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[7970] 【種運命】機動歌姫 偽ラクス様【魔改造?】
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:96f176d0
Date: 2011/12/14 08:37
この小説は機動戦士ガンダム種運命の二次創作だったと思われます。
もし下記の条件に充て余る人はあまり見ない方がいいかもしれません。

1)ミーアはおバカな子じゃないと嫌な方
2)ラクスは人間じゃないと嫌な方

それでも大丈夫な方だけ、どうぞお楽しみくださいませ。




9月15日・・・その他版に移行してみた。



[7970] 偽ラクス様、立つ
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:1e3ba4fe
Date: 2009/04/18 23:02
眼前に立つ巨大な機械人形を一瞥して、私は搾り出すように呟いた。

「凄く……ファンキーです」

そんな私の頭髪も鮮やかな桃色だったりするのだが、やはり兵器だと(悪いほうの)衝撃が大きい。
ここがテーマパークだと言う事も無く、進水式が控えているとは言え軍用ステーションなのだ。場違いにも程がある。

「何か問題でも? ラクス・クライン」

さも平然と尋ねるのはプラントで一番エライ人 ギルバート・デュランダルその人。
何でこんなファンシーモンキーベイベーな物体を見て平然と……そうか、この人が作らせたんだ~
私にもボディラインが丸見え。胸が強調され、角度が厳しいハイレグなんて服を平気で着せるだけの事はある。

「いや、その……幾らなんでもこのカラーリングはMSが泣いているというか? 戦争舐めんな!みたいな?」

そう、コレは兵器なのである。プラントが戦後のゴタゴタから復活した証となりうる最新型!
三種類のバックパックを換装する事で、様々な状況に対応できるミレニアムシリーズ!
まだ配備数は少ないが近い将来にはザフトの将来を背負っていく事は明白なのだ。
そんなザク・ウォーリアが……濃いピンクとも薄い赤紫とも付かないカラーに塗られ、肩にはハロまで描かれている。

「そうかね? 君と一緒にライブで躍らせる為に作らせたんだが……」

「いや~! 私はまだ乗ったこともないのに!」

議長が指示を出せば、ビカン!と光るモノアイカメラ。続いてガシャンガシャンと重低音を立て巨体が踊り始めた。
ピンク色の戦闘機械が軽快なステップと振り付けを披露している……最新技術と最新機の無駄使いである。

「ラクス様はMSになど搭乗しません」

ピンクちゃん(ピンク色のザクなんてギャグだよね? ちゃんちゃん♪の略)を眺めながら、アワアワしていた私に掛かる鋭い声。
いつの間にか後ろの控えていたピッシリとスーツを纏った私の付き人である女性。ヤバ……

「MSを見ていたら昔を思い出してしまって……」

「昔も何もラクス・クラインはMSの操縦とは何ら関わりを持っていません。
 無意味な発言は余計な混乱を齎しますのでお控え下さい」

もう……取り付く島も無いとはこの事だろう。ラクス・クラインの付き人である時点で、普通の人間ではない。
軍人……しかもMSパイロットなどの花形ではなく、特殊部隊辺りの出身だろう。自己を極限まで殺した目を見れば解る。

「そうですね? 今の私はラクス・クラインなのだから」

「ですからそのような発言をお止めくださいと……」

タメ息と共に弱音が漏れた。自分が自分ではない、他人は自分を正しく認識していない。
その感覚がここまで恐ろしいものだとは、思っていなかった。戦場で戦うよりもずっと怖いと思う。

「まぁ、良いじゃないか。それくらいは」

サラさんの使命感で凍結された視線を遮ってくれる言葉。
デュランダル議長は本心を感じさせない口調で続ける。達観した優しい笑みを浮かべて。

「幾ら必要な事とはいえ、エースパイロットに相応しくない役割だと負い目に感じているんだ……ミーア・キャンベル」

「議長! その名前は……」

サラさんじゃないけど、驚きと焦りで声を荒げてしまった。
『ミーア・キャンベル』
その名前は……今では誰も呼ぶ事が無い……私の本当の名前。





私 ミーア・キャンベルはプラントなら何処にでもいる一般的なコーディネーターとして生を受けた。
まぁ、強いて違う点を挙げるとすれば二つ。まずは顔がコーディネートされなかったこと。
もう一つは……声がラクス・クラインにソックリだということ。
一つ一つは実に小さな事だ。少なくとも私はそう思っていた。顔だけで女を選ぶような男には興味ない。
歌を歌う事は大好きだったから、十歳そこそこで人前に出て歌うようにもなった。
似ている声の主 ラクス・クラインは既にプラントの歌姫と讃えられている。
難しいかも知れないが、少しでもその背中に追いつきたくて、オーディションや路上ライブで頑張った。
そしてそこで私は自分の不幸を知る。


『ラクス・クラインに声がソックリ』

だからどうした? 私はラクスの物真似をしている訳じゃない。

『ラクスと同じ声でロックとかビジュアル系とか……歌わないでくれる?』

どうして唄う歌まで指図されなきゃいけないの!

『同質の声で外見は劣る。つまり君はラクス・クラインの粗悪な類似品なんだ』

うるさい! 五月蝿い! ウルサイ!!


誰も彼もが私を『ラクス・クラインの何か』として見てくる。
ライブハウスのお客さんからオーディションの音楽プロデューサーまで。
常にラクスと比較される。そしてその比較は彼女が正しく、私が間違っているという大前提。

「私はラクス・クラインの偽者でも類似品でもソックリさんでもない! 私はミーア・キャンベルだ!」

私はそう叫び続けた。涙と声が枯れるまで叫び続けた。
まぁ、結局……私が諦めるまでその叫びが受け入れられることは無かったんだけど?

だから私は歌うのをやめた。歌っている限り、私は何時までもミーアとして認められないと思ったから。
そして選んだのは『軍人』の道だった。戦争の足音が忍び寄ってきており、軍人は幾ら居ても困らない時期の事だ。
歌ではプラントは守れない。私はラクス・クラインでは決して出来ない事をするの!
必至に努力した。なるべく違う存在になりたい! 歌とは違う価値が欲しい。
今にして思うと当時は完全にぶっ壊れていたと思う。軽い精神病患者だといっても言い過ぎではない。
『もし戦死したらミーア・キャンベルの名前で戦死者リストに刻まれる』
それすら嬉しく思っていた。死に物狂いで努力して、戦果を重ねていく。エースと呼ばれるようにもなった。
生と死の狭間を駆け抜ける戦いの間でみた歌の番組。ラクス・クラインは今日も平和を歌っている。

「貴女は遠くで届かない歌を唄い続けていれば良い。私はここで戦ってプラントを守るから」

その時の優越感は今まで生きてきて最高のものだったのを覚えている。
これで良かったんだ。同じ世界 歌の世界で生きていこうとした事が過ちだった。
ミーア・キャンベルとして胸を張って生きられる。ラクス・クラインを憎む必要も無い。
全てが上手く言ったと思った……なのにぃ!!


『プラントから追われるラクス・クライン』

『三隻同盟を率いるラクス・クライン』

『連合とザフトを敵にするラクス・クライン』

『戦いながらも平和を説くラクス・クライン』

そして……『戦争を終結させたラクス・クライン』

どうして? なぜラクス・クラインがここに居るの? 『歌』は貴方に譲ったじゃないか! 
何で私が代わりに目指したモノ 『戦うこと』にまで貴女は手を出すの?
もう少しだった……『勝利して獲得する平和』まであと僅かで手が届いたのに……
だけどラクスはソレを否定した。世界もソレを受け入れて、平和が訪れることになる。

もうダメだと思った。全てが崩れ落ちる感覚。結局ラクスが正しくて、私が過ちなのだ。
解っている。こんな考え自体が既に私の狂気染みた妄想の産物であり、一方的な感情。
私はこんなにも彼女を意識しているのに、ラクスはミーアなんて奴のことなど、名前すら知りもしないのだから。

「もう……どうでも良い」

無気力と言う状態が病の一種ならば、そこから一年の私は正しく重病人だったのだろう。
戦争の終結に伴いパイロット必要数減少の流れに乗り、事務に転職したは良いがやる気の無さからミスばかり。
歌手とMSパイロット。二つの夢を放り出して、やる気を出せと言うのは難しい。
今だ20歳にも届いていない若輩の身でありながら、隠居しようか?などと言う思考が脳裏を飛び交っていた。
突然職場に現れた最高評議会議長様がこう尋ねてくるまでは……

「ラクス・クラインをやらないか?」





私が現在いる場所はアーモリーワンの中でも異質な存在だった。
仮組みのステージ上ではド派手な照明が踊り狂い、バンドのリハーサル音が響く。
軍人ではなくどう見ても芸能関係の人々が闊歩している。極め付きはやっぱりピンク色のザク・ウォーリア。
ライブの進行表に目を通していた私に声をかけてきたのもそう言った人間の一人だ

「サビの振り付けなのですが、やはりこちらの方が……」

艦観式でラクスの復活ライブ(私のデビューライブ)で披露するダンスを担当した振付師。
彼女はサラさんや議長とは違って私の正体 ラクスが偽者である事を知らない。
だけど眼前のラクス・クラインに対して何の疑問も抱かずに行動している。
いまさらだが整形って凄い。プラントの技術は恐ろしいものである。
そりゃ~もうコピー&ペイストしたように同じ顔ですが……なら解らないって?

「ダメよ、歌の雰囲気と合わない。これは平和を祈るだけの歌じゃないわ。
 ザフトのお膝元、冷戦の最前線に身を置く兵士たちの為に歌う。
 もっと元気が湧いてくる感じにしないとだめだと思うの……新しいの考えて」

今の私はラクス・クラインと完全に同一の存在を目的としていない。
顔は整形でそっくりに作り直し、髪も同じ色に染めた。声は元のまま。他は殆ど弄っていない。
例えば四肢。コーディネートの成果ではなく、軍人として磨き上げられて引き締まっている。
例えばその……胸。正直、邪魔だな~と思っている豊富な胸。思いの外に平らな本物のモノとは違う。
もっとも大きな違いは性格だろう。神秘性とか穏やかな空気、ラクス・クラインが持っていたそんな雰囲気。
私はそんなモノは一つも持っていない。私は熱くなり易いし、意見を押し通したいタイプ。
つまり違う点は腐るほどある。同一条件を揃える事が優秀な「ニセモノ」の条件ならば、このラクスは三流だ。
しかし返ってくる言葉は無条件の同意だった。

「そっ、そうですね! ラクス様」

……理由はサッパリ解らないが、疑いを持つ人が現れない。
みんな彼女の歌う映像を見ていないのか? ゲリラ放送で流された反戦の訴えを知らないのか?
誰も彼もが目の前の敵を滅ぼす事しか考えられない状況だったヤキンドゥーエ最終攻防戦。
あの最中で二者を敵にしながら平和を唱え、どんな手段を用いたのか戦いを集結させた絶技を覚えていないのか?

「今のラクスはあの時……敵を殺すことしか出来なかったのにね?」

子供のように運命を呪い、獣のように敵を倒す事しかしなかったミーア・キャンベルが……
運命に祝福されながらもそれを振り切り、さらに大きな事を成したラクス・クラインを演じている。
正しく皮肉だ。

「何か?」

『何でも無い』と言う意思を表すように首を横に振る。
しかし内心で嗤う笑う嗤う。プラントのコーディネーターの目は節穴なのだ。
もしかしたらこの顔と声を持つものを無条件で信奉するように、遺伝子を弄られているのかも知れない。

「余計な考えだわ……」

余りにも無意味な思考の一人遊び。上記の妄想が例え全て肯定されるとして、何になると言うのか?
私がやるべき事は軍人として、上官である議長が求めるラクス・クラインを演じきることだけだ。
歌も戦いも自分が決めた頂には到底届かぬままに尽きた。夢はもうない。ならば少しでも人の為に……


「ドン」


それは突然来た。地面が揺れる鈍くて重い衝撃。
鼓膜を揺らす爆音に続いて、甲高いサイレンが緊急事態を告げている。
軍事基地とは思えない一般人率を誇る周囲ではパニック寸前だ。
まぁドラマーやギタリスト、スタイリストにメイクさんが落ち着いてたら気持ち悪いけど……よし、私がしっかりしないと!

「みんな、落ち着いて! 不要に動くと危険よ!」

「はっはい! ラクス様」

ラクスと言う名前だけで落ち着くのか~解っていたけど腹立つな~
そんな文句を言うわけにも行かず、私は次のアクションを起こす。

「ちょっとそこの貴方!」

声をかけた相手は本来こう言った場所に居るべき人 警備担当の軍人さん。
どうやらラクス・クラインがここに居る事を知らされていたらしく、私を見つけてホッとしている。
話が通し易い相手でよかった。

「ご無事ですか!」

「問題ないわ、状況を教えて」

「はっ! ハンガーが何者かに襲撃され、最新鋭機が強奪されたそうです!」

チッ! 戦争が終結して二年の間にザフトも抜けてしまった
まぁ……一年間グータラしていた私が言っても全く説得力がないね? そうだね?
この間にも爆音と震動が止まない。巨大な銃器が火を放ち、ソレを受けたMSが爆散する衝撃だ。
つまり強奪の後に戦闘行為が発生している事を示している。

「すぐシェルターにお連れします」

「この中を歩くのも結構危ないと思うけど……」

ついつい口から漏れた私のボヤキが一気に帯びる真実味。
風を切る音、何かが飛んできた。それだけが辛うじて理解できる。
ふいに影が生まれる。何かが飛んできて人工の明かりを遮ったのだ。

「ラクス様!!」

叫び声と軽い衝撃。視界が回転し、作り物の地面と作り物の空が交互に見える。
何度か地面と熱い抱擁を交わしてから立ち上がった。目の前 少し前まで私がいた場所にあるのは巨大なナニカ。
恐らく破壊されたハンガーかMSの欠片だろう。あれ? さっきの軍人さんが居ない。

「っ!」

思わず息を呑む。状況を理解してしまった。
私が居た場所に落ちてきた巨大な瓦礫。しかし私は潰されていない。
突き飛ばされたから。ならば突き飛ばした人は?
瓦礫の下から滲み出てくる赤い赤い赤い……僅かに離れた場所にポトリと落ちているのは……千切れた片腕。

「あぁあ……あぁああ!!」

死が怖かったのではない。死はいつも直ぐ隣に居た。鋼の壁を隔てた真空の地獄。
MSサイズならば正しく紙一重の場所を通り過ぎるビームの奔流。
確かに直接的に死体を見た回数は少ないだろう。しかし叫びの本質はソコには無い。


『ラクス様!』

そう彼は最後に叫んだ。ラクスだから助けた。
命令だからだろうか? それとも命を賭けるに値するからだろうか?
けれど私はラクス・クラインじゃない。歌も戦いも途中で投げ出した半端モノ。
言われるままに自分を捨て、ゴッコ遊びに精進できる愚かモノ。

「貴方に助けてもらう資格なんて……」

恐々とした手つきで、握り締める冷たい手。
どれだけ力強く握り締めても反応は何も返ってこない。
事態を飲み込めたスタッフの一人が恐る恐る近づいてきて、一言。

「ラクス様がご無事で良かった……彼も本望でしょう」

「違う……違う……私はぁ……」

『助けてもらう価値なんて無い! 私は唯のミーア・キャンベルだ!!』
絶対に口には出せない真実の叫び。その暴露は一人の人間の死をさらに無意味な物にしてしまう。
形容できない感情を吐き出されること無く、内心で轟々と音を発てて燃え滾り始めた。
伏せていた瞳をゆっくりと開く。もし昔の私を知っている人物が見たら、その瞳は実に懐かしいものだろう。

「あった……」

危ない闘争の色に輝く瞳は捉えてしまった。
仰向けに転倒し、都合がいい事にコクピットが開いた鋼の巨人。
ピンク色に塗られようとその本質は変わっていないだろう兵器 ザク・ウォーリア。
駆け出す。後ろを見ても居なかったが、前を見ていたわけでもない。反射だった。

「ラクス様! 何を!?」

「あの機体で出撃します。貴方たちは直ぐ非難して」

何時ビームやミサイルが飛んでくるかも解らない乱戦。
生身の人間が無事に逃げ切るにはMSの護衛が不可欠だろう。

「なりません! 貴方の身に何か遭っては!」

当然とかかる静止の声は盛大に無視する。こんな時ぐらいラクスとしてのワガママも良いだろう。
軍人としての訓練をサボって久しいものの、私の体は躓く事無くザクの胸部を駆け上がった。
ヒラヒラと動きを演出するスカートが邪魔臭い。コクピットに飛び込み、数回身を捻ってシートへ座る。

「よし……戦闘機動は可能ね?」

ディスプレイには確かに光が灯り、それを見ながらキーボードを高速で叩く。
ダンスの為のプログラムを引っ込め、凍結されていた戦闘用プログラムを呼び起こす。
戦う兵器として作られながら、人の目を楽しませる為に飾られた鋼の巨人。
そんな中でも確かに戦うための術を持っている。まるでラクスを演じながら、戦うことにも惹かれる私のようだ。

「似た者同士なのかしらね?」

そう考えるとこのファンキーな機体にも愛着を覚えるというものだ。
操縦管を優しく一撫でしてから、感触を確かめるように強く握る。
フットペダルを押し込んで、わたしは桃色の巨体を起き上がらせた。
モノアイ、モニター共に良好。大きく息を吐き、一歩を踏み出す。


「ラクス・クライン! ピンクちゃん、いきま~す!!」



[7970] 偽ラクス様、戦う
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:1e3ba4fe
Date: 2009/04/18 23:12
シン・アスカはプラントの軍事組織 ザフトの一員だ。
その上、エリートの証である赤服を与えられ、進水式の花形を務める新型のGタイプを任せられている。
しかし彼は新兵である。配属先の新造艦ミネルバも正式な所属が成されていない。
いわば全ての前提となるべき式典を前にして、新型機の強奪という事態に遭遇したのである。
MSパイロットとしての腕前は本物かも知れない。しかし軍人 戦う者としてはまだまだ。

故に背後を取られるようなミスを犯す。



「しまった!」


俺 シン・アスカは叫んでいた。初めての実戦で熱しかけた神経に流し込まれた冷水。
ロックオンアラートが背後から狙われている事態を告げる。しかしもう遅い。
目の前の強奪機体 ガイアとの戦いに集中しすぎた。この距離ではアビスの多彩な砲撃を避けられない。
訓練で積み上げられた鋼の理性が音を発てて崩れていくのを感じる。
死が音を発てて迫り、口から漏れそうになるのは嘆きの叫びか後悔の憤怒か?

しかし俺が次に見たのは死を呼ぶビームの奔流ではなく、弾き飛ばされるアビスと……



『見事なドロップキックを喰らわせるピンク色のザクだった』



……操縦桿にどんな入力し、フッドペダルをどう操れば、こんな馬鹿げたマネが可能なのだろうか?
しかも着地までポーズをとるくらいの余裕があるし……


『そこの君! ボーとしない!!』

「はっはい!!」


恐るべき妙技に驚愕していたら叱咤の声がピンク色のザクから通信で届く。
どうやら相手の通信系統に不具合があるらしく、映像は砂嵐だったがキレイな声だった。
著名な歌手のようでもあり、ただキレイなだけではなく、筋が一本通った力強さがある。


「どっかで聞いた声なんだけど……」


トンでもない有名人の声だった気がするのだが思い出せない。もしくは確証が持てない。
きっとソレは本来の声が持ちえる本質と離れすぎている故に感じる感覚だろうか?
だけど不快な印象は受けない。本来の形から外れたソレは酷く優しい音で俺の心を捕らえ始める。



「凄い……」


ガイアとの斬り合いを再会しながらだったけど、サイドウィンドウに僅かに映りこんだピンク。
とても最新鋭の兵器にするべきカラーリングでは無いと思うし、肩に描かれている丸い物体は何だろう?
とまぁ、イロイロと納得できない点は存在するが、凄いと言うのは名も知らぬ人が乗るピンクザクの戦い。


装備が無かったのか? 振るっているのは式典用装備の模擬剣。
PS装甲を装備したアビスは勿論、通常の装甲にすら傷をつけるのが難しいソレ。
だがピンクのザクは一歩も引いていない。絶妙な剣技、達人の域で果敢に挑む。
振り下ろし、振り上げ、薙ぎ、突き、払う。効果的な一撃は生まれないが美しい連撃が決まる。
一方、当たれば一瞬で致命傷となりうるアビスのビームランスは空しく中で泳ぐのみ。


「「なっ!?」」


だがさらに驚くべき妙技を見る事になる。
煩わしい獲物を薙ぎ払おうとアビスが肩の砲門を展開。
もとより敵の武器ではPS装甲に傷一つ付けられないと確証をもっての行動。
だが次の瞬間、アビスの片腕が切り飛ばされて中に舞った。

俺もアビスのパイロットも何が起こったのか解らずに叫ぶ。
いつの間にかピンクザクの片手に握られていたヒート・トマホーク。
不意討ちで放たれた一撃。見事だった。
本来ならば切断する事は難しいだろうPS装甲をキレイな断面を残して斬り捨てる。



『なぜ使わなかった?』

最高のタイミングで奇襲する事を目的とした……と言うのは簡単だ。
だがやるのはとてつもなく難しい。成功するか解らない奇襲のために、それまでの生存を危うくする。
使うまもなく死んでしまうかもしれない武器、それを勝利のために使わない。
度胸じゃない。もちろん無謀でもない。積み重ねた経験の成果である。

『凄い人だ』



「ゲッ!? 動力系にアラート出ちゃった……どうしよう」


本当に子供染みた憧れが染み出てくるのを感じていると、そんな声が聴こえてきた。
反射的にオレはこう進言していた……いや、ちょっと打算も在ったのかな?


「なら! 俺の母艦……ミネルバに行けばいい!」


ミネルバに行ってくれれば、この人とチャンと顔を合わせて話が出来る……って。



当事者二人にどれだけ自覚があったのか解らないが、この瞬間こそが……
新生ラクス・クライン、機動歌姫 偽ラクス、ミーア・キャンベルのファン一号が生まれた瞬間だった。









「やってしまったかもしれない……」


私 ミーア・キャンベル 芸名ラクス・クラインは、ミネルバのMSデッキにピンクちゃんを降り立たせながら、呟いた。
スタッフを安全に非難させて、視界に入ったGタイプの戦闘に介入した辺りから問題がいろいろと……


「やっぱり禁断の最終奥義は使っちゃダメね……」


禁断の最終奥義 別名は『MSでドロップキック』という。
別に恐るべき威力があるわけではない。では何故にして禁断の最終奥義なのか?
簡単なこと。模擬戦で披露したら日程が全て中止になり、査問委員会が開かれて一晩中怒られた。
何が不味かったのは未だに解らないままだが……やるとヤバイのである。


「まぁ、全ては上がりきったテンションがいけないのよ? 私は悪くないもの」


あと問題があるとしたらやっぱりピンクちゃん(ピンク色とかマジでありえない~ちゃんと考えてぇの略)の外見。
戦争を舐めているとしか思えない派手なピンク、肩には可愛らしいマスコットの図柄。
もう擦れ違った全てのMSから世界の不思議に出会ったような視線を感じまくっている。



『ちょっと、なにぃ! このファンキーなザクは!?』


そして直面する最大の問題は降り立ったミネルバMSデッキの情勢だ。


『しらねえよ! 呼びかけても返事はねえし、勝手に上がりこんでくるし!!』


真っ赤なアホ毛が目立つ赤服の少女と熱血な中年技術屋を筆頭に、スタッフ一同が盛り上がっている。
戦闘中は音声だけは送れていた通信機能だったが、今では完全に送信システムが死んでしまった。
故に向こうが何を言っているかは聞こえるが、こちらの声は届かないので全く意思疎通が出来ない。



「降りて話すしかないわね。幾らMSが変でだろうと私もザフトの……」


軽い諦めと共にベルトを外し、ハッチのロックを解除しようとして、ふと思い出す。
ふと自分の格好を思い出す。自分は何を着ている? ザフトの軍服? パイロットスーツ?
ボディーラインがピッチリ見えるハイレグとヒラヒラ揺れる為だけに付けられたスカート状の何か。


「あぁ……私はザフトのミーア・キャンベルじゃなかったんだ……」



どうする? 普通に降りて言ったら怪しさ大爆発だ。拘束、下手をすればその場で撃たれかねない。
所属を名乗るとか……ラクス・クラインは何処の所属だ? 所属を名乗るのは軍人ならば可能な反応。
正しいラクス・クラインの反応をしなければ……ラクスの何が正しいか?なんて知る訳が無かろうに……


「ならばアレだ……正しい歌姫の反応を……」


余計に解らなくなったぞ、畜生。



『降りてこないわね、怪しいわ』

『武装隊に連絡を入れるか?』


外では全くよろしくない方向へと会話が弾んでいる。
思わず私は反射的に自分が意識する歌姫っぽいアクションを取っていた。


「とう!」


コクピットを開いて私は飛び出す。隠す意味を持たない装飾の為のスカートが煌く。
あらかじめコクピット側で開かせていた掌に飛び乗り、大きく息を吸って……叫んだ。


「ザフトのみなさ~ん! こんにちわ~」


掌の上でクルリと回る。なるべく愛らしさを感じさせる笑顔と声を捻り出す。


「お仕事中にゴメンなさ~い、ラクス・クラインで~す! キラッ♪」


ウインクを一つ、アニメで某歌姫がやっていた片目の前で横向きVサイン。
完璧だ……私の中での歌姫、私の中でのアイドル像を全て捻り出した集大成。
しかし!


「「「「「……」」」」」


沈黙が降りた。疑りを感じさせる視線が注がれまくる。
滑ったか……どうやらザフトもまだラクス一つで騙されるほど腐っていないらしい。
味わいたくない静寂を堪能していると、赤服を纏った少女が一歩前に出て問うて来た。


「ラクス・クラインはMSに乗るの?」

「乙女のぉ~嗜み♪」

「……」


なんじゃその言い訳は……自分で言っていてなんだが意味不明だ。
営業スマイルが引き攣るのを必至に堪えている私を見上げていたザフトの皆さん。


彼らが不意に爆発した。



「うぉおお!! ラクス・クラインだってよ!?」

「あの桃色の髪に女神のような声! 本物だぁ!!」

「なっ生ラクスを見てしまった……」

「私ってばラクス・クラインになんて無礼な事を! すいませんでした!」



わ~超信じてる~
ラクスの顔と声を信奉するようにコーディネーターって作られてるんだ~
もうザフトはダメだ~



[7970] 偽ラクス様、叫ぶ
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/02/25 23:53
「あの美声」

「あの輝く桃色の髪」

「あの女神のような容姿」

「「「「「無違いない! 『本物の』ラクス・クラインだ!!」」」」」



『ごめんなさい、バリバリの偽物です!!』



……なんて叫びだしたい衝動を私 偽ラクスことミーア・キャンベルを必死に抑えていた。
そして余りにも滑稽な状況に大爆笑してしまいそうなのも、精神コマンドをフル動員して我慢もしている。

いま私が居るのはファンシーなカラーリングがされたザクウォーリアー(通称ピンクちゃん)の掌の上。
軍属でもないのにMSに乗って、通信機が不調だったとはいえ無許可で戦艦ミネルバに着艦した事を誤魔化すショーの真っ最中。
小さく手を振りながらたおやか微笑みを浮かべる作業。それを実現するために練習を繰り返してきた顔面の筋肉が痙攣を起こしそうで……顔が攣った!



「さっきは本当にすみませんでした! まさかラクス・クラインがMSに乗っているなんて思わなくて!」

なんとかピクピクと震える顔面を誤魔化していると、ファンサービスの舞台から降りる許可が下りたみたい。
ピンクちゃんの掌の上から解放され、私がいま歩いているのはミネルバの通路。無機質な中に満たされる戦船の匂いが私の魂を刺激して止まない。

「それは別に良いのよ? 貴方は軍人として正しい反応をしたんだもの」

そうなる事を熱烈に欲していたとは思えないほどに苦痛だった、『アイドル 偶像行動』の心理傷を強力に癒している
ただ先導してくれている軍人の後輩に違和感を覚えてしまった。

「貴女、新米さんかな?」

着ている軍服こそエースの証しである赤なのだが、正々堂々と下半身ではピンクのミニスカートが翻っている。
コーディネーターでは珍しくもない深紅の髪は頭の天辺で鋭角な機動を描く一種の『アホ毛』。
そして何よりも雰囲気。まだまだ戦場を知らないアカデミーの学生っぽさが残念な事に滲んでいた。

「あっ……やっぱり分かっちゃいます? うちの赤服は私を含めてみ~んな初配属なんです」

どおりであの最新型 インパルスのパイロットも腕は良かったけど、違和感があった訳か……
このアホ毛の新人赤服さん ルナマリア・ホークは愛機のザクウォーリアが不具合を起こして引きあげて来たらしい。
私のピンクちゃんも通信機能が死んじゃったし、まだまだ最新鋭機の整備に課題は多いわね……ってラクスがそんな心配しちゃだめか?

「そういえばさっ! 短かったけど初陣なのでしょ……どうだった? 戦場の感触はっ!?」

まずい! いくらなんでも迂闊すぎる。口に出してから気がついた。
いかに私が本当にラクス・クラインと同一の存在を目指していないとはいえ、『戦場の感触』など平和の歌姫が用いる表現ではない。
これではまるで『ラクス・クラインが最前線で戦ったMSパイロット』のようじゃないか!

「そうですね! 訓練とは張り詰めた空気が違うと言いますか……」

ほっ……安堵のため息が漏れた。初陣の興奮が思い出されるからか、それとも相手がラクスだからか?
とにかくルナマリアは私というアイドルが発したラクスらしくない発言には気を払っていないらしい。
一安心……なんて考えてしまったからだろうか? 私の口はまたもやも盛大に滑ってしまった。


「私は……」

他人に聞いてみて自分の事を思い出す。そして思わず口からこぼれてしまった。

「私は……怖かったな」





「え?」

初めて感じた戦場の高揚とプラントの歌姫ラクス・クラインを案内するという大役への緊張が私 ルナマリア・ホークから消し飛んだ。
ラクス・クラインが呟いた一言がまるで極寒の風のように辺りを蹂躙する……ように感じた。

「あっ!……いまのはその……聞かなかった事にしてくれないかな?」

だがすぐさまそんな雰囲気は消し飛び、ラクスは困ったように微笑んでいる。
何時の間にやら彼女を送る先 ブリッジに到着していたから、ラクスは扉の向こう側へ。
茫然としていた私も彼女が消えたことから本来の仕事に戻るべく踵を返す。

「なんだったんだろ……っていうか!」

不意に気がついた。ラクス・クラインはこう言ったのである。
『私は初めて戦場に出た時、怖かったんだ』と……

「なによ! ただちょっとMSが動かせるだけでしょ!?」

どうしてこうもイライラするのだろう? 相手はプラント救国の歌姫だ。ただの新人赤服程度がこんな感情を抱く事もおこがましいのかも知れない。
けれど、『ちょっと』乗れるだけの人物にあの高揚を否定されるのは納得できない……いや、違う。
あの言葉の重さ、実体験として語る口調。空気すら一瞬で凍らせるような存在感。

「あれじゃまるで……ラクス・クラインは歴戦のMSパイロットだったみたいじゃない」

私は『少しMSが動かせるだけ』だと思っていたからこそ、そんな感想を呟く。
『ラクス・クラインはテロに巻き込まれたから嗜んだ程度の操縦技術で、何とか味方の船まで辿り着いた』
そんなワイドショーが大喜びしそうな美談ってだけ……ほんの数分後、私は自分の考えが大いなる間違いであった事をその目で目撃することになったのだ。





私こと タリア・グラディウスはいま猛烈に溜息を吐きたい。吐きたくてたまらない。
最新鋭艦の艦長を拝命したのは良い。とても喜ばしい事だ。一部の能無し共には『寝技で手に入れた』と言われているようだが構わない。
確かに彼との関係は優位に働いているのだろうが、自分の評価は正当に行われた能力に基づいていると知っているから。
問題があるとすれば……私のパトロンであるプラント最高評議会議長 ギルバート・デュランダルが何故か後ろに座っている事。

「……という事で降りてください」

「だが断る。私には義務もあれば責任もある」

「……ちっ!」

そして正式な着任を前にしてテロに遭遇し、これから緊急出撃をしようとしてこと。
さらにギルバートがわがままを言っている事。もうこれだけで十分困っているというのに、居もしない神は心労で私を殺したいらしい。


『オーブ代表 カガリ・ユラ・アスハが乗艦』


何がどうなってそうなったのか? 問い質したいが相手は口を聞こうともしない偶然という神の悪戯だろう。
どうしてこれから突発的追撃作戦を行う戦闘艦に国の代表が二人も乗っているのだ?

「はぁ? お姉ちゃん何を言っている?」

不意に聞こえたのは突拍子の無い通信管制 メイリン・ホークの声。
お姉ちゃんという言葉から通信の相手がMSパイロットである彼女の姉 ルナマリア・ホークである事が分かる。

「作戦中に冗談なんて笑えないよ?……だからなんでラクス・クラインがこの船に乗ってるの!?」

はぁ? 私は何を疑えば良い? 自分の耳か? それともルナマリアか? メイリンホークか?
それともよっぽど私を殺したいらしい神様か? いやまて……新人パイロットが錯乱している可能性もあるわ。

「ピンク色のザクに乗ってきた? どうしてラクスがMSになんて……『間違いない、それはラクス・クラインだよ』……え?」

メイリンの声に割り込んだのは後ろに座っていらっしゃるプラントで一番偉い人。

「連絡が取れないから心配していたんだ。本当に良かったよ、ブリッジに上がってもらってくれ」

「はっはい!!」

艦長である私をスル―して行われる連絡。まぁ、しっかりと命令に従っているメイリンに文句は言わない。
ただ黙って眉間で硬度を増していく皺を揉みほぐすのみ……「失礼する!」……ラクスが到着するには早すぎる来訪者。
この声には覚えがある。

「状況を教えてほしいのだが」

「カガリ! ここはオーブの艦じゃないんだぞ!? もう少し礼儀というものを」

入ってきた金髪の女性、いや少女はカガリ・ユ・ラ・アスハ。オーブの姫獅子。
その後ろの青年は大きなサングラスが似合っていない……アレックスだったか?
それにしてもなんだろう? この二国の代表が集う戦闘艦のブリッジは。
勝手に同席することを認めているギルバートには後で折檻するとして……ここにラクス・クラインも混じるのだった。

戦場で命を落とすのは軍人の本望、艦上で死すは船乗りの宿命。
そのどちらをも満たしているのだが、直接的な原因が心労ではあまりにも悲しい。
追撃作戦の真っ最中だというのに思わず下を向いてしまった。そして後部の扉が開かれる音。
カツンカツンと規則正しい靴音 訓練された者の足音である事が見なくても分かる。
ラクスを連れて来たルナマリアだろうか? いや……彼女にはブリッジの中まで来るように言っていない。
それ以前に足音が一つだけということは……


「入ります!」


顔を上げればそこに居るのは見知った顔。何時も直接接しているからではなく、テレビの向こうで知っている人物。
輝くような桃色の長髪、アクセントになる星型の髪留め。同じ女性が見ても照れてしまうような衣服。
女神を模してコーディネートされたかのような美貌と美声。グダグダに成りかけていたブリッジの空気を吹き飛ばす裂帛の声。


「ラクス・クライン、出頭しました!!」


可笑しいな? 
そこには際どい食い込みに胸を強調する水着のようなオーバー、スカートの役目をしていないヒラヒラと動く布切れを合わせたステージ衣装を纏って……


『ラクス・クラインが見事な敬礼をしていた』


彼女のような超法規的立場にいる人間にはどのように対応していいのか?
私 タリア・グラディウスは正直な話、まったく分からなかった。
だがその見事な敬礼を見てしまえば軍人としてやるべきことはすぐに分かってしまうというもの。

「ご苦労さま」

反射のように敬礼を返していた。クルーたちもあの歌姫を前にして、興奮や戸惑いを覚えることなく見事な敬礼でソレに答える。
新造艦のブリッジクルーが今までの短い付き合いの中でもっとも纏まった瞬間だろう。






追伸
その時のギルバート・デュランダルは笑いを堪えるのに必死だった。
その時のカガリ・ユラ・アスハとアスラン・ザラは状況を理解することに専念していた。

そして……その時のミーア・キャンベルは(心の中で)叫ぶ。


『やっちまったな!!』



[7970] 偽ラクス様、感謝する
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/04/01 00:46
『反射だったんです』

『悪気はなかった』

『信じてほしい』

『今は反省している』



そんな言葉が脳内を亜高速で飛び交う中、私 偽ラクスことミーア・キャンベルは見事に固まっていた。
東アジアの島国に伝わる伝説の遊び「ダルマサンガーコロンダー」でも決してアウトにならない見事な静止っぷりであろう。
止まらざる理由は二つある。一つはそれはそれは見事な敬礼をかましてしまったから。
癖というのはなかなか抜けないモノであるという事を今ならば本当の意味で理解できる。
「初めて訪れた戦闘艦のブリッジに入る」
その行為により昔ならば確実にやっていただろう行動が理性を塗りつぶしていた。
故に敬礼である。鏡が無いので分からないが一年数カ月のブランクを考慮すれば、アカデミーで見本とし映像資料になってもおかしくはあるまい。

「……ラクスだよな?」

気まずい沈黙を破ったのは余り趣味が良いとは言えない色の例服に身を纏った金髪の少女。
政治になどからっきし興味が無かったころならば、ちょっと勝気な感じの女の子程度にしか思わなかっただろうが、今は違う。
その人物がだれなのか理解できたし、その人物に遭遇してしまう事が偽物のラクスとしてどれだけ危険なのかも解ってしまえた。

「えぇ……お久しぶりです、カガリ様」

声は何とかそれらしい音を紡ぎだせた。だが心の内ではそうもいかない。
どうしてこいつがここに居る!? カガリ……カガリ・ユラ・アスハ。
そう、あのアスハ。中立の島国 技術立国 オーブの大人気な合法的独裁家族。
彼女はその正当な血統を持つオーブの姫獅子。そして何よりも厄介な事は……『本当のラクス・クラインと親しい』こと。


「違う……」

違う? 私はラクス・クラインでは無い、と? まぁ、そんなことは誰かに言われるまでもなく理解している。
私はミーア・キャンベルだ。歌で生きていこうとして挫折し、MSパイロットである事も投げ出した半端者だ。
そんな有難い忠告は二人っきりの時にしろ、このグラサンハゲめが……ってこいつは確か!?

「会いたかったですわ~」(建前)

『これ以上は!!』(本音)

可能な限り甘い声を絞り出す。この行動は反射では無い。数多の可能性を計算して導き出した結果。

「?」

茫然とするターゲットの首元に飛びつき、戦場では邪魔でしかない質量過多な胸部を押し付ける。
これからすることを考えれば、これくらいの偽装とサービスがあっても良いだろう。

「アスラーン♪」(建前)

そう、コイツはアスラン・ザラ。あのザフト強硬派にその名を冠するパトリック・ザラ元議長の息子。
同時に優秀なMSパイロットであり、先の大戦ではあのストライクを撃破する功績から勲章を受領。
だというのに最後はザフトを飛び出し、あの三隻連合に所属して戦争を終結させた英雄殿。

『言わせはせんよ!』(本音)


そして最も重要な事はこいつが『本物の』ラクス・クラインの元婚約者だということだ。
他の誰が『このラクスは偽物だ!』と騒ぐよりもコイツが否定した方が影響力と騒ぎがでかくなる。
故にこれ以上は言わせる事は出来ない。
首元には飛びつくだけでは終わらない。顔を擦り寄らせるように見せかけて『絞め』……勢いをつけ過ぎた風を装って『捻る』のである。



『ゴキリ』


アスランのもっとも近くに居る私、そしてカガリ・ユラ・アスハだけがその音を聞く。
骨とかが色々とアレな感じで曲がってしまった時に発せられる音である。

「■■■!……」

悲鳴にも似た無音の叫びはすぐさま途切れ、ターゲットの体から力が抜ける。
心配するような言葉を吐き出しながら、アスハに牽制の視線を飛ばしておく事を忘れない。
この一連の行動でいかに頭が弱い人間でも、私がラクス・クラインじゃない存在である事は理解できてしまうだろうから。

「あ~やっぱり元婚約者同士は違うな~」

……と的外れなオペレーターの子の呟きを遠くで聞きつつ、事情を知らないモノには元婚約者同士の素敵なスキンシップに見えていることに安堵。
口からエクトプラズマ―的な何かを吐き出しそうな元婚約者(設定上)を今の女(たぶん)に押し付けて、私は踵を返す。
向ける視線の先は私のマネージャーたるデュランダル議長……ではなく、VIPを満載した船を任されているだろう艦長殿の方。

「現在の状況は?」

たまたま乗り合わせてしまった戦闘艦において、まずはなすべき事はその鑑が置かれている状況を的確に把握することだ。
これは『本来所属するべきはない戦艦に乗り合わせる』いう稀有なシチュエーションをあえて想定するまでもなく、現状認識こそ戦場の基礎。
的確に自分を取り巻く状況を理解することで、任務達成と生還という戦士の至上命題の達成率を向上させる。

「えっ……えぇ。ボギーワンと命名されたアンノウン鑑との距離が……」

何やら驚く事があったらしい艦長殿が慌てて言葉を紡ぎだす。
語られる内容は決して楽観視できるものではなかった。何せこれだけのVPを満載した進水式前の戦艦が単独での追跡。
そして相手は強奪したばかりの機体でこちらの攻撃を退ける三人+メビウスゼロのような有線式ガンバレル使いと最新鋭艦ミネルバを相手に速度で劣らぬ母艦。

「だが此処で逃がすのは余りにも危険すぎる。姫やラクスには申し訳ないが降りて頂く暇は無い」

「分かっています。事と次第によっては三年前から続いていたインターバルが終わりかねないもの」

降りるはずの面子に自分を含めて居ない辺りがデュランダル議長らしい。
この人は穏健派だろうと戦うべき時と戦う準備の価値を知っている人だ。
今回ばかりはその準備が裏目に出た形になってしまったのだが……

「地球での戦闘 陸・海・空にそれぞれ特化したセカンドシリーズ……捉え方によっては『ザフトは地球進行を企てている!』とバカげた陰謀論者たちを元気づけてしまう。
 それにあのアンノウン……アークエンジェルタイプですよね?」

「「「「!?」」」」

そう、少し映像で見せて貰っただけだがすぐに分かった。あの大戦を戦ったザフトのMS乗りならば、忘れてはならないシルエット。

「海上戦艦を宇宙に浮かべただけの連合旧式鑑とは一線を隔すデザイン。
 ザフト鑑以上に計算されつくした対MS対空防御システム。左右に突き出したMSデッキから付いた名前は足つき」

他のどんな戦艦よりも混乱の焦点たる地位に相応しい血みどろの華々しい戦歴をお持ちのシリーズ。
恐らく建造コストからすればそれなりの地位と金がある者でなければ建造、運用することは難しいだろう船。
恐らくあれのオーナーは大西洋一帯に覇を唱える青いコスモスが根を張った大国の所属だろう。
つまり……だ。


「よっぽど血塗れの第二ラウンドを始めたい人が多いって事でしょうか?」


そこまで喋って周りの空気が大変な事になっている事に気がつく私。
バカバカ! ミーアのバカ! あれだけラクスっぽく居ようと練習したのに、緊急事態になると素の自分 軍人としての自分が出てしまう。
ふたたび『やっちまったな!』と内心で叫ぶ前、アラートが鳴った。
そして私は内心でこう叫ぶ事にしたのである。『ありがとう、神様!!』



なぜだ……長く書いていた割には話が進みません。許してOrz



[7970] 偽ラクス様、語る
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/04/25 05:34
ミネルバに帰還してから数十秒間、インパルスのコクピットで荒い息を吐いていたシン・アスカは何とか暗いその場所から抜け出した。
急すぎる初陣でゴチャゴチャに絡まった感情が制御できないような状況だったが、ソレを目にした瞬間に若干の収まりを感じる。
物々しい戦艦のMSデッキには似合わないその色は蛍光ピンク。最新鋭の兵器 ニューミレニアムに塗りつけられた色だ。

「来てくれたんだ!」

そのザク・ウォーリアは間違い無く、あの機体だ。自分を助けてくれた恩人の機体。
目を見張るような操縦センスとクソ度胸、優しくて凛とした声を持つ顔も知らない人の機体。
正直な話、ミネルバへの着艦を勧めたのは完全な思いつきであり、具体的に何がしたいというのは頭には無かった。
ただ純粋に『会って話がしたい!』という子供じみた感想が在っただけ。

「なぁ! あれのパイロットってさ……」

思わず緩くなる頬を抑えることが出来ないまま、これからが本当の仕事である整備班の友人 ヨウランへと問うた。
いや、問おうとした。それを遮るように返事が先に来た。待っていたモノではあるのだが、やはり驚きは隠せない。

「おぉ! シンか!? 聞いて驚け!! あのMSにはな!!」

『いま何処に居るのか?』とか『どんな人だった?』みたいな質問をしようとしていたのだが、ヨウランが教えてくれたのは個人名 パイロットの名前。
しかも決してこのような状況で出てくる名前では無かったのだ。


「ラクス・クラインが乗ってたんだ!!」


「はぁ?」

ヨウランの奴はどうやら突然の初陣で頭のネジが吹き飛んでしまったようだ。後で優しく医務室に連れて行ってやろう。
そんな事を考えてポンと肩を叩き、肩を叩き宥めるような視線を送るが、病気の進行は止まらない。

「ヨウラン……医務室に行こうぜ」

「あ? シン! お前信じてないな!! マジなんだってば!!」

これは幾らか説得に時間がかかるな~と思っていたが、いつにもまして不機嫌な足取りで格納庫に入ってきたルナマリアを見つけて安堵。
二人で説得すればヨウランも諦めるだろうし、自分が本当に知りたい事柄も正常なルナから聞く事が出来るだろうから。

「ルナ! ちょっと来てくれ! 実はヨウランが『あ~! もう! 何よ、あのラクス・クライン!』……え?」

何やら物騒な単語が聞こえた。ラクス……クライン? いや! 落ち着け! 餅突け!
これは何かの偶然であり、決してこのMSのパイロットがラクス・クラインなんて事があるはずもなく……

「ちょっとMSに乗れるからって!!」

一刀の下で切り捨てられた。どうやら本当にあれのパイロットはラクス・クライン……なのだろうか?
そういえばあの綺麗な声は時たまテレビの音楽番組で流れて居た声に似ていない事もなかったような気がする。
しかしだ!!

「でもさ! 『ちょっとMSに乗れる』なんてレベルじゃなかったんだぜ!?」

そうとも。ただの歌姫に、それこそMSパイロットが本職では無い者に出来る動きでは無かった。
どんな入力をすれば可能なのか分からないドロップキック、致命傷にはなりえない儀礼剣で最新鋭機を翻弄、奇襲とはいえPS装甲を一撃で切り捨てる妙技。

「……ってぐらい凄いパイロットがただの歌姫な訳が……ん?」

熱くなる口調を抑えることが出来ないまま、この眼に焼き付いている絶技を余すことなく語って聞かせると、何やら友人二人が変な視線を向けてくる。
まるで『訳の分からない事を言い始めた友人を心配するような目』である。
ついさっきまでヨウランに向けていた視線。つまり……


「シン……医務室に行きましょう」

「ラクス様がどうとかじゃなくて、そんな真似が出来る奴なんて居ないって。な?」


ジーザス……今度は自分が病人扱いされる番のようだ……





「これからMSデッキに上がります」

プラント最高評議会議長とオーブ元首にご一緒する豪華な戦闘艦案内ツアーの最中、美系という言葉しか浮かばない赤服君の言葉。
ラクス・クライン(職業名)をやっているミーア・キャンベルは驚きと共に喜びを覚えた。
昔の仕事が仕事だっただけに、アイドルなんぞに精進する今になっても、MSへの興味は尽きない。
これでも一時は『自分にはこれしかない!』とパイロットへ打ち込んでいた身なのだから。

「よろしいのですか? 私は民間人だし~こちらのわんぱくお姫様はオーブの方ですわよ? 議長」

もちろんそんな意見に深い意味など無いのだ。ちょっとした遊び心。
さっきアスランをノックアウトした私に対して、既に偽物である事を超えた敵対心を剥き出しにしている御方へのけん制。
あっ! それとアスランは死んでませんからね? 永久退場とかしませんからね?

「このような事態に巻き込んでしまったお詫びも兼ねてね?
 それにしてもお二人は親しき仲と窺っていたのですが……何か諍いでも起きましたかな? 姫」

「よくまぁ……」

思わず噴き出しそうになった。ギョッとしたお姫様 カガリ・ユラ・アスハの顔と言ったらない。
しかし偽物を作った張本人が、本物との仲をネタにするなんて、本当に大した大根役者だ。


「ここがMSデッキになります。搭載可能数は軍事機密に当たる為にお教えできませんし、現在その数が搭載されているわけではないのですが……」

場の空気が換気を必要とするほど悪くなる前に、イケ面の赤服君 レイ・ザ・バレル君の言葉が割って入る。
目の前には戦艦の中で最も大きな割合を占めるだろう空間。
一望出来る景色には緑のザク・ウォーリアーやゲイツRにまぎれて、私の旅の道連れ 場違いなピンク色 ピンちゃんがドンと佇む。

「って言っても見る人が見れば~」

大体の見当はついてしまうモノだ。余剰スペースや整備用のハンガー数。そして何よりも実物を見てきた第六感。
導き出した答えの確認が欲しくて会談を続ける二国の長を迂回、ザフトじゃなくて宝塚に所属していても驚かない赤服君にそっと耳打ち。

「だいたい……■■機くらいかな?かな?」

「っ! 他言無用で……お願いします」

美麗な顔が本気で歪んだところをみると、どうやら正解に限りなく近かったようだ。
長いブランクをもってしても、私の軍人スキルは衰えないようだ。お陰でアイドルスキルが上がらなかったり、軍人っぽい事をして焦るわけだが……


「だが! では今回の事はどうお考えになる! あの三機のMSのせいで、新しい力を持つが故に被ったこの被害は!?」

手摺から乗り出すように観察していると後ろからは議長とお姫様の声が聞こえ……徐々に一方のテンションが増していく。
指摘に表現するなら『愚直にして熱しやすい獅子』と『真意を見せない仮面の狐』ってところかな?
人間としてや友人として考えるならばまだしも、政治家として考えるならば……

「所詮は器が違…「さすが綺麗事はアスハのお家芸だな!」…!?」

私の呟きを掻き消すように、鋭い叫びが格納庫の広い空間を切り裂いた。
心の中では私も思っていた事とはいえ、それを口に出すとはどんな悪ガキだろうか?

