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[7778] 悪因悪果 (オリ主転生 15禁)
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/05 17:58
どうも、まじんがーです。

前置きとか注意書きとかいらないし、と思う人は飛ばしてくださいね。


ある程度書きたまってきたのでチラ裏から引っ越しました。

チラ裏でのタイトルは「こんな僕も悪くない」です。改題申し訳ありません。

執筆力向上のため、もし描写などにご指摘ご教授あればお願いします。


注意書き

・オリ主主人公で、オリキャラがたくさん登場します。

・もしかしたら独自ルール展開の可能性。

・原作キャラが何時になったら絡むか不明。

・そこそこグロい。

・厨二病感染注意報発令中。

・俺Tueeeeになる、かも?

・ありきたりな念能力ゆえ他作品とかぶるかも。かぶったら教えてください。


もしOKでしたらGO、GO!



[7778] 00.ぷろろーぐ
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/05/27 14:10
 
 深夜一時を回った終電車両の二車両目。


 揺り籠のように一定のリズムで揺れる電車の中、僕は初めてここで携帯から顔を上げた。

 それは電車が地下トンネルへと突入したことを確認する事務的手続きでもあったし、それを期に先ほどから感じていた不躾なまでの視線の主を確かめようと思い立ったからでもある。


 電車の中は、平日の終電にしても人がいない。


 この車両にいるのは明らかに都内を一周する心積もりのくたびれたサラリーマンと、大胆なポーズで胸元を寄せて僕にウインクをするグラビアアイドルの広告と、いつもの喪服のような黒尽くめの服とは多少の赴きを変えた服装の隣人、六条さんの娘さんしかいなかった。

 取捨選択を強いる必要などもちろんなければ、視線の主を改めて確かめるまでもない。顔を上げたそのときに、僕と六条さんの娘さんの視線はがっちりとタッグを組んでいる。


「六条さんじゃないですか」
「そう言うあなたは志乃坂さん」


 まあ驚いた、と口を抑える当たり何ともわざとらしいが、そこを言及するほど僕と六条さんの娘さんの仲は親密ではない。

 古びたアパートに住む隣人同士といえど、他人に無関心なこの時代。生憎と作りすぎたカレーをおすそ分けするようなホームドラマちっくな話はない。

 管理人とは書類を交えた会話しかした覚えはないし、その管理人もエプロンの似合う美人なお姉さんという設定はなく、腹の垂れ下がった厳つい中年のおじさんだ。

 お隣さんの六条さん夫妻はめったに見ない。確かに目の前の六条さんの娘さん(名前は残念なことに知らないので以降六条さん)は見目麗しい女性であるものの、ゴミ捨ての際に出会ったら頭を下げる程度の付き合いしかないし、何より女子高生だ。僕の好みはエプロンの似合う年上のお姉さんである。この遺伝子を排出なさった奥さんあたりが好みかもしれない。見たことないけど。


 まあ僕の嗜好はさておき。


 それゆえに、突然電車の中で出会った付き合いの薄い隣人の僕に声を掛けるのを六条さんが躊躇ったとしても、それは何らおかしいことではない。それを隠すために驚いた振りをするというのも、まあ照れ隠しのように可愛いものと思えもする。

 ただ、僕は年上のお姉さんが好みである。

 あ、違った。

 そうではなくて、そうするに関してまるで遠慮のないむしろ舐め尽すかのような視線を向けられたという事実は、僕の勘違いということにしなくてはいけないようだと、そういうことだ。


「こんな時間に会うとは思いませんでした」

「そうですね、私もです」


 にっこりと微笑む彼女が首を傾げると同時に、今の女の子にしては珍しい、染めたこともないような鴉の濡れ羽色の長髪が、まるで慎み深いベールのように揺れた。

 その楚々とした佇まい。悪意を感じさせない無邪気な微笑。

 何とも魅力的である。

 夜な夜な聞こえてくる朗読が呪文めいていることなどまるで感じさせない。


「今日は制服なんですね」


 会話の繋ぎに彼女を一目見たときから感じていた違和感を持ち出すと、彼女は照れたようにYシャツの上に羽織ったカーディガンの袖の縁を掴んで俯いた。カーディガンの色はもちろんその髪と同じ夜の色だった。


「ええ、今日は学校がありましたので」

「昨日も学校はありましたよね?」


 今日は休日でしたので、と同じ用法で使ってはいけない言葉だと僭越ながら僕は思う。


「残念ながら私の予定表には入っていませんでした」

「学校の履修表には含まれているでしょうに」

「でもやはり残念ながら、昨日の私にはマンガを読破するという使命がありましたので」


 ああ、なるほど。と僕は頷いた。


 お隣さんになってからはや一ヶ月ほど経ったわけだが、どうして六条さんの制服姿を今までお目にしたことがなかったのか。その理由がここで今解き明かされたわけである。

 どうにも六条さん的にマンガを読むことは、女の子がはにかむ程度に授業を休む正当な理由になるらしかった。


「でも今日、そのことで怒られました。先生に」

「それはお気の毒に」

「婚期を逃してぴちぴちの女子高生を妬む岡崎先生にネチネチと叱られてしまいました」

「ツッコミはぴちぴちが死語だという点でよろしいですか?」

「酷いですよね? 正直に理由をお話したのに」

「そりゃあ怒るよ!?」


 言っちゃったんだ!? マンガ読むから休みましたって言っちゃったんだ!?

 びっくりだぁ。僕これでも素直クールが売りなキャラなつもりだったんだけど、思わず会話にエクスクラメーションマーク付けちゃうくらいにびっくりしたよ。

 しかもそれは婚期うんぬんまったく関係なく大人なら叱っておくべきところだという点を、このメルヘンな女子高生の親御さんに伝えるべきか否か。


「でも面白いんですよ、これ」

「はい?」


 そんな僕の葛藤をよそに、がそこそと女子高生にしてはアクセサリーの少ないシンプルな鞄から取り出した漫画は『HUNTER×HUNTER』。

 もちろん僕も知っている。知らない人は多分少ないと信じる、少年マンガ的に色々な理由で有名な漫画だ。


「キルアたんはぁはぁ」

「でも生憎、僕はそういうジャンルで読んでいるわけではないんです」

「そうなんですか?」

「そうなんです」


 悲しいです、と俯く彼女を見ていると僕まで悲しくなってくる―――という気持ちは不思議とこれっぽっちもわかなかったわけだが、それでも気まずくなってしまったのは事実。

 空気を読めないのは常日ごろのことだが、さてはてどうするかと悩んでいると、気に病むまでもなく彼女のほうから新たな話題を提供してくれた。


「でも、いいものだと思いません? 念とかオーラとかヒソカたんとか」

「最後のはともかく、それは確かに」


 不思議な力。異能。スーパーパワー。

 子供っぽいという謗りを受けようと、男は皆いつになっても心の中に少年を宿しているものなのだ。昨日で二十歳を向かえて十代と言えなくなった僕だって、念とかオーラとかそういう力を現実で使えたら格好がいいなとは思ってしまう。


「いいですよね? ね? 例えばそんな世界があるとしたら、行ってみたいと思ってしまいますよね? ね? ね?」


 そこに何か電波的に危ないものを感じ取ったのは、僕の気のせいなのかどうなのか。

 いやいや、しかしそんなものは隣から呪文めいた朗読に混じって誰のものともつかない断末魔を聞くたびに感じるものだ。まして未だ黒のゴミ袋を用いて決して中身をご近所に見せようとしないご家庭のご息女を前に、危ないなどというそんな生易しくも陳腐な言葉は鼻で笑い飛ばすものだろう。

 近所のゴンザレス(愛犬)がそのゴミ袋に鼻を寄せるたびに吼えるのを止めないことも証言に付け加えてもいい。

 だから僕はうっかりなんて言葉では片付けられない失態をここで犯すのである。


「ええ」



 たった一言。

 頷いただけなんだけどね。



「ですよねー。ほっ。よかった」


 そう口調を崩して、彼女は微笑んだ。麗しくも年相応の幼さを残した、安堵の笑みだった。

 だから彼女の次の一言を僕は空耳の類だと思ってしまったわけであるのだが。


「ありがとうございました、契約完了です」



 いつの間にか酔っ払いのおじさんは居なくなっていた。

 トンネルを抜ける、深夜の一時。

 窓の外を覗けば人工の星が散りばめられた世界に、満ちるはずのない光が電車を包んだ。

 そういえば、何で六条さんはこんな時間に電車の中に乗っていたのか。

 そのときに聞きそびれた質問は、たぶんもう聞くことはできない。







[7778] 01.ストリートチルドレンな僕
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/05/27 14:10
 
 饐えた臭いのする廃工場だった。


 打ち捨てられた機材は、風雨に晒され元の色を忘れている。日の落ちた今では外につけられた僅かな街灯が申し訳程度に中を照らすだけで、夜目に慣れない人間は中を覗きこむことすら躊躇う暗闇がここには内包されていた。

 誰もがそこにあることを気付いていながら誰もその存在を忘れている、そんな場所。

 立ち寄る人間なんているはずがない。

 用なんて、そこにあるはずがないのだから。


 もっとも、そこには「マトモな人間は」という前置きがいるのだけど。


「おい、いるんだろ」


 喉を潰したようなダミ声が音のない夜に響く。反響するそれにぐわんぐわんと工場は揺れているみたいだった。


「おい、聞こえているんだろっ。返事をしろっ!」

「せっかちだね」


 カタン、と金属の揺れる音。小さな音なのに、やはりそれはよく響いた。


「………ずいぶんとまあ、たけぇ声だな。ガキか? おい、居るんなら、さっさと姿を見せろっ!」

「そんな大声出さなくても聞こえているよ。シノ、じゃあ電気をつけてくれ」

「わかりました」


 リーダーの合図に、違法に繋げた電線を通して電気を復活させる。

 チカチカと天井に備え付けられた幾つばくかの電球は、そのかつての役割を取り戻した。そしてその先に見えたのは、一瞬眩しそうに目を細めた我らが顧客――痩せ落ちた長身の男だった。

 薄汚い格好に、化粧にも見える深い隈。客らしい客だな、と一人僕は呟いた。


「……なんだぁ。やっぱり、ガキじゃねぇか」


 その客らしい客の男は僕たちの姿が露になると、工場をぐるりと見回し、黄色い歯を見せてにやりと歪んだ笑みを見せた。


「そうだね。でも、これぐらいな取引ならガキでもできる」

「どうでもいいが、ちゃんとブツはあるんだろうなぁ?」

「あるさ。あっちの扉を潜った部屋のパイプの下に白い袋がある。そこに約束の量はちゃんと確保してあるから安心してくれ」

「ならいい」


 ハンチングハットを直して小さく笑うリーダーの言葉に男は扉に足を向けるが、それを赤銅色の髪が遮った。眉を上げて威嚇するディルバを男はつまらなそうな顔で見下ろす。


「おい、待てよ。これは取引だぜ? 金のねぇ客は客じゃねぇんだ。まず金を見せな」

「見せるさ、ブツを確認したらな」

「ディルバ、いい」


 険を濃くしたディルバをリーダーが止めると、ディルバは舌打ちをしながら体をどけた。

 この様子じゃあ、結局あれをすることになるのか。

 陰鬱な気分だが、それを顔に出さない爽やかな笑みを浮かべる僕は客商売の鏡だろう。褒めてほしい。できれば年上のお姉さんに。


「どうぞ、通ってください」


 にっこりと微笑んで、ボーイよろしく小汚いおじさんに向かって扉を開けた。

 男は喉の奥で噛み殺したような笑いを上げ、扉を潜る。ディルバが僕を睨んでいたが、まぁまぁと僕は手を振った。


「すぐ用を終わらせたほうがいいですよ。時間の無駄でしょう」

「ちっ」


 吐き捨てるようにディルバが唾を吐く。靴が床を叩く音が遠のいたと思うと、ブツを確認したのか男は袋を肩に担いで戻ってきた。


「なるほど、確かに」

「そうかい。じゃあ、金を払ってもらおうか」


 リーダーの言葉に男は汚い笑みで答えた。


「そうだな。じゃあ、ツケといてくれ」


 リーダーは呆れたようにため息を吐いてこちらに目を向けたので、僕も僕で肩を竦めておいた。隣のディルバのオーラが怖くて直視したくないが、まあ予想通りと言えば予想通りなのだからとりあえず落ち着けと肩を叩いておく。

 けど、あまりに予想通りだと何とも言い難い心境にはなってしまうのは仕方がないことだ。ここのところ上質な客に巡りあわないなぁ、と僕もため息をつきたくなる。


「てめぇ、それで通ると思ってんのか」


 僕の制止を振り払うことはないものの、歯を軋ませたディルバが拳を握る。

 大人を嫌うディルバはその見た目通りに気が短い。そういつも怒ってばかりでは疲れはしないかと、僕はいつも心配になるのだけど。

 買ってきた小魚を毎日ディルバは食べていてくれているのだろうか?


「通るさ。可愛い可愛いグレムリン。ちみっちぃお前らが俺に勝てるとでも思ってのか?」


 煤けた服の内から取り出すナイフ。

 電球の光を鋭く返すそれに、昔の僕なら情けない悲鳴を上げて許し乞う迫力がそこにはあったのだろうと思うと、体もそうだけど頭の中身も随分変わってしまたなぁと感慨深くもなるものだ。



 それが今の僕には玩具の拳銃を取り出し得意になる銀行強盗並みに滑稽に映る。



 当然といえば当然なんだけどね。

 バズーカーを持つ人間がナイフを持つ人間に怯えることがない心理と同じことで。


「……どうするの、リーダー」


 舌足らずな声で好血蝶に餌を与えるオルフィが、銀髪に隠れて見えない目を向けながらリーダーに尋ねると、ふむ、と頷いてリーダーがじろじろと物品を検閲するような目で男を上から下まで観察する。


「内臓器官は開いてみないとどこまで使い物になるかわからないな。とりあえず四肢はいらないから切り落として、眼球の摘出か。ああ、これじゃあ割りに合わなかったかな、今回は。使い物になる部位が少なすぎる」

「何言ってんだぁてめぇら。いいから、さっさとどけっ! ぶっ殺すぞっ!?」

「で、誰がやります?」


 男の言葉を無視して僕はリーダーに聞くと、リーダーは静かに工場の隅へと指を差した。


「セルニア」

「えぇ! あたしぃ!?」


 ルービックキューブをかちゃかちゃ廻して頭を悩ませていたセルニアが、金髪を靡かせ顔を上げた。


 当たり前だが解体作業は誰もやりたがらない。


 常識人かつ一般人の僕はこれをやるたびに反吐を吐かなくてはいけないし―――などというセンチメンタルな感情は不思議なことに一ヶ月も経たず泡沫のように消えてしまったわけだが―――慣れって怖いよね―――それでもやっぱり嫌いなものは嫌いなわけで。



 あれをやるたびにかつての<僕>の中学校時代を思い出す。



 理科の時間の蛙の解剖。




 内臓一つ傷つけず腹を掻っ捌いたことでクラスの連中から不名誉なことに危ない人間指定を受けた僕だけど、どうも解体ショーを始めると、あのときの饐えたゴムの臭いが鼻についてならない。

 セルニアは頬を膨らませて、リーダーを睨んだ。


「なんでぇ、あたしぃなのさぁ!?」

「今月の上納金、一番少なかったのがセルニアだからな」


 それを言われると反論できないのか、口を詰まらせるセルニアは悲しそうに「あーあぁ」と呻いた。


「めんどいよぉ」

「……舐めているようだな、てめぇら。痛い目見ないとわかんねぇのか!? こっちが大人しくしていれば付け上がりやがって!」


 ディルバが超舌打ち。

 これだから大人は、と見るからに危ないオーラを放つディルバを何とか抑える。

 強化系のディルバは一度戦闘モードに入ると売れる箇所まで壊してしまうから、あんまり解体ショーに出番はない。

 まあそれはさておき。


「危ないからコレはもらっときますね」


 男の背後に立って囁くと、男は慌てたように振り返る。でも残念。そこにはもう僕はいないのであった。じゃんじゃん。


「ベンズじゃない、か。ガラクタですよ、これ」

「……当たり前だよ、そんなの。このおじさんなんかが、持っているわけないもん」


 オルフィがぼそぼそと呟く。それはそうか。凝で見て、一瞬だけどオーラの類を垣間見た気がしたんだけど。

 血を吸っているからかな、と刃をなぞると切れ味は良さそうだった。一本の筋ができた一指し指から玉のように血が浮かび上がってくる。


「あ」


 好血蝶が臭いを嗅ぎ取って僕の指に集まる。それを大事な玩具を取られた子供のように―――実際子供なんだけど―――オルフィは怒った顔で睨んできた。


「な、なんだ。てめぇ、今何しやがったぁ!? あぁ!? おい、聞けよ!? 何なんだ、何なんだよ、てめぇら!?」

「グレムリンだよぉ」


 ルービックキューブをかちゃかちゃ廻してセルニアは難しい顔をして呟く。相変わらず効率の悪い念能力だ。


「あ、一面完成ぃ」




 かちゃ、と組み合った音。




 同時に、軽快な音が静かな夜の街に響いて、

 男の右足の関節が逆に曲がった。



 沈黙は一瞬。

 絶叫、悲鳴。騒音と呼ぶに相応しいけたたましさ。僕たちは急いで耳を塞いだ。煩くてかなわない。


「だめだったぁ。これじゃあぁ腕ぇ壊せないよぉ」


 揃った赤の面を再び崩す。男の折れた足を取り巻くオーラが強制的に右足を治癒させる。男は涙と涎を溢して地面に崩れていた。子供のように涙を流して、痛い痛いと叫んでいる。

 ………きたねぇ。


「青揃ったぁ」


 右腕が壊され。


「あぅ。だめだぁ」


 また治され。


「二面できたぁ」


 左足と右腕壊され。


「あれぇ。あれれぇ?」


 また治る。

 無間地獄っていうのはこういうことを言うのかなぁ、なんて遠い目で僕は耳を塞ぎながら考えていた。鼻息荒かったディルバも今は青い顔をしている。


「いやぁ。こういうときに子供の残酷さってやつを感じますねぇ」

「………セルニアは、また違う気がするけどな」


 もう嫌だぁできないよぉ、とルービックキューブをセルニアが投げ出したときには男はもう声一つ上げていなかった。

 床を掻き毟った手に血が滲んで、剥かれた爪が落ちている。焦点の合わない目が男がもうすでに壊れていることを告げていた。


「もういいよ。じゃあセルニア、あっちで解体してきて」

「めんどーいぃ」


 ぶつくさ文句を言いながら、それでもリーダーの言葉には素直に従うセルニアは男の足を引っ張って隣の部屋にずるずると引き摺っていった。

 ばたんっ、と閉じた扉の奥。悲鳴はもう聞こえない。

 今頃セルニアは部屋の隅に隠されていたおびただしい数の刃物で理科の実験をしていることだろう。





 饐えたゴムの臭いが鼻につく。

 取れない臭いが、今では日常になっていた。






 志乃坂幸助、20歳独身。

 トンネルを潜ったらHUNTER×HUNTERの世界に転生していましたよっと。


 ………いや、嘘じゃないんだよ?






[7778] 02.罵るならば笑ってやるさ
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/05/27 14:14
 
 深夜に電車の中でお隣さんとフラグを立てていたはずなのに、気付いたらHUNTER×HUNTERの世界で産声を上げていた。


 はて? 


 と曲がらない乳児の首を傾げるも、しかしその疑問は夏休み明けの通知表を見つけるために自室をひっくり返すような手間もなく、ましてレポートを片付けるために図書館の本の貸し出しを待つような時間も必要なかった。

 思い返せばいとも容易く記憶は蘇る。

 ぐちゃぐちゃぐちゃな僕のお姿も。

 その時の感触も。

 一瞬の恐怖も。







 ああ、思い出した。






 そういえば、死んだんだっけ。








 肉の一片余すことなく。

 潰されて死んだのだ、僕は。

 不幸というただそれだけの言葉で消えてなくなったのだ、僕の人生は。

 泣くべきか。憤るべきか。落ちてきた鉄骨の下に眠る僕の死体を思い返すに、嘆くべきなのかもしれない。

 しかし僕の胸に生まれたのは、そのどれでもなかった。

 怒り、悲しみ? そんなものない。

 なぜ、というその問いに僕は迷わず答えられる。



 僕は、以前の僕に満足なんてしていなかったから。



 僕の胸にふつふつと湧きあがるもの。それは開放感とも呼ぶべきものだった。

 肩の荷が下りたように、軽い。死んだという事実が、かつての<僕>の死が、ここまで僕の胸を昂ぶらせてくれる。いやいや、乳児だから物理的に軽いとかそういうツッコミなしに、僕は「最高にハイってやつだ!」と脳みそ掻きまわしたくなるくらいに興奮していた。


 僕は自由だ!

 自由なんだ!


 思い返すに、これもいけなかったのだろう、と後に僕は反省することになるのだが。

 生まれたばかりの赤ん坊が哄笑し出すとか、尋常じゃない。

 まあそのあたりの反省はひとまず置いておこう。



 しかし、もしあの電車が死後への出立であるナイトトレイン(笑)なのだとしたら、あそこに居た酒に酔ったおじさん――じゃなくて、メルヘン六条さんも死んでしまっていたということなのだろうか。

 ………親しい付き合いはなかったとはいえ、ここはご冥福をお祈りしておこうか。なむなむ。

 何か、あのときの会話が不穏当だったことが気に掛かるが、気にしてはいけない類のような気がして、それは封殺することにしておいた。あまり覚えてないし。

 まあ、あの六条家のご長女ですもの。不穏当なんて言葉は日常という言葉と置き換えられるぐらいの差異しかないのだろう。


 とにかく。


 この身を包む自由と幸福に、雨の中にうたれて歓声を上げたい気分だったが、生憎と乳児の体で雨にうたれたら衰弱死すること間違いない。僕は大人らしく大人しく、体ができあがるのを待って雨にうたれることにした。

 そしてこのときの決意はさしたる時を挟むこともなく、達成されたのであった。

 そう。それはちょうど五歳を迎えたある日のこと。

 ある雨の中。

 ある上弦の月が覗く空の下。

 僕は捨てられたのだった。




 …………泣きたい。




 仕方がないといえば仕方がないことなのだけど、どうにも僕の人生は両親には恵まれない環境の下に生まれることが宿命付けられているらしい。


 確かに、経済史を読み出す赤ん坊は怖いと思う。

 確かに、乳児が突然「腹減った」と声に出すのは怖いと思う。

 確かに、目に見えるモヤと見覚えのある文字とニュースに流れる<ハンター>というその言葉に「HUNTER×HUNTERかよっ」と叫ぶ幼児は怖いと思う。

 確かに、おじさんの暴力にびくともしない五歳児は危ないと思う。




 だけど何も捨てなくていいじゃないかと思うんだ、僕は。




 しかし、そうは言ってももう取り返しはつかないわけだった。

 かつての反省を活かしてほのぼのとした家庭を築きたかったんだけど、それは儚い夢と終わってしまった。うぅ、悲ぴぃ。でも、捨てられたのに戻ってもなぁ。下手したら殺されかねないわけだし。

 まあ思い悩んでも仕方がないか。

 やり直した人生を前世の記憶あり+初期念能力発動というチートで生きる僕だけど、やっぱり本来人生っていうのはやり直すことができないものだから、常に明るく前向きに生きなくちゃいけないと思うんだ。

 そうそう、嘆いてばかりはいられない。悲しい過去というのも「ああ何てかわいそうなぼくなのっ!?」とボンテージが似合う年上のお姉さんに擦り寄られるステータスになると思えば、悪くない。


 ………あれ、むしろ最高じゃない?


