲部隊の指揮官から、安否の回線通信が入る。

『ゲイヴォルグ・リーダーよりセイレーン。 こちらは無事だ。 
それより帰艦したら、管制調整将校を殴り倒しておいてくれ。
こっちは、私がぶん殴るっ!』

『了解、ゲイヴォルグ。 ・・・しかし、程々にな? 『満洲の女帝』にぶん殴られたら、タダじゃ済まなさそうだ』

『ふん・・・ それより、私を知っているのか? お互い、初見だと思うが?』

『この満洲で。 陸軍の広江少佐を知らない帝国軍人は、モグリだな?』

『セイレーン。 そちらも有名だが? 昨年9月の遼東湾での低空突撃は、見事だったと聞き及ぶ』

『それは先代ね。 私は当時、指揮下の中隊長だった』

『いずれにせよ、生還した猛者だな? セイレーン』

『帝国海軍少佐、長嶺公子。 見知りおいて頂きましょうか』

『帝国陸軍少佐、広江直美だ。 機会が有れば、一献。 どうかな?』

『楽しみにしておくわ。 じゃあ』





36機の『翔鶴』が機体を翻し、高速NOEで南方―――海岸線方向へ飛び去ってゆく。
遼東湾に展開した第3航空艦隊。 『雲龍』級戦術機母艦6隻から成る、強力な艦隊が展開中だった。

『隊長。 新型のテストは上々でしたね』

第3中隊長の加藤瞬大尉が、回線を繋いできた。

『トンちゃん。 ここでドジったら、それこそ目も当てられないよ? NTSF計画の目玉のひとつなんだからね』

『そうですけど。 それでも、期待しちゃいますよ』

加藤大尉が、その綽名『トンちゃん』の由来になった丸顔―――しかも、童顔だ―――を綻ばせる。

『加藤。 それこそ海軍は、この為に開発の注力を注いできたんだ。 ここで成果が出なければ、計画はとん挫するんだぞ?』

第2中隊長・鈴木裕三郎大尉が、半ば呆れ気味に同期生を諭す。
鈴木大尉と加藤大尉は、共に海兵114期。 今月、大尉に進級したばかりの青年士官たちだ。
長嶺少佐にとっては海兵時代、1号生徒(最上級生)だった頃の、4号生徒(新入生)だったのが、この二人の114期生だ。

『ま、私に言わせりゃ。 海軍戦術機に過度の格闘戦能力は不要。 今みたいな一撃離脱の瞬間制圧能力が、最も必要なんだ』

『我々の同期でも、意見は分かれますが。 母艦戦術機甲部隊の連中は、概ね同意見ですが。
基地戦術機甲部隊の連中は、近接格闘戦能力は必要だと』

鈴木大尉が、2つの意見が有ることを指摘する。

『基地隊? 誰が言っているんだ? 鈴木』

加藤大尉が、鈴木大尉を促す。
彼らの同期生は、母艦戦術機甲部隊や基地戦術機甲部隊では、飛行隊長を補佐する分隊長(中隊長)にある。

『ん・・・ 大野(大野竹義大尉)や、鴛淵(鴛淵貴那大尉)なんかがな。 ああ、1期上の笹井さん(笹井醸次大尉)も言っていたか・・・』

『ふん・・・ 嘴の黄色いひよっこが、何を賢しらかにっ! ハッキリさせりゃ、良いんでしょ! 戦果を挙げてねッ!!』

―――藪蛇だった・・・

飛行隊長の不機嫌そうになった顔を見た瞬間、2人の若い中隊長達は、内心で後悔した。
こうなったからには。 この後延々と戦術機談議に付き合わされてしまう。

海上に出る。 沖合に母艦が確認できる。 『雲龍』だ。
母艦の着艦管制指揮官から、着艦指示が入る。
部隊は緩やかに旋回を描きつつ、順次着艦態勢に入って行った。

―――誰か、他の飛行隊で生贄を宛うしか方法がないな・・・

そんな不穏な内心をもつ、2人の大尉もまた、部下の着艦を確認しつつ、最終アプローチに機体を操作していった。










1994年8月28日 副帝都・東京 霞が関 海軍軍令部本庁舎 本館第弐会議室


㊄計画実施検討会。 海軍第一五次拡張計画、その事前準備検討会も、今回で実に13回目を迎えていた。
これまで開かれた検討会において、海軍の今後の進むべき方向性。 そしてそれに伴う軍備充足の手法が討論されてきたのだ。

大筋において海軍の主目的たる、本土周辺海域、そして通商路の制海権確保の認識は、今現在の帝国海軍軍人の共通認識ではあった。
時代が、そして国家戦略が、国家と国民の存亡が、それを求めているのだ。

では、何を持って、どのようにしてその求めに応じるのか? そこで見解が分かれる。
ひとつは、「復古主義」と揶揄される大艦巨砲主義。 つまり、多数の戦艦群、イージス艦、打撃巡洋艦(当初はミサイルキャリアー艦と呼ばれていた)。
この水上打撃戦部隊をもって、その任となす。 そういう主張であった。

「つまり。 70年ほど前に全盛を迎えた英国本国艦隊や、ドイツ高海艦隊のような。
数10隻の戦艦や巡洋戦艦群を、再び。 そう言う訳かい?」

座の議長役である、軍令部の少将が尋ねる。
その確認に慌てたのが、主計局から参加していた主計大佐だ。

「まて、まて、まて。
今時、戦艦1隻建造するのに、どれ程のカネが必要だと思っている?
現状の維持でさえ、やっとなのだぞ。 その上に『紀伊』級の近代化改修も始まっている。 他の戦艦群もだ。
この上、新造艦など。 揃えられると思うのかい? 大蔵省の主計局が卒倒するぞ?」

「城内省と斯衛から分捕った予算も無限じゃないしな。 寧ろ、付け足し程度にしかならん」

国防省第3部(政策企画)から参加している参謀中佐が頷く。

「何も新造艦を、と言ってはおりません。
しかしながら、昨年9月の遼東湾。 あそこで沈んだ『陸奥』と『薩摩』 あの2艦は対レーザー防御改修を不完全のまま出撃し、沈みました。
この先、BETA、とりわけ光線級との対峙が確実視される水上打撃戦部隊としては。 最低限、主力艦全艦の対レーザー防御改修は施したい。
GF(聯合艦隊)の絶対要望です」

GFより参加している参謀中佐の言に、幾人かが唸る。
確かに、93年9月に遼東湾で沈んだ2戦艦には、レーザー蒸散塗膜装甲の改修処置が遅れた結果。 既存の装甲防御のみで出撃し、沈んでいる。
海岸線へ接近し、直接打撃戦を展開する戦艦部隊としては。 最低でも主要防御区画(ヴァイタル・パート)は最低限、レーザー蒸散塗膜装甲処置が必要だろう。
しかし、それにはかなりの予算が消費されてしまう。

「直接戦闘も無論重要ですが・・・ 
BETAの海底侵攻の早期発見。 島国たる我が国にとって、防衛の第1歩である早期哨戒システムの構築も、重要です」

EF(海上護衛総隊)から参加した少佐が、些か気弱そうな声で発言する。
が、その表情と声色とは反対に、これまた最重要検討課題ではあった。

―――BETAは渡海する。

85年のバトル・オブ・ブリテンで証明され、近年でも地中海の島嶼戦で確認されている。
島国と言うアドヴァンテージの当てが外れた帝国にとっては、低高度軌道偵察衛星の早期充実と共に。
海底敷設センサー群の設置と、小型・大量生産が可能な戦時急造駆逐艦・海防艦群による早期海中警戒網の確立は急務だった。

皆が唸る。
考えれば考えるほど、予算は幾ら有っても足りない。 それこそ天文学的数字の軍事予算の投入が必要になる。
しかし、帝国は必ずしも裕福とは言えない。 いや、寧ろ財政は常に、自転車操業状態なのだ。
これまでも、軍事予算捻出の為に、数多くの他の予算枠を削減・撤廃してきた。
これ以上は、流石に国民生活に支障をきたす水準に、突入しかねない・・・


「宜しいか?」

それまで無言だった、統合軍令本部より参加していた海軍大佐が発言の許可を求める。
同じ海軍とはいえ、統合軍令本部はこの場合、オブザーバーだ。 しかし・・・

「いいよ、君もまぁ、元をただせば身内だ。 それにこの場は『発言は自由たれ。 研究は自由たれ』だ。 どうぞ、周防君」

座長役の少将が快諾し、その大佐は一礼し、ホワイトボードに向かう。

「まず。 帝国は・・・ 海軍の目的は何か。 これは今まで散々討論されてきましたので割愛する。
では、その手法としての艦隊整備計画―――第一五次拡張計画。 その目的は何か?」

そう切り出し、ホワイトボードに書き込んでいく。

1.艦隊整備計画―――体制維持(防衛)/祖国防衛(攻撃)

「この二つは、同じに見えて異なる。 いや、実のところ表裏一体である。
では、この2つの目的を達成するのに必要なものは?」

2.主戦力―――母艦(CV)―――多用途性、展開性
      ―――戦艦(BB)―――制圧力、CV護衛

「間違いなく、この2本柱である事は疑いないでしょう」

EFの少佐から異議が上がる。

「無論、早期警戒システムを軽視する訳ではない、紺野君。 しかしそれは、拡張計画に於ける第2項、支援システム検討の項目と、僕は考える。
そして今現在は第1項、艦隊整備計画の検討なのでは、ないだろうか?」

些か不承不承、押し黙った少佐を見て、何事も無いかのように話を続ける。

2-1.母艦戦力目的―――敵勢力の殲滅。―――移動優位性、アウトレンジ能力、集中投入力。 戦術機甲部隊の発展、拡大。

2-1-1.戦術機甲戦力目的―――対地制圧力向上。 ※しかしながら、自衛手段としての近接殲滅能力向上も考慮すべき。

2-1-2.戦術機甲戦力強化―――問題:予算、人員。 方向性。

「1941年12月8日。 我が海軍は世界に先駆して、母艦戦力の優位性を証明した。 結果は忸怩たるはあるが、その事実は変わらない。
そして、その結果は半世紀後の現在でも変わらない。 
水上打撃戦力の重要性は認めるが、しかしながらそれ以上に、母艦戦力は海軍力の中核である。 如何?」

一同が頷く。 戦艦戦力の拡大を主張したGFの参謀中佐もだ。

「ならば。 その整備を第1位とする事は、必定。
では、何を以ってその相互補完となすか? 無論、言わずと知れた事だ」

2-2.水上打撃戦力―――強靭性、直接攻撃力・面制圧力

2-2-1.戦艦目的―――直接制圧、CV護衛 ※繰り返しになるが、継戦において重要なる故。

2-2-2.短期目的―――対レーザー防御向上(防御)、対地制圧力向上(攻撃)

2-2-3.長期目的―――艦数維持、若しくは増加―――問題:予算、人員。


「母艦戦力の拡張、水上打撃戦力の能力向上。 これは判った。
では、どうする? 単に数を増やすだけでは、根本解決にはならんと思う」

艦政本部から参加の代将(提督勤務大佐・准将に相当)が尋ねる。

「母艦戦力の向上。 これは現在建造中の・・・ いや、就役まじかの『大鳳』級戦術機母艦2隻を以って、一応の完成となりましょう。
従来の『雲龍』級6隻、『飛龍』級2隻。 そして改装母艦の『飛鷹』級2隻と、『千歳』級2隻。
14隻有れば、母艦戦力としては必要十分。 後は、その中身となりましょう」

「・・・新型戦術機ですか?」

開発技術廠の技術中佐が、眼鏡の枠を押し上げながら尋ねる。
自分の職掌分野の事とて、聞き逃せないだろ。

「そうだ、中佐。 しかしながらこの件は、『NTSF計画』で行って貰った方がいいな? この場は、大枠を論じる場だ」

「無論。 承知しておりますよ」

「では、戦術機甲戦力の方向性は、そちらでやって貰うとして。 
次は? 水上打撃戦力についてだが」

座長役である、軍令部の少将が次の議題を促こす。

「主計局としましては。 予算にも限度が有る以上、防御か攻撃か。 いずれか一方の方向性を決定の上で、予算枠の見直しを行いたい」

正論である。
帝国海軍が現在保有する戦艦群は、新旧合わせて17隻。 2隻が沈んだとはいえ、未だ保有数に於いて世界屈指である。
それはとりもなおさず、維持費に悲鳴を上げ続ける事を意味していた。

「統合軍令本部、軍令部の方針としては。 全17隻全艦の保有は不可能だ。 これはGFも承知の上と判断するが?」

座長の軍令部の少将が、GFの参謀中佐を顧みる。

「はい。 GFとて、全戦艦群を保有するだけの人員枠を確保は出来ません。
いくらかは予備艦籍への編入は必要と判断しております」

「ん・・・ では、いずれ正式に決定となるが、今のところはオフレコでな。
残すのは、紀伊級2隻、出雲級1隻、信濃級2隻、大和級2隻、穂高級2隻。 この9隻は確定だが・・・」

「駿河級。 加賀級も出来れば2隻は」

「おいおい、それじゃ、ほとんど全艦じゃないか」

たまらず、主計大佐が唸る。 いましがた、予備艦枠を内諾したと言うのに。

「加賀級3隻と、『長門』は予備艦にするよ。 悪いが、流石に老朽艦をこれ以上、近代化改修する必要性が見えないからね。
それに、駿河級の『三河』、『伊豆』も。 第3予備艦籍編入だ。 これで11隻。 悪くは無かろう? これでも米国に次ぐ。 英海軍を上回る」

「・・・GF司令部へは、その旨を伝えましょう」

事実上、GFの大艦巨砲主義派閥が折れたに等しい。

「ああ、『長門』は、暫くは練習戦艦だ。 候補生の揺り籠役をやって貰うよ。 余生はゆっくりと過ごさせてやりたい」

軍令部の少将の言葉に、GFの参謀中佐が一礼する。
永年の『姉妹』を失った老嬢にとって、慰めにはなろう。

これで大枠は決定した。 後の補助艦艇群については、拡張計画本会議で決定すべき事項だった。

「これで、粗方決まったね。 皆、長い間の検討会、ご苦労だった・・・」










1994年9月25日 横須賀 料亭「小松」


「ほんなら。 ㊄計画の目玉は母艦戦力と戦術機。 その次が戦艦群の防御力向上。 そう考えてエエんやな?」

淵田三津夫海軍大佐(9月15日進級)が、酒杯を干しながら面前の期友に確認する。

「ああ。 大枠はそれで決定したよ。 後は、貴様たちの出番だ。 俺が助力できる範囲は、ここまでだ」

同じく酒杯を傾けながら、周防直邦(なおくに)海軍大佐が答える。
今でこそ、統合軍令本部で陸・海・航宙三軍戦略を担当する、作戦局第1部の2課長(戦略情報)であるが。
以前はGFで軽巡艦長、母艦艦長を歴任してきた海上の武人だった。

「まぁ、周防。 ご苦労だった。 確かにあとは俺達の出番だ。 貴様には感謝する」

軍令部第2部の厳田穣海軍大佐が、いかにも尊大な雰囲気のままに笑みを浮かべる。
この3人は、海兵の同期生であり、海軍(軍令部、第3航空艦隊)、統合軍令部に於いて、その手腕を評価される者達だ。

「ま、後は『NTSF計画』やな。 これはこれで、荒れそうやなぁ・・・」

淵田大佐が思わず嘆息する。

「海軍戦術機甲部隊には、2つの潮流が存在する。 母艦戦術機甲部隊と、基地戦術機甲部隊がな。
まとめるのは、些か困難を覚えるが・・・」

珍しく、厳田大佐が弱気に取れる言葉を吐く。

「どうした? 厳田。 貴様らしくない。 今は楽隠居した南雲さん(軍事参議官)が1AF長官時代。
戦術機甲参謀の貴様を以ってして、『厳田艦隊』と言わしめた貴様が」

周防大佐が、面白そうに茶化す。

「おけ、周防。 あの頃とは立場も違う。 今の俺は軍令部2部、軍備担当だ。
無論、俺自身の主張は持っておるが。 それを押し通せる立場では無いな」

「あの厳田が。 えらい、おとなしゅうなったもんや・・・」


軍令部2部は、海軍全体の軍備計画を担当する。 その中には正面戦力の整備計画も含まれる。
しかしそれ故に。 より『中立性』を要求される。 現場の要望を、自身の固執で覆すなど、出来る職務では無い。
或いはそれが狙いだったのかもしれない。

―――『厳田サーカス』

海軍戦術機甲部隊に於いて、近接格闘戦能力の充足を、かねがね唱え続けてきた人物だ。
ここに居る淵田大佐が、瞬間戦域制圧力の充足を唱え続けてきた事に正対する。
しかし、それでいて仲は良いのだが。

或いは、海軍戦術機甲部隊の『主流』、『表看板』たる、母艦戦術機甲部隊指揮官、そして航空艦隊の長官、司令官たち。
こう言った連中からは、ある意味蛇蝎のごとく毛嫌いされていたのだ。
軍令部2部への『栄転』は、別の見方をすれば『左遷』とも取れる。


「・・・甥っ子からの手紙に書いてあったのだが。
欧州の第3世代戦術機は、格闘戦能力重視のようだな。 淵田、貴様は視察団だったのだから、その辺はよく見ているだろう?」

つい先日、欧州視察から帰国したばかりの淵田大佐が、同意の意を込めて頷く。

「そうやな。 母艦からの運用なんかもしとったが。 ありゃ、ほとんど『陸軍戦術機』やったわ。
ま、『母艦運用能力も付与している』程度や。 機体の各所にカーボンブレードなんか、ゴテゴテ装備しとったな。
兵装は完全に陸軍機や。 海軍の兵装・・・ 戦域制圧兵器の運用は、難しいやろな」

「その報告書は目を通した。
欧州各国は、英国を除けば元々陸軍国だ。 海軍の何たるかは、永遠に理解は出来んよ。
英国に関しても、未だ大艦巨砲主義者が牛耳っている。 ありゃ、駄目だ」

何時もの尊大さを取り戻して、厳田大佐が欧州海軍をこき下ろす。

「それはそうと。 メーカーの話だが。 河西、石河嶋、九州航空、愛知飛空。 この4社の内定は出したのか?」

周防大佐が、厳田大佐に確認する。

「ああ。 7月頃までは、歯切れが悪かったが。 8月に入ってから、逆に積極的に売り込みをかけてきたよ。
ありゃ、『摂家の変』が絡んでいるな。 どうも、御大たちが動いたらしい。
宮様も大人しくなったし、南雲や高須の馬鹿共も、煩く横槍を入れる事が無くなった」

8月上旬の、摂家の急な代替わりと、城内省政務次官辞任。 他に有力武家筋の要人の急死。
海軍部内で苦々しげに語られていた、五摂家の干渉。 これが排除されると同時に、メーカーの協力態度が一変したのだ。

「まぁ、メーカーにしても。 摂家からの圧力は無碍に出来なかったのだろう」

―――だがこれで、邪魔はいなくなったな。

周防大佐が笑いながら言う。


「―――周防。 その話だが。 動いたのは統合軍令本部長の高野さん(高野海軍大将)だ。
で、貴様はそこの1部の2課長。 貴様―――あまり、無茶はするなよ?」

厳田大佐は暗に、国内謀略戦に関わるな。 そう言っているのだ。

「心配するな。 俺は専門家じゃない。 餅は餅屋。 そっちは全部委任している」

「はぁ・・・ 物騒やな。 
おお、そうや。 さっき聞きそびれたんやが、おい、周防。
貴様、『甥っ子の手紙』で、欧州の第3世代機の事、知った言うとったな? なんで貴様の『甥っ子』が知っとるんや?」

淵田大佐が、怪訝な表情で聞く。

「ん、その事か。
俺の甥・・・ 長兄の下の息子だが。 陸軍から出向で、今は国連軍に在籍していてな。 欧州軍だ。
衛士をしとる。 シチリア島の戦闘にも、参加したようだ」

「なんやと? ほんなら、あの壊滅寸前で持ちこたえきった、あの部隊かいな」

「知っているのか?」

「直接は知らん。 が、残り10機そこそこに減った状態で、最後の時間を稼ぎ切ったんが、国連軍の戦術機甲部隊やった。 その甥っ子、階級は?」

「中尉だ」

「ほんなら、最後2個残った小隊規模の部隊の、どっちかの指揮官と違ゃうやろか?
あれは、見事やったで・・・」

「そうか・・・」

酒杯を干しながら、暫く会っていない甥っ子の顔を思い出す。

―――あいつは。 昔から無茶なところのあった、ヤンチャだったが。

あの、物静かで学究肌の兄と。 朗らかで大らかな義姉と。 どこをどう取ったら、あの腕白小僧が生まれるのか。
随分と面白がったものだが。

―――直衛。 あまり、親父殿や母親を、心配さすものじゃないぞ・・・?

遥か遠い欧州に居る甥っ子に、心の中で苦言しつつ。 それでもあいつは生き残るだろうな、と。 根拠のない、直感じみた想いが脳裏をよぎった。







[7678] 外伝 海軍戦術機秘話 2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/07/19 18:39
1994年10月10日 兵庫県西宮市 河西航空工業本社


「でしたら、菊原さん。 九州航空は、石河嶋と組むのですな?」

眼鏡に七・三分けにした髪型。 やや丸顔の温顔。 愛知飛空工業の戦術機設計部長、内原賢吾は、ゆっくり確かめるように、対面の相手に確認した。

「ええ。 先だって、海軍の技術開発廠から連絡を貰いました。 
最終的には、我が社と御社のJV(Joint Venture:共同企業体)と。 石河嶋・九州航空JV。 この2つの採用競争になると」

河西航空工業・戦術機設計部長、菊原静夫は、淡々とした口調で相手に答えた。
海軍次期主力戦術機計画「NTSF計画」が立ち上がり、約1年が過ぎた。 その間、様々に紆余曲折が有った。

元来、河西にせよ、愛知にせよ。 いや、石河嶋や九州にせよ。 本来、海軍の主力戦術機開発を行える企業では無かったのだ。
技術力が無いからではない。 それは既に92式(輸出名:F-92、F/A-92)シリーズでの実績で培われている。
彼らとて、第2世代機、そして準第3世代機の開発・生産・改良を行ってきたのだ。 国内外からそれなりに高い評価も得ている。

ではなぜか?

―――今まで、大手3社の独占が続いた為だ。
光菱、富嶽、河崎。 この3社が、77式『撃震』に遡るまで、陸海軍(82年からは斯衛まで)の戦術機シェアを独占してきたのだ。

何より、この3社は本社を副帝都であり、近年、国防省移転に伴い『軍事都市』の色も強めつつある東京に本社を置く。 企業としての毛色も宜しい。
実に、軍の好みのタイプの企業群だった。


翻って、河西、愛知、石河嶋、九州は?

石河嶋は本社こそ東京ではあるが。 元来は造船業主体の企業だ。 関連企業の立川航空機を保有していたが、先の大戦以降は軍との接点を失っていた。
残る3社は、地方の地場企業だ。 大手3社を向こう回しに、軍の主力戦術機正式採用を勝ち取るには。 資本力もさることながら、何より政治力が皆無だった。

駄目だと思いつつも、河西、愛知、石河嶋、九州の4社は。 92式の生産と改良型(帝国名称「92式弐型(疾風弐型)」)の開発・生産を行い。
更には米ノースロック社が叩き売りに出していた、YF-17のパテントをも、河西と石河嶋で値切り倒して共同購入し、戦術機開発のノウハウを蓄積していった。

輸出先の各国へ話を取り付け、戦場での運用実証検討の為に、大陸や東南アジア、中東、そして一部東欧にまで足を運んだ。
先だっては、地中海戦線のシチリア島で行われた欧州第3世代機の、技術実証機運用部隊視察団へも、関係者を派遣して詳細に観察してきた。
(同行した光菱や富嶽の技術者たちからは、色々と嫌味を言われたらしいが)

自信は有った。 光菱や富嶽、河崎の開発した94式『不知火』を凌駕する戦術機を開発する自信は。

が、それでも大手3社の政治力の前には、無力であろうという達観もまた、有ったことは確かなのだ。
92式『疾風』にしても。 所詮、イレギュラーな幸運で採用されたものだ。 まともにやって、採用される見込みなど無かった。


「しかし・・・ どうやら、我々は悪運が強いようですな」

菊原がぽつりと呟く。 その呟きを耳にした内原が苦笑する。

「まぁ、時勢を味方につけるもの、実力のうちと。 そう思う事にしております、私はね」

時勢―――大手3社は、陸軍向けの第3世代戦術機、94式『不知火』を今年2月に送り出した。

本土防衛軍西部軍管区を最優先配備軍管区に指定し、順調に配備も進んでいる。
これは、大陸派遣軍への配備戦術機を、92式弐型『疾風弐型』に指定した陸軍参謀本部、兵器行政本部の殊勲だったろう。

このお陰で、国内への94式優先配備が決定し。 かつ、光菱、富嶽、河崎は従来の77式の生産ラインを、94式生産ラインへ移行する余裕が出来た。
(陽炎の生産ラインは、元より微々たるものだった)

余談だが、余剰となった77式は。 一部が練習型へ換装され、残りは東南アジア諸国へ『輸出』されている。

そして時勢とは、この配備がなされた94式の現場での運用だった。
無論、94式は優れた設計の機体であったが。 新規配備早々の機体というものは、運用していくと様々に改善要求が生じるものだ。
現に、配備部隊での評価が高い半面、その期待故に様々に改善要求が早くも上がって来ていた。
開発した3社は、この改善要求事項を解決する為に、開発時と変わらぬ多忙さを極めている。


「光菱の堀越さんが、体を壊して入院したのも。 それが一因ですな。 お気の毒な事ですが・・・」

菊原が表情を曇らせて言う。

光菱重工の戦術機設計主任・堀越次郎技師は、94式開発時から続く激務がたたり、今年の8月から体調不良で入院していた。
共に開発に携わっていた松平精一技師が、現在は代行を務めている。

「・・・光菱は、その社風故か。 軍の最大要求を何としても反映しようとしますからね。
富嶽も本来は、競争相手の光菱への対抗心から、妥協はしないようですし」

「河崎は、我が道を行く、でしょうな。 ・・・成程。 私など、望まれても堀越さんの立場には、成りたくはないな」

彼には申し訳無いが―――そう言いつつも、複雑な表情の菊原だった。


そう。 大手3社は海軍次期主力戦術機開発に、注力を注ぐ余力が無いのだった。
おまけに、斯衛と城内省が富嶽重工に内々に接触し、斯衛軍用の専用戦術機開発の話を持ちかけていると、まことしやかに囁かれている。

斯衛との折り合いが極端に悪い(最早、国内冷戦状態と言う者もいる)海軍が、この上で富嶽に話を持っていく事はないだろう。
何しろ、あの会社の初代は海軍を『放逐』された、「中島飛行機」の設立者・中島智久平元海軍機関大尉なのだ。 海軍との折り合いの悪さは、正に折り紙つきだ。

そして元来、海軍の御用達メーカーである光菱は、両手両足が塞がっている。 河崎は元々が、陸軍御用達メーカーだ。

窮余の一策として、海軍が声をかけたメーカーが。 陸軍戦術機開発での2番手グループに位置していた、今回の4社だったという事だ。


「まぁ、最大限利用させて貰いましょう。 先方さんとの勝負はどう転ぶかわかりませんが。 
なに、海軍に採用されない場合でも、商売先は幾らでもありますしね」

「これまで培ってきた海外販路は、寧ろ我々の方が豊富ですからなぁ」

「いずれにせよ、次の試作機検証試験ですな。 来年初旬ですね。 それまでに出来る限りの問題個所は潰しておかないと」

来年1月20日には、各試作機の実用試験検証が、横須賀の海軍技術開発廠に付属した、追浜基地にて行われる。
まずは、この勝負に負ける訳にはいかなかった。













1994年10月15日 副帝都 東京 石河嶋重工戦術機開発部 研究開発棟会議室


乱舞した図面と格闘中の開発者の群れ。 皆、目が血走っている。
それもその筈、彼らはここ数週間、まともに帰宅すら出来ていないのだった。
よく見れば、石河嶋の作業服以外の人間も多数いた。 九州航空の人間だった。

今回、石河嶋と九州航空の2社JVで行う事になった、海軍次期主力戦術機開発。 
その詰めが迫って来た為、これまで通り東京と九州で別々に作業を行っていては、非効率極まる。
そこで、JVを主導する石河嶋に、九州航空から開発部の人間を送り込んできたのだった。


「ああ! もう! ダメダメ、これじゃ、継戦能力が全然足りないでしょ!」

九州航空開発部副部長・折原津弥子博士が、長い髪を振り乱して叫ぶ。

「しかしね、折原さん。 FJ111-IHI-132Bは今現在、帝国で調達出来得る、最高のパワー・ユニットですよ?
これと同等のモノは、世界中探してもF/A-18用のGE-F414しか無い」

石河嶋重工戦術機開発部・設計主任の今河藤助技師が、横合いから異議を挟む。

「判っていますよ、そんな事は! でもねぇ、いくら世界最強級のモンスター・パワーユニットでも! 燃費悪すぎっ!
継戦時間が現行の『翔鶴』の7割に達しないなんて、冗談じゃないッ!!」

あちらこちらから、唸り声が上がる。
そう、現在世界最強級の戦闘出力を誇る、石河嶋の開発した主機・FJ111-IHI-132Bは。
その大出力故に燃費が悪い。 それは継戦時間の低下に直結する。

実際、この主機を搭載している陸軍の92式弐型や、輸出型のF/A-92E/Fもこの問題を抱えている。
帝国陸軍、及び世界各地のユーザーからの改善要求が上がって来ているのだ。


ではどうする?
出力を抑えて、燃料消費量を低減さすか? いや、それでは今回の試作機はともかく。
既に運用されている92式弐型の偏向推力機構へ送る推力が不足する。 あの大出力故の、あの高機動性なのだ。
改良型のFJ111-IHI-132Cも、思ったほどの燃費性能向上は成し得ていなかった。


「こうなると。 ドイツのMTUアエロエンジン社と昔から仲の良かった河西が、羨ましいわ・・・」

河西の戦術機主機開発部門は、ドイツ・MTUアエロエンジン社の協力で立ち上がった経緯がある。
その為、従来より欧州で生産せれてきた戦術機用主機・RBB199シリーズの技術供与も行われていると聞く。
それだけではなく、今年に入って開発された準第3世代機・トーネードⅡ用の主機・RBB205-Mk104もまた、入手していると言う。

FJ111-IHI-132シリーズには及ばぬものの。 第3世代機用主機としては十分な出力を有している。
何より。 RBBシリーズは小型で推力重量比が大きく、燃費も良好が特徴の主機だった。 まさに今、彼ら、彼女らが欲している主機だった。

「無いものは、どうしようもない。 ならせめて、他の部分で差別化すべきだ。
継戦時間の低下は、他に何か考えるしかないがね・・・」

石河嶋の戦術機開発部長・長尾慶四郎が天井を仰ぎ見ながら言う。

「他の部分ねぇ・・・ じゃ、私達が向うさんより勝る部分って・・・?」


更に2週間、開発部署は不夜城の趣を続けることとなった。















1994年10月28日 横須賀 海軍技術開発廠 追浜基地


格納庫より、可動式発射台に乗せられた誘導弾が運ばれてきた。
運用管制中隊が、最終チェックを行っている。 よく見れば一部、民間人もいる。

「大陸での試験発射は、良好だったようだよ」

技術開発廠・兵器部長の中村倉蔵海軍大佐が、傍らに控える大佐に答えた。
その大佐、軍令部2部の厳田大佐は無言で頷き、目前の誘導弾に視線を据える。
そして、多少覚えた違和感を口にした。

「・・・90式より、やや小型化しておりますな」

帝国が、いや、海軍がライセンス生産している空対地誘導弾、90式空対地ミサイル―――AGM-65・マーヴェリック空対地ミサイルより、若干小型だった。

「ああ。 90式は全長2490mm、全径350mm、弾頭重量27kgだが。
今回の試作4型空対地誘導弾は、全長2150mm、全径285mm、弾頭重量30kgになる。
が、威力は90式(マーヴェリック)より強力だ」

「小型化しつつ?」

「そうだ。 90式は成形弾頭と衝撃信管の組み合わせだったが。 試作4型は弾頭が成形/サーモバリック複合弾頭。 信管は衝撃/遅延信管の複合信管だ」

「つまり?」

「着弾と同時に、衝撃信管が成形弾頭部を起爆さす。 そしてメタル・ジェットを生成させて装甲を溶解射貫させる。
その直後に遅延信管が作動。 開けた穴に、サーモバリック爆薬が入り込んで炸裂する。
今まで、直撃でも仕留めきれない場合が多かった突撃級BETAにも有効だ」

「そうでしょうか?」

「厳田君。 柔らかい内臓物をサーモバリックの複合爆共鳴爆発で、ズタズタにされて平気なBETAはおらんよ」

「確かに」

―――ふん、判っていて、この態度か。 この男は相変わらずだな。

内心で厳田大佐を毛嫌いしている中村大佐は、心の中で罵りつつ、口には異なる言葉を出す。

「そう言う訳だ。 ここは是非とも軍令部2部には、正当評価を成して貰いたいものだな」

そんな中島大佐の内心などどこ吹く風。 厳田大佐は目前の誘導弾を眺めつつ、ふと思い立った事を口にする。

「そう言えば。 この試作4型の開発は光菱の兵器開発部ですが。 陸軍向けにも、面白いモノを作ったとか?」

「・・・ああ、よく知っているな。 そうだ、米陸軍が開発したAGM-144N・ヘルファイアⅡ。 あれの小型版を試作したらしい。
戦術機だけでなく、攻撃ヘリや装甲車両にも搭載できる。 それこそ、ハンヴィー(高機動多用途装輪車両。 M998四輪駆動軽汎用車)なんかにもな。
セミアクティブレーザー誘導だから、「撃ちっ放し」能力(Fire-and-forget)もある。 
こちらも弾頭と信管は同じ方式だからな。 歩兵用の携帯型陸上発射システム (Portable Ground Launch System)でも、突撃級でさえ仕留められる」


―――ふむ。 何も、フェニックスに依存せずとも、方策は有るか。

厳田大佐が考えていたのは、目前の試作誘導弾の性能では無く。 別の、海軍兵器行政上の問題であった。
米海軍。 いや、米議会がフェニックスのライセンス生産に難色を示している。

陸軍の戦術機。 92式の時のトラウマだな。 全く、余計な事をしてくれたと随分恨んだが。
まあいい。 ここには面白いモノが転がっている。
NTSF計画の正式採用がどちらになるか知らんが。 随分と面白いオモチャが出来そうじゃないか?
















1994年11月10日 2330 副帝都 東京 帝国電機工業 開発第2会議室


「いや、問題は。 その双方の性能を有する機体を制御するには、従来の統合制御システムじゃ、処理が追いつかないってことですよ」

開発部の1室で、若手の開発部員が問題点を提示する。
今回のNTSF計画計画。 帝国電機工業は、戦術機用統合制御システムの新規開発を担当していた。
こちらは、2つのJVどちらに与して、では無く。 光菱電機との競争になっている。

今問題になっているのは、海軍が示した要求仕様。
『戦域制圧機』 そして 『近接格闘戦機』 双方の性能を満たすように、統合制御システムを開発せよ。
何とも無茶苦茶な要求だった。

異なる特徴を有する仕様は。 それ故に異なる演算処理を要求する。
単純に、容量を増やせばいい? 馬鹿な、容積が大幅に増える。 冷却系も心配だ。
他の要素(機体側の)を削ぎ落とす? 問題外だ。 戦術機メーカーはそんな事は飲まない。 採用は簡単に見送られる。


「光菱は、どうしようと?」

中堅の開発部員が、上司に確認する。

「一部、冷却系の問題になろうとも。 大型化の方向らしいね」

「馬鹿な。 それこそ、端っから弱点丸出しじゃないの」

開発部電子機器設計課の課長―――女性課長だ―――が、馬鹿にしたように言い放つ。

しかしながら、袋小路に追い込まれた事は確かだ。 どうしようもない。


「何か、抜本的な・・・ それこそ、ブレイクスルーできる技術はないかなぁ・・・」

「江崎部長、何言っているんですか・・・」

「でもねぇ、佐伯君。 このままじゃ、本当に八方塞だよ」

ボヤきに突っ込まれた江崎部長―――薄くなった中年頭の、中年太りの、立派な中年男性だ―――が、部下の佐伯設計課長にボヤく。

「ブレイクスルー・・・ そうだ、確か!!」

それまで図面を凝視していた若手が、思い出したように叫ぶ。

「ん?」 「どうしたの?」

「それですよっ! ブレイクスルー! そうだ、そうだよっ!」

いきなり内線電話を掴み、相手先をコールする。

「ああ、もしもし? 素材試験部? 2課の、浜崎はいるっ!? そう、米国に行っていた! うん、うん・・・ まだ、いる?
じゃ、至急、開発2会議まで来いって言って! そう! 開発の江崎部長と佐伯課長が、至急の呼び出しだって言ってさ!!」


「おいおい・・・ 俺は何も言っていないよ・・・」
「やめてよ。 それでなくとも向うの課長には、『ウチの課員の残業時間の大半は、そっちの後始末だよ』って、嫌味言われているのに・・・」




10数分後。 帰り仕度の最中で呼び出され、終電を乗り過ごすことになった浜崎課員は、些か不機嫌な表情で説明していた。

「ええ。 確かに、この素材なら解決できますよ」

浜崎が示した資料を読んだ開発部員たちは、一様に驚きの表情を示した。

「・・・あれって、無理だ、無理だって言われてたよな?」
「実現できたんだ・・・」
「確かに、これなら・・・」

皆が驚きと共に読んでいる様を見て、少しは気分も晴れたか。 浜崎課員はまるで、自分の発明のように語り始めた。

「ええ。 ボール・セミコンダクタ(Ball Semiconductor)。 日本語で言えば、『球面半導体』 これは、従来の平面半導体の3.14倍の素子を有する事が出来ます」

1992年に日本人が米国で設立した、ボール・コンダクト社。 
中小ベンチャー企業だったその小さな会社が、革新的な発明を成し得たのは1年前だった。

それまで、半導体の最大の難点だった単位面積当たりの素子搭載量を、大幅に引き上げる技術。
シリコンを球面状に加工し、その表面に半導体素子を組み付ける事で。 
それまでの設置基板の単位面積当たりの素子組付け数が、平面から球面へ変わった事で大幅に増加した。

―――球面の表面積は、平面の3.14倍だ。

「勿論、接続部分の問題も有りますから、必ずしもその数字通りとはいきませんけど。 でも、7割程度・・・ 2.2倍にはなります。
それに、この技術の特徴はそれだけじゃありません。 球体を複数接続する事で、より大きな性能を実現できます」

「と言うと?」

「えっと・・・ 『クラスタリンク』って技術なんですけど。 3つ、4つの球体を連結させて、1個の半導体にする事も可能だし。
それぞれを記憶・制御・バックアップ、といった具合に。 統合性能を持たすことも可能です。
つまり、極小さなコンピューターシステム・・・ の、素を複数、同時に組み付ける事が出来る訳で。
これを従来のシステムと比較すると。 まぁ、冷却系にちょっと弱いところが有りますから、安全率を見越しても・・・
演算処理速度で、4倍から5倍。 容量も同じ位は、実現可能ですよ。 大きさは変えずに」

夢のような話だ。 しかし・・・

「特許問題は? 米国企業だろう?」

「社長は日本人ですよ。 特許申請は、日本でやっているそうです。
ああ、あと、思い出しましたけど。 センサーや計測制御関係の専門メーカーと、去年の末頃から、製品開発で協業しているようですよ。
あ、日本のメーカーですけどね」

途端に怒号が飛び交った。

―――おいっ! 誰か、国際販売部を捕まえろっ! 大至急だっ!!
―――知的法務財産部!? 開発だけど! 至急確認したい件が有る! 帰宅する!? 馬鹿野郎! 俺たちは碌に家に帰って無いんだぞっ!!
―――資料は有るかっ!? 無いっ!? その専門メーカーに問い合わせろっ! 連中だってこのご時世だ、徹夜残業している連中だっているだろっ!


その喧騒を見つつ。 浜崎課員は確信した。

―――ああ、これで俺は。 この騒動が終わるまで、残業の嵐だな・・・

ふと、腕時計を見る。 終電が終わって久しい。 これで今日も仮眠室行きだ。
ここ2カ月、まともに相手をしていない婚約者を思い出す。

―――婚約破棄されたら。 絶対、BETAのせいだ・・・

泣きそうになってきた。








************************************************************************************************************

注記:「ボール・セミコンダクタ」(Ball Semiconductor)技術は実在します。
1996年にアメリカで設立された、「ボール・セミコンダクタ社」(設立者は日本人)が開発した、実在の技術です。
また、「クラスタリンク」も実在の技術です。

21世紀に入り、主に医療技術など、極微細な技術を要する分野で、この技術を用いた製品の開発・生産が行われています。

作中の記述は、基本をこの事実に基づいて、半ば以上が作者の創作であります。





[7678] 外伝 海軍戦術機秘話 3話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/07/21 23:41
1994年12月10日 副帝都 霞が関 帝国海軍軍令部


気温が下がった今日。 副帝都・東京では小雪が舞う寒々とした1日になっていた。
霞が関の軍令部本庁舎。 その第2部長室で、2人の男たちが向かい合っている。

「では。 次期戦術機・実証試験検証の日程をずらす。 こう言う訳かい? 厳田君」

第2部長・松永貞一海軍中将が朴訥な温顔を曇らせ、確認する。

「はい。 機体の方は何とか1ヶ月後の試験には間に合いそうとの事ですが。 いかんせん、統合制御システムの進捗が。
帝国電機は急遽、新技術採用に走った為、あと1カ月はかかるとの連絡が。 光菱も難航しております。
このままでは、器は出来ても、中身が空っぽのままになってしまいます。
思い切って1カ月、日程を後ろ倒しにする予定です」

「・・・過大要求である事は、重々承知の上だったが。 いや、メーカーの諸君も、よく頑張ってくれているのは判っているのだが・・・」

「部長。 ここで焦って、半端な仕上がりの戦術機とするより。 ひとつ、度量を示して彼らメーカーのやりたい事を、やらせてみては如何でしょう?」

「ん・・・」

松永中将は少し考え込む様子を示し。 そして決断した。

「判った。 日程はずらそう。 総長(軍令部総長・井上茂美海軍大将)には、僕の方から報告しておく。 強いては事を仕損じる、とね。
―――しかし。 厳田君。 君も変わったね。 昔なら、メーカーに怒鳴り込んででも、日程は守らしただろうに」

上官の指摘に、厳田大佐が思わず苦笑する。
そうだ。 以前の自分なら、こんな事は絶対に許容しなかっただろう。 
メーカーに乗り込んで、責任者をとことん論破した上に面罵して、期日を守らしただろう。

―――ではなぜ今回は?

基本的に自分は変わってはいない。 今更変えようもないな、この年で。
強いて言えば・・・ 陸軍への当てつけか。

連中の94式『不知火』 あれは確かに良い機体だ。 それは認める。 しかし、多分に無理をしすぎている。
機体設計もそうだし、その結果無くなってしまった発展余裕もそうだ。 あの機体は早晩、発展性の無い凡庸な機体へと成り下がる。

開発開始時期がほぼ同じであって、その間、政治上のゴタゴタでスケジュールの遅れた欧州第3世代機。
その『原型』のデモンストレーションが今年の9月に行われたが。 視察に行った連中の話と報告内容、そして記録映像。
様々に検討した結果、少なくとも94式を上回る機体で有る事は確認できた。 ベースとなった開発データは、帝国からこっそり流したものだが。

云わば、源流は同じなのだ。 それでいて、あの差は何だ?

欧州第3世代機の開発は、ほぼメーカーの独自判断によるところが大きい。 
軍は概略の方向性を示し、あとはメーカーが暴走しないように監視していただけ。

反面、帝国陸軍は開発段階から事細かな介入をしていた。 
その結果、様々に制約を受け、そしてギリギリまで無理をして、突き詰めた設計の機体になったのだ。
一応の要求は満たしたようだが、あれ以上の発展余裕は無かろう。 帝国の技術のみでは。

ふん。 『新国粋主義』? 『新右派思想』? 下らん。 それ程、米国をはじめ欧米諸国が憎いか。 それ程、国内で引き籠りたいのか。


―――結局は、半世紀前に帝国軍自らが大負けした結果の、自業自得ではないか。

現実に目を向けて、自分自身の言葉に酔っている低能共が。 全く、虫酸が走る。
だからか、今回俺がここまで『寛容』なのは。

連中の呆ける顔を見てみたい。 ああ、それとあの『母艦派』の連中も見返してみたい。
何しろ、俺が現場から外されてこんなところで書類仕事をしているのも。 小澤や山口を始めとする、『母艦派』の連中が動いた結果だしな。

良いだろう。 貴様たちの欲する戦術機、送り出してやろう。 そして、俺の主張する戦術機もまた。
その時に言ってやるのだ。 

『なに、固定観念に囚われていては、何事もなし得ませんな』、と。 

連中の母艦運用一辺倒を、せせら笑ってやる。


そんな暗い想念は、極一瞬のうちに脳裏をよぎったものだが。 口にしたのは一言だけ。

「部長。 我々は兵学校でこう教えられたではありませんか? 
『アングルバー(鉄棒)になるな。 フレキシブルワイヤー(鉄索)でなければならない』と。
いやはや。 年をとると、どうにもアングルバーになりがちですなぁ」


―――少々、あざとい言い回しだったか? 流石に温厚な松永さんも、嫌な顔だな。

まあいい。 俺は俺のやりたいようにするまでだ。















1994年12月24日 兵庫県神戸市 河西航空工業甲南製作所 主機試験場


架台に乗せられた主機が、連続運転試験を継続中だった。
甲高い音を立ててかれこれ300時間以上、稼働している。

「現在推力70%。 85%まで上げたのち、100時間連続運転開始予定」

「了解。 推力、上げます。 ・・・75% ・・・80% ・・・85% 試験推力値、確認」

更に駆動音が上昇し、青白い焔を吐きだす。
これより定格最大出力にて連続稼働試験、そしてA/B状態での連続稼働試験が待っていた。
目標は連続稼働時間500時間。 これをクリアしない事には、戦場での『武人の蛮用』に耐えられるものではない。

「試験は順調のようですな」

試験場に隣接するコントロール・ルームに陣取った愛知飛空工業・内原賢吾設計部長は、傍らの河西航空工業・戦術機設計部長、菊原静夫に向かって微笑んだ。

「ええ。 こちらの最大の不安要素は、主機でしたからね。 なにしろ向うさんには、FJ111-IHI-132シリーズが有る。
あのモンスター・パワーユニットでまともに殴りかかられたのでは。 ぞっとしませんよ」

「確かに、そうですが・・・ 聞くところによると、九州航空の折原女史が随分と悩んでいるとか」

「・・・燃費は、最低ですからね」

92式弐型(F/A-92E/F)にも採用されている主機、FJ111-IHI-132シリーズは確かに大出力の優れた主機だ。
しかし、難点もある。 その最大の難点が、燃料消費の多さだった。
その主機を向う(石河嶋・九州JV)が選定するのならば。 余程抜本的な技術確立がなされない限り、アドヴァンテージはこちらに有る。

試験中の主機に目をやる。
原型はF110-GE-129。 92式初期型(F-92J)で使用した主機だ。 FJ111-IHI-132シリーズの原型でもある、ジネラルエレクトロニクス社の開発したパワーユニット。
そして今回、河西は懇意の独・MTUアエロエンジン社から新規開発のRBB205-Mk104を輸入していた。

河西と愛知、両者の技術陣は、その2つの主機を再度徹底的に研究した(RBBシリーズ自体は、以前から河西がMTU社より従来型を入手していた)
その結果誕生したのが、目前の主機だ。 未だ社内名称『AK-1994-2』しかないが。 正式採用の暁には、主機番号も付与される事だろう。

ドライ状態で推力63.5KN、A/B使用で118.5KN。 これで居て、母体の片割れになったRBB205の流れを汲み、小型で推力重量比が大きく、燃費も良好だった。
FJ111-IHI-132に推力でこそ及ばぬものの、陸軍の94式『不知火』のNK9K-Sや、欧州第3世代機用のEJ200sをも、僅かだが上回る。

これには、河西以上に欧州系、特にドイツ系の技術に詳しい愛知の技術陣の協力は不可欠だった。 
小型で高出力、更には低燃費。 帝国の技術力では、未だ到達は出来ない。 入手した2系統の主機は、それこそ宝の山だったのだ。
(しかし、それでもRBB205よりは、大型になっている)


「それに今回は、軍からは余り横槍が入らなかった。 これには助かりましたね」

菊原が本音をこぼす。

「ええ。 陸軍の94式の時には、光菱や富嶽、河崎の連中がノイローゼ気味にまで追い込まれたそうですから。
内心、戦々恐々でしたが、思わぬ肩透かしですね。 何せ、大元があの・・・」

―――あの、小煩い『厳田サーカス』とあっては。 誰しも覚悟しただろう。

それが今回無かった。 概略の方向性は伝えてきたが。 あとはほぼ、フリーハンドだ。 これ程有りがたい事は無かった。


「ところで。 統合管制システムの方はどうなりましたか? 帝国電機と光菱電機。 2社ともそろそろ、スペックを送ってくる予定ですが?」

菊原が、内原に尋ねる。 システム関連の統括は、内原の主管だった。

「ええ。 一昨日、送られて行きました。 ま、仕様書を読んだ限りですが、帝国電機の方でしょうね。
要求仕様を満たしているところは、両者ともに同じですが。 光菱は外形寸法で予定より35%も大きい」

「それじゃ、冷却系の問題も発生しますよ。 機体設計も、見直さなきゃいけない。 今更それは出来ませんね」

「ええ。 反面、帝国電機の方は、外形寸法もこちらの要求値内に納めてきている。
多分、石河嶋と九州も、こっちを採用するんじゃないかな?」

「にしても。 よくあの要求仕様を纏めましたね、帝国電機は・・・」

なにしろ、出したこちらの気が引けて仕方がなかったような代物なのだ。

「何やら、珍しい技術を引っ張ってきたとか何とか・・・ まぁ、我々にとっては、要求通りのシステムが出来ればそれで宜しいじゃないですか」


目前の新しい主機と、斬新と言われる統合制御システム。 無論、機体設計も一工夫も二工夫もしている。
自信は有ったが、相手も92式で共に手を取り合って協業してきた連中だ。 こちらの手の内も、ある程度把握しているだろう。

―――云わば、同門同士の戦いか。

菊原はふと、そんな考えが思い浮かび。 妙に可笑しくなってきた。









1995年1月28日 副帝都・東京 西多摩郡瑞穂町 石河嶋重工瑞穂工場(戦術機事業部主管工場)


煌煌と照らされた格納庫内に鎮座した戦術機。
関係者が見上げる中、九州航空開発部副部長・折原津弥子博士もまた、その一人として感無量の想いで見上げていた。

思えば、随分と無茶な要求を形に出来たものだ。 普通なら、もっと長い年月をかけて開発する代物だ。
しかし、このご時世ではそんな悠長なことは言ってはおれない。 結果として、部下達や石河嶋の社員にも、随分と苦労をかけてきた。
しかし、その苦労も報われるだろう。 自信が有る。 この戦術機。 河西と愛知が繰り出してくる手札には負けない。

「結局、主機の燃費問題は最後まで、抜本解決は出来ませんでしたな・・・」

石河嶋重工戦術機開発部・今河藤助設計主任技師が、傍らで悔しそうに呟く。
彼らの採用した主機、FJ111-IHI-132CⅡ(92式弐型の主機の改良型)では、現行の『翔鶴』の継戦時間の、85%にまで持っていくのが限界だった。
そして恐らく、欧州のRBBシリーズをベースにしているであろう、河西と愛知の主機は。
推力こそ、こちらには及ばないだろうが。 継戦時間は『翔鶴』を上回る事は確実視されていた。

「燃費問題は、最初から向うにアドヴァンテージが有ったからね。 
それより、ここまで引き上げてくれた石河嶋の開発陣を、褒め称えたいわよ。 私は」

今河技師が、些か気恥ずかしそうに、しかしそれでも嬉しさを隠しきれない表情になる。

「・・・継戦能力じゃ、多少劣る事でしょうが。 機動性とパワー。 この2点は譲りませんよ」

「そうね。 こちらも、何も無為無策じゃないってこと、思い知らせてあげましょ」


再び、戦術機を見上げる。 成し得る筈だ。 私たちは必ず、成し得る筈だ。 折原博士は、内心で自らにそう言い聞かせ続けた。













1995年2月5日 横須賀 海軍技術開発廠 追浜基地


「これが、試作4型改2空対地誘導弾か?」

「ああ。 当初は90式より心持ち、小型化しとったが。 流石に威力の面で不足が有るのでは、との意見が出てな。
最終的には全長、全径共に25%程増やして、全長2550mmに。 全径355mmにした。 弾頭重量は1.8倍、54kgまで増加させた。
フェニックス(AIM-54)に比べたら、60%位の長さだな。 直径はほぼ同じ位だが」

「フェニックスはいい。 どうせ、あれは帝国では運用できんよ」

「どういうことだ? 周防」

「貴様も聞いているな? 厳田。 米議会が吹っかけてきた。 1発当たりの調達価格。 
米海軍の調達価格の大凡3倍だ。 足元見おって・・・」

「そんな高価なオモチャ。 コストが合わんな。 年間調達でも、出来て精々、1個飛行隊分程度か。 話にならん。
貴様、年末からこのかた不在だったのは、米国出張の為か?」

厳田大佐が、苦虫をつぶしたような顔の周防大佐に問いかける。

「ああ。 随行でな。 最も、端から無理だろうとは想像していたのだがな。
まぁ、向うもクリスマス休暇中に押しかけられたら、良い気はしない。 
こちらで言えば、正月にいきなり押しかけてきて、仕事のややこしい話を始めたようなものだ」

「そりゃ、確かに迷惑だ。 なんでまた、そんな時期に」

「判っているだろう、貴様も。 戦術機がらみだ。 フェニックスを搭載できるのなら、搭載システムも考慮し直さんとな」

確かにそうだ。 あの搭載システムは、独特の専用システムだしな。
今頃の変更になっては、目も当てられない。

「結局、年末年始の米国旅行か?」

悪意の無いからかいの笑みを浮かべ、厳田大佐が周防大佐を冷やかす。
そんな期友の、珍しい一面にも周防大佐は別段驚いた様子は無い。 誤解される事の多い人物だが、伊達に海兵以来の付き合いでは無いのだ。


「そうだな。 まぁ、珍しいというか、意外な奴と過ごす事になったが」

「ん? 誰だ?」

「甥っ子だよ」

「甥っ子? ああ。 確か、国連軍に居る。 ・・・まて、確か欧州軍じゃなかったのか? どうして米国に居る?」

「何やら、仕事の都合で、という事らしい。 ま、国連欧州軍にしても、頼みの綱は米軍だ。 定常的にご機嫌伺いは必要なのだろう。
―――やたらとナイス(「美女」の海軍スラング)な、女性少佐殿と一緒だったがな」

「ほほう? 相手は1人か?」

「いや。 他にもナイスな女性中尉と、女性少尉が居たな。 あいつは奥手だと思っていたんだが・・・ 兄貴が知ったら、どんな顔をするか」

思い出し笑いをしながら、不意に周防大佐が表情を引き締める。

「で? どうなのだ、この新型の威力は。 
フェニックスに比べて、携帯弾数は増えるだろうが、戦域制圧能力は?
クラスター弾頭に比べれば、劣るのではないか?」

周防大佐の質問に、厳田大佐がやや苦笑気味に答える。

「そりゃ、1発当たりの制圧能力は当然、劣る。 何しろ向うは制圧能力のみを追求した兵器だ。
突撃級なんかの突破阻止能力は、別のモノで行うって寸法だ。 持てる者の特権だ。
が、帝国はそうはいかん。 そんな余裕は無い。 特に台所事情がな」

「ならば、どうする?」

「工夫はした。 遅延信管で起爆さすサーモバリックは、全てが内部に向かって拡散する訳じゃない。 一部は外部へ拡散爆発する。
小型種BETAの制圧に関しては、この相乗効果を狙う。 無論、大型種BETAへの直撃時でも、近辺に居る小型種は吹き飛ばせる。
只の爆風破砕弾頭じゃないんだ、そのくらいの効果は、このサイズでも見込める」

「後は、数か?」

「そうだ。 専用のハードポイント・ラックが要るが。 1基当りで最大9発搭載可能だ。
メーカーへの要求仕様は、最低これを2基搭載可能な事、としている。 合計で18発だ。
想定制圧効果は、フェニックス6発分。 F-14Dの制圧能力に等しい」

「1度の発射でか?」

「そうだ。 初期型は小型の分、搭載弾数が多かった半面、1セルに2発搭載予定で、一斉発射に難が有ったが。
今回はケガの功名だな。 大型化した分、搭載弾数が減って。 逆に1セルに1発となったからな」

―――成程。 それならば、制圧能力には問題がなさそうだ。 しかし、重量はどの位になるのだ? 

「フェニックス程、重くは無いとはいえ。 そこまで搭載してしまえば、機動性は低下するだろう?」

「発射後はデッドウェイトになってしまうが。 ミサイルポッド自体は大した重量じゃない。 
それに、パージも出来る。 実のところ、92式多目的自律誘導弾システム、あれを改装している」

「ほう?」

「あれの格納誘導弾は、垂直発射セルだから、全長が精々1300mm程の小型誘導弾だ。 それを並列16発。 
ユニット自体の全長は、3330mmほどで、断面寸法は約1350mm四方だ。
―――試作4型改2空対地誘導弾を水平発射させるのに、丁度収まりが良い。 1セル1発で、丁度9セルを格納できる寸法だ。
余った長さ分は、発射時の反動緩衝機構を組み込んだ。 
なに、全弾撃ち終わった後は、パージできる。 随分身軽になるさ」


―――それならいいが。

ふと。 周防大佐は昨年末に、甥と話し込んだ時の事を思い出した。
彼の甥は戦術機乗りで有り、その為に今回の事で色々と意見を聞いたものだった。

(『叔父貴。 戦術機ってのは、確かに各国のドクトリンが反映されているけど。 でも『主力』戦術機にはやっぱり、機動力は重要だよ』)

(『何でかって? あのBETAの物量! 例え米軍ご自慢の支援砲撃システムでも、完全阻止は不可能だろうね。
そうなったら、いずれ戦術機甲部隊の出番だ。 機甲部隊? ああ、あれは最早、支援砲撃任務にしか使えないよ』)

(『BETAってのはさ。 こっちの思惑通りには動いてくれない。 絶対にだ。 事前の防衛計画なんか、あっという間に崩れる事は珍しくない。
そんな時に、砲撃仕様に特化した戦術機で、近接戦闘なんか出来るかい? 俺は御免こうむるね、そんな機体は・・・』)

(『理想は、砲撃戦能力と、機動力を両立した機体だけど・・・ 無理だろうなぁ・・・』)


甥の意見は、あくまで陸軍戦術機乗りの立場に立脚したものであったが。
しかし、海軍戦術機甲部隊とて、基地戦術機甲部隊は、陸軍と似たような任務を課せられる。
そういう点では、貴重な意見だった。 彼の甥は2年半に渡って、それこそ極東と欧州の戦場を渡り歩いてきた衛士なのだから。


「・・・機動性が確保出来るのならば、問題無いのではないかな・・・」

ふと、周防大佐が漏らした言葉に、厳田大佐が驚く。
なにしろこの期友は、専門は砲術なのだ。 所謂『大砲屋』だった。 戦術機にそれほど理解が深いとは考えていなかった。

そんな厳田大佐の表情に気づいたのか、周防大佐が少し照れたように言う。

「なに、受け売りだ。 大して判っている訳じゃない」











1995年2月18日 横須賀 海軍技術開発廠 追浜基地


「くっそう! やっぱり機動力は向こうが上なのっ!? この、ちょこまかとっ!」

跳躍ユニットを吹かし、NOEに移った後で主機をA/Bに放り込む。 パワーを生かした離脱で、不意に襲いかかってきた相手を間一髪で振り切る。
距離をとって、再度の突撃。 判っている、真近まで引き付けた後で、急速高機動でまた、交わす腹だろう。

「今度は、そうはいかないわよ、白根!」

長嶺公子少佐が、搭乗する『試作95型2号機』を強引に上空から噴射降下に入れる。
瞬く間に地表が迫ってきた。 

(まだよ・・・ まだよ・・・ まだ、まだ・・・)

神経を研ぎ澄ませ、タイミングを計る。

(・・・よしっ! 今だっ!!)

強引に、後進噴射をかけ急制動を行った。 相手の機体は見切ったつもりなのだろう、咄嗟に横噴射跳躍をかけ、更に噴射跳躍で飛び上がっている。
今まではこの急速機動に、噴射降下中の高速状態で捕捉が追いつかなかった。 ―――しかしっ!

「丸見えだよっ! 白根ぇ!!」

相手―――白根斐乃少佐が搭乗する『試作95型-1号機』の無防備な上昇中の機体を捉えた。
咄嗟にレクチュアルに捉えたその機影に、トリガーを引く。 36mm砲弾が勢い良く吐き出された。 ―――命中!

『くああぁぁ!!』

白根少佐の悲鳴が聞こえる。――― やった! 撃墜!

嬉しさで思わず、機体を上昇させ、アクロをやってしまっていた。


『あ~・・・ 長嶺? 嬉しいんは判るけどなぁ。 流石に、少佐にもなってそれは、無いんとちゃうやろか?』

指揮所に居る淵田大佐から、溜息混じりのお小言が出た。 仕方ない、ブチさんに言われりゃ、しょうがないわね。

「失礼しました、大佐。 メーカー各社さんの気持ちを代弁したつもりなので・・・」

『長嶺。 いい加減にしろ。 貴様、その調子じゃ、『セイレーン』の2代目、他に回すぞ?』

「うわっ、それは勘弁ですよ、千早さん」

前任飛行隊長の千早孝美少佐からも、お小言が入った。 流石にあの人には、同一階級になっても頭が上がらない。

仕方がない。 ここは大人しく陸に戻るか・・・
そう思った時、相手の1号機が寄ってきた。

『お疲れ様、長嶺。 最後の一手は、流石に読めなかったわ。 見事にやられたわね』

「何を言うか、このポーカーフェイス。 大体、白根。 貴様、何回私を墜した?」

『5・・・ いえ、6回?』

「ヘコむなぁ・・・ 私は貴様を3回しか墜していないよ。 はぁ、やっぱり、機動力はそっちが上だね」

『どうかしらね。 用途にもよるんじゃないの? 母艦航空隊の使い方としては、そっちが合ってそうだけど?』

確かに。 一撃離脱にはもってこいの機体だった。 パワーも、スピードも。 低空時の安定性も。
『翔鶴』に乗っていて、不満だった点は全て。 見事に解決されている。 不満は無い。

(・・・最も。 他の見方で言えば、ちょっと難有り、なのよね・・・)

管制塔からアプローチ・コントロールが入る。 2機はそれぞれ指示に従い、滑走路へと最終アプローチに入って行った。







機体を降り、ハンガー脇の衛士ブリーフィングルームに入る。
そこには既に試験飛行を終えて、待機していた部下達が待っていた。

「隊長、お疲れ様です」

鈴木裕三郎大尉が立ち上がって、敬礼する。

「いやぁ、やっと最後に一矢報いましたねぇ」

失礼なことをほざくのは、『トンちゃん』こと、加藤瞬大尉だ。

「ん・・・ 鈴木、アンタもお疲れ様。 母艦発着艦試験、どうだった? 
それと、トンちゃん。 あんたなんか、鴛淵にいい様に、あしらわれたじゃない。 もっぺん、飛行学生からやり直す?」

思わず苦笑する鈴木大尉と、藪蛇をつついた事を後悔する加藤大尉。 この部隊はいつもこんな感じだ。
そんな様子を見た白根少佐が、笑いながら話しかける。

「相変わらずね、ここは。 でも高速離脱戦法を取られたら、正直手の打ちようが無かったわね。
昨日はそれで、鈴木君にいい様にやられっぱなしだったもの。 鴛淵なんか、珍しく悔し泣きしていたわよ?」

「少佐。 悔しかった事は事実ですが。 事実誤認は訂正してください。 私は別に、悔し泣きなどしていません」

上官の軽口に、部下の鴛淵貴那大尉が、端正な顔に眉をひそめる。 実際、彼女の戦術機操縦技術は、同期生の中ではトップクラスだった。

「いやいや、人前では気丈だけどね、鴛淵は。 でも、自室じゃきっと、悔し泣きのひとつもしていたかもね」

そうからかうのは、やはり同期の大野竹義大尉。 彼は今日の試験飛行では、鈴木大尉と共に、母艦発着艦試験を行っていた。


「しかし、どうでしょうね。 実際のところ」

加藤大尉が珍しく、真剣な表情で呟く。

皆それぞれ、2機双方に搭乗している。 そしてそれぞれ各種試験を行ってきたのだ。
実は彼らの前に、技術開発廠の試験飛行隊の試験衛士が、同じテストを繰り返している。
今回はその結果を踏まえて、実戦部隊の衛士が搭乗して、両機の評価を下すという。

「2号機は悪くないよ。 パワーは当然のことながら、速度も、機動性も第3世代機として十二分にある」

大野大尉が、備え付けの椅子に座り込んで答える。

「1号機もね。 確かにパワーの面では2号機に譲るわ。 でも、それを補って余りある機動性を有している。 陸軍の94式と比較しても、能力は上の筈よ」

鴛淵大尉も、自らの感想を言う。

「そりゃ、まぁ。 こっちの方が開発時期は後だしね。 色々と、前例が判っている事だし」

「鈴木。 貴様、それを言ったら身も蓋もない」

鈴木大尉の言に、大野大尉が突っ込みを入れる。


大尉4人の意見を聞きながら、長嶺少佐と白根少佐が目を合わせ、頷く。

「判った。 じゃ、指揮所には私たちの方から報告を入れておく。 4人とも、今日は休んでいいよ」

「お疲れ様。 明日もまた試験が有るわ。 ゆっくり休んでちょうだい」

「了解です」「じゃ、失礼します」「お疲れ様です」「あと、頼みます」

それぞれが挨拶を残して、大尉たちがブリーフィングルームを出る。
いずれ、今晩の全体会議では4人とも出席必須だが。 「ブチさん」への報告は、我々2人で十分だろう。



「・・・でも。 正直、今日の結果で。 有る程度は見えたと思うわ」

通路を並んで歩いていた白根少佐が、ふと漏らす。

「そうね。 何しろ、母艦と基地。 両方の運用を考えるとね・・・」

元々、相容れない仕様を実現しようというのだ。 どこかしらで妥協点は必要だった。















[7678] 外伝 海軍戦術機秘話 最終話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/08/13 22:32
1995年3月10日 副帝都・東京 霞が関 帝国海軍軍令部本庁舎


「では。 正式採用は1号機・・・ 河西・愛知の機体と言う事になるのだね?」

第2部長、松永中将が書類を眺めながら確認する。

「はい。 未だ詳細は詰めねばならない個所は有りますが。 基本方針は決定しました。本日中に各社へ伝達します」

計画が立ち上がってから、約2年。 異例の速度での開発だった。
お陰で海軍は、新たな刃を手に入れる事が出来るが。 しかし各所の小さな問題点を潰してからだ。 恐らく、実戦配備は来年の春先位になるだろうな。

「判った。 2部としては承認するよ。 総長と、統本(統合軍令本部)には、こちらから報告しよう。 ご苦労だった」

「はっ では、失礼します」


部長室を出た厳田大佐は、採用決定に至った経緯を思い返していた。

(要は。 どこまで独自判断で思い切るか、だな)

河西・愛知JVの試作95型-1号機が採用された大きな理由。 それは母艦派に対する配慮の結果だった。

「戦域制圧能力」と「近接戦能力」双方を両立させる為に、石河嶋・九州航空が選択したのは。
大出力主機と跳躍ユニットの採用。 そして、高機動力を得る為の、可変翼システムの採用。 そして誘導弾搭載能力も同時に付加した為の、機体の大型化。

継戦能力は、最終的に外部増加タンクを増設する事で、戦域到達までの機体内タンクの消費を抑えて、『翔鶴』の90%までは確保していた。

機体制御能力は、帝国電機の開発した新型統合制御システム「TTSFCS-J/APG-3」を採用した。 最も、これは双方ともにだったが。
(光菱は、結局最後の最後で、不採用となった)

必要十分な能力だった。 だったが、1点で母艦派の『不興』を買った。 そう、機体の大型化だ。
全高で約23m。 現行の『翔鶴』が約18m 実に5mも高い。 そして、全体的にも『翔鶴』より大型化した。 

母艦派がこの点を指摘した。 

『母艦搭載機数が減るのは容認できない』、と。

確かにそうだ。 就役したばかりの大型戦術機母艦『大鳳』級や、『飛龍』級ならば、ある程度(60~70機程)は搭載できるだろうが。
中型正規母艦で有る『雲龍』級だと、現在の60機から、50機弱(46~48機との見積もりが出た)程に減少する。
兎に角、数を投入して一気に制圧攻撃を行う事が、母艦戦術機甲部隊の任務だ。
搭載機数の減少は、連中にとっては悪夢に等しい。


では、河西・愛知は? 
彼らは実に、思い切りが良かった。 良い意味でも、悪い意味でも。

『双方の仕様の両立が無理なら。 2種類作ればいい』

実際に、2機種を作ってきたのだ。
いや、本当は1機種だ。 基本となる『素機体』を作ったのち、オプションとして制圧機能か、近接機能か、どちらかの機能(後付けアタッチメント)を装着させる。
これで、『制圧機能と、近接機能の両立』 を強弁したのだ。

この2つの機能は、生産工場で付与する。 一度付与された場合、再度工場での換装作業で無いと変更は出来ない。
一見、面倒に思えるが。 元々は母艦戦術機部隊と、基地戦術機部隊の異なる要求が生み出した今回の開発仕様だ。
母艦搭載戦術機を、基地戦術機仕様に変更する可能性は限りなく低い。 逆もまたしかり。
ならば、最初から母艦用は母艦用。 基地用は基地用で出荷させれば良い。
2社はこう言い放った。

最初はあっけにとられ、次に怒号が渦巻いたが。 冷静に考えれば、頷けるところも多い。
何よりも、あの菊原とか言った河西の設計部長。 あの男の最後の一言が決め手だった。


『今回のこの機体。 最初から最後まで、同一工場での生産を行いません。
素機体生産を行う工場、制圧機能付加を行う工場、近接戦機能付加を行う工場、それぞれを分けます。
素機体は担当工場で、素機体のみの生産を一貫して行います。 
付加機能工場は、その機能アタッチメントの生産と、機能付加作業に専念します。 云わば、ブロック工法です。
これで、従来方式の単一工場での全行程一貫生産に比べて、2割から3割の生産数向上を見込みます』

当然、河西・愛知両社の複数の工場でそれを行うという。
最後まで、機能付加方式に抵抗の有った連中もいたが。 
この方式の結果、河西・愛知が開発した機体は、全高17.5mと。 『翔鶴』と然程変わらぬサイズに纏まっていた。

これならば、搭載機数の減少は起こらない。 まず、母艦派が折れた。
次に近接戦能力では、新型制御システムによる演算量・演算速度の向上によって、かなりの挙動制御が実現できた。
配備機数を確保出来るのならと、基地戦術機甲部隊も納得した。


機体の素質も、劣りはしなかった。
主機は、推力こそ石河嶋の主機に劣るが、第3世代機としては必要十分な能力を持つ。
欧州の傑作主機、RBBシリーズの流れを汲み、小型で推力も高く、燃費性能もよい。
継戦時間は、『翔鶴』の3割増しとなった。 これには母艦派、基地派問わず驚喜したものだ。

高機動性能は、推力偏向機構を腰部、肩部スラスターにも設けて実現している。 
最も、肩部スラスターは、制圧機能付加時には『塞がれて』使用できないが。 
それでも、従来の『翔鶴』に比べれば、別モノの機動性を発揮するし、陸軍の94式『不知火』には僅かに及ばない、と言った程度か。
無論、近接戦機能付加時の機動性能は、94式を上回ると評価された。

石河嶋・九州航空の機体と同様、帝国電機製の新型統合制御システム「TTSFCS-J/APG-3」を採用した事によって。
挙動制御のみならず、アビオニクス全般の能力向上を達成している(これは、石河嶋・九州航空も同様だったが)


(俺の隠れた理由は。 95式誘導弾システムを、搭載可能な兵装担架システムだったけどな)


従来の74式兵装担架システムでは、どうしても95式誘導弾システム(試作4型改2誘導弾の正式採用名称)の運用が無理だった。
石河嶋・九州航空は腰部スラスターの大型化、基数増加によって推力と機動性を確保すると同時に、F-14でのフェニックス・システムに似た方式を採用した。
専用のランチャーシステムを、ハードポイントとして取り付けたのだ。

対して、河西・愛知は独自の兵装担架システムを開発してのけた。
用途は95式誘導弾システム専用の兵装担架システムだが、1基当り9セルで9発を格納可能なミサイルコンテナユニット。 これを2基搭載可能とした。
発射時には伸縮展開式のアームによって、起立した状態で前方に指向させ発射する。

これは、ソ連軍が採用しているオーバーワード方式の兵装担架システム―――Б-87可動兵装担架システムを参考にしていた。

この結果。 陸軍戦術機で採用している92式多目的自律誘導弾システムを改良した、改弐型誘導弾システムとの干渉が無くなり、併用が可能となったのだ。
(兵装担架システムが、前面前方まで稼働する必要がない為だ)

新型の95式自律誘導弾兵装担架システム、そして92式改弐型多目的自律誘導弾システム(95式誘導弾仕様の為、改良を加えている。 水平発射セル方式で、弾数は9発に減少)
この2つの誘導弾システム。 計4基の誘導弾ユニットから一度に発射される誘導弾数は、実に36発。

フェニックスで換算しても、12発分の威力・制圧力を見込める計算が弾き出された。
(反面、それまでの74式兵装担架システムで搭載可能だった、予備の突撃砲や長刀の搭載は不可能。 M-88支援速射砲を装備する。
近接戦用の機体は、従来の74式兵装担架システムを搭載する)

戦域制圧戦術機としては、十分な能力だった。 無論、近接戦闘用戦術機としてもだ。


(まあ、石河嶋と九州航空の機体も。 あれはあれで、捨てがたい機体では有るのだがな)

その為に、今日は内々に4社の担当者を呼んである。
驚くだろうな、この話には。 だが、海軍、いや、帝国としては戦術機生産能力を有する会社を、遊ばせておく余裕はない。

応接室の前に辿り着く。 一呼吸して、ドアをノックする。

「―――いや、お待たせしましたな。 本日は、遠路ご苦労さまです―――」














1996年 4月10日 黄海 第1航空艦隊 戦術機母艦『飛龍』


搭乗開始の指令がかかる。
各衛士達は自らの『愛機』に駆け寄り、リフトでコクピットに乗り込んだ。

ハンガーからサイドリフト(舷側リフト)で飛行甲板に上げられる。
第1次攻撃隊の96式戦術歩行戦闘機 『流星(AB17-B)』 36機が次々に姿を現す。

長嶺公子少佐は、その様子を一瞬眺めた後、発艦ルーチンに集中し直す。
黄色いジャケットとヘルメットを被った誘導員が、誘導用の指示発光体を持って、左前方の方向へ指示を出す。

機体の左手で拳を作り、親指を上げてL字を作る。 そしてその掌を裏返して下に向け、左に2回振る。

誘導員はそれに、左の親指を立てて答える。 これでカタパルト上まで何の障害物も無い事が確認された。
機体をカタパルトに進める。


「まったくね。 母艦発艦の手間だけは、嫌になるよね」

操縦衛士でもある長嶺少佐が愚痴をこぼす。
何しろ、揺れる洋上から、陸上基地とは比べ物にならない程の細心の注意を払っての、発艦だ。

「隊長。 ぼやくのは良いですけど、失敗しないでくださいね?」

後席のRIO(兵器・索敵管制衛士)である、宮部雪子海軍中尉が呆れながら言い放つ。

「何よ? 宮部、アンタも言うようになったねぇ? 3年前の遼東半島じゃ、墜落して国連軍に救助された時には、大泣きしていたくせに」

「新任時代ですよっ! それに、初陣だったんですってばっ!」

「はいはい・・・ おっとぉ」

機体の両脚部を、カタパルトのシャトル頭部に繋ぐ。 これで機体は何時でも 『空中への投身自殺』 の準備がOKになった。

誘導員が指示発光体で別の誘導員を指し示す。 ここからは誘導役が入れ替わる。
緑色のジャケットとヘルメットの、発進関係兵装要員が数字の書かれたボードを指し示す。 発進時の機体重量だ。

「んっと・・・ 重量は・・・ OKね」

長嶺少佐が統合戦術情報システムで、その数字を確認。 同じ値が記されている事を確認し、機体の左手で親指を立てる。

網膜スクリーンに映った発艦管制指揮所の発艦管制将校から合図が入る。 右手でV字。 指2本と言う事は。

「スロットル、ミリタリー(常用定格推力)」

「ミリタリー、了解」

JBR(ジェット・ブラスト・リフレクター)が立つ。
2基のAK-F3-IHI-95Bが咆哮を上げる。
河西・愛知の主機に、石河嶋の血が混ざり合った、可変翼機構も取り入れたベスト・パワーユニットだ。
ドライで68.5KN、A/Bで125.5KN。 石河嶋の色が入った主機にしては大人しいが、それでも十分以上の推力だ。

推力がミリタリーまで上昇する。

「ミリタリー」

「ミリタリー、OK」

発艦管制将校から、発艦合図が出た。

「よぉしっ! いっくよ!!」

「お手柔らかにっ!!」

蒸気シリンダ内部を猛烈な勢いでピストンが走行する。 ピストンに連結されたシャトルが、繋げられた機体を同時に猛烈に加速させた。

後席の儚い要望を無視して、『流星』が一気に中空へと射出される。

後方スクリーンに目をやると、2番機以降の機体も逐次発艦態勢に入っている。 
いや、アングルデッキ上のカタパルトも、併用するようだ。 無茶をする。

ふと、1年前を思い出す。
次期主力戦術機の採用が決定したあの日。 後で聞いたところによると、「あの」厳田大佐が、またまた動いたそうだ。
河西・愛知の採用で基本は変更は無かったが。 修正個所や改善点の潰しと、今後の生産には石河嶋と九州航空を合わせて使いたい、と。

吃驚した事だろう。 何せ、競争相手と採用後に協力する事になったのだから。
石河嶋にせよ、九州航空にせよ。 内心は忸怩たるものがあっただろうけど、兎に角その条件を飲んだ。
彼らにしても、戦術機シェアでの「3番手グループ」に転落する事は避けたかったのだろう。

それに、河西・愛知の持つ低燃費主機開発のノウハウも。 喉から手が出るほど欲しかったに違いない。
河西・愛知も。 石河嶋の大出力主機のノウハウと。 九州航空の持つ、意外な索敵システム開発のノウハウを手に入れられるのだ。

結果として生み出されたこの主機。 採用試作時に石河嶋・九州航空の試作機が採用していた、可変翼機構を採用している。
お陰で「制圧戦術機」仕様でも、かなりの高機動性が確保出来ている。
「近接戦闘戦術機」仕様では、余りの高機動の為、中身(衛士)が追いつかない。 リミッターを設定した程だ。

ああ、あと。 海軍にしても、戦術機の生産数が一定レベルで確保出来ることは望ましい。

―――いや、それだけじゃなかったね。 確か、ブチさんが言っていたけど。 今回のこの主機。 陸サンの戦術機にも搭載予定だって。

確か、陸軍の92式弐型(F/A-92E/F)  石河嶋のFJ111-IHI-132シリーズを搭載していたけど。 いかんせん、燃費が悪いから。
随分と改善要求が出ていたらしい。 陸軍からも、海外のお客からも。

―――ふぅん? でも、陸サンに恩を売って、どうする気だろうね?

判らない。

―――まぁ、いいよ。 今は眼の前の戦場だね!

『極東絶対防衛線』が、ここ半月ばかり。 BETAの猛攻に晒されていたのだ。
一部では防衛線が破られていた。 海軍としては、主力の第1艦隊と第1航空艦隊を急派。
海上からの防衛線支援に乗り出したのだ。

―――3年前と同じ、遼東湾だけど・・・ あの時とはひと味も、ふた味も違うよっ!


『戦闘管制指揮所より、≪セイレーン≫、作戦戦域はB7R。 遼東の『魔女の大釜』だ。
全艦、発艦完了した。 第1次攻撃隊、144機。 陸軍の連中に楽をさせてやってくれ』

「了解。 ―――セイレーン・リーダーより攻撃隊各機! いくよっ! ついて来なっ!」

『『『 了解! 』』』

3人の飛行隊長から応答が入る。 第1次攻撃隊総指揮官―――4つの戦闘飛行隊の最先任指揮官である長嶺公子少佐は、その唱和に破顔する。

「よぉし! ≪セイレーン≫、突入開始! 『極東の水精』 の歌声は物騒だってこと! BETA共に叩き込んでやれっ!!」


4個戦闘飛行隊が各々のグループに分かれ、低空突撃に入る。
その動きはパワフルで有り、速度は速く、そして低空域での十分な安定性のある滑らかな動きだ。

各機体共に、背後の兵装担架に2基の誘導弾ランチャーポッド。 そして両肩にも誘導弾ユニットを装着していた。
その重量を感じさせない動きを示すが如く、跳躍ユニットから青白い焔が噴き出す。

海上を高度30で突っ切って突撃する144機の『流星』  やがて目標である陸地が視認出来た。


≪FAC『カットラス』よりセイレーン! 目標、B7R、座標S-55-22。 『魔女の大釜』です! 
現在、陸軍第14師団の1個連隊と204戦闘団(基地戦術機甲部隊)が支えている!
支援要請がひっきりなしだ! 頼みますっ!≫

「セイレーン、了解。 光線級は? 出張って来てるの?」

≪居る事は居ますが。 陸軍の重砲部隊と、第1艦隊の艦砲射撃の迎撃で。 連中、躍起になってます。
さっきから重金属雲が盛大に発生していますよ。―――と言う訳で。 戦域突入後は、通信利きませんから、お気をつけてっ!≫

「有り難くないねぇ・・・ よし! 各隊! 突入! 突入! 突入! 片っぱしから吹っ飛ばしてやりなさいよっ!!」

『『『 了解!! 』』』

更に高度を下げ、海面すれすれから、地表すれすれに移った『流星』、144機が前方のBETA群に向けて、猛速の超低空突撃を敢行する。

網膜スクリーンに映る風景が、猛烈なスピードで後方に吹っ飛んでいく。 感覚的には地表激突すれすれだ。

(~~~ッ!! これよっ! これっ! これが海軍戦術機の醍醐味ってヤツよっ!!)

後席のRIOが聞けば、必ずや異議を唱えるだろう感想を抱きつつ。 長嶺少佐は攻撃最終点に向けて部隊を吹っ飛ばさせる。
そして―――ファイナル・ポイント。

「全機! 急速上昇!」

高度100―――誘導弾兵装システム、起動。 95式ユニット起立。 92式弐型、カバーオープン。
高度200―――目標、同時ロックオン。 実に、同時24目標。
高度300―――逆噴射制動。 発射態勢、OK。

「全機――― 撃てぇ!!!」

144機から放たれた自律誘導弾―――実に、5184発(内62発が、不良でコントロール・アウト) 
この大量の自律誘導弾が一斉に前面に押し迫って来ていた、師団規模BETA群に殺到する。


「吹き飛べっ! BETA!!」







B7R、座標S-55-22 遼寧省 営口北東15km 帝国海軍第204戦術機甲戦闘団


目前に、師団級BETA群が迫る。
こちらの戦力は当面我々と、陸軍の14師団の141連隊。 その第2大隊だった。 都合、2個大隊規模。

「・・・洒落にならないわね」

突撃砲の120mm砲で要撃級を屠ったばかりの、204戦闘団先任指揮官・白根斐乃少佐は思わず愚痴ってしまう。
何時もの事だが、基地戦術機甲部隊はどうも、この手の貧乏クジを引かされ易い。
が、指揮官としては愚痴ってばかりもいられない。 陸軍部隊指揮官と、協同確認も必要だった。

「 ≪ヴァルキュリア≫より、≪ゲイヴォルグ≫ 北方からの1群に対応願う。 西方の1群はこちらで引き受ける!」

『こちらゲイヴォルグ。 ヴァルキュリア、了解した。 突破されるなよ? 背中が丸空きだと、どうにも寒くて仕方がないからな?』

「そちらこそ、押され込まないでよ? 期待しているのだから。 『満洲の女帝』?」

『・・・その呼び名で呼ばれる度に。 年をとっていく気がするのだ。 出来れば遠慮して欲しいな・・・』

「男が寄ってこない?」

『私は、これでも人妻だが? 子供も産んだぞ?』

「ッ!? ッ!!? ッ!!!?」

―――あ、あの『満洲の女帝』がっ! 人妻!? どこの誰だ!? そんなモノ好きは!!? それに、子持ち!? 母親衛士!!?


『・・・何を驚いているのか、大体分かるのが業腹だが・・・ そろそろ、そちらの制圧支援機が来るのではないか?
またぞろ、巻き込まれかけるのは御免だな。 どうなのだ?』

一瞬の茫然自失。 しかしそこは、彼女とて歴戦の指揮官。 即座に立ち直り、FACに確認する。

「―――ん、判った。 攻撃タイミングは、こちらにもデータリンクしてくれ。
ああ―――そうだ。 陸軍にもな。 頼む」

後数分で到達予定―――その連絡を陸軍指揮官に入れる。

―――では。 その数分、何としても保たさねばな。

そう言って、陸軍指揮官が通信をアウトする。


(保たす? いいえ、逆に押し返してやるわ)

我々も、ようやくの事で新たな刃を手に入れた。 この『流星(AB17-A)』を。
もう、陸軍の後塵は拝さないわよ。









「い~~~~っやっほぉうっ!!!!」

陽気な雄叫びと同時に、長刀で要撃級の後部胴体を叩き斬る。 
同時に垂直軸旋回で、迫ってきたもう一体の要撃級の攻撃を回避。 その遠心力を利して長刀を叩き込む。
2体を葬った後、即座に後進噴射跳躍で距離を稼ぐ。

「やっぱりいいわぁ! 新型は流石ねッ!!」

204戦闘団・第252戦闘飛行隊第2中隊第2小隊長、菅野直海中尉は、大変にご機嫌だった。
何しろ、これまで搭乗していた『翔鶴』は。 どちらかと言えば一撃離脱を重視した戦術機。 彼女の感性にはなかなか、合わなかったのだ。

―――それが、どうなのよ、この機体ッ! ああ、もう! 最ッ高!!

思う存分、『流星(AB17-A)』を振り回す。
突撃級の群れに向かって、地表面噴射滑走で急速接近。 衝突直前で、左右の主機出力バランスを崩し、スピン・アウトを利用しながらの急速旋回移動。
即座に群れの中へ飛び込み、左右の突撃砲から36mmを撒き散らしながら一気に群れの中を脱出する。
迫りくる要撃級の目前で噴射跳躍。 飛び越しざま、上方から120mmを叩き込んで始末する。

―――イメージ通りに動くっ! 

嬉しくて、しようがない。


『・・・小隊長、本当にご機嫌ですね・・・』

4番機の田村恒夏少尉が茫然とつぶやく。 訓練校卒業したての、年若い新任衛士だ。

『貴様は、いきなり『流星』だからねぇ。 前の『翔鶴』を知る身としては・・・ 小躍りもしたくなるわ』

3番機の杉田庄子少尉が応じる。 まだ2年目の少尉だが、その驚異的な技量は海軍中に知られている。

『田村、ぼさっとしない。 杉田、小隊長のエレメントの貴様が、そこで何をさぼっているの?』

2番機・武藤可南子中尉が叱責する。 こちらは・・・ 訓練校上がりながら、『海軍戦術機甲部隊の至宝』とさえ言われる、トップエースだ。

『うはっ! はいはい・・・ 隊長! そんなに、はしゃがないでっ! 部下を置いてけぼりにして、どうするんですかぁ!?』

何とも、間の抜けた会話だが。 その会話の間に、杉田少尉は突撃砲の射撃で、要撃級を2体と、突撃級を1体屠っているのだ。


「あん? 杉田! 遅い! 何やってるっ!」

『って・・・ 隊長が勝手に飛び出したんでしょうに・・・ とはっ!!』

咄嗟に、横合いから突っ込んできた要撃級の前腕を交わす。 かわしながら、側面へ高速噴射移動して、120mmを叩き込んで始末する。

『でも・・・ 数が多いですよ! ウチの中隊だけじゃ、この戦区の面倒見きれないんじゃ!?』

「ウダウダ言わない! ・・・でも、正直、厳しいわね。 中隊長?」

『こちら、ウンディーネ01。 菅野、前に出すぎよ。 側面から陸軍の1個中隊が支援に入るわ。 協同しなさい』

中隊長の鴛淵貴那大尉から連絡が入る。

「陸軍~~? 足手纏いだけは、勘弁ですよ・・・?」

思わず、不満を漏らしたその時。


『足手纏いにならないでね? 海軍の衛士さん? 92年からここで『遊んで』いる身としては、心配で、心配で。 仕方がないわ』

見ると、陸軍の戦術機部隊が急速接近している。 92式弐型『疾風弐型』の1個中隊だった。

(ふん。 所詮、準第3世代機じゃない? 正真正銘の第3世代機の実力、見せてやるわよっ!)

思わず、気合が入る。 ここで陸軍相手に、下手な姿は晒せない。

『陸軍部隊。 ウンディーネ01、鴛淵貴那大尉です。 協同感謝します』

『こちら、セラフィム01。 141連隊第2大隊第22中隊、綾森祥子大尉。 右側面突破は、こちらが引き受けますわ』

『了解です、セラフィム。 菅野! 聞いての通りよ! こっちは正面突破! 林(林喜代中尉。 第3小隊長)! 菅野の突破に続行!』
「了解です!」 『了解』

『美園、第2小隊は突破戦闘! 仁科、第3は第1とで側面を固める! いくわよ!』
『了解! 突撃前衛! 続けっ!』 『第3! 第2が突っ込んだら、即、支援攻撃! 制圧支援、開始っ!』


2個中隊が、2方向から同時攻撃をかける。
BETA群が、各々の方向につられて統制を失う。

「よぉしっ! このまま・・・ 『ヴァルキュリアより全機! 母艦戦術機部隊の制圧攻撃が始まる! 緊急後退!』 ・・・げっ!?」

『ゲイヴォルグより各中隊! 至急! 300下がれっ! 通り魔に犯されるぞッ!』

『・・・冗談じゃないわね。 美園! 仁科! 戦闘即時中止! 緊急後退!』

『『 了解!! 』』

陸軍部隊が、鮮やかな統制で一瞬にして、後退防御陣形に組み直して後退する。


「うわっ! 早っ・・・ 『何しているの! こっちも緊急後退!』 ・・・了解! 武藤! 杉田! 田村!」

『了解!』 『もう、後退してまぁすっ!』 『りょ、了解ですっ!』

・・・杉田の一言が気に障ったが、まあいい。
途端に、南方から超低空で突進してくる『流星』を視認する。 100機以上いる。

『うわぁ~・・・ こりゃまた、全力出撃だわ』
『でないと、戦域制圧できないでしょ』
『は、初めて見ます・・・』

いきなり上昇を開始した。 と思った次の瞬間、(感覚的には)無数の誘導弾が発射される。
BETA群に一気に向かって―――炸裂した。

「―――ッ!!」

サーモバリックの衝撃波が、ここまで伝わってくる。 
1発、1発の威力はそうではないものの。 これが数千発同時に着弾すれば、どうなるか・・・

『・・・相変わらず、無節操な程の威力ね。 最も、頼もしい事は確かですけど』

『綾森大尉は、制圧支援の経験が有るとか?』

『94年に。 今思えば、あれの試験発射だったのでしょうね』

『成程・・・ 流石は、古参の猛者。 共闘出来て光栄です』

『・・・こちらこそ。 では、そろそろ行きますか?』

『ええ。粗方は片付いているようですけど。 戦場掃除も必要ですね。 ―――林、菅野。 最後の仕上げだっ 行くぞっ!』

12機の『流星』が、跳躍ユニットに焔をたなびかせ、NOEを開始する。


『・・・古参って。 私、そんな年じゃないわよ・・・』

『まぁ、まぁ、中隊長。 どんな年になったって。 ちゃんと恋人がいれば』
『そうそう。 あ、やっぱり早く帰って来て欲しいとか?』

2人の部下の小隊長達。 第2小隊長の美園杏中尉と、第3小隊長の仁科葉月中尉が独り言を聞きつけ、さっそく冷やかしに入る。
中隊の他の部下達からは・・・ 

『え? 中隊長の恋人?』 『誰? 誰? 知ってる?』 『知らない。 聞いた事ないよ?』

―――こ、こいつらはぁ・・・!!

『美園! 無駄口叩いてないで、さっさと吶喊しなさいっ! 仁科! 側面支援はっ!? 中隊! さっさと突撃よっ!!』













1996年4月25日 副帝都・東京 市ヶ谷 統合軍令本部第弐会議室


2人の高級将校が向かい合っている。
1人は海軍大佐。 1人は陸軍中佐だった。

「いや、ご足労をかけるね、巌谷中佐」

第1部2課長、周防直邦大佐が傍らの陸軍中佐に着座を進める。

「いえ。 しかし本日はまた、何用で? 大佐は作戦局の1部。 私は陸軍技術廠。 正直、見えませんな」

「はは、結構正直に言うね、君も。 何、君の専門に関して言付かっていてね」

「と、言いますと?」

巌谷中佐が、訝しげな表情で周防大佐を見る。

「海軍の新型戦術機用の主機。 ええと、確か・・・ AK-F3-IHI-95Bだったかね、『流星』に積んである。
あれの、海軍・陸軍共同使用が決定したよ。 まぁ、元々作っているメーカーが同じなんだ。 少しの工夫で搭載可能だったらしいね」

「・・・マッチングの問題も有りますから、一概には言えませんが」

「うん? そうらしいね。 でもまぁ、今回は見事に『相性が良かった』と。 そう言う事だね。 
これでそちらも、随分と楽になるのではないかな?」

「確かに。 その報告は、河惣少佐(河惣巽少佐。 96年1月より技術開発廠)より報告が。
―――大佐、そろそろ腹を割りませんか? 正直申しまして、不愉快ですな」


さも不機嫌そうな表情の巌谷中佐を、周防大佐が面白そうに見る。

―――この男。 斯衛出身の武家筋の陸軍軍人にしちゃ、なかなかの演技派じゃないか?


建前だけで生きているような武家や斯衛は、彼自身嫌いだし。
『用意周到、動脈硬化』 と揶揄される陸軍の石頭も、嫌いだった。
(最も。 海軍は 『伝統墨守、唯我独尊』 と言われる。 戦術機甲部隊は陸海問わず、『勇猛果敢、支離滅裂』 だ)

だが、目前の男は。 少なくとも話は出来そうだ。 
でなくば、斯衛からの逆転籍をして、82式『瑞鶴』の開発衛士として、米軍を手玉に取る様な真似はできんか。


「・・・君は。 『新国粋主義』。 どう思うかね?」

「生憎と。 私は一介の武人です。 国家の命に従うまで。 
思想は自由たれ、と考えますが。 それを強要するは、愚の骨頂かと」

「やれやれ、警戒されたな。 じゃ、腹を割ろう。 近年、国内で拡大している。
そして厄介な事に軍部、それも若手将校たちを中心に、支持者が増えてきているのだよ」

「・・・・・」

「海軍にも、陸軍にもね。 これは、警戒の必要あり、だな」

「・・・高野統合軍令本部長の懐刀。 成程、貴方が動く筈だ。 周防大佐」

「冗談はよしてくれ。 僕は一刻も早く海に帰りたい。 まぁ、それはそれとして。 期待しているのだよ、君には」

「・・・私に、ですか?」

「うん。 陸軍部内でも、君の評価は高い。 上にも、下にも。 
そして元の出身である斯衛。 まだパイプは残しているのだろう?
いずれ、石原さん(石原寛治陸軍中将・参謀本部次長)からも、話が有ると思うよ」

「バーター取引、そう言う事か・・・」

「お互い、少しの間不幸になろうな? 全く、冗談じゃないよね」


―――全くだ。冗談ではない。

自分は今や、陸軍の兵器開発を管轄する技術開発廠の人間だ。 
そんな仕事、国家憲兵隊や帝国情報省、それか警保省特別高等公安局(特高警察)辺りに任せておけばいい・・・

92式弐型の主機問題が解決する事は望ましいが。 その代償として自分自身に投げかけられた『仕事』には辟易する。

巌谷中佐は、目前の大佐を恨みがましく睨みつけた。

最も、周防大佐はどこ吹く風、であったが。




「本当に。 冗談じゃないよね」



―――全くだ。 畜生。







[7678] 国連欧州編 北アイルランド
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/07/25 17:47
1994年10月1日 1600 北アイルランド・ベルファスト 


どんよりした空模様。 肌寒そうな気温。 何とはなしに、俯き加減になりそうな雰囲気。
上空から見たベルファストの第一印象は、余り宜しくは無かった。
それまで、陽光の眩しい北アフリカ・地中海戦線に居た為だろうか。 欧州に着任した当初に駐留していたグロースターの街より、陰鬱に見えた。

ベルファスト湾の奥に位置するこの街は、同時に港湾都市でもある。 
湾に面したベルファスト・シティ空港(軍民共用空港)に着陸態勢に入ったC-130K(ハーキュリーズC.1)が減速し、ギアダウン。
そのまま滑り込むように着地する。 うん。 軍用輸送機のC-130Kを、人員輸送型に改装しただけの機体にしては、滑らかな着地だった。
(最も、居住性は最悪だった。 飛行中も、隣の人間とは大声で話さないと聞き取れない程の轟音が、機内に充満していた)

そのまま滑走路から、誘導路に侵入し。 停止した時には軍用ターミナルへ横づけしていた。
エンジンが停止し、ようやくの事で轟音地獄から解放される。


「・・・頭が変になりそうだったな・・・」

「乗り心地、最低だ・・・」

「下手糞のパイロットめ・・・」


BETAの認識範囲外(光線級の照射範囲外)を飛行する為、一旦北アフリカから大西洋上のカナリア諸島へ移動。
そこから空路を大きく迂回しながら、北アイルランドへようやくの事で到着した。

「も、もう、あとは陸路だ。 助かった・・・」

「勘弁してほしい・・・」

俺も、圭介も。 流石にこの、荒っぽい飛行にはうんざりだった。

「・・・お前らはまだ良いよ。 俺なんか、給油が終わったらこの後また、アイスランドまで乗ってかなきゃならん・・・」

久賀がげんなりした顔で呟く。 と言うか。 顔色が死人のようだ。

「・・・がんばれ」

「・・・死にゃせんって」

「・・・戦術機の機動の方が、遥にマシだ・・・」

3人とも、ぐったりしていたその時。

『レディース!・・・じゃねぇ、今回、女は居ねぇや。 ファッキン・アーンド・バスタード野郎ども! サイコーの空の旅は、堪能してくれたかい!?
国連欧州軍最高の空のエスコート、≪ドラッグ・シューター≫がお届けしたサイコーのひと時、満喫してもらったようで、嬉しいぜッ!
今後とも、空の旅のご用命は! 第2空輸航空団≪ドラッグ・シューター≫にお任せを! だぜ!!』

「「「ド阿呆!! 誰が2度と乗るかぁ!!!」」」

余りと言えば、余りに能天気な機長(アイリッシュの中尉だ)のアナウンスに。 思わず3人ともハモってしまう。
誰が2度と、手前ぇの機になんか搭乗するものか! 例え、BETAに襲われている最中であったとしてもだ!!



「・・・あ、久賀はまだまだ、先は長かったな」

「直衛・・・ 止めを刺さんでやってくれ・・・」

「・・・・はぁぁぁ・・・・」








1630 ベルファスト市内

空港から、バイパスのA2を通り、クイーンズ・ブリッジを渡ってオックスフォード・St.に入る。
メイ・Stへ右折し、そのままグレート・ヴィクトリアSt.からドネガル・ロードに。

意外と、小奇麗な街並みだった。 上空から見た印象とは違う。
欧州の古い街並みと、近代的なビル群が上手く調和している。 緑も豊かだ。
薄曇りの弱々しい夕暮れの陽を受けて、街全体が返って一種幻想的な雰囲気を出している。

軍用高機動車に乗りながら、そんな感想を抱いて街並みを見ていた。


「意外と。 まともに小奇麗な街だな」

「そりゃな。 仮にも、欧州連合と、国連欧州本部の所在地だ。 欧州連合軍総司令部に、国連欧州軍総司令部もある。
廃れた、小汚い街じゃあな。 面子ってもんも有るだろうよ。 連中にも」

俺が漏らした感想に、圭介が皮肉交じりに答える。
確かに、見た目はそうだけど。 ふと、停車中に脇道を見やったり、ビルの陰を見れば。
案外、バラックとはいかないまでも、粗末な作りの建物が密集している。

「・・・難民街、じゃないな。 まともすぎる。 定職を得た、難民上がりの低所得者層の住居か」

「美味しい話だろうな。 低賃金で、散々にこき使える。 文句を言えば、頸を切ればいい。 職を求める難民は、幾らでも居る」

「こき使われる方も。 安い賃金であっても、難民に逆戻りするよりはマシ、と言う事か。
市民権を得るまでの身元保証は、雇用主が行うからな。 クビになれば、一切の保証を失って。 難民キャンプに逆戻りだしな・・・」


些かやりきれない思いを抱きつつ、そんな街並みを眺めながら、高機動車を走らせる。 
ドネガル・ロードを真っすぐ高架を潜って直進し、フォールズ・ロードに突き当たる先を左折。
そのまま南西に走ると右手に見えてくるのが、緑豊かなフォールズ・パーク。 

その一角にひっそりと佇む、中世然とした古い5階建ての建物―――それが、実は国連欧州軍総司令部だった。

空港から軍用車で送って貰った俺と圭介は、運転手の伍長に礼を言ってから建物を見上げる。

「・・・古い、な・・・」
「間借り人だからな・・・」

国連軍の、肩身の狭さをまざまざと、見せつけられた気がしてきた。
なんか、蔦(かな?)が絡み合って、建物全体を覆っている。 時と場所さえ違えば、これはこれで趣のある風情なんだろうけど。
周りが静かな公園の一角に、この建物。 まるで・・・

「幽霊屋敷か・・・?」
「・・・言うなよ」

溜息ばかり付いていても仕方がない。 建物の前の衛兵と。 国連旗と国連軍旗が掲げられている事で、辛うじて国連軍の建物と判るその古びた建物へ。
衛兵から敬礼を受ける。 同時に、パス(身分証明書)と、命令書の確認を求められる。
2つして渡す。 穴が開くほど、じっくりと身分証の写真と顔を見比べられた時には、流石に居心地が悪かったが。

「失礼しました、中尉殿。 確認致しました。 どうぞ中へ」

20代半ばかと思われる衛兵の伍長から、パスと証明書を受け取る。

「ああ、すまん、伍長。 我々は、ここは初めてなのだが。 受付は何処に?」

「はっ! 館内に入られまして、右手すぐの扉の部屋がそうであります」

「ん。 いや、有難う」

「はっ!」

館内に入り、言われた通り右手の扉の部屋へ入る(扉は開け放たれていた)
受付にいた女性下士官に身分証明書を提示する。

「周防直衛中尉だ。 副官部への出頭命令がある」
「長門圭介中尉。 第4部(教育担当)に出頭だ」

「はい。 只今確認します。 そちらのお席でお待ち下さい」

受付の女性下士官(赤毛の軍曹だった)が、照合システムと、俺達の命令書のコードを照会している。
その間、何する事もなく、ぼんやりと部屋の中を眺めていた。

以外に明るい。 外観からは判らないものだ。 軍の施設とは思えない感じの、何やら判らない様式の、欧州の古い室内装飾が印象的だ。
帝国ではこんな感じの建物って、あったかな・・・?
最も。俺のような下っ端将校が足を踏み入れられる場所なんか、限られていたが。


「照会終わりました。 周防中尉、副官部までどうぞ・・・ 3階の西の奥の部屋になります。
長門中尉。 第4部は2階の中央、階段を挟んだ北寄りの部屋になります」

軍曹に礼を言って、部屋を出る。 そのままリフト(エレベーターは英国ではこう言う)に乗り込もうかと思ったが。

『青年将校は、階段使用』の立て札(なんだ、これは?)を見て断念する。

これまた、如何にも欧州と言った感じの装飾が施された手摺の付いた階段を上がる。
2階で圭介と別れ、3階へ。 絨毯が敷かれている廊下を歩き突き当り、西の奥の部屋へ。
プレートを確かめ、ドアをノックする。

『どうぞ』

中から、意外に若い女性の声がした。 ドアを開けて入る。
入るとすぐ、また受付けらしき小部屋になっている。 女性将校が2人、デスクに向かって執務中だった。

「周防直衛中尉。 本日付で副官部出頭の命を受けております」

辞令書を、取りあえず2人のうちの大尉に渡して見せる。
金髪をアップにまとめ、フレームの無い眼鏡をかけた、20代後半くらいの女性大尉殿だった。

大尉が辞令書の中身を確認している間、残りの1人と目が合う。 こちらは、栗色の髪と瞳の、20歳前後の明るい感じの女性少尉だ。
軽く笑みを受けべて、片目をつむってやる。 向うも笑みを浮かべて、軽く手を振っている。

「・・・確認しました。 周防中尉、そちらの第3室の方へ。 室長は、ヘンリー・グランドル大佐よ。 それと・・・」

「はっ!」

「着任早々、ナンパは感心しないわ。 ナタリーには恋人もいるのよ?」

ふむ。 あの女性少尉。 彼女はナタリーと言う名前か、覚えておこう。
しかし。 俺もこの1年で、随分こっちの習慣に感化されたかな?

「はっ! では、次は時と場所をわきまえて、作戦を実行いたします! オードリー・チェスター大尉殿!」

ネームプレートで、フルネームは確認してある。
呆れたように首を振るチェスター大尉と。 さっき、やはりネームプレートで確認した、ナタリー・ヘイズ少尉が笑いを堪える中。
俺は、指定された『第3室』をノックして入って行った。






―――『第3室』 正式名:国連欧州軍総司令部・副官部第3副官室。

そこの主である、ヘンリー・グランドル大佐は。 50代前半の、見事に頭頂部が禿げ上がった、恰幅の良い中年である。
見た感じは軍人と言うより。 気の良い校長先生、そんな感じの人物だった。

「国連軍・周防直衛中尉! 本日付を以って、総司令部副官部へ出頭致しました!」

「やあ、遠路ご苦労だったね、中尉。 まぁ、楽にして掛けたまえ」

「はっ!」

お言葉に甘えて、大佐のデスク前のソファに腰掛ける。
いや、見事にさっぱりした室内だ。 前に中学の頃に観た、欧州映画の一コマの学校の校長室内、正にそんな感じだ。
壁一面の書庫。 小さな額縁に入った風景画が、唯一のアクセント。

「うん。 君の軍歴は読ませて貰ったよ。 日本帝国軍から昨年に国連軍へ出向。
日本軍時代と、国連軍の1カ月は満洲の激戦地で戦い抜いた。
その後は主にイベリア半島と地中海方面・・・ ああ、シチリア島にも行っていたな。 そこで、約1年、これまた激戦地。
うん。 立派に、歴戦の野戦将校だ」

「恐れ入ります」

「うん。 で、今回。 私の処へ・・・ うん。 ようやく、希望していた通りの人材が来てくれたよ」

・・・希望通り? 副官部で、なぜ野戦将校が?

「最初に言っておくと。 君の任務は所謂『副官』ではない。 これは承知しておいてくれるかな?」

「はい」

思わず、ホッとする。 今更、慣れない、しかも気疲れする副官任務なんて、やれるものじゃない。

「うん、宜しい。 では、まず我が『第3室』なのだが・・・ まずもって、ここには『副官』など居ない」

「・・・は?」

「いや、私だって、そんな肩の凝る仕事は御免だよ。 他の者達もね。
便宜上、副官部所属だがね。 その任務は、言ってみれば『萬何でも屋』だね」

「・・・は?」

「いや、だからね。 各種調査から、苦情処理、人手が足りない部署への応援・・・ 
まあ、色々な人材を取り揃えているからね。 お陰で引っ張りだこでね」

「・・・はぁ!?」

「・・・面白い反応をするね、君は。 まぁ、いろいろと便利なのだよ、そういう部署を一つ持っておくと。
軍も所詮は縦割り組織。 横の繋がりなんて、突撃級BETAの装甲殻みたいに硬くて、繋がらないのだよ。
で、まぁ、そう言う訳で。 最も各組織との関係上、衝突の少ない副官部に、使い勝手の良い部署を作ったという訳さ」

「つまり・・・ 何でも屋の便利屋、と・・・?」

「察しが良いね。
いや、色んな方面に通じた人材は居るのだがね。 
流石に、現役の。 それも歴戦の衛士となるとね。
前線部隊は何処も、手放さなくてね。 いや、今回は幸運だったよ」


はっはっは。 そう高笑いする大佐を見つつ。 これはババを引いちまったか? そう思わざるを得なかった・・・









1730 総司令部副官部・第3副官室 通称『第3室』(別名『ザ・ユーティリティーズ』)


室員との顔合わせをした。 俺を含め、総勢9名。

まず、室長のヘンリー・グランドル大佐。 52歳。 
実は最近になって予備役招集された、小学校の元校長先生だった。 兵科は砲兵出身。

次に、次席のローズマリー・ユーフェミア・マクスウェル少佐。 27歳。 
スコットランド系の、見た目は怜悧な亜麻色の髪と瞳の美女。 が、実は結構ドジな一面があるらしい。 
こちらは、大学で物理学の助教授をしていたそうだ。 召集で軍に。 因みに、軍歴無し。

眠たそうな表情の、まったりした雰囲気のアロイス・クルーガー大尉。 45歳。 元は商社勤めだったとか。 ドイツ系。
予備役主計大尉で、No.3がこのおじさん。

気だるそうで、妖艶な雰囲気の美女が、ドロテア・バレージ中尉。 29歳。 離婚歴有り。
前職は、酒場のイベントがメインで歌っていた『歌姫』(と言う年では無いが・・・)
軍に居た時は、情報管制官だった。 情報収集も得意のようだ。 イタリア系。

無表情で、無口なぺトラ・リスキ少尉。 フィンランド出身の女性衛士(なんだ、衛士が居るじゃないかよ) 19歳。
昨年は北欧戦線で戦っていたらしい。 プラチナブロンドの髪と、ブルーの瞳。 その豊満な胸は、反則級だ。

最初、ミドルティーンかと思った程、童顔で小柄なエステル・ブランシャール少尉。 
フランス出身の18歳。 胸はミドルじゃなく、ローティーン並みだ。 リスキ少尉の対極を張る。
8ヶ国語を自在に操る、言語学の天才。 これでもスキップ(飛び級)で、今年大学を卒業しているそうだ。

2mを超える長身と、幅広の横幅を持つ巨漢は、レオニード・チェレンコフ曹長。 亡命ロシア人で、機械化装甲歩兵出身。 25歳。
見た目は厳ついが。 彼はロシア人の存在意義を真っ向から否定する男だった。 全くの下戸で、酒が一滴も飲めない(ロシア人がだ!)
代わりに大の甘党だ。 この巨漢が表情を崩しながら、甘ったるいホットチョコレートを飲んでいる姿を、想像するがいい・・・

最後に、第3室の庶務全般を引き受けるアネット・シモンズ軍曹。 22歳。
前職は近所の会社の、庶務をしていたそうだ。 会社が倒産して途方に暮れていたところ、大佐がリクルートしてきたとか・・・
こちらも、軍歴無し。 地元、ベルファスト出身。 コロコロとよく笑う、「近所のお姉さん」タイプだ。

で、最後が俺。 周防直衛中尉。 言わずと知れた、帝国軍からの左遷組・・・


―――おい、大丈夫か? この部署・・・


使い勝手が良い組織、じゃなく。 あちこちから弾き出された者の、寄せ集めのような気がしてきたのは、気のせいだろうか・・・








2300 ロックビュー・ロード 下宿


総司令部で世話をしてくれた下宿に転がり込んだのは、2300に近い時間だった。
顔合わせの後、室員全員で『親睦会』なる食事会を開いてくれた。
丁度、衛士訓練校への正式配置命令を受け取った圭介と、ばったり会ったので巻き込んでやった。

本部にほど近い、一見すれば判らない「穴場」的なレストラン。
アイリッシュシチューと、コルカノン(キャベツを混ぜた、マッシュポテトサラダ)、ビーフ・アンド・ギネス(牛肉のギネス煮込み)、ソーダブレッド(アイルランドのパン)

いや、意外に結構、美味かった。
ギネス・ビール(黒スタウト)は、初めて飲んだ。

飲んで、食べて、話し込んで。 レストランを出たのは2200頃。 
そこからクルーガー大尉に車で送って貰って(飲酒運転じゃないか)、下宿に転がり込んだ。
3階建てのアパートメント。 寝室にリビング、キッチン、バスとトイレ。 まぁ、独り者には十分だ。


「ふあ・・・ 眠い。 おい、俺は何処に寝ればいいんだ?」

圭介が欠伸を上げながら、周りを見渡す。
今晩は、ここに泊る気でいるらしい。 さっさと将校クラブへ行けば、宿泊施設もあるって言うのに・・・

「お前のベッドなんか無い。 そこらに転がってろ」

「・・・なぁ。 かれこれ7年来の親友に、それは無情なんじゃねぇか?」

「・・・男2人、一緒のベッドに入る気か?」

「・・・毛布、借りるわ」

「んじゃ、おやすみ・・・」


―――やれやれ。 ようやく、休める。

北アフリカからこのかた。 正直、色々と心の隅に引っかかる事もあって。
何気に疲れていたのかな。 ベッドに入った途端、眠りに落ちて行った・・・









1994年10月10日 2130 国連軍総司令部 副官部第3室


総司令部は実のところ、同じベルファスト市郊外の別の場所に、実質的な『ヘッドクォーター』が存在した。
そちらは本庁舎が地上20階・地下5階建で、他に別棟が8棟もある、正しく『総司令部』然とした場所だった。
普段の総司令部機能は、そちらで行われている。

では何故、この古色蒼然とした建物が『正式の』総司令部と言うのか。 理由は・・・詳しくは判らない。
まぁ、世間の目を全く引かないこんな所ならば。 ひそひそ話にはもってこいではあるが。 大方、そんなところか?


そして俺は今、仕事と格闘している。 書類の山が無くならない。 やってもやっても、仕事が終わらない。
着任して以来、10日目。 俺の今の仕事は、ひたすら書類仕事ばかりだ。
今日の仕事は、『戦場実態調査』 各戦線で聞き取り調査を行った将兵たちの、そのコメントの確認と、分類分け。

「んあ・・・ 何ぃ・・・? 『俺は見たんすっ! BETAがBETAをかっ喰らっている所! あいつら、共食いしてたんすよっ!』 ・・・ふぅ~ん?
そうか、そうか。 んなら、BETAが腹をすかせる方法を発見すれば、この戦争は楽勝だな・・・」

『未確認・情報確度D』の箱に放り込む。

「お次は・・・ 『せめて! トイレだけは男女別々にして下さい! あのXXX野郎の後のトイレなんて! あの悪臭は、BETAでも耐えきれないっ!』
・・・我慢しろ」

『苦情・ランクE』行きだ。

「はぁ・・・ 何々? 『2段ベッドの上で、夜ヤリまくるの、規則で禁止できませんか?
俺、寝不足で、寝不足で・・・ このままじゃ、BETAに殺られるより早く、過労死しそうです』
馬鹿、そんな時は手前ぇも混ざれ・・・」

『苦情・処理の要無し』 決定。

「・・・まだ、終わらんのかよ・・・ 
『合成ニンニクエキスをぶっかけたやったら、戦車級BETAがのたうちまわった・・・』
『合成香辛料セットの匂いで、闘士級BETAが逃げて行った・・・』
あれは、人外の代物だ。 あんなの、ぶっかけられたBETAが気の毒だな・・・」

『戦訓・重要度・度外』 これしかないだろ?

・・・ああ、くそっ! 気が狂いそうだ! 何なんだ、この三文コントのネタにもならんような、くだらないコメント集は!!!

挫けそうになる。 でも、終わらさないと帰れない・・・
他の連中は皆、さっさと終わらせて帰りやがった。 
同じ書類を処理していたバレージ中尉は、一瞬の隙を捉えて脱走しちまいやがったし。 くそ!

大きく伸びをする。 体中がコキコキ音を立てている。 くあ、疲れた・・・

煙草に火をつけ、窓を開ける。 
別に禁煙と言う訳じゃないが、マクスウェル少佐にブランシャール少尉、シモンズ軍曹の視線が、昼間痛かったからだ。


「・・・ふぅ」

―――俺、ここで何やっているんだろう?

ガキさながらに、衛士に憧れて訓練校に入校した。
卒業して、少尉に任官してすぐ、満洲に配属されて。 多くの戦場で戦った。 何人もの戦友の死を見送ってきた。

国連軍に出向になってから、主に地中海方面で戦い続けた。
戦って、戦って。 とうとう、おかしくなっちまって・・・

―――今、ベルファストで書類仕事?

何か、急に阿呆らしくなってきた。
・・・いいか。 今日はこれで終わりだ。 期日を決められている訳じゃない。
今の書類をかたしたところで。 また他の処理が回ってくるだけだ・・・

煙草をふかしつつ、窓から夜の街を眺める。
無意識にカップのコーヒーモドキを口にする。 ―――不味い。


不意に、ドアが開いた。 ―――グランドル大佐だった。

「おや? まだ残っていたのかい?」

俺の敬礼に答礼しながら、苦笑気味に大佐が笑う。

「・・・仕事が終わりませんので」

「やれやれ。 本当に日本人は生真面目だね」

そう言いながら、大佐は自分のデスクに歩み寄る。 引き出しを開けて何やら探している。

「あった、あった。 やはりここに忘れていたな」

古びた、小さな懐中時計だった。

「昔、女房からプレゼントされたものでね。 持っていなかったら、機嫌が悪くなっていけないね」

―――いや、何ともコメントのしようが無いが。

思わず苦笑した俺を見やって、大佐が話しかけてくる。 ―――校長先生の表情だった。

「時に、周防中尉。 今日までの感想は、どうかね?」

「・・・正直、面喰っております。 ご存じの通り、自分は最前線での勤務が長かったものですから」

「うん。 でな、今日までの間。 前線の事を思い出したかい?」

「いえ。 不慣れと忙しさで、失念していました」

「・・・それは、良かった」

「大佐?」

どういう意味だ?

「私も、覚えが有るよ。 君のような、直接対峙する兵科じゃ無かったがね。 
それでも、戦場疲労症に罹ってね。 『パレオロゴス』は、酷かった・・・」

―――『パレオロゴス作戦』!? あの、史上最大規模の大作戦か? あれに従軍したのか? 大佐は・・・

「命からがら、帰りついた後もね。 夢にうなされるわ、幻覚は見えるわでね。 正直、保たないと思った。
軍医の診断もね。 軍務に耐えられない、とね。 お陰で、予備役編入さ」

そうか。 元々は職業軍人だったか、この人も。

「ひたすら、何かしら忙しくしたよ。 何かに没頭しておかないと、怖かったな。
君の場合、未だ初期症状のようだからね。 今なら、環境を変えれば改善は速いだろう。
ここで、ボォーッとするより。 何でも良いから、何か集中していた方が良かったのだ。
一時でも忘れられれば。 その内、気にしなくなる」

「・・・ご自身の、ご経験ですか?」

「最早、戦場では役に立たない老兵だがね。 リハビリには丁度良いだろう?」

案外。 そう言った面も考えて受け入れているのかな? 俺にせよ、どうやらぺトラ・リスキ少尉にせよ。
戦場で心身が少々、おかしくなりかけた衛士を、わざわざ配しているという事は。


「・・・本当に。 『校長先生』ですね、大佐は・・・」

「唯一の取柄だね。 
・・・正直、これ以上昔の教え子が戦場に向かう姿を、見ていられなくなった。
だからかな、軍に復帰したのは。 だが、最早こんなロートルが戦場に出る幕は無いしな。
なら、自分の得意な事をするまでだ」

戦場で、心身を疲れさせた者達の居場所を、か・・・

「・・・それでも。 再び送り出す事は、辛いに変わりないのだがね・・・」


―――それでも、『校長先生』 あなたの学校で休めたら。 それはどんな後方配置よりも、運が良いのかもしれない。


「・・・このコメント処理は、BETAとの戦闘より強敵ですけどね」

「良かったじゃないか。 君はこれ以上ない強敵を、屈服させようとしているのだから」










1994年10月15日 0830 総司令部副官部・第3室


「スコットランドへ?」

「うん。 次の仕事だよ。 向うに飛んでくれたまえ。 詳細はグラスゴーにある国連支部の、軍務部で確認できるから」

「はっ しかし、概要も判らんのでしょうか?」

「いや、なに。 向うの、ちょっとした『重要人物』の身辺警護だよ。 人手が無くてねぇ・・・
ああ、今回はリスキ少尉と2人で仕事になる。 なに、そう難しくない。 1カ月程、風光明媚なスコットランドを楽しんできたまえ」


―――書類仕事の次は、身辺警護? 本当に、何でも屋なんだな・・・

「しかし。 小官はSPの訓練は受けておりませんが?」

「大丈夫だよ。 リスキ少尉も同じだ。 なに、他に専門の連中もこっそり配置される。
君達は、『対象』の最後の楯になってくれれば良いよ。 大体、そんな事態はほとんど発生しないだろうしね」

―――休暇配置?

まあ、いいか。 折角の命令だ。 欧州では今や、貴重な自然の残る風光明媚なスコットランド。
精々、満喫して来いという訳か。

「了解しました。 周防中尉、要人警護任務につきます」

「うん。 あ、そうだ。 期間は場合によっては多少、延長になるかもしれないかな。
その時は、連絡を入れよう。 じゃ、頼むよ」


第3室を出て、受け付けを通る。 ナタリーが手招きをしている。

「何だい? ナタリー」

「ハイ、ナオエ。 貴方今度はスコットランドでしょ? はい、これ。 出張経費前渡し。
それと、私服類は揃えて行った方がいいわよ。 そろそろ冬の季節なのだし」

そう言って、カードを手渡される。 限度額は有るが、その範囲内なら、必要経費で有れば使ってよい。 そう言う事だ。
他に、寒冷地装備手当(要は、防寒服他、自前の服を購入しておけと言う事だ)

「ああ、サンキュ。 ところで、ナタリーはスコットランドへ行った事は?」

「残念ながら、無いわね。 ・・・向うで見繕いなさいな、案内してくれる女の子の、一人や二人」

「・・・そこまでの甲斐性は無いよ。 残念ながら。 あ、そうだ。 ぺトラは?」

「さっき、命令受領していたわね。 今は下(1階サロン)じゃないから?」

「ん、わかった。 じゃ、行ってきますよ」

「お土産、欲しいなぁ?」

「代金前渡しで、承るよ」

「何よ、ケチっ!」

思いっきり顔をしかめ、舌を出すナタリーを。 笑って交わしながら部屋を出る。
1階に下りて、奥にあるサロンを見ると。 ぺトラ・リスキ少尉が居た。


「おい、ぺトラ」

声をかけると、ソファから立ち上がり敬礼する。 答礼して返し、今回の任務について確認する。
彼女も今日初めて言われたそうだ。 それに、俺同様、SPの訓練も受けていなかった。

「ハッキリ言って。 役立たずだぞ? 俺達」

「でも・・・ 楯には、なれます・・・」

「それも、ぞっとしない」

「でも・・・ 任務」

「お前さん、割り切り良いね?」

「任務、です・・・」

・・・何か、本当に無表情と言うか。 それに話し方も、独特の間と言うか。

「ま、いいか。 それより、明日出発する。 今日はこれで帰っていい。 荷物を纏めておけ。 
明日の0900、ベルファスト・シティ空港の軍用ターミナル。 いいか?」

「・・・了解」

それだけを確認して、分かれる。 詳細は、グラスゴーに着いてからだな。

ふと、同じ欧州に散らばった2人の悪友を思い出す。

(圭介は・・・ 今頃、嬉々として扱きまくっているんだろうな。 訓練生も、可哀そうに。
久賀は・・・ ま、色んな毛色の戦術機を乗りまわせる分、楽しんでいるか。 
くそ、俺だけかよ。 書類仕事や、専門外のSPモドキなんてさ・・・)


愚痴を言っても、始まらない。
本部を出たその足で。 市街の中心部へ。 兎に角、寒い冬の私服でも買っておかないと。

―――今まで、そんな必要無かったものなぁ・・・


今更思うが、本当に・・・ 『思えば遠くへ来たのものだ』




















[7678] 国連欧州編 スコットランド1話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/07/27 00:36
1994年11月5日 0630 スコットランド・グラスゴー郊外 アクロイド邸


秋晴れの、良い天気の朝だった。
朝の清涼な空気。 肌寒い季節になったが、頭はすっきりする。
鳥のさえずり、明るい陽光。 木々はすっかり葉を落としてしまったが、緑の芝はまだ何とか残っている。
小さな小川に架かった小橋から覗き込むと、綺麗な流れがせせらぎを奏でている。


こっちに来て以来の日課である、早朝の周辺警戒を兼ねた散歩。 いや、ほとんど朝の散歩だ。
何しろ、同行者は・・・

―――ワンっ ワンっ!

「ああ、判ったってばよ、グレイ」

首輪のリードを外してやる。 途端に、嬉しそうに走り出すコリー犬のグレイ。
犬としては未だ子供の年齢だが。 それだけに返って、あれは本当に遊びたがっているな、と思える。

『対象』警護に着任して半月が経った。 今のところ、特に仕事は無い。
いや、今こうしているのだって、立派な仕事だ。 周囲を、不審者が居ないか、何か不審な点が無いか。 定常的に調べまわっているのだ。

「・・・最も。 お前はそんな事、思ってないだろうなぁ・・・」

無邪気にじゃれついてくるグレイの頭を撫でてやりながら、思わずぼやく。
この、最近図体が大きくなってきた、やんちゃ坊主の仔犬は。 俺の事、自分の従者程度にしか思っていないのじゃないか?


30分ばかり、散歩と言う名の周辺警戒を終えて、屋敷に戻る。
グラスゴー市郊外にある、瀟洒な邸宅。 昔風に言えば、ジェントリーのカントリー・ハウスか。 余り大規模なものではないが。

現在の所有者は、昔と変わらぬアクロイド家。 実は今回の警護対象が、この館の女主人である、レディ・アルテミシア・アクロイド。
バロネテス(Baronetess:女準男爵)で、デイム(Dame)の敬称を有する女性だった。

それだけで、どうして国連が警護対象とするのか?

実はこのレディ。 英国の物理学会では著名な人物だったのだ。 何やら、国連主導で行われる予定のある計画。
その英国計画案と、米国計画案の双方からプロポーズされているらしい。

最近はその為に、各国間でロビー活動の激化は当然の事。 重要人物を、拉致同然に攫って計画に協力する様に強要した、などと。
その活動が過激化している事にも、国際社会で問題視されている。

このレディ・アルテミシア自身が、英国に留まるか、米国へ渡るか。
未だ決断を下していないだけに、その身辺も些かきな臭くなることが予想された。
したがって今回、『国連が』 警護チームを出したのだ。

最も、表に出るのは俺と、ぺトラ・リスキ少尉の2人だけだが。


レディ・アルテミシアは会った限りでは、非常に母性的な、優しい印象の50代女性だった。


グレイを捕まえて、再びリードをつけ直す。 
ゆっくりと歩きながら、広大な(俺のような日本の庶民感覚では)屋敷に戻ると、玄関ホールから小さな人影が飛び出してきた。

「お兄さま! おはようっ! グレイ、良い子にしていたかしら?」

淡いヘイゼルの長い髪と、同色の瞳。 身長は俺の胸辺りも無い。
御当家の御令嬢、ジョセフィン・セシリア・アクロイド嬢。 当年8歳。
グレイがじゃれついて、顔を舐めるのに。 無邪気な笑い声で、抱きしめて笑っている。

何故か、着任当初から懐かれてしまった。 
お陰さまで本来の警護対象である、この少女の祖母、レディ・アルテミシアの直属警護はぺトラこと、ぺトラ・リスキ少尉が専任で行っている。
今の俺の任務は、仔犬のグレイの世話と、この少女のお付き役。 
そして、曾祖母に当たる『大奥様』、アクロイド夫人(レディの母親)の、昔話のお相手。

―――これって、国連軍人の任務なのか?

大いに疑問だった。

「? どうなさったの? お兄さま?」

小さな、小さなレディが不思議そうに見上げる。 
まぁ、いいか。 無邪気に懐かれるのも、悪くは無い。

「いいや? 何でも無いよ。 さ、そろそろ朝食だね。 食堂に行かないと」

グレイを、雑用女中に預けて館内に入る。
昔は100人以上の使用人を使っていたらしいが、そんな事は昔話だ。 今は10人程度の使用人しかいない。

「うんっ! ・・・あ、でも。 またキュロットジュース、飲むのはイヤ・・・」

「好き嫌いはいけないよ、ジョゼ。 大きくなれないぞ?」

「・・・ママみたいに、なれないの?」

「そう。 ジョゼがお母さんみたいになりたいと思うのだったら。 ちゃんと食べて。 よく勉強して。 よく遊んで。 よく寝る事だよ」

「うんっ! でも・・・ お勉強は、どうかなぁ・・・」

「家庭教師の、レディ・グレナムには。 『ジョゼがいっぱい勉強したがっていた』って、言っておくよ?」

「もうっ! お兄さまの意地悪っ!!」

ポカポカと、腰のあたりを叩く、その少女の頭を撫でてやりながら。 食堂の扉を開けた。

「おはよう! お母さま! お祖母さま! 大お祖母さま!」

女ばかり4世代の、アクロイド家の家族が、勢揃いしていた。











11月7日 1330 アクロイド邸


ドアをノックする。

『どうぞ』 

内から、落ち着いた女性の声が返ってきた。

「失礼します、レディ。 本日分の、英国政府、及び米国政府よりの書簡。 それから・・・ 国連より、先だっての調査報告書がまいっております」

開封されていない事を確かめ、封書を手渡す。

「申し訳無いわね、中尉。 何分、昔と違って、使用人の数も減ってしまって・・・」

「お気になさらず。 小官とリスキ少尉の任務は、レディの直接警護です。
失礼ながら、郵便物を用いたテロの可能性も、否定はできません」

「まぁ・・・? そのような事が?」

「・・・大昔。 前大戦が終了して間もない、50年代後半頃には。 毒物を封書に混入させ、時間をかけて対象を暗殺したケースも。
我々は、そのチェックも行います」

付け焼刃の知識だが、昔のKGB(ソ連国家保安委員会)や、旧東欧諸国の諜報機関の『お家芸』だったそうだ。

「・・・では、貴方やMiss・リスキが危険なのでは・・・?」

「御心配無く。 専用の検査装置を持ち込んでおりますので・・・」

半ば本当で、半ば嘘。 検査装置は本当だが、ごく簡易的なものだ。
が、そんな事は本筋じゃない。


「ご予定では、来月早々にはお決めになると伺いました。 ベルファストに行くか、ニューヨークへ行くか。
上官より、そのご予定の確認が出来次第。 至急、連絡をとの事で。 申し訳ありませんが・・・」

それによって、今後の警護スケジュールが変わってくる。

「ええ・・・ 判りました。 それまでには・・・ 「お母さま?」 ・・・あら、シルヴィア」

部屋へ入ってきたのは、レディに良く似た、妙齢の女性。
ミズ・シルヴィア・アクロイド。 レディの一人娘にして、ジョゼの母親。 娘と同じ淡いヘイゼルの髪を、アップに纏めている。

今年33歳。 85年のバトル・オブ・ブリテンで、夫君を失っている。 
今は母親の秘書をしていた。 元英国陸軍中尉の衛士。

「あら、中尉。 ご苦労様です。 ・・・そうだわ、お母さま。 明日の件ですけれども。
グラスゴーまで来て頂けるそうですわ。 お昼過ぎになると」

「そう・・・ 無理を言ってしまいましたね。 改めて、お礼申しあげておかなければ・・・」

確か、戦術機メーカーの人間と会う予定だったな。
様々な分野の専門家を、取り込んでおいたほうが開発もやり易い。 そう言ったところか。
今回は確か、サーグ社だったか。 先週は、ユーロファイタスの人間も来ていた。


「では、明日はグラスゴーですね。 スケジュールに入れておきます」

ついでに、『陰で』警護している、専門チームにも連絡を入れておかないと。

「出発は、1400時 グラスゴーへは、1430.の予定になります。 ミズ?」

「ええ。 判りましたわ。 助かります、中尉」

ミズ・シルヴィアの言葉に思わず苦笑する。 どうやら俺の任務には、『秘書見習い』も含まれたようだった。
そんな事を考えていると、部屋の扉が勢い良く開いたのに驚いてしまった。
見ると、そこには甚くご機嫌斜めの、小さなレディが・・・

「まあ! ジョゼ? はしたないですよ?」

母親に叱責されながらも、頬を膨らませて・・・ 何故、俺を睨みつけているのだ・・・?

「・・・お兄さまの、嘘つき」

―――はっ?

「ジョゼ?」 「ジョセフィン?」

母親と、祖母もまた。 不思議そうに娘を、孫娘を見る。

「今日・・・ 森の向うに、連れて行ってくれるって。 前から、お願いしていたのに・・・」

―――あ、やべ・・・

失念していた。 

森の奥に、小さいが、綺麗な風景の湖水がある。 ジョゼは前々から行きたいと言っていたのだ。
が、小さな少女一人で行かせられる訳もない。 そこで、俺に母親のミズ・シルヴィアが頼んだのだ。 ―――連れていってやってくれないか、と。

彼女も、何かと忙しい。 母親の秘書役だけでは無いようだったし。
俺も、実際の話。 それほど忙しくしている訳じゃ無かったから、つい安請け合いを・・・

―――で、本当は今朝から連れて行ってあげる約束だった。


「あ・・・ す、すまない、ジョゼ。 つい、忙しさで・・・ 「嘘つきっ! お兄さまの、嘘つきっ! キライ!」 ・・・おい!? ジョゼ!」

入ってきた時と同じ・・・ いや、それ以上の勢いで、部屋を出て行ってしまった。









拗ねて飛び出して行ったお姫様を探して、10数分。 
彼女の母親と祖母には、明日のスケジュール確認のみ済ませ、断ってから急遽『捜索』を開始した。
最も、母親と祖母には、娘が、孫娘が大方どこに居そうか辺りはつくようで。 『あそこへ行ってあげて下さいな』と、わざわざ教えてくれたが。

「え~と。 この辺りか・・・ ん?」

屋敷の裏、整えられた庭園を突っ切った先の、ちょっとした林。
見ると。 庭師(以外にも、色々雑用をしている)ジョージ爺さんが居た。
口に指を当てて。 ゼスチャーで『静かに、こっちへ来い』と。

そっと近付く。 爺さんの横まで行き、灌木の陰からそっと覗くと・・・
拗ねて、座り込んでいるジョゼと。 何故か、その横に座り込んでいるぺトラが居た。 話声が聞こえる。


「キライだもの。 嘘つきのお兄さまなんか・・・」
「約束破ったのは・・・ いけない。 でも・・・ わざとじゃ、ないね?」

「そうだけど・・・ 多分、そうだと思うけど・・・」
「覚えてたら・・・ ジョゼとの約束、守った、中尉は。 ・・・そう、思うよ」

「どうして?」
「わざと・・・ 約束、破らない人。 そう、思うよ」

「ぺトラは・・・ お兄さまと仲がいいの? 良く知っているの?」
「余り・・・知らない。 仲間になって、すぐ。 まだ、知らない、よく」

「じゃあ! どうして!? どうして、そう言うの!?」
「・・・中尉、うなされなくなった。 こっち来てから。 ジョゼと、遊んでから」

「・・・うなされない?」
「怖い夢、見なくなった、多分。 前は、見てた、と思う」

「怖い夢? どうして・・・?」
「戦場で。 怖い思い、たくさんしたから。 忘れられなく、なった。 怖い夢、見る。 あれ、怖いよ?」

「じゃ、じゃ、どうして、怖い夢を見なくなったの?」
「さっき、言った・・・ ジョゼと、遊んでいるから・・・ 多分」


―――全く、良く見てやがる。

ああ、そうか。 ぺトラの下宿は。 俺の隣室だ。 こっちに来てからも。
夜、俺ってそんなにうなされていたのか?
時々、不意に飛び起きる事が有った。 悪夢のようなモノを見た気がするが、全く覚えていないのだ、その時には。
隣室にまで、聞こえていたとはね・・・


「・・・・」
「約束、破ったの、ダメ。 でも、ジョゼの事、悪くしてないから・・・ 忙しい? だから、忘れてしまった。 ・・・ダメ?」

「楽しみにしていたの・・・ ずっと、行ってみたかったの。 連れて行ってくれるって、嬉しかったの・・・」
「うん・・・ 嬉しいね」

「お母さまも、お祖母さまも、お忙しいもの。 我儘言っちゃ、いけないんだもの。 ・・・本当に、お兄さまがいるみたいで、嬉しかったの・・・」
「兄姉、いないね。 ジョゼ、ひとりだね・・・」

「・・・すん ・・・くすん・・・」
「じゃ、わがまま、言えば・・・?」

「・・・え?」
「お兄ちゃんに、妹が、わがまま言う。 ・・・凄く、普通」

「いい、のかな? 言っても、いいの・・・?」
「いい、と思うよ? 中尉、うなされなくなった。 そのお礼、しなきゃダメ。 お兄ちゃん、妹のわがまま、聞いてあげなきゃ、ダメだね?」


―――いや、何と言うか。

ぺトラなりに、ジョゼを慰めているのだが。 彼女なりに、気を使ってくれているのだが。
何か、けしかけているぞ? おい・・・
隣のジョージ爺さんも、苦笑している。
全く・・・

ま、いつまでも盗み見では、埒もあかないだろう?


「ジョゼ?」

「お兄さま!?」 「・・・中尉?」

いきなり現れた俺を見て、ジョゼとぺトラが驚いている。 ・・・いや、ぺトラはそうは見えないが。
ぺトラに目線と軽く手振りで謝意を示して、ジョゼに歩み寄る。 そのまましゃがみこんで、彼女と視線を合わせる。

「ごめんな、約束破ってしまって・・・ でも、決してわざとじゃないんだ。 それだけは、分かって欲しいんだよ」
「・・・・・」

いまいち、お姫様は承服し難いかな?

「今度は、約束守るよ。 お礼もしなくちゃ、いけないしね」
「・・・お礼?」

「怖い夢、見なくなったしね。 そのお礼」
「・・・あっ!」

そうだな。 うん、こっちにきてから、ゆっくり眠れるようになった。 全く意識していなかった事だけど。
不慣れな仕事に、振り回されていた事だけじゃ無いな。 この幼い、無邪気で、明るく愛らしい『精神科医』のお陰かもな。


「・・・明後日」
「・・・ん?」
「明後日、連れて行って欲しいの! 約束だから! したから、もう、約束! 破っちゃ、許さないわよ! お兄さま?」

・・・一方的に、約束させられたな・・・
『明日』とは言わなかったな。 俺が、母親や祖母の仕事に付き添う事を、聞いていたのか?
だから、我儘言うのにも。 その辺は我慢したという事か。

「・・・判った。 明後日な。 朝から行こう、お弁当持って。 ・・・おい、ぺトラ。 お前さんもな?」
「中尉・・・ 私は、休日。 その日・・・」

「だから。 皆でピクニック。 悪くないだろう?」
「ぺトラも? 一緒に行くのね?」

珍しく、ぺトラの目が泳いでいる。 が、確定と観念したようだ。

「・・・了解」


ジョゼが嬉しそうにはしゃぎながら、ぺトラの手を引いて屋敷へ戻って行く。 ぺトラの方はいささか困惑気味だが。
そんな2人の姿を見送っていると、ジョージ爺さんに話しかけられた。

「済まんね、お若いの。 嬢さまは、ここじゃ、周りは大人ばかりでの。 なに、お前さんらが大人じゃ無いって訳じゃない。
比較的、年が近い・・・ 甘えられる年だっちゅう事じゃで」

「まあ・・・ 確かに、周りは大人ばかりだな。 あの年頃の子どもには、遊び友達とか、色んな友達がいて当然なんだけどな・・・」

「奥様(レディ・アルテミシア)や、シルヴィア嬢さまも、ご心配なさっとるよ。
お仕事の関係上、嬢さまが学校へ通う環境で無くなってしまっての・・・
大奥様(アクロイド夫人)は、曾孫娘の嬢さまを、可愛がっておいでだからの、嬉しそうじゃが・・・」

先月、著名な生体工学研究者の一家が、何者かに拉致された。
後日解放されたが、その間、研究内容についての詳細な尋問攻めにあったという。
その研究者は、家族の身の危険を懸念して、今後の研究を断念したと言う。

ジョゼが学校へ行かず、家庭教師からマンツーマンで教育を受けているのは。 何も英国上流階級の習いでは無かった。

レディ・アルテミシアの専門は、物理学の中でも量子力学(量子工学)だそうだ。
(一度聞いたが。 俺には全く、理解の範疇外だ。 あと、量子物理学、と言うのも有るらしい)

様々な分野で、応用が効くらしい。 例えば、一瞬で膨大かつ難解な数式を演算してしまう、量子コンピューターとか。
その中でも特に、『量子重力理論』とやらの先駆者らしい。 これが完成すれば、『一般相対理論と、量子工学の統一理論になる』とか何とか。

この理論は、例の国連計画のなかでも、英国案と米国案の双方が『狙って』いるらしい。
英国としては、自国案を採用する為にどうしても国内参加させたい。
米国は、英国内居住の危険性(何しろ、BETAのひしめくユーラシアの目と鼻の先だ)を仄めかせ、自国への移住を迫る。

国連常任理事国のこの2国の、エスカレートを見かねた国連事務総局が。 国連欧州本部に指示を出して『警護』させたのだ。


「俺の任務は、レディの警護ですよ。 
その範囲には、彼女の安全を維持する為の『関係者の保護』も含まれる。
ジョゼのお守役も、その一つだね」


「・・・良い、若者じゃの、お前さんは。 ああ、このまま立ち話も何じゃな。 
どうじゃ? 儂の家に来んかの? なに、お屋敷の敷地内じゃて。 コーヒーの一杯も馳走しよう」









ジョージ爺さんの『家』は。 屋敷の敷地内の外れにある、小さな一軒家だった。

「ま、どうじゃ、一杯。 美味いぞ」

コーヒーを淹れてくれる。 驚いた事に、天然モノだ。

「なに、大奥様からの、下さりモノじゃて。 儂はこっちを飲むがの。 大奥様方は、もっぱらお茶での」

―――こんな、みすぼらしい爺にゃ、勿体ないがの。

そう笑う爺さんを見つつ、さっきから疑問に思っていた事を聞く。

「爺さん。 あんた、生粋の英国人じゃないね?」

「ほう? 何故じゃ?」

「はっきり、確信持てないけど・・・ 発音がさ。 今まで耳にした英国人の発音と、少し違う。
どこかよその言葉の影響が有るみたいだよ」

―――そう、例えば・・・

「ほう? 例えば?」

「例えば。 ドイツ語、だな。 俺の前の部隊長が、ドイツ人だった。 彼の話す英語の発音に、どことなく似ている」

確信的ではないが。 でも、アルトマイエル大尉の英語と。 例えばフランス人のオベール中尉の英語、イタリア人のファビオの英語。
どことなく、感じが違う気がした。 俺の英語の発音が一番下手糞だと、笑われたけどね・・・


「ほう・・・? 耳が良いな。 ふむ。 その通り、儂はドイツ出身じゃよ。
今は、『ジョージ・アルバート』と名乗っておるがね。 元の名は『ゲオルグ・アルベルト』じゃよ」

ゲオルグ・アルベルト―――英語で発音すれば、ジョージ・アルバート。 

「・・・ちょいと、年寄りの昔話に、付き合ってくれんかね?」



それから暫く、ジョージ・・・いや、ゲオルグ爺さんの昔話、いや、身の上話語りを聞いた。

ゲオルグは1920年、第1次世界大戦敗北直後の、ドイツ・バイエルン州の州都・ミュンヘンで生まれたそうだ。
子供の時は、ひもじい記憶しかなかったらしい。 敗戦国ドイツは、膨大な賠償金を課せられ、国内は超々インフレに陥っていた。
13歳の時、かのナチス党が政権第1党を獲得。 当時、ナチスの地盤だったバイエルン地方は興奮したという。 ゲオルグ少年もまた、同じだった。

18歳の時、志願入隊で国防軍(陸軍)入隊。 翌年、陸軍一等兵としてポーランド戦に参加。 第2次世界大戦の勃発だった。
1940年には西方電撃戦にも参加。 ダンケルクの手前まで進撃したという。

「あの時、何でまた進撃中止したのかねぇ・・・?」

今でも、悔しいそうだ。

フランス占領後、暫く部隊はフランスに留まる。 装甲擲弾兵科(今で言う、機械化歩兵装甲部隊か)へ転科して、1941年夏に東部戦線に参加。
以来、かのマンシュタイン将軍指揮下の部隊で、各地を転戦したそうだ。
モスクワ前面の冬、セヴァストポリの酷暑、そしてヴォルガ河の『死の白色』

「ロシアの冬と言うのはの、地獄じゃよ。 生者も死者も問わずに、凍らせるんじゃよ・・・
突っ立ったまま、厳寒に脳髄が生きたまま凍りついて死におった『人間つらら』が、あちこちに突っ立っておったわい・・・」


1944年初頭、その地獄の東部戦線から生還した爺さんが。 次に配属された先は・・・ ノルマンディだったそうだ。
あの『ブラッディ・オマハ』(血まみれのオマハ)と呼ばれた、オハマ・ビーチに展開していた独第352歩兵師団だった。

「あんときゃ、正直生きた心地はしなかったわい・・・ ロシア人の砲撃っちゅうものは、凄まじいがの。
アメリカ人の航空攻撃と、戦艦からの砲撃は・・・ あれ以上じゃったよ」


奮戦したが結局、敗れた。 爺さんはそこで捕虜となり、英国本土へ移送されたそうだ。
こうして。 足かけ5年に渡った、独帝国陸軍ゲオルグ・アルベルト上級曹長の戦争は、終わった。

「戦争は終わったがの・・・ またまた、負けじゃよ。 国に帰っても、子供のころと同じ、ひもじい思いかと思えば、泣けてきての」


まあ、そりゃね。 でも当時、爺さんは25歳か。 働き盛りなのだから、国で頑張れば良かったのじゃないのか?
また、どうして英国に残留したのか?

「はっはっは・・・ なに、簡単じゃよ。 こっちで恋仲の娘が出来ての・・・ で、その娘は元々、このお屋敷で働いておっての。
儂も、ご厄介になる事になったんじゃよ。 46年の事じゃ。 それ以来、48年間。 ここで働いておる」

お嬢さま(レディ・アルテミシア)も、シルヴィア嬢さまも、ジョセフィン嬢さまも。
儂が、赤子の頃や、お小さい頃に、あやして差し上げたものじゃて。

―――1946年・・・ レディ・アルテミシアでさえ、未だ6歳だものな・・・


「女房は、14年前にポックリ逝ってしまっての。 まだ、54歳じゃったよ。
倅が2人おったがの。 2人とも、BETAとの戦争で、戦死しおったわい。 
孫もおらん。 気楽に、天涯孤独じゃわい」

―――ミュンヘンも、どうなった事やら・・・

爺さんの故郷が、BETA勢力下にはいって久しい。 もう、元の姿は留めていない事だろう。

―――最も、44年以降、帰っておらんかったがの。

そう言って、笑う。


「・・・で? どうして俺に、この話を?」

単に、昔話をしたかった訳じゃあるまい?

「ん・・・ お前さん、目がの。 昔の戦友たちに、そっくりじゃて」

「・・・はあ!?」

「儂も、そうじゃったよ・・・ BETAとの戦争がどんなものかは知らんがの」

爺さんの目が、何か遠くを見るような目に変わる。

「・・・無数に飛び交う砲弾。 機関砲弾で体をまっぷだつにされて死ぬ奴。 直撃で肉片すら止めなかった奴。 火炎放射器の炎で、生きながらに焼かれて死んだ奴。

酷暑の最中、傷口が化膿して、蛆を沸かして苦しみながら死んだ奴。 極寒の中、両手両足が、凍傷で腐りおって、その毒で死んだ奴。
戦車にひかれて、頭を潰された奴。 銃剣で滅多刺しになって殺された奴。 ・・・気がふれて、口に咥えたトリガーを引いた奴。

―――無数の死に方を見てきたわい。 無数の死者を見たわい。 何百人、殺したか判らん・・・」

爺さんの独り言が続いた。

「最初はの。 怖さで引き金を引く。 何が何だか、判らんかったのぉ・・・
やがて、慣れてきたら。 何かしら、理由を探したもんじゃ。 
愛国心でも良い、仲間の為でも良い、敵への憎悪でも良い。 後ろめたさかの・・・
じゃがの、それが過ぎるとの・・・」

「過ぎると・・・?」

「堪らなく、面白くなったわい。 敵を倒す事が。 敵を殺す事が」

「・・・ッ!!」

「麻痺した、異常な日常じゃの。 殺し合いが、日常なんじゃよ。 朝起きて、飯を食うのと同じじゃよ。 お互い、顔の判る距離での。
相手の恐怖に強張る顔や、必死に逃げようとする顔がの。 丸見えなんじゃよ。 その顔を、死人の顔に変えていったわい・・・」

―――楽しむ?

「ま、それもつかの間じゃ。 最後には、何も感じなくなったわい。 敵がいるから、引き金を引く。 そこに心の在り方は無かったの。
ほれ、有名な登山家の言葉が有ったの? 『そこに山が有るから』 山に登ると。 それと、同じじゃよ」

「どうして、俺に・・・」

「言ったじゃろ? お前さん、昔の儂らにそっくりの目じゃ。 そうさの・・・ 慣れて、理由を探しておる目じゃのぉ・・・」

「俺も、殺しを楽しむようになる、と・・・?」

「さぁての? BETAは人間とは違うからのぉ・・・ そこら辺は、判らんわい。
じゃがの、こんな儂でも・・・ 儂らでも。 唯一の答えは、持っておったもんじゃて」

―――唯一の答え?

「自分が生きて帰る為にはの。 仲間を守らねばならんて。 仲間を守ればの、自分も守られる事が判るもんじゃて。
仲間の為に戦えばの。 仲間は自分の為に戦うもんじゃて。 それがつまり、生き延びる事じゃて」

―――それは、知っている・・・

「自分の気弱はの、仲間にも伝染するもんじゃて。 それが上のモンなら、テキメンじゃ。 部隊が壊滅しよる。
自分が怖い時にはの、仲間も怖いもんじゃて。 お互い、怖さを助け合っていったもんじゃて・・・」

―――怖さを、助け合う・・・?

「そうじゃろ? 人間一人なんぞ、大したモンじゃないわ。 小さいものよ。 それでも、仲間と大勢で助け合っていけばの。
窮地も、死地も、突破出来たもんじゃて。 儂はの、そうやって、地獄のロシアから帰って来たものよ」

―――大勢で。 助け合って。 人一人は、小さなものだ・・・

「自分の心に、慄いた時もの。 仲間がいれば、我慢出来たもんじゃて。 まっこと、仲間は大切なモノじゃての・・・」






2200 アクロイド邸 客間


昼間の、ゲオルグ爺さんの話を思い返していた。
話の中身には、特に驚かなかった。 俺自身、無数の無残な死を見てきたからだ。

だけど、一つだけ引っかかった事・・・

―――大勢で助け合っていけばの
―――仲間がいれば、我慢出来たもんじゃて

「・・・俺は。 詰まる所、独りでジタバタしていただけか」

結局、最後の最後で、仲間を信用していなかったという事か?
独りで抱え込んで。 それで潰れそうになって。 
人なんて、小さなものだ。 戦場の巨大な理不尽さの前には。
あの時。 シチリア島で感じた虚脱感。 あれは、そう言う事か?


「はは・・・ 馬鹿の見本だな・・・」

仲間の手は、差し伸べられていたのに。 曲がりなりにも、一つの答えは眼の前に有ったのに。
それに気付かず、それを見ようとせず。

「全く・・・ ごめんな、みんな・・・」



―――今度は。 少しはまともな馬鹿になって戻るからさ。 それで、勘弁してくれよ・・・

















[7678] 国連欧州編 スコットランド2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/07/28 00:28
1994年11月9日 1030 スコットランド グラスゴー北部郊外


引き続き、晴天の秋空。
一昨日の『約束』の通り、今日は朝から『お姫様』のお供で、近隣の森の奥にある湖水までやってきた。
歩いて約1時間程。 ピクニックには丁度良い行程だった。

お目当ての場所は、小さいが透き通った、綺麗な湖水を湛え、鏡のような見事な水面を映し出している。
周りは樹林が生い茂り、秋の紅葉を強めている。 そして、一旦は丘陵地帯へと続く、緑の芝の絨毯だった。


「お兄さま! ぺトラ! 爺や! 早く、早く!」

ジョゼが本当に嬉しそうにはしゃいでいる。
今日のお供は、俺とぺトラ、そしてゲオルグ爺さんだった。

「嬢さま! あんまし、急がんで下され! 年寄りには、キツイですじゃ・・・」

爺さんも流石に、息を切らしている。

「もう! 爺や、だらしないわ。 前はもっと早く、連れて行ってくれたじゃない・・・」

ジョゼが頬を膨らませて抗議する。
白い、レースのフリルがついた長袖のワンピースと、インパネスコート。 
同色のストッキング、クリームイエローの、バレエシューズ風の革靴。 
そして、やはり白色の幅広の帽子。

この子には、良く似合っていた。

俺とぺトラは、動きやすいアランセーターとウールのズボン。 爺さんはいつもの野良着。
11月のスコットランドは、日本の感覚ではもう冬だ。


「ジョゼ! あまり走りまわると危ない。 ゆっくり行こう。 湖は逃げやしないよ」

全く、元気なものだ。 
俺と爺さんとで、念の為の防寒具やら何やら一式、分担して持っている。 
ぺトラはランチと、非常食(と言っても、チョコレートやクッキーだが)

秋の天気は変わり易いし、近場でも雨に打たれたら急速に体温を奪われる。 
俺達は訓練を受けているけど、幼いジョゼや、年寄りのゲオルグ爺さんは用心に越した事は無い。


30分後、ようやくお目当ての場所に辿り着いた。

「綺麗・・・ です」

ぺトラが、ボソッと感想をこぼす。

「でしょう!? 秘密の場所なの! お母さまも、お祖母さまも、大お祖母さまも、知らないのよっ?」

目線で爺さんに確認する。 頷いている所を見ると、どうやら本当のようだ。
しかし、見た目は本当に西洋人形のような愛らしい少女だが。 以外にお転婆な面もあるのだな・・・

湖畔にジョゼとぺトラが近寄って、何やら楽しそうにしている。
余り近づきすぎないように注意してから、芝の上に寝転がった。

晴れ上がった空に、一筋の雲が流れている。 秋の、どこか朱色がかった感じの、感傷的な青空だ。
遠くで鳴いているのは、何の鳥の声だろうか・・・ 今は冬に備えて、森の動物達も忙しい事だろうな。

そんなことをぼんやり考えていたら。 急に眠くなってきた・・・



「・・・さま。 お兄さま・・・ お兄さま!!」

(うわっ!? 何だ?)

顔のすぐ近くに、ジョゼの顔が有った。
サイドで、リボンで括ったツインテールの淡いヘイゼルの髪が、俺の顔に垂れている。

「ジョゼ? ・・・ふわっ・・・ か、髪! くすぐったいって・・・!」

慌てて体を起こすと。 横に座り込んだジョゼと。 傍で昼食の用意をしているぺトラと爺さんがいた。
どうやら1時間近くも、寝こけていたらしい・・・

「もう、お昼よ? お兄さま。 すごく、気持よさそうだったから・・・ 起しちゃ、お気の毒かなって思って」

「中尉・・・ 惰眠、貪りすぎ・・・」

「はっはっは。 気持ち良さそうにしとったんでな。 そのままにしとったわい」

「・・・いや、お恥ずかしい・・・」

ジョゼの相手も。 食事の用意も。 全部ぺトラと爺さん任せにしてしまったとは・・・


「子供の頃、思い出した・・・ 楽しいです」

―――ぺトラ?

「森と、湖・・・ スオミ・・・ フィンランド、似ています」

ああ。 彼女の故郷は。 フィンランドは。 昔から、森と湖の国と言われていた。
そう言えば。 以前にユーティライネン少佐も話していたな。

「ぺトラのお家? 似ているの?」

「うん・・・ ここに、似ている。 だから・・・ 私も、好き」

「うん・・・ うんっ!」


(ああ・・・ そうか。 ぺトラにとっても。 今は『リハビリ』なのか・・・)

彼女も、北欧戦線で戦った衛士だ。 あの『白の地獄』と呼ばれた。


願わくば――― 一瞬の忘却が。 彼女の上にも有りますよう・・・










1994年11月18日 アクロイド邸


(・・・珍しいな?)

その日の書簡を手にした俺は、思わず小首を傾げた。
今まで、英国や米国からは何通来たか判らないが。 今回は日本からだ。 これは、初めてだった。

(誰だ・・・? えっと・・・ 『 Yuko Kouduki 』 ・・・『こうづき ゆうこ』? 誰だ?)

発信は・・・ 帝大か。 『応用量子物理研究室』・・・ うわ、こりゃまた。 
何とも、こ難しそうな名前だこと・・・ どこぞの、偉い学者先生か。 
レディの知り合いの女学者かな。 こ難しそうな小母さんなのだろうな・・・

などと考えながら。 書斎のドアをノックする。

「失礼します。 本日の書簡です、レディ」

「あら、有難う。 中尉。 ・・・あら? まぁ、珍しいわ、彼女から寄こすなんて・・・」

「お知り合いですか?」

「ええ。 4年前の90年にね。 少しの間、日本へ行った事が有って・・・ 学会の発表で。
そこで知り合ったのよ。 ユウコとは・・・」

「その方も、物理学者か何かで?」

「・・・ふふ。 ただの女学生さんだったわ。 でも、その頭脳は、天が与えたもうた才。 まだ、16歳だったわね・・・」

・・・ちょっと待て。 それじゃ、年齢的に俺と同年位・・・!?

「今は・・・ あら、帝大で博士号を取ったのね。 そう・・・」

まて、まて、まて! 博士号!? 20歳で!?
世の中、驚愕に満ち溢れている・・・ どんな女だ!?


俺の驚きなどどこ吹く風。 レディは全く気にせず、手紙(という範疇を超える枚数だが)を読んでいたが。
読み進むうちに、次第に表情が険しくなってきた・・・

「・・・レディ?」

「・・・なんて、こと・・・ッ! ユウコ、貴女はッ!!」

いきなり。 手紙を握りしめて、顔を手で覆い・・・ 嗚咽していた。

「―――レディ!?」








暫くして、落ち着いたが。 表情は冴えなかった。
気付けのつもりで、紅茶にブランデーを少量入れて差し出す。

「・・・ご免なさいね、取り乱して・・・」

「いえ。 それより、大丈夫ですか? 随分、ショックを受けておいででしたが?」

あの驚愕。 恐怖。 そして、嫌悪。 何をして、彼女にそうさせたのか・・・

「この手紙の差出人は・・・ 日本の帝国大学・応用量子物理研究室の・・・ 香月夕呼博士。 弱冠20歳の若さよ」

「・・・はぁ」

「専門は・・・ 広い範囲で、私と同じなの。 量子学ね。 
その縁で、学会で質問を受けて。 それ以来、お手紙の遣り取りをしているのだけれど・・・」

余程、ショックを受ける内容だったのか?

「彼女が。 研究内容についての、所見を求めてきたのよ・・・ その内容が・・・」

「・・・内容が?」

「ある意味。 悪魔的だったわ・・・」

―――悪魔的?


レディが気持ちを落ち着かせるように、カップをすする。
ひと息ついてから、これまた難解な質問を始めた。

「ねぇ、中尉。 貴方、『因果』とは何か? ご存じ?」

「い、因果ですか・・・!?」

いきなりそんな、哲学的な事。 言わないでくれ!

「えっと・・・ 東洋じゃ、『因果応報』とか・・・ 『親の因果が子に報い』とか・・・ まぁ、そんな哲学的と言うか、宗教的と言うか・・・
そんな事じゃないんですか・・・?」

―――全く、自信が無い。


「そうらしいわね。 でも、これって、私の専門分野・・・ 量子学にも、関係が有るのよ」

―――はあ・・・

「因果・・・ 因果律と言うのはね。 簡単に言えば、『過去のあらゆる事柄を原因として、未来の事象が発生する』 よ。 その逆は有り得ない」

「はぁ・・・ でもま、当然なのでは・・・?」

「そうね。 で、その『未来の事象』を発生させる『事柄』ですけど。 これは、様々に分かれるわ。
例えば・・・ そうね。 貴方が林檎を買おうとします。 そして『赤いリンゴを買った⇒美味しかった⇒満足した』と言う、未来の事象と。
『青いリンゴを買った⇒酸っぱかった⇒後悔した』 この異なる事象は。 始まりは同じで、結果が異なるわね?」

「・・・そうですね」

「これは、『シュレーディンガーの猫』と言う実証実験で明確にされた、『エヴェレットの多世界解釈』と言うのですけれど。 量子学的にね。 
つまり、複数の『事柄』は、重ね合って存在していて。 どの方向になるかは、確率的であって、決定的では無い。
つまり、因果律における未来の事象は、蓋然的(確率的)であって、必然的では無いの」

「はあ・・・??」

「それを踏まえた上でね。 量子学上では『物理的領域の、因果律閉包性』という考えが有るわ。
これはね、『どんな物理現象も、物理現象以外の一切の原因を持たない』と言う事なの」

「・・・・・」

益々、判らん・・・

「・・・つまり。 『神の奇跡など、ナンセンスだッ!』と言う、あれよ」

そう言って、クスクスと笑う。 あ、やっと表情が明るくなった。 専門の話だからかな・・・ 正直辛いが、拝聴しよう・・・


「神の奇跡など発生すれば。 閉包性を持った世界の系が崩壊するもの。 
そうなっては最早、その世界は元の世界の系では無くなる・・・
でね、またまたここで、『因果律』が関わるのよ」

―――俺がここで、この難解極まるご高説を拝聴しているのも。 何かの『因果律』のお陰と言う事だろうか・・・??

「本当に、閉じているのかしらね? ・・・ここでもう一つ。 『量子脳力学』が関わるの」

―――いや、もう。 これ以上、関わって欲しくないです・・・

「これはね。 脳の『意識』の問題に、系の持つ量子学的性質が深く関与している。 そう言う事ね」

―――今度は、脳みそですか。 俺の灰色の脳みそは、オーバーヒート寸前ですよ・・・

「あのね? 『クオリア』という言葉が有るわ。 これは『心の哲学』にも関わるのですけれど。
言わば、『意識の現象的側面』――― 体験のようなものね。 本当はもっと難解なのだけど」

―――いえ、簡潔にお願いします・・・

「現在の量子学・・・ 量子力学や、量子脳力学では。 現象的意識、若しくはクオリアは。 物理的領域には還元しない。 そう言われているの。
つまり、人の脳は全て物理的証明で、その働きの全てを実証できる。 『物理的領域の、因果律閉包性』ね」

―――はぁ・・・

「では。 ここで中尉に問題です。 これは大きな矛盾を抱えているわ。 それは、何かしら・・・?」

「はぁ!?」

い、いきなり、そんな事言われてもなぁ!!
ちょ、ちょっと待て! 頭の中を整理しろ! ええっと・・・


「た、確か・・・ 『物理的領域の、因果律閉包性』ってのは、物理現象以外の一切の原因を持たない、ってやつで・・・」

「そうね」

「で、『量子脳力学』でも、同じ事で・・・」

「今のところね」

「で、脳の働きには・・・ えっと、『現象的意識、若しくはクオリア』でしたっけ? それも一切関係なしで・・・」

「うん、うん」

「で、でも、確か・・・ 『クオリア』ってのは・・・ 体験のようなもので・・・」

「それで?」

「って事は・・・ 人間、体験や経験なんか、役に立たないというか・・・ そんな事なしでOK、って訳で・・・」

「じゃあ? どうかしら?」

「つまり、大人だろうが、子供だろうが、赤ん坊だろうが・・・ どんな状況でも、下せる判断は、同じ? 
予め、脳にプログラミング・・・? あ、あり得ない・・・!」

明らかに有り得ないぞッ!? だって、戦場で経験を積んだ将兵と、全く初陣の新兵じゃ、下せる判断が異なるっ!
その差は『経験、体験』だ! 

「つまり、それが矛盾ですか?」

「あら、あら、あら・・・ あっさり、行きつかれてしまったわね。 もう少し、苛めて差し上げたかったのに・・・」

―――ホホホ・・・

上品な笑いと共に、何とも意地の悪いセリフを・・・



「そうね。 『現象判断のパラドックス』よ。 大人の経験を、舐めて貰っては困るわ?」

―――ふぅ。 これで終わりか・・・?

「でね。 ここからが本題」

―――げぇ!!

「香月博士の専門は。 この矛盾を覆す為の『因果律量子論』と言う、ちょっと以上に専門的な分野なの。
・・・例えば。 例えばよ? 中尉。 人間そっくりの、人工の脳を備えた『何か』を作ったとするわ。
見た目も、機能も、人間と全く同じ。 プラス、ちょっとした能力も付随した、ね・・・
その『彼/彼女』は。 人と同じ判断を下せるかしら・・・?」

「・・・先程までの授業内容からですと。 『不可能』と判断します。 
『因果律閉包性』に囚われたとしたら。 『クオリア』と言ったモノが全く『蓄積が無い』からです・・・」

「正解。 これを『哲学的ゾンビ』と言うわ。 ・・・あ、別にオカルト的な意味じゃないですよ?
つまり、先程の『彼/彼女』のような存在の事ね。 人では無いわ・・・」

―――だよな? 見た目は全く同じでも。 経験も体験も無きゃ、全くの赤ん坊だし。

「・・・では、『哲学的ゾンビ』を。 『人間』にするにはどうすべきか・・・」

―――はい?

「強引な持って行き方をすればね、簡単よ。 『人間の因果を含む、クオリアを移植すればいい』 立派に、『人間類似』の存在の出来上がりね・・・」

「人の、因果を含む・・・? クオリアを、移植・・・?」

「・・・器さえあればね。 人間一人、潰せば良いのよ・・・」


―――人体実験、か・・・


「悪魔的よね・・・ その人は、もしかしたら気付かない内に『人間ではない、何か』にされるわ。 元の体は、哀れ『生物学的な死』を迎える・・・
その手法の、研究をしているのよ、彼女は・・・」








1994年11月28日 0910 アクロイド邸


あれ以来―――日本からの書簡を受け取って以来。 レディ・アルテミシアは塞ぎがちになった。
娘のミズ・シルヴィアも、母親のアクロイド夫人も、孫娘のジョゼも。 皆が心配している。

ぺトラも、レディのその様子から、何か重大な事が起こるかもしれない、そう考えたか。
以前より一層、密着しての警護を開始した。

―――俺は、なんとなく察しがついたが。


朝食が終わって、ひと息ついたその時間。
俺はジョゼに、日本の子供たちのお遊びを教えてやっていた。 
ミズ・シルヴィアは、今朝はゆっくりしていて。 俺に教わったあやとりなどしている愛娘を、微笑ましそうに眺めている。


―――不意に、レディの書斎のドアが開かれた。


「シルヴィア。 出立の用意をして頂戴。 ・・・アメリカへ行きます。 皆も一緒に」

「お母様!?」 「・・・お祖母さま・・・」

「時間は有りません。 ・・・中尉、そう言う事ですので。 国連への報告は・・・」

「・・・はっ! 了解しました。 ぺトラ・リスキ少尉。 状況『A-01-C』 秘匿回線コード、『デルタ-タンゴ-チャーリー』 至急信だ、急げ!」

「・・・了解!」


邸内が急に慌ただしくなる。

ぺトラは部屋へ戻り、秘匿回線機能付きの通信機を起動させる。

俺は、外に出て『専門チーム』へ、ハンドシグナルで合図をする。


「・・・お、お祖母さま・・・」

ジョゼの、不安に苛まれたような、泣きそうな顔が。 不憫だった・・・

















孫娘が、泣きそうな顔をしている・・・ ごめんなさいね、お祖母さまを許してね・・・

娘が、孫を抱きしめながら、私を見つめている・・・ ごめんなさい、貴女の愛しい人のお墓の傍には、これ以上居れなくなってしまって・・・

お母様。 今少し、娘の我儘をお許し願えますか・・・?



―――私は、悪魔に魂を売ろう。 どの様な謗りを受けたとて。 私は科学者にしかなれないのだ。

(―――そして、科学者など・・・ 自己の満足の為には。 他の何事も、些事以外の何物でもないわね・・・ そうでしょ? 夕呼・・・)


彼女の理論は、完成しない。
その為には。 それこそ人知を超えた『因果』・・・ 『神の御技の偶然』に、期待するしかないのだ。


そして、あの計画が。 もし彼女の理論を是とするのならば。 それは・・・



(・・・例え。 悪魔に身を売ってでも。 例え、極少数であったとしても。 私は、人類と言う『種』を。 残して見せる・・・)








1994年11月28日 ―――その日は、『グレイ・イレブン』の、より安定的使用法の方向性について、道筋が生れた日と記憶される。

『グレイ・マザー』 又は 『破滅の聖母』 バロネテス・レディ・アルテミシア・アクロイドが、米国への出立を決意した日であったのだ。










[7678] 国連米国編 NY1話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/08/01 04:13
1994年12月10日 1830 アメリカ合衆国 ニューヨーク州 ニューヨーク市(NYC) クイーンズ区 ジョン・F・ケネディ国際空港


J.F.K国際空港からNYC(ニュー・ヨーク・シティ)の国連本部までの、送迎車両がやって来ていた。
他に、警護の車両が4台。 2台はご丁寧にも、「財務省秘密検察局」=USSS(United States Secret Service:合衆国シークレットサービス)だ。


「合衆国へようこそ、バロネテス。 我が国は貴女の到着を、一日千秋の想いでお待ち申しておりました」

如何にも切れ者の官僚、そう言った雰囲気の男が、一群の中より歩み寄る。 
確か事前ファイルの中にその名が有った。 国務省の、国連担当次官補(局長級)、アーサー・カニンガム。

「・・・光栄ですわ。 この国の友人達にまた、お会いできる機会を与えていただけた事。 感謝しますわ」

レディ・アルテミシアも、内心はどうであれ、にこやかに応答する。 まずは腹の探り合いか。

「諸君。 英国よりの警護、ご苦労だった。 これより先は、我々が引き受ける」

「はっ。 いえ。 我々の任務は、国連本部『まで』、レディ・アルテミシアを確実に警護する事です。
失礼ですが、未だ任務途上であります」

「・・・我が国の、USSSを信用できない、と・・・?」

「はっ。 いえ。 我々の任務は国連本部『まで』の警護であります。 それ『以降に』、米国当局へ引き継ぐようにとの命令であります」

「・・・任務を完遂したまえ」

「はっ!」

冷ややかな視線を一瞬送ってきたカニンガム次官補を、敬礼と『軍人』の態度で無視してから、レディの乗車するリムジンの後ろの車両に乗り込む。
直接警護役のぺトラは、リムジンの助手席に無理やりねじ込んだ。


一団の車両が発信する。
USSSの車両が先頭と最後尾。 俺の乗車した車両が2番目。 主客用のリムジンはそのすぐ後だ。
走行する車両から、ふと外を見る。 今まで主に欧州、それも英国やアイルランドに居る時間が有ったが。 米国はまた異なる趣だった。

まず、人種が本当にバラバラだ。

勿論、欧州にも欧州系以外の住民は、居る事は居る。 BETA大戦で故国を失い、移住してきた人々だ(難民キャンプの世話にならない『持ちたる者』だった)

主に中東系、そして中央アジア系、インド系などを良く見かけたものだった。
しかし、この国は・・・ ほぼ、全ての人種を網羅しているのではないか? 
米国でも、東南部や西海岸南部、北西部の州には難民キャンプが存在する。 
しかし、それ以外で『本当のアメリカ市民』として暮らす、この人種の数・・・!

我ながら、しばし呆然と見ていたので。 横顔に刺さる視線に気づくのが遅れたのは、少々情けない事だった。
横のシートに座る、若いアメリカ人。 着込んだ制服から、米陸軍の中尉と判った。


「・・・失礼だが、何か?」

「いや。 さっきは随分はっきり主張していたな、と思ってね。 
私の聞き及ぶ日本人と言うのは、余りはっきり主張はしないと聞いていたのでね」

「任務上、主張せねばならない時は、主張する。 でなくば、任務の遂行が困難になる」

「いや、最もだ。 失礼した」

そう言いつつも。 この若い中尉(それでも、俺よりは3、4歳年長か?)は相変わらず面白そうに俺を見ている。

―――癇に障る奴だな。

第1印象は、余り良く無かった。


「ああ、失礼した。 自己紹介がまだだった。 オーガスト・カーマイケル。 合衆国陸軍中尉」

「・・・周防直衛。 国連軍中尉」

「ああ。 ファイルに有った通りだ。 確認できて良かった。 何しろ・・・」

「・・・何しろ?」

笑いを堪えるカーマイケル中尉に対して。 些か口調が冷ややかになったのは、理解して欲しい。 
初対面でこんな意味深な態度を取られては、不愉快だ。

「・・・何しろ。 最初は『どうして高校生がいるのだ?』と思ったものでね。 
いや、東洋系が若く見えてしまうのは、許して欲しい」

―――こっ、高校生!? こいつ・・・ッ!

「妹の友人のボーイフレンドが、東洋系でね。 いや、正直最初は驚いたよ。 彼とほとんど変わらないように見えたものでね」

「・・・一体、何歳だ? そのボーイフレンドとやらは・・・?」

「16歳だよ」


―――決めた。 この男とは、仕事以外では一切口など、きくものか!!










1910 ニューヨーク市 マンハッタン島 国連本部ビル 


国連の本部ビル所在地は、ミッドタウン。 マンハッタン島のイーストサイド。 
クイーンズからミッドタウン・トンネルでイースト・リバーを潜って直ぐの河岸に位置する。
西は1番街、南は東42丁目、北は東48丁目に接する建物だった。

着いた途端、わらわらと1個小隊ほどのシークレットサービスが湧き出てきたのには、驚いた。
流石にレディもうんざりした表情だったな。
本部で警護任務を引き継ぐ。 これで、スコットランド以来の任務が終了した。


―――何だか、呆気無かったな。


実際、専用機に乗り組んでからは。 米国側に主導権が移ってしまい、こっちは取り立ててやる事が無くなってしまった。
空港で虚勢を張ったのは、そんな相手の態度への、せめてもの見栄か。


『周防中尉、リスキ少尉。 ・・・グラスゴーからこのかた、本当にありがとう。
あなた方とお知り合いになれて、嬉しかったわ』


レディ・アルテミシアの最後のその一言だけが、唯一の慰めだった。


「さて。 僕もこれでお役御免だな。 全く、休暇中にいきなり呼びつけられて、警護スタッフに加われなんて・・・
専門教育も受けていない衛士に、何をやれと言うんだ? なぁ? ・・・ん? どうかしたかい?」

俺が驚いた表情をしていたからだろう。 いや、横のぺトラも意外そうな顔をしていた。

「君は・・・ 衛士なのか? カーマイケル中尉」

「今、そう言ったのだが? 英語が聞き取れなかったか? 周防中尉。 それと、そっちは・・・ 確か、ぺトラ・リスキ少尉?」

「いや、聞き取れたが・・・ 要人警護スタッフにいるのだから、軍人でもてっきり、対テロ部隊か何かの所属かと思った」

「止してくれ。 年中、覆面をかぶる趣味は無いよ」

カーマイケル中尉が苦笑する。
衛士と聞いたからではないが、こうやって話していると、然程悪い印象では無い。 最も、最初の一言は言語道断だが。


「ああ、あれは悪かった。 謝罪するよ、周防中尉。 
しかし、本当に若く見えてしまうんだ、東洋系は。 失礼だが、何年生まれなんだい?」

「・・・74年生まれだよ」

「と言う事は。 20歳? 若いな、それでもう中尉か。 任官は何年?」

「92年」

「・・・僕はまだ、大学の4年生だったよ」

―――大学生? 士官学校出身じゃないのか?

「ああ、僕は大学のROTC(予備役将校訓練課程:Reserve Officer’s Traning Corps)の出身なんだよ。 母校はコロンビアでね。 
つい半年前に、衛士訓練課程を修了したばかりだ」

―――学士様の、新米衛士? どうしてそんな奴が、警護スタッフに?

「さあね、判らない。 ま、可能性の一つとしては、大学の指導教授が、アクロイド博士の旧知だと言う位かな?
実際のところ、余り話す機会は無かったけど」

改めて、カーマイケル中尉を見る。
身長は・・・ 6フィート(183cm)ちょっとか。 俺が182cmだから、彼の方が少し高い気がする。

「ん? 身長? なんだってそんな事? ・・・まぁ、いいか。 6フィート1インチ(185cm)だよ」

濃いブラウンの髪に、グリーンアイ。 顔立ちは・・・ まあ、整った顔立ちだ。 落ち着きもありそうで、明るい『好青年』
いかにも、女の子受けしそうなタイプの奴だ。

「まぁ、褒め言葉と思っておくよ」

そう言って笑う笑顔が、これまた女の子好みだ。 見ろ、ぺトラなんかさっきから、ちらちらと気になっているようだ。


――― つまり。 大半の男の敵か。


「つれないなぁ。 折角、暫く行動を共にするというのに」

「・・・何だって?」 
「・・・聞いて、いません」

「ああ、やっと、君の声が聞けたね。 リスキ少尉。 うん、水晶のあわさる音のようだ。
・・・っと、脱線した。 いや、国連軍からの要請でね。 君達2人の、NYCでの案内役を仰せつかった。 僕は地元出身だからね」

「・・・我々は、次の任務を未だ受領していないのだが?」

「僕に言われてもな・・・ そうだ、確認すれば良い。 君達は欧州本部の副官部所属だろう?
こっちの副官部に問い合わせればどうかな? 
国連軍の組織は正直判らないが、要請のあったのは本部軍務局の副官部からだと、上官から聞いたぞ」



こちらとしても、些か居心地が悪い気分でもあったので、副官部に問い合わせてみた。
案の定、ベルファストの第3室―――グランドル大佐よりの指示書が、俺達より先に到着していた。 中身を確認する。


『引き続き、アクロイド博士、及びご家族のロスアラモス到着を確認せよ』


――― つまり、ロスアラモスまで同行しろと言う事だ。 米国側は、同意しているのか?

「それは大丈夫だよ。 その為に僕が呼ばれたんだ。
博士のご一家が到着するのは、明後日の12日。 ロスアラモス国立研究所への出立は、15日だ。
ニューメキシコ州。 自然の豊かな、文化的な街だよ。 ロスアラモスは」










1930 マンハッタン グラマシー


『時間も時間だし、ここは一つ夕食にしよう』

そう切り出したのは、カーマイケル中尉だった。 馴染みのレストランに案内してくれるという。
正直、俺達にとっては有り難かった。

当面の宿は国連本部で、ミッドタウンのそこそこ中流のホテルを確保していてくれていたが。
食事をしようにも、全くの地理不案内(俺もぺトラも、アメリカは初めてだ)
どこで食事したものか・・・ 正直、悩んでいたところだった。

連れて行かれたのは、国連本部から南に下がった『グラマシー』 マンハッタンの中央部の東側エリアだ。
そこにある、ジャズ・ハウス。 と言うより、食事をしながらジャズの生演奏を楽しむ、そんなスタイルの店だった。

帝国に居た時は無論の事。 国連軍に出向になってからでさえ、こんな店には入った事が無い。
と言うより、こんな余裕のある国など、俺は知らなかった。


「・・・凄い、です」
「・・・ああ、同感だ」

そんな俺達の内心を知ってか知らずか。 カーマイケル中尉はあいも変わらず、好青年オーラを出して世話を焼いている。

「どうだい? ちょっとした店だろう? 演奏もなかなかだし。
それにここの南部料理は、美味いと評判なんだよ。 どちらかと言うと、演奏より料理を楽しみたい客が多いんだけどね」

にこやかに笑いながら、演奏と食事を楽しむカーマイケル中尉を見て、ふと、祖国を思い出す。
帝国は―――日本では、こんな余裕など全くない。 

朝鮮半島のすぐ先の『極東絶対防衛線』で、BETAの侵攻を辛うじて支えているのが、極東戦線の実状だった。
そのすぐ後方の戦略的要衝である我が祖国は。 今や戦時体制一色に塗りつぶされている。

いや、俺の祖国は未だ『存在している』 しかし、横の席で少し茫然としているぺトラは―――ぺトラの祖国、フィンランドは既に存在しない。
そして、俺もぺトラも。 生まれてこのかた、こんな『豊かな』世界を知らない。







「―――世の中、全く薄情だな・・・」

食事を終え、ホテルへの帰り道。 思わず漏らした俺の呟きを聞きとめたカーマイケル中尉が、不思議そうに顔を向ける。

「薄情? どう言う事だい?」

「・・・俺も、ぺトラも。 こんな世界を知らない。 こんな、あらゆる物が溢れ返っている世界を知らない。
俺たちの知っている世界は・・・ BETAに食い荒らされた、かつての祖国。 BETAの侵攻に怯える祖国。
そこに、こんな享楽は存在しない。 そんな余裕は存在しない・・・」

「難民キャンプと・・・ 軍隊だけ。 知っているのは・・・」

欧州では数少ない、本土を維持している英国でさえ。 今や国家総動員体制の戦時色一色だった。


「・・・それは、本当に気の毒だと思う。 本当にだ。 ただ、判って欲しいのは・・・ 
僕たちアメリカ人は何も、君達祖国を失った人々、祖国がBETAの脅威に直面している人々を、蔑にする気は無い。
その脅威に対処する支援も厭いはしない。 決して、憐れみなどでは無い。 
・・・全てがそうだとは言わない。 でも、多くのアメリカ人がそう思っている事は事実だ。 誤解はしないで欲しい」

―――基本的にカーマイケル中尉は。 東部エスタブリッシュメントの、陽気で気さくな、所謂好青年の『アメリカン・ボーイズ』の一人なのだろう。
少なくとも、彼自身は『本気で』そう言っているのだ。
だが、『アメリカ』は、どうなのだ?

「君は・・・ 今回の米国の計画。 どう考えているんだ? カーマイケル中尉?」

「どう、とは?」

「判っているだろう? 米国がレディ・アルテミシア―――アクロイド博士を招聘した理由は。
G弾だよ。 『グレイ・イレブン』を、最も有効な軍事的活用、それも対BETAへの活用と考えた場合。
博士の研究。 そしてその頭脳。 全ては、G弾の確実的な開発と運用。その向上の為だろう?」

「君は、反対なのだな?」

「・・・今の俺は、国連軍人だ。 国連の計画がどうなろうと、それに反対を唱えるつもりも、権利も無い。
与えられた環境で、だた戦い、任務を完遂するだけだ。 だが・・・
本音で言わせて貰えば。 G弾は、反対だ。 核同様にな」

「予想される、異常重力環境汚染?」

「そうだ。 今の状況で、何年先になるか判らないが・・・ 使用されるとして、その場所はユーラシア、若しくはその周辺地域。
BETAに浸食され、そしてその脅威を直接受けている地域とはいえ。 その場所を故国と、故郷としていた人々は、未だ存在する。
彼らの想いは、どうなる・・・? いつか、いつの日か、故国を、故郷を奪回したい。 そう思い続けている人たちの想いは?
―――その思いすら、異常重力で、汚染するのか?」


・・・アルコールが入っているせいか、普段より余程舌が回る。
俺とは反対にぺトラは、故国を思い出すのか、さっきから無言だ。


「・・・国家の安全保障上、必要と判断されるのなら。 僕は支持する」

「何っ・・・!?」
「・・・ッ!!」

「勘違いしないでくれ。 何も全てをG弾で済ませようなどと。 そんな事は言っていない。
ただ、合衆国と、合衆国市民の生命、財産、権利が危ういと判断される場合。 
その場合には、国家は、そして軍は。 使用を躊躇うべきではない、そう言っているんだ」

「他の国家と、他国民は、考慮の範囲外か・・・?」

知らずに声が震える。 こみ上げてくる怒りを。 抑えきれるだろうか?

「国家の安全保障とは、そう言ったものだよ。 周防中尉。
国家と国民は、支配と従属関係じゃない。 対等の契約関係であるべきなんだ。
国民は、国家が契約内容を履行する限り、その求めに応じて義務を果たす。 そうして初めて、権利を主張できる。
国家は、国民に義務を負わす為にも、その契約を完全に履行すべきなのだ。 どちらか一方的なものではないよ」

「国家と契約・・・? それが、この国の考え方か?」

「そうだよ。 そして、国家間の相互安全保障―――同盟も、そうだ。 どちらか一方が、一方的に義務を負う事では無い。
お互いの国益に合致する限り。 双方、若しくは複数はその義務を履行する。
しかし、それが崩れた時。 一方的な負担は許容できないし、一方の主張ばかりを聞き入れる必要は無い。
何故か? 国家と国民の契約、その不履行だからさ。 国際外交もまたしかり」

「・・・それが根拠で、自国以外でG弾の使用、その解釈に繋がると?」

そんな、手前みその理論で。 実際に使われる側になってみろ、堪ったものじゃない・・・

「俺は、帝国軍時代。 大陸派遣軍で、満洲で戦った。 
共に戦った中国軍、韓国軍、そしてソ連軍や国連軍。 その中には友人もいるし、親しい者達もいる。
欧州に来てからも、欧州各国出身の戦友や、親しい友人がいる。
―――彼らは、君のその根拠を。 是とはしないだろう。 俺自身、納得はいかない」

「だから、先程も言ったよ。 全ての状況下での使用は、容認していないよ、僕も。
ただ、そうだな。 例えば戦術目的。 軍の損失がこれ以上増大すれば、作戦の失敗と、戦略的後退、そして何より人命の浪費。
この3点に繋がると言うのであれば。 使用を躊躇うべきではないと考える。
―――確かに、異常重力環境が発生するかもしれない。
しかし、結果として先に言った3点が回避できるのであれば。 例えばそれが、ハイブ攻略に直結すると言った場合であれば。
最早、躊躇うべき状況ではないだろう? 今の世界情勢は・・・」


戦略的成功―――例えば、ハイブ攻略。 人類の生存圏の拡大と、将来の対BETA戦勝利に繋がる。
戦術的成功―――最小の被害で、最大の成果を。 将兵の死傷も、最低限で抑えられるとしたならば。

これに繋がるのであれば、G弾の使用すら、躊躇すべきではない。 彼はそう言っているのだ。
思い返せば。 米国は74年、カナダのアサバスカに降着したBETAユニットを、戦略核の集中運用で殲滅した。
それも、やはり同じ理論からだ。 ―――広大なカナダの半分が、放射能汚染に晒されようとも。

(だが、流石に戦略核の集中運用は。 要らぬ被害をも、周囲に与える。 ―――だからか。 
より危害範囲を『調整』できるG弾の確実性を高めようとしているのは)



―――実際、有効性は認められるだろう? 使用も場合によっては十分あり得るだろう?

『軍人』と言う、俺を構成する一部の意識と。

―――翠華の故郷や、ファビオやギュゼルの故郷で、『それ』を使っても良いって言うのか? 場合によっては、帝国本土は? 許容できるかッ!

『個人』と言う、俺を構成する大半の意識と。

相反する意識が、互いに脳裏に渦巻いていた。 正直、自分でもカーマイケル中尉の主張を否定しきれない部分が存在した事に、驚いている。


「・・・あくまで、その主張はアメリカ国内での一般論であって、世界の特殊論だ。 それを、世界が許容するとは考えない方が良い」











1994年12月22日 アメリカ合衆国 NYC マンハッタン島 セントラル・パーク


街は、感謝祭が終わってから、クリスマスに向かって全速力で疾走している。 そんな印象を受けた。
最も、帝国出身の俺には、今一つ実感が湧かないのだが(正月の方が判りやすい)

12月のNYC。 気温は場合によっては氷点下10度(米国流に言えば、華氏14度)くらい平気で下がる。
その日もそうだった。 おまけに前日は雪が降った為、あちこちに残雪が残って凍りついている。

(そんな、寒風吹きすさぶセントラル・パークを独りでトボトボと。 俺は何をやっているんだ?)

答え―――今夜の食料の買い出しの帰りだ。 

ふと、気まぐれでセントラル・パークに寄ってみようと思い立ったのが仇となった。 とにかく寒い。

(―――満洲の冬よりは、暖かいんだけどな)

派遣軍時代駐留した北満州の冬は。 日中でも氷点下20度程度まで下がる。 陽が落ちると、氷点下30度前後の極寒の世界だ。
あの時に比べると、随分暖かいのだけどな。 何故だろうか、やたらと寒く感じる。

(―――鈍ったかな? ・・・いや、気分の問題か)


俺は、既にレディ・アルテミシアの警護任務からは外されている。
あの後、12日に一家が到着した。 予定では、その後すぐにニューメキシコ州―――ロスアラモスに移動する予定だったが。
何分、老婦人と幼い少女までの同行だ。 今までの環境から急激に変化するのは、精神衛生上宜しくない。 そういう理由で、出立は年明けに延長された。

ならば、俺の任務も延長か。 そう考えていた矢先。 
グランドル大佐の代理で米国までやってきた、ローズマリー・ユーフェミア・マクスウェル少佐から、辞令を手渡された。


『・・・何ですか、少佐。 この『補習教育受講を命ずる』と言うのは?』

『・・・読んで判らないかしら? そのままの意味よ。 
国連軍はね、初級将校・・・大体、任官3~4年程度の将校に補習教育を受けさすのよ。
内容は様々ですけれど。 周防中尉、貴方には年明けからこのアメリカで、9カ月間の補習教育受講が命じられています』

『9カ月ッ!?』

『普通は、12カ月よ? 大体、9月から始めるのですけど。 貴方は任務で3カ月程ロスしているから、頑張って挽回しなさい?
国連軍は、只の戦場馬鹿の将校を必要とはしないのよ。 しっかり、学びなさいな。
そう言う訳ですから、博士の警護任務は私達が引き継ぎます。 直接警護は、チェレンコフ曹長が。 
私と、ブランシャール少尉は博士の秘書役と、国連本部の連絡役ね』

確かに、エステル・ブランシャール少尉と、レオニード・チェレンコフ曹長も渡米してきていた。

『リスキ少尉も今回は特例で、補習教育を受講して貰います。 
本当は、あと2年くらい先なのですけれど。 大佐が『どうせなら、纏めて放り込もう』と仰って・・・』



途中でアッパーイーストに出る。 今の住処は東88丁目のアパートメント。 
ちょっと古い様式の中層階建築だが、逆に古い時代の感じが良い具合に出ている。
ただし、中の設備も見合って古く、旧式エレベーターはしょっちゅうメンテナンス中だ。だからいつも4階まで階段で上がる。

3BR(3LDK)の部屋。 独りでは持て余す広さだ。 そして、当然一人では無い。

「やあ、買い出し、ごくろうさま」

オーガストがリビングのソファに座って、TVを眺めている。
食事当番のぺトラは、キッチンで何やら下拵え中か。

――― つまり。 3人でルームシェアをしている訳だ。 家賃が高くて、軍人の薄給じゃ払えないから。

俺とぺトラは、年明けから『補習教育』が始まる。 
オーガスタは・・・ 2年の現役任務をいったん終了し、衛士から技術将校へ転科した。 
研究目的で、母校の研究室に潜り込んだらしい。 
つまり、貧乏人が3人。 乏しい懐を持ち合って、この部屋を借りている。

「直衛とぺトラは、何もアッパーイーストじゃなくても良かったのに。 
寧ろ、ヴィレッジ(マンハッタン南西部)の方が、安くて学生向きのアパートも多いぞ?」

「・・・泣きついて、懇願したのは誰だ?」

「ははは、僕だった。 感謝するよ。 お陰で割と良い部屋に住める」

「この辺、治安は良い・・・ 住めるの、助かる・・・」

「そうだよね? ぺトラ」

「・・・だったら。 何もここじゃ無くても、良かったんじゃないのか?」

「私達、地理不案内・・・ カーマイケル中尉、案内助かる。 ・・・周防中尉、贅沢?」

―――その用法、違うと思うぞ? ぺトラ。


思わず溜息をついて、買い物袋をテーブルに置き、窓際に寄る。 バルコニーに出て―――思わず身震いしながら―――煙草に火をつける。
喫煙権を主張するのは、この中では俺一人だけだったから、立場的に弱い。 吸いたければ、氷点下の寒さを我慢してのホタル族しかなかった。


紫煙を見つめながら、数日前を思い出す。
レディ・アルテミシアに、警護任務の終了を報告しに行った時の事をだ。

『・・・中尉。 私を、愚か者と思いますか?』

唐突に、そう切り出された。
恐らくは、今回の計画内容を、大まかにだが知らされた俺達が、どう感じたか。 ―――いや、あれは自分の内心へ問いかけているようだった。

『何を以って、愚か者と判断するのでしょうか? 無知と無分別故の愚行ならば、愚か者と断ずるべきでしょうが。
レディ、私は貴女がどう考え、どう悩まれたのか。 その一端を見てまいりました。 その貴女を、愚か者と断ずる理由を知りません』

『私の研究理論は・・・ 『量子重力理論』と言うものは。 10次元時空が必要なの。 つまり、超高エネルギーでの実験が不可欠・・・
今の世界で、それを満足させられるのは、ロスアラモスだけ・・・ つまり、G元素の臨界実験でだけなの。
G弾はその副産物・・・ でも、弁解はしません。 私は自らの研究に利用するのよ、『重力の禁忌』を・・・』

―――ロスアラモス国立研究所

G元素だけではなく、核兵器開発など合衆国の軍事・機密研究の中核となる研究所であるが。
同時に生命科学、ナノテクノロジー、コンピュータ科学、情報通信、環境、レーザー、材料工学、
加速器科学、高エネルギー物理、中性子科学、非拡散、安全保障など。

様々な先端科学技術について、広範な研究を行う総合研究所でもある。
年間予算は60億ドル。 合衆国と世界の頭脳が集まる、名実共に世界最高の研究機関である、「合衆国の至宝」

研究所は「The world's greatest science protecting America and World(アメリカと世界を守る、世界で最も偉大な科学)」を標榜する。

その中の中核、「グレイ研究所」 ウィリアム・グレイ博士が主宰する、G元素研究の総本山。 レディはそこに、招聘された訳だ。


『個人の本音としては。 使って欲しくは有りません。 
使うとすれば、その場所は・・・ 今現在でならば、私の友人達の失われた故国です。
いや、私の祖国すら、この先どうなるか・・・』

『・・・中尉』

『軍人としては、その実用性を認めるに吝かではありません。 純粋に、対BETA殲滅戦略の道具としましては。
・・・正直、自分自身で驚いております。 この様な、相反する意識が有った事に』


押し黙ったレディの横顔は。 自分で言っておきながら、その発言を俺は後悔した。 
それ程に、何か振り切り去ってしまった、哀しい笑みを浮かべた横顔だったのだ。

―――この女性は。 一体どれほどの内心をかなぐり捨てて。 今、ここに居るのか・・・

あの時、帝大の香月博士の研究を『悪魔的』と言ったレディ。
そして渡米を決意した夜、ふと漏らしたあの言葉 ―――『私は、悪魔に魂を売りましょう』

根底は同じなのか。 どれ程の覚悟と絶望を、その内心に押し殺してしまったのか。
最後まで、窺い知ることは出来なかった。







「で、どうする? 2人とも。 24日は。 良ければ、友人が開くパーティーに一緒に行こう。
なに、皆ROTC出身の士官連中なんだ。 『欧州方面国連軍将校との交流』って言ったら。 是非に、との事だったよ」

未だ、比較的親しく接している米国人は、オーガスタしかいないのだが。
米国と言う国はともかく、個々人を纏めて同一視する事は愚かしい、そう思い始めている。

彼の主張には、賛同しかねる個所も多々有るが。 それでも議論の場では、相手の主張を端から全否定する事はしない。
オーガスタ個人の性格故かもしれないが。 俺にとっては、この国をじっくり観察する良い機会かもしれない、そう思い始めていた。


「・・・私は、予定は未定。 ・・・参加、します」

「そ、そうかい。 うん、判ったよ。 で、直衛、君は?」

「ん・・・ ま、俺も予定は入っていない。 参加させて貰うよ」

「よし! じゃ、イブの夕方、1830に。 僕は主宰者側だけど、一旦抜けて迎えに行くよ」

「了解」 「・・・了解、です」

ふと、小さなレディを思い出す。
最後に有ったのは7日前。 随分と沈んでいた。 母親にしがみついて、元気も無かった。

―――気分転換に、外で遊べたら良いんだけどな。

生憎、今は米国側が用意した護衛が複数、どこへ行くにもベッタリだ。 あの子も塞ぎがちにもなる。
元々、自然豊かなスコットランドで育った子だ。 こんな、世界最大の大都会など、想像の範囲外だったろうに。


「・・・ジョゼも、遊ばないと、大きくなれない。 ・・・中尉、心配?」

「・・・お前さん同様な」














[7678] 国連米国編 NY2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/08/06 00:03
1994年12月24日 1900 NYC・マンハッタン トライベッカ


この界隈は芸術家連中が多い街だそうだが。 生憎と俺にはそんな素養も無ければ、興味も湧かない。―――我ながら、薄っぺらな奴だ。
会場は程良く古い外観の建物の1フロア。 同じ軍人同士と言う事で、それ程肩肘張らずにいいだろう。 そう思っていたら・・・


「お兄さま! はい、美味しいわよ、このお料理!」

「あらあらあら。 お姫様は騎士にベッタリね?」

「もう! エステル、意地悪ね!」


(・・・何故? どうして、この子がここに?)

茫然と椅子に座っている俺に、さっきからジョゼが、あれこれと料理を持ってきてくれているのだが・・・

(・・・それに、マクスウェル少佐に、バレージ中尉とブランシャール少尉も?)

いや、彼女達はある意味、不思議ではない。 これは『軍人同士の』集まりだ。 その意味では不思議ではない。

(―――だけど、警護任務は? どうしたんだ?)


「レセプション・パーティに、ご出席なさっているのよ。 国防総省主宰のね。 
当面は、チェレンコフ曹長を呼び寄せたから、大丈夫よ。 明日以降は、ドロテアも動いて貰うし。」

ドレス姿のマクスウェル少佐が、ミートパイを上品に頬張りながら笑う。 
その横で、これまた妖艶なドレス姿のバレージ中尉が、気だるそうにシェリーグラスを傾けている。

ドロテア・バレージ中尉。 あまり接触が無かったけど、何か気だるそうな雰囲気の妖艶な人だ。
レディの警護には、場違いな気がするけど・・・

「バレージ中尉は、情報関係にお知り合いが多いんですよ。 それに後ろには『優しい巨人』が控えていますから。 大丈夫ですよ、中尉」

『優しい巨人』―――ああ、レオニード・チェレンコフ曹長か。

小柄で童顔、それに「小さな大平原」の為に。 
ジョゼと並ぶと、年の余り変わらない姉妹に見えてしまうブランシャール少尉が、こっちを振り向いて言う。
成程。 情報部門の中の『濡れ仕事』関係の連中に渡りをつけたのか。 直接護衛なら、レオニードが居れば楯にはなる。

で、休暇を貰った(恐らく、無理やり取らされた)3人が、偶々別口で参加していたのだ。 ジョゼを連れて。


「・・・はぁ。 ま、いいか。 ジョゼ、いっぱい楽しむんだよ?」

「うんっ!!」

ま、いいか。 お陰であの子は、この場のマスコットだ。 参加者から可愛がられているようだし。
気分転換にはなるかな。 周りは大人達ばかりと言う事に変わりは無いが。 
ここは少なくとも『お行儀よく、余所行き』の仮面は必要とされない。
あの子の素のままで、楽しめばいいのだから。



「やあ、直衛。 お姫様のご機嫌はどうだい?」

「麗しい様子だよ、オーガスタ。 にしても、随分と幅の広い参加者だな・・・」

上は准将閣下から、下は任官したての少尉まで。 共通項は『コロンビア大学出身の、ROTC任官者』だった。

「実のところ、米軍士官の多くはROTC出身者さ。 
陸軍は52%、海軍(NROTC出身)は42%、航空宇宙軍が38% レザーネック(海兵隊)は11%だけだけどね」

それだけ、大学出の学士将校が多い訳だ。 
いや、中には修士号(大学院修了)や、博士号を持つ尉官や佐官、将官がかなり居る。

(・・・帝国とは、大違いだな)

帝国陸海軍の場合。 将校・士官に対する専門教育は力を入れている。 だが一般的な学問を習得させる事には、全く関心を示さない。 
精々、主計将校が帝大の経済に聴講生として参加するか。 技術将校が工学系の研究室に出向するか程度で。 
俺のような野戦将校が、来年初頭からの『補習教育』のような事を受講する事は無い。  

ROTC。 帝国にも、そういった制度は有るにはある。 陸軍の予備士官学校。 海軍の予備学生制度。
しかし、あくまで軍人の頭数を確保するための手段であって。 
一旦軍に入ってから、修士号だの、博士号だのを取得させる為に再度、大学へ放り込む事はしない。

―――この差は、一体何に繋がるのか・・・


ふと。 場がざわつき始めた事に気がついた。

「ん? どうしたんだろう・・・ ぺトラ?」

「・・・私は、ゲスト。 判る筈、無いです」

「・・・ご尤も」

固まり始めた一団を抜け出したオーガスタが、肩をすくめながら近づいてくる。

「やれやれ、誰だ? 彼を呼んだのは・・・ 衛士連中、直立不動だよ」

「どうした? 誰が来たんだ?」

「衛士訓練課程時代の教官さ。 今はネリス(ネバタ州ネリス基地)の第57戦術機甲戦闘団に居る筈なんだけど・・・ 休暇かな?」

「教官? それに、57thTSF・Regって言えば、確か・・・」

「ああ、そうだ。 その2個大隊のうちの、『第64アグレッサー戦術機甲大隊』 ―――トップガンさ。
丁度先月で『ブルー・フラッグ』が終了したからなぁ」

「USAM(アメリカ陸軍兵器戦術センター)か・・・ 凄腕の衛士なんだな?」

「今回の『ブルー・フラッグ』 参加各国は勿論、どうやら同じネバタの『エリア51』の連中も、やられたらしいね」

「エリア51・・・ グルームレイクの連中か?」

「うん、そうだ。 同じUSAM傘下の、TSFWC(戦術機兵器センター)の連中さ。
どうやら、新型の運用試験しているらしいけど・・・ 流石に、彼等相手じゃね」

「誰なんだ? 名前は?」

「ああ、名前は・・・ 「カーマイケル! カーマイケル中尉か?」 ・・・はっ! そうであります、大尉殿!」

長身、短く刈った金髪の米軍士官が現れ、カーマイケル中尉に声をかける。
見た目は20代後半くらいか。 意志の強さが、目と引き締まった口から顎に表れている。
珍しく、オーガスタが『軍人』をしている。 俺も上級者に対して敬礼をする。

「ん! 久しいな、壮健か? ・・・失礼した、中尉。 私は合衆国陸軍大尉、アルフレッド・ウォーケン。 57thTSF・Reg」

「国連欧州軍、周防直衛中尉であります」

「ふむ・・・ どうやら君は、実戦を潜った衛士だな? 違うか?」

「はっ 実戦経験は、2年半ほどになります」

「だろうな・・・ 目が違う、ここに居るヒヨコとは」

オーガスタを横目で見ながら、ウォーケン大尉が笑う。 オーガスタは冷や汗状態だ。

「2年半か・・・ しかし、未だ目は死んでいないな。 随分悩んだ事だろう。 が、未だ折れてはおらぬ。 部下に欲しい男だ」

「恐縮です」

何だかな、この大尉。 米軍の将校にしては、珍しいタイプなのか? 帝国の衛士と話しているような感じだ。

―――嫌な感じじゃない。 寧ろ、好ましい。


「と、時に大尉、お一人で?」

散々扱かれたクチなのだろう。 オーガスタがやや慌てたように話題を変える。

「む・・・ いや、私はラング中佐のお供だ。 誘われてな。 中佐は客人をお連れしている」

「客人・・・? ああ、今夜はゲストもOKですので。 で、どちらに・・・?」

「うむ、あそこにおられる。 ラング中佐殿!」

窓の傍で話し込んでいた中から、壮年の中佐が振り返る。 『ラング中佐』なのだろう。
30代後半くらいか。 短く刈り上げたグレイの髪が精悍な印象を与える士官が歩み寄ってきた。


「私の部隊長、ジョン・アルベスター・ラング中佐だ」

「ほう? アルの教え子か・・・ どれどれ、未だヒヨコのままか・・・?」

こちらもまた、見た目にも精強さを思わせる印象の士官だった。
二人揃えば・・・ 訓練校の鬼教官と、情け容赦ない主任教導官か。 

第64アグレッサーの事は良く聞く。
現在でも10ヵ数国参加する、大規模な模擬戦競会、ブルー・フラッグ。 ネリスでは年4回。 そしてアラスカでも年2回開催されている。
そこで僚隊である第65アグレッサー戦術機甲大隊と共に、参加各国の戦術機甲部隊の『敵役』を務める部隊だ。
ほとんどの場合、参加各国の『代表チーム』を、『撃破』してしまう凄腕どもだった。

(その片割れの大隊長と、恐らく中隊長か・・・)

多分、彼等は欧州かシベリアでの実戦経験もあるのだろう。 実際、シベリア方面の大半と、欧州方面の半数以上の『国連軍』は、事実上米軍なのだから。
そんな事を考えていたら、ラング中佐の後ろに居る人物に気がつかなかった。

「―――中佐。 君の知り合いかね?」

「はい。 いえ、大佐殿。 ウォーケン大尉の教え子の様で。 と言っても、まだまだヒヨコのようですが」

そう言って、ラング中佐が皆の前に引き合わせた人物が、前に進みだして、そして・・・
その場の大半が敬礼する。 大佐の階級章だった。 但し―――帝国海軍の。


「皆、紹介しよう。 私の『ゲスト』 日本帝国海軍、周防直邦大佐殿だ」

「―――宜しく。 ああ、この場は諸君の宴の場だ。 堅苦しい真似はせずとも良いよ」

―――くそ・・・ 何だって、こんな所で、この人に・・・

「ん? どうしたんだい、直衛? 顔を顰めて?」

―――オーガスタ。 全く間の悪い時に、間の悪い言葉を・・・

「周防中尉。 その表情と態度は、上級者への礼を失するのではないのか?」

―――ウォーケン大尉。 フルネームで察して欲しかった。

一瞬、猛獣が得物を見つけたような光を目に浮かべて。 その海軍大佐殿はいかにも愉快そうにのたまった。

「―――ほう? 直衛。 我が不肖の甥ご殿。 よもや斯様な場所で、家名を下げてはおるまいな?」

―――昔から、憧れと同時に、苦手だったのだ、この人は。 直邦叔父貴は・・・







そこからが、ちょっとばかり大変だった。
あの後すぐに、俺に走り寄ってきたジョゼを見た叔父貴が、『光源氏趣味でも、持ち合わせていたのか?』 などとほざく。

小さなお姫様の後を付いてきたぺトラ・リスキ少尉と、エステル・ブランシャール少尉。
その姿を見ながら、周りと談笑しつつ、挨拶にやってきたブランシャール少佐と、バレージ中尉。
彼女達の姿を見た瞬間の叔父貴の顔には、寒気が走った。 ―――間違いない。 国に帰ったら、兄―――俺の親父に報告する気だ。

判っているくせにニヤケる叔父貴に、何とか現状(?)を説明してから。 
引き続き彼女達にはパーティを楽しんでもらう事にした―――それが最初の趣旨だったし。


「・・・で、叔父貴。 何でまた、ニューヨークに居るんだ? ハワイの米太平洋艦隊司令部ってなら、まだしも判るんだが」

「なら、お前はどうしてニューヨークに居るのだ、直衛?」

「俺は国連軍だ。 今回は、任務がらみの滞在だ」

「お前が国連軍とはな。 世の中、驚きに満ち溢れている。 ―――私の米国滞在も、その驚きの一つなのだがな?」

「答えになっていない・・・」

「聞き分けのない奴だ」

「何でそうなるっ!?」

いきなり、日本語で遣り取りを始めた2人に、少々呆気にとられていた回りだったが。 まず、オーガスタが主宰者の立場を思い出した。


「あ・・・っと。 直衛。 君は、大佐の身内なんだね?」

「うん? ああ、自己紹介がまだだったね、失礼した。 
日本帝国海軍大佐・周防直邦だ。 そこの国連軍中尉・周防直衛は私の兄の、末の息子なのだよ。 私の甥だ」

「そうでしたか。 ・・・ラング中佐殿とは、お知り合いで?」

「ふむ・・・ 実は所用で現在、ワシントンD.Cに赴いていたのだが・・・ どうやら、年明けには帰国する事になりそうでな。
中佐には、米海軍筋の『専門家』の紹介でな。 色々と、意見を聞いていたのだよ。 どうやら、無駄になりそうで申し訳ないが・・・」






2230  NYC・マンハッタン ミッドタウン


そこそこに上等のホテルに、叔父貴は宿泊していた。

あの後。 2100時過ぎに、『流石に子供が起きていて良い時間では無い』―――バレージ中尉がそう主張し、ジョゼとブランシャール少尉を連れて、会場を後にした。
意外に思えたが、離婚歴のある彼女。 実はアイルランドに疎開している実家に預けた子供が居るらしい。 ―――成程、お母さんだったか。

むずがるジョゼを宥めすかせて(色々約束させられて)送り出した後、叔父貴に誘われて宿泊先のホテルまで付いていくことになった。
今は、そのホテルのバーラウンジに居る。

俺と叔父貴、それに「ホスト役」のラング中佐、ウォーケン大尉。 それと。
―――相変わらず、言葉少ないぺトラと、逃げ遅れたオーガスタも一緒だった。


「・・・海軍の、次期主力戦術機?」

「そうだ。 直衛、お前は帝国海軍の現主力戦術機を知っているな?」

「そりゃ・・・ 84式だろ? 『翔鶴』。 F-4系の改修機だ」

「ん・・・ そして、『第1世代機』だ」

叔父貴が、ぽつりと呟いたその言葉の意味を違えた者は、流石にその場には居なかった。 皆、衛士か、衛士出身士官なのだ。

「JIN(日本帝国海軍)は、第3世代戦術機の開発を?」

「今更隠しても、仕方が有るまい? ウォーケン大尉。 帝国の動きは、逐一把握しようとしている貴国だ。 
その程度の情報など、現場へも流れてきているのではないかな?」

「はっ・・・ 失礼しました、大佐。 
では、今回の我が国への訪問は、次期主力戦術機候補の選定で有りますか?」

「いいや。 『フェニックス』の調達価格のネゴ交渉だよ」


あっさり、重要事項を口にした叔父貴を、ラング中佐以外の全員が目を剥いて見据える。

帝国海軍が、『フェニックス』を? ならば、F-14Dでも導入する気か? 
いや、あの機体は生産ラインが先細りしている。 米議会も、調達更新を否決した筈だ。
今や、米海軍の主力戦術機はF/A-18E/F『スーパーホーネット』に移行していくだろうと言う事は、周知の事実だ。

なら、F/A-18E/F『スーパーホーネット』の導入? いや、あの機体は『フェニックス』の運用を行えない。
あのクラスターミサイルは言わば、F-14の専用兵器体系だ。


「当然、不調に終わったがね。 まぁ、クリスマス休暇に押しかけたこちらも、こちらだが。
金儲けの話になった途端に、米海軍の調達価格の数倍のカネを吹っかけてくるのも、どんなものかと思うがね」

「むっ・・・ それは、大変失礼なことを、大佐。 
何せ、議員の中には正道を見ようとせず、己が権益を得る為の代弁の場と心得る、不届き者も」

「・・・面白いね。 ウォーケン大尉。 君のようなタイプの米軍士官は、初めてだよ。
いや、悪く取らないでくれ。 寧ろ、私のような古い人間にとっては、好ましくさえ思えるのだ」

「はっ! ・・・しかし、と言う事は。 貴国海軍の次期主力戦術機は、『フェニックス』の運用を行うことを前提とした、戦術機なのでありましょうか?」

「アル、先走るな。 我々は米国陸軍。 大佐は日本帝国海軍。 如何に同盟国軍同士とはいえ、些かキナ臭い質問だぞ? それは・・・」

ウォーケン大尉の直球的な質問に、ラング中佐がそれとなく制止を入れる。 

まあ、そうだな。 いくら同盟国とはいえ、一国の軍事機密に関する事だ。
叔父貴も、先程の発言は最大級の『失言』だったな。 米軍に、帝国海軍戦術機行政の一端を掴ませるとは。


半ば部外者然とソファに腰掛けて、ウィスキーをチビチビ飲りながら。 俺はそんな情景を眺めながら考えていた。

(・・・単に第1世代機、と言う訳だけじゃ無かろうな。 
去年の9月・・・ あの、『九-六作戦』の遼東湾でかなりの戦術機と衛士を失ったからな、海軍は。
その穴埋めも有るだろうが。 流石に、第1世代改修機では、戦域制圧能力に不安を感じたか・・・)

1年以上前に参加した、南満州の戦闘を思い出す。
あの時は確か、第3航空艦隊が参加していたが。 母艦戦術機機甲部隊の損耗率は70%に達した。 ―――事実上の、『全滅』だ。

『極東絶対防衛線』がかなり南に後退した現在、海軍としては母艦戦術機部隊の再建は急務だが。
相も変らぬ『翔鶴』では、次の戦も目が見えてしまう。 流石に、それは拙い・・・ そう言ったところか。


「いや、構わんよ、ラング中佐。 ・・・そうだ、丁度良い。 ここに居るのは、門外漢の私を除いて皆、衛士だったね。
どうだろうか? ひとつ、後学に教えてくれまいか? 戦術機とは、何たるべきか。 その方向性は、どうあるべきか?」

俺とオーガスタ、ぺトラが思わず顔を合わせる。 ―――何を言い出すんだ、全く。

「・・・米軍、いえ、米陸軍に於いては。 戦術機はあくまで局地的戦域制圧任務、若しくは中距離砲撃支援任務。
その大前提で開発される兵器体系であります。 大佐」

ウォーケン大尉の発言は、予想通りと言うか、予想を逸脱しないと言うか。
米軍戦術機の運用方法、ついては米軍のドクトリンそのものだった。

「では、機動性は重視しない? BETAとの直接戦闘は考慮しない?」

「いえ、そうは申しません。 当然、BETAとの接近戦が生起する状況も、あり得ます故。
その為に戦術機には、接近戦に耐えうる能力の付与も必要となりましょう。 が、それはあくまで『 従 』の事項。
『 主 』は、あくまで機動的な運用能力を有した戦域制圧と、砲撃支援。 その為の高速性能と、機動性能で有ります」

「・・・つまり。 既に陳腐化してしまった航空機、その『戦闘攻撃機』 乃至は 『戦闘爆撃機』 の代用、そう言う事ですか」

満洲で搭乗した経験のあるF-15Cを思い出しながら、つい口に出してしまっていた。
ラング中佐が、面白そうな表情でこちらを見ている。 ウォーケン大尉は、俺が自説へのアンチテーゼでも言いだすのか、そう疑うような顔だ。

「大尉の仰った事も否定はしませんが。 しかしながら、そのような運用や、運用に準じた戦術機開発が許されるのは、米軍だけでしょう」

「君が言いたい事の要約は、こうか? 周防中尉。 『米軍戦術機では、ハイブへの突入戦闘は出来ない』 と?」

「そこまで言い切りません。 が、ユーラシア各国の状況と、ハイブ攻略。 
この2点で論じるのならば。 戦術機への機動力。 取り分け、近接戦闘能力の軽視は危険かと」

「私は、軽視とは言ってはいない。 優先順位の問題だ。 それぞれにドクトリンの違いが有る事は認める所だ。
要は、如何にそのドクトリンに合致した戦術機とするか、そうだろう?」

「大尉の仰る事は、私も理解しております。 が、現実問題として。 ユーラシア、及びその周辺各国が抱える現状では。
戦術機は対BETA戦略・戦術における最重要の『道具』であります。 あらゆる状況で使用せざるを得ない。
何かしらに特化した仕様では、その『状況』に対応する事が出来なくなります」

「全てに対応する仕様を追求した揚句。 中途半端に『そこそこ万能』な戦術機になってしまっては。
それこそ、搭乗する衛士を無駄に潰す事になるぞ、中尉。
寧ろ、各状況に合わせた数種の戦術機、その開発に力を入れた方が・・・」

「それは・・・ッ! この国だからこそ、言える台詞なのです、大尉ッ!」

思わず、声が大きくなる。
ウォーケン大尉の言う主張の、一理有るところは判る。 判るが、そんな真似を出来るのは、この国だけだ。 それが、俺を苛立たせた。


「この国以外の国は・・・ ユーラシアやその周囲の国は、今この瞬間にもBETAとの『殲滅するか、殲滅されるか』の戦いを展開していますッ
それらの国に、大尉の仰るような戦術機開発の余裕など全く無いッ」

「むっ・・・」

「・・・無尽蔵な程の補給に支えられた、豊富な砲撃支援もッ 有力な機甲部隊や、攻撃ヘリ戦力に支援された戦場もッ
そんな『贅沢な』戦争は、出来なかったッ そんな戦場は、経験が無かったッ いつも、いつも、ギリギリの状況での防衛戦でしかなかったッ
・・・我々は、 極東で、 東南アジアで、 インドで、 中東で、 シベリアで、 欧州で、 そんな、ギリギリの戦いをしているのです。
BETAを直接打撃で屠る最も有効な兵器体系が、戦術機しかない状況で。 限られた国家資源と人間を元手に戦うには。 
この国から見れば愚かと思われようとも、より広範な用途を。 
少なくとも、地上とハイブ内部で。 BETAと直接殴り合える能力を求めるより、他に・・・無いッ」


しばし、沈黙が落ちる。 誰しもが、俺がここまで激するとは思っていなかったか。
―――いや、叔父貴とラング中佐。 この2人は面白そうな顔をしているが・・・

「・・・君の意見は、良く判った。 周防中尉。 しかし、しかしだ。 それでも私は、持論を曲げる訳にはいかない」

「何故と。 聞いても無駄でしょうね・・・」

「君も理解はしているだろう。 それが、我が軍のドクトリンなのだ。 欧州や極東各国にそのドクトリンが有るように。
当然、我が国にも国家戦略に基づいたドクトリンが存在する。 米国の戦術機は、そのドクトリンの『映し鏡』なのだ」

「・・・ハイブは、G弾で殲滅せよ」

「―――極論だが。 『それも』、我が国のドクトリンなのだ」


空気が険悪になる。 俺も、ここまで言い切るつもりは無かったのだが。 駄目だ、やはり米軍の方針には、同意しかねる。


「あの、大尉。 直衛も。 何も、そう熱くならなくとも・・・ 状況によって様々に変化が有る事は、何も戦術機の話だけじゃ無い。
それにそれこそ、そんな事の為に、『国連軍』という組織が存在するのじゃないかな?」

「ん? カーマイケル中尉?」
「オーガスタ?」

「こう言う言い方は気が進まないけど・・・ それこそ『適材適所』なのでは?
欧州や極東の軍が得手とする戦い方と、米軍が得手とする戦い方。 この二つを戦場で有機的に融合させうるのが、『国連軍』と言う存在なのでは?
・・・まあ、正直な話。 それが建前だと言う事も、実態が伴っていない事も承知の上での意見だけど」

「・・・戦線の押し上げは、米軍が主力になって。 ハイブへの突入は、その他の国が主力になって、かい・・・?」

「そこまで色分けする気は無いけどね。 でも、どちらかを各々の状況での『主』と『従』。
言い方が悪ければ、『主攻と助攻』に分ける事は出来る筈だろう。
この間言っただろう? 直衛。 『アメリカ人は何も、君達祖国を失った人々、祖国がBETAの脅威に直面している人々を、蔑にする気は無い』 
そしてこうも言ったよ。 『その脅威に対処する支援も厭いはしない』 ―――そうですね? ウォーケン大尉」

「ん・・・ 確かに、君の言うとおりだ。 カーマイケル中尉」
「・・・・」

「だからさ、直衛。 君も、アメリカが全てをG弾使用の大前提で判断していると、思わないで欲しい。
僕には―――言い方が気に障ったら、謝罪するよ―――直衛、君は一方的に『アメリカはG弾第一主義』で全てを考えている。 そう思えている様でならないんだ。
この国は『自由の国』だ。 実態がどうかは、勘弁してくれよ? でも、様々な考え方や、発言や、意志表示の自由が保証されている国だ。
国家のドクトリンの在り方は、今現在この国が置かれている状況によるものだ。 それは不変じゃないし、そこまで頑固じゃないよ」

「・・・流石に、そこまで頑固じゃないつもりだけどね、俺も」

「そうかい? それなら良いんだ。 つまり、戦術機も同じだと言いたいのさ。
忘れているようだから、言っておくけど。 現在の世界中の戦術機の元祖は、米国が生み出したものだよ」

・・・何かで読んだ記憶が有るな。 いや、誰かが言っていた事か?
確か、第2次世界大戦の時の言葉だ、ドイツ軍の。 こう言っていたか。

『米軍は必ずしも精強な軍隊では無い。 しかし、連中の学習能力の高さは脅威だ』

最初はコテンパンにやられたりもするが。 直ぐに問題を修正して、再び殴りかかってくる。 相手を叩きのめすまで。 それは柔軟性の証左か。
この国がG弾の運用を。 G元素の戦争運用の方向性を変換するとは、考えにくいが。
状況によっての戦略修正の可能性は有るかもしれない、そう言う事か。 そしてその時は、よりダイナミックにやる事だろう。

(戦術機の在り方は。 その修正の小枝の様なものか・・・)

今は平行線が続くだろう。 状況がそれを『必要としていない』
しかし、その可能性はあるのか? その可能性は見いだせるのか?

(―――正直判らない。 けど、そのホンの一端ぐらいは、覗かせて貰うとするか・・・)

幸い、9ヵ月の時間を与えられた。 ひとつ、じっくりと見てやろうか。


「・・・性急な結論は、出そうにないな。 抽象論を論じても始まらない。
今は大きく、2つの流れが存在する。 どちらを選ぶかは、都合の良い方を選べ。 そう言う事ですね? ウォーケン大尉」

「・・・日本語で言えば、『玉虫色』の解釈では有るが。 そう言う事だろうな、周防中尉」

「これはまた・・・ 日本語を良くご存じで」

「私は、コロンビア大学で東洋学を学んだよ。 士官学校を卒業した後にね」

―――やっぱり、余裕あるわ、この国は・・・

そして、その柔軟性のホンの一端を垣間見た気がした。



「ふむ。 中々に意気投合した議論のようだね。 そう思わないかね、中佐?」

「そうですな。 異なる文化同士の交流は、斯く有るべし。 ―――いや、男と女も、合さって見ねば判りませんしな?」

「君、些か以上にアメリカ的だよ。 その表現は」


―――喰えない狸親父どもめ・・・ わざと、発言しなかったな?







「・・・戦術機は、小さい方が、好き」

最後の最後まで無言だったぺトラが。 ぼそっと呟いた。

「ビゲン(JA-37)は・・・ 小さくて可愛い・・・」

・・・そう言う問題か? そうなのか? ぺトラ・・・

最も。 彼女の呟きはあまりに小声だったから、隣の俺にしか聞こえなかったようだけど・・・








「知らぬ間に、随分と一端の事を言えるようになったものだな、直衛」

時刻は0030 日付が変わって、12月25日になっていた。 ここは叔父貴が宿泊しているホテルの部屋。

あの後、場が別れて皆が帰路についた。 オーガスタとぺトラも、俺達の部屋へ帰って行った。

『久々に叔父と甥が会えたのだ。 今夜は付き合え』

叔父貴にそう言われて。俺だけ居残ったのだ。 
―――確か、1年半ほど前にも。 そうやって兄貴に酒を付き合わされた事が有ったな。 あれは大連だったか。

「あのな。 俺だって、任官して3年目だ。 2年と9カ月だよ」

「ふん。 まだまだ、ひよっ子中尉風情が、生意気に」

叔父貴はそう言って笑いながら、ボトルごとウィスキーを手渡す。 手酌で飲れってか? まあ、いいけど。

「はいはい。 大佐殿には及びもつきませんよ」

「・・・いや、少しは変わったか。 軍人の顔になってきたな、直衛。 直武の言う通りか」

―――ん? 兄貴がどうしたって?

「この馬鹿者。 ほとんど便りを寄こさなかったらしいな。 
兄貴は何も言わん人だが。 義姉さん・・・ お前の母さんが、心配しておった。 瑞希もだ。
あまり、家族に余計な心配をかけるものではないぞ?」

兄貴、と言うのは俺の親父の事だ。 瑞希と言うのは・・・姉だ。 もう、7年も前に嫁いでいて、息子と娘―――俺の、甥っ子と姪っ子がいる。

「・・・今は、ちゃんと出しているさ。 しょっちゅうと言う訳にもいかないけど、月に一度くらいはね。 で? 兄貴が何か言っていた?」

叔父貴も兄貴も、同じ海軍だ。 どこぞで顔を合わせる事くらいは有るだろう。 陸軍より狭い社会と言われているから。

「お前の『遺書』だ。 心当たりが有るだろう?」

―――あの手紙か・・・ いや、流石に今になって持ち出されるとは。

あの時は丁度、『双極作戦』終結直後だったか。 同期の美濃が戦死して。 それも同じ中隊で、目前での戦死だった。
そして、祥子とあれやこれや有った後で(あ、いや。翠華ともだけど) 我ながら少々、感情的に持て余していた時期では有ったな・・・

「いや、その・・・ 若気の至りと言うか、その・・・ 「馬鹿者」 ・・・はぁ」

一言で断じた後、無言でグラスを傾けていた叔父貴だが。 不意に俺に向きなおって、真剣な顔つきでこう言った。

「戦争なんてな。 将兵は大義名分でやれるもんじゃねぇ。 所詮、殺し合いよ、BETA相手でもな。
どうせなら、好きな女の元に帰りたい。 生きてもう一度、好きな女を抱きたい。 その為に生き抜いてやる。 
―――いいじゃねぇか、それで。 BETAなんぞ、その為のダシだ。 なあ?」

―――表情と言葉が、一致しちゃいない・・・

だけど。 それが俺の知る直邦叔父貴だった。 
今でこそ、統合軍令部のお偉いさんに収まっているようだが。 若い時分は随分暴れん坊の若手士官だったそうだ。
いや、良く親父も言っていたな―――『あいつは、昔から手の付けられん腕白坊主だった』って。


「だからな、直衛。 お前もグジグジ思い込むなよ? らしくねぇわ、お前にそんな深刻さは。
なんて言ったか・・・ ああ、綾森中尉? 綾森祥子中尉か。 いいじゃねぇか、その娘さんに弱音吐いちまえば。
大体男ってな、そう言う事じゃ、女に太刀打ち出来ないものさ・・・」

―――兄貴め。 叔父貴にばらしたか・・・


「はあ・・・ だろうな・・・ そう言や、翠華にも言えるか・・・」

「ん? 翠華? 中国人か? 女の名だな?」

―――まずっ!!