「シン!?」

慌てて飛び出した宝塚クンの向かう先を見下ろせば、そこにいたのは彼と同じ新人赤服君。
黒い髪に真っ赤な瞳という組み合わせはコーディネーター的にも珍しい風貌。
その立っていた場所やエースを示す赤服からして……彼がインパルスの……よし!
一つラクスらしい事(私的基準に基づく)でもしてみますか?





こんな場所で聞こえるはずの無い綺麗事が耳に入った。何事かと見上げて、そして見つけてしまったのだ。
オーブの氏族だけが着用を許される紫色のような独特の色彩を放つ礼服。
プラントに渡ってからもこっそりとチェックしていたオーブの政治風景、そこに必ずいた人物。
カガリ・ユラ・アスハ。住民にまともな避難もさせらず、再建への希望であるマスドライバーと自爆したとんでもない父親の後を継いだ娘。
政治にはテンで疎く、常に宰相にあたるセイラン家に舵取りをさせておきながら、自分の我儘だけは大きな声で主張するのか?

「さすが!」

熱くなり易いと両親や妹、ご近所さんや友達、教官やクラスメイト、概ね出会う全ての人に言われてきた。

「綺麗事は!」

ソレに関しては自覚もあるし、軍人となった今ではすぐに直すべき弱点だろう。
しかしどうしてもこれだけはしっかりと聞かせてやりたかった。あのアスハに……しっかりと、だ。


「アスハのお家芸だな!?」


言ってしまった……だが口に出してしまった以上、後戻りはできない。
自分が何を言われているのかも理解できないような呆けた顔。それを見ているとさらに怒りと憎しみが増してくるのが分かる。
そんな事を言われるなんて欠片も思っていなかったという顔。ギリギリと奥歯を噛みしめ、憎しみを視線に宿して射ぬく。

そんな時だった。『あの声』が聴こえたのは。

「控えなさい!」

女神のような美しさと……

「仮にも友好国の国家元首」

戦士のような凛々しさを兼ね備えた声。

「国を代表し、国を守る軍人として……」

姿を見ればようやく理解できた。ルナマリアやヨウランがオレを謀っては居なかったらしい。

「無礼な振る舞いは許しません」

プラントに来てから始めて覚えた有名人の名前と顔。輝くような桃色の髪と女神にも劣らぬ美貌。
若干記憶よりも胸部の膨らみが大きい気がするが、まあ小さな問題だろう。
プラントを守った救国の歌姫、もっと言えば自滅の道を進んでいた世界すらも踏み留めた本物の救世主。

「ラクス……クライン」

その名を口に出してみれば自分が何を言われたかも理解できた。『黙れ』と言われたのだ。
どこか信仰めいた信頼があった。戦う人であろうこの声の主ならば、アスハの綺麗事に対するオレの怒りも理解してくれると。

「すっ……すいません」

落ち込んだ空気に引きずられて、怒りを湛えていた視線も地に伏せる。だが……それだけでは終わらなかった。

「それからカガリさん?」

親しみを込めた声。あぁ、そういえばアスハとラクス・クラインは友人だった。



「黙りなさい」

「「「「「え?」」」」」



空気が凍った。言われた本人はもちろん、議長やレイ。そしてオレやメカニック一同、誰もが動く事を忘れるような衝撃。

「なにぉ!?」

「平和を誓い、手を取り合う。大いに結構なことです。
 だから『こんな物』は必要ないと? 新造艦や新型MSは不要である!と」

平和の歌姫とも言われるラクス・クラインならばきっとその案には大いに賛成なのだろう。

「私もそうであれば良いと思います……ただ!」

だがどうやら違うらしい。


「そんな御高説とエデンの園のような理想論は政治の場でお話しなさい。
 もしくは優秀な家畜が待つ故郷の地でも構いません。ですが! ここはザフトの船。
 貴方が必要無いと断ずる『こんな物』に限りある命と時間をかけている者たちの居場所です!」

あぁ……やっぱりこの人は……


「私にとって彼らに送るべきモノは惜しみない拍手と賞賛以外にはありえません」

戦女神だった。



シッ! シリアスっぽい!!



[7970] 偽ラクス様、誓う
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/05/04 23:35
どうも、ラクス・クライン(役名)を演じることでお給料をもらっている元ザフトMS乗り ミーア・キャンベルです。
突然ですが……場の空気が良く分かりません。

「ラクスっぽいってこういう事じゃなかったのかな?」

信じられないモノを見たような目をするオーブのお姫様に、自分が配した役者の演技に満足するような顔をしたプラント議長。
これはまぁ別にどうでも良い。とくに後者を理解するのはもう諦めた。ボウヤだからさ。

しかし他の人たち、おもに軍人さんたちの視線が

「凄く……痛いです」


特に黒髪赤目の赤服君はもう視線がキラキラしていて申し訳ない気持ちになる。
やめて! 偽ラクスのライフはとっくにゼロよ!
思い詰めたような顔で格納庫を出ていくカガリ・ユラ・アスハとその後を追う議長。
どうやら自分を待っていてくれるらしいレイ・ザ・バレル君にお願いを一つ。

「もう少し見て行きたいの。ダメかしら?」

「ですが……」

「勇敢な貴方のクラスメイトともお話したいし」

「あまり苛めてやらないでください」

ため息をひとつ、綺麗な金髪を靡かせて去る後ろ姿。
民間人を一人こんな場所に置いていくのは警備的には問題なのだろうが、さすがはラクス様の影響力! なんともないぞ!

「よっと!」

作業用に重力が軽く設定されているこの空間ならではの移動法を選択。
手摺に足をかけて蹴りだす勢いのまま、下へ飛ぶ。久し振りの低重力下での移動だったが、どうして上手くいくものだ。
本当に体で覚えた事は忘れないモノである。それで多大な苦労をしている昨今ですが……





オレ シン・アスカは人生で初めて「ファン」になった。
いや、ファンとかそういった単語で表す事すら困難なほどの尊敬を覚えた、
アイドルやらプロスポーツやらにもテンで興味が無かったこのオレが、である。
相手はミーハーな表現をすれば『アイドル』という分類が相応しいのだろうが、この人には全く似合わない。

『平和を誓い、手を取り合う。大いに結構なことです。
 だから『こんな物』は必要ないと? 新造艦や新型MSは不要である!と』

『ですが! ここはザフトの船。
 貴方が必要無いと断ずる『こんな物』に限りある命と時間をかけている者たちの居場所です!』

『私にとって彼らに送るべきモノは惜しみない拍手と賞賛以外にはありえません』


政治家が難しい言葉で戦争や軍人の事を論ずるのは多々ある事だし、そういう場面はテレビなどで散々見て来た。
ラクスは政治家でこそないのだろうが、間違い無く国を動かすような人物だろう。
そんな人の口から飛び出した言葉の数々……一言で言うと……

『カッコいい』

『子供か!?』と笑いたければ笑うと良い。その程度の言葉でしか表現することが困難なのだ。
理想を語っている訳ではない。ただ真実に基づく主観を口にした『だけ』。そう、それ『だけ』なのだ。
だというのに……

「あの背中に着いて逝きたい」

そう思わせる何かを放っている。ただ弱い自分が許せなくて入ったザフトだったけど、新しい目標が出来た気がする。
もし一介のパイロットだったならば、色々と話してみたいこともあったのだが、今は目的が出来た事だけを喜ぼう。
相手はあのラクス・クラインなのだ。初戦を勝利で飾れなかった新米赤服と話す理由など存在しないだろうから。
再び愛機 インパルスの整備と調整へと戻ろうと振り返れば、自分の上を通り過ぎる影が一つ。

「?」

目で追ってみれば翻るスカートが過る。女性も少なくは無いザフトにおいても、余りにも奇抜なスカート。
着心地や暖かさなどを無視した『魅せる』ためだけのデザイン。男ならば顔を赤くするしかない超ド級露出具合。
戦うのはもちろんのこと、歌って踊るのも難しそうなピンホール型ヒールで見事な着地。
低重力下での移動で乱れた髪を整えるように撫でれば、綺麗な桃色の髪がふわりと揺れる。

「背を向けるのが少し早いわ」

「えっと……」

何て言えば良いのだろう? 何と口にすれば良いのだろう?

「なんか困った顔をしてるわね? じゃあ、私が先に言っちゃおうかな~」

しげしげとオレの顔を覗き込んできた瞳。それを真中に納めた整った顔立ち。
それが形作るのは笑顔。悪戯が成功した子供のように純粋で、誇らしそうな表情。

「さっきはカガリ代表に……」

「アレは思わず口から出ちゃっただけで!」

「みなまで申すな!」

思い返してみれば、中々危ない事を叫んでいる自分に焦りを覚え、弁明を口に出そうと試みる。
だがそれを遮るようにラクスは続けた。『うんうん!』と一人で納得したように頷いている。

「軍人としてはダメダメな行為だけど個人として、私は貴方に同意して賞賛する」

何となくこの人に惹かれた理由が分かった。それは『真意からの同意』。
口先だけではない経験や心情から彼女は同意してくれている。平和の歌姫が軍人と意気投合というのもどんなモノか?とも思うが構うまい。

「よくぞ言った! カッコ良かったぞ? 少年」

こっちは新米赤服、向こうはプラントを救った歌姫様。
全く遠すぎる関係だ。それこそ背中が見えなくなるほどに遠い。それなのに……オレは新しい目的が出来てしまった。

「もし貴方が言わなかったら、私がドロップキックしてやるところよ!」

既に『文句を言う』を通り越したアプローチだよな、ソレって。
『わっはっは!』と腰に手を当てての高笑い。大山脈な胸部が合わせて震える。
ソレに釣られるようにオレの口から苦笑が漏れ、止められずに笑い声が口から溢れてしまう。

「ハッハッ!」

そしてオレの目的が少し……少しだけ変化した。『背中について逝きたい』ではなくなった。
後ろでは無く、『隣』を歩きたい。きっと楽しくて、充実した時間がそこにはある。
こうして笑いあっているとそんな事を簡単にできてしまいそうだ。

「ちくしょ~遠いよな~」



でも遠い。非常時でも無ければ彼女がMSに乗ることなど無いのだろうから……なんて思っていた時期がオレにもありました。










私 ミーア・キャンベルはイライラしていた。
ストレスとの原因というのは物体である事と行動である事があると思うけど、今回の場合は行動。
しかも自分の行動についてである。

「MS部隊発進! ここで仕留めるわよ!!」

辺りを満たすのは戦場の喧騒。戦闘遮蔽されたミネルバのブリッジ。
その後方に私は座っている。艦長以上の役職、それこそプラント議長やらオーブ首長なんかが座るVIPな席。
そこに私は座っている。

『なぜ?』

当然と言えば当然だ。だって私はラクス・クライン(役職名)なのだから。
平和の歌姫がコンディションレッドのブリッジに居ることも可笑しい……あぁ、本物もこういう場所に座っていたのか?

「カツカツカツ」

五月蠅い!って私の貧乏揺すりの音だった。それだけイライラしていると考えて貰いたい。
なぜ私はここに居る? どうして私はアソコに居ない? 
スラスターの光を従えて飛び去っていく数機のMS。ゲイツRに真っ赤なザク、そしてインパルス。

『行ってきます!』

楽しいお話(インパルスについてとか、MSでドロップキックをする方法とか)の途中、敵鑑補足のアラームがなる。
すぐに駆け出した新米赤服君 シン君が去り際にかけて来た言葉が蘇る。

『今度こそ倒して……戻りますから』

戦士の背中にかけるべき言葉が思いつかず、虚空を彷徨うように突き出した手が踊った。
ラクス・クラインならば見送るしかない。当然だ。当然なのだ。そして何食わぬ顔で後ろに座っているべきなのだ。

わかっている……わかっているとも……



「ボギーワン! 進路、速度ともに変わらず」

「妙ね……このままじゃデブリに突っ込むことになるわ」

意識を眼前の現実に戻せば、タリア艦長がそんな事を呟いている。
確かに不自然だ。いかに尻を追われる退却戦とはいえ、他の艦ならばいざ知らず足自慢のミネルバからただ逃げるのみではどうしようもない。
正確な間合いを把握できなくなるのがデブリ戦の特徴だし、こちらの攻撃は当然命中率も下がる訳だがそれはアチラも同じこと。
まさか……

「っ! 光学での補足は!?」

思わず私は立ち上がり、地面を蹴る。まっすぐ向かうのは観測員の席。

「ラッ! ラクス様!?」

シートの後ろから覗き込むようにディスプレイを睨みつける。辺りからのざわめきを無視して再度問う。

「どうなの!?」

「熱量反応だけです。インパルスとの距離は1500に迫っているのですが……」

1500とは宇宙空間での戦闘 戦艦やMSたちの間では長距離でも何でもない。
むしろ近距離に属する。とくに砲撃距離からすれば既に戦艦の対空防御の範囲内。
それでも相手は撃ってこない。近づけば近づくほど、MSの間合い。不利になるにもかかわらず……である。
これが導き出す答えは……第六感と知識がスクラムを組んで歌う。それに抗う事無く受け入れて、私もすぐさま叫んだ。

「MS部隊を戻してください!」

「はぁ? 何を言って……」

「アレは熱量だけ!」

疑問の視線が飛び交う中で、唯一私と同様の恐怖を共有する者がいた。
大きなサングラスの下で瞳は驚愕に染まっているだろうアレックス……アスラン。

「デコイか!?」

「しまった!!」

そのアスランの叫びに連動して、歴戦の船乗りであろうタリア艦長も事態を把握したようだ。
再び覗き込んだディスプレイではボギーワンを示す熱紋が徐々に小さくなっていく。
戦艦ならばすなわちメインエンジンを落とした事を示す訳だが、この状況でそんな事をするとは考えにくい。
つまり『囮の松明から火が消えた』訳だ。よって次に来るのは……

「ボギーワン、ロスト!」

「MS部隊に警告を! 死角から奇襲がくるわ!!」

指示を飛ばす先はルナマリアちゃんの妹さん、メイリン・ホーク。何故か呆気にとられた顔をしていたが、タイムラグは一瞬。
すぐさまインカムに叫ぶ。その様子を見て頷き、すぐさま次に言いたい事を…『ボギーワンは後ろにいます!』…先を言われた。

「しかも……」

声の主は先と同じくアスランだったのだが、声の位置が近い。何時の間に私と同じような態勢で計器類を覗き込んでいた。
不意に掌同士が重なり、驚いたように二人して顔を上げて視線を重ねた。
だが残念な事に青春染みたときめきも出会いも在りはしない。ただ焦りに染まった視線がぶつかり合い、息もピッタリに確証に近い危惧をデュエット。


「超近距離に!!」

「熱紋確認! ボギーワン……距離500!?」

ジーザス……





それからの時間は早いようで遅く、長いようで短く、熱いようで冷たい。
こういう表現をしている時点でもうかなりに勢いでピンチである。
完全に後ろを取られて追われる形。追撃戦のベーシックスタイル、大多数の艦載MSを先行させている状態での奇襲。

こちらの頼みの綱はカタパルトが使えないために初動が遅いザク・ファントムが一機だけ。
対する相手はガンバレル使いのMAと対艦攻撃用の砲撃装備を担いだダークダガーが数機。
ガンバレル使いの実力を鑑みれば、その単機を足止めするのが限界であろう。
つまり確実にダガーはミネルバへと襲いかかる。MSの援護が無い戦艦がいかに脆いか……ザフトが世界で初めて証明したのだ。
実に分かりやすい……

「堕ちる」

口に出すべきではない。だが口から零れた。幸いなことにもう誰も非戦闘員の囁きには誰も耳を止めない。
そんな余裕はもう無い。誰もが自分の生命の危機を実感しているからだ。

「死ぬの?」

半端なまま……歌を捨て……軍人を捨て……偽物になる事も出来ないまま……


『否!!』


黙って見送るのがラクスとかそんな事はもうどうでも良い。
そこには戦場があり、まだまだな可愛い後輩たちが命を賭けて踊っている。
ならば……ラクスでもミーアでも何でも良い……『私』はきっとこうするしかない。


「危ないわ! 座っていなさい!!」

既にVIPに対する扱いなど投げ捨てたタリア艦長の言葉を華麗にスルー。
通信コンソールに飛びつき、先ほど聞いていた番号を呼び出す。繋いだ先はこっちと同様に慌てているであろう格納庫。


私は叫ぶ。

「こちらブリッジ!」


高らかに叫ぶ。

「ピンクちゃんの準備は!?」

……少し大きな声、過ぎたかも知れない。辺りから戦闘中とは思えない沈黙と痛い人を見る視線が飛んできた。

「「「「「誰? ピンクちゃんって?」」」」」

ブリッジの誰もが意識を共有した疑問の収束攻撃。効果は抜群。
不意に振動で霞む音は自分が欲していた答えをくれる。減少するSAN値から敢えて目を背け、勢いで場を動かす方向へ。


「出るわ」

「だっ、誰がですか?」

まるで打ち合わせをしたかのように、ベストな相槌をいれてくれたメイリンちゃんには、後でコーヒーを奢ろう。

「決まっているでしょ?」

『カツン』
足を一つ打ち馴らし、バサリとスカートを翻し、さらりと髪を靡かせて宣言する。
気に入らない神様や、大嫌いな本物や、戦っている後輩たちに聞こえるように宣誓する。



「ラクス・クラインが出撃するわ」



どうだ、この野郎。これがミーアであり、偽ラクスだ。





あとがき?
頑張って早く書いてみた。
しかし話は前へ進まないw
ちなみに本物のラクスはカッコいいドキュン、魅力的なクレイジーにしたいと企んでいる昨今……いつ出てくるのでしょうね?(遠い目



[7970] 偽ラクス様、奮戦する
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/06/15 23:42
『これはあくまで非常時における一般人の緊急的登用に過ぎません』

久し振りに身を包んだ真っ赤なパイロットスーツ。しかし胸が少しキツイな……


『分かっているとは思いますが、くれぐれも無理だけはなさらないよう……』

全身に感じる引きしまった着心地が徐々に昔の感覚を呼び起こす。

「無理をなさらずに帰る場所を失うのは本末転倒よ? 艦長殿」

小脇にヘルメットを抱えてロッカールームを後にする。
さきほどから本当に納得できていないように注意事項を捲し立てるタリア艦長殿に苦笑する。

「命令してください。『状況を打破し、無事帰還せよ』ってね」

さぁ、偽ラクスとしての初陣だ!!



「準備は!?」

命がけの追いかけっこを演じている最中である。
時たま走る振動に振り回されないよう、格納庫へ飛び出せばそこには随分とカッコ良くなった相棒を発見。

「平時なら絶対に出撃させないってレベルですがね!」

答えるの実に職人気質っぽいメカニックチーフさん。そりゃ~一時は踊ることだけを整備されていたMSである。
これだけの短時間で完璧に本来の役職を取り戻せるとは思えない。だが空いてる機体がこの子しかいないのだから仕方があるまい。

「前よりも動けばいいわ! 兵装の方はどうなの?」

床を蹴りつけ、コクピット部分まで飛ぶ。ハッチを開放しながら、渡されたマニュアルの内容を思い出す。
もっとも完璧に読破できるほどの時間が在った訳ではない。本当に重要そうなところだけを抜粋したテスト前の山かけ状態。

「お望み通りにスラッシュですが……正直な話、現場ではあまり評価が高くない武装ですよ」

スラッシュとはスラッシュ・ウィザードのことであり、只今旅の道連れ みんな大好きライブ仕様の飛んでもザクが背負っている兵装の名前だ。
ピンクちゃんの肩から二門突き出すビームガトリングが……死ぬほど似合わない!

「分かっているわ。万人受けはしないでしょうけど、私なら間違いなくコレよ」

ザク・ウォーリアはバックパックを換装することで様々な状況に対応するという革新的なシステム ウィザードシステムを搭載している。
先に発艦した宝塚クンことレイ・ザ・バレルが使っているのが高速機動特化型 ブレイズ。
アホ毛ことルナ・マリアちゃんのは砲撃特化型ガンナー。
そして私が選択したのは……

「さ~て! あとは逝くのみ!!」

コクピットに飛び込んで座席に着き、ベルトでロック。MSパイロット用のノーマルスーツがしっかりと馴染んだ。
手慣れた手順でコンソールを叩き、メインエンジンに火を入れる。低い唸り声と共に各種ディスプレイに光。
祈るように手を組み合わせ、長い深呼吸の後に手を伸ばすのは一対の操縦桿。マイクよりも手に馴染むソレを軽く握りしめて、叫んだ。


「スラッシュピンクちゃん! ラクス・クライン! 出撃るわ!!」


……と、派手に宣言したところでこの船 ミネルバは尻に食いつかれている真っ最中。
後方からアホみたいにMSとボギーワンの砲火が飛んできているのだから、カタパルトを使って華麗に出撃など出来る訳が無い。
先に出た白いザク・ファントムの背中を追って……駆け出す準備をする。

「後は……タイミング」

『何か問題でもありましたか? ラクス様』

「しっ!……静かに」

心配そうなメカニック君には悪いけど今は集中するところ。
唐突で申し訳ないが私は理論派ではない。操縦における基本的な部分はしっかりと押さえているが、高次元なレベルで理論的に効率のいい操縦を行えるほどではない。
本当に優れたパイロットにもなれば、反射で理論的な動きを実践できるらしいけど、私はそこまでたどり着けなかった。

というよりも……だ。『第六感や本能に頼り過ぎる』と教官にも上司にも注意されたくらい。
だけどソレで生き残り、エースと呼ばれるまでになってしまったのだから困ったものだ。

「錆びついてないと良いな~」

飛び出すタイミングなんて普通に対MS戦闘を行うならば何の意味もない。
防衛戦だという事を考えればすぐさま戦闘に参加する方が有利だというのが正論であろう。
だけど私は見計らう。襲撃者たちに対しての奇襲を最高のタイミングで行うために。
宝塚クンの腕前はかなりのモノであり、犠牲なしで足止めしようとするならば当然相手になるのはガンバレルMAだろう。
つまりこちらに来るモノ、私が撃破するべきモノはダークダガー。爆装を積んで、対艦戦の心構えで近づいてくる敵機

「時間は掛けられない」

容易い相手だからこそ、時間は掛けられない。瞬時に、可能な限り早く沈める。
そうなればこちらは一気に有利になるのだから。戦艦にMSの援護は必ず必要である。
この不文律により本来の艦載機から引き離されたミネルバは窮地に陥っているのだ。
だが逆にこちらが敵の爆装MSを撃破し、ボギーワンに接敵できればどうなるだろうか?


「ピンチの後にはチャンスがあるっ……てね」

奪ったセカンドシリーズはこちらのMS部隊を足止め中、ガンバレルMAはどこぞの仮面隊長を彷彿とさせる宝塚クンの相手。
あら不思議! ボギーワンにも支援してくれるMSが居ない状況になってしまうのである。
MSパイロットとしてのブランクを鑑みよう。ボギーワンがアークエンジェル級である事を鑑みよう。

だとしても……である。

「私がミーア・キャンベルである以上……必ず落とせる!!」


否、落とさなければならない。使命感と呼ぶにはあまりにも子供じみた興奮。
私は意識せずにMSの姿勢を最も適した態勢へと移行していく……やはり体で覚えた事は忘れないモノらしい。





いままで起こった事を単純に明記しよう。

『ラクス・クラインが乗るMSの整備をしていた』

何を言っているのか分からないと思うが、逝っている本人 ヨウラン・ケントも訳が分からない。
運命計画とか嫁脚本とかそんな小さなものではない。もっと邪悪な二次創作の片鱗を味わいまくりなのである。
ラクス・クラインがMSに乗る事が出来る時点で驚きであり、そのうえエース級である事は驚愕だ。
だがこの危機的状況に出撃させる事はもっと大きな衝撃である。彼女はプラントの歌姫なのだ。
誰もが混乱に落ちそうになった時、やっぱり事態を納めるのはおやっさんの一喝。
そして完成したピンク色のスラッシュ装備ザクを見上げていると現れたのは赤いパイロットスーツに身を包んだラクス様。
恐らくどんな衣装よりもレア度が高いだろう姿であったが、写真に納めるのは不可能……いや! もし無事にこの戦闘が終了したらお願いしてみよう。
それくらいの願掛けは宗教が無いコーディネーターにも許されるだろう。

「なにしてんだろうな……」

そして現在、出撃許可はとっくに出たモノの動かないピンクが眩しいザクを眺めている。
誰もが沈黙のまま見守っているが、多分誰もが同じことを考えていることは明白。
決して陸上競技に詳しい訳ではなかったが、感性の部分が的確にそう教えてくれた。
その場にいた全員が後世にまで語り継ぐだろう。



「MSでやっているとは思えなかった。完成された芸術品を思わせた」

「それはそれは見事な『クラウチングスタート』の態勢だった」と






「いまぁ!!」

ブリッジの怒声と敵MSの距離から私はその一瞬を『感じ取った』。
駆け出す。踏み出す。走り始めというMSの速度が生かせない時間を限りなく短くする。
本来はMSが駆けるよう作られていないカタパルトがイヤな振動。
被害が少ない事を祈りながら最後の一歩を蹴りあげ、ピンク色の機体が漆黒の空へと踊りだす。
完全な無重力に捉えられると同時にバーニアを全開。最善のタイミング故にもっとも的確な間合いに入っている『獲物』に向かって跳びかかる。


「でぇえいぃ!!」

腰から抜き放ったアタッチメントが正常に展開、一瞬で作られるのは斧。
投げて使用する事すら視野に入れたザクの標準型アックスでは無い。
両手持ちの腰重心を前提にして振り回す大型、バックパックのエネルギーを多く消費する大出力。名をファルクスG7ビームアックス。
計算外の敵機出現で慌てたダークダガーの動きは単調かつ単純かつ鈍重。
フワフワとした回避動作に遅すぎる牽制……捕った! 一閃!! 両断!!

「次ぃ!!」

左右に分かれたダガーの爆散を確認する間もなくバーニアを全開。混乱収まらぬ後続たちへと飛びかかる。
今度は横薙ぎ。比較的近接していた二体を一度に切り裂く。

「残りニ機ぃ!!」

さすがに此処まで来ればただ慌てふためくだけなんてクズはもう居ない。
セオリー通りの包囲の陣形。こちらのビームアックスを警戒して距離をとり、背負った二つの砲塔をフル活用しての制圧射撃。
無音の真空空間だが命を刈り取る暴力的な爆発を魂が感じる……堪らない!
宙間戦闘において陣形というのは三次元的に考えなければ成らないもの。
横軸・縦軸共に重ならぬような包囲。さすがはこんな無茶な任務に選ばれるパイロット。
反応も悪くは無い。ただスラッシュ・ウィザードとミーア・キャンベルに対する認識が甘すぎた事だけが悔やまれる。

「そんなモノォ!!」

平行と安定を求めるべき操縦桿をワザと暴れさせ、機体を素人のように振り回す。
と同時にファルクスアックス以外、もう一つのスラッシュ・ウィザード専用武装をスイッチ。
肩に背負ったガトリング砲 ハイドラガトリングビーム砲 遠い昔に考案された『連続して弾丸を吐き出す目的』を体現する銃器が火を吹く。

否、火を吐き続ける。

一秒間で何回だかわからないがただただビームの弾丸を吐き出しつ続ける。
テキトウに暴れまわる機体 目的をセンターに入れてスイッチ……なんてことはしない。必要無い。
暴れ馬が導き出すランダムな機体姿勢により、360度を射線に納める。ヒット…ヒット……ヒット!

「ザンネェン!!」

昂りが止まらない。眼前を通り抜けた敵の砲弾。回避なんてしていない。
狙ってできる状態ではないのだから。ただ運が良かっただけの事。しかし当たっていないのだから問題ない。
代わりにこちらの『戦争は数だよ!』とでも言いたげなビームの砲弾は僅かに、だが確かにニ機のダガーを捉える。

「これでぇ!!」

元よりも撃破を目的としない牽制用。多くを当てねば致命傷とは成りえない。
だが敵の姿勢を崩すのには十分。回避も迎撃も出来ないほどに崩すことが目的。
キッチリとニ撃でニ機を撃破。間にたまたま飛び込んできたデブリの破片が視界を塞ぐ。

「じゃまぁ!!」

だが振り下ろされる一撃は止まらない、止めない。
渡されたスペック オーバースペック。確かに接近戦はMSの大きな特徴だが、これは余りにもやり過ぎだ。

『戦艦の装甲片らしきデブリを両断する』
『しかも後ろに隠れたMSごと真っ二つ』 

牽制程度の威力しかない固有射撃兵装と両手をつぶさないと扱えない接近兵装。
使い方が分かり易く、新兵 それこそ射撃が苦手なアホ毛のルーキーでも扱えるガンナー。
もしくは高機動というMS最大の利点を追及 汎用性の高いファイヤービーミサイルが撃てるブレイズ。
それらに比べて……ネタが尽きたのか? よっぽどのエース、そしてモノ好きでなければ使わないだろうスラッシュ。

不器用なまでの一点特化。まるで歌姫をやりながらも戦いに昂る愚かな私。
アカデミー時代から近接戦闘を得意としてきた私に相応しい装備。

「私は気にいったわ……スラッシュ・ピンクちゃん……いや! ピンクちゃん・ザ・スラッシュ?」

ネーミングセンスはアカデミーで鍛えて貰っていないのだから仕方が無い。


「次はボギーワンを!!」

新たなデブリの誕生を観戦する暇などあるはずもない。自分で作り出した気まずい空気に構っている暇もない。
すぐさま敵艦の撃退へと向かおうとした瞬間。それは来た。尻につかれて動くに動けなかったミネルバが見事な横っ滑り。

「わぉ!」

スラスター全開に加えて恐らく砲撃までしたのだろう。一瞬でデブリから離れ、その射線がボギーワンを捉える。
せり上がる艦首の巨砲 シルエットシステムと双璧をなす最新鋭艦最大の特徴 凶威力を誇る陽電子砲。
放たれた破壊の濁流がボギーワンを……霞める。おしい! だけどこれで……一時の決着を。




あとがき?
MSの戦闘シーン難しい……ちょっと煮詰まってる。
そして久しぶりにオリジナル書きたいな~



[7970] 偽ラクス様、迎える
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:68905a4d
Date: 2010/09/09 19:12
着艦を伝える衝撃。歩を進めて所定の位置に収まる振動。
吐き出す吐息が熱くてヘルメットが曇り、五月蠅い鼓動が反響。

「最っ高ぅ♪」

変態だと思う。自分でも正常ではないと確信できる。
なぜにしてあれだけ目指して、諦めて、なのにたどり着けた職業 アイドルをする事よりもこんな事に高なるのだろう?
私 ミーア・キャ…『ラクス様? どうかなさりましたか?』…あぁ、ラクス・クラインはいまMSのコクピットに居る。
本来ならば決して乗ることが無いだろう、最大に似合わない場所。当然のごとく戦闘し、敵を殺して……帰還した。
昔やって居たとおり、何も不思議な事は無い。所詮ミーアという女はそんな風にしか自分を表現できなかったのだから。
どこにでも居るエースパイロット、どこにでも居る公共的な大量殺人者。だけどいまは違う。
平和の歌姫 ラクス・クラインなのだ。いかに仕方が無い状況下とはいえ、プラントの精神的主柱ともいえる人間がMS戦闘に参加。
しかも鬼神的にキャッホー♪(語弊あり)とピンクちゃん無双までしてしまった。
もちろん生きている事が最も優先されるのは明白だが、それと同様に「ラクス・クラインらしく」というのが与えられた任務な訳で……

「やっばい♪」

戦闘中とは違った意味で危機的な状況だわ、私ったら。とりあえず知恵を絞ろう。
何時までも狭い鋼の艦の毛で悦に入っている訳にはいかない。ここから出なければ……コッソリと。

「無理だ」

ピンクちゃんの愛らしい一つ目はこちらに視線を送りまくる整備班の皆さんを捉えている。
既に注目は必至。ならばいまこそラクスらしく出ていかなければ、そして今までの失態を返上する演技をしなければならない。

「でも……」

どんな顔をすれば良い?
どんな反応をすれば良い?
どんな事を言えば良い?
ラクスはこんな時、どんな顔をするのだろうか?
ラクスはこんな時、どんな反応をするのだろうか?
ラクスはこんな時、どんな事を言うのだろうか?

「あれ……なんか腹が立ってきた」

どうして大嫌いな本物 ラクス・クラインの事をこんなに真剣に考えなければ成らないのだ?
それが偽物の仕事だと言われればその通りなのだが、理論を通り越して感情を飛び越え、本能にまで刷り込まれたソレが不満の声をあげる。

「なんかもうテキトウで良いんじゃないのかな?」

思考を放り投げる。息を吐いてハッチのオープンを選択、実行。
ヘルメットをとりながら顔を出し、眼下を見渡せばそこに居る全ての者たちから贈られる視線=期待。

「ヤベ……」

コーディネーターの病的なラクス信仰を少し甘く見ていたかもしれない。
だがもう遅い。さすがにコクピットに出戻る訳には行かないのは確実……なんか言わなきゃ……


「うぅ……だぁああ!!」


口から出たのはそんな言葉。何故か握り拳を天高く突き出し、全力で叫んでみた。
こうすれば『場の雰囲気が盛り上がる』と遠い人間の本能が叫んでいる。ついでに長身で顎が出たパンツ一丁の男性も幻視した。

「「「「……」」」」

沈黙が下りる。ちょっと考えれば別に意外な結果でも何でもない。
当然の結果といえるだろう。どうして突然この人は何を叫んでいるのだ?という感想と生温かい視線を送られるのが普通だ。
だがこの体=名前は普通の人ではない。私に名前はラクス・クライン(偽)。

つまり導き出される結末は……


「「「「「だぁああ!!」」」」」


大歓声である。
『わ~い、誤魔化せたぁ~』
恐ろしいラクス信仰の片鱗を味わっている昨今。










控室でのクールダウン。飾り気ないベンチに腰掛けて、軽重力下専用のボトルで口にするのは効率的なミネラル・水分摂取を目的とした飲み物 スポーツドリンク。
パイロットスーツの上だけをはだけさせ、簡素なインナーの下から熱が奪われるに任せる。
あの戦いの興奮の後で、あの凄まじいデザインの衣装を着るのが大変に苦痛です。

「あ……他の服に変えても良いんじゃん」

別にライブが在る訳でも無いのだ。アイドルとて、何時でもあんな服を着ている訳ではないだろう。
どうやら必死にアイドルっぽい事をしようとする意識はちゃんとあるようだ。ソレとは正反対な事ばかりしている気もするが……


「おつかれさま」


自動ドアが開く軽い音、入ってきたのは今の私と同じくらいパイロットスーツが似合わない金の長髪 レイ・ザ・バレル君。

「ラクス様……ご無事で何よりです」

「ん~まぁ長いブランクも何とかなるものね」

「あれだけの数のダークダガーを単機で全滅とは凄まじい戦果です。
 それに比べて自分はMA一機を撃墜できませんでした……」

宝塚クンが持ったボトルがミシリと音を立てる。表情こそ僅かに眉を上げるだけだったが、そうとう無念に思っているらしい。

「貴方の相手をしてくれたMAの方が厄介だったわ。遠目で見ただけでも鳥肌が立つ。
変幻自在のガンバレル、こちらの行動を完璧に理解しているような先読み機動。
まるでエンディミオンの鷹のよう」

思い出すだけで鳥肌が立つ。月のエンディミオンクレーター攻略作戦のこと。
前作戦の余りにも容易い結果に隊の誰もが何処か油断していた。
『ナチュラルではコーディネーターには勝てない』と
それを一瞬で撃ち崩してくれたのがあのMA、あのパイロット。
次々と撃墜される仲間、見た事が無い攻撃に防御と回避で手一杯になる私。そして聞こえたのは『あの』皮肉屋のこんなセリフ。


『不幸な宿縁だな? ムウ・ラ・フラガ!!』


その名前があのエンディミオンの鷹の名前である事を知ったのは、地球連邦が小さな勝利を大きく報じるまでかかった。
でもどうして『あの人』はその名前がポンと出て来たのだろうか?

「!?」

レイ君の顔が驚きに歪んだ。似た雰囲気というか戦い方というか、とにかく共通点を感じたけど親戚か何かだったのだろうか?
戦後はまるで申し合わせたかのように『居なかったこと』にされてしまったが、あの人は私が実物を見て知っている最強のパイロットだ。

『君は良い目をしている。何かを徹底的に憎んでいる負け犬の目だ』

たまたま遭遇した時にいきなりそんな事を言われたのだから、忘れるに忘れられない。
褒められたのか貶されたのか未だに定かではないし、仮面で覆われている表情からは私なんかよりも大きなモノを憎む憎悪の色。

「アレと戦える貴方は間違いなく私が知っている最強のパイロットと同じ資質が在るわ。
 だから自信を持って? すぐに私なんて貴方は追い越せる。いつかはあの人だって……」

自分の口から洩れる言葉が余りにもらしくなくて、思わずブッ!と噴き出す。
そして噴き出すラクスなんてあまりにも想像図と懸け離れたモノを見て、宝塚クンがやる気を失われると……なんてのは余計な心配だった。
既に私に背を向けて歩き去る背中からかかる声。

「次は落とします」

「よろしい!」






「おつかれさま」

「!」

「ラクス様!?」

戦闘を行っていた場所の関係上、私・レイ君・シン+ルナちゃんの順番で帰還する事は明白。
次に現れたのは男女の二人。真っ赤な瞳と黒髪という印象的な少年 シン・アスカと印象的過ぎるアホ毛が眩しい少女 ルナマリア・ホーク。

「オレ、約束を守れませんでした」

「ん?」

週刊誌のトップを飾りそうなラクスの凄まじいスキャンダルショットを前にして、ようやく膠着から覚めたらしく、発せられる言葉。
そこには色濃い屈辱。

「今度こそ……倒して戻るって……」

「うん」

「それに……ショーンやゲイルも……」

途切れてしまったのは失った戦友の名前。下を向いて震わせる肩。
もしかしたら泣いていたりするのだろうか!?どうしよう! 
お姉さんハートがドキドキしっぱなしだ!! もしかしてフラグか!? 
年下が好みだが何か問題でも?

「大丈夫……艦は無事だった」

「でも!」

もし不利な状況下からの奇襲で一気に先遣隊のMSが全滅していたら、ミネルバに襲いかかる敵には最新鋭のセカンドシリーズが三機も加わっていた。
さすがの私も前期を捌き切る自信は無い。

「貴方は帰ってきてくれた。いまはそれで良いの」

「でもぉ……」

限界だった。扇情とは違う胸の高なり。震える手をぎゅっと握って立ち上がり、耳元で告げる。
しっかりとゆっくりと……刻みつけるように。

「私は今を褒めるだけの詰まらないアイドルじゃないの、よく聞いてね?」

覗き込むように必死に涙を零すまいと震える深紅の聖杯をしっかりと見据えて続ける。

「だから『次も』帰ってきなさい。『次も』守りなさい。
 その次も……次の次も……守って、守って、守って……
 でも帰ってこない事は許されない。帰り続けなさい……そして『次こそ』……倒しなさい」

「はい」

淡々としているようで燃えたぎる情熱を孕ませた良い返事。
戦うという事は『何かを続ける』ということ。投げ出してはイケない。
投げ出した結末が私=偽モノのラクス・クラインなのだから。
プラントのアイドル ラクス・クラインに『歌』で負け、プラント救世主 ラクス・クラインに『戦い』で負け……投げ出しっぱなしの人生。
オーブ生まれの赤い瞳のロンリーウルフにはこんな風に成って欲しくない。

「続けるの……苦しくても。投げ出さなければ……」


『私のようには成らない』


そんな言葉を飲み込んだ。胸が痛いほどに詰まった。
きっとこれがミーア・キャンベルの最後の戦いになる……そう思っていた時期が私にもありました。





あとがき?
久し振りスグる……そしてルナの存在を忘れていた……
あとクルーゼ隊長は大好きです。



[7970] 偽ラクス様、誘う
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/10/30 23:20
「動いてる!?」

そんな声を聞いたのはお迎えの船が到着して、議長と共にプラントへと戻る僅か数分前の事だった。

「ユニウスセブンが!?」

舞台用の際どい衣装からようやく着替えることを許されるが、胸のサイズという壁に拒まれて頭を抱えたりして居た時。
結局は男物のシャツでも着てブラなしで頑張るという、ひどく卑猥な選択をせざるえないか?と考えて居た時。

「ゆっくりとですが、確実に!」

駆けこんできたその人物も的確に事態を把握しているとは言い難い混乱の極み。
だが次の一言はその場に居た誰もが事の重大さを簡単に認識することが出来た。


「……地球に向かって……」


プラントの食糧生産を担う大切な一翼として作られたが、あの悲劇によって巨大な墓標となっている場所。
その大きさたるやたとえ『核』が炸裂して、破損しているとはいえ数字で語るのも難しいほど。

それが堕ちる? 地球に向かって?



「砕くしかない……か。阻止限界点までに到着可能な艦は?」

まるで普通の公務の一つであるとでも言いたげな平坦な声。
私にあんな格好をさせたり、前の仕事が遺伝子学者出会ったりする不思議な人だが、いざという時はプラントの全てを背負う人らしい。

「はっはい! ミネルバとジュール隊の艦のみです。幸いな事にあちらにはメテオブレイカーが搭載されているようで」

冷静な議長の言葉に息を吹き返した説明。プラントへ衝突する危険がある隕石を砕くための機械の存在。
それにより僅かに場の空気が安らいだのが容易く理解できた。だが同時に影を濃くする一種の罪悪感。

『アレ』を砕くのか?と


「そうか……とはいえ、不測の事態が考えられる。人手は多い方が良いだろうね、艦長?」

「わかっています。ミネルバはコースを変更、ユニウスセブン破砕作業の援護を行います」

傍らに控えていたミネルバ艦長 タリア・グラディスは僅かにだが悔しそうな色をに滲ませて、即答する。
ユニウスセブンへ向かうという事はボギーワンの追跡を諦めるという事に他ならないからだ。
追撃戦における敗北の定義を『敵の逃走成功』とするならば、ミネルバの……艦長タリアの初戦は敗北という結果に確定してしまう。

「確かにあの三機を失うのは痛手だが、地球の危機に黙っている訳にも行くまい。すまないね? タリア」

まるでカメラ映りまで考えたような議長の微笑に小さく頷くと敬礼を一つ、タリア艦長は背を向ける。
もちろん議長もその後ろに続く。二人して向かう先はブリッジ。ミネルバとプラントの最高責任者であるお二人だ。
ブリッジにて指揮、もしくはドッシリと座って居なければ成らない。

「議長!」

私は思わず叫ぶ。政治家としてではなく、一研究者のような観察する視線。


「新生ラクス・クラインの初陣は平凡なステージがお好みかしら? それとも……」

小さく歪む議長の唇の端。笑み。想定以上の実験結果を眼前にしている科学者のビジョン。



「それとも堕ち逝く墓標の上で……鎮魂の歌にいたします?」










「地球めつぼー?」

何気なく放たれたヨウランの言葉に、シン・アスカは自分の心臓がイヤな鼓動を刻んだのが分かった。
『ユニウスセブン落下の危機』
『地球滅亡』
そんな単語がどこか夢物語 もしくは他人事のような音をもって響いている。
慌てて声を上げようとして思い止まった。本当に他の連中には他人事なのだ、と。
レイもルナもヨウランもプラント生まれのプラント育ち。地球ってのは余りにも大きなお隣さん家くらいにしか捉えられないのだろう。

「でもまあ不可抗力だし……」

そこから続くヨウランの軽口。痛い沈黙を何とかしたいというムードメイカーたる一心が暴走。

「……そっちの方が色々楽なんじゃないか? オレ達プラントにとっては」

それは言い過ぎだ!と叫ぼうかとの葛藤に撃たれたのは先手。
憎々しいにもほどが在るあの声。正義を語り、自国民を根絶やしにする事に疑問をもたない一族の声。

「よく、そんな事が言えるな! おまえたたちは!!」

ヨウランはその声を聞いて飛びあがり、誰もがどんな上官に聞かれたよりも気まずそうに姿勢を正した。
カガリ・ユラ・アスハ。どうしてかこの船に乗っているオーブの子獅子。

「これがどんな状況で! どんな被害になるのか分かっているのか!?」

「すっすみません」

煮え切れない曖昧な返答を返すしかないヨウランだったが、それが余計にアスハの気に障ったらしい。
もしこれが上官にでも叱責されたなら、キッチリとした返答が出来たのだろうが、同じ艦に乗っているどころか……
『他愛ない軽口に全力で突っかかってくる国の代表』
……なんて誰も想定していないだろう。


「やはりそういう考えなのか!? お前たちザフトは!!」

しかしオレも空気とか読めるほど器用な人間じゃないけど、こいつは次元が違う。自分の周りがそのザフトしか居ないって気がつかないもんかね?
正論だろうがなんだろうが、周りの空気がそうじゃなければ、間違い以外に何物でもない。
冷めて逝く空気と同時にこんな奴が自分の故郷を総べていることが、そしてオレが選んだザフトを貶している事が猛烈に腹立ってきた。

「別にヨウランも本気でいってた訳じゃ……「出撃前の軽口は古今東西、どこの軍でもよくある事ですわ♪」……っ!?」

オレの文句を掻き消すのは美声。
温度差でどうにか成りそうだった室内に吹き込む一陣の風。

「ねぇ、そうでしょ? アスラン」

涼やかであり、どこか熱をもった力強くも綺麗な声。オレが目指す目標の発する音。
同意を得るように何時止めようかと困っていたアスランの肩を抱くように一声。

「えっと……うん、まぁ……その……」

「こらアスラン、お前!!」

一年前にテレビで見た時よりも、明らかに大きくなった気がしてならない胸を押し付けられて、アスランは困ったように同意の声。
その同意の声に怒りのベクトルが間違いなく変換されたのだろうアスハの怒声。

「お! パイロット諸君はそろってるみたいね? ちょうど良いわ」

まるで必要な演技だったとでも言いたそうなサバサバした動きでアスランから離れる。
その人物は長椅子の一角 オレ達の輪の中に自然と座った。初めて見た時のようなアイドル衣装でも、パイロットスーツでも無い。
下には艦長あたりから借りたのだろう飾り気のない藍色のロングスカート。
上には胸が大きく自己主張する恐らく男物の白いワイシャツ。袖は通さずに羽織るザフトレッドの軍服が何故だか猛烈に似合っていた。

「ちょうど良い……というのは?」

誰よりも早く状況を理解しようと動いたレイの問いに、手に持っていた情報端末を叩く手を止めて彼女 ラクス・クラインはこう答えた。


「ユニウスセブン破砕作業支援のパイロットミーティングをします」

「え?」

「もちろん私も含めてね」

「は?」





そこから数分間、難しい会話が行われた訳ではない。
部外者であるアスハたちやメカニックであるヨウランたちも交えての簡単な打ち合わせ。
ユニウスセブンの現在の構造とか、ジュール隊の装備とか、メテオブレイカー使用法再確認などだ。

「さてと……こんなものかな? 何か質問は?」

「はい!」

元気よく手を上げたのはルナマリアだった。口から出たのは誰もがしたくて出来なかった根本的な質問。

「ラクス様も出撃されるんですか!?」

「うん。今回は前とは違った意味で非常事態だからね。
ザフトでもあれだけ大きな構造物をリミット付きで砕くオペレーションは初めてだもの。
不測の事態を考えれば人手は多い方がいいでしょ? それに……」

一旦切って遠いモノを見るような悲しい視線。その場に居た誰もがドキリとさせられる表情。

「もうユニウスセブンで鎮魂歌は歌えないから」

そこで誰もがアレを砕く意味を思い出す。
それは数え切れない犠牲者たちの安息を再び砕くということ。
プラントに住むコーディネーターには馴染みが浅い地球という存在のために、あの巨大な墓標を壊すという戸惑い。
そんな空気を察したのか? ラクスは手元の端末を操作。室内の明かりが弱くなり、壁に掛かるのは映像投影用の白幕。

「これが地球って惑星ね? 太陽系第三惑星の」

映し出されたのは青と緑と茶がコントラストをなす球体 誰がどう見ても地球だ。
だからなんなのだろうか? 誰もが首を傾げる中、ラクスは続ける。

「青い部分は水、しかも塩水。深さもバカみたいにあるから、凄い体積になるわ。
 随分前から人間が無計画に汚染物質を垂れ流しても、なんとかなってしまう懐の広さ。プラントじゃ考えられないわね?
 緑の部分が森林。凄い勢いで伐採してても、地球の酸素は無くならないんだって。不思議~♪
 ヨウラン君? これを見てどう思う?」

「えっと……綺麗……ですかね?」

急に話を振られてヨウランは思わず本音を零す。プラント生まれのプラント育ちだろうと、その雄大さには心に響く何かが在るらしい。

「私もそう思うわ。きっとこんな衛星軌道上からの映像じゃなくて、実物はもっと素敵よ。
 海はもっと青だろうし、森はもっと鬱蒼としているでしょう。砂漠は暑くて、氷河は冷たいはず。
 プラントじゃあ体験できない色んなモノ、色んな綺麗が只今大絶賛ピンチなの」

「「「「……」」」」

「あ~と話しは変わるんだけど、サブカルチャーでさ? 地球の危機に宇宙人が助けに来てくれる話が在るでしょ?」

本当に突然話が変わった。オーブに居た時は結構再放送を見てたな……トクサツだっけ?
ウ・ル・トラマ・ンとかナントカジャーとか?
プラントの常識は良く分からないけど、ヨウランとかが頷いているところをみると、そう言ったモノは伝わっているらしい。
だからなんなのだろうか?