 そんな僕って、ミステリアスな過去に影のある男じゃないか。これももしや年上ハーレムエンドのフラグではないか!?


 と、こんな馬鹿ことを考える僕の頭の中も多少は察して欲しいと思う。

 捨てられたときのハイテンションゆえ。

 若さゆえの過ちなのです。

 着の身着のまま家を追い出されることが、親の保護のない五歳児にこのシャバを生きていくことが、つまり直、死を意味することなど、そのときの僕はまったく考えていなかったわけで。

 生きること。それ自体が難しいなんて、ゴミ箱漁れば食い物にありつける平和大国日本育ちの僕には、思いつきもしなかった。


 山あり谷あり。


 泥を食って罵倒を受けて生きた日々。


 気付けば八歳。


「貧弱なボウヤだった僕も今では立派なギャングになりました」


 ストリートチルドレン、子供だらけのギャング。

 <グレムリン>の初期メンバー。

 わー、ぱちぱちぱち。

 ザバン市じゃ結構有名なんだよ? もちろん悪い意味で。


「楽しいか?」

「そこそこ?」


 リーダーの呆れた視線に恥じらいを混ぜてもじもじしながら返してみると、なぜかリーダーのオーラが爆ぜる!? 


「ちょ、怖いです!? うそうそ、本気にしないでくださいよ」

「……あんまり時間を無駄にはしたくないんだ。早く始めてくれ」

「冗談を言う余裕くらい持たないと、年上にはもてないですよ?」

「別にいいさ。俺は年下好きだ」

「………マジで?」

「マジで」

「今、レッドクリフ並みの壁が立ちふさがってしまいました。もうあなたと分かり合える気がしない」

「どうでもいいよ。なぁ、いい加減やってくれ」


 疲れたように息を吐くリーダーに、はいはい了解、と肩を竦めて僕は、一列に並ぶ子供の頬を纏の状態で殴り飛ばした。

 殴る、と言ってもほんの触る程度に軽くしたつもりだったけど、威力は十分だったらしい。吹き飛んだ少年はひき潰された蛙のようにぴくぴくと足を痙攣させていた。


「だめかな、あれは」

「さあ? もともとそんな期待しないほうがいいですよ。今ここに並んでいるので20人くらいですから、当たりを引いたらラッキー程度に思っていてください」


 495万人の屍の上に5万人の兵士を作る確立。

 まあこれはかなりアバウトな計算なんだろうけど、それでもだいたい1%の確立と見積もる程度に低いわけだからね。

 見た目十歳以上の男は問答無用に殴り飛ばして、可愛い幼児と女の子は撫でながら発をする。

 ザバン市の人口28万人のうち、ストリートに生きることしかできない子供は驚くほど多い。美しい景観の街だとしても、裏を捜せば肥溜めはどこでもあるものなのだ。


「で、正直に話してくださいよ。一体、何人くらい作るつもりなんです?」

「全部で13人は……無理かな?」

「無理です」


 明らかに蜘蛛を意識しているんだろうが、それは無理。僕とリーダーを除いて三人見つけられた―――っていうのは嘘か。作ることができたのは、奇跡と言ってもいいほどの確率なのだ。


「わかった。じゃああと一人だけ」

「その一人のために、果たして何人死にますかねぇ?」


 ぽんっ、と頭に手を置いて、洗ったこともなさそうな油の滲んだ髪に<発>。湧き上がる力を押さえられない幼児を脇にどかしながら、僕はつまらなそうに聞いてみる。

 リーダーもそれにつまらなそうに答えた。


「未来のない底辺で生きるか、成り上がる望みを賭けて死んでみるか。その二択を迫られたとき、英雄になれるのはどちらかを考えれば、死にに来る子供は捨てるほどいるさ」
 





[7778] 03.今日は働きたくないんです。
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/04/08 15:52
「胡散臭い口調だな」


 生まれて初めてリーダーと出会った涙累々感動シーン。

 運命の出会いを果たしたリーダーの第一声は、そんな素っ気無い言葉だった。

 まあ言われ慣れた言葉なので僕としてはそれに激昂することもなかったのだが、さすがに聞き飽きたと心中うんざりしていたと思う。

 僕は内心ため息を吐きつつ、先日拝借したばかりの真新しいリボルバーを片手で弄くりながら、いつもの礼儀正しい<胡散臭い>敬語でにこやかに言葉を紡いだのだった。


「すいません。言葉遣いその他もろもろ厳しい親だったもので」

「………へぇ。ストリートに生きる子供の親が礼儀に厳しいっていうのは、結構珍しいな。もしかしてお前さん、結構いいところの出か?」

「あ、いえ。それは以前の両親で、こっちの両親じゃないんですけどね」


 こっちの両親は普通に頭も金も貧しい人でしたよ、と僕は言う。

 それに意味がわからないと頭の上にハテナを乗せて首を傾げるリーダーは―――険が取れたその素の顔は、年相応にやっぱり幼くて愛らしかった。

 それでも僕としては紅いルージュの映えるお姉さまが好きなんだけど。

 あ、違った。

 普通だったら可愛いふりふりのお洋服でも着て、甘いお菓子を食べて、きゃっきゃっきゃっと好きな男の子の話で盛り上がるお年頃だろうにと、そういうことね。そういうことに僕は涙を拭う思いで同情していたわけね。


「で、そんな他人の心を思いやれる優しい僕を、一体いつまでこんなところに拘束するつもり何ですか?」

「拘束? 馬鹿を言うな。これは正しい裏道の歩き方も知らない馬鹿を反省させるための教育…………のつもりだったんだけどなぁ」


 周囲に散らばる薬莢。

 硝煙に混じったたんぱく質の焦げる臭い。

 薄汚れた灰色の壁に咲いた柘榴の花。

 一面に広がる死体が一杯。


「正直、お前の骨を折る程度じゃ収まりつかない事態だよ、これは。あいつにも何言われるかわからないし。なぁ、弾はもう尽きただろ? ならそんな玩具はさっさと捨てろ。悲しいことにこの後俺には折檻が待っているからな、時間はそうそうないんだよ」

「それはお気の毒に。って、まあ、予想していましたけどね。やっぱり念能力者ですか」


 捨てるなんてモッタイナイ。威嚇に使うのに刃物ほど効率がよくないと言っても重宝はしているんだ。

 懐に拳銃を収めると同時に膨れ上がるリーダーのオーラ。

 その歪んだオーラと同じように、リーダーの顔にあるのはもう無邪気な少女の顔ではなく、血と硝煙に汚れた人殺しの顔だった。


「溶けてなくなれ」


 とぐろを巻くオーラが色を変え、形を変える。

 そよ風がまるで熱風だ。


 ………あー、やぶぁい。余裕こいてないで逃げておけばよかったかも。


 しかし、そこは僕。ミステリアスな男。ふっ、と余裕の笑みを浮かべて内心の冷や汗など感じさせないオーラで威嚇する。


「お手柔らかに」

「軽口、いつまで叩けるかな?」

「お生憎様。僕の軽口が止まるときは噛んだときだけです」


 いつもの礼儀正しく胡散臭い口調で、やっぱり僕はそう言ったのだった。



















 確率論なんて本当に大したものじゃない。

 百分の一の確率だって千回やっても当たらないこともあれば、最初の一回で当たってしまうこともある。

 切る前の手札にいきなりロイヤルストレートフラッシュを引いた昔の<僕>は完璧なクールフェイスを装いながら内心そうほくそ笑んでいたわけだけど。

 バカだった。

 大したことがないと見下げた<確率>を、友人の役が僕の役よりも強くなる<確率>の低さを、そこで僕は無様にも信じてしまっていたことに最後まで気付かなかったのだから。はぐぅ。

 結果、友人のファイブカードに負けて土下座をする羽目になってしまったのは今にして思えばいい思い出である。



 ほんと、確率論なんて当てにならない。





「新入りだ」





 我らがグレムリンのアジトとなっている廃工場。

 電気代なんて払う必要もなければつもりも毛頭ないけれど、日の高いうちに電気をつけるのは何だかとってもモッタイナイ。そんな僕の言に貧乏という言葉では形容できない底辺を味わった仲間たちは、不平を言うこともなくそのほの暗さを享受している。

 ちらちらと日差しに照らされたホコリが雪のように舞うその場所で、グレムリンの幹部は集まっていた。

 僕とディルバとオルフィとセルニア。

 つまりは、幹部=念能力者。


「ラッキーでしたね」

「運がいいんだよ、俺は」


 にやっと不敵に笑うリーダーに僕は肩を竦める。運がいいのはもう列になって死ぬ必要がなくなった子供たちと、<リサイクル>と<分別>に汚れた体をシャワーで洗う必要がなくなった僕のことだろう。

 カエルの解剖のときの、饐えたゴムの臭いがまだ臭ってくるようで、今日の僕の機嫌も気分もあんまりよろしくなかった。


「あ、アッサムです。よ、よよ、よろしくお願いします」


 小さな体躯に対して面長の顔と灰色の髪、それにおどおどとしたその態度にどこかネズミを連想させる新入りのアッサムくんは、最近の若い子に珍しく実に律儀にお辞儀をする。その姿はとても初々しく微笑ましい。


 が、生憎とこちらの反応はというと―――





 オルフィは好血蝶と戯れて


 セルニアはルービックキューブをかちゃかちゃ


 ディルバは大欠伸





 ―――と、ひどく燦燦たるものだった。


「……すまない。まったく、恥ずかしい限りだ」

「本当ですよ」

「ああ、シノ。寝転がりながらそこでポテチを貪るお前が言っていいセリフでもないからな? そこはわかっておけよ」


 だから今日はご機嫌斜めなんだって。

 コンソメ味を堪能しながら指についたポテチを舐めていると、蝶々と戯れるオルフィが物欲しそうにこちらを見ていた。

 見比べてべとべとになった指を突き出してみたら、オルフィは能面みたいな顔で好血蝶に静かに命令。


「………やっちゃえ」

「コンソメ味はやっぱり至高の味ですよねーもちろん異論は認めますよーほらぁオルフィ。あげるからオルフィ! やめて! もし知らない間に怪我とかしていたら半端なく危ない!」


 ジャイアニズムって言葉がここにはないけど、オルフィ。君にはジャイアンというガキ大将の称号をあげてもいいかもしれない。

 袋を取り上げてむしゃむしゃと食べるオルフィ。ていうか、食べるならせめて美味しそうに食べて欲しいと僕は思うんだ。


「………イメージと何か違うところなんですね、ここ」

「まあ深く気にしたら負けだ。早く慣れたほうが身のためだぞ」


 渇いたように笑うリーダーの背中が煤けている。でもリーダー。実を言うと、あなたもなかなか人のこと言えないんだよ?

 どんな印象をこの<グレムリン>に持っていたかはわからないが、理想と現実のギャップに苦しむアッサムくんに、怖い顔筆頭のディルバがさらにさらに追い討ちをかけようと――したかどかは定かではないが、とにかく声をかけた。


「………アッサムって言ったよな?」

「へ? あ、はい!」
 

 体を固まらせてアッサムくんはカチコチに頷く。

 だからディルバ。君子供なのに顔犯罪者みたいに怖いんだから、笑わないとだめだって。


「お前さ、念の系統何なんだ?」

「え、あ、いや。まだ、分からないですけど……」

「水見式はまだやっていない。アッサムは纏を身に着けたばかりだ」


 リーダーの説明に、ディルバが途端落胆したような顔になる。


「見つけた訳じゃないのか。開発か?」

「そうそう居ませんよ、子供の念能力者なんて」


 原作でもビスケ先生が言っていたしね。

 まあリーダーに会ってから子供の念能力者に実力者はいないって言葉もちょっと怪しいものになってしまったけど。


 ディルバは、せっかく特訓相手を見つけたと思ったのになぁ、と悲しそうに嘯いている。まるでサッカーを楽しむ少年のようにディルバは念の向上を楽しんでいた。

 好きこそ物の上手なれ、なんて言うけど、念を覚えたばかりのディルバは確かにめきめきと実力をつけている。そろそろ応用技も教えて良いかもしれない。

 なんて考えていると、思考を読んだかのようにディルバがこちらに顔を向けてくる。


「じゃあしょうがないか、シノ。また始めようぜ」

「えー。僕今日動きたくないんですけどー。ていうか、何で僕ばっかりなんですか。セルニアとかオルフィとか、あとあとリーダーとかと遊んでくださいよ」


 教えてもいいかな、とは思ったけど、それは少なくても今日じゃない。今日の僕は一日ぐーたらと無為に過ごしたいのだ。


「遊びじゃねぇよ! つーか、セルニアもオルフィもガチンコは無理じゃねぇか」

「リーダーは?」

「……いや、女殴る趣味ねぇし」


 格好いいセリフだけどディルバくん。顔が青いからいろいろと台無しだ。


「ディルバ。すまないが、それは後にしてくれ。今はアッサムを使い物にできるようにすることが先決だ」


 そんな僕とディルバの漫才にリーダーが口を挟む。

 あー、何だか非常に嫌な予感がぞくぞくとするわけですが。


「もしかして、まーた僕が講師するんですか?」

「当たり前だ。他に一体誰ができるんだ」


 首を傾げるリーダーに僕はぶーぶーと口を尖らせる。だから今日は調子が乗らないって言っているのに―――口に出した覚えは不思議とないけど―――まったくここの人たちは話を聞かない。


「基本の四大行までならリーダーだってできるでしょうに」

「生憎、俺はこのあと仕事だ」


 肩を竦めたリーダーは「じゃあ後は頼んだぞ」と手を振って用は済んだとばかりに工場を後にしてしまった。

 えー。僕の休みはやっぱりナシなんですかリーダー。





[7778] 04.ぴょん吉って言うな!
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/04/07 12:32
 
 もう一度シャワーを浴びてゴムの臭いを薄めてから、僕は実に不本意なことに新入りくんに念を教えるというリーダーからの大命を渋々果たすことにした。

 ちょうどいいからディルバとオルフィとセルニアも呼んで皆で講習。

 シノ先生のらくらく念授業の始まり始まり。


「シノぉ。あたしぃは授業なんてもう必要ないよぉ」

「………私も、もう全部できるもん」

「はい、そこ。僕のことは名前の後に先生をつけなさい」


 チョークを飛ばすと生意気にも避けるセルニア。ニシシ、とか声を出して笑うのが本当にうざい。

 とはいえ意地になって当たるまで、というのはみっともないことこのうえないと思う大人な僕は、新入りくんの額に全力投球することで心の安定を図る。


「何でですか!?」

「そこに額があったからです」


 面長の顔を恨みなさい。


「というか、セルニアもオルフィも基礎をいつもサボっているからここで復讐―――失礼。復習しておきなさい。あとディルバは堅の継続時間を延ばす修行を同時にやるんで、アッサムくんの練の修行には付き合ってあげてくださいね」

「別に、俺は文句言ってねぇだろ」


 口にしなくても目は口ほどにものを言う。顔に書いてあるんだよ、ディルバ。新入りと一緒にやるのはプライドが許さねぇ、みたいな。その厳つい顔が二割増しになっているの。


「はい、アッサムくん。じゃあ練をしてください」

「何の説明もされていないのに!?」

「失礼。アッサムくん。じゃあ気合で練をしてください」

「精神論が追加されただけじゃないですか!?」

「アッサムぅ。シノがめがっさ良い顔しているからツッコミはほどほどにしないと終わらないよぉ」


 ああ、酷いセルニア。今がすごく楽しいところだったのに。

 ていうか、マジでいいツッコミだアッサムくん。世界を狙えるね。ここのメンバーだと大抵のツッコミは僕がこなさなきゃいけなかったんで、君は多分重宝されること請け合いだ。主に僕に。


「まあ冗談はさておき。念っていうのはイメージが大事なんです。で、練のイメージは体内にエネルギーを蓄えるにして、細胞の一つ一つにパワーを溜めて一気に外へ。これが基本のイメージですからしっかり赤線を引いてくださいね。後は個々のフィーリングにもよるわけですが、例えるならばホースの口を塞いでパンパンまで膨らんだところを離すような、そんな感じでオーラを全身から出してください。多分アッサムくんの纏の上達具合を見るに、一ヶ月もしないうちにできるようになると思いますよ」


 いや、本当にアッサムくんの纏やべぇ。まだ念を覚えて三日も経っていないはずなのに淀みもないし、水の流れみたいに静かだ。

 でも、生まれたときから纏が使えた僕ほどじゃない……という前置きはやっぱり入れておこうか。

 ……チート自慢ですけど何か?


「じゃあ、とりあえずお手本ということで。オルフィやってみせてください」

「…………」


 何だか舌打ちが聞こえた気がしたけど、それはお兄さんの空耳ということにしておこうか。一二の三はい、なんて掛け声入らずにつまらなそうに練をするオルフィ。上げた手の行き場悲しい。

 少しカチンときた。


「じゃあそれを三時間継続」

「っ!?」

「はい、さぼってないでセルニアも三時間。ディルバも二時間を目標にして練を継続してくださいね」

「えぇ!? 無理ぃ!?」

「無理じゃないない。やればできる子でしょ。ああ、それとディルバは錘も追加に加えましょうか。もうその重さで日常生活を普通に送れる程度にはなったんでしょう?」

「………鬼畜だ」


 鬼畜って、はぁ。分かってないなぁ。子供だろうから仕方がないけど。

 ただ優しいだけの先生より厳しく親身な先生のほうがあとあと思い出になるんだよ? 今でも僕は体育倉庫のマットに一本背負いしていただいた佐藤先生のことを思い出すたびに歯がぎりぎりと軋むもの。

 それにディルバは強化系だしね。目指せウボォーギン。

 そんな懐かしい過去を思い出していると、不思議な顔でこちらを見てくるアッサムくんに気付く。別にオーラが拳に集まっていたことを不信に思っているわけではないのだろう。アッサムくん凝はまだ使えないし。
 
 そこで僕は思い出して、ああ、と頷いた。ディルバの体に錘なんてどこにも見えないから、もしかして僕の頭の具合を疑っているのかもしれない。よし、ちょうどいいからアッサムくんにも付けておくか。


「アッサムくん、こっちに来てください。僕の念能力を見せてあげますから」


 無防備にとことこ歩いてきたアッサムくんの両手首を両手で掴む。纏の状態のオーラ量がこれくらいなら、そうだな。とりあえずこれくらいでちょうどいいか。




【轢死する蛙の類(スクラッシュキッス)】




 がくんっ、と瞬く間に両手を落とす―――かに見えたアッサムくんはしかし一瞬だけその重量に持ちこたえたように見えた―――けど、嘘。どうやらその気合も0.1秒以上は続かなかったらしい。すぐに両手を落として跪いた。


「あれ? ちょっと軽かったですか?」

「いや、めちゃくちゃ重いんですけど………。何ですか、これ。え? 蛙?」

「チャーミングじゃないのは許してくださいね。これが僕の能力です。詳細は秘密」











【轢死する蛙の類(スクラッシュキッス)】


能力:自身のオーラに重量の性質を再現させ、それを相手に付着させる。

   付着した念の潰れた蛙模様は意外とグロテスク。


系統:変化系


補足:過去の自分の死のイメージをオーラで再現させたもの。

   苦手な放出系統は制約と誓約でカバーしている。


制約:両手首上部の部位で触れたものでしかこの念は発動しない。

   自分の触れる箇所の顕在オーラ量-触れた箇所の顕在オーラ量で重量は変化する。
   EX)顕在オーラ2000-顕在オーラ500=重量1500㎏

   同じ箇所に二度この念を発動させることはできない。

   対象が半径50m以上離れた場合、念の重量は消える。

   対象が半径50m以内に戻った場合、念の重量は再現される。


誓約:除念によりこの念が解除された場合、重量は念の発動者に還元される。












 ………正直あんまり使えない念だけどね。

 主人公グループとか8t程度なら軽く持てますよっと、みたいな超人たちばっかだし。

 まあこれは足かせ程度の役割。大事なのは念をかける部位と念のガードの弱い場所にいくつかけられるかっていうところ。首の後ろに5tの重量当てられたら普通戦闘はできないでしょ? 

 いや、普通で考えちゃだめなのかな……。今のところ出会った危険クラスのレベルの念能力者って、リーダーとあいつくらいだし。

 失礼だけど、リーダーレベルの念能力者ならこの念も十分通用するしなー。どうなんだろう。自分の強さのレベルが正直わからない。

 一応蜘蛛とかA級の念能力者と出会ったときのために、今は顕在オーラ量を増やす特訓―――堅の琢磨と、ひたすら流、流、流の修行中。おかげで円とか隠とか周とかの応用技は目を瞑りたくなるレベルだけど……それは仕方がない。取捨選択。二兎追うもの一兎も得ず。

 まあオルフィがいるから円に関してはそんなに心配しなくてもいいしね。


「で、50㎏程度の錘なんだけど……やっぱり軽そうですねぇ」

「重いっす! めちゃくちゃ重いっす!」


 えー、嘘ぉ。何だか楽勝っぽい感じだったじゃん。

 もしかしてアッサムくんは強化系なのかな? 具現化系と放出系がうちにはいないからそっちが欲しかったんだけど。

 操作系と変化系は二人もいるからもういらないんだよ。どんだけバランス悪くなっちゃうのだ。


「まあいいか。じゃあアッサムくんは寝るときも食べるときも汝健やかじゃないときもそれをつけてせいぜい齷齪してくださいね。工場内なら念は発動できますから。慣れたら両足にもつけますけど………さて。次はディルバの番」


 500㎏くらいは両手両足につけないとねぇ、と喉の奥で笑う僕にディルバは青い顔でぶるぶる震えている。

 ………セルニアとオルフィにはつけられないからなぁ。セルニアに以前、特訓ですから、とつけてみたら「重いぃからいやだぁっ」と暴れられて【六面体遊戯】で両手足ぼきぼきにされちゃったしね。いや本当にね。あれは酷い。

 オルフィは………ほらまだ幼いから、仕方ないよ。「………トイレ」とぷるぷる震えて動けないまま睨まれたからね。ていうか動けないなら言えばいいのに。変なところで意地っぱりなんだから。だっこしてトイレに連れて行く羽目になったのは今になって思い出しても………悲しい出来事だったなぁ。



 濡れちゃったしね。



 オルフィの名誉のために「何が? どこが?」と深く言及はしないけど。

 追加された錘に悲鳴を上げるディルバを見ながら遠い目をする。そう考えると好き放題念能力を使えるディルバの存在の有難さと言ったらないなぁ。

 生徒が頑張っているのに先生が頑張らないわけにもいかない。とりあえず、練のタイミングをアッサムくんに教えながら自分も堅の継続時間を延ばす修行を始めるのだった。



 ちなみに現在の継続時間、精神状態にも影響するけど5時間程度です。







[7778] 05.昼下がりの襲撃
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/04/07 12:38
 油断していた。三下くさいセリフだが、今回はそれに尽きた。





 ヨークシンへと移るために荷物を纏め終わったとある昼下がり。人通りが薄まる気配もない眼下の広場。とろとろとその周囲を巡回するパトカーも中の警官は欠伸をしているくらいに平和な時間が、今のザバン市には流れていた。

 心地よくも生温い風が頬を撫でる。

 先日、とある殺人鬼に人一人が惨殺されたことなんて感じさせない平和な光景。

 子供たちの微笑ましい掛け声を聞いてそんなことを考える馬鹿な自分の頭に苦笑しながら、ぎらぎらと光る太陽に煙草を葺かせた。恋人にいつも眉を顰められる喫煙を、だが生憎と俺は止められそうにない。格別美味いと思うわけでもないのだが、吸っていないと酷く落ち着かない気持ちに襲われて、自然と手は胸のポケットに伸びてしまっている。

 明日は一本だけにしておこう。

 誓いですらないことを考えてベランダに腰掛けながら、ぼんやりと俺は一ヵ月後の<仕事>について思いを馳せていた。

 護衛対象を死なせてしまったことで契約ハンターとして二流の烙印を捺された俺に、ようやく回ってきた<仕事>。

 ヨークシンにいる、とあるマフィア要人の護衛。

 正確には、その要人を暗殺しようとする人物の二重暗殺。

 きな臭いことこの上ない仕事だが、こちとら仕事を選べる身分でもない。仕事を失って以来今まであいつに食わせてもらってきたが、男としてはやっぱり女に飯を食わせてやりたい。楽をさせたいんだ。念能力者だからといって、あいつをこっちの世界に引っ張り込んでしまったことの、それは贖罪になんてなりはしないだろうけど。

 情けねぇな、俺は。



 そんなことを考えていたとき、幕開けのように、玄関のベルは鳴った。



 BGM代わりにつけていたテレビのニュースが昼の三時を告げる、おやつの時間だ。

 二流だろうが、これでもプロのハンターライセンスを持つハンター。無防備に扉を開くようなことはしない。特に警戒したわけでもないが、矜持として持つライセンスの重みが、そんな無駄なことを訪問者が来るたびに強いていた。

 得意の<円>で訪問者を確認すると、そこにいたのはガキサイズのオーラが二人。垂れ流しのオーラを見るからに一般人のようだが………ガキに知り合いなんていねぇぞ、俺は。

 <円>で捉えられたことに気付いたのなら、どんな念能力者でもオーラに微細な乱れが生じるはずだが、その様子はまったくと言っていいほどなさそうだった。やはりただの一般人のガキだろう。

 何となく、そう別に深い意味がないのだが、過去の女たちが走馬灯のように頭に過ぎる。


 ………認知?