「誰だ? お前がそうそう、女の名を口にするとはな? どこの娘だ? ん? まさか、そっちも手を出したのか?」

思わぬ美味しい得物を見つけたかの如く、食いついてくる。
くそ、こうなったら最後、絶対口を割るまで追求してくるぞ。 この意外と不良な中年は・・・







「時にな、直衛。 さっきの話の続きだが・・・ お前は実際、どうなんだ? 戦術機の在り方については」

散々、昔ながらに絞られ、脅され、あれやこれやで。 祥子と翠華の事を洗い浚い吐かされた後。
脱力してぐったりしている俺に、叔父貴が話を蒸し返してきた。

「どうなんだ、って・・・ さっきも言っただろう?」

もう、何等言い返す気力も無く、ぐったりしていたので適当に流すつもりだったが・・・

「抽象論じゃ無い、現役衛士の声が聞きたい。 お前も知っている事だが、俺の専門は砲術だ。 戦術機なんぞ、門外漢さ」

「それは知っている・・・ じゃ、なんで叔父貴が関わっている?」

海軍にも、戦術機行政に関わる専門家はいるだろうに。 どうして砲術屋の叔父貴が関わっているのか、それが不思議だ。
例えば、有名ドコロでは海軍戦術機部隊の元締。 そう呼ばれる淵田大佐は確か、叔父貴の海兵同期生だったし。
性格は剣呑らしいが、有能では有るらしい、かの『厳田サーカス』の厳田大佐も同期の筈だ。
その二人なら、まだ話は判るんだが・・・

「専門家ってのはな。 なまじ自分の専門に関して言やぁ、冷静な第3者の視点を保てないもんさ。
逆に素人の方が偏見が無い分、客観的な見方が出来る事も有る。 ・・・もっとも、的外れは駄目だがな。
まあ、今回に関して言えば。 海軍じゃ、誘導弾関係は艦政本部の管轄だ。 その中の砲術屋の分野でな。
全く。 俺の専門は、艦の兵装だ。 戦術機の兵装は追浜(海軍技術開発廠・戦術機開発局)に任せておけばいいんだ。 変に縄張り争いしやがって・・・」

―――段々、話が逸れてきたぞ。 拙い、このままだと延々と愚痴に付き合わされそうだ。

「叔父貴。 戦術機ってのは、確かに各国のドクトリンが反映されているけど。 でも『主力』戦術機にはやっぱり、機動力は重要だよ」

ここは、強引にでも話を戻すのが手だ。

「ん・・・? ああ、そうか? それは、何でだ?」

「何でかって? 叔父貴は間近で見たこと有るか? あのBETAの物量! 陸の大津波だぜ!
例え米軍ご自慢の支援砲撃システムでも、完全阻止は不可能だろうね。 そうなったら、いずれ戦術機甲部隊の出番だ」

「ほう・・・? ふん、しかし米軍は機甲部隊の機動運用と、戦術機甲部隊との連携で賄える、そう踏んでいるのではないのか?」

「機甲部隊? ああ、あれは最早、支援砲撃任務にしか使えないよ。 考えてもみな? 戦車は『殆どのBETAより足が遅い』んだぜ?
懐に入り込まれたら、戦車級以上のBETAには、為す術がない」

実際、機甲部隊の戦場での役割は、戦術機甲部隊が掻き回して釣り上げたBETA群を、側面や後背からブチのめすのが仕事だ。
絶対に、BETAとの近接戦に参加して良い兵科では無い。 それならまだ、機械化歩兵装甲部隊の方が生き残る可能性が高い。


「BETAってのはさ。 こっちの思惑通りには動いてくれない。 絶対にだ。 事前の防衛計画なんか、あっという間に崩れる事は珍しくない。
そんな時に、砲撃仕様に特化した戦術機で、近接戦闘なんか出来るかい? 俺は御免こうむるね、そんな機体は・・・」

「なら、お前自身はどう考える? 今までの実戦経験から判断して」

「・・・理想は、砲撃戦能力と、近接機動力を両立した機体だけど。 無理だろうなぁ・・・」

「何故だ?」

「・・・戦艦と空母。 両方の機能を十全に備えた艦を、建造できるかい? 海軍は」

「成程な・・・」



・・・結局、叔父貴との戦術機談議(と言うより、一方的な質問)が終わったのは明け方頃だった。









1995年1月5日 ジョン・F・ケネディ国際空港


空港ロビーで、何をするともなく手持ち無沙汰にしている。
今日、叔父貴が帰国するとかで(他の訪問団は2日前に帰国した)、空港まで付き添いに来たのだ。
大の男二人、そんなにいつまでも会話のネタが有る訳じゃない。 自然、2人してぼーっと椅子に座り込んでいる。

「なぁ、直衛。 お前、いつまで国連軍に居るつもりだ?」

唐突に、叔父貴がそんな事を聞いてきた。

「・・・さぁな。 何時までだろうな。 ひょっとしたら、このままかもな」

「ん? ・・・何でだ?」

「元々・・・ 厄介払いさ、俺は。 知っているんだろう? 1年半前の『民間人虐殺事件』、 あの当時者さ、俺は・・・
陸軍としては、どこか海外の戦場でくたばって欲しい。 そうなってくれたら一番良い。 そう考えているだろうさ・・・」

「・・・なら、海軍にでも来るか? 基地戦術機甲部隊へなら、お前一人押し込めるくらいのコネは俺にも有るぞ?」

―――海軍か。 基地隊なら、陸軍部隊と同じような任務だしな。 違和感は無いかもな・・・

「・・・遠慮しておくよ。 叔父貴、その言葉だけ、受け取っておく」

「何で、そう思う?」

「さてね。 どうだろうね。 ・・・多分、裏切りたくないのかもね」

「何をだ?」

「・・・一緒に戦った戦友。 死んでいった戦友。 見殺しにした味方。 切り捨てた部下。 死を押し付けた同僚。 ・・・俺が殺した連中。 
そんな、色んなものをな。 今までの俺の行いをな、無かった事にして、素知らぬ顔はしたくないのかもな」

「本当に、似合わん事を抜かしおって。 が、それで良い。 それが判っていれば良い。
軍人なんてヤクザ稼業、それを忘れたら、只の畜生さ。 ―――判ってりゃ、それで良い」


搭乗アナウンスが開始される。 そろそろ、時間だ。

「ではな。 達者でやれ」

「ああ。 叔父貴もな」


短い言葉だけ交わして、ちょっとだけニヤリとした笑みを浮かべて。 叔父貴がそのまま搭乗口へと向かう。 一度も振り返らずに。 

その姿がゲートをくぐるまで無言でいた俺も。 見届け終わると歩き始め、ロビーを出ていった。








[7678] 祥子編 南満州1話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/08/13 22:31
1994年10月1日 南満州 『極東絶対防衛線』 要塞都市・瀋陽


「指揮権を移譲します」
「指揮権を継承しました」

―――大隊指揮官の交代式は、形式的では有るけれど。 無ければ無いで、締りが悪いものね。

目前の指揮官交代のセレモニーを、整列した各級指揮官の列から眺めつつ、綾森祥子中尉はふと、そんな事を思っていた。

日本帝国陸軍大陸派遣軍・第6軍第9軍団第14師団、その第141戦術機甲連隊第2大隊。
この日、前任の広江直美少佐が退任し、新任の宇賀神勇吾少佐が着任した。 その指揮権交代式であった。


「・・・内部昇格と言うのも、有る意味遣り難いものですな」

「アンタが、今更それを言うか? 宇賀神さん。 鬼の先任中隊長が、鬼の大隊長に変わるだけだろう? ま、連中は戦々恐々だろうが」

居並ぶ小隊長以上の指揮官達を眺めながら、広江少佐が愉快そうに笑う。
宇賀神少佐は、その言葉に苦笑するしかない。 今まで、大隊の士気の弛緩を一切許さなかったのは、この『鬼の先任中隊長』だったのだから。

「・・・兎に角、お体にはお気をつけて。 出来ればそのまま、転科して頂ければと思いますよ。 私も、部下達も―――連隊長も」

「無理だな。 いずれ復帰してやるさ。 なに、この子も母親の我儘くらい、我慢しようさ」

そう言って、広江少佐が腹部を撫でる。 
普段はその戦歴と部隊指揮の辣腕から、『鬼姫』などと称される歴戦の戦術機甲指揮官だが。
今の彼女はふとした瞬間、非常に柔らかい表情を見せていた。

「余り無茶言わんで下さい。 貴女はともかく、連隊長の寿命が縮まりそうだ」

宇賀神大隊長のボヤキは、その場に居合わせたかつての部下達には、全面的に支持されたものだった・・・






「・・・いやぁ~~、流石にあのお人の事や。 ホンマに復帰してくるかも知れへんのぉ」

大隊の将校集会所(将校用サロン・兼・食堂)の椅子にだらしなく腰掛けて、木伏一平大尉(94年9月30日進級)が大げさに溜息をつく。

「今で3カ月だっけ? って事はぁ。 丁度ご懐妊したばかりで、8月の戦闘に参加したのよねぇ・・・ いやぁ、母は強し、だわぁ・・・」

その横で、流石に普段のキレが無く毒気を抜かれているのは、水嶋美弥大尉(94年9月30日進級)だ。

「・・・美弥さん。 その用法、ちょっと違うんじゃ・・・?」

―――うん。 違うわよね?

「祥子ぉ、細かいこと気にしなさんな」

「でも、ホント。 あの人なら赤ちゃんにオッパイあげながら、戦術機を操縦しそうで怖いなぁ・・・」

とんでもない感想を言うのは、私の同期・和泉沙雪中尉。


そもそも、今回の大隊長交代と部隊の再編。
これは全て、一つの事柄に起因すると言っても良いのだ。 つまり・・・

『広江直美少佐、ご懐妊』

いえ、お目出度いお話なのよ? 
この殺伐とした戦地で。 日に日に、戦死者や戦傷者が相次ぐ場所で。 新たな命が育まれた事が、どれ程私達を喜ばせた事か。
それも、この満洲でずっと私達を率いて戦い続けてきた、広江少佐が。 最初に聞いた時には、感極まって涙が出たものね。

―――命の遣り取りをしているだけじゃないんだ。

その事を実感できたから。

(もっとも、その一報を聞いた旦那様は。 周りから散々冷やかされたそうですけど)

で。 流石に妊婦に、戦術機甲部隊指揮官はさせられないから。
丁度、定期昇進の時期でもあり、第2中隊長の宇賀神大尉が先月末付で少佐に進級。 同時に大隊長交代となったのだ。

ついでに言えば、本来ならば『旦那様』の藤田伊与蔵中佐も、細君である広江少佐と本国へ帰還すべきところ。

『十分、参謀勤務で体も鈍ったでしょう?』

奥様である広江少佐のこの一言で、本国転任を諦めたとか・・・
で、今回の人事異動で、派遣軍第9軍団作戦参謀から、第141戦術機甲連隊長―――私達の大隊の上級部隊長―――に、横滑りで着任された。

今、第141連隊は。
連隊長兼第1大隊長・藤田伊与蔵中佐。 
第2大隊長・宇賀神勇吾少佐。
第3大隊長・早坂憲二郎少佐。
連隊先任幕僚(戦闘管制指揮官)・河惣巽少佐。

早坂少佐は、帝都防衛第1連隊から転任。 河惣少佐は第9軍団次席情報参謀より転任で着任した。
この4名の上級指揮官で再編されている。

それに伴い、私達も色々と異動が有った。 今回の異動の特徴、それは・・・ 『大尉が少ない』 事だ。
激戦場を言い表す言葉に 『大尉がほとんど生き残れない』、という言葉が有る。
中尉、少尉はもとより、中隊指揮官の大尉でさえ、殆ど生き残れないような激戦場、そういう意味だ。

『極東絶対防衛線』が今の南満州に下がった昨年の9月以降。 我々の連隊にも、幾人かの大尉の新任中隊長が、本土から着任したが。
いずれも、3か月生き残れなかった。 短い場合で、着任の翌々日に戦死した中隊長も居た程だ。

それ程、BETAとの戦いを経験している、していないで、指揮官にかかる心理的負担が違っているのだ。
慣れない指揮官は、部隊指揮とBETAとの直接戦闘の恐怖の両面に耐えられず、どこかで致命的なミスを犯す―――そして死んでいった。

そのお陰で、3か月前から木伏大尉が、中尉の頃から中隊長をしていた程なのだ。
その影響は未だ続いている。


今回、連隊再編で中隊長職に着いた者は6名。
木伏大尉(第22中隊長)、水嶋大尉(第32中隊長)の2人は順当として。 未だ中尉の中から先任の4名が中隊長に補せられた。

第12中隊長(第1大隊第2中隊)・源 雅人中尉
第13中隊長(第1大隊第3中隊)・和泉沙雪中尉
第33中隊長(第3大隊第3中隊)・三瀬麻衣子中尉

そして、私。 第23中隊長(第2大隊第3中隊)・綾森祥子中尉
同期の4人が、なし崩し人事で中隊長をする事になったのだ。

正直、不安でしょうがない。 小隊長教育は受けているのだけど。 中隊長となると話は別。 
去年の10月から今年の3月まで内地に駐留していた時に、補習教育は受講していたけれど。 いきなりなのは、ちょっと・・・


そんな事を考えていたからか。 もしかしたら表情が強張っていたのかも・・・

「祥子? 貴女、またその表情・・・」

麻衣子がちょっと心配そうに声をかけてくる。

(しまったな。 また、やっちゃった・・・)

「なぁに? 祥子ぉ・・・ ホント、心配性だねぇ、アンタって。 そんな事、気にしてちゃ、何も出来ないよぉ?
ダイジョブ、ダイジョブ! 中隊指揮なんて、小隊指揮に毛が生えたようなもんよぉ!」

―――美弥さん。 いえ、水嶋大尉。 貴女が言うと、説得力が感じられません・・・

「そやそや。 なんせ、水嶋でも、やれるんやさかいな。 お前の方がナンボも優秀やって。 気にしすぎちゃうか?」

「―――コラ、木伏。 チョーシ乗ンな?」
「―――スンマセン・・・」

「・・・ぷっ」

絶妙のタイミングの、ノリ突っ込みだわ。 この2人の遣り取りって、2年以上前から変わらないなぁ・・・ 助かるわ。


「そんな風に笑えるのなら、大丈夫だよ、綾森。 心配しなくても、君一人で全部を背負込むことは無いだろう?
その為に、2人の小隊長が居るのだし」

源君が、穏やかに諭してくれる。 ホント、軍人とは思えない程に穏やかな人柄ね。 周りへのフォローも抜かりないわ・・・

「そうそう。 小隊長達の中じゃ、今や最古参の歴戦衛士の一人が居るのでしょう? 貴女のところには。 大丈夫よ」

麻衣子も。 源君と並ぶと、本当に良い意味で気遣いコンビね。

「あ~・・・ 愛姫かぁ。 そう言や、愛姫と緋色の2人。 どこの中隊に引っ張るかの争奪戦は、凄かったねぇ・・・」

沙雪がふと、数日前まで行われていたスカウト合戦を思い返して言う。

そうなのだ。 今回、新たに再編するにあたって。 私達、新米中隊長(予定者)が特に躍起になった事。
それは、中隊長の補佐役―――先任小隊長を誰にするかだった。 いや、誰を分捕ってこれるか、だった。

1番人気、2番人気は殆ど差が無く、神楽緋色中尉と、伊達愛姫中尉の2人。
いずれも新任当時に、92年の北満州でのBETAの大侵攻 『5月の狂乱』 を生き抜いた、数少ない歴戦の衛士。
(以前は他に3人居たけど。 1人は戦死し、2人は今、極東には居ない)

これだけは、階級の上下も関係無しで、藤田連隊長と河惣連隊先任幕僚に訴え続けた。
ここでまず、各々第1中隊長を兼務する大隊長達が折れた。 木伏・水嶋両大尉は最後まで争奪戦に参加していたけれど。
最終的には 『木伏、水嶋。 そろそろ後輩に譲ってやれ』 との、前任大隊長・広江少佐の一言であっさり引き下がった。
(あれは、絶対に嫌がらせよね。 と言うのは、私達の統一見解)

結局、本人達の希望も考慮した結果が。 
伊達中尉は私の第23中隊第3小隊長に。 
神楽中尉は源君の第12中隊第2小隊長に。 
それぞれ落ち着いた。


「・・・そうね。 我儘通して、愛姫ちゃんを貰ったのだし。 第2小隊は間宮が引き継いでくれたし。
うん、大丈夫。 ウチの小隊長達は、優秀だし!」

「一番気がかりなのが、中隊長だけどねぇ~・・・」

「―――煩いわよ? 沙雪?」


(そうよ。 私が何時までも不安がっていちゃ、中隊を駄目にしてしまう。 何も全てを抱え込む事は無いわ。
責任の分掌。 私は私の為すべき事をやる。 彼女達には彼女達の為すべき事をして貰う。 それで良いのよ)

ふと。 先日届いた彼からの手紙を思い出す。

『―――仲間が差し伸べている手は、気付かない内にそこに有るものだよ。 俺は、ちょっと失敗しちゃったけどね』

今月から、前線を離れて後方勤務に移るらしい。 手紙の内容では、今は丁度、北アイルランドかしら?
気になる。 気になるけど、今はどうしようもない。 極東と欧州じゃ、離れすぎているもの。

『俺は大丈夫。 どこで間違えたかじっくり考えて・・・ 再出発するから。 祥子に会う為に。
だから、君は気にせず、君のやるべき事を成し遂げてくれ。 仲間を信じて。 そうすれば、会えるよ』

―――うん、わかった。 私は、私のやるべき事をやるわ。 貴方がそうして頑張っているのと同じように。 仲間を信じて。


「―――言ってなさいな。 私だって、伊達に今まで揉まれてきた訳じゃないわよ?」

ちょっと強気に、不敵(に見えるかな?)な笑みを浮かべて。
これは儀式。 私が、私である事を取り戻すための。 私の大切な人に再び会えるようになるための。

―――私だって。 何時までも包まれてて良い訳じゃないのよ。










1994年10月5日 1130 瀋陽北西100km


H18・ウランバートルハイブから押し出されたBETA群・約6200が波状侵攻を繰り返す。
昨日から精々大隊規模、大抵は中隊規模の小集団で防衛線に迫って来ていた。

≪CP、セラフィム・マムよりセラフィム・リーダー! BETA群約300、エリアG9D、座標・WNW-55-48! 
先頭移動速度約120km/h! 後続は60km/h! 突撃級が約20と要撃級約30。 残りは小型種主体の集団です。 阻止攻撃! 
協同は機甲第33連隊の第335中隊。 それと機械化歩兵装甲第21連隊第213中隊。
コードは≪ハンマーヘッド≫、≪ブレイカ―≫ 左翼のW-54-48から合流します!≫

中隊CPオフィサーの森崎茉莉少尉から情報が入る。

「セラフィム01、了解。 ≪ハンマーヘッド≫、≪ブレイカ―≫! こちら≪セラフィム≫ ヘッドオンで突撃級を始末します。 
≪ハンマーヘッド≫! こっちにつられた要撃級をお願いします。 ≪ブレイカ―≫! 小型種の掃除、任せます。 宜しい?」

『こちらハンマーヘッドだ! 撃ち頃の向きに持って行ってくれりゃ、120mmをたっぷりお見舞いしてやるぞ?』

『ブレイカ―だ! さっさとおっぱじめよう! こちとら朝飯抜きでな! さっさと終わらしてメシが食いてぇや!』

「了解。 ―――朝食抜きは私達も同じですわ。 美容に悪いったら・・・ では、行動開始します! 
リーダーより02、03! 聞いての通りよ! 得物は突撃級! なるだけ北方向に釣り上げるわよ! 間宮!」

『02了解! ―――B小隊、続けっ!』

第2(B)小隊長・間宮怜中尉の『疾風弐型』が、一気に跳躍ユニットを吹かして高速噴射滑走を開始する。
残る3機も、小隊長機に寸瞬の遅れも無く続行する。

『C小隊! B小隊の突入寸前で支援攻撃開始! いいねっ!? ―――よし、今っ!!』

第3(C)小隊長・伊達愛姫中尉の支援攻撃指示と同時に、制圧支援が開始される。

『C12、FOX01!』
『A10、FOX01!』

A、C小隊の制圧支援機から、自立誘導弾が盛大に射出される。
白煙を引きつつ高速でBETA群に接近した誘導弾が着弾。 突撃級の完全撃破は無理だが、節足部を吹き飛ばされた個体が3、4体無力化された。

『セラフィムB! 突入!』

『い~~~~っやっほぉう!!』

小隊長の突入指示に、陽気な叫び声を上げ真っ先に突撃級の群れの隙間へ『飛び込んで』、36mm砲弾を浴びせかけるのは。
今や 『吶喊娘』 の異名を頂戴しつつある、美園杏少尉だった。
 
地表面噴射滑走で突っ込んだ後、短噴射滑走に切り替え、それを不規則に、多角的に行い的を絞らせずに複雑な高速移動をしている。
エレメントを組む後任の摂津大介少尉が、些か慌てた機動で続行して同じく36mmを乱射していく。

『美園少尉! 余り突出しすぎないで下さい!』

『何よ!? 摂津! アンタ、付くモノ付いてんの!? そんなこっちゃ、『鬼』が帰ってきたらアンタ、真っ先に扱き倒されるわよっ!?』

『知りませんよっ! 誰ですか、その『鬼』って!?』

『鬼は鬼よっ! ねぇ? 小隊長?』

『美園。 貴様もそのおちゃらけ。 修正しないと大事になるわよ?』

『うひゃ、そうでした・・・ っとぉ! 右、突撃級5体! ケツを取ります! 付いといで! 摂津!』

『了解!』

美園機と摂津機が、噴射跳躍で突撃級を飛越し、その後背を占位する。 突撃級撃破の格好のポジションだ。

『Bエレメントは、そのままブチかませっ! 安芸! Aエレメントは側方から足を狙うぞ!』

『了解ですっ!』

間宮中尉と安芸利和少尉のAエレメントが、左側面へ高速噴射滑走で移動する。
そして側面から、装甲殻に覆われていない節足部を狙って、120mmを叩きつけた。


「リーダーよりB小隊! そろそろ後続の要撃級と戦車級がお出ましよ! 一気に片をつける! C小隊! 北寄りから狙撃開始! A小隊、続け!」

『『 了解! 』』

C小隊長・伊達愛姫中尉が指揮する4機が、北方へ高速移動。 攻撃基点を確保し、突撃級BETA群の左翼から節足部への狙撃を開始する。
B小隊の後方・側面攻撃と相まって、突撃級は急速に無力化されその数を減じていく。
その間、A小隊は突撃級と後続のBETA群の間に割り込み、誘導弾と支援突撃砲での制圧支援・狙撃攻撃を開始し始める。

『B小隊よりリーダー! 突撃級残り―――1体!』

「よし! そのまま・・・ 『突撃級、平らげましたぁ!!』 ・・・美園、中隊通信系に度々割り込むな・・・
よし! 中隊各機! 残りを北方に釣り上げる! セラフィムより≪ハンマーヘッド≫! これからお客様を『舞台』へご招待します!
≪ブレイカ―≫! 残りの誘導弾、ばら撒きますから! 頭は低くしておいて下さいね!?」

2機の制圧支援機から、残った自立誘導弾が一斉に射出される。 地響きを立てて突進してきたBETA群―――その内の小型種が着弾によって吹き飛ぶ様が見えた。
その効果を確認し、即座に要撃級に対しヘッドオン―――直前で全機が横噴射滑走(スライド・サーフェイシング)で北方へ高速方向転換。
要撃級の群れがその動きにつられて、一斉に向きを変える。

『ハンマーヘッドよりセラフィム! 丁度良い! こりゃ、撃ち頃だ! 長車より、カク! カク! 弾種・APCBCHE弾! 斉射2連!
野郎共に女朗共! 折角の『熾天使(セラフィム)』様のお膳立てだ! 外した奴ぁ、クソをひり出すケツで、メシを食わすぞっ! いいかっ!?』

『『『 承知!! 』』』

『はっはぁ! よぉっし! 撃ェ!!』

甲高い発射音を残して、44口径120mm滑腔砲から高速砲弾が吐き出され―――後背や側面を晒した要撃級に次々と命中する。
貫通された孔から体液と内贓物を撒き散らすBETA、砲弾の侵入衝撃波で中身をズタズタにされて動きを止めるBETA。

『ブレイカーだ! ≪セラフィム≫! ≪ハンマーヘッド≫! これからチンマイ連中を片づける!
―――って、戦車級だけは、お引き取り願いたいがね!!』

流石に、機械化歩兵装甲部隊で戦車級BETAの相手をするのは、五分五分の勝算だ。

「セラフィムより≪ブレイカー≫、戦車級掃除に2個小隊回します。 B小隊! 要撃級の残りを平らげろっ!
A、C小隊! 戦車級を掃除する! かかれっ!!」

『『 了解!! 』』

戦術機部隊が反転し、戦車級BETSの掃討を開始する。
それに呼応して、機械化歩兵装甲部隊が闘士級BETAを穴だらけにして撃ち倒し、近接戦用爆圧式戦杭(パイルバンカー)を突き立てて倒してゆく。

戦場は急速に終息していった。 このエリアに侵入した300体程のBETA群は、諸兵科混成の防衛線によって阻止されたのだった。










1994年10月8日 2000 瀋陽 第14師団駐留基地 第141連隊第2大隊第23中隊事務室


「えっ? 部隊指揮の感想ですかぁ?」

愛姫ちゃんが驚いたような顔をしている。 隣の席の間宮も、「はてな?」といった風な顔をしている。
夜の課業が全て終わり、ひと息ついた後の事務室で。 先日の戦闘指揮について、2人の小隊長に聞いてみたのだ。

―――『中隊の戦闘指揮に、問題を感じなかったか?』と。

(情けないわね・・・ 我ながら)

判っている。 判っているのよ。 こんな事、部下に聞くべき事じゃないってくらい。
指揮官が自分の指揮に疑問を持っていると判れば、部下の士気にも大きく影響してしまうと言う事も。

聞いた後、後悔が徐々に大きくなってくる。 
だって、愛姫ちゃんも、間宮も。 すごく不思議そうか顔から、不審そうな顔に変わって来ているもの・・・


「そうですねぇ・・・ 一言で言えば・・・」

「ひ、一言で言えばっ!?」

「貫禄が無い」

「ぐっ!!」

さ、さすが愛姫ちゃん、容赦無いわね・・・

「それはありますね、それに・・・」

「それにっ!?」

「腰が、ふらついていました」

「うぅっ・・・!!」

ま、間宮・・・ 貴女も容赦と言う言葉、知らないのね・・・

流石に落ち込むわ・・・ 「貫禄が無い」上に、「腰がふらついている」・・・ 
私、自信無くしそうよ。 ・・・元から儚い自信だったけど。
あ、段々落ち込んで来ちゃった・・・ 自分で話を振っておきながら、この様じゃ・・・


「あぁ~あ、やっぱり落ち込んじゃったかぁ」

「まぁ、中隊長の性格上、ああ言われれば仕方ないのかも」

(・・・聞こえているわよ? 2人とも)

「しょうがないなぁ。 んじゃ、ここはひとつ、不肖・ワタクシ、伊達愛姫が。 復活のお言葉を出しましょうか」

「いよっ! 千両役者!」

―――愛姫ちゃんは兎も角。 間宮、貴女ってそんなキャラだった!?

「あのですねぇ、中隊長・・・ ん~、しっくりこないな? 綾森中尉・・・ 他人行儀か。 ええい! あのね、祥子さん、聞いてよ」

「はい?」

「私達、何も祥子さんの指揮が拙いなんて、言ってないよ?」
「そうですね」

「えっ!?」

―――だって。 『貫禄が無い』だの、『腰がふらついている』だの・・・

「それは、気構え、心構えの問題ですよ。 戦闘指揮自体は、問題無かったと思う。
機甲部隊や機械化歩兵装甲部隊との連携。 攻撃タイミングの読み。 全体を見渡しての部隊移動。 どれも問題は無いですね、うん」

「実際、損失無しでBETA群の殲滅に成功しましたし。 協同部隊への負担も考えた指揮だったと思います」

「そ、それじゃ、一体何が・・・」

「だ・か・ら、それ! その自信無さそうな感じ! 私や、まみヤンは良いですよ? 
私は付き合い長いし、まみヤンは小隊長時代から、先任で補佐してきましたから。 
あ、それに美園や仁科も、その辺は判っているかなぁ。 ―――でも、それ以外の新配属の連中ね、流石に拙いですよね? 
何事も最初が肝心。 ガツーンッ、と一発。 キツイの、かまさなきゃ。 不安がるし、祥子さんを軽く見ちゃいますよ、連中」

「ええ、愛姫さんが言うように、そこが心配だったのです。
隊長は、優しすぎる所が有るから・・・ 部隊の練成や、戦場での指揮は兎も角。 
普段はどうしても、そういう面が出ちゃうと言うか」

――― つ、つまり。 舐められちゃうって事!?

「何も、広江少佐の中隊長時代みたいにやれ、なんて言いませんよぉ。 あんな人が二人も三人も居たんじゃねぇ・・・ 悪夢だわ。
ただ、『どーんっ!』 と構えてくれれば良いんですよ。 突撃指揮の実際は、まみヤンがやっちゃうし。 支援指揮は私が見ますから。
祥子さんは、中隊全体をどう動かすか、それを見てくれれば。 
あとは、そうですね。 如何にも 『自分の指図通りに動いているな、よぉしっ!!』 ってな感じで、ね?」

「私達も精一杯、フォローしますから。 済みませんが、少しばかり普段から、ちょっとだけ背伸びした感じで構えて居てくれれば・・・」

「・・・つまり。 もっと、どっしり構えて居ろ、そう言う訳ね?」

「そうですよ。 実際の指揮能力は、他の中隊長に引けは取りませんって! 寧ろ、上位?」

「私達、部下を気遣って下さる事は、有り難いですが・・・ やはり軍隊です。 戦場ですから。
時には冷然とも思える程の、毅然とした態度で居てくれた方が。 却って部下も安心する事も有りますよ」

「それとね。 あと、この手の話題は私か、まみヤンだけにして下さいよ? 間違っても他の連中にしちゃ、いけませんよ?」


―――難しいものね。 小隊指揮をしていた頃から、漠然とは感じていたのだけれど。

「多分、あいつが居たらこう言っていますよ? 『祥子。 何、背負い込んでいるんだよ? しょうがねぇな、ちょっと貸せよ』って」

「そうですね。 そしてその後で、『もっと気楽に構えてりゃ、いいんだって。 木伏さんや水嶋さん、見習えば?』とか・・・」

「あははっ! 言えてるぅ!」

「・・・ふっ ふふふ・・・」

どうしたんだろう? 自然に笑いが出てきちゃう。
確かに、そんな情景が目に浮かぶわ。 彼ならきっとそう言いそうね。 
きっとそうしそうね。 ちょっぴり、背伸びしながら、痩せ我慢しながら。

そうか、その『覚悟』か。 そうなのね、きっと。
内心なんて、人間どんな人だって、そんなに変わらないわね。 
要は、部下に対する責任をどこまで自覚して、その『演技』を続けられるか。
その『演技』を続ける事への責任と、その『覚悟』なのね、足りなかったモノは・・・

「やっと、笑ったね? 祥子さん。 
さっきも言った通り、私とまみヤンとで、ケツ持ちはしっかりやるからね。 祥子さんは中隊の『お頭』・・・ って、言い方悪いけど、やっててちょ」

「そう言う事です。 ところで、愛姫さん? 『まみヤン』って、何ですか・・・?」

「えっ? まみヤンは、まみヤンだよ?」

「私は、『まみや れい』です。 『まみヤン』なんて名じゃありませんっ!」

「固いなぁ、固いよ? まみヤン。 
ほら、よくさぁ、上の学校に進学したりとか、クラス替えとかでさ、ここは心機一転! イメージチェンジ! なんてさ、やるじゃない?
折角、小隊長就任なんだしさ。 今までのお堅いイメージを打破するって言うかさぁ・・・ ね?」

「ね? じゃありませんっ! 私はこのキャラで結構ですっ! 愛姫さんこそ、もう少し真面目な面を出したらどうですか?
緋色さんも言っていましたけど、このままじゃ確実に 『2代目水嶋大尉』 襲名ですよ!? それとも、和泉中尉の後釜狙いですかっ!?」

「うわっ! 酷っ! 水嶋大尉に謝れっ! 和泉中尉に謝れっ! ついでに私にも謝れっ! ・・・って、何気にやばいなぁ、それも・・・
って言うか。 緋色の奴、陰でそんな事を。 自分の 『鉄の女』 を棚に上げて。 くっそぉ~~・・・」


―――もう、この娘達は・・・ 

何時も通りの展開に、思わず苦笑する。 
仲が良いのか、悪いのか。 いえ、これはこれで絶妙の配置よね? 
我ながら、良くやったと思うわ。

(でも、これも彼女達の『覚悟』の表れよね)

徒に部下を不安がらせない、愛姫ちゃんの明るさ。
常に冷静さを保って、周りを安心させる間宮のクールさ。

―――私は、彼女達の上で『不動』を保てばいいのね。


かつては。 どんな時にも、どんな苦しい時にも。 私達は広江少佐を顧みていた。 彼女はふてぶてしいまでに、『不動』だった。
例え内心がどうであろうと、その姿は変わらなかった。 だから、私達は戦い続けられた。
それこそが、彼女が私達部下に対して果たし続けた『責任』であり、彼女の『覚悟』だったのだろう。

あんな風に出来るか、正直判らない。 いいえ、私は少佐とは違う人間だ。 同じにする方がおかしい。
ならば。 私は私の『覚悟』を示そう。 私を顧みる部下達への『責任』を果たす為に。


相変わらず、愛姫ちゃんと間宮が賑やかにやり合っている。

―――いいんじゃない? これはこれで。 私の 『中隊』 らしいわね。

うん、そうだ。 私は、私なのよ。 私のやり方を通せば良い。


ふと、手紙の中の一言を思い出す。


『―――仲間が差し伸べている手は、気付かない内にそこに有るものだよ』


(―――そうね、直衛。 今回、ここに有ったわ、その手は。 これで、良いのでしょう?)


思わず、彼の微笑んだ顔が見えた気がした。













後日。 その話になった折、同期が漏らした感想・・・

「祥子・・・ そこまで惚気なくとも・・・」

の、惚気じゃないってば! そうじゃないのよっ、麻衣子!

「ま、まぁ、君達の仲をどうこう言う気は無いけど、ね・・・ 
周りの独り者には、刺激が強いと思うよ? 綾森・・・」

み、源君・・・

「当て付けなのっ!? 当て付けなのよねぇ!? 
え~え~、そうですともっ! 私は寂しい独り者よっ! 
何よ! 悪いっ!?」

さ、沙雪・・・ そこまで、キレなくて良いじゃない・・・













[7678] 祥子編 南満州2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/08/17 21:26
1994年11月2日 1450 南満州 鞍山西方50km 『極東絶対防衛線』 南部第1防衛線付近


≪CPより『セラフィム』! 右側面、空きます! 『ウルプス』(第18師団第181戦術機甲連隊第32中隊)との間隔が!≫

CPオフィサー・森崎茉莉少尉の悲鳴のような報告が入る。
拙い、このままじゃ、2つの中隊の間にBETAが入り込んでしまう。

「セラフィム01、了解! 中隊! 陣形・鶴翼弐型(ウイング・ツー)! 多少無茶でも、BETAの侵入を阻止するっ!」

『B小隊、了解です!』 
『C小隊、了解~・・・ って、ウルプスの馬鹿共、何やってんのよ・・・』

「ぼやくなっ! それよりBETA群、来るぞっ! 中隊各機、無理に突っ込むな! 突撃級がほとんどよ! 交わして後ろか側面を取りなさい! 判った!?」

『『『『『 了解! 』』』』』


冬に入った南満州。 小雪のチラつく、見るからに寒々しい景色の彼方から。 赤黒く、灰色の、禍々しい波が押し寄せてくる。
『定期便』と呼ばれる、ハイブから溢れ出した個体群の周期的な来襲だった。
 
度々の間引き攻撃にもかかわらず、ハイブ内で飽和するBETAの個体群。 そこから『溢れ出した』連中が、一定間隔で襲来してくる。
今回観測されたBETA数は、南部戦線全域で約8000 それを、第14師団、第18師団と、中国軍第39師団で迎え撃っていた。

南部第1防衛線南戦区には、第14師団第141連隊と、第18師団の第183連隊、中国軍第39師団第392連隊が布陣していた。
担当戦区のBETA数は凡そ2500。 戦術機甲3個連隊の防衛戦力で有れば、阻止できる筈であった。 光線級も未だ確認されていない。

しかし実状は。 現在、戦線各所に相互連携の不備に起因する穴が空きつつある。
そこを突破されれば、第2防衛戦の展開が未だ完了していない状況では、鞍山を抜かれかねない。

第141連隊第23中隊≪セラフィム≫の現状は、この様な状況下で空いた穴を防ぐ事。 
その都度、後手に回った戦闘を強いられていた。


≪BETA群、距離3000! 個体数推定600! 突撃級100、要撃級300! 大型種主体ですっ!
砲撃支援・・・ 駄目ですっ! 北戦区に手が一杯で・・・ッ!≫

(ちっ! 拙いわね。 砲撃支援も無しで・・・ いくらなんでも、大型種の数が多すぎる!!)

第23中隊長・綾森祥子中尉は、戦術情報MAPと、広域データリンクに記された友軍情報を見比べ、内心で舌打ちした。
突撃級が100に、要撃級が300? 1個中隊で面倒を見ろと言うのが、そもそも間違いだ。 せめて、大隊規模の戦力で無いと・・・

「セラフィム・リーダーより各機、作戦変更! 陣形、楔壱型(アローヘッド・ワン)! 
突撃級の群れをいったん突破した後、即時反転! 陣形を鶴翼壱(ウイング・ワン)に組み直す! 
生憎と砲撃支援は無いッ! どうやらここは私たち以外、ダンスの競争相手は居ないッ!
思いっきり踊りきって見せろッ! いいか!?」

『C小隊了解! 突撃級のケツに張り付きで、あっつーいジルバでも、舞ってやりますかッ!』

『B小隊了解です。 突破は中央の30体と、右翼の40体の群れの隙間に突っ込みます。 因みに、タンゴでッ!!』

「よぉしっ! 『セラフィム』 レッツ・ダンスッ! 突っ込め!」


12機の『疾風弐型』が、楔型の陣形のまま突撃級の群れ、その隙間に殺到する。
前衛のB小隊が2個のエレメントを崩さず、高速噴射滑走で突入。 すぐさま、短距離噴射滑走に切り替え、多角機動でBETAの隙間を縫うかのように高速移動。
その間に左右へ、装甲殻に覆われていない比較的『柔らかい』胴体下部や節足部へ、36mm砲弾を浴びせかける。
あるいは近接用短刀を突き立てて、高速移動の運動エネルギーを利して、切り裂いてゆく。

B小隊の開けた突破口へ、後続のA、C小隊長機と、打撃支援機の4機が突入する。 突破拡張戦闘だ。 36mmと120mmを撃ち放ち、『間口を広げて』いく。

残った制圧支援機と砲撃支援機が、光線級の居ない戦場にのみ許される、低高度滞空攻撃を開始。
遠方の要撃級や小型種へ自立誘導弾による制圧攻撃と、支援突撃砲による狙撃攻撃を行っている。


『こちらB02! 『壁の向こう』が見えました!』

突入開始から十数分後。 B小隊2番機―――突撃前衛小隊の『吶喊娘』、美園杏少尉から、突撃級の群れを突破した報告が入る。

―――よし、損失はまだ無い。 これならば・・・

『B01よりB小隊! そのまま左翼へ抜けろ! 突撃級の左翼から片付けて行くぞっ! Bリードよりリーダー! B小隊は左翼への攻撃を続行します!』

すかさずBリード、小隊長の間宮怜中尉から、継続戦闘指示と報告が入る。

「リーダー了解! Cリード! 右翼へ回れ! A小隊は群れの中央を殺るぞ! ついて来いっ!!」

『『『『 了解!! 』』』』

B小隊が群れの左翼後方へ、C小隊が右翼後方へ。 A小隊はそのまま180度反転し、群れの中央後方へ取り付く。
滞空迎撃を行っていた4機も各々の小隊に合流し、3群に分かれた突撃級の群れの真後ろから、36mmと120mm砲弾を絶え間なく浴びせかける。


『全く! 吶喊すれば良いってもんじゃ無いわよっ! お前等、猪の突撃級が突出したら、こうなっちゃうって事! その体で味わいなっ!』

『杏! アンタが言えば、説得力が増すわねぇ! この『吶喊娘』!!』

『煩い! 葉月、黙れっ!!』

B02、美園杏少尉の毒舌に、C02、仁科葉月少尉がまぜっかえす。 ただ軽口を叩いているだけでは無い。 
美園少尉と仁科少尉は、突撃級の中で遅ればせながら大半径旋回をかけようとしている個体を確認すると同時に、
その個体を集中して撃破していた。 他の後任連中は、眼の前のBETA撃破に必死で有ったが。

≪CPよりセラフィム! BETA群後続、速度を上げました! 接触まであと、約3分です!≫

CP・森崎茉莉少尉より戦術情報が更新された。
後続の要撃級を中心とした500体が、移動速度を速めた。 接触まであと3分―――それまでに突撃級を始末しなければ。

(突撃級に手間取れば、後ろから要撃級と戦車級に襲いかかられる。 後ろに専念すれば、突撃級の突破を許す、か・・・
―――全く! 冗談じゃないわっ!)

綾森中尉は内心で更に毒づきながら、前方の突撃級の後方から120mmを叩きつける。
『ボッ!』という音が聞こえてきそうな射孔が生じた次の瞬間、内贓物が体液と一緒に盛大に飛び散った。
そのまま数10mを惰性で進んで、その突撃級はピクリとも動かなくなる。

(中央部は・・・あと、8体か。 3分有れば何とか・・・ 他は?)

戦術MAPを確認する。 左翼の突撃前衛が担当する突撃級の個体が、最も減少している。あと4体程―――流石だ。 
右翼のC小隊が受け持つ群れは、中央と同じくらいか。 ならば・・・

「間宮! 中央と右翼に1機づつ回せ! 撃破ペースを上げる! 左翼は残った2機で平らげろ! その位は、食いきれるでしょう!?」

『Bリード、了解です。 B02(美園少尉)と、B03(摂津少尉)を回します。 気を付けてください? 2人とも、大食らいの悪食ですから。
―――美園、摂津、助っ人だ。 たらふく喰らってこい!』

『あ、悪食って、何ですか! 小隊長!』

左翼から高速噴射移動を開始した2機。 その内の1機、摂津少尉が抗議するが、全く無視されている。

『大食らいって・・・ 伊達中尉程の大食らいじゃ、ないですけどねぇ・・・』

『美園・・・ アンタ、良い度胸よねぇ?』

『うひゃ!?』

軽口を叩きつつも、中央と右翼に『助っ人』展開した2機が加わったA、C小隊の撃破速度が上がって行く。
左翼のB小隊はその間に2体を無力化。 残余は2体。 ―――残り時間2分。


『―――ッ!! 中隊長! 後方スクリーンにBETA群視認! 距離、800!』

A小隊2番機・押上円中尉から緊急報告が入る。
自らも後方スクリーンを確認する。 灰色と赤黒い、見るからに嫌悪感を呼び起こす、さながら『悪夢の津波』が押し寄せてきていた。
―――BETAの後続本隊、約500体。

「ちッ! 押上! 制圧支援と砲撃支援、4機で遠距離阻止戦闘! 距離600以内には入るな! いいか!?」

『了解! ―――仁科! 宮崎! 光藤! ついて来いっ!』

『『『 了解! 』』』

後方での遅滞戦闘指揮を行うべく、押上中尉機が反転し、噴射跳躍をかける。
A小隊の制圧支援機・宮崎孝子少尉、C小隊の砲撃支援機・仁科葉月少尉と、制圧支援機・光藤亘少尉が一斉に応答し、続行する。
残った機体は、突撃級の最後の掃討を急ピッチで行い始めた。

「伊達! 間宮! 残り1分! 突撃級はあと5体だけだ! 片付けろ!!」

『『 了解! 』』


残された時間で突撃級を始末し、後ろから急速接近するBETA本隊に対処する。
困難だ。 困難だが、やり通さねば生き残れない。


「こちらセラフィム! 『ウルプス』! 状況知らせっ! 『ウルプス』、状況を! ――― 一体、どこで油を売っているのよッ! アンタ達ッ!!」

―――最早、僚隊との協同無しには支えきれない。 

そう判断した綾森中尉が、隣接する『ウルプス』―――第181連隊第32中隊『ウルプス』をコールし続ける。 が、それに応える声は遂に帰ってこなかった。 
―――5分前、地中侵攻で以って、その直下に奇襲を受けた第32中隊『ウルプス』は、3機を残して撃破されていたのだった。



「くそッ! ―――『セラフィム』全機! 何が何でも、ここを食い止めるっ! 全員、腹を括りなさいッ!!」

『『『『『 応! 』』』』』


―――果たして、腹を括った所で。 本当に阻止できるかな?

戦闘の興奮で熱く火照る体とは反対に、どこまでも冷えて行く感じの頭の片隅で。 
綾森中尉はふと、無意識に部隊の損失予想を計算していた。














1994年11月4日 鞍山西方25km 第221前進補給基地


南部第1防衛線直後に位置する『第221前進補給基地』 
永久陣地では無い。 しかし急造では有るが、可能な限りのキル・ゾーンを形成する複郭火網陣地。
その後ろに各種補給倉庫と戦術機・戦車用の簡易ハンガー。 そして、これまた簡易な宿泊施設(通称・「カマボコ兵舎」)

つまりは、即応部隊の待機基地であった。 同様の簡易急造基地があと5か所(第222~第226)存在する。
日本軍に中国軍、韓国軍と国連軍。 極東防衛の各国軍が共用で運用している。

―――最も、複郭火網陣地など。 BETA群の大規模侵攻の前には、津波の前に紙1枚の障子を立てる様なものであったが。


「成程な。 それは災難だったな」

ハンガーから管理棟までの、除草されただけの未舗装の通路。
傍らを歩く中国軍第392戦術機甲連隊第31中隊長の周蘇紅大尉が、気の毒そうに言う。
11月に入った満州。 南部とはいえ、気温は日中でもかなり低下する。 防寒装備無しではつらい季節になった。 吐く息が白い。

―――2日前の防衛戦闘の事だ。
結局、寸での所で第2防衛戦に展開予定だった部隊の、緊急増援が間に合ったから良かったものの。
もし、間に合わなければ。 自分達は恐らくBETAの大波に呑まれて壊滅していただろう。

その後からおっとり刀で駆けつけた増援部隊も、下手をしたら各個撃破されていたかもしれない。
全く、危ういタイミングだった。

「18師団は、派遣されて間もない部隊ですから。 こちらの実状を理解しきっていなかったかも・・・
いずれにせよ貴重な戦力を、相互連携の不甲斐無さで失ってしまいました。 向うとの連携を詰めきっていなかった私にも、大きなミスです」

眉を顰め、唇を噛みしめながら、綾森祥子中尉が悔しそうに呟く。
そんな僚隊指揮官の表情を、じっと見つめていた周大尉は。 不意に前を向いたまま話し始めた。

「そうだな。 君のミスだ、祥子。 
隣接する協同部隊指揮官との連携の詰め? ―――常識だ。
それを怠った? ―――指揮官として、何を考えているのだ?
その結果が、連携ミスで1個中隊壊滅? 向うの中隊長の過誤にこそ、より大きな起因が有ろうが。
連携すら出来ていない事は、君の犯した大きなミスだ。 場合によっては、両隊が合流できた可能性も捨てきれないしな」

「・・・ッ!」

「その結果が。 君の部下達を、より大きな危険に晒した。 これを指揮官の犯したミスと言わずに、何と言う?」

「弁明の・・・ 余地は、有りません・・・ッ」

周大尉の指摘に、綾森中尉の表情が強張る。 顔色も青白くなっていた。 握りしめた拳が細かく震え、声は腹から絞り出すかのようだった。
自覚はある。 自覚が有るからこそ、それを怠った自分が許せない。 
相手の有る事とはいえ、もっとしつこく、煙たがられても良いから相手に連携確認をすべきだったのだ。

―――自分は。 2年半もの戦場経験から、一体何を学んだのだ!?

今回の様な事態を顧みるに、何も学んでいないと謗られても仕方が無い。 周大尉は、向うの戦死した中隊長を断じたが。
それは自分―――綾森祥子中尉に対しても言える事ではないか。 

気がつけば、俯き加減で足元の土を見ながら歩いている。 情けない格好ね。 少なくとも、戦術機甲指揮官の歩く姿では無い・・・
思えば思う程、自己嫌悪の螺旋に落ち込んで行った。 自覚している性格だが、こればかりは直らない。


そんな綾森中尉を、並んで歩きながら見つめていた周大尉が、再び言葉を繋ぐ。

「戦場と言う場所は。 容易く人を愚者にするものよ、祥子」

「周大尉?」

不意に、周大尉の口調が変わった事に気づく。

「人は、容易に愚者になってしまうもの・・・ 愚者が考え、判断し、決断する。 その結果は? 散々たるものよ。
ミスがミスを呼び、一体どうなっているのか、誰がどうすればよいのか。 判らなくなる事も多い・・・」

周大尉の表情に変化は無かったが。 その声色からは、長年この地で戦い続けてきた『いくさびと』の苦悩の色が有った。
彼女も、過去に多くの過誤を犯したのだろう。 多くの過誤の為に自らを、そして部隊を危地に晒したのであろう。

「事前の計画など。 最早、遺跡から発掘された古代の文書の様なものね。 過去を調べるには役立つけど、現状では何の役にも立たない。
そんな場所で、我々が行うべきは只ひとつ。 ―――『最悪の中の最善』 それを如何に読み取るか。
読み取って、掴みとって、実行するか。 その為には、事前の手間暇を惜しむべきではないのよ。 手札は多い方が良いでしょう?」

―――手札か。 言い得て妙ね。 今回、私が持ち得なかった手札か・・・

「今回、君はミスを犯したね。 それは確か。 でも、その最悪の状況から、何とか部隊を纏めようともした。 そうね?
ならば、祥子。 君は最悪の中から、最善を引きつけようとした。 その努力は怠らなかった。
忘れないで。 私たちは、自分の命だけじゃ無い、11人の部下の命を託されている事をね」

―――その為には、慣れ合いで済まされる事は無いのだ。

周大尉の声が、そう教えてくれていた。

「―――増援が間に合ったのは。 その『最善』だと。 自分が引き寄せた『最善』だと、そう思いなさい。
その位、図々しくて良いのよ。 そうじゃなきゃ、やってられないわね。 こんな商売は」

そんな周大尉の気遣いが嬉しく、また、申し訳無かった。
数か月前に知り合って以来、馬が合って(正反対の所が良かったか)時折、雑談の中にもこうして教えられる事も多い。
最も自分は未だ、彼女の内心の何たるかを気づけずに居る。 一方的に教えて貰っているようなものだ。

悪戯っぽく笑う彼女は。 普段は不敵で、歴戦衛士の凄みを加味した雰囲気だが。 
こう言う時はちょっと悪戯好きな、それでいて無邪気な少女の様な表情を垣間見せる。

先程までの、シリアスな表情はどこ吹く風。 何時ものふてぶてしい、不敵で陽気。 
そしてちょっとだけ、素の表情の周大尉を見つつ。 
その軽い足取りで先を進む姿に、少しばかりの羨望を抱く。

前の大隊長もそうだった。 眼の前のこの女性もそうだ。 
戦場と言う非情な世界に生き、しかしそれでいて、人としてのしなやかな勁さを失っていない。

―――何と言う勁さ。 何と言う健全さ。 



(・・・憧れるな・・・)



いつかは自分も持てるだろうか。 この勁さを。










1994年11月4日 2200 第221前進補給基地 将校用宿舎


さっさと休んでしまおうと思っていたのだけれど。
丁度、各大隊への連絡・確認業務で各前進基地を回っていた、河惣連隊幕僚に捕まってしまった。
彼女は一昨日から、第222基地(第1大隊第2中隊)、第223基地(第3大隊第3中隊)を回って、
今日この第221前進補給基地(私の第2大隊第3中隊が駐留)に来ていた。

3つの前進補給基地には、各大隊から1個中隊がローテーションで配置されている。
第23中隊のローテーションは、今回は後10日程残っている。
彼女はそうした、前進基地の戦場確認と情報収集を兼ねて、飛び回っているのだ。

意外な事に、参謀としては『足で稼ぐ』タイプなのだろうか? 
外見しかり、経歴しかりの華やかさからは想像できないけれど。
軍務に対して汗をかく事を厭わない参謀と言うのは、前線では好意的に歓迎される。


で、ちょっと沈んでいた私を見つけて、宛がわれた自室に連行した訳だ。
正直、晩酌の相手が欲しかっただけかもしれないけれど。

「ふぅん・・・ それで、沈んでいたのね?」

昼の周大尉とのやり取りを話している最中、ずっとお酒(銘柄は判らないわ。ブランデー?)を飲んでいた河惣少佐。
既に顔がほんのりと赤い。 普段でも、特に目を引く程の美貌の人だから、酔いが加わると、ちょっと妖しげな雰囲気に見える。

「ま、まぁ、沈んでいたと言いますか、反省していたと言いますか・・・ 
あ、やっぱりちょっと沈んでいたかも・・・」

自分もご相伴させられて、グラスを傾けて居るけれど。 正直、お酒は苦手。 あと、煙草も。
(今はここに居ない彼は、両方嗜んでいた。 自室は兎も角、私の部屋では禁酒・禁煙にしたら、情けない程嘆いていたっけ)

「良いんじゃない?」

「はい?」

「落ち込んでも。 ずっと引きずる事は流石に拙いわよ? でも、自分の至らぬ点を自覚するのは良い事。
今回失敗したかもしれない。 でも、結果的には防衛には成功した。 部下に損失も無かった。
―――指揮官としては、まずは上々の結果じゃないの?」

(それは・・・ そうだけれど)

でも、戦区全体でみれば1個中隊壊滅なのだ。 今この第221前進補給基地には、戦術機部隊は2個中隊が駐留している。
3日前は3個中隊―――1個大隊規模だった。 2/3に戦力激減なのだ。 これをどう説明するの?


じっとグラスを見る。 琥珀色の液体がたゆたって、グラスの中で小さな漣を描いている。
ゆらゆら、ゆらゆら―――まるで、私の心の様だ。


「相手の有る事よ、こればっかりはね。 綾森、貴女は少なくとも中隊長としての責任は果たしたわ。 部隊を連れ帰ったじゃない。
戦区の話は―――ま、3人の戦術機甲部隊指揮官と、作戦統括官―――基地司令の問題ね。 次からの課題よ、それは」

「はぁ・・・」

「・・・ああ、もう! まだるっこしい娘ねっ! いいこと? 人間なのだから、失敗はつきもの。 それが戦場であれば余計よ。
要は、それを次にどう生かすか。 犯した失敗をキチンと受け止めて、次にどう修正していくか。
いい? 1度目の失敗は仕方が無いわ。 誰だって、失敗を犯さない人間は居ないのよ?
2度同じ事をすれば、指揮官としては失格。 3度同じ事をすれば・・・ 自分と部隊は、この世に居ないわ」

「・・・・・」

「今回の事、気に病むなとは言わないわよ。 貴女の性格じゃね。 でもね、引きずりなさんな。
そして、同じ事を繰り返さないように、心に留めなさい。 経験よ、経験。 人は経験を生かせるものなのよ」

「・・・生き残れれば、ですけれど」

思わず口走った言葉が、河惣少佐の心の琴線(いや、起爆スイッチかも?)に触れた。

「ウダウダ言うなっ! じゃ、私の目の前に居るのは誰!? 幽霊なの!?
違うでしょ! 貴女、生き残ったでしょ!? だったら! しゃきっとなさいっ! ―――広江に、チクるわよ・・・!?」

―――そ、それだけは勘弁して欲しいッ!!

「そう言う事よ。 私の拙い指揮官経験からしても。 指揮官が何時までもウジウジしていて、碌な事は無いわ。
それに、失敗を直視出来る指揮官は、次には同じミスは犯しにくいものよ。 教わったでしょ? 彼女から・・・」

―――トクトクトク・・・

少佐はグラスに琥珀色の液体を、なみなみと注いでてゆく。 
そのグラスを口にする直前。 ふと、目線まで持ち上げて、じっとその液体の色彩の揺れを眺めていた。

「・・・私はかつて失敗したわ。 情に溺れて、部隊を顧みる事が出来なかったの。
本当なら。 今、ここでこうして、貴女と話をしていなかったかも。 ―――広江のお蔭なのだけれど」

相変わらず、じっとグラスを見続けている。

「だから・・・ 私と同じ轍を踏まないで。
情に溺れないで。 感情に殺されないで。 逡巡に全てを奪われないで。 貴女は―――私と似た所が有る・・・」

「少佐・・・」

「失敗したって良いじゃない・・・ 復活戦に勝てばいいのよ。 
誰しもエースでも無ければ、天賦の才の指揮官でも無いわ・・・ 寧ろ、大方は愚かな鈍才よ・・・ 私も、貴女も・・・
ならせめて、それを直視しましょうよ・・・ そして、愚直でも良いわ、学んでいけば良い。 生きている限り・・・」











「ふぅ・・・」

体が火照っている。 アルコールが結構回っているわね・・・
酔い覚ましに外に出てみた。 流石に寒い。 寒いけど、何だか心地よい。

結局あれから。 潰れてしまった河惣少佐を、何とか寝台に放り込んで部屋を出た。
自分で誘っておきながら、あの酒量と、あのピッチ。 そりゃ、潰れますとも。

最後は、酔って呂律の回らなくなった少佐の愚痴の聞き役になってしまったけれど。
結局、私のモヤモヤの解決には至らなかったけど。 それでも、何だか気分は良い。

(『愚かな鈍才よ・・・ 私も、貴女も』)
(『愚直でも良いわ、学んでいけば良い。 生きている限り』)


(そうね・・・ 私は所詮、衛士としても、指揮官としても、突出した所なんか無いわ)

だったら。 鈍才でも良いのだ。 愚直でも良いから、学んでいこう。 色んな事を身につけて行こう。
そしてそれを―――後進に伝えれば良い。 私の様な鈍才でも、生き残って、戦い続けられるのだと言う事を。

―――それこそが、私の戦い方だ。


そしてそれを実践する事こそ、私の指揮官としての在り方なのだ。
そうか、それで良いのか・・・


―――気分が良い。 凄く良い。








[7678] 祥子編 南満州3話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/08/22 19:19
1994年11月6日 1220 第221前進補給基地 PX


数日前のBETAの中規模襲来以降、基地は比較的穏やかな日々が続いている。
無論、最前線の即応基地故に警戒態勢に緩みは無いが。 
それでも各種情報―――地中設置の各種センサー、定期的なUAV偵察、監視衛星からのハイブ周辺情報。
その各種情報を組み合わせた結果、現状では余程突発的な事態が発生しない限り、BETA群の侵攻は当分無いとの予測が出されていた。

「それでも、間引き攻撃は続くんだけどねぇ~・・・」

昼食時でごった返すPX、その何の装飾も無い、剥き出しの壁に天井、そしてただ単に板に脚を付けただけのテーブルと椅子。
そんな殺風景なPXの中、不味いと評判の―――軍の食事に、味覚を求めてはならない―――基地厨房が出す食事。
その味気ない食事を箸でつつきながら(一部の国連軍以外の、極東各国軍将兵の必須アイテム)、美園杏少尉がぼやく。
彼女達は先日の戦闘から帰投した後も、4日のうちに2回の出撃―――偵察と、掃討任務―――をこなしていた。

「やらなきゃ、ハイブが溢れ返るでしょ。 まったく。 杏、アンタ最近、愚痴が多いよ?」

向かいに陣取って、不平も言わずに黙々と食事を続けていた仁科葉月少尉が、箸を休めて親友に小言を言う。

間引き攻撃―ハイブ飽和―波状侵攻―阻止戦闘。 この、出口の見えないローテーションの様な現状。
彼女達が任官して1年6カ月の間、この単調で凄惨なローテーションの中に身を置いてきた。 正直、精神的に疲れ始めているのだ。

何も、彼女達に限った話では無い。 戦場に身を置く各国の将兵の多くが感じる最初の壁(『死の8分』は、それ以前の話だ)
如何にモチベーションを保つか。 突き詰めれば『何の為に戦うのか?』
大義名分では無い、もっと身近な何か、確固たる何か。 未だそれが見えていないのだ。

「それはそうだけどさ。 ―――あ、そうだ、葉月。 アンタ聞いた?」

「何を?」

「この前の、18師団で壊滅した中隊があったでしょ? あの部隊の生き残りの話よ」

―――ああ、そう言えば、生き残った機体が何機かいたっけ・・・

仁科少尉はそんな事をぼんやりと思い出しながら、食事を進める。

(相変わらず、不味いなぁ、ここの食事は・・・ 瀋陽だったらなぁ。 非番の時には、お店で食事できるのになぁ・・・)

基本的に要塞都市と化した瀋陽では、純然たる『民間人』の数は激減している。
飲食店にせよ、他の店舗にせよ、殆ど全てが軍と何かしらの契約を結んだ、『軍の利用施設』となっている。
それでも、『人間用燃料』と影口を叩かれる軍の食事、それも野戦食に比べれば。 王侯貴族の美味に匹敵するだろう。

(―――馴染みの店の、お気に入りの料理。 あれを早く食べたいなぁ・・・)

知らずに、ぶつぶつと小声で独り言を言いつつ、黙々と食事をする親友を。 気味悪そうな目で見つつ、美園少尉が話を続ける。


「3機、生き残ったんだけどさ。 その内1機は、衛士は半死半生、機体は中破。 
無事だったのは2人だけなんだけどさ。 ―――その内の1人、誰だと思う?」

「知らない」

「・・・葉月、アンタ最近、ノリが悪いよ?  ま、いいか。 そうそう、生き残りの1人ね、私らの同期よ」

「・・・同期? 誰?」

「神宮寺」

「・・・神宮寺まりも?」

「そう。 神宮寺まりも」


―――神宮寺。

ふと、1年以上前に事を思い出す。 確か、昨年の『九-六作戦』の後だったか。
北満州を放棄して南に後退する途中で、国連軍に出向していた周防先任―――今は国連軍の中尉か―――と、ばったり出会った時だ。


(色々と近況報告して。 あと、私と杏が溜め込んでいた鬱憤を、聞いて貰ったりしたな。
確かその時だ、周防さんから神宮寺の名前が出たっけ。 えっと、確かあの時は・・・)


「周防さんからさ、神宮寺の話されたよね、だいぶ前に。 思い出しちゃってさ。 
それに、神宮寺の奴、あれからどうしてたのかなぁ、って」


(そうだ、確か同期の伝手でも使って、気にかけてやれとか、言われていたんだっけ。
神宮寺は初陣で、同期の仲間を5人失っていた。 確か、臨時中隊長をやっていた筈)


「そうか、思い出した。 確か周防さんの部隊が救出したんだ。 
神宮寺と新井、それとあと1人・・・誰だっけ、忘れたな。 ま、いいや」

「葉月。 何、腑抜けてんのよ・・・ 
でさ、あの後、どうしてたんだろうって。 すっかり失念しちゃってたよ。 
今は18師団かぁ・・・ って事は、一旦内地に戻ったのかな?」

「だと思うよ? 負傷していたそうだし。 確かあの時は第9師団だよね。 
あの師団、今は再編で西部軍管区の第3軍団でしょ? 転属になったんじゃないの?」

(西部軍管区か。 確か、94式『不知火』の優先配備部隊よねぇ。 
『疾風弐型』も悪くないけど、正真正銘の第3世代機にも搭乗してみたいなぁ・・・)


そんな事を考えながら、何となしにボーっとしていたらか。 
後ろから声をかけられた2人は、思わず飛び上がりそうになった。

「あんたら・・・ さっき『神宮寺』とか言ってなかったか?」

見ると、同年代くらいの男の衛士が2人、険しい顔でこっちに話しかけている。
階級は少尉。 と言う事は自分達の同期か、或いは後任だ。 半期先任の期が、1か月前に中尉に進級しているのだ。

「言ってたけど・・・ アンタ、誰よ?」

美園少尉が胡散くさそうな顔で聞く。

(部隊章は・・・ 18師団か。 『181TSF.Rg』・・・ 第181戦術機甲連隊。 神宮寺と同じ部隊ね)

仁科少尉が、相手の左肩に張り付けた部隊章を確認する。

「ああ・・・ 俺たちは181連隊の者だ。 補充で今日から駐留する第33中隊だ。
俺は神崎少尉、こっちは高橋少尉。 神宮寺の同期になる。 ・・・訓練校は別だけどな」

「ふぅん? じゃ、あたし達とも同期な訳だ。 で? 神宮寺がどうかした?」

「そっちも同期か。 いや、話し振りから、あいつを知っているのかと思ってな。 ―――あの、『死神』をさ」

「「 死神? 」」

―――神宮寺が? イメージじゃ無いな。 少なくとも、私の中では・・・

「死神って? 神宮寺が? ・・・私達、同じ訓練校の同期の間じゃ、少なくとも彼女は『気が強いけど、思い遣りも有る優等生』なんだけど?」

同じ訓練校出身の美園少尉が、訝しげに問いかける。

「優等生ね・・・ 俺達の部隊の連中に、聞かせてやりたいよ。
あいつは今まで、少なくとも2つの中隊に所属していた。 今年の4月からな。 
―――全て壊滅したよ。 所属中隊は」

「「 なっ!? 」」

「今回だってそうだ。 これで3回目だ。 いつも、無茶な突撃をしやがる・・・ 隊長が制止するのを振り切ってだぞ?
確かに腕は良いさ、それは認める。 ウチの連隊でも、あいつに敵う衛士は少ないよ。
でもな、それでも・・・ 味方を危険に晒すような突撃を。 そんな無茶をした挙句に、部隊が壊滅するんだぞ? 許せるかよッ!!」

神崎少尉が、憤怒の表情で吐き捨てる。
傍らの高橋少尉が、そんな神崎少尉を宥めるように肩に手を置き、続ける。

「俺達だって、仮にも同期生だよ。 悪し様に言いたくは無い。 でもな、あいつの戦場での行動は、異常だよ。
今、部隊であいつが『死神』以外に、なんて呼ばれているか知っているかい・・・?」

「・・・何て呼ばれているの?」

知らず、美園少尉の声もかすれ気味だ。

「・・・『狂犬』さ。 まるで、狂った闘犬の様な奴だよ。 目前のBETAに、何が何でも食らいつく」

「「狂犬・・・」」

荒い息をしていた神崎少尉が、再び激昂する。

「あいつがッ! 今回、あいつが無茶な突撃をしなければッ! 中隊は隣接部隊と合流しようとしていたんだ!
それを、あいつの突撃が台無しにしたッ! お陰であの様だッ! 
あいつがッ! 無茶しなければッ! ・・・あいつだって、死なずに済んだかもしれない・・・ッ!」

(あいつ・・・?)

「こいつの恋人でね・・・ 半期違いの後任少尉だったんだけど。 壊滅した第32中隊に居たんだ。
・・・戦死したよ、4日前の戦闘でね」

悔しそうに顔を歪める神崎少尉をチラリと見て、高橋少尉が説明する。
と、その時。 新たな声が耳に入った。


「・・・他人の戦死の責任まで負わされちゃ、敵わないわよ」

「・・・神宮寺!?」

「お久しぶり、美園。 元気そうね。 そっちは・・・ ああ、確か本校の・・・ 仁科だっけ?」

「え、ええ。 久しぶりね、神宮寺・・・」


―――これが、神宮寺!?

美園少尉も、仁科少尉も、思わず目を疑う。
彼女達の知っている『神宮寺まりも』という人物は。 
負けん気が強くて、気が強い半面。 面倒見が良く、優しい面も見せる、そんな女性だった。
しかし今、目の前に居るのは・・・

「・・・よくも、そんな言葉を吐けるな、『狂犬』・・・!!」

「おい! よせっ! 神崎!」

「あの娘が死んだのは。 あの娘の技量の無さと、判断ミスよ。 
私に責任擦り付けられてもね・・・」

殴りかからんばかりの勢いの神崎少尉を、高橋少尉が何とか押しとどめる。
神宮寺少尉はそんな2人をチラリと見て、すぐに興味が失せたかのように何事も無く、椅子に腰かけて食事を始めた。

「神宮寺。 お前さん、これだけは言っておく。 同期として最後の忠告だ。
いいか? ―――これ以上、勝手な行動を戦場でするなよ。 それこそ、BETAだけじゃ無く、味方から『後ろ弾』喰らうぞ?」

「ご忠告、どうも。 それだけ? 言いたい事は。 ―――だったら、消えてよ。 鬱陶しいったら」

「「「「 ッ! 」」」」

その場の皆が息を飲む。

「・・・ああ、消えてやる。 それと、忘れるな? お前の仲間は、どこにも居ないんだ。
戦場で、それをよぉく、味わえよ・・・」

激昂する神崎少尉とは反対に、青白い顔色になった高橋少尉が、感情の失せた平坦な口調で捨て台詞を残し、その場を離れて行った。
そんな2人の後姿を見ながら、美園少尉が神宮寺少尉に問いかける。

「ちょっと・・・ 神宮寺。 アンタ、何を馬鹿やってんのよ?」

「馬鹿・・・? 馬鹿って?」

「とぼけないでよッ! 何よ、今の遣り取りはッ! アンタ、あの調子じゃ絶対、次の作戦で孤立するよ!?」

「孤立も何も。 中隊は今、2人だけよ。 味方を探しようも無いわね・・・」

問い詰める美園少尉に対して、あくまで関心無さそうな、無表情で淡々と返す神宮寺少尉。
そんな2人を見つつ、仁科少尉が口を挟む。

「杏・・・ 止めときなって。 何言っても無駄よ、今のこいつには・・・」

「葉月!? 何でよッ!?」

「・・・死にたがりに、何言っても無駄って事よ。 そうでしょう? 神宮寺」

皮肉な口調の仁科少尉に、ふと箸を止めた神宮寺少尉が、無表情のまま視線を向ける。
かつての面影など、失せ果てたその瞳。 生気を失った目の色。 代わりに宿るのは、強烈に狂おしい程に、何かを求める色。

見た事が有る。 北満州で、そしてこの南満州で。 帝国軍将兵の中に、中国軍や韓国軍、そして国連軍将兵の中に。
その眼の色を宿した者達は、刹那を狂おしい程に疾走して。 そして消えて行った。


「そんなに、同期を失った事が苦しかった? 5人だっけ? みんな、貴女の指揮の拙さで死んでいったのでしょう?
ああ、だったら、死にたいわねぇ・・・ 一緒に訓練校で切磋琢磨した仲間を。 5人も死なせたんじゃねぇ・・・」

「・・・さま・・・」

「でも、それの巻き添えは勘弁よね? 確かに、さっきの2人の言う通りだわ。
アンタ、『死神』気取りみたいだけど。 確かにそうよね? BETA相手の『死神』じゃなくって、味方にとっての『死神』かぁ・・・」

「きさま・・・ きさま・・・」

「確かに、戦場じゃ誰も近づきたくないわね。 私だったら真っ平御免よ。 例えエレメント組んでても。
さっさと死んで貰いたいものね? そうすれば、皆ハッピーよ。 万事上手く収まるってものね・・・」

「貴様ぁ!!」

不意に神宮寺少尉が激昂し、仁科少尉に飛びかかった。 そのまま2人して倒れ込む。

「貴様ッ! 貴様に、何が判るッ!? 貴様にッ!」

―――ガッ! ゴッ!

馬乗りになった神宮寺少尉が、上から仁科少尉に殴りかかる。
両腕で顔面をガードしながら、それでも仁科少尉の嘲笑は終わらない。

「はんっ! 『死神』気取ってッ! 『狂犬』気取ってッ! それがちょっと図星指されたからって、この有様!?
―――メッキが剥がれたなぁ! 神宮寺!!」

その言葉に、思わず神宮寺少尉の体が硬直する。 それも束の間、更に憤怒を呼び起こした。

「貴様ぁ・・・ 貴様にぃ・・・ 何が判るかぁ!!!」

思わず拳を振り上げる。 慌てて美園少尉がその腕を掴み制止する。

「やっ、やめろっ! 神宮寺! それ以上はやめろっ! ―――野戦憲兵隊の世話になりたいのかっ!?
葉月! お前も変に挑発するのは止せっ! 何考えてんのっ! この馬鹿っ!!」
















1330 第221前進基地 第141連隊第2大隊 第23中隊戦闘指揮所


「で? その『死神』だか、『狂犬』だかが、ムカついたから挑発しました。 
で、殴り合いになりました―――それで、私は憲兵隊分遣指揮官に、頭を下げなきゃいけなかったんだ?」

「はぁ・・・」

戦闘指揮所の一角。 直立不動の仁科葉月少尉を、直属上官の伊達愛姫中尉が簡易チェアに座って見上げている。―――目が据わっていた。

昼時のPXでの騒動。 結局、騒ぎを聞きつけた憲兵隊が駆けつけ、殴り合いをしていた2人が拘束された。
最も、『同期同士の、他愛ない議論の食い違いだ』と、憲兵隊分遣指揮官が鷹揚な処置をしてくれたお陰で、2人の上官が頭を下げる事で落ち着いたが・・・

その頭を下げた1人、第23中隊第3小隊長の伊達愛姫中尉は、目前の部下を睨みつけている。

「このッ 阿呆ッ! 何考えてるッ 仁科! アンタ、もう先任でしょーがッ!!
何時まで青臭い新任気分で居るんだぁ!!」

「~~~ッ! 申し訳ありませんッ!!」

「何でも『申し訳無い』で済むかぁ! お陰で私は、楽しい昼食時をブチ壊されて、良い迷惑だよッ!!」

(――― つまり、食い物の恨み、って事?)

怒鳴られ、叱責されながら。 ふと、上官の言葉に心の中で突っ込んでしまう。 
この上官の『食べ物』に対する情熱は、かなりのものだから。


「あ、あの・・・ 伊達中尉。 この娘も十分反省していると思いますし、そろそろ・・・」

「美園ッ! アンタもその場に居ながらッ! どーしてこうなる前に制止出来なかったッ!?
同期同士でしょうがッ! 何、遠慮してんのよッ!?」

「はっ、はいぃ!!」

思わぬとばっちりを受けた美園杏少尉も、思わず直立不動になる。
『どうして私までっ!』 目でそう、悲鳴を上げていた。

荒れ狂う第3小隊長を見つつ、その場の『空気』と化していた第2小隊長・間宮怜中尉が、そろそろ頃合いかと取りなす。

「ま、伊達中尉。 怒鳴り散らすのは、もうその辺で。 仁科も『十分』反省はしているでしょうし。
あとは・・・ ちょっとばかり、その余った体力でもって、反省の色を形にして貰いましょう」

(―――げっ! 何言いだすのよッ!? この人はッ!)

仁科少尉は思わず、間宮中尉を振り返る。 が、しれっとした顔はまるで突撃級の装甲殻だ。 抗議の視線は全く跳ね返される。
次いで、親友を見る―――が、『こうなっちゃ、無駄でしょ・・・』とばかりに首を振っている。


「中隊長が今日は連隊本部に行ってて不在だからね。 私が代行で言い渡すよ?
―――仁科! 完全装備でランウェイ10周! チンタラ走るんじゃないよッ! 制限時間付きだからねッ!」

「はッ!!」

「美園ッ! アンタも連帯責任ッ! 同じくランウェイ5周!」

「ええっ!?」

「文句あるッ!?」

「はいっ! いいえ、有りませんッ!!」

「じゃ、さっさと走って来いっ!」

「「 了解!! 」」



慌てて指揮所を出て行く2人を眺めた後、伊達中尉が大仰に溜息をつく。

「・・・全くね。 あの娘達もそろそろ、手を煩わせ無くなってきたと、思ってたんだけどねぇ・・・」

「ちょっと、今日の事は違う感じでしたね」

備え付けの給湯器から、コーヒーカップに湯を注いでコーヒーを作っていた間宮中尉が、カップの一つを伊達中尉に手渡しながら呟く。
カップを受け取りながら、伊達中尉は少々真剣な色を目に宿しながら頷いた。

「仁科にしても、美園にしても。 もう、任官して1年と7カ月。 戦場経験も1年以上。
十分、地獄を垣間見てきた連中だしね。 今更、青臭い感情論で殴り合いなんて・・・ って思ってたわよ、私も」

―――はぁ・・・

溜息をつきながら、伊達中尉が間宮中尉を顧みる。
戦場で、感情がささくれ立った将兵同士の、些細な事での乱闘騒ぎはつきものだ。
彼女達とて、そう言った経験のひとつや、ふたつや、みっつ・・・ は、経験が有る。
しかし、大抵は新任時代が多かった。 戦場を経験し、地獄を覗き見て、いつしか考え方もシニカルになってきたのだろうか。

ふと、間宮中尉がひょんな事を言い出した。

「そう言えば・・・ さっき、美園が言っていましたが・・・」

「ん? 何?」

「喧嘩の相手。 確か、18師団の神宮寺少尉でしたか。 以前に周防中尉と関わりが有ったとか」

「はぁ? 直衛と? なんで? 神宮司なんて奴、同じ師団・・・ 他の連隊か大隊に居たっけ?」

思わず、素っ頓狂な声を上げる伊達中尉。
彼女の同期・周防直衛中尉が、『国連軍へ出向』する前の知り合いなら。
北満州駐留時代の第14師団しかない。 他の連隊か、大隊か。 少なくとも同じ大隊にはそんな奴は居なかった。


「いえ、確か去年の9月・・・ 大連の『九-六作戦』の頃だったと聞きましたよ」

「へぇ? あの作戦? 私らは・・・ああ、H19(ブラゴエスチェンスクハイブ)の連中と遊んでたんだっけ・・・」

―――BETA相手に、遊ぶも無いでしょう。

間宮中尉は先任の僚友の言葉に、思わず内心で突っ込みながら、しかし声には出さず頷く。

93年9月、南満州での大規模防衛作戦『九-六』作戦当時、第14師団は北満州にあって、
H19・ブラゴエスチェンスクハイブからの、約4万以上のBETA群の猛攻に忙殺されていた時期だった。

「確かその時、神宮寺少尉は初陣で南満州防衛に参加していたそうで。 ―――所属中隊は壊滅だったそうです。 BETAの奇襲で」

「・・・うわぁ~、それは・・・ トラウマだわね・・・」

「そうですね。 で・・・ その壊滅した中隊の援護に駆け付けたのが、周防中尉の所属した中隊だったそうですよ。
生き残った神宮寺と、あと2人程。 中尉と、僚機とで引きずって後方まで退避させたとか」

「ふぅん? そう言う知り合いね・・・?」

「・・・どう言う、『知り合い』かと?」

「いや、あいつ。 あれでいて、結構手が早いとか、そう言う所あったからね」

「・・・そうなのですか? 知りませんでした」

「ま、それはいいや。 で?」

「・・・美園にしても、仁科にしても。 期間は短いですが、初任当時にお世話になったのが、周防さんですから。
何だかんだ言って、思い入れも有るのでしょうね。 その周防さんが戦場で助けた同期生が。
あたかも『死にたがり』の様な行動を・・・ で、カチンときた。 ―――そんな所では?」

「・・・ガキか? あの娘達も・・・」

思わず頭を抱える。 そして、今はここに居ない同期生に対して、思わず愚痴りたくなってきた。



(―――直衛、アンタ。 地球の反対側に行ってからも騒動のタネ、残してんじゃないわよッ!!)












[7678] 祥子編 南満州4話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/08/30 19:03
1994年11月7日 2010 第221前進基地 将校用PX


「ふぅん? そんな事が? ・・・で? 向うの部隊長とは、話はついたの?」

夕食後のPX、その一角。 そろそろ人もまばらになってきたこの時間。 他に居るのは当直明けの連中くらいだった。
所用で連隊本部のある瀋陽に出張していた第23中隊長・綾森祥子中尉が、昨日の『騒動』の顛末報告を受けている。

「向うさん、中隊長戦死でして。 今は大隊付きだかで。 取りあえず、交代補充で来た中隊の中隊長に頭を下げときました。
向うさんも、偉く恐縮されちゃいましたけれど・・・」

そう言うのは、中隊先任小隊長の伊達愛姫中尉。

「そう。 じゃ、後で私の方からも挨拶しておくわね。 御苦労さま、愛姫ちゃん」

「しっかし・・・ 『女の騒動の陰に、ヤツ有り』ですよねぇ? 祥子さん?」

「・・・止めてよ。 今回は別段、そう言う訳じゃないでしょ?」

にひひ、と、訳ありの含み笑いをする部下にして、付き合いの長い年下の『戦友』に、思わず顔をしかめて抗議する。

昨日の連隊本部会議で瀋陽まで行っていたら。 基地に帰りつくと同時に知らされたのが、部下の乱闘騒ぎと、憲兵隊による拘束。 
一瞬脳裏に浮かんだのが、連隊長・大隊長から管理責任について叱責される自分の姿だった事は、この際伏せておこう。


「で。 当人たちは?」

「あちらさんは知りませんが。 仁科は一応、余った体力を十分に使って貰って・・・ 
今は整備班の手伝いさせています。 ―――美園も連帯責任で」

「今日1日で切り上げなさい。 明日からはまた、哨戒シフトに入るから」

「りょ~かい~。 あ、所でどうでした? 連隊の本部会議」

「取り立てては・・・ 通常の各担当戦区情報の報告と、展開ね。 ああ、そう言えば『未確認種』の情報も有ったわ」

「未確認種・・・ ああ。 確か、北部の方で見たとか言う小型種の。 欧州とか、東南アジアでも発見情報が有ったとか?」

ここにきて、BETAの新種の未確認情報が飛び回っていた。
小型種のようだが、姿形を特定できる正確な情報が乏しい為、未だ『未確認種』とされている。

今のところは、光線属種の様な特異な能力は確認されてはいない。 
そういう意味では、戦術機甲部隊にとっては、厄介な相手ではないのだが。


「歩兵部隊がね、ナーバスになっているのよ。 特に、機動歩兵や軽歩兵。 それに支援兵科ね。
情報ではかなり素早い動きをして、捕捉が困難だったという報告も有ったわ」

「それは・・・ 機械化歩兵装甲部隊以外じゃ、厄介ですねぇ」

「支援兵科との共同作戦じゃ発見次第、掃討しなきゃいけないかもね」

「面倒ですよ? その間に大型種に突っ込まれると・・・」

2人して嘆息する。 未だはっきりしない『未確認種』に、これ以上ヤキモキしても始まらない事は確かなのだが。
指揮官としては最低限、事前の方針位は定めておかないといけない。

「新任時代が懐かしいですよぉ・・・ 本当に」

首をすくめる伊達中尉。 確かにそうだ。 新任は兎に角、自分の範疇で責任を果たせば―――戦場では『生き残る』事を果たせばよかった。
今は? 少なくとも小隊。 そして中隊。 階級が上がり、指揮官となって。 権限も大きくなった代わりに、背負う責任の質と量も変わって大きくなった。

「こればかりは、仕方ないわね。 私達だって、今までそうやって庇護されてきたのだもの。 順送りよ」










1994年11月8日 0330 第221前進基地 第181連隊分遣部隊・隊舎


荒れ果てた大地。 剥き出しの土と砂埃。 彼方からは重ねて響き渡る砲声と、爆発音。
キャンセラー越しにも震動が伝わってくる。 死と破壊の戦争音楽。

戦線の側方警戒任務だった部隊。 突然の地中侵攻による奇襲。 上級部隊の壊滅と通信途絶。 降りかかった全責任。
咄嗟の事で、頭が真っ白になる。 先手を打たれ、撃破される『部下』。 禍々しい赤・黒・灰色の『死の悪夢』。

(『撤退だ! 中隊長! この数じゃ、保たない!』)
(『うわあぁぁ! 寄るな! 来るな! た、助けてッ うぎゃあああ!』)
(『このッ! くそっ くそっ くそっ!』)

辛うじて出せた迎撃指示。 

(『畜生! 小さいのが邪魔で、攻撃がッ! うわぁ!』)
(『中隊! あ、焦るなっ! 半円防御陣形!』)

光線級。 狙っていた、自分を。 不意の衝撃、光帯を見た気がした。

(『中隊長! ―――ッ、危ないッ! ・・・うわあぁ!』)

自失―――気がつけば、戦線を離脱していた。 隣には国連軍の戦術機・・・



「うっ、うわあぁぁぁ!!」

夢にうなされ、不意に飛び起きた。 ―――0330時 まだ起床時間には3時間も有る。

「―――はぁ、はぁ、はぁ・・・」

汗が張り付いて気持ちが悪い。 喉がカラカラに乾いている。
両手で顔を覆い、そのまま髪をかき上げ、息を整える。
ベッドから抜け出し、洗面台のコップに給水器から水を注ぐ。 冷水を一気に飲み干した所で、ようやく一息ついた。

ふと、急に寒さを覚える。 兵舎の中は十分な暖房設備は無い。 急造の室内ヒーターは、オフにして久しい。 室温はかなり下がっている。
かいた汗が急速に冷えて、気持ち悪いこと甚だしい。 
それにこのままでは風邪をひきそうだ。 戦地の衛士としては、そんな情けない事だけはしたくない。
慌ててチェスト(小物・物品・衣装入れ)から、代えの下着を一式取り出す。

着替え終わり、ふと暗い室内を見渡す。 
本来は4人部屋だったこの宿舎。 以前は同じ中隊の衛士が3人居た。 今は―――自分独りだけだ。

(―――皆、死んでしまったな・・・)

殺風景な仮の宿。 それでも他に人が居ればまだ良い。 しかし、誰も居ない―――居なくなった。
そして、決まってこんな時にあの夢を見る。 もう、何カ月も・・・

(―――どうすれば、いいの・・・ どうすれば、許されるの・・・)

その術を知らなくて。 その術を見いだせずに。 ただ、がむしゃらに戦い続けた。 その内心の罪悪から逃れたくて。
その結果、更に多くの死を見続ける事となった。 そして、夢にまた一滴の自責を積み重ね続けた。

(―――どうすれば・・・ どうすれば・・・)

夜毎重ね続けてきた自問。 そして決して出口の見えない懊悩。 彼女は―――壊れかけていた。













1994年11月10日 1010 第221前進基地


戦術機が2機、低空をNOEで侵入してくる。
ランウェイの後端で最終旋回をかけ、緩やかな角度で着地する。 そのまま軽く逆噴射制動をかけ、速度を殺して停止した。
誘導員の誘導に従い、主滑走路から誘導路へ向かい、ハンガーへと向かってゆく。


「見なよ、杏。 『疾風』だ、弐型が2機」

仁科葉月少尉がその機種に気づき、傍らの友人を肘でつつく。
もう1人の少尉。 美園杏少尉も、仁科少尉の視線を追って―――『疾風』に気づく。

「・・・18師団の補充ね、あのエンブレム。 ふーん? この間、1個中隊補充で来たよね? 当面は4個小隊編成かな?」

「181連隊も、数が余っている訳じゃないし。 連隊本部付から回したんじゃないの?
ま、あの馬鹿を御せられる指揮官なら、何も言わないけど・・・」

勝手な感想を漏らしていると、不意にハンガーから声をかけられた。

「おおい! そこの2人! ・・・ああ、141の『吶喊コンビ』か。 
丁度良い、このド新人2人、管理棟まで連れて行ってくれ!」

声をかけたのは、整備主任の草場信一郎少尉。 階級は同じだが、向うは軍歴8年目、叩き上げのベテランだ。
未だ任官2年目のヒヨっ子衛士とは、貫禄も実力も比較にならない。

「何ですか? 整備主任、『吶喊コンビ』って・・・ 杏と一緒にしないで下さいよ」

「・・・葉月、喧嘩売ってんのね? 売ってんでしょ?」

「自覚ねぇのか、仁科・・・? まぁ、いいわな。 こいつら、181の新人どもだ。 連れて行ってやれや」

草場少尉が顎で示した先には。 しゃちほこばって緊張している衛士が2人。 見るからにルーキーだ。

(・・・誰よ、こんなカモネギ、前線に送り込んだのは・・・)

これで、また墓標が二つ増える・・・ 急に美園少尉も、仁科少尉も憂鬱な気分に襲われた。

いい加減、上層部も気づけよな―――心の中で吐き捨てる。 


『死の8分』―――BETA大戦初期は確かに、専門教育を受けた衛士の絶対数が少なかった故の数値だったろう。
また、今ほどにはBETAに対する戦訓が、蓄積されていなかった事も起因する。 戦術機の性能も大きな要因だろう。

では、これらの全てにおいて改善がなされた筈の現在でも、十分に通用する『言葉』なのは、何故だ?

―――技量未熟で、精神的な余裕の無い新米程、あっさりと死んでいく。

そして、その空いた数の穴はなかなか埋まらない。 自然、ベテランや中堅にも負担がかかる。
まずは、肉体的に。 そして、その疲労が一定水準を超す頃。 既に精神的疲労もまた、危険水準を超しているのだ。
その先には―――普通なら、回避できる筈の『死』に絡めとられ、中堅も、ベテランでさえも死んでいく。

ユーラシア諸国は致し方が無い。 国土の全て、或いは過半をBETAに浸食され、余裕などと言う言葉の意味さえ失われている。
しかし、少なくとも帝国は・・・ 帝国軍は、今少しの余裕が有る筈だ。 なのに何故、その帝国軍でさえ当てはまる言葉なのか?

―――上層部が、馬鹿だからよ。

前線で戦う衛士の少なからぬ数の者達が、内心で感じている実感。
送られてくる補充は、大抵が新米連中。 つまり、『ワン・ウィーク・パイロット』―――1週間で墓標の立つ衛士。 そう言う訳だ。

本土防衛軍には、少なからぬ数のベテランや中堅を集中配備しているというのに。 大陸派遣軍へは、そんな連中は余り出張ってこない。 
新任の補充にしても、せめて半年くらいは内地で練成してから送り込んでくれば、多少は事情も違ってくる。

所詮は経験と慣れなのだ。 最悪、恐怖で逃げても良い。 そうすれば、また次に出撃する頭数は揃えられる。
が、多くの未熟な新米の場合。 そんな事すら、思い浮かばない。 ただ茫然と、そして恐怖に縛られ、あっけなく倒されていく。

美園少尉と仁科少尉が、暗澹たる気分になったのは、そうした現実をこの1年以上、目の当たりにしてきたからだった。
―――彼女たち自身。 訓練校卒業後、即、最前線の部隊に配属されたクチだったから。


「はぁ・・・ ま、いいですけど。 ―――私は141連隊の美園少尉。 19期A卒」

「私は同じ部隊の、仁科少尉よ。 同じく19期A卒。 で、アンタ達は?」

「はいっ! 佐倉大吾少尉! 20期B卒でありますっ!」

「宮本次郎少尉っ! 20期B卒ですっ!」

「・・・20期の、B卒・・・?」

信じがたいモノを見たような目で、仁科少尉が二人を見る。
美園少尉も、恐る恐ると言った感じで確認する。

「じゃ、アンタ達・・・ 1か月前に卒業して、任官したばかりなの・・・?」

「「はいっ!!」」

話を聞けば。 卒業後、即日第18師団配属。 そして内地の留守部隊へ到着した翌日には、大陸進出の命令を受領。
20日前に瀋陽に到着し、連隊付き勤務を少々した後でいきなり、この第221前進基地への進出を命じられたそうだ。

「・・・馬鹿野郎共がッ」

「は? あの、美園少尉・・・?」

吐き捨てるように呟く先任少尉を、2人の新少尉が不思議そうに見つめる。
その、未だ何も分かっていない、恐らくは純粋に『御国の為』と思って戦地へ赴いたであろう、まだ少年と言っていい2人に。
どう言う言葉を投げればいいのか、2人の先任少尉たちは見つけられなかった。


「・・・付いておいで、案内するから」

「「はいっ!」」

気難しい表情になった2人に、新少尉たちが慌てて付いていく。
そのうち、暫く無言でいた仁科少尉がふと、新少尉達に口を開いた。

「アンタ達―――早々に墓標は立てるなよ?」












1994年11月11日 1630 第221前進基地 衛士ブリーフィングルーム


帝国軍第141連隊第23中隊、同第181連隊第33中隊、中国軍第392連隊第31中隊。
3個中隊の所属衛士40名が、作戦説明を聞いている。

基地司令部の要員が操作するインフォメーション画面を示しながら、統合軍南部防衛線司令部から派遣された参謀少佐が説明中だった。

「今回、南満州外縁部での間引き攻撃のみならず、渤海湾沿岸部の『錦州回廊』の確保、及び山東半島守備隊との連絡回廊の確保を作戦目標とする。
我々の作戦発起点は営口。 第1段階目標は錦州、及び北西の朝陽。 作戦第2段階目標は秦皇島。 作戦最終目標は天津」

場がざわめく。 昨年の『九-六作戦』で失われた失地回復。 
同時に切り捨てざるを得なかった、1000万の民間人犠牲者への贖罪。
旧華北方面軍からの転籍者も多い中国軍衛士達は、特に色めきたった。

ざわめきが収まる頃合いを見て、参謀少佐の説明が続く。

「ここで、南から攻め上がる山東方面軍と合流する。 
向うは黄河南岸の東営を発起点に、第1段階目標・済南。 第2段階目標・石家荘。 最終段階目標を天津とする。
同時に、華中方面軍が南京から攻め上がり、徐州、済南まで進撃する。 ―――『大陸打通作戦』だ」

―――『大陸打通作戦』!!

出来るのか? いや、出来なければ、このままジリ貧に陥るだけだ。 やらなければ!!

「成功すれば、南満州から華南までの陸上支配域を確保出来る。 
我々にとっても、渤海湾の安全確保は急務だ―――遼東半島を、光線級の直接脅威から解放できる」


参加兵力の説明が続く。
南満州からは、中国軍第4野戦軍(=第28軍。 第56機甲軍団、第61軍団基幹。 第77軍団除く)、日本帝国派遣第6軍(第9軍団、第11軍団。 第7軍団除く)、韓国軍第5軍団、国連軍第12軍団。
戦術機甲師団7個、機甲師団6個、機械化歩兵装甲師団6個、機動歩兵師団5個。 機動砲兵旅団10個。

山東半島からは、中国軍第2野戦軍(第31軍)の3個軍団(1個軍団除く)と、韓国軍第21軍団、国連軍第14軍団。
戦術機甲師団5個、機甲師団5個、機械化歩兵装甲師団6個、機動歩兵師団4個。 機動砲兵旅団7個。

華中方面軍からは、中国軍主力の第5野戦軍と、台湾軍第2軍を中核とする華中方面攻撃軍が、一気呵成に北上攻撃をかける。


「尚、この間の防衛線の維持は、残余部隊のみでは不十分。 従って各国海軍部隊、海兵隊部隊の支援を回す。
渤海湾には、中国海軍北洋艦隊、韓国海軍西海艦隊と、日本帝国海軍第3艦隊が展開する」

―――第3艦隊。

確か、艦隊再編で戦術機母艦を集中運用する事になった『機動部隊』 旧第1、第3航空艦隊が合併した・・・

「ただし今回、戦術機母艦は日本海軍の4隻、戦艦も4隻しか居ない。 が、支援砲撃はかなりの威力になる。 『信濃級』と、『大和級』だからな。
遼東半島からの長距離支援砲撃もある。 日本軍が持ち込んだ、あの『化け物列車砲』だ」


―――『化け物列車砲』

1980年。 当時でさえ時代錯誤な、アパルトヘイト政策を実施していた南アフリカ。 
その国に対する火砲製造契約を結んで告訴された、カナダ人弾道学の権威、ジェラルド・ブル博士。
その博士を、日本帝国がカナダ政府に対して政治取引(対貿易最恵国とした)でもって招聘。 

そして彼の理論で作り上げたのが、『86式超々長射程砲』

特徴は、多薬室砲だと言う事。 炸薬燃焼室は、従来の砲では砲尾に一か所だが。 
多薬室砲はこれを砲身の途中に複数設置する事で、弾体(砲弾)の通過にあわせて閉鎖・装薬の点火を行い、ガス膨張の力の殆ど全てを弾体の加速に使用できる。

―――別名、『ムカデ砲』

86式砲は砲口径381mm、砲身長が約50m、最大射程が約750kmと言う、正に『化け物砲』だった。
遼東半島南岸には、この砲を扱う帝国陸軍第108砲兵旅団が展開し、86式12門を運用していた(1門の運用に、砲兵1個中隊を要する)


現在では、日本、欧州連合、オーストラリア、そして米国のローレンス・リバモア国立研究所の協同開発により、
マスドライバーの一種、ライトガスガンとしての研究も進められている。


「作戦開始は2日後、11月13日 0630 作戦総指揮は、統合軍野戦総司令部(済州島)が統括する。
満洲方面軍は、中国軍の李伯陽上将(上級大将)を方面軍総司令官に、日本軍の宮崎重三郎大将を副司令官とする。
諸君らは、本作戦における第一打撃戦力として参加して貰う。 混成打撃大隊だ。 
指揮官は、本作戦中に限り中国軍の周蘇紅大尉。 ―――周大尉!」

「はっ!」

中国軍の周蘇紅大尉が、代わって壇上に上がる。

「只今、混成部隊長の指名を受けました、周蘇紅大尉であります。 非才の身ではあるが、渾身の決意にて本作戦に当たる所存。
各部隊各位におかれては、何卒ご助力を賜りたい。 ・・・続いて、部隊指揮系統を説明する。
部隊長は本職が務める。 次席指揮官・第2中隊長には、日本軍の高山大尉。 三席指揮官・第3中隊長は、同じく日本軍の綾森中尉とする。
高山大尉、綾森中尉、以後、よろしく頼む」

「「 はっ! 」」

「宜しい。 では、作戦行動詳細に入る・・・」











同日 2130 第221前進基地 帝国軍第1戦術機ハンガー


「あ~あ、貧乏籤引いたよねぇ・・・」

「ローテーション交代の前日に、大規模作戦とはねぇ・・・ 参ったよね」

自機の機動制御調整を行いながら、美園少尉と仁科少尉がぼやく。

「でも! 成功すれば、久々の大勝利ですよっ!」

「そうですよ。 ここの所、BETAに押されっぱなしでしたからね。 ここらで一発、かまさないとっ!」

2人とエレメントを組む、摂津大介少尉と、光藤亘少尉が目を輝かせて言う。
確かに、成功すれば久々の大勝利だ。 しかも、東アジア防衛戦略上でも大きな挽回となる。

「・・・お気楽でいいね、アンタらは」

「美園少尉?」

何故か何時ものテンションが無い先任を、訝しげに摂津少尉が見る。

「こんな大規模作戦、去年の9月以来だよ。 あの時どうなったか・・・」

「南満州は、『九-六作戦』だったね。 私達の居た北満州でも、4万からのBETAの大攻勢に晒されたし。 
華中も酷かったね。 マンダレーから遠征してきた4万6千のBETAの猛攻に晒されたわよ」

「で、でも! 今回、H18(ウランバートル)も、H19(ブラゴエスチェンスク)も、BETAは増加傾向を見せていませんよっ!」

「それに、H14(敦煌)、H16(重慶)も、ここのところ大人しいし・・・ 
地上に溢れているBETAの総数は、作戦概要じゃ、戦域全体で4万程でしょう? 
我々の担当戦区では、1万2千か、1万3千程だって・・・ 大丈夫なんじゃないですか?」

摂津少尉と光藤少尉が、事前ブリーフィングでの内容を思い返して、反論する。

「摂津! この馬鹿っ! 教えただろう! BETA相手に、事前情報なんて気休め程度だって! 
そんな事を鵜呑みにする馬鹿は、最前線の将兵には居ないよっ!」

「常に状況は流動的だって、言ったよね、光藤? アンタ、まさか忘れた!?」

「「 い、いえ!! 」」

急に怒り出した先任2人の剣幕に、思わず背筋が伸びる。

―――そう言えば、先任たちは結構な大規模作戦の経験が有ったよな・・・

「いい? 2人とも。 今回の作戦中、一切余計な事を考えるんじゃないよ。 兎に角、私達について来なさいよ?
じゃないと―――死ぬよ、多分」

「お、脅かさないで下さいよ、美園少尉・・・」

「脅しじゃ無い」

「・・・仁科少尉?」

「脅しじゃないよ、杏の言った事は。 これ程の作戦、正直私らでも自信は無い。 
・・・自信は無いけど、生き残らなきゃいけない。 そうよ、生き残らなきゃね。 だから、離れちゃ駄目だからね。 いい?」

「は、はあ・・・」 「わかりました・・・」











そんな光景を、離れた場所から見ていた人物―――神宮寺まりも少尉は、無意識に溜息をつく。

(―――羨ましい)

同期の2人が。 ああいう風に言える、あの2人が。 生き残るべき何かを、持っているのか、見出しているのか。 
この1年、苛まれて。 その揚句、がむしゃらに戦ってきただけの自分とは、随分違うように思える。

未だに思い出す、あの初陣での惨劇。 生き残った後ろめたさ。 私もあの時、皆と一緒に死ぬべきだったのだろうか?
そうすれば、あの夢は見なくてすんだのか。 何時までも見続けると言う事は、やはり皆が責めている事なのだろうか・・・?

―――私は、何の為に戦えばいいのだろう・・・


かつては夢が有った。 希望が有った。 戦う為の情熱が有った。 だが、それさえも一瞬で吹き飛ばされてしまった。


―――何の為に、戦えば・・・


相変わらず、その自問に応えは見い出せなかった。









[7678] 祥子編 南満州5話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/08/28 07:52
1994年11月11日 2230 第221前進基地


―――明日も早いし。 もう休むかな。 

作戦説明が終わり、各級指揮官に対する詳細ブリーフィングが終わった後。 伊達愛姫中尉はそう思い、宿舎への路を歩いていた。
本土の感覚で言えば、もう冬真っ盛りの寒さの満洲。 駐留経験は既に2年を超すが、未だにこの寒さだけはいただけない。
故郷の仙台も冬は寒いが。 いかんせん、彼女は寒がりなのだ。


「伊達中尉」

呼び止められ、ふと振り返ると。 
同世代くらいか、少し年上の中尉―――男で、衛士を示すウィングマークが有る―――がこちらに近づいてきた。 部隊章は・・・ 181連隊だ。

「何か? えっと、確か・・・ 第33中隊の市川中尉、でしたね」

そうだ。 全体指揮官ブリーフィングでの紹介時に見た顔だ。
先日壊滅した、第32中隊の生き残りの一人。 と言う事は、腕は確かなのか。

「先だっては、部下が失礼した。 私自身、帰還後に報告業務で大隊本部へ行っていたので・・・
貴官が高山大尉の所へいらした時には、不在しておりました。 改めて、申し訳無い」

―――ああ、あの乱闘騒ぎか。 と言う事は、この中尉が、『狂犬』の上官と言う事か。

「いえ、非は私の部下にも。 むしろ、こちらの方が挑発したようで。 失礼しました」

当り障りの無い言葉を選んで受け答えする。 その間、何気に市川中尉を無意識に観察していた。

―――何か、今ひとつ頼りないと言うか。 ・・・中尉?

そう、違和感だ。 中尉と言う階級ならば、自分と同期か、最低でも半期後任。 任官して2年は経過している。
陸軍士官学校出身者でも、見習士官(士官候補生)半年、少尉1年半を経験した後の者だが。
眼の前の『中尉』は、どこかしら頼りなさを感じる。
そんな訝しげな雰囲気に気がついたのか、市川中尉はやや自嘲的な笑みで白状する。

「やはり、『本職』の人には判りますか・・・ ええ、自分は訓練校出身でも、士官学校出身でも無い。
所謂『テンプラ中尉』・・・ 『特操』(陸軍衛士特別操縦見習士官)出身です。 昨年9月に少尉任官したばかり。
1年後の今年の9月にもう、中尉ですよ・・・ 実戦経験も殆どありません。 神宮寺少尉の方が余程、歴戦です」


『特操』―――陸軍衛士特別操縦見習士官。 海軍の衛士予備学生と並ぶ、陸軍の予備衛士(予備士官)養成課程。
大学、高専(高等専門学校)卒業生から志願者を募り短期教育を施した後に、衛士少尉へ任官さす。
1年後には中尉に進級。 都合、3年半の軍歴を終えた後に、『娑婆』――― 一般社会に戻る、所謂『リザーブ・オフィサー』

成程、それならやや年長に見えるのも判る。 恐らくは23、4歳くらいか。
それに、『特操』は短期速成教育だ。 実際、戦術機訓練課程での操縦時間は、訓練校出身者より短い。
それに、10代の頃から戦術機の操縦訓練を受ける訓練校出身者と、20代に入ってからの特操とでは、おのずと習熟度に違いが出てくる。

恐らく、言う通り実戦経験も少ないのだろう。 故に、『テンプラ』――― 衣(見た目)は立派に衛士でも、具(実力)が伴わない。
軍内部で良く言われる蔭口の類いだ。 最も、伊達中尉は今まで特操出身者とは面識が無かった為、安直に同調はしていないのだが・・・

―――頼りなげに見えたのは、寧ろその自意識過剰な所よね・・・

指揮官なのだから、多少の『背伸び』は必要だろう。 そんな事は無いと思いたいが、部下の前で今の発言はNGだと思った。


「・・・自分は、学業を修める傍ら、国防の意識を持っておられる方々だと、認識しておりますが。
貴官も、そう思っての事であれば、もっと堂々となされば宜しいかと?」

「・・・いや、失礼した。 自分でも、気は逸るのですが。 いざ実戦となると・・・
前回も、神宮寺が居てくれたお陰で、生き長らえました。 他の部下も・・・ 一人は、どうしようもなかった。
BETAの奇襲を受けて、気がつくとやられていた。 あのままだったら、全滅でした」

「神宮寺少尉の功績だと・・・?」

おや? と思う。
今、この基地の帝国軍―――主に第33中隊で囁かれている風評と、この直属上官の認識は異なるのだろうか?

「地中侵攻奇襲を受けて、半包囲されかけていました。 
残る方位にも、第23中隊―――貴女の隊だ―――に向かうのか、こっちにくるのか、動向不明のBETA群が居た。
あの当時の状況は、いつ全周包囲されてもおかしくなかった。 
そして中隊長は、反転離脱を指示しました。 ―――BETAに直近まで差し込まれた状況で」

―――馬鹿? そんな事をすれば反転したところで、前方のBETA群を突破する前に、後ろから蹂躙されて終わりよ。

「混乱していました。 私自身、中隊長の判断が良いのか、悪いのか。 
考える余裕も無かった。 ただ、命令に従おうとしました。 ―――神宮寺を除いて」

「・・・」

「あいつは、咄嗟に反転を中止して前方に・・・ 接近するBETA群に吶喊をかけました。―――『こいつらを突破する以外、生き残る道は無い』、そう言って。
まだ反転していなかった私は、残ったもう一人の部下と共に、無意識に神宮寺に追従していました。
実際、何度かの実戦で、神宮寺の戦闘を見ていたからでしょうね」

―――おいおい、これは・・・ ちょっと、まってよ・・・

なんだか、話が異なる方向へ進みそうだった。

「当然、中隊長からは命令に従えと。 再三、叱責が飛びましたが。 考えてみれば、当然ですね。 差し込まれた状態で背中を見せれば・・・」

―――当然、死ぬわよ。 何考えてんの? その中隊長・・・

「ほんの僅かの時間差でしたが、明暗を分けました。 
結局、第1、第2小隊―――ああ、我々は第3小隊でした―――も、反転を中止したのですが。
その僅かな時間差で、もうどうしようもなく、BETAに差し込まれていた。 中隊は2分されたんです。
そして―――我々は突破出来ましたが、中隊本隊は・・・ BETA群に呑みこまれた」

―――それじゃ、少なくとも今回に限っては、『死神』の風評は全くの事実無根だわね。

この調子じゃ、今までの『前科』もどうだか。 これは探りを入れてみる価値はあるかな。
ふと、そんな事を思っている自分に気づいて苦笑する。
なにしろ明後日には、久々の大乱痴気騒ぎが始まるのだ。 そんな余裕は無いし、そもそも自分とは縁も所縁も無い、他部隊の衛士の事だ。

が、どうにも気になる。

「・・・失礼ですが。 神宮寺少尉の以前の所属部隊は?」

市川中尉から聞き及んだ部隊には、2つのうち、1つは同期生が居た筈だ。 第18師団だが、連隊は第181じゃ無い。
丁度良い。 その同期生(同じ訓練校出身者だ)も、93年1月の『双極作戦』以来の実戦経験者だ。 未だ図々しく生き残っている奴だった。

何か知っているかもしれない。
そして、歴戦の目で見た姿も確認しておいて損は無いだろう。
それにしても。 それにしても、本当に自分は・・・

―――あ~あ・・・ 私って、何て言うか。 本当に、結構なお節介焼きよねぇ・・・














1994年11月13日 0635 第221前進基地 北北西25km


見事な朝焼けが大地を照らす。 薄紫の空が、一斉に光に包まれる。 雲ひとつない快晴、微風。 気温は8.5℃
微かに聞こえる風の音。 静寂な、そして清冽な朝の光景。 そして・・・


≪砲撃管制『トールハンマー』より、全任務部隊。 攻撃準備射撃、開始――― 今!≫

ややあって、静寂を打ち破るかのように、後方より連続した重低音が鳴り響く。 
―――そして、雷鳴。
砲撃支援の機動砲兵旅団群の野戦重砲が203mm、155mm、127mm砲弾を。 
MLRSが、M26A1・クラスター爆弾搭載型誘導弾を。
一斉に、砲弾と誘導弾の豪雨を作り出す

遥か前方―――7000m程の距離でまず、M26A1がクラスター子弾頭を分離させる。 見た目には爆発したかのようだ。 それが数100発。
特大の花火のように広がった無数の子爆弾が、地上のBETA群に降り注ぐ。 
同時に、各口径砲弾が着弾、その衝撃で広範囲のBETAを吹き飛ばす―――直撃の場合は、射貫していた。

砲弾の中にはVT付キャニスター砲弾・焼夷榴弾もある。
小型種BETAは無数の灼熱したボール弾や、高速で降り注ぐ鋭利な破片に切り刻まれ、焼夷弾の高熱の炎に焼き尽くされていく。

直撃を食らった要撃級の体に特大の穴が開く。 同時に衝撃波が体内を巡り、圧力膨張でその体が内部から弾け飛ぶ。
装甲殻を上面から射貫された突撃級が一瞬、大地に縫い付けられたようにつんのめる。 そこに後続が衝突し、続けて飛来する砲弾に纏めて射貫される。
徹甲弾はその貫通力で、大型種の突撃級・要撃級を特大のミンチに変えていった。


≪前哨観測班より、砲撃管制、オン・ターゲット! 見事に吹き飛んでいる! 効力射を要請する!≫

≪こちら砲撃管制、座標確認。 効力射、10秒前・・・ 5、4、3、2、1、開始!≫

更に大きな重低音と、誘導弾の飛翔音が響き渡る。 試射評価により、効力射(全力砲撃)が開始されたのだ。

全10個機動砲兵旅団のうち、第1陣・4個旅団の保有する野戦重砲・MLRSが一斉に火を噴く。
すると、途端に前方から光帯が発生する。 その数、凡そ30数本。 砲弾や誘導弾の何割かが、その光に絡め取られ、蒸発する。

≪前哨観測班よりHQ、光線級の出現を確認。 繰り返す、光線級を確認。 個体数、約30体。 エリアF7S、座標WNW-51-31≫

≪HQ、了解。 狙撃は可能か?≫

≪ネガティブ。 距離が有る≫

≪HQ、了解した。 引き続き、観測を継続せよ。 砲撃管制『トールハンマー』、砲撃プラン-B≫

≪こちら『トールハンマー』 準備完了まで5分。 完了次第、対砲迫戦を開始する≫

前衛のBETA群だけでは無く、対光線級用の砲撃戦準備が始まった。
心なしか、先程までと降り注ぐ砲弾・誘導弾の数が減少したようだ。 どうやら、1個旅団は対砲迫戦に切り替える算段の様だった。

BETA前衛の突撃級が、射貫され、数を減らしつつも防衛ラインに迫る。 その数、大凡1000体ほど。

≪BETA群、キル・ゾーン突入! 突撃破砕射撃、始めっ!≫

前面と左右両翼に布陣した機甲師団群から、猛然と射撃が加えられる。 BETA群との距離、約3000m。 
この距離なら、厚さ300~400mmの均質圧延鋼板(RHA)を貫徹さす能力を各戦車砲は有している。
帝国陸軍の90式戦車の120mm滑腔砲が、韓国陸軍の88式(K1)戦車の105mmライフル砲が、中国陸軍の90式-Ⅱ戦車の125mm滑腔砲が。
一斉に劣化ウラン弾芯のAPFSDS砲弾を、初速1700m/s以上の速度で撃ち出す。

着弾と同時に、一瞬大穴が空き―――直後に凄まじい勢いで内臓物が吐き出される。
体液を垂れ流し、突撃の惰性で数10mを突き進み、行動を停止する突撃級の群れ。
側面から柔らかい横腹を撃ち抜かれた個体が、地響きを上げて横倒しになる。 そこに後続が突っ込み、密集状態になった場所へ更に砲撃が集中する。

≪砲撃管制より、全任務部隊。 対砲迫戦開始・・・今っ!≫

後方の砲兵旅団群の一部が、数10発のALM砲弾とALM誘導弾を、10秒程の間隔で連続射撃を開始する。
光線級のレーザー照射迎撃が再開された。 最初の砲弾・誘導弾の迎撃でまず、インターバルを置く。
その隙を見計らうかのように、第2陣が降り注ぐ。 途端にレーザー照射が発生するが、第1陣の迎撃光線本数に比較するとかなり少ない。

10数発が着弾し、爆風と爆煙を噴き上げる。

≪前哨観測班より、砲撃管制。 光線級のど真ん中へオン・ターゲット! 10体程吹き飛んだ! いいぞっ! その調子で吹き飛ばせっ!≫

≪砲撃管制、了解。 既に第3射、第4射を発砲。 第5射・・・今っ!≫

重低音が連続して鳴り響く。
相次ぐ短時間連続射撃によって、レーザー照射のインターバルを狙われた光線級BETAの数が減少してゆく。

≪砲撃管制より、各任務部隊。 面制圧射撃は残り10射を継続する!≫


砲撃開始から35分。 その間にも、突撃級や後続の要撃級と言った大型種、戦車級、闘士級と言った小型種が津波のように押し寄せてくるが。
光線級のレーザー照射迎撃と言う『エアカヴァー』を失ったこれらの殆どの個体群は、降り注ぐ重砲弾や誘導弾。
更にはキル・ゾーンに侵入すれば容赦無く殴り付けるかのような戦車砲弾の嵐の中で、次々に行動を停止していった。









同日 0715 第221前進基地 北北西20km 混成打撃第221戦術機甲大隊。


『『『『・・・・・ッ!』』』』

帝国軍2個中隊、中国軍1個中隊の混成打撃第221戦術機甲大隊は基地の北北西、最前線の後方5kmの地点で、面制圧砲撃を見守っていた。
ベテランや中堅以外―――大規模作戦は、これが初めてとなる新任衛士達は、その砲撃の様をある者は茫然と、ある者は畏怖を込めて、そしてある者は微かな期待と共に、見守っている。

―――あの砲撃から生き残れるBETAが、果たしてどれだけ居るんだ?

前方で繰り広げられる、鉄と炎と死の大戦争舞台。 その情景を目の当たりにして彼らは一様に、大なり小なりその様な思いを抱く。 
無理も無いかもしれない。 それほどまでに圧倒的な火力の集中に見えたのだ。
だが、それはあくまで新任の感想。 中堅以上の連中には、異なる視点が存在する。

『・・・やはり、切り札は温存の様ですね』

第3中隊(帝国軍第23中隊)第2小隊長・間宮怜中尉がポツリと呟く。

『連中だって馬鹿じゃ無い。 どうせ、ここぞって局面での地中侵攻。 要塞級の腹の中からお出ましよ。
―――毎度、毎度、腹が立つったら、ありゃしない・・・!』

同じく第3小隊長・伊達愛姫中尉が忌々しげに吐き捨てる。

『それに、丁度良い程度の規模の集団での波状攻撃でしょう。 こちらの疲弊を誘うように。
―――誰でしょうね? 『BETAに戦術・戦略無し』なんて言った馬鹿は・・・?』

自嘲とも、冷笑とも取れる様な笑みと共に、やや忌々しげな口調なのは、第1小隊2番機の押上円中尉。

『確定するだけの物証は乏しいわ。 必ずしも戦術が有るかどうか、確定していないわよ、円?』

『随分と楽観的ね。 貴女らしくないな、怜?』

『悲観的に思い悩むより、生き残る可能性の幅は増えるわ』

同期生の押上中尉の、やや皮肉的な口調に、いつものポーカーフェイスで間宮中尉が答える。

「・・・間宮、押上、そこまで。 伊達、面制圧攻撃終了後に、機甲部隊に呼応して動くわよ、いいわね?」

『了解。 間宮、突撃用意。 押上、右翼支援の振り分け、再確認を』

『『 了解 』』

中隊長・綾森祥子中尉が暗に、それ以上他を不安がらせるな、と口調に滲ませ、指示を出して会話を打ち切らせる。
中隊副長でもある伊達中尉が、中隊長の全体指示を受けて各小隊へ最終確認を行った。


≪CP、セラフィム・マムより『セラフィム』 面制圧砲撃、最終射・・・今! 着弾と同時に、機甲部隊が機動攻勢を開始します!≫

『各中隊、≪ドラゴニュート≫リーダーだ。 我々は第61軍団(中国軍)の先払い役だ。 第331機甲師団と呼応する。
向うの先鋒部隊は第3312機甲連隊。 コードネーム『大嵐(ターラン)』 戦機協同(戦車と戦術機の協同戦闘行動)でいく。
小型種、特に戦車級の接近を許すなッ! ―――よしっ、かかれっ!』


部隊長・周蘇紅大尉の指示と同時に、36機の戦術機―――24機の『疾風弐型』、12機の『殲撃10型』が、一斉に3方向へ噴射跳躍。
楔型隊形(パンツァー・カイル)を組み、交互躍進を中隊規模で行う3個機甲大隊の、各々の側面に展開する。
その後方500mには、機甲師団所属の機械化歩兵装甲部隊が、小型種の浸透に備えて横隊列で追従していた。



「セラフィム・リーダーより各機! 左手は海岸線だ、海軍の哨戒部隊からの報告が無い限りは、無視しろ!
正面からのBETAの突破と浸透を許すな! こちら『セラフィム』! 『大嵐03』、前方の要撃級主体の一群、真北へ捻じ曲げます。 側面攻撃、宜しい?」

『こちら、『大嵐03』、第3機甲大隊だ。 貴隊の協同に期待する! 側面攻撃は任せてくれたまえ。 ―――誘導、宜しく頼む!』

「セラフィム、了解。 こちらこそ、ですわ、『大嵐03』 ―――よしっ 前方2000のBETA群! 方位0-0-0へ釣り上げるぞっ!
陣形・楔壱型(アローヘッド・ワン)! B小隊、突入しろ! A、C小隊! 支援攻撃開始!」

中隊長・綾森中尉が中隊へ攻撃開始命令を指示する。

『B小隊、突入! 突入! 突入! かかれっ!』

中隊長の声が終わらぬうちに、B小隊―――突撃前衛小隊の4機が、前方の要撃級の群れへと吶喊を開始する。

『C小隊! 左翼前方! 戦車級の群れ、殲滅しろっ! 制圧支援、開始っ!』

『C12、FOX01!』 『C09、FOX03!』

B小隊の突入を確認したC小隊が、その側面確保の為の小型種掃討攻撃を開始。 誘導弾と120mmキャニスター弾での近接制圧攻撃をかける。 そして―――

「―――A小隊! 右翼の要撃級へ制圧攻撃、始めぇ!!」

中隊長直率のA小隊は、突入したB小隊の突破支援と、突破口拡張攻撃を開始。
そしてその機動を徐々に、そして急速に真北の方向へ展開して、要撃級の群れを誘導してゆく。

『大嵐03より、セラフィム、その調子・・・ その調子・・・ よぉしっ、今だっ! 指揮官車より各車! ―――撃てぇ!!』

甲高い発射音を残し、125mm滑腔砲から吐き出された高初速戦車砲弾が、要撃級の側面、若しくは後背へと襲いかかる。 
1斉射毎に48発。 次々と命中してゆく。 3斉射が終わる頃、要撃級の群れが急速円旋回で方向を転換、機甲部隊へと突撃を始めた。

「ッ! 中隊、反転! 要撃級が後ろを晒した! 喰い入れよっ 1匹も逃すなっ!」

戦術機甲部隊へ後背を晒した要撃級の群れに、36mm、120mmを浴びせかける。 機甲部隊は急速後退しつつ、125mm滑腔砲から射撃を継続している。

思わぬ前後からの同時攻撃を受ける事になったBETA群が、急激にその行動統制を失い、密集状態になった。
機甲部隊と戦術機甲部隊の両指揮官は、これを好機と捉え、ほぼ同時に指揮下の部隊へ命令する。

「『 ―――殲滅しろっ!! 』」


―――15分後。 大型種BETA群の群れを、機甲部隊と戦術機甲部隊が突破した。
その左右の小型種BETAの群れを機械化歩兵装甲部隊が、突破口拡張戦闘で押し広げてゆく。 典型的な機甲突破が成功した。


『大嵐03より、『セラフィム』 次もこの調子で頼むっ! 熾天使(してんし)の御加護を、だな!』

通信回線から、ドッと歓声が沸く。 『セラフィム』の中隊長、結構な美人らしい―――機甲部隊の情報通の連中が、どこからか仕入れてきていた。

「セラフィムより、『大嵐03』 お任せを。 ―――しかし、御利益はどうでしょうか?」

綾森中尉が苦笑しながら応答する。

―――我ながら。 ちょっと大仰過ぎる部隊コードだったかしら?


『熾天使』―――セラフィム。 5世紀シリアの神学者、偽ディオニシウス・アレオパギタが定めた天使の最上位。

―――寧ろ、BETAにとっての『告死天使(アズライール)』よ。 私達は・・・っ!


同日1200時には、遼河への架橋を工兵隊の手によって完了し、攻撃部隊は1230時、遼河の渡河に成功する。
1350時、作戦第1段階目標の錦州へと進撃を開始した。











同日 1930 錦州郊外 満洲方面攻撃軍司令部


「現在の戦況を要約致しますと。 『全般的に損失は軽微。 成果は甚大』であります」

情報参謀の戦況情報説明が続く。
今日1日の突破戦闘で、作戦発起点の営口から一気に第1段階目標の錦州・朝陽の攻略に成功した。
部隊将兵は、その戦果に士気を高揚させているが。 
上級部隊指揮官―――特に長年、この地でBETA相手に戦い、苦杯を喫してきた者達にとっては。
今のこの状況は、望ましい状況とは言えなかった。

「戦線突破戦力である、中国軍第56機甲軍団、日本軍第9軍団、共に受けた損失は軽微。 蹂躙したBETAの総数は推定で約6000
これは当初、担当戦域でのBETA数の見積もりの約半分近い数字になります。
また、戦線両翼を固める韓国軍第5軍団、国連軍第12軍団、共に目立った接敵報告は有りません。
後方の戦略予備である中国軍第61軍団、日本軍第11軍団からも、同様の報告が上がっております」

あちこちで、唸り声が聞こえる。
こういう状況の場合、過去の戦訓から判断して、BETAはいずれどこかしらで、大規模な地中侵攻による奇襲をかけてくる。
が、それがどこか、それがいつか―――判断がつかない。

「・・・いっその事。 初手から大規模侵攻をかけてくれた方が、まだしも打つ手は判断し易い・・・」

「宮崎さん。 それは些か、他力本願に過ぎやしないかね?」

方面攻撃軍副司令官・宮崎重三郎大将のボヤキに、司令官・李伯陽上将(上級大将)がやや呆れた口調で嗜める。
しかし、宮崎大将の言葉にも頷く所は有る。 BETAの動向の鈍さが気にかかる。 
今の状況を鵜呑みにして楽観的になるには、些か以上に地獄を見過ぎた。 部下を死なせすぎた。


「明日は、渤海湾沿岸部を秦皇島へ向け、進撃する。 念の為、海上への支援要請は緊急度レベルを上げておこう。
いざとなれば、艦砲射撃と母艦戦術機甲部隊の支援展開も早々に要請する―――蛮勇より、臆病者の方が生き残れるものだ」

「それが宜しいでしょうな。 それから、念の為に突破攻勢部隊を入れ替えます。
第56機甲と第9は、明日は予備として第11と第61を前面に出します。 第5と第12は、右翼側面の前衛と後衛警戒に出しましょう」

李上将と宮崎大将が、明日以降の行動大綱を纏める。 それを参謀長以下の司令部スタッフが調整し、各級部隊へ今夜中に下達するのだ。
司令部はそれから深夜まで、各部隊間の調整・確認に人の出入りが途切れる事が無かった。











2230 錦州南西5km 日本帝国軍第18師団第181連隊


「明朝、我々は攻勢第1陣として出撃する」

連隊長のその一声に、連隊の皆が興奮して歓声を上げている。
顔を引き攣らせて大声を上げる奴。 紅潮した顔で、雄叫びを上げる奴。 皆、大攻勢の先陣を切る事に興奮しているのだ。
今日、出番のなかった第1、第2大隊の者が多い。 戦闘を経験した第3大隊の第33中隊の者でも、興奮している者がいる。

そんな中、私は独りその興奮の渦から取り残されていた。 いや、違う。 その興奮に共感出来ないのだ。
彼等は未だ知らないのだろう。 明日、展開されるだろう地獄の情景を。 その生と死の狭間の、滑稽な程に真剣な執着を。




神宮寺まりも少尉は、興奮の渦と言ってよい状況の、連隊仮設ブリーフィング用テントからそっと抜け出し、暫くあても無く周囲を歩き始めた。
判っている、判っているのだ。 この苛立ちをぶつけた所で、隊の誰も理解はしてくれないだろう。
寧ろ、『臆病者!』の一声位は、浴びせかけられるだろうと言う事も。

次第に大きくなる苛立ちに耐えかね、無意識に傍らの木の幹を蹴りつけていた。

「くそっ ―――くそっ! くそっ! くそっ!」

誰に対してなのか。 自分に対してなのか。 はっきりしない苛立ち。―――そして、思い出させる恐怖。
もしかしたら―――そう、もしかしたら。 あの、初陣の時と同じような状況になったら。
自分は生き残れるのか? 部隊はどうなのだ?

「判っていない! 判っていない! ―――判っていない!!」

誰が? 連隊長が、大隊長達が、中隊長達が、小隊長達が、大隊の皆が! ―――そして、自分は? 自分はどうなのだ?
判っているとしたなら。 何故、それを進言しない?

「・・・うっ!」

思考の行き止まりに辿り着き、思わず呻きが出る。

大きく息を吐き出し、夜空を見上げる。

―――ああ、綺麗なんだな、夜空って・・・

何の関係も無い、唐突な思いに思わず苦笑する。
そしてふと、思い出す。―――夜空が綺麗だなんて。 そんな風に感じただなんて、一体何時振りだろう・・・
そんな単純で、素朴な感情さえ無意識に封じていた、この1年ほどの時間だったのか。


「神宮寺」

唐突に背後から声をかけられる。 振り返ってみると、1人の衛士が其処に居た。


「―――小隊長? 市川中尉?」








[7678] 祥子編 南満州6話 ―幕間―
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/08/30 18:45
1994年11月14日 1100 錦州西南5km 満洲方面攻撃軍司令部


『先鋒、第61軍団より入電。 ≪我、葫廬島(フールータオ)突入に成功す≫、です!』
『第11軍団第18師団司令部より。 ≪前線のBETAの圧力、軽微。 これより興城(シンチョン)へ進撃す。 1058≫、第11軍団司令部からも、同一内容伝達!』
『側方警戒の第5軍団司令部より、≪大興安嶺方面寄りの圧力、確認されず≫、後方の第12軍からも同様です』
『砲撃支援任務群、代わります。 第2砲撃群、支援砲撃開始しました』
『支援艦隊より入電! ≪秦皇島への艦砲射撃、開始。 光線級の迎撃照射、確認されず。 1030≫、母艦部隊、渤海に入ります!』
『第2野戦軍(山東方面攻撃軍主力)より、≪済南攻略完了。 一部部隊、黄河渡河す。 1025≫』


各戦域情報が飛び交う中、司令部管制要員が情報をインプットしてゆく。 
大昔はアクリル板に書き込んでいたものだが、現在ではシステム情報は大型スクリーン上に映し出される。
但し、各部隊、そしてBETA群を示すアイコンは非常に簡略化されたものだ。
複雑な形状は、それで無くとも認識しづらくなるし、システムの処理能力をそちらに取られるのは本末転倒である。

―――もっとも、お年寄り連中(将官達)には、今の状況も十分魔法の範疇だろうな。

司令部の若いオペレーター達が、良く使う笑い話のネタだった。


戦況は昨日と変わらず、順調すぎるほど順調に推移している。 
司令部内には、却って不安視する者、或いはハイブ内のBETA個体数が飽和状態に達していないのでは、という疑問を提議する者、様々であった。

過去の戦歴から言えば、どこかで奇襲を受ける可能性は非常に高い。 
しかしながら、直近まで行われていた間引き攻撃により、ハイブ内の個体数が飽和状態に無いとする意見も無視できない。

どちらを選択するか―――正反対の作戦行動に繋がること故、司令部上層部も判断をつけかねていた。


―――そして、ある情報が死蔵されていた事は、誰も知らなかったのだ。








『2日前。 1994年11月12日 0344 石川県輪島市 帝国国家偵察局 衛星情報センター 中部受信管制局』


―――当直時間は、あと10数分で終わる。 もう少しの辛抱だ。

その日、衛星情報中部受信管制局の受信管制部オペレーター達は、眠気を我慢して職務に就いていた。
BETAとの戦いにも色々とある。 自分達は直接戦闘参加はしないが、その情報は前線部隊にとっては死活問題に直結する。
BETAの動向―――ハイブ内、ハイブ周辺―――を、あまねく観測し、分析する。 
その結果もたらされる情報は、BETAとの戦いに大きな意味を持つ。 古来より、情報を軽視して勝てた戦など無いのだ。


「おい、H18とH19の情報更新、出来たか?」

管制室の背後―――当直管制統制官の海軍大佐から、各部へ確認が入る。
現時点で、帝国に対し直接・間接的な脅威が高い2つのハイブ情報は、最重要情報とされる。

「3時間55分前に通過しました。 次は5分後です。 更新は10分後」

「あと、15分後にH14、H16、H17の情報更新が出来ます」

「―――よし。 北(北海道苫小牧市・北部受信管制局)と、南(鹿児島県阿久根市・南部受信管制局)の情報も照会しておけよ」

―――了解。

各受信主任管制官達が応答する。 些か神経質に思えるが、この位で丁度良いという事は、今までの戦訓で身に染みている。


15分後、5つのハイブの衛星偵察情報の受信・解像が完了した。 それを見た管制統制官の大佐は、顔をしかめて唸り出す。

「・・・拙いな。 H18、H19・・・ それに、H14の周辺個体数が激増している・・・」

周辺だけでは無い。 
公表される事は決して無いが、米国のKHシリーズ・KH-13軍事偵察衛星同様、一定深度までならばハイブ内の個体数概要まで知る事の出来る『J-バード』シリーズ。
―――JB-10情報偵察衛星の収集情報は、3つのハイブ内の浅深度でも、BETAの個体数が飽和状態である事を示していた。


「北東アジアだけじゃありません・・・ H16と、H17、こっちも同様です。 
こりゃ、中国の安企部16局(国家安全企画部第16局・映像情報局)や、DIC(韓国国軍情報司令部)、それにAMID(ASEAN軍事情報協同局)にも回した方が良いでしょうね」

確かに部下の言う通りだった。 東アジア圏の衛星情報は、事実上日本が一手に引き受けている。
中国の宇宙開発技術は、その成果を出す前に国土がBETAの侵攻を受けた。 最早そんな余裕などない。
韓国は未だ、独自でロケットの打ち上げを出来得る技術的蓄積を持たない。 ASEAN諸国はそれ以前の状態だった。 

日本の偵察情報衛星による衛星情報。 
それは現在世界中に於いて、米国・欧州連合(実質英国のみ)と並び、世界で3カ国しかない衛星打ち上げ・運用技術を有する国がもつ、貴重な情報であった。
(ソ連の旧バイコヌール宇宙基地が、BETAの腹の中に収まって久しい。 アラスカに避難しているソ連中央政府は、衛星運用技術を失っている)

暫く難しい顔で考え込んでいた管制統制官が、情報処理部へ内線通信をかける。

「―――ああ、俺だ。 ・・・うん、うん、そう、その情報だ。 俺と貴様の連名でな、意見具申だ。 『至急、関連各部署、各国への緊急通知を必要と認む』だ。
ボヤボヤしていると、92年や93年の二の舞だ。 またぞろ、責任転嫁で首のすげ替えは御免だからな」

通話口の向うの、処理統制官―――海兵の同期生だった―――と調整する。
これで少なくとも、市ヶ谷(東京府新宿区市ヶ谷・衛星情報中央センター)には、緊急情報として上がる筈だ。

(あとは、関係各省庁の動き次第だな・・・)

最も、それが一番厄介じゃないかな? ふと、管制統制官の大佐はそんな感想を抱いた。
縦割り組織の弊害は、何も日本に限った話ではない。 が、日本の中央省庁はその傾向が顕著だ。

(頼むぜ、おい。 この情報一つで、最前線の将兵の命がどれだけ関わってくるか。 理解してくれよ・・・)

90年代初頭、東南アジアでの支援派遣艦隊で、重巡洋艦の艦長として実戦に従事した経験のある大佐は、真剣にそう願っていた。






『同日 0430 市ヶ谷・衛星情報中央センター』


夜間当直の仮眠中を叩き起こされた担当官は、不機嫌だった。 第一、スクリーンの前でがなる軍人自体が気に食わない。

「・・・ですから。 統制官は現在緊急の所用で不在です。 情報は受理しました、ですので本日の朝一番で、上に上げますから・・・」

『どうして、統制官が不在なんだっ! 当直中だろう! 探し出せっ!!』

「私が知る訳が無いでしょう・・・ そこまでの情報開示レベルを持っていませんよ。 お偉方が何の緊急事態で不在なのかなんて・・・
寧ろ、そちらも統制官でいらっしゃるのでしたら、ご確認頂けませんかね? 私レベルでは、問い合わせたところでアクセス拒否されるのがオチですので・・・」

『・・・ッ! もうよいっ! それより、確実に上に上げろよっ!? 緊急情報なのだぞっ!?』

そう言って、一方的に通信回線を切られた。
その態度にも、益々腹が立つ。 大体、ここに出向になって以来、面白い思いをした記憶は無かった。
軍人、警察官僚、公安連中、そして情報省。 そう言った連中が幅を利かしていた。 外務省統合情報局からの出向組である彼は、ハッキリ言って傍流なのだ。

(―――面白くない)

若かりし頃、今だ欧州や東南アジア諸国が持ち堪えていた頃。 
彼は語学研修を受けたノンキャリア組として、海外公館勤務で各国を渡り歩いていた。 思えばあのころが人生の絶頂だったのだ。
その後、『赴任先』が次々に陥落するにつれ、彼の様なノンキャリア組のポストの枠も、激減していった。

とうとう、本省に居場所の無くなった身に待っていたのは、現在の場所への出向辞令。 来てみれば、軍人連中が幅を利かせる野蛮な場所。
かつて自分が勤めあげた外交の世界の様な華やかさや、文化の欠片も無い。

次第に腹に据えかねてきた彼は、いましがた受け取ったその『緊急情報』を、一つの箱に放り込んだ。

『通常処理情報・未確認』

統制官の目に留まるのは、大体1週間後位か。
彼は命令違反を犯した訳でも、サボタージュをした訳でもない。
内規には、『緊急、乃至、相応の判断有りと認め得る場合、随時に相応の対応を成すを可とす』とある。
彼は、『相応の判断』を認め、『相応の対応』を成しただけであった。 ―――ちゃんと、内規に明記されている通りに。

彼の様な組織人にとって、内規は絶対にして不可侵なる『聖書』なのであった。

―――それにだ。 どうせ、今頃は部下・兼・愛人のベッドの中で熟睡している統制官を叩き起こしてみろ。 一体どんな難癖をつけられる事か・・・

そして一人納得した彼は、せめて残り少ない仮眠時間を取り戻そうと、さっさと仮眠室へ直行してしまったのだ。



この衛星情報が日の目を見たのは、それから5日後。 最早、何の役にも立たなくなってからであった。

















1994年11月14日 1400 山海関北東15km 満洲方面攻撃軍司令部


『瀋陽防衛司令部より、緊急電! H19(ブラゴエスチェンスクハイブ)よりBETA群が大挙南下! 現在位置はハルビン! 推定個体数、約3万から3万3千!』
『第3566戦術機甲偵察中隊より入電! ≪錫林浩特(シリンホト)にBETA群出現! 推定個体数、2万以上。 増加中≫、H18(ウランバートルハイブ)からです!』
『山東半島守備軍より入電! ≪偵察中の戦術機甲中隊、延安(イエンアン)にてBETA群発見。 個体数1万以上。 H14(敦煌ハイブ)個体群と認む≫!』
『衛星情報、出ます! 1時間前です!』

スクリーンに映し出されたハイブ周辺情報、そして戦域情報。 それを見た瞬間、司令部の全員が息を飲んだ。
ハイブ周辺に飽和状態で湧き出ているBETA群。 そしてそれ以前に地上に弾き出された数万の個体群が、一斉に防衛線に向かっている。

「・・・ッ! 情報部の馬鹿共はッ! 一体どこに目をつけていやがったっ!!」

情報参謀が悔しげに吐き捨てる。 彼とて、『生の』衛星情報に接する事は出来ない。 全て衛星情報中央センターから経由した情報なのだ。
しかし、今日の今日まで、こんな衛星情報は回ってはこなかった。 何故だ? サボタージュか? それとも?

「・・・情報部の無能は、後々問い詰めるとしてだ。 最早、早々に作戦は瓦解しましたな、閣下」

副司令官の宮崎大将が、総司令官の李上将を振り返る。
混乱の内に、BETA群の詳細はどんどんクリアーになっていく。 今や、北部満州を一斉に南下してきているH19からのBETA群は、個体数約3万8千。
H18から西南西にむかって突進してきたBETA数は、約3万2千。 H14から東進しているBETA数は、約3万5千。
―――合わせて、10万2千。

その時、さらなる凶報が飛び込んできた。

『華南戦線より、緊急の救援要請有り! H16(重慶ハイブ)よりBETA群、約2万! 武漢から南昌へ向けて突進中!』
『支援急行中の中国海軍南洋艦隊、反転、南下しました! 台湾海軍艦隊、急速反転南下中!』
『華中方面軍より入電! ≪北伐中止す≫、以上です! 北上攻撃中の第5野戦軍、台湾第2軍、進撃中止! 反転します!』


「・・・華中戦線は、第5野戦軍と台湾第2軍が戻れば、防衛は可能でしょう。 3個軍・11個軍団の戦力が有れば。
難しいのは、華南戦線・・・ あそこには、華南軍区の第6、第7野戦軍の4個軍団しか配備されておりません」

傍らの中国軍参謀の言葉に、李上将が難しげに頷く。 しかし、どうしようもない。
今、この華北の最果てから、華南に急行できる手段など無いのだ。 しかも、満洲にも巨大な危機が迫っている。

「李閣下。 第4野戦軍(第28軍・第56、第61機甲軍団)は、早急に瀋陽の防衛線まで。
今現在、満洲には北部防衛戦に第3野戦軍(4個集団軍=軍団)と、韓国軍の第11軍団しかおりません。
特に、瀋陽方面が手薄になっております。 H18からの圧力に耐え切れる兵力では無い。
ここは、小官が。 場合によっては、韓国軍第5軍団か、国連軍第12軍団か、どちらかを持って行って下さい」

宮崎重三郎大将が、総司令官に決断を促す。 最早、『大陸打通作戦』など夢物語なのだ。
元々、現有戦力では不安の有った作戦。 前線司令部の意向など無視して、後方のどこかの誰かが立案した作戦。
全く、1度でも良いから、現場を見てから作戦を立ててみろと言いたい。

「・・・宮崎さん、頼む」

「頼まれました。 ・・・なに、『逃げの宮崎』 BETAに嫌がらせしながらの後退戦は、得意中の得意です。 十分、時間を稼ぎきって見せましょう」

「期待する・・・ 『絶対不落の宮崎将軍』 アラカン山系で見せた、あの撤退戦の絶妙を」

「・・・尻の穴がムズムズしますな、その呼び名は」

気負うでもなく、淡々とした表情の副司令官に感謝しつつ、瀋陽は絶対に守りきる、彼ら遅滞防衛戦闘部隊の帰還場所は、必ず守り抜く。
内心の決断を胸に、2人の将軍は互いに敬礼を交わし、無言で別れた。 今更に言うべき言葉など、無かった。




「よし。 第9軍団を前面に回せ。 第11軍団、それと国連軍第12軍団。 纏めて面倒見てやる。 『満洲方面軍宮崎支隊』、何が何でも、BETAの突破は許さん」

H18からの3万2千、H14からの3万5千、合わせて6万7千。 半分程は、山東半島と瀋陽防衛線に向かうだろう。
だが、それでも3万3千から3万4千。 こっちは3個軍団合計で、11個師団。 さてさて、どうやって足止めしてやるか。

(―――それでも、また多くの部下を死なす事になるな・・・)

内心の、戦術家としての手腕を存分に発揮できる喜びと。 多くの部下を死なす事になると言う苦しみ。
軍司令官として、最早それらは数字でしか把握できない。 しかし、思い出す、その昔を。 多くの直属部下達の死を見てきたその昔を。

(―――俺も、いずれ靖国へ行く。 文句はその時に、纏めて聞いてやるぞ・・・)


ふと、果たして聞き終わるに何百年かかるだろう? そんな事を思いついて可笑しくなった。
しかし実際、それほど多くの部下を今まで、戦場で死なせてきた事は確かなのだった。








[7678] 祥子編 南満州7話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/09/06 00:08
1994年11月14日 1550 山海関 中国軍第4野戦軍 輸送司令団


「急げ! 戦術機甲部隊だけでも、瀋陽防衛線に戻すんだ! 移動手段!? 飛んで行け! 何の為の飛行能力だ!!」

「瀋陽の整備部に緊急電! 『整備屋どもを総動員しておけ!』 とな! 着いたら即時、戦術機は整備に入れっ!」

「82式戦車運搬車(戦車トランスポーター:HY-473)! 数が足りない!? 馬鹿野郎! 戦車を400kmも自走させられるかっ! 戦場に着く頃には、足回りがオシャカだぞ!」

「日本軍から、86式特大型運搬車(戦術機トランスポーター)、88式特大型運搬車(戦車トランスポーター)、各100両、出せるとのことです!」

「日本軍はどうするんだ!?」

「はっ! 『戦域は近いから、このまま自走さす。 遠慮なく持って行け』です!」

「その言葉! 感謝すると伝えろっ! おい、ありったけのトランスポーターをかき集めろ! 戦車用でも、戦術機用でもいい! 兎に角、運べる手段だ!!」

「おい! 野砲はどうする!?」

「203mmはMl-26(最大積載20t)で吊り下げろ! 155mm以下はMl-6(同12t)で大丈夫だ! 空輸団を根こそぎ動員しろっ!」

「自走砲はそのまま、自走さすんだなっ!?」

「そうだ! おい、歩兵部隊の移動手段! 確保したのかっ!?」

「機動歩兵以下は装甲兵員輸送車をかき集めた! 90式に85式! 80式からハンガーで埃をかぶっていた65式まで! 
ポンコツトラックも併せて7000両! 向かわせている! ところで交通整理は誰がやるのだ!? 大渋滞になるぞ!?」

「総司令部に聞け! 機械化歩兵装甲部隊は!? どうした!?」

「輸送船を港湾地区に近づけさせた! 廃墟だが岸壁は残っている! 海上から営口まで持って行く! そこからなら、まだ鉄道輸送網が使える!」

「輸送船!? どこのだ!?」

「国連軍の物資輸送船団だ! 空船を急遽、回航させたっ! 危険手当は国連にツケとけってな!!」


輸送団本部テントの中は、喧騒が渦巻き、怒号が飛び交っている。
思わぬBETA群発見の報告によって急遽、大部隊の配置急転換作業が行われているのだ。

兵器は万能ではない。 戦術機は出撃毎に最低限の機体整備を受けないと、満足な性能を発揮できない。
戦車は100kmも自走させると、足回りを中心に半日は整備に時間を費やすほど、デリケートな工業製品だった。

牽引式の重砲は自らでは動けない。 トラックで牽引するにしても、トラック自体の数が足りていない。
歩く事が商売の歩兵も、1日30km程が目安だった。 それ以上は疲労が蓄積されて、戦闘には使えなくなる。


部隊の規模自体も問題だ。 第4野戦軍の2個軍団、6個師団に3個旅団。 人員は10万人に近い。
それだけの数を急遽、400km彼方の瀋陽防衛線に急ぎ移動さすのだ。
(考えてみて欲しい。 帝都・京都から、副帝都・東京まで、10万人を短時間で移動させる労力を!)

第4野戦軍輸送団本部は、ありとあらゆる手段、伝手を辿って迅速な輸送計画の立案・実行を迫られていた。
兎に角、営口。 あそこまで運べば、今だ軍事鉄道網は瀋陽までなら健在だ。 あとは鉄道のピストン輸送―――人も兵器も同列での―――で運べる。

タイムリミットは本日2000 それまでに移動手段を確保し、計画をでっち上げ、実行に移す。
最低でも明日の夜までには、全部隊を瀋陽へ―――正気の沙汰ではない。
だが出来なければ―――BETAとの最前線が韓国国境線まで下がる事になってしまう。 中国東北部は消滅するのだ。

「急げっ! 俺達の戦いは―――今が正念場だぞっ!!」

団司令の発破は、団本部要員全てが焦燥と共に共有する実感であった。 彼らの戦いは、今まさにその正念場を迎えていた。

















同日 1700 満洲方面攻撃軍司令部 山海関


方面攻撃軍司令官と同時に、『極東絶対防衛線』 防衛司令官である李伯陽上将が、戦略戦域情報デジタルMAPを食い入るように見つめている。
MAPには、現在の戦略状況が表示されていた。


まず北から―――H19・ブラゴエスチェンスクハイブから飽和したBETA群・約3万2000は現在、ハルビン付近に固まっている。

この方面への防衛は、防衛副司令官である夏黎大将(中国軍)が第1野戦軍(第16、第23、第39集団軍=軍団)を率い、ハルビン南方の四平で防衛に当たる。
更には、予備部隊として瀋陽に残してきた韓国軍第11軍団が、急遽北上して指揮下に入る手筈だ。

但し、この方面へはH18・ウランバートルハイブからのBETA群3万2000、その内の半数1万6000が分離して向かっている。
このウランバートルB群は更に、1万のB-1群が瀋陽方面へ。 B-2群6000が四平の西方へ、側面から突進する構えを見せている。
従って、第4野戦軍の戦略予備であった第77集団軍(軍団)が急遽、四平の西方へ移動し迎撃を行う。 北部防衛部隊の柔らかい横腹を守る為に。


中央は、山海関から急速転換する第4野戦軍(第56、第61集団軍)と、韓国軍第5軍団が布陣する。 

この方面へ向かうであろうBETA群は、ウランバートルB-1群の約1万。
但し、機動展開軍団である第61集団軍は戦況如何によっては、第77集団軍の支援に回る予定だった。
(第77集団軍は第4野戦軍中、最も兵力が少ないのだ)


問題は南部であった。

この方面へ向かうと予想されるBETA群は、ウランバートルA群の1万6000に併せて、H14敦煌ハイブから飽和してきたBETA群3万5000のうち、B群の約2万。 
合計3万6000。 これが現在、錫林浩特(シリンホト)から南下して赤峰(チーホン)付近で合流。 一気に南下の気配を見せている。

これに対する防衛部隊は、日本帝国軍大陸派遣軍(第6軍)の内の、第9軍団と第11軍団。
そして国連軍第12軍団(実質、アメリカ太平洋軍第3軍第8軍団)の3個軍団。
BETA群の数に対して、防衛部隊の数の比率が最も不利な防衛戦域である。 そしてここを抜かれれば、瀋陽が北西と南西から挟撃されるのだ。


但し、この南部防衛線は海上支援を最も受けやすい立場では有った。

日本帝国海軍第1艦隊から、第2戦隊(戦艦信濃、美濃)と第3戦隊(戦艦大和、武蔵)の戦艦群4隻。
そして第3艦隊から第1航空戦隊(戦術機母艦大鳳、海鳳)、第2航空戦隊(同飛龍、蒼竜)の母艦戦術機甲部隊。
そして、巡洋艦以下の艦艇群と、中国北洋艦隊、韓国西海艦隊。 これらの支援を常時受ける事が出来た。



「―――後は。 只、力戦有るのみ」

デジタルMAPを見つめていた李上将は、周りに聞こえない程小さく呟き、そして大きく下命した。

「我等は防衛戦を完遂する。 ―――只、完遂有るのみ! 行動始め!!」



―――長い悪夢の夜は、今だ明けてもいない。















1994年11月14日 2200 遼東半島南岸 帝国陸軍第108砲兵旅団 砲兵陣地本部


夜の帳が落ちたその場所には、何とも奇怪なモノが各方向を指向していた。
一見、只の口径の大きいスチールパイプ―――精々、40~50m程の―――にも見える。 
しかし、各所に等間隔で並んで張り出した『枝』のようなスチールパイプは何なのだろうか?


「閣下。 各砲、目標座標の割り振りが完了いたしました」

副官の報告に、指揮官である准将が頷く。

「で。 結局、割り振りは事前通りにかね?」

「はい。 脅威レベル、BETA数、その他。 照らし合わせて、最も支援密度の高い地域を、渤海湾岸沿いに展開する、南部防衛戦線に。
次いで、H19からの圧力を一手に受ける満洲北部防衛戦線に。 瀋陽防衛線と、山東半島防衛戦は最低度としました」

―――ふむ。 12門のうち、4門を赤嶺方面、4門を南満洲北部、各2門を瀋陽方面と山東半島方面か。 まぁ、妥当だろう。


山東半島方面の砲撃目標・済南の北北西に位置する徳州(トーチョウ)まで約700km。

渤海沿岸の南部防衛線支援の攻撃目標・赤峰(チーホン)まで約500km。

瀋陽の第4野戦軍防衛線の支援攻撃目標・巴林左旗(バイリンツオチー)まで約600km。

南満州北部防衛戦への支援攻撃目標・徳恵(トーホイ)まで、約620km。

86式超々長射程砲の最大射程が750km。 どこでも十分に砲撃可能圏内だった。


「既に発射準備は完了しております。 ご指示を」

あとは自分の砲撃開始命令で、この12門が咆哮する。

「よし―――では、始めようか。 射撃開始したまえ」

「はっ! ―――各砲部署! 砲撃始めっ!」


意外に甲高い発射音を残し、12発の381mm砲弾が発射される。 呆気無い程だった。
だが、いましがた発射された砲弾が、只の砲弾では無いという事。 故に、超々長射程と、超高初速を有するこの砲が選ばれたのだ。

重光線級BETAのレーザー照射さえ届かぬ長遠距離射撃と、光線属種の飛翔体認識能力を超す超高速での飛翔。
この2点を満足させうる、現状での唯一の手段で有ったからだ。
















1994年11月14日 2205 赤嶺南方20km 混成打撃戦術機甲大隊 第3中隊


「・・・ッ! 着弾確認!」

LANTIRN(夜間低高度 赤外線航法・目標指示システム)をセットアップさせた網膜投影視界一面に、眩しい世界が広がった。
着弾と同時に、地表付近に超々高温で有る事が一目でわかる、猛烈な照度の光球が発生した直後。 核爆発にも似た巨大なキノコ雲が発生する。

やがて、真後ろから猛然と突風が吹きつける。 機体を膝立て姿勢(ニーリング・ポジション)で維持しておかないと、衝撃で持って行かれそうな勢いだ。
襲い来る衝撃波に機体が震える。 第3(第23)中隊長・綾森祥子中尉は顔を顰めながらも、砲撃評価報告をHQへ行っていた。


『随分、殺れたと思いたいですけれど・・・ 精々、1万弱ってトコですよね?』

秘匿回線から、中隊副長で先任小隊長・伊達愛姫中尉の声が聞こえる。 
少しのタイムラグを置いて、彼女のバストアップ映像が網膜スクリーンに映し出された。 どうやら爆発の影響か、通信干渉が出ているようだった。

「そうね・・・ 本音を言えば、折角使った弾頭だもの。 全滅して欲しい所だけれど。 無理でしょうね。
1万はいかないわ。 精々、6000か・・・ 上手くいって、7000。 それ以上は無い物ねだりね」

今回の出撃では、偵察戦術機甲部隊用の装備である、超望遠観察鏡を装着している。 肩部に台座を装着して、多節アームの先に超倍率センサーを取り付けたタイプだ。
勿論、戦闘時には邪魔なだけなので、パージ出来るようになっている。

その映像情報を確認できるのは、中隊長の綾森中尉と、中隊副長の伊達中尉の2機のみ。
第2小隊長の間宮中尉が観察の間、周辺警戒の指揮を執っている。

やがて、キノコ雲の下から禍々しい、赤黒い津波が湧き出てきた。

『・・・観測データからの推定個体数、約2万9000から3万。 砲撃前の推定個体数は・・・』

「約3万6000だったから。 上出来ね、6000から7000のBETAを削れたわ。 これで随分、戦い易くはなるわね」

『程度問題ですよ・・・ 戦術機甲師団は3個だけですよ? それも定数割れした18師団を含んでです。 機甲師団や、機械化歩兵装甲師団も同数は有るとはいえ。
今回、戦術機は定数割れしていますし。 800機も無いんですから。 向うは、大型種でも3000前後は居ますよ?』

BETA群における大型種の比率は、大概の場合、群れの総数の10%前後という統計が有るのだ。
今回の場合、戦術機1機で少なくとも4体前後の大型種を屠らなければならない。 が、最も―――

「そこは戦術よね。 機甲部隊や機動砲兵部隊と連携すれば、大型種の対応は困難じゃないわ。
寧ろ厄介なのは小型種―――戦車級ね」

恐らく1万以上はいるであろう、戦術機にとって小型種の中の厄介者。 集られれば、瞬く間に装甲を齧り取られ、衛士も喰い殺されてしまう。
戦車級と同数以上と見て良い闘士級BETAも、機械化歩兵装甲部隊以外の歩兵・支援部隊にとっては、厄介極まる存在だった。


「言っても仕方が無いわ。 データを送信し終わったら、さっさと防衛線まで退避するわよ。
こんな所で奇襲を受けた日には、目も当てられないわ。―――間宮?」

『―――周辺警戒、異常無し。 音紋、震動、光学、レーダー、いずれもネガティブです。 少なくとも、周囲10km範囲にBETAは未だ存在せず』

警戒指揮官・間宮怜中尉が警戒情報を報告する。 その間、中隊の各機は休まず各種センサーによる警戒を続けていた。

「了解。 ―――データ送信、完了。 引き上げるわよ。 ≪セラフィム≫、陣形・ダイヤモンド・デルタでNOE。 高度は戦域警戒指定高度(200m)を維持。 行くぞッ!」

『『『『 了解 』』』』

12機の『疾風弐型』が、小隊ごとに菱形のフォーメーションを作る。 
そして第1小隊を先頭に、その右後方300mに第2小隊が、左後方300mに第3小隊が、各々同じ陣形を作り続行する。
咄嗟の場合、どの方向にも即座に対応出来るための陣形だった。


遼東半島南部の帝国陸軍第108砲兵旅団が行った、超遠距離支援砲撃。 
その砲撃に使用されたのは、381mm砲弾での運用を行うタイプの、S-11弾頭弾で有ったのだ。

戦術機に搭載するS-11と比較すると、3倍から3.5倍の大きさである381mm砲弾用S-11弾頭。
その破壊力は『戦略核未満、戦術核以上』とも言われる。 それが、この方面には4発。

既にBETAに喰い荒らされた土地とはいえ、やはり良い気はしない。


「・・・BETAめ。 よくもこんなもの、使わせやがって・・・」


八つ当りは自覚の上で、綾森中尉は普段からは想像できない口調で、業火に焼かれる後方の大地を見つつ、思わず悪態をついた。



















同日 2230 朝陽防衛線 混成打撃戦術機甲大隊 第2(第33)中隊


先遣偵察隊の第3中隊が、赤峰方面のBETA情報を持ち帰ってきた。
それによると、BETA群は約3万程。 これでも先程の『特殊砲撃』で6000から7000のBETAを削ったのだと言う。
その確認の為に、BETA群の20km付近にまで強行接近して、索敵情報を収集してきたのだ、第3中隊は。

「・・・流石は、92年から満洲駐留経験者の多い部隊だな。 腹が据わっている」

野外での中隊のブリーフィング中。 横に座っている市川中尉の小さな呟きが聞こえた。

確かにそうだろう。 あの中隊は・・・ いや、所属連隊である第141戦術機甲連隊自体、歴戦の連中を豊富に抱え込んでいる部隊だ。 
他の連隊指揮官達から見れば、まったくもって垂涎であろう。 


翻って、我が中隊は・・・ 満洲に転出して、未だ2カ月。 その間、大規模なBETAとの戦闘は今回が初めて。
衛士達自身、実戦出撃・戦闘回数自体、10回に満たない者が大半の『若輩部隊』―――所謂、『ジャク』が多い部隊だ。

私の所属する小隊も、小隊長の市川中尉が精々、実戦は3回目か4回目か? 
補充で配属された2人、佐倉大吾少尉と宮本次郎少尉に至っては、1ヵ月半前に訓練校を卒業したばかり。


―――アタマ、痛い・・・


昨日の市川中尉との会話を思い出す。

『神宮寺少尉。 君は小隊先任として、新任の2人、何としても生き残らせるんだ』

いきなりだった。 生き残る事、それ自体は当然の事だ。 BETAとの戦いで、個人としてなす事、それはまず『生き残る事』
そうすれば、次の戦いに臨める。 その為には・・・

『君がこれまで戦って、生き残ってきた事実。 これは動かせない事実だ。 そしてその為に何が必要で、何を成すべきなのかを知っている事も。
だが、新任達はそんな事を何も知らない。 ―――僕自身、危ういけどね。 だが、僕は指揮官だ。
指揮官ならば、他に為すべき事もある。 神宮寺、君に今こうして命令している事もそうだ』

私に新任達を押し付ける事が?

『どのようにして生き残るかを、教える事だよ。 君は先任だ。 当然、君自身の戦訓を後輩に伝えなきゃな。
そして僕は、君をしてそうするように指導する。 小隊長だからね。 言ってみれば、僕は新任教師。 君は学校の上級生。 
戦場と言う『学校』に、入学してきたばかりの新入生の世話を焼く事は、上級生の仕事だよ』

思わず呆気にとられた。 何を言い出すの? この人は・・・?
そして微かにチクリ、と、記憶の中を刺激する。 その原因が何なのか、最初は判らなかった。 だが・・・

『僕には、神宮寺、君の様な実戦経験は無い。 新任の部下に戦場の何たるかを教える程の経験が無い。
だけどその経験を有する者を見極めて、その者を促す事は出来る筈だ。 
君は適任と見た―――これでも、教育者になろうとしていた学徒の端くれだ。 その位は出来る』

教育者、学徒、夢―――戦場で封印していた記憶が蘇る。

『言葉は大切だ、神宮寺。 伝えようとしなければ、誰にも伝わらない。 君は前回の戦場で、行動して見せた。
あの時、言葉が有れば―――そう思わないか? 僕はそう思う。 そう考える。 ―――考えさせられた』

言葉、伝える、伝わる、想い―――わかって。 気づいて。 ―――死なないで。

『あ――― あ、ああ・・・』

『情けない話だが。 君の独断専行を諌められなかった僕の責任だ。 それが何に起因するのか。 考えが及ばなかった。
昨日、第23中隊の伊達中尉と話した時だよ。 彼女に言われた。 『神宮寺少尉は、未だ初陣から帰還していない』 とね・・・
帰還するんだ、神宮寺。 帰還して良いんだ。 今の上官は僕だ。 僕が判断する。 僕が指示を出す。 責任は僕の物だ。
―――神宮寺少尉、帰還しろ』

『き―――きか、ん・・・?』

帰還? 私は戻った。 私は生き残った。 ―――『死の8分』を乗り越えたっ!
帰還? どうして? 私は今こうして、ここにいるのにっ!?








目の前で、神宮寺少尉が動揺している。
昨夜、作戦行動の合間を捕まえて、23中隊の伊達中尉が僕に話しに来た。 その時、彼女に言われた事は・・・ 

『市川中尉。 神宮寺少尉はまだ 『初陣から帰還していない』 のではないでしょうか?』 

最初、正直訳が判らなかった。 彼女は―――神宮寺は、初陣を切り抜け、『死の8分』を乗り越え、更に歴戦して今ここに居る。 なのに?

『例えですよ、例え。 昨日、182連隊の同期と連絡が取れました。 こいつも私同様、92年から図々しく生き残っている奴です。
神宮寺の前の前の部隊で一緒でした。―――聞いてみましたよ、神宮寺がどんな奴だったかを』

流石に歴戦の連中と言うやつは、こんな時にも余裕が有るものだな・・・ などと、場違いな感想を抱いたものだったが。
同時に気になった。 部下がどう思われていたのか。 何せ、今の部隊での評判は非常に悪い・・・

『そいつ曰く、『心が傷ついた子供』 だと。 ま、一般的なPTSDじゃないんですけどね。
確かに腕は良い。 戦場も良く見えている。 戦闘行動に矛盾も無い―――独りで抱え込む所以外は。 そう言っていましたよ』

―――独りで抱え込む・・・?

『まるで、全てを自分の責任で抱え込んでいるかのように。 戦闘でも、指揮官が判断を下し、命令するその前に。
行動をおこす。 結果として成功する事も有れば、失敗する事も有った。 たった数秒のタイムラグが、生死に直結するのが戦場ですからね。
その事に、責任を感じている風では有ったと。 でも、それを伝える術を知らないようだった、と』

―――伝える術を知らない・・・?

『その同期も言っていたし、私もそう思いますが。 神宮寺少尉は未だ、『初陣から帰還していない』 そうなのでしょうね。
―――彼女は、初陣で中隊指揮を課せられていたそうですよ。 訓練校卒業ほやほやの新任で』

―――無茶だ・・・

『その中隊は、BETAの奇襲で大隊本部を失って大混乱。 周りは自分と同じ新任の部下―――ちょっと前まで同じ訓練生だった同期生達。
何をすればいいのか判らず。 誰にも指示を仰げず。 結果として貴重な時間は過ぎて、倒され、死んでいく仲間達。
その無意識の贖罪の念が大きすぎて―――神宮寺少尉は、彼女自身を殺してしまった。 『未だ帰還せず』とは、彼女の精神的な部分の事ですよ』

―――初陣に囚われて。 何も出来なかった自分を責め苛んで。 結局、選んだ道はがむしゃらに戦う事。
それが彼女に自分を見失わせたのか? 何かを伝える事、何かを相談する事、何かを求める事。
そう言った類の事が、死んでいった仲間に対して弁明の様に感じたのか? 後ろめたさを感じたのか?

―――『何も知らずに。 何も出来ないのに、自分達を指揮していたのか? そうして、自分達を死なせたのか?』
そう言われると感じたのか・・・? そんな風に、囚われているのか? だとしたら・・・
だとしたら、神宮寺。 それは間違っている。 そんな風に言う同期生はいない。 君の同期生達は、そんな卑劣漢達だったとでも言うのか?

(それは―――彼らへの冒涜だぞ・・・)

同時に思う。 新任で、初陣で、中隊指揮官。 突然のBETAの奇襲。 部隊の壊滅。 
何故、彼女の当時の上級部隊指揮官達は、適切な助言をしてやらなかったのだ。

例え一言でもいいんだ。 責任は無いと。 いや、軍隊であるからには、責任は必ず付いて回る。 
例え形の上でも中隊長ならば、神宮寺の指揮責任になるのだけれど・・・

それでも、一言で言い、一言で良かったんだ。 『君の責任ではない』 そう言ってやる者はいなかったのか。
そのお陰で彼女は未だに、初陣の戦場に居る。 周りをBETAに囲まれ、上官とは連絡がつかず。 
どうすればいいのか、どうすれば切り抜けられるのか。 必死の形相でその状況と戦っているのだ。 今もなお。


『帰還・・・ させなければ、いけませんね』

『貴官の役目です、市川中尉。 今まで誰もしてこなかった。 こう言うのは些か心苦しくはありますけれど。
―――指揮官の務めです。 全うされますよう』









「赤峰方面のBETA群は、遅くとも明日の夕刻、早ければ明日の昼過ぎには行動を開始するだろう。
概要としては、第9軍団―――第14師団が前面に出て、瀋陽方面への突破を阻止する。
そして、第11軍団―――第18師団と、国連第12軍団―――アメリカ軍第2戦術機甲師団(ヘル・オン・ホイールズ)が、BETAを南西海岸部へ誘引する」

中隊長の説明が続く。 これ程の作戦、初陣の時以来だ。
それでも、まだマシかも知れない。 戦力比ではあの時より幾分余裕が有る。 私自身、もう初陣じゃない―――

(『撤退だ! 中隊長! この数じゃ、保たない!』)
(『うわあぁぁ! 寄るな! 来るな! た、助けてッ うぎゃあああ!』)
(『このッ! くそっ くそっ くそっ!』)
(『畜生! 小さいのが邪魔で、攻撃がッ! うわぁ!』)

「・・・ッ!!」


「渤海湾岸へ誘引した後に、海上の艦隊から艦砲射撃と、母艦戦術機甲部隊の広域制圧攻撃をかける。
要はBETAを囲いの中から出させない事だ。 そして我々、混成打撃戦術機甲大隊の任務は―――」

(『中隊! あ、焦るなっ! 半円防御陣形!』)
(『中隊長! ―――ッ、危ないッ! ・・・うわあぁ!』)

「・・・くッ!!」

―――もう、初陣じゃないッ! 私は・・・ 私は、違うッ!!


「我々、混成打撃戦術機甲大隊の任務は―――光線級を優先的に撃破する事だ」

―――ッ! 光線級!!



『―――神宮寺少尉、帰還しろ』



横に座る市川中尉のあの言葉が。 どうしても脳裏から離れなかった。












[7678] 祥子編 南満州8話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/09/16 23:35
1994年11月15日 0530 興城(シンチョン) 渤海湾沿岸部付近


「・・・ふあぁ」

思わず欠伸が出る。 歩哨勤務について5時間以上。 結局昨夜は徹夜だった。
本来なら3直交代での勤務なのだが、戦闘警戒中とあって、通常の倍の数が投入されている。
結果として、1直当たりの時間が大幅に伸びているのだ。 だが、それもあと30分で交代だ。

トラックの荷台に幌をつけただけの、無いよりマシなクソ固いマットレスの仮眠寝台。 それでも手足を投げ出して眠れるだけ、幸せだ。
野外、それも満洲の冬季で野営中の≪タコツボ≫で、寒さに震えながら座り込んで仮眠をとる事に比べたら・・・

中国陸軍第455機動歩兵師団に所属する、第1221機動歩兵連隊第31中隊の馬永安列兵(他国の1等兵、2等兵に相当)
彼はそんな事をぼんやり考えながら、必死に疲労と睡魔の両方の敵と戦っていた。

何せ、進撃開始からこのかた、まともに休息を取ったためしがない。 急速陣地転換が発令された昨夜以降は特に酷い。
碌に休憩も与えられないのだ。 歩兵部隊はいつもそうだ。


(―――全く。 戦術機乗りは良いよな。 こんな戦場でも、簡易とはいえ移動式の兵舎(トラック牽引の、野戦仮眠所)でぐっすり眠れて。
メシだって、優先的に美味いモノが食えて。 僕なんてここ2日間、戦闘野戦食の拙い≪チョコ・バー≫しか、口にしてないや・・・)


彼自身、衛士たらんと志したのだが。 残念ながら適性検査で早々に脱落し、歩兵に回された口だ。
それだけに、傍目から華やかな戦術機甲部隊に対しては、屈折した羨望感が隠せない。
未だ本格的なBETAとの白兵戦を経験していない15歳の彼が、そうやっかんでも致し方の無い事なのだが・・・


「おいっ! 馬列兵! ぼさっとしてねぇで、しっかり見張れっ!」

ふと気を抜きかけた瞬間、分隊長の孫二級軍士長(軍曹)から怒鳴られた。

「はっ、はいっ!」

「・・・いいか? 小僧。 BETAってなぁよ、いつ、どこから湧き出てくるか判んねぇンだ。
いつも、いつも、戦術機部隊や機甲部隊が矢面に立つ訳じゃねぇンだよ。 場合によっちゃあ、俺達歩兵が真っ先に攻撃される事だってあらぁ・・・
奇襲なんて受けた日にゃ、全滅確定だ。 だからよ、死にたく無きゃ、必死で見張れや・・・」

隣で複合監視センサカメラを覗いている徐上等兵がポツリと呟く。 
たった3歳しか違わない18歳なのに、彼の表情も、眼の色も、まるで50歳も年を喰っているように見えた。
戦場で歩兵として過ごした3年の時間が、彼からあらゆるモノを奪っていったのだろうか。

バツが悪くなって、馬列兵は双眼鏡を取り直し、受け持ち範囲の見張りを開始した。
最も新兵の彼に渡されているのは、単なる高倍率の双眼鏡に過ぎない。 複合センサ機能付きの監視カメラ装置は、ベテラン連中が独占している。

―――それでも。 これが僕の任務だ。 だったら・・・ 一番にBETAを発見してやるっ!

その事態が何を意味するのか、今だ良く理解していない彼は気負いを込めて双眼鏡を目に当てた。 そして・・・

(―――大体、もっと外周の警戒線には、偵察戦術機部隊や軽機甲偵察隊が出てるのにな・・・ 本当に、BETAが出てくるのかな・・・?)


ふと、視線を左に逸らす。 ラオハ河の支流が見えた。 遥か昔から、この南満州の暮らしを支えてきた、母なる流れのひとつだ。


(―――えっ?)

ふと、視界を何かがよぎった。 最初は何かの錯覚かと思った。 倍率を上げ過ぎていたから、何かの陰を捉えたのか?

双眼鏡を離す。 遠くで≪何か≫が蠢いている。 ―――何だ?
再び、双眼鏡に目を充てる。 そして、その視界に飛び込んできたモノは・・・

「ッ・・・・!! ベッ、BETA・・・・ッ!?」

信じられない――― そして一瞬の後に脳裏を支配した感情。 足が震える。 からだが竦む。 

(なっ、なんだよ・・・ あれって・・・ あれって、何なんだよ・・・ッ!)

あんな異形、あんな不条理、あんな・・・ あんな・・・ 信じられないッ!!


「小僧っ! ボヤっとするな! ズラかるぞっ!」

徐上等兵に首根っこを掴まれ、荒々しく監視ポイント(只のタコツボ)から引きずり出される。

「こんな所でボヤボヤしてっと! クソBETA共に喰い殺されて終わりだっ! さっさと小隊に合流するっ!」

気づけば、周りのタコツボからも分隊長の他、分隊員が急いで這い出していた。

「チェックポスト2022よりシックス! エリアK8DでBETA発見! 小型種です、約200・・・ いや、300・・・ 500以上! 向かって来ますっ!」

≪シックスより2022! 至急撤収しろっ! ポイント・デルタ3で合流だ!≫

「了解!」

分隊長が荒々しく野戦通信機の受話器をフックに叩きつける。

「野郎共! ズラかるぞ! 乗車開始!」

分隊全員が一斉にWZ-551A(92式装輪装甲車)に転がり込む。 兎に角、早く、早く、一刻も早く!
整地走行能力が最高速85km/hでしかないWZ-551A。 不整地では更に速度が落ちる。
早々にBETAに見つかれば、部隊に合流する前に追いつかれ、集られ、それで一巻の終わりだ。 
何より有力な武装は、ZPT-90 25mm機関砲が1門しかない!

BF8L413Fターボ・チャージド空冷ディーゼルエンジンが、 320hpの全力で12.5トンの車体を泥濘から吐き出す。
車内はその乱暴な運転で振り回される。 馬列兵もあちこちを打ち付け、思わず呻き声を立てる。

やがて、小隊本部が見えてくる。 いや、『本部』だった、と言うべきか。 なぜならそこには・・・

「ベッ、BETA・・・ッ!?」

分隊長が思わず絶句する。 他の分隊も居た筈だ。 だがそこには、小型種BETAが群がり、食い漁っている。 仲間の死体を・・・

「うっ! 後ろからっ!!」

だれの悲鳴だったのだろうか。 気付いた時には猛烈な衝撃で車両は横転し、皆が中であちこちを打ち付けて呻いていた。
やがて、装甲を噛み砕く音・・・

「・・・う、うわっ!」

やがて、絶望と言う名の醜悪な存在が姿を現した・・・














1630 山海関東北方80km 興城付近 独立混成打撃戦術機甲大隊


「第2中隊! ≪セラフィム≫! 右翼から突っ込め! BETA群への側面突破だ!
第3中隊! ≪クレイモア≫! 正面だ! 突撃級の突破を阻止! 第1中隊は間隙を塞げ!」

周蘇紅大尉は、先程から喉がかれる程に次々に戦闘指示を出し続けていた。 
何しろ状況が刻一刻と変化するのだ。 つい先ほど出した指示を、直ぐに修正せねば状況に対応できない、そんな場面に直面していた。

大隊は今、あと数100mの所にまで光線級を撃破出来得る位置にまで進出していた。
だが、そこからが遠い。 BETA群は中小規模の集団で、四方八方から絶え間なく襲いかかってくる。
これが小型種だけであるとか、大型種の1群であるとか。 そんな纏まった集団で有ればまだ対応はし易い。

だが、小型種を掃討している隙に、突撃級が突進をかましてくる。 
突撃級を交わして撃破しようとすると、その背後から要撃級が高機動突撃を仕掛けてくる。
それにかまけていると、纏まった数の戦車級が四方から群がってくる。

完全な混成状態のBETA群。 それが数こそ少ないものの、絶え間なく襲いかかってくるのだ、四方から。
お陰で、同志討ちをしないと言うBETAの習性に助けられて光線級のレーザー照射こそ受けてはいないものの、本来の任務である光線級の撃破が一向に進まない。
お陰でこれまでレーザー照射を8斉射、許してしまっている。


≪CPより、『ドラゴニュート』! 光線級の撃破をっ! 輸送段列に被害が拡大していますっ!≫

(―――そんな事は、判っているっ!)

大隊の後方には、ほぼ無防備の輸送段列がレーザー照射を受けて、車両が次々に炎上していた。
車両だけでは無い―――トランスポーターに車載された戦車や、自走砲、予備機の戦術機まで、為す術も無く撃破されてゆく。

案の定というか、大部隊の移動につきものの進撃路の大渋滞。 
午前中よりは随分とマシになったが、それでも営口に到達していなければならない筈の機甲部隊が、未だこんな所で往生しているのだ。

舗装道路だけでは到底間に合わず、未整地の野外を進んだ事のツケだ。 
おまけに数日前に降った恐らく今年最後の大雨(次は降雪になるだろう)で、大地はぬかるんでいる。

ナポレオンが、そしてナチス・ドイツ軍が苦しんだロシアの泥濘。 その極東版が南満州の晩秋の泥濘だった。


「・・・くそぉ!」

歯がゆかった、悔しかった、そして、情けなかった。
自分達は何と無力なのか。 守るべき支援部隊を、光線級の猛威の真っただ中に晒しながら、一向にその撃破を成し得ないでいる。

『≪セラフィム≫より、≪ドラゴニュート≫! 右翼側面突破は無理ですっ! 北方より新たなBETA群! 約200! 突撃級と要撃級の混成!』

第2中隊長・綾森祥子中尉の悲鳴のような報告に、戦術MAPを確認する。
BETA群の右翼より側面突破を命じた第2中隊、その更に右側面―――ほぼ真北より、新たなBETA群が今度は第2中隊の側面に突っ込んで来た。
お陰で第2中隊は、右翼と正面の2方向からBETAの圧力をまともに受ける羽目になっている。

「ッ! クソッ! ≪セラフィム≫! 何とかならないかっ!? 第3中隊は正面圧力を支えるのに精一杯だっ!
第1中隊も間隙から溢れてくるBETA共の掃除で手が回らんっ!」

『無理ですっ、周大尉! 突破されないようにするので手が一杯です! ・・・第2小隊! 突撃級の足を止めろ! 第3小隊! 小型種の浸透を何としても阻止!』

第2中隊の苦戦の様相が伝わってくる。

その隙にも、小型種が多数押し寄せてくる。 2門の突撃砲から36mmをばら撒き、周囲を掃討する―――が、それも束の間、またBETA群だ。 今度は10体程の要撃級も居る。
第2小隊―――既に2機しか残っていない―――の殲撃10型が、短距離地表面噴射滑走で要撃級の合間を多角機動ですり抜ける。
その間に、突撃砲と近接用短刀で要撃級の柔らかい横腹や、後部胴体部に砲弾を見舞い、切り裂く。
たちまち、4体が無力化される。 しかし、その隙に戦車級が50体以上、2機に集り始めてくる。

『後退しろっ!』

小隊長の指示で僚機も一旦距離を置く。 その隙に周大尉直率の第1小隊と左翼の第3小隊とで、誘導弾と120mmを浴びせかけて主に小型種を掃討する。
小型種が弾け飛び、空いたスペースに更に突撃前衛の2機が突っ込み、残りの要撃級と高機動戦闘を開始する。
戦術機の動きにつられて後ろや側面を見せた要撃級には、第1、第3小隊機から36mmと120mmが浴びせかけられる。

ようやくの事で、要撃級の始末を終わる。 これで後は小型種を―――『中隊長! 左翼より新たなBETA群! 小型種、約100! 戦車級です!』

「くっ! 第2、第3! 対応しろっ! 第1小隊、この場の小型種をさっさと掃討するぞっ!」


―――駄目だ、大隊戦力だけでは、手が足りない。 せめて、あと1個大隊・・・ いや、1個中隊でいい、戦術機戦力がここにあれば・・・!!

だが、無いのだ! 山海関から営口に至る輸送幹線。 南満州防衛の、その生命線。 そこを守る為の防衛戦力は、戦術機甲部隊は。
彼ら、独立混成打撃戦術機甲大隊のみ。 1個大隊のみ。 

「くそぉ! 1個大隊だけで・・・! 30機そこそこの戦術機だけで、どうやって数千のBETA群の波状攻撃から、輸送段列を守れと言うんだっ!」

既に南部防衛軍、通称、『宮崎支隊』は数万のBETA群との叩き合いに突入していた。
中国第4野戦軍は、瀋陽方面でのBETA群第1派と直接打撃戦に突入している。

その2個軍の間隙を埋める戦力が、定数割れの戦術機甲1個大隊だけとはッ!!














1645 独立混成打撃戦術機甲大隊 第3中隊第4小隊


『はあ・・・ はあ・・・ はあ・・・』

『ふっ、ふっ、ふっ・・・』

荒い息遣いが聞こえる。 小隊の新任達だ。 無理も無い、いきなり初陣でこんな戦場に叩き込まれた日には・・・

『クレイモアDよりリーダー! ≪ドラゴニュート≫との間隔が空きます! 右翼の≪圧力≫が強い、このままでは抜かれます!』

小隊長の市川中尉が、中隊長の高山大尉に意見具申をしている。 そう、このままでは第1中隊との間に差し込まれて分断されかねない。

『こちらリーダーだ! クレイモアD、市川君、何ともならん! 前面の≪圧力≫はそれ以上だ! いま引いたら、一気に突破されかねん!』

確かに、前面に展開している第1、第2、第3小隊前面のBETA群―――大型種を主体とした群れは、数時間前からひっきりなしに波状攻勢を仕掛けてきている。
数自体はさほど問題は無い。 精々が数10体程。 だがそれが、その群れが息つく間もなく、前方と左右から波状攻撃を繰り返してくるとなると・・・

再び群がり始めた小型種BETAに向け、2門の突撃砲を向ける。 36mmをシャワーのように浴びせかけ、120mmキャニスターで掃討する。

『くそっ! くそっ! くそっ!』

『き、きりが無いっ!』

前の3個小隊の隙間をすり抜けてきたBETAを片っ端から掃除するのが、私達第4小隊の仕事だ。
ここを抜かれたら・・・ 本当に、防衛部隊はひとつも無い。 あとはほぼ無力な輸送部隊が餌食になってしまう。

―――拙い。 新任達の余裕も、最早限界だ。

「佐倉! 宮本! 近いっ! 近すぎる、距離を取るのよ! BETAに飛び道具は無い!―――光線級以外はね! 落ち着いて! 距離を取って掃除するのよっ!」

『りょ、了解!』

『はいっ!』


知らぬ間にBETAとの距離が縮まっていた2機が、後進噴射滑走で一旦距離をとる。
帝国軍の戦術機訓練課程じゃ、こんな時には近接格闘戦闘なんかを良くやらすけど。 私に言わせれば―――実戦経験のある衛士に言わせれば、愚の骨頂だ。
「数の暴力」が最大の武器である小型種の群れの中に、長刀や短刀で突っ込んで行っても。 数体を斬り伏せる間に、数10体に囲まれて取り付かれるのがオチだ。

大型種相手でも、近接格闘戦なんか弾切れの後の最後の手段だ。 何も息の根を止める必要なんかない、脚でも何でもいい、行動不能にすればそれで事足りる。
その為には近接格闘戦より、射撃戦の方が向いている。 ―――近接格闘戦なんか、余程経験のある、根性の据わった衛士でないと何時までもその機動を維持できないからだ。
射撃戦なら、一定距離さえ保てれば新米でもトリガーを引く事は出来る。 単純な話だ。

だから私は、新任の2人に距離を置いた戦い方を口を酸っぱくして言い続けている。
大体が、こんな乱戦の最中に突っ込んで、近接格闘戦をしでかして生き残る自信など私にはない。
自分が出来もしない事を、新任にやらせられる訳が無い。 そう言う事。


「いいかっ! 落ち着いて、計器をよく把握しろ! 目視にばかり頼るな、戦闘中は狭視界になりがちだ! ―――計器は嘘をつかない、いいなっ!?」

『りょ、了解です、神宮寺少尉!』

『判りました! 先任!』











1650 南部防衛軍 『宮崎支隊』司令部


「第9軍団より入電。 『BETA群、東方突破の圧力未だ強し。 第14師団、戦力1割減。 第3師団保有戦車、15%減。 我、可能な限り持久せんとす。 1645』 以上です!」

「第11軍団、南方より攻撃再開。 BETA群、一部を誘引しつつあり」

「米・・・ 国連軍第12軍団より入電!
『第2戦術機甲師団、『ヘル・オン・ホイールズ』 戦力15%減。 光線級のレーザー照射により、第1空中騎兵師団、『ザ・ファーストチーム』のロングボウ・アパッチ、被害甚大』
―――以上です!」

「営口までの補給段列、光線級のレーザー照射続いています! 独混戦術機甲大隊より、至急の増援要請、継続中!」


本日の早朝。 南部防衛軍『宮崎支隊』と、瀋陽に急遽配置転換中の第4野戦軍主力の間、具体的には山海関の北北東100km程の興城付近。
そこに予期せぬBETA群の1群が出現した。 凡そ2000体。
小型種が主体では有ったが、その場にいた部隊は殆どが輸送任務部隊。 まともな防衛手段を持たなかった。

司令部は急遽、独立編成の独立混成打撃戦術機甲大隊(長・周蘇紅大尉)を急派。 BETA群の阻止任務に当てた。
午前中は良かった。 波状攻撃とは言え、小型種が主体。 更に怪我の功名と言うか、背後には補給部隊そのものが居た。
独混大隊は奮戦し、BETA群の突破を良く防ぎきったのだ。

戦況が急転したのは1600時頃だ。 光線級が出現したのだ。 ―――定番の地中侵攻から。
独混大隊も良く奮戦したが、数に勝るBETA群の壁を突き破れる程の戦力は無かった。
その結果、補給路―――輸送段列が次々にレーザー照射を被弾、被害が拡大していった。




「第9軍団へ、『可能な限り、持久せよ』 兎に角、BETA群の進路を南に捻じ曲げるまでだ。 
第11軍団へ通達、『攻撃の手を休めるな』 派手にかましてBETAの目を引かすのだ。
国連・・・ ふん。 米第8軍団のアイケルバーガー中将に伝えろ。 『継続は圧力なり』  
第2戦術機甲師団と、第25師団(『トロピック・ライトニング』)で南部へBETA群の後続を押し出させるのだ。
撒き餌代わりに、17師団(帝国軍第11軍団。機動歩兵)、それと75師団(米軍。諸兵科混成)を南部に展開させろ。
BETAが喰らいつく寸前で、11師団(帝国軍第11軍団。機甲)、10機甲(米軍。機甲)の側面斉射で削れ」

「独混大隊への支援は? 如何されますか?」

「・・・手持ちは出せんな。 海軍はどう言っている?」

「戦闘団(戦術機甲大隊相当)1個ならば、直ぐにでも出撃可能と。 制圧戦仕様ですが、寧ろその方が都合が良いかもしれませんな」

「緊急要請を出せ。 独混大隊が磨り潰されんうちに」

「はっ! 海軍部隊、母艦航空戦隊へ緊急要請だ! 『我、エリアF2Bの戦域制圧を要請す』 急げよ!」


半日を過ぎてようやく、BETA群の東方への突破阻止と、南部への誘引に成功しつつある。
これが成功してようやく、出現したBETAの掃除が終了する。 
その後には、瀋陽方面で叩き合いを展開中の友軍への支援攻撃が待っているのだ。

(最終的には、損失は50%内外か?)

現在の状況と、長駆駆けつけた場合の機械疲労による損耗、そして戦闘での損失予想。 
それらを考えた上で、宮崎大将は指揮下部隊の最終損耗率を漠然と弾き出していた。

(そうなれば―――大陸派遣軍は、ほぼ壊滅だな。 本国から戦略予備を回さんと、今後を支えきれん)

果たして、軍中央がそれを飲むかどうか。
何しろ、戦略予備の第7軍を派遣してしまえば、残るは本土防衛軍戦力だけだ。 何かと難癖をつけてくる連中も多い。

(特に、大本営に連なる馬鹿共にな・・・)

帝国の制度上の大問題と、宮崎大将の他、幾人もの政・軍界で語られる前時代の産物。
統帥権の曖昧さと相まって、帝国の国防戦略、ひいては外交・国家戦略をも引っ張る大問題。
そこに見え隠れする連中は、必ずや追加派兵に対して難癖をつけてくるだろう・・・


「海軍部隊より入電! 『これより発艦開始』、以上です!」

―――これで、輸送路の確保が少しは楽になるか。 東方への圧力が弱まり次第、14師団から戦術機部隊の1個連隊ほど抽出して出してやらねばならんな。

今は、本国での政争に思い悩む時ではない。 そんな贅沢が許される時ではない。
気を引き締め直し、戦況MAPを振り返る。 何とか、自分の意図した状況には持ち込めそうだ。
これならば、明日の朝には瀋陽防衛戦には合流できるだろう。








1655 独立混成打撃戦術機甲大隊 第3中隊


『―――中隊、待て! ・・・はっ! 了解! ≪クレイモア≫、全機! 300後方に下がる! 後ろの丘陵部、その手前で再構築だ!』

―――防衛線の再構築?

戦術MAPを改めて確認する。
BETA群の左翼(私たちから見れば右翼)と、真北からの新たなBETA群の≪圧力≫に晒されていた第2中隊≪セラフィム≫が後退している。
私達第3中隊と≪セラフィム≫の間隙を守っていた第1中隊≪ドラゴニュート≫も、その動きに合わせて後退中だった。
確かにここで私達も後退しない事には、突出して孤立してしまうだろう。

『神宮寺、中隊の後退支援に第4小隊が殿軍をする。 君は佐倉とエレメントBで左翼に。 僕は宮本とエレメントAで右翼に着く。
陣形・傘型(ウェッジ)、逐次後進で遅滞防御戦闘だ』

網膜スクリーンに、小隊長・市川中尉が映る。 随分と疲労しているようだ。 
無理も無い、10時間以上、連続した戦闘を強いられている独混大隊(いや、南部防衛軍―――宮崎支隊の全部隊がそうだ)
おまけに殆ど初体験の大規模戦闘、そして同時並行の部隊指揮。 経験の浅い中尉にとっては精神的な重圧の方がはるかに大きい。

それでも何とか、第4小隊―――本来の編制外の、臨時編入の『員外小隊』は脱落なく切り抜けていた。 他の小隊は、第2と第3が既に1機ずつ撃破されている。
自分も事有る毎に、小隊長をサポートし続けてきた。 どんな腕の未熟な隊長でも、居るのと居ないのとでは雲泥の差なのだし。
何より、今は1機でも友軍の損失を抑えたい。 ―――生き残る為にも。

(そう―――生き残る為に。 その為には、仲間を失う訳にはいかない・・・ それが、自分の怠慢で失うなど。 結局は最後には自分もやられてしまうんだ)

声を涸らして新任達を叱咤し続けた。 励まし続けた。 彼らがやられないように。 彼らを生き残らす為に。 そして自分が生き残る為に。


「―――D02、了解。 D04、佐倉。 私の左後方、30mにつけ。 勝手に動き回るな? 私の動きに合わせるんだ。
D03、宮本。 アンタも同じよ。 勝手な戦闘はするな、小隊長機のフォローに徹するのよ、良いわねっ!?」

『『 了解! 』』

『長刀はパージしろ! 代わりに突撃砲だ! 兎に角、弾幕を張って後退を支援する!』

最後の補給コンテナから突撃砲を取り出す。 代わりに2本の長刀をパージ。 背部兵装ラックに突撃砲を装着。 これで1機4門、計12門の弾幕を張れる。

『よし。 中隊の後退が始まった! 第4小隊、前面に移動する!』

4機の『疾風弐型』が、中隊の後方から噴射跳躍をかけ、最前面に出る。 途端に群がってくるBETA。
中央に位置する2機―――市川中尉機と、神宮寺少尉機で大型種、主に突撃級の節足部を撃ち抜いて突撃を止める。
後続の要撃級がそこに衝突し、群れが団子状態になる。 そこへ120mmで止めの砲撃。
左右から迫る小型種―――戦車級や闘士級―――へは、外縁部に位置する佐倉少尉機と、宮本少尉機が4門の突撃砲から36mmの雨を浴びせかけ、掃討していた。

「佐倉! 宮本! その調子! いいか、絶対に距離を縮めるなよ? ―――小隊長! Aエレメント、50後退願います!」

『了解だ! 宮本、全速で50後退! 急げっ!』
『はいっ!』

右翼のAエレメント2機が後進地表面滑走で後退する。 その間、Bエレメントの2機は各4門の突撃砲から36mmをばら撒き、弾幕を張る。

『神宮寺、Bエレメント! 後退しろっ!』

「了解! 佐倉、後退だ!」
『了解です!』

Bエレメントの後退開始と同時に、後方に位置したAエレメントから36mmの弾幕射撃が再開される。
逐次交互後進による遅滞防御戦闘を繰り返し、ようやく中隊本隊と合流する。

『第4小隊! ご苦労だった! 右翼に展開しろ!』

中隊長の指示が聞こえる。 小隊はそのまま、中隊の右翼に展開する。


『ふぅ・・・ ベッ、BETAとの戦いって・・・ こ、こんなに目まぐるしいものなんだな・・・』

『全くだよな・・・ 俺なんか、自分が今何しているのか、全く判らないよ・・・』

佐倉少尉と宮本少尉の会話か聞こえてきた。 新任の内はそんなものだ。 
戦場の中で、自分がどう言う動きをすれば良いのか。
戦況を見れるようになるには、どの位になればいいのか。

―――私だって。 それが少しでも視れるようになったのは、数か月前だものね・・・

初陣の時は何も判らなかった。 何も出来なかった。 生き残ってから以降の戦闘でも、只がむしゃらに戦ってきた。 
あの当時、私が死ななかったのは・・・ 多分、当時の中隊長や小隊長、そして先任たちが私の動きを把握してくれていたからだろうな・・・

今日の戦闘で、佐倉・宮本両少尉の『お守役』を課された事で気づいた点だ。 
兎に角、新任達は戦場での自分の立ち位置が見えない。 こればかりは経験を積まないと無理な話なのだけれど。 
その新任達が生き残れるようにするには、部隊長や他の先任たちがその動きを把握して、しっかりとフォローしてやらないと、まず生き残れない。

(―――今まで、『狂犬』だの、なんだの言われながらも生き残ってきたのは・・・ 私の技量じゃなかったのか・・・)

改めて思い知らされる。 自分の未熟を。 自分の勝手を。 そして、それを叱責しながらも、自分を生き残らせてくれた上官たちや先任たちの度量を。

―――ぱしっ

ふとそんな思いに耽っている自分に気づき、気合を入れ直す。
戦場でそんな贅沢など。 その内に死ぬぞ? 神宮寺まりも。














1655 山海関南東15km 渤海湾上空 帝国海軍第215戦術戦闘航空団


夕闇が迫る海上を、帝国海軍第215戦術戦闘航空団先任飛行隊長・長嶺公子少佐は前方を凝視しながら、乗機の『翔鶴』でNOEを続けている。

「セイレーン・リーダーより各機! 手筈はいつもと同じだよ! 低空突撃―全弾発射―支援砲射撃で一撃離脱!
戦艦部隊が艦砲射撃で、光線級のレーザーを引きつけている隙に、突っ込むぞ! 間違っても高度を上げ過ぎるな!?」

『下げ過ぎて海面に激突、ッテのは有りですかね!?』

「トンちゃん(加藤瞬大尉)! アンタがそこまで根性見せたら、後で靖国に行ってから褒めてやるわよっ!」

部下の第3中隊長・加藤瞬大尉の軽口に合せながら、良い合いの間だと感心する。
彼は普段からひょうきんな愛すべき茶目な男だが、戦場での肝の据わりっぷりもなかなかのものだ。

「それと、地べたに落っこちても陸軍さんは自分達の身で精一杯だかんね! 助けちゃくれないよ! 判ったか!?」

『『『 イエス! マム! 』』』

「よぉっし! 高度下げろ、30!」

36機の『翔鶴』が一斉に高度を下げる。 殆ど海面ギリギリと言った感じで、ジェット後流に叩かれた海面が盛大にしぶきを上げた。

第1航空艦隊・第1航空戦隊の戦術機母艦『大鳳』より発艦した1個戦闘航空団(戦術機甲大隊)が、沿岸部の輸送路防衛に展開している陸軍部隊の支援攻撃に参加しつつあったのだ。













[7678] 祥子編 南満州9話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/09/19 03:15
1994年11月15日 1658 山海関東北部 独立混成打撃戦術機甲大隊 第3中隊


周囲に第1、第2中隊が後退を済ませて展開してきた。 
私達の隣は・・・ 第2中隊。 ≪セラフィム≫の第3小隊か。 確か、左翼迎撃後衛小隊。 4機揃っている所は流石。


『お隣、失礼しますね~』

はは・・・ 多数のBETA群が前方、数100mの地点で蠢いていると言うのに。 
≪セラフィム≫の小隊長から、何とも場違いに思える挨拶の通信が入ってきた。 確か・・・ 伊達中尉と言ったか。

『むさ苦しいところですが、どうぞ』

―――小隊長も。 少し余裕が出たかな・・・ いや、あれは疲労からくるものかな? 半ば自棄になっているのかも? ・・・いやいや、前向きに考えよう。

ふと、オープン回線のスクリーンで≪視線≫を感じた。 多分、自分を凝視しているのだろう。 ・・・同期の仁科少尉だった。

「・・・何?」

『・・・ふん。 ま、いいや。 どうやら『先任』やっているようだし』

―――何? その言い種・・・

少しカチンときた。 いくら同期だからって。 いくらこの間、派手に殴り合いしたからって。 

「何が言いたいのよ・・・?」

『・・・別に?』

―――ムカつく奴ね。 こんな奴だった? 仁科って・・・


『お? 神宮寺、生き残ってたねぇ! よしよし』

急に割り込んで来たのは、やはり同期の美園少尉。 見ると≪セラフィム≫の第2小隊―――突撃前衛小隊が、最前面に展開していた。 

―――ああ、そうか。 この2人は第2中隊だっけね・・・

と言う事は。 この2人も今日は『先任』として戦っていたという訳だ。 いや、第2中隊本来の所属からして、この半年以上をそうやって戦ってきたのか。
半年前、自分は何をしていたか? ―――思い出せない。 只がむしゃらに戦っていた事以外は。
確かその頃にも後任が居た筈なのに。 顔が思い浮かばない。 名前も思い出せない。 ―――いや、今生きているのかも?

唐突に思い出した。 死んだのだ―――皆。

(・・・ッ!!)

―――あの時。 仁科に罵倒されて思わず殴りかかったけど・・・ 殴りたかったのは、彼女の方か・・・

(『何やってんのよ! 神宮寺! 次席卒業っていや、同期の代表みたいなもんでしょ! しっかりしなよっ!』)

ふと、訓練校時代の仁科が脳裏で私にハッパをかけている。
そう言えばあの頃、新井と色々とやり合っていた私を擁護してくれた、数少ない同性の同期生だった。

ホロ苦い思いと共に、何かがほぐれる様な気がする。 まだまだ、しつこく絡まって手強いけれど。
それでも少し、何かがほぐれている気がする。


『? どうしたのよ、神宮寺、しんみりした顔して。 似合わないよ? 拾い食いでもして脳にでもキた?』

「・・・脳がキているのはアンタでしょう、美園・・・ 失礼な女ね。 それより、アンタの前。 BETA共が動き出しそうよ?」

『美園。 その能天気振りに免じて、引き続き吶喊役をさせてやる。 いいな?』

『小隊長・・・ ここは、『免じてやる』じゃないですかぁ?』

『他の部隊と一緒にするな』

どうやら、美園の小隊の隊長はなかなか話の判る人の様だ。 あの能天気女が、吶喊役程度で怖がるものか。

『ちぇ! このサディスト・・・ 『何か言ったか?』 ・・・いいえ! って訳よ、摂津。 怨むなら小隊長を恨みなさいよ? 私じゃないからね!?』

『・・・美園さんのエレメントにされたのが、運の尽きです。 諦めましたよ、もう・・・』

スクリーンに映った見慣れない男性衛士―――まだ若い―――が嘆息している。
多分、美園とエレメントを組む衛士だろう。 話し振りからして後任の。 ・・・何とも可哀そうなものだ。


『ドラゴニュート・リーダーより大隊全機、聞けっ! あと数分で海軍機による広域制圧攻撃が始まる! 同時に戦艦部隊の艦砲射撃もだ!』

大隊の通信回線に歓声が上がる。 何せこれまで、殆ど孤軍奮闘してきたのだ。
ここに至って、海軍戦術機部隊の支援攻撃。 それも戦艦部隊の艦砲射撃のおまけ付き!

『海軍さんは盛大に吹き飛ばすのは得意だが、細かい攻撃調整なんて繊細な神経は持ち合わせていない!
いいか、海軍機の突入確認後、一旦100下がるぞ! 誤爆に誤射、誘爆したくなかったら、命がけで逃げろよ。 いいな!!』

『『『 了解! 』』』

戦術MAPに海軍機を示す輝点が表示される。 かなりの低空突撃のようだ。 やがて視認。 

―――頼む。 少しでもいい、BETAの数を削って!!

無意識に海軍機の機影に対して、そう願っていた。











1700 帝国海軍第210戦術戦闘航空団 山海関付近 渤海湾上空


暫くして、夜の闇が迫る夕暮れの前方に砲火が見えた。 

(―――あそこか。 成程、あの数、小型種主体と言え、1個大隊だけじゃ穴を防げやしないね)

闇を引き裂いた光線級のレーザー照射がまた、輸送段列に突き刺さる。 そしてタンク・トランスポーターが戦車もろとも爆散し、燃料搬送車両が大爆発を起こす。

≪FACより『セイレーン』、艦砲射撃開始10秒前・・・ 5,4,3,2,砲撃,開始!≫

途端に彼方から大音響が発生する。 後方の夕暮れの海面付近が赤々と照らされる。 その光の中にくっきりと浮かび上がる、大型艦の陰。
第3戦隊の2隻、『大和』と、『武蔵』の両艦が、45口径460mm主砲の射撃を開始したのだ。
途端に、頭上を特急列車が過ぎ有るような通過音。 そして、陸地から光線級による迎撃レーザー照射。

戦艦の大口径砲弾など、如何に重光線級のレーザー照射と言えど、一撃で蒸発などさせる事は出来ない。
2,3本の迎撃照射で2~3秒。 光線級のレーザー照射ならば、せめて5本以上で5秒以上。
2隻が1回に付き、各3発の主砲発射をしている訳だ。 6発を迎撃するのに、重光線級で多くて9体、光線級で15体程が迎撃に拘束される。
それを光線級のインターバルに合わせた間隔で撃ちこんでやれば・・・ 

「セイレーン・リーダーより各機! 今だっ! 突入するっ!」

36機の『翔鶴』が、陣形を傘型(ウェッジ)に切り替え、低空を高速突入する。 広域での戦域制圧を主任務とする海軍母艦戦術機部隊の、突入時の定番陣形だ。
海面スレスレを、時速500km/h近い速度で突入。 感覚的には海面激突寸前のチキン・フライト。 海面が真近に迫る。

陸地が目前に迫る。 高度を20上げる。 陸上上空に侵入し、そのままの進路で突撃。 

≪FACより≪セイレーン≫! 進路そのまま、ポイント・ブラヴォーで全弾一斉発射! 右500に陸軍さんの戦術機部隊、巻き込まんで下さいよ!?≫

「それは先方に言え! 下手を打つなとな! ―――よぉし! 上昇!」

全機が一斉に引き起こしをかける。 上空には砲弾迎撃のレーザーが暗くなり始めた空に舞っている。 重金属雲が盛大に発生していた。
光線級は砲撃迎撃に大半が取られているようだが、未だ残っている奴もいるかもしれない。
それに、攻撃態勢に入った海軍戦術機にとって、最も無防備になる瞬間だ。 気が抜けない―――

『―――3中隊9番機、被弾!』
『2中隊3小隊長機! レーザー直撃!』
『くそっ! 跳躍ユニットがっ! ―――コントロールアウト!! うわあああ!!』
『5番機! ベイルアウトだ! 5番機! ―――チクショウ!!』

ほんの2,3秒。 ほんの2,3秒の無防備な時間。 それで既に3機を失った。 だが、残る33機は攻撃態勢を維持、発射点に到達した。

「全機―――かませぇ!!」

400発近いマーヴェリック・ミサイルが発射される。 残る『翔鶴』は一斉に高度を下げ、A/Bを点火。
光線級の中から迎撃照射が上がってくるが、400発に近い誘導弾全発を迎撃など不可能だ。 この至近距離では・・・

「―――着弾確認! 全機! 上空掃射、一航過!」

盛大に爆風と鋭利な破片を高速で撒き散らして、BETAが吹き飛ばされる光景のなか、M88-57mm支援速射砲をばら撒けるだけ、ばら撒きながらフライパスする。 
―――その瞬間、一瞬何かが光った。

『くそっ! レーザー被弾! 推力が上がらない・・・ッ!!』

『メイデイ! メイデイ! 火がっ! 火がっ! コクピットに・・・ うぎゃっ!!』

―――くそっ! やられたかっ!

離脱時に、生き残った光線級のレーザー照射で、また2機を失った。 
お返しにM88をばら撒き、位置を確認した光線級の喰い残しを始末して戦闘空域を一気に離脱する。
後に残った大地には、主に吹き飛ばされ、砲弾でズタズタにされた小型種の残骸―――大型種も結構あった。


「セイレーン・リーダーより陸軍! 出前は以上だよ! これでいいかい!?」

『≪セイレーン≫、こちらドラゴニュート・リーダー、周大尉です。 制圧支援、感謝します!』

―――お!? 中国軍だったの?
でも、IFFには帝国軍―――92式・・・ の、弐型もある。 あ、殲撃10型も居る。 混成部隊か?

「セイレーン・リーダー、日本海軍・長嶺少佐だよ。 周大尉、出前が必要な時は何時でも言いな?
それと、航空戦隊から中継の伝言だよ。 『30分おきに1個戦闘団を出す。 支えて頂きたい』、ウチの航空戦隊司令官からさ」

『了解。 少佐、その時は遠慮なく。 それと、感謝しますと。―――では少佐、ご武運を!』

「貴官もな!」

飛び去る『翔鶴』の編隊を、地上の『疾風弐型』、『殲撃10型』が見送る。 
地上の指揮官機が、突撃砲を僅かに上に上げ、謝意を示した。
『翔鶴』の指揮官機が機体を僅かに左右に揺らして応える、そして彼方の海上へ飛び去って行った。












海軍機が上空をフライパスして飛び去ってゆく。 
攻撃終了直後以降、レーザー迎撃が出てこないと言う事は、丁度いい塩梅に光線級は纏めてくたばったと見て良い。

「ドラゴニュート・リーダーより、≪セラフィム≫、≪クレイモア≫! 光線級の邪魔が無くなった!
上空は我々のモノだ! 派手に踊れっ! 残りを平らげろ!!」

『セラフィム、了解! 各機! 右翼の大型種を片づける! 続け!!』

『クレイモア各機! 正面をブチ破るぞ! 陣形・アローヘッド・ワン!』

2つの戦術機甲中隊が、疲弊しながらも力強く反撃を開始する。 
『F/A-92E・ヴァイパーⅡ(疾風弐型)』が、一斉にFJ111-IHI-132Bを吹かしてBETA群へ飛びかかっていく。
その光景を見ながら周蘇紅大尉は、自分にも今日の戦闘が始まって以来忘れかけていた高揚感を覚えた。

「≪ドラゴニュート≫! 余所に美味しい所を取られるな! ―――殲滅しろっ!!」











1730 山海関東北20km 南部防衛軍 第9軍団


「閣下、BETAの東方への突破阻止は何とかなります。 先程、先鋒の第14師団司令部より、『BETA群、南進』の報が入りました」

戦況MAPの前に、戦闘開始以降ずっと立ちつくしている嶋田豊作中将が無言で頷く。
元戦車乗りの機甲科出身の嶋田中将にとって、今回の様なひたすら受け身で持久する作戦は苦痛に違いない。
大胆な部隊の機動運用で優勢を確保し、機動火力を以って殲滅する。 言わば電撃戦指揮の名手なのだから。

暫く戦況MAPを見入っていた中将が、傍らの参謀長へ顔を向けずに尋ねる。

「なあ、参謀長。 今ここから、戦術機甲1個連隊。 引っこ抜いても戦線は支えきれるな?」

「攻勢に出なければ。 我が第9軍団は東方への『閂』ですから。 それに攻勢に出るのであれば、今の倍は欲しいですな」

「そりゃ、贅沢だ。 ―――よし、まずは宮崎さんに断りを入れなきゃな。 戦術機甲1個連隊、営口までの輸送幹線路の防衛に回す」

参謀長は司令官の視線の先の戦況MAPを見やり、それからちょっとだけ眉を上げて聞き質した。

「戦術機甲、1個連隊―――宜しいのですな?」

「ああ。 福田君(福田定市少将。第14師団長)に伝えてくれ。 『暫く、部下の恨み事を聞いててくれ』、僕がそう言っていたとな」

「―――はっ!」


相変わらず、戦況MAPから視線を外さない司令官の元を離れ、参謀長は自ら通信車両へ移動する。
何せ、前線では(ここも前線だが)苦労してBETAの突破阻止戦闘を継続中なのだ。 そんな中で戦術機甲1個連隊を引き抜く、なんて事を言ってみろ。

―――部下の参謀どもには、言わせられんな・・・

第14師団長の顔が浮かぶ。 普段は温厚な関西弁丸出しの、気の良い奴だが。 流石にあの福田と言えども血相を変えるだろう。
仕方が無い。 ここの憎まれ役は俺か。 数少ないUコース(大学卒の予備士官学校出身士官)出身で、更に希少価値モノの将官同士。
しかも同期生、奴は大阪帝大、俺は京都帝大で同じ畿内同士で昔から何かと気が合った仲だ。 
文句の10や20は聞いてやるさ。 ―――それで輸送段列の被害を防げるのならばな。











1740 山海関東北15km 南部防衛軍 第9軍団 第14師団


「・・・ほんま、喰えんお人やなぁ・・・」

通信ブースから出てきた福田少将は、同期生の参謀長から軍団長の命令を受領した後で、苦りきったような、嘆息したような、それでいて少しほっとしたような表情で呟いた。

「? 如何されました、閣下?」

副官の大尉がその呟きを聞きつけたようだ。 気遣わしげに聞いてくる。

「ん・・・ いいや、独り言や。 それよりな、主任参謀と作戦参謀、呼んでくれへんかな?」

「は? ・・・はっ!」


副官が慌てて出て行った数分後、姿を現した主任参謀と作戦参謀に新たな軍団命令を伝え、戦線の整理と再構築を命令した。

「・・・と、言う訳や、藤田君。 君、行ってくれへんかな?」

『ご命令で有れば。 輸送幹線確保は継戦上、譲れない訳ですし。 行ってまいります、閣下』

「うん、宜しく頼むよ。 ・・・ああ、そうやった、独混に派遣しとる君の所の1個中隊、奮戦しとるようやよ」

『・・・はっ。 では閣下、第141戦術機甲連隊、輸送幹線確保任務に就きます。 なるべく早く復帰を努力いたしますが・・・』

「努力するんは、僕らの方やね。 なるべく早いうちに、141を迎えに行くようにするから。 それまで何とか頑張ってな」

『はっ!』

見事な敬礼を残し、第141連隊長・藤田伊与蔵中佐がスクリーンから消える。
いや、それにしても・・・

(それにしても、何やね。 僕みたいな関西者には、どうも彼みたいな『軍人らしさ』っちゅうんは、なかなか出来へんモノやなあ・・・)

場違いな感想を頭の中で覚えつつ、残る2個連隊でさて、どうやって戦線を維持しようか。 機甲師団との再調整も必要なや。 何より、部下を宥めなあかんな。
色々と考えつつ、福田少将は再び参謀たちと戦線再構築の詰めに入った。














1750 山海関東北15km 南部防衛軍 第9軍団 第14師団第141戦術機甲連隊


「連隊各機、全速地表面噴射滑走で北上する。 輸送幹線路の確保だ。
独混大隊が頑張っているが、如何に海軍の支援が有るとはいえ、数が足りない。 我々が支える!」

『承知! な? 宇賀神君、早く行ってやらんとな?』

『了解です。―――早坂さん。 何か含む所、有りそうですが?』

連隊長・藤田伊予蔵中佐の命令に応えた第3大隊長・早坂憲二郎少佐が振ってきたニュアンスに、第2大隊長・宇賀神勇吾少佐が苦笑気味に応える。

『そうじゃないかい? 我が連隊から独混に派遣しているのは、君の所の第23中隊だぜ? 
部下達が孤軍奮戦しているんだ。 上官が気にしてやらんでどうする?』

またもや苦笑する宇賀神少佐。 
その時、各人の網膜スクリーンに女性将校の映像が飛び込んできた。 連隊先任幕僚と連隊戦闘管制指揮官を兼務する、河惣巽少佐だった。

『ユニコーン・マムよりユニコーン全機。 現在エリアF2Bで独混大隊が輸送路を確保。
海軍の支援が入りますが、断続的。 保って1時間、最大限の希望的観測で。
連隊進路、SW-30-18から東北東へ。 全速20分。 宜しいか?』

『ユニコーン・リーダー、了解した。 マム、無理はするな?』

『ご心配無く。 皆の後ろでこっそり、覗き見しながら管制しますから』

『こちら≪フラッグ≫ マム、ちゃっかりしてますな? まあ、ウチの女神に死なれたら困るのは確かだ!』

『マム、≪ライトニング≫だ。 ジャジャ馬が過ぎると、新任当時を思い出して貰いますよ?』

『早坂少佐、些かトウの立った女神ですけれども。 宇賀神少佐、それは広江だけにお願いします』

『連隊長に恨まれる。 貴女が代わりだ』

『―――この、性悪男! モテないわよ?』

部下の―――上級指揮官達の性根の据わった、それでいてどこか論点のずれている会話を耳にし、藤田中佐は苦笑しつつ引き締め直す。

「楽しいおしゃべりはそれまでだ。 ―――第141連隊! 出撃する!!」

『『 了解!! 』』

『以後の統合戦闘管制は、≪ユニコーン・マム≫が。 2大隊、≪ライトニング・マム≫! 3大隊、≪フラッグ・マム≫! いいかっ!?』

『『 了解!! 』』

第2、第3大隊の各大隊先任CP将校の柏崎千華子大尉、宮城雪緒大尉がスクリーンに映る。

轟音を残して、92機の『疾風弐型』(第1大隊2機欠、第2大隊1個中隊欠、第3大隊2機欠)が、一斉に全速地表面噴射滑走に入る。
目指すは北東。 今まさに、彼らの僚友達が防衛戦の生命線である輸送幹線路を孤軍奮闘して守っているのだ。
―――長年の部下が、親友が、気の合う仲間が。 何より、生死を共にしてきた戦友達が。

(―――待ってろよっ!!)

第141戦術機甲連隊の全機が、何かに急かされるかのように独混大隊の担当戦区へ疾駆してゆく。













1810 興城付近 南部防衛軍 独立混成打撃戦術機甲大隊


『うわあぁぁ!!』

―――くっ! 誰かまた、やられたのっ!?

咄嗟に指揮下中隊のステータスをチェックする。 違う、自分の中隊じゃない。 とすると、≪ドラゴニュート≫か、≪クレイモア≫か・・・

『ドラゴニュート・リーダーより、≪クレイモア≫、≪セラフィム≫! チェック・リポート!』

『クレイモア、残存11!』

「セラフィムです! 残存10!」

『ドラゴニュートは残存9だ。 30機か・・・ 今朝方には40機居たのにな。 11時間で10機の損失、判断に苦しむところだな』

スクリーンの周大尉が、疲労しきった表情で吐き捨てる。
そう、今朝の戦闘開始時点では第3中隊の臨編第4小隊を含め、40機の戦術機を保有していたのだ。
午前中の戦闘で3機を失い、午後は調子が良かったものの、光線級の出現以降に4機を失った。 そしてこの10分の間に立て続けに3機喪失・・・

私自身、初めて部下を戦死させてしまった。
第2小隊の安芸利和少尉。 第3小隊の比留間拓也少尉の2人を失った・・・

第2小隊には前衛戦闘で無理をさせ過ぎた。 間宮でさえ危ない場面が多々あったのだ。
第3小隊は独立戦闘能力が高い愛姫ちゃんが指揮官だからって、遊撃戦をさせ過ぎた。

(全部! 私の作戦指揮ミスだ! なんて事を!!)

思わず操縦スティックを握る手に力が入る。 
指揮官として、一人の部下も死なせずに戦い抜けるなんて思ってはいない。 私はそこまで優秀でも、有能でも無い!
だったら! これ以上部下を死なせない行動を考えなさいっ、綾森祥子! 悔むのは生き残ってからでいいのよっ! 


『ッ! BETA群、来たぞッ! CP! 他に兆候はないかっ!?』

≪CPよりドラゴニュート・リーダー! 正面の200体の他に、後続が右翼に300体! 左翼に250体! 2,3分の時間差です! 大型種は確認されず!≫

『全く! イヤらしい攻撃だ! 連中、一体何時からこんなにお利口さんになった!?』

『ご近所付き合い(近隣ハイブ間連携侵攻)も、急に良くなりましたな』

「そう言う所は、出来れば人類を見習って欲しいですね・・・」

『祥子、それは洒落にならないよ』

『綾森君、みなまで言っちゃ、お終いだよ?』

ああ、私も大分疲れているな・・・ 何だか、先が見えないと言うのも結構厳しいわね、相変わらず。


『兎に角、愚痴ッていても始まらん、三方向に分かれる。 どうせ、連中の目的はここだ、集まる前に潰すぞ。 幸い、大型種はいない』

『『 了解! 』』


(―――やるしかない)

乾いた唇を無意識に舐める。 喉はさっきからカラカラだ。 
コクピット据え付けのペットボトルの補給飲料はもう、僅かしか残っていない。 ナトリウム複合錠剤は、あと2錠。

(―――最後のとっておき。 あれは何だか、変態さんになった気分でイヤね・・・)

どうしようもなくなったら、当然飲むのだけれど。

戦域MAPにBETA群が表示される。 私の中隊の受け持ちは、右翼の300体。 
幸い小型種主体だ。 掃討には時間はかからないだろう。

「セラフィム・リーダーより各小隊。 ステータス・リポート」

『セラフィムB、B04のイエローが増えました。 戦闘機動は可能』

『セラフィムC、イエローは有りませんが、誘導弾が店仕舞です。 強襲掃討装備に変更』

第2小隊の4番機。 摂津少尉機がイエローか。 第3小隊の制圧支援は無理。

「了解。 B小隊、美園にフォローさせて。 C小隊、B小隊のフォローを。 制圧支援はA小隊でやる。 いくぞっ!」

『『 おうっ! 』』


噴射跳躍を使って、右翼のBETA群の真近まで一気に距離を縮める。 
兎に角、補給幹線路から少しでも遠い場所で撃破しない事には!

突撃前衛の3機が36mmをばら撒きながら、BETA群へ突進する。 直前で右に急速地表面噴射移動。 そのまま右翼へ展開する。
その真後ろに位置したC小隊もまた、36mmで小型種を薙ぎ払う。 こちらは左翼へ急速移動する。

2個小隊がシャワーのようにばら撒いた36mm砲弾で、大きく正面を削られたBETA群に対して、私の直率A小隊から、誘導弾をお見舞いする。

『A04! FOX01!!』

白煙を引いて、10数発の誘導弾が発射される。 BETA群のど真ん中に着弾、多数を吹き飛ばす。
そのまま36mmを乱射、間に割って入る―――そして、分断成功!

「片付けろっ!」

『『『イエス! マム!』』』

2個の集団に分断されたBETA群の左右両側から、砲弾を浴びせかける。
こう言う時に怖いのは戦車級。 そうこうしている内に、1体の戦車級が私の追加装甲に取り付いた。

『ッ! 中隊長!!』

エレメントを組む、宮崎孝子少尉が悲鳴を上げる。 私の機体が齧られたと勘違いしたようだ。

「騒がないの、宮崎。 追加装甲よっ・・・! このぉ!!」

突撃砲の銃口を、追加装甲に水平に当ててそのままトリガーを引く。 
36mm砲弾を至近から浴びた戦車級が、赤黒い霧に変わって霧散した。

数分で小型種の掃討を終了する。 ほっと一息つける瞬間だ。 もっとも、次は早々に来るでしょうけど・・・

≪CPより、ドラゴニュート! 新たなBETA群! 距離6000!≫

ほらね。

『ドラゴニュート・リーダーだ。 規模と方位は?』

≪方位、西北西・・・ 規模は・・・ 規模は、連隊規模です!! 大型種も多数!!≫

(―――ッ!!)

―――なんだって、どうしてそんな規模が、今更・・・

私の表情は、絶望感が滲んでいたに違いない。 今になって、連隊規模のBETA群、それも大型種多数なんて・・・
おまけに、頼みの綱の海軍の支援攻撃は、つい先ほど第3次攻撃隊が引き上げたばかり。 第4次攻撃隊は後20分は先だ。

周大尉も、高山大尉も声が出ない。 流石に歴戦が多い部隊でも、これは無理だ・・・ッ!


『・・・あっちゃあ~~、これじゃ下手すりゃ、楓に会いに行く羽目になるかなぁ・・・』

愛姫ちゃんのボヤキも、何時もと違い絶望感が感じられる。 何より彼女は今、≪楓≫と言ったのだ。 戦死した同期生の名を。

『楓とは? どなたです?』

『双極作戦で、死んだ同期』

『・・・柄じゃないですね? 愛姫さん』

『言ってくれるねぇ~、間宮・・・』

・・・そうね、柄じゃないわね。 ここで勇敢に戦って、名誉の戦死だなんて。 
広江少佐の『弟子』達に、そんなお綺麗な死に方は似合わない。

「・・・中隊っ! 諦めるなっ! 足掻けっ! 良いなッ!?」

『・・・ッ! 中隊長・・・ 了解ッ!!』

愛姫ちゃんも思い出した様ね。 ここで死んだら、広江少佐に『ドツキ倒される』わよ?

『私は、人生の最後は孫やひ孫に囲まれて、老衰で死ぬ予定ですから』

流石に何時ものポーカーフェイスも、興奮は隠せない様ね、間宮。

『隊長、各隊、ポジションつきました。 ―――それと、間宮。 その前に男捕まえなさいよ?』

中隊で副官役をやっているA小隊の押上円中尉が、冷静に報告してくる。 ついでに突っ込みも。

『さぁて、より取り見取りよねぇ~! ど・れ・に・し・よ・う・か・な、っと!!』

『食べすぎは、ブーデーの元だよ、杏?』

『五月蠅い! それよか、後ろしっかり頼むよ、葉月!?』

中隊の賑やか先任少尉コンビは、何時もの調子ね。 ―――よしっ!


「セラフィム全機! 行くぞっ! 必ず生還する・・・『なんやぁ? えっらい気合入っとるやないか? え、綾森ぃ~?』・・・なっ!?」

こ、この暢気な声は・・・っ!

『おっしゃぁ! 捉えたでぇ!! 往生せいやっ! クソBETA共がぁ!! ≪ガンスリンガー≫! かませやぁ!!』

『『『『 おっしゃぁ!! 』』』』

『≪ライトニング≫ 全機! 群れの中程を殺るぞっ! 吶喊っ!!』

『『『『 応!! 』』』』

目の前で、突撃してきたBETA群の内、突撃級が横合いからの痛撃で次々に葬られていく。
群れの中ほどの要撃級の1群が、120mm砲弾多数を喰らって、体液を噴き出して停止していた。


≪CPよりドラゴニュート! え、援軍ですっ! 援軍が来ましたっ! 日本軍の141連隊ですっ!!≫

―――141連隊!!

体が震える。 奥底から何かが湧き出てくるようだ!

網膜スクリーンに、連隊長が現れる。

『独立混成大隊! ≪ユニコーン≫、141連隊・藤田中佐だ、遅れて済まない―――以降は私の指揮下に入れ。 BETAを殲滅するっ!』

次々に戦場に舞い降りる戦術機の群れ。 『疾風弐型』だ。 エンブレムは≪天駆ける一角獣≫! 141連隊! 私達の親部隊!!

『独混大隊長、周蘇紅大尉です! 只今より藤田中佐の指揮下に入りますっ!』

『よし、第4大隊とする! ここで最後の掃討ラインを作れっ! 抜けてきた連中は、1匹たりとも逃すなっ! 殲滅戦だっ!』

『『『『 応!! 』』』』


『周大尉、第2大隊、宇賀神少佐だ。 ウチのジャジャ馬娘達と、腕白坊主共、今暫く預かって貰いたい。 宜しいか?』

宇賀神大隊長の言い分は、疲弊した独混大隊―――今や第4大隊―――の戦闘力を考え、少しでも頭数を減らさないようにとの気遣いだ。
第2大隊とて、今まで突破阻止戦闘を続けていただろうに。

『周大尉! 22中隊の木伏ですわ。 そっちの小娘どもに小僧どもは、ちょーっと頑張ったさかい、あんじょう頼んますな!』

『宇賀神少佐、了解しました。 木伏大尉、ご安心を』

『『 頼むっ!! 』』


周りでは、一気に乱戦の様相になっていた。 無論優勢に進めているのは、人類側だった。

『・・・勝ったな、何とか・・・』

高山大尉のほっとした呟きが聞こえる。

『ああ・・・ 粘り勝ちだ、チクショウめ!』

周大尉も、泣き笑いをしてる。

私もさっきから、視界が変だ。 妙にぼやける。


『さっちこぉ~! ごっくろ~さぁ~んっ!!』

『祥子! 後は任せてっ!』

『綾森、最後まで気を抜くんじゃないよ?』

沙雪に、麻衣子に、源君。 同期達の顔が見える。


『祥子! 愛姫! 怜! よくやったねぇ~! 偉い、偉い!』

先任の水嶋大尉。 ・・・でも、美弥さん、≪偉い、偉い≫は無いでしょ?


『愛姫、少々休め。 後はこっちで引き受ける』

『あ~~、緋色ぉ・・・ 頼むよぉ・・・』


次々に現れる、頼もしい顔、顔、顔・・・

『統合戦闘管制、≪ユニコーン・マム≫だ。 第4大隊、≪ドラゴニュート≫、そのままの位置でフラット・ワン。
すり抜けて来るのが必ずいる。 全て掃討しろ!』

『『『 了解! 』』』

河惣少佐が最後に微笑んで、通信をアウトして行った。

これで、報われた。 今までの苦戦も。 
失った部下は帰ってはこない。 でも、私は彼らを忘れない。 忘れない以上、彼らを失った失敗も忘れない。

―――2度、同じ間違いはしないっ!

それが死んでいった部下への、私のケジメなのだから。








[7678] 祥子編 南満州10話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/09/21 22:59
1994年11月15日 1900 南部防衛軍司令部 山海関


「第9軍団より入電、『BETA群、所定の座標へ移動を確認。 東方への突破は完全阻止成功』! 追加報告で『輸送幹線路を完全確保』です!」

「第11軍団から、『南西部包囲網、完了』、以上です」

「米第8軍団からです。 『後続BETA群の追い込み完了。 羊は囲いに入った』」

「海軍第1艦隊より入電。 『第2、第3戦隊、砲撃準備完了。 何時でもどうぞ!』」


戦闘開始から約12時間。 半日の時間をかけて、そして1個軍の戦力のほぼ全力を以って、ようやくの事で所定の作戦意図を達成しつつあった。
最もその間に失われた戦力は、通常の防衛作戦の比では無かったが・・・

「時期が悪すぎましたな・・・ 今年最後の泥濘に嵌まってしまうとは。 アレさえなければ、部隊移動も随分スムーズにいったものを・・・」

「作戦参謀、過ぎた事は致し方ない。 それよりも、多くの損耗と引き換えの今の状況を、掌からこぼす愚だけは犯すべきではない。
―――閣下、最終指示を?」

南部防衛軍・『宮崎支隊』司令官・宮崎重三郎大将は、参謀長と作戦参謀の会話を耳にしつつ、戦況MAPを凝視し続けていた。

東方への閉じた門の閂として、最も歴戦の第9軍団を配しBETAの突破阻止を図ると同時に、南部に配した第11軍団がBETA群を南部、更には南西部へ誘引する。
同時に北西部に配した米第8軍団はBETA群の背後から『追い込み』をかけて、『囲い』の中へと追い込む。
そして最後の仕上げは―――残る一方、海上に布陣した海軍部隊、つまり戦艦艦隊でケリをつける。

今回の作戦が始まる直前の、陸海軍合同作戦会議の席上、第1艦隊を預かる栗田武雄中将から、『面白い砲撃』が出来そうだ、と耳打ちされていた。
後刻確認した内容を参謀たちと共に検討した結果が、今回の作戦の骨子になった訳だ。 最も当初は、侵攻作戦での使用を考えていたのだが。


「―――宜しい。 海軍へ伝えたまえ。 『御膳立ては完了した。 晩秋の花火もまた宜し』」

「はっ!」

司令部内が慌ただしくなる。
海軍部隊への準備完了連絡。 隷下部隊への注意喚起。 包囲網の状況確認。

そして、全てが整った。


「司令官閣下! 第1艦隊より入電! 『主砲、斉射』!」

途端に彼方の海上から轟音が響き渡る。 夜の闇の海上を一瞬、赤々と照らす砲光。 そして飛翔音。

(・・・苦労して作りだした状況だ。 精々派手に咲いてくれよ)

―――夜空に、灼熱の大火華が咲き乱れた。

















1915 渤海湾上 帝国海軍第1艦隊 旗艦『美濃』 夜戦艦橋


『夜戦艦橋』―――とうの昔に形骸化した場所だった。 既に半世紀前の世界大戦中頃には米国が。 
大戦後半には帝国海軍も今のCICの原型となる『戦闘指揮所』を確立していた。
頭脳はより多くの情報と共に、最も分厚く守られた場所で、最後まで指令を出し続ける。

如何に戦艦の重装甲に守られているとは言え、所詮は昼戦艦橋や司令塔より装甲が薄い場所だ。 
それに海面からの高さも昼戦艦橋より低い位置に有る。 現代戦を指揮するには、些か以上に不便な場所だった。

(だが―――CICでは潮気を嗅げんしな)

栗田武雄中将は思った。 何より自分は海上の武人を志したのだ。 砲撃の硝煙の匂い。 噴き上がる水飛沫。 主砲発射の大音声と震動。
それを味わいたかったのだ。 ―――生まれてくるのが半世紀ほど遅かったようだったが。

BETA相手の海上戦闘で、そんな贅沢は味わえない。 しかし今夜は違う。 
好敵手たる敵艦の姿は無く、彼方の陸地に蠢く醜悪な姿の異星起源種共が居るばかりだが。
それでも今夜使う『道具』は、使い勝手次第でなかなか面白い結果を残せる筈だった。


「司令官! 主砲、発射準備完了!」

『美濃』 艦長・小柳富一大佐が、叩きつけるような口調で報告する。 栗田中将と同じ水雷屋の出身。 キビキビした動作の中にその片鱗を見る。

―――しかし。 揃って水雷屋の2人が。 砲術屋の総本山である第1艦隊の司令官に、旗艦の戦艦艦長とはな・・・

思わず、その皮肉に苦笑する。
が、それも一瞬。 今度は視線を陸上に移した栗田中将が、これぞ水雷屋とでも言うべき裂帛の声で下命する。

「よしっ! ぶっとばせっ!!」


第1艦隊に所属する、第2戦隊の戦艦『美濃』、『信濃』 第3戦隊の戦艦『大和』、『武蔵』
この4隻の巨艦がそれぞれ3基9門の460mm主砲―――第2戦隊は50口径、第3戦隊は45口径―――から一斉に巨弾を撃ち出す。
その発射の反動を戦艦の巨体ですら全て受け止めきれず、艦体が震動する。

そして―――海岸に近い陸上上空で特大の火華が咲き乱れた!

