「プラント生まれのプラント育ち。
天井と端っこがある世界しか知らない第二世代コーディネーターがどうして子憎たらしいナチュラルが住むお隣さん家を守るのか?
 もし理由が必要ならこんなのはどうかしら?」

次に口にするのは余りにも夢染みた戯言。でも男の子なら、いや子供時代がある生き物ならばときめかずには居られない。

「私たちは宇宙から来たヒーロー。他の星 故郷じゃなかろうと守らずには居られない。
 だってこんなに綺麗なのよ? 他人様のモノでもぐちゃぐちゃになるのは余りにも忍びないと思わない?」

部屋のどこからともなく小さく上がる同意の声。
続いて作戦発動の時間を告げる通信音。それを聴いてラクスは厳かに立ち上がり、手を差し出した。
誰ともなく差し出された手の意味 『誘う』こと。


「さぁ、ご一緒に地球を救いに行きましょう」


誰ともなく立ち上がると、誰ともなくこう返した。
子供じみた考えだが引きつけられ、軍隊じみた行動でそれを返す。
動きだけではなく、心が合わさったザフト式敬礼。


「「「「「了解!」」」」」の多重和音。









おまたせして、すいません!



[7970] 偽ラクス様、祈る
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:1c433ab0
Date: 2010/11/17 09:15
『寂寥感』

いまいち馴染みが無い言葉だが、『物悲しさ』という単語が一番ピッタリくるだろうか?
いや、眼前に広がる光景にはそんな単語では全くもって足りない。
人間が人間たる本質的な部分でゴッソリと何かが抜け落ちたような喪失感。
完全密閉されたコクピットに居ながら感じられてしまう心を抜ける隙間風。

「なんでだろ……寒い」

赤いザク・ウォーリアの中でルナマリア・ホークは自分の肩を摩るように抱いた。


広がる光景は広大である。これは眼前にある光景が自分たちが生きて来た宇宙の大地 プラントであることを再認識させる。
それが廃墟たる姿を晒して迫ってくる。本当は自分たちが近づいているのだが、そんな事を忘れさせられる圧迫感。

「でかいな……資料以上に感じる」

白いザク・ファントムの中でレイ・ザ・バレルは珍しく情報と現実の誤差に戸惑っていた。


『怖い』なんて感情は軍人 MSパイロットなんてやっていればどうにでもなってしまうものだ。
だがこれを前にして感じる感情はその怖いとはまた別のモノであると明言できる。
たとえばMSで戦闘をするとか戦争で人が死ぬとかそういった恐怖ではないのだ。
もっとも的確にいえば『人間が暗闇に対して覚えるモノ』。怪談とか言われる非科学的なモノ。

「迷子になった夜の森……かな?」

トリコロールカラーにV字アンテナ、ツインカメラアイのインパルスに乗ったシン・アスカは呟いた。


痛い。
寂しさも、大きさも、恐怖も……極限点を超えるとそんな言葉で表わされるモノらしい。
お互いを滅ぼすことしか考えられなかったあのヤキンドゥーエ攻防戦でさえ、こんな感覚を覚えなかったのに。
ズキズキと痛みをもつのは人間の根源たる部分 獣との違い 原始人が死人を洞窟に埋葬したあの時から……

「死を思う……か」

余りにも場違いなピンク色のザク・ウォーリアのコクピットで、ラクス・クライン(のコスプレ少女 ミーア・キャンベル)は呟いた。



『ユニウスセブン』

それが余人が四人とも強烈な『負』の感情を抱いた物体の名前だ。
本来ならばプラントの食物自給率改善を目的に作られた大規模な農業コロニーだったのだが……

『血のバレンタインデー』

と呼ばれる惨劇。正確にいえ地球連邦軍過激派による一発の核ミサイルが全てを変えた。
元より農業用の薄い透光性外壁に覆われたガラスの箱庭。地球では愚かな人類でさえ、撃つ事を躊躇われる悪魔の威力にあらがえるはずもなく全壊。
灼熱が全てを飲み込み、衝撃が全てを叩き割り……コレが残った。巨大な墓標、広大な共同墓地。

「各機、指定ポイントへ。ジュール隊もすぐに作業を始めるわ。周囲の警戒を怠りなく」

いつの間にかMS部隊の隊長的ポジションを、自分だけ気付かずにGETしたミーアは告げる。
了解の声が返ってくる前に思い出したように続けた。

「それと……」

まだ何かあるのか?と目指すべき女神の声に耳を傾けたシンだったが、続く言葉の意味はすぐに理解できなかった。

「掌を合わせなくても良い」

「?」

「頭を垂れなくても、目を瞑らなくてもかまいません」

「……っ! そういう事か」

「送るべき言葉も見つからないし、供える花も手元には無いけれど」

ここまで来れば誰もが理解した。平和の歌姫ならばここでやるべき事があったのだ。

「此処で起こった悲劇に、ここに眠る全ての人のために。ただ……」

歌うように晴れやかに、叫びのように轟々と、嘆きのようにしめやかに、偽ラクスはその言葉を告げた。


「祈りなさい」





私 ミーア…ラクス・クラインは耳に意識を集中させていた。聞こえるのは作業の進捗状況を告げるジュール隊のオープン通信。
普通の戦場ではそんなことはあり得ない。通信よりもモニターが優先されるのは明白である。
ではなぜそんな事をしているのかといえば、至極簡単。辺りの映像を見たくないから。

「目が合っちゃった……」

つい一分も経つ前には当然のように辺りを警戒するべく、ピンクちゃんの愛らしいモノアイが捉える映像に目を光らせていた。
そしてある一点が気になってしまった。仕方が無いじゃないか……気になれば確認せずには居られない。
何かが光ったのだ。太陽光を浴びる透過膜が散乱するこの場所ならば、珍しくもないが一応確認するのが軍人のサガ。
モノアイのピントを絞る ズームアップ。

そしてみた。

反射の正体は手鏡。ピンク色の安い作り 恐らく女児向けの玩具。

そして見てしまった。

手鏡の持ち主。大質量の重力に引かれながらも、フワフワと漂う様はまるで本物の幽霊。
人間の原形を留めているがミイラ状。眼球はとうに抜け落ち、空っぽの眼窩と……


『目が遭ってしまった』



「自分が死ぬのよりも他人の死を見つめる方が怖いモノなのね」

軍人として生きた時間の中ですら、こんなにも怖いと思った事は無い。
最後の激戦であったヤキンドゥーエ攻防戦ですら、極限状態における興奮でそんな事を考えていなかった。
元より私はそういう意味では戦いたくて、そのために死ぬ事すら喜んでいた変人だった訳だが、此処にはそんなモノはない。
興奮も極限もない。ただ見本がある。サンプルがある。死とはこういうモノだと無数の死者が、巨大な墓場が語っている。
全てが頭に注ぎ込まれる嫌悪感。たぶん私みたいに直感すら交えて戦うパイロットの悩みだろう。

「でもこれを見てしまうと武力の価値が上がってしまうわ」

これを見て平和を思うのが私の本来の仕事なのだろうが、残念ながらパイロットしてのミーア・キャンベルは違う事を考えていた。
たった一発の核ミサイルでユニウスセブンはこうなり、多くの命が奪われた。
これはイコールで私たちがいま住んでいる全てのコロニーに言えることなのだ。

「あの青い星の何と美しく、聖母のように寛容な事か」

何となく詩人的な言葉。少し見上げれば徐々に迫りつつあるだろう地球が見える。
この青い星は核はもちろん、水素爆弾の爆発すら笑顔で許してしまう。
偶然が生み出した青い星は美しく強くて、人間が必死に宇宙に浮かべたガラスの箱には醜く脆い。

「それでも守りたいから武器は捨てられないのさ~」

プラントが保有しなければならない武力は必然として、人口比から導き出す適正量とは異なってくる。
人の数と守るべき密度が比例しないのだから。それゆえに連合とは折り合いがつかないのだが……


「アンノウンです!」


モノ思いの時間は終了。


「非武装の工作隊では対処できません!」


軍人として……


「メテオブレイカーが破壊されています!!」


あの憎たらしいほど寛容な青い聖母を守るため……
此処に居る全ての魂のために……祈り、戦おう。




なんで戦闘のシーン前でこんなに書いているのかわかりません!
そして内容もありません!!



[7970] 偽ラクス様、伝える
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:02178e30
Date: 2011/01/27 08:29
大変に長らくお待たせいたしました!!








「なんだこいつらは!?」

ジュール隊隊長であり、全くの偶然なれど地球の運命を左右する指揮をすることになったイザーク・ジュールは叫んだ。
突然現れたアンノウンによって撃破されていく自分の部下たちとメテオブレイカー。

「ゲイツのライフルを射出しろ! 工作隊では反撃できんぞ!」

自分と同じく状況を的確に理解しているとは言い難いオペレーターに激を飛ばす。
何時もの軽口と一緒にさっさとブリッジを飛び出して格納庫へと駆けているだろう旧友だけが唯一の救い。
だがそれだけでも安心はできない。この任務はいままでのどんな任務よりも責任重大と言っても良いだろうから。

「ミネルバの連中は!? 援護はどうした!!」

「新型のインパルスにザクが三機、奮戦していますが数が違いすぎます!」

MSが行う防衛というのは塹壕にでもこもらない限り、基本的に守る側が圧倒的に不利である。
しかもメテオブレイカーとメテオブレイカーを起動するために丸腰のゲイツを守らなければならないのだから。

「オレも出るぞ! ザク・ファントムの準備を!!」

故に指揮官としては全く三流と言わざる得ないそんな指示を出してしまっていた。
本来ザフトの指揮官がMSで出撃する悪習は慢性的な人手不足と個人主義が目立った初期段階で作られた物。
故にいまのザフトでは滅多にありえない事態なのだが、こうなってしまっては仕方が無い。
駆けだす瞬間、視界の端に移りこむのはアンノウンと工作隊を守りながら、不利な戦いを強いられるミネルバ隊MSの姿。
威嚇の威力はあるが必殺の命中に欠ける赤いガンナーザク・ウォーリア。
的確な動きで撃破し、味方を守るのは見た事が在る動きをする白いザク・ファントム。
荒削りながらも機体性能も加わって中々の動きを見せる最新鋭のGシリーズ。
そして……

「なっ!?」

ソレをちらりと視界に入れた瞬間、思わず足を止めてしまっていた。
画面に映ったのは漏れる驚きの声。別に珍しい機体が居た訳ではない。
そこに居たのはザク・ウォーリアであり、強いて珍しい点を上げるとすればあまり一般受けは良くないスラッシュ・ウィザードと言うくらい。

「なっ……なんだ、あの色は!!」

問題は色。ここの戦果を重視し、エース級ともなればオリジナルのカラーリングとて、ザフトでは珍しくもない。
だがそれは余りにも戦場と言う場所において異彩を放ち過ぎていた。その……なんだ……


「凄く、ピンクだ」








その凄くピンクな物体 マゼンタピンクとかそういった系統の色を配したMS ザク・ウォーリア 通称ピンクちゃんンは勇戦していた。
そんな色の物体が勇猛果敢に戦う様は実にファンタジックかつエキサイティング。

「どりゃぁあ!!」

これまた外見にそぐわない裂帛の声がコクピット内に響き渡り、ソレに答える形で振り下ろされる巨大なビームアックス。
戦艦すら両断する一撃は敵機をニ機まとめて輪切りにする。
しかしピンクちゃんのパイロット ラクス・クライン(っぽいなにか ミーア・キャンベル)の顔には焦りの色。

「ちぃっ!」

アイドルとしてはあるまじき盛大な舌打ちを一つ。
自分一人で戦うのと、何かを守りながらというのは大きな差がある。死ぬことすら考えるギリギリを駆ける私にとっては大きな足枷。
つまり敵は鈍重で大きな的を狙えるという事だ。しかも……


「こいつら! 強い!!」

私 ミーア・キャンベルは何の躊躇いもなくそう認識していた。
機体の性能や生まれから持ち合わせる自分の性能に頼らない強さ。
正当な訓練を積み、かなりの実戦を経験してきた故に生じる本物の強さ。

「ただの海賊やテロリストじゃない」

そして敵機の機種。普通に考えれば正規軍でもない有象無象が運用できる機体など限られてくる。
こういった場面で出会う可能性が高いのはジン 前大戦の中でもっともはやく量産され、それゆえに多く鹵獲されている機体。
次にやはりストライクダガー。地球連合という莫大な生産力で一気に量産され、ナチュラルでも扱えるOSも搭載されている。

だが目の前に居る敵はそのどちらでも無かった。


「なによ、ジン・ハイマニューバⅡ型って!」

余りにもマニアック! ゲイツがザフト主力機という看板をジンから奪う過程に生まれたマイナーチェンジ機体。
ハイマニューバの名の通り機動性が向上されており、その装備も対MS戦闘を念頭に置いた物。
しかしそれだけならばこの状態は異常足りえない。これだけならば『レアな機体を偶然手に入れた腕利きのテロリスト』という判断。


「全機体がお揃いなんて不正規軍じゃありえないわ」

そう、一機出て来ただけでも驚きのハイマニューバⅡ型が勢ぞろい。
ジンやストライクダガーだってこれだけの数で揃えるのは難しいというのに。
武装だってそうだ。機体以上に同じ種類をそろえるのが難しいのが武装。
だというのに完全に資料で見たこの機体の標準装備 回転斬機刀とビームガンを取りそろえている。
つまり武装も機体もパイロットも一緒くたに集まったのだ……こいつ等は


「元ザフト……かぁ!」

ハイマニューバⅡ型の主な支給先を考えれば、ザフトの中でもどんな部隊なのかは検討が付く。
出力を絞り見かけ上の威力よりも貫通力を重視したビームガン。
派手な威力よりも確実に、そして静かに敵機に撃破する事を目的とした回転斬機刀。
空の闇に溶け込むようなほの暗いボディーカラーと相まって、MSを用いた特殊工作にしようされていたはず。
恐らく生まれ持った性能だけに頼る第二世代コーディネーターの即席軍人ではない。
第一世代としてプラント以外の場所で生まれ、激動の時代を生き抜いてきた本物の軍人。
工作任務をこなしてきたのならば、フレアモーターなりを使えばユニウスセブンすら動かせるだろう。
つまり彼らが動かしたのだ、この墓標を。落とすつもりなの、地球に向かって。
行きつく結論は最悪のモノだ。

「最悪!」

ピンクちゃんが背負ったビームガトリングを乱射。
弾幕と呼ぶにふさわしいビームの暴風。ジンにおまけ程度の装甲を付加したハイマニューバⅡ型では受けるなど論外。
距離をとってくれれば良い。必要なのは後ろの工作隊がメテオブレイカーを起動する時間を稼ぐこと。

「え?」

だが彼らは引かなかった。ニ機が突貫してくる。当然のように装甲を削られ、四肢が脱落し、それでも距離が詰まり……爆ぜた。
動力部への外部からの衝撃による爆発ではない。内側からの爆発させるための爆発。つまり……

「自爆!? 元より死ぬ気!!」

直接爆発に巻き込まれる事は無くとも、砕けた破片と手無重力下では威力が落ちない砲弾となる。
運が悪い事にメテオブレイカーが餌食となり打ち込みは失敗し、工作隊は下がるしかない。だけどそれは同時に私を ピンクちゃんを自由にするという結果でもある。

「逃がさない!」

守るべき物が無くなれば何時も通りの動きが出来る。
既にようは無いと牽制射撃で距離を取ろうとする残りの敵機に接近。
後ろを、自分の命すらギリギリの所でしか気にしない本来の私の戦い方。
振り回される大出力ビームアックスが乱舞。千切れ飛ぶMSの破片。
ここで逃がせば他のメテオブレイカーを狙う敵が増える事になる。一機だって逃がさない。

「なんで!」

こみ上げてくる怒りが理不尽な事は分かっている。
私は許せないのだ。これだけの力をもつ者が自暴自棄なテロリズムで死を選ぶ事が。
そういう事=死すら目指して戦うなんて愚かな行為は、私だけが 愚かなミーア・キャンベルだけがやっていればいいというのに!!
理不尽な怒りは剣劇の鋭さを増し、同時に僅かに注意を散漫にする。そしてソレは来た。
ギリギリの速度。戦場の直感が反応するギリギリ。死角から突き上げられた斬機刀。
回転する複数の刃がピンクちゃんの装甲を捉える直前。乱暴に押し倒した操縦桿と踏み込んだフットペダル。

「っ!?」

久し振りに後ろに下がる感覚。距離をとって構え直し、刃の主を睨みつけた。
慌てて遠ざかっていく機体と同じジン・ハイマニューバⅡ型。だが違う 乗っている者が違う。
相対しているだけで分かるのだ。ジッと微動だにせず、ただ刃を構えているだけなのに。
背筋をビリビリと駆け抜ける緊張感。MSで人間同士がアニメやドラマでするような睨みあい。
下手に動けばやられる……なんて笑えない冗談でも何でもない。そう、現状においての疑い無き事実。


「なぜ……このような事を?」

だけど口からはそんな言葉が漏れていた。もちろん気を抜いている訳ではない。
隙さえ見つければ何時でも切りかかるつもりが満々! もちろんそれを相手も分かっているらしく、殺意も構えも解かないまま返す。

「我らが家族のこの墓標!」

帰ってきたのはある程度予測できた……胸糞悪い答え。

「落として焼かねば世界は変わらぬ!!」

殺気が爆発する。ユラリと揺れた剣先がフッと掻き消えた。ただ避けるだけなんて考えない。
先の言葉にもこれからどんな事を語るかにも捕らわれて駄目。一撃で切り伏せる事だけをぉ!!

「■■■」

無音の宇宙に確かに響き渡る旋律 交差は一瞬。私がこうして思考していて、睨み合いを続行している点からしてお互いに無傷。

「軟弱なクラインの後継者に騙されて、ザフトは変わってしまった!!」

討ち掛けるビームガトリング。話を最後まで聞こうなんて思っていないし、向こうも最後まで語れるとは思っていない。
ビーム弾幕を容易く避けるハイマニューバ。ちぃ! 本当にジンか、これは!?
強化されたマニューバと実戦に裏打ちされた操縦。ビームの乱機動すら計算して……いや、感じて避けた。
私と同じタイプのヘンタイパイロット。

「我らの大義を阻むのが同胞というだけでなく!」

スラスターの強弱と宇宙=無重力空間でありながら、地面が在るという特性を生かした機動と凹凸を使った防御。
地面を蹴ることでつけられた微妙な強弱と地形を把握した防御。どうしても宙間戦闘という経験、そして馴れに囚われている私を容易く翻弄。
機体の性能の差も武器の性能の差も生かしきれない体たらく、そこに響き渡る叱責と嘲笑の声。


「そのようなふざけた機体に乗っているとはな!!」


……ぐうの音も出ません。本当にごめんなさい、こんな機体 目に痛いピンク系統の配色と肩に描かれたキャラクター。
ふざけている!と怒られても仕方がないよね、このピンクちゃん。
だけど言われっぱなしは腹が立つという者。こうなればこの芸名、しっかりと利用させてもらうとしよう。

「あら? それは私がラクス・クラインであると知っていての言葉かしら?」

「っ!? 似た声だとは思ったが……ありえない! あの偽善者の小娘がMSに乗って戦場に出るなど!!」

やっぱり喰いついてきたわね。同じザフト系列の機体ならイケるかな? 
いまなら切りつけられないだろうと通信系統を操作。音声だけではなく映像も接続する。
そしてここからはワザと確認をとり、ワザと隙を教え、ワザと挑発して続ける。
ヘルメットをとるというのは余りに短いながら、余りにも大きな好きだからだ。

「ご納得いただけないなら、ちゃんと目でお確かめなさい」

首元のスイッチでヘルメットの密閉を開放。煩わしいほど綺麗な桃色の髪が無重力で舞う。
浮かべるのは微笑。会った事もない本物が画面越しに浮かべていたソレを思い出す。
善意も悪意も幸福も不幸も痛みも悲しみも全てを飲み込むような(私的には)薄気味悪いと思わせる微笑み。

「まさか……いや! なんという僥倖!!」

茫然とした言葉から炸裂する更なる闘志。

「ザフトが、コーディネーターが取るべき道はナチュラルとの共存などではない!」

増す剣気。繰り出される攻撃には更なる鋭さ。デッドラインへさらに数歩進むギリギリの駆け引き。
だがそれゆえにこちらが責める機会も増えるという物。

「奴らは滅ぼさねばらぬ! 故にパトリック・ザラの選んだ道こそが正しかったのだ!!」

『まぁ、いま貴方の目の前にいるラクス・クラインはそんな事を全く考えずに、貴方と同じように目の前にいる敵を切っていただけなんですけどね? プギャーwww』
……なんて言ったら凄い隙が出来る気がする。

「落ち行く鉄槌の上でその元凶を! 偽りの平穏を築き、維持してきたクラインの魔女を倒せるとはな!!」

魔女の部分には大いに同意するとして、他の部分には納得できないモノが在る。

「私が築き維持してきた? それは違う」

「なに?」

「この平和や平穏を築き、維持してきたのは貴方たち」

「っ!? 我らを愚弄するつもりか! 全てはクライン派が結んだ偽りの協定による物に過ぎないではないか!!」

怒りというベクトルを高め過ぎ! 殺す気に満ちていても空回り→好機!!


「違うわ! それは最後の最後だけ。それに逝き付くまでの土台を築いたのは?」

どうして第二のユニウスセブンが生まれなかったのか? 簡単なこと、戦ったからだ
ニュートロンジャマーの盾は確かに大きいかもしれない。だがそれだけでは守れない。
最後の最後まで連合軍を狭い範囲に押し込め、制宙権を維持してきたのはなんだ?
独創的過ぎた人型機動兵器 MSであり、それを操っていたザフトの軍人たちだ。

「対等以上の相手でなければまともな交渉や条約なんて結べない! 
 対等な相手 対等な敵として連合を認めさせたのは?
 軍人が 貴方たちの剣が築いた平和だ!!」

「違う!! 偽りの条約によりザフトは既に戦わなくなってしまった!!」

猛激。お互いの言葉が剣先に力を乗せ逢う。加熱した意思が逆に思考を冷却。
普通ならば全てが必殺になる攻撃の応酬。誰かカメラを回していないだろうか? 
素晴らしく『参考にならない』MS戦闘の教材が出来上がるのに。


「戦わないのと、戦えないのは違うわ!」

どうして連合は表向きとはいえ条約を守ってきた?
脆すぎるガラスの箱庭で人々が再び安心して生きてこられたのは?
整然と居並ぶ抑止力 MSとそれを兵站し運用し操縦する技術があったから。

「軍人の本当の仕事は敵を斬ること? 違うでしょ?
 ただ平然と有事に対する備えを解かないまま、そこに在り続けることこそが本懐!!」

そう……本当はそれこそが理想的な軍人の立ち位置。それを投げ出すのは私のような不純な動機でザフトに入った若者≒馬鹿者だけで良いはず。
目の前のような本物の軍人にならば、それくらいは分かっているはずなのに……

「さぁどうした!? 胸を張れ! 貴方たちが作った平和と平穏に!!」

「違う! そんな平和や平穏など全て偽りだ!」

口からは否定の言葉、だけど行動には一瞬のブレ。

「確かに開戦前も終戦後も危うい綱渡り状態だったかもしれない。けど……」

何をしても捉えらなかったジン・ハイマニューバⅡ型の左腕部をピンクちゃんのビームアックスが掠めた。
当然のように崩れるバランス。リカバリーの早さも流石だがもう遅い!

「貴方の家族がここで感じていた物は偽りなの?」

「え?」

留めの一撃。汚い女だと自分でも思う。でも口から出る言葉は止まらなかったし、誰かが『伝えてくれ』と囁いてくる。

「お父さんの立派な背中が守ってくれたここでの時間は偽りなの?」

確かに守れなかった。ザフトの認識の甘さと連合内部の過激派の突飛な行動で。
だけど核が撃ち込まれる一瞬まで、ここには平和と平穏があったはずだ。
それを守ってきたのは? 間違いなくザフトであり、目の前にいる本物の軍人たちだったはずだ。

「偽りでなどあるもんかぁ!!」















ピンクちゃんを操って爆散したジンが装備していた回転斬機刀を拾い上げる。
物思いにふける時間なんてないのに、数秒の沈黙。腰部の空いているスロットに装着した時、地面が揺れた。

「上手くいったのかな?」

無数の亀裂が走るユニウスセブンを眺めながら呟く。確かそろそろ回収可能高度ギリギリだったはずだ。
奮戦していた割には誰の目にも止められない地味な仕事 大した貢献もしていないのだけど……ラクスなんだからみんな怒らないだろう。
ミネルバに向かってバーニアを吹かそうとした瞬間、画面の端で何かがキラリと光った。

「っ!?」

慌てて機体を向けてズームアップ。残党の狙撃など受けては唯でさえ無茶をした機体、ひとたまりもないだろう。
だけどそこで見えたのは……手鏡。子供用の可愛らしい作り。それが在るという事は傍にはその主 ミイラ状の少女の遺体が……

「嘘」

人型の機動兵器が飛び交い、宇宙に人間が住む時代にそんな事はあり得ない。分かっているのだが、見てしまった。
笑ったのだ。実に愛らしい健常な人間の姿で。その後ろには二人の男女。両親だろうか?
これまた笑っている。男の方が私を見て苦々しい顔をしたが、直ぐに笑みを取り戻し、女性の肩を抱き、少女の手を引いて……消えた。

「どうしよう、怖くてトイレにイケないわ」

怖かったのはそんなオカルティック現象のせいではない。余りにも偶然にその方向で漂う無傷のメテオブレイカーを発見してしまったことだ。
ため息をひとつ。向きを変更。少しくらいならば大丈夫だろう。

「しょうがないな~」

小さくて優しいユニウスの奇跡を無駄にするのは心苦しいから。






数分後


「ヒャッホー!」


MSで大気圏に単独ダイブすることになりました♪










偽ラクスってこんな話だったかしら?



[7970] 偽ラクス様、降りる
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:74102d51
Date: 2011/01/30 13:53
驚異の速度!
今回はフルでギャグ構成です。









大気圏。それは青い奇跡の星 地球を真空の地獄と隔てるゆりかごであり、防壁である。
青い星に背を向けようとする者、もしくはその領域に入ろうとする者に灼熱の試練を与える。

「くそっ! 幾らシュミレーションでやったからって!!」

温度維持機能を超越して僅かに熱を帯び始めたコクピットの中、オレことシン・アスカは叫んでいた。
先ほどまで行っていた任務 ユニウスセブン破裁は既に終了している。
何故ならばMSの稼働可能領域を突破しているし、母艦ミネルバへの回収も不可能な高度。
もちろんシンにも撤退命令は届いていたのだが、目の前に無傷のメテオブレイカーが在ったら無茶もしたくなる。

「あ~ぁ! こんな思いまでして戻ったら反省文とか割に合わないな」

アンノウン……いや元ザフトのテロリストたちの妨害により、大気圏で安全に燃え尽きる大きさまで砕く事は出来なかった。
よって可能な限りの破裁を行うため、ミネルバが降下しながら主砲による砲撃を行うという連絡。
よって地球に降りて一人ぼっちと言う最大のピンチは免れたが、それまでにはこの最大限に気を使う任務を達成しなければならない。

「これで進入角はミネルバと一致するはずなんだけど……」

MSによる大気圏突入の問題点は機体の強度とコントロール。
強度が無ければ機体が破壊され、コントロールを間違えば海にドボン。
飛行可能な機体でも母艦や基地から離れてしまえばやっぱりドボンか、敵陣真っ只中をヒッチハイク……つうか地面に激突死。
幸いシンが乗るインパルスはセカンドシリーズ Gと呼ばれる最新鋭機だ。強度・コントロール性ともに最高峰。
他のどんな機体に乗るよりも安心して行えるはずだ。だから大丈夫……『ヒャッホー!』……あれ?

「……?」

なんかサイドモニターをピンク色の何かが横切った。ついでに最近耳に馴染むようになった美声も聞こえた。
モニターに映ったのはユニウスの破片だろうか? イヤ違う。あんなピンク色の破片があるものか。
聞こえた声はテンション高舞ったメイリン辺りの叫びだろうか? イヤイヤ違う。既にミネルバとの通信は途絶えている。

『あれ? シン君じゃん』

横につけるように減速してきたピンク色の何か 凄い色のザク・ウォーリア 通称ピンクちゃんからノイズ混じりの通信。
そこに映るのは赤服用のパイロットスーツが死ぬほど似合うプラントの歌姫様 ラクス・クライン。

「……って! なにをやってるんですか!?」

大気圏へのMSでの単機突入はスペックにより保障されていようと、危険なミッションである事は変わり無い。
それゆえに活動限界高度からかなり余裕をもって撤退命令が下されたのだ。それを破って活動していない限り、こんな事態にはならない。
もちろんプラントの精神的主柱たるこの強すぎる歌姫にもその命令は下っていたはずだ。
イヤ、もっと言えば誰よりも早く、安全に戻れと言い含められているに違いない。
それが何をどんなふうに間違えれば、命令違反してギリギリまで作業した結果、戻れずに大気圏に熱い抱擁をされているオレの横にいるのだ?

「ん~とね……」

少しだけ考える仕草をして、花の咲くような笑顔でラクスはこう言い切った。

「MS単独での大気圏突入かな?」

「……」

ラクスは頭を抱えて沈黙するオレを見て、本気で不思議なものを見る目をしていたが、思い出したように続けた。
恐ろしい事をさらっと

「あと強いて言う事があるとすれば~ピンクちゃんの調子が悪い事かな?」

「え~と……どれくらいですか?」

量産機とワンオフ機、ザク・ウォーリアとインパルスで機体強度と機体コントロール性能ではどうしようもない差がある。
ザクとてMS単独での大気圏突入を可能にする『カタログ』スペックだ。それは万全な状態を前提にして、大丈夫だと言っているのであって……


「降下ルートが安定しないくらい」


大気圏を無事に突破する事も大事だが、そこからミネルバと合流できなければ海か地面に大激突するのだ。
なのにどうしてこの人は平然としている? 全くもって理解できない。
これがラクス・クライン……これがプラントの歌姫……これがオレの目指す人。
ここでこの人を失う事なんて絶対にできない! 何か無いのか! この状況を克服できる方法が!

「あっ……良い事思いついた」

「え!? 本当ですか!」

なるほど、既にある程度の対策が頭の中で出来て……『貴方と、合体したい!』……何を言っているのか分かりません。

「つまりね?」

なるほど! 話を聞いてみれば実に簡単な事だ。
ラクスのザク・ウォーリア(愛称はピンクちゃんというらしい)は姿勢コントロールが効きにくい状況。
逆にオレのインパルスはさすが最新鋭ワンオフ機、若干の出力に余裕がある。
そこでザクが後ろからインパルスに抱きつく形で密着し、制御をインパルスに預けることで安定したコースを辿ることができる。
なるほど!……そのインパルスの制御はオレがやるんですよね? 単機突入でもヒイヒイ言っているオレが。
そんなこちらの緊張と重責を読み取ったようにラクスは事もなげに言う。

「無理なら止めましょう。大事な赤服 将来有望なエースパイロットを失う事は無いわ」

「でも! それじゃアンタが!!」

オレなんかよりもずっとプラントやザフト、世界にとって必要な存在。
それが何でそんな事を軽々しく言えるんだ!? そういえば……偶然の合流が無かったら、この人は本当にただ堕ちるつもりだったのか?
機体にガタが来ている事は分かっていたはずだ。なぜ最後まで残っていたんだ? オレの無茶とは訳が違う。
これはすでに無策や無謀の領域だ。次に告げられた言葉、先ほどと同じく素敵な微笑で事もなげに

「こういう最後も素敵じゃない?」

背筋が凍った。ただカッコいいだけじゃない。カッコ良くて危ない人。ならばオレが答えるべきはたった一つ。

「やります! かならず成功させますから」

自身ではなく確信。必ず成功させるという思い。それを受け止めてあの人はまた笑う。先ほどのどんな表情よりも輝いた笑顔で。

「よろしい! 姫のピンチを救ってみなさい、騎士君?」

騎士……か。ロマンチックな事だがこのお姫様は誰かに守られるような存在じゃない気がするのはオレだけかな?










そして二人は降りた。















唐突ですが正義の組織と悪の秘密結社の話をしよう。






「キラ、先に子供達とシェルターに行ってくださいませんか?」

「え? どうして?」

「少しやっておかないといけないことがあるんです」

「わかった。早く来てね」

「えぇ、直ぐに」

そんな何処にでも在りそうな若い男女の会話。もし普通ではない点を上げるとすれば、いま正に地球に降り注いでいる星屑くらいなモノ。
男の方は消え、残ったのは女の方。淡々と歩く廊下は当然の如くいま住んでいる家のソレ。
扉を潜り辿り着いたのはリビングだ。ソファーやテレビなど一般的なアイテムが揃った広いリビング。
多くの子供たちの声が響く場所だが、いまは女性一人。何時もなら狭い印象すら受けるのだが、一人で居るには居心地が悪いような広さがある。
しかし女性は何の躊躇いもなく、桃色の髪を翻しながら何時も使っている純白の安楽椅子に腰を降ろした。

「さぁ、始めてください」

それは最後に部屋に入ってきた人間が言うべきセリフではない。というよりも、この部屋に彼女以外の人間は居ない。
だが変化があった

「■■■」

まず低い電子音と共に大きなテレビが起動する。画面に映し出されたのは家のガラス細工。


「■■■」

次に同じく電子音と共にノートタイプのパソコンに光。画面には広大な草原。


「■■■♪」

続いてテーブルに置かれた携帯電話に着信音。ハンズフリーモードに切り替わり、画面には絵文字で作られた真珠の首飾り。


「■■■」

レトロなデザインのラジオがノイズを吐き出す。


「■■■!」
「■■■?」
「■■■♪」
「……」

さらに何処からともなく転がってきた球状の玩具ロボ ハロ。
全部で四個 青・赤・黄色・ピンクがそれぞれ違ったアクションをとり……

「では各自報告を」

まずラジオが告げた。

「プラントは既に地球側に警告を発し、被害救済の為に支援を準備中です」

答えたのはテレビ。


「大西洋連邦は対決姿勢を取るしかありません。やっかいなメディア王の誘導もありますゆえ」

続けてパソコンが言葉を紡ぎ……

「ジブリールがトップに就いてからのブルーコスモスは急進的に成りつつあります。
可能な限り抑えては見ますがロゴスとのつながりも深く、狂信的で実力もある彼を抑えるのは困難かと……」」

青いハロが答える。


「オーブもまずは自国の被害を抑える事を優先するでしょうが、いま国を動かしているのはアスハではなくセイランです。
 あの狸どもはこれを気に大西洋連邦に近づき、アスハの独裁を廃そう企んでも不思議はありません」

「クスッ! 困った狸さんとカガリさん」

携帯電話の言葉に女性は困ったように呟く。


「こちらは被害の規模も大きいでしょうし、前回の戦で大西洋に使い回された傷と恨みが消えませぬ。
 しばらくは我関せずを貫く方針になると思われます」

「ウチは被害の一つで壊滅しそうな小国。なんとも言い難いですが、無事に残った際は非連合国を纏めましょう」

「……」

赤いハロと黄色のハロが合いついで発言。ピンク色のハロはまるで場違いな場所に居るように沈黙、耳だか羽だか分からない部分をパタパタ。


「備えはしておくべき……ですわね?」

女性の問いに一斉に上がる同意の声。次々と決定される方針。

「はっ! ギルバート・デュランダルはクライン派に属していますが、何かを企んでいる事は明白」

「ターミナルは戦力の充実でしばらく動き難くなる。プラント内の情報は密に報告を」

「同時に連合の動きにも注意が必要だ。不意の開戦で核など撃たれてはかなわない」

「ブルーコスモスの同士の責任が重大ですね」

「ユーラシアとしてもこれからの情勢次第で……」





「……」

飛び交う議論の中、沈黙を守るのはピンク色のハロ。
全く奇妙な場に居合わせることになったと、ピンクちゃん(某ザクと同姓同名)中の人 歯牙無い傭兵MS乗りは困惑していた。
これは一体何の集まりだ? プラントや大西洋連邦にオーブを始めた各国から、コーディネーター排斥を歌うブルーコスモスの者まで集う会合。
そして何より……


「私のソックリさんのお話を聞きたいですわ」

不意に告げられた言葉。沈黙を守っていた少女の言葉に議論は止まる。
世界の行く末を決定するような重要な話し合いが、一見すると実に個人的な理由で中断する。
そしてそれこそがただの傭兵に過ぎない男がこの恐ろしい会合に呼ばれている理由だった。

「声は……貴方そっくりでした。そしてMSの操縦技量が鬼神じみていて……」

同時にテレビの画面が分割。映し出されるのは今や砕かれた巨大な墓標 ユニウスセブンの地表。
その上で行われているMSの戦闘の様子をズームアップで捉えたもの。
この映像を取った機体に乗っていた為、直接感想を聞きたいという女性の我儘。

「貴方の物とは異なる……一本の筋を持っているようでした」


そんなピンクちゃん(外見)の言葉に一斉に他のハロやテレビ。パソコンや携帯から上がる非難の声。

「偽物などと我らの■■■を比べるなど!」

「それよりもコレはデュランダルの差し金か?」

「やはり何か隠しているのは間違いありませんな!」

だがその合唱も一瞬で鎮まる。少女が手で制したのだ……アレ? おかしい。
男はいまの感覚の理由が分からなかった。手で制するのは良い。こんな奇妙な集まりを主宰する少女だ。
それくらいの権力はあるのだろうし、そのネームバリューの意味くらいは子供だって分かる。
だが問題はそんな事じゃない。


「良いではありませんか」

ゆっくりと安楽椅子から立ち上がり、自分の方(ピンクのハロ)の方へと歩いてくる女性。
ただ歩いてくるだけなのにこの飲み込まれるような感覚は何だ? 強者が纏う弾圧や拒絶の雰囲気ではない。
これは愛情、自愛。圧倒的な正のオーラ。どうして抱擁する意思がここまで畏怖の感情を抱かせる?

違う! そんな事は小さな問題だ! どうして……


「もしその方が世界を憂うお人でさえ在るなら」

先ほどの話し合いも余りにも不自然だ。集まりの主催者は間違いなくこの女性だ。
だが彼女は始まってからほとんど発言していない。ただ安楽椅子に揺られて目を瞑り、ときどき関係ない話題で笑う。
なのにこの会議を支配しているのは彼女なのだ。完全に彼女が望む方向へと舵が切られている。

違う違う!! これもたいした問題じゃない。


「ぜひ」

いつのまにか俺(外見)を優しく持ち上げて、彼女は微笑みながら言う。
優し過ぎる声と優し過ぎる微笑。花のようとかそんな比喩表現では言い表せない声と笑み。
だから違うんだ! どうして俺は……



「お会いしてみたいですわ」



通信を介したこの集まりだが、届くのはお互いの『声だけ』なのだ。

だから見えるはずがない。
どうして彼女は手で会話を制することができる?
どうして俺は彼女が椅子から立ち上がったのが分かった?
どうして彼女が俺の通信機を持ちあげたのが理解できた?

俺は知る術など無いはずなのだ。恐らく他の出席者たちも条件は同じ。

世界の重鎮たちを容易く従えるだけの魅力を持つ『ナニカ』
声だけで繋がった相手にすらその存在を認識させる『ナニカ』
言葉を発せずとも議論を己の望む方へと導く『ナニカ』
そんな存在なのに恐怖では無く異敬や友愛、正の感情しか感じさせない『ナニカ』

『ナニカ』は決して人では無いはずだ。そんなことができる人間など存在するものか!
なのに『ナニカ』はまったく違和を感じさせない。



……分かっているもうこの発言自体が矛盾だ。
既に俺の大部分は『ナニカ』を違和感なく、当たり前に雇主として受け入れている。










『ナニカ』の名前はラクス・クラインと言った。










偽物があんな感じなので、本物がこんな感じになった……止めて、物を投げないで。



[7970] 偽ラクス様、解放される
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:9c20ba48
Date: 2011/03/10 10:10
「わぁ~♪」

シン・アスカはその声を聞いて思わず顔が緩むのを理解する。
眼前に広がるのは大海原。落下コース的に考えて南太平洋だろう。
二人で地獄の底まで直行かもしれないダイブを無事に完遂したかいがあったという物だ。
艦長の説教が『彼女』のお陰でチャラになったのも大きいだろう。
『命令を無視したのは私も同じですから独房に入ります!!』……なんてこの人に言われたら艦長とてお茶を濁すしかあるまい。

しかし本当に不思議な人だと思う。まずは邂逅からしてインパクト特大だった。
ピンク色のザクで『ドロップキック』である。ドロップキックだよ? MSで。
あれからMS操縦教本を読み直したりしたが、いまだにどんな入力をすればそんな事が出来るのか理解できない。



そしてそこから何かあるたびに紡がれる言葉が重い。

『平和を誓い、手を取り合う。大いに結構なことです。
 だから『こんな物』は必要ないと? 新造艦や新型MSは不要である!と』
『私もそうであれば良いと思います……ただ!』
『ここはザフトの船。貴方が必要無いと断ずる『こんな物』に限りある命と時間をかけている者たちの居場所です!』
『私にとって彼らに送るべきモノは惜しみない拍手と賞賛以外にはありえません』

『私は今を褒めるだけの詰まらないアイドルじゃないの、よく聞いてね?』
『だから『次も』帰ってきなさい。『次も』守りなさい。
 その次も……次の次も……守って、守って、守って……
 でも帰ってこない事は許されない。帰り続けなさい……そして『次こそ』……倒しなさい』

『私たちは宇宙から来たヒーロー。他の星 故郷じゃなかろうと守らずには居られない。
 だってこんなに綺麗なのよ? 他人様のモノでもぐちゃぐちゃになるのは余りにも忍びないと思わない?』
『さぁ、ご一緒に地球を救いに行きましょう』


そしてユニウスセブンの上、戦闘中ながらも手を一切緩めなかったが、聞き入ってしまった。
オープン回線でザフトはもちろん、テロリストたちへも流れていたのだろうあの言葉の群れ。

『この平和や平穏を築き、維持してきたのは貴方たち』
『対等以上の相手でなければまともな交渉や条約なんて結べない! 
 対等な相手 対等な敵として連合を認めさせたのは?
 軍人が 貴方たちの剣が築いた平和だ!!』
『さぁどうした!? 胸を張れ! 貴方たちが作った平和と平穏に!!』
『お父さんの立派な背中が守ってくれたここでの時間は偽りなの?』
『偽りでなどあるもんかぁ!!』

今までの言葉とは異なる絞り出すような悲しみがあった。後悔があった。痛みがあった。
どうしてプラントを、世界を救って魅せた歌姫がそんな声を出すのか分からない。
けど胸に突き刺さるような感覚が失ったオーブでの日々を勝手に思い出させて腹立たしい。
でもそれ以上に……叫んでいる本人が辛そうだったのが腹立たしい。どうして俺はその一助にも成れていないのか?と


『こんな最後も素敵じゃない?』


最後? 儚く燃え尽きる事に対する病的なまでの憧れが滲んでいた。
最後? 最後になんかさせるもんか! 何処まで一緒に居られるか分からないけど。
これからのコースとしてはアスハをオーブに送り届けて補給と整備。そこからカーペンタリアへ。
そこからはきっとMSになんて彼女は乗らないだろうし、安全な場所で本当の仕事をするのだろうけど、それまでは……絶対に……



「これが海かぁ♪」

しばらくはこの凄くハッピーな様子を眺めていても良いだろう。
無事に着水したミネルバの甲板、物珍しそうに辺りを見渡すルナたちの中でも、もっとも盛り上がっているのは彼女 ラクス・クラインだった。
カッコ良くて、悲しくて、危なっかしい様子と子供っぽくて微笑ましい現在の高低差が半端ない。

「ねぇ! この匂いは?」

「塩の匂いですよ。プラントと違って雑多に有機物も含まれているから」

「へ~そうなんだ~」

知らない訳がないのだが、凄く嬉しそうに一人で納得する姿を見ていると、そんな事に突っ込むのは無粋という物だ。
もっと言えば地球育ちのシンとしてはこんな大海原の真ん中で、天気がいいとも言えない中で甲板に出るのも逆に良く分からない。
海は綺麗なモノであると同時に島国オーブでは津波や高波の心配が常に付き纏う。
眼前に広がる景色には立ち込める暗雲や白い唸りをぶちまける海原などなど、そんな心配を想起させるものしかない。
これが海を情報でしか知らないプラント生まれとの違いか~なんて思ってしまう。


「シン~何時までラクス様に見惚れてるの? 訓練するわよ!」

ルナの声で現実に引き戻される。俺たちは何もただ海を眺めに来た訳ではない。
ザフトの規定にある射撃の訓練。甲板には設えたばかりのターゲットが並ぶ。

「分かってるよ」

踵を返せば直ぐに撃ち始めるルナ……それにしても下手だ。MSに乗っている時はもっとマシなのに、どうしてこうも外せるのだろう。
連続する銃撃音と反比例して増えないHIT数。ため息をつくレイと自分の腕前にセルフで憤慨するルナ。
そこに不意に現れた顔を見て、俺は思わず顔を顰めてしまった。

「あぁ、訓練規定か」

どこか懐かしい物を見るような目を外し続けるルナへと向けるのはアレックス……いや、アスラン・ザラ。
特務隊フェイスであり、最強と言われたストライクを討った英雄であるにもかかわらず、プラントに背を向けていまやアスハの飼い犬。
そしてラクスとは元婚約者とかそういった感じの腹立たしい関係。

「お手本!」

なんだか赤毛の同僚に銃を渡されて困っている様子はただの優柔不断な青年にしか見えないのに。
どうやら説得されたか脅されたか知らないが、お手本となることを了解したらしい。
軍から離れてだいぶ経つはずだが淀みのない動きと構え。連射。ほぼ中心に叩きこまれる銃弾。

「上手いんですね!」

確かに上手い。ムカつく。少し射撃訓練を増やそう。現役赤服として引退したヤツに負ける訳にはいかない。

「こんなことばかり上手くても仕方がないさ」

「そんな事はありません! 敵を討つのには必要な事です」

『こんな事ばかり』して給料をもらっている俺たちに対する嫌味にしか聞こえない。
それに反論するルナマリアにアスランの返す言葉。それは俺にもほんの少しだけ響いた。

「敵って……誰だよ」

「え?」

「そう決めれば誰でも撃てるのか?」

連合は敵だ。カオスたち三機を強奪したし……でもそれが総意なのだろうか?とも淡い良心が囁く時があった。
テロリストたちは敵だ……でも彼らは元ザフトで俺と同じく家族を戦争で殺された者たちで……


「何が敵か分からなくても構わない」

モヤモヤとした気持ちを吹き払うかのようにその美声は聞こえた。
海を眺めることを中断したらしいラクスが神妙な顔でこちらへと歩いてくる。

「ただ自分が何を守っているのかを忘れなければ……」

何を守っている……プラントだ。守れなかったマユや父さんと母さんの幻だ。
何を守っている……ミネルバだ。そこに乗っている戦友であり同期卒業の友人たちだ。
何を守っている……貴女だ。ピンチを何度も救ってくれた強くて……『こんな最後も素敵じゃない?』……危なっかしいラクス・クラインだ。

「軍人の敵を軍人が決めてはいけない。決めさせてはいけない。
 彼らが撃つべき敵は政治家の……民の総意であることが望ましい。
 引き金の責任は軍人だけが背負ってはいけないわ」

「でも……」

言い淀んだアスランへラクスは追撃。困ったような微笑は余り見た事が無い表情。

「高い理想なのですわ、アスラン」

ヒョイとラクスは銃をアスランから取り上げるとターゲットの前へと歩を進めて……撃った。

「もし自分でそれを決めたいならば『英雄』にでもなるしかない。
 貴方……いぇ、私たちのように」

アスランほどではないけど、ルナや俺よりも確実に上手い。
全てが中心点に重なるギリギリのラインで収められている。

「英雄はちょっと荷が重いので! 私は訓練に戻るであります!!」

いまどき聞いたことも無い軍人口調でビシッ!と敬礼するとルナマリアはサッサと二人に背を向ける。
それだけ二人の間に流れる空気が重苦しいモノだったから。
すこしだけ距離を詰めて二人は何やら小声で話している。


「やっ■■君は……」

「それは■■ですわ♪ アスラン」

「そ■だ■プラントの■■も■■的ってことか」

「■■にさっさと戻るように■■■くださる? 私も■■に復帰したい状況ですから」

波風の音と銃撃音で何を言っているのかは完全に分からなかった。
けど二人が何か秘密を共有している様子にただ腹が立った……子供だな、俺。


「ラクス様? ザフトに混じって射撃訓練など戯れが過ぎます」

「「「「「!?」」」」」

聞いたことが無い声だった。ふと手が軽くなる感覚。持っていたはずの拳銃が消失。

「!?」

驚きと共に振り返ればそこには銃を片手で構えるスーツの女性の姿。
連続する銃撃音。最大装弾数を撃ち尽くす数。その全てが中心点と半径の大きさで重なる超精密射撃。
ラクスはもちろん、アスランすら凌駕する恐るべき腕前なのだが……この人、誰だ?