 いやいや、孕ませるような間抜けをした覚えはないぞ。というか、もしそうなら俺に明日の命はない。ぷるぷると涙を湛えてこちらを睨むあいつの顔が脳裏に浮かぶ。手にはなぜかきらりと光る包丁を持って。

 ………これ以上は止めておこう。自虐の趣味はないんだ、生憎。

 煙草を灰皿に押し付けている間に鳴らされる二度目のチャイム。舌打ちをしながらダンボールの障害を避けて玄関まで歩いていった。


「おい、何だ。部屋間違えているんじゃねぇだろうな、お前ら―――」


 続けられるはずだった言葉は文字通り――吹き飛ばされた。

 ボロい作りのマンションだろうと、玄関ばかりは金属製。思いっきり蹴ろうが殴ろうが、それこそバッドで殴ろうが、こんな軽快にホームランを打つように、ドアが吹っ飛ぶわけがねぇんだ。

 扉に押し潰されて硬直すること、瞬間0.4秒。

 すぐに脱出を図る、が、その0.4秒すら、そいつらにとっては悠々と玄関からこちらに歩いて眉間に銃口を押し付ける程度の余裕を持つ時間であったらしい。

 撃鉄が起こされる。

 飲み込んだ唾が音を立てて部屋に響いた。


「聞きたいことがあります」


 自分の三分の一も生きていないようなガキだった。

 黒い髪に黒い瞳。子供の無邪気な笑みとは違うどこか仮面のような笑みを貼り付けて、微笑む少年。

 悪魔、と渇いた口が呟く。

 その後ろには白銀の髪をした、その少年よりもさらに幼い少女の姿。人形のように可愛らしいその姿は、それでも目の前のガキと同一の、無機質なガラス玉のせいで全て台無しになっていた。まるで作り物めいていたその顔は、愛らしいというより不気味な印象を相手に植え付けさせる。


「心配しなくてもそう難しいことは聞きません。もし大人しく正直にかつ誠実に答えてくださるのなら、あなたは明日もその箱の続きを思う存分楽しむことができます。そうたった一つだけの質問ですよ。心の準備はいいですか?」


 触れた銃口が熱を持ったかのように眉間を焼く。全速疾走をした直後のように、息は荒げて止まらない。

 一般人? どこがだ。

 ふざけるなよ。何だ、このオーラはっ!?

 銃なんて飾りに過ぎない。円で捉えたことに対する揺るぎなんてあるはずがない。地べたを這いずる虫が人に気付いて、人は何をする? 

 驚くか? 恐怖するか?

 ただ、無視する。それだけだ。

 かたかたと歯が勝手に打ち鳴らされる。こちらを圧するオーラの持ち主が、それが俺の身長の半分もないガキでしかないと、そんな馬鹿な話を信じられるか? 信じられるわけがない。

 所詮、自分は二流のハンターだ。念だって大したレベルでもない。念の修行が辛くて途中で師匠のもとから逃げ出した半端もの。女に飯を食わせてもらうヒモ同然の最低野郎。

 それが俺。

 目の前の化け物に比べたら、俺は悲しくなるくらいに格下だろう。


「では、質問です。あなたの――」


 それでも、例えそうだとしても。

 矜持がある。

 他の何を引き換えにしても守りたいものがある。

 それを引き換えにして生き伸びるほどの、クズになった覚えは生憎とないっ。




「あなたの恋人は、どこにいます?」




 だから、

 引き当てた答えを知って、

 嫌な予感が的中したことを知って、

 俺は、吼えた。


「くそったれぇええええええええぇえええええええええええええええええええええ!!」













 油断した、本当に、まったく、情けない限りに。

 三下のセリフで申し訳ないけど。


「………あーあ」

「あーあって。逃がしたのはオルフィも一緒でしょうに」


 その言葉に、ぷいっ、と顔を逸らすオルフィ。

 知らないもん、じゃない。そもそもオルフィがしっかりと堅で体を守っていれば僕が盾になる必要もなく、その間にあの男を逃がすこともなかったということを、そのちっちゃい頭によーく刻み込んで覚えておいて欲しい。

 だからあれほど流と堅の修行は休むなと、口を酸っぱくして言っているのに。

 ぐりぐりと頭を抑え付けながらにっこり微笑む僕に、なぜか視線を逸らすオルフィ。あははは、無駄無駄。今の僕はガチンコ先生モードなんだよ。


「帰ったら罰として100㎏」

「………うぅ、シノのアホ」

「200㎏」

「………」

「沈黙は金、雄弁は銀。まあよく言ったものだと思いませんか?」


 まるで親の敵のようにこちらを睨むオルフィの視線には肩を竦める程度に抑えておいて、僕は顎をしゃくってオルフィを促した。


「じゃあ折角泳がしたんですから、さっさと追いますか。好血蝶はちゃんとあの男についていますよね?」

「…………ついているけど、何で? それなら男を無視してと女の人を先に始末したほうが早いもん」

「だから、その居場所が分からないから困っているんでしょうが」


 グレムリンの仕事は大まかに分けて三つある。

 一つはマフィアから配られる薬の売買。

 一つは人体収集家や闇ブローカーからの依頼を受けた臓器及び眼球の売買。

 最後の一つは、殺しの依頼。

 とは言うものの、ちょっと名の上がったストリートチルドレンのグループ程度にマフィアの要人の暗殺のような、信頼される仕事は来ない。言うなれば、使い捨ての駒程度の扱いを僕たちは受けているわけだ。

 失敗するならそれも良し。成功したなら儲けもの。

 みたいな。

 だからこんな中途半端な人物の殺しを依頼されるわけだけど。

 まあいい。

 何事も大事なのは積み重ねだしね。


「普通、恋人が狙われているとわかった男は女の下に駆け寄るものなんですよ。自分よりも強いと分かっていても、そこで安否を確認せずにはいれらないのが情を知る人間って奴ですから」

「……シノって、あくどいね」

「計画的と言って欲しいですね。もしくは周到でもいいですけど」


 でもそれだと某ワニの人と被ってしまう。

 くははははははは、小物め!

 ………いや、止めておこう。オルフィの視線が痛い。僕はこれからも胡散臭いと笑われる敬語キャラで生きますからいいですよ。

 卑屈な笑みを浮かべる僕に同情もしないオルフィ。ひどいなぁ。いや、それはともかく、ぶち壊された扉に隣人が不審に思って駆け寄る前に逃げないと。

 僕たちは日もまだ高い街の暗い底に身を隠して走り出した。


 夜はまだ来ない。






[7778] 06.夕焼け色の死戦
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/05/27 14:15
「ボーダー=マクスウェル、リィン=ヴィゼッタ。この両名の殺害が今回のお前の上納金代わりだ。方法は問わない」


 渡された資料に載った二名の写真を見比べる。一人は冴えない顔のよれたスーツを羽織る二十代後半の男性。もう一人は格別美人とは言えないものの、垂れた瞳とくるくる捻れた桜色の髪が可愛らしい二十代前半ほどの女性。

 特筆事項に両名念能力者との記入が施されている。

 それを見落とさなかったおかげでなぜ下っ端のグレムリンに言い渡さないのか、なんて間抜けな質問はしなくてすんだ。念能力者は三流以下でもない限り念能力者でないと殺せない。銃は肉を多少抉るところで止まって仕舞いだ。

 資料のページを捲っていくと二人でアイスを食べる和やかな風景の写真なんかも混じっていたりして、それが僕をまた酷く陰鬱な気分にさせる。


「恋人二人の殺し屋ですか。なかなかロマンチックですね」

「ザバン市管轄のマフィアからの依頼だ。ヨークシンにいるマフィアの要人を暗殺するのに、不確定要素はできるだけ排除したいらしい。まあさほど心配しているわけでもないから、俺たちなんかにこんな依頼が回って来るんだろうが」

「暗殺者を暗殺しようとする人の暗殺ですか。またえらく複雑な……」


 呆れた息を吐く僕に、リーダーはにやりと悪戯な笑みを浮かべる。


「するとその暗殺者を殺そうとするお前を殺す依頼が、どこから来ているかもしれないな」

「止めてくださいよ、縁起でもない」


 この仕事を鑑みるに、まったく笑えない冗談だった。

 肩を竦めるリーダーはそれから、と先の言葉を続ける。


「パートナーを今回一人付け加えていいぞ。ちょっと今回は厄介な仕事になるかもしれないからな」

「厄介? この男、そんなに強いんですか?」

「いや、シノなら間違いなく倒せるレベルだろう。不確定要素は女のほうだ。前回の仕事で格上だと思われた念能力者を一人爆殺している」

「爆殺?」


 またえらく物騒なうえに派手な殺し方だ。暗殺向けじゃない。

 資料をさらに捲ってリィン=ヴィゼッタの欄を見てみると、殺された男の死体が写真で貼り付けられていた。千切れた腕は二十メートル先の民家に落ちていたらしい。

 爆発を扱う念能力者。ゲンスルーみたいな能力かな? 

 ただ経歴を見るに、ゲンスルーのようなA級クラスの念能力者とはとても思えなかった。そのさらに前の仕事で一般人の殺害に失敗している。念を覚えてから推測五年とのこと。一応、僕より念能力者としての経験は長いらしいが………。


 格上の念能力者を爆殺させる念能力者。

 一般人を殺せない念能力者。


 さてはて、これはただの甘ちゃんなのか。もしくはここに念の秘密が隠されているのか。


「………パートナーって言いましたよね? それじゃあオルフィを頼みます」

「オルフィ? セルニアじゃなくて?」


 だいたい、この手の仕事を僕はセルニアと組む。セルニアの【六面体遊戯(キュービストホリック)】は誰かと組むことでその真価を発揮するからだ。僕が前衛となって手足ボキボキの相手をフルボッコ。おかげで超楽勝な仕事ばかりなんだけど。

 けれど、今回はそうばかり言っていられない。


「その二人の所在地がわからないなら仕方がないでしょう?」


 所詮は使い捨て扱いの僕たちに与えられる情報とはいえ、これはないだろう。過去の経歴をまとめた程度のものより、今の活動拠点及び通行ルートを纏めてくれと紙をぺらぺら捲りながら僕は思う。


「情報集めも仕事のうち、ってことなんだろ?」

「ストリートチルドレンを何でも屋と勘違いしていません? プロハンターでもないんですからハンターサイトも回れませんし。何十万人いるザバン市から人一人見つけるのにどれだけの労力がかかるのかわかってほしいですねぇ」


 上の人間に現場の人間の苦労はわからない、っていう理由でもないんだろうなぁと僕はため息を吐きながら考えた。

 殺せたなら儲けモノ。失敗しても恨みはマフィアには行かず僕たちストリートチルドレンに向かう。

 その程度の駒で、その程度の命なんだろう。僕たちも、そんなガキに殺されるこの二人も。
















 市の外れにある大学付属病院。ザバン市の中でも一際大きなその病院の敷地内に、彼らはいた。

 患者のリハビリに使われるのか、病院内の庭園は広い。土の上、所々に植えられた広葉樹林とその周囲に咲いた色とりどりな花の多くも、その景観を鬱屈なものにさせないことに一役買っているのだろう。茶色と灰色の交じり合う足の踏み場を確かめるように歩きながら、僕はにっこりと目の前の青ざめた男――ボーダーとこちらを警戒するように睨む女――リィンに微笑みかける。

 僕らが目の前に現れた瞬間に<凝>をするリィンの念の練度。

 なるほど。ボーダーとは違って、そこそこの実力者ではあるようだ。


「オルフィはあっちの男を殺してください。僕は女性の方を」

「………私は、戦闘には向かないもん」


 オルフィがボーダーの肩から舞う蝶を指で拾いながら拗ねたように呟くが、そんなことは関係ない。いくら戦闘職でないからと言っても、ある程度の戦闘技術はこの世界に生きるなら必要なのだ。

 オルフィがこの世知辛い世の中で生き残ってもらうためにも。僕はあえて鬼となろう。


「あれくらいの念能力者も殺せないようなら修行は殺人レベルコースになりますけどいいですか?」

「………五歳児だってこと忘れないで欲しい」

「僕だって八歳児ですよ?」


 だから、ふっ、とか嘲笑うように笑わないの。何そのはいはいそういうことにしておきますよ、みたいな目は。一応こっちの世界では正真正銘の八歳男児なんですけど。そんなに老けて見えるか? え? マジで?

 ちょっと落ち込んじゃったけど、まあ、ふざけてばかりも居られない。僕らの掛け合いにツッコミもできない芸人失格たちを誅さねば。


 <堅>


 僕のオーラに、臨戦態勢になる暗殺(もう暗殺でもねぇけど)対象の二人。オルフィの修行のために、ボーダーにはちょっと遠くへ吹っ飛んでもらおう。

 周囲に人は居ない。夕焼けが大地を焼く時間。入院患者はもうすでに病棟内に収まっているだろうし、緊急の外患はこちら側から搬送されることもない。

 思う存分、暴れられる。


「ふっ」


 無造作な踏み込みと共に、ボーダーに一直線に向かう。怯みながらも指弾の形を作った手をこちらに向けるが―――もう、それはさっき見たんだな。

 十中八九放出系の念能力者。僕の今の<堅>の顕在オーラ量ならそんなものは豆鉄砲に等しい。

 <凝>で手にオーラを集めながらこちらに放出される念を弾く。僕と彼との間合いが4メートル。一足で駆け抜けられる距離になったところで―――


「ボーダーさんっ!!」


 ――恋人が叫びを上げて庇うように僕とボーダーの間に立ちふさがった。



 見目麗しくも美しいその恋人の形は、


 間抜けだ、と僕は内心落胆とも同情ともつかない感情のままの心の叫びに吹き飛ばされる。


 中堅クラスにも引けを取らないと勝手に自負する<流>と<堅>。

 殴る瞬間のインパクトのときにだけ、右手に七割のオーラを<流>。<堅>で密度を高めたオーラを集める。


 【轢死する蛙の類(スクラッシュキッス)】


 両手をクロスさせガードするリィンのちょうどクロスさせた箇所を気持ちよく殴る。小気味良い音が生と死の重なる病院に心地よく木霊した。恋人に受け止められるリィンの体はそのまま数メートル軌跡を残して吹き飛ばされる。


「あぁっ、くぅっ」

「リィン!?」

「瞬時に<硬>でガードしたことは褒めておきましょうか? けれど念の密度は僕のほうが圧倒的に上みたいですね。生憎と顕在オーラを図る技量はないんで正確の数値はわからないんですけど」


 そっと指を差すリィンの腕。

 前に突き出した右腕の前腕部に浮かび上がる蛙の死体。


「1tってところかな。千切れないように気をつけてくださいね」


 折れた彼女の腕が地面に強制という言葉をもって引き寄せられる。皮膚を破り、肉が千切れ、骨の軋む、悲劇的に愉快なオーケストラ。

 リィンの悲痛な悲鳴は、しかしプロゆえの矜持か喉奥で低く唸る程度で終わった。


「………ボーダーさん。ぅっ、ぼ、ボーダーさんは、逃げてください」

「馬鹿言うな! 今のお前を放って置けるわけないだろうが!?」

「私は、大丈夫です。あの子のオーラ。有り得ないくらいに強くて大きくて、見るに堪えないほどに歪んでいるけど」

「失礼な」

「だけど、だからこそ。私なら一発で勝てます。巻き込まれないように、ボーダーさんは離れて」


 ふむ、と一つ頷いて僕は考えた。ボーダーを吹き飛ばしてからオルフィに始末してもらおうと思ったんだけど、それならそれで効率がいい。


「オルフィ。じゃあボーダーさんと二人であっちに行ってきてください。何か秘策が向こうにはあるみたいなので」

「………」

「何です?」


 じっとこちらを見上げていたオルフィが何かを決意したような表情で、ぼそりと呟いた。


「………この仕事が終わったら、コンソメ味のポテチが食べたいな。また一緒に食べようね」

「何で死亡フラグをわざわざ立てますかね!?」


 しかも一緒に食べた記憶はない。


「実はね、一つだけ、ずっとシノに言いたいことがあったんだもん。だからお願い。死なないでね、シノ」

「濫立している!?」

「そこでシノの一言」

「ここは僕に任せて早く行け! って、ああ、言っちゃった! やべぇ、僕もう明日の朝日を拝めない!?」


 という一連の騒動はさておき。

 オルフィは死亡フラグが綺麗に立った僕の巻き込みを恐れてか、そのまま僕の反撃も待たずに足を駆け、ボーダーに仕掛けていく。

 恋人二人で交わした視線。苦しく歪められたボーダーの表情に、微笑むリィン。

 ボーダーとオルフィ。僕から見てもまだまだ稚拙な攻防を繰り返しながら二人は僕たちから遠く離れていく。茜色に紛れてもう姿は見えない。


「見捨てられちゃいましたね」


 きっ、ときつく睨まれた。超怖い。


「何で。あなたみたいな子供が、何で、こんなことを………」

「無駄話がお好みですか? 恋人で人殺しをするあなたたちが語る言葉ではないと思いますけどねぇ」


 散々無駄話をした僕に言えることではないというツッコミは却下の方針で。

 対峙する僕たちに、もう言葉はない。片手を地に着けて喘ぐリィンは恐らくもうその場から動けないだろう。痛みで立ち上がることすら不可能のはずだ。

 それなのに、彼女の目からは希望の光は消えているように見えない。

 遠距離からの攻撃が可能な能力。放出系か?

 目を細めて警戒する僕の耳に、彼女の言葉が祝詞のように響いた。



【真っ赤に降り注ぐ遊園の花(バルーンバルーン)】



 風船?

 彼女の左手が包むそれはサーカスのピエロが配るような真っ赤な風船。五個の風船は風に靡いて揺れる。

 具現化系か。

 リィンは悲しそうに、けれどどこか壊れているように、笑った。


「死んでください。私たちのために」

「御免被ります」


 僕の誤算。それは彼女の決意か頭のいかれ具合にか。

 油断した。本当に今回はこれに尽きる。

 まったく使いまわしのうえに三下のセリフで申し訳なく、二流の謗りを受けても仕方がないと思う程度に、残念だけど。


 油断した。


 動けない。彼女は主人公のようなヒーローでもなければ一流の悪人でもなく、まして超人でもない。千切れかけた腕に1tの錘を付けられた痛苦が如何ほどのものか、考えるまでもなかった。日の翳りで遮られる中でも、彼女の額に浮かぶ汗は拭えない。



 そう、動けないだろう。そんな邪魔な右腕をつけたままでは。


 だから彼女はその邪魔な腕を、刃物状に変化させたオーラを纏う左腕で切り落とした。



 目を見開く僕に、彼女が駆ける。瞬時のガードの遅れは、しかし僕と彼女の距離を考えれば絶望するほどの時間でもない。

 彼女の風船を持った腕が伸びる。当たるはずもなく避けた僕はそのまま彼女の首を落とそうと手刀を構え―――異常に気付いた。

 オーラが、急激に減っていく。いや、吸われていく?

 なぜ?

 視線が彼女の首を狙う腕へと向かった。

 避けたと思った彼女の風船の、具現化された糸が僕に絡み付いている!?


「死んでください。彼には、まだ私が必要なんです」


 そのまま前転の要領で彼女は転がる。まるで一刻も早く僕から離れようとするかのように。

 <堅>で拡大した僕のオーラ。よく見れば、彼女の具現化した風船の糸は肉体ではなく、僕のオーラに絡みついている。

 急激に膨らんでいく風船。吸われていくオーラ。爆殺された死体。一般人を殺せない念能力。

 まさか!?

 手刀を糸に向ける。今千切らないとまずい!

 しかし、時は遅く。

 選択を誤ったことに気付いたタイムラグ。

 刹那の静粛。その間。

 空気を震わす爆音が、病院の敷地内に轟いた。

 瞬間の、判断。

 間に合えっ。





[7778] 07.月明かりの下の惨劇
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/05/12 19:02

 砂煙が濛々と立ち込める白亜の病棟の下、彼女は息を荒げていた。

 餌を求める家畜のような無様な喘ぎで、観客も思わず息を呑んでしまうような押し殺すがごとく痛苦の悲鳴。

 オーラを切断箇所に集めて出血を抑えていても、痛覚が途切れるわけではない。彼女は愉快な殺戮ピエロではないのだ。脳内から分泌される神経物質が痛みを麻痺させるのには、まだもう少々の時間が必要らしい。

 そこにないはずの右手が疼いたのか膝をついたまま、左手が右手のあったであろう場所に宙を掻く。骨と肉を赤裸々に覗かせる右腕の切断面から締め切れない蛇口のように、ちょろちょろと流れる赤い雫。

 満身創痍なんて言葉がお似合いの彼女は、爆発に巻き込まれて煤だらけの体を何とか起こしながら、経験のない痛みと喪失感に汚れた顔を濡らしつつ―――それでも嬉しそうに笑っていた。


 良かったぁ、とその乾いて罅割れた唇から零れる歓喜の呟き。

 あぁボーダー、ボーダー、と愛しの彼を呼ぶ無垢な少女のような声音。


 いかれ具合は僕より酷いんじゃない?