1920 南部防衛軍司令部 山海関


「「「「「 ―――ッ!! 」」」」

声にならないどよめきが司令部内に湧き上がる。
海上の戦艦部隊が主砲の一斉射撃を開始した直後、BETA群の上空で特大の火華が咲いた。 次の瞬間、地表は業火と衝撃波の地獄図と化した。

小型種BETAが、それこそ数百体単位で雲散霧消する。 大型種―――突撃級BETAがバラバラに引き裂かれながら、数10mの高さまで吹き飛ばせれていた。 
要撃級は比較的やわらかい部分を多く露出する為か。 小型種同様、その体は切り裂かれ、焼き尽くされて、微かに固い前腕のみが残骸として残っている。

「・・・凄まじい制圧力ですな。 『九四式通常弾』ですか・・・」

参謀長がようよう、声を絞り出す。 当然だ、陸軍の砲撃支援であれ程派手な制圧砲撃など、滅多にお目にかかれない。

「栗田さんが、会議の席上でイタズラ坊主のように笑っていたよ。 『面白いオモチャを手に入れました。 使ってみませんか?』とね」

「面白いオモチャですか・・・ ま、海軍流に言えば、『茶目』と言う事なのでしょうが、いやはや・・・」


―――『九四式通常弾』
別に奇をてらした兵器でも、新技術を用いた兵器でも無い。 原型は照和14年(1939年)には開発されていた、『三式通常弾』だった。
460mm砲弾用は、全長160cm、重量1360kg。 996個の焼夷・非焼夷弾子を内蔵していた。 1942年のガダルカナル島・ヘンダーソン基地への艦砲射撃で使用されている。
(この時は、戦艦『金剛』、『榛名』による、356mm砲での艦砲射撃であったが)

『九四式通常弾』は、この『三式通常弾』の系譜の最も新しい子孫と言うべき砲弾である。
全長は185cm、砲弾重量1450kg。 1100個の爆発性・焼夷性・対装甲用成型炸薬子弾を内蔵する、『クラスター砲弾』だった。
高度500m前後で爆散し、地表の広範囲に子弾を降り注ぐ。 子弾放出の0.5秒後には弾殻も炸裂し、更なる破片効果を発揮する。

海軍が対地支援用に改良した砲弾だった。 今回の出撃で、第1艦隊の戦艦群は主砲弾の約6割強(1隻あたり600発)がこの『九四式通常弾』であった。
つまり、各艦9門の主砲から斉射66回分の『九四式』を撃ち出せる。 ―――これを4隻分。 正に人類が作り出す地獄の業火であった。

≪A06グリッド、砲撃完了。 A07グリッドへ移行≫
≪第8、第10戦隊、誘導弾発射≫

今回の対地攻撃では、10km×10kmの戦域をタテ10、ヨコ10の升目(グリッド)に分割し、1つのグリッドごとにしらみ潰す方法がとられた。
4隻の戦艦からは、1グリッド毎に主砲1門、4隻で12門を割り当て、不足する制圧力は第8、第10戦隊の重巡からの対地誘導弾で賄う。

レーザー属種の迎撃レーザー照射対策として、3方向に布陣した陸軍各軍団からの支援砲撃任務部隊が、レーザー迎撃照射の『空撃ち』用に各口径砲を撃ちこみ、
『本命』の艦砲射撃へのレーザー迎撃照射を極力減らす支援を行っている。



宮崎大将と彼のスタッフ達は、15秒間隔で継続発射されBETA群を業火のもとへ送り続ける、巨弾と誘導弾の作り出す、美しくも凄惨な業火に魅入り続けていた。

















2230 興城付近 第141戦術機甲連隊第4大隊 『独立混成打撃戦術機甲大隊』


南部防衛線がひとまずの終結を見た。 殲滅したBETA総数、約3万前後。 残余はどうやら『お家』に戻ったようだ。

1時間前にようやく到着した整備隊により、ごく簡易的な野外整備点検を済ませたのが、つい20分前。
補給を済ませ、衛士には戦闘野戦食が配られて、ほんの少しひと息がついた。 その後は戦場警戒、そして戦場掃除に駆り出されている。

その戦場掃除が続く興城付近で、独混大隊―――今は141連隊の第4大隊―――は周辺警戒の任に就いていた。


『クレイモアD01より、D02。 エリアE7Rの警戒に移ってくれ』

第3中隊第4小隊長・市川中尉から指示が入る。 戦域MAPで担当エリアを確認。 
さほど離れていない、噴射跳躍は必要ないだろう。 今は推進剤の無駄遣いは避けるべき・・・

「D02了解。 D04、佐倉。 ついて来い」

『D04、了解』

2機の『疾風弐型』がゆっくりと主脚歩行で移動を開始する。 その間にも索敵センサーや複合レーダーで周囲を警戒する。
『はぐれ』のBETAが残っていないとも限らないからだ。

暫く無言で警戒しつつ移動をしていたら、不意に佐倉少尉が通信回線を開いてきた。

『あ、あの・・・ 神宮寺先任』

「? ・・・なに?」

『その・・・ 今日は、有難うございましたっ! お、俺、お陰で生き残れましたっ! 有難うございましたっ!』

一体何を急に・・・ そう思ってから、不意に思い出した。 そうだ、彼は。 佐倉少尉と宮本少尉は今回が初陣だったのだ。
多くの新米衛士達が、越えようとして越えられなかった『死の8分』を越えた。
そればかりか、今朝方から数時間前の夜間戦闘まで、継続した戦闘時間は10時間を超える。

『死の8分』どころか、その何10倍もの地獄の時間を戦い抜いて、生き残ったのだ。 新任の、初陣の、新米衛士達が。


「・・・良くやったね。 良くやったわよ、あなた達は。 良く戦い抜いたわ、良く生き抜いた。 本当に・・・ 良くやったわ」

『い、いえ! 俺が・・・ 俺と宮本が生き残れたのは、先任のお蔭です! 何が何だか判らなくって、何をすればいいのか判らなくって・・・
でも、その度に先任に教えられて・・・ 生き残れました・・・」

涙声になっている。 戦闘を思い出して、興奮状態がぶり返したのだろうか。 心なしか、機体の動きもふらつきかけだ。

「・・・こら、機体がふらついているわよ。 最後まで気を抜くな。 基地に帰還するまで、生還するまで、気を抜かない。
それに、私だけじゃない。 小隊長だって、あんた達の事を見てくれていたわよ。 私に、あんた達の事を良く見ろ、そう言ったのは小隊長よ」

『は、はい・・・ うっ、ぐっ・・・ はい・・・』

「泣くな、男だろう・・・? 今は泣くな。 生還してから、思いっきり泣けばいいわ、喜びのね」

『はいっ・・・! はいっ・・・!』


―――やれやれ。 後任の指導って言うもの、なかなか気恥ずかしいものね。

でも、不快じゃない。 確かに私は喜んでいる。 2人が生き残れた事に。 それを達成できた事に。 どういう心境の変化なのだか・・・

不意にセンサーが反応をキャッチした。

(ッ!! BETAかっ!?)

咄嗟に反応の有った方向へ突撃砲を指向する。 
佐倉少尉は、機体をずらした位置に移動させ、同時に周辺を警戒する―――さっきまで散々、言って聞かせた戦闘行動をこなしていた。

『BETAですかっ!?』

「・・・待て、違う。 この反応・・・ サーモグラフィーパターンは・・・ 人間よ」

赤外線センサーの感度を上げる。 赤い体温を発する部分が、うずくまった人間の姿をぼんやりと形作っていた。

(・・・周囲に歩兵部隊は・・・ 居ないか、くそっ! 仕方が無い、機外確認するしかないか)

歩兵部隊は甚大な被害を受けている。 残りは今頃、興城の宿営地だろう。

「・・・よし、機外確認を行う。 佐倉、全周警戒。 リンクは切らないから、サポートお願い」

『了解です。 ―――D04より、D01。 エリアE7R付近で捜索反応あり。 恐らく人間と思われますが不明。 D02が機外確認開始します』

―――何よ。 言われなくても、ちゃんと報告出来るようになったじゃない。

思わず場違いな感想に、我ながら苦笑する。 良い傾向なのよね? これって。

『D01よりD04、了解した。 そちらへ急行する。 D02、神宮寺、聞こえるか? ―――無理はするなよ?』

「D02よりD01、了解です」

小隊長へ簡潔に応答して、取りあえず通信を切る。 コクピットを開放して、リフトで地表に降り立った。
武装を確認する。 SIG Sauer P239―――9mmパラを8+1発。 シングル・カラムマガジンで装弾数は少ないが、女の私には丁度良いグリップの握り具合で気に入っている。

装弾済みを確認して、銃を前方に向けてゆっくりと歩き出す。

心臓の鼓動が早まる。 センサーでは確かに人間だったが、果たしてそうだろうか? もしもBETAだったら? 自動拳銃1丁でどうこう出来る相手じゃない。
喉が渇く。 脚が竦みそうになる。 段々、歯の根が合わなくなってきた。

『神宮寺少尉、Aエレメント到着まで5分です。 ―――俺がバックアップします』

不意に佐倉少尉が通信してきた。 そうだ―――今の私にはバックアップがいる。 独りで戦場にいる訳じゃない。 守り、守ってくれる仲間がいるんだ・・・

気を取り直し、再び歩き始める。 ゆっくりと、周囲を良く警戒して、しかし確実に。
やがて、目的の灌木が集まる場所に辿り着く。 意外に背の低い灌木だった。 これじゃ、いくら小型種BETAでも身の隠しようは無い。

「・・・ふぅ・・・」

ひと息ついてから、灌木を調べる。 ―――丁度、被さり合わせた隙間が人ひとり、入り込める程度になっている。


≪・・・誰かいるのか?≫

念の為、国際共通語である英語で問いかける。 ―――返事が無い。

≪居るのか? 私は日本軍だ。 ここらにはもう、BETAはいない。 全て掃討した≫

微かに、人の声がした。

「・・・嗎嗎(マーマ)」

―――嗎嗎(マーマ)? ああ、確か中国語で、『お母さん』 ね・・・

強化装備の設定を変更する。 自動翻訳機能と、小型の外付け音声装置があれば、意志の疎通は可能なはず・・・

『大丈夫だ。 もう、BETAは居ないわ。 みんな、吹き飛ばしてやったからね。 さ、出て来なさい。 皆の所に戻ろう・・・』

人影が恐る恐る振り返る。 見るとまだ本当に若い―――10代半ばくらいの中国軍の少年兵だった。


『私は、日本帝国軍の神宮寺まりも少尉よ。 君を助けに来た・・・ 名前は?』

『・・・馬・・・ 馬永安(マ ヨンアン)・・・ 列兵です・・・』

その少年兵は、余程の恐怖だったのか。 なかなか外に出ようとしなかったが。 
それでも外に友軍の士官がいて、どうやら周囲には戦術機も居るらしいと判って初めて、震えながらも姿を見せた。

『ん・・・ 馬列兵、良く生き残った。 良くやったわ』

『・・・ぼ、僕は・・・』

『ん・・・?』

『僕は・・・ 怖くて・・・ みんなが応戦して、BETAに喰い殺されて・・・ 怖くて、独りでずっとここに・・・』

周囲を見渡すと、装輪装甲車や軽機の残骸が有った。 恐らくこの少年兵の言う通りなのだろう。
部隊はここでBETAと交戦し、この少年を除いて全滅したのだ。

神宮寺少尉は暫く周囲を見渡した後で、その少年兵に振り向いて―――



『・・・君は生き残ったのよ。 それ以上の殊勲が、他に有るの?』









[7678] 祥子編 南満州最終話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/09/22 00:42
1994年11月16日 1630 瀋陽防衛線


昨日の南部防衛線に続き、今日の早朝から瀋陽防衛線に移動して防衛戦闘を開始していた。
独混大隊は解隊し、各中隊は本来の所属部隊に復帰していた。 私達の中隊は元の181連隊―――第18師団指揮下で瀋陽防衛の任にあたっている。

ここは昨日来、中国第4野戦軍の戦術機甲部隊が死に物狂いの防戦を行った結果、何とか押し戻しに成功していた。
そこに、早朝には南部防衛軍から第18師団(第11軍団)と、米第2戦術機甲師団、米第1空中騎兵師団(米第8軍団)が増援第1陣として戦闘参加。
5時間前には第4野戦軍の、1時間前には南部防衛軍の機甲部隊の一部も間に合った。

最も、何とか無事に事が済んだのはここまでだ。

瀋陽での防衛戦が響き、北部に回す手筈の韓国軍第11軍団は、第4野戦軍と共に瀋陽を防衛している。 本来は北部防衛線に回す予定だった部隊だ。

北部の第1野戦軍(3個軍団)は、H19からの≪圧力≫に抗しきれず、また側方の守りを担当する筈の第4野戦軍第77集団軍(軍団)が瀋陽防衛に足止めされた結果。
四平から大幅に後退、瀋陽から50km程北北西の鉄嶺に防衛ラインを再構築していた。
南部防衛戦―――輸送幹線路防衛で共に戦った≪セラフィム≫中隊は、親部隊である141連隊、そして第14師団と共に、急遽北部への増援に向かった。

結局、大連の第108砲兵旅団からの超遠距離砲撃―――それも、S-11弾頭弾―――での、広範囲殲滅砲撃に頼るしかなくなったのだ。
一気にBETAの数は減らせるものの。 S-11砲弾の炸裂は土壌を殺す。 腐葉土層を根こそぎ焼き尽くすのだ。

それでなくとも、満洲の大地は意外に土壌が痩せている。 
元々、100年ほど前には腐葉土層が1m以上堆積していたそうだが、半世紀前から始まった中国の計画経済下での略奪農法で、一気に40cm程まで激減したらしい。
―――そしてBETAによる浸食。

数千年、数万年をかけて堆積して行った腐葉土層が無くなるのに、僅か50年足らず。 果たして、大地にとっての天敵はBETAなのか、人類なのか・・・


そんな事を考えていたら、急にCPの報告が入った事に吃驚してしまった。 ―――私も、まだまだだな。

≪CPより≪クレイモア≫、BETA群約400、小型種です。 法倉(ファークー)方面より南下中。 あと10分で遼河に達します! 阻止戦闘!≫

CPから新たなBETA群出現の報が入る。 でも数は大したことはない。 それに大型種も居なさそうだ。

『クレイモア、了解した。 中隊、陣形・フラット・ツー。 第2小隊、前面に出ろ。 第1、第3小隊で左右を固める』

中隊長の高山大尉の指示が出た。 私達第3小隊の『疾風弐型』4機が左翼へ展開する。
小隊長の市川中尉機と、2番機である私の機体が、若干前に位置。 3番機の宮本少尉機は小隊長機の右やや後方、4番機の佐倉少尉機は私の機の左やや後方に。


『宮本、佐倉。 こう言う時の対処方法は?』

小隊長が新任達に、これからの戦闘行動について問いかけている。

『はいっ! まず、光線属種の最終確認。 居ない場合、群れの最前面に誘導弾を撃ち込みます!』

『その後、外周から削ります。 攻撃の底に1機配置し、最終阻止点を作ります』

『光線級が存在する場合は?』

『誘導弾を光線級に対し発射。 強襲掃討装備2機で迎撃照射のインターバル中に突破戦闘。 
残る2機は後方からバックアップ。 まず光線級の撃破を優先します!』

『つまり、君たちの行動は?』

『光線級の有無を問わず、1,2番機のバックアップ。 それから・・・ 外周部の小型種の掃討です!』

『そうだ。 間違っても前には出るなよ? それは僕と先任の仕事だ』

『『 了解! 』』


―――そう言えば。 小隊長は元々、教職志望と言っていたわね・・・

それでなのか。 彼は戦闘前やちょっとした休憩中など、良く新任達にこの手の『授業』をやっていた。
その事で、ちょっと可笑し気に聞いてみた事が有った。 小隊長の答えは―――

(『人に教えるって事は、自分が理解していなければならないって事だしね。 僕が2人に尋ねると言う事は、その事について僕自身が理解しておかなきゃならない。
彼等に対して、戦場での行動を理解させると同時に。 僕自身、指揮官としてどう動くか、どう判断すべきか。 ―――予習だね』)

そう言って、彼は少し恥ずかし気に笑っていた。
私は―――私は、そんな小隊長を恥ずかしいとは思えなかった。 寧ろ、そんな事に気づかなかった私自身が恥ずかしくなったものだ。
なぜって―――私自身、封印していた、そしてそれが外れてしまった事で思い出したかつての夢。 それは彼と同じだったから。

人としての失敗。 指揮官としての失敗。 色々な失敗があるものだ。 人として、それらは避けて通れない。
ならば、それを受け止め、自問し、答えを探して―――こうやって、部下に、後任に伝える。 
これも、指揮官として、先任として―――戦場を生き抜いた者として、やるべき事じゃ無かったか?

私は初陣で何も出来なかった。 何をすべきか知らなかった。 
それからの戦場でも、自分の事しか頭になかった。 周りに対してどう行動すべきか、考えもしなかった。

でもどうだろう? この2日間は? 私は何か出来ただろうか? ―――少なくとも、2人の後任は今、こうして生きている。
生き抜いて、戦い続けている。 これは―――少しは、私の経験も役に立ったのだろうか。

(だとしたら、私が生きている意味は・・・ 生き残った意味は・・・ 生かされた意味は・・・)


≪CPよりクレイモア! 接敵まであと1分!≫

CPの声に、我に返る。 また、戦場でごちゃごちゃと、私は・・・

≪クレイモアDの前面に光線級が5体、確認されています! 警戒を要する!≫

―――ッ!

遼河の対岸に姿を現したBETAの群れ。 後方に位置しているのか、光線級の姿は確認できない。

『D01より各機! 聞いての通りだ。 各人、やるべき事は判るな!?』

『『『 はっ! 』』』

『よし! ―――制圧攻撃、開始!』

『D04! FOX01!』

4番機の佐倉機から、ALMが発射される。 途端に迎撃のレーザー照射が舞いあがる。―――5本! ビンゴ!

『D02! 神宮寺、行くぞっ!』

『了解!』

私と小隊長の2機が飛び出す。 小型種の群れの直前で噴射跳躍―――インターバル中だ、気にしないっ! あと、6秒!
着地地点に120mmキャニスター砲弾を見舞い、スペースを確保。 その勢いのまま、前方に36mmをばら撒き、突撃路を切り開く。
やがて10秒経過―――『D02! FOX01!』 佐倉機がALMの第2射を開始する。 これで、光線級のレーザーは向うに・・・

『ッ! 拙いっ! 1体、こっちを向いているぞっ!!』

小隊長の声が終わらない内に、迎撃照射を行った4本の他に1本。 レーザー照射の帯がこっちに向かってきたっ!

『がッ!!』

『小隊長!!』

照射警報と同時に乱数回避に入ったお陰か、小隊長機は直撃を免れたようだ。 でも、跳躍ユニットが2基とも脱落している!
隊長自身のバイタルモニターも、不規則な波形を刻んでいる。 どうやら負傷したか!? 多分、火傷だ!

「佐倉! ALM全弾発射! 光線級に叩きこめっ! 宮本! 至急、前面展開! 隊長機をサポートしろっ!」

『神宮寺少尉! それじゃ、そっちの機体が巻き込まれますっ!』

『了解! ―――小隊長! 5秒間確保して下さい!』

宮本は指示通り、小隊長機のサポートに回ったな。 佐倉は―――

「佐倉! やれっ! ここで光線級を潰さなきゃ、こっちが殺やられるぞ! ―――回避して見せる! 撃て! 撃て!」

『ッ! くそぉ! 了解!!』

残った10発ほどの誘導弾が向かってくる―――正確には、光線級に。
今まで無駄にしてしまった時間は10秒。 あと2秒、1秒、ゼロ!
迎撃レーザー照射が舞いあがる。 きっちり5本全部!

「いやああぁぁぁ!!」

最後の小型種の壁をブチ抜いて、そのまま光線級に肉薄する。 1,2発、誘導弾が至近に着弾したようだ。 機体ステータスアラームが鳴り響く。
が、気にしては居られない。 地表面滑走で多角機動を行いながら、36mmで光線級を始末する。
高々5体、懐に入れば簡単なものだ。 ―――光線級だけなら。

―――ガクンッ

いきなり、右の主機がフレームアウトした。 どうやら先程の誘導弾の至近爆発。 右の主機を壊したらしい。

機体のバランスが崩れ、咄嗟にオートバランサーが強制起動する。
その隙に、瞬く間にBETAが群がってきた―――戦車級!!

「くうぅ!!」

心臓が恐怖で跳ね上がる。 光線級のレーザー照射で、一瞬に蒸発させられた方がどれだけ楽か。 『あいつ』に、生きたまま喰い殺される事を考えたら!
かろうじて回復した機体機動を立て直し、36mmを左右に乱射する。

『神宮寺少尉! 小隊長機、対岸へ運びました! これから支援に向かいます・・・「その位置で、攻撃続行しろっ!」・・・ええっ!?』

「私の機体はまだ動く! 宮本! その位置から支援射撃! 佐倉! 側方に回って外周部から徹底的に削れ!」

群がってくる小型種―――戦車級に、闘士級、それに―――見慣れない、更に小さいのも居る! 速い!
36mmで至近の奴を、距離のある奴に120mmを撃ちこむ。 が、動きが早くて半数に逃げられた。
噴射滑走も、半分の推力では急激に機動力が落ちる。 自分で空きスペースを作って、そこに逃げ込むしか方法が無い。

「小隊長は負傷している! 2機ともそこを離れたら―――誰がサポートするんだ! 少しでも早くここを殲滅して、野戦病院に担ぎ込むんだっ!」

『うっ・・・! くっ・・・!』

『く、くそ・・・!』

「馬鹿野郎っ! 昨日から私が何を教えた!? 貴様達、何を聞いていたぁ!! 
私がここで綱渡りしているのは、貴様達が支援攻撃をやってのけてくれると考えたからだぞっ!?」

『くっそぉ! 了解! 支援攻撃、入りますっ!!』

『側方から攻撃開始! 隙を見て突入します!』


(―――やっと、動いてくれたか。 全く、手のかかる連中ね・・・)

にしても、自分が助かるまで時間を稼げるかどうか。
宮本は突進してくるBETA連中への対処と同時に、ダウンした小隊長機を確保しなきゃいけないし。 佐倉はまだ融通の利く戦闘機動は無理だろう。

「ッ―――!?」

いきなり、突撃砲が沈黙した。 嘘だ! まだ残弾は有った筈!!
ステータスをチェックする―――クソッ! ジャムった!?
そこで私は致命傷を犯した。 慌ててジャムった砲弾を取り除こうとしたのだ。 ―――咄嗟に捨てるべきなのに。

「うわっ!!」

戦車級が群がってきた。 ここで短刀を取り出す時間が無い!(長刀なんか取り出す暇は余計に無い!)
強引に跳躍ユニットを吹かして距離を取ろうとした時。

―――ボンッ

嫌な音と同時に、推力が瞬く間に落ちて行く。 

(くそぉ! 跳躍ユニットまで!)

絶望的だ。 笑い出したくなった。 跳躍ユニット全損。 主機は片肺。 これでこの煩わしい連中から逃れられたら、それこそ奇跡だ。
群がってきた戦車級に、役立たずの突撃砲を投げつけて吹っ飛ばす。

『神宮寺少尉!』
『先任!』

「五月蠅い! 仕事に集中しろっ! ここを突破されるなっ!」

ぎりぎり、短刀の保持に間に合った。 左右に鋭く、小さく振り続けて群がってくる小型種を切り落とす。
大振りはするな。 刃先は前に。 細かく、鋭く。 数体切り裂いたら、少しづつ後退しろ!

「はっ! ふっ! はっ!」

支援攻撃が微かに残る起伏に邪魔をされて、却って小型種を撃ちづらくさせている。 その分が私の周りにBETAが集まり始めていた。

(―――保つかな?)

そう思った瞬間。

『D小隊! 下がれっ! 神宮寺、そのまま動くな! 掃討射撃開始する!』

中隊長の声が耳をうった。 同時に機体の周りで36mm砲弾が弾け飛ぶ。 120mmが離れた場所のBETAを吹き飛ばした。
―――第1と、第2小隊だ。 2km離れた場所で掃討戦をしていた筈。 終わったのか・・・

1機の『疾風弐型』が私の機体の傍に着地した。

『―――機体は、まだ動くのか?』

スクリーンに現れたその姿は・・・ 折り合いの悪かった神崎少尉だった。

「動くわ。 ・・・でも、跳躍ユニットは全損。 主機は片肺」

『なら、掴まれ。 後ろまで持って行ってやる』

「・・・神崎?」

『≪死神≫じゃ、なかったよな? ・・・D小隊は皆、生き残っている』

それっきり無言で、神崎少尉の機は私の機体を保持して噴射跳躍に移った。
ふと、戦場を見る。 中隊本隊の戦闘参加で、BETA共は粗方片付いていた。
佐倉と宮本の2機が、小隊長機を保持して続行している。 ―――小隊長はまだ生きているようだ。

ふと、安堵から全身の力が抜けそうになる。

『・・・気を失うのは、後ろに着いてからにしてくれ』

「・・・判っているわよ」

神崎の一言に、悔しながら負け惜しみを言いつつ、一体何が彼をこう変えたんだろうか? ふとそんな事を考えていた。

















1994年11月25日 大連 統合軍大連病院


今日、市川中尉を見舞った。
彼はあの最後の戦闘で負傷し、火傷を負った。 幸い症状は軽く、1か月ほどで退院できるらしい。

あの後、S-11砲弾の集中砲撃―――と言っても、30分に1斉射―――で、何とかBETA群を削り取った。
第108砲兵旅団は、山東半島方面への支援砲撃も担っていたから、全門とは言えなかったけれど。
それでも、もう後が無かった方面軍はそれしか方法が無かった。

衛星情報で、各ハイブ周辺のBETAの出現数が激減したことが確認されたのが16日の2000時頃。
翌17日の未明には前線でも、≪圧力≫が激減した事が確認された。 

そして夜が明けた0730、強行偵察戦術機甲部隊が、各ハイブ方面へ移動していくBETA群を確認。
これで、ようやくの事で防衛戦は終結したのだ。


「神宮寺、どうやら君も、佐倉も、宮本も。 みな無事だったようだね。 ドジを踏んだのは、僕だけか・・・」

市川中尉が苦笑する。 が、その苦笑に卑屈さはなかった。

「中尉が散々、≪授業≫されていましたから。 あの2人も、否応なく体が動いたのでしょう」

本音だ。 あんな事をやる指揮官は珍しい。 本当にこの人は、『先生』だったのだ。


「・・・そう言えば。 神崎少尉に言われました。 『これからは≪死神≫じゃなく、≪鬼軍曹≫に昇格してやる』、と・・・」

―――あっはっはっは!

不意に中尉が腹を抱えて笑い始めた。―――ちょっとムッときたが、抑える。

「・・・何でも、中尉が見舞いに来た者達に散々、吹聴しまくったとか・・・?」

「良いじゃないか? ≪鬼軍曹≫  これで君に教えられた連中は、なかなかしぶとい衛士になりそうだ。
立派に、生き残った者の役目を果たしているじゃないか。 甘受しろ?」

納得いかない。 うら若い乙女を捕まえて、何が悲しくて≪鬼軍曹≫よ。 
訓練校に居た鬼のような訓練教官達を思い出す。―――私が、あんなむさ苦しい鬼達と同じだとでもっ!?


「・・・生き残った者が、誰かがやらなきゃならない事だよ、神宮寺」

「中尉?」

「君が生き残った意味。 君が生かされた意味。 まだ出ないかい?」

唐突に胸を突かれる言葉だった。 全く、こう言う所は気が抜けない人ね。

「・・・はっきり、判ったとは言えません。 まだしつこく絡まってはいます。 でも・・・ でも、以前の様な、自分すら見えていなかった様では、無くなった気がします」

「じゃ、佐倉に宮本、それに今後もやってくる新任達には・・・?」

「教えます。 それこそ、≪鬼軍曹≫として」

そう言った私を、中尉は嬉しそうに見やって。 そして・・・


「・・・帰還したか?」


満腔の感謝を込めて、私は敬礼と共に報告する。


「小隊長。 神宮寺まりも少尉―――只今を以って、帰還しました!」



















1994年12月10日 上海特別行政市 中華人民共和国 政治局常務委員会


「・・・忌々しい。 結局、我が国の一方損ではないか」

習金平・国家副主席(兼国家中央軍事委員会副主席)が会議の席上、吐き捨てるように呟く。
目の前には、約1ヶ月前の全土での防衛戦の損失結果報告があった。

「第4野戦軍は、戦術機甲戦力4割減、機甲戦力7割減、歩兵も5割減。 最早1個集団軍(軍団)分しか残っておらん。
第1野戦軍にしても、3個集団軍の半数を失った。 山東半島の第2野戦軍も同様だ。 満洲軍区(旧北京・瀋陽軍区)には最早、攻勢などあり得ん・・・」


「華南に華中も、無視はできんのぉ・・・」

呉宝生・全人代常務委員長(兼党中央企業工作委員会書記)が、眠そうな表情で続ける。 抜け目なく何かを警戒するような目の老人だ。

「満洲程では無いがの。 南京の3野軍(第3野戦軍)、杭州の5野軍(第5野戦軍)、共に結構な被害じゃわい。
何せ、華南軍区の手助けがホネじゃったからの・・・」


「左様。 特に統合軍に踊らされた満洲軍区、それも4野軍、そして余所の軍区の支援を早々に求めるような6野軍(第6野戦軍)、7野軍(第7野戦軍。いずれも華南軍区)
お陰で1野軍、2野軍はもとより、この首都を守るべき3野軍、5野軍さえ大きな被害。 これはどなたの責任でしょうなぁ・・・?」

李克興・国務院副総理(兼党中央政法委員会書記)が同調する。


習金平、呉宝生、李克興、彼らの目の前には、憮然として眼をつむる曽慶青・国家主席(兼党中央委員会総書記・兼・党中央軍事委員会主席・兼・国家中央軍事委員会主席)が居た。
その傍らには、明らかに狼狽の色を強める朱鎔奇・国務院総理(兼党中央金融工作委員会書記)が主席の顔色を窺っていた。

今回の『大陸打通作戦』 これは元々中国軍内の非主流派である、第4野戦軍系の政治局常務委員である国家主席。
そしてその系列の太子党(権力者の子弟出身者)である朱鎔奇国務院総理が、党中央軍事委員会を押し切って押し通したのもだった。
無論、韓国の軍事政権(大韓民国は10年前のクーデターにより、軍部独裁政権となっている)、日本帝国軍部とも調整した結果であったのだが・・・

「儂の筋からじゃと、日本の海軍はえらく反対しとったらしいのぉ、現実的ではないと・・・
陸軍の所謂 『統制派』 も、疑問視しとったとか。 乗り気じゃったは、『勤将派』 とか、『国粋派』 とか、そんな連中らしいのぉ・・・」

呉宝生・全人代常務委員長が老人とは思えない、ねっとりした目つきで政敵を眺めて言う。

「連中の望みは、自国内での発言権の拡大。 そして昨年来止まったままの、渤海油田の再開利権ですからな。 バックには右派の政商連中が居る。
云わば、面子と欲にかられた強行作戦。 はてさて、碌に作戦内容の検討もしていたのか・・・」

李克興・国務院副総理が冷ややかに皮肉る。


「・・・で、諸君は私に何を言いたいのだ?」

曽慶青・国家主席がようやくの事で口を開く。
その様を見た習金平・国家副主席は、一切の感情を殺して事務的に言い放った。

「全ての役職を降りて頂こう。 何、全人代委員の椅子程度は残しておいてやる。
最早、軍は貴様の命令には従わんよ。 頼みの綱の第2、第4野戦軍があの調子ではな」

習金平・国家副主席の権力母体は、曽慶青・国家主席の権力母体と対立する軍部主流派・第1、第3、第5野戦軍で有った。
今回の大損害を受けて密かに軍部主流派を固め、国家中央軍事委員会にも根回しは済んでいた。

国家中央軍事委員会は、党中央軍事委員会が殆どを兼務しているから、党中央の意向をも纏めたに等しい。
後は退陣要求を突きつけるだけであった。


「・・・ふん、随分と緩くなったものだな? 我が党は。 昔なら、問答無用で銃殺だ」

「考え無しの文革(文化大革命)当時と同じに考えないで貰おうか。 仮にも一国の代表が代わるのだ。
それに対して命で購うのは、封建社会の昔だな。 ・・・いや、今でも余り変わらん国はあるか」

くっくっく・・・ 含み笑いがあちこちから聞こえる。

成程、ここにいる他の連中。 
賀国共・党紀律検査委員会書記、李張瞬・党中央組織委員兼国務委員、周永校・党中央金融工作委員会書記、賈慶森・中国人民政治協商会議主席。
この4人の政治局常務委員も、習金平派に回ったという訳か。

くそっ、良いだろう。 降ろしたければ降ろせ。 登りたければ登ってみろ。 
但し覚えておけ? 主席の椅子など、貴様達が考える程に座り心地の良いものじゃない。

国土の過半をBETAに浸食され、主要産業とて壊滅し、国土防衛には他国に頭を垂れねば維持できない。 それが今の中国だ。
貴様達が内心蔑しむ韓人や、侮る日帝共の靴の底を舐める日が来ない事を、精々祈ってやるよ・・・




1995年1月10日 中華人民共和国全人代(全国人民代表大会)は、満場一致で新国家主席として、習金平主席を選出した事を発表した。
同時に習主席は党中央委員会総書記、党中央軍事委員会主席、国家中央軍事委員会主席を兼ねる事も発表された。

















1995年1月25日 副帝都・東京府 荒川警察署


「捜査を打ち切れ!? どう言う事です、課長!」

荒川警察署の刑事課に所属する有野巡査部長は、刑事課長である大友警部に思わず掴みかかった。

3日前に管区内の荒川自然公園に接する荒川に、死体が浮かび上がったのだ。
司法解剖の結果、体内からは大量のアルコールが検知され、『酔ったはずみに転落、溺死』とされたのだが。

刑事課畑20年のベテラン捜査員である有野には納得がいかなかった。
酔っていたにしては服装がまともすぎる。 それに遺族に聞けば、ホトケは普段から酒は飲まないそうだった。 臭すぎる。


「仕方あるまい。 上からだ」

「上? 署長ですか?」

「本庁だよ。 所轄が手を出すな、だとよ」

自身も叩き上げの大友課長も面白くないらしい。 が、長年警察組織の中で生き抜いてきた身が、この件から手を引けと警告していたのだ。

「有野よぉ、お前さんも昨日、今日、デカになった訳じゃあるめぇ? 
それによ、こりゃ本庁の審議官とよ、何故か特高(警保省特別高等公安局)の奴がよ、連れ添って釘さしに来やがったんだぜ?」

「特高? 芝(東京府芝区。特別高等公安局所在地)の連中ですかい? 名乗ったんですか?」

「馬鹿野郎。 芝の連中が名乗るかって。 国家憲兵隊の特務局と同じだぜ、連中は・・・
でもよ、あの『空気』は芝の連中さ。 憲兵とも、情報省とも違うわな。 って事はよ、あのホトケさんはよ・・・」

「・・・国家謀略の、後始末・・・」

―――そう言うこった。 ま、俺たちゃ、火傷しねぇ内に手を引くに限るわ。


課長席を離れて自席に戻る。 無意識に煙草に火をつけ―――報告書に目をやる。
死んだホトケさんは、市ヶ谷の衛星情報中央センターに勤務していた外務省からのノンキャリアの出向組。
今回は何故か外務省もやたらと非協力的で口が重かった。 

(・・・そう言や、半月前にもおんなじ勤務先の、外務省のキャリア出向組が死んでたな。 確か、自宅の火事で逃げ遅れて・・・)

あの時の管轄は麻布署だったが。 確か今回同様、早々に捜査は打ち切られたらしい。
キナ臭い。 限りなくキナ臭い。 が、どうしようもない。

(本庁のお偉方直々の指示に、芝の連中か・・・ ひょっとしたら、憲兵の特務も動いているかもな。 そんなヤマに首突っ込んだら、命が幾つ有っても足りやしねぇ・・・)

有野巡査部長は捜査報告書を閉じ、書類棚に仕舞い込んだ。 ―――『解決済案件』の棚に。












[7678] 祥子編 南満州番外編~後日談?~ その1
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/10/01 23:43
【Achtung!】
今回異なる時空から、AF(オルタードフェイブル)の神様が一部降臨しました。(テンプレです)
それと、某銀河のチートな伝説の神様もホンの一部降臨しています。(一部パロです)
スミマセン、石は投げないでください・・・







1995年4月20日 大連 帝国軍第14師団駐留基地


昨年11月の大損害から、ようやくの事で復旧しつつある極東絶対防衛線。
その一翼を担う帝国大陸派遣軍第14師団。 今は少々浮ついた空気に包まれていた。
無理も無い。 あと半月ほどで彼等は1年間の派遣期間を終え、本国へと帰還するのだ。
 
ここ2カ月程、周辺の重点監視ハイブ(H14、H18、H19)の衛星観測データも、定期哨戒情報でも、BETAの増加・飽和傾向は見受けられていない。
恐らく大過なくあと半月の派遣軍務を終えて、祖国へ帰還できるのだ。 少々浮ついても仕方が無い。

「・・・既に先遣隊は宇賀神少佐と源中尉が本土へ進発。 本土防衛軍との引き継ぎを開始。
瀋陽では早坂少佐と木伏大尉が、交替の13師団・131連隊先遣隊との引き継ぎ業務に入った、と。
部隊残余は大連に集結完了。 人員・機体ともに遺漏無し、と・・・ よし、ご苦労様、水嶋大尉、綾森中尉」

連隊先任幕僚・河惣少佐が書類の記載内容を確認し、報告に来た2人の士官を労っていた。
連隊長の藤田中佐はここ暫く、師団本部と共に交替部隊である第13師団との引き継ぎ会議に出ずっぱりであり、2人の大隊長は本土と瀋陽での引き継ぎ実務を担当している。
自然、部隊の指揮代行は残余の最上級者である河惣少佐が行う事になっていた。

「いえいえ。 皆、てきぱきしたものですよ。 本土に帰還できるとなった途端、いつもの10割増しで勤勉になっちゃってまァ・・・」

普段はおどけ者の水嶋大尉も苦笑するしかない。

「仕方ありませんよ、大尉。 生きて満洲から本土に帰還できるのですから。 弛緩しすぎるのは見逃せませんけれど、多少の浮つきは仕方が無いでしょう」

自身、2度目の大陸派遣を経験した綾森中尉も、実経験から顧みて今の部隊の空気は仕方が無いと考えている。
だらけはさせないが、無駄に引き締め過ぎるのも弊害になる場合もある。 そう言っているのだ。

―――真面目ではあるけれど。 変に肩肘張らない所は、この先の期待を持てそうね。

2人の上級士官が、そんな綾森中尉を見つつ、同じ感想を抱く。
衛士としての適性や腕前以上に、俯瞰的に状況を把握できる能力と冷静な判断力。 そして程々に力を抜いた感の有る部隊掌握力。
実際、部隊指揮官としての将来性は高いものがあるとは、連隊の上級指揮官達が下す綾森中尉への評価だった。


「ま、あとは今本土へ教育課程に出ている新中尉達が帰って来て。 本格的に交替部隊との引き継ぎが完了して、帰還の途に就く。
本当にこの1年間、ご苦労様。 ・・・決して楽な戦いでは無かったけれでど、頑張ってくれたわ」

「ホント、とにかく1年間をどうやって戦い抜くか。 どうやって部下を無事に国に帰してやれるか。 どうやってBETAの侵攻を押しとどめるか。
・・・少佐も先任幕僚、ご苦労様でした」

流石に水嶋大尉も、この1年間の苦闘を振り返ってしんみりしている。 BETAの中規模侵攻が頻発した昨年の夏以降の連続した戦闘。
そして大いなる過誤に始まり、大きすぎる損失を出した11月の防衛戦。 その後も頻発した中小規模の阻止戦闘。

衛士達の苦戦もさることながら、整備補給を含めた部隊の戦闘力の維持管理、補充要員の確保、情報収集、作戦立案。
後方支援業務全般を先任幕僚として、実質参謀長的立場として仕切ってきた河惣少佐のストレスは、かなりのモノだったであろう。
それでいて戦闘では、連隊先任戦闘管制官として統率していたのだ。

「・・・苦労性は、どうやら私の性に合っているのかもね」

その美貌にも、疲労の色が見え隠れする。 部隊の大半は浮かれている今現在であるが、支援業務の主務担当である河惣少佐にとっては、正に今が『激戦』の最中だったのだ。
ちょっとお疲れ気味の河惣少佐。 そんな少佐を見て、水嶋大尉と綾森中尉が顔を見合わせてから、水嶋大尉が切り出す。

「で、ですね、少佐。 ついては近々、慰労会をやろうと思っているんですよ」

「慰労会?」

「ええ。 って言っても大体的なものじゃないです。 有志で集まって、ご苦労様会ですね。
ウチの連隊だけじゃなくて、師団の他の連隊や18師団にも声をかけているんです、実は」

「お互いの同期生なんかを通じて。 強制じゃありませんし、気の合う者達だけで小じんまりと・・・ と行くか判りませんけれど、気の張らない会にしたいと」

河惣少佐の問いに、水嶋大尉と綾森中尉が答える。
実際、ぼちぼち非番の都合をつけあって友人同士、同期生同士での宴席がボチボチ開かれてはいたのだ。

「今回は、女同士の集まりと言う事で。 来て貰おうにも、ウチの連隊は連隊長以下、男の幹部連は皆不在ですし。 この際、女同士で盛り上がろうかと」

綾森中尉が珍しく茶目っ気の有る笑みを浮かべて言う。 横で水嶋大尉もにやりと笑っている。

「・・・ちょっと壮絶な会になりそうね。 で? 私も参加しろと?」

「息抜きですよ、少佐。 やっぱり異性がいれば言えない事も有るじゃないですか? ここはひとつ、弾けるのも手ですよ?」

「はあ・・・ 水嶋大尉? そう何時も弾けるのも問題よ? ま、良いわ、面白そうだし、出席するわ」

―――やったね!

そう言ってハイタッチを交わす部下達を見ながら、こんな若い子達に混ざって、体が保つかしら? と一瞬悩む河惣少佐であった。








1995年4月24日 黄海 門司=大連航路 帝国郵船『照国丸』


「うあ~~・・・ きもちいいぃ~・・・」

潮風を受けながら、ハンドレールにもたれかかった同期生の美園杏が、間の抜けた歓声を上げている。

門司から大連までの定期航路。 その中でも上等の部類に入る客船、『照国丸』の二等船客。 それが私達。
え? 小娘の分際で二等客室なんて図々しいって? ご尤も。 私も自腹切るんじゃ、三等に乗るわね。 何せ料金が倍は違うんだものね。

でも私達の様な20歳前後の小娘でも、帝国の叙勲で言えば立派に高等官(上級職官吏)、『奏任官七等』なのよね。
当然、それ相応の見栄も張らなきゃならないのよ。 ああ、辛いところね・・・

「・・・何を言っているのよ。 出張旅費で落ちるでしょ」

・・・横であっさり、種明かしをしてくれやがったのも、私の同期生・神宮寺まりも。
全く、少しくらいは優越感って言うのかなぁ? そう言うワクワク感に浸っても良いじゃないさ。

「はぁ・・・ それなら、もう少し相応の態度と言うか、自覚と言うか。 持ちなさいよ、全く・・・
私達がこうやって、贅沢な船旅をしていられるのも全部、国民の血税からなのよ?」

―――うわぁ~・・・ 優等生的発言。 こいつってば、すっかり昔に戻ったわね・・・

「まぁ、まぁ、まぁ。 それはそうだけどさ! 私らだって、体張って頑張っているんだしさっ! いいじゃん、この位の役得は。 たまにはさっ!」

さっきまで海原に向かって大口あけて、「うあ~」だの、「あが~」だの、奇声を上げていた杏が、珍しくまともな事を言う。

「・・・何か食べ物でもあたった? 美園?  珍しく・・・」

酷い言いようだし、その『珍しく・・・』の絶句の仕方も、また酷いよ? アンタ・・・

「うがぁ! 何よっ! 私が真面目な事言ったらオカシイのっ!? 神宮寺ぃ!!」

ああ、杏がいい感じにキレちゃった。

「葉月! アンタも我関せずって顔してんじゃなぁい!! えっ!? オカシイのっ!?」

「・・・オカシイと言うより」 「・・・珍しすぎ?」

2人して顔を合わせて確かめ合う。 ―――うん、間違いじゃないね。

「・・・あが・・・」

絶句する杏。 ついでにデッキにへたり込んでイジケ始めた。 ああ、鬱陶しい・・・

「あ、いたいた。 3人とも、あと2時間で大連よ。 そろそろ部屋の中片付けたら? って、何へたり込んでんの? 美園・・・」
「神宮寺は良いけど、美園に仁科。 アンタ達、散らかしっぱなしじゃない。 ・・・美園、拾い食いは駄目よ?」
「いくら男っ気無しとは言えさぁ、あれはみっともないなぁ ・・・美園ぉ、木甲板のチーク材は食えんぞぉ?」

口々に勝手な事を言いながら、船内から出てきたのはこれまた同期生達。

「判ったわよ、江上。 それにどうして、『神宮寺は良いとして』なのよ? 真咲・・・
それと! 男っ気が無いのはアンタも一緒でしょーがっ! 天羽っ!!」

苦笑する江上、舌を出しておどける真咲、にかっとカラカラ笑う天羽。
三者三様、見慣れた同期の顔触れ。 江上、真咲、天羽の3人は、新任当時は私や杏と同じ中隊に配属されていたのだ。
中隊には他に1人同期が居たけど戦死した。 大隊全体で12人の同期が配属されて、生き残っている者は8人。 
その中で今も衛士をしているのが6人。 2人は負傷で衛士資格を失った。 戦死者は都合6人。 2年間で半数を失った。


「あ、神宮寺は初陣半年遅れで、一緒じゃ無かったっけ?」

「・・・何か、棘がある気がするのだけど? 仁科?」

「気のせい、気のせい」

こいつはむくれると、何気に幼い表情になる事は最近発見した。 他にも色々見つかるかもしれない。
これがまた、楽しい。 軍に入ってからの付き合いだけど、最近は色んな事を発見出来る。 これも生きている証拠ねっ!

「さぁて、それじゃ片付けでもしますか!」

「私も。 もう一度詰め忘れが無いか確かめようかな・・・」

神宮寺と2人して船内に入る。 続いて3人の同期達も後に続いてきた。 なんだ、本当に私達を呼びに来ただけだったのか。

―――ん? 何か忘れている気がするけど・・・?

「? ・・・気のせいでしょ?」

うん、神宮寺もそう言っているし、そうでしょ。 さて、短い旅の仮の宿とは言え。 後を汚してちゃね。
私は自室の片付けの為に、狭いラッタルを駆け下り、船内通路を辿って自室へと向かったのだ。



「みんなぁ~・・・ ひどいよぉ~・・・ 忘れるなんてぇ~・・・」



―――あ、杏を忘れてた・・・












1995年4月24日 1330 大連 帝国軍第6軍駐留地(戦術機甲部隊基地) 


「ひどい、ひどい、ひどいっ! あんまりだっ! 信じらんないっ! これで同期生っ!?」

先頭で、一人プンスカ怒っているのは。 私の腐れ縁の同期生で戦友の美園杏中尉。

「あ、えーっと・・・ その、ごめんねぇ~・・・ あはは・・・」

乾いた声とひきつった笑いを顔に張り付かせているのが、以前同じ戦場で戦った同期生の神宮寺まりも中尉。

「忘れていた訳じゃないのよ。 当然、後に付いて来ているものと・・・ ねぇ?」

後ろの同期に同意を求める顔が、やや苦笑気味な江上聡子中尉。

「外したアンタが悪い。 自業自得」

容赦が無いのは、真咲櫻中尉。

「あははっ! アンタは相変わらず、自爆ネタが好きだねぇ!」

豪快に言い放つのは、天羽都中尉。

皆、同期生同士だ。 私達は先月末、1995年3月31日付けをもって、陸軍衛士中尉に無事進級した。
そして4月初めから3週間の初級指揮幕僚課程を修了して、今こうして再び満洲へ戻ってきたのだ。

「みんな鬼だっ!! 一緒に3週間の地獄を這いずり回った仲なのにっ!!」

杏の言う『3週間の地獄』に、皆思い出したように身震いする。
3週間にわたった初級指揮幕僚課程。 少尉から中尉に進級して最初に訪れる試練。 それがこの教育課程だ。

別に、訓練校時代の様に肉体的にギリギリまで扱かれる訳じゃない。
寧ろそういった意味では天国だ。 じゃ、何が試練なのか? ―――徹底的に、頭を使わされるのだ。

任官して2年。 中尉に進級してそろそろ小隊長職が回ってくる。 その時に最低限、指揮官として承知しておかないとならない諸々。
応用戦術論、兵站概論、統率学、それに指揮能力の向上の為の図上演習と、部下の掌握方法。 人事考課者研修。 あれや、これや。

訓練教官の怒鳴り声が響き渡らない代わりに、ちょっとでも回答が出ない者には指導教官の冷ややかな視線と、絶対零度の冷たい台詞が待ちうける。

『中尉―――君は、今後どうやって部隊を掌握する気かね?』

おまけに、次から次へと容赦なく質問が浴びせかけられる。 
揚句に気がつくと、『あ~、う~』と、情けない唸り声しか発していない自分を見出し、猛烈に落ち込むのだが・・・


「・・・神宮寺、やっぱり雰囲気変わったね。 いや、昔に少し戻った?」

駐屯地の衛門をくぐり、各々の部隊へ向かう道すがら、横から江上が誰ともなく小声で呟く。

「そうかな・・・? そう、かもね・・・」

相変わらずご機嫌斜めの杏を、宥めながら前を歩く彼女の背を見ながら、曖昧に応える私。 でも、そう思う。 確かに変わったな、半年前からは・・・

「何よ? 何か知っているの、仁科?」

「別に? 直接聞いてみたら?」

私が言う事じゃない。 彼女の心境の変化に起因する事だし、言う時は本人が言うだろう。
やがて各連隊の管理棟が見えてくる。 この辺でそろそろバラバラになるな。
私と杏は141連隊、江上は142連隊、真咲が143連隊、。 神宮寺は181連隊で、天羽が183連隊。

ただっ広い基地、と言うより基地群。 お互い更に10数分歩く事になる。 とか考えていると、前方に見知った顔が居た。

「ああ、仁科、美園、お帰りぃ ・・・ん? アンタ達、江上に真咲に天羽? 久しぶりねぇ、まだ生きてたかぁ?」

小隊長の伊達愛姫中尉だった。 私達の1期先任士官。

「・・・生きてますよ、生憎と。 伊達さんも流石、世に憚っていますね?」
「しぶといですよね、伊達さんの期は。 人間ですか?」

「あははっ! 言うようになったねっ 初陣でこぞって盛大に漏らした『ションベン娘』達なのにねぇ!」

「「「「「 ぐっ! 」」」」」

「ま、恥ずかしい過去をこれ以上暴露されたく無きゃ、私より長生きして精々口止めしなよ? あははっ!」

「「「「「 い、言われなくとも・・・ 」」」」」

―――やっぱり性悪だっ! この人っ!!

ふと、そんな伊達中尉と私達を見ながら、横で苦笑している2人の中尉が目に入った。 1人は見覚えがある。 確か神宮寺の所の小隊長、市川中尉だ。 
もう一人の女性中尉は・・・? 小声で伊達中尉と何やら話している。―――身長差があるから、屈んでいるように見えるな。 ウチの小隊長、小柄だから。

縁無しの眼鏡をかけた、ちょっとクールな知的美人、って感じ。 見た目はあたし等とさほど変わらない年かな? 
そして・・・ 大きい。 あんなに大きくて操縦の邪魔にならないのかな? って思う程大きい、胸が。
それに何? あの全体のプロポーション? あんなの、緋色さん位しか知らない。 神様は不公平だっ! ―――決して、やっかみじゃないですけどっ! 

その女性中尉がこっちを向いた。 そして―――

「久しぶりだな? 神宮寺」

「・・・ご無沙汰しています」

たったそれだけだったけど。 何やら2人の間で無言の高速会話が激しく交わされているような・・・ 何? この妖しいような、緊迫した雰囲気・・・?

「・・・ふっ」

不意にその中尉がニヤリとしたと思ったら、踵を返して歩き去っていく。 

「愛姫。 例の件、承知したよ」

「サンキュ。 宜しく、静流」

その去り際に伊達中尉と何やら意味不明の会話を交わして。 神宮寺と言えば、ちょっと苦笑気味だ・・・?
その女性中尉の後姿を見ながら、市川中尉が神宮寺の所へ歩み寄って行く。

「教育課程受講、ご苦労だったな、神宮寺。 疲れている所をスマンが、中隊事務所の方まで来てくれるか?」

「・・・? はっ! 了解しました」

それだけ言うと、こちらもさっさと戻って行った。 ・・・何だったんだろうか?


「・・・小隊長、さっきの人誰なんです?」

小走りに走り寄って、聞いてみる。 なんか雰囲気のある人だったけど。 伊達中尉の同期かな?

「んあ? ああ、同期だよ。 182連隊のね」

「はあ、同期・・・ で、何の話を?」

「それは後で・・・ っと、やっぱ今言っておくか。 アンタ達、明日の夕方、予定入れておいてよ?」

「「はい?」」

「仁科に美園だけじゃなくって、江上と真咲も天羽も、隊の連中から話あると思うから」

―――何の話だ?

「何の事ですか? 伊達中尉?」

同じ疑問は持つよね。 江上が同じ事を口に出して聞いてきた。

「合同慰労会、やるから。 14と18師団有志で」

「「「「「合同慰労会っ!?」」」」」

しかも、2個師団の有志でっ!? 一体、何十人・・・ いや、何百人集まるんだろう!?

「そんなに集まらないよ。 女性衛士か、女性CP将校の集まり。 精々尉官まで。 あ、佐官も一応声は掛けてあるけど」

―――佐官って。 ウチの連隊じゃ、先任幕僚の河惣少佐だけだし。 他の連隊でも1,2名位じゃなかった?

「・・・それでも、3割は居ますよ?」

―――女ばかり200人弱か・・・ 壮絶・・・

「もっと少ない。 先遣隊で既に本土に向かっている連中も多いし。 引き継ぎで瀋陽に留まっている連中も居るから。 ざっと・・・ 40人位よ」

―――それでも40人か・・・ ちょっと凄い事になりそうね。



そう。 私の予感は当たっていたのだった。
忘れはしないだろう、あの様を。 きっと、忘れない・・・














[7678] 祥子編 南満州番外編~後日談?~ その2
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/10/01 22:02
1995年4月25日 1700 大連市内


「「「「「 富士教導団!? 」」」」」

思わずハモったのは、私に杏、それに江上と真咲に天羽の5人。 ちょっと困った顔で苦笑しているのは、神宮寺。

『合同慰労会』への途上、同期6人で他愛ないおしゃべりをしながら歩いていた時、神宮寺が自身の転属の話を始めたのだ。

「富士って言うと・・・ 戦術機甲教導隊? ふぅん・・・ 意外に合っているんじゃない?」

江上が確認する。 神宮寺はまだ、自身で納得できていないようだ。

「そうかしら? いきなりの辞令だったから、ピンとこないのよ。 そもそもどうして私が富士に目をつけられたのか・・・」

富士教導団は、特に戦術機甲教導隊は1本釣りが多いと聞く。 と言う事は、富士の誰かが神宮寺を『見染めた』訳なのかな?
でも、富士の人間なんて満洲じゃ見かけなかったけどな? 謎だ。

富士の教導団は何も戦術機甲教導だけでは無い。 機甲教導隊とか、機械化歩兵装甲教導隊とか。 他にも色々。
他に、場所は違うけれども砲兵教導隊とか、機動歩兵教導隊とかもある。 所謂、『教導』―――仮想敵役・実戦的戦技教育部隊(所謂、アグレッサー部隊)の事だ。
他にも『職制学校』の教育訓練支援なども行っている。 腕が立つ以上に、彼我の技術を理論的に理解して、それを理路整然と説明し得る頭脳も必要とされるのだ。
―――単なる戦術機馬鹿では務まらない。


「・・・凄いね、エリートだ」
「頭いいからね、神宮寺。 教えるのも上手いし」
「アンタらや、あたしには無理だな!」
「ま、適任じゃない?」

私含め、他の4人も概ね同意見。 って言うか、天羽。 アンタのオツムと一緒にするな。
しかし、教導団かぁ 憧れる半面、色々面倒臭そうだしなぁ。 私はいいや・・・

「でもさ、仁科に美園。 貴女達も次の配属は教育隊じゃ無かった?」

真咲の一言に、思わず杏と顔を見合わせる ―――そうでした。

―――『教育隊』

「教導隊」じゃない。 そんな部隊はやっぱりその道のエリートと言うか。 それに数が少ない。 巡回戦技指導もしているけれど、それも年に数回も無いのが実情。
だもので。 今回大幅に部隊再編をする事になったとかで、各師団内に『教育隊』を設ける事になったそうだ。

これは師団本部直率の本部管理部隊で、規模はほぼ中隊編成。 隊長は少佐又は大尉がこの任に着き、運用訓練幹部の大尉か中尉が補佐役をする。
他に隊本部付幹部の中尉か少尉が2名と、小隊長に相当する区隊長(3個区隊編成)が中尉。 それに区隊付の少尉達。

運用目的は新任衛士の後期(職種課程)教育を担当する事と、戦闘訓練時の仮想敵役(アグレッサー)を担当する事。
だもので教育隊の構成人員は全員、実戦経験者で固められる事になる。

でもって、第14師団と第18師団は各連隊から2個大隊分の人員がこの『教育隊』要員として抽出される事になった、と言う訳。
予定では、私は東部軍管区転属の内示を受けているから。 多分、14師団か18師団だろうけど。
お陰さまで第14、第18の両師団は大幅に定員割れ。 新たに補充人員を充てて再編成する事になったのだ。

最も両師団の新たな所属は本土の東部防衛軍管区だ。 
九州・四国や日本海・北海道の軍管区、それに帝都を含む中部軍管区と違い、今本土で最ものんびりした軍管区である事に違いはないけれど。


『結構バラけるけれど・・・ 極力、元の中隊や大隊の人員を固める方針よ』

中隊長の説明時のその一言に、ちょっとほっとした事は隠しておこう。 我ながら未熟だよ、それは・・・










1730 大連新市街 某料理店


「カンパ~イッ!!」

「乾杯!」「干杯(カンペイ)!」

グラスやジョッキが響き渡る。 卓上には様々な料理。 そして酒。 最近ではついぞお目にかかれないご馳走だ。
皆が思い思いに料理に箸をつける。 あちこちで雑談、笑い声、嬌声、悲鳴(?)

とある中華(?)料理店。 表通りに店を構えるご立派な店では無く、さりとていかがわしい裏通りの店でも無い。
そこそこ大きく、そこそこに繁盛。 でも、味は折り紙つき、そんな店。

「でもさぁ、良く知っていたよねぇ? こんな店さぁ」

既に酒に酔っているのか、顔をほんのりと赤くしている杏が酒杯を一気に空けて周りを見渡す。

「・・・だね」

しかし、どう言ったらいいのだろうか、このお店は・・・
一応、出てくる料理は中華だよね。 大連料理がメインのようだけど、満洲料理や北京料理も有ると言う。 でも、和食もあるのだ。
中華飯店と言うより、和中折衷な店だ。 それに、日本人向けに畳敷きの宴会部屋も有る。 私達が今まさにいる宴会部屋がそうだ。
客筋に帝国軍の連中が多いからとか。 ま、確かに日本人は宴会は畳敷きの宴会部屋に限る。


「仁科、美園。 教育課程修了、お疲れ様」

そう言ってビール瓶片手に労ってくれるのは。 我が中隊長の綾森祥子中尉。
真面目で結構優秀、部下の事も良く見てくれる。 性格は穏やかで、人には公正に接する。 付け加えるなら、かなりの美女で、かなり一途で純情。

はぁ、本当にこんな人居たんだ、って思っちゃうよね。 それでもって、既に売約済み。 世の男性陣、ご愁傷様・・・
で、そんな彼女を売約済みにしちゃった罰当たりな男は、私の以前の先任士官。 今はどこぞを、ふらついている事やら・・・

「いえいえ、それほどでも・・・ はっはっは!」

いつの間にか、老酒に手を出している杏が、真っ赤な顔で高笑い。

「ええ。 杏は座学の予習じゃ、ひたすら酒保買い出し係でしたから。 何の役にも立ちませんでした。
おまけに、買い出した酒保の大半は自分で食べちゃうし」

「葉月っ!? 酷っ!!」

「事実!!」

―――事実は、事実よ。 何せ、二代目暴食娘(初代は言わずと知れた・・・)だもの。
にしても、この娘ってば。 戦闘じゃ『吶喊娘』って訳で、周防さんの。 普段は『二代目暴食娘』で愛姫さんの。 変なところばっかり影響受けちゃって、まぁ・・・

「ふふっ、頼もしいじゃないの?」

「・・・中隊長?」

―――駄目だ。 一番汚染されているのが、実はこの人だったっけ・・・

もう何も言うまい。 我が中隊は、あの『鬼』の残した遺産(汚染とも)が多すぎる・・・

気を取り直して、料理に手をつけてビールをチビチビ飲む。 実は私、アルコールは強くない。 目の前で鯨飲している同期生の姿など、理解の範疇外だ。 
暴食&鯨飲。 杏、あんたが衛士を止める時は、BETAにやられるんじゃなくって、強化装備を着れなくなる時よね?


「ま、何にせよ・・・ 丁度いい時期だったかもね、この『慰労会』も・・・」

「中隊長・・・」

言いたい事は判る。 何せ、今まで死に過ぎた。 仲間達が。
去年の4月に再派遣になってから、一体どれだけの戦友達が消えて行っただろうか?

私の第23中隊は、去年の11月に2人戦死したに留まったけど。 大隊じゃ8人程入れ替わった。 連隊全体では30人弱程が鬼籍に入った。

―――それだけ厳しかった。 戦いが。

ふと、死んでいった戦友たちの事を話している声が聞こえた。 余り記憶が無い奴の事だったけど、知っている連中は他に居た。
他が余り知らなくって、私が良く知っている死んでいった奴も居る。 そいつの事は私が話そうか。
そうやって、言い伝えて行けば良い・・・

「それに。 貴女達も本土で絞られてきた事だし。 そのご苦労会よ」

そう言って、綾森中尉はクスクス笑う。 ああ、もう。 思い出したくないよ、あんな地獄は・・・
気分を変えて、ちょっくら挨拶の旅に出るとしましょうか・・・



≪水嶋大尉&和泉中尉≫


「おっ!? 仁科! 出戻り、ご苦労さんねぇ~! ひゃはははは!!」

「偉い、偉い! きゃははははは!!」

既に出来上がっているな、この極道コンビ・・・ そういや、この2人も開宴前から飲んでいたんだっけ・・・

「はぁ、どうも。 あ、大尉、どうぞ一献。 ・・・和泉中尉も」

「やや、どうも、どうもぉ~」
「アンタは飲まないのぉ? 仁科ぁ?」

「あ、いえ。 私は余り強くないので・・・ 「ええい! 構わん、飲めぇ!」 ・・・ぶっ! ぶごごっ!!」

「ぎゃははははっ!!」

―――お、鬼やっ! アンタら、鬼やでっ!!

(お、思わず木伏大尉の生霊が乗り移っちゃたじゃないさ・・・)

兎に角、この2人の傍に居たら。 私はBETAとの戦争で戦死する前に、急性アルコール中毒で死んでしまうっ! 緊急離脱よっ!

「げほっ! げほっ! じゃ、じゃあ、他に挨拶回りますのでっ! 失礼しますっ!」

「え~~? もう帰るのぉ?」 「つまんなぁ~いっ!」

ええい、喧しい! 後であの2人には杏でも宛がっておこう。 あの鯨飲娘なら、良い勝負だし。





≪綾森祥子中尉&三瀬麻衣子中尉≫


やって来ました。 連隊のオアシス(何? それ?)

「あ、仁科。 寄ってらっしゃい」

「余り強いお酒飲まないわよね、貴女も。 杏酒あるわよ?」

―――ああ、この2人は癒されるなぁ・・・

ウチの中隊長、任務外の非番の時とかは『優しいお姉さん』だし。 三瀬中尉も、おっとりしたお嬢さんタイプだし。
いかにも気が合いそうな組み合わせなんだな、これが・・・

2人ともほんのり頬染めて。 ちょっと、ぽーっとなって。 ううっ! 押し倒したいっ! ・・・って、嘘です。 ワタシャ、周防さんじゃありません、あしからず。

「仁科・・・ 貴女、そっちの気も有ったの・・・?」

はっ!? ・・・三瀬中尉が、ひきつった笑いを・・・?

「仁科・・・ 酷くない? いくらなんでも、もっと場を弁えていたわよ? 彼は・・・」

ちゅ、ちゅうたいちょう・・・? もしかして。 私、口に出していたとか・・・?

「あ、でもやっぱり押し倒すんだ? って言うか、押し倒されたのね?」

「まっ 麻衣子!!」

―――そうか、押し倒したのか。 やるな、周防さん。

「お、押し倒されたというか、何て言うか・・・ テントに忍び込んだの、私の方だし・・・」

「「 ほほう? 」」

「・・・はっ! 嘘! 嘘! 今の無し! 無しにしてっ! お願いっ!!」

―――三瀬中尉とアイコンタクト。 そして・・・

「事実確認は必要かと? 三瀬中尉?」

「そうね。 ここはひとつ、ハッキリさせましょうね、仁科中尉。 任せても良いかしら?」

「承知。 国連軍への連絡郵便は、毎週出ますから・・・」

ふっふっふ・・・ 2人顔を見合わせて、ニンマリ。 これは、面白くなりそうね。

「や~め~てぇ~! お願い~! 後生だからぁ~!!」

何気に、涙目の中隊長は可愛かったとだけ、言っておこう。






≪神楽緋色中尉&間宮怜中尉≫


―――全く、誰よ、この2人を放っておいたのは・・・

座ってから後悔した。 何も私は、目の前の二人が嫌いな訳じゃない。
神楽中尉は連隊随一の近接格闘戦の名手で、歴戦の衛士で。 おまけに凛々しい美人で、何気に周りに気も使ってくれる人だ。
間宮中尉は同じ中隊の突撃前衛長。 クセの強い部下(杏の事ね)を上手く扱っているあたり、結構人の機敏によく気がつく人だ。 面倒見も良い。

が、この2人。 磁石の同じ極なのだ。 それもお互い真面目で、少々融通が利かないあたりも似通っている。
普段はそうでもないのだけれど。 お酒が入ると真面目さ故に、意見の相違にお互い一歩も譲らないのだ。

「・・・いいかぁ? そもそもだな、戦場に於いて個人の資質は重要なれど、それを底上げしてこそだなぁ・・・」

「んでも! 結局その差は個人で違うじゃないですかぁ! 判ってんですか? 緋色さん!?」

げっ! しかも酒の席の居合わせたくない筆頭、神楽中尉と間宮中尉の指導方針談議が始まったっ! 
・・・これは正直、聞いている方が煩わしいことこの上ない。 2人とも、根が真面目だからなぁ・・・

なるべく影になる事よ。 自分の気配を消すのよ。 気づかれたら最後よ!

・・・さて、叩いても割れない堅物達は放っておいて、余所に行きましょうか。






≪河惣巽少佐&周蘇紅大尉≫


―――意外と言うか、想像しなかった組み合わせと言うか。

目の前には、中国軍の周蘇紅大尉と、連隊の先任幕僚の河惣少佐が酒を飲み交わしている。

「ああ、仁科中尉。 ご苦労だったな。 それに有難う、この様な宴に呼んでくれて」

周大尉は既に良い気分で、紹紅酒なんかを飲んでいる。 火照っているのか、軍服の上着は既に脱ぎ捨てて、シャツも前のボタンは外れていた。
胸元から除く―――メロン!?

この人、小柄だけれでも出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでいるからなぁ・・・
以前、大尉の強化装備姿を見た他科の兵が、思わず前かがみ気味になっていたのを見た時は笑ったけれど。

「いいえ、大尉は一時とは言え、私達の大隊長でしたし。 一緒に戦ったじゃないですか。 当然ですよ」

「・・・ううぅ、いい娘だねぇ・・・ おねえさん、嬉しいよぉ・・・ うっ、うっ、ううっ・・・」

―――げっ!? もしかして、周大尉って泣き上戸かいっ!!

「とっ、時にっ! 少佐と大尉は、お知り合いでっ!?」

慌てて少佐に話を振る。 ホント、酒が入ると人間変わる人が多いよね。

「ん? いや、以前に前進基地巡察の時に、2、3回話しただけよ」

「へっ? でも、何か話が弾んでいましたけど?」

「古い戦友よぉ~・・・ ひっく!」

―――周大尉は、すっかり出来あがったちゃったか。

「古い戦友?」

はてな? 首を傾げて少佐を見ると。 グラスを傾けて何やら遠くを見る目をしている。
美人は何やっても様になるわぁ・・・ 羨ましい。

「・・・91年にね。 衛士として初陣を戦った頃にね。 周大尉も同じ戦場で戦っていたのよ」

「あの頃は・・・ ワタシは中尉れしたねぇ・・・」

へえ、そうなんだ。

「・・・夫が戦死した時よ。 早いものね、あれからもう4年近くになるのね・・・」

―――うをっ! 重っ!

傍では周大尉がますます貰い泣きしているし。 この雰囲気、耐えられない・・・!

「そ、そうでしたか。 じゃ、今夜は是非旧交を温めて下さいね。 私はこれで・・・」

―――そそくさと立ち去った自分の勇気の無さを、責める気は毛頭ないわよ?






≪伊達愛姫中尉&神宮寺まりも中尉&名前を知らない眼鏡中尉≫


「お? 仁科ぁ! こっち来なって!」

伊達中尉が顔を真っ赤にして、お猪口を振り回している。
ああ、もう。 普段あまり酒に強くない人なのに。 こう言う時は飲みたがるんだよねぇ・・・
にしても、珍しいと言うか、想像出来なかったというか。 伊達中尉と眼鏡中尉は同期同士らしいからわかるけど。 どうしてここに神宮寺が? 挨拶流れ?

「伊達中尉、お酒は弱いんだから、程々にしておいて下さいよ? 酔っ払いを抱えて基地まで運ぶのは勘弁ですよ?」

この人が潰れた場合。 介抱要員はまず間違いなく、直属部下の私になってしまう。

「なぁに固い事言ってんのよっ! へっちゃら、へっちゃら!」

「酔っ払いのその言葉ほど、信用ならないものは有りません。 それとも、酔っ払わない自信はありますか?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ! 愛姫ちゃんの辞書に『不可能』の文字は無ぁい!!」

「・・・『挫折』とか、『失敗』の文字は有るけどな・・・?」

「ぶ~~! 静流、ノリが悪い・・・ 「伊達中尉」 ・・・んあ? 何? 神宮寺」

何時の間にか、神宮寺が寄って来ていた。 おや?と思う。 何故って、やたら真剣な目なのよね、神宮寺ってば。 ・・・顔も真っ赤だけど。
察するに、伊達中尉に話があるようだけど。 ホント、何か接点でもあったかな? ・・・思い浮かばない。

「伊達中尉、その節は有難うございました」

「・・・何の事?」

「市川中尉から言い聞かされました。 昨年の事、伊達中尉から色々と助言して頂いたと。 それに、骨折りも・・・」

―――何の事・・・?

頭をひねってみる。 けど判らない。 伊達中尉は手をヒラヒラさせて苦笑しているだけだし。

「お陰さまで少しは自分が判った気がします。 ・・・認めて貰えたような気がします、先日も」

そう言って神宮寺がちらっと、はす向かいに座る眼鏡中尉を見る。 その当の中尉と言えば、酒杯を傾けて憂い気に微笑むだけ。
美人がああやると、すっごく様になっているけど。 ううむ・・・?

「私は何もしていないよ? 何も言っていないし?」

「・・・有難うございました、本当に」

言う相手が違うよ、そう一言言ったきり、盃に酒をなみなみと入れて飲み干す伊達中尉。 そんな彼女に、黙って一礼している神宮寺。
話の流れからすると、どうやら去年の事のようだけど・・・ あの頃の事かな?


「神宮寺は、私とは以前同じ中隊だった。 小隊は違ったが」

ふと、眼鏡中尉がポツリと言う。

「182連隊、三澤静流中尉だ。 伊達や神楽とは同期でね」

ああ、そんなこと言っていたな、伊達中尉が・・・

「って事は、三澤中尉も満洲は長い方で?」

「92年からね。 最も9月からだったけど」

戦歴じゃ、愛姫に負けるな。 そう言って白酒(アルコール度数60%位だっ!)の盃を一気に空けている! すご・・・


「じゃ、今日は伊達中尉や神楽中尉に会いに?」

「それもあるが・・・ 面白いから」

「はあ?」

「ネタは仕込んだ・・・ あとは仕上げを待つばかり。 ふふふ・・・」

―――な、なに? この怪しいヒト・・・?

その怪しいヒト、もとい、三澤中尉の視線の先には、顔を真っ赤にした神宮寺がいて。 さっきから日本酒をラッパ飲みしていて・・・

―――ラッパ飲み!?

それに神宮寺の周りに乱立している、あの空き瓶の数はっ!?

「もうすぐ・・・ もうすぐ、発動するわよ。 ふふふ・・・」

「な、何がですか・・・?」

恐ろしい。 何となく、でも本能が告げている。 この先の修羅場の予感を・・・!!


「あはははは・・・ あれ~? 伊達中尉が二人いるわぁ~・・・?」

「神宮寺、それは三澤中尉・・・」

「しってるわよ~!」

「・・・嘘だ」

「なによぉ? 失礼ねぇ・・・ ねぇ? 江上ぃ?」

「・・・それは撃沈した杏よ」

「知ってるわよ~~ いちいちうるさいわねぇ、仁科はぁ」

「それは真咲!!」

「ねぇねぇ、仁科ぁ、お酌、お酌ぅ!」

「はぁ・・・ はいはい・・・」

―――ったく・・・ トクトクトク・・・・

「~~~~っぷはぁ! 美味しいお酒ねぇ・・・ はい」

「え? まだ?」

「今度は三澤中尉がいいなぁ~~」

「ふっ・・・ いいだろう」

こぽこぽこぽ・・・

「~~~~っぷはぁ! もいっちょ! こんどはふたりで~~いってみよ~!」

・・・どこによ? とくとくとく・・・

「もう止めておいた方が良いよ? 神宮寺・・・?」

「同期だからって、いちいち、うるさいなぁ~ ・・・はぁ、なんだかちびちび飲むのも面倒ねぇ~・・・」

と、その時・・・

「うわぁぁ!! 仁科ぁ! アンタ、何やってんのよぉ!! それに三澤中尉もぉ!!」

―――うわっ!? 吃驚した、なんだ、天羽か・・・

「え? 何って・・・ 何なの、天羽? って、ちょ、神宮寺!?」

「それっ! 貸しなさぁ~いっ!!」

「「 あっ! 」」

っという間に、神宮寺が一升瓶を奪いとってしまった。

「じ、神宮寺ぃ!!」

ひいいぃぃ!! と、天羽が奇妙な悲鳴を上げる。

「んぐっ・・・ んぐっ・・・ んぐっ・・・」

―――うわぁ~~ 一升瓶、一気飲み・・・


「ま、まずい・・・」

「えっ!?」

天羽の悲壮な声に、思わず背筋が震えた。

「あに、ぶつぶつ言ってんのよぉ~~・・・ んぐっ・・・ んぐっ・・・ んぐっ・・・」

「仁科・・・ アンタ、とんでもない事しでかしたわよ・・・」

「えっ? えっ?」

「・・・知らないの? 18師団に響き渡る、かの忌わしき、恐怖伝説を・・・」

「えっ? えっ?」

「18師団の暗黒史に刻み込まれた、『狂犬伝説』・・・」

―――『狂犬』!? あれって、神宮寺の謂われない悪評だったんじゃないの・・・!?

「並居る歴戦の衛士達を、宴会のたびに絡み酒の海に溺死させ・・・ 師団長に至るまで、急性アル中にして軍病院に送り込み続けた『狂犬』・・・
それが、あたし等の同期生の、知られざるもう一つの暗黒面の顔・・・」

「えっ!? えっ、えええええぇぇ~~~!!」


「・・・ふっ、発動したか・・・」

「「・・・って、三澤中尉っ! アンタが犯人かぁ!!」」

ぜっ、絶対、確信犯の愉快犯だっ! この人!!

―――コード991発生! コード991発生! 全迎撃部隊、至急! ホットスクランブル! 繰り返す! 全迎撃部隊! ホットスクランブル! オールウェポンズフリー!!

だが、しかし、But。 一旦発動した『狂犬』の猛威は、歴戦の猛者達を以ってしても押しとどめる事適わず。
防衛線は次々に突破され、拠点は次々に陥落し、全軍崩壊・総崩れでの敗走状態にまで陥ってしまったのだ・・・!!



「・・・私だってねぇ、寂しいのよぉ~・・・ ひっく・・・ ねぇ? 何時まで辛抱しなきゃいけないのぉ? ねぇ~~・・・」

「そ、そうね。 で、でも祥子。 もうすぐだろうし・・・」

「あらぁ~・・・ 綾森ぃ~? 相手がいるだけ、アンタはマシよぉ~・・・? 
私なんて・・・ 私なんて・・・ 花の盛りを、亡き夫の供養に費やしちゃって・・・ 広江でさえ、女の幸せ掴んだのに・・・ うわあぁぁんっ!!」

「ひいぃ! しょ、少佐ぁ! く、苦しいですぅ!!」

奴の奇襲を受け、装甲殻の衝角突撃(一升瓶無理やりラッパ飲み)を受けて大破した中隊長の綾森中尉が、すっかり出来上がって同期の三瀬中尉に絡んでいる。
その横で河惣少佐が大泣きして、三瀬中尉の首を絞めていた・・・・


「どうせ、私は独り者よぉ・・・ ひくっ ういぃ~・・・ どうせ、2代目美弥さんよぉ! それが悪いかぁ!!」

「あははぁ~~! そうそう! あたしの跡目はアンタしかいないってぇ! 判ってんねぇ? 沙雪ぃ! 
・・・ん? おい、ちょっとまて、どう言う意味だ! ゴラァ!」

水嶋大尉と、和泉中尉の極道コンビがなにやら喚いている。


「Zzzzzz・・・・」 「すぴー すぴー」

廊下の隅っこで、伊達中尉と杏が良い気で寝こけている。 ・・・放置決定ね。


「・・・そんなに、生真面目がいかんのかっ!? 誰もかれも、壊れモノの様に扱いおって・・・ 私だってなぁ! 恋の一つや二つっ! してみたいのだぁ!
甘ったるい『恋人同士の会話』とやらも・・・ して・・ みた、い・・・ 
ううぅ! だ、ダメだ・・・ 私には出来ないっ! 綾森中尉の様な、あの様な、人としての尊厳を脱ぎ捨てるかの如くな惚気など・・・!!」

「そ、そうですっ! 緋色さんっ! 普段は真面目でも、時にはサカリの付いた様な中隊長の真似などはっ・・・!!」

「・・・ゴラ、神楽、間宮・・・ 手前ぇら、良い度胸じゃね~か!? あ゛っ!?」

―――神楽さん、間宮さん。 何気に本音ですね。 ってゆーか、中隊長、綾森中尉。 本性出まくりですね・・・


ふと、視線を外した先に目にした光景。 
先任小隊長の永野蓉子中尉に、同期の古村杏子中尉が酔っぱらって抱きついている。
永野中尉が本気で逃れようとしているけれど・・・ あ、ホールド、決まった。
永野中尉の悲鳴が聞こえる。 古村中尉の嬌声も。―――新たな世界に旅立ちそうね、あの2人・・・


見渡せば、死屍累々のこの惨状。 後任の連中はとうの昔にトイレに籠って出てこない。 さっきまで悲痛な声(ゲロね)が聞こえていたけれど・・・
一体、何をどうすれば、ここまでの惨劇を演出できるのか・・・!!




「ふっ 最早『伝説』は成った・・・ 『伝説』は終わり、『歴史』が始まるのだな・・・」

「どこの銀河のエンディングですか・・・」









[7678] 国連米国編 NY3話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/10/03 13:42
『連邦政府、欧州方面の軍事、経済支援強化を発表。 再派兵決定か? 予備役、州兵にも不安の波紋広がる―――「USA Today」』

『国務省、難民受け入れ枠の拡大検討を保留。 一部州政府の反発に配慮 ―――「New York Post」』

『FRB(連邦準備制度理事会)、FOMC(連邦公開市場委員会)にて、金利引き上げ凍結を決定。 市場は反発 ―――「The Wall Street Journal」』

『欧州方面、極東アジア方面の戦火は一応の安定。 東南アジア方面活性化の模様 ―――「The Daily News」』

『大統領府、国連全権大使にアーノルド=スチュワート・元ボーニングCEOを任命。 見え隠れする『極秘計画』交渉か? ―――「The Washington Post」』

『昨年下半期の犯罪発生率、大幅上昇。 検挙率は低下。 NYCP(ニューヨーク市警本部)発表 ―――「The New York Times」』













1995年4月14日 1210 ニューヨーク市 ソーホー(SOHO)


「・・・ふぅ」

最近、溜息が多い。 自覚はしているんだが、知らずに出てくるのは止まらない。
キャナル通りに面したカフェで軽いランチを取りながら、数紙の新聞を読んでいるだけでこれだ・・・

紙面には明るい話題など、欠片も見当たらない。 今は国外ではあるが、ひしひしと迫りくる『BETA』と言う未知の恐怖。
押し寄せる難民の受け入れと、それに伴う財政負担に増税。 そして治安の悪化と、連邦政府の方針に反発する各州政府。
前線国家の財政支援の為に、引きしめられる市場経済。 その反発で伸び悩む内需の停滞と国民の経済不安。

『安全な後方国家』の代表格と目されるステイツ(U.S.A)でさえ、戦争の影響は日常に対して確実に、しかもじわじわと影を落としているのだ。


段々、やり切れない気持にもなる。 半分程食べかけのBLTサンドイッチ(ベーコン、レタス、トマトのサンドイッチ)を放り出し、クラムチャウダーをスプーンで掬う。
何かもう、固形物は胃にもたれる気がしたからだ。 後はエスプレッソで無理やり胃の中に流し込むか・・・

ニューヨークの4月。 晴天の昼下がり。 丁度午前の授業が終わって、午後のクラスにはまだ若干時間がある。
陽光の降り注ぐオープンカフェで、気持ち良くランチでも・・・ そう思ったのに、読んでから後悔する。


「・・・直衛、不機嫌?」

目の前のぺトラが、ソーセージ・コーンチャウダーをすすりながら、小首を傾げている。
相も変らぬ独特の間の言い回しに苦笑しながら、首を振る。

「別に。 不機嫌じゃないよ。 ちょっと、滅入る記事を読み過ぎただけさ」

食う気はしないが、さりとて食べなければ腹も減る訳で。 残りのサンドイッチに手をつける・・・ が、やはり食欲は回復しなかった。
仕方無い、エスプレッソだけ飲んで済まそうか。

「・・・やっぱり、不機嫌? 直衛?」

「不機嫌じゃないって・・・ しつこい、ぺトラ」

最近、ぺトラには名前で呼ばせている。 お互い国連軍人で有って、俺は中尉、彼女は少尉と、階級の上下はあるけども。
ここは軍の施設では無く、普通の学校に2人とも『留学中』の身だ。

『学友』達は、普通のアメリカの学生が殆ど。 そんな中、階級で呼び合うのはいかにも不自然。
と言う訳で、『階級で呼ぶ事、禁止令』を2カ月程前に出してやった。
最初は戸惑っていたぺトラだったが、最近ようやく慣れてきたようだ。


「ハイ、直衛、ぺトラ。 ここでランチ?」

「午後のクラス、同じだったな? 一緒に行こう、直衛」

声をかけてきたのは、ラテン系の褐色の肌に薄いアーモンド色のロングヘアの女性と、トルコ系の若い青年。
女性の方はマリア・レジェス。 青年の方はイルハン・ユミト・マンスズ。 『学友』達だ。
マリアは普通のアメリカ人女学生だが、イルハンはトルコ軍から出向中の国連軍中尉。 俺とは同い年で何かと話も合う。

今年の1月から、国連軍の下級将校教育カリキュラムの一環として、9か月の教育課程を受けているのだが。
その内の6カ月は一般大学で任意の学部を選択して、聴講生として参加する。 同時に英語学校へも放り込まれた。 

俺の場合、ある程度のレベルでの語学力が認められた為(帝国では初等学校の高学年時から英語教育を施す)上級コースへ。 ぺトラも同じ。
大学の学部レベルの英語教育と、プレゼンテーションスキルを週に4日、午前中みっちりと4ヶ月間叩きこまれた。

そして大学での学部教育―――その前に大学選びがあったな。

とは言え、ニューヨークで国連軍の教育カリキュラムを受け入れている大学は2校のみ。 
コロンビア大学と、ニューヨーク大学(NYU)だ。 ニューヨーク市立大学(CUNY)と、ニューヨーク州立大学(SUNY)は受け入れていない。

選択肢として幅が狭い上に、流石にコロンビアは敷居が高すぎる。 
何せアイビー・リーグの雄。 世界的に有名な名門大学だ。 帝国で言えば、帝大みたいなものか? もっともコロンビアは私立大学だけど。

だもので、必然的にニューヨーク大学での聴講生を選択した。 しかしながら、ニューヨーク大学(NYU)の程度が低い訳じゃない。 
寧ろこっちも世界的な名門大学だ。 世界の大学ランキングの50位内に入る。 様々な分野で世界的に活躍している卒業生も多い。
しかしながら、俺に残された選択肢はNYUしかなかったのだ。 こうなっては腹を括るしかない。

以来4カ月。 授業の予習と復習には慣れない英語の授業も相まって、人の倍の時間はかかるわ、宿題にレポート提出、グループでの研究課題。 赤点は許されない。
おまけに午前中の英語学校での授業もある。 最初はひたすら、学校と図書館と自分のアパートとの往復だけだった。
実際、満洲や欧州でBETAの大群と殺りあっていた時とはまた別の、肉体的・精神的プレッシャーだったな。

何とか耐えられたのは、同じ境遇のぺトラが頑張って耐えていた手前、上官として根を上げる訳にはいかないと言う、我ながら情けない意地と。
何やかやで、折に触れ助けてくれた『学友』達のお陰だった。 ―――最も、週末には『悪友』に様変わりする連中だったが。

今、目の前に居るマリアとイルハンの2人も、そんな『学友にして、悪友』だった。


「・・・直衛。 食べない? なら、もう学校」

「相変わらず、独特の会話ねぇ、ぺトラは・・・」

マリアが呆れている。 ぺトラもアメリカに来てそろそろ5カ月近い。 が、その独特の言い回しは変わらず。 ま、彼女の癖なのだろう。
チップを払い、席を立つ。 次のクラスは・・・『軍事社会学』か。 教室はここから近いな。

「んじゃ、行きますか。 シャトルバスに乗るまでも無いし」

「そうね。 私とぺトラは、次は国際関係学だけど。 そっちも近いし」


ヴィレッジ(グリニッジ・ヴィレッジ)の方角に向かって4人で歩きだす。 NYUの特徴の一つ、それは特定の場所に校舎が無いと言う事。 
大学の校舎や教室はワシントン・スクエア周辺に分散していて、グリニッジ・ヴィレッジ、ウエスト・ヴィレッジ、ソーホー、ノリータなどのエリアの中心に点在している。

歩く事10数分、まずは俺達の午後のクラスの教室が入っているビルに辿り着く。

「じゃ、俺達はここで」

「OK! あ、週末のパーティーはどうするの?」

「僕は行くが・・・ 直衛とぺトラは?」

「私は・・・ 参加?」

「どうしてそこで疑問形・・・ はぁ、俺も参加するよ」

建物の入り口で別れて、教室に入る。
因みに俺が聴講生として選択した学部は社会学部。 コースは『比較歴史社会学』と、『軍事社会学』
何故かって? ―――色々、思う所は有るんだよ、俺にもさ・・・

すでに教室は半分位埋まっていた。 とは言っても、学生は全部で30人にも満たない。 少数精鋭主義だ。 お陰で毎日の予習と復習は欠かせない・・・

「ハイ、イルハン、直衛。 こっち空いているわよ」

陽気な声に振り向くと、ドロテア・シェーラーに、フェイ・ヒギンズが居た。
ドロテアはドイツ出身で、祖国ドイツの陥落後にアメリカへ移住したと言う。 フェイは元々シカゴの出身。

「おう、サンキュ、ドール・・・「ドールって言うなっ」・・・おわっ!」

席に着こうとしたらいきなり、肘打ちを決めにかかりやがった。 こう見えても空手の有段者だからな、ドールは。

「何でだよ? 『ドール』って、可愛いじゃないか?」

「馬鹿! 嫌なのっ! 何だか頭空っぽの、ヒッピー娘みたいに聞こえるのっ!!」

ブロンドのミディアムヘアを振り乱して、ドールが喚く。

「何時もの展開ね。 直衛もいい加減ドロテアをからかうの、止めてあげたらいいのに」

そう言って柔らかく微笑むのがフェイ。 活発なドロテア(いい加減、止めにしておいてやろう)と、おっとりしたフェイ。 これでなかなか気の合う親友同士らしい。

「全くだね。 何時も何時も、飽きない事だよ。 それだけ気が合うんだろうけれど」

「「 誰がっ!? 」」

思わずハモる、俺とドロテア。
そんな様子にクラスの連中がどっと笑う。 くそ、いつの間にか、お笑い要員じゃないか!


「やれやれ、相変わらず賑やかだね、君達は・・・」

苦笑しつつ、初老の黒人男性が入室してきた。 このクラスの指導教授、ジェフリー・コーエン教授だ。

「さて、皆。 講義を始めようか」

一斉に皆の気が締まる。 コーエン教授は温厚な初老の男性だが、実は情け容赦なく成績不良者を振い落とす事でも有名だ。
すでに1月からこのかた、2割近くが脱落して学校を去って行った。 軍務でここに居る俺としては、そんな不名誉な事だけは避けたい。
聴講生とはいえ、成績不良ならば聴講停止処分になるのだから・・・

「では、今日は軍事社会学における『政軍関係』、それに関するハンチントンの学説と、対するパールマターの学説、ファイナーの研究の比較について論じよう。
では、Mr.周防。 今日は君の発表からだったね・・・」

「はい」

―――そら来た。

授業で一番気が重い時だ。 何せ人前で自分の予習した見解を発表して、それを基に各人が意見を述べ、論を戦わせる。
帝国じゃ滅多にお目にかかれない授業風景。 アメリカじゃ、常識らしいけれど。

俺の発表が終わり、その内容についてクラスの連中が自分の見解を述べる。 賛同する者、反論する者、ちょっと穿った見解の者。
持論を確立させると言う事は、この国では少なくとも高校生の頃にはさせていると言うが。 俺の様な帝国育ちには面喰う事ばかりだ。

やがて授業は喧々囂々。 ちょっと収拾がつかなくなってきた所で教授の解説が入り、やがて終了する。
しかしそれだけでは終わらず、各人それぞれ今日の講義内容についての、纏めのレポート提出を言い渡されて授業が終わった。














4月14日 2130 ニューヨーク市 トライベッカ


「なあ、直衛。 今日の授業のアレ、実際の所どう思う?」

チマチマと袋詰めしている俺の背中に向かって、イルハンが問いかけてきた。

ここは俺のアパート。 この4月から以前住んでいたアッパーイーストのアパートを出て、このこじんまりした部屋に移り住んだ。
同居人だったオーガスタ・カーマイケルはソーホーに。 ぺトラはヴィレッジに、それぞれアパートを借りている。
―――単に、学校が忙しくて、通学がきつくなったからだけどね。


「・・・どう思うって?」

ああ、くそっ! 細かい作業中に話しかけるなよ。

「ああ、ハンチントンの説と、それに対するパールマターの学説とファイナーの研究の対比?
ま、それぞれ最もだと言いたいけど、それぞれ解せない所もあるかなぁ?」

同じアパートのルパート・フェデリクがポツリと感想を漏らす。
彼はフランス系カナダ人。 モントリオールからこのニューヨークへとやって来ていた。

ああ、もう! やめ、やめ! 一時中断! 
作業を放り出してコーヒーを淹れる。 アメリカに来て嬉しい事の一つは、食材は未だ全て天然食材だと言う事だ。
お陰で帝国じゃ手の出ない天然モノのコーヒー豆さえ、俺でも買える。


「はあ・・・ お前ら、サボってないで真面目にやれよ・・・ で? 今日の講義か?」

コーヒーカップを都合3個。 2個を渡して自分のカップに口をつける。 ―――やっぱり天然モノは美味いよ。

「ああ。 何やら歯切れが悪かったからさ。 思う所でもあるのかと思ってね」

「そう言えば、そうだね。 直衛、主張はハッキリさせた方が良いよ?」

―――判ってるって・・・

2人の言いたい事は判るよ、俺だって。 でもさ・・・

「・・・ハンチントンの説では、軍の将校団の職業主義(プロフェッショナリズム)は、軍事的安全保障を効率的に達成する事を可能にしている、って言っている。
それだけじゃなく、軍が政治的主体・・・ つまり軍が政治に介入する事を防ぐ、とも」

「うん」 「そうだな」

「対して、パールマターとファイナーは真っ向から反対論を唱えている。
将校団の職業主義の要素としての団体性。 これは衛兵主義(プリートリアニズム)の原因だと。
軍が武力を活用する事で、独自の政治権力を行使すると。 例えば古代ローマ帝国の近衛隊が、武力を背景として元老院の政治に介入した事が良い例だと・・・」

俺の要約に、ルパートが後を続ける。

「ファイナーは更に突っ込んでいるよね。 ハンチントンの説に対して、近代ドイツや近代日本の軍の事例を検討することで否定しているね。
ファイナーは軍による政治介入の水準が、その国家の政治文化と関連していると主張しているよ。
政治文化が成熟しているほど、文民政府の正統性が高まる為に軍の政治介入は抑制される、とも言っているけど・・・」

―――論議していて、無性に情けなくなったんだ。 いや、気が重くなった? いやいや、やっぱり判らない。


「・・・ふと、祖国を思ってね」

「え? ・・・日本かい?」

「ああ・・・」


祖国、日本帝国―――俺の生まれ育った故郷。 感情的な郷愁は兎も角。 今日の、いや、今までの講義で薄々考えさせられた事。

日本の場合、ハンチントンの説に立脚する軍の成熟さも、将校団の社会的責任の意識も薄い気がする。
ここで言う将校団の社会的責任とは、自身の専門知識に基づいた、国家に対する軍事的安全保障の助言を行う事だ。

軍と、軍の将校団が専門知識、社会責任、そして団体性を備える事で成立する職業主義は、軍事的安全保障を効率的に達成する事を可能にするとの説。
それだけでなく、軍が政治的主体となる事を防ぐものであると言う。

―――ならば。 伝え聞こえる帝国内の『国粋派』、『勤将派』って奴らは、何を考えている?
いやいや、『統制派』と称する連中も同じ事だ。 このままじゃ、パールマターの言う衛兵主義・・・ いや、団体性が無い革命的軍人の類型だ。 
つまり、何時でも軍による政治介入を許す状態・・・ 祖国がそう思えてならない。

―――そもそも、皇帝陛下の国事全権代理が何故、固有の武力を有する必要があるんだ?
政威大将軍と元枢府の公私での生活面の補完組織である城内省が、斯衛軍と言う固有武力を保有しなければならない根拠は何だ?

皇帝陛下の親任を得て成立する政府(その前に将軍の『承認』を得る)にとって、斯衛と言う存在はコントロールの利かない暴力装置だ。
斯衛がクーデターを起こした歴史は無いが、これは文民統制の見地から見れば全くの軍事体制では無いのか? 
そもそもの成立ちからして、祖国は軍の政治介入を抑制する下地が無いのじゃないか? 


「・・・成程ね。 確かに日本って国は、アメリカや欧州諸国から見ても特異な政治形態だね」

「国家元首は皇帝かい? それとも将軍かい? その辺、判りづらいよな・・・」

イルハンとルパートの言葉も今は良く判る。 国を出なければ俺も判らなかった事だ。 
国を出て、色んな場所を見て、色んな事を経験して。 そして今、幸運にも学ぶ事が出来て。
そうして見ると異様な程、奇妙に見えるのだ、日本と言う国が・・・

「元首は、憲法上は皇帝陛下だよ。 政威大将軍は元枢府の筆頭者、国事全権代理・・・
最も、執政府としての内閣・政府はまた別に有るけどね」

「・・・2重権力構造? 政威大将軍と元枢府の権限が判らないけれど、それって国が割れないか?
僕の祖国も、共和国以前は帝政だったけど。 皇帝の下で政治を担ったのは閣僚群だったよ?」

イルハンが首をかしげる。
ふと思い立ったように、ルパートがこんな事を言い出した。

「ああ、権限の強弱は別として。 どちらかと言うと共産主義体制下に似ているかな?
ほら、共産主義国って執政府である政府―――内閣の上位に党組織があるだろう?
そして軍は国家の暴力組織では無く、党の暴力組織だよ。
党の最高権力者は、その権力基盤の背景として軍の支持は絶対不可欠だし」

「・・・帝国の内実とは違うけどな。 でも、言いたい事は判るよ。
ハンティントンの言う『主観的文民統制』にせよ、『客観的文民統制』にせよ、文民たる政府が軍を統制する事だ。
だけど、今の日本は『斯衛軍』と言う存在がある事で、それが出来ない可能性を持っている」

「つまり、下位組織である『政府』が、上位組織である『政威大将軍と元枢府』を統制する事は出来ないから・・・ だね?」

「そうさ、ルパート。 斯衛軍は政府の統制下には無い。 『政威大将軍と元枢府』が保有する固有武力・・・ 『私兵』だ」

「斯衛は統制を受けないのに、何故自分達だけが・・・ って訳かい?」

「ああ、感情論で極論すればね。 イルハンが今言った事は極論ではあるけれど、可能性は秘めている。
おまけに統帥権の問題もある。 軍の統帥権は誰が主管するのかってね・・・
本当なら、それは皇帝陛下のものであって、政府を通じて軍に達する、これが正常だろうけど。 その前に『政威大将軍と元枢府』と言うワンクッションが有る」

「そして彼等は、『私兵』を持っている・・・ 政府は軍を統制しようとするけど、上位組織の私兵を統制できない。
そしてその上位組織は統帥権を形式上でも主管していて、政府はそれを持っていない・・・矛盾だね、統制なんて出来ないよ」


―――そうか。 そう言う事か。

自分の気分の落ち込みがようやく判った。 祖国の危うさに、その脆さに。 そして―――自分の危険さに。

(こんな話、帝国内でしてみろ。 特高≪警保省特別高等公安局―――政治・思想取締秘密警察≫内部の、摂家筋に飼われた連中に捕まって、獄中で拷問死だな・・・)


―――ああ、気が滅入る事ばかりだよ・・・

ふと、デスクに立てかけた写真立てが目に入った。 最近、数個購入したものだ。 
中の写真は、満洲からの便りに同封されていたモノ―――祥子が微笑んでいる。 
自室で、外出先なのかどこかの市街で、そして懐かしい『疾風』の機体の前で。 溢れんばかりの笑みの祥子が居た。
他にも愛姫や緋色と一緒に写った写真とか、他の懐かしい面々の顔もある。

―――早く会いたいよ。 いくら軍務とはいえ、3年は長いよ・・・

ようやく1年半が経ったばかりだと言うのに。 もうホームシックか、情けない。


いつの間にか空になっていたコーヒーカップを弄びながら、最近やたらと出す溜息をつく。
ふと窓の外を見ると、街の灯りが煌煌と照らされている。 あの中の何割かは、温かい家庭の灯りで、恋人同士の灯りで。
で、俺は独り異国で滅入っている。 ・・・ああ! もうっ! 堂々巡りだっ!


「―――っしゃ! やめやめ! この話はやめっ! さっさと残りを作ろうぜ! ノルマ達成しなかったら、女性陣からイヤミの連発だぞ?」

「うへっ! そうだな、すっかり時間が経った」

「他はともかく、ドロテアは五月蠅いしね・・・」


今週の終末、俺とイルハン、ルパート、そして巻き込んだオーガストの4人に、ぺトラ、マリア、ドロテアとフェイ。
この8人でチャリティーパーティーに参加する事にしている。

週末の4月17日はSt. Patrick's Day(セイント・パトリックス・ディ)の祝日だ。 本来はローマ・カトリックの祝日だけど、他の人々も祝うこの日。
ハドソン川対岸のニュージャージー州ホーボーケン郊外の難民キャンプで、慈善団体主催のチャリティーパーティーがある。 それに参加する事にした。

ま、早い話がガレージセールを開いて、その収入の一部でちょっとしたプレゼントを買って。 今、俺達がチマチマ作っているオマケも付けて。
余った収入は全額寄付に回して。 大した事は出来ないけれど、子供たちへのプレゼントにはなるだろう。 

昔、まだ帝国に居た頃、誰かが言っていた。

『そんなものは、慈善では無く、偽善だ』と・・・

実際、世界中の難民キャンプでは食糧事情や医療体制の悪化で、餓死や病死が蔓延している。
チャリティーなど、どこの世界の話だ? と言うのが殆どの実状では、その言葉も感情的には引っかかる。
だが、そんな台詞を吐く前に何か行動してみろと言いたい。

俺達は今、アメリカに居る。 そしてそこで出来る事をやろうとしているんだ、自分が出来る範囲の事を。 それの何が悪い?
例え実状がどうであれ、子供には少しでも夢想する時間も必要なんだよ・・・


「よぉし! さっさと終わらして、さっさと酒飲んで寝るぞっ!」

「「 おお! 」」


大の男が3人。 狭い部屋で背中を丸めてチマチマ、細かい作業・・・ 実際、見られたくないよな・・・








[7678] 国連米国編 NY4話~Amazing grace~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/10/11 12:38
―――『俺は、殺される』









1995年5月25日 1730 ニューヨーク イースト・ヴィレッジ


辺りは暗くなってきている。 これは早々に用事を済ませて家に帰らないと。 そろそろ本当にイカレた、ヤバい連中が出回って来そうだ。

―――アルファベット・シティ

東はイースト・リバーに接し、北はグラマシー、西はウェスト・ビレッジ、南はロウア・イーストサイドに接する。
そしてそのほぼ中心に位置するトンプキンス・スクエアからイースト・リバーに至る地域が『アルファベット・シティ』と呼ばれる地域である。

治安は極端に悪く、世界的に有名な『イースト・ハーレム』と並ぶ犯罪多発地域である。 麻薬売買、売春行為などの違法行為は日常化している程だ。
犯罪と貧困とに喘ぎ、そして出口の見えない絶望の街、とも言われる。

すでに日は暮れて、薄暗い街灯の灯の隙間から、薄曇りの夜空が見える。 まるで見通せない、今の俺の想いの様だった。


「・・・イヴァーリ、あんた。 本当にこの街に居るのか?」

一人の男の顔を思い浮かべながら。





―――イヴァーリ・カーネ。

元フィンランド共和国陸軍少尉。 国連軍時代は中尉だった。 
俺が93年の10月に欧州へ赴任したばかりの頃、同じ中隊に所属していた男だ。 腕のいい衛士だった。 年は20代も後半だったか。
まだ満州時代さながらガムシャラに戦っていた俺を、当時小隊長だったイヴァーリは事有る毎に諭してくれた―――数発の拳骨と共に。

『こら、小僧。 粋がるなって。 お前ぇなんざ、ちょーっとばっか地獄の入口覗いた、ヒヨコに毛が生えたようなモンなんだぜ?』

くすんだ灰色のアッシュ・ブロンドの髪と同色の瞳に、悪戯っぽい光を宿して。 不精髭だらけのだらしない格好で、俺の肩に手をまわして。
それに何時も酒臭い男だった。 なにしろ結構な酒豪だったからな、あいつは。
そういえば、いつもそのだらけた服装について、オベール中尉から小言を言われていたな。 もっとも中隊長・・・ アルトマイエル大尉は笑って見ているだけだったが。

『いいか? 小僧。 戦争ってなぁ、お祭りよ。 祭りってヤツはなぁ、やる前と、終わった後の方が楽しいものさ。
何でかって? ―――そりゃ、お前、祭中は頭の中、ぶっ飛んでいるからよっ! 何にも考えちゃいねぇやな!!』

そう言って豪快に馬鹿笑いする姿が懐かしい。 俺だけじゃ無く、圭介も、久賀も、揚句はファビオも。 随分感化されたものだ。
素行不良っぽい所は有ったが、戦場じゃこの上なく頼りになる上官で、戦友。 ―――思えば兄貴分のような存在だった。
オベール中尉や趙中尉などは、眉をひそめていたけどな。

『―――祭りの後の楽しさを知っている奴は、少ないんだぜ? 本当の楽しさの前に有る、苦しさや悲惨さを知っている奴は多いがよ・・・
だからよ、小僧ども。 せっかくの人生だ。 おおいに楽しさを味わえや。 それまでに死んじまったら、大馬鹿だぜ?』

そう言っていたイヴァーリは昨年の2月、ペロポネソス半島でのBETAの小規模間引き作戦でドジを踏んで負傷した。―――左足を切断する程の重傷を負ったのだ。
疑似生体移植が行われたが、神経接続が上手くいかず、衛士資格を失った。

『軍務に就いて10年。 負傷退役して、スズメの涙でも年金がつく。 後ろの安楽なアメリカにでも行って、のんびり過ごすわ・・・』

そう言って、歴戦の衛士は欧州の戦場から退場していった。 風の噂では、米国の市民権を得たらしい。
米軍か、国連軍。 どちらかでの軍務を規定年数、最前線で勤めあげれば市民権を交付される。 イヴァーリは合衆国市民になっていた。

そのイヴァーリからの手紙が届いたのが先週の事。 消印は今年の2月。 場所はニューヨークだった。
どうやら、第88大隊から転送されて、欧州の副官部第3室、そしてこのニューヨークへ舞い戻ってきたという訳だ。



―――『俺は、殺される』

その一文だけの手紙。 たったそれだけの手紙。 
居てもたってもいられなくなり、時間を見つけては辺りをうろついていたと言う訳だ。

あいつは生きて、生き抜いて、後は平穏に暮らしている筈だ。 そうしている筈なんだ。
そんな思いが頭をよぎる。 『祭りの後』の楽しみを語っていた陽気で不敵な男。 いつも戦場を生き抜いた後の暮らしを語っていた男。
先の見えない戦場で。 自分だけは死なないのだ、生きて、生き抜いて、その後は安楽に暮してやるんだ。 そう言っていた男。


―――『俺は、殺される』

(―――イヴァーリ。 本当に、アンタなのか・・・?)


やがて目指す先が見えてきた。 薄汚れた街路に元は瀟洒だった筈のアパートが建ち並んでいる。
ふと、人だかりが出来ている。 どうやら目当てのアパートの前のようだが・・・

「おいっ! 下がれ、下がれ!」
「見世物じゃねぇンだ! 下がれってんだ!」

NYPD(ニューヨーク市警)制服警官が、群れ集まった連中を追い払っている。 ―――この辺りだと、9分署の連中か。

「おいっ! アンタもだっ! 下がって、下がって!」

アフリカ系と思われる警官が、アパートに入ろうとした俺達を制止する。

「・・・ここの住民に用が有るんだけどな?」

「ダメダメ、今は駄目だ。 現場検証が終わってからな」

「いつ終わるんだよ、そんなの・・・ じゃ、呼び出すのは構わないだろう?」

「ちっ・・・ ちょっと待ってな。 で? 誰を呼び出すんだ? サージャン(Sergeant:巡査部長)に聞いてやるよ」

「イヴァーリ・カーネ、フィンランド系。 ここの住人だよ」

だが。 その名を出した途端、渋々ながらも対応していたその警官の態度が急変した。

「ちょっと、署まで来てくれないかな? 色々と話を聞きたい」

「・・・どう言う事だ?」

嫌な予感がする。 この手の予感ってヤツは、往々にして良く当るものだ。 当って欲しくも無いけどな・・・

「ここでホトケさんが発見された。 オーヴァードーズ(薬物過剰摂取)でくたばりやがった。
ヤクの売人さ。 ミイラ取りがミイラになりやがった。 名前は―――イヴァーリ・カーネ」












1800 イースト・ビレッジ NYPD(ニューヨーク市警察)第9分署


「いやいや、失敬。 国連軍の中尉さんとは」

東南アジア系と思しき私服刑事が、目の前で苦笑している。 年の頃は30前後か?
ここはNYPD本部の調書室。 あれから任意同行を求められた上に、色々と聞かれたが。 IDを示した所、嫌疑は晴れたようだ。

「しかし、どうしてあんな所へ? アンタのような人間が達居る場所じゃ無かろうに?」

不精髭をこすりながら、いつ洗ったか判らないようなコーヒーカップに口を付けている。そして目の前の灰皿は、吸い殻の山。
よく言うな、軍と警察から喫煙者は永遠に追放出来はしない、と。 それだけ、ストレスが強烈な証拠なんだけど。

「サラマト刑事、それはさっきも言った筈だ。 イヴァーリ・カーネから手紙を貰った。 彼は国連欧州軍時代の戦友なんだ。
それ以上でも、以下でもない。 大体、俺は手紙をもらうまで彼がNYにいる事すら知らなかった」

「成程な? で、偶々訪れたら、イヴァーリの奴はオーヴァードーズでくたばっていたと?」

「それ以外、言い様はない」

―――さっきから、堂々巡りだ。

ハッキリ言ったらどうなんだ? 俺に殺人か、薬物売買の嫌疑が無きにしも非ず、だと。

「いやいや、状況から見てアンタにはその嫌疑は無いよ。 それより、奴の背後関係をだな・・・」

「だからっ! 知らないと言っているっ! 彼とは去年の2月、負傷退役した以降会ってはいないし、音信も無かったっ!」

「会っていない? 証明できるかい?」

―――ああ! くそっ!

「俺は周防直衛国連軍中尉。 以前の所属は国連欧州軍、第1緊急即応展開軍団、第88独立戦術機甲大隊! 俺が前にいた部隊だ! 去年の10月まで在籍した!
大隊指揮官はエイノ・ラウリ・ユーティライネン少佐! 直属上官はヴァルター・クラウス・フォン・アルトマイエル大尉!
それ以降は国連欧州軍総司令部・副官部第3副官室所属! 上官は室長のヘンリー・グランドル大佐!
今は留学中の身だが、所属は変わっていないっ! 不審に思うのなら、欧州軍第1緊急即応展開軍団司令部か、総司令部副官部に問い合わせてくれっ!!」

ううっ! 血圧が上がるっ!!

その時、ドアをノックして制服警官が何やら書類をサラマト刑事に手渡した。
その書類と俺の顔を交互に眺めながら、ようやくの事でニヤリと笑う。

「ははっ! 判ったよ、中尉。 アンタの嫌疑は無しだ」

今にも掴みかからんばかりの俺を、ニヤニヤ眺めながらその刑事はようやくの事で俺の言う事を確認したようだ。

「ま、悪く思わんでくれ。 これも仕事でな。 ・・・で、どうだい? ちょっと外で一杯?」

「・・・職務中じゃないのかよ?」

「5分前に勤務時間は終わったさ、今はオフだ。 ちょっと付き合ってくれないかね? 色々、話も有るんだ」

「俺は無い。 早く家に帰りたいんだけどね?」

「気にするな、明日は日曜日だ。 神様だって、休業日さ」

―――なんて警官だ。

NYの警官って、こんな奴ばっかりかよ? 帝国じゃ、真面目で四角四面な警官像しか思い浮かばなかったけどな・・・
実の所、これから特に用も無い。 明日は日曜だし。 仕方ない・・・

「奢りなら、いいぜ?」

「・・・薄給の警官に集るかよ?」

「誘ったのはそっちだろ?」

しかたねぇな――― そうぼやくサラマト刑事と一緒に分署を出た。
ロウア・イーストサイドの方へ歩く事10分少々。 お目当ての店はこじんまりとしたパブだった。








「なぁ、中尉さんよ。 アンタが知っているイヴァーリ・カーネってな、どんな奴だった?」

席についてビールを1杯飲み干した所で、サラマト刑事が唐突に聞いてきた。

店内は英国のパブに模した内装。 テーブルや床は、程良く飲み倒され、しみ込んで来たアルコールと煙草のヤニが混ざった、くすんだ染み。
BGMがゆったりと流れる―――『アメイジング・グレイス』 “クイーン・オブ・ソウル” “レディ・ソウル”こと、アレサ・フランクリンのゴスペルか。
俺的にはこっちも好きだが、世界的に有名なギリシャ系の歌手、ナナ・ムスクーリのカヴァーの方も良い気がする。

“Amazing grace how sweet the sound, That saved a wretch like me.”(アメイジング グレース 何と美しい響きであろうか 私のような者までも救ってくださる)
“I once was lost but now am found, Was blind but now I see.”(道を踏み外しさまよっていた私を神は救い上げてくださり、今まで見えなかった神の恵みを今は見出すことができる)

「・・・イヴァーリは。 陽気で、強気で、それでいて周りの事も見てくれていた。 
戦場じゃ頼りになる上官で戦友だった。 俺は彼に何度、助けられた事か」

「歴戦の衛士、ってやつか。 確か10年もの軍歴の持ち主だったな。 ま、色々素行問題も有ったようだな、中尉止まりだったと言う事は」

「MPをからかうのが趣味の一つでね。 お陰で当時、部下だった俺も逃げ脚を随分と鍛えられたよ」

2杯目のビールを飲む。 軽いライトビアだから、殆ど水分補給の様なものだ。 暖気が終わったら、ウィスキーでも頼むか・・・


“Twas grace that taught my heart to fear, And grace my fears relieved,”(神の恵みこそが 私の恐れる心を諭し その恐れから私の心を解き放つ)
“How precious did that grace appear, The hour I first believed.”(信じる事を始めたその時の神の恵みのなんと尊いことか)

「ふ、ん・・・ どうやら神様は、道を踏み外した奴を救い上げてくれなかった様だな。
奴の心も、解き放せなかったか・・・」

「何の事だ?」

「押収品だが・・・ ま、読みな」

そう言って、1冊のノートを鞄から取り出して俺に渡す。 ごく普通の市販のノートのようだが・・・
何気なしにページをめくって。 中身を読み始めて気がついた、これは―――

「そうさ―――イヴァーリ・カーネの苦悩の記録・・・ 奴の記した日記さ」

日付は―――昨年の6月頃からだった。 丁度、イベリア半島のアンダルシア・ジブラルタル防衛戦の頃か・・・
そこに記されているのは、紛れもない、一人の人間としての苦しみと恐怖、そして苦悩と畏れだった。

「イヴァーリの奴、PTSDだったのか!?」

―――そんな記憶はないが・・・


“Through many dangers, toils and snares I have already come.(これまで数多くの危機や苦しみ誘惑があったが)
“Tis grace hath brought me safe thus far,And grace will lead me home.”(私を救い導きたもうたのは他でもない神の恵みであった)

「俺も、戦場の恐怖ってヤツは知っている。 歩兵として5年間、最前線で戦ったんだよ・・・」

「アンタが?」

ステイツにも実戦経験者が居てもおかしくはない。 寧ろ、市民権を取得する為に軍に志願入隊して、国連軍へ派遣されるケースが多いのだ。
ふと、サラマト刑事がグラスを置いて神妙な目で俺を見つめていた。

「なあ、俺の名前はジョン・サラマトだ・・・ クニじゃ、ヌーリ・サラマト。 一応、インドシナ難民の出って事だが。 俺はモロ人さ」

サラマト刑事はまるで何かを押し流したいかの様に、グラスの中身を一気に飲み干す。
そんな彼を見て、ふと唐突にその言葉の意味が判った。

「・・・モロ人!? 確かミンダナオ島の少数民族・・・ じゃ、アンタ、フィリピン人じゃないのかっ!?」

―――だったら何故、難民なんだ? フィリピンは未だBETAの侵攻を受けていない。
東南アジアでは数少ない、国土を保っている国だ。 じゃ、何か? 彼は偽装難民・・・!?

「俺の故郷はな、クソッたれな場所だよ。 南部は貧しい、その中でもとびっきりの貧困地帯さ。 ほんの10ドルで人殺しを請け負う奴なんてザラだったさ」

おまけにフィリピン南部、特にミンダナオ島辺りは未だにMILF(モロ・イスラム解放戦線)の勢力が強く、半自治地区の様相だ。
それにより反動的なアブ・サヤフなんかが、イスラム原理主義勢力のジェマ・イスラミアと共闘していて、それこそ朝の挨拶代わりに政府軍と毎日ドンパチやっている筈だ。


“The Lord has promised good to me, His Word my hope secures;”(主は私に約束された主の御言葉は私の望みとなり)
“He will my shield and portion be As long as life endures.”(主は私の盾となり私の一部となった 命の続く限り)

「どこもかしこも、賄賂と不正がまかり通る。 教会だって同じさ。 俺は少数派のカトリックだったがね、まともに教会に行く気も無かったな・・・」

最前線でBETAと戦う事に必死になっていた頃。 俺は世界の他の場所の事なんか考えもしなかった。
そこがどんな場所か、どんな人が住んでいるのか、どんな想いを持っているのか。

「政府からの援助は、地元の有力者がピン撥ねする。 その次に地元の州政府、役所。 俺達の元には1ペソたりとも落ちてこなかったな・・・」


“Yes,when this heart and flesh shall fail,And mortal life shall cease,”(そうだ この心と体が朽ち果て そして限りある命が止むとき)
“I shall possess within the vail,A life of joy and peace.”(私はベールに包まれ喜びと安らぎの命を手に入れるのだ)

「俺がガキの頃さ、近所に難民キャンプが出来た、インドシナから逃げてきた連中さ。 みすぼらしかったよ、着の身着のままでさ。
でもよ、俺達だって同じようなものだったのさ。 何の事はねぇ、面倒な貧乏人は、貧乏な場所に纏めて放り込めってことさ・・・」

―――難民キャンプの待遇の酷さは今に始まった事じゃないが・・・ それがまた、「難民解放戦線」(Refugees Liberation Front:RLF)の温床になっている。

「毎日、毎日、少ない食い物の奪い合いで、殺し合いなんぞ珍しくも無かった。 ガキどもさえ殺し合い、体を売って一切れのパンを得ていた。
考えてみりゃ、地獄だよな。 BETAとの戦争とは違うけどよ、あれも地獄だったさ・・・」


“The earth shall soon dissolve like snow,The sun forbear to shine;”(やがて大地が雪のように解け太陽が輝くのをやめても)
“But God, Who called me here below,Will be forever mine.”(私を召された主は永遠に私のものだ)

「そんな時にな、難民キャンプの方でアメリカのキャンプへの移転希望者が募られた。―――俺はダメ元で志願したよ。 
何だって? ばれないか、だって? はは、係官はアメリカ人だったさ、白人だった。 連中にアジア系の区別なんぞつくものかよ」

「・・・俺も、東南アジア系の区別は正直付かないな」

「はっ! お互い様さ。 俺だって中国人と日本人と韓国人の区別はつかねぇ。
・・・で、俺は晴れて地獄の故郷から脱出した。 アメリカで軍に志願入隊して、目出度く欧州でBETA相手の地獄に逆戻りさ」

「で・・・ 生き残って、市民権を得て除隊して。 今は警官か?」

「そうさ。 安住の地ってやつだ。 まさに『Tis grace hath brought me safe thus far,And grace will lead me home』
はっ! 俺を救い導いた、神の恵みだぁ? 俺はな、俺の悪運の強さで地獄から帰って来たんだよ・・・」


“When we've been there ten thousand years,Bright shining as the sun,”(何万年経とうとも太陽のように光り輝き)
“We've no less days to sing God's praise Than when we'd first begun.”(最初に歌い始めたとき以上に神の恵みを歌い讃え続けることだろう)

「だから俺は・・・ この歌は大嫌いさ。 本当の地獄を知っている奴からすれば、気が知れねぇ・・・
イヴァーリ・カーネは。 奴はどんな地獄を見てきたんだろうな。 戦場で、そして・・・ このビッグアップル(NYの事)でよ・・・」

―――くいっ 

ビールグラスを開けたサラマト刑事―――いや、ヌーリ・サラマトの目は憐れむようであり、同情するようであり、そして怒っているようでもあった。













1995年5月27日 2130 ニューヨーク トライベッカ


朝からの雨が降りやまない。
雨音を聞きながら、俺はここ2日程例の『日記』を読んでいる。

『今日もまたあの悪夢だ。 くそ、どこまで追いかけてくる気なんだ、何時まで追いかけてくる気なんだ。―――1994年9月10日』

『Amazing Grace(素晴らしき恩寵)など、何処かの誰かの上の話だ。 俺には関係ない。 俺には・・・ 恩寵なんて、会った例はない。 くそったれっ!―――1994年10月5日』

『今日もいろんな奴の顔を見た。 懐かしい奴、気に食わない奴、色んな奴らの顔を。 ・・・みな、死人だ。―――1994年11月22日』

『世間はどうして否定するんだ? 俺は戦った! 命がけで戦った! その事を語るのが、どこが悪いって言うんだ?―――1994年12月10日』


戦場と後方、前線国家と後方国家。 温度差が有る事は当然だ。 俺自身、今こうして『後方国家』の中に身を置いている。
だけど・・・ 俺とイヴァーリの立ち位置の差は、俺は相変わらず『国連軍の将校』なのに対して、イヴァーリは『一個の市民』だった事か。

俺が戦場を、戦争を語る事は。 現役の将校、それも戦争当事国出身の国連軍将校、そういうフィルターから見られる訳で。
そこには一般社会と軍、軍人とを繋ぐべく、クッションと言うか、社会的なインターフェースが介在する訳で。

だから俺は違和感を覚えながらも、この社会に身を置けているのだろう。
しかしイヴァーリにはそんなモノは無かった。 彼は物心ついた頃から、母国は戦争をしていた、BETAとの。
そして長じて軍に身を投じ、戦場と戦争以外の事を経験する機会が無かった。

その事が、この国で彼のような存在を受け入れるコミュニティーが無い事に輪をかけたのか。
そしてそのストレス故に、過去の忌わしき記憶―――誰でも、戦場で思い出したくない記憶の三つや四つは持っている―――それを思い出したか。 忘れられなくなったか。


『・・・皆が歌う、『Amazing Grace(素晴らしき恩寵)』と。 皆が歌う、『His Word my hope(主の御言葉は私の望み)』だと・・・』

『―――A life of joy and peace(喜びと安らぎの命)、だと? そんなモノ、一体どこにあると言うのだ。 一体、誰が与えると言うのだ―――あの戦場で。―――1994年12月24日』

―――戦場に無神論者はいない。

よく言われる言葉だが、真理だ。
昔の戦場にせよ、今のBETA大戦にせよ。 最前線で、命がけで戦っている将兵にとって。
砲弾が降り注ぐ塹壕の中。 数万のBETA群が、津波の様に群れ突進してくる防衛線で。
トリガータイミングの一瞬の差で、死ぬか殺すかの刹那。 突撃級を交わし、要撃級を避けながら砲弾を叩き込む一瞬。

誰しも思わず何かに祈る。―――『頼む! 助けてくれ!!』
それが神に対してなのかどうかは、人それぞれだが、俺もそんな経験は無数にあった。 人知の範疇を越える偶然、それに縋るより他に無い状況下では。

イヴァーリとて同じだっただろう。 元々クリスチャンの彼としては、戦場で生き延びた喜びを、神に感謝した事も有っただろう。

何が彼を変えたのかは、判らない。
彼に内心にどのような思いが去来したのかは、判らない。

だが、恐らく彼は絶望したのだろう。 平穏な筈の市民としての生活に、そして神に。

雨がますます強くなってきた。 雨戸を閉じて、カーテンを引いて。 そして、ベッドに潜り込んだ―――正直、やり切れなくなったからだ。










[7678] 国連米国編 NY5話~Amazing grace~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/10/14 22:32
1995年5月28日 1530 ニューヨーク イースト・ヴィレッジ


「かっぱらいだぁ~!!」

昼下がりのイースト・ヴィレッジ、Ave.A(A番街)と13th.St(13番通り)が交差する一角。 
背後で響く、いきなりの男のだみ声。 振り向くと、肉屋のイタリー系と思しき顔を真っ赤にした親父が、店頭から飛び出し肉包丁(!)を振り回して叫んでいる。
その視線の先。 つまり俺に向かってくる方向からは、小汚い格好の小さなガキが両手一杯にソーセージやら何やらを抱えて走ってくる―――ああ、かっぱらいね・・・

「おおいっ! 誰かっ! そのガキとっ捕まえてくれぇ!!」

―――さて、どうしたものか・・・

と、考えるまでも無く。 悲しいかな訓練された身は無意識に半身を捻って、突進してくるそのガキを交わして―――足を引っ掛けていた。

「うきゃ!!」

案外可愛らしい悲鳴を上げて、そのガキが見事にすっ転ぶ。 その拍子に持っていた戦利品を盛大にばらまいた。

「お、おうっ! アンタ! そいつをとっ捕まえてくれっ! 今日こそ警察に突き出してやる!!」

―――って事は、常習犯か?

「ちっ! 誰が捕まるかっ!」

意外に俊敏に立ち上がって、走り去ろうとするその時。

「ふぎゃ!!」

またまた俺の足に引っかかって(俺が引っ掛けて)転倒する。 近づいて、その首根っこを捕まえる。

「・・・さて。 悪童はお巡りさんのお説教でも聞かせなきゃな・・・?」

「チクショウ! 離せっ! 離せってばっ! このイ〇ポ野郎! ファッ〇ン・シット! 
手前ぇのお袋はファッ〇ン・ビッチだろ!? このアス野郎っ! カマ掘られて死んじまえっ!!」

―――いやはや。 見事に流暢かつ豊富な語彙の、下品な下町言葉だな。

呆れてそのガキを見る。 ―――なんだ? えらい整った顔立ちのガキだな? 声が甲高いから、まだ変声期前かな?
ジタバタ暴れるその腕を掴むが、やたら細い。 10歳前後位だろうけど、男にしちゃ華奢なガキだ・・・ 

などと考えている内に、肉屋の親父が追いついてきた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・ いや、アンタ、助かったよ。 このガキは辺りじゃ性悪のコソ泥でなぁ。 食いもんばっかり、チマチマ盗んで行きやがる」

「チマチマ? じゃ、今日みたいな盛大な盗み方は・・・?」

「おう、そういや、初めてだな・・・? ウチもソーセージを2本,3本とか、そんな風だったがなぁ?」

「チクショウ! 離せっ おっさんっ! 離せってばっ!!」

―――ちょっと待て。 今、何て言った・・・?

「・・・こら、誰がおっさんだ。 俺は今年でようやく21歳だぞ? 『お兄さん』だ、この小僧・・・」

「手前ぇこそ! その目玉は飾りか何かかっ!? アタシのどこが小僧だ! このファッキン・ブラディ・シット野郎っ!!」

―――段々、殺意を覚えてくるな、この語彙の豊富さには・・・

ん? 待てよ? 『どこが小僧』??
そいつが目深にかぶっている野球帽を取っ払う。 途端に綺麗な、長い金髪が現れた。 顔立ちも良く見てみると・・・

「・・・こいつぁ、驚れぇた・・・」
「お前・・・ 女か・・・?」

薄汚れてはいるが、ちゃんと風呂にでも放り込んでやれば。 かなり可愛らしい顔立ちの少女だった。

「手前ぇらのその眼は、節穴かいっ!? 河岸に上がった死んだ魚の目かよっ!? このインポ爺ぃに、ファッキンおっさん!!」

「「 んだとぉ!? 」」

思わず親父とハモる。 
にしても。 外見はともかく、中身は紛れも無くアルファベット・シティのクソガキだ。

「クソッ! 今日は我慢ならねぇ! ポリに突き出して、矯正院に放り込んで貰うぜっ!」

肉屋が元々の赤ら顔を、更に顔を真っ赤にして声を荒げると、急にそのガキが焦った様な顔になった。

「ちょ! 冗談! 矯正院!? 冗談だろっ!?」

「冗談なんかじゃねぇ! 手前ぇみてぇな悪ガキ! 説教程度じゃ直らねぇっ! 覚悟しとけっ!!」

「うっ・・・! うう、うわあああぁぁん!!」

―――なんだ? 急に泣き出しやがった。 この界隈のガキどもが、矯正院送り程度で泣くか? 
普通なら『三食昼寝付きの別荘だ!』とかほざくタマばかりだけどな・・・?

「なっ、なんでいっ! 泣き落としなんぞ、通用しねぇぞ!?」

「ふえぇんっ・・・ かっ、母さんが・・・ 病気なんだよぉ・・・ ソーセージ1本位じゃ・・・ 栄養付かないんだよぉ・・・ うええ・・・!」

「うっ・・・ そ、そりゃ、お前ぇ・・・ さっさと医者に診せるとかよぉ・・・」

「貧乏人にそんな金ないよぉ! そんな金あったら・・・ アタシだって、カッパライなんかやるもんかぁ・・・! ふええぇぇん!!」

「そっ、そりゃ、そうだけどよぉ・・・ でもよ、かっぱいはよぉ・・・」

「頼むよぉ・・・ おじさぁん・・・ 母さんの病気治ったら、ちゃんとお金返すよっ! 働いて返すからさぁっ!
お願い・・・ 見逃してよぉ・・・」

「う、ううぅっ・・・!!」

悪ガキとはいえ、見た目は可愛い女の子に。 上目づかいで、しかも涙をウルウルされて。
いい中年のおっさんは急に進退極まったらしい。

―――はぁ。 おい、おっさん。 あんた、見た目と違って妙に人が良すぎるぜ・・・?

「し、しかたねぇな・・・ こ、今回はよ・・・」

「ホント!? おじさん、ありがとっ・・・「で? この眼薬は何だ?」・・・っげ!!」

さっきから、左手だけ後ろに隠しているのが怪しいと思っていたら、案の定。
さっと取り上げたのは、市販の目薬。 そういやさっき、両手で顔を覆い隠す仕草していたっけな、こいつ。

「くっそぉ!! なんだよっ! 妙に勘の良いおっさんだぜっ!!」

―――ボクッ

「ぎゃっ! 痛てぇ! ちっ、チクショウめっ! この、クソガキ!!」

見事におっさんの脛を蹴りとばして、まんまと戦線離脱しやがった。

「へんっ! この、もーろくジジィ!! 簡単に引っ掛かりやがって!! それにこの、ぺドのロリ野郎! くたばっちまえっ、ばーか、ばーかっ!!」

見事なまでに悪ったれな捨て台詞を残して、そのガキ、もとい、悪たれ少女は走り去って行った。―――ちゃっかりと戦利品を確保して。

―――いや、あの状況判断と言い、戦況の見極めと言い、引き際の判断と言い。 良い兵士になるなぁ、あれは・・・

ふと、そんな事を考えている自分に苦笑する。 俺もすっかり、世間様の言う『ガチガチの軍人野郎』って訳か? ま、第一、損をしたのは俺じゃない。

「・・・イテテ、くそぉ、あのクソガキめ・・・」

しきりに脛をさすっている親父に近づき、一言二言確認してみる。―――ふん? ひょっとして、どうやらこれは当りか?











「はあ、はあ、はあ・・・」

―――ここまでくれば、大丈夫よね?

トンプキンス・スクエアからAve.Cと10th.Stの交差点を少し南下した所。
少女は後ろを振り返りながら、全力疾走してきた足を止めて、荒れた息を整える。 ほんのり上気した、元から愛らしい顔立ちに悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
何とか上手くいった。 今日は久々の大戦果だ。 途中、あの変な野郎のお陰でヤバかったけれど。 へん、アタシをとっ捕まえるなんて、100年早いよっ!

そうして意気揚々と家路に着く。 これだけあれば、母さんもきっと元気になる。 
姉さんだって、辛い仕事をしなくてもいい・・・


そんな思いを抱きながら少女が歩く街は、アルファベット・シティ。

曰くつきの治安の悪い地域だが、彼女にはそんな事は関係無かった。 少なくともここは有刺鉄線に囲われた難民キャンプじゃない。
食糧配給が何日も滞って、子供でも男の子は一切れのパンの為に人を殺し、女の子は早々に体を売って糧を得る。 あの地獄じゃない。

行こうと思えば、ニューヨーク中何処へでも行ける。 そして彼女はどこででも『仕事』が出来るのだ。 
彼女にとっては、いざとなれば逃げ込む事の出来る、実に重宝な街だった。


―――にしても、今日のあのおっさん。 妙に勘の鋭い奴だったなぁ・・・

ふと、見破られた事のない『奥の手』をあっさり見破りやがった奴の事を思い出して、腹立たしくなってきた。
お陰で余分な労力を払わなきゃいけなかったのだ。 21歳だとか言っていたけど。 自分より10歳も年寄りなのだ、おっさんで十分だと思う!

暫く歩いている内にやがて家が見えてきた、オンボロの安アパートだ。 それでも風雨は凌げるし、ベッドだってある。

―――今年も夏は暑そうだから・・・ 少ししたらどこかの廃品置き場から、扇風機でもガメてこないとね・・・

ふと、アパートの入口に立つ人影に気がつく。 誰だ? 見た事が無い。 ヤバい、変質者か何か!?
その人影がこっちを向いた。 街灯のお陰で顔は陰になってて、良く見えないけれど・・・ ヤバい! こっち見て笑ってやがるっ! 絶対、変質者だっ!!


「―――よう。 探したぞ? このソーセージ泥棒」













―――俺は。 何を酔狂な事しているんだろうな?

自分の行為に苦笑する。 コソ泥の代金を立て替えて、逃げた方角からアルファベット・シティだと当りをつけ。
そこら辺に屯している悪ガキどもに小金を渡して情報を集め、ようやくたどり着いた訳だ、代金回収の相手に。
最も、情報料は立て替えたソーセージ代を大幅に超過していたからなぁ、これは赤字だな。

横であの少女がムクレて座っている。 ベッドには母親らしき白人女性が上体を起こして薬を飲んでいた。
アパートの前でとっ捕まえた時に、本当に母親が風邪をひいていると聞いた。
で、今度は逃げられないように首根っこを引き摺って薬局まで行き、症状を吐かして風邪薬を購入したと言う訳だ。


「・・・本当に。 Mr、有難うございます。 何と言ってよいのか・・・」

「いえ、お気になさらず。 戦友の知人とあっては、見て見ぬ振りは非人情ですし。 それより、もう休まれた方が宜しいでしょう」

「はい・・・ すみません、お言葉に甘えさせてもらいますわ・・・ アルマ、お休みなさいね。 それと、イルマが帰ってきたら、ちゃんとお礼を言っておくように、って」

「うん、ママ。 お休みなさい。 お姉ちゃんも直に帰ってくると思うから」

少女が母親におやすみのキスをして、部屋から出てくる。 ドアを閉めて、こっちを向きなおって、そして―――

「で? アタシに何をやらせたいのさ? このロリ野郎」


―――全く。 この口調さえなきゃなぁ・・・


「言っただろ? イヴァーリ・カーネについて聞きたい。 彼が何をしていたのか、何か話していなかったか」

「アンタ、刑事?」

「・・・どうして?」

「イヴァーリおじさんの事! 根掘り葉掘り聞いてどうする気さっ!!」


―――純粋に怒っている。 これ以上貧しい弱き者から何を奪う気かっ!? これ以上何を干渉するのだっ!?

瞳がそう物語っている。 まるで世の殆ど全てを信じていない、全くの不信感を持っているかのような。
でも、ほんの少し救われる気がした。 少なくともイヴァーリの事は、彼女の不信の対象ではなかったらしい、そう思えたから。

「俺は、刑事なんかじゃない。 今はただの学生さ。 本職はイヴァーリと同じ・・・ いや、『イヴァーリも同じだった』国連軍の将校―――軍人だ。 彼は戦友だったんだ」

「軍人・・・? 国連軍・・・?」

「ああ、聞いていないか? イヴァーリから?」

「軍人だったって事は、聞いてるよ。 でも! フィンランド軍だったって・・・」

「そう、元フィンランド軍の衛士で、その後国連軍に出向していた。 俺と出合ったのはその国連軍時代の事さ」

少女の目が、まだ訝しげにこちらを見ている。

俺がこの少女を、そして家族を探したのは。 例のイヴァーリの日記の中にその記述が有ったからだ。
戦死した旧知の元フィンランド軍将校の遺族。 母国・フィンランドから脱出し、ステイツで難民キャンプに入っていた事。
退役後に住みついたNYで、その貧困街で偶然にも出会った事。

生活に困窮するその遺族に関わる事で、無気力の極みにいた彼が何とか立ち直ろうとしていた事。
キャンプから『脱走』して住み着いた違法居住者であるその家族には、まっとうな生計を立てる術など無い事。
自分と同じ、市民社会からの疎外者同士である事への、負にも思える、だが縋りつくようなシンパシー。


「・・・イヴァーリおじさん、ここ数日会ってないよ。 変なんだよ、前は1日置きに、会いに来てくれていたのにさ」

「聞いていないのか・・・?」

「何を?」

―――拙いな。 話していいものか。 相手は多少ませてるとは言え、まだ子供だ。

「何がさ!? ハッキリ言いなよっ! 付くもん、付いてんのかよ? おっさん!」

―――本気で殺意を覚えるぞ? このボキャブラリーの見事さには・・・
しかし、いずれ判る事か。 仕方ないな。

「イヴァーリは・・・ 死んだよ。 3日前だ、自宅でな」

「死んだ・・・? うそ・・・」

「死んだ。 偶々彼に会いに行く所だった俺が、警察まで身元確認に行ったんだ、間違いない」

かなりショックだったのか。 生意気な表情は消えうせ、何か独りぼっちの迷子の様な、泣きそうな顔になっている。
多分な後悔と、それでも言わなきゃならなかったと、無理やり納得させる自分の内心に苦い思いを抱きながら。
さて、どうこれから切り出そうか、そう思案していると。

―――ガシャン!

後ろでガラスコップが砕ける音がする。
振り向くと、少女の母親が開いたドアの所に棒立ちになっていた。 さっきの音は彼女がコップを落としたのだ。

「・・・死んだのですか? イヴァーリが? 彼が・・・ 死んだ・・・?」

「・・・ミセス?」

次の瞬間、彼女は糸の切れたマリオネットのように床に崩れ落ちた。

「ママ!!」 「ミセス!?」


「おお・・・ 主よ・・・ どうして、何もかも・・・」

―――彼女の虚ろな呟きが、嫌に耳に響いた。
















1995年6月1日 1530 ニューヨーク ワシントンスクエア


大学の授業が終わり、図書館で調べ物をした帰り。 ふと近くのカフェで一休みしたくなった。
そろそろ暖かくなってきて、天気は快晴。 日本のように梅雨が鬱陶しいと言う事も無い。 実に過ごしやすい。

道行く人々は比較的若者が多い。 
この界隈はグリニッジビレッジ、イーストビレッジ、ソーホーと言った、エネルギッシュな若者を惹き付けるエリアの真ん中に位置する。
ワシントンスクエアから10分も歩けば、ジャズクラブ『ブルーノート』 そして女性には嬉しいプラダの旗艦店などもある。
全く雰囲気は異なるが、それぞれに非常に魅力的なランドマークがあるからか。

―――『豊かなアメリカ』

当人達にとっては様々に不安も有ろう、苦しみもまたしかり。 しかし、それでも、それさえも天国に見えてしまう人々がいる事は事実だ。
この事実。 この格差。 豊かな社会は、豊かな幸福を保証するものじゃない。 少なくとも、豊かでない場所からの異邦人にとっては。


「・・・で? 結局、判らずじまいかい? その昔の上官の死の原因は」

隣でコーヒーを飲みながら、イルハンがこちらを向いて尋ねてきた。

「さっぱり。 警察は、『ヤクの売人』とか言っていたけどな・・・ でも、常習者って訳じゃなさそうだったし」

「じゃ、殺人じゃないのか? 常習者でも無いのに、オーヴァードーズ(薬物過剰摂取)は明らかにおかしい」

そうなのだ。 それにイヴァーリの手紙にあったあの言葉―――『俺は、殺される』 あの言葉が意味する所は?

昨日、サラマト刑事にアポを取ったが。 捜査は進んでいないとの事だった。 証拠は完全に消され、判った事は使用した薬物がヘロインだったと言う事だけだそうだ。
まるで事件が有ったと言わんばかりの状況だが、その証拠は全く掴めない。 サラマト刑事曰く、『まるでプロの仕業のようだ。 犯罪のプロじゃ無く、非合法工作のプロの』

その差がどう違うのか、畑違いの俺にはよく判らないが。 サラマト刑事が苦虫を潰していたのが印象的だった。


「・・・何も、判らない? その、遺族も?」

向かいに座るぺトラが、少々心配気味に聞いてくる。 同じフィンランド人。 同じフィンランド軍に身を置いていた。
そんな共通項が、彼女の関心をいたく惹いたようだった。

「ん・・・ 少なくとも、母親と下の娘は何も知らないそうだ。 上の娘とは会えずじまいだったけどね」

「その・・・ イヴァーリ、どう言う関係? 母親は・・・?」

「・・・昔の上官の遺族だそうだ、生前から親交が有ったらしい。 死んだ上官・・・ 彼女達の夫で、父親。 カレニア戦線でKIA。
89年だから、イヴァーリは24歳か。 中尉だったそうだが、何か軍紀違反で降格を喰らったそうだ」

その後、家族は母国を脱出。 難民キャンプを転々として、91年にアメリカ東海岸の難民キャンプへ辿り着いた。
キャンプを抜け出したのは、93年の頃らしい。 1年後、イヴァーリと再会する。


「何か、特別な感情が?」

意外に鋭い指摘をイルハンがしてきた。 見た目に寄らないな。

「ああ、有ったそうだ。 夫人はイヴァーリより6歳ほど年長だが・・・ 愛していたと。
御主人が戦死して以来6年。 2人の娘を抱えて難民キャンプで苦労し続けてきた。 ・・・この『苦労』が、世間一般の苦労じゃないってことくらい、判るよな?」

「ああ。 生存を取るか、人倫を取るか。 それが体を壊した要因か・・・ 『母は強し』だな」

「・・・よくある話。 珍しくは、ない・・・ でも、イヤ、凄く」

イルハンにせよ、ぺトラにせよ。 難民キャンプの出身者だ、これは愚問だった。

「ニューヨークの場末で、『絶望の街』で。 それこそ絶望していた所に現れた、亡き夫のかつての部下。
懐かしい顔。 そして何呉と気遣って呉れる相手。 多少は金銭的な援助もしていたそうだ―――夫人が頼っても、文句は言えまい?」

「その依存が、いつしか愛情に? 成程な、確かに不自然じゃない。 そのイヴァーリにしても、彼女達は縋りつきたい存在だったんだろうな」

イヴァーリはアメリカの市民権を持っていた。
彼女達が違法居住難民だとしても。 正式に夫婦となれば『夫』の市民権がモノを言う。
貧しいが、新しい家族が出来る筈だったのだ。

「・・・そのまま、新しいお父さん・・・ でも、死んだ。 何故?」

そう。 何故? それだ。


「そもそも、イヴァーリは何で生計を立てていたんだい? 警察の言う通り、麻薬の売買か? だとしたら、そうそう思い通りには行かないだろう?」

「イヴァーリが売人だと言う確たる証拠は、掴めていないそうだ。 小売りのブッシャー(場末の売人)達の口から、その名前が何度か出たそうだけど」

「・・・卸しの方か? どこかのファミリーの?」

「それは無いそうだ。 彼はどこのファミリーとも繋がりは無かったそうだから」

「・・・益々、ヘン、それって・・・」

ぺトラの言う通りだ。 確かにイヴァーリは何処のファミリーとも繋がりは無いと言う。
ならどうして、売人達の口からその名が出たのだ? そもそも彼は、何を生業としていたのだ?

そもそも、『殺される』とは、誰に? 彼は誰かに殺される様な事態に陥っていたのか?
どうして俺にその事を書いて寄こしたのだ?
そんな事を考えている内に、知らずとまた難しい顔になっていたらしい。 イルハンとぺトラが呆れる。


「いずれにせよ、直衛。 これ以上関わるな。 君は捜査官じゃないんだ、今は只の学生だぞ?
どんな組織が関わっているやも判らん。 それに、その遺族にしてもだ。 君が代わりに何時までも様子を見る訳にもいかないだろう?」

「・・・ああ、確かにな」

確かにその通りだ。 俺のNYでの滞在は、予定ではあと1カ月弱ほどで終わる。
6ヶ月間の大学での聴講生を修了して7月から3ヶ月間、アラバマ州のマクスウェル基地に付属する軍事教育機関である、アイラ C.イエイカー・カレッジに派遣される。
そのカレッジ群の中の『指揮官用専門的開発学校』に放り込まれる予定だった。 イルハンも同じで、未だ少尉のぺトラはベルファストに戻る。

何とももどかしい。 結局、イヴァーリは何を伝えたかったのか。 何を俺に言いたかったのか。
さっぱり判らずじまいのまま、そして彼に関わりの有る人々を、その現状を知りつつ何を出来る術を持たないまま、この街を去る事になりそうだったから。

「いいか、直衛。 今、お前さんがすべき事は、死んだ男の過去を探る事でも、難民の母娘の事を気遣う事でも無い。
今のお前さんのやるべき事は、軍務に従って留学を終え、戦線に復帰する事だ、違うか?」

「・・・違わない」

「なら、ネガティヴな思い込みは止めろ。 君一人が全てを放棄して関われる事なんて、同じような事の何百万分の一以下だ。
厳しい言い方をするが、それは君の偽善のマスターベーションだぞ?」

「ッ!! 判っている・・・」














同日 1950 ニューヨーク トライベッカ


昼間、イルハンに図星を指されたせいか。 何ともテンションが上がらないまま、アパートに帰って来た。
ギシギシと鳴る階段を上がり、自室のフロアに辿り着いた時。 部屋の前の人影に気がついた。

「ハイ、直衛。 元気そう・・・ じゃ、なさそうね」

「・・・? バレージ中尉? ドロテア・バレージ中尉!? どうしてここに!?」

副官部での同僚、ドロテア・バレージ中尉が俺のアパートの部屋の前に突っ立っていたのだ。―――何やら薄着のドレス姿で。

「何でも良いじゃない。 それより、部屋に入れてくれないかしら? 6月とはいえ、夜は冷えるわね・・・」

―――そりゃ、そんな薄着じゃあな。 一体どこの酒場の歌姫だよ。

ふと、彼女の予備役時代の職業を思い出して納得した。
どうやら、『副業』に手を出していたのか? それとも任務上の必要性からか? 彼女はアンダーカヴァーで動く事も多い。

「はあ、ま、どうぞ・・・」

部屋のドアを開けて彼女を中に入れる。

「ふぅ~ん・・・? 意外とまともね。 見事に殺風景な男の子の部屋だわ。 女っ気の欠片も無いわね」

「・・・勉強しに来ているんです。 ガールハント目的じゃないし、そんな余裕も有りません」

「ベルファストに留学中のあなたの以前のお仲間は、散々女の子のお尻を追いかけていたわよ?」

「はあ!?」

「ファビオ・レッジェーリ中尉、って言ったかしら? イタリア系の・・・ 私もイタリア系だけど、南部の男ってどうしてああなのかしらね?」

「ファビオ!? あいつ、いまアイルランドなんですか!?」

「他にも居たわよ? クムフィール中尉とか、リッピ中尉に、蒋中尉と朱中尉・・・ あなたの前の部隊の同僚達。 同じ時期に中尉に進級したお仲間達ね。
不思議じゃないでしょ? 彼らにも同じ教育プログラムは実施されるのだから」

初耳だった。 同時に成程な、とも。 何も教育プログラムはアメリカでだけじゃないのか。

取りあえずコーヒーを2人分淹れて、カップを彼女に手渡す。 ウィスキーを少しだけ垂らして。 
さて、何から聞こうか。 何から話を切り出そうか。 何しろ、何のために彼女がここにいるのか想像もつかない。

(確か、レディ・アルテミシア・・・ アクロイド博士の警護任務じゃ無かったか?)

それとも、誰かに引き継いだのか?

「警護任務は、正式に国連軍情報部が引き継いだわ。 ま、プロのお仕事に期待しましょ?」

―――はぁ、そうですか。

「で? 今は酒場の歌姫に転職ですか?」

「そうよぉ~? ミッドタウンのお店。 よかったら来てねぇ~?」

「って! 本当に!?」

おいおいおい、本気かよ? この人・・・

「ふふふ・・・ 冗談よ。 素直な子ねぇ、君は。 可愛いわぁ」

―――ぐっ!!

「くっ! どうせ、俺はまだ21になるならずの小僧っこですよ。 まだケツの青いガキですよ。 三十路の女性から見ればねっ!!」

―――確かこの人、30歳になったんだよな?

「・・・おい、小僧。 銃でド頭ブチ抜かれるのと、コンクリ履かされてハドソン川に沈められるのと。 どっちを選ぶ・・・?」

「済みません、マーム・・・」

本気で怖かった。 女性に年を聞くのは厳禁だという格言は正しかったな・・・


「で? どうしてここに?」

「・・・見せて」

「は?」

「イヴァーリ・カーネの日記。 持っているんでしょ?」

どうしてバレージ中尉が? とも思ったが。 彼女の目が『任務』中だと告げていた。
机の引き出しから1冊のノートを取り出して彼女に渡す。
相変わらず気だるげな表情に、少しだけ真剣さが見えたのは読み出して暫くしてから。

「・・・94年の12月。 彼に何が有ったか知っているかしら?」

「去年の、12月・・・? ああ・・・」

「何?」

「昔の・・・ フィンランド軍時代の戦死した上官の遺族に、この街で再会した頃だと聞きました」

「彼自身に?」

「まさか。 その遺族ですよ。 最近知り合って・・・ で、それがどうかしましたか?」

確か、クリスマスのミサにふらりと立ち寄った先で、本当に偶然に再会したそうだ。
イヴァーリは酷く驚いていたらしい、彼女たちの境遇に。 それ以降、半年に及ぶ交流が再開された訳だが。


「・・・隠すのも面倒だし。 どうせベルファストに戻れば閲覧出来ちゃうし。 いいか、話しましょうか。
私の任務は、国連軍監査局の要請でお手伝いしてた訳ね、麻薬違法輸出入の。 ま、それ自体は第3室の任務よ。 なにせ、何でも屋だから」

「それとイヴァーリと、関係が?」

「イヴァーリ・カーネは。 合衆国市民権を取得した後、国連軍の仲介で94年の4月から連邦政府の下級職員になっていたわ。
HHS(アメリカ保健社会福祉省)、その一部局のFDA(食品医薬品局)ね。 最初の内は真面目に働いていたそうよ。
戦争帰りって事で、ちょっと敬遠されていた所は有ったそうだけれど」

―――衛士から、FDAの下級職員ねぇ・・・ まあ、見事に平穏な転職ぶりだ。

「そこで、カラクリを知ったのかしらね? どっちから接触したかは判らないけれど。 彼は94年の9月に突然退職したの」

「退職?」

「ええ。 その直後ね、ミッドタウンに小さな会社を興したわ。 雑貨の輸出入を扱う、一部屋だけの小さなオフィスの、小さな会社。
―――でも、扱う品は小さくなかったわ」

「・・・何を扱っていたんです?」

「アヘン」

「えっ!?」

「アヘン。 ケシ科ケシ属に属する一年草の植物、『Opium poppy』、学名『Papaver Somniferum』 この植物の未熟果から採れる乳液状の物質。
それがアヘン。 その中には約10%程のモルヒネを含むわ。 鎮痛・鎮静薬としてのね。 戦場でお世話にならなかった?」

「一度、イベリア半島で負傷した時に」

「そう。 で、モルヒネを無水酢酸で処理して生成されるものは?」

「・・・ヘロイン」

―――なんてこった!! イヴァーリの奴、本当にっ!?

「アヘンの輸出入自体は違法ではないのよ。 ちゃんと国際条約で制限された内容で有ればね。
それに今は各国ともに大量のモルヒネを必要としているわ。 戦場で戦ってきた貴方なら判るでしょう?」

―――重傷を負った時。 最早処置の施しようが無く、ただ痛みを和らげる事が慈悲だと思えるような場合。

モルヒネは最後の頼みの綱だった。 少なくとも、痛みだけは和らげて戦友を逝かせてやるしかなかった。
もっと副作用や依存性の無い薬物も有るにはあるが、そんなモノお目にかかった例が無い。
生産数が少なく、コストもまだまだ高いからだと言うからな。 

最前線じゃ、手っ取り早い方法―――極東戦線じゃ、すぐ後方にある中韓国境地帯のケシ生産地帯から生アヘンを入手して、それを密かに売り捌く連中もいた。
依存性が有る事は承知の上で、多くの将兵がアヘンに手を出していた。 一時でもあの先の見えない絶望と恐怖から逃れる為に。

幸い、俺のいた部隊にはアヘンに手を出した奴はいなかったが(手を出した途端、広江大尉―――今は少佐か―――に、死ぬほど殴られただろう)

「今、モルヒネの最大生産国は合衆国よ。 そこから世界中に輸出されるわ。
自国でモルヒネの自家生産確保が出来る国は、限られているわね。 同時にそれらの国は、アヘンの輸出国よ。
―――中米、アフリカ、東南アジア、そして・・・ あなたの祖国・日本」

・・・それは知っている。
東北や北海道で『北方気候型』、『蒙古気候型』と呼ばれる種を栽培している事は。

「イヴァーリは、その輸出入を?」

「代行でね。 ま、取引量は個人商店だから少ないし、国際取引価格だから儲けも少ないわ・・・ 合法の限りでは」

「・・・どう言う事です?」

「彼が扱った商品の輸入先は、主に国連軍からの仲介先だったの。 海外のアヘン生産国ね。
当然、合法的な輸出入だけど・・・ 今は需要と供給のバランスが大幅に崩れているわ。 生産過剰なのよ」

「生産過剰?」

「このご時世でしょ? 各国ともに少しでも外貨を稼ぎたいのよ。 戦費調達は難しいわよ?
そこで、抜け道が有るわ。 さっきも言ったでしょ? アヘンはヘロインの材料だと」

「過剰のアヘンを密輸入して、アメリカ国内の流通に卸す・・・」

「そっ 相手は犯罪組織じゃ無い、立派に外国の政府組織よ。 下手に合衆国内の犯罪組織に接触する訳にもね?
彼は『仲買人』として直接交渉できない外国政府組織に代わって、各ファミリーへの交渉役と仲買役をやり始めたわ」

そんな事を・・・ でも、どうしていきなりそんな? それまで少し敬遠されながらも、真面目に働いていたのに?

「実は国連も見て見ぬふりよ。 情報部は各国政府の『副業』を黙認していた。 最前線国家が疲弊しすぎるのも拙いし、ある程度はね」

「連邦政府は? DEA(アメリカ麻薬取締局)なんか黙ってませんよ? FBIだって出張って来そうだ」

「その連邦政府もグルだとしたら?」

「・・・え?」

「無制限に、無秩序に麻薬が流入していた状況から、ある程度コントロール出来る状況になるとしたら?
その辺り、国連と連邦政府にどんな裏取引が有ったかは知らないわ。 知りたくも無い、死ぬのは御免よね?
―――イヴァーリ・カーニは少なからぬ金を稼いでいたわ」

バレージ中尉の話では、その頃のイヴァーリの生活は派手だったそうだ。
そして、なにか自棄になっている様な、刹那的な様子だったと、当時を知る人間からの聞き取り調査報告が有ったと言う。

「ひと晩で何万ドルも使ったりね。 ホント、一度でいいからやってみたいわね。
―――っと、睨まないでよ。 嘘よ、嘘。
で、そんなイヴァーリ・カーニに変化が見えたのが去年の年末ごろかららしいの」

「変化?」

「ええ。 急に大金をあちこちの慈善団体―――特に、難民救済団体に寄付し始めたらしいわ。
凄い時には何十万ドルも。 団体の方でも驚いて。 何しろ合衆国のカネ持ち連中で、難民救済団体に寄付する人間は少ないものね」

「・・・格安の労働力を奪われますしね」

事実だ。
難民キャンプの難民の待遇は、その地域差が有るが。 合衆国では殆ど『奴隷労働力』とでも言いたくなる程の格安賃金での労働力になっている。
最低限、生きていける程度の収入。 合衆国の市民権を得る為の軍への志願資格―――3年間の無犯罪居住と、英語力の認定試験、それを実現する為の保証がこの『奴隷労働』

だから誰も文句は言えない。 文句が有るなら、余所の国のキャンプへどうぞ、と言う訳だ。
そこにはより悲惨な状況―――飢餓と疫病の蔓延。 毎日数10人、数100人単位で死んで行く人々。

「・・・イヴァーリが寄付を始めた頃は、あの遺族と出合った頃だ」

「ふ~ん? 確か未亡人が居たと聞いたけど? そう言う関係なの?」

「・・・イヴァーリ本人には聞けないけど。 夫人は彼を愛していたと」

「忙しい男ね。 世の中に絶望して、違法行為に手を染めて。 今度は旧知の女性に出会って、神様の慈悲を乞う?
知っていた? イヴァーリ・カーネが良く行く店でリクエストしていた曲。 『Amazing grace』だって」

「・・・『Amazing grace』?」

「知らないかしら?」

「いや、知っている。 でも、日記の中じゃ、彼はその曲を嫌っていた筈・・・」

「去年のイヴの頃までね。 それ以降の日記には、そんな記述が一切無いわ。
ホント、忙しい男。 慈悲を乞うて、贖罪を購おうとして―――消された男」

―――消されたっ!? やっぱり!?

「そう、消されたのよ。 誰に? そう、そこが謎になるわね、外から見れば・・・」

「内から見れば・・・?」

「判るでしょう? 国連と連邦政府よ。 具体的に言えば、国連軍情報部とDEA、それに輸出入先の各国情報機関。
慈悲の心が仇になったのね。 この商売から手を引く、これからは難民救済に関わる―――各組織共に慰留を求めたらしいけれど。 これが今年の2月頃。
自分に係るなら、害するなら今までのカラクリを暴露する―――各組織の合意は即日だった様ね。 これがつい先月の話」

―――ああ、それで監査局か・・・

「・・・公表はされないわ。 私も報告すると同時に忘れてやる事にするわ、命は惜しいものね。
形式だけでも、監査はやらないと、って事でしょ。 ま、公然の秘密だし、ちょっとその道の人間に嗅ぎ付いて貰えばすぐ判る話ね」

「でも、無かった事になる。 恐らくイヴァーリには、何処かのファミリーとの繋がりがでっち上げられて。 犯罪者として葬られる事になる」

「実際、犯罪者だったけれど。 大きなトカゲの尻尾切りね、今頃は何処かの誰かが後を継いでいるでしょうね。
―――イヴァーリ・カーネより神経が太くて、倫理観の無い奴が・・・」












[7678] 国連米国編 NY最終話~Amazing grace~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/10/17 03:10
1995年6月1日 1030 ニューヨーク イーストヴィレッジ


数日振りにイヴァーリの部屋にやって来た。 遺品の整理の為だ。
彼には身寄りが無い。 せめて昔の誼でと、そう思い立ったわけだが。

やはりと言うか、余り私物も無い部屋だ。 家具類を処分した後は、こまごました物を整理したり、処分したり。
本棚に残ったアルバムが目に入ったのはそんな時だ。 何気なく視線を泳がせていると眼に入って来たのだ。
何も考えずにそのアルバムを手にとって、中を見て―――泣きそうになった。

―――着任当時、配属小隊の皆で撮った写真。 得意そうなイヴァーリの顔。 少し緊張気味の俺もいる。

―――クレタ島でBETAの侵攻をビクビクしながら待ちかまえていた頃。 乗機の前で不敵に笑うイヴァーリがいる。

―――多分、バルカン半島の戦闘後だったと思う、後方のPXで浴びる程酒を飲んだ時の写真。 イヴァーリも、中隊長も、大隊長も。 ファビオやギュゼルも笑っている。

―――イギリスの駐屯地だろう、牧地のような草原で寝そべっているイヴァーリ。 俺と圭介がいる。 ああ、この時はあいつにイタズラして・・・ 散々追いかけ回された。

―――最後の写真。 94年初頭当時の大隊のメンバー全員で写った写真。 その裏側には・・・

―――『My Dear Family, ―――Amazing Grace』


・・・どうしたんだろう? 文字がぼやけて読めない。 本当に・・・ どうしたんだろう・・・


「ふっ くっ・・・」













1130 イーストヴィレッジ


アパートから出てきた俺を待っていたのは、サラマト刑事だった。
一応事件現場なのだ、市警に連絡は入れておいて許可を得ていた。 それでやって来たのか。

「・・・やあ、中尉。 今日はヒマかね?」

「アンタが非番じゃ無きゃね」

「なら、丁度いい。 ちょいと付きあってくれや」

「・・・昼間から酒か?」

違うさ―――苦笑しつつ先を歩き始めたサラマト刑事について行った先は。 イーストヴィレッジとロウア・イーストサイドの境にあるこじんまりとしたパブだった。
何の変哲も無い、ごく普通の店。 少々くたびれているが。 ここが一体どうしたんだろうか?

「やっこさんの行きつけだった店さ」

―――イヴァーリの?

店のマスターは店構え同様、暮らしにくたびれた中年男、そんな印象だった。
まだ開店時間前とて、最初は渋っていたが。 俺がイヴァーリの戦友だったと言うと、黙ってグラスを出してくれた。
意外な事に、欧州陥落前に大陸で戦った経験者だった。

「・・・あいつはな、人一倍、繊細な奴だったんだよ。 ははっ、外目じゃねぇさ、本質がよ。
強気で、強がりで、陽気にふるまっているのも。 繊細な本質を護りたかったんだよ。
本当は誰だってそうさ、そうなんだよな、誰だってよ・・・」


「でもなぁ・・・ 結局は、違うんだよな・・・ 何がかって? そりゃ、あんた。 あの地獄を体感している奴と、していない奴の差さ。
体感している奴ってのは、繊細だよ、臆病になるよ。 だからこそ、他人の怖さや絶望や、そんな諸々のものにも、敏感になるわな・・・」


「そうだな、気が焦るって言うのか? こんな後ろの国の、安全な街で暮らしているとよ。 余りに違いが大きすぎてよ。 
今の自分の暮らしは、自分で掴み取ったんだって、そう頭で判っててもよ。 気持はよ、何だかなぁ、後ろめたいっていうかよ・・・」


「頭と気持ちの整理がつかなくってよ。 それに、ここだって何時まで安全だか・・・
でよ、ついつい、そんな話しちまうんだよな、『お前ら、そんな悠長にしてていいのかよっ!?』ってよ。 けどよ・・・」


「返ってくるのは、呆れた眼差しや、馬鹿にしたような笑いだけさ。 『何を言っているんだ? ステイツが戦場に? 馬鹿な』ってよ・・・
ははっ、半世紀前、ユーラシアの人間の一体どれだけが、今の状況を苦慮していたってか? そうだわなぁ、人間、手前ぇの尻に火がつかなきゃ、実感出来ねぇやな・・・」


「結局、話がかみ合わなくってよ。 次第に、疎遠になって行くわな。 周りからは『変わり者』、『戦場帰り』ってレッテル貼られてよ。
そんな時だったけかな、あいつが近くの難民キャンプに仕事で出向いたのは・・・ ああ、FDA(食品医薬品局)の頃な。
何でも、難民キャンプで出回っている薬品に違法性のあるヤツがあるとか、何とか・・・」


「・・・ショックを受けて帰って来たぜ。 あいつだって、外国の難民キャンプは知っているさ。 酷ぇ所だってな。 ま、実はステイツも言えたもんじゃねぇが・・・
でよ、あいつはよ。 自分が命がけでユーラシアで戦って。 ユーラシアからそれ以上のBETAの侵攻を止める為に戦って。
その結果安全が確保されているステイツでよ、あの難民の惨めな姿を見てよ。 
余所のキャンプじゃ『アメリカ行き』ってな、一種の安全キップ手にしたように言われるからよ」


「命がけで戦った自分と。 難民キャンプで惨めな暮らししている難民と。 同国人だって居るわな。 戦友達と同じ国の人間も居るわな。
・・・納得できねぇよな? 気持ち的によ。 じゃ、安全を享受しているお前たちは何者だ、ってよ。 
でもよ、今じゃ自分も、その『何者』の一人なんだよな・・・」


「随分荒れてたぜ、あいつはさ・・・ どう気持の整理付けたらいいか、判らずによ。
昔を懐かしがってよ、あの戦場をだぜ? でもよ、夢で逢うのが辛いんだとよ、昔の戦友によ、死んじまった戦友によ。
みんな笑っているんだってよ。 『イヴァーリ、元気にやっているか?』って笑っているんだってよ。 それが、すごく辛いって、こぼしてたぜ・・・」














1230 イーストヴィレッジ


店を出て、あても無く、何となく街を歩いていた。

車の走りまわる騒音、クラクションの音。 人々のざわめき、街に流れる音楽。 
笑い声、怒った声、哀しい声、嬉しそうな声。
笑顔、不機嫌な顔、困り顔、ホッとした顔、幸せそうな顔。
快晴。 適度な快適な湿度。 心地よい、そよぐ微風。

そんな、何の変哲も無いNYの昼下がりの街の顔。
それがなんだか無性に悲しく、腹立たしく、そして羨ましく。

この街にとっては何事も無く、今日と言う1日を紡いで行く。


―――ドンッ!!

「っ!?」

不意に後ろから蹴りつけられた。

「なぁにボーっとしてんだよっ!? まるでカモネギじゃんか! 『どうぞ、掏って下さい』って、言ってるみたいだぜ?」

はは・・・ この子は元気だ。

「そうだな・・・ で、どうして『仕事』をしなかったんだ? アルマ。 俺はカモネギだったんだろ?」

そう言った途端、アルマは怒ったような、傷ついた様な表情になって怒鳴り始める。

「ばっ、ばかっ! アタシはこれでも義理くらい知っているよっ!! 
・・・母さんの風邪、良くなったよ。 まだ、イヴァーリおじさんが死んだ事はショックみたいだけどさ。
とにかく! アンタには借りが有るんだ。 そんな義理を破る事、アタシはしないよっ!!」


―――良い子だな。 どんな境遇でも、勁くて、真っすぐだ。


「そりゃ、失礼・・・ どうだ? 失礼ついでに昼飯まだだったら、一緒に食うか?」

「ホントか!? ・・・でもさ、なんかアヤシイな・・・」

「? 何がだ?」

「・・・アタシみたいな可愛い女の子、誘ってさ。 ・・・ヘンな事、考えてんじゃないだろうねっ・・・!?」

「・・・あと7、8年したら、考えてやるよ・・・」

―――はあ・・・ 俺はそこまで趣味の範囲は広くないぞ・・・

「むぅ~~? なんか、失礼な事言われた気がする・・・?」

「気のせいだ。 それより、食べるのか? 食べないのか? 食べないなら、俺一人で食べるぞ」

「わあ~~!! まった、まったぁ!! 食べる、食べるよっ!!」

歩き去ろうとする俺に、慌ててアルマが走り寄ってくる。
数日前はこの子もショックを受けていたのにな。 逞しいと言うか、ポジティヴと言うか。

「だってさ! クヨクヨしてもしょうがないじゃん! 食べて行かなきゃならないんだしさ!」

―――そうだな。 その通りだな。

・・・イヴァーリも。 この子の、この明るさには随分助けられたのかもな。
走り寄って、俺の周りをクルクル駆けまわるアルマを見ながら、ふとそう思った。

「で? 何を食べる? ・・・言っておくけど、俺は貧乏学生だからな」

「へん、しけたヤツ・・・ んっとね、ハンバーガー!!」

―――ハ、ハンバーガー!? ・・・もっと、普通にレストランとか、考えないのか・・・?

「だって。 テイクアウト出来無いじゃん!?」

―――・・・感心するよ、ホント。

もう、なんとでもしてくれ。 でも不思議と不快じゃ無い。 なんだかホッとする。 そう思う。
笑顔で言い切ったアルマが指差す先の、ハンバーガーショップを見ながら、そう思った。













1245 イーストヴィレッジ 某ハンバーガーショップ


「え、え~~っと・・・ ハンバーガー20個と、ビッグマック10個・・・ それとドリンク2セットですね・・・?
えっと・・・ 全部でハンバーガーが21ドルと、ビッグマック32ドル、ドリンク2ドルの、55ドルになりまぁす!」

―――どこの世界に、ハンバーガーばかり30個も食べる馬鹿が居るんだよっ!?
はあ、55ドルって・・・ 6日分の昼飯代が消えたよ、トホホ・・・

店に入って、ちょっとトイレに行きたくなったから、『先に好きなもの注文しておけよ』って言ったら・・・
レジカウンターは、ハンバーガーのちょっとした山脈が出来ていたと言う訳だ・・・

言いだした手前、それとハンバーガーの山を目の前にして、嬉しそうにしているアルマの手前。
最早何も言えず、泣く泣く10ドル札5枚に、5ドル札1枚との永遠の別れを告げた・・・


「うわあ~~!! すっごいなぁ! 豪勢だねぇ!!」

俺を赤貧生活に叩き落とすが如くの強奪をしていった小さな悪魔は。 そんな嘆きは全く意に関せず感激している。
それも、両手にハンバーガーを手にして、代わる代わる口に頬張りながら。

「・・・アルマ。 ハンバーガーは逃げないんだから。 取りあえず、両手で手に持つのは止めなさい・・・」

「ふぇ? ふぁんれ??(え? なんで??)」

「・・・何でも良いから・・・」

兎に角、周りでクスクス笑われている状況だけは、脱出したい・・・
でも、本当に気持ち良く頬張りながら食べているこの子を見ている内に、どうでもよくなってきた。
自分も腹が減っている事を思い出して、残ったハンバーガーに手を付ける事にした。

「でもな、俺もそんなに食べれる訳じゃないぞ? 4個も食べたら十分過ぎる。 アルマだってそうだろう?」

「残ったら、テイクアウトするって。 そうゆったじゃんか!」

「にしても、20個以上余ると思うんだけどな・・・?」

チッチッチ。 判ってないなぁ! 直衛はっ!
生意気に指なんか振っちゃってくれて、彼女の料理談議が始まった。

「バーガーの中身をね、ほぐしてさ! シチューなんかに出来るんだよ?
パンもね、ちょっと湯気に当ててやったら結構食べられるし。 固くなっても、パンケーキの材料に出来るんだってば!
まったく、みんな贅沢だよ、まだまだ美味しく食べられるのにさっ!」

成程、生活の知恵ね。 そういや俺って、ガキの頃は『食べ物を粗末にするんじゃありませんっ!』って、事有る毎にお袋や姉さんに怒られたな。
今にして思えば、あの頃も色々と工夫して料理してくれていたんだろうな。 うん、食べ物は粗末にするべきじゃありません、と・・・

「っ!? な、なんだよっ! 急にっ!?」

久方ぶりに家族の事を思い出して。 つい無意識にアルマの頭を撫でていたら、彼女が顔を真っ赤にして驚いている。

「いや、うん、良い事言うな、アルマは」

「? そ、そうだろっ! へへん!」

判ったような、判らないような。 そしてちょっと照れ隠しで。 
それでも美味しそうにバーガーを頬張るこの子を見ている内に、午前中から引きずっていた鬱な気分が少しづつ晴れて行く気がした。












1530 ワシントン・スクエア


昼食後、アルマと一緒に街をブラブラして歩いた。
特に何もあても無く、気の向くままに、あっちへ行っていよう、今度は向うに。 そんな感じで。

そしてそんな街中の一角の露店が出ている店先で。 ふと聞き覚えのあるメロディーが聞こえた―――『Amazing Grace』

「・・・オルゴールか」

造りは古い時代のヨーロピアン風だが、良く見れば粗末な作りの代物だし。 音も決して良くは無い。
―――でも、アルマが引き寄せられるように魅入っている。

まるで何かに魅入られたかのように。 ただ茫然と。 しかし、しっかりと凝視して。

「これ、いくらだ?」

「・・・20ドル」

「高い、10ドル」

「・・・15ドル」

「13ドル、どうだ?」

「・・・いいぜ」

露店の主は若いアフリカ系の男だった。 いや、微妙な発音の違和感が有ったから、本当にアフリカのどこかからの移民かも。
代金を手渡し、オルゴールを受け取る。 そのオルゴールをアルマが視線で追いかけている。

「ほら、行くぞ」

「え? あ、うん・・・」

歩きながら、オルゴールの蓋を開くと流れ出る、神の恩寵を讃えるメロディ。

「ねえ・・・ その曲、好きなの?」

アルマが下から覗き込んでいる。
その探るような目が、なんとなく可笑しく、可愛らしく、いじらしい。

「さあ、どうかな・・・? アルマは?」

「すっ、好きだよ・・・ アタシも、ママも、お姉ちゃんも・・・ イヴァーリおじさんも好きだったよ。 みんなで一緒に聞いたよ・・・」

「そうか・・・ うん、そうか。 だったら、プレゼントだ」

ほら。 そう言ってオルゴールをアルマに手渡すと、彼女は吃驚したような顔で聞き返す。

「プレゼントっ!? なんでっ!?」

「・・・一緒に飯食ってもらった礼。 一緒に遊んでもらった礼だよ」

「っ!? っ!?? ま、まあいいや・・・ なら、もらっとくよ。 ・・・ありがとっ!!」

―――本当にな。 その笑顔にお礼が言いたいんだよ・・・













1630 イースト・ヴィレッジ アルファベット・シティ


夕暮れ時。 空は綺麗な夕焼けに染まり、摩天楼が夕日を浴びて鮮烈な陰影を醸し出していた。

アパートまでの帰り道。 アルマはさっきから上機嫌でオルゴールを眺めている。 
蓋を開けて流れる曲を聞いてみたり、蓋を閉めて手に掲げて眺めてみたり。
そんな高価なものじゃないから、そこまで喜ばれるとちょっと気恥ずかしいが・・・

「気に入ってくれたかな?」

「えへへ・・・」

本当に嬉しそうに笑う。 夕日を浴びた彼女の金髪は、本当に黄金色のように綺麗で。 
その下で満面の笑みを浮かべる少女のその様に、今日どれ程救われたか。


そしてもうすぐ彼女のアパートの前に着く、その前には・・・

「あれ? なんだろ、アパートの前。 おっきなトラック?」

―――いや、大型のバンだが。 なんだ? 

そのバンには数名の、明らかに公的機関の職員らしき人間が待機していた。
訝しげにアパートの前までたどり着くと、その時に。

「っ!! ママっ! お姉ちゃん!」

「ああ、アルマ・・・」 「アルマ、ゴメンね・・・」

夫人が悲しげにうなだれ、そしてアルマの姉―――イルマと言う名だったか―――と思しき少女が、アルマに謝っている。

「どうしたのよっ! ママ!! ごめんって、なにが!? ねぇ! お姉ちゃん!!」

「君が―――アルマだね? アルマ・テスレフだね?」

母と姉に詰め寄るアルマを制して、横から壮年の白人男性が問いかける。
もしかして、この連中・・・

「っ! だったら、何だってのさ!!」

「私は司法省移民局の者だ。 君達は難民キャンプから正式な許可無く、不法居住をしている・・・ 移民法違反なのだよ」

「・・・え?」

―――やはり、移民局か。 と言う事は、さっき姉のイルマが言っていた『ゴメン』と言う事は・・・

「イルマ・テスレフに関して、働き先からの通報が有った。 君達の家族は合衆国移民法を犯している。
それに従い―――難民キャンプへ移送が決定した。 モンタナ州のルイスタウン難民キャンプだ」

―――モンタナ州! ロッキー山脈のステイツの北辺じゃないか。 カナダとの国境近く、そんな僻地に・・・

「やっ・・・ ヤダっ! ヤダっ、ヤダっ! 行くもんかっ! 行きたくないよっ!!」

「うう・・・」 「ア、アルマ・・・」

「イヤだよ! キャンプなんて、イヤだよっ! どうして、ここにいちゃいけないのさっ! 
だれにも迷惑かけちゃいないじゃないさっ! どうしてさっ!!」

「・・・NYPDに通報しないだけでも、感謝して欲しいのだが・・・」

「うぅ~~~っ!!」

―――くそっ! どうすれば・・・ どうすべきなのか・・・

気ばかり焦って、体が動かない。 俺はどうすればいい? どうすべきなのだ?
何か言いたいのに、声が出ない。 考えもまとまらない。 クソっ!!

その時、一人の係官が俺の肩を微かに掴んで、小声で囁いた。

「君は、この家族の関係者か?」

「知人だが・・・」

「IDを」

身分証明の提示を促され、国連軍のIDを見せると納得はしたようだ。

「悪い事は言わん。 周防中尉、ここは何も手を出さないで欲しい。 
我々とて国連軍の君を、『ペルソナ・ノン・グラーダ(Persona non grata:好ましからざる人物)』として、国外追放処分にしたくはないのだよ」

―――ッ!!

「君とて、国連軍の軍務に従いこの国に滞在しているのだろう? 
今ここで国外追放処分になると言う事は、どう言う事か。 頼むから、大人の対応を願いたい」


ふと、アルマと目が有った。 彼女が目で救いを求めている。 俺に、救いを。

「周防中尉。 君も公的な人間なのだ、それを理解してくれていると、我々は期待する」

―――ダメだ、連れて行くな、彼女達を連れて行くな。 彼の傍に、彼の眠る傍に居させてやってくれ・・・

体が動かない。 声が出ない。 何とかしたいのに、何かを言いたいのに。

「~~~~ッ!!」

何も言えない・・・!!

やがて、夫人と姉のイルマが係官に促されてバンに乗り込んだ。
そして、アルマが・・・

「イヤだっ! やっぱりイヤだよぉ!! 助けてよ! ねぇ! 助けてよぉ、直衛ぇ!!」

―――アルマ・・・ッ!!

俺の顔はどんな表情だったのだろう? アルマと目が合い、そして彼女の必死の表情が急に絶望の色に変わるのがはっきり判った。
そして係官に手を引かれて、悄然としてバンに乗り込むアルマが。 最後に振り向いて俺を見た。 その時の彼女の顔。
振り向いたアルマの顔には、悲しみと、絶望と、不信と、困惑と。 そして、諦めの色が・・・


―――バタンッ!

移民局のバンは扉を閉め、夕暮れが急速に暗さを増してきた街を走り去って行った。



ふと、何かの音に気付いた。 呆然としながら振り向いた先に見たモノは・・・
散乱したハンバーガーと共に、炉端に転がるオルゴールの音色が何時までも流れていた。













1995年6月29日 1500 ニューヨーク 公立共同墓地


昨日からの雨は今日も降り続いていた。 薄暗い雨空が天を覆っている。

俺のNYでの留学生活は今日で最後だ。 明日にはアラバマ州・マクスウェル基地に移動する。
そのNY最後に日にやって来たのは、共同墓地。 とは言っても、墓は大変ささやかなモノだ。 
一面の壁に、横10インチ、縦5インチ程の窪みが有る。 そこに故人の名と生没年、そして十字架の彫刻が有るだけ。

『 イヴァーリ・カーネ 1965.4.18 ~ 1995.5.25 』

たったそれだけが刻まれた墓標。
たったそれだけの言葉が持つその意味を。 彼が生きた事を。 さっきからずっと想っていた。
ずっと想い、ずっと考え、すっと悩んだ。


―――何も、判らないよ、イヴァーリ。 判らない、教えてくれよ、イヴァーリ・・・















1995年6月30日 1300 ニューヨーク・クイーンズ ラガーディア空港


「やっと晴れたな。 昨日の雨が続いていたら、今日の出発も変更だった、ツイているよ」

「・・・ああ、そうだな」

「しかし、正直目の回る6ヶ月だったな。 アメリカの大学があれ程ハードだったとは・・・」

「・・・訓練校の方が、マシ。 茹ったね、アタマ・・・」

「ははっ 良い事言うな、ぺトラ。 なぁ? 直衛?」

「・・・ああ、そうだな」

「「・・・はぁ・・・」」

・・・何だ? 2人して盛大に溜息ついて?


「なあ、おい。 ショックなのは判るが、いい加減引きずるのは止めろ。 そんな調子でアラバマに行く気か?」

「中尉、らしくない。 ・・・お腹痛い?」

・・・それは、暗にヘンなものでも食ったのか? と言う意味か? ぺトラ。

「別に、引き摺っている訳じゃないよ。 ちょっと、呆けているだけで・・・」

「どう違うんだよ?」

「いいだろ、別に・・・ この数カ月に浸っているだけなんだから・・・」

―――処置無し。

イルハンもぺトラも、匙を投げたようだ。
何も別に、引き摺っている訳じゃない。 そう、引き摺ってなんかいやしない。

この巨大なビッグアップルで。 一人の男が死んで。 一組の不法居住難民家族が検挙されただけの事だ。
別に最前線が崩壊した訳でも、ステイツにBETAが流れ込んで来た訳でもないし、俺の祖国が蹂躙された訳でもない。

そう―――別に、何でもないんだよ。 ごく普通の、ごく当たり前の一幕だったんだ。 
誰も気にも留めない、流れ去って行くだけの事なんだ・・・


「おい、直衛・・・」

イルハンが声をかけ、顔で指したその先に・・・

「・・・サラマト刑事?」

「よう。 今日出発だって聞いてな」

―――わざわざ、見送りに? 律義な刑事さんだ。

俺達はちょっと席を外すから。
そう言ってイルハンとぺトラは近くのスタンドまで、ドリンクを買い求めに席を立った。


「なんかワリィな、気を使わせたみたいでよ・・・」

「いや、いいさ。 で、どうしたんだい? 見送りなんて。 そこまで気にかけて貰う覚えも無いけれど」

「ちぇ、正直な奴だな。 俺も、何でか判らんよ。 急に思い立ってな」

それから2人して暫く無言でコンコースを眺めていた。
とくに話す事も無い。 共通の記憶は余り思い出したくない。

「・・・世の中ってな、こんなものさ。 この商売やっているとな、そう思う。 
同じように世界を見ているのさ、この国は。 体感しないと、実感できねぇしな・・・」

「・・・誰だって、そんなものだろ・・・」

「そう思うか?」

「ああ」



やがて搭乗アナウンスが流れ始めた。

「さて・・・ これでNYとはお別れだ」

「もう来る事は無いのかい?」

「余程じゃないとな・・・ 俺は本来、前線の野戦将校。 衛士だしな」

そうか、そうだったな。
そう呟いたサラマト刑事が、意外な事を言ったのはその時だった。

「あの家族が検挙された事な。 移民局が動いたのは、俺の報告書が元ネタなんだよ・・・」

―――なんだって?

「コンプスタット(Comp Stat:犯罪削減及び防止目的戦略管理システム)のデータがよ、移民局のデータにリンクしててよ。
それで、連中が動いたらしい・・・」

―――じゃ、姉のイルマが謝った事は筋違いなのか・・・

何の事は無い。 これも日常。 この国の巨大なシステムの歯車の一つが合さっただけの話さ。

イルハンとぺトラが搭乗カウンターから呼んでいる。
荷物を手にして2人の元に向かう。 その時。


「なあ! ―――俺は、俺の名前は、ヌーリ・サラマトなんだ!!」

その時の彼の表情を、何と表現したら良いのだろうか。
怒り、悲しみ、悔悟、遣り切れなさ、不安、諦観、そして―――贖罪?

ああ、そうじゃない、そうじゃないんだ。 君はそうじゃない。 君はイヴァーリじゃない、そうなっちゃいけないんだよ。


「いや―――君は、ジョン・サラマトだ。 そうあるべきなんだ。―――さようなら、ジョン・サラマト」











[7678] 国連番外編 アラスカ~ユーコンの苦労~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/10/19 21:28
1995年12月15日 1330 合衆国アラスカ州 フォート・ユーコン


―――ビュオオオオォォォォ・・・・・

信じがたい程の猛吹雪。 ブリザードが鳴りやまない。 この3日間ずっとだ。
多分外は一面の白い吹雪で、5m先も見えないだろう。 それより陽の光が全く遮られて、真っ暗だろうな。

―――ガタガタガタ・・・

兵舎の窓が派手にガタガタ悲鳴を上げている。 おい、頼むから割れるなよ? 割れたら冗談じゃすまなくなるからな?
現在外気温マイナス25℃。 この調子だと、夜にはマイナス30℃台に突入するな。

何せ、12月の平均最高気温がマイナス20℃以下という土地柄、これからの季節、マイナス30℃前後は当たり前。 真冬にはマイナス50℃を突破するし。
全くもって、寒いなんて言葉は通り越している。 激痛だよ、激痛! 寒いんじゃなくてさっ!

「くそっ! フェアバンクスの連中が羨ましいぜ!」

周りから震え声の罵声が聞こえる。

「しかしな、向うも気温は似たようなものだぞ? アンカレッジくらい、海に近い街なら海流の影響でもっと温かいがな・・・」

うん。 アンカレッジなら、最高気温はマイナス5℃位まで上がるし、最低気温でもマイナス15℃位しか落ちないしな。

「こんな、バラックのオンボロ兵舎じゃねぇだろ!? 向うはよっ!? ちゃーんとしたご立派な基地に兵舎が有って!
そんでもって、セントラルヒーティングなんかしっかり利いてて! なんだよ、この室内温度、マイナス10℃ってのはよっ!?」

部屋の中にとり受けた寒暖計。 確かに摂氏でマイナス10℃、華氏で14°F。 そら、寒いわ・・・
現に皆、D2B型軍装(野戦略式冬季軍装)にコートを羽織り、私物の手袋なんか付けて震えているし。

ま、やっつけ仕事の簡易兵舎だから、しょうがないと言えばしょうが無いんだけど。 けど、実際にそこで住む者の身にもなって欲しい。
せめて2重構造の断熱素材の建材で建てて欲しかった! せめてダルマストーブは一部屋1個以上は持ってきて欲しかった! 他の部屋なんか冷凍庫だぞ!?

「さ、さむい・・・ もう、だめだ・・・」

「我慢できない・・・ もう、限界・・・」

皆がそろそろ寒さに耐えきれなくなってきた、その時。

「いよぉしっ! 全員、ハンガーまで移動! あそこなら暖房が利いている筈だ!!」

「「「 おお!! 」」」















1350 戦術機ハンガー


「で? 寒くて我慢できずに、こっちに避難してきたってかい? え? 衛士さん達よ?」

「ずず・・・ うう、勘弁して下さいよ、おやっさん。 向う、本気で冷凍庫なんスから・・・」

「せめて、今建築中の本兵舎が完成するまで、頼ンますよぉ~・・・」

「俺ら、戦死じゃなくって、凍死するッス・・・」

皆口々に窮状を訴える相手は、この戦術機ハンガーの主で整備主任将校のルドルフ・バーシュタイン整備大尉。 
旧西ドイツ軍に整備の二等兵として入隊して以来40年、整備一筋でやってきた今年58歳の大ベテラン。 
西ドイツ軍を一昨年、定年退官した後に国連軍に「スカウト」され、引き続き戦術機整備のオーソリティとして活躍中の「おやっさん」だ。

「ったく、最近の若けぇ奴はひ弱なこった・・・ おい、周防。 お前さんもか? え? 隊長さんよ?」

「・・・同じっす・・・ 本気で凍死しそうですんで、頼ンます、おやっさん。 詰所でも良いんで、寝させて下さい・・・」

「しょうがねぇな、詰所の端っこででも、転がっとけ!」

「「「「 サーッ! サンキュー、サーッ!! 」」」」














1530 戦術機ハンガー 整備詰所


「・・・で、兵舎に姿が見えないから探してみれば。 こんな場所で床に転がっていると。 何をしてるのかね? 諸君は?」

「お言葉ですが、中佐。 あの兵舎は耐寒耐久試験の実験場としか思えません・・・
何より、疲労を回復するどころか、より疲労が蓄積されてしまいます。 なので、指揮官命令でこちらに避難させました」

「うむ、確かに防寒態勢に些かの不備が有る事は、認める所であるが・・・」

「「「「 些か!? 」」」」

「・・・多大なる不備が有る事は、認める所ではあるが・・・」

「では、衛士のコンディションに関わる問題ですので、宜しいですねっ!? 中佐!?」

「・・・許可しよう。 ああ、それと。 後で指揮所まで来たまえ、周防中尉」

「・・・? はっ! 了解しました!」















1600 部隊指揮所


「まあ、まだまだ取り掛かりの段階だ。 色々と不備はでる・・・ 工兵隊には突貫で兵舎を完成させろと、せっ突いている所だよ」

出されたコーヒーカップから、湯気を立てている熱いコーヒーを飲んで一息つく。
指揮所はまがりなりにも暖房設備は完備しているし、ちゃんと2重構造建材で建てているから、寒気も染み込まないし。
全く、冗談じゃない。 俺達はここに冬季極寒耐久訓練に来た訳じゃないんだから。

「コヴァルスキィ中佐。 いくら取り掛かりとはいえ、あの兵舎は問題外と思いますが。
それとも嫌がらせですか? 米軍の。 場所で言えば、ソ連軍も1枚かんでいるとか。 欧州連合軍は相も変わらず、冷ややかですし」

建材の提供は米陸軍工兵隊だし、場所の選定にはソ連軍側と最後まで綱引きしたと言うし。
お隣の欧州連合軍の連中は、こっちの窮状を見て見ぬふりだし。

窓から外を見ると。 サーチライトに照らされた真っ黒な世界で、土木作業用重機を動かしながら整地している工兵隊の連中が見える。
このクソ寒い中、本当にご苦労さま・・・

「中尉、いくらなんでもそれは穿ち過ぎだ。 連中もまだまだ余裕は無いのさ。 
その中で最も余裕の無いのが、我が国連軍と言うのも情けない話だが・・・」

「本当にここは、『先進戦術機技術開発計画』の候補地なんですかね?」

「うむ。 少なくともグリーンランド、マダガスカル、モロッコ、西インド諸島・・・ の、いくつかある候補地の一つではある」

「つまり、決定では無いと。 ではどうして、基地造成を?」

「うむ、カリブーの保護団体用のベースを・・・ おい、冗談だ、冗談。 出て行くな、中尉!
ふぅ、別に候補地に残らずとも、この立地条件だ。カムチャツカ・東シベリア戦線への後詰の基地は必要なのだ」

「はぁ、まぁ、そうですが」

「それにだ。 国連軍としてはアイスランド以外にも、寒冷地試験が出来る試験開発センターを持っておきたい。
ここの立地条件からしても、それにはうってつけなのだよ」

そりゃ、まあ。 米国とソ連租借地の接点じゃあな。 取りあえず、米国からは技術と資金を。 ソ連はお客さんってところか?
立地条件で行けば、将来的には統一中華や大東亜連合、それに帝国もお客として見込めるか?

「では、何故衛士が必要なのです? 兎にも角にも、まずは工兵部隊でしょう。 それに兵站部隊。
戦術機甲部隊は、最後の最後なのでは?」

「アピールだよ、アピール。 候補地決定の為のね。 既に実績を作って行く事は悪い事じゃない。
いずれ決定した暁には、各国から選りすぐりの優秀なエリート衛士達が集って来よう。
その時彼等が何を、どう不満に感じるか。 その事前調査も必要な訳さ」

「・・・つまり、その他大勢の、凡庸な十把一絡げな衛士としましては、精々不平不満を言いたてておけ、と?」

「うむ、モルモットとしては、些か金のかかったモルモットだが・・・ お、おい! 中尉! 何だねっ!? この辞表はっ!?
悪かった! 言い方は悪かった! 待遇も改善しよう! だからおい! 戻って来いっ!!」













1996年1月25日 1430 アラスカ 国連軍ユーコン基地(予定地)


今日も今日とて、吹きすさぶブリザード。 もう既に外は真っ暗。 無数のサーチライトに照らされる設営現場。 何故か俺達はそこにいる。

「おい、この爆薬はここで良いのか?」

『あ~、隊長! もうちょっと上に! あ、そうそう、その辺だ!』

爆薬の入った箱を、崖の上部にセットする。 タイマーを設置してそのまま噴射跳躍で退避する。
暫くして轟音。 そして頑固に固かった岩盤が崩れ落ちた。

『よぉし! ドーザーとショベル! ちゃっちゃと片付けるぞっ!』

『へぇ~い・・・』 『うぃ~っす・・・』

何とも気の抜けた返事が返ってくる。 ま、それもしょうがない。 何しろ・・・

『何だよ、何だよ? その生返事はよ?』

『そりゃ、隊長や中尉はイイっすよ。 旧式とはいえ、ちゃ~んとした機体だしね・・・』

『俺たちゃ、衛士ですぜ? 工兵隊じゃねぇっての・・・』

「文句言うな。 機体に乗れるだけマシと思え」

『『 隊長、非道ぇ・・・ 』』

俺ともう一人―――実はイルハン・ユミト・マンスズ中尉―――が搭乗しているのはF-4EファントムⅡ。 だが部下の2機は・・・

『しかし何だな。 旧式のF-4やF-5を工兵隊用に改装したのって、初めて見るな・・・』

「ああ・・・ シュールだ・・・」

両腕をパワーショベルに取り換えたF-5に、ドーザープレートを取り付けたF-4。
確かにこんな極寒のアラスカで、ドーザーやパワーショベルの吹きさらしの運転席で作業するより、余程快適だけど・・・

「米陸軍工兵隊から借りてきたって言っていたが・・・ 米軍はホント、モノ持ちだよな・・・」

『米陸軍工兵隊って言や、国家が後ろ盾の、『世界最大の土木・建築会社』だ。 その位の融通は利くんだろうなぁ・・・』

アメリカの陸軍工兵隊と言うのは、何せ80年前にあのパナマ運河を独力で開通させ、20年前には第2パナマ運河を作った連中だ。
それに帝国の琵琶湖運河浚渫工事にも、共同参加している。 パナマを開通させた技術的ノウハウは貴重だからな。


『隊長~! マンスズ中尉~! サボってないで、手伝って下さいよっ!』

『こっち! こっちに発破仕掛けて下さい!!』

「おう、判った」

『はいよ』


予定では今月中には地均しを完了させるとか。 来月から地中を掘り下げて基礎工事に入る予定・・・ この吹雪の中でか?
と言うか、俺達はずっとこのまま工兵隊か・・・?
















1996年2月10日 1850 国連軍ユーコン『基地』


やっと、やっとの事で、念願の『普通の』兵舎が仕上がった。 本当に長かった・・・
それに基地設営工事自体も、基本となる部分はほぼ完成している。 これでようやくコヴァルスキィ中佐の言う所の『アピール』を開始できる・・・ 筈だが。

「機体が無い」

『『『 はあ!? 』』』

「機体が無い。 あるのは工兵隊の改装機体だけ」

『『『 はあっ!!? 』』』

―――判ってるよ、俺だって。 機体が無きゃ、俺達はただの居候、いや、只の穀潰しだからな。

「あと2、3日待て。 そうすりゃ第1陣が搬入される予定だ。 欧州のトーネードⅡ、ミラージュ2000、Mig-29M。 各々寒冷地耐久試験のオーダーが入っている」

「欧州系だけっすか?」

「サーマート・パヤクァルン少尉、君の祖国からはF-18Eが来る。 どうしてタイ王国・・・ 大東亜連合軍が寒冷地試験するのか知らんが。
フレドリック・ラーション少尉、君の祖国はJA-37ビゲンを持ち込んでくる。 どうしてわざわざ、スウェーデンがアラスカで寒冷地試験をするのか不明だが」

皆、ニヤニヤしている。 当然だ、明らかにその国の運用環境に不要な条件や、立地的に不自然な条件なのだから。
最も他の候補地にも送り込んでいるんだな、これが。

結局のところ、一から十まで独力での戦術機開発が可能な国は合衆国しかない。
その半ばお膝元で行われるで『あろう』、先進戦術機技術開発。 
独力での戦術機開発を目指す国にとっても、独自色を打ち出したい国にとっても、お宝の山になるだろう。

―――とりあえず、唾を付けておけ、そう言う事だ。


「ま、そう言う訳だ。 予定では来週早々から評価試験を開始する。 忙しくなるぞ?」

「工兵隊の助っ人よりはマシだな」

「まともな戦術機にさえ乗れれば・・・」

「この調子だと、本気で工兵隊にスカウトされそうっス」














1996年3月20日 1430 アラスカ州 国連軍ユーコン基地


2機のJA-37・ビゲンが地表面噴射滑走で多角短距離噴射機動を行いながら、ターゲットに向かって一気に距離を詰める。
その先には2機のF-18E・スーパーホーネットが57mm支援砲による中距離牽制砲撃で距離を保とうとしていた。

『くっ! レッド01より02! ロストした! 多分前方10時から11時方向、森の中だ、深いぞ!』

『全く! 我が祖国の機体は、こんな時はホントーに厄介だよな!!』

演習エリアはアラスカならではの大森林地帯。 当然起伏も有れば、山あり谷あり、河も有り。
それにこの季節はまだ『冬』だ。 一昨日降った雪で足場はかなり軟弱だった、砲撃1回毎にバランス補正がかかる始末。
最も噴射滑走を多用している向うは、あまり気にしていないようだが。

『それでも! 盛大に雪が舞いあがってますぜっ! 隊長!!』

一瞬、森の切れ目から姿を現したJA-37、その噴射滑走が巻き上げる氷雪を確認し、その未来想定位置に向かって砲撃を叩き込む。
と、その瞬間、相手の機体が嘘のように『消えて』しまった。

『何ぃ! 消えたぁ!?』

『冗談だろ! ・・・レーダーに感! くそ、峡谷だ! 川底を突進してくるぞ!!』

『1機だけか!? 隊長機だけ!? マンスズ中尉は!?』

『ロスト! 多分反対側、2時方向に廻り込んでくるぞ!!』

『後退だ! 500後退! 左右の川の合流点に高台が有る! 狙い撃ちだ!!』

『了解した! フレドリック、先に行け! 後衛は俺がやる!』

『頼む、サーマート!』


やがて噴射跳躍で500m後方の高台に退いた2機のF-18Eが、左右を警戒しつつ、何時でも狙撃できる体制を取ったその時。

『タリホー! 2時! 02だ! 阻止砲撃!』

『ウィルコ!!』

2機のF-18Eからの猛烈な阻止砲撃が開始される。 元々中距離からの砲撃戦を視野に入れた開発がなされた米軍機がベースだ、その砲撃に情け容赦は無かった。
必死に左右に機体を振って回避軌道を行うJA-37ビゲン。 元より軽快な運動性能が身上の機体ではあるが、ここまで行動範囲が限られるとその回避も限界がある。

『くそっ! ちょこまかと・・・!!』

『焦るな、サーマート! 俺の砲撃を回避した所を狙い撃て!』

『ウィルコ!!』

流石に、時間差で狙撃されるとひとたまりも無かろう。 今までは2機がバラバラのタイミングで砲撃していたが。

『これで終わり・・・って、おい!』

『げっ!? 真正面っ!? 何時の間に!!』

左翼の峡谷を突進している筈の隊長機のJA-37ビゲンが、距離600程の正面の雪原を突進してくる。 舞いあがる氷雪でなかなかロックオンが出来ない!

『ヤバい! 右も川底から上がって来やがった!!』

2方向から高速で迫りくるターゲット。 距離にして400m、接敵時間は2秒そこそこ!

『弾幕射撃だ!』

『無理! ロックオンが外れるっ!!』

当然向うは支援砲の特性上、弾幕射撃にしても突撃砲の比では無く、極めて薄いモノになる事を見越しての突進だ。
状況打開に焦っている内に、貴重な1秒間を失う。

『ッ!!』

『くそっ! 懐に潜り込まれたんじゃ・・・ッ!!』

双方の距離は100mそこそこ。 最早支援砲の発射速度では対応は出来ない。 向うは各機2門の突撃砲から36mmをシャワーのように吐き出し、弾幕射撃を張る。

『くそっ! ・・・うわっ!』

『サーマート!? って、くっそおぉぉ!!』

1機が36mm砲弾に絡め取られると同時に、もう1機も反対側から突進してきたJA-37の36mmの火綱に絡め取られた。


≪レッド02、動力部被弾、大破。 レッド02、管制ユニット大破。 レッド01、02、戦闘行動不能。 演習終了、RTB≫

「ブルー01、了解。 RTB」

『ブルー02、了解! レッド! おら、さっさと基地に帰るぞ!』

『へぇ~い・・・』 『はあ~・・・』

















1996年4月10日 1230 アラスカ 国連軍ユーコン基地


蒼天に大型機の編隊が舞っている。 このユーコン基地に到着する寸前の輸送機編隊だ。
やがて大型輸送機が滑走路に降り立つ。 その腹の中には戦術機が積み込まれている筈だった。

「お~、お~。 これはまた大勢来なすって・・・」

「千客万来ですねぇ・・・」

「で、俺らはこそこそ、空荷の輸送機に便乗して、オサラバすると・・・」


ユーコン基地は『先進戦術機技術開発計画』の本拠地として内定していた。
後は国連の軍事部会での承認が下れば、正式にスタートする予定だった。

「ま、俺達が出来るのはここまでだな。 種は撒いておいたし、そのお陰でユーコンに決定したそうだし。 悪くは無いんじゃないか?」

「そうは言いますけど、周防隊長。 なぁ~んか、悔しいッスよ・・・」

「そうですよ。 なぁ~んも無い凍土のバラックからこの方、苦労ばっかりで。 揚句に正式決定したら、お払い箱なんスから・・・」

サーマート・パヤクァルン少尉と、フレドリック・ラーション少尉の2人が憤懣やるかたない、そんな顔で抗議している。
その横からイルハン・ユミト・マンスズ中尉が口を挟む。

「しょうがねぇさ。 俺も、貴様らも、周防も。 間違っても『エリート様』って柄じゃねぇわな?
最前線で苦労するのが、俺達の分ってヤツだろうさ。 なあ? 直衛?」

「・・・出来れば苦労はしたくないなぁ。 怠けて、楽して、BETAを駆逐出来たらなぁ」

「アメリカ生活9か月で鈍ったな? お前さん」

「誰しも本音だろ?」


4人で乾いた笑みを浮かべ、脱力しながら輸送機を待っていたその時。 
この数か月間の上官であったヤン・コヴァルスキィ中佐が近づいてきた。

「いやはや、ご苦労だったな。 お陰でここも賑わう事になった。 いや、良かった良かった。 これもひとえに君らの苦労の賜物だよ」

「苦労しか有りませんでしたけどね・・・」

「ま、そう言うなよ、周防中尉。 君に関しては、欧州司令部副官部の『推薦』だし。
他の3人もそれぞれの司令部から、『是非に』と推薦されたのだし」

「推薦って・・・ 厄介払いの間違いじゃないのか・・・?」

「ラーション少尉、自覚が有るのかね?」

「いいえっ! 中佐殿!」


まあ、確かに俺の場合、『校長先生』―――ヘンリー・グランドル大佐の差し金だろうな。
NYで色々あって、その後のアラバマでは精彩が無かったと報告されてしまったから。

『忙しくしていれば、余計な事を考えなくてすむ』とか何とか言い出したのだろう。
そう言えば、ベルファスト赴任間もない頃には、大量の書類仕事を押し付けたよな、あの人・・・

イルハンは巻き込まれた被害者か。 後で1杯奢ってやるか。 1杯で済むかどうか判らないけど。
サーマートとフレドリックの2人は、まあ、五月蠅い馬鹿者は暫くブリザードの中で頭を冷やして来い、と言った所か? 腕のいい衛士なんだがな。

「実際の話。 各国の『エリート様』では、立ち上げ時の苦労なんか、耐えられたものじゃないからな」

「中佐?」

「君等はみな、最前線で苦闘し続けた経験者だ。 補給も整備も碌に無い状況で戦わなければならない、そんな戦場を経験している。
寝る場所もまともに無ければ、食事なんて『人間用燃料』で何日も過ごして戦う。 それがどれ程厳しい事か」

―――あれは厳しい。 本当に厳しい。

「実戦経験も、まともに無い米軍のエリート衛士や、特権階級のソ連の開発衛士、欧州や日本のお貴族様に、大東亜連合の上流階級出身者。
そんな連中に、マイナス50℃近い冬のアラスカの極寒の最中、まともな兵舎も無ければ、ハンガーの隅で毛布にくるまって毎晩休むなんて図太い神経、期待できるか?」

「「「「 無理 」」」」

4人そろったユニゾンに、中佐が思わず破顔した。

「それだからこそ、君らだったのさ! ありがとう、感謝する!」


―――ザッ!

4人そろって敬礼する。 中佐もそれは見事な答礼で返してくれた。

ま、雑草は雑草なりの意地が有るさ。 この先、このユーコンがどうなって行こうと。
雪まみれ、泥まみれになって、寒さに震え、ブリザードに右往左往しながら土台を作ったのは、俺達、雑草達だ。 この事実は変わらない。


「ではな。 元気でな」

「中佐も」

「お世話になりました」

輸送機がアイドリングを始めている。 搭乗許可が出たのだ。
4人が揃って輸送機に向かう。 ふと、タラップを上がる寸前に振り返ると、この4カ月程を過ごしたアラスカの豊かな自然が身に入った。
そろそろ冬が終わり、春が近付いている。 雪を冠した山々も、そろそろ雪解けの季節になっているのだろう、見た目が柔らかかった。

何となく立ち止まっていたが、機体クルーからせっつかれて機内に搭乗する。
やがて誘導路から滑走路へと移動した輸送機が、機速を上げて―――離陸した。

やがて眼下に横たわる雄大な景色。 万年雪をいただいた高山。 彼方にマッキンリーが見える。
雪面は所々解け始め、鮮やかな緑が姿を現し始めている。 川はすっかり氷が解けて、陽光を受けキラキラとその水面を輝かしていた。


―――これで、俺のリハビリも終わりだ。

内示だが、ベルファストに戻ればそのまま古巣への復帰命令を受けている。
改編された国連欧州軍・第1緊急即応展開軍団。 その第1即応戦術機甲師団。 
古巣の第88戦術機甲大隊は、その第1師団の第3戦術機甲連隊に組み込まれていた。

―――いよいよ、戦いだ。

この1年と半年、戦場から遠ざかって様々な事を経験してきた。 色々な事を学んできた。
それをどう生かせるか、生かせられるかは一重に俺次第だが。

(『国連軍は、只の戦場馬鹿の将校を必要とはしないのよ』)

そう言えば、ローズマリー・ユーフェミア・マクスウェル少佐から、辞令を手渡された時に少佐が言った言葉だ。
果たして俺はどうなのかな? ま、それはおいおい、俺の行動で判る事になるのか・・・

―――ただの戦場馬鹿じゃ、今まで出会った人達に悪いわな・・・


色々な人の顔が思い浮かぶ。
苦悩を持った人、自己の確信を持った人、希望を持ちたかった人、絶望しか与えられなかった人、色々な『人』達。

―――俺はどんな答えを持っているのだろう。


機体が緩やかに旋回を始めた。 もうユーコンは遥か彼方。 右手にはベーリング海、左手彼方にアラスカ湾が見える。


―――少なくとも、以前よりマシな馬鹿になれてたら良いな・・・


そう思わずにはいられなかった。






















≪飛行開始後、30分≫

≪レディース!・・・じゃねぇ、今回、女は居ねぇや。 ファッキン・アーンド・バスタード野郎ども! サイコーの空の旅をご用意したぜ!
国連欧州軍最高の空のエスコート、≪ドラッグ・シューター≫がお届けするサイコーのひと時、満喫してくれよ!
今後とも、空の旅のご用命は! 第2空輸航空団≪ドラッグ・シューター≫にお任せを! だぜ!!≫


「また、手前ぇかぁ!!」











**************************************************************************

作者注:「第2パナマ運河」は実在しません。
実際は2007年に運河拡張計画が着工し、2014年完工予定で工事中です。




[7678] 国連欧州編 翠華語り~October~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/10/23 22:58
1995年10月10日 1645 英国 グロースターシャー州 グロースター 国連軍緊急即応第3戦術機甲連隊駐留基地 射撃演習場


≪02、08、トロトロ撃つな、何発ムダ撃ちする気だぁ!?≫
≪01、命中率82%に低下、05、84%に低下・・・ 07、81%! ほらほら! 後が無いわよ!?≫
≪03、一体それでよく卒業できたな!? 貴様は訓練校に返品だ!≫
≪04、06、早けりゃ良いってもんじゃないぞ! 貴様等は『早漏』決定だな!?≫

9機のトーネードⅡが急速機動射撃・砲撃演習評価を受けていた。 
射爆場上空までウェールズの山岳地帯をスレスレの高速NOEで駆け抜け、平野部にランダムに配置された
ターゲットポストから射出されるターゲットを、規定速度を維持しつつ撃破してゆく。
時にはサーチライトが光線級のレーザー役を果たし、照射されればそれで不合格が決定だった。

左右上下、不規則に高速移動するランダムターゲットへのWS-16C突撃砲による射撃評価と、Mk-57支援砲による中距離砲撃評価。
ただ、従前と違う事はその演習中ずっと、CPから罵声と叱責が容赦なく響き渡る事か。
お陰で9機の戦術機に搭乗する衛士達は常に集中力を邪魔され、内心の図星を指されて冷静さを徐々に失いつつある。

≪ほらほら! 命中率80%切ったら最後、お前ら全員、『お帰りはあちら』だぞ?≫
≪訓練校には、ちゃんと言っておいてやる! 出来そこないのガラクタを送ってくるなとな!!≫
≪ここは実施部隊よ! 訓練校みたいな幼稚園じゃないんだからね! チンタラ飛んでると承知しないわよっ!?≫

そろそろ、全員の集中力が落ちてくる頃だ。 CP将校たちがここぞとばかりに罵声と叱責のヴォルテージを上げ出した。


そんな様を見つつ、3人の将校たちが記録ログを確認している。
その中の一人、明らかに東洋系と思しき女性将校が、モニターから視線を外して他の2人に問いかけた。

「・・・まあまあ、ってトコじゃない?」

その声に、残りの2人も頷く。

「わざわざ、バイタルモニター確認しながら、狼狽した所をグサグサとやっているものね。
あれじゃ、新任連中はひとたまりも無いわよね・・・」

「でも、なかなか頑張っている。 まだ誰一人として80%割って無いぞ」

最初に確認した蒋翠華中尉。
CP将校たちの『悪ふざけ』を嘆息しながら見ているオードリー・シェル中尉。
最後に評価していたウィレム・ヴァン・デンハールト中尉。

「国連軍訓練評価、A-から、A+まで。 評価は信用してよさそうね」

「訓練校の指導教官をしている圭介から連絡が有った。 『可能な限り≪まともな連中≫を見繕ってやった。 感謝しろ』 だと」

「生意気ねぇ、圭介のクセに・・・ ま、それは置いておいて。 どう? オードリー、ウィレム?」

「良いのではないかしら?」 

「ああ、同意だ」

3人の試験評価担当官達が、結果に合意した。

「よし、取りあえず合格ね。 振り分けは後で詰めるとして、ロベルタ! ロベルタ~! そろそろ切り上げさせて!
それと、何時までも喚いている連中の通信、オフっちゃっていいよ!!」

「了解です、蒋中尉」

『本職の』、CP将校であるロベルタ・グエルフィ少尉が通信系を『取り上げて』、演習の終了を告げる。
これで演習は終了。 新任衛士達は全員合格と言う訳だが、ギリギリまでそれを言わない。
彼等は自分達が実施部隊に受け入れられるのか、はたまた本当に、『訓練校へ送り返される』のか、ビクビクしながら審判の時を待つ事になる。

「毎度の事だけど、この光景は見ていて気の毒ね」

「オードリー、俺達の時も酷かったぞ?」

「へえ? ウィレムもやられた口なの?」

「ああ・・・ って、そうか。 翠華は中国軍からの出向だったな。 向うじゃ無かったか?」

「あった、あった。 もう散々、脅かされてさ。 本当に荷造りさせられたのよ。 涙ながらに営門まで行ったら、先任達がニヤニヤして立っててさ。
『ほう? 合格なのに訓練校にお戻りとは。 これまた殊勝な新任達だな?』 だよ!? 酷いと思わないっ!?」

「ぷっ・・・ くくく・・・」

「良いネタだな。 次回から使うとするか」

「はあ・・・ 一回味わってみなよ・・・」


そんな雑談の最中、通信ブースからCP役をしていた3人の将校が出てきた。
皆、悪戯が成功したような、人の悪い笑みを浮かべている。

「いやぁ~! 毎度のことながら、この役は面白ぇよなあ!!」

「ファビオ、本当にノリノリだったものねぇ・・・」

「いや、ヴェロニカ。 君だってニヤケていたぞ? 気付かなかったか?」

「なっ! ニヤケてなんか無いわよっ! ちょっと、ケン、失礼な事言わないでよっ!」

「傍から聞いている限りでは、リッピ中尉が最も楽しんでいたようですが・・・」

「ちょっ! ロベルタ!?」

あくまで冷静な本職の突っ込みに、周りが爆笑する。
顔を真っ赤にしながらも、普段から真面目で通っているCP将校に対して言い返せずに、ヴェロニカ・リッピ中尉がそっぽを向いてしまっていた。

「あら、試験は終わったの?」

新たに試験官室に入って来た3人の女性将校の内、先頭のプラチナブロンドの髪を持つ中尉が、微笑みながら確認する。
残る2人はログモニターを除き込んだり、バイタルモニターを確認したりで、結果内容を確かめている。

「終わりましたよ、オベール中尉。 結果は・・・ 一応全員合格。 結果はモニター表示で。 プリントアウトさせます」

「そう、ご苦労様、翠華。 じゃ、これから中隊振り分け会議ね」

「新任達、どうさせておくの、ニコール? 時間は有るわよ?」

ログモニターから眼を外した趙美鳳中尉が、小首を傾げながら問いかける。
長い黒髪がサラサラと流れるようだった。

「精々、ドキドキさせときましょうや。 何事も緊張感は大切ですぜ?」

「はあ・・・ ファビオ、貴方の口からそんな台詞が出るとは・・・」

「ひでぇ!?」

何人かが含む笑いをもらす。 何せファビオ・レッジェーリ中尉と言う衛士は、最も緊張感から程遠い人物と目されているのだから。

「ファビオの言ではありませんが、多少の辛抱は甘受して貰いましょう。 これも訓練の一環です」

「相変わらず、堅物ねぇ、ケンは・・・」

「ドイツ的美徳と言いたまえ。 それより何事も不謹慎な態度で済ます、君達ラテン的習慣は感心せんぞ?」

「ちょっと! 喧嘩売ってんの!? このジャガイモ野郎っ! こんな南部男と一緒にするなぁ!!」

「ヴェロニカ。 君は五十歩百歩と言う言葉を知らんのか? 以前に直衛や圭介から教わったのだが」

「何をっ・・・! って、どう言う意味!? 翠華!?」

「私に振らないでよ・・・ って、『似た者同士』、若しくは、『同類』って事ね?」

ケン・ヴィーターゼン中尉の言わんとする所を理解したリッピ中尉の表情が、次第に真っ赤から赤黒く、そしてみるみる内にワナワナと震えだし、そして・・・

「アンですってぇ・・・!!?」

「あ~、はいはい。 ドイツ=イタリア戦争はまた今度ね。 忙しいんだから。
じゃ、先任達も来られた事で、振り分け会議始めましょうか」

「う~~! 何よ、翠華! アンタ、最近良い子ぶっててさ・・・」

「私は良い子ですから。 ほら、ヴェロニカ! さっさと来なよ、始めるよ?」




「・・・次回は、私もやろうかな・・・」

ガヤガヤと騒がしく会議室に向かう一行の最後尾で。 それまで黙ってバイタルモニターを覗いていたミレーヌ・リュシコヴァ中尉が羨ましそうに呟いていた。


















同日 2030 英国 グロースターシャー州 グロースター基地 将校用サロン


「じゃ、ウチの中隊の新任は3人って事ね?」

お茶を飲みながら、童顔を傾げてミン・メイが聞いてきた。
本人も気にしているらしいけど、軍服を着こんでなお、20代には見えないのね、彼女は。 私服姿になるとミドルティーンに間違えられる程よ。

ソファに寝そべった格好で、ファッション雑誌を読んでいた私―――蒋翠華中尉が、雑誌をポーンと、放り投げて答える。

「うん、1、2、3小隊に1人づつね。 4小隊は定数保っているから」

そんな私の格好を、眉をひそめながら窘め始めるのはもっぱらギュゼル。

「翠華、はしたない。 ちゃんとなさいよ」

「あ~、やだやだ、またギュゼルの『お姉さん病』が始まった・・・」

「誰かさんが何時まで経っても、お子様だから」

「むぅ、その、『誰かさん』って、誰かしら?」

「自覚が無いのは、もう末期症状ね・・・」

「・・・なんか、ムカつくわね・・・」

ギュゼルは何か事有る毎に年上風を吹かすのよね。 1歳しか変わらないのに。
確かこれって、事の発端は・・・ そうだ、思い出した。
2年ほど前、私が欧州に来たばかりの頃だったかな? 文怜のバースディパーティをしようかって話になって。

で、参加者資格に『10代の乙女限定!』ってやったんだっけ。 で、ぎりぎりギュゼルは弾かれたと(最後はみんな参加して貰ったわよ?)
そうだ、あれでムクレたんだ。 それ以来、逆手にとって何かとお姉さん風を吹かす様になったんだわ。

むぅ・・・ 2年も前の事を根に持つなんて、何て根暗な女・・・

「わぁ~るぅ~かった、わねぇ~! 根が暗くってぇ~~!?」

「ふゃ!? いひゃい、いひゃい!(痛い、痛い!) ひゅふぇゆ(ギュゼル)、いひゃい~!!」

痛い、痛い! ほっぺた引っ張らないでっ!!

「翠華、思っている事口に出す癖、何とかした方が良いと思うよぉ~?」

ミン・メイ! のほほんとお茶なんか飲んでないで! 助けてよっ!!
















1995年10月11日 0830 グロースターシャー州 グロースター基地 衛士ブリーフィングルーム


「・・・以上で、各人の配属中隊通達を終える。 後は各所属中隊にて、各自のポジションを確認しろ。 ―――以上だ。 各中隊副官、何かあるか?」

「「「 ありません 」」」

「よし、ではこれで解散とする」

新人たちの中隊振り分けを伝達したアルトマイエル大尉(副大隊長兼務第2中隊長)が解散を命じ、ブリーフィングルームを出て行った。

「よし! 第1中隊、集合!」

第1中隊の中隊副官を務める、ウィレム・ヴァン・デンハールト中尉が、第1中隊の新任達を集めている。
って、早速ここを使う気? 先手を打たれたわね。

「第3中隊、それじゃサロンに集まって頂戴」

第3中隊の中隊副官、オードリー・シェル中尉にサロンを先に取られたっ! って、私が一番出足が遅れたのよね、あちゃ・・・

「第2中隊~、じゃ、PXに集合ね~!」

・・・何だか、一番威厳の無い中隊副官の気がしてきたわ、私ってば・・・

新任3人をゾロゾロと連れてPXへ。 もう朝食時はとうに過ぎたから、ガラガラだ。
取りあえずドリンクコーナーから、コーヒー(モドキ)を4つトレイに載せて。 
新任達の前に置いてやる。 何だか偉く恐縮しているけれど。 ま、サービスよ、今日だけは。

「じゃ、まずは自己紹介からね。 私は貴方達の所属中隊、第2中隊で中隊副官をしている蒋翠華。 中尉よ。 出身はご覧の通りアジア、中国ね。
ポジションは第1小隊で砲撃支援(インパクト・ガード) 最もこれからどう変えるかは、中隊長次第。
中隊長は、ヴァルター・クラウス・フォン・アルトマイエル大尉。 さっき演壇にいた人ね、副大隊長兼務の第2中隊長。 歴戦よ。
―――ここまで、いい?」

「「「 はいっ! 」」」

―――ん! 元気で宜しい!

「で、中隊は4個小隊編成の『増強中隊』編成なの。 私達の緊急即応部隊は真っ先に戦場に投入される、『火消し部隊』だからね。
そうそう早くに戦力が消耗する訳にはいかない―――それがための編成なの、OK?」

3人とも神妙に頷いている。 うん、よし。

「各小隊長は、第1小隊は中隊長が兼務。 右翼迎撃後衛小隊ね。 私もこの小隊よ。
第2小隊―――突撃前衛小隊は、ファビオ・レッジェーリ中尉が指揮。 この小隊に配属になったら、ご愁傷様。 ―――理由は追々判るわ。
第3小隊は強襲支援小隊。 小隊長はギュゼル・サファ・クムフィール中尉。 彼女は普段は面倒見の良い姉さんタイプだから、安心しなさい。
第4小隊は左翼迎撃後衛小隊。 小隊長はニコール・ド・オベール中尉。 中隊副長兼務ね。
男爵家のお姫様で、お淑やかな女性よ。 ―――訓練は厳しいけれども? ま、普通にしていれば、何かと気にかけてくれる人ね。
以上、簡単だけれど中隊の紹介はこんな所。 ああ―――最後に一つ。 貴方達の所属は第1か第2、第3小隊のいずれかね、今現在、欠員の有る隊はこの3つよ」

ファビオの紹介の所で、3人ともちょっとだけギョッとしていたけど。 ま、少しだけ脅かす位良いわよね? 別の意味で『ご愁傷様』なんだけどね。

「じゃ、今度は貴方たちの方ね。 名前、出身、希望ポジションを」

まずは正面に座った、栗色の短めの髪と、さっきから気になっていた光の具合で色が変わる面白い瞳の女性少尉が、勢いよく答える。

「はいっ! ヘレナ・クリステンセン少尉! 出身はデンマーク、ポジションは前衛・後衛全般です!」

「うん、オールラウンダーか―――その元気は突撃前衛好みね、次!」

次はちょっと縮れた短い金髪、長身の多分スラブ系の若い青年衛士―――へぇ? ちょっと良い男ね。

「はっ! アナートリィ・ヴィコラーエヴィチ・シェフチェンコ少尉です。 出身はウクライナ共和国。 ポジションは突撃前衛希望です」

「へぇ・・・ うん、なかなか良い面構えね。 それが見かけか本物か、じっくり見せてもらいましょ? で、最後のアンタ」

最後の娘は、何と言うか・・・ ワンレングスのライトブラウンの長い髪に、なに? この綺麗な肌・・・ くっそう・・・

「は、はいっ! えっと、えっと、ティウ・キュイク少尉ですっ! えと、出身は、エストニアのタリンです! でも、1歳の時までですけど・・・」

・・・で、案外ドジっ子のようだわ。

「聞かれた事以外は話さなくて良いの。 それから上官への報告は、簡潔、かつ明瞭に、いい!?」

「あ、はいぃ!!」

「・・・で? ポジションは?」

「はい・・・? あ、はっ、はいっ! 打撃支援か、砲撃支援希望ですっ!」

「・・・間違っても、テンパってフレンドリーファイアーはやらないでね・・・」

「はい?」

「何でもないっ! よし、じゃ他に何か質問は有る? 答えられる範囲で、かつ、長くならない内容なら教えるわよ?」

と、3人が顔を見合わせているわ。 ん? 何か致命的に判らない事言ったかしら?
なんて思っていたら、元気娘のクリステンセン少尉がおずおずと聞いてきた。

「あ、あの、蒋中尉。 ひとつだけ宜しいでしょうか?」

「ん? なに? 言ってみなさい」

「はい。 多分、シェフチェンコ少尉も、キュイク少尉もそうだと思うのですが・・・ 『中隊副長』と、『中隊副官』って、どう違うのでしょうか?」

―――はあ!?