「さっサラさん!! どうしてミネルバに!!」

ラクスの焦ったような声。『だれ?』という俺とルナとアスランの内心の呟きが重なったのが聴こえた。

「議長と入れ替わりにミネルバの地球降下シークエンスギリギリで合流しました。
 貴方の護衛とサポートを言い使っております。銃を撃つなどという荒事は私にお任せくださいませ、ラクス様」

「あの……どなたですか?」

俺達とは確実に違ったベクトルでこの女性 ビジネススーツにサングラスという格好でトンでも射撃を敢行する女性に驚きを隠せないラクス。
こちらの疑問には小さな声で答える。

「私のマネージャー……兼お目付け役」

なるほど……このとんでもない歌姫にしてこのとんでもないマネージャーということか……










「脱走するわ」

「はぁ?」

オーブに入港してから陰鬱な表情で外出準備をしているシン君を捕まえ、私 ラクス・クライン(っぽいミーア・キャンベル)はそう宣言した。

「だってせっかく上陸許可が下りたのよ!? なのにサラさんが乗ってたなんて……これだから特殊部隊上がりは困るわ……」

「なんか物騒な単語が聴こえたんですけど」

「とにかく! どうせ『安全の為です』とか言ってミネルバに監禁しておくつもりに違いないわ」

だから脱走である。こっそり出て行って、こっそりと帰ってくればいい。
もしばれてしまっても出て行ったあとならば、とりあえず帰ってくるまでの自由は約束されるという物だ。
その後はどうなるか全くもって分からないけどね?

「それは分かりましたけど、なんで俺に?」

「そりゃ~地元でしょ? オーブは。色々と詳しいかと思って」

道案内が欲しいのだ。ふとそこで思い至る。ルナマリアちゃんたちも同じように考えて、彼を誘ったはずだ。
なのにどうして彼はここに居るのだろう?

「実は行く場所があって……いや止めよう」

引っ張られるような未練と触れ難いような感覚で板挟み。
零れ落ちた言葉を聞き逃せなかった私は思わず叫んでいた。

「行きなさい!」

「え?」

「こんなご時世、こんなお仕事。二度と里帰りが叶わないことだってあるわ。
 行って悲しい気持ちになるとしても……あとで残念に思うくらいなら行きなさい」

オーブ生まれのオーブ育ち。そして家族を全員失っているという話だったはずだ。
つまり淡い思い出と憎きオーブへの怒りでもう内心がエライ事になっているのだろう。
だからこそ私は思う。一歩踏み出すべきだと。

「そして私を案内しなさい! とりあえず服屋へ!」

まずは私服が一切無いことが問題なのだ。オーブ上陸の悲願の原動力はそこから大部分が抽出されていると言って間違い無い。
現在の服装だってタリア艦長から借りたロングスカートと男物のワイシャツ(ノーブラ)にザフトレッドの上着である。
ちなみに他の選択肢は私に合わせて完璧に作られた卑猥なデザインのステージ衣装だ。
もはや犯罪以外の何物でもない。まともな職場ならば労働基準法とかに違反することは間違いないだろう。

「ふっ……」

なんか笑われた。私は痛く真剣なのだが、シン君には笑いのポイントがあったようだ。
まぁ陰鬱な表情をしているよりも笑っている方がお姉さんは嬉しいぞ♪ うんうん♪

「ラクス様」

後ろからかかる冷たい声。氷の冷たさではなく平坦が故に感じる無機質性。
振り返ればサングラスに覆われた鉄面皮マネージャー。ギャー!! 終わった私のフリーダム!!

「あのね! やっぱり人間が生きていく上では息抜きが大切だと思うの! あと恥ずかしくない衣服も!!」

必死の抗弁。だけどそんなものが通じる相手ではないという事は私が一番分かっている。
恐らく議長に厳命されているはずだ。『あの出来の悪い偽ラクスにこれ以上ボロを出させるな!』と。
シン君とは最近いろいろと深いお付き合い(一緒に大気圏突入)とかしているから、これから接触すら許可されないかもしれない。

「お出かけになるのでしたら、こちらをお持ちください」

だけど帰ってきたのは全く予想外のアクション。手渡されたのは通信機だった……あれ?

「私は他にやる事がありますので、別行動をとります。何かあったら連絡を」

え? もしかして私は上陸を許可されたのだろうか? しかもサラさんは別行動?
目を白黒させている私から彼女は視線をシン君へと移す。

「シン・アスカ君」

「はっはい!!」

「ラクス様をしっかりお守りするように。あまり羽目を外させないように留意を」

「了解しました!!」

タリア艦長に魅せる物よりも見事な敬礼を披露する赤服に、また少しだけザフトの未来が心配になる。
まぁ……それはそれとして……別件とやら(多分スパイ工作とか)の為に背を向けたサラさんの背が見えなくなってから私は叫んだ。


「自由だぁ!」












次のお話で歌を歌わせたいのだけど、やっぱり歌詞の引用とかは不味いよな~
そしてサラさん再登場。ちゃんと一話で出てるんですよ? 本当だよ?



[7970] 偽ラクス様、遭遇する
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:9c20ba48
Date: 2011/03/16 06:26
作詞なんて私には荷が重すぎました・・・














シン・アスカは目のやり場に困っていた。

「シンく~ん? これなんかどうかな?」

「似合ってる……んじゃないですか?」

チラリと視線を僅かに合わせて確認。それから再び視線を戻して吐き出すように呟く。
自分としてはものすごく必死だったのだが、声の主は満足いかなかったらしい。

「も~ちゃんと見てる!?」

「見てます! 必死に!!」

あれ? この言い方だと俺が凝視しているみたいじゃないか? 恥ずかしさを抑えるという意味で言ったつもりなのだが……

「え……必死に?……シン君のおませさん♪」

「ちょっ! 違う!!」

何だか嬉しそうな顔になった女性 ラクス・クラインが引っ込むのは試着室。
もちろん女性である彼女が引っ込むのだから女性服の試着室であり、その試着室が置かれた場所はもちろん女性服を売る場所である。
よって今の俺は『女性服売り場で必死に女性を見ていると大声で叫んだヘンタイ』となってしまう訳で……

「イヤな……里帰りだ」

何時も記憶の中では笑っている今は亡き妹 マユ・アスカが引き攣った顔で一歩引く幻が見える。





「いや~やっぱり服が違うと気分が違うわ」

「はぁ、それは良かったです」

別に心、心あらずという訳ではない。ただ楽しそうなラクスを見ていると、さっきまで悩んでいた事も恥ずかしかった事も『少しだけ』和らぐ。
ラクスの服に既にとんでもないステージ衣装でも、在り合わせの服を宛がった継ぎ接ぎでもない。
下は衣服に疎い俺でも分かるGパン。上は黒に白いファーが襟元を飾るジャケットとロゴ入りTシャツ。
足元は大衆向けブランドの青いスニーカー。特徴的な桃色の髪には野球帽、後ろでまとめたポニーテール。顔には薄い色の丸渕サングラス。
どちらかといえば動き易い印象。最初に見た服が大変にアレな物だったので、その印象がこびり付いているが、本人は割と普通の衣服選択。
少しだけ安心する。


「それじゃあ次はご飯ね! オーブでしか食べられない美味しいモノがいいわ」

俺達二人が歩いているのはオーブでも中心とされる繁華街の一角。
来るのは本当に久しぶりだが記憶の中にある賑わいのまま。ユニウスセブン落下の衝撃を考えれば、かなり賑わっている。
そこにはあの地獄絵図の残り香さえありはしない。綺麗に舗装された道と沢山の草木。左右を埋める無数の店舗。
そこを歩く人々にも笑顔が多い。喜ばしいことのはずなのに……

「じゃあソバとかスシなんてどうですか?」

頭に浮かんだのはユーラシア連邦の外れの島国を始祖とするオーブの伝統食。

「ふ~む……どんなものか全く分からないけどそれで良いわ。これで美味しくなかったら……酷いから♪」

なんか凄まじいプレッシャーをかけられる。だけどやっぱりその楽しそうな表情を見ていると、頑張る価値という物を見いだせてしまうから不思議だ。
重い言葉も血を吐くような叫びも夢幻のような呟き。どれもこれもがこの人を象徴しているのだろうけど……

「笑っている顔が一番いいや」

「?」

振り返ったラクスの手には何時の間にかクレープが握られていた。恐らく屋台で衝動買いをしたのだろうが。これからスシを食べるというのに……

「なんでもありません。急ぎましょう! お昼時は込みますから」







「美味しかった! 酸っぱいライスと生の魚ってこんなに合うのね?」

結果だけいえばどうやら大満足して貰ったらしい。それからしばらくウィンドショッピングと洒落込んだり、地球では大人気の映画を見たりした。
あれ? これっていわゆるデートじゃないか? あれ? プラントの歌姫 ラクス・クラインとデート……だと?
色んな人に後ろから刺されそうなシチュエーションだぞ。

「さて、そろそろシン君の用事を片づけようか?」

「っ! はい……」

どうでも良い事で混乱していた意識が一気に現実に引き戻される。ここにオーブの地に降り立った本当の目的。
里帰りであり墓参り。

「お墓は近いの?」

「いえ、墓は無いんです。ただ慰霊碑が在るだけで……ちょっと遠いからレンタルバイクでも借りて行こうかと」

「バイクか~私は運転できないよ?」

ここで大問題発生。ラクスを一人残していく訳にはいかない。当然だ。
プラントの歌姫を敵地とは言わないが異国の地に一人残していくことなど出来ない。
なにより『しっかり護衛しろよ、若造?(誇張表現あり)』と怖いマネージャーさんにも言い含められている。
となれば選択肢は一つだけ……


「キャー! ピンクちゃんよりもはや~い♪」

MSよりも市販のバイクが早い訳は無いのだろうに。たぶん風を直に切る感覚が加わることで、よりスピード感が増すのだろう。
それよりも問題は現在バイクに二人乗りの真っ最中であるという事だ。
そしてさらにいえば俺の後ろに乗っているのはラクスだという事だ。
本当の問題はたった一つ。バイクの二人乗りで最も安定するのは乗っている二人が密着する事だ。
つまり……その……なんだ? 大山脈が……俺の背中に……

「? シン君どうしたの、黙っちゃって」

『アンタの大きな胸が背中に当たって煩悩炸裂寸前なんだよ!』

……なんて素直に答えられる訳が無い。口に出すというのは認めるという事だ。
そんな事をすればもう今すぐ事故を起こす自信がある。耐えろ……耐えるんだ……

「お~い! どうしたのさ~?」

揺さぶらないで! 押し当てないで!! これ以上オーブの地で兄の沽券にかかわるような煩悩を生み出す訳には!!





「じゃあここから先は一人で行きなさい」

慰霊碑に続く緩い上り坂を前にしてラクスは突然そんな事を言った。
既に辺りは黄昏の色に染まりつつ在り、既にバイクを降りて歩いていた時のことだった。

「え? いや……でも!」

確かに里帰りと墓参りが大きな目的だが、そこにラクスの護衛という仕事も含まれてしまっている。
それを置いて行く訳にもいかないだろう。

「こう言う時、余所者はお邪魔さんと相場が決まっているからね……大丈夫よ?
 ここら辺で待っているから。それに私が一人ぼっちでどうにか成ってしまう球じゃないのは知ってるでしょ?」

まぁ、確かに俺が心配するのも不遜なほどに強い人だけど……

「それじゃあ……少しだけ」

「ごゆっくりどうぞ~」

神妙な微笑という希少な表情に見送られて、俺は坂道を登り始めた。
その先にある傷跡との邂逅を目指して……















「う~ん! 良いな~地球」

公園として整備されているらしい道端のベンチに腰を降ろして、私 ラクス・クライン……のそっくりさん ミーア・キャンベルは呟いた。
大きく伸びをして空気を胸一杯に吸い込む。フィルターによって濾過されてない本物の空気は実に味わい深い。
海の薫りも草木の色も全てが混じった本当の自然の味がする気がする。

「これで観光に来たなら最高だったんだけど……」

残念ながら完全に戦時一歩手前。短い滞在時間も既に半分を超えている。
夜には戻らなければならない。オーブだけでも見たいところは沢山在るというのに。
そして次は何時来られるか全く見当がつかない情勢だ。

「『元』ザフトがユニウスセブンを落とした」という事実は瞬く間に世界を駆け巡っている。
アーモリーワンを襲撃した特殊部隊の動きと重ね合わせれば、あからさまな世論操作だと明言できるだろう。
つまり向こうさんはこれを機会におっぱじめたいと思っている訳だ。
寛大なる青き聖母とて今回の石飛礫は、その美貌に少なからずの傷跡を残しているにも関わらず。
傷跡を癒す事よりも怨敵を討つ事を重んじた訳だから、何かしら一気に攻勢をかけられる手段が……

「って! こんな時までそんな事を考えるのか~私!」

全く救いが無『■■■♪』……!? 歌が聴こえた。人の声だけが風に乗って運ばれてくる。恐らくアカペラで歌っているのだろう。

「これって……」

聞き慣れた声だった。毎日、聴いている声。起きてから寝るまで、聴き続けている声だ。



『あぁ、愛しき子らよ♪』

歌が聴こえる。「行ってはいけない!!」と本能が叫んでいる。


『灯し火を無くした迷い子たちよ♪』

歌が聴こえる。しかし足はその方向へと向かって進んでいく。


『どうか帰りなさい。私の元へ』

歌が聴こえる。「行ってはいけない!!」と理性が叫んでいる。


『苦しかったでしょう。辛かったでしょう♪』

歌が聴こえる。
気合いと意地がスクラムを組んで「退いてなるものか!」と叫んでいる。
足を進める。



「はぁ……はぁあ……」

僅かな距離で在ったはずなのに凄く披露している。足が重くて息が荒い。
少し小高い場所を抜ければ緩やかな斜面にそれは存在していた。簡単にいえば舞台。
古代ギリシャ辺りの石造りを思い浮かべてくれれば分かり易いだろう。
斜面に並ぶ無数の石造りの客席。客席を放射状に広げる形の中心点 突き出した展望台のような場所には舞台があった。


『どうか救えなかった私を許して欲しい』

石造りの円形舞台。背後には同色の石で造られた石柱が数本。備え付けのスピーカーなどは見えない。
本格的なライブを行うにはあまり適しているとは言えない。だというのに私とそっくりなこの声の主は平然と歌い続ける。


『だからどうか今だけは安らかに』

むしろ音響装置なんて一切いらないほどにその声は空間を犯し続けている。


『細い腕ですが強く強く抱きしめましょう♪』

観客は一人だけ。金髪に紫のコート、サングラスが特徴的な優男……だけど身のこなしが違う。
恐らくコーディネーター、ボディーガードの類だろう。私を確認して身構え、懐に手を伸ばしかけて止めた。
「そんな無粋な真似をするな」と甘美過ぎる歌が無言の圧力をかけていたから。


『か細い声ですが強く強く歌いましょう』

ボディーガード君が構えを解いたことで私は前進を再開。階段を一歩ずつ踏みしめて、声の主へと下りて行く。
近づけば近づくほどに違和感で気分が悪くなる。私と同じ声で私では決して実現不可能な歌を歌っている。


『だからどうか幸せにお眠りなさい♪』

昔、歌手を目指して居た頃 私と『コレ』の違いは顔くらいなモノだと思っていた。
確かに技術には若干の差が在るが追い付けないほどではないと分析していたのだが……


『エデンのような揺り籠で再び目覚める日まで♪』

だが目の前に居る『コレ』を見てしまうと、その認識が余りにも的外れなのだと気づかされる。
歌唱力などの技術面はもちろん圧倒的であり、発するオーラは既に歌姫などという名称すら生ぬるい『神域』に達している。


『私はそれまで貴方たち全てを愛し続けましょう♪』



そしてなによりも歌っていた歌詞。恐らくユニウスセブン落下に対する追悼の歌なのだろう。
大き過ぎるスケールも私が苦手とするところだが、この歌詞を本気で歌ってしまえている事に莫大な違和感。

コレは本気で思っているのだ。
『ユニウスセブンの落下を防げなくてごめんなさい』
『細い腕もか細い声も貴方たちのために捧げます』
『楽園で再び目を覚ますまで、どうか安らかに眠ってください』
『それまで私が貴方たちを愛し続けましょう』
そんな事を本気で思って歌っている。歌手だからこそわかる歌詞に込められた本気。

いったい何人の人間が今回の落下で亡くなったのだろう?
そしてその責任は誰に在るのだろう? 落下を防げなかったザフトだろうか?
ザフトの総責任者たる最高評議会議長 ギルバート・デュランダルだろうか?
もし彼が同じように『自分の責任です』と発表しても、それはしょせん上辺だけだ。
別に悪い意味じゃない。それが当たり前なのである。人間が天災クラスの害悪に対してとれる責任など限られている。

だというのに……これは……本気で歌っているのだ。


『永遠に貴方たちの死の責任を背負い、貴方たちを愛し続けます!』と



異常以外のナニモノだというのか?
『聖なるかな聖なるかな。膝をつき、手をとり、共に涙を流そう』
自分の中の何かが、世界のすべてが猛烈に訴えてくる。決死に耐える。



プラントの歌姫? 違うな……救世主……あぁ、なるほど確かにお似合いな称号は其方だ。昔の人が言っていた。たまたま手に取った紙媒体 古びた文庫本に走り書き。

『救世主とは世の中を良くする方法を提案できる者の事ではない』
『救世主とは世界を救う方法を知っている者の事でもない』
『救世主とは世界の全てに責任を取れる者だ』
『だから救世主は現れない。誰も世界すべてを愛せるモノなんて居やしない』

居たよ。名も知らない昔の人。
何で最後だけ『者』じゃなくて『モノ』だったのか、私は不思議に思っていた。でも今なら理解できた。


『貴方たちの為ならば……』


翻る桃色の髪。甘い香りする漂わせる不思議な瞳の色。白いワンピースは神聖にして純潔。
歌の最後、所詮人が生身で出す声のはずなのに、その歌詞はグニャリと天と地と海を震わせるような感触。
世界という一人の人間には大きすぎる舞台。だがその歌には小さ過ぎるほどの大反響。
最後まで彼女は本気で歌っていた。


『世界すら何度でも救いましょう♪』


これが『者』であるものか








「どうでした? ブレラさん、私の歌」

歌が止んだ。緊張が僅かに溶ける。彼女は大したことはしていないといった表情。
まず話しかけるのはボディーガードの優男。サングラスに隠れた表情には自分が感じる感情に対する戸惑いの色。

「何度か録音を聞いたことがありましたが……生は心地よ過ぎて……体に毒です」

「クスッ! 私は貴方のそういう反応がお気に入りなんです。
キラに小言を言われても、貴方に高い給金を請求されても、遠くから呼んで良かったですわ」

ボディーガードに対しても随分と気さくな話し方。
しばらく他愛ない会話の後、不意にこちらを向いて変わらぬ笑顔で彼女は言う。


「貴方はどうでしたか? ミーア・キャンベルさん」

「!?」

背筋に走る寒気。偽物が突然自分の前に現れた事にすら驚きは無く、容易く私の本当の名前を吐き出す。

「はじめまして、私……ユニウスセブンのお話を聞いてから、貴方のファンなんですよ?」

「っ!!」

ファン!? ファンだと!? ずっとお前の影に怯えていた私に……偽物に……どうしてそんな事を言う!?
どうして本当に嬉しいという微笑を浮かべているのだ!? 私は『本物』を前にしてどうすればいいのか分からないというのに!!


「私はラクス・クラインと言います」

ソレは嫣然と微笑んだ。




ブレラさんはラクス様初登場シーンでピンクハロの中に居たMS傭兵さん。
当然のごとくオリキャラ。当然のようにチョイ役。あとマクロスとは特に関係ない。



[7970] 偽ラクス様、対決する
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:9c20ba48
Date: 2011/03/28 22:12
あれ~予想外な初対決です。




















「ん? これは歌……あの人の?」

慰霊碑の前、俺 シン・アスカは風に流れてくる声に顔を上げた。
隣には偶然居合わせた青年。整った優しい顔立ち、優しい微笑がとても似合っている。
そのはずなのに第一印象は『疲れ果てている』という大変失礼なモノ。もしくは『擦り切れている』といったところだろうか?
彼と一緒に歌のする方へと視線を送る。この声は間違いようがない。ラクス・クラインのソレだ。

「でも……」

彼女の歌というのは生で聞いたことこそ無かったが、プラントに少しでも暮らしていれば聞く機会は幾らでも在った。
そしてその歌とアーモリーワンで出会って以来の本人を比べた場合、『歌っている時は別人』という認識だった。

そう、別人というレベル。
『それは不可解な事か?』と質問されれば、『まぁプロなんだから、そういう面もあるのだろう』と答えられるレベル。
歌を歌って、いわゆる芸能界?という奴で生きている人ならば仕事とプライベート、役者のオン・オフくらい自由自在なのかもしれない。
でも……


「これは違い過ぎる」

テレビ越し、もしくは録音した音だけ。そんな状況で『違う』のはある程度は納得できる。
だがいまは生の音を聴いている。姿が見えないだけでこの声は間違いなく、彼女のモノのはずだ。
だけどこの違和感は何だ?


底抜けに優しい。甘い甘い音。空を地を海を震わせているように感じる。
なのに耳障りが良い適度な音量。全てが許されるような錯覚。

『異国の地で一人、大変だったでしょう』
『もう頑張らなくて良いのよ?』
『さぁ……私の腕でおやすみなさい』

歌詞は全く違うのにそんな事を言われているような感覚。
全てを委ねてしまいたくなる。噎せ返るような善意。息苦しさすら覚える抱擁の意思表示。


「これじゃあ……『別のモノ』だ」


絞り出した時と同じくして歌は止んでいた。
胸に去来するのは猛烈な不安。あの人がどうにか成ってしまったのではないか?という無意味なほどの心配。
慰霊碑の前からシン・アスカは駆け出していた。















喉が渇く。目がチカチする。動悸が止まらない。
目の前にソレが居るだけで私 ミーア・キャンベルの精神は犯されっ放しなのだ。

「どうかされました? 顔色が宜しくないようですけど……」

顔色が宜しくなくする原因が本当に心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
私と同じ髪、私と同じ瞳、私と同じ声、私と同じ……顔。
違う……コレが私と同じなのではない。私がこれと同じように『作り直した』のだ。
そうなる事をしっかりと納得したはずなのに、今本物と見比べると自分がなんと滑稽で気味が悪い存在だろうか。
顔を幾ら似せようとも、声が似ていようとも、私はコレには成れない。似せられない。
どんな名優も人間である限り、人間以外を完璧に演じる事が出来ない。


「なんで……私の名前……」

絞り出すように問う。視線も合わせようとして……失敗。普通に考えれば余りにも失礼なアクション。
それでもラクス・クラインは声色一つ変えることなく、朗らかに返した。

「調べて貰ったんです。ユニウスセブンの落下という悲劇の中で、突然現れた私にそっくりな人のこと」

サラリと「調べて貰った」といったがそんな事が可能なのだろうか!?
ラクスの声だけ似ている人間を整形してソックリさんに仕立てる……そんなスキャンダルを簡単に露見するような隠蔽で終わらせるはずがない。
既にミーア・キャンベルなんて名前はプラントのどんな情報にも示されていないはずなのに……

「そんなに意外ですか? 私、友人は多い方なんです」

友人? それこそザフトの上層部や最高評議会議員などの事を言っているのだろうか?
そうだとするならば確かに異常なほどの情報網というのも理解できるけど……

「っ!?」

「?」

おかしい。私はいま、一瞬だが確かにコレを『理解できる』と思ってしまった。
不思議そうな顔で覗き込んでくるコレを理解できるのか? いや! 断じて出来ない。
私の人生はコイツのせいで滅茶苦茶だ。歌を歌って生きるという夢も、これと比べられて無残な最期を遂げた。
無理やり作った闘うという存在意義は? 撃っては成らないと告げるこいつのせいで詰まらないエンディング。
末代まで祟るなんて言う古めかしい言葉を使ったって、言いすぎではない負の感情を抱いていたはずだ。
もっと言えば本気で「ユニウスセブン落下を止められなくてごめんなさい!」とか「私は貴方たちを愛し続けます」なんて本気で歌える輩。
全くもって人間とは思えないし、それが私と同じ声でしゃべるというのは耐えられない不快だったのではなかっただろうか?

なのにいま、私は何故かコイツを理解できると思ってしまった。
跪いて手を取り友に涙を流すのが正しい事だと僅かながらに脳裏をかすめてしまった。
そしてそんな事を思うのが普通であると感じそうになってしまった。

『気を抜いたら喪って逝かれる』

何をどう、何処へ、どんな風に喪って逝かれるのかなんて分からない。
ただ人間としての本能が、長年にわたって虐げられてきた反骨精神が叫んでいるのだ。
間違いも恥じる事も無い。ただ気を引き締めて相対するべく言葉を紡ぐ。


「私を知っていて、私を前にして、貴方はどうするの? 
まさか議長に『貴方のソックリさんを作って勝手に動かす許可をください』ってお願いされたりした訳じゃないんでしょ?」

本当に警戒するべきならばこれ以上言葉を重ねることには一切のメリットがない。
(主に精神の)安全を優先するならば直ぐにでもここから立ち去るべきだろう。
だがそれが出来ない。大嫌いな本物を前にした偽物とも言えない私の半端な矜持。
そしてこれからもコレと相対するならば事前に対抗策?くらい模索しておいて良いはず。

「今の議長 ギルバート・デュランダル氏にそんなお願いをされた事はありませんね。
 まぁ、お願いされたらきっと私はOKすると思いますわ」

「!? 本気なの?」


『顔まで完璧に整形した偽物をラクス・クラインとして好き勝手に動かして良いですか?』
普通の人間ならば絶対に『NO!』と宣言するだろう。自分と同じ顔の人間が居るだけでも気分が悪い。
それに加えてそのソックリさんは自分の名前を名乗り、自分が思っても居ない事を当然と語り続けるのだ。
『不快』という言葉以外では語る事も難しいはずなのに……

「だってそれは必要だったのでしょう? プラントの為に、世界の為に。
 『プラントの歌姫』という『だけ』の役が必要なら、今の私は似合わないですから。
 なら少しでも良い人に……貴方が選ばれて本当に良かったですわ」

お世辞? 口だけ? 違う違う……こいつは本気だ。
プラントや世界の為ならば自分のソックリさんが、どんな事をしていても構わないと本気で思っている。

「それに……プラントの歌姫は代役が効くかもしれませんけど……」

そこで不意に悲しそうな顔になるラクス・クライン。
今までの表情の中で一切無かった負の表情なのだが、どうしてか私はいままでの中で一番不快感を覚えなかった。
たぶん……人間らしかったから……だろうか? そんな考察を中断するのは沈黙を持って双ラクス会談(偽物含む)を見守っていた傭兵。


「ラクス様……■■■・■■■■氏から緊急連絡。
連合は強引な開戦と同時に大規模な誘導から■を撃つ気だと……」

「え?」

聞こえた情報は正気を疑う物だったが、それ以上に私はある事柄に驚愕を覚えた。

「そうですか……プラントに連絡は?」

「既に■■■■・■■■■■氏を通して入れてあるそうです。虎の子のスピンターダーを緊急配備すると……」

後に出て来た名前に驚きは無い。まぁ、個人がすぐさまコンタクトが取れる時点で在りえないのかもしれないが……
何せ、コレはあのラクス・クラインなのだ。ザフトの実質的NO2の名前がポロリと出てきても驚かない。
でも最初の名前は中々そうはいかない。『■を撃つ』何て言う衝撃的な内容を告げた相手の名前 ■■■・■■■■って確か……


「連合軍の中将じゃん」

確か現場からの叩き上げ、タカ派の部類に入る有名な人物だったはずだ。
どうしてそんな人物が仮にも『クライン』の名を冠するプラントの人間に情報を流す?
私が目をパチクリさせているのに気がついたのか、まるで小さな悪戯が成功した子供のように笑ってソレは答える。

「言ったじゃないですか。『友人は多い』って」

「友人とか! そういう事じゃないだろう!! なんで……」

そう、友人なんて言葉じゃ絶対に説明できない。そんな私の疑問にラクスは先ほど中断された言葉の続きを唄う。
そしてその言葉を告げる時だけは実に『人間らしい』悲しみの色が見てとれて、何故だか私は安堵した。
『コレもそんな顔が出来るんだ』って……

「プラントの歌姫の代わりが出来ても、世界中にたくさんの友人を持つラクスの代わりは誰にも出来ないんです。
 だからミーアさん? 貴方は貴方の思うプラントの歌姫を演じてください」

何時の間にか距離を詰められていた。逃げ出したい気持ちと引けないプライドがぶつかり合い、選択したのは直立不動。
動けないまま、手を取られて優しく握られる。私のように硬くない正しい歌姫の掌で包まれていた。

「私の声で私の言えない事を伝え、私のやれない事をやる貴方だからこそ……私はファンになったんです」

「バッ! バカ!! 私はただのアンタの偽物で……」

別に私が何を言ったところで、世間様は『ラクス・クラインだから』という色眼鏡を通して見るのだ。
決して私 ミーア・キャンベルという存在を認識しない。

「たとえ他の人が全てそう感じたとしても、私 ラクス・クラインだけは知っています。
 いま目の前に居る人がミーア・キャンベルであるという事を……語られる言葉が……振るわれる剣が全て貴方のモノだという事を」

だというのに……こいつは本気で……私のファンだと伝えてくる。
私がミーア・キャンベルだと知っている数少ない部外者は笑顔で私を肯定する。

「ミーアさん、貴方は素敵です」

私の歌を、私の戦いを……総べて否定した張本人は『貴方は魅力的だ』と言ってくる。
そんなことは誰にも言われた事が無かった。認めたくは無いが最高に……『嬉しい』。
それでも刻みこまれた本物への反感が最後の一線を死守しているようだ。

「私は……アンタが……大っ嫌いだよ!!」

涙させ零れてくる。『笑』の形で崩れようとする表情を必死に強張らせる。
痙攣をおこすのは目尻と口元。怒っているようで笑っているようでもある。
涙が垂れそうになりながらの崩れかけた笑顔モドキ。滑稽な表情だろう。
それでもこのヤロウは『本当に素敵なモノを見た』という極上の笑顔でこんな事を言いやがる。


「私は……ますます貴方が好きになってしまいました」


ちくしょう……初戦は負け……か






















なんだか衝動の赴くままに書いてみた。偽ラクス様、初敗北の巻(なに



[7970] 【嘘も良いところ】魔道歌姫☆真ラクス様【クロスもしてる】
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:9c20ba48
Date: 2011/04/02 00:08
四月一日なら許されると思って書いて投下してしまった……












「僕と契約して魔法少女になってよ」

そのセリフは自らをキュウべえと名乗る宇宙的異生命体にとって、既にテンプレートと呼ぶべき存在だった。
全ては己に課せられた使命の為。宇宙を少しでも長続きさせるため。無垢なる心の落差によるエネルギー生成。

「まぁ……魔法少女なんて可愛らしいですわね」

驚きの一つも浮かべることなくそう返してきた女性は『少女』と呼ぶには大人びていたが、それを補って余りある初々しい輝きを放っていた。
だからこそ契約を持ちかけたのだ。何か強力な思いを持っていることは間違いない。
これならば大きなエネルギーを生み出すことができるはずだ。

「もし契約してくれるなら、君の願いを何でも一つ叶えてあげる」

次に放たれるのはどんな人間でも、特に魔法少女としての特性を持った者ならば心ひかれずには居られない言葉。
きっと大人と呼ばれる状態になってしまえば、馬鹿らしいと一笑に伏す願いすら、この年代の少女は真剣に悩む。
故にその落差がエントロピーを超える訳だが……

「何でも……ですか?」

「そうさ。人間が思いつく範囲なら何でも、ね」

ほ~ら喰いついてきた。
全く人間って単純な思考パターンしか持たない生き物なんだろうな……なんて欠片も見せずに作られた笑顔を浮かべる。

「それじゃあ……■■■■を■■にしてくださいな♪」

「え?」

だけど告げられた願いを受け止めて、キュウべえは思わず全ての行動を停止させてしまった。
例え体がどれだけ停止していても、常に思考は己の責務の為に働かせているこの悪魔は、存在し初めて最初の完全停止だった。

「え~と……それは君の見える範囲という事かい?」

「いいえ、文字通り『全て』です。南から北、東から西。子供から老人、男も女も」

再起動して行うのは確認。彼が持ち得る人間の常識内での再定義。だがそれはやっぱり否定されてしまった。
本気だ……この人間は……いや……そんなこと在りえない。子供の妄言でも大人の虚言でもない。
本気で、心の底から……思っている。世界の原理が分からない年ではないだろう。
世界の現状が分からない訳でもないはずだ。全てを理解した上で願い、考えているのだ。
そんな事があり得るのだろうか? いや……人間は諦めもその諦めを誤魔化す方法も知っている生き物だ。
なのにコレは本気で……

「出来ませんか?」

心底悲しそうな声。

「もし叶わないなら私は貴方の望む存在には成れません。だってソレだけが私の全てを賭けても良い願いですから」

本気でそれだけを望んでいる。その願いだけがコレを動かしている。
心の底からそれを望み続けている。それだけを考えて生きている。
コレを叶えさせることこそが契約を結ぶ上で必要不可欠……おかしいぞ。

そこでふとキュウべえはふと思い至る。
『どうしてコレの願いを叶えることを大前提にして僕は思考しているのか?』と
確かに強大過ぎる願いは何人の魔法少女を作り、魔女に落とせばいいか分からないほどの莫大なエネルギーとなるだろう。
それでもこれ以上、宇宙人という分野に入るだろう僕が理解できない侵し過ぎる生物に関わるのは危険なはずだ。

「駄目ですか?」

悲しそうに首を傾げる。ちくしょう、コレにこんな顔をさせるなんて、僕はどれだけ最低なインキュベーターなんだ。
なんとかして叶える方法があるはずだ。直接的には不可能でも常に彼女が挑み続ける事が出来る状態にしておくことが出来るんじゃないかな?

「やってみよう」

「ありがとうございます♪」

「あれ? ■■■■!!」

次の瞬間、自分がどんな思考をしていたのかも分からず、なんと答えたのかも定かではないまま、願いだけを叶えて……インキュベーターの沢山の端末の内の一つは多くの記憶と共にバグを抱えて消滅した。










「この魔女はダメだ」

ときどきふらりと現れて、魔女狩りに同行する契約者 キュウべえが突然そんな事を言った時、巴マミは思わず首を傾げた。
目の前には街を歩き回り、発見した魔女の結界への入り口 『球体に可愛らしい目がついたマスコット』の方陣がある。
どうしてここまで来てそんな事を言い出したのだろうか? 
今までどんなに強い魔女を前にしても、逃げろなんて一言も言わなかった冷静 在る意味 薄情な彼にはあるまじき言葉。

「どうしてかしら?」

「これと関わり合っちゃいけない。この……『ロストエデンの朝』とは……」

「どんな魔女だろうと人々に害を与えるんでしょ? なら倒さなきゃ」

「違うんだよ、マミ。僕が心配しているのは君のことであり、僕のことだ」

心配? 魔法少女は魔女を狩るのが定めのはずだ。
そこで危険に直面するのは当たり前であり、それはキュウべえ自身が良く口にしていたこと。
ならば何故……

「君が怪我をするのも……物の例えだけど君が死ぬのも仕方がないことさ。
 でもね? ここに入るという事は死ぬなんて良いもんじゃないんだ……心くらい人で居たいだろ?」

「っ!」

背筋を駆け巡る寒気。思わず足が後ろに一歩下がると同時に方陣が光を放ち始める。

「しまった!!」

飲み込まれる。結界に足を踏み込み、それに主たる魔女が気が付いた時の典型的な行動。
一つは遠ざけ、使い魔に迎撃させる。もう一つは……鉄槌を下さんと自らの元へと引き摺りだす。
いわゆる動く廊下。バタンバタンと幾つもの扉を自動的に潜る。既にマミの体を包むのは魔法少女の戦闘コスチューム。
手には幾らでも取り出せるマスケット銃を構える。最後の扉を潜った先に在るのは……



「あれ?」

青空だった。入道雲が出ている。足元には草原。遠くには小麦畑だろうか?
気持ちが良い風が吹き抜ける。気温からして初夏辺りだろう。とても過ごし易い。

「やっぱりそうか……」

そんなキュウべえの呟きでマミは意識を取り戻す。そうだ。ここは魔女の結界内のはずだ。
本来ならば作りモノ染みているべき異界は余りにも現実的。
もっと大きな違いを言えば常に不快感を感じる悪趣味な落書き世界ではなく、そこに在るのは何処までも一方的な安心感と居心地の良さ。


「あらあら、いらっしゃいませ♪」

「っ!?」

マミは振り向いて銃を構える。銃口先には何時の間にか白いテーブルとイスが在った。
そしてそこに座るのは一人の女性。ピンク色の髪と整った顔。鼓膜を撫でる優しい声色。
手に持ったティーカップを置き、微笑む。足元には方陣に描かれていたマスコット 使い魔だろうか?がさまざまなカラーで無数に転がっていた。

「大変だったわね、巴マミさん」

「なんで!」

「聞いちゃだめだ、マミ!!」

キュウべえの叱責の声で自分が魔女を前にして対話を選択しようとしていた事実にマミは気が付き、息を呑んだ。
すぐさま弾き出されるはずの銃弾は全く火を吹かない。
『撃てない!』
今までの魔女とは異なるあまりにも人間らしい姿をしていたから……では無い。
『押しつぶされそうな慈愛』に対して牙をむける事を生物の本能が拒んでいるのだ。

「一人だけ生き残った」

「っ!!」

「大丈夫ですわ。ご両親も貴方が無事でよかったと思ってらっしゃいます」

マミは何時の間にか抱きしめられていた。温もりがある。全てを委ねたくなるような温もり。


『あぁ聖なる乙女よ♪』

歌が耳元で心地よく響く。

『重き剣を持ち闘い続けし可憐なる者よ』

鼓動が安らかになる。

『どうか今だけは穏やかに♪』

自分が魔法少女で……

『次に目覚めたら共に考え……』

相手が魔女であるなんてもうどうでも良かった。

『共に戦い続けましょう♪』

ただ一緒に居て肯定し、肯定されたかった。
どんな人 今は亡き両親にすら感じたことが無い好意を覚えるコレと一緒に居たいだけ。



『世界全てを幸せにするために』



抱きしめる魔女と抱き締められる魔法少女。
委ねられるラクス・クラインと委ねる巴マミ。
青い空と白い雲、鳥のさえずりと風の音色。
カラフルなマスコット ハロ達と白いテーブル。



世界の全てが反転する。





そこは黒。平坦な黒色と白色。
巨大な大聖堂。無数の長椅子。空中には白すぎる天使たちが舞う。
長椅子には無数の祈りをささげる人たちが居る。
大国の大統領が、小国の浮浪者がいる。
敵対する部族の長たちが並んで座っている。
高名な学者がいる。会社の社長が居る。
全く関係がない存在。もしくは敵対者たちが平等に座っている。
彼らは宗教も主張も関係なく、暗い大聖堂の中心へと祈りを捧げている。
祈りの体制のまま話し合っている。『世界全てを幸せにする方法を』



大聖堂の中心には魔女にして聖女。






桃色の髪に漆黒の花嫁ドレス。眼球が抉り出されたガランドウの目。
髪の上には茨の冠。口はミシン糸でぞんざいに縫い付けれていた。
金色の十字架に張り付けられた聖人の如し魔女 
『救世の魔女』。
性質は『改善』。全てを救おうと全てを愛し、その方法を得るために自ら魔道に入った存在。
自分ではその方法が分からないので、無数の『友人』に考えて実行して貰っている。
彼女を倒すには彼女の代わりに世界全てを救ってしまわなければならない。



魔女図鑑より……











まどかマギカが面白くて、続きが見れなくて、ついマミマミむしゃむしゃして書いた。
反省はしているが後悔はしてない。そしてもちろん本編には何の因果関係も無い。
これがエイプリルフールの魔力……投下の日付が二日? 気にしないで。



[7970] 偽ラクス様、肩の力を抜く
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:9c20ba48
Date: 2011/04/28 23:04
なんか前回で燃え尽きました(なにっ!?
だから小出しでお茶を濁す作戦を立案! 承認! 失敗!!










「それでは名残惜しいのですけど、お暇いたしますね?」

『帰れ帰れ。さっさと帰れ』

涙とか鼻水とか崩れかけた笑みとかでグチャグチャな顔を擦りながら、たおやかで健やかな笑顔を浮かべる本物に私は内心でそう吐き捨てた。
何故口に出さなかったかって? 口も聴きたくない? NOだ。理由は簡単。

『口を開いたらお礼の一つでも言ってしまいそうだったから』


「たとえここでお別れしても目指す場所が同じなら、きっとまた会えると信じていますわ」

目指す場所が同じ? 私は雇われただけの偽物であり、議長の傀儡だ。
このコズミックホラー的な電波を受信して行動する本物と同じ方向性を示すことは難しい。
というか、まともな人間では後ろに付いていけても隣を歩く事は出来ないだろう。

「ラクス様、そろそろ……」

「せっかちな殿方は女性に嫌われるそうですわよ? ブレラさん」

促す声には冗談で返す本物。しかし差し出される手を取るのはダンスホールの淑女が持つ優雅さ。いちいち腹立たしい。

本人には全く身に覚えがないのかもしれないが、こいつは常に群れの中心に鎮座する女王蜂なのだ。同一の存在は群れに一つしか在ってはいけない。
この場合の群れを本物が言う『沢山の友人たち』とするべきか、『全ての人類』と定義するのかはまた別の問題だろう。


「今度は……」

手を引かれて私の横を通り抜け、ふと思い出したように本物 ラクス・クラインは呟いた。

「今度は、貴方の歌を聞かせてください」

「それは……」

何度も言うが私は偽物だ。私が歌うのは私の歌ではない。
コレの偽物で在り、議長のプロパガンダの為の物に過ぎない。
だというのに何処までも白々しい……あぁ、違う。コイツは本気なんだった。
何処までも本気 何処までも優しく 何処までも狂信的で、どこまでも腹立たしい。





「あ~あ!」

なんだかもう何にもしたくない。超ヒキコモリたい。
多くの人が利用するべき舞台を見下ろす観客席としての長椅子に寝っ転がる。
プラントで見た色とは深みが違う本物の黄昏が視界を覆っていた。
何時まででも飽きずに眺めていられる自信が在るのだが、残念な事にそんな時間が在る訳ではない。
しかし動きたくないでゴザ…「ラクス!!」…?

「シン君?」

(借り物の)名前を呼ばれて顔を起こす。そこには石畳の階段を二段飛ばしくらいで駆け下りてくる黒髪の少年が見えた。
どうやら『ここで待っている』と告げた場所に私が居なかった為、慌てて探しに来たという事だろう。

「あの!」

それにしても鬼気迫った様子。別に戦場で迷子になった訳ではないのに。
それだけラクス・クラインという存在の価値を理解させられ、大変に腹立たしい。

「さっきの歌!!」

歌? 身の安全とかじゃなくて歌?
思わず首を傾げる私に自分がした質問の難易度が分かったのか?
シン君は慌てたような口調と真っ赤に染まった顔でそれに答える。

「さっきの歌……なんか……貴女らしく無かったから……その……心配になっちゃって」

まぁ、歌っていたのは私ではないのだから私らしく無いのは当然だろう。
いやまて……さっきの『アレ』こそが本物のラクスであり、本物のラクスの歌である。
だからこそそれに違和感を覚えるシン君は中々どうして不可思議だ。


「くふっ♪」


不可思議なんじゃない。思わず口から洩れた声からも分かるように私は……嬉しいのだ。
本物のラクスと比べて、短い期間を過ごしただけの偽物を『普通』だと評し、私の全てを奪って言った歌を『変』だと認識してくれる存在。

「大丈夫よ」

込み上げてくる喜びを隠すことなく、私は安心させるような笑み。
恐らく偽ラクスを初めて最高……いや、生まれてから最高の微笑み。

「さっきのはソックリさん。世界に二人といては困る私の虚像だよ?」

いまいち言葉に説得力が無かった気はするが、それをカバーしてあまりある笑顔だったと確信する。
シン君からもホッと緊張が抜けて行くのが分かった。


「そろそろ……」

息を吐き出す。
あの憎たらし過ぎて、猛烈に愛らしくも感じてしまう本物によって生じたごちゃ混ぜの感情を吐き出す。

肩の力を抜く。
あの夢見がちな旧神のごとき本物の理想論を肩から外す。
アイツは自分と同じ顔の着せ替え人形に、過剰な期待を抱き過ぎて居るのだ。
私はただ今まで通りで在れば良いのだ。

「戻ろうか!」

あの麗しき戦船に。あの麗しの戦場に。
これからも私は変わらない。私が思う私を演じ続けて行けば良いのだ。
これからも私は変わらない。私が思う様に……


「戦い……歌い……守る」


そんな誓いの言葉を前を行くシン君に『聴こえないように』宣言する。
恥ずかしいじゃないか。ただの偽物風情が。誰にも聞こえなくても良いのだ。
ただ私にだけ、私の心にだけ刻みこまれていれば良い。





そう思っていたのだけど……



「え? ファーストステージが決まった?」



















かなり短い。そして珍しい引きを実験。



[7970] 偽ラクス様、デビューする
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:9c20ba48
Date: 2011/05/15 11:11



えらい難産でした。












「なるほどね……」

『ファースト』の言葉は疑いようがないのだが、人前で歌うまえに偉そうに演説するために呼び出されたようだ。

「ご不満ですか?」

手元のノートパソコンを叩きながら、欠片も感情を感じさせない声を上げるのは、ミネルバに戻る予定だった私たちを呼び出した張本人。
元特殊部隊だと私は踏んでいるマネージャー サラ……ファミリーネーム知らないや……さん。

「い~え! お仕事ですから」

既に陽を沈んだオノゴロ山の中腹、展望台として開けた場所に私たちは立っている。
私とサラさんはもちろん、護衛だから付いてきた状況が良く分かっていないシン君。
そして初めて見るスタッフ数人。こちらへ、ラクス・クラインへ視線を向けることなく黙々と作業。
雰囲気からしてこちらも普通の人間ではないと容易く予想できる。

「しかしこの非常時にオーブからプラントへの生中継とは恐れ入るわ」

「非常時だからこそ、貴女の存在が必要なのです。ラクス様」

私が偽物だと知っている数少ない人間が良くもまぁ……
次々と組み上げられていくのは通信機器の類。マイクやカメラなどなど。
Nジャマーの影響色濃い中では本来プラントとオーブ間での通信など難しい。

「まさかアンテナを一個乗っ取るとは……」

そう……この場所に集合した意味はまさしくそれ。百メートルばかり離れた場所に聳え立つのはアンテナ。
もちろん唯のアンテナではない。巨大な白い雨傘をひっくり返したような特大のパラボラアンテナ。
元より星間探査機との通信用で、Nジャマー下でも一番地球よりのプラントならば容易く通信可能、だそうだ。

「いくら大出力とはいえ、所詮は民間管理。時間も在れば奪取など容易いことです」

やはり大した感情を感じさせない呟き。
いやいや……民間管理とてただのザルでは無い。しかも時間なんて私がオーブ観光を楽しんでいた数時間だ。
それだけの期間にこれだけの人数、大した下準備をするでもなくそれを行うのはやっぱり普通じゃないと思う。
雨傘のお化けからは永遠とコードが伸びており、その繋がる先は私を捉えるカメラへと繋がる。
つまりこれから私の初ステージはプラントへと生中継されるのだ。


「シナリオには目を通しました?」

私は頷き放り出すのは手元に持った数枚の紙切れ。
サラさんが言葉を交えながらも作業を続けて居た様に、私とてただお喋りをしていた訳ではない。
手元には今回私が伝えるべき内容の羅列された紙。恐らく電子メールをプリントしたものであろう。
出元は当然私のスポンサーたるあのキツネ……ギルバート・デュランダル議長。
本物のように世界の全てを敵に回しても、世界の全てに優しく出来るような怪物ではない。
薄っぺらな偽物の私にとって、これは絶対に従わなければならない赤紙。

「OKよ。大枠は頭に入っているわ」

そこに示されていたのは衝撃的内容。もし先に情報を仕入れて居なかったら、もうちょっと取り乱していただろう。

『こちらの会話を望む姿勢を無視した強引な開戦。そして核』

本物が友人(タカ派で有名な連合中将)から得た情報。それはもちろんプラントにも伝えられた。
それに基づいて先手をとる形で防衛戦を展開出来たはずである。それでも核ミサイルは放たれてしまったようだ。
それでありながらしっかりと連絡が取れる辺り、あのキツネもプラントも無事では在るらしい。
となると問題は……


「ねぇ、サラさん?」

「何か?」

「非常時もこの服なの?」

となると問題は……このふざけ過ぎた衣裳くらいなモノだ。
重量の増加にしか寄与していない胸が強調される胸部装甲。
大事な部分をV字の僅かな面積でしか守ってくれない局所装甲デザイン。
もはや隠すとか通気性何て単語とは、次元を違えてしまった翻り放題で見え放題なフリーダムスカート(造語)。
ミネルバにて急遽与えられた私室のクローゼットに厳重封印しておいたはずの危険物。

「デュランダル議長の指示ですので」

「あのキツネ……今度会ったらゴンギツネにしてやる……」

どうしても私に羞恥プレイを強要したいらしい雇主には物理的復讐を誓いながらも、髪に止められた星型アクセサリーを弄る。
たとえどんな格好だろうと私のファーストステージだ。偉そうな演説の後には、一曲歌って踊る予定になっている。
耳元につけられたイヤホンから流れるのは本物の人気曲を随分と明るく、かなりおバカな感じに改悪したアレンジ曲。
『ラクスの芸能活動復帰』 『新しいラクスの魅力』……とかを目指した選曲らしいが、正直趣味じゃない。


「そろそろ予定の時間です。プラントとの通信感度は?」

「感度良好。何時でもいけます」

スタッフに確認を取っているサラさん。それていた視線が私に戻って、差し出されるのは開かれた掌。

「新曲の音源はそれだけですので、そろそろ……」

私はイヤホンを取りはずしてUSBメモリ状の音楽機器を……『一旦後ろ手に隠してから』……放り投げる。
サラさんにキャッチされた音楽機器は無数の機械の集約点たるノートパソコンに接続。

「スタンバイを」

頷いて私は歩を進める。
無数のカメラとライトの先、マイクの前。闇に沈んだオーブの美しい街並みとそれが作る夜景がバックに映える最高の位置取り。

「カウント入ります!」

スタッフの一人が紡ぐ数字を聴きながら、私 ラクス・クライン(としてデビューするミーア・キャンベル)は考える。
いま自分を覗き込むカメラの向こうには、欲しても手に入らなかった無数の観衆が居るのだと。

「3!」

それだけで胸が高鳴る。戦場を前にした時と似ているけど、全く異なる……実に健全な欲求。
こんなところまで来てしまってから考えるに、私ってば本当はただ歌って踊って、それを誰かに見てもらえれば良かっただけの、実に可愛らしい普通の女の子だったのだ。

「2!」

別に大人数で在る必要すらなかった。ラウンジの片隅でミカン箱の上だろうと良かった。
たった一人でもミーアの歌を聴いてくれる人が居ればよかったのだ。
現実は誰もが声に惹かれて見に来ては、詰まらない顔をして離れて行っただけ。
今だってこんな顔でなければ同じことが起きるのだろう。

「1!」

だけどそれでも構わない。一切の難しい理由や精神的葛藤を投げ捨てて、私は純粋に今という瞬間を楽しんでいる。

「キュウ!!」

さぁ見ろ、お目付け役マネージャー!
さぁ聞け、小憎たらしい怪物じみた本物!
さぁ見ろ、掴みどころがないキツネな議長!
さぁ聞け、ミーア・キャンベルを認めなかったコーディネーター!