 花を摘むときに浮かべるような悪意なき笑いを顰めた彼女は、次を決意した顔でよろめきながら立ち上がった。恋人とオルフィが消えた方角を見つめて、待っていて、と囁く声には不安もなければ恐怖もない。

 消えた風船は三つ。残りは二つ。

 消えた風船が再び具現化される様子はない。

 個数も誓約のうちなのかな。

 と、すでにもう益体のないだろうことを考えながら、背を向けた彼女の心臓部位に僕は右腕を突き破らせた。















 生温い感触が腕に跳ねる。

 キルアのように心臓だけ取り出すような芸術的な殺しは僕には無理だ。てか普通に無理だろ、物理的に考えて。血を出さずに引き抜くとかいう親父さんに至っては多分人の領域を踏み外しているに違いない。手品師かっちゅーねん。

 だから潰れて弾けて他の臓腑に紛れた赤い果実の手ごたえは、僕の右手にはない。

 突き抜けた手首は涼しくて、彼女の体に埋まる部位はぬちょぬちょしていて生温かかった。


「――あは?」


 何が可笑しいのか自分でも分かっていないのだろう。奇妙な薄笑いを浮かべたまま、リィンはこちらを首だけ振り返り、そして「え?」と一言。

 僕は静かに微笑んだ。


「あなたは自分の能力を誤解しています」


 限界まで広がる眼に灯ったのは紛れもない悪意だったのか。

 潰れた喉に嗚咽のような咆哮を上げ、ぎちぎちと燃料切れのロボットのようにこちらに動かす左腕は、真に残念ながら人体の関節の関係上、こちらに届くことはない。

 風船を持ったままの手がゆらゆらと蠢く、が、空振り三振。


「まず一つ。あなたの念能力に人を殺すほどのオーラ量はない。ではなぜかつての仕事で念能力者を殺せたのか。それはあなたの念能力が相手のオーラを吸収する念能力だから」


 風船の糸を切るという選択肢は、はっきり言ってまったくの誤答だった。糸を切るという決意に反応してついつい膨れ上がったオーラのせいもあるだろうが、初見で対応に迷うそのタイムラグの間に風船は爆破してしまう。

 余裕ぶっているが、はっきり言ってぎりぎりセーフも良いところだったり。四肢が千切れるなどといった重傷の怪我はないが爆破の衝撃に脳はくらくらと揺れていて吐き気がするし、お気に入りというか貴重であるお洋服はずたぼろだ。

 ヒントがなかったら多分死んでいただろう。

 腕にぐりっと力を込めると、切ない悲鳴が背筋を沿った。


「オーラを吸収することで一時的に<絶>に近似させる状況を相手に強いての爆破。爆破させるオーラの足りない一般人を殺せないのに、風船を爆破させるに足りえるオーラの念能力者なら殺せるというのは、そういうことです。一般人以下に限りなく近づけた状態でオーラを溜め込んだあの爆発を受けたなら、大抵の念能力者でも、力が強ければ強いほど逆説的に死んでしまうでしょう」


 ですが、と出来の悪い生徒に教えるように僕は眉を顰めて注意を促す。


「精孔が閉じるわけでもない。なら吸収されている間もずっと<練>をしてオーラを放出し続ければいい。幸い、あなたの念能力で吸い上げるのは顕在オーラだけでしたし、爆破する上限のオーラ量も一応決まっているみたいでしたしね」


 おかげでオーラは結構な枯渇状態だ。七割弱は持ってかれた。

 いやはやしかし、僕の言葉。もう彼女に届いているかどうか。

 僕を見て、自分の胸を見て、突き出た腕を見て、薄笑いを湛えたまま悲鳴を上げていた彼女の瞳がついに決壊する。


「――い、やぁ。い、やだ、いやだ、いやだぁっ! し、にたくない、死にたくない、死にたくたくないよぉ。まだ死ねないぃっ!」









「知らねぇよ」









 僕にしては汚い言葉遣いで大変失礼。

 微笑みながら腕を横に切る。次いで吹き飛ばされた内臓がすでに帳を落とした病院の敷地に鮮やかに舞った。肋骨ごと裂かれた体はぐらりと揺れて、壊れた人形の螺子がきりきり回る。倒れた肉の塊からどぼどぼ零れる血の色にすでに意味はなさそうだ。


「ぼーだー。ぼーだー。ぼーだー……」


 目に光は無い。死んで可笑しくない崩れた体で今も生きながらえる生命力は蟲けら並みだと目を細めた。哀れみに。早く死んだほうが彼女にとって幸せだったに違いないだろうに。

 トコトコ可愛い歩みが聞こえてくる。近づくその足音は聞きなれた彼女のもの。

 夜空に舞う蝶の群れ。

 奇跡と呼ぶには残酷過ぎた。

 いや残酷な奇跡も奇跡のうちか?

 愛しい彼に最後に会えたのだろうから、それは美しい奇跡なのかもしれない。彼女もきっと幸せだろう。


「あ」


 まるでサンタの正体を知った子供のように何もかもが消えてしまった声を上げ、彼女は静かに手を伸ばす。刹那に蘇った光は瞬く間に消えていく。届くはずのない腕は地に垂れて、最後呟かれる誰かの名。それは多分愛しの彼の名前とは違ったような気がするが、考えても無駄なことだろう。


 彼女はようやく死ねたのだから。


 健やかとは程遠い潰れた蛙の死体の出来上がり。姿かたちどころか性別すら違う彼女の死体に自分を投影するのはただの自己満足かどうか。

 一秒だけ目を閉じて黙祷。僕ごのみの年上お姉様なら生きていた可能性もあっただろうに。

 誰かにすがり付いて生きているような人間に興味は無い。例えそれが年上でも。例えそれが年上でも。大事なことなので二回言いました。

 生きているなら自分の両足で立てよ。

 誰に言ったかその言葉。自嘲ですらない笑みを湛えて振り返った先にいるのはいつもと趣を変えた服装の人形。


「ずいぶんな格好ですね」

「……シノに言われたくないもん」


 ボーダーの生首抱えるオルフィは服と同じように体も所々裂けては汚れ、その病的なまでに白い肌が暴漢された後のように晒されていた。ただ腰まで伸びた、白雪を塗し造り上げたような銀髪が無事だったことに僕は安堵する。


「……無事?」

「無事ですよ。見ればわかるでしょう。大した怪我はないです」

「そう。よかった…………ちっ」

「おいこら待て。最後の舌打ちは何ですか?」


 「別に」と淡々とそれはもう感情も無く呟くオルフィ。本当にもう、そんなにスパルタ教育がお望みなのかなぁ。またお漏らしさせちゃうぞぉ?

 一種の変態的思考はあえて深く考えずこめかみに青筋を立てる笑顔の僕に、オルフィは隠れた前髪の隙間から目を窺うように覗かせながらぷいっと逸らした。ちょっと震えているところ、言い過ぎたとは思っているのかもしれないな、うん。


「まあ制裁――失礼。教育は後にしましょう。ついでにこれも持ち運びやすくお願いします。担いで街を彷徨うのは勘弁ですので」


 こくん、とそこだけ素直に小さな頭で頷いて、ただ事務的に指揮者のように指を操ると、オルフィは美しき蝶たちに命令を下した。

 指揮に従い好血蝶が空を舞う。

 屍に集るそれは、一種のハイエナのような醜悪さでありながら死神のような高貴さすら携えているようで。

 リィンの体を蟲たちが覆いつくすと、彼女の血を花弁の奥に潜む蜜のように啜る群れという名の一つの生物。破れた脇腹から小さなかすり傷までそのストローを伸ばす。

 これぞオルフィの念能力、の一つ。


【吸血鬼の晩餐(バタフライリング)】








 名称:【吸血鬼の晩餐(バタフライリング)】

 能力:子飼いの好血蝶に血を吸われた対象の<傷>を<拡大>する念能力。

 系統:操作系

 制約:餌(血液)を与え育てた好血蝶でしかこの念は発動しない。

   好血蝶が血を吸っている間の時間しか傷は拡大しない。

   傷の侵食スピードは蝶一匹に分け与えるオーラ量で変化する。

   分け与えたオーラは念を解除すればこの念の発動者に戻るが、蝶が殺された場合、その分のオーラは霧散する。

   <傷>は血が流れている損傷箇所とする。打ち身、打撲は<傷>とカウントされない。

 誓約:全ての好血蝶が死滅した場合、発動者はこの念を失う。









 侵食される傷口は肉を喰らい骨を溶かして、三分ほどで首だけとなった。実にテイクアウトしやすい大きさである。


「じゃあ帰りますか」


 髪を引っ張り首を持ち上げ促す僕に、オルフィは「ん」と返事を返して、立ち止まった。

 彼女のじーっと向いた目の先には病棟が静かに佇んでいる。


「どうしたんですか?」

「……なんでもない」


 そう返事を返すオルフィの目は未だ病院に向いている。僕の<円>の範囲は8メートル弱。それに対しオルフィの<円>は蝶を使うことで50メートル弱まで伸ばすことが可能だ。もしかして病棟の中に何か只ならぬ気配を捉えているのかもしれないが、それならそれで僕に報告を怠る理由が無い。

 <凝>を施し病棟をくまなく観察しても、強大なオーラの気配は感じられなかった。


「なんでもない」


 もう一度呟いて、オルフィは歩き出す。首を傾げる僕も生首を肩に抱いたまま立ち呆ける趣味は無いのでオルフィの背中を追った。

 そういえば何で殺し屋の二人は病院に逃げ込んだのか。一抹の疑問は月明かりに照らされることもなく、思考の奥へと消えていった。







[7778] 08.ここが一つの分岐点
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/05/20 21:04
 モノクロの世界だった。

 <今>の僕と同じくらいの背丈の少年が焦ったように歩いている。顔はよく見えない。少年と彼との歩幅の違いか、少年は走らないと前を歩く男性との距離を詰めることができなさそうだった。

 しかし少年に男性へと駆け寄る勇気はなく、ただその距離がこれ以上開くことのないようにと足を懸命に動かしている。
 
 悴んだ手を繋ぐ人は遠い。刃のように尖った風は頬を切り、吐いた息は白く世界を染めては消えた。しんしんと降る雪の冷たさよりも、こちらを向かない男性の背中に少年は戦慄する。


「ごめ、んなさい。お父さん、ごめんなさい」


 いくら声をかけられても、父と呼ばれた男性が振り返ることは無かった。歩幅を縮めることもなく淡々と歩く彼の背中に、少年は嗚咽を漏らす。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。頑張るから、僕頑張るから。見捨てないで。お願いします! 置いていかないで! 僕を見て、僕を見てください! お父さん、僕を見てっ」


 お父さんっ。


 少年の叫びに、男性が立ち止まる。少年は肩を震わした。

 硬直した表情は花開くように冷たさを溶かしていく。びくびくと下から窺うような子供らしからぬ表情から無邪気な笑みへと移ったその顔で、少年は嬉しそうに小走りで男性へと近寄ろうとした矢先――件の男性が機械のように振り返った。

 顔はよく見えない。

 仮面を被ったようにまっ白で、墨で塗り潰したようにまっ黒で。

 紙を破いてできた裂け目のような口が開いた。


「――――」


 ノイズが聞こえる。

 男性の言葉は全部ノイズだ。

 ざーざーざー。聞こえません、聞こえません。

 少年の顔が崩れていく。希望という縁から絶望という奈落へ落ちたような顔。

 男性は歩幅を変えずに再び歩いていく。象牙色の背広を着た、見知ったあの人の背中が遠くなる。少年は動かない。動けない。冷たい空気に凍った足は壊れてしまったかのように震えていた。

 涙も出ない。叫びも上がらない。

 少年は歩けなかった。












 夢だった。

 遠い昔の夢だった。















 手数は僕のほうが多い。しかし一発一発の重みはさすが強化系だけあってディルバの方に分があった。

 攻防の応酬。

 繰り出す拳を受け流してはその無防備な腹に膝を入れ、転がり飛び掛るディルバに負けずこちらも踏み足。寸前で互いに立ち止まり、攻撃の迎撃、迎撃、迎撃。

 こちらの両手を警戒してか、足への注意が甘い。フェイントを含めながら蹴り技主体で着実にディルバの体力を削っていく。

 確かにディルバの拳は重い――が、同時に軽い。オーラ制限付きの訓練だからゆえの重み。まだまだオーラ総量では圧倒的と言っていいほどに僕のほうが上。もともと変化系は系統的に強化系に限りなく近いため、接近戦ではよほど実力が拮抗していない限り強化系だからと言ってそう押し負けることはない。

 それに加え、僕には<発>たる【轢死する蛙の類(スクラッシュキッス)】がある。拳のみという制限付きではあるものの、触れるだけで相手に錘を乗せることができるこの能力は、オーラ総量に差がある相手――つまり恥ずかしながら格下相手ということになるのだが(一概にはそう言えない場合もあるのだけど)――には効果が抜群なのだ。

 現にすでに左腕上腕部、腹下部、額、右肩と総量1600㎏程度の重量がディルバのその子供ながらには大柄の体に圧し掛かっていた。明らかに鈍ったその動きで僕に入る拳はない。

 軽くあしらわれてきたことが頭にきたか、鈍くなった動きが更に雑になってきた。左腕にきた大降りフック気味のパンチを目では追わず、脊髄から流れる反射で受ける。速やかに行われた<流>のおかげでダメージはほとんどない。お返しとばかりに僕が体の重心を傾け、蹴りのモーションを起こすと、散々受けた痛みを思い出したのか間断なくディルバがガードに走る、が、浮いた右足で僕は抉るように地面を蹴った。

 咄嗟の判断に遅れたディルバは僕のショルダーアタックを受けて吹っ飛ぶ。

 積み上げられていた機材の山にディルバが突っ込み、どんがらがっしゃーん、と大きな悲鳴が錆びた鉄クズから上がった。舞いあがった砂煙か積もったホコリかの判別はできないが、視界が白く染まる。

 今日はこれで終わりかな、と肩の力を抜いた。


 と、同時。


 背後に迫った上段蹴りをしゃがんでかわす。毛先が風に舞った。捻れたために回避の不能の死に体にそのまま僕の右拳が唸る。

 オーラナックル!

 違うけど、ある意味で間違いじゃないのさ!

 再び吹き飛び壁にバウンドするディルバ。その肋骨が重量で肉を突き破る前に【轢死する蛙の類】を解除する。攻撃と同時に能力を発動させるのが癖になってしまったのか、今のは解いておかなかったらディルバの腸が落ちていた。ちょっぴり本気のオーラ量を出してしまったし、局部的に2tくらいの負荷量だったか。反省。


「いやはや。しかし最後の攻撃は悪くなかったですよ。まさか<隠>を使えるようになっているとは思っていなかったです」

「見破られていちゃ意味ねぇよ、くそ」


 脇腹を押さえて口を尖らせるディルバに僕は意味深に微笑みかけておいた。まだまだですよ、みたいな大人の余裕を込めて。

 うん、言えない。まさか遠い記憶となってしまったH×Hのシーンにこんなのがあった気がするなーそういえばー煙に乗じて<隠>を使って攻撃してきた強化系がいたよなーとか、そんなちょっと卑怯なうえに電波的な先読みをしていたとは、言えない……。


「また負けか」


 ディルバが渋面で舌打ちを漏らす。思わず顔を逸らしてしまうのは罪悪感としか言いようがないです、はい。

 しかしそうは言うものの、はっきり言ってディルバは強かった。ゴンやキルアほどの才とはさすがに言えないまでも、ズシくらいの才能はあるんじゃないかと思わせる成長速度を、ディルバは特訓の合間に見せている。第一、グレムリンの中で誰よりも念の向上に熱心なのは間違いなくディルバだろう。セルニアとかオルフィとか目も当てられない。

 そのことを捻りもせずに伝えてみたのだが、ディルバの反応は芳しくなかった。眉を顰められてなぜか不機嫌だ。褒められたら素直に喜ぶのが子供の特権でもあると思うんだけどねぇ。


「そもそも何でディルバは強くなりたいんですか?」

「………強くなりたいからだよ」


 うん、答えになってない。

 そんな納得していない僕の苦笑を読み取ったのか、ディルバは腕を組んで照れた様子で続きを語り出した。


「………強いと実感できるのが好きなんだよ。弱いと思われるのは気に食わないし、何より地面が揺れているみたいに酷く覚束ないんだ。強いと安心できる。強いと、何も奪われない」


 ここではないどこかを見るディルバは過去のどこを見ているのか、噛み締めた唇を歪めていた。

 それが酷く悲しそうに見えたから、だから僕はこう返したんだ。


「ふーん」

「聞いた本人が大した興味を示さないとはいい度胸だな!」


 ディルバが赤い顔で膝を立てて立ち上がろうとするが力が入らないのか、よろめくままに喉の奥で唸るだけであった。

 悔しげにこちらを見つめるその眼差しは、さながら鎖に繋がれた猛犬と言ったところだろう。今夜は背中に気をつけなくっちゃいけないね。


「………そもそもさ、お前のほうが強いじゃねぇか。俺たちに念を教えたのも授けたのもシノだろ。どちらかというと、その質問は俺がしてぇよ。何でシノはそんなに強くなったんだよ、何でそんなに強くなろうと思ったんだよ」

「何でって……」


 何でだろう?

 念はこっちの世界に生まれたときから身についていた。偶然の産物か、何かの見えざる手の力か、それ以外の何者でもないだろうからそこに理由は求められない。

 ならその力を伸ばした理由を考えるべきだろうけど、念に気付いてからはただその不思議な力を使えることが嬉しかったからなぁ。人目はばからず鍛錬をしていたのはきっとゲーム感覚だったのだろう。才能なんて何も無かった前世だったから、才能と呼べるものが手に入ったことに舞い上がっていたのだ。

 ………だから捨てられたんだけどね、うん。

 努力すれば磨かれる。それも僕を助長させた一つの原因だった。向こうの現実では努力が必ず身を結ぶわけではなかったから。

 体を鍛えてもスポーツ選手になれるわけでもなければ、リレーに出ることすら叶わない。

 いくら勉強してもそれに比例して頭が良くなるわけでもない。受験には悉く失敗した。

 けれどこの世界では空気にプロテイン配合なのか鍛えれば体はそれに限度無く応え、そして<念>という存在は僕の費やす時間だけ、その努力と覚悟の数だけ、僕の期待に応えてくれた。

 楽しいから。

 結局その一言なのだろうけど、そう要約するだけでは釈然としないものを感じて、ふわふわと浮いたこの置き場の無い感情を弄びながら首を傾げていると、後ろから声変わりをまだ迎えていない少年のような、中性的な声が掛かった。


「シノとディルバか。精が出るな」

「あ、リーダー」


 お気に入りのハンチングハットを直しながらキャラメル色の髪を溢すリーダーがやや疲れた表情で訓練場と指定している廃工場跡地の広場に入って来た。

 その中性的な容貌と厚みに富んだ服装のために少年か少女が一目では判別しにくいリーダーだが、実際はカワイイものとあまーい物が大好きのとっても可愛い女の子だよ☆―――というのは僕の願望混じった妄想であるが、由緒正しい俺っ娘ではあった。


「シノ、ちょっといいかな?」


 くいっと顎でこっちに来いと指図される。

 リーダー、まさかパクノダのような心を読む念能力なんてマスターしてないよね? 

 戦々恐々に震える僕であった。

 そんな僕の態度にいぶかしむリーダー。僕は内心びくびくと震えつつも「じゃあまた今度ですね」とディルバに手を振る。ディルバはディルバで「勝ち逃げかよ」とぶつくさ文句を言っていたが、ぎぎーっとなる重苦しい扉に遮られて、最後のほうはやっぱりよく聞こえなかった。

 がちゃり、と鍵を閉めた分厚い音に、リーダーまさか本当にこれからリンチが始まるんじゃないでしょうね……と思わず謝る逡巡をしてしまう僕だが、リーダーが知れずについた深いため息におふざけモードがここまでであることを知る。


「どうしましたか?」

「いや、ちょっと疲れているだけだ。仕事が立て込んでいてな。そんなことよりもディルバの仕上がり具合はどうだ? もう使い物になるか?」

「難しいところですよ。まあ、一応、と答えておきます。ただプロ相手となるとどこまで持つかわかりません」

「……そうか。いや、一応レベルならいい。先にアッサムを仕上げてくれ」


 背を汚れた壁に預けて目頭を押さえるリーダーは、どことなく生気が薄れているようだった。僕は思わず疑問をぶつける。


「何を焦っているんです? 今まで受けていたクラスの仕事ならそう慌てて鍛え上げることもないでしょう? それに、アッサムくんはまだ早い。解体作業を目にして吐くうちは、いくら高度な武器を持っていても宝の持ち腐れですよ」


 死体に刃物を入れる。それだけで彼にとっては衝撃的事実だったのか、何度見ても強い拒絶反応を繰り返すばかりだった。生きている人間を殺す覚悟と死体をリサイクルする度胸はまた別物だが、死に触れるという点ではそう高く遮られたものでもない。大事なのは死に慣れることだ。それに何より、死んだ人の肉を傷つけられないようでは、生きた人間の肉を破れるとは思えない。

 沈黙。何か言葉にしようとしているのにそれが覚束ないのか、ハンチングハットを脱いで珍しく髪を苛立たしく掻きながら、リーダーは観念したように吐きだした。


「……ヨークシンのマフィアからの打診が来ている」







[7778] 09.蜘蛛への憧憬
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/05/17 21:12

「打診、ですか」


 ある程度の予測は、なかったわけではない。

 そもそも新型ドラッグの市場調査染みた販売や、臓器売買を生業とする闇ブローカーへの斡旋など、ザバン市管轄のマフィアとグレムリンとの繋がりは非常に強い。しかしその糸を握るのはあくまでマフィア側にあり、自分たちはその糸に踊らされる使い勝手の良い道具に過ぎないというのが、苦々しい現状であった。いつその生命線を切られてもおかしくないグレムリンとしては狗のように頭を垂れて従うしかないがために、これまでも無茶な注文にもそれなりの結果を出してきたわけだが。

 結果を、出しすぎたかな?