「どう違うって・・・ アンタ達、訓練校で何を教わって来たのよ?」

「あの、訓練校じゃ、『中隊副長』の役職は教わりましたが。 『中隊副官』と言うのは、その、初めて聞く役職です」

「・・・そうなの?」

「「「 はい 」」」

―――教えていなかったっけ??
あ、そうか。 この役職自体、最近1年位の間に暫定的に始まったんだっけ。 じゃ、まだ教えていないのか。

「あ~・・・ えっとね。 まず『中隊副長』、これは判るわね? 副中隊長よ。 中隊指揮継承権の第1位者。
中隊長戦死や、指揮を執る事が不可能な時に中隊指揮権を継承する役目ね。 ウチの中隊では、第4小隊長のオベール中尉がそう。
普通は第2―――突撃前衛小隊長が務める事が多いけれど、ウチの中隊はオベール中尉が最先任小隊長だから。 ここまで、いいかな?」

「「「 はい! 」」」

「ん、元気が有って宜しい。 で、次に『中隊副官』、これは私が務めているわ。 役目はそうねぇ・・・ 『中隊長の秘書役』かな?」

「「「 秘書? 」」」

「例えよ。 主に中隊のアクションレポート(Action Report:戦闘詳報)の作成と、戦訓所見や功績認定の整理と報告。
軍需品の消耗・残存状況の調査把握と報告、訓練計画の立案。 そんな所かな?
中隊長は中隊長で、普段は書類と格闘しているし。 各小隊長も書類仕事は無くならない。
だから今言った、中隊関係の全体報告やなんかは、中隊副官が一手に引き受けるのよ。 大体、中尉1、2年目で小隊長職に就いていない者がやるわね。 判った?」

「はあ・・・ 大変ですね・・・」

「そうよ、大変よ? 今こうして、なぁ~んにも判っていない新米さん達に、優しくレクチャーしているのも、『訓練計画立案担当者』としての仕事なのよ」

「「「 はあ・・・ 」」」

「ま、最も私自身が戦闘要員だからね、そうそう書類仕事ばかり出来ないんだけど。 現実は中隊のCP将校と二人三脚ね。 
2人で仕事分けあってやっているわ。 ウチの中隊じゃ、CP将校のロベルタ・グエルフィ少尉。 アンタ達の1年半先任ね」

いや、ホント。 ロベルタが復帰してきてくれて助かったわ。 彼女は去年の9月、カラブリア半島の戦闘で重傷を負って。 
長期の入院生活を送っていたのだけれど、疑似生体移植も何とか上手くいって部隊に合流したのが今年の8月。
最もケガの後遺症で衛士資格を失ったから管制士官教育課程に入り直して、CP将校として再出発なのね。

以前の上官だったファビオが、あのファビオが泣いて喜んでいたっけね。


「ま、そんな所ね。 詳しくはこれから追々、上官や先任から教わりなさい。 でも、まずは自分で調べるのよ? 良いわね?」

「「「 はいっ! 」」」

「よしっ! じゃ、これから中隊詰所に案内するわ。 普段の溜り場・兼・私達の仕事場ね。 隊の皆が首を長くして待っているから。
―――ようこそ、『グラム中隊』へ! 歓迎するわ!」












[7678] 国連欧州編 翠華語り~November~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/10/24 15:34
1995年11月5日 1430 北フランス パ・ド・カレー県 カレーより内陸15km付近


風雪が舞いあがる荒野、あたり一面は雪の白と、禍々しい赤黒い蠢き、そして濁った緑色の体液が撒き散るグロテスクな光景が展開されていた。
薄緑と濁った紫の小山が猛烈な勢いで突進し、それに続く同じくらいの大きさの灰色の蠢きと赤黒い塊。
―――BETA群が突進を開始した。 目指す先には巨大な人型―――戦術機の一団が待ち構えている。

≪BETA群、移動開始。 『グラム』前面のBETA群推定数、約1500。 突撃級・要撃級は約120、残りは戦車級以下の小型種です。 光線属種は確認されず≫

『グラム・リーダーより各機、聞いての通りだ。 まずは大きい奴から片付ける。 グラムB、突撃級の裏を取れ。 グラムCはBに続行、後続の要撃級を削れ。
グラムAは右翼、グラムDは左翼から≪圧力≫を削る。 ―――各小隊、後続のBETA群が確認されている、無駄にダンスは踊るなよ? 目標は大型種の殲滅だ。
抜けた小型種は後方の重攻撃中隊(A-10C配備中隊)の任せておけ。 戦場掃除が連中の仕事だ、いいな?』

『『『 ヤー・ヴォール! ヘル・コマンダンテ! 』』』

部下の各小隊長達の国連式「では無い」、ドイツ語での復唱に指揮官が苦笑する。
それも一瞬、直ぐに戦術機甲指揮官の表情に戻った中隊長から、気合の入った指示が飛んだ。

『よし! グラム全機、コンバット・オープン! ≪地獄の門≫の通行料は払いきれぬ程高い事を示してやれ!』

『グラムB! ついてきなっ! 折角、目玉共がお休みだ、派手に踊るぜぇ!!』

中隊長の言葉が終わらぬうちに、突撃前衛小隊の4機のトーネードⅡが跳躍ユニットを吹かして一気にBETA群の前面に躍りかかった。
突撃級の直前で4機が噴射跳躍。 そのまま群れを飛び越し、着地と同時に180度反転、突撃級の『柔らかい』裏を取る。 同時に36mm、120mmを叩き込む。

『グラムC! エレメントを崩さず要撃級の前面に展開! 機動を止めないで!』

グラムBに続行して突撃級の群れを飛び越してきたC小隊が、B小隊に背を向けたまま後続の要撃級阻止に当る。
その間、左右から小型種の浸透阻止をA、D小隊が行う。 多数の誘導弾が飛び交い、Mk-57支援砲の高速57mm砲弾が炸裂する。

既に40体程居た突撃級は、急所である無防備な裏腹を高速弾に抉られて次々に行動を停止し、残った個体は半数を切った。
何とか旋回を行おうとしているものの、B小隊の攻撃はわざと外周部の個体から仕留めている為に、『仲間』の死骸が邪魔で旋回が出来ない。
その為直線移動が長くなり―――その間、突撃砲の36mm、120mm砲弾が叩き込まれ続けた。

『グラムB! 焦るなよ? 手筈通りケツを蹴りあげて行きゃあいい! 
おい、新入り! ブルってションベン漏らしても、クソを垂れても良いが、間違っても俺様より前には出るなよ!?』

『くっ! りょ、了解、です、小隊長!』

左右に分かれたエレメント間の攻撃調整を行いつつ、小隊長でAエレメント・リードのファビオ・レッジェーリ中尉が新任のアナートリィ・ヴィコラーエヴィチ・シェフチェンコ少尉の突進を諌めている。
今の所、初陣の緊張と初めてBETAと相まみえる恐怖で表情が引き攣ってはいるが、錯乱するでもなく、硬直するでもなく追随している。

―――こいつぁ、結構掘り出し物かもな。

多くの初陣衛士がその緊張と恐怖感で動けなくなり、あっさりと戦死してゆくケースが多い中、まがりなりにも隊長機に追随している事は大いに評価できる。
このまま何も無く戦闘を乗り切れれば―――『死の8分』も気づかぬうちに乗りきれる事になる。

―――ホント、『可能な限りまともな奴』だったぜ・・・

レッジェーリ中尉は訓練校で指導教官をしている悪友を思い浮かべ、内心でその配慮に感謝していた。







『A02、リードだ、状況は?』

「突撃級は2/3を撃破。 完全掃討完了まであと10分と言った所でしょう。 要撃級は手古摺っている様ですが、足止めには成功しています。
このまま引っ掻き回せれば、B小隊と合流後に殲滅は可能と見ます。
小型種のB、C小隊への浸透阻止は今の所成功しています。 その反面、左右両翼への圧力が高まりつつありますが・・・」

中隊長のアルトマイエル大尉から、中隊副官の蒋翠華中尉に戦況確認が入る。 大尉とて戦況MAP、戦術データリンク等で既に同様の事を確認しているのだが。
これは指揮官一人の判断による狭窄視野の防止と同時に、どうやら部下の『教育』も同時に行おうと言う腹積もりのようだ。

(もっとも、その『教育対象』はもっぱら私なのよね・・・)

突撃砲の36mm砲弾を、集まって来た小型種の群れにシャワーのように叩き込みながら蒋中尉は内心でゲンナリする。
何しろこの上官は、『戦場での教官』としては非常に情け容赦が無い。 少しでも回答が遅れたり、詰まったりすると軽くであるが叱責が飛んでくる。

と、その時に何とも場違いな程、のんびりした雰囲気の声が聞こえてきた。

『ほらほら~、ティウ~、数撃つより狙って撃たなきゃ~! ほら、私が誘導弾撃ちこんだ場所、良く見て。 
そこから抜けてきたお客さんを、ピンポイントで撃ち抜くのがティウのお仕事よ?』

『はっ、はいぃ~!!』

『狙いは精確なんだからぁ、あとは落ち着いてぇ、しっかりターゲット絞ってね? あ、それと翠華より前に出ちゃダメよぉ? 砲撃支援は打撃支援の後ろねぇ?』

『りょ、了解ですっ! ―――ええいっ!!』

群れの中から抜け出して旋回中の1匹の突撃級―――その無防備な側面下部に、ティウ・キュイク少尉の放ったMk-57支援砲の57mmHVAP弾が命中する。
体内を高速砲弾で掻き回された突撃級は、見た目瞬時に停止して行動不能となった。

『や・・・ やったぁ!!』

『その調子よぉ、じゃ、どんどん行ってみよう!』

『はいっ!!』

―――あの調子じゃ、ティウは大丈夫そうね。 ま、ミン・メイのエレメントだったら余計な緊張感は無縁よね・・・

もしかして彼女は意識して、そう振舞っているのかもしれない。 
自分の童顔に、ほんわかとした雰囲気、のんびりした口調。 それが緊張感を鎮める『武器』になると。
そう計算しているのかも。 あのマンダレーハイブ攻略戦、『スワラージ作戦』の生還者―――ヴァン・ミン・メイ中尉は。

―――こっちのティウは大丈夫。 B小隊のアナートリィもさっきのファビオとの通信を聞く限り、何とかなりそうね。 あとはC小隊のヘレナは・・・?

中隊副官としての立場上、直接の部下はいないが、新任達が間接的に気にかけてやるべき部下のようなものだ。
彼らの日々の訓練状況、練度の確認と指導。 短い時間ながらも各小隊先任達と共に鍛えてきたのだ、気にかかる。







『C04! ヘレナ! 突っかかるなって! 馬鹿、僕より前に出るなって言っているだろっ!!』

『は、はいっ!』

『足を止めるな! 単調な機動をするな! 要撃級は意外と学習能力高いんだ! パターンを読まれたら、逆に逆手に取られる!』

C03・フローレス・フェルミン・ナダル少尉の『トーネードⅡ』が、不規則な短距離多角噴射地表面滑走で要撃級の合間を抜けて、距離を取る。
その時には数体の要撃級が側面に36mmを撃ち込まれ、停止していた。 
一旦群れから距離を取らせたC04・ヘレナ・クリステンセン少尉の機体に近づき、2機で集まって来た小型種へ弾幕射撃を張る。

小刻みに位置を変えながら、短時間の射撃を連続して行う。
不意にクリステンセン少尉機の突撃砲が沈黙する。

『―――ッ!?』

『!? C04! ヘレナ、どうした!?』

『ジャ、ジャムりました! 弾が・・・ 弾が出ません、ナダル少尉!!』

『馬鹿! 早くパージするんだ! 予備に換装するんだよ!!』

『な、無いんです・・・ さっき、1門パージしちゃって・・・』

戦車級が数10体接近する。 
その群れにナダル少尉が120mmキャニスター砲弾を叩き込んで時間を稼ぐ。 同時に―――

『僕の突撃砲を使え! 予備弾倉はあるんだろう!?』

『は、はい! あります! ありますけど・・・ じゃ、少尉は!?』

『予備のBKを使う! ヘレナ、早く受け取れ! 左300! 戦車級の群れだ!』

『りょ、了解・・・っ!!』

ナダル少尉機から突撃砲を受け取ったクリステンセン少尉が、咄嗟射撃で36mm砲弾の雨を戦車級に撒き散らす。
だが焦りからか、何割かを撃ち漏らしていた。 残余が一気に接近する。

『ひっ! きゃあ!!』

周囲から迫りくる戦車級の群れ。 『最も多くの人類を喰い殺したBETA種』 その言葉が脳裏を過り、恐怖に体が硬直する。
いつの間にかトリガーを引く事を忘れている。 機体は突っ立ったままだ。
左右から戦車級が接近し、やがて取り付かれる―――

『ひっ、ひっ・・・ い、いやあぁ~~!!』

―――ドッドッドッ!

鈍い重低音と同時に、戦車級が赤黒い霧になって霧散して行った。

『あ・・・ え・・・?』

呆然とする間にも撃ちこまれるBK-57近接制圧砲の高速57mm砲弾。 
これを装備した機体って、確か・・・

『この馬鹿っ! いつまで呆けているんだよっ! さっさと距離を取れ! 言っただろう、絶対僕より前に出るなってっ! ヘレナ! 君の耳は節穴かっ!?』


その時、ようやくの事で突撃級を始末したB小隊が要撃級殲滅に参加した。
それまで2手に分かれて戦っていたC小隊も、2つのエレメントが集合して打撃力を回復する。

『フローラぁ、気張っているじゃなぁい? 新任の手前、先任の意地ってヤツぅ? 
あ、そうか、そうか。 ヘレナは綺麗だものねぇ? そう言う事かぁ』

Aエレメントの2番機、C02のアリッサ・ミラン少尉がオープン回線で冷やかす。 
それを聞いていた中隊の何人かが、含み笑いを漏らすのが判った。

『馬鹿、そんな事じゃないよ! へん、少なくともアリッサよりは素直だよな、ヘレナは。 それにスッピン勝負で負ける訳ないってさ? なあ? ヘレナ?』

『なんですってぇ!? ちょっと! ヘレナ! 良い度胸じゃないの・・・!?』

『ナダル少尉! わ、私! そんなこと言っていませんよっ! 本当です、ミラン少尉!』

益々含み笑いが大きくなる。 同時に溜息が聞こえ、そして―――

『アリッサ! フローレス! 続きは基地でおやりなさいっ!! ヘレナ、ポジション確認して! また前に出ているわよ!』

2門の突撃砲から36mm砲弾のシャワーを小型種に浴びせながら、今ひとつ部下のノリに付いていけない真面目な性分の小隊長。
ギュゼル・サファ・クムフィール中尉が雷を落としてケリをつける。
『ボヤキと気苦労のギュゼル』―――前任者の悪しきノリに染まった部下に、日々気苦労を重ねる中間管理職の悲哀を、20代早々に背負った運の悪い女性。



やがて要撃級の群れの殲滅も完了し、A、D小隊も加わっての掃討戦に移行する。
少数の小型種が後方へ抜けたが―――重低音の連続射撃音が後方から複数聞こえる。
中隊の後方に位置する重迎撃中隊のA-10C『サンダーボルトⅡ』から放たれる、GAU-8『Avenger』ガトリングモーターカノン砲の36mm砲弾の豪雨。

『戦車級殺し』の異名をとるA-10の近接制圧力は凄まじいの一言に尽きる。 機動性との完全なトレードオフで手にした圧倒的な制圧力。
少数の小型種など、モノの数秒で制圧されてしまう。


≪CPよりグラム。 後続BETA群接近中! 推定個体数は約1000、距離1800 大型種・光線級は確認されず。 左右の個体群へは『イルマリネン』、『ランスロット』が掃討中です≫

『グラムリーダー、了解した。 グラム各機、次のお客さんだ。 早々にお引き取り願う事としよう。 ―――陣形、フラット・ツー! 押し上げるぞっ!!』

『『『 ヤーッ!! 』』』





その日、連続したBETAの小集団の来襲が生起した。 
しかし、致命的ともなる光線級や地中侵攻は無く、出撃した緊急即応部隊3個大隊による殲滅戦で完全阻止に成功する。


『グラムよりイルマリネン。 担当戦区の殲滅完了、当方に損失無し。 繰り返す、殲滅完了、損失無し』

『こちらイルマリネン。 グラム、上々だ、よくやった。 イルマリネンとランスロットも殲滅完了。 損失は無い。 ―――久々に心地よい酒が飲めそうだな、ヴァルター?』

『エルデナー・トレプシェン・アウスレーゼの白。 かの75年には劣りますが、秘蔵の76年物が有ります。 ―――どうです、エイノ? ロバートも』

『では私は、オークセイ・デュレスの赤を。 78年物の良い酒が有ります』

『大奮発だな、ヴァルター、ロバート。 では私は―――シャトー・トゥール・カルロの赤。 71年物を出そう』

―――ほう・・・

2人の中隊長から感嘆の声が漏れる。
エルデナー・トレプシェン・アウスレーゼの76年、オークセイ・デュレスの78年も非常に秀逸で豊穣的なオールドヴィンテージ・ワインで、今の世界では宝石並みに貴重だが。
それでも大隊長の出した、シャトー・トゥール・カルロの71年は一頭地抜けたヴィンテージだ。

―――それは楽しみ。

部下中隊長達の笑みを見つつ、今日の戦果に満足しつつ。 そして明日以降の戦いに向けて。
今宵はささやかながらも、祝杯を上げようではないか。


『第88戦術機甲大隊、撤収する!』














同日 2030 国連大西洋方面第1軍ドーバー基地群 カンタベリー基地


カンタベリーはかの『ドーバー・コンプレックス』に属する基地の一つである。
最前線であるドーバー、フォークストン、マーゲート各基地の後方に位置し、それらの基地群への即応支援に当たる性格を持つ。
同様の性格の基地にメードストン基地が有り、後詰の『ロンドン要塞』の門番を務める。

同じくコンプレックス南西部基地群のへースティング、イーストボーン、ブライトンが存在し、その南西部基地群の支援を担うのが
ホーシャム、ハートフィールド、ロイヤル・タンブリッジ・ウェルズと言った基地群である。


国連軍緊急即応軍団・第1即応戦術機甲師団―――従来の緊急即応独立戦術機甲大隊、9個大隊を統合再編して結成された即応打撃戦力。
初代師団長には、極東戦線に派遣され93年の『チィタデレ(双極)』作戦に参加した経験のある、ヘルマン・オッペルン・フォン・ブロウニコスキー少将が就いていた。
その師団の前線でのベースがここ、カンタベリー基地である。

その師団長室。 ブロウニコスキー少将と第3戦術機甲連隊長・ヴィルヘルム・バッハ大佐が歓談していた。

「ヴィルヘルム、今日はご苦労だった」

ワインを傾けながら、少将が上機嫌で部下のバッハ大佐を労う。

「いえ、厄介な連中も、面倒な悪戯もしてきませんでした。 あれならば第1軍の連中の手を煩わす事も無いでしょう」

「はは、只でさえ我々は半ば居候だ。 特に英軍の連中からはな・・・ まあよい、今日の戦果で連中も多少は口の滑りも良くなったようだ。
昨日まではさも英国人らしい、ムッツリ顔で閉口したがね」

「はは、そうですな。 ―――時に閣下、あの話は如何でしょう? カレー当りに橋頭堡を作っておくと言う計画は・・・」

途端にブロウニコスキー少将の表情が曇る。

「駄目だな。 特に欧州連合の連中、首を縦に振らん。 ドーバー・コンプレックスの維持だけでもカツカツの状況だ。 大陸側に余分な戦力は割けぬ、そう言う事らしいな」

「しかし、何時までも守勢防御のままでは。 いずれ喰い込まれてしまいますぞ?」

「判っているよ、ヴィルヘルム。 だが、未だ85年に受けた傷が回復していない。 あと5年ほどはこの状態だろうな・・・」

「閣下、それでは・・・」

「ヘーリでいい。 ヴィリー、君に今更閣下呼ばわりされるとな」

その言葉にバッハ大佐が苦笑する。 2人は同年で古くからの友人同士だった。 
バッハ大佐が大尉時代の負傷が元で、一時期予備役に廻っていた為出来た階級差と言える。
その間はマンハイム福音教会の牧師をしていたという、変わり種の戦術機甲指揮官である。

「なら言おう。 ヘーリ、このままドーバーで守勢防御を続ければ、5年経っても反攻作戦の戦力は作れないぞ?
たび重なるBETAの侵攻。 小規模とは言え回数が多い。 それに平行しての間引き作戦。
攻勢防御に転換しろとまでは言わん。 だが、せめてカレー当りでの防御に変換すべきだ。
このままでは戦力を貯める事もままならん。 温存戦力と防衛戦力が同一の現状では」

バッハ大佐の言う所にも一理ある。 ドーバー以外では、チャネル諸島の『モン・サン・ミシェル要塞』などが有るが。
あそこは主にコタンタン半島やブルゴーニュ半島に対する間引き攻撃の出撃基地だ。 ドーバー正面に対する防衛の門には、地理的になり得ない。

今、国連軍と欧州連合軍内で議論されているのは、大陸側のパ・ド・カレー県のカレー、ブーロニュ・シュル・メール、そしてノール県のダンケルク。
この3か所を橋頭堡として確保し、ベチューヌ、ランス付近での機動防御を展開する。
そうなればドーバー・コンプレックス自体が海峡後方の支援地帯に変化する事となる。 ここで心おきなく練成と補充を行えるのだ。


「だがヴィリー、君も判っている筈だ。 展開出来る兵力が無い。 カレー、ブーロニュ・シュル・メール、そしてダンケルク。
最低でも各々1個戦術機甲連隊が必要だ。 ―――その戦力、どこから捻出する?」

そして何時もの如くその壁に突き当たる。 そう、展開すべき戦力の不足! 何時もこの問題が解決されない。

「・・・近々、『オールド・アイアン・サイズ(米第1戦術機甲師団)』を含む、第4軍が結成されると聞く。 これは本当か? ヘーリ」

「欧州連合は難色を示している。 実質、米第7軍が出張ってこようと言うのだ。 戦力は欲しいが、これ以上新大陸の連中に大きな顔をされるのも・・・ と言う事だ」

現状でも、緊急即応軍団の第2師団は、米第82戦術機甲師団『オール・アメリカン』であり、第3師団は米第101戦術機甲師団『スクリーミング・イーグル』だ。
これに米第7軍の2個軍団、11個師団が派兵されるとなると、国連軍欧州戦力のかなりの比率が実質米軍となる。
そして米軍は他国の指揮下で動く事を嫌う、作戦のかなりの自由度を求めるだろう。 そうなれば欧州連合軍との共同歩調も難しくなってくる。


「難しいな」

「ああ、難しい」

お互い、西ドイツ軍時代から米軍との協調に苦労してきた経験が有る。
それきり暫く、お互いグラスを傾け無言のままだった。














同日 2100 カンタベリー基地 下級将校用サロン


中隊の仲間数人と生還祝いを兼ねての乾杯。 中尉に少尉達。 徽章を見れば私達が衛士と判るだろう、他の兵科の人たちは遠慮してくれたみたいね。

「ま、3人とも初陣にしちゃ上出来だな。 ブルっても、悲鳴上げても生きて切り抜けたのさ、『死の8分』をな!」

「そうよ、だからもっと胸を張りなさい。 一体何10%の衛士が乗り越えられない壁だと思うの?」

「教え方が上手かったからですよ!」

「アリッサはただ振り回してただけよねぇ~?」

「ミンさん、酷っ!」

「ま、例えションベン漏らそうが、クソを漏らそうが。 生きて帰った者勝ちさ、なあ? ヘレナ?」

アスカル・カリム・アルドゥッラー中尉の一言に、ヘレナ・クリステンセン少尉が体をビクッと震わせ、そして・・・

「うっ・・・ うわあああん! どうせ、どうせ私は『お漏らし娘』ですぅ~! 恥も外聞も無く漏らしちゃいましたぁ~!!」

―――いきなり泣き崩れちゃった。 そりゃそうよね、花も恥じらう乙女が、『お漏らし』を暴露されたのだもの。
そのきっかけを作ってしまったアルドゥッラー中尉が、周囲から張り倒されているわ。 良いクスリね。 もう少しデシカリーと言うモノを学びなさい―――自分の体で。

「まあまあ、ヘレナ。 どんな奴だって初陣じゃ仕方ないって。 他にもそんな経験した衛士は大勢いるんだし、な?」

「そうよ、私も初陣の時はヘレナと同じだったし・・・」

ウジェール・カスパール・パストゥール少尉にパトリツィア・ドーリア少尉の先任少尉2人が慰めている。
同じ小隊なのにアスカルとのこの差は何なの? ホントにね・・・ 他にも何人かの先任達が、ウンウン、と頷いている。 彼等も経験者なのよね。―――私もだけど。

「そうだぜ、ヘレナ。 何もお前さんだけじゃ無いぜぇ? アナートリィもティウも盛大に漏らしてたもんなぁ!」

「ちょっ! 小隊長!!」

「あ、あわわ・・・」

部下の羞恥心など、どこ吹く風。 ファビオが他の新任2人のバイタルから推察して暴露しちゃっているし。
ああ、もう。 このままじゃ収まらないわね・・・

「はいはい、暴露大会はここまで! いい? ヘレナ、アナートリィにティウも。 恥ずかしい事は無いのよ。
これはあなた達が生きて戦い抜いた証なの、寧ろ勲章よ。
誰だって怖いし、誰だってパニックになりそうになったわ。 でもあなた達はそれを踏み止まった。 いい? 『死の8分』を乗り越えたのよ」

「「「蒋中尉・・・」」」

「そうね。 そして今ここに居る。 それこそがあなた達新任の殊勲よ、良くやったわ」

―――ギュゼル、ナイスフォローよ。

「そうだねぇ~、新任が3人そろって無傷で生還なんて、ここ最近少ないものねぇ。 よく頑張ったと思うよ?」

ミン・メイがほんわかとした調子で褒めている。 しっかし、本当に彼女は普段も戦場も変わらないわね。 ある意味、一番凄いと思うな・・・


「って訳でよ? ささやかながらも初陣生還祝いだ。 よく頑張ったぜ? この調子でな!」

「それじゃ、 「「「「「「「「「「 カンパ~イ!! 」」」」」」」」」 」


グラスが鳴る。 ささやかな祝宴。 今頃は第1と第3中隊もどこぞで祝杯をあげている事だろう。
中隊長とオベール中尉はさっき大隊長室に呼ばれたから、そこで祝杯かな?
上等のお酒とか出そうだけど、肩肘張りそうなので私は遠慮する。 こっちの方が良いな。

皆からよくやったと言われて、新任達が泣き笑いしているわ。 緊張の糸がようやく解れた様ね。

ヘレナの泣き笑いの顔、良い表情ね。 
アナートリィは必死に堪えようとしているけれど、ちょっと無理かな? ファビオやアスカルに背中を叩かれて、それでも嬉しそうだわ。
ティウは・・・ あの娘はもう、何も言うまい。 何故って? 泣き笑いながらサンドイッチを頬張る姿を見たら、感傷も飛んだわ。 手のかかる娘ね、ホント・・・












『 Dear、直衛!
お元気ですか? 私は元気! 皆も相変わらずよ。
そっちはどう? 寒い? それとも暑い? 南部だものね。

私達の部隊にも、ようやく待望の新人が配属されたわ、みんな優秀よ。 ―――圭介の教え子にしては。 あはは!
初陣も乗り切って、まずは一安心。 私もホッとしています。
皆頑張っているわ。 私もがんばります、あなたが帰ってくる場所を守らないとね!

じゃ、体に気を付けて。 頑張ってね、それと・・・ 早く戻って来てね。

1995年11月5日 カンタベリーにて。 愛を込めて、蒋翠華 』





[7678] 国連欧州編 翠華語り~December~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/11/01 23:21
1995年12月2日 1550 北フランス パ・ド・カレー県 カレー


戦闘は終息しつつあった。

12月の北フランス。 荒れ果てた大地に吹雪が舞い散り、BETAの死骸が散乱している。
空は分厚く黒い雲にすっかり覆われた陰鬱な天気で、海の波濤は白く波立っていた。
かつては欧州の中でも豊かな農業国でもあったフランス。 その姿は最早見る影も無い。

小さな円周を保持した戦術機の小隊が周辺を警戒していた。 
エンブレム・マークから国連欧州軍。 その第1即応戦術機甲師団の第88大隊所属機だと判る。
トーネードⅡIDS-5B。 たび重なる性能向上措置を受け、準第3世代機と言える性能を有するに至った戦術機だ。
米国製戦術機のF-15C、F-16Dに伍して、欧州国連軍の標準装備戦術機ともなっている。

「グラムA02よりグラムリーダー。 グラム各フライト、哨戒完了です。 半径20km圏内に残存BETA無し」

円周に位置したうちの1機、その搭乗衛士であるA02・蒋翠華中尉が状況を報告する。
現在は既に掃討戦に移行しており、そしてその任は他の部隊が充っている。 
今の所、『グラム』中隊を含む第88大隊は、カレー海岸部の周辺警戒のみが任務であった。

『B01よりリーダー。 しかし何ですね、ここ最近の連中の動き。 まるで嫌がらせですぜ』

『全くね・・・ 少数の集団だから、殲滅はそう大して手間じゃないけれど。 それにしてもこの回数は異常ね』

B小隊長のレッジェーリ中尉、C小隊長のクムフィール中尉が網膜スクリーンに現れる。
見ると2個小隊、8機のトーネードⅡが集まって来ていた。 哨戒を終えてランデブーポイントに戻って来たのであろう。 
その2個小隊の指揮官達であるが、その表情には些かの疲れが見え始めている。

『ホントにな。 休むヒマもありゃしねぇ・・・ 機体だってよ、一度完全なオーバーホールが必要だぜ?
そろそろ可動部が悲鳴を上げてきていやがる。 主機や跳躍ユニットも騙し騙しだ』

そんな愚痴が出る程に、ここ最近の緊急出撃回数が多い。 来襲するBETAの規模はさほど大きくなく、光線級が出てくるのは稀であるが。
そろそろ予備機を使い回しての稼働さえ、怪しくなって来ている事は事実だった。

『愚痴を言っても始まらないわよ。 出来る事を、可能な限りベストを尽くす、今はそれしかないでしょう?
ファビオ、ギュゼル。 指揮官からそんな言葉を出さない事ね』

最後に集合したD小隊の小隊長にして中隊副長、オベール中尉がやはり疲労の色が見える美貌を、それでも引き締めて2人の後任小隊長へ苦言する。
お小言役は中隊副長の専売特許。 彼女が普段は温厚な性格の女性であると判っているから尚の事、後任の2人も素直に従うと言うものだ。


≪CPより『グラム』、撤収を開始して下さい。 戦術機母艦のカレー沖到着予定は1600。
英海軍のコマンドウ支援戦術機母艦『インヴィンシブル』、『イラストリアス』の2隻がピックアップします≫

1600時。 ここから噴射跳躍によるNOEで、丁度母艦の進入時間に間に合う。

『よし。 グラムリーダーより各小隊、撤収だ。 B、D小隊先行。 C、A小隊は後退しつつ警戒!』

『『『 了解 』』』

B、D小隊の8機が跳躍ユニットを吹かしながら湾上空へと飛び去る。
その後暫く警戒しつつ歩行後退をしていたA、C小隊も、噴射跳躍で後退、母艦へと向かって飛び去った。

冬に間引き作戦の跡には、BETAの死骸のみが降りしきる雪に覆われ、横たわっていた。
















1995年12月5日 欧州宇宙機関(ESA: European Space Agency) フランス領ギアナ・クールー ギアナ宇宙センター


ESAがEU(欧州連合)の傘下組織になったのは、この5年ばかり前の事である。
当初、欧州の宇宙開発を目的とした民間企業群の共同体で有ったものが、主にハイヴの偵察衛星情報入手という観点から、連合傘下の組織となったのが1990年である。
以来、ESAは欧州連合軍の衛星情報収集・分析組織としての色を強めている。 航空宇宙軍との関係も密接だった。

「・・・H12の周辺密度が高くなっている?」

「ええ。 85年以降のこの数年、結構大人しかったのですがね。 それにH11とH5、H8も騒がしくなっていますよ」

画像分析官の示すモニター情報を見つめ、呻き声を漏らす。 彼はセンターの職員では無い、歴とした欧州連合軍の軍人であった。
情報の示す所―――H12リヨンハイヴ、H11ブダペストハイヴ、H5ミンスクハイヴ、H8ロヴァニエミハイヴ。
この4か所のハイヴ周辺での、BETAの地上密度が高い値を指し示している。 言われずとも判る、この兆候は・・・

「・・・85年の悪夢よ、再び・・・ か?」

1985年の、欧州主要部失陥と、英本土防衛戦。 かろうじて英国本土を守り抜いたものの、欧州は10年経った今なお、大陸反攻に打って出る戦力を回復出来ていない。
そして今の時点で、あの時と同様の大侵攻を受ければどうなる事か―――英本土は失陥するだろう。

「幸いと言いますか、H12はけっこう活発ですが、他のハイヴ周辺はコンディション・イエロー3程度です。
本格的な飽和侵攻になるのは、イエロー9を過ぎてレッドになってから・・・ 今までの統計では、そこまで個体数が増加するのに4~5年かかりますよ。
連中だって、ハイヴ拡張と地上侵攻を同時にする程、無限じゃないですしね」

「拡張の兆候が収まったら、次は侵攻か・・・ で、リヨンのコンディションは?」

「コンディション・イエロー8」

「そろそろ、前哨戦が始まるな・・・」

フランス軍事偵察局(DRM)に属し、欧州連合軍統一情報本部(EUAMID)に出向する身としては、この情報は何はともあれ最優先でベルファストへ伝える必要が有った。
同時に国連軍へはどうすべきか考える―――そして伝達の要無し、と判断した。
何故なら、連中は米国のKHシリーズからの情報を逐一受けられる身だからだ。 米国の偵察衛星は、欧州の大地もしっかり『盗み見』しているのだから。















1995年12月10日 北アイルランド ベルファスト 国連欧州方面軍・陸軍総司令部ビル 第1作戦会議室


「予想されるBETA群の規模は、旅団規模から最大で師団規模。 もっともこれはリヨンの個体群のみの話だな」

英陸軍の中将が、面白くなさそうな表情で呟く。

「リヨンとて、内部で後どれだけの個体群が居るのかによる。 この数年、連中は大人しかったからな、下手をするとその数倍は溢れ出るやもしれん」

より懐疑的な発言は、東ドイツ陸軍の少将だった。

「他の3つのハイヴについては、今は監視レベルを上げる程度で良いのではないかな? 手を広げ過ぎると、防衛線は地中海から北海、スカンジナビアまで広がってしまうぞ」

フランス陸軍の中将が防衛ラインの拡大を危惧し。

「カヴァーしきれんよ、流石に。 第一、そんな戦力など有りはしない」

西ドイツ陸軍の中将が断じる。
その様子を眺めながら、国連軍の少将が発言を求めた。

「リヨンハイヴよりの個体群に対してならば、ピレネーを越えてイベリア半島か、北上して海峡越えか。
スペイン・ポルトガル軍への警報発信、及び海峡沿岸の防衛体制を上げる事で宜しいかと」

「イベリア方面へは、連合軍より発信しよう。 で、海峡沿岸はどうするかね?」

フランス軍の中将が周りを見渡す。
皆が一様に渋い顔だ。 無理はない、海峡沿岸部はイベリア半島と違い、大陸側への橋頭堡を有していない。
常にドーヴァー・コンプレックスは受け身の防衛戦を強いられているのだ。

「・・・カレー付近に来たとしても、モン・サン・ミシェルから側面を突かすのもな。 未だ打撃兵力が足りん。 有効なのは海上戦力か・・・」

「それとて、損害無視での海上戦闘を何時も出来る訳ではあるまい? 海軍に確認せねばならんがね」

東ドイツ軍の少将の呟きに、英陸軍の中将が嘆息する。

「国連軍としては、緊急即応軍団より抽出した兵力をカレーへ展開する案を提示します」

国連軍の少将が、一座の将官達に対し、戦略地図上の1点を指し示して提案する。
場所は―――カレー。 そしてその周辺の2か所。

「カレー、ブーロニュ・シュル・メール、そしてダンケルク。 国連軍が前々から言っている、『大陸の閂(かんぬき)』かね?
しかし、兵力はどうするのかね? 緊急即応軍団の第2師団(米第82戦術機甲師団『オール・アメリカン』)は地中海だ。
第3師団(米第101戦術機甲師団『スクリーミング・イーグル』)は北海。 残るは第1師団だけなのでは?」

「3か所に分散するのかね? それだと1か所あたり1個連隊・・・ 戦術機3個大隊だ、如何にも戦力が不足しよう」

「言っておくが、少将。 今現在の欧州連合軍には、余分な兵力の抽出は無理だぞ?」

―――欧州連合軍、ではなく。 英仏独(両独)軍からは、であろうっ!!

国連欧州方面軍と、欧州連合軍の水面下の仲の悪さは今に始まった事ではないが。
仮にも欧州大陸防衛に関して、こうまであからさまな態度は如何なものか。
苦虫を潰したくなる気分を堪え、何とかその不安要素について説明する。

「欧州連合軍主力へは今回、戦力の抽出依頼をしません。 
戦力は緊急即応軍団第1師団の9個戦術機甲大隊、そして東欧州社会主義同盟から6個戦術機甲大隊。
それに国連軍からの支援部隊を含む、各拠点1個旅団規模の編成で行う予定です」

欧州連合軍主力の腹が痛まず、なお且つ国連軍の裁量で動かせる兵力となると、こうなってしまう。
無論、東欧州社会主義同盟とて『無償で』兵力の供出をする訳ではない。 色々と駆け引きや取引は有ったのだが。


「ふむ・・・ 成程。 彼らにしても祖国奪還への、長い道のりの一歩を踏み出そうとするか。 いや、その献身、貴き哉」

英国軍の中将が、わざとらしく頷く。

―――流石にユーラシア西部の片隅で千数百年来、裏切り、裏切られ、騙し、騙されつつ、血みどろの歴史を織り成してきた欧州の人間。
厚顔さと不遜さ、そしてそれを露にも感じない図々しさ。 自国防衛に対して、他国の人間の血が流れる事には、何の疼痛も感じはしないかの如く。

そして自身もまたその欧州の人間で有り、出るであろう損失は許容できると考えている事に、少しばかりの空虚なおかしみを感じつつ。
第1即応戦術機甲師団長、ヘルマン・オッペルン・フォン・ブロウニコスキー国連軍少将は些か呆れ果てた想いで場を見渡していた。















1995年12月20日 2300 北フランス パ・ド・カレー県 カレー


この1週間ほどで急造の基地群がでっち上げられた。
司令部に兵舎は移動式のプレハブ小屋。 ハンガーは奇跡的にBETAの『喰い残し』で残っていた港湾倉庫群の残骸(その一部)、屋根は応急処置。
通信施設は全て車載の移動式通信・管制車両。 誘導路や滑走路は全て『荒野』

風に雪と土煙りの両方が、寒々しい冬の夜空に舞いあがっている。
すっかり平坦に食い荒らされた大地、 今は良いが春になると起伏が無い分、雪解け水で辺り一面が洪水状態になってしまう。

「・・・なんだって、こんな貧乏籤引かなきゃならんのよ?」

「どのみち、私達国連軍って貧乏籤の引き役じゃない」

「翠華、それを言ってはおしまいよ・・・」

当直中のファビオに陣中見舞い? で夜食の差し入れと。 ギュゼルと2人で顔を出したら、捕まって文句の嵐を聞かされちゃった。
そりゃ、私だって文句の一つも言いたいわよ。 カンタベリーは前線後方基地とはいえ、あと5日でクリスマスなんだから。

大した事は出来ないとはいえ、ささやかながらも皆でお祝いするし。 交替でクリスマス休暇が出る予定『だった』のよね。
それが全部ぶち壊しとなれば。 それもクリスチャンが圧倒的に多い欧州軍ともなれば、恨みたくもなるわね。
私やギュゼルは、宗教的には何の拘りも無いけど。 でも休暇が潰れるのはイヤね。

「この分じゃ、新年のお祝いも台無しになりそうね」

「ムスリムも1月1日は祝日なの?」

「私の祖国ではね。 祝日じゃなくって単なる休日だけど。 翠華は?」

「関係無いね。 でも春節(旧正月)をBETAと一緒に祝う、何て事になったら・・・」

「事になったら?」

「爆竹代わりのG弾、全部のハイヴに放り込んでやるわよっ! 私達、華人にとって最も大切なお祝いの日なんだからね!!」

―――うっ 思わず力んでしまっちゃった。 ギュゼルがちょっと引いちゃってる・・・

「あ、あは。 そ、そうなの・・・ で、いつ頃なの? その『春節』って?」

「中国暦(旧暦)のお正月だから。 新暦(グレゴリオ暦)だと、年によって違うのね。
大体、1月の中旬から2月の中旬頃よ。 2週間位お休みとってお祝いするの」

「2週間・・・ 無理よねぇ・・・」

「・・・そうなんだよ~・・・」


悲しいかな、春節なんてもう何年お祝いしていないだろう? 子供の時以来かなぁ?
とうとう台湾に避難したって手紙に書いてきた私の家族。 あ~あ、皆と一緒に春節を楽しみたいなぁ・・・ 当然そこには彼も居て。

何て事を考えながら、ギュゼルと2人で雑談していたのね。 夜食のサンドイッチ頬張りながら。



「・・・お嬢さん方、その夜食って、俺様のじゃ無かったの・・・?」


―――ファビオが泣いちゃっていた。

















1995年12月24日 1630 北フランス パ・ド・カレー県 カレー内陸15km


BETA群の只中に数機の戦術機が踊り込む。 
短距離地表面噴射滑走で多角機動を行って群れの中から出てきた時には、多数のBETAが体液を撒き散らして行動不能になっていた。

『流石は高機動がウリのMig-29Mだけはある。 回避機動がそのまま斬撃になろうとはな』

「全身、カーボンブレードの塊ですから。 最も正気を疑いますが」

『ははっ! 厳しいな、副官。 しかし有効ではあろう?』

「時と場合に寄ります。 こんな開けた場所で密集戦闘など・・・ 砲戦主体で良い筈です」

『君の祖国も、同様のコンセプトの機体を開発中の筈だが?』

「国の連中の頭の中を、ひっくり返してやりたいモノですわ・・・ っと、ミン・メイ! ティウ!」

『オッケ~! A03、FOX01!』

『はいっ! A04、FOX03!』

ミン・メイが誘導弾を右方向から漏れ出てきたBETA群に撃ち込み、そこからこぼれ出た個体をティウが掃射していく。
あっという間に、一つの群れが制圧された。

『いや、毎度この調子なら文句は無いのだがな!』

私のトーネードⅡの隣に立つ中隊長機から、アルトマイエル大尉の楽しげな笑いが聞こえてくる。
ま、しょうが無いんだけどね、大尉がこんな緊張感無しに見えても。 それだけ今日の戦闘は一方的だって事。

中隊は広域範囲をカヴァーする為に、各小隊単位で散開していた。
私のA小隊は支援装備のまま、協同する友軍の支援攻撃に専念中だった。


カレー仮設基地に所属する私達、国連軍第3即応機動旅団(旧第1即応師団第3連隊+アルファ)は。
来襲した連隊規模のBETA群―――殆ど小型種で、光線級も居ない―――を完全に叩き潰した。
今、目前で友軍の戦術機大隊が片付けた要撃級の群れが最後だった。

急編成で出来た3個機動旅団。 元々の第1師団の3個連隊に、東欧州社会主義同盟から6個大隊を組みこんで、15個大隊。
私達の第3旅団は旧第3連隊の3個大隊(第87、88、89)に、リトアニア軍第1戦術機甲大隊『ヴィリニュス』、ポーランド軍第303戦術機甲大隊『コシチューシコ』が加わって構成される。
装備機は国連軍がトーネードⅡIDS-5B。 リトアニア軍とポーランド軍はMig-29M(稼働時間延長型)

他に第1旅団(ダンケルク基地)には第81、82、83大隊とラトビア軍独立第1戦術機甲大隊『リガ』、ルーマニア軍第8戦術機甲大隊『ドラゴニ・トランシルヴァニア』が。
第2旅団(ブーロニュ・シュル・メール基地)は第84、85、86大隊とエストニア軍第3戦術機甲大隊『フェリン』、ハンガリー軍第4戦術機甲大隊『ベルチェーニ・ラースロー』が。

それが新編成の国連軍即応第1兵団、『ドーヴァーの門番』として急遽編成された訳ね。 何と言うか、英仏独3国は、我関せずって所が腹立つけれども。
東欧諸国軍にしても、欧州での肩身の狭い想いを何とかしたいって訳で、『人身御供』を送ってきたみたいで、イヤね。


『翠華~、他の小隊も集まって来たよ?』

ミン・メイからの通信でようやく自分がむかっ腹を立てて、周りを確認していない事に気づく。 うっ、自己嫌悪・・・

「了解~! グラムB02より各リード、状況報告願います」

『グラムB、殺られた馬鹿はいねぇよ!』

『グラムC、損失機無し。 但しC04が左腕を小破、戦闘行動に支障なし』

―――BとCは大丈夫ね。 ウチのA小隊も損失無しだし、あとはD小隊。 ニコールが下手打つ訳無いし・・・

って、あれ? D小隊からの通信が入らない?


「―――D小隊、D01、状況報告を。 ・・・D01? オベール中尉?」

『・・・こちらD02、アスカル・アルドゥッラー中尉です。 D小隊、損失1機・・・ 小隊長戦死。 ド・オベール中尉、戦死です・・・っ!』


















1995年12月25日 0030 北フランス パ・ド・カレー県 カレー基地


「翠華、D小隊の連中、ちょっと見てきたわ」

兵舎でギュゼルに声をかけられた。
小隊長を失ったD小隊がどれくらい動揺しているか、確認してきたのだろう。 本来は私の役なのにね・・・

「ん、サンキュ。 で、どうだった?」

「見た目は気丈に、ね。 でもちょっと落ち込んでいるかな? 『衛士の流儀』で、あから様にはしていないけどね」

「酷いのは誰だった?」

「パトリツィア。 アスカルもちょっとね」

「パトリツィアはともかく、アスカルめ。 何してんのよアイツ・・・」

「そう言いなさんな。 咄嗟に動けず、自分のエレメント―――パトリツィアを隊長が庇って戦死したんじゃね・・・」


ついさっき、D小隊のアクションレポート(戦闘詳報)が纏まった。 
それによれば、ニコール・・・ ニコール・ド・オベール中尉は、『擬死(Thanatosis:タナトーシス)』にやられそうになったパトリツィアを庇って戦死した。
動物の『擬死』とどう違うのか、まだ解明されないままだけど。 BETAは時折この戦法を使う。

センサーで確認しても、全く活動していない筈の個体が接近した途端に突如、襲いかかってくるのだ。
可能性は0.1%以下とも言われているけれど、無い訳じゃない。 今までこの手段で命を落とした衛士が居るからこそ、報告されている訳だけど・・・

「タナトーシスじゃね・・・ 流石に判らないよ、何もアスカルのせいじゃないと思う」

「ま、ね。 兎に角パトリツィアには沈静薬を投与したわ、軍医に頼んで。 アスカルの方はファビオがお酒持参で見ているから、大丈夫でしょ?」

「クリスマスに、かこつけたな。 アイツってば・・・」

2人して苦笑する。
判らなくもないから、黙認しちゃいましょう。 本当は飲酒制限かかっているんだけどね。


「・・・そう言えば、中隊長は?」

「・・・遺体の傍よ」

ふと思い出す。
幸いと言うか、ニコールの機体は回収された。 戦闘がほぼ終わった時点だったからこそなのだけれど。
基地まで運んで、管制ユニットを開けたのはアルトマイエル大尉だった。
その間、必要な指示以外は全く話さなかった。 管制ユニットを開けて、ニコールを運び出したのも大尉。
事後処理の間、全く取り乱さず。 指示も判断もしっかりしていて。 特にD小隊の面々へは慰労の言葉さえかけていて。

そんな大尉だったけれど。 ニコールの遺体が『遺体袋』に入れられる時、一瞬だけ苦痛の表情をしたのが分かった。
どんな気持ちなのだろう? 最愛の女性が死んだ。 それも自分と同じ戦場で、自分の手が届かなかった場所で。
直ぐに能面のように表情を消した大尉は、何を思っていたのだろう・・・?


「・・・ちょっと見てくるね」

「お勧めできないわよ、私は・・・」

―――それでも。 副官としては気になるし、事後の対応も相談しないといけないし・・・
















「・・・ああ、蒋中尉か・・・」

遺体の安置場所で大尉を見つけて。 その背中の余りに小ささに驚いていたら、逆に見つかってしまった。
そしてその声を聞いて、後悔した。 ―――理由は判らないわ、でも、凄く後悔した。

「あの・・・ お気の毒です・・・」

―――ああ! もう! 何を言っているのよ、私はっ!!

「・・・綺麗なものだ。 綺麗な顔だよ。 とても死んでいるとは思えん。 ―――下半身は完全に潰れてしまっているが」

「大尉・・・」

「声をかければ、直ぐにでも目を覚ましそうだ。 ―――でも、もう眼を覚まさないのだな・・・」

「ッ・・・!」

「物心ついた頃から、ずっと一緒だったよ、彼女とは。 幼い頃は本当に兄妹のように育ってね。 何時の頃からか、愛し合うようになったのは・・・
だがもう、あの懐かしいストラスブールも対岸のケールも無い。 私の家から見えていたド・オベール家も。 
その家の小さな、元気で愛らしい女の子も、もういないのだな・・・」

「たっ・・・ 大尉・・・っ」

「今日はクリスマスか・・・ 『神が人間として産まれてきたこと』を祝う日に、彼女を見送るとは。 はは、何と言う皮肉か・・・」


大尉の背から視線を外す。 ―――ふと、安置場所の正面の壁に目がいく。 
そこには簡単なクロス(十字架)が有った。 小さな、小さなクロスが。

私は怖くなった。 怖くて逃げ出してしまった。
その姿が。 アルトマイエル大尉のその姿が。 一瞬、彼と重なって見えてしまったから。









[7678] 国連欧州編 翠華語り~January~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/11/09 00:17
1996年1月1日 0130 北フランス パ・ド・カレー県 カレー基地


年が明けた。

1996年。 この年はどんな年になるのだろう? 私にとって、皆にとって。 そして、人類にとって。
願わくば、一筋の光でも見い出せる年でありますように・・・

毎年同じように祈るような願いを、私は今年も同じように祈り、願う。
明けない夜は無い。 夜の闇が最も濃くなる時は、夜明け前なのだから。 だから私は祈り、そして願う。
この夜の暗闇の時代がいつの日か終わる事を祈って。 光明に照らされた時代が来る事を願って。


「蒋中尉、コーヒー入りましたよ」

ハンガー脇の当直室。 手っとり早い話が、警急待機の為の衛士の詰め所。 だから今の私は強化装備姿。 まったく、新年をこの格好で迎えるなんてね。
粗末な当直室の備え付けのコーヒーポットから、1杯のコーヒーを淹れてくれるのは、今夜の副直将校のアリッサ・ミラン少尉。 早い話が臨時のエレメント相手。
先年末から強襲支援任務の第3小隊から、左翼迎撃支援の第4小隊へ移った衛士だ。

「サンキュ、アリッサ。 どう? 新しい小隊、馴染めそう?」

「別に中隊が代わった訳じゃないですから。 それに私は左翼強襲支援やってましたから、第4小隊との連携は常でしたし。 違和感は無いですよ」

屈託なく、それでも自信を持って笑うアリッサ。
逞しくなったものね。 一昨年の新任時代は、直衛に散々扱かれて泣きべそかいて、ギュゼルに陰で励まされていたヒヨっ子だったのに。
ま、彼女もあと3カ月もすれば順当に中尉に進級するだろうし。 
これまで戦い抜いてきた戦歴は、欧州でも一頭地抜いているものね。 私達、国連軍の緊急即応部隊は。

「で、4小隊の雰囲気・・・ いえ、士気の方はどうなの? 正直言って、私の目からは以前の精彩を欠いていると感じるのだけど?」

「そりゃ、前任小隊長が戦死してまだ10日も経っていませんし。 
新しい小隊長のアルドゥッラー中尉は頑張ってるけど、自責の念ってやつですか、そんなの引き摺っている感じです。
パトリツィアはようやく、萎縮から回復してきた所だし。 ウジェールは普通ですね」

「エレメント変えたって?」

「はい。 小隊長とウジェール、私とパトリツィア。 じゃないと、小隊長もパトリツィアも動きがギクシャクしちゃいますしね」

カップから立ち上る湯気を眺めながら考える。
前任のニコールが戦死した直接的な要因。 パトリツィアが要撃級のタナトーシスに引っかかって。
撃破される寸前で、ニコールの機体が間に割って入った。 その結果パトリツィアは助かったけど、ニコールと要撃級BETAは相撃ちの形に。
パトリツィアのエレメントだったアスカル・アルドゥッラー中尉は、丁度反対側を哨戒中で咄嗟に動けなかった。

ニコールは中隊副長としても、小隊長としても、部下や中隊の面子の信頼を得ていた指揮官だったし、何より中隊長の右腕だった。
その彼女を自責で失ったと感じているアスカルとパトリツィアの2人は、今後も当分様子見が必要でしょうね・・・

「パトリツィアは私が面倒見ますよ。 3小隊でヘレナをフローラに取られちゃったから、面倒見る後任が居ないんですよ、はは!」

「・・・後任って、パトリツィアは貴女とは半年違いなだけでしょ? 今更新任って訳じゃないんだし」

「後任は、後任です! 後任欲しいんです! 何時までも一番下っ端って・・・」

「あ~・・・ はいはい、好きにしなさい」

―――私だって、直接面倒見ている後任はいないんだけどな・・・

中隊副官の立場上は仕方無いんだけれど。 何せ中隊長のエレメントになるのだし。

コーヒーを一口飲んで、ふと窓の外に目をやる。 真っ黒な外の景色、雪が積もって窓明かりに照らされたその場所だけが、白く光って見える。
本来はメキシコ湾流の暖流のお蔭で、緯度の割には気温の高い欧州沿岸部だけれど。
BETAの悪食のお蔭で目ぼしい山脈が一気に標高を下げてしまった結果、北極海からの寒気を遮る地形的要素が無くなってしまって。
冬場は特に、北からの湿った寒気と、暖流の暖かい空気が衝突して降雪や濃霧を引き起こしやすくなったそうだ。


「時に、中隊長の様子はどうなんですか? 中尉はエレメント組んでいるし、中隊副官だからよく判るでしょ?」

アリッサが机にもたれかかって、コーヒーを啜りながら聞いてきた。
何と言うか、今、中隊内で一番微妙にして、触れたく無い話題ね。

―――う~ん、何と言うべきかなぁ・・・

「実際、気になるんですよ、中隊の皆も。 見た目は変わらないようですけど、変わらない筈無いですもんね、何せ・・・」

「ストップ、アリッサ。 ここでは良いけど、外でその話をそれ以上はダメよ」

「中尉?」

「気になるのは判るわ。 心配する事もね。 でも口に出しちゃダメよ、話が独り歩きするから」

それが怖い。 そしてその事を耳にした中隊長がどう意識するかが怖い。
中隊長とて、歴戦の衛士だ。 噂や流言で右往左往するような所なんか最早無いかもしれないけれど、それでも怖い。
死んだのはニコール。 中隊長の長年の半身とも言うべき女性。 それがどれ程影響するのか判らないもの。

「大隊長も、3中隊のウェスター大尉もいるわ。 あの人達もフォローしてくれている。 私達は普段通りにしていればいいのよ。 
変に気遣って、勘ぐって、却ってギクシャクして中隊長の枷になってはダメなの、いいわね?」

「はあ・・・」

納得したような、出来ないような、中途半端な表情のアリッサ。
判らないでもないけれど、人の心理なんて本人じゃないと伺い知れないもの。 
中隊長がどう思っているのであれ、普段通り軍務に精励しているのであれば、それを乱すような事はしない方が良いと思う。

時が全て解決してくれるなんて思っていないけど、それでも時が過ぎれば気持ちの整理も付くと思う。
それまでは変に気を遣うのも、かえってマイナスだと思う。

「私が見ているから。 あなた達は普段通りやってなさい。 何かあれば私がサイン出すしね」

「・・・お任せします。 こんな事言うのも何ですけど、死んだオベール大尉(戦死後1階級特進)を除けば、中隊長の事一番よく見てきているのが蒋中尉だし?」

ちょっとだけ茶化す様な表情のアリッサに、少し苦笑してしまう。
彼女のその表情が、無理やり作られた者だって事に気づいたから。

中隊の皆も、重いのよね、本当は。 
今までの戦死者や戦傷者に対して失礼になるかもしれないけれど、ニコールの死は中隊長だけでなく、中隊全体にとっても重いのよ・・・

「任せなさい。 伊達に2年近く、中隊副官やっている訳じゃないんだからね?」


―――そう、その時はそう思っていたの。













1996年1月10日 1530 イングランド カンタベリー基地


補給・支援体制やその他諸々、軍隊には戦闘する以外にも、様々にやらなきゃいけないお仕事は山ほどある。
私は今日、その調整会議の随行としてカンタベリーに来ている。 我が大隊からは代表としてロバート・ウェスター大尉が。
その随行としてオードリー・シェル中尉(第3中隊副官)、ウィレム・ヴァン・デンハールト中尉(第1中隊副官)、そして私、蒋翠華中尉(第2中隊副官)の3名。

旅団全体の話は、旅団司令部から兵站参謀が来ているからそこで済むけれど。 他にこまごました話しや、各々の隊の要望やら交渉。
一昨日やって来て、会議や相談やで、ようやく何とか話がついた感じね。

基地のサロンで独りホッと一息ついていたら(オードリーとウィレムはもう暫くかかると言っていた)、ウェスター大尉に声をかけられた。 傍らに見かけぬ女性将校を連れて。

「ご苦労だったな、蒋中尉。 第2中隊はもういいのか?」

「はい。 こちらで話を付ける事は全て。 後は向うに着いてから、細かい調整です」

などと話しながら、知らずその女性に目が行ってしまっていたのだろう。 ウェスター大尉が苦笑とも、はにかみとも取れる笑みで紹介してくれた。

「私の妻だよ、フランソワーズだ。 今日は仕事でこっちに来ていてばったりね。―――わざわざこんな危険な所まで来る事は無いのにな。
フラン、彼女は蒋翠華中尉。 ヴァルターの下で副官をしている」

「奥様でしたか、失礼しました。 蒋翠華中尉です」

「フランソワーズ・ウェスター主計中尉ですわ。 兵站総監部に勤務しています。 
言ってやって下さいな、蒋中尉。 兵站部とて、任務次第で前線近くまで来る事もあると。―――そう、貴女が・・・」

―――貴女が?

軽く礼をして奥様の方へ挨拶すると、何故かそんな感じで微笑んで言われた。
改めてみれば、淡いクリーム色のウェーブのかかった髪を綺麗にアップにして。
ちょっと薄めの緑の瞳が柔らかそうな印象を受ける。 年の頃は私より2、3歳上かしら?
着ているのは当然、画一的な国連軍の軍服なのに。 如何にも上品なお姫様といった印象で。

何より驚いたのは、その印象と言うか。 先程微笑んだその顔が、彼女にそっくりな印象を受けたから。 ニコール・ド・オベール、彼女と。

「驚いたかな? 妻はフランス系で、ニコール・・・ ニコール・ド・オベール、彼女の母方の従妹に当たるのだよ」

「えっ!?」

思わず奥様の方を見てしまう。 

「ええ、そうなの。 ニコールとは従姉妹同士で・・・ 彼女の方が1歳年上で、昔からよく一緒でしたわ」

やっぱり柔らかに微笑みながら、奥様も肯定する。 はぁ、ビックリね。
何と言いますか、ニコールが衛士にならず、そのままお姫様として今に至れば、目の前の彼女―――フランソワーズのようになったかも、そんな気がした。


それから暫くフランソワーズと2人、サロンでお茶を飲みながらお話していた。(旦那様のウェスター大尉はまだ残りの仕事が有るとか)
何と言うか、本当に良い意味で良家のお嬢様と言うか。 おっとりしていて、品も良く、それでいて気さくと言うか。 性格も良さそうな女性ね。

「・・・じゃ、お二人の結婚は、元々は大尉とニコールの紹介で?」

「ええ。 私は当時、ノッティンガムの兵站学校でフランス語の臨時語学教官をしていたのですけれど。
いきなり従姉のニコールが訪ねてきてくれて。 ・・・ヴァルターと、主人が一緒でしたわ。
今にして思えば、2人して画策したのでしょうけれど」

当時を思い出してか、クスクス笑うその表情がまた、ニコールを思い出しちゃう。

「その内に、ニコールとヴァルターは何処かへ行ってしまうし。 主人はそんな事知らなかった様で、私と2人、途方に呉れてしまいましたわ。
彼も休暇で、単に誘われてついて来ただけの様で。 結局私が案内する事になったの」

「それがきっかけで?」

「ええ。 英国人って、変に堅苦しくて、面白味が無い。 そんな風に勝手に思い込んでいたのですけれど。
意外にフランクで、話題も洒脱で。 でも誠実そうな方で。 半年程お付き合いしたかしら? 
ある日、両手一杯の花束と一緒に、いきなりプロポーズされて。 思わず『Yes』と言ってしまったの」

「その場の勢いにやられて?」

「ええ、そう。 本当は策士なのかも知れないわね?」

2人顔を見合せて笑い合う。 

普段通り、落ち着いた余裕の表情で。 でも内心はドキドキしながら花束を選んで、プロポーズの言葉に悩んでいたかもしれないウェスター大尉。
幼馴染の従妹を、信頼する戦友をひっつけようと茶目っ気丸出しで、でも内心で幸せを願って悪だくみするニコールとアルトマイエル大尉。

私の知らない上官たちの一面。 何時もしかめっ面や不敵な表情の裏にも。
こんなちょっとした茶目っ気の有る、それでいて温かい顔もちゃんと持っていたんだって、改めてホッとした。


「ヴァルターは・・・」

「はい?」

「ヴァルターは、勁い人。 でも心配なの、どんなに勁くても、どんなに強靭でも。 
炎に焙られ、風雪に晒され続ければ、どんな名剣でも脆くなるわ。 私は、それが心配・・・」

「フランソワーズ・・・?」

カップに視線を落として、憂い顔に眉を顰めたフランソワーズの言葉が引っかかる。

「彼は戦地でお父様とお兄様を亡くして、早くに男爵家の当主にならなければならなかったの。
そしてドイツの陸軍幼年学校(Kadettenanstalt)を繰り上げ卒業して間もなく、戦況の悪化で士官学校に進む事無く、衛士課程に・・・ 初陣は85年、16歳の時だったそうよ。 
皮肉にも、初陣の負け戦はシュヴァルツヴァルト(黒い森)から突進してくるBETAに、故郷を蹂躙された『ラインの護り』作戦・・・ 故郷でお母様とお姉様を失ったの」

「・・・」

「そこからダンケルクまで、負け戦に次ぐ負け戦。 まだ若いフォン・アルトマイエル少尉は何をすべきか判らぬまま、ただただ恐怖と闘っていたそうよ。
そしてグレートブリテン防衛戦でのロンドン防衛戦。 テムズ河の防衛ラインで彼は逃げてしまったの」

「ッ! 逃げた!? 敵前逃亡!?」

思わず大きな声を出した私を、何事かと周囲の人たちが視線をくれる。
思わず首をすくめてしまったけど。 そんな私の仕草を面白そうに見て、フランソワーズが話を続けた。

「正確にはそうじゃないの。 あの当時、あそこには・・・ ドイツ貴族や騎士出身者で固めた部隊が防衛していたのだけれど。
グリニッジに布陣していた彼の中隊がBETAへ最後の突撃を敢行した時、彼は動けなかったの。 負傷していたのだけれど」

「だったら! 逃げただなんて・・・!」

「彼の中隊で最後まで生き残っていた衛士は、彼を含めて7名。 その内負傷者は4名。 損傷機体は5機。 態のいい自殺ね。
・・・生き残りは彼一人だけ。 後は全員、BETAの群れに中に突撃して消えて行ったそうよ」

「そんな、馬鹿な事を・・・」

「そうね、馬鹿ね。 それに如何に貴族とは言え、未だ16歳の少年に『今から死ね』などと。
貴族だから? 騎士だから? 『フォン』の称号持ちは、人並みの感情を有する事さえ許されないの?
まだ戦場に出て僅か数カ月。 未だ16歳の少年に、戦場で戦って、生き残って、負傷して。 
それだけではダメなの? それ以上の事を、『死ぬ事』を当然の如く受け入れる事までしなくちゃいけないの?」

フランソワーズの言葉は、ゆっくりと、落ち着いて。 でもその言葉の奥にはどうしてもやる瀬ない、憤りが宿っていて。

「・・・『貴族も騎士も、民の範たれ。 民を護る剣にして盾たれ』 呪縛だわ」

「でも、実際に『フォン』の称号持ちが集まった部隊だからこそ、テムズ河前面で持ちこたえたのですし・・・」

「そうね、結果はそうね。 でもどうかしら? だとしたら、英国貴族は? 英国騎士は? フランスの貴族や騎士は?
テムズ河前面の部隊が、普通の庶民出身者の部隊では防ぎ切れなかったのかしら? 
私には結果論を、無理に押してけられているとしか思えないの・・・」


私の祖国・中国には、貴族も騎士もいない。 でもみんな頑張っている。
応援してくれる韓国軍も、貴族も騎士もいない。 日本は貴族も騎士(いえ、武士、武家と言ったかしら)もいるけれど。
大陸の前線に出てきているのは、庶民出身者が殆どだって直衛が言っていたわ。 武家貴族で構成された『斯衛軍』は出てきていないって。

東南アジアはどうなの? カーストの色濃いインドや、身分制度が色濃く残る中東は判らないけれど。
でも89年に全滅と引き換えにスエズを死守した『ホルシス(エジプト軍第331戦術機甲大隊)』は、貴族じゃ無かった筈よ。

北欧を支えたのも、イタリア半島を最後まで支えたのも。 一昨年イベリア半島で出会ったスペイン軍のあの陽気な衛士も。
決して一握りの貴族階級や騎士階級なんかじゃ無い、その土地に生まれ、その土地に育ち、その土地を愛した多くの名も無い庶民の出身者だった筈。

皆、戦場では怖くて、体が竦んで。 戦友が生きながらBETAに喰われる様に慄いて、悪夢にうなされて。
色んな失敗をして、恥も外聞も無い格好を晒して。 それでも歯を食いしばって、生き抜いてきたからこそ、人類は今なお滅亡の淵から止まっているのじゃ無かったの?
貴族だからって、騎士だからって。 その恐怖に、その悪夢に慄いてはならないなんて法は無い筈よ。


「・・・結果、生き残ったフォン・アルトマイエル少尉は。 軍法会議の結果、士官の階級と衛士資格をはく奪されたの。
そして兵卒―――上等兵に降格の上、懲罰大隊送りになったわ。 歩兵として」

「懲罰大隊!?」

「ええ。 散々誹謗されたようね、とても口で言えない程に・・・ 今でも彼を唾棄する西ドイツ軍の将校は居るわ。 特に貴族や騎士階級出身者に。
懲罰大隊で1年間、地獄の中の地獄で生き抜いて。 ようやくブリテン島に帰還した彼と再会したのは86年の冬だったわ。
目を疑ったわ、私も、ニコールも。 私達は一族でブリテン島に辛うじて避難してきたのだけれど。
明るく、溌剌として眩しい程だった幼馴染の年長の少年は・・・ 昏い瞳の、表情の消えた『ゲシュタルト』のようだったわ」

「・・・」

「再会した頃は、私やニコールの呼びかけにも何の反応も無くって。 それは悲しい事だったわ。
特にニコールは・・・ 何度も、何度も、部隊に面会に行ったり、休暇の時には無理に付き添おうとしたり。
そんな彼女に、あの頃のヴァルターは苛立って、怒鳴ったり、罵声を浴びせかけたり・・・」

「ええっ!?」

大尉が、あの大尉が、ニコールに罵声!? え? 怒鳴ったり!? 信じられない・・・

「彼と、彼女の間にどんな遣り取りが有ったのか判らないわ。 私には、そこまで土足で踏み込み権利は無いもの。
でも彼は1年とちょっとの後、88年に国連軍の衛士訓練校の門を叩いたの、立ち直る為に」

「・・・大尉って、訓練校の出身者だったんですか」

「結果的にね。 89年に卒業して、正式に国連軍の少尉に任官して。 20歳になっていたわ。
その年ね、ニコールも衛士訓練校に入校したのは。 ・・・私も翌年に試験を受けたのですけど、運動神経が全くダメで、不合格」

最後に、ちょっと茶目っ気に自分の事も言ったりして。 

「その後は人が変わったかのようだったわ。 傍から見ていた私でも判る位に。
何時の間にか『突風(ヴィントシュトース)』なんて御大層な呼び名まで・・・ 本人は迷惑そうだったって、ニコールが言っていたわ。
戦功をあげて、いつの間にか大尉にまで昇進して。 勘違いしている人は多い様ね、『彼もようやく自覚したか』とか何とか。
いいえ? 違うわ。 そうじゃないの、彼は護りたかっただけ。 その為の術と勁さを得たかっただけ。 
―――彼が、彼として生きて行く為に、彼女を護りたかっただけ」

「ニコールを、護る、勁さ」

「ええ、そうよ。 彼が、彼として生きる理由だったのよ、ニコールは・・・」











営門までの道すがらの並木道を、フランソワーズと共に歩いた。 すっかり葉を落とした楡の木が両側に続く道。
BETAの浸食で一時はこの地も丸裸同然になったと聞いたのだけれど、近年の植林が功を奏したのだと聞く。
最も広い地域で見れば苦戦しているらしい。 理由は簡単、BETAのせい。 腐葉土層まで根こそぎ喰い尽されたから。

ウェスター大尉はあの後一度顔を出したのだけど、また会議に捕まってしまって。 私が代わりに見送りに。
フランソワーズはこれから、兵站総監部のあるベルファストまで戻ると言う。

「大尉はお忙しいですから。 フランソワーズ、気にしないでね?」

「ふふ、いつもの事よ。 主人は根が真面目だから、誰かに代わって貰うと言う事さえ、考えつかないのよ」

―――これも夫婦ならでは、って訳ね。

ちょっとした惚気も微笑ましい。 
フランソワーズと言う女性は、どこかしら人をホッとさせる雰囲気を持った女性だと思う。

「翠華、貴女はヴァルターの副官なのでしょう? でしたら、お願い。 彼を見ていて欲しいの」

「フランソワーズ?」

過ぎゆく楡の木々を眺めながら、何気にかけられたフランソワーズの言葉に思わず問いかけてしまう。
そんな私の声に関係無く、彼女の言葉が続いた。

「貴女の都合も聞かないで、本当にごめんなさい。 迷惑かも知れないのですけれど、見ていて欲しいの、彼を。
主人からの便りにも書いてあったの、心配だと。 もし、あの時のヴァルターになってしまったら・・・ もう、彼は生きていないでしょう」

その言葉にゾッとした。 フランソワーズの声は柔らかく、聞く人の耳に心地良い声質なのだけれど。
ゾッとした。 そして思い出した、あの時、ニコールが戦死した夜の安置室での大尉の後姿を。 そしてあの時感じた恐怖を。

私はあの時、大尉に彼を重ねて見ていたのだ。 大尉の姿に彼を―――直衛を重ねて。
生きる理由を失った大尉のあの後姿を見て、もし直衛がそうなったら、と。
そして恐怖したのだ、私は。 もし直衛がそうなったとしても、その時死んでいるのは私じゃないと言う事に。 それは『彼女』しかいないと言う事に。

私じゃ無い。 彼女だと。 私はその理由にならないと、直感でそう判ったから怖くなった。
私にとって直衛は『死ぬ理由』、『死ねる理由』 3年半前の北満州で、彼にそう言った覚えが有る。
じゃ、彼は? ―――彼にとって、『彼女』は多分、『生きる理由』 それは『彼女』にとっても同じ事だと思う。

もし―――もしも。 極東に居る『彼女』が死んでしまったとしたら。 多分、直衛は今のアルトマイエル大尉同然になるだろう。
その時私は? 彼にとって私は? 私が死んだとして、彼はどうなるの? ―――変わらない、多分。
もし彼が死んでしまったら、私はどうなるの? どうするの? どう戦うの? ―――どう生きて行くの?


(―――なんて・・・ なんて、嫌な女なんだろう、私は・・・ッ)


目の前が真っ暗になる。
どうしよう、どうしよう―――そうすればいいの?


「見ていて欲しいの、彼を―――ヴァルターを」


フランソワーズ、ごめんなさい。
多分貴女は、最もその資格の無い女にお願いしているのよ・・・











[7678] 国連欧州編 翠華語り~February~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/11/22 03:05
1996年2月10日 1130 北フランス パ・ド・カレー県 カレー内陸30km


『こちらグラムB、ポイント・ブラヴォーの埋設量80%。 残り作業終了は2時間、1330終了予定』

「グラムA02、了解です」

『グラムC、ポイント・チャーリー、82%埋設。 1330終了予定よ』

「了解、グラムC。 ブラヴォーと良い勝負ね」

『グラムDだ。 84%埋設完了。 1315には終わらせる』

「グラムD、了解。 あせらず、確実にお願いと伝えて」

―――今のところ順調ね。

網膜スクリーンに映る光景を見つつ、私はそう思った。
こちらのポイント・アルファも既に85%を埋設完了している。 残り作業は1時間半と言った所かしら?

目前を工兵隊の作業重機が駆けまわり、土砂を掬い上げ、また土砂をかぶせて行く。
地均しは無し。 信管が作動したら、それこそ戦術機でもひとたまりも無いから。

『第558工兵大隊、ファーブロー少佐だ。 ここいらは粗方完了した。 後は向うの丘の裾野と、あっちの『水溜り』の前面だ。
悪いが『ブツ』を運んでくれないか? 路面が悪い、縦列でしか進めん』

「こちら『グラム』、了解しました。―――中隊長、エレメントに分かれて収納コンテナを2か所に。 宜しいでしょうか?」

『・・・ああ、よかろう』

「了解です。 ファーブロー少佐、今からコンテナを移動させます。 ミン・メイ、ティウ、Bエレメントは丘の方へお願い。
湿地帯前面へは中隊長と私で持って行くわ』

『了解~、翠華。 ティウ、行くよ~』

『了解です!』

コンテナを各機1基づつ確保して噴射跳躍する。 路面が軟弱で、しかも数日前から昨日までの降雨で更に泥濘化している。
重機が進める路面は少ない、ここは戦術機で運ばない事には作業が何時まで経っても終わらないからだ。

今行っているのは、工兵隊と協力しての対BETA用地雷原の敷設作業。 
カレー、ブーロニュ・シュル・メール、そしてダンケルク。 この3か所の前面に3重に及ぶ地雷原を敷設し、少しでもBETA来襲時の個体数を削るのが目的。
最も、連中が地中侵攻してくれば意味は無いのだけれどね。 それでも対応しないよりはマシ。

基本的にはまず、対小型種用地雷を7割、対大型種用地雷を3割の割合で敷設。 そこに土砂を被せ、更に上層に対大型種用地雷を敷設する。
表層の対大型種用地雷で突撃級の突進力を削いだ後で、露わになった下層地雷原の対小型種用地雷で後続する小型種BETAを吹き飛ばす。
勿論、後続に含まれるだろう要撃級に対しての対大型種用地雷も下層地雷原に敷設する。

地図で見れば、3か所を囲むような弧の字型に3重に敷設されるのだけれど。 地形や何やらで全て同じ方法と言う訳でも無いのね。
僅かに残る起伏などを利用して、わざと『バルジ(突出部)』を設けて、突破したBETAを背後から撃破出来るような敷設を行っている場所もあるから。


「ファーブロー少佐、コンテナ移設完了しました。 作業終了まで周辺警戒に入ります」

『宜しく頼む。 作業中にBETAに湧き出てこられたら、こっちはひたすら逃げの一手しかないからな』

スクリーンに工兵隊指揮官が映る。 何かの図面を持って部下に指示しつつ、私の報告にニヤリとして了解した。
工兵隊の仕事は、特に彼等施設工兵隊の仕事は、私達戦闘部隊のお膳立て。 戦闘部隊の戦う舞台を仕上げてくれる、縁の下の力持ち。
彼らが居るのと居ないのとでは、実は大いに戦闘での苦労が異なってしまう。 実戦を知れば知る程、彼等支援部隊の有難みは、いや増すと言うもの。

コンテナが開かれ、ぎっしりと詰まった地雷が運び出される。
パワーショベルが地面を掘り下げ、ユニック車で地雷を穴に降ろし、ドーザーが土砂を被せて行く。

カレー前面の私達『グラム』中隊の受け持ちエリアに、工兵隊1個大隊。 大隊受け持ちエリアに3個工兵大隊が投入されている。
今、旅団の全戦術機甲大隊が作業中の工兵隊への護衛に就いているから、カレー地区だけで15個工兵大隊(5個工兵連隊)が作業中だ。

これにブーロニュ・シュル・メール、ダンケルクの前面でも同様の作業を行っている。 投入された工兵隊は実に45個工兵大隊。
この物資を運搬する為の輸送部隊(船舶含む)も、かなりの大規模になっている。 総指揮は国連欧州方面軍の統合支援コマンド司令部。

国連軍だけでなく、英国陸軍、東西ドイツ陸軍、フランス陸軍からも施設工兵隊が参加していた。 他に英海軍が輸送支援を行っている。
戦闘部隊の大陸側3拠点への抽出には渋っていた欧州連合軍だけれど、この防衛ライン構築へは出し惜しみをしなかった。

現実問題、この『大陸の閂(かんぬき)』が機能すれば、ドーヴァー・コンプレックスは第1線の前線基地群から、第1線に対する支援基地群として機能できる。
常に本土が戦場になるのと、その前にワンクッションを置けるのとでは大違いだ。 戦力の増強・再編・休養、そして練成にも掛る負担は大きく違ってくる。

(現実問題、欧州諸国は大陸側に拠点を確保出来る余裕は、まだ無いものね・・・)

国連軍即応第1兵団長・フォン・ブロウニコスキー少将がいみじくも言っていたように(そんなお偉方と、直接話せる訳じゃないわよ?)
欧州の主要国は兎に角、今は戦力の立て直しと増強に力を注ぎたいのが本音のようね。
その為になる防衛拠点を国連軍戦力で構成できるのなら、支援は惜しみません、ってとこかしら?

(もっとも、その戦力にした所で、3個旅団だけだけどねぇ・・・)

本音を言えば、第2と第3師団も加わって欲しいけれど。 第2師団(米第82戦術機甲師団『オール・アメリカン』)は地中海のシチリア島に張り付いているし。
第3師団(米第101戦術機甲師団『スクリーミング・イーグル』)は、ユトラント半島北部とノルウェー南部沿岸の保持に必死だから無理ね。

せめてもの救いは、対岸のドーヴァーからの長距離支援砲撃がホンの少し見込める事と。 英国海峡艦隊と本国艦隊の支援艦砲射撃くらいかしら?
母艦戦術機甲部隊は、どうやら見込めそうな雰囲気じゃないわね。


実際の所、複合センサーが異常をキャッチしない限り実はヒマな状態の私は、そんな事を何気なしに考えて時間を潰しているのだ。
この寒い中、必死に敷設作業を行っている工兵隊の面々には悪いのだけれど・・・
と、唐突に中隊長から通信が入って来た。

『副官、A02。 念の為に20km前方まで進出する。 この場はBエレメントに任す』

「A02よりリーダー。 前方エリアへの警戒センサー設置は完了していますが・・・?」

『完全ではない! それにセンサーが、全ての情報を収集できる訳ではないのだ。 君も今までの戦場で身に染みているだろう!?』

「うっ は、はいっ!」

思わぬ中隊長の厳しい声に、一瞬怯んでしまった。 こんな風に怒鳴られたのって、何時振りだろう?
少なくとも、欧州着任して直ぐの頃以来じゃないかしら? あの頃は良い意味で激励の叱責だったけれど。

(はあ、なんか。 中隊の雰囲気もね・・・)

やっぱり確実に部隊の空気が違ってきている。 そう、誰もが中隊長に遠慮してしまっているのだ。
以前なら頂きに立つ中隊長と、裾野に居る私達の間に一人居た。 だけどその人はもう居ない。

機体を噴射滑走に入れながら、ふと先日も同じような事を考えていた事を、私は思い浮かべていた。









1996年2月18日 1400 北フランス パ・ド・カレー県 カレー前進基地


「ねえねえ、翠華。 あの話、どうなっているのよ?」

何の脈絡も無く、唐突にそんな言い方しても、誰も判らないって事を早く覚えなさい、ヴェロニカ。
基地のサロン(と言っても、粗末なソファが4つ置かれただけの部屋)で寛いでいる私に、唐突にヴェロニカが話を振って来た。

冬の寒い1日。 幸い今日は当番じゃないからデフコンが上がらない限りのんびりできる。
そう思ってサロンにコーヒー片手に来てみたら誰もいなかった。 だもので、ストーブの傍のソファを一つ占領して寝そべっていたと言う訳。

「あの話って? どの、『あの話』?」

世の中、ままならない事ばかり。 予定は未定、お陰で『あの話』なんて言い方をされても、心当たりが多すぎて返って判らない。

「増援よ、増援。 ほら、先月くらいから噂になっているじゃない?」

「ああ、あれね・・・ ゴメン、特に目ぼしい情報は入ってないや」

増援と言っても、欧州連合軍が展開を始める話では無くて。
『国連軍』の名の元に米国軍の第7軍が、国連軍第4軍として編成されて欧州へやってくるという噂。
何も噂とばかりは言えないのね。 私はたまたま旅団本部で大隊長のユーティライネン少佐と、旅団長のヴィルヘルム・バッハ大佐が話しているのを聞いた事が有る。


米第7軍。 その編成下に第7軍団と第9軍団があり、戦術機甲2個師団、機甲3個師団、機械化歩兵装甲2個師団と機動歩兵3個師団、それに空中騎兵1個師団を有する。
11個師団で戦術機600機以上、戦車600両以上、兵力で8万人以上。
今の欧州では喉から手が出るほど欲しい戦力ね。 それが欧州へやってくると言うのが、ヴェロニカの言う『あの話』

「でも難航している様よ?」

「どうしてよ? 欧州は戦力が欲しい。 米国は戦力を展開すると言っている。 どこに不具合が有るって言うのよ?」

「詳しくは知らないわよ。 でも、上の上あたりが絡んだ話のようよ?」

「あ~・・・ 指揮権問題かぁ・・・」

仮にそこまでの大軍を米国が送り込んできた場合。 ハッキリ言って今の欧州連合軍や国連欧州方面軍では兵站が破綻してしまう。
今でもカツカツなのだ、用心棒へのお代を払える余裕は全くない。
最もこの用心棒、自分の口は自分で賄う程モノ持ちだけれど。 そればかりか、雇い主の喰い扶持さえ用意しかねない。 嫌味ね。

それでいて、かかった費用は用心棒代に上乗せして請求するに決まっているのだ。 
良い例が第2次大戦でのレンドリース法(武器貸与法) これで英国やソ連は合衆国から大量の軍需物資を供与された訳だけれど。
当然ながら『有償』なのよね。 貰った分は支払いを済ませないといけないのね。
英国は1950年から毎年返済していて、今年の時点で約2億4000万ポンド(約3億5000万ドル)が未返済。 
今年は4250万ポンドの返済だったかしら? ソ連も未だに支払いが完了していないし。

おまけにBETA大戦が始まってからも、『第2次レンドリース法(1982年)』で更に有償で軍需物資その他の供与を始めたから、世界中、借金国家だらけ。
そんな最中での米軍部隊派遣となると、欧州連合軍や国連欧州方面軍にとっては痛し痒しなのね。 兵力は欲しい。 でも兵站の面倒は見きれない。
じゃ、兵站は自分たちで何とかする。 ついでにレンドリースも枠を考え直してやる、だから欧州の指揮権寄こせ、って言い出すに決まっているのだ、アンクル・サムは。

「あ~、ムカつく。 別に欧州連合軍の連中が好きって訳じゃないけど、にしても米国はムカつくわね!」

「ムカつくのは判ったから、ヴェロニカ。 ソファをゲシゲシ蹴るのは止めて・・・」

頭がグラグラするぅ・・・

ヴェロニカも訳ありで国連軍に居る手前、イタリア軍や欧州連合軍には何か言いたい所も有るのだろうけれど。
それでも母国軍や同じ欧州諸国軍の方が、米軍より親近感が有るのだろうか?
・・・そうね、私も米軍より祖国・中国と一緒に戦っている日本軍、韓国軍の方に親近感が有るものね。


その時、サロンのドアが開いて新たな客が入って来た。

「あら? ここに居たのね。 部屋に居なかったから・・・」

「自室以外じゃ、他に行くトコないもんねぇ~」

「食堂とか・・・?」

「よく食べるわね、ソーフィア。 太るわよ?」

「大丈夫ですよ、シェル中尉。 私の場合、全て胸に栄養行きますから」

「・・・ムカつく女ね」

「結局、頭にはいかないんだ? このウシ乳女は・・・」

「誰がウシ乳よっ!?」

騒がしく入って来たのは、ギュゼルとミン・メイ。 
それに3中隊のオードリー・シェル中尉、ソーフィア・イリーニチナ・パブロヴナ中尉、マリー・クレール・ベルモ中尉の5人。
女3人集まれば姦しい。 じゃ、7人集まれば? ―――昔の話だけど、直衛と圭介がその場面に出くわしたとき、即座に踵を返して立ち去って行ったっけ・・・


「で? 何の話していたの?」

貧乳は女としてどうなのよ? とか。 じゃ、規格外の爆乳ならいいの!? とか。 形が全てよ、貧弱すぎも、大きすぎも魅力じゃないわ、とか。
そう言うセリフはせめてDカップになってから言いなさいよっ! とか。 うるさい、だまれシリコニー女! とか。
じゃ、感度はどうなのよ? とか。 揉んで貰える男を捕まえてからその台詞吐け、この処女! とか。 どんどんエスカレートしているわ。

女ばかりの場って言うのは、男のシモネタ雑談の場より卑猥よね、場合によっては・・・
あ、ミン・メイが顔を真っ赤にして固まっている。 あの娘も『未だ』だし。 興味は有れども・・・ でしょうね。


兎に角そんな猥雑な雰囲気から逃れようと、ギュゼルがわざとらしく話を振ってくる。 

「ん? 援軍の話よ、米軍の」

「・・・ああ、あの第7軍?」

「そう。 その第7軍」

ギュゼルの表情はちょっと複雑ね。 判らないでも無いな、トルコが陥落した時の情勢を考えれば。

あの時はH9・アンバールハイヴとH11・ブダペストハイヴの2正面からBETA群が東西からトルコ方面へ押し寄せてきて。
中東、なかんづくスエズを何としても維持したい駐留米軍が、当時の南東アナトリア戦線からダルナ、そしてキプロス経由でイスラエルへ『兵力の移動』を行った結果。
トルコ軍は当初予定していた西部戦線(イスタンブール防衛戦線)用の予備戦力を東に回さねばならなくなって。
結局、東西両戦線共に兵力が薄くなって、トルコは東西からBETAに蹂躙されたのだ。

何とか逃げおおせたのは、南部の港町・アンダリアまで逃げおおせた人々だけで。
黒海沿岸部から洋上に逃げた人々は、ボスポラス海峡で船ごと光線級に焼き尽くされて。
エーゲ海に逃げようとした人々も、多数がマルマラ海(トルコの内海)や、ダーダネルス海峡で船が光線級の的になったと聞く。
エーゲ海自体も当時は『決死行』の航海だったと言うし。 ギュゼルは命からがら、エーゲ海を抜けてクレタ島のイラクリオンに辿り着いたと聞いたわ。

「私にとっては恨みつらみの第7軍よ。 知っている? 翠華。 第7軍って、以前はアナトリア駐留軍だったのよ?」

「・・・知っている。 『アナトリア大脱走』でしょ?」

当時、世界中から非難の的になった米軍を揶揄した言葉だ。
最初は『大脱出』とか言っていたらしいのだけれど。 その内『大脱走』と、何時しか言い換えられるようになったのね。

余りの世界中の非難は当時の合衆国大統領が、2期目の在職期間を果たせなくなったと言われた程よ。
もっとも、元ラジオアナウンサーにしてハリウッドの元準主役級俳優で、米陸軍航空隊の映画部隊の元大尉殿では、2期目は正直怪しかったと言われているけど。

「最も今の軍司令官、あのクソ忌々しいダールキスト中将じゃ無いようだけどね」

「ああ、あの大西洋軍(当時)司令官の腰巾着と言われた? 『現代戦を理解しない』とか、酷評されていたね」

「理解できない、の間違いよ。 それに卑劣漢! 表向きは『中東の維持』での部隊移動だけど。
本当は死ぬのが怖くて逃げ出したかっただけと言うのは、トルコ人なら誰でも知っているわ。
当時トルコに駐留して共に戦った米軍部隊で、未だにトルコ人から尊敬と畏敬の念で語られているのは、『第442戦術機甲連隊戦闘団』だけよ」

「・・・アナトリア撤退戦で、最後まで残って戦っていた米軍部隊だね?」

「ええ、そう。 少数の負傷後送者を除いてアンダリア防衛戦・・・ トロス山脈の激戦場で全滅したわ、民間人脱出の時間を稼ぐために。 全員、日系人の部隊よ」

「日系人部隊・・・?」

「そう。 米軍が正規軍は未だに人種別の編成を色濃く残している事は知っているでしょう?
人種混成は、移民志願者で固められた戦時編成部隊か、州兵部隊よ。 連邦軍の正規部隊は違うわ。
第442戦術機甲連隊戦闘団は、そんな人種別編成で構成された部隊よ。 『ナンバーテン(最悪)』の第34師団第141連隊とは大違い!」

「141連隊?」

「当時の米軍部隊のひとつよ。 そこの第1大隊がアナトリア戦線でBETA群の中に孤立した時、その救助に赴いたのが第442連隊。
決死の戦闘で第1大隊は救出されたわ。 でもね、200名ちょっとの第1大隊を救出するのに、第442連隊は戦力の約半数、50機以上の戦術機と衛士を失ったのよ。
連隊の支援部隊も損失は40%に達したわ」

「・・・え?」

「戦闘後、ダールキスト中将が第442連隊を閲兵した時にね、『部隊全員を整列させろといったはずだ!』って不機嫌そうに言ったらしいの。
で、当時の連隊長代理が・・・ あ、連隊長は戦死したのよ。 その代理がね、『目の前に並ぶ将兵が全員です』って言ったら、ダールキストの野郎、余計に不機嫌になったって」

「さいってー・・・」

「最低ついでに言うと、その第34師団はダールキストと一緒に、真っ先にアナトリアから逃げ出した部隊よ。 テキサス州兵の白人部隊だったから」

聞けば聞く程、とんでもないわね。
でも今の第7軍は、部隊編成からして違うようだし。 なんとかなる?

「話は飛ぶけれど、その第7軍がやってきたら・・・ 後詰の第8軍も来るでしょうね」

「米軍の『欧州軍』だっけ、第7軍と第8軍で。 第8軍は確か第7軍より大きい編成だと記憶しているけれど?」

「12・・・ いえ、13個師団有ったかしら? 米国欧州軍全体で24個師団だったから。
ホント、持てる国よね。 欧州連合軍の方が総数では多いけど、質的な面では米軍の方が上回るわ」

ギュゼルの言う事も頷ける。 昔で言えば、『軍集団』とか言う規模だもの。

米軍は他に中央軍(第1軍、第5軍)、太平洋軍(第3軍=国連第11方面軍、第4軍、海兵隊)、
南方軍(第2軍、グアンタナモ統合任務軍)、北方軍(アラスカ統合任務軍=国連第3方面軍、北方統合任務軍)、アフリカ軍(第6軍)を有している。
そして今現在、国連欧州方面軍に即応部隊として第18即応軍団(第82、第101戦術機甲師団)をも派遣しているのだ。

因みにこの数字は、戦時召集される州兵部隊(戦略予備兵力)は含まれていない数字よ。

でも本当に凄い所は、その大兵力を全世界規模で展開・維持出来る輸送・兵站支援能力ね。
欧州連合軍しかり、中東連合軍しかり、大東亜連合軍しかり。 米軍以外の統合軍事組織は所詮、その地域限定の展開能力しかないもの。
加えて展開した地域軍への軍需物資の供給能力。 誰しもスポンサーには頭が上がらない。 でも自分の懐を管理されたくない。

「・・・荒れるわね」

「ええ、そう。 当分、増援は見込めないのじゃないかしら?」


―――ああ、鬱になりそうよ。


「鬱って言えばさ~、大尉の状況はどうなの?」

「ミン・メイ。 アンタも同じ小隊でしょ?」

「いや、やっぱりここは副官殿の顔を立ててとかぁ~」

こんな時だけ、副官扱い!? 最近、良い度胸になって来たじゃない、ミン・メイ・・・

「ああ、アルトマイエル大尉? 見た目は変わらないけれどね・・・ でも雰囲気がね。
見ていて辛いわ。 大隊長やウェスター大尉も心配していたわね」

「変わらない訳、無いじゃない。 恋人が死んで、自分はその戦場で何も出来なかったのよ?」

「でもそれは、大尉個人の問題」

「ソーフィア、何気に棘があるんじゃない?」

「気のせい。 私は戦場の公平さの話をしているだけ」

ギュゼルとオードリーが心配そうにし、ソーフィアはやや、つっけんどん。 マリーはそんなソーフィアに冷ややか。


「ソーフィア、聞くけれど。 『戦場の公平さ』って何?」

「死は誰でも、遠慮なく、突然に襲いかかってくるもの。 そして大半の死に、何の意味も無い」

「・・・意味は無いの?」

「無いですよ。 だってそうでしょう? 今まで何10億の人類が死にましたか? その死に意味が有れば、何かしらの契機になると言うのであれば。
今頃人類はBETAをこの星から駆逐しているんじゃないですかね? でも出来ていないでしょう?」

「あ、貴女ね・・・ッ!」

「個人にとっては色んな意味が有るでしょうね。 私だって、家族がBETAに喰い殺された事は、私自身にとっては意味が有りますよ。
でも『戦場の死』には何の意味も無い。 ただ一言、『本日の損失』 数字で表されてお終い」

「仲間の死を、よくそんなに割り切れる事ね!?」

「割り切らなきゃ、明日死ぬのは自分ですから」

ギュゼルは冷ややかに答えるソーフィアに、ややご立腹の様ね。
ソーフィアの言いたい事は判るし、ギュゼルの感情も判る。 ここに居る皆そうだと思う。

「ちょっと、ちょっと。 ギュゼル、熱くならないで。 ソーフィア、貴女も何を偽悪趣味に走っているのよ!」

「こんな雰囲気・・・ お茶が美味しくないよ」

オードリーとミン・メイが仲裁(?)に入る。 マリーはと言うと、この雰囲気に気まずそうだ。

「やめなよ、2人とも。 それこそオベール大尉がいたら怒られるわよ。 
先任の、それも中尉達が仲間の死で言い騒がないの、って。 後任や新任達を不安がらせないの、ってね」

「・・・翠華の言う通りね」

「はあ・・・ スミマセン」

「判れば宜しい」

偉そうなことを言っているけど、私も実は不安だ。 大尉の事もそうだし、自分自身の事も。

大尉は多分、『生きる理由』を失った。 
じゃ、私は? 私の『生きる理由』って何?
―――直衛? ・・・違う気がする。 違う様な気がする。 

だから不安になって来た。 私、何を理由に戦っているんだろう? 何を理由に生き抜こうとしているんだろう? 
隣で一緒に戦う戦友の為? それは勿論そう。 でもそれはみんな一緒でしょう? 誰しも戦場じゃそう思うわ。
それにそれは戦う理由でしょ? 生き抜く理由は? 家族の為? 生き抜いて再会したいから? 当然でしょう、誰だってそうでしょう。

昔言った事が有る、直衛に。
『死ぬ理由が欲しかった』と。 『死ねる理由が欲しかった』と。
あの時私は、祥子の事を直衛の『死ねる理由』だと言ったっけ。 でも違う、それは違うと今は判る。
祥子は直衛の『生きる理由』 戦場で戦って、戦い抜いて生き抜いて、そして生還した先に待っている存在。 祥子にとっても多分そう。

私はそれが凄く羨ましかった。 その事に気付いたのはあの時、あの夜の安置室。 そしてそんな2人が妬ましかった。
いくら好きでも、私は直衛の『生きる理由』じゃないって事に気づいて。 そして直衛が私の『生きる理由』じゃ無い事に愕然として。

直衛は大好きだし、祥子も友人として好きだけれど(今でも手紙のやり取りはしているし)
同時に私は2人が羨ましかった、そして何より妬ましかった。

ニコールが戦死した時。 アルトマイエル大尉のあの夜の後姿を見た時。 直衛の姿とだぶった事に恐怖したのは、そんな私の妬ましさが怖かったから。
私は自分と言う人間が、中身の何にも無い、ただの薄っぺらな存在に思えて怖かったんだ、多分。


何となく場が白けてしまって、皆が部屋に帰り始めたその時。

「ギュゼル、ちょっと良い?」

「何? 翠華?」

気がつけばギュゼルを呼びとめていた。
私の表情が真剣だったからか、はたまた2中隊の事で話が有るのかと思ったか。
3中隊の3人とミン・メイは何も言わずに席を外して行った。

呼びとめたものの、さて、何をどう話そうか。 そんな事すら考えていなかった事に気づいて苦笑してしまう。
私ってば、結構考え無しで行動してしまう所が有るわよね・・・

「何よ? 独りで勝手に苦笑して・・・?」

「ん、ゴメン、ゴメン。 ちょっと聞きたいんだけどさ・・・」

「中隊長の事?」

「違うよ。 間接的には関係するかもしれないけど、直接的には違うわ。 ―――ギュゼル。 貴女、『生きる理由』って、持っている?」










[7678] 国連欧州編 翠華語り~March~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/11/22 03:38
1996年3月10日 アメリカ合衆国 ニューヨーク州フォート・ドラム


旅団司令部の電話が鳴った。 背後で副官が対応する声が聞こえる。

「はい、第38戦術機甲旅団本部・・・ はっ、はっ お待ち下さい。 ・・・閣下、軍司令部です」

「ん・・・」

窓から見える雪景色を眺めていた旅団長は、短く頷いて副官が回した内線をとる。
受話器を上げた途端にえも言われぬ緊張が走る。 軍司令部からいきなり旅団本部へのホットラインなど。

「旅団長、ライネル准将」

『ジョージか? 君は何時、ケツを上げられる?』

挨拶も前置きも無しのその質問で判った。 声の主は軍司令官だったのだ。

「即応態勢は万全です、40分以内には。 ただ、後は散らかしたままになりますが?」

『君の為に掃除人を雇ってやるよ。 いまからあれこれ持たしたヤツをそちらに走らせる。
30分以内にケツを上げろ、フランスだ。 ライミー(英国野郎)が悲鳴を上げかけておる』

―――フランスか、意外に早かったな。 諸々問題有りと聞いていたが。 いや、それは俺の問題では無い。 政治屋と軍官僚の仕事だ。

「了解しました。 後詰は欧州軍本隊でしょうか?」

ひとつだけ、気になる事を聞いてみる。 自分達の後詰にどの程度の戦力が投入されるのか。
命を張るにしても、それが報われる事に越した事は無い。 部下達への叱咤の意味も違ってくる。

『それは未だ懸案事項だ。 取りあえずは第7軍団。 半月以内に第9軍団と支援部隊をアイスランドまで、1か月以内にブリテン島に展開させる。 司令部もな』

つまり、第7軍だけで手打ちしたと言う事か。 宜しい、その戦力で有れば奮戦維持するだけの価値は有る。
軍司令官との会話を終えた旅団長・ジョージ・ライネル米陸軍准将は、傍らの副官を顧みて一瞬の違和感を覚えながらも指示を出した。

「副官、フランスだ、30分以内に」

「はい、閣下。 至急、各部へ緊急通達を行います」

踵を返して部屋を出て行くその後ろ姿を見ながら、ようやくさっきの違和感の正体に突き当たる。
長く綺麗に波打ったブルネットの髪。 白磁の肌、括れたウエストに形の良いヒップからのライン。 おまけにあの美貌。

(・・・俺の様な古い軍人にとって、ああ言う女性こそが銃後に居てくれるからこそ、戦場で見栄を張り続けられるのだがな。
人手不足とは言え、戦闘部隊に女性将兵を配属したのは、俺の様な古いタイプの軍人にとっては残念でならん・・・)

そんな内心の苦笑を抱きながらも、ライネル准将は次なる戦場を考えていた。
恐らくは、国連軍が最近構築していると言う『大陸の閂』 その支援任務となるか。
最終的にはその『閂』を恒常基地化させて、ブリテン島への最も直接的な脅威―――ドーヴァー海峡からのBETA侵攻を防ぐ事となろう。

その為にはまず、国連軍には何としても俺が戦場に到達するまで、保って貰いたいものだ。
橋頭堡が有ると無いとでは、話が全く違ってくる。 

再び窓の外の雪景色を眺める。 美しい、美しい景色だ。 汚れ無い純白の世界。
しかし、これから赴こうとする世界は、狂気と、死と、破壊と、そして―――BETAに埋め尽くされた世界だった。

















1996年3月15日 2030 北フランス パ・ド・カレー県 カレー前進基地


「お? 珍しい。 アルトマイエル大尉がこの『スピーク・イージー』に来ているぜ?」

カレー基地の『スピーク・イージー(もぐり酒場)』、実際は主計倉庫の一角。 
表向きは歴とした酒保施設と言う登録だが、正規の酒類の他、闇で仕入れた酒も扱う。
軍紀に照らせば立派に軍律違反なのだが、最前線の事とて黙認されているのが通例だった。 利用客は主に下士官兵。 それと不良衛士。

そしてこの基地の『不良衛士』の代表格の3人、ファビオ・レッジェーリ中尉、エドゥアルト・シュナイダー中尉、クリストフ・ウラム中尉が場違いな『珍客』を目撃した。
因みに彼ら3人と『同類』である筈のアスカル・カリム・アルドゥッラー中尉は、最近お見限りだった。
理由は判っている。 だから次回は何としても引っ張ってきて、痛飲ならぬ鯨飲させてやる手筈だった。

「んあ? アルトマイエル大尉? ・・・あ~、クソっ、ホントだよ。 参ったぜ、こりゃあ・・・」

テーブル(実は空の弾薬箱)にグラスを置いて見渡したレッジェーリ中尉が顔を顰める。
見た所随分と酔っているようだ。 今の所この地は小康状態を保っているが、仮にも指揮官がああも酔うと言うのは頂けない。

「だけどな・・・」

横目でその姿を眺めながら、グラスの中の琥珀色の液体を喉に流し込む。 芳香と微かな甘みが口内に広がってゆく様を楽しむ。

「判らんでも無いがよ・・・」

「オベール大尉の事ですかい?」

脇から独り言を聞きつけたエドゥアルト・シュナイダー中尉が、これもビールジョッキ片手にその酔態を眺めながらポツリと呟いた。
普段は何時もと変わらぬ様子だが、最近は独りになる事が多い事は皆が知っている。

「ま、本当に落ち込んでいる時に下手な同情や憐憫ってヤツは、人をかえって苛立たせるだけですからね」

「おう、エドゥアルト。 若ぇのが一端な事言うじゃねぇか?」

「何言ってんですか。 ファビオ、アンタとは2つしか違わない。 俺もクリストフも」

「でも良いんですか? あのままで。 大尉、結構、酔ってますけどねぇ?」

「良いんだよ、あれで」

クリストフ・ウラム中尉の心配そうな声に素っ気なく答えて、レッジェーリ中尉はグラスの中の最後の楽しみを飲み干して言った。

「―――時には我を忘れるほど酔う事も、人間の特権さ。 酒は百薬の長なり」

「確か蒋中尉が言ってましたねぇ。 でも、こうも言ってましたよ? 百薬の長とは言えど、よろずの病は酒より起これり」

「・・・折角、俺様がキメてんだからさ。 ブチ壊すなよ、エドゥアルト・・・」




3人が『スピーク・イージー』から出てきたのはそれから1時間後の事。
兵舎に戻る道すがら、見知った顔に出くわした。 最も、基地内で見知らぬ顔など居ないのだが。

「よう、ギュゼル、翠華、お姫さん方も一杯飲りにいくのかい?」

「まさか。 貴方達と一緒にしないでよ。 ねえ? 翠華?」

「主計事務室に、ちょっとね。 ファビオ達はもうお帰りなの? 早いわね」

―――主計事務室? ・・・ああ、家族への仕送りか。

彼女達は俸給から毎月毎月、家族へいくばかの仕送りを続けている。 
実際問題として故郷を追われた一家にとって、彼女達の仕送りは有り難いものだろうが。
だがそれはまるで、それが家族との繋がりを保つモノの様に、本当に毎月続けている『儀式』のようなものだった。

レッジェーリ中尉はふと、妹の事を思い出した。 ―――そう言えば自分は、仕送りなんて気が向いた時だけだな。
だが、それを恥じるつもりは無い。 人それぞれだ。 自分にとっては生き続ける事。 
生き続ける限り、国連軍軍人を続ける限り、彼の妹は学業に専念できる。 戦場に立たずとも済む。
それが彼にとって妹に対する、唯一無二の繋がりを確信できる事であり、生きる理由だったから。

「ああ、ちょっとな。 楽しく飲む雰囲気でも無くってよ」

「「 え? 」」

「ま、いいやな、俺達の事はよ。 そうそう、後で『スピーク・イージー』を覗いてくれ。 多分アルトマイエル大尉が撃沈している筈さ」

「えっ!? ちょっと、どう言う事!?」

「ちょっと、ファビオ! 私と翠華の2人で大尉をかついで行けって言うのっ!? 女2人に任せっきりで!? ねえ! ファビオ! エドゥアルトにクリストフも!!」

「じゃ、頼んだぜぇ~?」

「スンマセン、宜しくです、クムフィール中尉、蒋中尉」

「なに、そこいらの野郎共に声かければ。 美人2人の頼みを断る野郎共はいませんよ」

「ちょ、ちょっとぉ~!!」

「うへぇ・・・」









結局、あのあと大隊の当直室まで使いをやって、人に来て貰った。 私とギュゼルの2人でなんてね?
脱力した大の男性一人。 流石に重いわよ!

ウチの中隊からフローレスとアナートリィがやってきて、2人で大尉を軽々と運んで行った。 流石は男の子。

「じゃ、俺達はこれで」

「うん、ご苦労様、2人とも。 ありがとうね」

「いえいえ」 「はっ!」

大尉の部屋を、仕方が無いなぁ、といった表情で見ながら苦笑するフローレスと、何故か緊張したような感じのアナートリィを見送って。
さて、私達もこれで戻りましょうか。 ―――でもなんでさっき、アナートリィは緊張していたの?

「そりゃ、年上の美人に憧れるお年頃だからじゃない?」

「・・・それは、『私とギュゼルに』?」

「そ、『私に。 もしかしたら翠華にも』」

―――なんか、ムカつく言い方ね。















1996年3月16日 0715 北フランス パ・ド・カレー県 カレー前進基地 PX


―――朝食、朝ご飯、Breakfast ♪

何事も最初が肝心。 1日の始まりは朝ご飯。 だから私は朝はたっぷり食べる。

ベーコン、卵料理にソーセージ。 マッシュルームソテーと焼きトマト。
プディングにビーンズの煮物に、バターを塗った揚げパンを。 ミルクをたっぷり入れた紅茶を添えて。

合成食材と侮るなかれ、全ては料理人次第。 そしてこのカレーの主計隊の炊事部隊には、なかなか道を解りたる強者がいるの。

「・・・何時も思うけれど、翠華。 貴女、そんなに食べてよく太らないわね?」

ギュゼルが呆れて私のトレーを見ている。
そんな彼女の朝食はシリアルとプレーンヨーグルト。 飲み物にカフェ・オ・レ。

「ギュゼル、ちゃんと食べないと大きくなれないわよ?」

「成長期なんて、お互いとっくの昔の話でしょ!」

「ううん、胸が・・・」

「アンタに言われたくないっ!!」

そう言って突き出されるギュゼルの、E75のEカップバスト。 くぅ、この強敵め。 どうせ私はC70のCカップよ・・・
母国に居た頃は、それなりに密かに自慢だった女性の象徴も。 こっちに来てからは影が薄いのよね。
何しろ欧米成人女性の平均バストサイズはDカップ。 わたしは平均以下・・・


「クムフィール中尉、蒋中尉。 昨夜は・・・ その、煩わせて済まなかった」

不意に背後から躊躇いがちな声に振り向くと――― アルトマイエル大尉だった。

「大尉、おはようございます。 ―――私はもう朝食は済みましたので、こちらの席にどうぞ」

ギュゼルが立ちあがって、自分の席を勧める。
ちょっと待ってよ、私にこの雰囲気押し付けようっていうの? 貴女って人は!!
でも、私の内心の切なる願いを無視して、ギュゼルはあっさりと席を立って出て行ってしまった。
後釜は当然、アルトマイエル大尉であって・・・

「・・・実は昨夜の記憶が曖昧なのだ。 酒場で飲んでいて、途中までは覚えているのだが・・・
気がつけば、自室で寝ていた。 ここに来る途中、レッジェーリ中尉から聞かされてな・・・」

大尉の朝食はライ麦パンにヴルスト(ソーセージ)とハム、それに果物。 コーヒーでなく、麦芽を溶いたミルク。
それをいかにも食欲が無さそうに、フォークでつついている。

それはそうでしょう、昨夜あんなに飲んでいたんだもの。
ぱっと見た限りでも、キルシュヴァッサー(Kirschwasser:サクランボの蒸留酒、シュナップス。 黒い森地方の名産)のボトルが3本倒れていたもの。
あれって、アルコール度数で40度前後も有った筈よ。

「あんなに呑み過ぎたのですから、当然です」

「む・・・ 確かにな。 お陰で未だに頭痛が収まらん・・・」

「大尉。 中国には『酒は百薬の長なり』、と言う言葉が有ります」

「うん?」

「が、その言葉には同時に続きが有りまして。 『百薬の長とは言えど、萬(よろず)の病は酒より起これ』、と。 自重して下さい」

「・・・返す言葉も無い。 『神はこの世を六日間で創り給うた。 そして、第七日目には、二日酔いを与え給うた』、か。 全く・・・」

頭痛と同時に、吐き気もするのか。 顔を顰めながらゆっくり食事を摂る大尉を見ていると、それ以上嫌味を言う気になれなくなってしまう。
最も、半分以上は私自身の居心地の悪さに起因した嫌味なんだけど。 ―――嫌味な女ね、ホント・・・

暫くお互いに無言で食事を摂っていたのだけど。 段々その雰囲気に我慢出来なくなってしまって。

「あの・・・ 私の、私達の取り越し苦労かもしれませんけれど、気を落とさないで下さい」

「ん? 何をだ?」

―――うわっ! しまった! 私ってば、何て事を! 自分で地雷を踏みに行くなんて!!

でも言ってしまった事は仕方が無い。 ここは腹を決めて・・・

「オベール大尉・・・ ニコールの事です。 中隊の皆が心配しています。 いいえ、大隊長も、ウェスター大尉も。 1中隊や3中隊の皆も・・・」

「死なないよ」

「えっ?」

「私は死なない。 心配するな、死ぬ気など無い。 しかし、大隊長―――エイノやロバートからは心配されて声を掛けられていたが・・・
君たちにまで、その様に気を揉ませるとは・・・ 私も、まだまだ若造だな・・・」

力無く苦笑する大尉だったけど、ふと見たその瞳は、光を失っていないように見えた。 少なくとも、光の種火は灯っているように見えた。

「―――彼女と、約束をしたのだ。 ずっと昔に、約束を」

「約束、ですか・・・?」

「―――古い話だ。 1986年の冬、17歳の頃か・・・ 私は生ける屍だった。 生きる価値を見い出せなかった。
そして直前に再会したニコールを疎んじていた。 ―――正直、憎んでさえいたよ、彼女のまっ正直さを」

その頃の話は、フランソワーズ・ウェスター主計中尉―――ロバート・ウェスター大尉の奥様で、ニコールの従妹にあたる女性から以前聞いた。
散々に荒れていた17歳のヴァルター少年は、14歳の幼馴染の少女にさえ、辛く当っていたそうだ。


「色々な事が有った。 いちいち話す事は出来ないが・・・ 戦場で死のうと思っていた。 
再会して1年経った87年のクリスマスの日、彼女から服をプレゼントされた。 服の布地は麻だった。 薄蒼色の細かい縞目が織り込まれていた。 
それは夏に着る服だった。―――夏まで生きていようと思った。 私は18歳、彼女は15歳だった」

目に浮かぶ。 幼馴染の、多分初恋の相手である少年の事を気遣って。
言葉に出来なくとも想いを伝えたくて、想いを伝えようとして、あれこれと悩んで、意を決してそのプレゼントを渡した15歳の少女の顔が。

「そのプレゼントを私に手渡す時、彼女はこう言ったのだ。 
『ヴァルター。 貴方が出来る事、したい事、そして夢見たい事を何でも始めるのよ。 毎日を生きて、生き続けて。 貴方の人生が始まった、あの朝のように』
ああ、私は明け方に産まれたそうだ。 昔、母から聞いたのだが。 ―――もう一度、したい事をして良いのかと思った。 夢見て良いのかと思った。 彼女と共に」

15歳の少女が、18歳の少年に望んだ事。 伝えたかった想い。
夜の闇は永遠に続くのでは無い事を。 やがて地平線が白ばみ、朝靄の中に朝露で濡れた若葉が見え始める頃。
一条の光が地平線を照らす。―――そして世界は照らし出されるのだ。


「・・・正直、生きる事は辛い。 生き続けて、生き抜いていく事は辛い、今の私にとっては、希望が無いのだ・・・」

「―――それでも、生きる事には価値があると思います。
悲しみに沈んでいても、絶望に打ちひしがれていても。 今まで重ねてきた人生には意味があるのだと。
色んな出会い、色んな想い、色んな悲しみ、色んな後悔――― 色んな喜びには意味が有るのだと思います。
大尉、人は、人の生は続いていくものです。 絶望に苦しもうが、深い悲しみに沈みそうになろうが、今もこうして生きているじゃないですか!
それを―――それを、希望が無いと、貴方は仰るのですか?」

思わず大きな声を出した私に、周りの視線が集中する。

「・・・大尉。 貴方が出来る事、したい事、そして夢見られる事を。 再び始めて下さい。
毎日を生きて、生き続けて。 この朝が、貴方の人生が再び始まった朝で有ります事を」

それだけ言うと、私はさっさと朝食のトレーを持って席を立った。

これ以上何か言うと、私自身で何を言い出すか判らなかったから。
私自身、私の内心が判らなくなってきていたから。










[7678] 国連欧州編 翠華語り~April~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/11/22 04:13
1996年4月2日 1630 北フランス パ・ド・カレー県 カレー前進基地


この2カ月ばかり、BETAは不気味な程静かだった。

今日も哨戒行動を兼ねた訓練を終えて基地に戻り、機体をハンガーに入れて機外に降り立つ。 
見上げる機体はトーネードⅡIDS-5B。 小改修で現在はブロック153までヴァージョンアップされた愛機。

ハンガーから出て深呼吸をする。 北海から吹き付ける海風が冷たい。 でも火照った体に心地良い。
西の空が真っ赤に燃えて、夕焼けを醸し出している。 薄く垂れこめた雲の隙間から、数条の光帯がキラキラと海面を照らす様も見える。

ふと、同じく機体から降りたばかりのファビオが、CP将校のロベルタ・グエルフィ少尉と立ち話をしている姿が見えた。
あの2人、最近よく一緒に居るわね。 今は中隊のCP将校とその隊の小隊長だけれど。
ロベルタが負傷して衛士を辞める前は、同じ小隊の小隊長と部下の関係。 それに同じイタリア出身だし。

ロベルタがシチリア島で負傷して、戦線離脱した時のファビオの落ち込みったら、知っている極少数の人間から見ても危うい感じだったけれど。
逆に彼女が戦闘管制官として、中隊のCP将校として帰ってきた時は凄く喜んでいたっけね。

―――ファビオも、人の事言えないんじゃない? まあ、でもお互い嬉しそうだから良いか・・・

「お疲れ様、ファビオ。 今日も無事に、愛しのロベルタに会えたわね?」

「えっ!? あ、あの! ち、ちがっ! 違うんです、蒋中尉! あの、その・・・っ!」

「え~? 違うのぉ? そんな風には見えなかったわよ? ロベルタ~ まるっきり、恋する女の顔だったけどぉ?」

「んなっ! なっ! なっ・・・!」

「おいおい、翠華。 苛めるのはその辺で勘弁してくれや。 ―――ロベルタ、後で行くからさ」

相変わらず顔を真っ赤にしたロベルタが、基地の管理棟の方へ去ってゆく。
決定的ね、この2人。 ファビオのこまめさも、ようやく実を結んだってところ?


「何時からそう言う仲になったの?」

ハンガーからドレスルームに向かう途中で突っ込んでみる。 この手の話題、女にとっては大好物よ。

「何時からってなぁ・・・ あいつが入院している時分からかな? 直衛達が隊を出て行って2ヶ月くらいの頃か。
リハビリが始まった頃な。 それまで面会謝絶だったから、見舞いに行ったんだよ。 あいつは部下だったしな、俺は上官だったし」

うん、それは不思議じゃないね。

「部隊の状況教えて。 直衛達が隊を離れた事を教えて。 あいつ、酷く落ち込んじまってなぁ・・・」

儚い恋心、ってヤツよね。 ロベルタもそうだったけど、以前に戦死したリュシエンヌからも宣戦布告されたっけ。―――あの、無自覚、かつ、節操無しの種馬め!!
―――コホン、それはそれとして。

「ま、それからもちょくちょく、休暇の度によ、様子見に行っててな。 あいつも段々、冷静になってきてよ。
次第に自分の事―――今日はリハビリがきつかったとか、随分歩けるようになったとかな」

「へ、へえぇ・・・」

な、何よ? このベタなドラマのような展開は・・・ ファビオに似合わないわよっ!

「で・・・ もしかしてCP将校になったのも・・・?」

「おう、衛士資格を失った時には、流石に落ち込みそうになってな。 だもんで、管制官学校の志願を勧めた。
CP将校になりゃ、また部隊に戻ってこれるって言ってよ。 ま、志望部隊がそのまま通るかどうか、人事局次第なんだけどよ!」

あっはっは! って。 何を無責任に笑っているのよ、ファビオ!

「ま、そんときゃ、そん時だな? とにかく一歩前進だしよ。 俺はあいつの暗い顔は見たくねぇ、そんだけさ・・・」

ロベルタが管制官学校に居る間も、休暇で都合がつけば会いに行っていたそうだ。
今は飛び級で大学に通っているファビオの妹さんや、友人達も時折連れだして。

「賑やかな方がいいだろ? 同じイタリア人同士さ。 将来の夢とか、話したりよ」

「・・・将来、ね。 ポジティヴね、このご時世に・・・」

「んだよ? らしくなぇなぁ。 何かあったか?」















2030 カレー前進基地 サロン


自分からお酒を飲むのって、久しぶり。 それに相手がファビオだけっていうのも、何だか新鮮味と言うか、逆に違和感と言うか。

「酷ぇな、違和感ってよ?」

「だって。 何時もはギュゼルやミン・メイなんかが一緒だもん」

チビチビとカクテルを舐めながら言い訳。 
ファビオはウィスキーをストレートで飲んでいる。 あんなのよく飲めるわね?

「ああん? 知らないか? ウィスキーって言葉はよ、ゲール語の uisce beatha(ウィシュケ・ベァハ:「命の水」)って言葉にに由来するんだぜ?
命の水だ、何かで割ったりするのはウィスキーに対する冒涜だぜ? ま、許容範囲はオン・ザ・ロックか、クラッシュだな。
正式な作法ってヤツは、こうやってウィスキーのストレートと水を交互に呑むのさ。
他にウィスキーと水とを1対1で割る『トワイス・アップ』って飲り方もあるけどよ?」

「酒飲みの蘊蓄はどうでもいいわよ・・・ ゲール語って?」

「知らないのかよ・・・ アイルランド語やスコットランド・ゲール語、マン島語なんかと同じだよ、古アイルランド語・・・ ケルト語の一派さ」

意外な蘊蓄、アリガト・・・
にしても、機嫌が良いわね? いえ、ここ数カ月そうなのだけど。

「ロベルタが配属されたから?」

「そこまで露骨じゃないけどよ? ま、あいつがまた、生きる為に戦う事の意味を見つけてくれた事は、正直に嬉しいぜ?」

「生きる為に戦う事の意味・・・?」

グラスの中身をグイッ、と飲み干したファビオが、そのグラスを持つ手の指を1本、私に突き指して笑う。 
―――片目なんかつぶっちゃって。 正直こう言う仕草、彼は似合うわね。

「おう、そうさ。 あいつは、ロベルタはもう衛士としては戦えないけど、その戦いを支援する事は出来る。
元衛士だからな、その辺の戦闘管制官よか、余程的確だろ?」

言われてみれば。 彼女のCP将校としての優秀さは気づいていた。 的確・かつ正確。 過不足無く状況情報を伝え、時にはアドヴァイスさえ。
実戦を経験した衛士あがりと言う事も頷ける手腕なのだ。

「一人でも多く、生きて欲しいってよ。 例え負傷しても、絶望しても、悲しみに溺れても。
時は癒してくれる。 自分がそうだったように、生きてさえいれば、道は眼の前に続いている。 あとは歩きだすだけ・・・ そう言っていたよ」

「時が癒す? 時が病気だったらどうするの?」

このご時世。 時勢は、時は、まるで不治の難病のようだ。

「ちっちっち、ネガティヴだぜ? 翠華? 偉そうな奴が、偉そうに言った言葉が有る。 『諦めるな。 一度諦めたらそれが習慣となる』ってよ?
でもよ、正直な話、俺達は明日を精一杯生きるより、今日を精一杯生きなきゃいけない。
それに死ぬよりも、生きているほうがよっぽど辛い時が何度もあるさ。 でも俺達は生きていかなきゃならないし、生きる以上は努力しなくちゃよ?」

「努力・・・?」

「そうさ。 立派に死ぬことは、実はそう難しいことじゃないさ。 それよか立派に生きることが難しいな。
んじゃよ、どうやって立派に生きるかだ? やり方は三つしかない。 正しいやり方。 間違ったやり方。 そして俺様のやり方さ。
どれが正しくて、どれが間違いなんだか判らなねぇからよ、俺は、俺様のやり方でご立派に生き抜いてやるぜ?」

「どんなやり方よ・・・?」

「はっ! 決まっている、幸せに! 問答無用でな!」

―――はっ? 

一瞬、頭の中が真っ白になった。
幸せにって、誰しもそう願うわよ。 誰しもそうありたいわよっ!

カクテルをどけて、空いたグラスにウィスキーを注ぐ。 ・・・でも、ストレートは自信無いから、水割りで。
ぐいっ! って勢い良く飲んで、そして・・・

「げほっ! げほっ! げっ、ほっ!」

「何やってんの・・・ いくら水割りでも、飲み慣れないのにそんな、勢い良く飲む奴がいるかよ?」

の、喉! 焼ける! 濃過ぎたよっ!

「けほっ、 ふぅ~・・・ あのさ、ファビオ。 幸せにって、誰しもそう願うわよ。 誰しもそうありたいわよ?
私だって、そうありたい! でも、思うようにはいかないもの! 大尉だって、ニコールだって、そう思っていた筈よ! でも・・・っ!」

「でも? 死んじまったからか? じゃあよ、死ぬまでのニコールは不幸せだったかよ? 大尉とずっといてよ。 違うだろ? 幸せだったんじゃないのかい?」

「それはっ! そうだろうけれど・・・っ!」

「んじゃ、そうなんだよ。 大尉はニコールを幸せにしていた。 大尉もそうだろうな?
残念ながら、ニコールの時間は終わっちまったがよ、大尉は続いているよな? 
だったらよ、ここで不幸せだー! なんて嘆いていたらよ、ニコールも怒るわな?」

そ、それはそうだけど・・・ って、ファビオ、アンタ一体何杯目なのよ?
またまたボトルから、なみなみとウィスキーをグラスに注いで。

「翠華ってよ、最近やけに大尉の事、気にかけるよな? ま、それは良いけどよ」

「いいでしょ、別に・・・ 何か、助けたいと言うか。 力になれないかな、って言うか。
ニコールがあんな事になってしまったし、心配だし・・・」

「そりゃ、自分の為かい?」

「どう言う事?」

「最近、落ち込んでねぇか? ギュゼルからも相談されててよ。 直衛の事、お前さん、気持ちがグラついていねぇかい?」

―――ギュゼルめ! どうしてファビオに話すのよっ!?

仕方無く話した。 直衛の事、祥子の事、大尉とニコールの事、そして私の事。

「私自身、モヤモヤしているのだけれど。 大尉はそれ以上だし・・・ やっぱり心配だし・・・」

「惚れたって事かよ?」

「違うわよっ!!」

―――そんな節操のない女じゃないわよ、私はっ!


「いんや。 翠華、そりゃ、違わないと思うぜ?」

―――えっ?

思わずファビオの顔を見る。
普段は陽気で、ちょっと不真面目な彼だけど、その瞳は真剣だった。

「いいか、翠華? あんたは今、自分の為じゃなくって、大尉を助けたいと言ったよな?
まあいいさ、悪いことじゃない。 誰しも助けて貰えるんなら、助けて貰いたいいもんさね。
けどさ、その動機が負い目や憐憫から来たものなら、それは無視するより質が悪いぜ?」

「・・・何を言っているの?」

「分かり辛かった? なら例えばの話だ。
ある場所に、すっげえ不幸な目に遭っているヤツがいるとするぜ? ある日、アンタはそいつの事を知って落ち込んじまうんだが、それは意味のない感傷なんだよなぁ。
自分と関わりの無い世界の話にゃ、関われねぇよ? 自分と関わりのない場所で、誰かが不幸な目に遭ったとしても、アンタは笑っていろ」

「どう言う事よっ!?」

そんな、よくもそんな無情な言葉を! ファビオ、貴方!!

「人間、自分しか救うことしか出来ないんだぜ?  余所の世界の他人の為に、その他人を救うなんて、俺は言えねぇな、恥ずかしくってよ? 
だってそうじゃね? 俺は俺以外のヤツを救うなんて事、出来やしねぇもんな。 
自分の世界に無いものを救おうなんて、それは自分の世界を否定することになるわな? 自分のケツを拭いてからやれってよ?」

「うっ・・・!」

言い返せない。 彼はこう言っているのだ。

『そんな綺麗事では誰も救えない。 他人も、そして自分自身さえも。 けど―――それでも自分以外の誰かを救いたいなら―――』

「―――そうさ。 それでも誰かを救いたいというのなら、笑いな。 笑えない奴に誰かを助ける事なんてよ? 出来やしねぇって。
せめて、笑いながら助けな、そうして支えるんだよ。 そうじゃなきゃ、アンタもそいつも幸せを掴めないな。 
見捨てられないから助けるとか、可哀そうだから救うとか、そういうのは余計なお世話だ。 何様のつもり?ってね。 
一緒に苦楽を共にしようなんて、間違っても抱くなってコトでさ」

「苦楽を共に。 ―――良い言葉なのではないの?」

「判っちゃいねぇな! 共にするのは楽だけで良いのさ! 苦しみを連れて救いに来られた日にゃ大迷惑さ! 冗談じゃないね。
望むのは問答無用のハッピーエンド! 失われた日々を上回る愛と幸福! ア・モーレ! それと幸福! これに尽きるさ!」














1996年4月14日 0945 イングランド南部 ドーバー基地群 カンタベリー基地


『自分自身以上に愛する者が居る時、人は本当に傷つくものなのだよ』

ユーティライネン少佐がそう言っていた。

『愛されないということは不運だわ。 そして愛さないということは不幸なのよ』

フランソワーズが言った言葉だったかしら?

『懸命に生きている限り、失敗しても良い。 だが、後悔するのは最低だ』

アルトマイエル大尉を懸念していたウェスター大尉が呟いた言葉。

『俺達は明日を精一杯生きるより、今日を精一杯生きなきゃいけない』

ファビオが言っていた。



―――もし私が一人の心を傷心から救う事ができたのなら、私の生きる事は無駄ではないはずよ。
―――もし私が一つの魂の悩みを慰めることができれば、あるいは一つの苦痛を覚ます事が出来れば。
―――あるいは一羽の弱っている鳥を助けて、再び羽ばたけるようにしてやることが出来るのなら、私の生は無駄では無いのだろう。


『・・・大尉。 貴方が出来る事、したい事、そして夢見られる事を。 再び始めて下さい。
毎日を生きて、生き続けて。 この朝が、貴方の人生が再び始まった朝で有ります事を』

あの時、私が言った言葉。 そして、ニコールが言った言葉。


そして私も探そう、私の出来る事、したい事、そして夢見られる事を。 
それが見つかった時、私は幸せになれる。 きっと、きっとなれる。

目前の滑走路を見る。 大型輸送機が着陸後のタキシングで駐機スポットに向かっていた。
遥々アラスカから、何度かの給油を経て飛来したのだ、ご苦労様。

「・・・もっとはしゃぐかと思っていたけれど?」

右横からヴェロニカが小声で話しかけてくる。

「・・・色々あるのよ。 あったのよ」

私も小声で言い返す。

「良いんじゃない? それで」

左横のギュゼルが、正面を見ながらそっと呟く。

『私の生きる理由? そうね・・・ 幸せになりたい。 幸せになった自分を夢見たい。 いいえ、夢見ているの』

だから、その日が来るまで絶対に生きてやるんだ、そう言っていたギュゼル。
どんな幸せかは、教えてくれなかったけれど。


『死者は我々がまったく忘れてしまうまで、本当に死んだのではない。 そして彼らが与えてくれた幸せを覚えている限り、我々は新たな幸せを掴めるのだ』

昨日、アルトマイエル大尉がポツリとそう呟いた。


エンジンを停止した輸送機から、数人の軍人が降り立った。 衛士の徽章をつけている。
本日の基地当直将校であるアルトマイエル大尉の前に並び立ち、敬礼する。

「周防直衛中尉、本日1000時を以って国連欧州方面軍、即応第1兵団に着任しました」
「長門圭介中尉、本日1000時を以って国連欧州方面軍、即応第1兵団に着任しました」
「久賀直人中尉、本日1000時を以って国連欧州方面軍、即応第1兵団に着任しました」
「イルハン・ユミト・マンスズ中尉、本日1000時を以って国連欧州方面軍、即応第1兵団に着任しました」
「サーマート・パヤクァルン少尉、本日1000時を以って国連欧州方面軍、即応第1兵団に着任しました」
「フレドリック・ラーション少尉、本日1000時を以って国連欧州方面軍、即応第1兵団に着任しました」

懐かしい顔が見える。 見知らぬ顔もいる。
本当に不思議ね、もっと胸が高まると思っていたわ。 でも、凄く穏やかな気持ち。

「6名ともご苦労だった。 配属部隊などについては、旅団本部で指示が有るだろう、後で向かってくれ。 ・・・周防、長かったな?」

「些か、居心地が良すぎたようです」

「怠ける暇は無いと思う、覚悟しておけ。 長門も、久賀もな」

「「 はっ! 」」

「マンスズ中尉、パヤクァルン少尉、ラーション少尉。 中東戦線、東南アジア戦線、北海戦線。 いずれも大変な事は承知の上で着任して貰った、有り難い」

「「「 はっ! 」」」


新着の6人が談笑しながら、こちらに向かって歩いてくる。 ふと、彼と視線が合った。
ギュゼルとヴェロニカに背中を押される。 彼にも圭介と直人が何か囁いている。

「・・・久しぶり」

「・・・ああ、久しぶりだ」

その言葉がどうして自然に出たのか判らない。 そして彼もまた、自然にそう言い返してきた。

後方で何が合ったのだろう? ベルファストやスコットランド、それにアメリカのN.Yやアラバマ、果てはアラスカまで。
いろんな所に行っていたようだけど。 うん、前に部隊を去って行った時の様な、絶望が滲んだ虚ろな瞳では無いわ。
以前の様な、無理をしてでも走り続けるかのような瞳の光でも無い。 一瞬見せた哀しげな色は気になったけど、でも、とても穏やかな瞳。

「・・・いろいろ、あったのね?」

「うん、いろいろあった。 ―――お互いにそうだね?」

少なくとも今の私は、北満州で死ぬ事に震えていた、初陣間もない新米衛士じゃない。
戦場に出て丸々4年、中尉の3年目。 そろそろベテランの端っこに引っかかる程にはキャリアを積んだ衛士になっている。

そしてそれは彼も同じ。 私を不器用でも受け止めてくれた、まだ少年だった日本の若い衛士じゃない。
あの頃、お互い18歳の若い新米衛士だった私達は、今年22歳になる中尉指揮官の端くれになっていた。

私の雰囲気と表情と―――瞳から察したのか。 彼はそれ以上何も言わなかった。


―――ビュオォォ・・・!

一瞬、風が勢いよく吹きすさぶ。 基地周辺の緑や木々もびっくりして、ざわめいていた。
髪の乱れを直して、そして再び彼を見据えて。

「お帰りなさい、直衛。 ―――激戦場になりそうよ?」

「ただいま、翠華。 ―――話は聞いている、覚悟は完了したよ」




―――多分、私の初恋は今、終わったのよ。











[7678] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 1話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/11/24 00:29
1996年4月13日 1130 アメリカ合衆国 バージニア州ノーフォーク沖 大西洋上 タラワ級強襲揚陸艦『サイパン(USS Saipan,LHA-2)』


1時間30分前に出港した艦隊は、既に各艦、出港部署を解いて航海配置に各員が付いていた。
現在は第1航行序列にて大西洋を横断、一路欧州を目指す。

合衆国海軍第2艦隊(大西洋艦隊)・第26任務部隊 (Task Force 26, CTF-26)

その水陸両用部隊を構成する第21水陸両用戦隊 (Amphibious Squadron 21, PHIBRON 21)
タラワ級強襲揚陸艦『サイパン』、オースティン級ドック型輸送揚陸艦『オースティン』、ホイッドビー・アイランド級ドック型揚陸艦『トーテュガ』、『ハーパーズ・フェリー』
タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦『レイテ・ガルフ』、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦『ジョン・ポール・ジョーンズ』、『カーティス・ウィルバー』の7隻が先行する。

後方に第21遠征打撃群(Expeditionary Strike Group 21, ESG-21)に所属する各艦。
インディペンデンス級軽戦術機母艦『インディペンデンス』、『プリンストン』、『ベロー・ウッド』、『カウペンス』、『モントレー』
オリバー・ハザード・ペリー級ミサイルフリゲート『サミュエル・B・ロバーツ』、『カウフマン』、『ロドニー・M・デイヴィス』、『イングラハム』、この9隻が続く。


「この分だと、4月25日の正午前後には向うへ到達できる」

旗艦『サイパン』の艦橋から洋上を眺めていた合衆国陸軍第7軍・第38戦術機甲旅団長、ジョージ・ライネル陸軍准将は不意に掛けられた声に振りかえった。
第26任務部隊(CTF-26)司令官、パトリック・ジェームズ・シモンズ海軍少将が、コーヒーカップを2個持って歩み寄る。

「どうかね? 海風はなかなか厳しいだろう?」

「頂戴します」

カップを受け取って一口飲む。 ・・・何とも言えない味覚であった。

「ははっ、これが海軍流のコーヒーの飲み方だよ。 いや、英海軍流と言うべきかな? コーヒーに一掴みの塩を入れる。 昔からそうだ」

「私は陸軍流で結構ですよ」

苦笑しつつ、コーヒーを啜る。 陸軍の、出涸らしをこれでもかとばかりに絞り切った、薄過ぎる不味いコーヒーでも、塩を入れるよりはマシか。

4月の北大西洋は未だ波が荒い。 それに海水温度もメキシコ湾流が流れるとは言え、それほど上昇していない。
白い波頭を切り裂きながら進む各艦に時折、大きな三角波が押し寄せ、ドォーン、という衝撃音が生じる。

基準排水量で4万トン近い大型艦であるこの『サイパン』でさえ、結構な揺れを感じる。
2万トンそこそこの軽戦術機母艦に乗り組んでいる部下達はさぞや・・・

「今頃は陸軍の諸君は、盛大に吐き始めているかね?」

如何に常日頃、戦術機に搭乗している連中でさえ、この揺れはまた別格だ。
かく言うライネル准将自身、先程から胸焼けの様な奇妙な気分の悪さを覚える。

「出港当日と、出撃前夜の夕食はステーキなのだが・・・ 折角の御馳走も、果たしてどうかな?」

「今夜はともかく、出撃前夜は無理にでも食わせましょう。 スタミナ不足で戦場に出たくはないでしょう、連中も。
それより提督、現地到達は予定通り25日の昼になりましょうか?」

「うん、航海参謀と先程話したが。 ノーフォークから現地まで190.87nm(ノーチカル・マイル) 巡航速力16ノットで11日と19時間程だ。
H11とH12の飽和状態が確認されたのが、5日前の4月8日。 欧州の連中は遅くとも1週間前後の内に、大規模なBETAの侵攻を予測している」

「異論はありませんな。 陸軍・・・ 第7軍でも同様の予測が出ております」

問題は、最初の接触が4月20日頃と予測される事だ。
H11ブダペストハイブの飽和個体数は推定約4万。 H12リヨンハイブの飽和個体数が推定約4万5000。 合計で約8万5000。
これらのBETA群が一気に侵攻してくれば、85年のブリテン島防衛戦以来の大規模防衛戦闘は必至である。

「・・・しかし、欧州連合軍にはそれを押し止める戦力はあるのかね?」

「総動員すれば有りましょう。 しかし欧州は85年に受けた損害の回復を最優先しております。
大陸側へ戦力を派遣しての防衛戦闘は、特に大規模防衛戦闘は行わないでしょう」

「確か、国連軍がいくばかの戦力を大陸側の拠点に駐留させていたね?」

「3個旅団のみです。 緊急即応部隊ですが、ドーヴァーの正面に。 それ以外の地区に来られては・・・ モン・サン・ミシェル要塞も1個旅団程度ですし」

「陸に関しては素人考えなのだが、ル・アーブルからディエップの辺りが手薄過ぎないかね?」

「その方面は、モン・サン・ミシェルか、カレー方面から迎撃しておるようです。 それに今回はBETA共、ランスから北上の動きを見せておるようです」

「ふむ・・・ カレー方面か・・・」

85年の時もそうだった。 カレーからダンケルクにかけての対岸から溢れ出たBETA群がドーヴァー海峡を一気に押し渡り、ブリテン島南部が激戦場となった。
今回は果たしてどうなるのか。 やはり前回同様の結果になるのか。 はたまた、大陸側での防衛が成功するのか。

「GF(グランド・フリート:英国艦隊)は、海峡艦隊の他に、本国艦隊の投入を決定したそうだよ」

「ほう、本国艦隊も?」

「それだけではない。 統合ドイツ艦隊『ドイツ大海艦隊(ホッホ・ゼー・フロッテ)』と、フランス海峡派遣艦隊も総出撃の様相だ。 連中、少なくとも海軍は本気らしい」

「85年は為す術も無く、海峡を突破されましたからな。 復活戦と言う訳ですか?」

「まあ、そんな所だろうが・・・ それより時間稼ぎかな? フランスなど、直接BETAの脅威に晒されていない海外県の戦力を、かき集め始めておると聞く。
英陸軍も国内軍の移動を開始した。 東西ドイツ軍はブリテン島駐留の全軍を、南部に終結させ始めている」

「結構な戦力にはなりますな。 しかし問題は時間」

「ああ、そうだ。 何時も、何時でも、時間だ」

大軍の移動・集結・再配置には多大な労力と時間を有する。
単に部隊が移動すれば済む話では無い。 整備に補給、兵站物資の集結と輸送、情報の収集と検討、作戦の立案、そして実施。
現在、ブリテン島で欧州連合軍が進めている兵力の再配置については、完了予定は少なくとも半月後、早くとも大体5月の上旬頃であると見積もられている。

「と言う事は、少なくとも2週間近く陸上戦力は国連軍の3個旅団のみ。―――保ちませんな、BETAの数が圧倒的過ぎる」

「だからまず、君の旅団なのだろう」

予定では米第38戦術機甲旅団は、4月25日にカレー防衛線に上陸を行う。
次いで27日、第7軍本隊である第7軍団と第2艦隊が、翌28日に第9軍団が、各々イギリス海峡に突入する。

問題はそれまで持久可能かどうかだ。

「BETAのスケジュール表次第ですな。 一気に7万も8万も来られては、3個旅団の防衛線などボール紙同然に容易く破られてしまう。
しかし、BETAが五月雨式にやってくれば、まだ手の打ち様はあります。 厳しいですが」

そう、全てはBETA次第。 人類の闘争史上、これ程厄介な条件は経験してこなかった。 なぜなら、有史以来人類の闘争相手は常に同胞だった。 
あらゆる手段を用いて情報を集め、謀略・計略によって相手を誘導し、自らが望む舞台を演出しようと努力した。 努力できた。

しかしBETA相手にはそれが通じない。 何故ならBETAの思考が解らない。 それを収集する術も無い。 連中が何を考えているのか判らない。
今次BETA大戦において、人類が常に後手後手に回っている状況は、何も直接戦闘の結果だけでは無いのだ。
常にイニシアティヴを相手に持って行かれると言う状況。 戦略面においてはこの1点が非常なアドヴァンテージをBETAに与えている事は事実なのだ。


「・・・BETAの情報か。 そう言えば、君は聞いておるかね? かの面妖な計画の事を?」

「国連主導で動いているとか言う、あの計画ですか? 確かソ連から日本が受け継いだという?」

「うむ。 聞くところによると、まるで夢物語の如くと言われておるそうだが・・・ 成功してもな・・・」

「情報の一極集中は、いただけませんな。 日本が国連をどこまで掣肘出来るのか判りませんが。
成功したらしたで、また問題ですな。 情報を握る者が全てを制します」

「ま、それはワシントンD.C.の政治屋達の仕事さ。 我々は当面、この作戦に全力を尽くす」

「同意です」


彼方の波濤に視線を移す。 低く立ちこめた雲に覆われて空はどんよりとしている。
合成風力による風は強さを増し、飛沫を伴って艦橋にまで降り注ぐ。
その様はまるで、暗雲立ちこめる欧州の様相を具現しているかのようにも思えた。














1996年4月18日 1400 北フランス カンブレー付近


4機の戦術機が低空をNOEでフライパスしてゆく。 ランスの北方約100km、かつて80年ほど前の激戦場・カンブレー付近。
不意に高度を落とし、そのまま地表面噴射滑走に移る。 地表を高速でサーフェイシングで滑るように機動し、目標の直前で2手に分かれた。

「リードより各機、シザースで殲滅する。 機動を止めるな、5分だ」

『『『 ラジャ 』』』

2つのエレメントが緩やかに弧を描き、そして急速に突進する。 各機2門を手にしたAMWS-21から、36mm砲弾が勢いよく吐き出される。
機速を緩めることなく目標の外周部に沿って射撃を続け、一旦クロスした地点で左右所を変えて逆走しつつ、攻撃を緩めない。

数分後、目標の殆どを殲滅した時には辺り一面、赤黒い汚泥の様な残骸が残った。

「残り要撃級5体。 仕留めろ」

『Bドライジン、右の2体を殺る』

「ラジャ、Aドライジンは左の3体を始末する。 トマーシュ!」

『了解だ、バックアップは任せろ』

リード機が正面の要撃級に突進する。 直前で噴射跳躍、そして飛び越しざまに120mm砲弾を上部から叩きつけ、1体を無力化させた。 そのまま噴射滑走。
残った2体の要撃級はその習性故か、リード機に反応して高速接地旋回を行い追撃に移る。
タイムラグをつけてリード機に続いた2番機が、その無防備な要撃級の背後に36mm砲弾を叩き込む。

残った1体は2番機に反応し即座に逆旋回を行うが、それは返って先程のリード機に背後を見せる格好となった。
逆噴射制動をかけ、機体をスライドさせながら今度は要撃級に急速接近してきたリード機が、120mm砲弾を背を見せた要撃級に叩き込み、これを始末する。

戦闘は数分で終了した。 群れからはぐれたか、はたまた斥候か。
僅か50体足らずの小型種と、5体だけの要撃級BETA。 その小さなBETA群は瞬く間に殲滅され、無様な亡骸を大地に晒した。

「リードより各機、Join Up」

残る3機が集まり、長機を基点に正方形の警戒陣形を作る。

「ドライジンよりCP。 エリアF7Gに侵入したBETA群の殲滅完了。 50体程しかいなかった。 このまま哨戒を続行するか?」

≪CPよりドライジン・リード、F7エリアに侵入するBETA群有り。 小規模ですが3か所。 エリアF7JからF7Lまでの掃討をお願いします。
ウォッカ、ブランデー、ウィスキーも急行中。 F7AからF7Lまで広範囲に小規模BETA群の複数流入を確認。
UAVが確認しました、大型種は存在しない模様。 光線級も確認されず≫

「了解した。 チマチマとご苦労な事だ・・・ ドライジン、聞いての通りだ。 F7Jから順に掃討していく」

『『『 ラジャ 』』』

4機の戦術機―――F-15Eストライク・イーグルが跳躍ユニットから轟音を立てて飛び去ってゆく。
複数個所を短時間で制圧するには、移動に時間をかけてはいられない。


(嫌な感じだな・・・ 嫌な感じだ)

指揮官機の衛士、周防直衛中尉は過去の戦歴から似たような状況が有った事を思い出し、思わず顔を顰める。
大抵の場合、この手の嫌な予感は最悪の状況となって返って来た事を思い出したからだった。














1730 北フランス パ・ド・カレー県 カレー前進基地 戦術機ハンガー


「よう、新しい機体はどうだった?」

基地に帰還し、機体をハンガーに入れて機外に降り立った途端に声を掛けられた。 振り向くとフライトジャケット姿のファビオが居た。
C型軍装で無い所を見ると、どうやら第2待機配置のようだ。

「悪くないね、流石は最強第2世代機の看板通り。 以前に搭乗したC型とは別物だな。
主機もアビオニクスも格段に向上している、機動性も上々だ」

F-15Eストライク・イーグルを見上げながら、思わず頬が緩む。
米国の第2次レンドリース法の枠内で欧州へ供出されてきた軍需物資のひとつだ。
最も第1期供出機数は24機と少ない。 米軍でも昨年より配備が開始され始めた機体だけに、まずは自国中心なのだが。

そこは目ざとい軍需企業群が、政権の背景に存在する米国。 
最近はトーネードⅡ等と言った欧州独自の第2、第2.5世代機の配備が進み、また第3世代機の開発も急ピッチで進む状況に危機感を覚えたか。
本国でさえ十分に行き渡っていない最新鋭機を惜しげも無くレンドリースするとは。 まあ、商売人とはそういうものか。


「確か新素材の複合装甲の採用で、自重自体軽くなったっけか?」

「らしいな。 セントラルコンピューターも向上型だし、跳躍ユニットもF100-PW-220からF110-GE-129に換装されたおかげで、低速・低高度域の推進力が大違いだ」

F-15Eは跳躍ユニットにF100-PW-229およびF110-GE-129、双方に対応したエンジンベイを持つ。
F100とF110とでは、高速度域・高高度域では推進力に殆ど差は無い。 しかし低速度域・低高度域ではF110の方が3割強も出力が高い。
乱戦の中での咄嗟の機動を行う分には、F110-GE-129搭載型の方が動きはパワフルでかつ、レスポンスが早いのだ。

他にはレーダーをAPG-63から合成開口能力を備えたAN/APG-70へ換装している。
これにLANTIRN(Low Altitude Navigation and Targeting Infrared for Night:暗視装置、レーザー照射装置、地形追従レーダー)を常時搭載する事によって、
双方の機能リンクによる暗視識別能力・自動地形追従能力・照準能力の向上が相まって、夜間での戦闘行動の制約が無くなった。

そしてJTIDS(Joint Tactical Information Distribution System:統合戦術情報伝達システム)の装備によって、CPC(CPセンター)やHQを中心に構築される、
戦域戦術データ・リンク・ネットワーク・コミュニケーション・システム(リンク16)により、戦域戦術状況をリアルタイムに把握出来るようになった。


「全く、羨ましいぜ。 帰ってくるなりこんな最新鋭機に、ご搭乗とはよ?」

「機種転換訓練が実戦と兼務だぞ? やりたいか?」

「遠慮するわ。 俺は乗りなれたトーネードⅡの方が愛着あるな」

俺だって、実戦にのるなら、乗りなれたトーネードⅡの方が心強い。 勝手を知っているからな。
だけど今の所属は言わば『イレギュラーズ』だ。 貴重な正規配備機体を回す余裕は、旅団には無い。
だから言ってみれば、『実戦試験役』として押し付けられたと言うのが真相なんだが・・・

そう言えば、トーネードⅡも随分とアップデートされている。 主機や跳躍ユニット周りは小改修型のようだが(最も、RBB205シリーズは必要十分な能力を持っている)
アビオニクス、特に戦域戦術データ・リンクシステムにおいて、従来のリンク10(欧州連合向け)から、リンク14にアップデートしていた。
伝送速度はリンク16並みに向上し、衛星中継通信もCPC経由でなら可能となった(リンク16は単体で衛星中継通信が可能)

開発時に携わった思い入れのある機体だが、最新鋭機に搭乗できる誘惑には、やはり抗いきれない。

「ま、良いわな。 おい、今からメシだろ? 付き合えよ」















1830 カレー前進基地 PX


「ま、なんだ。 同じ中隊・・・ いんや、大隊も違う事になっちまったが、同じ旅団だしな。 また宜しく頼むわ」

「こっちこそな。 何しろブランクが有るんでな、頼りにするぜ?」

警戒態勢が上がった為、酒類一切ご法度になってしまっているカレー基地。
味気ないトレーに載せた夕食を、ミネラルウォーターのペットボトルで乾杯して食べ始める。

「しかし・・・ 相変わらず不味い・・・」

「贅沢者め。 1年半も天然食材に舌が慣らされたからだぜ?」

「返す言葉もございませんよ」

1年半か、思ったより長かったな。 その内の大半は合衆国に居たが。
アラスカからは殆ど給油に降り立つだけで、そのままこっちに来てしまったしな。
色々と挨拶したかった人達も居たのだが・・・ せめてベルファストで時間が有ればな。 副官部でレディ・アクロイドの近況でも聞けただろうに。 

ローズマリー・ユーフェミア・マクスウェル少佐とドロテア・バレージ中尉の2人は、レディの秘書役を継続しているらしいし。
N.Yで別れたぺトラ・リスキ少尉とエステル・ブランシャール少尉からなら、ジョゼの近況も聞けたかも。
会えれば伝えて欲しかった言葉も有る。 彼女達にも礼を言いたかった。 それに室長のヘンリー・グランドル大佐―――『校長先生』にも。

「ま、仕方ないか・・・」

「あん? 何だ?」

「独り言。 それよりどうだ? 連れてきた2人は?」

「ああ、サーマートとフレドリックか? いや、かなり良い腕しているぜ。 ありゃ、即戦力だ」

アラスカから連れてきた2人の少尉、サーマート・パヤクァルン少尉とフレドリック・ラーション少尉の両名は『グラム』に配属された。
欠員補充だが、全くの新人じゃ無く、実戦経験のある連中だから足は引っ張らないと思っていたが、良かった。

「代わりにお前らが余所に行くとはよ?」

「仕方が無い。 小隊指揮官は空きが無かったんだから」

不味いポークビーンズ(もどき)をつっつきながら答える。

古巣の第88大隊(現第2大隊)も、他の大隊も。 小隊長の空きが丁度無かった。 
かといって中隊長はと言うと、これも埋まっているし、そもそも俺達はまだ中尉で大尉じゃ無い。

結果として、旅団本部直率の強行偵察哨戒中隊『スピリッツ』が編成され、俺と圭介、久賀にイルハンの4人はその中隊に組み込まれる事となった。
任務は強行偵察の他、戦場じゃ真っ先に接敵して、状況を報告しつつ、最後に戦果を確認して離脱する。
正直、新任の居る部隊じゃ勤まらない。

「まあな、何だかんだでギュゼルも指揮官が板に着いたしよ。 1年半の間、誰かさんの後釜で苦労してきているしな?」

「・・・悪かったね」

「アスカルもまぁ、責任を背負わせた事がプラスに働いたようでよ。 最近ようやく本調子に近くなってきたしな」

「ニコールの事か・・・ 残念だよ、赴任当初から世話になった人だったしな」

「特にお前さんには、ヤンチャな弟みたいに世話を焼いていたしな、あの人は」

「くっくっく・・・ 世話を焼いた? お小言の連発だったぞ?」

懐かしい。 中隊の皆にとっては、姉の様な女性だった。
そうか、もう彼女にも会えないのか、そうか。

「・・・今頃は向うで賑やかにしているだろうさ。 なにしろ喧嘩相手には困らないしな」

「あん? 誰の事だ?」

「イヴァーリ・カーネ。 あいつも死んじまったよ」

「イヴァーリ? 退役してアメリカなんじゃ・・・ッ!?」

「死んだ、N.Yで。 去年の5月だ」

「そうか・・・」

流石にファビオもしんみりしている。 退役後の死。 俺の言葉の奥に何か事情を察したか。

暫く手を止めていたファビオだったが、やおらペットボトルの水を飲み干し、ニカっと笑って言う。

「ま、いいんじゃね? あれでいて根っこは気が合いそうだったしよ? 退屈せずに済むだろうさ、2人ともよ!」

優等生のニコールと、規律なんか無視のイヴァーリ。 よく2人で文句を言いあっていたっけな。 その横でアルトマイエル大尉が笑いながら見ていて。


「でよ、その・・・ 翠華とは何か話したか? おまえ・・・」

「何を・・・?」

「いや、そのよ・・・ ああ、もう! じれってぇ! そのよ、ニコールが戦死してからよ。 大尉も流石にあれでよ?
翠華もなんか、変に落ち込んでよ。 その、心変わりとかじゃ無いと思うけどよ、まあ、なんだ、何と言うか、その・・・」

「あいつの選択は、あいつ自身のものさ。 俺があれこれ立ち入るものじゃない。
俺にとって、あいつは変わらず大切な存在だが。 あいつの在り方をあいつが決めたのなら、それに反対する理由は無いさ」

「それってよ、1年半も放ったらかしにしたから、そうなるって言っているのかい?」

ファビオの目が、やや懐疑の色に代わる。

「そうじゃない、そうじゃない。 何て言うのかな・・・ 俺は翠華に、あいつ自身を確立して欲しかったんだ、今にして思えば」

そう、例えば『死ぬ理由』なんかじゃなくって、あいつ自身で『生きる理由』を見つけて欲しかった。
それが出来れば、言ってみればそれまでの『宿り木』でも良かったんだ、俺は。

「はん・・・ 大人ってやつですかい? そうですかい、そうですかい。 ―――ま、いいやね。 当人同士がそうなんなら」

「それはどうも。 ―――で? ロベルタとはその後?」

「ブホォォ!!」

「汚ったねぇな!」

「お、おまっ! お前! どっからそれを!?」

「翠華」

「あ、あンのアマぁ~! 人が折角、あれこれ心配してやったってぇのにっ!!」

「あ~んど、ギュゼルにミン・メイに、ヴェロニカに・・・ ああ、オードリーにソーフィア、文怜にマリー、あとはウルスラにアンブローシアとヴィクトリア・・・」

「もういい!! くっそぉ~、中隊の女共、殆ど全てじゃねぇか・・・」

「美鳳姐さんも言っていたな?」

「・・・死んだ」

楽しいものだ。 一瞬先は地獄が待っているかもしれないのに。 生死を共にした仲間との語らいと言うものは。 嬉しいものだな。

ふと、PXの入口にロベルタの姿が見えた。 誰かを探している、そしてこっちを見つけて―――嬉しそうに表情が綻んだ。
もっとも俺の姿を見て慌てて、ぎこちなく敬礼したが。 何だかやり難いな。 苦笑しか出ない。

「ほら、先に行けよ。 彼女が待っているぜ?」

「んあ? ああ、スマン。 ―――今度よ、圭介と直人も一緒でよ、一杯飲ろうや」

「ああ、声掛けてくれ」

ファビオと歩き去るロベルタの姿。 シチリア島を思い出す。 そしてその後のファビオの嘆きも。


(―――幸せになれよ)

戦争だからって、戦場だからって、衛士だからって。 それを求めてはならないなんて事は無いさ。
















2130 カレー前進基地 衛士ブリーフィングルーム


「衛星情報じゃ、この数日のうちにランス付近に屯っているBETA共が、行動を開始すると言う予想だ。
俺達は、いの一番に出撃して接敵情報を送り続ける。 いいか? 勇戦敢闘して馬鹿な名誉の戦死をする役じゃ無い、いいよな?」

第13強行偵察哨戒戦術機甲中隊『スピリッツ』中隊長、エルデイ・ジョルト中尉が周りを見渡す。
ハンガリー出身の25歳。 とうに大尉になっていておかしくないのだが、『訳ありで』、中尉に据え置きを喰らっている。
ジョルトの他に、俺の同期生・久賀直人中尉、ポーランド出身のロマン・ポランスキー中尉、ベルギー出身のジャンゴ・ラインハルト少尉。
この4人で第1小隊『ウォッカ』を編成する。

「今更、そんな素直に世の中見ている連中が、この隊に居るのか?」

俺が茶化す。 周りから乾いた苦笑が漏れた。
俺の他に、ウェールズ出身のライアン・ギグス中尉(英国軍)、チェコ出身のトマーシュ・ロシツキー中尉、ドイツ出身のレーヴィ・シュトラウス少尉。
この4人が第2小隊『ドライジン』 小隊長は俺。

「少なくとも、お前よりは素直だろうな、直衛?」

憎まれ口をたたくのは、これも俺の同期生・長門圭介中尉。 ここは第3小隊『ブランデー』 
小隊長は圭介で、他にアメリカ留学以来の付き合いであるイルハン・ユミト・マンスズ中尉、ハンガリー出身のラカトシュ・ゲーザ少尉、ウェールズ出身のフィル・ベネット少尉。

「正道を進むのは、ご立派な連中に任せよう。 俺達は意地汚くても生き残る連中だ」

シニカルな笑いでそう言うのは、第4小隊『ウィスキー』小隊長、北アイルランド出身のマイケル・コリンズ中尉。
この隊は他にポーランド出身のスタニスワフ・レム中尉とチェコ出身のエミール・ザトペック少尉、コリンズ中尉の親友、エイモン・デ・ヴァレラ少尉がいる。


この中隊の特徴は、中尉の数が異常に多い事だ。 定数16名中、中尉が10名。 6名いる少尉も半数は本来、この4月に中尉に進級予定だった連中だ。
訳有りで進級据え置きを食らった連中と、残る3人の少尉も1年半の実戦経験がある。
余所の部隊から見れば贅沢極まる程、ベテランばかりを集めている。

いよいよBETAの大群が動き始める気配が濃厚となった。 そのときに真っ先に戦場に突入するのが俺達の中隊だ。

「その為のF-15Eだしな」

久賀が気負いなく言う。 こいつはアイスランドの開発試験センター時代に、評価試験で既に搭乗経験が有るらしい。


「多分、接敵予想は明後日になる予想だ。 いいか? きついぞ?」

ジョルトが再度念を押す。

「とうに承知さ」
「覚悟はできている」
「何時もの事さ」

皆が口々に言う。

「周防、久々の実戦だ、いいな?」


まったく、こうも心配されるとはね・・・ 実際、戦術機搭乗のブランクが長いのは俺とイルハンだが・・・






「心配無い。 ―――『 Piece of Cake 』」



そう、そうさ、『 Piece of Cake(これしき) 』 何時だってそうだったじゃないか。












1996年4月20日 0630 早期警戒システムがBETA群の侵攻をキャッチした。 個体数約3500。 場所はダンケルク正面。 

この後、半月続く大規模防衛戦闘、『バトル・オブ・ドーヴァー』の幕が開けた。









[7678] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/11/29 02:20
1996年4月23日 1500 北フランス ダンケルク内陸35km


遥か遠方、北方の海面より大音響と共に天空から巨大な砲弾が落下してくる。
地表に着弾すると同時に、巨大な土煙を巻き上げ激しく空気が振動する。 同時に衝撃。
更にはRGM-165 SM-4スタンダード艦対地型ミサイルが多数飛来する。 数百発が同時に着弾し、吹き飛ばされるBETAの姿が小さく見える。


≪CPよりドライジン、確認は出来るか?≫

「ドライジン・リードよりCP、ネガティヴ。 迎撃レーザー照射を確認出来ず。 繰り返す、迎撃レーザー照射を確認出来ず」

≪CPよりドライジン、了解した。 支援砲撃は第5クールに移行する。 ドライジンはエリアG7RからH9Dまでのエリアを観測せよ。 
それ以外のエリアは『ウォッカ』、『ブランデー』、『ウィスキー』が担当する。
砲撃継続時間は45分間。 ドライジンは砲撃評価リポートを。 光線級出現の場合、早期警報と可能であれば撃破を。 オーヴァー≫

「4機で光線級を始末できれば苦労はしない・・・ ドライジン・リード、ラジャ。 クソッたれな任務だ、オーヴァー!」

微かな起伏に身を寄せるように隠れながら周囲を観測している戦術機小隊の内、隊長機が動き、起伏の頂点付近でニーリング・ポジションをとる。
その向う側、約10kmほど北西では、沿岸部の艦隊から撃ち込まれる艦砲射撃と艦対地ミサイルの豪雨に吹き飛ばされるBETA群の姿が有った。

「・・・効果は薄いか?」

『派手に吹き飛んじゃいるが・・・ 精々200か300程だな。 連中、広範囲に散らばり始めやがった』

『16インチ砲も、15インチ砲も、欧州海軍の主砲弾は実弾頭だしな。 精々が榴弾か。 
日本の海軍が開発したって言う、クラスタータイプの主砲弾(九四式通常弾)なんかじゃなきゃ、広域制圧は難しいな』

『ましてや、12インチ砲弾じゃ・・・ 陸上の重砲と比較したら桁外れの巨砲ですけどね、数が少ないや、あれじゃ・・・』

隊長機の問いかけに、2番機、3番機、4番機の衛士も砲撃効果に懐疑的な感想を漏らす。
密集していたBETA群が広範囲に散らばり始めた為、砲撃効果が薄れているのだ。

「小さい火柱は、『ブレイブハート(Breve Heart:6インチ55口径(155mm)マーク10艦砲)』か。
主砲に比べたら威力は小さいが・・・ 長距離精密誘導砲弾を砲撃出来るだけあって、集弾率は良いな」

『元々が陸軍のAS-90自走榴弾砲を流用したものだしな、数も揃っている。
こっちを集中的に撃ち込んだ方が良いんじゃないか? 射程も80kmはある』

『ロケットアシスト砲弾の数が足らんよ、それにAL砲弾仕様となれば尚更な』

『どっちもどっちだけどね・・・ あ、BETA群が移動しますぜ、丁度G7エリア方面だ』

観測していたBETA群が方向を転換し、移動を始めていた。
向かう先は丁度これから砲撃を行うエリアだった。

「よし、ドライジン、G5エリアまで移動する。 確かモーゼル河水系の支流跡で、抉られて小さな峡谷になっている場所が有った筈だ。
そこから覗き見をするぞ。 念の為、NOEは禁止、サーフェイシングで行く」

『『『 ラジャ 』』』

4機のF-15Eストライク・イーグルがF110-GE-129の咆哮を上げて大地を滑走する。
1番機をトップに、その右後方100mに3番機が。 左後方150mに2番機が、その右後方100mに4番機が。
いびつな形の菱形を描いたフォーメーションだが、高速移動時の相互支援を行う為の基本となる陣形だった。
200km/hに近い速度で地表面スレスレを滑走する。 目指すエリアは10km先、20秒程で到達出来る。

行く手にBETAの残骸が見える。 辺り一面に散らばっていた。

「仕方無い、噴射跳躍で・・・ おわぁ!!」

『周防!?』
『隊長!』
『要撃級! タナトーシスだ!!』

隊長機が要撃級の残骸を飛び越そうとした瞬間、活動を停止していたと思われた要撃級が不意にその硬い前腕を振り上げた。
そして余り高度を取らずに跳躍した隊長機が接触、バランスを崩す。

「ううっ! ぐうぅ!!」

隊長機の衛士が必死に機体をコントロールし地表への激突を免れたものの、機速はゼロに近く、オートバランサーが効いている為に咄嗟回避が出来ない。
タナトーシスを装っていた要撃級が、機体硬直をおこしている隊長機の背後に迫りくる。

『こンのクソ野郎っ! これでも喰らえやっ!』

閃光と共に砲弾の発射音。
隊長機の背後に迫る要撃級の後背へ、エレメントを組む3番機が突撃砲の120mm砲弾を叩き込んで始末した。

『隊長、無事か!?』
『周防、機体ダメージは!?』

「右の主脚を中破した! 主機と跳躍ユニットは無傷だ、RUNは厳しいが、サーフェイシングは可能だ。 このままG5まで行くぞ」

『阿呆言え、その脚でどうする? どうせBETAの近くまで行くにはRUNは不可欠なんだ、その機体じゃ無理だ!』

『隊長、ここは俺とライアンで継続する。 アンタはレーヴィとで基地まで戻るんだよ!』

「G5の初端地点からなら、望遠で観測できる! RUNは必要無い!」

『しかしだな!』

『・・・行くにしろ、戻るにしろ、さっさと決めた方が良いですぜ。 
アラート! 北西5kmにBETA群、大型種約600接近中! カレー方面に侵攻してた連中だ! 戻って来やがった!!』

見ると先頭集団に600程の突撃級BETAを含んだ数千のBETA群が、こちらに向かって突進してくる。


≪CPよりドライジン! 現在位置知らせっ!≫

「ドライジンよりCP、現在G1エリア付近」

≪了解、確認した。 ドライジン! 至急後退しろっ! カレーの第3旅団に追い出されたBETA共が約2000、そちらに向かっている!≫

「確認している! 畜生、4機で相手出来るか! ライアン、トマーシュ、レーヴィ! 逃げるぞ! CP、光線級は!? いるのか? いないのか!?」

隊長機が跳躍ユニットを吹かしてサーフェイシングを始め、残る3機もそれに即座に続行する。

≪CPよりドライジン。 確認情報だ、光線級が20体程居る! 気をつけろっ!≫

「最悪だ、クソッ! ドライジン、河と運河跡の起伏を利用して逃げる! 一旦リール方面へ抜ける! 旧ベルギー国境付近から北上してRTB!」

『『『 ラジャ!! 』』』


3機のF-15EはBETAに食い荒らされ、平坦化した大地の中で、更に抉り取られたかのような運河跡の地の底を這うように滑走し始めた。

(―――クソッ! 咄嗟に回避できなかった・・・ イメージ通りの機体制御が出来ていない・・・!?)

隊長機の衛士に不満が芽生える。 自分の戦術機操縦技量は、これ程稚拙だったか?
いや、それよりも技量が落ちたのか? 以前なら回避出来た筈だ。 それがどうして今回は? やはり腕が落ちたのか?

基地に帰還する頃には、不満と言うより、不安になってきた。
基地に帰還するまで半分以上の行程を、半ばアクロじみたサーフェイシングでこなしたが。
ようやくの事で基地に辿り着くまでに、何度も心臓が止まるかと思う場面に出くわしたのだ。


















1996年4月23日 1930 北フランス カレー 国連欧州方面軍・第1即応兵団司令部


『ダンケルク方面へのBETA群第2派、撃退完了しました。 第1旅団損耗率18%、第2旅団損耗率16%、第3旅団損耗率17%』

『欧州連合統合艦隊司令部より入電。 補給の為、艦隊はグレート・ヤーマス沖へ移動。 補給完了予定時刻、明0430。 支援海域再到達は、明0900予定』

『ポーツマスの海軍警備管区司令部より。 補給船団のイギリス海峡航行を制限するとの事です』

『兵団兵站部より集計報告入りました。 戦術機関連予備部品、ストックが70%を割ります。 砲弾備蓄は65%、各種燃料63%』

『輸送司令部より入電。 病院船団、カレー港出港。 ドーヴァーよりの輸送艦隊、入港予定時刻2100』

『偵察哨戒戦術機甲中隊より偵察情報。 ダンケルク前面より後退したBETA群、約2000 ベチューヌよりドゥエ、カンブレー方面へ南東方面に向け移動中』


「これで、4派・・・ なんとか撃退しましたな」

参謀長のハインツ・フォン・エルファーフェルト大佐が戦域戦術MAPを眺めながら、苦しい表情で呟くように言う。
第1兵団長・フォン・ブロウニコスキー少将はそんな参謀長の表情を見て、気持ちは判らないでも無い、そう思う。

この参謀長との付き合いは西ドイツ軍在籍時からであるが、普段は冷静で剛毅な人為で知られる。
そんな参謀長でさえ、この状況のプレッシャーには平静を装うにも一苦労する。
何もBETAの大群に臆している訳ではない。 そんなもの、欧州陥落時の状況では『普通』であったし、85年も経験している。
3年前、極東に派遣されていた当時に経験した『チィタデレ(双極)作戦』では20万近いBETA群を辛うじて撃退した経験も有る。
それに比べれば今回確認されているBETA群は約8万5000。 あの時の半数に満たない。

では何が問題か? ―――兵力だ。
『チィタデレ(双極)作戦』では日・中・韓・ソ連・国連併せて40個師団を上回る戦力が存在した。
戦術機は約5,000機、機甲戦闘車両2,000両以上。 各種支援火砲3,000門以上、 MLRS1,000基以上、攻撃ヘリ800機弱。 
参加兵力は実に53万名に達した大作戦だった。

その年の9月に生起したBETA群の大侵攻も、約17万のBETA群に対して地上戦力は43個師団。
そして戦艦6隻、正規戦術機母艦6隻を含む90隻に上る艦隊の洋上支援を得て、ようやく撃退した。

では今回は?

初期配置のカレーを中心とした『閂』守備部隊は、第1兵団のみ。 戦術機甲3個旅団しか存在しない。 これに少数の大隊規模の拠点防衛隊が存在するのみだ。
洋上支援は英国GF主力(本国艦隊、海峡艦隊)、ドイツ統合艦隊、フランス海峡派遣艦隊を合わせれば、93年の極東(遼東湾)より有力な戦力であるが・・・


「我々はより内陸部で迎撃を行いたい。 艦隊は攻撃力を生かせられる沿岸部で殲滅したい。 痛し痒しだな」

「致し方ありません。 陸軍と海軍、その性格の違いですので・・・」

洋上よりの支援攻撃は比較的沿岸部でこそ、その真価を発揮する。 戦場がより内陸に移ればその分、支援密度が薄れるのがジレンマだった。

「艦隊からの支援は、これまで通り要請するとして。 閣下、問題は戦術機の稼働率低下です」

「・・・各旅団の稼働率は?」

「本日出撃前の時点で、第1旅団は77%、第2旅団が79%、第3旅団が78%  昨日までの損耗率は各旅団7%前後でしたので戦術機の総数は471機。
本日の戦闘の損耗率は各旅団平均で10%、残存戦術機数は424機。 これに10%程の損傷機が整備に回ります」

ブロウニコスキー少将が思わず唸る。
損耗率も意外に大きいが、それよりも稼働率の悪化が問題だった。

「整備班からの報告では、平均修理・整備時間は30から35マンアワー。戦術機1機当りの整備要員は5名です。
要整備・要修理機は集計で138機、明朝0800までに戦場に回せる戦術機は最大限で60機、最低で40機」

「戦力は明朝の時点で330機から350機。 兵団定数648機の50%強か」

「衛士の損失が奇跡的に少ない事が、せめてもの救いですが・・・」

うすら寒くなる数字だ。 戦闘が開始されたのが3日前の4月20日。 それ以降毎日のようにBETAの波状攻撃が続いている。
『BETAに戦術無し』をあざ笑うかのような攻撃だった。 
カレー、ダンケルク、ブーロニュ・シュル・メール、この3拠点に対して3000から4000程のBETAの集団が時間差で押し寄せる。
お陰で3個旅団相互の支援がままならない、結局は各旅団が単独で防衛する事になっている状況だった。

おまけに今までの様な、『殲滅するか、殲滅させられるか』の如くの突撃で無く、群れの1/3程の損害が出た時点で、BETAの方から後退していくのだ。
今日の時点で都合4派、約4万が襲来したが、その内撃破確認出来た個体数は約1万程。 事前予測からBETAは未だ7万以上の個体数が存在している。

それに対して兵団は50%近い戦術機を失うか、損傷で修理もままならない状況で放置されている。 実質的に戦力は50%近い減だ、保ってあと2日か3日。

「それも、BETAが今まで通りの侵攻をやってくれればの話だが・・・」

「7万以上の大群に、一気に殴りかかってこられたら。 2日とか3日では無く、20分か30分で跡形も無く全滅します」

「2日後、25日の正午には緊急即応旅団・・・ 米国の第38旅団が到達する。 戦術機180機、攻撃ヘリ1個飛行隊・・・
海兵隊の機械化歩兵装甲部隊3個大隊と、砲兵1個大隊。 支援物資も揚陸される、少しは息がつける筈だ」

「そこから2日凌げば、米第7軍団が。 翌28日には第9軍団が上陸作戦を行います。 
なにより米第2艦隊の『ジェラルド・R・フォード』、『ジョージ・ワシントン』、『ジョン・C・ステニス』の第20任務部隊 (Task Force 20, CTF-20)
米海軍自慢の母艦戦術機甲打撃任務部隊が出張って来ます。 総数300機近い母艦戦術機甲部隊です」

「あと4日耐えられれば。 今まで通りの戦闘で推移出来れば。 損耗率を計算しても、28日には600機を超す戦術機戦力を再び整えられる。
艦隊の支援を加えれば、5月上旬、せめて5日頃までは持久可能だ」

「それが出来れば、欧州連合軍本隊の参加が間に合います。 5個軍(英2個軍、独2個軍、仏1個軍団、東欧1個軍団)の兵力増援が有れば・・・」


淡い期待かもしれない。 指揮官としては最悪の状況を考えて指揮をとるべきだろう。
当然、彼等もそれは承知しているし、その為のシナリオも対策も用意している。 しかしそれと気分の問題はまた別だ。

「思えば、93年の1月は未だ恵まれていたかもしれんな。 少なくとも今の20倍以上の戦力が集結していた」

「それはそうですが、自分には程度問題の気がします。 あの時は積極攻勢でBETAを潰しに行きました。 あの程度の兵力は必要だったでしょう。
それに自分は共に戦った、東アジア諸国の友軍や戦友たちの奮戦を忘れられません」

「それは私もそうさ。 私の拙い作戦指揮にも関わらず、文句も言わずに力戦敢闘してくれた。 彼らには今でも敬意を持っているよ」

「ならば、我々は・・・」

「ああ、そうだ、ハインツ。 ここで極東の戦友たちに笑われるような無様な真似だけは、死んでも出来んな」
















同日 2200 カレー基地 戦術機ハンガー


「ええ! ええ! ですから、我々整備も全力で作業中ですっ! はい、はい! 判っておりますよ、機体が必要なのはっ!
しかし現実問題ですな、1機当りの修理・整備時間は今や7時間近いんですっ! 損傷の酷い機体や、オーバーホールが必要な機体を放り出してもです!」

整備責任者であるラウリ・ハルメ大尉が電話口で怒鳴ってる。 どうやら相手は作戦主任参謀のようだが。

「はぁ!? 応急処置で出せないか!? 馬鹿ですか、アンタはっ! 
そんなことした日にゃ、BETAと戦う前に機体はオシャカ、中の衛士も無事じゃ済まない! ゴメンですよ、整備を預かる身として、そんな馬鹿な事はっ!
兎に角、明日の朝までに最低40機は絶対に復帰させます! 頑張って60機! これ以上は物理的に無理です! 人手も予備部品も無いんですから!!」

ガチャン! 乱暴に受話器をフックにかける。
赤ら顔の熊の様な大男だが、その表情が相まって、まるで狂相そのものだ。

「くそっ! ちったぁ現場を見に来やがれ! 俺の部下達はこの3日間、ほとんど不眠不休で作業を続けているんだ! あの馬鹿が・・・っ!」

修理・整備作業の喧騒に包まれたハンガー内を、苦々しげに眺めながら悪態をつく。
実際、整備部隊は戦闘が始まって以来ほとんど不眠不休と言ってよい。 出撃の度に増える損傷機。 連続稼働であちこちに不具合が発生した要整備機。
仕事のネタは日々増え続け、減る様子は一向に無い。

「それを、あの参謀の野郎・・・「隊長」・・・お?」

声を掛けられ振り向く。
と、主機・跳躍ユニット整備班主任のオスカー・シュタミッツ中尉と、アビオニクス整備班のアーカード・ボス中尉、兵装整備班主任のヤン・スタニロフ中尉が立っていた。

「どうしたい? 3人とも?」

各整備班の頭が勢ぞろい、嫌な予感がする。 代表してシュタミッツ中尉が話し始める。

「隊長、そろそろヤバいぞ? 予備部品のパーツストックが60%台にまで落ち込んだ。 次の出撃次第では、眼もあてられん様になってしまう」

「・・・判っとるよ。 今、入港した輸送船団に予備パーツを積んだ船がいる筈だ。 そいつが入れば80%台にまでは回復する。
キツイだろうが、何とか頑張って・・・「いや、それなんだが」・・・ん?」

シュタミッツ中尉が言い淀む。 代わってボス中尉が憤懣やるかたない表情で吐き捨てた。

「隊長、予備のパーツは来ない。 船団には予備パーツが積載されていなかったんだ!」

「なんだとぉ!?」

「確認したよ、人を走らせて。 予備パーツの代わりに積載されていたのは、『衛士用のオムツ』1500人分に、粉ミルクの山。
それにジャム缶に携帯食料、1個師団分。 ドーヴァー兵站部の阿呆め、間抜けにも程が有る!!」

「・・・オムツに、食料品!? 予備パーツじゃなくって!?」

「ああ、サック(コンドーム)の山も有ったらしい」


目眩がする。 頭痛もしてきた。 一体どうすればいいのだ!?
茫然としていると、3人の部下達の視線にようやく気付いた。 その眼が何かを言いたがっている。
何を言いたいのか判る。 その内容も。 しかしそれを決断するのは整備責任者であるハルメ大尉の役目だ。

「・・・85年と同じだ。 ニコイチでも何でも、でっち上げる! 中破以上の損傷機は諦めろ! 使えるパーツは引っぺがせ! あと他に問題はっ!?」

「Mig-29の稼働率が目も当てられん。 元々予備パーツが少ない上に、品質も問題が有る。 それに東欧の連中、人手も足りん。
こっちから人を回そうにも、Mig系の整備教育を受けている連中が居ない。 どうしようもない」

「そっちは俺から上に報告を上げる。 どうするかは司令部が決定するだろうさ。 ―――F-15Eは?」

「逆にそっちは順調だよ。 整備に全く手間を取らせん、1機当り8マンアワーで済む。 1機当りの修理・整備時間は1時間半で済む」

本当だった。 F-15Eは最新鋭機だが、整備性も最先端を行く機体でもあった。
主機周りやアビオニクス等の搭載機器の不具合を発見するには、BIT(自己診断装置)プログラムを走らせるだけでよい。
フレームの歪みを検知するX線走査など特殊な場合は別だが。

エラーが発生している機器が存在する場合は自動的にBITが検出し、コクピット正面パネルの右下に位置する警告灯が点灯する。
機外確認では管制ユニット右側面のBIT警告灯で確認する事が出来るのだ。

機付整備員はエラーを起こしている機器が収容されている、エクスターナル・アクセスドア(外部点検扉)をオープンする。
そして内部に収納された列線交換ユニット(LRU)と呼ばれる、ある1つの機器が納められたブラックボックスを引き抜き、あらたな正常に動作するLRUを取り付けるだけで良い。
異常を発しているLRUは、そのままアビオニクス修理班に送ればよかった。

本国アメリカでは『馬鹿でも出来る』と言われている、イーグルキーパー(整備員)を侮辱していると受け取られかねない表現がある。
しかしこの言葉は、F-15Eに比べて従来機の整備の難しさを表現する為に誇張された揶揄であるとしても。
整備性(Maintainability)、整備支援性(Supportability)が従来機に比べ圧倒的に向上し、列線での機体整備は簡易になっている証左でもある。


「F-15Eの損傷機は2機か・・・ 予備パーツも米国から初期供与でたんまり有るから大丈夫か。 予備機数は?」

「8機。 予備機が50%とは贅沢だよ。 今は2機使っているから、残り6機余っている」

「2機損傷か。 何時間で復旧できる?」

「・・・6時間だね」

ハルメ大尉とボス中尉の遣り取りに、残る2人も頷く。 F-15Eは何とかなる。 トーネードⅡは何とかしないと拙い。 Mig-29は眼も当てられない。

「よし、作業に戻る。 キツイが、頼む」

「了解」
「んっ」
「判ったよ」

お互い整備一筋で20年以上やって来た古強者達だ、こんな状況でも腹は据わっている。
不意に思い立って、ハルメ大尉は自分の補佐役である准尉を呼び付けた。


「いいか、ドーヴァーに戻る間抜け船団に便乗してな、兵站部から予備パーツ、せしめてこい。 お前なら出来るだろう?」

「・・・向うの兵站部には、同年兵が何人かおります。 管理や運行司令部にも。 解りました、何とかしましょう」

「頼んだ」

こんな事は昨日今日に任官したばかりの、若造や小娘の新米将校には無理な芸当だ。
軍に入隊して15年、20年と経った、古苔の生えたような古参の連中にしか出来ない。

連中は何処にどんな物資が有るか、それを手に入れるには何処の誰を本当に動かせば良いか判っている。
そしてそんなポジションに居る現場の責任者は、彼ら同様の古狸の同年兵や先任・後任達だった。

ハンガーを出てゆくその後ろ姿を見ながら、間に合わなければ合わないで良い。 
ああ言うヤツは後方支援の現場では、絶対に必要だからな。 俺様がもし戦死しても、あいつが生き残れば良いさ。 ―――そう思った。 


「コンプレッサーが無い!? こっちの機体から引っぺがして持って行け!!」
「Mig用の燃料流入制御バルブが有りません!!」
「トーネードのヤツを使えっ!」
「メ、メーカーが違いますよ!?」
「馬鹿野郎! バルブなんてな、口金の口径が合えばそれで良いんだよっ! それで大概は何とかならぁ!!」


―――ハンガーの戦場は、未だ終わらない。


















同日 2300 衛士用兵舎


「・・・おう、直衛。 まだ寝ないのか? 明日も早い、さっさと寝ろよ?」

暗闇から圭介の声が聞こえる。
4人部屋の兵舎では他の2人の寝息も聞こえない、未だ起きているのか。

「ああ、寝ようとしているんだけどな、寝付けない。 情けない話だな・・・」

「久々の本格的な実戦だろ? 周防はブランクが1年半も有る、仕方が無いさ」

この声は・・・ マイク、マイケル・コリンズ中尉か。

「今日の戦闘で機体を損傷させた事を気にしているのか? だったら忘れろよ。 じゃないと明日死ぬぞ?」

中隊長をしているエルデイ・ジョルト中尉だ。

久々の実戦で気分が昂っている事も有ったが、機体を損傷させた事も心の中で引っかかっていた。
今日の戦闘で機体を壊したのは俺とイルハンの2人。 いずれも中破。 俺は危うく要撃級に背後から撃破されかけた。

「気にしないようにしているが・・・ くそ、ダメだな。 思うように機体を制御出来ないんだ・・・」

情けない愚痴が出る。 我ながらこんな事を言う羽目になろうとは。

「周防、お前、昨年の戦術機搭乗時間は何時間だった?」

「・・・55時間だ。 アラバマでの訓練搭乗だけだ」

ジョルトの問いかけに答えると、3人とも溜息をつく。 判っているよ、自分でも。 搭乗時間が圧倒的に少ないんだ。
今年に入ってからも、まともな戦術機での訓練搭乗時間は2月と3月で41時間。 昨年初頭から計算しても、100時間と搭乗していない。

「国連軍の戦術機での年間搭乗時間は、通常200時間だ・・・」

マイケルが呟く。
そう、俺も94年の9月まではそのペースで戦術機を駆っていた。 因みに日本帝国軍は年間220時間を規定時間としている。
これはシュミレーターでの訓練時間を含まない数字だ。
俺の場合は昨年の実機搭乗時間が55時間。 規定時間の25%程しか戦術機に搭乗していない、これでは・・・

「年間100時間で、技量の現状維持がようやくだ。 それを割れば、確実に技量は落ちる」

ジョルトの声が耳に痛い。 

「・・・ジョルト。 君が無理と判断したら、小隊指揮官を代えてくれ。 
ライアン(ライアン・ギグス中尉)も、トマーシュ(トマーシュ・ロシツキー中尉)も、経験を積んだ衛士だ。
指揮官の下手で部隊が壊滅では、眼もあてられん・・・」

「2人とも君より後任だが・・・ 判った、その時は遠慮なく交替させる。 いいな? 周防?」

「ああ、頼む」


再び静寂が訪れる。
ふと、圭介の独り言がやけに耳に響いた。

「―――馬鹿野郎。 生きて日本に帰るんだろうが・・・」
















[7678] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 3話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/12/06 22:19
1996年4月24日 0750 北フランス カレー前進基地


BETAに食い荒らされ、荒涼たる地に変わり果てたかつての豊饒な大地であるが。
基地内に関してはあちらこちらに防塵ネットが張り巡らされ、なんとか砂埃の侵入を防いでいる。
その基地の東はずれ、海に近いA-7駐機場が強行偵察哨戒戦術機甲中隊『スピリッツ』の『詰め所』である。

数日来のデフコン2態勢。 昨夜2300以降、BETAに目立った動きは観測されていない。
だが当初の集結地点であったランスから、ジリジリと北上をかけ、今やカンブレー付近で数万のBETA群が蠢いている。
第1防衛線からの距離、50km強。 最終防衛線までの距離、約90km。 突撃級BETAならば、1時間弱で到達する距離だった。

そして中隊は今朝も即応態勢でピスト(待機所)に詰めている。
とは言っても、屋外に折椅子やソファを持ち出し、暖かくなってきた4月の早朝の空気を楽しんでいるのだが。


「とは言え、10℃にならない気温は寒いな」

「どうした、久賀? 暖かくなってきたじゃないか。 それにアイスランドに比べれば、北フランスなんて南国だろう?」

「程度問題だ。 俺は日本でも暖かい地方の生まれなんだよ。 ワルシャワとは訳が違うんだよ」

同じ即応対機の暇つぶしでも、人それぞれだ。
雑談に興じる久賀とロマン・ポランスキー中尉。 同じ小隊のジャンゴ・ラインハルト少尉が話に加わっている。

先程からチェスに興じているのは、俺の隊のライアン・ギグス中尉とトマーシュ・ロシツキー中尉。 
イルハン・ユミト・マンスズ中尉とラカトシュ・ゲーザ少尉、エミール・ザトペック少尉が覗きこんでいる。

ソファにだらしなく沈み込んで、朝寝を決め込んでいるレーヴィ・シュトラウス少尉。
スタニスワフ・レム中尉とエイモン・デ・ヴァレラ少尉は、何かの本を読み耽っていて。
エルデイ・ジョルト中尉、マイケル・コリンズ中尉、そして圭介の3人が他方で雑談している。

そして折椅子に座りながら、そんな仲間達をぼんやりと眺めている俺。
ふと、隣のフィル・ベネット少尉がノートに何やら書き込んでいる所を見つけた。

「フィル。 何を書いているんだい?」

「あ? ああ、ちょっと・・・ 詩ですよ」

「へえ?」

驚いて見せてはみたものの、短い付き合いながら彼がそう言った文学的趣味を持っている事は知っていた。 いや、中隊の皆が知っている。

「―――詩か? 聞かせてくれよ」

聞きつけたイルハンが、詩の披露を催促する。 他の皆も、それぞれ何かを中断してフィルを見つめる。

「まだ完成していないよ」

シャイなウェールズ人のフィルは苦笑しながら首を振るが、こう言う時には皆は結託するものだ。
周りから囃し立てる者、口笛を吹きならす者。 

「いいじゃないか。 おい、誰か音楽を」

BGMを所望するエルデイ。

「ハーモニカしかない」

本を置いて、傍らのハーモニカを手にするエイモン。 彼のハーモニカ演奏はプロ級の腕だ。

「歌おうか?」

マイケルが笑いながらエイモンに合わせるが。

「止めとけ、お前は音痴だろうが」

ロマンが顔を顰めてブーイングを出す。

「フィル、聞かせてくれ」

俺が催促する。 

静かにエイモンのハーモニカの音色が流れる。―――聞いた事が有るメロディだった。 『ダニー・ボーイ』 
夕焼けが迫るアイルランドの黄金色の小麦畑。 その片隅で、息子の戦地からの帰りを待つ母親の心情を歌った曲。
夕暮れに吹き渡る風に気持ちを乗せて、届くように、伝わるように。 そんな音色。

そんな音色の中、少しはにかみながら、フィルが立ちあがって静かに朝空を見上げ―――朗読を始める。


「―――『I know that I shall meet my fate somewhere under the clouds;Those that I fight.(僕は大空に浮かぶあの雲の下の何処かで、いずれ死ぬだろう)』―――」

「Oh! Shit!」 「重金属雲の下の間違いじゃないのか?」 「ははは!」

「おい、茶化すなって」 「続きは?」


「―――『I do not hate, Those that I guard I do not love.(敵が憎いのでもなく、護るべき人を愛するのでもない)』―――」

「ご立派」 「汝の敵を愛せよ?」 「おいおい、ここはゴルゴタの丘か?」

「だから、茶化すな」 「フィル、続けてくれよ。 聞かせてくれ」

フィルは書き込んだノートに指を這わせながら、ゆっくりと、顧みるように言葉を紡ぐ。


「―――『Nor honor, nor duty bade me fight, Nor country, nor my lover,(名誉ではない、義務で戦うのではない。 まして国の為でもない。 ・・・愛する人の為でも)』―――」

―――何故戦うのか。 


「―――『A lonely impulse of delight, Drove to this tumult under the clouds;(静かに湧き上がる衝動が、僕をこの雲の下の戦いに駆り立てるのだ)』―――」

「・・・ん」 「ああ・・・」 「ひゅう・・・」


「―――『I balanced all,(すべてを思い起こし、僕は思う)』―――」

「―――『The days to come seemed waste of breath,A waste of breath the days behind.(明日を生きる事に何の価値があるのか。 昨日生きた事も無意味だ)』―――」

「―――『In balance with this life, this death.(今のこの、生と死の一瞬と比べたなら)』―――」


「・・・In balance with this life, this death.」

誰かが呟いた。 静寂が落ちる。 
ハーモニカの音色もいつの間にか聞こえなくなっていた。 風が渡る音が大きく、小さく、そしてまた、大きく・・・



『―――アラート! コード991! コード991! 第1防衛線前面で地中侵攻! 全部隊、ホットスクランブル! 繰り返す、全部隊、ホットスクランブル!』

鳴り響く警報と共に、大音量でがなり立てるスクランブル・メッセージが、静寂を唐突に打ち破る。 早速今日のお仕事だ。

「回せーっ!!」 

エルデイが拳を振り回しながら、機付整備員達に緊急始動を指示する。
中隊の皆も、全てを放り出して一目散に自分の愛機へと駆け寄って行く。

俺はふと、機体に搭乗する直前に傍を走り過ぎようとしたフィルに、唐突に聞いてみた。

「・・・イェーツか?」

「ええ、イェーツですよ」

それだけの会話。 俺は愛機の管制ユニットに潜り込み、フィルは自分の愛機へと走り去る。

やがて16機全てのF-15Eが誘導路から滑走路へと進入する。

『リーダーより各機! HQからの情報ではBETAは3群、各々4000程で3拠点に向けて驀進中だ!
先程高度200で偵察飛行中だったUAVが、第1防衛線前面10km前後で全て墜された! 
今日は光線級が結構出張ってきているぞっ、気をつけろっ!?』

『『『 ラジャ! 』』』

少なくとも30機前後のUAVを出していた筈だ。 それが一気に墜されたとなると・・・

『各方面、10体以上はいるな・・・』

『多分、その倍はな』

圭介と久賀の会話が聞こえる。
経験上、4000前後のBETA群だとそれに付随する光線級の数は、群れの総数比で0.5から0.8%程。
今回の予想は、各々20体から30体強。 厄介だ。


各機が主機と跳躍ユニットの推力を上げる。
発進管制からの指示次第で、あとは小隊毎に緊急発進だ。

≪HQよりオール・ハンズ。 BETA接触推定ライン確認。 第1防衛線前方7km地点。
HQよりスピリッツ・コントロール。 『ウォッカ』、『ドライジン』、『ブランデー』、『ウィスキー』各小隊、発進スタンバイ≫

HQより敵情が入る。 防衛線前7km、近い。
途端に発進管制から指示が入る。

≪This is Spirits-Control Run-Way, All Green!  『Spirits』! Good luck & Come back !!≫

『『『『 Ja! 』』』』

『ウォッカ』の4機がフォーメーションを組んでの緊急発進で、跳躍ユニットを吹かしながら舞い上がる。
次はドライジン、俺の指揮小隊の順番だ。

「リードより『ドライジン』各機! A/B放り込め、ミリタリー!」

『『『 ラジャ! 』』』

次の瞬間、強烈なGが掛る。 

「くっ・・・!」

機体がNOE制限高度(150m)に直ぐに達し、そのまま水平飛行に入る。
交戦エリアまで約50km、NOE速度600km/hで約5分。 途中でレーザー照射を避ける為にサーフェイシングに移行するから、大方10分前後で戦場に到着する。

各小隊がダイアモンド・フォーメーションを組み、交戦エリアへと突進してゆく。
今日の仕事は偵察では無い。 そんな手間は既に掛けなくても良い程に、BETAには差し込まれている。
今日の中隊の任務は戦線の各所で空いた穴を塞いだり、危ない部隊に対する『火消し役』だ。
当然消耗は激しいだろう。 戦死者も出るかもしれない。

『―――In balance with this life, this death.―――』

そうだ、他に何の意味が有ろう。 何を考えられるのだろうか。 何を思うと言うのか。
今、この、生と死の狭間。 その一瞬に飛び込んでゆく衝動以外に。



















1996年4月24日 1030 カレー沖 英国本国艦隊 水上打撃任務部隊 第1戦艦戦隊旗艦・戦艦『ライオン』


海原に主砲の砲声が殷々と鳴り響く。
艦対地ミサイルが金切り声に似た飛翔音を残し、内陸へと撃ち込まれる。
―――そして、立ち上る幾条もの光帯。 発生する重金属雲。

「カレー第2防衛線前のBETA群、補足! 約4000! 距離、45,000!」

「第1兵団司令部管制より、照射危険域内に光線級は到達せず!」

「主砲射撃指揮所、砲術長より、≪主砲、第22斉射。 準備よし≫ 」

「2番艦『テレメーア』より、≪第22斉射準備よし≫、第2戦艦戦隊『コンカラー』、『サンダラー』 第21斉射、始めました!」


ドーヴァー海峡、カレー沖を本国艦隊の戦艦群4隻の戦艦群が遊弋している。 その主砲は全て、陸地―――BETA群へ指向され、その16インチ砲弾を叩き込んでいた。

それだけでは無い。 ダンケルク沖ではドイツ艦隊の戦艦群、戦艦『ティルピッツ』、『グナイゼナウ』と、巡洋戦艦『アドミラル・シェーア』、『リュッツオウ』が砲撃を加えている。

そしてブーロニュ・シュル・メール沖には海峡艦隊の2戦艦、『キング・ジョージ5世』、『デューク・オブ・ヨーク』、そしてフランス戦艦『ジャン・バール』が猛砲撃を加えていた。


「参謀長。 ドイツとフランスの艦隊は、大丈夫かね?」

響き渡る砲声の中、本国艦隊司令長官・兼・水上打撃任務部隊司令官・兼・第1戦艦戦隊司令官を務めるデイヴィッド・ビーティー中将が、協同作戦をとる独仏両艦隊を気遣わしげに確認する。
普通ならCIC(戦闘指揮所)に籠っているべき筈なのだが、そちらは砲術参謀に任せている。
『遅れてきた大艦巨砲主義者』を自任するビーティー中将のお気に入りは、戦闘艦橋なのである。

ビーティー中将が気遣う、独仏両国艦隊。 両国とも昔からの『フリート・イン・ビーイング(艦隊現存主義、艦体保全主義)』として欧州中に知られている。

「流石に半世紀前の様な事は。 大陸陥落時には両国艦隊共に、かなり突っ込んだ艦砲射撃戦を展開しましたし。 何せ、かのイタリア海軍ですら。
ただ、砲撃戦の精度については、何とも。 ドイツ艦隊はそれなりの技量を有すると我々も評価しておりますが、フランスに関しては・・・」

英国海軍に籍を置く者として、参謀長の言外の意味に気付かない者はいない。
つまり、フランス戦艦『ジャン・バール』の艦砲射撃については、あまり精度を期待するなと、暗に言っているのだ。

「ふむ・・・ フランスのワインと女性は、最高なのだがな?」

司令官の、些かジェントルマンらしからぬ直截的な表現に、その言葉を耳にした艦橋要員が含み笑いを漏らす。
ようやく出た笑い声だ。 戦況は少々逼迫していた。

30分前に第1防衛線が破られ、今は第2防衛線付近での防御戦闘に移行している。
これを何としても海上からの飽和攻撃で能う限り、侵攻して来るBETAの数を削り、戦術機甲部隊で押し返さねばならなかった。

艦隊からの砲戦距離は約45,000m。 戦艦主砲であるヴィッカースの50口径406mm砲(Mark18 16inch L/50)なら通常砲弾で届く。
巡洋艦や駆逐艦に搭載している6.1インチ55口径(155mm) Mark14艦砲、4.5インチ 55口径 (114 mm) Mark12艦砲でも、ロケットアシスト砲弾なら砲撃可能だった。

カレー方面の支援砲撃を担うのは、英国本国艦隊。 司令長官は対地攻撃にはうってつけの砲術の専門家、デイヴィッド・ビーティー中将。

ドーヴァー海峡に遊弋するのは、戦艦『ライオン』、『テレメーア』、『コンカラー』、『サンダラー』―――英国が誇る、欧州最強戦艦群の4隻。

タイガー級イージス巡洋艦『タイガー』、『ブレイク』、『シェパーブ』
フィジー級ミサイル巡洋艦『フィジー』、『ケニヤ』、『モーリシャス』、『ナイジェリア』、『トリニダート』、『ガンビア』 巡洋艦9隻。

イージスである45型駆逐艦『デアリング』、『ドーントレス』、『ダイヤモンド』、『ドラゴン』
42型ミサイル駆逐艦『シェフィールド』、『バーミンガム』、『ニューキャッスル』、『グラスゴー』、『カーディフ』、『コヴェントリー』
カウンティ級ミサイル駆逐艦『デヴォンシャー』、『ハンプシャー』、『ケント』、『ロンドン』
駆逐艦14隻。

23型フリゲート『ノーフォーク』、『アーガイル』、『ランカスター』、『マールバラ』、『アイアン・デューク』、『モンマス』
22型フリゲート『ブロードソード』、『バトルアックス』、『ブリリアント』、『ブレーズン』
ミサイルフリゲート10隻。

そしてミサイルコンテナ艦とも言える、キャッスル級コルベットの約40%、32隻。

総数69隻から成る水上打撃戦部隊。 実に英国海軍全水上打撃艦艇の45%が集結している。


16インチ(406mm)の巨弾が炸裂し、6.1インチ(155mm)、4.5インチ(114mm)の速射砲弾が絶え間なく叩き込まれる。
そして全艦艇に搭載されたミサイルシステム―――シルヴァーA43型VLSから、アスター30 Mk-2艦対地ALミサイルがマッハ4.5の高速で飛来し。
シーダートミサイル発射機が、2発づつのシーダート GWS-30Ⅱ艦対地ミサイルをマッハ3.0の高速で弾き出す。

発射される鉄量は毎分で、114mm砲弾が1550発、155mm砲弾で720発。 406mm砲弾は190発。 ミサイルは2000発を軽く超す。
地上部隊でならば、優に砲兵軍団規模を超す飽和攻撃量である。

彼方の地上から迎撃レーザー照射が上がる。 光線級BETAが高速飛翔体を認識しての迎撃照射だ。
50本以上のレーザーが天空を舞っている。 だが数秒置きに叩き込まれる鉄量の全てを迎撃出来てはいない。
更に重金属雲が発生している為、迎撃レーザー照射の効率が低下している。 時間が経つにつれて、炸裂する砲弾やミサイルの数が加速度的に増大し、そして―――

「第1兵団司令部管制より、第2防衛線前面の『圧力』、大幅に低下! これより戦術機甲部隊の投入が行われます!」

「ストップ・ファイアリング!(砲撃中止!)」

艦砲射撃とミサイル攻撃の嵐が止む。 地上部隊が戦術機甲部隊による直接打撃戦に移行した段階での、飽和砲撃支援は味方を巻き込みかねない。
これ以降は、地上部隊からの砲撃支援要請が有る場合のみ、砲撃支援を行う。 それ以外は地上の砲撃支援部隊の役目だ。


「参謀長、結構派手にばら撒いたね。 残弾量はどれ程かね?」

かれこれ2時間以上、手持ちを気にしない全力攻撃をかけているのだ。 砲弾、ミサイル共に残量が気になる。

「砲弾は50%を切りました。 速射砲弾は40%を割っております。 ミサイル残弾数、25%」

「補給にかかる時間は?」

「移動を含め、1430には当該海域に再展開可能です」

「ふむ・・・ では、地上部隊へメッセージを送ってくれたまえ。 『お茶の時間にまた、寄させて頂く』 砲兵軍団も揚陸された事だ、何とか頑張って貰うとしよう」















1996年4月24日 1520 カレー第2防衛線前面5km付近


≪CP、スピリッツ・ドランカーよりスピリッツ・リーダー! BETA群約400、エリアG9D、座標・WNW-55-48! 『ワイヴァーン(第3旅団第1大隊第2中隊)』戦区から漏れ出した!
先頭移動速度約110km/h! 後続は60km/h! 突撃級が約40と要撃級約60。 残りはチンマイ連中だ、阻止攻撃! 
協同は『ワイヴァーン』と隣接戦区の『グラム(第3旅団第2大隊第2中隊)』  それと第110重戦術機甲中隊(重戦術歩行攻撃機・A-10C 配備部隊)『ドライドン』が底を受け持つ!
取りこぼしたチンマイ奴は36mmの熱いシャワーでお出迎えだとよっ!
『ワイヴァーン』は左翼のW-54-48から、『グラム』は右翼のW-66-45から合流する! 上手くやれよ!?≫

中隊CPから情報が入る。
相も変らぬ濁声だ、美しくない。

「スピリッツ・リーダー了解。 ≪ワイヴァーン≫、≪グラム≫! こちら≪スピリッツ≫ ヘッドオンで突撃級を始末する!
≪ワイヴァーン≫! こっちにつられた要撃級を掃除してくれ。 ≪グラム≫! チンマイヤツ、任せる! 良いか!?」

『ワイヴァーンだ! 正面にも『圧力』が来ていやがる。 正直2個小隊しか回せん、小さいのは相手できんぞ!?』

『グラムだ、 こちらも2個小隊が限度だ。 突撃級は任せる、気にかけんからな?』

「了解した! ワイヴァーンとグラムは要撃級の相手を! 『ウィスキー』、『ドライジン』! 突撃級を殺れ! 
『ウォッカ』、『ブランデー』は小さいヤツの掃除だ、いいな!?」

『『『『 ラジャ! 』』』』

第2小隊「ドライジン」、第4小隊「ウィスキー」、各4機のF-15Eが要撃級の前面に展開する。
M88支援速射砲を保持した2個小隊が狙うのは、500mほど先に迫った突撃級の群れ、凡そ40体。 20秒弱、実質17か18秒程で接触してしまう距離だ。

「ドライジン・リードより各機、狙うのは節足部だ。 動きを止める」

『ウィスキー・リードだ。 動けないBETAなんぞ、BETAの価値も無い! いいか、間違っても装甲殻は狙うなよ? 狙うだけ無駄だ!』

『ラジャ 跳ね返されるしな』 『数撃ちゃ当たるってね』 『下手糞は、いくら撃っても当らねぇ』 『うるせぇ』

「よし、ロックオン。 ―――いけぇ! Rock 'n' Roll!!」

『『『 イ~ヤッハァ~!! 』』』

8機の戦術機が持つM88から、毎分100発の勢いで57mm砲弾―――57mmAPFSDS高速砲弾が吐き出される。
硬い装甲殻ではなく、比較的柔らかい―――ナイフでも切り裂ける―――節足部へ着弾した57mmAPFSDS高速砲弾は、瞬く間に節足を吹き飛ばしてゆく。


『1体撃破! 次だッ!』 『こっちも殺った!』 『このっ! 吹き飛べやっ!』 『2体目撃破したっ 次だっ!』

射撃時間は15秒と無かったが、それでも8機のF-15Eは30体以上の突撃級BETAの節足部を完全に吹き飛ばし、無力化していた。 残るは10体に満たない。

『ドライジン! 周防! 残りは山分けだな!?』

「マイケル、摘み食いするなよ?」

『されたく無きゃ、さっさと喰らいな! いくぜっ!』

「ドライジン! 精々あと1匹喰えるかどうかだ! 腹減らしたく無きゃ、さっさと喰い尽せ!」

『『『 ラジャ! 』』』

サーフェイシングで機体をスライドさせながら、突っ込んできた突撃級を交わして後ろを取る。
数が減り過ぎて、BETAの個体同士の間隔が開き過ぎているのだ。 こうなっては機動性で遙かに勝る戦術機の餌食でしかない。

57mm砲弾の連射で突撃級の柔らかい後背に大穴が空く。 
相も変らぬ不気味な内贓物を撒き散らした最後の突撃級が停止した時には、後続の要撃級を含む350体程のBETA群が迫っていた。

『ドライジン! グラム02だ! おい、直衛、さっさと下がりな! その長モノじゃ、近接は難しいだろうがよ!』

『グラム03よりドライジン。 距離を取って支援砲撃お願いね。 ・・・ところで直衛、貴方って砲撃得意だった? フレンドリーファイヤはご免よ?』

最初にBETA群へ突進して行ったのは、右翼から突っ込んで来た『グラム』の2個小隊、トーネードⅡが8機。
比較的コンパクトにまとまった、2基のRBB205-Mk104から轟音を響かせ突進する。 綺麗なアローヘッド・フォーメーションだ。


「任す、ファビオ。 夜の誤射は得意だぞ、ギュゼル?」

『任された! ってか、おい。 随分とアメリカナイズされてないかぁ?』 

『このスケベ、変態、種馬! 死になさい!!』

オープンチャンネル回線に乗って、あちこちから失笑が聞こえる。 笑う余裕が有る部隊は、まず壊滅しない。
やがて『ワイヴァーン』の2個小隊と『ウォッカ』、『ブランデー』小隊も合流し、増強2個中隊規模での殲滅戦が始まった。

僅かに後方へ抜けた小型種もいたが、後方から鳴り響く連続した重低音―――A-10のガトリング砲の発射音―――が収まる頃には、全て霧散してしまった。


≪CPよりスピリッツ! お楽しみは堪能できたか? 次の出前だ! 
ダンケルクとの境界線辺りで『ヴィリニュス』が往生しかかっている! 連中、もう1個中隊しか戦力が残って無い! あそこを抜かれたら拙い!≫

―――『ヴィリニュス』 リトアニア軍第1戦術機甲大隊か。 確かMig-29M装備部隊だ。
そうか、整備状態が酷くて稼働機が少ない筈だ。 衛士はいるのに、機体が無い。 本来なら大隊防衛戦区に、1個中隊で張り付いていた筈・・・

『了解した! ここからならサーフェイシングで全力10分! それまで全滅するなと伝えろ!
スピリッツ! 今度はリトアニア美人を助けに行くぞ!』

『ヴィリニュスは女性衛士の比率高いからなぁ!』

≪あ~、『スピリッツ』 言っておくが今現在、『ヴィリニュス』は搭乗機数の関係上、全員が男性衛士だ。 残念だったな! 急げよ!≫



リトアニア軍第1戦術機甲大隊『ヴィリニュス』は、Mig-29Mを定数36機保有する部隊であったが。 度重なる戦闘と整備性の問題で、今や稼働全機で12機しかいない。
そしてカレー防衛ラインと、ダンケルク防衛ラインの接点を防衛していたのだが、そこに2000を超えるBETA群の出現が発生したのだ。

近接戦仕様の戦術機であるMig-29Mは、確かに素晴らしい機動性能を有する戦術機であるが、故に近接戦による損害もまた、大きくなる。
1個中隊の戦力のみでは、支えきれないのだ。 そしてそこを抜かれると、カレーとダンケルクの第2防衛線の裏に、BETAが入り込んでしまう。

せめて支援部隊か、協同部隊が無ければ・・・

16機のF-15Eストライク・イーグルは、F110-GE-129を一気にA/Bに放り込む。 目指すは新たな地獄。
轟音と青白い焔を揺らめかせ、『スピリッツ』中隊が戦場規制高度ぎりぎりを飛び去ってゆく―――









[7678] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 4話・前篇
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/12/11 22:37
1996年4月24日 1550 北フランス カレー前進基地


戦術機の1隊がNOE飛行で帰還しようとしていた。 機種はトーネードⅡ、16機。
現在の戦場である第1防衛線からは約90km。 余程高度を取らない限り、光線級の認識圏外での飛行は可能だった。

『ティウ! しっかり! しっかり高度とバランスを取って!!』

『はっ・・・ はいぃ!!』

その内の1機は、片側の跳躍ユニットの爆音が明らかに不連続な状態だった。
BETAとの接触で破損したか、酷使がたたって不調を起こしたか。

不調の1機を囲むように、小隊の3機が随伴で飛行を続けている。

(あと少し・・・ あと少しだから、頑張りなさい、ティウ!)

小隊2番機の衛士、蒋翠華中尉は祈るような気持ちで、網膜スクリーンに映る、必死に機体を操る後任衛士の顔を見つめ続けた。
やがて―――

「ッ!! 基地を視認! 駐機場よ、もうすぐ! コントロール、こちら『グラム』! 損傷機あり! 応急班を!!」

『グラム・リーダーよりコントロール。 損傷機を最初に降ろしたい、もう殆ど保たん!』

中隊長のアルトマイエル大尉からも、損傷機の優先降着を求める通信が入った。

≪コントロールより、『グラム』! メイン駐機場はトラフィック・ジャム状態だ! 予備のB-3に降りろ!≫

B-3。 最も東寄りに近い、A-7と隣接する駐機場。 ―――保つか!?

『了解した! キュイク少尉、何とか東の端まで耐えろ! 中隊、B-3へ行くぞ! B-3! 応急班の用意を!』

大きく右に旋回し、B-3へ向かう。
ほんの僅かな時間、そしてB-3を視認。 後は降着するだけ。


「見えた! ティウ! 貴女が最初に・・・ 『うきゃああ!!』 ・・・ティウ!?」

悲鳴に反射して、損傷機であるティウ・キュイク少尉機を見ると、損傷した右跳躍ユニットが黒煙を吐いてストール(停止)している!
降着態勢に入った状態で急激にバランスが崩れた為、キュイク少尉機は横転状態に陥ったのだ。
そのまま急造駐機場の土砂を削りながら、滑り込むように数100メートルを滑り込んで停止する。

『ティウ! ティウ! しっかり! 返事して、ティウ!!』

『あ・・・ が・・・ ひゅ・・・』

エレメントを組む僚機のヴァン・ミン・メイ中尉が必死に通信回線で問いかけるが、聞こえてくるのは微かな苦痛の声だけ。
B-3に待機していた応急班が、消火チームの消防車と医療チームの救急車とで、大急ぎでキュイク少尉機に駆け寄る。

消防車が化学消火剤を盛大に機体へブチまけ、誘爆を阻止する。
何とか消火に成功した機体へ今度は医療チームが駆け寄り、管制ユニットの外部強制解放ボタンを操作して、損傷機体から衛士を引き摺り出した。

やがてキュイク少尉を収容した救急車は、猛烈な勢いで管理棟脇の野戦病院へと向かってゆく。

「医療チーム! ティウは!? キュイク少尉の状態は!?」

蒋翠華中尉が、必死の表情で医療チームに通信回線で確認する。

『がなるなっ! 嬢ちゃん! ちゃんと聞こえている! ―――ざっと見ただけで、多分肋骨4、5本は、いっちまってる!
肺も傷ついた様だ、血を吐いている! それとも内臓破裂か!? 右足が変な方向に向いてる、恐らく複雑骨折! ざっとこんなところだ、全治3カ月コース!』

医療チームの指揮官である、軍医中尉が応答してきた。

『命は!? 助かるの!?』

ヴァン・ミン・メイ中尉が聞き返す。

『助けて見せる! それが俺達の仕事だ! 判ったら、これ以上邪魔するな!!』

そのまま、キュイク少尉と医療チームを乗せた救急車は走り去って行った。


『中隊、B-3が塞がった。 間借りになるが、『スピリッツ』のA-7を借りるぞ。 第4小隊から降りろ。 第3、第2の順だ!』


やがて残った15機全機が、A-7駐機場へ降着する。

「はあ・・・」

管制ユニットから降り立った蒋翠華中尉は、思わず溜息をついてしまう。
疲労が溜まっている。 今日は2回目の出撃と戦闘を終えてきた。 この4日間、毎日2回か3回は出撃しているのだ。

隣に降り立ったヴァン・ミン・メイ中尉と目が合う。 落ち込んでいる様子だった。

「ミン・メイ。 思い込まないでよ? ティウの負傷は、ミン・メイの落ち度じゃ無い・・・」

「判ってるよ、翠華・・・ でもあの乱戦、正直ティウには荷が重かったかも。 私がもっとフォローしてあげていれば・・・」

未だ経験した事の無い乱戦の最中。 ティウ・キュイク少尉はエレメント・リーダーであるヴァン・ミン・メイ中尉の機体を一瞬ロストした。
そして焦りが生んだほんの一瞬の隙。 その隙を要撃級に突かれた。 跳躍ユニットを要撃級の前腕が掠ったのだ。
即座の反撃で要撃級は斃したが、跳躍ユニットは不調を極め、着陸寸前と言う肝心な場面で停止、事故に直結したのだ。

暫く無言で歩く2人に、中隊長のアルトマイエル大尉が声をかける。

「蒋中尉、中隊のダメージ・レポート。 5分やる。 ヴァン中尉、整備に確認。 どの位時間がかかるか。 こっちも5分だ、急げっ!」

「「 はっ! 」」

慌てて第2、第3、第4小隊へ駆け寄る蒋中尉と、ハンガーに走り去るヴァン中尉。
そんな部下を見ながら、アルトマイエル大尉が呟く。

「・・・正念場は、これからだぞ・・・」



















1635 カレー前進基地 A-7駐機場


帰還後の諸々。 

中隊の損害は、ティウの機体全損・負傷のみ。 整備には約3時間を有する。
今前線は、第1と第2大隊が支えている。 私達第3大隊が早く復帰しない事には・・・
でも、第2中隊は15機を有しているけれど。 第1中隊は11機、第3中隊は12機。
合計38機。 実に定数から10機減ってしまっている。

戦死者はいない。 これは不幸中の幸い。 でも負傷者が6名。
第1中隊のアンブローシア・ハート少尉、マリア・デ・パデリア少尉、クラウディア・ルッキーニ少尉。
第2中隊はティウ・キュイク少尉。
第3中隊のリュシオン・ティエリ少尉、アヴドゥル・ラミト少尉。

乗機を失った者は、私の中国以来の親友の朱文怜中尉、第1に移動したユーリア・アストラール少尉、アリッサ・ミラン少尉、そしてヴェロニカ・リッピ中尉。
『衛士はいるけど、機体が無い』状態が続いている。 予定では今夜入港する補給船団で予備機を揚陸する予定だと聞いているけれど。
なもので、この4人は今、管制の手伝いや、医療班の助手の助手をしている。 ブラブラとヒマしている部署はどこも無いのね。


「はふ・・・」

待機所から出て、駐機場を見ていると欠伸が出る。 どうしても眠りが浅いのだ。 睡眠導入剤を貰っているんだけれど、何ともね・・・

「疲れた? 翠華」

ふと振り向くと、ギュゼルとヴェロニカ。 2人とも疲れている様ね。

「平気、これくらい。 2人は?」

「大丈夫よ」 「へっちゃら、へっちゃら」

お互い無理して笑う。 無理にでも笑う。 


その時、跳躍ユニットの轟音が聞こえてきた。
独特の重低音。 トーネードのRBBシリーズの音じゃないわね。 これは多分、GEのF110シリーズ。

「見て、F-15Eよ」

ギュゼルが、夕焼けの空の一角を指す。
真っ赤に燃えた様な空をバックに、一群の戦術機が飛行している。 近づく、降着態勢に入ったのだ。

「ああ、『スピリッツ』ね。 1、2、3、・・・ 14、15、16  16機。 中隊全機帰還ね、流石」

数を数えたヴェロニカの言葉に内心ホッとする。 全機帰還、無事だったのね。
やがて見事な編隊降着を決めて、16機全機が舞い降りた。 そのまま待機列線まで移動し、衛士達が下りてくる。

皆疲れ切った表情だった。 私達の中隊は、今日は2回出撃だけど。 彼等は既に本日3回目の出撃をこなしていたのだった。
連日4、5回の出撃を繰り返す、基地で最も酷使される部隊になっていた。

衛士達とすれ違う。 お互い敬礼はするけど、正直あまり馴染みの無い衛士達ばかり。

「あ、直人!」

ヴェロニカが久賀直人中尉を見つける。 彼は見知った顔、以前同じ大隊だった仲間。

「・・・おう。 そっちも無事だったか。 悪いが、後にしてくれ。 兎に角休みたい・・・」

直人は憔悴した表情だ。 彼とて歴戦の衛士。 こんな表情は見た事が無い。
引き摺るような足取りで、待機所へ歩き去って行った。

先程の駐機場を見ると、4人の衛士が固まって何やら話している。
1人は確か中隊長のジョルト中尉。 他は・・・ コリンズ中尉に、あ、圭介が居る。 そして・・・ 直衛もいた。 指揮官同士の打ち合わせかな?

やがて4人ともこちらに向かって来た。

「お疲れ様」

「ん・・・」

「大変・・・ だったの?」

「・・・ん」

直衛は声を出すのも辛いみたい。 圭介も無言だし。

「直衛、圭介。 待機所、借りているわよ?」

ギュゼルが声をかけるけど、只無言で頷くだけ。

不意にまた爆音が聞こえた。
振り向くと、A-5駐機場へ向かって降着態勢に入ろうとしているMig-29Mの編隊。

「・・・8、9、10機。 『ヴィリニュス』か。 さっき増援に駆け付けた時は、11機居たのにな」

圭介の呟きが耳に入った。

「喰われたか。 あの後、戦闘でもあったか」

「どこもかしこも、混戦さ。 どこまで本番で、どこから幕間か判らん」

コリンズ中尉の何気ない言葉に、ジョルト中尉が疲れに皮肉を滲ませたような口調で、吐き捨てるように言った。

「・・・多分、3小隊の2番機。 跳躍ユニットがイカレているぞ」

無表情で編隊を凝視していた直衛が抑揚のない声で呟き、皆が振り返る。
言われてみれば1機、挙動が怪しい機体が有る。 拙いわね、下手に降着態勢でユニットが停止したら、ティウの様に・・・

「ッ! 馬鹿がっ!」

直衛が急に怒気を含んだ声を出した。
出力の不安定な2番機をサポートしようと、3番機が近づいた時。 2番機のユニットが小さな爆発音を起こし―――2番機は咄嗟に3番機に掴みかかり。
2機は絡み合ったままの状態で、そのまま地上に激突。 爆炎と爆音を残して飛散したのだ。

「あ・・・」 「くっ・・・」

ギュゼルとヴェロニカも目前の事故に表情を歪めている。 かく言う私もそうだっただろう。

反対に、『スピリッツ』の4人は対照的だった。 無表情でその光景を眺めている。
そしてそのまま踵を返して立ち去る時。

「―――無能め」

誰かがそう言った。 聞こえた。

「―――無能ですって!? 誰よ、今言ったのはっ!!」

ヴェロニカが激昂した。 ギュゼルも聞こえた言葉に気を害した表情だ。
私は信じられなかった。 今の声、聞き間違える筈が無い―――直衛の声だ。

「無能だから、無能と言った。 聞き取れなかったか? ヴェロニカ?」

「直衛・・・ 貴方・・・!!」

「1機減る毎に、俺達が地獄の穴埋めをする機会が1回増える」 

「こっちもボランティアじゃ無いんだ、プロならプロらしく、最後は1人でくたばれ」

「味方を巻き添えにしやがって。 それを制止出来なかった指揮官も無能者だな」

ジョルト中尉にコリンズ中尉、それに圭介も同じような抑揚のない声で罵倒する。
突破されそうになる防衛線の増援に、遅滞後衛戦闘、いつの間にか浸透してきた小型種の掃討。
確かに『スピリッツ』の任務は激務だけれど、こんな荒んだ雰囲気の部隊だったかしら・・・?

他の3人が待機所へ向かう中、直衛だけが未だにA-5に立ち上る黒煙を見つめていた。

「・・・直衛?」

「時折、意識が飛びそうになる」

不意に直衛がポツリと漏らす。

「我に返った時、思わず素に戻ってしまう。 戦場でだ、あれはキツイ・・・」

1日の出撃回数。 1回の出撃での交戦回数。 共に群を抜いている部隊。
その意味する所は、死を意識しなければならない回数の多さと、その間隔の短さ。

人は戦場での強さを、先天的に備えている訳じゃないわ。 それは努力して身に纏うもの。
自身を鼓舞して、恐怖を捻じ込んで。 そして戦意を高めて闘志をかき立てる。
そして死闘が終わった一瞬は、その闘志も思わず抜けてしまう程。 それが対BETA戦の実状。

私達前線張り付き部隊は、まだインターバルが有る。 その間に再び自身を鼓舞して、闘志を練り直して・・・
でも、彼等は次から次へと、異なる状況の戦場へ投入され続ける。 絶対固守、遅滞防衛、攻勢。

上手く気を抜くタイミングが有れば良いけれど、無ければ異常な精神状態のままに次の戦場へ投入される。
そして不意に集中力が抜ける時が来る。 直衛が言っているのはそう言う時の事。

「だから、無性に腹が立つ。―――手前勝手な感情だけどな」

そう言って、直衛も待機所へ無言のまま向かって行った。


やがて待機所に入るやいなや、直衛は年若い連絡兵の1人に『1時間したら、叩き起こせ』と言ったきり、ソファに倒れ込むようにして眠ってしまった。
他の衛士達も同じように、泥の様に眠っている。 例え1時間でも、30分でも、休める時には徹底的に休む。 彼等も最前線の衛士達だった。

直衛のソファに寄りかかって、寝顔を見る。
最近は彼が大人っぽくなったように見える。 さっきの様子なんか、今まで見た事が無い。 何だか取り残されたような気分になったものだけど。
こうして寝顔を見ていると、初めて出会った頃の彼そのままの様な気もする。


「・・・やっぱり、好きだな・・・」

最近、色んな想いが有って意識的に避けてきたのだけれど。 やっぱり、その気持ちは変わらないようだ。

「でも、このままじゃ・・・」

『好き』は、『愛している』と類似だけど、同意じゃない。 そう、同じじゃないのよ、翠華。

何だか、私も眠くなってきた。 疲れているし・・・







「翠華、あの娘。 あのままでいいかしら?」

ヴェロニカ・リッピ中尉が待機所を振り返って呟く。

「良いのじゃない? あの娘も最近、張りつめていたし。 それに・・・」

「それに、あんな安心そうな寝顔されたんじゃね。 いいでしょ、小1時間くらい、一緒に寝かしといてあげましょ」















1996年4月24日 1830 北フランス カレー前進基地 『スピリッツ』中隊待機所


前の出撃から帰還してすぐ、倒れ込むように眠ってしまって1時間。 起きてから50分。
最新の戦域情報を確認して、機体の整備状態をチェックし、クソ不味い野戦食を水で流しこんで腹ごしらえをする。

にしても、目が覚めた時に回りの連中からニヤニヤされたが、訳が判らん。 何かいい香りがしていたが・・・?

「増援? どこから!?」

思わず大きな声を上げてしまったが、いいだろう、別に。
増援が来ると判れば士気も上がる。 ならば多少オーバーなアクションも必要とされるのだ、指揮官には。

「欧州連合軍がスケジュールを前倒しにしたのか?」

圭介が身を乗り出して確認する。

「それは無いな」

マイケルが一刀に切り捨てる。

「頑固のジョンブルと、几帳面が生き甲斐のクラウドが手を組んで、傲岸不遜のカエル喰いを動かそうと言うんだ。
遅れる事は無いが、早まる事は断じてあり得ない」

「君も英国籍じゃないか、マイケル?」

イルハンが茶化す。
途端に憮然とした表情で、マイケルが言い返す。

「一緒にしないでくれ、僕はアイルランド人だ。 誇り高いケルトの民だ。 あんな喰い詰め者のアングロ・サクソンと同じに見ないで欲しいな」

周りの者は、そんな表情をニヤニヤしながら眺めている。

「マイケルの主張は置いておいて。 真面目な話、スカパ・フロー(英海軍艦隊泊地)の連中がようやく腰を上げた」

中隊長のエルデイ・ジョルト中尉が、疲れた声で説明する。

「スカパ・フロー? 英海軍の母艦部隊?」

「そうだ、周防。 ドイツとフランスの母艦部隊も、ローサイス(スコットランド・フォース湾の軍港)からお供でお出ましだ」

「やっとかよ」 「母艦部隊が、戦艦部隊より遅いって、どう言う了見だ?」

皆が口々に不満を漏らす。 
だが決して不満では無いのだ、小躍りしたい程に嬉しいのだ。 だがそれをおくびにも見せる事は『最前線の流儀に悖る』
皆、救いようのない見栄っ張りの大馬鹿共だ。 ―――俺もだけど。

「でも、どうして今まで?」

イルハンが疑問を口にした。 そう、どうして今まで。 逆に言えば、どうして今になって。

「狐の孫―――モンティさ」

ああ――― エルデイの一言で皆、納得した。
要は頑固頑迷な欧州連合軍の南部方面軍集団司令官、あのおっさんが交替したお陰か。

3日前の唐突な人事だ。 
それまで欧州連合軍、南部方面軍集団司令官だったウィルフレッド・ヒュー・モントゴメリー英陸軍大将が、英国陸軍参謀本部次長に『栄転』した。 後釜はパトリック・デイヴィッド・スリム英陸軍大将。 
これは今まで問題視されていた『3つの呪縛』が絡んだ、いや、解決しようとした結果だと、欧州では囁かれている。


モントゴメリー大将は、彼の祖父同様『モンティ』の愛称で呼ばれていたが、これには少々、いや、かなり否定的な意味が込められていた。
『心配性』、『前例主義』、『超保守派』、『傲慢』、etc・・・ 中には英国人気質そのモノの言葉も有るが。
兎に角、何が何でも自分の『名誉』を第1に考えるきらいが有った。 この場合、『自己満足』と同意である。
そしてすべてを独占したがった。 今回、海軍の母艦戦術機甲部隊の指揮権を要求したのも、その一例だ。

そしてその石橋を叩きまくって、充填剤で補強しまくってようやく渡ろうとする性格!
今回、欧州連合軍の大半が既にイングランド南部に展開しているにも拘らず、出撃していない理由は何か?
未だフランスの海外県展開部隊が、英国に到着していないからだ。 モンティがそれを問題視した為だ。

「―――『マティーニをくれ』―――」 「―――『モントゴメリー将軍で』―――」

俺の言葉に、ライアンが合の手を入れる。

「ヘミングウェイか」

圭介が笑う。

彼の小説で、主人公がバーテンダーにマティーニを注文する時のセリフだ。
ジン15に、ベルモット1の割合のハードなドライ・マティーニの事だが。 
これはモンティの祖父が戦力比15:1になるまで、攻勢を開始しなかった事に引っ掛けたものだ。
孫も祖父同様、ハードなドライ・マティーニがお好みの性格だった。


そしてもう一つ問題が有った。
欧州諸国に見られる傾向だが、元々欧州の空軍は、陸軍航空隊を母体にしている。
そして第2次世界大戦の頃のドイツの様に、『空を飛ぶ兵器は全て空軍の管轄!』と言う暴論を言い張る将軍も出る始末。
日米で発展した空母機動部隊は、欧州海軍では発展しなかった。 海軍機の整備に、空軍が横槍を入れ続けたからだ。

そしてその風潮は今も続く。
BETA大戦以降、各国の空軍は陸軍に吸収されて戦術機甲部隊となるか、航空宇宙軍に改編されていった。
そして陸軍に『再吸収』された旧空軍系の高級将校たちは、またもや先祖返りの様に言い出したのだ、『戦術機は全て陸軍の管轄!』だと。
モンティも、そんな一人だった。

「モルヒネ中毒のデブっちょが、あの世で感心しているとよ」 

「何せ同じ弊害やらかしたのに、方や死刑宣告の末に服毒自殺、方や『栄転』だからな」


お陰さまで欧州海軍の母艦戦術機甲部隊は、日米に比較して貧弱だった。
最も、欧州陥落後は海軍の重要性が飛躍的に高まった為、海軍母艦戦術機甲部隊の重要性も高まり、急ピッチで整備が進んでいるが。
それでも先行勢力の日米両国海軍には及ばない。

最後の問題は、激情家だったモンティの性格だ。 これからやってくる米軍との関係上で。
傲岸不遜のモンティと、唯我独尊のヤンキー。 BETAに負ける前に内輪揉めで滅亡するな、確実に。

そこでより常識的な性格で、協調性もあるスリム大将が選ばれたと言う事か。
モンティと違い、現代戦にも良く理解のある大将だと、評判の人物だ。


「で、スリム大将。 着任してすぐの仕事が母艦部隊の指揮権云々を、海軍側に全て戻すって事だったのさ。
お陰でスカパ・フローのフィリップス提督(フィリップス英海軍中将)、喜び勇んで出撃したそうだ。
途中のローサイスで独仏の母艦部隊を拾ってな。 あと数時間で攻撃可能圏内らしい」

ネタの仕入れ主のエルデイが増援のネタを明かす、と言うか、バラす。

「それは有り難いけどな・・・ でもモンティの野郎、今度は参謀本部から横槍入れないかね?」

元々、北アイルランド出身で英軍からの出向組であるマイケルが、眉を顰める。 色々苦労してきたようだ。

「それはないだろう。 今、総参謀長はアラン・ロバート・ブルック元帥だ。 やり手の人だ。
元帥が参謀本部の全てを掌握しているから、実は次長は何もする事が無い。 態の良い『左遷』さ、モンティは」

やはり英軍出身のエイモンの、皮肉たっぷりの口調に皆が笑う。 
その中にはホッとした安堵感も有った事は確かだ。 これで欧州連合の連中も、積極的に協同してくれるんじゃないかという期待。
何せ、エルデイが仕入れてきたネタには、『これで我々も、現代戦が出来る!』と、とある英軍将校が泣いて喜んだという噂も有った程だしな。


「ま、モンティの事は遠い過去に仕舞っておくとして」

「大英博物館にでも展示しろ。 『最近発掘された過去の遺物』だってな」 「茶化すな、馬鹿」

「海軍戦術機が増援か。 確か英海軍はF-4K (ファントム FG.1)だったな」

第1世代機のF-4Jを英国海軍向けに改修した機体だ。
今は主機を性能向上型とし、跳躍ユニットも初期のR&R社製RB-168-25RスペイMk.202から、RB-177-30RスペイMk.252に換装。
アビオニクスも最新型を搭載した、準第2世代機相当になっている。

「ああ、出撃したのはクィーン・エリザベスとセントー級が3隻で、合計214機。 戦術機甲5個から6個大隊規模か」

「ドイツはF-4F? あの米海軍仕様の」

「そう、ブロック221。 これも第2世代機相当だな。 ドイツ海軍は中型母艦が確か2隻か。 96機、増強2個大隊規模」

「東ドイツに小型母艦が無かったか?」

「戦力外通告、受けたらしい」

「フランスは? ・・・ああ、あれか、『シュペルエタンダール』か」

フランスの国産戦術機、海軍戦術機である。 元々はF-5改良型ライセンス機・ミラージュⅢから派生している。
陸軍機はミラージュⅢからミラージュF1(評価試験機のみ)を経て、現行主力機のミラージュ2000へと発展して行った。

対して海軍機はミラージュと同じダッスオーが手掛け、ミラージュⅢをベースに、『エタンダールⅣ』を開発(但し50機の発注のみ)
そしてこの『エタンダールⅣ』の改良発展型が、フランスのもう一つの第2世代戦術機、『シュペルエタンダール』となった。

「出張って来ているのは、『シャルル・ド・ゴール』か?」

「ようやくモンティの頑固おやじが居なくなったと思いきや。 今度はフランスゴーリストのお出ましだ」

「それでも良いよ。 60機搭載しているのなら、大歓迎」

「聖女様は?」

「あん? 『ジャンヌ・ダルク』か? あれは練習母艦だ」

兎に角も、海軍母艦戦術機甲部隊が合計370機。 日付が変わる頃には到着する予定だった。


「これで、米軍が来るまで足掻く事が出来るな」

「ああ、明日の正午前にはアメリカの5個大隊、180機も到着する。 
今の時点で稼働機数は300機を割った。 多分日付が変わる頃には250機位か・・・ 
増援の海軍が370機、損耗率計算しても500機以上で明日の朝を迎える事が出来る。 それに180機・・・」

「700機近い戦術機戦力が有れば、米軍主力到着までは持ち堪えてやるよ」


嬉しい誤算だ。 本当に嬉しい誤算だった。
他人の不幸がこんなに嬉しいなんて! 今だったらモンティの靴の裏でさえ、キスしてやるぞ!
