ねぇ……感じて? 私のたった一人の本当のファン。


「お久しぶりです、プラントのみなさん。私は……ラクス・クラインです」


これが偽ラクスの初舞台だ。














「私はラクス・クラインです」

突然の開戦と有無を言わさぬ核攻撃。もはや完全にこちらを人間として見ているかも思える残虐で暴虐な連合の行動。
不安と怒りで止められない激流が生まれようとしていた刹那、全てのテレビ画面に映し出された姿。
憂いを帯びた表情を端正な顔立ち。桃色がかった輝く長髪。祈りの形で組まれた掌。
そして何よりもその声。大いなる安らぎを無条件で約束するような聖女の声。
間違えるはずがない。コーディネーターにとっては忘れる事なんて出来ない声。
アイドル以上の存在として父 シーゲル・クラインと共にプラントに貢献し、裏切り者の汚名を着ながらもプラントを救った救世主。

「ラクスだ……」

3隻同盟として世界を滅亡の危機から救ってからは、ぱったりと活動を休止してしまっていた。
歌はラジオやらテレビからひっきりなしに流れていたが、今回は画面の右隅に刻まれた『LIVE』の文字。
いわゆる生中継。いわゆる生ラクス。

「ラクスが帰ってきた」

それだけで広がる僅かながらも確かな安堵感。


「いまプラントは混乱の中に在ると思います。
 ユニウスセブンの落下、それによる地球の壊滅的被害。
 連合からの通告は余りにも一方的。開かれた戦線、そして核攻撃」

伏せられた目。下を向いて彷徨う視線から滲むのは紛れもない後悔の念。

「誰もが感じているでしょう……」

何かを掴み取るように差し出された手はワナワナと震える。
掻き毟るように胸元を抑えて苦しそうに彷徨う視線。
次に吐き出された言葉はあまり神聖視さえされているラクス・クラインには似合わない。


「痛みを」


怒りも戸惑いも嘆きも全てを内封して渦巻く言葉。
人間が所詮は一個の生物としてしか存在しえない業そのもの。
歌姫どころか聖女としてすら認識されているラクスには程遠い感覚だろう。
誰もが漠然とそう考えていた次の瞬間。


「私もそうです」

だが本人の口から聴こえたのは肯定の言葉。不安のざわめきが彼方此方で広がる中、ラクスは続けた。

「どうしてアーモリーワンを襲撃した!?
 どうしてユニウスセブンを地球に落としたの? 平和を誓ったあの場所を!
 どうして核を撃つのですか!? 私たちは地球の危機を戦って、その後も手を差し伸べたのに!!」

『声を荒げる』なんて行為が既に縁遠いはずの聖女は叫ぶ。
既に喚き散らす子供のヒステリーとすら感じられるソレ。
もはや安ど感をかなぐり捨てて見ている事が辛くさえ在る。
荒い息を吐くこと数秒。


「そう……誰もが痛みを感じています」


不意に戻る声色。感情が消し飛び、冷静に語りかける口調。
温度差でテレビの前のザワメキが一掃された。もちろん実物を見ているシンも同じこと。
ドキリと心臓が良く分からない鼓動を刻むのが彼には分かった。

「ユニウスセブンを落とした元ザフトのテロリストはこう言っていました。
 『撃たれた者の嘆きを忘れ、何故撃った者らと偽りの世界で笑うのか?』と」

まさに心理だ。生き物ならば当然のことだ。
殴ったヤツとは分かり合えない。殴った手とは握手できない。

「いま地上の同胞 ナチュラルたちの中にはこんな考えが蔓延しているのかもしれません。
 『どうしてあんな物を軽々しく落とす事が出来るのだ! 許せない!!』と」

痛みは痛みを呼ぶ。そうして始まるのが争いだ。
何時始まっていつ終わるのかも解らない無限螺旋。いま世界が捉えられようとしている物。

「殴られた頬を抑えて泣く事しかできないのは子供だけです。
 プラントにはザフトがあります。前大戦も戦い抜き、みなさんを守った誇り高い盾が」

だがそれだけではいけない。


「しかし握った拳をでたらめに振り回すしか出来ない者を蛮人と呼ぶのです。
 プラントには最高評議会とそれを束ねるギルバート・デュランダル議長が居ます。
 貴方たちが選んだ最高の思慮と思考をどうか信じてください」

子供だけでも蛮人だけでも戦争は終わらない。必要なのは……


「私たちは生き物です。故に痛みを感じる事は至極当然こと」

痛みを覚えるからこそ戦いは終わらないのだろう。必要なのは……



「戦う拳を持ちながら、その拳が生む痛みを理解している者……それこそが真の意味で『人』なのです!」

高らかに宣言する美声。そこからしなやかに見える(本当はMS操縦者特有のタコだらけ)掌が形作るのは握り拳。
完全たる暴力の象徴。見る人が意識して確認すれば、軍人など戦う者が作る実戦使用の握り拳だと理解できただろう。
しかし彼女はラクス・クライン(偽)で在るからして、そんな事を理解できた者は誰も居ない。


「だからこそ! 貴方たちを守る盾たる、貴方たちのザフトは拳を振るう事に躊躇いはありません!!
 だからこそ! 貴方たちを導く旗たる、貴方たちの評議会は拳を振るわなくて済む未来を諦めません!!」

既に選挙演説 もしくは軍部や政権の擁護を匂わせている内容なのだが、それが鼻に付いた観衆は一人として居なかった。
それがラクス・クラインの魔力で在り……いま画面に映っている人物の魅力だった。

「親愛なるプラントのみなさんにはどうかお願いします……今は努めて冷静に。
 驚きと怒りだけで拳を振るう事はあってならないのです」

握り拳は解かれて、意思に輝く瞳は伏せられて……形作るのは祈りの姿勢。

「ザフトは命を賭けています。直接戦場で戦うMSパイロットは私と変わらない年の若者たちが大半を占めている現状。
 彼らが慄然と拳を振るう事が出来るのは、背中に貴方たちを守っているからです。みなさんの温かい応援があるからです。
 拳が振るわれるのは何時だって、それが生み出す無数の痛みの向こうに……つかの間の平穏を祈っているから」

愚かな生き物である人間だからこそ『束の間』と言い切る辺りに今までに無かった現実感。
祈りの形で作る沈黙が数秒。

「それでは突然で申し訳ないのですが……」

組まれた掌が解かれてマイクを包み込むように握り、開かれた瞳には先ほどとは比べ物にならない輝き。

「私の……」

今までのどんな言葉よりも説得力を持った力強さ。強引さとも取れるソレが必然たる魅力。



「私の歌を聴けぇ!!」










叫び。全くラクスらしくない。割り込んだイントロは高音のギター。
今までの彼女の曲らしくない出だしから、それが新曲である事を観衆の誰もが理解した。



「「「っ!?」」」

それとは全く違う驚きを感じている者たちが居た。
この生放送を中継しているスタッフたち。彼女が歌うべき歌はこんな出だしでは無い。
自分たちのミス? いや……あのメモリにはこの曲しか入っていなかったはず。

「まさか! すり替えたのか!!」

確かにプラントの音楽機器は一社独占の状態だから、使い道を限定すれば形は限られてくるがカラーまで、彼女の個人所有と一緒とはなんという不幸。
そして何よりもラクス・クラインを似せる気なんてトンとない手癖の悪さ……この魔女め。


「どうします! 事故を装って中止しますか!?」

スタッフたちの視線が集まるのはこんな事態でも眉ひとつ動かさない上司 サラの元。

「このまま続行」

「しかし!」

「ここで強制終了なんてそれこそ民衆が暴動を起こすわ」

そんな事を既に予定されていたというようにサラは言い切る。スタッフが仕事に戻るのを確認して小さくため息。
本当の事を言えば彼女はミーアがメモリをすり替えたのを確認していた。そこで指摘してしまえば、今の騒ぎも起こりはしなかっただろう。
だがサラは絶対の上司から目の前の偽ラクスについて、こんな命令を受けてしまっているのだから仕方がない。



『こちらに害を及ぼさない範囲で可能な限り自由にやらせる』


本当にどうしようもない。歌姫も議長も本当に困ったモノだ。
軍人である以上その命令には従うが、本当に使われる者の身にもなって欲しいモノだ。
まぁ、なにはともあれ一番の救いは……偽物の歌は本物よりも好みだった事くらい。










「この胸の痛みはなに?」


マイクに齧り付くような熱唱。


「きっとそれは闘う友の痛み」


これまでのラクスの曲には無かった要素。


「星の螺旋は辛い形を描くだろう。だけど負けない屈さない」


早いリズム アップテンポ。


「鋼の四肢は武骨な鎧。輝く夢を脇に置き、君たちはきっと闘っている」


高音のギター、ドラムの重低音。


「運命はサザンクロス。張り付けられた戦いの宿命が泣いている」


そして何よりも大きな違いは……


「だけど思い出してその小さな背中に満願のエール!!」


何よりも大きな違いは熱、だ。


「痛みも吹き飛ばすくらい叫ぼう。頑張ってって!!」


今までのラクス・クラインが発表した曲はどれもが涼やかな清流
熱量をほとんど持たず、聴く者から余計なソレを吸収して、落ちつけてしまうイメージ。
だがこの曲はどうだろうか? 困難な状況下だからこそ熱く、そこに立つ者たちを鼓舞する歌。
まさに正反対なのだが……そこはラクス・クラインというネームバリューに、人とは思えぬ美声で簡単に帳消し。


「良いな……こんなラクスも」

そんな声がテレビの前で民衆たちから上がってくる。しかし残念な事にアンコールは無し。
一曲を熱唱し、うっすらと汗を流しながら微笑ではなく、豪快の笑うラクスのアップを映してブラックアウト。
数秒の沈黙の後、詰まらないニュースが再び画面を占める。



「素晴らしい……予想以上だ」

ギルバート・デュランダルは私室のモニターの前で微笑んでいた。
自分が見つけた『対ラクス・クライン』の切り札は予想以上の戦果をあげてくれたのだから。
こんな状況を抑えるための替え玉だけではなく、その後に厄介になる本物の幻。
それを打ち砕く為の偽物はまさしく本物を超えるかもしれない。破天荒とはこの事だ。
科学者の計算をも覆すこれは魅力と言って差し支えあるまい。

「さて……今度は私が仕事をする番か」

遺伝子構造と睨めっこするよりも面倒な人の思惑とぶつかり合う仕事を。










「はい、カットです」

スタッフさんのその言葉に力が抜けて、私 ミーア・キャンベルは崩れ落ちていた。
息が荒い。鼓動が五月蠅い。まるで戦闘から帰還した直後……いや、アレよりはだいぶ健全か?
歌った……歌ってしまった……本来の歌ではなく、私がミーアだった時に作詞・作曲などなどしておいた秘蔵の一品。
試しにメモリをすり替えてみたら、上手いことサラさんにも気付かれず、流れてから強制終了も無し。
恐らく流れてから歌わないのは盛り上がりに欠けると判断したのだろう。
うぅ~今更だけどサラさんの反応が怖いよ~

「機材を撤収。アンテナにも不法アクセス痕を残さないように」

私にはもう今日もが無い様子。まぁ何にも云われないならそれに越したことはあるまい。
となれば確認するべき事はあと一つだけ。


「どうだった? 私の歌」

おずおずと近づいてくる黒髪に赤目の子犬……シン・アスカ君に問う。

「凄く……ステキでした」

プラントの向こう、多くの観衆たちの反応はまだ分からない。
でも今はたった一人のファンにそういって貰えただけで……どうしようもなく満足です。













暗い室内だった。淡い光源が幾つか灯り、それが映し出す広さと効果な家具類から、高級ホテルの一室ではないかと予想できる。
そんな中に人影は二つ。金色の髪に紫のロングコートを着た優男は直立不動。
もう一人は彼が経つ傍らの白い安楽椅子に腰を降ろした桃色の髪をした女性。

「そろそろお歴々との会談の時間ですが……っ!?」

二人して見つめていた大型テレビから視線を外し、男 ブレラ・ストーンは雇主たる女性を見て驚いた。

「素敵な……歌でした」

女性は泣いていたからだ。
呆けた無表情にハラハラと無自覚で零れる涙は、常に微笑を湛えている聖女のイメージを僅かながらにも崩す破壊力。

「ミーアさんが自分の歌を歌ったのですから、私も役目を果たさなければ成りませんね?
 みなさんとの接続をお願いします、ブレラさ…『その前に』…なにか?」

男が差し出すのはハンカチ。地味な柄の男物 ついでに安物。

「涙を拭いてください。画像が映らなくても、その存在感は出席者には伝わります。
 もし貴女が泣いているとなれば友人さま達は大騒ぎを起こすのは必定ですので……」

余りにもキャラじゃないボディーガード兼ほかとは反応が違って面白い最近お気に入りの友人の反応に女性は笑顔。
差し出されたハンカチで丁寧に涙を拭い、再びのお願い。

「みなさんとの接続を」

「了解」

といっても難しい設定はすでに専門家が済ませている。ブレラはパソコンのエンターキーを叩くだけなのだが。


「■■■」

消えていた大型テレビに電子音と共に再び光。映し出されるのはガラスの箱庭。

「先ほどの偽物の演説は酷いモノでしたな? ラクス」

「あら? 私はお気に入りなのですけど」


「■■■」

続いてパソコンが点灯。画面には緑一色の草原。

「いやいや無謀な第一波。成功せずに何よりです」

「貴方の情報のお陰です、おじ様」


「■■■♪」

さらに携帯電話に着信音。画面には絵文字で作られた真珠の首飾り。

「しかし問題はこれからですな」

「それを解決するためにみなさんのお力をお借りしたいですわ」


「もちろん全力を尽くさせていただきますよ」

「久し振りのお呼ばれですから、老獪も張り切ってしまいますわい」

「我が国は何とか壊滅せずに済みました」

三色のハロがコロコロと転がり出てきて、口々に騒ぎ出す。



だがそれで終わりではない。

「■■■」
「■■■」
「■■■」
「■■■♪」
「■■■」
「■■■」
「■■■」
「■■■♪」
「■■■♪」
「■■■」
「■■■」
「■■■」
「■■■♪」
「■■■♪」

無数の電子音、着信音が連続する。連続して灯される光源。
大小さまざまなサイズのテレビ。無数の型のノートパソコン。新旧織り交ぜた携帯電話。
既に普通に生活する事が困難なそれらが所狭しと並べられ、薄暗かった部屋はその光で瞬く間に明るく染まっていく。
その数は容易く百を超えた。


「■■♪ ■■■♪」

最後にラジオがクラシックを僅かに流し、こう切り出した。


「さてそれでは諸君、ラクス・クラインの御名において『歌姫の円卓』を開催しよう」





「……」

余りにも纏まりがなく、幾つかのグループに分かれながらも、実務的な話を高次元でバリバリと決定する奇妙な会議を沈黙で見ながら、ブレラは思う。

『いま自分は間違いなく世界の中心を見ている』と

無数の機械の向こうには無数の著名な政治家や軍人、経済界の大物に一派を代表する宗教家たちが居るのだ。
そして彼らがこれからの世界に対しての意見を出し合っている。

「全く人生は分からない」

小声で呟く。コーディネーターの捨て子なんて行きつく先は海賊やら傭兵やらが席の山だと思って生きて来た。
そして現実はまさに数日前までその通りだった。世界がどうなろうと知った事ではなく、自分が生きて行くだけの金が在れば良い。

だが今や目の前には世界の中心があり、こんな世界すら容易く救ってしまいそうな女性が居る。
惜しむらくは自分がその輪に入れない事くらいか……いやいや、所詮はMSの操縦が少し上手いだけのボディーガード。
そこまで求めるのは……「ブレラさん?」……おっとお姫様がお呼びのようだ。

「MSパイロットとして現段階における連合とプラントのMS戦力比率を聴きたいですわ」

「はっ?」

何を言い出すのだ、この雇主。殆ど自分ではしゃべりもしない癖にどうして……
まさか『混ざりたい』なんて子供染みた私の欲求を感じ取ったとでも?

『ラクス様のご推薦だ』

『現場の忌憚のない意見を聴きたいの? 若人』

参加者たちにもロックオンされてしまったらしい。どうやら混ざるしかないらしい。
この正義を持って成す秘密結社的会合に。そう思えてしまう辺り……既に私もラクスが言う『友人たち』と同質なのかもしれない。






百人近い参加者が幾つかの分野に分かれて話し合い、そのグループすら常に形を変えて数々の議題を処理していく。
普通の状態ならば決して出来ないことだろう。
だがこの場所『歌姫の円卓』もしくは『聖女の茶会』と参加者たちが呼ぶこの会合では当たり前のこと。


「次はご一緒に歌いたいですわ……ミーアさん」


そして更に恐るべきことに、この会合の主催者であるはずの女性は話し合いには殆ど参加せず、実に個人的な思いを募らせている事だろう。














とりあえず偽ラクス様の歌はロックっぽいアニソンの感じで脳内再生してください。



[7970] 偽ラクス様、共感する
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:1a135355
Date: 2011/08/06 20:58
久しぶりで申し訳ありません。
突然ですが機動国家元首☆偽カガリ様、始まります。









ミネルバ艦長 タリア・グラディウスは疲れていた。
戦闘艦の艦長 しかも新造艦を任された者というのは、誰でも多少の差が在れどストレスや疲れを一般的平均値よりも多く受けるのは仕方がないこと。

「はぁ」

私室で横になろうとも考えたが、密閉性が高い室内は逆に閉塞感を増すかもしれない。
甲板で本物の空気でも吸って来よう。長い宇宙艦務めだったタリアはそう判断した。

「どうしてこうも難局ばかりが……」

ようやく歩き慣れた通路は何故か暗く感じる。
新造艦の艦長と言うだけで重責なのに、そこに複数の厄介事が舞い込んでいるのだ。
まずは新型機の強奪という大ハプニングによる完全に予定外の初陣たる追撃任務。
さらにユニウスセブンの落下という特大ハプニングに対して、恐らく人類史上初になるだろう大気圏突入時の主砲砲撃を敢行。
何故だか同乗してしまっていたオーブの子獅子を里まで送ってやれば、異国の地で強引な連合の開戦と核攻撃が耳に飛び込む。

「それに今度は出て行け……か」

プラントは無事だという報告に胸を撫で下ろしたかと思えば、オーブは連合と同盟を結ぶというお知らせ。
まぁ情勢を鑑みれば仕方がない事ではあるが、辛い仕打ちには違いが無い。


それに外的な要因だけではなく、彼女の胃を痛める事があった。余計な荷物が一つ紛れこんでいるのだ。
戦艦一つでは守りきれないようなビッグネーム。プラントの生ける神話にして救世主。
新造艦一隻とでも全く釣り合わないような存在。本物と接したのは初めてだったが、あそこまでハチャメチャだとは思っていなかった。
クライン派の旗頭にして前大戦を終局へと導いた平和の歌姫……と聞いていたのだが?


『この私、ラクス・クラインが出撃するわ』

最も記憶に残っているのはその言葉。そしてそういった時の表情。
以前に映像で見ていたどんな顔よりも輝いていたのが印象深い。
ただの戯言かという判断を下そうかと思えば、何故かギルが彼女のMS操縦の腕前を全面的に保障。
五月蠅いほどに注意事項を並べ立てて、発進させてみればダークダガー数機を瞬殺する実力に空いた口も塞がらなかった。
あの窮地を潜りぬけたのは間違いなく彼女のお陰だろう。と、言ってもこれ以上軍属でない人間にMSを預けることなどあり得ない。

だがユニウスセブン落下という報告、そしてその破砕作戦に従事することが決定された時、ヒョッコリとブリッジに現れた彼女は笑顔でこう言った。


『私も破砕作業に参加します!』


「参加させてください」ですらない。
なんか授業で気合いが空回りしているジュニアスクール生徒並みに、手を上げてピョンピョンしていた。
「良いんじゃないかな? 破砕作業なら危険は少ないだろうし」とか言いだす国家元首は今度会ったら制裁を加えよう。

そして結局戦闘になり……彼女はまたも叫んでいた。


『この平和や平穏を築き、維持してきたのは貴方たち軍人だ』
『さぁどうした!? 胸を張れ! 貴方たちが作った平和と平穏に!!』


そんな風に考えた事は一度だって無かった。
軍人になって後悔した事も皆無ではなかったし、軍人になって胸を張った記憶も余りない。
平和の歌姫がそんな事をオープン回線で叫んで大丈夫なのだろうか?



「……というかそんな人物を乗せてこれから航海に出なければならないのよねぇ~」

行き先こそカーペンタリアと『だいたい』決まっているが、この船は海の上を進む為に作られた訳ではない。
しかも私の艦 ミネルバは月軌道上に配備される『予定』だった高速宇宙戦闘艦だ。
元より搭載数が少ないまま出撃したMSは予想外のプラス一機を除いて減り続けている。
パイロットも赤服とはいえ新人の三人のみ(断じて某歌姫を数に入れる訳にはいかない)といったありさまだ。

それなりに厳しい軍歴だと自負しているが、アーモリーワンからオーブまでは間違いなくトップクラスだろう。
なによりもその厳しい後悔は現在進行形で続いているのだ。


何時の間にやら甲板への扉の前へと来ていた。扉を開ければ潮風が肌を撫で、視界には翻る桃色の髪と夕暮れのオレンジ。

「え?」

何か変なモノが見えた。

「あっグラディス艦長!」

変な声も聞こえた。


「……何をしておいでで? ラクス様」

『ラクス・クラインが腕立て伏せをしていた』
何を言っているのか分からないと思うけど、私も何を言っているのか分からない。
幻や幻覚の類では断じてない機動歌姫の片鱗を味わっている。

「腕立て伏せ!」

それは分かる。見ればすぐに理解できた。

「いえ、何故そのような事を?」

「久し振りの連戦だったからですかね? なんだか体が重くて……鍛え直そうかと。海風も気持ちがいいので外で」

鍛え直す……まるっきり歌姫のセリフでは無い。しかし綺麗な腕立て伏せである。
整った相貌を汗が一滴零れ落ち、恐らくオーブで購入したのであろう簡素な衣服にも滲んでいた。

「オーブを出ればきっと戦闘になります」

「!?」

ラクス・クラインの安全という最大の問題点を容易く本人は淡々と口にする

「そうなったら、躊躇わずに私を出撃させてくださいね?」

笑顔で歌姫は言った。

「それは!」

それは出来ない。プラントの精神的主柱にして、これからの戦争の混乱時にこそ平和を唱えなければならない人物なのだ。
腕利きが一切のミスを犯さなくても死ぬ事が多々ある戦場に出す事は出来ない。

「もしミネルバに予定艦載機と同数の大気圏内飛行可能MSが配備されていて、ボスゴロフ級二隻程度の僚艦がついているのなら……私はブリッジの片隅で体育座りをしています」

「っ!」

何もかもが足りていない。花型として開発されたミネルバ自体の攻守には信頼が置けるが、本来の用途とは異なる海の上。
しかもMSはラクスの凄い色のザクを除けば僅かに三機。その中で大気圏内で飛行可能なのはインパルスのみ。
大圏内用の装備など積んでいるはずもないザクニ機は砲台替わりにしか使えない。

「何か在りましたら……お願いすることに……」

思わず目を逸らして絞り出すように呟いた。軍人として最大の屈辱だ。


「心中お察しします。どうか存分にお使い潰しください」

物騒な単語がちらついたが伏せていた目線を上げてしまう程の微笑み。
しかし今回の厳しい航海も中々捨てたものではないのかも知れない。
プラントの誰もが憧れる歌姫 本来ならば『軍人など居ない方がいい!』と公言しても可笑しくない平和の歌姫に、『戦闘で好きに使ってくれ』と言われてしまった。
不甲斐ない現状と足し算してプラスマイナス0という事にしておこう。











「よくもノコノコと顔が出せたな!?」

「……」

「……」


「理念が大事だとか言って国を焼いたかと思えば、今度は理念を捨てて連合と同盟だと!?」

「……」

「……」


「どこまで身勝手なんだ、あんたは!!」

「……」

「……」



この場には三人の人間がいる。一人は叫び続け、二人目は沈黙し、その二人を見守る三人目。
そして私 ラクス・クライン(というポジションを不法占拠しているミーア・キャンベル)は三人目である。

一人目に当たる男の子の名前はシン・アスカ。短い付き合いではあるが熱し易い事は理解していた。
もしこの相手が同期の桜であったならば『まぁ、可愛らしい♪』としばらく見ていても良いとは思う。


「なんとか言ったらどうなんだ!? カガリ・ユラ・アスハ!!」

しかし二人目、つまりシン君が怒鳴りつけている相手は駄目だ。微笑ましくない。
アスハである。たとえ目の前に居るのが愚直過ぎて政治家向けじゃない子獅子とはいえ、これはアスハの名を冠するオーブ一国の主なのだ。
ワザワザ連合との同盟を結ぶことを告げ、謝罪しに来たという相手に対してこの暴言。


「ちょっとシン君……『言っていいのか?』……あれ?」

私の注意を遮るのは何だか嬉しそうなお姫様の声色。
おかしい。『なんとか言ったらどうなんだ』という単語を受けた場合、窮地に立たされているはずなのだから、暗いソレになるのが普通だ。

「やっぱり何を言っても怒られると思ったから黙ってたんだけど」

いや、そのまま黙り続けているのが普通ではないだろうか?
というかそれが政治というものではないのだろうか? 一国の責任者さん。

「先に艦長には謝罪したんだが、まずもう一度謝らせてくれ。すまなかった」

真っ直ぐな瞳。とてもではないが政治家のソレでは無い。戦場にだってこんな目をした奴は居ない。
というか現実世界にこんな奴がいるのだろうか? おとぎ話の勇者くらいだと思っていた。

「あっ謝られたって……前は民を捨てて、今度は理念を捨てるのかよ!?」

傍から見ればあからさまに怒りを消火されているシン君はそう切り返すのがやっとだった。

「捨てたっていうのは心外だな……守れなかったのは確かだけど」

答えたアスハは顔を歪める。図星を指摘されて拗ねる子供のソレ。
だが数秒と待たず、伏せていた視線は再びシン君へと向けられる。

「理念も民も守りたい……いや、守らなきゃいけない。でもどちらかしか守れないなら……」

二兎を追う者は一兎をも得ず。現実的であり政治的な言葉だ。
だけどなんだろう。この輝きは……

「父上は理念を選んだ。それが未来でこの国を守ると信じたからだと思う。
 だけど私は子供だから……未来にまで気は配れそうにない」

いったん区切り、大きく息を吐いてから告げる。

「だから私は決めたんだ。私は民を選ぶ。もう二度とオーブは焼かせない。もう二度とシンみたいな子供は生ませない」


宣誓。聞いていたのは私とシン君の二人だけだったけど、その言葉には恐らく万人を震わせる力が在った。


「……だから連合の下に付くのかよ」

シン君の言葉には既に怒りが無い。ただ事態を把握する冷静な意思だけがあった。

「あぁ、オーブの強みは経済力と中立の看板で誰とでも話が出来る影響力だ。
 条約に加盟しないとそのどちらをも殺されてしまうからな。ウナトたちセイラン家が主導したことだが、私も納得した」

「プラントとの関係は切り捨てるのか?」

「そう捉えられる事だけが心配だった。だから私自ら事情を説明しにきたし、タリア艦長には議長への親書を託させて貰ったんだ。
 デュランダル議長は政治初心者である私から見ても良く出来た人だ。こっちの意図も組み取ってくれると信じている」

なるほど……どちらにも良い顔をする気が満々な事だけは理解できた。
しかしそれを清々堂々と喋るのはいかがなモノなのだろうか……


「オーブの目標は勝ち馬に乗る事だからな!」


無い胸を張って宣言するアスハ……いやもうカガリ(名前で呼び捨て)で良いや。
シン君も何だか微妙な表情。怒れば良いのか嘆けばいいのか分からないといった表情。

「もう決めたんだ。どっちが勝ったって、どっちが負けたって、引き分けだって、共倒れだってオーブは絶対に守る。
 だからシン!」

「なっなんだよ!?」

突然カガリはシン君の手を力強く握った。そこには最大級の笑顔。
びっくりしたシン君はドギマギとした口調と頬を染める赤。なんだか気に入らない。


「何時だって帰って来いよな。私は、オーブは待ってるから!!」

汚らしい政治の二重構造を飲み込み、理解したうえでの言葉。
そのはずなのにこの輝きは何だ? 夢物語だと切り捨てられない重みは何だ?
憎たらしい。この輝きは英傑の輝き。最新技術で着飾っても私じゃ出せないソレだ。
あ~畜生! 妬ましい!!

数秒の沈黙後、シン君は爆発。

「……知るか!」

顔を真っ赤にしたシン君が駆け出した。アレはもう色々な感情がゴチャゴチャになった顔だ。
しばらくはまともな会話は不可能だろう。反射的に追いかけようとしたカガリもソレに気がついたらしく肩の力を抜いて一息。
そこでようやくソファーで寛ぎながら、楽しそうに見ていた私に気がついたらしいお姫様。


「……なるほど」

数秒、私を舐め回すように見てから納得したように頷いて言う。


「アイツとは顔と髪と声以外は何も似ていないな」

「っ!」

アイツ……世界で一番、私と似ているアイツ。アイツに似せるために作られた私。
カガリの言葉が間違いなく本物のラクス・クラインを指している事は間違い無いと理解できた。
イヤな目で見られると思った。だけど向けられたのは好奇の瞳……それから安堵のため息。

「良かった。アイツみたいな怪物だったらどうしようかと思ってたんだ」

「!?」

意外な答え。盟友という言葉すら本物とカガリ・ユラ・アスハの関係を表すならば不適切ではないと言われていたはずだ。
なのに本物を怪物呼ばわりするお姫様……非常に面白い。

「色々悩んでいた私を最後に後押ししたのはアイツの電話越しで言われた一言さ」



『カガリさんはカガリさんのお気のめすままに♪』

魔性の言葉。思い返すだけでカガリはため息を吐いた。

「そう言われただけだ。理論も理屈も無かった。だけど閣議のどんなに尽くされた言葉よりも納得できてしまったんだ」

神とか運命とかを前にした諦めの境地。

「これであいつが怪物以外のなんだという?」

「それは同感ね」


保安部に連れられて艦を後にする間際、カガリは私に言った。

「怪物に後押しされた誓いだけど私は意地でも貫くつもりだ。オーブは絶対に守る。だから……シンを頼むよ」

「?」

「アイツは私みたいに危なっかしいからな。故郷にもう一度帰って来られるように面倒みてやってくれ」


ミーア・キャンベルは地味で詰まらない影たる自分と似ても似つかない英雄にして光たる人物に対して初めて共感を覚えた。
本物のラクス・クラインが怪物である事、そしてシン・アスカ君が危なっかしく思えること。
その二点でおいてのみ


「了解♪」

この順調に空回りをし続けながらも、爆走を続けるオーブの子獅子に対して共感を覚えた。
全く不思議なこともあるものである。







カガリのキャラまで暴走を始めそうですが何か?



[7970] 偽ラクス様、萌える
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:99c1a109
Date: 2011/08/11 21:54
なかなか早いな私。そろそろその他へ行こうかしら









「はっ」

まるで笑えてくるじゃないか。オーブの領海を出たと思えば、スペングラー級空母を中心とした連合軍。
ミネルバ一隻になんとまあ丁重なおもてなしだ。連合の海軍は全てジブラルタルとカーペンタリアに大集合していると予想されていた。
よって遭遇戦となればこれから向かうカーペンタリアに近づく過程に発生するのが定石。

「後方にはオーブ艦隊! っ!? 砲塔旋回! こちらを狙っています!!」

あぁ、そうなるだろうさ。偶然通りかかった遭遇戦ですらない。完全に網を張っていなければ実現不可能な教本通りの受けの布陣。
『オーブからカーペンタリア方面に向けて宇宙艦がノコノコ一隻で出てくる』と知らされていた訳だ。


「やってくれるわね、オーブも! 子獅子は子悪狐だったのかしら!?」

オーブの条約調印とそれに伴うザフト鑑たるミネルバの国外退去。
地球の傷を少しでも浅くしようと奮戦する姿を誰よりも近く確認しだろうし、ワザワザ祖国たるオーブに送ってやったというのに!

『本当にすまないと思っている。地球を救ってくれた英雄たちにこんな仕打ちを……あっそれはそれとしてこの親書をデュランダル議長に届けてくれたら嬉しいな~なんて』

あぁ! 思い出しただけで『頬が緩む』。何という中途半端な策謀! 真摯な謝罪と取って付けたような自信の無い陰謀。
やっぱり獅子の子は子獅子であり、とびっきりのバカライオンだ。あんな『お土産』まで秘密裏に搬入してくれた点も留意して、主犯は彼女では無いだろう。

「ちぃっ! タヌキめ!!」

結局最後に行き付いた黒幕は大西洋連邦と深いパイプを持つと言われているセイラン家。
思わず悪態を吐いた私の下に現れるもう一つの懸念事項。

「艦長!!」

自動の扉が開き切る前にブリッジに飛び込んできたピンク色の歌姫。

「私も出撃します!」

もう唯の確認である。この娘は自分がラクス・クラインであるという自覚があるのだろうか? いや、多分に無いのだろう。
ため息を吐く。出したくなんてない。出さなくてもいいなら絶対に出撃など許さない。
だが今は一人でもMSパイロットが必要で、遊ばせておける期待なんて悪趣味なピンク色だろうと存在しない。
そしてその一人が一騎当千の古兵(高い確率での推測)ならば尚更だ。

「大気圏内での実戦の経験は?」

「ありません!」

大きな胸を張られた。だがこの女性ならばその条件さえなんとかして仕舞うだろう確固たる自信が酷く忌まわしい。

「貴方にはオーブの『お土産』を預けます。インパルスと共に遊撃を」

「ちょっと艦長! ラクス様を出撃させるつもりですか!? こんな厳しい戦いに……あっ……」

正当な意見を述べたアーサー・トラインの顔が青くなるのがわかった。
動転していて気が回らなかったようだが、少しばかり軍事教本を齧った素人でも分かるような状況。
圧倒的な戦力差。こんな状況を覆すのはそれこそ神の奇跡にでも縋らなければ不可能だ。
ソレに気がついてしまった顔。優秀な事は間違いない副官だが、メンタル的にはかなりの不安が付き纏う。


「大丈夫」

不意の発言。自信満々に頷くのはピンクのお姫様。

「私はラクス・クラインよ?」

魔力であり魅力。

「はっ、はい!」

理屈や理論では無い。ラクス・クラインの言葉である。
旧大戦を終結させ、そして当艦の危機を救ってみせた者の言葉だ。
ブリッジに広がる安堵感。崩した敬礼とウィンクを残してブリッジを飛び出す彼女を見送って、私 タリア・グラディスは気持ちが良いため息を一つ。
被り慣れた軍帽をもう一度深く被り直して、一喝。

「さぁ! 歌姫が頑張ってくれると言ってるのよ!? 私たち軍人が奮戦せずにどうするの!?」










「ちくしょう!!」

俺 シン・アスカはパイロットアラートを飛び出していた。先ほどタリア艦長の放送があった。前方には連合艦隊、後ろにはオーブ艦隊。逃げ場は無い。厳しい戦いになるが最後まで奮戦を期待する……そんな内容。

数秒間は何を言っていたのか分からなかったが、直ぐに一つだけ理解できた。
オーブの海域を出た直後に、カーペンタリアとジブラルタルに釘付けであるはずの連合軍が待ち構えている。
導き出された答えは一つ。

『オーブが俺たちを売った』

「あぁあああ!」

この迸る感情は何だろう。怒りだろうか? 憎しみだろうか? 悲しみだろうか?
もうそんな事はどうでも良い。ただ敵を倒す事だけを考えよう。何せ……

「シン君!」

横から掛かるのは美声だ。翻る桃色の髪と赤いパイロットスーツが恐るべき素敵なコントラスト。
緊張を適度に孕んだ綺麗な顔は何時も以上に綺麗だった。

「私も『お土産』で飛ぶわ。一緒に遊撃って事になるわね」

「それは!」

出撃すること自体はもはや仕方がないと頷けるほどに絶望的な状況だ。
しかしアレはザクを大気圏内飛行可能にするとはいえ、インパルスやディンなど旧式の飛行型よりも安定性に欠ける。
しかも慣らし運転なんて済ませている訳もないぶっつけ本番。

「無茶は何時も通りよ? それより心配な事は……貴方」

「え?」

肩を掴まれた感触。そのまま壁に押し付けられ、驚く前に大写しになるラクスの美貌。
コツンとお凸とお凸が触れ合う感触。カッと無条件で熱くなる顔だったけど、それ以上にラクスの目が俺の精神を覚ましてくれた。

「いま何を考えてる?」

冷たい色。品定めされているような感覚、そこで再認識。
前方に控える連合軍よりも後ろに展開するオーブに対して感情が行って居た事実を。
隠しても仕方がないと思った。吐き出すことで楽になる事があるともいう。俺は思った通りに口に出す。

「連合が待ち伏せていて、これだけ早く後ろに艦隊が展開するって事は……オーブがオレ達を売ったって事ですよね?」

「そう……『かも』しれないわね」

ラクスは濁してこそいたが肯定の言葉を発っした。自分以外にそう改めて言われると、更にグサリと来る。
思い返すのは昨日の事。政治家らしくも女っぽくもなく、実に子供らしい笑顔を浮かべて憎たらしいアスハはこう言った。


『何時だって帰って来いよな。私は、オーブは待ってるから!!』


何だか叫んで逃げ出してしまったが、今にして思い返すと俺は「嬉しい!」と心の底から思っていたんだろう。
なのにこの仕打ちである。怒るなとか、悲しむな!なんて到底できそうにない。

「難しいことだけど……信じる事と報われない事は一緒にしちゃダメ」

「?」

「私は歌うのが好き。ただ歌えれば良かった。でも私の歌は唯の歌にはもう戻れない」

ラクス・クラインの歌というのは既に一つの魔法や奇跡の分類だ。
どんな言葉よりも民衆を宥め、励ます。既に彼女の歌は政治なのだ。ただの楽しみにだけは戻れない……という事らしい。

「でも好きなの。信じている」

「あっ……」

「貴方は? シン君」

短い言葉だったけど、そこには確固たる自信が滲んでいる。
たとえどんな風に他人に思われようとただ歌うのが好きなのだと言っている。
そして俺に問うているのだ。


『何時だって帰って来いよな。私は、オーブは待ってるから!!』


もう一度思い返す。前門の虎、後門に狼という現状に置かれても……そんな状況だからこそ……更に輝く迷言。
オヤジであるオーブの獅子にあらゆる面で劣り、きっと後世の歴史家もアンタを政治家『としては』決して評価しないだろう。

それでも俺はたった今、現在進行形でアンタを人間『としては』信じ続けてやろう。


「大丈夫です」

「そう……」

それだけの確認。

「前には敵。隣に戦友。後ろに故郷」

「?」

「戦わない理由があるかしら?」

友を案じ、故郷を背にして敵を倒す。必要最低限の闘う理由。そして俺はそこにコッソリ一つだけ付け足した。


「オレは貴女の歌もきっと守る」


一瞬驚いた表情がマジかで見えたが、パッと離れる体。しっかりとした足取りで離れる背は何と無しに告げた。


「さぁ! 勝ちにいくわよ!?」


「はい!!」

俺は強く頷いた。










ラクス・クライン(の皮を被ったミーア・キャンベル)はドキドキと高まる胸を必死に抑えていた。

ドキドキの原因は沢山ある。
まずは眼前に広がる絶望的と表現する事も言い過ぎではない戦力差……実にすばらしい!
私はこう言うのが大好きだ。生と死のギリギリを、どちらかと言えばギリギリアウトを死神という審判の目を誤魔化して走る。
歌を奪って行った本物と世界に対する当て付け、緩慢かつ他人任せな自殺癖の名残。
今は歌も歌えるようになったし本物のファンも一人いるのだが、昔のくせでテンションが上がりっぱなし。

次に初めての大気圏内戦闘で在ると言う事。そしてお土産の操縦も初めての体験なのだ。
そういうのは良い。何時もとは違った刺激は何時もとは違った興奮を生み出し、薄っぺらな私の人生を華やかにしてくれるのだ。

そして何より私をドキドキバクバクさせている事は……


『オレは貴女の歌もきっと守る』


って、なんだそりゃ!? アレか! 私を萌え殺すつもりなのか!?
黒い髪と初々しい輝きを放つ赤い瞳 シン・アスカ。ミーア的には気になるアイツは年下の男の子。
慌てて背を向けて恥ずかしそうなセリフを吐いて誤魔化したが、危うくラクス・クラインが顔を真っ赤にして思わずキスをしてしまったりしたかもしれない。
危ない危ない……これ以上のスキャンダルは(文字通りの意味で)命取りだ。


「ラクス様?」

「あっ……はいはい!」

慌てて返事。出撃前のMSコクピットで意識を彼岸に飛ばしているとはパイロットとして失格だ。
あぁ、私は歌姫だったっけ?

「発進シークエンスを開始します。スラッシュザク、発進どうぞ……どうかご無事で」

ちょっと依怙贔屓かもしれないけど、他のパイロットたちよりも心配の色が濃いのではないだろうか?
そういったファンの行為に答えるのもアイドルのお仕事だろう。

「勝利の栄光を君に……ってね?」

ヘルメット越しとはいえ、投げキスを一つ。ポッと赤くなるオペレーター メイリンちゃんを横目で捉えつつ叫ぶ。

「ラクス・クライン! ピンクちゃん、行くわよ!!」





ミネルバというカモを待ち伏せていた連合艦隊司令は実に情報通りの相手に手勢に笑みを濃くしていた。
出所こそ「あの」ファントムペインと気に入らないが、元より一隻という艦艇数に加えて大気圏内飛行可能MSが報告に在ったGシリーズのみ。
こちらは複数の空母が搭載してきた飛行ユニットを搭載した最新量産機ウィンダムが複数。

「相手の飛行可能MSは一機だけだ! 作戦通りに囲い込め!!」

ザフトのMSが性能面でもパイロットの能力面でも、連合のそれよりも戦力として高く計算しなければならない事は知っている。
それが遺伝子を操作してまで手に入れた忌まわしい力だが、それさえ理解していれば対処方法はいくらでもある。

『数で抑え込む』

その作戦を忠実に実行すれば対処などいくらでも可能だ。

「敵機発進を確認!」

オペレーターの報告。最大望遠で捉えられたのは凄まじい色のザクタイプ。
報告に在った『Gシリーズと同様注意を払うべき敵機』だそうだが、大気圏内で飛行できないので全く脅威ではない。
紅白のめでたい他二機と同様に甲板上で、可動範囲の広い砲台としてしか運用できないはずだ。
しかしなぜリニアカタパルトで飛び出したのだろうか? 手には巨大なビームアックスを持ったまま。あからさまに選択ミスだ。

「続いて発進を確認……これは!?」

次の瞬間、リニアカタパルトで飛び出したザクが飛んでいた。バーニアに無理をさせた一時的なモノではない。
大気圏内でも安定した推力を得る飛翔。

「バカな!?」

そこにはファントムペインの情報には無く、当然宇宙艦になど配備されている訳ではない物体が映っていたのだ。



「どりゃぁあ!!」

気合い一線。手に持った巨大なビームアックスが驚いたようにフワフワと回避するウィンダムを二機まとめて両断する。
重力下での戦闘というのは宇宙とは異なるしっかりとしたGが酷く心地よい。
そして何よりも重力に従わずに飛びまわると言うのは無重力では感じられない快感だ。

「これは最高の乗り物だ!」

もちろんピンクちゃんには今まで出会った全てのMS(と言っても他にはジンとゲイツだけ)の中でも最高の相棒だ。
今口にしているのは今回の戦いで初めてその身を預けた……

「私のグゥル!!」

別名 MS支援空中機動飛翔体。無線コントロールとは思えない動かし易さに、折り畳みなんて出来るくせに大推力。
どうしてかオーブのお姫様がくれた『お土産』は大ピンチに対して僅かに明るい要素だ。



追伸……後で知った事なのだがグゥルの裏面にはメカニックが描いたペイント。
ピンク色の髪を靡かせる女性の横顔、その下にはゴシック字体で『Mobility Diva―機動歌姫』と刻まれていたそうだ。










「なっなんだ、これは!?」

オーブ軍の指令室でカガリ・ユラ・アスハは大モニターに映し出された映像に憤慨の声を上げていた。
画面に映るのは連合軍の大艦隊に熱烈な砲撃を浴びせられるミネルバの姿。
その出港予定の時間から推測して、その戦いがオーブ領海を出たギリギリのところで行われている事が彼女にも容易く理解できた。

「見ての通り、連合とミネルバの戦闘さ。大丈夫だよ? 領海の外だし、既に護衛艦を展開させている」

そう答えたのは宰相家の跡取り息子であるユウナ・ロマ・セイラン。
指令室に居合わせた軍人たちはさっきまで『ピンクは無いだろう』とか軽口を叩いていたのだが、カガリの乱入で気まずそうに視線を逸らした。

「ユウナ! ミネルバを売ったのか!?」

『売った』という直接的かつ汚い表現をこの単純な婚約者がするとは思わなかったユウナは僅かに驚いた表情。
だが着飾った軽い口調を崩さず言った。

「そういう表現は余り美しくな…「この」…?」

言った……否、言おうとした。


「このバカ野郎!!」


その場を目撃したオーブ軍士官は後に語る。『惚れ惚れするような見事な右ストレートだった』と。
一番高い場所に在る司令官席から転がり落ちたユウナは頬を抑えながら、半泣きで叫んだ。先ほどの似非エレガントな雰囲気は既にない。

「僕たちは連合との条約に加盟したんだぞ!? ザフトの船の一隻を手土産に差し出すくらい何だって言うんだ!?
 どうせ君は『地球の恩人になんて恩知らずな!』なんて甘いセリフを言うつもりなんだろうけど……ゲハッ!?」

ユウナの叫びは続かなかった。今度は彼の鳩尾に国家元首とは思えない見事な蹴りが炸裂したのである。

「違う!! 連合の条約の事は私も了解した。それに基づき連合軍や被災地に支援を行う事は構わない。
 だがそれはミネルバを軽々しく売り渡す理由には成らないだろう!?」

血走った眼でカガリは叫び、ピクピクと痙攣するユウナを捨て置き、カガリはその場に居た全員に問うような口調。


「今もっとも私たちが重視するべきは何だ!?」


沈黙が数秒、誰ともなく呟く声。

「オーブをもう二度と焼かない事です」


「そうだ! 確かにミネルバを土産に差し出せば連合軍に国を焼かれる事はないだろう。
 だがもし! プラントが ザフトがこの戦いを優勢に進めたらどうだ?
 『地球の為に最後まで命を賭けた同胞の艦を二束三文で敵に売り払ったオーブ』に彼らはどんな思いを抱くと思う!?」

「「「「「!?」」」」」

オーブを焼かない=連合を刺激しないという法則を前大戦時にイヤと言うほど刻みこまれた士官たちはカガリの言葉に驚愕を覚えた。

「私ならこう思うだろう! 
『この恩知らずめ!』と。『そうまでして媚びるのか!?』と。
そうまでして媚びるのなら……『お前たちも一緒に討ってやろう』と思うに決まってる。
 オーブは勝ち馬に乗らなきゃいけないんだ! 連合と心中するのが目的じゃない!!」

ザワメキが広がり軍人たちが小娘の言葉に呑まれそうになった時、ようやくユウナが立ち上がった。
顔色とかが最悪に悪かったが、発せられる言葉はオーブを裏で仕切ると言われるセイラン家の跡取りに相応しい重さ。

「そんな事はあり得ない! あのロゴスとだって親交があるセイラン家の名において断言する!
 何処かの獅子が心中の共にしたマスドライバーやモルゲンレーテ、オーブ軍をこの短期間で再建できたのは彼らの援助が在ったからだ。
 敵対した国にさえ片手間の援助で此処まで再建させてしまえる経済力、そしてそれが支える政治力。
 その二つをバックに持つ連合がザフトに負けるなんて絶対にあり得ない!」

そう断言したユウナにカガリは不意に優しい視線を送る、

「ユウナ、お前は政治の事を私よりずっと良く知っている。経済の事もそうだろう。
 そして軍事力の事は此処に居る軍人たる諸君たちに勝る者はオーブには居ない。
 だが貴方たちは大事な事を計算に入れるのを忘れている……世の中に絶対はないということだ」

一度目を伏せると更なる厳しさ。オーブの獅子は確かに此処に居た。


「誰かユニウスセブンが落ちてくるなんて予想できた者は居るか?」

誰も居ない。

「前大戦でザフトがMSで連合にアレだけ優位に戦争を進めると考えた者は?」

やはり誰も居ない。


「オーブは『絶対に』焼かれないと信じていた者は?」

カガリは自ら手を上げる。釣られるように数人。

「落下からすぐ開戦なんて『絶対に』無茶だと思った者は?」

やはりカガリは自ら手を上げる。コレにはほぼ全員が挙手していた。


「つまりそういう事だ。お前たちは『人間』と言う種を計算に入れていない。
 人間がどれだけ『絶対に』を覆す生物なのかを考えていなさ過ぎる」

ユウナが転がり落ちた椅子に自ら腰掛け、カガリは目を瞑る。その内心は今まで演説が嘘のように荒れ狂っていた。


『あぁ! 全くどうしてくれんだ!! ミネルバが安全にカーペンタリアに辿り着ける可能性は高くなかったにせよ、余りに近すぎる。
これでは『オーブは関係ないですよ? ふふ~ん♪』としらばっくれるのも不可能だ。
レーザー回線さえ使えない状況下だから、カーペンタリアやプラント本国にはばれないように処理できれば撃沈したとしても……
いや……相手はあのミネルバだ。相手が何隻だろうとなんとかしてしまうのでは無いだろうか?
シンは私と一緒で子供だけどMS操縦は上手かったし、タリア艦長はマリューに匹敵する出来た船乗りだ。
そして何より『アレ』の偽物を演じ続けられる『アイツ』も居る。点数稼ぎに昔拾ったグゥルを返してあるしな。
それがこちらの誠意だと受け取ってもらえればいいが、アレが在った故に生き残りオーブを悪く伝えられでもしたら意味がないじゃないか!
ユウナのバカバカバカ! ついでに私の大バカバカバカ!!』

そこまで脳内で葛藤していたのだがカガリはついに苦悶を表情に出してしまった。
背中を押した『アレ』が電話越しで随分と長々と語っていた『大好きになった偽物』のこと。

「とっても素敵な方ですので苛めないでくださいね?」

グゥルをお土産にやったのはその言葉があったからだ。
もしオーブがミネルバを売り渡したせいでニセモノが戦死した場合、アレはどんな反応を示すのだろうか?