「その様子だとあまりいい話ではないようですね」

「………いや、そんなことはない。簡単に言えば引き抜きだからな。これまでの仕事が評価された結果だ」


 やっぱり。

 嘯くリーダーはこちらに目を合わさない。僕は無言で続きを促す。


「………念能力者は、力がものを言うマフィアにおいて宝石などより貴重な存在だ。念を覚えているだけで下手な銃器よりも強力な武器となり、他のファミリーひいてはハンター協会への威圧にもなる。だから裏の世界では念能力者は良い待遇で迎えてくれる。……それにも関わらず、どこの組織にも属さない野良に転がる能力者が五人………いや今は六人か。ほら、マフィアが放置しておくはずもないだろ?」


 肩を竦めるリーダーに、僕は短く鼻で息を吐く。


「なるほど、ね。ボーダー・リィン両名の暗殺は入団試験ということでしたか。今までハンターライセンスを持った念能力者の殺しがなかっただけに、不自然だとは思っていましたけど。それでも他に聞きたいことは山ほどあるんです。そもそもザバン市管轄のマフィアではなくなぜヨークシンなんです?」

「大本を辿っていけばヨークシンに辿り着くというだけの話しだ。つまり支社ではなく本社からのお呼びってことだな」


 じっとリーダーを見る。軽い口調に、軽妙な仕草。しかし壁を見つめるリーダーの瞳からは何の感情を見出すこともできそうになかった。

 果たしてその奥に秘めているのは覚悟か諦観か。まだ幼い少女がこの世界で過去の僕よりもはるかに多くの辛酸を舐め、その経験から英断にも富んでいることは間違いない。しかし、それでもここで口を出さないわけにはいかなかった。

 それを僕が口にすることを、彼女もきっと望んでいるだろうから。


「グレムリンは、どうなるんです? グレムリンにいるメンバーは念能力者ばかりじゃない。その数54名。組織が無くなったら食べるものも無く、のたれ死ぬのは確実でしょう」

「………」


 歯が軋む音が重なる。

 リーダーの表情は変わらない。


「……54名を【審査】でもしてみますか? 幸運は何度も続かない。確実に死にますと思いますけど。リーダー。仲間を見殺しにするんですか?」

「見殺し、ね」


 ふふ、と妖しく、まるで妖艶な娼婦のようにリーダーが笑う。その目が告げることを僕は敢えて黙殺した。


「ねぇ、覚えていますか? 僕とリーダーとの出会い。あのときは路地裏で結構な無茶をしましたよね。僕もリーダーも未熟もいいところでしたから、後処理含めて大変でしたけど。怪我なんて二ヶ月は治らなかったし、まだ背中に火傷の跡も残っているんですよ? シャワー浴びるとたまにひりひりするんですから」

「………何が言いたい?」

「リーダーと出会ってそれから………どうしたんでしたっけ? えーっと、ああ、そうだ。せっかく意地を張ったお互いがあのとき引き下がったっていうのに、運命なんて言葉がお似合いなくらい、何度も何度も、またあの薄汚れた路地裏で再会したんでしたねぇ。いやぁ、懐かしいなぁ。何でですかねぇ。やっぱりお互い根っこが同類なだけに同じ臭いを嗅ぎ分けていたんですかね。それから、殺し合いばかりじゃなくて、世間話も言い合うようになって」

「シノ」


 諌めるような口調。響き。震える声の裏に隠れた心理。

 リーダーは短く呆れたようにため息を吐いてから、淡くそれこそ先ほどとは打って変わった少女のような微笑み。ゆるりと動いて僕の肩に手を置くと、そのまま襟首捕まれ灰色の壁に叩きつけられる。

 背骨が悲鳴を上げ、肺から抜ける空気は咳という形で吐き出されるが、しかしさすがは僕らのリーダー。揺れる工場にも躊躇することなく僕の襟首をぐいぐいと絞めて、僕は危うい感じに酸欠だ。身長差から自然と僕の足が持ち上がる形になってしまう。


「いいよ、シノ。言えばいい。ほら、続きをさ」

「い、えるわけない、でしょう」

「そうだな、何度も出会った。何でだろう。奇妙な年下のクソガキ相手に妙に馬があったんだ。殺し合いがいつしかじゃれ合いに変わった。話し役はお前で、聞き役が俺で。他愛無い日常に消えることをそれでも俺は話していたはずなのに、なぜかあのときのことを思い出すと、あいつのことを愚痴っていたことばかりが頭に浮かび上がる。何でだろうな」

「ぅ、ま、たっ、戻る、つもりですか?」

「他にどうしろと?」


 チカチカと白く染まり出した視界。巡りの弱くなった頭が一瞬爆ぜて、気付けば拳を振るっていた。


「っ!?」


 刹那<硬>でオーラを固めたリーダーの腹に右腕が捻じ入る。防御に遅れ肉の感触が滑らかなほどに直に拳が入ってしまったリーダーは、数歩分後ろに押し出され、そのままゴムの焦げた臭いが一筋漂った。

 ただ、<硬>のおかげでダメージはほとんどなさそうで、ほっと僕は息を吐く。腹を押さえたままリーダーはにやりと笑った。


「やってくれるじゃないか」

「謝りませんよ。マジで苦しかったんですから」

「いい。お前に謝られたら気持ちが悪くて背筋が痒くなる」


 何て言い草だろう。謝ってやろうか。

 腹に浮き上がる蛙の死体を解除してリーダーに警戒した猫のごとく歩み寄ると、そんな僕の様子が可笑しかったのか、険が取れたような顔でリーダーは短く笑った。


「あーあ。何でこうなるかなぁ」


 ホコリと油の滲んだリノリウムの床に寝転がるリーダーに汚いですよ、と一声掛けるのはさすがに止めておいた。空気が読めない烙印をこれ以上僕だって押されたくはないのです。なので、ここは空気を読んでリーダーの隣に腰掛けた。寝転がりませんよ? 汚いじゃない。


「無視はできないんですか」

「無理だな。打診なんていうのはオブラートに包んだ言葉だろう。実際は脅迫だ」


 ぎゅっと目を閉じてリーダーはぼそりと呟いた。


「蜘蛛みたいに、なりたかったんだけどなぁ」

「まだ引き摺っているんですか。あのときのこと」


 その小さな顎で、リーダーはこくんと無言で頷いた。














 リーダーはマフィアに拾われた子供だった。

 拾われる前の話は聞いたことがないし、僕も聞きたいとは思わない。少なくとも、人を殺して生きるほうがマシだと思える程度の生活水準ではあったらしい。親はいない、と一言リーダーは言っていた。

 念の才能を見抜かれ鍛えられたリーダーは、その力と子供の容姿を使って数え切れないほどの肉の塊をマフィアの命令通りに作り上げていった。この世界ではよく聞くありきたりの悲劇だと笑い飛ばすことが、しかし僕にはできそうにない。

 ただ、彼女が罪悪感を抱くことはなかったというのは殺された相手からすればそれこそ悲劇でしかないのだが、僕にとっては胸を撫で下ろす心地であった。その真偽は置いておいて、殺す連中は皆幸せそうで殺すことにむしろ暗い悦びを見出していたと、自嘲するように今では笑えている。


 そんな生活が板についてきたある日のこと、彼女は路地裏で寂しく一人生きる孤高の少年、年上キラー、つまり僕と出会ったのだった。


 まさに運命の出会い。

 感動的なシーンなので、ここで照明と音響が入ります。

 ちゃらららん、ぎゅいーん、はい嘘です。

 まあ紆余曲折を経て、僕は彼女と気を置けない友人となったわけで。うふふ、あはは、な展開はなかったけど、二人で話す中身のない言葉の応酬はそれなりに輝いていた。





「あいつを殺したい」





 あれ?

 何か可笑しい回想が……。







「シノ。お前となら殺せる。手伝ってくれないか」

「………また、突然ですね」


 ため息を吐く。それに彼女はにやりと、そのときだけ大人びた表情から子供っぽい顔に変わるのだ。


「言おうと言おうと思っていたことが今口に出ただけだ」

「あいつって、あいつですか?」

「ああ。俺の上司だよ」

「マフィアの?」

「イエス」

「無理でしょ。一生の禍根を残すような真似を僕にさせないでください。ていうか、そんな義理もない」

「冷たいな。友達だろ?」

「その言葉は本当の友達なら使うべきではないですね」

「………」

「………」

「………ごめん」

「いや、そこだけ雨に濡れた子犬みたいな表情で謝れても。………はぁ。いいですよ、もう。で、何でですか?」

「理由は言いたくない」

「何て不条理な。それでまさか僕に協力させる気ですか? メリットは?」

「シノ」

「はい?」

「ボランティアって知っているか」

「ごめんなさい。もう帰らないとパパに怒られちゃう」

「あいつの保有している金がある。億単位だ。それに自慢気に話していた世界七大美色に数えられる<何か>も金庫の中にあるらしい。それを丸ごとやっていい」

「詳しく聞きましょうか」

「俺が言うのも何だか現金な奴だな」

「金が全てですよ世の中。ふふ。いやぁ、それにしても金庫の位置も教えられているなんて、随分信用されているみたいじゃないですか。それを裏切ろうなんて酷い部下ですねぇ」

「男は寝る時になると口が軽くなる、それだけだ。床の上だけでも自分を大きくみせたいらしい」

「……………」

「ガキにはわからない話か」

「これでも心はハードボイルドですから事情は一応……まあ、わかりますよ。金の魅力には敵いませんからね。わかりました。協力しましょう」

「ありがとう、って言っておくべきかな」

「終わるまで取って置いてください」





 僕は笑って。

 彼女も笑った。




 きっとハッピーエンドになることを僕たちはこのとき信じていて。

 強ちそれは間違いではなかったけれど、それでもベストエンドになることはなかった。

 世の中そううまくできているわけでもない。

 思ったとおりに事が運ぶことなんて、きっと人生にはありはしないのだ。

 結論。僕たちはあいつの念に敵わなかった。

 未熟か過信か。努力で手に入れてもいないこの力に、一体僕は何の信頼を持っていたのだろう。まさか転生してから死をもう一度見る羽目になるとは思ってもいなかった。

 荒い息を吐き出しながら二人逃げ帰った、名前の可笑しいホテルの一室。二人血塗れのまま怪我の手当てをする中で、そのホテルのワンルームにサービスで置かれたラジオから流れるニュースキャスターの声は、妙なトーンだった。

 静粛が世界を支配する。ラジオの音だけが白紙の上をなぞるように僕たちの意識を犯していく。
 
 ノイズの音に紛れた内容は実に簡潔なはずなのに、誰かの口を聞くとこうも長くなるのかと言う、実にいい見本だった。



 早い話、僕たちを殺し損ねたあいつが、ついさきほど死んだのだそうだ。



 幻影旅団。A級賞金首。

 世界七大美色を奪われ、あいつは蜘蛛に殺されたらしい。



 それからだ。リーダーが力を求めるようになり、蜘蛛に強い憧憬を抱くようになったのは。

 それからなのだろうか。僕が強くなろうと思ったのは。

 答えはわからない。寝転がるリーダーが見つめる先に、僕は居たいと思っているのだろうか。






[7778] 閑話―セルニアの遊戯×オルフィの謎
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/05/21 11:32
 かちゃ、かちゃかちゃ。

 プラスチックが鳴らす音。見ていた面が安っぽい真っ赤に変わる。それでもこの四角い玩具が完成することはない。

 一面を揃えて、もう他の一面を揃えると、合わせようとしていた別の色がどっかに行ってしまうのだ。首を捻る。裏側を見てみる。むぅ、と口から拗ねた声。

 シノが前にコツを教えてくれた気がしたけど、もう忘れちゃったぁ。かちゃかちゃ回す。揃うけど揃わない。揃った色を崩してしまうのがもったいなくて、他の色を揃えられない。動かす面が減っていく。

 かちゃ、かちゃかちゃ。

 回す、回す、六面体。

 時間はさーっと砂のように流れていく。

 かたん、と足音。草臥れた工場の中、足を殺して歩くことはできない。歩くたびに軋む床。軽い音。小さなすり足。

 顔を上げると、あたしぃよりずっと年下なのに、あたしぃよりずっと大人びているオルフィが、ひよこみたいにとことこ歩いていた。


「あれぇ、オルフィぃどこ行っていたのぉ?」

「……ちょっと」


 だらん、と無造作に伸びた銀色の髪の合間に覗く瞳。きれぇだった。ビー玉みたいに。人形みたいに。そして、どうして髪のお手入れもできないストリートであんなに艶が出るんだろうと、口を尖らせて抗議したくなるように髪はきらきらと輝いている。あたしぃだって、女の子だ。気を遣うのだ。

 そんなあたしぃの葛藤も知らず、ちっちゃい体をぐらぐら揺らして、オルフィは機材の置かれた部屋から出て行った。じーっと見ていた目をぐるんと動かし、視線を逸らして、またルービックキューブをかちゃかちゃ回す。

 最近、オルフィは外出することが多くなった。お外に遊びに行くことは悪くない。手が器用だから大人たちからお金を集めているのかもしれない。だけどあたしぃと遊んでくることが少なくなってちょっと寂しい。

 ううん、違う。あたしぃはおねえちゃんなんだから、オルフィと遊んであげているのだ。だけど、オルフィは気付けばお外に行ってしまっているので遊んであげることができなくなってしまっている。それがちょーっとだけ、悲しいのだ。

 揃えた面を崩さないように他の面を揃えようとして、だけど、できない。迷路に行き止まりになったみたいに動かせなくなる。うーってなる。だから適当にぐちゃぐちゃに動かす。そうすると、意外に道ができていたりする。


 そういえば、何でオルフィはみんなに嘘をついているんだろうなぁ。


 黙っていて、と言われたから誰にも言わない。約束したからだ。セルニアは約束を守る子だ。良い子なのだ。だからちょっと後ろめたいけどシノにも言わない。怖いけどリーダーにも言わない。ディルバとアッサムはどうでもいいや。

 だけど、それを黙っている理由がわからなかった。悪いことをしているわけじゃないのに。わからない。わからないなぁ。

 このママからもらった玩具を完成させる方法もわからなければ、他の人が考えていることもわからない。

 わからないと言えば、リーダーやシノもそうだ。

 何かわからないことを話して、最近よく喧嘩している。がたがたがたん、と工場が揺れることが多くなった。今後のグレムリンの方針、なんて難しいことを言っていたけど、よくわからない。今のままじゃだめなのかなぁ。

 シノにそう言ってみたらセルニアはそれでいいよ、って言われた。何だかほほえましいものを見ているような顔された。頭を撫でられた。気持ちがよかった。

 違う。

 あたしぃのほうがおねえちゃんなのにぃ。あたしぃがシノの頭を撫でるのが本当なのだ。それが正しいのだ。

 だけど許す。

 気持ちがいいから。何だかお父さんに撫でられているみたいに安心するから、許す。

 かちゃ、かちゃ、かち。

 誰もいない工場でルービックキューブが回る、回る。くるくる動いて、かちゃかちゃ回る。完成しない玩具。たどり着けない道筋。だけど、もう焦ってそろえようという気持ちはなくなっている。それはきっとみんながいるからだ。シノにリーダーにオルフィにディルバと、あとアッサム。その他大勢。みんながいるから、もう急いでママに会おうとは思えなくなっている。

 ママにもらった玩具。これを完成させればママに会える。そうママに言われたから、昔は必死になってお腹を空かしながら遊んでいたけど、今は別にどうでもいい。ママに会っても会えなくても。

 ただママに会ったらあたしぃの強くなったところを見せたいなぁとは思ってる。

 かちゃかちゃかち、かち。

 手を止めた。揃えていた面も揃わない面もそのままにポケットの中へ。ごつごつ膨れた浅黄色のワンピースのポッケをぽんぽん、と手で叩いてにまぁと笑うと、椅子にしていた機材から飛び降りる。

 飽きちゃった。

 あー、と声を上げて扉も無い工場の門を潜った。ぎらぎら光る太陽に手を翳しながらお外へと駆けて行く。

 あー。あー。あー。

 何か面白いものを見つけてシノに見せてあげよっ。


















 切れ味が良い刃物は寧ろ痛みが少なくていい。

 パンナイフは最悪だった。あれで一度手首を切ったとき、ぎりぎりと皮膚だけではなく神経さえも削れて行くような感覚に襲われた。この体もまだ通常の痛覚が残っているのか、神経が裂かれれば不快感と共に<痛い>が脳へと巡ってしまう。パンナイフについたピンク色の肉片に、やりすぎたと後悔したのも懐かしい。

 そう考えると殺傷を目的にした刃物は逆に痛みを与えるという点で失格なのかもしれない。単純に痛苦を目的にするならば鋸などが筆頭だろう。

 すぅっと手首を通した鈍い色のナイフを目にして思う。肉はつかず、油の乗った血だけがどろりと垂れる。刃物に写った抜け殻はとても奇妙な怪物の貌をしていて、くすっ、と思わず笑みが漏れた。怪物も笑う。

 ひらり、ひらり、舞う蝶が血を求めてやってくる。

 何も好血蝶は血だけを吸うわけではない。ごく普通の蝶と同じように花の蜜も吸うのだが、私が育てた好血蝶は花の蜜より血を好む。名に恥じない蝶だ。自然と体の色も野生の蝶と違い血に染まってきた。

 いつも通り餌を求め、蝶がひらりひらり群がってくる。一匹の蝶がそのストローを伸ばして肉を掻き分け蜜を吸う。それに続いて無数の蝶が触手を伸ばす。餌は血。餌は私。こうしていると、意識が混濁するので注意が必要だ。好血蝶と私の意識。まだ私は私である必要がある。

 餌を与え終わると立ち上がり、茂みから体を抜け出した。昼間の公園に見かける人はさほど多くない。蝶に群がられる可笑しな少女に奇妙な眼差しを向ける僅かな人も、その手に流れる血液にはっと息を呑む人も、やがては興味を失い、または係わり合いにはなりたくないと、目を逸らしていく。

 私の格好が浮浪児に近いことも影響しているのだろうが、それでも人は驚くほど人に興味を持たない。電車の中、唐突に死んだ乗客が冷たくなったままに都内を巡ったという話は逸話としてこのザバン市に残っている。

 だから人の目など気にする必要もない。しかしあえて人の目に留まる道を歩く必要もない。日の当たらない路地裏の迷路を歩き進みながら目的地へと目指す。途中見たことも無い変種の真っ黒い犬がゴミ箱を漁っているのを傍目に歩き続け、足に疲れが見え始めた頃、ようやく目的地にたどり着いた。

 彼女を見つけることができたのは、偶然だった。鬼教官シノと珍しくコンビを組んだ仕事の後に、一筋漂う香りを蝶が嗅ぎ取ったのだ。そたいとしての素質あり、と。

 それは巡りあわせ。それは運命。

 なんて陳腐な言葉だろう。だけどなんて素敵な言葉だろう。

 最近、きな臭くなってきた仮宿。保険は多いにこしたことはない。この力を目覚めさせてくれたことには感謝しているが、心中するなどまっぴらごめんだ。人一倍鼻が効く私の蝶たちは、立ち上る悪意を嗅ぎ取っている。この体は幼く、脆い。死はそう遠くないところでいつも私を見ている。

 生贄になるつもりもない。

 群体としての存在。既に補完された存在。

 仲間はもう飽和状態だ。これ以上いらない。 

 さすがに中にまで蝶を連れ歩くことはできない、一匹だけ袖の下に隠して他の蝶は一時解散命令。そうしてその白い病棟の中に入り込む。まるで聖域に入ったかのように、病院は息苦しい。不清潔な格好を医者やナースに言い咎められる前に彼女のいる部屋の前へと急ぐ。

 そして手すりのついた階段上った先、301号室、と掲げられたプレートの下にはナリア=ヴィゼッタという名前が味気の無い文字で書かれていた。

 三日月に広がる口を見られる心配など無いのについつい抑えながらノック。はぁい、という柔らかくも幼い声で返事を返す部屋の主に短く返す、答え。

 それに嬉しそうに「入って」と許可を得られた。

 ぐぅぅっと背伸びをしてドアノブを掴み、くるりと回す。

 閉鎖された潔癖な空気に薬品の臭い。開かれた窓から穏やかな風に従い、カーテンが舞う。上下左右に覆われたベージュの世界に盲目の少女が一人ベッドに腰掛、包帯に覆われた瞳をこちらに向けて微笑んでいた。


「こんにちわ、オルフィ」

「……おはよう、ナリア」






[7778] 10.雨の日、前日
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/05/27 14:09

 明日は雨になるらしい。だからなのか、今日の僕は酷く憂鬱な気分だった。

 かちゃかちゃと動かす解体用の刃物に迷いはない。もう幾度も反復した行為のためか、そこに感情の入る余地はなかった。内臓を傷つけないようにメスで薄皮一枚に線を引き、そこに窓を開く。開いた内臓の諸位置は昔見た生物の教科書どおりの配置だった。現実感が遠くなる。ゴム手袋のせいなのか、やっぱりどこからともなく饐えたゴムの臭いが強くなる。


「肝臓を傷つけないようにしてくださいね。腸は要らないですけど、できれば綺麗に引き抜いてください。赤い色ばかり見ていると目に錯覚が生じてくるので逆位置にある緑色で目を慣らすのもコツですよ」


 ガタガタと歯を鳴らしながら隣に立つアッサムくんはしきりに頷いた。教える僕の声もどこか遠かった。

 心ここにあらず。

 意識は目の前の30代を少々越えた程度のふくよかな女性の亡骸に向かない。思い返すのはリーダーと僕の互いに平行線を辿るままの意見の応酬。結論の出ない争論。

 マフィアに入るべきだというリーダーの意見と、例え争う羽目になろうとも組みするべきではないという僕の意見。

 どちらが間違っているということではない。リーダーの主張は間違いではないし、僕の意見もそう大きくずれたところにはないだろう。

 僕たちはどんなに粋がろうとも所詮ガキの集団に過ぎないし、大人の圧力の前にはそれこそゴッコ同然の組織。暴力も窃盗もマフィアのお目こぼしがあったから罷り通ったものに過ぎず、マフィアに組みすることを拒絶したうえでマフィアがそれに寛大な対応をとってくれるとは考えにくい。

 とはいえ、直々にマフィアの手足となればこれまで以上にボロ雑巾同様使い捨てられるのが落ちであることは明白だろう。それにもう本当に、足を洗うことも叶わない血みどろの世界の住人になる。

 リーダーもそれが分かっている。だからなのか、何か思い悩む表情が多くなった。危ないことを考えていなければいいけど。

 だが、それでも。いつまでも言い争っている時間もない。すでにリーダーの勧告から一月近い時間が流れている。このままマフィアからの打診を伸ばすというのにも限度があるのだ。そろそろ結論を出すべきだろう。


 どうするべきか。

 きっと、正解なんてない。


 どちらを選んでもハッピーエンドなんて優しい結末はもう分岐点の遠く彼方にしかない。僕たちは人を殺しすぎた。人の未来を奪った人間に幸福な未来は訪れない。それが正論であり、教科書に載った解答なのだろう。

 頭は動かないのに、手は命令要らずに勝手に動く。黒ずんだ肺は使い物にならないな、と慣れた手作業で処理していた。

 摘出。

 青緑のビニールシートに捨てられるそれに、アッサムくんがたまらず跪いた。そのまま絶えずえずくアッサムくんの目には生理的な涙がたまっている。

 それに僕は無感動な目を向けて、再びリサイクルと分別の作業に戻った。


「どうしたんですか? まだ終わっていませんよ」

「む、りっす。僕には、無理っす」


 腹をびろーんと裂かれた死体を前に、アッサムくんの軟弱な胃も限界らしい。

 何だか懐かしいような。

 僕も昔はこういう初心な反応をしていた……かな? いやいやしていたよ。一月くらいは慣れなかったしな。いや、でもそのときにはもう死体なんて見飽きていたのかも。

 嗚咽交じりにアッサムくんは声を張り上げる。多少、憎しみすらも篭っているような。


「こんな、の。無理だ。無理っす。何で、平気な顔していられるんですか。何であなたたちは、平気な顔でこんなことができるんですか? 人間なんですよ、これ」

「人間ですね。だから?」


 唖然とした顔でこちらを見上げるアッサムくん。荒げられた息に耐え切れなかったのか、ついにアッサムくんはそのまま四つん這いになって吐き出してしまった。嘔吐物がビニールシートに跳ねる。胃液のつーんとした臭いが小さな作業場に満ちてきて、静かに僕はため息を吐いた。