1996年4月25日 1930 カレー最終防衛線内周部 国連軍第4砲兵連隊(英国第4砲兵連隊)


「C.O(Commanding Officer:指揮担当士官)、砲撃準備完了」

連隊作戦幕僚の大尉から報告を受けた、バーナード・ヒュー・クレスター英国陸軍中佐は、僅かに頷いた後でまた、彼方の漆黒を見つめ直した。
今朝方カレーに揚陸され、ようやくの事であの忌々しいBETAに対して砲火を浴びせかけてやる事が出来たのだ。

思えば85年の敗走時以来、英国陸軍砲兵軍団がBETAへ砲撃をかけた事は無かった。
戦力回復の名目で出撃が厳禁され、大陸側への間引き攻撃はもっぱら海軍と、陸軍戦術機甲部隊、そして国連軍に任せっ切りだったのだ。

忸怩たる思いが無い筈が無い。 あの時、ロンドン手前で部隊が壊滅したあの日。 忘れはしないだろう、あの悔しさは。
であればこそ、先行派遣の命令を受けたクレスター中佐は、内心で小躍りした。 再びBETAに散々に砲弾をブチ込んでやる機会を得たのだ。

今回、国連軍へ『出向』で先行派兵された部隊は、殆どが砲兵軍団の所属部隊だ。
彼の第4砲兵連隊、第14砲兵連隊、第26砲兵連隊、第32砲兵連隊、第40砲兵連隊、第47砲兵連隊。 都合6個砲兵連隊。

連隊は最新の52 口径 155 mm自走砲『AS-90ブレイブハート』を21輛(3個中隊)と、MLRSを8輛(1個中隊)装備している。
カレー方面の火力支援には第4砲兵連隊を含む、英国砲兵6個連隊が配備されている。

因みに英国陸軍砲兵連隊は、『大隊』という組織を持たない。 砲兵連隊は実質的に、機甲野戦砲兵大隊規模の部隊だ。


そしてダンケルク方面へは西ドイツ陸軍から2個装甲砲兵連隊(『PzH 2000』155mm自走砲)と、東ドイツ軍の1個装甲防空連隊(MLRS)が。
ブーロニュ・シュル・メール方面はフランス軍から、英国駐留の第40機甲砲兵連隊、第68アフリカ砲兵連隊(『AMX-30 AuF1』155mm自走砲)が。
それぞれ先行派兵部隊として、火力支援を行うべく大陸側へ緊急展開。 BETAへ砲火を浴びせかけていた。


「この時を、どれ程待ちわびたか」

「作戦幕僚、逸るな。 紳士たる者、何時、如何なる時も冷静に、だ。 しかし、この誉。 『シェフ』殿も喜ばれような」

「ええ、何と言っても『ご自分の連隊』が、再びBETAへその雷を見舞うのですから」


『シェフ』、そして『ご自分の連隊』―――これは英国陸軍の特異性のひとつである。
英国陸軍において、『連隊』の形式上の所有者は連合王国ではなく、女王陛下でも無い。 『シェフ(Colonel-in-Chief)』である。 

『シェフ』とは、かつて私財でもって連隊を養った実際上の所有者である。 中世以降、『連隊』は、『シェフ』の私兵集団であった。
更には国王(女王)以外の外国王族の『シェフ』も存在する。 欧州の複雑怪奇を極める、王族間の婚姻の賜物だった。

英国において、海軍、航空宇宙軍(旧空軍)はその名称に“Royal” すなわち王立の文字が付き、王権に基づく単一かつ国王(女王)に所属する軍隊であるのに対し。
陸軍は議会の許可に基づいて編成され、飽くまでも“British”を冠するものが正式名称である。

これは名誉革命後に権利の章典が成立して以来、議会の許可なく平時における常備陸軍を編成することが禁止された事。
そして一定期間毎に“臨時に”陸軍を編成する許可を、議会が可決する必要があった事に由来する。

因みに第4砲兵連隊の現『シェフ』は、フィレンシア・デ・ボルボーン・イ・デ・クリスティナ。 スペイン王女にしてパルマ・デ・マリョルカ公爵夫人。


そして英国陸軍全体に共通するが、『連隊長』は実質的に存在しない。 
その役目はクレスター中佐の配置である『C.O(Commanding Officer:指揮担当士官)』が、中佐の『副連隊長』として実際に指揮を執る。

これは、英国陸軍において『連隊長』とは功績のあった将官、もしくは王族による形式上の名誉職である事。
そして彼らが連隊の実際の指揮を執ることは、現実ではまず考えられない為である。

現在は流石に形式上であるが、この『シェフ』の下位に『連隊長』がこれまた形式的に存在し、実質を『C.O』が指揮するのが英国陸軍の各連隊である。


「・・・そう言えば、カンタベリーに残してきた部隊。 未だに噛みついているのかな?」

「らしいですな。 まぁ、流石に出せませんよ、あの部隊は」

砲兵部隊と共に、国連軍への『先行派兵』部隊としてカンタベリーに進駐したかの部隊は、あろうことか当の国連軍直々に出撃を止められているのである。
少しでも多くの兵力が欲しいこの状況でだ。

「如何に陛下直々の勅命で有ろうと、『あれ』は流石にな」

かの部隊のC.Oは、未だに噛みついているのであろうな。 クレスター中佐はふと、そんな事を考えていた。
『彼女』は、白磁の肌を紅潮させて、さぞや派手に噛みついている事であろう・・・


155mm砲が、高初速砲独特の甲高い発射音をたてて砲弾を彼方へと叩き込む。
1発でも多くの砲弾を。 1秒でも早く。 1分でも長く目標へ叩き込み続ける事。

地味な作業であるが、彼らの支援無くして戦線は支えられないのだ。













[7678] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 4話・後篇
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/12/12 21:38
1996年4月24日 2045 イングランド南部 カンタベリー基地


「何故です!? 何故、我が隊の出撃が許可されないのですかっ!!」

イーデン女男爵(Baroness Eden)ダイアナ・ベアトリス・イーデン中佐は激昂し続けていた。
見事な金髪と白磁の肌。 讃えられた美貌。 未だ30代に達しない彼女は、その美しさも相まって、『アテナイ(アテナ女神)』と呼ばわれる衛士である。

彼女の激昂の理由。 今、対岸の大陸には8万を数えるBETAの大群が蠢いている。 
それを支えるのは、国連軍の僅か3個旅団の戦術機甲部隊のみ。

そして、その事態を憂いた女王陛下直々のお言葉に寄り、派兵された我等! 
それが何故に戦場を駆ける機会と、その名誉を奪われねばならぬのか!

「判っている筈だ、イーデン中佐。 ―――いや、イーデン女男爵」

目前で苦り切っているのは、国連軍第1即応兵団長、ヘルマン・オッペルン・フォン・ブロウニコスキー少将。

ブロウニコスキー少将とて、1人でも多くの戦力が欲しい。 1機でも多くの戦術機が欲しい。
だからこそ、死闘を続ける部下達を大陸側に置いて、『こちら』に増援要求に赴いていたのだ。

その意味では1個戦術機甲連隊の戦力は、喉から手が出る程欲しい戦力だ。
迎撃タイプのトーネードⅡGR.5Bとは言え、今回は純然たる防衛戦。 行動時間の低下は無視できよう。
だが―――出せないのだ。 この部隊は非常に拙い。


「何故です、閣下! 理由をお聞かせ下さい!!」

「くどいっ、中佐! 貴官も判っている筈だ! よりによって、『プリンセス・オブ・ウェールズ・ロイヤル連隊(PWRR)』とはっ!!」

『女王師団(Queen's Division)』―――その名の通り、『英国女王の』師団である。 名目上は。
指揮下に『ロイヤル・フュージリア連隊(機甲)』、『ロイヤル・アングリアン連隊(機械化歩兵装甲)』
そして『プリンセス・オブ・ウェールズ・ロイヤル連隊(PWRR:戦術機甲)』の3個連隊を有する。

極めつけは、『プリンセス・オブ・ウェールズ・ロイヤル連隊』が、女性衛士のみで構成される戦術機甲連隊である事。
そしてその女性衛士達は、全てが爵位家(公爵家~男爵家)の姫君方であり、中にはイーデン中佐の様に貴族の当主を務める者もいる。
何と言ってもこの連隊の『シェフ』は女王陛下だった。

「我等は女の身とて、武人! 死を恐れはしませぬ! 戦場では友軍が必死の防戦を行っております!
彼らを目前にして、このまま待機などと! 『すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される』
我々は多く求められ、多く要求される者たちなのです! それに今更、女だからだなどと・・・ッ!!」

「・・・『ルカによる福音書』12章48節。 今更、君に『ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)』を解釈して貰う必要は、私には無い」

自身、プロセイン貴族であり、男爵位も有するフォン・ブロウニコスキー少将は不機嫌そうに吐き捨てる。
いや、実際不機嫌なのだ。

「では言おうか? 貴官達を前線に出す気は毛頭ない。 これが英軍や欧州連合軍指揮下でなら、出戦も適おうが。
駄目だ、今の貴官達は国連軍だ。 出す訳にはいかぬ、政治的に微妙な事になりかねん」

欧州の政治・外交・経済・軍事には、未だに貴族階級が主要なポストを多く占めているのが実情である。
そして王家間が複雑な婚姻関係で結ばれているのと同様、いや、それ以上に各国の貴族の家系は絡み合い、混じり合い、繋がり合っているのだ。

『国連軍』指揮下で、『プリンセス・オブ・ウェールズ・ロイヤル連隊』がもし、壊滅的打撃を被ったとしたら。
欧州連合と国連の間にしこりが残る。 少なくとも軍部間には軋轢が生じる。 これは拙い。
中には欧州各国王家の縁者もいるのだ、この連隊には!

「失礼ながら! 閣下はフォン・ブロウニコスキー男爵家の当主にあられます! 
そして閣下の指揮下部隊には、フォン・アルトマイエル男爵家のご当主も!
一体、どのような違いがっ!?」

「判り切った事だ。 ブロウニコスキー男爵家も、アルトマイエル男爵家も。 我々が死ねば断絶する。 縁者も既に皆、逝った。
イーデン中佐。 欧州連合財務委員会の実力者であるオークランド伯爵(Earl of Auckland)に恨まれる事は、国連としては避けたい。
確か貴官の御一族・・・ 伯父上がオークランド伯爵位を継いでいるのであったな? そう言う事だ」

「くっ・・・!!」

「どうせならば、欧州連合常務委員会と、国連欧州代表部のお墨付きを貰って来れば話は違ったかもしれぬが?」

「・・・解りました。 常務委員会と、代表部! 説得してご覧にいれましょう! 1時間以内にっ!!」

更に顔を紅潮させ、勢いよく執務室を飛び出てゆくイーデン中佐の後姿を見ながら、ブロウニコスキー少将は苦々しく呟いた。


「・・・『スピットファイヤ(鉄火娘、じゃじゃ馬)』馴らしは、私はアルトマイエル男爵ほどには得意では無いのだ・・・」












1996年4月24日 2115 北フランス カレー仮設岸壁


サーチライトで煌煌と照らしだされた、仮設岸壁。 丁度、本日最終便の『特攻輸送船団』が入港したばかりだ。
接岸した大型コンテナ船の起重機から戦術機が吊り降ろされ、トランスポーターへ搭載される。
戦術機を搭載したトランスポーターはそのまま一目散に基地へと走り去る。
荷揚げされた大型コンテナをトラックに搭載する作業が、あちらこちらで行われている。

「はい・・・ はい・・・ そうです、戦術機予備機がトーネード36機、Migが12機、揚陸完了しました。 トランスポーターが向かっています。
予備パーツも有るだけごっそり。 ・・・えっ? そりゃ、トーネードとMigのパーツですよっ! 
流石にイーグル(F-15E)のは、アメリカさんが持ってくるのを当てにするしかないですがね」

野戦電話の向こうで、上官が興奮する様が判る。
そりゃ、そうだ。 今まで予備パーツが無い為に、泣く泣く共食い整備を余儀なくされたのだから。
今の戦力激減は、この共食い整備も大きな原因になっていたのだ。

「あと、お客さんが・・・ ええ、そうです。 ドーヴァーで右往左往していた『東』の整備部隊の本隊の連中、引き連れてきました。
これでMigの稼働率も上がってくれりゃ、良いんですがね・・・ はい、30分後には戻ります。 全揚陸作業確認後に」








2130 カレー仮設基地 第3旅団本部


「予備機が48機、それに予備パーツ。 深刻だったMigの整備要員も本隊が到着。
よし、トーネードの予備機は第1と第3大隊に優先して振り分けろ。 第2大隊はまだ戦力を保持しているからな。 Mig-29Mは6機づつ。 文句は聞かん。 
整備参謀、修理機体の復帰はどの位になるか?」

ようやくの事で少しの光が見え始めた事に、第3旅団長・バッハ大佐は早速状況の確認と共に、防衛計画の練り直しを始める。

「第1、第3大隊に各15機を回します、これで33機と32機。 第2には6機を回し、34機。 第4は16機、第5が17機。 合計で132機。 調整に2時間ばかりかかりますが。
修理機体は明朝、0700までに復帰投入可能機数は第1が8機、第2が7機、第3が7機。 『東側』の第4は12機、第5が11機で合計47機」

「定数216機で、2時間後に132機まで回復。 損耗率15%と見て、明朝時点での戦力は160機程を見込みます」

整備参謀の報告情報を受け、情報参謀が最終的な数字を述べる。

「定数の75%に回復していれば、上出来だ。 衛士の損失を低く抑えきれたのが幸いしたな。 
機体が有っても搭乗者がいなくては話にならんからな。 で、第1と第2旅団は?」

第3旅団は目処が立った。 問題は左右両翼の僚隊だ。

「兵団本部経由の情報です。 こちらと似たり寄ったりですな、現在の戦力は81機と83機。
予備機は両旅団共に、我々と同数の48機が揚陸されました。 2時間後には第1旅団は129機、第2旅団が131機。
要修理機の復帰は第1が45機、第2は47機との報告です。 兵団合計で明日の朝の時点で450機から480機程。 
なお、第13強行偵察哨戒戦術機甲中隊(スピリッツ)は含まない数字です」

旅団本部にも、ようやく生気が戻って来ている。
これまでが、これまでだ。 補給も補充も見込めない状況での固守(死守)を要求され、半ば以上皆が戦死を覚悟していた状況から、生き残る目が見えてきたのだ。

ただその為には・・・

「これからの2時間が勝負だ。 損害を極小に抑えつつ、可能な限り戦線を持久。
言うなよ? 言っている私自身、自分のセリフが信じられんのだ、そんな芸当が出来るのかとな」

2時間後には、予備機の投入が見込める。 しかし、保つか?
バッハ大佐は自嘲したが、兵団本部も同様だったのか。 10分後、兵団本部から発せられた受取指定の無い広域通信に苦笑した。
どうやらブロウニコスキー少将も、最後の腹を決めたと言う事か。



『 "People expects that every man will do his duty"(人類は、各員がその義務を果たす事を求める)』―――(1996年4月24日 2155 国連軍第1即応兵団司令部より発せられた督戦電)
















1996年4月24日 2300 北フランス カレー・ダンケルク間 第2防衛線


『次の波状攻撃が来たら、もう保たんかもしれん』

疲労の色が濃い、困憊した表情で呟くのはポーランド軍第303戦術機甲大隊『コシチュシコ』大隊長・ズジスワフ・クラスノデンブスキ少佐。

『しかし、実際の話。 ここを抜かれたら第3防衛線も危ない。 そうなったら最終防衛線も目前よ?』

戦術MAPを確認しつつ、表情を歪めるのはラトビア軍独立第1戦術機甲大隊『リガ』大隊長・ウリャーナ・セミョーノヴァ少佐。

『増援は・・・ 彼らだけか。 精鋭部隊だが、数が足らぬ・・・』

ルーマニア軍第8戦術機甲大隊『ドラゴニ・トランシルヴァニア』大隊長・ゲオルゲ・ハジ少佐が嘆息する。

「どこもかしこも、手不足です。 こっちも半分の2個小隊はカレー=ブーロニュ・シュル・メール間の防衛に駆り出されております」

増援に対して、あからさまに落胆しないで欲しい。 こっちにも士気の問題と言うものが有る。―――俺としては声に出して言いたいのだが。
流石に2階級上位の指揮官達に対して、それは拙いか。

『で、周防中尉。 増援のF-15E、2個小隊。 これは有り難いわ、正直1機でも欲しかった所。 ―――他は、やはり?』

「はい、セミョーノヴァ少佐。 『むこう』も、『フェリン』(エストニア軍第3戦術機甲大隊)と、『ベルチェーニ・ラースロー』(ハンガリー軍第4戦術機甲大隊)が悲鳴を。
『ヴィリニュス』(リトアニア軍第1戦術機甲大隊)と、ウチの中隊長が2個小隊率いて向かっております」

『各旅団共に、既に予備戦力は払底したからな。 現状を突破されれば、第3防衛線は無意味だ、戦力が無い。
最終防衛線に残存戦力を集中するしかないな・・・』

クラスノデンブスキ少佐に皆が同意を示す。
事態が急速に展開したのは約1時間前の2200過ぎ。 BETAがそれまでの波状攻撃から転換、一気に大群でもって押し潰しにかかってきた。
こちらとしてはある程度は想定済みの事態だ。 即座に第1防衛線を放棄し、戦力を第2防衛線に集中。
そして洋上の艦隊からの艦砲射撃と、今日になって揚陸・砲撃展開を済ませた欧州軍野戦機甲砲兵部隊(8個連隊相当)の支援砲撃を加え、必死の持久戦を展開しているのだが・・・

「カレー正面の第3旅団主力の3個大隊は、既に1個半大隊分の戦術機戦力しか残っておりません。
ダンケルク、ブーロニュ・シュル・メールも然り。 トーネードⅡは200機そこそこです。 戦力は1/3近くに落ち込んでいます」

『そして我等、東欧州社会主義同盟軍のMig-29Mは、6個大隊が最早、6個中隊のみ。 70機そこそこか』

『ここには約半分の36機だけ。 1個大隊分に、増援のF-15E、8機を合わせても44機』

『向かって来ると推定されるBETA群は、カレー前面に約2万、ダンケルクと、ブーロニュ・シュル・メールに各々1万5000。
そして3拠点の隙間、2か所に各7000から8000か・・・ 都合、6万5000』

最後のハジ少佐の言葉に、皆押し黙ってしまう。
この4日間で2万に近いBETAを削ったのだが、ここにきて連中も損害を無視できなくなったか。
いやいや、波状攻撃でこちらの戦力をジワジワと削った後に、一気呵成に押し潰す。 これは北満州や、シチリア島でも見受けられた連中の『戦術』だな。

『と言う事は、地中侵攻もあり得るわね。 どう思う? 周防中尉?』

網膜スクリーン上のセミョーノヴァ少佐が聞いてくる。
表情から見て単なる確認のようだ。 彼女など、俺の倍以上の戦歴の持ち主なのだし。

「過去の戦訓、小官の戦歴からみても、ギリギリまで支え切っているその時点で、側面か後背への地中侵攻、これでしょう。
今まで同じ手口で散々な目に遭っています」

誰しも、戦場を往来した者なら大体の想像は付く状況だ。
同じ考えなのだろう、セミョーノヴァ少佐が微かに微笑んで頷く。―――しかし、30代に突入したと嘆いていたのを見た事が有るが、下手をすると20代半ばに見える女性だ。

(―――女は化けるね、ホント・・・)

そんな事を漠然と思っている内に、先任大隊長のクラスノデンブスキ少佐が方針を固めた。

『ここで悲観していてばかりでは、何も始まらん。 兎に角、第2防衛線を固守する。 
最悪、地中侵攻が生じた場合は各隊、第3防衛線まで下がれ。 ここで戦っても、包囲殲滅されるだけだ。 
何としても、あと3時間保たさねば』

あと3時間。 3時間すれば、増援の欧州艦隊の母艦戦術機甲部隊、370機が救援に来る。それまで持ち堪えれば。 持ち堪えれば、明日の朝日を拝む事も可能だ。

そして明日の昼前には第38旅団―――米軍の即応部隊が到着する予定だった。 5個戦術機甲大隊と支援部隊、艦隊からの支援火力も増加する。
そこで48時間を耐え凌ぐ事が出来れば・・・ 米第7軍が到着する。 今までの死戦も浮かばれる。

そんな風に、皆が思った矢先―――


≪HQより防衛線全部隊! 緊急信! BETA群6万以上、行動を開始した! 繰り返す、BETA群6万以上、行動を開始した!≫

≪CPより『コシチュシコ』、前面のBETA群、約7600。 突撃級、約800。 要撃級、約1200。 光線級も確認されています、約60。
BETA前衛は防衛線前面、約10km地点を100km/hで侵攻中。 接敵予想、2310。 後続は60km/h、接敵予想、2314≫

≪艦隊砲撃管制より、『コシチュシコ』 貴隊方面へは『リュッツオウ』、『アドミラル・ヒッパー』、『プリンツ・オイゲン』、『エムデン』、『ケーニヒスベルク』を振り分ける。
英国艦隊からも、いくらか分派するそうだ。 堪えてくれ!≫

ドイツ艦隊からの砲撃支援内容は、正直心もとない気がしないでもない。
『リュッツオウ』は巡洋戦艦だ。 その主砲はL47・305mm砲が連装4基8門。
陸軍の重砲に比べれば一回り大きい巨砲だが、『戦艦』の主砲―――15インチ(381mm)や16インチ(406mm)と比較すると、どうしてもパンチ力不足だ。
他の4隻は巡洋艦。 その主砲は6.1インチ(155mm)か、5インチ(127mm) 速射能力は頼もしいが、戦力的には野戦重砲2個大隊と言った所か。
いや、訂正。 VSLを含めて砲兵2個連隊といった所だな。

これにドイツ軍の1個装甲砲兵連隊が支援してくれる予定だから、1個砲兵師団相当の火力支援。
支援火力としては十分なのだが・・・ 十分でないのはこちらか。 戦術機は50機に満たない。


洋上からの艦砲射撃と艦対地ミサイル、野戦自走砲の155mm砲弾とMLRSからのALミサイルが一斉に飛来する。
やがて迎撃レーザー照射が夜空に舞う。 発生する重金属雲。 そして粉塵爆発。

『・・・さて、踊ろうか? 諸君』

あと3時間、踊りきれるか? あと12時間、生き残れるか? 
そんな事は神様にでも聞いてくれ。 今、この生と死の狭間の一瞬に比べれば、考えるだけ無意味だ。

3個中隊のMig-29Mが、所定のポジションを占位した。 接触まであと2分、距離にして3km少々。

「ドライジン・リードより各機。 まずは何時も通りだ、突撃級の足を止める。 数が多い、多少遠いが2000で射撃開始」

『『『 ラジャ 』』』

戦術MAPでは、一直線にこちらへ向かって来る。
網膜スクリーンに映し出された兵装選択エリアから、キャニスター弾に代わってAPFSDSを選択。
右手腕がレギュラーポジションに自動で移動、左手腕がキャニスター弾倉を抜き、腰部装甲ブロックに収め、隣のAPFSDS弾倉を抜く。
M88支援速射砲に弾倉を装填し終わり、アイコンが初弾を送り込まれた事を示すグリーンに代わり、速射砲は自動的に砲撃ポジションに戻った。 この間、5秒。

そしてFCSにアクセス、遠距離に映し出された突撃級の画像をズームしてレティクル(Reticle)に捉える。
更に精密射撃モードを選択、目標を節足部にまで絞り込みピパー(Pipper)を合わす。 
激しく動く動的目標だ、レティクルからピパーが微妙に上下左右にブレてラグ・ライン(Lag Line)が伸び、なかなか定まらない。 15秒。

距離が詰まってきた。 ズーム倍率を落として照準する。 次第にレティクルとピパーの誤差―――ラグ・ラインが収束し始める。

「はあ・・・ はあ・・・ はあ・・・」

荒い息が聞こえる。 誰だ? ―――俺か。 20秒。

支援砲撃の炸裂が真近に感じる。 数千mは離れている筈なのに、どうしても近くに感じてしまう。 
震動が腹に堪えそうだ。―――スウェイ・キャンセラー。 いや、OFFのままでいい。 計器だけじゃ無い、直感も動員しないと。 
レティクルとピパーが合さった。 ロック・オン! 25秒。

「―――射撃用意・・・ 3、2、1、ファイッ!!」

8機のF-15Eから一斉に、中口径高初速砲弾が吐き出される。
36mmのシャワー程の発射速度ではないが、120mmの様なもどかしい遅さより速い。
腹に響く重低音と、射撃の反動が僅かに伝わってくる。 5秒程の射撃で突撃級の片側前後2本の脚を吹き飛ばす。
片脚全てを吹き飛ばされた突撃級がバランスを崩して横転、その場でもがく様に止まる。 ―――よし、次だ。

予め決めていた射撃時間は1分間。 それ以上だと差し込まれる。

「むっ・・・! くっ!」

目標が僚機と被らないよう、確認しつつ可能な限り素早く、正確に―――くそっ! 俺は砲撃支援の経験は無いんだ、せめて突撃前衛だったなら・・・!

射撃に5秒、再照準に2秒。 1分間の集中射撃が終わった時点で、2個小隊で削った突撃級の数は約80体程。 全体の1割程度か。
もう突撃級がそこまで迫って来ていた。

『ご苦労、『ドライジン』、『ウィスキー』! 『リガ』、『ドラゴニ・トランシルヴァニア』、 次は我々の番だ! 
『コシチュシコ』が正面を受け持つ! 左右を頼む!』

『リガ、了解したわ』

『ドラゴニ・トランシルヴァニア、了解。 近接の精髄、披露するとしよう!』

言うやいなや、3個中隊のMig-29Mが突撃級の群れの中に躍り込む。
サーフェイシングを多用し、右に、左に、高速で移動する。 その間にモーターブレードが突撃級の側面や後背を切り裂き、36mm砲弾の雨を浴びせかける。

目前の敵を回避するだけでなく、その背後や周囲の個体の動きを瞬時に観察して、次の動作を予測し機動してゆく様は、さながら群舞を見ているかの如く。
Mig-29Mの通り過ぎた後には、突撃級が汚らしい内贓物と体液を撒き散らして停止していた。

「ドライジンよりウィスキー。 左翼の支援砲撃を頼む。 右翼はドライジンが」

『ウィスキー、了解だ。 周防、支援砲撃は慣れたか?』

ウィスキー小隊長、マイケル・コリンズ中尉との会話の間に、旋回をかけようと横腹を晒した突撃級の1群に57mm砲弾を見舞う。
直後、1機のMig-29Mの横から突進をかけてきた突撃級の節足部を狙う―――狙撃成功。

「日々修行中だよ。 全体を見る目を養うには、丁度いいかもな。―――『リガ』、中央へ偏向し過ぎです。 『コシチュシコ』の周りがBETAだらけに。
右翼へ誘導して下さい、こちらからケツを撃ち抜きます。 『コシチュシコ』、後続BETA群、射撃範囲まであと1分。 そろそろ支援砲撃再開します!」

『全体を見る目か、確かにな! 『ドラゴニ・トランシルヴァニア』、そのまま左に! 突撃級が側面を晒した、このまま砲撃支援、入ります!』

俺とトマーシュのエレメントが『リガ』の高速機動で釣り上げられた突撃級の側面と後背に57mmを撃ち込み。
ライアンとレーヴィのエレメントが『コシチュシコ』の砲撃支援に入る。
左翼ではウィスキーが同様に『ドラゴニ・トランシルヴァニア』の支援砲撃を行っていた。


≪CPより『コシチュシコ』! BETA先頭集団、個体数585を確認! 突撃級、200体以上撃破! 1分後、支援砲撃始まります!≫

『よし、コシチュシコ・リーダーより全機! 十分引っ掻き回した、突撃級は最低でも数分間は突撃態勢が取れん! 今のうちに防衛線の内側まで戻るぞ!』

『『『 了解! 』』』

Mig-29MとF-15Eが一斉にサーフェイシングで後退する。
見るとMig-29Mが3、4機足りない気がする。―――レーダーの輝点を数えてみると、やはり4機足りない。
混戦で気づかなかったが、近接戦で喰われたか。

ふと、砲撃支援は十分機能していたのかとの思いがよぎる。 もしかしたら、不十分な砲撃支援ではなかったか?

『周防中尉。 突撃前衛上がりにしちゃ、なかなかの砲撃支援だったわよ?』

網膜スクリーンに映る、『リガ』のセミョーノヴァ少佐が、上気した表情で話しかけてきた。 1機足りない。

『そうだな。 米軍機の搭乗は2回目だったか? だが砲撃支援の経験は無いと言うから、どんなものかと心配だったが・・・ 十分だった』

『コシチュシコ』のクラスノデンブスキ少佐も笑っている。 こちらは完全な混戦だった中央部で2機失っている。

『コリンズ中尉は砲撃支援上がりだそうだな、流石の的確な支援だ』

ハジ少佐の『ドラゴニ・トランシルヴァニア』 やはり1機を失っていた。


『今後も支援の要請は、『スピリッツ』にお任せを』

マイケル・コリンズ中尉がおどけて答える。

『通信1本で、西から東へ』

ライアン・ギグス中尉。

『砲撃支援から、突撃前衛まで』

スタニスワフ・レム中尉。

『幅広く承ります。 俺たちゃ戦場の渡り鳥』

トマーシュ・ロシツキー中尉。

『なかなか、頼もしい子達ね?』

セミョーノヴァ少佐がコロコロと笑う。 ――― 子供扱いですか、参ったね。

「地獄巡りで、自分を見つけた連中なもので。―――そろそろ、降って来ますよっ!」

俺の言葉が終わらぬうちに、甲高い飛翔音と共に砲弾とミサイルの豪雨が夜空の天空から降り落ちて。―――迎撃照射!

≪CPより、HQ情報! 2335時、艦隊は全力効力射を開始! 全戦術機甲部隊は現地点から1km下がれっ! 巻き込まれたく無きゃ、急げっ!!≫

朝方に続く、脇目も振らない艦隊全艦による全力射撃。
上手くいけば、1万は削れるか? いや、駄目だな。 光線級がまだ残っている。 砲戦時間にもよるが、2時間程度として6000程か。 多くて7000。
それでも6万を割る事は出来る。 現在、4月24日の2335時。 母艦部隊到着まで約2時間30分。 米軍の増援第1派は4月25日1100時到着予定。 あと11時間25分。


耐えればこちらは次の1手を打てる。 耐えられなければ―――ブリテン島が戦場になる。
















1996年4月25日 0020 カンタベリー基地


「思いがけず、時間を費やしてしまったわ。 最早1秒たりとも無駄には出来ない! トリア! ローザ! 準備は宜しい!?」

「完了です、C.O」

「何時でも宜しいですよ」

ダイアナ・ベアトリス・イーデン中佐の問いかけに、第2大隊長・ヴィクトリア・サスキア・ヘッディントン少佐(ヘッディントン男爵令嬢)と、
第3大隊長・ローズマリー・フィリパ・ヴィア少佐(ヴィア男爵令嬢)が答える。

雰囲気が似通っているこの2人の大隊長、実は従姉妹同士だ。 
プラチナブロンドのロングヘアをアップにしたヘッディントン少佐と、ヘイゼルのショートヘアのヴィア少佐とで見分けは容易だが。

ヘッディントン男爵もヴィア男爵も、共にセント・オールバンズ公爵の従属爵位称号だ。 今は分家として独立している。
他の分家にバーフォード伯爵家があるが、その家の姫もまた、『プリンセス・オブ・ウェールズ・ロイヤル連隊』の衛士だ。 未だ任官したての少尉であったが。


「対岸は大火事よ。 防衛線を護る戦力の減少が酷いわ。 このままだと、今日の朝日を見る事が適わないばかりか、1時間と保たないかもしれないわ。
1時間半後には海賊ども(海軍)の戦術機部隊が支援に入ります。 それまで絶対死守!
正午前には新大陸からの増援が1個旅団、戦術機甲戦力は5個大隊。 私達の連隊が頼みの綱よ。 
いい事!? 大英帝国の名誉にかけて、ここは護り通す! "God Save the Queen" 神の恩寵よあれ!」

カンタベリーからドーヴァーまでNOEで高速移動。 ドーヴァーで給油を受け、そのまま対岸のカレーへ。 30分後には戦場に到達予定だ。

『女王陛下の剣』、108機のトーネードⅡGR.5Bが青白い焔を跳躍ユニットから立ち上らせ、漆黒の彼方へと飛び去ってゆく―――










「・・・ああ、そうだ、ヴィルヘルム。 はねっかえりのジャジャ馬娘達、1個連隊。 そっちに押し付ける。 
何? ・・・文句は聞かないよ。 配分は第1、第2旅団にも通達してある。 
ああ、そうだ。 扱き使ってくれ。 向うが送りつけてきたのだ、今更文句は言わさん。 では健闘を」

通信機の向う側で、盛大に文句を垂れている部下―――第3旅団長のヴィルヘルム・バッハ大佐の抗議を無視して、ブロウニコスキー少将は通信を切った。

全く、信じられない。
欧州連合常務委員会、欧州連合軍総司令部、国連欧州代表部、国連欧州方面軍総司令部、各々の正式命令書。 なにより、英国女王の勅命まで。

あの小娘たち、実家の人脈をフル稼働しやがった。
これだから、本当の地獄を知らない中途半端に実戦を知っている連中は、手に負えない。

まあ、いい。 今夜こそ彼女達も本当の地獄を見い出せる事だろう。
その結果がどうであれ、自分の預かり知らぬ事だ。 その責は神と王が負え、自分は知らない。


暫く一人きりになった執務室を見渡し、そして控室の副官に声をかけ、出発の用意を行う。
今朝から今まで、後方との調整もあってカンタベリーに足止めされていたが。 部下達が死線を潜っている時に、自分が対岸に居る事に我慢がならなくなったのだ。

「ふん。 カレー、そしてダンケルクか・・・」

忘れもしない、85年のあの日。 惨めな敗残兵として大陸からこのブリテン島へ落ち延びたあの日。
11年近くを経て、ようやく大陸の地に踏み立つ事が出来たのだ。 例えそこが地獄そのものであったとしても。










[7678] 国連欧州編 バトル・オブ・ドーヴァー 5話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/12/13 20:58
『第13強行偵察哨戒戦術機甲中隊『スピリッツ』 戦闘詳報 1996年4月24日』

『1996年4月24日 
・0810 出撃。 カレー方面第1防衛線にて、BETA群約4000と交戦。(協同部隊、第3旅団第1大隊、第2大隊)
・1025 帰還、損失無し。 補給、整備を行う。
・1215 出撃。 ダンケルク方面第1防衛線前面(ウォッカ、ドライジン)、ブーロニュ・シュル・メール方面第1防衛線(ブランデー、ウィスキー) 
・1235 ダンケルク方面、会敵。 BETA群約2500
・1240 ブーロニュ・シュル・メール方面、会敵。 BETA群約2000
・1345 全隊帰還、損失無し。 補給、整備。 数名、消耗が激しい。
・1510 出撃、哨戒偵察。 
・1520 カレー第2防衛線(協同部隊、第3旅団第12、第22中隊)にて会敵。 BETA群約400
・1550 ダンケルク方面へ移動。 第2防衛線にて会敵。 BETA群約280
・1640 帰還、損失無し。
・2030 出撃。 カレー方面第2防衛線(ドライジン、ウィスキー)、ブーロニュ・シュル・メール方面第2防衛線(ウォッカ、ブランデー)
・2045 カレー方面会敵。 BETA群約2000 
・2050 ブーロニュ・シュル・メール方面会敵。 BETA群約1600
・2140 全隊帰還。
・2230 出撃。 カレー=ダンケルク中間点第2防衛線(ドライジン、ウィスキー) カレー=ブーロニュ・シュル・メール中間点第2防衛線(ウォッカ、ブランデー)
・2310 会敵。 BETA群、全戦線での総数、約6万5160
・2335 艦隊による全力効力射撃開始。 砲兵部隊による全力効力射撃開始。
・0045 再突撃。 
・0135 帰還 』





1996年4月25日 0655 北フランス ブールニュ・シェル・メール前面 第2防衛ライン付近


朝日に照らされる空から轟音を残して、英海軍のF-4Kの1個編隊(中隊・12機)が肩部装甲ユニットに組付けた3連装ミサイルユニットから、アスター15対地ミサイル6発を一斉に発射した。
都合72発の大型ミサイルが音速の3倍の速度で突進してゆく。 

迎撃レーザー照射が行われるが、低空を猛速で飛び、最後にポップアップするミサイルをなかなか捕捉出来ていない。
アクティヴVT信管が目標を捕捉して炸裂。 破片調整弾頭が高速で砲弾破片や小型弾芯をばら撒き、BETAを薙ぎ倒してゆく。

小型種には防御手段など無いに等しい。 
大型種でも要撃級は柔らかい部分の露出が大きく、突撃級でさえ節足部を破傷して動きが鈍る。

『バッカニア01より、『スピリッツ』! 出前は完了だ! 次は『アルビオン』の第3中隊が15分後に来る、それまで気張ってくれ!』

『バッカニア』―――英海軍戦術機母艦『クイーン・エリザベス』の第5中隊が広域支援攻撃を終えて飛び去ってゆく。
カレー方面には英国の3母艦『クイーン・エリザベス』、『セントー』、『アルビオン』が支援に入った。
F-4Kが156機、13個編隊(中隊)、15分おきに1個編隊が広域制圧支援に入ってくれる。

『スピリッツ・リーダーよりバッカニア! 支援感謝する! 
大穴が空いたぞ、『ドライジン』! 『ブランデー』! 突っ込んで光線級を仕留めてくれ!
周防、長門! 突撃前衛上がりの腕、見せろよ!?』

「了解。 十分なお膳立てだ」 『10分以内に片付ける』

俺と圭介の率いる2個小隊のF-15E、8機がぽっかりと空いたBETA群の穴へと突っ込む。
左右から要撃級や戦車級が穴を塞ぎにかかるが、36mmの弾幕射撃と120mmHESH弾で掃討する。

『直衛、右の20体頼む。 こっちは左の18体を片付ける』

「了解。 気をつけろ? 左前方、奥に要塞級8体」

『承知』

群れを突破した所で2手に分かれる。 サーフェイシングは最高速度に近い。

「ドライジン、一気に間を詰めるぞ! 懐に飛び込めば、光線級はただの射的だ!」

4機のF-15Eが一気に距離を詰め、至近から36mm砲弾の雨を光線級に浴びせかける。
1回に1秒か2秒の射撃で1体を葬る。 3、4秒の連続射撃で射線をずらしながら数体を纏めて葬る。 
その間、機動は止めていない。 群れから別れて集まり始めた小型種―――厄介な戦車級に取り付かれないようにする為だ。

それぞれ3体ばかり倒した時から、戦車級が鬱陶しくなるほど集まってくる。
大型種は『ウォッカ』、『ウィスキー』が相手取ってくれているが、小型種までは手が回らない。

「しつこいな・・・っ! 消えろっ!!」

120mmキャニスターで戦車級の群れを纏めて葬り去る。
弾倉交換―――リロードして弾種交換する暇はない。 光線級には36mmで、戦車級には120mmキャニスターで対応するか。

『03よりリード、あと7体』

「5分以上かけるな、流石に小さいのが群がってくると対応しきれない。 それに向うの奥の要塞級が厄介だ、『ブランデー』に取りこぼしが出来そうだ」

エレメントに分かれて掃討を再開する。 1機が光線級の排除を担当し、残る1機が群がってくる小型種の掃討を受け持つ。
一気呵成に行った方が早い気がするが、実はそうではない。 2目標に分散されるとその対処が後手に回る。 隙を突かれ易くもなる。
基本すぎるように見えても、基本に従った方がここは早いと判断した。

俺が光線級に36mmを叩き込む間、エレメントを組むロマン・ポランスキー中尉が120mmキャニスター弾で周囲を掃討する。
向うでは第2エレメントのライアン・ギグス中尉とレーヴィ・シュトラウス少尉が同様に掃討戦を展開していた。

『―――これで、17体目! 残り3体! しかし、意外だったな、周防!』

「何がだ? ライアン?」

『君の指揮ぶりさ! 突撃前衛上がりと聞いていたから、もっと派手に一気呵成に行くものと思っていたが! どうして、どうして、教本並みの基本戦術だ!』

「18体目、撃破! 全て教科書通りは捻りもクソも無いが。 教科書を否定する事が応用でも、新戦術でも無い、そんなモノはただの馬鹿だ。
だからこそ、俺達は今まで生き残ってきた―――そうじゃないか?」

『19体目、キル! 確かにね! 基本あっての応用! 新戦術ってのは、基本の枠内での新しい応用だしな!』

何でこんな場面で、座学の基本戦闘講義の復習をしているんだ? 俺達は―――サーフェイシングで小型種を避け、20体目の光線級に36mmをたらふく叩き込み、霧散させる。

「右翼は片付いた! 圭介、左翼は!?」

『14体まで始末したが、残り4体が要塞級の陰に隠れやがった! 手伝え!』

「了解! 右側面から突っかかる! 『ドライジン』、要塞級の右側からだ! 後ろには光線級が居る、跳躍は控えろ!」

全速で要撃級の右側面に弧を描く機動で急速接近する。 その間に突撃砲の弾倉を120mmAPFSDS弾に換装する。
要塞級相手にキャニスターなど、豆鉄砲にもなりゃしない。

相変わらず、デカイ―――だが、数が少ない。 『ブランデー』は8体の内、2体を既に始末している。
なら2個小隊で3体づつ始末さえすれば。 要塞級の右前面で小さく噴射跳躍。 三胴構造各部の結合部前面に120mmAPFSDS弾を連射で叩き込む。
結合部が2か所、弾け飛んで千切れ飛んで倒れる。 要塞級はその巨大さと比較して重心が高い。 片方を千切り飛ばしさえすれば、容易に無力化出来るのだ。

『ついさっき、跳躍は控えろって云ったのは、誰だっけか?』

ロマンが含み笑いしながら、周りの小型種を掃討している。

『やるなと言った傍から、自分でやっちまうんだもんなぁ! こう言う所は、突撃前衛か!』

ライアンが側面から、120mmAPFSDS弾を上方へ向けて叩きこんでいる。
その後ろでレーヴィが周囲を警戒する。

「要塞級と同程度の高度までなら、跳躍しても実害は無いんだよ! 光線級も誤射を恐れて、滅多にレーザー照射してこない!
突撃級や要撃級を避けながら、要塞級を始末する時のテクニックだ! 覚えておいて損は無いと思うぞ?」

要塞級は全高66m。 戦術機は18mほど。 突撃級の全高16mで、要撃級は12m。
高度40m程までの跳躍ならば、突撃級や要撃級に邪魔されず飛び越した上で、光線級のレーザー照射を殆ど気にせず要塞級に攻撃を掛けられる。
要塞級の左右10本の脚の可動範囲は限られているし、50m以内に入りこまなければ忌々しい触手に捕まる事も無い。

それに100m以内の射撃距離は、突撃砲の120mm砲弾にとっては至近距離だ。 一般に言われる程には、俺は対要塞級に対して戦闘面での脅威は感じていない。
要塞級の脅威とは、地中侵攻の主役である事と、その腹の中に光線級を抱え込んで出現してくる事だ。

『ドライジン、ブランデー・リーダーだ。 余りそいつの言う事を鵜呑みにするなよ? 何事も基本が大切だからな!』

『ドライジン02より、ブランデー・リーダー、了解。 流石付き合いが長いとよく判っている!』

『ドライジン03だ、ブランデー・リーダー、良い事を聞かせてくれた!』

『ドライジン04、こんなに支持されない指揮官も珍しいですね? リード?』

「喧しいっ!! 要塞級は片付いた! さっさと光線級の残りを片付けろ!!」











「どうやら、厄介な光線級は片付いたか。 『ドライジン』、『ブランデー』! 戻って来てくれ、こっちも早々は持たない!」

突撃級と要撃級を相手取っている第1小隊『ウォッカ』と、第4小隊『ウィスキー』は機数が減っている。
つい1時間前の戦闘で、それぞれ1機づつを失っていた。 2個小隊で6機程度の戦力ではどうにもならない。
ここはまずは一旦引いて・・・

『引くなっ! 堪えろ、支えるのだ!』

不意にオープン回線から、逼迫した女性の甲高い声が響き渡る。

―――くそっ! あのお姫さん、まだ判っていないらしいなっ!

エルデイ・ジョルト中尉が忌々しげに見つめる先には、傍らで共に前線を支えている僚隊。
英軍から急派されてきた『プリンセス・オブ・ウェールズ・ロイヤル連隊(PWRR)』の第3大隊。
大隊長のローズマリー・フィリパ・ヴィア少佐が部下を叱咤していた。

確かに戦力増強は有り難かった。 海軍部隊が投入されるまでの時間、戦線を支え切れたのは彼女達『姫様連隊』のお蔭でもある。
だが、ここにきて厄介なことにもなりかけている。 彼女達は短時間の間引き攻撃の経験は豊富の様だが、今回の様な何時間も、何日間も継続する戦闘は未経験の様なのだ。
お陰で力の抜き加減が判らない。 常に全力で戦っている為、そろそろ気力も体力も限界に近付いている。

体力の消耗は、気力と集中力の低下に直結する。 そしてそれは即座に『死』に繋がる。
事実、この2時間で第3大隊は定数36機の内、実に13機を失っていた。 1個中隊分が壊滅したのだ。 残り23機。

そしてその皺寄せはこっちに回ってくる。
第1小隊のジャンゴ・ラインハルト少尉と、第4小隊のエミール・ザトベック少尉が戦死したのも、つい1時間程前に『ガーネット(PWRR第2大隊)』を支援した時だ。
倒しても、倒しても湧き出てくるBETAに、とうとう我慢が出来ずパニックを起こした新米を助けようと、エレメントリーダーがサポートした時、要撃級に差し込まれた。

2機揃って硬直している所を、ジャンゴとエミールが助けに入ったのだが。
護りながら要撃級を捌いていた2人だが、横合いから別の要撃級の群れに突っ込まれた。 中隊は手が回らなかったのだ。
結局、4機ともBETAに喰われた。 ジャンゴは悲鳴も上げなかった。 エミールの『ついてない・・・』の呟きが耳に残る。
『ガーネット』の2人の衛士の最後の声は、絶望的な悲鳴だった。


『うっ・・・ うわあぁぁぁ!!』
『来るなっ! 来るなっ! 来るなぁ!!』
『・・・主よ、我を救い給え・・・』

悲鳴、絶叫、哀願。 通信回線から聞こえてくる声は、この大隊が最早、限界点に差し掛かっている事を示す様なものばかりだった。

「スピリッツ・リーダーより、『ローズ(PWRR第3大隊)』! 至急! 第2防衛線内側まで後退して下さい!」

『何を言う! ジョルト中尉、我々は引かぬ! ここを引いては戦線が・・・ッ!』

「引かなきゃ、後ろの連中が支援砲撃を開始できないっ! 友軍誤射で死にたいんですかっ! 
何の為にウチの2個小隊が突っ込んで、光線級を始末したと思っているんですかッ!」

―――くそっ! 指揮官なら、まともな思考力を残しておけよっ! 何の為に『ドライジン』隊と、『ブランデー』隊を無理して突っ込ませたと思っているんだ!!

艦隊と砲兵連隊の支援砲撃開始まで、あと10分。 それまでに遅滞防衛戦闘を行いつつ、防衛線内側まで後退しなければ巻き込まれてしまう!
その為に、厄介な光線級を予め始末するのに、無理を承知で周防と長門に突っ込んで貰ったんだ!
突撃前衛上がりの2人なら兎も角、迎撃後衛上がりの俺やマイケルでは上手く突撃指揮は取れない!!

『エルデイ! 左翼の要撃級、約800! 突っ込んでくるぞ!』

2番機の久賀が、切羽詰まった声で注意を促す。
『ウォッカ』隊のマイケルが、小隊を左翼に展開させた。
見ると左翼に固まっていた要撃級の1群が動き始めている。 駄目だ、あれに突っ込まれては壊滅する!

『ドライジンだ、光線級は片付けた―――おい、エルデイ! 貴様、何していた!? まだこんな所で!?』

『頼むぜ、おい! 死地から帰ってきたら、またまた死地か!?―――要撃級が突っ込んでくるぞ!?』

「くっ! 判っている! 周防、長門! 悪いが遅滞防御戦闘! 付き合ってくれ! あと5分で海軍さんがまたやってくる!
ヴィア少佐! 旅団命令が出ているんです、早く! それともここで命令無視しますか!? 死んでも不名誉しか残らんですよっ!?」


前面の要撃級と小型種の群れに、120mmHESHを叩き込む。
『ウィスキー』隊は左翼を警戒しつつ、やはり群がってきた小型種を始末する為にキャニスター弾をばら撒いていた。
『ドライジン』、『ブランデー』の両隊が後方から無防備なケツに36mmと120mmを浴びせかけ、こっちに戻ってきた。

『くっ・・・! 『ローズ』全機! 一旦防衛線内部に引くぞ! 各機、斉射3連!―――よし、引けぇ!!』

23機の、いや、更に1機減った22機のトーネードⅡGR.5Bが跳躍ユニットを吹かして後方へと退避する。
これで残るのは『スピリッツ』中隊のみ―――

『ま、却って子守りの必要が無くなって良かったかな?』

久賀が不意におどけた調子で言う。 奴にしては珍しい。

『そうかぁ? 逆に良いトコ見せれば、上手く良きゃ、逆玉の輿だったかもよ?』

これはイルハンか。 逆玉ね? お前、こっちに来てから同郷の『グラム(第3旅団23中隊)』の女性衛士に、何かと言い寄っていたんじゃ無かったか?

『日本の武家とかと違って、欧州の貴族は庶民との結婚も、ままあるって話だしな?』

お? 長門、本気か?

『スウェーデン王太子やっている第1王女の婚約者は、只の実業家ですよ。
親父のスウェーデン国王陛下にしても、妃の王妃様はドイツ人とブラジル人のハーフで、南米育ちの庶民だし』

ドイツ繋がりか? レーヴィが詳しい事を言う。

『EUの父―――リヒャルト・ニコラウス・クーデンホーフ=カレルギーは、オーストリア=ハンガリー帝国の貴族、ハインリヒ・クーデンホーフ=カレルギー伯爵の息子だが。
その伯爵の妻でリヒャルトの母は日本人で、東京の骨董品屋の娘だったしな。 庶民出身の伯爵夫人。
ま、本気で狙うならそれも良いさ。 ―――生き残ってからな! 突っ込んで来たぞ!』

周防の一言で皆が戦闘モードに入ったようだ。
そう、全ては生き残った奴が手に入れる話だ。 死者には何の権利も無い!

「スピリッツ! 海軍機の支援まであと2分! 支えろっ!!」

全機がAMWS-21突撃砲を構える。 もう支援速射砲など、どこぞでぶっ壊れて転がっている。
各々が装備した4門の突撃砲―――両腕に2門、可動兵装担架システムのアームに取り付けて前面展開させた2門。 
たったの14機、弾幕張ってもどれだけの効果か正直不安だが。 それでもイチイチ機動を駆使して斃すより効果的だ。―――相手は合計で1000体近い要撃級の群れだからな。

地響きを立てて要撃級の大群が迫ってくる。 灰色と汚れた黒の大津波、腸がねじ切れそうな気分だ。

『スピリッツ! こちら『カットラス』だ! アスターミサイルの出前、届けに来たぞ!』

「カットラス! 有り難い! 兎に角、要撃級のど真ん中に放り込んでくれ! 邪魔な光線級は始末した!」

『了解! 頭を低くしていろ! ―――全機、発射!!』

以外に小さい発射音と共に、再びアスター15対地ミサイルが発射される。 72発。
要撃級相手にどれだけ効果が出るか・・・ 着弾。 うん、100体は吹き飛んだか?

『スピリッツ! 光線級はいないと言ったな? ならサービスだ! 全機、フライパスしつつ、制圧射撃!』

欧州連合軍が標準装備するラインメイタルMk-57中隊支援砲。 海軍機は全機が装備している。
その高初速速射砲を下に向け、57mmの弾幕射撃を上方から要撃級に浴びせつつ、F-4Kの12機がフライパスした時には、実に200体近い要撃級が屠られていた。
一航過だけでなく、帰りも弾幕射撃を見舞っていった『カットラス』の通り魔のような攻撃が終わった時、要撃級の群れは半数近くに減少していたのだ。


『ドライジン・リーダーだ、CP、近辺に光線級は?』

周防が何かを考えたか、CPに光線級の確認情報を聞いている。

≪CPよりドライジン・リーダー。 居ないな、少なくとも半径50km圏内には確認されていない。
カレー方面とダンケルク方面は、まだいるようだが?≫

『判った、サンキュ。 ―――エルデイ、簡単な事を忘れていたよ、俺達は』

「何だ? 周防?」

『半径50km圏内に光線級が居ない。 少なくともNOE高度200までは上がれるんだ』

思わず苦笑する。 皆も同じだ。 全く、俺達もお姫様達の事は言えんな、余裕を無くしていたか。

「スピリッツ! NOE制限高度は200! 頭上からたっぷり砲弾を浴びせかけてやれっ!!」














1996年4月25日 1120 カレー沖 タラワ級強襲揚陸艦『サイパン』


「第21遠征打撃群、戦術機甲部隊、発進準備完了しました」

「国連軍第1即応兵団司令部より入電。 『感謝を。 貴隊の勇戦を祈る』です」

「『レイテ・ガルフ』、『ジョン・ポール・ジョーンズ』、『カーティス・ウィルバー』、VLS発射」

「『オースティン』、『トーテュガ』、『ハーパーズ・フェリー』、揚陸作業開始」

「A-6(イントルーダー)中隊が、揚陸地点を確保。 警戒に入ります」

「第1、第2空中機動中隊(AH-1W・各12機)発進しました。 目標、カレー第2防衛線に浸透した小型種の殲滅」

「第1152海兵大隊、揚陸開始します」


LCAC-1級エア・クッション型揚陸艇が10隻、海岸線へ向かって猛速でダッシュしてゆく。機械化歩兵装甲部隊である海兵隊が、所狭しとスシ詰めにされていた。

上空にはAH-1W『スーパーコブラ』攻撃ヘリが低空を戦場に向かって突撃している。 
最大巡航速度が150 kt /277.8 km/hは、戦術機のNOEに比べれば鈍足だが、対小型種BETA戦闘では戦術機よりも有効だ。
万が一に備え、MH-60R統合多用途艦載ヘリ・シーホークが4機、ソノ・ブイを海中に投下している。 BETAの海中浸透を警戒してだ。


「よい上陸日和になったね」

第26任務部隊司令官・パトリック・ジェームズ・シモンズ海軍少将が上陸地点を見つめながら呟く。
カレー基地西南5kmの海岸線地帯。 丁度良い場所に、丁度良い上陸地点が有ったものだ。

「何、先の世界大戦でも、候補に挙がっていた場所さ。 結局はノルマンディーに決まったがね」

「・・・『インディペンデンス』の第1155大隊と、『プリンストン』の第1156大隊はこのままカレー防衛線に向かわせます。
『ベロー・ウッド』の第1157大隊はダンケルクへ、『カウペンス』の第1158大隊はブーロニュ・シェル・メールの増援に。
『モントレー』の第1159大隊は戦術予備に。 ブロウニコスキー少将とは先程、話を付けましたので」

第38戦術機甲旅団長、ジョージ・ライネル陸軍准将が方針を告げる。

「うん、陸上部隊の指揮官は君だ、良い様に。 ところで欧州の連中、意外に健闘したのだね?」

「そのようです。 現在、第1旅団の残存戦力は151機、第2旅団150機、第3旅団155機。
これに我が軍の戦術機甲部隊を加えれば、第1は189機、第2は188機、第3が193機。これに欧州連合海軍の母艦部隊が残存261機。 合計831機。 
第20任務部隊 (Task Force 20, CTF-20 第2艦隊母艦任務部隊)が到着するまで、十分支えられます」

「督促しておいたよ。 それとは別に、第7軍本隊は?」

最後の要、巨大な戦闘力を誇る米第7軍本隊が到着出来れば、この死闘もケリがつくだろう。
戦術機600機以上、戦車600両以上。 各種火砲、支援部隊の充実ぶりは欧州連合軍のそれを、遥かに凌駕する。
そしてそれを支える継戦能力。 なにも精強さは正面戦力だけで測るものではないのだ。

「予定より若干早まりそうだとの連絡が。 第7軍団は明日、26日の1630に。 後続の第9軍団はやはり26日の2200の予定です」

「ふむ・・・ まるで『ブル』じゃないか? Jr.(アレキサンダー・レイモンド・スプルーアンスJr米海軍中将。 第2艦隊司令長官)は冷静な男の筈だが?」

「気が逸っているのでは? 流石のJrも、これ程の実戦は初めてでしょうし」

「或いは、CTF-20司令官に引きずられたか?」

「仕掛けたのは閣下でしょう?」

「なに、早く事を終わらせれば、それに越した事は無いよ」

2人の高級指揮官は顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。
先程、シモンズ海軍少将が発信した緊急電に対する、応答電が入ったのだ。

「予定が前倒しになるが。 欧州の連中にとっても、悪い話じゃあるまい? 早ければ今夜のうちに、彼等は来る」




『我が戦術機は着きしや? 未だBETAのみなりや? 第20任務部隊いずこにありや? 全世界は知らんと欲す』(―――1996年4月25日 1115 合衆国海軍第2艦隊・第26任務部隊よりの緊急電)


『我、31ノットで急行中』(―――1996年4月25日 1135 合衆国海軍第2艦隊・第20任務部隊よりの応答電)





「『サーティワンノット・バーク』、アルバート・バーク(米海軍少将)も、祖父の名を汚す事だけは無い男だよ」









[7678] 国連欧州編 最終話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/12/13 23:06
1996年4月26日 0730 イギリス海峡 CTF-20(合衆国海軍第2艦隊・第20任務部隊)戦術機母艦『ジェラルド・R・フォード』


右舷艦尾近く。 比較的コンパクトに纏められた艦橋構造物―――アイランドの頂点から『神託』が下る。

『エア・ボス(飛行長)より“Diamondbacks”(ダイヤモンドバックス:VFA-102。第102戦術機甲飛行隊)、発艦を許可する。 オーヴァー』

『ダイヤモンドバックス・リード、ラジャ。 リードより発艦する。 オーヴァー』

『OK、ダイヤモンドバックス。 全員帰還しろよ? でないと軍法会議に送ってやるぞ?』

飛行長のセリフに、指揮官は思わず苦笑する。
『帰還せず』とはすなわち戦死と同意だ。 今更軍法会議も何もない。 
飛行長の声に滲んでいた含み笑いが全てを物語っていた。 “全員、何としても無事に戻って来てくれ” 彼の本心だろう。

網膜スクリーンの中、イエロージャケットの誘導員が誘導方向に合図を送っている。
指揮官は戦術機の右腕をL字に曲げ、上下に振る。―――脚部ロックを外せ。

誘導員は注意深く主脚に取り付けてあったロック解除ボタンを操作し、固定が外れたのを確認。 元の位置に戻り、右腕を水平に伸ばしてサム・アップする。
そして別の誘導員を指し示す。 誘導引き継ぎ。 
誘導員が両腕を肘から先だけ上に曲げ、前後に揺らす。―――前進せよ。

『タキシング―――デッキ・アプローチ』

スティックに設けられたオート・ラン・ボタンを作動位置に入れる。 ゆっくりと歩き出す戦術機。
誘導員の指示に従い、機体を発進甲板前部に設けられた2基のカタパルト、その左舷側真後ろへ進入さす。

レッドジャケットの兵装要員が機体各部の目視点検を行う。
搭載装備―――問題無し。 機体状態―――問題無し。

兵装要員が機体から離れるのを確認したグリーンジャケットのカタパルトクルーが、射出重量の書かれたボードを衛士とカタパルト・コントロール・ステーションに示す。

指揮官は網膜スクリーンの機体情報エリアからその数字を確認。 機体の右腕を前に突きだし、肘から先を2度、上に曲げて同じ値である事を合図する。
衛士とコントロール・ステーションの確認を取り、この重量に合わせたカタパルト蒸気圧がセッティングされる。

先ほどとは別のカタパルトクルーが、制御用のトレイルバーを主脚につける。 
衛士はスティックの別のボタンを押し、機体のランチバーを下ろし、カタパルトクルーがこれを、カタパルトシャトルのスプレーダーにくわえ込ませる。

―――発艦準備が完了した。

JBD(ジェット・ブラスト・ディフレクター)が立つ。
カタパルト・オフィサーが右手の人差し指と中指でV字を作って合図する。 常用定格推力(ミリタリー推力)―――A/Bを使用しない最大推力だ。

指揮官はスロットルをミリタリーまで押し込む。 2基のF414-GE-400が咆哮を上げた。
推力値を確認し、異常が無い事を確かめ、網膜スクリーンに映るカタパルト・オフィサーに大きく敬礼を送る。

これを合図に、カタパルト・オフィサーが大きく脚を曲げ、甲板に倒れ込むようにしながら手を振りおろしカタパルト操作員に合図を送る。
カタパルト操作員が射出ボタンを押し―――カタパルト作動。 射出。

機体は2秒の間に300km/hまで加速され、猛烈なGを衛士に加えながら中空へと舞い上がってゆく。


振り向いて母艦を見ると、既に2番機がカタパルトにセッティングされていた。
僚艦の『ジョージ・ワシントン』、『ジョン・C・ステニス』からも、 “Golden Dragons”(VFA-192:第192戦術機甲飛行隊)、 “Dambusters”(VFA-195:第195戦術機甲飛行隊)が発艦しつつあった。

15分後、全機発艦を終えたVFA-102“Diamondbacks”、16機のF/A-18E(Block 2)は一路内陸を目指す。
専用の可動兵装担架システムに、比較的大型のミサイル・セル・ユニットを2基背負っているのが特徴的だった。

『リードより各機、目標、カレー第2防衛線前方5kmのBETA群。 陸軍が相手にしている。 先程ドラ猫(F-14D)がフェニックスをお見舞いしているが、数が多い。
最後に仕上げは我々が締める、いいな!?』

『『『 ラジャ! 』』』

やがて目標から80km地点に達する。 衛星情報リンクで目標の座標は掴んでいる、既にロックオンした状態だ。
そして75km地点、ミサイルに『火を入れる』様に指示を出す。 兵装担架システム起動。

70km地点―――『各機、AMRAAM(AIM-120C 中距離空対地ミサイル)発射!』

1ユニット6セルから構成されるミサイルユニット2基から、1機当り12発のAMRAAMが発射される。 16機合計で192発。
アクティブレーダーホーミングによるレーザー誘導弾が、音速の6倍の早さで低空を突進してゆく。
F-14Dに搭載されるフェニックスミサイルに比べると、小型で威力も劣る。 反面、小型・軽量故に搭載弾数は倍となり、自律誘導性能、飛翔速度は大幅に向上した。
射程距離70-80kmで『撃ちっ放し』能力が有る為、光線級のレーザー照射を直接気にしない位置から攻撃が可能になっている。

戦術MAPにミサイルを示すマーカーと、BETA群が映し出される。―――BETA群は赤色でほぼ塗りつぶされている。
発射後、20秒―――レーザー照射が開始された。 自律回避が起動するも、やや高度が高かった2割程が墜とされる。
25秒―――レーザー照射がいったん止まる、光線級のインターバルだ。 残ったミサイルは70%、134発。
30秒―――インターバルは、後7秒で終わる。 だがこちらの勝ちだ、AMRAAMはマッハ6.0 到達時間は34秒。

戦術MAP上でミサイルのマーカーが、BETA群の中で次々と消滅する。 続いて通信回線から初めて聞く声。

『ハンター01より、ダイヤモンドバックス! オン・ターゲット! 素晴らしい腕前だ、BETA群は吹き飛んだ!』

スクリーン情報には『第1155戦術機甲大隊・B中隊(ハンターズ)』とあった。 恐らく中隊長だろう。

『ダイヤモンドバックスより、ハンターズ。 デリバリーのリクエストはこっちにどうぞ。 ドラ猫より迅速だぞ!
ところで地上戦闘支援は必要無いのか? なんなら戦闘参加も可能だが?』

『ハンター01より、ダイヤモンドバックス。 気遣い感謝する。 が、必要無い。 取りあえず3個中隊の戦力はある。
それより、また支援要請をするかもしれん。 早速母艦に戻って再出撃準備をしてくれないか?』

『人使いの荒い事だ。 ハンターズ、持ち堪えろよ! ああ、それに『グラム』に、『スピリッツ』もな! 健闘を!』










機体を翻して母艦へと向かうF/A-18Eの編隊を見やり、彼は再び戦場に視線を向けて問いかける。

『では、アルトマイエル大尉、ジョルト中尉。 我々は両翼の底としてストッパー役を務めよう。 宜しいか?』

『感謝する、ウォーケン大尉』

『頼みます。 2個中隊じゃ、どうしても穴が出来る。 援軍、感謝しますよ、ウォーケン大尉』

『何、友軍同士、遠慮は無用と思う。―――それに、この様な場所で知人にも再会できた。 ではないかな? 周防中尉?』

アメリカ陸軍第1155戦術機甲大隊・B中隊『ハンターズ』中隊長・アルフレッド・ウォーケン大尉は、網膜スクリーンに映った衛士に語りかける。
東洋系、未だ20代前半くらいの若い顔。 だが、戦場での何かが刻み込まれた顔。

『一瞥以来です、大尉』

『うん。―――はは、今の乗機はストライク・イーグルか?』

『N.Y、一昨年のクリスマス。 ええ、持論は変わりませんが、汎用戦術として認めるに吝かではありませんよ』

『それでいい。 では、始めようか』

その一言を合図に、右翼の『グラム』のトーネードⅡ12機と、左翼の『スピリッツ』のF-15Eの12機が両翼からBETA群に襲いかかる。
突っかかっては引き、引いては突っかかる。 完全な混戦にはしない、あくまで戦闘をコントロールしていた。

『・・・大したものだ。 戦場で冷静さを保っている。 ―――よし、『ハンターズ』! B小隊、左翼の支援砲撃、C小隊は右翼だ!
A小隊は中央部の大型種を集中して狙え!―――ファイア!!』


















1996年4月27日 1030 イギリス海峡 カレー沖 合衆国海軍第2艦隊旗艦・戦艦『ユナイテッド・ステーツ』


L50・508mm砲3連装3基、9門の巨砲が唸りを上げて遥かな内陸へ巨弾を送り込む。
僚艦である『オハイオ』、『ニューハンプシャー』、『ルイジアナ』の3隻も、L50・458mm砲3連装3基、9門を槍の如く振り上げ、猛砲撃を加えていた。

「紀伊クラスに対抗して建造された本艦の、最初の実戦砲撃がBETA相手の艦砲射撃とはな・・・」

アレキサンダー・レイモンド・スプルーアンスJr米海軍中将は、艦橋からの眺めを見つつ、苦笑していた。

日本帝国海軍の誇る超々弩級戦艦『紀伊』級。 45口径508mm砲3連装4基12門を備えた、正真正銘のリヴァイアサン。
それに対抗する為に計画されたのが、『ユナイテッド・ステーツ』だった。

砲数こそ、紀伊級の12門に対して9門と、75%であるものの。 紀伊級は45口径、こちらは長砲身の50口径。 発射速度も上回る。
総合的に見て、個艦戦闘能力はほぼ同格と目されている合衆国海軍の象徴。

その艦が、強敵と砲火を結ぶ事を夢見た太平洋上では無く、大西洋―――イギリス海峡でBETAに対してその巨砲を唸らせている。
着弾点は洋上からでは目視し得ない、遥か80kmほど先である。 ロケットアシスト砲弾により、昔とは比較にならない射程距離を得た結果であった。


「閣下、第7軍司令官、バンデクリフト中将より入電です。 『環は繋がった』 以上です」

喜ばしい便りだ。 人類にとって、そしてこの欧州の人間にとって。
このまま後、数時間も猛攻を加えれば、BETA群全ての殲滅は適うであろう。

一昨日の4月25日、1105時 先遣隊である第26任務部隊と、陸軍第38旅団がカレーに上陸を成功させた。
これにより、それまで何とか凌いできた国連欧州軍、及び欧州連合軍(主に海軍)は物理的・時間的余裕を得た事になる。
同日夜半には、第20任務部隊(母艦部隊)が艦隊制限速度無視の突進に次ぐ突進で戦場へ突入。 広域支援を開始した。

明けて翌26日夕刻、米第7軍指揮下の第7軍団がダンケルク北東10kmの海岸線に上陸を開始。
更にその5時間後の26日、2130時。 後続の第9軍団がブーロニュ・シェル・メール南西8kmの海岸線に上陸を果たした。

以来、約12時間にわたり東西から電撃戦を敢行。 今朝に至りようやくの事でBETA群をその環のなかに封じ込める事に成功する。

無論、地中侵攻と言った厄介な可能性も捨てきれない。 だが対応可能であろう。
先程、欧州連合軍南部方面軍集団司令部より、緊急電が入った。 発信者は司令官のパトリック・デイヴィッド・スリム英陸軍大将。

通信内容は、欧州連合軍陸上部隊―――その打撃戦力主力部隊を本日昼過ぎには、大陸側へ急派するという内容だった。
英国陸軍野戦軍(第1、第3、第6師団)、西ドイツ陸軍第1装甲軍団、東ドイツ陸軍第5装甲軍団、フランス陸軍第1機甲師団、第4外人戦術機甲准旅団。

英軍はカレーから上陸し、正面戦力主力を形成する。
ドイツ軍はダンケルク方面、フランス軍はブーロニュ・シェル・メール方面より上陸し、各々第7、第9軍団と協同の予定であった。

洋上よりの支援戦力も大幅に強化された。
戦艦は4カ国合計で15隻。 正規戦術機母艦が10隻。 陸軍を運んだ艦を除く、軽戦術機母艦は12隻(護衛母艦、強襲戦術機揚陸艦を含めると50隻近い)
巡洋艦32隻、駆逐艦50隻以上、フリゲート艦52隻。 ミサイルコンテナ艦は100隻に達する。
300隻近い大艦隊が、イギリス海峡―――ドーヴァー沖合に遊弋していた。
(更に、後方支援の輸送船団を含むと1000隻を超す)

これ程の火力投射量。 そして継戦力。 合衆国あってこそ、合衆国あって初めて実現が可能な『火力の長城』
事実、前線では戦術機甲部隊、機甲部隊、機械化歩兵装甲部隊の積極的交戦を一時的に停止している。
下手に戦場に手を出せば、洋上からの業火に自らが焼き尽くされかねないのだ。

連続した砲撃音、と言う言葉は最早当てはまらない。
腹に響く重低音の轟音が、甲高い飛翔音が、最早一つの音として混じり合って、戦場を支配し続けている。

「閣下、砲撃支援はあと2時間継続いたします。 
その後、欧州連合軍地上部隊主力の上陸に前後して、一旦補給を欧州海軍、次いで我が艦隊の順で行います。 再砲撃可能予定、1530 」

「ご苦労」

情報参謀からの報告に一言つぶやいたまま、スプルーアンスJr海軍中将はまた押し黙った。

その姿を見ていた情報参謀は、何やら不安になってきた。―――提督は、何か危惧する所でもあるのだろうか?
作戦は今のところ順調だ。 可能な限り不測の事態に対する備えもした筈だ。 だが、まだ不足しているのか? BETA戦とは厄介なものだが、他に何か?


情報参謀の心配は杞憂だった。 スプルーアンスはただ不満だっただけなのだ。



(―――全く。 本艦、初の実戦砲撃の相手が。 事も有ろうにBETAだったとは!)













1996年4月27日 1440 北フランス カレー前進基地


1群の戦術機が帰還してきた。 機種はF-15E、機数は6機。

『コントロールより、グランドクルー! 『スピリッツ』が帰還する! 応急班待機!』

火を吹いている機体は無い。 跳躍ユニットの爆音がおかしい機体も無い。 負傷している衛士がいる報告も入ってはいない。
だが、それでも万が一の為に応急班が待機する。

やがて8機が次々に駐機場に降り立った。 そのまま待機列線に移動し、衛士が降りてくる。
疲れ果てた表情だ。 無理はないかもしれない。 この部隊は7日半にわたって連日の出撃を敢行してきた部隊だ。 出撃回数、交戦回数ともに最も多い。

その衛士達を迎える者が一人いた。 国連軍制式フライト・ジャケットに身を包んでいる。
右腕を吊るしていた、負傷したのだ。―――中隊長のエルデイ・ジョルト中尉だった。

「ご苦労だった、周防。 ・・・2機足りないな?」

「・・・久賀(久賀直人中尉)と、スタニスワフ(スタニスワフ・レム中尉)が墜とされた。 
ああ、2人とも生きている。 米軍の歩兵部隊に救出された。 第9軍団だ、今頃はブーロニュ・シェル・メールに向かっている筈だ」

「負傷は?」

「判らん。 久賀は盛大に罵っていたから、ありゃ、殺しても死にはしないよ。 
スタニスワフも、自分から脱出していたから大丈夫だろう。―――圭介の所は?」

「ラカトシュ(ラカトシュ・ゲーザ少尉)と、フィル(フィル・ベネット少尉)が墜とされた。 
ラトカシュは重傷だが、生きている。 野戦病院に収容された。 フィルは戦死だ。 要撃級の一撃をモロに喰らったらしい」

暫く2人は無言で歩く。
その内にハンガーから1人の衛士が姿を見せた。―――今日の出撃で、別動隊4機を率いていた長門中尉だった。

「よう・・・ 直衛、大丈夫か?」

「・・・ふらふらだ。 お前は?」

「疲れたよ・・・」

ジョルト中尉は立ち止り、そんな2人の後姿を見ていたが。 不意に大声で言った。

「兵団司令部が発表した! 国連欧州代表部と、欧州連合の合同声明だ! 『Our Finest Hour』だと!」

言った者も、聞いた者も。 暫く無言だったが。
次に声を出した時は、3人一緒だった。

「「「―――クソッ喰らえ!!」」」















待機所は溢れ返っていた。
本来の住人である、俺達『スピリッツ』の他に、米軍の第1155戦術機甲大隊のB中隊(『ハンターズ』)も間借りしているのだ。 
急激な人口増加に、基地の造成が追いついていない。

ソファに倒れ込むようにへたり込むと、『同居人』達の隊長であるウォーケン大尉が話しかけてきた。

「どうだ、周防中尉。 前線の様子は?」

「・・・戦術機甲部隊の大半は、開店休業です。 俺達は細々したややっこしい任務が有りますけどね」

―――それで今日、4機喰われた。

本当なら、そうそう簡単に喰われる様な連中じゃ無かった。
もう、疲労も限界なんか、とうに越している。 集中しようにも、集中しきれない。

「・・・今後、『スピリッツ』は後方警戒任務にシフトするそうだ。 今まで酷使され過ぎだ、信じられん程にな。
こんな言葉は、今更だろうが―――ご苦労だった、貴官達の奮戦に敬意を表したい。 では、我々は今から出撃する、君たちはゆっくり休みたまえ」

そのまま、敬礼する暇も無くウォーケン大尉は待機所を出て行った。
ふと、近くのテーブルに目がいく。―――ノートが有った。 手に取ると、それは今日戦死したフィル・ベネット少尉の『詩集』だった。


『I know that I shall meet my fate Somewhere under the clouds;Those that I fight.(僕は大空に浮かぶあの雲の下の何処かで、いずれ死ぬだろう)』

『I do not hate, Those that I guard I do not love.(敵が憎いのでもなく、護るべき人を愛するのでもない)』

『Nor honor, nor duty bade me fight, Nor country, nor my lover,(名誉ではない、義務で戦うのではない。 まして国の為でもない。 ・・・愛する人の為でも)』

『A lonely impulse of delight, Drove to this tumult under the clouds;(静かに湧き上がる衝動が、僕をこの雲の下の戦いに駆り立てるのだ)』

『I balanced all,(すべてを思い起こし、僕は思う)』

『The days to come seemed waste of breath,A waste of breath the days behind In balance with this life, this death.(明日を生きる事に何の価値があるのか。 昨日生きた事も無意味だ。 今のこの、生と死の一瞬と比べたなら)』


ノートを閉じ、ソファに寝転んで目を閉じる。

「―――キツイですか?」

不意に、聞き慣れない声に目を開ける。
見るとまだ若い、20歳位の米軍衛士―――少尉だった―――が、俺の方を見ていた。
少し緊張でこわばった表情だ、恐らくは今回が初陣なのだろう。 そばかすの残る顔に、ぎこちなく笑みを浮かべている。

「今日は・・・ 僕は、出撃し損ねました。 はは、中隊長に、『貴様はまだ早い』って・・・ 戦い損ねましたよ・・・」

(―――まだ、早い、か・・・ )

他の国の連中が聞けばどう思うか、大体想像はつくが。
米国も知っている俺にすれば、それもまた、『アメリカの良心』なのだ。 ウォーケン大尉はそう言う人柄だ。
―――なかなか、他国では理解されにくい事だが。

「・・・明日かもしれない。 今日かもしれない。 その内、嫌という程味わう事になる。―――運が良かったな、貴様」

圭介がぶっきら棒に言って、待機所を出てゆく。
その後ろ姿をぼんやり眺めていると、また聞かれた。

「―――キツイですか? 中尉・・・」











―――正直、今の僕は中隊のミソッカスだ。

搭乗経験は最も浅い。 実戦は未経験。 先任達には『訓練校出たてで、どうしていきなり実戦部隊に配属なんだ!?』などと驚かれた。

他の国はいざ知らず、合衆国じゃ訓練校を卒業しても最低1年間は、練成部隊で扱かれる。
同期生達は皆そうだった。 それなのに、どうして僕はいきなりこの部隊に配属されたのだろうか?

不安でしょうがなかった。 部隊は一足先に欧州へ進出していて、僕は支援要員と一緒に遅れて進出したのだけれど。
着いてみれば、もう殆ど戦闘は終息していたんだ。 

ホッとしたけど、まだ判らない。 散発的な小規模戦闘は続いているのだから。 そして戦死者も未だ出ている。

だから聞いてみたかったんだ。
僕の部隊じゃ無い、本来このベースに駐留している国連軍の衛士。 東洋系の若い中尉だった。
多分、僕より2、3歳年上だろう。 東洋系は若く見えるけれど、中尉と言う階級ならその位の年齢だと思ったんだ。

「―――キツイですか? 中尉・・・」

恐る恐る。 隊でこんな事聞いたら、何を言われるか判ったものじゃない。
歴戦だろうと思われる(何しろ、7日間以上も戦い続けた部隊なんだ!)その東洋系の中尉は、ゆっくりと僕の方を向いて。

疲労のにじんだ笑みだったけど。 今の僕には判らない、戦場で何かを刻んだような笑みだったけど。 そして、何となく哀しそうな笑みだったけど。 こう言ったんだ。


「大丈夫だよ。 ―――『 Piece of Cake(これしき)』」








1996年4月29日 国連欧州軍総司令部、欧州連合軍総司令部は、リヨンハイヴ、ブダペストハイヴより飽和した、約8万以上のBETA群の殲滅に成功した、と発表した。

1996年5月10日 国連、欧州連合、アメリカ合衆国合意にて、米国陸軍第7軍が国連欧州方面軍第4軍として、ブリテン島南部へ駐留が決定する。

1996年5月15日 『ドーヴァー・コンプレックス』に、新たにカレー、ダンケルク、ブーロニュ・シェル・メールの3基地を加え、恒久基地化する事を決定した。


















1996年6月1日 1300 カンタベリー基地 国連軍第1即応兵団本部


「「「―――転属!?」」」

驚きの声を上げたのは、俺と圭介、そして久賀の3人。
いきなり兵団本部に呼び出され(中隊は本部直轄だから不思議ではない)、あろうことか兵団長であるブロウニコスキー少将直々に、転属命令を言い渡されるとは。

「うむ。 貴官達がこの地に赴任して2年と8カ月。 本来の貴官達の戦場は極東戦線であるに関わらず、本当に今まで良く戦ってくれた、感謝する」

「「「 はっ! 」」」

最敬礼で返す。 兵団長などと、今まで直接話しした事も無い人だ。

「しかしながら、所属中隊は解隊だ。 戦死3名、負傷して衛士資格を喪った者が2名。 残った者も皆、他の部隊へ転属が決まった」

欧州出身者は、それぞれの母国軍への復帰が決まり、先月までに赴任して行った。
トルコ軍出身のイルハンもまた、明日にはエジプトへ出立する。 中東連合軍に属するトルコ軍への復帰だ。
・・・そう言えば、イルハンのヤツ。 ギュゼルを口説いていたけど、どうなったのかな?


「当初は、貴官達の古巣―――第88大隊―――への復帰を考えていたのだが。 アルトマイエル大尉がな・・・」

「―――大尉が?」

「『そろそろ、帰してやって欲しい』とな。 元をただせば、彼がこの欧州へ引っ張ってきた人材だ、貴官達は。
この先、いずれ戦いが続くのならば。 せめて祖国を護る戦いに戻してやって欲しい、そう言ってきてな」


―――極東に戻っても、暫く・・・ そう、数カ月は国連極東方面軍の所属だが。 遅くとも秋には日本軍への復帰が叶うだろう。

ブロウニコスキー少将の、その言葉が未だ信じられなかった。
そう、俺達は3人とも半ば諦めかけていた。 祖国への復帰を。
いずれ、この欧州のどこかで戦死するのではないか。 多分、そんな末路なのではないかと、思い始めていたのだ。

本部を出て、並木道を歩いている間も信じられない気分だった。

「・・・信じらんねぇ・・・」

久賀が茫然と呟く。

「まさか、新手の詐欺なんかじゃないよな?」

圭介も茫然としている。

「・・・今、夢か? 現実か・・・?」

俺自身、自信が無い。

3人で茫然としていると、不意に声を掛けられた。 いや、頭を叩かれた。

「痛ってぇなぁ! 誰だ!?」
「俺だぁ!」

見ると、ファビオだった。

「よう、聞いたぜ? 極東に戻るんだってな? いや、良かったじゃねぇか!!」

「ファビオ、お前・・・」

「何だ、何だ? しんみりしやがって! 向うはお前らのホームだろうがよ!? もっと嬉しそうにしなって!」

「あ、ああ。 だけどよ・・・」

久賀が言いにくそうに口ごもる。 俺も圭介もだ。
言いたい事は3人とも同じ。

「あぁ~ん? ・・・ひょっとして。 お前ら、後ろめたいとか思ってないよな?」

―――うっ! 鋭いじゃねぇか・・・

「ばぁ~か! そりゃ違うぜ? 俺は寧ろ嬉しい! それに感謝もしている。 お前達が欧州で戦ってくれた事にな! お前達と戦えた事にな!
俺は、俺の大切な人の為に、人達の為に、この地で戦っている。 それを誇りにしている。 だからこそ、戦える!
だからお前達も、お前達の大切な人の為に、大切な事の為に、極東で戦え! 俺はそれが嬉しいんだよ! ―――おれもこっちで戦うからよ!」

「ファビオ・・・」

もう、これ以上ないってくらい、カラッカラの笑顔でそう言い切るファビオ。
そうだったな、お前はあの南満州で、お前の戦う意味を話していたな。 その場所がここだったよな。

色々、世話になったな。 初めてこっちで出来た友だった。
一緒に苦戦したな。 一緒に苦労したな。 馬鹿な事も一緒だったな。 ―――有難う。


「ああ、そうだな。 俺達は極東で戦う。 お前はこの欧州で戦い抜いてくれ。―――有難う、戦友。 またな」










途中でギュゼルとヴェロニカに出会った。

「良かったわ、本当に、良かった」

良い笑顔でギュゼルがそう言ってくれた。
最初は同僚、次いで補佐役をしてくれた。 本当に、彼女がいなかったらどうなっていただろう?
今ではすっかり、歴戦の指揮官になっている。 でも、彼女の本質は全く変わっていない。 良く気が付いて、世話好き。 かけがえのない戦友だ。

「ふ、ふん! 良かったじゃない、国に帰れて・・・」

ヴェロニカは・・・ なんだか、最後まで彼女の事は判らない。 俺、何か悪い事でもしたかな?
でも、それでも何かと気にしてくれていたな。 有難う。 ―――イタリア、何時の日か奪回出来れば良いな。







ミン・メイに出会う。 負傷した後任衛士を病院に見舞った帰りだとか。

「何とかねぇ、無事に退院できそうなんだよ! 衛士資格も失わずに済みそうだって! 良かったよぉ~!」

ニコニコ、ニコニコ。 相変わらず、癒されるな。
彼女はもう暫く欧州に居るつもりらしい。

「だってね。 せめて、あの娘の面倒位は見てあげなきゃね!」

件の後任衛士の事だ。 ミン・メイ曰く『ほっとけない』らしい。 しかし、ミン・メイにそうまで言わすとは・・・?
案外、妹みたいに思っているんじゃないかな?










「だからぁ! いい加減、『フローレス』って呼べよ!」

「アンタなんか、『フローラ』で十分よっ!」

フローレスとアリッサに出くわす。 この2人、変わっていないな。
隊は変わったらしいが、いつも2人で見かける。 ひょっとして・・・?

「隊長! そんな縁起でもない事、言わないで下さいよっ!」

「何が、『縁起でも無い』よっ! それは私のセリフ! そうでしょ!? 隊長!!」

「おい、俺はもう、お前達の『隊長』じゃないぞ・・・?」

「判ってますよ。 でも、『隊長』は、『隊長』なんです」 「そう、そう!」

「やれやれ・・・ これはギュゼルも相当苦労したかな・・・? フローレス、アリッサ、もう十分だな。 2人とも中尉になった事だしな」

そう、この2人は今日付けで中尉に進級している。 あの、危なっかしかった新米達が・・・

「へへ・・・ やっと、『フローレス』って呼んで貰えましたよ」

当然だろう? 十分歴戦になったよ、お前も。
・・・ん? アリッサが大人しいな?

「あ、あは・・・ つい、リュシエンヌを思い出しちゃって・・・ スミマセンッ! 私、用事が有りますのでこれで!
隊長! 極東に行っても時々思い出して下さい、私達の事! 思い出してやって下さい、あの娘の事! それじゃ!!」

「あ、おい! アリッサ!? っと、スミマセン、失礼します、隊長!」

―――まるで、暴風の様に過ぎ去って行きやがった・・・

「忘れないさ・・・ 最初の部下だ。 最初に喪った部下だ。 最初に手放しちまった部下だ。
済まなかった・・・ 有難う。 忘れないさ・・・」











「周防」

呼び止められた先に、アルトマイエル大尉が立っていた。 敬礼する。
―――少し、印象が変わったか?

「長門と、久賀は?」

「長門中尉は、第3中隊に。 久賀中尉は、第1中隊に顔を出しております」

「そうか、古巣だしな。 積もる話も有るだろう」

何となく、話が進まない。
本当だったら、いくらでも話す事が有った筈の人なのにな。
そんな事を考えていた為か。 口に出た言葉は・・・

「―――大尉。 今更ながらですが、ニコールの事・・・「周防」・・・はい?」

「周防、私は道を歩き始めたよ」

そう言ったアルトマイエル大尉の顔は、何と言うか。
澄み切ったと言うか、哀しいと言うか。 それでも穏やかで、瞳には力が宿っていて。

「私は、道を歩き始めたよ。 感謝している、私も、彼女も。 君に。―――君たちに」

(―――君たち?)

「多くは言わん。 感謝する。 そして・・・ いずれ、また会おう」

「・・・はい。 では、またの再会を」

お互いに敬礼して別れる。
お互い振り返らず。―――道を、歩き始める為に。
















「周防中尉?」

振り返ると、趙美鳳大尉(6月1日進級)と、朱文怜中尉が居た。 2人とも、何やら大荷物だ。

「趙大尉、朱中尉。 何です? その荷物・・・?」

2人はキョトンとして顔を見合わせ、そして・・・

「何って・・・ 荷造りよ? 向うに帰る為の」

「向う?」

「極東よ。 私も、文怜も。 貴方達と一緒よ、向うに転属なの」

驚いた。 驚いたが、正直嬉しかった。 そうか、彼女達も。 そうか、良かった。
しかし、文怜がなにやら寂しそうな表情をしている。

「・・・でもね。 ねぇ、直衛。 翠華、あの娘を説得してくれない? あの娘、帰らないって言って・・・」
















大きな菩提樹の木があった。 別の場所から移してきたそうだ。

歌声が聞こえる。 澄んだ、良く通る綺麗な声だ。
感情が溢れそうなのか、不安定になりそうな歌声だった。

“Ich weiß nicht, was soll es bedeuten, Daß ich so traurig bin;(なじかは知らねど 心わびて)”
“Ein Märchen aus alten Zeiten, Das kommt mir nicht aus dem Sinn.(昔の伝説(つたえ)は そぞろ身に沁む)

風が吹いて、木々が揺れる。

「―――翠華」

彼女に声をかける。
歌声が止んだ。

「・・・この歌ね、『Die Lorelei (ローレライ)』 ニコールが好きだったんだって。 ドイツ語の歌なのにね? 彼女、フランス人なのに」

再び、歌い出す。

“Die Luft ist kühl und es dunkelt, Und ruhig fließt der Rhein;(寥(さび)しく暮れゆく ラインの流れ)”
“Der Gipfel des Berges funkelt、Im Abend sonnen schein.(入日(いりび)に山々 あかく映ゆる)”


「・・・翠華、あのな・・・「私、まだ帰らないから」・・・」

先、越しやがって・・・

「決めたから。 私が、自分で、そう決めたの。 ね? 直衛。 喜んで。 私、自分で決めたの」

振り返って、嬉しそうに微笑んだ翠華は。 また、あの『Die Lorelei 』を口ずさんだ。
何を思っているのか。 何を考えているのか。 本当の所は、俺には判らないだろう。

だけど、良い。 それで良いのかもしれない。―――今は、それで良いと思う。

手を広げて。 薄く眼をつむって。 菩提樹の木を仰ぎ見ながら。 翠華は歌い続けていた。―――『Die Lorelei』 ローレライの歌を。



“Die schönste Jungfrau sitzet, Dort oben wunderbar,”
“Ihr goldnes Geschmeide blitzet, Sie kämmt ihr goldenes Haar.”

もう4年になるのか、初めて出会ってから。

“Sie kämmt es mit goldenem Kamme, Und singt ein Lied dabei;”
“Das hat eine wundersame, Gewaltige Melodei.”

もう、震えて泣いていた君はいない。 どうすべきか判らなかった俺もいない。

“Den Schiffer im kleinen Schiffe, Ergreift es mit wildem Weh;”
“Er schaut nicht die Felsenriffe, Er schaut nur hinauf in die Höh'.”

君は、君が歩きだそうとする道を、君自身で見つけ出したんだね。

“Ich glaube, die Wellen verschlingen, Am Ende Schiffer und Kahn;”
“Und das hat mit ihrem Singen, Die Lorelei getan”

俺は、俺の歩く道を目指すよ。


「・・・またな、翠華」

小さく、小さく呟く。 さよならは言わないでおこう。 そう、さよならじゃ、ないのだから。


来た道を、歩き始める。 緑が濃い季節になっていた。




―――いつまでも、彼女の歌声が聞こえ続けていた。










[7678] 帝国編 ~序~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/12/19 05:05
1996年10月10日 2010 日本帝国副帝都・東京 神楽坂


国鉄の飯田橋駅を降り、外堀通りを早稲田通りに向けて抜ける。 そのまま坂下からの坂を上り歩く。
途中、右に折れて仲通りに入る。 暫くすると右手に芸者新町。 入ると置屋が軒を連ねる。
御座敷に向かう途中か、芸者達がカラン、コロンと鳴らしながら粋にそぞろ歩く。 後ろに半玉がくっついていた。

そんな情緒も、如何にも日本的だ。 もう何年も―――新配属以来だから、4年以上か―――味わっていなかった事を思い出す。
坂をゆっくり歩き、本多横町に突きあたると、そこを右へ。 そして直ぐの道を左に折れた行き当り。―――料亭、『満喜久』の暖簾をくぐる。


「いらっしゃいませ。―――周防大尉でいらっしゃいますね?」

「ああ、そうだ」

「お連れ様方が。 どうぞ、こちらへ」

係の仲居だろうか? 30代半ば位の、妙に艶っぽい仲居に案内されて屋内に入る。
静かな廊下を進むうちに、庭に出た。 山水を模したものか、なかなか見事な庭だ。

やがて仲居は一室の前の廊下で止まり、正座する。

「―――お連れ様が、お見えになられました」

「ああ、入って貰ってくれ」

中から渋い男性の声が聞こえる。
スッ、と障子を開けた仲居が、「どうぞ」と案内してくれた。 部屋の中に入る。

「ああ、酒を持ってきてくれんか? 冷やで良い、4、5本な」 「畏まりました」

またスッ、と背後で障子が閉った微かな音を聞きながら、座に座りこんだ。

目の前には、壮年から初老にかけての男性が3人居る。 いずれも言い知れぬ迫力のある面構えだ。
少なくとも、まともな堅気の仕事に就いている人間の感じでは無いな。 筋者の親分衆か、若しくは・・・

「・・・おい、直衛。 久方ぶりに会った叔父に対して、筋者はなかろう?」

「わざわざ、声に出しおって。 何時からこんな、捻くれた甥になったものか・・・」

「いや? こいつは昔からこんな所は有ったと思うがね? 義兄さん達はこいつの子供の頃の印象が強いのじゃないか?」

―――それも、そうか。

くそ、好き放題言ってくれる。
横合いから差し出された銚子を、酒杯で受ける。 まずはそのまま乾杯―――杯を飲み干す。 ・・・美味いな、日本の酒は。


「折角、お前の帰国と帝国軍復帰を祝って、一席設けてやったのだ。 そんな叔父たちに言うに事欠いて、筋者だと・・・?」

「そう思うのなら、言ってて自分で笑うな。 直邦叔父貴」

俺の横に座っている壮年男性は、周防直邦海軍大佐。―――言わずと知れた、直邦叔父貴。 親父の弟、俺の叔父だった。
何を考えているか判らんが、さっきから含み笑いばかりしやがる。 こう言う時の叔父貴は要注意だ。 何度冷や汗をかかされる目に遭った事か。

「ふ・・・ん。 あの、ヤンチャ坊主がなぁ。 すっかり、帝国陸軍大尉殿じゃないか? なぁ、直衛。 お前も成長したと言う事か」

「人間、4年も死ぬ様な目に遭い続けりゃ、少しは身につくモノもあるさ、 義郎叔父貴」

向かいに座る、初老(と言ってはまだ失礼か)の男性は、右近充義郎。 この人も俺の叔父にあたる。 正確には叔母(父の妹)の夫だ。

「はは! 確かにな! ・・・直衛。 良く、生きて戻ってきた」

破顔した後、妙に神妙な表情で酒を注いでくれたのは、藤崎慎吾。 この人も俺の叔父―――父の下の妹で、俺の叔母の夫だ。

因みに父は4人兄弟の長男で、下に妹(俺の叔母)が2人と弟が1人―――直邦叔父貴が居る。

「義兄さんも、来れればよかったのだがな。 仕事とあっては致しかた無いな」

「・・・親父がこんな場所に? 想像つかないな・・・」

俺の中の親父は、子煩悩な家庭人だった。 仕事が終われば、真面目に家に直行で帰って来ていた。
家族との団欒が、何よりも好きな人に思えていたんだが・・・?

「兄貴も、必要が有れば顔を出すさ。 それに今じゃ、現場の仕事より折衝なんかの方が多いそうだしな」

「ああ、ぼやいていたな。 何と言っても、開発本部長だ、取締役の。 
義兄さんの会社は、合成食材の関係で政府や軍とは繋がりも有るしな。 接待のひとつやふたつ、顔を出さにゃ、ならんだろうて」

「気苦労も多いんじゃないか? 何と言っても、義兄さんは根っからの技術屋だしな。 開発現場で一生を過ごしたかっただろうな」

叔父貴達の会話には、俺も同感だ。
帰国して驚いた事は、俺の親父さんが予想外の出世をしてしまったと言う事。
もっとも、営業には相変わらずノータッチらしいから、こんな酒席の場と言っても相手は技術屋相手なのが救いだと言っていた。


「親父に腹芸は出来ないしね。 ・・・それより、俺は今の状況の方が恐ろしいよ、全く・・・」

「うん? 何をだ? 数年ぶりに戦地から生きて帰国した可愛い甥をだ。 こうやって労っての酒宴だぞ? 何が悪い?」

「だったら、なんで兄貴(周防直武海軍主計少佐)が居ない? 従兄弟達の中にも、東京近辺に居る連中も居るだろう?
第一、俺を労うってんなら、実家でも良かったじゃないか。 こんな所、その筋の連中に見られてみろ、明日から俺には保安本部の監視が付くぞ?」

思わず出た愚痴にも、叔父貴達はニヤニヤと笑っているだけだ。 ―――ったく、この狸共めっ!

俺が言っているのは、叔父貴達の公の立場だった。

直邦叔父貴は今年、今までの統合軍令本部―――今年に入ってから、統合幕僚総監部に改編―――の作戦局第1部第2課長から、
帝国軍の軍政全般を統括する、国防省軍務局軍事部の軍務課長に移動していた。―――本人は、またまた海に戻る機会を失したと嘆いていたが。

そして義郎叔父貴―――右近充義郎憲兵少将は、帝国国家憲兵隊・東京管区憲兵隊司令官。 泣く子も黙る、国家憲兵隊の親玉の一人だ。
慎吾叔父貴―――藤原慎吾氏は、外務省国際情報統括局・第1国際情報統括官室長。

まともな軍人ならば、出来れば関わり合いになりたくないと思うお歴々ばかりなのだ、叔父貴達は。
直邦叔父貴ならまだしも、義郎叔父貴や、慎吾叔父貴の2人と会っている所を見られてみろ。
何かよからぬ国内・国際謀略に手を染めているのかと、警務隊の保安本部が動き出すに決まっている。

それでなくとも1950年代に分離して以来、軍内部の司法警察執行官である警務隊(従来の憲兵隊、外国で言うMP)と。
国内の公安治安維持を特高警察(内務省警保庁特別高等公安局)と、いがみ合いながらも担っている国家憲兵隊は犬猿の仲だ。
特に国家憲兵隊は有事の際には、重武装機械化歩兵部隊として実戦に参加する任務も帯びている。 所謂、武装憲兵故に規模も大きい。

言ってみれば近親憎悪なのだが。 兎に角、警務隊と憲兵隊は仲が悪い。 俺としては痛くもない腹を探られるのは、勘弁して欲しい。


「安心しろ、仕事絡みの話は抜きだ。 純粋にお前の帰国祝い―――それと、昇進祝いも兼ねてな」

―――そう。 今の俺の正式な立場は、帝国陸軍衛士大尉。 つい10日前に中尉から大尉に進級したばかりだったのだ。

「本当にな。 ついこの間、訓練校を卒業して少尉に任官したものと思っていたのにな。 もう、大尉か・・・ 4年半が経つのか」

「慎吾義兄さん、俺としてはよくぞこいつが訓練校を放り出されずに卒業できたものだと・・・」 「叔父貴、余計な御世話だ」

全く、好き放題言いやがって、この年寄り共め。
いい加減、急ピッチで飲んでいる為か。 ほろ酔い加減になってきた。 国連軍出向中は日本酒より強い酒など、いくらでも飲んだ事が有るのにな。
祖国に帰って来て、気が緩みでもしたか・・・

「確か、お前たちは半年繰り上げ進級だったな?」

不意に直邦叔父貴が聞いて来た。 そう、俺の大尉進級は本来の時期的には早過ぎるのだ。

「うん、そうだよ。 俺の期は中尉を2年6カ月、半期先任の17期後期組(B卒)は、今年の6月に進級したから2年9カ月か・・・
中尉を3年やったのは、1年先任の17期前期(A卒)で最後だな。 士官学校卒業者もそうじゃ無かったか? それに海軍も」

陸軍・海軍・航空宇宙軍共に、『少尉2年、中尉3年』と言うのが従来の進級速度だった。
だがここにきて、半期先任の期が中尉を2年9カ月で大尉に進級した。 そして俺の期は中尉を2年6カ月で大尉に進級。

これは衛士訓練校出身者だけでは無く、陸軍士官学校出身者も同じだった(士官学校出身者の方が、少しばかり進級自体が早い)
そして海軍―――兵科将校(海兵卒業者)、機関科将校(海機卒業者)、主計将校の内、海経卒業者で中尉にある者の進級が早まった。 航空宇宙軍も然り。

「軍備拡充に、下級将校の数が追いつかん。 特に、中隊長級の大尉の損耗が高い。 このままでは、大隊長の下には小隊長しかおらん様な事になりかねん」

「・・・流石に、それは無いんじゃないか? 義郎叔父貴? でも、まあ。 中尉の中隊長の数が急増している事は事実だよな」

叔父貴達の酒杯に酒を注ぎながら、漠然と考えていた。
今、帝国は軍備の拡充に追われている。 満洲戦線が風前の灯なのだ、次は朝鮮半島なのは火を見るより明らか。
既に徴兵制は復活していたが、兵ばかり増えて指揮官がいないでは、話にならない。
そして将校の内、戦争で最も消耗の激しい世代は、最前線指揮官である若い尉官―――大尉、中尉、少尉達だ。

91年に大陸派兵を帝国が決定して以来、この若い尉官世代の損害は日増しに拡大している。
現に俺の同期生達は、訓練校卒業後4年半を経た今。 生き残っている連中は6割弱しかいない。
―――戦死率、40%強。 同期生の4割は既に、この世に居ないのだ。

「―――大尉の数が足りん。 予備将校やら何やら、補充はしておるが・・・ いかんせん、実戦を経験した現役の大尉の数がな。
中隊長不在では、軍は話にならん・・・」

その為に、古参中尉達を繰り上げ進級させたと言う訳だ。 その穴は特操出身者や、予備士官学校出の予備将校の中尉、少尉で埋めている。


「ま、いいさ。 純粋に進級を祝おうじゃないか? 直衛、お前も3年近く実戦を経験した。 立派に大尉殿だ」

「そうだな、極東戦線に、欧州戦線。 お前と、あと同期の2人か? この3人位だぞ、今の帝国であちこちの戦線を経験してきたのは。
何も卑下する事は無い、立派な実績だ。 胸を張れ」

義郎叔父貴が破顔し、慎吾叔父貴が酒杯を満たしてくれる。 横で直邦叔父貴も笑っていた。

―――変な考えは、止めよう。 少なくとも今だけは。

久しぶりに、身内と飲める酒だ。 どうせなら美味く飲みたい。
暫くすると、芸者衆が入ってきた。 俺自身は実を言うと、芸者遊びなど経験が無い(何せ、経験する前に戦地に派遣させたのだし)
叔父貴達に囃し立てられ、酔った勢いで芸者踊りの真似事をしたり。 大杯で酒を鯨飲したり。 酒席での歌を教わったりと。

愉快な一晩だった。 今、少なくとも俺は日本に居る。 それが酔わせた。
欧州での事を忘れた訳じゃない。 欧州の戦友たちの事を忘れた訳じゃない。 大切だった人を忘れた訳じゃない。
でも、今俺は日本に居る。 あれ程、夢にまで見て恋い焦がれた祖国に居る。 今は―――その事に酔わせてくれ。

















1996年10月11日 1800 東京・多摩 帝国陸軍立川基地 第14師団司令部、第141戦術機甲旅団駐屯地


完全に二日酔いの頭を振って、基地の営門をくぐる。 営門脇の詰め所に詰めていた週番将校(当直将校)の中尉が苦笑している。

「周防大尉、二日酔いですか?」

「・・・うん。 ああ、飲み過ぎは良くない。 良くないな、本当に・・・」

目が覚めたら、もう陽が高かった。 一体、何時まで呑み明かしていたのだろう? 俺は何時、酔いつぶれたんだ? 覚えていない。
いや、それよりも問題は・・・ どうして目覚めたら、同じ寝間に芸者が寝ていたんだ!? ―――全く覚えていないっ!!

そう、全く記憶に無い。 覚えていない。 それなのに・・・
チクショウ、お陰で花代(明かし代。 お持ち帰り代の事だ)は倍額請求された。 俸給日まであと14日。 どうやって遣り繰りしよう・・・?
だいたい、あんな高級料亭の払い、貧乏大尉に出来るかっ!!

「ああ、大尉。 第3戦術機甲大隊長より伝言です。 『頭をシャキッとさせて、とっとと顔を出せ、馬鹿者』 ・・・以上です」

俺の顔色は益々悪くなった事だろう。 週番将校は、お気の毒です、などと言ってくれるが。 何、目が笑っている。 コンチクショウ。

営門からの道を、旅団本部棟まで歩く。 そろそろ寒くなってきたな。 
だけど今日は天気が良い。 夕焼けに染まった赤富士が綺麗だ(立川基地からは、本当に富士が綺麗に遠望出来るのだ)

せめてもの現実逃避をしながら、本部棟に入る。 ここの3階の西の奥が第141戦術機甲旅団第3大隊長室だ。
扉の前で息を整え、ノックする。 誰何の声。

「第3中隊長、周防大尉」 「入れ」

扉を開けて、部屋に入ると―――笑みを浮かべた夜叉がいた。

「昨夜は、豪気にお盛んだったようだな? 周防?」

「あれは単に、叔父達に乗せられた為で。 第一、大尉の薄給であの様な場所など。―――時に。 どうしてご存じで?」

「何、偶々昨夜、あの料亭には夫と早坂さん、それに宇賀神さんも居ただけの話さ」

―――俺、死んだな。 よりによって、部隊の上官連中。 藤田中佐に早坂少佐、それに宇賀神少佐に目撃されたか。
聞けば旅団長に師団先任参謀(藤田中佐だ)、他の大隊長連中まで居たとか。 で、回り回って、昨夜は当直だった、この夜叉姫の耳に入ったと。
昨夜は旅団上層部が参謀本部まで出払っていたが、そのついでに、か・・・ ついてない。

「何やら、美人の芸者衆相手に鼻の下を延ばしていたそうじゃないか?―――綾森は、中隊事務室だったかな?」

「済みません、勘弁して下さい。 ―――別に、軍紀違反をした訳では・・・」

「さて、内線は・・・「以降、軍務に精勤いたしますっ!」・・・ふっ、これ位にしておくか?」

くそ、遊ばれているな・・・
面白いオモチャを手に入れた様な表情だものな、目前の夜叉姫―――第3戦術機甲大隊長・広江直美少佐は。






散々、いぢめられた後(そう、広江少佐は再会後、とみに俺を“いぢめる”のだ)将校集会所に顔を出すと、これまた懐かしい顔ぶれがいた。

「よう、芸達者」

全然懐かしくも無い、俺はいい加減コイツとの腐れ縁を疑う―――長門圭介大尉がニヤついている。

「ま、お前もいっちょ前の男やしな。 別に何も言わんわい」

えらく理解が良いのが、昨年の6月に大阪の第8師団へ転属し、この10月に『出戻って』きた木伏一平大尉。 2期上の先任。

「周防君、程々にな。 あまり派手に遊ぶと、流石に僕らもフォローしきれないよ?」

苦笑するのは、源 雅人大尉。 こちらは1期上。 相変わらずの気配りの人だ。

「喧しい、圭介。 ご理解どうも、木伏さん。 そんな遊んでいる訳では、源さん。―――で? 野郎ばかりで酒盛りですか?」

卓上にはビールとウィスキー。 それに刺身(モドキ)

「言うとくけど、モドキやないで? 正真正銘の刺身や、美味いで?」

「えっ!? どこから仕入れたんです? 主計の連中、最近渋いでしょうに・・・?」

それでなくとも、軍の食事はほぼ100%合成食材だ。 天然モノ、それも刺身だなんて。
海軍なんかじゃ、『特別別課』とか言う名目で、軍艦がトロール漁船に早変わり、などと笑えない事もするらしいが。


「神楽の実家からな。 流石は武家、エエもん食うとるわ」

「失礼ながら、木伏大尉。 私の実家は質素倹約を旨としております。 それは懇意にしております綱元から贈られてきたモノ。
姉が気を利かして分贈してくれたのですが・・・ 要りませんか?」

「要ります、要ります! いや、ホンマ、感謝しとりますよって!!」

片手に日本酒の一升瓶、片手に何か料理を盛った皿を手にしながら、静かに、ジト目で木伏さんを脅すのは、同期の神楽緋色大尉。

「緋色~! 料理これだけ? ・・・って、何よ、鼻が鋭いわねぇ、早速嗅ぎつけたんだ? 直衛ってば・・・」

「喧しい。 にしても、本当にお前ほど食い物が似合う奴はいないな? え、愛姫よ?」

憎まれ口に、憎まれ口で対抗する。 相手はこれも同期の伊達愛姫大尉。

「夜間演習中の彼女達には申し訳ないけれど・・・ 折角の頂き物だしね、美味しく頂きましょう」

やはり美味しいものは嬉しいのか。 それでもどこぞの食いしん王より余程節度のある三瀬麻衣子大尉。 1期先任。

「こら? 『食いしん王』って、誰の事?」

「自覚症状なしか。 ―――末期だな」

「何をー!! ふん、バラシテやるっ!・・・「黙れ」・・・痛ったぁ~!!」

すぱぁーんっ! 愛姫の頭が良い音を立てる。

「いったぁ~~っ! ぽんぽん叩くなぁ! バカになったら、どうしてくれるのよっ!」

「心配するな。 お前はこれ以上、バカの底は無い」

「むかつくぅ~!!」

―――ん? なんだ? 何か、既視感のようなものが・・・?


「・・・懐かしいわね、周防君と愛姫ちゃんの、そのやり取り」
「ええ、新任少尉時代を思い出します。 なぁ? 長門?」
「ああ、良くやっていたよなぁ・・・」
「それだけ、成長してへん、っちゅーこっちゃ」
「はは、成長していますよ、木伏さん。 でも、仲が良いのは変わらないね、君達2人は」

―――そうか。 そうだった、よく俺はこうやって愛姫とふざけ合っていたっけな。 あとは美濃がノホホンと感想を言い出して・・・

「・・・お前も、変わらんな。 愛姫?」

「どーゆー事よっ!? アンタだって成長してないじゃん!!」

いや、変わらないでいてくれて、嬉しいよ。 うん・・・











同日 1900 第3大隊第3中隊事務室


「へっ!? 天然モノの刺身!? 食っちまったんですか!? 全部!?」

「・・・中隊長、恨みますよ・・・」

悲鳴を上げる野郎は、摂津大介中尉。 傍らでうらめしや~、な感じで呟いている野郎が、最上英二中尉。
新たに俺の第3中隊で、小隊長を任された2人だった。

摂津は俺の2期下になるから、20期の前期組(A卒)。 今年の4月に中尉に進級している。最上は1期半下になる19期の後期組(B卒)
最上は以前、木伏さんの下に居た。 散々扱かれたらしい、ご愁傷様だ。 だが腕は良い、左翼迎撃後衛指揮を任せられる安定感が有る。
摂津は・・・ 何と、美園とエレメントを組んでいたらしい。 一時は、小隊長になった美園の補佐もしていたと言うから・・・ 突撃前衛しかないわなぁ・・・


「来るのが遅い。 軍で重要な素質は?」

「「 要領! 」」

「宜しい。 と言う訳だ、次回に期待しろ?」


今やっているのは中隊の事務書類処理。 
いやホント、軍人にとって最大の敵と言えば、外にBETA、内に事務書類だな。 
国連軍時代、小隊長をしていた時にも思ったが。 中隊長の書類処理量はハンパじゃ無かったよ、くそっ!

いざ、我が身になってつくづく思う。 今まで接してきた中隊長達―――広江大尉(当時)、戦死した美綴大尉(当時)、そして国連軍時代のアルトマイエル大尉。
書類仕事など、平然とこなしていたな。 尊敬するよ、本気で。

部下の人事考課、部隊訓練計画立案、消耗品請求の承認、あれや、これや。
生き残っている同期達はほぼ全員、大尉に進級しているから。 今頃は皆、苦しんでいる事だろう。 


「・・・うん? ああ、夜間演習が終わったみたいですね。 第1大隊が帰還しましたよ」

最上の声に窓の外を見ると、第1大隊が降着していた。

「ご苦労さんだな。 しかし、何だな。 流石に内地じゃ夜間訓練も制限が色々と付くな。 2000時以降の戦術機の訓練は禁止か・・・」

「近くは住宅地ですしね。 色々と煩いですよ、政党絡みの連中も居るし・・・」

「軍も流石に好き勝手は許されんしな。 ましてや今の軍務局長(国防省軍務局長)は、あの永多鉄山中将だ。
軍の綱紀引き締めは厳しいしな。 仕方が無い」

永多中将が推し進める軍政改革。 その一つが軍の綱紀引き締め。 簡単に言うと軍中央よりの統制の元、今まで散見された軍人の政治活動を厳禁する事だ。
それに付随して、様々に国民からの要求(つまり、議会からの突き上げ)も了解した。 2000時以降、住宅地近辺での訓練厳禁もその一つだ。

もう一つは軍制改革。 
今現在の第14師団は編成が甲編成師団になっている。 つまり昨今進行中の軍制改革、その第1弾に指定されたのだ。
師団は、主力として戦術機甲旅団(5個大隊)を有し、他に機甲連隊、機械化歩兵装甲連隊、機甲砲兵連隊、機動歩兵連隊を各1個保有する。
これに各種支援部隊を含めた、完全な諸兵科混成部隊。 継戦能力を高め、戦略単位として自己完結出来る様に再編された部隊だ。
現在は陸軍部隊が中心に再編されている。 予定では97年以降、本土防衛軍も同様の再編予定だが・・・ 予算が足りないとも聞く。 

師団長は松平孝俊陸軍少将。 以前、北満州で所属した事のある第119独立混成旅団、その旅団長をしていた人だ。
師団先任参謀(参謀長)・藤田伊予蔵中佐。 奥様の復帰と入れ替えに、参謀職に。 流石に夫婦で同じ戦術機甲指揮官はさせられないよな。

第141戦術機甲旅団長は若松幸嘉陸軍准将。 最古参の衛士出身の将官だ。
そして最先任大隊長・兼・第1大隊長が、早坂憲二郎中佐。 現役最古参クラスの衛士だ。
第1大隊指揮下の中隊は、水嶋美弥大尉と、綾森祥子大尉が指揮を執る。

第2大隊長・宇賀神勇吾少佐。 人手不足も有って、訓練参謀も兼務する。
第2大隊には木伏一平大尉と、神楽緋色大尉が各中隊長として指揮を執る。

第3大隊長・広江(藤田)直美少佐。 見事に復帰した『お母さん衛士』 育児に専念したらどうです? との部下の進言は、拳骨で返す相変わらずの女傑ぶり。
お子さんはご実家のご両親に預けているとか。
この大隊には源 雅人大尉と、俺、周防直衛大尉の2人が中隊長をしている。

第4大隊長・岩橋譲二少佐。 『帝国軍の至宝』と評価の高い名指揮官。 大尉時代、指揮中隊は50回以上の実戦出撃を敢行し、損失は僅か2機だけだった。
指揮下の中隊長は三瀬麻衣子大尉と、長門圭介大尉。

第5大隊長・荒蒔芳次少佐。 大隊長のなかでは最後任(10月1日進級) だが衛士としての腕は超一流。
第1世代機の『撃震』を、自由自在に操る様を見た国連軍衛士(米軍衛士)から、『あそこまでファントム(F-4)を自在に操る衛士を見た事が無い』と言わしめた。
指揮下の中隊長は和泉沙雪大尉と、伊達愛姫大尉。


36機の『疾風弐型』が駐機場からハンガーへと向かっている。
そう言えば、疾風も随分と変わったものだ。 俺が搭乗していた頃の初期型から大きく性能が向上している。
今は跳躍ユニットも、海軍の第3世代戦術機『流星』と同じ、AK-F3-IHI-95Bを搭載している。
弐型の泣き所と言われていた継戦時間の問題も解消され、更に出力も向上したパワー・ユニットだ。

搭乗した印象だが、欧州時代に主に搭乗していたトーネードⅡより明らかに上。 最後に搭乗していたF-15Eと良い勝負かもしれない。
いや、部分的には上回るか? ―――最も、整備性などはF-15Eの方が優れているかな? 
でも程度問題か。 『疾風』は元々、F-16から派生した。 整備性も元々優れている。

その『疾風弐型』の1機。 機体番号『141-A-301』 彼女の機体。


「俺はそろそろ、帰り支度するよ。 最上、当直宜しく頼む」

「了解です。 お疲れさまでした、中隊長」

最上と摂津が敬礼して見送ってくれる。
最上は当直だが、摂津は基地内の独身士官用官舎に移り住んでいる。

が、将校全部が全部、基地内居住じゃ無い。 中尉・少尉は基地内居住者が殆どだが、逆に大尉以上の者は基地近隣で借家暮らしが多い。
かく言う俺も、マンションの1室を借りている。 僭行社(陸軍将校の互助組織)が格安で契約している部屋だった。

一見、侘しい独り暮らしだが。 はてさて・・・







2300時


「それで? 叔父さま方には、キチンとお礼言ったの?」

「言う暇も無く、消え失せたよ。 ・・・ま、次の正月には会えるかもしれないから、その時改めて言うよ」

―――ここは祥子が借り上げている部屋。 俺は殆どをこの部屋で『暮らして』いる。 自分の部屋は物置状態だ。 何せ未だ荷解きが終わっていない。

「次の休みには、荷解きよ? いい加減自分の部屋、何とかしないと・・・」

「俺はここでも良いけど?」

「駄目です。 部下に示しが付かないじゃない」

呆れたように祥子が嘆息する。
再会して気付いた事。 俺はどうやら祥子の前ではトコトン、何もしない男になる様だ。
彼女が性格的に何でもキチンとしないと気が済まない事と、基本的に世話好きなのも有るのか。

いや。―――何もしないと言うのは語弊が有るか。 『軍人として』の自分の事、身の回りの事は自分でちゃんとやっているし。
ふむ、何と言うか―――

「ふふ、ホント、世話の焼ける人ね。―――その調子で、お姉様にも甘えていたのでしょ?」

「いや、逆。 姉貴が俺に構い過ぎだった。―――よく兄貴が小言を言っていたよ」

―――そうか、甘えたかったのか、俺は。

どうしようもないな、男ってのは・・・

「明日も早いし、もう寝よう。 灯り、消すよ?」

「うん。 おやすみなさい」

サイドテーブルのランプを消すと、辺りが真っ暗になった。 ベッドの中で祥子が身動きする。 

「ん・・・」

彼女を抱きよせ、その温もりを感じながら。 何時しか眠っていた。









[7678] 帝国編 1話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/12/20 12:06
1996年10月25日 1400 東京 表参道付近


国連軍時代の各種報告書を、三宅坂の参謀本部まで提出した帰り。 ふと思い立って青山の辺りで地下鉄を降りた。
同行していた圭介は、所用があるとかで神田へ行ったし(どうせ、古書店で史書でも買い漁るのだろう)
今は西部軍管区の第9師団に居て、九州から出張してきた久賀は用事が終わると、そそくさと東京駅へ向かってしまった(何でも明日、西部軍管区司令部の査閲が有るらしい)
取り立ててやる事も無く、時間を持て余してしまっただけなのだが。

三宅坂から別宮(お江戸のお城だ)を右手に見つつ、千鳥ヶ淵をブラブラと歩き。 そのまま九段へ行き、逝ってしまった連中に挨拶をし終えた後。
そのまま新宿まで出れば基地へは電車で1本だったのだが、時間が有った事と、何だかボーっとしたくなったのが正直な理由だった。

表参道から宮益坂へ至る途中、骨董通りを左折し六本木通りに至る途中で脇道にそれた所に、程良く古びた喫茶店を見つけた。
壁には蔦が絡まり、外国の田舎家を彷彿させる造り。 辺りは瀟洒な場所故、軍服姿の自分が野暮にも思えたが。

店内は意外に若い客層が多かった。 近くに大学が有るからだろう、そこの学生たちか。
思えば俺も、軍に入らず学問の道を志していれば、未だ彼等と同じ学生だったかもしれない。
丁度空いていた窓際の席に着き、学生と思しき彼等を見ている内に、ふとそんな思いがよぎった。 
彼等は、なり得たかも知れないもう一人の自分なのだと。


不味いコーヒーモドキも、それなりの雰囲気が有れば味覚が錯覚するのか。 意外にも美味だった。
流れる音楽はジャズか。 世の中、ギスギスし始めているが、こんな雰囲気は好きだ。 欧州や米国を思い出す。

近くのテーブルで数人の学生が話し合っているのを何気なしに見ていたら、1人の学生と目が有った。 実は先程から視線を感じていたのだ。
その学生が、何かを言いかけて開いたままの口を紡ぎ、俺をまじまじと見た後で言った。

「―――もしかして、周防? 周防直衛?」

「―――え?」

誰だ? 東京の大学生に、知り合いなどは・・・

「―――ッ! ああ、君か! 佐川、佐川良治。 陸軍付属中学で同級だった・・・!」

思い出した、中学時代の同級生だ。 確か級長(クラス委員長)もしていた。 
常に成績が学年で1、2を争う秀才で第1高等学校を受験したのだった。 その後はどうしたのだろう?

「久しぶりだね。 僕? ああ、一高から帝大の文科へ進んでね。 今4回生だ。 
皆、紹介するよ。 彼は周防直衛君。 中学の同級だよ、軍・・・ 陸軍の衛士訓練校に進んで、今は・・・ 大尉?」

階級章を見ながら紹介してくれた佐川に頷き、彼の友人達に軽く会釈する。 向うは佐川を入れて6人。 男が4人に、女が2人。
挨拶はしてくれたものの、何か硬いと言うか、ぎこちないと言うか。 それ程軍人と同席するのは緊張するのかな?

「彼等は、帝大と近くの大学の同級生に、後輩達だよ。 同好の士の集まりでね、『文学愛好会』さ。 芝居もやっている」

「そう言えば、君は学年随一の秀才だったけど、同時に文学少年でもあったな。
正直、あの頃はモーパッサンやらユーゴーやら。 君に薦められる本に辟易していたけれど。 
今になって思えば、1冊でも完読しておけば良かったと思うよ」

「へえ・・・? どう言う風の吹きまわしだい? 君や長門君、君たちは興味が無いのだとばかり・・・」

佐川の面喰った顔に、思わず苦笑する。 他の学生達も同じだ。 何しろ俺は一目瞭然の野戦将校、そして衛士。
日々、BETAとの殺し合いや訓練に明け暮れている、文学などとは程遠い野蛮人。 多分そんな先入観でもあるのだろう。
そんな軍人が、文学を否定する事無く、むしろ肯定的な言葉を吐くのだから。 昨今の将校、特に陸軍将校には珍しいかもしれない。


「そうだね、正直昔は興味無かったね。 
・・・『この世のあらゆる書物も、お前に幸福をもたらしはしない。だが、書物はひそかにお前自身の中にお前を立ち帰らせる』―――へルマン・ヘッセ。
正直、ヘッセの作品は難解で理解し得なかったけど・・・ この言葉は好きだ。 実は3年近く、欧州や米国に行っていてね。 色々と読んだよ」

その言葉に、佐川も他の学生達も目の色を変える。 今の帝国では望むべくも無い、文学的環境。 
欧州は英国やアイルランド、アイスランド位しか国土が残っていないが、それでも帝国に比して向うの文学的環境は良好に残っていた。 米国は言うに及ばずだ。

それからいきなり文学談義が始まった。 流石に最高学府で文学を専攻する者や、文学にのめり込んでいる者。
付け焼刃の俺の読書歴では到底ついていけない程、聞いた事も無い作家や作品、そしてその感想や批評が飛び出した。

だけど、聞いているだけでも楽しかった。 今のこの帝国で、精神的創造活動の粋である文学を愛し、熱っぽく語れる若者たちがいる。
殺伐とした世界しか経験してこなかった俺としては、彼らが眩しかったのだ。


楽しいひと時だったが、何時しか時間も過ぎ去っていた。 何時までもここに居られる訳でも無い。 そろそろお開きにする事になった。
ふと、佐川の持っている本に挟まれた封筒に目がいく。 あれは―――軍の封筒だ。

「佐川、その封筒・・・」

「え? ・・・ああ、これか。 僕もいよいよ、年貢の納め時だよ。 召集令状さ・・・」

聞けば、ここにいる6人全員がそうだと言う。 男子学生も、女子学生も。
帝国は1980年から徴兵制度を復活させ、88年には教育基本法を大幅に改正した。
そして2年前の94年には、徴兵年齢をそれまでの20歳から18歳へ引き下げている。 昨年95年にはそれを未婚女性にも適用させた。
そして今年8月の国会で、徴兵年齢をさらに引き下げ16歳とした。―――事実上の全面動員だ。

そんな中でも、大学生だけは徴兵猶予特権を与えていた。 最高学府に学ぶ彼らまで動員する事は、国の根幹が揺らぐと言う事か。
しかし今年9月、徴兵年齢を引き下げた直後に、今までは志願制だった大学生の―――文系学生の徴兵猶予特権を部分停止したのだ。(理系は猶予のまま)
これによって、大学生は20歳以上の学生が、男女問わず召集される事になった。

そして今月に入った10月21日、日本全国で『出陣学徒壮行会』が実施された。 
東京でも明治神宮外苑競技場で行われた様子を基地のTVで見た。 将校集会所で見ていて、やる瀬ない気分になったものだ。 
木伏さんが、『あほんだら・・・』と呟いて、唇を噛みしめていた姿が印象的だった。 それこそ、『いつか来た道』じゃないかって・・・
彼ら大学生は、陸軍や航空宇宙軍の甲種幹部候補生・特別操縦見習士官や、海軍の予備学生・戦術機甲予備学生として、不足していく野戦指揮官の下級将校充足に当てられるのだ。


「そうか、学徒出陣か・・・ 入隊は年末に?」

「ああ、そうだよ。 12月に全員入隊だ。 僕は陸軍。 彼等は2人が陸軍、2人が海軍、1人が航空宇宙軍。
・・・致し方ないのかな。 僕の弟は17歳だけれど、この9月に徴兵されたよ。 妹は15歳、来年には徴兵検査だ・・・」

寂しく笑う佐川の顔を見ていられない。
俺は職業軍人だ。 戦場で死ぬ事は―――死にたくないが―――言ってみれば、俺の俸給の範囲内だ。
だが彼等は民間人だ。 俺の様な職業軍人が、護らねばならない人々だ。 それが―――戦場へ送られる。 あの、BETAとの戦場へ。

「・・・なあ、周防。 一つ聞きたいのだけどな・・・」

「何だい?」

佐川が、聞いて来たのに非常に言いづらそうにしている。
が、意を決したような表情で俺に向かって、こう言った。

「BETAって・・・ どんな奴らなんだい? 僕等は知らない。 政府も軍も、詳しい事は何一つ公表していない。 教えて欲しい・・・」

皆、同じ表情だった。 縋りつくような目、目、目・・・
そうだろう、不安で仕方ないだろう。 人間相手の戦争なら、その本当の怖さは判らずとも、相手は想像できるだろう。
戦場の悲惨さは判らずとも、色々と自分なりの覚悟をある程度は固められるかもしれない。

でもBETAは違う。 BETA―――『人類に敵対的な地球外起源種』 人類が過去数万年の間、経験した事の無い相手。
それだけで不安は増大する。 ましてや、この数十年でユーラシアの大半を奪われた相手となっては。

「―――済まない、ここでは言えない。 軍機に抵触する」

「そうか。 いや、つまらない事を聞いて済まなかったね・・・」

くそっ、結局、こんな事しか言えない。
実態が明らかになれば。 下手な噂話が横行すれば。 確実に国内はパニックになるだろう。
今現在、世界中で難民キャンプが隔離状態のような厳重な監視の元に置かれている訳も、実はBETAの実情を外部に漏らさない為の処置でもあるのだ。
言い辛そうな俺を見る目は、バツの悪そうな、軽く失望したような、諦めたような、そんな目だった。

―――どんな事前知識が有っても。 実際の所、実経験を越えるものじゃないんだ・・・

彼等に言い聞かせる様で、実の所、言い訳のように自分に言っている様な気がした。


「―――周防大尉、レオポルト・フォン・ランケって人、知っていますか?」

不意に、この面子の中では最年少の―――と言っても20歳だが―――男子学生が俺に聞いて来た。 確か帝大生で、佐川の後輩だという若者だ。

「ランケ? ―――確か・・・ 昔の歴史学者だったっけ? ドイツかどこかの?」

圭介にチラッと聞いた事が有る。 歴史好きのあいつは、本当は大学の文科に進みたかったのじゃないかなと、最近良く思う。

「ええ、19世紀ドイツの指導的歴史学者です。 僕が今読んでいるのって、実はランケの撰集なんです。
・・・実は大学に、末期癌に侵された先生がいらっしゃって。 先日、友人達とお見舞いに行った時にこう仰ったんです。
『諸君、ランケの撰集くらいは読破したまえ。 僕も今から再挑戦する』 ―――感動したなぁ。
それから頑張って、入隊までの間に何とか読破しようとしているんですが。 まだ3割しか読めていません。 後は、戦争が終わってからです・・・」

そう言って、その青年は撰集の本を静かに閉じた。 そして皆、店を出ていった。

その後ろ姿を見送って、ふと目に入った。 床に落ちた紙―――いや、ノートを切り取ったものか。
多分、鞄に仕舞い込もうとした時に落ちたものか。

誰のものだろう? 判れば店の店主に預けておくのも手か。
何気に拾い上げ、紙面に目を落とし、その文面を見た時―――本当に、やり切れなくなった。 


『我が青春は未完成 我が人生もまた未完 全てこれ未完』













同日 1700 国鉄立川駅


夕暮れの駅前に人々の歓声が聞こえる。 ―――何が嬉しくて、あんな歓声を・・・
視線の先には、招集され出征してゆく者を万歳三唱で祝う人々がいた。

緊張して、甲高い絶叫でお礼を述べる出征兵士。 まだ少年と言っていい年齢のようだ。
恐らくは家族だろう、父親と思しき中年の男性は、口をきつく結んだままだ。
母親だろうか、必死に涙を堪えている様が良く判る。 まだ幼い弟妹達が、不安そうな、泣きだしそうな表情で兄を見送っていた。

見れば、あちらこちらに出征兵士を祝う幟が立てられている。


『祝! 入営! XXXX君! 第○○陸軍付属中等学校生一同!』

『祝! 入営! △△△嬢! 東京府立□□□高等女学校生徒一同!』

『武運長久! 祝! 入団! ○○○君! XXX製作所社員社宅有志一同!』


帝国の人口は約1億1000万人。 そして徴兵対象人口は16歳以上。 
今現在、帝国全軍の総兵力は約260万名。 これは後方の事務職も含む数字だが。

その内、20歳から24歳までは男が65万5000人、女が10万5000人。
25歳から29歳までの年齢層は、男が64万4000人、女が7万2000人。
19歳以下の未成年層では、男が43万1000人、女は30万4000人。
―――合計で約221万人。 総人口の1.98%に達する。

逆に30歳以上は激減する。 30代以上で現役は将校か下士官。 その数は軍全体の15%に過ぎない。
将校は5%、約13万人。 下士官は約30万人弱。 それ以外は―――兵だ。
そして30代は後備兵役に相当するが、その後備兵役総数は約150万人。 
彼等は社会の各階層で無くてはならない中核を占める世代だ。 そうそう徴兵出来ない。 社会機構が崩壊する。

徴兵は、徴兵検査の結果次第だ。 甲種、第1乙種、第2乙種、丙種、丁種、戊種。
このうち、第2乙種までが所謂『検査合格者』なのだが。 そこで全員を招集する訳じゃない。
第一、そんな大人数を養っていける予算は軍部には無い。 もちろん政府にも。
現状は甲種合格者(大体、30%位)の中から抽選で選ばれる。 甲種合格の70%程、徴兵検査を受けた者全体の2割程が徴兵される訳だ。
残った第2乙種までの者は補充兵役者として、甲種合格の人員が不足した場合に、志願か抽選により現役として入隊する。

何も皆が皆、徴兵される訳じゃない。 皆が皆、あの地獄を見なければならない訳じゃない。
だけど―――こんな少年まで! まだ16歳かそこいらだ! くそっ!!


無意識に厳しい表情になっていたのか。 周りの人がちょっと驚いた顔をする。
そんな時、俺の姿を目ざとく見つけた人達がいる。 出征する少年少女たちの学校関係者だった。

「あの・・・ 失礼ですが、大尉殿。 お願いがあるのですが・・・」

年齢的に、校長先生とか教頭先生と言った所だろう。 俺よりずっと年長の男性が、恐る恐る、恐縮したように話しかけてきた。

「・・・何か?」

流石に良い気がしない。 俺の様な20代も前半の若造に、何故、彼の様な人生経験も、社会経験も豊かな人が謙らねばならないのか。
なるだけ、ゆっくり、威圧的にならない様に答える。 軍服を着ているだけでふんぞり返る馬鹿が最近多い事は、帰国してから気が付いた。

そんな俺の雰囲気に少し安心したか、その男性―――校長先生だと判った―――は、とんでもない事をお願いしてきたのだ。

「何か、一言・・・ あの子達に、かけてやってくれませんか? 失礼は承知で、お願いしたいのです。
私の教え子に、何か言葉を・・・ お願いします・・・」


―――進退極まった。

正直、予想外だった。 俺が、彼らに。 出征してゆく少年少女に。 その家族の前で、一体どのような言葉を言えば良いのだ!?

気が付くと、他の人々も俺を見つめていた。 どうやら複数の学校が出征祝いで駆けつけているようだった。
出征する先輩たちを、不安そうな目で見守る後輩の少年少女たち。 遣る瀬無い想いで一杯だろう、先生方。
そして、愛する我が子を見つめる父母。 大好きな兄や姉を見つめる多くの幼い弟妹たち―――涙を浮かべている子も居る。


「お願い・・・ します」

校長先生も、うっすらと目尻を湿らせていた。 教育者として、護り、導くべき教え子を戦場へ送らねばならない心情は・・・

喉が渇く。 知らずに汗をかいている、10月も下旬だと言うのに。
なかなか、足が進まない。 体が重い。 なんだ? これは。―――恐怖だ。

出征する少年少女たちの前に歩み寄った。 まだ幼いと言っても良い、10代半ばくらいの子供たち。
その瞳を見た時、俺は怯みそうになった。 BETAとの死戦とは別次元の恐怖だ。 俺は―――俺は、この純真な瞳に、何と言えば良い?


「―――私は。 帝国陸軍衛士大尉、周防直衛と言います」

俺に向けられる、顔、顔、顔。

「本日、出征される君達に何か一言を。 そう、君達の校長先生から依頼を受けました」

神妙な表情。 現役の陸軍大尉。 さぞ、勇壮な言葉が出るのか、そんな表情。

「私が君達に言う言葉、それは―――『生きる理由を見つけて欲しい』」

皆がちょっと驚く。

「戦う理由は皆、様々です。 実際に戦地へ行けば、似通って来る場合も多い。 しかし―――生きる理由は、誰一人同じではありません」

言葉を切る。

「何でも良いのです。 大好きな家族。 想いを寄せる初恋の相手。 君達の好きな事、趣味、もう一度やりたい事。
或いは、故郷の風景。 育った懐かしい街。 楽しかった思い出の場所。 目を閉じて―――心に浮かんだ、大切な、大好きな何か」

誰も声を出さない。

「その理由を胸に抱いて、戦って下さい。 私は―――私は、自分の生きる理由を見い出し、戦って来ました。 そして、戦ってゆきます。
どうか―――どうか、君達は、君達の生きる理由を見い出して欲しい。 大義でもない。 名分でもない。
君達をして、個人を前に進ませる何か。 それを―――見い出して下さい」


急に居た堪れなくなった。
俺は少なくとも本心で言ったのだが、あれは本当にあの子達に贈る言葉で良かったのか?
国民を、少年少女を戦場へ送り続ける政府、そして軍部。 その一構成員である俺自身。
あれは、プロパガンダ(Propaganda)ではなかったか?

一礼して彼らの前から去る。 通り過ぎ様、校長先生が深く頭を下げていたのが遣る瀬なかった。












同日 2100 立川基地 第141戦術機甲旅団 将校集会所


「・・・成程、そんな事がね」

酒保で買い求めた酒を、欧州からこっそり持ち込んだビーフジャーキーをツマミにして飲んでいる。
実は6月に米軍の酒保から仕入れたヤツだ。 購入はウォーケン大尉に頼み込んだ。 ・・・4カ月か、腐って無いかな? これ・・・?

酒の相手は圭介。 こいつにとっても、佐川は同級生だしな。

「佐川のヤツ。 将来は小説家になりたい、だから帝大で文学を勉強するんだって言っていたっけな」

「そんな事を? 初耳だな」

「直衛はあまり接点無かっただろ? 俺はあいつとは、小学校からの同級だ、良く知っている」

圭介はさっきから少々、ピッチが速い。 俺以上に酒飲みな奴だから、そうそう潰れはしないが。

「あいつの運次第だ。 未来の大小説家の誕生を確信して・・・」

「ん・・・ 乾杯」

カチン―――グラスが鳴る。

机の上にはアルバムが有った。
俺は実家に置きっぱなしだが、偶々愛姫が持っていた。
陸軍衛士訓練校、各校の合同卒業アルバム。 だがそこに写る若者達は既に4割がいない。 何気なしに眺めつつ、酒をあおる。

―――帝国陸軍衛士訓練校 第18期生。 この、若い顔、顔、顔は。 何処へ行ったのだ!


ふと、駅で見送った少年少女たちを思い出す。
彼等も、こんな風にアルバムの中で笑っているのだろうか・・・・・


圭介と2人、しんみりしていると急に外が騒々しくなった。
何やら大声で喚く奴。 走り回っている奴も居るのか?

「・・・一体どこのどいつだ、こんな時間に。 週番将校は何をしている?」

「様子見てくるか?」

そう言って圭介が立ち上がりかけた時。 集会所の扉が乱暴に開かれた。

「はっ・・・ はっ・・・ 直衛、圭介・・・ ここに居たの!?」

「愛姫? ・・・緋色も?」

息せき切って入ってきたのは、伊達愛姫大尉と、神楽緋色大尉―――同期の2人だった。

「おい、愛姫、緋色、どうした? 中隊長が規定違反じゃ、示しが・・・「大変なのよっ!!」・・・あ?」

圭介が良い終わらない内に、愛姫が表情を強張らせて叫んだ。
見ると緋色も、顔が青白い。――― 一体、何が有った!?
その緋色が硬い口調で言う。

「先程、全軍に緊急警戒令が発令されたのだ。 国防省で・・・」

「国防省? 国防省で、何かあったのか?」

2人とも、なかなか声が出ない様子だった。

「今日の1900時頃、国防省内で・・・ 軍務局長の永多鉄山中将が、刺殺されたとの報が入ったのだっ!!」

「「 なっ!? 」」

国防省軍務局長が? 殺された? 刺殺!?

「犯人は、帝都防衛第1師団の相田三郎中佐だよ・・・ 北海道に転属する事になっていたらしいんだけど。
その時に国防省に立ち寄って、軍務局長室に乱入して軍刀でいきなり。 他にも戦備部長や、軍事部の軍務課長が巻き添えで重傷だって・・・」

「・・・なに?」

思わず聞き返す。 愛姫は今、何と言った? 殺されたのは軍務局長の永多中将。
それに軍務局戦備部長が巻き添えを食って、そして・・・ 軍事部の、軍務課長!?


―――『何も卑下する事は無い、立派な実績だ。 胸を張れ』


先日、酒を注いでくれた顔が蘇る。 国防省軍務局軍事部、そこの軍務課長。
帝国軍の編成計画全般を司る部署の責任者。 帝国軍での有数の要職。

「叔父貴・・・」

俺の叔父、周防直邦海軍大佐は、国防省で軍務課長の任を担っていたのだ。








地中に燻っていた火が、静かに、密かに、しかし大きく広がっていた。
帝国陸軍―――いや、帝国軍全体がこの日を境に、時に流血をも辞さぬ、軍内部の派閥抗争に突入した日となったのだ。





[7678] 帝国編 2話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/12/24 00:16
1996年12月15日 2130 神奈川県 横須賀 


「直衛。 今回の事、原因は判るか?」

手酌で飲っていると兄貴が聞いて来た。

さっきまで幼い甥や姪がじゃれついてきて、遊んでやったのは良いが余りのはしゃぎっぷりに少々ヘタばっていた所だ。
子供のパワー、侮りがたし。 まるで四方を戦車級に集られて必死になって捌いている様な・・・

今夜は呼ばれて、横須賀の兄貴の家にお邪魔している。
先月末の『国防省某事件』(公表名称)で重傷を負った叔父貴は、東京府内の陸軍病院に運ばれたのだが。
一応の安定を見ると即座に海軍側が手を回し、横須賀の海軍病院に移送してしまった。

そしてようやく面会できるようになったのは2日前。
実家から連絡を受けた俺は、半ば強引に外泊許可を旅団本部からもぎり取り(当直は圭介に押し付けた)見舞いの為、横須賀まで足を運んだ。

何分、事が事だけに、最初は陸軍将校が病室内、いや、病院内に入る事さえ鎮守府派遣の衛兵隊(と、特別陸戦隊の分遣隊)が拒んだ。
何しろ、海軍大佐が陸軍中佐に斬られて重体、と言う情報が飛び交った時点で海軍側はかなり激昂したらしい。
聯合艦隊の若手士官などは、『三宅坂(陸軍参謀本部)に戦艦の主砲を叩き込んでやれ!!』と息巻いたとか。

押し問答をしている所へ、偶々兄貴の同期生の海軍少佐(一度会った事が有る。長嶺公子少佐だ)が通りかかり取りなしてくれて。
見舞いに来ていた叔父の家族(叔母と従妹)、それに偶々見舞う日が重なった兄貴を呼んでくれたお陰で、嫌疑は晴れた。

何しろ、最初はかの犯人の同類と思われたのだ。(陸軍軍人だと言うだけで!)―――神経質になるのは無理も無いかもしれないが。
お陰で陸海軍の関係が、急速に悪化している様にも感じる。

『何だ? 直武もそうだが、直衛、お前も。 心配するな、俺はそうそうくたばりはせん』

叔父貴はやつれてはいるが、気力は溢れ余っている様子を見て一安心した。
最も国防省勤務からは外れる様で、怪我から復帰後は艦隊勤務になる内示を受けているらしい。 ほとぼりが冷めるまで、海に出ていろと言う事か。
現在、第8次近代化改修中の戦艦『駿河』艦長の予定でそうで、念願の艦隊勤務復帰に頬が緩みっぱなしだった。―――心配した自分がアホらしく思えたよ。


そして一通り挨拶をして病室を辞した後、兄貴に誘われて家にお邪魔した。 叔母と従妹も大丈夫そうだったし。
兄貴の家に到着して、義姉さんに挨拶すると同時に突進してきた、小さな子供BETA相手の死闘が始まったのはそのすぐ後だ。 ・・・疲れた。


「・・・財閥癒着。 この非常時に軍縮を行う、国家危急の元凶。 その他に・・・ 色々言っていたらしいな」

美味しい酒は、楽しい話題で飲んだ方が美味いんだけどな。 ま、美味い不味いは個人の好み次第だけれど。
何処から手に入れたのか、最近は見かけなくなった『極上黒松剣菱』  一時期、何かと評判落とした酒蔵だし、日本海側にも美味い酒蔵の酒はあるけれど。
この独特の濃厚な味わいとキレは好きだな。 最も『瑞祥黒松』はやり過ぎな感が有るし、『上撰』は淡白な感じで物足りない気もする。

・・・それは置いておいて。
さっきの兄貴の言葉に対して俺の返答。 見方にもよるだろうが、ある角度から見れば表面はそうなのだろうな。

「癒着か・・・ 死んだ永多中将は、どちらかと言うと財閥からは距離を置いていた人だ。 寧ろ革新派の実力官僚達と連携していたのだがな。
原因は諸々あるが、引き金になった事件は2つだ。 直衛、今年度の帝国軍事予算を知っているか?」

俺と違って、淡白な味が好みの兄貴は『上撰剣菱』を、これまた手酌で飲っている。 兄弟そろって行儀の悪い飲み方に、義姉さんは呆れて何も言わない。
にしても、如何にも主計将校的な切り出し方だなと思う。 我が兄貴、周防直武海軍主計少佐の言い方は。


「確か・・・ 415億円(※1)程だったか?」

「正確には415億4500万円。 帝国の昨年度GDP(国内総生産)は3956億6787万円(約1兆906億ドル)だったからな。 GDP比率で国防予算は10.5%。 
その内、陸軍予算は37%の153億7165万円、海軍予算は43%で178億6435万円。 残りは航空宇宙軍と、安保関連予算だ。 斯衛軍関連は城内省予算の枠内だから省く」

・・・よくもまあ、こんな細かい数字がスラスラ出るものだ。

桝酒で飲りながら、ツマミを食べる。 義姉さんが作ってくれたのは、豆腐といかの塩から和え。 美味いんだ、これが。
祥子は酒飲まないから、基本こう言うのは作ってくれない・・・ 仕方なしに酒のツマミは自分で作っている次第。


「でだ。 陸軍を例にとると。 昨年度の戦術機甲部隊の部隊数は? 連隊数でも、大隊数でも良い」

「・・・45個連隊。 135個大隊だ」

「そう。 1個大隊36機定数として、必要機数は4860機にも上る。 ところで、戦術機1機当りの調達価格を知っているか?
94式で約1758万円。 89式が1485万円、92式だと輸出効果もあってかなり下る、762万円。 第1世代機の77式でさえ293万円だ」(※2)

その位は大まかに知っている。
我が国の第3世代戦術機、94式『不知火』は、輸出は行われず国内配備のみ故に、生産コストが高い。
『JIS(日本帝国工業規格)』に基づき、細かい部品類まで92式『疾風』と共通化する事でコストを下げる努力は為されているが。 

92式自体、元は米国製のF-16C/Dがベースで、初期型は米国工業規格のインチ・フィート単位の治具で生産していたが。
帝国自体はセンチ・メートル単位なので、2種類の治具が生産現場に存在して混乱した時期が有った。
輸出本格化を機に、センチ・メートル単位で再設計し直し、治具も国内規格に合わせた物に変更した。(戦術機と抱き合わせで、治具の輸出も行っている)
お陰である程度は部品の共有化が図れたのだが、それでも94式は高い。(だいいち、全てを共通化する事は不可能だ)

89式『陽炎』は元々少数生産の上に、ライセンス料も高騰した契約が仇になっている。
92式(壱型/弐型)『疾風』は、本来はもっと安いのだが、ライセンス料を加算するとF-16C/Dよりやや高い価格だ。
77式『撃震』は・・・ 捨て値だな。 ライセンス料も最早、殆ど加算されていない。


「でだ。 仮にこの4機種で各々1000機づつを保有しようとする。 ―――総額は?」

―――ちょっと待て。 いきなり言われても・・・ ええと・・・?

「あ~・・・ 不知火が175億8000万、陽炎が148億5000万、疾風で76億2000万、撃震が安くて29億3000万か。 ―――総額、429億8000万也」

「今、軍は急ピッチで戦術機の世代交代を画策している。 が・・・ 直衛、陸軍の戦術機関連予算はどの位か知っているか?」

戦術機関連予算? 確か・・・

「約15億円。 陸軍予算の実に10%近くに達する。 これは多いか、少ないか? ―――多すぎる。 他の予算を圧迫している」

答えるより先に、兄貴が言っちまった。 ―――だったら最初から振るなっ!
軍事予算は、大きく人件・糧食費と物件費に大別されるが・・・ 人件・糧食費で大体35%に達する筈だ。
これに所謂物件費、維持費や研究開発費、装備品購入費、施設整備費、その他諸々・・・

「だが、先程の戦術機調達価格。 例えば全てを94式調達費に回しても、年間85~86機程しか配備できん。 2個連隊程だ。
陸軍、本土防衛軍の戦術機甲15個師団、45個連隊。 このうち1/3を94式に代えようにも、その数15個連隊。
単純計算で7~8年かかる。 実現可能は2003年から2004年頃だが、実際はそんな事は出来ん」

ま、それはそうだ。 そんな事をしたら、じゃその間他の機種の生産は? 保守部品は? つまり、そう言う事だ。


「94式と92式の組み合わせで陸軍部内はようやく統一したが、全てを現在の77式から交替させるのに10年ではきかん。
―――最も、これは海軍も同じだがな。 96式『流星』の輸出話も有るが、未だ実現はしていない。 
この機体も高い。 おまけに未だ新造戦艦を、などとほざく大馬鹿者達も居る。 
お陰で戦術機甲部隊への配備は『大鳳』、『海鳳』の第1航空戦隊、それに基地隊の第204戦術機甲戦闘団だけだ」

兄貴は嘆息して、そして酒をあおった。 その気持ちは判る。 本当に改めて憂鬱になる。

帝国の国防予算は、同程度の国力の他国に比べれば突出している。(国土を保っている前線直後の国家と言う意味で) それでもこの有様だ。
実は国防予算には、臨時支出予算も特別会計計上枠で国家予算から出される訳だが。 そのほぼ全額が戦術機調達予算に消えている。

それでも94式は制式化から2年10カ月経つが、配備部隊は西部軍管区の第9師団のみ。
92式『疾風』にせよ、低価格故に94式よりペースは速いが、配備部隊は大陸派遣軍の第5師団と、内地の第14、第18師団のみ。(18師団は『壱型』)
残りの戦術機甲部隊は、帝都守備の第1師団と富士教導団に89式が100機ばかりと、30機程の94式が配備されているが、残りは全て77式『撃震』のままだ。


「4年で92式が3個師団、94式が3年で1個師団。 残り11個師団を充足させようとすれば1:3の割合だとしても・・・ 保守生産部品も含めれば12~13年はかかるな。
しかもその11個師団の内、本土防衛軍の10個師団は戦術機甲連隊が完全充足で1個、ないし2個連隊しか存在しないし。 
あとは名目上の留守部隊だ、戦力もクソも無い。 ―――くそ、この5年間で戦力を失い過ぎたな、大陸で・・・」

出るのは愚痴ばかりだ。 上級指揮官だけは存在する、名目上の戦術機甲連隊が何と多い事か! 
今年の4月時点で、名ばかりの戦術機甲連隊数は17個連隊に上っていた。

何しろ、俺も初陣で経験した92年5月の北満州大侵攻や、92年冬から93年初頭の大規模戦闘(『双極作戦』) それに93年9月の『九-六作戦』
あれ程の規模の大規模侵攻迎撃戦だと、戦術機甲連隊の1個や2個、あっさり消えてしまう。 文字通り、全滅で消滅だった。
前線で小隊や中隊が壊滅、なんてものじゃない。 戦線全体で大隊や連隊が、小隊の如くの勢いで消し飛んで行った。

1個連隊が消えた穴を埋めるのに、一体どれ程の時間と金と手間がかかる事か!
数十億の予算をかけて戦術機を大増産し。 急ピッチで衛士教育の枠を拡大して大量育成して練成し。 その教育訓練予算も馬鹿にならない。
どんなに急いでも最低1~2年はかかる。 そんな大仕事なのに、前線では5、6年分かけて養った戦力が下手をすれば数日の戦闘で消え去ってゆく。

正直、消耗に補充が追いつかなくなってきている。
本土防衛軍がその編成上、穴だらけなのは。 大陸派遣軍への補充兵員(衛士含む)の供給源と化しているからだ。
内地で訓練し、練成した先から大陸へ送り出す。 そして消耗する。 また送り出す。 この悪循環が続いている。
―――師団編成の完全充足など、何処の夢想か。

数の上での完全充足は、甘ったるい最大期待値込みで2008年度。 問題は・・・


「果たして、それまで大陸・朝鮮半島が保つかと言う事だ。 
国防省の予想では、満洲失陥は早ければ来年初頭。 朝鮮半島も1年か1年半と言うシュミレーション結果も有る。 これは最悪のケースだが。
軍内部の大方の予想は、帝国本土が最前線になるのは3年から5年以内。 2000年から2002年の内には、本土でBETAと死闘を展開せねばならないとの予想が出ている」

―――それは俺も知っている。

最近の軍内部の研究報告で纏められていた内部情報だ。 無論、非公開。

現在の極東方面の各国戦力を換算すれば、どうしても悲観的な結果しか弾き出されないのだ。
最近はブラゴエスチェンスクハイヴ、ウランバートルハイヴ、そして重慶ハイヴの活発化が懸念されている。

今年に入って九州地方全域に第2種退避勧告が発令されたのも、その結果故だ。


兄貴が独り言のように続ける。

「―――そこで、永多軍務局長が打ち出した策が例の軍制改革だ、主に陸軍のな。
これまでの各兵科毎の編成を止め、完全な諸兵科連合にして継戦能力を向上させる。
甲編成師団は1個戦術機甲旅団基幹(5個戦術機甲大隊)、乙編成師団は1個戦術機甲連隊基幹(3個戦術機甲大隊)。 これに他の兵科連隊と支援部隊を組み合わせる。
甲が8個(陸軍3個、本土防衛軍5個)、乙が19個(陸軍6個、本土防衛軍13個) これで戦術機甲大隊は、これまでの135個大隊から97個大隊まで削減する」

―――約70%強にまで戦術機部隊を削減するのだ。 
現在の45個戦術機甲連隊のうち、名ばかりになった17個連隊。 この中の13個連隊、約4個戦術機甲師団の削減である。
無論、戦術機甲戦力を含まない機甲師団、機械化歩兵師団は継続保有する事になるが。

「直接・間接的に浮いた予算を戦術機調達費用に回せれば、12年かそれ以上かかると予想される戦術機甲機更新年数を、2003年の末には完了できる試算が出ている」


一見言い事づくめだが、何処にでも不満を持つ者達はいる。 今回に関しては部隊数削減の結果、『余剰員数』とされた連中だ。 
そこで浮いた人員―――主に将校連中―――は、日本全国の初等学校から大学に至るまで、配属将校として再配置される事となった。
主にこれから軍を担ってゆく若い尉官、そして少佐クラスまでを極力削減しない方向でと、永多中将は考えていたのだ。

人員の数を減らさず、しかし質的には早期に充実させて戦力を向上させる。 『軍備の整理』と、国防省では言っていたらしい。
これは世論では賛否両論だったが、だが当人達にとっては左遷以外の何物でもないと感じる者が多かった。 
自然、この『軍縮』を否定的に考え、永多中将を恨む声が軍内部に充満した。 実は犯人の相沢元中佐も、配属将校として北海道へ赴任する途上だったのだ。

「おまけに昨年度からは軍事費の特別計上枠が削減された。 国連関連予算を組まねばならないからな。
帝大の小娘も、色々とやってくれているらしい。 あの手、この手で帝国から金を毟り取っている。
計画を誘致したのは政友党だが、議会は大荒れだ。 民政党が批判の手を緩めん。 
最も政友党も、在日米軍の不祥事ネタで親米色の強い民政党を攻撃している。 安保関連予算の大幅削減をちらつかせて、軍部の歓心を引こうともしているな」

帝大の小娘と言うのは、世間や軍内部一般へは絶対非公開の国連極秘計画の総責任者。 今は仮設本部の帝大に居座っているらしい。
世間じゃ知られていない。 軍内部でも将校クラスであっても名前が漏れ聞こえる程度。 完全非公開の存在。

―――が、実は俺はある程度推測が出来る。

スコットランドで知り得た情報―――レディ・アルテミシアの情報―――から、帝国大学・応用量子物理研究室の香月夕呼博士。
年齢的に俺と同年代。 そしてこれは推測の域を出ないが、『極秘計画』の内容は、彼女の研究テーマが関わっているのだろう。 正直、これ以上知りたいと思わないが。

いずれにせよ、莫大な予算が帝国政府から国連、そしてその計画に流れているのは確からしい。

お陰で帝国軍は更に貧乏になった。 今年は斯衛軍向け予算を分捕ろうと、国防省と城内省が暗闘しているらしい。
政友党は安保関連予算を削って、それを軍事費特別計上枠に充てる事をちらつかせているが。
あくまで民政党の矛先をかわす議会向けのアピールだろうな。 それと軍部の不満を一時的にせよ逸らす為の。

今の榊是親首相は政友党だが。 大アジア主義者であると同時に、ある種のバランス感覚に優れた人物だと言われる。 内政的にも、外交的にも。
でなくば、国連の計画誘致を党内の反対派を抑え込んでまで、強力に推進したりはしない。
米国や米軍との関係―――安保関係も然りだろうな。 内外に対して、政治的寝業師とも言われる人物だ。





「そしてもう一つの引き金は陸軍教育総監・・・ 間崎大将の更迭事件か」

陸軍3長官のひとつ、陸軍教育総監(他は陸軍機甲総監と、陸軍参謀総長)間崎陸軍大将は、所謂『皇道派』において最大の領袖であった。 
そして同時に軍拡推進論者であり、護憲派軍人の筆頭者だった。

『護憲派』は官民に広く存在するが、手っ取り早く言えば『君主主権』で憲法を解釈する人々の事だ。(実は帝国の多数派は、基本的にこの考えなのだが)
『皇道派』の内実は『国粋派』と、『勤将派』に大まかに分けられる。(最も、厳密で無く双方に足を突っ込んでいる者が多い)
そして『君主主権』、その元に『皇帝親政』か、『将軍摂政制』か。 この政治性の差が『国粋派』と、『勤将派』の差異と言っていい。

因みに国家社会主義的な国家統制を主張する人々は、『統制派』(陸軍の中枢に多い)
議会政党主義を奉じる人々が『民主派』、ないし『国連派』と呼ばれる。(海軍、航空宇宙軍に比較的多い)
この民主派(国連派)は更に『欧米派』と、『亜細亜派』に区別される事も有る。 親欧米か、大アジア主義かの差だ。 

無論、陸軍にも民主派は存在するし、海軍や航空宇宙軍にも統制派や皇道派もいる。
そして民間・議会勢力も統制派寄り、皇道派寄り、民主派寄りと様々だ。


「間崎大将って、先代の陸軍参謀総長・上ノ原元帥の直系分子だった人だよな? 今の統制派の連中とは、元々水と油か・・・」

この上ノ原元帥と言う人は現役当時、皇道派最大の領袖であった人だ。 同時に大の海軍嫌い、航空宇宙軍嫌い、政党嫌い、そして反米主義者であった。

参謀総長時代の上ノ原大将(当時)は、軍内部の主導権争いで軍事予算の過半を要求する海軍(ちょっと無茶だ)を罵倒し、
政党と財閥の癒着と腐敗(相変わらずの社会問題だ)を面罵した。
そして日米地位協定で護られた在日米軍将兵の犯罪(これも相変わらず)で、米国を盛大に批判した。

そして件の軍制改革を盛大に批判もした。 永多中将を『国賊!』と罵った場面すらあったのだ。
確かに、切羽詰まってきたこの戦況での軍備縮小(実際は軍備整理なのだが・・・)に対して、焦りを感じるのは軍人としては致し方ないかもしれない。


「ああ、それに実の所、上ノ原大将はその剛毅な性格も相まってか、陸軍の若手将校や海軍の艦隊派若手士官、そして一般国民には人気のあった人だ。 それをな・・・」

兄貴が何とも言い難い表情で言った事は、上ノ原大将はその癖の強さ故に、他の軍上層部、そして政党・政府からは嫌われていたと言う事実だ。
それが如実に表れたのが、国防相選出を行う92年の国防省国防会議。 上ノ原大将は国防相候補者として立候補したのだ。

時の政府(正確には組閣をしていた人々)は驚いた。 何せ大将は大の政党嫌いで米国嫌い。 そしてその当時の次期内閣は、親米色の強い民政党が議会与党だった。
政党側から内々に打診を受けた彼を嫌う帝国軍上層部は、その時に一つの慣例を作ってしまった。 

『国防相は帝国軍5長官(統合幕僚総監、陸軍参謀総長、海軍軍令部総長、航空宇宙軍作戦部長、前任国防相)の合意の上で選出する』

そしてこれは内規だが、立候補者が5長官職にある場合は、その者は合議に参加出来ない。
更に立候補の時点でその職を後任に移譲する、と言うものだ。

参謀総長に対する人事権は国防相が握っているから(軍令部総長や作戦部長も同様)、上ノ原大将に残された道は勇退しての予備役=軍事参議官入りしか無かった。
これは完全に上ノ原大将への包囲網と言ってよかった。 こうして上ノ原大将は元帥府に列せられる代償として、実権を失い軍事参議官となった。

国防相はいずれの派閥にも属さず、比較的公正明大な林崎詮十郎陸軍大将が就任した。


当時の俺は配属されたばかりの新任少尉であって、初陣の事だけしか頭の中に無かったから考えもしなかった事だが。
改めてみると、ドロドロとキナ臭い事ばかりやっていたのだな・・・

「で、失意と憤怒と共に現役を退いた上ノ原元帥の置き土産が、一の子分だった間崎大将の教育総監就任。
あの人は結構、口が上手いからなぁ。 新米連中だけじゃ無い、俺の同期生にもあの大将の口に乗せられて、皇道派やっている奴もいるしなぁ・・・」

「うん? そうなのか?」

「ああ、同郷の集まりなんかで、僭行社で会合するだろう? 間崎大将は煌武院の産だったか。 で、同郷の連中が最初影響受けてさ。
後は部隊に戻って同僚や後任を紹介したり・・・ 何か、芋づる式だね。 皇道派の中でも『勤将派』の連中って、五摂家の産が多いんじゃないか?」

「一概には言えんと思うが・・・ その傾向も有るかもしれんな」

今言っていた、『~の産』とは? 
要は昔の幕藩体制時代、煌武院家85万石、斑鳩家60万石、斉御司家55万石、九條家32万石、崇司家40万石
今の五摂家の大名時代の旧家領出身者と言う意味だ。 元の家臣でも、先祖が『上士』(殿様に会える御目見え身分の上級武士)出身者は『武家』として今に残るが。

それ以外の『下士』、『郷士』や領民層出身だった人々は平民、今の時代は一般市民として兵役では当然国軍に入隊する。
が、大政奉還が成立して130年経った今なお、『我らが殿様』意識は結構残っている。 ―――俺には理解できんね。 我が家は代々、武家は仇敵だったし。

「直衛、阿呆。 そんな事言っているお前の方こそ、旧弊な意識が残っているじゃないか。
困ったヤツだ。 死んだ爺様の影響か? ―――武家嫌いの人だったからな」

兄貴の言葉に、そうかもしれないとも思う。 なにせ古い人だったからなぁ、俺達の爺様は。 
先祖が仕えていた公家貴族の家を、ずっと主筋の家と崇めていた爺様だったな。

「・・・それに、摂家全てが現体制を形式上でも、望んでいる訳ではないらしいがな」

「なに?」

「ん・・・ いや、いい。 ここでの話じゃ無いな。 それより話は間崎教育総監だ。 
俺は海軍の人間だが、外から見ていても異常だったぞ、あの人は・・・」

間崎大将が教育総監を務めたのは、92年から今年96年まで。 
この4年間は陸軍教育の現場は、『精神主義の修行道場』とさえ言われた程だった。
特に陸軍士官学校においては、国家神道の大論者や国粋的歴史学者、武士道崩れの武道家と言った連中が、一般学や武道の教官として登用されていたし。
軍事学教官(これは現役の将校)は、皇道派将校でがっちり固められていた。

お陰でこの時期に教育訓練を受けた連中、今の中尉の2年目から新任少尉達に皇道派的傾向が強いのは、その影響が大きいのだろう。
俺の部下には士官学校卒業生はいないが、以前同期生と話した時、そいつの部下でガチガチの皇道派の部下がいてやり難いと、こぼしていた。

間崎大将の教育総監就任は、陸軍を下級将校のレベルから皇道派へと変貌させようと考えたのではないか?
そんな噂も飛び交っている。 あながち、穿ち過ぎな感想でも無いと思える所が怖い。

最も衛士訓練校はその影響は比較的薄いようだ。
俺の1期下の連中―――美園中尉や仁科中尉にせよ、部下の最上中尉や摂津中尉にせよ、皇道派の欠片も無い。

・・・最も、単にお気楽連中なだけ、なんじゃなかろうか・・・?


「決定打は大陸派遣軍人事に、強力に介入しようとしたんだよな、確か」

「そうだ。 あれは教育総監の職掌範囲を大幅に逸脱していた。 国防省内は大騒ぎだったらしい」

今年の秋に議題に上がった大陸派遣軍上層部の交代人事。
今の派遣軍は陸軍第7軍(第7、第8軍団。 第10軍団は途中撤収・再編成中)だが。
これを第6軍(第9、第11軍団)と年明けにも交替する事が決定している。 
間崎大将はその軍・軍団司令官人事に、自分が可愛がっている後輩やかつての部下達を3人捻じ込もうとした。 完全に現在の軍主流派に対する感情的嫌がらせだ。

この3人の将官は確かに出来者ではあるけれど、上ノ原元帥の流れを引く人達で米国・国連嫌い。 
そして皇道派的な大日本主義者故に、アジア諸国を低く見る傾向をもっていた。
こんな司令官連中が大陸派遣軍に出張って行ったら―――確実に内輪もめで負ける。

軍部から届いた報告を見た政府は、顔色を失ったと言う。 官僚群―――特に外務省と商務省―――も慌てふためいた。
外務省は主に国連・米国関係の悪化を懸念し、商務省は戦術機輸出の得意先のひとつである、大東亜連合との関係悪化を恐れた。
非公式だが、皇帝陛下や摂政政威大将軍も懸念を示したと言う。

そこで動いたのが、永多中将を筆頭とする国防省の中枢幹部達だった。 
彼等は、林崎国防相(人事権を掌握している)に、間崎大将の罷免を迫った。 
林崎国防相も、間崎大将の感情的ごり押しを快く思っていなかったか。 あっさり教育総監罷免が決定した。
そして本土防衛軍東部軍管区(関東地区守備)司令官に『左遷』されたのだった。 士官学校の教官団も総入れ替えとなった。

ただそれだと一方的に皇道派の不満が残る。 次善策として皇道派ではないが、彩峰萩閣中将が第11軍団司令官として補せられた。
彩峰中将は派閥には属さない人だが、大アジア主義的な所のある人だから中韓連合軍や大東亜連合軍と協調できる。 米軍とは一抹不安はあるが。
そして尊皇意識も強い所が、皇道派からは好意的に受け止められていた。(学習館で政威大将軍嫡孫の教育担当をしていた時期も有ったから、尚の事だ)

余談だが、中将はそれまで陸軍士官学校の校長をしており、仁徳の人との評価が有る。 
陸士卒業生の中には心酔している者もいる程だ。―――本来は、教育者向きの人なのかもしれない。



「―――だが、狂信的な皇道派で間崎大将の信奉者だった相田中佐、いや、『元中佐』か。 彼にはそこの所が理解できなかった。
部隊内では部下の将校や下士官兵想いの、慕われる上官だったらしいが・・・」

「そんなの、近視眼の大馬鹿だ。 兄貴、お陰で俺達は、身内の叔父を危うく殺されかけたんだぞ?」

現在、相田元中佐は警務隊によって逮捕・拘禁され取り調べを受けている。
予定では年明け早々に、第1師団軍法会議が開催される予定だ。 大方の判決予想は―――死刑。 銃殺刑だろう。

「なあ、兄貴。 俺は国連軍時代、米国の大学で社会学を学んだ。 その中には軍事社会学の分野も有った。
その観点から見れば、この国の軍と軍人は少なくとも現代国家の軍や軍人じゃない。 いや、近代に照らし合わせても怪しいものだ。
兄貴、帝国は―――この国は、一体どこへ行こうとしているんだろうな・・・」





―――結局、苦い酒になっちまった。 畜生。

















************************************************************************************************************

※1:旧円で設定しています。 レートは架空。
1ドル=2円50~60銭で設定(現実の円想定で、1旧円=277~280円位)
規模は現実のイタリア位の経済規模で想定

※2:現実の航空機での単価(米軍、概算)を参考に設定しています。



[7678] 帝国編 幕間
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/12/25 04:22
1996年12月25日 1830 東京 日比谷公会堂


帝都交響楽団の年末コンサートが有る。 
年明け最初は必ず帝都で行われるが、年末は東京で公演するのが慣例になっているらしい。


「でも、ちょっと意外。 直衛にクラシックコンサートへ誘われるなんて」

隣で祥子が含み笑いしている。 意外で悪うございました。

「あ、拗ねた」

「拗ねてないって。 良いじゃないか、折角休みが重なったんだし。 部屋でゴロゴロしているよりはさ?」

年末休暇を2人して重なって取る事が出来た。 それぞれ実家に顔を出したりしていたが、この日デートに誘った訳だ。

「にしても、良くチケットが取れたわね? 人気なのに」

「種を明かせば、大隊長から譲って貰ったんだ。 
広江少佐は、今は技術開発廠に居る河惣少佐から貰ったらしいけど。 年末休暇は夫婦揃って育児に専念するからって」

「そうなの? じゃ、年が明けたらお礼を言っておかないと。 でも、ちょっと新鮮よね、クリスマスって。 あまり馴染み無かったし」

―――そうか。 帝国じゃ、あまり馴染みが薄いよな、クリスマス自体。

93年は英国で祝った。 94年はN.Yでパーティに出たのだった。 95年は・・・ 思い出したくない、アラスカのプレハブの中で凍えていたよな。


「そう、国連軍時代に・・・ じゃ、クラシックもその頃に?」

最近、彼女は俺の国連軍時代の頃を良く聞きたがる。
自分の知らない頃の俺の事を知りたいのだろうか。 俺もその頃の彼女の事は知りたいけれど。
でも全部話せる訳でもないし、ちょっと思い出すと気持ちがへこむ事も有ったから、所々しか話していないけど。

「クラシック自体は少しだけ。 当時の部隊長や先任で好きな人がいたから」

アルトマイエル大尉や、オベール大尉はクラシックの愛好家だった。
ギュゼルや翠華なんかは一緒に良く聞いていたが、俺やファビオは良く逃げ回っていたな。
N.Yでは一度誘われて、ニューヨークフィルの公演を聴きにコンサートホールに足を運んだ事が有ったっけな。

「ふふ、楽しみ。 ワクワクするわね」

本当に嬉しそうに、頬を上気させて笑っている。 
誘って良かったな。 最近、公私共に暗い話題も多かったし、祥子にも心配かけていたみたいだったし。

今日のプログラムはウォルフガンク・アマデウス・モーツァルトか。 
うん、何度か聞いた事が有るぞ。 正直、演奏も感想も忘れたけど・・・

さて、そろそろ開演時間が近い。 席につくとしようか。










「だから、今夜の愁眉はピアノ協奏曲の第20番と第25番なのよ」

「でも。 編曲って原曲から金管楽器もティンパニも除いているから、なんとなく物足りない、って良く言われるわよ? みちる姉ちゃん」

「判って無いわよ、まりか! 今夜の肝はフルートよ。 編曲は原曲のイメージを損なわない事が必ずしも重要ではないわ。
原曲の管楽パートを全てフルートが肩代わりしているのよ、素晴らしい名脇役ぶりだったわ」

「じゃ、今夜の主役はお母さんなの? みちるちゃん?」

「そうよ、あきら。 お母さんのフルート演奏あってこそ、あの調和よ。 
『編曲ものは所詮贋物である』なんてこき下ろす自称・知識人なんて多いけれど。
お金と権力と世間の柵に右往左往して、正当な価値も見出せなくなった馬鹿は置いておいて。 
私たちは面白いものは面白いと、美しいものは美しいと言えばいいのよ」

「どうしたの? 今夜はやけに興奮しているわね? みちる?」



公演が終わってロビーに出ると、すぐ傍で公演批評・・・ いや、大絶賛している声が聞こえた。
確かに、専門的な事は判らない俺だが、今夜の演奏はジーンときた。

「熱心な娘達ね。 姉妹かしら?」

祥子もちょっと関心を持ったようだ。 夢心地の様な潤んだ瞳が艶っぽい。

改めてみると、3人は私服だが、1人は軍服だった。 通常礼装だろう、冬服に白手袋を着用している。 これは俺も祥子も同じだったが。
違うのは、向うは国連軍の軍服だと言う事。 珍しいな。 国内で、日本人の国連軍将兵なんて。

「直衛も国連軍だったじゃない?」

「俺は欧州出向組だったから。 だから国内には殆どいなかった・・・ あれ?」

見覚えが有る。 その国連軍の軍服を着用した少尉―――女性少尉―――の顔に、見覚えが。

「・・・直衛?」

「ちょっと待った、祥子さん。 やましい事じゃないから。 誤解だから、その目は勘弁して・・・」

祥子が訝しげなジト目で見ている。 種を明かせば、欧州時代に翠華が有る事無い事、手紙に書いていたらしい。 あの、小悪魔め!!
向うもこちらに気がついたらしい。 最初訝しげに、次に驚いて(そんなに露骨に驚かなくても・・・)

「教官!? 周防教官ですか!?」

「ああ、久しぶりだな。 伊隅訓練生・・・ じゃないな。 任官したんだ、失礼した。 伊隅少尉、久しぶりだ」

数か月前まで、戦術機操縦を教えていた相手だった。 今は訓練校を卒業して少尉に任官していた。

「こちらこそ、ご無沙汰しております。 ―――昇進、おめでとうございます。 大尉殿」

「ん・・・ ああ、紹介しよう。 こちらは同僚の綾森祥子大尉。 ―――こちらは以前の教え子だった伊隅みちる少尉、今は―――国連軍だ」

「帝国陸軍大尉、綾森祥子です」

「はっ! 国連軍、伊隅みちる少尉で有ります、大尉殿!」

他の3人は伊隅の姉妹―――姉と、2人の妹さん達だと紹介された。
驚いた事に、帝都交響楽団の指揮者が彼女達の御父君で、フルート奏者が御母堂だと言う。
―――世の中、狭いね。

何時までも立ち話も何なので、失礼する事にしたが。 最後に一つだけ聞いてみた。

「伊隅。 初陣はまだか?」

「は? あ、はい」

「神宮司中尉の事、未だに恨んでいるか?」

「・・・正直申しますと、その通りです」

「うん、そうか。 ―――初陣、生き抜く事が出来たらな。 もう一度、神宮司中尉に会ってやってくれ」

それだけ言うと、祥子と外に歩き出た。 ―――伊隅は訝しげだったが。







「そう言えば6月から少しの間、訓練校の教官をしていたわね。 その頃の?」

「うん」

6月の上旬に欧州から戻って来た後。 数カ月は極東軍―――太平洋方面軍所属かと思っていたら、いきなり帝国軍に復帰となったのだった。
驚きに追い打ちをかけるように、昨年新設された衛士訓練校―――横浜白陵基地内―――で、戦術機課程の専任教官をやれとの命令だった。

既に国連軍時代、教官経験のある圭介は慣れたものだったが、俺と久賀は戸惑ったものだ。
教官と言っても、俺達は戦術機課程の専任教官。 つまり戦術機の操縦を教える事に専念すればいい立場だったが。
期指導官(佐官クラス)や、指導官附教官(中尉クラス)は他に人が配置されていたから。

「何か変な訓練校だったよ。 少数精鋭にも程が有る、俺が教えたのは1期生だけど、全部で2個訓練小隊しかいなかった。 24人だよ。
期指導官は何処かの誰かが兼務だったらしくて、遂に姿を見なかったな。 指導官附教官は神宮司中尉、俺の1期下なんだけど」

「神宮司? 神宮司まりも中尉?」

「知っているのかい?」

意外だった。 どこで接点が有ったのかな? 案外、派遣軍絡みか? 神宮司も派遣軍で大陸の戦線で戦っていたしな。

「94年11月の、『大陸打通作戦』での南部防衛戦でね、一緒の独混大隊だったわ。
あの後、富士教導団に移ったと聞いていたのだけれど。 何時の間に訓練校の教官になったのかしら?」

―――教導団に、教官配置。 何気に、エリートコース乗っかって無いか? 神宮司は・・・

「そう、美園や仁科に聞かせたら喜ぶわね、同期なのだし。 愛姫ちゃんも、何かとお世話焼いていたみたいだったし」

愛姫が? ―――お節介じゃなくて?

「もう! すぐ、そう言う憎まれ口を言うのね! 彼女はあれで、世話好きの良い娘よ?」

ヤブヘビだ。 そう言えば祥子は新任当時から愛姫を可愛がっていたな。

「いや、別にそんな事じゃ。 ―――あいつは、信頼できる戦友だし、信用できる親友だよ」

「ちゃんと、本人にそう言ってあげれば良いのに」

「照れくさい」

「もう!」


暫く無言で、2人して夜道を歩いていたが。
ふと、祥子が聞いてきた。

「ね、それでさっきの・・・ 伊隅少尉に言っていた事だけど?」

ああ、その事か。

「あいつら1期生は、神宮司を憎んでいたからな」

「・・・どうして?」

でうして? 訓練内容が苛烈に過ぎたからだ。
俺達の訓練生時代が温かった訳じゃない、かなり苛烈な訓練だった。 それでも、横浜では行き過ぎだと感じる事が度々あった。

しかし、期全体の訓練・指導方針を決定する権限は、指導官附教官である神宮司の職掌範囲だった。 
俺達はただの専任教官。 言ってみれば雇われ屋さん。 分掌以外に対して口は挟めても、決定権は無かった。

戦術機課程では、俺と圭介、久賀と神宮司が各々、1個訓練分隊(6名)を手分けして訓練したが。
全体方針を決定するのは神宮司で、その苛烈さに戦場帰りの俺達でさえ躊躇した程だ。 何度、彼女に方針の見直しを打診した事か。

それでも神宮司中尉は、『それが訓練生達の為です!』と言って方針を変えなかった。

そんな矢先、彼女が直接指導する訓練分隊で事故が発生した。 訓練生のミスで戦術機が大破。 搭乗していた訓練生は死亡した。

その直後に発した神宮司中尉の言葉に、伊隅達が激怒したのだったが。
その夜、代表で伊隅が神宮司の教官室を訪れ―――ぶん殴る気満々だったようだが―――逆にボコボコになっているのを俺達が目撃して。
いや、あの時は引き剥がすのに苦労したな。 圭介なんか、間違って神宮司の拳をモロに喰らったし。

取りあえず伊隅を医務室に放り込んで。 その後、久賀が訓練生一同を集めて叱責と鉄拳を喰らわして。
俺と圭介(青痣になっていた、あれは悪いが笑った)とで、神宮司を落ち着かせて―――話を聞いて。 
いや、彼女の胸中を聞いている内に、何とも言えなくなってしまった。

「そうね・・・ 彼女、大陸では『狂犬』と呼ばれていたわ」

「・・・訓練生も、『狂犬』って呼んでいたな」

難しいものだな。 訓練生の事を考えると、過酷な訓練も彼らの為ではあるのだけどな。

「圭介なんかは、『オンとオフの切り替えが下手な奴だ』なんて言っていたが。 ・・・ああ、あいつは国連軍時代に教官経験が有るから。
四六時中締め付けるんじゃ無く、オフの時も必要なんだけどな。 神宮司は根が真面目だからな・・・」

「本当は、根の優しい娘だと思うわ。 訓練生の事を本当に大切に思うからこそ、なのでしょうけど・・・」

遣り切れないな。 だからさっき、伊隅には初陣を切り抜けたら再び、神宮司に会いに行けと言ったのだ。
判るだろう、伊隅も。 あの時の神宮司の涙ながらの絶叫の意味を。

所属組織が違うから、もう会う事は無いかもしれない。 だけど、少しでも関わった相手だからか、気にかかったのだ。


「・・・何だかんだで、本当に女の子には甘いんだから」

「祥子さん? さっきからしきりに誤解していませんかね? いや、わざとだろ? 絶対、わざとだ!」

「じゃ、相手が男だったら?」

「ぶん殴って判らせて、お終い」

「ほら! やっぱり!!」

他愛無い言い合いをしながら、道を歩く。 すれ違った人々が何事かと振り向いていた。
当然か。 軍の将校が2人、言い争いながら歩いているんだから。

ふと、頬に冷たい感触を覚えた。 見てみると―――雪だ。 夜空から雪が降っている。

「雪・・・ ね」

「ああ」

ユーラシアがBETAに喰い荒らされ、昨今では日本の冬の平均気温はかなり下がっている。
北極からの寒気団が、まともに襲いかかってくるようになったのだ。 真冬に大雪など、この10年で珍しくはない。


即物的な事象はいい。 この際、脇に置いておくとしよう。
ふと、欧州で聞いた言葉が浮かんだ。


「―――ホワイトクリスマスだな」









同日 京都 神楽邸


―――こうして、実家で雪見とは何年振りだろうか。

降り積もった雪が、月明かりに照らされて白銀の様に映る。
少し寒いが、まあよかろう。 月明かりに誘われて、雪見で一献。 これはこれで風流だ。
自室の障子を開け放って、廊下に出て中坪(中庭)に積もった雪を楽しんでいる。

大陸でも、駐屯地でも。 終ぞ雪見などする暇も無かった。 
大勢で騒ぐのも悪くはないが、やはり私は独り静かに飲む方が性に合う。
供は冷やの清酒に一皿の味噌。 ・・・紬だけでは少し寒いな、うち掛けをもう一枚羽織るか。


無心になって眺めていたら、ふと対の廊下を渡る人影が目に入った。
色鮮やかで暖かな色調の京小紋を着込んでいる。 雰囲気もそれに見合った穏やかな雰囲気を醸し出す女性が。

「緋色」

私の姿を認めて、微笑んで声をかけてきた。 私そっくりの顔立ち。―――双子の姉、緋紗だ。

「緋色、寒くはないの? こんな所で・・・」

静かに私の横に座って、微笑みかけてくる。 人柄の良い姉であるが―――この笑みは苦手だ。

「・・・北満州に比べれば、冬の京など暖かなものだ」

「そう・・・」

しばしの沈黙。 それをいい事に、私は独り酒を楽しんだ。


「昨日の話・・・ どうしても受けてはくれませんか? 緋色?」

「緋紗、くどい。 私は帝国陸軍軍人だ、今更ながら斯衛に転籍する意思はない」

「個人的な事を申せば。 私は緋色のやりたいように、生きたいように、そう思っているわ。
でも、父上も母上も。 一族の者達も皆、緋色の斯衛への転籍を望んで・・・「建前は良い、緋紗」・・・」

どうせ、叔父御達が緋紗を遣わしたのであろう。 全く、姑息な手を遣う年寄衆だ。

「今になって、外聞が悪くなったか? 他の譜代衆から嫌味でも?」 

我が神楽家は代々、煌武院の中老職を勤めあげた譜代の臣が家系。
時が移り、最早武家として独立するも、旧主への忠義には厚いと自他ともに認める一族。
その家から、将軍家や摂家を守護する斯衛ではなく、昨今関係が怪しくなってきた帝国軍に在籍する者がいる。
しかも、その者は本家直系の娘と来た。 一族も他の譜代武家の目を気にしていると言う事か。

「ならば、受け流せばよかろう? 私は『忌み児』だ。 本来ならば、今こうしてお前と話している事も無いのだぞ? 緋紗・・・」

言ってしまってから、少し後悔した。 姉の顔を見て―――寂しく笑う、全ての恨み事も甘受するかの如くの、その寂しい笑いを見て。
姉のせいではない。 私と姉が引き離されて育ったのは、姉のせいではない。

「―――すまぬ、言い過ぎた。 許して欲しい、姉上」

「貴女が、『姉上』などと言う時は。 何時も自嘲の時ばかり。 悪い癖ですよ? 緋色・・・」

全く、旧主への忠義も程々にしろと言いたい。
生まれたばかりの私が、他家に養女へ出されたのも。 これ全て旧主への忠義立ての証と慣例化した、家のならいの為だ。
お陰で私は12の年まで実家を知らずに育った。

いや、その方が良かったのかもしれない。
決して大店と言う訳ではないが、そこそこ繁盛していた商家の長女として育てられた。
養父母は優しく、慈愛に満ちた人達だった。 7つの時に産まれた妹は―――義妹は愛らしい子だった。
幼かった私の世界は、光り輝いていた。

13の年、実家の使いと言う者が現れ、私は『家族』と引き離された。 
5つになっていた義妹の泣き叫ぶ声が今も思い出せる。

「それ以来―――個人家庭教師に、武道の稽古に。 今にして思えば、あれは斯衛へ入れる為の下準備だったか。
が、逆効果だったな。 私は内心嫌で、嫌で堪らなかった。 私の意志など無関係で押し付けてくる屋敷の者達。
無関心な父上。 ご自身の腹の子ではないとはいえ、冷淡な母上。 
我等の生みの母が、心労が祟って産後の肥立ちが悪く、直ぐに他界したと聞いた事も有ったのでな」

「緋色・・・」

「思えば私は幸せであったか。 幸せな幼少の頃を過ごせた。 
如何に我等が妾腹とは言え、母上のあの冷淡さでは、緋紗の苦労に比べればな・・・」

「緋色、話が・・・」

「父上も、父上だ。 家にはとんと寄りつかぬ。 いくら家同士が決めた夫婦とは言え、あれでは流石に母上も、我らが弟御も気の毒だな」

「緋色!」

緋紗の目が真剣だった。 何かを思いつめる様な・・・

「御屋形様が、ご心配なさっておられるわ」

―――御屋形様? 煌武院の大殿、政威大将軍殿下が何を?

「殿様(煌武院家嫡子)のご容態、捗々しからず。 余命は最早・・・ 残るは嫡孫の悠陽様、御一人。
しかし未だ御歳13、しかも御一門衆(煌武院分家衆)には擁立どころか、廃嫡せんと画策する動きも」

―――そうであろうな。 世継ぎの世子が重篤。 その子供は13歳の姫が御一人。
摂家の常ならば、かの姫は他家へ嫁がせ。 一門衆から然るべき者を養子に入れようと画策するであろうな。
御屋形様がその楯になっておられると言う訳か。 ならば一門衆、とりわけ聖護、青蓮、大覚煌武院の3家。
尋常の手段は選ばぬであろうな。 聖護、青蓮は御屋形様の御舎弟筋。 大覚は先代当主―――御屋形様の伯父御筋の家。

最悪の場合も考え得る。 五摂家筆頭、政威大将軍・煌武院家。 その裏の闇は―――果てしない底無しの闇だ。

「・・・私は今回、斯衛第1連隊の任を解かれた。 新たに第10独立警護小隊―――悠陽様警護の任に就く事となったわ」

「なに? かの姫の警護なら。 代々、月詠家の者が・・・」

「月詠家当代の娘御、真耶殿は未だ20歳になりません。 分家筋の従姉妹、真那殿も同年ゆえ。 
小隊とは言え、摂家警護は大尉を以って指揮官と為す。
山吹が赤を指揮する事になりますが、真耶殿には今暫く、私の指揮下で学んで頂きます。
そこで、緋色。 話とは・・・」

「断るっ!!」

何と言う事だ! またしても私の意志は無視かっ!? 

「私が戦うのは! 戦う理由は! 傍らの戦友の為! 共に笑い、泣いてきた親友の為! 部下達を生きて故郷に、愛する者の元に帰してやる為!
何より―――私の可愛い義妹が! 笑って暮らせるようになる為だ! それ以外の何物でもない!!」

―――義妹も、あの娘も。 もう15になったか。 来年は徴兵検査年齢だな・・・

思わず激昂し、荒い息を吐く私と。 それを静かに見つめる緋紗。

「・・・話とは、独立警護小隊はもう一つ。 第19独立警護小隊。 緋色、貴女にこの隊の指揮を担って欲しいのです」

「第19独立警護小隊? 警護対象の摂家衆は第18までで足りる筈だ。 一体誰を・・・ ッ!!」

「真那殿も優秀な武人ではありますけれど・・・ 未だ経験が浅い事は事実。
緋色、貴女を見込んでの事。 今暫し、真那殿に猶予の時間を。 月詠家からも内々に打診が」

「・・・断る。 断る。 断る! 断る!! 断じて、断るっ!!」

「緋色!!」

冗談では無いっ! 私に―――私に、かの姫の警護を!?
嫌でも思い出させる、己が身の忌わしさを直視せよと!?

この身は我が物に非ず! 我が意志は、我が意志に非ず!
生まれは忌われ! 一族にその場は無く! ただ家の道具たれ!

「・・・断じて、断る・・・ッ!!」

かの姫が憎いのではない。 私と同様、いや、それ以上に茨の道のみが用意された姫。
同じく忌み児、適うならばかの姫にも、人生の理由が見い出せる事を。 切に神仏に申し上げたい。

だが―――駄目だ。 私では。 私は―――そこまで自己を滅せない。
己が想いを押し殺して。 それさえも昇華して。 護り支える事など、出来るものではない。

私は―――そこまで、生粋の武家では無い!

緋紗の溜息が聞こえる。
如何に我が半身たる双子の姉の頼みとはいえ。 こればかりは譲れない―――皆の為にも、恐らくかの姫の為にも。 そして、己が脆き心故に。

「―――判りました。 私も、これ以上無理は申しません。
父上、母上には私から。 月詠家へも、内々に断りを。 ―――ごめんなさい、緋色」


緋紗が立ち去ってゆく。 衣ずれの音。
気がつけば、また小雪が降っていた。 月は姿を消したか。

「―――大きくなったか? 久しく会っていない。 学校は楽しいか? 好きな相手でも出来たか? 父さん、母さんはお元気か?
まだ覚えているか? この義姉の事を―――会いたいものだ。 私は会いたい。 なあ、美冴・・・」











≪帰郷にて≫


「あれぇ? 愛姫お姉ちゃん、帰ってたんだ?」

―――帰ってたんだ? は、無いでしょ?

家を出た途端、隣家に住む女の子―――幼馴染の、妹の様な子が声をかけてきた。

「帰ってたんです。 で、休暇が終わってこれから部隊に戻るんです。
ったくね。 折角お土産持って行ってあげたのに、お礼の一言も無しだね? ん?」

「あ、あはは・・・ ゴメン。 いやあ、ちょっと学校が忙しくってさぁ~」

「冬休みじゃないさ?」

「判ってないねぇ~、お姉ちゃん・・・ 勤労奉仕だよ、き・ん・ろ・う・ほ・う・し!
ま、精々工場の清掃くらいだけどさあ、私達中学生は・・・」

むぅ、勤労奉仕ねぇ。 そう言えば、私が中学の頃はまだ無かったなぁ・・・
この2、3年だっけ? 夏・冬・春休みの数日間とか、月のうち4、5日程が勤労奉仕日に組み込まれたのって?

最寄り駅に向かう道すがら、並んで歩いてって。 なんか懐かしいな。
小っちゃいこの子の手を引いて、昔はよく連れ歩いたなぁ・・・

「おまけにさぁ~、弟達がうるさくって・・・」

「んん? チビ達が? どしたの?」

「お正月用の凧! 作れってうるさくって。 私、そんなの作った事無いよ、はあ・・・」

・・・苦労しているねぇ、お姉ちゃんは・・・

「でもま! 出来あいのキット買ってさ! 結構面白いんだな、これが!」

「あはは、アンタならチビ達放っぽらかして、自分が楽しむんじゃない?」

「ひどいなあ~、そんな事無いよ」

ま、そうかもしれないね。 この子は実に弟達を可愛がっているし。
カラッとした性格が、時々ドライに間違われるけれど。 本当は根の優しい、他人想いの子なんだよね。

「・・・」

「ん? 何?」

「お姉ちゃん、進級したんだ? 大尉?」

―――ああ、階級章かぁ。 そう言えばこの夏に一度顔を出した時は、まだ中尉だったもんねぇ・・・

「そっだよ? 凄いだろ~?」

「・・・年功序列ってやつ? ―――って、ひゃあ!」

全く、最近憎ったらしい言葉を覚えてきたなぁ。 おまけに結構反射神経良いじゃないのさ。
頭を叩こうとしたのに、あっさり交わしちゃったよ、この子。 ノーモーションで繰り出したんだけどね? 案外、衛士に向くかも・・・?

「お姉ちゃんはまだ22歳だよ! 来年で23歳! 小母さんみたいに言うな!」

「私より、9歳もおばさん・・・ うわっ!? ゴメン、ゴメン! ゴメンだから、荷物振り回さないでよっ!」

はあ、はあ、はあ・・・ くっ! そりゃ確かにお姉ちゃんは9歳年上だよ! 
でもまだ若いんだぞ! 20代前半なんだぞ! お肌だってピチピチなんだぞ! ピチピチ・・・ なんだ、ぞ・・・?

「・・・お姉ちゃん? どしたのさ、固まっちゃって?」

「う・・・ 重金属雲は、お肌に悪いからね・・・ アンタも、将来気を付けなさいよ・・・?」

「へっ!? う、うん・・・?」

―――いくらなんでも、10代前半の女の子の肌艶には負けるわよね・・・


「・・・重金属雲かあ・・・ 私も3年したら徴兵検査かあ・・・」

「そっか・・・ そうだねぇ・・・ 陸軍にくる?」

「ん~・・・ 悩んでるんだなぁ、これが・・・」

悩む? 陸軍じゃ無ければ、海軍か航空宇宙軍? 斯衛はないか。 庶民の私らには無縁ですって。

「違うよ。 ・・・何て言うかさぁ、ノリが合わないんだよねぇ、私・・・」

「ノリが合わない? 何のよ?」

「ん~・・・ みんな、お国の為とかさ、愛国心とかさ、そう言うの言うじゃない? 
なぁ~んか、違うって言うか・・・ そう言うノリって、苦手なんだぁ、私・・・」

ははあ、そう言う事。
確かにね、内地じゃそんな雰囲気一色だしね。

「学校でもさ。 先輩達が徴兵されるじゃない? みんな変に熱狂してさ。 駄目なんだ、そう言うのって。
お陰で冷たいとか、覚めてるとか、もう、散々だよ。 あはは・・・」

―――別に、アンタは冷たくもないし、覚めてる訳じゃないよ。

「チビ達が大きくなって、徴兵されるのは嫌だね?」

「え? あ、うん。 そうだなあ、弟たちが兵隊にとられるのって、嫌だなあ・・・」

「じゃ、チビ達の為に戦う?」

「うん? ・・・それも有りかなあ?」

「じゃ、立派に戦える理由あるじゃん? それに帝国軍だけじゃないよ」

「え?」

およ? 不思議そうな顔。 ―――もしかして、知らない?
知らないかもね、募集は確か今年からだったし。

「国連軍。 今年から日本でも志願受け付け始めたんだな、これが。
お姉ちゃんの同期生達がさ、3年ばかし国連軍に出向していたよ。 地球の反対側に行っていたけどね。
でも、太平洋方面軍で志願したら、配属は日本の駐留部隊になるそうだよ?」

「へえ? 国連軍? ―――そっかあ、その手も有るかあ・・・ どうせ、徴兵されるんだし・・・ うん、よし! 考えてみるよ!」

・・・遣る瀬無いなぁ。 この子の将来なのに、軍への道しか教えられないなんて。 お姉ちゃんとして、何か悲しいなぁ・・・

「でも、これだけは言っておくよ? 例えアンタが将来どんな兵役に就こうともね。 絶対にあきらめちゃ駄目だからね?
生き汚なくっても、絶対に生き抜かなきゃ駄目だよ? お姉ちゃんと約束だよ? ―――いいね、晴子?」















1997年1月10日 0900 東京 立川基地 第14師団


「決まった、5日後の1月15日に出動する。 晴海から乗船開始。 19日には黄海に入る。 
長山群島の東から弧山(クーシャン)、隅子(ウェイツー)を経て蓋州(カイチョウ)に出る」

第14師団長・松平孝俊陸軍少将が居並ぶ部下・幕僚団を見回しながら命令を達する。
皆、一様に緊張した面持ちだった。 今度こそは本当に死戦になる、そう覚悟しているのだ。

「―――戦況は、如何なのでしょうか?」

第141戦術機甲旅団長・若松幸嘉陸軍准将が問う。
旅団長であれば事前情報は得ているであろうが、部下達を前に代表して代弁しているのだ。
松平師団長が、情報参謀を振り返り促す。

プロジェクターを操作し、情報スクリーンが映し出される。
戦域展開図、戦力リスト、BETA分布状況。 そしてこのひと月の間の戦力損耗率・・・一斉に呻き声が上がる。 

「戦況は芳しくありません。 今回、H19・ブラゴエスチェンスクハイヴからのBETA群、約3万。
H18・ウランバートルハイヴから約2万5000、H14・敦煌ハイヴから約3万5000、総数9万。
既に中国軍第1野戦軍は韓国国境を越えました。 
現在は長白(チャンパイ)山脈、蓋馬(ケーマ)高原を中心に、韓国軍第1軍(第2、第3、第8軍団)と防衛戦を展開中です。
鴨緑(ヤールー)江下流域、丹東(タントン)=新義州(シニジュ)防衛は国連軍第9軍(米第9軍)と韓国軍第11軍団が。
但し既に2個師団が壊滅、米海兵第1遠征軍がグアムから急行中です」

一旦言葉を切る。 満洲は失陥した、既に中韓国境が最前線となっている。
北へ目を向ければ、既にハバロフスクは陥ちた。 ソ連軍は沿海州南部―――ウラジオストーク防衛に必死の状況だった。

「中国軍第4野戦軍は、遼東半島に押し込まれました。 今は蓋州=丹東ラインが絶対防衛ラインとなっております。
―――そう、我々が飛び込む先は、地獄の大釜となります。
蓋州南部の万福(ワンフー)に韓国軍第5軍団。 但し、戦力半減の2個師団のみ。
遼東対岸の山東半島も差し込まれております。 中国第2野戦軍と韓国軍第21軍団が防衛していますが、既に莱州(ライチョウ)が陥落しました。
渤海南部海域の航行の自由は失われております。 現在、龍口(ロンコウ)=莱陽(ライヤン)=海陽(ハイヤン)の線で防戦中。 ―――長くは保たんでしょう」

情報参謀の戦況報告に、並居る上級指揮官達も声が出ない。 これではまるで・・・

「そうだ、諸君。 我々は撤退戦を戦いに行くのだ」

松平師団長が、覚悟を滲ませた声で断ずる。
撤退戦。 古来より最も損害が大きい戦い。 下手をすれば全滅・壊滅も有り得る。
だが飛びこまねばならない。 このまま座して半島失陥に至れば、今度こそ本当に帝国本土が戦場と化す。

「遼東半島北部は第9軍団、南部は第11軍団。 再編が済んだ第10軍団も遅れるが到着しよう。
タイムリミットは、大連からの民間人の完全脱出完了まで。 最悪、大連の入口である普蘭店(プーランティエン)は何が有っても絶対死守だ。―――撤退は許可しない。 
以上だ。 厳しいが、為すしかない」






同日 1000 第141戦術機甲旅団


中隊長以上の指揮官ブリーフィングで出撃が発表された。
遼東半島。 俺にとっては93年の10月以来、実に3年3カ月ぶりの『懐かしい』戦場だ。
キツイ戦いになりそうだ。 昨年4月のドーヴァー防衛戦並みか、それ以上かもしれない。

「厳しそうだ・・・」

「うん・・・」

横で緋色が呟いた。 いつもは喧しい愛姫も厳しい顔だ。


「遼東半島ねぇ・・・」

「撤退戦や、キツイで?」

「やるしかないでしょ~?」

「ま、何時もの事です」

和泉大尉、木伏大尉、水嶋大尉、源大尉。 先任達も些か表情が硬い。


「古参は良いけれど、新任達が不安ね・・・」

「こればかりは、どうしようもないわ。 越えて貰うしか・・・」

昨年10月配属の新任少尉達を気にかける三瀬大尉と、祥子。


「直衛、喜べ。 『疾風怒濤(シュトルム・ウント・ドランク)』の季節だ。 祭りだよ、祭り!」

「頭の中、ぶっ飛ばすかよ?」

圭介が懐かしいセリフを吐く。 ―――ああ、イヴァーリが良く言っていたな。

皆が―――大隊長達や旅団長、旅団幕僚たちまで―――俺と圭介をまじまじと見て。

「前頭葉を、欧州に置き忘れたか・・・」

「人格、変わったね・・・」

「側頭葉も無いんちゃうか? 過去の記憶、覚えられへんとか・・・」


「「 んな、馬鹿な・・・ 」」

圭介と二人してハモってしまう。 ムチャクチャ言うな、全く・・・


「が、その意気や良し!」

第1大隊長・早坂中佐が破顔する。

「暫く見ない内に、牙もちゃんと生えたか」

第2大隊長・宇賀神少佐。

「突撃大隊は、第3と第4で決定ですかな?」

第5大隊長・荒蒔少佐。

「迷惑な事だ。 長門大尉、責任取れ。 先鋒任す」

第4大隊長・岩橋少佐。

ちらり―――上官を見る。 目が合うと、まるで肉食獣の様な目で笑う我が第3大隊長。

「全師団の先鋒は貴様だ、周防大尉。―――口は災いの元だな?」

・・・言うと思ったよ、広江少佐なら。






1997年1月15日、帝国陸軍第6軍は東京港を出港。 一路、遼東半島を目指した。
その日は天候が悪く雲が低く立ちこめ、波が荒く打ち寄せていた。











********************************************************************************************************

※酔った勢いでやってしまった・・・
好きな原作キャラを書いてみたかった、でも書けなかったから絡ませてみた。
単にそれだけ。 本筋にはもう登場しないかも、多分・・・
勢いだけの妄想文の幕間。 

※まりもちゃんは『軍曹』にはしていません。
将校(中尉)から下士官(軍曹)への降格など、普通は不名誉極まりない処置なので、拙作では採用しませんでした。
(普通はどんな軍隊でも、教官だからってだけではやらない・・・ 下士官は『教官』じゃないし・・・)



[7678] 帝国編 3話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/12/30 05:15
1997年2月10日 1330 遼東半島 蓋州西南西50km 半島北部防衛戦 第14師団防衛戦区


外気温、マイナス10.5℃。 4年前より寒くなったと感じるのは気のせいではなさそうだ。

「年々、世界的に寒冷化して行っているね。 
2酸化炭素の排出量も有るだろうけれど、ユーラシアの平坦化が進んで北極圏からの寒気がまともに南下してきているしね」

対面でコーヒーモドキを飲んでいる源さんも、テントの外の景色―――粉雪の舞う寒々とした光景を見ながら遣り切れなさそうに言う。
今日はまだ『仕事』の出番が無い。 いや、ここ数日『向うさん』は大人しいものだ。―――この後が怖いが。

「そう言や、周防さん。 アンタは欧州方面に行ってたんだって? 向うも寒いのかい?」

同じテント―――仮設戦闘指揮所―――で暖を取っていた戦車隊指揮官、第14機甲連隊第1大隊『スティールガンナーズ』の2中隊長(大尉)が話を振ってきた。
俺達第3戦術機甲大隊と協同して、戦闘団を組んでいる部隊の指揮官だ。

「ええ。 と言っても戦場は殆ど地中海方面でしたから。 割と暖かなものでしたよ。
北海戦線じゃ、洒落にならない気温だそうですが・・・」

近年、大西洋のメキシコ湾流の流れが少し変わってきているらしい。 
不凍港のスカンジナビア西岸(旧ノルウェー)でも、北の方は結氷するようになったらしい。
もっとも、9世紀から10世紀にかけても同じような気象だったそうで。 BETAがどうこう言う訳でもなさそうだが。

「そうかい。 しかしま、何だな。 戦場は南下してくる一方だが、お陰で凍結故障の心配が下がっただけはマシだな?」

「洒落にならないですよ、それ・・・」

「帝国の装備は、寒冷地仕様が当初不十分でしたからね。 92年や93年頃は随分と泣かされましたね・・・」

戦車隊の大尉の言葉に、源さんも当時の苦労を思い出して顔を顰めている。
大陸派遣が決定した91年の冬など酷かったらしい。 何せ戦術機の損耗の1/3以上が、寒冷地仕様の不備での故障と言うものだったのだから。
俺が以前満洲に居た当時、92年から93年の冬も洒落にならなかったが、あれでも対策はしていたと言うしな。

その点、ソ連軍は戦術機の寒冷地対策は1歩も2歩も進んでいる。 流石は冬の国。 中国軍も負けず劣らず優秀だ。

急に寒さを覚える。 強化装備の上に防寒ジャケットを着こんじゃいるが、それでも寒い。
急造のストーブ(整備隊が自作してくれた)に掛けてあるポットから、コーヒーモドキをカップに注ぎ、一口飲む。 ―――不味いが温まる。


「でもなあ、故障率は多少改善されたが・・・ 問題は補充だよ、補充! 
あんたら戦術機部隊は優先補充が有るけどよ。 俺達戦車乗りはその次だからなぁ・・・」

「まだ来ませんか? 補充・・・」

「・・・来ないねぇ。 ま、ぼやいてもしょうがねぇ。 何とか手を打ってはいるさ、いつ来るかわかんねぇけどよ」

富士学校の下士官特技教育課程も、無制限に枠を広げる訳にもいかないしな。
戦線が崩壊したり、崩壊しなくとも戦況が不利になったりで真っ先に人的損害、それも特技章持ちの損害が大きいのが機甲科だ。

何せ、BETAに差し込まれたら逃げようがない。 
要塞級や重光線級と言った、『鈍足』連中以外はほぼ、戦車より足が速い。 最高速じゃ無くて、不整地での走破能力の高さの事だが。

「まったくよ、頂けぇなぁ・・・」

そう悔しそうにそう呟いて、戦車隊の大尉はテントを出てゆく。
こっちにしても人事じゃない。 支援砲撃車両の減少は戦術機部隊にとっても死活問題だ。



「戦車隊もそうだけど、僕らもね。 幸い、ウチの大隊は損失出していないけれど。 第1、第2と第5は1機、2機損失出しているし。
今のうちに補充は欲しい所だね・・・」

「そうですね。 エレメント組むと組まないでは大違いですし。 何か話聞いていますか?」

「いいや、何も。 周防君、君は?」

「同じです。 大隊長も、旦那(藤田先任参謀)の筋からの情報も無いって、こぼしていましたよ」

旅団5個大隊の内、現時点での損失は4機。 戦死は2名、重傷2名。
ここまでで済んでいるのが奇跡的な程、損失は少ない。

しかし今回、予想以上に長丁場になりそうだった。 できれば小康状態の今のうちに補充は済ませておきたいのが、指揮官連中の儚い願いだ。

―――シュン シュン シュン

湯気の音だけがやけに響く。
外は相変わらずの粉雪だ。 積雪する程の降雪量じゃないが、気温の低下はこれ以上は拙いか?
戦術機の各部がそろそろ酷使と相まって、金属疲労を起こしそうで気にかかる。 整備の連中もヤキモキしている。

ふと、ディーゼル音が聞こえてきた。 これは4スト、案の定高機動車が1両走ってくる。
やがてテントの前で停車すると、数人の将校が降り立ってきてテントの中に入ってきた。



「ふう、流石に寒いな」

先頭の1人は大隊長の広江少佐だった。 残るは大隊幕僚の中尉連中だ。

「高機動車は吹きっ晒しですからね。 どうです、コーヒー?」

「ああ、貰おう。 皆にもな」

サービスだ、全員の分をカップに注いで渡してやる。
皆が折椅子に落ち着いてコーヒーを口につけるのを待ってから、源さんが切り出す。

「で、どうでした? 旅団本部の方は・・・?」

「・・・攻勢は不可だ。 このまま受け身で持久する。
連中が小休止ならそれで構わん、寧ろ有り難い。 その時間で避難と撤収が進む」

「工兵の連中に聞きましたが、この3日で『悪魔の園』も8割方が敷設完了したそうです。
今日1日あれば、回廊の縦深陣地全域に敷設完了とか。 もう4、5日は粘れそうですね」

「周防、『悪魔の園』は1層でか?」

「いえ、2層だそうで」

その答えに、広江少佐も人の悪い笑みを浮かべる。

―――『悪魔の園』

元々は第2次大戦期に欧州戦線や北アフリカ戦線で言われ始めた言葉だ。
人の神経を逆なでする、あらゆるトラップを仕込んだ地雷原の事なのだが。

BETA相手の今の戦争では、防衛線前面に敷設する対BETA地雷原をこう呼ぶ。
2層で、と言うのは。 対大型種BETA用地雷4割に、対小型種BETA用地雷6割を敷設した上に土砂を被せ。
その上に対大型種用8割、対小型種用2割の割合で敷設する。

それも全域に渡ってでは無く、一部『回廊』―――地雷を敷設しないスペースを設定しておく。
地雷原の中でBETAをそのスペースに誘導する為だ。 因みにアンブッシュ部隊は、そのスペースを火制範囲内に収まるように配置している。
わざと無防備なスペースを作りだす事で、こちらに有利なキル・ゾーンを形成するのだ。

それも地雷原が1層か、2層かで効果が全く違ってくる(1層だと、前衛の突撃級が粗方引っかかって潰してしまう)
広江少佐がニンマリしたのは、工兵隊の苦労と頑張りのお陰で次の戦闘が随分楽しそうになったからだ。

「よし。 兵站(大隊第4係(兵站)主任幕僚) 後でな、ウチからだと言ってな、工兵に差し入れしておいてくれるか?」

「了解です。 何、ここまで撤収する途中で酒樽満載したトラック数台、確保しましたから」

「おいおい、そりゃマズイんじゃないのか? 民間の物だろう? 後で訴訟起こされたら面倒だ」

兵站幕僚の発言に、人事(大隊第1係主任)幕僚がビックリして問い質す。
第1係は庶務も兼務だから、この手の無許可徴収に相当する事には敏感だった。

「大丈夫。 取得物の1割は拾った者の権利だ。 なあに、連中だって馬鹿じゃない。 途中損失分はおり込み済だろうさ」

兵站は気にも留めない。
主計将校は兵站学校で民事や商法、その他の法律も学ぶから、その抜け道か?

「いずれにせよ、部隊の連中が勝手に手を出さないように、気をつけなきゃならん・・・」

「うん、その通り」

「・・・周防大尉、その中にはあなたも含まれるのですが?」

「なんでっ!?」

俺の驚きに、運用・訓練担当の第3係主任幕僚が頭を抱える。 ―――そこまでうんざりした顔しなくても・・・

「・・・しょっちゅう、部下を引き連れて脱柵(無断外出)しているのは、何処のどなたですか?」

「コミュニケーションは大切だぞ?」

「軍紀はもっと大切です!! 勘弁して下さいよ、取り締まるこっちの身にもなって下さいって・・・」

「そうです。 『第3中隊長は無罪放免で、どうして自分たちだけが!』 衛士連中にそう言われると、こっちも言い訳に困ります!」

人事と運用に揃って言い詰められて、ちょっと返答に窮する。 
いや、別に無罪放免じゃないぞ? 大隊長からお小言と始末書の山を申し付けられているぞ?
と、その時ニヤニヤしながらその光景を眺めていた大隊長が、おもむろに宣告した。

「皆、大丈夫だ。 今後、3中隊長の脱柵については、2度と無かろうよ」

「「「「「 はっ!? 」」」」」

5人そろって―――幕僚たちと俺―――首を傾げる。 自分で言うのも何だが、一体どうやって?

「ある事無い事、13中隊長(第1大隊第3中隊長)に話しておいたからな。 なに、こいつは早々に尻に敷かれている男だ。
何かあったら、彼女に話を通した方が早い。 だろう? 周防?」

ぬぐ、言い返したい。 言い返したいが、言い返す程の度胸が無い自分が情けない・・・

「・・・因みに、長門君はあれやこれやと理由を付けて、表向き利口にやっているらしいよ?」

―――三瀬さん情報ですか。 圭介と同じ大隊だし。 と言うか、そこで止め刺さんで下さい、源さん・・・



「ま、周防大尉をいぢめるのはこの辺にしておいて。 皆、状況確認だ」

―――いぢめるって、最近日課になってませんか?

俺の微かなジト目も気にせず、広江少佐はテント内のテーブル状に作戦地図を広げて状況説明を始める。

「現在の戦線は、蓋州西南西50km地点。 千山山脈の端っこだ」

少佐はそれが重要とばかり、地図上の山脈を指揮棒でトン、トン、と叩いて周りを見渡す。

「千山山脈は、標高こそ1000m級から400、500m級の比較的低山の集まりだが、その姿は急峻な山並みだ。
機甲部隊どころか、歩兵部隊でさえ移動に困難を覚える程にな。 道も狭い。 今までは逆にこの山脈の特性を利用して、防衛線を展開出来た」

その言葉に皆が頷く。 そう、BETAは平坦地を好む。 理由は判らない。 
連中は他に移動個所が無ければ山岳地帯へも進入するが、逆に平坦地が有れば距離のロスなど無視して平坦地を突進してくる特性が有る。

遼東半島はその半ばまでが、中韓国境地帯の龍崗(ロンカン)山脈から続く千山山脈によって南北に分けられている。
そのお陰で蓋州を放棄した現状でも、BETAは南の万福へ南進せず西南西方面―――渤海湾海岸線沿いに突進を続けている。

万福には韓国軍第5軍団が布陣して防衛線を張っているが、この部隊は手酷く叩かれて戦力が半減している。 とてもBETA群の突破阻止戦力にはならない。

後詰には帝国軍第11軍団が居るが、彼等はまず遼東半島南部に居住する民間人脱出の支援と言う厄介な任務が有る。
戦略的に見ればBETA様々だった。 あのまま南進されれば、遼東半島戦線が一気に瓦解する所だったのだから。

―――最も、戦術的・・・ いや、部隊的には有り難くない。 こっちは『圧力』を一手に引き受けているのだし。

俺の内心のボヤキを余所に、広江少佐の説明が続く。

「・・・が、頼もしい千山もここまでで終わりだ。 この先、遼東半島は比較的平坦な地形が連続する。
第1次防衛線の終端は瓦房店(ワーファンティエン) ここで千山山脈は終わり、半島の南北が繋がっている。
幸いにもここまでくれば営口に陣取る光線属種の照射認識範囲外だ。 海上からの支援砲撃は十分望めるし、時間限定だが航空支援も望める」

問題はBETA群前衛と中衛との距離、及び速度差。 そして中衛と後衛のそれによるが。
中衛には光線級が、後衛には重光線級が含まれている事が多い。
前衛の突撃級の群れを捌き切る前に、中衛の本隊に突っ込まれては混戦になれば光線級の排除が難しくなる。
更にそれに手間取れば、前衛の生き残りは奥へ奥へと突進するし、後衛が到着すれば重光線級の『ブッといヤツ』(重光線級のレーザー照射)がお出ましだ。
部隊壊滅パターンのひとつだった。

「その前にここで、可能な限りの持久戦とBETAの数を削る。 
幸い、第2師団が隣接戦区への展開を完了した。 乙編成師団だから、戦術機甲部隊は3個大隊―――1個連隊分だが、他は我が師団と同等だ。
軍団本隊が布陣する瓦房店前面10km地点まで、約40kmを2個師団で守る。 どうだ? 随分な兵力集中じゃないか?」

今回は第2、第14師団が前面に出て、両師団で守る戦域範囲は約40km
各師団20kmの範囲だ、これは十分に戦力を集中出来る。 通常、連隊以上の戦術機甲部隊を含む師団間の間隔は約40~50km  通常の半分を守ればよい。

俺達は中央部を走る千山の山並みに姿を隠し、目前(北の方向)の沿岸部を突進して地雷原に突っ込んだBETAを、支援砲撃部隊(戦車部隊と自走高射砲部隊)が火網に絡め取る。
地雷原を突破したBETA群に対しては、予め標定を完了させている師団砲兵連隊、M110A2・ 203mm自走榴弾砲と90式155mm自走榴弾砲、それにMLRS部隊が制圧砲撃を加える。

俺達、戦術機甲部隊の出番はその後。 地雷原を突破し、火力の制圧攻撃をも潜り抜けたBETA群を、第2師団前面の地雷原到達までの間に可能な限り削り取る。
後は―――第2師団に任せればよい。 最後は軍団本隊―――第3、第4師団が砲門をズラリと敷き詰めて大歓迎してくれる。


「これで、何とかせねばならん。 再度の『特殊爆弾』起爆は、中国軍の反感を増大しかねんからな」

広江少佐の最後の言葉に、皆が神妙に頷く。
1週間前、蓋州放棄の戦いの最後の撤退戦闘で、第6軍司令部命令で行ったBETA殲滅作戦。
何の事はない、S-11弾頭(戦艦用の大型弾頭)を3個セットで1基とし、これを5か所に予め設置していたモノを起爆させたのだった。

起爆装置は単純な時限起爆装置と信号起爆装置を併用したらしいが(保険だ。 どちらかがBETAに齧られたら目も当てられない)
結果として、3基の起爆に成功した(2基はやはり、起爆装置を齧られた様だ)

S-11は戦術核に匹敵すると言われる高性能弾頭だが。 実際にあれだけ狭範囲で集中して起爆さすところは、初めて目の当たりにした。
一瞬、光球が発生したと思ったら次の瞬間、網膜スクリーンの光量調整が間に合わない程の勢いで大きくなって行った。
周囲に特大の土埃を発生させある程度まで成長したその光球は、唐突に消滅し巨大なキノコ雲へと姿を変えた。
と同時に凄まじい轟音が届き、機体の背後から猛烈な勢いで突風が爆発点方向へ吹き荒れていった。

・・・記録映像でしか見た事のない、原爆投下映像。 1944年、ドイツ第3帝国のベルリンとハンブルクへの原爆投下映像とそっくりだった。

後で判った事だが、想定でその威力は正に戦術核並み。 爆発出力は15kt相当、爆発点気圧は40万気圧前後、爆心地爆風圧400万パスカル(1平方メートル当たり40トン!)
そのエネルギーは爆心中心で平方センチ当たり150カロリー、温度に換算して約9000度。 半径500m範囲で約5000度、1km圏で約2700~2800度に達したと言われる。
太陽の表面温度が約6000度と言われる。 その爆発威力の凄まじさが判ると言うものだ。

諸説あるが、一般にダイヤモンドの融点(固体から液体化する温度)は3500から3600度、沸点(液体から気体へ位相する温度)は4800から5000度と言われる。
2000度を越せばダイヤは黒鉛に変わる。 爆心地から2km圏内のBETAは文字通り消滅していた。 気化していたのだ。

直径4kmの円周が接するように3か所。 その範囲内で約2万に近いBETA群が消滅した。
これは遼東半島方面へ進入しようとしてきたH14・敦煌ハイヴからのBETA群、約3万5000の57%に達する。

残ったBETA群も何らかの不具合でも生じたか、怒涛の如く攻め寄せていたのが嘘のように、営口に比較的小規模(旅団規模)の群れを残し、残余は遼河南岸に溜まっている。
何より損害補充でも無かろうが、丹東防衛線前面のH18・ウランバートルハイヴからのBETA群2万5000の内、約1万が遼東方面へ移動している事が確認された。
3つの戦線の内、比較的戦力の薄かった丹東防衛戦線はこれで一息つく事が出来た。―――本当に、一息だけだったが。

今は北部の長白山脈防衛線だけが活発だ。 最も険しい2000m級の山々が連なる山岳戦故、BETAの進撃速度が極端に遅く、今の所防衛は優位に推移している。


「もう一度あの『特殊爆弾』を起爆すれば、中国軍も流石に上の上レベルで黙ってはいないでしょうね」

「しかし、源大尉。 彼等は国内で戦術核を使った焦土作戦を展開した前科持ちです。 
それに4年前の『双極作戦』でも友軍誤爆を気にも留めず、S-11砲弾の飽和砲撃を敢行しました。
あれでどれ程の帝国軍戦力が潰された事か・・・ッ!」

源大尉の達観? に対して、通信・情報を管轄する第2係主任幕僚が噛みつく。
大隊幕僚と同時に、大隊CP将校を兼務する彼女―――江上聡子中尉は中国軍の『身勝手』が納得いかないのだろう。

「・・・江上、その辺にしておけ」

「何故ですっ!? 周防大尉! 大尉だって、『双極作戦』じゃ巻き込まれかけたクチじゃないですか! 
源大尉だって、広江大隊長も! どうしてそう言えるんですかっ!?」

「お前・・・ 仮にだ、仮に帝国本土で同じ状況だとして、『それ』を中国軍が使ったらどう思う?」

「えっ・・・?」

余り仮定したくない状況だけど、こんな状況しか仮定出来なかった。
ちょっと例えが極端すぎたか? ま、いい。

「許せるか? 感情的に。 戦術的に正しいとしてだ。 諸手を挙げて歓迎できるか? ―――出来ないだろう? そう言う事だ」

「哀しいかな、人は感情の生き物だからね。 頭では判っていても、感情が拒絶する事はままあるのさ。
軍人として冷徹に徹した所で、我々とて木石じゃないよ。 それは彼等も同じだね」

「ましてや、我が帝国と中国、それに韓国の間には一言では言いきれぬ歴史的なしこりも未だ払拭できていない。
現に第6軍司令部は蜂の巣をつついた状況だ、中国第4野戦軍から猛抗議が殺到している。
師団の2部(情報部)からのネタではな、本土では外務省がカンカンになって怒っているらしい。 在日中国大使から厳重抗議が入ったとか。
外務省と国防省もガタガタ遣り合っている。 下手をすれば上の上あたり、2、3人首が飛ぶかもな」

俺と、源大尉、広江少佐。 大隊の上官3人の言葉に、江上の勢いが見る見る無くなってゆく。

「それはっ! そうですがっ・・・!」

悔しげに俯く江上を、広江少佐が諭すように言う。

「納得しろとは言わんよ、だが理解しろ、江上中尉。 君は将校だ。 将校ならば、納得できすとも理解しろ。
理解したうえで、命令に従え。 そしてその分掌範囲内で指揮を取れ。 理不尽かと思う、だがそれが我々に課せられた義務だ」















ブリーフィングを終えて、各々配置に戻る事になった。
俺の指揮する中隊はここから数100m先に展開している。 高機動車に乗るまでも無い、歩いて帰る事にした。
―――と、思ったのだが。 直ぐに1両の車両(82式指揮戦闘車)に捕まった。 見れば江上中尉が乗っていた。(運転は通信班の兵だったが)

「大尉、歩きですか? 宜しければ乗ってゆかれますか?」

「あ~・・・ じゃ、お邪魔する」

―――なんて意志薄弱な奴だ。

乗車と同時に発進する。 乗り心地は・・・ 悪いな。 それに狭い。 
これは仕方が無い、82式指揮戦闘車はCPが前線後方で陣取る場所だ。 内部の後部乗員室は所狭しと通信機器が設置されている。

揺られていると、ふと江上が先程の話題をぶり返してきた。

「本音を言えば、お前さんと一緒だよ。 今更お前達が言う事か?ってな。 しかし俺が出した例え、あれも本当だな? 本土でやられたら頭にくる」

「じゃ、我々はどうすれば? 黙って死戦を展開しろと?」

「・・・そう。 黙って死戦を展開するんだ、それが軍人本来の姿なんだよ。 国家の番犬が、飼い主に意見してどうなる?
おい、言っておくが奴隷根性などと言うなよ? 国家は番犬に相応の褒美も与えなきゃならない、その状況も作らないとな。―――判るか?」

「・・・少なくとも、大尉の様な人は帝国軍の中じゃ、少数派と言う事だけは」

「少数派じゃ困るな、帝国は現代国家だし、世界でも有数の国力を持った国家なのにな」

「・・・」

―――おい、そこで黙るなよ。 雰囲気が不味くなるだろ?

「―――かつて、こんな事を言われた事が有る。 『国と、国民の生命、財産、権利が危ういと判断される場合。 その場合には国家は、そして軍は、躊躇うべきではない』」

「・・・え?」

「こうも言われたな。 『国民は、国家が契約内容を履行する限り、その求めに応じて義務を果たす。 そうして初めて、権利を主張できる。
国家は、国民に義務を負わす為にも、その契約を完全に履行すべきなのだ。 どちらか一方的なものではない』
言われた時は正直、反感を覚えたものさ」

「・・・今は、違う?」

承服できない。 が、行っている事の意味は判る気がする。 そんな表情で江上が聞き返してきた。

「ああ。 だからな、俺は―――必要と判断される場合なら、国内でのS-11の飽和攻撃でも許容する。
感情は無理にでも抑え込む。 それが―――俺が国家と国民・・・ 帝国と交わした契約だからな」

(はは、なあ、オーガスト。 信じられるかい? あの時、君に言われた言葉だ。 それをそっくりそのまま、俺が言っているぜ・・・?)