「仕方ないですわ」って笑顔で紅茶を呑んでいるかもしれない。お気に入りの玩具が壊れた程度の感想で。
だがもし「仕方がないですわ」って笑顔で『オーブを滅ぼそう』としたらどうするつもりだ?
アイツならばどちらの可能性も否定できない。


カガリは更なる手段を叫んでいた。


「タケミカズチを……アレックス・ディノ特務大尉を呼び出せ!!」








続! 機動国家元首☆偽カガリ様でした。



[7970] 偽ラクス様、理解する
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:4ca785b9
Date: 2011/09/16 05:04
次回からその他掲示板に移動したいとおもいます!












『自分たちの操縦技術がコーディどもに及ばない事はちゃんと理解していた。
 腹立たしくはあったが軍人としてその事実をしっかりと受け止め、それを補う戦術も学習し訓練を続けてきた。
 隣に立つのも気心が知れた同期だったし、機体も最新鋭機。
問題なんて一つも無かった。もっと言えば好条件だと言って良い。
 それでもオーブ沖の悪夢は覚めなかった……それだけの事さ』 
のちにとある戦史家に語った元連合軍MSパイロットの言葉より










「とっ! 止めろ!! 相手はたった二機なんだぞ!?」

そんな事はその場に居た誰もが分かっている。
最新鋭量産機で揃えられた彼らの視界 ディスプレイに跳び回るエネミー表示は僅か二つ。
誤差などは存在しない。大多数を相手にするソレでは無い。たった二機を相手にした包囲戦だ。
誰もがさっさと終わらせて、敵後方に控える戦艦への攻撃を想定しているのは明白。

「新型とはいえ! これほどなのか!?」

前大戦でモビルアーマー MAのパイロットからMSパイロットに転向した大部分は、ザフトのMSと言う物を少々過大に評価している。
それは対戦前期にジンにメビウスで追い回され、死すら計算して使い潰された経験によるものだ。
それがプラスかマイナス、どちらに働くかと言えばプラスだ。敵を過小評価するよりもずっと良い。
カーペンタリアの包囲戦から慌てて絞り出した戦力とはいえ、その中にはMA上がりの生え抜きも含まれていた。

「くっ! 来るなぁああ!!」

だが今回はその熟練者たちが足を引っ張る形になってしまっている。
敵機は二機、一つはフライトユニットを搭載したGタイプ。V字アンテナを特徴とし、ザフト・連合どちらにも共通するエース級。

「夢だ」

Gタイプが強いのは分かる。それは両軍における強者の証だ。だから誰もが警戒していたし、事前に伝えられた情報にもあった。
だがふたを開けてみれば現れた二機目。
そして問題はもう一機。ザフト特有の一つ目 モノアイ。自前の翼は無く、不格好にも飛翔体に頼る形。

「悪い夢だ」

だが強い。早い。そして怖い……あの憎たらしい一つ目が恐怖を助長する。
不安定な大気圏内での海上航空戦で在りながら、手には巨大なビームアックス。
率先して接近戦を仕掛けることでこちらは同士討ちを避けるために多方面から攻める事が出来ない。

「オーブ沖の悪夢だ」

次々と引き裂かれて行く仲間たち。誰かがそんな事を呟く。

「いや……違う」

否定の言葉。ザフトのMSが強いのは理解している。パイロットの種族が違うのだ。
そしてそれは軍人として超え無ければならないが、同時にものすごく高い壁であると確信している。
だがその壁は自分と同じく戦いに命と誇りを賭けた者である。
故に打ち倒されることにも在る程度の諦めと誇りが持てた。だがこれは駄目だ。
こんな物は認められない。こんな物に倒されるのは不条理……悪夢だ。


一人の連合軍MSパイロットは叫んでいた。
画面に大写しになる不気味なモノアイ。振り上げられた巨大なビームアックス。
そして目が覚めるような……悪趣味と表現して間違いない……それはそれは物凄い……パンクでファンタスティックな……



「ピンクの悪夢だぁ!!」



ショッキングピンクなザクだった。










「たぁあああ!!」

両断する。もう何機目かも数えてなんて居るはずがない。
多分しっかりと数を数えていたらスーパーエース確定コースだろう。


「しっかし……楽しいなぁ!」

大気圏内での戦闘 そして海上での空中戦というのはどちらも初めての体験だ。此処には宇宙には無い多くのモノが存在している。
一つは空気。これがある事により、正確にいえばそこに存在する様々な不純物により、ビーム兵器はその威力を距離に応じて損なう。
真空である宇宙での戦闘時、ビームは距離によって影響されない必殺の兵器だ。
その感覚でいると此処では何度もヒヤリとさせられる。自分の必殺を相手が防ぎ、相手の必死を受け止める誤差。


減衰することで生じるランダム性は更に私 ラクス・クライン(とちょっとだけ似ているミーア・キャンベル)をときめかせてくれる。
コクピット内にはロックオンアラートが大合唱。ディスプレイには空を埋めつくさんとするように広がるウィンダムの群れ。

「あぁ! 私はいま……輝いてる!!」

全くダメ人間である。
頭部へのコースを辿るだろう射撃を首だけ僅かに逸らして回避。
グゥルに指示、急加速で距離を詰める。自身の加速と向かってくる迎撃が交差する。
相対速度は倍になり、時間の感覚は半分へ。従来の機銃とは異なり、ビームはいかに出力を絞っていても概ね致命傷足りうる。
暴れる視界と暴れさせるビームガトリング。宇宙以上に一撃が致命傷足りえる大気圏内空中戦。
当たれば当然のように態勢が崩れ、当然のように攻撃を妨げる事が出来る。

「はぁああ!!」

攻撃を止めた敵というのは良い的であると同時に盾だ。ビームアックスの射程に収める為に一機に接近すれば、それよりも多くの敵機が攻撃を躊躇う。
だが近づかれた機体からすれば敵が自ら当てやすい場所によってくるようなモノ。
ビームガトリングで体勢を崩しているとはいえ、何時までも接近している訳にはいかない。

故に切り捨てる。


「つぎっ!!」

盾を自ら切り捨ててしまえば、敵からの攻撃が再開される。多数を敵に囲まれた状況ならば反撃は厳しい。
故に先ほどの行動を繰り返す。敵が多いという事は盾が多いという事。一歩間違えれば盾を失い、四方からハチの巣にされるだろう。
綱渡りの連続。ハリの山をスキップで駆け上がるような死と隣り合わせ。

そういうのが良いのだ。あぁ……この幸せな気持ちのまま死んでしまっても良いかも……


『ラクス、大丈夫ですか!?』

「っ!?」

通信機越しに響く最近聞き慣れていた声。トリップしかけていた意識が僅かながらに引き戻される。
ギリギリ過ぎた回避が安心できるギリギリへと変わったのが分かった。
タナトスに惹かれていたダンスの誘いを振り払い、再びアテナと矛を交える。

「っ……誰の心配をしているの?」

意識が引き戻されると同時に私が吐き出したのは強気なセリフ。
それだけで通信機越しに安堵のため息が返ってくる。これがラクス・クラインなのだ……心底憎たらしい。

そして……嬉しい。だからこう返す。


「貴方は大丈夫?」

まぁ、聞いておいてなんだが大丈夫な訳がないのだ。あっちもこっちも火の車。
ロックオンアラートと爆発音の大合唱。無茶な機動と爆発で機体が頼んでも無いのに揺れる。
何時でもミネルバなり、私のザクなり、彼のインパルスが撃墜されても可笑しくはない状況だ。
だからこそ聞く。答える事は確認だ。『落とされまい!』とする意識をしっかりと持っていて貰わなければ。

その返答は想像以上に嬉しいモノだった。シン・アスカは至って真面目調子でこんな事を言った。


「貴方の歌を守るから、こんな事では堕ちてられない!!」
幸せな色のため息が零れ落ちた。

「あぁ……もう、何も怖くないわ」










「どうやら始まったようだね」

オーブの海岸沿いにあるその邸宅には静かな空気が満たされていた。
その静寂を引き裂いたのは武骨な通信機の前に座し、自家焙煎コーヒーをすする浅黒い肌の男。


「忠告は少し間に合わなかったようね」

答えるのは茶色の長い髪と豊満な胸が印象的な女性。
小奇麗なリビングには似合わない武骨な通信機の雑音に耳を傾け、受け取った自家製コーヒーに口を付け、渋い顔をする。


「あぁ……ミーアさん」

そんな二人から少し離れたソファーに横になりながら、ピンク色の猫のぬいぐるみを抱きしめるのは少女と女性の半ば。
綺麗な桃色の長髪がゴロゴロと寝返りを打つたびに揺れる。常に微笑を湛えている表情には分かり易い『偏愛』の熱。

「少し風に当たってきます」

ふらりとソファーから立ち上がり、テラスへと歩を進める彼女に付き従うのは球状のペットロボット数色数種。


「いやはや……我らの女神が『ただの人間』にここまで入れ込むとは」

整った顔立ちながら片目に走る裂傷が印象的な男が面白そうに呟く。

「そうね。彼女の『ニセモノ』への入れ込みようは……違うベクトルでキラ君へのソレをも超えているわ」

同じ女として、人生の先輩として、恋人にはもう少し心を割くべきだと思わないでもない女性はため息。

「……」

そんな会話の輪には加わらず、壁際で手を組んでいた紫色のコートとサングラスの青年は少し置いて、少女の後を追ってテラスへ。


「そういえばあの青年も彼女のお気に入りだったね」

「俗な言い方をすれば『二人目』ということかしら?」

最近この家、もしくは少女の周りに現れた青年 ブレラ・ストーンの事を男女二人は在る程度、肯定的に捉えていた。
世界中の全てを愛していると公言して止まない彼らの女神が、単純な個人に興味を持つのは良い事である。

だが『若い女性が権力にモノを言わせて恋人でもない男を侍らせる』というのは世間的には色々と問題があるだろう。
しかしそんな『世間的』なんて言葉の外側に彼女が居る事を、他のどんな『友人』よりも近くにいる彼らは理解していた。
それに前から『ボディーガードの一人も雇うべき』だと進言していたから問題はない。


「しかしこんな時期に二人も『お気に入り』が生まれ……片方は間違いなくこれからの世界を動かす人物とは」

感慨深げに頷き男は手に持ったコーヒーを煽る。

「でもその世界を動かすだろうニセモノが乗った船は大丈夫なのかしら?
 『元艦長』から言わせていただけば、かなり危機的状況だと思うのだけど」

そんな女性の言葉に浅黒い肌の男は声を出して笑い始めた。

「?」

疑問符を浮かべる女性に片方の目から笑い涙まで零した男は得意げに問う。

「『かなり危機的状況』を何度も打ち破り、オレ達に痛撃を与え続けた大天使の船乗りがそんな事を言うとは」

「もう……茶化さないで」

女性は困ったような顔と共になんとか飲み終えたコーヒーをテーブルへ。
ふとテラスへと視線を向ければ、何があったか分からないけどラクスがブレラの手を取り、ぶんぶんと縦に振っていた。
握手というには一方的な感じである。何かうれしい事でも言われたのだろうか?


「俺は君や女神さまのように心配はしていないんだ」

「どうして?」

「女神さま ラクス・クラインが気に入った相手が乗っている船だぞ?
 世界の激動を目の前にして、何もなす事無く沈むなんて在りえないだろ?」

男 アンドリュー・バルドフェルドの言葉には一切の理由が存在しない。
しかし女 マリュー・ラミアスは思わず納得して、頷いていた。


テラスでは強引な握手から何故か手を取り合ってのダンスへと移行している。
両方ともコーディネーター、片方はMS傭兵なのだから、そのダンスは即興にしては美しく洗練されていた。


「彼女に掛かれば……MS傭兵はもちろん、砂漠の虎も、大天使の艦長も、最強のコーディネーターも、戦女神も、この国も、運命さえも……ただのダンスの相手なのかもしれないね」











「あ~少し落ち着いた」

戦闘での熱も含めて、深い息一つで色々と吐き出す。
圧倒的な安心感と自身は闘争本能に火をつけるず、逆に落ちつけてしまうモノらしい。
そこまで考えて私を熱暴走させるようなセリフを吐いたのなら、シン君は間違いなく将来は大物になるだろう。


「ちっ……キツイな」

そして覚めた思考が新ためて状況を的確に理解させられる。
確かに私は多くの敵MSを撃破している。ミネルバはもちろん、シン君を手始めにMSの一機たりとて撃墜されていない。


だが私たちの危機的状況は変わらない。

『状況』とは目の前の敵を一定数撃破すれば変化するような分かり易いモノではないのだ。
周りにはいまだに多くのMSが飛び交っているし、前方には殆ど無傷の敵艦隊。
後方には扉を閉ざすオーブ艦。そして何よりも自分たちの母艦ミネルバは危機に陥ったままなのだ。

いかに上手く立ち回ろうとこの状況が一つでも変わらない限り、私たちに生き残る術は無い。
純粋な数では圧倒的に劣る私たちにとって、現状の維持をする作業は緩慢に死を引き延ばしているだけに過ぎない。
逆にいえば敵は急ぐ必要など無い。突破さえされなければ時が進めば進むほど、簡単な勝利が彼らの元へと転がり込んでくるのだから。

つまりこちらが生き残るには守っているだけでは駄目なのだ。
今の命をつなぐだけではなく、前方に聳える大きな壁を打ち破らなければ。


「だけど……超えられる?」

余りにも厚い壁に思わず弱音が零れた時、メイリンちゃんの声がコクピットに響いた。

『後方のオーブ艦に増援!』

「っ!?」

オーブ軍の役目は戦闘では無く、『領海内に戻ることは許さない』というメッセージを発する事だ。
ミネルバとしても領海内に戻っても何一つ良い事など無いのだから、無視していた訳なのだが……ここで増援があるとなると話が変わってくる。

『艦種照合……え?』

「艦種は!?」

いま展開している艦と同様の種ならば少しは安心できる。思わず報告を急がせてしまった。

「艦種は……オーブ海上艦隊旗艦……機動空母タケミカズチです!!」

「!?」

海洋国であるオーブの防衛の要であり、MSを海上運用する為に無くてはならない存在。
国防面から必要とされ続けるも、中立の看板を掲げる国には出過ぎた代物だと、内外から不満が噴出。
それでも復興にキリキリ舞いする予算を絞り出し、何とか完成に漕ぎ付けた一隻。ただの警告の為に出してくるだろうか?

「タケミカズチ甲板にMSを多数確認……全て起動状態です!!」

しかもタケミカズチは連合に多数存在する『後からMS運用に切り替えた空母』ではない。
最初からMSを収容し、整備し、修理し、運用する為に作られた。故に無駄が無くその搭載数は自艦の戦闘力を殺していても、お釣がくる。


『『『『『!?』』』』』

誰もが驚きのうめき声を上げるのが分かった。誰もが考えているのだろう。

『オーブもやる気なのか!?』と


「MSの機種は?」

『……ムラサメです』

暗い声で報告しないで欲しい。
ムラサメと言えば初の量産型可変MSとして名高い傑作機。
海上での運用を主眼に置き、それぞれの場面でMS形態と飛行形態を使い分ける。
MS単独の性能で見るならば連合軍よりも闘いたくはない相手だ。

「あれ?……ムラサメ以外の機種を確認! 数は1!!」

送られてきた情報と映像に僅かながら目を落とす。見たところムラサメの改造機らしい。目立つのは追加装甲とウェポンラック。増えた重量を支え、なおかつ従来機以上の速度を叩きだす為の無数のバーニア。
はっきりいって無茶苦茶な構造だ。白とオレンジが印象的なオーブカラーでは無く、黄色味が強い赤が目立つ。
その機体だがMS形態が手を組んだ形で仁王立ちしている様は威圧感を放っていた。

不意にその機体から通信。ザフト、連合のどちらともなく全てに。


『当機はオーブ軍機動母艦タケミカズチ所属 ミネグモ! 私はオーブ代表首長カガリ・ユラ・アスハ直属特務大尉 アレックス・ディノである!!』

この声!? アレックス……アスラン・ザラ!? このクソ忙しい時に新型機なんて乗って何の用だ!?

『ザフト、連合の両軍に警告する』

「?」

その言葉に感じたのは何はともあれ妙な違和感だった。
ザフト つまり私たちに対して警告を行うのは分かる。何せ領海を僅かに出た場所で立ち往生しているのだから。

『ザフト軍ミネルバへ、貴艦は我が国の領海に接近し過ぎている。これ以上の接近は認められない』

ふとここで音声通信以外に文章での暗号通信を受信……前大戦の前期にザフト間で使われていた暗号通信。
発進場所は……アスラン? 確かに彼が現役だった時に使われていた代物だ。

「なに……これ?」

久しぶりの解読で僅かに手間取りつつも、文字列を確認して首を傾げる。

『赤い目の君へ。故郷の獅子を信じろ。道は開く』

全く意味が分からない。


『そして連合軍艦隊に告げる』

なるほど……遺和感の正体はコレだ。普通に考えれば連合に情報を流した時点で、ここでの戦闘行為を黙認していると考えるだろう。
私たちもそうだったし、連合もそのつもりだったはずだ。だがそれは決してあのバカなライオンの意思では無いらしい。

『貴艦らの攻撃は我が国の領海を攻撃している。これ以上の蹂躙は認められない』

そりゃ~ミネルバがオーブを背にして闘っている以上、ミネルバへの攻撃の幾つかはオーブの領海へと着弾するだろう。
そんな事は仕方がない事で在り、今更そんな事を言い出した所で、連合軍はただただ困惑するしかない。

『タケミカズチよりムラサメの発艦を多数確認!!』

メイリンちゃんの声に続いて、アスラン……いやアレックス・ディノ特務大尉は胸を張ってこう仰った。


『我らオーブは中立国として、そのどちらをも平等に排除する用意がある!!』

そして暗号通信はなお唱え続けていた。

『赤い目の君へ。故郷の獅子を信じろ。道は開く』


この瞬間、私はオーブの……カガリ・ユラ・アスハの思惑を理解した。
連合の砲撃が戸惑ったように緩む。隙が出来た敵機を切り捨てながら、私はタリア艦長に叫ぶ。

「道が出来ました!!」

後ろを閉ざしていたはずのオーブはこの瞬間、盾になった。
前へと突破出来ないならば……左右を攻めるしかない。
前大戦時からの軍艦乗りたるタリア艦長もこの暗号を解析し、その意味まで理解したのだろう。
でなければさっきまでの厳しい美貌が僅かながらも、希望のソレで輝きはしないはずだ。

『ミネルバはオーブを背にしたまま左に回り込むわ! インパルス! ザク! しっかりスコートしなさい!!』

『え?』

状況が理解できないシン君に手短に告げた。


「オーブは君の信頼に答えた……ってことかな?」


さぁ、後は進むのみ!








どうしてアスラン機 ムラサメの改修型がミネグモなのか?
分かった人には偽ラクス様に『勝ちに行くわよ!』と言われる権利をあげよう(ぇ



[7970] 偽ラクス様、悟る
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:3c1d7321
Date: 2011/09/16 05:09
無事に引っ越しが住んでいる事を祈る(ぁ












オーブ近海でザフト軍の戦艦ミネルバを攻撃していた地球連合の艦隊は騒然となっていた。
『これ以上、領海に撃ち込んだらハッ倒すから』
難しい言葉を抜きにすれば、オーブ側がそんな事を言い出したから。

「なっそんなバカな事があるか!!」

領海を出たミネルバを領海と挟む形で戦闘を始めた以上、位置関係はどうしてもミネルバを間において、その向こうにオーブと言う形になる。
当然のことながらこちらからの攻撃が全て相手に当たる訳も無く、攻撃の幾らかはオーブの領海を侵害していただろう。
連合軍から言わせてみれば『だからどうした?』という話である。着弾しているのは国土ではないのだ。

『領海は領土と変わらぬ我が国の確固たる一部。シーレーンに頼っている我が国にとってその重要性は大きい。
 故にこれ以上の攻撃は認められない。繰り返す。これ以上の攻撃は認められない』

「ぐぅ!」

概ねの国でその定義は適用するし、大国とてこれを利用して切った張ったの軍事的・政治的な駆け引きを行うのだ。
中立国オーブだろうがなんだろうが、所詮は国である以上そんな事を言い出しても可笑しくはないだが……


「貴国は大西洋連邦を始めとした地球連合国と同盟を結んでいるはずだ!」

同盟。それは調印した国が多かれ少なかれ、義務を追うのが通例だ。
だがオーブの軍人 アレックス・ディノ特務大尉は淡々と返す。

『条約は正式な調印を持って効力を発揮するもの。
それに今回の同盟の主旨は同盟各国が被災地域、もしくはソレに対処する連合軍に円滑な支援を行うことだったはず。
百歩譲って正式調印を待たずして同盟国としての義務が発生しても、自国の領域に向けられる攻撃を黙って見過ごすなどという事は書かれていない!』

「ぐぐぅ……」

今回の同盟はどの国もが体面を保って調印できるように、『被災地域への支援』など優しいお題目を前面に押し出している。
だがその中身や目的が書かれていない所まで『対ザフト軍事同盟』なのだ。これは暗黙の了解だと各国軍人たちは認識しているはずだ。
だがそれは所詮『暗黙』の了解であり、一切記されていない。
記されていないのだから、後でどんな問題も起きない!と言い切れるなら、『そんな条約は存在しない』と否定する事は容易い。

子供の理論だ。政治家なら抱腹絶倒間違いなし。だが残念ながら今回の相手は軍人であり、彼らも軍人なのである。
正しい言葉は何一つ思い浮かばなかった。次は感情的に叫ぶ。


「そもそも! オーブからあの船が領海を出ると通達してきたのだろうが!?」

それはこの戦場に居た連合軍人の総意でもある。
出港を予想される時間まで詳細な情報が入れば、それは逃げられず捕捉が楽で、敵の増援の心配が無い場所で行おうとするのが軍人だ。
何一つ間違ってなんかいない。その情報を流すと言う事はこの戦闘はオーブ側にとって予想できるモノのはずだから。
しかし……

『確かにわが軍の『一部』からそのような情報が発信された記録は存在する。
 だがそれは周囲を航行する船、もしくはカーペンタリアを包囲している連合軍に対する配慮だ。
 こんな領海のギリギリに布陣し、わが領土が在る方向へと流れ弾をバカスカ撃たせる為のモノでは断じてない!!』

包囲する連合軍の司令部は誰が何を言わずとも共通の見解を見出していた。『詭弁である』と。
オーブの内部でも今回のミネルバを売るような情報提供に賛否が分かれているのだろう。
これもまたどんな国でもありうることだ。だとしても自分たちは此処で引き下がる真似は出来ない。

「このままでは突破されます!」

オペレーターの悲鳴。ディスプレイにはオーブを盾にしたまま横へ移動するミネルバ。
そして先ほどまでの攻勢を封じられ、艦艇からの支援砲撃も受けられず、無意味な接近戦を挑んでは落とされていく味方MS。
司令官は絞り出すように呟いた。

「■■■■■を出せ」

「え?」

聞き返すオペレーターに無意味な憤慨。既に高級軍人としての面子などは無い。
そこに在るのは闘う者として、上に立つ者としての純粋すぎる生粋のプライドのみ

「ザムザザーを出せ! こんな所で引き下がれるか!! あの艦は何としても沈めるぞ!!」













「おいおい! 大気圏内で陽電子砲だと!?」

オーブ軍の指令室にザワメキが奔る。ミネルバ艦首に迫り出してきた主砲がなんであるのか?
不運にもその鑑に乗り合わせ、これまた不運にも大気圏突入時の主砲砲撃という初の試みも間近で確認したオーブ代表首長 カガリ・ユラ・アスハによってその情報はもたらされている。

「あぁ……やっぱりそうなっちゃうよなぁ~」

司令室で最も高い場所に存在する司令官席の上で、体育座りをするカガリは諦めたような調子で呟いた。
陽電子砲を大気圏内で使用した場合、電子の対消滅による大気汚染が問題視されている。
本当ならばこんな場所……自国の領海傍でぶっ放して欲しい代物ではない。

「だけどあんなのが出てきたら……」

『これ以上、領海に撃ち込んだら攻撃するから(笑)』と穏やかに交渉したのが不味かったのだろうか?
各艦船からの援護砲撃は止まり、MSも大人しくなった代わりに……初めて見る巨大なMA。
海産物で言うカニに似たそれに取りつかれれば、巨大な体から出力される攻撃により、戦艦とて簡単に沈められてしまうだろう。

「薙ぎ払うしかないよな~」

オーブの獅子は大きなため息。いままでぶっ放さなかった事に感謝こそすれど、いま撃ってしまう事に恨みを言う訳に行くまい。
マスコミやら環境省がブーブー五月蠅いだろうな~……なんて後の心配をしていたら

「なっ!? 陽電子砲を防ぐだと!?」

陽電子砲を撃ったことよりも大きなザワメキが指令室を満たした。
連合軍の新兵器は巨大なユニウスセブンの欠片をも砕く最強の矛を防いで無傷。
あんな物をオーブに指し向けられたら、莫大な被害が及ぶだろう。


「おい! タケミカズチを下がらせろ!!」

その場にいた軍人の誰かが反射的に指示していた。もし『不運な事故』でアレがこちらを向いたらタケミカズチとて無傷では済まない。
カツカツの予算を絞り出した虎の子。これからの激動の時代にこそ活躍させなければ意味がないのだ。
というよりも修理するだけの予算すら出ないかもしれない。
それは軍人として当然の判断だった。


「駄目だ!」

それを遮るのはこの場で、いやこの国で最も偉い人。

「なっ!? カガリ様、何を……」

困惑する軍人たちを余所に、先ほどまでの元気の無い体育座りは何処へやら?
立ち上がり凛とした口調でカガリは続けた。

「ここで退けば舐められる!」


子供の理論だった。もしくは喧嘩っ早いまちのチンピラ
しかし軍人の『一人』は思わず一歩下がり……驚きと嬉しさを混ぜて……


カガリは続けていた。誰もが聞き入る。

「決して手は出さない。だがどんな脅威も手を出す事は許さない!」


軍人の『数人』は思わず一歩下がり……驚きと嬉しさと懐かしさを混ぜて……


「アレックス! あれは倒す事は可能か?」

実物を確認している直属の部下に通信。返事は直ぐに来た

『任せてくれ。ピンクのザクやアイツの乗ったストライクには遠く及ばない容易い相手さ』

人間としてや彼氏としては少々心許ない部分はあるが、MSパイロットとしては『二番目に』強いと信頼している男は容易く請け負う。
それを聴いてカガリは力強く宣言した。

「たとえ条約に加盟しても我らは中立国であると……オーブはオーブであると世界中に示すんだ!!」


軍人の『大部分』は思わず一歩下がり……驚きと嬉しさと懐かしさを混ぜて呟いた。
『オーブにはやはり獅子がいた』と




しかし部屋の片隅でユウナ・ロマ・セイランを中心にした数人が『空しい』悪巧みの小声。

「ラクス・クライン確保の件はどうなっている?」










「わざわざご足労いただいたのに、大変申し訳ありませんが……」

セイラン派の指示を受けて対プラント、もしくは対アスハ派の切り札として『彼女』の確保へ赴いたエージェントは困惑していた。
彼らは『彼女』の実物を見るのは初めてのことだったが、データとしては理解しているはずだった。
シーゲル・クラインの娘にして、前大戦終結の立役者。それを抜けば唯の世間知らずの小娘。

そのはずだった……


「ご一緒する事はできません」

『貴方の暗殺・誘拐の危険性があるので保護するようにカガリ様の指示です』
実に切迫した口調でそう告げる。誰でもある程度は信じるだろう緊張感を持っていたはずだ。
これでもこの汚い業界で生きて来た年月はそれなりに長い。

「なぜ!?」

「カガリさんは本当に優しい私の友人……」

本心から荒げられた声は遮られる。遮られたのに嫌悪感が湧き上がらない。
酷く心地よく感じている自分に驚愕。何だコレ? コレは人か?
自分が嫌悪感を持って声を荒げていることこそが、正しくないように感じ始める。


「彼女が私のところに人を寄こす時も、小さな事まで気を使ってくださいます。たとえば……」

スッと突きつけられた指さえも冷たさではなく温かみ。全く理解できない。
理解は出来ないのだが猛烈に自分たちはここから平和に去らなければならない義務感だけが湧きあがる。


「左胸が拳銃で膨らんだような人は決して寄こさないんです。ねっ?」

「っ!?」

それでも仕事に対する真っ直ぐさで反射的に懐へと手を伸ばし……投げ飛ばされていた。
ラクス・クラインの後ろに控えていた青年に。どう見ても特殊な訓練を受けているとは思えないひ弱そうな体格。

「バカな……」

下手をしたら女性であるラクスよりも頼り無い印象を受ける。あんな体でこんな真似をすることが可能なのか?
いや、ひ弱で儚いのは体格だけではないらしい。


「やめてよね……」

絞り出しているようなのに、全くか細い声。後半は聞こえすらしない。
澄み過ぎた視線にはラクスの柔らかな色とは異なる分かり易い『侮蔑』があった。

「このっ!」

「止めておけ」


他の者がソレに答えようとした瞬間、停止の言葉。
何時の間にか後ろに控えていた金髪にサングラス、紫のロングコートが特徴的な別の青年の手には既に銃。
こちらは見た事がある動き、よく知る闘う者の動作。何故かその場の誰もが安心する。

「……退くぞ」

戦人を前にするよりも『人間の皮を被った何か』を前にして、実戦と訓練で裏打ちされた判断力が『恐ろしい』と感じた本心を後押しし、撤退を誰もが選んでいた。
もちろん、ただ逃げる訳ではない。本来ならば使いたくはなかった『最終手段』を発動する。

「別働隊に連絡、MSを出せ……連中は危険すぎる」





「やれやれ……やはりこうなりましたか?」

「私たちも少しばかりお暇するのが遅かったみたいね」

『お客様は帰りました♪』と容易い声で告げる女神にアンドリュー・バルドフェルドとマリュー・ラミアスはため息混じりで肩を落とした。

「別にラクスが悪い訳じゃ……」

「そんな事を言っているんじゃないよ、少年」

エージェントを細身で軽々、投げ飛ばした青年が上げる声を砂漠の虎はヤンワリと抑える。

「何にせよ離脱するなら早い方が良い。聞き間違いじゃなければ少し離れた場所でMSの起動音だ」

「そうだね。これはオーブの特殊部隊に僅かに配備されている隠密戦闘用カスタム・アスイレイ、月光の音だ。数は10」

「っ!」

MS傭兵としてはそれなりにキャリアがあるブレラ・ストーンの言葉を、ただの元カレッジ学生が訂正する。
それを受けてラクスは頷き、これからの事を決定した。

「仕方がありませんわね、少し旅に出るのも悪くはないでしょう。近場に居る友達に迎えに来ていただきましょう」

学生たちが『そういえばアイツ車持ってたよね~迎えに来て貰おうぜ~ラッキー♪』みたいな話をする口調。

「りょ~かい」

無線機に向かいつつ、アンドリュー・バルドフェルドは思い出したように呟く。

「ボスゴロフ級が三隻も在れば良いですかな?」

「よしなに」

詰まらない事を確認。ラクスもお任せしますと言う態度。


「ふっ……」

この中ではラクスの友達歴が短いブレラだけが思わず苦笑。

『少し離れた場所ではミネルバ友軍も無く奮戦しているというのに、この怪物は容易くザフトの潜水母艦を三隻も呼び寄せられるのか?』と


そしてそれに対する反応が苦笑一つである事が、ブレラも既にこの聖なる存在に犯されている証だろう。










「なっ!?」

ラクス・クライン(的な外見のミーア・キャンベル)はミネルバの主砲たる陽電子砲 タンホイザーを受け止めたカニ(勝手に命名)を見て驚愕の声を上げた。
オーブの……もしくは愚かな子獅子の粋な計らいにより生まれた盾で、何とか連合の包囲網を突破出来そうな矢先のこと。

「あんなのに取りつかれたら!」

主砲はリフレクターで防がれ、並みの火器は分厚い装甲と対ビームコーティングで弾く。
大きさイコール出力だとするならば、ミネルバすら容易く痛手を受けてしまうだろう。
数と作戦による包囲も無く、先ほどのような小細工は一切できない。


「一対一なんてガラじゃないんだよ!」

本当は大好きなのだが、相手がこのウェイト差じゃ話にならない。シン君のインパルスが辿り着くまでもう少しかかる。
待っていたらミネルバが射程に入れられてしまう。

「やるしかないかぁ!!」

グゥルを急加速。ビームガトリングなんかじゃ致命傷は与えられないだろうから、無駄撃ちは一切しない。
正面から向かい合う形。敵の迎撃、片手間の牽制用だろうとMSとはサイズが違いすぎる。
一発でも当たれば容易く堕されるだろう……堪らない! 今日一番の興奮が神経を焼き、第六感が加速する。

「ここっ!!」

感じたタイミング、絶好の距離でグゥルの出力を下げる。もちろん機体は重力に惹かれ、その高度を下げる。
水平に放っていた敵の砲撃は頭上を通過。瞬く間に再び出力をマックスへ。

『下に回る』

相手が巨体で浮いているならば当然の選択だ。そしてソレは相手も想定済みなのだろう。
飛び出してくるカニのハサミ。失速からの急加速後、回避が遅れた。

「ちぃ! まだよ! メインカメラがやられただけ!!」

接近戦用だろう赤熱するクローは掠っただけで、ピンクちゃんの愛らしい頭部を容易くもぎ獲る。
素早くサブカメラにスイッチ。狭まり、荒くなる視界だが見えさえすれば狙う事は出来る。
グゥルの加速は限界。その上で更に吹かすバーニアはピンクちゃんのソレ。

「貰った!!」

二段ジャンプ。更に早く、更に高く。振り抜くビームアックスが狙うのは足の付け根、本体の関節部分。
そこに一撃入れられれば本体にも大きなダメージを与えられるだろう。
戦力バランス的にも、戦場の勢い的にもコイツを落とせればこの戦い、かなり楽になるはずだ。
その為になら、ピンクちゃんの可愛らしい頭の一つも易いモノだ。


「よっし!!」

左腕の根元にビームアックスが吸いこまれる。見事に切り落とされる左腕。

「っ!? 浅い!!」

そうだ! 見事に切り落とされては駄目なのだ。しっかりと本体に食い込まなければ。
ピンクちゃんの頭一つで、相手の腕部一つではつり合わない……というよりも……



「あっ私……死んだ」



ミーア・キャンベルは常に戦場のギリギリを駆けて来た。
余りにもギリギリで何度も死ぬ方向へ足を突っ込み、そのたびに帰ってきた。
一時期はそこで死ぬ事すら目標としていた完全な病人である。

だけどようやく初めて……この時本当に……『死』を理解し……悟った。








次回、機動歌姫☆偽ラクス様 『偽ラクス様、死す』をご期待ください



[7970] 偽ラクス様、恐怖する
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:374ca3da
Date: 2011/10/11 22:35
やばい……オーブ沖戦闘が終わりません(ぁ












ラクス・クライン(とは違って唯の人間であるミーア・キャンベル)は考える。
この状況を打破する方法を思考する。神経が擦り切れ、脳が焼き切れるほどに思いを巡らせる。

「……やっぱり無理」

そして諦める。
メインカメラは頭部ごと捥ぎ取られ、大気圏内での空中戦を支えていたグゥルも足元には無い。
目の前には巨大なカニのようなMA モビルアーマー。容易い一発でピンクちゃんをゴミクズに出来るだろう。
当然それに乗る私の命もゴミクズのように……


「コレが死ぬってことか」

極論すれば私は死にたかったのかもしれない。積極的な自殺ではないが緩慢な自死。
大好きだった歌では何処にも行けず、何物にも成れなかった。全てが『ラクス・クラインの劣化番』という終末。
それ以外が欲しかった。ミーア・キャンベルと言う名前を何処かに刻みたかったのだ。
歪んだ英雄願望……いやアイドル願望だろうか?
それすら戦いが本物によって『悪しきモノ』として封じられ、盗んだバイクで走り出したいほど捻くれていた戦後。


『ラクス・クラインをやらないか?』

そう言ってきたギルバート・デュランダル議長には感謝……しているのだろうか?
馴れない事をしている自覚はあったけど、意外と好きにやっていい雰囲気だったのが、幸いだった。

「やった所で何かが変わる訳でもないと思っていたのに……」

真似だ。仮装舞踏会だ。コスプレだ。まるで意味がない。
プラントの最先端技術で作られた新しい顔を初めて見た時の覚えたのは?
優越感だっただろうか? 絶望感だっただろうか? 多分虚脱感だ。
憧れた外見になろうとも所詮、私はミーアであるという真実だけが横たわっていた。


『私、貴方のファンなんです』

思い出すだけで腹立たしくて、同時に嬉しい。
世界一憎んでいた本物は私に向かってそんな言葉を吐いた。
自分と同じ顔をして、全く自分とは違う事を言う他人に対してそんな事を本心から言う。
本物を前にして分かった事は「コイツとは顔だけが違うんじゃない。『声以外』の全てが違う」ということ。
顔とか立場とか、そう言う事じゃなかったのだ。『人間とそれ以外』という莫大な差。
小さな違いを勝手に妄想し、その実力以外の僅差を恨んでいた自分の何と愚かしい事か。


そして……


ミーア・キャンベル……


死ぬ時はラクス・クラインと刻まれるだろう……


歌が好きで、不器用で、負けず嫌いな戦場の歌姫が走馬灯の最後に思い返したのは……




『俺は貴女の歌もきっと守る』




出会ってそう時間が経ったわけではないが……

恐るべき運命の巡り合わせで余りにも濃密な時間を過ごした……

ちょっと年下で熱くなり易くて……




『俺は貴女の歌もきっと守る』




綺麗な赤い瞳の……

可愛らしい若犬……





「ごめんね」





最後に口から零れたのは……自分を守ると言ってくれた若者 シン・アスカに対する謝罪だった。










「駄目だ」

シン・アスカは直ぐに理解した。それがどういう事を理解した。
理解はしたがそれは決して認める事が出来ない。だってそうだろ?


「ラクスが死ぬなんて」


認められるわけがない。阻止しなければならない。
だがそんな事が可能なのだろうか? 目標 ラクスとそれに襲いかかる巨大なMA。
それと自分が置かれている距離。そして自分を取り囲むように密集しているMS。
どれもこれも阻止するなんて不可能だと常識的に公言して憚らない。

「あぁああああ■■■■■■」

だがシンは選んでいた。敵に背負向けてまでの移動を……自分の命よりも守らなければならない人の命を。
それは間違いようがない自殺行為だ。相対していた敵に背中を向け、なおかつ後方を抑えようとしていた敵に対して意味のない接敵を行うということ。

「■■■■■!!」

だが彼の乗るインパルスは撃墜されなかった。後ろに目がついているのか?というような絶妙な回避。
絞り出す唸り声とは裏腹にヘルメット越しにシンの顔から表情が消えて行く。
顔色を変える筋肉を動かすのに用いる事が出来る様なエネルギーは欠片も存在しない。

全ては的確かつ迅速に操縦桿とフットペダルを動かす為に。
全ては一切の無駄がない軌道を導く為に。


『俺は貴女の歌もきっと守る』


全てはそれを現実にするために。歌どころか命を失うなんて絶対に在ってはならないのだ。


『俺は貴女の歌もきっと守る』


そう誓ったのだ。守らなければ……だって……守らないと……



「おにいちゃん♪」



そのビジョンは、その声色は、何時だってシン・アスカの心の何処かにあり続けていた。
優しくて暖かい日々。温もり溢れる最愛の妹の声。そして……



「ボトリ」



声では無い。それは音。最愛の妹 マユ・アスカがこの世に最後に残して言った音。
他の一切合財を失った腕が地面に投げ出された時の音。腕一つと言う余りに惨めな最期。


「守らないと……」

ラクスが、マユのようになってしまう。そんな事は絶対に認めない!

「守らないと……」

『守る』という言葉はシン・アスカという人間の隠された行動原理だ。
守る為の力が欲しくてザフトに入隊した。もう守る者なんて何もない天涯孤独の身の上だというのに。
いざという時に守る為の力を持ちえない事こそが、彼の感じる最大の恐怖だったから。


そして出会ってしまった。守りたいと思える人だ。
強くて、カッコ良くて、危なっかしくて……綺麗な人。
まだまだ遠い背中。いつかはその隣を歩ければ良いな~と言う夢想。

『ボトリ』

ソレが再び失われてしまう危機。

『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』

「おにぃちゃん♪」

「シン君♪」

『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』
『ボトリ』『ボトリ』『ボトリ』








「守らないとぉおお!!」

叫び!
それは戦う戦士のようであり……
叫び!
それは泣き叫ぶ子供のようでも在った。



一切の無駄なく動いていたシンの脳内イメージに『ソレ』は来た。

脳内が全て満たされる感覚。他の一切を排除する漆黒の闇。
一切の思考を失った脳に舞い降りるのは植物の種……弾ける。
黒い静寂の中をキラキラと光りながら飛散する種の欠片。
『研ぎ澄まされていくのが分かる』……なんて感情はもう存在しない。

ただ完璧に自分の思考が及ぶ範囲を理解し、ただ自分の操縦が成せる事を把握し、ただ自分がどれだけ敵を倒せるかを悟る。

「……」

もはや叫びも呪文も必要はない。彼はその瞬間……人間の領域を踏み超えていた。










「「「「「「はぁ?」」」」」」

その現状を見ていた誰もがそんな気の抜けた声を出す事しかできなかった。
それだけインパルスの、それを操るシン・アスカの行動とソレが生み出す結果は余りにも常軌を逸していたから。


簡単に説明しよう。

1.ビーム兵器による射撃を『初実戦』であるザムザザーの空中機動を支えるブースターへと命中させる。

2.巨大な敵機がそのバランスを崩す為の数発を『連続で』命中させ、『後方』から追いすがるウィンダムの射撃を完全回避。

3.リミッターを外したような速度でザムザザーの前面に回り込み、その大威力砲撃をシルエットを犠牲にして回避し、換装とほぼ『同時に』エネルギーを補給。

4.すぐさま頭部を失ったピンク色のザクを『庇いつつ片手間に』、敵機のコクピットブロックへと必殺の一撃。


文字にすればそれだけだ。だがどんな状況描写を挟むよりも、簡潔に伝えることこそがこの異常さを容易く認識して貰えるだろう。





「え?」

ミーアが目の前で何が起きたのか理解するのに数秒を有した。
本来持ち得る獣の本能のような状況把握力と行動力は全く働かなかった。
それだけ自分の目の前に在ったはずの『死』と言う存在は大きな存在感を放っていたのである。

「シン……君」

そしてソレを一瞬のうちに粉砕したトリコロールカラーのGタイプを茫然と見つめる。
口から零れ落ちたのは間違いなくその機体 インパルスに乗っているはずの若者の名前。

だが違う……何故違うと感じる? 自分が見て来た彼とは間違いなく……

「下がっていて」

冷静なのではない。感情を抑えていない。完全なOFF。
音楽機器ならばボリュームを下げるのではなく、スイッチを完全に切った沈黙。
常に、特に命がけの戦場では感情をリミットオーバーしているミーアには信じられない状態だった。


「あのっ」

珍しく一言めに言いたい言葉が出ない。この感覚は初恋の時のそれに似ていると、偽ラクスは古めかしい感想。
何時の間にか足元に戻ってきてくれたグゥルにピンクちゃんの大重量が支えられれば、インパルスを止める者は何処にもいない。

「あっ!」

飛び去る背中を見送って、ようやく届いたミネルバからの安否を気遣う通信に生返事を送りつつ、ミーアがシンの背中に感じたモノ。
目の前に迫っていた確実な死よりもそれを容易く退ける圧倒的な力に対して……感じてしまったのは『恐怖』だった。










「とっ! 止めろぉ! 相手は一機なんだぞ!?」

「三番艦アイザック沈黙! 応答ありません!」

『こちら第七MS機動隊! たっ、助けてくれ! バケモノだ! バケモノ……ギャ!』

「敵機旋回! こちらに向かってきます!!」

新兵器とはいえこの世に『無敵』などという存在は在りえない事を、軍人たる彼らは誰もが理解していた。
故に切り札の一つであるザムザザーが撃破された時も若干の驚愕こそあれ、僅かながらの混乱もなく包囲戦の陣形を立て直すように指示を出せたのだ。

だがそんなこの戦いの旗艦たる空母のブリッジは地獄のような混乱に陥っていた。



『無敵は存在しない』

そういって動揺を静めたはずなのに、コレは何だ?
先程までも強かった。こちらのウィンダムが数機で抑え込んでいたのだから。
だが今はどうだ? 十数機がかりで抑え込めていない。何故だ!? ミネルバに向かわせていた機体も呼び戻した幾重の守りの構え。

『やり過ぎではないか?』

そんな意見も在るだろう。幾らかのエリート街道を歩んだ腐敗と癒着の道があるとはいえ、歴戦の軍人たる上層部は共通的に認識していた。
「コレは直ぐに落とさなければ不味い!」と。

「ありえない……」

MSの性能が突然上がることなどあり得ない。プログラミング、もしくは武装の変更により若干の差が生まれる事はある。
だがこれほど大きな差が生まれるはずがない。もし変わるとしたらパイロットだろうか?