「いい加減慣れてくださいよ。そろそろ僕も疲れてきました」


 声に苛立ちが混ざる。けれどこれは本音じゃない。八つ当たり以外でもなんでもない。リーダーとの毎晩の言い争いで神経を磨り減らした影響がこんなところで出ているのだ。

 一度目を閉じて深呼吸。血が赤いのもいけない。赤は人を興奮させる。鼻から入る微量な肉と血の混じり、胃液の刺激臭に意識をおかず、ただ錆びた鉄屑の臭いに意識を移す。

 すーはーすーは。おえぇ。うん、落ち着いた。


「落ち着きましょう、アッサムくん。それは人間だったものです。人間じゃないんです」

「……人間です。人間ですよ? 何言っているっすか! この人は、生きていた人間でしょう!? それって、それって何ですか!」


 喘ぎ泣きながら、アッサムくんは僕に吼える。ひどくまともな事を言う新入りだった。まともすぎて酷く違和感。

 眉間を抑えながら、優しく僕は新入りを諭す。


「慣れですよ。無理だと思っていても人は順応する生き物だ。そのうち、解体ショーも蛙を解剖するように簡単になります。そうじゃなかったら医者だって吐きながら手術しなきゃいけなくなる」

「医者は、が、眼球を抉ったりしません。腕を切ったり、耳を千切ったり、ち、ちょ、腸を引き出したり、しないっす」

「だけど人を切ることには慣れているでしょう」

 手を止める。すでに内臓物で使える箇所はあらかた摘出し終えた。あとはパックにするなり目を抉るなりすればいい。あまり綺麗な瞳孔でもないので角膜を取り除いて終わるだろうけど、生憎とそこまで富んだ技術は持ち合わせていない。それは引き取る業者の仕事だ。

 凝り固まった体を立たせて解す。気分は冴えない。解体ショーの影響か、先行き見えない未来に対しての不安なのかは判別のしようがなかった。


「それじゃあ後は任せました。それが終わるまでこの部屋を出てはだめですよ」


 僕の言葉に親に手を振りほどかれた子供のような顔をするアッサムくん。それに僕は小さく笑いながら蛙の臭い漂う解剖室から出た。

 饐えたゴムの臭いから錆びた鉄屑交じりの臭いが強くなる。知らず、僕は再び息を吐いた。吐いた息は霜月の寒さに白く染まった。


「あぁ、シノぉ」


 解剖室から出た側に控えていたのか、呑気な顔のセルニアが待ち構えていた。僕より多少背が高いのはこの時期の男女の成長具合から言っても納得がいくもので、決して今の僕の身長が格段低いわけではない。ディルバ? あれはまた別。

 疲れを振り払い、笑顔をセルニアに向ける。


「何か用ですか?」

「うぅん? ……用はないよぉ。あ、違ったぁ。あるぅ。暇だから一緒に遊ぼうって言いに来たんだよぉ」


 にへら、とアホの子全快で笑うセルニアに何だかとっても癒されるんですが。

 よしよし、と頭を撫でて上げるとセルニアはくすぐったそうに身を捩る。ごろごろと喉の奥で鳴るように懐く様は猫のようであり、また幻覚のように犬の尻尾も見えた。


「そうですか。だけどごめんなさい。これからリーダーと少しばかり話さなくちゃいけないんで、遊んではあげられないんですよ」

「えぇ、またぁ」

「まぁ、もう少ししたらゆっくり遊んであげられるようになりますよ」


 たぶん、だけど。


 苦笑する僕に、セルニアはほっぺを膨らましてご機嫌斜めをアピールするが、やがて仕方がないなぁとばかりに肩をすくめた。その仕草がセルニアにはすげぇ似合わない。


「もうぅ、わかりましたよぉ。おねえちゃんだから我慢しますぅ。あぁっ、シノ。そういえばさぁ、ちゃんと持っているぅ?」

「持っていますよ、ほら」


 服の胸元から首飾りを取り出して見せると満足そうにセルニアは頷いた。

 この間セルニアがどこかで拾ったらしい翡翠色の小石には、穴を開けて首飾りになるように紐を通してある。これをちゃんと僕が所持していないとセルニアはむくれるか泣き出すか六面体遊戯で手足ボキボキにされるかなので、片時といえど手放せなくなっていたり。

 昔も今も妹はいなかったのだが、手のかかる妹を持った気分だった。それは悪い気分ではないのだけど。

 ただ念能力は使わないで欲しいとは思うんだけどね!

 とと、とそのまま僕に背中を向けて駆け出すセルニア。その小さな背中を眺めて、まずはシャワーでも浴びようかと思っていた僕は、思い出したように声を上げるセルニアの声に再び振りかえった。


「あっ。そういえばぁ、リーダーがシノは部屋に来るようにってぇ、言っていたっけぇ」


 ぽつりと呟き、振り返った顔で、てへ、と笑う。そしてそのまま薄暗い空の下へと走り出していった。

 結局遊べないし、用あるじゃん。そんな言葉をセルニアにかけるのは無粋だろうから、幾度ついたか分からないため息一つで我慢しておいた。

 どうせこれから向うつもりだったのだ。仔細ない。















 リーダーがいつもいる、物置を改築した個室には誰もいなかった。見渡す必要も手間もなく、ただ安っぽい機材の上に書置き一つ。アッサムくんとの共同作業の合間に出かけていたのだろうか。それを手にして、僕は仕事以外で久しぶりにアジトから足を出した。

 寂れた工場の外を出歩く人の容姿もあちらこちらに立てられた建造物もすでに見慣れたものなのに、目新しいと思うのは二十年という歳月をここじゃない世界で過ごしていたせいだろう。どことなく視線は妙な噂のせいで疎らな人の波や、日本でもそうそうお目にかかれない高さの建造物へと彷徨う。異邦人の気分が抜けることはこの先あるのだろうかと、少しばかり不安になった。

 市街中心部の広場を抜けてきな臭い裏道を越えていくと、目的地が見えてくる。

 「ウルトラランド」という何を目的としているのか不明な名称の安ホテル。今しがた草臥れた親父さんとケバイ中年の女性が中に入っていくのが見えたのだが、ラブホテルとして活用されるにしては少々ネーミングと外観が斜めにずれ過ぎてはいないだろうか。うーむ。現代人の感性と、この世界の人の感性の間には険しい壁が立ちふさがっているらしい。

 中に入ってやる気のない店員に目を向けず、書置きに書かれた部屋を探す。さほどの時間もなく見つけられたその部屋は、やっぱり以前血まみれに立ち寄った部屋と同じ番号だった。


「入りますよ」


 返事は無い。ラブコメ展開を期待するのは年齢的に厳しいものがあるので、気にせず扉を開けた。鍵は掛かっていなかった。


「……シノ」

「どうしたんですか。死にそうな顔をして」


 僕が笑うとリーダーも儚く笑った。露に消えるような笑顔だった。

 部屋は記憶にもそう遠くない内装のままで、棚の上にはやっぱり古びたラジオがある。腰掛けられた安っぽいベッド。その隣に座ると、ベッドは大きく軋んだ。

 しばらく無言。あまり悪くない沈黙だった。

 時計が音を刻む。それだけの世界に僕とリーダーが二人でただどこともない場所を眺めている。さらりとくすぐったいような柔らかい感触に目だけ向ければ、リーダーが僕の肩に頭を預けていた。


「なぁ、シノ」

「なんですか」

「…………」

「…………」


 なぁ、シノ。ともう一度リーダーが言う。


「二人で逃げないか?」

「愛の逃避行ですね」

「そうだな。それもいいな」

「ツッコミ入れてくれないと僕が照れるんですけど」


 たまにはボケさせてくれ、というリーダーの嘆願は渋々僕に受理された。

 肩に手を回すべきか迷ったけれど、僕とリーダーでそういう甘い空気漂わせるのは少々気まずいというか草食系の僕に無理だった。やり場のない手は前で指遊びに興じている。

 何が可笑しいのかくすっと微笑んだリーダーは、ぽつりぽつりと自分に言い聞かせるように語り出した。


「……グレムリンは、俺が作った組織だ。だから俺が犠牲になっても守ろうと思ったんだよ。マフィアに入れというなら、その給金で皆を養ってやろうと思っていたんだ。ディルバやセルニアが大人しく大人の言うことを聞くとも思えないし、オルフィはまだ幼いしな」

「はい」

「交渉したんだ。マフィアに入るのは俺だけにしてくれと。でも、ダメだった。交渉っていうのは互いにイーブンな立場で始めてできるものだとわかったよ。もうマフィアも痺れをきらした。マフィアに入る気がないなら、俺たちはとっくのとうに用済みらしい。ガキだけの集団なんて、所詮大人にとっては使い捨ての道具なんだ」


 声は震えていない。芯の通った声に、僕は遊びに興じていた手でリーダーの手を握ることにした。肩に手を回す度胸がなくても手を握るくらいしてあげないと、男が廃る。冷め切ったリーダーの手がひんやりとして気持ちがいいな、と不謹慎にも考えた。

 誤魔化すように口から紡がれる言葉。


「随分とせっかちなマフィアさんですね。潰さなくても使い道は他にもあるでしょうに」

「グレムリン管轄の男がもう少しマシな男ならよかっただろうけど。利益よりもメンツを取るような男だからな。ちょっとあいつに似ている」


 指を絡めるリーダー。触れた肩は震えていた。


「土壇場になってわかったんだ。俺は、自分で思っている以上に強くない。もう嫌なんだよ。本当は自己犠牲なんて綺麗なこともできやしない。自分は人を優先させられるような人間じゃない。嫌だ、嫌なんだ。他の皆を置き去りにして逃げたいって思うくらいに。マフィアに入るのは、もうあの頃に戻るのは、死ぬほど嫌だ。嫌なんだよっ!」


 手が白く染まるまで強く握る。どうしてこんなことになったんだろうと、考えるのは無駄だった。生きるために僕たちは罪を犯した。それは間違いだったのだろうけど、間違いを犯さなくては生きていけない世の中を責めて一体何が悪いだろう。

 この世界にも、前の世界にも神様なんていない。

 ただ無慈悲な弱肉強食。それが真理なのだ。

 呟かれた声は掠れていた。


「………いつが期限なんですか」


 僕たちが処理されるまでの期限。リーダーは涙に濡れた瞳で応えた。


「明日だ」


 だから、雨の日は嫌いなんだ。






[7778] 11.雨の日、そして一人
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/05/29 17:46
 雨は嫌いだが、雪はもっと嫌いだ。嫌なことばかりを思い出させる。

 だから濁った窓から覗く霜月の空に雨よ降り止めと願ってもみるが、多分人殺しの祈りがお空の上の神様に届くことはないだろう。薄っぺらな屋根にうつ雨が淀んだ結晶に変わるのも、この寒さだとそう長い時間はかからなそうだった。

 暖房なんて嗜好品のない廃棄された工場では吐く息すら冷たく、吸った空気は肺までも凍えさせてしまうようだった。今日もストリートでは何人もの子供たちが温もりを知らず凍え死ぬことだろう。過去を思い返すに、いつもこの時期は辛かった。夜になるたび、このまま目を覚まさないんじゃないかと思ったことは数知れない。

 薄汚い毛布でも温もりに包まれる幸せを享受しながら雨降る暗い空を見ていると、トントン、と軽く規則正しく扉をノックする音。

 幹部には工場の中で個室を与えられている。個室と言ってもホテルのような上等なものでもなく、ただの物置を改造したものに過ぎないんだけどね。それでもこの世界に慣れた僕からすれば上等だ。


「シノさん。リーダーがお呼びです」


 訓練された兵隊みたいに声を掛けて来るグレムリンの子供たちに多少の苦笑を零しながら、分かった、と小さく僕は返事を返した。

 もしも世界が毛布に包まっていられるのなら世の中戦争も起こらないだろうに。そんな馬鹿なことを真剣に考えた。

 ぬくぬくと温まった毛布を剥ぎ取ることに多大な労力を要しながら、僕は縮まった体で起き上がる。しきりに降る雨の音は降り止む気配もない。

 運命の日だった。













「迎え撃つ」


 それがリーダーの下した結論だった。

 一頻り泣かれた昨日、赤い目でそう宣言するリーダーはもういたいけな少女の顔ではなく、いつものリーダーの顔をしていた。幾度転んでも毅然と前を向くその姿は、昔僕が憧れ追いかけたあの人とどこか通じるものがあり、僕は眩しいものを見るように目を細めた。

 ならば僕は何も言わない。何も言えない。もしもリーダーがこのときマフィアに組するという結論を下したとしても、僕はそれに従っただろう。

 僕の意見が通ったうえでの後出しだから卑怯この上ない言葉なのは違いない。けれど、心の底から真に思うのだからそれも仕方がなかった。悩んで倒れて泣き伏して、それでも起き上がれるリーダーの言葉に、薄弱な意思しか持たない僕なんかが反論できるはずもない。

 グリムリンのメンバーにはもう全てを伝えてある。

 行き場を無くした子供たちに対する最終勧告に激昂するメンバーも少なからずいたのだが、上位者が下す結論に抗える下位者はいなかった。だから大した悶着もなくこうして今日を迎えている。

 文句があるなら自分で何とかすればいい。できないからこそ、こういう結末を迎えているのだ。仲間になることと寄生することは同義ではない。ここは生憎子供たちを保護する場所ではなく子供たちと共生する場所なのだから。

 結局、今日工場内に残ることを望んだ幹部以外のメンバーは数人と数える程度だった。それでも数人だけでも残ることを望んでくれたのは純粋に嬉しかった。ここが彼らの居場所足り得たことに、きっとリーダーも救われただろう。ただし、残ることを望んだグレムリンもすでに退去命令が下されてはいるのだけど。

 冷たい朝が終わり、暗い昼を迎えた今、襲撃者はもう間もなく訪れる。念能力者ではない子供たちが戦力になるとは思えない。

 幹部からは一名だけ脱退した。

 アッサムくんだ。

 新入りだから仕方がないし、そう関わりが深いわけでもなかったのだからこれも予測できた結末だろう。どこかストリートに生きる人間にしては甘いところがあったので、今日を生き抜くことは難しかったに違いないから、これも結果オーライ、ということにしておこうか。ただ一つ、アッサムくんが最後に残した言葉だけが気に掛かる。


『今日のことが終わったら、皆に話したいことがあるんです』


 生き残っていたら、という意味なのだろうか。どこか後ろめたい表情と意味深な言葉を残してアッサムくんは振り返ることなく工場を去っていった。それを言い咎めることを僕たちはしなかった。

 日はもう高く上っているのに、暗い空に太陽は見えない。残ったメンバーは各々特に気を張ることもなくいつもと同じ一日を、すでに住処となったこの工場で過ごしていた。セルニアはルービックキューブで遊び、オルフィは好血蝶と戯れ、僕とディルバは玩具屋からくすねたチェスで遊んでいる。リーダーは何も語らず瞑想していた。

 僕の白いナイトがディルバの黒のクイーンを取り、チェックメイトもまじかに迫ったとき、こちらの空気を読まない、ぱんっ、とまるで玩具のそれのように乾いた音が幕開きのベルを鳴らす。

 静かに僕ら五人は立ち上がった。纏うオーラに迷いはない。どんとこいです、大佐。

 固く外界から閉じられたシャッターの向こう側から轟く無数の銃撃音。薬莢が地面に跳ねる音が永遠を思わせるほど続くと、シャッターは脆くも崩れ去った。

 唾を飲む音が喉を鳴らす。塞ぐ意味をなくしたシャッターを踏み鳴らし、現れた襲撃者は黒服の男が三人。

 くくっ、とこれから始まる饗宴に何か思うところでもあるような、そんな笑いを黒服の一人が零した。


「躾の足りないガキどもに仕置きの時間ですよ」


 べたべたに艶の出すぎた黒髪をオールバックにする長身痩躯の男が手持ちの銃を捨て、念によって創り上げられた、両端が妙に膨れた杖を回し狂言をのたまう。ディルバが憎憎しげに舌打ちをした。その態度に「ほぉ」と馬鹿にするような愉快に微笑むような口調で、アフロの男が手に持つリボルバーをこちらは捨てることなく、くるくると指で回していた。あ、あれ僕と同じ型。


「おうおう、まぁなんとも決まった顔をしているじゃない」

「………」


 最後の黒服。深い傷跡を残した片目の男はアフロの言葉に何を返すこともなく、じろじろと工場を見回している。ふと目の端に虫が入ったかのように気概なく、一つしかない視線が僕たちへと向いた。

 かつん、かつん、と三人はこれからショッピングに向うようにどこと身構えることなく歩み寄ってくる。この寒さなのに背中は汗で湿っていた。前へ出ようと踏み出す足。だがその前に、リーダーが僕たちを守るように立ちはだかる。

 その背中は十二になる少女とは思えないほど、大きく見えた。


「俺たちは何も望まない。ただ現状維持だけでいいんだ。それも、聞き遂げてはくれないのか」


 リーダーの苦々しく紡がれた言葉。それに襲撃者の三人はきょとんと顔を見合わせた。互いに互いが肩を竦ませ、オールバックの男が薄っぺらな苦笑でそんなリーダーに応える。


「心の狭い親分なもので。すいませんねぇ、私はあなたたちのことを評価していたんですけど。やっぱり上の命令には逆らえません。まぁ、だから大人しく――」


 膨らんだ杖の先端が僕らに向く。外交的な笑顔は瞬時消えうせ、チャシャ猫のような、にーっと醜く開かれた口元がその言葉の内容とは裏腹に愉快そうだった。


「――死んでくださいよぉ!」


 <堅>に混じる禍々しいまでの殺気。烈風のような敵意が僕らに襲い掛かる。それだけでわかった。こいつら、今まで相手にしてきたような格下じゃないっ。

 僕とリーダーとディルバが後衛二人を守るように立ちふさがり、<堅>。子供ながらに巨大なオーラ。その練にアフロは口笛を吹いた。

 だが、片目はつまらなさそうに一つ残った瞼を閉じる。


「……快楽殺人者はこれだから。遊ばず手早くさっさと殺るぞ。まだ未開封のままのキューティ冥土プリンちゃんプレミア初回特典版のDVDが我が家に眠っているんだ」


 何やらこのムードに合わないことを言う片目さんは、意外と渋いお声でした。無口キャラではないらしい。肩透かしのその言葉に、オールバックがため息を吐く。


「わかってますよぉ。というかせっかくのこの高揚に水を差さないでくださいな。久しぶりに餓鬼を殺せるんでこちとら寝不足なんですから」

「……っ! ざっけんな、てめぇ!」


 っち、ちょい待てディルバ!

 激昂したディルバが駆けた。さすがに速い。だが無茶だ!

 制止の声も間に合わない。慌てて僕とリーダーもディルバに続く。


「オルフィ、蝶を迂回させろ! セルニア、20秒だ!」

「………わかったもん」

「りょうかぃ!」

「はは。遅せぇよ」

 リーダーの声にオルフィとセルニアが応える。蝶が舞い、遊戯が始まる。しかしそれを嘲るように、アフロの男の銃口が後衛の後ろ二人に向いた。

 前進へと駆けていた僕の足。人工の地面をへこますように蹴って横っ飛び。銃口の死線を遮った。<凝>により目へと念を集め、銃口に集まるオーラを確認。


「リーダー! 何か僕と若干キャラが被っている男二人は任せました!」

「わかった!」


 リーダーは笑わなかった。ちょっと悲しい。

 いや、シリアスなシーンか。頑張れ、僕。

 続く二回の発砲音。<堅>で固めた僕のオーラに銃弾は効かない――はずだが突如襲われた悪寒に僕は<流>で密度を高めた両手で銃弾の軌道上を弾かせる。しかし、銃弾は弾かれることなく多少の軌道修正が行われた程度に僕の両手を貫通した。


「へぇ。やるねぇ」


 吹かれる口笛。穴の開いた両手。

 透かしてみたら見晴らしは良さそうだけれど、痛みに跪いている暇はない。悲鳴を上げるのは心の中だけにとどめておいて、遠距離用の念がない僕は血に濡れ手で懐からリボルバーを取り出し、三発連弾。しかし三日月に裂かれた口に余裕を隠さず、アフロに早撃ちで三発返された。

 銃弾と銃弾がぶつかり、爆ぜる。

 しかし、僕が撃った銃弾は全て破壊され、逸れた銃弾は見事僕の脳、喉、心臓に向けて飛んできた。


 マジで?

 死ぬ?

 いやいやいや。

 防ぐとも!


 この銃弾。僕の念では弾くことは叶わない。

 ならば撃墜させるだけ。


 【轢死する蛙の類】


 右手を縦に薙いで三つの銃弾に触れる。銃弾は触れるたびに直進を止めて垂直に落下した。


 すぅっと目を細めるアフロに気を配らずに、威嚇用のリボルバーを一発。だがいとも容易く銃口の向きから首を逸らすだけで避けられるそれ。ダメだ、銃撃戦では僕に分がない。ならば直に僕の念を叩き込んで圧死させる。


「近寄らせると思うのかい?」

「近寄れないとでも思っているんですか?」


 ぶわっと風に舞うカーテンのように、黒のコートが開かれる。間断なくコートを埋め尽くす銃弾がオーラにコントロールされ宙を舞った。そして懐から取り出されるもう一つの拳銃。

 二丁拳銃か。

 宙を舞っていた弾丸がこちらに飛んでくる。しかし、受けてわかった。銃で放たれるほどの速さも威力もない。これなら<流>八割程度で弾ける。

 銃を捨て、両手を盾にして銃弾の波を割る。まるで台風のような銃弾の嵐の中で、それでも距離は確かに詰められていった。距離にしてあと6メートル、5メートル、飛べ!

 体の前面にオーラを集めて、突進。顔を守るように両手をクロスさせるが、守る面積が広いだけに防御が弱い。威力が弱いと言っても比較対象が可笑しいのだ。弾丸が僕の肉を抉り、血管を吹き飛ばす。血まみれの僕。

 だが、これで手が届く。

 距離、2メートル。弾丸はもうさきほどまでの数もない。大きく蹴り出した一歩ですでに銃の優位差はなかった。


「チェックメイト!」

「こっちのセリフだなぁ、そりゃあ」


 僕がモーゼごっこを繰り広げている間に装填された二丁の銃口が僕の眉間に向く。吊り上げられた口もと。だがそれに僕も笑みで返す。


「いいえ。僕のセリフですとも」


 男に向けられていた銃口の一つの軌道が捻じ曲がる。正確に言えば、男の右腕が強引なまでに捻じ曲げられたのだ。


 【六面体遊戯】


 実力の差も有無も問わない完全無敵の攻撃能力。防御不可能の無邪気な遊戯。

 セルニア、さんくす!


「なっ!?」


 骨ごと強引に捻じ曲げられた右腕。驚愕に目をアフロ。その隙に僕は懐に侵入する。銃口の先に僕はいない。


「蛙みたいに潰れてください」


 無防備なその顔に僕の左手をねじ込む―――つまりだったのが立ち直るのはえぇ!