94年の冬、初めてアメリカに、N.Yに任務で行った時に米陸軍のオーガスト・カーマイケル中尉(今頃は大尉位になったか?)に言われた言葉だった。
言われた時は、今の江上同様に承服しかねなかった。 その後色々と見聞する事も、学ぶ事も出来た。

アメリカの考えが正しいなんて思っちゃいない。 しかし帝国の主観が全てだとは、露ほども感じていない自分が居る。
全ては相対的だ。 そこに主観は存在しない。 そして今の世界情勢―――BETA大戦にあっては、主観は時として身を滅ぼす。 実に簡単に。

「良い例が今の中国だが・・・ 止めておこう、今話している時でも無いし、今まで散々、座学なんかで学んだだろうしな。
今言える事は、『自分の責任を果たせ』、これだけだな。 文句はそれからだ。 当然、俺もな」


やがて高機動車は中隊陣地(と言っても、只のちょっとした広場みたいな場所)に着いた。
高機動車を降り、中隊指揮所のテントへ向かう。 これから中隊ブリーフィングだ。

「時に江上、何しに来たんだ?」

「・・・今頃聞きますか? 周防大尉。
通信コード表が定期変更の時期なので、3中隊に渡しに来たんですよ。 渡会少尉はどこに?」

「渡会なら・・・ ああ、おい! 渡会!」

丁度、中隊指揮所のテントから顔を出した渡会美紀少尉を呼び付ける。

「はいっ! なんでしょうか、中隊長!」

駆け寄ってくる姿はリスか何かを連想させるな。 いや、元気一杯の新任将校なんだが。
渡会少尉が俺と江上に敬礼する。 向うの身長が低い(150cmちょっとか?)ので、特に俺とは30cm程の差が有る、まるで見上げる様な敬礼だ。

「江上中尉が改編された通信コード表を持ってきてくれた。 出撃もそろそろ近い、可及的速やかに処理しておけ」

「はいっ! 了解しました!  あ、有難うございます、江上中尉!」

コード表を受け取ると、脱兎のごとくの勢いで指揮戦闘車両へ走って行った。 これから何やかやと調整する訳か。

「・・・元気な子ですね、相変わらず」

「・・・もう少し落ち着きが有れば、言う事無い」

落ち着きと言うか、もう少し大人になって欲しいと言うか。
昨年の10月に管制官学校を修了した新米少尉のCP将校なのだが。 国内の部隊―――本土防衛軍で『修行』する前に前線部隊配備になった。
頑張り屋なのは評価しているし、人のアドバイスも素直に受け入れる性格の良さも持っているのだが・・・

「中隊では、マスコットの様なものだとか?」

「放っておけないんだろうな、一見すれば中学生でも通る。 彼女がウンウン唸りながら仕事していると、何かにつけ手伝おうとする連中が多くてね・・・」

自分の仕事をうっちゃってまで。 余りに酷い時が有ったから、一度中隊全員に雷を落とした事もあった。
その姿を見た大隊長が、しみじみと『人は、成長する生き物なのだなぁ・・・』と、のたまってくれた時は流石に憮然としたものだ。

「良いんじゃないですか? 3中隊、雰囲気良いですよ?」

「・・・そうかい。 じゃ、俺はこれからブリーフィングだから。 送ってくれてありがとさん」

敬礼して別れる。 江上はこれから2中隊まで出前を届けに行くようだ。
―――ふと思った。 あいつ、いつ衛士をリタイアしたんだ? 俺が2年目少尉の時は新任の衛士で同じ中隊だったのにな?






「ああ、江上中尉ですか? 確か94年ですよ。 大隊長が内地に帰るちょっと前かな? 8月か9月。
突撃級に横合いから突っ込まれまして。 幸い、直ぐに僚機がフォローに入ったから助かりましたけどね。
管制ユニットは大破。 中尉も両足がぐちゃぐちゃに潰れちまって。 切断して、疑似生体ですよ、確か」

当時を知る摂津中尉が教えてくれた。

帝国軍に復帰して以来、懐かしい顔ぶれにも再会できたが。
同時にもう2度と会えない顔ぶれも増えていた。 軍務に復帰できたのなら、それで良しとしよう。

ネガティヴな思考は余所へ置いておく。 今は目前の防衛戦に集中だ。

最上と摂津に大隊の作戦概要を伝える。
戦術機甲部隊の出番は、BETAが地雷原を突破した後、通称『ゾーン』に入った後の打撃戦と、第2師団前面への誘導が役目だ。

「だから、間違っても千山方面への突破は許すな。 山麓の『壁』は第2と第5大隊が務める。
ゾーン入口からBETAを絞り出す勢子の役目は、第1と第4大隊。 俺達第3大隊はBETAの鼻先にくっついての誘導役だ。
だから今回、突破戦闘は行わない。 付かず、離れず、派手に弾幕を張って連中の気を引け。 間合いを間違えるなよ?」

「了解。 摂津よ、今回は残念だったなぁ」

「・・・俺は『吶喊野郎』じゃないっスよ。 確かに『吶喊娘』にゃ、扱かれましたけどね」

「今頃、美園がくしゃみしているぞ?」










1997年2月11日 0550 遼東半島撤退戦の第2幕が上がった。






[7678] 帝国編 4話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/02/08 02:09
1997年2月14日 0950 国連統合軍太平洋総軍 太平洋方面第11軍(軍集団)司令部 朝鮮半島・平壌


「長白戦線、韓国第1軍より入電。 『BETA群、国境線突破。 咸鏡(ハムギョン)防衛線に到達、戦闘開始す。 0945』―――です」

「羅先(ラソン)の韓国軍第9師団より入電。 『豆満江(トウマンガン)のBETA群、東進開始。 ウラジオストークに警戒勧告を要するを認む。 0933』」

「中国第1野戦軍、蓋馬(ケーマ)高原防衛線布陣完了。 但し第23、第39集団軍(軍団)は壊滅状態、実質戦力は第16集団軍のみです」

「米第8軍団、韓国第9軍団、慈江道(チャガンド)=平安北道(ピョンアンプクド)間の鴨緑江(アムノクガン)防衛線への再配置展開完了。
米第1海兵遠征軍、東港(トンカン)上陸を敢行、損耗率8%  米第3海兵遠征軍、荘河(チョワンホー)上陸完了。 損耗軽微」

「遼東半島、中国第4野戦軍、補給完了。 但し第56集団軍、戦力38%減。 第61集団軍、戦力43%減。 韓国第5軍団と共に瓦房店への展開が完了しました。 
日本軍第6軍、千山北部に第9軍団、南部に第11軍団が再配置完了」

「太平洋艦隊第1艦隊(米第7艦隊)、及び第3艦隊(韓国西海艦隊)、黄海にオン・ステージ。 第2艦隊(日本第2艦隊)、渤海湾へ突入開始しました!」

「第4艦隊(日本第3艦隊)、第5艦隊(韓国東海艦隊)、東朝鮮湾に到達。 支援攻撃開始!」


―――この数日のお蔭で、仕切り直しが出来た。

国連軍太平洋総軍・第11方面軍(軍集団)司令官、アーノルド・フレデリック・バークス大将(米陸軍)は、ようやくの事でここ数日張りつめていた気をホッと抜ける気がした。
先月来、繰り返し侵攻してきたBETAの攻勢によって南部満州は失われた。 中韓国境線、そして遼東半島で熾烈な防衛戦が展開されていたのだ。
だがここにきて数日、BETAは不気味な沈黙を保っている。 不気味ではあるが、兵力の再転換を行えた事は助かった。

無論、完璧などとは程遠い。 
主防衛線である中韓国境線には信頼できる米第9軍から第8軍団を。 そして韓国軍の最精鋭・第1軍と、歴戦の第3軍から第8軍団を配した。 
そして本国から毟り取った第1海兵遠征軍も投入した。

遼東半島は防衛線距離に対して、異常な程の兵力を投入している。 第1海兵遠征軍に続いて、虎の子の海兵隊第3海兵遠征軍を強行上陸させた。
そして日本から遣って来たばかりだが、戦歴の長い精鋭部隊である日本陸軍第6軍を丸々投入したのだ。

海上支援戦力も持ち得る限りを投入している。
合衆国海軍最強の第7艦隊の他、日本帝国海軍から2個艦隊と、韓国海軍の両海艦隊(西海、東海) 都合5個艦隊―――中国北洋艦隊は全滅していた。

(・・・だが、万全と言う訳ではない)

海岸線の低地を背後に控える国境線東部の長白・咸鏡戦線、そして黄海沿岸の平野部を控える西部の鴨緑江戦線、この両戦線には精鋭部隊を配しているが。
険しい山並みが続き、それ故BETAの侵攻脅威度と侵攻速度の双方が低いと見積もられる中央部の蓋馬高原防衛線には、ようやく逃げ込んで来た中国第1野戦軍(実質1個軍団)しかいない。

遼東半島にせよ、当てに出来るのは日本軍の第6軍と、荘河に上陸した第3海兵遠征軍だけだ。 
中国第4野戦軍は第1野戦軍同様に酷い有様だったし、辛うじて遼東半島に逃げ込んだ韓国軍大陸派遣第5軍団は、撤退の最中に散々に叩かれている。
両軍合わせて1個軍団を維持出来るといった程度だった。


(が、やるしかあるまい・・・)

手持ちの兵力は、数の上では各兵種合わせて32個師団に上る。
だが、実際に当てに出来るのは米陸軍の3個師団と海兵隊の2個師団、日本軍の8個師団、韓国軍の9個師団の22個師団。
中国軍と韓国軍の満洲派遣師団を併せた10個師団は最悪、数の上だけと考えねばなるまい。 

「現在、BETAの主攻勢ルートは3ルートです」

プロジェクターに映し出されたデジタル戦域MAPを操作しつつ、G3(作戦主任参謀:司令部作戦参謀部長)が状況を説明する。

「第1は長白山脈から咸鏡山脈への侵攻BETA群。 主にH19・ブラゴエスチェンスクハイヴからのBETA群、追加を含め約3万8000
一部は一旦北上し、豆満江沿いに侵攻。 琿春(フンチョン)を突破し、ウラジオストーク方面へ侵攻が確認されました。 数は約4000」

長白・咸鏡方面のBETAは総数で約3万4000となった訳だ。 極東ソ連軍には迷惑だろうが、支えて貰うより他に無い。

「第2は龍崗山脈を越えて慈江道・平安北道の鴨緑江防衛線突破を目指すBETA群。 H18・ウランバートルハイヴからです。
数は一時2万を割りましたが・・・ その後増えております、現在確認した総数は約3万6000」

ここが最も深刻だった。
BETAの数が多い上に、山岳防衛線を突破されれば韓国の首都・ソウルまで平野部が広がっている。
その様な事態になれば恐らく、韓国政府は南部へ遷都するだろう。
―――最後は遼東半島。

「第3は遼東半島。 千山の北部へH14・敦煌ハイヴからの個体群、これも一時かなり削りましたが、その後増加傾向にあります。 約2万7000
こちらには鴨緑江防衛線前面のBETA群の一部が、千山南部に回り込んでおります、約5000」

11軍司令部の目論見としては、出来るだけ鴨緑江前面のBETA群を遼東半島方面へ誘引したい考えだった。
防衛線の中では最も重要である(突破されれば、平壌・ソウルまで平野を一直線だ)鴨緑江防衛線を維持し、出来る限りの火力でBETAを殲滅したい。

―――その為に海上支援戦力の大半、米第7艦隊に日本第2艦隊、韓国西海艦隊を黄海と渤海に集中展開させている。
陸上兵力も日本軍の2個軍団(第6軍)に、中韓連合の1個軍団、そして第3海兵遠征軍(第3海兵師団主力)を展開させた。 
4個軍団相当の戦力だ、一半島の守備戦力としては破格の兵力だ。―――1秒でも長く、BETAの攻勢に耐えて貰う為に。


「ところでG4(後方主任参謀、司令部後方参謀部長)、蓋馬高原への補給はどのような進捗だ?」

バークス大将は傍らの幕僚団の中から、後方支援・兵站の全計画を掌握するG4(後方主任参謀)へ問うた。

現在、中国軍は戦術機関係以外の兵站が破綻している。 戦車や自走砲、はては機関砲弾や小銃弾に至るまで、旧「西側」諸国軍とは規格が違う。
大連の統合兵站基地を空にする程の勢いで補給を進めているが、遼東半島の第4野戦軍は兎も角、蓋馬高原の第1野戦軍は兵站残量が危機的な状況だった。
中国第1野戦軍が戦力として当てに出来ると出来ないとでは、状況は大きく違う。 が、帰ってきた答えは捗々しくは無かった。

「・・・残念ながら、予定を大幅に下回っております。 現在の補給率は43%、これは当初予定していた達成率から42%下回ります」

「43%だとっ!? どう言う事だ!?」

合衆国の兵站計画基準で言えば、最早計画自体が破綻しているに等しい。
思わずG4を責めるかの勢いで(実際、叱責されてもおかしくは無い数字だ)バークス大将は語気を荒げる。
予定では、今日の時点で85%まで兵站補給を完了している筈であった。 であれば、火力量でBETAを押し止められると言うのが、司令部の結論だったのだ。
周囲の同僚達からの視線も感じながら、G4が答える。

「小官の不手際を弁明するのではありませんが・・・ 
蓋馬高原への補給路は、平壌から北上して安州(アンジュ)で清川江(チョンチョンガン)沿いに北東へ向かう高原ルート1本のみです。
鉄道線路は慈江道(チャガンド)の道都である江界(カンゲ)までは複線ですが・・・ そこから先へは単線が2路線のみ。 
そして両江道(リャンガンド)へ向かう線路は有りません」

「・・・むう」

「山間部の道路は、トラック1台が通れる幅しかありません。 しかも所々で線路の路盤や道路の地盤の補強工事が必要です。
無論、それらも並行して総力を挙げて行っておりますが、片道300km以上の補給路行程の大半がそのような状況です。 部下達も必死なのですが・・・」

陽気である意味、能天気とも言える合衆国陸軍鉄道輸送部隊や、土木作業のプロフェッショナルである工兵隊でさえ、困難を覚えると言う。
韓国陸軍の輸送部隊や工兵隊、日本帝国陸軍鉄道連隊も出張っての吶喊作業が行われているが、今になっても間に合っていない。

更に横合いからG1(行政・人事主任幕僚、司令部行政参謀部長)が口を挟む。

「閣下、問題は補給路のハードだけではありません。 防衛戦区に指定された北部4道(咸鏡北道、両江道、慈江道、平安北道)の住民疎開が混乱しております」

「・・・韓国政府は、責任を持って完遂さすと言っておったが・・・」

「当てにはできません。 防衛戦区である4道の人口は約460万人。 
北部の人口約2800万人(韓国全体は約7600万人)の大半が平壌を中心とする平野部に固まっているとはいえ、小国の人口に匹敵します。
しかも、南部に比べて社会インフラ整備が遅れた地域でもあります。―――実は、補給路の基点である安州に避難民が殺到しております。
平壌と安州間の鉄道路線が麻痺状態で、兵站物資は江界どころか安州にさえ蓄積できていない有様なのです」

実際、その影響は平安北道に展開する米第8軍団へも顕れているのだ。 第8軍団長のレスター・シモンズ中将からは、兵站補給について矢の催促が来ている。
―――だが、進捗しない。 客車(避難民輸送)と貨物車(兵站輸送)とで、牽引車両を取り合っている現状では! それに路線も飽和状態での運行だ!


司令部の空気が重くなってきたその時、1人の通信参謀が飛び込んできた。 通信参謀部長に通信紙を手渡す。
一瞥した通信参謀部長が顔色を変える。 鉛を飲み込んだような表情で、バークス大将へ顔色を失いつつも報告した。

「閣下、最悪の事態が発生しました。―――列車の衝突事故です。
安州駅の5km南で避難民輸送列車と、兵站輸送列車が正面衝突。 兵站列車に満載されていた150トンもの弾薬類が誘爆しました。
他にディーゼルオイル、ガソリン、軽油、戦術機用推進剤・・・ しめて100トン。
避難民、約2000人が爆発に巻き込まれて死亡したとの報告が・・・」

「・・・何故だ?」

バークス大将の顔色は蒼白に近かった。

「平壌から安州までの間は、線路は複々線の筈だ・・・ なぜ、事故が起きた・・・?」

「報告では、避難民の間に暴動の予兆が。 現地の民生部門が勝手に軍需用路線に割り込ませたようです、しかも反対の下り線に・・・ 辺りはクレーターの様相だと」

弾薬150トンに、各種燃料100トンが誘爆―――駄目だ、安州への輸送路は途絶した。

「・・・他に輸送路は?」

バークス大将は、腹から振り絞るような声でG4に確認する。

「地方の路線を総動員すれば、あるいは・・・ しかし、そこも避難民がごった返しておりますし・・・」

「やるのだっ!!」

司令官の怒声に、司令部要員全てが思わず背筋を伸ばす。
顔面を朱に染め、目を吊り上げている司令官―――バークス大将にはそれでも、政治・軍事両面を把握しないとなれない(戦馬鹿ではなれない)合衆国将官としての状況把握が有った。

「何としても国境線防衛を完遂するのだ! さもなくば、この国は早晩BETA共の手に落ちる。
そうなれば極東防衛線は、一気に日本帝国本土となる!」

(―――それは、拙い)

あの国は、無意識にアメリカに対する反感を根強く持っている国だ。 中国、韓国両国に対する歴史的な意識も多分に残っている。
経済と軍事力は1流でも、国内情勢は不安定。 外交は2流か3流。 そんな国が主戦場になってみろ。
バンクーバー条約に批准しているとは言え、どこまで国連軍の―――極東では、日米安保により米国軍の―――指揮下で命令に従うか。
心許ない、全くもって心許ない。

(あの国は、後方兵站基地として機能する事がベストなのだ。 合衆国の負担を軽減する為にも。―――主戦場とすべきではない)

あの国が戦場となれば、戦力的な面から恐らく長くは保つまい―――中国軍でさえ、この有様なのだ!
そして国連軍太平洋方面第11軍―――実質、合衆国太平洋軍―――には、陥落した場合のあの弧状列島を奪回するだけの戦力は無い。
最終局面では恐らく、損害軽減の為に撤退もオプションの一つとして考え得る。 国防省は、連邦政府は、そして議会はそれを承認するだろう。
―――予想される奪回作戦の戦力保持の為にも。 だが、それには多大な犠牲が付きまとう事となる。


「何としても、国境線で喰いとめるのだ!」


失敗すれば、ホワイトハウスの極東戦略のタイムスケジュールが大幅に狂う事となるだろう。

(―――そうなれば、最早ペンタゴンは俺を庇うまい) 

本国召還、調査委員会にかけられた後に予備役編入、そんな楽しからざる未来はご免だった。












1997年2月15日 1350 遼東半島 瓦房店北東15km 日本帝国陸軍第9軍団・第14師団戦区


≪CP・ゲイヴォルグ・マムより『ゲイヴォルグ』、峡谷内にBETA群侵入! 迎撃命令出ました! 戦区の残存BETA数、約1万! 
大隊前面BETA数、約2200! 進入経路、N-55-22からN-48-21へ! 迎撃はN-46-19からで頭を押さえられます! 光線級に注意を!≫

大隊CP・江上聡子中尉のオペレーションが入る。
網膜スクリーンに大隊長・広江直美少佐が現れる。 流石に『満洲の女帝・女傑』と呼ばれた歴戦の衛士、目前に迫るBETAの大群を前に顔色一つ変えていない。

『ゲイヴォルグ・リーダーよりCP、了解した。―――大隊! これからメインディッシュに取りかかる!
先鋒は周防、貴様の3中隊、『フラガラッハ』だ! 右翼は『ゲイヴォルグ』が張る。 源! 2中隊、『グリューナク』は左翼に展開!
フォーメーション・ウイング・ダブル・ファイブ! BETA共を海岸部まで押し返すっ!』

『了解! グリューナク・リーダーより各機! 『フラガラッハ』左後方50に占位!』

『ゲイヴォルグ各機! 『フラガ』の右後方40に占位しろっ! 側面の斜面に警戒しろよ!? 前が詰まると後ろから戦車級がはみ出してくるぞ!』

上官と先任の声を聞きながら、毎度のことながら先鋒役を任された周防直衛大尉は一息大きく深呼吸し、気合を入れる。 そして―――

「フラガラッハ・リーダーよりフラガラッハ各機、毎度の先鋒役だ。―――先頭の突撃級は全て喰え! 余所の中隊にご馳走は渡すなよっ!?」

『『『―――了解!』』』


3個中隊、36機の疾風弐型(F/A-92E)がサーフェイシングで高速移動。 3つの鶴翼を形成してBETA群に向かう。
比較的底の浅い峡谷を縫う様に移動する。 下手に高度を上げれば、たちまち光線級に狙い撃ちされてしまう―――頭上にレーザー照射が飛び交っていた。
暫く異動したその先に、目指すBETA群、その先頭集団の突撃級BETAが突進してくる様が目視できた。 その数、凡そ150

≪フラガラッハ・マムよりフラガラッハ01へ! 先頭の突撃級、個体数152! 彼我の距離1800m、時速110km/h! 接触は30秒後!≫

―――突撃級が150程。 悪くない。 この地形だ、斜面の傾斜を上手く利用すれば背後に回り込むのはさほど困難ではないだろう。
3個中隊で有れば、殲滅に要する時間はさしてかからない筈だ。

≪中衛の主力は要撃級350、戦車級約1000! 他の小型種が600から700、光線級は現在22体を確認しました!
距離3300m、時速60km/h、接触は2分54秒後。 後衛は確認されず! 要塞級、重光線級は確認されず! ―――以上です!≫

第3中隊CP将校である渡会美紀少尉の緊張した声が伝わる。
初陣衛士同様、戦場に不慣れなCP将校はリアルタイムで刻々と変化する戦況の把握を捉えきるのが難しい。
専門教育を施され、訓練を積んできたとは言え、やはり場馴れの違いがある。 部隊にしても、CPにパニックを起こされたら戦況把握が不可能になってしまう。

―――接触まで20秒

「フラガラッハ01了解。―――マム。 今回、戦闘管制中に舌を一度も噛まなかったら、帰還後に特配の甘味物をやろう。 どうだ?」

≪はえ!?―――ちゅ、中隊長!?≫

中隊長の周防大尉が突然、笑いを込めて振ってきた話に、渡会少尉が素っ頓狂な声を上げる。

『そりゃいい! 俺も一口乗りますよ!』

陽気な声で便乗するのは、第2小隊長の摂津大介中尉。

『ついでに口籠らなければ、酒保で菓子でも奮発してやるぞ?』

悪戯っぽい笑みを浮かべる第3小隊長の最上英二中尉。
上官3人にからかわれ、その事に気付いた渡会少尉が顔を真っ赤にして抗議する。

―――接触まで10秒

≪だ、大丈夫ですっ! それに、私そんな子供じゃありませんっ!!≫

「そうか? なら要らないのか、残念・・・ じゃ、渡会を抜いた中隊の面子で・・・」

≪あっ! あうっ!≫

渡会少尉が思わず情けない声を出す。
そんな遣り取りを聞いていた中隊の面々から忍び笑いが漏れる。

―――接触まで5秒

「美味い酒に食い物、好きな相手! あり付きたければ生き残れっ! ―――来るぞっ! 中隊、攻撃開始! つっかかるなよ!? A小隊、節足部を狙え!」

『B小隊! 吶喊は無しだ、足を撃ち抜けっ!』  『C小隊、距離を保てよ―――撃てっ!』

12機の疾風弐型から120mm砲弾が、36mm砲弾がBETA群に叩きつけられる。
開けた場所なら、B小隊(突撃前衛)を破城鎚として突破口を開け、そのまま背後に回り込むのだが今回は陣形が迎撃陣形だ、それは出来ない。
接触から数秒後、第3中隊『フラガラッハ』は突撃級との距離を保ちつつ、後退しながら射撃を続ける。
左右の両翼では、第1と第2中隊が斜面も利用しながら、側面から砲弾を叩きつけている。

機動しながらの中・遠距離射撃は命中精度が落ちる。 余程機体制御と射撃の反動を上手く利用しない限り、砲弾は明後日の方向へ飛んで行ってしまう。

「機動射撃はするな! 但し、一斉射に2秒以上かけるな! 二斉射以上はやるな! 直ぐに距離を取れ、足を止めるなよ!?」

自身も突撃砲を操り120mm砲弾を叩き込みながら、周防大尉が中隊に指示を飛ばす。
古参連中は問題ない。 やるべき事は承知しているし、これまでも散々叩き込まれてきた連中だ。
問題は経験の浅い部下達。 特に昨年の10月に訓練校を卒業して配属された新任が2人居る。 
特性もあるが、部下の負担を増やしたくない事から2人ともA小隊―――中隊長直率の小隊に配していた。

「八神、松任谷を押さえておけ。 前には出すな」

『了解です。―――04より10、松任谷! ランチャーを抱えた制圧支援機は機動性がすこぶる落ちる! 最後尾から動くなよ!?』

『―――了解』

打撃支援を行う04、八神涼平少尉が新任でエレメントを組む松任谷佳奈美少尉に注意を促す。
最も、表情の読めない―――いや、年と経験の割に冷静と評価される松任谷少尉の声は素っ気なかったが。

突撃級が5匹、A小隊とB小隊の間に割り込んでくる。
正面から抑えるのは無理だ、距離が無い。 後退するにも、そろそろ予定地点が迫っている。―――となると。

「右から突っ込むぞ! 小隊、咄嗟射撃!」

言うなり、隊長機を先頭に突撃級の群れの中に突っ込んで行く。
スラスターを吹かして機体をスライドさせ、突進を交わしながらダッシュ―――すれ違いざまに36mm砲弾を柔らかい側面の腹部や節足部へ叩き込む。
隊長機に続く強襲掃討任務機―――フラガラッハ07―――が、反対側の突撃級へ2門の突撃砲から36mm砲弾を浴びせかける。
続行する04、打撃支援任務の八神少尉機が前の2機が空けた穴を拡張しつつ、左右に射弾を叩き込んで行く。
最後尾の松任谷少尉機は他の3機の様な小刻みの機動はせず、一直線に続行しつつ、まだ蠢いている左右の突撃級へ砲弾を叩き込む。
―――ランチャーを背負ったままの機体では、機敏な戦闘機動は出来ない。

突破した後では、5匹の突撃級BETAが側面を穴だらけにされて停止していた。

『ぜっ! はっ! ぜっ!―――このっ!』

背後のエレメント機から、荒い息と声が聞こえる。 周防大尉とエレメントを組む新任の衛士だ。
ふと、戦術戦域MAP上で左右の第1、第2中隊が動き始めた様が確認出来た。

(そろそろ決めるか? 大隊長・・・ 源さんの『グリューナク』も動いた。 ここで一気に包囲殲滅するか―――間に合うか?)

接敵から凡そ2分が経過した、残る突撃級は50体弱。 ここで背後を取れば一気に殲滅は可能だ。 残された時間は・・・

≪CP、フラガラッハ・マムよりフラガラッハ01! 後続の敵主力、距離1000! 1分後に接敵します!
光線級は最後尾に27体を確認! 注意して下さい、連中、距離を保っています!≫

CPの渡会少尉から後続集団の情報が入った。 どうやら本当に、早々に突撃級を始末しないと厄介な状況に陥りそうだった。

『ゲイヴォルグ・リーダーより各機! 殲滅するぞ! 『ゲイヴォルグ』! 『グリューナク』! 前に出ろ!
周防! 『フラガラッハ』はこのまま底を護れ! 団体がご到着前に、突撃馬鹿を始末するぞっ!』

広江少佐の指示と同時に、2個中隊が左右を突進して突撃級の裏を取る。
同時に周防大尉は指揮下の中隊に一定距離を取らせ、包囲網を完成させた。

『ゲイヴォルグ、食い放題だ! かかれ!!』

『グリューナク・リーダーより各機、無理はするな! だが殲滅しろっ!』

(・・・全部食っちまいそうな勢いだな、大隊長は。 それに『無理はするな』なのに、『殲滅しろ』とは。 源さんも言うようになったよ)

噴射炎をあげて突進する僚隊を見つつ、周防大尉は場違いな感想に思わず苦笑する。
同時に戦域MAPを確認、更に部下の機体のステータスチェックとバイタルチェックを素早く済ませる。
―――大丈夫だ、全員問題無い。 エレメントを組む07がやや興奮状態ではあるが。

「フラガラッハ・リーダーよりフラガラッハ各機、このまま底を護るぞ! 最上! 摂津! 最後まで気を抜かせるなよ!?」

『了解です』

『了解! おら! 気を抜いた奴は帰還後に腕立て100回だ、いいな!!』

比較的冷静な最上中尉に比べ、摂津中尉の姿に思わず過去の自分の姿を重ねてしまう。 言ってみれば彼は『孫弟子』か。 

(―――そんな所まで影響受けんでもよかろうに・・・ と言うより、あれは美園の影響が大だな)

自分の小隊を確認する。
先任の八神少尉は落ち着いている。
松任谷少尉は・・・ ポーカーフェイスだが、バイタルは誤魔化せない、やや興奮状態か。 だが規定範囲内だ、OK
残る一人は・・・

「・・・10、落ち着け。 俺より前に出るな、俺の機動を確認して動け。 決して独りで戦うな」

『ぜっ はっ・・・ だ、大丈夫ですよ、中隊長! 俺は大丈夫ですっ!』

そう言いながらも、フラガラッハ10は突撃砲の36mm砲弾を無暗に―――突撃級の装甲殻に当てている。 あれでは弾き返されるだけだ。

「馬鹿、36mmで装甲殻は射貫出来ないと言っただろう。 節足部を狙え! 何度も同じ事を言わすな!―――帰還したら、腕立て200回だ。 いいな? 秋よ?」

『指揮官横暴・・・「何か言ったか?」・・・いいえ! 周防少尉、節足部を狙いますっ!!』

エレメントを組む新任衛士―――周防直秋少尉機の射弾が突撃級の節足部に集中し始めた。 1匹の突撃級がつんのめって停止する。


確認の間も同時に攻撃を行っていた周防大尉は、突撃級の後ろに回り込んだ2個中隊の攻撃で突撃級が急速に数を減じたのを確認した。―――先頭集団の殲滅は完了した。

部下達が集まってくる。

『秋よ、ちっとは松任谷を見習え。 こいつは至って冷静だったぞ?』

『八神少尉、松任谷は冷静じゃなくって、元々表情が無いんですっ!』

『・・・周防、後でシメる』

『中隊長をか?』

『・・・覚えておきなさい?』

―――部下達の会話を聞きながら周防大尉は、これは早々に部隊間異動して貰わなければな、と思った。
身内が同じ中隊に居るのは何かと拙い。 しかも練度と編成の都合とはいえ、自らのエレメントとは。

(・・・大隊長の隊にトレードに出すか。 向うで扱いて貰うのも手だな)

かつて自分がそうであったように。
何、あいつは自分より図太い所が有る。 あの『夜叉姫』の元でもやっていけるだろう・・・

『松任谷! 大体、お前は訓練校時代から・・・!』

『・・・言い訳はみっともない。 それでも男?』

従兄にあたる中隊長の思惑など知らず、まだ実戦経験の少ない周防直秋少尉は戦闘の興奮を持て余していた。―――どうやら松任谷少尉もそうであるようだったが。

「おしゃべりはそれまでだ! 中隊、これからが本番だ。 
狭い峡谷だ、油断するとあっという間に集られて死ぬ。―――来たぞっ! 制圧支援開始っ!」

『10、FOX01!』 『12、FOX01!』

2機の制圧支援機が多目的自立誘導システムから、一斉にミサイルを射出する。 第1、第2中隊の制圧支援機もミサイル発射を開始した。
192発の小型誘導弾が白煙をあげて飛び去ってゆく。 暫くして光線級の迎撃レーザー照射が始まった。

『フラガラッハ! 突っ込め! 光線級を始末しろっ!』

大隊長・広江少佐が叫ぶ。 狭い地形、全力制圧支援、密集状態のBETA群、迎撃レーザー照射―――この12秒で決まる!

「フラガラッハ全機! 今だ、跳べ! 高度50!」

12機の疾風弐型が跳躍ユニットのAK-F3-IHI-95Bを点火させてBETA群の頭上を飛び越す。―――インターバルの12秒だからこその芸当。
一気に後方まで跳躍した第3中隊、『フラガラッハ』の目の前に、無防備な光線級が現れた。 他の小型種もいるが、戦車級以外は無視しても構わない。

「光線級を平らげろっ! 他は『ゲイヴォルグ』と、『グリューナク』に任せておけ! ―――かかれっ!」














1997年2月16日 0010 国連統合軍太平洋総軍 太平洋方面第11軍(軍集団)司令部 朝鮮半島・平壌


「閣下! 鴨緑江戦線と蓋馬高原戦線の間が、BETAに破られました!」

情報参謀が凶報を持ち込んだのは、日付が代わって間もない頃だった。
それまで、戦況はなんとか想定通りに進捗していたのだったが・・・

「状況は!? どこの部隊が破られた!?」

バークス大将は眼を血走らせた状態で聞き返す。 視線は戦略戦況MAPに張り付けのままだ。

「韓国軍の第11軍団です。 満洲からの引き上げ部隊で、戦力は60%にまで落ち込んでいました。
地中侵攻を喰らったようです、10分前の交信以降、軍団司令部とは音信不通です。 恐らくはもう・・・」

(・・・壊滅、全滅か)

拙い状況だ。 鴨緑江防衛線と蓋馬高原防衛線の後背に回り込まれてしまう。
特に蓋馬高原。 中国第1野戦軍はこのままでは壊滅してしまう。 そうなれば、咸鏡戦線が孤立する!

「・・・戦略予備の韓国軍第3軍の残りを急派しろ。 それから遼東半島の第3海兵遠征軍を呼び戻せ、東港に投入する」

「閣下、それでは遼東半島が手薄に・・・! それに一度上陸した海兵隊の急速配置転換は困難です!」

「やるのだっ! 何としても穴を塞げ! 海軍に連絡だ、全力支援を乞う、とな! 急げ!!」



―――ひとつの穴が空いた。 大きな穴だ。 それがどう変化をもたらすか、未だ混沌としていた。




[7678] 帝国編 5話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/02/22 01:03
1997年2月15日 1050 遼東半島 瓦房店北東35km 韓国軍第5軍団 第102機械化歩兵旅団


「・・・2ポスト、異常無し。 監視継続する、オーヴァー」

『1ポスト、異常無し』 『3ポスト、BETA確認されず』 『4ポスト、異常無し。 監視続行』

『シックスよりオール・ポスト、引き続き監視を続行せよ。 戦術データリンクの指定チャンネル変更無し。 オーヴァー』

寒風が吹き付ける。 粉雪までちらほら舞い散る寒々しい天候だ。 冬の太陽は弱々しく、周囲の禿山からは微細な黄塵が舞い光を遮っていた。
そんな千山の西端付近、遼東半島の南北両戦線を繋ぐ接点である山間部は、まことに奇妙な平穏状態にあった。

「・・・北も南も、ご苦労なこった。 日本軍も中国軍も、今頃はBETA相手に血みどろの、反吐塗れの激戦中だってぇのに。 俺達のトコへは1匹も来やしないなんて」

「まったくですよ、安兵長。 このままさっさと大連まで後退して、さっさと国に帰してくれりゃいいのに」

安兵長の妙に不安げな独り言に、黄一等兵が阿る様に相槌を打つ。 

韓国陸軍第102機械化歩兵旅団第3大隊第11中隊に所属する前哨偵察小隊。 
彼らの所属する部隊は、現在激戦が展開されている遼東半島の南北両戦線、その両方の側面を護る為の中間地点に配置されていた。
他に、韓国軍第30師団(戦術機甲)が配置されているが、この部隊は両戦線への側面支援に積極参加している。

「くっちゃべってないで、しっかり見張れ! 目視、音響、震動! ひとつも見落とすんじゃねぇぞ!
手を抜きやがってみろっ! 貴様等、軍じゃ下士官様はBETAより恐ろしいって、もう一度思い出させてやるぞっ!」

分隊長の呉中士(軍曹)が傍からがなる。

(―――いちいち、怒鳴らんでもいいのによ!)

思わず舌打ちしそうになりながらも、安兵長は分隊長の言葉の意味を理解して、無言でデジタル双眼鏡を取り直した。
場所は千山山脈の中。 標高は低いが、険しい山並みがなお続く。 BETAが侵攻してきにくい半面、もし侵攻されたら防御に苦労する。
何せ地形が地形だ。 戦闘車両は進むにも苦労するし、直協支援火力も満足に展開できない。 歩兵だって移動しにくい!

頼みの綱は戦術機部隊だが、連中だって万能じゃない。 こんな足場も定かでない場所での戦闘機動などお断りだろう。
満足な足場が無いと言う事は、満足な水平面機動が出来ないと言う事だ。 跳んだり跳ねたりしっぱなしでは、光線級の餌食になるだけ。

だから本当の、そして最後の頼みの綱は自分たち自身。 捕捉が遅れれば、その代償は自分たちの命。

「・・・黄、複合センサー、しっかり見張れ。 見落とすんじゃないぞ」

「了解ッス」

コンビを組む黄一等兵とて、昨日今日に軍に入った新米じゃない。 既に遼東での地獄の様な撤退戦を経験しているヤツだ。
複合センサーの表示パネルに目を落とし、僅かの変化をも見落とすまいと真剣な表情に変わった。

幾重にも急峻な山並みが続く千山。 BETAから身を隠せるが、それが逆に発見のしにくさにもなる。 皮肉なものだ。


(・・・ん?)

錯覚か?―――最初はそう思った。 だが、思い込みで物事を決めるヤツは戦場では長生きしない。 そして安兵長は生き残ってきたベテランだった。
もう一度、じっくり見なおす。 デジタル解析された画像に、一瞬何かが蠢いた・・・

「ッ! BETA! エリアB9D!」

安兵長の報告と同時に、複数の報告が一斉に上がる。

「震動、音響、共にアクティヴ! 推定数、約2000から3000!」

「B9EにBETA群! 北西より南西方向へ移動中!」

「先頭、突撃級! 後続に要撃級、戦車級、その他多数視認!」

「2ポストよりシックス! BETA群確認! 峡谷を突進してくる、データ転送する!」

分隊長の呉中士が小隊指揮班へデータ転送を行っている間に、分隊の各員は各自の兵装をチェックする―――OK、頭上はこっちが取っている。
迫撃砲手がKM181-60mm迫撃砲を地表に突き立てる。 機銃手はK3-5.56mm分隊支援火器を手に、丁度眼下を見下ろせる岩肌に身を寄せた。

やがて、小隊指揮班から通信が入ってきた。

『シックスよりオール・ポスト、確認した! 1ポスト、4ポストは本部まで下がれっ! 2ポスト、3ポストは現在地で待機!
重火器中隊が『神弓(KPSAM携帯対BETAミサイル)』を突撃級のケツにブチ込む! 同時に旅団砲兵がクラスターを撃ち込むが、光線級が居ないとも限らん!
各分隊、『パンツァーファウストⅢ(対BETAロケットランチャー)』を用意しておけ! それと迫撃砲もだ!』

分隊員全員が、岩肌にへばりつく様に伏せて反対側を覗きこむ。 BETA群が移動中だった。
山間部ではBETAの移動速度も落ちる。 平地に比べて起伏が激しい上に狭い。 物量が武器の連中に取ってはラッシュアワーで身動きが取れないようなものだ。

「・・・逆に、こっちには願ったりかなったりだぜ」

「何か言いましたか? 兵長?」

安兵長の呟きに、黄一等兵が反応する。
別段、臆病と言う訳じゃないのだが、このイチイチ反応する所はちょっとばかり鬱陶しくも感じる・・・

「何でもねぇ・・・ 来るぞっ!」

地響きを立ててBETAが下方を通過しようとする。 音だけでは無い、その震動たるや・・・

(―――うっ! くっ、じ、地震かよっ 相変わらず、節操が無ぇぜ!!)

狙いがブレる。
だが、そんな精密射撃の必要は無い。 BETAは真下を固まって蠢いていやがる!
唐突に気の抜けたような発射音が立て続けに発生した。 同時に白煙をあげて高速で飛来する―――対BETAミサイル群!

「―――よしっ! ヒット!」

突撃級BETAの数は200体前後。 普通なら機械化歩兵部隊には手に余り過ぎる相手だ。
だが、固まってケツを晒している今なら・・・!

「ヒャッホウ! やれ、やれ! クソッたれのBETAにブチかませっ!!」

脇で黄一等兵が狂ったように喚き始めた。
だが、その彼の視線は用心深く周囲を確認している。 最早、本能と化した行動と言うべきか・・・
やがて、群がり始めた後続のBETA群に対する攻撃も開始された。 迫撃砲の発射音が鳴り響き、12.7mm重機の射撃音が木霊する。

数が多い小型種BETA―――闘士級や兵士級―――には、これでも十分対応できる。
今は中隊どころじゃない、旅団に属する5個大隊の内、BETAをそのキル・ゾーンに捉えた3個大隊が全力で火力を叩きつけているのだ。

対BETAミサイルが飛び交い、その度に突撃級、要撃級と言った中型BETAを始末してゆく。
迫撃砲弾や重機の嵐は、小型種BETAを薄汚い体液に塗れた汚物と化すのに十分だ。

「ッ! チュキゲッタ(畜生)! 戦車級だ! やつら、群がって登って来やがる!!」

赤黒い死神共が急速に迫ってくる。
思わず心臓を鷲掴みにされたような恐怖を覚えるが、応戦は体が自然に行っていた。

―――ボヒュ!

案外気の抜けた発射音だ。 そんな場違いな感想を抱いたパンツァーファウストⅢ・対BETA携帯ミサイルを目前の戦車級に向けて発射する。 直後に命中、そして炸裂。 
同時に分隊支援火器が猛烈な射撃を浴びせかけ、他の分隊員もK2・アサルトライフルに取り付けたK201 40mmグレネードランチャーを発射する。
―――戦車級相手に、アサルトライフルの5.56mmは豆鉄砲以下だ。

「くたばりやがれっ!」

「シッパル(クソッたれ)! 数が減らねぇぞっ!!」

「撃て! 撃て! 撃て!」

あちこちの尾根筋から、盛大に火力が下方のBETA群に向けて叩き込まれる。
当初戦闘に参加できていなかった残り2個大隊も、先遣隊の一部が間に合ったか後方や側面から激しく攻撃を仕掛けてきた。

無数の曳光弾が飛び交い、白煙をたなびかせ、連続する重低音が殷々と木霊し、爆発音が鳴り響く。
そして徐々に数を減らしてゆくBETA群に、何とかなるかもしれないと思ったその矢先・・・

『旅団本部より全部隊! 後退しろ、B7Dの尾根筋に光線級!!』

(―――チュキゲッタ(畜生)!!)

思わず北北東の方角を見る、そしてその瞬間―――

「―――ッ!!」

直撃では無い。 自分達はまだ無事だ、そう、まだ・・・

『第8中隊がまともにレーザー照射を喰らった! 全滅だっ!』

『退避! 退避!』

『・・・熱い、熱い・・・ 見えない、何も見えない・・・』

多分、レーザーは20本近く飛び交っていた・・・ 筈だ。
第8と第11中隊が直撃された様だ。 その2個中隊が布陣していた尾根筋は真っ赤に焼け爛れている。

「野郎共! 撤収だ! 歩兵で光線級と遣り合えるか―――逃げろっ!!」

呉中士の銅鑼声に、分隊員全員が弾かれた様に身を翻す。
転びながら駆け下りた先にはK200装甲兵員輸送車が停止している。 あれに乗り込めれば、少しは助かる可能性が高まる筈・・・

「―――くそうっ! 戦車級だ! 尾根を越えてきやがったっ!!」

誰かが叫んだ。 はっとして上を見る、そこには頭上から飛びかかってくるクソでかい大きな口―――安兵長の意識はそこで終わった。
















1997年2月15日 1200 遼東半島 瓦房店北東30km 北部防衛線・南部防衛線境界地帯


NOEから下方へ向け、突撃砲弾が降り注ぐ。 1機だけでは無い、都合12機、1個中隊が掃討射撃を行っていた。
無防備になる上面へ砲弾を叩き込まれ、無数の弾痕から体液を弾け飛ばして停止する要撃級。 
36mm高速弾の着弾衝撃で胴体を2つに引き裂かれた戦車級。 最早原形を止めない程に無数の断片と化した闘士級に兵士級。 辺り一面、BETAの残骸が散らばっている。

少し目を向ければ、炭化した何か―――レーザーが間際を掠めたのだろう―――真っ黒に炭化した兵士の戦死体が硬直して転がっている。

『こちらフラッグだ、残敵掃討完了。 所定位置に展開した。 ≪ゲイヴォルグ≫?』

『ゲイヴォルグより≪フラッグ≫、展開完了。 ≪ドラゴニュート≫、≪ブルーバード≫、≪レッドハート≫、間もなく所定位置に展開完了です』

数個大隊の戦術機甲部隊が、周囲に展開していた。
1時間ほど前にこの『戦線の狭間』に進入してきた3000体近いBETA群を、韓国軍第102機械化歩兵旅団が迎え撃ったのだが。
如何に地形を利用しようとも1個旅団では、しかも歩兵部隊では押し止める事は敵わない。 しかも、光線級まで現れる始末。

僚隊の韓国軍第30師団(戦術機甲)が、全力で南部戦線への側面支援攻撃に取りかかっていたのが災いした。
機械化歩兵と榴弾砲部隊しか無く、戦術機や戦車・自走砲の支援も無い歩兵旅団は初めこそ善戦したが、途中からBETAに取り付かれる羽目に陥ったのだ。

悲鳴のような支援要請に、距離的に近かった南部方面部隊(日本第11軍団、中国軍第61集団軍)は咄嗟の対応が取れなかった。 
BETAの猛攻に晒されていたのだ。(本来、協同すべき韓国軍第30師団もその防戦に手が一杯だった)

北部方面部隊(日本軍第9軍団、中国軍第56集団軍)が支援に動けたのは、単に南部より若干余裕が有ったからに過ぎない。
北部は渤海湾南岸に展開した国連太平洋艦隊・第2艦隊(日本帝国海軍第2艦隊)の支援を受けられる位置にあった。

急遽、重戦術機甲師団編成である日本軍第14師団から戦術機2個大隊と、中国軍第118戦術機甲師団から1個大隊を急派。
喉元を喰い破られる寸前だった、韓国軍第102機械化歩兵旅団の窮地を救う事に成功した。
同時に南北両戦線の間の調整が行われ、第6軍直轄の予備部隊や南部に展開した韓国軍部隊からの抽出も含めて、戦術機甲戦闘団を臨時編成する事になった。

基幹は韓国軍第102機械化歩兵旅団(4個機械化歩兵大隊+支援部隊。 4個中隊欠)
戦術機部隊は日本軍から第141戦術機甲旅団第1、第3大隊(フラッグ、ゲイヴォルグ)
中国軍第118戦術機甲師団から第1182戦術機甲大隊(ドラゴニュート)、南部の韓国陸軍第30師団から2個中隊(ブルーバード、レッドハート)で構成される。

他に、第6軍戦略予備から抽出された機甲大隊が2個大隊と、機械化歩兵装甲2個大隊、自走砲1個大隊に自走機関砲2個中隊。
―――実質的に、1個戦術機甲師団の戦力に迫る。

指揮官は韓国陸軍の鄭智星(チョン・チソン)准将。 戦術機甲部隊指揮官は、日本軍の早坂憲二郎中佐が現場指揮を執る。

第102機甲戦闘団―――指揮官のネーミングから『スリー・スターズ戦闘団』―――の中核戦力である戦術機部隊の各級指揮官も、戦場経験の長い古参で構成される。
臨編された第1大隊は第11中隊『フラッグ』を早坂中佐が直率する。 第12中隊『イシュタル』水嶋美弥大尉、第13中隊『セラフィム』綾森祥子大尉。

第2大隊を構成するのは日本軍の『ゲイヴォルグ』
第21中隊『ゲイヴォルグ』は大隊長の広江直美少佐が直率し、第22中隊『グリューナク』源雅人大尉、第23中隊『フラガラッハ』周防直衛大尉。

第3大隊は中国軍の『ドラゴニュート』大隊。
第31中隊『ドラゴニュート』は大隊長・周蘇紅少佐直率。 第32中隊『ピオニー』趙美鳳大尉、第33中隊『オーキッド』朱文怜大尉。

残る2個中隊は韓国軍第30師団からの抽出だが、便宜的に第1、第2大隊の指揮下に入る。
第14中隊『ブルーバード』李珠蘭大尉、第24中隊『レッドハート』朴貞姫大尉。

機体は疾風弐型(F/A-92E)、殲撃10型D(F/A-92EC)、KF-92Ⅱ(F/A-92EK) 全てF/A-92Eシリーズ(本国仕様/輸出仕様)だった。


『先任指揮官、早坂中佐。 部隊展開完了、索敵哨戒に入りますが宜しいですか?』

『ドラゴニュート』の周少佐から通信が入る。

『宜しい、周少佐、広江少佐、索敵行動開始だ。 第2大隊は北部を、第3大隊は南部。 俺の第1大隊は山脈中央部を索敵する。
北も南も、ドンパチの真っ最中だがな、手を出すな。 手を出して戦力をすり潰せば、いざという時に阻止戦力が不足する。 主戦場は師団や軍団に任せておけ』

一見薄情にも思える物言いだが、ここは南北両戦線の側面を護り、後背への突破を阻止する重要なポイントだ。
両戦線の激戦場に戦力を投入した揚句に、いざ兵力不足で護り切れず突破されたとあっては配置された意味が無い。

―――我々の役目は、両戦線が側面と後背の憂いなく戦えるようにする事だ。

戦闘団長・鄭准将がいみじくも言った通り。
ここを押さえ続ければ、南北両戦線は正面戦闘に全力を傾けられる。 何としても護り切らねばならないポイントだった。

『戦闘領域と反撃状況については、追加ROE(交戦規定)で示した通りだ、厳守させろ』

『了解』

『はっ!』

臨時に指揮下に入った2人の少佐の姿を網膜スクリーン上で見つつ、思い立ったように早坂中佐が一言付け加える。

『ああ、それと。 もうひとつROEに追加だ―――生き残れ』

















1997年2月16日 1530 遼東半島 瓦房店 第6軍司令部


『―――ですので、閣下。 損害が未だ小さいうちに、早急に戦力を保ったまま撤退すべきと考えます』

通信スクリーン上の第11軍団長・彩峰萩閣中将は、微かに疲労の色を滲ませながらも冷静な声で具申する。

「―――彩峰君。 方面軍司令部の防衛方針は持久戦だ。 それに山東方面との兼ね合いもある。 早期の撤退は、防衛戦全体の構想を狂わしかねん」

第6軍司令官・梅津芳次郎大将もまた、静かに諭すように言う。
傍らで参謀長・笠原行雄中将も無言で頷く。

『では―――矢折れ力尽き、全軍がこの遼東の地に骸を晒すまで戦い続ける、そう仰るのですか?』

決して激しはしないが、それでも一歩も引かぬ気概を込めて彩峰中将が上官へ問い正す。
梅津大将もまた、不言実行、多くを語らぬタイプの人物である。 静かにも思えるこの作戦会議、実際は上級指揮官同士の綱引きが続いていた。

『―――抗戦が出来なくはない。 長白、蓋馬の両戦線は圧力が弱まりつつあると言う。 丹東に関しても、米海兵隊の投入が効果的に効いている。
中韓国境線のBETAどもの圧力が弱まれば、米中韓3カ国の戦力は『バックハンド・ブロー』をかけてくるのも可能だ。
そうなれば我々第6軍がこの遼東で底を護る事で、包囲殲滅戦を図る事は可能だと考える』

第9軍団長・安達二十蔵(はたぞう)中将が彩峰中将に対し、反対意見を述べる。

秘匿通信回線での軍司令部作戦会議。

余力のあるうちに遼東半島よりの早期撤退を主張するのは、第11軍団長の彩峰萩閣中将。
半島に居住する民間人の避難がほぼ完了した今、当初の派兵目的は達せられた。 そして国連軍太平洋方面総軍には、これ以上遼東半島へ派兵する意思も余力も無い。
であるならば、損害が軽く済んでいる今のうちに撤収すべきだ。 そして改めて中韓国境線のどこか―――手薄な蓋馬戦線か、重要防御戦区の丹東か―――に再展開すべき。
彩峰中将の指摘は、要約すればこの様なものであった。 理屈は合っている。

それに対し、正反対の方針を主張するのは第9軍団長の安達二十蔵中将。
地形を利用出来る遼東半島にて、能う限り持久する。 戦略情報では長白・蓋馬の両戦線はBETAの圧力が低減してきている。
丹東でも数日前ほどの活発な動きが見られないと言う。 ならば中韓国境線から一気に押し出し、遼東半島の東、丹東の北でBETAを東西と南から包囲殲滅する。
このエリアで有れば、艦隊の支援も受けやすい。 米第7艦隊に日本帝国海軍第2艦隊、韓国海軍西海艦隊。 3個艦隊の全力支援が有れば叶う筈だった。

そして第6軍司令部は―――

「彩峰も、安達も、落ち着け。 先程軍司令官が仰っただろう、山東の問題が有る。
早期にせよ、持久にせよ、向うの情勢がこちらに大きく影響する事は貴様達も判っておるだろう」

参謀長・笠原行雄中将が、やや苦虫を潰した表情で2人の軍団長を諌める。
彩峰中将、安達中将、笠原中将、いずれも陸軍士官学校第72期生。 陸士の同期生故、意志の疎通は遣り易いが反面、同期生故に互いに遠慮が無い、一歩も引かない。
この場合、軍参謀長として、そして中将の中での最先任(笠原中将は陸軍大学校第80期、彩峰中将が第82期、安達中将は第84期)として何とか言い聞かすのだが。

「現在、山東半島防衛戦の焦点は、渤海沿岸の龍口(ロンコウ)防衛戦である。 BETA群が大挙して北部へ集中してきたとの報告が有った。
莱陽(ライヤン)の韓国軍第21軍団、海陽(ハイヤン)の中国軍第2野戦軍第27集団軍も龍口に再展開した」

『莱陽と海陽からか? であれば残る中・南部防衛部隊は、中国第64集団軍だけではないか? 
たった4個師団では威海衛(山東半島最大の軍港)まで直結する中央部を護れまい!』

安達中将の声は驚き半分、諦め半分と言った所か。
山東の主導権は完全にBETAが握った。 北を護れば中央と南が薄くなる。 3か所を同時に護るだけの戦力は最早存在しない。


『・・・山東は棄兵ですか?』

彩峰中将の声に微かな怒気が含まれる。
山東に展開する戦力は中国第2野戦軍と、韓国軍大陸派遣第21軍団。 大アジア主義者でもある彩峰中将には旧知の輩、長年の親交が有る軍人も多かった。

参謀長の笠原中将が、彩峰中将の発言を遮るように言う。

「変な物言いをするな、彩峰。 見捨てるなどとは誰も言ってはおらん。 それにこれは上(国連軍第11方面軍)の決定だ。―――第6軍は山東への指揮権を有してはおらん。
海軍(第2艦隊)に話を取り付けた。 空荷で帰還途中の補給船団、面制圧能力に欠ける汎用駆逐艦、戦術機輸送に使った護衛戦術機母艦。 
そして艦隊戦力の約半数を分派して貰った。 それだけあれば、撤退支援には間に合う。
今現在、輸送船団は渤海から急ぎ煙台(イエンタイ)、威海(ウェンハイ)に既に入港して負傷者を中心に収容に入っている。
艦隊は龍口沿岸部で支援攻撃を開始する頃だ」

米第7艦隊も、韓国西海艦隊も、山東半島支援にまで手が回らない。 脱出船団を編成する余裕も無い。(第7艦隊は船団の余裕は有ったが、護衛艦艇の余裕が無かった)
そこで急遽、渤海に展開した日本第2艦隊が山東支援を行う事となったのだ。―――第6軍の要請も受けて。

「・・・海軍としても、山東と遼東、双方を同時に十分な支援を行える戦力は無い。 第1艦隊が出張ってくれば話は別だが。
山東の兵力撤収をいち早く終えれば、それだけ早く遼東への全力支援を再開出来る。 我々が持ち堪えるのはそれまでの間だ」

梅津大将が軍司令部の内示を示す。 明らかに方面軍司令部の方針とは異なる内容だ。
いや、少なくとも山東半島の中韓連合軍撤退までは海軍による支援を行うし、遼東半島維持を行う。 

それまでに中韓国境線の戦況が好転すればよし。 一気に包囲殲滅戦を行う。 
だが、BETAのスケジュールがその意図にそぐわない場合は、帝国軍は全滅する愚だけは避ける。 最後の最後まで戦力をすり潰す事は行わない。

「玉虫色の行動方針だが、これで中国、韓国にも顔は立つ。 米軍も全滅するまで踏み止まれとは言えん筈だ」


















1997年2月16日 1930 遼東半島 瓦房店北東30km 北部防衛線・南部防衛線境界地帯 第102機甲戦闘団


奇妙な静寂だ。 つい2時間前まで半島全域で鳴り響いていた戦場音楽は全く聞こえない。
どうやらBETA群が一時前進を停滞させているらしい。 これが損失を受けての事か、それとも数を増やす為の待機なのか・・・

陣地から10数mほど登った尾根筋に立った周防直衛大尉は、真っ暗な闇の彼方を凝視し続けていた。
まるで、そこに何かが有ると確信しているかのように。

「・・・直衛」

振り返ると1人の女性士官―――衛士がこちらを見上げていた。 第13中隊長の綾森祥子大尉だった。
登ってくる。 が、暗い上にかなり急な登り坂だけに何とも危なっかしい(そう見えるだけかも知れないが)

手を差し伸べる。

「―――ほら」

「ん・・・ 有難う。 何を見ていたの?」

―――そう改めて言われれば、返事に困る。

周防大尉自身、何か目的があって登ってきた訳ではない。
何となく足が向いて、何となく眺めていただけなのだ。

「・・・いよいよ、この大陸ともお別れか」

「まだ、朝鮮半島は保っているわ。 ・・・でも、そうね。 92年から。 
途中で色々と有ったけれど、私は5年、あなたも4年半前の話ね、ここに初めて来たのは・・・」

お互い、この地は思い入れが多すぎた。 様々な記憶が蘇る。
隣に立つ綾森大尉の横顔を見ながら、ふと思いがけない言葉が出そうになった。

「なあ、祥子。 この戦いが終わって、もし帰国する事になったら・・・」

「え? 何?」

その先の言葉がなかなか出てこない。

「もし、無事に帰国出来たら、その時は・・・」 「祥子! 周防!」

その先の言葉を言い出す前に、唐突に他の声が2人を呼んだ―――第12中隊長の水嶋美弥大尉だった。

「祥子、周防! 何してんの? そんなクソ寒い所で? そろそろ夕食出来るよ、クソ不味い野戦食だけどね!」

「・・・美弥さん、大声でそんな。 炊事班の兵たちが聞いたら、気を悪くしますよ?」

「大丈夫だって、日本語は判らないよ。 にしても、相変わらず優しいねぇ、綾森大尉は! 支援部隊将兵の人気上位常連は違うね!」

「何を言ってるんですかっ もう!」

(―――気が抜けた、一気に・・・ ったく、水嶋さんは何か? 人の思考でも読み取れるのか!?)

唐突に出かけた言葉だが、改めて考えるとその言葉を彼女に言っても良い気がしたのだ。
それなのに、水嶋大尉の奇妙に明るい声はそのタイミングを見事に逸らせてくれた・・・

「直衛、降りよう? そろそろ食事よ?」

「―――ああ、そうだな。 そうしよう」

綾森大尉に促され、降りる直前に周防大尉は一瞬後ろを振り向き―――

(―――畜生)

何時だったか、随分前の事だ。 確か自分は任官したての少尉だった筈だ。
まだ北満州に駐留していた頃。 そうだ、あれは確か最初に所属した第21師団が壊滅した後だった。

(『―――いつか必ず、一掃してやる』)

未だ10代だった自分は、H19・ブラゴエスチェンスクハイヴを遥かに望みながら、そう誓った筈だった。
だが、実際は?―――叩きだされようとしている。 大陸から。 
共に戦った彼等の、彼女等の、何時だったか知り合ったあの幼い兄妹達の故郷から。 欧州に残った彼女の故郷から。 BETAに抗しきれず。

「―――直衛?」

「ああ、今行くよ」

あの土地は、あの暗闇の遥か向うに沈んでいる筈だったのだ。









[7678] 帝国編 6話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/02/22 01:00
1997年2月17日 0230 黄海沖


西の空が赤々と燃えている。 龍口へ艦隊が艦砲射撃とロケット弾攻撃を継続しているのだろう。
腹に響く重低音は戦艦の主砲か。 空気を切り裂くような甲高い音は、ロケット弾の発射音だ。
散々聞いた音だ。 渤海で、沿海州沿岸のオホーツク海で。 東南アジアの灼熱の海で。

日本帝国海軍予備大尉の階級も持つ三宅拓真2等航海士は、もう何度も馴染みとなった光景を眺めながら、船橋での当直にあたっていた。
深夜の2時半。 船は3時間前に山東半島の煙台(イエンタイ)を出港後、順調に航海を続けている。
海軍に臨時徴用され、SR(下関-旅順)船団の1隻として補給船団に参加していたが、一昨日急遽、山東半島からの撤退支援に回された。
そして今、彼が乗船する船は一路、変更された寄港地である朝鮮半島西岸の港、韓国の首都ソウルの海の玄関口・仁川(インチョン)に向かっている。

月明かりが綺麗だった、夜の大海原を煌煌と照らしている。 
その光を受け、航跡が作り出す波間が真珠の泡を立たせるかのような煌きを放っていた。

前方の船が舵を切ったようだ。 そろそろこちらも変針点が近い。

「スターボード、ファイヴ」(舵、右舷へ5度)
「スターボード、ファイヴ サー」(舵、右舷へ5度 了解)

変針点で舵を切る。
船橋から聞こえるのは、三宅とクォーターマスター(操舵手)の声だけだ。
実際、今は船橋に2人しかいない。 他は左右のウイングに見張り員がそれぞれ1名づつ。
通信室にも当直の通信士が1人だけ。 

『泥棒ワッチ』―――船員のスラングで、深夜0時から4時までの当直時間をそう呼ぶ―――は何時にも増してひっそりしている。
人が寝静まった時間に起きている事から、こう言う「愛称」が生まれたのだ。

コンパスが方位115度を差した。 この辺りで戻しておいた方が良いだろう。

「ミジップ」(舵中央)
「ミジップ サー」(舵中央 了解)

クォーターマスターの進路を読む声が響く。

「120度・・・ 125度・・・ 130度」

予定進路になった。

「ステディ」(進路、そのまま)
「ステディ オン 130度 サー」(進路130度、了解)

微かに船の回頭による慣性を感じる。 それに波長の長い波間故のゆったりした揺れ。
学生時代の航海実習では、これにやられて良く吐いたものだ。


やがて船団は変針を終え、仁川へ一直線の航路を16ノット(約30km/h)の速度で航行していた。 煙台から撤退してきた中韓連合軍将兵を満載してだ。
ふと、前方の僚船が目に入った。 あの船もまた、多くの負傷兵を満載している筈・・・

「・・・なあ、クォーターマスター。 一体何人、生き残るんだろうな? 仁川に着く前に」

独り言のように三宅2等航海士がポツリと漏らす。

「・・・自分には、判りません。 専門外ですので」

海軍予備一等兵曹の階級も持つクォーターマスターが、素っ気なく答える。
船首方向に夜光虫の輝きが見える。 まるで、先に逝った者達の魂が集い光っているかの様に。

判っている、判っているのだ。 自分にしても、クォーターマスターにしても。 気分が落ち込みそうになっているのは。
半日前、彼等の乗船する船は煙台に入港した。―――悲惨だった。

次々に後送されてくる負傷兵。 大半が重傷者だった。
寒々とした海風が吹きつける岸壁一杯に、担架に乗せられて並べられる彼等。 乗船待ちの間中、虚ろな眼差しで虚空を見つめるかの様な彼等。
痛み止めが切れたのか、苦痛に悶え、呻く彼等。 全身を包帯で覆われ、四肢を切断され、血が滲み出ている彼等。

そして、負傷者と同じくらいの数が並んでいた―――死体袋が。

船の衛生管理者でもある2等航海士の三宅は、埠頭事務所に居を構えた転進司令部(何て言い繕った名だ!)で受け入れ人員数を知らされ、その実情を見て陰鬱な気分になった。
船の定員は240名。 その内、運航要員定数は60名。 しかし今現在、運航要員は50名。 収容人数は190名となるが、実際は108名多い298名を収容していた。
バスルームとメスルーム(食堂)を潰して、蚕棚の3段ベッドを無理やり設置してあるのだ。

そしてその数にも増して嫌な気分になった理由―――負傷兵の大半は10代の少年少女だったからだ。
不思議ではない。 中国軍は13歳、14歳くらいの年少兵はざらにいる。 韓国軍も国家総動員体制で、10代半ばから徴兵を施行していた。(帝国も似たようなものだ)
そして、多分―――死体袋の中の連中も、同じ年代の少年少女のなれの果てだろう。

「・・・すっかり変わっちまったな、この『銀河』も、前の『北斗』も・・・」

「この船は兎も角、『北斗』は引退する筈でしたからね。 『大成』、『青雲』も第2陣でそろそろ煙台を出港している筈です」

彼等の乗船している船は、輸送艦ではない。 民間から徴用された輸送船でも、貨客船でも無い。
運輸省海事局に所属する航海訓練所の練習船、『銀河丸』(全長116m、排水量6,000トン強)だった。
前方を航行する僚船も同じ所属の姉妹船、『北斗丸』 そして輸送船団第2陣として出港したであろう船団には、『大成丸』、『青雲丸』の2隻の練習船も所属していた。

海洋立国・日本帝国の海外物流の背骨を支える商船士官、そして海員。 その卵を育て続けてきた揺籃の船であった。
三宅も商船大学の航海実習ではお世話になったし、クォーターマスターも海員学校の航海実習で乗り込んだ、言わば『船員の母船』だった。

―――ドッ、ドッ、ドッ

小刻みのディーゼル機関の震動が船橋まで微かに伝わる。 『銀河丸』、『青雲丸』はディーゼルエンジン船だ、この昔ながらの震動も懐かしい(他の2隻は蒸気タービン船)
彼らがその青春時代を過ごした母なる船。 その船は今や、負傷兵の運搬船となっていた。

―――大半が、青春の何たるかを味わう事無く、過酷な戦場に投入されて負傷した少年少女たちを乗せて。

三宅航海士も、クォーターマスター―――飯田と言う名だった―――も、負傷兵を見て怖気づくような神経は最早持ち合わせていなかった。
明治の世に始まった海軍予備員制度。 その枠の中で民間商船乗組員の道を選んだ彼等は、同時に海軍の予備将校であり、予備下士官でもあったのだ。
学校を卒業し、晴れて商船に乗り込むその前に海軍に応召されて、艦隊乗り組みの海軍士官、海軍下士官として実戦に参加した経験も有る。
2人とも乗艦が光線級のレーザー照射を受け撃沈し、九死に一生を得た事も有った。―――海での死は、見慣れていた。


「・・・こいつに最後に乗った世代は、サードッフィサー(3等航海士)やサードエンジャー(3等機関士)までですかね」

「だろうな。 ボースン(甲板長)やストーキー(甲板次長)も嘆いていた。 すっかり姿が変わったと・・・」

「ナンブフォー(操機手)の上田が言っとりました。 ナンバン(操機長)の機嫌が悪いと」

「ああ、エンジン(機関部)の連中が言っていたな。 もっとも、デッキ(甲板部)も同じだけどな・・・」

昔堅気で、職人気質のシーマンであるボースンやナンバンには我慢がならないのだろう。
海の男を育ててきたという自負が。 年端もいかぬ少年少女達が、重傷を負った彼等、彼女等が船内で息を引き取ってゆく様を、只見ているしかないと言う事態を。

「・・・悔しいですね」

「うん・・・ 悔しいものだね」


その日の正午過ぎに仁川に入港した時には、収容された負傷兵298名の内、91名が息を引き取っていた。



















1997年2月17日 1430 遼東半島 瓦房店北東30km 千山山岳地帯 第102機甲戦闘団


「それじゃ、山東半島は第5次撤退までは完了したって事かしら?」

戦術機甲部隊指揮官ブリーフィング用テントの中、湯気を立てる温かい(だけの)コーヒーモドキを飲みながら、中国軍の趙美鳳大尉が小首を傾げて言った。
そろそろ20代も半ばに達するのだが、その長身と落ち着いた麗貌とは別に、未だ少女っぽい所を残す女性だ。

「だそうです。 1次は昼前に仁川に入港して収容人員を降ろして、今は再出港準備中とか。
何やかやで、1700頃には仁川を出港してまた、煙台に入港するのは日付が変わって3時間位経った頃でしょうか」

そう答えた周防直衛大尉が、せめて『ブランデー入りコーヒーモドキ』にしようと、ブランデーの入ったフラスコを手に取ってカップへ入れようとする。
―――が、途中で横から伸びてきた手に、フラスコを奪われた。

「それじゃ、『ブランデー入りコーヒー』じゃないでしょ? 『コーヒー入りブランデー』よ。 はい、こっちね。
―――2次は再出港が2000頃になるそうですわ。 それと、3次がそろそろ仁川に入港予定だと」

ブランデーの入ったフラスコを取り上げ、簡易コンロに乗せていたコーヒーポットを渡す綾森祥子大尉。
周防大尉がちょっと恨みがましい目で、コーヒーポットを受け取る。

「そうそう、祥子、それで良いのよ。 男なんて放っといたら酒ばかり飲んでいるからね、ちゃんと締めなきゃね。
で、1船団20隻で収容人員が約1万人。 今は5次まで収容して5万人か・・・ あと、どのくらい残っているの?」

周防大尉と綾森大尉を面白そうに眺めながら、こちらは熱いお茶を飲んでいるのは韓国軍の朴貞姫大尉。
各大隊の保有する中隊数の差が有る為、今回の哨戒第3直は中国軍の趙大尉を先任指揮官とする、4個中隊が待機中だった。
現在、日本軍の広江少佐を先任指揮官とする哨戒第2直が任務にあたっており、早坂中佐指揮の哨戒第1直は帰還途中だ。

「本来なら山東半島防衛部隊は、中国第2野戦軍が4個軍団で11個師団プラス6個旅団。
それに韓国軍の第21軍団が3個師団か。 14個師団と6個旅団、人員で25万人位の兵力ですが・・・」

綾森大尉に軽く睨まれ、ブランデーを諦めて渋々不味いコーヒーモドキを増量させて不味そうに飲みながら、周防大尉が戦力構成を頭の中で反芻しつつ答える。

「そこまで残ってないわね。 第2野戦軍は戦力の35%を喪失しているから・・・ 朴大尉、韓国軍も似たようなものではなくて?」

「・・・そうですね。 3個師団の内、まともに戦闘力を維持しているのは1個師団だけだとか。 残りは半病人状態が1個師団と、撤退開始した壊滅状態の1個師団。 
撤退部隊が全体の30%に達しているそうですよ。 今現在、龍口で必死に遅滞防衛戦闘を展開しているのは山東に展開したうちの35%、5個師団程度じゃないでしょうか?」

趙大尉のおっとりしたもの言いに、朴大尉が何やら苦笑しながら答える。
―――全く、同じ女性だと言うのに。 こっちは既婚者だと言うのに。 目の前の趙大尉にせよ、綾森大尉にせよ。 自分より余程女らしい・・・

もっとも、中国軍の周少佐も独身らしいが、女っぷりの無ささ加減では自分と似たり寄ったりか。 あと、日本軍の水嶋大尉も。
―――既婚で子持ちらしい広江少佐については、コメントは控えよう。 何やら地雷を踏みそうだ。 周防大尉からも忠告されているし。

「と言う事は、撤退人数は18万から最大19万人。 その内の5万人は収容したわね。 で、現在戦闘中の兵力が8万から9万人、収容待ちが5万人・・・」

「第6次の収容開始が、明日の0300頃から。 山東からの出港は多分明け方の0500頃で、第10次が1200頃出港かしら?
仁川への入港が明日の1500頃から2200頃にかけて。 そして最後の再出港は・・・」

「明日の2000頃から明後日の0300頃にかけて。 山東に到着するのが明後日の0800頃から1300頃。 最後の収容は明後日の夕方か」

趙大尉、綾森大尉、周防大尉が撤退時期を予想する。 つまり、最低でもそれまでは自分達はこの遼東半島から脱出できない、守り切らねばならないのだ。
最後の収容が明後日の夕方だとして。 そのタイミングで渤海に展開した第2艦隊の半数が黄海へ迂回を開始したとしても。
支援砲撃を受ける事が出来る位置に再展開するには10時間はかかるだろう。 
第6軍、中国第4野戦軍、韓国第5軍団がこの戦場を離れる事が出来るのは、最低でも3日後になりそうだった。

―――それまで、本当に支えきれるのだろうか?

4人の指揮官達はお互いに、無言でそう思っている。
今まで数多くの激戦を切り抜けてきた彼らであるが、それだけに自分でも嫌になるほど冷静に戦力分析をする癖が付いている。
そして自分たちの過去の経験に照らし合わせれば、BETAが猛攻を仕掛けてくるとすれば2日、長くて2日半―――それが持久の限界だろう。
それ以上の持久戦は無理―――壊走状態に陥ってしまう。 


「・・・でも、正直助かったわ。 見知った面子が多くって」

趙大尉が、少しの沈黙の後で明るい声を出した。
同国軍同士でも、異なる部隊同士の協同は時として困難を覚える。 即席のチームと、長年共に戦い続けたチームと、連携一つとっても全く違う。
今回は一時的に寄せ集められたチームだった、しかし・・・

「趙大尉と、2直の朱大尉(朱文怜大尉)は国連軍に出向していたのですってね。―――直衛、同じ部隊だったのよね?」

「同じ大隊だった。 中隊は違ったけれど。 朴大尉と1直の李大尉(李珠蘭大尉)も、以前一緒に戦った事が有る。 確か・・・ 『九-六作戦』で」

「私は以前に、周少佐の指揮下で戦った事が有るわ。 後は馴染みの面子だし・・・ 確かに、そんなに違和感が無いわね」

それにお互い、長年にわたって満洲で戦ってきた者同士だ。 
戦場で相手がどう動くか、自分がどう動くべきか、今更言われるまでも無く身に染みついている。

ふと降りた沈黙。 誰かが何か言おうとしたその時、野戦電話がけたたましく鳴り響いた。 傍らにいた周防大尉が受話器を取り上げる。

「はい、戦術機ピスト・・・ ん、ん・・・ 了解、即時出撃する!」

周防大尉が受話器を置いた時には、趙大尉が待機中の全中隊にスクランブル発進の指示を出し。
朴大尉は整備班へ至急『火を入れる』よう連絡し、兵装の確認を取り。 
綾森大尉は粗末なテーブルの上に乱立したカップ類を払い落して戦術地図を広げていた。

「エリアE4GからE7Jにかけて5か所でBETA群を確認。 小規模、各500から600
光線属種、及び要塞級は確認されず。 進撃速度は30km/h  他にBエリアに4か所、これは2直が対応中」

周防大尉の報告に従い、綾森大尉が地図上に駒を置いていく。 
設備の整った司令部ならいざ知らず、前線の臨時指揮所では昔ながらの紙の地図でも重宝する。


「ちょっと厄介ね。 北のE4GとE5Eの2か所は山並みが続くから、地形を利用すれば撃破は容易だと思うけれど。 問題は・・・」

「E5F、E6H、E7Jの3箇所。 5km先でなだらかな丘陵部に変わりますね、合流されたら1500程の群れになってしまう。
どうします? 北は敢えて1個中隊だけで対応するとして。 南側に3個中隊で各個撃破。 出来ると思いますけど?」

思案する趙大尉に、朴大尉が提案する。 北側はBETAの進撃速度が遅くなっている、あえてそこには戦力を集中せず、まずは南を叩く。

「でも貞姫。 それだと北のEエリアが手薄になるわ。 北接するDエリアに侵入されたら、捕捉が困難になるわよ。
ここはオードソックスに、1群に1中隊をぶつけるべきではないかしら?」

綾森大尉が朴大尉の案に対して異論を唱えた。
Dエリアは先日大きな戦闘が有った場所だ。 場所柄、起伏に富み過ぎて戦術機の機動すら制約される。
そして未だBETAの死骸が大量に放置されている為、そこに入りこまれてはセンサーでの識別が難しくなる。

「・・・直衛、貴方の考えは?」

趙大尉が聞いてみたのは、一応各中隊長の意見を聞く為だったが、同時に欧州で長い間一緒に戦った年下の戦友の意見を参考にしたかったからだ。
彼はこう言った場合、真っ先に『火消し役』として投入される事が多かった。 
性格や適正も有るだろうが、自分も綾森大尉も朴大尉も、どちらかと言うとその後の支援役が嵌まっている気がする。

「・・・2直の連中、今はBエリアですね?」

「ええ、B8FからB9Dまで。 ちょっと待って・・・ ああ、森崎? ちょっと調べて、ええ、2直の状況よ。
ええ、ええ・・・ そう・・・ 判ったわ、有難う。 そろそろ出撃よ、準備は? OK? よし!」

綾森大尉が自分の中隊のCPオフィサーに戦術情報を確認する。 同時に他の3人がお互いに失笑した。 CP将校―――部隊の情報参謀役を呼び忘れていたとは。

「2直は既に2か所でBETA群を撃破したわ、残りは2か所よ」

綾森大尉が戦況情報を伝える。

「2直は3個中隊編成だった。 Eエリアに最も近い中隊は?」

「・・・広江少佐には、後でお礼言っておきなさいよ? 文怜(朱文怜大尉)の『オーキッド』よ、Bエリア南辺ギリギリを機動中ね」

「4人で言いに行けば許してくれるだろ。 美鳳、Bエリアから1個中隊、文怜を引っこ抜きましょう。
向うは広江少佐と珠蘭(李珠蘭大尉)で何とかなるでしょうし」

綾森大尉と周防大尉の遣り取りを聞いて、趙大尉が微妙な表情をする。

「・・・作戦はそれでいいと思うけど。 少佐には祥子と直衛、あなた達が言ってね? 私はイヤよ?」

「美鳳、先任指揮官でしょ・・・?」 「逃げるのは、感心しないな・・・?」

「嫌なモノは嫌なの! また呑み潰されるのはご免よっ!!」

目に見える。 戦力を貸した『お礼』に、酒席に付き合わされる自分の姿が。
この間がそうだった。 それに絶対、自分の直属上官―――周少佐も加わってくる筈だ、面白がって!!

「ま、4人で行けば被害も1/4で済むわよ! それよりその方針で行くんでしょう? じゃ、話をつけてさっさと出撃よ!」

実は酒豪で、あまり戦闘後の脅威を感じていない朴大尉が、むずがる趙大尉を引き摺ってピストから出てゆく。
そんな2人を見て苦笑ながら、周防大尉と綾森大尉もピストを飛び出す。―――自分の中隊に戻る為に。


「―――そう言えば、祥子と一緒に戦うのは久しぶりな気がするな」

「気がする、じゃないわ。 本当に久しぶりよ、93年の『双極作戦』以来だもの」

「・・・そんなになる?」

「ええ、そんなになるわ。 誰かさんはあの後、さっさと欧州に行っちゃったし?」

もう4年前になる。 お互い、未だ少尉だった頃の話だ。

「・・・お手柔らかに」

「私情は挟みません事よ?」

















1997年2月17日 1520 遼東半島 瓦房店北東30km 千山山岳地帯


≪フラガラッハ・マムよりフラガラッハ・リーダー! まもなくE5Eに到達します。 BETA群、実測数618! NW-35-60から侵入します!
突撃級40、要撃級96を確認! 戦車級280! 残りは小型種です! 進撃開始しました、35km/h、距離1850!≫

CPから詳細な戦術情報が入る。
広々とした荒野なら、突撃級をやり過ごして始末する方法はいくらでもある。 が、こんな狭い峡谷ではそれも無理だ。

「フラガラッハ・リーダーだ。 『オーキッド』はどの辺だ?」

≪『オーキッド』、間もなくE4Gに展開完了します。 向うはBETA数実測で548体≫

ふた山越した場所に展開している筈の僚隊を確認する。
『フラガラッハ』中隊がこの急峻な山岳地帯戦闘を担当する事となった理由は、誠に単純至極だった。
先任指揮官の趙大尉は、『主戦場』になる南の3箇所での統一指揮をとる必要がある。 
そして増援にやってきた『オーキッド』の朱大尉とは、綾森大尉も朴大尉もあまり面識が無い。
そこで、以前同じ部隊に居た周防大尉が、協同する事になったと言う訳だった。

急峻なうえに、曲がりくねった谷底の地形であるこの辺りは視界が悪い。 それは反面、BETAに捕捉認識される確率も下がると言う事だが。
戦術MAPに映し出された情報を再確認する。 地形、BETAの位置と侵入方位、部隊の展開位置、隣接戦区の状況・・・

『こちら『オーキッド』! 展開完了したわよ、直衛! そちらは?』

『オーキッド』中隊長・朱文怜大尉の姿が網膜スクリーンに現れる。
見慣れた姿だが、少し違和感が有るのは彼女が中国軍の強化装備姿だからか。 記憶にある姿は、国連軍のものだったからだ。

「こっちも完了した。 文怜、両方の間の峠を利用するけど、そっちは?」

『こちらは更に北側の峰を利用するわ。 あと追加情報、半径30km以内に光線属種は存在せず。
北部防衛戦では結構な数が出現して、苦労している様よ。 大丈夫かしら・・・?』

「対処方法は心得ている連中だよ、いきなり全滅は無いだろうさ。 それに渤海からの支援も有る。
それより目の前の仕事だよ。 ―――来るぞっ!!」

複合センサーの数値が跳ね上がった。
震動、音響の各センサーが急激な数の跳ね上がりを波長で示す。

「最上、打ち合わせ通りだ、突撃級の先頭はやり過ごせ。 どうせ40km/hも出ていない、時間が経っても再度の捕捉は困難じゃない。
摂津! 最上のC小隊が突撃級のケツに張り付いて、俺のA小隊が後続に割って入った時がタイミングだ! 後続の頭上から一気に火力を叩きつけろ!
フラガラッハ・リーダーよりフラガラッハ各機! 今日は格闘戦闘はするなよ? 折角、忌々しい光線属種がお留守なんだ、精々頭上から砲弾をお見舞いしてやれ!!」

―――了解!!

指揮下の各機が一斉に復唱する。
この地形、水平面機動は厄介だ。 反面、上下機動は複雑な峰々や尾根筋のお蔭でやりたい放題できる、そう踏んだのだ。
やがてBETA群を視認する。

≪フラガラッハ・マムよりフラガラッハ! BETA群、距離500!≫

「リーダーより各機、行動開始! A小隊、南の尾根の裏側を利用する、続け!!」

『C小隊、北の峰を迂回する! 迂回した先の峠筋から一気に降下するぞ!』

『B小隊! もうちょい辛抱だ! AとCがお膳立てしてくれる、メインディッシュをたらふく食いたかろ?』

右翼迎撃後衛のA小隊の後ろに、突撃前衛のB小隊が続行する。 本来とは逆の順番だ。
BETAが侵入してきた谷筋の南側、急斜面の尾根が続くその裏側(南側)を、8機の疾風弐型がNOEで移動する。
谷の北側に聳える300m程の標高を持つ峰の北側を、C小隊の4機が巻き込むように迂回飛行で突進する。

やがてまず、C小隊が北側の峠筋から一気に降下をかけ、突撃級の群れの最後尾の後ろにランディングをかけた。 
同時に柔らかい後ろ腹に、突撃砲の36mmと120mmを盛大に叩きこむ。

『撃て、撃て! 連中、この狭い場所で身動きが取れん! 食い放題だぞっ!』

36mmで柔らかい弱点を蜂の巣にされ、体液を撒き散らしながら停止する個体。
120mmAPCBCHE弾を撃ち込まれ、体内をズタズタにされる個体。

そして後続のBETA群―――要撃級を主力とする本隊が迫る直前、A小隊がC小隊の背後にランディングをかける。

「最上! 制圧支援寄こせ! 代わりに打撃支援渡す!」

『ラジャ! 12、A小隊の指揮下に入れ! 07、こっちに来い!』

『了解です!』 『わかりました!』

C小隊制圧支援の瀬間静少尉機が、A小隊の指揮下に入り。 A小隊打撃支援の八神涼平少尉機がC小隊に合流する。
突撃級の始末に打撃力が必要なC小隊の火力を増強させ、戦車級を含む小型種への面制圧の為にA小隊の制圧支援を2機としたのだ。

『遠慮するな! 片っぱしから劣化ウラン砲弾をお見舞いしてやれ!!』

背後のC小隊が猛射を再開する。

「瀬間、松任谷、制圧開始だ!」

『ラジャ! 12、FOX01!』 『・・・09、FOX01!』

2機の制圧支援機から64発の自立誘導弾が一斉に射出された。
96式誘導弾―――海軍が2年前に開発した95式誘導弾を陸軍が小型化・単機能化したものだ。 全径は165mm、全長1200mm キャニスター弾頭を使用出来る。
1発あたりの被害直径は約30m 峡谷の最大幅は100mも無い。 そしてBETAはこの100mも幅の無い谷底を、1km近い長い群れの列をなしている。

誘導弾は先頭付近を進む要撃級の群れをあえて飛び越した。
その後ろに密集していた戦車級以下の小型種の塊へ殺到し、シーカーが作動した時点でタングステン弾子を一気に放出した。

BETAの種類が持つ速度差、そして個体の大きさが形成する『陣形』を利用したのだ。
光線属種が不在とはいえ、このような狭い地形で本当に怖いのは戦車級、次いで要撃級だ。 だからまず、戦車級を含んだ小型種BETAを纏めて吹き飛ばす!
全長で600m近いキャニスター弾の鉄量の暴風雨の帯が形成された。 これで後続集団の中から邪魔な小型種は大部分が一掃された筈。

「摂津! 出番だ!」

『了解! 中隊長! 残りは差し上げますんで!―――B小隊、主役の登場だぁ! 要撃級は1匹残らず喰い尽せっ!』

不意にそれまで尾根の反対側で待機していたB小隊の4機が、尾根を噴射跳躍で飛び越し強襲をかける。
要撃級の群れの頭上から36mm、120mm砲弾をばら撒き、斜面にランディングすると同時にまた噴射跳躍をかける。

「摂津よ、調子に乗り過ぎるなよ? まずは群れの先頭から叩け。 瀬間、松任谷、前に出るな? 砲撃支援に鞍替えしろ!」

『了解です』 『・・・了解!』

瀬間少尉機と松任谷少尉機は、ミサイルを撃ち尽くして無用のデッドウェイトと化したミサイルコンテナをパージし、87式支援突撃砲で精測射撃を開始する。

「四宮! 貴様は俺と一緒にB小隊の食い残しの片付けだ。 連中、食い意地は悪いが行儀も悪い! 食い散らかしたゴミが無視できん」

『ひでぇ!?』 『ふふ、了解です、中隊長』

B小隊長・摂津中尉の何とも情けない抗議の表情を無視する。
同時に、今回新たにエレメントを組む事になった四宮杏子少尉が、そんな中隊長の言い草に、面白そうに笑っている。

目前をB小隊の4機の疾風弐型が縦横に上下機動を繰り返し、要撃級の柔らかい上部に砲弾を叩きつけている。
時折、背後から鋭い一連射が伸びて隙間から這い出てきた僅かな戦車級を屠って行く。―――瀬間少尉と松任谷少尉の支援砲撃だ。

突撃前衛の4機は、2機エレメントを決して崩さずに連携し、そして2個のエレメントがシザースを止めることなく、要撃級を左右に翻弄していた。
時折、統制を失った個体が背後を見せる。 周防大尉はすぐさまその個体に狙いをつけ、36mmの一連射を送り込み始末する。

『C小隊です。 突撃級、残り4体』

最上中尉から通信が入った。 既に撃破した突撃級は36体、殲滅は時間の問題だ。―――となると。

「最上、2機回せ。 貴様ともう1機で事足りるだろう?」

『了解。 八神を戻します。 それと藤林(藤林薫少尉)を付けます。 こっちは自分と相田(相田賢吾少尉)で間に合いますから』

背後のC小隊から2機、八神涼平少尉機と藤林薫少尉機が反転合流する。

『中隊長、戻りましたよ。―――で、ここで支援を?』

八神少尉がスクリーンに現れ確認する。

「八神、貴様の方が瀬間より先任だったな?」

『はい、そうですが・・・?』

6機の突撃砲が一斉に火を噴く。 戦車級が10数体、要撃級の群れから湧き出てきたのだ。 闘士級や兵士級もいる、凡そ60体。
小気味良い重低音が唸り、36mmHVAP弾の豪雨がBETA群に降り注ぐ。
大型種の様な防御能力を持たない小型種BETAが、纏めて赤黒い霧のように霧散し、消滅する。

「貴様、ここの指揮を執れ。 いいか、近接格闘戦は行うな。 貴様たちは皆、支援特性が高い。 逆に前衛特性は平均点以下だからな」

『平均以下・・・』 『キツ・・・』

藤林少尉と松任谷少尉が、最後の言葉にちょっと傷ついた顔をする。

「拗ねるな、藤林、松任谷。 逆に前衛の連中は支援特性は並み以下の連中だ。 適材適所だよ、軍隊は・・・ いいな? 八神?」

『はあ・・・ で、中隊長はどうするんです?』

八神少尉はいきなりの事にややあっけに取られている。
無理も無い、指揮官がいきなり指揮権を渡すと言うのだ、負傷もしていない、機体が損傷した訳でもないのに!

「俺か? 俺はな・・・ 四宮、フラストレーション溜まってないか?」

『溜まっています。 程々に抜かないと、美容に悪いです』

「じゃ、行くか?」

『A小隊に引き抜かれてからこの方、フラストレーションが溜まっているんです! お肌が荒れますっ!
中隊長、私の美容の責任、取って貰いますから!!』

言うやいなや、周防大尉と四宮少尉の2機が一気に噴射跳躍をかける。

「摂津っ!! 貴様だけ美味しい所を独り占めするなっ!!」

『秋(周防直秋少尉)!! 貴方とトレードされたお陰で、お肌が荒れたらどうしてくれるのっ!? 代わりなさいっ!!』


元々、強襲掃討装備の四宮少尉機は兎も角。 
本来、迎撃後衛である筈の周防大尉機が何故か、強襲前衛装備だったりする訳を皆がようやく納得した気がした。


















同日 1610 遼東半島 瓦房店北東30km 千山山岳地帯 E5E戦区


『粗方、片付いたかしら? 直衛?』

スクリーンの向う、『オーキッド』中隊指揮官の朱文怜大尉が問いかける。
戦術MAPには活動中のBETAを示す表示は無い。 CPから追加の発見情報も入っていない。

「片付いたと見ていいんじゃないかな。 文怜、君の戦区も片付いたんだな?」

『ええ、意外と突撃級も要撃級も数が少なくて助かったわ。 損失無しよ』

朱大尉が嬉しそうに微笑む。
そうだろう。 指揮官にとって、部下を死なす事無く任務を完遂する事は、至上の命題であるのだから。

「今回は光線属種がいなかったから助かった、こっちも損害無しだ。 南部に展開した3隊も損失無し・・・ 万々歳だね」

先程、CP経由で連絡が有った。
南部の3地点へ展開した趙大尉の『ピオニー』、綾森大尉の『セラフィム』、朴大尉の『レッドハート』 いずれも損失無し。

『久々の完勝ね。 これで今夜アラートがかからなければ、文句は無いわね』

こちらの5か所、そして2直が担当した4か所、合計9か所で約5000前後のBETA群を殲滅したのだ。
地形を利用でき、そして光線属種が不在だったとはいえ。 いや、その2つの要素さえ有れば、人類側が非常に有利だと言う事か。

『中隊長、残敵捜索完了。 残ったBETAはおりません』

『完全殲滅出来たようですね』

最上中尉と摂津中尉が、捜索報告を入れてくる。 ミッション・コンプリート。 後は帰還するだけだ。

「じゃ、帰ろう。 文怜、助っ人お疲れ様。―――『フラガラッハ』! RTB(リターン・トゥ・ベース)!」

―――ラジャ!!

部下達の明るい声が唱和した。 そしてその時―――

≪フッ、フラガラッハ・マムよりリーダー! 中隊長! た、大変ですっ!!≫

CP将校・渡会少尉の切羽詰まった声がオープン回線で飛び込んできた。

「渡会! 落ち着け!―――どうした!? 要点だけ言え!」

≪戦闘団本部からです! 至急撤退せよ、です!≫

―――撤退!? どうして! 自分達は完勝したではないか!?

全員がそう思ったその時。

≪直衛! 引くのよっ! 南はダメ!!≫

趙大尉の声が飛び込んできた。

「―――美鳳!? どうしたんです!?」

≪南部防衛線が崩れたのよ、直衛! 壊走状態で瓦房店(ワーファンティエン)目指して後退しているらしいの!!≫

切羽詰まった声は、綾森大尉の声だ。

「祥子!? どう言う事だ、第11軍団が崩れたのかっ!?」

南部には日本帝国軍中でも優良装備の重機甲軍団である第11軍団が展開している。 そうそう簡単には崩れない筈だ・・・

≪判らない! 地中侵攻がどうとか! 上の通信系は滅茶苦茶よ! 混線しまくっているわ!!≫

朴大尉も状況が掴めず、イラついた声だ。

『・・・直衛、拙いわ。 南が崩れたら、私達の戦闘団だけじゃ、側面を支えきれないわよっ・・・!!』

元々、隙間を護る為に臨時編成された戦力だ。 数万ものBETA群を向う回しに打撃戦を展開できる戦力では無い。

「―――ッ!! CP! 大至急後ろに下がれ! 緊急のピックアップポイントにヘリを呼ぶ! それに乗っていけ!」

『しゃ、車両はっ!?』

「ピックアップポイントで捨てろっ! 戦闘団通信系、寄こせっ!」

『は、はいっ!』

同時に朱大尉もまた、CPに緊急退避とレスキューヘリの要請を本部へかける。
趙大尉、綾森大尉、朴大尉の中隊CPは既にレスキュー地点へ急行中だった。

「フラガラッハ・リーダーより各機! 北寄りの進路で離脱する!」

『オーキッド・リーダーよ! オーキッド各機! フラガに続行する!』

2個中隊の戦術機が、尾根を掠めるような高度でNOEを開始する。
南の方角からも、30機以上の戦術機がNOE飛行で合流してきた。

『直衛、南部は・・・ 壊滅なのかしら?』

秘匿回線で綾森大尉が語りかけてくる。

「まだ、決めつけるのは早い・・・ 祥子、まずは本隊に合流してからだよ。 部下達を連れて」




遼東半島撤退戦。 その第2幕は完全にBETAに主導権を取られる形となってしまったのだった。







[7678] 帝国編 7話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/03/01 00:28
1997年2月18日 1400 日本帝国 帝都・京都 内閣総理大臣官邸


「首相閣下、本日は急な面談に関わらず御諒解頂き、感謝の念に堪えません」

一同を代表し、大東亜連合大使であるユディスティラ・マサルディ大使(インドネシア)が笑顔を浮かべ挨拶を行った。
同時に、マサルディ大使と同様の雰囲気を纏った他の壮年の者達も、比較的好意的な雰囲気の笑顔を浮かべている。

「大使閣下、貴方がたとの対談の場を得る事は、日本帝国総理として無上の喜びと致すところであります」

内閣総理大臣・榊是清もまた、目前の男達と同様の表情を浮かべていた。

例え世界が死の滅亡の淵にあって尚、政治と国家外交を司る者は、安易に喜怒哀楽など表わすべきではない。
一見友好的な表情の下に如何様な思惑が有れど、それを悟られるようでは己が責務は果たせないのだ。

今日この日、内閣総理大臣官邸を訪問した海外要人は4名。

大東亜連合大使・ユディスティラ・マサルディ
在日本韓国大使・権慶賢
在日本中国大使・劉永華
在日本台湾大使・馮世楷

昨年成立した大東亜連合にとっては、在日本大使館を今年初めに設立し、その初代大使として着任の挨拶も兼ねる。(外交儀礼上は既に済ませていた)
そして今年早々に総督府が中国共産党政府の受け入れを表明した台湾は、その代償として世界各国との領事業務を行う事を共産党に了解させた。
その海外公館の第1弾として、在米国、在英国台湾大使館と共に、在日本台湾大使館を設立させたのだ。 
中国は在日本中国大使の新任交替が有り、韓国も昨年末に在日本韓国大使の交替が有った。

表向きは、アジア主要各国、地域連合の大使による親善訪問である。 
が、首相官邸付近に張り付いている各国情報機関の人間にとって、そんな表向きの理由など愚者の戯言である。
実際、明治の時代を思わせる重厚な雰囲気を醸し出す官邸応接室に居座る各要人達の口から出る言葉は、特に海の向こうの、とある国家からすれば看過できない内容ばかりであった。

「・・・では、大使閣下方に再度ご確認させて頂く事になりますが、『汎アジア協力機構』 この構想については、各国政府も御諒解、御賛同頂けたと判断して宜しいか?」

「大東亜連合につきましては、その通りとお考え下さい」
「台湾政府、及び台湾総統は、貴国、及び貴国政府の提案する構想に、全面的に賛同するものであります」
「中国共産党、及び政府、そして人民。 貴国の提案に心より賛同する次第」
「韓国政府は、日本政府の提案に基本合意するものであります」

外相・杉原畝慈の確認の言葉に、4人の大使が頷く。 昨年より秘密裏に行われてきた国際共同構想が、1歩前進した瞬間であった。
現在の国連主導で推し進められる国際政治。 その実態は完全なる米国の思惑が優先される。
この事に、特にBETA大戦における前線諸国は深い憂慮を示し続けてきた。
その答えが、欧州のおける『欧州連合』であり、東南アジア諸国が昨年成立させた『大東亜連合』であり、中東諸国の『中東連合』である。

そしてアジアにおいては、中国共産党政府と台湾の国民党政府が統一中華と言う名において、半世紀ぶりに『第3次国共合作』を成立させた。
これは直接的にはBETA侵攻によって国土のほぼ全てを喪失した(僅かに華中・華南に軍事拠点を維持している)中国共産党が、台湾の国民党へ協力を打診した事による。
難民の受け入れ、産業界全般の生産設備の移転、統一軍事組織の再編成、その他社会、軍事全般に渡る協力体制の設立。 但し政治面での完全な融合は為し得ていない。
そして以前より親日的であった台湾を介在しての、日本への難民受け入れ要請。 そして各種援助要請。 日本からも様々に要求が出された。

そして大東亜連合がこの動きに関心を持った。 何故とならば、以前より台湾をその協力圏に引き込もうと交渉していたのだ。
連合の持つ域内人口(4億人を超す)とその労働力。 そこに台湾の持つ産業技術力が加わる事は大きな意味を持つ。

そしてその台湾が正式に日本帝国と国交を樹立したのだ。 日本の持つ技術力、生産力、そして軍事力。
BETA大戦における東南アジア最前線を戦う大東亜連合にとって、台湾、そして日本。 更には日本と協力関係にある韓国。 
この3ヶ国を、『国連主導の枠外』で味方に引き入れる事が出来ると言う事は、望外の成果である。
(共産中国については慎重論も有ったが、昨今の状態を考慮すれば脅威とならないと判断された)


「経済、貿易、産業、流通全般の相互協力。 そして域内関税の完全撤廃」

蔵相・高橋是明が、その福々しい顔に如何にもの笑みを浮かべる。―――内心の、成立後に発生するだろう諸問題はおくびにも出さず。

「更には全面的な軍事同盟。 それを実現する為の統括組織の早期設立・・・ 
まずは、日中韓統合軍事機構と、大東亜連合軍統合作戦本部との連絡会議。 これは半年後を目処で立ち上げる事で、各国軍部は了解としております」

国防相・米内充正海軍予備役大将が、榊首相へ確認する様に報告する。 同時に各国大使も了解の意を示す様に頷いた。

「―――我が帝国政府は、皇帝陛下、摂政政威大将軍殿下、そして日本帝国全臣民を代表し、各国政府の英断に感謝致します」

榊首相が、決して偽りでは無い安堵の表情を浮かべる。

日本帝国にとっても、これは国際政治における大きなアドヴァンテージになる筈であった。
日米安保体制に組み込まれ、身動きもままならない状態でBETA大戦を戦う事を考えれば、少しでも米国の『紐付き』以外の国際カードを有する必要があった。
国連安保理常任理事国と言えど、拒否権が無い日本は同様の豪州を除く他の常任理事各国からは、『米国のおまけ』と看做される事が多々あったからだ。

この構想は実はまだ第1段階で有った。
最終的には、既に経済協定を締結しているオセアニア諸国、豪州、ニュージーランドと言った環太平洋諸国をも網羅した、『環太平洋条約機構』の設立を目指す。

『NAFTA(ナフタ)』―――所謂、北米自由貿易協定。 
『メルコスール』―――所謂、南米南部共同市場。
この2つの自由経済協力圏を組み込んだ『OPAM』―――汎米州機構と、その軍事同盟組織である『PATO』―――汎米州条約機構。
そして南北アメリカ大陸と同じ、BETA大戦での後方地諸国、『AU』―――アフリカ連合。

協調するこの2大後方国家連合とは、必ずしも国家戦略を同じくしない前線国家諸国にとっては、是が非でも実現せねばならなかった。
今回合意に至ったこの構想。 必ずや実現せねばならない。 何よりも、己が生き残る為に。

「―――では、次回より実務者会議に移る事となります。 予定は来月、詳細は外務省、及び国防省より内々に連絡を」

杉原外相の言葉で、その秘密会合は終了した。








「・・・では、何とか前進。 そう言う事ですな? 首相閣下?」

「はい。 閣下には色々とご助力頂き、感謝しております」

来訪客が帰った後、首相官邸を1人の老人が訪ねてきた。
目立たぬ国産の量産車で、随員は運転手1人だけ。 あまりの無防備さに榊首相が驚いた程だ。

「ですが、閣下。 余りここへ来られるのは考えものですぞ? 何しろ、この官邸の周りは各国諜報員の溜り場の一つですからな」

米内国防相がやんわりと諌める。
しかし、海軍部内のみならず、帝国軍全体にその信望の篤い国防相に対してさえ、心配性の後輩を見る様な眼で笑い飛ばす。

「ははは! 僕の様な、既に現役を離れて久しい老いぼれ爺なぞ、誰が気にかけるものかね。
米内君、普段は一言居士の君も、僕への小言に限っては言葉が多い。 少しは議会でその半分もしゃべらんかね?」

軍内における重鎮中の重鎮、米内国防相でさえ、目前の老人にかかってはまだまだ若造扱いだ。 
首相経験者にして、元老、そして元帥海軍大将。―――岡田啓蔵翁にかかっては。

今回の件、諸外国への根回しはこの老人の人脈がモノを言った。
彼自身の人脈、更にそこから繋がる人脈。 特に政・軍関係のそれは想像を絶する。
そして首相経験者として、更には元老院に名を連ねる元老として国内各方面への複雑極まる人脈。
政財界、そして軍部には『黒幕』と称される人物も多いが、それらの者達でさえこの翁の前では小僧っ子扱いである。

「・・・それとだ。 元枢府が煩く言ってきたが、何とかお引き取り願ったよ。 
当代の摂政殿下は僕とは古い馴染みの間柄だけどね、他の五摂家は若い者もいる。 勢いだけは良いからね、ちょっとホネが折れたけどね」

「恐れ入ります」

法制上、帝国の主権は日本帝国皇帝にあり、その国事全権総代は摂政政威大将軍である。
その摂政政威大将軍を輔弼し、更には帝国2大議会の一つ、貴族院の上位立法府であるのが、五摂家当主衆で構成される元枢府。
本来であれば、行政府である内閣への掣肘は出来ないのであるが(行政府に対する監視・監督権は有する)、世界的にも余り例が無い帝国の重層権力構造故に、口を挟む事も多い。

この元枢府、そして摂政政威大将軍に対し一言を与える事が出来る存在が、皇帝の諮問機関でもある元老院。 そこに属する所謂、元老と呼ばれる人々であった。

「まあ、今回の件に対してはね、国内は安心していいよ。 この間、内府(内大臣)と一緒に参内してね。
お上(当代皇帝)御自ら、協力要請の御親書を認め下さるとも仰せであった。 最も、畏れ多いこと故、御手を煩わすに及びません。 そう奏上致した次第だけどね」

―――そこまで行けば、問題は無い。

榊首相、米内国防相、そして杉原外相、高橋蔵相、4人の閣僚は内心で胸を撫で下ろした。
官僚、軍部、経済界、関係各国。 いずれも彼等で押さえてあるが、不安定要素は武家筋と、畏れ多い事ながら皇家筋であったのだ。
しかし―――

「お上の御英慮、畏れ多くも忝く。 臣民一同、明日への歩を得る事でしょう」

「・・・うん、内府にはその様に伝えておくよ。―――ところで、戦地の話は出なかったのかね?」

「今頃は、霞ヶ関で最終決定を纏めております。 おっつけ、市ヶ谷に苦情が殺到するでしょうな」

岡田翁の言葉に、米内国防相が返した言葉。
それは暗に遼東半島からの事実上の撤退開始を示唆していた。―――国連軍太平洋方面総軍司令部の決定とは異なる方向で。













同日 1730 霞ヶ関 統合幕僚総監部


「やはり、駄目かね?」

「駄目ですな、普蘭店では支えきれません。 この際、地形の利を生かせる西の金州まで下がるべきでしょう」

「しかし、それでは大連が指呼の間だ。 脱出も適うまい?」

「大連はもう無理だよ。 脱出船団は西の旅順港に向かわせてある。 それに金州なら渤海と黄海に挟まれて南北の幅は10kmも無い。 艦砲射撃での支援も、全艦艇が行える」

「残弾数は? 陸もそうだが、海もだ」

「陸は既に金州まで引いている。 そこから大連の後背へ移動すれば補給は受けられるよ」

「第3次補給船団が黄海に入った。 戦艦3隻、戦術機母艦6隻への補給・・・ ま、4時間ってところか?」

「おいおい、山東半島の支援はまだ終わってないぞ?」

「あそこは既に終わっているよ。 龍口どころか、既にその先の煙台が落ちた。 今は威海防衛に必死だ。 
そんな所へ非武装の船団を突っ込ませられるか? 既に12万を脱出させた、残りは3万だ」

「防衛戦開始以降、4万は死んだからな。 残った3万を救出するには、それなりの損害も覚悟しなければならない。 艦艇もそうだが、民間徴発の商船もな」

「駄目だ、駄目だ! 運輸省が血相変えて捻じ込んで来るぞ! 
それで無くとも半ば強制徴発だ、運輸省と通産省からは連日、罵声の嵐なんだ。 これ以上の損失は無理だよ」

「海岸線から50km。 地形を考慮すれば、重光線級の見越し距離―――照射認識範囲外はギリギリその辺りだ」

「27海里か・・・ 小型の漁船でも辿り着けるか。 戦術機ならNOEで辿り着けるな。 閣下、では?」

「・・・うむ。 脱出船団は、威海の海岸線50kmの海域で待機。 中韓連合軍の脱出部隊は、ありとあらゆる船舶・手段でもって脱出せよ。
その後に洋上で回収する。 装備は全て捨てさせろ、また造れば良い」












同日 1830 市ヶ谷 日中韓統合軍事機構・日本帝国連絡本部


「我が軍将兵を、見捨てると仰るのですか、大神大佐!」

「見捨てると言ってはおりませんぞ、孫上校(上級中佐) 脱出船団は威海衛沖で待機させております。
ただ、接岸は無理と言っておるのですよ。 既に威海西方15kmまで光線級が出現しておる。 入港時を狙い撃ちにされるのだ、非武装・非装甲の『民間商船』がね」

「しかしッ・・・!」

「孫上校、日本の苦衷も理解しようじゃないか。 彼等は、本来は遼東半島支援だった部隊を半数削ってまで、山東半島支援に回してくれた。
山東の韓中連合軍19万将兵の内、12万が脱出できたのだ・・・ 戦死した者達を除く、残り3万名。 彼等の強運を信じようじゃないか」

「金大領(大佐)・・・」

「大神大佐、貴国の今までの支援、誠に感謝する。 残りは戦場の将兵を信じる以外ないでしょう。
しかし、出来れば、出来る事ならば。 洋上からの攻撃支援は続行願いたいのだが・・・」

「金大領、私は陸軍の者だ。 統合幕僚総監部に身を置くとはいえ、GF(連合艦隊)へ指示する権限は無い・・・ 
が、第3部(作戦局第3部=海上作戦指導)へは、しかと伝えおく」

「感謝する・・・」
















1997年2月19日 1900 日本帝国 副帝都・東京 赤坂見附


その店はちょっと気を付けないと判らない、道を入り込んだ場所にあった。
目立たない背広姿は一見、何処か勤め人に見えなくもない。 だが、そのピンと伸びた背筋、その歩調、民間人にはちょっと見えない。

『Bar "Hermitage"』―――木製の扉をゆっくりと開いて店内に入る。 まだ早い時間故か、客は殆どいない。 1人だけだ。
中年のチーフバーテンダーが近寄り、挨拶する。

「いらっしゃいませ。―――4カ月と10日振りでございます」

「―――そんなになるかい?」

「はい。 ご入院される前の御来店が直近だと。―――ご快復、おめでとうございます」

流石に良い店はスタッフも違う。―――まるで名家の執事を思わせる雰囲気を持つチーフバーテンダーに無言で礼を言い、店内を見渡す。
木目基調の店内装飾と間接照明が合さり、一種幽玄な雰囲気を醸し出している。 
そして磨き上げられた―――アルコールでも―――鈍く輝くカウンターに、探す相手を見つける。

「―――私のカクスは、まだ残っていたね?」

「左様でございます。 山崎蒸留所の18年、お出し致しますか?」

「頼む」

カウンターに近づく。
1人飲んでいる先客は、淡い金髪が照明に照らされプラチナ・ブロンドの様にも見える。―――日本人では無かった。 葉巻を咥えている。

「・・・良い御身分だ。 こんな時間から、清浄さを汚す贅沢を楽しめるとは」

「そう言う君もね。 以前の激務ならば、こんな時間に誘いはしなかった」

二人の男がカウンターに並び座る。 

―――とくとくとく・・・

チーフバーテンダーが、目の前で深い琥珀色の液体をまず銀の計量器へ注ぎ、そしてテイスティンググラスへと注ぐ。

「贅沢なものだ。 オーナーズカクス―――それも昨今貴重な山崎蒸留所の18年。 JIN(日本帝国海軍)は余程の高給取りだね」

「―――ハイランド。 グレン・エルギンの22年。 そんな逸品を飲んでいる奴に言われる筋合いはないな」

グラスを手にし、その鼻腔をくすぐる豊かな芳香を楽しみ―――そっと口を付ける。 たちまち、素晴らしく豊かな味が口の中に広がり、心地よく刺激する。
暫く香りの残滓を楽しみ、そして取り出したシガリロを咥え、火を点ける。

「・・・『キング・エドワード・パナテラ』 珍しいな、君が合衆国産のシガリロを吸うとは。 愛用していたのはオランダの、『ヘンリー・ウィンターマンズ』ではなかったかい?」

「欧州陥落の余波だな、味が落ちた。 それになかなか出回らなくなってね。 致し方なく、さ」

暫くは2人とも無言で、酒とシガーを思う存分、堪能していた。


「・・・で? 今夜呼び付けたのは、まさか単に酒の相手と言う訳ではあるまい?」

「そうだと良かったのにと、心から思っているよ。―――君がアナポリスに留学しに来て以来の付き合いだ。
古い友人と楽しいひと時。 こんなご時世だ、なかなか望めるものじゃないしね」

明らかに欧米系と見えるその白人男性が、ちょっとした含みを持った言い方で用件を切り出す。

「昨日だよ。 大東亜連合、中国、韓国、そして台湾。 これらの大使が首相官邸を訪問したと報告が有った」

「―――それがどうかしたか? 各国大使が我が国の首相官邸を訪問。 外交儀礼的におかしいとは思えないが?」

「単に、彼らだけならね。 その場には他に、この国の杉原外相―――ああ、彼は問題ない。 しかし、あと2人の閣僚が同席していた」

「・・・」

「高橋是明蔵相。 そして、米内充正国防相。 極めつけは、その後に到着した元老の岡田啓蔵翁。―――日本は、安保の枠をはみ出す気なのだろうか?」

微妙な話だった。
少なくとも、言質を取らせる発言は出来ない。―――例え、古くからの友人であろうと。

「―――初耳だな。 知っての通り、僕は最近まで病院でリハビリ中だった身だ。 退院して半月、未だ待命中だ。 復帰はもう半月は後でね。
それにした所で今度は現場の艦隊勤務。 そんな枢機に関わる事など、与り知らぬ事だね」

―――半ば嘘で、半ば本当。

リハビリ中だった事は確かだ。 艦隊勤務も本当の事。
しかし、友人の言った事は前職に有った頃より把握していた。 彼は国防省内の要職にあったのだから。

「僕は何も言わない、これは古い友人としての独り言さ。 詳細については定かではない。 でも、武官室内じゃもっぱらの噂だ。 京都の大使館の方も同じらしい」

東京にある米国大使館付き武官室、その中のNSA分室。 そして京都にある米国大使館内のCIA分室。 それらがやはり嗅ぎつけたと示唆していた。

「・・・僕の独り言はここまでさ、周防直邦帝国海軍大佐。 これ以上は僕の立場が独り言を許さない」

「・・・判っている、ロバート・クナイセン合衆国海軍大佐。 それで充分だ」


ややあって、再びクナイセン大佐が口を開いた。
今度は明確に、合衆国軍人としての声色・口調だった。

「ところで・・・ 日本軍は早々に遼東半島を放棄するようだね?」

「・・・戦況を聞く限り、そうらしいな」

ここからが任務か、そう感じた。 駐在武官―――ミリタリー・アタッシュ。 クナイセン大佐は駐在武官なのだ。
駐在国の軍事戦略・戦術情報の収集は最大の任務であるのだから。

「本日の正午前、山東半島から最後の兵力脱出が完了したと聞いたよ。 残存約3万名。 脱出成功は5056名。 
2万5000名が殿軍となって死んだ。 脱出出来た5056名は、野戦病院の看護婦・・・ 看護兵や整備、補給、通信部隊の少年少女兵達だったそうだ」

「・・・勇者達の魂に、救いあらん事を。 どこでもそうだ、どこでもな。―――で? 本題は何だ?」

会話が途切れる。
暫く、静かにBGMが流れ、アルコールの芳香が漂い、紫煙がたなびく―――

「合衆国の極東防衛戦略は、一気に台湾から対馬海峡のラインに下がったよ」

暗に、大韓民国の陥落を想定した防衛線構築を示唆していた。
本来、合衆国の極東防衛線構想は、台湾から山東半島、黄海を経て遼東半島、そして中韓国境線―――出来れば中国領側―――であった筈なのだ。

しかし山東半島が陥落した。 遼東半島も死守する意思が、当地防衛戦力主力の日本帝国軍には無い。 遼東半島は陥落する。
そうなると、中韓国境線の戦場は朝鮮半島北部4道を主戦場として、韓国の首都・ソウルを含む中部の京畿道までを後背地に含む事となってしまうだろう。

安定した戦略防衛線の構築に為には、どうしても対馬海峡まで下がらざるを得ない。

「判っているのかい? 日本帝国は・・・ そうなれば最早、『対岸の火事』では済まなくなる。 日本本国をも戦場として考えねばならないのだぞ?」

「2年ほど、予想が前倒しになるが。 我々とて、僅かに残った大陸の拠点や半島が永遠に防波堤とはなり得ない事は承知している。
既に本土防衛戦の研究は行われているさ。 ・・・NSAは把握しているだろう?」

「―――必敗。 そういう予想を弾き出している。 合衆国戦力の半数近くを極東で失う訳にはいかない」

「・・・つまり、安保破棄かな?」

知らず、周囲の温度が下がった様な気がした。
微妙と言えば、微妙過ぎる内容。 反対に、この様なオフレコの場でしか話せない内容。

「・・・『Treaty of Mutual Cooperation and Security between the United States and Japan』
合衆国と日本帝国との相互協力及び安全保障条約。 その第5条、言えるか? 直邦?」

「・・・『ARTICLE NO.5
Each Party recognizes that an armed attack against either Party in the territories under the administration of Japan
would be dangerous to its own peace and security and declares that it would act to meet the common danger in accordance with its constitutional provisions and processes.』―――間違ってはいないな?」

―――翻訳するとこうなる。 
『各締約国は、日本帝国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、
自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危機に対処するよう、行動することを宣言する』


「そうだよ。 『either Party in the territories under the administration of Japan』 これは日本帝国の行政管理下での『両国共』では無いよ。
いずれかの国、すなわち日本帝国の主権に対し治外法権を持つ合衆国の大使館、領事館、それに合衆国軍基地。
そのどれかが一方の『Party』であり、合衆国の治外法権の施設を除いた部分の日本帝国の地区がもう一つの『Party』である、そう定義する事が出来る」

「だとすれば、それらのいずれか一方が自分にとって危険であると認識、『recognizes』した時。 共通の危機、『common danger』に対処する。 そうなるな」

「直邦、そこを勘違いすると拙いぞ。 合衆国の行動は、『common danger』が対象なのだ。
『common danger』 とは、日本帝国内の合衆国の施設と、その他の部分の日本に共通の危機の事だよ」

「・・・つまり、帝国内の合衆国の施設、在日公館や軍事基地とその周辺の帝国の一部地区に対する危機に限定される。 ロバート、意味する所はそうだと?」

合衆国軍が行動する場合は、合衆国憲法に従わねばならないとこの条文では規定されている。
そして合衆国憲法では、在外の合衆国資産―――公館や軍基地が攻撃を受けた時は、自国が攻撃を受けたと看做され自衛行動を許すが、駐留国の防衛まで行う規定はないのだ。

「・・・日米安保は、帝国内における合衆国―――在日米国資産―――の防衛を宣言している。 
それは昔から言われているな。 少なくとも合衆国は、その為に帝国内で軍事行動を取る事が出来る」

「でもね、日本に合衆国軍基地があるために、日本を敵としない合衆国の敵から、日本の一部地区に攻撃を受ける危険が生じる事も考えられる。
批判的な見方をすればこの条約の性質は、対日危機保障条約であるという見方も出来る。―――ああ、判っている、判っているよ、BETAは国で区別なんてしやしない」

詰まる所、合衆国がその防衛戦略の見直し―――戦略的防衛ラインの引き直し―――を行えば、在日米軍の必要性は必ずしもMUST条件では無くなるのだ。
最悪の場合、台湾、南西諸島から小笠原諸島の、『海洋防衛ライン』を引く事も可能だ。


「・・・在日米軍を、引き上げる?」

「昨年だよ、ホワイトハウスの報道官が発表した。 
『米国はどこに居ようと、どこに基地を持とうと、それはそれらの国々から招かれての事だ。
世界のどの米軍基地でも、撤去を求められているとは承知していない。 もし求められれば 恐らく我々は撤退するだろう』―――AFP通信電だね。 建前上はね」

「ふん。 最も、合衆国・・・ いや、米軍自身が戦略的に必要と考える地域で、現地国や現地国民が駐屯に反対した場合には?
駐留と引き換えの経済協力の提案か? あるいはお膝元のパナマやグレナダでやったように、『死の部隊』の投入か?
反対勢力には経済制裁や非公然活動―――スキャンダル暴露や暗殺など―――場合によっては軍事介入か。
そんな妨害をちらつかせて、『アメとムチ』を使って駐留を維持するだろうさ」


結局、話は平行線で終わった。
日本帝国とアメリカ合衆国。 双方は同盟国ではあるが、同盟国だからと言って互いに玉虫色の希望ばかりを妄想出来る訳ではない。
いや、寧ろ互いに身勝手な部分を多く含んだ仮初の協調、それこそが、『同盟』だ。



―――それじゃ、次こそ楽しい酒を飲もう。

そう言って、米国大使館付き武官であるロバート・クナイセン合衆国海軍大佐は店を出て行った。


「・・・なあ、ロバート。 昔の、偉そうな奴が、偉そうに言った言葉が有る。 『戦争は従属ほど負担が重くない』
―――信じられるか? このご時世、この言葉を真に受けている大馬鹿者達が、この国には大勢いる事実を・・・」

BETA相手の戦争に、出口など未だ見い出せていないと言うのに。

彼は愛国者だった。 家族を、友人や知人を、親しい仲間を、そして彼らが住まうこの国を愛していた。
海軍に身を置く者の通例として、皇帝陛下への忠節も持ち合わせている自負も有った。
同時に海軍軍人の通例として、諸外国にも知己が多かった。 この国の特殊性を外から眺める機会も多かったのだ。

「・・・どうすべきかね? 俺は、この国を愛しているのだよ」



暫く独りで酒を飲んでいた彼が、次なる客に気付くのが遅れたのは、単に酒精の為だけでは無かった。

(―――くそ、嫌な気分の時は、勘も鈍るか・・・)

入口に一人の女性が現れた。
コートを預けたその姿は、ワインレッドのドレス姿も相まって誠に夢幻的である。
出来ればもっと気分の良い時に巡り会いたい、そんな女性だったが―――

「―――もう、随分と宜しい様ね?」

「お陰様でね」

その女性がカウンターの隣に座る。
年の頃は彼よりもいくらか年下だ。 いや、実際は彼の妻よりも年下なのだ。

自分のボトルから1杯ご馳走する。

「有難う。―――紳士ね、相変わらず」

「女性と子供と、人生の先達に対しては。 そうありたいと常々思っている。―――で? 何の用かな?」

「ムードを壊さないで。 日本人の悪い癖だわ。―――さっき出て言った紳士は、武官のクナイセン大佐ね?」

「古い友人と飲んでいた。 若い頃、アナポリスに留学していたのだ。―――青春の日々、というやつだな。 君も知っている筈だが?」

その女性はじっと彼を見つめていた。 深い藍の瞳の、深淵の底に引きずり込まれるようなその深みの藍で。

「どうやら、言う必要はない様ね。―――今夜は完全にプライベートで会いに来たのですけれど。
私からは一言だけ。 直邦、関わらないで」

「・・・心配せずとも、私は当分の間、海の上だよ。 ヴィクトリア」


10分後、再び1人になった店内でシガリロを吹かしながら独りごちた。

「・・・帰らざる日々に、乾杯」

周防直邦帝国海軍大佐、ロバート・クナイセン合衆国海軍大佐。
 
19年前、アナポリスに留学した際に気が合い、友人付き合いを始めた2人。 彼等の若かりし頃、そこには1人の女性が共にいた。
ユダヤ系米国人の女子大学生。 明るく、溌剌とした美貌のその彼女に、今にして思えば2人とも、若かったと苦笑するしかない感情を持った事は事実だった。
故国に妻を残していた帝国海軍大尉、新婚早々の合衆国海軍大尉。 だが分別を持っているべき年齢であった事は、お互いにとって幸いだったと言う事か。

―――ヴィクトリア・シャロン・ゴールドマン。

ある日、突然姿を消した彼女。 10年後、中佐になっていた彼の前に再び現れた彼女は、国連軍情報部のヴィクトリア・ラハト少佐と名乗ったものだった。
恐らく、CIAかどこかのアンダーカヴァーなのだろう。 在米日本大使館付き武官を拝命中だった彼にとって、それ以来気の抜けない相手になったものだった。

思い出は還らず。 しかるに胸中に秘めるばかり。 還らざる若かりし日々に杯を傾ける。


「―――しかし。 古巣に顔を出すのも、考えものだな」

多分、自分は餌だろう。 さて、どうやって交わそうか?








[7678] 帝国編 8話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/03/13 22:53
1997年2月19日 2005 遼東半島 金州


―――周りは夜の闇。 

本来なら、微かな月明かりと星明りだけに照らされた世界。 
しかし今は多数の照明弾が後方から打ち上げられ、その人工的な光が照らす地獄を映し出している。

目前の要撃級が繰り出す前腕を、短距離水平噴射跳躍のバックステップで紙一重で交わす。 
同時に防御の開いた胴体側面へ36mm砲弾を連射で叩き込む。

BETAが倒れた事で出来た僅かに開いたスペース、そこへ強引にサーフェイシングで割り込む。 
後ろからの援護射撃の36mm砲弾が左前方の戦車級の群れを潰してゆく。 同時にエレメント機が左側方に位置を取る。 
たちまち、右側面と前方から要撃級が数体迫ってきた。 噴射跳躍は使えない、ならばここは―――

「四宮、前方の3体を潰して前に出るぞ―――八神、松任谷! 右の4体が誘いに乗ったら、即座に潰せ!」

『了解です、私は左を』

『ラジャ! 松任谷、要撃級の後ろの小さい奴等! キャニスターで潰せ!』 『―――了解』

接近しつつある前方の3体の要撃級、その右端の個体に36mm砲弾を無造作に浴びせかける。 
要撃級がその硬い前腕で防御したその瞬間、機体をサーフェイシングで僅かに右へスライドさせ、側面に出来た隙に120mm砲弾を1発叩き込む。
エレメントの四宮機も左端の個体に同様の攻撃を浴びせかけた。 要撃級BETA、それぞれ1体分の僅かな隙間が生じる。

「四宮!」 『ラジャ!』

俺と四宮の『疾風弐型』、2機が同時に残った中央の要撃級を挟みこむようにサーフェイシングで突進をかけ、すり抜けざまに左右から36mm砲弾の雨を浴びせる。 
左右の脅威度を測り損ねたのか、どちらにも対応出来なかった要撃級BETAの両側面に多数の射孔が生じ、体液を撒き散らしながら崩れ落ちた。

そのままの速度で前方へ抜ける。

ちらっと網膜スクリーンの端に移ったレーダー情報、そして戦術MAPを一瞬視界の端に捉える。
右側方の要撃級が4体、俺の機体の右側面後方―――5時の方向にくっ付いて来ていた。 同時に背後から聞こえる射撃音。 
連続した重低音は36mm砲弾の連続射撃音、甲高い単発の音は、支援突撃砲の精密射撃。 レーダーの赤い光点が次々に消えてゆく。

「松任谷、支援突撃砲だからって、何も単発で撃つ必要も有るまい? ―――八神、多少は狙って撃て。 流れ弾が多いぞ」

後続の2機が高速で続行してきた、後方の要撃級4体は始末出来たようだ。 
そのまま4機―――前後2個のエレメントで高速サーフェイシングをかける。

『―――趣味です、中隊長』

『流れ弾も、小さい奴らへの牽制ですよ!』

―――ああ言えば、こう言い返す。 全く、口の減らない連中だ。

「貴様の趣味に付き合って、撃ち漏らしたBETAの餌になる気は無い。 次は確実に行動力を奪うまで連射しろ、松任谷。
フレンドリーファイヤなんぞしてみろ。 今度は俺が、貴様の機体を誤射で蜂の巣にして放置してやるぞ、八神よ?」

『・・・中隊長は、本当にやりかねませんから。 冗談に聞こえませんから、自重して下さい』

エレメントを組む四宮杏子少尉が、ちょっとうんざりした表情で通信に割り込んで来た。 普段、俺はそんなに無茶をしているだろうか?
多少、納得のいかない気分を残したまま新たな戦場へ向かう。 前方に数10機の戦術機を目視―――同時に多数のBETAの死骸も確認した。

『フラガラッハ・リーダーより02、03! 右側面のBETA群は始末した。 状況は?』

『03です。 中隊長! 満員御礼ですよ!』  『キリがねぇ! 支援砲撃はやっぱ無理ッスかね!?』

部下で左翼迎撃後衛小隊を指揮する最上英二中尉、突撃前衛小隊を指揮する摂津大介中尉の2人が、揃って吐き捨てるように言う。
2人の指揮する隊の周囲には多数の死骸―――BETAの骸が転がっている。 俺が直率小隊を指揮して右翼からの侵入を阻止している間に片付けたモノだ。

「海軍は、南東方向から大連新港への浸透を図るBETA群への阻止砲撃中だ。 師団砲兵は大半が喰われた、軍団の砲兵旅団はトンズラした」

我ながらゾッとする。 つまり、自分の指揮する中隊がまともな支援砲撃を受けられる見込みが無い、そう言っているのだから。

照明弾がゆらゆらと流れながら作りだす光が、夜の帳の中から周囲を浮かび上がらせる。
布陣した金州南東部のちょっとした山地。 そして大連正面での最後の防御地形。 標高は400m前後。 
ここからならば南の大連新港、北の金州市街、双方へごく短時間で到達可能な位置だ。
そして、大連方面への『頭を護る場所』―――ここからは大連全域を見下ろせる。 ここに光線級に陣取られたが最後、大連防衛線は崩壊する。


「リーダーよりCP、山間部の掃除はどこの部隊が行っている?」

≪CP、フラガラッハ・マムよりリーダー。 山間部掃討戦は北部を『フラッグ』、南部は『イシュタル』が展開中。 『セラフィム』がバックアップです!≫

―――北部は第1大隊の早坂中佐、南部は水嶋さんか。 祥子の中隊がバックアップ。

戦術MAPを再度確認する。 最上と摂津にも確認させた。 誤動作は無い筈だが、念の為だ。
中隊が陣取った場所を基点に見ると北東に早坂中佐の第11中隊が展開し、南東に水嶋さんの第12中隊が展開中だった。 真東に祥子の第13中隊。

南西の大連新港方面は第17師団(第11軍団)が主力で支えていた。 
第18師団(第11軍団)―――第14師団と並ぶ重機甲師団―――が17師団の戦線左翼で支援防衛戦闘を継続中だ。 

北西の金州市街の前面には第2師団(第9軍団)主力が展開している―――我が第14師団は、同じ軍団の第2師団側面を支えている最中だ。
第18師団とは隣接した戦区を担当している。 14師と18師が南北を繋ぐ接点を担っていた。

金州後方には、第3師団(第9軍団)と第6軍戦略予備の機甲旅団と機械化歩兵装甲旅団が合計4個。
その後方、大連の西方に展開していた第6軍直轄の砲兵旅団群は既に居ない。 移動速度の遅い支援部隊は全て旅順へ向かって撤退中だった。 
俺の所へは、碌に支援砲撃を寄こさなかった砲兵連中も含めて。


「南北僅か30km、東西20km足らずの防衛戦区に5個師団と4個旅団。 前線の各師団あたりの防衛線距離は約7kmから8km・・・」

呆れた口調で最上が呟く。

「信じがたい程の戦力集中、第6軍の総力戦!―――これが逃げ出す為の算段だなんて、泣けてくるな・・・」

摂津の口調はどこか投げやりだった。

確かに未だ1個軍と称する戦力は残している、書類の上では。―――だが、それだけだった。 他に友軍は存在しない、少なくとも地上戦力は。

第6軍の2個軍団が有していた8個師団の内、第4師団(第9軍団)、第11師団、第16師団(第11軍団)は壊滅した。
第16師団などは文字通りの全滅だった。 師団長以下、師団全員が後退出来なかったのだ。
彼等は2日前に生起した南部防衛線でのBETAの地中侵攻が作り出した混乱の最中、殿軍を務めながらの機動防御戦闘の中でBETAの大波の波間に消えて行った。

そしてその地中侵攻を直下に喰った第11師団は、ちりぢりになりながらも個人的勇気で突破に成功した者達が、僅かに962名。 師団長を含む1万数千名はBETAの腹の中にいる。
第4師団は総崩れ寸前となった南部防衛線の増援に急派され、第16師団の役目を引き継いだ結果、戦術機甲部隊と機甲部隊の全てを失った。

そして金州の後背、大連の北部から合流し東の旅順に至る幹線道路には、第6軍各師団の支援部隊と一緒にボロボロになった友軍部隊が撤退中だった。
中国第4野戦軍の残存各部隊と、僅かに残った韓国軍第5軍団の生き残りは最早戦闘に耐えきれず、そう判断され旅順に向けて撤退する事になったのだ。
大連港は既に使えない、大連は既に戦場の一部と化している。 脱出部隊は一路、旅順を目指す。 そこからならば、まだ脱出の為の船舶が使える。
大連から旅順まで、鉄道でも道路でもほぼ同じ距離。 約53km。 今日の午前から本格的な撤退が開始された。

鉄道で、車両で、各種ヘリで―――航空機は流石に使えない。 市街に乗り捨てられた車両まで漁って。
ありとあらゆる船舶―――比較的大型の老朽船から、小型の漁船に至るまで。 沿岸部を縫うようにして。

人類の持ち得る全ての移動手段を用いて、旅順へ向かって撤退を開始したのだ。 


帝国陸軍第2、第3師団、戦闘部隊戦力の38%を喪失。 第17師団、同じく41%を喪失。
第18師団、戦闘部隊戦力の34%を喪失。 そして―――第14師団、同じく32%を喪失していた。

帝国陸軍大陸派遣第6軍は、ここ大連の地で最後の抵抗を示そうとしているのだった。




周囲を見回すと、俺の指揮する第33中隊を含む第3大隊と、荒蒔芳次少佐指揮の第5大隊。 2個大隊がこの中継地点に布陣している。 となると、その任務は―――

『ゲイヴォルグより、『ユニコーン』 第3、第5大隊はここを死守する。 少なくともあと3時間。 最後の輸送艦が旅順港を脱出するまでな』

大隊長・広江直美少佐の姿が網膜スクリーンに現れる。 帝国軍でも屈指の歴戦指揮官である彼女が、酷く憔悴しきった表情だ。 
無理も無い、瓦房店撤退からこの2日間と言うもの、戦術機甲部隊と機甲部隊は機動防御戦闘―――遅滞防衛戦闘にかかりっきりだった。
出撃―戦闘―転戦―帰還、つかぬ間の整備点検の時間だけが、休息の時間。 そして再出撃。

予備機は使い果たした。 部下の機体ステータスを確認する度に、暗澹たる思いに駆られる。 
彼等は満足な整備も出来ない状況で、騙し騙し機体を操って戦っているのだ。 このままでは、損失はまた増えるだろう。

昨夜、B小隊の松原譲司少尉機が突撃級の突進を避け損ねて死んだのは、跳躍ユニットが酷使に耐えきれず沈黙した為だ。 

今日の夕方、C小隊の藤林薫少尉機の右腕可動部が酷使に耐えきれずフリーズしてしまった。 
咄嗟に突撃砲を指向出来ず、戦車級の群れの接近を許し―――悲鳴と共に死んでいった。


『それまでは第1大隊が撃ち漏らしたBETA群の掃除と、第2師団の増援に展開した第2大隊への逐次増援だ。 中隊単位で出す―――それでいいな? 荒蒔君?』

『宜しいでしょう。 ですが、ここの守備に最低でも2個中隊は置いておきませんと。 いざという時に守り切れませんよ、広江さん』

広江少佐の方が荒蒔少佐より先任となる。 ここでの指揮権を持つ広江少佐の方針に荒蒔少佐が同意するが、同時に増援の数も制限される事を確認する。
それも、そうなのだが―――そう言って広江少佐が苦しい表情をする。 正直、2個中隊を常駐さすほどの贅沢は出来ない状況になるかもしれない。

その時、第3の人物が通信スクリーンに姿を現した。

『広江少佐、荒蒔少佐。 ここの守備は我々が。 数だけなら2個中隊を満たします』

中国軍の殲撃10型Dから通信が入る。 趙大尉―――超美鳳だった。

『私の中隊は7機残っています。 朱大尉の中隊が6機。 韓国軍の朴大尉の隊も6機が、李大尉の隊は7機。―――大丈夫、お任せを』

元々は4個中隊だったのが撤退戦の最中に撃破されたり、機体が稼働しなくなったりでかなり数を減らしている。
美鳳と、朱大尉―――朱文怜の中隊は中国第4野戦軍の所属だったが、殿軍部隊に編入された後で所属大隊が―――いや、連隊が壊滅したのだ。 
大隊長の周蘇紅少佐は機体中破。 彼女自身も重傷を負い後送され、最後に残った10数機を美鳳と文怜が指揮して何とかここまで撤退してきた。

韓国軍の朴貞姫大尉と李珠蘭大尉の場合は―――所属師団である韓国軍第30師団が全滅している。 
文字通りの全滅だった。 支援部隊まで防衛戦闘に駆り出された結果、師団の生き残りは朴大尉指揮の6機と李大尉指揮の7機、合計13機のみ。


いずれも凄惨な撤退戦を展開してきた部隊だった。 その激戦を示すかのように各機体共に酷い状態だ。 普通なら即時オーバーホール行きだろう。


『―――大丈夫です、お任せを』

美鳳が再び口を開いた。―――そして同じ言葉を。

『任せる―――と言うのは無責任だろうな。 ここは帝国軍の防衛戦区だ、本来なら君達は旅順へ向かって脱出している最中の筈だ。
最悪でも私か、荒蒔少佐か、どちらか一方はここに残る。―――だが、感謝する』

中韓の残存部隊、約2個中隊分の戦術機に帝国軍の1個中隊。 都合1個大隊規模。 ここにそれだけあれば、応急の対応は可能だろう。
各方面への増援抽出に5個中隊を振り分ける事が出来るのは大きい。 


≪ゲイヴォルグ・マムよりリーダー! 旅団本部より緊急電!≫

唐突に大隊CPから切迫した通信が入った。 疲労と緊張を滲ませた表情の江上聡子中尉の姿が網膜スクリーン上に現れる。

≪金州防衛戦区東方に新たなBETA群、約6500。 旅団規模です! 接敵は10分30秒後。 
旅団予備の第4大隊から43中隊『アレイオン』がスクランブル! 旅団本部から2個中隊を増援に回すよう、指示が入っています!≫

都合1個大隊分の戦術機を、新たなBETA群の側面から叩きつけようと言う訳か。
金州は第2師団の防衛戦区。 第21戦術機甲連隊だけを見れば損耗率42%、継戦可能ギリギリのレベルに近い。 
第2大隊が増援に入っているから、実際はもう少しマシだろうが・・・

『ゲイヴォルグ・リーダー、了解した。 荒蒔君、1個中隊ずつ出そう。―――周防。 33中隊、行ってくれるか?』

『了解です、広江さん。 伊達大尉、補給が完了しているのは君の53中隊だ。 ご苦労だが行ってくれ』

スクリーン上に現れた愛姫と視線がちらっと合う。 
お互いに苦笑したい気分だ、こんな『お願い』なんてされた事は無い。―――何時も問答無用の命令だったのにな。

「・・・33中隊、周防大尉です。 了解しました。―――大隊長、似合わんですよ、弱気は。 お年ですかね?」

『伊達大尉です。 53中隊、増援に向かいます! へへぇ。 丁度、お腹減っていましたしね!』

あちこちから笑いが漏れる。 そう、俺達は何時もこうやってきたのだ。 今更悲壮感は似合わない。

『・・・周防大尉、脱出した後で新任当時を思い出させてやる。 いいか? 命令だ、決定事項だぞ?』

『伊達大尉。 食い散らかし過ぎて、向うの部隊に行儀悪さを見せつけん様にな!』

つまり、『死ぬな』と言う事か。


「藪蛇だった・・・ 『フラガラッハ』、助っ人の出前だ! それとチンタラしている奴は大隊長直々に可愛がって下さるそうだ! 希望者は―――居ないだろうな!? いくぞっ!」

『こっちより行儀の悪い『ガンスリンガー』(木伏一平大尉指揮)が既に向うに居ますよ、大隊長!
リーダーより、『キュベレイ』全機! 『フラガ』に美味しいトコ取りされるんじゃないよ! ぜぇ~んぶ、ウチで平らげるからね! 行くよっ!!』


2個中隊の『疾風弐型』が山麓へ向かって斜面を駆け下る。
照射警報は出ていないが、どこに光線属種が紛れ込んでいるか判らない混戦状態だ。 用心に越した事は無い。
100km/h以上の速度でサーフェイシングしつつ、途中の死骸や残骸を避けて一目散に北西方向へ高速移動する。

『―――時に直衛。 アンタと一緒に戦うのも久しぶりだねぇ』

いきなり愛姫が話しかけてきた。 秘匿回線と言う事は、口調の暢気さとは別に作戦行動に関した事か。

「祥子にも言われた。―――で? 向うでの喧嘩の手順か?」

『祥子さんは、首を長くして待っていたからね。―――正直、そのまま合流するのは上手い手じゃないよね?』

戦術MAPを確認する。 
第2師団前面で約4000程のBETA群が圧力をかけている。 その後方、時間的距離で約9分程の位置に新たな6500程のBETA群。 総数1万強―――師団規模だ。
広域戦域情報モードに切り替えると、第14師団本隊が北方へ戦力を指向しつつある。 南から北へ―――第2師団へ突っかかるBETA群に側面から痛撃を与える戦術意図か。

このまま戦場に突入すれば師団の先鋒役になる。 BETAとの力押し勝負の先端だ、部隊はすり潰される。
その時、MAP上の変化を見つけた。 一部の部隊が第2師団戦区南辺を西から東へ高速移動している。 
明らかに戦術機甲部隊―――増援に出ていた宇賀神少佐指揮の第2大隊だ。

「・・・愛姫。 宇賀神少佐の手に乗るか?」

『気付きませんでした―――じゃ、許してくれないよねぇ・・・ あの人ってば、一時は私の直属大隊長だったし』

「決まりだな、進路を変更しよう。―――W-38-45から北東にW-44-55まで行けば、丘陵部を盾に東進してW-45-65まで出る事が出来る」

『そこから一気に北上。 W-59-66あたりで合流?―――っと、もう一人気付いた運の悪いヤツが居るね、W-40-47から東北東に移動し始めたよ。 
部隊認識コードは―――43中隊、『アレイオン』だってさ!』

愛姫がスクリーン上で破顔する。 どうやら先行していた圭介も気付いたか。 それに愛姫も合意のようだ。 
ブランクがあっても、同期の戦友は話が通じ易くて助かる。

「そんな所か? じゃ、先導役は圭介に貧乏籤を引かせようぜ。 リーダーより『フラガラッハ』! 各機進路変更、W-44-55からW-45-65に抜ける!
CP、旅団通信系に繋げ! それと大隊CP経由で大隊長へ連絡、『我、第2大隊に続行す』、以上だ」

『りょうかい~! 『キュベレイ』全機! 進路は『フラガ』と同じく! W-59-66で第2大隊と合流する!―――重光線級狩りだよっ ぬかるんじゃないよっ!!』


―――了解!!

部下達も作戦行動を理解したようだ。 一斉に力強い声が唱和する。
BETA第2集団の重光線級推定数は約60から70体と推測される。 他には要塞級もいる。
それを事前に潰しておけば―――仕上げは第2と第4師団が袋叩きにしてくれるだろう。 BETA中衛の光線級は―――本隊に任すしかない。

失敗すれば? その時は防衛線の維持は難しい。 その前に俺達は金州郊外の荒野で骸を晒す事になるだろうな。















同日 2045 黄海 大連沖合 帝国海軍第2艦隊 旗艦『出雲』


「主砲、第15斉射―――撃ぇ!」

瞬間、視界が赤く染まる。 一瞬おいて圧力さえ伴う轟音。
50口径18インチ砲の作り出すエネルギーは、凄まじい勢いで巨大な主砲弾を音速の3倍以上の速度で吐き出す。

「第5戦隊、『高千穂』、『穂高』、第15斉射開始しました!」
「第8、第10戦隊、SGM(90式艦対地誘導弾)発射開始! 主砲射撃開始しました!」
「第12、第15戦隊、SGM発射開始。 主砲射撃開始まであと2海里です!」
「第2駆戦、第4駆戦、補給完了。 所定位置に着きました。 SGM発射シーケンス開始!」

第2艦隊の僚艦である、戦艦『高千穂』、『穂高』の2隻が、50口径16インチ主砲10門から一斉に火を吹かせている。
第8、第10戦隊の重巡4隻からは一斉に艦対地誘導弾が飛翔する。 但し第8戦隊の2隻―――『最上』と『三隅』―――は、巡洋戦艦と言った方が良いかもしれない。
排水量で3万トン超は一昔前ならば、立派に戦艦と言える。 その55口径12インチ(305mm)主砲は高発射速度・高初速・長射程の艦載砲として世界的に有名だった。
今も3連装3基9門の主砲弾を、異常な程の発射速度―――毎分20発―――で吐き出し続けている。

そしてその2隻より小振りな第10戦隊の重巡2隻―――『足柄』と『羽黒』―――もまた、艦載砲としては優秀と言われる60口径8インチ(203mm)主砲を地上のBETAへ叩きつける。
そして随伴する軽巡洋艦群も、65口径5インチ(127mm)主砲をふた昔前の機関砲の如くの勢いで射撃し続けていた。

帝国海軍巡洋艦の艦載砲―――65口径5インチ砲、60口径8インチ砲、そして最上級の55口径12インチ砲。 
これは全て同系統の高発射速度砲である。 元はイタリアのオート・メラーラ社が開発した『Oto Melara 76mm砲』だった。

高発射速度と軽量化を両立し、優れた性能を有する同砲を70年代前半に採用した帝国海軍は、この砲の優秀さに惚れ込んだ。
全駆逐艦の標準艦載砲として装備すると同時に、その後継砲である『Oto Melara 127mm砲』を巡洋艦用に採用したのだ。

更には欧州失陥後にオート・メラーラ社の技術陣、その一部を招聘して改良型の65口径5インチ砲、発展型の60口径8インチ砲を開発・配備するに至る。
最後には『究極の速射砲』と各国海軍関係者に言わしめた最上級搭載の55口径12インチ砲の開発に成功した。
オート・メラーラ社が日本からの招聘を受けた理由は、イタリア政府が本土失陥後の軍需企業保護政策を、戦術機関連企業に偏向させ過ぎたせいだと言われている。


戦艦群の巨砲、そして巡洋艦群の各種速射砲が地上へ向けてあらゆる口径の艦載砲から、砲弾を陸上のBETA群に向けて叩き込む。
既に重金属雲は規定値を十分に満たしている。 その分厚い雲を貫いて夜空へ突き抜けるレーザーも確認されるが、砲弾を一瞬で溶解させ得る程の余力は残っていないようだ。

戦艦の主砲弾が重金属雲を突き抜けた所で炸裂し、子弾を広範囲にばら撒いた後で砲弾本体が地表に激突しBETAを吹き飛ばす。 直撃された個体は跡形も無く押し潰された。
巡洋艦は仰角を浅くとって海岸線に比較的近い場所にいるBETAへ向けて、途切れる事無く砲弾を叩き込み続ける。
更には甲高い飛翔音を残し、100km以上彼方のBETA群へ降り注ぐ大量のSGM。 海軍の1個艦隊による支援砲撃は、陸軍砲兵旅団10個分以上とも言われていた。


「参謀長、これまでの被害は?」

第2艦隊司令長官・賀来寛治中将が固太りの体型から、かくや、と思える野太い声で確認する。 視線は外に向いたままだ。

「戦艦群は未だ軽微です。 陸軍の戦術機部隊が後衛の重光線級狩りに突っ込むらしいですので、厄介な高出力レーザー照射を浴びずに済むでしょう。
それにこの辺りの陸地は比較的標高が低いですから、中衛の光線級の見越し照射範囲外から自由に叩けます」

これから海岸線に比較的近づく巡洋艦群は、判りませんが・・・ と、暗に巡洋艦群は主砲ではなく、SGM主体で攻撃すべきでは? と進言する。
SMGの射程距離は100km以上。 戦艦の主砲より余程長い手を持つのだから。

「・・・イージス艦には、AL砲弾を定期的に混ぜるよう伝えろ。 重金属雲の濃度を落とすなとな。
それと、さっきの陸軍の戦術機部隊だがな。 脱出するとなればやはり南だろう?」

最早、かなり危ない戦域まで陸上は圧迫されている。 
東―――重光線級に向かって突入していった陸軍の戦術機部隊は元の場所には戻れまい。 そこは既にBETAが群がる場所だ。

「そうなりましょう、北では支援が有りません。 南へ出て、一気に第11軍団の防衛戦区へ。 海岸線を突破して」

―――姿を見せたら、巡洋艦と駆逐艦の速射砲で支援してやれ。 ああ、その前に4航戦(第4航空戦隊)と5航戦(第5航空戦隊)で支援もな。

賀来中将はそう言ったきり、再び炎の広がる陸地に視線を戻して戦況を見守り始めた。














同日 2055 遼東半島 金州東方25km


『―――見えたっ 重光線級!!』

先頭を進む摂津の声が弾んだ。
地形を利用して、僅かな起伏を迂回しながら察知されないよう慎重に進んだ結果、思わぬ時間を喰ったがどうやら完全な奇襲が成功しそうだった。

「よし、摂津、その場で見張っておけ。 最上、周辺警戒。
―――『フラガラッハ』より『ライトニング』、W-70-68で重光線級71、要塞級66を確認。 移動速度30km/h、進路は西南西。 他種BETAは確認されず」

『ライトニング、了解した。 『フラガラッハ』、現在地で待機。 『ガンスリンガー』、『ソードダンサー』、『キュベレイ』、各中隊は『フラガラッハ』と重光線級に当れ。
ライトニングと『アレイオン』は要塞級を始末する。―――各中隊、攻撃起点を確保』

静かに他の中隊が移動を開始する。
俺の中隊の両翼には、右翼に木伏さんの『ガンスリンガー』、左翼に緋色の『ソードダンサー』が位置し、その更に左翼に愛姫の『キュベレイ』が位置を取った。
右翼の少し小高い丘の中腹に宇賀神少佐の『ライトニング』が。 その更に奥に圭介の『アレイオン』が布陣して攻撃準備が完了する。

目前、数百mの場所を要塞級の巨体が通り過ぎる。
主機出力をギリギリまで落としているし、大型種は小型種ほど認識能力は高くないようだ。 まだ気付かれていない―――よし!

『―――全機、戦闘出力に上げろっ! 攻撃開始!!』

宇賀神少佐の命令と同時に、59機の戦術機が一斉に跳躍ユニットの咆哮を上げて襲いかかった。
完全に奇襲だ。 奇襲が成功したのだ。 突撃砲が火を噴く。

「リーダーより『フラガラッハ』全機! 遠慮はいらん、全て喰らえっ!!」










[7678] 帝国編 9話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/03/23 23:37
1997年2月19日 2240 遼東半島 金州郊外 帝国陸軍第6軍 第9軍団司令部


「どうやら、重光線級の脅威は除く事に成功したようだ。 彩峰、今のうちに11軍団を纏めてこっちに来い」

通信ブースで第9軍団長・安達二十蔵中将が僚友に向けて話しかける。

お互い酷い様だ、そう思う。 
何万人もの部下の命、その生殺与奪の権を握る上級指揮官。 彼等にとって、部下達の生死は数字上の意味しか持たない。
いちいち、その実情を気にかけていてはとてもではないが精神が保たない。 将軍、閣下等と呼ばれて大軍を指揮統率する為には、冷酷なまでの割り切りも要求される。

だが彼等とて木石ではない、血の通った生身の人間だ。 自分の判断ひとつ、命令ひとつで数百、数千の部下の命が散っていく様に何も感じないのではない。
―――感じてはならないのだ。 それは将に課せられた義務ではない。 個人の感傷が許される立場に無いのだ。

その重圧は無意識に圧し掛かっている。 安達中将も、スクリーンに映る彩峰中将もその重圧の為にほんの数日で目には隈ができ、憔悴の色が見られた。
―――その程度で根を上げる程の繊細な神経は、生憎と持ち合わせてはいなかったが。

『・・・安達、貴様の所の6個中隊の脱出をまだ確認しておらんよ。 今ここで11軍団が引いたら、彼等は帰る場所が無くなる』

第11軍団長・彩峰萩閣中将がある種の諦観と覚悟を滲ませた表情で、僚友の言葉に答えた。
脱出ルートは南周りで海岸線出た後、出来る事なら海軍の支援を受けて11軍団戦区に逃げ込むルートしかない。
その言葉を予想していたのか、安達中将は別段驚きもせずに淡々と続ける。

「貴様ならそう言うと思った。 だがな、彩峰。 6個中隊と2個軍団残存戦力、どちらかを選べと問われれば、俺は後者を選ぶ。―――前者は切り捨てる」

一軍を預かる将軍としては正常な判断だ。
将の責務とは、いかに効率よく部下を死なせるか。―――如何に最小の損失で、最良の結果を得るか。 極論すればその一点に尽きる。
その為には、一時的に局地的優勢を得た今が最大のチャンスだった。 全戦力を金州付近に集結させる。
BETAは陸地が有る限り、そしてそこが平坦である限り、そこを進む。 何故かは知らないが。
海岸線は海軍の艦砲射撃に任す。 そして狭隘な地形の金州に密度の高い防衛線を再構築する。―――あと1時間。 両軍団に課せられた任務を果たす為に。

「梅津閣下(梅津芳次郎大将・第6軍司令官)からも了解を得た。 笠原(笠原行雄中将・第6軍参謀長)にも話は通した。
今以上の支援は受けられん。 米軍も中韓連合軍も国境線防衛で手が一杯だ。―――と言うより、国境線防衛しか考えておらん。
中国は戦力を出したくとも、そもそも戦力自体が最早無い。 韓国は自国の尻に火がついた、遼東など関わっている余裕が無い。
我々自身が脱出する為だ。 彩峰、部隊を移動させろ―――速やかに」

『・・・安達、貴様を非情とは思わぬ。 それは大軍を預かる身として正鵠を得た判断だ。
私は誤っているのだろう。―――だが、聞き入れてくれ、同期の誼だ。 第17師団をそちらに送る。 
が、第18師団は待ってくれんか。 我等はあの6個中隊の挺身によって今の優勢を得た。
30分だ、30分だけ―――彼らの脱出を待ちたい。 それまでは支え切って見せる。 頼む、安達』

スクリーンの中で彩峰中将が静かに頭を下げる。 
その姿を見て安達中将は呆れたような、腹立たしい様な、嬉しい様な、そして妙に納得した気分になった。

(・・・その6個中隊。 俺の部下であって、貴様の部下ではないのだぞ、彩峰よ)


ふと、陸軍士官学校長在職当時の彩峰中将が、陸士生徒の前で行った訓示の言葉を思い出す。

(『人は国の為に成すべき事を成すべきである。 そして国は人の為に成すべき事を成すべきである』)

安達中将はその言葉を、こう置き換えて同期の僚友の心情を推し量ろうとした。

『士は将の為に成すべき事を成すべきである。 そして将は士の為に成すべき事を成すべきである』

(・・・だがな、彩峰よ。 理想は理想として、現実を韜晦出来るものではないぞ)


「30分だ。 30分だけこちらで更に攻勢をかける。―――だが、本当にそれが限界だぞ。 流石に予備弾薬量が心もとない」

通信を切った安達中将は、最後まで頭を垂れていた期友の姿を通信が切れたスクリーンの中に見ている気がした。

仁徳か。―――戦場では、時に最も悪徳ではあるな。 

そう呟きながら、新たな作戦指示を出す為に通信ブースを後にした。











同日 2250 遼東半島 金州防衛線 東南東25km 海岸線まで6km地点


『―――『ライトニング』より各中隊、止まるな! 突き抜けろっ!』

『―――『ガンスリンガー』! 木伏さん! 左翼に要撃級! 100はいるぞっ!』

『―――長門ぉ! 『アレイオン』で追い払ってんか! こっちゃ、正面だけで手ぇ一杯やで!!』

『―――少佐! 無理に全部平らげようとしないでっ! 後ろは『キュベレイ』がサポートしますからっ!』

『―――伊達か!? すまん、頼むっ!』

中央に宇賀神少佐の『ライトニング』、左翼に木伏大尉の『ガンスリンガー』、右翼に緋色の『ソードダンサー』  第2大隊の3個中隊が前面で横トレイル陣形をとり攻撃を続ける。
『ライトニング』の後方に愛姫の『キュベレイ』、『ガンスリンガー』の後方に圭介の『アレイオン』、そして『ソードダンサー』の後方が俺の『フラガラッハ』

6個中隊の戦術機が前後2本の横トレイルを作り、攻勢突破を仕掛けている。

―――『ツヴァイ・トレッフェン』

欧州で西ドイツ軍が80年代に多用した大隊・連隊規模戦闘での突破陣形。 元々は第2次大戦―――独ソ戦でドイツ機甲部隊が用いた機甲突破戦術。
『パンツァー・カイル』で接敵した後、『トレッフェン(棍棒)』か『フルーゲル(翼)』陣形で突破を行う。

『傘(ウェッジ)』、『楔(アロー・ヘッド)』、『鎚(ハンマーヘッド)』の各陣形は一見して突破戦闘向きに思える。 だがその実、先頭部隊―――突撃前衛の消耗が激しい。
大規模部隊での突破戦闘では、トレッフェン陣形でBETA群の左右どちらかを集中して突いた方が効率良く突破出来る。
欧州での集団戦法の戦訓でも明らかだったし、俺や圭介は身を持ってそれを経験している。

『―――確かにな! この方が先鋒部隊の消耗は抑えられるか!』

「そう言うなら、いい加減ダンス(近接格闘戦)は止せっ、緋色! 右翼に戦車級多数! 
構うなっ、こっちで始末する!―――最上、摂津! 右翼の戦車級! 『ソードダンサー』に近づけるなっ!」

緋色の指揮中隊側面から、数10体の戦車級が急速に群がってきた。 が、彼女の隊は前面の要撃級の一群との戦闘で手が離せない。
俺の指揮中隊は彼女の中隊のバックアップ任務。 部下の9機―――既に2機失っている―――に全火力を右翼に指向さす。

「弾幕を張れ! A小隊、撃て! 撃て!」

『B小隊、全力射撃だ!』

『C小隊、最後尾の群れに叩き込め!』

突撃砲から36mm砲弾と、120mmキャニスター砲弾が一斉に吐き出される。
何条もの36mm砲弾の細い曳航が戦車級BETAを横殴りに薙ぎ払い、赤黒い霧に変える。
120mmキャニスター弾が炸裂した一瞬後、数10m四方の範囲で戦車級が胴体をズタズタに引き裂かれて死骸に変わる。


「・・・ふう、ふう・・・ はっ」

流石に息が上がりそうだ。
部隊指揮をしつつ、個人戦闘もこなす。 歴戦の上級部隊指揮官が少ない訳だ、この重圧は肉体的にも精神的にもキツイ。

「CP! 応答しろ! CP!―――くそっ、まだ駄目か・・・」

通信回線から聞こえてくるのは、耳障りな雑音だけ。 これ程濃厚な重金属雲の下では通信障害が生じて当然なのだが、支援要請すらままならないのは厳しい。
今回の攻撃に際してはBETA群の最中に突っ込んで行く為に、CPを指揮通信車両ごと後方に置いてきた。 通信途絶は覚悟の上だったが、こんな時はその判断が良かったのか悩む。

中隊CP将校―――渡会少尉は必死になって連れて行ってくれと頼んで来たが、流石に機動性で戦術機に遙かに劣る地上車両を連れてはいけない。
それに、まだ少女の面影を色濃く残したあの部下を死なせたくなかったという想いも有る。
既に2人の部下を失った。 2日前に突撃前衛の松原少尉を、昨日は左翼迎撃後衛の藤林少尉を。
部下をむざむざと死なす訳にはいかないと言う判断は、指揮官としての判断だっただろうか。 それとも個人的な感傷だったのだろうか。


―――今の状況は1時間程前に遡る。

地形を利用して苦労して行動した結果、何とか気付かれずに重光線級の群れに接近出来たのは2時間。 そしてその後の殲滅戦闘。
70体程の個体に対し、戦術機は6個中隊で59機。 要塞級への牽制に2個中隊が動いたが、それでも40機近い戦術機で一気に死角から襲いかかった。
まだ本格的にBETAによる地形の浸食がなされていない戦場ならではの奇襲戦術。 そこまでは良かった。

要撃級や数で群がってくる厄介な戦車級が居ないBETA群の後衛集団。 要塞級のあの触手さえ気をつければ、懐に潜り込んだ戦術機を重光線級はレーザー照射出来ない。
最もこちらも、常に背後に他のBETAを捉える形で位置を確保し続けて、レーザー照射が誤射の恐れが有る状況を維持し続ける必要が有ったが。

しかし重光線級を殲滅出来た10数分後、先行していたBETA群の一部が西から反転強襲をかけてきたのだ。 
それが1時間前。 BETAの数は約2500。 光線級も20体程含まれていた。 間の悪い事に、接敵した地形は比較的開けた場所だった。
海軍が盛大に作り出した重金属雲による索敵能力の低下も、発見を酷く遅らせた理由だ。 気がついた時には照射警報のアラートが鳴り響いていた・・・

(『―――っ!! 全機、急速離脱! 乱数回避なんぞ切れ! 全速で丘陵部の裏まで逃げ込め!!』)

宇賀神少佐の声が耳に鳴り響いたのと同時に、各中隊長も一斉に部下を叱咤していた。

(『あかんわ! シャレにならへん、逃げんで!!』)

(『逃げろっ! この地形と距離じゃ話にならん!』)

(『すっ飛ばすよ!! チンタラしてんじゃないよ!!』)

(『交戦は無駄だっ この距離は連中の距離だ、今は脱出する!!』)

木伏さんの、圭介の、愛姫の、緋色の、悲鳴の様な命令が同時に聞こえた。 支援砲撃も無い、制圧支援機のミサイルランチャーは既に空だ。
この地形と距離、そして支援攻撃皆無の状態。 歴戦の連中をしてもこの状態では光線級の相手は不可能と、即座に悟らせるのに十分だった。

(『中隊! 『フラガラッハ』全機! 全速で逃げ込め!!』)

(『中隊長!』)

(『さっさと行け!―――俺が退避出来んだろう?』)

迫りくるBETA群に、気休めの射弾を送る。 だが、距離が有るので光線級までは届かない(物理的にでなく、途中の戦車級や要撃級に遮られた)
そう、俺の指揮する『フラガラッハ』中隊は位置的に最後尾であり、最もBETAに近い位置に有り―――中隊長の俺は、必然的に殿軍を務める必要が有った。


(『南だ! 全速で南へ飛ばせ!! ―――四宮ぁ! 早く行け、馬鹿! 何をしている!?』)

(『―――私は中隊長のエレメントです!!』)

(『馬鹿! そんな事行っている場合じゃ―――12秒が終わる! 次が来るぞ! 全速退避!!』)

中隊の全機が南のちょっとした小高い丘陵部に逃げ込むのをスクリーンの片隅に見つつ、俺の乗機と四宮機、2機の疾風弐型が同時に跳躍ユニットを咆哮させる。
と同時に脱出を図ったその瞬間、視界の端に何かが光るのを認めた。 正体は判っている、だが認めたくない。 恐怖に胃がせりあがるようだ。
幾筋もの光線が背後を掠める気がした。 あと半瞬でも水平噴射跳躍が遅れていたら、俺も四宮もレーザーで蒸発させられていただろう。

(『うっ・・・ ぐぅ・・・!』)

(『む・・・ んっ・・・!』)

静止状態からいきなりの全速ロケットブースト。 光線級の照準がほんの一瞬ずれた事が幸いしたのか。
しかし速度ゼロから600km/h以上の速度まで僅か1秒足らずの高加速度に、2人とも声にならない呻きを上げる。
凄まじいGがかかる。 一瞬にして強化装備の耐G設定を一時的にオーバーした加速度に、目を見開きながら耐える。
ほんの一瞬ブラックアウトしかけた視界の片隅で、丘陵部の陰から突撃砲をBETAに向けて放つ数機の戦術機が見えた。

(『中隊長! 四宮! スロットル・オフ!!―――少佐! 『フラガ』全機退避完了!!』)

(『よし! 伊達! 神楽! もう一度誘いをかけろ! 次のインターバルで脱出をかけるぞ!―――周防! 早く中隊を掌握しろ!』)

(『―――ラジャ。 『フラガラッハ』、ステータス、チェック・・・ バイタル、チェック・・・ オール・グリーン、OK!』)


その後、連なる丘陵を盾にしながらの遅滞防御戦闘を行いつつ、ようやくの事で海岸線を後僅かな所まで捉える位置に後退してきた。
海岸線に出れば、艦隊の支援砲撃を受ける事が出来るだろう。 どうやらBETAの圧力が強まったらしい。
だがこの辺りでBETAと相変わらず遭遇すると言う事は、南部防衛の第11軍団は未だ踏ん張っていると見ていい。

だがその前に厄介な状況を打破しなければならなかった。
目前にBETA群が約1000。 右翼1時方向にもほぼ同数のBETA群がいる。 光線級はいないようだが。


『何とかここを突破せねば! 第11軍団に合流せねば!―――むん!』

前方で緋色の疾風弐型がサイドステップを踏みつつ、機体を独楽の様に回して長刀の一撃を要撃級の胴体に叩きつけて始末した。
同時に前方へ小さく水平噴射跳躍。 部下の機体へ迫った別の要撃級の胴体へ長刀を突きいれる。

同時に俺の機体のIFFがBETAを認識する。 緋色の機体の右翼方向、戦車級が10体程。
意識するより速くトリガーを引く。 突撃砲から吐き出される36mm砲弾の射線が戦車級の小さな群れを薙ぎ払った。

『―――済まんな、直衛。 助かる』

「援護が任務だ。 それより緋色。 さっきも言ったが、この状況でダンスばかり多用するなよ。 機体ダメージの蓄積が大きいぞ?」

『貴様はあまり格闘戦をしたがらないからな。―――大丈夫だ、直衛。 
貴様が『ガンスリンガー』であるように、私は『ソードダンサー』だ。 格闘戦の長所も短所も弁えている』

「だと良いがな・・・ ッ! 2時方向、BETA群! 『フラガラッハ』、支援砲撃開始!」

『またかっ! 『ソードダンサー』、接近に備えろ!』

支援を! 何か支援を! ―――このままじゃ、本当に消耗してしまう。 弾薬切れか、推進剤切れか。 
BETAの幾重もの分厚い壁を突き破る何かが無いと・・・









同日 2255 黄海 大連沖合 帝国海軍第2艦隊 第4航空戦隊 戦術機母艦『天龍』


第4、第5航戦の4隻の母艦から各1個中隊の戦術機が飛び立った。 第4次攻撃隊、指揮官は加藤瞬大尉。

駆るのはようやくの事で第2艦隊への配備が始まった、海軍の第3世代戦術機である96式『流星』
とは言え、『雲龍』型では5個戦術機甲中隊を収容できるのだが、その内の2個中隊だけの配備でしかない。
残る3個中隊は相変わらずの『翔鶴』だ。 アップデートで準第2世代機相当にはなっているとは言え、純粋な第3世代機と比較すればその差は大きい。

攻撃隊指揮官・加藤瞬海軍大尉は空中集合を終えた指揮下の47機の『流星(複座型のAB-17B)』をレーダーと目視で確認した後、短い命令を伝える。

「各中隊、指定ポイントに95式誘導弾を纏めて叩き込め。 金州東南で立ち往生している陸軍戦術機甲部隊の前を塞いでいるBETA群だ。
綺麗さっぱり吹き飛ばして、道を掃除してやれ―――重光線級を狩ってくれた連中だ、それくらいのサービスはしてやらんと海軍の名折れだ。 いいな!?」

一斉に47機、94人の部下達が応答する。
その声に破顔しつつ、網膜スクリーンに移った各種デジタル情報を確認する。
夜の海上は漆黒の闇だ。 頼りにならない目視よりも計器飛行。 バーディゴ(空間識失調)に何時陥らないとも限らない。

「岩下(岩下邦彦大尉、海兵115期)、中津留(中津留達美大尉、海兵116期)、津屋(津屋寛史大尉、海兵116期)、フォーメーション・ウイング・ツー。
侵入高度は50、突入高度は20だ、ビビるなよ?」

同じ大尉であるが、加藤大尉は海兵114期生。 他の3人の大尉より先任であり、今回の指揮官として後任の各中隊長に攻撃手順を確認する。
攻撃隊は母艦発進後の高度を更に下げ、感覚的には海面スレスレ寸前の高度を300km/h以上の速度で水飛沫を吹き上げながら飛ばしている。

『伊達に長嶺少佐(長嶺公子少佐、海兵111期)の下で苦労してきてませんよ。 なあ? 中津留、津屋』

次席指揮官の岩下大尉が、後任の2人に同意を求める。 
中津留大尉、津屋大尉共に不敵な笑みを返しただけだが、もう何度もこう言った支援攻撃を経験してきた強者達だ。
彼ら4人とも、母艦戦術機乗りとしては大ベテランとなった長嶺少佐に、少尉時代から直接鍛え上げられてきた海軍衛士だった。

「よぉーし、言ったな? じゃ、ドジは踏むなよ? ドジ踏んで母艦に帰ってから少佐にお小言言われるのは、各人の自己責任な?」

些か、指揮官の責任放棄の様なセリフを何時もの飄々とした表情で言い放ってから、陸地を見直して表情を改める。 
―――近い。 そろそろ突入ポイントだ。
48機の『流星』が更に高度を下げる。 高度20m、そこを更に速度を上げて突撃する。

(ホントに、俺達海軍の母艦戦術機乗りは自殺志願者の集まりだよな・・・)

航空宇宙軍の軌道降下兵団も通称『チキン・ダイバーズ』などと呼ばれているが、海軍の母艦戦術機甲部隊も超低空からの高速突撃をかける命知らずの集団だ。
光線級の的になろうが回避機動は一切考慮せず、攻撃ポイントまでひたすら編隊突撃を敢行する。 損害を気にしていては出来ない商売だった。
故に海軍部内では『ヘル・ダイバーズ』―――地獄行きども―――等と言われている。 
海兵隊の『海神』乗り同様、敵前強襲攻撃の専門部隊だった。

遼東半島南岸の陸地がはっきり視認できた。 暗闇の中、陸軍が盛大に打ち上げる照明弾の光の中にぼんやりと浮かび上がっている。
更に速度を上げる―――突入速度、500km/h。 この高度では最早狂気の沙汰だ。 陸地上空に侵入。
デジタル画像処理された地形が網膜スクリーンの中で、ものすごい勢いで過ぎ去ってゆく。
目まぐるしく変わる計器情報。 彼我の距離、進路情報、そしてBETAの数。―――見えた、攻撃ポイント。

陸軍部隊は?―――居た、6個中隊。 数が少し減っている。 真南に向けて退避中。
BETAは?―――陸軍部隊の進路前方と、右翼前面に2個の集団。 それぞれ1000体程。
攻撃方法は?―――2つのBETA群を同時に吹き飛ばしたい。 幸い光線級は出張ってきていない、後方40km程の場所で西に向かっている。 よし!

「中津留! 俺と貴様の中隊で正面集団を叩く! 岩下、津屋! 10時方向の集団を潰せ! 
攻撃進路は岡谷-松本-小諸-佐久だ! 95式、ケチるなよ? 全弾一斉発射だ!」

加藤大尉が海軍独特の符牒を使って攻撃進路を指示する。

『了解! 津屋、進路3-0-0に変針! 進路に乗ったら5秒後に攻撃開始!』 『了解!』

岩下大尉と津屋大尉の指揮する24機が進路を左に向ける。

「中津留、10秒後に攻撃開始だ、火を入れろ!」 『ラジャ』

背後でRIO(火器管制衛士)がシステムを操作し、目標をロックオンした。
網膜スクリーン上に浮かびあがるBETA群、距離はまだある。 が、長距離誘導弾にとってはそろそろ必中距離だ。

7秒―――「こちら海軍第244戦術機甲隊! 陸軍! 面制圧のデリバリーに来たぞ!」 95式自律誘導弾兵装担架システムが起動。
5秒―――『陸軍第141戦術機甲旅団! 海軍機、前のBETA群を吹き飛ばしてくれ、邪魔だ!』 上昇、高度100。 攻撃ポイントを確保する。
3秒―――「陸軍、頭を低くしてろ! 下手して巻き込まれるなよ!?」 『海軍! そっちの腕前次第だな!』 全機ロックオン。 そして照射警報、僅かに残った重光線級か?
1秒―――「ほざけ!―――攻撃・・・開始!」
ゼロ―――48機の『流星』から1機当たり9発の95式誘導弾が発射される。 合計432発。

「高度落とせ! 照射警報!!」

全機が一斉に高度を落とす。 同時に太いレーザー光が2本、夜空を切り裂いて襲いかかる。

『第2中隊、7番機、10番機、レーザー直撃!』
『第3中隊4番機、爆発!』

(―――くそ、3機やられたか・・・!)

高度は30m、照射警報は収まっていた。 どうやら見越し距離の範囲外に高度を落とせたようだ。
同時に数km先で盛大な花火が巻き起こった。 シーカーを起動させた誘導弾がBETA群を認識し、一斉に起爆したのだ。
米海軍のフェニックスミサイルには単体では及ばないものの、数では5割増しの物量を叩き込める95式誘導弾。
1集団当り200発以上の誘導弾を叩きこまれ、子弾が広範囲に降り注いだBETA群が四分五裂の状態で葬り去られていた。

『陸軍第141旅団第2大隊、『ライトニング』だ。 海軍部隊、良い仕事だった! これで海岸線まで一気に突破出来る!』

「どういたしまして。 こちとら、陸軍への支援攻撃稼業は長いものでね。―――今後ともご贔屓に!!」


45機に減った『流星』が進路を洋上に向けて、低空を巡航NOEで離脱してゆく。
400発以上の中型スラスター誘導弾である95式誘導弾の一斉攻撃を被ったBETA群、約2000体は無様な死骸となって遼東半島の片隅に散らばった。









同日 2305 遼東半島 大連新港前方10km 第18師団防衛戦区


突撃砲の集中砲火で、戦車級の群れが赤黒い霧のように霧散する。
同時に120mmキャニスター弾が炸裂し、支援制圧機からの誘導弾が後方の小型種を纏めて吹き飛ばした。

『・・・あれかな?』

その声に応えるより前に、長刀の斬激で要撃級の後部胴体が切断される。
2機エレメントが短刀を保持したまま短距離水平面噴射跳躍で複雑な機動を繰り返し、突撃級の側面を切り刻み行動を停止させた。

『そうでしょう。 前方から後退してくる友軍戦術機部隊は、14師団の挺身隊以外いません』

2人の戦術機甲中隊指揮官が会話を交わす。 周囲には制圧に成功したBETA群の死骸が散乱していた。
レーダー上では6個中隊の輝点が高速でこちらに向かってきている。 目視でも夜の闇の中に浮かび上がる跳躍ユニットの焔が確認出来た。

『・・・60機居ないね、50機位かな?』

『54機です。 事前情報では59機で突入したそうですから、5機喰われています』

『いずれにしても、後衛集団とは言え重光線級狩りに成功して、その後のBETA群の包囲網も突破してきた。 それで損失は僅か5機』

『陸軍で最も戦場経験の長い部隊です。 以前から是非、共闘したいと思っておりました』

『僕は2年ちょっと前に一緒に戦った事があるけどね。 大した部隊だったよ。 
にしても助かった。 彼らが帰還しない事には、僕等もここから動けなかったからね』

『彼等の挺身には報いるべきかと―――軍団司令部も、その為に18師団を残したものと推察しますが』

『時と場合によるよ。 個人的には僕も待ちたいとは思ったよ。―――おっと、何時までもおしゃべりしている場合じゃないね。 IFFは? 沙霧中尉』

『正常です、市川大尉。 第14師団―――第141戦術機甲旅団所属と確認』

『宜しい。 じゃ、出迎えようか―――こちら、第18師団第181戦術機甲旅団所属、第43中隊『クレイモア』、第53中隊『パトリオット』
―――14師団戦術機甲部隊、そのまま直進! 応答願う!』

暫く空電が続く。 帰ってきた声は意外と若い声だった。
直後に網膜スクリーンに映った顔も、まだ20代半ばには達していないと思われた。

『・・・14師団、第141戦術機甲旅団第33中隊『フラガラッハ』、周防大尉。 攻撃隊指揮官機は通信不調ですので代理応答します。
54機生還、その内の22機が機体中小破、ないし機体不調。―――18師団で応急修理は可能ですか?』

『18師団第43中隊、市川大尉です。 
残念ながら18師団支援部隊は撤退しました、予備機も有りません。 損傷、或いは不調機体は廃棄せよとの命令です。
負傷者は居ますか? 居るのなら、機体を失った衛士と一緒に後方へ即時後送します。 最後の輸送ヘリが大連西方に待機中です』

『了解。 負傷者8名、機体が保たない者が14名、後送願います。―――このまま18師団に合流します』

『ご苦労様でした。―――沙霧中尉、周辺警戒続行』

『了解。―――14師団部隊へ、貴官らの挺身に感謝します』







[7678] 帝国編 10話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/03/28 00:51
1997年2月20日 0125 遼東半島 旅順 旅順軍港


サーチライトに照らされた夜の軍港。 作業車両が走り廻り、クレーンが忙しく艦上に荷上げを行う。
周囲には乗艦待ちの将兵が多数、鈴なりになって待機していた。 皆、一様に疲れ果てた表情、そして何も感じないかの様な無表情。

最後の脱出艦隊が出港しようとしていた。
本当なら1時間以上前に最終の船が出ていた予定だったが、海軍側が空荷の戦術機揚陸艦を輸送船に仕立て上げて回航して来てくれたのだ。
1隻あたり2000名程度を収容出来るとして、目前には19隻の揚陸艦が収容作業を行っている。

「・・・これで残るのは、本当に俺達戦術機乗りだけですねぇ」

横で摂津が呟く。
つい1時間半前に大連は放棄された。海軍の面制圧砲撃支援と母艦艦載戦術機部隊の支援の元、陸軍戦術機甲部隊が殿軍となって旅順まで撤退してきたのだ。
今は奇妙な小康状態にある。 BETAは旅順から30km程の場所に固まって、一時的に侵攻を停止していた。
恐らく数が有る程度纏まるまでの一時的な停止だろうが、それでも僅かながらに時間が稼げたのは有り難い。 それに海軍の艦砲射撃も今は補給の為に一時止んでいる。
衛星情報とUAV(信じがたいが、墜されていない)の偵察情報を総合すると、あと1時間程は時間稼ぎできるとの予想だった。

今は第6軍の残存部隊―――戦術機甲部隊が旅順を囲む高地の各所に陣取り、最終防衛線を構築している。
防ぐ為ではない、脱出艦隊が安全圏まで達する為の時間を稼ぐ為だ。

そして俺を含む数名の指揮官は、負傷者・後送者の引き継ぎに立ち会っている所だった。

「最初の出港予定は0150。 最後の艦が離岸するのは0220か。 
安全圏の30海里(約55.6km)までは1時間半はかかる。 0400までは死守しなきゃならんな」

「あと2時間半ですね・・・ 保つと思いますか? 中隊長」

「保たさなきゃ連中が死ぬ。 俺達も命をかける意味が無くなる。―――例え中隊と言えない戦力しか残っていないとしても。
大丈夫だ、艦砲射撃は継続してくれる。 出来る限りの偵察情報も入手している。 不意打ちは避けられるだろうさ」





摂津と二人、諸々の打ち合わせを海軍側と行いある程度目処がついた時、見知った顔に再開した。―――良かった、彼女達も無事だったか。

「文怜、君等もようやく脱出だな」

中国軍の朱文怜大尉。 そして彼女の後ろに立つ趙美鳳大尉、韓国軍の朴貞姫大尉と李珠蘭大尉も居る。―――何かバツの悪そうな顔だ。

「文怜、美鳳・・・ 貞姫に珠蘭も。 どうした? そんな景気の悪い顔して」

「景気の悪い顔って・・・ そうじゃなくて、なんだか後ろめたくて」

「・・・何が? 美鳳?」

「ここは遼東よ? 中国よ? なのに私達は脱出して、日本軍の貴方達が残って殿軍を務めるなんて・・・
4野軍司令部は既に洋上に脱出しているし・・・」

「私達はさ、国が・・・ 韓国政府の言っている事がね。 
まるで、日本軍が遼東半島の早期撤退を実施したから国境線へのBETAの圧力が強まった、何て言っている様に聞こえるし・・・」

―――ああ、そう言う事か。
ここの所、正直戦闘指揮に一杯一杯で、外野の事など気にしている暇も無かったからな。


「4野軍が人的被害は兎も角、装備の殆どを失っている事は事実だよ、美鳳、文怜。 生身でBETAとはやり合えない。
政府同士の思惑は兎も角、純粋に戦略的・戦術的に見れば遼東での抵抗力低下はそのまま中韓国境線への圧力増大に直結するよ、貞姫、珠蘭」

そう言っても、彼女達の顔色は冴えない。
ふむ―――どうしたものか?

「そんな事・・・ 判っている、私達も。 これでも軍人よ、事実は事実、戦況は戦況と割り切ること位・・・
感情が納得しないのよ。 部下達の前では言えないわ、私達だって貴方と同じ事を言うわ。
でも―――判るでしょう? 長年の戦友でしょう? 私達は・・・」

―――成程。 

「だったら―――戦友だったら、少しは信用してくれよ、文怜。 美鳳も」

「でも! ・・・日本軍だって、まともな戦力は無い筈よ・・・」

「そうよ。 精々2個連隊程しか残っていない筈よ・・・」


文怜の言葉も、美鳳の指摘もご尤もだ。 貞姫も珠蘭も無言で頷いている。
―――ええと、何だったかな? 確か以前にどこぞで、ガラの悪い陽気なおっさんに言われたセリフが有ったな・・・

「―――まともな戦力は無い、確かにね。 でも、まだ戦う為の牙は残っているよ。 
俺は諦めない。 俺達は諦めない。 死ぬ間際まで、いや、死んでも諦めない。
それが、俺達を信頼して送り出した仲間への礼儀だから。 俺達なら何とかしてくれるって、信頼してくれた仲間への礼儀だから。
―――それを無にはしない。 例え死ぬ事になっても。 最後まで心は折らないよ」

「・・・えっ?」

・・・うわ、ちょっと引いたか?
俺的にはあの時、あのおっさんの言った、あのセリフは結構効いたんだがな・・・

「・・・何だか、随分先に行かれた気分。 ちょっと悔しいな」

「そうね・・・ 悔しいから、追い越してあげるわ。 だから生きて戻って来なさいな、直衛」

文怜と美鳳がそう言い残して艦へと向かって去って行った。

「政府は政府、戦友は戦友。 そう言う事よね」

「実際の話、遼東と山東の韓国軍将兵は感謝しているわ。 その家族もね」

貞姫と珠蘭も最後は笑ってくれた。

―――いや、良かった。
彼女達の後姿を見ながら、そう思った。 本当に。







「・・・で、一部始終を見ていた部外者としては、どんなコメントを言えばいいッスか? 中隊長?」

「的確なコメントを望む」

「思いっきり意訳すればですけど。 『男は何時でも、女の前では見栄を張れ』って事で?」

「良い女に巡り会えよ? 摂津」

「このコメント、綾森大尉には?」

「・・・却下する」











1997年2月20日 0150 遼東半島 旅順市街 第141戦術機甲連隊


廃墟になった民家を勝手に使っている旅団の衛士詰め所。 その中でも中隊長クラス(つまり俺達)が溜まっている部屋が有る。
部屋の空気は些か悪い。 それはそうだろう、これからの激戦を前に陽気で楽しげな雰囲気だったら、その連中は只の気狂いだ。
にしても、しかし・・・

「・・・全く、冗談じゃないよね」

もう何度目かのボヤキが聞こえる。

「・・・何度目? 沙雪。 いい加減にしたら?」

応える声にもやや棘が有る。

「何よ、麻衣子。 だってそうでしょう、私ら、戦力半減になってまで戦ったんだよ。 なのに止めの殿軍? 何? ここで死ねって言うの?」

「仕方無いでしょう!? 中国軍も韓国軍も、もう殆どの装備を喪ったのだもの、生身じゃ戦えない。
機甲も砲兵も半分はやられたわ、ここで脱出しないと本当に『全滅』よ!」

「私らだって、似たようなモンじゃないさ!」

「イライラの八つ当たりしないでよッ! 命令なんだからッ!―――私だって、言いたい事のひとつやふたつ、有るわよッ!!」

・・・珍しい。 和泉さんは兎も角、三瀬さんがここまでイラつくとは。
今は師団本部で最後の作戦会議中。 旅団長以下、大隊長達はその会議に参加している。 もうじき作戦決定だろう。
その間、俺達中隊長クラスはこの旅団詰め所に控えている訳だが。―――空気が悪いの何の。
いつの間にか和泉さんと三瀬さんが言い争いを始めているし・・・

「・・・沙雪! 麻衣子も! いい加減にしなさいよッ!」

―――祥子さん、貴女もですか・・・

「言い合いした所で、状況が変わる訳じゃないでしょ! それよりこんな空気、部下の前に持ち込まないでよねッ!?」

「はンッ! ご立派!―――祥子、アンタ納得してンの!?」

「・・・何をよ!?」

―――怖い・・・

「下手すりゃ、私ら全滅よ!? そこまでして―――命張れるかって聞いてんのよッ! 何の為にッ!?」

―――珍しいな、この3人は昔から仲の良い同期生同士だったけど・・・ ここまでの言い合いは初めて見る。

「・・・じゃ、沙雪さんは戦えないんだ、友軍の為には」

「・・・言うじゃないさ、愛姫?」

―――こら待て、この暴食王。 何故そこで火に油を注ぐ?

「ンじゃ聞くよ・・・ 愛姫、あんたこの数日で何人の部下を喪ったのよ?」

「それがどうかしたんですか・・・?」

「何人!?」

「・・・戦死3名、負傷後送1名」

プイッと顔をそむけて、愛姫が投げやり気味に答える。

「そうよね、私だって2人死なせて、2人負傷させたよ。 私らだけじゃない、ここにいる皆、部下を死なせて、負傷させた!
機体なんて多い中隊で2個小隊、少ない所は5機か6機しかないよッ!―――愛姫、あんた、まだ死なせたい!?」

「―――何言ってんだッ! そんな訳ないじゃんかッ!! 沙雪さん、アンタッ・・・!!」

椅子を蹴って掴みかかろうとする愛姫を、緋色が押し止める。 そしてやや冷たい口調で和泉大尉にむかって言った。

「その言い種は余りに過ぎる、沙雪さん。 愛姫がそんな風に思っているとでも!?
いくら先任でも、言って良い事と悪い事はある! 謝罪して頂きたいッ!」

「・・・沙雪の言い草はあんまりだけど、言いたい気持ちは判る・・・」

「内心は、皆同じでしょうしね・・・」

「麻衣子さん!?―――祥子さんまでッ!!」

―――おいおい、更に雲行きが怪しくなってきたぞ?

「沙雪の言い草は流石に酷かったけど・・・ 愛姫ちゃん、緋色も。 納得できないわよね? どうして私達日本軍が最後まで出血するのか。
どうして増援も無いのか。 せめて海上からの支援くらい増えても良さそうなのに―――黄海には米第7艦隊が展開しているのよ?」

「納得いかない・・・ それを部下に納得さすのは、確かに無理があるわね。 沙雪が言いたいのは、こう言う事でしょ?」

「・・・だったら。 だったら! 今すぐケツまくって逃げ出しなよッ! 沙雪さんも、麻衣子さんも!―――祥子さんもねッ!!」

「―――何ですってぇ!?」
「・・・ッ!!」
「愛姫ちゃんッ・・・!!」

「逃げ出しなよッ! そしたら笑ってやる!―――あの世からでも、笑ってやるッ!!」

「まて! またんか、愛姫! そこまでだ!―――先任達も! 落ち着いて下さい!」

「カッコつけんな、緋色! アンタだって言いたい事のひとつやふたつ、有るでしょうが!」

「ッ・・・! 愛姫、貴様ッ・・・!!」

―――女5人の言い争い。 最早、誰と誰がって訳じゃないな、カオスだ。
と、それまで不思議とその争いに加わっていなかった水嶋大尉が徐に立ち上がって・・・

「・・・ピーチク、パーチク。 小煩いねぇ、この小娘どもは・・・」

―――似つかわしくない程迫力のある、ドスの利いた声と座った目で5人を睨みまわした。

「増援が来ない? 何時もの事だよ。 支援が少ない? 有るだけマシでしょうが。 部下を説得できない? 騙してでもやりな。
―――沙雪、麻衣子、祥子。 アンタら、一体何年指揮官やってんのよ?」

「・・・うっ」
「・・・」
「はあ・・・」

「そっちもだよ。 いちいちガキみたいに盛るんじゃないよ、愛姫。 制止役やるんなら、瞬間沸騰する癖は直すんだね、緋色?」

「ぐ・・・」
「むっ・・・」

―――何だかな。 水嶋大尉が往年の『広江大尉』に見えてきた・・・

「いい加減黙って聞いてりゃ、よくもまぁ・・・ アンタらの部下に同情するよ、こんな情けない上官持ってさ。
―――どの面下げて、先に逝った連中に顔合わす気!? ええ!?」

―――すげ、5人とも一瞬で黙りこくった・・・

「ったく。 少し頭冷やしな・・・ おいこら、男連中。 アンタら何を傍観してんのよ?―――源?」

「―――いえ、十分議論はし尽くしたかと」

「この、ぬらりひょんめ・・・ 長門?」

「君子危うきに近寄らず」

「阿呆。―――周防?」

「水嶋さんは、代弁者です」

「ったく、情けない・・・ こら、木伏ッ!!」

「な、何やッ!? 何でワシなんや!?」

「アンタが面倒見てきた後任連中でしょうが! この情けない男どもはッ! って事は、全部アンタの責任だよッ!!」

「り、理不尽やッ!!」


―――結局、皆同じ事を思っている。 それでも何とか任務を遂行しようとしている。
それでも遣り切れない、でも部下の前ではそんな事はおくびにも出せない。
で、昔からの仲間内で腹の中を吐き出すしかなかったと。

「しかし、ポーカーフェイスの源は兎も角。 周防に長門、お前らえらい落ちついとるのぉ?」

「自分は別に、ポーカーフェイスでは・・・」 「黙れや」

さりげなく文句を言おうとした源さんを、一言で木伏さんが斬り伏せる。
しかし、そう言われてもなぁ・・・ 思わず圭介と顔を見合わせてしまう。

「そう言や、そうだねぇ・・・ 長門は兎も角、周防は何時もなら騒ぎの中心でしょうに・・・」

―――水嶋さん、何気に酷い・・・

「落ち着いているって言うか・・・ まあ、それこそ『何時もの事』かなって」

「ああ、そうだな。 そう言えば、去年の4月より状況はマシかもしれんな。 どうだ、直衛?」

圭介が話を振ってくる。
去年の4月・・・ まだ国連軍で欧州に居た頃か。 4月と言えば・・・ ああ、あれは酷かった。

「・・・ドーヴァー防衛戦か、確かにな。 600機そこそこの戦力で、6万からのBETAの相手を半日やらされた時があったな。
今回は300機弱程度の戦力で、実質2時間程保たせれば良い。 BETAは約3万弱。―――何とかなるんじゃないか?」

戦場で得た教訓―――悲観するより、能天気さの方がマシ。 生き残るにせよ、くたばるにせよ。
絶望するより、石ころ程の小さな希望でも良いからでっち上げてでも喜べ―――つまり、足掻け。

「―――何か、激昂した自分が情けなくなってきたぞ・・・」
「・・・はあ、ヤメ、ヤメ。 なぁ~んか、美味しい所だけ持って行かれちゃったよ」
「確かに、大人気なかったわ・・・」
「そうね、どうかしていたわね―――美弥さんの言う通りかも」

緋色、和泉さん、三瀬さん、祥子もどうやら頭が冷えたか。
―――で、暴食王は?

「・・・直衛のクセに、生意気・・・」

―――すっぱぁーんッ!!

おお! 久々に良い音だ。

「・・・痛ったぁ~ッ!! だから! ポンポン叩くなぁ!!」

「バカを直すショック療法だ。 愛の鞭だと思ってくれ」

「この馬鹿! むかつくぅ~!!」













1997年2月20日 0215 遼東半島 旅順市街 141戦術機甲旅団 第3大隊陣地


「随分騒いでいたようだな。 少し漏れ聞こえていたぞ?」

「若人の切磋琢磨です、大隊長」

「・・・悪かったな、おばさんで」

「・・・ああ、言ってはいけない一言を・・・」

俺で、広江少佐で、源大尉だ。
場所は野外の簡易ハンガー。 見渡せば満身創痍、所々パーツの欠けた戦術機が乱立している。 まともに稼働する機体が兎に角少ないのだ・・・

「広江少佐、機体の保守状況纏まりました」

大隊整備主任の草場信一郎大尉。 
俺の昔の兄貴分で、以前にも小隊の整備主任をしていた先任整備下士官だった人だ。
相次ぐ支援部隊の損失、そして規模の拡張を繰り返し整備科将校の数も不足し続けた結果、とうとう大尉にまでなっていやがった・・・
報告書の束を広江少佐に手渡している。 2~3cmは厚みが有るんじゃないか? 目を通すのも嫌になる、それだけ要整備項目が多いと言う事か。

「・・・結論は? 整備主任」

少佐も同じ心境だったか。 詳細をすっ飛ばして結論だけを聞きたがった。

「損傷機は駄目ですな、予備パーツは残っちゃいません。 共食い整備の時間も有りませんし。
92式の予備機は無し、使える機体は金州で使い果たしました。 現在の旅団保有戦術機総数は94機、定数の約半数です」

「・・・損耗率50%か、景気良く失ったモノだな。 そう言えば総予備はどうした? 師団じゃなく、軍団の方のは?」

「軍団が総予備で抱えていた虎の子の94式―――『不知火』は32機しか有りません。 取りあえずウチの師団には12機が配備されます」

「むっ・・・ 『不知火』か。 最新鋭は有り難いが、機種転換訓練も無しか・・・」

「第1、第5、そしてウチの大隊に4機ずつ配備されるそうです」

つまり、来るべき最後の防衛戦では第1大隊と第3大隊、そして第5大隊が主力防衛部隊と言う事か。

「・・・残りの大隊は? 第2と第4は半分ほどしか残っていないぞ?」

重光線級狩りに突入した第2大隊、金州方面で前面に立って戦った第4大隊は酷使で作動不能状態になった機体の比率が高い。
第2大隊の増援に合流した俺と圭介、愛姫の中隊もご同様だ。
最も、話を聞く限りじゃ最新鋭の『不知火』を回して貰えるらしいが―――チクショウ、これから機体データの換装作業か! 時間が有るのか?

結果として山間部のBETA掃討戦に従事していた第1大隊と、拠点防衛に徹した第3、第5大隊の損失が僅かにマシだったと言う事だ。

「脱出用に海軍から回航して貰った戦術機揚陸艦が機体を持ち込んでいましたよ。―――何でかは知りませんがね。
補給本部が気を回したか、それとも何かの手違いか―――持ち込まれた機体は77式ですから」

―――77式。 撃震か。

「・・・何だか、随分と懐かしい気がするね」

横から源さんが小さく呟く。 
同感だ、77式―――撃震とは。 92年の・・・6月以来じゃないか? 5年近く搭乗していない機体だ。

「撃震でも何でも構わん。 動いて、BETA共を始末できるのであればな。―――源! 周防! 何を呆けている? 衛士が機体を選り好みできるとでも!?」

「・・・了解です、大隊長」

「撃震も歴とした戦術機ですよね・・・ で、それを第2と第4に?」

源さんと2人して、大隊長のお小言に首をすくめる。
こっちには94式『不知火』。 むこうは77式『撃震』。 随分と性能に差が出たモノだが、逆にこちらは初乗りの機体だ。
『撃震』なら少なくとも訓練課程で練習型には全員が搭乗した経験がある。 指揮官クラスなら1度は『撃震』で戦った事も。

「撃震の揚陸総数は80機。 その内18師団へは14機を廻して貰ったと。―――第2と第4大隊で、機体がオシャカになって遊んでいる衛士の数だけです」

「不知火と併せて、戦える衛士の数だけは何とか都合がついたと言う事か」

「はい。 他は32機を18師団に。 17師団が34機。―――第11軍団は予備の不知火も疾風弐型も使い果たしたそうです。
因みに第2師団は、第6軍の総予備と軍団の総予備、両方から20機の不知火と16機の疾風弐型を廻して貰ったと。 
修理完了分込みだそうですが、撃震は無しだそうで。 流石にナンバー師団(1桁番号師団)は・・・」

―――羨ましい。 
そんな言葉が出かかった。 流石は帝国陸軍の建軍以来の歴史を誇るエリート師団。
統廃合を繰り返してきた14師団や、独立混成旅団の寄せ集めで再編成された17師団、18師団とは扱いが違う。

しかしながら愚痴を言っても現実は覆らないな。 初乗りの94式でも、古参の撃震でもいい。
何とか補充がついた第14師団戦術機甲部隊―――第141戦術機甲旅団の残存戦力と言うと・・・

「第1大隊が24機、第2大隊22機、第3大隊が24機。 第4と第5も25機・・・ 都合、120機」

広江少佐が各大隊の現状戦力を羅列する。 数だけはそれなりに残っている、だけど・・・

「・・・そのうち、94式が予備から12機、92式は94機、77式が14機。―――バランス悪いですね。 
大隊長、これで防衛線中央部を担当ですか?」

「元々の旅団定数は180機です。 損失60機、損耗率33.3%―――戦死傷者の数でもあります。 
戦力半減からすれば随分な回復は有り難いですが・・・ それでも損失は3割を超しました。
最も18師団も似たようなもの―――残存115機ですが」

源さんの呆れたような声に、俺も思わず愚痴ってしまう。 まったく、景気良くやられたものだ。
流石に広江少佐も渋い顔だ。 正味4日ほどの戦闘で一時は戦力半減、補充がついた所で30%以上の損失は変わらない。
帝国軍が極東戦線でこれだけの損害を被ったのは、92年の5月以来じゃないか? 『九-六作戦』の時でも、実際の損失はもっと少なかった筈だ。 
ああ、93年初頭の『双極作戦』 あれも酷かったが、まだ『撃退した』と言う結果だけは得られた。―――今回は完全に負け戦だ。

「・・・再建が思いやられる。 100機以上の戦力を残しているのは14師団と18師団だけだ。 
補充がついたとは言え、2師団は65機、17師団は63機―――乙編成師団だから元々の定数は108機だが、それでも40%前後の損耗率だ、酷い。
第6軍の元々の戦術機定数は792機だぞ?(※第3師団、そして全滅した第11師団は機械化歩兵師団で戦術機部隊を保有しない)
それが残存戦術機は363機、損耗率51.2%―――これで旅順を取り囲む高地群を防衛せねばならんのか・・・」

94式が32機、92式が251機、残る80機が77式。
広江少佐の愚痴も判る。 都市の防衛戦力としては余りに少なすぎる、せめてこの倍は欲しい所だ。
しかも支援攻撃部隊である機甲部隊、砲兵部隊、機械化歩兵部隊は既に洋上へ脱出し始めている。
戦術機と違い、いざという時は飛んで逃げる事も出来ない。 それにこれらの部隊の損害は50%に達した。

しかし少しは慰めも有る。 旅順の周囲の地形は山がちだと言う事だ。 少なくとも防衛戦の初戦では有利に働くだろう。
こちらは山腹を盾に出来るし、戦力配置も平坦地に即応できるよう集中して配置できる。 側面や背面からの逆撃も可能だろう。
問題はどこに防衛の中心を置くかだが・・・

「やはり、軍司令部では北方の水師営からの南下を危惧しているでしょうね」

「だろうな、金州から続く平坦地の終点だからな、水師営は。 
でなくば最大戦力の我々14師団を東の二龍山に、次いで戦力の多い18師団を西の椅子山に配備せんよ。
水師営から旅順に向けて南下する街道を、東西の高地から挟撃出来る布陣だ」

源さんが脳裏に戦術地図を開いて戦力配置を確認する。 
大隊長も同じく、軍司令部の防衛方針を再確認しているようだ。

俺がそこに他の情報を付け足す。

「それに椅子山への防衛に17師団を北の猿石山―――より標高の高い203高地に。 
東の守りの為に2師団を二龍山南部の東鶏冠山に配備―――日露戦争のロシア軍ですか? 我々は・・・」

無意識に左右の暗闇の中で朧気に見える高地を見つめる。
見る程に90.年以上前、この旅順に難攻不落と言わしめた要塞群を築き上げた帝政ロシア軍の防衛構想と似通っている事に気付く。
当時と異なるのは、帝政ロシア軍と違って今の日本帝国軍には満足な防衛戦力が無い事。
そして当時の日本陸軍第3軍と異なり、BETAの大群は損失を無視できるほどの数である事くらいか。

―――ははっ! 何てこった。
今の俺達は明治の歩兵以上の不利な状況下で、時間限定ながら『絶対死守』をしなければならない。
いや、例えが悪いか? さりながら半世紀前の戦争で、太平洋の孤島に潰えて行った昭和の陸軍部隊か?

だけど前者は兎も角、後者と比べると少なくとも救いはある。
弱々しい祖国と同盟国。 絶対絶望的な状況の同砲達。 強大な敵。 そして―――生死を共にした仲間。 愛する、守りたい存在。
俺達は人類の剣と楯として戦える。 そして―――死ねるだろう。
安っぽいヒロイズムだ、冗談じゃない。 しかし戦う者にとってそれ以上に純粋な気分は無いだろう。


「―――中隊を再編成する。 各中隊、5分やる。 10分後に搭乗開始―――整備主任、機体の準備は?」

「―――いつでも」

「―――よし、かかれ!」






「俺に! 中隊長、俺に!」
「お前らじゃ足手まといだろ! 中隊長! 是非、自分に!」
「みんな、何を言っているの!? 私でしょう!?」

―――お前らは、どこぞの欠食児童か何かか?

口々に希望する部下達を見ながら、些か呆れた気分になった事は伏せておこう。
中隊を再編成する為に中隊陣地―――実際は半壊した港付近の民家に辿り着き、部下に内容を告げた途端にこれだった。
現在中隊は、無傷で戦闘可能な衛士を8名抱えている―――俺を含めて。
このなかから2名が不知火に乗り替わる。 1名は既に決まっている、俺自身だ。 あとは・・・

「少し静かにしろ、この中から乗り替わるのは1名だけだ。 1名は既に決定している、俺だ。 さて、残る1名は・・・」

「俺です! 俺、俺!」
「八神! 抜け駆けするな! 自分を! 中隊長!」
「中隊長、私はエレメントですから!」

八神涼平少尉に相田賢吾少尉、そして四宮杏子少尉。 案の定、先任少尉の3名が口々に自薦してきやがった。

「・・・どうするの? 周防少尉は?」
「・・・自選したいですけど、さっき先任達に怒鳴られました」
「・・・何て?」
「・・・『ヒヨっ子の小僧に、機種転換訓練なしでは無理!』って・・・」

ちょっと後ろでC小隊の瀬間薫少尉と、B小隊の周防直秋少尉―――従弟だ―――の2人が小声で話している。
この二人は半期違いの新米同然。 瀬間は昨年4月、直秋は昨年10月の任官―――22期のA卒とB卒だから、最初から除外だけどな。

さて、何時までも自選連中を騒がせておくわけにもいかない。 残された時間は少ない。

「―――だから静かにしろと・・・ 乗り替わりは摂津中尉だ。 それに伴って改めて中隊を再編成する。
前衛小隊と後衛小隊に振り分ける。 前衛は俺の直率とする。 摂津中尉、四宮少尉、周防少尉、この4名だ。
後衛小隊は最上中尉が指揮。 相田少尉、八神少尉、瀬間少尉の4名―――制圧支援は無しだ、強襲重視で編成する。
俺と摂津の乗っていた機体は瀬間少尉と周防少尉が乗れ、今整備班が大急ぎで挙動制御データの換装を行っている。
―――恨めしい顔しても決定は覆らんぞ?」

俺と摂津で突撃前衛エレメントを。 本職の摂津に、俺も元々は突撃前衛上がりだ。 
前衛経験の有る四宮と、元から前衛小隊の直秋のエレメントはそれをフォローする強襲前衛。
本来なら中隊長が突撃前衛も如何なものか、とは思ったが。 いかんせんB小隊は摂津と直秋しか残っていない―――1名戦死、1名負傷。

本音を言えば、久々に突撃前衛に復帰したかったのだ。 それを別にしてもまだ数カ月のキャリアしかない新米の直秋に、この状況下では突撃前衛は厳しい。
四宮に子守りを押し付けて―――恨めしそうに睨まれたが―――でも、現状ではこれがベターな編成だと思う。
広江少佐と源さんの中隊が支援重視の編成をやってくれる手筈になっていた。 おのずと俺の中隊は前衛重視の編成になる。




文句を垂れる先任少尉3名を無視して、一旦その場を後にする。
ちょっと離れた場所に野戦病院のテントが有る。 負傷した支倉志乃少尉と松任谷佳奈美少尉が担架に横たわっていた。 
―――付き添いの渡会も居る。

「・・・支倉、松任谷、気分が悪くなったりはしていないか?」

外傷や薬物投与だけでなく、精神的なショックででも起こり得る。 しゃがみ込んで松任谷にゆっくり話しかける。

「なんとか・・・ 骨折で済みましたし」
「―――平気、だと思います。 多分・・・」

―――ん、松任谷はちょっと精神的なショックは有るか。 
支倉は要撃級の前腕の一撃を機体に喰らった。その為に管制ユニットが変形して、彼女の片脚を押し潰したのだ。
松任谷は集ってきた戦車級を排除している最中に突撃級を避け損ねて接触した。 
八神が素早く突撃級を片付け、四宮が戦車級を排除したが、松任谷の機体は跳躍ユニットから火災を起こし、彼女は中度の火傷を負った。
今は2人とも応急処置とモルヒネを投与してある。 少しボーっとしているのはモルヒネの効果だろう。

「志乃さん、佳奈美ちゃん、大丈夫だよ。 きっとすぐ治るよ、ね?」

渡会が必死に明るく励ましている。 子供っぽい所を多分に残す彼女だが、こう言う素直さが今は助かる。
事の真偽は兎も角としてだ。 精神的に参っている連中にとっては、何より素で受け止めて話してくれる相手は貴重なのだ。

「・・・大丈夫だ。 お前達自身が頑張れば、それはどんな形でも良いんだ。 お前達は良く戦った、胸を張れ」

「ちゃんと・・・ 戦えたのでしょうか、私は・・・」
「―――胸を張って・・・ 良いのでしょうか・・・?」

「良いさ、俺が認める。 お前達は良く戦った。 
支倉は新任のフォローもしっかりやった。 松任谷は初陣の『死の8分』も乗り越えた。 その後の戦いも立派に戦った。
良いんだ―――胸を張って良いんだ、支倉、松任谷。 良く頑張った」

松任谷が俯いた。 微かに肩が震えている。 
支倉も張りつめていたモノが解れたか、少しだけ笑みが戻った。

2、3度、松任谷の肩を軽く叩いて、支倉にも無言で頷いてやる。 
それから、渡会に目配せした―――どうやら判った様だ、渡会が松任谷の肩を抱いて、何やら励ましている。

その時俺を呼ぶ声が聞こえた。 中隊の整備指揮官―――児玉修平少尉が呼んでいる。
恐らく機体の出撃態勢が整ったのだろう。 北満州以来のもう一人の兄貴分、整備の『修さん』の腕は確かだ。 
初乗りの不知火でも、間借りの疾風でも心配はあるまい。

その場を渡会に任せて立ち去る事にした。 今回、CPは艦上でオペレートして貰う事になっている。
さて、戦いだ。 彼女等を―――部下達を脱出させる為に。 自分自身が生き残る為に。

















1997年2月20日 0415 遼東半島 旅順市街


『フラガラッハ! そっちに抜けた! 要撃級10体!』

「了解した。―――A小隊、頭を押さえるぞ! 最上! B小隊で側面を突け!』

『ラジャ。―――B小隊! AがBETAを北に誘導する、距離150で続行しろ!」

旅順市街地の主戦場。 先鋒の第1大隊と第5大隊との間隙を抜けて10体の要撃級が突っ込んで来た。―――50体程の戦車級を同伴して。
俺の駆る不知火が突撃砲を放ちながらそのまま突っ込む。 
直前で小さく噴射跳躍をかけ、要撃級の頭上を飛び越しざまに36mm砲弾を浴びさて2体を始末した。
そのままサーフェイシングに移行―――流石最新型、第3世代機。 機動性も即応性も疾風より上手だった。

案の定、と言うか、習性と言うか。 
要撃級の小さな群れは急速接地旋回をかけて、そのまま俺の機体を追いかけて来る―――背後から摂津と直秋のBエレメントの2機が120mm砲弾を浴びせかける。

1発、2発―――気付きやがった、残り4体の要撃級が急速反転してBエレメントに向く。
機体に急制動をかけて停止、そして即座に反転噴射跳躍で距離を詰める―――向うで摂津と直秋が機体を跳躍させたのが見えた。 こちら側に着地する。
要撃級の後背に36mm砲弾を叩きこむ、1体が体液を撒き散らしながら転倒した。 その直後に摂津が別の個体に36mm砲弾をしこたま叩き込む。
残る2体はB小隊の最上と八神が120mmの速射で片付けた―――その間に一斉に群がってくる戦車級!

『ちっ! お前らなんかに、もてたくないねっ!』

最上と八神の2機が肉薄してきた20体程の戦車級に、左右2門の突撃砲から36mm砲弾をシャワーの様に浴びせかける。
同時に俺達A小隊もまだ距離の有る集団に36mm砲弾をお見舞いする―――突撃砲は2門装備だ、追加装甲は折角の機動性を損なう。
―――小型種への近接制圧力は十分。


既に防衛線は崩壊している、戦場は旅順市内に突入していた。

戦闘再開は0235。 
脱出艦隊最後の艦が旅順港を出港した直後、水師営にBETA群の先頭集団約1500の突撃級BETAが殺到してきた。
真っ暗な夜の闇の中、地響きを上げて迫りくる死の異形集団は何度見ても慣れるモノじゃない。
同時に海上から海軍の面制圧支援砲撃が開始された。
460mm、406mm、305mm、203mm。 陸軍の野戦重砲と同口径、そしてそれを遥かに上回る巨砲が轟音と発砲炎で夜の闇を切り裂き、その巨弾をBETA群に叩きつけた。

光線属種のレーザー迎撃能力は決して万能では無い。
例えそれが高速飛翔体であっても、遠距離であればある程連中の照準能力は発揮される。
しかしそれが近距離で有ればある程、その照準を外す事は可能なのだ。
―――照準スコープを覗いている狙撃手に、ほんの数m先で遭遇した動いている敵をそのまま狙撃できるだろうか? そう言う事だ。

今回の艦隊支援砲撃は旅順の沖合5km地点、かなり接近している。 主戦場との距離は10kmと無い。
射撃距離1万m―――戦艦や重巡にとっては至近距離だ。

主砲発射とほぼ同じくして―――感覚的には3~4秒―――BETA群の後方から一斉にレーザー照射が発生した。
夜の闇夜を照らしだす、200本以上の死の光。 瞬時に砲弾が絡め取られ、大半は2~3秒後に蒸発する。 残った少数も僅かな時間差で蒸発した。
―――そして発生する重金属雲。

艦隊は最初の数斉射を最初から当てにはしていなかったのだろう。
駆逐艦の小口径―――と言っても、127mmは陸軍では重砲だ―――速射砲まで動員したAL砲弾とALMの飽和砲撃を行った。
お陰で素早く分厚い重金属雲を形成でき、その後の支援砲撃は有効に行われたのだが・・・ 勘弁して欲しい、その重金属雲の真下で戦うのは俺達だ。
粉塵爆発に怯えながら―――実際に18師団で何機か巻き添えを喰らった―――力戦敢闘する事約1時間半。

30分前に17師団が守備していた最北の203高地をBETAに取られ、それより標高が低い椅子山の18師団や東鶏冠山の14師団が急に苦戦となった。
―――光線級が203高地に陣取ったのだ。

明治の時代の様に吶喊など掛けられない。 そんな戦力は無い。
14師団にせよ、18師団にせよ、それまでの1時間半の戦闘で少なからず戦力を消耗している。 
この時点で北部の東鶏冠山-椅子山防衛線は崩壊した。 何せ頭上を護っていた203高地に光線級が陣取ってしまっては、頭を上げられない。
両拠点の間隙の平坦地を突進してくるBETA群を迎え撃つのに、平坦地に降りるしかない―――高地の北では無く、市街地側の南に。

それ以来30分、じりじりと押し戻されて今は市街の中心部を南北に流れる川、その両側にある小高い丘陵部に最後の防衛陣地を敷いている。
既に市街の北部と東部はBETAの浸食が始まった。 市街西部を―――と言うより、旅順湾を形成する南部の小さな半島部分への脱出経路を死守する戦い。

残存22機に減った17師団は後方に下がり、今は2師団に合流している。 
第2師団が籠る南岸の黄金山砲台陣地―――半島部分先端の対岸、旅順港の入口東岸の丘―――前面でも、凄惨な防衛戦闘が展開されているのだ。

艦隊は既に光線級の見越し範囲外―――30km以上離れた沖合から、遠距離砲撃を行っている。 闇夜の海の中で発砲炎だけが朧気に見えていた。
第6軍司令官・梅津大将が、海軍第2艦隊司令長官・賀来中将へ『要請』したのだ。

(『これ以上、艦隊戦力を摩耗して下さるな。 もう十分です』)

母艦艦載戦術機部隊も、すっかりお見限りだった。


『中隊長! いよいよヤバいですよ!』

摂津の不知火がスピンターンで要撃級を交わして、ほぼ零距離射撃で120mm砲弾をブチ当てながら叫ぶ。
即座に後方へ下がって補給コンテナから兵装を補充している―――今度は長刀か。

「そんな事は先刻承知だ!―――くそっ! 邪魔だ、散れ!」

俺の操る不知火に群がり始めた戦車級の群れに、2門の突撃砲から120mmキャニスター弾をお見舞いして片付ける。 残り―――2発と1発。


旅団はボロボロだ。 元々6割強しか戦力は残っていなかった。 中隊も2個小隊を何とかでっち上げる程度しか。
203高地が取られた直後のレーザー照射で、臨編の左翼後衛支援をやっていた源大尉の中隊が集中照射を喰らった。
次いで第4大隊の三瀬麻衣子大尉の中隊も。

両大尉は何とか戦死せずに済んだものの、蒸発させられた機体は6機。 源大尉の機体は両脚を喪い大破。 源大尉自身は意識不明。
奇跡的に機体の片腕だけを持って行かれただけで済んだ三瀬大尉が、源大尉機の自律制御を奪って他の損傷機2機を連れて後方に―――海上に脱出したのが25分前。

(『死なさない! 死なさない!―――絶対に、死なさないから!!』)

必死になって源大尉に呼びかけながら、三瀬大尉が半ば絶叫していた。
両大尉の中隊の生き残り6機は、それぞれの大隊長―――広江少佐と岩橋少佐―――の中隊に急ぎ編入された。

それから僅か5分後には第2大隊の宇賀神少佐、第4大隊の岩橋少佐の中隊が撤退する。
BETAに喰われたのは3機だけだが、4機が作動不能。 残る機体も推進剤残量が脱出艦隊が待ち受ける洋上まで、ギリギリの残量まで減少したのだ。

その後も離脱が相次いだ。 10分前に広江少佐の中隊と木伏大尉の中隊が。 5分前には早坂中佐の中隊と愛姫の中隊が相次いで脱落した。
木伏大尉と愛姫は負傷。 しかし2人とも神様と仏様と悪魔を盛大に罵っていたから、死にはしないだろう。
残るは最先任指揮官となった荒蒔少佐の隊と、次席指揮官になってしまった水嶋大尉の隊。
そして先任である祥子と和泉大尉、俺と圭介と緋色の後任3人の隊。―――7個中隊、56機いたのが今は35機。

中隊もA小隊の四宮、B小隊の相田と瀬間の機体が損傷して後方へと下がった。
3名共負傷は無いが、機体が推進剤漏れを起こした。 このままでは脱出艦まで辿り着けなくなってしまう。
戦力低下を承知で後方に下がらせたのが、約20分前の事。

第141戦術機甲旅団、120機で最終防衛戦を開始した陣容が今は35機。 最もお向かいの第181旅団も似たようなものだ―――残存、31機。

「もうこの場所もいくらも保たん! そろそろ本気で撤退するしかないかッ・・・!」

その時、北西の高地―――18師団が陣取る大案子山―――から友軍戦術機部隊が駆け下りてきた。

「―――? 18師団か!? 陣地は!?」

『18師団、市川大尉だ! 駄目だ、BETAに押されて維持出来ない! 大案子陣地は放棄が決定したぞ! 14師団、逃げろッ!』

「何ッ!? 師団壊滅か!?」

『師団司令部はついさっき、軍団司令部と一緒に洋上に脱出した! 彩峰中将は脱出を渋ったけどね! 師団長や他の幕僚に担がれて、ようやくだ!
こっちは実質、3個中隊弱(31機)しか戦力が残っていない! 指揮官は私だ! そっちは!?』

「似たようなもの! 35機! 指揮官は荒蒔少佐!」

―――何てこった。

驚いた。 18師団の残存戦力がじゃない、そんな事は先刻承知だ。
軍団長が―――中将が未だここに陣取っていた事がだ。 こっちの軍団長は、師団長と共にとっくに洋上に脱出して艦上で指揮を取っている。
それが悪いと言っているんじゃない、寧ろ正常だ。 最前線で戦うのは俺の様な下級将校。 将官は将官の戦いと言うモノが有る。―――老体に直接戦闘は無理だろう?

「フラガラッハより14師団各隊! 18師団が崩れた! 荒蒔少佐!」

『―――判った! 各隊、撤退だ! 18師団も続け! 西港は使えん、光線級の『撃ち降ろし』を喰らう! 
南岸の黄河路から東に! 黄金山砲台陣地に潜り込め! そこから対岸の半島南部の海岸線へ出ろ!』

右手の高地から荒蒔少佐以下、35機の不知火、疾風弐型、撃震が駆け下り南へと向かう。 緋色と圭介の隊が先鋒を切り、祥子と和泉大尉の隊が続く。
迫りくるBETA群に1連射加えて、水嶋大尉と荒蒔少佐の隊が脱出を開始。 左手の高地から駆け下りてきた18師団残存部隊もそれに続く。

こっちもさっさと移動しないと拙い。
と、そう思い部下に撤退を命令しようとした時、18師団の1個小隊が正反対の北を向いて停止しているのが目に入った―――いや、中隊のなれの果てだ。 撃震が4機。
他の18師団の部隊は脱出に移ったと言うのに!

「―――おい! 何をしている? さっさと脱出しないと拙いぞ!」

『―――先に行って下さい。 殿軍は、我々が』

凛呼―――その言葉が似つかわしい様な、澄んだ覚悟の座った声。
しかし冗談じゃない。 たったの4機の撃震で殿軍だと?
指揮官のコードを確認する。―――第18師団、第181戦術機甲旅団。 沙霧尚哉中尉。

急にむかっ腹が立ってきた。 判っている、こんな馬鹿は放っておいて、さっさと逃げるのが最上の手だ。
判っている、判っている、判っているよ、頭では―――けどなあ!

「―――120mmを斉射3連。 その後で36mmを1斉射。 それ以上は喰い込まれる。 いいか? そこまでだ、中尉」

『・・・先に行って下さいと。 大尉殿』

『言っちまった・・・ 言うと思った・・・』
『ま、中隊長だからな、仕方が無い』
『はあ・・・ 最後まで貧乏籤ですかい・・・』
『・・・昔から、こう言う人ですよ・・・』

沙霧とか言う18師団の中尉の言葉に部下達のボヤキが重なって、余計に腹が立ってきた―――まだまだ若造ですよ、俺も。

「・・・14師団は18師団より歴戦だ、ここで引けると思うか?―――来たぞッ! 撃て!!」

たった9機の不知火と疾風、そして撃震による阻止砲撃。 120mm砲弾を3連射。
突撃級の装甲殻を射貫し、節足部を吹き飛ばし。 要撃級の前腕をすり抜けた砲弾が胴体部に命中して大穴をあける。
しかしそこまで。 突撃級と要撃級、併せて12、13体程を斃しただけ。
が、それで良い。 左右は半壊したビル群、そして道路は停止した突撃級と要撃級が塞いだ。
いずれ他の突撃級がその衝撃力でビルを崩壊さすだろうが、それまで付き合う気は無い。
各機が短く36mmを1連射して、隙間から湧き出てくる小型種を掃討する。―――ほんの一瞬、BETAの勢いが弱まった。

「今度こそ本当に脱出するぞ! 中尉、四の五の言わさんからなッ!!」

既に湾が真後ろに迫る黄河路に達していた。 9機がすぐさま東に向かってサーフェイシングを開始する。
湾を北から見下ろす大案子山の山頂に、いつ光線級が現れてもおかしくない状況だからだ。

先頭を沙霧中尉の撃震。 殿軍を俺の不知火が務めてトレイル陣形で突進する―――普通は不知火と撃震、逆じゃないか?
黄河路を東に突進し、黄金山砲台陣地に達する途中で既にBETAと出くわす。
咄嗟戦闘の上、ここに長居する必要も無い。 すれ違いざまに最後の120mm砲弾を突撃級の側面に叩きつける。

『うはっ! 狙う必要無いじゃねぇか!!』

摂津の不知火が密集した小型種の群れに、滑走しながら36mm砲弾を叩きこみ続け。

『最後の出血大サービスだ! 全部喰らえッ!!』

最上の疾風が背部の74式可動兵装担架システムにも搭載した2門の突撃砲も含め、4門の突撃砲から盛大に36mm砲弾をばら撒いている。

『突撃砲、パージするんじゃ無かったッ・・・!!』

八神の疾風は既に突撃砲をパージしている。 右に長刀、左に短刀。 二刀流で斬りつけ、掬い上げ、突き通し、すれ違いざまに葬っている。

『うわっ! このっ!―――いい加減、くたばれよっ!!』

直秋の疾風が俺の目前で突撃砲を要撃級BETAに向けて乱射している―――いや、教えた通りに36mmで牽制してから、120mmで止めを刺していた。 宜しい。

18師団の4機も脚を止める事無く、すれ違いざまの咄嗟戦闘で切り抜けている。
思わず見惚れてしまったのは、その指揮官機の近接格闘戦機動の鮮やかさだった。
最小の機動でギリギリの間合いを確保し、機体挙動の慣性をも利用して長刀の強烈な斬撃を加えた一瞬後には、既に次の機動に入っている。

動作に無駄が無く、一連の機動の繋がりに切れ目が無い―――あの機動性の劣る撃震であの機動。 あれはかなりの『ソードダンサー』だ。
ウチで言えば緋色に匹敵する腕前だ。 木伏さんでさえ僅かに譲るだろう―――もっとも、兵装担架に突撃砲が1門残っているのはご愛敬だな。
『ソードダンサー』の性と言うやつか。

「―――お見事。 長刀がお好きなようだな、沙霧中尉?」

目前の要撃級をサイドステップでギリギリ交わし、側面に36mmを叩きこむ。―――残弾無し。 突撃砲をパージして長刀を取り出す。

『―――突撃砲も使います。 が、武人の戦いに通ずる所も有る故、多用する癖は認めます、大尉殿』

そう言う間に沙霧中尉の撃震がまた1体、要撃級の側面を素早く取って斬撃をお見舞いして始末する。
あと50m。 あと50mで黄金山の裏に潜り込める。 だが、その50mが遠い! BETAが密集してきた!

『直衛! 脚を止めないで! そのまま!!』
『沙霧中尉! 支援する、突っ込んで来い!!』

祥子の声と・・・ 確か市川大尉だったか?
声と同時に黄金山方面から36mmと120mm砲弾の支援攻撃が始まった。
裏をかく形になって、BETAの動きに変化が現れる。―――隙が出来た! 一瞬の隙が!

「全機! 今だ、突っ込めッ!!」

―――おお!!

どれが誰の声か咄嗟に判らない、兎に角夢中で突っ込む。
沙霧機を先頭に、次々に黄金山陣地に飛び込んで行く戦術機。 それを確認してから、殿軍の俺も機体を―――不知火を操り突破する。
突撃級の突進をギリギリで交わして長刀の斬撃をお見舞いする。 要撃級の前腕の打撃は片腕を犠牲にして凌いだ。
戦車級を数体長刀で薙ぎ払い、他の小型種は最後の噴射跳躍のジェット後流で吹き飛ばす。
―――ギリギリ、友軍に合流できた。


「はあ・・・ はあ・・・ もう2度は付き合わないからな、沙霧中尉・・・」

『・・・助力、感謝します。 周防大尉殿・・・』

向うも息が荒い。 にしても、もう少し素直になれんかな? 可愛くないな、ホントに・・・
だがそれでいて、妙に憎めない。 人を死地に付き合わせた奴なのに(俺が勝手に付き合っただけだが)
同じ18師団の市川大尉がその無事を喜んでいる。―――ああ、若手の人望株って奴かな?

何にせよ、これで脱出できる。 海軍にも連絡がついた、あと1分後に艦隊全力での支援砲撃が開始される。
光線級がレーザー照射での迎撃を開始したその後。 インターバルの時間で湾の狭い幅を飛び越せば、湾の南部に突き出た半島の起伏を利用できる。
後は海面ギリギリを、海軍戦術機並みの超低空飛行で逃げ出せれば。 艦隊からの支援砲撃はしばらく続く。

14師団と18師団の生き残り66機。 他にこの陣地を最後まで死守し通した第2、第17師団の生き残り35機―――最上位者は何と先任の中尉だった。
たった101機―――1個連隊に満たぬ戦術機に対する支援砲撃としては破格の規模だが、許して欲しいものだ。
俺達は今日、この瞬間まで、最後まで大陸の地に残って戦い続けた、最後の『日本帝国大陸派遣軍』なのだから。


『艦隊の支援砲撃が始まった! ・・・レーザー照射、確認した! 終わると同時に離脱する!
―――行くぞ! 『大陸派遣軍』! 撤退!!』

各機が跳躍ユニットから夜目にも鮮やかな噴射炎を吐き出して、全速NOEに入った。
目指すは洋上彼方の戦術機揚陸艦。 そこが脱出部隊が指定された『生還地』だった。

ふと、背後を振り返る。
艦砲射撃の花火と、それを迎撃するレーザー照射。―――あの場所にはもう、帰れないかもしれないな、そんな気がした。










1997年2月20日 0435―――1991年より始まった日本帝国大陸派遣軍。 その最後の1機が大陸から離脱した。




[7678] 帝国編 11話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/04/10 21:22
1997年4月1日 1330 日本帝国 静岡県駿東郡 富士駐屯地 帝国陸軍富士学校


満開の桜。
一面を淡い薄桜色に染めて、舞い散る花びらが美しい。
温かい春の日差しが心地良い晴天の春の一日、駐屯地へと続く道筋は桜で埋め尽くされていた。

「・・・綺麗だな」

思わず声に出てしまう。 それ程にやっぱり美しい。

「そうね、桜は満開で、お天気も良くて。 春らしく暖かくなってきたし・・・」

横を歩く祥子も目を細めながら微笑んでいる。
こんな景色を見るたびに思う、『倭(やまと)は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠(やまこも)れる 倭しうるはし』

大陸、そして欧州、地中海。 いろんな場所でBETAと戦ってきた。
かつては豊かな自然と、人々の営みが彩なしていたであろう大地。―――既に荒野と化した大地。 人々の悲哀が染み込んだ大地。

「日本に帰って来たんだなぁって、実感するよ。 桜を見るとね・・・」

「? 帰国したのは去年の6月でしょう? 昨年末から今年の初めまでまた大陸派遣だったけど・・・」

「桜だよ、桜。 俺、日本の桜を見たのは・・・ 5年振りなんだ」

「あ・・・」

ちょっと気不味そうな表情をする祥子。 ま、そんなに気を使って貰う事じゃないんだけどさ。
92年の初春に訓練校を卒業して、少尉任官と同時に大陸派遣軍に配属された。 
国を出る直前に目にした7分咲きの桜が、以前見た最後の桜だった。
93年の春は大陸に居た。 94年と96年は欧州、95年は米国だった。

「やっぱりいいね、母国の春は。 『乙女子が袖ふる山に千年へて ながめにあかじ 花の色香を』、だなぁ・・・」

「どうしたの、急に? ―――で、その読み人は?」

祥子も余計な気を使うまいと思ったか。 クスクス笑いながら聞いてくる。

「太閤さんだよ、太閤豊臣秀吉。 『太閤記』だったかな? 『天武天皇から千年を経て吉野の花見にやって来たが、桜はいくら眺めても飽きないねえ。 余は満足じゃ!』ってさ」

凄く直截的だけど、正直な気持ちが出ていて良いと思うんだけどな。

「ふふ・・・ 『くやしくぞ 天つ乙女となりにける 雲路たづぬる人もなき世に』―――藤原滋包の娘。 後撰集、定家八代抄。 いかが?」

―――ちょっと、祥子さん。 それって何気にプレッシャーかけているんですかね・・・? 祥子の諳んじた和歌の意味って、意訳すればこうだ。
『五節の舞姫に選ばれて踊った。 ひょっとすると昔の女性のように、そのまま帝に召され妻になれるかと期待したが、そんなことはなくて玉の輿に乗りそこねたわ』

「確かに五節の舞姫は桜の季節だけどさ・・・ 
『天つ風 雲のかよいじ吹きとじよ をとめの姿しばしとどめん』―――良岑宗貞、古今集、定家八代抄。 如何でしょうか?」

この意味は、『空吹く風よ、雲を吹き寄せて雲の通路をふさいでおくれ。 天に帰る乙女たちの美しい姿をもっと眺めていたいから』
祥子を見ると、吃驚したような表情だ。―――俺が和歌に返歌で返したのがそんなに意外だったのか・・・?