さっきまでは人間のエースが乗っていた。

いまは人間ではない『ナニカ』が乗っている。


「悪い夢だ」

数秒で事は足りる。
額で浮かんだ冷や汗が顎まで滑り降りてくる時間。
カラカラに乾いた眼球が反射的に瞬きを要求する時間。

「これこそオーブ沖の……」

それだけで彼らの大部隊は壊滅的な姿に変わっていく。
何故かオペレーターが悲痛な声を上げている。虚空を捉えていた焦点が正常なソレに戻る。

「悪夢だ」

彼らが最後に見たのは大写しになるGタイプの頭部と振り下ろされたビームサーベルの輝きだった。










「カガリ様……これを捨て置くのは余りにも!」

「う~ん」

オーブ軍総指令室にて、オーブの長足るカガリ・ユラ・アスハは頭を抱えていた。
部下の誰もが戦況を映す大モニターに釘付け、もしくは余りの惨劇に目を逸らし、縋りつくような目でカガリを見ている。

「確かにコレは不味い」

唯の戦闘ならばオーブは便利な中立の看板を駆使して、触れないという選択が何時でも出来た。
だがコレは違う。一方的過ぎる戦局は既に虐殺の粋に片足を突っ込んでいる。


「こんな事が……」

軍隊、MS、戦争に対する知識。もっと言えば一般常識。それを持ち得る人間ならばこの状況が可笑しい事は容易く理解するはずだ。

『数隻の艦艇と数十機のMSがたった一機のMSに蹴散らされている』

そんな事をいきなり言いだしたら、テレビアニメのスーパーロボットの話か?と鼻で笑われるだろう。

だがコレは現実。
圧倒的劣勢であったはずのザフト側のGタイプが突然の豹変。
神技じみた……もっと言えば世界の摂理をひっくり返したような奇跡を連発し、連合の巨大MAを単身で撃破。
しかもその後、一斉に襲い掛かるウィンダムを容易く叩き落とし、空母群に取りつけば巨大なビームソードを振り回し、切り落としていく。


「これは知らぬ存ぜぬとは行かないな」

先ほどから混戦した無線から連合軍の悲痛な内状がダダ漏れだ。
若い女性オペレーターは口元を押さえて顔色を青くしている。


「アレックス……見ているだろ?」

『あぁ、そろそろ君から通信があると思っていたよ』

そんな事ばかり気がきく部下兼恋人にカガリは苦笑する。
もう少しばかりそれをプライベートで発揮して欲しいものであったが、いまはそんな事を言っている余裕はない。

「アレを止められるか?」

『撃墜せずに……だろ?』

アレックスはカガリがあのGタイプのパイロット シン・アスカに特別な感情を抱いている事を理解していた。
もちろん恋心とかでは全くなく、アスハ家が不幸にしてしまった国民の代表として。


「あっ……うん……」

思考を読まれた事、そして無茶な命令をしなければ成らない事に小さくなるカガリ。
そんな所もまた愛おしく、無茶に付きやってやりたくなるのがオーブの姫獅子の魅力。

『やってみよう』

「そっ、そっか! 頼む!!」

明るい返信に心地よい狭さであるMSコクピットで、アレックス・ディノことアスラン・ザラは苦笑する。
タケミカズチのブリッジに発進の意図を伝達し、愛機 ミネグモを戦闘状態に移行する。

「やっぱり君には勝てないな」

アスランは呟いた。きっとそれはあの南海の無人島での一夜で決定していたのだろう。


「アレックス・ディノ! ミネグモ、発進する!!」











おいおい・・・ミーアがアレで、ラクスがコズミックホラーで、カガリがバカライオンなんだから、シンが少しくらい病んでいても良いじゃないか(ぇ?


次回の機動戦士☆偽アスランは『偽アスラン、活躍する』かもしれませんね?



追伸・・・腕が落ちた音は死んでしまった人間のモノとしての暗喩であり……私の執筆上の都合です(平伏



[7970] 偽ラクス様、再出撃する
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:e1188204
Date: 2011/11/11 05:14
『この回だけでオーブ沖戦闘を終わらせよう!』……そんな風に考えていた時が私にもありました。








『撃墜せずに止める』

口ではそんな約束をしたのは良いが、それを実行する自信が無くなっているアレックス・ディノ……本名アスラン・ザラはため息。
距離を詰めれば詰めるほど、撃墜せずに止めなければ成らない相手の戦いっぷりの詳細が見えて来た。

完全に逃げ腰になっている連合のMSを可能な限り撃破し、なおかつ空母群には痛撃を与え続ける。
そこには一切の余裕が無く、一切の容赦もない。無理はしないが、無駄もない。
壊せるモノは全てを壊す。目の届く範囲を全て把握し、手の届く範囲を平等に破壊する。

四方八方から浴びせられる射撃を正確かつ大胆に回避。
だが回避によって攻撃の手が止まるような事はない。流れる様な動き……というのを通り越してまるで筋書きがあるようだ。

『演武』

演じられる武力。まるで性質の悪い三文芝居だ。ギリギリを駆けているはずなのに、一切の危機感がない。
本当にギリギリで一歩も二歩も死線を踏み越える何処かの偽物とは全く違う。
ギリギリの回避は全く淀みのないルートを辿り、急機動で反転した先には態勢が整っていない敵機が良い的として存在する。

もちろん三文芝居の風を持っているとはいえ、筋書きが存在する訳ではない。
恐らく全てを計算しているのだろう。敵の位置、数、動きなどなど……数えるのもバカらしい程無数に存在する戦場という場所を構成する全て。


『それら全ての現在の状況から未来を導き出す』


言葉にするのは簡単だ。人間ならばある程度は行っていること。
例えば小売店ならば午前中の天気で午後のお客の入りを予測する。
例えば道の混みようで最終的な目的地への到着時間を逆算する。
誰もがある程度は行っている事では在る。

だがこれほどの精度で連続して行える訳がない。
それが日常とは次元が異なる極限の連続である戦場ならば尚更のこと。
もしソレを行える者がいるとしたら……つまりアスランの視界の中で瞬く間に大きくなったGタイプ インパルスのパイロットは……

「シン・アスカ……まさか君も」

個人と触れあって、その人柄は良く理解しているつもりだ。
真っ直ぐで熱し易い、自分たちよりもずっと健常な若者だった。
しかし……コレを見てしまうと確信せずには居られない。


「君も……『SEED』を持つ者なのか」


忌まわしいその名は人類の革新であり……人間のおぞましい末路の可能性の名前だった。










アスランことアレックス・ディノが駆るムラサメのカスタム機から、虐殺一歩手前の戦闘を続けるインパルスへの警告など一切無かった。
飛行形態のまま速度も一切落とさず、可能な限りの火器を乱射する。
美しいとも正しいとも言い難い攻撃。だが無意味な警告と策謀はコレには一切通じないだろうと確信していた。
だからこそ持ちうる最大の火力と速度を叩きこんだ。

『撃墜せずに止める』


そんな恋人との約束を忘れた訳では無論ない。勿論ないのだが……出来ない事と言うのが世界には沢山あるのだ。
落とす気でかかった所でどれだけの傷をつける事が出来る相手だろうか?

「ちぃっ!?」

結果を端的に表すのは彼らしく無い舌打ちが一つ。
アスランの鼓膜を打つのは躊躇い無い危機を告げる現実のみ。
コーディネーター、しかもMSの戦闘に熟練したものでなければ気を失うような急制動。

「無傷か……」

そんな暴れる視界の中で見たのは傷一つないトリコロールの翼と、それが早くもこちらに向けているビームライフルの砲身。
完全に計算される要素を排除したはずの奇襲すら完全に失敗した以上、正面から向き合って抑えるしかないだろう。
形態をMSへと移行。正確な射撃を何とか掻い潜り、ビームサーベルを一閃する。

「っ!!」

確かに読まれている自覚はあった。しばらく味わっていなかった『友人』との戦闘を思い出す。

「早すぎる!」

既にウェポンラックにビームライフルが納められ、引き抜かれたサーベルが眩い光を放つ。
いかに追加装甲が施されているとはいえ、所詮それはムラサメの物足りないスペックを引き上げる為のデコレーション。
バーニアや追加武装に起因する装甲で在り、ビームという一撃必殺を体現する兵器に対して有効な防御たりえない。

「このままじゃ……」

同程度の性能の機体ならばまだしも、アスランが乗るのは無理やり速度なり火力なりを引き上げた魔改造量産機。
相手はエースが乗る為に設計され、製造された本物の最新鋭機。機体と言う面では明らかに劣っていると言わざる得ない。

「パイロットは追い付かないと……なっ!」

数度目の交差で鍔迫り合いからの蹴り。コレは予測が遅れたらしく綺麗に入り、距離が取れる。
もし本当にただ撃墜するならば、こちらの持ちうる全てと多少の損害を考慮に入れれば、不可能ではないだろう。
それだけの戦闘を積んできた自負があり、それは世界の誰もが認めるところだろうから。


だが愛しい国家元首は勿論のこと、アスラン自身もここでシン・アスカの命を危険に晒したくはないと考えている。
ならば……中身 パイロットが『同等』になるしかない。

「ふぅ……」

インパルスと離れた距離と崩れた体勢は小さく息を吐き……『同等』になる時間を満たしていた。


『■■■』


脳内で弾けるのは種。視界と脳内から余計なモノが消える。
体勢を立て直したインパルスが再び斬りかかってくる映像を見ながら、アスランはそこから五秒先の斬り合いについて思考を巡らし始めた。











「はっはっは~なんだこれぇ~?」

ミネルバの副艦長であるアーサー・トラインが乾いた笑いを浮かべながら、そんなセリフを吐き出した。
もし『たったいま起こっている事態』が原因として存在しないならば、ミネルバの艦長にして彼の直属の上司たるタリア・グラディスの対応は、猛烈な叱責だっただろう。

だが目の前で行われた一連のソレを見てしまうと、そんな気の抜けた声を上げてしまうのも、仕方がないと納得できてしまう。


「シン・アスカ……」

タリアはこんな状況下だが一つの疑問に答えを出した。
モビルスーツパイロットとしての技能を単純に比較し、そこに軍人としての適性を加味した場合、シン・アスカはミネルバ一の存在ではない。
冷静沈着にして戦術面にも気を配れるレイ・ザ・バレルが総合的に見て疑いなくナンバー1だ。

それなのに何故? 

何故最新鋭機にしてミネルバ最強のモビルスーツたるインパルスのパイロットはレイではなくシンなのか?

それはきっと唯の試験などでは分からない強さ。
それこそ運命を読み上げる占い……もしくは遺伝子を解析しなければ分からないナニカ。

「だから『カレ』なのね? ギルバート」

元は遺伝子解析の専門家として名を馳せていた愛しい人の名前を口から零すタリア。
数秒をモニターに映された高次元な怪獣大決戦を観戦する事に費やして、ふと意識を引っ張り出してタリアは顔色を青くする。


「インパルスを呼び戻しなさい!!」

「はぁ?」

タリアの突然の叫びにアーサーは首を傾げる。

「だから! シンを止めるのよ!!」

「どうしてまた?」

何をどうすれば人間の常識なんて二・三歩は踏み越えた勇者の邪魔をする必要がある?
その一騎当千の活躍をもって、危機的綱渡りの終焉へと前進を見せているというのに?

「分からないの!? いま彼が戦っているのは連合軍じゃない!」

「っ!?」

疑問は覚め、アーサーの顔は真っ青になった。
そう……いま次元を超える戦いを演ずるパートナーはオーブ軍所属。
確かに仕掛けて来たのは相手が先だった。だが条約締結を前に、連合軍の危機的状況に対して人道的に支援の必要性は明白。
先程までこちらを追いこんでいた敵軍が散々に追い散らされる図は、タリアにも通常の戦闘とは異なる背筋の冷たさを覚えさせた。

「相手はオーブよ! しかもさっきの暗号文で『戦闘を停止し、離脱せよ』って送ってきてる」

良い落とし所だろう。
自国の領海傍でザフト鑑が袋叩きに遭って沈む事もなく、なおかつ条約を締結する連合には『艦隊全滅を回避』という恩を売れる。
中立と言うコウモリには実に美味しい結果だ。だがこれ以上シンが戦い続ければ……オーブとプラントに良くない結果を残しかねない。

「シンは何故戻らないの!?」

「通信は正常に繋がっています! ただ反応がありません! なんかブツブツ呟いているみたいなんですど……」

「呼びかけ続けるのよ! それとラクス様が使っていたグゥルがあるでしょ!」

もし明るい情報を列挙するならば間違いなく一つ上げられるのはラクス・クラインが無事に帰艦したことくらいだろう。
誰が見ても撃墜確定な状況からプラントの精神的主柱を救いだしたこともシンの評価を上げていたのに……

「レイでもルナマリアでも直接向かわせなさい!」

その後が命令を無視してオーブの軍神とチャンバラーなんて笑えないにも程があるというものだ。
もはやストレスが胃でマッハなタリアは、胸を抑える余裕も凝り固まった眉間を解す暇もなく指示を飛ばす。

「はっはい! え?……グゥルがない?」

「はぁ?」

しかし余計な事に気を使っている余裕は無いにもかかわらず、メイリンの気の抜けた声はしっかりとタリアの耳に届いてしまった。
無いはずがないのだ。ラクスが帰還し、それから何者にも出撃命令を出していないのだから。


「なんで?……えぇ!! ラクス様がまた出撃したぁ!?」


そんなメイリンの言葉を聴いてタリア・グラディスは一瞬だけ、意識を飛ばしてはいけない方へと向けてしまった。


『神様……やっぱり貴方は私を心労で殺す気なんですね? 分かります!』









シン・アスカとアスラン・ザラの戦いは接戦である。恐るべき高次元なレベルで繰り広げられる闘いであった。
お互いが一般的とは言い難い操縦を披露し、オーブ・ザフト、そして連合のMS戦闘に対する新たな認識を開いたといえる。

しかし同時刻にそれほど離れていない場所で行われていたソレは闘いでは無い。
シンが連合軍を相手に行っていたソレをも圧倒的に飛び越えた……真の虐殺だった。




「バカな……」

オーブ軍の特殊部隊に属するその男は隠密戦闘用アストレイ 月光のコクピットでそう絞り出した。
別段難しい任務では無かったはずだ。無傷で手に入れる事にこそ失敗してしまったが、暗殺するならばMSまで引っ張り出して、不可能などあり得ない。
そのはずだったのに……まさか個人の邸宅の地下からMSが現れるなんて予想できるはずがない!

「これが……フリーダム」

しかも横流しや鹵獲機の為、世界中で見られるジンやダガーなどの類では無い。
『オーブの戦神』
『囚われざる青き翼』
『ヤキンドゥーエの悪夢』
数多なる異名を持ってして語られる最強の称号を冠するに最もふさわしいMS。
しかし最後は少なくない損傷を負い、破棄されたと聞いていた。なのに何故!?

「なぜ完璧な状態で此処にいるのだ!?」

無傷。完璧な修理が施され、傷の一つもない完品状態。
MS一機を完璧に整備するのはかなりの費用が掛かるモノだ。
国や大企業というバックが無ければまず不可能だろう。それがタブーとされる核動力搭載機ならば尚更だ。

「撃て! 数はこちらが上だ!!」

同僚の叫びに頷く。黒いアストレイの群れが放つビームライフルの射撃は間違いなく、弾幕と言って良いモノのはずだ。
幾ら高出力をもって知られるフリーダムとて……

「はっ?」

戦術的には何の意味すら感じさせないアクロバティックな動き。
空中で頭部を下にしたまま放たれるフルバースト。それだけで半数の味方が戦闘不能。
その動きには遊びがある。こちらを嘲笑っているような感覚。『半数で済ませてやったのが分からないのか?』と笑っている。

「舐めるなぁあ!!」

特殊部隊は単身での潜入からMS戦闘まであらゆる事態を想定し、厳し過ぎる基準によって選ばれたエキスパート集団だ。
愛機たる月光もカスタムチューンが施されており、単純な戦闘能力ならばオーブの最新鋭機たるムラサメを始め、各勢力の主力量産機を凌ぐスペックがある。
腰からビームサーベルを引き抜き、跳びかかる。四方から包囲斬撃。交わすのは至難の業だろう。

『舐めるな? それは無理だよ』

か細い声はまるで歌うように嘲笑っている。ディスプレイから眼前に迫っていたはずのフリーダムが消えた。
錯覚などでは無い。まさしく消えた。


『君たちには侮られるような価値しかないんだから』


衝撃がアラート音に追い付く。スピードだけではなく滑らか過ぎる斬撃のモーション。
切られた事を認識する前に四肢を失った機体が重力に惹かれて落下を始めている。
恐るべきことに此処までの蹂躙を行いながら、フリーダムは一機たりとて此方を撃破―――パイロットを殺していないのだ。
単純に考えて、MS戦闘で相手を最も少ない手数で無効化するならば、狙うべきはコクピットだろう。
手ならば二つは潰さなければならないだろうし、頭部は全体に占める割合から的確に狙うのは難しい。
だがコレを容易くやってのける。機動の中には遊びが在り、こちらを笑う余裕を持ちながら。


「この……バケモノめ!!」


フリーダムのパイロットはやはり笑いながらこう返してきた。


『止めてよね……ただの人間が僕に勝てる訳ないじゃないか?』










これはタリア・グラディスが意味の分からない報告を聴く少し前の事だ。


「駄目だよ……シン君!」

ラクス・クライン(の偽物をしていたような気がするミーア・キャンベル)は先ほどフラフラと歩いてきた通路を逆走していた。
その原因はヘロヘロで辿り着いた待機室で見たモビルスーツ戦の映像だった。

「これは……」

こんな闘いを一度だけ見た事がある。私の夢が破れたあのヤキンドゥーエ最終攻防戦。
私が知る最強のパイロットと後に世界が認める最強のパイロット。
ザフトが作り出した最強と呼ぶにふさわしい二機のMS 『天帝』と『自由』。
いくら努力しても、幾ら強力な機体を与えられてもたどり着けないだろう場所。

そこに自分の可愛い後輩は立っている、だけど……

「コレは駄目だ」

直感で理解した。あそこは『人間』ならば辿り着いてはイケない場所なのだと。
このままでは彼が居なくなってしまう。

「私の歌も守るんでしょ!?」

私の体だけ守ったって駄目なんだからね!!
無意味な気合いの入り具合に自分が冷静ではないと確証を持って言える。
ハンガーに飛び込んで、メカニック君をひっ捕まえた。

「ピンクちゃんの状態は!?」

「頭部以外に問題はありませんけど、流石にまだ修理は……」

「グゥルには何か問題でも?」

「いえ、そちらに損傷はありません」

「よし! 出撃るわよ」

「え?」

一連の会話の流れから、私が吐き出した結論の意味がいまいち理解できていないといった表情のメカニックを抱き寄せ、最大限の営業スマイル。
もしかしたら鬼気迫る武人の顔になっていたら御免なさい。だけどそれだけ必死なんだと理解して欲しいモノだ。

「はっはいぃ!!」

慌てて駆け出す背中を満足気に見送り、私は頭部を失ってなおショッキングな佇まいを崩さないピンクちゃんを見上げる。

「貴方にも無茶をさせるわね……」

呟いても当然返事は無い。


「ラクス・クライン! 出るわよ!」



状況を理解していない観衆に理解させるために再びミーアは叫ぶ。
それで何となく場が動き出してしまう事に対して、本物の影を感じてイライラしている彼女なのだが、そこには多分にミーア自身の魅力が含まれている事を彼女は理解していないのだろう。







ミーアの出番がないだと!?



[7970] 偽ラクス様、投げ飛ばす
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:5897f843
Date: 2011/12/14 08:35
いや~モノを書くって難しいですね?(いまさら






「もう止せ! 君の目的は達成したはずだ!!」

「……」

「これ以上戦う事に何の意味がある?!」

「……」

「既に連合軍に戦闘の意思は無い!」

「……」

その二人の間では、言葉のキャッチボールが一切成功していない。
もし成功しているキャッチボールがあるとすれば……それは攻撃と防御、射撃と斬撃、前進と後退、上昇と降下……その結果として生と死。

「俺も! カガリも!! オーブも! これ以上の戦闘を望んではいない!」

「っ……」

一瞬だが躊躇いを感じる事が出来たような気がしないでもないが、やはりアレックス・ディノ(本名アスラン・ザラ)の声は届かない。
ただ猛然と、しかし冷静かつ的確な戦闘行動で答えるのはシン・アスカ。
本来ならば赤服を与えられただけのひよっ子であるはずだ。しかしそこには本来の熱し易い素直な若者は居ない。

居るのは……人間の恐ろしい末路の片鱗。



「聞く耳なし……か」

既に恐ろしい末路をある程度体験していたアスランは、シンのように極度過ぎる集中状態
―当初の目的しか見えない状態ではない。
故にこんな呟きを苦々しく零す事が許されていた。しかし脳内に巡るのは十二秒後にある斬撃の軌道計算。
数種類の予測からコンマ数秒の敵機の動きを参考にしつつ、最も的確なパターンを選び出す。

選択……採用……却下……選択……採用……却下……選択……採用……却下?……確定。


「ちぃっ! やはり『性能』は俺よりも上か!!」

現在の情報を総べて読み取り、深すぎる思考の答えを最速で導き出すシステムがこれだけの時間を有して、ようやくギリギリ。
性能とは決してMSパイロットとしての能力を指している訳ではない。
パイロットとしてはブランクを計算に入れてもアスランはシンに負けているとは思わない。

劣っているのは『SEEDの浸食度』。

全く喜ばしい事に自分は彼よりも犯されていないのだと安堵。
自分以外にこの感覚を知る者はたった一人、完全に逝き尽いてしまっている友人のみ。
三人の中で比較しても自分はどうやら軽傷らしい。しかしその差は現在、目的達成への大きな障害として立ちはだかっている。

勝利を手に入れる要素は三つある。
一つはMSパイロットしての能力。
二つはMS自体の性能。
三つはSEEDの浸食度。

自分が勝っているのはパイロットしての能力のみという圧倒的な不利な状況。
これでは撃破するのも難しく、撃墜する事無く止めるのは更に不可能といえる。
MS自体の性能は変更できる訳もなく、SEEDの浸食度は悪化させたくない。


「だからといって……」

戦闘経験の差によって生じる情報の質と量の差によって、計算速度を埋め合わせている状況。
これで自分の能力に付いてくる機体ならば話は別なのだろうが、残念ながら乗っているのは改造量産機に過ぎない。

「コレは辛すぎる!」

そしてその差は『いま』という情報によって僅かにだが、確実に埋まりつつあるのだ。
もしこれ以上、力量差に変化が在り万が一にも自分が撃墜されてしまった場合、この悲しい狂戦士は止まってくれるだろうか?

恐らく無理だろう。連合軍の次はオーブ軍かも知れない。そんな事はさせられない。
お互いの今後の為にそれだけは避けなければならない。覚悟を決めよう……後輩を傷つける覚悟を。

「死んでなんてくれるなよ?」

数え切れないほど殺しておいて、顔を少し知っていればこんな事を言う。

「本当にイヤな奴だな……俺は」










「……何だ、コレは?」

歯牙無いMS傭兵にして現在はとある人物の護衛兼友達をやっているブレラ・ストーンは茫然と零す。
先ほどまで彼らはとても不味い状況下に在ったはずなのだ。何せ……

『一個人の邸宅に無数のMSが攻め寄せる』

……なんて想定するのもバカらしい危機的過ぎる状況。もはや暗殺でも何でもなく、機密でも無ければ証拠も残る。
そうまでしても排除したい存在と言う事だろう? ブレラの雇主にして友人……と本人は主張しているラクス・クラインは。


「終わりましたか? ブレラさん」

通信機越しに響くのは唯の言葉であろうと甘く心地よい感覚を覚えさせる魔性の声。
身辺警護の依頼という事で呼び寄せられた当初、眩暈さえ感じさせた声色は実に気軽に問うてくる。

「貴女の命を狙って無数のMSが押し寄せてきているのですよ?」

「そうでしたわね……私の事を憎からず思う人がいるのは仕方がない事ですわ」

一呼吸、通信機越しに響くのは微かな水音。本当に悲しそうな声の直後に紅茶でも飲んでいるのだろう。

「それでも私は全てを愛しているんですよ?」

あぁ、これも本気なのだろう。この数日でしっかりと理解してしまった……残念な事に。
自分の命を狙う存在も、自分の命を守る存在も愛しているのだろう。
流石にそこには『友人』と評するお気に入りに、僅かながらも手心を加える人間らしさはどうやら在るらしい。

「そういえば……その娘の具合はどうですか?」

僅かながらの手心、僅かなりの人らしさ。近代欧州の富裕層が使用人に揃いの衣装を与えたお仕着せだろうか?
彼女いわく『その娘』は間違いなく、自分に対する友愛の表現なのだろう。


「実に好みに仕上がっています、この娘は」



本来の仕事を名乗れば『MS傭兵』という彼はMSに乗るのが仕事だと言って良い。
だが彼は歌姫の我儘で何も持たずにオーブに降りて来たのだ。
宇宙のデブリベルトとか中東の不安定地域ならばいざ知らず、あのオーブに軽々とMSを持ち込むのは不可能。
故に泣く泣く愛機(どこにでもある魔改造ゲイツ)を宇宙に置いてきたのである。


「それはようございました♪」

雇主の大事な人への贈り物が喜んでもらえた故の嬉しさを宿す声を聴きながらブレラは『その娘』の操縦桿を撫でまわし、ペダルを軽く踏み込む。
実に素直な反応。可愛らしい……いや違う……

「堅実な操作性、一定の状況にムラ無く対応できる武装、少しばかり無理がきくバーニア。
 こんなに自分に合う娘には初めて乗りました。感謝します」

しかしはいまMSに乗っている。今までの無数に在った搭乗履歴の中には存在しないまさしく一級品の『MS』に、だ。

「その娘の名前はタシチュルヌ。あまり一般的ではない欧州の言語で『寡黙』という……」

なにやら嬉しそうにラクスは説明するが、もちろんそこには彼らMS乗りが求めるスペック云々の説明はない。
当然だ。たとえどんなものでも軽々しく与えることが出来たとしても、ラクスはそれに対する深い知識など無いのだから。
ブレラは搭載されているスペック表を捲る。そこには『量産型フリーダム』という恐ろしい構想のもとに作られた情報。
もちろん本来のザフトではとっくに廃棄されたプランで在り、機体も作られてなど居ない。
 
だがこの娘は此処にいて、歯牙無いMS傭兵であり、『何処にでもいる』聖女の友人が乗っている。

これが、それが、そんな事を容易く、自分は何一つ行わずに、在りえない巡り合わせを叶える。
そんな『モノ』こそがラクス・クラインなのである



「まぁ……初陣はお預けか」

Gタイプ エース機の象徴たるツインカメラアイにV字アンテナ。
フリーダムをモチーフにしているデザイン。背に在る翼は多くがバーニアとしての役割のみを有し、腰にのみ一対のレールガン。
手には一般的なビームライフルに僅かながら威力を増しただけの代物。
反対側には全ての攻撃を回避することなど出来ないだろうから、大きめのシールド。
そしてボディーカラーはブレラが好きな赤紫ではなく、ラクスが好きな薄桃色。

そしてそれが砲を放つ事も無ければ、攻撃を受ける事も無かった。
無数のMSに襲われれば、それを迎撃するような仕事をする彼は一切そんな事をしていない。
ただ新しい娘の良く見える目でただ観察を続けるだけだ。

『手を出すな』と言われている。ラクスに、そして彼女を守る最強の盾に。

「この程度を相手に他人の力なんて借りられないよ?」

何の冗談だ、バカ野郎。MSに乗って、命を天秤にかけて日々の糧を得ている自分に対する当て付けか?

だが実際……自分は必要では無かったらしい。



「いや~相変わらずお強いね~我らの王子は」

「っ!? 海中より熱源!!」

新手か!?とタシチュルヌがライフルを構えかけて、ラクスがそれを手で制する。
やはり音声のみの通信なのだが、その不可思議な現象には既にブレラも馴れた物だ。警戒を怠らず、声と熱源の主の登場を待つ。


海面を割って表れたのはザフト製水中専用MSの集団。

「ワザワザ呼び出してみませんね、キャプテン」

MS同士の通信となれば当然映像も受信できる。繋ぐ先は集団の戦闘に居たゾノ。
量産性と安易な操縦性を目指して作られた射撃型のグーンとは違い、格闘戦も想定した爪装備の水中用エース機。
肩には髑髏のマークがペイント。重心など欠片も考慮していないだろう。大きな爪と無数の火器というハチャメチャっぷり。

そしてその背後に続くのがザフトの正規軍ですら正式配備していない最新型 アッシュであることなど、もはや驚く価値もない。


「いえいえ~姫の為ならばこのジャック! 人魚だろうと生け捕りにしてみせましょう!」

モニターに映ったキャプテンと呼ばれた男の姿はまさしく古めかしい海の男。
ドレッドヘアーに赤いバンダナ。しっかりと焼けた肌。おどけた喜劇じみた表情。
服も着古した布製など今では逆に珍しい。腰布にはカットラスか先込め式銃が差さっているはずだ。

「それは楽しみですわね?」

沖合には浮上する巨大な海亀の甲羅……ボスゴロフ級潜水母艦。それが三隻も。
シンデレラを城から連れ出す物騒過ぎるカボチャの馬車である。

「でも今は少し旅行に連れて行ってくれるだけで結構ですわ、私の海賊♪」

彼らは海賊 私掠船。
ラクス・クラインと言う余りに大きな許可書を胸に、世界中からバックアップを得て、彼女の敵を海で誅する存在。



そしてやっぱり彼らにも出番は無かった。


「これがフリーダム……」

ブレラもジャックも何もしていない。ただ見ていただけだ。
一方的な蹂躙を。もはやそれはシナリオが決まっていて、敵は彼に倒される為だけに存在しているようだった。

空にはたった一つ犯されざる白き翼が舞い、地面と海には無数のMSが倒れ伏している。
その数は最初に訪れた特殊部隊に加え、騒ぎを聴きつけた正規軍の者も含まれて、三倍以上に膨れ上がっていた。
そしてさらに恐るべきことにただの一人とてパイロットは死んでいないのだ。

「襲ってくるんだから仕方がないよね……僕は悪くない」

もしオーブ沖での非常事態の最中、自軍のアストレイと存在しないはずのフリーダムの戦闘が発生した場合、正規軍としての反応は決まっている。
襲い掛かる相手はフリーダムだろう。そして倒されるのは彼らの方だろう。


「「これがキラ・ヤマト……」」


ただの法螺話ではなかった……ただの噂話では無かった……ただのお伽話では無かった。
顔も覚えてもない母親が寝際に語っていたのを思い出す。
スーパーマンだろうか? いやいや世界を敵にする魔王? 違うな……魔王は最後に倒される。

魔王を倒し、なお無敵。つまりアレは勇者だ。しかも『完結された物語』の勇者。
話が終わってしまえば、最後に残った勇者は誰にも倒されないし、汚されない。
逆にいえば絶対に倒されず、死にも穢されないような存在が居たとしたら……その物語は終っているという見方もできるか……










思考する。

導き出された答えを実行する。

周りの反応や変化から更に思考する。

その思考によって更に最適な答えを出す。

最適な答えを用いて全てを『壊す』のだ


コレをエンドレスで繰り返す。


そうすれば『守れる』のだと『ソレ』が教えてくれた。
『ソレ』がいうにはコレが最も『効率的』な方法なのだそうだ。
ならば問題は無い。守られるならば他には何もいらない。

心はいらない。

息をするように戦えればいい。

戦っていれば守れるのならば、あんな思いをしなくて良いのならばソレだけで構わない。

「!」

他の『行程』と比べると圧倒的に時間を有している『障害』の動きに変化あり。
鋭さを増す……早さを増す……力強さを増す……だがそれだけだ。
制裁に欠ける……冷静さに欠ける……だが強引で組みがたい。

『ソレ SEED』を持つ者同士が戦った場合、他の要素(MSの性能なり純粋なパイロットしての技能)に大きな差が無い限り、膠着状態に陥り易い。
当然の事だ。お互いがお互いの動きを可能な限り予測し、最適外の可能性を排除する。
つまり確信が無ければ危険な手など撃たない。だが敵は撃ってきた。少々無茶な選択を。

つまりこれは闘いの終わりを暗示している。
今まで引き分け イコールだけで結ばれていたバランスが変化。
どちらかが倒される答え。それは勿論、相手である事が望ましい。

「……」

だが冷静な思考は望みのみで安易な方法など選ばない。
どちらも天秤にかけ、冷静に分析し……捨て身には捨て身で答える。
それがベスト。SEEDが導き出した答え。間違いなき正解に、研ぎ澄まされた神経を辿って、肉体が動く。

その直前に声が聴こえた。




『やめなさい!』と




「っ!?」

その言葉はシンの心を揺さぶった。
この声を知っている。知識が、では無い。もはや意識にすら染みついている。
それが『やめろ』という。どうして? 守らないと……守るにはこうしないといけない。

『お兄ちゃん♪』

愛しい妹の声が脳内で再生。迷いを遮断する。
何故か勢いを殺して僅かに退く対象を見て勝利を確信。
心はいらない。ただ目の前の敵を倒すだけの存在で良い。なのに再びあの声が言う。




『私の歌も守るんでしょ!?』と




歌……歌……彼女の歌? SEEDは必死にその意味の分からない単語を消去しようとするが、それは確かにシンを揺らし続ける。




『私は本当の君に私の歌を聴かせたい!』と




僅かに鈍る。普通の人間からすれば僅かだが、SEEDを持つ者としては余りに大きな誤差。
そんな彼の前の前に現れたのは……頭部がないショッキングピンクのザク。
色的にも、頭部が無い的にも一般常識を覆す衝撃だろう。コレが声の主?


次にシンが効いたのは命令にして叱責にして懇願にして祈り。
本物のソレとは比べようがない混沌としたニセモノの祈りだろう。





「戻ってきなさい! シン・アスカ!!」





OF

一瞬でソレ SEEDが切れたのが分かった。
一瞬前までは完璧に戦闘の事しか考えていなかった脳が正常の人間的に稼働する。
そこで目の前にいる存在が何であるのかをようやく理解し、それに対してビームサーベルを振りおろそうとしている自分に驚愕する。

「駄目だぁああ!」

守れないだけではなく、ついに自分の手で大事なモノを殺してしまうのか?
耐えられそうにない恐怖に絶叫するシンが次に感じたのは不思議な感覚だった。

「え?」

MSに乗っている時は普通の時には感じた事が無い加速を受けるが、これはそのどれにも当て嵌まらないだろう。
もし当て嵌まるのがあるとすればアレだ……生身の格闘訓練で……教官が自慢げに披露した投げ技……

「どぉっりゃ!!」

掛け声が一つ。





一連の動きを固唾を呑んで見つめていた連合、オーブ、そしてミネルバ。彼らはその光景を決して忘れないだろう。

何処をどう掴んだのか分からないが……

踏ん張る足場がある訳も無しに……

メインカメラが無い状態で……

ただの量産機に過ぎないドピンクなザク・ウォーリアが魅せた……


芸術的な一本背負いを。







乱れたMSの姿勢を制御するくらいは、ほとんど無意識で行える。
茫然としたシンはようやく通信のモニターに映るラクス・クラインに気がついた。
それはそれはドヤ顔で彼女は問う。


「お目覚めかしら? 王子様」

慌てて彼が紡げる言葉は要領を得ない謝罪程度だろう。

「あのっ! 俺! 訳が分からなくて『ダイジョブ!』……?」


しかしその言葉を否定され、極上の笑みでラクス・クライン……ミーア・キャンベルは言った。





「貴方は守ったよ、ちゃんと……おかえりなさい」













スランプが過ぎてもはや書いている本人すら分からないお話に(なに!?
またもやオリキャラ登場 ジャックさんはどこにでもいる海賊船長(ぁ
某ジョニーとは関係ありませんよ? 



[7970] 【悪ふざけ】魔道アイドル☆真ラクス様【短編だよ】
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:86a73ab5
Date: 2012/01/16 21:24
注意1 アイドルマスターが面白かったからいけない。
注意2 アイマスキャラが掴み切れていないに違いない。
注意3 真ラクス様が人間を辞めていないはずがない。
注意4 悪ふざけ以外の何物でもない。
注意5 年末年始、テラ魔物。







765プロに所属するアイドルたる如月千早が早朝にその公園を散歩するのは日課の一つである。
辺りはまだ些細な程に弱い朝日と朝霧が包み、彼女以外に人影はまばら。

「ん~」

大きく伸びと共に深呼吸をひとつ。素顔に当たる僅かに冷たい風が心地よい。
それなりに売れてきたとはいえ、早朝のこんな時間にこんな場所で衆目に追われるほどのBIGネームでは無い。
だが昼間に同じ場所を素顔で悠々と闊歩できる身分では無い。人混みを歩くならば帽子や眼鏡で軽く変装する必要がある。

「名前が売れるのはアイドルとして喜ばしい事なんだろうけど……」

それを煩わしく感じてしまう点で、私は同僚の子たちとは違うのかもしれない。
アイドルというのは私にとって目標や夢では無く『手段』なのだ。



「歌を……歌うために」


公園の敷地内でも奥まった場所、人もほとんど来ない寂れた野外ホールがある。
それこそ私たちのような職業の人間が音楽を披露する為に作られたのだろう。
しかし少しばかり小型過ぎた為か? 最新技術を駆使した音響機器が設置されている訳でもないからか?
見えて来た白亜の壁や椅子には草臥れた色を魅せ、踏み入れた先には落ち葉が積もっていたりする。

「今日も誰も居ないっと……」

ライブでも準備でもしていたら使えなくなるところだった。

「んっんっ!」

軽く咳払い。大きく朝の澄んだ冷たい空気を吸い込んで……

「あ~あ~ん~」

発声練習。
音響機器の類は設置されていないが、ホールと言う形状の関係で音は良く響く。
スタジオなどの完璧な状態には劣るものの空の下で思いっきり声を出し、それが一定量の反響を持って帰ってくる。

「それじゃあ……」

喉が温まってきたのを確認し、私は歌い始めていた。
最近は名前や顔がテレビなりに露出する場面が増えている以上、何時までこんな早朝の秘め事を続けられるかは分からない。

「□□□♪」

歌う。
まず自分のオリジナル。まだ数は多くないが、徐々に増やしていきたい
次は流行の歌、いわゆるオリコンの上位曲。その順位に存在する事が疑問に思う歌も在るが、それはそれで研究する価値がある。
そして小学校の音楽の時間で習うような歌。それが私の歌の原点たる以上、蔑ろにする事は決してない。


「……ふぅ」

時間にして一時間少々。太陽の光は徐々に強くなり、周りからは人の気配が満ちてくる。
ここでの時間はこれにて終了だろう。そう思った時だった。

「素晴らしい歌でしたわ♪」

「っ!」

軽やかな拍手と更に軽やかな声が辺りを満たす。入口からゆっくりと歩いてくるのは自分よりも少し年上の女性。
まず目を引くのはその輝くような桃色の髪。女神の如きたおやかな微笑。
カジュアルなコーディネートでありながら、何処か浮世離れした印象を感じる衣服。
それらの要素が一切の違和感なく合致し……何故かこんな場所にいる事に不自然さを覚えない。

「ありがとう……ございます」

「あぁ……人様の歌でここまで心を動かされたのは久しぶりで……そう、『あの方』以来ですわ」

軽快なステップをやはり違和感無く伴い、私の方へと階段を下りてくる。

「お名前を伺っても?」

「如月……千早です」

「歌を歌うお仕事をされているのですか?」

「アイドルを少々……」

「代表曲は?」

「今のところは……青い鳥です」

「所属事務所は?」

「765プロです」


そこまで淀みの無い会話を繰り広げて、私は『ようやく』疑問に襲われた。
『どうして私はこんなに簡単に色々と話してしまっているのだろうか?』と
正直な話、私は人付き合いというのが大の苦手だ。アイドルとしては致命的な弱点と言える。
同僚として同じ事務所に所属している他のアイドル達と話すのさえ、私が一方的に苦手意識を持っている。
誰もが私とは違う眩しくて、真っ直ぐな娘達ばかりだから。

「どうして……」

「?」

そんな相手とすら会話が続かないのに、如何して初めて会った『浮世離れしているのに違和感を覚えない奇妙な女性』とこうも会話が弾んでいるのだろう?

「それでは近いうちにまたお会いしましょう」

感じた事の無い疑問と不安に答える訳でもなく、ただ名残惜しそうに背を向ける女性。
この感じた疑問に一切の答えを提示する事無く、背を向けることに対して良い訳もしない人物。
普通に考えれば決して気分のいい存在ではないだろう。しかしその背中を見送ると感じる事は一つだけ。

『また会いたいな』

この人がただしいとするならばやっぱり私が可笑しくなったという事なのだろうか?










961プロ。961はクロイと読むそうだ。
そんな名前のプロダクションが存在する事は芸能界、もっと言えばアイドルをと言う職業に片足でも踏み込んでいれば誰もが知っている名。
ネーミングのセンスがうちの会社に似ていると思ったら、ウチの社長とは浅からぬ因縁があるらしい。

互いを比べてみると……
プロデューサーやアイドル達の自主性を重んじる765プロ、社長のワンマン過ぎる経営の961プロ。
小さなビルの二階に居を構える765プロ、大きなビル一つを丸ごと使う961プロ。
未だに芽が出ているか?と疑問符をつけたくなる私たちだけの765プロ、今をときめくジュピターを始めとして、有名どころを複数有する961プロ。

……あれ?……なんだか比べているとため息が自然と零れてしまう。
蟻と象を比較して何の意味があるというのか? まぁ、それは横に置いておこう。


「この招待状の宛先……間違っていませんか?」

「いや、間違いはないよ」

向こうの社長と私たちの社長とは面識があるらしいが、象と蟻には直接的な接点は無い。
もちろんそれは会社としてそうであるし、私 如月千早は向こうさんとは一切の接点なんて存在しない。
一度だけテレビ局の廊下でジュピターとすれ違った事がある程度だ。
しかし眼鏡とビジネススーツが似合う当社たった一人のプロデューサーは困惑の色が強いままだが、断定の言葉を放つ。


「間違い無く君への招待状だ。961プロの新人アイドル発表会への」

『961プロが超大型の新人アイドルを発表する』
これは数日前から話題になっていた。CMは勿論、CDショップなどを中心に招待状に同封されていたチラシと同じポスターが貼られていた。
それはあまり宣伝としては伝えるべき情報に欠けるシンプル過ぎるデザイン。

真黒な紙に白で染め抜かれた記号が三つ。
漢字でも平仮名でも無く、アルファベットですらない……カタカナである。

カタカナで紙の右端を埋めるように三文字だけ。
後は下に小さく発表の日時と場所のみ。


『キケ。』

……とある。キケとはつまり『聞け』とか『聴け』という意味なのだろう。
アイドルとしての売りはその歌唱力と言う事を余りにも大きく喧伝している。


「しかし、この煽り文句は大きく出すぎだと思うんだけど」

「私もそう思います」

プロデューサーが同封されたチラシを見せながら私に問う。

「これじゃあ歌が余程のモノ……千早を一蹴にするくらいじゃないと完全に物足りないな?」

「それは褒めて貰っていると考えても?」

私は『歌』と言う一点においてならば765プロのトップである事は勿論、アイドル業界においても5本の指に入ると自負している。
コレは決して独り善がりな意見などではない。中立的な見地を持つ人々からの評価だ。
しかし歌だけでは決してアイドルとしては成功しないらしい。大変に口惜しい事に。


「それに場所も可笑しい」

「場所?……礼拝堂ですか?」

新人アイドルのお披露目の場所なんてデパートの屋上で行われるような小さなイベントで十分と言われるご時世。
私は有名バンドの前座で一曲歌ったのが初めてだった。

「大きく売り出すならもっといい場所があるだろう。カメラは当然入るんだろうけど……」

「まぁ、もっとも不可思議な事は私に招待状が来たことですが」

結局最初に感じた疑問に矛先が戻り、プロデューサーも考えるのを諦めたらしく肩の力を抜いて、随分と意地悪な笑みを浮かべる。

「まぁ、後は本物を確認してからのお楽しみかな? 
プロデューサーの一人くらいは向こうも許してくれるだろうから、僕も同行するよ。
千早にも歌だけで勝るつもりらしい新人アイドルのお手並み拝見と行こうじゃないか?」










「いよいよみたいだな」

隣に座ったプロデューサーが私に耳打ちする。必要な照明以外が落とされ、舞台上にはプレゼンターたる黒井社長が姿を現す。

「音響機器は最新鋭でしたね?」

「だけど他は全部、何処にでもある礼拝堂だ」

照明、普通。座っている場所長椅子。正面には古臭いステンドグラス。
流石に『歌』を売り文句にしている以上、スピーカーなどは最新鋭のモノになっていたが、それだけだ。
この場所とて誰もが知っているような名所・旧跡と言う訳ではない。
私たちを始め、集まっている芸能記者やカメラマンたちもこの場所を特定するのには、多大な労力を払った事だろう。
普通なら在りえないはずの場所を探す手間をかけさせられた彼らの口からは、私たちが感じた疑問を加味して……『961プロもついにミスったか?』とか聴こえてくる。


「私はこのアイドルを世間に発表するか迷いました」

何処まで偉そうで胡散臭い声はまずそう告げた。

「何故ならば彼女はこれまでのアイドルという概念を破壊してしまうような存在だったからです」

『更にハードルを上げた?』
その場にいた誰もがそう感じただろう。
よっぽどの自信作なのかもしれないが、それにしても前提となる様々な条件と鑑みれば、余りにも理想を先行させ過ぎている。

「しかし今日ここに発表する事を決意したのは……何よりも彼女の歌が素晴らしかったからです。
 彼女を私だけのカナリアにしておけるほど、私は欲に溺れた人間では在りません!
 ではどうか心して聞いて頂きたい。アイドルの名は……『ラクス・クライン』。デビュー曲は『メシア』!!」


『礼拝堂でメシアだと!? しかも日本人じゃない!?』
礼拝堂、外国人、しかもデビュー曲から曲名がメシアという仰々しいセレクト。
完全にコケる。歌う前から、アイドルの登場前から専門家の集まりである記者たちには確固たる予測を与えていた。

厳かに響き始めたのは備え付けのパイプオルガン。荘厳だが古臭く、何処か痛んだ音。
点灯するスポットライトが照らし出すのは女性。桃色というトンでもない髪色。
少し胸が薄い気もする理想的プロポーションを包むのはアイドルの仕事着と呼ぶには物足りない至ってシンプルな白のワンピース。
整い過ぎた顔立ちと混沌としながらも優しさを滲ませる不思議な色の瞳。


「公園の!?」

千早が驚きの声は辺りのザワメキとパイプオルガンの音色に掻き消され、小さく彼女 ラクス・クラインが微笑む。

それだけ。

それだけで十分。

与えられた不利な余りにも不利な条件の数々を一気にリセットする破壊力。

その場に居た誰もが自分の的確な予想を捨て去り、逆に彼女に対して『無条件の好意』を持って耳を傾ける。


「救いましょう」

それが第一声だった。割れて濁ったオルガンの音で一切阻害されず、逆に引き立て合う。


「手を差し伸べましょう」

突き出された手には『確証がない』救済の予感を『輝くほどに』宿している。
理由は無い。だがそう感じさせる何かがある。彼女はそういう『モノ』なのだと誰もが理解する。


「張り付けられた十字架の上で、なお世界を救うのです。故に……メシア」


在るカメラマンはカメラを取り落とした。
在る芸能記者はメモ帳とペンを取り落とした。
在る心臓が弱いプロデューサーは命を取り落とした……が慌てて拾い上げた。
在るアイドルは驚愕と羨望と嫉妬を持って自我を取り落とした。


そこからは全てが聖句。全てが聖書に刻まれた物語。
最新鋭の音響機器からはパイプオルガン以外の音が流れ、ラクスの口からは輝かしい神話の時代が響く。
素晴らしい音響効果を目指して作られた訳ではない木製の礼拝堂を一切の隙間なく『蹂躙する優しき言葉』。
指の先から脳の中枢まで『犯しつくす囁き』 『清流の如き濁流』。


「あぁ……」

誰かの感嘆のため息。それが幾重にも重なる合唱。
彼女の背後でステンドグラスの聖母が輝きを増していく。
ちょうど光が差し込み易い場所に太陽が入っただけなのだろう。
だがそれすら自然が彼女の為に生み出した奇跡……そう納得させるだけの歌。



「なんで……」

如月千早は世界すら平然と揺さぶる歌声から解放され、周りで仕事や自分を思い出した大人たちのザワメキを聴きながら零す。

「どうして……」

如月千早にとって、歌とは全てだ。
歌うために生きてきて、歌うためにアイドルをしている。

「どうして……」

だがそれは眼前の存在の完膚なきまでに否定された。
今の目の前で展開された『悪魔の如き聖歌』に堂々正面から対抗できる歌。
そんな歌を千早は持っていなかった。故に自分はアイドルたりえず、歌う事たりえず、存在する価値は無い。


『ここまでおいでなさい』

「っ!?」

気がつけば壇上からラクスは自分へと視線を向けて……手招きしていた。
誘っている。笑われている。同時に認められている。この怪物は私の歌を『宿敵』足りうると言っている。

「プロデューサー……この歌を私は超えます」

「ちっ千早?」

プロデューサーは驚きを持って自分が任されたアイドルの方へと視線を向けた。

「私には歌しかないから」

研ぎ澄まされていく。余計なモノをすり減らし、歌う事のみに特化していく。
プロデューサーや事務所の仲間たちとの交流で丸められた『千早』が尖らされて逝く。
胸に疼くのは幼い少女にしては重すぎる死者への愛しさと謝罪。自ら定めた定めにのみ忠実な器械へと変わっていく。


「プロデュース、よろしくお願いしますね?」


人間としては全く嬉しくないのだが、この時プロデューサーとして世紀の歌姫 二人目を背負う事になった彼は仕事柄、嬉しく感じる他ない。





『ラクス・クラインの歌は人生を変える』

彼女が生まれた世界は勿論、偶々流れついた平穏な世界ですらそんな風に称えられ、崇められ、恐れられる事になった。








本当はここからストイック過ぎる方向に覚醒し、歌に必死さと悲壮感が増した(間違った)覚醒千早が主役になる『鬼道アイドル☆チハヤ』を書く予定だったのだが、『種運命関係無くね?』と気がついて止めました。

続きが読みたい危篤な方は『鬼道アイドル、希望』と書き込んでみたりしたら、万が一にも続きが!?……そんなバカな。



[7970] 偽ラクス様、去る
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:1fa6bbaf
Date: 2012/04/24 05:08
久しぶりすぎてどうやって書くのか忘れています(なに









『カーペンタリア』

地球連合との停戦協定において、ザフトが地球上に維持する事を認められたジブラルタルと並ぶ軍事拠点である。

「カーペンタリアまで視界良好、静かな南海が広がっているのみです……無事着きましたね?」

そしてそのカーペンタリアの領海内へと踏み入る船が一つあった。
本来ザフトが海上船として配備している潜水母艦 ボスゴロフ級でも、物資運搬の為に民間から徴用した貨物船の類でもない。

「えぇ、そうね」

突き出した艦首を筆頭とした三角形のライン。その更に先端に輝くのは地球上では撃つ事すら憚られるはずの陽電子砲 タンホイザー。
その艦戦の名前はミネルバ。
本来ならば月面軌道上に配備されるはずだった最新鋭艦は新造でありながら、既に歴戦の猛者のような傷が目立つ。

「これも全て……クルー全員が最後まで諦めず、奮戦した結果よ……ありがとう」

女性で在りながらも、常に戦場に在るという意識を失わない歴戦の船乗りたる艦長 タリア・グラディスの優しげな感謝の言葉。
ソレを直接的に受ける事が許された幸運なブリッジクルーは程度の差はあれ、誰もが嬉しそうな満足気な表情。

「そういえば……『もっとも』奮戦した『二人』はいま何処に?」

そんな状況下で一部の人間だけを更に持ち上げるような行為。
本来ならば一切の利益を生まないだろうし、逆にマイナスにしてしまうような行動だったが、ブリッジクルーを始めとした誰もがその事実を当然のモノとして認識していた。


二人のうち一人は赤服であり、オーブ沖の激戦での類を見ない撃墜数を示した新人。
もう一人は軍人ですらなく、戦闘に参加するはずもない……プラントの歌姫。


その二人はミネルバの甲板上。



「まるで……空を飛んでいるみたい♪」

「え~と……コレは何ですか?」

出来る限りの端っこ、肩の高さで手を広げて目を瞑る歌姫。
その見事な腰の括れ当たりに手を廻しているのに、些かにも嬉しそうではない赤服。
艦長の言葉に在った『もっとも奮戦した二人』はそんな感じに僅かな安息の時を過ごしていた。

「え! 知らないの!? 『たいたにっく』ゴッコよ!?」

心底驚いたという表情で振り返る歌姫の名はラクス・クライン(に見えるけど実際の所はミーア・キャンベル)。
前大戦を終結に導いた平和の使者……であるはずなのだが、古参MSパイロットの枠を半歩くらい踏み越える実力者。

「たい……たにっく?」

『うわ~コイツ、遅れてるwww』的な視線を頂戴するのは黒髪に紅の瞳が特徴的な赤服 シン・アスカ。
数日と立つ前に初陣を経験した上、全く想定していない大気圏内海上空中戦を物ともせず、勲章確定の大活躍を見せた若者。


そんな二人には到底見えない。





「シン君は地球生まれなんだから、こういうのは詳しいと思ったんだけどな~」

「はぁ……すんません」

俺ことシン・アスカはなぜか怒られていた……いや問題はそこではないはずだ。
本来ならば命令無視で営倉にぶち込まれているはずなのに、甲板上で潮風を満喫している事……も確かに問題だが、やはりそれも違う。
問題はどうして自分はその……プラントの歌姫にして憧れの人であるラクス・クラインの……その、なんだ……

「シィィン!!」

「うわっ!?」

地の底から響いてくるようなアカデミー以来の腐れ縁の声。
首だけ動かして辺りを見回せば、百鬼夜行をぶった切りそうな鬼の形相を浮かべた赤髪の少女 ルナマリア・ホーク。
そして同じくアカデミー以来の戦友である金髪の赤服 レイ・ザ・バレルが諦めに満ちた表情。

「いい加減にラクス様のお腰から手を離しなさいよ!!」

「オレはこれ以上、戦友が国家的スキャンダルを撒き散らす現場は見たくないぞ? シン」


そうなのだ。最大の問題は……俺の手が……ラクス様の腰に回っているという事なんだ!
なぜこうなったか?と言えば理由は簡単。『たいたにっくゴッコ』である。
『営倉入りを歌姫の権力(笑)で何とかしてあげるから、ちょっと付き合いなさい♪』と言われて、ホイホイ付いてきたらこの様だ。

「いや! 俺だって好きでしている訳じゃ…「むぅ~私の腰はそんなに非魅力的かしら?」……そう言う訳じゃなくて!」

「シン! 死ぬ覚悟があるという事で良いわね!?」

MSでの戦闘は勿論のこと、口論でだって一ミリたりとも勝てる気がしない憧れの御仁に振り回され、そろそろルナがリミットオーバー仕掛けている。
戦場以外で此処まで命の危険を感じたのは初めての事だ。

「あ~楽しかった! ありがとう、シン君♪」

しかしその命の危機は急激な収束を迎える。満たされた表情で感謝の言葉を告げるラクスに、俺は安堵のため息と共に腰から手を離す。
命が助かったことに安心しつつ、僅かに心を過るのは残念だと思う気持ち? そんなバカな!?