 男は残された腕を使い、僕の拳を拳銃でガードする。僕のオーラを込めた渾身の一撃は拳銃ごと男の顔を吹き飛ばすのみで終わった。

 床をスライドしたアフロは数秒の休憩を挟んで、むくりとまるで無傷のように起き上がると、口をもごもごしてぺっ、床に唾を吐いた。抜けた奥歯は金属音を奏でて転がる。


「おいどうしてくれるんだ、てめぇ。おれっちの愛用の拳銃が象みてぇにおめぇぞこらぁ」


 奥歯はノーカウントらしい。

 拳銃を放さない男の左腕が持ち上がり僕を狙うが、震えた銃口がこちらに向けられることはなかった。男は舌打ち一つで銃を手放す。

 同時、壊れた男の右腕が強制的に治癒された。時間切れか。ほぉ、と感慨深いような口調で目を凝らして自分の右腕を眺めるアフロは、よっこいせ、と爺くさい言葉で立ち上がった。


「後ろのお嬢さんの力かね、こりゃあ。なかなか面倒な能力だ」

「クラケット!」


 オールバックの男が声を張り上げる。別所で戦いを繰り広げていたリーダーとディルバはすでに満身創痍だったが、命に繋がるような怪我はなさそうだった。思わず息を吐く。


「後ろの二人のどちらかです! 殺しなさい! すぐに!」


 セルニアの念能力に数は問題にならない。視覚に入る敵の数だけ、能力は有効である。

 だからなのか、セルニアが作り出してくれた絶好の機会にあちらの男二人も無傷ではなかった。所々できた傷をオルフィの蝶が拡大する。それを鬱陶しそうに二人ははらっていた。


「別にお前さんはおれっちの親分じゃないだろうに。まぁ、やりますともさぁ。あいあいさー、ってな」


 一つとなった銃が後衛二人に向く。それを遮り臨戦態勢を崩さない僕に、アフロ改めクラケットは構わず発砲した。


「それは一度防いだはず―――っ!?」


 ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、と続けて発砲された五発。それは床を跳ね、パイプをへこませ、工場内に無数の軌道を描く。

 跳弾!?


「おれっちにとって念っていうのは防弾チョッキ程度の役割しかないんだな、こりゃあ」


 防ぎ切れない。目で追えるものじゃない。

 急いでセルニアを振り返る。セルニアは遊戯に夢中で迫り来る脅威には気付いていなかった。いや、気付いていたとしてもこの男の銃弾を防ぐ手立てがセルニアにはない。


「セルニア!」


 駆ける足。伸ばした手。セルニアは僕の声に顔を上げて、いつもの締まらない笑顔を向ける。

 その笑顔のままに、銃弾がセルニアの脳髄を吹き飛ばした。






[7778] 12.雨の日、最後の言葉
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/01 17:49

 何かにとり憑かれたように遊ぶ子供だった。

 知恵遅れの子供なのか、どこか言葉足らずな口調でただ安っぽいプラスチックのルービックキューブを回していた彼女は、入団したばかりの当初、顔を上げることもしなかった。

 無心にかちゃかちゃと遊戯を奏で、狂ったように遊んでいる。

 一度、そんな完成しない玩具になぜそこまで没頭するのかと理由を尋ねたときも、顔を上げずに口を窄めて、拗ねたように応えていた。


「ママがぁ、帰ってこないからぁ」


 セルニアの母親は娼婦だったらしい。

 夜に一人残されることを畏れ縋る幼いセルニアに母親が渡したのが、この玩具だったそうだ。まだ幼い彼女にはいい暇つぶしにでもなるとでも思ったのだろう。小さな部屋で一人泣く彼女に、母親は諭すように囁いたそうだ。全ての面が揃う間に帰ってくるから、と。

 そう言った彼女の母親は、ある夜突如何も言わずに姿を消した。数日後、セルニアの家に来た警察が事情を説明し保護を申し出たらしいが、彼女はただルービックキューブで遊ぶだけで、話にもならなかったらしい。

 後に彼女は孤児院を脱走する。

 母親を捜すその手にしっかりと玩具を握り締めて。

 全ては後からリーダーに聞いた話だ。そしてその母親がザバン市に潜伏する巷で噂の解体屋に無数の肉片に変えられ、殺されたことも。

 それからなのかどうなのか、セルニアは六面体の玩具に囚われている。まるで追われるかのように、ルービックキューブという悪夢にとり憑かれた彼女。それはもう、遊ぶという本来の意味を無くしてしまったのかもしれない。

 遊ぶことを忘れた彼女を、しかし僕は真剣に考えたことがあっただろうか。

 妄執にとり憑かれた遊戯なんかではなくて、ただ純粋にもっと遊んであげればよかったと、文字通りに後悔する。

 せがまれたあのときに、袖を引く彼女の頼みを、なぜ僕は断ったのだろう。



 セルニア。
 セルニア。
 セルニア。



 お願いだから。もう一度だけ、目を開いて。












 何が起こったのかわからなかった。

 眼前の景色は、スクリーンに隔てられた映像みたいだと思った。

 コマ送りに時間が進む。縦横無尽に駆け巡る銃弾が、刹那、見えた。

 線が、彼女を貫く。

 笑顔のままに傾く彼女を支えた。糸の切れたマリオネットのように、力尽きた彼女は舞台の上に鎮座する。

 その温もりは確かなのに、彼女の鼓動が聞こえない。

 その笑顔に変わりはないのに、彼女の瞼が開くことはない。

 オーラが消える。命の源泉が枯れていく。暗い色を帯びた金髪にこべりついたものは何なのだろう。べちゃべちゃする。溢れる血を抑えようとしても、血は止まらない。


「まず一人」


 そんな声が聞こえた。なぜか僕は笑っていた。

 空虚だ。胸に、穴が開いたみたいに。

 見慣れた死の形の一つに過ぎないのに。

 心が寒い。


「うああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 ディルバの絶叫が、工場に木霊した。

 聞いているこちらの胸が張り裂けそうなくらいに、悲しい慟哭。絶叫。或いは、悲鳴。

 爆ぜるディルバのオーラは、僕が知っているオーラの比では、ない。ディルバを渦巻くオーラは、そのとき僕を確かに越えていた。

 念は精神状態に著しく影響を受ける。怒りか、悲しみか、身を焦がす憎悪か。ディルバのオーラはその命を枯らすように、吹き上げている。

 しかし、なぜだろう。その強大なオーラが強靭なものだと感じない。

 触れれば壊れてしまう、決壊寸前の、輝きを失う花火のような閃光と重ねてしまうのは。

 止めないと。動かないと。ディルバまで、殺される。

 わかっている。わかっているのに。

 なのに、僕は動けなかった。渇いた笑みが止まらない。

 ディルバが風を切るように走る。拳を振り上げ、クラケットに襲い掛かるディルバ。

 けど、駄目だ。無理だ。それじゃあ、駄目なんだ。

 ぼんやりと霞立ち込める中、僕は思った。無防備すぎる。殺してくれと言わんばかりの特攻だ。

 猛牛は、マントを翻す人間にとって危険な対象であっても恐れる対象ではない。策を弄し、虚実を交えるもの人間こそが、人間にとっての大敵なのだ。

 瞬間顔を顰めたクラケットだったが、躊躇することなく殺意を帯びた銃口をディルバに向ける。ガードをするつもりもないのか、そんなことなど頭の片隅にも置かれていないのか、ただ愚直に突進するディルバ。

 渇いた笑い声が、止まり、僕は呻く。

 悲鳴染みていた呻きは出るのに、声が出ない。僕の喉は枯れてしまったのか?

 ああ、止まれ、戻れ、やめてくれ。

 装填六弾。撃たれた銃弾五発。まだ、一発残っているんだ。

 駄目だ、ディルバ。戻れ、戻れ、戻れ、戻ってくれ!

 拳はクラケットに届くまで距離が離れすぎている。引き金が引かれる。また奪われる。また、また、また?

 真っ赤に染まる幻覚を前に、声が聞こえた。


「………これで、義理は果たしたから」


 ――突如、蝶の群れがディルバとクラケット、対峙する二人の間の視界を奪った。

 しかしあまりにも薄いその壁に、クラケットは眉を顰めるだけ。そのまま流れるように引き金を引く。銃弾は美しく舞う蝶を無残に貫き、ディルバを殺す。



 はずだった。



 僕の視界に、銀色の髪が棚引く。社交界にでも出るつもりなのか、優雅に躍り出た彼女の小さな体はディルバを守るように盾になる。
ふと絡まる視線。

 見下すように、彼女の瞳は冷たい光を宿していた。

 軽蔑するような眼差し。見限られたような気持ち。

 気のせいなのか。尋ねることは、もう許されない。

 彼女の薄い唇が動く。小さな彼女に不似合いなほどに妖しき囁き。


「………権利なんて、ないんだよ?」


 そして、盾は無残に撃ち砕かれた。

 また一つ、花が散る。

 守れたはずの命が費える。

 ぐにゃり、と視界が歪んだ。

 立ち位置不明のこの現状。悪夢のほうがまだマシだった。

 けれど、悪夢ではない。

 覚めない悪夢には違いないけど。

 セルニアを温もりの途絶えた床に横たえさせること、それに一抹浮かぶ罪悪感。けれど、時は人の死程度で止まらない。加速する時間の内に死は幾度も積み重なっていく。

 オルフィのように。

 後ろを無様に眺めている間に殺されたのか。

 違う。僕が殺した。

 僕が、見殺しにしたんだ。

 ふらりふらりと駆け寄った。さきほどまでの疾走はどこへ行ったのか、見る間に失速したディルバは射抜かれた心臓から溢れる血に染まることを躊躇いもせずに、オルフィを抱き寄せ、泣き喚いている。


「嘘だ、嘘だ、嘘だ! 嘘だ、こんなの、嘘だ!」


 嘘じゃないです。現実です。

 どこまで行こうとこれが現実。

 悲観に嘆けば事態が好転するような甘い幻想はここにはない。

 マンガの世界なのにお腹が空くのかと不思議に首を傾げながら餓えた僕は、ゴミ箱を漁る。そこに食べ物はない。ゴミ箱を漁る姿を人は汚物を見るかのように見下し、ゴミを撒き散らしたと店の店主に殴られ蹴られた。アバラが折られ、血反吐を吐く。ご都合主義に救いの手は訪れない。

 行き場のない焦燥と、終わらない憎悪と。

 初めて人を殺した。お腹が空いたからだ。向こうの世界で二千円。その程度のお金を奪うために僕は人を殺した。

 いくつも命を奪った。

 生きるために。

 そうだ、僕たちに、死を悲しむ権利なんてない。

 僕たちに、命を慈しむ権利なんてない。


「シノ」


 名前が呼ばれた。振り向くざまに頬を貫く痛み。パンッ、と渇いた音が響いた。

 手を振り下ろした血まみれのリーダーは、くしゃりと歪めた顔で泣きそうな顔をしていた。


「目は覚めたか」

「……おかげ様で」


 時間は止まらない。悲劇に泣き伏す間に、敵は僕らの命を奪っていく。立ち止まっている暇なんて、ない。

 そんな当然のことを、今、思い出した。

 オルフィに軽蔑されるのも仕方がない。あとで謝ろう。涙を流そう。死を悼もう。全ては全てが終わった後で。

 僕らに命を慈しむ権利はない。

 なら、僕らに命を尊ぶ義務もない。


「茶番は終わりですか?」


 足を踏み鳴らし、オールバックの男が笑う。杖を手で弄びながら酷くつまらなそうに、息を吐いた。


「しかし、もう三人。いえ、そこの少年はもう心が壊れてしまったでしょうから、あと二人。あまりに壊しがいがないですねぇ」


 杖で指された先にいるディルバの目に光はない。心が壊れてしまったのか。もう、この戦いで期待することは難しそうだ。

 いや、それでも心配することではない。

 これからの舞台に戦いが入る余地はないのだ。

 ただ無残な結果だけが残る。

 もう、花が散ることのないように。

 ただ一つ守りたいもののために。


「可笑しなことを言いますね」

「ほぉ。なぜですか?」


 首を傾げる男に、僕は肩を竦める。




「あなたたち程度なら、僕一人で十分でしょう」




「は? は、はははは、あははははははは! 何を言うかと思えば、これだからガキは頭が悪くて困る。実力差は明らか。そのうえ、私たち三人をあなた一人で相手にして勝ちが拾えるとでも思っているんですか?」

「勝てますよ?」


 僕は言う。確信に満ちて。


「おい、シノどういうことだ」


 慌てたような、どこか怯えたようなリーダーの声。僕は淡く微笑んで、優しくリーダーを抱きしめた。

 腕の中、固く硬直するリーダー。悲惨な過去の割には初心なリーダーだった。

 ええ、まあリーダーも年上ですからね。僕のストライクど真ん中。男なら惚れた女のために命の一つ、投げ出さなきゃ嘘ってものでしょう?


「リーダー。逃げてください。僕の合図と同時に、裏口へダッシュです」






[7778] 13.雨の日、神のために
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/05 17:57

 父を恐れながら、それでも僕は父に縋っていた。


 幼いときから絶対だった<彼>を追いかけて、追いかけて、その背中に追いつこうと僕は我武者羅に努力した。勉強をした。友達と遊ぶ時間はなく、ただ机に齧り付いた毎日。色褪せた日々。

 小さな頃の思い出は少ない。

 ただ手に持つペンと紙と数式が僕の思い出の全てだった。

 時間を費やし、ありとあらゆるものを切り捨てて。


 それなのに、僕の小さな手では父の背に届かなかった。


 父の希望を叶えることすらできなくて、父が望む道を歩むことすらできなくて、気付けば僕の足はもう動くことすらできなくなっていて。

 苦しかった。走りすぎたのだ。インターバルも挟めない耐久マラソン。喘ぐ喉は空気を求めて金魚のように酸欠状態。震える足は解剖待ちの蛙のよう。


 だから、

 だから僕は、努力することを止めたのだ。


 もう、無理だった。

 僕はそのとき、救えぬ僕を見限った。

 諦めれば簡単だった。苦しまなくてすむ。もう走り続ける必要もなく。

 けれど、足掻くことをやめた後に残ったものは、ただ消えない傷だけとなった。

 僕は優秀じゃなかったのだ。父が望む僕を作れなかった。

 そう認めて、泣いた。立つことすら諦めて、泣いた。

 僕にとって父は絶対者だった。父とは僕にとっての神だった。

 しかし、凡庸な僕を、足掻くことを辞めた僕を、いつしか父は見てくれなくなった。

 当然なのだろうか。この仕打ちは。この報いは。挫折した僕には。ああ、けれど神に見捨てられた子供は一体どうすれば生きればいいのだろう。

 いつしか僕は神を恨むようになる。そして何よりこの不出来な僕を憎んだ。


 不自由だった。逃げるように、家を出た。


 それでも父という存在から逃れることはできず、その視界に映ることはなくても、その生活に彼が居なくても、根付くように僕の中に<彼>がいた。

 過去の全てが父によって作られたもの。父のために積み上げられてきたものなのだ。ならば、どう足掻いても<僕>が父から逃れられるはずもない。

 何をしても付きまとう劣等感。周囲からの評価も賞賛も価値などなかった。もしもただ一人に褒めてもらえたのなら、僕はきっともっと違う生き方を歩めただろうに。


 不自由だった。僕は僕の人生を嘆いた。


 僕はもうきっと幸せになることはない。この過去がある限り。

 父の呪縛から解き放たれることはない。この<僕>がいる限り。


 だから、<僕>が死んだことは嬉しかった。
 だから、また一からやり直せることに狂喜した。


 父ではない、奇跡を起こした神に初めて祈ったのだ。


 しかし、僕は再び過ちを犯して家族を失い、
 しかし、僕は僕を認めてくれる彼女に出会った。
 
 ディルバが聞いた。なぜ強くなったのかと。なぜ強くなろうと思ったのかと。

 あのとき答えられなかった問いに、今なら答えられる気がする。

 僕が強くなろうと思ったのは、彼女を守るためなのだ、と。

 彼女との居場所を守ろうと思ったからなのだと。

 囚われた過去を自分で突き破る強さ。卑屈に負けない鋼の精神。

 僕にないそれを、彼女はそのまだ幼く小さな胸に秘めていて、僕はそこにどうしようもなく惹かれていたのだ。

 信仰の対象を父から彼女に変えただけ。それだけなのだ。結局は。

ああ、なんて酷く下卑た感情だろう。縋りつく僕に、しかし彼女は手を振りほどかない。


 なぜ?

 なぜ?


 理由は、至極簡単だ。

 単純明快。それ以外に、考えられない。考えたくない。


 今の僕が、強いからだ。

 今の僕に、念の知識があるからだ。


 強くなければ、知識がなければ、捨てられる。また見捨てられる。

 神に、見放される。

 弱い僕に価値などない。優秀ではなかった僕に価値などなかった前世のように、僕はきっと彼女にとっての無価値なものとなる。


 だから。

 だからだ。


 今求められているのが力だと言うのなら、僕は強くなろうと、そう思ったのだ。

 神はいない。この世界にも、向こうの世界にも。

 けれど、僕にだけは神がいる。












 銃弾が三次元を駆使した軌道をなぞる。知覚不能の剣戟が僕を貫き、具現化された杖のオーラが僕を殴った。

 意識が朦朧とする。

 留まることのない出血はオーラを念入りに纏うことで止血するものの、揺らぐオーラは次第に足りなくなってきた。潜在オーラから捻り出し、何とか身に纏うオーラの減少を誤魔化す。

 気を失うことは許されない。必要なのは止まらないこと。

 だから僕は足を止めない。

 駆けて、駆けて、駆けて、全速力で疾走する。

 手を弾かせ、足を蹴り出し、この廃工場を駆け抜ける。


「死に行く貴方に教えましょう。ブラードファミリーに反旗を翻したその愚かしさ。そして見せてあげます。我が【出鱈目な羅針盤(マグネティックスティック)】の真骨頂!」


 正直興味ないんですけど、というツッコミは不可でしょうか。そうですか。

 先ほど、ツェツェパノ、と名乗ったオールバックの男が演奏会の指揮者のごとく杖を振るう。すると、がたがたがた、と工場内に配置された機材がまるで地震にでもあったかのごとく揺れ始めた。何トンあるか量ることも馬鹿らしい機材たちが、ツェツェパノの具現化した杖に向って、磁石に向う砂鉄のように宙を舞って吸い寄せられる。

 その途方もない重量の機材が空を飛び、ツェツェパノを押し潰すかと思った間際、杖の先端部五寸の距離を保ったまま機材の山は瞬間、制止する。

 嫌な予感どころの話ではない。渇いた笑いが口から漏れた。

 案の定、人を押し潰す凶器と化した機材一つ一つが銃弾のようなスピードで僕に襲い掛かる!!

 手に床をつき、地面を翻り、曲芸師のごとく重力すらも無視したその無体な攻撃を避ける、避ける、避ける、避け――



 ――死神の手が僕の肩を抑える、そんな錯覚。



 瞬時に足にオーラを溜めて、飛び上がる。迫った片目の男の瞬撃を避ける。宙に滞空する間、片目の男――リモーネと名乗った男の念能力、【秘密に隠れた十三番目(シークレットトラップ)】が発動し、見えない念の刃が僕を裂いた。

 血飛沫が雨のように、地面へと降りかかる。

 精孔から噴出すオーラを一際上げる。オーラとは即ち生命力。オーラの量は即ち覚悟の量。精神力がモノを言う、命の源泉。

 燃えればいい。全てを燃やしつくして、今を耐える。今だけを耐える。

限界よ超えろと言わんばかりに無理に広げた精孔から吹き上げたオーラのおかげで、かろうじて致命傷だけは免れた。皮膚と肉が裂けただけ。骨まではまだ断たれていない。おかげで僕はまだ動ける。天井付近まで飛び上がった僕はそこが地面のように両手両足貼り付けて、針巡れた鉄骨の天井を疾走する。


 カンッ、とパイプを跳弾が撃つ。


 ゲームを楽しむような目でクラケットが跳弾と直線の銃撃を交えて僕を狙う。指ほどの太さの弾丸が首筋を抉り、腹を貫き、太ももを焦がす。けれど頭さえ打ち落とされなければそれでいい。頭があればまだ動ける。足は痛くても動くのだ。頭があればまだ考えられる。片手で頭を防ぎ、片手は天井と言う名の地面を撫でながら縦横無尽の弾丸から僕は逃げ続けた。


「いつまで遊んでいるつもりですか!」


 ツェツェパノの杖の先端が僕に向く。先ほどの杖の先端は赤い色をしていたが、こちらは真逆の青色だった。

 思考が閃く。勘だ。勘だが、僕の勘が外れたことはなかなかない。嫌な予感限定だげどさ。残念ながら。


 瞬時、<絶>。


 オーラを途絶えた僕は地面へと垂直落下。しかしツェツェパノは大きく舌打ちをして杖の先端を翻し赤色を向ける。


 そこで<練>。


 【秘密に隠れた十三番】は空中に血を垂らすことで位置を把握し、剣戟を蹴って空中移動。銃弾を避ける。

【出鱈目な羅針盤】の能力は把握した。オーラを纏わない物質は赤色で引き寄せ反発させる能力だが、オーラを纏う物質は青色で引き寄せ反発させるのだろう。油断は禁物だが、一人攻略したと見てもいい。放出系には覿面の能力かもしれないが、僕との相性は悪そうだ。一番小物っぽかったが、もはや雑魚Aである。僕とキャラが被っているとはすでに思いたくもない。


 そんなこんなで敵の攻撃を避けて逃げての僕だけど。

 しかし、実を言えば体力も限界に近かった。


 余裕などとっくのとうガス欠だ。視界には奇妙な光が点滅し、耳から入る情報には雑多なノイズが混じる。体を包む悪寒は治まるどころか徐々に増していき、荒げた呼吸は収まらない。

 けれど、

 だけど、

 止まれない。

 僕が止まるわけにはいかない。

 リーダーを抱きしめて、囁いて。

 嘘を吐いた。

 作戦。

 そんな嘘を吐いた。

 一緒に逃げるためだと。

 くだらない嘘を吐いた。

 こいつらは、殺す。

 嘘じゃない。

 僕が生き残る。

 嘘には、したくない。

 ただ、最優先事項ではない。

 ああ、リーダーはもう逃げてくれただろうか。


「………飽きたな」


 ぽつり、と囁かれた言葉は片目の男リモーネ。

 渋いボイスです。アニメの声優ですか?

 【秘密に隠れた十三番】が消える。足場を消えてなくなる寸前に、しかし僕はかすかに残るオーラを足場に大きく蹴り出した。血に濡れた赤い手が工場の壁まであともう少し。これで僕の役目は終わる。これで、全てが終わるのだ。

 生き残りたい。しかし、それも運任せになるだろう。

 リーダー、リーダー。

 けれどこれであなたは確実に助かる。



 なのに、




 あれ?
 あれ?
 あれ?




 終わるのに、終わるのに、これで全て終わるのに。

 これで、こいつらを殺せるのに。

 なぜ僕の腕がない?