と、急にまたクスクスと笑いだした。

「大丈夫、天になんて帰らないわ。 『山桜 をしむ心のいくたびか 散る木のもとに行きかへるらん』―――周防内侍、千載集。 何度でも、ずっと・・・」

舞い散る桜の花びらが彼女の髪に降りかかる。
その長い髪を掬って微笑むその姿を見ていると・・・


「・・・どうでも良いがな。 こんな公道、それも基地に向かう途中でやられると、後ろを歩いている身にはどうしたらいいか判らんぞ? 周防」

―――この声は・・・

「見て見ぬ振り位できないかよ? 久賀。―――久しぶりだな」

「場所を弁えろって。―――久しぶりです、綾森大尉。 お前の顔は見飽きた、周防」

「久賀大尉? 本当に久しぶりね、93年以来かしら?」

「そうなりますかね。 帝国軍復帰後は、俺は九州の師団配属になりましたから」

―――俺を無視して2人して。 良い度胸だ、久賀め・・・
みるとヤツ一人だ。 確か西部軍管区の第9師団だったな、けど久賀一人って訳じゃあるまい・・・?

「同行者は居ないのか? 第9師団でも該当者はいるだろう?」

俺の問いかけに、それまで祥子と昔話に興じていた久賀が表情を曇らせる。

「―――何かよ、学者だか思想家だかの先生の講演会を聞きに行くとさ。 だもんで、別行動だ」

「お前は?」

「遠慮した。 根は真面目な良い奴らなんだけどな・・・」

久賀がちょっと心配そうな表情をする。
最近は特に国粋主義的な空気が強まりつつある。 2カ月程前の遼東半島で派遣軍が事実上壊滅状態で撤退した事が、さらに拍車をかけている様な気もする。

「ま、着任期日は今日の1700時だ。 それまでに着けば問題無いだろう」

「そうなんだけどな・・・ で? 長門は? 神楽は? 他の先任は?」

話題を変えたかったので、久賀の問いかけは渡りに船だ。

「沙雪がね。 珍しく早めに着任するわよ、って。 長門大尉と神楽大尉を連れて先に行ってしまったのよ」

「三瀬さんと源さんは昨年に受けているから。 だいいち源さんはまだ入院中だし。 
木伏さんと水嶋さんも昨年にな。 愛姫はリハビリ中だ、後期組から参加予定だよ」

「ふぅ~ん・・・ へぇ~・・・ ほぉ~・・・」

―――くそ、嫌な笑い方しやがって。
祥子は祥子で、時折見せる天然振りを発揮して理解していないし。
久賀がニヤリと笑って、こうのたまいやがった。

「・・・ま、和泉さんもたまには良い仕事するってか?」

「え? 彼女、あれで良い指揮官よ?」

祥子の一言に久賀が爆笑する。 祥子は祥子でやっぱり判っていない、不思議そうな顔をしている。
―――いいから、もうこの辺で勘弁しろよ、久賀・・・

「くくく・・・ 変わってねぇ、変わってねぇ・・・ ま、これから暫くの間、宜しくお願いしますよ、くくく・・・」

「え? ええ・・・?」

笑いの発作が収まらない久賀と、相も変わらず理解できていない表情の祥子、そして少々仏長面の俺。
3人で営門に続く道を歩き始めた。

97年の春―――まだ国内は表向き平穏さを保っていた。












1997年4月10日 1900 富士学校 幹部学生宿舎 浴場


「・・・うが~・・・」

湯船にどっぷり身を沈めると思わず声が出る。 熱い湯が心地よく、体の強張りが抜けて気も抜ける。

「はぁ~・・・」

「なんて声出してやがるんだ、直衛。 おっさん臭い・・・」

右横で圭介が何かほざきやがる。 タオル頭に載せて、どっぷり湯につかって、府抜けた顔しやがって。
そう言うこいつだって、さっき同じように唸っていやがったのを知っているぞ。

「ま、いいじゃねぇか。 日本人にとっちゃ、風呂は極楽よ」

「・・・良い事言うねぇ、久賀ぁ・・・ ちょっと見ない内に風流でも覚えたか?」

「・・・何かムカつく言い方だな? おい。 周防、お前に言われたかないぞ?」

左横から久賀の抗議の声が聞こえる気がするが、無視だ。 多分幻聴だろう。
何にせよ、どっぷり熱い湯に浸かれる日本の風呂が一番だね。 図演や講義で散々頭を使って、その後で実機での戦闘指揮演習や幕僚演習で散々指摘されて苦労して。
―――1日の終わりはやっぱり風呂だよ。

「ま、それは言えるな。 欧州時代はシャワーしかなかったし、大陸派遣でも同じだった。 やっぱり疲れが取れるな」

圭介が手にすくった湯で顔を洗いながら唸る。

「シャワーが有るだけマシだ、って時も有ったな。 遼東撤退戦の最後なんか10日間、強化装備も脱げなかったし。
そもそも2週間以上風呂はおろかシャワーすら浴びてなかった。 洗面も2人で水1リットルだったしな・・・」

あの時もまいったよ、ホント。 戦場でシャワー何て贅沢言わないが
浴槽の淵に頭を載せて、天井を見上げながら呟く。 立ち上る湯気で電灯がぼやけてやがる・・・

「あ~ん? 『野外入浴セット2型』ってもんが有るだろうが? 師団の支援連隊によ?」

久賀がこれまたのんびりと呟く。 『野外入浴セット2型』ってのは、帝国陸軍の誇る『決戦装備』のひとつだ。
トレーラー搭載のボイラー器材、野外浴槽、業務用天幕なんかがあって、1日で1000人以上が入浴できる!
帝国軍の士気の源泉! 風呂が無いと帝国軍の士気は崩壊する! ローマ帝国だって同じだったんだ! ・・・って、嘘だけど。

しかし久賀の奴め。 内地の部隊って言うか、本土防衛軍に移ってから間抜けやがったか? そんなもの、決まっているだろうに・・・

「・・・入浴はWAC(Women's Army Corps:陸軍女性将兵)が最優先」

「次に階級下の者から。 見栄ってもんが有るしな、中隊長・大隊長クラスが一番後回しだった・・・」

俺の呟きに、圭介の溜息声が重なる。
もっとも、あの南部防衛線崩壊以降はそれどころの話じゃ無かったけどな。

「・・・何にせよ、明日もまた講義に実習が目白押しだ。 風呂くらいゆっくり浸かろうぜ」

「直衛、あと15分しかない」

「長門、現実に戻すな」

気がつけば俺達しか残っちゃいなかった。―――入浴時間は1930まで。 ちょっとのんびりしすぎたか? 
仕方が無い、そろそろ上がるとするか。 この後は『自習時間』と言う名の『自由時間』だが、課程を無事終了するには予習も復習も大事だし。











同日 2050 富士学校 幹部学生宿舎 自習室


「・・・何で『経理学』なんて学科が有る? 俺達は戦術機甲科で、主計科じゃないのに」

分厚い経理学関係の参考書と睨みっこしながら悪戦苦闘するも、内容がいまいち掴めない。
一般学なら『高等数学』や『物理学』、『歴史』の方が判る。 『指揮方法論』、『統率学』、『戦術学』なんかの兵学科目の方がまだ身が入るというものだ。
それに俺的には『国際関係学』、『国際法』なんかは馴染みが有る。 こっちの分野は国連軍時代に米国で齧ったし。

もしくは語学。 必修は英語。 第2専攻にドイツ語、フランス語、ロシア語、中国語、スペイン語、アラブ語からどれか1カ国語を選択。
英語はこれまた国連軍の米国留学時代に叩きこまれたし、ドイツ語とフランス語、それに中国語は日常会話程度なら苦労しない。
何故って?―――アルトマイエル大尉は(今は少佐に進級したそうだ)ドイツ人だし、戦死したニコールはフランス人だった。 翠華は中国人だし。

国連軍時代の公用語は英語だったけど、部隊の連中はまるで万国博覧会だった。 お陰さまで後はイタリア語とトルコ語も何とか理解出来る。
―――こっちはファビオとギュゼルのお陰だけどね。 因みに俺の第2外語専攻はドイツ語。
圭介はロシア語を選択して、久賀はスペイン語だったか。 


「でも君は語学関係が強いからなぁ。 羨ましいよ、周防君」

横の席で市川さん―――市川大尉が苦笑している。
2ヵ月前の遼東半島撤退戦。 最後の局面で一緒に戦った人だ。 18師団に所属している。
この人は大学出の特操出身の割には語学が苦手とか言っていたな。 英語は普通に出来るようだけど、第2外語のフランス語に四苦八苦している。
逆に経済学部出身と言っていたから、経理学は馴染みが有りそうだ。

「日常の中で覚えたら、割と覚えられるものですよ。 最も文法なんて知ったこっちゃないですが。
それより自分はこっちの方がさっぱり解りませんよ・・・」

―――ああ、ヤメだ、ヤメ! 解らないものは、どうやっても解らない。
それに自習時間も後10分を切った。 一息入れて手紙でも書くか・・・?
周りを見れば各自が適当に勉強を切り上げて、手紙を読んだり書いたり、或いは私的に読書したりと。

流石に皆、大尉と言う階級に有るから節度をもったサボり方だけどな。
さて、どうしようか? などと思案している内に2100時、今夜の自習時間が終了した。








「それにしても驚いたね。 こんな所で共通の知り合いがいる相手と同室になるとはね」

日夕点呼(2140時)が終わった後の自由時間。 2300時の消灯までは完全にその日の寛げる時間だ。
学生宿舎の居室―――2人1部屋―――で、同室になった市川英輔大尉がグラスをチビチビ飲りながら笑う。
帝国国内ではそろそろ手に入り難くなってきた寿屋の『角瓶』―――ジャパニーズ・ウィスキーの逸品。
軍内部ではまだ手に入る。 ある所にはあると言う事か。

「こっちも驚きですよ。 まさか市川さんが愛姫・・・ 伊達大尉と知り合いだったとは」

俺も相伴に与ってロックで飲っている。 つまみのビターチョコレートを口に放り込みながら。
―――ウィスキーにチョコ。 奇妙な取り合わせだと? そう言う奴は判っていないな、意外に相性が良いんだ、これが。

「―――確か94年だったかな・・・ うん、そうだ、『大陸打通作戦』が失敗した時だったら、94年の11月だよ。
伊達大尉には色々と世話になったよ。 お陰で僕は生き残る事が出来たし、部下も自分を見失わずに済んだ・・・」

彼の元部下で、もう1人の共通の知人―――なんと、神宮司まりも中尉だった。 今は国連軍か。
世の中狭いものだ、軍隊社会は尚更狭い。 以前の同僚、部下、上官と別の配置でばったり、何て事も良くある話だしな。

「伊達大尉は負傷したと聞いていたが・・・ 具合は良いのかな?」

「伊達大尉ですか? 戦傷は単純骨折だけでしたから、既に軍病院を退院しています。
今は負傷後のリハビリを兼ねた休暇で、実家の方に居る筈ですが・・・」

2月の遼東半島撤退戦で負傷した3人の大尉。 その内、木伏大尉と愛姫は比較的軽傷で済んだ。 
2人とも既に退院して、特別休暇で実家の方に居る筈だ。 木伏さんは大阪に、愛姫は仙台に。
源さん―――源大尉は重傷だった。 全治4カ月で未だ陸軍病院に入院している。 入院、リハビリ、そしてその後の練成で復帰には1年はかかりそうだと言う。


「残念だね。 彼女にちゃんと礼を言っていなかったんだ。 もしかしたら、今回の課程受講で同じになるかもと思ったんだけどね・・・」

「仕方ありませんよ。 ま、あいつは7月からの後期組には参加するでしょうから。 3カ月程ダブる事にはなるでしょうね」

そう。 俺達はこの富士学校に24週間―――4月初旬から9月末までの6か月の間、缶詰め状態になるのだ。
『幹部上級課程(Advance Officer's Course:AOC)』―――この課程受講を命じられている。
この教育課程は少尉任官後、概ね5~6年を経た若手大尉が中級指揮官や幕僚として必要な知識と技能を修得する為の課程だ。 教育期間は24週。

中尉に進級した時に受講する課程が『幹部初級課程(Basic Officer's Course:BOC)』 
これは初級幹部将校(小隊長)として必要な知識と技能を修得するもので、AOCは言ってみればそれの上級編だ。

この『AOC』までは全将校が受講を命じられる。 言ってみれば将校としての『義務教育』の最後になる。
俺達将校はこれを『徴兵される』と言っている訳だ。

その先は部隊推薦を受け、試験に合格した者だけが受講する教育体系になる。
『幹部特修課程(Functional Officer's Cource:FOC)』―――訓練校出身将校の『最終学歴』になる場合が多い。 古参大尉か少佐で受験資格が得られる。
旧陸軍大学校の『専修科』の流れを引いている課程で、これを修了すると原則として中佐までの昇進が保証される―――優秀な者は大佐まで昇進する。
ただし、その前に戦死しなければの話だが。

『指揮幕僚課程(Command and General Staff Course:CGS)』―――ここは士官学校卒業生でも、選ばれた一部の者しか入れない。
こちらも古参大尉か少佐が受験資格だが、恐ろしく超難関の狭き門だ。 将官へ昇進する為の最低条件でもある。

同じ格付けの課程として、『技術高級課程(Tactical Advance Course:TAC)』があるが、こちらは技術畑の研究開発・行政職での上級指揮官や幕僚の育成を行う。
―――因みにこちらも将官への昇進条件の一つだ。

他に『幹部高級課程(Advanced Command and General Staff Course:AGS)』や、『統合幕僚学校(Joint Staff College:JSC)』の一般課程なんてのもあるが・・・
こっちの学生は『指揮幕僚課程』や『技術高級課程』を修了した秀才揃いの大佐や中佐。―――俺には無縁の世界だな。

士官学校や訓練校が『将校の小学校』だとしたら、『幹部初級課程』は将校の中学校、『幹部上級課程』は高校と言った所か。
『幹部特修課程』は短期大学、『指揮幕僚課程』と『技術高級課程』が大学で、『幹部高級課程』や『統合幕僚学校』は大学院の修士課程や博士課程と言った所だ。

因みに、指揮幕僚課程以上が『陸軍大学校』と通称される。


「何にせよ、6ヶ月間よろしく。 周防大尉」

「こちらこそ、市川大尉」

―――2245時 そろそろ寝るか・・・








夜半、ふと目が覚めた。―――0130 なんだ、まだ2時間程しか眠っていなかったのか。
暫くして歌声が聞こえてきた。 どうやら練兵場辺りで歌っているのか・・・?


『汨羅の淵に浪騒ぎ 巫山の雲は乱れ飛ぶ 混濁の世に我立てば 義憤に燃えて血潮湧く』

『汨羅の淵』か。 中国は春秋戦国時代、楚の屈原は祖国の滅亡の危機を憂いながら汨羅の淵に身を投げた。
・・・楚はやがて秦に滅ぼされたんだったか。


『権門上に傲れども 国を憂うる誠なし 財閥富を誇れども 社稷を思う情なし』
『嗚呼人栄え国亡ぶ 盲たる民世に踊る 治乱興亡夢に似て 世は一局の碁なりけり』

政治家の無為無策を非難し、官僚の思い上がりを非難し、財閥の強奪を憤る。
政官財の党利党略、無為無策、私利私欲。 ・・・そして国民の無関心はどうした事か。


・・・にしても、何て歌を歌っていやがる。 『青年日本の歌』―――別名、『昭和維新の歌』
60年以上前にできた歌だが、その内容の為に『反乱をあおる危険な歌』として一般はもとより、軍内部でさえ歌唱が禁じられた歌だ。
それを今時、歌うヤツが居るとは・・・


『天の怒りか地の声か そも唯ならぬ響きあり 民永劫の眠りより 醒めよ日本の朝ぼらけ』

・・・この、出口の見えないBETA大戦。 俺も見れるものなら『明るい朝』を見たいものさ。


『功名何か夢の跡 消えざるものはただ誠 人生意気に感じては 成否を誰か論う』
『止めよ離騒の一悲曲 悲歌慷慨の日は去りぬ 吾等が剣今こそは 廓清の血に躍るなり』

「成否」では無く、「正否」ではなかったか。 かの漢が望んだ事は。
例え屈原の如き悲曲の今の世界だとしても。 自分を・・・ 己が正義と言い切れるのか?


歌声が止んだ―――それにしても不思議だ、あの歌は今でも歌唱が禁止されている筈なのに。 富士学校の連中、誰も止めに入らなかったな・・・

「・・・醒めよ、日本の、朝ぼらけ・・・」

気がつくと俺も呟いていた。―――くそっ! 何て事だ。
駄目だ、駄目だ、駄目なんだ。 心情は判る。 判るがそれは駄目だ。 
それはパールマターの唱える『衛兵主義(プリートリアニズム)』、そのものになる。 いや、ファイナーか? 団体性が無い革命的軍人の類型だ。
2年前のN.Y―――NYUで学んだ記憶が蘇る。 あの時感じた不安がよぎる。



「・・・嫌な歌だ」

誰が歌っていたか判らなかったが、その歌は俺を酷く不快に、そして不安にさせた。
そう―――まるで瞑い海に漕ぎ出すかのような。







[7678] 帝国編 12話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/04/18 10:47
「くおっ・・・!!」

機体に急制動がかかった。 咄嗟にスラスターを逆噴射でカウンターを入れてバランスを取る―――が、一旦操作ミスしたツケは急激な推力低下として現れる。
急激なスロットル操作を行わず、緩旋回降下で機体を立て直しつつスロットルを注意深く開けて―――ダッシュ。
元々がトルクの太い主機だけあってグイグイ引っ張って行く感覚だ。 さて、今度は失敗しないように・・・

「まだ・・・ まだよ、まだ・・・ よしっ!」

機体を捻ると同時に、右腰部スラスターを0.5秒噴射。 ダミーを長刀で叩き斬ると同時に左腰部スラスターを瞬間噴射し、機体を左横旋回に持ってゆく。
斬り捨てたダミーの背後を取ると同時に水平噴射跳躍。 長刀をパージし、兵装担架から突撃砲を展開さす。
右腕部に保持すると同時に次のターゲットが迫る。 左側は遮蔽物に覆われている、僅かに右側に空間。

「・・・んっ!」

感覚的に僅かにスロットルを絞り、同時に機体を右に流す。 
目測位置まで持って行きスロットルを元に戻して―――機体を右急速回転させ、そのまま流しながら36mm砲弾をダミーに叩きこむ。


―――演習弾とはいえ、ボロボロになったダミーターゲットを網膜スクリーンの端に見つつ、ホッと一息つく。

「ブルー04よりCP。 戦闘機動試験終了、これより帰還する」

『CP了解。 どうかな? 周防大尉。 新型の様子は?』

「―――戻ってからたっぷり苦情を言わせて頂きますよ、河惣少佐」

CP―――機動試験監督官の河惣少佐へ少々の嫌味を言いながら、噴射跳躍に持って行きNOEに移る。
乗機は94式『不知火』―――の筈なのだが。 遼東半島で搭乗した時とは随分と勝手が違う。
全く、技術廠(陸軍技術総監部戦術機甲本部・第1技術開発廠)がだんまりで改修機を造るのは相も変わらずだが。
にしてもバランスが悪すぎるんじゃないかな? この機体は・・・
広大な演習エリアから基地への帰還途中、俺はコクピットの中で思わず今日何度目かの溜息をついていた。










1997年5月15日 1425 日本帝国 静岡県駿東郡 富士駐屯地 帝国陸軍富士学校 富士演習場


「お疲れ様。 で、どうだった? あの機体の機動評価は?」

部屋に入るなり河惣少佐が聞いてくる。

本部棟の会議室。 その1室に陣取った陸軍技術総監部・戦術機甲本部第2部と審査部、そして第1技術開発廠第1開発局の面々。
中佐が2人に少佐が3人、他に技術士官の大尉が5人―――他にメーカーの人間と思しき背広姿の連中が4、5人。

「主機出力と機体挙動制御特性が噛み合わなさ過ぎです、大出力を生かし切れていない。
特に挙動特性がピーキーな機体ですから、推力の細かな微調整が多過ぎになります―――もう少し余裕を持たせた特性にすべきでは?」

「―――それでは『不知火』とは言えんな」

技術廠の少佐―――技術少佐が小馬鹿にしたような言い草で言いやがる。

「不知火―――94式はスピード、パワー、機動性を絶妙のバランスで組み上げた戦術機だ。
余裕を持たせた挙動特性? それではあの機体の近接戦闘能力が損なわれる、まるで米国機だよ、それでは・・・」

―――この、国粋主義の技術馬鹿め!
米国機でも、場合によってはソ連機でも良いんだよ! 兎に角戦場で十分に戦えて、生還出来る機体でさえあればな!
俺達衛士―――戦場帰りの衛士にとって重要なのは、『戦える戦術機』―――この1点だけだ!

「しかし少佐。 本来この改修型の不知火は壱型の問題点―――『重武装化に伴う主機出力の不足』を解消する為のモノなのでは?
プリフライト・ブリーフィングでのレクチャーでは、改修点は主に主機・跳躍ユニット周りの換装のみだとお聞きしました。
その点を考慮して機動試験を行った結果と見解をご報告しておるまでです―――小官は只の一学生に過ぎませんので」

―――この位は言ってやれ。 上位者とは言え、向うは技術屋だ。 戦闘部隊のラインには関係ない奴だ。
俺のセリフに当の技術少佐は一瞬目を剥いたが。 上官や同僚の手前、それ以上は突っかかってこなかった―――残念。

「まあ、なんだ。 実際まだまだ要改修項目は潰し切れていないのが実情でな。
本部としては一刻も早く改修型を実施部隊に送りたい所でな。 その為には大尉、ご苦労だが運用評価を継続して貰いたい所でな」

目前の大福さん―――もとい、第2部の中佐がその福々しい顔に温厚な笑顔を張り付けて言う。 
騙されるか。 高級将校の笑顔なんぞ、金を貸す前の高利貸しの営業スマイルも同じじゃないか。

「―――命令ですから。 教育課程の受講科目に運用評価者講習が有る以上、手は抜きません」

―――その代わり、中途半端な機体に仕上げやがったら判っているだろうな? この技術屋連中め・・・

報告を終えて特にここに居座るつもりも無かったので、さっさと会議室を出る事にした。
それでなくとも忙しいのだ。 講義に実習、個人や班での研究レポート、やる事は山ほどある。
本部棟を出て学生棟に向かって歩いていると、ふとハンガーに先程俺が搭乗していた機体が見えた―――あれに乗る事になるのか? 少し憂鬱になった。





「・・・今の男が君の言っていた衛士か? 河惣少佐」

窓辺から外を見ていた1人の中佐が、振り返らずに問う。
精悍な顔立ちに、それ以上に特徴づけるのが左頬に深く刻まれた傷―――戦傷であろう。

「そうです、巌谷中佐。 92式制式採用時、それに92式弐型の戦場運用試験に携わった衛士です。
第3世代機の搭乗経験は少ないですが、帝国製戦術機以外の搭乗経験の豊富さを買っております」

「―――77式、92式壱型と弐型、94式壱型。 F-15CとF-15E。 トーネードIDS-4B、IDS-5A。 そしてトーネードⅡIDS-5B。
F-4系とF-5系、そしてF-16系とF-15系、それに94式。 第1から第3世代機まで、日本、米国、欧州の機体をよく乗っている・・・」

確かにこれだけ様々な戦術機に搭乗経験の有る衛士は、帝国陸軍にも殆ど居ない。
特筆すべきはその様々な機体を戦場で搭乗した経験だろう。 戦場で搭乗し、BETAと戦い戦果を上げ、そして生還し続けた点だ。
純粋に技量の面で言えば、あの大尉を上回る衛士は居る。 だがあの戦場経験は―――典型的な野戦将校としての衛士としての経験は捨てがたい。
自身がかつては大陸で戦った衛士であり、些か有名な『伝説』の持ち主である巌谷中佐にとっても部隊運用試験では確保しておきたい人材ではあった。

「もっとも、開発衛士には向かないだろうがな。 それでも集める声は多いに越したことは無い。 運用評価担当は2個小隊だったな?」

部下の大尉に確認する。

「はっ! 『不知火壱型丙・試01型』、『不知火壱型丙・試02型』、2機種で1個小隊、97式で1個小隊となります」

94式の部隊配備が始まり3年。 現場からは様々に細かい改修要望が戦術機甲本部に上げられている。
しかし元々が突き詰められた設計の94式『不知火』だ、そうそう発展余裕は見込めない。
おまけに開発メーカー、光菱、富嶽、河崎の3社はそれぞれの事情故に大がかりな改修に着手できない―――しかし放置する訳にもいかない。
今回、帝国技術廠―――戦術機開発行政を担当する技術総監部の戦術機甲本部第1技術開発廠がその改修に動いている理由だった。

「・・・何とか今年中に目処を立てねばな」

巌谷中佐の呟きに、河惣少佐が頷く。 そして遠くを見る様な、険しい表情で言った。

「半島は今年一杯保てば上出来、と言う戦況です。 本年度防衛大綱で明記された『次期主力戦術機』 その実現まで何とか保たさねば・・・」

予定では2003年度か2004年度になる次期主力戦術機配備。 
帝国軍の戦略構想、それに伴う戦術機運用構想。 その結果示される要求仕様、そしてその検討と基本設計開発。
そこまでで3年かそこらはかかるだろう。 その後の実施設計、原型機の製造・各種試験・改良を経て部隊試験運用の結果、良好であれば初めて制式採用に至る。
長い道のりだ。 それまでは現行機の性能向上で支えなければならない。

「時間は無いな」

巌谷中佐の言葉は、そのまま帝国の全般状況そのものでもあった。














1997年6月20日 1705 日本帝国 静岡県駿東郡 富士駐屯地 帝国陸軍富士学校


今日の実機評価演習はなかなか上手くいった。
もう1カ月以上乗りまわしているのだから、いい加減手の内に入れない事には実戦帰りの名が泣くと言うモノ。

「そうは言いつつ、なかなか手古摺っていたのはどこのどいつだ?」

「喧しい。 お前だって手古摺っていただろうが」

すれ違う整備兵の敬礼に答礼で答え、ハンガー脇のブリーフィングルームに向かう道すがら圭介と他愛無い言い合いをしている。
整備主任や開発廠の技術将校らと、今日の運用試験結果の報告・検討を行う為だ。

衛士科の学生に対して、教育期間中6カ月の間に技量が落ちないようにする為の戦術機戦闘指揮訓練。
帝国陸軍の戦術機搭乗時間規定は、国内の1線級部隊配属衛士で年間220時間。 海軍戦術機甲部隊が240時間とされる。
一般に年間100時間を切れば技量は落ちる。 そして後方の余裕が有る国家―――米国や豪州など―――では、年間190時間から200時間。
欧州連合やアフリカ連合、南米諸国で年間160から170時間、大東亜連合や中東連合は150時間、ソ連は130時間を何とか維持している状況だ。
それでも技量低下が問題になってこないのは、何処の国でもシュミレーターを標準採用しているからだ。 JIVESもかなり役立っている。

そんな中で、準前線国家としての日本帝国陸海軍の搭乗時間は異例と言って良い程に多い。
全体の数が米軍や欧州連合軍に比べて少ない事も有る。 だが、中国北部が完全に陥落し、今や朝鮮半島北中部までが戦場と化してきた現在。
いよいよ本土防衛戦近し、の空気が濃厚になってきている事も理由の一つだ。

そして今、受講している『幹部上級課程』教育でもそれは適用される。 教育期間中、月15時間の戦術機搭乗訓練が組まれていた。 
本来、1カ月15時間じゃ足りない計算だが―――不足分は部隊に帰ってから猛訓練で稼げ、と言う事らしい。

『訓練には比率も制限もない』、とは昔々、帝国海軍のあるおエライさんが吐いた言葉だが、今となっては海軍のみならず、陸軍でもまるで合言葉の様に聞こえて来る。
『訓練に制限無し!』―――限度がある事だけは、理解して欲しいものだ。


使用機体は一般的には77式『撃震』を使用している。
94式や92式は最優先で実戦部隊―――陸軍や本土防衛軍の西部軍管区に優先配備される。 87式『陽炎』はそもそも生産数が少ない。
今年に入ってから最新の準第3世代機の高等練習機、97式『吹雪』と言う機体の配備が始まった。
だがこれまた生産数が少ない上に、今まで訓練用に使用してきたT-4改(77式の練習機型)よりコストが高く、なかなか配備が進まない。

個人的には訓練生時代に準第3世代機で訓練しながら、実戦部隊に配属後に77式や87式と言うのは面白くないだろうな、とは思う。
第3世代機の94式、改修を重ね準第3世代機となった92式と言えども、どの部隊にも配備されている訳じゃないから。

「どうして俺達だけ、あの機体なのかね・・・」

「河惣少佐が居た事を、不運と諦めるしかないだろうな」

報告と打ち合わせが終わりドレスルームへ向かう道すがら、思わず出た愚痴に圭介も諦めの口調で答えるしかないようだ。
学生班24個班(96名)の内、77式使用が実に22個班(小隊) 残りの内、1個班(1個小隊)が97式の運用評価指定班で1個班が94式『改』の運用評価指定班。
俺の班は94式評価指定の班。 国内最新型の第3世代機に搭乗できると喜んだのも束の間、これがトンでもないクセ者だったとは・・・

「・・・兎に角、さっさと着替えようぜ。 飯食って、風呂入って。 さっぱりしたい」

「同感。 ただ実機指揮訓練している連中が羨ましい・・・」







同日 2210 富士駐屯地 帝国陸軍富士学校 将校集会所(サロン)


今日1日のカリキュラムが終わり、日夕点呼も終わった後の息を抜けるひと時。
将集(将校集会所)には色々な兵科の将校が集っていた。 酒を飲む者、将棋や囲碁を楽しむ者、TVを見る者、新聞を眺め読みする者。
兵科も戦術機甲科、機甲科、機械化歩兵科、機甲砲兵科と言った所だ。―――富士学校は機甲戦全般の戦術研究・訓練センターだから。

「あの機体もなぁ・・・ どうもアンバランスなんだな、機体と主機・跳躍ユニットがマッチしていないんだ」

「試02型もそうだろうが、試01型はもっと苦労するぞ。 稼働時間低下を補うために増設された機内タンクがバランスを崩している」

ウィスキーを飲みながら愚痴る俺の目前で、これまた憮然とした表情なのは同期の神楽緋色大尉。
こちらは日本酒を冷やで飲んでいる。 何処から仕入れたのか、大吟醸の逸品だ。 
大方、実家から送ってきたのだろう。 彼女はこう見えて山吹の家格の武家の娘だ。

「試02型も苦労しているさ、大出力に機体がついて行っていない。 おまけに機体の挙動制御シーケンスがピーキー過ぎるから、唐突にストールを起こしかねないし」

「ふむ・・・ 実戦の最中でストールを起こされたら命取りになるな。 今日の模擬戦闘で、らしくない被弾をしたのはそれか?」

「ああ、油断した。 92式とは言わないが、それでも94式壱型のつもりでスロットル操作してしまってな、やっちまった・・・」

「あの時は周防、貴様の機体が一瞬棒立ちになっていた。 お陰で一気に距離を詰めて打撃戦に持ち込んで勝てた。
咄嗟戦闘の高機動近接砲戦は貴様の土俵だ、正直しくじったと諦めかけたのだがな」

緋色が愉快そうに笑う。 今日の午後に行った模擬戦闘訓練の事だ。
不知火壱型丙の運用評価を行っている俺達の班で、2手に分かれて模擬戦闘を行ったのだ。
Aチームは俺と久賀、Bチームは緋色と圭介。 結果は1敗1分け―――負けは俺。
2人でそんな話をしていたら、他の連中も合流してきた。

「なんだ、周防。 負け試合の講評でも頂いているのか?」

「喧しい、久賀。 お前こそ、そろそろ勝ちをおさめろ。 未だ勝ちが無いのはお前だけだぞ」

「運用評価だぜ? 拙い操縦をした結果がどうなるかを洗い出すのも仕事の内さ。 
勝ち負けに拘るのは実戦馬鹿。 評価部隊は悪い例も洗い出すのがお仕事―――お解りかな?」

―――くそ。 そう言えばこいつは国連軍時代の一時期、アイスランドの技術廠で試験運用実証団に居たっけな。 こう言った事は手慣れている訳か。
後ろでニヤニヤしているのは圭介の野郎。 後から97式を担当する班の4人―――祥子と和泉さん、市川さんともう一人、久賀と同じ師団の奥瀬大尉もやってきた。

「何? どうしたの?―――戦術機談義?」

「佳い女を前に、色気のない話ねぇ。 ねえ? 祥子ぉ?」

「・・・何か、すっごーく棘を感じるんだけど? 沙雪?」

和泉さんの相変わらずのちょっかいに、祥子が相変わらず反応する。 いい加減慣れれば良いのにね・・・

「やあ、壱型丙の話かい? ちょっと関心あるなぁ」

「そうですね、どんな感じなのか気になりますね」

市川大尉と奥瀬大尉が傍らのソファに座って聞いてくる。
市川さんは同室だから話す機会も多いが、奥瀬大尉―――奥瀬静香大尉は余りないな。
俺の1期上、祥子とは同期になるらしいけど、訓練校が違っていて初対面だと言う。 同じ師団の久賀とは良く話しているが―――物静かな大和撫子、って感じの人だ。


「・・・壱型丙って言っても、2種類ありますからね」

「私と長門が担当するのは試01型、周防と久賀が担当するのが試02型です」

「―――どう違うの?」
「そうね、出来れば教えて欲しいわ」

珍しいな、真っ先に祥子と奥瀬さんが聞いてきた。 こんな場合は和泉さんが先陣切る筈―――って、カウンターで水割り作ってるよ、それでか。
俺と圭介、緋色と久賀で顔を見合わせる。―――1番手は緋色に決定。

「そうですね・・・ 試01型は大容量ジェネレータに換装したFE108-FHI-225を搭載していますが。
いかんせん燃費が悪すぎる、壱型の70%にまで落ち込んでいます。 次善策として機内タンクの増設をやっていますが、それが機体バランスを崩している」

「それにFE108-FHI-225が大出力過ぎる、従来の壱型と比べると推進出力は35%増し、駆動系出力でも15%増しです。
出力に対して燃料消費制御が追いついていない。 専用の制御OSでも作れば話は別ですが、神楽が言うように今やっている機内タンク増設、あれは駄目ですね」

緋色の説明に、同じ試01型に搭乗している圭介が補足説明を入れる。
近接格闘能力や生存性は格段に向上しているが、継戦能力が低すぎる。 それを補おうとすれば今度は機体バランスを崩す。
それが試01型の現状だった。

「かなり癖が有りそうね。 ベテランは兎も角、ヒヨ子たちにはとても扱えないんじゃないかしら?」

「その通りです、祥子さん。 私も実際に搭乗して実感しましたが、兎に角癖が有る。 新米はまともに動かせません。
燃費なんです、燃費問題がクリアになればもっと良い機体になる筈です。
燃料制御を改良した専用OSか、そもそも燃費の良い別の跳躍ユニット主機か。 いずれかでしょう」

緋色は基本的に気に入ったようだ。 当然か、彼女の戦闘スタイルは『ソードダンサー』スタイルだしな。

「なら、試02型はどうなのかしら? 確か異なる跳躍ユニット主機を搭載していたのではなかったかしら? そうよね、周防大尉?」

奥瀬大尉が柔らかな口調で聞いてくる。
何だか祥子や、今ここには居ない三瀬さんとは違った意味でお嬢さんっぽい人だ。

久賀と2人、無言で押し付け合う―――負けた、くそ。

「え~・・・ 試02型は01型と違い、FJ111-IHI-132CⅡを搭載しています。 これは現行の帝国軍戦術機には搭載されていない奴です」

「確か、海軍機用に石河嶋が開発したものよね?」

祥子が横から口を挟む。―――良く知っているね?

「ふふ、以前に仲良くなった海軍の衛士から聞いた事が有るのよ。 彼女、海軍の『流星』の制式採用試験時に搭乗した経験が有るのね」

ああ、確か―――海軍の鴛淵大尉、とか言ったかな? うん、そうだ、鴛淵貴那大尉。 兄貴の同期生の長嶺海軍少佐の部下だった人だ。

「そう。 惜しくも制式採用は逃したけど、その大出力は折り紙つき。 原型になったGE社のF110-GE-129は、『疾風』の壱型で搭載されていたヤツだね」

それに石河嶋が手を加えたのがFJ111-IHI-132B、米海軍のF/A-18用のGE-F414と並ぶモンスター・パワーユニットで『疾風弐型』にも一時期搭載されていた。
FE108-FHI-225と比較しても、若干だが出力が大きい。 そのパワーユニットを改良したのがFJ111-IHI-132CⅡだ。 
惜しくも採用競争には敗れたが、弱点だった燃費の悪さをかなり改善した型だ。

「燃費は77式・・・ 『撃震』や海軍の『翔鶴』の85%位。 元々F-4系の燃費は良くて、94式の10%増し位かな?」

「そうだ。 相対比較で壱型丙試02型の継戦時間は、壱型の94か95%程度に収まっているな」

俺と久賀が試02型の説明をする。―――と、同じ班の2人以外が首をひねる。 
祥子が代表で聞いてきた。

「それで何か問題が? 推進系も、駆動系も、全く問題ないのでしょう? 確かジェネレーターはCOGLAG-1100-IHI-300のよね?
あれもかなりの大容量だし、FE108-FHI-225で使用しているものより小型ではなかった?」

「継戦時間も問題無いわね・・・ 何か決定的な不具合でも?」

確かに、一見問題が無いように思えるよな。 祥子と奥瀬さんが2人して首を傾げる。 印象の似た二人だから、そうしていると何か不思議だ。
いつの間にか座に加わっている和泉さんと市川さんも不思議そうにしている。

その時、唐突に緋色が口を挟んで来た。

「確かに、一見すれば問題ありません。 出力も良いし、燃費も問題なし。 
こちらがバランスを苦労してとりながら、腕で燃費の悪さをカヴァーしている最中に小憎たらしい程に小気味良い近接機動を仕掛けてきますから」

「あら? 緋色がそこまで言うなんて。―――合格点もらえた様ね、直衛? 近接機動で彼女にここまで言わすなんてね」

面白そうに祥子が笑う。―――何か面白くないなぁ、俺だって近接格闘戦じゃ緋色には及ばないが、近接砲戦なら負けはしないんだけど。

「まぁ、まぁ、祥子、虐めなさんなって。 周防だってこれでも一応はあちこちで揉まれてきたんだしさ! ま、『一応は』だけどね!」

―――アンタに言われると、余計にムカつくんですが。 和泉大尉?

「あー、コホン。 話がズレそうなんで戻すけど。 試02型は機体の挙動制御と主機出力特性がマッチしていないんですよ」

久賀がわざとらしく咳払いしながら説明を再開する。

「特性?」

「はい、FJ111-IHI-132CⅡはトルクも太いし、パワーバンドも広い良いパワーユニットなんですが。
試02型―――いや、壱型丙の機動特性にマッチしていませんで。 時々、大雑把な操作をするとストールを起こすんです。
今日の実機戦闘訓練で周防が神楽に袈裟がけでバッサリやられたのも、そのストールが発生してリカバリーが間に合わなかった為なんですよ」

久賀の説明に、今日の訓練機動を思い出した。 急にすとーん、って感じに推力が抜けて。 機体が空回りしたような感じ。
主機がパワーバンドを再び噛むまでのほんの僅かの時間、冷や汗をかきながらスロットルを戻して再び慎重に上げて行ったが間に合わなかった。

「試01型は燃費と機体バランス問題。 試02型は挙動特性と出力特性のアンマッチ問題。 これじゃ、部隊配備はまだまだ先ですよ・・・」

「個人的には、試02型のアンマッチ問題を解決出来れば、そっちの方が良いと思う」

試01型に搭乗する圭介が、俺の愚痴の後に自分の感想を言う。
『疾風』や欧米機で戦ってきた俺達にとって、試02型の方が乗り易い事は確かだけどな。


「それより、そっちはどうなんだ? 祥子。 確か練習機だったよな?」

「ええ、そうだけど・・・ 練習機だからって侮れないわよ? 仮にも準第3世代機、腕次第で77式よりも戦闘力は上ね」

―――へえ、そんな高性能な練習機を作ったのか。

「それに、操縦特性が素直で良いわね。 癖が無いから戦術機に乗って間もない訓練生でも安心感が有ると思うの」

「そうだねぇ・・・ ちょっとパワー不足なのがタマに傷だけどさ、練習機にそこまでのパワーは必要ないしね」

「うん、ひな鳥達には丁度いい機体なんじゃないかな?」

訓練生用の機体の運用評価を、わざわざ実戦部隊の大尉クラスにさせる事も無いと思うんだが。
漏れ聞こえてくる話では、77式の代替機に使用する事も視野に入れているとか何とか。
その為に戦闘機動の評価をやっているのかね? 貧乏人の切なさだよ、ホント・・・


「壱型丙も、97式も。 俺達はあくまで数多い運用評価者の一部って訳で。 
実際、多摩基地(東京府福生市)の戦術機甲審査部やこの富士の教導隊でも一部で運用評価をしている。
結果はそれ次第って事かな?」

「確かにそうだが。 しかし周防、だからと言って手を抜く訳にはゆかんぞ?」

「緋色、それは当然だな。 是非、実戦派の衛士の声ってヤツを聞いて欲しいものだ」

「エリートさんだけじゃ、判らない事は山ほどあるしな」

俺に緋色に圭介と久賀。 これでも92年から戦場で生き残ってきた衛士と言う自負はある。
―――是非とも、戦える機体にして欲しいものだ。







消灯時間も間近になって、各々が部屋に戻る事になった。
ふと、祥子が近寄って小声で話しかけてきた。

「・・・ねえ、来月には愛姫ちゃんも後期で合流でしょ? 月末には前期・後期合同の野外行軍訓練が有るわよね?」

「ん? ああ、そうだな。 もうそんな時期なんだな」

今月末で丁度半分折り返しだ。

「行軍訓練が終われば、特別休暇を1週間貰えるわよね? 丁度お盆の時期に」

「うん、だから前から何処かに行こうかって話してたじゃないか・・・ もしかして、用事が出来た?」

祥子と旅行したのはもう4年も前の話だ。 だから久々に2人で何処かに行こうかと言っていたんだけど・・・

「あ、ううん、そうじゃないの。 その何処か、なんだけど。 海にしない?―――愛姫ちゃん達と・・・」

海ね―――海、良いね。 夏の海。 思えば祥子とは行った事が無かったな。 でもさ・・・

「なんで、ここであいつが―――愛姫が出て来る訳!?」

「うっ・・・ ごめんなさい、以前に入院中の彼女をお見舞いした時にね、そんな話をしちゃって。
つい昨日、電話で話した時にね、『夏の休暇、楽しみにしてますからっ!』って言われちゃって・・・」

―――いいよ、いいんだよ、こう言う所も祥子の祥子たる所なんです。 彼女の魅力なんです・・・ チクショウ!

「はあ・・・ もしかしてさ、緋色や和泉さんも・・・?」

「うん・・・ あ、麻衣子はね、夏は軍病院でずっと看病するって言っていたわ、源君の」

―――あの2人、とうとう本格的にくっついたか。
はあ、圭介に声をかけるか。 逃げようったって逃がさないけどな。 久賀も捕獲するか、こうなったら市川さんにも犠牲になって頂くとしよう。

「お、大人数ね、今から軍の保養施設、予約しなくちゃ・・・」

焦り、ドモリ、引き攣った笑顔で答える祥子さん。―――いいよ、可愛いから、もう・・・
兎に角、夏の予定を確認してその場を別れた。 
あとひと月半で休暇だ。 今こうしている間にも、最前線じゃBETAと死闘が展開されているが・・・ 
後方の本国に居る時くらいは良いだろう。 俺達だって任官以来、戦場で戦っている時間の方が多かったんだから。


(・・・その前に、あの暴食王め。 絶対、判っていてわざと約束しやがったに違いない)

舌を出して、してやったりとほくそ笑む同期生の顔が見えた気がした。―――ちぇ、二人きりの休暇が消えちまったよ。








[7678] 帝国編 13話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/04/20 23:21
1997年8月2日 0500 日本帝国 長野県安曇野市 穂高有明 中房温泉


朝ぼらけ。 標高1462m、ここ中房温泉は北アルプスの『入門口』、いや『登竜門』と言うべき伝統的な登山口である。
往年には多くの登山客で賑わったこの場所も、今や登山客などあろうはずも無くひっそりと静まり返っている。


「装備の確認は出来たか?」

自分の個人装備を確認しながら、他の3人に声をかける。
久しぶりに着こんだ迷彩服、頭はブッシュハット。 但し足元だけは戦闘靴ではなく、山岳戦部隊用のアルパインクルーザー。 手っ取り早い話が登山靴。

「こっちはOKよ」

「チェック完了」

祥子と緋色が振り向き応える。

「こっちもOK。 圭介?」

「もう少し・・・ っと、よし、OK」

これでパーティ4人全員、装備の確認が終わったな。 時間は0503、出発予定は0510 よし、行くか。

背嚢を背負い、89式小銃を担ぐとその重量は30kgに達する。
今回の行軍行程は2日間、普通ならその程度の夏山行だと20kgも無い程の重量で済むのだが、そこは軍隊。
小銃に弾倉、その他諸々の野戦装備を含めてこの重量、結構きつい。

「学生班第21班、出発」

「了解、出発時刻、0505」

訓練本部付きの下士官教員が時刻を読み上げる。 さて、いきますか。





『野外行軍訓練』

学生の体力低下防止、及び向上を目的とする―――教範に書かれている内容だ。 何時の頃からこんな山岳行になったのかは知らない。
6か月の教程も半ばを越し、8月に入った最初の週に行われる。 前期・後期の学生班40班を4つに分けて北アルプス2ルート、南アルプス2ルートで行う。
俺達のルートの訓練サポートは、東海・甲信越防衛を担当する改編された東海軍管区の第40師団第43軽歩兵連隊(松本市、山岳歩兵連隊)が行ってくれる。
第40師団自体が山岳師団で、山全般のエキスパート揃いだ。

俺達の21班は北アルプスコース。 昔は賑わった標準的な山岳縦走コースで特に危険は無い。
橋が落ちていたり、濁流に呑まれそうになったり、食料が無く蛇を食べたりなんかしない。
ましてや、何処からともなく自動砲台が生き返って射撃を喰らわしたりもしない・・・

「はっ、はっ、はっ・・・」
「ふっ、ふっ、ふっ・・・」

でもキツイ事はキツイ。 現在時刻、0625 出発地点を発って約1時間半が経過している。
出発して20分少々で合戦尾根に突入。 傾斜こそ急だが殆ど危険箇所が無く安心できる緩い山道。
上の合戦小屋まで4つの区間に分けて道標がある。 ま、ウォーミングアップである。
しかし暫くすると樹林帯の中の急登が続く。 急登の途中で安曇野方面への視界の開ける場所があった。 
低く雲が立ち込めている。 青空がのぞいていたし、心配していた天候の状態は大丈夫そうだ。

「これがのんびりした山登りだったら、どれだけ良かった事か・・・!」

「長門、愚痴を言わず進め。 しゃべると余計に体力を使うぞ?」

後ろで圭介と緋色の声が聞こえる。 今回のパーティは俺と祥子、圭介と緋色の4人。
最初は戦術機訓練の班分けで臨む予定だったが、21班(俺の班)と22班(祥子の班)では男女比が偏っている。
そこで祥子と久賀をトレードして、男女比を半々にしたのだ。 22班は市川さんと久賀、和泉さんと奥瀬さんの4人。 同じルートで30分前にアタックを開始していた。
―――因みに後期組の愛姫は、南アルプスに行っている。

途中のベンチ―――簡易休憩ポイントだ―――の傍に湧水地を見つけた。 何の変哲もない、熊が冬眠でもしたかのような窪地から水がまさに湧き出ていた。
さっそく、『基地の不味い水』を捨て、『北アルプスの天然水』を水筒に詰める。 ついでに皆でひと口―――美味い!


暫く歩き続けると、不意に樹林に取り付けられていた標識を見つける。―――『合戦小屋まであと7分』 よし、最初のチェックポイントまでは後1時間弱だ。

「みんな、合戦小屋まで7分・・・ 5分で行くぞ」

「了解」 「うむ」 「おう」

直ぐ後ろを歩く祥子、3番手の緋色、最後尾の圭介が答える。
少しだけピッチを速める。 予定では0740が最初のポイントのタイムリミット、今のペースだと何とかクリアできる。
随分陽が昇った。 木漏れ日が樹々の間から差し込み、気温は上昇し続けている。 午前中はまだいいが、午後になってこんな樹林帯を登るのは勘弁だな。

「―――おっ!」

いきなり広場に飛び出す。 立派な道標があった、合戦小屋に到着したのだ。 ここは標高2363m地点、中房から早くも900m程の高度を稼いだ訳だ。
現在時間は・・・

「今、何時?」

祥子は息を整えて聞いてくる。

「0645 1時間40分で到達だな。 標準コースタイムが2時間だから、結構稼いだかな」

「ここで休憩するの?」

「いや、チェックポイントの燕山荘(えんざんそう)まで標準で1時間程。 アタックタイム予定で40分、このまま行ってしまおう」

俺の提案に3人とも頷く。
のんびり山登りしている訳じゃないのだ。 各チェックポイントには担当官と補佐の下士官が待機していて、タイムチェックをされる。
区間タイムをオーバーする毎に、5kgの『プレゼント』を渡される。―――冗談じゃない、余計に体力を消耗してしまう。

「じゃ、行きましょう」

祥子の声で皆が再び歩き出す。


山道は急に視界が開けてきた。
背の高い樹林帯を抜け、ダケカンバ(岳樺)林の中を登ってゆく。 視界が開ける所が多くなり、これから縦走する縦走路の尾根が見える。 森林限界はもう直ぐだ。
今回の俺達の班の行軍行程は、中房から燕(つばくろ)岳、大天井(おてんしょう)岳、西岳を経て槍ヶ岳へ。 これが1日目。
槍ヶ岳から千丈沢乗越(せんじょうざわのっこし)を経て双六小屋、秩父平から笠新道分岐へ、杓子平を経て新穂高温泉までで2日目。

都合2日間の行軍行程だ。―――1日の標準コースタイムが15時間を超す、これを学生は11時間前後で走破しなければならない。 
標準的な山岳行だと4日間のコースだ、普通は1日で7時間か8時間が標準的な山を歩く時間だけどね・・・

「ふぅ・・・ 訓練校の総戦演の時より、体力的にはきついわね・・・!」

「でも、精神的にはずっと楽だろう? こなせないタイムじゃないし、落ちた所で次の課程に進めなくなる訳じゃない」

「それはそうね・・・」

祥子の声も少し息が荒い。 だけどピッチは落ちていない、大丈夫だ。
この行軍訓練、実は落第など無い。 無論、全員走破が条件だが、タイムアウトしても続けていられる。
―――要は息抜きの為の訓練だった。
初夏の良い季節に、昔賑わったアルペンルートを眺めながら自然に癒されて来い、って事か。
でも軍として建前が有るから、タイムアタック形式にしているだけの事。 訓練校のヒヨ子達が聞いたら、羨ましいと思うだろうか?

「おっ! 『燕山荘(えんざんそう)』だ!」

圭介の声に頭を上げるとダケカンバの林の奥、山の上に『燕山荘(えんざんそう)』がチラッと見えてきた。
燕岳の山頂の少し下にある山小屋、今は軍が管理している今回最初のチェックポイント。
やがて遂に森林限界を抜けた、燕山荘から燕岳へ伸びる稜線がハッキリ見える。 登山道は砂礫の道になってきた、最後の急登が続く・・・

「はっ はっ はっ」
「ふっ ふっ ふっ」
「ほっ はっ」
「ふっ はっ」

あそこまで行けば、最初の小休止だ! 4人とも思わずペースが上がる。 徐々に背嚢の重みが身に沁みて来る、余分なデッドウェイトの銃火器類が恨めしい。
普通より10kg近く重い装備を背負っての、このハイペース。 いくら軍人が鍛えているからって・・・

砂礫の道の途中で標高2600mを示す石の道標があった。 ここまで1140mの高度を稼いだのだ、そして小屋まであと110mの高度を稼げば到達!
暫くすると左の斜面の上部に小屋が見え始めた。 道は整備された段差のある『階段の山道』、歩きやすい半面、結構体力を使う。


「~~~ッ っしゅあ!」
「到着~!」
「はあ!」
「ついたぜー・・・」

標高2710m、燕山荘に到達! 時間は・・・?

「第21班ですね、現在時刻0725、アタックタイムは2時間20分です」

ポイント管理の下士官が時刻を教えてくれる。 制限時間は2時間40分だから、20分を稼いだ訳だ。

「はあ、はあ・・・ よし、時間も丁度いいし、ここで小休止しよう」

「そうね、朝食時だし」

山荘の脇のテーブルに陣取り、背嚢から携帯糧食を取り出す。 と言っても、ビタミン添付のスティックバーを2本に水筒の水だけだけど。

「うわあ・・・ 綺麗ねぇ・・・」

眼前に広がるパノラマに祥子が思わず感嘆する。 つられて見た緋色は思わず口を開けたままだ。
快晴の青空に、燕岳から高瀬川の流れる大きな谷を隔てて、『裏銀座』の峰々が大迫力で連なっている。
烏帽子岳に野口五郎岳。 更に南方面に向かうと水晶岳、鷲羽岳と続いていく。
そしてその更に左手、北鎌尾根と東鎌尾根の頂点に目差す槍ヶ岳がすっくと聳えていた。
その雄姿たるやまさに天上の槍の如くだ。―――大槍、小槍もくっきり見える。

今回のコースは一般に『表銀座』と呼ばれる、北アルプスでは実に有名な山岳縦走コースだ。
初心者でもなんとか歩けるコースとして、昔の平和だった時代には賑わったそうだ。 そしてその眺望も素晴らしい。

「祥子、緋色、そっちの斜面を見てみな。 『女王様』がいらっしゃるぞ?」

「女王様?」 

「ん?」

祥子と緋色が、訝しげな表情で少し離れた斜面を覗きこむ。 そして・・・

「あら!」

「可愛い・・・」

2人とも思わず笑顔が出ている。 彼女達が見ているのは高山植物の女王、『駒草』 
高山植物の中でも特に気品が有ると言われて、高山のザレた稜線のみに咲く花。 薄いピンクの花弁が美しい高山に咲く貴婦人だ。


―――因みに、燕岳周辺の岩はけっこう奇妙な形をしたものが多い事に気付いた。 中には人差し指で燕岳を指さしている様な岩まであったりした。

『ご覧、あれが燕岳よ』(水嶋大尉)
『わかっとるわい!』(木伏大尉)

―――って感じだ。

もう少し指の位置が真ん中よりだったら、FU○Kしているみたいで非常に愉快だと思ったのだが。
流石に八百万の神々は西洋文化を知らず、そこまで愉快な細工を岩に施さなかったか。
そんな感想を圭介と二人、こっそり話し合って笑い飛ばしていた。 
祥子と緋色が不思議そうに見ていたが、とてもあの2人には話せない。


―――閑話休題、それはさておき。
素晴らしい眺望と、綺麗で可愛らしい高山の花々を眺めながら。 その後は15分で食事を済ませ、いよいよ表銀座縦走路に突入する。 
まずは大天井岳方面に向け進み、『蛙岩(げえろいわ)』を目指す。
この尾根はあまり激しい上り下りが無いので、速歩程度に気持ち良くピッチを上げる事が出来るのだ。
稜線上のなだらかな縦走路を気持ち良く飛ばす。 あっという間に燕岳は後方に遠ざかってゆく。 暫くすると『蛙岩(げえろいわ)』が見えてきた。

「でも不思議ね。 どうしてこのように読むのかしら・・・?」

「そうですね・・・ 周防、何故だ?」

「・・・知らん」

カエルいわ、じゃなくて、げえろいわ。 カエルがゲロゲロ鳴くからか? でも、こんな高山にカエルが居るか?―――謎だ。

大天井岳へ続く稜線を進む、天上沢の谷から吹き上げる風が結構きつい・・・。 まだ迷彩野戦服を脱ぐ気にはなれない。
快晴でも、標高は2500m以上だ。 気温は15℃前後、おまけに沢からの吹き上げがキツイ。 体感温度はもう少し低いだろうな。
後ろの3人とも、暫く無言で歩いている。 余計な体力は消耗したくない、今日の本番はまだまだこれから待ち受けているのだから・・・






同日 1200 北アルプス西岳 『ヒュッテ西岳』


第2チェックポイントの西岳ヒュッテで昼食を摂りながら休憩中。
本当の名称は、『第43軽歩兵連隊・西岳駐留分所』 でもそんな野暮な正式名称は誰も言わない。
43連隊の連中だって、『ヒュッテ西岳』と、往年のアルピニスト達が愛した山荘の名で呼んでいる。―――他の山小屋もそうだ。

「本日、最大の難関ね!」

「何とか体力は温存してきました。―――やりましょう!」

―――祥子と緋色が北鎌尾根、そしてこれから挑戦する本日最大の難敵・東鎌尾根を見つめている。 ・・・訂正、睨みつけている。 怖い。

「・・・なあ、あの2人、なんであんなにテンション高いんだ?」

圭介がこそっと聞いてくる。―――俺に判るか。
それより東鎌尾根だ、ヒュッテから最低鞍部の水俣乗越(みずまたのっこし)まで約220mを一気に降下する。
そこからは延々と槍の頂上まで『鎌の様な険しい急峻な尾根』の登りが続く。 
水俣乗越から槍ヶ岳山頂まで、約720mを一気に突き上げる急登の尾根だ。 ・・・大丈夫かな、あの2人。 変にテンション上がり過ぎなきゃいいけどな。





「きゃあ~~っ!!」

いきなり背後で悲鳴が上がった。
反射的に振り替えると・・・ 祥子と緋色がいないっ!?

「落ちたぞっ!!」

圭介が険しい表情で急な斜面を見下ろしている。
見ると直ぐ数m程下の急斜面に、祥子と緋色が必死になって草の幹にしがみつき滑落を止めている。

「祥子! 緋色! 無事か!? 怪我は!?」

「・・・だ、だいじょうぶ・・・」

「あ、ああ・・・」

2人とも茫然としていた。
水俣乗越までの下りは急だ。 右手はほぼ垂直の岩肌、左手もこれまた急峻な絶壁、道幅は1mも無い。 所によっては数10cm程だ。
草むらのすぐ下はポッカリ切れ落ちて空間が空いている。 急遽ロープを降ろした。 
2人とも必死で体勢を立て直し、ロープを握り締めジリジリ這い上がってきた。―――助かった。

「ゆ、油断したわ・・・ 岩壁の鎖を掴んでいなかったの」
「わ、私もだ・・・」

―――なんだと?

「このっ・・・ バカ! だから言っただろ! 知らずに疲労しているんだって! 大方、石に躓くかなんかしたんだろう!?
もう今日は7時間以上、ハイペースで飛ばしているんだ。 いくら俺達が普段から鍛えているからって・・・ 山を舐めるなよっ!?」

「同意。―――こればっかりは、綾森さんも緋色も。 直衛の言う通りだ」

思わず大声を出してしまったが、本当に心臓が止まるかと思った。
あと1m落ちていたら・・・ 2人とも助からなかった、滑落死していた筈だ。

「ご、ごめんなさい・・・」
「反省している・・・」

「ま、まあ、気を付けてくれればそれで良い・・・ ところで怪我は?」

「ちょっとだけ。 擦り傷が・・・」
「少し腰を打った・・・ 切り傷も、な・・・」

2人とも大怪我はないが、所々血が噴出したり、滲んだりしている。 ひとまず安全なところまで降りよう。 水で傷口を洗った方が良い。

途中で水筒の水で彼女達の傷口を洗い流し、ファースト・エイドから消毒液と絆創膏を取り出して処置をする。
その後は少し慎重に、若干ゆっくりとしたペースで下る。 所によっては道どころじゃない。
切り立った急峻な岩場の尾根に、鎖と申し訳程度の梯子だけがついている場所とか。 
幅20~30cm程度の丸木を渡しただけの、一歩踏み外すと数百m真っ逆さまと言う場所も有った。

そんなこんなで、ようやく水俣乗越に到着。 一息入れる。
眼下には槍沢が展望出来た。 槍の山頂から遥か上高地まで続く広大な谷間だ。 今日はこの綺麗なU字谷を上から眺めながら登る。 
何時だったか写真で見たスイスアルプスの谷間の風景に似ている気がする。
既に失われた美しい風景と同じパノラマが、この日本にはまだ存在する。 それが嬉しい、これも日本アルプスの魅力かもしれない・・・








「ぜえ、ぜえ、ぜえ・・・」

「ひっ、ひゅ、ひっ・・・」

「はあ、はあ、はあ・・・」

「んっ、はっ、はっ・・・」

4人とも息が荒い。
水俣乗越から登り始めて2時間以上。 ひたすら急峻な登りにアタックし続けた。
急な痩せたガレ尾根にかかった連続した梯子、垂直の岩場、オーバーハングで下がすっぱり切り落ちている場所に申し訳程度にかかる鎖場。
ようやく土の道かと思えば、足を取られ易い砂礫の急登。 道幅は狭く、九十九折りになっているが登りの角度が急だ。
休憩できる場所も無い、精々が立ち止り息を整えるだけ。 その間に水を少し口に含む、飲み過ぎると一気に脱力感に襲われてしまう。

午後も1500時近くになって、急に風が出てきた。 沢から吹き上げの冷たい風に、汗だくの体から体温を急激に奪われる。
慌てて防寒具を着こんでアタックを再開するが、体が重い、思うように脚が進まない。

「ちく・・・ しょう! はあ、はあ・・・」

「ひゅ・・・ ひゅ・・・」

「ぜっ・・・ ぜっ・・・」

「ペース・・・ 落と・・・ すか・・・?」

何とか言葉を出せるのは俺と圭介の2人だけ。 祥子と緋色は絶息も甚だしい。

「これ・・・ 以上・・・ 落としたら、止まっちまう・・・ぞ」

東鎌尾根上部を這うように歩き続ける。
さっき『ヒュッテ大槍』を通過した。 今は全く無人の緊急避難施設に指定されているかつての山小屋。
岩場を一歩一歩踏みしめながら歩き、ガレ場に足を取られながら槍の穂先のトラバースに入る。 最終段階に突入だ、しかし身体が動かない・・・

背にした背嚢が50kgにも60kgにも思えて来る。
東鎌尾根の途中、体力を消耗した祥子と緋色の装備の一部を俺と圭介で分担した。
彼女達の装備重量は20kgちょっとに減ったが、反対に俺と圭介は40kg近い荷を背負う事に・・・

「うわっ・・・!!」

不意に足を取られて転倒してしまう、浮き石を踏んだらしい。
幸いと言うか、ここまできたら転倒しても滑落死する様な傾斜じゃないから助かったが・・・ 足にきている、太ももが軽く痙攣を起こしているのが判る。

「・・・だいじょうぶ?」

祥子がふらふらしながらも、心配そうに声をかけて来る―――彼女も膝が笑っている。

「肩・・・ 貸すわよ?」

「・・・止めとけ。 さっきの緋色見たく、途端に2人そろってすっ転ぶぞ?」

つい5分前、同じようにバテて転倒した圭介に肩を貸した緋色が・・・ そのまま仲良く一緒に転倒してしまった。
4人とももう踏ん張りが利かない。 後は意地だけでゴールまで行くしかないな。

再びゆっくり歩き出す。 もう目の前なんだ、もう本当にすぐそこに見えている。
小屋も、担当官や助教の下士官達も。 ああ、先発していた他の班や別ルートから登ってきた班の連中も。

「周防! 長門! へたばるのは早いぞ! ドーヴァーの乱痴気騒ぎに比べちゃ、ずっと楽だろうが!!」

―――久賀め、言ってくれる。

後ろを振り返り、3人に目で合図する。 3人とも頷いた。―――舐められてたまるか。

声にならない気合を発して、最後の数10mを一気に飛ばす―――筈だったが、引き摺る様な足取りで進む。

30m―――久賀が何かがなっている。 市川さんも何か言っている。
15m―――和泉さんと奥瀬さんの声が聞こえた。 何を言っているのか咄嗟に判らなかった。
5m―――倒れそう。 ヤバい。

―――ゴール!!

「ぜっはあ!!」

つ、ついた・・・ やっと到着・・・ 時間は・・・

「はあ、はあ、はあ・・・ だ、第21班、到着・・・」

「第21班到着、確認! 現在時刻、1545! アタックタイム、10時間40分で有ります!」

―――10時間40分

タイムリミットは11時間だったから、20分の差で何とかセーフ!! 中房から高度約1560mを稼いだ訳だ。
俺も圭介も、祥子も緋色も。 暫く声が出なかった。 標高が有るから空気が薄い、なかなか呼吸が整わない。
先に到着していた22班の4人に背嚢を外して貰い(情けない事だ・・・)、ようやく一息ついた。


その後、暫く息を整えてから4人で槍の穂先(山頂)へ登った。
酷く狭い山頂からの眺望は素晴らしいの一言だ。 穂高連峰がその荘厳な雄姿を連ねている。
下を見ると槍ヶ岳山荘と大喰岳(おおばみだけ:3101m)が直ぐそこに見える。
天上沢方面を俯瞰する。 深く切り込まれた沢と斜面の緑、そして雪渓の白の対比が美しい。 太陽の光が稜線と雲の影を沢の底にくっきり映し出している。
踏み越えてきた大天井岳より伸びる『喜作新道』 祥子と緋色が滑落して危なかった、西岳から水俣乗越への下降路も綺麗に見える。

吹き抜ける冷たい風が今は心地良い。 夏の高山の陽光が輝いている。 見上げた蒼空はどこまでも突き抜けて行きそうな、深い、深い藍の色だった。

「・・・美しいな」

緋色がポツリとこぼす。
そうだ―――美しい。 この国は美しい。









1997年8月3日 1530 日本帝国 岐阜県高山市 奥飛騨温泉郷 新穂高温泉


「着いたぞー!」
「完全走破!」
「やっと終わった!」

俺で、圭介で、久賀。
2日目の最終ゴール、岐阜県側の新穂高にようやくゴールした。 時刻は1530、今日の走破タイムは11時間30分。

今日は0400、真っ暗闇の早朝に出発。 第21班の4人だけじゃなく、第22班も同行して8人パーティでにぎやかにする事にした。

途中で拝んだ『御来光』は本当に荘厳の一言だった。
谷に朝日が差し込むと景色が色彩を帯び、一気に空気が動き出す。 幽谷の沢に沈んでいた雲が、光を浴びて急上昇を開始する。
見渡す限りの稜線にも朝日が当り、振りかえると朝焼けの光と雲海が作り出す素晴らしい光景が展開していた。

そこから雪渓を渡り、高山植物が咲き乱れるお花畑に魅入り。 快晴の中、気分良く登り、降り。 爽快な楽しい山歩きである。
そして標高2720mの笠新道分岐から新穂高温泉郷まで、一気に高度1630mの大下降!―――実は今日のこの下りの方が厳しかったのだ、足にくる。

そして遂に林道に到達! 笠新道分岐より3時間35分を要してしまった。
「平らなところが嬉しい!」―――祥子が思わず叫んだ、まさにその一言に尽きる・・・。


ゴールしたその足で、指定された軍委託の温泉旅館へと直行する。 この辺はまだ民間のこうした旅館が営業しているんだな・・・
昔ながらの風流な露天風呂に浸かる。 遥か彼方に昨日登った槍の穂先が見えた。
槍が見えるのは数ある露天風呂の中でこの一か所だけ、それも男湯。
女性陣には悪いが、圭介や久賀、市川さん。 そして途中で合流した他の班の連中も交じって、ワイワイ賑やかに湯に浸かりながら風景を楽しんだのは愉快だった。




温泉に浸かり2日間の疲れを癒し、学生仲間同士で久しぶりに娑婆の美味い食事と酒を満喫し。
ほろ酔い加減の良い気分で旅館をふらっと出たのが、2100時。

ちょっとのぼせた、勢いに任せて飲みすぎたかな・・・ 火照った体と頭を覚まそうとしたのだが―――先客がいた。

「・・・祥子?」

前の影が振り返る―――浴衣姿の祥子だった。

「んふふ~・・・ なおえ?」

―――いや、浴衣姿の酔っ払いだった。

「まったく・・・ 祥子は酒は弱いんだからさ、あんなに飲まなくても。 和泉さんも容赦しないからなぁ・・・」

ふらふら、千鳥足ぎみの祥子の体を支えてやる。

「いい気持ちよぉ~・・・?」

「はいはい・・・ 少し酔いを覚ましな、水でも貰おうか?」

「い~ら~な~い~・・・」

その瞬間、かくんっ、と祥子の膝が崩れる。
慌てて支えて、近くの籐椅子を見つけそこに一緒に座る。 いや、俺も何処か座り込みたかったんだな。

祥子がちょこん、と頭を俺の肩に乗せてきた。 彼女の方を見ると―――何気に乱れた、ちょっと開いた胸元が白く艶めかしい。
ここでケダモノになるのは、帝国軍人としてあるまじき事だぞ、うん。

―――っと、祥子が何か言いたそうな表情だ。

「どうかした?」

「・・・私、指揮官向きじゃないのかしら・・・?」

「・・・どうして?」

「ん・・・ 私が先任なのに、今回リーダーシップは直衛か長門君が取ってた、ずっと・・・ 私は何も出来なかったもの・・・」

意外と―――いや、そうじゃないな。 根が真面目な彼女らしい悩みだ。

「別に意識した訳でも、祥子を蔑にした訳でもないよ・・・ 俺も圭介も、祥子と緋色がいたから突っ走れただけさ」

「そうなの・・・?」

「うん、そう。 俺はそう。 多分、圭介は緋色がいたから突っ走った。 彼女は―――普段はああだけど、いざとなれば一歩引いて見守れるやつだから。 祥子もそう」

だから気にする事は無いのにな。 俺と圭介だけだったら、何処まで突っ走ったか判ったモノじゃない・・・

「・・・ちょっと落ち込み回復。 すこぉし、自信回復かな・・・」

「回復して下さい。 じゃないとみんな困る。 俺も困る」

「・・・直衛も?」

「うん、俺も」

「そっか・・・ そっ・・・ か・・・」

―――んん? 何か、肩のあたりで健やかな息の音が・・・

「・・・こんな所で寝るなよ、祥子。 風邪ひくぞ?」

「ん・・・ んん・・・」

―――駄目だ、酔い潰れたよ。



見上げれば満天の星。 真っ暗な夜空に、無数のガラス細工の欠片が散りばめられた様だ。

「・・・美しいな」

緋色が昨日言った言葉を思い出して、俺も言ってみる。

そうだ―――美しい。 この国は美しい。 美しいのだ。





[7678] 帝国編 14話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/05/08 16:34
『半島戦線、中韓連合軍による大規模反攻作戦を実施。 BETA約2万を殲滅、損害は軽微―――「東都日報」』

『本土防衛体制は万全の態勢。 本土防衛軍司令部広報部発表―――「帝都新聞」』

『食糧配給限度枠の見直しを内務省と農林省が検討―――「旭日日報」』

『更なる増税、軍事予算枠拡大か? 市場に反発、軍需産業株価は上昇―――「帝国経済新聞」』









1997年11月10日 1930 神奈川県 鎌倉


「景気の悪くなるような記事ばかりだなぁ・・・」

所謂、『大本営発表』に食糧事情の悪化に、景気の悪化。 読んでいて溜息が出る。―――確かN.Yでも似たような事が有ったよな・・・

「え? 何? 何か言った?」

台所から祥子が顔を出す。 彼女の部下達が今の姿を見たら何て言うだろう? 
地味な色合いのタートルネックのセーターに、ごく普通のスカート。 その上にエプロンをつけて―――夕食を作っている最中だった。

「何でもない。―――メシはまだ? 腹減ったよ」

「もうちょっと待ってね、すぐできるわ」

「はいはい・・・ って、おお? 肉じゃが?」

「ええ、直衛、好きでしょう? それと煮物と酢の物。 多分大丈夫・・・ だと思うわ・・・」

「大丈夫だって、何度も作って貰っているし。 美味しかったよ」

「そう? ふふ、じゃ、大丈夫かな?」

さっき急に祥子の声がトーンダウンしたのは、先日初挑戦したメニューで大失敗したから。
口に入れた瞬間、何とも言えないその味に吃驚したけど。 兎に角何も言わずに全部平らげた。
もっとも俺が食べる様子を見終わった彼女、自分で口に入れた途端に泣き出しそうな表情で俺を見てたけど、ちょっと恨めしそうに・・・

『美味しくないのなら、ちゃんとそう言ってよぉ・・・』

そんな他愛無い毎日を満喫している、2人して。

この鎌倉に下宿を借りたのは10月に入ってから。 
以前に借りていた立川の下宿を引き払い、どうせならと、祥子と隣同士で借りた下宿だった。

富士学校での半年間に及んだ『幹部上級課程』を修了した後、部隊に戻ったら待っていたのは転属命令だったと言う訳。
第18師団、その中の第181戦術機甲連隊への転属命令。 さすがに驚いたが、内実を知る身としては不思議ではないとも納得した。
その第18師団は神奈川の辻堂演習場に隣接した基地を本拠地にしている。 で、『通勤』にさして無理が無い鎌倉に下宿を借りたと言う訳だ。

「さ、できた! 直衛、お皿によそうの、手伝って」

「はいよ。 お? 美味そう」

食器棚からいくつかの食器を取り出して並べる。 そこに祥子がお玉と長箸で丁寧によそっていく。
転勤が無ければ、いつもいつもこんな事は出来なかったかもな。 俺の下宿と祥子の下宿は、以前はちょっと離れていたから。
行き来が無い訳じゃ無かったけれど、そう頻繁にと言う訳じゃ無かった。 内心では、18師団への転勤様さま、と言う気分が無い訳でも無い。

その第18師団は2月の遼東半島でかなり叩かれた。 生き残った者でも衛士復帰が無理な連中も多い。
そこで行われたのが、比較的人的損失の少なかった第14師団から引き抜きをかける事だったのだ。
同時に本来は甲編成師団だった第14、第18の両師団は乙編成師団に改編された。 甲編成だと戦術機甲大隊が5個(旅団)必要だが、乙編成だと3個(連隊)で済む。
無理をして甲編成師団を2個充足させるより、さほど無理なく乙編成師団2個に改編する方が戦略単位である師団数の維持に都合が良い、軍上層部はそう判断したのだろう。


「でもさ、煮物なんて作るって言ってたっけ?」

「私が作ったんじゃないの、頂いたのよ」

「貰った? 誰に?」

「この近くでおかずを頂けるような知り合いよ? 限られているでしょう?」

―――想像したくない。 想像したくないが、思い描く人物像は限りなく一人だけだ・・・

「広江中佐よ、直衛がさっきちょっと留守している時にね。 『作り過ぎたから、食べなさい』って」

―――想像出来るか? あの鬼の中佐が、台所に立って料理をしている姿を!?

「失礼な事言わないの。 中佐もお母様よ、ご自宅じゃ料理位するわよ。 お嬢ちゃんももう2歳だったかしら、可愛い盛りでしょうね」

「・・・」

「ん? どうしたの?」

「・・・何でもない」

―――正直、今の俺は限りなく世の不可思議さを思い知らされているのだから・・・
広江中佐は、大佐に進級している夫君の藤田大佐、そしてお子さんの3人でこの鎌倉に住んでいる。 一人娘のお嬢さんは今年で2歳になったとか。

第14師団から第18師団に『移籍』したのは、まずは中佐に進級した広江直美中佐。 彼女が連隊先任大隊長となる(兼・副連隊長)
そして14師団では第5大隊長を務めていた荒蒔芳次少佐。 残る1人の大隊長は18師団生え抜きの森宮右近(もりのみや うこん)少佐。
森宮少佐はこの9月末に少佐に進級したばかりの若手佐官だ。(荒蒔少佐も、若手の少佐だけれど)

因みに広江中佐の夫君である藤田大佐は、第14師団と第18師団、そして第29師団とで再編された第9軍団の主任作戦参謀である。
当の本人はせめて連隊長職に復帰したかったらしいが、乞われて軍団司令部に身を置く事になったようだ。

そして今回の改編を機に、戦術機甲部隊の編成内容にも変更が加えられた。
従来は3個中隊・36機で1個大隊だった。 今回これに大隊指揮小隊(4機)を加えて1個大隊を40機で構成するようになった。

これは従来だと大隊長が第1中隊長を兼務し、更にその中の第1小隊長をも兼ねる・・・ 
大隊長は大隊指揮と中隊指揮と小隊指揮、1人3役をこなさねばならなかった。
流石にこれは無理がある。 結果として大隊指揮が疎かになったり、逆に中隊・小隊指揮が出来なかったりと。
実は前線での大隊長(中佐・少佐級)の戦死率の高さは中隊長のそれよりも高い。 当然だ、人間は頭が一つしかないのだから。

大隊長を大隊指揮に専念さす為に大隊指揮小隊制を採用し、その指揮小隊の指揮官を中尉が務める。
大隊長機の直接護衛を3機で行おうと言うのがその任務だ。 その為に大隊の大尉級中隊長は、今までの2名から3名に増えた。
その結果、大尉で14師団から18師団への転属者の数も増えた。


「でもさ、転勤って言っても、面子は半分以上馴染みの面子なんだよな。 新鮮味が無いと言うか・・・」

テーブルに付いて食事を始めた途端、その事に思い至ってふと漏らす。
そうなのだ、転勤と言ったら初めての環境で戸惑う事も多いものだが・・・ 今回はちょっとなぁ。

「そうね、まずは木伏大尉でしょ、それに私に直衛に・・・ 愛姫ちゃんに緋色。 14師団の面子がごっそり移籍だったものね」

木伏大尉が大尉の最先任者として着任した。 因みに木伏さんの同期、水嶋大尉は14師団の最先任大尉として残留している。
大尉の次席が祥子―――綾森祥子大尉。 彼女の場合も同期の和泉大尉、三瀬大尉が14師団に残留した。 ・・・源大尉はリハビリ中だ、何とか復帰は可能らしい。

それから俺と、俺の同期生達―――周防直衛大尉、伊達愛姫大尉、神楽緋色大尉の3名が移籍した。 同期中の先任者は愛姫―――伊達愛姫大尉。
少尉の時は俺の方が先任だったが、国連軍へ出向する事になった『あの事件』や、中尉進級が国連軍時代だと言う事もあって、俺がその都度士官序列を下げられた結果だけど。
その愛姫は本来なら12月まで『幹部上級課程』の筈だったが戦況逼迫の折、期間が2カ月も短縮されたそうで、今月の頭に部隊に着任してきた。

「まあね、でも14師団残留組も同じくらいは居るよな」

「それは・・・ 流石に軒を貸して母屋を取られる、何て事は拙いでしょう?」

圭介は14師団に残った。 そして俺達同期3人の代わりに、やはり同期の永野蓉子大尉と、古村杏子大尉、それに半期下の間宮怜大尉が着任した。
永野と古村は94年の『大陸打通作戦』以降は本土防衛軍に転属していたが、久々の陸軍―――戦略即応部隊への復帰と言う訳だ。
間宮は昨年の10月に転属していたが、1年後に古巣に復帰してきた。 後は間宮の同期生が2人、14師団に着任していた。

第181戦術機甲連隊の残る大尉級の衛士は、元々18師団だった市川英輔大尉と葛城誠吾大尉、そして・・・

「まさかあの2人がなぁ・・・ 時期的にはおかしくない、おかしくないんだけどな・・・」

「何? 不満なの、直衛?」

箸を持つ手をピタッと止めて、祥子が軽く睨んでいる。―――拙い、あの2人は祥子が可愛がってきた元部下だ。

「いや、不満とかじゃないよ。 ただほら、俺にとっては新任の頃の印象が強いからさ」

「直衛にとっては新任でも、私にとっては今まで苦楽を共にしてきた大切な部下だったのよ。
大丈夫よ、あの2人は立派にやれるわ。 私よりも中隊指揮は上手いかも知れないわね」

身びいきが入っていないと思いたい。
そう、第181戦術機甲連隊の残りの2人の中隊長は―――美園杏大尉(1997年9月30日進級)と仁科葉月大尉(同)だったのだ。
俺にとってもかつて後任の新米少尉だった2人。 かつて俺自身のドジで、初陣を見てやれなかった2人。


「・・・大丈夫だろうな。 今までも祥子の右腕と左腕だったんだし。 あれでいて図太い連中だし、案外細かいところにも気が付くし」

その2人がもう大尉で中隊長か・・・ なんて感慨にちょっとだけ浸ったりもする。
横で祥子が嬉しそうに微笑んでいる。 彼女にとっては身近な存在なのだ、俺も、美園と仁科も。

「ところで直衛、さっき何言っていたの? ぶつぶつと・・・」

「ぶつぶつって・・・ これだよ、これ」

新聞を手渡す。 その紙面を覗いた祥子が、『ああ、これね・・・』と言わんばかりに頷いた。

「結局、再派兵ですもんね」

「流石に噂の有った1個軍は無理だよ、1個軍団は妥当な線だったんじゃないかな?」

「それにしてもまた増税ね・・・ お母さん、遣り繰り苦労しているんだろうなぁ・・・」

―――最後の祥子の呟きが、妙に実家のお袋を思い出させたが。

「再派兵自体はもう数か月前には決定していたそうだしな、実際の派兵は7月に実施されたし」

帝国は今年の7月、半島防衛の為に1個軍団を再派兵していたのだった。
時は数か月前に遡る・・・















1997年5月25日 京都 総理大臣官邸


「・・・それは難しいと言わざるを得ませんな、珠瀬次官」

ようよう、絞り出すような声色で榊是親首相が答える。
予め予想はしていたのだろう、別段驚きはしない代わりに微かに失望の色を見せた珠瀬玄丞斎国連事務次官は、それでも繰り返し要請する。

「首相閣下、東アジアの戦況が逼迫している事はご承知の通り。 
韓国は満洲から引き揚げた中国軍残余を臨時に指揮下に編入し、これに国連太平洋方面総軍第11軍が加わって辛うじて中部戦線を支えています。
しかしながら戦況は芳しくありません、既にH20・鉄原ハイヴがフェイズ2に達した事が確認されました。
中部防衛線の北緯37度線にも、BETAの圧力は日増しに強くなってきております」

一旦言葉を切り、榊首相を改めて見据えて珠瀬国連事務次官は腹に力を込めて言う。

「増援を―――日本帝国からの再度の援軍を半島に。 国連からの要請だけではありませんぞ、閣下。
中国、大東亜連合、そして―――韓国大統領よりの親書は帝国政府に、政威大将軍殿下に、そして皇帝陛下へ届いている筈ですな?」

その場に同席する閣僚―――杉原畝慈外相、米内充正国防相が渋い顔をする。

『The Emperor reigns, but does not govern―――皇帝は君臨すれども統治せず』 

日本帝国の3権(立法、行政、司法)の源とされるのは日本帝国皇帝である。
そして国事全権代行者である摂政・政威大将軍が3権の統轄代理執行を行うと言うのが、日本帝国憲法に記された内容だった。
しかしながら実際は慣習法(憲法的習律)に従い、議会(立法)、内閣(行政)、裁判所(司法)が各々の統治権力を分け合っている(これは英国のシステムとほぼ類似する)

2人の閣僚が渋い顔をしたのは、実質政治からは既に乖離した存在である皇帝、政威大将軍と言った『帝国の象徴』である存在に訴えかけたその手法だった。
皇帝と政威大将軍はそれぞれ政府・議会に対し裁可しない権限―――拒否権を有している。
が、これも慣習法(憲法的習律)に従い裁可を拒否することはなく、儀礼的に裁可するのが通常で有った。

しかしだからと言って、政府や議会が皇帝と政威大将軍の権威を蔑にしているのではない。
皇帝と政威大将軍は今日では本質的に慣習と民意により権力の行使を制限され、儀式的な役割を果たすに留まっている。
そして、“首相の相談を受ける権利”、“首相に助言する権利”、“首相に警告する権利”の3つの基本的権利のみ行使するとされる。

しかしながら、首相が毎週皇帝と政威大将軍に非公開に(公式ではある)面会を行い、国政についての報告を行う事(“内奏”)と、前述の3権を賜る事(“奏上”)は行われている。
皇帝や政威大将軍の在位・在職期間が長くなるほど経験や知識も積み重ねられ、面会による首相へのアドバイスの重要度は増す。
これらの制限から『皇帝(実は政威大将軍も)は、君臨すれども統治せず』という原則に忠実に従っていると言える―――ここが意外な盲点だった。

代替わりしたばかりで就任した直後の新政威大将軍―――煌武院 悠陽―――は未だ14歳。
アドバイスも何も有ったものではない、将軍自身が未だ専属の教育係に付いて学んでいる最中だ。 これは問題無い。

が、今上皇帝は御年(おんとし)既に壮年であり、経験・知識共に豊富な上にその資質は英邁の君主と内外から言われている。
国政に対し関与する事は無いが、それでもその『御言葉』の重みは帝国に生きる者にとって決して無視出来るものではない。

元老院、そして内府(宮内大臣、および宮内省)は抑えてあるが、城内省までは抑え切れていない。
もしその『御言葉』が城内省経由で外部に漏れ、そして政府の対応がその内容に反するものであったとしたら―――国民が政府を見る目は急激に悪化するだろう。

有り態に言って、『余計な事を・・・』と言うのが帝国政府の本音だった。


「・・・陛下も、殿下も今般の国際情勢には深い憂慮を示されております。 
我が国は決して同盟国との関係を、国連との関係を蔑にする意図はありませんぞ、事務次官」

「では改めて要請します、首相閣下。 追加増援を1個軍。
国連軍事参謀委員会は極東方面の戦況を考慮し、貴国に対し戦力再派兵を絶対的かつ緊急に要請します」

榊首相の言葉を通訳から聞き、文字通り解釈した国連軍事参謀委員会・軍政局第8部(渉外)から派遣されたクレマン・ランベール仏軍中将が切り出す。
その言葉に思わず目を剥いたのは米内国防相だった。 ランベール中将の言葉は要請の名を纏った、実質的な『命令』に近いものだったからだ。

「待たれよ、中将! 我が国はこの2月に遼東半島で大損害を被ったばかりだ。 1個軍団が壊滅し、残る1個軍団も半壊した―――1個軍が全滅したのだ!
その上で更に1個軍の追加派兵などと! 本土防衛戦力に支障をきたす! 国連は、安保理は加盟国に対してそこまでの強制力は無いぞ!」

「軍備以前に戦費が足らぬ、国連は帝国を破産さすつもりか!?」

米内国防相の悲鳴に、杉原外相も声を荒げる。

「小田切大使、安保理はそこまで要求しているのかね?」

それまで黙って成り行きを観察していた小田切左門・日本帝国国連特命全権大使が、榊首相の問いかけに静かに首を横に振る。

「いいえ、閣下。 確かに1個軍と言う話も出ました、主に中国と米国からですが。 
しかしながら現在の帝国の現状に照らし合わせ、余りに現実的な数字ではないと拒否しました。
安保理では英国、ソ連、豪州も賛同。 フランスは棄権―――その数字は4:2で否決された筈ですな、ランベール中将?」

「―――あくまで軍事参謀委員会の意見です、首相閣下、大使閣下。
純粋に軍事面で見た場合の数字であり、小官は軍人―――軍事の専門家であり、政治と外交には関与致しません」

しれっと言い切るランベール中将を、榊首相を含む日本側が苦笑しつつ見る。
こう言う厚顔さ―――外交的強かさは、なかなか日本人が持ち得ない部分だ。

珠瀬事務次官が最後に絞り出す様な口調で、榊首相に要請した。

「いずれにせよ、国連は日本帝国に対し再派兵を要請します。 正式な要請は後日国連安保理にて。
本日は安保理、そして事務総長の内々の打診と協力要請言う事で―――帝国の実情は私も理解しております、しかし私は国連の人間でも有ります。
ランベール中将の言われた数字は純軍事上の必要数ではあります。 が、国内事情を差し引いても、何とか再派兵を・・・」




会見が終わり国連特使の2人が退去した後の首相官邸には榊首相の他、米内国防相、杉原外相、小田切国連特命全権大使の3人。
そして急遽招集された高橋是明蔵相と城戸幸助内相(内務大臣)が居た。

「正直、珠瀬さんもやり難い立場でしょうが・・・ 流石にそうおいそれと再派兵は無理でしょうな。 どうです? 米内さん」

杉原外相の問いかけに、渋い顔のまま米内国防相が答える。

「今年2月の損害を回復出来ておりませんぞ。 比較的損害の少なかった海軍は兎も角、陸軍は正直言って国連の要求する戦力など逆さに振っても捻出できませんな」

実際に2月の時点で現地司令部より損害報告が陸軍参謀本部に入った時には参謀総長以下、参謀本部の高級参謀一同が蒼白になったと言う。
今までも大陸で損失を受けてきたが、今回の様に1個軍が全滅する様な損失は初めてだった。

「おまけに、中国東北部―――満洲全域の失陥の報を受けた本土防衛軍の連中が騒ぎだしましたからな。 陸軍に配属していた師団をいくつか、本土防衛軍に移管したところだ」

「―――出せるとして、どの位の規模になるかね?」

米内国防相と杉原外相の遣り取りを聞いていた榊首相が、今度は米内首相と高橋蔵相を交互に見て問う。

「軍としましては、再編された第6軍から第8軍団の3個師団。 これが精いっぱいの数字ですな、これ以上は本当に本土防衛に齟齬が出かねません。
本音を言えば1個師団程度でお茶を濁したいところです。 が、日中韓統合軍事機構の帝国代表部からも泣きつかれておりますからなぁ・・・」

「大蔵省としましては、臨時補正予算を組んでも1個軍の派兵戦費は捻出できませんぞ。 今でさえ増税を検討している所ですからな。
国防相の仰る兵力分の戦費ならば何とか出して御覧にいれますが、その後は確実に増税ですぞ、総理?」

軍としては国土防衛の為の戦力維持を、まず第一に考えねばならない。
そして軍は大量に消費する。 モノを、そして何よりも金を。 大蔵省は派兵に耐えうる戦費の限界を見極めねばならない。

「増税は増税で困る所だ・・・ 最近、生活苦から犯罪に走るケースが多発している。 
しかし増税せねば、難民キャンプへの支援金もが滞る始末だ。 こっちも犯罪の温情になりかねん・・・」

国内治安警察、地方行政、土木、衛生などの国内行政を一手に担当する内務省。 その長である城戸内相が苦虫を潰したように言う。

「国連拠出金の問題も有りますな。 今や我が国と米国、そして英国の3ヵ国で国連拠出金額の55.5%を占めます。 米国が22%、日本が17%、英国が16.5%
豪州とブラジルがそれぞれ8.5%でそれに続きますが・・・ 安保理常任理事国のうち、フランス、ソ連、中国の3カ国は必然的に比率が下がっております。
今後も帝国への拠出比率を高めてくる要求が増すでしょう」

「金も出さない、余剰の展開兵力も無いで、大きな顔をされては堪らん。 米英は兎も角、仏・ソ・中の3カ国は引き続き手なづけ工作を継続すべきだろう」

小田切国連大使の言葉に、杉原外相が付け加える。

「それに先立つものはやはり金だ。 技術は第3世代戦術機のバックデータを裏で欧州に流した、後は量産出来るだけの金だね。
英国は余り好い顔をせんだろうが、なに、あの国とて仏独両国を一度に背負う事は出来ん」

「余り欧州方面へ比重をかけ過ぎると、アジア・太平洋方面への工作資金が払底する。 大東亜連合を繋ぎとめるエサは必要だ。
それでなくとも、フィリピンには米国の支援が色濃く出始めた。 ワシントンめ、フィリピンを楔にするのは相変わらずだ」

米内国防相と高橋蔵相が、対外工作の方向性を述べる。
米内国防相の発言は、EU内での親帝国派国家群を維持する事で、太平洋・大西洋両方向から米国を牽制する。
高橋蔵相は、EUへの支援一極性はアジア方面への支援予算枠の払底を危惧している。

難しい所だ。 国際外交関係と国内統治、その双方を満足させる事は・・・ 今の状況では無理だ、どこかで落とし所を見極めねば。

「やはり国連へは、追加再派兵は1個軍団で我慢して貰おう。 それ以上は国防相の言う通りになる」

「所詮、米国辺りが足元を見ておるのでしょう。 自前の遠征軍が2月の遼東撤退戦の折、少なからず損害を受けましたからな」

「その原因は我が軍が行った勝手な早期半島撤退に有る、そう難癖を付けてきておりますよ。 適当にあしらっておりますが。
それに以前から構想の有った、『環太平洋条約機構』 あれにもちょっかいを出してきております」

榊首相の決定に、米内国防相と杉原外相が外交的な暗闘が有る事を暗に匂わせる。 小田切国連大使もその言葉に無言で頷く。


「増税に付いては既に既定路線の話だ。 行うよ、内相。
国防予算枠の拡大もそうだが、難民支援基金を始め他の予算枠も悲鳴を上げているのが現実だ」

もう一方の案件への榊首相の決定に、城戸内相がさりげなく確認する。

「最近、国体の在り方を論じて各所で色々と問題の有る思想が出回っております。 中には官僚や軍人の中にも。
国民生活が苦しいのは政府がアメリカの言いなりで、お上(皇帝陛下)や摂政殿下(政威大将軍)、そして国民を顧みないからだと・・・ 
苦労知らずの馬鹿共には手を焼かされます。 目立たぬように行いますが、ついては軍を始め関係各所には協力をお願いしたい」

「・・・犯罪は取り締まるべきだが、思想は取り締まれまい、内相」

「総理、その思想が犯罪に走る事もあり得るわけです。 無論、思想自体を取り締まる法は我が帝国には既にございません。
しかし、その皮を被った謀は事前に察知すべきと考えます」

「君と、君の掌握する所管組織の範疇内で行いたまえ」

「無論です。―――国防相、国家憲兵隊との協議を行いたい、近々にでも。 こちらからは特別高等公安局を出します」

「宜しかろう。 ついでに言えば、その裏でこそこそしておる財閥や一部の馬鹿共も、一緒くたに締め上げたいところだな」

「それは、完全な別件逮捕もいい所だよ、米内さん」




政府は半島への再派兵を決定。 陸軍第6軍から第8軍団(3個師団)の派遣を決定した。
派遣軍第8軍団司令官には2月以降、日中韓統合軍事機構の日本代表部副代表として半島に残留していた彩峰萩閣中将―――元第11軍団長―――が横滑りで着任する。

同時に大幅な増税と、国防予算を今までのGDP比10.5%から、17.5%へと引き上げると発表した。
帝都京都、副帝都東京では大規模なデモ集会が予定され―――直前に特別高等公安局と国家憲兵隊による大規模な摘発が行われた結果、デモは未然に潰えた。











1997年11月10日 2230 神奈川県 鎌倉


夕食が済んで一息ついて、お茶を飲みながらTVを見ているが。 どれもこれも国策番組ばかりだ、面白くない。
国営放送は兎も角、民放まで半国営化されているからなぁ・・・

「そうかしら? でも、時代劇モノなんかは良くできていると思うけど?」

「祥子は時代劇のファンだからなぁ・・・ 俺も嫌いじゃないけど、どちらかと言えばプロスポーツが観たいよ」

「大相撲とか、あるじゃない?」

「俺が観たいのはNBAとかNHLにMLBなの。 AFCとNFCがあれば申し分ない」

「NBA? MLB? AFCって・・・?」

―――しまった、つい向うの呼び方で言ってしまった・・・ 祥子が判らなくて当然か。

「あ~・・・ NBAはアメリカのプロバスケットボール・リーグだよ、NHLはアイスホッケーのプロリーグ。
MLBはプロ野球リーグで、AFCとNFCはアメリカンフットボールのプロリーグ。 どれもこれも大迫力だよ!」

N.Yに居る頃にはよく観たものだ。 特にNBAは周りに感化されて俺自身も好きになったな。
ニックス(ニューヨーク・ニックス:N.Y本拠の強豪チーム)の試合を生で観た時は、正直鳥肌が立った。
94-95年シーズンしか観れなかったけれど、ファンになったニックスとロケッツ(ヒューストン・ロケッツ)のNBAファイナル!
そしてユーイングとオラジュワン! あの熱戦は素晴らしかった! 残念ながらニックスは3勝4敗で優勝を逃したけれど。―――いつかまた、観れる時が来るだろうか。

「ああ、むこうのプロスポーツリーグね、アメリカ時代に観ていたの? 
じゃあ無理ね、日本では放映していないもの。 日本のプロスポーツリーグはもう無くなっちゃったし・・・」

そうなんだよな、番組と言えばどれもこれも勧進懲悪モノか、お涙頂戴ものばかりだ。 この前は忠犬ハチ公に似た番組をやっていたが。
あれって子供の頃にも観た記憶が有るな、何度か焼き直しして放送しているのだろうか?

「でもこの間の非番の日に、懐かしい番組をやっていたわよ」

「懐かしい? 何の番組?」

「チョップ君よ」

「えっ・・・? あの人形劇の?」

子供に人気の番組で、俺も子供の頃は良く観ていたな。 って言うか、帝国じゃ知らない人間は極少数派だろうな、長寿番組だし。

「懐かしかったわぁ・・・ 小さい頃を思い出してね、もうすっかり夢中になっちゃったわ」

「祥子・・・ もう大人でしょうが、子供じゃないんだし・・・」

「いいでしょ、別に! ・・・好きだったんだもん」

「いや、俺もよく観たけど・・・ あの、祥子? そう恨みがましい目で見ないで欲しいんだけど・・・?」

「大人じゃありませんから、子供ですから」

―――拗ねている。


そんな会話の流れから、いつの間にかお互いの子供の頃の話になって。
好きだった遊びや楽しかった事、いろんな思い出。 色々と四方山話になったが楽しかった。

―――そんな時だ、TVが唐突に臨時番組に変わったのは。

『―――番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。
国防省報道部発表、本日1900 半島中部防衛線の要衝・大田(テジョン)が陥落しました。 繰り返します、本日1900 半島中部防衛戦の要衝・大田(テジョン)が陥落しました。
この事態に対し政府は本日2200をもって、九州全域に発令していた第2種避難勧告に変え、第1種避難命令を発令。
同時に中国地方、四国地方に第1種避難勧告を、近畿全域に第2種避難勧告を発令しました。
繰り返します―――』


「直衛・・・」

祥子の声が厳しい、表情が強張っている。 判る、それは俺も同じだ。
大田(テジョン)が陥落した、半島中部防衛線は崩壊したのだ。 鉄原ハイヴのBATA群がそこから全州(チョンジュ)、光州(クァンジュ)へと一気に南下するのか。
或いは西に転じて慶尚北道の大邱(テグ)から釜山(プサン)に行くか―――半島はもう幾場かも保たないだろう。


―――電話が鳴った。 祥子と目を合せ、彼女が受話器を取る。

「はい、綾森・・・ はい、はい・・・ 了解しました。 はい、周防大尉も今ここに。 はっ! 了解ですっ!」

―――部隊からか。

受話器を置いた祥子が俺を見て、表情を引き締めて言った。

「直衛、緊急呼集がかかったわ。 本土防衛軍は全部隊がデフコン3に、陸軍はデフコン2が発令されたわ」

―――デフコン2! 第6軍全力の再派兵か!?

「よし、まずは基地へ行こう。 部隊で何か追加情報が有る筈だ・・・ ん?」

下宿を出ようとしたら、また電話が鳴った。

「はい、綾森です。 ・・・あ、愛姫ちゃん? ええ、居るわよ、ちょっと待って」

祥子が受話器を俺に差しだしている。―――愛姫? 祥子の電話番号にわざわざかけて来て、俺を呼びだす?

「はい、代わりました、周防です・・・」

『直衛? ちょっと教えて、今直ぐに!』

―――唐突になんだよ・・・?

「愛姫、時にどうしてこの電話番号に?」

『アンタの部屋にかけても、どうせ居ないでしょ! まったくぅ・・・』

―――それは失礼しましたね。 ふん。

「で、どうしたんだ? こんな時間に。 緊急呼集かかっただろう?」

『―――その緊急呼集よ! 直秋の自宅の連絡先教えて! あの坊主、外出先の緊急連絡先の電話番号、間違えてるのよ!
あの子の自宅は豆腐屋さんなの!? アタシに豆腐でも注文させようッテの!?』

―――愛姫が良い感じにキレている。 直秋、俺は知らんからな・・・

「ちょっとまて、俺の方から叔父貴の家に連絡を取る。 いきなり息子や兄の上官の罵声が電話口から響いたんじゃ、叔母も従弟妹達も吃驚する」

部隊の再編成で、以前は俺の部下だった従弟の周防直秋少尉は、今は愛姫の中隊に所属していた。
まだホンの10日だが、愛姫はそれはもう嬉しそうに可愛がってくれている―――傍目には鬼の様に扱かれまくっている。

『誰が罵声よッ! ご家族にはちゃんと猫を被るわよッ ・・・ま、いいわ。 兎に角、超特急で部隊に帰って来いってに伝えて! 遅れたら承知しないよっ てね!』


―――ツー、ツー、ツー・・・

唐突に電話が切れた。 大きく息を吐き出して受話器を置く。

「直衛? 愛姫ちゃん、何て?」

祥子が心配そうな表情で聞いてくる。

「何でもない。 バカな小僧が1人、後でたっぷり油を絞られるだけの話さ」

「直秋君ね、はあ・・・」


急ぎ直邦叔父貴の家に電話をかけ、直秋を呼び出して事情を話してから部隊へ至急戻るように伝えた。―――たっぷり脅しをかけて。

軍服に着替え、こちらも急ぎ下宿から基地へと向かう。
電車では時間がもったいないので車で―――最近購入した普通の4ドアセダンの国産車だ、実は藤田大佐から下取りで入手した中古車だが。

134号線を海岸線沿いに七里ヶ浜を西に走らせる。 鵠沼を過ぎたあたりで右折すれば基地は直ぐだ。
左手には暗闇に覆われた湘南海岸の海が見える、真っ暗な夜の闇に覆われた冬の海だ。

基地ゲートで確認作業を済ませて直ぐ脇の駐車場に車を放り込み、急ぎ足で連隊管理棟へと向かう。
大隊長室に顔を出すと、大隊CP将校の富永 凛大尉が居た。

「ああ、綾森大尉、周防大尉。 中隊長以上の幹部将校は連隊ブリーフィングルームに集合です。 今は師団会議中よ」

「富永大尉、情報は?」

「詳細はまだ不明よ、綾森大尉。 多分、動く事になるのではないかしら。 師団全部か、一部かはまだ不明だけれど・・・」

祥子の問いに富永大尉も歯切れが悪そうだ。
いち早く最新情報に接する事が出来る故に、大隊長の副官役のCP将校だが。 それでも師団会議の内容までは教えられてはいない。
大卒の管制将校、それ故に連隊の大尉の中では最年長の彼女は何時でも冷静だ(確か市川大尉の1つ上だったか。 26歳だ)
大学時代の専攻が情報工学と言うところも、CPにはうってつけではある。


連隊ブリーフィングルームに集合した時には、各中隊長達は全員が揃っていた。

「・・・またまた、戦地派兵かいな・・・?」

「しかし木伏さん、練度が足りない。 連隊は員数が揃ってまだ1カ月少々です」

「そやな・・・ 市川さん、アンタの言う通りや。 となると・・・」

後ろの席で第1大隊の木伏大尉と、第3大隊の市川大尉がひそひそ話をしている。
周りを見渡すと、緋色が難しい表情で腕組して目をつむっている。 愛姫は機嫌が悪そう、いや、何かヤキモキしている。―――直秋、早く戻った方が良いぞ?
祥子は美園と仁科に話しかけ、こっちも珍しく? 真面目で厳しい表情で話しこんでいた。

俺と言えば、第1大隊の葛城誠吾大尉―――半期下の18期B卒―――それに富永大尉の3人で話しこんでいた。

「周防さん。 22中隊、実戦行動は出来ますか?」

「・・・技量C+評価が2人、B-評価が3人だよ、葛城君。 出来て昼間の限定迎撃任務だね、攻勢は難しい」

「それでも、全9個中隊で第2大隊の3個中隊は技量上位だわ。 他の中隊は少なくとも後4カ月は練成が必要なのよ」

「富永さん、とは言ってもウチの中隊もあと3カ月は練成に時間をかけたいところです。 今前線に投入しても、部下を徒に死なすだけだ。 葛城君、君の所は?」

「富永さんが言われた通りです、なかなか厳しい・・・ 中核は生き残りや14師団からの移籍組で固められましたけど、補充はヒヨっ子の23期生ですからね」

今年4月配属の23期Aと、10月配属の23期B。 俺自身の時もそうだったが、いきなりの実戦投入では半数生き残れは上々か。 23期Bは特に。


やがて師団会議が終了したのだろう。 連隊長と各大隊長、そして連隊本部幕僚たちが入室してきた。
入ってきた勢いそのままに、連隊長の曽我部啓三大佐が壇上に立つ。

「諸君、待たせた。 状況は後ほど作戦幕僚と情報幕僚から説明さす、私からは今後の連隊行動の大枠を話す。
知っての通り半島は大騒ぎだ。 なんとしても南部への侵攻を遅らせねばならん―――阻止は不可能だ、半島は最早時間の問題となった」

連隊長が底で一旦言葉を切る。
誰もが予想をしていたが、改めて正式に言われると状況の深刻さに空気が重くなる。
連隊長がこの様に言う事は、師団本部もそう判断していると言う事。 それは帝国軍自体がそのように判断していると言う事だ。―――次は本土防衛戦だと。

「そこでまず師団は九州へ緊急移動を行う、行き先は築城だ。 向うの第9師団に間借りする事となる。 移動開始は明後日1500
連隊は師団本隊に先立って移動を開始する。 戦術機甲第2大隊が先発、直ちに行動を開始。
連隊移送開始は明日1200 第2大隊は明朝0800出発、急げよ。
それとまだ未確定だが、戦術機甲1個大隊に支援部隊を付けた大隊戦闘団を編成して半島へ投入する可能性もある、心しておけ。―――以上!」


―――再派兵。 大隊戦闘団で。 可能性が最も高いのは、俺の所の第2大隊。

(―――くそっ、BETA相手はこれだから・・・)

九州でどれだけの時間の余裕が有るかだ。 せめて、せめて後1カ月は練成に費やしたい、部下達を死なさない為にも。






1997年11月10日、大田(テジョン)陥落、半島中部防衛線崩壊。
既に南部の慶尚北道・大邱(テグ)に遷都していた韓国政府は、首都機能を釜山に移すと発表する。

1997年11月25日、H20・鉄原ハイヴ(甲20号目標)が、フェイズ3に到達した事が確認された。
同時にH20からの飽和BETA群の南進が活発化してゆく。

1997年12月1日、半島戦線は更に後退し北緯36度線―――半島南部の入口を死守する戦いとなってゆく。



―――日本の最も暗い夜の時代、その帳が落ち始めた。






[7678] 帝国編 15話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/05/15 01:58
1997年12月5日 1400 アメリカ合衆国 ワシントン・コロンビア特別区(ワシントンD.C.) ホワイトハウス ウェストウィング(西棟) オーバル・オフィス(大統領執務室)


先週まで降り続いた大雪は今週に入ってようやく止み、この数日は冬晴れの晴天が続いている。
ポトマック河畔のこの街は、まもなくやってくるクリスマス休暇に浮かれた雰囲気が漂ってくる事だろう。―――だが、それはあくまで外の世界の事だ。
半世紀前より世界をリードし、今や世界の決定権すら有するに至った合衆国の中枢であるこの場所には、そんな雰囲気は欠片も無い。

この日、オーバル・オフィスに集まったメンバーは12名。
合衆国大統領、同副大統領、国務長官、国防長官、財務長官、大統領首席補佐官、国家安全保障問題担当大統領補佐官の正規メンバー7名。
そして国務副長官、国防副長官、財務副長官、国家情報長官、統合参謀本部(JCS)議長がオブザーバーで参加していた。

「ではアジア太平洋方面、その極東防衛戦略ラインはタイワンからオキナワ、オガサワラ、ホッカイドウを経てサハリン、カムチャツカに至る。
これを最終防衛ラインプラン、『ケース・パープル』とすると言うのだね、諸君?」

大統領の視線に、並居る合衆国のブレイン達が頷く。
完全極秘の国家安全保障会議、その僅か12人のメンバーで今非常に重要な決定がなされようとしていた。

「国防総省としては、朝鮮半島の維持はもはや不可能と判断しております。 後は如何に損害を小さくしての撤退を完了さすか。
当初はそのまま日本国内基地での再編成を考慮しておりましたが、現在のプランはハワイ、グアム、そしてフィリピンのスービックに分散展開せねばなりません」

「やはり、日本国内の駐留は難しいかね?」

「大統領閣下、我が軍内部には日本と日本軍に対する不信感が日増しに高まっております。
遡れば96年の派遣軍の一方的な縮小、これは国連への事前説明も無しに行われた事。 その為に軍事バランスが崩れ、中国東北部の大崩壊に直結しました。
更には今年初頭の遼東半島でも同様、日本軍の独断による早期半島撤退により、国連太平洋総軍第11方面軍(軍集団)―――我が太平洋軍―――の戦略意図が崩れました。
その為に遼東半島のみならず、中韓国境線はBETAに突破されて平壌、ソウルは陥落。 今やBETAの南部侵入を何とか遅らそうと絶望的な防衛戦を展開しております。
―――日本は明らかに国連安保理を、そして我が国との安保条約を無視しております」

国防長官の説明に、背後に控える国防副長官が補足を入れる。

「現在、日本は1個軍団を朝鮮半島に再派兵しております。 が、現地司令部からは非常に扱いづらいと。
現地難民の避難支援行動を第1とし、戦略的軍事行動に必ずしも合致しない傾向にある。―――簡潔に言えば、11軍集団のバークス大将の命令を無視する傾向にあると」

「命令無視? 戦場でのそれは例え将官であれ、重大な犯罪ではないか! バークスは何故処罰しない?」

国防副長官の説明に、大統領は不愉快な表情をあからさまに示す。

「明らかな無視ではありません。 が、逆にBETAの動向を利用して行っている節が有ると。
バークスもそれを盾に取られると何とも・・・ なにしろ相手はBETAです、予測がつきません」

「それに、日本軍の現地指揮官を早々に処罰できない別の理由も有ります」

国務副長官(帝国の外務副大臣に相当)が話を繋げる。

「日本軍の現地司令官は、シュウカク・アヤミネ中将。 長く軍教育畑を歩き、高潔な人格者として日本軍内の一部に熱烈な支持を有する将軍です。
それに新任の副帝(米国での『政威大将軍』の通例名称)の教育係を務めていた人物でもあり、日本の貴族社会(武家社会)にも知己が多い。
今下手な対応を行えば、我が太平洋軍はバークス大将共々に朝鮮半島でBETAの貪欲な腹の中に収まってしまうでしょう。
―――在日大使館から、日本国内のアンチ・アメリカの空気が醸造されつつある、その様な報告も入っております」

「・・・だが、日本は存続させねばなるまい? 先程の極東防衛ライン、『ケース・パープル』は最悪を想定したケースだ。
本来であれば『ケース・イエロー』、日本列島そのものを最終防衛線とする、そうだった筈だ」

不機嫌そうに呟いた財務長官が、大統領を含む出席者一同を見渡す。

「財務長官。 最早、軍事的にそれを許さぬ地点まで来ていると言っているのだ」

国防長官が財務長官をジロリ、と睨みつける様に言う。
が、その視線に全く怯まずに財務長官が国防長官へ言い返す。

「軍事を支えるのは経済だ。 君は合衆国経済を取り巻く状況を理解しているのかね!?」

「残念ながら、私は合衆国の国防に責任を持つ。 経済は君の責任範疇だな」

「そうか、なら教えてやろう―――現在、アメリカは国連拠出金の22%を負担しておる。 戦況の如何によってはこれが更に増える事になる。
それだけではない、我が国はIMF(国際通貨基金)、米州開発銀行(IADB)、アジア開発銀行(ADB)の最大融資国だ。
それに欧州復興開発銀行(EBRD)に対しても、昨年には最大融資国となった。―――貧乏人共は、我が国の財布の中が無尽蔵だとでも思っておるのか!? 軍も同罪だ!」

財務長官が憤慨と共に、財務副長官へ詳細を説明するよう指示する。

「想定では、日本国内が戦場となった場合の我が国の国連拠出金額比率は、32%から最大37%に増大します。
そしてIMF、ADBへの融資比率も現在より10%から15%増える予想です」

「―――それは、日本の分を肩代わりする為かね?」

大統領が確認する。
財務副長官が大きく頷き、説明を再開する。

「はい、大統領閣下。 この数字は日本全土が陥落せず、何とか持ちこたえたとした場合のケースです。 お手元の国際担当財務次官レポートを参照下さい。
完全に陥落した場合、更に5%程の上乗せ修正が必要となりましょう。 ADBに対しては、『日本亡命政府』への大規模な資金援助も必要になろうかと。
しかしそのような支援は必然的に国内経済を圧迫します。 国内金融担当財務次官レポートの冒頭に、今回想定の場合の国内経済支援に必要な総額が記されております」

「しかし、欧州と極東の戦場で企業は順調に売り上げを伸ばしている筈だが? 国内市場も活況だ、そうそう心配は無いと思うが・・・?」

国防副長官が口を挟む。 財務副長官がわざとらしく嘆息し、言い返す。

「国家財政の使い道は、国際支援だけではないのだがな? 別紙に各省庁よりの来年度概算要求額の総額と、国家歳入予定額が記載されているよ。 見ると良い」

財務副長官の言葉に居並ぶ高官達が目を通し―――沈黙する。

「国内には相変わらず難民が流入し続けております。 
アフリカや中南米が経済的に成長しているとはいえ、所詮外資の導入が無ければ崩れ落ちる砂上の楼閣だ。 それを支える費用は?
我が国が、『世界で最も安全な唯一の大地』である事を証明する為の、様々な国内政策。 それを支える費用は?」

居並ぶ高官達を見まわし、最後に大統領をチラっと見た後に話を続ける。

「おまけに軍備は年々増加している。 国防予算は前年の4900億ドルから、今年度は10%増しの5390億ドル―――来年度要求は6000億ドルだ。
知っておられるか? 世界第2位の経済大国と言われるオーストラリアでさえ、GDP(国内総生産)は2兆4000億ドルだ。 
3位のブラジルが2兆2000億ドル、4位の日本で1兆8000億ドル。―――判るだろうか? 6000億ドルと言う数字がどれ程の巨額かを!」

「しかし我が国のGDPは約14兆ドルに達する、国防予算はGDP比で3.85%だ。 これは別段、おかしな数字ではあるまい? 
むしろ日本などは15%を超し、17%に達する程だ・・・」

国防副長官の反論に、とうとう財務副長官が激昂した。

「それは、『表向き』の数字だ! たび重なる海外派兵に、極東と欧州への兵站支援! 貧乏人共が返せる当てが有るとでも思っているのかっ!?
我が国の実質的な『戦争総予算』は、GDP比で15%近くに達するのだ! それだけではない! あの『第5計画』―――最後の数字を見ろ! 
今、私が話した全てを網羅するのにどれだけの金額が必要とされるかを!!」

その、0が限りなく並んだ数字に並居る高官達も絶句する。


「・・・こんな金は、どこを探しても無いな」

国防長官があきれ果てた口調で呟く。

「―――ふむ、しかしながら世界には今少し、アメを与えてやってもよかろう」

「しかし大統領、そのアメの裏付けとなる予算はどうされる気ですかな?」

大統領の呟きに、財務長官が不審げな表情を見せる。
当然だ、つい先ほど予算の逼迫化を想定するデータを示したばかりだと言うのに。

「腹案については後ほど示そう。 君の懸念は理解している、財務長官。 心配せずとも良い」

「・・・では、先程の『ケース・パープル』 あれの再考をお願いできませんか。 日本を喪う事は我が国の経済に影響が大なる事極まりない。
国際社会への負担金もさることながら、我が国の産業界は主要な市場の一つを失う事になりましょう」

財務長官の粘りに、大統領もやや小首を傾げる。 言う事は尤もだ、合衆国にとって日本はいまや主要な『貿易相手』でもある。
無論、腹案の中には様々なケースを用意している。 だがそれを今ここで開示する訳にもいかない。 秘密の維持には、知る人間は少ない方が良い。

「基本は変わらないよ、財務長官。 だが状況は常に流動的だ、我々はその流れを読み取り、最適な手を打つ用意はある。
それよりもウォール街を引き締めておいてくれないかね? 妄動して株価の下落などと言った馬鹿な事をしでかさぬようにな」









参加者の大半がオーバル・オフィスを辞した後、大統領と国務長官、国防長官、そして大統領首席補佐官、国家安全保障問題担当大統領補佐官の5人が残った。

「・・・確かに財務長官の言う通り、このままでは金融市場に対する影響も看過できないかもしれん。 国家財政も無尽蔵ではない」

「ウォール街の連中は戦況に敏感だ。 勝ち戦には積極的に投資もするが、負け戦に乗って大損をする事は決してしないだろう」

「では、今の段階でリークするのか? バカな、時期尚早も良いところだ」

「噂だ、噂。 それで数カ月は保つだろう。―――計画の最終段階ではG弾の使用は織り込み済だ、我が国だけが有する『力』を見せ付ける」

「疲弊した連中を取り込み、その官・軍・産を支配する。―――ウォール街は納得するよ、彼等はリアリストだ」

大統領はそんな会話に背を向け、執務席の椅子に深く腰掛けて背後の窓から外を眺めている。 
国務長官と国防長官の発言を聞いていた大統領首席補佐官が、隣の国家安全保障問題担当大統領補佐官と目を合せ―――発言を求めた。

「大統領閣下、ロスアラモスより報告が有りました。 G弾起爆時での次元境界面の任意指向制御実験に成功したと」

―――おお!

居並ぶ高官たちから驚嘆の声が上がる。
それまでの臨界起爆実験ではG元素量の調整による次元境界面の半径制御には成功していたが、指向性を持たせる事は出来なかった。
だが爆心地から等距離半径ではなく、任意の指向距離制御がかなえば例えばどうなるか。
地表での影響半径を極力抑え込んだまま、ハイヴ深々部に向けて次元境界面を『撃ち降ろす』事が出来る。
G弾の臨界爆発エネルギーに任意のベクトルを与えてやればいいのだ。

「レディ・アルテミシア・アクロイド―――アクロイド博士の研究チームか。 ふむ、なかなか有用な買い物だったな」

大統領の声が弾む。 これで合衆国が取り得る国家戦略の幅が増えるだろう。

G弾の使用に対し、主に重力異常などの環境異常の可能性を論拠として反対論を展開する勢力は国内外に多い。
国外では主にユーラシア外縁国家群、そして既に国土を喪った亡命政権達。 国内にも『ピンク』―――所謂リラベル派の科学者達を中心とした反対論者もいる。
その者達は議会―――共和党、民主党を問わず、一定の勢力を保っているのが現状だ。

だがその者達は判っているのか? 日本のあの『計画』の荒唐無稽さを?
かのレディ・アクロイドは、かつてこう言ったそうだ。

『―――彼女の理論は完成しない。 その為にはそれこそ人知を超えた『因果』・・・ 『神の御技の偶然』に期待するしかないのだ』

そして現実世界の支配は、神の御技などを期待する余地は無い。
主は人々にパンを与える奇跡を起こして下さった。 だが我々は国民に現実を与えるに、奇跡など望むべきではないのだ。


「大統領閣下、『オレンジ・プラン』のご承認を。―――このままでは確かに、我が国の予算は海外に喰い尽されます。
合衆国の安全保障、そしてオルタネイティヴ5予備計画の実行予算確保の為に―――日本は金の卵を産むガチョウになって貰わねばなりません」

その声にも大統領は無言のままだ。
国家安全保障問題担当大統領補佐官が、首席補佐官の言葉を継いだ。

「閣下、プランは可能な限りのシュミレートをし尽くしております。
日本国内の諸勢力の動向把握とその予測。 極東戦線の戦況予測と対応。 国際市場と国内市場に与える影響と対策。―――漏れはありません」

「―――喉に刺さった棘が有るな?」

2人の補佐官の言葉に、不安定要素が残っている事を大統領が告げる。 居並ぶ者達の脳裏に、極東の島国の片隅に居座る魔女―――まだうら若い女性の姿が映った。

「あの魔女は必ずしも日本寄りとは言えん。 だが、確実に我々の味方ではない。―――どうする気かね?」

相変わらず後ろを向いたままの大統領の声に答えたのは、国家安全保障問題担当大統領補佐官だった。
周囲を見渡した後で、幾分小声で答える。

「CIA(中央情報局)、NSA(国家安全保障局)との協議は進んでおります。 場合によっては『オレンジ・プラン』の分岐ケースに組み込んでの『排除』の検討も。
INSCOM(米陸軍情報保安コマンド)を動かします、場合によってはONI(海軍情報部)、AFIRS(空軍情報監視偵察局)、SFISCOM(宇宙総軍情報保安コマンド)も。
―――国防総省とは調整済みです」

暫く沈黙が下りる。
やがて大統領の背から確たる力のこもった声が発せられた。

「―――やらねばならん。 極東の島国の都合で、合衆国の安全保障が脅かされる事が有ってはならん。
ましてや、あの様な荒唐無稽な計画など承服出来るものではない」

「第4計画での国連ロビーは失敗しました。 しかしその轍を踏まえて第5計画に繋げるロビーは成功したと言って良いでしょう。
国連のピースは嵌まりました。 我々のパズルを完成させる為に、最後のピースを嵌め込むべきです」

大枠において、人類と言う種の維持・保存を究極の目的としている事は共通している。
だが、そこに国家や民族・人種に宗教、諸々の要素が加わると―――人類は一枚岩にはなり得ない。


「よかろう。―――合衆国大統領として命ずる、我々に神の恩寵が有らん事を」













1997年12月8日 アメリカ合衆国 ワシントンD.C.


道端に店を広げているホットドック・スタンドの前に2人の男が立ち話をしている。
1人はどこから見ても普通の清掃員、どうやら中東系の様だ。 
もう一人は明らかに東洋系、コートの上に帽子をかぶった姿は、どことなく印象が薄い。 どうかすると周りに紛れてしまうそうな影の薄さだ。

「・・・お目当ての『ブツ』は8番街の清掃工場の保管倉庫の中だ。 大丈夫だよ、シュレッダーには掛けていない」

「なかなか良い仕事だな、アブドゥル」

「アンタの『仕事』は割が良い。 お陰さまでこちらも潤う」

「なら、今後も励みな・・・ ほら、今回のギャラだ」

100ドル紙幣を数10枚束ねてゴムで留めた札束を手渡す。 報酬としては安いモノだ、だがこの金で難民キャンプでは一家が飢えずに2ヵ月は暮らせる。

「しかし何だな、アイゼンハワー行政府(副大統領府、行政管理局、国家安全保障会議事務局)も、『ザル』だな・・・」

東洋系の男が飄げた仕草で肩をすくめる。 
何しろ回収する『ブツ』の中にはこの国の国家安全保障上、重要な情報が記された書類すら有るかもしれないからだ。
その言葉に、アブドゥルと呼ばれた男が嘲るように吐き捨てる。

「この国の政治任命制の落とし穴さ、セキュリティも最後は使う人間次第ってな。
あの連中、中東からの難民崩れの清掃員など、英語を満足に読み書き出来ない文盲だと決めつけていやがるからな。
―――人を人間以下の様に見下しやがる・・・」

合衆国の政治体制では、大統領が変わる度に中央官庁の上級スタッフの半数―――政治任命された者達が大量に入れ替わる。
その際には前政権での廃棄処分されるべき機密書類が、雑多なゴミに紛れこむ事も珍しくない。
であるならば、難民労働力に対する偏見から、満足なセキュリティが実施されているとは必ずしも言えないのが実情―――と、帝国情報省は判断した。
まともな正面作戦―――ヒューミント(Human intelligence)や、シギント(Signal intelligence)では大統領府の情報収集は困難だ。

だが運の良い人間は組織の中に1人や2人はいる。
アブドゥル・ハミト・アフマド―――『イダラート・アル=アムン・アル=アンム』、元シリア・アラブ共和国総合諜報局の諜報工作監督官。
彼が難民となり、このワシントンD.C.で困窮を極めている事を1人の古参諜報官が偶然発見した。
ワシントンD.C.での帝国情報省出先機関(通信社を偽装している)は、アブドゥルに多少の金額を提示する事でこの元諜報工作監督官を手駒にし、行政府に出入りさせたのだ。

「・・・俺はな、もうアッラーも祖国も、どうでもいいんだよ。 そんな感情は消え失せたさ、難民キャンプでな。
今の俺の神は、金だ・・・ 金さえ積めば、ファーストレディの寝室にだって忍び込んで盗んできてやるぜ・・・」




アブドゥルと別れ一人冬の街を歩きつつ、男の脳裏には一つの考えが決まった。―――あいつはそろそろ切り捨てるべきだ。
金が全ての人物は、相応の代価を払う限り裏切らない―――それ以上の代価を余所から示されない限り。
逆に言えば、より実入りの良い相手を常に探している。 このワシントンD.C.は各国諜報機関の巣窟だ、そしてFBIと言う厄介な相手もいる。

余計なところから、余計な脚を捕まえられる訳にもいかない。 
故郷をBETAに喰い尽され、難民キャンプで人間性の裏を見つくした男が1人、この地の外れで消えるだけだ。

(―――世は並べて事も無し。 さようなら、アブドゥル)













1997年12月11日 ワシントンD.C. 『極東通信社』


「・・・あれだけのゴミを漁って、得た情報はこの一片の紙切れ一枚」

中堅の担当官が嘆息する。
3日近くかけて紙のゴミの山を掻き分け、確認し、仕分けた結果がこの紙きれ1枚。

「そう嘆くモノじゃないさ、こいつは場合によっちゃ、ホワイトハウスの大陰謀の手掛かりかもしれん」

「・・・その与太が、ですか?」

じっとその紙きれを見つめる古参の担当官に対して、つい愚痴が出る。

「お前さん、よく見てみな。 日付は『1997年12月3日』、改訂版は『第11版』 つまりだ、随分と前から直ぐ直近まで検討されていたって事だ。
最近、ホワイトハウスの出入りが騒々しい。 こりゃ・・・ 何かあるな。 ひょっとすると、ひょっとするぞ?」

「・・・勘ですか?」

「勘は大切だぞ、この世界じゃな。 お前さんも知っているだろう? 『オレンジ・プラン』―――この名前は」

『オレンジ・プラン』―――紙切れに記された単語。 そして1930年代に合衆国で画策された対日戦争計画。
1941年に始まり、1944年に集結した対日戦争はこの『オレンジ・プラン』を修正した計画に則って行われたと言う。
しかしながらその計画は完遂を見る前に終結した。―――1944年、日本帝国の条件付き降伏によって。

「本当なら本土占領、国体の解体まで盛り込んでいたって話だ」

「・・・はっ! 半世紀前の夢よ再び! って訳じゃないですね、連中はそんな甘くない。―――ウォール街に流れている変な噂、どうやら本当にキナ臭そうですね」

曰く―――アメリカと日本の大資本同士の合併話。
曰く―――日本の某財閥が拠点を日本からアメリカへと移す。
曰く―――日本帝国軍の次期主力装備に、米軍需産業界が大幅な参入を行う予定。

胡散臭さはあるが、現状の極東戦況を考慮すればおかしくは無い。 可能性として捨て切れるものではない。
お陰でこの数日、ウォール街では軍需産業株を中心に好調な値上がりの動きを示している。


「―――いずれにせよ、どんな些細な事でも俺達は逃さず報告する事さ。 ネタの判断は帝都の課長の仕事だ、狐の考えは狸に任すさ」

帝国情報省外事本部外事2部(国家機関情報担当)外事2課(北米担当)から出向してこのワシントンD.C.に駐在する2人は、彼等の得体のしれない上司を思い浮かべ苦笑した。













1997年12月13日 朝鮮半島 釜山 国連軍太平洋方面総軍 第11軍司令部


「現在、戦線は北緯36度線をめぐっての攻防となっております」

司令部では情報参謀が戦況を―――どこもかしこも苦戦する戦況を説明している。

「現在、東部の慶尚北道には韓国軍第1軍(7個師団)と中国軍第56集団軍(実質的に師団)が展開。 
西部の全羅北道は韓国第3軍(5個師団)と中国軍第16集団軍(1.5個師団相当)、後詰に日本の第8軍団(3個師団)が展開中です」

主力の韓国軍は既に4個軍が壊滅している。  
他の残存戦力は首都防衛軍の10個師団。 但しその内の8個師団は予備役をかき集めた軽歩兵師団に過ぎない、有効な戦力は首都軍団の2個戦術機甲師団だけだ。
中国軍―――満洲軍管区の残存戦力は実質1個軍団も無かった。 そして日本軍の第8軍団。

「国連軍第11軍―――我がUSPACOM―――は、釜山前面に展開中です。 但し第75師団の損害が大きく、現在は市街警備に充てております」

主力は米第2戦術機甲師団『ヘル・オン・ホイールズ』 その両脇を第2機械化歩兵装甲師団『インディアンヘッド』と、第25機械化歩兵装甲師団『トロピック・ライトニング』が固める。
残る第91師団は釜山市街防衛戦力として残置。 第6空中騎兵旅団は使い処さえ誤らなければ、まだ起伏のある地形では有効だろう。
他には2個海兵遠征軍。―――第1と第3海兵師団を主力とした打撃戦力は温存してある。
海兵師団はその規模の大きさから、陸軍の1個軍団に匹敵する攻撃力を誇る最後の切り札だ。 そうおいそれと前線で消耗する訳にはいかない。


「―――諸君、本国は約束した。 2ヵ月、必ずや2ヵ月以内に何らかの対応を行う事を。 我々をこの極東の片隅で見殺しにはしないと。
私は昨夜、国防長官からの封緘書類の中に、我が軍将兵に宛てた大統領のメッセージを受け取った。 信じて良いのだ」

司令部内に一瞬生気が蘇る。 大統領が―――合衆国大統領が約束したのだ。 彼は『契約』を必ずや履行するだろう。














1997年12月14日 1550 北米西海岸沿岸 米・墨西哥(メキシコ)EEZ(排他的経済水域)境界付近


漁の最中なのだろう。 ほんの10数トン程度と思われる小さな漁船が、太平洋の荒くなり始めた海で操業していた。
乗組員は2人、中年の船頭と10代後半位の若者。 顔立ちから先住インディオの血を色濃く残す面影。 似ている、親子だろうか。

「・・・親爺、あれ」

漁の途中、息子に声をかけられた船頭が傍らの『毛布の山』に声をかける。

「・・・旦那、見えやしたぜ」

船頭に声をかけられたその小山から、一人の男が顔を出してチラッと北方の海面に目をやる。
その先には―――国境を越えたすぐ先に有るアメリカのサン・ディエゴ軍港から出港する夥しい数の軍艦、そして護衛艦艇に守られた多くの輸送船団。
西を目指している。 行先は―――順当に考えれば、まずはパール・ハーバーか。

メキシコ側の国境の街・ティフアナ。 その外れの小さな漁師町に流れ着いたこの奇妙な東洋人の頼みを聞いて―――払いが良かった―――およそ数日。
どうやら満足な結果が出た様だ、ニンマリと笑っている。

「―――それにしても、こっちには警戒を寄せませんなぁ・・・」

「旦那、グリンコ(アメリカ人)は俺達の事なんか眼中にねぇよ。 メキシカンが英語を話せるなんて事さえ、思っちゃいねぇ」

「ふむふむ・・・ ですが、それでこそアメリカ。 あの尊大さは色々と突っつきたくなりますねぇ」

魚臭漂う小さな漁船に這いつくばっていたその男は、飄々とした表情の中にどこかしら凄味を漂わせた目を米国艦隊に向けて言った。

「さてさて、釣果は上々。 帰りはこのまま太平洋を横断―――する訳にはいきませんねぇ。 
残念、バミューダ島にはまた行ってみたいモノですがねぇ・・・」

「・・・旦那、馬鹿を言いなさんな、そろそろ戻りますぜ。―――ミゲール、港に帰ぇるぞ」

ゆっくり、のんびりした船足で戻る漁船から米艦隊を眺めていた男―――帝国情報省外事2部外事2課長、鎧衣左近は暫く小首を傾げていたが・・・
やがて乾いた薄笑いと共に小さく呟いた。


「・・・色々とやってくれる。 が、『大男、総身に知恵が回りかね』―――その上にその頭はヒュドラときたか。
やれやれ、早々に横浜辺りにご機嫌伺いの必要があるかな・・・」



1997年12月24日 米統合参謀本部(JCS)は朝鮮半島撤退作戦、『ダンケルク』を極秘裏に発令。
米太平洋軍全体に作戦準備を発令するとともに、開始予定を1998年2月中旬と下命した。






[7678] 帝国編 16話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/05/17 23:38
1997年12月20日 1600 日本帝国 福岡県 陸軍築城基地 第181戦術機甲連隊 第2大隊事務室

(―――ん?)

窓から外を一瞥し―――冬だ、随分暗くなってきている―――北の方角を無意識に見た。
見える筈も無いのに、夕暮の空の彼方の大地からBETAの禍々しい大群が押し寄せてくる、そんなイメージがふと湧いたせいだ。

「周防、どうした?」

書類から目を離し、俺の所属する大隊―――第2大隊長の荒蒔芳次少佐がこっちを見ている。

「あ、いえ。 どうやら気のせいの様です」

「―――おい、まさかとは思うが・・・」

「大丈夫ですよ、もうそんな細かい神経は戦場に置き忘れました、ご心配なく」

本国にも俺が欧州での一時期、戦場神経症にかかった事は報告されている。
今となっては時折、笑いのネタにされる程度だったが・・・ 流石に少佐も今回の派兵にはナーバスになっているか。

「ですよねぇ? 周防さんがそんな上等な神経、持ち合わせている筈ないですもんねぇ?」

「・・・なあ、美園。 俺は時々、少尉時代に戻りたい衝動を抑えきれそうにないぞ?」

横で憎たらしい事を言っているのは、第3中隊―――23中隊長の美園杏大尉。
既に十分な経験を積んで中隊長になった彼女だが・・・ 憎ったらしい!
大隊先任中隊長で第21中隊長の祥子―――綾森祥子大尉はそんな様子を笑って見ているだけだ。 大体が、祥子は美園と仁科に甘過ぎる!

再編された181連隊の布陣は第1大隊長が広江直美中佐。 その下に木伏一平大尉、神楽緋色大尉、そして18師団生え抜きの葛城誠吾大尉が配されている。
第2大隊長は荒蒔芳次少佐。 先任中隊長が綾森祥子大尉で、以下は俺―――周防直衛大尉と美園杏大尉の3人の中隊長がいる。
第3大隊長は森宮左近少佐。 先任は伊達愛姫大尉で、他に市川英輔大尉と仁科葉月大尉―――昔の後任の方割れ―――が配された。

連隊長は曽我部啓三大佐。 帝国戦術機甲部隊の黎明期、最初期の衛士だった人だ。
士官学校の出身者だが、頭の柔らかい『話せる上官』だと言う評判の人物。 藤田大佐の先輩でもある。
但し、戦術機甲科を体現したような人物だとも・・・

『戦術機甲科は、命令下達が終わらないうちに行動を開始する』

最もこの評価は機甲科(戦車乗り)も同様だが。
昨今では戦術機を降りて、戦闘指揮車両に押し込まれるのが不満らしい―――ご老体、無茶せんで下さい、って言うのが連隊総員の意見だ。


「しかし何とか配備機体を94式で固めて貰ったモノの・・・ 蓋を開ければ半島派兵組とはな」

「タダで良い目は見られないって事ですか。 最新鋭機を渡したのだから、元を取ろうって事でしょうね」

俺の言い方に荒蒔少佐も苦笑する。
そりゃそうだ、他の大隊―――第1と第3は92式だからな。 それでも贅沢だ、今現在派兵されている第8軍団は77式が殆どだし。
同じ第9軍団でも14師団と18師団は94式1個大隊と92式が2個大隊で固めたが、29師団は77式の2個大隊が主力で残る1個大隊は89式だ。

戦術機甲部隊が94式と92式でのHi-Low-Mixで構成されている師団は、陸軍では第14、第18の2個師団。 
本土防衛軍でも西部軍管区の第9師団と、中部軍管区の第1、第2、第3師団の4個師団のみで合計6個師団(宮城警護の禁衛師団は、89式装備部隊だ)
残る戦術機甲師団―――15個戦術機甲師団のうち、92式と77式の組み合わせが4個師団で後の11個師団は全て77式装備部隊だ。

94式は現在でも6個大隊しか存在しない、非常に貴重な部隊でもある。 92式にしても16個大隊しか存在しなかった―――両機とも、急ピッチで大増産がかけられてはいるが。
(『機甲師団』、『機動歩兵師団』等に1個ずつ配備される戦術機甲大隊は、全て77式装備)

最新鋭機が配備されて喜んだのも束の間、大陸派遣に選ばれたのは第18師団からは俺達の第2大隊。
第14師団からは宇賀神少佐の第3大隊―――やはり94式配備部隊で、この大隊には和泉大尉に古村と間宮が居る。 第29師団は89式装備の第1大隊が抽出された。
それぞれが機甲・自走砲・高射各1個中隊に機械化歩兵装甲1個中隊、機動歩兵2個中隊と支援部隊を付けて、諸兵科連合の『大隊戦闘団』として派兵される事になった。

「しかし、たった3個大隊戦闘団だけとは・・・ BETAの大群の前ではクソの役にも立ちませんよ」

「ですよねぇ? 上は何を考えているんでしょうか?」

俺の疑問に美園も同意する。 これが軍団単位なら話は早い、師団でも増援と言うのなら判る。
だが今回は合わせれば戦力的に1個旅団に準ずるとは言え、後方支援能力は比較にならない程貧弱だ。 
まともな継戦能力などありはしない、上級部隊あっての独立戦闘団なのだから。

「どうやら、まともな前線への展開は無い様よ?」

祥子が気になる事を言う。

「・・・どう言う事ですか? 綾森大尉」

そんな俺の物言いに、美園が噴き出しやがった。 荒蒔少佐も、大隊CPの富永大尉も笑いを堪えている―――くそう、プライベートを知られているのも考えモノだな。

「漏れ聞いた話だけれど、国連の再三再四の再々派兵要求にこれでお茶を濁すようよ。 戦力的には1個戦術機甲連隊、プラスアルファ。
師団とは言わなくても、旅団規模の戦力だし―――でも分散して後方拠点警戒に使うとか何とか・・・」

「正直な話、これ以上の再派兵は軍としても勘弁して欲しい、って言うのが本音でしょうね。
連隊も正直言って実戦投入できるレベルには未だ・・・ 大隊も怪しいですからね、せめて戦場の空気だけでも嗅いで来い、と言った所でしょう。
幸いと言うべきか、先月の初めに大東亜連合が増援を1個軍団(3個師団)派兵したので、兵力的には少し余裕が出たわ」

祥子と富永大尉が裏事情を話す。
それは確かに漏れ聞こえる話だが・・・ 下手をすれば米国がブチ切れるぞ?
あの国相手に外交的綱引きをするのも良いが、落とし所は考えての事だろうな?

(『国家間の相互安全保障―――同盟もそうだ。 どちらか一方が、一方的に義務を負う事では無い』)

昔、まだN.Yに着いたばかりの頃の会話を思い出した。

(『お互いの国益に合致する限り。 双方、若しくは複数はその義務を履行する。
しかしそれが崩れた時、一方的な負担は許容できないし一方の主張ばかりを聞き入れる必要は無い。
何故か? 国家と国民の契約、その不履行だからさ。 国際外交もまたしかり』)

―――そう言ったのはオーガスト・カーマイケル、N.Y時代の友人の一人。 あの頃は合衆国陸軍中尉。 もう3年も前だ、進級しただろうか?

予備将校―――元は一市民のオーガストでさえ、あの様に言い切るアメリカ。 帝国はそれを理解してやっているのか?


「出発は年末の12月27日。 博多港から海上護衛総隊の戦術機揚陸艦、『大隅』、『国東』、『下北』に分乗する。 半島到着予定は翌28日、14師団と29師団は3日遅れだ。
半島南西部の木浦(モクポ)に上陸後、光州へ移動する。 以降は第8軍団司令部指揮下に入る、以上だ―――質問は?」

ここまで来ては特に無い。 後は少しだけ細かい調整を各所と済ませるだけだ。
いずれにせよ再派兵だ、今回は余計に気を引き締めなければならない気がする―――何となく、勘だったが。











1997年12月25日 1610 朝鮮半島南部戦線 全州南東 長水(チャンス) 中国軍野戦陣地


「ムーラン(木蘭)・リーダーより中隊各機、全速で全州防衛線に向かう! 
韓国軍が押されている、後ろの光線級を始末しない事には随分と楽しい状況になってしまうわ!
いい? 戦域制限高度は50! それ以上は上がるな、いいか!?」

―――『是!』 一斉に部下達から応答が入った。
9機に減った中隊を指揮する中国軍の朱文怜大尉はその声の力強さに無意識に安堵し、そして幾人の声がこの夜までに聞こえなくなるだろうかと思った。
自身が所属していた第4野戦軍は既に消滅した。 今は生き残りをかき集めた第1野戦軍の第16集団軍―――実質戦闘力は1個師団を上回る程度―――に編入されている。

機体の跳躍ユニットを吹かし、低高度NOEを開始する。 どうにも機体が重い、機動も思う様な機動にならず無意識のうちに苛立ちが募る。
無理も無い、今までは機動性に優れた殲撃10型Dに搭乗していた。 だが相次ぐ撤退により器材は驚く程のスピードで消耗されていった。
今、彼女の中隊は小破程度で済んだ殲撃8型に、韓国軍から供給されたF-4Eのパーツを組み込んで何とか動かしている。

夕暮が迫る赤く焼けた空の下、半島南部を東西に隔てている小白(ソベク)山脈の尾根沿いに複雑な曲線飛行を行う。
跳躍ユニットからの排気炎が青白くたなびき、夜の闇が迫りつつある山麓を照らし出す。
極力光線級に捕捉されるリスクを低減させる為とは言え、一歩間違えればそのまま山腹に激突しそうなスレスレの飛行だった。

≪CPよりムーラン・リーダー! ジューファ(菊花)中隊が任実(イムシル)から上がった! 
邂逅地点はB7R、10分後だ。 全州の東から回れ、まだ山岳地帯は残っているからな!≫

「ムーラン・リーダー、了解―――ジューファだけなの? 他の中隊は!?」

≪3個中隊を錦江防衛線に出している! 台湾軍のご機嫌は取っておかないとな! 残る1個は最後の予備戦力だ!≫

(―――ちっ! たったの6個中隊! 集団軍の全戦術機甲部隊が、定数を割った6個中隊だけだなんて!)

西部の16集団軍だけではない、東部を守っている56集団軍とて似たような状況だった。
これに辛うじて戦力と言える戦術機を保有している韓国軍と日本軍の1個軍団、そして増援の統一中華と大東亜連合軍の合計3個師団(台湾、フィリピン、インドネシア各軍)
後は国連太平洋方面第11軍―――米第2戦術機甲師団と、米第1、第3海兵師団が最後の頼みの綱だ。

急に目前に山麓が迫る、スラスターノズルの角度を微妙に変えて揚力を増し飛び越える―――よかった、まだ光線級はいない。

「リーダーより各機、LANTIRN(夜間低高度赤外線航法・目標指示システム)セットアップ」

そろそろ目視での機動が心許ない時間帯になってきた。 ここは『鷹の目』を早いうちに使う事にし、部下へ指示を出す。
網膜スクリーンに映し出されていた薄暮の薄闇の世界が一変する。 輪郭がはっきりして明るい世界だが―――色調は単純化される。 
薄暗闇や完全な夜間の作戦行動には欠かせない装備だ。 だがそれが映し出す世界の色調は余り好きな世界では無かった。

(―――とは言え、そんな贅沢なんか言ってはいられないのよ。 それでなくとも私達は数少ない戦術機部隊。 
使えるものは何でも使って、生き抜かなきゃならないのよ・・・)


≪・・・リーダー! CPよりムーラン・リーダー! 応答せよ! ジューファ中隊との邂逅地点は間もなくだ! ムーラン・リーダー!≫

―――はっ!

どうやら無意識に思いに浸っていたようだ、CPの声に気付かなかったとは・・・ 朱大尉は己の失態に思わず舌打ちする。
ここは戦場なのだ。 戦場でいちいち感傷に浸る余裕など有るものか! そんな事では美鳳に何を言われるか。
重傷を負った周少佐にも雷を落とされる。 今はここに居ない、欧州に残った数少ない同期生の親友―――蒋翠華にも笑われるだろう。
欧州からの途切れがちな便りで知った、彼女も大尉に進級したらしい。 今ではやはり進級したアルトマイエル少佐指揮下の1個中隊を預かる中隊長だ。

(―――しっかりしなさい! 文怜!)

自分に気合を入れて、そして真っ直ぐ前を見つめる。 
起伏がかなり緩やかになってきている、戦場音楽が騒がしい―――間もなく戦場だ。

「ムーラン・リーダーよりCP、了解した!―――こちらムーラン・リーダー! ジューファ・リーダー、邂逅ポイントはB7R! 美鳳、宜しい!?」

『ジューファ・リーダーより、ムーラン・リーダー。 邂逅ポイントはB7R、了解―――文怜、余り心配かけるものではなくてよ?』

南南西方向から夕焼けをバックに10個前後の影が、排気炎を引いて高速で飛んでくる。 
やはり殲撃8型の戦術機中隊が姿を見せた、こちらは10機。

≪CPよりムーラン・リーダー! ジューファ・リーダー! まもなく戦域突入! BETA群は約1万5500、光線級は約150体を確認! 
要塞級、重光線級はまだ確認されていない! 師団規模だ、韓国軍第6軍団が相手取っている! が、流石の王虎将軍―――白慶燁中将でも持て余し気味だ!
迂回して厄介な光線級を排除しろ! 韓国軍の1個戦術機甲大隊が反対側から挟撃体制に入った!
それと更に50km後方の大田(テジョン)に新手が約2万! 行先は南か東か、動向は不明!≫

―――了解。

朱大尉と趙大尉が揃って応答する。 同時に部下へ指示。
19機の殲撃8型が一斉に高度を下げ、跳躍ユニットの噴射制御パドルを全閉塞。 同時に逆噴射制御パドルを一気に全開する。
接地する直前に再度噴射制御パドルを全開にし、緩降下から着地せずに水平噴射跳躍(ホライゾナル・ブースト)に入った。

既に夕闇が辺りを支配する地表を、土煙を上げながら数100km/hの速度で高速移動する。
やがて左前方、10時方向に重金属雲を確認。 韓国第6軍団所属の重砲部隊が盛大に面制圧砲撃をかけている。 
夕空に鈍く輝きながら伸びてゆくレーザー照射がはっきり見える。 そのすぐ直後にBETA群を視認した、前衛の突撃級BETAの集団が猛速度で突進をかけている。
だがこの前衛集団はやり過ごし、中衛集団の外縁部ギリギリを高速突撃で交わして敵後衛集団へ。

『見えた! 光線級!』

部下の声がはっきり聞こえた、ここからが本番だ。

「ムーラン・リーダーより中隊各機! 目標は光線級! A/B放りこめ!」

―――『是!』

『ジューファ・リーダーより全機! 要撃級と戦車級はジューファ中隊で相手取る! ムーラン中隊が光線級を狩り終えるまで、1匹たりとも近づけるな!』

―――『応!』

跳躍ユニットを吹かしながらBETA群の只中へと踊りこむ。 暫くして光線級の予備照射が始まった―――

「―――遅いっ!」

逆噴射制御パドルを一気に全開しながら滑りこむように光線級の群れの中に割り込み、左右に突撃砲の36mm砲弾を浴びせかける。
同時に部下の8機もそれぞれ目標に対して36mm砲弾、120mmキャニスター砲弾を叩きつけた。
光線級BETAが乱戦の最中に合って、レーザー照射が出来ない状況を作り出す事に成功した。 左右の突撃砲を猛射しつつ、片っぱしから掃討し続ける。

視界の片隅に要撃級の群れが接近してくる、戦車級も結構いる―――趙大尉の中隊が横合いから36mmと120mmの猛射を加え援護位置に入った。
要撃級が横合いからの脅威に対して得意の高速接地旋回を開始し、『ジューファ』中隊に襲いかかった。 
趙大尉の『ジューファ』中隊はそれに対して近接戦を挑まず、サーフェイシングで後方に一旦距離を置く―――射撃を加えながら。

同時に韓国軍のF/A-92Kが30機前後、反対側から殺到してきた。 1個中隊が光線級狩りに加わる。

『文怜! こいつらはこっちで引き離すわ! 光線級の始末をお願い!』

「了解、美鳳! 無理しないで!―――中隊! 要撃級と戦車級は『ジューファ』と韓国軍が引きつける! その間に光線級を平らげろ、超特急よ!」

―――『是!』

部下が一斉に唱和する。
朱文怜大尉はその声に、自らをも奮い立たせるように叫んだ。

「私達は―――私達がユーラシアの砦よ! 一人一人が! だから―――BETA共を押し返してやれ!!」














1997年12月27日 1400 玄界灘 帝国海軍海上護衛総隊 戦術機揚陸艦『大隅』


昼下がりの玄界灘を10数隻の小艦隊が航行している。
先頭は汎用駆逐艦、その後を同型の2隻が並んで航行している。 艦型から『松』型駆逐艦と判った。
その2隻の後方を戦術機揚陸艦が8隻、2列になって続航している。 いずれも『大隅』級だ。
陸軍戦術機甲1個大隊40機、それに海軍基地戦術機甲部隊を2個戦術機甲戦闘隊80機に、合計120機を運んでいる。

後方には艦隊旗艦のイージス駆逐艦『夏月』が占位して、最後尾は先頭と逆のパターンでやはり『松』型駆逐艦が配されている。
3里離れた後方海域には、やはり駆逐艦と海防艦に守られた輸送船団が続いている筈だ。

『大隅』の上甲板(発進甲板の1コ下層甲板だ)に出て、舷側のハンドレールを掴みながら大海原をぼんやりと眺めていた。
冬の海を吹き抜ける風が冷たい。 冬季用BDUの上に防寒ジャケットを着こんでいても、突き刺さるような冷たさだ。 風も強く波が白立っていた。

年末も押し迫ったこの日、師団から戦術機甲第2大隊を中核とする戦闘団が派遣された。 その一員として俺は今こうして、戦術機揚陸艦に揺られて半島へと向かっている。
思い返せば92年から93年までの最初の派兵、そして96年から97年までの2回目の派兵に続き、今回で3回目の派兵だ。
この回数は同期や前後の期の中でも多い部類に入る。 しかし上には上がいるもので、祥子など今回が4回目で最も派兵回数が多い衛士の1人になっていた。
普段の彼女からは想像出来ない。 実際、初対面の人は必ず驚く。 外見と言い、雰囲気と言い、衛士と言うより広報部担当官の方が似合うと思う。

「・・・実際はあれでも歴戦の衛士で、中隊指揮官なんだよな」

彼女が聞いたら、まず怒って膨れるだろうセリフが出る。 
別に乗艦して以来、彼女が海軍の連中に滅多やたらとモテていると聞いたのが、面白くない訳じゃないからな?

「何てセリフ、声に出ているぞ? 周防大尉」

背後からの声に振り向くと、1人の海軍将校がニカっとした笑みを浮かべて立っていた。 菅野直海海軍大尉。 戦術機乗りで海軍では少数派の基地戦術機甲部隊に所属する。
服装は俺と同じだが、彼女のやつは海軍用のネイヴィブルーのジャケット。 陸軍用のモスグリーンのジャケットに比べて、どこかアカ抜けている気がするのは気のせいか?

俺より頭一つ小さい小柄な体形、短く切ったショートヘア。 くるくるとよく変わる表情に陽気な性格―――絶対、愛姫と気が合いそうだと思う。

「聞き流してくれ、菅野大尉。 それよりこんな寒風吹きすさぶ上甲板にどうして?」

「そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ。 なあに、艦内・・・ 衛士詰め所は陸軍さんに占領されているし。
士官室に居ても上官ばかりで息が詰まる。 ガンルーム(第1士官次室)に遊びに行こうにも今は航海中だ、ヒマなのは庶務主任(主計中尉)か軍中(軍医中尉)だけだしね」

で、ふらふらと艦内放浪していた訳さ―――そう言ってケタケタと笑う。
確かに、『大隅』に搭載されている戦術機は陸軍機(94式『不知火』)が1個中隊12機に対して、海軍機(96式『流星』)は1個小隊4機。
菅野大尉の中隊は分散搭載されていたと言っていたな、確か。

「で、さっきまで格納甲板で戦術機の状態なんか確認していたのだけどね。 その時にアンタを見かけてさ。
熱心に海軍機を見ていたから珍しくてね、声をかけようと思っていたら出て行ったからさ」

で、追いかけてここに来たと?

「正解―――海軍機がそんなに珍しいかい?」

―――海軍機か。 思えば今まで搭乗した経験のある機体は全て陸軍機だったしな、当然の如く。

「・・・今まで陸軍機しか搭乗経験が無いからね、当然だけど。
ただ戦場でお目にかかった事はある、米海軍のF-14とかF/A-18とか。 全くメジャーじゃないが、フランス海軍が運用している『シュペルエタンダール』とかも」

―――これは確か、アルゼンチン海軍も採用していた筈だ。

「へえ? 『シュペルエタンダール』かい? 珍しいね、私は見た事が無いよ。 確かF-5系列の機体だったよね?
あれは確か第3世代機『ラファール』が完全に陸軍仕様になったから、引き続き運用される事になったと聞くね」

―――英国も次期第3世代機が陸軍仕様機になる予定の為に、英海軍は暫くF-4の性能向上型で対応するらしい、国連軍時代に聞いた話だが。

「英国海軍には帝国の企業が売り込みをかけているよ。 他にもドイツやイタリア、スペインとか。
海軍でも戦術機―――戦術歩行戦闘機を運用している国にね。 海兵隊向けはA-6の独断場だから無理だけれども」

―――噂に聞く96式の販売攻勢か? 米国のF-18と思いっきり競合していると聞くな。 いや、確か欧州に売り込みをかけているのはF/A-18C/Dか。
今のところは第3世代準拠機のF/A-18より、純粋な第3世代機の96式の旗色が良いと聞くが・・・ どうなる事やら。

と、その時波浪がきつくなってきた。 どうやら対馬海峡を過ぎて東シナ海に入ったようだ。 左手前方の彼方に五島列島、右手前方に済州島が見える

「うう、寒い! そろそろ艦内に入らないか? 流石に凍えるよ、冬の海は」

「海軍さんでもか?」

「海軍でも! 士官室で午後のお茶でも、ふるまってあげるからさ。 中に入ろうよ」













1997年12月27日 1950 朝鮮半島南部戦線 全州南東10km


完全に夜の闇に包まれた戦場で、100機近い数の戦術機が高速NOEで移動している。 流れ去る足元には、醜い内臓物をぶち撒けたBETAの死骸が散乱していた。
今回は上手くいった、面制圧砲撃に紛れて迂回しつつ複数ルートから接近出来たからだ。 その為に後衛の重光線級どもは直前まで、自分達を補足する事が出来なかった。

統一中華・大東亜連合合同の混成打撃機動部隊、それも連隊規模での戦術機部隊と言うのはこの戦場では久々の打撃攻勢だ。
戦闘開始から55分後、集団軍司令部に光線属種殲滅の報を入れる。 同時に戦線を急速離脱―――友軍の砲撃に巻き込まれてはたまらない。
前衛と中衛の残りは正面で戦線を担っている韓国軍と、後詰の日本軍に任せればなんとかなる。

「ムーラン・リーダーより中隊各機、RTB!」

『ジューファ・リーダーより全機、帰投する!』

頭上を守る光線級のレーザー照射を喪った師団規模のBETA群は、中・近接攻撃を仕掛けた友軍によって撃退されるだろう。
だが後方の鉄原ハイヴ周辺にはまだ数万を超えるBETA群が残っている。 最近はその動きも活発だ、油断は出来ない。

その時、彼方から重低音が鳴り響いた。 後方の砲兵陣地から大口径自走砲が長距離砲撃を再開したのだ。
どうやら20km程北の益山(イクサン)付近に纏まっている旅団規模の残存BETA群へ撃ち込んでいる様だ。
時折とてつもなく大きな轟音が聞こえるのは、黄海に展開した日本海軍の艦隊からだろう。 あの大音声は戦艦の主砲以外にない。
迎撃レーザー照射が立ち上るが、砲撃量に比してその数は余りに少なかった。 重金属雲が発生高度を徐々に下げ、やがて地表に連続した土煙が起こる。

後方の戦場から視線を外して長水の陣地方向に目を向けた時、ふと朱文怜大尉の目に光州方面からも制圧砲撃―――M270・MLRSの一斉発射が見えた。 日本軍の第8軍団だ。
複雑な気分だった。 日本人の中には親しい戦友も居る、共に地獄の様な戦場を戦ったものだ。

でも―――今はその気持ちが揺らぎそうだった。

(―――ねえ、直衛、圭介、直人・・・ どうしよう?)















1997年12月27日 2000 東シナ海 帝国海軍海上護衛総隊 戦術機揚陸艦『大隅』


士官室の時計を見れば2000、夕食後に菅野大尉が士官室付きの従兵に言って2人分の熱い紅茶を用意してくれた。
上陸前日に酒は流石に拙い、それに部下への手前もある―――しかし相変わらず海軍の食事事情は良いな。 今夜の夕食もそうだった、羨ましい。

「別に、陸軍と食材は同じだけどね? 海軍は専属のコック(炊烹員)が各艦に居るし、昔から艦内生活じゃ食事が最大の楽しみだから」

そう言って菅野大尉は紅茶をすする。 成程、確かに狭い艦内生活じゃ楽しみは『飲む、食う、寝る』だと聞くな。 それで色々と手を変え、品を変え、か。
それでも、贔屓目に見ても食事の見た目の豪勢さは海軍の方が陸軍より余程上だ、今日の昼食は洋食のフルコースを模したものだったし。

「だから言ったでしょ? 食材と摂取カロリーは同じよ。 陸軍は工夫が足りないのよ、工夫が!
因みに今日は金曜日だから、夕食は『金曜カレー』だったのよ」

「ああ、そうか。 確か海軍名物だったな。 兄や叔父に昔、艦内案内につれて行った貰った時に食べた事が有る」

結構美味しかった記憶が有る。 
曜日感覚が薄れてしまいがちな艦内生活で、決まった曜日に決まった食事を出す事が始まりだったと聞いた。

「お兄さんに叔父さん? 周防大尉、アンタ身内が海軍なの? 艦隊? 陸上?」

「今は2人とも艦隊。 兄は2艦隊で重巡『最上』の主計長をやっている」

本当は兄貴と叔父貴だけじゃないのだけどね。
父方だけでも海軍に身を置く従兄弟達は6人居る、兄貴を入れて7人だ。 1番下(直秋の妹)はまだ、海軍衛士訓練校の訓練生だが。
陸軍は俺と直秋、それに2歳年長の従姉の3人だ。 母方を入れれば軍人の親族はもっと増えるけどな。

「ん? 『最上』の主計長? 誰だったかな・・・?」

「―――周防直武海軍主計少佐。 前は軽巡『阿武隈』の主計長だった」

―――確か『九-六作戦』の後で一時陸上の工廠勤務になったと聞いたが、昨年からまた艦隊勤務に戻っている。

「ああ、思い出した。 確か長嶺少佐や白根少佐のコレス(海軍3校同期生)の人だった、以前何かで聞いた事があるよ。 で、叔父さんは?」

「周防直邦海軍大佐。 以前は国防省軍務局軍事部で軍務課長をしていたけど、今年4月から戦艦『駿河』の艦長だ」

「へえ、『駿河』艦長の周防大佐。 アンタ、大佐の甥御さんだったの?」

「―――知っている?」

「知っているも何も、私は海兵(海軍兵学校)の116期だけどね。 周防大佐は当時少佐で、116期の期指導官だったのよ。
変わった人だったよ?―――ジェントルマンでは有ったけどね」

何処がどう変わっていたかは聞かない事にしよう、何となく判るから。


暫く2人で雑談をしていたが、会話が途絶えた。 
俺は煙草を吹かしながら時折紅茶を口にして。 菅野大尉は舷側の窓から見える海原の波頭を眺めていた。

「―――第3艦隊」

不意に菅野大尉がポツリと漏らす。

「戦艦『駿河』と言えば第3艦隊の第6戦隊。 青森の大湊軍港が拠点で北方海域担当―――確か先月に対ソ連支援でウラジオストーク沖に展開したね」

「ああ・・・ 向うは向うで、撤退戦の最中で大変らしい。 何とか樺太まで残存戦力を撤退させようとしていると聞く」

戦艦『遠江』、『駿河』 中型戦術機母艦『飛鷹』、『準鷹』を主力とした第3艦隊が沿海州沖に派遣されたのは先月の上旬。
H20・鉄原ハイヴのフェイズ3到達と時を同じくして、H19・ブラゴエスチェンスクハイヴからの飽和BETA群が沿海州に殺到してきたのだ。
それまでは南満州・朝鮮半島へ侵攻してくるBETA群はH19かH18・ウランバートルハイヴからが主力だった。
だがH20・鉄原ハイヴが出現した後は、H19・ブラゴエスチェンスクハイヴのBETA群が沿海州・シベリア方面へと侵攻方向を変えたのだ。

ソ連と同様に帝国にとっても沿海州、そして樺太陥落は北方防衛上看過し得ない重大事だ。 至急海軍は北方警備担当の第3艦隊を急派して支援に当った。
同時に陸軍も、戦略予備の虎の子としていた第7軍団から第5師団と支援旅団を付けて派遣していた―――が、なかなか厳しい状況らしい。

「南は朝鮮半島南部、北は沿海州から樺太。 考えれば帝国は、同じ島国とは言え英国より本土防衛が難しいね・・・」

―――確かに。 今現在は朝鮮半島南部にスポットが当たっているが、北も北で見過ごせない。
沿海州と樺太北部を隔てる間宮海峡は狭い上に冬季は凍結する。 そして樺太と北海道北端はお互いを視認できる程の距離しかない。
これ以上H19・ブラゴエスチェンスクハイヴの活動が活発化すれば、沿海州のソ連軍は樺太に全軍撤退だろう。 どれだけの戦力が撤退できるか・・・
場合によっては、本土防衛軍の北部軍管区を更に増強しないといけないかもしれない。
となると東海か東部軍管区から引き抜くのか、西部や中部軍管区からは無理だ。

「海軍が陸軍と縄張り争いしながらも、海兵隊装備だけじゃなく母艦や基地戦術機甲戦力を維持しているのはその為よ」

菅野大尉が難しい顔をして呟く。 その言葉に頷いて、俺が話を続けた。

「陸軍以上に緊急即応展開能力が高いからな、艦隊は。 つまり、火消し役か」

―――そう言ってお互い溜息をつく。 

尻に火がついた戦場に急行して力づくで火消しに回る、当然損害も大きい。
基地戦術機甲部隊にせよ、陸軍や本土防衛軍で手が回らない手薄な戦域に張り付いて孤軍奮闘する。
絶対数では陸軍の方が衛士の数も戦術機の保有数も多いが、客観的に見て海軍の衛士の方が訓練にかける時間も多く、腕利きが多い。

だがそんな腕利きでも死ぬ時は死ぬ。 特に激戦場に急遽投入されるようなケースでは。
ふと菅野大尉を見る。 彼女もそうやって多くの仲間を失ったのだろう。

「・・・今回の半島派遣、海軍はどこに?」

「木浦(モクポ)と、麗水(ヨス)ね。 何の事は無い、撤退する為の港湾拠点の維持・確保だよ。 そっちは?」

「詳しくは向うに着いてから。 だけど部隊内の話では光陽(クァンヤン)か順天(スンチョン)・・・ こっちも最終撤退拠点の確保らしい」

話していてお互い溜息が出る。
BETAを押し返す反攻作戦なら士気も上がるが、今回はお互いに撤退準備の為の派遣。 それも最後の最後まで指をくわえて戦闘参加はなさそうだ。
もし戦闘参加の場面が有ったとしても、それは最終局面での戦闘参加。 つまり悲惨な殿軍をやらされること必至だとは。

「・・・どうせなら、頃合いを見てさっさと撤退させて欲しいねぇ」

「そうだな、そうすれば苦労しなくて済む」

その時はお互い判らなかった、まさかあの様な結末になろうとは。














1997年12月27日 2200 朝鮮半島南部戦線 全州南東 長水(チャンス)南方10km 中国軍野戦陣地


南部とは言え冬だ、半島でもかなり寒い。
宛がわれた2人用の簡易テントに潜り込むと、長年の僚友である趙美鳳大尉が既に休む支度をしていた。
戦闘に次ぐ戦闘、休める時はさっさと休まないと体力が保たない。

朱文怜大尉は自分も寝袋に潜り込み、ランプの灯りを消して―――ふと、隣で眠ろうとしていた友人に声をかけた。

「―――ねえ、美鳳。 私、日本人が信じられなくなってきちゃったわ・・・」

「どう言う事? 文怜?」

やはりまだ眠っていなかった趙美鳳大尉が顔だけ向けて問いかける。

「だってそうじゃない? 今の彼等は光州(クァンジュ)付近に逼塞して、滅多に最前線へは出てこないわ。
出てきても積極攻勢は行わないし・・・ 難民がいる場合だけは別だけれども」

「―――直衛や、圭介、それに直人は違ったでしょう? それに以前一緒に戦った祥子や愛姫、それに広江少佐も」

―――思わず痛い所を突かれたと思った。 
彼女にしても、国連軍時代からの戦友である日本人衛士達を信じないと言うのではない。 
長年背中合わせで戦ってきた。 信用も、信頼も出来る戦友だ、だが・・・

「それは・・・ 彼等は戦友よ、長い時間を共に戦ったわ。 信じられる・・・ だからこそよ。 同じ日本軍、同じ日本人なのにどうして?」

「彼等も本国の命令に従わねばならない軍人よ、それ以上は私も判らない。 でも彼等のお陰で全州の市民や難民の多くが助かったわ。
11月のあの日、民間人が避難する時間を稼ぐ為に総崩れ寸前の36度線防衛ラインに軍団ごと突入していったのは日本軍よ、彩峰中将の英断だわ」

「・・・それは認めるわ。 あの時日本軍が後退どころか逆襲に転じなければ、防衛線はもっと早くに崩壊していた。
その結果として友軍だけじゃなくて、全州から避難しようとしていた50万人以上の民間人の命が救われた事も認めるわ・・・
でもね! その中将が! 難民たちや大東亜連合が言う、その『仁徳将軍』が! どうして友軍の危地には動かないの!? 周少佐はもう衛士復帰は不可能なのよ!?」

彼女の敬愛する上官、周蘇紅少佐は10日前の戦闘で瀕死の重傷を負った。
辛うじて命は取り留めたが最早、衛士復帰は不可能と判断される程の重傷だった。
それもこれも、あの時に日本軍が側面支援に入ってくれていたら・・・

「無理じゃなかったかしら? あの時の日本軍は、BETAの攻勢を正面から迎撃していたわ」

「・・・個体数3000のBETA群を3個師団でねっ! 1個師団くらい回せるでしょう!? いいえ、1個連隊・・・ 1個大隊でも良かった! それだったらっ・・・!」

この間も感じた気持ちの揺らぎ。 その揺らぎはどうしようもなく、彼女の中で大きくなっていった。


(―――どうしよう。 ねえ、直衛、圭介、直人。 本当にどうしよう? こんな気持ち、私イヤよ・・・)







1997年12月28日早朝 第181戦術機甲連隊所属、独立第2戦術機甲大隊戦闘団は木浦(モクポ)に到着、朝鮮半島の土を踏んだ。






[7678] 帝国編 17話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/05/23 12:56
1998年1月10日 朝鮮半島 光陽 東地区防衛陣地


目前で数機の戦術機が穴を掘っている。 いや、何と言うか・・・ 自分でさせておいて何だが、実にシュールな光景だと思う。


『・・・ったく、俺達は戦術機甲部隊だっての! 工兵隊じゃないんだぜ!?』

『全くだ。 ここに着いて以来2週間近く、毎日、毎日、土木作業だぜ・・・』

『ぼやかないでよ、仕方無いでしょ・・・ それより、中隊長に聞かれるわよ? また周防大尉のカミナリ、喰らいたいの?』

部下達の愚痴が聞こえる。 愚痴である間は放置するに限るか、余り締め付けるのは考えものだしな。
それに愚痴のひとつも言いたいのは俺も同感だ、立場上言えないだけで。
それよりも、ヘッドセットのオープン通信は中隊通信系だ、当然俺にも聞こえると思っていないのか? あいつ等は・・・?

「新米共、そろそろ悪い意味で緊張感を持続出来なくなっていますよ。 どうします、中隊長?」

傍らからC小隊長兼任の中隊副長である最上中尉が渋い顔で聞いてくる。 とは言え、俺にもなかなか良い考えが無い事は事実だ。
いつ戦闘参加が有るか判らないこの状況では、アラート待機がメインになって通常の訓練などなかなか出来るものではない。
かと言って待機ばかりでは部下達―――特に新米達の技量の低下が深刻になってしまう。

せめて戦術機を『動かす』勘を鈍らせない為に―――そう言う理由を付けて、なかば中隊全員にやらせている目前の土木作業。
何の事は無い。 駐留陣地、そしてその背後に控える臨時難民キャンプの防衛用に対BETA用地雷を敷設する為の塹壕を戦術機で掘らせているのだ、この2週間の間。
敷設作業自体は韓国軍の戦闘工兵連隊がやってくれる。 が、その地雷を埋める為の穴を掘る重機が殆ど無い―――撤退途中で失われた。
そこでウチの大隊戦闘団と交渉の結果、穴掘りは俺達戦術機甲部隊が。 地雷の敷設は戦闘工兵連隊が行う事になった。

で、この2週間の間に幅20km、縦深5kmの地雷原の大半を構築したと言う訳だ。
当然、俺もその中に入っている。 日がな一日中、追加装甲を使って戦術機で土木作業。 だが大隊本部での会議や連絡業務などで、毎日部下達の面倒を見るとはいかない。 
そう言う訳で、今日も『土木作業指揮』はB小隊長の摂津中尉に任せて大隊の会議に出ていた。 その帰りに最上に捕まって、苦情半ばで要請された訳だ・・・

「・・・致し方が無い、当分は今の作業を継続する。 『畳の上の水練』だ。
大隊本部に掛け合って、明日は谷城(コクソン、光陽北西50km)辺りまで偵察哨戒に出して貰う事にする」

「お願いします。 古参は良いですがジャク(若手、新米)の連中、そろそろ緊張感の持続が怪しくなっています。
このままじゃ、下手すると『途切れて』いざって時に使いものになりません。 摂津も、四宮も頭を抱えていますよ・・・」

全州から防衛線が後退した今じゃ、たった80km北の任実(イムシル)=長水(チャンス)防衛線が最前線だ。
西部は光州(クァンジュ)から40kmしか離れていない井邑(チョンウプ)が最前線になっている。
偵察・哨戒行動と言っても流石に最前線まで出る事は禁止されている、谷城(コクソン)は戦場を感じる意味でも、周りへのポーズとしても丁度良い塩梅か。

臨時に配属となった第8軍団司令部からは、大隊戦闘団の主任務は難民キャンプの守備、そして光陽の港湾施設の防衛を言い渡されている。
積極戦闘参加?―――無論、厳禁されているよ。 ある程度予想していたが、ここまでキッパリ命令が下るとはね。

「ここ数日、最前線で取りこぼした小型種BETAが少数だが谷城辺りで補足されている。 咄嗟戦闘も十分あり得る、心しておけよ?」

「了解です。 作業をあと30分で終了させて、兵装チェックを行わせます。 
最近突撃砲なんて触っていませんからね、整備を疑う訳じゃないですが、自分の目で確認しておかないと・・・」

「当然だ、しっかりやらせろ。 ところで、四宮は?」

最上、摂津と一緒に留守を任せた筈の、中隊副官をしている四宮杏子中尉の姿が見えない。 事務関係で頼む事が有ったのだけどな・・・

「ああ、四宮は『キャンプ』の方ですよ。 韓国軍の朴大尉(朴貞姫大尉)が先程来られまして。 大尉が不在でしたので、四宮が代わりに」

「・・・厄介事か?」

「それ以外に何が有るってんです? 毎度の事ですよ、今更脱出しない、ここに残るって連中が騒ぎ出しまして。
重傷の身を押して中国軍の周少佐(周蘇紅少佐)が説得にあたっていたらしいですが、それが災いして少佐が倒れたと」

―――周少佐も無茶をする。 
そうか、少佐の大隊は残り2個中隊を美鳳(趙美鳳大尉)と文怜(朱文怜大尉)が率いて今は谷城(コクソン)に張り付いている。
少佐が倒れたから・・・ この場の最上級指揮官は俺だ。 俺が最先任者になる。
同じく光陽の東地区防衛部隊に指名された韓国軍の朴大尉(朴貞姫大尉)と、李大尉(李珠蘭大尉)は、年齢は俺より1歳上だが大尉昇進は俺の3カ月後。 後任になる。

難民の説得・・・ 正直気が重い。 92年の北満州、そして94年のイベリア半島。 成功した時と、失敗した時。
成否の分かれ目がもたらした結果、それと俺自身の内面の問題。
結局俺は翠華を支え切れたのかどうか判らないままになったし、リュシエンヌ・ベルクール少尉は俺が初めて喪った部下だった。

はっきり言おう―――俺は怖がっている。

「・・・四宮を呼び戻す、俺が代わりに行こう。 
ああ、そうだ。 もうじき大隊G4(兵站担当幕僚)が来る。 要求物資リストは四宮に作らせてあるから、それを渡してくれ」

「了解です」

―――何時まで怖がっているのだ、俺は。

毎度同じ結果になるとでも? 自惚れるな、周防直衛。
翠華は彼女自身の意志で選択したのだ。 リュシエンヌは自分の意志で戦い、散って行ったのだ。
そこにお前の存在は一因として存在したとしても、全てじゃないんだ。 それは彼女達の意志であり、彼女達の物語だ。
お前は、お前の意志で自分の物語を書いて見せろ。 

「―――いい加減に気付けよ。 この馬鹿者が・・・」

俺の小さな呟きに最上が一瞬不思議そうな表情を見せたが、気のせいかと思った様だ。 何も言わず敬礼してその場を去って行った。
さて・・・ 内心嫌で仕方が無いが、何時までも後ろを向いている訳にもいかない。 そうだろう?





「あ、中隊長」

キャンプに入って暫くすると、ちょっとした広場―――と言うより、何も無い空き地がある。
そこに人だかりが出来ていて、その中に四宮の姿を見つけた。 朴大尉と李大尉もいる。

「四宮、ご苦労だった。 俺が代わる、お前は陣地に戻れ―――大隊G4が来る、最上と2人で受領物資の確認を頼む」

「あ、はい! ・・・しかし、この場は・・・」

「俺の仕事だ。 早く行け、お前しか書類の詳細説明が出来ないからな?」

一瞬で俺と、朴大尉に李大尉、そして避難民たちに視線を走らせた四宮だったが、自分の仕事を理解したようだ。
敬礼して素早くその場を離れて行った―――理解が早くて助かるよ。

「で、朴大尉、李大尉。 こちらの方々は何と?」

「・・・本貫の地は離れたくないって」

朴大尉がどこか投げやりな口調で言う。 少し様子が変だな、この人はもっと血の熱い人だと思ったが・・・?

「ここで逃げ出したらご先祖様に申し訳が無い、そう言っているのよ。 韓民族としてはね、気持ちは判るのよ。 でもね・・・」

李大尉の口も歯切れが悪い―――溜息が出そうだ。 
噂には聞いていたし、この2週間で既に何度かお目にかかった光景と台詞だ。
東アジア系に似通った事だが兎に角、血縁・地縁に対する時に異常なまでの拘り。 そして土地に対する拘り。
特にこの地に来て実感したのが、一族の土地―――『本貫』に対する執着心。 これは苦労しそうだ。

「・・・気持ちは判る。 ええ、そうだ。 日本人の自分でもそれは同じく。 しかし現実はそれを許さない、判りますね? 朴大尉、李大尉」

「それは・・・ 判るわ。 判っています、周防大尉。 貴官に言われるまでも無く」

―――少し怒ったか? いや・・・ 自覚して恥じたか、そんな所か。 
李大尉はそれまで戸惑う韓民族女性から、韓国軍将校の顔に変わって言った。
朴大尉と言えば・・・ どうもおかしい、相変わらずどこか投げやりな表情のままだ。

俺と2人の会話(英語だ)を語学が出来る者から聞いたのだろう。 年配の男性が厳しい表情で目の前に出てきて、何かしゃべり始めた。
だが生憎と俺は韓語を解さない、そこで李大尉に通訳をして貰う事にした。


『儂等はこの地を死に場所にしたいのだ。 先祖代々、この地で生まれ、この地で暮らし、この地で眠ってきた。
今更余所の土地に行く気も無いし、行った所で難民キャンプなど一族の者達に困窮を舐めさせるだけだ』

正直どこの土地でも聞かされる台詞だった、別段珍しくも無い。 
そしてそんな場合に対する『模範解答』は、軍は既に用意しているものだ。

「失礼ですが、BETAを見た事は? 無い?―――宜しい、あなた方は幸運だ」

『何が幸運なものか! 何を言うのだ、このイルボン(日本野郎)め!』

瞬間沸騰したその男性を、李大尉が慌てて宥めている。 
言葉は理解できないが、結構無茶苦茶な罵倒を受けている気がする―――構うものか、話を続けよう。

「ご家族がBETAに食い殺される情景を想像してみてください。 ご一族の皆さんが食い殺される情景を。
男も、女も。 老いも若きも、そして幼子も。 生きたまま体をバラバラに喰い千切られ、言語を絶する苦痛と恐怖に苛まれながら食い殺される様を」

一旦言葉を切る、我ながらあざとい言い様だ。
だが実際にBETAを見た事の無い民間人には、こうでもしないと万分の一の実感も与えられない。

「我々軍人はその恐怖を、身をもって知っています。 そして、守るべきあなた方にその恐怖を与えたくないのです」

『だが儂等は・・・! 儂等はここを動きたく無いんじゃ! 死ぬのなら一族の皆が一緒に死にたい! 
もう、家族の誰かが、どこか見知らぬ場所で独り寂しく死ぬなどと・・・ そんな目に、一族の者を会わせたく無いんじゃ!』

―――堂々巡りになりそうだな。

「であれば尚の事、ここを脱出して新しい土地に行かれるべきでしょう。 未だBETAの侵略に遭っていない土地は有ります。
そこで一族の方々と暮らすべきなのでは? 見ればまだ幼い子供さん達もいらっしゃる、あの子達の為にも」

『・・・国を、土地を喪った民がどれ程悲惨なものか、儂等はよく知っておる。 ここにも少し前まで中国人の難民キャンプが有ったのじゃ。
悲惨じゃった、悲惨じゃったよ。 今にして思えば儂等は見下しておったわい、あの者達の事を。 内心で嗤っておったわい、あの連中の事を。
怖いんじゃよ、余所の土地で儂等がああなる事が! どこでも同じじゃないかね? お若いイルボンの軍人よ?
お前さんの国に行けば、儂等はあの中国人同様に悲惨な境遇に落ちるわい・・・』





感情論で頑なに拒む相手に理屈は通らない、一旦キャンプを辞して陣地に戻る事にした。
李大尉が話しかけてきたのはその途中の事だ。

「周防大尉、実際の所どうする気なの?」

どうする? どうするって?―――決まっている。

「―――強制執行。 歩兵部隊に協力を願う事になりますが」

勿論、俺に最終決定権が有る訳ではない。 最後は大隊本部での承認と軍団司令部の命令を貰う事になる。
だが基本的に現地指揮官の『要請』は通るだろう、特にこの手の問題に関しては。

本音を言えば、もう民間人がBETAに食い殺される姿を見たくない。
随分と甘いな、そう思う。 我ながらそう思う。 だけど本音はそうだ。

「・・・いきなり、随分な手段ね。 話し合いの余地はもう無いと?」

李大尉の声がキツイ。 その気持ちは判らんでも無いが・・・

「前線は多分、もう幾らも持ちませんよ? 居残っている民間人は光陽だけで約6万人、脱出船団は日韓両国が用意した船が光陽向けで10隻。
1隻の収容人数は約2000人、日本の九州まで3往復が必要です。 諸々含めて1往復に2日を要します、最短で都合6日。
その脱出船団の第1陣が九州を出港するのは3日後、避難民全てを収容して日本本土に送り届け終わるのは9日後―――防衛線は保ちますか?」

あざといな、こんな言い方。 李大尉も言葉に窮している。 当然だ、彼女も指揮官だ、俺が把握している戦況は彼女も同じく把握しているのだから。
西部戦線は何とか保っている―――だがそれも時間の問題だ、光州には未だ残留する民間人が約30万人。 その脱出計画が立案されていた。

日韓の現地軍上層部が計っているのは、恐らくそのタイミングだろう。 光州(クァンジュ)から羅州(ナジュ)、そして港湾都市の木浦(モクポ)
光州から木浦に至る幹線道路と鉄道路が走るこのルートを、帝国軍第8軍団ががっちりと抑える布陣を行っている。
最前線を指揮する韓国軍の白慶燁中将と、後方指揮の帝国軍の彩峰萩閣中将、前線と後方で連動している様にも見える。
西部防衛軍司令官の孫栄達韓国軍大将も恐らく、一枚も二枚も噛んでいるだろうな。
本来は国連軍指揮下の帝国軍第8軍団が未だ西部防衛戦に張り付いているのは、孫大将の政治的駆け引きの結果か。

「・・・それならば、あと『3日は時間が有る』わ。 お願い、強制執行はまだ待ってくれないかしら?」

「そちらで説得出来るのでしたら」

「やってみます、だからあと3日間だけ待って。 3日だけ時間を頂戴」

「・・・判りました、但し2日間です。 それと戦況の急変次第でここの状況も変わります、それは承知しておいて下さい」

了解―――そう答えて李大尉が自分の部隊へと戻ってゆく。
充てはあるのだろうか? あの手の残留避難民は説得が酷く難しい、俺自身の経験でも過去2回の説得は随分と運にも助けられた。 それでも戦況次第でどう転ぶ事か。
ふと昔の部下の死に顔が脳裏に浮かんだ。 BETAによって無残に食い殺されたスペインの少女の姿も。

(―――そうなった時、貴女はどうしますか?)

李大尉の後ろ姿を見ながら、心中で無意識にそう呟いていた。


「国連軍司令部―――米陸軍のバークス大将は、頭から湯気が出る程激怒しているらしいわね」

不意にその場に残っていた朴大尉が話しかけてきた。
相変わらず投げやりな口調だ。 気になるが今はその事は口にしないでおく、彼女の内面の問題か?
プライベートに関わる事かも知れない、あと数日も同じようならそれとなく李大尉にでも探りを入れるか。

それよりも今しがた朴大尉が話した事は事実として話が広まっている。 それも当然か、BETAの圧力は東部の方が激しいのだ。
そして東部防衛戦を指揮しているのがバークス大将。 本当なら直ぐにでも脱出できる釜山に移動したいところだろう。
だが『国連軍』の看板の手前、致し方なく釜山の北50kmの密陽(ミリャン)に司令部を構えたままだ。

「バークス大将の手駒は、もう切り札の米海兵師団まで根こそぎ防衛線に投入している状態よね、我が軍の首都防衛軍団も既に最前線に投入されたわ。
残るは軽歩兵編成の予備師団が8個だけ―――老兵ばかりでクソの役にも立ちはしない、頭数だけの部隊。
当然と言えば当然かな? そんな状況で指揮下の彩峰中将が動かないのだものね」

「・・・バークス大将は恐れているのでしょう、東西両戦線の節足点とも言える小白山脈をBETAに横断される事を」

西部防衛戦の最前線から20kmほど南の南原(ナムウォン)が陥落すれば、そこからBETAに東進されたら最後、東部防衛軍は無防備な横腹を突かれてしまう。
そうなったら―――全滅だ。

だから彼は本来自分の直接指揮下部隊である、帝国軍第8軍団を南原に移動させようとしているのだ。
ここから東、小白山脈は標高の低い峠となる。 BETAの移動速度が速まる。 その東西両戦線の『かんぬき』として第8軍団を・・・ と言う戦略だろう。

―――以上が、この地を踏んで2週間の間にあちらこちらから聞こえてくる話の内容だ。 公式の見解ではなく、現場の中級・下級指揮官同士の噂話レベルだが。
但し信憑性は高いだろうと思っている。 何故か? 同じ噂話が別のルートでも囁かれているのを聞いたからだ。
各部隊の先任下士官、もしくは准士官達の間でも同じ事が噂されている。

ああ言う連中は軍隊の背骨、伊達に15年、20年と軍の飯を食ってはいない。 
要所、要所に配された同年兵同士の繋がりは総司令部の情報管理など、時にはザル同然にする。
俺も大隊本部付きの先任下士官から、先日そっと耳打ちされたものだ。

「大隊本部で聞いた話では、米第7艦隊と脱出用の大船団が到着するのは6日後の1月16日、そこから一気に撤退する予定らしいですよ。
だからその前後に東部防衛線は縮小するでしょう。 そうすれば向うの連中の前に群がっていたBETA群が、幾らかはこっちに向かってくると思われます。
1個大隊戦闘団に、そっちの戦術機甲2個中隊―――それも定数割れで支えきれる話じゃ無い」

「だから、邪魔になる民間人残留者は強制執行を用いてでも、さっさと後方へ送りだす?」

「勘違いしないで下さいよ、朴大尉。 彼等を死なせたくないのは本音だ」

それにもう一度民間人をBETAごと吹き飛ばす様な真似はしたくない。 少なくとも、あれを部下達に味あわせたくない。

「・・・もしそうなった時は撃たない? 民間人の保護を最優先する?」

「いいや、撃ちますよ。 そう命令します」


まったく、判らない人ね―――そう呟いて李大尉は自分の部隊に戻って行った。
強制執行の件は・・・ 黙認したな、そう判断する。

俺だって撃ちたくないさ。 あんな後味の悪い経験は1度で十分だ。
だけどそれと、BETAの阻止に部下の命、どちらを天秤にかけるかと問われれば・・・ 撃てと命令するだろうな。 命令しなくてはならない。

畜生、どっちにしても後味が悪い。 そして更に最悪なのは・・・ その時は『当然の如く』振舞わねばならないと言う事だ、指揮官が命令を躊躇してどうする。

ふと視線を感じた、朴大尉だ。 途中で足を止めてこっちを振り返っている。
本当にどうしたのだろうか? さっきから覇気が見受けられないこと甚だしい。

「・・・強制執行でも何でも、そうする方が良いのかもしれないわね」

そう言ったきり、歩き去って行った。
何なんだ? 片や強制執行は待て、片や強制執行でも何でもやる方が良い―――混乱させてくれるなよ、全く。










1998年1月11日 0830 朝鮮半島 西部防衛戦後方30km 谷城(コクソン)付近


第22中隊『フラガラッハ』は緩やかな丘陵地帯を慎重に進んでいた。 
明け方0655時に光陽を進発。 以来約2時間30分、俺にとっては喜ばしい事に未だBETAとの接触は無い。

『02より01、西側の谷筋にBETAを認めず』

『03より01、東側は異状なし』

最上と摂津から報告が入った。 
B小隊とC小隊はA小隊を基点に左右1km程離れた丘陵部の谷間を捜索させていた。

『04より01。 正面尾根筋より観測していますけど、有効視界は2000。 BETAは存在せず』

エレメントで目前の尾根筋から北側を観測していた四宮からも報告が入った、どうやら最前線からの浸透はここまでは無さそうだ。

「01より02、03、了解した。 04、四宮、2000以上の視界は確保できないのか?」

『04より01、正面丘陵部の標高の方が高いです。 自動光学センサー・振動感知センサー、設置完了』

「よし、04戻れ。 02、03、B小隊とC小隊は現在地より1000進出しろ、バックアップはA小隊が行う」

―――『了解』

3人が同時に応答した。
同時に左右から駆動音を音響センサーが捉える。 やがて噴射跳躍をかける戦術機―――部下である8機の94式『不知火』が一瞬姿を見せ、やがて丘陵の陰に消えた。
正面は取りあえず光学と振動で補えるだろう、開けた小盆地の地形だ。 東西は戦術地形MAPによれば、それぞれ1000m先で谷間を抜ける。
そこから先は、果たして・・・

『拍子抜けしました、未だ1匹のBETAとも接触無しだなんて』

『・・・強がっても良いけど、状況を舐めない事。 いい?』

新任の4番機―――倉木少尉の声に、今は先任少尉になっている松任谷少尉が注意を付ける。
1年ほど前の初陣での遼東半島撤退戦で負傷した松任谷だったが、傷も癒えて部隊に復帰した。
丁度今年の新人が配属されてきた時で、言われるまでも無く先任役を自らに課している様だ。
良い傾向だと思う。 昨年の自分を見て復習する様なものだ、戦場で生き残る奴はこういうタイプだと思う。

『でもちょっと不気味だわ、昨日はこの辺りで中国軍が掃討戦をしていたのよ? 中隊長、どう思われます?』

昨日だけではない、この1週間程の交戦データをCP経由で仕入れて分析していた四宮が首を傾げる。

「BETAが未だ浸透していないのなら、それはそれで結構な事だ。 防衛線が機能している証拠だからな。
―――A小隊、前進する。 躍進距離2000 B、C小隊、バックアップ開始」

スロットルをゆっくり開け、跳躍ユニットの推力を上げる。 跳躍ユニットの噴射制御パドルを全閉塞から徐々に開度を開け、緩やかな暖加速水平跳躍に移った。
無意識に周囲を見渡す。 この辺りはまだ自然の大地が残されている、緩やかな起伏に冬枯れの木々。 
季節が廻れば鮮やかな新緑を、熱い陽光の元で常緑を、そして鮮やかな紅葉を。
その命は間もなく終わろうとしている。 長い年輪を共にした人類がこの地を放棄するのだ。

『LZ(ランディング・ゾーン)視認! 距離300!』

「パドル閉塞」

四宮の声に我に返った。
跳躍ユニットのパドルを閉塞。 逆噴射パドルを半開にして逆制動をかけ着地する。
丁度小高い丘陵部が目前に有る。 歩行前進で周囲を確認しつつ、ゆっくり登りきって頂上付近でカメラを丘陵の向こう側に伸ばす。
網膜ウィンドウに別枠でカメラ画面が映る。 左右―――問題無し。 ズーム―――異常無し。

「リーダーよりB、C小隊、躍進開始」

『B小隊、了解』 『C小隊、躍進開始します』

BとCの2個小隊が後方より接近、A小隊の左右後方100に占位する。 同時にエレメントに分かれて左右の側面警戒に入る。 正面には谷城の駐留基地が見えた。 
先程から重低音が鳴り響いていたのは、ここに陣取っている野戦重砲連隊が203mmと155mmの榴弾砲をひっきりなしに前方へ撃ち込んでいるからだった。

重砲連隊の左側面5kmと離れていない場所に機甲部隊。 中国軍だ、90-Ⅲ式戦車がおよそ1個大隊。 そして機械化歩兵装甲部隊も見える。
山腹や木々の中に紛れている連中も多いのだろう、見た目は1個大隊程度だったが・・・ 戦術情報モニターには1個連隊が展開していた。
そして戦術機甲部隊。 重砲連隊の右前方3kmに1個中隊、左前方2kmに1個中隊。 いずれも殲撃8型・・・ 所々、純正パーツじゃ無い機体も見える。

「―――確認した、中国軍第16集団軍。 混成機甲旅団だな」

『南原(ナムウォン)の後詰の部隊ですね。 戦術機甲部隊が2個中隊だけと言うのは寂しい気がしますけれど』

「四宮、中国軍の台所具合を察してやれ。 彼等は俺達の様に後方に無傷の策源拠点―――本国を持っていない」

前方の中国軍を見る。 あそこに居る戦術機甲部隊はジューファ(菊花)とムーラン(木蘭)の2個中隊―――美鳳と文怜の率いる中隊だ。
周少佐の容態を伝えたいとは思った。 久しぶりのあの2人に会って話をしたいとも思った。
だが中隊は谷城(コクソン)までの進出は許可されていない。 あくまで『谷城までの中間エリアの哨戒任務』だったからだ。

「―――よし、状況終了。 哨戒偵察を終える。 リーダーよりCP! 『フラガラッハ』、RTB!」

≪CPよりリーダー、『フラガラッハ』、RTB、了解! 帰路にBETAの警戒情報無しです。
現在、『セラフィム』中隊がD9Bエリアを、『ステンノ』中隊がC1Rエリアを哨戒中、BETA発見の報は無しです≫

祥子の率いる『セラフィム』と、美園が率いる『ステンノ』の2個中隊が隣接エリアを哨戒中。 BETAは居まだ発見されず―――今回は取りこぼしは無さそうだ。

「リーダーよりCP、了解した。 帰路はC1R寄りで帰還する。 最上、右翼。 摂津、左翼。 センサーは高感度モードで。 特に地中震動波に注意!」

―――『了解』

往路とはややコースをかえて帰途に着く、少しでも広いエリアをカヴァーする為だ。
BETAの浸透は今のところ報告されていない、前線は数10km北だ。 だが安心は出来ない、こんな状況で今までに何度地中侵攻を喰らった事か。
地中震動計は設置されているが、数は十分とは言えない。 それにこんなにあちらこちらで砲弾が炸裂している状況では、震動波を見落とす事もあり得る。

小隊間の間隔を出来るだけ広げ、より広範囲をカヴァーできるようにしながら陣地へと帰還する。
その帰途、朝から曇天だった空模様が遂に粉雪を降らせてきた。 それは次第に勢いを増し、やがて視認視界を著しく阻害するまでになった。
LANTIRN(夜間低高度赤外線航法・目標指示システム)をセットアップしつつ、つい半月ほど前のイメージが再び湧いて出てきた。




―――夕暮の空の彼方の大地から、BETAの禍々しい大群が押し寄せてくる。





[7678] 帝国編 18話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/05/30 02:12
1998年1月15日 1350 朝鮮半島 光陽防衛戦区 独立第2戦術機甲大隊戦闘団 本部


「出撃不許可!? どうしてですか!? 何故友軍の支援に出てはいけないのですか! 大隊長!」

「説明した通りだ、美園大尉。 我々の任務はこの光陽の防衛だ、前線に出て戦力をすり潰せばここの防衛が覚束なくなる」

目の前で大隊長と美園がやり合っている―――いや、違う。 美園が大隊長に噛みついている。

3日前だ、1998年の1月12日。 谷城までの哨戒偵察行動の翌日、西部防衛線は西部海岸戦区方面の井邑(チョンウプ)直前でBETAの大規模地中侵攻を喰らった。
地中震動波観測を怠っていた訳では無かった、規定より多めのセンサーも設置していた。
それでも防げなかった。 BETA共は大深度を直前まで掘り進み、直前の地点で急角度の地下茎を掘り上げて地上に出現したらしい―――防衛線は大混乱に陥った。

韓国軍第7軍団が地中侵攻の直撃を受けて戦線崩壊、井邑(チョンウプ)から高敲(コチャン)にかけての西海岸部をBETAに蹂躙された。
後詰の大東亜連合軍の2個師団(フィリピン軍、インドネシア軍)が空いた大穴を塞ぎにかかったが、いかんせんその穴が大きすぎた―――BETA群は約3万2000
このままBETAが一気に南下した場合、避難民の脱出港湾拠点である木浦(モクポ)が直撃される。
西部防衛軍司令官の孫栄達韓国軍大将は、急遽韓国軍第6軍団に対し高敲(コチャン)南方30kmの霊光(ヨングァン)に防衛線再構築を命令した。

(―――これが更なる混乱を引き起こしたと言う訳か)

南原付近の防衛を担当する筈の韓国軍第6軍団が移動した事によって、光州付近に陣取っていた帝国軍第8軍団が光州の北20kmにある潭陽(タミャン)に進出した。
そこから谷城(コクソン)まで防衛線右翼に展開し、南原に移動した統一中華戦線軍(中国軍、台湾軍各1個師団)をも指揮下に入れて、約2万9000のBETA群と対峙した。

西部戦線のBETA群総数、約6万1000 友軍戦力、約4個軍団

(―――ここまでは良い。 戦線の再構築の意味では正解だ)

問題は・・・ 東部防衛線が大混乱に陥っていると言う事だ。
翌1月13日、H20・鉄原ハイヴからの新手の飽和BETA群・約3万8000が半島東海岸を驀進して南下し、そこを守っていた韓国軍第3軍団を文字通り粉砕したのだ。
H20・鉄原ハイヴから溢れだしたBETAの総数は、予想を遥かに上回った。

そのあおりを受けたのが国連軍―――米海兵隊第3遠征軍団。 
韓国軍残余戦力を指揮下に入れて何とか善戦しているが、3万8000近いBETA群を食い止めるには戦力が足りない。
間の悪い事に、それまで東部戦線で暴れていた約3万2000のBETA群も未だ健在で、韓国軍第1、第2軍団、米第1軍団はこちらにかかりきりだった。
そして米第1海兵遠征軍団と米第8軍団が第3海兵軍団の支援に回った結果、東部戦線の西側面(小白山脈方面)を守る戦力が空白となったのだ。
急遽、最後の予備打撃戦力である韓国軍首都防衛軍団が小白山脈に近い地点に転用されたが・・・ これで臨時首都・釜山前面はガラ空き状態になった。

東部戦線のBETA群、約7万。 友軍戦力、7個軍団

今現在、半島で暴風の如く暴れまわっているBETA群は約13万1000、友軍地上戦力は11個軍団。
海上からの支援は黄海には帝国海軍連合艦隊から第2艦隊が、日本海には米第7艦隊がオン・ステージ―――阻止できるかどうかは、非常に微妙だった。


「しかし今現在は、この光陽は戦線の後方です! 他の・・・ 第1と第3大隊戦闘団もです!
3個戦術機甲大隊戦闘団―――1個戦術機甲旅団戦闘団の戦力があれば、少なくとも南原(ナムウォン)の手薄な箇所の防衛には十分な筈です!」

「―――そこで戦力をすり潰せば、後はどうする? 任務放棄か? もう一度言うぞ、美園大尉。 
我々の任務は光陽の防衛だ、民間人の脱出支援任務だ。 それが上級司令部―――第8軍団司令部から課せられた使命だ、放棄は許されん!」

―――美園がかなり熱くなってきている。 大隊長―――荒蒔少佐も平静な振りをしているが、そろそろ堪忍袋の緒も限界か?
隣の祥子と視線を合わす。 俺が何を言いたいか彼女も判った様だ、無言で頷く。

「美園大尉」

―――良かった、何とか平静な声が出た。 よし、このまま続けよう。

「美園大尉、これは最早軍団司令部での決定事項だ。 今ここで大隊長に喰ってかかっても決定は覆らない事は、君も承知の筈だ。
我々の為すべき事は計画の一部である大隊行動の中で如何に任務を完遂し、部下達を生還させるか、その内容を論じるべきじゃないのか? どうだろう?」

―――昔に広江中佐からこっそり聞かされた台詞だったな、これは。 確か『双極作戦』の頃に広江さん自身が言った言葉だったそうだ。

「周防さん・・・ それは、確かにそうですが・・・」

「君も理解している筈だ、そうだろう? そうであるべきだ。 君は大尉で、中隊長なのだからな!
ならば我々の為すべき事は何か? 自ずと決定すると、俺はそう考えるのだが?」

「む・・・ それは・・・ 失礼しました、確かにそうです―――頭に血が上り過ぎました」

―――ふぅ、何とか上手くいったか? 慣れない口調と言い回しは疲れるよ。
祥子に目配せする。 最後は先任中隊長に締めて貰うとしよう、宜しく、祥子。

「ふふ、それでこそよ、美園。―――では大隊長、これよりは作戦概要に従い大隊行動の詰めと第1、第3大隊戦闘団との協同協議に入ると言う事で。 宜しいでしょうか?」

「うん、それで良いよ、綾森大尉。 確かに美園大尉の言う通り、3個大隊戦闘団の戦場参加は戦術的に意味が有る。 
しかし上級司令部からの正式命令が無い今、それは独断専行だ、許されるものではない」

荒蒔少佐はそこで一旦言葉を切る。 やがて―――そう、まるで己に言い聞かせる様に、ゆっくりと言葉を繋げた。

「ならば我々は与えられた任務に対し十二分な状況想定を行った上で、大隊行動を完全にこなす。 その上で状況の急変にも備える、その対応をも確立させる。
それが―――我々の義務であり、忠誠であり、そして部下達への責任でもあるのだ。 そうだろう? 綾森大尉、周防大尉、美園大尉」



大隊本部での打ち合わせが終わり、それぞれの担当陣地に戻ろうとしていたら祥子に声をかけられた。

「直衛、今日は随分と大人な対応だったわね?」

―――失礼な事をおっしゃる。

「・・・あそこで俺まで美園に同調して、大隊長に噛みついたらどうなる? 部下の中隊長2人から噛みつかれてさ、荒蒔少佐も面子が無いじゃないか」

「そうね、あの場には他兵科の中隊指揮官達も居た訳だし・・・ それはちょっとまずい状況だったかもしれないわね」

なんだ、この大隊長は部下の中隊長さえ掌握できないのか―――臨時戦闘団に組み込まれている他兵科(機甲科や砲兵、歩兵)の中隊長達に、そんな印象を与えるのは拙い。
俺達だけ、戦術機甲科内だけならお互いに判る―――美園は大隊長に甘えていただけの話だ。
だが他兵科の連中はそんな微妙な事は判らない。 下手に誤解されたら、いざ戦場で生死のかかった場面でマイナスに働く危惧さえあった。

「でもな、美園にはああ言ったけれど。 俺も内心は同様なんだよ」

「そうでしょうね。 実はハラハラしていたのよ、直衛が何時激発しないかって」

「酷いなぁ・・・」

コロコロ笑う祥子を幾分恨めしげに見てしまう。
それよりも、美園は貴女の元部下でしょうが。 少しは躾けなさいよ。

「それは『鬼の先任』のお仕事です―――途中でほったらかして国連軍に行っちゃったんだから、誰かさんは? 責任もって指導してあげてね?」

―――祥子が小隊長で、俺が先任少尉、美園と仁科が新任少尉だったあの頃か、本当に懐かしい・・・

「今更戦場の事で言う事も無いだろうけどね。 ま、あいつが忘れかけているのなら思い出して貰うさ」

「―――最後まで諦めるな、足掻け」

祥子が懐かしい言葉を口にする。 そうだ、そしてその続きは・・・

「足掻け、生き汚くとも足掻いて生き抜け―――散々言われたよな、広江中佐に」

当時は俺達の中隊長だった。
今は本土でヤキモキしながら戦況を見守っているだろうか?

「そうね。 じゃ、最後まで見苦しく足掻く手筈だけは、お互いに整えましょう」

「同意するよ。 俺はこれから中隊に戻ってブリーフィングするから―――中央地区防衛、願います。 失礼します、綾森大尉」

「お互い様ね―――了解です。 東地区をお願いします、周防大尉」


俺と祥子、お互いに敬礼を交わしてその場を離れた。 俺は東地区、祥子は大隊本部と共に中央地区、美園は西地区を担当する。 
戦況がこの先どう変移するか判らないが・・・ 準備だけは限られた時間でもしっかりしておきたい。 
後方には脱出船団への乗船待ちの民間人がひしめいている、それに部下達への責任もあった。 そして―――それが指揮官の義務なのだ。















1998年1月18日 1830 朝鮮半島 西部防衛戦線 潭陽=南原防衛戦区 第8軍団司令部


『南原東地区、中国軍第16軍集団の戦力64%に低下! 可動戦術機42機、損失27機』

『南原西地区、台湾軍第3戦術機甲師団、押されています! 制圧支援砲撃要請有り!』

『淳昌(スンチャン)の第28師団より入電! ≪我、機甲戦力半減。 突破阻止は困難なれど全力迎撃中。 砲撃支援乞う!≫です!』

『軍団砲兵群司令部より、≪備蓄弾薬量、35%に低下。 全力効力射は5基数分(砲1門当り6000発。 重砲106門)のみ≫』

『BETA群6000、南原=谷城ラインに突入! 第39師団、応戦開始します!』

『第22師団より入電! ≪突撃命令、未だなりや!?≫』


司令部に次々と入電してくる通信内容は、どれもこれも悲鳴のような内容ばかりだった。
後手に回った防衛線構築、元より少ない戦力、常にイニシアティヴをBETAに取られる戦況。

「軍団総予備の戦術機部隊を出せ! 中国軍への支援だ!―――残り4個中隊しかない!? 構わん、3個出せ! 南原の東を突破されると東部防衛線が崩れるぞ!」

「砲弾備蓄が4割切っただと!? 木浦からの物資補充はどうした!―――何っ!? 列車ダイヤがパンクして貨物列車が動かない!? 
馬鹿野郎! 運行司令部は何をしている! 鉄道連隊司令部を呼び出せ!!」

「第22師団(戦術機甲師団)を28師団の後詰に!」

「待て、待て! 22師団は最後の打撃戦力だ、まだ早い!」

「そんな状況か! 通信、28師団に確認だ、≪損失状況、詳細知らせ!≫―――急げ!」


司令部内でも各担当参謀が怒声を枯らしながら、なんとか状況を把握して戦線を維持しようと駆けずり回っている。
慌ただしいその動きの中、参謀長がそっと傍らに立ち囁いた。

「閣下、木浦(モクポ)の海軍―――第3海上護衛戦隊司令部から連絡が入りました。 避難民の約8割を収容完了、残り作業時間は18時間の予定」

「・・・光州に残っている数はどの位かね?」

「約2万1000人。 これまでに26万人近くを収容完了しました、木浦には2万人程が次の船団を待っております」

「光州の民間人、最後の脱出列車は?」

「5時間後に到着。 収容完了は8時間後、木浦到着は11時間後になります」

18時間。 船団が安全海域まで避難するのには最低でも2時間、つまり―――

「我々は明日の1630まで守らねばならないと言う事だね」

「正直申しまして、部下達へ顔向けができません」

増援は無い。 補給も満足に届かない。 届けられる事と言えば―――死守命令だけ。
それでも部下達は文句も言わずに苦闘を続けてくれている。 部下達だけではない、臨時に指揮下に置いた中国軍も、台湾軍も。

(―――我ながら浅ましいものだ。 あの様な情にしか訴える事が出来ないとは)


先刻、第8軍団司令部より発せられた受取人未指定の督戦通信

『我等、民を守る者也。 民は御国也。 御国の恃みは民の至誠也。 民の至誠は御国の御恩也。―――大亜細亜の民、其の出自を問わず。 総員、奮起せよ』

帝国軍将兵は思った―――友邦の民を死なすは、帝国軍人の勲に非ず。
韓国軍将兵は思った―――最後の最後だけは、自らの護国護民の誓いに殉じる。
中国軍将兵は思った―――何時の日か、きっと、必ず。

じりじりと押され始めた戦線が少しだけ、少しだけ息を吹き返した。
辛うじて戦線の崩壊を防ぎ、東へは小白山脈の東への突破横断を許さず、西へは光州に残る残留民間人脱出の時間を稼ごうと踏み止まっている。

数日前の情景が脳裏をよぎった。 
あれは確かバークス大将から南原の東への全部隊移動命令、その督促通信が入ったすぐ後の事。 未だ最前線後方の光州前面に布陣していた時の事だ。

(『彩峰中将、我々は・・・ 我々は失敗しました。 祖国を守ると言う誓いに、その義務に、課せられた責務を全うする事に失敗したのです』)

まだ若い将官―――韓国軍の最年少、まだ40歳にならぬ白慶燁中将が、その若々しい精悍な顔を苦渋に歪ませていた。

(『多くの過ちを犯した、多くの時間を無為に喪った・・・ そしてより多くの無力な同胞の命を失わせてしまいました』)

まるでその責を一身に背負うかのように、まだ若い彼は自責していた。

(『我々は愚か者だったのでしょうか・・・ 無能者だったのでしょうか・・・ いいえ、判っております。 我々は愚かで、そして無能だった』)

自分は―――そうは思わない。 彼等は限られた状況の中で、与えられた責務の中で、全く尊敬すべき武人達だったと思う。

(『ですから・・・ ですから、非情を承知でお願いしたい。 部隊の移動を遅らせて頂けないか。 4日、いや、3日でも結構! 光州に残る同胞を助けたい!』)

戦場での明らかな命令無視、敵前逃亡とも受け止める事が出来る独断での遅延行為―――普通なら即時解任の上で軍法会議。 軍刑法に照らし合わせれば、最悪は銃殺刑。

(『我が軍はこのまま祖国を脱出する事になりましょう。 私は・・・ 私は部下達を率いてここを脱出せねばならない。
祖国を喪った無能な軍人よと嘲笑われるとしても、何時の日か再びこの故国の地でBETA共に再戦を果たすその日まで・・・!
自分勝手な―――誠に自分勝手な、独り善がりの自己満足よと、そう罵って頂いても結構! どうか! どうか! 
愚か者でも、無能者でもいい、しかし・・・ 無力な同胞を見捨てた卑怯者にはっ それだけはっ・・・!』)

血を吐くような悲痛な声を上げていた若き僚将。
数々の戦場でその武勲を示し、戦術家として勇名を馳せ、国軍の将来を担う人物と目された勇将。
その人物が、自分に死んでくれと頭を下げている。 汚名を被って死んでくれと―――肩を震わせて泣いている。

(『・・・いや、戯言が過ぎました。 お許し頂ければ有り難い、彩峰中将。 他国軍の貴官に、先達である貴官に対して私は何と言う事を・・・
お忘れ頂ければ嬉しい。 私は―――私は、もう少しで卑劣漢極まりない者に堕ちる所でした』)

しかし自分の指揮する部隊が南原の東に移動すれば、西部防衛線は1個軍団の戦力を丸々失う。
健在なのは韓国軍の2個軍団と大東亜連合軍の3個師団のみ。 中国軍は最早1個師団程度の残存戦力しかない―――どうする気なのか?

(『ここはチョソンの大地―――我らが故国。 例え全将兵が倒れようとも、同胞を守ります。 それが、我々が祖国と同胞に誓った誓約なのですから・・・』)

西部防衛軍の残存韓国軍、その全ての全滅と引き換えに同胞の命を守り、友軍の撤退を助ける―――今や晴れ晴れとした表情になった彼は、そう言って微笑んだのだった。

(『思えば貴軍とは、長い時間を共に戦いました。 両国の間には色々な事が有りました、長い、長い歴史の中で・・・
しかしこの数年の共闘の時間を持てた、そして我が国での短い時間に於いてや・・・ 貴軍は我が軍にとってかけがえのない、得難い僚友で有りました―――感謝します』)

―――既に脱出して生き残った同胞達も、いずれか貴軍と、そして貴国の尽力を理解する事でしょう。
そう言い残して、彼は通信を切った。













1998年1月19日 0430 朝鮮半島 西部防衛戦線 光陽防衛戦区


「急いで! まずは病人と年寄り! 次に子供と母親、女性! 男は最後だ! そこっ! 割り込まないでっ!」

もう何時間声を枯らして叫び続けているだろうか? 目の前には我先に船に乗り込もうと眼を血走らせている避難民達。
それを何とか統制しようと躍起になっている駐留部隊の将校・下士官達。

「船は大丈夫です! 全員が乗船できる隻数を揃えて有ります! 押さないで! 順番を守って!―――だから! 列を乱すな! そこっ、大の男が何をやっているんだ!!」

港湾にはまだ1万人前後の避難民がごった返している。
本当ならこんなにいる筈も無い人々、この1/4程度で済んだ筈だった。

3日前に第1大隊戦闘団の宇賀神少佐から発案が有ったらしい、第3大隊戦闘団との連名で。

『この付近の港湾は、光陽が最も大きい。 いっそ光陽に全て集めて一気に収容した方が得策だ。 防衛戦力も集中出来る』

これを受けた我が第2大隊戦闘団指揮官の荒蒔少佐は、光陽の港湾施設を共有で使用している、麗水(ヨス)に展開中の海軍第341戦術機甲戦闘団の白根斐乃少佐に打診。
地形的に狭い麗水(ヨス)に収容予定の避難民も全て光陽に移動させて、一気に収容する事となった。

「大尉! 周防大尉! 病院船は『第8安宅丸』でしたか!?」

「最上、違う! 『安宅丸』じゃない、『第7章栄丸』だ! 『第8安宅丸』は女性と子供を中心に乗船させろ! 絶対に迷子を出すんじゃないぞ!」

「了解です!」

東岸壁で乗船する避難民の誘導役は、今現在は第2戦術機甲大隊の担当。 当直将校は第22中隊長、つまり俺が統制責任者となって乗船誘導指示を出している最中だった。
同じように中央岸壁では第1戦術機甲大隊の第11中隊長―――和泉大尉が声を枯らし、西岸壁では海軍の菅野大尉がキレる寸前の忙しさで避難民を捌いていた。

防衛線では機甲部隊、自走砲部隊、自走高射砲部隊が砲身を外に向けて警戒を続行中だ。
機械化歩兵装甲部隊、機動歩兵部隊は陣地内周部に簡易拠点を構築している。
残った戦術機甲部隊は半数が『コンディション・レッド』、残る半数が『コンディション・イエロー』の警急待機状態にある。

「た、大尉、大尉、大尉! 迷子です! この子、迷子ですー!!」

「親を探せ、渡会!」

「ええ!? ど、どうしよう・・・ お母さぁん! この子のお母さぁん! どこですかぁ!!」

「日本語で言っても判らん! 通訳を呼べ!」

後どの位だ? さっき残り1万を切った筈だ、岸壁3箇所だから1か所が3000人強。 1隻あたり2000人弱だとして・・・ 残り2隻!

「大尉! 最後の1隻の入港が30分遅れると連絡が!」

「理由は何だ、理由は! 聞いたのか、摂津?」

「出港時の機関トラブルだそうです! のろのろ航行しかできないと! 何せスクラップ寸前のお婆ちゃんだそうですぜ!」

「若い娘はいないのか・・・! おい、変な目で見るな、松任谷! 例えだ、例え! 新任2、3人連れて乗船口の整理に当れ!
四宮! 戦況確認! 作業が30分ずれ込む! 大隊長にも報告だ!」

「了解です!」

後ろで四宮が野戦電話機に飛びついて、大隊本部に連絡を入れている。

俺も部下も、多分目が血走っているだろう。 この2日というもの、碌に睡眠すら採れない状態が続いているのだ。
それでもこの寒さに震えている避難民を何とかして脱出させなくてはいけない。 彼等をこの地に残す訳にはいかなかった。
恐怖と絶望のどん底で死なせはしない―――多分全員がそう思っていた筈だった。

「大尉、大尉!」

「ッ―――今度は何だ!? 渡会少尉!」

次から次へと! 今度は何だ!?

「はい! 迷子の子供のお母さんが見つかりました!」

「・・・それは良かった、よくやった・・・」

「はい! それと海軍から通信が入りました! 空荷の戦術機揚陸艦を1隻廻してくれるそうです、入港は30分後。 
麗水の海軍に聞いてみたら、港のすぐ外にいた艦に通信で聞いてくれました!」

海軍と通信確認―――我ながら呆れる、そんな事にも気付かなかったとは。
いや、ここは素直に部下を賞してやろう。 CPとして日頃から各方面へ通信連絡を取る事に慣れている渡会故か。

「―――よくやった! 越権行為も甚だしいが、大殊勲だ! 四宮、大隊長に修正報告! 『作業のずれ込みは無しに修正』だと!
摂津、のろのろ婆さんの船に連絡、『引き返せ』―――以上だ!」


よし、このままいけば。 このまま順調にいけば、何とかあと3時間もあれば・・・

「大尉! 周防大尉!」

大隊本部と連絡し合っていた四宮が血相を変えて振りかえって、走り寄ってくる―――何事だ!? 戦況に変化が有ったのか!?
息を切らせながらやって来た四宮が、周囲に憚るような小声で報告した。

「大尉・・・ 30分前に南原が破られました。 中国軍は壊走状態、台湾軍が退却支援に入りました。 BETA群1万2000が南原から東進を開始。
第8軍団本隊は正面のBETA群1万4000と、西海岸戦区から流れてきた7000の合計2万1000に圧迫されて身動きがとれません」

「・・・東部防衛線は?」

「東海岸戦区の米第8軍団は壊滅です。 第1、第3海兵軍団が何とか蔚山(ウルサン)付近で支えています。 
第7艦隊の支援攻撃が行われています。 しかしBETA群は未だ3万を数えます、臨時首都・釜山への突破阻止は不可能であろうと」

蔚山―――蔚山だと!? 軍事的に見れば釜山から目と鼻の先じゃないか!
第7艦隊の支援があってもなお、ここまで押し込まれるとは・・・ 想定したより光線属種の個体数が多かったのか?
レーザー迎撃照射の密度が高ければ、通常砲弾は只の役立たずだ。 AL砲弾・ALMによる重金属雲の形成も限度がある。

「中央戦区は恐慌状態です。 韓国第1、第2軍団、それと米第1軍団は、正面と西側面から合流した4万以上のBETA群の圧力を受けて押されています。
韓国軍首都防衛軍団が何とか殿軍で支えていますが・・・ 時間の問題らしいです、西部防衛戦区のBETA群が小白山脈を次々に越えているそうです」

「ん・・・ 小白山脈をか・・・ こっち(西部防衛線)の西海岸戦区はどうした? 韓国軍の第6軍団と大東亜連合軍は?」

「帝国海軍第2艦隊が全力支援に入っています、ですが厳しいと。 
西海岸のBETA群は2万2000、今のところ海上からの砲撃支援と母艦艦載戦術機甲部隊の制圧攻撃が功を奏している様子ですが、戦力が・・・」

頭の中で戦況を整理する。 東はダメだ、どこもかしこも地獄の釜の底だ。 
辛うじて海岸線は米第7艦隊―――世界最強の機動打撃戦力―――が戦線を維持させているが・・・ 時間の問題か?

西はどうだ? 海岸戦区はまだ少し時間の余裕はあるか? しかし支援の第2艦隊主力は戦艦3隻と中型戦術機母艦が4隻―――戦術機は240機、2個師団分。
余力が出来れば西部中央戦区の第8軍団への支援は可能だろうか?―――いや、無理だな。 第2艦隊の戦力では支援が薄い、時間を稼ぐのが精々か。

問題は西でどれだけ時間を稼げるか、そして東への増援か。 
とは言え早々に大規模な増援は送れないだろう。 少なくなってきたとは言え、未だ4万3000近いBETA群が西部防衛戦域に残っている。

その時1台の高機動車が走り寄って来た。 見ると第1大隊の和泉大尉に、海軍の菅野大尉だった。
何をしているのだ、この2人は? 自分の受け持ち地区はどうした?

「周防!」

車上から和泉大尉が大声で俺を呼ぶ。

「和泉さん、どうしたんですか!? 菅野大尉も! 受け持ち地区はどうしたんだ!?」

負けずに大声で怒鳴り返す。 そうでもしないとこの喧噪の中では声が届かない。

「周防、海軍さんに任せるよ!」

海軍に任せる? どう言う事だ? 
その時まで俺は、高機動車に3人目の人物が同乗している事に気付いていなかった。
菅野大尉が1人の将校―――海軍士官だ、階級は少佐―――と一緒に高機動車から降りてきた。

「周防大尉、港湾の統制は海軍が引き受けるよ。 正確には海上護衛総隊が―――少佐?」

海軍の菅野大尉が声をかけた先で、壮年の軍人がこちらを向いている。
海上護衛総隊? その時気付いた、軍帽の前章が『抱き茗荷(正規海軍士官用)』じゃない、『錨に予備員徽章(予備将校用)』だ。

「陸軍大尉、ここは私が―――我が隊が引き受けよう。 海上護衛総隊、第3護衛戦隊第33護衛隊、第235海防艦長の松前海軍予備少佐だ。
今しがた脱出船団の護衛で到着した―――なに、1か月前までは商船乗組士官をしていてね、お客相手の交通整理は商売柄だよ」

高級船員(航海士や機関士)教育を受け、商船に乗り組む商船士官たちは同時に海軍の予備士官でもある。 餅は餅屋か、助かる。

「独立第2戦術機甲大隊戦闘団、第22戦術機甲中隊長の周防陸軍大尉で有ります。 当地区の誘導統制、願います。 松前少佐」

「うん、願われた―――引き継いだぞ、周防大尉。 ご苦労様でした」

「はっ!」






大隊本部へ急ぎ戻る途中、不意に摂津が話しかけてきた。

「中隊長、そう言や昨日の夕方聞きそびれたんスけど」

「昨日の夕方・・・? 何だ?」

高機動車の吹きっ晒しの後部座席。 助手席に座った摂津が振り向いて聞いてきた。

「言ってましたよね? 『気分が悪い』って・・・ あれ、確か第8軍団司令部から督戦通信が入った直ぐ後でしたよ」

「・・・耳聡い奴だな」

「耳も目も良いですぜ、ついでに鼻も。 じゃねえと突撃前衛長なんて商売、やってられませんぜ」

「ああ・・・ 思い出した、自分も聞きましたよ。 中隊長、何だったんですか、あれって?」

横に座る最上まで喰いついてきやがった。 ハンドルを握る四宮は無言のままだ。
他の部下達の前でなくて良かった―――古参連中だけあって、そこは場を弁えたか。

「・・・頭と感情が同調しなかった、だから気持ち悪くなった」

「はあ・・・?」

摂津が不要領な表情で首をひねる。 最上も同じだったし、多分四宮も同じだろう。

「軍団長の・・・ 彩峰中将の起案文だろうな、あの督戦電は。 頭の中じゃ、あれは間違いだって盛大に文句を言っていたのさ」

知らずに溜息が出る。
気乗りしない、気乗りしないが実戦を前に部下の疑問位は解いてやらないといけない。 仕方なく言葉を続けた。

「韓国政府の再三再四の避難命令を無視して居残った民間人が30万人、純粋に軍事目的で考えると切り捨てるべきだ。
知っているか? 93年の『九-六作戦』当時、中国軍は防衛戦力集中の為に自国民1000万人を切り捨てた」

余り思い出したくない記憶だな。
士官中最も下っ端の少尉だった頃だが、当時の国連軍第882独立戦術機甲中隊『グラム』の一員として錦州西方・承徳市への強行偵察に向かった時だ。
辺り一面を覆い尽くしている、市街を食い尽すかの様なBETAの大群。 あの中には国と軍に見捨てられた民間人が何10万といた筈だ。
大規模戦闘の経験が少なかったファビオとギュゼルの手前もあって平静を装っていたけど、あの時は知らずに胃がムカついて仕方が無かった。

―――末端とは言え、自分が民間人を見捨てた軍の一部である事に。

「俺は2年目少尉だった、酷な事だと思った。 同時に軍人としての頭では納得もした、純粋に軍事行動として考えた場合はな。
当時満州にいた連中で、今では中隊長クラス以上なら殆ど―――俺の1期下、美園大尉の代までは経験した筈だ」

3人とも無言だった。
確か先任の最上で美園の半期下、『九-六作戦』当時はまだ衛士訓練校の訓練生時代か。

「あの当時もあちこちから批判が出たがな。 そんなもの、現場を知らない後方の身勝手な言い分さ。
あの時、敢て見捨てていなかったら・・・ 中国東北部失陥は4年早まっていたと言われている、94年末には今のこの状況だっただろうとな。
それを考えると、半島西部の戦力を移動させずにいる今の現状は、戦力分散の愚を犯している様なものさ」

「・・・国連軍(実は米軍)太平洋方面第11軍司令官のバークス大将の命令は、『全部隊を東部戦線に移動させよ』でしたからね。
半島西部の防衛を諦めて、東部に戦力を集中させる。 確かに理に適っていますよ」

「それに対して大東亜連合・・・ 特に主力を構成する韓国軍が反発した。 東南アジアの2ヵ国軍も同調した。
連中は国連軍とは別枠の『大東亜連合軍』での参戦だ、バークス大将もなかなか強くは出られません。
それに93年の『スワラージ作戦』で国連軍には不信感を抱いていますからね、連中は。 余計ですよ」

摂津と最上の言葉が、今現在の混乱の根底にある事を云い現わしていた。
本当はバークス大将の方針が戦略・戦術的に正しい事は大東亜連合も統一中華も、そして帝国軍も理解している―――筈だ。

「・・・結局は政治か、そこに民族感情が絡みついたとあっては。 せめてもの救いは、この西部防衛線でも少しはマシな防衛戦が出来ること位か」

それでも西部防衛戦の戦力は手薄だった。
だから韓国軍と大東亜連合軍は要請した―――いや、懇願した、帝国軍第8軍団に。 彩峰中将に。
統一中華軍は米軍にイニシアティヴを取られる事を嫌ったのだろう、特に共産党あたりが。

「中将が何をどう考えたのかなんて、一介の大尉の俺には伺い知れんさ。 だけど93年のあの時と比べるとな。
第一、民間人の脱出と言うのなら、釜山付近には光州よりも多い50万人がまだ取り残されているんだぞ? 米海軍が根こそぎ収容していくのだろうが・・・」

「それで・・・ そう考えられた大尉の心中は、どうだったのですか?」

今まで無言で通してきた四宮が、妙に平静な声で不意に聞いてきた。

「ふん、心中か? 俺の心中?―――ああ、そうだよ、同調してしまったさ、あの督戦電にな!」

笑わせる、頭では軍事行動上明らかに間違えていると、そう判断しているのにだ!