「ルナちゃんもやる?」

「えっ!? いや! 私は別にちょっと楽しそうだなんて思っては……」

「良いから良いから♪」

どうやら気まぐれな女神のルナへと矛先を向けたらしい。

「実は後ろで支える役もやりたかったんだよね~」

「いやっ! 駄目です、ラクス様! 私の腰は貴女みたいに素晴らしくないっていうか……」

「そんな事無いわよ……ね? 目を瞑ってみて」


なんか端っこの方で先ほど以上に色々とヤバいアレコレソレが展開されている気がするが、そちらには視線を一切向けず、レイの横へと移動。
落ちつける為に大きく息を吸っては吐き、如何しても分からなかった疑問をぶつける。

「で、さ……『たいたにっく』って結局何なんだ? ルナも何か知っているみたいだけど」

「タイタニック号 旧世紀に実在した豪華客船。またはそこで起こった一連の出来事を題材とした物語。
 恐らくラクス様の一連の行動から推測するに後者だろう」

「ふ~ん……それってどんな話なんだ?」

豪華客船を題材にしているラブロマンス……別に珍しいものではない気もする。
だが『空を飛んでいるみたい』ってセリフがいまいちシックリこないのだ。
珍しく言い淀んでいるレイが困ったように口を開く。

「簡単にいえば……氷山にぶつかって沈む船の上で男女が絡む話だ」

「ぶっ!? 船が沈む話ぃ!?」

それはオーブ沖での手荒い歓迎を受けたミネルバでやるのは少々不味い話である。


「本物の海の上に下りた時からやりたかったんだけどね?」

先ほどの俺と同じ態勢で、先ほどの自分と同じポーズをとるルナを支えるラクスは言う。
ていうか結局やってるんだな、ルナ? 凄く嬉しそうだけど……

「流石に不安な長い航海が迫っていたので自重してたけど、カーペンタリアが目の前となると我慢できなくて~」

確かにこの距離で連合なりなんなりに襲撃される事もないだろうし、万が一にも沈没しても助けが直ぐに来るとは思う。
しかし幾らなんでも……

「こんなこと……もう出来ないかもしれない」

「っ!? それは……」

満足気な表情を浮かべるルナから手を離し、潮風で靡くピンク色の髪を掻き揚げて、彼女が見つめるのはカーペンタリアではなかった。
ラクスが見ているのはミネルバの軌跡にして、俺たちの突飛にして困難であり余りにも濃密だった一連の旅路。

「タイタニックはその処女航海を最後の航海にした事で、後世にその名前を刻んだ」

軽いステップ。見えない誰かの手を取ったワルツだった。
それこそタイタニックの上でも行われていただろう優美な舞。

「きっとミネルバはこの突発的で、困難極まる処女航海を無事に乗り越えたことで、歴史に名前を刻む」

既に断定の形。他人に口に出されてみて、自分が凄まじい闘争の一端を担ってきた実感が湧いてきた。
そしてこの人 ラクス・クラインに助けられ、ラクス・クラインの言葉を聴き、ラクス・クラインの歌を聞き、ラクス・クラインの隣で戦った事は、普通の人間 ただのMSパイロットができる経験ではないはずだ。

「そんな航海に、みんなと一緒にいられて……良かった」

見渡した先にいるのは俺とレイとルナだけだったが、その言葉の先には艦長を始めとしたブリッジクルーからヨウランたち整備の連中まで含まれるのだろう。

「そろそろ入港準備だね? 戻ろう」

「あっ……」

言葉を切って、背を向ける間際のラクスの表情……『良い夢から覚めたような残念そうな表情』が何だか心に残った。










私ことラクス・クライン(って事になっているミーア・キャンベル)は戸惑っていた。
ミネルバがカーペンタリアに無事入港し、久しぶりの陸地を眼前にした時、私のボディーガード兼首輪兼お目付け役のサラさんが不意にこんな事を言ったのだ。

『ザフトレッドの上着を羽織って、最初に船を降りるように』

ミーアではなくラクスである以上、ザフト軍人としての体裁に一切の意味はない。
というよりも乗っているはずがないラクスが一番に下りるというのはどうなのだろうか?
本来ならばやはり艦長こそが適任だ。歴史に名を刻むという言葉は偽りでも何でもない。
それだけの事をやった船なのだ。一切の責任を背負うべき艦長こそが与えられる名誉であるはずだ。

「最後の方でこっそり降りるつもりだったのに……まさか……」

何かイヤな予感。脳裏をよぎるこの感覚は……客寄せパンダにされそうなビジョン!
足を止めてクルリと後ろに続くタリア艦長始め、パイロット一同が困惑した表情を浮かべるが気にしない。
駆け出そうとして掴まれるのは左腕。

「どちらへ?」

「イタイです……サラさん」

グキリとイヤな感じの音が一つ。何時の間にか横に立っていたサラさんが何時もの無表情。
逃走は呆気なく失敗したようだ。諦めて逆に早足で扉へと向かう。

「んっ……んん!?」

プラントのように調整などされていない南国の日差しに目を細め、馴れて来た事で目を開ければそこには軍人さんたちが居た。
ミネルバ程の功績を上げた船ならばカーペンタリアでもそれなりの地位にある人物が出迎えるというのは不思議ではない。

問題は目の前にいる人たちの地位などではなく、その『数』である。
司令官職に相当する白服、参謀的な意味を持つ黒服は目の前に列を作るのは当たり前。
対岸にはパイロットに整備、警備に事務。ありとあらゆる職種の制服……ってMSまで列を成しているのはどうした事だ!?

「国賓かなんか来るとか……あぁ~私の出迎えか」

本当に忘れてしまいそうになる……忘れてしまいたいのだが、今の私はラクス・クラインなのだ。
これだけの歓迎をする理由があり、私がこんな恰好で最初に降ろされたのはそういう理由であったのだ。

「ラクス様、一言お願いします」

いやいや、サラさん! 幾らなんでも此処で何を喋ったって聴こえない……おや? 襟に見えるはマイクでしょうか?
そうですか……準備が良いですね。流石は元特殊部隊の敏腕マネージャー……畜生めぇ!




「カーペンタリアを守るザフトのみなさん」

スピーカー越しでもそれは美しく、同時に鋭く響いた。

「みなさんに不安はありませんか?」

ザワリと首脳陣に緊張が走る。戦場に在る軍人に不安や不満を持たない者などありはしないのだから。

「領土的な野心を持たないプラントにおいて、故国より遠く離れたこの場所を守り続ける事に不満はありませんか?」

それは一種の矛盾なのだ。
本来ならば全て撤退されるという選択肢もあったはずの、旧大戦の残り香たる二つの基地が一つ それがこのカーペンタリア。
新プラントである国家群を守る為の防波堤で在り、地球を一色に染め上げない為の楔。
平時であれば諍いの小さな種であり、戦時となれば敵からは真っ先に攻略したい要害。

そんな厳しい場所であるというのに、プラントの民からすれば遠すぎるが故に、興味が薄い場所でもある。


「だけどどうか忘れないでください。此処が破滅と平和がせめぎ合う最前線であるという事を」

手を広げて全てを指すように掻き抱く。夢見心地を与える柔らかさはない。
そこにはしっかりと繋ぎとめる武骨な優しさがあった。今までとは違った印象のラクス・クラインに誰とは無く息を呑んでいた。

「此処はプラントから遠い。みなさんの守るべき者たちからは遠すぎる。
 だけどここは未来に近い。平穏な未来に最も近く、それを手繰り寄せられる場所」

期待されている。しかもラクス・クラインにである。呑まれた息は熱を帯び、低い唸りが辺りを満たす。

「手には銃、胸には誇り、背には故郷。見つめる先には未来……きっと貴方たちこそが英雄足りうる」





歓声が辺りを満たした。





「遠すぎるよ」

シン・アスカはそう呟いた。振り返る事もなく、颯爽と歩く背。
マイクが外され、本来の音量になっているはずなのに、振り返る事もなく放たれた言葉はしっかりとオレの耳に届いていた。



「ありがとう……さようなら」



ただ俺はソレに敬礼で答えた。










ヨーロピアンテイストで整えられた室内。照明は落とされ、年代物のレコードからはクラシック。
漆喰の長机にはたった一人の人物のみが座し、優雅に白亜のティーカップから呑むのは優雅な香りを発する紅茶。
桃色の長髪と全てを呑みこんでも色を変えない優しさ。微笑みを向け、言葉を告げる先には虚空。
本来ならばその世界の者が決して認識しない超越者にして傍観者にして観客たちに本物のラクス・クラインは告げた。



「もう少しだけ続きますわ♪」









最後のは唯の閃きの産物です。
ストライクウイッチーズにハマり、ネウロイ主役で何か書きたいな~と叶うはずもない妄想を抱える昨今でした。



[7970] 偽ラクス様、ライブする
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:a4bfc8d7
Date: 2012/06/07 19:16

「ん~♪ 良い雰囲気だな……ディオキア」

俺ことシン・アスカはミネルバから降り立つと辺りを見渡して大きく伸びをした。
辺りに広がるのは少ない語集で表現するとするならば、『古き良き南欧州』といった感じだろうか?
年代モノ染みたレンガ造りの街並みと乾燥して過ごしやすい気候。内湾であるが故だろう穏やかな海原。
オーブという国は勿論のこと、プラントに不足しているモノとして上げられるのは『歴史』だといえるだろう。
オーブ人、もしくはプラント人として歴史への憧れ、もしくは子供染みたヨーロッパへの幻想。
そんなモノが混ざり合い、視線は自然へと周囲へと向いてしまうのは仕方がないことだ。


「でも……」

この場所が置かれている現状を考えると子供染みた好奇心に僅かながらも影が差す。
ディオキアは元よりユーラシア、もっといえば地球連合と折り合いが悪い地域だった。
確か『地元の鐘楼の鐘の音に従う』みたいな諺が在るくらい、地域として身近なコミュニティーに重きを置く風習があるらしい。

それでも平時ならば問題なくやっていけたのだろうが、ユニウスセブンの落下と強引な開戦がその影をより濃くしたのだろう。
直接的な被害は無いにしろ、政治・経済的混乱は住民 如いてはこの地域の活動に大きな障害となる。
もちろん、天災に対する生活苦だけで大きな決断 『連合との関係を蹴ってプラント側に付く』をするほど単純ではないだろう。

直接的な離反の原因となったのはその後の連合の対応だろう。
物質的、金融的資源を復興と再建に割り振る事もなく、戦争に突入したのだ。
しかも戦争と言うのはお金と人が大量に消費される。その抽出先として人と金を奪われればどうなるか……


『ふざけるな、この野郎!』


……となる。子供の理論だが、大人になると逆に分からなくなるものなのだろう。
成長はしたいが、そんな大人には成りたくないな……


「まぁ、そのお陰でこうしてちょっとでものんびり出来る訳だけど……」

ふざけるなこの野郎!とつい叫んでしまったディオキアを始めとした地域が泣きついた先は、なんともまあ驚くべき事にザフトであり、プラントであり、コーディネーターだった。
これもユニウスセブン落下後、デュランダル議長の判断で即座に開始された援助の成せる技だろう。
本来ならば連合軍が使用するべき基地とも呼べない広大なだけの軍用地を埋めつくすプラント製のMSを始めとした兵器たち。
ディオキア首脳部が更なる援助と防衛の返礼として与えられたこう言った場所は、領土的な野心を持たないとしているザフトが気兼ねなく羽を休められる場所なのだ。


「よそ様のイザコザで楽をするみたいで気分が悪いですよね……あぁ」

思わず自分の数歩前へと視線を向けてしまっていた。そこにいるはずがない『あの人』を探してしまっている。

『ラクス・クライン』
プラントの歌姫 救国の聖女。
そんな風に呼ばれていた有名人と共に闘うという貴重な体験をして以来、時々その鮮烈な後ろ姿を無意識に求めているらしい。
カーペンタリアで彼女はミネルバを降り、俺はそのままミネルバと予想外の地球での任務についているが……

「いまはプラント本国にいるのかな?」

その圧倒的な知名度やら何やらで忙しく飛び回っているのは間違いない。
俺がこの数日でした事と言えば連合の支配に苦しむ小さな町を一つ解放した程度。
だが彼女はもっと大きなことをしているだろうし、これからもするのだろう。
全くもって遠すぎる憧れの背中……あれ?


「ん? 何か在るのか?」

考え事をしたままフラフラと歩いていたらしく、何時の間にやら大きな広場に出ていた。
他の区画のようにMSや陸上艦が並んでいる訳でも、質素ながらも堅牢な司令部などの建造物がある訳でもない。
本当にただの原っぱ。少し目を遠くにやれば鉄線のフェンスが見えるから、基地と外部の緩衝地帯のような場所なのだろう。
だがそこにはどうした事か人だかりが出来ていた。フェンスの内側にはザフトの制服、外には現地の人たちが見えた。


「これ、なにごとっすか?」

考えたところで的確な答えが出る訳でもないので、近くにいた年上の緑服へと疑問を投げかける。
しかしこの人もいまいちよくわからんと言う顔で返す。

「なんか慰安ライブがあるらしいぞ。さっき『空いている者は全員この場所に集合』って指示があったんだ」


「ライブ……ねぇ」

オーブにいた頃ならばまだしも、プラントに居を移してからはそう言った類には、ザフトでの生活と重なり、疎遠となっていた。
昔のように純粋な鼓動の高鳴りはない。もっともあの歌を間近で聞いてしまったのだから、並みの歌では心が動かないかもしれないが……


『私はそれまで貴方たち全てを愛し続けましょう♪』

優し過ぎる故に凶悪。


『痛みも吹き飛ばすくらい叫ぼう。頑張ってって!!』

不器用で在るが故に愛しい。


とても同じ人間の歌とはいまにしても思えないのだが、どちらも魂の底まで震わせる『威力』があったのは間違いない。
そして全くの他人にアレだけの歌が歌えるとは思えない。非常に贅沢な悩みとして、これから行われるライブに対して興味が湧かない。


「外にでも出るかな……」

小耳に挟んだ話だとザフトだろうとコーディネーターだろうと、街の商業施設ではそれなりに歓迎されるようだ。
あの感動を超えられない歌を聞くよりも、昔見たヨーロッパの幻想の実物を確認する方が有意義なはず。
そう思って踵を返そうとした時、それらはやってきた。


「なんだ、あれ?」

回りからも疑問の声が上がる。
まるで教本に掲載されていそうな魔改造MS いわゆる海賊やら盗賊やら傭兵が乗っているようなチグハグなジンにダガー。
頭の悪そうなペイント髑髏マークなどが施され、何故かグーンの腕部が接続されていたり。
もちろんそれらの登場により迎撃が始まった……りはしない。むしろ現れた方向が基地の中央部なのだ。
どう見ても敵機の襲撃などではなく、これから始まるライブの余興だろう。
ペイントに続いて頭の悪そうな三流悪役のセリフを基地のスピーカー経由で吐き散らす。
ザフトは勿論のことフェンスの外側にいる現地の人たちからも笑いが起こっている。

「あれだな……ヒーローショー」

これまたオーブ時代の懐かしい単語が脳裏をよぎり、これから起こるだろう事を容易く予測できた。
たぶん正義の味方が登場するのだろう。此処まで茶番じみていると正義の味方にも大きな期待は出来そうにな……「待てぃ!!」……っ!?

「「「「「「!?」」」」」」

だが茶番じみているはずの正義の味方は、余りにも綺麗で力強い第一声と共に悠久の青空を駆けて現れた。
周りの誰もが苦笑や呆れを放り捨て、驚愕を持って見上げるのは空。
キラリと何かが光った。MSサイズの物体を浮遊させる事が出来る大出力の燃焼機関の駆動音。
それが空気を引き裂く轟音。青空の中で徐々に大きくなる機影。それからどうやらグゥルで飛んでいる事が分かる。

そしてその色……

正義の味方は赤くない。

正義の味方は白くない。

正義の味方は黒くない。


正義の味方はピンク色だった。


「これ以上の狼藉!」

悪役たちの聞き慣れた罵詈雑言がスピーカーから返され、模擬刀や恐らく模擬戦弾が装填された銃器が掲げられる。

「■■」

発射されたペイント弾は空しく空を切り、ふわりとグゥルから飛び降りたMSのタイプはザク・ウォーリア。
手には同じく模擬刀……だが作りが綺麗で装飾も華美……勇者の剣を装備している。

「神様仏様羽クジラ様が許しても!」

そこから振るわれるのは剣舞。悪役たちの銃撃を紙一重で回避、剣撃を華麗に受け止めて流し、切り捨てる。
悪役たちの悲鳴こそ陳腐だったが、彼らが倒された斬撃は本物だった。
MSパイロットを始めとしたザフトの者は勿論、ただの一般人ですら直感でそう理解した。
コレはヒーローショーであり、悪役はきぐるみの怪人だが……


彼女だけは『真の英雄』である、と。



ズドンと重い音が三回ほど響く。切り伏せられた悪役MSが倒れた音。
ただ一人立つ機体 シンの英雄 それはそれはファンシーなカラーリングのザク・ウォーリアは剣を天へと掲げ、そのコクピットを開け放つ。



「このラクス・クラインが許さないわ!!」



同じく天へと突き上げた拳。ハラリと広がる桃色の髪。
燃えるような意思を感じさせる笑みは何故か少しだけその顔に似合わない。
相も変わらずあの凄まじく破廉恥なステージ衣装に身を包んでいる。その大き過ぎる胸部が拳を突き上げた反動で大きく跳ねた。


「「「「「……■■■■!!」」」」」

僅かな沈黙の後、周りから弾けるのは怒号のような歓声。
今までの白けた雰囲気などそこには一切無い。『数日前から楽しみにしていました!』ってくらいの盛り上がりっぷり。

「ディオキアのみなさん! はじめまして!!」

まずはそう言葉を贈るのは一連の前座で更にその数を増したディオキアの人たちへ。

「プラントの支援とザフトの駐留を受け入れてくれた皆さんには、本当に感謝しています。
 皆さんの勇気ある決断と行動がより良い未来へと繋がるモノであり、そうするべく不断に努力することをプラント評議会に代わり、改めて約束します」

小さいながらもしっかりとした宣言に拍手と歓声。彼女が指示されるのはナチュラルもコーディネーターもないようだ。
それからラクスは視線を更に増え、熱気を増していたザフトの者たちへと向ける。
言葉には抑え目ながらも、しっかりと熱を帯びていた。

「ザフトのみんな……色々と言いたい事があったんだけど、こうしてステージに立ったら分からなくなっちゃった。
 だから一言だけ」

大きく息を吸い込み、叫んでいた。


「ザフトのみんな! ただいまぁ!!」

スピーカーがハウリングを起こすギリギリの絶叫。

「「「「「「おかえりなさい!!」」」」」」

それに答えるのは天地を揺らすような大歓声。


「ありがとう! それじゃあ今日は鍛えている貴方たちが、へばる位に盛り上がっていくよ!?」

『♪♪』

悪役MS達がピンクのザクを囲むようにステージを運んでくる。
その上では既にセッティングを完了したバンド陣がイントロを奏で始め、更にヒートアップ。

え? 俺 シン・アスカはどうしてるかって? そんなの……無自覚に嬉し泣きしてたよ。










このディオキアでのライブは以前のラクス・クラインが行ったソレとは異なっていた。
以前の彼女のライブにおいて観衆は見て、聞くだけの存在だった。そうする事しか出来なかったと言い換えても良い。
歌っている彼女の実物と遭遇するとどうしてもそれが自分たちと同じ生き物であるという自身が無くなるのだ。
彼女が歌うのは運命であり、彼女の歌は特別にして聖なる音。
まるで神話の世界を目撃しているように、ただ恍惚と信仰にも似た感情に支配されてしまう。

だが眼前のラクス 新しいラクスはどうだろうか? 



「運命はサザンクロス。張り付けられた戦いの宿命が泣いている」

ある歌は熱く。


「ミルフィーユみたいなキスをして♪」

ある歌は愛らしく。


「路地裏で見上げたネオン色の空は遠く……」

ある歌は悲しく。


「ただ貫いて満たして欲しいかも?」

ある歌はエロティカルに。


それらは全て努力であり、天上の存在では無い故の必死さが伝わり、親しみを呼び起こす。
確かに突出した歌唱力と美貌を持つが、彼女はこちら側に間違いなく居る。
そしてこれまた今までは無かった『盛り上がろう!』とか『楽しもう!』という意思がヒシヒシと感じられた。





数曲を熱唱し終えたインターバル。
熱し過ぎたテンションでは過ごしやすいディオキアの気候とて、汗くらいはでる。髪をかき上げる動作と共に汗が飛び散った。
満面の笑顔で荒い息を整え、絞り出すようにラクス・クライン(という生活に僅かながらも馴れて来た自分が怖いミーア・キャンベル)は宣言した。


「ちょ~気持ちいい」


返答は大歓声。こうして後に伝説となるライブは続いて行く。









全壊あんな最後だった癖に再登場ハヤッ!? ごめんなさい、物を投げないで



[7970] 偽ラクス様、投げ飛ばされる
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:09ed95d2
Date: 2012/08/28 09:55
……偽ラクス様ってこんな話だったよね?(なに





俺ことシン・アスカは人を待っていた。そろそろ約束の時間なのだが、相手の姿はない。
というか人影がない。何せ場所が場所である。

『ザフトが間借りしているホテルの裏にある公道にて待て』

市街地から離れた高台に作られた元より政府や大企業の要人達が使っていたのだろう大きさと豪華さ。
表では整えられた庭園に護衛のザクが二機、仁王立ちするシュールな絵面が展開されている。
しかし裏側 つまりいま居る場所は静かなモノだ。雑木に覆われた斜面を挟み、ホテルははるか上方。
二車線の在り来たりな海岸沿いの道。物流の主力と言う訳でもないそこを通る車は戦時中と言う事も伴い、決して多くはない。
路肩に止めたレンタルバイクに体を預けて、大きく伸びをした。
潮の満ち引きにより海中と空気中を往復する磯と呼ばれる岩場、そこから薫る特有の薫り。


「平和だな……」

なんて口に出して見たものの、遥か向こうの空にはディンと最近配備されたバビの編隊が飛ぶのが見えた。
もちろん停戦が成されたなんて事実は一切なく、ただ自分が暇を得ているのは所属するミネルバの今後の扱いに上層部が苦心しているからなのだろう。
地球の危機にその身を張り、オーブ沖では危機的状況から生還した戦艦。
本来ならば月軌道へと配備される予定だったのだが、宇宙では小競り合い呑みの小康状態。
分かり易い戦意高揚の看板として、その効率的な運用法を模索しているようだ。

「これから何処に行くのやら……」

ザフトに入る事を決めた時、自分はこれだけの大きな流転を想定していただろうか?
大変な仕事で在る事を頭では理解していただろう。
だけど目の前に在る世界の未来すら変える戦いの道に、自分の未来を奪われる事しかできなかったガキは漠然とため息を吐く事しかできない。


「それにしても……遅いな」

頭上を舞う海鳥の数を数えるのにも飽きて来て、私物である何処にでもある若者向けブランドのデジタル時計へと視線を落とす。
まさかあんなスパイ映画のように朝食のサンドイッチに挟まっていた直筆サイン入りの手紙が悪戯とは思えない。
思えない以上は簡単に思考を切り替えて、此処を去る事が出来ないという事だ。

「…………■■■」

「ん?」

不意に頭上から木々が擦れる音が聴こえる。かなり上の方……ホテルの裏に隣接する辺り。

「……■■■」

音が近くなってきた。背が高くもない草木に覆われた崖はかなりの角度が在る。
人が下りてくるのは難しいはず……野生動物でも駆け下りてくるのだろうか? 
それこそ屈強な鹿とか猪とかが……

「…■■■」

「まさか……ね」

音はかなり近い。しかし幾らなんでも。

「とうっ!!」

「……」

当たりだ。気合いの声と共に落石防止用のフェンスを美しいフォームで飛び越えた影。

「遅れてごめんごめん」

軽い口調で謝罪を告げるのは鼓膜を心地よく撫でる美声。
簡素なTシャツの上から羽織るのは男物だろうジャケット。下にはジーパンとスニーカー。
歌姫なんて称号とは程遠い服装。

「敵の察知が思ったより早くてさ」

なんか不穏な単語が聴こえて来た。敵って何だ?
自然な動作で掻き上げられた長髪は輝くような桃色。
美しいボディーラインと男物の大ぶりなジャケットの上からでも分かる胸の膨らみ。
それら全てが葉っぱと泥の汚れで美しくない感じにデコレートされている。
まるで一日外で遊び倒してきた子供のように輝く表情で、彼女は告げる。


「いや~ザフトの警備部門は強敵だったわね」

頭が痛い。

「……」

つまりこの人はより自由な休日を求めて、自分を守っている人たちを激戦?を繰り広げて来たわけだ。
わざわざ気心が在る程度は知れている俺を呼び出し、野生動物のように急斜面を駆け下り、泥だらけになってまで……困ったものである。

そして何よりもこの困った人はラクス・クラインなのだ。
文字通り世界を救って魅せた御仁。プラントの精神的主柱であり、ザフトの勝利の女神。戦時下外交の切り札。
幾らでも言葉の尽くせる程に大事な人なのである。そんな人物が自分の個人的な自由の為にこれだけの無茶をすれば、言ってやらなければならない言葉あるはずだ。



「貴女って人はぁああ!!」











「う~ん! やっぱり本物の空気は違うわね!?」

シン君が借りて来たレンタルバイクの後ろに跨り、潮の香りが満たす空気を切り裂いて進む……実に爽快な気分だ。
ライブの時の悦楽にも負けないだろうと私 ラクス・クライン(って設定にも無理を感じているミーア・キャンベル)は満足気に伸びを一つ。

「でも良かったんですか?」

前方から視線を外さない安全運転を守りつつ、シン君は不安げに口を開いた。

「護衛を振り切ってくるなんて……」

まぁその心配も分からないでもない。ここ数日の地上各所歴訪にてラクスと言う存在がどれだけ大きなモノであるのか理解できた。
その父たるシーゲル・クラインが未だ世界に暗い影を落とすNジャマー投下のGOサインを出した人物であるにも拘らず。
マイナスを帳消しにして余りあるプラス。先の大戦を痛み分けの形でとはいえ終わらせ、あのジェネシスを破壊したこと。

もしくは……『怪物じみた』本人の魅力か。


「……ちっ!」

「?」

苛立ちを小さな舌打ちに込めて発散。心配そう気配を放つ運転手さんに気がついて、内心でもう一度だけ舌打ち。
自分の為に大事な休日をつぶしてくれる可愛い後輩に、不快な思いなどさせられるはずがない。

「何でもないわ。護衛の件はいわゆる不可抗力なのよ」

「はぁ?」

「仕事中に色んな人が周りにいるのは仕方がないと思うの。
 でもね! 私があんな破廉恥な服を着たり、鳥肌が立つような聖句を唄わなくても良い休日にだよ!?
 気心も知れない黒服やら特殊部隊上がりのマネージャーがいるなんて……私、耐えられない!!」

嘘泣きっぽい涙を拭く事もせず、前方に広がる可愛らしく見えてもやっぱり男の子の大きな背中に顔を埋める。

「■■■!!」

何か悲鳴が聞こえる。
もちろんそんな距離にいるのはシン君だけな訳で、チラリと視線を上げれば羞恥に染めた顔色は赤。
先ほどの舌打ちを誤魔化すには十分だろう。他のどんな人よりも私の魅力を直接的に感じてくれている様に子供染みた満足感を覚える。
それだけのはずだった。計算して行われたはずのお姉さんの悪戯。そのはずが……

「そんな大事な休日をご一緒できて……幸せです」

顔は直接みる事は出来ない。きっと気恥ずかしいと顔を歪めているのだろう。
狙ってカッコいい事を言える子ではない事は分かっている。だがその精一杯の言葉がただただ嬉しくて……


「このやろぉう♪」

胸を押し当てて盛大に揺さぶってみた。

「□□□!!」

さっきとは質もボリュームも異なる悲鳴が返ってきた。


「あっはっはっ~」

あ~楽しい。アルコールも無しに雰囲気だけでこれだけ酔えるなんて、私もまだまだ若者と言う事だろう。
そう言えばさっきから視界の端でクルクル回っているあの人は……

「あっ……落っこちた」









「シン君! 二つ先のカーブ! 人が海に落ちた!!」

「っ!?」

笑い声が一瞬で引っ込み、戦場での激励さながらの簡素な説明。

「急いで!」

「はいっ!!」

無意味に揺さぶられていた振動は止まり、ただ安定を求める密着の体勢。
立派に過ぎる胸の大山脈が背中を誘惑して止まないが、ソレを理性で押し込めて俺 シン・アスカは更にスピードを増す。

二つ先のカーブ……随分な崖だ。下に目をやれば水しぶきが不自然に上がっている。
少しでも泳げる人間の動きじゃない。あれって完全に……

「溺れてるわね」

冷静なラクスの声が逆にこちらの神経を過熱させる。
バイクのフルスピードを持ってすれば、目的の場所まではそうかからない。
だがそれも舗装された道が在る場所までだ。崖の先まで道など在る筈もなく、乗っているのは何処にでもあるオンロード用レンタルバイク。
スピードを緩め、停止するしかない。

「止めます! しっかりつかまって……?」

幾ら後ろに乗せる人が雲の上にいるVIPだろうと、溺れている人の命が賭かっているのだから、少し位は無茶もする。
急ブレーキ、車体を倒して片足が地面を捕える。少々の痛みに顔を顰めた時、恐ろしい事が起きた。
背中にあった人の感触とそれに伴う重量が消えたのである。

「ちょっ!」

ラクスの体が宙を舞っていた。手違いで手を離してしまった訳ではないだろう。
自ら加速に逆らわずに身を躍らせた格好。見事な受け身は前転一回。すぐさま姿勢を起こして走り出す。
何処に向かっているかなんて、ワザワザ確認するまでもない。崖の方であり、溺れている人の方だ。

「待って!」

対する俺はといえば運転している以上、バイクから降りるにはどんな形とはいえしっかりと停止させなければならない。
故にラクスには遅れる形となる。これは不味い……本能と経験が告げている。
あのカッコいい後ろ姿は何時だって此方の斜め上を良く行動を予告しているのだ。

「わっぷ!?」

バイクから飛び下りれば顔に当たるのは布地。慌てて取り去ればラクスが羽織っていたジャケット。
あっ……もう予告と予測とかではない確定的な事項。それでもほんの僅かだろうと希望を残し……駆け出した直後。


ラクス・クラインというプラントにも世界にも重要な歌姫は、迷いのない美しいホームで崖から海へと飛び込んだ。


さらに駆ける足を速めながら、俺は本日だけで二度目となる言葉を前回よりも力強く吐き出す事になる。



「貴女って人はぁああ!!」









『百聞は一見に如かず』と言う言葉が在る。
聞くよりも見る方がその物の本質を理解できる……みたいな意味だったと私ことミーア・キャンベルだと理解していた。
そしてついカッとなって人助けの為に海に飛び込んでしまってから更に深く理解したのだが、見ても分からない事と言うのは世界には沢山在るらしい。

「流れハヤッ!!」

知識では勿論理解していたのだ。
地球の海洋は海域による温度差が生み出す流れや月の重力による満ち引きにより、常に流れを持っていると。
本物を見て確認もしている。
『あ~あそこであんな風に波が立つってことかなりランダムに流れがあるんだな~』って。

だけど飛び込んでみて更に理解できた。若干手遅れとも呼べるタイミング。

「泳ぎにくい!」

泳げない訳ではない。ザフトに志願する前から泳ぐのは得意だった。
高飛び込みというのも戯れに経験していたし、深い所へ潜るのも苦手ではない。
だがこの潮流や波なんて呼ばれる自然現象にはそんな僅かな自慢なんて全く役に立たない。
波という圧力が強いだけではない。自然界が生み出したまさにランダムな流れが体を縛る。

それでも泳ぐ。

自分の体力と言う物を完全に把握している事は軍人にとって必須の技能。
ついカッとなっていたとはいえ(ここ重要)、跳び込んだからには溺れる相手まで泳ぎ、彼女を掴んで、安全な場所まで泳げるはずでいた。
その前提、辿り着くまでに使う体力が既にオーバーしている。それに加えて……


「ちょっと! 大人しくしなさいよ!!」

辿り着き、抱えようとした要救助者がやたらに力強く暴れる。
この段階で初めて溺れているのが軽いウェーブの金髪少女である事を理解したんだけど、そんな事は実に小さな問題。
溺れている人間と言うのは少なからずパニック状態であり、暴れる事が在る。
これもやはり知識としては理解していた。それにしても……

「力強すぎ!!」

美少女アスリートとかなのだろうか? 細い身体つきからは想像もできない力が私の体力と集中力を奪…「■■!」…波の音。
気がつけば飲み込まれていた。辛うじてどちらが海面か位は分かるけど……やばい。
直感で理解できた。これはいわゆる溺れる一歩手前、ミイラ盗りがミイラになる。
自分一人ならばなんとかなる。でもこの子を見捨てるなんて……出来ない。
少女を手放せないまま、必死に目指すのは海面。でも遠い……あれ? 推進力が増した?

「ぷはっ!!」

思いっきり息を吸い込み、隣を見れば女の子の反対側を支えるシン君の姿が在った。
自分と少女の命が助かった理由を理解し、それでも思わず叫んでしまう。

「何してるのシン君!!」

危ないじゃないか。というかシン君まで飛び込んだら誰が助けを呼んでくるのだろ!
一瞬、ポカンとしていたシン君だったがすぐさま顔を真っ赤にして叫んだ。

「それはこっちのセリフです!!」

なんか超怒られた。










元気いっぱいに暴れる女の子を崖下の砂浜に引っ張り上げるころには、俺 シン・アスカもラクスもヘロヘロになっていた。
二人がかりでこれだけ消耗するのだから、一人では助けられなかったかもしれない。
水際でダウンしているラクスも心配だが、すっかり大人しくなった騒ぎの張本人を少し奥まで引っ張り上げる。

「おい……大丈夫か」

「?」

さっきまでの暴れっぷりが嘘のよう。改めて確認すれば金髪にスミレ色の瞳が印象的な美少女。
自分の状態が分からないと言いたげな呆けた表情。こっちが死ぬ思いで助けたっていうのに……つい語気が荒くなる。

「なにやってるんだよ! アンタは勿論、俺たちも死ぬところだったんだぞ!?」

「死ぬ……駄目……死ぬのは駄目」

呆けていた表情に皹が入っていくのが分かった。幼すぎる雰囲気が壊れ、吹きだすのは恐怖の一色。
こう言う顔を他人に、女の子にさせるのは凄く心が痛い。マユがこんな顔をしていたら、如何にかなってしまうだろう。

「□□□!!」

「おっおい!」

言葉にならない絶叫と共に駆けだす先は海の方。砂浜に囚われない脚力で疲れ果てた俺を一気に突き放す。


「も~女の子を怖がらせるなんて、まだまだね? シン君」

だが少女が向かう先にはラクスが居てくれた。歌姫の肩書とちょっと似つかわしくない体育会系の女性。
自信満々に大きな胸を張り、『さぁ、来い!』と組み合いの構えをとる。
MSでドロップキックをしたり、又聞きだが俺のインパルスを一本背負いしたり、急斜面を駆け下りたりする人だ。
格闘技にも覚えがあるのだろう。間違い無い。うん、大丈夫大丈夫。



疲れ果てた脳細胞が若干投げやりな結論を導き出した数秒後、俺はとんでもないものを目撃した。

途中までは完全に少女がラクスに取り押さえられる動きだったのだ。

だがそれが一瞬で逆転する。
どんな馬鹿力でどんな高等技術を駆使し、どんな痛みに耐えればあんな事ができるだろう?


「うぇ~い!!」


気の抜けた裂帛の声と共に少女 後に知ることになる名をステラ・ルーシェ はプラントの歌姫を見事な一本背負いで投げ飛ばしていた。

どうでも良いがラクス・クラインを投げ飛ばす輩はステラが最初で最後だろう。










だけど投げ飛ばされただけでは気が済まないのが俺の知っているラクスである。

「やっ……やったなぁ!」

なんかやたらに気合いを入れ直すと、恐慌状態のまま海へと突入しようとする輩に後ろから跳びかかる。

まぁ……そのあとはその……『きゃっと・ふぁいと』だっけ?


「ひゃぁっ!」

「どうだ!」

「駄目ぇ!」

「ここか! ここがええのか!?」

なんか卑猥な単語が混じる女性二人のドタバタ・バトルを眺めること数分。


「ふっ……この私に本気を出させた事は……評価に値するわ」

「らっらめぇ……ステラ、もうお嫁さんにいけない……」


そんな感じに決着した。





最後は完全にただの悪ふざけです
あと恋姫のSSが書きたいです。
実写版るろ剣もみたいです。
おくれてごめんなさい(箇条書き



[7970] 偽ラクス様、後悔する
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:0bbbcb3d
Date: 2013/02/21 18:54
エライ久しぶりで本当にすみません!





俺ことシン・アスカは目のやり場に困っていた。
その原因は目の前で行われる会話である。

「貴女のお名前は?」

「ステラ……ステラ・ルーシェ」

一人は良く知った人。もう一人は海から救い上げた人。

「この辺の子なの?」

「違う」

波の浸食で断崖の下に僅かにできた砂浜。そこで行われるのは会話と呼ぶには些か一方的な言葉のやり取り。

「旅行……かな? お父さんやお母さんと?」

「お父さん……お母さんいない。一緒はネオ、アウル、スティング」

どうやら崖から落ちる以前からなかなか難しい子らしい。
年は同じくらいだと思うけど、子供っぽい……というのとは違う危なっかしさがある。

「その人たちも心配しているわ」

聞き手に回るのは良く知った人 ラクス・クライン。

「心配……」

ブツ切りの言葉で言葉を返すのが先ほど名乗った通りならステラ・ルーシェ。

「アウルもスティングも何時の間にか居なかった」

……何時の間にか居なくなったのは君の方だと思う。本当に危なっかしい子だ。
そういえば危なっかしいと言えばいま目の前で行われている全てが危なっかしいという事が出来るかもしれない。

「そう……じゃあ早く探して上げないといけないわね」

ガチガチに固まった無表情では無く、どこか夢でも見て居そうな無表情のまま、ステラは僅かに震えている。
表情からは分かり難いがやはりあれだけの事が在ったのだから、恐怖を感じているのだろう。

「うん」

そしてそんな彼女を優しく抱きしめるラクスの表情は何時もの鮮烈な輝きとは違う穏やかな色。
ライブの時とも戦闘の時とも違う新しい魅力に引き込まれかけて……気を取り直す。
何せいま、ここは自分の尊厳とプライドと本能がせめぎ合う最前線なのだから。

「シン君どうしたの? そんな真剣な顔して」

「いえ……別に」

「?」

ラクスの言葉に釣られてステラの視線すらも此方へ。
フワフワの金髪と幼い顔立ちに不思議なスミレ色の瞳の少女。
そしてそんな彼女を抱きしめる流れる桃色の髪と凛々しい顔立ちの女性。
持っていたサバイバルキットで起こした焚火を挟み、自分を見つめてくる『綺麗』や『可愛い』で表現される二人。
しっとりと僅かに湿った髪と冷たい海水でより白く、焚火の炎で徐々に赤みを増す肌。
ラクスのボディーバランスが素晴らし過ぎる事は、バイクに乗っている時に幾度となく、背中に質量兵器の強襲を受けたので理解していた。
さらに幼い印象を強烈に至らせるステラも意外と着やせするタイプらしくこれまた凄い。
そんな二人がこちらを見つめてくる。ごめん、たまりません。

え? なんで肌の色やらボディーラインが鮮明な描写可能なのかって?
そんなの二人が裸だからに決まっているじゃないか! 


「はっは~ん♪」

いや、別にそう言うのは無い。濡れたままの服を着続けるのは体調を崩す原因にもなるし、乾くのも遅くなる。
そういう卑猥な気持ちは一切無いんですってば、なんですか、ラクス!? 『私は分かってるから大丈夫だよ♪』みたいな生温かい視線は!!

「シン? どうしたの?」

不思議そうから心配そうに変化してしまったステラの視線が痛い。
年齢なんてワザワザ確認していないが、『年下っぽい女性』のそういう視線は無条件でむず痒く、同時にイライラが募る。
何も似ていなくてもマユの事を思いますからだ。

「っ! ステラちゃん、お姉さんが説明してあげるわ」

「あっ」

ラクスがステラの視線を俺からずらしてくれた。まさかそんな小さな事まで気を遣わせてしまったのだろうか?

「つまりね? 男のゼロシステムが月光蝶でトランザムなのよ♪」

「なんですそれ!!」

「……良く分からない」

訂正……ただ楽しんでいるだけなのかもしれない。それでもこの人が少ない自由時間で楽しく過ごせるなら良いかな?と前向きに思考してみた。





助けが来るまでのそうでもないはずなのに、長く感じる時間のうちでほんの一瞬だけ、シン・アスカが違和感を覚えた瞬間があった。

「お姉さん……名前は?」

俺のゼロシステムとかトランザムとかの後の事だ。
ラクスが展開する超絶理論(別名 オレへのイジメ)を否定しきり、守るオレも攻めるラクスも見て笑っていたステラも一息ついた時。

「んん~?」

「っ!!」

本当にいまさらな質問だったが、それはラクスに困った顔をして、俺は驚きで吹きだした。
当然のことながら本当の事を名乗るとするならば、ステラが『お姉さん』と表現する人の名前はラクス・クラインである。
だがそれを果たして素直に伝えてしまって良いものなのだろうか? その名前は余りにも大き過ぎる。
こんな所で海に飛び込んだりして居るはずがない名前。
このポヤヤンとした子だって、その名前くらいは聞いた事が在る筈だ!……覚えて、理解してるかは別にして……

「私の名前は……」

俺の葛藤を知ってか知らずか、ラクスは宙をさまよう視線とクルクルと回された人差し指の先 表情が変わる。
何か最高の悪戯を閃いてしまったような顔。

「私の……名前」

もう一度繰り返す、ただの偽名。
軍用SOS発信機が正常に起動しているのだから、助けは直ぐに来る。
そうなればきっともう会う事も無くなってしまうだろう唯の少女に一時の安心を与えるだけのモノ。
なのにどうして……そんなに……


「ミーア」

踏ん切りとともに吐き出すのは、有り触れた名前だった。
別に特別な悪戯が含まれているとは到底思えない。それに……どうしてそんなに『この名前を口にする喜び』を滲ませるのか?

「私は……ミーア・キャンベルだよ」

絞り出すように、ずっと我慢していた事を成し遂げたように……だが同時に苦しそうにそう告げた。










「わかった」

どうしてその名前を口にしてしまったのだろうか?
きっと私 ラクス・クライン……今だけはミーア・キャンベル は我慢できなかったのだ。
何も知らないステラにまで、偽りの名前を教える事が我慢できなくて、久しぶりに本当の名前を口に出したかった。
誰かに呼んで欲しかった。誰かに覚えていて欲しかった。休日のただの気まぐれ。


「ミーア♪」


「あぁ……」

ステラの呆けた表情は消え去り、儚くも輝かしい微笑みがその名を告げる。
口から零れたのはため息だった。耽溺と後悔が入り混じった最悪の類のため息。

「うん……うん!」

呼ばれた喜びはいまこの一時しか呼ばれない絶望に飲み干される、

「? どうしたの?」

「ラクス!?」

ステラは不安げに首を傾げ、シン君は物凄い焦りよう。一体どうしたのだろうか?……あぁ、私は気付かないまま泣いていた。










シン・アスカが色々な懲罰覚悟で使った緊急SOSは確かにザフトのディオキアのザフト基地へと届いていた。
ソレを受信した司令室は状況の把握が出来ないままだったが、信号が受信された場所へと人を送ろうとした時、その通信は来た。

「その必要はありませんわ」

「はっ? SOSですのでそんな訳には……」

その時指令室にいた誰よりも偉いのだろう白服の女性だった。
珍しい『桃色の髪』を目深にかぶった帽子に押し込み、口元はザフト軍人らしからぬ『応和な笑み』を浮かべている。

「その案件はかのラクス・クラインに関わります」

「「「「「っ!?」」」」

ラクス・クラインの名前がSOS信号と共に出てくるなんてそれだけで緊急事態だ。
それこそすぐさま対処を全軍にでも命ずるべきなのではないか?……なんて疑問はその場にいた誰もが一切感じなかった。

「故にこの事は他言無用。こちらの……えっと……緊急対応特殊部隊で対処します」

怪しい、怪し過ぎる。その場にいた誰もがそう感じた。
自分が所属、もしくは指揮する部隊の名前が直ぐに出てこない。
というかそんな部隊が存在する事も知らない。だからこの命令は聞けない。
正当な場所に連絡を取り直して、指示を仰ぐ……なんて『誰も』考えなかった。
『従わなければ!』と誰もが通常の任務以上の使命感を持って頷く。

「分かりましたね?」

「了解しました」

こうして余りにも不自然な流れでSOS信号は握りつぶされたのである。










「いかがでしたか、ブレラさん? 私の迫真の演技」

電源が落ちた通信機の前、白服の軍帽を脱ぎ捨てた女性は流れ落ちた桃色の髪を撫でつけて、やり遂げた顔で後ろにいた人物に問う。

「歌とは違って……その……」

答えに窮する穂は金髪にサングラス、赤紫のロングコートを纏った男性。

「もう……お世辞にでも『お上手です』とか言ってくださいませ」

自分でも上手くない自覚が在ったらしい女性 『本物のラクス・クライン』は気を取り直したように告げる。

「それではあの方たちに迎えを」

遊ぶのが楽しみで仕方がない子供のような微笑だった。






短くてすんません!




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