 なぜ僕の足がない。

 いや、足はいい。

 だけど、手がないことは重要だ。

 翅を毟り取られた蝶のように、僕は地へと落ちていく。無残に墜落。

 そして不時着した僕を、固い床が熱く抱擁してくれる。背骨が曲がる。仰向けに倒れた僕に振ってくる、千切れた腕とか足とか。

 血が溢れる。つまらない池溜り。

 焼き鏝を押し当てられたような熱が、僕の右腕と左足に襲い掛かる。それでも僕の胸には安堵が満ちる。良かった。まだ片腕は生きていたようだ。

 利き腕ではない左腕で支柱に触れる。そんな僕を足蹴にする、リモーネ。


「………終わりだ」


 まさに地を這いずる虫を見るその目つきだった。僕もこんな感じで人を殺していたのだろうか。解剖しているつもりが、いつしか解剖される側に回るとは。これも因果応報と言うやつか。

 抵抗する気力もない。その眼差しは謹んで受けておく。僕の役目は終わったのだ。


「大口叩いた割には逃げ回っていただけとはねぇ。期待はずれも、ホント良い所ですよ」


 いや、もう一つだけ。


「謝っときましょうか」


 にへら、と笑う僕にツェツェパノはいえいえ、と慇懃無礼に不愉快な笑みを浮かべた。杖が揺れる。それを目で追う。


「別によろしい。大方先ほど逃げ出した少女のために時間潰しでもしているつもりだったのでしょうけど」


 くるり、くるり、宙を描いて指を回す不愉快な視線。しげしげとこちらを見下ろすツェツェパノは、絶対優位を崩されることのないドSの顔で歯を剥き出しに目を開く。杖は手から離れない。


「ざーんねんでしたぁっ! 私がそんなヘマをして、呑気に貴方と追いかけっこをしているとでも思っていたんですかぁ!? あの子も今頃外に待機していた部下たちに蜂の巣にされいていますよっ。躾の出来ていない部下なので、今頃慰みものにでもなっているかもしれないですけどねぇ」


 ケタケタケタケタ、哄笑。

 そしてこちらの反応を期待する眼差し。

 あはは。何だ、こいつ。僕が泣いて喚いて怒るとでも思っているのか。ディルバでもあるまいし。そして何て見当違いの話をしているのだろう。やっぱり却下。やっぱりないな。こんな間抜けと、僕のキャラが被っているはずもなかった。


「あなたたち、リーダーを舐めすぎです」


 僕の嘲る言葉に、笑いが、止まった。


「………ふーん。不愉快な反応だ。泣いて喚けば楽に殺したものを。クラケット、リモーネ。どちらでもいいですから、適当に嬲って殺してください。私はそのリーダーとやらの首を掻っ切ってきますから」

「無理ですよ」


 無茶をしすぎたのか、止血に回すオーラがいよいよ足りなくなってきた。<凝>を行う精神力がつきかけている。

 けれど、まだ。まだ、気を失えない。まだ、仕事は残っているのだから。


「あなたごときじゃあ、無理だね」


 【出鱈目な羅針盤】と名乗った杖が僕の腹を打つ。血反吐が吹き上がって僕の顔を汚した。

 しかし、ついにチェックメイト、か。


「手足捥ぎ取られた虫けらごときがぁ随分な口を聞きますねぇ。もういい。先に貴方のその減らず口、閉ざしてあげますから」

「それも無理」


 よろよろと、視線定まらぬままに何とか、杖を掴む。残されたただ一つのその腕で。


「僕の口が止まるのは、噛んだときだけですから」


 霞んでいく意識。

 唇を噛む。血に濡れて滑った唇を、さらに強く強く。

 手放せない。今にしてチャンスは他にないのだ。






 発動。







【轢死する蛙の類】







「なっ!?」


 声が三人重なった。杖を掴んだ部位と同時、寂れた工場を伝う蛙の群れ。蛙の大行進。一つではなく、二つではなく、十を越え、百を行く。

 僕の念能力は、反射で行わない限りにおいて、任意発動型である。

 そしてそれは数を問題としない。ただ放出していくオーラの分、僕の身に纏うオーラは少なくなっていくのだが。

 ところがどっこい。これでも<堅>は欠かさず修行してきた身。潜在オーラから捻り出す顕在オーラ量は、主人公グループにも負けない自身は張りぼてながらにあったりする。

 もう止血に任せるオーラも途切れ途切れになっているけどね。おかげさまで。

 工場が何百トンと化したその自重に耐え切れず軋み始めた。崩壊が始まる。クラケットとリモーネが背を翻すが、ツェツェパノは重みが増した【出鱈目な羅針盤】が災いして逃げることは叶わなかった。


「ま、待ちなさい! 待て、私を、私を置いていくなぁっ!」

「馬鹿ですね。具現化された杖なら消せばいいだけの話でしょう」


 初めて気付いたようにツェツェパノは息を呑んで杖を消す。そしてそのまま出口に向って走り出した。僕は笑った。こいつは本物の馬鹿だった。


「念を使えば、あなただけは無傷に生き残れたのに」


 だから、最後の時まで待っていたわけだけど。

 念など紙でできた鎧に過ぎないとでも言うように、崩れた蛙の行群が逃げ出したリモーネを潰す。内臓が行き場をなくし、鉄骨に消えた。崩れた鉄くずの山に行き場を失い、逃げ惑うことすらできなくなったクラケットは疲れたように息を吐いて、圧死。

 蛙のように。無残に儚く呆気なく。

 死んで行くのだ。

 大した念能力者でも、この暴落の前には塵に等しく、そして死は誰に対しても平等なのだと、その証明。一瞬である。命が潰えるのに時間はいらない。そこに思考が挟む余地もなく、死は無常に人を奪う。

 セルニアのように。オルフィのように。

 目を向ける。ディルバはオルフィを抱いたまま、力なく跪いていた。目には光がない。逃げる気などなければ立ち上がる気力すらなさそうだった。捥ぎ取られた手足を傍らに寄せて倒れ付したまま、僕は目を背けた。仲間を殺すところなど、見たくはない。

 けれど、後悔はない。言い訳もしない。

 リーダーとディルバ。秤にかけて重いほうを選んだ。それだけだ。

 ツェツェパノは逃げ道を捜して狂ったように笑っていた。その目には涙すら浮かんでいる。

 子供のように泣き喚いて足掻き続けて、そして落ちてきた天井にその哀れな姿も見えなくなる。

 死んだのかと、そんなもの結果を問うことだけ無駄だった。

 鉄板鉄骨、落ちてきたオブジェクトに隠れた側から赤い川が流れていく。

 潰れたのだろう。圧死したのだろう。かつての僕のように。

 不幸という、ただそれだけの言葉では片付けられるものではなかったという違いはあったが。

 空を仰ぐ。今度は僕の番らしい。ご都合主義はどこまで行っても働かない。薄汚い天井が僕へと迫る、コンマ何秒。それが視界を埋める前に僕は目を閉じた。

 きっと瞼の裏には素敵な神が待っているから。


「好きです、リー―――――――」






[7778] 14.次の種を植えに来ました
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/06/09 00:36

「これで良かったんですか、ね」


 空から眺めて花二つ。降りしきる雨を閉ざす傘が、崩れ去った工場を前に咲いていた。 

 かつての原型を留めぬ瓦礫の山を前にして、声を出した面長の顔の少年。俯いたその顔は、煤けた灰色の髪に隠れて窺うことはできないものの、立ち尽くすその姿は墓を前にした人のように暗い。その問いに、しかし隣の老人は、ふむ、と顎鬚を撫でひょうきんな声で答えた。


「それは違うぞい、アッサムくん」


 俯いたまま、アッサムは目を老人に向ける。親骨を木で拵えた和傘を片手に、老人はアッサムに軽い口調ながらに真摯な目を向ける。


「これは良し、悪しで決着の着く問題ではなかったのじゃよ。ただ彼らはケジメをつけなばならかった。悪行を行うならば当然報いは受けねばなるまい。罪には罰を。これは彼らにとっての報いであり、罰であり、試練であった」

「……でも、僕はやっぱり納得行かないっす」


 雨は止まない。吐いた息は白いのに、空から注ぐ雨はみぞれにも雪にもなることはなかった。まるで何もかも雪いでしまうかのように、何もかも洗い流してしまうかのように、雨は降り続ける。

 アッサムが握りこんだ手は、悔い悩むようにぎりぎりと音を立てて軋んでいる。側には控えている変種と見えるほどの大きな黒い犬が、ぺろぺろとその握りこんだ手を舐めた。


「彼らが酷いことをしていたのは身を持って知りました。けど、それは仕方がなかったんだってことも、僕はあの場所でわかったんっす。彼らはただ、生きていただけなんだ。ただ必死に、生きていただけなんです」

「………後悔しているのかね?」


 老人の声に叱責するような雰囲気はなかった。しかし、アッサムは口にすることを一瞬躊躇ったあとに、こくりと頷いた。


「………しています。僕がもしも昨日、会長命令を無視していたのなら、ハンター協会が今日保護してくれることを言っていたのなら、彼らの命は救えたんっすから」

「だが、それでは公平ではなかったじゃろう。彼らに殺された命に救いはなかったのじゃからの」

「それも、わかっています。だから後悔しているんです」


 寂しそうに、くーん、と犬が鳴く。握り締めた手を解いてアッサムは犬の頭を撫でた。雨なのに濡れることのない毛はまるで生き物のように柔らかい。犬は擦り付けるように頭を寄せる。

 アッサムは顔を上げた。降りしきる空を遮る傘を退け、見えるは曇天。そこに見えない何かに懺悔するうように、少年は小さな声で呟いた。


「………結局救えたのは、一人だけだったんですね」

「まだ救えたわけではない。命が助かっただけじゃよ。もしも後悔しているのなら、彼女を救ってあげればよい。友達としての」


 はい、と答えたアッサムの声はそれでも掠れていた。老人が工場に背を向け、足を進める。下駄を鳴らして水溜りから飛沫を上げるなか、未だ動かない少年に、老人は振り返らずに声をかけた。


「罪滅ぼし、などと考えるなよ? 罪も、罰も、受けるはわし一人だけじゃ」


 からん、からん、と下駄を鳴らして老人は霞の向こう側に去っていった。アッサムはぼんやりと工場だったものを眺める。

 そこに眠る遺体を引き取る人はいない。それが彼ら。それがストリートチルドレン。

 生きることが社会に対しての唯一の反抗と、今病院に眠る少女がかつてこの工場で言っていたことを思い出した。


「………お墓を、作ろう」


 アッサムは呟いた。呟きは降りしきる雨に攫われる。

 協専ハンターのアッサムがハンター協会から受けた命令は、ザバン市から消えた少年たちを追うことだった。消えた少年少女たちの中には、親を失くしたストリートチルドレンばかりではなく、家出をしてきただけの子供たちも何人か混じっていたらしい。都市から消えた子供たち何十人よりも、問題はそこだけだった。道端の子供たちが消えたことを嘆く人などどこにもいない。

 思い返す。そう長い月日を共にしたわけでもないし、彼らの所業を思い出せばアッサムの血は凍りついたように冷たくなる。だが、それでも彼らは情を持った子供だった。


 ディルバは強気で負けず嫌いな少年で。

 セルニアは陽気な向日葵のように明るい少女で。

 オルフィは物静かながらに頑固な子供で。

 シノは、どこか不思議な少年だった。


 傘を立てかけ、工場へと近づき、アッサムは瓦礫の一つを念で強化したその体でどかした。この崩壊した工場を全て片付けるのには何時間とかかるだろうが、そんなことは構わなかった。彼らの体を静かな場所で眠らせてあげたい。せめて、もう少しだけ温もりのある場所で。


「あっ」


 念獣の黒い犬も瓦礫をどける作業を手伝う傍ら、無心にかつての仲間を捜すアッサムの顔の前を、赤い斑模様の蝶が一匹、通り過ぎた。


「……生きていたんだ」


 オルフィの念能力であった好血蝶。潰れた瓦礫の隙間に身を寄せていたのだろうか。ひらり、ひらり、と一匹だけで舞う姿。目を細めて長いことそれを眺めていたアッサムは、顔を背け再び瓦礫をどけ始める。

 償いと、贖いを求めて、少年は作業に没頭する。

 だから彼は、その蝶が雨に濡れることなく空を舞っていたことに気付かなかった。














 ひらり、ひらり、と踊る夜の空。

 ひらり、ひらり、と舞うロクデナシの世界。

 最近噂の解体屋。

 最近噂の小悪魔(グリムリン)たち。

 ハンター協会の根城であるこの町に、流れる二つの噂。おかげで太陽の沈んだこの街を闊歩する人はいない。

 肉片摘まれ、死体になるか。道端に住まう小悪魔に攫われるか。

 そんな怖い噂が流れている、らしい。

 不快な雨もそれを助長しているのだろう。

 雨の中舞う蝶を訝しげに見る人など、いなかった。そしてそれは彼女にとってとてもとても好都合。今の彼女はとても脆く、弱く、儚いのだ。子供の悪戯でその命潰えるほどに。

 小さく薄いその翅を懸命に動かして、彼女は急ぐ。その身に纏うオーラが尽きる前に、たどり着かなくてならぬ場所。<私>が孵る卵の中へ。

 そたいを見つけたことは偶然だった。

 しかしそれはきっと運命なのだ。

 この私に、生きろと囁く神さまが創った運命の。

 そう、あのときと同じように囁いた。

 ママとパパを殺した、あのときと同じように。神さまからのお導き。

 彼女は微笑む。微笑むことの叶わぬ姿で、しかし彼女は微笑んだ。

 水見式。ユラユラと静かに揺れる葉っぱ。それを見て、工場に住む連れ合いは彼女のことを操作系と決めつけたようだが、彼女には一抹の疑問があった。

 不確かな何か。彼女には、群れの中でも一匹だけ異様な蝶がいることを、彼女だけが知っていた。きっと誰も気付かない。それは彼女と蝶だけの繋がり。

 だからその蝶を使って確かめた。水身式。蝶が纏うオーラに反応し、浮かぶ葉っぱは二つに裂かれた。



 特質系。それが私の本当の姿なのだ。



 それをどっかの馬鹿に見られたことは失態以外の何者でもなかったが、口約束で簡単に黙ってくれたのだから良しとする。馬鹿でよかった。

 仲間ごっこをしていた住処がマフィアに狙われていることを知って、彼女はこの念能力を使うことを決めた。一人逃げられないこともなかったが、下手に逃げ延びれば足がつく。追っ手から逃げ切れるほどの自信もなければ、金もない。そして何より、彼女は生まれたときから他人よりも格下の地位に並ばされたこの自分を一刻も早く捨てたかった。

 そたいには、姉が残した金があるという。私の念能力を用いれば目が見えないデメリットなどあってないようなものだし、もしも気に入らないことがあったのならまたこの念を用いて宿主を変えればいい。それだけの話。

 ああ、何て素敵な贈り物だろう。そこだけは………評価してあげよう、あの<仲間>たちも。


 うまく死体を残しあの場所から離れられたこと、初めての念能力の発動。


 彼女は気が高ぶり、心を浮かせ、だからどこか油断していた。

 慣れない能力、初めての体。それらに気を遣っていたこともある。思わず耽っていた思考から覚ますような水音は、存外彼女の近くで響いていた。


 しまった。誰か来ている。


 不審に思われる程度なら良いが仮に捕まったら面倒だ。この念もいつまでもつかわからない。

 彼女はひらひらと翻る。隠れる場所を探したが、この中央広場に隠れる場所などどこにもなかった。迂闊だった自分に思わず舌打ちをしたい気分であったが、今の彼女の体では構造的に無理だった。おかげで忌々しい気持ちが晴れない。

 こんな時刻に、殺人鬼の出る街を徘徊するなんて無用心な奴。そのままさっさと通り過ぎてくれることを彼女は願ったのだが、ぴちゃぴちゃと踊るように雨を飛ばす人物は、少々、というよりかなり異様だった。

 まず何よりも、この土砂降りの雨の中、その人物は傘を差していなかった。常人の神経なら考えられない。そしてこの雨の中スキップ交じりに歩く人物の服装は上から下までまるで喪服のように、気を疑うような漆黒だった。飾り気のない黒一色。墨に塗りたくられた髪も真珠のようなその目も、彼女は近づくにつれて分かったのだが。


「らんらんらーん。ら、ら、らーん。なんてす・て・き・な、世界でしょう」


 何より鼻歌なのか、電波の乗ったセリフにしてはやけに平坦なその口調。

 変人。そう決め付けるのも、決して可笑しなことではないと思う。

 ひらり、ひらり、彼女は舞う。できるだけ遠ざかるために。


「生でジョネスちゃんも見てしまいましたし。ふふ。さてさて、次はキルアたんやイルミたんを見にククルーマウンテンにでもお散歩を………んん?」


 喪服の女の目に留まったのは、一匹の蝶。

 血を吸いすぎた、変種の好血蝶。


「あら? あらあらあらら?」


 やばい。

 彼女がそう思った一瞬に、彼女は女の手の中にいた。


「ほぉほぉへぇ」

 女が呟く。しかし彼女はそれどころではなかった。予見していた中でも、最悪の部類。最低な事態。それが今、起こっているのだ。

 ぞくぞくと泡立つ何かは、考えてはいけないことまで考えさせる。無力な蝶は翅をばたつかせるが、それこそ女の前には無駄としか言いようがない。


「…………なるほど。これはまたまた珍しいものを見つけてしまいました。面白い。とても愉快。抱腹絶倒です。魂を乗せて寄生する念蟲とは。折角招いたシノくんが死んじゃったから、代わりの媒介植え付けに来たところで、ふふふ、素敵な出会いってどんなところにでもあるものですね」

 古びたアパートとか、と喪服女は一人言う。

 懸命に動かす翅。びくともしない。逃げなくちゃいけない。逃げなきゃ、逃げなきゃ。

 そんなことは分かっていても、翅を捕まれた彼女に抗う術はない。

 言葉に出来ない何かをこの女から感じるのだ。まるで無理やり人の型を押し当てた紛い物のような、何か。

 恐ろしいもの。

 いやだ、いやだっ。

 ああ、こんなところで?

 そんな、こんな場所で?

 逃げ出せたのに。<自分>と言う檻からようやく逃げ出せたのに。

 訳の分からない、こんな変な女に私の命は摘まれるの?


 いやだ、いやだ、いやだっ。


 泣き叫ぶ、声も出ない。ただ翅を動かしその手から逃れようとする彼女を、じろじろと女は眺める。


「ストックは………ありましたよね。ほんのちょっぴり爪の垢ほど申し訳ありませんけど、せっかくの出会い。代わりの魂を運んでもらいましょう。まだ私、このマンガの主要人物に会ってないんですよ」


 大きな女の手が迫る。それはかつての誰かと重なった。


 父の手。母の手。


 私をぶつ、誰かの手。


 やめて。

 やめて。

 やめて。

 やめてっ。


 謝った。いつも謝っていた。幼い自分。早くよりも自我が生まれ、他人よりも賢しく育ち、子供ながらに大人を越える知力を得た子供を、両親は気に入らなかったのだ。

 彼女をぶった、なぐった、けって、たたいて、ばとうした。

 丸くなって、謝った。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ。

 赤く染まった手で謝った。

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ。

 喪服の女の手が彼女を包む。引き剥がされる。<私>が消えていく。

 もがく蝶は次第に力を失い、手の中で震え、横たわり、動かなくなっていく。

 その間も、ずっと、ずっと、彼女は謝り続けている。

 誰に対してかわからない。殺してしまった両親か、もしかしたら、少しだけ好きだったかもしれない見捨てた彼らか。


「素敵な悲鳴ですよ。オルフィさん」


 消えていく意識の中で、そんな声を聞いた。







 ……to be continue?



[7778] 登場人物容姿補足+念能力+ネタバレ
Name: まじんがー◆2e2abe3d ID:2e416595
Date: 2009/05/17 21:49
作者
 まじんがー


 容姿関連の描写不足ゆえ、登場人物のキャラクターを短くここで説明しておきますね。

 新オリキャラ増えたら更新します。

 最新話までのネタバレになっています。まだ読んでいない人は回れ右が賢明かと。

 それでもオッケー☆という方は下へスクロールしてくだしゃい。














リーダー――???

男装の少女。十二歳俺っ娘。

黒のハンチングハットがトレンドらしい。背は高め。癖のあるキャラメル色の髪とそれやや薄めた瞳の色が特徴。




シノ――変化系能力者

志乃坂幸助の転生体。年上至上主義。

胡散臭い敬語で話す黒髪黒目の八歳の少年。自身を紳士と信じて疑わない。


念能力

【轢死する蛙の類(スクラッシュキッス)】

能力:自身のオーラに重量の性質を再現させ、それを相手に付着させる。

   付着した念の潰れた蛙模様は意外とグロテスク。

系統:変化系

補足:過去の自分の死のイメージをオーラで再現させたもの。

   苦手な放出系統は制約と誓約でカバーしている。

制約:両手首上部の部位で触れたものでしかこの念は発動しない。

   自分の触れる箇所の顕在オーラ量-触れた箇所の顕在オーラ量で重量は変化する。
   EX)顕在オーラ2000-顕在オーラ500=重量1500㎏

   同じ箇所に二度この念を発動させることはできない。

   対象が半径50m以上離れた場合、念の重量は消える。

   対象が半径50m以内に戻った場合、念の重量は再現される。

誓約:除念によりこの念が解除された場合、重量は念の発動者に還元される






セルニア――操作系能力者

金髪に碧眼の九歳の少女。

シノが初めて見たときに髪の短い実写クドリャフカと思ったとか思わなかったとか。頭が弱い子。


念能力

【六面体遊戯(キュービストホリック)】

能力:視覚範囲内にいる<人間>の四肢を<破壊>することができる。

系統:操作系

補足:赤――右足 青―右腕 緑――左足 黄――左腕 白――ランダム 橙――ランダム に該当。

制約:視覚範囲内に相手がいない場合、この念は発動しない。

   視覚範囲内に相手を収めてから遊戯を始めない場合、この念は発動しない(事前に揃えていても効果はない)

   1面の同色が2個以上の面から遊戯をはじめてはいけない。
   EX)赤(その他の色)が3つ揃った面から初めてはいけない

   念を発動してから一分を経過しても一面も揃えられない場合、ランダムでプレイヤーの四肢は破壊される。これは一面が揃うまで継続する。

   揃えられた面が崩された場合、対象の破壊された四肢は強制治癒される。

   能力を解除する場合、揃えた面は全て崩さなくてはいけない。

   この念能力は<人間>にしか発動しない。ただし、視覚範囲内に収まる<人間>なら最大数六名まで可能。指定できる。

誓約:ルービックキューブが破壊された場合、プレイヤーはこの念能力を失う。

   六面(五面)揃えられた場合、対象者とプレイヤーの四肢及び頚骨は完全に破壊される。







オルフィ――???

前髪っ娘を狙っているのか目元を隠すまで伸びた銀髪と垣間見える琥珀色の瞳が特徴の五歳幼女。

意地っぱり。語尾に「――もん」が口癖。


念能力

【吸血鬼の晩餐(バタフライリング)】

 能力:子飼いの好血蝶に血を吸われた対象の<傷>を<拡大>する念能力。

 系統:操作系

 制約:餌(血液)を与え育てた好血蝶でしかこの念は発動しない。

   好血蝶が血を吸っている間の時間しか傷は拡大しない。

   傷の侵食スピードは蝶一匹に分け与えるオーラ量で変化する。

   分け与えたオーラは念を解除すればこの念の発動者に戻るが、蝶が殺された場合、その分のオーラは霧散する。

   <傷>は血が流れている損傷箇所とする。打ち身、打撲は<傷>とカウントされない。

 誓約:全ての好血蝶が死滅した場合、発動者はこの念を失う。





ディルバ――強化系

赤銅色の短髪に錆びた色の瞳を持つ十一歳の少年。

主人公補正が入っている気がしないでもない。厳つくて怖い短気面というのはシノの言。




アッサム――???

ネズミ小僧の縮小版みたいな顔と体。灰色の髪と茶色の瞳。

見た目八歳くらいだけど実年齢は不明。








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