『人は国の為に成すべき事を成すべきである。 そして国は人の為に成すべき事を成すべきである』


違和感だ。 猛烈な違和感―――あの時、それが俺の中を一瞬で支配した。
そして、痛切に自己嫌悪に陥りかけた。―――軍事行動の矛盾を許容してまで、民間人の保護を行う? 帝国軍人の矜持? 至誠?
馬鹿な―――いままで一体何人の民間人をこの手でBETAごと殺し、そして見殺しにしてきたのだ!?
大を守る作戦行動の為に、いくつの小を見捨てただろう! それを忘れたとは言わさない―――忘れる事は許さない、自分自身が。


「・・・つまりは、俺もその程度の薄っぺらな奴だって事さ」






大隊本部に着き、指揮官が本部テントへ向かうその後ろ姿を見ながら、摂津中尉が先任の最上中尉に話しかけた。

「・・・最上さん。 最上さんは気持ち悪かったッスか?」

「ん・・・ 違和感が有った事は確かだな。 でも大尉程には強烈じゃ無かった、そう思う」

「でしょうね、俺だってそうだ。 でも大尉の場合、帝国軍の色に染まり切っていないからなぁ、あの人は・・・」

「国連軍時代は欧州と米国だったと聞くからな。 それに米国の大学や軍事教育機関で教育を受けた経験もあると言うし」

「はん―――『米国かぶれの周防大尉』か! 国粋派の連中、皇道派・勤将派問わず影ではそう言って罵っていやがる。
大尉は『国連派』、その中でも『欧米派』だと思われていますからね!」

「・・・神輿を担ぎかえるか? 摂津?」

「おい・・・ 冗談だったら下手クソ過ぎるぜ。 冗談じゃ無かったら・・・ 最上さん、アンタ次の戦場じゃ、精々『後ろ弾』に気をつけろよ・・・?」

2人が一瞬睨みあう。
が、直ぐに最上中尉の笑い声が響き渡った。

「くっ、くはは! おい、摂津よ! それじゃまるで恋する乙女だぜ!? 熱くなるなよ、馬鹿。
米国かぶれ? 欧米派? 関係無いね! 戦場から生還させてくれる―――上官に対して求めるのは、極論すればその一点だけだ。
そして大尉は今まで生還させてくれる指揮官だった。 これからもそうあってくれると信じている、お前達だってそうだろう?」

「・・・ったく、性格悪いぜ、アンタ。 なあ? そう思うよな、四宮?」

「私は大尉の副官ですから。 上官は信頼しています」

「・・・面白くねえ女だな・・・」

「何か言いましたか? 摂津中尉!?」

四宮中尉のジト目に慌てて目をそらす摂津中尉。 
摂津中尉の方が1年半先任なのだが、何故か四宮中尉には頭が上がらない所が有る。

「摂津と四宮、足して2で割れば丁度良いのにな」

「はあ!?」

「・・・失礼な」

「と、この前だ、大尉がそう言っていたぞ?」

「うへ・・・」 「ッ!!」


笑いながら中隊陣地へ向かって歩いてゆく最上中尉。 
それを見ながらバツの悪い表情の摂津中尉と、何故か悔しげな四宮中尉。

彼等は生き残って来た。 そしてこれからも生き残ってゆくと確信していた、彼等の隊長の元で。


1998年1月19日の夜が明けて朝がやってくる。 未だ本当の混沌はその姿を現してはいない。





[7678] 帝国編 19話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/06/07 22:54
1998年1月19日 0520 洛東江北岸・南旨(ナムジ) 米第1軍団防衛戦区


『ライトニング・リーダー(第87戦術機甲大隊長)より≪エイブ(第37機甲大隊)≫! M1A1は側面を突いてくれ! C・C(コンバット・コマンド)Aが孤立した!』

『こちら≪エイブ≫、了解した。 F-15Eはなるだけ連中を引き付けてくれ、戦車砲の一斉射撃で大孔を開ける』

『頼むぞ、≪エイブ≫!―――バストーニュだぜ!』

『助ける相手は≪スクリーミング・イーグル≫だ、正にそうだな。 よし! 大隊、一斉射―――撃ぇ!!』

M1A1の44口径120mm滑腔砲M256が数十門、同時に甲高い発射音と共に劣化ウラン弾芯APFSDSを撃ち出す。
1100m/s以上の高速で撃ち出されたその砲弾群が一斉にBETA群に襲い掛かり―――群れの側面に大穴が開いた。

着弾と貫通の衝撃で、射孔から爆発するように内臓物を吐き出す要撃級。
分厚く非常に硬い装甲殻を一撃で射貫され、内部をズタズタにされて停止する突撃級。
戦車級以下の小型種は砲弾擦過の衝撃で切り裂かれ、着弾した砲弾は数体を貫通してようやく炸裂する。

瞬く間に数10体のBETAが骸に変わり、群れに一筋の亀裂が入った。

『よし、道が出来た! リーダーよりライトニング全機、突っ込め! クソッたれなBETA共の死骸で脱出路を舗装してやれ!』

『Aye Aye, Sir!』

30機以上のF-15E・ストライクイーグルが一斉に水平跳躍噴射に入った。
AMWS-21から36mm、120mm砲弾を乱射させて一気に割れたBETA群の隙間に突撃を開始する。
本来の米軍戦術機甲部隊ではありえない情景だった。 彼等は戦場での接近戦闘―――近接機動戦を重視しない。
あくまで無尽蔵とも言える物量での砲撃戦の後での、最終段階での中・遠距離砲戦こそが米軍戦術機甲部隊のドクトリンなのだが―――

『故郷での恨みつらみ―――ここで晴らしてやれっ! 生まれ育った故郷を奪われた者の怒りを! クソBETA共に叩きつけろっ!』

大隊長の英語はどこかの訛りが混じっていたし、部下達も様々な訛りが有った。
そう、彼等は皆故郷をBETAに奪われ米国に命からがら避難し、難民キャンプの中から何時の日か祖国奪回を夢見て―――
何よりも家族の為に、軍に志願した軍隊経験のある難民出身者で編成された遠征軍だった。

多角機動を駆使してF-15Eを巧みに操り左右からの攻撃を回避し、突撃砲弾を叩きこむ。
徐々にBETAの壁が崩れてきた。 徐々に、徐々に・・・

『あと少しだ! 包囲の中の友軍はまだ頑張っている! 貴様等もガッツを見せろ!』

―――『ウィルコ!!』

攻撃の勢いが増す。
突撃前衛エレメントのF-15Eが突入するその直前に、支援エレメントが120mmキャニスターを叩きこんで戦車級の群れを霧散させ突入路を作る。
その突入路に前衛エレメントが突入し、同時に水平噴射跳躍によるフラット・シザースで左右から要撃級の側面に砲弾を叩きこむ。

『ライトニング! こちら≪アラモ≫! 救援感謝する!』

『≪アラモ≫! 今度はもう少しマシな名前を付けな! 毎度、毎度、全滅しそうじゃ身が持たんぞ!』

『じゃ、次は≪テクシャン≫にでもするか!』

『ボージュの森はBETAの腹の中だ! それに我々は≪Purple Heart Battalion≫じゃない! そんなのはゴメンだ!』

部隊を隔てる『壁』が縮まる。 あと少し、あと少し・・・
突撃級の側面ややり過ごした後背から砲弾を浴びせかけ、要撃級の高速旋回を逆用して両側面から攻撃を仕掛ける。
胴体背後から体液と内臓物を垂らしながら尚も暫く突進した特撃級が、パタリと停止する。
側面や背後から砲弾の雨を浴びせかけられた要撃級の胴体が寸刻みに大穴を空けられ、やがて千切れ飛ぶ。
このまま後数分もすれば必ず突破口が開く。 輪の中の友軍も必死に内部から砲弾を浴びせかけ、BETAの輪を薄くしていっている。

―――あと少しだ。

誰もがそう思ったその時、大隊長の直協支援に当っていた指揮小隊2番機(小隊長)が自機のセンサー異常に気付いた。

『・・・ん? ッ!! ライトニング21よりリーダー! センサーに地中震動波キャッチ!―――多い! すごく多い!!』

『なんだとぉ!?』

その瞬間―――大地が割れた。

『ベッ、BETA・・・! この期に及んで地中侵攻だとッ!?―――うわあああ!!』














1月19日 0545 半島南部・昌原(チャンウォン) 国連軍司令部


『東海岸の第1海兵軍団より入電! ≪蔚山防衛は不可能。 後方20kmの温山(オンサン)にて戦線再構築す≫、です!』

『中央戦線の韓国軍第1軍団司令部からです。 蔚山西方20kmの彦陽(オニャン)から国道35号線沿いにBETA群1万以上が防衛線を突破して南下中!』

『韓国第2軍団、密陽(ミリャン)から押されています!』

東部防衛線司令部―――国連太平洋方面第11軍司令部には、次々に悲観的な報告ばかりが入って来ていた。
西部に比べて圧倒的に多いBETAの数。 味方戦力は西部の倍も無い。

『第3海兵軍団より入電! ≪光線属種至近! 第3海兵航空団は実質的行動力を喪失!≫、第1海兵軍団からもです!』

『韓国軍首都防衛軍団より、増援要請!』

『第7艦隊司令部より入電! ≪フェニックス残弾無し、艦砲射撃は続行≫』

確実に押されている。 このままでは撤退自体が満足に行えるかどうか・・・
当初の構想では戦力を半島南東部に集中配備してBETAの侵攻を支え、海上からの分厚い支援攻撃の元で確実に撤退するプランだった。

計画が狂った初端は韓国軍の反発だった。 西南部に居残る民間人の脱出の為と称して戦力を移動させなかった。
流石に国連軍(実質は米軍)と言えど、主権国家内部の防衛戦略には強硬な口を挟めない。
何とか東部の戦力と、大東亜連合軍に統一中華軍、そして日本帝国軍で戦線を構築しようとしたのだが・・・

まず真っ先に日本軍が『反旗』を翻した。 東部戦線への移動命令に対して曖昧な応答を繰り返すだけ。 結局はそのまま光州方面の防衛に居座る始末。
その態度を見た大東亜連合軍と統一中華軍もそれに倣った。 恐れていた事だ、大東亜連合は国連と国連軍(ひいては米国)に不信感を持っている。
そして統一中華軍内部では、未だ主導権争いが継続中だ。 共産党軍系の部隊では素直に従わないだろうとは予測していたが・・・


「クソッ、ジャップめ! 連中が黙って移動さえしておれば、ここまでカオスじみた戦況にはならなかったものを・・・!!」

響き渡る怒声に司令部内で参謀達やオペレーター達が顔を見合し、首をすくめる。
この数日間というもの、バークス大将の機嫌は最低ラインをとうの昔に割っている様だったからだ。

「最悪、西部の韓国軍2個軍団をそのままにしていても! ジャップの1個軍団にアジア連中の1個軍団、2個軍団を東部に集中出来ていたら・・・!
戦線全体にもっと厚みを持たせる事が出来た! カヴァーの薄い戦域へのフォローも出来た!
ジャップの艦隊をイエロー・シー(黄海)に張り付けにさす事などせずに、半島南部海域で支援行動に使う事もッ ・・・ダムッ!」


実際問題として、来襲してきたBETAの総数は東部方面の方が遥かに多い。 そして全兵力を集中しつつ持久して、タイミングを見計らって一気に撤退を行う。
それが当初の基本方針だった筈だ。 『国連軍』第11軍での指揮官会議でもその方針で決まった筈だった。

(―――それをアジアの連中、土壇場で異議を唱えたばかりか勝手な行動に走りやがった!)

特に許せないのはジャップのアヤミネだ!―――バークス大将は内心で、何を考えているのか判らない表情の変化に乏しい日本人将軍を罵っていた。

韓国の連中が反発する事はある程度予想はしていた。 だから連中の主力(第1、第2、首都防衛の3個軍団)は最初から全て東部に配置した。
西部には移動までの時間を稼げる最低限の戦力のみとしたのは、間違いとは思わない。
一気に殲滅されたのでは東部防衛線の準備が整わないうちに、西部からBETAに侵入されてしまう。
韓国の2個軍団程度の戦力は、遅滞防衛戦闘には必要と判断したからだ。

ジャップの1個軍団、それに大東亜連合とチャイナの1個軍団相当、合計2個軍団はもしもの時の保険。
本来の計画では小白山脈からの東部防衛線へのBETA群の侵入阻止と、東部防衛線への総予備として使う筈だった。
その為に西部防衛線の東部戦域に配置したのだ。

(―――だが、そのまま居座れとは命じていない!)

あまつさえ、西南部の中心である光州にまで移動するとは! お陰で小白山脈付近の兵力分布は、当初から危険なまでに薄くなってしまった。

韓国政府の再三再四の避難命令にも従わなかった『民間人』30万人の為に、経験も実績も豊富な戦闘部隊があちらこちらで殲滅される危機に直面しているのだ。
その数11個軍団! 兵力は実に50万以上!―――『避難拒否不法在留民』の30万を逃がす為に、50万もの戦闘要員が!

(―――ここで50万もの兵力が失われてみろ! 極東防衛体制に大きなひび割れが入るのは確実だ!
合衆国はそこまで甘くない、後で泣きを見るのは自分達だと言う事が判らんのか、あの大馬鹿者どもは!!)

怒れば怒る程、その怒気は益々猛ってくるのだ。

(―――アヤミネがあの時迅速に移動しておれば、南原からのBETA群流入は喰い止められていたモノを!
いや、せめて数日間でも良い、流入を遅らせておればこんな事態には! その為にチャイナの連中を指揮下に入れてやったと言うのに!)

最悪、韓国軍の2個軍団は捨て石でも良いと考えていた。 どうせ連中はこちらの思惑に完全には従わないだろう。
しかし韓国軍と違い、日本帝国軍は今回『国連軍』として派兵されている。 日本独自の指揮系統を一時的にせよ離脱し、国連軍第11軍指揮下の軍団なのだ。
そして第11軍の司令官は自分であり、指揮下部隊への命令権は自分が有しているのだ、だと言うのに!

(―――あの男! リザルトとプロセス、その区別もつかん馬鹿者め! 必ず告発してやるぞ! 国連軍事法廷に必ずや立たしてやるからな!)


「・・・官! 司令官!!」

「ん? 何だ!? 何事だ!?」

自分の憤怒の感情の殻に閉じこもっていたせいか、副官の呼びかけに全く気付いていなかった。
ようやく我に返り、多少気恥ずかしい気分で余計に怒気を込めた声で聞き返した。

「第1軍団司令部より緊急電です! ≪BETA群の地中侵攻、0530≫ これ以降、第1軍団司令部は音信途絶状態です!」

「なん・・・ だと?」

―――第1軍団が? 音信途絶? そんな馬鹿な!

「閣下、急ぎ脱出のご準備を」

参謀長が思いつめた表情で督促する。 
気に入らない、全く気に入らない。 今の戦況も、『部下』の造反も、第1軍団の音信途絶も―――連中は何をやっておるのだ!

「―――呼びかけ続けろ! ガードナー(マイケル・ガードナー中将、第1軍団長)を叩き起こせ! 出るまで呼びかけ続けるんだ、いいな!?」

「・・・閣下、状況から判断しまして、第1軍団は既に・・・」

「馬鹿を言うな! 第1軍団だぞ!? 合衆国最強の第1軍団だぞ!?―――南旨(ナムジ)を突破されてみろ! この司令部まで、まともな防衛戦力は残されておらん!!」

司令部全員に緊張が走る―――いや、恐怖だ。 
司令官が言う通り、第1軍団が破られたとあっては、第11軍司令部がある昌原(チャンウォン)までまともな戦力が存在しない!

「呼び続けろ! 第1軍団が応答するまで!」

バークス大将がそう叫んだのとほぼ同時に、通信参謀が真っ青な表情で飛び込んで来た。 恐怖に顔が引き攣っている。

「・・・韓国軍第52、第53郷土防衛師団が5分前、BETA群と交戦状態に入りました!」

「む、うっ・・・!」

韓国軍第52、第53郷土防衛師団、この総司令部の前面5kmに位置する警戒部隊。
その実態は予備役兵で構成された軽歩兵部隊、BETA群とぶつかれば10数分で壊滅は確実だろう。 
そして続け様に軍通信大隊付きの通信将校が飛び込んで叫んだ。

「BETA群は約1万! 一部は韓国軍防衛線を既に突破、約4000が殺到してきます!」

「防衛大隊指揮官より至急電! ≪阻止は不可能! 時間稼ぎは5分が限界!≫、以上です!」

一瞬沈黙が下りる。 次の瞬間、バークス大将の悲鳴の様な怒声が響いた。

「撤収せよ! 大至急! 撤収だ!」















1998年1月19日 0625 朝鮮半島南部・光陽 帝国軍独立混成戦闘団本部


「続報が入った、南原は完全に破られた。 韓国軍首都防衛軍団と米第1軍団の間隙に割り込まれたらしい、東部防衛線は四分五裂の状態だ」

光陽に展開する陸海軍の地上戦力を統括指揮する事となった第1大隊戦闘団の宇賀神少佐が、居並ぶ大隊長・中隊長級指揮官の前で苦虫を潰した表情で説明を開始した。

「東海岸のBETA群は現在3万3000。 米海兵軍団と第7艦隊が蔚山(ウルサン)付近で陸海の双方から阻止攻撃を行っているが・・・ 正直、釜山突入は防げないだろう。
中央戦区は大邱(テグ)が陥落した。 今は密陽(ミリャン)で韓国第1軍団、第2軍団がBETA群1万9000と交戦中だ」

密陽に司令部を構えていた国連軍は、既に後方の昌原(チャンウォン)に後退している。
そして米第1軍団は洛東江北岸の南旨(ナムジ)で1万3000のBETA群と、韓国首都防衛軍団は山清(サンチョン)で小白山脈を越えた1万2000のBETA群を迎撃中だった。

宇賀神少佐が続ける。

「警戒すべきは南原で統一中華軍を破ったBETA群だ。 1万2000が小白山脈を横断して東側に殺到した、これは今、韓国軍の首都防衛軍団が相手取っている。
残る内の8000が西海岸からの流入個体群と合流して、1万6000程で第8軍団本隊に向かっているが、6000程が谷城(コクソン)の東脇をすり抜け南下中だ。
谷城の統一中華軍にはそれを押し止める余力が無い。 BETA共がそのまま南下してくれば、この光陽(クァンヤン)を直撃する」

その説明に、光陽に集結した陸海軍地上戦力を脳裏で整理してみた。
戦術機甲部隊は4個大隊(陸軍3個、海軍1個相当)で160機。 
戦車は3個大隊。 自走砲、自走高射砲は陸軍・海兵隊合わせて各4個大隊。 
機械化歩兵装甲部隊は3個中隊、機動歩兵は6個中隊。

(―――思ったより戦力はある、1個戦術機甲師団には達しないが、旅団規模を上回るか。 砲兵の面制圧攻撃力と後方兵站が薄い事がネックだな・・・)

それでも2000から3000程度のBETA群なら、光線級に余程悪い場所を陣取られない限り充分阻止できる。
後退中の統一中華軍がどの程度の戦力を維持しているかにもよるが(光陽・麗水方面への撤退指示を受けたらしい)、その残余を合せると・・・

「かき集めれば、6000程のBETA群の阻止は可能ですね」

「そうだ、周防。 台湾軍は未だ70%の戦力を維持している。 中国軍は流石に酷いが、合わせれば1個師団にはなるとの事だ。 問題は光州だ・・・」

第8軍団本隊は1万6000程のBETA群を相手取っている。
殲滅される程の大群ではないが、押し戻すには戦力が少し足りない。 このままだとジリジリ押し込まれるだろう―――戦力は75%に低下しているのだ。

「光州の防衛線が下がれば下がる程、こちらへの流入個体群が増えます。 向うの様に砲兵部隊が十分にある訳ではありませんわ」

「そう、それに西部海岸線区の様な艦隊からの支援も有りません。 降りかかる火の粉は払いますが、それ以外は手を出すと大火傷を負います」

祥子と第1大隊の古村―――同期の古村杏子大尉が相次いで懸念を示す。
つまり2人の言いたい事は―――今となっては、防衛線に突っかかって来るBETA以外は無視してしまうのが得策だと。
兎に角民間人の脱出までの時間を稼ぎ、その後は部隊の撤退を最優先させる事。 既に全軍の方針は撤退と決定しているのだから。


「第1防衛ラインはどこに?」

第1大隊の間宮―――半期下の間宮怜大尉が、直属上官である宇賀神少佐に確認する。
代わって荒蒔少佐が脇に立てかけた戦術地図に歩み寄って、指揮棒代わりの棒っきれで地図上を叩く。

「順天(スンチョン)から光陽(クァンヤン)のラインを守らねばならん。 その前面10kmのラインに防衛線を敷く。
西から第3、第1、海軍341、東が第2の各戦闘団を配する。 今回は何と言っても機甲戦力や砲兵戦力が不足している、基本は12個戦術機甲中隊での機動防御戦だ。
防衛線の底を機甲戦力と砲兵戦力で守る。 最低でもあと3時間、民間人全てが脱出するまで」

「BETAは今、谷城(コクソン)の東・・・ 距離で35km程です。 どんなに遅くとも1時間後には、普通に判断すれば30分後には防衛線到達です」

―――30分。

和泉大尉の言葉に、真っ先に機甲中隊の中隊長達が走り出そうとした。 次いで自走高射砲部隊の指揮官達が。
自走砲部隊の指揮官達は再度、砲弾備蓄量を確認する為に動こうとし、歩兵―――機械化歩兵装甲と機動歩兵部隊指揮官は見事な敬礼を残して出て行こうとした。

―――その時。

「緊急電! 国連軍第11軍司令部が陥落!」

第2大隊CP将校で有り、通信当直将校である富永大尉が駆け込んできて、悲鳴のような声で報告した。
そしてその場に居合わせた皆は一瞬、その言葉の意味が呑み込めなかった。

「・・・悪い、何と言った? もう一度言ってくれ」

宇賀神少佐の声が掠れている。
富永大尉が今度は少し息を整え、出来る限り平静さを保とうとして報告する。

「韓国軍首都防衛軍団よりの緊急電です。 ≪0535、米第1軍団司令部壊滅。 0615、国連軍第11軍司令部壊滅、バークス大将戦死。 我、撤退す―――0625≫、以上です!」

半島防衛線の東半分が崩壊した。 いや、半島防衛自体、撤退戦自体が崩壊した―――総司令官戦死とは!
誰もがそう思ったその時、凶報が続け様に飛び込んで来た。

「米海兵隊が海上の第7艦隊まで撤退を開始しました! BETA群が釜山に突入! 韓国軍第1、第2軍団反転! 釜山へ後退中です!」

「米第8軍団長のカーライル中将、第11軍指揮権委譲を宣言しました!」

「第7艦隊、 陸上の光線級との交戦で被害甚大! 揚陸艦の40%を喪失! 砲撃支援中の戦艦群、巡洋艦群へも被害拡大中です!」

「西部防衛司令部、光州(クァンジュ)・霊光(ヨングァン)を放棄しました! 羅州(ナジュ)=咸平(ハンピョン)に防衛線を再構築中です!」

東は崩壊した、もう統一された防衛戦闘が出来る状況じゃない。
西は後退した、木浦(モクポ)を守る最終防衛ラインまで。

「指揮系統が無茶苦茶だ・・・」

荒蒔少佐が掠れた声で呟いた。
今しがたの混乱した受信内容で、米第8軍団長のカーライル中将が第11軍の指揮権委譲を宣言したが・・・
実は西部にはカーライル中将より上位者である、孫栄達韓国軍大将が西部防衛戦の総指揮を執っている。
それに東部では韓国軍首都防衛軍団長の金昌正中将、西部では帝国軍の彩峰萩閣中将の方がカーライル中将より序列が上の筈だ。

「第8軍団司令部は何と言ってきている?」

「相変わらずです、『当初の任務を遂行されたし』 それ以外は何も・・・」

宇賀神少佐の問いに、富永大尉も戸惑い気味に答える。
この期に及んでも尚、光陽の戦力を使わないか。 何か裏でもあるのか・・・?

「・・・光陽(クァンヤン)港の民間人最終脱出時間は、0705―――あと30分」

荒蒔少佐が時計を見ながら確認する。

「そこから光線級の見越し距離圏外までの脱出時間を・・・ 2時間見込まなければならんな」

第3大隊長―――確か大江と言う名の少佐だ―――が周りをゆっくり見まわして言う。

「問題はその次ね、私達の脱出手段は第3護衛戦隊の輸送用戦術機揚陸艦が到着してから―――あと3時間後」

海軍の白根少佐が妙に白けた口調で言う。

「つまり、その間にBETAが攻め込んで来たら―――孤軍奮闘と言う訳だな」

宇賀神少佐の声は苦渋を通り越して、既に呆れた感がある。
どれ程のBETA群が気紛れを起こして攻めかかってくるのか想像もつかないが、少なくとも半島東部で暴れまわっている数は約7万前後。
それに西部の約4万からどれだけが気紛れを起こして向かってくるか。
少なくとも我々の周囲には援軍として見込める友軍戦力は存在しない、万以上の数で攻め込まれたら―――今度こそ靖国行き確定と思われる。

「行動方針を達する」

宇賀神少佐が一同を見まわして、ゆっくりした口調で話し始めた。

「直接攻め込んでこない個体群は一切無視する、例え友軍の救援要請があったとしてもだ。
最優先事項は民間人脱出までこの場を死守する事、次に我々自身の脱出―――余計な消耗は許されていない」

皆が押し黙る。 非情だがどうしようもない、この戦力だけで大騒ぎの主戦場に駆けつけても焼け石に水だ。
精々が少しの時間を稼ぐ程度で、その後は殲滅されて終わりだろう。 なら当初の予定通り、民間人の脱出を最優先させる。 
その後は自身の脱出―――元々が半島脱出作戦なのだ、無駄死にで戦力をすり潰す愚に付き合う必要はない。


「・・・そう言えば、統一中華の連中はどこまで後退したのです?」

ふと思い出した事を口にしてみる。
1個師団程度の戦力を保有していた筈だ、連中が加われば随分と楽になる筈だが・・・
俺の声に周りが富永大尉を見つめる。 通信班なら把握しているのでは? と思ったのだろう。
富永大尉が記録紙をめくりながら確認している。

「・・・谷城(コクソン)から30分前に北東の河東(ハトン)に移動しているわ、ここから10km程ね―――合流を打診しますか?」

最後の一言は宇賀神少佐に確認したものだ。

「してくれ、戦力は少しでも多い方がいい。 指揮系統は混乱してしまうがな」

帝国軍への指揮権は、台湾軍―――中国軍残余を含む統一中華軍は持っていない。
持っていた国連軍司令部は崩壊したようだ、ちょっとやり難くなりそうだな。

「了解しました、至急確認します」

富永大尉が本部を出て通信班指揮所に走って行った後、宇賀神少佐が各指揮官へ通達した。

「状況は困難が予想される、だが何時もの事だ。 何時も通りにやろうじゃないか」





高機動車で大隊陣地へ向かう途中、最後まで気にかかっていた事をつい荒蒔少佐に問い質してしまった。

「大隊長、結局第8軍団司令部は我々を使いませんでしたが・・・」

「―――他言無用だぞ、3人とも」

後席の少佐の声に、助手席の俺も、ハンドルを握る美園も、少佐の隣の祥子も無言で頷く。

「本来、我々独立大隊戦闘団は戦闘参加を許可されていない。 あくまで国連へのポーズとして派兵された戦力だ。
再建途上、何より第3世代・準第3世代機で構成された、本来なら虎の子の部隊。 そしてその事は参謀本部から第8軍団司令部へも厳重に通達が行っている」

―――かき集めれば旅団以上、師団以下にはなる3個大隊戦闘団を、彩峰中将が最後の最後まで使わなかった理由のひとつはそれか?

「派兵の直前に師団長と連隊長から聞かされた。 それに彩峰中将は昨年の旅順半島撤退戦で下手を打った責任を、軍部内の一部から問われている」

―――確かに中将指揮下の軍団がBETAの地中侵攻を喰らって前線崩壊したのが、昨年の遼東半島撤退戦、あの負け戦の直接のきっかけである事は確かだ。

「参謀本部からは強く圧力をかけられていたらしい。 指揮下の第8軍団を遼東半島と同じ目にあわす事は許されないと。
汚名挽回の場を用意する代わりに、戦力の消耗は決して許さない―――上も酷な事を言う」

―――片手、片脚の自由を奪った上で、それでも結果を出せ、か・・・ 確かに酷な話だ。

「・・・私が思うに、中将は中将なりに本国の意向と現実をすり合わせようと、なさっていらしたのではないでしょうか?」

「どう言う事だ? 綾森大尉」

祥子の呟きに荒蒔少佐が反応する―――美園と、実は俺もだ。

「はい、大隊長の先程の言葉で考えてみました。 1つは『国連軍と一定の距離を置く事』―――今回も司令官はあのバークス大将です」

―――バークス大将。 2年来、米国から『派遣』された国連軍太平洋方面総軍第11軍司令官。 そして昨年の遼東半島撤退以来、日本嫌いで有名な将軍だ。

「そこに新たな帝国軍派遣司令官が今回も彩峰中将・・・ 朝鮮半島での第8軍団は、必ず最も危険な戦場に投入され続けたと聞きます」

本国からの指示で無くとも、指揮下の部下達をすり潰されて気分の良い指揮官はいない。 中将は中将で、部下を無駄に死なさない為に戦ったと言う事か。
バークス大将の好悪の念が強すぎたと言えるが、例えば、例えばだ。 遼東半島で最後まで戦力を維持して撤退戦を主力で戦い抜いた安達中将。
もし安達中将が第8軍団長として赴任していたならば・・・ ここまで露骨な扱いはしなかっただろう。

「もう一つは、大東亜連合と統一中華との関係改善。 遼東半島で少々ひびが入ったかと見たのではないでしょうか?
韓国政府もあの撤退戦の直後は帝国政府に対して遺憾の意を示す、などと言っておりましたから」

本来なら本国召還の中将をそのまま半島に残らせて再派兵戦力の指揮を執らせたのも、大亜細亜主義者の中将が持つコネクションを使っての関係改善が目的か?

「光州に残留する民間人の保護を要請され、断らなかったのは韓国、ひいては大東亜連合との関係を良好に保つ為―――ものの見事に、裏目に悪い目が出てしまったと言う訳か」

大隊長がしめた言葉に、思わずため息が出る。
ある程度は中将の裁量に任されたのだろうが、噂に聞く人柄では生真面目に守り通そうとしたのだろうか?―――無理と、無茶と、現実とのすり合わせを。

「・・・その結果がこの状況だなんて! 無茶ですよ、そんなの! 本国も判っているんじゃないですか!?」

急に美園が怒りだした。

「これだから中央の減点主義者は! 何も判っちゃいないんですよ、現場の事を!―――所詮、官僚ですよっ 連中も!」

言いたい事は判る。
八方美人の玉虫色の作文を作成する事だけに長じた秀才軍官僚が書いた、玉虫色の妄想。 だがそれを実現する事がどれ程困難な事か!

「成功すれば自分達が立案した策の優秀さの証明! 失敗すれば現場の無能!―――36mm砲弾をしこたま叩きつけたいですよ!」

「―――そこまで。 言い過ぎよ? 美園」

「なんで!? 悔しくないんですかっ 綾森大尉!」

「だから熱くなるな、美園」

「ッ! 周防さんまで! 悔しくないんですか!? 何時だって最後は現場が責任をおっ被せられて!!」

「纏めて叩き殺したい位、憎いよ。 でも今は我慢しろよ―――生還するまでな」

―――あ、美園が引いた。 祥子も少し引き攣っている。 ちょっと声色が冷たすぎたか? 感情が逆にこもっちまったか?

「・・・思っていても実行には移すなよ、周防?」

「―――ご心配なく。 しませんよ、そんな事」

ああ、大隊長まで・・・
ふとサイドミラーに映った自分の顔が目に入った―――何て表情だ、何て顔してやがる。
笑いながら怒っている。 怒りながら笑っている。 状況に怒りながら、殺す様を想像して笑いながら―――おい、冗談じゃないぞ。
そんなことしたら、今度は国連軍への左遷なんて甘い処遇じゃ済まないからな? 確実に軍法会議で銃殺刑だぞ? いいな? 判ったな?


「・・・とにかく、今は陣地に戻って防御態勢を整えるのが先決だ。 BETAが来るにせよ、来ないにせよな」

大隊長が難しい表情で腕組しながら、腹の底から絞り出すように言葉を吐き出した。
そうだ、俺達の後ろには未だ無力な民間人が大勢いる。 せめて彼らが無事に脱出するまでは―――正直、もう目前で無力な人間がBETAに食い殺される様は見たくない。


―――それはとても、とても甘ったるい願望でしかなかったのだが。




[7678] 帝国編 20話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/06/15 01:06
1998年1月19日 0815 朝鮮半島 光陽北15km地点


「・・・フラガラッハ・リーダーよりCP、光陽北15km、エリアG6SにBETA群約3800。 西から東へ移動中」

≪CP、フラガラッハ・マム了解。 フラガラッハ・リーダー、くどいようですが・・・≫

「渡会、心配するな。 この程度の戦力で突っかかる気はない。 他の地区の状況は?」

≪変化無しです。 30分前にF7Dで東から西へ移動する個体群、約4000を確認した以外は動き無し。
フラガラッハ・リーダー、0900まで定点監視を続行して下さい≫

「フラガラッハ・リーダー了解。―――リーダーよりフラガラッハ全機、聞いての通りだ。 美味しそうな獲物が通り過ぎても手を出すなよ?」

―――『了解』

半島の西部と東部でBETA群の動きが非常に活発化している。 しかしその間に挟まれた中南部は奇妙な静寂状態に有った。
もっけの幸いでは有る。 民間避難民の脱出船団は30分前に最後の船が港を出港した。 あと1時間半もすれば光線級の照射危険水域から脱出できるだろう。

(―――その前に第3護衛戦隊に護られた俺達自身の脱出艦隊の到着が約3時間後。 
そこから脱出作業完了が4時間後で危険水域脱出は5時間後。 1330までは何事も無く終わって欲しいものだ・・・)

目前の山岳地帯、その山肌を埋める様に蠢くBETA群を網膜スクリーンの望遠ズームモードで映し出す。
あの群れの蠢く先では友軍が苦戦している。 しかし自分達はその戦いに参戦する事は許されていない。

コクピットのシートに深く持たれかけた姿勢で軽く嘆息した周防直衛帝国陸軍大尉は、再び投影モードに戦略MAPを呼び出した。
東部も西部も、随分と戦線が縮小されている。 東部は既に釜山前面、西部も木浦の直ぐ先まで後退していた。

(―――ここまで来たら、もう増援がどうのと言う場合じゃない。 何とかしてここを無事に脱出するしかない、部下達を全員連れだして・・・)

BETAがここを無視するならそれで良い。
自分は中隊指揮官で有り、師団や軍団と言った戦略単位を指揮する身ではない。 なら中隊に対しての責任を果たすまでだ。 そして大隊長を補佐する責任も。

半島脱出作戦はその最終段階を迎えつつあった。









1月19日 0850 朝鮮半島 臨時首都・釜山 釜山港


「どけ! どけ!」

「乗るんだ、あの船に乗るんだ・・・!」

「邪魔だ! どけ! この老いぼれ!」

「待ってくれぇ! 俺も乗るんだよ、その船に!!」

「お、押さないで! 押さないで下さい、私の子供が・・・ 赤ちゃんがいるんです、押さないでッ・・・」

「俺だ、俺が乗るんだ! てめぇらはどきやがれ!!」


恐怖にひきつった顔、顔、顔・・・
焦燥感が滲んだ顔、顔、顔・・・
そして何より、人の中の動物的な部分が露わに、剥き出しになった顔、顔、顔・・・

―――何が何でも、あの船に乗ってやるのだ。 生き残りたいのだ。 例え他の連中がくたばっても、自分だけは!!

誰もが目を血走らせ、恐怖の裏返しである暴力性を撒き散らせ、我先へと乗船口に殺到する。
BETAは釜山市中心部からから20kmの位置にまで接近していた。 防衛部隊である米軍(海兵隊、第8軍団)は第7艦隊(第76、第79任務部隊)が次々に収容している。
防衛線は今では韓国軍第1、第2軍団と首都防衛軍団が必死の抵抗を示しているが、破られるのは時間の問題だった―――BETA群、約6万。


「・・・残りの未収容民間人数はどの位だね?」

岸壁を見つめていた帝国海軍海上護衛総隊・第1護衛艦隊司令長官の大森綸太郎海軍中将が、参謀長の後藤光次郎海軍少将、先任参謀の大井篤史海軍大佐に振り向かず尋ねる。

「はっ、想定で約13万人。 現在までで米海軍、韓国海軍残余と共同で約37万人を収容完了しました」

後藤参謀長の報告に、大森中将が表情を曇らせる。 無理も無い、あと13万人―――そんな数を収容できる船舶も、時間的な余裕も無いのは自明なのだ。

「・・・実質的に、あとどの位の人数を収容可能かね?」

後藤参謀長も、大井先任参謀も揃って押し黙る。 その余りに残酷な数字を口に出す事が恐ろしい―――いや、己が罪悪の様な気がしたからだった。

「・・・どの位かね?」

大森司令長官が再度、同じ質問を発する。
参謀長と視線を合わせた大井篤史大佐が、意を決した表情で司令長官を見据えて報告した。

「米海軍で1万2000、我が護衛総隊で6000、韓国海軍が2000―――合計、2万が限界です、長官」

釜山と北九州の各港をピストン輸送しているものの、船舶数の限界、収容港湾の限界、そして何よりも時間的余裕の限界。 全てを得る事は不可能だった。

「せめて・・・ せめてあと2日の時間があれば。 いや、せめて1日、出動命令が早ければこんな事には・・・」

「それは無理です、参謀長。 誰もこんなに早く半島の防衛線が崩壊するとは予想もしていなかった。
少なくともあと2日か3日は余裕があるものと・・・ 帝国だけではありません、韓国政府も、日中韓統合軍事機構代表部も、そして国連―――米軍もです」

そう言って大井先任参謀は忌々しげに振り返り、朝日が昇った西の空を見つめた。
それも束の間、直ぐに如何にもキレ者の実務担当者の顔に戻り上官に進言する。

「問題は、その事実を港の群衆に気取られないようにする事です、陸戦隊を港に派遣して誘導整理に当らせておりますが。
国連太平洋方面総軍、本国の軍令部、そして韓国軍司令部の了解は取っております、いざという時は・・・」

いざという時は、実力で暴発する群衆を「整理する」事も想定しておかねばならない。

その時、司令部付き通信士官が1枚の電報文を大井大佐に手渡した。 それを読んで、大井大佐の表情が失われる。
全く感情と言うものを感じさせなくなった部下を見て、大森中将は粗方の予想が出来たのだろう。 確認の様に聞いた。

「先任参謀、時間的余裕は残っているかね?」

答える大井大佐の声は、腹の底から、腸が捩れる様な恐怖を滲ませた声だった。

「・・・ありません、長官。 韓国軍が破られました、BETA群は10km地点まで接近中―――30分も有りません」








1月19日 0910 朝鮮半島 釜山港


「第2中隊! 射撃用意! 目標―――バリケードを越えてくる暴徒! 撃てッ!!」

混成陸戦団(大隊規模)第2中隊指揮官・藤崎省吾海軍中尉は、未だ自分が下す命令が信じられなかった。
目前でバタバタと倒れて行く相手はBETAではなく、釜山から脱出しようと必死になっている避難民達―――男も、女も、老いも、幼きも。 皆が銃弾によって倒れてゆく。

帝国の海の防人たらんと志して、海軍兵学校の門を叩いたのはもう6年も前。 あの時は前途に希望を膨らませていた。
卒業して少尉に任官した時も、今の乗艦で中尉ながら分隊長(陸軍の中隊長職に相当)に抜擢された時も。
それがどうした。 今の自分は無抵抗の、丸腰の避難民相手に射撃命令を出している。

「崔中尉! これ以上は保たんぞ! ゲートも、群衆も!―――そろそろ引き上げ時だ!」

「チュキゲッタ! 勝手に行け! クソ、なんでこんな事に・・・!!」

隣接区ではつい先ほど顔見せしたばかりの韓国海軍海兵隊の若い将校、崔鳳錫(チェ・ボンソク)韓国海軍中尉が、涙を流し絶叫しながら射撃命令を出している。
当然か、本来なら彼が命がけで守るべき同胞に対して銃口を向け撃っているのだから。

ホンの先程の事だ、何処からともなく『防衛線が崩れた! BETAがやってくる!』と言う絶叫があちこちで響いた。
途端にそれまで不安顔ながらも、順番を守って乗船待ちをしていた群衆にパニックが生じた。 それは瞬く間に埠頭全体に広がったのだ。


「中隊長! 収容余裕残は300名!」

後ろで有線電話を使って艦上とやり取りをしていた中隊付き下士官の上等兵曹(陸軍の曹長に相当)が、自分より余程腹の据わった声で報告する。
軍歴の長いこう言った連中には、今のこの状況も何かの意味があり、世界の真理を知り尽したかのような雰囲気があった―――羨ましい。
中隊を入れて300名―――中隊員を除けば、そんなに多くは無理だ。 ここが決断のし時か。

「崔中尉! もうこれ以上は無理だ! 本気で突破されるぞ! これまで収容した避難民の命さえ危うくなる!」

「・・・哀号(アイゴー)!! 許して下さい、皆さん・・・! 許して下さい、祖国よ・・・! ―――第212海兵中隊、乗艦せよ! 撤収だ!!」

韓国海兵隊中隊が残り僅かな収容可能人数の避難民を守る様に、銃口を港の群衆に向けつつ艦上へと続くタラップを駆け上げってゆく。
韓国海軍に残された僅かな大型艦―――独島級戦術機揚陸艦のネームシップ『独島』 戦術機を全て降ろし、中に避難民を満載した『主力艦』


(―――何とね、この名前をね・・・)

その艦名の由来にいささか複雑な気分になりつつも、藤崎中尉は自分の指揮中隊に命令を下す。

「よし、ゲートを封鎖しろ! これ以上の乗艦は無理だ! 荷役人達も艦上へ!」

ゲートの外で罵声を浴びせかける群衆に銃口を向けつつ、急ぎ艦上へと移動する。

「おい、そこの連中! お前達も急げ! あと数分で出港するぞ!」

妙に小柄で華奢な荷役人達をどやしつけながら艦上に戻ろうとした藤崎中尉は、ふと或る事に気付いた。
―――こいつら、港人足の癖に香水なんかつけていやがるのか?
妙に良い香りがしたのだ。

「おい、お前ら・・・」

そう呼びかけた時、一段の中から一人が振り返って彼に言った。

「乗船させて頂ける事は感謝致します。 ですけど、私達は『お前達』などと言う名ではございませんわ」

「WAVES(海軍女性将兵)か・・・?」

作業帽の下から、艶やかな束ねた黒髪が見えた―――今まで気づかなかったとは。

「正式にはそうではありませんわ。
徴用されて港湾業務に就いておりましたけれど、私は釜山のある女学校の教師です。 
この娘達は皆、私の教え子達ですわ」

よく見ると港湾人足と思っていた者達は皆、軍の作業服を着せられた年端もいかぬ少女達ばかりだった。
皆一様に疲れ、そして怯えた表情をしていた。 無理も無いかもしれない。 祖国は崩壊し、恐らく親兄弟とも別れた娘達も多いだろう。
何よりこれから向かう帝国は、彼女達にとっては『近くて遠い』隣国―――外国だ。

「それは失礼した、先生。 私は日本帝国海軍中尉、藤崎省吾。 何か要望があれば出来る範囲で融通はつけましょう」

「まあ、こんな場所で仏様に出会ったようです。 白愛羅(ペク・エラ)ですわ、藤崎中尉」

「白先生。 では、貴女と貴女の大切な娘さん達は艦内に入るべきだ、ここは些か似つかわしくない」

その時、部下の上等兵曹がこっそりと耳打ちする。

「・・・分隊長(彼は藤崎中尉の分隊員だった)、全員を収容は出来ません。 艦橋から数を選抜せよと」

その声に改めて少女達を見る。 
引率の白教諭の他に、大体100人以上―――3クラス分程の女子生徒達が疲れ果てて蹲り始めている。

「収容余裕は?」

「我々を抜いて、大方70名。 艦内は飽和状態です」

「・・・隣の『独島』は?」

「既に収容限界を20%越しておると。 これ以上無理に収容すれば、圧迫死する可能性があると」

思わず目を瞑る。 人生はままならないものだ、しかし目前の少女達にそれを判らせろと? 人生と言う程の時間を未だ生きてきていないこの少女達に?
暫く目を瞑って絶句し、やおら目を開けて目前の女性教師に告げる事にした。

「白教諭、私は貴女に事実を伝える義務がある」

「藤崎中尉? 何事ですの?」

「貴女の教え子、その全員を収容する余裕はありません。 7割―――それが限界なのです」

「ッ・・・! では、残りの生徒達は・・・!?」

「次の便で・・・」

「次の便!? 有るのですか!? ならばどうして先程から皆が騒いでいるのです!? どうして発砲を!?」

―――本当に人生はままならない。 こんな言葉を口にする予定じゃ無かったのにな。

「・・・有りませんな、次の便は。 それが事実です」

沈黙が降りる。
教師と軍人の会話を耳にしたのだろう、語学が出来る女生徒達が騒ぎ始めた。(会話は英語だったのだ)

『ねえ、どうなるの!? 私達、ここで死ぬの!?』

『いやだ! 死にたくないよぉ・・・』

『日本の軍人さん、お願い、助けて! 助けて下さい!!』

『オンマ(お母さぁん)・・・』

思わず藤崎中尉はその場に立ち尽くした。 
帝国海軍軍人、海軍中尉、そんな彼の素顔は未だ20代前半の多感な青年だったのだ。
気付くと部下の視線が己の背に刺さっている。 指揮官としての己が姿を見られている―――畜生、本当に人生はままならない。

「申し訳ないが、例外は有りません。 埠頭に残る人々は・・・」

―――BETAの腹の中に収まる。

そう言っているものだ。 俺がそう宣告したのだ、今まさに。


『白先生・・・ 私達、残ります』

『先生、下級生の子達、乗せてあげて』

『あ・・・ 貴女達・・・!』

見れば幾らか年嵩の少女達が、如何にも無理な笑みを顔に貼りつかせてそう言っている。

『私達、上級生だから・・・ オンマに言われたから、あの子達のオモニ(お母さん)からも頼まれたから・・・』

『大丈夫です、白先生。 私達、大丈夫・・・』

あちこちで泣き声がし始めた。
そんな上級生を見て泣く少女がいる。 姉妹だろうか?『オンニ(お姉さん)、オンニ!』と言って年かさの少女に縋りつく幼い少女がいた。
唐突に1人の少女が藤崎中尉の前に立って、行儀良く頭を垂れてお願いをする。 たどたどしい英語―――国際共通語で。

「日本の軍人さん、小さい子達をお願いします―――私達の妹達を、お願いします」

血管が切れそうなほど、頭に血が上っていた。 目が飛び出しそうな気がする。
気がつくと口の中が鉄臭い、知らず唇を噛んでいたか。

一体何が、一体誰が、この少女達に死を覚悟させたのだ! 未だ15、6年位しか人生を送ってきていないと見えるこの少女達に!
何が?―――家族の死、友人の死、様々な死。 畜生、そんな事判るものか!
誰が?―――俺の言葉だ、直接的には! 俺が最後の引き金を引いたのだ!
畜生! 腹を据えろ。 忘れるな、この顔を。 この命を。

「―――兵曹、乗艦開始。 70名だ!」

「はっ!―――おい、貴様等! ボケっとするな! タラップでは手を貸してやるんだ! 1人も傷つけるんじゃないぞ! いいか、かかれっ!」

あちこちですすり泣く声と共に乗船が開始される。
やがて粗方乗船し終わった後、藤崎中尉はその中に白教諭の姿が無い事に気付いた。

「・・・白先生、生徒の引率者は必要だ」

「藤崎中尉、大変心苦しいのですが、私の生徒達をお願いします―――ここに残る30人は、私の担任クラスの女生徒たちなのです」

既に白教諭の周りには残る女生徒達が集まって艦上を見上げている。
笑っている。 泣きながら笑っている。 女生徒達も、白教諭も―――畜生! 畜生! 畜生!

(―――畜生! 直衛兄貴、今ならアンタの気持ちが判るぜ・・・)

藤崎海軍中尉の母方の従兄、周防直衛陸軍大尉は以前に前線で民間人を見捨てなければならない選択をした事があった、そう聞いていた。 その心境も。
藤崎中尉は腹の底から声を絞り出す様に、そして直立不動の敬礼で持って白教諭に相対して言った。

「私は日本帝国海軍中尉、藤崎省吾。 白愛羅先生、貴女の名は忘れない。 貴女の教え子達の事も忘れない。
日本帝国海軍軍人の矜持にかけて―――私を世に送り出してくれた両親の名にかけて」


ラッタルを登り切り、振り向いた藤崎中尉の視線の先に、透き通った様な笑みを浮かべる白愛羅教諭の姿があった。









1月19日 0920 釜山港沖合


『第115輸送艦、離岸します!』

『第221輸送艦、第223輸送艦、沖合に出ました!』

第1護衛艦隊・第15護衛戦隊に所属する『松』級駆逐艦の『萩』、その艦橋に様々な情報が飛び込んで来る。

『釜山後方、丘陵地帯に光線級確認! 約60体、距離12海里(約22.2km)!』

『旗艦『夏月』、第11護衛戦隊『天津風』、『浦風』砲撃開始! 『松』、『藤』、『橘』、続航します!』

『第12護衛戦隊、『睦月』以下4隻、砲撃開始しました! 続いて『楓』、『桜』、『桃』、『樅』砲撃開始!』

『韓国海軍駆逐艦、『大祚栄(デ・ジョヨン)』、『乙支文徳(ウルチムンドク)』、砲撃開始! フリゲート『全南(チョンナム)』、『済州(チェジュ)』、『全州(チョンジュ)』、続きます!』


イージス駆逐艦1隻に打撃駆逐艦4隻、そして汎用駆逐艦11隻とミサイルフリゲート艦3隻。
誠にうすら寒い砲撃支援の陣容。 しかしこれが第1護衛艦隊と韓国海軍第2艦隊の持てる全てだった。
日韓5隻の護衛戦術機母艦と戦術機揚陸艦は、全艦が戦術機を降ろして避難民を詰め込み、脱出しようとしている。
『松』級汎用駆逐艦の残る5隻と『浦項(ポハン)』級コルベット6隻もまた、避難民を満載して輸送艦に混じり出港したばかりだ。

その内の1隻で有る『萩』もまた、つい先ほど最後の避難民―――報告によれば女学校の女生徒達が70人程―――を乗せて出港したばかり。
そんな事情はお構いなしの凶報だった、光線級が出現したのだ。 こんな小さな駆逐艦などレーザー照射を受けたが最後、あっという間に誘爆・爆沈してしまうだろう。

「ブリッジ(艦橋)よりエンジン(機関室)! 最大戦速だ!」

『エンジンよりブリッジ! 艦長、無茶言わんで下さい! こいつはオーバーホール寸前なんですよ!?』

「機関長、そんな場合じゃないんだ! 光線級だ、光線級! 出やがった!」

『何ですって!?―――了解、最大戦速!』

グッと艦自体が加速するのが判る。
見る見る艦首に被る波が大きくなり―――高速で荒い玄界灘を突っ切る様に南下してゆく。

『―――ッ! 『藤』、『桃』、レーザー照射被弾!』

『左舷、『睦月』、爆沈します!』

『全南(チョンナム)、轟沈!』

防御力など無きに等しい駆逐艦で光線級との叩き合いは端っから絶対不利なのだ、判っている。
判っているが、彼等は最後まで盾になる。 避難民を乗せた艦がせめて対馬の島陰に隠れるまでは。

『2、いや、3隻沈没! 旗艦『夏月』中破! 『天津風』、沈みます!』

『韓国艦隊旗艦『大祚栄(デ・ジョヨン)』、大破停止! フリゲート『全州(チョンジュ)』、レーザー被弾!』

『米第7艦隊から第71-2任務隊、第73-2任務隊、来ました!』

悲痛と同時に歓声が上がる。
蔚山沖の米第7艦隊から分派された第71-2任務隊、戦艦『イリノイ』、『ケンタッキー』 
そして第73-2任務隊のイージス巡洋艦『アンツィオ』、『ヴェラ・ガルフ』 それとアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦が6隻。
16インチ、8インチの大中口径砲が唸りを上げて飛来する。 そしてミサイル駆逐艦が日韓両艦隊の抜けた穴を塞ぎにかかった。

釜山港湾上空で盛大な重金属雲が発生する。
『萩』乗組員はその光景を見て思わずゾッとした―――あの下にはまだ、残してきた避難民がいる・・・

その時、迎撃照射に向かわなかった1筋のレーザーが1隻の米駆逐艦の艦橋をまともに貫いた。

『ッ!! 『ファラガット』、レーザーが艦橋を直撃!』

米ミサイル駆逐艦『ファラガット』は、完全に艦橋上部構造物が蒸発していた。

『た、大変です! 『ファラガット』、本艦に突っ込んできます!』

「通信送れ!」

『ダメです! 『ファラガット』、通信途絶!』

艦橋は全滅したが、機関は健在なのだろう。 
被弾前の戦闘速力を維持したまま、頭脳を喪った『ファラガット』が『萩』の左舷に向けて突っ込んで来る。

「くっ! 右舷全速、左舷後進一杯! 面舵一杯!!」

間に合うか? 間に合うのか、回避は!?―――くそ、ダメだ、このままでは・・・! こっちは避難民を満載していると言うのに!

『ッ! 『ファラガット』の後方より戦艦『ケンタッキー』! 発光信号、『主よ、許し給え』―――『ケンタッキー』、主砲、発砲!!』

前部3連装2基・6門搭載された主砲塔から、米戦艦『ケンタッキー』の高初速16インチ砲弾が一斉に吐き出され、至近距離の『ファラガット』の後部に吸い込まれた。
『ファラガット』は後ろから思い切り蹴り付けられた様に艦体を艦尾から持ち上げ、次の瞬間海面に叩きつけられると同時に爆沈した。

「―――ッ!! 艦橋より機関室! 『機械全力』だ!!」

何ものかを耐えるかのように、艦長が機関室に怒鳴りながら指示を出した。

『こちら機関長! 艦長、正気ですかアンタ! 『機械全力』ですって!? 艦を壊す気ですか!?』

『機械全力』―――『最大戦速』でも、『全速』でも無い。 それ以上、つまり『機関が壊れても良いから、とにかく持てる全力でエンジンを回せ』と言う意味だ。
当然そんな事をすれば、エンジンはまず無事では済まない。 良くてオーバーホール、悪ければ機関の乗せ換えだ。

「機関長、『機械全力』だ! 責任は俺が負う! これ以上友軍同士での始末のつけ合いを見る気は無い!
対馬だ! 対馬の島陰まで持てばいい!―――何とかしてくれっ!!」

『・・・了解! 『機械全力』、了解!!』

(―――これで、俺も当分海に出して貰えないだろうな・・・)

振り返れば、戦艦『イリノイ』、『ケンタッキー』 そして巡洋艦『アンツィオ』、『ヴェラ・ガルフ』の4隻が最も海岸線に近い場所に位置して脱出船団の盾となっている。
それだけではない、『ファラガット』以外の米駆逐艦群、そして第1護衛艦隊と韓国第2艦隊の残存艦艇全ても。

レーザー照射を受けて酷く速力を落としている艦がある。 既にその場で停止してしまった艦がある。
それでも艦砲射撃とVLSからスタンダード・ミサイルを発射する事だけは、止めてはいなかった。


1月19日 1005 朝鮮半島東南部方面、釜山からの避難民脱出は終了した―――脱出収容人数、約39万人。 犠牲者約11万人。












1月19日 1040 朝鮮半島 光陽北15km地点


「セラフィム・リーダーよりCP、BETA群約1万3000が東部より西部方面へ移動中。 光線級、要塞級、重光線級を確認。 西部防衛司令部への警告は?」

≪CPよりセラフィム・リーダー、西部方面司令部へはリアルタイムで状況報告中です≫

「セラフィム・リーダー、了解。 このまま1100まで定点哨戒を行います」

≪CP了解。 現在第4直の韓国軍『ブルーバード』(李珠蘭大尉指揮)が発進準備中。 1105には脱出船団を引き連れた第3護衛戦隊が入港します≫

「そう。 脱出手順は?」

≪1115から支援部隊の乗艦が開始されます。 1220に完了予定、出港は1230。 戦術機甲部隊は麗水(ヨス)先端からNOEで脱出。
洋上70km地点に中継の護衛戦術機母艦と戦術機揚陸艦がオン・ステージ、16隻です≫

「16隻? 戦術機中隊は帝国・統一中華・韓国軍合わせて28個中隊よ、一度には無理の様ね・・・」

≪艦上で推進剤の補給を行って、そこから再出撃で対馬までNOE。 それを2回で全戦術機甲中隊の脱出を行います。 脱出開始は支援艦隊がレーザー照射危険水域を脱する1330≫

あと約3時間。 何も無ければそのまま脱出出来る。

(・・・脱出できたとして、その先に有る次の戦場は・・・? ダメダメ、そんな事考えていては。 今はこの任務に集中よ、祥子・・・)

任務に集中する事、それが今生き残る最短の道なのだ。 ここで死んでは今までが何だったのだ、と言う事になってしまう。
何としても生き抜いて見せる。 自分も、部下達も。 何より自らの生きる目的の為に。
綾森祥子帝国陸軍大尉のスケジュールには、ここで死ぬ予定は入っていないのだから。











1月19日 1230 朝鮮半島西南部 木浦 帝国軍第8軍団司令部


どうやら西部方面の避難民脱出作戦は完全には成功しなかったが、それでも90%以上の目的は達成された。
民間避難民の脱出スケジュールは、関係各部署の懸命の努力によって大幅に前倒しされ、一応の完了を見た。
それと相前後して木浦の目前にはBETAの大群、約4万7000が殺到していた。 阻止戦力は帝国軍第8軍団、韓国軍第6軍団、大東亜連合軍2個師団と帝国海軍第2艦隊。

既に後方支援部隊に重砲部隊、MLRS部隊は撤退用の輸送船に搭乗させた。 機動歩兵、機械化歩兵装甲部隊の退避も開始されている。
残っているのは直接打撃戦力の機甲部隊と自走高射砲部隊、それに最後の砦としての戦術機甲部隊。

唯一の救いは、中南部の光陽からの報告で避難民の完全脱出に成功したと報告があった事だ。
光陽には碌に支援も送らず、戦闘許可も出さず、かなり戦術的自由度を奪ったにもかかわらず良く耐えてくれたと思う。
そして直接指揮下の第8軍団。 本当によく耐えてくれた。 未だ戦力を保って最後の防衛線を維持している事は驚愕に値する。
その苦労もここまでだ。 第8軍団、そして韓国軍第6軍団、大東亜連合軍2個師団、その脱出準備は整った。

「閣下、海軍第2艦隊より入電、『撤退支援攻撃を開始する』です。 どうぞ脱出用ヘリまでお急ぎ下さい」

海軍が持てる砲撃力全てを叩きこんで重金属雲を形成させる。
その隙に最後まで残った戦術機甲部隊は一斉に沖合の戦術機母艦・戦術機揚陸艦までNOEで脱出するのだ。

「・・・了解した。 参謀長、5分で良い、一人にさせてくれ。 色々と整理したい」

「は? はっ! 了解しました」

参謀長が退出していった司令官室。 仮設の指揮卓から私物の拳銃を取り出す。 9mmパラ、脳幹を吹き飛ばすには十分だろう・・・
暫く黒光りする銃身を見つめ、ふと周りに何も無い事に気付く。 このままでは辺り一面を酷く汚してしまうな、と。

そんな事を考えている事自体、可笑しくなってくる。 木浦郊外では避難できなかった最後の避難民達の死骸が散乱していると言うのに。
港湾を死守する為に、最後の避難民約6000人を見殺しにせざるを得なかった。 そうでなければ港湾へのBETA群侵入を防ぎきれなかったのだ。

常に全てを完全に成せるなどと自惚れてもいない、そこまで自分は有能では無かろう。
銃口を咥えようとしたその瞬間、唐突に部屋のドアが開いた。 そして戸口から入室してきた人物を驚きの表情で見る。

「なっ・・・! 梅津閣下!?」

梅津芳次郎大将―――遼東半島撤退戦を第6軍司令官として指揮した後、彩峰中将同様に半島に残り、日中韓統合軍事機構日本代表部代表に横滑りしていた人物。
第8軍団長拝命以降は、半島に於いて国連軍の指揮下で何かと自分の盾となってくれた上官。
そして今回の『独断専行』を恐らくは知っていて尚、見逃してくれた上官。

「彩峰君、ここで死んではならんぞ」

梅津大将がゆっくり諭す様に言って、歩み寄ってくる。
しかしどうして梅津大将がここに? 統合軍事機構代表部は既に済州島に避難した筈だ。

「君の事だ、こんな事だろうと思ってな。 孫さん(孫栄達韓国軍大将・西部防衛司令官)からも話を伺って済州島から飛んできた。
ここで死んではならんぞ、彩峰君。 ここが死に場所ではないぞ」

「・・・しかし閣下、小官がここでけじめをつけねば、帝国は・・・ 陛下や殿下、それに帝国の民に多大な災いが降りかかります」

恐らく米国は怒り心頭であろう。
自分はこうするしかなかった。 こうする道しか選ぶ事が出来なかった。 こうするしか考えられなかった。
その結果は、帝国の外交上非常な不利を与える事になってしまうだろう。 せめて自分がここでけじめをつけねば。

「いかんぞ、彩峰君。 死に場所はここではないぞ」

「・・・梅津閣下、ではどこで死ねと?」

「帝都だよ。 陛下の、殿下のお膝元でだ。 ここで死んではな、帝都に戻ってからその責を部下達に負わす事になってしまうからな」

「・・・」

「彩峰君よ、暫く生き恥を晒してくれんか?―――帝都でな、この爺と2人で全ての責を負ってな、皺腹かっ切ろうじゃないか・・・」

「閣下・・・」

帝都にこのまま帰還する―――どの面下げて陛下に、そして殿下にご報告申し上げるのだ。
しかし梅津大将の言う通りだろう。 もしここで自分が、梅津大将がその腹を切ったとしても、事後の責任追及は全て部下達に及んでしまうだろう。 
全てを飲み込んで、黙って自分の方針に従ってくれた部下達を死なす訳にはいかない。

「・・・判りました、暫く生き恥を晒してご覧に入れましょう。 しかし閣下、本国は・・・」

「僕にもまだ人脈は有るよ。 軍内の国粋派が暴発しないように出来る限りの手は打つつもりだ、それが最後のご奉公だね」

悟りきった僧の様な表情でそういった梅津大将の顔を見ながら、彩峰中将は今までを振り返ってみた。

戦略的に見て、何と言う拙い動きをしたものか。 確かに戦死したバークス大将の方針は戦略上理にかなっていた。
だが結果に全ての重きを置く欧米人と違い、アジア系、いや東洋系は課程に置く比重が大きい。
もし自分があの時、あっさり東部防衛線へ移動していたら・・・ 韓国は、統一中華は、大東亜連合は、帝国に対して非常な不信感を抱いた事だろう。

それは91年の初期大陸派兵以来、何万、何十万の将兵を喪ってきた帝国にとって許容できる事ではなかった。
彼等の死は一体何だったのか。 同じく極東アジアの友邦として、同胞として戦場で共に血を流して戦い、BETAの侵攻を必死になって阻止してきた。
そうした戦いの中で散って行った数多の英霊たちは一体何だったのか、その死の意味は何だったのか。
自分には―――出来なかった。 正にその事を否定するが如き『戦略的行動』を許容する事が。


「・・・帝都にて」

「うん、帝都にて、だ」




梅津大将が退室した後、ふと私物が目に入った。
久しく構ってやっていなかった愛娘の写真だった。 彼女は写真の中で無邪気に、嬉しそうに笑っている。
自分と、自分を慕ってくれている1人の青年に囲まれながら。

「慧・・・ 許せよ・・・」











1月19日 1250 朝鮮半島 光陽北15km地点


「レッドハート・リーダーよりCP、とうとう来たわ。 腹ペコのBETA群約6000、南下中!」

≪CPよりレッドハート・リーダー! BETA群の進路と速度は!?≫

「真っすぐ南へ光陽に向かってくる。 速度は・・・ 約50km/h、中規模ながら要塞級も確認出来るわ。 いるわね、光線級も・・・」

≪CPよりレッドハート・リーダー! 至急防衛ラインまで後退して下さい!≫

「了解、あと40分で脱出開始だって言うのにね・・・ リーダーよりレッドハート全機、防衛ラインの内側まで後退する。
光線級に悟られないように噴射跳躍は禁止、サーフェイシングで行くぞ!」

―――『ラジャ』

8機に減った中隊の部下達の声を聞きつつ、朴貞姫韓国陸軍大尉は滅びゆく故国の山野を愛しそうに見つめ―――覚悟を決めた。


―――最後まで残るのは自分達だ。




[7678] 帝国編 21話
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/07/04 00:59
―――BETA発見の報の1時間30分前。 1998年1月19日 1120 朝鮮半島南部・光陽 韓国陸軍光陽補給基地


「・・・こんな所があったとはな」

「兵器の展覧会場だな、まるで」

巨大な倉庫に入った帝国陸軍・宇賀神勇吾少佐と台湾陸軍・謝英石少佐は居並ぶ兵器の種類に驚きより呆れを感じている様だった。

「ここは陸軍技術廠の兵器評価試験場に付属した管理倉庫です。 我が国が採用を検討していた兵器が、特に戦術機関連の兵器は全てここに保管されています」

案内役の韓国陸軍・李珠蘭大尉が悔しそうな声色で説明する。 
当然だ、本来ならここの兵器と共にBETAに立ち向かい、祖国を護る事が彼女の責務だったのだ。

「種類は有るが数はそれほどないな・・・ 良く選ぶ必要があるか」

「選択肢はそれほど多くはない。 兵器には相性と言うモノも有る、それに戦場の条件も。―――李大尉、本当に無断借用になるがいいな?」

宇賀神少佐の確認に、李大尉が頷く。

「―――持って行って下さい。 ここにおいていても結局最後はBETAの腹の中ですわ、でしたら・・・」

「判った、では精々有効に使わせて貰おう。 謝少佐、統一中華軍の選択は?」







―――BETA発見の報の1時間前。 1998年1月19日 1150 朝鮮半島南部・光陽 帝国軍独立混成戦闘団 第2大隊戦闘団陣地


「一番東が、一番危険度が高いと想定される。 頼むぞ、周防大尉」

別れ際、大隊長―――荒蒔少佐が声をかけてきた。 
それはそうだ、今回は防衛線西部の順天(スンチョン)から細長く海に突き出た半島を突き当り、その先の麗水から脱出する。
そして第2大隊は順天から最も離れた東部戦区を担当し、その中でも俺の指揮中隊は最東端を担当する―――中隊の東に友軍は居ない、居るのはBETAだけなのだから。

「ま、何とかなるでしょう。 何とかしますよ、『何時も通り』に」

「ふん・・・ 持つべきは歴戦の部下か」

「・・・やけに持ち上げますね、大隊長?」

「おけ、周防。 今となっては正直な気持ちだ。 正直言うとな、大隊再編直後にこのような派兵だ。 不安が無かった訳ではない」

―――そうだろうな。 師団移籍、大隊再編、新米達も多い。 大隊長としては本土でもう2、3ヵ月は練成を行ってからにしたかったに違いない。

「先任の綾森大尉は信頼できる。 指揮官としても、補佐役としても。 だが率先して先頭を切って大隊を鼓舞するタイプではない。
美園大尉も戦場で揉まれてきた歴戦だが、戦場での中隊指揮は今回が初めてだ―――だからな、周防・・・」

「昔・・・ もう3年以上前になりますか、国連軍在籍当時にイベリア半島で出会ったスペイン軍のベテラン衛士に、こう言われた事があります」

「・・・何と?」

94年の7月。 イベリア半島、スペイン・アンダルシア。 灼熱の太陽とBETAに喰い荒された荒野、そして舞い上がる砂塵。
あの戦場で彼、レオン・ガルシア・アンディオンは―――『ダンディライオン』は俺にこう言った。

『エース』 そう呼ばれる者達の在り方。 戦果でもない、技量でもない。
どんな時にも真っ直ぐ、敢然と、死にさえ立ち向かうその姿。 その絶対的な存在感。 それ故に仲間は鼓舞され、奮戦する

―――どんな時にも、その姿を顧みる。
―――どんな戦況でも、その姿は屹立する。
―――どんな危地にも、その姿は立ち塞がる。

『エース』 その者は戦果多数でも、技量優秀でもそうは言わぬ。
『エース』 その者は『導く者』なのだ


「・・・一言付け加えておく、決して死に急ぐな。 だが最後は―――貴様を頼るぞ、いいな? 周防」

「―――『何時も通り』です、大隊長」







―――BETA発見の報の30分前。 1998年1月19日 1220 朝鮮半島南部・光陽 帝国軍独立混成戦闘団 第2大隊戦闘団陣地


朴大尉は相変わらずだ、精彩が無い。 これは本気で李大尉に相談するか?
そう思って大隊本部にいる筈の李大尉を探そうとしていたら祥子と会った。

「直衛、本部に用事?」

「あ? ああ、ちょっと野暮用だよ」

「野暮用?」

―――さて、どうしたものか? 祥子にその辺の事情を話して、2人で李大尉の所に・・・
そんな事を考えていたその時、戦術機の跳躍ユニットの轟音が聞こえてきた。
聞き覚えがある、耳によく馴染んだ音だ―――『殲撃8型』、世界で最も使用されている戦術機、F-4の流れを汲む機体。

「・・・中国軍か」

「そうね、後ろに台湾軍も居るわ」

本当だ、空を仰ぎ見ると後方に台湾陸軍の主力戦術機である『経国』が続いている―――F/A-92TⅡ、跳躍ユニットを『AK-F3-IHI-95B』に換装した最新輸出タイプだ。

さて、これで望み得る役者は全て揃った。 あとは来客がどれだけでやって来るかだ。
出来る事ならば、是非に閑古鳥が鳴いて欲しいものだ。 他戦区の友軍には苦労をかける事になるけれど。

臨時の降着場に降着した1機の『殲撃8型』から衛士が降りてきた。 遠目ではまだ誰だか判らない―――朱文怜だった。
向うもこちらに気付いたのだろう、彼女は歩み寄って来て、そしてにっこりと笑ってこう言った。

「あら? ようやく戦場にお出まし? 直衛、随分とごゆっくりね?」

思いっきり言葉に棘がある、表情も一変して険しい。 一見して不機嫌なのが判る。

「撤退支援お疲れ様。 で? 今度は我先に逃げ帰るの?」

挑発的な表情と声色だ、見た事も聞いた事も無い、こんな彼女は。

「―――任務を遂行するだけさ。 それ以上でも、それ以下でも無い」

当り障りのない言葉を選んだつもりだったが―――どこかで彼女の逆鱗に触れたようだ、小柄な体全体に怒気が籠るのが判った。
文怜が激発しそうになったその瞬間、別の声が耳を打った。

「文怜! いい加減にしなさい!」

「―――美鳳? 君も無事だったか」

趙美鳳だった。 良かった、2人とも無事だった。 しかしなんだ、この2人の雰囲気は・・・?
文怜は美鳳の方をチラッと見たきり、今度はプイッと顔を背けて離れて行った。 部下の様子を見に行ったようだ。
そんな文怜の様子を溜息混じりに見送った美鳳が、今度は俺に急に謝って来た。

「ごめんなさいね、直衛。 驚いたでしょう?―――祥子、お久しぶりね」

「確かに・・・ どうしたんだい? 彼女は?」

「お久しぶり、美鳳。 文怜はどうしたの?」

―――ふぅ

またもや溜息混じりの美鳳。 そして彼女から聞いた文怜の怒りの理由。
多分、文怜自身も頭では理解しているのに、感情がついて行っていないが故の苛立ち。
ああ、そうか―――内容は違えども俺が感じた違和感と自己嫌悪、あれと同類なんだな。

「大丈夫、気にしていないよ。 文怜の苛立ちは理解できる・・・ つもりだ。 だからって、俺が軍上層部に対してどうこう出来る訳じゃないけど、ね・・・」

「本当にごめんなさいね。 彼女も普段はあんな事言わないのよ、今までは私にだけ―――甘えたかったのよ、貴方に。 旧友の貴方に」

「美鳳は欧州時代から、文怜や翠華の大姐(ダージェ:お姉さん)だったからな。 友人だからこそ言ってくれた本音だと、そう受け取っておくよ」

「そう・・・ そう言ってくれると助かるわ。 それじゃ、私は部隊の方に戻るわ―――直衛、それに祥子も」

「―――ん?」

「何かしら?」

暫く俺と祥子の双方の顔を見ていた美鳳が、こう言った。

「―――生き残るわ、私達。 生き残るのよ、絶対に」










1998年1月19日 1300 朝鮮半島南部・光陽 帝国軍独立混成戦闘団 第2大隊戦闘団陣地


統一中華軍が合流を果たし、一気に戦力は倍増していた。
所属不明のまま臨時に大隊に編入の形になっていた韓国軍の李大尉と朴大尉の中隊も、部隊を纏めて布陣している。 
李大尉の中隊(3機欠の9機)も、朴大尉の中隊(1個小隊欠の8機)も大隊本部付きの予備戦力として大隊指揮小隊の両翼を固めている。

その朴大尉の中隊が光陽北15km地点で南下してくるBETA群を発見した報が入ったのが10分前。
直ちに第1級戦闘態勢が敷かれ、全戦術機甲中隊―――28個中隊(帝国軍、韓国軍、台湾軍、中国軍)が一斉に展開を開始した。

≪BETA群第1派、約6000! 防衛ライン前方8km地点、更に南下中!≫
≪ランドサット情報入りました、BETA群第2派、約1万。 光州方面より東進南下中です!≫
≪第3護衛艦隊旗艦、『秋月』より入電!―――AL砲弾、ALM発射開始しました!≫

『BETA群が制圧砲撃キル・ゾーン突破後に、『特火点』を点火!―――有線、異常無いか!?』
『第1防衛隊! 『特火点』点火後、BETAを視認と同時に阻止砲撃開始!』
『第2防衛隊、第1の交戦開始と同時に西へ迂回! 側面から突き崩す!』

震動センサーがBETA群の規模を、音響センサーがその距離を知らせてくる。 まもなく数千のBETA群がこの狭隘な地形に殺到してくる。

―――『ゴクッ』

誰かの喉が鳴った。 緊張しているのか、多分新米の誰かだろうか。 
23期Aの倉木、河内、宇佐美。 そして23期Bの浜崎、鳴海の5人の少尉達。 半年の卒業時期のズレはあるが、この5人にとっては今回が初陣だ。

「―――倉木、河内、宇佐美。 それに浜崎と鳴海」

―――『は、はいっ!』 『なんでしょう! 中隊長!』

声が引き攣っているな、バイタルモニターでも緊張と興奮が読み取れる・・・

「貴様達、国に帰ったらやりたい事があるか? 今すぐじゃ無くても良い、将来でもな」

唐突に何を?―――そんな表情の5人の部下達。 
それはそうだろう、直ぐにでもBETAとの交戦が迫ったこの状況で、一体この上官は何を聞くのだ? そんな表情だ。

「何でもいい、言ってみろ」

戸惑いの表情を浮かべながらも、5人とも俺の『命令』通りに口々に話し始めた。

『俺は―――稼業を継ぎたいです。 実家は東北で酒造りをしています』
『親はもう年だし、兄貴も姉貴も戦死しました。 弟妹はまだ小さいし・・・ 自分が親の面倒見てやりたいです』
『私は・・・ 戦争が終わったら、上級学校に行きたいです。 絵を描きたいんです・・・』

倉木、河内、宇佐美がためらいがちにそう言った。

『私は生きて故郷に帰りたいです。 約束したんです、幼馴染と。 生き残って、一緒になろうって・・・』
『俺、片思いの娘にまだ何も言ってなくって―――生き残ったら、真っ先に彼女の所に行きたいです』

部下の話を目を瞑って聞いていた、そして改めて思った。 色々な人生、色々な人の歴史があるな。 そしてそれは、こんな所で中断させていいモノじゃない。

「良い酒を造れ、倉木。 出来れば安く融通してくれ。 
親御さんを大切にしろ、弟さんに妹さんは小さいのか、お前が頼りだ、河内。
個展を開く時は招待しろよ? 宇佐美」

3人が小さく頷く。

「幼馴染もお前の事を想って頑張っているだろう、国に帰ってとびっきりの笑顔を見せてやれ、浜崎。
片思い?―――当って砕け・・・ るな、鳴海。 どうして片思いだと判る? もしかして向うもお前の事を好きかも知れないんだぞ?」

浜崎がぎこちないが笑顔を浮かべ、鳴海が照れ臭そうにしている。
と、その時通信回線に割り込んで来た無粋者達がいた。

『で? 中隊長は何をしたいんです?』
『はは! 摂津、野暮は言うなよ!』
『綾森大尉は、素敵な女性ですから』

まったく、古参連中はこれだから・・・ 実戦経験のある瀬間、松任谷、蒲生の先任少尉達も含み笑いをしている。

「俺か? 俺は・・・ 俺はな、ここのクソッたれなBETA共を殲滅して、生きて国に帰って・・・ 彼女と一緒になるさ」

『うひょう!』 
『おー、おー、言ったよ、この人!』 
『ようやくですか? 綾森大尉が婚期を逸したら中隊長のせいだと、大隊ではもっぱらの評判でしたよ?』

摂津中尉、最上中尉、四宮中尉が囃したてる(四宮は、『やれやれ・・・』と言った感だが)
先任少尉達ばかりでなく、新米少尉達も笑っている。 ぎこちないが笑顔が浮かんでいる、よし。

「やかましい、外野。 悔しかったら良い女、良い男を早く捕まえろ。 
つまりだ、俺達の道を塞ぐ事を許すんじゃない! クソッたれBETA共にたっぷり教育してやれ!―――重金属雲発生! 中隊、攻撃開始だ!」

―――『了解!』

部下達が唱和する。
目前の上空に広がってゆく重金属雲。 風が出てきた、後方の護衛艦隊からのAL砲弾・ALMがしきりに降り注ぎ、光線級の迎撃レーザー照射が上空に乱舞する。
網膜スクリーンに映る若い顔、顔、顔―――ここでは死なない。 ここは俺の、俺達の死に場所ではない。 死に場所にはしない。 自分も、部下達も。

「生き残るぞ! 全員、ついて来い!」

―――『応!』










1998年1月19日 1310 朝鮮半島南部・光陽=順天防衛ライン


≪BETA群、面制圧砲撃キル・ゾーンを突破! 約4000!≫

光線級の迎撃レーザー照射に晒されながらも、重金属雲を突いて殺到した徹甲弾や榴弾、クラスターミサイルが作り出す鉄と炎の雨を潜り抜けてきたBETA群。
数がかなり減っているのは個体防御力の低い小型種が減ったのだろう。 これはこれで有難い、大型種相手の戦闘中に集られるのは良い気がしない。

≪距離1万! 『特火点』、点火用意!―――5、4、3、2、1、点火!≫

その瞬間、凄まじい轟音とともに火球が発生した。 
火球は歪な円錐形を描き、やがて拡散してゆく―――衝撃波が襲いかかり、その直後爆心地点へ向けて強風が背後から吹きつける。

≪第1、第2、第3特火点、点火成功! 続いて第4、第5、第6特火点、点火―――今!≫

再び先程と同様の情景が再現させた。 
火球の爆発出力は約5kt、爆発点気圧は約22万気圧で風速は約400m/s、爆風圧は250万Pa(パスカル)。 並みの台風の10倍のエネルギーだ。

火球はやがて歪なキノコ雲となり、黒々とした姿を上空に巻き上げる。 
あの下では半径1000m以内では100万Pa―――1平方m当たり10トンと言う超高圧の元、BETA共が一瞬で蒸発するか、粉々に押し潰されている筈だ。
それでなくとも爆心地温度は6000度と、太陽の表面温度に等しい。 半径500mで3200度、半径1000mでも1600度の高温に晒される。

≪第1から第6特火点―――S-11、6発、起爆成功です!≫

HQから歓喜に似た声が響く。 そうだろう、少なくとも4000程度のBETA群ならばあれで大半は消滅している筈だ。

一体どれ程のBETAがやって来るか判らず、そして何より損害を最小限に留めての撤退を要求される中、今や正に日中台韓『統合軍』と化した光陽=順天守備隊が出した答えがこれだった。
戦術機に搭載されるS-11を降ろし、それを数個並列接続した『特火点』をBETAの進路上に設置。 爆発指向性を極端に前面に絞って爆発させる。
BETAが突進してくる進路は地形から粗方読める。 連中は山岳地帯より平坦地を好む、ならばその平坦地とその左右に上から撃ち降ろす様な場所で点火させてやれば良い。
S-11の爆発エネルギーは前面に向かい、また3個の爆発エネルギーの相乗作用も見込める。


『す・・・ すげ・・・』
『ッ・・・!』
『こ、こんなに爆発力があるのかよ・・・?』

新任少尉連中が言葉を喪っている。 確かに初めて見るS-11の爆発情景は衝撃的だろう。 俺も93年の初頭に『双極作戦』で目の当たりにした時は衝撃だった。
爆心地より5000mは離れたこの地点でも、爆発指向性を特定しても、その爆発力は凄まじいの一言だ。

「リーダーより各機、気を抜くな。 BETAは全滅していない、生き残って突進してくる奴等は居る」

『あ、あの中を・・・!?』
『し、信じられません・・・』

この声は―――最上の第3小隊の宇佐美鈴音少尉に、摂津の第2小隊の浜崎真弓少尉か。
半期違いの23期AとBの出身だが、普段から仲が良かったな、この2人は。

「そうだ、この中をだ。 信じられん事にな。 だが、それがBETA―――人類の敵のしぶとさだ、覚えておけ。
最上! 摂津! 第3大隊が射撃を開始する! 連中の獲物は大型種だ、小型種の掃除はこっちでやるぞ!」

『C小隊了解。 フラガラッハC! 弾種はキャニスター!』

『了解! フラガB! 突撃砲弾は気にせずばら撒け! 小型種相手に節約は自滅だぜ!? 補給コンテナは後ろにたんまり有るからな!』

『中隊長! 第3大隊、射撃開始!』

甲高い発射音と共に、57mm砲弾が高速でBETA群に向かう。 
S-11の爆発から生き残った数少ないBETAにAPFSDS弾が殺到する―――大半は個体防御力に優れた突撃級だった。
36mm砲弾では容易に貫通出来ない、いや、それどころか突撃砲の120mmAPFSDS弾でも一撃での射貫は難しい突撃級の装甲殻を、距離3000で貫通していく。
次々に高速57mm砲弾をBETA群に撃ち込む第3大隊がスクリーンに映った。 機体は89式『陽炎』―――F-15Jだ。

米軍や帝国海軍戦術機甲部隊、それに豪州軍や中南米諸国軍が戦術機用主力制圧火力として採用している支援速射砲、『M-88 Barrett』
砲口径57mmは欧州のラインメイタルMk-57中隊支援砲と同様。 但しこちらの方が多少大型で重く、そして威力が大きい。
韓国軍の倉庫から持ち出した数々の『オモチャ』、その中に有ったモノの一つだ。
遠距離からの制圧支援砲撃にはもってこいの火器だ、これを使わない手はない―――問題があった。

M-88は確かに優れた火器であるが、帝国製戦術機との相性は『今ふたつ』程宜しくない。
友軍の戦術機甲部隊は94式『不知火』に、F/A-92TⅡ(台湾軍)とKⅡ(韓国軍)の『92式弐型ファミリー』
そして帝国軍の89式『陽炎』と中国軍の殲撃8型F(J-8F。 OBWを採用した『フィンバックB』)
この中で米国製火器との相性がいいのは89式『陽炎』、そして元々F-4系から発展した殲撃8型Fの2機種。

その2機種の内、殲撃8型Fは火器管制システムのアンマッチで見送り(帝国海軍の84式『翔鶴』はF-4系だが、システムを全面更新して対応している)
結局は89式『陽炎』を装備する第3大隊に、遠距離制圧砲戦のお鉢が回ったと言う次第だ。
第3大隊長の大江少佐は帝国軍の戦術ドクトリンには無い、慣れない遠距離砲戦任務に顔を顰めていたが。


≪BETA群、間もなく殲滅完了!≫

『第3大隊、『グラディエーター』だ。 突撃級の掃除は粗方終わった!―――小さいのが来るぞ! 後は頼む!』

帝国陸軍第1、第2大隊。 帝国海軍第341戦術機甲戦闘団。 韓国軍2個中隊に中国軍6個中隊、そして台湾軍8個中隊(1個中隊欠の連隊規模) 
合計25個中隊が一斉に行動を開始した。










1998年1月19日 1330 朝鮮半島南部・光陽防衛地区


連続した重低音と共に砲弾が吐き出され、小型種の一群が赤黒い霧に変わる。 不意に右2時方向に戦車級の一群、約40体が急速に接近してきた。

「フラガA! 2時方向、射撃時間2秒!―――撃ッ!」

4機の戦術機から一斉に火線が吐き出され、小規模な戦車級の群れに降り注ぐ。 砲弾の雨を喰らった戦車級が一気に数を減らし、霧消していった。

『くっ! くそ、くそ! 死ね!』

―――喚いているのは4番機の倉木少尉か?

初陣の倉木には中隊副官の四宮を付けている。 Bエレメントは俺と松任谷で構成するAエレメントより前に出ないよう厳命して。

「射撃止め! 射撃止め!」

『フラガラッハ10、倉木少尉! 『射撃止め』よ!―――倉木!』

『う、うあ?』

『射撃止め! 聞こえなかったの!?』

四宮の軽い叱責でようやく倉木も我に返った様だ、引きっぱなしだったトリガーを離したか、射撃が止んだ。

周囲を見渡す。 『特火点』―――S-11、3発の集中爆発と、20分少々の掃討戦で約6000のBETA群は大地にその無残な骸を晒していた。
その爆発から辛うじて突破してきたBETA群も、第3大隊のM-88の遠距離阻止砲撃と、25個中隊による殲滅機動戦でほぼ全てを掃討完了した。

「リーダーより各小隊、ダメージ・レポートだ、5分やる。 四宮、中隊集計だ。 こっちも5分でやれ」

―――『了解』

最上、摂津、四宮の各中尉がダメージ・レポートを集計に入った。
やられた機体は無い。 小型種に集られた機体も出さずに済んだ。 新任達も何とか無事に『死の8分』を越させてやる事も出来た、上々だ。

『・・・中隊長、何か?』

不意に直率小隊で4番機をしている倉木匠少尉が通信で聞いてきた。

「ん? 何だ? 『何か?』って?」

『あ、いえ。 自分の機体の方に向かって、突撃砲・・・ ですか? それを上下させてられたので。 てっきり自分に何かと・・・』

―――ああ、しまったな。

「ん、ああ、済まん。 そう言うつもりじゃなかった、ただ無意識の動作だ、気にするな」

部下を喪わずに第1派を切り抜けた事と加え、久々に使った火器の使い勝手とマッチングの良さに知らず舞い上がっていたか。
いかんなぁ、指揮官がこの調子じゃ・・・

『中隊長、その突撃砲・・・ じゃないですね、『近接制圧砲』ですか? 威力がありますね』

小隊3番機の松任谷少尉が話を振って来た。 思わず頬が緩みそうになるのを堪えて返事を返す。

「うん、まさかこの極東でこいつにお目にかかれるとは思っていなかった。 大型種にも有る程度対応できるし、小型種の掃討には十分だ」

右主腕に持った火器を眺める―――BK-57 リヴォルヴァーカノン。 欧州時代に使った事のある火器だ。
韓国軍も導入検討をしていたのだろう、『倉庫』に20基程が保管してあった。 俺が真っ先に飛びついたのは無理も無いだろう?

それに使って判ったが、案外94式『不知火』とのマッチングが良い。 この調子なら92式『疾風弐型』とも合うかもしれないな。
火器管制システムは94式も92式もほぼ同じものを使っている。 それにBK-57自体が欧州ではトーネードⅡでの使用を考えて開発された。
日本製と欧州製の戦術機は案外マッチングが良い傾向にある、これは本当に使えそうだ。

『でも、携帯弾数は突撃砲の36mmより少ないですよ』

倉木が不安そうな表情で言う。 確かに新米にとって、2000発の携帯弾数を誇る36mm砲の方が、1200発の携帯弾数しかないBK-57より安心感があるだろうな。

「トリガーを引きっぱなしにするんじゃない。 数を撃つんじゃない、選んで、狙って、必要な時に撃て。
ベテランと新米とではな、弾倉の交換頻度が倍以上違うんだ。 それだけ無駄弾をばら撒いている証拠だ、弾倉の消費も早い。 ストックが尽きたら近接格闘戦だぞ?」

『ほ、補給コンテナは・・・?』

「今回はコンテナの余裕が有るがな、いつも、いつも同じ戦況ではない。 時には砲弾を節約しながらの戦闘も強いられる、覚えておけ」

網膜スクリーンの中で神妙な顔で倉木が頷く横で、松任谷が何かを確認する様な表情で頷いていた。 
大方、昨年の遼東半島撤退戦の時の事を思い出しているのだろう。
部下にレクチャーをしながら横目で各種センサーやレーダー情報を確認しつつ、周囲にBETAの脅威情報が無い事を確認する。

『中隊長、C小隊損失無し。 各員バイタル、安定』

『B小隊も損失無し。 浜崎が戦車級数体と接触しましたが、突撃砲の損失のみ。 交換済みです』

『A小隊損失無し、中隊損失無し、以上です!』

最上、摂津、四宮の報告が入った。 中隊損失無し―――良いな、実に良い。

「よし、リーダーより各機、引き続き周辺警戒。 フォーメーション、サークル・ワン」

中隊の全機が俺の機体を中心に、円周状の隊形を取る。 同時にCPから戦況情報が入ってきた。

≪CP、フラガラッハ・マムよりフラガラッハ・リーダー。 第1派は完全に殲滅、繰り返します、第1派は完全に殲滅!≫

通信回路に歓声が流れる。

「よし、皆、よくやった。 第2派到達までは時間が少しある、その間に第1陣が脱出する。
これより陣地移動を開始する! 順天の南、半島の付け根まで移動。 そこで第2防衛隊に編入、第2派を迎え撃つ!」

―――『了解!』

部下の元気な応答を聞いてから、大隊通信系に切り替える。

「第22中隊、フラガラッハ。 掃討完了、損失無し」

一瞬のタイムラグを置いて大隊長の顔が網膜スクリーン上に映し出された。

『周防、損失無しか? 良くやった。 21中隊も23中隊も損失無しだ、韓国軍の24中隊、25中隊も損失は無い。 
よし、戻って来い。 大至急、順天に移動だ。 脱出するぞ!』




順天。 脱出地点で有り、生き残る道へと続く場所。

生き残って見せる、何としても。






[7678] 帝国編 22話 ~第1部 完結~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/07/04 00:52
1998年1月19日 1400 朝鮮半島南部・光陽=順天防衛ライン 順天地区


『第1陣、14個中隊、離脱します!』

『中継ステーションの護衛戦術機母艦群まで、NOE巡航速度で約15分。 推進剤補給・再発艦完了が25分、第2陣脱出は50分後!』

1330時に機甲、機動砲兵、他支援部隊を満載した脱出艦隊が光線級のレーザー照射見越し危険水域から脱した。
それを受けて最後まで残っていた戦術機甲部隊も脱出が始まっている。 
第1陣の脱出・母艦への到達と、推進剤補給後に再発進・母艦の再度の受け入れ準備を考えると、俺達の脱出は50分後か。

第1陣は帝国軍から第3大隊(89式『陽炎』装備)の3個中隊、韓国軍1個中隊(李珠蘭大尉指揮)、中国軍全6個中隊と台湾軍4個中隊の14個中隊。
警戒部隊として最後まで残るのは、帝国陸軍第1、第2大隊(合計6個中隊)に帝国海軍第341戦術機甲戦闘団(3個中隊)。
それに韓国軍1個中隊、台湾軍4個中隊の14個中隊―――1個連隊強の戦力だ。

前方警戒の最中、ふと後方の様子をスクリーンに映し出す。
14個中隊、132機の戦術機が跳躍ユニットから排気炎を吐き出しながら洋上へと飛翔してゆく様が映し出されていた。
その中の1機、中国軍の殲撃8型Fに目が行く。 『ムーラン』中隊、朱文怜大尉指揮。 8機にまで減っていた。 

先程、脱出の用意に大わらわの隙を見つけて話しかけてきた文怜の言葉が蘇る。

(『・・・直衛、生きて脱出出来たら・・・ 私の事、殴ってくれていいわよ・・・』)

伏せ目がちに、そっと呟くように、そして悔しさを滲ませた声でそう言っていた。

(『メンタルコントロールも出来ないなんて、指揮官失格ね。 我ながら情けないわ・・・
欧州時代にユーティライネン少佐から、散々叩き込まれたつもりだったのにね。 
周少佐にも散々言われたのに・・・ 顔向けできない』)

―――殴るって? そんな事する訳ない、出来る訳ない。

少なくとも文怜が、その感情をむき出しにした相手は俺一人だった。 
他の帝国軍指揮官達の前では、内心を抑えて普通に接していた。

―――ガス抜きは必要だよな。 出来る相手も限られるよな。

立場が逆だとしたら、俺は大隊長や美園の前でそんな事は言えないし、言わないだろう。 もしかすると祥子の前でも躊躇するかもしれない。
遠慮なく喚く事の出来る相手は、圭介か、今は九州の部隊にいる久賀か。 どちらかだろう。

―――だから文怜、俺に謝る事はない。 なあ、そうだろう? 戦友?

そう言った時の彼女の表情の変化。 沈みがちな、後悔している様な表情だった彼女。
それが一瞬呆気に取られ、そして理解と同時に気恥ずかしさで朱色に染まり、最後にちょっとだけ、そう、ちょっとだけ嬉しそうに呟いた。

(『・・・馬鹿、恰好つけ過ぎよ』)

あの表情を引き出せただけで良しとしようか。 美鳳の気苦労もこれで幾分解消されるだろうし。


≪CPよりリーダー、フラガラッハ布陣位置は光陽湾西部埋立地の西、103高地(標高103m)
隣接部隊は23中隊、『ステンノ』が西の111高地(標高111m)に布陣します。 
大隊本部と21中隊、『セラフィム』はその北西、115高地(標高115m)≫

想いに耽っていると、CPから展開確認が入ってきた。 いかん、今は戦いだ。

半島の根元、狭隘な地形の東側を第2大隊が護り、順天市街に面した開けた地形の後背になる高地の入口を第1大隊と海軍第341が護る。
その隙間を台湾軍の4個中隊が埋め、韓国軍の朴大尉指揮の1個中隊は防衛線をすり抜けてきたBETAの掃討任務にあたる。

第1派の6000は殲滅した。 予想される第2派は1時間前の情報では約1万、ちょっときつい。 いや、かなりきつい数だ。
味方の戦力は残存戦術機が158機。 海軍の96式、陸軍の94式、台湾と韓国のF/A-92Ⅱ。 
第3世代機、準第3世代機で固めた連隊規模を上回る戦力だが、何分支援攻撃力は護衛艦隊の駆逐艦や海防艦の砲戦力だけだ。
その護衛艦隊も最大射程圏ギリギリで遊弋している。 下手に接近してレーザー照射を喰らったら、対レーザー防御など無い小艦など一発で轟沈する。

第1派を片付けた『特火点』は残り3か所に分散設置している。 西部に2箇所、東部に1箇所。
1万のBETA群をこれでどれだけ片付ける事が出来るか、場所とタイミングの問題だろう。

≪CP、フラガラッハ・マムよりリーダー! ランドサット情報更新! BETA群第2派は・・・ 約1万3000! 全て北西、ないし西北西より殺到してきます!≫

―――拙い。 西部へ設置した『特火点』は2箇所だけだ。

≪HQより全戦術機甲中隊! 陣形変更、西部へ集中再配置! 転換急げ!≫

≪ユニコーン・マムよりユニコーン大隊(第2大隊)各中隊、第1大隊と合流せよ!≫

≪台湾軍第224戦術機甲中隊! 日本海軍第341戦術機甲戦闘団の指揮下に入れ! 第221、第222、第223戦術機甲中隊は謝少佐が統一指揮を執れ!≫

≪第7、第8特火点、有線接続確認! 距離6000で起爆する!≫

≪第9特火点の移設を開始せよ! 韓国軍第25戦術機甲中隊、『レッドハート』 回収急げ!≫

全中隊が慌ただしく配置変更に飛び回り始めた。 視界の片隅で韓国軍の『レッドハート』のF/A-92ⅡKが8機、東の方向へ向けて飛び立つ姿が見えた。
第1陣で脱出する中隊に李大尉の中隊を強く推し、自身は志願して居残った朴貞姫大尉。
東部に1基設置した『特火点』を回収し、本部が指示した場所に再設置するのは彼女の中隊の任務とされた。

(・・・下手に動きなさんなよ・・・?)

最近の思い詰めたような感じを知っているだけに、どうにも気がかりだった。










1998年1月19日 1430 朝鮮半島南部 麗水市街中心部より西南2km


「松任谷、サポート!」

『了解!』

目の前で要撃級が2体、ビルの瓦礫の山を越して突進してくる。 BK-57の57mm APFSDS弾をコンマ数秒の間、1体に向け発射するが前腕でブロックされる。 
狙いはそこだ。 ブロックの為に空いた空間に、間髪入れずに57mmをたらふく喰らわす。
比較的軟らかな胴体本体を高速57mmでズタボロにされた要撃級が、体液を撒き散らしながら倒れる。

『中隊長! 右、2時!』

「ん!」

視界の片隅にもう1体の要撃級。 背後のBエレメントを指揮する四宮の声に、咄嗟に反応出来た。
接近したもう1体の要撃級が繰り出した前腕攻撃を、横噴射滑走(スライド・ステップ)で交わす。

『やッ!!』

こっちに向かってきた要撃級の無防備な側面に、今度はエレメントを組む松任谷が120mm砲弾を叩き込んだ。
射貫孔から内臓物をはみ出し、アスファルトに赤黒い体液を撒き散らせながら要撃級が倒れる。
後続のBエレメントも、四宮が巧みにリードして危なげなく戦っている。
幸い今度の波状攻撃、BETA群は小規模で500体程しか居なかった。 ものの数分で掃討する。

第2派のBETA群、約1万3000が殺到して来てから30分が経っていた。
第7、第8特火点を起爆させた戦果はBETA群約5000以上を殲滅。 地形が良かった、隘路から開けた地形になっていたが、周囲は高地で囲まれている。
BETAが開けた地形を埋め尽くしたその瞬間、東西の両端に設置していた特火点が起爆し、あの超高温・超高圧の巨大なエネルギーをBETA群に叩きつけて燃やし尽くした。

―――それでもなお、8000からのBETA群は無傷で残っている。

『問題は光線級だな、やはり数は減っていないだろうな』

『普段より多い気がするんスよ、気のせいじゃないぜ、絶対に!』

『BETA群の後衛は殆ど叩けませんでしたから・・・ 光線級、重光線級合わせて200体は下らないと思われます』

最上に摂津、四宮が焦燥を滲ませながら報告してくる。

そうだ。 本当なら3基目の特火点で潰せただろう後衛の大型種、特に要塞級は殆ど無傷で残った。 そしてその腹の中にいた光線属種もまた無傷。
逆に突撃級・要撃級と言った前衛・中衛に位置する大型種は粗方が消え失せたか、何とか始末出来ている。

「フラガラッハ・リーダーより各機、無駄話は後にしろ。 光線属種に関しては、その為に最後の1基の特火点による殲滅攻撃を期待する。
時間を少々取り過ぎた。 いいか!? その光線属種を殲滅出来る攻撃力を保持する為に、前方稜線上の小型種の群れを速やかに掃除する!」

―――『了解!』

「よし、では早速 ・・・!?」

自分の声に重なって、彼方の洋上で凄まじい轟音が鳴り響いた。 見ると、それは・・・

『・・・爆沈した。 『秋月』だ、第3護衛艦隊旗艦だ・・・』

誰の声だ?―――摂津か。 皺枯れた様な声を出していた。

先程から主砲有効射程圏ギリギリの海域まで進出し、127mm速射砲とALMを盛んに発射していた『秋月』が大爆発を起こしたのだ。
恐らくレーザー照射を、弾火薬庫かどこかに直撃を喰らったのだろう。 そして装薬が一気に誘爆したか。
1万トン近い排水量を誇る大型イージス駆逐艦が『ジャック・ナイフ』―――艦体を真っ二つにへし折り、轟沈した。


≪CPよりフラガラッハ・リーダー! 前方稜線上に重光線級3体を確認! 至急、掃討願います!≫

「中隊、急げ! 1秒でも早く目標を殲滅する! 護衛艦隊はレーザー照射圏内に留まり続けている! このままでは格好の的だ!」

麗水から洋上を見下ろす標高300m超の小高い稜線上に小型種が集まり始めていた。 数体の重光線級も確認出来る。
今しがたレーザー照射の直撃を受けて沈んだ『秋月』は、そいつらにやられたのだ。 
稜線上に重光線級や光線級に陣取られてはこちらの負けだ、その前に阻止しないと。

洋上の残存艦艇から発射されたAL砲弾・ALMをレーザー照射が迎撃する。 そのインターバルを利用して中隊を市街地のビル群、その残骸の中に潜り込ませる。
瓦礫が散乱し、倒壊しなかったビル群が立ち並ぶ市街地を高速水平噴射跳躍で一気にすり抜け、重光線級の認識範囲の死角に回り稜線の麓に辿り着く。
そのまま斜面を噴射跳躍で飛び上がる。 300mを一気に駆け上がるとそこには小型種BETAと共に、3体の重光線級BETAが洋上の方向を向いていた。

「B小隊、突っ込め! 戦車級が少数いる、集られるな! A、C小隊! 周辺掃討!」

―――『了解!』

突撃前衛の4機が真っ先に重光線級へ向かって突っ込んで行く。
急速に迫りくる戦術機に脅威度が大きいと認識し、重光線級がB小隊に振り向いて予備照射をぶつけようとするが・・・

『遅ぇんだよ! ここまで来たら手前ぇらは只の木偶の坊だ! 撃てぇ!』

B小隊の放った120mmAPCBCHE弾、36mmHVAP弾が重光線級に降り注ぐ。 
遠距離攻撃力は実に驚異的な重光線級だが、反面懐に潜り込まれては脆い事この上ない。
次々に射孔をあけられ、内臓や体液を撒き散らして崩れ落ちる。
その間、A、C小隊が36mm砲弾や120mmキャニスター弾で他の小型種を掃討する。 戦車級と光線級以外の小型種は戦術機の敵では無い。

「よし、稜線上を確保。 CP、大隊本部へ連絡!」

≪CP、フラガラッハ・マム、了解! ユニコーン・マム! フラガラッハが稜線上を確保!≫

取りあえず稜線上を確保したが・・・ 反対側、北側の市街地を見下ろして思わず舌打ちが出る。

『くそったれめ! とうとう戦車級まで集まって来やがった!』

摂津が悪態をつく。

光線属種は乱戦では殆ど『無力』と言っていい存在だ、懐に潜り込めばこちらのものだ。 だがそこに至るまでの小型種の数がいかんせん多い。
稜線の反対側、麗水市街方向から這い上がってくる小型種―――戦車級まで居る―――は目測で3000程か? しかも市街の北外れにはまだいる。
そして市街の後背に続く北の高地の裏側には、要塞級と光線級の一団が居る事も確認されている。

『・・・何だよ、あの数は・・・』

『な、何千体居るの・・・?』

―――鳴海と浜崎か。 訓練校を卒業してまだ半年も経っていない2人。 そして初陣でこの撤退戦。 
攻勢よりはるかに厳しい戦い。 ここまで何とか生き残って戦ってきたが、この情景を見て思わず心が引いてしまいそうになるのも無理はない。 
無理は無いのだが・・・ 拙いな、半期上の連中―――倉木に河内、宇佐美のバイタルモニターも、緊張の度合いが大きい事を示している。

「―――鳴海! 浜崎! 気持ちで引くな! 小型種が何千体いた所で、戦車級じゃなければただの雑魚だ、戦術機の敵では無い!
それにまだ光線属種は前面に現れていない! 連中の飛び道具はまだだ、まだこちらにアドヴァンテージが有る!」

『は、はいっ!』

『りょ、了解です!』

「倉木! 河内! 宇佐美! 貴様達のすべきことは!? 今ここで、この戦場で貴様達がやるべき事は何だ!? 貴様等のポジションは!?」

『う、右翼の打撃支援です! 右翼方向から前衛を支援します!』

『え、あ・・・ きょ、強襲前衛です! Aエレメントのサポートです!』

『左翼打撃支援です! 左からの侵入阻止です!』

「よし、ならすべき事を成せ! 貴様達が生き残るのは、すべき事をした時だ! そして貴様達はそれを知っている―――そうだな?」

―――『はいっ!』

「蒲生、瀬間、松任谷! 後任達を生き残らせろ! それが貴様達の生き残る道だ!」

―――『了解!』

よし、少しは活が入ったか。 精神論だけじゃ戦いは出来ないが、気持ちで負けていてはどれ程の装備があっても負ける。
そして改めて市街地を見る。 BETAの数は増え、しかも戦術機にとって最も厄介かもしれない戦車級BETAの数が増えてきた気がする。

(―――楽しからざる状況だな)

即座に戦術MAPを呼び出し、周囲の戦況を確認する。

第1大隊―――西南方向、高地の合間の谷で掃討戦を展開中だ。 直ぐには動けない。
海軍第341戦術機甲戦闘団―――東南部で激戦中だ。 東側から第9特火点へのBETA流入阻止戦闘中。
流石は最新鋭の第3世代戦術機、呆れるほどキレの良い機動を展開して縦横にBETAを屠っている。
台湾軍―――駄目だ、一番離れている。 西側の海岸線に出ようとしている要塞級と光線級の一群に対応中だ。
第2大隊の『セラフィム』、と『ステンノ』―――隣の稜線を確保。 大隊指揮小隊もいる。

となると。

「フラガラッハ・リーダーより、ユニコーン・リーダー、意見具申」

『ユニコーン・リーダーだ。 『フラガラッハ』、周防、何だ?』

「フラガラッハはこのまま一気に降下し、北側の市街地より上がってくる小型種を掃討。 
支援は『ステンノ』。 『セラフィム』は特火点設置作業中の『レッドハート』を直接護衛。
戦車級の数が増えています、あのまま稜線を越されると流石に拙いです」

戦力を2分する事になるが、今この状況に即応できるとしたら第2大隊しかない。
そしてこの状況に対応するには―――兎に角も麓から這い上がってくる小型種、特に戦車級を押し留める必要がある。

『こちらセラフィム・リーダー・・・ それしか無いわね』

『ステンノ・リーダーより、ユニコーン・リーダー。 大隊長、戦闘時間制限は?』

祥子が俺の案を支持し、美園は既にやる気でいる。 
大隊長の回答は―――『やれ、殲滅しろ。 10分だ』、だった。

「フラガラッハ・リーダーよりフラガ各機! このまま逆落としをかける! 『ステンノ』! 美園大尉! 支援願う!」

『ステンノ・リーダーより『フラガラッハ』! 逆落とし前に掃討かけます! リーダーよりステンノ全機! 『フラガラッハ』突入タイミングに合わせろ!』

―――『了解!』 『FOX01!』

フラガラッハ、ステンノ各中隊の制圧支援装備機から多数の誘導弾が発射される。 同時に中隊へ突撃命令を出した。

「リーダーよりフラガ全機!―――押せ!」

中隊が斜面の上から逆落としをかける。

―――『おお!』

みるみる迫ってくるBETA群。 57mm、36mmを左右に連射すると同時に、120mmキャニスター弾が炸裂し、誘導弾が広域に着弾する。


「リーダーより各機! 特に新米共! ビビって踏み込みを躊躇するな!
不用意な近接戦は厳禁だ、距離を保て! だが腰の引けた戦い方をするとBETAに差し込まれる! 
連中には光線級以外の飛び道具は無い! 落ち着いて、そして押せ! いいか!?」

―――『りょ、了解!』

新任達の声が聞こえる。 既に『死の8分』は無事に越えた、後は生き残る術を俺が実地で叩き込んで教えていくだけだ。

『B小隊! 吶喊する、付いて来い!』 

『左翼を護れ! C小隊、目標10時の戦車級!』 

『中隊長! 戦車級1時方向! 前衛のB小隊に肉薄します!』

「A小隊、斉射3秒! 目標1時―――撃ッ!」

小隊の3機、四宮中尉機、松任谷少尉機、倉木少尉機も突撃砲を断続的に連射しながら、機体をブーストダイヴからサーフェイシングに移らせる。
4機でダイヤモンド・フォーメーションを作り、側面から迫ってくるBETA―――主に戦車級―――に、射撃を集中する。
B小隊の側面前方から集ろうとしていた戦車級BETAの群れに、松任谷が放った突撃砲の曳航弾が集中してBETAが赤黒い霧状になって吹き飛ばされる。
四宮が120mキャニスター砲弾をまとめて連射する。 群の中に大穴を開け、残った個体を倉木が36mmで横に薙ぐように射線を振って一気に薙ぎ倒す。


『倉木! その調子! 決して焦るな、大丈夫よ!』

『了解です、中尉!』

『中隊長、摂津です! 前方1000に要撃級! 生き残ってやがった、約50!』

『最上です! 中隊長、左翼からも約40が接近中! 小型種も約300!』

正面に50の要撃級、左翼に40。 一度に相手取るのはホネだ。

「フラガラッハ・リーダーだ! ステンノ・リーダー、左翼を任せて良いか?」

『ステンノ・リーダーです、左翼、了解!』

『周防、指揮小隊も加わろう。 『ユニコーン』! 『フラガラッハ』と『ステンノ』の間を護れ! 行くぞ!』

『大隊長! 部下の美味しいところ、余り横取りしないで下さいね!
リーダーよりステンノ全機! ようやくパーティー会場だよ! 思いっきり踊れ! いっけぇ!』










1998年1月19日 1440 朝鮮半島南部 麗水市街より西南西3km 第9特火点設置地点


サークル・ワン・フォーメーションを組んだ『セラフィム』中隊の周囲には、500程の小型種が群がり始めていた。

「リーダーよりセラフィム全機! 何としてもここを守り切れ! 『レッドハート』の作業の邪魔をさせるな!」

中隊長の綾森祥子大尉が声を枯らして、部下を叱咤する。
円周内部では『レッドハート』の1個小隊が、『特火点』の最終調整を行っている真っ最中だった。
残る1個小隊は『セラフィム』の指揮下に入り、必死の防戦を行っている。

両腕と背部のマウント2基に装着した4門の突撃砲を同時に使って、36mm砲弾の弾幕を形成する。
大型種が来なかったのは幸いだった。 もし来られていては、こんなフォーメーションでは維持できなかった。
四方から唸るような突撃砲の重低音が聞こえる。 自身も同時複数ロックオンで4方向のBETAの群れへ短く、連続した射線を送り続けていた。

「セラフィム・リーダーより、レッドハート・リーダー! 設置はまだか!? 朴大尉! 貞姫!?」

『・・・こちらレッドハート・リーダー。 セラフィム・リーダー、爆発影響圏にいる全部隊に退避勧告を行って頂戴』

「設置は完了したの!?」

『・・・設置はね。 でも有線遠隔起爆装置が不調、どうやら信号受信部の故障の様ね。 直接起爆しか手が無いわ』

「ッ! 直接起爆・・・!?」

そんな事をすれば、起爆を行った者は確実にS-11の爆発に巻き込まれてしまう。
一瞬の隙を突いて群がってきた戦車級の一群に120mmキャニスター砲弾をお見舞いして、綾森大尉は朴大尉に言い返した。

「HQに指示を仰ぎましょう! S-11ならまだ他に搭載した機体は有るわ! そこから取り外せば、まだ・・・!」

『時間が無いわよ。 それに不具合はS-11本体じゃ無い、起爆信号受信装置よ。 それに、もう既に2km先の谷間まで光線級が来ているわ。
日本軍が必死の誘導をかけて『キル・ゾーン』に連れてくるまで、後20分も無いわ』

「朴大尉・・・ 貞姫!」

『私がここで起爆させる。 ついでに私の機体の分もね、2発有ったら結構な威力になる』

「ど・・・ どうして、そんな・・・」

―――どうして、死のうとするのか。 どうして、生き残る道を捨てるのか。

いや、違う。 不意に綾森大尉は間違いに気付いた。 生き残る道を喪わない為に、ここで死のうと言うのだ、朴貞姫大尉は。










1998年1月19日 1445 朝鮮半島南部 麗水市街西南西1.5km 市街後方の隘路入口付近 帝国軍第2大隊


『うわぁ! 来ないで、来ないでぇ!!』

『浜崎! 突撃砲を離せ! まだ主腕に取り付かれていない!』

『いや! いや! いやぁ!!』

『馬鹿! 蒲生、どけ!』

不意に聞こえた部下達の悲鳴と怒号。 振り向くとB小隊の浜崎少尉機に戦車級が2体、集り始めていた。
小隊長機である摂津中尉機から突撃砲の36mm砲弾が吐き出され、浜崎少尉機の右主腕関節部から前を吹き飛ばす。

『くっ! きゃあ!』

吹き飛ばされた主腕と一緒に、突撃砲に集っていた戦車級BETA数体も霧散した。

『しょ、小隊長! 味方機を撃つなんて・・・!』

『はん! 突撃砲だけ狙い撃ちなんて、んな器用な真似できるか! IFF!?―――この乱戦だ、そんなもん、とうにオフってる! 
それよか、蒲生! 馬鹿野郎、手前ぇ、今まで何を見てきた! 何を戦ってきた!
右が無くても左が有る! 人の手じゃねぇンだ! 壊れたら修理すりゃ済む!―――浜崎、呆けるんじゃねぇ! さっさと予備を取り出せ!
河内! ぼさっとすんな! 正面、距離300! ぶっ放せ!』

『りょ、了解です・・・ッ!』

『ラ、ラジャ!』

B小隊が多少混乱をきたしている。 
その様子を確認しつつ、右に複数ロックオンしたターゲットに射線を送りながら、全体視界の片隅に映るバイタルモニターをチェックする。
浜崎は動転状態だ(モニターでも涙目で歯を食いしばっている) 後催眠暗示・・・ いや、まだいけるか? まだそこまでチャートは乱れていない。


『Bエレメント! 前に出るな! 瀬間!』

『くっ! 了解!―――鳴海! 鳴海ぃ!! 戻れ! 下がれ!―――下がりなさい!』

『うわぁ・・・!!』

『C03、宇佐美! 鳴海機を支援しろ! キャニスターだ!』

C小隊、こっちは鳴海か! あちらでも、こちらでも・・・!

「最上! 摂津! 新米達をパニックにさせるな! 中隊フォーメーションが崩れる! 小隊間隔をもう一度保て!
四宮! Bエレメントの距離を詰めろ! 開き始めている!」

『了解! ・・・くっ、了解だけど・・・! 倉木! 遠間のBETAに構うな! まだ脅威じゃないわ!
Aエレメントとの距離を詰めるわよ! BETAに入り込まれる前に!』

『ぐっ! 了解です!』

―――くそ! 思う様な戦いが出来ない。 
去年の遼東半島より初陣の部下の比率が高い、それがここまで影響するとは! 誤算だった、俺の判断ミスだ!

「フラガラッハ・リーダーだ! ステンノ・リーダー! 美園! こっちは市街東部のBETA群を阻止出来そうにない!
このままでは予定より早く後ろの隘路に入りこまれる! 支援可能か!?」

『ダメ! こっちも手一杯! フラガラッハ・リーダー! 周防さん! 逆にこっちが早く突破されそうだよ!』

市街地の大通りを挟み、ビルの瓦礫が乱立する西部地区を担当する『ステンノ』中隊。 新米がこっちと同じくらい多い部隊で、市街地遅延防御戦は厳しいか。
こちらにしても、広いロータリーを挟んで粗方建物が倒壊した場所での戦闘だ。 瓦礫で足場が限られ、光線級の出現を気にしつつ戦うやり方は機動が制限される。

―――都市は軍を飲み込む。

古来より言われてきた言葉だが、流石に今回は実感したぞ・・・!

『中隊長! 市街北東から新手のBETA群! 要塞級100以上を確認!』

≪CPよりフラガラッハ・リーダー! UAVが市街北方で撃墜されました! 光線級です!≫

(・・・とうとう、本命が来やがった・・・)

周囲を見渡す。
中隊前面と左前方にBETA群、約2000  『ステンノ』の前面にもほぼ同数。 そして新手、しかも要塞級と光線級もいる。

「―――潮時か。 もう少し粘れると踏んでいたんだがな・・・
フラガラッハ・リーダーよりユニコーン・リーダー、意見具申! まだ統制がとれている内に、後ろの隘路に誘導攻撃しつつ後退を進言します!」

『―――妥当な判断だ。 よし! 大隊、射撃を加えつつ、後方の高地側面の隘路まで徐々に後退する!
隘路の出口が特火点の爆発正面だ! 突破はされるな、まだ『レッドハート』と『セラフィム』の設置作業が終わっていない!』

―――『了解!』









1998年1月19日 1500 朝鮮半島南部 麗水市街西南西3km 第9特火点設置場所


射撃音が止んだ。 どうやら何派目か数える気が失せたBETA群の波状攻撃、その何派目かを撃退したのだ。
海軍と台湾軍の部隊が粘っているが、隙間から洩れ出す小型種の流入が止まらない。

『ヴァルキュリア・リーダーより『セラフィム』! 完全阻止は出来ない、撃ち漏らしはそっちで頼むわよ!』

海軍戦術機甲部隊の指揮官、白根斐乃少佐のバストアップ姿が網膜スクリーンに浮かび上がる。

「セラフィム・リーダー、了解。 白根少佐、今しばらくお願いします」

『判ったわ。 せめて厄介な戦車級だけでも阻止―――出来なかったら、後ろでお願いするわね』

「お任せを」

『頼るわよ?―――新手が来たぞ! 鴛淵、林! 北側の一群に当れ! 台湾軍、王大尉! ここで『底』を死守! 菅野! 西に回った連中を止めろ!』

新手の波状攻撃に対し、特火点東側守備部隊である海軍第341戦術機甲戦闘団(台湾軍1個中隊を含む)の96式が一気に展開する。
まだ正面の隘路出口からBETAは出現していない。 第2大隊主力は未だ健在で、そして遅滞誘導戦闘を継続しているのだ。


―――ここで決断しなければ。 私が決断しなければ。
このままではいずれ大隊主力はBETAの大波に飲まれてしまうだろう。 そうなれば直ぐにでもこの場所にBETA群が殺到してくる。
でも、方法は結局直接起爆しかない。 HQでも、もう有線遠隔起爆装置の予備は無いと回答してきたのだ。

網膜スクリーンに移る朴大尉の顔を見る―――微笑んでいた。 哀しい色を湛えて微笑んでいた。

『綾森大尉・・・ 祥子、貴女、周防とはどうするの?』

「・・・え!?」

――この局面で、急に何を場違いな話を!?
一瞬、秘匿回線であるにもかかわらず、綾森大尉は周囲を見渡してしまう。

「な、何を! 貞姫、今そんな事言っている場合じゃ・・・!」

『今だからこそよ。 ああ言う危なっかしい男、気をつけなさいよ? しっかり手綱握っていないと、どこで勝手に死んじゃうか判らないからね・・・』

「・・・貞姫?」

『私からの忠告。 ・・・私には夫と幼い息子がいたわ、話したかしら?』

―――初耳だった。

『そう、話して無かったのね、周防の奴―――夫は昨年の夏に平壌防衛戦の最中、大同江(テドンガン)の河畔で戦死したわ、戦車乗りだったの。
小さい頃からの幼馴染でね。 ちょっと無鉄砲で、やせ我慢が過ぎる人だったけど・・・でも、優しい夫だったわ・・・』

「貞姫、貴女・・・」

『息子は・・・ まだ赤ん坊だった小さな私の息子は・・・ 義母と共に漢江(ハンガン)を越える事が出来なかったの。
軍が漢江に架かる橋を落とした時は、まだ北岸にいて・・・ 南に脱出出来なかった。 義母・・・ 息子のお祖母様と一緒に死んだわ・・・』

綾森大尉は何も言えなかった。
衛士では無く、軍人でも無く。 1人の妻として、1人の母として、何より1人の女として語りかけてくる朴貞姫大尉に。

『一緒に生きたかった、せめて一緒に死にたかった。 あの人は最後に私の事を想ってくれただろうか、そんな事ばかり・・・
小さな私の坊やは、どれ程怖かっただろう・・・ お祖母様に抱かれながら、泣いただろうか・・・ 私に、母親に助けを求めただろうか・・・』

さっきからしきりに部下が指示を仰いできている。
もう時間が無い、本当に早くしないと脱出作戦が失敗する。

『もう、夫と一緒に生きていく事が出来ないのよ・・・ もう、小さな私の坊やを抱いてあげる事が出来ないのよ・・・
せめて・・・ せめて、夫と息子が眠る同じ祖国の地で死にたいのよ。 そして私の死が、皆を生き残らせるのであれば・・・ 
私は、向うで、笑顔で夫に会いに行ける。 笑顔で坊やを抱いてあげる事が出来る―――祥子、判って頂戴』

―――慄然とした。 そして教えられた。 この時代、この戦場で人を愛する為にはどれ程の覚悟が必要なのかを。

『・・・私の部下達には、装置の故障が判明した時に言い聞かせて有るわ、心配しないで』

『・・・隊長! 中隊長! そろそろヤバいです! 大隊長から矢の督促が来ています! 防衛線の『フラガラッハ』も、『ステンノ』も、いい加減限界だと!』

中隊副官を務める支倉志乃中尉の姿が、網膜スクリーンにアップで現れた。

『ユニコーン・リーダーだ! セラフィム・リーダー! 綾森! 設置はまだか!? 『フラガラッハ』が苦戦だ!
新任を庇いつつでは、周防も思うようにいかん! 『ステンノ』の美園も、フォローしきれん!』

大隊長・荒蒔少佐の怒声が響く。

無意識にスクリーンの隅に映る朴貞姫大尉を見る。 
朴大尉は微笑んで―――哀しい、しかし満足したような微笑みを返してきた。

『周防はまた、志願して最前線のようね。 危なっかしい男だけれど・・・ 不思議よね、彼が前線に立っていると何だかやれそうな気がしない?
知り合ったばかりの昔と違って、今は余裕かしらね? そんな感じが戦場でも判る。 
ずっとそう思っていたわ―――祥子、行きなさい。 彼を死なさない為に』

「ッ!―――セラフィム・リーダーより中隊、これよりS-11爆発影響圏外に離脱する! 『レッドハート』残存全機は以降、綾森大尉の指揮下に入れ!
セラフィム・リーダーよりCP! 大隊長へ連絡、『設置完了、全部隊の爆発影響圏外への移動を至当と認む!』―――以上! かかれ!」


次々に離脱してゆく戦術機群。 
HQからの緊急連絡が入ったのだろう。 海軍機も台湾軍機も一斉に噴射跳躍で、瀬戸を挟んで半島の直ぐ先にある小島の陰へと向かっている。
第1大隊が半島の西側を巻くように海岸線を南に向けて突進している、台湾軍の1個大隊も一緒だ。
そして稜線の向う側から第2大隊―――自分の所属大隊も姿を現した。

1機の戦術機に目が行く。 スクリーンに現れる戦術情報、その機体が『181TSFR-22A1』の識別コードを持っている事を示していた。
帝国陸軍第18師団第181戦術機甲連隊、第2大隊第2中隊長機―――周防直衛大尉。

(直衛、直衛・・・ 直衛・・・!)

何を言いたいのか、何を想っているのか、自分でもよく判らない。
でも自分は女なのだ。 彼女と同じ女なのだ。

(直衛・・・ 直衛!)

遠ざかりつつある、そして無数のBETA群が殺到しつつある『特火点』設置位置に、1機佇む戦術機の姿。 
その姿は『祖国』と言う名の『夫』を、そして『我が子』を護らんとする妻の、そして母の姿に見えた。






『―――貴方達の居ない世界で、私は生きていく自信がないの・・・』


1998年1月19日 1510 朝鮮半島南部、麗水。 光線属種を含むBETA群が姿を現したその時、一つの光球が発生した。
やがて内包した巨大なエネルギーが指向性を持って解放され、超高温・超高圧の美しい地獄を出現させてBETA群を一気に消滅させた。


1998年1月19日 韓国陸軍・朴貞姫中佐、麗水にて戦死。(戦死後、2階級特進)










1998年1月21日 1600 対馬 帝国陸軍対馬駐屯地 上見坂(かみざか)演習場


―――いた。

ようやく探し当てた、こんな所にいたのか。

「―――祥子」

夕暮の中、夕日に照らされたその人影は思わずビクリ、と震えた様な気がした。

「・・・直衛?」

「祥子、こんな吹きっ晒しの場所で何をしているんだい? まだ1月だぞ?」

「・・・」

無言か。
事情は判っている。 さっきから見える筈も無い麗水の方向をずっと見ている。

「祥子、俺は朴中佐の死を賛美はしない。 そして卑下もしない。 彼女はやるべき事をやって、そして死んだ。
そして長い、長い先達の列に加わった。 その足跡をどうするかは、生き残った俺達の責務だよ・・・」

「・・・ううん、違うの・・・」

不意に無言だった祥子が呟いた。 違う?―――何が違うのだ?

「彼女は確かに責務を果たしたわ。 でも・・・ 彼女は妻として、母として・・・ 女として死んでいったのよ・・・」

「え・・・?」

「怖いのよ・・・ 彼女の死が、その死に様が・・・ 怖いのよ、愛する事が! 
私だったらどうする!? 直衛、もし貴方が先に死んでしまったら! 私はどうすればいいの!?―――怖いのよ、私の中の愛情が!」

―――そうか、知ってしまったか。
俺自身も昨日、李珠蘭大尉から聞かされて知った。 朴貞姫中佐の夫君とご子息の事を。

「貴方のいない世界で、私はどうやって生きてゆくの!? ・・・耐えられないっ そんな事、耐えられないっ・・・!」


(『ちゅ、中尉! ご結婚されていたんですか!?』)

(『そうよ。 人妻よ。 ひ、と、づ、ま!』)

まだ少尉の若造だった頃の俺と、中尉になったばかりの頃の朴中佐の姿が脳裏に浮かんだ。
あれは何時の頃だったか。 ・・・ああ、確か『九-六作戦』の時だ、93年の9月。 場所は黄海の洋上、海軍の戦術機母艦の艦上だった。

(『悩め、悩め、若者。 それも青春さ! でもね、恋愛の先輩として一言、言わせて貰うと。
男と女の関係なんて正解は無いんじゃない? 結局、それぞれだしね。
お互い幸せなら、それが本人たちにとっての『正解』なんだよ、きっと』)

(『はぁ。 『人妻』の言葉は重い、って事ですか?』)

(『ふふん』)


―――ああ、そうだな。 その通りだと思いますよ、朴中佐。

「・・・勝手に人を殺すなよ、祥子?」

「・・・え?」

「勝手に人を殺すなって。 これまで何度も死にそうになった事が有る。 本当にS-11の起爆シーケンスを起動させた事も有ったよ。
でも生き残った。 生き残って今ここにいる。 それに・・・」

「・・・それに?」

「朴中佐は、朴中佐だ。 彼女のご主人は、彼女のご主人。 決して祥子でも、俺でも無い、だろ?」

―――まだ踏ん切りがつかないか。
祥子の表情はまだ晴れない。

「朴中佐と、彼女のご主人の物語はああ言う結末で幕を閉じた。 彼等の舞台の主役が演じた物語はね。
―――多分さ、人を愛するって、死よりも、死の恐怖よりも強いんだろうな。 だから朴中佐は・・・ 微笑んで死んでいけたんだろうな」

「・・・」

「だけど人はそれぞれだ。 俺達には、俺達の物語が有る―――今、こうして生きている俺達の物語が」

「直衛・・・」

「俺は君の事を愛している。 だからその想いは死よりも強い。 死の恐怖よりも強い。 だから―――死神なんて、突撃砲で蜂の巣にしてやるのさ」

「・・・は?」

「君を残して死んだりなんてしない―――何を確証のない事を、なんて言われるかもしれないけどね。
君を愛している限り俺は生きる。 93年の夏だ、言っただろう?」

「・・・ええ、ええ、言ったわ、私も!」

1993年8月。 俺にとって人生で最悪の夏。 そして最良となった夏。
俺達がお互いの『生きる理由』になった、あの夏。

「だから、それが俺達の物語だ。 先に逝った先達の物語を語り続けよう。 そして俺達の物語を続けよう―――他の物語じゃない、俺達の物語をね」


祥子が胸に飛び込んで来た。 抱きしめる、彼女の温かさが伝わってくる。

多くの人々に出会った。 多くの死を見てきた。 そしてより多くの、必死に生きる生を見てきた。
この世界がどうなるかなんて、今の俺には判らない。 BETAを駆逐できるのか、それともこのまま滅亡の淵へと突き進むのか。

だがこれだけは言おう、俺は彼女を愛する。 そして生き抜く。 世界がどうなるかは、この世に生きる無数の『俺達』が紡ぐ物語の結末なのだから。

「俺は・・・ 俺は、自分の『生きる理由』の為にこれからも戦う。 そして生き抜く。 それが俺の―――俺達の物語だ」

祥子が無言で縋りつく。 俺は無言で彼女を抱きしめる腕に力を込めた。


夕暮は薄暗闇に支配を譲っていた。 まるで現し世を示すかの如く。
でも明けない夜は無い。 夜は必ず明けるのだ。―――その日まで、今の言葉を刻んで俺は戦い続けてやる。









1998年1月25日 日本帝国政府は九州全域、四国、山陽、山陰の一部地方に対し、緊急勅令による行政戒厳令を宣告する。

1998年2月1日 日本帝国陸海軍、航空宇宙軍は第2予備役までの総招集を発令した。



永きに渡る極東アジアの戦場から、ユーラシアが姿を消した。 

これからはユーラシアの東の果ての弧状列島が、その命と、涙と、辛苦と、そして勇気を試される事となるだろう。






『帝国戦記 第1部 完』





[7678] 欧州戦線外伝 『周防大尉の受難』
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2009/09/12 02:35
【注意!】
この駄文はフィクションであり、登場する人物、団体、組織、現象はすべて架空のものです。
『帝国戦記』のいかなるものとも、一切の関係は、多分、恐らく、関係しないかも・・・ しれません。








―――いつか どこか  第88独立戦術機甲大隊の駐屯地


「え~っと、これはユーティライネン少佐で、こっちはアルトマイエル大尉・・・ で、ウェスター大尉は・・・ ああ、奥様からね」

「ウェスター大尉って、新婚なんだろ? 良く我慢できるぜ、なぁ?」

「ファビオ、アンタと一緒にしなさんな」

「ひでぇなぁ、ヴェロニカ・・・」


今週の部隊充て郵便物収集係、ファビオ・レッジェーリ中尉と、ヴェロニカ・リッピ中尉が管理事務所の郵便物集配所で、部隊充ての郵便物を確認していた。
最前線で戦う将兵にとって、家族や恋人からの便りと言うものは。 それだけで戦う気力が増すと言うものだ。
家族にとっても、戦地での身内からの便りを心待ちにしている。 軍はそう言った相互の便りを重視して、最優先で配達するものだ。

「おっと、こっちはアジアからだな。 趙中尉に、文怜、翠華宛て。 お? 圭介に、直人は家族から・・・ と、これは・・・?」

「ファビオ、イチイチそんな事確認しなくてもいいの! 失礼でしょ!」

「・・・おいおい、直衛の奴。 『また』、恋人からの手紙だぜ?」

「・・・直衛の、恋人?」

「気になるかぁ?」

―――キシシ・・・ 

微妙な笑みを浮かべて、その手紙をヒラヒラと振って見せるファビオ・レッジェーリ中尉。

「べっ、別にっ? あの無節操男に恋人がいようがいまいが、私には関係ないもんねっ!
―――それより。 翠華には黙ってなさいよ?」

「へっ? なんで?」

「鈍感っ!! あの娘が、あの無節操男の事、好きだって事は知っているでしょ!?」

知っているというより。 既に大隊中では公然の事なのだが。 因みに、新任少尉の中にも密かに、と言う者はいるらしい。

(―――しっかし。 なんであいつばっかモテる? 俺様にした所で、そう素材は悪くないぞ?)

むぅ・・・ 思わず唸ってしまう、ファビオ・レッジェーリ、21歳。
そうなのだ。 彼とて、ア・モーレの本場、イタリアの伊達男。 実の所、見た目は決して悪くは無い。
女の子にもマメな質だ。 何より甘い囁きなど、彼の日本人の友人達など、逆立ちしたって敵いっこない程、天性の本能である。

―――実際、きゃー、きゃー、言われるのは俺様の方が多い・・・

だが! しかし! 考えてみろ、ファビオ・レッジェーリ! 
『奴は』、極東に大本命の恋人がいる(写真で見たが、正に『ヤマトナデシゴ』とか言う言葉が似合う美人だ)
そしてこの欧州では、『奴を』追いかけてまで極東から『押しかけて来た』、美少女と言って差し支えない同僚の中国系女性衛士が、甲斐甲斐しく世話を焼いている。

翻って、俺様の身の回りは・・・?

―――だ、誰も居ない・・・ッ!?

ショックだった。 どの位のショックかと言うと。 イギリス人に料理の味で、イタリア人が負けた位にはショックだった・・・!!

―――何か、秘訣でもあるのか? 女性を引き摺り込む、秘密のレシピがっ!?

解明せねばなるまいっ!
イタリア人にとって、人生そのモノと言ってよい三大要素のひとつ、ア・モーレで。 
世界的朴念仁の日本人の後塵を踏む訳にはいかないのだ! 何より、イタリア男の名誉にかけて・・・!!

「・・・で、あれば。 まずは人選だ。 俺様一人では、如何にも手が足らん・・・」


なにやら怪しげなオーラを発し始めた同僚を、気味悪そうに眺めながら。 ま、南部男ってのは、こんなモノよね、と。
北部(ミラノ)出身の自称『アカ抜けた都会っ娘』、ヴェロニカ・リッピ中尉はさっさと自分のノルマの配達物を整理すると、同僚をほっぽって集配所を後にした。











「と、言う訳だ。 是非に諸君らには『F(ファビオ)N(長門)K(久賀)団』として、事の究明に全力投入! 奮戦敢闘! 孤立無援! 全滅必死して貰いたいっ!」

「だが、断るっ!」

「な、なにゆえぇ~!? 圭介ぇ!!」

「孤立無援に、全滅必死? お前一人でジタバタしてろ。 俺は抜けるぞ?」

「つれないじゃ~ん? 直人ぉ・・・ この間、『良いトコ』紹介してやったじゃねぇかよ? 
他にも色々あるぜぇ? バーター取引って事で、どうよ?」

「むむむ・・・」

―――これで、直人は落ちたな。 こいつは硬派ぶっている半面、お色気には弱いっ! 
『きゅーしゅーだんじ』って言ってたが、ありゃ、女に免疫のないことの裏返しだぜ? へっ、チョロイ、チョロイ。


「お前らで勝手にやってろよ。 俺は関係無いね」

「同志圭介。 これを見て欲しいのだが?」

「何だ・・・? ―――むぅっ!?」

へっへっへ。 俺様秘蔵の写真集(盗み撮りだ!) 
ウチの大隊はおろか、基地駐留の他の部隊の奇麗ドコロを余すことなく網羅した、プレミア集だぜ?

「こっ、これはっ! あの伝説の・・・ッ!!」

「今なら、入団特典でお安くしますぜ? ダンナ?」

「・・・いくらだ?」

「こんなトコロで・・・」

「いや、同志ファビオ。 我々は何としても、団の目標達成の為に一致団結! 革命的精神でもって目標に邁進せねばなるまい?」

「よぉし! これで決定! 我々はかくも男の敵の秘密を暴き、これを断固粉砕せねばならない!!」

「「 おおっ!! 」」


―――かくて。 国連欧州軍始まって以来の『大馬鹿集団』が結成されたのであった・・・







【証言、その1 『いずれ本妻は私のモノ!』さん】

『えっ? 彼の魅力? う~ん・・・ 面と向かって聞かれれば、ちょっと急には・・・
好きになった理由? う~ん・・・ もう2年も前だけどね、私、彼と同じ任務に就いた事が有るの。 あ、圭介も一緒だったよね?
その当時ね、凄く不安定だったのよ、私・・・ で、そんな私を彼は受け止めてくれて。 
『俺、忘れないから』って。 『俺のこと好きになってくれた、優しい心の女の子の事、絶対、忘れないから』って・・・』

―――主よ。 奴に天罰喰らわしても宜しいでしょうか・・・?

『決定打は、あの時ね・・・ 93年の『双極作戦』終了直後。 私、戦闘後の恐怖で震えが止まらなかったの・・・
そしたら彼が、夜明けの私のテントに来てくれて・・・ 初めてだったの・・・(ポッ)』

―――天罰決定です。 いいですよね?

『えっ? 今? ああ、普段はどうしているかって事? 別に、普通よ?
私も任務が有るから、暇じゃないけれど。 それでも時間が空いたら、彼の分の洗濯もするし、ちょっとした夜食なんか、厨房に入らせて貰って作ったりとか。
美味しいって、褒めてくれたわ♪
えっ? 夜? やだぁ! ・・・毎晩じゃないわよ? でも、結構激しいかも♪ 戦闘の後とかはね?
え? もういいの? まだまだ話したいこと有るのに・・・ ねぇ? 本当にもういいの? ファビオ? 圭介? ・・・何、鼻抑えて上向いているの? 直人・・・?』






「・・・ううむ。 いきなり彼女の話は、強烈過ぎたか・・・」

「何と言っても、ここでの本命だしな・・・」

「ううう・・・」






【証言、その2 『苦労性の補佐役』さん】

『はぁ・・・ ヒマねぇ? あなた達も・・・ で? 彼の事? 言っておきますけど、私は恋愛感情なんか持っていないわよ?
確かに、仲のいい友人だし、信頼できる戦友ですけど。 それだけよ・・・
ま、今現在の心配事と言えば・・・ リュシエンヌね。 ほら、私達の小隊の新任の一人よ。 あの娘、どうやら惚れた様なのよねぇ・・・
翠華も気づいた様なのよ。 どうしよう? 部隊内で修羅場だなんて、私ゴメンよ・・・?』






「現地妻に、愛人2号候補か・・・?」

「にしても、部下の娘を・・・」

「なんばしょっとかぁ~~~ッ!!!」







【証言、その3 『部下のフランス娘&平凡な優等生のイタリア娘』さんズ】

『えっ!? 隊長の事ですかっ!? ど、どうして、中尉達が・・・ッ! え? ギュゼル中尉がっ!?
ひ、ひどいっ! 絶対内緒でって、相談したのにぃ!!』

『ま、まぁ、中尉達もそんな、言いふらす様なことはしないわよ、ね? リュシエンヌ・・・
そうですよね? 中尉? ファビオ隊長も?
・・・えっ!? わ、私ですかっ!? わっ、私はっ、そのっ! ・・・ちょっと、いいかな、って・・・』

『・・・ロベルタ?』

『ひっ! な、何!? そんな目で睨まないでよ! リュシエンヌ! ちょ、ちょっと! どこ触って・・・ きゃあ!!』

『これっ!? これなの!? この脂肪の塊が良いのっ!? ええ、ええ! どうせ私は微乳よっ! まっ平らよっ!  ええい! 半分寄こせぇ!!』

『寄こしてどうするのよっ!?』

『誘惑すんのよっ!!』

『翠華中尉にぶん殴られるわよっ!?』

『了解は取ったわよっ!!』

『ええっ!? ず、ずるいっ! 抜け駆けよっ、それって!』

『愛は奪うものよっ!!』






「・・・・・」

「・・・なあ、なんか虚しくなってこないか?」

「おうおうおう・・・・」










【証言、その4 『後任の野郎共』さんたち】

『あ、チャース! え? 何スカ? ああ、あの人の事っすか?
ま、色々聞きますねぇ・・・ こないだなんか、通信隊の未亡人の部屋から朝帰りですぜ?
これがまた、すげぇ美人でして。 へっへっへ・・・ なぁ? エドゥアルト?』

『アスカル、下品な物言いだな? しかし、中尉達もどうして急に? ・・・はぁ、成程?
そう言えば、戦闘後のショックで震えていた某女性少尉の衛士のトコロに、『メンタルケアだ』とか何とか言って、ずっと朝まで・・・
え? 時系列が違う? 今はそこまで時間が進んでいない? ・・・そうでしたね、失礼しました』

『僕なんか、部屋を追い出されましたけど・・・?』

『『 シャルル、お子様は判らんでいい 』』

『どうしてですかぁ!?』






「許すまじ! 人民の敵!」

「・・・いつから、『人民の敵』になったんだよ・・・?」

「うおおおぉぉぉぉ!!!」








【証言、その5 『大隊の可愛い娘さんたち』さんズ】

『あはは~! あの人ですかぁ? 翠華中尉に、リュシエンヌに、ロベルタに・・・ 他に、誰だっけ? ねぇ、ソーフィア?』

『色々、よ。 大隊以外でも、通信隊の美人未亡人中尉とか。 主計隊の人妻主計少尉とか。 ね? ミン・メイ?』

『あの未亡人、ほかに恋人いるよねぇ・・・? 主計隊の人って、旦那様は戦地だったよね? ウルスラ?』

『そうそう! 『流石! 女の弱みを突かせたら、超一流!』って。 笑ったよねぇ!』







「・・・なぁ、もの凄く虚しいんだが?」

「ばってん! 漢たい!!」

「・・・挫けるな! 立ち上がれ! 万国の同志たちよっ!!」

「・・・駄目だ、こりゃ・・・」








【最終証言、その6 『欧州の突風』さん&大隊二大美女のお姉様方】

『ヒマだな、君らも・・・ 大隊長に言って、訓練でもするかい? ん? それはまた今度? ま、適わんが・・・
彼の事か? ・・・ああ、そう言えば、満洲を発つ直前、紹介されたよ、恋人だとね。
いや、なかなかしっかりした、良いお嬢さんだったね。 あの位の方が良いようだな、彼の様な危なっかしい男を引きとめられる娘さんは・・・
ん? 蒋中尉・・・? ああ、そう言えば、以前に言っていたな。 『愛する女性と、大切な女性』だと・・・
しかし、今の彼を見ていると。 『大切な女性』は、非常に受け入れ容量が大きいようだなぁ・・・』

『あら? 彼の事? あなた達、言ってあげて。 『紳士とは、女性に対して誠実であるべき』って・・・
ホントに。 ヤンチャが過ぎるわ、全く・・・ ね? そう思わない? 美鳳?』

『まるで、ヤンチャな弟を見る姉の様ね? ニコール? でも、そうね・・・ せめて、翠華に対しては、誠実でいてあげて欲しいわ・・・』
















「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」

「おい、圭介、直人よ・・・」
「なんだ?」
「あん?」

「俺は諦めたよ。 『種馬』ってヤツは、どこまでいっても『種馬』以外の何物でもねぇンだよな・・・」
「何がどうして、そんな『フラグ』が立ったんだろうな・・・?」
「フラグ・・・?」

「それによ、翠華にバレちまった。 『こんなモノ、日本に送っちゃダメだからねっ!』だとさ・・・」
「彼女、実は綾森さんとは仲が良いんだよな・・・」
「・・・羨ましいぞ・・・」

「・・・これは、封印だな。 俺が保管しておくよ・・・」
「ああ・・・」
「結局、日の目を見なかったか・・・」









2001年某月某日 某所

「何? ああ・・・? 『N・S中尉の秘密のメンタルケア』報告書? 作成・・・『NKF団』? ああ、あったな、そんなものも・・・」

「あ、それね。 昔、兄さんから預かっていた物よね。 廃棄処分にしても良いって言われていたけど・・・」

「そうだったな。 で? それがどうかしたか?」

「この前ね、ほら、あの娘・・・ 彼女が遊びに来た時に見て、『貸して頂戴っ!』って言うから、貸したのだけれど・・・ いけなかったかしら? 兄さん?」

「ま、良いけどよ・・・ 誰かに見せるのか?」

「彼女の部隊長。 今は日本人の女性大尉らしいのだけど。 その人にって」

「・・・日本人? 衛士だよなぁ? 何歳くらいだい?」

「え!? えっと・・・? 多分、27歳位・・・?」

「ッ・・・・!!」

「に、兄さん・・・? 拙かったかしら・・・?」

「・・・ま、いいさ。 奴は悪運の強い男だったしな。 気にしないでおこう」

「・・・??」












2001年某月某日 日本帝国 某所

「あなた・・・ ちょっと良いかしら?」

「ん? どうした? 祥子。 ・・・顔が笑っているようで、笑っていないぞ・・・?」

「・・・これに見覚えは?」

「何? ・・・『N・S中尉の秘密のメンタルケア』報告書? 作成・・・『NKF団』? 
作成日時・・・ 1994年。 懐かしいな、あの頃か・・・ 所属部隊・・・ なにっ!? 『欧州国連軍第88独立戦術機甲大隊』!?
あの頃のイニシャルN・Sで、中尉って・・・ 俺かよっ!? それにこの『NKF』って・・・
あ~~~っ! 『長門』に、『久賀』に、『ファビオ』! あの3馬鹿共かっ!!」

「・・・内容に身に覚えは?」

「(ペラペラペラ・・・) お、奥さん、まずは冷静に話し合おう! そう! 衛士たる者、何事も冷静にだ! なっ!?」

「・・・今は、妻として、夫に問い質したいわ。 この内容っ!! 本当なのっ!? 翠華だけじゃなくって!? ねぇ! あなた!?」

「いっ、いやっ! そのっ! あ、そうだ! そろそろオッパイの時間じゃないのかな!? ほら、ママを呼んでるぞ!?」

「ついさっき、お乳はあげましたっ!! それより、この中身よっ!! 欧州に居る彼女が折角送ってくれたのですけどっ!?
―――何か仰る事はっ!?」

「・・・わ、若気の至りと申しますか・・・」

―――ぶちっ

「あ~なぁ~たぁ~!!!!」

「ひいぃぃ!!」









「・・・ん? あれは、周防大尉? に、綾森大尉・・・ 今は周防夫人か。 
でもどうして周防はあんな必死の形相で逃げているのだ? 何か知っているか? 伊達大尉?」

「さあ・・・? でも広江大佐、何時もの事ですよ、あの夫婦は・・・」

「そろそろ、二人して少佐昇進も近いと言うのに・・・ 何と言う事か、あの夫婦は・・・」

「でも神楽大尉、隊内じゃ、『夫婦漫才』隊長で有名ですよ? 初陣の新米衛士達でさえ、BETAを目前にして笑い転げさせる程ですから・・・」

「旦那は兎も角、奥様の方は、昔は理想的な上官でしたけどねぇ・・・」

「美園大尉、仁科大尉。 2人とも、周防大尉は以前の先任だろう? 少しは思いやってやれんか・・・?」

「無理です」「却下です」

「・・・自業自得だね、あの馬鹿は・・・」





―――後日、欧州国連軍の某部隊に、血にまみれた抗議の(文句の)手紙が日本から発送されたとか、なんとか・・・





***************************************************************************************************************

・・・スミマセン、本編に全く関係ないお話です。
DON氏の作品『かれとかのじょのおとぎばなし』の感想レスで頂きました小話を読んでいる内に、妄想が膨らんで破裂してしまいました・・・
未だ使用承諾を頂く前の事とて、DON氏の作中キャラは出していないつもりですが・・・
もし、抵触していたとしたら、申し訳ございません・・・



[7678] 欧州戦線外伝 『また、会えたね』 ~ギュゼル外伝~
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855
Date: 2010/12/20 23:16
注記:冒頭・文中詩文 出典・参考・引用『乙嫁語り』(森薫先生)



『友よ 再び会う事が出来たなら 共に歌い語らおう 共に喜び語らおう
旅路は遠く 旅路は険しく 山は高く 風は強い
月よ 旅路を照らせ 恐れぬように 迷わぬように 全ての善きものを わたしに照らせ』




1997年7月20日 1350 エーゲ海 アナトリア半島西岸 イズミル湾 レスヴォス島南東40km イタリア海軍戦術機揚陸艦『ジュゼッペ・ガリバルディ』


イタリア人は地中海を『Mare Mediterraneo(我が地中海)』、などと呼ぶ。 確かムッソリーニもそう言っていたわね?
エーゲ海はその一部。 そしてエーゲ海と言えば昔から連想するのはギリシャ。 私的にはそういうのは、ちょっと残念。 
―――いえ、かなり残念。 少なくとも東地中海に面していた主要国家は、私の祖国だったのだから。

初夏のエーゲ海、強い日差しが海面に降り注ぐ。 
水面は陽光を反射して、まるで宝石箱をひっくり返したよう。 
風は穏やかになびき、陽の強さを和らげる。 


「・・・友よ 再び会う事が出来たなら 共に喜び語らおう 共に泣き語らおう・・・」

左手前方に、プサラ島が見える。 その奥にはお祭りの時、お互いの村(の、教会だったかしら?)に花火を撃ち込む祭りで有名だった、ヒオス島が見える。
その向う、ほんの数キロ向うはアナトリア。 イズミルの街が『有った』 ちょっと北にはペルガモンの遺跡、ちょっと南にエフェソスの遺跡。
アナトリア―――現代の『遺跡』となってしまった、私の祖国。 トルコ共和国。 


「・・・旅路は遠く 旅路は深く 谷は深く 水は激しく」

つい数時間前まで、早期間引き作戦に従事していたゲリボル(ガリポリ)半島。 そこから海峡を抜けてマルマラ海へ。 
昔よく遊んだその海を北へ向かえば、懐かしい、麗しき都―――イスタンブル。
古を巡る博物館、ムスリムの寛容を示す教会、壮麗な宮殿、偉大で美麗なモスク、人々の息遣いが聞こえるバザール、そして美しい自然。


「・・・月よ 旅路を照らせ 恐れぬように 迷わぬように 全ての幸運を あなたに照らせ」

夕暮れ時にボスポラス海峡の岸辺にたたずみ、対岸に見える家々の窓辺を夕陽が赤々と染めていく光景をじっと眺める。
そうしていると、何世紀も前に私達の先祖がどうして、この祝福された地を選んで定住したのか、心の底から理解できる。

ああ―――何もかも、懐かしい私の故郷。 想う度に、泣きたくなる程の郷愁を誘う・・・


「・・・ゼル? ギュゼル? ギュ~ゼ~ル~!?」

「うわっ!」

お、思わずハンドレールから、身投げしそうになったじゃない! きゅ、急に耳元で大きな声出して! 誰よ!?

「・・・て、なんだ、翠華か・・・」

「むう? なんだ、は無いんじゃない? なんだ、は? 私はこれでも、アンタの親しい友人の一人で、古い戦友でも有るのよね!?」

「そ、そうね。 そうとも言うわね・・・」

「なんか引っかかるわね・・・ ま、いいわ。 で、その私がよ? 甲板の端っこで、『ほけー』って黄昏ながら、たまにニヤニヤしている『キモチ悪い人』全開のアンタが!
イタリア海軍の、貴重な、貴重な若い男共に変な噂を立てられないように、気遣ってあげた訳よ!? 
いい!? この年になっても、男っ気ひとつ無いアンタを気遣ってあげている、この親友に対して、『なんだ』は無いでしょうに!」

・・・片手を腰に当てて、片手で指を立てて、一端に説明調でトンデもない暴言を吐きやがる、この自称『親友』。 天罰喰らわせても宜しいでしょうか!? アッラー?

「・・・男を乗り換えるアンタより、マシよ」

「・・・何ですって!? この万年日照り女!」

「・・・うっさい! この万年発情女!」

―――ううぅ~!! お互いに顔がくっ付く位に寄せ合って、睨みあう。 
背の高い私(168cm)と、背の低い翠華(158cm)、上と下から威嚇し合う様に、唸り声が・・・

「・・・はあ、止めた・・・」

「? どうしたのよ、ギュゼル? 本気で元気ないよ?」

「別に・・・ いいでしょ、ちょっとくらい」

そう言って、私は明後日の方向を指さす。 その方向は―――イスタンブル、私の故郷。
いや、判っているわよ、いい年してホームシックだなんて。 もう帰る事の無い、帰る事の出来ない故郷に感傷だなんて。
暫く私の指さす方向を見て、首を傾げていた翠華がようやく気付いたよう。 ちょっとだけ顔を顰めて、可愛らしい仕草でチロっと舌を出して、『・・・あちゃ』と。

「・・・ゴメン。 茶化す気は無かったのよ。 そうよね―――誰だって、帰りたいよ、うん・・・」

海風になびくショートボブの髪を押さえながら、翠華がちょっとバツの悪そうな笑みを浮かべて、そう言う。
ああ、駄目よ。 そんな事、言って欲しくないんだってば。 もっと、もっと楽しい思い出話とかも、有るじゃない?
あん、もう! 風が鬱陶しいわね! 髪が乱れて・・・ そろそろ切ろうかしら? いい加減、腰の近くまで伸びてきたし・・・

思い出は美しい。 それは、過去は今ここに無いから。

初夏のエーゲ海、強い日差しが海面に降り注ぐ。 水面は陽光を反射して、まるで宝石箱をひっくり返したよう。 風は穏やかになびき、陽の強さを和らげる。
海峡を抜けたらマルマラ海。 その海を北へ向かえば、麗しき都、懐かしい故郷―――イスタンブル。

―――今は無き、美しい、思い出の街









1997年7月21日 1150 クレタ島 イラクリオン 国連軍地中海方面総軍第3軍 イラクリオン基地


「全く、恥ずかしいったら! 蒋大尉はともかく、中隊長まで一緒になって! 海軍の連中、笑ってましたよ!?」

目前でムクれるイタリア娘。 最近、ちょっと反攻期なのかしら? 
どうでもいいけど、私は貴女の上官なのよ? その辺、どう思っているのかしら? 第3小隊長殿?

「あ、あはは・・・ た、確かに、ちょっと声が大きかったですよね、中隊長・・・」

なんだか、最近とみに苦労性が板についてきたベルベル人(本人曰く、『本当は、アマジグです!』と力説している)の青年が、乾いた笑いでフォローを入れようとしている。
けど、失敗しているわね。 もっと修行しなさい、第2小隊長。

母艦が港に着いた後、戦術機を降ろして基地にようやくたどり着いた。 基地と言っても、今回の作戦中の仮の宿ですけれど。
でもま、ホームベースのドーヴァー・コンプレックスより、私はこっちの方が好きかな? 燦々と照り付ける陽光、突き抜けるような青空、輝く海面。
何もかも、故郷を思い出させる・・・

「全く! せっかく損害無しで作戦を完了させたんですから! せめて最後まで、締めて欲しかったです!」

「・・・ねえ? アリッサ・ミラン中尉? お伺いしますけれど、貴女、私に何か思う所でもお有り?」

流石に温厚な私でも、ちょっと頭にくるわよ?
そう思っていたら、拳を振りまわしていたアリッサがピタリ! と動きを止めて振り返った。

「・・・ウチの大隊、何て呼ばれているか、中隊長も知っていますよね!? 知ってるでしょ!? フローラ!?」

「え~っと・・・ 『常夏大隊』?」

顔を引き攣らせて―――相変わらず、フローラって呼ばれ方は嫌らしいわね―――フローレス・フェルミン・ナダル中尉が渋々答える。

『常夏大隊』、その心は?―――『お熱い事で』

アルトマイエル少佐と翠華、ファビオとロベルタ。 周囲温度が、2~3℃は高いわね。
本当の正式名称は、『国連軍大西洋方面総軍・緊急展開軍団第1師団・第101戦術機甲連隊第1大隊』よ。 大隊の部隊コードは『グラム』
私はその第1大隊の第2中隊長、ギュゼル・サファ・クムフィール国連軍大尉。 うん、間違いないわ。

部隊も随分と変わったわね。 今やユーティライネン大佐(一足飛びに、大佐になった)が連隊長。 アルトマイエル少佐が第1大隊長で、ウェスター少佐が第2大隊長。 
そしてセクハラ親爺、もとい、スペイン軍から『飛ばされた』レオン・ガルシア・アンディオン少佐が第3大隊長―――ノエリア・エラス大尉、何とかしてよ、あの親爺を・・・
師団長はヴィルヘルム・バッハ少将で、軍団長はヘルマン・オッペルン・フォン・ブロウニコスキー中将・・・ ああ、直衛達が知ったら、何て言うかしら?

因みに、先日艦上で失礼な事をほざいた彼女は、同じ大隊の第3中隊長・蒋翠華国連軍大尉。 一応・・・ 違うわね、もう私の1番の『親友』だ。
大隊には他にも約1名、中隊長がいるけれど、紹介はいいでしょ? 別に・・・

「ひっでぇなぁ、ギュゼル。 声に出してよぉ? そりゃ、ないぜぇ?」

・・・この、能天気なラテンの声の持ち主、第1中隊長のファビオ・レッジェーリ国連軍大尉だったりする―――世も末だわ、ホント。
部屋の入口から、くすんだ麦藁色の長髪を気障にかき上げて、笑いながらファビオが入って来た。 傍らにはロベルタ―――ロベルタ・グエルフィ中尉が。

「それに何だぁ? おい、アリッサ、お前さんもイタリア人だろうがよ? 恋愛を否定して、どうするよ?」

「わ、私は! もっとこう、軍にふさわしい秩序とか! そう言ったモノの事を言っているんです!」

「あ~、あの、豚の餌にもならない、ってヤツね? イカンよ、イカン! 人生、もっと素直に生きなきゃ! 問答無用のハッピーライフ!」

「・・・ハッピーなのは、大尉の頭の中だけじゃないのかな・・・?」

「・・・お~い、フローラよ? 極東に帰った『アイツ』に代わって、俺が叩き直してやろうかぁ? 『夜の戦い』ってヤツをよ?」

「それは止めて」

「ダメ! 絶対ダメ!」

あ、ハモッた。 見ると、ロベルタ―――大隊CP将校のロベルタ・グエルフィ中尉が、ファビオの腕を掴んで真顔で怒っている。 可愛いわぁ・・・
目があった途端、顔を真っ赤にしちゃって。 益々もって、可愛いったら・・・

「・・・オバさん入ってますよ、中隊長・・・」

「・・・本日、近接格闘演習追加ね、第3小隊は」

「ひどっ!」

そんな様子を、いつの間にか室内に入って来ていた大隊長のアルトマイエル少佐が、苦笑しつつ眺めている。
傍らには何時もニコニコとした笑顔の、大隊副官をしているミン・メイ―――ヴァン・ミン・メイ大尉が控え、後ろには小隊長級の中尉達がズラッと。
第1中隊のテルシオ・セルバ中尉、ユーリア・アストラール中尉。 第3中隊のミルコ・サルジェク中尉に、ウルスラ・リューネベルク中尉。
大隊指揮小隊のクラウディア・ルッキーニ中尉と、シャルル・フレッソン中尉―――みんな、よくもまぁ、悪運強く生き残って来たものだわ。

少佐が手を振る、それを合図に同時に皆が着席した。 前方に4人の大尉、後ろに中尉達。
壇上に上がった少佐が、脇に立て掛けられたイーゼルに掛った作戦地図を一瞥し、私達に向き直る。

「―――皆、この1カ月半の間の支援作戦、ご苦労だった。 地中海方面総軍司令部からも、感謝の言葉を貰っている」

少佐は、そこで一旦言葉を区切る。
本来、大西洋方面総軍所属である私達が、この東地中海にまで『出張』しているのは、H11・ブタペストハイヴのBETA群が飽和した為。
その飽和個体群が東進し、バルカンからギリシャ、そしてアナトリアへの移動が確認された為だった。
東地中海に展開する兵力は、実質的にスエズ防衛戦力がその主力を為している。 為に、その前段階での間引き攻撃用の戦力が不足気味なのは、この方面が抱えるジレンマだった。

そこで白羽の矢が立ったのが、この所BETAの活動が大規模でも無く、結構無聊をかこっていた私達、大西洋方面総軍緊急展開軍団だったと言う訳ね。
ドーヴァーの護りは、英軍や仏軍に東西ドイツ軍、東欧諸国軍で十分賄えると踏んだ大西洋方面総軍司令部が、緊急展開軍団を派兵した訳。
1個師団をアドリア海沿岸に。 1個師団をエーゲ海沿岸に。 残り1個師団はドーヴァーに残留して、留守番。
私達第1師団はエーゲ海が担当。 その戦術機甲第1大隊は今回、ゲリボル(ガリポリ)半島方面の間引き攻撃に参加した。
同時に第2大隊が、ギリシャ北中部のカルキディキ半島のテッサロニキに。 第3大隊はギリシャ西部のテッサリアに。 1両日中には、残る2個大隊も帰還する予定だった。

今回の作戦は、第1大隊は国連軍地中海方面総軍アナトリア軍団―――トルコ共和国軍との協同作戦だった。
久方ぶりに会う同胞、久しぶりに耳にした懐かしい母国語。 思わずそのまま飛び込んでしまいたくなる衝動を抑えるのに、苦労したわ。

「―――この後、1週間の休暇が与えられる。 とは言っても、最後の作戦がまだ残っているからな、クレタ島から出る事は出来んが。
この島はこんなご時世でも、見所は多い。 クノックスはじめ遺跡群、考古博物館、『エル・グレコ』縁の場所・・・ かつてのリゾートも。
羽を伸ばしても良いが、羽目は外させるな? こっちの憲兵隊のお世話に、なりたく無かろう? 良く言い聞かせておけ」

リゾート―――そうね、リゾートと言う訳でもないでしょうけれど、のんびりする位は出来そう。 内心のモヤモヤをぬぐい去る位には、リフレッシュしなきゃ。
私の脳裏には、先日までの作戦戦域の情景が繰り返し、思い出されているのだから。 荒涼たる原野。 自然の無くなった礫沙漠と化した祖国。
ゲリポルから内陸部に侵攻した際目撃した情景に、私は内心に湧きあがる怒りと悲しみを押さえるのに苦労した。
かつては豊かだった、美しい祖国。 その祖国の荒れ果てた惨状。 そこかしこに、撃破した、醜い内臓物を撒き散らしたBETAの残骸。

(―――ダメね、何時までも・・・ 割り切りなさい、ギュゼル・・・)

割り切れるか、正直自信は無かった。 









1997年7月22日 クレタ島東部 ラッシティ県ミラベロ湾 アギオス・ニコラオス ファエドラ・ビーチ ホテル『Sentido Aegean Pearl』


かつてのリゾート地。 この方面の各国が崩壊した後、ご多分にもれずこの地にも難民が殺到した歴史がある。
かく言う私も、昔祖国が陥落する際、イスタンブルから命からがら脱出した後、脱出船が最初に寄港したのがこのクレタ島だった。
で、アギオス・ニコラオスにも2週間ばかり滞在した―――テント生活だったけれど。 その後は親類の伝手を辿って、極東に渡ったのだ。

そのかつてのリゾートホテル、ホテルの直ぐ前が綺麗なビーチになっている。 もっともこんなご時世、クレタ島でバカンスを、なんて酔狂な人間は一人も居ない。
実質は、クレタ駐留国連軍の休養地として、国連が一切合財を借り上げているのだ。 『従業員』も、国連軍の軍属としての地位を与えられている。

その中の1室、ビーチを見下ろせるダブルルームに女ばかり7人が集まり、お酒を飲んでいる。 今日から1週間、休暇を貰えたのだ。
第2、第3大隊も近くのホテルに分宿している。 私達第1大隊に指定された宿がこの、ビーチを望む瀟洒な元ホテルだった。


「でもさぁ、ホントーに良かったの? 翠華?」

白ワイン(と言う名の、拙い合成ワインだ)のグラスを傾けチビリチビリと飲みながら、ミン・メイが翠華に言う。
首を傾げ、コテッと頭を倒しながら聞くその様は、相変わらず20代には見えないわ・・・  もっとも紫のネグリジェ姿は充分、大人の女性だけれど。

「・・・しつっこいなぁ、ミン・メイも。 良いのよ、別に。 向うだって、どうせ数日は大佐や、他の大隊長達との付き合いがあるんだし。
四六時中、ベタベタするのもみっともないわ。 私だって、女同士で楽しむ時間は欲しいし・・・」

シェリーを飲んでいる翠華と言えば、もうまるっきりランジェリー姿。 彼女、休養地では結構大胆な下着を付けるのね・・・

「あっら~・・・ 言う様になりましたね~、中隊長? むかーし、あの『種馬』さんがいらした頃は、四六時中『ベタベタ』していた人とは思えない発言」

「・・・飲みが足りない様ね? ウルスラ?」

「ちょ! ぎゃー! ワインにシュナップスを混ぜないで下さいよ!」

ガウン1枚身につけただけで、胸元も露わなウルスラが、更に裾を乱して騒ぐ。

「ドイツ人は、血管にこれが流れているんでしょーが!」

「それは、ロシア人の血管にヴォトカが流れているって言うんですよ! ドイツ人じゃなぁい! クラウディア! ユーリア! そこのラキ(クレタ島の蒸留酒)取って!」

「何をする気・・・?」

「目には目を! ウチの中隊のモットーよ!」

あ、そのピンクローズ&レースのスリップ、素敵ね、クラウディア。

「はあ・・・ 第3中隊は、いつもこれね・・・」

「文句は中隊長に言ってよね! ユーリア!」

黒のシースルーストリングのキャミソール・・・ 誰かに見せる予定でも有るの? ユーリア?

「下剋上ですか? ウルスラさん・・・」

「その位の気概を持て! アリッサ!」

唯一、まともな? ルームウェア姿のアリッサが呆れている。

「ちょっと・・・ ウルスラ、ウチのアリッサに変な事吹きこまないで」

私は私で、黒のサルートスリップ。 胸元のレースと、赤いラーレ(チューリップ)の刺繍がお気に入り。 ラーレはトルコが原産だし、国の花だし、私も大好き。

ああ、女が7人も集まると、本当に姦しいわね。 世の男性陣が、どんな幻想を抱いているのか知りませんけれど。 幻想の海に、溺れて死なないようにね?
これでも、ここに居る全員が、中隊や小隊指揮教育を受けた大尉や中尉とは思えないわ。 
しかも、大隊の女性幹部尉官が勢揃いで・・・ ん?

「・・・あら? 私に、翠華、ミン・メイ。 大尉が3人で・・・ アリッサにウルスラ、クラウディアにユーリアで中尉が4人・・・」

「・・・1人、足りませんね・・・?」

「あの女、さてはしけ込んだわね・・・?」

「太い女ね・・・ そうそう、好きにさせて堪りますかって・・・」

「くそう・・・ 男を捕まえた途端、これってあんまりじゃない? 捕まえた男が、何だと言えば、何だけれど」

あらら・・・ ご愁傷様。 この場合、どちらに言えばいいのかしらね? 女同士の友情を2の次にした女の方か。 その辺を全く考えない万年発情男か。

「・・・程々にしておきなさいよ? 貴女達?」

「野郎の方はともかく、女の子の方は・・・ ま、仕方が無いわよ」

「流石、翠華ね! 経験者は語る、だね!」

「・・・ケンカ売ってんの? ミン・メイ?」

刹那の生き死にの戦場から、からがら生還したのだ。 今夜は、野暮は言うまい。 人恋しくて当然よね、人肌が欲しくて当たり前よね。

バルコニーから洩れる部屋の明かりが、浜辺をうっすらと照らす。
波間の音、夜の風の匂い、そして星明かり。 初夏の感想し切った、それでいてどこか甘く甘美な地中海の夜。

思い出さずにはいられない、あの夏の日を・・・









1997年7月24日 1030 クレタ島 東部 ラッシティ県ミラベロ湾 アギオス・ニコラオス


早朝の浜辺を散歩して、宿に戻り朝食を済ませた午前。 特にする事も無く、一人のんびりとまた散歩する事にした。
近くには他の大隊の仲間も宿泊しているし、連れだってビーチに遊びに、とも誘われたけれど。 どうもそんな気分になれなかったのね。
途中でノエル―――ノエリア・エラス大尉と出会って誘われたけれど、遠慮した。 彼女の後ろから、セクハラ親爺が無言で『邪魔すんじゃねぇ!』って哀願していたしね。

海岸通りをのんびり歩いて、港の方向へ。 潮風が心地良い。 海鳥が舞っている、この辺りはまだ生き残っているのね。
初夏の陽光に照らされた海面が眩しい、波の打ち寄せる音にワクワクする。 そんな気分で歩いていると、子供達が海ではしゃいでいる光景に出合った。
地元の子達だろうか。 一時期は難民でごった返したこの場所も、今では国連軍関係者や軍属、その家族だけが残っている。
あの子供達はそう言った、クレタ防衛線に従事する親を持つ子供達なのだろう。

まだ幼い子供特有の、甲高い笑い声。 お互いの名を呼ぶ声。 ギリシャ語、そしてトルコ語・・・ トルコ語!?
間違いない、トルコ語だわ、聞き間違える筈が無い。 子供達はお互いにギリシャ語やトルコ語ではしゃぎ回っている。
互いを呼び合う名前も、『イオアニス』、『アサナシア』、と言ったギリシャ人の名前から、『オルハン』、『アイシェ』と言ったトルコ人の名前も聞こえる。
10人程の子供達、まだ10歳にはなっていないだろう幼子達が、波と戯れはしゃいでいる。
身形はさほど豊かとは言えない、恐らく軍属として各種の労働に従事する人たちの子供か・・・
それでも心が和む、昔を思い出すようだわ。 私の故郷にも、いろんな人種の人々が住んでいた。
トルコ人、ギリシャ人、ロシア人、ウクライナ人・・・ 昔から東西の交流の接点だったあの街には、様々な人々がいて、様々な友達がいた。

不意に泣き声が聞こえた、どうやら1人の女の子が泣いている様だ。 傍らにはヤンチャそうな男の子。
何人かが言い合いになっている。 でも子供の事、口を挟むのもね。 ましてや私は、ここでは余所者だし・・・

そう思っていると、母親だろうか、私より4、5歳年上に見える女性が飛んできて、女の子を抱きしめ引き寄せた。
何やら大きな声で言っている、ギリシャ語だ。 ええと・・・『トルコ人と、遊んじゃダメでしょ!』 
―――はあ、昔ギリシャ系の友達と遊んでいる内に、自然と覚えたギリシャ語だけど、こんな時は嫌よね。
あっという間に数人の母親達が現れ、子供達を引き離してしまった。 お互いに言い争っている。
片やギリシャ系、片やトルコ系だ。 お互い母国語だから、理解は出来ないでしょうに。 母親の勘と、女の勘なのかな? 険悪なムードになって来たわ。

折角の清々しい散歩のムードが台無し。 そう思っていたら、また2人の女性が現れた。  母親達の間に入って、制止しようとしている。
やがて、子供の手を引いて母親達が引き揚げた後、後から来た2人の女性と、2人の女の子が残っていた。 泣いている女の子を、慰めている。
その姿に、私は思わず目を疑った。 有り得ない、そんな、有り得ない、彼女達が生きているだなんて・・・

無意識に脚が進んだ。 喉がカラカラよ。 手をあたふたさせて、私ったら・・・

「・・・ヒュリア・アルトゥウ? ファニ・ハルキア?」

懐かしい、友の名前。 もう2度と呼ぶ事は無いと思っていた、その名前を呼ぶ。
彼女達が振り向いた。 訝しげだ、当然だろう。 今は私服とは言え、昔の私は髪の毛は短くしていた。 今みたいなロングじゃなかったもの。
それでも、ヒュリアが気付いた様だ。 吃驚したように、その大きな瞳を見開いている。

「・・・え? もしか、して・・・ ギュゼル? ギュゼルなの?」

「ギュゼル? え? あの、ギュゼル・サファ・クムフィール?」

ああ、懐かしい。 懐かしい顔、懐かしい声。 どうしたんだろう、視界が霞むわ・・・

「・・・ええ、ええ! そうよ! 私よ、ギュゼルよ! ヒュリア、ファニ・・・!」

お互い、気が付いたら走り寄っていた。 抱き合い、信じられない想いで、それでも嬉しくて涙が出てきた。

「生きていた! 生きていたのね、ギュゼル!」

「ええ、2人も! 生きていたのね、ヒュリア、ファニ!」

幼い頃の思い出が、一気に蘇る。 小さい頃からの幼馴染だったヒュリアとファニ。 もう死んだと思って諦めていた。
その彼女達が生きていた、生きていてくれた。 こんな嬉しい事は無いわ。

「・・・よかった、よかった・・・」

ファニの涙ぐむ声に、私は何度も頷いた。 声を出したかったけれど、出なかった。 嬉しさの嗚咽だけ。









7月25日 1530 クレタ島 東部 ラッシティ県ミラベロ湾 アギオス・ニコラオス


昨日、思いがけず幼馴染と再会した。
ヒュリア・アルトゥウとファニ・ハルキア。 私と同じトルコ系のヒュリアと、ギリシャ系のファニ。
2人はそれぞれ、3年間の徴兵での兵役を済ませた後、予備役として後方に下がっていた。 今は2人とも、小学校の教師をしていると言う。
2人とも、昨日は仕事があってあれ以上時間は取れないから、翌日の再開を、と言う訳で、今日こうして海岸沿いのカフェで3人揃ってお茶をしている。

「軍事施設ばかり充実しちゃってね、そこで働く軍属達の家族の為の施設とか、全然追いつかないの」

ファニが溜息をつく。 彼女は昔からここに有る小学校で、2年前から先生をしているそうだ。 昔から優しい娘だったから、子供達にはさぞ懐かれている事だろう。

「・・・それでもまだ、ギリシャ系はマシな方なの。 トルコ系は難民キャンプがそのまま居住区になったりでね。
衛生的にも悪いし、環境もね。 地元のギリシャ系の人たちの中には、トルコ系の軍属労働者を締め出そうって動きも有るし・・・
小学校だって、ようやく1年前に出来たばかりなのよ。 それまで、トルコ系の子供達は、ここでは教育を受ける事が出来なかったの」

ヒュリアが暗い顔をする。 彼女はここ、クレタ島からアレクサンドリアまで脱出し、そこで亡命政府の学校に入れたそうだ。
でも、今は向うもなかなか厳しいらしい。 トルコは政教分離で、最もイスラム色の弱い国だったけれど、エジプトはスンニ派の勢力が強いし。
今では、『世俗に塗れた』トルコ系の学校を心良く思わない住民の反対で、ヒュリアが通っていた学校も閉鎖されていると聞く。

そんな彼女が、ここクレタ島の守備隊勤務で予備役になった際、難民上がりのトルコ系軍属(と言う名の、低賃金労働者)の町を見て心を痛めるのも、無理は無かった。
小学校さえ無い、子供達は日々、狭いスラムじみた居住区で無気力に生きている。 それが耐えられなかったと。
昔の伝手で、かつての上官に惨状を訴え、1年をかけて住民たちと陳情を続け、ようやくの事で国連から建物と運営資金の援助が出たそうだ、それが昨年の事。

「・・・この1年、色々有ったわ。 ギリシャ系の学校とも交流を、って主張してもね、親達は受け入れてくれない。
自分の子供に危害を加えられるんじゃないかって、心配するのよ。 ギリシャ系の方でも、警戒されちゃってね」

「・・・無理も無かったかもしれないわね。 あの頃、丁度キプロス島じゃ、食料の奪い合いでトルコ系とギリシャ系の住民が衝突して、死者が出た直後だったし」

―――ああ、あの事件ね。 確か、BETAがキプロスに少数上陸した時で・・・ 阻止に当ったトルコ軍のF-16部隊が英雄視された時だったかしら?
でも聞いた話じゃ、あの部隊の指揮官はトルコ軍上層部から疎んじられて、国連軍に飛ばされたって。 どこかで政治が絡んでいたのかしらね? キプロスは難しい土地だから。

「・・・それでもね、私も半年前にファニと再会してね。 お互い、イスタンブルから脱出して、ここクレタまでは一緒だったの。
その後はどうなったのか、心配だったけれど、再会できた。 そしたらね、ファニも小学校の先生をしているって聞いてね!」

「そうそう、だったら、私達の担任クラスの子たちだけでも、一緒に遊ばせようって。 先生がいたら、少しは親御さんも安心するかもって」

―――イスタンブルの、丘を上がった新市街の住宅地。 石畳の、海を見下ろせる路地。  洗濯物が干してある家々、街角ではおばあちゃんがパンとお菓子を売っているお店。
そんな庶民の暮らす街かどで、私達はトルコ系もギリシャ系も関係無く、遊んでいた。 夕日が金角湾を赤く照らし、モスクが夕日に輝いて。
そして1番星が見える頃、家から美味しそうな匂いが漂ってくる。 お母さんが戸口から顔を出して叫ぶ―――『ギュゼル! 夕御飯よ、帰ってらっしゃい!』
私はヒュリアやファニに『バイバイ! また明日ね!』、そう言って家路につくのだ。 それはヒュリアもファニも同じだった。

「昔、良く遊んだわね、一緒になって・・・」

「ええ、あの頃はトルコ系とか、ギリシャ系とか、全然意識してなかったわね。 みんな、幼馴染の友達とか、学校の友達同士だったわ・・・」

「思い出すわね、こうして話していると・・・ チャウラ、エジェ、イェリズ、それにエカテリーニ、マリア、イェオルヤ・・・」

「ガキ大将だったイブラヒムにディミトリオス。 勉強が出来たセリム、手先が器用だったイオアニス、サッカー少年のオルハン・・・」

ああ、思い出す。 懐かしい、学校の友達。 仲の良かった女の子。 腕白な男の子に、イタズラされてよく泣かされた。
そして、そんな私達を優しい目で見守ってくれていた先生―――ムラト・バヤル先生。

そこまで思い出し、急に気分が悪くなった。 理由は・・・ 判っている、あの男の事を思い出したからだ。
卑怯で臆病者のムラト―――ムラト・バヤルの事を!

私の理性はそこで沸騰してしまった。 ヒュリアとファニが目を丸くして驚いているのをしり目に、呪いの言葉を吐き出し続けていた。
卑怯者、臆病者、子供を見捨てた恥ずべき男、BETAに生徒を喰わせて逃げた卑劣漢・・・

「・・・はあ、はあ、はあ・・・」

少数いる他の客が驚いてこっちを見ている。 ファニが、そっと私の手を取って、諭す様に言う。

「ねえ、ギュゼル・・・ 私達も話は知っているわ、正直、最初は先生を許せなかった。 でもね、もう良いんじゃないかしら?」

「ッ! もういいって! じゃ、死んでしまった友達はどうなるの!? エスラは!? イリーニは!? チャウラは!?
マフムトはメルテムとアグネスを助けようとして、BETAに喰われたわ! まだ・・・ まだ、10歳だった! 私達、まだ10歳だったのよ!?」

それを、それを!―――『先生! 助けて、先生!』 泣き叫ぶ私達を見捨てて、あの男は逃げ去ってしまった。
あの時のあの男の表情は、忘れない。 恐怖と、生への執着と、後ろめたさと、そんな諸々の負の感情で顔を歪め、戦慄く様に逃げ去って行った、あの後ろ姿を!

「・・・私だって、偶然撤退中の機械化歩兵部隊が現われなかったら、喰い殺されていたわ」

その部隊は、私とあと2、3人の子供を連れて脱出した兵士以外は踏み止まって、全滅したと後から聞いた。 トルコ軍の首都防衛師団の生き残りだったと聞いた。
燃え盛る炎、あちらこちらで聞こえる悲鳴、砲撃の音、銃声。 まだ幼かった私にとって、それはこの世の終わりにも思えた。

潮風が肌に感じられる、波の音が聞こえてきた。 情けないわね、激情に我を忘れていただなんて。
そんな私を見て、ファニと顔を見合していたヒュリアが、静かに私にこう言った。

「・・・ねえ、ギュゼル? もしよかったら、明日、学校に来てくれないかしら?」

「・・・学校?」

「ええ、私の勤める学校よ。 そうね、お昼の・・・ 3時過ぎ頃に」

―――嫌な予感がする。

「会わせてあげるわ、あの人に。 そして会って、それからどうするか。 ギュゼル自身が決めて頂戴な」










7月26日 1510 クレタ島 東部 ラッシティ県ミラベロ湾 アギオス・ニコラオス トルコ系居住区


港からほど近い、雑多な町。 それがこの地のトルコ系住民の居住区だった。
お世辞にも良い環境とは言えない、家は小さく、路地は狭く、衛生的にも十分とは言えない。
私が祖国を脱出し、クレタ経由で伯父の赴任していた上海に住んでいた頃に見た、低所得者層特有の、スラム一歩手前の町、そんな所か。

「うわあ~、流石に酷いわね。 まあ、難民キャンプに比べれば、雨露凌げる屋根も有って、曲がりなりにも住む部屋があるだけ、マシと言えばマシだけれど」

「・・・どうして、アンタが付いて来るのよ? 翠華?」

私の前を、当然のように歩いている親友に、思わず愚痴が出てしまう。
これから恐らく会うで有ろう人物は、私にとっては耐えがたい存在だ。 何を言い出すか、どんな醜態を晒すか、私自身判らない。
出来れば、部隊の誰とも一緒に居たくなかったというのに・・・ ああ、昨日、ヒュリアとファニと別れ際、偶々、翠華とばったり会ったのが運のつきだったわ。

「・・・ギュゼルってさ、世話焼きで、精神的に大人っぽいけどね、皆そう見ているけどね。 根っこの所は、どうなのかなぁ? って思う」

クルリと振り返り、意外なほど優しい、慈しむ様な笑顔で翠華がそう言う―――昔、お母さんがこんな笑顔をしていたっけ。

「・・・どう言う事よ?」

「―――別に? 言葉の通りよ。 あ、見えてきたわ、あれじゃ無い?」

狭い路地を抜けて、ちょっと高台になっている開けた場所。 海を見下ろせるその場所に、小さな学校があった。
授業はもう終わったのだろうか、子供達は校庭に出て、思い思いに遊んでいる。 その姿は、紛れも無く遠いあの日の私達の姿だった。

塀など無い、垣根すらないその校庭の端に立ち止まって、翠華と2人でその様子を見ていた。
そして私が懐かしさに、時を遡っている内に、翠華は校舎から歩み寄って来る人影に気付き、挨拶する―――ヒュリアだった。

「いらっしゃい、ギュゼル。 ご足労おかけしますわ、蒋大尉」

「いいえ、こちらこそ・・・ お気づかい、感謝します、アルトゥウ先生」

何やら、ヒュリアと翠華が勝手に話を進めている様で気にかかる。 
ヒュリアは昔から素直な娘だったけれど、翠華は最近油断ならないから・・・

やがて、翠華と話し込んでいたヒュリアが、校舎の方を見て私に視線で合図を送って来た。
1人の男性が―――教師が校庭に出てきた。 子供達に懐かれているのだろう、たちまち彼らに囲まれる。
その顔は慈愛に満ちた表情だった。 子供達を慈しみ、守り、導く先生の顔。 そして、私が1番見たくなかった顔。

「・・・ムラト・バヤル・・・」

「そう、ムラト・バヤル校長先生よ。 彼がこの学校の設立に当って、当局と根気強く交渉なさっていたの。 私が始める何年も前から」

その内、子供の1人がヒュリアに気付いた。 嬉しそうにその名を呼びながら駆け寄って来る。 ヒュリアの顔も、優しい、慈母の様な表情だ。
私は居たたまれなくなった。 この場にふさわしく無い人間は、自分だけだと感じていた。 私の負の感情はともかく、そんな事は子供達には関係ないのだ。
『彼』が、私に気付いた。 最初は訝しげに、そして確信に変わり、笑みを―――哀しい、悔恨と贖罪の笑みを浮かべていた。
子供達に何やら話しかけ、その輪から出てこちらに歩み寄って来る。 私は怖かった、来て欲しく無かった。 怖かった、自分を押さえられるかどうかが。

「・・・やあ、君は・・・ ギュゼル、だね? ギュゼル・サファ・クムフィール、だね? 私の教え子だった・・・」

その言葉に、とうとう抑えが利かなくなってしまった。

「・・・ええ、そうです、バヤル先生。 先生が見捨てて、死んだ筈だったギュゼル・サファ・クムフィールです」

その私の言葉に、彼の表情が歪む。 笑みをそのままに、悔恨と悲哀と後悔とを張り付け、奇妙に歪んだ表情。

「・・・そう言われても、仕方が無い。 実際、私は君達を見捨てたのだ、あの時・・・ その結果がどうなるか判っておきながら。
無力な、幼い子供だった君達を、私は見捨てた。 迫りくるBETAの目前で。 脱出船まで引率する教師の役目を放棄して、自分だけが助かった。
あの時の、君達の助けを求める声は、今でも夢の中で繰り返されるよ・・・」

「なぜ・・・ どうして・・・ 見捨てたの!? 怖かった! 怖かったわ! 友達が次々に死んで行って!
BETAが迫ってきて! 周りの大人は誰ひとり、助けてくれなかった! 先生だけが・・・ 先生だけが・・・! 信じていたのに!」

私は、国連軍大尉のギュゼル・サファ・クムフィール。 もう5年以上の実戦経験を有する、歴戦の衛士にして将校。
でも、ここに居る『わたし』は、迫りくるBETAの恐怖に怯え、友達が死んで行く様に怯え、家族と離れ離れになって泣き叫ぶ10歳の少女だった。

「許してくれとは、到底言えない・・・ 私は、それだけの悪行を為したのだから。 だが、今まで一度たりとも君達の事を忘れた訳ではないよ。
今でも思い出す、それは鮮明に・・・ 良く笑う子、活発だった子、ヤンチャだった子、大人しかった子、泣き虫だった子、皆、私の大切な子供達だった」

その言葉に、私の最後の理性が―――沸騰した。

「・・・でしたら、いま直ぐにでも、その子達の元に謝罪に行きますか? 
今の私は、国連軍の将校です。 冤罪でっち上げの一つや二つ、やって見せます・・・!」

思わず、傍らのヒュリアが小さく悲鳴を上げる。 翠華が私の方を掴むが、思いっきり力を込めてその手を引き離した。

「どうです? 本気ですよ? ここで、人生終わらせるのも悪くありません。 悲鳴を上げて、恐怖におののきながら死んで行った友達・・・
彼等に会えますから。 死んだ両親にも。 彼等の前に先生、貴方を引きずっていければ・・・!」

―――パアン!

頬に衝撃が走った。 誰かは判っている、翠華が私の頬を張ったのだ。

「・・・そこまでよ、ギュゼル・サファ・クムフィール大尉。 それ以上は国連軍刑法に従い、貴女を予備拘束する事になるわ」

「・・・すれば?」

「ッ! ギュゼル!」

「すれば!? でもね、翠華、例え貴女だからって、邪魔はさせない・・・!」

睨み合う私と翠華。 国連軍の大尉同士の諍いに動揺するヒュリア。 『彼』は、力無く項垂れている―――どの様な結末でも、受け入れるかのように。
その時、一人の少女が走り寄って来た。 私と『彼』の間に割り込んで、私に向かって必死になって抗議する。

「止めて、止めて! 何するの!? お父さんが何かしたのですか!?」

―――お父さん?

「私のお父さんは、何も悪い人じゃないです! だって、ずっと、ずっと、この学校が出来る前から、難民キャンプの頃から、無償で子供に教育をしてきた立派な人だって!
みんな知っています! ギリシャ人が難癖付けてきた時だって、お父さんは一人で話しあいに出かけて! みんな心配したけれど!
でも、無事に帰ってきて! ギリシャ人の人たちからも、立派な先生だって、そう言われてて!」

「・・・エミーネ、退きなさい。 お父さんはその人と話があるのだよ」

「イヤだ! イヤだ! だってこの人、お父さんに絶対変な事するわ! 私、聞いていたもの!」

見た目、12、13歳位・・・ 私達がイスタンブルを脱出した時より、ちょっとだけ年長って所かしら・・・?
亜麻色の髪と瞳、綺麗な肌。 濃い眉は意志の強さを物語っている様―――エミーネ、『誠実』とは!

「お願い・・・ お願い、止めて・・・ お父さんに、変なことしないで・・・ 私から、お父さんを取らないで・・・」

見た目通りの年だとすると、丁度イスタンブルがBETAに襲われた頃に生まれた子供だ。 でも、あの頃の先生には子供はいなかった。
奥様は居た筈だ、その奥様はどうなったの・・・? ああ、思い出したわ。 『先生な、今度、お父さんになるよ』 そう言って、遠足の時に笑っていたっけ。

目の前が真っ暗になる。 血の気が引くのが判る、気分が悪い。 足元がおぼつかない。

「・・・この子が、娘が産まれる直前だったのだよ。 あの時、妻は前の脱出船団でクレタに脱出していた。
私は、どうしても生まれて来る子供の顔を見たかった。 父親の居ない子供に、したくなかった。 妻に会いたかった・・・ そう思った瞬間、足が止まってしまった。 
竦んで、動けなかった。 生徒が、教え子が・・・ 大事な子供達がBETAに喰い殺される様を見ながら、妻と生まれて来る赤ん坊の顔が、頭から消えなかった・・・」

地面に膝をついて、涙を流しながら贖罪の言葉を吐き出し続ける、かつて憎んだ男。
その男を、やはり涙ながらに抱きしめて、私を見上げて睨み続ける少女。

―――どうしたらいいのだろう? ねえ、みんな、わたし、どうしたらいいの? ねえ、わからないの、おしえて、みんな・・・

呆然と立ち尽くす私の腕を取って、翠華が引き寄せる。 
彼女は静かに、そして優しく泣きじゃくる少女の頭を撫でて、『大丈夫よ、心配しないで・・・』、そう言った。
そしてまだ嗚咽を漏らす『彼』の前に進み、しゃがみ込んで視線を合せ、こう言った。

「・・・こんな狂った世界です、人は誰でも胸に秘めた贖罪を持っています。 でも校長先生、先生はそれをずっと直視なさってこられました。
先生の過去は、消し去る事は出来ませんし、ギュゼルの心の傷も、完全に癒せる事は無いでしょう。 でも、前に進む事は出来る筈です」

随分と優しい、慈しむ様な声。

「生きて下さい、校長先生。 私達は昨日を思って嘆くより、明日を思って不安になるより、今日を精一杯生きなきゃなりません。
それに死ぬよりも、生きている方がよっぽど辛い時が何度もありますわ。 でも私達は生きていかなきゃならないし、生きる以上は努力しなければいけません・・・」

切々と流れるその言葉に、私は何時しか興奮が収まっている事を自覚した。

「校長先生、もし先生が、一人の子供の心を傷心から救う事ができたのなら、先生の生きる事は無駄ではない筈です。
もし先生が、一つの魂の悩みを慰める事が出来れば、もし一つの苦痛を覚ます事が出来れば・・・
あるいは一羽の弱っている鳥を助けて、再び羽ばたけるようにしてやることが出来るのなら、先生の生は無駄では無い筈です」

その言葉に、確かに『彼』の魂は救われたのだろうか。

「自分自身以上に愛する者が居る時、人は本当に傷つくもの・・・ 先生、貴方にはお嬢さんがいらっしゃるわ。
我が身に耐え難いほどの贖罪を背負ってでも、愛して止まないお嬢さんが。 だって、ほら・・・ お嬢さんは、こんなにもお父さんが大好きなのですもの」

翠華の言葉に、『彼』―――ムラト・バヤル先生は泣き崩れた。 大の男が、辺りに憚らず泣いていた。
私は茫然とその姿を見ていた。 もう、憎しみは何処かに消えていた。 どこかポッカリと大きな穴が空いた気分だった。
ヒュリアが泣きじゃくる2人の背中を、優しくなでている。 翠華が立ち上がり、私を見てニコリと微笑んだ。

「・・・行きましょう? ね? ギュゼル・・・」









7月27日 1310 クレタ島 東部 ラッシティ県ミラベロ湾 アギオス・ニコラオス


海辺のカフェで、一人脱力しながらお茶を飲む。 なんだかもう、何もやる気が起こらないわ。
折角の休暇だと言うのに。 リゾートとは言えないまでも、その名残はたっぷりとあるこのクレタ島で。
仲間のお誘いにも気乗りせず、気拙い思いで断り続けていた。

「・・・はあ・・・」

出るのは溜息ばかり。 
思うは自己嫌悪ばかり。

目前の海を見ながら、そんなマイナス思考ばかりしていたからだろうか。 背後からやって来る気配に気付かなかったのは。

「・・・相変わらず、ヘタレているわねぇ?」

「・・・何語よ?」

「直衛や圭介から教えて貰ったけれど?」

「・・・日本語?」

「・・・多分」

「意味は・・・?」

「ん? んん~? ヘタレ?」

―――だから、それってどういう意味よ!?

はあ、何て怒る気力も湧かないわ。 翠華は勝手に隣の椅子に座っちゃうし。 
どうでもいいけど、私にツケないでね? まだ10ドル貸しがあるのよ?

「・・・せこいなぁ」

―――言うに事欠いて、何を言うか、この女は・・・

注文したレモネードを飲みながら、暫く楽しげに海を見つめていた翠華が、ふと言葉を漏らした。

「今日ね、改めて学校に行ってきたわ」

―――なんですって?

「どうせ、ギュゼルは行くの、嫌がると思って。 バヤル先生や、ヒュリアと会って来たの。 先生のご自宅にも」

「・・・何考えているの? 翠華?」

そんな私の、今絞り出せる限りの抗議も余所に、翠華が話し続ける。

「無償で先生役を続けて12年。 学校が出来て、校長先生として1年。 必死になって頑張って来たそうね。
家にはね、娘さん―――エミーネちゃんだけじゃなく、他に6人の小さな子供達が居たわ。 先生の実の子じゃないけれど」

「・・・え?」

「戦災孤児、或いは親を何らかで失った孤児。 そんな子供達を引き取って、育てているそうよ。
エミーネちゃんにとっても、たくさんの弟妹達ね。 トルコ系の子もいれば、ギリシャ系の子も居たわ」

「・・・」

「多分、あの先生の『贖罪』 この先の人生の全てを、それに費やす覚悟のね。 暮らし向きは苦しそうだったわ、でも子供の笑い声が絶えなかったわね・・・」

―――『贖罪』 先生は、一生それを背負って生きて行くのか・・・ そう決めたのか・・・

「ねえ、ギュゼル。 私から、貴方に一言良いかしら?」

「・・・何?」

「昔、ある人から聞いた言葉よ―――『貴女が出来る事、したい事、そして夢見られる事を、再び始めて下さい。
毎日を生きて、生き続けて。 今日のこの日が、貴女の人生が再び始まった日で有ります事を』 ・・・どうかしら?」

(出来る事、したい事、そして・・・ 夢見られる事・・・)

「・・・もう、いいや。 憎いとか、そんなの。 もう、いいや・・・」

ああ、何だか、何か私に取り付いていた何がが、落ちた様な気がする。
悲しみは消えない。 あの記憶は消す事は出来ないだろう。 でも、それだけ? それだけなの?


ふと、笑い声が聞こえた。 見ると数日前と同様、子供達が海で遊んでいた。 楽しそうだった。 楽しそうに笑っていた。

「・・・ヒュリアと、ファニの教え子達よ」

「へえ・・・ 私も記憶があるわ、小さい頃、よくみんなで暗くなるまで遊んだもの」

「ええ、私も・・・ 私もそうよ」

トルコ系の子供と、ギリシャ系の子供が一緒になってはしゃいでいる、それはもう、楽しそうに。

―――イスタンブルの、丘を上がった新市街の住宅地。 石畳の、海を見下ろせる路地。  洗濯物が干してある家々、おばあちゃんが街角ではパンとお菓子を売っているお店。
そんな庶民の暮らす街かどで、私達はトルコ系もギリシャ系も関係無く、遊んでいる。 夕日が金角湾を赤く照らし、モスクが夕日に輝いて。
そして1番星が見える頃、家から美味しそうな匂いが漂ってくる。 お母さんが戸口から顔を出して叫ぶ―――『ギュゼル! 夕御飯よ、帰ってらっしゃい!』
私はヒュリアやファニに『バイバイ! また明日ね!』、そう言って家路につくのだ・・・


『―――友よ 再び会う事が出来たなら 共に歌い語らおう 共に喜び語らおう
旅路は遠く 旅路は険しく 山は高く 風は強い
月よ 旅路を照らせ 恐れぬように 迷わぬように 全ての善きものを わたしに照らせ』

昔、バヤル先生に教えて貰った詩の一節。 とても好きだった。

『―――友よ 再び会い事が出来たなら 共に喜び語らおう 共に泣き語らおう
旅路は遠く 旅路は深く 谷は深く 水は激しく
月よ 旅路を照らせ 恐れぬように 迷わぬように 全ての幸運を あなたに照らせ』

知らず、口ずさんでいた。 あれは確か・・・ そうだ、先生が作った詩だったわ。

『―――光は暗く 灯りは小さく 道は暗く 夜は長い
月よ 旅路を照らせ 恐れぬように 迷わぬように
光の水湛える その銀杯を傾けて 天は 調べを 奏でよう・・・』

ああ―――思い出は美しい。 それは、過去は今ここに無いから。 でも、確かに私はその時、その場所に居たわ。 
その時を過ごし、その素晴らしさを、美しさを体験した。 だから私は今を生きる。 生きて行く事が出来る。 あの時を過ごせたから。

「・・・また、会えたね・・・!」

ようやく、その言葉が言えた。 私は、凄く嬉しかった。










1997年8月16日 東地中海沿岸 トリポリ沖 イタリア海軍戦術機揚陸艦『ジュゼッペ・ガリバルディ』


『攻撃隊、発進準備。 攻撃隊、発進準備。 搭乗員、搭乗開始せよ』

来た、出撃命令だ。 ハンガー脇の衛士待機室から飛び出した私達は、自らの『愛機』に駆け寄る。
トーネードⅡIDS-5B―――現在、欧州各国と北アフリカ沿岸諸国で最もポピュラーな、準第3世代戦術機。
欧州第3世代機がロールアウトするまでは、このタイフーンとF-15、F-16系の各型が戦線の頼みの綱だ。

リフトでパレットに乗り上がり、戦術機ガントリーに固定され、上半身を起立させた状態の機体のコクピットに乗り込んだ。
やがて戦術機を乗せたリフトが、飛行甲板まで上げられる。 うす暗い穴倉から、一気に陽光照りつける夏の地中海へ!

≪CPよりリーダー! 敵情はトリポリ付近にBETA群が約4000! イタリア海軍の『アンドレア・ドリア』、『カブール』から第1、第3中隊が発進を開始!
フランス海軍の『シャルル・ド・ゴール』、『クレマンソー』、『フォッシュ』から第2大隊発進! 英海軍の『セントー』、『アルビオン』、『ブルワーク』からも第3大隊、発進を開始!≫

「―――了解。 リーダーより≪ラーレ≫全機! これより発進を開始する! 目標はトリポリ北方10km! BETA群を背後から叩く!」

―――『了解!』

第3大隊≪カラトラバ≫が南から誘引をかける。 その背後から第1大隊≪グラム≫が急襲し、タイミングをずらして第2大隊≪ランスロット≫が横腹を突く。
危険な囮役を、しかしあの不敵な第3大隊長は喜々として引き受けていた。 もっとも、その補佐役の女性大尉は、深いため息をついていたが・・・


カタパルトから猛然と押し出されるように、機体が射出される。 高度は余り取れない、この海は人類が好きに飛び回れる海では無いのだ。
やがて、低高度で中隊に空中集合をかける。 周りには第1と第3中隊も集合を終えていた、大隊長直率の指揮小隊が先頭を張る。

『グラム・リーダーより各中隊、手順は予定の通り変更は無い。 光線級が多少厄介だが、英海軍の地中海艦隊が盛大に艦砲射撃を見舞ってくれるそうだ』

『そりゃ、良いやな。 艦砲射撃なんざ、重金属雲を撒き散らす以外に使い道は無いしよ!  精々、ド派手に頼むか!』

『ファビオ、精々、巻き込まれないようにね? 誰かさんが心配するから』

『へっ! そんなヘマするかよ! 俺様は老衰で死ぬって決めているんだぜ!?』

『ん~、それまでに人類がやられちゃったら、どうするの?』

『・・・ミン・メイ、ノホホンと、恐ろしい事言うなよ・・・』

思わず笑みが浮かぶ。 相変わらずの会話、相変わらずの笑い、相変わらずの戦場。 岩変わらずの、私の世界。
でもね―――私は生きてやる。 生き抜いてやる、そして夢見てやるわ。 この命の限りね。

「・・・ラーレ・リーダーより≪アズーロ≫リーダー、≪ロンニュイ≫リーダー、そろそろ変針点よ、いい加減に口を閉じたら?」

『うわ、始まったわ、ギュゼルの優等生病が・・・』

「・・・翠華?」

『ロンニュイ・リーダー、ラジャ。 中隊各機! 高度落とせ! レーザー照射警報に注意!』

『アズーロ各機、突っ込むぞ、付いてきな!』

『グラム・リーダーより各中隊、手筈通りだ。 アズーロが先鋒。 右翼をラーレ、左翼をロンニュイ。 指揮小隊、アズーロに続行!』

やがて陸地が見えてきた。 沖合から英海軍の戦艦部隊が、盛大に艦砲射撃をかけている。 いい感じね、光線級はまだこっちに気付いていないわ。

『よし―――≪グラム≫大隊、突入せよ!』

40機のトーネードⅡが一斉にBETA群の背後から襲いかかる。 いつもの戦場、いつもの緊張感、いつもの恐怖感―――生き残ってやるわ。
生き残って、そして、あの日の夢の続きを。 私は追いかける、夢の続きを。 私は夢見るのだ。

「リーダーより、≪ラーレ≫中隊全機! かかれぇ!」













≪後日談≫

「・・・なあ、なんで今日もギュゼルが当直司令?」

「そうですよ、確かこの前も・・・」

「あ、いいのよ、気にしないで、ファビオ、ロベルタ。 それよりこれから外出でしょ? 楽しんできなさいな」

「・・・ま、いいけどよ? なあ、ギュゼル。 お前さん、何か翠華に弱み握られてるとか?」

「ま、まさか・・・ ほほほ・・・」

(・・・くっそう、翠華めぇ! 『ギュゼルは私に大きな借りがあるのよね? だ・か・ら! 次の当直司令、代わってね?』ですってぇ!?
どうせ、少佐と外出を合わせたかったんでしょーが! あの、万年発情女わぁ!)







[7678] 設定集 メカニック編
Name: samurai◆b1983cf3 ID:cf885855
Date: 2010/12/20 23:18
※ここに出てくる全ての「戦術機」と、「戦術機関連兵装」は、作者の妄想の産物です。





1.戦術歩行戦闘機(Tactical Surface Fighter)
1-1.日本帝国
【帝国陸軍】
・92式戦術歩行戦闘機(F-92J) 『疾風』
開発年:1992年 配備年:1992年(大陸派遣軍)
開発企業:河西航空、石河嶋重工、九州航空、愛知飛空(4社共同開発)
生産企業:上記4社(生産比率:河西3、石河嶋3、九州2、愛知2)
主機・跳躍ユニット:F110-GE-129(ジネラルエレクトロニクス社製)
注記:原型は米・F-16C/D・Block40/42。 4社が独自改修設計した機体。
安価で取り回しが良く、整備性にも優れた第2世代機として、極東、東南アジア、中南米、中東諸国への輸出に成功した機体。

・92式弐型戦術歩行戦闘機(F/A-92E/F) 『疾風弐型』
開発年:1993年 配備年:1993年末(大陸派遣軍)
開発企業:河西航空、石河嶋重工、九州航空、愛知飛空(4社共同開発)
生産企業:上記4社(生産比率:河西3、石河嶋3、九州2、愛知2)
主機・跳躍ユニット:FJ111-IHI-132B(石河嶋重工製)
注記:92式の主機出力・アビオニクス能力向上型。 試験的にOBLシステムを搭載。
94年以降、本格的に77式『撃震』と置換わって配備が進む機体。
主機は大出力だが、燃料消費の悪さという問題も抱えている(継戦時間の低下)
96年に新型主機・跳躍ユニットへの換装を行った。(※1)
機体コードのF/Aは、近接戦闘(F)と、中距離砲撃戦(A)双方をこなす機体であり、Eは単座型。 Fは複座型(少数が生産された)

【帝国海軍】
・84式戦術歩行戦術機 『翔鶴』
開発年:1984年 配備年:1984年
開発企業:光菱重工、富嶽重工、河崎重工
生産企業:上記3社
主機・跳躍ユニット:J79-GE-3A(ジネラルエレクトロニクス社製)
注記:1977年の77式『撃震』、1982年の82式『瑞鶴』に続き、帝国でのバリエーション第3弾となった、F-4改修機。
77式、82式と異なり、高速性と一撃離脱能力を高めた艦載機型。 主に母艦戦術機甲部隊での運用を主眼に改修された。
1990年代に入り、旧式化が懸念されていた。

・96式戦術歩行戦闘機(AB-17A/B) 『流星』
開発年:1996年 配備年:1996年
開発企業:河西航空、愛知飛空(2社共同開発)
生産企業:河西航空、石河嶋重工、九州航空、愛知飛空
主機・跳躍ユニット:AK-F3-IHI-95B(河崎・愛知・石河嶋協同開発)(※1:後に92式弐型も、同じ主機を搭載)
注記:84式の旧式化による次世代(第3世代)主力戦術機として、海軍第15次拡張計画の一環である「NTSF計画」で開発された。
主機は日本、欧州、米国のハイブリット(技術的混血)による。
母艦戦術機甲部隊用のAB-17B(戦域制圧機)と、基地戦術機甲部隊用のAB-17A(近接戦闘機)の2種類のタイプが存在する。
96年より順次、84式から置換わっているが。 あと5~6年は併用される見込み。
原型戦術機の1つは、YF-17であり、米海軍のF/A-18E/F・スーパーホーネットの近親的戦術機である。
が、主機の面では欧州のトーネードⅡIDS-5B/GR.5Bの兄弟機とも言える。


1-2.欧州連合軍/欧州国連軍
・トーネードⅡIDS-5B/GR.5B
開発年1994年 配備年:1994年
開発企業:英・BAC社、英・R&R社、独・MBB社、独・MTUアエロエンジン社、伊・フィアッティ社(欧州共同開発)
生産企業:上記5社
主機・跳躍ユニット:RBB205-Mk104(R&R社、MTUアエロエンジン社、フィアッティ社協同開発)
注記:欧州第3世代機(ユーロファイタス、後のEF-2000『タイフーン』)の開発の遅れと、従来のトーネードIDS-4/GR.4の陳腐化、ADV-F.4の継戦時間の短さ。
そしてF-15C、F-16C/Dと言う、米国製第2世代機への依存問題。
これらに危機感を抱いた欧州連合軍によって行われた、準第3世代機(或いは第2.5世代機)へのヴァージョンアップ計画により開発された。
現在は、英国、ドイツ、イタリアの他、国連欧州軍、更にはベネルクス3国、ギリシャ、モロッコ、アルジェリア、リビア、チュニジア軍も一部採用している。
(他に採用検討国有り)



2.戦術機用兵装
2-1.携帯火器
・マウザーBK-57リヴォルヴァーカノン(近接制圧砲)
開発年:1993年 配備年:1994年
開発企業:独・マウザー社
生産企業:独・マウザー社(他、ライセンス生産企業複数社あり)
注記:「近接制圧砲」の名の通り、57mm砲弾を用いた近接戦闘時の、広域制圧射撃用・戦術機携帯火器。
傑作航空機用機関砲、BK-27機関砲(口径27mm)をベースに、戦術機用近接制圧火器として新たに開発された。
砲口径57mmは、Mk-57中隊支援砲と同じだが、BK-57は全長4.65m、砲弾重量568g、全体総重量385kgと、戦術機用近接制圧火器としては手頃なサイズ、重量に納まっている。
トーネードを始めとする、欧州系戦術機との相性は良いが、米国製戦術機(F-15)との相性は悪いと言われる。

・M88『Barrett』支援速射砲
開発年:1980年 配備年:1981年
開発企業:マクダエル・ドグラム&ボルフォース
生産企業:マクダエル・ドグラム、ボルフォース、他
注記:元は海軍砲のMボルフォースMk-2(SAK/L70)・57mm砲。より軽量で、より難のない砲メカニズムに注目した米陸軍が
カナダに避難していたボルフォーズ社とマクダエル・ドグラム社に命じて開発したのが本砲。
砲口径を71口径2.24インチ(57mm)とし、発射速度200発/分 砲口初速1050m/s 有効射程9,000m 最大射程18,000m
全長5.25m、砲弾重量5.5kg 全体総重量1,450kg 発射機構はリンクレスフィード型リヴォルヴァーカノン。
米軍戦術機(陸海軍、海兵隊)、日本帝国海軍戦術機の他、大東亜連合軍、豪州軍、中南米諸国が使用している。

2-2.制圧支援誘導弾システム
・95式誘導弾システム
開発年:1995年 配備年:1996年
開発:日本帝国海軍技術開発廠、光菱重工
生産:光菱重工、富嶽重工、河崎重工、石河嶋重工、帝国海軍造兵工廠(豊川・多賀城・高座・鈴鹿・相模)、帝国陸軍東京第1造兵廠、東京第2造兵廠、名古屋第2造兵廠。
注記:元は、海軍次期主力戦術機用の、制圧誘導弾システムとして開発された。
後に対BETA撃破率の高さから、帝国陸軍MLRS部隊用にも採用される。
弾頭は成形/サーモバリック複合弾頭。 信管は衝撃/遅延複合信管。 直撃時は、突撃級BETAを無力化する事も可能。

・95式自律誘導弾兵装担架システム
開発年:1995年 配備年:1996年
開発企業:河西航空、愛知航空
生産企業:河西航空、石河嶋重工、九州航空、愛知飛空、光菱重工、富嶽重工、河崎重工
注記:95式誘導弾格納セルユニットを運用できるために開発された、専用兵装担架システム。 ソ連のБ-87可動兵装担架システムを参考にしている。
従来兵装の突撃砲・長刀は搭載不可能。
現在は、96式戦術歩行戦闘機『流星』の主兵装担架システム。

・92式改弐型多目的自律誘導弾システム
開発年:1995年 配備年:1996年
開発:帝国海軍技術開発廠
生産:河西航空、石河嶋重工、九州航空、愛知飛空、光菱重工、富嶽重工、河崎重工、他
注記:95式誘導弾を運用する為に、92式多目的自律誘導弾システムを改修して開発された。
従来の92式多目的自律誘導弾システムは装弾数16発だったが、より大型の95式誘導弾搭載の為、装弾数は9発に減少している。





[7678] 設定集 陸軍編(各国) 追加更新
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/05/15 01:57
1.日本帝国(1997年10月改編)
日本帝国陸軍(戦略即応軍)
 第6軍:第7軍団:第5師団、第20師団、第27師団(国内戦略予備)
     第8軍団:第22師団、第28師団、第39師団(大陸派遣)
     第9軍団:第14師団、第18師団、第29師団(国内戦略予備)

   
本土防衛軍
 中部軍管区(第1軍):近畿、中国
   第1軍団:禁衛師団(1997年名称変更)、第1師団、第3師団、第6師団
   第2軍団:第2師団、第8師団、第10師団、第15師団
   第12軍団:第12師団、第19師団、第43師団、第50師団

 西部軍管区(第2軍):九州、四国、沖縄
   第3軍団:第9師団、第21師団、第24師団、第34師団
   第10軍団:第26師団、第33師団、第42師団、第46師団
   第13軍団:第23師団、第25師団、第32師団、第34師団

 東部軍管区(第3軍):関東、甲信越
   第4軍団:第13師団、第31師団、第44師団
   第14軍団:第35師団、第38師団、第48師団

 東海軍管区(第4軍)東海、北陸
   第5軍団:第30師団、第40師団、第45師団
   第15軍団:第36師団、第41師団、第52師団

 北部軍管区(第5軍)東北、北海道、樺太、千島
   第6軍団:第34師団、第50師団、第54師団
   第11軍団:第47師団、第49師団、第53師団
   第16軍団:第7師団、第37師団、第55師団

 ※重点防衛管区は西部、中部軍管区、次いで北部軍管区。 東部、東海の両軍管区は他方面への緊急相応予備部隊


斯衛軍(1997年10月改編)
総兵力:6個聯隊(聯隊戦闘団)
    帝都駐留:第1聯隊、第2聯隊
    大宰府守護:第3聯隊、第4聯隊
    出雲守護:第5聯隊
    伊勢守護:第6聯隊


2.ドイツ
・西ドイツ陸軍
西ドイツ第1戦術機甲軍
  第1装甲軍団:第1装甲師団、第2装甲擲弾兵師団、第3装甲擲弾兵師団
  第2装甲軍団:第5装甲師団、第7装甲師団、第9装甲擲弾兵師団
  第3装甲軍団:第4装甲師団、第6装甲擲弾兵師団、第8装甲擲弾兵師団

・東ドイツ陸軍
東ドイツ第2戦術機甲軍
  第4装甲軍団:第10装甲師団、第11装甲擲弾兵師団、第12装甲擲弾兵師団
  第5装甲軍団:第13装甲師団、第14装甲師団、第15装甲擲弾兵師団

注)「装甲師団」・・・戦術機甲師団
  「装甲擲弾兵師団」・・・機械化歩兵装甲師団

・国際共同部隊(ドーヴァー・コンプレックス)
ドイツ・フランス合同旅団(DFB) ※フランス呼称:フランス・ドイツ合同旅団(BFA):西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊、他


3.フランス
・陸軍作戦司令部(CFAT)
   第1機甲師団(英国)、第2機甲師団(カナダ)、第3機械化歩兵師団(英国)、第6機甲師団(スエズ)、第7機甲師団(英国)
・特殊作戦群
   第1海兵軌道降下連隊、特殊作戦軌道降下艦隊
・国際共同部隊(ドーヴァー・コンプレックス)
   第13竜騎兵連隊
・陸軍後方支援司令部(CFLT)
・陸軍総司令部直轄部隊(CTFA)
・外人部隊総司令部
   第1外人戦術機甲連隊(スエズ)、第4外人戦術機甲連隊(アルジェリア)
・海外駐留部隊
   フランス領ギアナ駐屯部隊
      第3外人機械化歩兵装甲連隊
      第9海兵装甲連隊
   カリブ海方面駐屯部隊
      第33海兵戦術機甲連隊
      第41海兵装甲大隊
   インド洋方面駐屯部隊
      マヨット外人部隊分遣隊(戦術機甲大隊)
      第2海兵装甲連隊
   太平洋方面駐屯部隊
      ニューカレドニア海兵戦術機甲連隊
      ポリネシア海兵装甲連隊
   アフリカ方面駐屯部隊
      第5海外混成機械化歩兵装甲連隊(ジブチ)
      第13外人戦術機甲准旅団(スエズ)
         第6外人戦術機甲連隊
         第103外人機械化歩兵装甲大隊
         第104外人機械化歩兵装甲大隊
      第6海兵装甲大隊(ガボン)
      第23海兵装甲大隊(ダカール)
      第43海兵装甲大隊(アビジャン)

4.イタリア
・COMALP
   第1戦術機甲師団「タウリネンセ」
   第2戦術機甲師団「オロヴィカ」
   第3戦術機甲師団「トリデンティナ」
   第4戦術機甲師団「カドレ」
   第5戦術機甲師団「ジュリア」
・COMFOD1
   フォルゴレ強襲戦術機甲師団
   フリウーリ航空急襲師団
   ポッツオーロ・デル・フリウーリ機械化師団
   アリエテ機械化師団
・COMFOD2
   サルデニア機械化歩兵装甲師団
   ガリバルディ機械化旅団
   サッサリ機械化師団
   ピネローロ機械化師団
   アオスタ機械化師団

5.スペイン
・第1機動打撃軍
  第1機甲軍団:第10戦術機甲師団「グスマン・エル・ブエノ」、第1機械化歩兵装甲師団、第1機甲砲兵連隊
  第2機甲軍団:第11戦術機甲師団「エストレマドゥーラ」、第2機械化歩兵装甲師団、第2機甲砲兵連隊
  軍直轄予備:第3機械化歩兵装甲師団、第1工兵連隊、第1後方支援旅団、第1通信連隊
・第2機動打撃軍
  第3機甲軍団:第12戦術機甲師団「グアダラマ」、第7機械化歩兵装甲師団、第3機甲砲兵連隊
  第4機甲軍団:第21戦術機甲師団「ルシタニア」、第8機械化歩兵装甲師団、第4機甲砲兵連隊
  軍直轄予備:第9機械化歩兵装甲師団、第2工兵連隊、第2後方支援旅団、第2通信連隊
・第3軍
  ジブラルタル軍団:第15戦術機甲師団「ジブラルタル」、第4機械化歩兵装甲師団
  アンダルシア軍団:第19戦術機甲師団「アンダルシア」、第5機械化歩兵装甲師団
  軍直轄予備:第331警備戦術機甲大隊(F-5E)「アルカンタラ」、第332警備戦術機甲大隊(F-5E)「テネリフェ」、第5砲兵連隊
・緊急展開部隊
  第188戦術機甲旅団「レイ・アルフォンソ」(F-16C)
      第1大隊「ビエホ」
      第2大隊「シシリア」
      第3大隊「カラトラバ」
      第4大隊「ガリシア」
  第189戦術機甲旅団「ドン・ファン・デ・アウストリア」(トーネードIDS-4B)
      第1大隊「バレンシア」
      第2大隊「テルシオ」
      第3大隊「アンプルダン」
      第4大隊「マデラル」

6.欧州国連軍
  北欧方面軍(旧北欧4カ国、米軍)
  海峡方面軍(英国、フランス、ドイツ軍派遣主力)
  ジブラルタル軍(旧スペイン、ポルトガル軍)
  地中海方面軍(旧イタリア、ギリシャ、バルカン諸国軍)
  スエズ方面軍(英国、フランス軍、エジプト、中東諸国軍)
  艦隊(米大西洋艦隊、英国艦隊、ドイツ、フランス、イタリア艦隊)
  航空支援軍
  航宙軍
  緊急即応展開軍
   米陸軍第18即応軍団:第82戦術機甲師団(オール・アメリカン)、第101戦術機甲師団(スクリーミング・イーグル)
   国連第1緊急即応展開軍団:独立戦術機甲大隊×9個、 独立戦術機甲砲撃大隊×9個

7.国連太平洋方面総軍(1997年時点)
  第11軍(アメリカ太平洋軍:USPACOM)
   第1軍団:第2戦術機甲師団 (ヘル・オン・ホイールズ)、第25機械化歩兵装甲師団(トロピック・ライトニング)、第75師団、第91師団
   第8軍団:第2機械化歩兵装甲師団(インディアン・ヘッド)、第6空中騎兵旅団
   第1海兵遠征軍:第1海兵師団、第1海兵航空団
   第3海兵遠征軍:第3海兵師団、第3海兵航空団

8.英国
  野戦軍:第1師団、第3師団、第6師団、王室騎兵師団『ブルーズ・アンド・ロイヤルズ』(戦術機甲師団)
  地域軍:第2師団(スコットランド・北アイルランド・北イングランド)、第4師団(南イングランド)、第5師団(中部イングランド・ウェールズ)
  戦域部隊1(戦略予備):近衛師団、スコティッシュ師団、女王師団、プリンス・オブ・ウェールズ師団、デューク・オブ・ランカスター師団
  戦域部隊2(即応部隊):ヨークシャー師団、ロイヤル・アイリシュ師団、ロイヤル・ヨーマンリー戦術機甲連隊、ロイヤル・ウェセックス戦術機甲連隊
              キングス・ロイヤル連隊(機械化歩兵装甲)、クィーンズ・ロイヤル連隊(機械化歩兵装甲)、クィーンズオウン・ヨーマンリー連隊(機械化歩兵装甲)
  王立装甲軍団:第1クィーンズ近衛竜騎兵師団(機甲)、ロイヤル・スコッチ近衛竜騎兵師団(機甲)、第1王立戦車連隊、第2王立戦車連隊
  王立砲兵軍団:第1王立騎馬砲兵連隊(自走砲)、第3王立騎馬砲兵連隊(自走砲)、他12個王立砲兵連隊
   

9.韓国(1997年11月)
  第1軍(慶尚北道)
     第1軍団(3個師団)、第2軍団(2個師団)、第3軍団(2個師団)
  第3軍(全羅北道)
     第6軍団(3個師団)、第7軍団(2個師団)
  首都防衛軍(釜山広域市)
     首都軍団(2個師団)、郷土防衛軍団(8個師団=後備役歩兵師団)
  ※第2、第4、第5、第6軍は全滅

10.中国
  第1野戦軍(国連軍指揮下、韓国駐留)
     第16集団軍、第56集団軍
  第3野戦軍(統一中華戦線、台湾駐留)
     第1集団軍、第12集団軍
  第5野戦軍(統一中華戦線、台湾駐留)
     第20集団軍、第57集団軍
  第6野戦軍(大東亜連合指揮下、マレー半島派遣)
     第14集団軍
  ※14個集団軍が全滅

11.台湾(1997年11月)
  第1軍(台北)
     第1軍団、第4軍団、第7軍団
  第2軍(台中)
     第2軍団、第5軍団、第8軍団
  第3軍(台南)
     第3軍団、第6軍団、第9軍団
  航空特戦指揮部
     第601航空旅団、第602航空旅団
  澎湖防衛指揮部(馬祖防衛指揮部、金門防衛指揮部は壊滅)
   

※米国陸軍、未整理。 順次UP予定。



[7678] 設定集 海軍編(各国) 
Name: samurai◆b1983cf3 ID:3fa3f4a1
Date: 2010/05/08 18:23

【日本帝国海軍】
【戦艦】
・紀伊級:紀伊、尾張 L45・508mm砲 3連装4基
・出雲級:出雲 L50・460mm砲 3連装4基
・信濃級:信濃、美濃 L50・460mm砲 3連装3基
・大和級:大和、武蔵 L45・460mm砲 3連装3基
・穂高級:穂高、高千穂 L50・406mm砲 3連装2基、連装2基
・駿河級:駿河、三河、遠江、伊豆 L50・406mm砲 3連装3基
・加賀級:加賀、土佐、薩摩、安芸 L50・406mm砲 連装4基
・長門級:長門、陸奥 L45・連装4基
※戦没艦・・・薩摩、陸奥
※予備役艦・・・三河、伊豆、加賀、土佐、安芸、長門
※L・・・口径

【空母(戦術機母艦)】
・大鳳級:大鳳(94年12月就役)、海鳳(95年1月就役) 287m 72,500トン 戦術機80機(1AF)
・飛龍級:飛龍、蒼龍 268m 56,800トン 戦術機70機(1AF)
・雲龍級:雲龍、翔龍、天龍、神龍、瑞龍、仙龍 247m 33,500トン 戦術機60機(3AF)

【改装空母(改装戦術機母艦)】
・飛鷹級:飛鷹、準鷹(※大型客船より改造) 249m 34,700トン 戦術機48機(EF)
・千歳級:千歳、千代田(※潜水母艦より改造) 221m 23,200トン 戦術機36機(EF)

【護衛空母(護衛戦術機母艦)】
・大鷹級:大鷹、雲鷹、沖鷹、神鷹、天鷹、海鷹 190m 18,600トン 戦術機24機(EF)
・瑞鳳級:瑞鳳、瑞鷹、鳳翔、祥鳳 183m 15,200トン 戦術機20機(EF)


【英国海軍】
【戦艦】
・ライオン級:ライオン、テレメーア、コンカラー、サンダラー L50・406mm砲 3連装4基 (本国艦隊)
・ヴァンガード級:ヴァンガード L50・406mm砲 連装4基 (地中海艦隊)
・キング・ジョージ5世級:キング・ジョージ5世、デューク・オブ・ヨーク(海峡艦隊)、アンソン、ハウ(地中海艦隊) L50・381mm砲4連装2基、連装1基
※KGⅤ級2番艦、プリンス・オブ・ウェールズは85年戦没。
※他に、85年のバトル・オブ・ブリテン時の戦没戦艦・・・ネルソン、ロドネー、リナウン、フッド

【空母(戦術機母艦)】
・アーク・ロイヤル 246m 43,300トン 戦術機60機
・イーグル 245m 36,800トン 戦術機60機
・セントー級:セントー、アルビオン、ブルワーク 234,9m 32,000トン 戦術機48機
・ハーミーズⅡ 236.8m 33,000トン 戦術機48機
・クイーン・エリザベス級:クイーン・エリザベス、デューク・オブ・エディンバラ 271m 64,500トン 戦術機70機

【支援空母(コマンドウ支援戦術機母艦)】
・インヴィンシブル級:インヴィンシブル、イラストリアス 207m 16,500トン 戦術機16機
※伝統的に、英国母艦は重装甲艦が多い。


【フランス海軍】
【戦艦】
・リシュリュー L50・406mm砲 連装4基
・ジャン・バール L50・381mm砲 連装4基
・ストラスブール L50・356mm砲 連装4基
・ダンケルク(戦没)L50・381mm砲 連装4基

【空母(戦術機母艦)】
・シャルル・ド・ゴール 搭載戦術機40機(シュペルエタンダール)
・クレマンソー 搭載戦術機36機(シュペルエタンダール)
・フォッシュ 搭載戦術機36機(シュペルエタンダール)
・ジャンヌ・ダルク(練習母艦) 搭載戦術機12機(T-38Mタロン)


【イタリア海軍】
【戦艦】
・ヴィットリオ・ヴェネト L50・406mm砲 3連装3基
・リットリオ L45・406mm砲 連装4基
・クリストフォロ・コロンボ L45・381mm砲 連装4基
・フランチェスコ・モロシーニ L45・381mm砲 連装4基
・カイオ・ドゥイリオ(戦没)L45・381mm砲 連装4基
・コンテ・ディ・カブール(戦没)L45・381mm砲 連装4基
・フランチェスコ・カラッチョロ(未完・放棄)L50・406mm砲 3連装4基
・マルカントニオ・コロンナ(未完・放棄)L50・406mm砲 3連装4基

【空母(戦術機母艦)】
・カブール 搭載戦術機36機(F-4E)
・ルイージ・エイナウディ(1987年戦没)
・アンドレア・ドリア 搭載戦術機36機(F-4E)
・ジュゼッペ・ガリバルディ 搭載戦術機24機(F-4E)


【ドイツ海軍】
【戦艦】
・ティルピッツ(西ドイツ海軍)L47・406mm砲 連装4基
・グナイゼナウ(西ドイツ海軍)L47・381mm砲 連装4基
・アドミラル・シェーア(東ドイツ海軍)L47・305mm砲 連装4基
・リュッツオウ(東ドイツ海軍)L47・305mm砲 連装4基

【空母(戦術機母艦)】
・グラーフ・ツェッペリン 搭載戦術機48機(F-4E)(西ドイツ海軍)
・ペーター・シュトラッサー 搭載戦術機48機(F-4E)(西ドイツ海軍)
・エルベ 搭載戦術機24機(F-4E)(東ドイツ海軍)
・ウェーゼル 搭載戦術機24機(F-4E)(東ドイツ海軍)
※旧東側諸国軍で、西側の戦術機を使用しているのは、東ドイツ海軍のみ。


【アメリカ海軍】
【戦艦】
・ユナイテッド・ステーツ級:ユナイテッド・ステーツ L50・508mm砲3連装3基
・モンタナ級: モンタナ、オハイオ、メイン、ニューハンプシャー、ルイジアナ L50・458mm砲3連装3基
・アイオワ級:アイオワ、ニュージャージー、ミズーリ、ウィスコンシン、イリノイ、ケンタッキー L55・406mm砲3連装3基

【巡洋戦艦】
・アラスカ級:アラスカ、グアム、ハワイ、フィリピン、プエルト・リコ、サモア L55・356mm砲3連装3基
(※1980年代に主砲換装。305mm砲 ⇒ 356mm砲)

【空母(戦術機母艦)】
・ジェラルド・R・フォード級:ジェラルド・R・フォード 333m 101,300トン 戦術機90~100機
・ニミッツ級:ニミッツ、ドワイト・D・アイゼンハワー、カール・ヴィンソン、セオドア・ルーズベルト、エイブラハム・リンカーン、
       ジョージ・ワシントン、ジョン・C・ステニス、ハリー・S・トルーマン、ロナルド・レーガン 330m 81,600トン 戦術機90機
・エンタープライズ級:エンタープライズ 336m 75,700トン 戦術機80機(ジェラルド・R・フォード級2番艦・CVN-79と交代予定)


※巡洋艦以下は随時予定


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
2.1395449638367